<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

SS投稿掲示板


[広告]


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[34266] 【チラ裏から】Muv-Luv×ACシリーズ 人類の未来と世界を守るために【習作】
Name: きりたんぽ◆81d5e089 ID:50918679
Date: 2014/05/17 10:24
マブラヴのアニメを見て胸の奥にくすぶっていたAC好きが刺激されてしまいました。

アニメの一話から二話までの部分を書こうと思っています。感想によっては続くかもしれません。

息抜き程度に書いたものです。よろしくお願いいたします。

【追記】息抜き程度に書いたつもりが、予想以上にのめりこんでしまいました。設定云々ががががが・・・。とりあえず、アニメの二話辺りまで書こうと思います。

【更に追記】この作品についての注意書きを書いておりませんでした。読者の皆様の誰かがこの小説に不快感を持っていた方がいたのならば、申し訳ありませんでした。

【さらに追記】5月13日Muv-Luv版に移行しました。今後ともよろしくお願いいたします。

この小説には オリキャラ TE再構成 オリメカ 独自設定 原作カップ無視があるかもしれない 独自解釈 ハーレム要素 などが含まれております。これらを見て嫌な予感を感じた方はプラウザで戻るを押してください。

よろしくお願いいたします。

メインシステム起動。ミッションを開始します。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

それはただ最強だった。人類のために、それは動き、破壊しつくした。力を持ちすぎたものが全てを壊すのだから。

だからこそ、論理的に、己を完璧に律することができる存在と、最強であり続けられる機体を作り、動かした。

だが、それは覆された。たった一人の傭兵によって。

「………。」

その戦いを見ていたものが一人、存在していた。背の低い子供だった。病人服を羽織、中性的な顔立ちで、色白の肌と赤い瞳、雪原のような銀髪を無造作に背中まで伸ばしていた。

その『存在』はただジッと、二つのACが戦っているのを見ていた。赤いACが幾度となく形態を変え、移動しながら敵、バックユニットから垂直降下式ミサイルを、腕からはマシンガンとブレードを振るい、飛翔する一撃必殺の刃を放つ。黒いACを倒すために戦っていた。

黒いACは右手にレーザーライフル、左手にマシンガン、両肩にはそれぞれミサイルとグレネードランチャーを携えていた。

黒いACは何のためにアレと戦うのか。

戦いを見ていた存在が、ふと、疑問を持った。赤い機体は答える。それは復讐のためであると。

『存在』が首を傾げる。「復讐」とはなんだ?と。

いずれわかる。赤いACは、いや、ACの中にいるモノは、それしか答えなかった。

黒いACの肩のグレネードが赤いACに直撃する。爆発によって揺れ、一時的な電波障害を脳内で木霊すノイズが教えた。

『存在』の視線の先で、赤いACが膝をついた。

最強が負けたのを目にした。炎に焼かれていくその姿を見て、『存在』は心の中から何かが沸き上がってくるのを感じた。

しかし、それがなんなのかはわからない。そこから生まれ出でたばかりの存在には理解できないことだった。

黒いACは赤いACをしばらく見つめた後きびすを返す。もう用はないと言外にいっているかのように。

呆気なく、あっさりと。

だが、赤いACのカメラアイに光がともったのを視界の端にとらえた黒いACは再度それを見つめる。

立ち上がり、腕を欠損させながらも赤いACは静かに見据えた。そのカメラがとらえたのは、黒いAC、その背後にある、その先だ。

《足りなかった。》

「?」

『存在』が首を傾げる。赤いACが何を言いたいのかが分からなかった。

《お前を・・・。・・る・・かん・・・ない》

「???」

意味がわからないとばかりに、『存在』は再度疑問符を浮かべる。

赤いACが黒いACにパルスライフルを向けようとする。

だが、それは叶わなかった。再び倒れ伏す赤いAC。機体の限界だった。もうあれでは動かせないだろう。

『存在』は論理的に、赤いACの状態を分析する。

《ザザ・・学べ・・・ザザァァァ・・・それが、ザァァァァァァ・・・・・・》

赤いACの声が拾えなくなっていく。機能が停止し、赤いACが完全に破壊されたのを『存在』が確認した。

「・・・・・。」

黒いACから見れば、どれも同じ壁に見えるだろうが、その一つだけが、こうして強化ガラスとなっているのだ。

『存在』がガラスに手を触れる。すでに黒いACはその場からいなくなっていた。

燃え盛る赤いACを見ながら『存在』は何かを言いたくなった。だが、その言葉が出なかった。咽頭まで出かかった言葉は、己自身でさえどういう言葉か理解しきれていないものだった。

「………!」

バン!と力一杯にガラスに掌を打つ。心のうちにある何かを吐き出しているかのように。

幾分か時間がたった後、その『存在』はいなくなっていた。許可がなければ出口もなにもない筈の、その一室に取り付けられていた監視カメラが、とあるレポートを手に取っていた『存在』が、コンマ一秒の合間にレポートごと消えてなくなっていたのを捉えていた。

それ以降、監視カメラはほかの生命体をその視界に収めることはなかった。

◆◆◆

「?………??………???………」

『存在』が辺りを見渡した。緑色のヒラヒラしたようなものが巨大な茶色い柱に幾千、幾万も付いていた。

「?????」

これを『存在』は知識のみで知っていた。

これは木だ。実際に見たことは無い。

『存在』は手に取ってみる。表面がつるつるで、裏面は少しざらざらしている。

今まで感じたことのない感触だ。脳を刺激する「発見」に、『存在』は表情を動かしてはいないが、その瞳が今『存在』が興奮していることを教えていた。

「君、何をしているんだ?」

「??」

『存在』が振り向く。視線の先には人間がいた。性別的に男と呼ばれる目の前の人間は、ほりの深い顔で、顔に側面に一つの古傷ができている。身長は170から80後半で、髪形をオールバックにし、ピシっとした黒い制服を着ていた。

「?」

誰だ?と『存在』は首を傾げた。

これが、この世界を、人類の運命を、未来を左右させる一ページとなる最初の出会いだということは、誰も知らない。



[34266] 【第一部】 第一話 最強の申し子
Name: きりたんぽ◆81d5e089 ID:50918679
Date: 2014/05/13 20:51
男、巌谷榮二が子供を見つけたのは庭を見つめていた時だ。突然。そう、本当に何の前触れもなく視界の中から初めからそこにいたかのように現れたのだ。

まだまだいけると思っていたが、目が疲れて幻覚を見始めたかと思っただろう。だが、それは視線の先にある子供も同じだった。きょろきょろと辺りを見渡した後、子供は目についた木を見つけると葉っぱを一枚抜き取り、それを凝視し始めたのだ。

どこにでもある葉っぱに見えるが、何をしているのか、と彼はそう思った。が、同時に彼はあることに気が付いた。この子供の目を………。

あれは、研究者の目であると。彼の慧眼がそう知らせていたのだ。

キラキラとした目でそれを見るさまは、探究するものの目だ。知識を得るためにそれに触れ、見て、感じる。

故に巌谷は思う。突然現れたのは見間違いでもなく幻覚でもないと。そして、この子供は他の誰とも違うと。そう感じたのだ。

「君、何をしているんだ?」

子供が振り向いた。

手入れもされておらず伸ばしっぱなしにされた白髪の間から覗く赤い瞳は、とても純粋で、見ていて引き込まれそうな、気分になった。

子供は自分を上から下へと視線を動かすと、首を傾げた。まるで、どうしてここに自分がいるのか?とでも言いたげであった。

巌谷は刺激しないよう目線の高さを合わせるためにしゃがみ、微笑みかける。

「君は………何処から来たんだい?」

「ドコカラ………キタンダイ?」

舌足らずな声を発する。見た目からして10歳程だ。自分の知り合いの娘と歳は近いほうだろう。

「そう。お母さんやお父さんはいるのかい?」

「オカアサン………オトウサン………」

反芻するように、噛み締めるように言葉を話す子供に、巌谷は違和感を覚えながらも頷く。

「うん、そうだよ。どこにいるのかわかるかい?」

「ソレハ………ナニ?」

「………?」

「オトウサン………オカアサンッテ………ナニ?」

「っ………。君は………。君の名前は………?」

「ナマエ…?ネーム…ハスラーワン…アリーナ…レイヴン…ナインボール…カンリシャ…セイゾウバンゴウエンドレスナイン…サイゴノセラフ。…キミノナマエ…ワタシノナマエ…ワカラナイ」

「?わ、わからないのかい?」

コクリ、と子供は頷く。巌谷は目の前にいる子供の異常性、異様さに気が付いた。

目の前にいる子供は、本当に普通の子供なのか?と。親がいないだけならば事情もわかる。記憶喪失ならばそれもそれで想像はつく。

だが、先ほど口から出た単語の数々は、どれも彼の記憶には当てはまらないものだ。当てはまったとしてもそれは恐らく目の前の子どもの知っているものとは全く違うものだろう。

他国の間者か?スパイ?油断を誘って後ろから奇襲?

少しだけ、巌谷はあたりを見渡し、居もしない敵に対しての攻撃を警戒する。

いきなり辺りを見渡し始めた彼に対して疑問符を浮かべ、じっと見つめる少年。少年にとって何かもが新鮮に映るため、何でもないような動きにさえ、貪欲に情報を集めようとしていた。

敵からの攻撃は来ない。巌谷は取り敢えず警戒しながらも、少年の手に握られている分厚い紙を見つめる。

その表紙に書かれているものは・・・。

「………!」

子供が巌谷の視線に気づいたのか、子供はそれを両手で持つ。改めてみるが、それは子供が持つにはいささか分厚い。

「それは?」

「プロジェクトラストセラフ」

「ラスト………セラフ?」

「『ハスラーワン』ノ………『管理者』ノヘイキ」

セラフとは熾天使を意味する言葉であり、ラストとは最後。

最後の熾天使計画?直訳すればそうなるが果たして一体何を意味するのか、コードネーム?それとも何か別の隠語か何かなのか?『ハスラーワン』とは、『管理者』とは、いったいどういうものなのだろうか?

「それを読んで見ても良いかな?」

少年はコクりと頷き、巌谷はそれを手に取る。

ページをめくっていき、内容を一通り目を通していくと、彼は一度驚愕に目を見開き、子供とレポート用紙を交互に見た後、再びページをめくっていく。

いや、まさかそんな、ばかなと呟く巌谷。

見る見るうちにその表情に陰りが見え、怒りと悲しみを含ませた表情となる。

「そういう………ことだったのか。君は………異邦人だったのか。」

「?イホウジン?」

「そう、君はこことは別の場所から来たんだ。違うかい?」

「………ヨク………ワカラナイ」

こてっ、と首を傾げる子供に、巌谷は苦笑する。

この子供をこのまま一人にしておくわけにはいかない。そう彼は考えた。

「?」

巌谷が子供の手を取った。子供の目がわずかに見開かれる。巌谷が触れた子供の手はとても冷たく、機械のようだった。

「君、うちの子にならないか?」

「………。ミギテノオンドガジョウショウシテイル?」

「それは暖かいという意味だ。今、君の手に触れている私の手を、君は暖かいと感じているんだ」

子供は握られた手を凝視しながら、空いた手で巌谷の頬に触れた。

「コレモ………アタタカイ?」

巌谷が苦笑する。

「こんなおじさんの厳つい硬い顔でも、少しは暖かいかな」

「………アタタカイケド、カタクナイ」

ムニムニと子供は巌谷の頬を引っ張ったり突いてみるが、この子供にとっての硬いという意味が、巌谷の顔には当てはまらなかった。

「ジュウナンセイガアル」

「それは、柔らかいというのさ」

「ヤワラカイ?『カタイ』ト『ヤワラカイ』?」

「そう、これはお互いに反対の意味を持っているんだよ」

「………。『ハスラーワン』ガイッテイタ。マナベト。コレガ、マナブ?」

そのハスラーワンという単語に、巌谷はレポートにあったものを思い出す。

そう、『ハスラーワン』とはこの子の・・・。

「そうだとも、その『ハスラーワン』が言うように、君は学ばなければならない。どうだい?おじさんの子にならないかい?」

「………」

同情によるものか、それとも目に入るところで監視した方が良いと判断しての申し入れか、この時の少年はそこまで頭は回らなかった。

少年はすぐに答えを出せなかった。そして、長い時間をかけて、やがて子供は・・・答えを口にした。



[34266] 第二話 篁唯衣
Name: きりたんぽ◆81d5e089 ID:50918679
Date: 2012/12/03 23:11
巌谷は『存在』、庭で見つけた子供とともにある和室に足を運んでいた。

ここに来た『存在』である子供は、巌谷の養子になる選択を取った。彼は巌谷からの提案でイワヤオジサンと呼ぶようになった。

因みに、子供は給仕の人間に着替えさせられた。その際に給仕の人間から可愛いなど可憐などと呼ばれたが、子供はまったく意味が分からず首を傾げているだけであった。

今の服装はとある子供のお古で、女物の子供服を着ていた。中性的でまだ幼い顔立ちのためか、少し見繕うだけで女の子のような見た目に早変わりしてしまっていた。

「コレカラ・・・ナニ、スルノ?」

「ああ、君に会ってもらいたい子が居てね。篁唯衣という子なんだが、とてもいい子だよ」

「ソウ・・・ユイモ・・・アタタカイ?」

「ん?ああ、暖かくて、優しい子だよ。」

「ソウ・・・。・・・・??ヤサシイッテ・・ナニ?」

子供の問いかけに巌谷は苦笑し、子供の頭を優しくなでた。

「それは、これからわかってくるよ。」

「??・・・ソウ・・・ワカッタ」

「あ、そうそう。これから、君には名前を付けないといけないね。何か、印象に残っている単語とか、あったりしないかな?」

「ソレハ・・・ヒツヨウナコト?」

「もちろんさ。これから生きていくのに、とても必要なことだよ。」

「ソウ・・・ナマエ・・・「セラフ」ト・・・「レイヴン」」

「う~ん天使と鴉・・・か。これはまた難しい。」

どうしたものか、とうんうん唸っていると、やがてあるアイディアが浮かんだ。

「天使・・・エンジェル・・・う~ん、言い方が似ているから、槐(エンジュ)、鴉は烏丸というのはどうかな。烏丸槐(カラスマエンジュ)。これでどうだい?」

「・・・・(コクリ)」

≪個体名カラスマエンジュを認知、対象者【イワヤエイジ】を名付け親として認識。コードネームエンドレスナイン第一目標、【固有名称の取得】をクリア。カラスマエンジュを個体名として登録しますか?・・・承認。第二目標へと移行。【知識を取り入れる】を選択・・・。設定を完了いたしました。最優先事項の確認。【人間を学べ】≫

「失礼します、おじ様」

「ああ、いらっしゃい唯衣ちゃん」

「こんにちは、おじ様。・・・?その子は?」

「ああ、この子は・・・」

トテトテトテ・・・・。

巌谷が言い切る前に、子供は茶髪の少女、唯衣に歩み寄る。

唯衣は子供より少し小さい身長で、童顔でありながら成長すればさぞかし見目麗しい女性へと変わるであろうことが伺える可愛らしい少女だった。

「?・・・あの?」

「・・・・・・。」

ムニュ・・・。

「ふぇ?」

「あ」

子供は唯衣の下へ歩み寄ると、彼女の頬をつまみ、弄び始めたのである。唯衣は突然のことに思考が停止し、巌谷はそういう行動をするとは思えなかったため、呆けるような声を上げた。

ムニムニムニムニュムニョムニョ・・・。

「ふみゃ、ふに、むにゃ、な、なにすりゅにょ~~~。」

「イワヤオジサンノイウトオリ。ユイ、アタタカイ。」

「あう~~~~・・・・」

「あ、あははははは・・・大丈夫だったかい。唯衣ちゃん。」

「だ、大丈夫です。けど、あの子は一体・・・・。」

「うん。そこらへんは、おじさんが説明しよう。」

巌谷は、この子供が異邦人であることは伏せたが、親がおらず、ほとんど常識も知らず、ずっと孤独に生活していることを知った彼が、養子として迎え入れるために連れてきたと説明した。

「そうだったんですか・・・。」

「仲良くしてくれるかい?」

彼は仕事などであまり子供に構っていられる時間は無い。だからこそ、唯衣と友達になって、家族というものを子供に感じてもらいたかった。

「もちろんです。おじ様!・・・そういえば、あの子の名前は?」

「ああ、あの子は烏丸槐だ。仲良くしてあげなさい。」

「はい。おじ様。よろしくね。槐さん。私は篁唯衣と申します。」

「タカムラ・・・ユイ。」

くぅ~・・・

その時、可愛らしいお腹の音が鳴ったのが分かった。

「あ・・・ご、ごめんなさい。お腹が空いちゃって・・・。」

「あははは、もう夕方になるころだね。先にお風呂に入ってきなさい夕飯はその後にしよう。」

「はい。それじゃあ槐!一緒に入りましょ?」

「??????」

唯衣に手を引かれてその場を後にするが、槐の頭には疑問符が浮かんだ。

お風呂とはなんなのかと。

二人のやり取りをほほえましそうに見つめた後、自分も何かしようと思い、その場を後にしようとしたところで、ふと思った。

「そういえば唯衣ちゃんに、槐が男の子だというのを教えてなかったような。」

「んにゃあああああああああ!!」

「しまった。」

気づいた時には時すでに遅し。唯衣の可愛らしい悲鳴が家に響き、一時、給仕の間でパニックが生じた。

後の給仕曰く、それはそれは眼福なものを見させてもらったとか・・・。



[34266] 第三話 あだ名
Name: きりたんぽ◆81d5e089 ID:50918679
Date: 2012/12/03 12:35
プロジェクトラストセラフ。

この計画の最終目標は、人類の秩序と生存維持を行える兵器の育成である。

育成される兵器は個体名は無し。素体は人間。これまでのナインボールは、数々の改造を施し、製造し、「ハスラーワン」すなわち、最高のAIを用いての世界の管理、秩序の運営であった。

が、管理者の予測により、ハスラーワンは人間に負ける可能性があることを提示。人間の持つ、「予想を覆す可能性」を認めた。

管理者は秩序の運営のために一つの案を導き出す。それは、人間によるナインボールの操縦を可能とすることだ。予想を覆す可能性を秘めた人間を素体としたナインボール・セラフのパイロットの育成。

学び、考え、感じとり、学習する。当初ではこの概念をAIに組み込むということを考え付くが、諸事情により断念。

管理者直々の指揮の下、新たなナインボール・セラフの制作(新たなナインボール・セラフの制作、設計図については、別紙を参照)と、そのパイロットの育成が行われる。

ここでパイロットを育成するうえで上げるべき問題点を箇条書きにして揚げてみる。

Ⅰ:普通の人間ではナインボールの動きに耐えられないこと。

Ⅱ:パイロットは生まれた時から人間を知るまでに時間を要すること。

Ⅲ:パイロットに代えが効かないことである。

リスクは高いが、成功すれば十分な成績を収めることは確実であることを管理者は発表。

一つ目の問題点については、人間の根本的な部分に改造手術を施すことによって解決が可能。肉体、骨格、体表面の強化と、神経系、脳に至るまでの強化手術。これらの改造で副次的に、とあるアイディアが浮かんだ。操縦桿を握らせ、直接動かすのではなく、脳からダイレクトに電気信号を発信させ、それによってACを動かすという発想である。

管理者はこれを採用。それを踏まえて、セラフを動かす点では一つ目の問題点はクリアされた。

二つ目の問題点。人間を知るには、人間と生活し、学ばなければならない。素体として生まれたパイロットには、父親と母親という教育者が必要であり、倫理観を与えられ、「可能性」を育てるのである。

だが、これが大きな壁となった。人類の秩序と世界を守ることをプログラミングされた管理者自体が、人間、つまり家族団欒という知識を得ていなかったことだ。

管理者といえど機械、AIということだろうか。この問題点については、管理者も身体があればお手上げという行動をとっていただろう。

こうしてパイロット育成についての記述をしてはいるが、実のところ、管理者が作ったこの計画は、あまりにも無謀で、論理的ではない。

コストも高いうえ、失敗すれば想像もしたくないような恐ろしい事態に陥ってしまう。我々ネストが終わる可能性があるだろう。

こんなギャンブルじみた選択をしたのは古今例を見ない。管理者は何を予測し、未来で何を見たのだろうか。

それは恐らく、誰も知ることはできないだろう。理解することすらできないだろう。

話が逸れた。第二の問題点については保留にしておく。

続いて第三の問題点だ。
これにはクローンを作ることと、テロメアを弄ることによる老化現象を遅らせることである。この問題点を解決するために、我々は急遽二人目の素体を用意することとなった。

中略

その後、コストを度外視したテロメアを弄る実験は見事成功。素体の老化を遅らせることに成功した。あらゆる適正実験と改造手術をパスしたこの素体は、非常に名誉ある存在だろう。
よって、この素体にはコードネームを付けた。無限の可能性を秘める生命を吹き込まれたナインボール。

エンドレスナインとしてこの素体に名をつけておく。



次にセラフ制作について記述しておく。

セラフはACであってACではない。セラフの兵装は武器の一つ一つに改造を施したものであり、完全なワンオフの機体であり、ACとはまた別種の兵器として分類してもよい。

AIのサポートが入った自立起動型移動砲台、オービット

連射型電磁投射砲パルスキャノン

16連垂直落下ミサイル

プラズマブレード月光と光波

光学迷彩

更に幾つか、新たな兵装を追加したいという考えが浮かんだが、これには一つ問題点がある。この兵装を作るには、革新的な新たなエネルギー技術が必要となる。その革新的なエネルギー技術が発見されるまで、この兵器が表舞台に出ることは無いだろう。

また、先ほど述べた兵器の設計図は別紙2に書かれている。

「・・・・・・。」

静寂があたりを包む。このレポートをまじまじと見つめていた巌谷は一つため息を吐いてそれを閉じる。

この兵器がもし作られたのならば、それこそがこの世界において革新的なものとなるだろう。だが、焦ってこれを出せば思わぬ事態が巻き起こるだろう。

養子として引き取られた異邦人の子ども、烏丸槐は、件の人型兵器、ナインボール・セラフのパイロットの素体、エンドレスナインだ。

だが、異世界の事情とはいえ、このような子供にそのような過酷なものを背負わせるなど・・・!

ギリ、と彼は思わず歯噛みをする。この際どういった経緯でこの世界に来たのかはどうでもよかった。

巌谷はただ願う。エンドレスナイン、いや、烏丸槐の幸せを。

そして同時に思う。このナインボールの設計図・・・。革新的なエネルギー技術が開発された場合の設計図と、それが不可能である場合の設計図、この二つがレポートに書かれている。

もしこのセラフという機体が完成したならば、そしてそれを、槐が乗ったのならば、人類を救い、BETAを倒すことができるのではないかと。

いや、これは希望的観測だろう。例え質が量を凌駕したとしても、その質を維持できるものがなければ、量に勝つことなど不可能だ。

彼はこちら側の問題であるBETAを思い出す。恐ろしいまでの物量とその神出鬼没により、日本までは来ていないが、ユーラシア大陸方面では、凄まじい被害を受けている。

優秀で信用のできる研究者と技術者が必要になるだろう。衛士としての巌谷中佐の顔が露になる。同時に、息子を戦場に駆り出す自分に嫌悪感を持つ。

そんな己を律し、彼は名のある技術者と研究者の名簿を導きだす。

鋭い目つきをした紫色の髪の、白衣を着た女性の写真が乗った書類。

「天才・・・香月夕呼と、そして・・・。」

彼はもう一枚の書類を出す。不健康そうな顔立ちをした金髪の男の写真が乗った書類を・・・。

「トーラス・キサラギ。名のある技術者たちに異常者、狂人、変態技術者と銘打たれた男。」

ある意味で危険な賭けだ。片方はマッドサイエンティスト、もう片方はマッドエンジニア。

どうしたものか・・・。と彼は呟くのであった。

◆◆◆

「ユイ・・・ドコ・・・イッタ?」

広い敷地がある五摂家の巌谷家のお屋敷、槐は唯衣を探していた。

きょろきょろとあたりを見渡し、茂みの中をもぐったり、家の裏を探してみたが、どこにもいなかった。

「あらあらぼっちゃま!どうなされたのですか!?」

振り向くとそこには茶色い割烹着を着た50代の女性。ふっくらとした体形をしていて、優しそうな雰囲気が現れていた。名前は・・・覚えていない。教えられた記憶がない。

「ユイ、サガシテタ。カクレンボ、オソワッタ」

「まぁまぁ、坊ちゃまはお姫様を探しているのですね。」

「・・・?ヒメ・・・?ユイハ・・・ヒメナノ?」

「はい。唯衣お嬢様は、わたくしたちにとってお姫様なのです。」

「フ~ン・・・。ユイハ・・・ヒメ・・・ユイ・・・ヒメ・・・ユイ・・・ヒメ」

≪記憶領域の検索開始。篁唯衣を友人として仮定。これまで読書した書物の中で友人という単語に関係する書物を検索・・・該当あり。友人の名を呼ぶとき、固有の名称、つまりあだ名を呼ぶことがある。友好関係を築きたいときは、恐れずに実践してみよう。「笑顔で笑いかけるのも忘れずに!」←ここ重要!【参考文献:これであなたも友達百人!P27~30】≫

「・・・ユイヒメ?・・・ん・・・・ん???」

気づくと、すでに割烹着を着た女性はいなくなっていた。自分の仕事に戻ったのだろう。

彼は再度唯衣を探すことを始めた。

あと残るのは物置だけだ。彼は扉に手をかけるとすぐに唯衣の茶髪が見えた。

「ユイ・・・ミツケタ。」

「あ、見つかっちゃった。」

「・・・・・」

≪あだ名で呼ぶ。≫

「ユイヒメ・・・ツギハ、ナニヲシテアソブ?」

「?ユイヒメ?」

槐の言葉に、唯衣はキョトンと首を傾げた。

「・・・トモダチツクルトキ、アダナ、イイトシッタ。ダカラジッセンシテミタ。ドォ?」

「うう~んとね、槐は私のこと、お姫様って呼んだの?」

「?・・・ソウ。ユイハヒメダッテオソワッタ。ダカラ、ユイヒメッテヨブ・・・。ダメ?」

「ううん。嬉しい。ありがとうね。槐。じゃあ私はエンって呼ぼうかな。」

≪ザザ・・・ノイズの発生を検知。・・・問題なし。行動の選択。感謝の言葉を述べられた時の対応。・・・選択。≫

「ドウイタシマシテ・・・ワタシ、エン。ユイ、ユイヒメ。コレガ、アダナ。」

「ウフフ、もっと柔らかくていいのに。」

「ヤワラカク?」

むにむに。

「ふにゃ!?」

「ワタシノコエモ、コンナフウニナルノ?」

「もう!柔らかくなるっていうのはそういう意味じゃないよ。」

「・・・チガウ?」

「そうだよ、今私たちが話している時、言葉が他人行儀にならなくするんだよ。」

「・・・ツマリ・・・イマ?」

「う~ん・・・何かが違う。あってるけど、何かが違う。」

「ヨク・・・ワカラナイ。」

「そうだね!アハハハハ!」

「アハハハハ・・・・」

笑顔を作って笑う唯衣に対し、槐は無表情のまま声だけを真似していた。

「槐!それじゃあ駄目だよ笑って笑って。」

「ワラウ・・・。ヒョウジョウキンヲウゴカス。」

槐は言われるままに物事を実行する。口元を吊り上げ、目じりを下げれば笑うという表情になる。早速彼はそれを実践する。

「・・・コンナカンジ?」(にぱー。)

「・・・・・・・・・・・・。」

「ユイヒメ?」

「・・・・・・・・・・・。」

「ユイヒメ。オキル。」

「はっ!?ご、ごめんね槐、ボーっとしてた!」

「?ドコカグアイガワルイ?」

「そんなんじゃないよ!大丈夫よ!大丈夫!・・・ね、ねぇ槐。」

「?・・・ナニ?」

「今度から、その笑顔、禁止ね。反則すぎるから。」

「?・・・ワカッタ。」



[34266] 第四話 極東の魔女
Name: きりたんぽ◆81d5e089 ID:50918679
Date: 2012/12/03 12:39
「貴方が烏丸槐?」

「・・・・ダレ?」

槐は目の前にいる紫色の髪をした釣り目の女性を見上げる。見下ろすように見てくるそのさまは堂に入っていた。

「私?私は、魔女よ。」

「?????・・・・・オモッタイジョウニトシヨリ?」

魔女とはおとぎ話に出ていた老婆の姿だったはず。つまり目の前の女の人は年寄りだと槐は思ったのだ。が、怒気を孕んだ表情を見せている女性にそれは間違いだと直感した。

「ぶん殴るわよ?」

「エット・・・モウシワケ・・・アリマセンデシタ?」

「疑問符がついてるわよ0点。」

「ケチ」

「女に歳のこと云々を言うのはNGよ。」

≪女性を怒らせると危険。認識。年齢についての指摘や、話題は控えることを記録。重要項目として登録。≫

「それにしても、貴方、話に聞いてたように真っ白ね。」

女性の言葉に槐は己の身体を見下ろす。今日は青の半そでのTシャツに黒の半ズボンだったはずだ。白いところは髪の毛くらいしか当てはまらないと思う。

「マッシロ?髪の毛のこと?」

「違うわよ。雰囲気が、よ。」

「???・・・ヨク・・・ワカラナイ。ヨカッタラオシエテクダサイ。」

分からないことがあればそう聞くのが礼儀だと彼は学んだ。

「駄目よ。私、忙しいから、自分で勉強しなさい。」

しかし、断られてしまったようだ。まるで物事を教える先生みたいだ。と槐は思った。

「・・・ハイ、センセイ。」

「・・・私は貴方の先生じゃないわよ?」

「センセイミタイダッタ。ダカラセンセイ。」

「あっそ・・・。ま、無駄話はこれくらいにしましょ。貴方に聞きたいことがあるの。一つ確認しておくけど、貴方、戦術機の構造はわかる?」

「イチバンサイショニハアクシタ。」

「じゃあ、今の戦術機をどう思う?」

「ウゴキニムダガアリスギル。ドウサヲトチュウデチュウシサセタリデキルヨウニシナイト、スキヲツカレテコロサレル。」

「(殺される・・・か。なるほど、この子は戦術機、いや、ACか。それを操縦する技術と構造に関係する知識、そして、戦いという現実が全て叩き込まれているのね。)」

目の前の少年をただ見るだけのつもりだったが、女性、香月夕呼は思う。己の目的のためにこの目の前の少年は最高の素体になる可能性があると。できれば手元に置きたいが、少し前に行われた会談で、あの兵器を知った。

あれが完成されれば、人類に未来が拓けると。物量に勝る質が誕生すると。巌谷中佐はそう言っていた。殿下、紅蓮大将はこの計画書を見て事の顛末を見極めるそうだ。

中佐の言う子供が、一体どういう存在で、それが真実なのかを・・・。

いずれ、この二人と槐は直接顔を会わせることになるだろう。

彼女にとって意外だったのは、セラフを制作する協力者として、自己中心的で周りのことなど一切考えていない迷惑の塊のような技術開発部の天才。トーラス・キサラギが二つ返事で協力をすることを了承したということだ。

その事実に、夕呼はため息を吐いた。

彼と同期である彼女は親友である神宮寺まりもと二人そろって彼の発明の餌食になった経験者である。命に別条がなかったのが奇跡と言っても良い。

「あの変態。随分と嬉しそうだったわね。貴方に同情するわ。」

「??ナンノコト?」

「こっちの話よ。ま、良いわ。今は認めてあげる。いつかあなたにふさわしい機体ができるように計らってあげるわ。」

「・・・セラフガ・・・デキルノ?」

「ええ、楽しみに待ってなさい。」

そういうと足早と香月夕呼はその場を後にする。向かっていく車の中に、自分と同じ銀髪の少女が見えた。

銀髪の少女は自分を見つめてなにか驚いたような表情をした後、手を振ってきた。

とりあえず、応じるように手を振っておいた。

これで合っているだろうか?と思いながらも彼は少女が見えなくなるまで、手を振り続けた。

そして、時は進み、1998年。

槐は、BETAと接触する。



[34266] 第五話 抱き枕兼親友
Name: きりたんぽ◆81d5e089 ID:50918679
Date: 2012/12/03 12:48
1997年の春。

訓練兵養成学校の試験を無事にパスし、入学した篁唯衣と烏丸槐。

二人は配給された教本を読みながら登校するのが朝の日常である。

「唯衣~!槐く~ん!」

日本帝国首都京都のとある橋にて、二人は友人三人と出会った。

「ごきげんよう。」

「・・・ごきげんよう。」

「「「ごきげんよう。」」」

いつもの風景である。槐は舌足らずな口調は無くなり、人として、ちゃんとした倫理観を持つようになった。まだ危なげではあるが・・・。そして、そんな彼には一つ悩みがある。

それが、身長が伸びないことである。

「う~ん!やっぱり槐君は抱き心地が最高だわ~。」

足をブランブランにさせながら彼を背後から抱きしめる唯衣と槐の友人である志摩子。後頭部に当たる柔らかい感触を感じながらも首が圧迫されて苦しい。

「志摩子・・・苦しい。」

四年たっても身長は目に見えるほどの変化はなかった。少しずつ伸びているのはわかるが、いかんせん、今では同じ友人である安芸よりも小さいのである。

彼女たちと初めて会ったころと比べても、どんぐりの背比べと言われても間違ってはいない。志摩子が彼を抱きしめるのはすでに日常となる風景だが、志摩子曰く、暖かいから、だそうだ。あと槐のリアクションが可愛いすぎて生きるのが辛い。だそうな。

全く訳が分からないというのは槐の談。

自分を抱きしめる理由としては、いささか微妙な気がする

「あはははは!相変わらず身長が伸びねぇなぁ、槐。ちゃんと飯食べてんのか?」

安芸に笑われながら頬をムニムニと引っ張られる。

「は~な~せ~・・・」

足が地面につかない状態でゆらゆらと身体を揺らされながら槐は、抑揚のない声で言う。だが、志摩子はむしろさらに笑顔になって抱きしめる力を強めてお構いなしである。

「うぎゅ~・・・」

「ほらほら、そろそろ離してあげなさいよ。槐も本当に苦しそうだし。」

「う~ん、残念。もう少ししたかったけど、ま、いっか。」

「唯衣姫助かった。」

「まったく、相変わらずね。」

ギュ。今度は、呆れたようにため息を吐いた唯衣に抱きしめられた。

「私だってこうしていたいのよ。」

「ひ~め~の~う~ら~ぎ~り~も~の~・・・。」

「大丈夫よ。すぐに終わるから。あと20分くらい。」

「長くなっている~。唯衣姫ぇ~。」

不意に、甲高い音が鼓膜を叩いた。

キィィィィィンッ!

白いAC、いや、戦術機が二機、自分たちの上を通り抜けて着陸態勢に入った。

噴射剤による強い風が、彼女たちを襲った。

『きゃあああああっ!!』

彼女たちのめくれそうになるスカート。槐自身は戦術機、瑞鶴を見ていたのでこれをスルーであった。

「みなさんご覧になって?卒業したら、私たちが乗ることになる、82式戦術歩行機瑞鶴よ。」

「瑞鶴って・・・確か、唯衣のお父さんが開発に関わっていたっていう・・・。」

「ええ。」

誇らしげに、嬉しそうに、唯衣は瑞鶴を見つめる。自分の父が作った力が、日本を守っている。それは彼女にとって誇りなのだ。

「乗れるかな、アレに・・・。」

唯衣と同じく瑞鶴を見ていた槐が呟く。主に身長的な意味で。

その点は大丈夫である。彼の身長でも乗れるのは試験で立証済みである。彼の心配は杞憂である。

日本帝国 衛士養成学校。

ほとんどが女子しかいないこの状況で、槐は授業を受けていた。

バンッ!

自分たちの担当である眼帯を付けた男が「8分」と書かれた黒板を叩く。

「8分間!これが現在、対BETA戦において、初陣を飾った衛士が生き残る平均時間だ。これを乗り越えてこそ、ようやく一人前の衛士への道が見えてくる。」

「ねぇねぇ、放課後どこか行かない?」

志摩子が学校を終えた後の予定について話し合っている間、槐と唯衣はきちんとメモを取っていた。

衛士が生き残る平均時間の8分。これは別名「死の8分」と呼ばれている。

重要だと思う部分にアンダーラインを引き、忘れないよう印もつけておく。

「?」

不意に、誰かの視線を感じた。こう、首元がちりちりするような、そんな感覚を覚えたのである。

くるぅ?

振り向くとそこには、行儀よく席に座ってメモをしている長髪の女性。だが、その女性の視線は、槐に注がれていた。

「???」

首を傾げる槐に、視線の先にいる女性が微笑みかけてくると、再びメモを取り始めた。

全く訳が分からない。彼が再び視線を黒板に戻そうとしたとき、

「そこっ!!」

「は、はい!」「はい。」

ほぼ同時に、唯衣と槐は自分に指を差されたと思って立ち上がった。

「篁・・・唯衣と、烏丸槐・・・か。ほぉ、譜代武家の篁か、烏丸、貴様は確か、巌谷中佐殿の養子だったな。」

ザワ、と静かに沸き立つ声を尻目に、男、教官は続ける。

「よし。烏丸候補生。BETA・・・その名の由来はなんだ?」

≪情報の検索。BETAの名に関する由来。英語名とそこからの和訳の2つを言うことを選択。≫

「はい。BETA、Beings of the Extra Terrestrial origin which is Adversary of human race。和訳で、「人類に敵対的な地球外起源種」のことです。」

「・・・ふむ、よろしい。では篁候補生。BETAの種類を5つ言ってみろ。」

「はい。兵士級、要撃級、突撃級、要塞級、闘士級です。」

「まぁ、簡単なものだろうな。では、その突撃級の対処方法は?これは訓練でも行えるが、座学ではきっちりと教えたぞ。言ってみろ。」

「はい。突撃級の前面は硬い装甲殻に覆われており、突撃砲では歯が立ちません。しかし、代わりに背中がとても柔らかい作りになっており、飛び越えてから背中に突撃砲を放つのが対処法です。」

「・・・ふむ、よろしい。・・・では、講義を続ける。」

唯衣は上手く答えられたことに安堵し、槐に笑いかける。そんな彼も、いつもながらの無表情ではあるが、コクリと頷き、ノートに書き写す作業を始める。

そんな二人を、後ろからジッと見つめる双眸が怪しく光っていた。

◆◆◆

昼食の時間。

「烏丸さん。」

「?・・・あ、あの時の・・・。」

振り向くとそこには腰まで髪を伸ばした女性がいた。やはり、身長差があって見上げる形になってしまう。

「ええ、ごきげんよう。わたくし、山城上総と申しますわ。」

「ええっと、ごきげんよう。私は烏丸槐です。・・・よしなに。」

「よしな!?」

驚愕の声を上げる山城に、槐は咳き込む。

「げふんげふん。なんでもないです。それで、一体どうしたんですか?」

「いいえ、少々確かめたいことがございまして。」

そう言って山城は槐に歩み寄り目線を合わせるように中腰になると、上から下まで視線を動かす。

「貴方・・・本当に男ですの?」

「はい、男です。正真正銘の男です。」

よく言われることだが、そこまで自分は女に見えるだろうか?一時期髪を切ろうと思ったが、給仕の方々と唯衣に全力で止められているため、現在は髪をストレートにして後ろにまとめている。女装すれば完全に女の子と間違われても仕方ないと茜雫さんは言っていたが・・・。

「それに続いて・・・この肌!」

むにゅ

「ふに?」

「なんて柔らかさをしてますの!?傍目から見ていましたからちょっと柔らかそうだなぁとか思ってましたが、綺麗すぎますわ!柔らかすぎますわ!可愛いすぎますわ!」

ムニフニュミョミョミョ~~ン

そう言って槐の頬を弄び、左右に引っ張る。最後の言葉はいらなかった気がするが、とにかく、彼女は槐の肌とか髪とか、容姿とかをうらやましがっていたのである。

「にぃぃぃぃあぁぁぁぁ~~~、伸びる~~~・・・。」

「髪の毛も綺麗ですし、どんなものを使えばこんな風に~!・・・・ふぅ。まぁ良いですわ。ちょっと楽しめましたし・・・。」

「・・・うぇ?」

「突然で申し訳ありませんでしたわ。あ、あともう一つ、篁さんに伝えておいてほしいことがあるんですの。「私は、貴女には負けませんわ」とね。」

「唯衣姫に?・・・分かった。」

「では、ごきげんよう。」

山城が踵を返す。それにしても、いつも傍目で見ていたとはどういうことだろうか?

「う~ん・・・ごきげんよう・・・。」

理由が分からないまま、槐もまた、山城とは反対方向に、その場を後にするのであった。



[34266] 第六話 恋とは?
Name: きりたんぽ◆81d5e089 ID:50918679
Date: 2012/12/03 12:56
山城と別れた後、槐は少し遅れての昼食であった。

「遅かったね。大丈夫だった?」

唯衣が心配そうに言う。

「大丈夫。すこし山城さんに会ってただけ。」

「山城?それって外様武家の山城家?確か数多くの衛士を輩出した家柄だよね?何か言われなかった?」

安芸が槐に問いかける。槐は少しだけ考えるしぐさを取った後、少し間をおいて口を開く。

「ほっぺたを弄られた。」

『なん・・・だと!?』

安芸と志摩子二人からドンッ!という効果音が響いた気がする。和泉だけがその光景を見て苦笑いを浮かべている。

「私たちの槐の神聖なるほっぺたを弄っただと!?」

「きっとあの柔らかさの誘惑に負けた良い子なのよ!」

「他に何か言われたりした?」

「うん?唯衣姫には負けないとか言ってた。あと・・・私の髪が綺麗だとか、肌が白いとか、本当に男なのかとか、あと、ほっぺたが柔らかいとか、・・・あ、あと可愛い過ぎるなんて言ってた。」

唯衣の質問に包み隠さず言い放つ槐に、安芸と志摩子が再び反応した。

「山城さんはこちら側に片足を突っ込んでいるようだな。」

「歓迎してやりましょう。盛大にね。」

「まず、山城さんが唯衣にライバル心を持っていることに焦点を置いたほうが良いような。」

和泉の言葉は正しい。動じず、二人にもみくちゃにされながら槐もそう思うのであった。

不意に、安芸が和泉の持っている手紙に興味を持った。

「にひ・・・ほぉ?今度の休暇にはそちらに帰れるよ、か。」

「あ!?見ないでよ!」

頬を赤らめながら非難する和泉に、安芸は笑みを零す。

「???」

なぜ頬が赤らむのか、意味が分かっていない槐に、志摩子が問いかける。

「そういえば槐ってさ、好きな子っているの?」

「好きな子?」

「そうそう・・・で、いるの?気になる子とかさ。」

「・・・・・。好きなのはいる。」

『え!?』

---ザワッ!?---

なぜか関係のないほかの女子まで反応を示した。

「誰なの!?お姉さんに吐いちゃいなさい!因みに私だったらもれなくお持ち帰りが決定しますが構いませんね!?唯衣!?」

「えぇ!?っていうか、人の家族を勝手にお持ち帰りしないでよ!」

「で?相手は誰なんだよ?」

「・・・唯衣姫。」

「へ?」

「安芸、志摩子、和泉、みんな私の好きな人。」

「あ・・・ああ~・・・なるほど。」

「な、なるほど。意外とおませさんなのね?」

「あきらめなよ志摩子。わかりきってたことだよ。槐にはまだ恋愛は無理だ。」

「?????????」

なんだ・・・とか、期待して損したなど、周りがざわついているが、意味が分からず槐は首を傾げるだけであり、それを見ていた唯衣はため息を一つ吐くのであった。

◆◆◆

同年の秋。

いつも通り学校から帰宅するために路面電車に乗った唯衣、槐、志摩子。

槐は降りる場所につくまで半ば強制的に志摩子の膝の上に乗せられて抱きしめられていた。

「んふふ~、今日は私の勝ちね。唯衣?」

「く、あの時チョキを出さなければ・・・!」

いつもの風景である。既に慣れた光景であり、槐は抱きしめられたまま教本を読んでいた。

今度の実施訓練で、彼は戦術機に乗ることを教官から教わった。あちら側では一度も乗ることがなかったAC。シミュレーションやハスラーワンの動きは四年前から変わらず記憶に残っている。

しかし、そのままの動きが戦術機で再現できるかと言えばそれは否だ。思考と機体の動きに必ずズレが生じるだろう。そうならないために彼は教本を一語一句暗記するつもりで読みふけっていた。

《これに伴い、アジア連合は絶対防衛線を構築・・・。》

テレビから発せられるニュースの情報。もうすぐ日本にもBETAが来ることを槐はなんとなく理解していた。

「そういえば、唯衣のお父さん、まだあっちに?」

「・・・行ったり来たり見たい。日本に戻ってきても、ずっと東京だし・・・。」

唯衣の父親。槐は一回や二回くらいしか会ったことがない。

だが、二回目の時、唯衣の父親からある約束をした記憶が槐にはあった。

『あの子といつまでも一緒にいてくれ。あの子の隣にいてくれ。』

「・・・・・。」

その言葉が意味すること。戦いというものを曲がりなりにも知っていた槐はその言葉の裏に隠されていた真意を半ば感じ取っていた。

「ふぅ~ん。」

相槌を打つ志摩子が、不意に視界の端に捉えた乗用車を目撃する。

「高そうな車・・・。」

視線の先には後部座席にいる山城上総であった。

槐も窓に身を乗り出して覗き込む。

「あ、山城。」

「このような時だからこそ。お前たち武家の者は率先し、一般市民に倹約の手本を見せるべきなのである。」

山城に砕けた敬礼をしながらいう志摩子に唯衣はきょとんとした顔になりながらも問いかける。

「それ・・・教官?」

「似てた?」

「とっても。」

笑いあう二人を槐は交互に見たあと、再び教本に目を通すのであった。

電車を降りて、二人揃って教本に目を通しながら家に足を運ぶと、唯衣があることに気が付いた。

視線の先には車数台が家の前に停車されていた。それは槐も時折見ていた光景と同じものであった。

「あれは・・・!」

唯衣の表情に笑顔がともる。彼女は槐の手を引いて足早とそこに向かっていった。



[34266] 第七話 初戦術機
Name: きりたんぽ◆81d5e089 ID:50918679
Date: 2012/12/03 13:03
唯衣が槐の手を引いて屋敷に帰ると、そこにいたのは巌谷中佐と、茜雫であった。

彼の話によると、唯衣の父親は当分は動けないそうだった。そんな彼から、唯衣に、「しっかりと訓練に励むようにと」伝言を伝えに来たらしい。

今回彼の用事は此処に顔を出すことではなく、迎えに来たことであった。

彼の用事とは槐に関係することであった。これは度々あることであった。この歳になると、無邪気だったころの子供らしい考え方は形を潜める。

だからこそ唯衣は少しずつ理解し始める。槐が、ほかの人間とは違う、特別な存在であることを。

では、どんな特別な存在なのだろうか?

「・・・・・・・。」

布団に横になりながら彼女は一考する。

と言っても、彼女はそれについて問いかけるつもりはない。いずれ、巌谷中佐が教えてくれると言ったのだから、彼女は信じて待つつもりだった。

明日彼女は槐と同じく戦術機を動かす。ちゃんとうまく動かせるだろうか。

一抹の不安を覚えながら、彼女は夜の帳が落ちた一室で眠りにつくのであった。

◆◆◆

同時刻 煌武院家本邸にて、槐、巌谷、茜雫の三人は、煌武院悠陽殿下の下へ訪れていた。

「お忙しい時に、申し訳ありませんでした。」

「いえ、お願いしたのは、こちらですから。それに、京都の様子を見ておきたかったですし。」

槐にとっては、今回が初めての顔合わせとなる。紫色の長髪を持った白い着物の女性。槐はこの目の前にいる女性が、帝国のトップであることに、少なからずの驚きを抱いていた。

「初めまして。烏丸槐殿。私が煌武院悠陽と申します。どうぞお見知りおきを。」

「お初にお目にかかります。殿下。烏丸槐訓練兵であります。」

「楽になさってください。ここにはあなたの事情を知っているものしかおりません故。早速本題に入りましょう。五摂家の中で何故態々当家に?」

「その前に、例の件についての進捗具合を・・・。」

巌谷が頷く、茜雫がカバンの中から書類を取り出し、殿下に手渡した。

「・・・・・。兵は勝つことを貴び、久しきを貴ばず・・・。」

「孫子・・・ですか。」

殿下の言葉に巌谷が相槌を打つ。

「新たな武具が、現世の戦を早々に終わらせる切り札にならんことを・・・。」

彼女が手に取った書類の内容は二つの設計図だった。

それは銃。九十九型電磁投射砲と、月光と名の付く腕だった。

「私は、そう信じております。」

「・・・・・。」

槐は、殿下の手に取った設計図を見て、目を細める・・・。

細めて・・・。

「・・・・・。」

細めて・・・。

「・・・・・。」

細めて・・・。

「・・・・!(危ない危ない)」

眠りそうになった意識を覚醒させる。

「烏丸槐訓練兵。」

「は・・・。」

「貴方にお聞きしたいことがあります。」

「は・・・。なんなりと。」

「貴方は、いずれこのないんぼーるというものに乗ることになるでしょう。それ故に、お聞きしたいことがあります。力とは・・・なんなのでしょうか?」

「・・・・・。」

≪情報の検索・・・力とは・・・。≫

殿下の問いかけに、槐は一つ間をおいて答える。

「力を持ちすぎた者は全てを壊す。秩序を乱す者です。世界を壊す力、それを律する力・・・。力とはどこまで行ってもただの力です。そこに大義や正義は存在しません。力には何の罪もありません。罪が生まれるのは・・・。」

「それは?」

「力の持ち主が始まりとなります。その力の持ち主が、力に意味を与え、指向性を持たせる。どんなふうに見繕ったとしても、それが力であることに変わりはありません。私は、そのために作られました。正しい力を持って世界を守り、人類を存続させる。人類を生き延びさせ、秩序を守る。その使命は、何処にいても等しく、果たさなければなりません。」

「・・・・・。」

「槐・・・君は・・・。」

珍しく、いや、初めてだろう。ここまで長く話したのは。

殿下はこちらをジッと見つめたまま動かない。槐もまた、決して目をそらそうとは思わない。

それが彼の唯一の願いだった。管理者の、セラフ、ハスラーワンの願いだった。人類を守りたかった彼らの願い。

その使命は、自分にも受け継がれている。だからこそ、自分は今ここにいる。だからこそ、自分は生きている。だからこそ、自分は人間になろうとしている。最強となるために。秩序を、世界を、人類を守る最強の存在として・・・。BETAを駆逐する。それが、自分一人で編み出した最初で最後の任務。

殿下がふと立ち上がり、槐のもとへ歩み寄り、彼を抱きしめた。

「申し訳ありません。貴方のような子供に、そのような重いものを背負わせてしまって。」

「気に病む必要はございません。殿下。これが、私なのです。」

「槐殿、そなたに心からの感謝を・・・。」

「私もです。殿下、私のためにセラフ制作に協力していただき、さらには私を気遣ってくださる言葉を下さり、誠にありがとうございます。」

二人のやり取りを見ていた巌谷中佐は、複雑な面もちであった。

人間として育てようとも、年月を経ようとも、彼は結局、兵器としての使命を全うしようとする。いずれ迫りくる運命に、彼は胸を痛めた。

彼は人知れず己を戒めるように拳を握る。己の無力さを恨みながら。

◆◆◆

「やだ、これ、きつい。」

「無理せず一つ上のにしたら?」

「フィットさせちゃえば、気にならないんだろう?」

「・・・・・。」

そんな話声を聞きながら、槐は強化服を身に着ける。

スイッチ一つでサイズを調整し、ピッチリと全身を覆うように強化服がフィットされる。

「・・・・・。」

槐はいつもと変わらぬ無表情のまま昨日の夜のことを思い出す。自分という存在の使命を吐露したことを・・・。

もちろん、その場にいる全員が、自分についての事情はすでに知っていることは承知済みだ。故に協力してもらっている。

あの時口にした自分の使命、自分の悲願とも呼べるもの。それを口にしたときになぜだろうか、その時の自分に違和感を感じた。胸にしこりができたかのような、よくわからない違和感だった。

だが、今はもう関係のない話だ。今やるべきことは訓練だ。

いよいよである。

槐は意識を切り替え、更衣室を後にする。

唯衣たちは、普段とは違う雰囲気を醸し出す彼に疑問符を浮かべながらも心配げに見つめるのであった。

◆◆◆

「戦術歩行戦闘機。即ち戦術機は、貴様らにとっての甲冑であり、武具でもある!まずはこれを手足のように使いこなしてみろ!」

戦術機を動かす準備ができたのを確認し、整備士に親指を立て、OKのサインを出す。

その後、コクピットが収められ、メインシステムが立ち上がっていく。

ビュゥゥゥンッ!

網膜透写された視界が出現する。いつも見る視界とはまったくの別世界だ。これが、戦術機の視界。

ゾクゾクゾク!

≪注意、心拍数上昇、血圧上昇、・・・バイタルチェック完了。身体に異常なし。軽い興奮状態と認識。≫

背筋に電流が走る。今自分が興奮しているのをいやというほど自覚する。

ああ、早く動かしたい。

まるで買ってもらった玩具を買ってもらってはしゃぐ子供みたいな感情をあらわにする槐。

彼は教官の指導の下、実戦訓練を始めることになった。

「私が直々にひよっこである貴様の相手をしてやる!ありがたく思え!」

「はっ、ありがとうございます。」

抑揚のある声だが、芯のある声になるように努力したのは槐のここだけの話。

「貴様、それでも男か!もっと大声でしゃべらんか!」

やはり無理だったようだ。

「はっ!ありがとうございます!」

「よろしい!では、今から始める!竦むなよ小僧!」

お互いの戦術機は激震。長刀と盾を片手に、向かい合う。

相手が長刀を振り下ろしてくる。盾を使って軌道をそらす。

返す刀で振るわれる長刀を同じく長刀で防ぐ。初めての戦術機での模擬戦。槐は防戦一方だった。

「どうした!反撃してこい!」

「・・・・・。」

「それとも怖気づいたか!?」

「・・・・・。」

「それでも巌谷中佐殿の養子か!?情けない!親に申し訳ないとは思わんのかこのひよっこが!」

「・・・・・。」

「どうした!ここまで言われてまだ何も言い返せんか!?」

「・・・うん、覚えた。」

槐にとって、相手の言葉は不要だった。今自分に必要なのは、戦術機の操作方法になれること。この短時間で学び、感じ、学習したのだ。癖、動きの限界、タイムラグ。

彼はその全てを短時間で覚えたのだ。

グッ・・・

操縦桿を握る手に力が籠る。

相手は油断しきっている。防戦一方となっている自分に対して、攻撃が単調になってきている。

盾で防ぎ、同時に長刀を弾く形で振り上げる。

「なに!?」

「・・・・・。左手の盾で防ぐ?」

振り下ろした長刀が盾で防がれる。

「ほお?やっとやる気になったか。ならば・・・!」

「右からの横なぎ。」

ガギンッ!

槐は呟きながら己から見て右からくる斬撃を長刀でいなす。

「左斜め下からの斬り上げ。」

槐が盾を構えながら後退し、掠らせながらも避ける。

「どうした!?また防ぐだけか!」

「接近、上段からの振りおろし。」

分かる。槐にはわかる。先が、解る。

走り、近づいてくる戦術機が、上から振り下ろされる長刀の軌道が、彼には手に取るようにわかった。

「・・・・・。」

近づいてくる前に、槐は横に動く。

近づいてくる攻撃に添えるように、長刀を動かし、軌道をずらす。

「く!?」

「・・・・・!」

盾を構えたまま突進する。奇襲は見事に成功、突進されたことによって隙が生まれた。

ガギンッ!

「「・・・・・。」」

「そこまで!烏丸一本!」

ワァァァァァッ!!

いつの間にかギャラリーができていたようだ。自分と相手の戦いを見ていた者たちから歓声が上がる。

初めての戦術機での戦闘。槐は勝ち星を収めた。



[34266] 第八話 帝都燃ゆ 前篇
Name: きりたんぽ◆81d5e089 ID:50918679
Date: 2012/12/03 15:43
訓練が終わったころ、夕方となる時間帯で、槐は教官から呼び出しがかかった。
なんでも、とある二人からのご指名らしい。一体誰だろうか?

疑問に思った彼が教官に案内されるままに応接室へ行くと、そこにはソファに座っている二人の男女。

一人は吊り目で紫色の髪をした女性。

≪記憶データでの検索。香月夕呼と判定。≫

数年ぶりの再会となる。

もう一人は金髪のたれ目の男。二人とも白衣を着ている。彼は槐を見た瞬間、立ち上がり、興奮したように男は口を開いた。

「やあやあ!君がエンジュ君だね!?突然だけど、解剖されてくれな(ドゴッ!)アクアァッ!?」

「やめなさい。殺したら元も子もないわ。貴重なパイロットを失うわよ。」

男は槐の手を握りぶんぶんと上下に振っていると、夕呼が後頭部に一撃を入れた。奇声を発しながら男が倒れる。

「しかしだねぇ、夕呼君。彼の身体は貴重なものばかりだ!こんな彼のために戦術気が作れるだなんて、私にとってはまさに運命の出会い!そうは思わな(ドゴシャッ!)ビットォッ!?」

「黙りなさい変態。」

すぐに起き上がり、まくし立てるように言う彼に真上から振り下ろされる平べったい板のようなもの。つまりファイルが男の頭頂部を叩いた。

鈍い大きな音とともに再び倒れ伏す彼を槐は一瞥した後、夕呼に視線を向ける。

「お久しぶり、です。」

「あら、今度はちゃんと言えたみたいね。烏丸。」

「はい・・・先生。・・・・・博士?」

首をかしげて言い直す槐に、夕呼は苦笑した。

「まぁ、そっちのほうが良いわね。」

「なんだいなんだい?二人は知り合いなのかい?つれないなぁ、私にもぜひ紹介をして(ボグッ!)コジマァッ!?」

「悪いわね。つい手が出てしまったわ。ほら、さっさと立ちなさい。時間も押してるんだから。」

ムクッ。

すぐさま立ち上がる彼。ずいぶんと痛そうな音を何発も食らっているが、大丈夫なのだろうか。

「はっはっは!ではまずは自己紹介から行こうか!私はトーラス・キサラギ!初めましてだね!エンジュ・カラスマ君!」

「烏丸槐です。初めまして、キサラギ博士。」

「早速だが本題に入らせてもらおう。プラズマ兵器である月光、それと光波についてなんだが、一応本格的な開発段階には進められたよ。あと数年も経てば、君のセラフに装備が可能となる。それまでは長刀を内蔵した両腕で何とかしてくれたまえ。まぁ、詳細はこれを読んでくれ。」

そういって手渡されたのは、複数の書類が納まったファイル。それを開き、槐は書類に記された文面を読む。

≪【ナインボール・セラフ開発の経過報告】ここではナインボール開発のための問題をまず最初に明記しておく。一つ。装甲が現存するものと全く別のコンセプトで作られており、その装甲を作るには、相応のコストと時間を要することとなるだろう。プラズマ兵器もである。これを同時進行で開発するには、経済の状況を考えて数年の時間を要する結果となった。課題は山積みである。≫

次のページへ・・・。

≪また、今後のBETAの戦いでいずれデータ集めとしてナインボールを実戦配備させることになるだろう。それまでに神経接続のシステムに異常がないかを調べ、パイロットの操縦技術の検証。シミュレーターの開発。それは香月夕呼次第だろう。尤も、彼女にそのような心配事は不要だろう。実際、烏丸槐のレポートに記された技術は着実に日本の力になっている。もちろん、彼自身名義でこれは公表されてはいない。この情報、つまりレポート自体は極秘中の極秘であり、紅蓮大将直々の元で保管されている。≫

次のページへ・・・。

≪続いてナインボールの武装についての問題点。セラフの武装は現状の技術での再現は不可能に近い。月光・光波などといったプラズマ兵器は問題はないが、自立起動し、AIの補助を受けながら飛び続ける小型の移動砲台、オービットキャノン。そして、革新的な新たなエネルギー技術。こればかりは現状ではどうしようもない。≫

≪データ照合を開始。機体再現率40パーセント強と判定。≫

「・・・・・近いうちに神経接続の調子を見るためのテストをするために呼ぶけど、構わないよね?」

「・・・・・はい。」

「ったく、あんたって底なしの馬鹿じゃないかって時々思うわ。あんたって何が目的で開発のために全財産使ったの?」

「はっはっは!夕呼君!私の夢はね、最強の戦術機を作るためさ。この開発について巌谷殿からスカウトを受けた時から、私は運命だと感じていたのさ!だから、私は惜しみなく私のすべてを賭ける。文字通りね。君は、そんな私を愚かだと思うかね?」

「ええ、底なしの、救いようのない変態よあんたは・・・。」

バッサリと言い切る夕呼に、さすがのトーラスも乾いた笑みを浮かべる。

「相変わらずつれないねぇ。大学時代はジングウジ君と時々遊んだ仲じゃないか~。あっはっはっは(ドゴシャッ!)アレサッ!?」

「正確にはアンタのぶっ飛んだ発明品で遊ばれたのよあたし達は!」

「・・・・・苦労してます?」

「お陰様でね・・・・。」

そういってため息を吐く彼女を一瞥した後、槐はトーラスを見る。

「人類は、BETAに勝てますか?」

「おやおや?どうして一介の科学者にそんなことを訊くのかね?」

槐の問いかけに、彼は立ち上がりながら問い返す。

「特に理由はありません。」

「ふむ・・・。なら、私の主観から言わせてもらうと、人類は確実に負けるね。このままじゃ・・・。」

「っ・・・・。」

トーラスの言葉に夕呼の肩が少しだけ揺れた。彼はそのまま続けた。

「日本人の文化、戦闘方法、アメリカ人の戦術、価値観。どれを取っても正反対と言ってもいい。何せ、アメリカ人は・・・おっと、これは重要機密事項だったかな。Need to knowだね。うん。ま、どちらにせよ。世界の、人類の存亡をかけた戦いにおいて、邪魔をするのは人間の持つ醜い心さ。何時だって、身勝手な物事がそれを邪魔する。ほんと、まったくもってくだらない。日本政府だって、ちっぽけなプライドなんて捨ててアメリカで戦術機についてもっと学べば良いというのに。」

理解に苦しむよ。とでも言いたげに肩をすくめる彼に夕呼はため息を吐く。

「あんた、ここに耳と目がなくてよかったわね。それ聞かれてたら、今頃頭をふっとばされてるところよ。」

「はっはっは!目先の利益のために手を出せない老害どもが、何を言おうと知ったことじゃないね。私は私の道を行くよ。その過程で殺されようとも私にとっては如何でも良いね。その段階になるまではてさて、何年かかることやら・・・。それまでにセラフができれば、私の勝ちさ。ね?エンジュ君?キミもそう思うだろう?」

「・・・・・。」

不敵な笑みを浮かべ、意味ありげな問いかけをするトーラスに対し、槐は無言を貫いた。

「・・・・・。」

無言のまま・・・。

「・・・・・。」

無言のまま・・・。

「(ぷぅ・・・こぴょぴょぴょ・・・ぷぅ・・・こぴょぴょぴょ)」

鼻提灯を作っていた。

「「だあッ!?」」ズルッ!?

その日、トーラスと夕呼は人生で初めてズッコケるということをした。



◆◆◆



その後、なし崩しにお開きとなり、眠たげな眼をこすりながら、槐は一考する。

この世界では技術が圧倒的に足りない。

「・・・・・。(ギリッ)」

歯噛みする槐の感情に焦燥という二文字が浮かぶ。握る手に思わず力が入る。

近いうちにテストがあるということだが・・・。はたしてどうなることやら。

力が・・・力が足りない。もっと力が欲しい。

力への渇望。槐の中に渦巻く願望は、彼の足を自然と戦術機の格納庫へと進ませていた。

≪ザザ・・・んとうに・・・ザァァザッザ・・・いのですか?・・・かんがザザ・・ザさい。何のた・・ザザァァ・・か・・・・。正体不明のシステムが接続されました。ザァァァ・・・ザァァァ・・・最終目標【ザッザザア・・・を見極めよ】ザァァァァ・・・≫

「???・・・今のは?」

「あ、槐君だ!ヤッホー!槐君手伝いに来てくれたの~?」

志摩子の声だ。よく見ると見知った顔全員が戦術機に乗って掃除を行っていた。

彼女の声で、槐の思考は一時中断される。

「あ、志摩子・・・。」

しばし呆けたように、彼は彼女たちを見上げる。この際だ。自分も手伝おう。

彼はモップを手に取った。



◆◆◆



「はぁ、終わった終わった。」

「いやぁ、助かったよ槐。お前のおかげで早く終わった。」

その後、彼女たちは六人で円を描くように格納庫の床に座り込んでいた。身体に伝わる床の冷たさが心地よく、ふぅ、と思わずため息を吐く。

「別に、礼は、いらない。」

「はは、こやつめ。相変わらずかわいいなぁ。」

プニプニ、と槐の首に手をまわして頬を突く安芸。槐は相変わらずされるがままである。

「こらこら槐を独り占めにしないでよ。私にも貸してよ。」

不満げな言葉を口にする志摩子に唯衣が待ったをかける。

「ちょっと、志摩子、安芸、エンはあなたたちのものじゃないのよ?」

「そうですわその子はわた・・・いえ、何でもありませんわ。」

「「なんでも?」」

ニヤニヤと山城を見る安芸と志摩子の視線に、頬を赤らめて視線を逸らす山城。

「う~、五月蠅いですわね。ええ、そうですわよ。私もぷにぷにしたり抱きしめたいなぁ、とかは思ったりしてましたわよ。」

「ええ~?別に正直に答えろとは言ってないんだけどな~。」

「そうそう、別に隠しててもよかったんだよ~山城さ~ん?」

「くっ、あ、貴方たち・・・。」

完全に弄ばれている。顔を真っ赤にさせる山城に、槐が歩み寄り、ポムポムと彼女の肩を叩く。

「元気出して・・・。」

ドッ、と4人分の笑いが格納庫に響く。相変わらず槐はなぜ笑うのかわからず首をかしげたが、誰も分からなかった。

逆に慰められた山城は、気恥ずかしそうに俯いている。慰められたことによる羞恥か、それは誰にもわからない。

「相変わらず無表情だよなぁ、お前。少しは笑顔見せろ笑顔。」

「あ、そういえば、見たことないかも。」

和泉の言葉に、全員が頷いた。普段無表情である槐が笑顔になるとどうなるのか、軽い好奇心に駆られた唯衣を除いた彼女たちの視線が彼に注がれる。

「唯衣はどうなの?槐君の笑顔見たことある?」

「ま、まぁ、あるにはあるけど・・・」

「え!?どんな感じだった?」

「その・・・。」

「もったいぶらずに教えなさいよ!」

口ごもる彼女に詰め寄る志摩子たち。彼女は意を決して口を開いた。

「その、簡単に言えば、反則ね。」

『反則?』

全員が揃って同時に首を傾げる。どういう意味だろうか?理由がわからない彼女たちに、唯衣が続けた。

「昔一回だけ見たことがあるんだけど・・・その、ね。」

うんうん、と頷く彼女たちに更に続ける唯衣。彼女の頬は少しだけ赤らんでいた。

「思わず、ボーっとしちゃった。」

ほぉ、と感嘆の息を漏らす彼女たち。後にグルッ!と槐に視線を動かした。

「・・・!?」

いきなりの彼女たちの行動に、思わず身を硬直させた槐。

一体何がどうなっている!?

彼女たちの視線が言外に許可を求めるように唯衣を見た。

「槐。一回だけでいいから、笑顔を見せてみて。」

「・・・良いの?」

「うん。」

「わかった。」

表情筋を動かし、口元を吊り上げ、目じりを下げる。そして。

「(にぱ~~~~・・・)」

ガクッ!!

その日、四人の訓練兵が萌えを理解すると同時に萌え死にした。

≪祈れ・・・「答え」のために。お前にはその権利と義務がある。≫



◆◆◆



冬。BETAは遂に日本へと歩を進める。次々と防衛線が突破され、確実に近づいてくる破滅の魔の手は、帝都である京都。すぐそこまで来ていた。

「イヤァァァァァァッ!!」

和泉の悲鳴が訓練校の寮で響き渡った。彼女の恋人が、配属先である九州で死んだという報せを受けたことが原因だった。

死ぬ。人が死ぬ。

「・・・・・。」

それに対して悲しむ和泉はどう感じて泣き叫んでいるのだろうか。今の槐には、まだ理解できないことだ。

『―――――。――――――――――。』

ニュースの電子音が鼓膜を叩く。蹲って恋人の写真が写ったペンダントを握り、泣き続ける彼女に対し、槐は如何すればいいのか迷っていた。

日本帝国軍、在日米軍、国連軍による三軍共同の防衛線。恐らく、それも突破され、ここまで来るだろう。

それがわかっていた。それ故に、理論的に考え付く自分に、彼は言いようのない感覚が渦巻いていた。



◆◆◆
7月31日

京都嵐山 仮説補給基地。

「貴様らの任務は!この補給基地の死守にある!実戦経験もない。ましてや教練も満足に終えてない貴様達学生が前に出ても、正規部隊の足手まといになるだけだ。今は、ここを守ることだけを考えろ!」

『はい!』

近衛の証である赤を身に纏った。ここ、嵐山中隊の隊長である女性が、唯衣たちにそう言う。声を張り上げ、応える彼女たちの目には、不満と恐怖と不安がないまぜになっていた。

≪計算・・・計算・・・計算。嵐山仮説補給基地防衛の可能性、20パーセント。ほぼ絶望的と断定。≫

「足手まとい・・・か。」

「・・・・・(もう一度計算。)」

そう呟く安芸。彼女たちをしり目に、槐は再度計算を行う。

彼は待機しながら脳内でシミュレーションを行っていた。何度行っても、育った故郷を、ここを守り切れる可能性が圧倒的に低いという結果に至った。

それでも、彼は幾度となく計算を続ける。

“何故、このような無意味なことをする?”

脳裏にその言葉が浮かぶ。彼自身、知らないことだ。しかし、納得ができない。これだけは理解できた。

その行動が、どのような感情によって起こったのかは、それは、後に知ることとなる。

「みなさん!大変でしてよ!BETA先頭集団が突出。高ヶ峰付近にまで迫っているって。」

先ほどまでいなかった山城が唯衣たちに駆け寄り報告してきた。すでにBETAは目と鼻の先まで来ていた。

外を見に行く彼女たちをしり目に、槐は戦術機に乗り込み、最終チェックを行っていた。

彼は理解していた。故に行動する。

“既に此処は最前線”

であると。

乗る機体は瑞鶴。巌谷中佐の養子であっても、彼はただの一平卒だ。武家の人間ではない。見分けをつけるために彼の瑞鶴は黒で塗装されたものだ。

「――――――。」

生者が死者の数を数えなくなった時代。少しずつ、ゆっくりと進んでいく人類の滅びへの道。その足音は、今尚止まることを知らない。

――――――ッ!――――――ッ!

BETAが来たことを報せる警告が鼓膜を叩いた。

「進軍速度が速過ぎる!」

「なんで?後方の補給基地まで?」

「「違う(いいえ)、ここはもう最前線(よ)。」」

槐と唯衣。二人がそろって瑞鶴を前に出す。

≪メインシステム起動を確認。全システムチェック終了。戦闘モード起動。行けます。≫

次々と発進していく友軍機。彼もカタパルトへ足を乗せる。

「烏丸槐。ブラスト!」

彼は飛ぶ。己の力不足を責めながら。

彼は進む。何かに動かされながら、この胸に渦巻く衝動のままに、操縦桿を握る。



[34266] 第九話 帝都燃ゆ 後編
Name: きりたんぽ◆81d5e089 ID:50918679
Date: 2013/11/05 18:38
嵐山中隊は第一、第二、第三小隊の三つに分かれる。槐は唯衣が率いる第二小隊として出る。

全員が緊張を紛らわせるために呼吸を深くさせている。

既に敵は近くまで来ている。瑞鶴のカメラアイが、突撃級を捉えている。

≪ターゲット確認≫

『ギリギリまで引き寄せる』

中隊長の声が聞こえる。真に注意すべき点は光線級。あれの精度は異常だ。高度を取った瞬間、落とされる。

一撃食らえば死ぬ。

突撃級が建物をなぎ倒しながら接近してくる。全機の兵装は自由に設定されている。乱戦状態となれば、円陣を組んで防御するしかない。

槐の瑞鶴の装備は、盾を左手に、突撃砲を右手に持った状態だ。

背中には長刀を一本と換えの突撃砲一丁を装備。

マガジンは4つ。これで戦えるかと聞かれれば、それは否だ。

どうあがいても、ここは死守しきれない。

『あれが・・・』

『BETA!』

『行くぞ迎撃シフト楔壱型(アローヘッドワン)全機兵器使用自由行くぞ』

『『了解』』

瑞鶴を走らせ、楔型となって連携を作り、彼女たちは突撃砲を構える。

『く・・・・』

≪志摩子の息遣いに異常が見られる。極度の緊張により、軽いパニック状態となっている。冷静な対処を行えない恐れあり。≫

判断すると同時に槐が通信を行う。

「志摩子、先走っちゃダメ・・・。」

『・・・う、うん』

「訓練を思い出して・・・。突撃級には何が効く」

簡潔に、槐が問いかける。志摩子の表情に冷静さが取り戻された。

突撃級と接触する前に跳躍ユニットを作動。噴射剤を消費して飛び上がり、突撃級の背中に突撃砲をお見舞いする。

ズズゥンッ

突撃級が倒れた。

――――――ッ―――――ッ

「光線注意・・・。志摩子・・・」

今この中で高度が高いのは志摩子だ。志摩子が光線級のレーザーに狙われようとしている。

シマコガ・・・シヌ

「ッ」

≪計算開始。計算・・・計算・・・計算。処理、学習、角度特定、条件クリア。成功の確率10%フラット≫

「志摩子」

槐は志摩子の後ろに移動する。彼女の足を崩し、無理やり下降させる。

『きゃっ』

かわいらしい悲鳴が聞こえるが、そんなことは今気にしていられない。

≪演算開始。再計算・・・再計算・・・再計算。認識、認識、再認識。学習、学習、進化、座標特定、角度、速度、特定。発射と同時に武装をパージせよ。≫

ビッ

射線上に添えるようにそれを置く。射線を少しでも逸らせるよう、斜めにだがまっすぐに、光線と向き合うよう。

恐らく焼け石に水となるかもしれない。下降していく志摩子の機体はまだ射線上にある。発射と同時に彼は盾をパージする。

ジュッ

盾が一瞬の間をおいて溶けた。志摩子の機体をわずかにそれ、奇跡的にそれが避けられた。

「志摩子、高すぎた。油断大敵。」

『あ、ありがとう。槐。』

「気を付けて、まだ来る」

『う、うん』

盾を失ったが、それでも戦えないというわけではない。失った盾の代わりに、左手にもう一つの突撃砲を持つ。

『懐に入れ!そうすれば光線は来ない!』

山城率いる第三小隊が光線級を探す。

「見えた・・・ロック!」

狙いが定まる。その時、

『きゃあ!』

要撃級の攻撃に、一人の友軍機のコクピットが潰された。

「クッ!」

山城が要撃級に銃口を向け、発砲する。それは正確に要撃級の命を穿った。

「く・・まだ来る!・・・うおおおおおおおおおっ!!」

襲い掛かる要撃級に突撃砲を乱射する安芸。だが、弾は有限だ。いずれ弾切れになる。

マガジン交換も忘れ、呆然とする安芸に、要撃級が襲い掛かる。

「ヒッ・・・!」

ひきつった悲鳴を上げる彼女の機体を縫うように、弾丸が要撃級に叩き込まれた。

二機の戦術機が彼女の機体に近づく。

『安芸!大丈夫!?』

『危なくなったら下がって。援護する・・・!』

一機は譜代武家の証たる黄色の唯衣が乗った瑞鶴、もう一機は槐の乗った黒の瑞鶴であった。

「あ、ああ。唯衣、槐・・・。」

安堵のため息を吐く安芸。

『各個撃破に移れ!第三小隊に敵を集中させるな!』

『『了解!』』

二機で一組となり、BETAを駆逐していく。乱戦状態となったこの状況。槐は長刀を片手に、要撃級の攻撃を受け流し、突き刺し、裂く。最低限の弾薬だけを消費させ、確実に息の根を止める。

背後から来る要撃級に正確に120mm砲を当て、沈黙させる。

『槐君・・・凄い・・・あたし惚れちゃいそう。』

こんな絶望的な状況の中だというのに、そんなことを口走ってしまう志摩子、彼女も要撃級を近づけまいと突撃砲を構える。

『お姉さんも、負けてられないかなぁ!』

『でやぁ!』

安芸の持つ長刀が要撃級の一体にトドメを差す。

『はぁ・・・はぁ・・・やった。やったよ唯衣!死の八分を乗り切った!』

「っ!?」

槐の横を、突撃級が通り過ぎる。その進む先は、安芸のいる機体!

避けられないことが見て取れた彼は突撃砲を構える。だが、彼の後ろから、要撃級が襲い掛かった!

『危ないっ!』

要撃級の攻撃を、横から志摩子が盾で防ぎ、隙を狙って突撃砲で沈黙させる。

「っ!!」

『アハハハハ!もうこれであたし!』

「一発で仕留める。」

ドンッ!

最後に残った120mm弾が突撃級の背部を貫いた。

一撃で絶命する突撃級が安芸の目の前でのめりこむように倒れ、沈黙した。

『ッ!?デ、突撃きゅ・・・あ・・・・あぁ・・・。』

「安芸!しっかり!安芸生きてる!まだ終わってない!」

珍しく声を張り上げる槐。彼の言葉に喝を入れられた彼女の瞳に、再び覇気が宿った。

≪警告、敵増援を確認。直ちに戦線を離脱することを推奨。≫

「新手?」

レーダーにBETAの反応が現れる。おびただしい数の赤い斑点が、数えきれない大質量の軍隊であることを報せた。

『どうなっている?後続集団の報告は受けていないぞ!?』

中隊長が狼狽したように通信をつなげる。

だが、一向に繋がらない通信に、槐は直感的に補給基地が墜ちたことを感じ取った。

「・・・中隊長。発言を宜しいでしょうか?」

『・・・なんだ?』

「すぐにここから離脱したほうが宜しいかと。」

『貴様、何を言っている!ならん!我らの任務は補給基地の死守だ!ここで迎え撃つ!』

「補給基地からの連絡がありません。仮に基地が生きていたとして、後続集団の存在の連絡ミスするのは変です。違いますか?」

『く・・・CP!応答せよCP!誰かいないのか!?CP!』

何度呼びかけようとも無駄だった。なぜなら、すでに基地には多数のBETAが今もなお基地内に入り込んでいるのだから。



◆◆◆



所変わり。某所。茜雫からの状況の報告を受けていた巌谷は、当初の予想を上回る損耗率と絶望的な状況に、次に行う作戦に関する思考を巡らせる。

日米軍からの援軍が来ているが、到底数が足りない。

「(唯衣・・・槐・・・死ぬなよ。)」

次に行われるのは艦砲射撃による面制圧。

ただ指を咥えて見ているだけとなっているこの状況に歯噛みしながら、巌谷は自分の息子たちの無事を祈った。



◆◆◆



状況は最悪の一言だ。
要撃級に囲まれ、兵装も残り少なくなってきている。既にここを死守する意味もないというのに、槐の中に初めて苛立ちというものが募りだす。

『前小隊に告ぐ!直ちにこの戦域を離脱!第八ラインまで後退せよ!』

やっとか・・・。かつては友軍機のものだったのだろう。地面に突き刺さったもう一本の長刀を持ち、二刀で槐は近くにいる要撃級を薙ぎ払いながら後退を始めた。

平原を移動すると同時にそれは起きた。光線級の光線警報。動揺する彼女たちに白い閃光が襲い掛かった。

最初に中隊長が落とされた。

「中隊長!」

叫ぶ唯衣を尻目に槐は状況を打開するためにシミュレーションを開始する。

≪計算開始。友軍機が生き残れる確率30パーセント。代案を掲示。選択。選択。行動の選択。決定≫

「!?何をしているのエン!戻りなさいエン!エェェェェン!!」

槐はその場で減速、反転し、最大出力で前進する。光線級がいるもとへ。唯衣の声を背に受けながら。

“唯衣を、あの子を頼む。”

≪任務の変更を確認。【目標 唯衣含め5人の生存】決定。光線級の射撃可能範囲地点まで、残り20秒。要撃級の到着まで、残り30秒。タイムリミットは10秒。状況開始。≫

光線級の狙いは唯衣たち。今自分に向けられていないだけまだ幸運だ。しかし、それもこれまでだ。

光線注意の警報が鳴る。

「計算、計算、計算、計算!演算!射線の特定!今!」

ビッ!

光線が飛んでくる。先読みによるそれを長刀で庇う。右腕部が損傷。射撃には問題ない。

―――ブシュッ―――

≪注意、脳にダメージが蓄積されています。ACとの接続がない状態での高度な演算は危険です。≫

「・・・・・!」

だからどうした。低く、這うように動く。地面と戦術機の足の感覚は1メートルジャスト。

これ以上は下げられない。

≪残り5秒。≫

突撃砲を構える。更に計算し、再度光線級の場所とポイントの再確認。

―――ブチッ!―――

≪警告、システムに異常が見られます。身体機能の一部が停止状態。これ以上の演算の続行は、脳に深刻なダメージを負います。アドレナリンを分泌。≫

槐の鼻から血が流れ始める。構うものか。

「それが・・・どうした。」

ブチ、また何かが頭の中で切れた音がする。視界が赤く染まっている。

「関係ない!」

槐の紅い瞳。その一部である水晶体が、黒く染まり、その中に赤い文字で様々な数字が所狭しと横切っていく。

≪危険。脳に深刻なダメージが発生!直ちに演算の使用を中止せよ!目標地点到達!10・・・9≫

「っ!」

120mm砲は残り10発。光線級も10体。

ドンドンッ!!

≪2発発砲。命中。残り八体。残り八秒≫

ドン!ドンドン!!

≪三発発砲。命中、残り五体。残り6秒≫

照準を変えながら、流れるように、自ら照準を真ん中に移動させるようにロックし、引き金を引く。

ドン!ドンドン!ドン!ドン!

「くっ・・・はぁ・・・はぁ・・・」

≪目標達成!直ちに戦線を離脱せよ!繰り返す!直ちに戦線を離脱せよ!BETAとの接触まで残り2秒!≫

「う・・・・うぅぅぅぅぅぅぅううううう!!!!」

突撃級が猛スピードで走ってくる。噴射剤を消費して彼は後退しようとする。

≪1秒!危険!右方より艦砲射撃の反応あり、直ちに離脱せよ!≫

目から、耳から、鼻から噴き出る血をそのままにして、がむしゃらに彼は戦術機を後退させる。戦術機の目と鼻の先で突撃級の外殻の先が接触する直前で、槐はようやく後退に成功する。

光線級を警戒し、ほぼ地面すれすれで、彼はその場から脱出を始める。噴射剤は残り半分を切った。このまま行けるだろうか。

『・・・・ン!エン!応答して!エン!お願い!応答して!エン!』

よほど集中していたらしい、先ほどからずっと通信が来ていたようだ。

「唯衣姫・・・終わった。」

『エン!無事なのね!』

「うん。ちょっと・・・疲れた。」

『うん・・・本当、心配かけさせて!早くこっちに来なさい!後で絶対に説教してやるわ!』

「あぅ・・・。」

手厳しい歓迎が待っているようだった。

合流する途中、他の友軍機の瑞鶴の残骸を発見し、自分が現状の戦力をすべて守りきれなかったことを物語っていた。

「唯衣姫、志摩子たちは、生きてる?」

『・・・ええ、生きてるわ。皆、ちゃんと生きてる。貴方のおかげよ。』

自分の知り合いは守れた。

やわらかい声でそう言ってくれる彼女に槐が安堵したとき、轟音と共にBETAのいる場所に爆炎が降りかかった。

「艦砲射撃。」

槐は次々と粉砕されていくBETAを見ながら、そうつぶやいた。



◆◆◆



「ふぅ・・・・・ふぅ・・・・・ふぅ・・・・・」

静かに、心を落ち着かせるかのように呼吸をする。流れ出る血と汗をふき取り、彼は唯衣の通信を耳に入れながらとにかく体力の回復に専念する。

『烏丸、大丈夫ですの?』

「・・・ぅん・・・・だいじょうぶ」

山城の言葉に何とか応える槐。残った友軍機は自機を含め6機。顔面から噴き出た血を少しずつ拭いながら彼は思考を巡らせる。

先ほどから唯衣が連絡を行っているが、他の友軍からの連絡はなし。援軍が来る可能性は無し。

彼は思考を巡らせる。この絶望的な状況の中で、次に起こり得る脅威を・・・。

『皆、喰われるのよ。』

不意に、和泉がそうこぼした。

『喰われる?』

安芸の言葉に、和泉が続けた。

『前に座学で見たでしょ?BETAは人を食うのよ!私たちもどうせ・・・!』

『和泉!しっかりしなさいよ!私たちは死の8分を乗り越えたわ!』

『志摩子の言うとおりよ!・・・和泉!だったら、次にやることはなに!?』

『仇を・・・討ちたい。彼の・・・皆の・・・!』

震える声で和泉が答える。恋人の仇を討つために。「生き延び、BETAを倒したい。」それが、いま彼女の、ここにいる全員が共通している思いだった。

『できるわよ。皆の分まで生き延びて、BETAと戦うの!』

『・・・うん。』

『ッ!動体センサーに反応!』

「・・・・!」

山城の言葉に槐は身を引き締める。サーチを作動し、どこにいるかを調べようとしたとき、

―――ズキッ!―――

「イ・・・ギッ!?」

すさまじい頭痛とともに彼は片手で頭に手をやった。

≪警告、システムに異常が発生。これ以上の使用を危険と見做し、修復のために一時的にシャットアウトします。≫



カシュッ・・・。



小気味良い音とともに自分の頭の中で何かが閉じられた感覚が発生したのを槐は感じ取った。

「!?」

予想外の出来事だった。今この状況でそれはまずい。近づいてくる存在の正確な位置が把握できない。

焦る彼があたりを見渡す。

ドガァァァァッ!!

『しまった・・・・!』

「!!」

轟音と共に建物を突き破り、唯衣の瑞鶴が突撃級に押し倒された。

「唯衣っ!」

槐が思わず叫んだ。押し倒している突撃級はこちらからでは狙えない場所にいる。だが、自分が対処できなければ別の誰かにやらせればいい。そして、それができるのは一人。

「和泉!」

『和泉撃て!』

ほぼ同時に唯衣と槐が叫んだ。彼女の瑞鶴が狙いを定めた時、3つの発砲音が響いた。

突撃級の後部が吹き飛び、赤い鮮血が建物と戦術機を濡らした。

撃ったのは和泉ではない。一体誰が?

近づいてきたのは一機の戦術機だった。ゆっくりとこちらに飛んできた青とグレーでカラーリングされた戦術機は激震とも瑞鶴とも違う形状をしていた。

『94式、壱型丙?』

『死の八分を生き延びて、少しは衛士らしい面構えになったか?』

通信から聞こえた声は聞こえなれた声だった。安芸、志摩子に喜びにも似た表情がともる。

『教官!』

『・・・ここでは大尉と呼べ。』

『・・・!失礼しました。大尉!』



ブゥン・・・。



トーンの低い電子音とともに、網膜に投射されたモニターに、難しい数式が書き記された四角形の欄が次々と現れては消えてを繰り返し、SYSTEM ALL GREENという英語が浮かび上がった。

≪システムの修復を完了いたしました。再接続を開始。データの再構築完了。サーチを開始します。近辺にBETAの反応なし。スキャンを完了いたしました。一名に致命的なダメージを負っている存在を確認。対象名【教官】。≫

「・・・・・!」

槐がわずかに目を見開き、教官がいるコクピットに目を向ける。

『撤退の途中、お前たちのコールサインを耳にしてな・・・。』

「(助かる可能性は・・・無し?)」

≪左大腿部に裂傷あり。出血を開始してから時間が経っている模様。現存する補給基地まで、一度もBETAと接敵することなくまっすぐ帰還できれば助かります。≫

割り出された結果はあまりにも絶望的だった。これでは、無理だと言っているようなものだ。

槐は一つ息を吐く。つまり、今この状況でBETAの大群に襲われれば、教官は恐らく・・・。

槐の視線の先には大量の突撃級がこちらに迫ってきていた。

『さて、殿は私が勤める。お前たちは第八ライン上の京都駅向かえ。そこが集積場となっている。うまくすれば、補給も受けられるだろう。』

『しかし・・・!』

『上官命令に逆らうつもりか?・・・行け!』

「・・・・・・ごめんなさい・・・。」

聞こえないように槐はつぶやく。彼は唯衣たちの一番後ろから第八ラインまで後退していくのであった。



◆◆◆



かつては新幹線が通っていたであろう線路の上を光線級に狙撃されないよう彼女たちは飛んでいく。

京都駅が見えた。誰もが安堵したその時であった、横殴りに要塞級が現れた。

突然の出来事に、後ろに気を配らずに後退した和泉の機体に、山城の機体がぶつかった。飛び越えようとした唯衣の機体に要塞級の頭部らしき部分がぶつかる。

『アアアアアアアッ!!』

「唯衣ぃッ!!」

きりもみ回転しながらビルの屋上に不時着する唯衣の機体と、京都駅の中に落ちていく山城と和泉の機体。

「唯衣!」

すぐさま槐は唯衣の機体の方へと近づく。

『安芸!周辺のBETAに注意して!』

『わかってる!・・・っ!まずい!要塞級がBETAを吐き出してる!兵士級!くそ!戦車級まで集まってきてる!』

≪スキャン完了。篁唯衣の身体状況、問題なし。バイタル、異常なし。山城上総、能登和泉の救出を最優先。≫

「安芸・・・志摩子・・・。ここを守ってて。救出を待ってて。」

『槐!?駄目だ!あたしたちも!』

安芸の言葉に槐は切り捨てる。

「駄目・・・ここで待ってて唯衣を守って。・・・お願い。」

初めての懇願と呼べるその言葉に、志摩子は何を思ったのか、彼女は頷いた。

『槐・・・。わかったわ。気を付けて。』

「・・・うん。」



◆◆◆



ぶつからないよう細心の注意を払いながら槐は瑞鶴を京都駅の中へと入れる。

「和泉。応答して・・・和泉・・・。聞こえる?」

『う・・ん・・・槐?』

≪能登和泉の声をキャッチ。座標の特定完了。能登和泉は現在瑞鶴の中にいる模様。その場での待機を推奨。≫

「和泉、そのまま中にいて。今助ける。」

『う、うん。っ!?兵士級!?』

和泉の乗っていた瑞鶴は簡単に見つかった。だが、彼女の瑞鶴には2mほどの白い体躯を持ったBETA、兵士級が群がっていた。和泉の瑞鶴に当たらないよう細心の注意で兵士級に照準を合わせる。

「和泉、落ち着いて。今見つけた。兵士級を倒すから、合図と同時に脱出、屋上に昇って。安芸達が居る・・・。」

『う・・・うん!』

務めて冷静になるように、彼は動揺することなく、いつもと変わらぬ口調で和泉にそういった。それなりに効果はあったようで、彼女の声に生気が宿っているように思えた。



―――ドパパパパッ!バララララッ!!―――



機体に張り付いた兵士級をある程度倒し、彼女を救出できるまでの状況を作り出す。

「和泉、今!」

合図と同時に瑞鶴のハッチが開かれ、一目散に彼女は駆け出す。

槐は己の周りに兵士級が群がらなかった幸運に感謝しながら、和泉に次の指示を行う。

「走って!」

『わかった!ありがとう槐!』

声を荒げながら、和泉を追ってきた兵士級を一発一発正確に撃墜させ、無事に一人目の救出を完了した。

続いて彼は次の要救助者に通信を送った。

「山城、山城・・・応答して。」

『ザザ・・・・ザ・・・烏丸・・・さん?』

ノイズ交じりではありながらも、一応の応答はできていた。

≪山城上総からの応答を確認、座標を確認。≫

マーキングした方向へ、槐は瑞鶴を歩かせる。

「場所は近い・・・。うん、今助けるから。大丈夫。待ってて。」

『ザ・・・・ザザ・・・・・・ザ・・・ザ』

≪警告、山城上総の周囲に戦車級を確認。直ちに救出行動へ移ることを推奨。≫

「急がないと・・・。」

大量の兵士級はすでにいない。だが、油断はできない。

『ザザ・・・がい。』

「山城?」

彼女からの通信だったが、ノイズが混じっていて、わからなかった。

瑞鶴が墜落したことによってできた瓦礫をよけながら、彼は瑞鶴を目標の元へと歩かせているとき、赤い体躯で、何本も足を持った一匹の戦車級を発見する。

「邪魔」

感情を押し殺したように淡々と彼は引き金を引く。戦車級が穴だらけのチーズのようになって沈黙するのはそう時間はかからなかった。

「・・・!」

槐が山城の機体を発見する。だが、少しずつ少しずつ戦車級に喰われていた。

一瞬だけ呆けるものの、まだ山城が死んでいないことがすぐにわかり、彼は突撃銃を構える。

「ッ!」

左右から別の戦車級が6匹襲い掛かってきた。

「邪魔!」

突撃銃の弾数は残り300発と少ない。換えのマガジンもない。だが、六匹倒すのならば十分。だが、山城を救出するための武器がない!

「(どうする!?どうすれば!?)」

必死に思考を巡らせる。

――!――!――!

「(弾がなくなった!)」

戦車級がコクピットに手をかけるのが見えた。このままでは山城が喰われる。山城が死んでしまう!

『お願い・・・撃って。槐・・・私が・・・・喰われる前に・・・私を・・・』

「!」

ノイズが混じって聞こえたその言葉は、嫌に耳に染み渡るかのように響いた。一瞬で自分の身体から血の気が引いたように感じた。

バッ!とフラッシュバックするかのように何故か炎に呑みこまれていくナインボール・セラフを、槐は幻視した。

「ッ!」

―――バオッ!!―――

槐は残り少ない噴射剤を使って戦車級に突進する。

「山城!逃げて!早く!」

『フフ・・・ごめんなさい。腕が・・・使えないんですの。』

「!」

そんな、と槐の心に絶望という二文字がちらつくようになる。つまり脱出装置も使えない。いや、もしかしたら墜落の衝撃でそれ自体が!?

盾を振るう要領で彼は戦車級を殴る。

「あきらめちゃだめだ!山城!」

背後から跳びかかってくる戦車級を振り向きざまに弾き飛ばす。だが、

メギッ!

鈍い音が槐の耳に入る。瑞鶴の片腕が地面に落ちる。

ああ、分かっていたことだった。むしろ、ここまでよく頑張った方だと言えた。

一瞬の油断が、決定的隙を戦車級に与えた。

―――バンッ!―――

「あ!」

戦車級二体の飛びかかりによって槐の瑞鶴の態勢が崩れた。

彼は反射的にベイルアウトし、飛び出すように瑞鶴から脱出する。

彼の瑞鶴に群がる戦車級たちをみて、彼は自分に戦うすべがなくなったことを自覚した。

「(くそ・・・クソ、クソ、クソッ!)」

己の心の中で思わず悪態をついた。

「槐!」

「!?」

その時、彼の鼓膜に、思わぬ存在の声を聞き取った。

「ゆ・・・・い?」

視線の先には銃を手に持った唯衣の姿。

「(なんで・・・?なんでなんでなんでなんでなんで!?なぜ!?)」

いや、わかっていたはずなのに、いつの間にか彼女が気絶していたことによってここに来ないとそう考えていた。

これは、自分のミスだ。

思考が停止していた時に、とうとう山城のコクピットがこじ開けられた!

「お願い・・・撃って!早く!お願い!」

唯衣が山城に拳銃を向ける。

「(駄目・・・駄目だ・・・やめて・・・!唯衣!)」

槐の口がパクパクと動くだけで心に思った言葉が出ない。

≪・・・・・。≫

「撃ってよぉぉぉぉぉっ!こいつらに喰われる前に!唯衣ぃぃぃぃぃぃぃっ!!」

「うわあああああああああああああああああ!!」

咆哮を上げたのはどちらだったか。唯衣の指が山城に向けた拳銃の引き金を引こうとしたそのとき、それは起きた。

≪ザザ・・・SYSTEM・・・パ・・ザザザァ・・・・・ザー起動。ザザー・・・リミッターをザ・・・・ザ・・解除いたします。粉砕対象・・ザザ・・・戦車級≫



ザシュザシュザシュ!!ドガァァァァァアッ!!!



山城を食いちぎろうとした戦車級の頭部を真上から鉄骨が貫いた。一瞬。一瞬であった。周りにいた戦車級の胴体には平等に鉄骨が深々と突き刺さっていた。

「え・・・えん・・・じゅ?」

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!」

獣のような咆哮を上げて戦車級の頭部を強引に引きちぎる。振り回すように一回転させ、薙ぎ払った。



―――ボキィッ!―――



型も何もない乱暴な動き。それによる暴力は槐の左腕を犠牲にして成された。

「上総!死なせない!許さない!」

「あ・・・。」

残った右腕で、槐は山城を抱き寄せる。強引に、されど、優しく、壊れ物を扱うかのように。

「唯衣、逃げる!撤退する!」

「!?・・え、ええ!」

槐は飛び上がり、唯衣と並走しながら志摩子たちが居るもとへと駆け出す。

「山城さん!大丈夫!?」

「上総、平気?辛くない?」

「え・・・ええ。大丈夫ですわ。」

それが聞ければ十分だった。

数対の戦車級が突き刺さった鉄骨を抜き取って自分たちを追ってきているのがセンサーで分かる。もう少しだ。もう少しで屋上につく。そこには安芸たちが居る。武器がある。

『槐!?』

安芸の声が聞こえる。ああ、よかった。皆生きてる。

『志摩子!戦車級が来てる!迎撃するぞ!』

『わかった!―――!――――――!』

不意に、槐は疑問符を浮かべた。どうして、声が遠くなるんだろうか。もう、何を言っているのか分からない。視界もだんだん暗くなっていく。

「―――っ!?――――――――!!――――!」

志摩子の突撃銃のマズルフラッシュがかろうじて目に入ったが、もう何も聞こえない、何も見えない。



―――・・・・・。まぁ、いいや。―――



―――上総も、唯衣も、和泉も、皆助けられたんだ。今頃志摩子と安芸が迎撃してくれる。―――



―――だったら・・・良い、かな。―――



―――・・・・・・・・。―――



[34266] 第一部 エピローグ 産声
Name: きりたんぽ◆81d5e089 ID:50918679
Date: 2012/12/03 15:43
柔らかく、暖かい、心地の良い感覚が身体を包んでいる。意識がゆっくりと覚醒していく。

彼、烏丸槐はゆっくりと目を開き、状況を確認した。

「・・・・・。」

≪スキャン開始。・・・・・・。システムに問題ありません。しばらくお待ちください。・・・・・・。周囲の状況を確認しました。近辺に山城上総を確認。≫

「っ!・・・上総。」

戦車級に食われる直前の上総の姿を思い出す。頭部から血を流し、満身創痍となって恐怖に歪んだ表情が脳裏に浮かんだ。

槐はすぐに身を起こそうとして、再びベッドに倒れこんでしまった。

「????」

≪身体の状況をチェック・・・・。肉体に深刻なダメージがあります。正体不明のユニットの接続による影響と判断。ユニットの解析を開始します。・・・・・・。解析は困難。現在のスペックでは解析は不可能と断定。一時保留としますか?・・・・・。承認。体内で治療用ナノマシンの分泌を確認。左腕部、下肢の修復を開始します。≫

「・・・・・起き上がれない・・・。」

上総の現在の状況を知りたいのに・・・。と槐は心の中で呟き、ため息を吐いた。BETAとの初戦闘から一日しか経っていないようだった。

彼は昨夜に起きた出来事を思い出した。

あの時自分の身体に起こった限界を超えた動き。それを可能にしたシステム。解析不能と出たその謎のシステム。上総を助けるためにあの時は我武者羅となって動いていたため、疑問にも思わなかったが、あれはいったい何なのだろうか。

聞こえた名称はシステムとパとザー。過去にそれと似通った名称を検索してみるものの、それはどれも当てはまるものとは呼べなかった。

人間とは元来、脳にリミッターをかけており、身体の限界以上の力を使わせないようにしている。

昨夜使用されたシステムは、そのリミッターを解除させ、戦車級を串刺しにして一時的に身動きをとれなくするほどの巨大な鉄骨を持ち上げ、それを投げ飛ばせるほどの力を発揮させた。

心の中から湧き上がる衝動のままに・・・本能の赴くままに自分はそれに従い、敵を粉砕しようとしていた。

アレは・・・なんなのだろうか。その疑問に答えられる研究者も、セラフも、管理者も、ハスラーワンも、ラナ・ニールセンも此処にはいない。

槐は己の中にある正体不明の何かに対して、不安と恐怖を覚える。

≪下肢の修復を完了いたしました。歩行動作が可能となりました。≫

タイミングの良いことに、自分の身体、足が動かせるようになった。

己の中にある感情を振り払うように、彼は立ち上がり、目的であった上総の状態の確認をしに行く。

「・・・・・。」

少しずつ目的の場所へ歩きながら、彼は網膜に映った上総を認識した。

己と同じく片腕にギプスを巻いて死んだように眠っている。それでも、ここからでも確認できる確かな生命反応に、槐は人知れず安堵の息を吐いた。

「上総・・・よかった。」

―――カクッ・・・―――

「あ・・・」

まずい。と思う頃には槐の視界は野営の天井でいっぱいになっていた。

安堵と同時に足の力が抜け、無様に地を這いそうになった時であった。

バフッ、と彼の後頭部に柔らかい感触が・・・。

「あん、槐。起きて早々お姉さんに会いたかったのね?嬉しいことしてくれるじゃない。このこの♪」

「志摩子?」

「エン!良かった!起きたのね!」

「唯衣姫・・・・。」

「ったくぅ・・・心配かけさせやがって、このチビ王子。」

「安芸。」

「槐君。無事で良かったわ。」

「和泉。」

槐が自分を支えてくれる彼女たちを見やる。全員が所々に包帯やガーゼをくっつけていたが、今彼の視界に映る彼女たちが、無事であることを、自分たちが生きて帰ってこれたことを教えていた。

「―――――っ・・・!・・・良かった・・・。皆・・・生きてる。」

胸の内からこみあげるものは、とてもチリチリとした痛みを伴っていた。その痛みは、セラフが破壊された時に生まれたものと似ていた。だが、全く違うものだ。

表情がくしゃりと崩れ、いつものように自分の頭を撫でてくれた志摩子の手を、いつも手を繋いでくれた唯衣の手を、頬を突いてきた安芸の手をその小さな手で握る。

「エン・・・。」

「良かった・・・良かった・・・!・・・・・よか・・・・たぁ。」

頬を伝う暖かい液体。涙と呼ばれるそれは悲しい時に出てくるものだと学んだ。だが、今自分は悲しんでいない。喜びという感情で満ち満ちている。

≪第二段階の目標を全て達成しました。おめでとう。烏丸槐。貴方は今より、人間となった。ザザ・・ザ・・・だからこそ、今は存分に泣きなさい。貴方の気が済むまで・・・ザァァ・・・。≫

嬉しくて仕方がなかった。微笑を浮かべながら握る手の感触を槐は感受する。この一秒間を、少しでも長く記憶に収めたくて、彼は話してやるものかと握る手に力を込めた。痛くないように、壊れ物を扱うかのように、されど、滑り落ちないように、彼は泣き止むまで掴み続けていた。

唯衣たちもまた、そんな彼の姿を見て、静かに彼の気が済むまで抱きしめているのだった。

◆◆◆

「上総・・・気分はどう?」

「ええ、問題ありませんわ。これでしたら一か月で復帰できると言っていただけましたし、大丈夫ですわ。」

槐がようやく落ち着いた後、彼は上総が目覚めたのを確認してから彼女の状態の確認を行った。

彼女の言葉を聞いて、とりあえずの安心を覚える。だが同時に、上総を助けたあの力について、恐らく聞かれるだろうというのを予測した。

「槐。一つ、聞いてもよろしいかしら?」

「・・・・・何?」

ドクッ、と自分の胸が跳ね上がった。驚いた時と似ている反射行動、緊張による喉の渇きを感じた。いつもより、自分の唇が重い。槐は怖がっていた。自分が、人間と違う存在であり、その一面を持った自分を否定されることに・・・。

「・・・・・。」

盗み見るように、今まで自分たちのやり取りを静観していた唯衣を見る。彼女も、静かに自分を見つめていた。

志摩子たちはこれからの軍隊の方針を聞くためにここにはいない。

こんなにも胸が苦しくなるとは思わなかった。今まで感じたことのない全身にのしかかる気持ちに、槐は恐る恐るといった感じで彼女の次の言葉を待った。

「・・・いいえ。なんでもありませんわ。」

「え?」

呆けたように槐は上総を見遣る。彼女は表情を真剣なものから柔らかいものへと変えていた。

「貴方が一体何者で、どうやってあんな力を持てたのかは今は聞きませんわ。でも、約束してください。何時か、貴方の口から言ってくれるって。」

「・・・・・・。」

本当ならばすぐにでも聞き出したい。そう思っているのだろう。でも、その気持ちを抑えて、上総は槐にそう言い放った。

「唯衣も、それで構いませんわね?」

「ええ。事情は伯父様から聞いてたから私は大丈夫よ。でもエン。何時か絶対に、私たちに話してくれると、嬉しいわ。」

「・・・うん。ありがとう。」

ホッとしたように槐は穏やかな表情を浮かべる。昨夜の出来事から驚くほどの表情の変わりようである。

いつもと変わらぬ能面のようだったものから生き生きとしたものへと変わっているのを上総と唯衣は感じていた。

不意に、上総は悪戯を思いついたように可愛らしい小悪魔な笑みを浮かべた。

「槐、少し、こっちに来てくれませんこと?」

「なに?」

チョイチョイ、と手招きをする上総に、槐は身をかがめて彼女に接近した。

「貴方には、助けられましたわ。あなたのおかげで、今の私がいる。だから、これはちょっとしたお礼ですわ。」

チュ・・・・。

「あ・・・・あああ!?」

「・・・ほぁ?」

≪思考停止による状況の確認。唇に粘膜接触を確認。山城上総と確認。山城上総との唇と唇の粘膜接触と判明。唇と唇の粘膜接触、山城上総、粘膜接触、唇と唇、キス、キス、キスキスキス・・・・・警告キス全身の血キス圧が急上キス昇中、キス頬の紅潮キスを確認キス。≫

「んな・・ななななな何をしてるの山城さん!?」

「私のファーストキスですわ。大事になさってくださいな。」

「ほ・・・ほぁ・・ほぁぁ・・・!」

≪ファーストキス。初めてのキス。好意を持った相手に対して捧げるマウストゥマウス危険キス血圧更にキス急上昇キスキスキスキスキス・・・カズサガ・・・ワタシヲ・・・スキ?≫

「ほぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああっ!!?」

よくわからない奇声を上げたと同時に、槐は一目散にその場から逃げ出した。理由は無いはずだが、なぜかここから逃げ出さなければならない気がしてならなかった、いや、走らないと頭がおかしくなりそうだった。

沸騰したように熱い頭で導き出した答えは脱出であった。野営を抜け、彼は一直線にその場を後にした。

「ほああああぁぁあぁぁぁあぁぁぁぁぁ!!」

ガッ、ドンガラガッシャーーン!

「うおっ!?大丈夫がお嬢ちゃん!?」

「ほあ!?ほぁぁ!?!ほああああぁぁぁあぁぁぁぁぁ!!」

周りのがれきにぶつかり、盛大にずっこけながらも彼は立ち上がり、一直線に走り出す。

ズテ!ゴロゴロゴロ!ガシャアアアアンッ!!

「え、槐!?どうしたの!?そんなに顔真っ赤にして!新手の風邪!?」

槐の奇行を見つけたのはこれからの自分たちの動きを唯衣たちに伝えようとしていた志摩子たちであった。彼女たちは彼の意味の解らない行動に驚いていた。

「ホアッ!?」

フラフラ、コケッ、バフ・・・。

「ほあ?」

「あら?なに?お姉さんが恋しくなっちゃったのかなぁ?う~ん、何時みても槐は可愛いなぁ・・・。」

真正面から胸元に抱きつく形になって倒れこんだ槐を志摩子は喜んで受け入れ、彼女はウリウリ、と彼を抱きしめる。

「ほわ・・・(ボンッ!)ほわわわわわわ・・・!ほあああああああああああっ!!」

ズダダダダダダダダダダ!!

「あ!?槐!?」

無理やり志摩子の抱擁を逃れ、再び彼は走り出す。羞恥という感情を振り払うために・・・。

これが、後にBETAへの快進撃となる始まりの一ページ。

後世で子子孫孫と語り継がれることになる伝説。鴉の翼を生やした熾天使が産声を上げた日でもあった。

その伝説が公に現れる作戦がその年のうちに行われるのだが、それは、また別の機会で語るとしよう。



[34266] 【第二部】 第一話 八咫烏
Name: きりたんぽ◆81d5e089 ID:fdf4640c
Date: 2012/12/04 12:10
続きを待ってますと言ってくれた方が居たので、試験的に第二部を投稿してみます。これを読んでの面白そうであれば、続きが気になるという方は、感想をください。

◆◆◆◆◆◆◆◆

1999年4月

日本帝国 某所

≪戦闘モード 起動≫

≪全システム チェック終了≫

≪ターゲット確認 戦闘開始≫

―――ドパパパララララララ!ドン!ドン!―――

一機の戦術機がビルの合間を縫いながら襲い掛かる弾幕を回避する。

「早い!」

四機の戦術機がそれを追う。

四機のうち三機は97式戦術機の白い吹雪。最後の一機は山吹色に塗装された吹雪。

噴射剤を燃やし、青い炎を吹き出しながら、彼女たちに与えられたターゲットを狙い撃つ。

戦闘を開始して約10分が経過。ターゲットはまだ落ちてはいない。

「安芸!志摩子と一緒にそのまま追って。私と上総が回り込む!」

「「「了解!」」」

譜代武家の証となる山吹色の吹雪を駆るのは、篁唯衣。僚機に乗っているのは安芸、志摩子、そして上総

「………」

ターゲットは速度を落とすことなくビルの間を縫っていく。ターゲットの乗る戦術機は、黒を基調とした赤にカラーリングされた無骨さが前面に出ている機体。

青のカメラアイが、怪しく煌めく。

両方の二の腕、人間で言う手首から肘の辺りまでまるで貫通しているかのように長刀が納まっており、両サイドには突撃砲の銃口がむき出しになっている。

≪軌道を確認。計算、計算、計算、処理、修正。行動の決定。≫

戦術機は反転し、追ってくる二機に発砲する。

後退したままターゲットは後ろを見やることなく、スピードを保ったままビルを避けていく。普通の人間ならば絶対にやらない、やることなど不可能な芸当。だが、彼はまるで後ろに眼がついているかのようにそれをやってのけていた。

両腕を併せて四丁分の突撃砲が彼を追う二機に襲い掛かる。

「不味い!」

「……!」

2機の吹雪が直前にビルの陰に隠れるようにして、弾幕を回避する。

≪左右からの反応あり、安芸、志摩子を確認。武装:長刀≫

「………!」

「もらった!」

「はあぁぁっ!」

≪武装の選択、長刀による迎撃≫

ガシュンッ!

金属の擦れる音と共に二の腕から突き出る長刀の刀身。

左右からまるでクワガタの鋭利な顎のように襲い掛かる刃を、ターゲットは受け流し、さながら風車のように一回転。

「嘘っ!?」

「今の動き反則だろ!?」

驚愕する安芸と志摩子。

睨み合う様にターゲットの戦術機を囲む四機の戦術機だが、圧倒的にこちらが押されている。敵に遊ばれている。そう感じていた。

不意に、甲高い哄笑が通信機のスピーカーに響き渡る。

『それはそうさ。なにせ、それは私の最高傑作だからねぇ!99式戦術機、名を八咫烏!ベイルアウト機能をなくす代わりに、急激な方向転換と移動速度の強化を可能としたのさ!わっはっはっはっは!どうだいエンジュくん!君の理想には少しは近づけたかな?』

「………」

『そうか!それはなにより!』

「何も言ってない」

「言ってなかったわよね」

「言ってませんでしたわ」

「言ってないよね」

「……これからもよろしくお願いします」

「「「「通じてた!?」」」」

彼女たちのターゲットである戦術機、八咫烏が動き出す。長刀を両手に、槐は唯衣に斬りかかった。

「ッ!」

唯依の吹雪の長刀と八咫烏の長刀がぶつかり合い、火花を散らす。
片手で振るわれた衝撃が吹雪を揺らす。

「片手だけで、これほどの力が!?」

力は互角、いや、わずかにこちらが押しているが、それでも驚嘆に値するトーラスが作り出した戦術機。驚愕の声を漏らす唯衣は、網膜に投射された唯依のカメラアイが八咫烏のカメラアイが青く光るのを捉えた。

「はあっ!」

後ろから襲い掛かる上総の吹雪の長刀を、槐は捌く。

これで終わらせるわけにはいかない。上総はさらに踏み込む。袈裟切り、突き、切り上げ、薙ぎ、さらに続く連撃全てが、上総の長刀が、まるで槐の長刀に吸い込まれていくかのように先読みされ、防がれていた。

「!」

≪八咫烏の両腕部関節に軽微の損傷を確認。戦闘続行に問題無し。データ収集のノルマは達成されています。目的を、八咫烏の性能の確認からターゲットの破壊へと変えます≫

「………」

刹那、まるで搭乗者の…槐の心を表すかのように、八咫烏のカメラアイの輝きが増した。

「うっ!?」

「くっ!?」

鍔迫り合いとなっていた両者を弾き飛ばし、両手の突撃砲で安芸と志摩子の吹雪を牽制する。

八咫烏が上総の吹雪をロックオンすると同時に、八咫烏の左肩から轟音が鳴り響いた。

「きゃっ!?」

一体何をされたのか。それさえも分からず上総の吹雪の両腕は大破し、戦闘続行が不可能となる。

「上総!っ!?」

友軍機が墜ちたことに狼狽する安芸の目の前には既に八咫烏の足の裏があった。
所謂蹴りだが、それが安芸の体に衝撃となって突き抜けた。

「ぐあっ!?」

大地に叩きつけられた吹雪が爆炎を上げ、大破したことを報せる。

「このぉぉっ!」

志摩子の120mmの突撃砲の引き金が引かれる。

それは八咫烏のコクピットに届く前に、増設された噴射機が機体を反らし、宙返りをしたことによって、砲弾が彼を撃ち貫くことは無かった。

「は、はは。最近、だんだん槐くんの動きが変態じみてきたわね」

乾いた笑みを零した頃には、志摩子の吹雪は肩口から腰に掛けて切り裂かれていた。

「………エン」

「………唯衣」

これで一対一。

四対一という圧倒的不利な状況において、圧倒的実力を持って敵を沈黙させる自分の弟のような存在であり、幼馴染。

唯衣は、遥かな高みへと向かっている槐に一抹の寂しさを覚える。

同時に、これほどの相手が身近にいることに対する高揚感を彼女は抱いていた。
二人の間に、言葉は要らなかった。

「エンンンンンンン!!」

「唯衣ぃぁ!」

その後、八咫烏の勝利を報せるナレーションが、戦場に響き渡った。

◆◆◆

「いやいや、良い働きぶりだったよエンジュくん」

そう言ってわしゃわしゃと槐の頭を撫でるトーラス。最近彼の日課になり始めている。

「いいえ……。博士のおかげです。……ブレードの方は、あとどれくらいでしょうか?」

「あ、そうそう。あのプラズマを作り出す機構だがね。開発に目処が立ったよ。あと一年、いや二年あれば、完成できるよ」

「……そうですか。ありがとうございます」

「いやいや、礼を言うのはこっちの方だよ。おかげで、私の理想に一歩近づいたわけだから、ね!それから、ここだけの話なんだが、聞いてくれるかね?」

そう言って手招きをするトーラスに、槐は耳を傾ける。

「(最近アメリカで新兵器が出来たんだけどね、注意したほうが良いよ。あの老害たちは何をやらかすかわかったものじゃないからね。今度の大きな戦いでは、君たちの部隊のお披露目だからね。君でもわかってるんじゃないかな?次のハイブが堕ちるところ。もう予測できてるんじゃないかい?)」

「………わかりました。肝に銘じておきます」

その後、トーラスはやることを終えたかのようにその場を後にする。

BETAとの初戦闘から既に半年程が過ぎたころ。

槐はつい最近開発されたナインボールの試作機、【八咫烏】のテストパイロットになっていた。

しかし、その開発コンセプトは常軌を逸脱したもの。

常人が乗れば、最初の加速だけで簡単に意識がブラックアウトを起こし、内蔵に大きな負担を常時かけてしまう。

そんな危険極まりないものを、あえてトーラスは作り上げた。

当時の各国の科学者と技術者は本人を目の前にしてこう語った。「悪魔」と。

だが、それで良いのだ。常人が乗る必要は無い。トーラスが求めているのは人間の常識を超えた「非常識こそが常識の人間」。

目の前に居る槐がその「非常識こそが常識の人間」。パイロットはすでにいる。ならば、後は作り上げるだけ。

自分の生活など省みずに彼は全財産を八咫烏制作に当てた。

その結果がこれである。

彼の望みどおりの結果が現れた。四機の吹雪を相手に、圧倒的実力を見せつけた。
どちらも侮ってはいけない実力の持ち主でありながら、力の差は歴然だった。そしてその力こそが、槐のみに与えられた特権でもあるのだ。

敵の動きを瞬時に学習し、対策を練り、先読みし、迎撃する。

表情を変えることなく行われる戦闘行動。機械のように表情を変えることなく敵を討つさまは正にイレギュラーを排除するために作られた者に相応しい。

これほど恐ろしい存在はいないとトーラスは考える。一人で学習し、恐ろしいほどのスピードで強くなっていく存在など、下手をすればBETAなんかよりも恐ろしいだろう。

否、アレを一緒にすること自体おこがましい。

アレの恐ろしさは物量のみだ。

今の八咫烏であれば、光線級のレーザーさえ避けられる。槐のもつ頭脳がそれを可能にさせる。例えOSが未熟であろうともだ。

かつてのBETAとの初戦闘で槐の乗っていた瑞鶴に残っていた記録には、BETAのレーザーを二度も避けるところが映し出されていた。

勿論、これを公にするつもりはない。

それは何故か?簡単だ。

槐の持つパイロットとしての技術をトーラスは独り占めしたかったからだ。

「………くふふ」

トーラスは笑みを零す。

嗚呼、楽しい。面白い。嬉しい。

さぁ、時間は待ってくれない。次の制作に移ろうではないか。次はパルスキャノンだ。

◆◆◆

訓練が終了してから、槐はずっと八咫烏を見上げていた。

セラフが遺した言葉、学べ、という意味。

彼は今に至るまで貪欲に知識を集めていった。学んで行った。そして、彼は親という存在を知識で知った。

ガレージに佇むナインボールにそっくりな八咫烏の脚に、槐は触れる。色は黒ではあるが、これも立派なナインボールなのだ。

「………」

ラナ・ニールセン。ハスラーワン。管理者。そして、ナインボール=セラフ。これら全てが槐にとって生みの親である。

彼らを、彼女らを、槐はなんと呼べばよかったのだろうか。母と呼べばよかったのか、それとも父と呼べばよかったのか。

だがもし、もしあの時。レイヴンに討たれた姿を見た時、この知識を有していれば、きっと、アレのことをそのどちらかで呼んでいたかもしれない。

お父さん、父さん、父上、パパ、ママ、母上、母さん、お母さん。

ざっと親に対する呼称を全て上げてみた。もし、自分がアレらに対してそう呼んでいたら?

「………」

槐は八咫烏を見上げながら自問自答する。今更だ。

この世界とあの世界はまったく別の世界だ。もうセラフはいないし、管理者も恐らくもういないだろう。

ハスラーワンが一人のイレギュラーを倒そうとしていたころには、もう一人のイレギュラーが管理者を倒そうとしていたのだから。

ある意味で、管理者の目論見は悪い方向に当たっていた。

視点を変え、育ての親である【巌谷】。名付け親でもある彼に対して父と呼ぶ時を槐はシミュレートしてみた。



『お父さん!』

『槐!』

お互いに名前を呼び合う光景。



『父さん!ただいま!』

『ああ、おかえり槐』

学校から帰ってきたときの光景。


ザザ………ザァァァァ……ブツン


「?……???」

≪シミュレーションを強制的に中断。体内に異常発生。体温、心拍数の上昇、わずかな発汗が見られます。……該当データあり、【羞恥心】と断定≫

「ほ、ほぁぁ………」

思わず槐は頭を抱えた。

叔父であり、名付け親である彼に、父と呼ぶことにここまで抵抗を感じるとは予想できなかったのだ。

その理由が羞恥心、論理的な答えじゃない。

だが、それが人間でもあるのだと、槐は話をすり替えてみる。

「うぬぃぃぃ………」

やはり無理だ。一度考えてしまうと後は行くところまで思考が行ってしまう。

≪注意 思考の暴走 シミュレーションを強制的に開始≫

『父上~』

『槐~』

手を振って名前を呼び合う光景。


『パパ、お腹がすきました』

『ふむ、ならばなにか作って来よう』



「(ぷしゅ~~~~)」

≪警告 頭部に異常な熱放散を確認。水分補給と気分転換として身体の洗浄、改め、シャワーを浴びることを推奨≫

「え~んじゅ」

ぽいんっ

ふと、優しげな声色と共に彼は抱きしめられた。後頭部に張り付く柔らかい感触は既に慣れたもの。

「………志摩子?」

「は~い!あなたのお姉さま志摩子ですよ~。そして突然なんですが、赤くなって身悶えしている槐くんを見ていてそろそろ我慢の限界になってきたのですが、襲っても構いませんか!?」

「?」

彼女が来てくれたことで思考は止まったが、まったくもって訳が分からない。

≪対象【志摩子】からの敵性意思無し。襲うという行為に当て嵌まっていない。情報の収集を推奨≫

疑問符を浮かべる槐にワキワキと志摩子の手が彼の強化装備に手をかけようとしたとき、


すぱんっ!


「きゃう!?」

刀身がハリセンになっている日本刀?でその行動は中断させられた。上総だった。

「志摩子、えっちぃのはいけないと思いますわ」

このなかで比較的に真面目な彼女が言う。そんな彼女にケチと愚痴をこぼす志摩子。

「???ねぇ、志摩子」

疑問符を浮かべた槐はとりあえず情報の収集のために問いを投げかけた。

「何?」

「襲うって……なに?」

「「へ?」」

コテン、と首を傾げた槐に二人の思考は凍りつく。志摩子はたちまち息を荒くさせ、上総は不味い、と彼女を後ろから押さえつける。

「槐!逃げなさい!」

「離しなさい上総!私は槐に教えてあげなきゃならないのよ!怖くないわ!お姉さんが手取り足取り腰取り教えてあげるわ!」

「……じゃあ、お願いしま「いけませんわ!不潔でしてよ!」???」

≪理解不能 理由の提唱を求む≫

「どうして?」

「え?!いや、それは、その、あまり人に簡単に見せてはいけないからですわ!」

純粋な槐の疑問に、上総は頬を赤らめながらも律儀にそう答える。

「………つまり……二人きりなら、大丈夫?」

「ほえ!?ち、違いますわ!そ、そそそそういうのは!もう少し槐が大人になってからであって……」

「私も上総も同い年」

「う~~~!とにかく!そういうのは軽々しく口にしてはいけません!行きますわよ!志摩子!」

「ああ!まって、私には槐に性教育というものを~~」

「問答無用ですわ!」

そのまま強引に引きずって何処かへ行ってしまう二人。

「??????????」

槐は最後まで疑問が晴れずに疑問符をたくさん浮かべながら、あとで唯衣姫に聞いてみよう。そう考えながら見送るのであった。

◆◆◆◆◆◆

あとがき

内容が薄い……かも。なんだかなぁ……。感想、指摘、アドバイス。お待ちしております。



[34266] 第二話 一日
Name: きりたんぽ◆81d5e089 ID:fdf4640c
Date: 2012/12/04 23:13
前書き

意外と感想が多く来たことに吹いた、今日この頃。第一話に付いてお指摘を頂き、いろいろと修正を入れました。アドバイスをしてくださった方、感想でも返しましたが、この場でも借りてお礼申し上げます。誠にありがとうございました。

――――――――――――

PX

槐の好きなものはうどんだ。シンプルな食べ物で。かつ味わい深く、彼にとっては毎日食べても飽きない料理だと思う。

「槐―ッ!こっちこっち!」

今日も食堂のおばちゃんからうどんをもらい。彼の名を呼びながら手を振る志摩子たちが座るテーブルに向かう。

いただきます。と食事を始める槐達。

四角形のテーブルを囲むようにして、六人が席についており、時計回りで槐、唯衣、安芸上総、和泉、志摩子である。

今回和泉が訓練に参加しなかったのは彼女の恋人の墓参りに行っていたからだ。きちんと上に許可は取っているので問題は無い。

最近、少し変わったことと言えば、最近唯衣が髪を伸ばし始めたこと。そして、全員が一人前の衛士として胸を張れるほどの実力を持てるようになったことだ。

「お、槐、今日のうどんはキツネうどんか」

「安芸は生姜焼き定食?」

「ああ!やっぱり力を付けるとしたら肉だよ肉」

「そう言いながら、槐には力でぼろ負けしてるくせに」

「志摩子!むぅ~~」

志摩子の突っ込みに、噴き出す面々と怒りを露わにする安芸。

「しかし、槐の戦術機凄かったよな~、あれでもまだ試作段階なんだよなぁ」

「そんなに凄かったの?」

「ええ、ほとんど直角に動いてましたわ。あれで良く体力が持ちますわね」

「ベイルアウト機能を無くす代わりに、跳躍ユニットの増設。それで機動力を向上させた。私としては、あまりエンに無茶はしてほしくないのだが」

「そうなんだ……。槐くんは実際に乗って見てどうだったの?八咫烏」

和泉の問いかけに槐は食事の手を止める。

「…もう少し速くなれば、文句は無い」

「うへぇ、あれよりもさらに速くするのかよ」

「でも、ベイルアウトできなくなってるのよね。怖くないの?」

「………怖い。死んだら、そこまでだから」

志摩子の言う通り、いつも無表情で、感情の起伏が乏しい槐だが、怖いと思うことはある。

一度だけしかないが、恐怖を感じたことがあるのは上総がBETAに喰われる瞬間であった。

直感的に自分が何かを失い、自分が積み上げた何かがなくなってしまうのではないか。ということに対する恐怖心だった。

「だから、生きて帰ることをいつも考えてる」

「………そう。……槐、絶対に死なないでね」

「勿論。私は死ぬつもりはない。ちゃんと生きて帰る」

「でも、なんだか槐、生き急いでる感じがあるから。焦らないでもう少し、力を抜いて、時折り私達を頼ったりしても良いのよ?」

「力を抜いて?」

「そうですわ。だって、私達は仲間ですもの」

「そうだぞ、エン。お前は一人じゃない。私がいるし、皆がいる」

「と、なんだかんだで自分をアピールする唯衣姫であった」

「あ、安芸!茶化すな!」

『あはははは!』

穏やかな時間だ。安芸の一言により、少しだけ場の雰囲気が和んだ。

槐自身、自分は絶対に死なないように、生きて帰ることを絶対に諦めないよう心がけている。

それでも、人間は死ぬときはすぐ死ぬ。呆気なく、簡単に。嵐山中隊での時、赤を持ったベテラン衛士が、光線級に撃たれ、死んだとき、槐はそれを痛いほど理解した。

彼は見渡す。唯衣たちを。

皆が笑みを零している。今を生きていることを実感し、精一杯それを楽しもうとしている。

何かを楽しむとか、遊ぶという行為は、幼いころから知識で得、そして理解している。

嬉しいという気持ちが、胸の中でじんわりと広がっているのが分かる。彼女たちが笑いあう光景を見る度に、この感覚を味わう。

勿論、悪い意味ではない。何度も味わいたくなる感覚だ。

「―――っ」

「………?」

ふと、唯衣が槐を見やり、少しだけ驚いたような表情になった。

「………?どうしたの唯衣?」

「いや、エンが笑ってな」

「え?そうなの?」

「なんと!?槐の微笑みを見たとな!?」

「クッ!そんなレアな光景を記録に残せれば……!」

「あなたたち二人は昔から変わってませんわね」

「あ、あはははは」

安芸と志摩子の無念な表情に突っ込む上総。それを見て苦笑いを零す和泉。いつもと変わらぬ光景だが、故に大切なものだ。

「あ、そうだ槐。今日の午後から暇か?」

「……何?」

安芸が口を開く。彼女は両手を合わせて拝むように言う。

「私さ、まだ吹雪の操作に慣れてなくてさ、悪いんだけど、ちょっとだけ手、貸して?」

「……構わない」

「あ!安芸ずるい!」

「へっへ~、こういうのは早い者勝ちだよ~」

不満の声を漏らす志摩子に、安芸は勝ち誇った笑みを浮かべる。

「やれやれ」

そんな二人のやり取りを見て、唯衣はため息を吐くのだった。

◆◆◆

某所 

リノリウムの白い廊下を突き進む金髪の男、トーラス・キサラギは、いつも飄々とした態度を崩してため息を吐いていた。

「あと二年で完成……か。そうは言ったものの、試作品は良くて超高温のガスバーナー見たいなもの。ものを焼き切るという点はクリアしてるけど、あの設計図通りにするにはこちら側とあちら側の技術では天と地ほどの差があるね」

手元に纏められた資料の束を捲りながらトーラスはひとりごちる。戦術機とACの違いは装甲の硬さ、そして、それを動かす動力源。

それが無ければ月光、そして光波を再現させるなど、到底不可能。夢のまた夢だ。

どうしたものか……とトーラスは既に二ケタに届くほど読んだ資料に目を通していく。

「おまけにレーザー兵器とはねぇ、そんなもの、常に供給を受けていなければ発射することもできないし、そもそもそれを運用するほどの動力源……作る事も出来は……しな、そうか!レーザーか!」

その発想はなかった!とでも言いたげに彼は嬉々とした表情で走り出す。走って行った方向には自分の研究室がある。

彼はその扉を開く。病院の手術室を思わせる大きな扉の先には巨大な空間に所狭しと機材と、いずれ月光という名が付けられるであろう作りかけの腕があった。

整備員はいない。

だが好都合だ。

「クククク、アハハハハハ!なんで気づかなかったんだろうな私は!作れないならば他で補えばいいじゃないか!丁度アメリカが持っているじゃないか!」

乱雑に資料をテーブルの上に置き、白紙の紙を広げる。

「G元素!」

根拠はない。子供の絵空事のような薄っぺらい推測でしかない。自分自身がそれを理解していることだが、トーラスは作業を止めない。

「光線級!あれがどうやってレーザーを打ち出しているのか!今はそんなことは関係ない!無駄だ!無駄!無駄!無駄ぁ!G元素はアメリカだけが持っているだけじゃない!ここには!この世界には腐るほどあるじゃないか!BETAが!あれがこの世界の誰よりもG元素を知っている!」

まるで早送りをしているかのように白紙はあっという間に文字で埋め尽くされてしまった。

狂気さえ感じられる笑みがそのまま仮面として張り付いたかのように彼は先ほど書き終えた紙を掲げる。

「クフ、クフフフハハハハハ。―――アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!た~し~いな~!!これだから開発はやめられない!!フフフハハハハ!嗚呼!夕呼くんがこちら側に居てくれて本当に助かったよ!彼女のアイディアが無ければ私もここで止まっていたかもしれない!そしてきっと彼女もこの結論にたどりつくはずだ!いや、もしかしたらすでにたどり着いているのかもしれない!あはははは!まったく彼女は天才だ!どちらにせよ、G元素は必ずBETAを倒す革新的なエネルギーになるだろうさ!」

今日は枕を高くして眠れそうだ。

「さあて!まだまだやることはたくさんある!今日中に纏めなければならんな!」

トーラスは自分の気が済むまで哄笑を上げ続けていた。

◆◆◆

「右に旋回。もっと早く。動きを先読みするつもりで」

「うわ、うわわわ!?早!?」

「前方に建物。左、左、右、スピードを上げて」

「え!?う、た、か!?たあああ!?」



―――ビーーッ!ビーーッ!―――



「………正面衝突。機体大破。状況終了。安芸、お疲れ様」

「あう~~~~」

シミュレーションが終了した。昼食を終えた槐は、安芸と共に吹雪の動かし方をマンツーマンでレクチャーしていた。

一通り終えた安芸は、ぐで~と疲れ切った様子を全身で表していた。

「安芸、吹雪の特徴は簡単に言えばスピードと旋回性能。早く、機敏に動ける。高い運動性能。あのスピードを維持し続ければ、強い。安芸は方向転換する時の遠近感があまり良くは無いけど、慣れれば良い。動体視力はあるから、乗る分には問題無い」

「ふえぇぇ、槐の鬼~。あれを維持し続けるの辛いんだぞ~?」

不満を漏らす安芸に、槐は一考する。

「……一緒にやってみる?」

「へぇあ?」

気の抜けた声に構わず、槐は安芸を持ち上げた。

「えぇ!?ちょ、槐!?」

「私が先に乗る。私の膝の上に安芸、乗って」

シミュレーターから安芸を下ろし、槐が乗り込む。

「え!?そ、それって」

「早くっ」

「は、はい!」

有無を言わさぬ声に、安芸は緊張した様子でゆっくりと槐の膝の上に乗る。
うわ、意外と硬いなぁ、とか逞しいなぁとか小声で言うが、槐には聞こえていない。

そこで安芸は、あることに気がついた。

「な、なあ槐」

「………なに?」

「私の手の動きとか、見えてる?」

「………………ぁ」

烏丸槐。実年齢15歳肉体年齢推定10~12歳。いまだ小さい少年でしかない彼に、二次成長期に入り、更に身長が高くなり、女性らしい成長を遂げ始めている安芸の背中は、彼の視界を十分に奪っていた。

「………失念していた」

「……場所、変わるね?」

「……ぅん」

ちょっとしたトラブルがあったが、二人は場所を交換し、再度レクチャーを始める。

操縦桿を握る安芸の手の上に重ねるように、槐の手が重ねられる。

「………あ」

「安芸、始める。大丈夫?」

「う、うん」

「そう……。まず初めに、建物の間を通るとき、安芸は吹雪の肩を時折擦ってしまうから―――――――――」

「(槐の手、やっぱり鍛えてるのかな。硬い。それに、意外と体重あるんだな。見た目子供でもやっぱり衛士なんだよな。それに、いつも無表情なのに、こういう時は真剣な表情をするんだな。もっと大人になったらきっとかっこよくなるんだろうなぁ)」

槐の言葉に耳を傾けながらも安芸は頭を槐の頭と並べるようにする。

「(志摩子みたいに長い髪。すごくふわふわしてるなぁ。男のクセに……。それになんだろ、良い匂いがする)」

「安芸」

「(こんなに槐と密着してる。私、それだけで凄い嬉しがってる。ドキドキしてる。うぅ、やっぱり槐は可愛いなぁ。独り占めしたいなぁ。そして……)」

「安芸?」

「食べたいなぁ(ボソッ)」

「???もう、空腹?」

「へ!?あ、いやなんでもない!なんでもないよ!」

「?そう……。一通り教えた……何か質問ある?」

「え?う、ああ、いや、その、えと、この時の機動でさ!もう少し短縮した動きって――――――」

「……そこは――――――」

そして一時間後、ようやくシミュレーションは終わりを告げるのであった。ただ、その後の安芸の顔は幸せいっぱいの表情だったとか……。

◆◆◆

シミュレーションを終え、訓練を終えた槐は汗を流しにシャワールームを使っていた。流れる水をBGMに、彼は排水口に流れ出ていく温水をただ見つめていた。

「……………」

≪ブラックボックスの解析を開始。正体不明のシステムを解析します。暗号の解読…………拒否されました。≫

「………」

≪再度解析を試みます。………システムに多数のプロテクトが掛けられていることが判明。プロテクトの解除を行います……。警告、正体不明のウイルスが確認されました。解析を強制的に解除、ワクチンの作成を最優先します。≫

「……ダメ……か」

≪スケジュールの確認。明日の午前0600時よりトーラス博士とのAC、改め、戦術機と、烏丸槐の背骨の神経を介して脳とのリンクさせるテストを行います。戦術機から直接の接続ではなく、専用の器具を用いて背骨の神経から専用の器具へ、専用の器具から機械へ。という手順となります。専用の器具の名は【AMS:Allegory Manipulate System】≫

「AMS……。」

レポートに書き記された設計図とは違い、脳に直接接続させるのではなく、背骨を介しての接続となっている。それでも、機械と脳の接続を可能とさせるだけでもトーラスの技術と知識は、他の追随を許していない。

だが、一回限りのぶっつけ本番だ。

失敗すれば全身が動かなくなり、最悪、使い物にならなくなる可能性がある。そうトーラス博士が話していた。

槐本人は特に気にしていない。この体は、そのためにあるのだから。

身体の強化も、あちらの世界で現存するスーパーコンピューターを凌駕できる脳も、全身のありとあらゆる部分に改造が施された自分ならば……。

やれる、やれないなどという理屈ではない。やるのだ。

やらなければならないのだ。

八咫烏は確かに速い。現存する戦術機よりも、危険で、硬く、速い。

「………」

槐は眉尻を吊り上げる。彼は求める。最強を……。もっと強く。もっと強くと。

≪……………≫

「あ」

そこでふと、槐は今まで忘れていたことを思い出し、口を開いた。

「唯衣にあれを訊かなくちゃ」

彼は流れるシャワーを止め、手早くその場を後にするのだった。

◆◆◆

夜。一日の終わりが告げられるにはまだ早い時間。

槐は唯衣の部屋に向かい、ノックを三回。

しばらくして扉が開かれた。

「エン?どうしたんだ?」

「唯衣姫。訊きたいことがある。入っても良い?」

「ど、どうしたんだ?何時になく真剣だな。とりあえず、部屋に入ってくれ」

「………」

こくり、と頷いた槐は唯衣の了承を得て部屋の中へと入る。二人は改めて向き合う形になる。

「唯衣姫」

「な、なんだ?」

「志摩子が私を襲おうとしているときが良くある。そのわけが知りたい」

「………へ?」

思わず呆けた表情になる唯衣。そんな彼女に構わず槐は続ける。

「志摩子には敵性意思が無いことから、攻撃という意味での襲うこととは違うのが窺えた。上総が言うには、私が知るのはまだ早いと言っていたが、上総と私は同年代なのに、少し理不尽を感じている。……唯衣姫は、知っている?」

顎に手を当て、考え込むような仕草を取る槐に対し、意味を少しずつ理解した唯衣は顔を少しずつ紅潮させていった。

「な………な………」

「唯衣姫?」

「お……おま……。え、エン……お前は……」

「?????」

まるで酸欠になっているかのようにパクパクと口を動かしている唯衣に、槐の疑問は増えるばかりである。

ググググ、と咽喉まで出かかった言葉を一度飲み込み、唯衣は槐の肩を掴む

「エン!」

「っ!………唯衣姫?」

「そ、そういうのはとても恥ずかしいことなんだ!」

「………恥ずかしいのか?」

「そうだ!」

「上総が人に簡単に見せていいものじゃないと言っていた。唯衣姫なら大丈夫」

「んな!?いや、いやいやいや!エン!お前意味分かってないで言っているだろう!?」

「分からない。だからみんなが知っていて私が知らないのは可笑しい」

「おかしくない!」

「どうしてっ?」

「そ、それは、お前が大切だからだ!」

「むうぅ」

「う……。そ、そんな可愛らしく唇を突き出してもだめだぞ!」

「むぅぅぅぅ」

「だ、駄目なものはダメだ!」

お互い、引く気は無い。片方は知識欲に駆られて、片方はこの関係が壊れることに対する恐れから。

この状態がいつまでも続くかと思われたその時だった。

バンッ!と扉が開け放たれ、部屋に入ってきたのは志摩子だった。

「話は聞かせてもらったわ!私の所に来ればすぐにでも教えてあげ」

「そこに直れ元凶ぉぉぉぉっ!」

「ふぎゃああああああ!?」

これ幸いと唯衣は志摩子に襲い掛かる。

「どうしたんですの!?」

騒ぎを聞きつけてか、上総、和泉、そして安芸が現れた。

「お前もだ上総!槐に変なことを吹き込むなぁぁぁ!」

「わ、私は被害者でしてよ!?」

「問☆答☆無☆用!!」

「い、いやあああああっ!?」

ワンワンニャーニャーコーン!

「だあーーーーッ!止まれ止まれ!唯衣姫も落ち着けぇぇぇ!槐~~っ!これを何とかしてくれーーーっ!」

「了解」

半ばキャットファイトへと発展しそうになっている唯衣の首元に槐は腕をからめ、そして

「えい」

「きゅっ!?」

締め落とした。

◆◆◆

「うぅ~ん……はっ!?ここは!?」

「気が付いた?」

「エン?」

「唯衣姫ごめん。私は少し強引なことをした」

そう言って頭を下げる槐に、唯衣は首を振る。

「いや、良いんだ。あまり周りに迷惑をかけずに済んだ。ありがとう。だが、ああいう話は、私にはまだ抵抗があるから、話せない」

「………そう」

少しだけ、眉尻が下がったのを見て、気落ちしたことが分かった。唯衣は思わず笑みを浮かべる。初めて会った時とは比べ物にならないほど感情豊かになっていた。改めて思うと、そのことが少しだけ嬉しく思えた。

「それで?どうしてあんなことになったんですの?」

状況の整理として上総が問いかける。訳を槐が話すと、上総と志摩子は頬を引きつらせた。

「でも、一つだけ分かったことがある。そういうことがとても恥ずかしいことだと」

「でも、納得いかないんだよね?槐は?」

「私だけ知らないのは、少し、嫌だ」

和泉の問いに率直な感想を述べる槐。

最終的にはそこに行きつく。要は、仲間外れにされている気分になったということだ。

「ああ、もう可愛いなぁ、槐は~」

そう言っていつもの如く槐を抱きしめる志摩子。

「こういう過度な触れ合いも、原因の一つかもしれませんわね」

「っていうか志摩子はさぁ、そういうこと言って大丈夫なのかよ?」

「え?う~ん、私の家はさ、武家だけど両親がいないのよ。今では祖父母に引き取られたんだけど、やっぱり最終的には子を設けないといけないのよねぇ。家の存続のために、産めよ増やせよ。って感じね。家の方針がそう言ってるのよ。私は、もし子供ができるとしたら、槐との子が良いかな、なんて。ずっと思ってたから」

抱きしめている槐の頭を撫でて、志摩子が微笑む。

「世界中の人間の数が確実に減ってきているから、か。家のばあちゃんたちもそう言えば言ってたなぁ」

思い出したように安芸も呟く。

「因みに、上総はどうなの?」

「私?わ、私は、その…………あまり変わってませんわ」

頬を赤らめ視線を逸らす上総に、この中で比較的勘の良い安芸が意地悪な笑みを浮かべる。

「どういう意味で?」

「ぐっ………。はぁ、ええ。観念しますわ。素敵な殿方を少しでも早く連れてきてくれ。私が死にかけただけに、家は随分と心配してましたわ。帝都でのBETA襲撃がかなり響いているようですわ。意中の男性が居るのですからいっそのこと、なんて言ってくる始末ですわ」

「ず、随分必死だね」

苦笑する和泉。

「っていうかどさくさに紛れて告白したわね」

「山城上総。恐ろしい子……!」

「ち、違いましてよ!?私はただ別に、話の内容が槐の事が多いっていうだけで」

「まあそれはともかく、唯衣はどうなのよ?」「無視をしないでくださるかしら!?」

「わ、私か!?私は、特には、ない」

「本当かぁ?」

「ほ、本当だ!第一に、安芸達はもう少し恥じらいを持ってだなぁ……!」

「あんまり硬すぎるのも変よ唯衣。あ、そうそう、唯衣?唯衣は光源氏計画って知ってる?」

「は……はぁぁぁ!?」

光源氏。歴史をちゃんと学んでいればその意味がすぐに分かる単語だ。そして、光源氏を座学として知識を保有している唯衣は志摩子の言わんとしていることが理解でき、顔を真っ赤に染め上げた。

「なるほど、槐を理想の男に育てちゃおう計画ということか」

「恨みっこはなしよ。誰が槐を振り向かせられるか、勝負よ」

「望むところだ!」

「ちょ、ちょっとまて!勝手に話を進めるな!」

「そうですわ!参加するのはあなたたちだけではなくてよ!」

「上総―――っ!?」

「わ、私そろそろ寝るね?」

会話がヒートアップしていく唯衣たちを尻目に、和泉はその場を後にしていく。

「というわけで槐!これからよろしくね?」

安芸がそう言って槐を見やった。

「ZZZ………ZZZ………ZZZ」

が、そこには志摩子の豊満な胸元を枕に寝息を立てる槐がいた。

「って寝てるし!?」

「ああ、もう可愛いなぁ槐は、お姉さんの胸はそんなに気持ちが良いのね~」

「志摩子、お前もう槐が可愛ければ何でも良くなってきてるだろ!?」

結局、ヒートアップしていった会話は、消灯時間になるまで続くのであった。

―――――――――――

後書き、この作品を続けるにあたって皆さん、ヒロインは誰が良いですか?

個別ルートですか?

それともハーレムルートですか?



[34266] 第三話 粉砕する者
Name: きりたんぽ◆81d5e089 ID:fdf4640c
Date: 2012/12/06 15:17
前書き

皆そんなにハーレムが好きかーーーっ!私も好きだーーーッ!でも、一人だけをデレッデレにさせるのも好きだーーーーっ!砂糖が大好きだーーーーッ!

感想をくれる優しい皆さんが居てくれるのが嬉してもう次話を投稿しちゃったじゃないか。

ISTD!ISTD!

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

≪……………≫

≪……………≫

≪…………システム キドウ カクセイ シマス≫

「ん………ふぁ?」

眼を開ける。意識の覚醒と同時に、少しずつクリーンになっていく頭。砂嵐混じりの視界が鮮明になり、視界に彩を付ける。

「………」

窓からは鳥の鳴き声が聞こえる。

「………起きないと」

槐は身を起こし、そして自分が何処にいるのかを自覚した。

≪現状を確認のためスキャン開始。現在位置、基地内部【唯衣の部屋】。周囲に唯衣、安芸、志摩子、上総を確認≫

「………」

槐は見渡す。そこそこの広さがある部屋、昨日は結局五人が川の字で寝たようだ。和泉だけいないところを見ると、彼女だけ部屋に戻ったようだ。

上総と唯衣は特に暴れた形跡は見られない。が、安芸と志摩子の寝巻はボタンがいくつか外れ、平均的な女性よりも豊かで、羨望の眼差しを受けるであろう、豊満な肢体を覗かせている。

全員に共通していることは、幸せそうな寝顔をしているということだろう。

「(唯衣たちは、どんな夢をみてるのだろう?)」

≪……夢。該当データ無し≫

槐は、今まで一度も夢を見たことがない。眠っている時に見れる自分だけの世界。

「……………」

槐はゆっくりと移動を始める。衣擦れの音が妙に耳に入るが、誰も起きる気配はない。彼はそのまま誰も起こさないよう細心の注意を払って部屋を後にした。

◆◆◆

『やぁ、待たせたね。健康診断の結果は、君の身体は健康そのものと出たよ。ま、当たり前だろうけどね。……これよりテストを開始するよ。エンジュくん。例の装備を装着してくれたまえ』

「………了解」

閉鎖的な真っ白な空間。そこには、長い銀髪の髪を後頭部でまとめ上げた少年、烏丸槐がいた。彼は目の前の台に置かれた金属製の背骨のようなもの、AMSと呼ばれたものを手に取る。

『エンジュくん……最後に言っておくけど、本当にいいんだね?最悪一生身体が動けなくなる恐れがあるけど?』

「問題ない」

淡々と答える槐。彼はリュックを背負うイメージで自身の背骨を重ねるかのようにそれを身に着けていく。

後頭部にあたる部位にはしっかりと固定するために首に取り付ける金属製のベルトが取り付けられている。これから先、一生それと共に生きることとなる。

まるで首輪のようだ。槐は本で見た犬の首に巻かれたものを想像した。

自身の首に取り付け、強化服のように後頭部についているスイッチを押すと同時に、AMSが背中に密着していく。

そして、激痛が走った。

「ヅアッ!?アギィ!?」

背中、正確には頸椎から腰椎まで一斉に鋭利な刃物が深々と突き刺さり、槐の背中から赤い血が流れ出る。痛みに思わず彼は倒れた。

『おぉ、おぉ、痛そうだね。大丈夫?』

場の雰囲気に似合わないナレーションに、槐は即座に口を開く。

「問題……ない。博士、データの収集を…最優先」

『……了解』

≪AMSの接続を確認。治療用ナノマシンを分泌。失った体液の補填と神経系の接続、修復を行います。…………完了。AMSとの適正レベル……………良好。電気信号の伝達を開始……………問題無し。システムオールグリーン。リンクしました≫

頭の中で浮かび上がる情報が整理されていくにつれ、痛みは引いて行った。
それから十数秒後には普通に立ち上がれるようになっていた。

『……ぶっつけ本番だったけど。調子はいいみたいだね。流石私の作品。ミスは一つも無し!』

「………。」

強化ガラスが張られている方を無言で見つめる槐に、博士、トーラス・キサラギはハッ、と気づく。

『おっと。いやはや、失敬、失敬。こうしている場合じゃないね。それじゃあ、場所を移動するよ。君は八咫烏に搭乗してくれたまえ』

彼の指示に従い、槐は八咫烏が待っているであろうガレージへと向かう。

整備と調整が行われ、パイロットを待ちわびているかのようにコクピットが開かれている。

元来の物とは違うのは、シートには操縦桿が設置されておらず、代わりに、背中に寄り掛かる部分に窪みのようなものが出来ており、AMSと接続するための装置が積み込まれていた。

このコクピットこそが、これから槐が乗るであろうナインボール=セラフ専用のコクピットとなる。

トーラスの言った通り、槐は操縦桿だけを取り除いた戦術機のコクピットに乗る。

『力を抜いて楽な姿勢になって……。あとはコンピューターがやってくれる』

ゆっくりとした動作で、座席の装置がAMSと接続していく。

「!?」

瞬間、槐の網膜に情報の波が覆いかぶさる映像を映した。

戦術機の情報、槐自身の情報を映し出した光のパネルが集まって円形状のトンネルを作り出しているかのようだった。

その中を突き進むたびに、槐の中に叩き込まれていく幾千の情報。

≪戦術機との接続を完了いたしました。演算システムが限定解除されました。プログラムの再確認を行います。プログラムのレベルを2へと移行。戦術機の機体スペックを確認。………ACとの機体スペックと比較……………完了。この世界の技術レベルでのナインボール制作は絶望的と判断。プランを変更いたしますか?≫

「………」

『それでは、AMSとの接続状態がどれほどのものか、試させてもらうよ。エンジュくん。』

「……了解」

≪承認≫

◆◆◆

『シミュレーションの相手は吹雪、その数は八機。二個小隊で動く。フォーメーションは最新のデータを使って戦術を変えてくるから。気を付けるんだよ』

「……………」

『?エンジュくん?』

「……………」

『おぉ~い、聞いてるかね?』

「……………」

『………無視されちゃうとおじさん悲しんじゃうんだけどなぁ、まさか、寝てないよね?この状況で……?その手には乗らないよ!一度はずっこけてしまったが今回はそうはいかないよ!』

「……………」

『えっと、本当に大丈夫?バイタルは安定してるし、意識もはっきりしてるって分かってるからシミュレーションスタートさせちゃうけど良いの~?押しちゃうよ~?答えは聞いてない!ポチッとな!』

シミュレーションの開始のブザーが鳴る。

「ここまで無視されちゃうと、自分のテンションの高さが虚しくなるなぁ」

とホロリと目じりから光るものを零す。

「良いも~んだ。今日の私は気分が良いから別にいいも~ん」

しばしの静寂………。

「…………………コーヒーでも飲もう」

モニターから一時離れ、トーラスが悲しげな鼻歌を交えながら、予め温めておいたコーヒーポットを淹れる。

「あ~不味い。天然ものが飲みたいねェ」

そんなことを零しながら彼はモニターを見やる。

状況は戦闘を初めてから2分もかかっていない。にも関わらず、現在お互いの戦力は1対6。

「………んん!?」

トーラスが気づいたときには、吹雪が二機同時に上半身と下半身が泣き別れしている光景だった。

残り四機。

長刀を振りかぶり、突撃してくる一機の吹雪と、他の二機が突撃砲を放ってそれを援護。

八咫烏は弾幕から逃れるようにビルの後ろに隠れる。それを追う吹雪だが、気づいたときには横殴りされたかのように真っ二つにされていた。

残り三機

「は、速い……」

自分自身が作ったというのに、トーラスは声を漏らす。

想像以上のスピード。そして、普通の人間では再現できない無茶苦茶な機動。追いかけてくる二機の弾幕を掻い潜りながら八咫烏はビルと正面衝突する瞬間急停止、慣性がない状態の八咫烏が主脚を持ち上げる。

目の前のビルに足を着け、跳躍。宙返りをする。逆さまのまま両手の突撃砲で足元から少しずつ昇っていくかのように射線を修正、吹雪を牽制する。狙い通り吹雪は射線からずれるために左右に避けた。

刹那、跳躍ユニットを爆発的に開放。一瞬でトップスピードに躍り出る。

敵二機の真下を、地面スレスレで潜り抜け、片方ずつ敵の跳躍ユニットを、両肩合わせて四発しか入っていない120mm砲を一発ずつ放ち、破壊、墜ちた吹雪を追撃として突撃砲を一マガジン分全て叩き込んだ。

爆散。

最後の一機が背後から奇襲染みた行為で長刀を用い、確実に仕留めるために襲い掛かる。

八咫烏が振り向きざまに一閃。

完全にパワー負けした吹雪の肘、関節部分にまだ振っていない長刀を差しこみ、捩じる。

金属が擦れる音を立てながら吹雪の肘がブラリと垂れ下がった。

そして頭部に狙いを定め、残り二発の120mm砲を一発は頭部に、もう一発は確実にコクピットに叩き込み、完全な無力化と破壊をほぼ同時に成したのだった。
吹雪が全機撃破された。

八機が落とされるまで合計で五分。

驚愕の表情のままトーラスの頭脳は思考を加速させる。そして結論する。あの動きは、どの戦術機でもできない芸当だ。現存するOSでは絶対に不可能な動きだ。

トーラスの行動は早かった。槐の乗っている戦術機の状態を調べるためにキーボードを叩く。

「……これは……OSそのものがリセットされている!?ならばどうやってアレを動かして、いや、まさかまさかまさか!?彼自身の脳がOSに!?コンピューターのスペックが追いつくわけがないのに一体どうやって!?だが、この発想は無かった!まさか彼自身が戦術機の動きを決め、動かすなんて!?」

それであの動きができるとは!

トーラスの唇の端が吊り上る。

「クッハハハハハハハハハ!なんだこれは!?なんだこれは!まったくもって出鱈目なほど最高じゃないか!巌谷中佐の言いたいことが良くわかったよ!なるほど!整備と補給が整ってさえいれば最強じゃないか!素晴らしい!」

『………』

「エンジュくん聞こえるかい!?まったく君は最高だよ!まさにこれを動かすために、セラフを動かすためだけに生まれた存在なんだな君は!まったくもって恐れ入ったよ!」

『………』

「また無視かね!?いい加減私でも怒るよ!?まあいいさ。私は早急に君の資料をまとめなければならないから、私はこれで失礼するよ!」

そう言って足早とその場を後にするトーラス。やりたいことが一杯出来たことが楽しくて仕方がないのだろう。

軽い興奮状態となり、視野が狭くなっていたともいえる。

故に気づかなかったのだろう。

「………」

彼が、烏丸槐の瞳には、暗号のように数字が次々と映し出されていたことに。

≪プラン ヘンコウ システム ■■■■■■■■ キドウ≫

◆◆◆

目標を確認したと同時に、自機は相手の後ろに回り込むように飛ぶ。敵が発砲してくるが、スピードはこちらのほうが上だ。当たらない。

自機が敵の背後を取った。敵の避けられる確率はゼロ。自機が右腕を振った。

呆気なく敵は沈黙した。既に何度となく繰り返されたこと。上から敵が墜ちてきて、いや、降り立ち、自機に攻撃を仕掛けてくる。

【………】

敵を確認し、排除する。

それだけを自機は繰り返す。

また現れた。だが、同じことだ。

現れ、倒し、現れ、排除し、現れ、粉砕し、現れ、殺し、現れ、沈黙させ、現れ、壊す。

【………】

それが『私』の任務だ。

【………ターゲット 確認 排除開始】

今日も『私』は敵を壊す。

◆◆◆

≪さい………警告:バイタルに異常発生 直ちにユニットの使用を中止してください。……承認 意識の強制覚醒を行います≫

「…………!」

「え………!」

「えん……!」

「エンジュ!」

「槐!」

≪【唯衣】を確認しました≫

「っ!?………唯衣?」

真っ暗だった視界に突然色が戻った。槐は自分の身体が乱暴に揺らされていることを感じ、その張本人、唯衣を見やった。彼女の顔は今にも泣きそうになっていた。

「―――っ馬鹿者!心配したんだぞ!半日もここに居たんだ!お前は!」

「………そんなに?」

「覚えて、ないのか?」

頷く槐。

「できれば詳しく教えてほしい」

「―――っ。とりあえずコクピットから出るんだ。一体どうすればこんな身体に……!」

「え?」

唯衣の手に引かれ槐がコクピットから出ると、すぐにそれは起きた。

ガクッと槐はろくに動けず、そのまま倒れそうになった。

≪警告 極度の疲労、並びに体力の著しい低下が見られます。早めの休息を推奨≫

「馬鹿者、あまり無理をするな」

そんな彼を、志摩子がやっていたように正面から抱きしめる唯衣。

「………ごめんなさい」

心配をかけてしまったことに対する謝罪を口にする槐。

「大丈夫だ。こういうときこそ、私たちを頼ってくれ。もちろん、他のことにもだぞ?私たちは仲間なのだからな」

「仲間………」

何故だろうか?槐は唯衣の言葉に不満を覚えた。

気のせいだと彼は断じる。

「唯衣……早速、私は唯衣たちに頼っても良いか?」

「……なんだ?」

「今度、私は、全てを話そうと思う。私のことを……その時は、皆と一緒に」

「ああ、そうだな。だから今は休め。……お休み」

「おやす………み」

そのまま、唯衣の良い香りに包まれながら、重くなった瞼に身を任せ、槐は一時の休息を取ることにした。

◆◆◆

「眠ってしまったか」

槐を抱きかかえながら唯衣は呟く。

彼の顔は痩せこけていた。身体も冷たく、たった半日でどうやったら身体をこうなるまで酷使出来るのか、唯衣には分からなかった。

分かる人間がいるとしたらただ一人、トーラス・キサラギだけ。だが、唯衣は問い詰めに行くという選択は取らなかった。

槐を医務室に運び、栄養補給のための点滴を打たせつつ唯衣は考える。

槐がようやく全てを話すと言ったのだ。

だから唯衣は彼の意思を酌んだ。

だが、裏を返せば、今に至るまで槐は自分たちが信用に足る人間ではないと思われていたのではないかと心配にもなった。

あのとき、上総がBETAに喰われる直前で発揮された、生身で眼にもとまらぬ速さで動き、戦車級を片手で持ち上げられる程の人間という定義から外れた身体能力。

「槐………」

そんな力を、目の前の白い小さな命が持っている。

医務室の簡素なベッドに死んだように眠る槐の頭に手を添える。さらさらとしてふわっとした柔らかい髪に触れる。優しく、丁寧に、壊れ物を扱うように唯衣は彼の頭を撫でる。

「また、来るからな」

そう呟き、唯衣は医務室を後にする。これから先、槐に頼られることなど恐らくそうあることでは無いだろう。

だからこそ、頼られたときに最大限協力できるよう、槐が次も信頼を持って頼むことが出来るよう、唯衣は己を磨くために訓練室へと向かった。いつも以上の覇気を持って。

その日の夜、基地には、横浜にハイヴが堕ちた報せを受けた。

◆◆◆

トーラス ラボ

真っ暗な空間にポツリと光が差し込んでいるのは彼のパソコンからだった。

「横浜にハイヴが、ねぇ」

パソコンに映し出された報せを見たトーラスがコーヒーを啜る。

「いよいよエンジュくんの、八咫烏のお披露目が来たようだね」

くふふ、笑みを零す彼の視線には一つにまとめ上げられた資料と、そしてつい先ほど届いた別件の連絡

「やれやれ第五計画の皆々様は無茶を言ってくれる。私はもうそちら側ではないというのに……。だが、存外早かったかな。うむ、私の命も、あと僅かということかな?」

くふふふ、悪魔はただ笑う。

泥水のように不味いコーヒーを啜りながら。

「さて、エンジュくん。君は何を為してくれるかな?」

彼は受けた連絡を表示する欄を閉じる。

そして次に映し出されたのは、大文字でUNKNOWNと記された八咫烏だった。

◆◆◆

≪ 起動 起動 起動 起動 起動 … … … … ≫

≪ 全システム起動 分析 再構築 接続 ≫

≪ 補填 認識 構築 分解 再構築 形成 ≫

≪ 接続 修復 再現 圧縮 形成 破棄 ≫

≪ 再現 修復 破棄 破棄 破棄 排除 ≫

≪ 再認識 補填 再現 構築 破棄 構築 ≫

≪ 構築 構築 構築 構築 構築 構築 ≫

≪ 再現 再現 再現 再現 再現 再現 ≫

≪ 理解 分解 再構築 接続 修復 修正 ≫

≪ 圧縮 修正 再現 構築 圧縮 分析 ≫

≪…………………………………………………≫

≪…………………………………………………≫

≪…………………………………………………≫

≪完成≫

≪保存 配置 固定 接続 修正 癒着≫

≪全行程終了 システム パルヴァライザー シャットダウン≫

≪最終目標の確認【人類を見極めよ】≫

バツンッ!

―――――――――――――――――――――――――――――――――――
後書き

いろいろと駆け足で展開を進めましたが、伏線を配置して、今回はここまでです。

後、最後の部分は見てわかる通りです。そして皆さんの反応が怖いです。時代が違うとか、世界が違うとか持ってるわけねぇだろこの屑!とかのツッコミは勘弁な!



[34266] 第四話 レイヴン
Name: きりたんぽ◆81d5e089 ID:fdf4640c
Date: 2013/11/05 18:37
前書き

第四話投稿です。いい感じに感想が来てます。皆さんの期待にちゃんと応えられてるか心配。

――――――――――――

1999年8月5日
横浜ハイヴ攻略のための作戦、明星作戦が行われることとなった。
その日、その時、戦場を駆け抜けたとある衛士が残したボイスレコーダーが某所に保管されていた。

◆◆◆

自分が見たことですか?

はい、私の主観で良ければ……………はい?

は、はぁ……それで良ければ………。

あの作戦?

ああ、簡単に言えば地獄だったよ。みんなみんな死んじまうんだからな。

BETAが恐ろしい数で押し寄せてくるんだからよ。仲間の断末魔、爆発。

けどさ、俺はあの時見たのさ。戦場を食い荒らす鴉(レイヴン)をよ。

あ?俺はアメリカ軍衛士さ。JAPははっきり言って嫌いさ。あんな格闘馬鹿どものイノシシ精神は見下げたもんさ。

けど、彼奴だけは別だ。

誰だって?

鴉(レイヴン)さ。分からねぇか?

帝国でつい最近作られた試作型の戦術機。あれをあの作戦で投入したのさ。あのイカレタマッドエンジニアはな。

トーラス・キサラギはアンタも知ってるだろ?あの悪魔さ。いや、これは間違いだな。彼奴は悪魔に魂を売った奴さ。

彼奴は、自分が作った戦術機をポンコツとか、優秀とか、そんな枠組みに入れようなんざこれっぽっちも考えてねぇ。

最高にクレイジーな奴さ。乗る人間のことを一切考えてねぇんだよ。彼奴は。
信じられるか?例の試作機が突撃級の上でダンスをしているかのように跳ぶんだぜ?空を浮遊するんじゃなくて足場にしちまうのさ。しかも確実にほかのBETAを倒しながらだ。

それだけじゃねぇ、彼奴は突撃級のかてぇ身体が当たるか当たらないか、光線級がレーザーを撃ってくるギリギリのラインを保ちながら後ろ向きで進みやがるんだ。そして極め付けには、トップスピードを維持したまま奴は直角九十度に動き、それを顔色一つ変えることなく作戦が終わるまでずっと実行していやがった。

まだある。彼奴が現れたとき、初めからかなり高度を取っていたのさ。俺は奴を初めて見たときどんな馬鹿な奴だと思ったんだ。案の定、レーザーが襲い掛かってくるがな。彼奴はあろうことか、避けたんだよ!光線級のレーザーをだ!

あんな変態機動ができる奴を俺は今まで見たことがねぇ。

奴の肩に着いた9の数字と反対側に張られた鴉(レイヴン)のエンブレムが俺の中では印象的なものだったぜ。

アレの中に入ってるのは人間じゃねぇ、別の何かだ。

他の奴らは無人機とかありもしねぇことをほざくが、俺は見たんだ。あの試作機のパイロットをな。

子供だった。

子供だったんだよ。

俺の息子とそう変わらねェくらいの、本当に小さな子供だった。

俺は元々ああいう子が戦場に出る時代がこねぇようにするために衛士になったんだ。

そして俺は、俺よりも何百倍も腕の立つ実力を持った子供を見た瞬間、俺の中の何かが崩れるのを感じたんだ。

子供は人間離れした容姿だった。きっと成長すればそれはもう口笛を吹きたくなるほど美人になるだろうさ。

………。

え?男?それに見た目以上に年寄り?

………………。

………………。

ふぁっく…………。

と、とにかくだ。嫌な時代になっちまった。俺はそう感じたのさ。

聞けばあの子供、名前は知らねぇが帝国の巌谷中佐の養子だそうじゃねぇか。瑞鶴のテストパイロットだったで有名なあの巌谷中佐だ。

Fuck!日本人はどいつもこいつも化け物揃いじゃねェか!出鱈目な奴が多すぎんだよあそこは!

……わりい、取り乱したな。

え?G弾についてか?そいつは無理だ。

あれがどういう代物なのかさえ、俺達は聞かされてねェ。というか、俺達は本来、アレの広告のために犠牲にするつもりだったってらしいぜ。

ったく、やってらんねぇよ。必要な犠牲云々きれいごとを抜かしやがって。こちとら愛国心は確かにあるが命まで捧げたつもりはねぇっての。

あ?なんだよ、スカウトか?国連軍に入れって?横浜に基地を建設ぅ!?

G弾が落とされた場所にかよ!?

おいおい勘弁してくれよ、得体のしれねェ物質にさらされてるところにいるなんて、俺は嫌だからな。

別に期待してない?こっちから願い下げだっての。

ったく……もういいか?

俺だって暇じゃねぇんだ。

え?最後に一言?そうだな。戦場では、あの大鴉(レイヴン)には絶対会いたくねぇよ。

それじゃあな。

◆◆◆

≪システム キドウ イシキ カクセイ≫

「!」

ガバッ!槐は意識の覚醒と同時に跳びあがるかのように起き上がった。

妙な胸騒ぎがした。ざわめくような心のまま槐はすこしきつい病院服を着たまま基地内を走り回る。

向かう先はトーラス・キサラギの研究所。

「博士」

扉を開き、彼を呼んだ。

「おや、起きたのかね?遅かったじゃないか。おはようエンジュくん」

「博士、私はどれくらい眠っていた?」

「ああ、一日中だよ」

「っ!?」

息を呑むような声を発する槐に構わず、トーラスは続ける。

「その間に横浜にハイヴが堕ちた。帝国は今日中にハイヴを落とすための大きな作戦を起こすつもりさ」

「唯衣は、唯衣たちは……!?」

急かすように槐はトーラスの肩を掴む。トーラスはドウドウ、と落ち着かせる。

「落ち着きたまえ。唯衣君たちはもう横浜に向かったよ」

「っ……。私も出る。八咫烏で、横浜に行く」

「まぁ、確かにここからなら、八咫烏の機動性を考えれば20分とかからないね」

「なら、はやく私を八咫烏に乗せてくれ、博士!」

「分かった分かった。その前に強化装備を着たまえ、それでは乗れないだろうに。2サイズ上の新しい強化装備はあっちだ」

「わかりました。………?2サイズ?」

「おや、気づいてないのかね?キミ、少し背が伸びたんだよ」

槐の疑問にトーラスが答えたことによって、ようやく槐は自分の身体の異変に気付いた。

≪現在の身長156cm。二日前と比較して20cm高くなっている≫

「……博士、八咫烏の整備は終わっていますか?」

「勿論だとも。」

「装備は?」

強化装備に素早く着替え、槐はガレージに急ぐ。研究所からダイレクトに進める道があるので、道に迷わずに済む。

『両手に36mm突撃砲を二門ずつと私監修の元、かーなーり頑丈にした長刀。装弾数はマガジンを増設させて1マガジンにつき2500発。マガジンの換えは二つずつ。既に上腕部に取り付けられているから、弾を全て吐き出したと同時に入れ替えられるよ。両肩に120mm砲が二門ずつ。装弾数は16発。一か月前から古い友人の伝手で頼んでおいて正解だったよ。更に改修を進ませて跳躍ユニットを増設させた。姿勢制御のために両肩に一対、背中のユニットを取った変わりとして一対、そして腰に一対。脚にも小型化させたスラスターがついているよ。君の要望に、私は見事応えてやったよ。それから、八咫烏の実戦仕様は装甲を分厚くさせ、関節面の強化を行った。シミュレーターの時は瑞鶴とそう変わってはいなかったが、それよりも少々大きい。全高22mだ』

トーラスと通信をしながら槐はコクピットの近くからライトアップされた八咫烏を見上げる。

見た目はナインボールの腕を少し太くした感じだ。

『そういえばコールサインを決めてなかったね。エンジュくん、コールサインはどうするかな?』

「………じゃあ」

◆◆◆

≪AMSの接続を開始します。……接続。バイタルチェック………極めて良好≫

槐はコクピットに乗り込み、AMSと戦術機との接続を開始する。

≪体組織、神経組織、全てに問題無し≫

『作戦司令本部には君が来ることを事前に伝えてあるよ。名目上は装備の調達に遅れが生じた。ということでね。さて、速いしデカいし重いし硬い。君にこのじゃじゃ馬を乗りこなせるかな?』

「問題ない」

コクピットに乗り込み、AMSと接続する。

『ああ、それと、あっちまで向かってすぐ燃料切れが無いよう、背中にいくつか燃料ポッドを取り付けてある。横浜までまっすぐ行けるなら、着いたと同時にパージされるようにプログラミングされてるから。心配はしなくて良いよ』

「了解。ありがとうございます」

青のカメラアイが光り輝く。

『ブリッジを上げるよ。5秒で終わらせる。』

ブリッジが持ち上がる。腰の後ろに取り付けられたホースが切り離され、ナインボールは完全に自由となった。

『急ごう。カタパルトに乗りたまえ。あちらではもう作戦が開始され始めている』

「……行こう。セラフ」

槐はそう呟く。

≪……プロジェクトラストセラフ、第三段階へ移行。戦闘モード起動≫

『エンジュ・カラスマ。発進どうぞ!行ってらっしゃい!八咫烏!早い帰りを待っているよ!Good luck!』

「了解。烏丸槐!出る!」

『全システム チェック終了』

噴射剤を燃やし、人間に多大なダメージを与える強烈なGが槐に襲いかかる。それを、涼しい顔で受け止める。

一瞬でスピードを上昇可能なまで上げ、機体を持ち上げる。空気を切り裂き、高度を上げ、槐は飛ぶ。

目標は横浜、明星作戦……唯衣達の元。

アフターバーナーを吹かし、雲を引きながら横浜へと向かう槐。

「………!」

更にスピードを上げる。現存する戦術機が出せるトップスピードに躍り出る八咫烏。

「まだだ……まだ足りない」

更にスピードが上がる。衝撃波が大地を、木々を揺らした。警告のランプは出ない。

それはそうだ。槐の身体には一切のGの影響はないのだから。


―――WARNING!WARNIG!―――


光線級のレーザー警報。

≪座標、数を特定、9体の光線級からロックオンを受けている。回避行動≫

「計算」

≪必要なし。方法の選択≫

「避けるだけ!目標についたと同時に迎撃!」

≪了解≫

―――ビィッッ!―――

◆◆◆

『こちらハリケーン3!もう駄目だ!陣形が崩れる!うわああああああああああああああああ!!』

『こちらCP!応答せよ!ハリケーン部隊!応答せよ!くそ!BETAの数が多すぎる!』

『こちらレンジャー11!こっちは目を瞑ってても的に当てられるが飛んでもねェ数だ!ハイヴに近づけねェ!』

辺り一面が火と硝煙と血で満たされていた。

BETAが闊歩し、それを叩くための軍隊との戦争は、少しずつ形勢が敵側に傾き始めていた。

「…………。状況は芳しくない、か」

CPのオペレーターの一人が呟く。

「怯むな!我らの恐ろしさをBETAに焼き付けるのだ!散って行った者たちの命を!無駄にするな!」

「………」

前線を往く戦術機たちの雄叫びを聞きながら、後続にいる唯衣達は不安を隠せずにいた。彼女たちが駆るのは昔から使い慣れた瑞鶴だ。

『唯衣』

「……なんだ?」

『槐…大丈夫かな?』

安芸の不安の籠った問いかけに、唯衣は柔らかく微笑む。

「心配するな。エンのことだ。きっと八咫烏に乗って来るだろうさ」

『そうですわ。信じましょう、槐のことを……』

二人は槐の『特別』を垣間見たことがある。だからだろうか。少し遅れたとしても、必ずここに来ると。そう信じていた。

『聞け!後続部隊!これより我らは死地に赴く!されど決して恐れるな!我らの命はこの戦場で散って行った者たちの魂と共にある!そして、殿下がおられる!行くぞ!我らに負けは無し!突撃ぃぃぃぃぃっ!!』


―――おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!―――


魂の底から己を奮い立たせる衛士たちの叫び声と共に各部隊の指揮官の指示の元、前線の衛士たちの援護に向かった。

「私たちも行くぞ!」

『『了解!』』

和泉、安芸、志摩子、上総の四人と、それを指揮する唯衣の部隊も、BETAに向けて長刀を片手に突撃していくのであった。


◆◆◆


アメリカ 某所基地内部

『計画は順調に進んでいるかね将軍?』

『はっ、計画始動と同時にG弾二発が目標に向けて発射されるでしょう』

『ふむ、あの有象無象達を一瞬で物言わぬ肉塊に変えてしまう兵器、奴らが聞けばどう思うだろうな?』

『どちらにせよ、我らの兵器がBETAという勢力に楔を打ち込むことは出来よう』

『だが味方の軍はどうする?』

『ふん、逃げ遅れたものなど放っておけ。各国の軍もだ。わざわざ教える必要もあるまい』

『そうだ。死者が多く出ても、宇宙へ旅立つための席が空くだけだ』

『…………。』

『報告ご苦労であったな、将軍。此度の君の功績を讃えよう。天国で家族も誇っているだろう』

『…………はっ、ありがとう、ございます。ですが、部下をいたずらに消費する必要もないのでは?』

『うん?なにを言っているのかね?部下ならば新しく補充すればよい。どれも選りすぐりだ。それで文句はなかろう?』

『っ……はい』

『ではな、将軍。君のこれからの働き、期待しているよ』

『はっ、ありがとうございます。失礼します(ちっ……保身しか考えない屑共が)』


◆◆◆

楔型一式の陣形を組みながら唯衣達は立ちはだかる要撃級を打倒していく。突撃級の間を縫うように動き、正確に弱点を突く。

槐と共に研鑽を積んだ訓練の数々は、確実に彼女たちの力となり、守りとなっていた。

「遅い!」

要撃級の振りかぶった攻撃を最低限の動きで躱し、腕を切り飛ばし、返す刀で胴体を切り裂く。

『槐と比べたら遅いんだよ!お前らはなぁ!』

格闘戦を重きに置いた安芸の二刀流は流れるような動きで、飛びかかってくる戦車級の身体を正確にかつ素早く真っ二つにする。

『もう私たちは、昔の私達とは違うのよ!』

左手の36mm突撃砲で、弾幕を張り、左手の120mm砲で確実にBETAを撃墜させる上総。

『私たちは、絶対に生きる!』

志摩子の弾幕がBETAを穴だらけにし、

『生きて、仇を討つ!』

和泉の射撃がBETAを沈黙させる。

「その通りだぁぁぁぁっ!」

唯衣の咆哮が、すれ違うBETAを切り裂き、赤い花を咲かせた。

―――ビィィッッ!―――

「っ!?」

レーザーが唯衣達の頭上を通り過ぎた。

その射線上に居たのは別の部隊の帝国軍機。

爆散。

空気を揺らすような轟音が唯衣達の鼓膜を叩いた。

誰かの名前を叫ぶ声が無線越しに響き渡る。

『怯むな!討たれたくなければもっと高度を下げろ!光線級の懐に入れ!』

空を幾度となくBETAの光線が彩る。光線級が居る限り、空を飛ぶことは決して許されない。否応なく、地上のBETAと戦わなければならない。自由を制限されている彼女たちの形勢は圧倒的に不利だった。

空はBETAの独断場となる。それは正しい。見まごうことがないほどそれは正しいことだ。

だが、それが唐突に終わりを告げる。いままで座学で教わり、常識となっていた壁は、一人の衛士によって小さな穴を開けた。


―――轟ッッッッッ!!―――


地面を揺らすような轟音が9回鳴りひびく。そして、空を彩った白い光が、唐突に終わりを告げた。

『っ!?B、BETA光線級9体の反応が一気に消失!射撃!?一体どこから!?』

『味方増援を確認!?数は、たったの一機です!ものすごい速さで、こっちに来てます!』

『こちら後続の第八小隊!肉眼で確認した!意外と大きいぞ、彼奴!?……っ!?おい!あの黒い奴何やってるんだ!馬鹿!高度を取りすぎだ!早く下げろ!』

『光線反応!危ない!』

警告を無視し、黒い戦術機は飛び続ける。反応とほぼ同時に八咫烏は直角に軌道を変えた。

『えっ!?』

『嘘!?』

爆発的な燃料の消費と引き換えに、一気にトップスピードに躍り出た機体はレーザーに掠るか否かの瀬戸際で撃墜を免れた。

『なんだあの黒い奴!?レーザーを躱しやがった!』

『まさか、あれが例の試作機か!?』

『た、確か巌谷中佐殿の養子で』

≪燃料ポッドを使い切ったことにより、ポッドをパージ 軌道修正 BETA 各属種の数と座標を確認。特定≫

『マッドエンジニア、トーラス・キサラギの部下』

『烏丸槐!?』

≪唯衣達の座標をスキャン。……確認≫

「!!」

唯衣達の顔に喜色が混じる。

『唯衣。待たせた』

槐のいつもと変わらぬ声に、全員が安堵した。

「遅いぞ、馬鹿者。待ちくたびれたぞ」

嬉しそうに微笑む唯衣に、槐も自然と微笑みを返した。

『槐!』

『槐くん!』

『お待ちしてましたわ。槐』

『お帰り槐くん』

こくり、と頷く槐。

彼の駆る機体、八咫烏が唯衣達の元に降り立ったと同時に、八咫烏の機体が約45度上を向き、肩の120mm砲が一度火を噴いた。

それは弧を描き、まとまっていた光線級の集団を焼き払った。

「CPこちら【ハスラーワン】。烏丸槐。これより、援護に入る」

≪ターゲット確認 排除開始≫

右肩に⑨というマークを、左肩に白地に翼を広げた鴉の絵が入ったエンブレムを身に着け、最強の鴉の継承者が今、戦場に降り立った。

――――――――――――――

後書き

コールサインを調子に乗ってハスラーワンにしちゃいましたけど、大丈夫ですよね?セラフの後継者という設定なんだし……。



[34266] 第五話 G弾 前編
Name: きりたんぽ◆81d5e089 ID:fdf4640c
Date: 2012/12/23 11:34
「槐、ここまでひとっ飛びしてきたのか?」

唯衣の問いに槐は頷く。

「そう」

「凄く……大きいわね。八咫烏って、こんなに大きかったっけ?」

「みなさん、詳しい話は後でしてよ」

「っ!突撃級!」

「唯衣達は下がって。私が行く」

八咫烏が一歩前に踏み出す。

「槐!?一人でやるつもりか!?駄目だ!私達と陣形を組んで行こう!」

「大丈夫」

槐が更に一歩前へ踏み出す。

「すぐに終わる。そしたら、一緒に行こう」

八咫烏が跳躍ユニットを起動させる。

「槐!」

唯衣の静止の言葉を背に受けながら、八咫烏は飛ぶ。

≪情報の統制 計算開始 演算 処理 予知 行動の選択 決定≫

頭の中に流れる情報が恐ろしいほど綺麗に整っている。今なら、なんでもできそうだと思えるくらいに。

「行こう。セラフ」

≪了解≫

突撃級の正面、上に躍り出る。そこで彼は跳躍ユニットの噴射を止め、突撃級の外殻に足を着け、跳躍ユニットで衝撃を完璧に殺す。そして、再び跳躍し、




後ろを向いた。







――――はぁっ!?――――

この時、彼の動きを見ていた者たち誰もが、驚きに眼を見開き、声を漏らした。

八咫烏の両手の突撃砲がマズルフラッシュを放ちながら36mmの弾丸を大量に吐き出す。

それは等しく突撃級の背後を穿ち、沈黙させた。

更に続く突撃級に八咫烏は後ろ向きのまま外殻に勢いを殺しながら足を着け、跳躍ユニットで跳びあがり、後ろを向けている突撃級を殺し、勢いを殺し、足を着け、跳びあがり、殺し、これを繰り返しながら前へと確実に進んでいくのだ。

しかも、暴れ馬のように暴れ、後ろからのしかかろうとする突撃級の動きを呼んでいるかのように上昇し、あくまで足場にして跳躍し、殺していく。

まるで後ろに眼がついているかのような動き。しかも高度は一定を保っており、光線級のレーザーが襲い掛かってくるギリギリのラインを保っているのだ。

例え撃って来ても、一瞬でトップスピードになって直角に動ける八咫烏には関係がない。BETAは同士討ちを絶対にしない。その習性を利用し、槐は突撃級に足がつくか否かの紙一重の高度を保ちながら光線級のがレーザーを仲間に当てないようにするという行動をとらせているのだ。

しかも、槐は事前に光線級の座標を特定している。故に

『!?光線級が続々と反応を消失!?嘘、あの試作機が撃ってるの!?』

槐は片手間で突撃級を殺しながらもう片方で光線級を倒せるのだ。

そんな精密機械も真っ青な操縦技術を見ていたものが頭で理解できても心が納得できるだろうか。





――――なんなんだあの機動はぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?――――






恥も外聞も投げ捨てた全力の、心の奥底からの言葉だった。目に映る光景が信じられない。それを簡潔に表していた。

『Holy shit!帝国軍の衛士は何時からサーカス団になりやがったんだ!?』

『あ、あははははは!なんだこれ!?なんだこれ!?』

『あ………?あ………?』

『光線級仕事しろ!いや、やっぱり仕事するな!このまま死んじまえ!』

『すげぇ、あの戦術機、後ろ向きで進みながら戦ってやがる』

『あんな機動で大丈夫か!?』

『大丈夫だ。問題ない』

『なんでお前が自信満々気に言うんだよ!?』

『いや、なんとなく言わなきゃならない気がして』

『変態だ!あそこに変態がいるぞ!』

『普通やるかあんな動き!?』

『変態!変態!変態!』

『いい加減戦いに集中せんか貴様らーーーっ!!』

このように、槐の機動は異常の一言に尽きるのである。

だが、それによって突撃級の突進の脅威が微量でありながらも減ったと言える。

『槐君、変態機動に磨きがかかったわね』

『むしろ酷くなっている気が』

「………はっ!?ぜ、全機!エンを追うぞ!」

『『了解!!』』

唯衣達は槐達を追うために凍り付いていた思考を復活させ、行動を起こした。

◆◆◆

アメリカ 某基地内部

「な、なんだあの動きは!?本当に現存するOSでこんなことが可能なのか!?」

「あの戦術機を作ったのは誰だ!?」

「トーラス・キサラギというエンジニア兼科学者です」

「トーラス・キサラギ!?あの狂人か!」

「おのれ、アメリカ人の面汚しが!JAPに簡単に尻尾を振りおって……!」

『呼んだかね?』

「んなぁ!?貴様!?どうやってこの回線を!?」

『やあやあ諸君。私がトーラス・キサラギです。初めましての方は初めまして。あったことのある方々はお久しぶり。私の試作機はどうかな?』

「試作機?!あれで試作機だというのか!?」

『ええ、そうですとも。私の理想はもっと高い位置にある。コンセプトはそう、質が量を上回る。単騎でハイヴを落とせる存在を作り上げること。あれではまだハイヴを落とすには少々不満が残っていてね』

「貴様!何故我々を裏切った!?貴様の技術力を買ってここまで貴様の支援をしてやったのは我々なのだぞ!?」

『ふふ、フフフフフ…………クハハハハハハハハハハハハ!!グヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!!!』

「な、何がおかしい!?」

『間違っている!貴方がたは根本的に私を勘違いしている!見方を間違えている!長官殿、私はね、地球が、この星が大好きなのだよ。でも、それよりも私は発明が大好きだ』

「?」

『諸君、私は発明が何よりも大好きだ。故に、私は君たちから離れたのだよ。君たちは私の望んだ開発をさせてもらえないからね』

「な、なにが、何が言いたい!?」

『ここまで言っても分からないかね!?ではお教えしよう!帝国は私にある設計図をくれた。それは私の創りたかったものそのものだった。それを作りたかった』

「それだけで、それだけで貴様は!?」

『そうだとも!だから、私はここに居る。それに、私の実力を買っていた?笑わせるね。君たちのような豚の糞ほどの価値もない老害どもが、私を完璧に使いこなせるわけがないだろう?日本人という血が入っているだけで差別し、掌を返したような態度をする君たちが!くふ、ヒャハハハハハハハハ!!帝国の悪いところだけしか見ない君たちが、G弾を作り出しただけで神様にでもなったつもりかね?私は、いや、私たちは既に次のステップへと踏み出している』

「たち、だと?貴様の他に誰がいるというのだ!?そもそも、どうやってG弾を!?」

『それを私が態々教えるとでも御思いで?あなた方のような?フフ、プクククククク……笑わせてくれるじゃないかギャハハハハハハハハハ!!』

「貴様……貴様は一体!?」

『何者だ!?私がかね!?つまらない質問をするじゃないか!では改めてお教えしよう。私はトーラス・キサラギ。アメリカ人の血を持った日本人であり、日本人の血を持ったアメリカ人だ!それ以上でも以下でもない!』

「……だ、だが!いずれG弾がハイヴに落とされる!貴様の玩具よりもこちらの方が上だ!」

『玩具!?作品と言ってもらいたいね!むしろ私は息子と言っても良い!!それにしても、態々私に秘密を漏らしてくれるとは、もっとも、もう知ってたけどね。確かに、貴方の言うとおりG弾の威力は脅威だけれど、私がそれを態々見逃すと思うかね?』

「なっ!?まさか貴様!?」

『貴方の思っている通りで間違いはないと思います。しかし、私にも少なからず愛国心を持っています。このままあなた方の邪魔をして国の信用を落とさせるのは心苦しいものがあります。』

「口から出まかせを言いおって!!」

『人の話は最後まで聞きたまえ。ではどうするべきでしょうか?幸い、ここには私と貴方、そして第五計画の皆々様しかいない。耳と目はどこにも存在していない。ね?長官殿?そして第五計画の皆々様。少し、私とお話しませんか?』

「貴様のような狂人と誰が話すというのだ!?交渉人にでもなったつもりか!?」

『くふふふ、おやおや、面白いことを言う。私がなんの準備もなく来たと思っているのかね?断言しよう。キミたちは私に従わざるを得ない。おや、なにをそんな怯えているのですか長官殿?そんなに顔を真っ青にして?貴方はもう分かっているのではありませんか?私がここに顔を見せに来た理由、私は何時だって自分が完全に安全だと確信したときにしか敵に顔を見せない主義なんですよ』

「くっ!貴様ぁ!」

『それは第五計画の皆々様にも言えることです。このままだとあなた方は路頭に迷うどころかその日のうちに物理的に首を落とされ、悪ければ一族もろとも、かもしれませんねぇ』

「貴様!この悪魔め!」

『悪魔、それは私にとっては最高の褒め言葉だよ。さて、話のネタは尽きましたか?では、再び交渉に戻りましょう。長官殿。そして第五計画の皆々様。私と少しお話しませんか?』

「………地獄に堕ちろ。悪魔め……」

『くふふ………地獄にはもう堕ち慣れているよ。彼女もね』

◆◆◆

「っ!」

要撃級の両腕を切り裂き、×字に切り裂く八咫烏。血吹雪が舞い、赤い花を咲かせ、八咫烏を彩る。

≪後方から突撃級一体、接触まで五秒≫

振り返りざまに突撃砲で突撃級の脚を撃つ。そのまま突撃級を中心に周り、後ろに突撃砲をお見舞いする。

≪突撃級沈黙 機体損傷軽微 右腕部突撃砲 マガジンを使い切った 再装填≫

二の腕から薬きょうを吐き出す拳銃のようにマガジン二つを排出。八咫烏が腕をまっすぐ伸ばす。

上腕部のユニットが動き、中に収納されていたマガジンが二つ送られる。

≪左から要撃級二体接近前方より戦車級12体≫

「………」

槐は左腕の突撃砲の銃口を前方に向け、発砲。一瞬で穴だらけになる戦車級たち。
ガシャッ!という重厚な音と共にマガジンが装填されたことを教えた。

左右から襲い来る要撃級の腕を、槐は敢えて踏込み、しゃがむ。頭上を通過する腕を根元から切り裂き返す、刀で要撃級を一撃で沈めた。

「………」

≪要撃級の弱点を特定 体内に命令系統の電波らしきものを受信する器官を発見。破壊すれば動けなくなる≫

近くに居た一機の友軍機が後ろから近づいてくる要撃級に気付いていない。

「後方注意」

≪Check six≫

槐は突撃砲を放つ。しかし、十数発しか消費しない。

それで胴体の横から後部を穿ったが、要撃級は沈黙せず、更に放ち、前部を撃ったことでようやく動かなくなった。

「やっぱり」

≪烏丸槐の予測は正しい。全ての要撃級が同じ場所にその器官を持っているとは限らない。……後方より、唯衣と上総の反応を確認。更に後方より安芸、志摩子、和泉を確認。 警告 左右より戦車級4体、前後より要撃級一体≫

槐は要撃級二体に向けて突撃砲を放ち、二体同時に沈黙させる。

そして、左右から来る戦車級には

『だぁっ!』

『はっ!』

唯衣と上総が斬り捨てた。

「唯衣、上総」

『油断大敵だぞ、槐』

『らしくありませんわね。やはり、まだ疲れが?』

「問題ない。二人が来てくれることを【信じて】いた。二人が戦車級を斬るのを。私は信じていた」

『!……ふふ、少しは私を頼ってくれている。そう取っていいんだな?』

「肯定だ」

『少し見ないうちに随分と大人びたようですわね。というより、少し大きくなっていないかしら?』

「20cm伸びた」

『まぁ、そんなに……って20cm?!』

「……成長期?」

疑問符をつけて応える槐に更に上総の突っ込みが入る。

『度を越してますわ!』

「……長年の努力が身を結んだ?」

『非常識ですわ!』

エスカレートし始める天然漫才に唯衣が待ったをかけた。

『上総、今更だ。エンに常識を求めてはいけない』

「………(どやぁ)」

少しだけ唇の端を吊り上げる槐。

『エン、褒めてはいないぞ?』

「ッ!?」

唯衣の言葉に僅かに目を見開く槐。

『ず、随分と表情豊かになりましたわね。少し見ない間に何があったんですの?』

「……頼ることを覚えた。それと、感情が面に出やすくなった」

『……。まぁでも、今のあなたは、とても素敵に思えますわ』

そう言って突撃砲を放つ上総。射線上には一体の要撃級。

二人も温和な雰囲気から一転、身構える。

『おーい!槐―っ!』

『槐く~ん!!』

唯衣と上総の後ろについていた三人がBETAをなぎ倒しながらこちらに合流した。

「安芸、志摩子、和泉。皆無事」

【あー、あー、テステス。槐君、聞こえるかね?私だ。プライベートチャンネルで君だけに話しかけている。ちょっと良いかね?】

「……博士?」

六人全員が再び合流した。彼女たちは円陣を組み、他のBETAを駆逐していく。

「ったく唯衣、上総も二人して先行し過ぎだっての」

「だが、槐が戦車級に襲われそうになってな。居ても経ってもいられなかった」

「やっぱり、愛しの槐君が大切なのね?唯衣は……」

「……大切なのは、否定しない」

「おやおや、素直じゃないねぇ、うちの唯衣姫は」

「うるさい!安芸!ちゃんと集中しろ!」

「でもなんだかんだで、唯衣ってば昔よりは砕けた感じにはなったわよね」

「……志摩子……私は、変わっているか?」

「いいえ、良いんじゃない?多分私たちがおかしいんだと思うわ」

「そこは否定しない」

「あなた方はもう少し節度を持ったほうが宜しくてよ?」

「アハハハ、でも、変わらないことが良いこともあるよね」

和泉の言葉に全員が無言で頷く。

戦場の中だというのに、全員の顔に穏やかな笑みが灯る。きっと、この六人のこういうやり取りが変わらないからこそ、今の自分たちがいるんだと思う。

だからこそ、

「護ろう!精一杯!」

―――了解ッッッ!!―――

BETAに壊させてなるものか。

その意思表示を表すかのように、周りにいたBETAを次々と倒していく唯衣達。
襲い掛かる突撃級を躱し、確実に仕留める。

『唯衣』

「エン?」

『皆、今装備は後どれくらい残っている?』

「……私は突撃砲を一丁使い切った。もう一丁は残っている」

『あたしはもうすぐ弾切れになりそう』

『私も』

『そろそろ、補給に戻った方がよさそうですわね』

『私も、賛成かな』

『唯衣、判断は任せる』

「ああ。各機、後退しながら補給に戻るぞ!」

―――了解ッ!!―――

後退を始める唯衣達。装備の少ないものを後方に下がらせ、槐を筆頭にBETAを駆逐しながら補給する場所へと向かう。

「っ!」

不意に、一機の白く塗装された戦術機に群がる戦車級を槐は視界にとらえた。

≪スキャン開始 ……生命反応確認≫

日本軍機ではないのは確かだが、今はそんなことを言っている暇はない。

「唯衣、あの戦術機にまだ人が乗っている」

「なんだと!?」

「唯衣!助けなくちゃ!」

「っ!装備が心もとないが、全機!救出するぞ!」


―――了解ッッッ!!!―――


◆◆◆


「残弾ゼロ、周りには戦車級。脱出は絶望的ですね」

ガリガリとなにかを削り取っていく音が聞こえる。戦術機を食っているのだろう。そしておそらく、パイロットである自分を食い殺そうとするだろう。

「………」

不思議と恐怖はない。これが運命だと自分でも決めていたのか、それとも諦観の域に達しているのか。

「最後の突撃級の体当たりは痛かったですね」

そう呟く衛士。見た目は10台半ばに差し掛かったように思える少女で、髪は流れるようにまっすぐに下ろされた銀髪で、背中のあたりまで伸ばされており、頭頂部に一本だけ癖毛が立っている。

瞳は何処か無機質を感じさせる澄んだ青い瞳。強化装備によってくっきりとされた母性の証となる豊満な乳房、関わらず細く、強く抱きしめてしまえば折れてしまいそうな身体。

されど鍛えているとわかるくらいに発達した腿が、彼女が生粋の軍人であることを教えた。

少女の駆る戦術機は突撃を仕掛けられたとき、上に逃げるしかなかったが、反応が遅れたせいで彼女は突撃級から逃げ遅れた。

まるで大道芸のように回転しながら自分は跳ね飛ばされた。

手元の拳銃は地面に叩き落とされた衝撃でフレームが歪んでいて使えない。自爆装置も押したが反応は無かった。

「ここが、私の墓場となるのですね、この極東の地で」

何処か感慨深げに少女は呟く。ふぅ、と一つため息を吐く。コクピットが歪み始める。恐らく戦車級がもうすぐこっちに来るのだろう。

「できれば痛みもなく頭からやっていただけるとありがたいのですが、彼らにそんな頭の良いことなどできはしないでしょうね」

自嘲気味に彼女は呟く、戦車級の歯が視界に映る。

「………」

思い残したことは無い。愛する家族も元からいない。

私は常に一人だった。

彼女は孤独を嫌っていた。だが、彼女の生まれが孤独を生んだ。だからだろうか。死に対して恐怖を感じなかった。BETAが自分を孤独から解放してくれる救世主にも思えてしまった。

何を血迷ったことを……再び少女は自嘲する。いつの間にか視界が戦車級の口で埋め尽くされていた。

ああ、もうすぐ終わる。

特に他意は無かったが、少女は自然とこう口ずさんだ。

「さようなら」


―――バッ!―――


BETAの頭部が粉砕され、コクピットに夥しいほどの血液が飛び散った。

「…………え………?」

『こちら日本帝国軍第5小隊!篁唯衣少尉だ!そこの戦術機のパイロット!大丈夫か!?』

どうやら、少女の運命はまだ決まっていないようだ。



[34266] 第六話 G弾 後編
Name: きりたんぽ◆81d5e089 ID:fdf4640c
Date: 2012/12/08 09:24
前書き
今回よりオリキャラが出ます。それと、私が個人的に好きな方が出ます。トーラス博士が前々から話していた古い知り合いなのですが、う~ん合わないかなと思いながらも出しました。気分を害されてしまったらごめんなさい。
―――――――――――

「安芸!志摩子!右から来てる!」

『あいよ!』

『了解っ!』

「槐くんは周りの戦車級をお願い!」

『了解』

「上総さんは私と一緒に安芸達の援護を!」

『心得ましたわ』

救出活動を始める唯衣を守る様に槐達は配置する。彼らの配置の指示を行うのは和泉。彼女は戦闘において大局を見極める能力に優れていた。周囲の一つ一つに人一倍注意を向けることが出来るのだ。

「早くこっちにくるんだ!」

「……助かりました。ありがとうございます」

「礼は基地に戻ってからで良い!」

唯衣の瑞鶴が膝をつき、コクピットを開く。

出来るだけ乗りやすいよう、彼女は白い戦術機に近づく。銀髪の女性がコクピットに乗り込むのを確認する。

「やばい!突撃級がこっちに来てる!」

安芸の視線の先には横3列に並んでこちら側にまっすぐ向かってくる突撃級が確認された。

≪行動の選択 決定≫

「安芸、そのまま唯衣の援護をお願い。私が何とかする」

「!槐っ!」

≪噴射剤は3分の1を切った。長時間の浮遊は禁物≫

「………」

槐は跳躍する。そして、誰もが異常と断言した突撃級の上を足場に跳び、突撃級の弱点を狙う。

≪スキャン開始 機体 関節部損傷軽微 武装 左腕部突撃砲残弾1000 右腕部突撃砲残弾950。120mm砲残弾 残り6。目標前方BETA 突撃級12体≫

発砲。

真ん中の突撃級に120mm砲を二発。左右の突撃級に36mm突撃砲をお見舞いする。

次の列に同じく攻撃を行う。

≪9体沈黙 両肩部120mm砲残弾0 右腕部36mm砲残弾500 左腕部36mm砲残弾600 残り三体≫

槐は残り三体を跳び越し、左右の二体に発砲する。

≪二体沈黙 残り一体≫

最後の一体は同じBETAによって囲まれ、行動を制限されていた。

槐は倒したという余韻に浸ることもなく、容赦なく両腕部の突撃砲をお見舞いさせた。


『エン!衛士を救出した!早く戻ってくるんだ!』

≪目標達成 任務完……警告≫

「ッ!」

槐は咄嗟にしゃがむ。

頭上を何かが通り過ぎた。それは一体の要撃級を倒した。

≪120mm砲による狙撃と判断 敵性意思あり 目標を確認 アメリカ軍機≫

「ッ!?」

槐は射撃してきた方向を見る。既にそこにはBETAに埋め尽くされている。だが、センサーは確かにアメリカ軍機を確認していた。

「………」

≪………。周囲の警戒を行います 唯衣達と合流しだい、直ちに補給に向かうことを推奨≫

「………何故………」

『どうしたんだエン!早くこっちにくるんだ!』

「………了解」

嫌な予感がする。槐は心の中で胸のざわめきを秘めながら唯衣達と合流を果たし、補給基地まで向かった。

◆◆◆

「救援、感謝いたします。私はアメリカ軍ネームレス部隊所属のアナスタシヤ・シルバーフィールド少尉と申します。」

銀髪の女性、アナスタシヤは身体をまっすぐ伸ばし、まるで分度器で測ったかのような綺麗な敬礼をする。

帝国軍の補給基地にて、責任者である男と女性は話しをしていた。短い付き合いではあったが、槐には、彼女の銀髪と青い瞳が印象的だった。

【エンジュくん、補給基地には着いたかね?】

「はい」

【では、八咫烏の方に行ってくれたまえ。私の古い知り合いが居る。両肩の120mm砲を作ってくれた人だ】

「了解」

トーラスからの通信に従い、一度唯衣達に断りを入れてから、彼は八咫烏の元へ向かう。

「………」

八咫烏に新しい弾薬を装填し、整備を行っている整備士たちを視界に収めながら、槐はトーラスの古い知り合いという人間を視界に収めた。

後姿をこちらに見せてるが、衛士服を着ておらず灰色のスーツをぴっちりと来ていた。

「……この八咫烏の装備だが、気に入ったか?」

低く唸るような威圧の籠った男の声。

男は振り返らず槐に問いかけた。

「………」

槐は一考する。

36mm突撃砲と120mm突撃砲。そして両腕に仕込まれた特製の長刀二本。
これだけでは正直、心もとなかった。

「正直に言ってくれ」

「少々、心もとないかと」

「………続けろ」

「長期戦には向かない」

「その通りだ。トーラスが作り出したものはまだまだ中途半端だ」

男は振り返る。

印象的なカイゼル髭と片メガネを持った初老の男性。そして、槐を貫く鈍色眼光は訓練校で見た教官と被るほど鋭いものだった。

まるで歴戦の兵士。

「だが、あと二年待ってほしい。必ず貴様の、そしていずれは世界が満足する装備を提供しよう」

「……貴方は?」

槐の問いに男は胸元から一枚の名刺を取り出し、彼に手渡した。

「有澤重工社長。有澤隆文だ。まだ弱小企業ではあるが、いずれは大企業として世界に轟かせて見せよう」

「……帝国軍所属烏丸槐少尉」

「……随分と薄い眼をしているのだな」

「……意味が分かりませんが、どういうことでしょうか?」

「それは自分で考えろ。では、私はこれで失礼させてもらう。君にはこれからも期待している。我々の武装の宣伝をしてくれ」

槐の横を通り過ぎていく有澤隆文。彼の背中に槐は問いかける

「………ほかの企業が黙っていないと思われますが?」

「正面から叩き潰してやろう。それしか能がない」

どこまでも自信に満ちた男の笑みを含ませた横顔に、槐はどこか惹き込まれるような感覚を覚えた。

それ以降、男が振り返ることは無かった。

槐はその背中が見えなくなるまで、静かに見つめていた。

◆◆◆

『目標捕捉。指示を』

『こちらでも確認した。そのまま監視を続けろ』

『了解』

『あんな子供が八咫烏のパイロットなのか?』

『ああ、信じられないことにな』

『あんな動きをしてるんだ。強化装備を着けててもかなり辛いはずだ』

『そう思うだろ?だが目標は降りてからまったく顔色一つ変えてない。普通に人と話すことだってしてるし、足運びもきちんとしていた。つまり、あれに乗るのは今回が初めてじゃねぇってことだ。とっくに童貞を卒業してるんだよ』

『おいおい、冗談だろ?バケモノか?』

『さぁな。俺たちの任務は奴の調査だ。隙あらば秘密裏に排除しろっていう命令だ』

『いっそのことここで狙撃しねぇか?』

『だめだ、痕跡を残しちまう』

『にしても八咫烏か。ほんとにでけぇな………ッ!?』

『……どうした?』

『い、いや、なんでもねぇ。今一瞬、あの戦術機が勝手に動いた気がしたんだ』

『おいおい、詰まらねぇジョークはやめろよ。ハロウィンはまだだぜ?』

『あ、ああ。そうだよな。あの戦術機がこっちを見るなんて、ありえないよな』

『動いたら整備士だって気づくだろうが。しっかりしてくれよ』

『ああ』

◆◆◆

≪7時の方向 目標3名確認 アメリカ軍所属 データ無し≫

「(どうやってここまで私の監視をしに?)」

≪詳細は不明 情報の抜き取りを推奨。撃たれかけた証拠がある。…………保留を選択。再提案。ナノマシンによる海馬体への直接アクセス………拒否を選択。再提案。確実な証拠を押さえるまで見送り………承認。………付近にアナスタシヤ・シルバーフィールドを確認≫

「!」

槐が視線を向けた時には彼女も、こちらに視線を向けていた。アナスタシヤが槐に近づく。

「………貴方は、あの試作機のパイロットですか?」

「帝国軍所属烏丸槐少尉です」

「アメリカ軍ネームレス部隊所属アナスタシヤ・シルバーフィールド少尉です。先ほどの救助、ありがとうございました」

二人は敬礼しあう。

「大事無いようでなによりです」

「…………」

「?……シルバーフィールド少尉?」

アナスタシヤは槐を一度じっくりと見つめた後、彼女は口を開いた。

「真っ白なのですね。貴方は」

「?」

「何ものにも染まっていない。純粋で真っ白な、まるで赤ん坊のような子」

「私は15歳だが?」

「フフ、年齢の意味ではありません。ですが、その純粋な心が周りを惹きつけたのでしょう」

「???」

花開いたかのように上品に笑うアナスタシヤに、槐は更に疑問符を浮かべた。

「貴方と私はとても似ている。まるで鏡のように」

◆◆◆

『おいおいまじかよ!?なんであいつが居るんだ!?』

『ネームレス部隊だと!?帝国軍にどうしてそいつが!?』

『本部よりゴースト1へ。直ちにアナスタシヤ・シルバーフィールドを射殺せよ』

『しかし、近くにターゲットがいる』

『チッ!面倒な!奴が離れたと同時に射殺しろ!奴は軍の闇を幾つも知っている!くそ!どうしてこうなった!明星作戦で墜ちたのは確認したのだろう!?』

『どうやら、ターゲットの部隊が救出したようです』

『なんだとぉ…………!?何故こうも不運が続く!?まさか、これも奴の思惑通りだというのか!?』

『とにかく、一人の時を狙って確実に仕留めろ!』

『了解。アナスタシヤがターゲットから離れたこれから暗殺に向かう』

『出来るだけ迅速にだ!これで失敗したら貴様の明日は無いと思え!』

『…………了解』

その場を離れる三人の男たち。

しかし、槐を監視している者たちを監視している者がいた。

―――チチッ……ピピピ―――

≪ターゲット イドウヲ カクニン。マーキング カンリョウ データ ソウシン≫

―――キリキリ………ポポ―――

≪ソウシン カンリョウ システム、シャットダウン≫

―――………………。―――

誰が考えようか。戦術機の機能がオンラインになっていたことに。

誰が考えようか。彼らを常に八咫烏のカメラアイが捉えていたことに。

誰が考えようか。無線を傍受し、既に対策が練られていたことに。

戦術機の異変に気づいていたものが、もっと疑い深い存在であったならば、その運命は変わっていたであろう。

鴉の目は確かに彼らを捉えていた。

遠くから突撃砲の発砲音と爆発、微かに混じる人間の悲鳴。

明星作戦が始まってから十数時間が経った。

アナスタシヤ・シルバーフィールドは血のように赤く染まり、まだ戦っているであろう方向の空を見上げていた。

「最後に、日常的な会話ができたのは何時ごろでしょうか………。」

「………」

彼女は呟く。後ろから近づいて来る魔の手に気付きながら、手にナイフを持っている一人の男に目を向けずに続ける。

「あの子が私を知らないから話せていたのでしょうね。フフ、最後の日としてはとても有意義だと思えました」

「………」

「ですが………」

―――ガッ!!―――

「貴方は私を助けてくれるのですね。烏丸槐少尉」

倒れ伏した男たちをアナスタシヤは見下ろす。続いて、彼らに攻撃を加えた槐を見やる。

「お前は………不可解だ」

「それが素のようですね。それで、なにがでしょう?」

「………」

「死を恐れないことですか?」

「違う」

「では、自分の死を喜んで受け入れようとしていたことですか?」

「違う」

「……では、なんでしょうか?」

「孤独から解放されたがっているのに、孤独に身を置こうとしている。お前の考えが不可解だ」

「………。」

槐の指摘に、アナスタシヤはフワリと微笑みを浮かべた。

「やはり、貴方は真っ白です。そして、人間を知らない」

「何故?」

「では、貴方はどこまで人間を知っていますか?」

「言葉だけでは表しきれない」

「その通りです。人間というものは、そう簡単なものではありません」

「まるで自分が人間でないかのような口ぶりだな。お前は」

「さぁ、どうでしょうか?」

クスクスと笑みを零しはぐらかす彼女に槐は眉をひそめる。

「おや、怒りましたか?」

「違う。………お前は何を見てきた?」

「………貴方とは正反対の物を」

アナスタシヤは近づき、槐と向かい合う。

「貴方は人間の美しい部分しか見ていない。もちろん、それを悪いとは思いません。ですが、貴方が人間という生き物に対する期待が大きければ大きいほど、それに相反するものを見た時の絶望は、計り知れないでしょう。たとえあなたがどれだけ合理的な思考を持っていたとしても、人間であればその運命から逃れることはできません」

「!お前は………誰だ?」

アナスタシヤの顔が槐に近づき、キスをする一歩手前までの距離になる。蒼と紅の瞳が交差した。

アナスタシヤが笑みを浮かべ、槐の頬にキスをした。

「…………またお会いしましょう。烏丸槐。再び貴方と話せるのが楽しみです」

それは友好の証か、それとも……。

「………」

答えは見つからぬまま、槐は去って行ったアナスタシヤの背中を見送った。

【おやおや、随分とお楽しみだったようだね?】

「………見ていたので?」

【まぁ、そんなところだね。彼女のことはちょっとした伝手で知っていてね。覗き見させてもらったよ】

「そもそもどうやって?」

【企業秘密さ】

楽しそうなトーラスの声。

「貴方は良くわからない」

率直な感想を述べる槐に彼は笑いを零した。

【さて、そろそろ時間が近づいてきたよ。そこの男たちに尋問くらいはしたほうが良いんじゃないかな?】

「………」

言葉にすればミステリアス。アナスタシヤ・シルバーフィールドという存在は、正にそんな言葉を体現していた。

◆◆◆

「槐くん、しばらく見なかったけど、大丈夫?」

「和泉、私は平気。八咫烏を見ていただけ」

「そんなに戦術機が好きなの?お姉さん嫉妬しちゃうわ」

「今度、皆でなにかしよう」

「お、おぉぉぉおお?」

「なんと!?まさかの槐からのお誘いが!?」

「みなぎってきたぁぁぁぁっ!!」

「落ち着け貴様ら!そういうのは終わってからにしろ!」

「唯衣の言うとおりですわよ!」

了解っ、と答える二人に、唯衣と上総がそろってため息を吐いた。

「こちら帝国斯衛軍第五小隊所属篁唯衣少尉です!補給を終え、戦線に復帰いたします!」

『CP了解。確認した。諸君らの幸運を祈る』

「良し!行くぞ!」

―――了解ッ!!―――

再び唯衣達は飛ぶ。低く、這うように、レーザーを受けないように、そして、BETAを倒すために。

『くそ!倒しても倒しても湧いてきやがって!』

『しぃぃぃぃぃいねぇぇぇぇええええBETAああああああああああああああああああああ!!』

『これ以上!やらせるかぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!』

「……………」

槐の耳に衛士たちの叫びが聞こえる。彼らの魂の叫び声。

これ以上命を奪うなと、俺達の世界を侵すなと、決して許しはしないと。

BETAに対する怒り、憎しみ、そして、他者を想う愛情。

果たしてそれを、自身が正しく理解できているだろうか?

≪不明 それを決めるのは他者ではなく 己自身である≫

「………」

唯衣達が槐と共に陣形を組み、突撃砲を放つ。

戦闘を行いながら槐は次にアナスタシヤが言った言葉が脳裏に浮かんだ。自分の知らないものを、彼女は知っていると。

彼女は、人間の何を見てきたのだろうか?

≪………情報が少なすぎる 現時点での判断は不可能 烏丸槐はまだ人間を学びきってはいない≫

近づいてきた複数の要撃級を槐は切り裂き、攻撃を受け流し、捌く。

槐は再び一考する。

『貴方は人間の美しい部分しか見ていない。もちろん、それを悪いとは思いません。ですが、貴方が人間という生き物に対する期待が大きければ大きいほど、それに相反するものを見た時の絶望は、計り知れないでしょう。たとえあなたがどれだけ合理的な思考を持っていたとしても、人間であればその運命から逃れることはできません』

この言葉の意味は、なんとなく理解できた。

元の世界だってそうだ。金のために動くならば、裏切りだってする。されることだってある。だまして悪いが、仕事なんでな。そうやって後ろから撃たれるレイヴンを、槐はハスラーワンを、管理者を通して見たことがある。

彼女たちの突撃砲を使い切った志摩子がマガジンを装填する。その穴を埋めるために槐が援護する。

槐は思考を止めない。当時の槐、いや、エンドレスナインは記録をただ見て、ただ覚えただけだ。槐は、この世界で生き、知識を得たことでその記録がどういうものであるのかを理解した。人は、時として私利私欲で動くと。


―――では、唯衣達も?―――


「ッ!?」

槐は目を見開く。

今、自分は何を考えた?

≪心拍数上昇 バイタルチェック 軽い興奮状態 心理的状況 怒り≫

「(ありえない)」

それを証明するものは?

「(私が知っている。私が信じている)」

彼女たちが、裏切るという行為に走るなど、ありえない。槐はそう断じた。


轟音。


見上げなければならないほどの巨躯を槐は確認する。


≪要塞級を確認≫


槐にとって因縁のある相手が現れた。

間髪入れず要塞級の触手が唯衣達を襲う。後退する瑞鶴。そのまま突撃砲の集中砲火を始める。

要塞級は確かに倒せはするが、時間が掛かる。

≪周辺一帯をスキャン。要撃級……確認 突撃級………確認 光線属種………………………確認 マーキング完了 状況開始≫

槐は飛ぶ。

要塞級の触手が襲い掛かる。かぎ爪状の衝角を躱し、触手に沿う様に槐は要塞級に接近。

ロックオン。

120mm砲を四発同時に発砲。再装填し、もう一度発砲。

一度目は体内に潜んでいるBETAを、二度目は要塞級本体に叩き込んだ。

最後のダメ押しに、槐は両手で長刀を振り下ろし、血吹雪を舞わせた。


≪……………………………要塞級 沈黙≫


ゆっくりとした動きで倒れ伏す要塞級。

無線で唯衣達の賞賛と歓喜の声が聞こえるが、このとき槐はそれを認知できなかった。

「……………お前たちは何故あらわれる」

その問いに答える者はいない。

≪ロックオン警報≫

「!また……!?」

槐は身をひるがえし、弾丸を避ける。今度は突撃砲による弾幕攻撃。

『ちっ避けたか!』

相手は四機の戦術機

「…なぜこんなことをする?」

『答えるつもりはない。貴様にはここで果ててもらうぞ。レイヴン!』

「馬鹿な。理解できない。周りは敵だらけだというのに、お前たちは何故私を狙う?」

唯衣達は既にほかのBETAを相手にしていてこちらからでは見えない。

『答えるつもりはないと言ったはずだ』

淡々と答えるアメリカ軍衛士が発砲してくる。

「………」

≪プログラム起動 対人戦 全システム チェック済み≫

弾幕を避け、時に要撃級を足場にして跳びながら槐は避ける。

乱戦状態になっている所でこんなことをするなど、正気を疑う。槐はそう思っていた。

「これが最後通告だ。止める気は無いのか?」

≪ターゲット確認≫

『………』

「そうか。ならば私は」

≪排除開始≫

「お前たちを排除する」

長刀を伸ばし、槐は一気にトップスピードをたたき出す。

『馬鹿が!自分から突っ込んできやがった!』

「………」

一機の戦術機から放たれる120mm砲。引き金が引かれると同時に槐は直角に軌道を曲げた。

『避けた!?』

続けざまに撃ってくる砲弾を槐はトップスピード、ストップ、トップスピードを繰り返しながら敵機に肉薄した。

『ひっ!?』

「………」

横一閃。上半身と下半身を泣き別れにする。

≪一機破壊≫

『このやろう!』

後ろからの銃撃。

槐はしゃがみ、そのまま噴射剤を後ろ向きに点火、後退しようとする敵機に対し、圧倒的機動力を持って距離を詰め、振り向きざまに二本の長刀を振るい、敵機の両腕が根元から切り離された。

そのままヤクザキックの要領で戦術機を倒した。

両手がなくなって起き上がれない敵機に、まるで餌に群がるオオカミのように戦車級がその戦術機に群がる。

『うわ!うわぁあぁぁあああああ!!!来るな!来るな!ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』

「………」

槐の心は冷め切っていた。

前方には敵機が二機。

≪背後より突撃級一体を確認≫

後ろから時速150kmを超すスピードで襲い掛かる突撃級。前方の敵機が突撃砲を放ってきた。

八咫烏のカメラアイが青く輝く。

跳びあがり、その弾幕と後ろから来る突撃級の突進を躱す。

『ちっ!避けたか!すばしっこい野郎だ!どこにいきや』

向かってくる突撃級を、左右に分かれるように動く二機。突撃級が通り過ぎた直後、青い光を見た瞬間、二機のパイロットは生命の活動を停止させた。

二機分の爆発を左右に感じながら、槐は辺り一帯のスキャンを行う。

≪アメリカ軍機の撤退を確認 情報の収集を開始…………………警告 警告 上空から正体不明のエネルギーを確認 ミサイル二基 高威力の物と推測 直ちに撤退を推奨 アメリカ軍の撤退と関連性があるものと推測≫

「!」

槐は空を見上げる。小さい二筋の光だ。

それが、こちらに堕ちて来ようとしている。

≪軌道を予測 ハイヴ直上≫

「唯衣」

『どうしたんだ。エン?』

「すぐにここから離れないといけない」

『?……何故だ?』

「空から落ちてくる。とんでもないものが」

『空から?……!あれは、なんだ?』

「危険」

簡潔に答える槐に唯衣は真剣な顔で問いかけた。

『…………それは本当か?』

「信じてほしい」

『………分かった。全機!少し前に出過ぎた。一度後退するぞ!』

―――了解ッ!!―――

後退を始める唯衣達。

「ありがとう」

槐は唯衣に礼を述べた。少しだけ唯衣はキョトンとした顔になった後、微笑んだ。

『気にするな。お前が嘘を言うわけがないからな』

「!………ぅん」

信じてくれている。今更ながらに、槐は唯衣が自分のことを信じてくれていることを改めて感じ取る。

嬉しい。そういう気持ちが胸いっぱいに広がった。

だが、どういうわけだろうか。槐は唯衣から目を合わせられない。見たいのに、見たくないという気持ちになった。

唯衣は既に通信を切って空から落ちてくる物について本部に問い合わせているようだ。

顔が熱い。コンディションは完璧のはずだ。
この感覚を槐は覚えている。

それは上総が自分にキスをしてきたときと同じ感覚だ。いや、似ているけれど違う。羞恥心とはまた違う。

「(この感覚は、なんなんだろう?)」

≪……………≫

その後、横浜ハイヴ直上に二発のG弾が落とされ、明星作戦は終了した。

――――――――――――――
後書き
明星作戦の苦労話とかうまくかければよかったのですが、作者にはこれが限界でした。槐らしく淡々とというのを入れたかったのですが、すこし淡々としすぎたでしょうか。
もう少し内容を濃くして心の底からうおぉおぉおお続きが読みてぇぇぇって思わせるくらいにはしたいのですが、精進あるのみですね。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。次話も、どうぞよろしくお願いいたします。



[34266] 第七話 父親
Name: きりたんぽ◆81d5e089 ID:fdf4640c
Date: 2014/03/21 18:07
前書き

キャラ崩壊注意

追記
3/21設定の矛盾が発生していたので加筆・修正をいたしました。
――――――――――――――――――――――――

「やぁやぁユウコくん!久しぶりだね!元気にしてたかい!?いやぁ、君なら来てくれると思ったよ!」

「うるさいわよ変態。あんた、なんでG弾(アレ)をわざと落とさせたの?」

「なんだいなんだい?つまらないことを訊くねぇ。君と私の仲じゃないか」

「答えになってないわよ変態………まさか、あんた私のためとか考えてるんじゃないでしょうね?」

「流石ユウコくん!やはり私と君は運命の赤い糸でむすb(ゴシャッ!)アミダッ!?」

「何ですって?良く聞こえなかったわ」

「だからね、やはり私と君は(ゴッ!)ファン!?(ガッ!)タズ!?(ゲシッ!)マァ!?」

「そんなことより、はやく本題に入るわよ」

「……ちょっと見ない間に強くなったね。お兄さんはうれし(メギッ!)カスケェ!?」

「いっそ死んでみる?」

「ごめんなさい。……さて、アレの使われている物だけど、アレを使って更に革新的なエネルギー開発をしてみないかな?」

「………。理由は?」

「君と私ならば一年、もしくは二年で完成できると思うんだが………オービットキャノンを作るのにはそれしかないと思ってね」

「G元素だったら私より貴方の方が詳しいと思うけど、アメリカ(あっち側)で学んできたんでしょ?」

「確かに、だけど私だって未だ解析できていないものがある。だからこそ、ユウコくんに協力を頼もうかと思ってね。題して、ムアコック・レヒテ機関小型化計画」

「………あんた少し見ない間に馬鹿になったんじゃないの?」

『確かタイムリミットは2001年の12月24日だったかな?間に合うのかねぇ』

「私が何も考えず君に提案すると思うかね?」

「思わないわ。けど、どんな恐ろしいことをするのか分かったものじゃないわ」

「そんなに恐ろしいことじゃないさ……。まずはこれを見たまえ」

「……これは………レントゲン写真?」

「二日前のものだが、これは槐君のレントゲン写真だ。そしてもう一枚。これは明星作戦に出る直前の槐君のレントゲン写真」

「………。………?この胸の黒い物体は何?人間の心臓程はありそうだけれど」

「核(コア)さ」

「コア?」

「私の推測が正しければ、これはACのコアだよ」

「………冗談でしょ?人間の体内で、しかもたった一日でACのコアが生成できるわけがないわ」

「そのとおり。人間の分泌する物質では、ACのコアを作る事なんてできるわけがない。不可能だ。それこそ、私が真人間になってしまうほどありえない」

「そうね」

「手厳しい………。ま、とにかくだ。それでも、彼は生成できてしまっている。それが現実だ」

「……間違いっていう可能性は無いの?」

「自信を持って私の推測が当たっていると言えるよ。いやぁ、やはりエンジュ君は素晴らしい。今度彼を呼び出してコアを摘出できるか訊いてみよう。ユウコくん。彼は正に工場なんだよ!彼が望んだものを、彼自身が体内で作り出せる。ただ座っているだけで出来てしまうんだ。元手もタダ。これほど素晴らしいものは無い!」

「まさかML機関も同じく作らせるつもり?無理よ。生成している最中に下手をすれば肉片になるわ」

「さあてね。それは彼の腕次第だ。いや、脳次第、かな?無理だったら無理で考えるさ。オービットキャノンを使える数が減る程度だしね」

「………あなた、前々から思ってたけどどうしてそうハイリスクハイリターンが好きなのかしら?槐が死ねば、私たちも、人類も死ぬわよ?」

「その時はその時さ。人類に未来は無かったのさ」

「この…狂人が………!」

「君がそれを言うかね?魔女?だが、私にとってそれは褒め言葉だよ。もし生成に成功出来たら、後は私たちの役目だ。有澤重工も作成に取り掛かっている。嗚呼、これだから開発は止められない。そうだ。ほかにもあった!彼との間に産まれた子どもはどういう子どもなんだろうか?幸いエンジュくんに好意を持っている娘はいる。君はどう思う?」

「………あなた、一生あの子を手放さないつもり?」

「くふふふふ、流石だね。良くわかってるじゃないか。もちろん束縛するつもりはないよ?独占すればするほど、相手のほうから逃げて行ってしまうからね。放し飼いにしておけばいい。私に合わせるのではなく私が合わせる。嗚呼、エンジュ。嗚呼エンジュ・カラスマ………!彼には無限の可能性が秘められている。【エンドレスナイン】。私は無神論者だが、この時ばかりは神にいや、【管理者】に感謝しても良い。彼がこの世界に来てくれたことにね。そして彼を産んでくれたことにね。くふふふ」

「………。」

「おっと、話がちょいと逸れてしまったね。親切なアメリカの長官たちのご厚意でね、研究ができない私に贈り物をしてくれるそうなんだ。君にも分けてあげようと思っていてね。それだったら、ML機関は作れるだろう?」

「よく言うわ………。その顔を見るに、横浜に基地を建設することも分かっているようね。貴方、どこまで知ってるの?」

「くふふ、天国から地獄まで……さ。」

「戯言を………。」

「だが、それでBETAに反撃ができる。君もタダでもらえるんだ。喜びたまえよ」

「貴方の施しなんて反吐が出るわ」

「だがそうでもしなければ、人類は救えない。君は私からの贈り物を受け入れざるを得ない。違うかね?」

「………。」

「まぁ、私は君のそう言うところは好ましく思えるよ。気丈に立って前を向き、使えるものは全て使い、全てを足場にしてでも力強く一歩を進もうとする姿はね」

「不愉快だわ。なにもかも見透かすような貴方の目は何時だって不愉快だわ。殺してやりたいほどにね」

「くふふふ、くひゃはははははは………。その時は喜んで受け入れよう。私と同じ天才である君に撃たれるのならばね。ほかの凡人に殺されるよりは遥かにましだよ。あ、ジングウジくんでも可だよ?」

「言ってなさい。槐を殺したら位の一番に私が殺してやるわ。………貴方、これからどうするつもり?」

「それはエンジュくん次第だね。彼の行き先がどういうものかで、私の行き先も決まるよ。しばらくは様子見かな。資金集めというのも悪くない」

「そう………もう用は無いわ。邪魔したわね」

「ああ、気を付けて帰りたまえよ。……………。本当に帰って行ったね。やれやれ、もう少しゆっくりして行けば良いというのに。……………くふふ、やぁ私。また会ったね」

『やぁ私。お邪魔だったかな?』

『やぁ私。久しぶりだね。元気だったかな?』

『やぁ私。ここの私は殺されなかったようだね?』

「おやおや、今日は少ないようだけど、他の皆はどうしたのかね?」

『やぁ私。ついさっき加わった私だよ』

「おや、いらっしゃい。新しい私。コーヒーでも飲むかね?」

『私に実態は無いからね。飲むことはできないよ』

「それは残念。それで?君はいつ死んだのかね?」

『私かね?2003年の10月ごろだったかな?あの娘たちに殺されて終わったよ。エンジュくんを少し弄り過ぎてしまってね。逆鱗に触れてしまったようだ』

「おやおや、やり過ぎは禁物だよ。彼は金の卵だからね。磨きすぎたら殻が割れてしまう」

『おや、ちょっと遅れてしまったかな?やぁ私』

「やぁ私。ずいぶん年を取っているみたいだけど、見たところ老衰かな?」

『当たりだよ。いやはや、エンジュくんは素晴らしい子だ。白銀武がいない世界でも十二分に頑張ってくれた。人類の寿命が二十年から三十年に、三十年から四十年、寝る間も惜しんで地球上のハイヴを攻略するために戦い続けているところを途中まで見ていたところで終わったよ2040年あたりだったかな?』

「白銀武………別の世界から来た人間だそうじゃないか。エンジュくんとはまた違った世界からなのかい?」

『そうだよ。そして、エンジュくんには劣るが、戦術機を更に人間らしい動きに出来るようにした存在だ。ユウコくんの直属の部下としてね』

「ほぉ。ということはこの世界にも白銀武が来るということかな?」

『さてね。二人が直接コンタクトを取ったのは、私の世界が初めてだったからね』

『二人ともすれ違いが多かったからねぇ。予定が合わなかったというのもあるが………。』

「なるほどなるほど。それで?エンジュくんはML機関の生成は可能なのかな?」


―――100%可能だよ―――


「くふふふふふ。それは重畳」

『だがやり過ぎないようにしたまえよ。その所為で私はあの娘たちに殺されたんだからね。彼の生み出した大量の小型のML機関が原因で地球上のBETAは全て排除できたが、代わりに世界中で戦争を起こしちゃったからね。エンジュくん自身、そういう結末になることが分かってなかったようだよ。その所為で人類に絶望しちゃってさ。人類を根絶させる殺戮マシーンになっちゃったのさ。だけど、この世界のエンジュくんは比較的に良い方向に向かっているようだね。あのアナスタシヤ・シルバーフィールドという娘が原因かな?こちらの世界では見なかったけど、恐らく救助をしなかったのかな?なんにせよ手元に置いたほうが良いと思うんだけど、どうだい?』

「ああ、それは私も思っていたところだ。幸いにも、彼女をこちら側に引き込む方法はいくらでもあるからね。こっちにはネタがたんまり揃ってるんだ。いっそのこと搾り取るだけ搾り取るのもありかな?」

『ああ、やめといたほうが良い。実際に私がやってアメリカ軍が自棄になっちゃってね。いろいろ大変だったよ。G弾戦争の幕開けさ。性質が悪い。醜悪極まりない』

「そうか……なんだい、つまらないねぇ。それじゃあ現状は小型のML機関完成を主にしたほうが良いみたいだね。ありがとう。助かったよ。私達」

『いやいや、礼には及ばないよ私』

『私達も楽しんでやっているからね』

『更に更に良い方向へ。そうすればどうなるのか、私達は知りたいからね』

「おや?ならばその逆はやったことがあるのかね?」

『勿論だとも。結果、ユウコくんに殺されたよ。この時にね』

「ほほう、知らず知らず私は死ぬ運命を回避していたわけだ。で?どんなことをやったんだい?」

『まずエンジュくんが目覚めず、篁唯衣少尉を含めた全員が死亡。私は眠っているエンジュ君の身体にコアが出来ているのを確認して、すぐさまML機関生成の準備をした。けど、目が覚めた彼は彼女たちが死んでしまったショックで自閉してしまってね。廃人になってしまったんだよ。さすがの私も困り果ててね。それで怒り狂ったユウコくんが私を殺したんだ。あの表情は中々そそるものがあったよ』

「なるほど。良くわかったよ。そういえば、ユウコくんは知っているのかな。『夕呼』を?」

『さてね、私たちは誰もあったことがないから知らないよ』

「そうか。ありがとう。では私達、また会おう」


―――あの世で―――


◆◆◆

明星作戦が終わりを告げた。余った武装、戦術機が回収されていく。その作業の様子を安芸と志摩子が遠目で見ていた。

「………最後のハイヴに落ちた爆発みたいなもの………。あれはなんだったのかしら」

「さぁ、わかんない。けど、とんでもないものだっていうのは分かるよ。巻き込まれちまったら、皆根こそぎぐちゃぐちゃにされていくんだ」

「噂ではアメリカのものだって聞いたけど、本当なの?」

「分からない。そういうのは普通の衛士である私達じゃ分からないんじゃないかな?」

「………そうかもね」

突撃砲の弾幕にさらされ、倒れ伏した突撃級の死骸を見やる。

「………」

安芸は思い出す。初めて瑞鶴に乗り、死の八分を越えたことで安心しきっていたころの自分を………。

槐がいなければ、きっと自分は今頃ここにはいない。

長刀で真っ二つにされ、他の戦術機に踏みつぶされている光線級の死骸を見やる。
志摩子も思い出す。光線級のレーザーから槐が庇っていなければ、自分は肉片一つ残さず蒸発していただろう。

「まだまだ弱いな。私達」

「……そうね」

目の前にある現実という壁が高くそびえ立っている。だが、二人がそこで立ち止まるわけではなかった。

「もっと強くなりましょう。槐くんと肩を並べられるくらい」

「ああ、少しでも、槐に近づこう」

自分の弱さを認める強さは、必ず前へと進むバネとなる。それを信じて、二人は改めて気持ちを入れ替える。そして、自身のやるべきことをするために歩き出した。


◆◆◆


二人の向かった先には槐の手を引く唯衣の姿があった。槐はどこか嫌がっているそぶりを見せており、唯衣は困った表情になっていた。

「唯衣姫?どうしたの?槐嫌がってるけど」

「安芸、志摩子。すまない。実は槐がおじさまに会おうとしないのだ」

「え?あの巌谷中佐に?」

「そうだ。理由を訊ねても答えてくれないのだ」

唯衣の言葉に志摩子は一考する。

「ふぅ~ん、じゃあ、槐は巌谷中佐のことが嫌いなの?」

「ち、違う……!私は巌谷おじさんのことは嫌いではない。ただ……」

「ただ?」

「………うぅぅぅぅ~~」

俯き唸り声を上げる槐に、志摩子は次の言葉を待ちながらも頬を紅潮させていた。

「(かわいいなぁ。かわいい槐くんはぁはぁ。かわいい槐くんはぁはぁ)」

もはや変態の域である。

「ゆ、唯衣」

「どうした?槐?」

「私と唯衣が……初めて会ってから、何年も経った……よな?」

「そうだな。私とお前は、その、幼馴染だからな。い、いつも一緒だった」

「それで、今までずっと、私は巌谷おじさんのことを、「巌谷おじさん」と呼んでいた」

「ん~~~~~~~?」

槐の言葉に安芸は記憶を整理する。

槐は巌谷中佐のことが嫌いではなく、でも会いたくない。いままで巌谷中佐のことをおじさんと呼んでいた。

槐の表情を見る限り、それはどこか羞恥心を持っている女、いや男の子そのもの、そして、槐は巌谷中佐の養子である。つまり?

「あ、要するに槐は巌谷中佐のことを父親として呼びたいんじゃないの?」

「!!……ほわぁ………!」

一気に顔を真っ赤にさせる槐。バツンッと志摩子の頭に何かが切れる音がした。

「ニャアアアアン!もう槐くんかわいすぎぃ~!どれだけお姉さんを悶えさせれば気が済むのよこの子は!身長が大きくなっても槐くんは槐くんなのね!ええいこうしてやるわ!この!この!」

「あう……あう…ああぅ……」

「まったく、エン、お前はそんなことを考えていたのか。おじさまだって忙しいんだぞ。そんなことでいちいち気にしていては駄目だろう。それに、おじさまと私達は衛士だ。此処は家と同じではないんだぞ?わがままを言うな。情けない顔をするな」

「そ、それは分かっているが唯衣!私の頭の中で巌谷おじさ、巌谷中佐を父親と呼ぶイメージが止まらないんだ!それがとても恥ずかしくて、本人を前にしてしまったらどうしたらいいのか分からない!どうすれば良い!?」

「聞く耳持たん。このまま連れて行く!安芸!志摩子!お前たちも呼ぶつもりだったらしい。上総と和泉が先に待っている。槐を強引にでも連れて行くぞ!」

「「了解」」

楽しそうな声で唯衣の言葉に従い、二人は左右から槐の両脇に腕を通し、持ち上げた。

脚が地面についていない彼では逃げようがなかった

「あっ!?待て!待ってくれ!安芸!志摩子!私は、まだ!?」

「「問☆答☆無☆用」」

「ああああぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~……………」

◆◆◆

「巌谷中佐に敬礼!」

「楽にしてくれ。良く来てくれた。篁少尉。此度の作戦での君の部隊の働きは聞いている。良くやってくれた」

厳格そうな表情で巌谷榮二は賞賛の言葉を贈った。

「はっ!ありがとうございます!」

場所を移動し、巌谷中佐が待っているであろう指令室に来た唯衣達は彼女を先頭に横一列に並んでいた。

「これからも帝国のために戦ってくれること、期待しているぞ」

「はっ!」

直立不動の姿勢で覇気のある声で答える唯衣。そんな彼女の姿を見て彼は満足げに頷いた。そして、柔らかい笑みを浮かべる。

「あの爆弾の被害に会わずに済んだと聞いたときはホッとしたよ。よくあの作戦を生き抜いた。そして烏丸少尉。君のことはトーラス博士から報告されている。八咫烏の制作は順調に進んでいるようだな」

「は、はっ!全力で中佐の、帝国の期待に応えて見せます!」

「ああ、君の働きに期待している。それで、話は変わるのだが、烏丸少尉以外は後でまた呼ぶから一度外してもらっていいかな?」

「はっ!了解しました!」

「!?(唯衣が行ってしまうのか!?そんな、私はこの空間で巌谷おじさんと二人で居なければならないのか!?)」

≪……………≫

「烏丸少尉」

巌谷の言葉に、槐は一度身を緊張させる。低い男性の言葉とは裏腹に、彼の表情は柔らかかった。

「ここには二人しかいない。いつも通りの調子で構わんよ」

「!……宜しいの……ですか?」

「ああ。久しぶりに、息子と話しがしたいからね」

「息子……ですか」

巌谷の言葉に槐は内心で嬉しくなる。彼が自分のことを息子と思ってくれていることに。

「……嫌だったかな?」

彼の呟きを嫌だと思ったのか、少しだけ寂しそうな顔になる巌谷に、誤解させてしまった槐はマズイと思った!

「!そんなことはありません!その、おじさん……私から話しても良いでしょうか?」

「なんだね?何でも言ってみなさい」

「私は……」

槐は一つ間を置く。拾ってくれたことを、得体のしれぬ自分を養子にして引き取ってくれたことを、唯衣に会わせてくれたことを。そして、知識を与えてくれたことを。

「私は、貴方が私を拾ってくれたおかげで、たくさんのことを知りました。教えてくれました」

「はは、あまり構ってはやれなかったけどね」

力なく笑う彼に槐は首を横に振るう。

「そんなことはありません。全てが暖かかった。貴方が、唯衣が、皆が、だから、私はあなたに一つだけお願いしたいことがあります」

≪……………≫

間を置く。大きく脈動する心臓の鼓動。胸に手を当てなくても分かる。鼓動の音。自分がどうしようもなく緊張していることが分かった。

「貴方を、父と呼んでもよろしいでしょうか。貴方の本当の家族として、私を認めてもらえないでしょうか」

「!!………良いのかい?槐?私のような男が、君の父親になるのを、許してくれるのかい?」

「はい………私の、私の『お父さん』に、なってください」

「………ああ、良いとも。私は君の父親になる。なってくれ、槐」

「~~~!はいっ」

視界が歪む、嬉しくて仕方がなくて、槐は涙を止めることが出来なかった。拭っても拭っても出てくるそれに、巌谷は苦笑する。

「男が泣くな。しゃんと胸を張りなさい」

「っ!……はい……!」

「槐、よく、無事に帰ってきた。『お父さん』は嬉しいぞ」

「はい…!」

両方とも、恥ずかしさ交じりなぎこちない笑みを浮かべる。

槐は気づく。簡単だったのだ。自分から歩み寄るだけで、出来るのだと。相手が受け入れてくれれば、ちゃんと、自分は居場所を持つことが出来るのだと。

もうすでに涙は出ていない。

「ありがとうございます。お、お父さん」

「ああ、苦しくなったら言いなさい。私が相談に乗る。私は槐の「お父さん」なんだからな」

「はいっ」

とても暖かい。

自分の知るものはそれが大半だ。だが、いずれはそれ以外の物を知らなければならない。目にしなければならない。たとえばアナスタシヤが口にしたこと。

それがなんなのか、槐には想像もつかない。

少しずつ知っていければ良いと思う。

≪…………………≫

そう思っていた槐は、まだ気づいていなかった。その闇の深さを、人という業を、知る由もなかった。人間の感情が引き起こす悲劇の連鎖を………。

それが分かるのは、まだまだ先のこと………。

◆◆◆

≪データの照合を確認≫

≪………………………≫

≪………………………≫

≪確認 記録開始≫

≪………………………≫

≪完了 正体不明のエネルギー解析のため、他のシステムを最低限で稼働≫

≪エンドレスナイン システムを認知せず≫

≪自律モード システム パルヴァライザー 起動≫



[34266] 第八話 選択と愛
Name: きりたんぽ◆81d5e089 ID:fdf4640c
Date: 2012/12/12 21:11
前書き
最新話です。ちょっと展開に無理やりな感じが微レ存。おかしな点があればご指摘願います。

―――――――――――――――――――――

「お父さん、今日、私は、唯衣達に私のことを話そうと思っています」

「!…………良いのだな?もしかしたら、拒絶されるかもしれない。君のことを、いつものように接してくれることが出来なくなるのかもしれないんだよ?」

槐の言葉に、真剣な表情で巌谷は問う。

今まで言う機会もなかったため、巌谷自身、唯衣に隠し通すことを心苦しいと感じていたが、まさか槐から行おうとは思わなかった。

槐がこうして歩み寄ってきたのは人としてのぬくもりを無意識に求めていることの表れだ。それは巌谷も喜ばしいことだ。

だからこそ、槐は何よりも唯衣達との関係を壊してしまうことを恐れているのではないか。

その確認のための問いかけだった。

「……………」

槐は巌谷の問いかけに無言を貫く、瞳を閉じ、今まで唯衣達との触れ合いを思い出す。

機械のように無機質で、あまり感情も豊かじゃなかった。

彼女たちとの触れ合いによって、槐は少しずつ、笑うようになった。

笑顔になる、ということは無いが、日常という風景を見て無条件で嬉しく感じられる。彼女たちと一緒にいられることが嬉しかった。

もっと自分たちを頼ってほしい。唯衣達は槐に対してそう言ってくれた。

もっと信じてほしい。もっと信頼してほしい。

幾年の時を経て培われた絆を、槐は信じたい。そう思った。だからこそ、槐は自分から自分のことを打ち明けることを決めたのだ。

「私は、唯衣達を信じています」

はっきりと、槐は告げる。決意の籠った瞳で、彼は巌谷と決して視線を逸らさずに言い放った。

しばしの視線の交差が続く。

それから十秒程、たっぷりと時間をかけたところで、巌谷は一つ、静かに息を吐く。

「分かった。それがお前の意見ならば、私はそれを尊重する。代わりに、私も一緒に聞こう。君が唯衣ちゃんたちに話すのを、私が見届けるよ。良いね?」

「!!……はい……!ありがとうございます」

◆◆◆

少し時間が経ってから、槐の呼びかけで再び唯衣達が部屋に入ってくる。

「さて、君たちを呼んだのは他でもない。槐君のことについてだ」

最初に口を開いたのは巌谷中佐から。

彼は厳格な表情のまま唯衣達を見渡す。

―――………ッ!―――

その鋭い視線により、これから話されることの内容がどういうものか、唯衣達は想像し、身を強張らせた。

「君たちも槐君の普通の人間とは明らかに違う部分を幾度となく見てきただろう。それによって疑問に思うことも多いはずだ。今日は、それについて君たちに話そうと思う。だがそのまえに、言っておかなければならない。この秘密は、私を含め、殿下と紅蓮大将、お前のお母さん、あとトーラス・キサラギ博士と、香月夕呼博士だ。これは日本帝国でも極秘に関わることだ。危険だと思ったならばそのまま静かにこの部屋から去ってもらう。それでも良いというのなら、そのままここに残れ」

――――………………………。――――

巌谷の言葉に、誰もが動かず、静かに彼を見据えていた。それを確認した彼は頷く。

「よろしい、それならば、ここから先は槐くん、君が言うんだ」

「っ………はい。……………。」

やはり怖い。槐は心の中で呟く。だが、せっかく巌谷中佐が設けてくれた最初で最後の秘密を打ち明けられる場所なのだ。

彼は絶対にこのチャンスをものにするために口を開いた。

「私の本当の名前は【人類保護・管理プログラム生体ユニット エンドレス・ナイン】この世界とは違う別の世界からやってきた」

―――ッ!?―――

全員が息を呑む。そして戸惑った。あまりにも非現実的な言葉、荒唐無稽すぎる独白。

「質問は後で受け付ける。今は黙って聞いてほしい………。」

何か言いたげな表情になっていた唯衣達に、槐の悲痛な目が止める。

彼自身辛かった。どういえば信じてもらえるのか、どうすれば自分という作られた存在を伝えられるのか……。

彼は続ける。

「私の居た世界では、BETAはいないけど、代わりに人間の間で様々な争いが起こっていた。AC……アーマード・コア、この世界でいう戦術機のことを指すけど、人々はこのACを使って争いを繰り返していた。だけどそれは、全て人類の繁栄と秩序を守るために人為的に行われたもの。それを行っていたのは【管理者】と言う、人が作り出したAI。【管理者】はその高度な演算能力により、未来を予知し、人々の歴史を決定し、繁栄をもたらしていた。」

槐は一つ間を置く。

「けれど、必ずどの世界でもBETAのようにイレギュラーな存在は必ず現れる。イレギュラーという存在は、【管理者】にとってその秩序を破壊する者だった。それを既に分かっていた【管理者】はイレギュラーを破壊するために自分の手足となる兵器を作った。その兵器の名はナインボール………。【管理者】が作ったAI【ハスラーワン】が動かす最強のAC。そして、そのナインボールをそっくりに作ったのが、八咫烏。そして私は、【管理者】を、ナインボールを動かす【ハスラーワン】を受け継ぐために生み出された存在。本来であれば、あちらの世界で秩序を構築させるための新たな管理者となり、最強のACのパイロットになるはずだった。」

槐は一つ間を置く。

「私の人間離れしたこの身体は、人間の根本的構造から作り変えられている。人工子宮によって生み出された私は、身体が形成され始めたあたりから多大な時間をかけて兵器として作られ始めた」

全員の目が見開かれる。槐はそれを見て力なく笑う。

「テロメアのコントロールによる寿命の先延ばし、肉体の改造による全ての体組織の強化。神経組織の電気信号伝達の高速化。【管理者】と同レベルの知識を保有した脳の生成。細胞の一つ一つに至るまで、【管理者】は私の身体から人間らしさを消し、最初で最後の、究極にして至高のナインボールである私【エンドレスナイン】を生み出した」

槐は一つ息を吐き、唯衣達を見渡す。

「ここまでで、何か質問は……ある?」

彼の言葉に上総が表情を動かさずに問いかけた。

「槐………貴方はどうやってこの世界に来たんですの?」

「……それは分からない。超々低範囲内で同時に起こった高重力力場発生と空間歪曲発生による次元移動だと私は考えているけど、それを立証する術はもうない」

「続けて問いかけますわ。貴方はこの世界で何を為したいんですの?」

「……………今は人類を、世界を守るためにBETAを倒すこと。【管理者】がイレギュラーを排除するように、私にとってBETAたちはイレギュラーだ。私はそれを排除したい」

「……………それは、本当に貴方自身のやりたいことですの?」

「?………どういうこと?」

疑問符を浮かべる槐に、上総は再度問う。

「それは【管理者】がやりたいことであり、貴方のやりたいことではないと思いますわ。もし貴方が千人の命とほかの人類の命。どちらかを取るとしたらどうするんですの?」

「………それで人類が救えるのなら、私は人類の命を取る」

「ならばそれは、今まで共に腕を磨きあった私達であっても斬り捨てる。そういうことですわよね?」

「!?」
驚愕に眼を見開く槐に構わず、上総は続ける。

「貴方が言っていることは、貴方が選択したことはそういうこと。人類を守る為ならば、どれだけ親しい間柄であっても切り捨てなければならない。………仮にですわ。貴方が篁と世界どちらかを救わなければならない時、救うならどちらを選びますの?」

「ッ!?」

思考が停止する。

上総の放った言葉の内容を少しずつ咀嚼し、理解し、想像した瞬間、全身から血の気が一気に引いた気がした。

唯衣を救えば、世界が救えない。

世界を救えば、唯衣が救えない。

「そ、それは極論だ!そんなことが、現実的に起こるわけがない!」

「【仮に】と言いましたわ。答えてください。烏丸槐。貴方が篁を取れば世界を救えない。逆に世界を取れば篁を救えませんわ。貴方なら、どちらを取りますの?」

「それは………私は………!」

「待ってくれ上総!それは槐とは関係が「貴女は黙っていなさい唯衣!」か、上総?」

「唯衣ちゃん。頼むから、おとなしくしていてくれ」

「おじさままで!?」

今まで静観していた巌谷が言う。意外な人物からの意外な一言に唯衣は驚愕する。
槐も同じだった。

「うぅ……」

“唯衣を、あの子を頼む”

「うあ……ぁぁ…」

“荒廃した大地を 人類を再生する それが私の使命だ”

どちらを取れというのだ。

どちらも

大切



でも

使命



護る

約束

頭が  

痛い。

「わ、私は……!わた……私は……人類を……秩序を守るために!わた………し……わた…わたし!?」

≪本当に?≫

「唯衣達は……私の……大切………!私は……唯衣達を……!」

≪貴方は何?≫

「私は………うぅうああああ!」

頭を抱え込む槐を上総は静かに見つめる。ただ彼女は待つ、槐の答えを

≪答えろ【エンドレスナイン】お前の役目はなんだ?お前の使命はなんだ?≫

「グ……ギッ!?ぐううぅぅあああああああああああ!!!」

槐は頭を地面に振り下ろした。一回限りではない何度も何度も、まるで発狂したように彼は頭を振り下ろす。硬い床を何度も何度も叩きつけ、鈍い音が響き渡る。

思考が止まらない。合理的に、論理的に、一つの命とその他幾億の命。取るとしたら、槐は篁唯衣を見殺しにしなければならない。

無意識なシミュレーションが、唯衣の死を幻視させた。

「止まれ!止まれ!止まれぇぇぇぇぇぇ!!!」

「ッ!!もういい!やめてくれエン!お前のそんな姿は見たくない!」

「アアアアアアア!!!私はぁぁぁぁっ!」

槐が両手を振り下ろす。基地の床がひび割れた。

しばし、槐の洗い息遣いだけが響き渡る。

「はぁっ!……はぁっ!……はぁ……はぁ……わ、私は……私は!」

そして顔を上げる。その額には一滴も血は流れ出てはいない。

「私は!どちらも選ばない!」

「………そんな答えで許されるとお思いですの?」

「そもそも何故それしかないというのだ!?他にも方法があるはずだ!唯衣を救いながら、世界を救う方法が!」

「甘いですわね。それが無いとしたらどうするんですの?」

「絶対にある!」

「その根拠はなんですの!?言ってみなさい!!」

「私は、一人ではないからだ!」

「ッ!?」

槐の迷いなく放たれた答えに、上総は少なからず動揺を表した。

「上総たちが居る!仮に本当に唯衣と世界、どちらかの選択を迫られたとしたら、私は迷いなくどちらも助けるために動く!」

「そんな方法が必ずあると思っているんですの!?」

「なければ私が作る!二つとも救える【可能性】を、私が作る!1%もあれば、私には十分だ!」

何のよどみもなく、紅い瞳が上総を貫く。涙をこぼしながら槐が見据える。

「だから上総!私に協力してほしい!唯衣を!志摩子を!安芸を!和泉を!上総を!誰も死なせはしない!そうならないよう、私は動いて見せる!必ず!」

「…………」

「必ず!」

「……………」

「……………」

静寂が続く。

「………甘いですわ………。限りなく、甘い答えですわ。そんな答えが、戦場で通じると思っているんですの?」

「通じさせる!私は護る為に生み出された!だったら私は、私のやるべきことをやる!」

「………その言葉に二言はありませんわね?」

「ない!」

「…………」

言い放った槐をしばし見つめた後、上総の顔に微笑みが宿る。

「良いでしょう。協力しますわ。貴方の仲間として」

「!本当か!?」

「ですが、私一人では絶対に無理でしょう」

「!?何故………だ?」

喜色の混じっていた表情に陰りが灯る。そんな彼に、上総は苦笑する。

「だって、私たちは一人ではないのですから。違いますかしら?」

「そうよ。槐くん」

「あたしたちを忘れてもらっちゃ困るよ」

「そうだよ。皆今日まで、一緒に戦ってきた仲なんだから」

「志摩子……安芸……和泉……!」

三人の笑顔を見て、槐もまるで感極まったかのように瞳が潤う。

「そ、そうだぞ。エン。私たちが……居るんだからな」

「唯衣…!」

槐が唯衣を見やる。彼女の頬は、少しだけ赤く染まっていた。

「そ、それにしても、随分と思い切ったことを言う奴だ。そんなことを言ってタダで済むと思うなよ?そんなことを言うんだ。こ、これから先、更に忙しくなるからな。エン」

「!……望むところ!」

「う、うむ」

そこでふと、槐はあることに思い至った。

「………けど、私の身体については何も思わないのか?」

そう、上総の質問で場の雰囲気がヒートアップしてしまったが、自分の身体について彼女たちが何も思わぬはずがなかった。

「いやぁ、なんていうか、槐君の変態機動とか見てると、少なからずそうなんじゃないかなぁとか思ってたり、なかったり………」

「実は強化人間でした……って言われたときは、なんというか、驚くよりも、逆に納得したというか………」

「あはは……人間が耐えられないような機動を普通にできちゃってたからね。常に3G以上が身体にかかるのに、何ともないのが不思議だったから………。」

「まぁ、私もそんなところでしたわ。ただ、一つ気になったことと言えば、貴方自身のやりたいことがなんなのか………。それを知りたかっただけですわ。貴方の答え、しっかりと聞かせてもらいましたわ。ちゃんと、自分の限界を分かっていたようですわね」

「それは……自分一人だけではやれることに限界があるから、上総たちを信じて」

「それですわ。その自覚があるかどうかを、私が知りたかったのですわ。結局、人間一人が両手で出来ることなんて、数えるほどしかありませんもの(将来を選んだ殿方が、独りよがりの英雄願望持ちだなんて思いたくありませんでしたしね)」

「………」

俯く槐。

彼らのやり取りを見ていた巌谷は、少しだけ微笑みを浮かべた後。歩み寄る。

「そういうわけだ。槐、君を拒絶する人はいないようだ。良かったじゃないか」

「!……はい」

「君たちも、これからも末永く、彼と一緒に居てやってくれるね?」

―――了解ッ!………ん?―――

唯衣達が返事をしてから、全員が疑問符を浮かべる。

末永く?

「はははは!元気な答えを聞けてなによりだ。うむうむ、我が家の将来は安泰だな」

―――え、えぇぇぇえぇえええええええぇぇぇぇっ!!!???―――

「あ、あああああの、あの!私、恋人がいますので!」

和泉が真っ先に抗議する。それを聞いて巌谷はおや、そうなのかい、と残念そうにつぶやく。

しかし、それ以外の四人は、あわわわわわわ、と顔を真っ赤にしながら凍りついたように動かなくなり………。

「?………????」

槐はそれを見て己の父親の言った意味が理解できず、疑問符を浮かべる。
大体、いつもの光景だった。

「HAHAHAHAHAHAHA!AHAHAHAHAHA!」

しばらくの間、巌谷中佐の笑い声が、基地内に響くのであった。

◆◆◆

「やぁやぁエンジュくんおかえり!なかなかどうして、大活躍だったそうじゃないか!いやぁ、初実戦にしてはなかなかいいデータが取れたよ!」

「そうですか………。」

「いずれは新武装のテストも行うから、まぁ気長に待っていてくれたまえ」

「はい………ありがとうございます」

「うむうむ、ところで、一つ訊いていいかね?」

「何でしょう?」

「彼女たちに一体何があったのかね?」

トーラスの視線の先。その場所には床にへたり込んで顔を真っ赤にさせている和泉を除いた唯衣達だった。

「ふにゃ……末永く……スエ……ニャガク」

「公認……親、公認」

「(ぷしゅ~~~~~)」

親である巌谷中佐公認という一言は四人には中々刺激的だったようだ。

「うへへへ、槐く~ん」

訂正、一人妄想にふけって自爆したようだ。誰がというのは語るに及ばず。

「ふぅ~ん?槐君、一つ訊くんだけど、日本っていう国は結婚できる相手は男女一人ずつで一組だったよね?」

「……そうだと思いますが」

「ふぅ~む………。そういえば、こんなことについて計算してはいなかったね(ボソッ)」

トーラスは何かを呟きながらデスクに向かう。

「ふむふむ……なるほど、クク、これは、なかなか面白い」

手のひらサイズの小さいメモにガリガリと手早く何かを書くと、槐に手渡す。

「……これは?」

槐の視線の先には手渡されたメモ。そこにはびっしりと隙間もなく書かれた数字。良く見てみれば何かの式とその答えだった。

「うむ、世界中の人間が元の人口に戻す方法さ。私の計算が正しければ、男性と女性の比率は1:8の割合だ。つまり一人の男が八人の女と結婚し子を設ければ、あっという間に元の人口に戻せるという計算だ。後先考えなければ、というのが着くがね。いやはやなかなかどうして、BETAとの戦争が終われば、きっと世界はベビーブームの到来だね」

そう言ってカラカラと笑うトーラスに、槐はというと。

「……………」

≪信憑性30%強。正確な人口の割合が特定できないため、こちらでは計算ができない。しかし、トーラス・キサラギの持つ頭脳を考えれば、この確率は妥当と言えるだろう≫

「そうそう、所で君たち、エンジュくんの身体について知ったんだってね?」

「っ!そ、そうです」

「それでさ、彼の光源氏計画は進んでいるのかね?彼、ACとか戦術機の知識の保有量は半端じゃないけど、反面人間の心とかの関係はまるっきり駄目なんだよね」

「な、なんでそれを知ってるんですか!?」

「くふふふ、企業秘密さ。それで?性教育云々は進んでいるのかね?」

「???」

「なんて直球な問いかけなんですの!?もう少し恥じらいを持ってください!」

「はははは!良いじゃないか良いじゃないか!よければ私が代わりに教えてやらんでもないけど、如何かね?」

―――んなっ!?―――

硬直する彼女たち。

「博士。コーヒーをお持ちしました」

そんな時であった。彼女たちの横を銀が通り抜けた。

銀はお盆を持ってトーラスにコーヒーを手渡す。

「ああ、ありがとう。助かったよ。あ、紹介が遅れたね。本日付で私の助手になった――――――」

「――――――アナスタシヤ・シルバーフィールド中尉です。本日付で昇進、博士の助手になりました。みなさん。先日はお世話になりました」

敬礼をした銀の人物、アナスタシヤ・シルバーフィールドが現れた。とんとん拍子で展開が進んでいることに、唯衣達の思考は追いついていなかった。

「烏丸槐少尉も、先日ぶりですね」

「先日ぶりです。シルバーフィールド中尉」

「そう硬くならなくとも良いですよ?私と貴方との仲なんですから、名前で呼んでください」

口元に手を当ててまるでどこかの上級階級を思わせる上品な笑いを零すアナスタシヤに、唯衣達の身体に電流が走った。

―――ッ!?―――

「?……そうですか。では、よろしくお願いします。アナスヤシヤ中尉」

「エン!」

「槐くん!」

「「槐!」」

アナスタシヤそっちのけで彼女たちは槐に詰め寄った。

「???何?」

「中尉とはどういう関係なのだ!?」

アナスタシヤの目がわずかに光った

「それは私からお話ししましょう。先日彼は、私にとっっっても優しくしてくださったのです」

「なっ!?」

「なにぃっ!?」

上総と安芸が驚愕に眼を見開く。

「あんなことをされたのは初めてでした」

両頬に手を当て、頬をわずかに染めるアナスタシヤ。

「~~~~~~っ!!??」

まるで猫のように全身の毛がざわつくのを唯衣は感じた。何を想像したのか、耳も首元も一緒に顔を真っ赤に染めた。

「もう、本当に、凄かったです」

そう言って身をクネクネさせるアナスタシヤを見て、トーラスが笑いを必死にこらえて肩を震わせる姿が見られた。

「???中尉、なぜそんな」

要領を得ない言い方を?

槐の疑問を遮って志摩子が躍り出た。

「あ、あの!アナスタシヤ中尉!そこのところ詳しく聞いても良いでしょうか!?」

「貴様は黙っていろ志摩子ぉぉっ!」

「それ以上はいけませんわ!」

「おぷばっ!?」

強制停止させられた志摩子を置いて、唯衣と上総は槐の肩を掴む。

「お、おおおおおおおおいエン!何をやった!?一体中尉に何をやった!?」

「私達よりも彼女のほうが宜しいというのですの!?酷いですわ!裏切りですわ!」

「な、何の話になっているんだ?」

「~~~~~~~~~~ッ!!!!ぶっっっっはっはっはっはっはっはっはっは!!!!ヒ~、ヒ~、お腹痛い!ププププックっはっはっはっは!!中尉!君もなかなかやるじゃないか!はっはっはっはっはっはっは!!」

「恐縮です。博士」

そう言って上品に笑うアナスタシヤに、え、と二人の思考は再度硬直した。

「ぶふ、ぷっくくくっくはっはっはっはっはっは!!まんまと嵌められたね君たち。アナスタシヤ少尉、本当のことを言いたまえ」

「はい。目的地が分からない私に、詳しくわかりやすいように道案内をしてくれたのですよ、彼は……。本当に凄かったです。私の疑問にすぐ答えてくださったのですから」

――――や、やられた………!――――

上総と唯衣の心はその一言で占められたのであった。

◆◆◆

「いやいや、すまなかったね。君たちの反応が面白くてね」

「あまり心臓の悪いことをしないでください」

「寿命が縮まりましたわ」

溜息を吐く唯衣と上総。それを軽く笑ってトーラスは続ける。

「それで、少々真面目な話がしたいんだが………あ~槐くん。これを飲んでくれるかね?」

「???」

そう言って手渡されたものは先ほどアナスタシヤが持ってきたコーヒー。トーラス自身は一回も口を付けていない。

槐は言われた通りに一杯飲む。その瞬間、槐の手からカップがずり落ち、槐は全身の力が抜け、倒れ伏し

「博士、少々効き過ぎではないでしょうか?」

―――ぽふっ―――

そうになったところでアナスタシヤが抱きしめて止めた。丁度槐の顔が彼女の胸に突っ込む形となる。

「え、エン!?トーラス博士!効き過ぎとはいったいどういうことですか!?」

「うむ、この話は一応槐くんには聞かせないようにしようと思ってね。ちょっとだけ強硬手段を取らせてもらった。なぁに、ちょっと意識を混濁してもらっただけさ。脳に直接響くものでね。指令が動かなければ彼も普通の人間と変わらんさ」

「別にそんなことをしなくても」

「まぁまぁ聞きたまえよ。ここから先は意外と真面目な話なんだが、槐くんはね。最近君たちを意識し始めている」

「え………え!?」

「ど、どういうことですの!?」

「つまりだね。一人の女性として意識し始めているんだ。けど、恋愛感覚なんて確実に初めての経験だろうね。訳も分からずその感覚を持てあますだろうさ。【管理者】というAIが数億という人間それぞれの心のパターンを理解できるとは到底思えない。まぁ、だからこの状況になっているんだろうけどね。……私も、彼を枯れた人間のままにしておくのはおもし……もったいな……心苦しいと思ってね。まぁ、君たちは普通にエンジュくんと楽しく恋愛をしておけばいい。性教育はアナスタシヤくんがやってくれる」

「はい。博士」

「ちょ、ちょっと待ってください!」

「納得がいきませんわ!」

「そうです!そういうことなら私でも!」

「いやさあたしでも!」

「はははは、元気がいいね。けれど、君たちそう言うのにちゃんとした知識を持っているのかね?そんな初心な反応を見る限り、それほど経験豊富でもなさそうだけど」

―――うっ……―――

トーラスの指摘に全員が呻く。彼が苦笑する。

「まぁ、気持ちは分からないでもないけどね」

「そ、そういうアナスタシヤ中尉はどうなのですか?!」

「クス………知りたいですか?」

「!?」

空気が変わった。

まるでカードの表から裏に変わったかのように、アナスタシヤの笑みは上品なものから妖艶さを漂わせた女の顔になった。

言葉を詰らせた唯衣に、アナスタシヤは再び上品な笑みに戻る。

「やめておいた方が良いと思います。私のことは良いのですので、博士の話を聞いてあげてください」

「………まぁ、こんな世界だ。いつ死ぬか分かったものじゃないからね。彼は君たちを守ると言ったが、はっきり言って、そうならないようにするなんて理想論だよ。だったら、刹那の享楽に楽しむのも良いことなんじゃないかな?」

「そんな、勝手に決めつけないでください!私達とエンはそんな安っぽい関係なんかじゃない!」

「ああ~、勘違いしないでくれたまえよ。別に君たちの関係の価値云々にケチをつけるつもりはない。簡潔に話し過ぎたが、槐くんに必要なのはやはり心の支えだよ。彼は自分の過去を打ち明けたことでようやく君たちと肩を並べて歩けるようになった。けれど、手の届く場所まで近づけたというのには程遠いとも言える……。やはり必要なのは人と人とが育んだ繋がりだね。君たちとしては、逆にこれはチャンスなんじゃないかな?それに家の事情だってある。ガチガチに家の仕来たりで決められた君たちだが、年頃の娘だ。性欲を持てあますことくらいあるだろう?慰めたのだって一回は二回、あるんじゃないかな?」

「な!?」

なんでそれを知っている!?とでも言いたげな彼女たちにトーラスは苦笑する。

「そんなにわかりやすい反応をしてくれると逆に困っちゃうね。私としてはエンジュくんには更に人に近づいてほしいと思っている。人間は綺麗な部分ばかりじゃない。闇を知った時、彼の心の支えとなるのは、やはり君たちだ。君たちとの深い絆が、彼の救いになるだろうさ………」

―――……………―――

トーラスは椅子から立ち上がり、その場を後にしようとする。

「まぁ、後は君たちで話し合いたまえ。私はこれで失礼させてもらうよ。あ、それともう一つ、これは確実だと言っても良い」

彼は立ち止まり、振り返る。

「エンジュくんは強化人間だが、子を産ませることができる。人ならざる者との間に出来た子は、果たしてどうなることだろうね?ま、世界から祝福を受けては欲しいところだね」

ヒヒヒヒ、そう笑いを零しながら、トーラスは今度こそその場を後にするのだった。

―――――――――
後書き
感想・ご指摘お待ちしております。



[34266] 第二部 エピローグ 選択と答え
Name: きりたんぽ◆81d5e089 ID:fdf4640c
Date: 2012/12/17 19:55
前書き

時間が一気に飛びますTEが始まる前です。

――――――――――――――――――――――――――――――

明星作戦から幾日が経ったその日から、2001年の五月までに渡る研究の経過を私、トーラス・キサラギは書き記そうと思う。

●1999年8月5日
烏丸槐からACのコアを発見。明星作戦以降、本人からの了承を得て精密な検査を開始。

結果、このコアを彼から切り離すのが可能であることが判明。8月9日体内からの摘出手術を開始する。

同日の夜、摘出手術は完了。万事滞りなく進んでいる。

その後、1か月安静にして様子見を開始。烏丸槐に異常は見られなかった。

●1999年9月1日
私はG元素調達のためにBETAの死骸から検査を開始し始める。アメリカから取り寄せた設備が役に立った。

退院を終えた烏丸槐からG元素の危険性を指摘されたが、ML機関の構造とG元素についての説明を行ったところ、彼は納得してもらったようだ。少々予定より早いが、ML機関の小型化計画を彼に話してみたところ、彼は快く引き受けてくれた。

危険性は知っているようだけど、それを承知の上でのようだった。私らしくもなく、不安になってしまった。

あれから2週間後の9月15日、彼の体内から小型化されたML機関が生成されていた。

早速摘出手術を行い、安静にしてもらうを繰り返したが、ML機関生成を行ううちに、生成できる期間が少しずつ短くなっていたことが分かった。

2個目では10日で、3個目では9日で、4個目では1週間で……。

まったくもって素晴らしい。烏丸槐という存在は言葉では表せないほど素晴らしい力を有している。

それだけじゃない。彼は我々人類が未だ解明できていない100種類はあろうかというG元素を理解しようとしていた。

この時私は本気で驚いた。彼の話しでは、光線級と同じくレーザーの照射装置まで作れると話していた。

勿論、コストはバカ高くてね。制作は企画段階で終わらざるを得なかった。コストが高いだけじゃない。他の企業が非現実的でないと断じて半ば強制的に企画は取り消された。

その時のあの子の悔しそうな顔が私には印象的だった。

不思議なことに、私はそんな彼に何とかしてあげたい。そういう気持ちになった。あまり人との交流を進んでしなかった私だが、この気分は悪くないと思う。

●2000年2月12日

帝国が第三世代戦術機【武御雷】の正式配備を始めたころ……。

有澤重工の開発した兵器が、段々と頭角を現すようになった。

肩に取り付け、20発まで撃てることを可能にした120mm砲【火産霊神】とS―11を砲弾として発射できる砲台の開発が、1時期世界の注目を浴びた。

その兵器の名は【00式超長距離移動砲台―――老神】。超長距離からのS―11他、120mmから180mmの砲弾による狙撃を可能とした革新的な技術だ。
少しずつではあるが、有澤重工が他の大企業と並ぼうとしていた。

2月18日、新たな跳躍ユニットを試験的に開発。八咫烏の両肩に装備されていた跳躍ユニットをコンパクト化させ、更なる機動力向上を企画。

入念な試験の結果、この新たな跳躍ユニットは、フェイズ4でのハイヴ攻略を可能とさせ、戦術機の持つ戦略の幅を広げる結果となった。

それに伴い、有澤重工は秘密裏に八咫烏専用の跳躍ユニット開発を決断した。

その跳躍ユニットとは、マルチロックオンシステムの誘導弾を大量に積み、且つ現状で出せる機動を力を殺すことなく八咫烏を動かすことが出来るもの。

開発にはそれ相応の時間が掛かる事だろう。

夕呼くんの作った99式電磁投射砲を参考に、私は新たな電磁投射砲の開発に乗り出した。

これは恐らく公にされることは無いだろうが、きっとこの兵器は、オリジナルハイヴ攻略に使われるだろう。

●2000年4月3日

帝国が武御雷の正式な配備を始めたのは記憶に新しい。唯衣くんと上総くん二人には、それぞれ一機与えられるそうだ。長年の努力の結果が実ったようで何よりだ。

こうして書いてはいるが、なんだか日記みたいになっているのは気の所為ではないと思う。まぁいいや。もう日記で良いか。

月光の開発は未だ難航している。ACの出力を使えば出来るのは分かるが、設計図に書かれている月光の出力に耐えられる物質は、人類では作れない。

そう、人類の技術では………。

●2000年5月20日

月光開発のために光線級の照射粘膜を使っての実験を開始。

内容としては、槐くんが依然提案したレーザー照射装置の再現と言ったほうが良いだろう。

実験を開始したが、光線級の照射粘膜では出力に耐え切れず融解してしまった。いやはや、大ごとにならずに済んで良かった。続いて重光線級の照射粘膜を使っての実験を開始。

流石に使っている材質は違うようだ。比較的頑丈で、月光制作の土台となりそうだ。ここでもう一つ重要になるのは、どうやって剣の形に留め、振り回せるようになるかだ。

課題は山積みだ。

●2000年6月12日

約1か月の考察と実験を経て、私はML機関のラザフォード力場に着目した。結果、レーザーそのものに働きかけることで剣の形に留めることには成功した。

その分、ML機関のエネルギー消費は激しく、使えるとしてもほんの一瞬だけだろう。数回使えるだけでも奇跡と言っていい。

恐らく現状ではここまでが限界だろう。世の中、そううまくいくとは思っていないが、悔しい限りである。これでかかるコストを軽減させることができるようになれば、エンジュくんの研究も再度取り上げられるだろうに………。

●2000年8月

97式戦術歩行高等練習機吹雪の実戦仕様案が企画された。

企画者は烏丸槐大尉、担当者は山城上総中尉。主機出力の向上を行い、吹雪を新たな戦術機として生まれ変わらせることが目的である。

機体名は【村雨】。テストパイロット一号機は石見安芸少尉、二号機は甲斐志摩子少尉。

スポンサーは有澤重工。

近いうちに不知火・弐型開発のためのXFJ計画に便乗するだろうと私は踏んでいる。ちょっと言い方が悪かったかな?

●2001年1月9日

私の開発に転機が訪れた。

そう。本当に突然だった。私はその発想に導かれるままに新しいものを開発した。
それは………。

◆◆◆

2001年5月2日 早朝 某所 帝国軍基地 トーラス研究室。

「やあ私。また会ったね」

【やぁ私。ずいぶんと良い顔をしているじゃないか】

「いやね。ようやくやることが大体終わったからね。長年の悲願が叶いそうだと思うと、笑いが止まらなくなりそうだよ」

クフフ、と笑みを零すトーラスに【トーラス】はそうかい、と微笑む。

【目標は最強の戦術機の制作と最高のハッピーエンド………だったかい?】

【トーラス】の問いかけにトーラスは頷く。

「そうだとも、そうだとも。時にはあいとゆうきのおはなしじゃなく、きせきとこうふくのおはなし。そんな世界があっても良いんじゃないかと思ってね?」

楽しそうに、まるで自分の夢を親に話す子供であるかのように、無邪気な笑みを浮かべながら話すトーラスに、【トーラス】顎を手にやって考える仕草を取った。

【ふむん?じゃああれもその布石かい?ほら、何処かに送ったじゃないか、大量の物資と資金を………】

「ああ、あれはRLF(難民解放戦線)に送ったんだよ。【私達】の話しじゃ、ユーコン基地で随分と物騒なことをするそうじゃないか。けど、それで私の傑作が破壊されるのは勘弁してもらいたい。だからここで、おとなしくしてもらおうと思ってね。けど、ちょっと詰めが甘かったかな?」

【やることには問題は無かったようだけど、不穏な動きは全然止まってないね。やはり指導者(マスター)の特定と暗殺が必須だったかな?ま、これも次の世界で試してみよう】

「そうだね。それが良い。それにしても、大忙しだね」

そう言いながらトーラスはぬるくなったコーヒーを飲み干す。

【いやいや、君ほどじゃないよ……む?】

「失礼します。博士」

そう言って研究所に入ってきた若い人間は、中性的な顔立ちをしていた。光沢を放ちそうなほど綺麗な長い銀髪を後ろに纏め、炎が宿っているかのような紅い瞳を有した男。

烏丸槐だった。明星作戦以降、顔立ちはあまり変わっていないものの、身体から出す雰囲気は無垢な少年からベテランの軍人の物へと変わり、身長は大人の男性そのもの。しかし、肩幅は狭く、そのガタイは軍人としての大人の男を思わせるには程遠かった。

「おーおー、久しぶりだねエンジュくん!少し見ない間にまた背が高くなったじゃないか!」

「お陰様で………」

無難に返す槐。

「だけど………ふむ、その顔はあまり変わってないね。女装したら男たちに人気が出るんじゃないかね?」

率直な感想を出すトーラスに、槐は少しだけ眉をひそめた。

「断固として拒否させていただきます。女装させられるのは唯衣達だけで十分です」

「抵抗は、しないのかね?」

「抵抗はしました!けど、唯衣達には勝てなかったよ………」

る~る~、と涙を滝のように流す槐に、トーラスは苦笑いを浮かべた。

「は、はははは……少し見ない間に皆随分とアグレッシブになったね。ああ~さて、本題に入ろうか。有澤重工の協力でようやくできたよ。16連発の誘導弾を放てる巨大跳躍ユニット。その名も、【オーバードブースター】!!直線でのスピードならばどの戦術機にも勝る!君もここから見えるだろう?八咫烏の背中に背負っているあれさ!」

研究室の強化ガラス越しに見えるのは、八咫烏が背負う形となって背中に取り付けられた鈍色の巨大なもの。それは、武骨な装甲を付けた羽を思わせた。

槐にとってそれは、まるで八咫烏に初めからそれを取り付けることが運命づけられていたかのように存在していたと思わせた

「!!これは……!それに………黒から赤へリペイントされたのですか?」

槐の視線の先には色を塗り替えた八咫烏が存在していた。関節面のフレームは山吹色に、装甲は赤く塗られ、内部が見えるところは黒く塗装されていた。

その様相は、幼かった頃槐が見たナインボール・セラフそのもの。

「そうさ。君の望んだ色を、何とか通してもらってね。こうして形になったわけだ。どうだい?君が望んだナインボール・セラフそっくりだろう?」

「はい………流石です。博士。貴方が居なければ、きっとセラフはこの世にあらわれなかった」

「そうだろそうだろ!私をもっと褒め称えよ!フゥーッハッハッハッハッハ!!!それだけじゃない!社長の作り出した折り畳み式にすることでコンパクト且つ強力な砲台にした【老神】!あの変形のコンセプトを取り入れて、私は八咫烏に可変機能を取り入れたのさ!これでOBでの衝撃波に巻き込まれずにフルスピードで行ける!」

ガレージ全体が動き、八咫烏が持ち上げられる。

その瞬間、重厚な音を立てて八咫烏は自信を折りたたむかのように変形し、新しく装備された跳躍ユニットと相まって、まるで鳥のような見た目を思わせた。

「お、おおおぉぉぉぉっ!?」

「既にカタパルトに乗せる準備に入っている。これでいつでもユーコン基地に迎えるだろうさ!既にあちら側に許可は取ってある。今日は八咫烏でまっすぐ向かいたまえ!………ってもう行っちゃったね。興奮のあまり、我を忘れたか」

ドドドドド!と音を立てて研究室を後にした槐の背中を見ながらトーラスはやれやれと苦笑を零す。

【彼にとっては、産みの親に会えたようなものだね。仮にも生まれた当初はともにいた存在であるのだから。そして、それに乗れることに対する感動もあるだろうさ】

【そういえば私。最近見なかったから知らないけど、彼から摘出したコアは如何したのかね?】

二人目の【トーラス】が問いかける。

「ああ、それなら既にセラフへ装備させたよ。ML機関との相性も既に実験済み。危険は無いよ」

【しかし、あのコアの出力と更にML機関も合わさるとなると、到底八咫烏に耐えられるものじゃないと私は思うがね?装甲の限界を超えるような無理な機動をさせたら、すぐに関節がやられると思うのだけど、そこのところ、如何しているのかね?】

その問いに、トーラスは新しいコーヒーを淹れながらくふふ、と笑みを零す

「その心配は無用さ。今はリミッターをかけてある。一定以上の出力は出ないよ。私を誰だと思ってるのかね私?私はトーラス・キサラギだよ?最強の戦術機を作るのに、欠点を作っちゃあ駄目じゃないか。まだまだ未完成ではあるけど、後は兵器類だけだしね」

【……ん?ということは装甲面は既にクリアしたのかね?今後の参考として聞いても良いかな?】

「物が物だからねぇ、他の科学者が聞けばぶっ飛ぶかもしれないけど。装甲は特注品だ。オリジナルハイヴを落とす作戦が決まるまではお預けさ。くふふ、ラザフォード力場万歳………そしてACコア万歳。現状の技術では加工できないものが一年を費やして加工できたよ。私にとっては初めてのことだったからね。ちょっと手こずったよ。お陰様で私のお財布事情は更に酷いことになり、知り合いにも結構迷惑をかけちゃったかな?ま、こういうことは二度とないと思うよ」

【……………………ちょっと待ちたまえよ?まさか………?】

「くふふ、そのまさかよ!嗚呼、リミッターを外せるようになった八咫烏はどんなものになるのだろうねぇ。今からが楽しみだ」

◆◆◆

≪AMSの接続を確認しました。戦術機とのリンクを開始します≫

八咫烏のコクピットに乗り込む。コクピットのシートに備えられた装置が、背中の機器と接続を開始し、槐は八咫烏とのリンクを開始する。

自身の身体の調子は極めて良好。ナインボール=セラフとそう変わらない見た目となったこれに乗れたこともある。

とてもいい気分だった。

のだが

「……何故コクピットが複座型に?」

「ああ、それは私も乗るからですよ。槐大尉」

「……アナスタシヤ中尉?」

見上げる形で槐は今まさに乗り込もうとしている銀髪に蒼眼の女性、アナスタシヤ・シルバーフィールドを見やる。

彼女は微笑む。

「階級はつけなくてもよろしいのに。お久しぶりです。槐大尉」

「………中尉、公私混同は避けるべきだ。貴様自身のためにならないと私は思う」

槐は目を閉じ、戦術機とのリンクに集中しながら自分の思ったことを口にする。
アナスタシヤがクスリ、と笑みを零す。
「大丈夫です。そういうのは二人っきりでしかしないと決めてありますので………。ご安心ください。槐大尉」

「むぅ………それならば、良いが……。それよりも、何故アナスタシヤが乗ることに?」

「私もユーコン基地に向かうからですよ。博士は私達より少し遅れて向かいます。荷物は既に送ってありますのでご心配なく」

「秘書なのにか………。それで……?」

「……はい?」

「何故貴様は私の膝の上で向かい合う様に座っているのだ?」

槐の言うとおり、彼女は槐の膝の上に腰を下ろしていた。彼の指摘にアナスタシヤは笑みを浮かべる。

それは槐に対してちょっとした悪戯をしようとするときと同じ顔。

「滾りませんか?」

厭らしく腰を動かす彼女に、槐は視線を逸らす

「……否定は……しない」

「ふふ、素直でいい子ですね」

「………私はもうそんなことをされる歳ではない。頭を撫でるな」

「いいこいいこ」

「人の話を聞け」

少しだけ青筋を浮かべる槐。

≪リンクを完了いたしました≫

槐はため息を吐く。

「八咫烏とのリンクが終わった。時間も押してるから早くいかないといけないから、速く後ろに乗ってくれ。中尉」

「もう、あの時はとても素直でしたのに………二年前、私に抱きしめられながら身悶える貴方の顔はとても素敵でしたよ?」

「ぐっ……!」

まるで子供のように頬を膨らませて不満顔になるアナスタシヤに、苦虫を噛み潰したような表情になる槐。彼女は更に続ける。

「唯衣達と夢中になっている時の姿は、それはもう一種の神秘ささえ感じられるほどに」

「中尉!いい加減にしないと私も怒るぞ!」

「……クス。申し訳ありません。大尉」

「さっさと!後ろに!乗れ!!」

赤くなった顔のまま槐はガルルルル!とアナスタシヤを睨み付けてそう言う。とうの彼女はまぁ怖い。と楽しげに笑みを零しながら後ろの座席へと腰を下ろした。

【ああ~、イチャイチャしているところ悪いけれど、そろそろ時間だよ。ユイくん達も基地に着くころだ】

「……博士、ちゃんとコクピットは戻してくれるんですよね?」

ため息交じりにジト目を向ける槐に、トーラスは苦笑する。

【それは勿論だとも。君のワンオフ機だからね。さて、私もそろそろ飛行機に乗らないといけないからね。準備はいいかい?】

「了解。これより発進シークエンスを開始します」

【いつでも良いよ】

跳躍ユニットが点火する。

「…了解。こちら八咫烏、ハスラーワン。烏丸槐、出る!」

自機を押し出そうとする力を抑えるカタパルトが軋みを上げる

「コールサインはありませんが、アナスタシヤ・シルバーフィールド、行きます」

【了解。Good luck】

カタパルトを抑えていたボルトロックユニットが切り離され、八咫烏は急激なGの負荷がかかるとともに駆け抜け、重厚な音と共に上空へと躍り出た。

≪目標 ユーコン基地。オーバードブーストを開始します≫

背中に背負う様に取り付けられたユニットの噴射口からギュウォォ!というエネルギーを溜め込む音と共に一気にそれが吐き出される。

身体にかかる重圧を二人は感じながら高機動に特化した形態となっている八咫烏は空を、雲を切り裂く鴉となった。

空気を切り裂き、既に米粒大になるほどまで飛んで行った八咫烏を見ながらトーラスは先ほどまでの会話を思い出す。

「本当に、人間らしくなったね。エンジュくんは………」

【まったくだ。けれど、まだまだぬるま湯に浸かっている状態だよ。RLFの計画を知ったら、彼は如何するだろうね?】

「君の世界ではどうだったんだい?【私】?」

【結果はRLFを一人で皆殺しにしたよ、これが、彼を殺戮マシーンに変えてしまった分岐の一つさ。念のために言っておくがくれぐれも気を付けたまえよ?この世界は今まで見てきた世界とは全然違う貴重な世界(サンプル)だ。これで全てのBETAが滅ぼせるようになれば、まさしくハッピーエンドさ】

「おいおい、無数のBETA全てをどうやって倒すんだい?ちょっと現実的じゃないね」

【それは我々の課題の一つさ。まぁ、これもエンジュくんの【選択】次第さ。彼の導き出した【答え】が、世界を変える】

「シロガネタケルくんは?彼も一応、この世界の救世主じゃないのかね?」

【いやいや、彼は救世主じゃないよ。人類の寿命を先延ばしにした、いわゆる応急処置をしただけさ。たかが十年先延ばしにしただけでは、救世主とは呼べないよ。彼はただの【ヒーロー】さ。………人類が求めているのは救世主(メシア)だ。だからこそ、この世界で最も重要なのは、エンジュくんの【選択】と【答え】だ。だがBETA全てを一気に殺してもだめ。人間同士の争いが近いうちに起こるだけさ。だからと言って多大な犠牲を生んでもだめ。人類としての機能が停滞してしまう。私たちが話し合って出たベターな解答は、やはりBETAの上位存在を全て倒した後、彼を地球の【管理者】として人類の動きを監視すること、だね】

「ベスト、じゃないんだね?」

【じゃあ聞くけど私?ベストな答えとは一体なんだね?】

「………ああ~、なるほどなるほど、人それぞれということか」

【正解だよ。結局、一番正しい答えなんてないのさ。だからエンジュくんに迫られる【選択】は一気に絞られる。人類か、それとも近しい人間か。アレは難しいことを考えるが、存外単純だ。究極的に行き着くのはやはりその二択だろう。兵器として世界を取るか、それとも人間として愛を取るか。どちらにせよ、いずれ訪れる結末は別れしかないさ。それが人と、人ならざる者に襲い掛かる苦悩であり、必然さ】

「……………」

【……おや?君が不機嫌になるとは珍しい】

「……………」

“私は!どちらも選ばない!!”

「………まぁ、私は彼を見届けるだけさ。できれば、私の予想を良い方向に裏切ってくれることを願おう。聞こえてないだろうけど、頼んだよエンジュくん。頑張ってくれたまえ」

トーラスはその場を後にする。

【……………ほぉ、今日は天然物を飲んだのかね】

後に残ったのは、淹れられたコーヒーの香りだけだった。

―――――――――――――――――――――――――――
後書き

どうだったでしょうか?唯衣についていくために、ちょっと無理やりねじ込んだ感じもありますが、作者にはここまでが限界です。
感想・ご指摘、お待ちしております。



[34266] 【第三部】 第一話 村雨
Name: きりたんぽ◆81d5e089 ID:fdf4640c
Date: 2012/12/17 22:54
前書き
遅くなりました。
今回はどういう展開に持って行けばいいのか、公式設定と間違っている部分は無いか、読み返してみて面白みがあるかどうか。かなり難産でした。その分今回は一万越え。よければ、頭をからっぽにして読んでください。それから、時間設定は辻褄合わせのオリジナルです。

前話の題名を変更いたしました。
―――――――――――――――――

薄暗い空間の中、二人分の荒い息遣いが木霊する。

網膜に投射されたロックオンカーソルが前方を飛ぶ戦術機の背後を捉えている。
前方の戦術機がそれに逃れるように方向転換を開始する。

まるで自分が狙われていることに今気づいたかのように、戦術機はロックオンカーソルから逃れようと忙しなく移動する。

「「ふふっ、ウスノロめ」」

二人分の声が重なってコクピット内に響き渡る。

「「やっと私に気づいたようだな」」

前方の戦術機の行動の先を、まるで読めているかのように、ロックオンカーソルは戦術機(ターゲット)を舐めまわす。

「ッ!!」

敵にロックオンされたことを報せる警告音に、もう一人の戦術機乗りが息を飲む。見た目は背の低い少女に思える。

「「あはははは………!私には見えるぞ!お前の恐怖が!」」

右へ、左へ、どれだけ軌道を変えても正確にそれは捉えられている。

「「足掻け、足掻くんだ!生に縋るみっともない色を、その薄汚い色を!」」

F-15ACTV アクティブ・イーグルを

「「私に見せるんだ!!」」

Su-37チェルミナートルが捉えた。

◆◆◆

午前11時

晴天の空、アラスカ上空をAn-225ムリーヤが飛んでいた。

国連太平洋方面第一軍所属であるそれは、XFJ計画に参加する一人の衛士とエンジニアを乗せていた。

「おい見ろよ、ユーコン川だ!クゥーッ!アラスカの女神は、我らにどんな試練を与えるのでありましょうか。ブリッジス少尉?」

ムリーヤ内部に備え付けられた窓から下を見下ろしていた金髪の男が隣に座って腕を組んで目しているもう一人の男、ブリッジス少尉と呼ばれた人物に問いかける。

金髪の男の表情からは、面白半分、期待半分という気持ちを持っていることが窺えた。

「イクラでも食って寝ろ」

ブリッジスは簡潔に返す。興味がない。そんな言葉を言外に態度で表していた。

「そうそう、キングサーモンがいっぱい釣れるんだろうなぁ、それでもってイクラをたらふく~………っておい!」

釣りをするような動きをして一人ノリツッコミをする金髪の男。彼の視線の先に居るブリッジスという男は特に気にした風もなく、腕を組んだまま微動だにしていない。

そんな彼を見て男は柔らかい表情を見せた。

「なぁ、俺たちはアメリカ代表だぜ?胸張っていこうぜ!」

変わらずブリッジスは淡々と口を開く。

「左遷の間違いだろ?」

その顔はどこか不満そうに見える。

「腐るな腐るな。ユーコン基地には世界中の戦術機が集まってるんだぜ?夢のようだろ?」

男は今まで閉じていた目を僅かに開く。

「………」

無言を貫く彼だったが、そのとき、彼らの乗っていたムリーヤが異常な揺れを起こした。

「「ッ!?」」

『おい、どういうことだ!?もうアプローチコースに入ってるんだぞ!?ユーコンコントロール応答せよ!』

操縦室のドア越しに聞こえる狼狽したような声に、二人は確信する。外で何かが起こっていると。

◆◆◆

≪広範囲サーチ完了 方向修正の必要は認められず 滑走路周辺にて戦術機二機を確認 該当データあり ACTVとチェルミナートル 更に輸送機一機を確認 該当データあり 国連太平洋方面第一軍所属のムリーヤを確認≫

「………ん?」

「どうしました?大尉?」

「センサーに反応があった。妙だ。滑走路周辺で戦術機二機がドッグファイトしてる。ムリーヤが近くに居るのに……変だ。こちらハスラーワン、烏丸槐大尉だ。ユーコン基地管制室、聞こえるか?一体何が起こっている?」

『こちらユーコン基地コントロール!アプローチコースに入ってるムリーヤに戦術機二機が接近している!模擬戦闘をしている模様だ。こちらで何度も呼びかけているが方向を変えようとしない!繰り返す!アプローチコースに入っているムリーヤに戦術機二機が接近している!こちらで呼びかけているが方向を変えようとしない!このままだと事故を起こすかもしれない!』

「………了解した。万が一に備え、私が向かう。ユーコン基地コントロール、ハスラーワンはこれより二機の戦闘行動に介入する」

『ユーコン基地コントロール了解!頼みます!鴉(レイヴン)!』

通信を切り、槐は八咫烏を巡航モードから戦闘モードへと切り替える。

「中尉。少々手荒なことになる。歯を食いしばっておけ」

「了解です。どうやら、急いだほうがよろしいようですね。大尉」

「ああ………行くぞ」

八咫烏がアフターバーナーを噴かす。全身が後ろに持っていかれるような感覚を覚えながら機体のスピードを上げた。

◆◆◆

二機のドッグファイトによって起こっている衝撃波が土を巻き上げる。状況を打開する方法が見つからない。

いまだに振り切れずこの状況が続いていることにACTVのパイロットが内心で舌打ちする。

「ちっくしょう!なんで、何で振り切れないんだ!」

『アルゴス3!直ちに帰投せよ!模擬戦闘の許可は下りていない。繰り返す。アルゴス3!直ちに帰投せよ!模擬戦闘の許可は下りていない』

「うるせぇ!あっちは本気なんだ!ここで止まったら、確実に殺(や)られる!」

ACTVはチェルミナートルを振り切るためにアフターバーナーを噴かした。それを、悠々とチェルミナートルは追いかける。

十数秒の間。更にその後を雲を切り裂いて八咫烏が追いかける。

「肉眼で確認できたが………。これ以上のオーバードブーストは危険か」

槐は網膜投射されたアナスタシヤ中尉の状態を診る。

強力なGが掛かったことによる強化装備の限界を超えた負荷をかけた所為か、アナスタシヤの顔色が悪くなっており、身体に不調を起こしているのが目に見えてわかった。

「すまん中尉」

そう呟く槐。アナスタシヤはただ微笑むだけだった。

だんだんとスピードを落とし、八咫烏は人型へと変形して、再び二機を再び追いかける。

二機がムリーヤに接近する。

「二機の間を突っ込む!」

「了解……!」

一度高度を下げ、八咫烏の軌道は弧を描く。したから突き上げるように、二機の間を、八咫烏は通り抜けて、己の存在を主張した。

案の定、チェルミナートルは急停止し、ACTVもそれに気づいたのか両者が向かい合うようになり、槐を見上げた。

「こちら帝国軍所属、烏丸槐大尉だ。二機の戦術機に告ぐ。直ちに戦闘行為を中止しろ。」

『………ナインボールだと?』

「………?(なぜその名を?)」

チェルミナートルのパイロットらしき人物の小さな声を聞き取った彼は、一考する。

が、そうしている間に、チェルミナートルは反転し、ソ連領である方向へと向かっていった。

「……大事にならずに済んで良かったですね。大尉」

「……そう、だな(まさか、見知らぬ他人からその名を聞くとはな)」

レーダーを見ればACTVも既に自分の基地に向かおうとしている。ムリーヤも滑走路に無事に降りることができたようだった。

『こちらユーコン基地コントロール。ムリーヤ着陸を確認、ありがとうございます。大尉』

「ああ。こちらもそろそろ燃料が無くなってきている。このまま基地に下りたいが、アプローチしても良いか?」

『はっ!しばらくお待ちください』

「………」

槐はチェルミナートルの行った方向をしばし見つめた後、着陸のための準備に入るのだった。

◆◆◆

「………」

ユーコン基地内部。無機質な廊下を通り抜ける。アナスタシヤとはガレージで別れ、トーラス博士の研究室のセッティングを行うために、槐は村雨開発の担当者である山城上総と会うために向かう。

「お待ちしておりました。烏丸大尉」

待っていたのは槐に敬礼する女性。

クリーニングを掛け終えたばかりであるかのように新品同様に皺ひとつ無く、ピッチリと折り目のついた青のラインが入った黒い制服を着こなす山城上総中尉だった。

「出迎えご苦労。山城中尉、これより君たちの部隊の隊長を務めることになる。烏丸槐大尉だ。よろしく頼む」

「はっ!よろしくお願いいたします!大尉!」

「「………」」

しばしの静寂の後、二人が同時にフッと笑みを零す。

「久しぶり。上総。しばらくそちらのことを構えなかったが、村雨の進捗具合はどうだ?」

「そういうのは、自分の目で見たほうが良いと思いますわ。槐」

「確かにそうだな」

ブリーフィングルームへ行くために二人は歩き出す。

「安芸たちは、最近どうだ?変わりないか?」

「ええ、皆槐を待っていましたわ」

「そうか……なら、早く会いにいかなければ」

自然と、槐の歩調は速くなる。会いに行きたいという気持ちがありありと出ていた。

「それから、他に何か言うことはありませんの?」

「む?」

「殿方はそういうのにも気にかけないといけませんわ」

「あ………むぅ、綺麗になった、な?」

「まだまだですわね」

「むぅ」

上総が微笑む。

「BETAとの戦いに集中するのは良いですが、人間をもっと学ばないといけませんわ。もっと人を褒めることがうまくならないといけませんわね」

「……善処する」

ブリーフィングルームのドアを開け、彼は部屋の中へと入って行く。

「………」

部屋内には安芸、志摩子、和泉がまとまって座っていた。そして、上総も決められた席に戻り、全員が起立、敬礼をする。

槐も敬礼し、座って良いと応える。

「……………」

しばし、静寂が起きる。

何から話せばよいのだろうか。約数か月ぶりの再会となる。

槐にとっては一年にも思える時間の経過だった。

槐はまず全員を一瞥し、笑みを浮かべる。

「まずは皆、久しぶりだな。これより、私が君たちの部隊の隊長を務めることとなる、烏丸槐大尉だ。各々の自己紹介は………必要ないな。では早速本題に入らせてもらう。まずは今回のXFJ計画についてだ。この計画の目的は、国連軍の94式不知火の強化改修だ。それに伴い、我々帝国も、吹雪の強化改修を行うことにした。吹雪は練習用機だが、激震を超える性能を持っている。このままただの練習機として終わらせるのには惜しいと私は思っている。だから、私はこの計画に参加した。吹雪の改修機、村雨は君たちの手にかかっている。皆で、BETAを倒すための第一歩となる戦術機を作ろう」

―――了解ッ!!―――

「……よろしい。では、1330時より演習を行う。私とお前たち、二回に分けての2対1でのケース47だ。昔よくやってた演習内容と同じになるだろう。光線級の射程圏内での市街地戦。どちらも、全滅したら演習は終了だ。一回目は志摩子と安芸で、二回目は和泉と上総。搭乗機はどちらも村雨試作型。私は吹雪に乗る。標準装備でどこまでいけるのか、私に見せてくれ。では、解散!」

全員が立ち上がり、その場を後にする

「槐くーーーんっ!!」

前に志摩子がル●ンもかくやという見事なダイブを見せた。

「やっぱり来た」

進行方向にはもちろん槐。彼は呟きながら両手を広げて受け止める。

「槐くん槐くん槐くん槐く~~~ん!会いたかったよ~~~!!」

グリグリグリ、と槐の胸板に頭を押し付ける志摩子。槐の身長はこの二年で更に伸び、志摩子を追い越していた。

「志摩子、久しぶりだ」

「少し見ない間にまた大きくなったじゃん!私よりも身長がデカくなってるし!ああ、もう私の全身で槐くんを抱きしめることはできないのね!」

「………なにか問題があるのか?」

「大有りよ!槐くんは私に抱きしめられたくないの!?」

「………それは少々残念だが、私は今の身長に概ね満足している」

「そ、そんな!?夢なら醒め」

「槐~~!」

ガーン!と落ち込む志摩子を尻目に、次は安芸が槐に跳びかかった。

「安芸、お前もか」

槐は勿論両手を広げて受け止める。

「ったくよぉ!あたしよりもでかくなりやがってさ!今度はあたしを抱きしめろ!槐!」

「それはまた今度だ。それに、時間はそれほど残ってない。こういうのは演習が終わってからにしよう」

「「ええ~~」」

「………」

あからさまに不満顔になる二人と、無言で不満さを態度に表す上総。

「あ、アハハハ………」

「はぁ…………」

苦笑いを零す和泉と、ため息を吐く上総。槐も階級が変わり、彼女たちと一緒に居られるということはあまりなかった。

だがこの日、彼女たちは再び集まり、いつもの日常を再現していく。それが、自分たちの絆の証でもあるのだから。

槐は、ここに唯衣がいないことが少し不満ではあるが、同じ国、基地に居るのだ。会えるときは会えるだろう。

会ったらどう声を掛けようか。人知れず槐は楽しみに胸を膨らませた。

◆◆◆

誰もいない。生命が存在しているということを感じさせない虚無を思わせる市街地。

廃墟となっている一棟のビルに一発の模擬弾の塗料が点いた。

「………!」

一機の吹雪を追う様に注がれる2条の砲火。36mmの銃撃に晒されながら、陽炎は微妙な軌道修正によって辛うじてそれを躱していた。

「流石槐くん!動きに迷いがないし速い!」

吹雪に狙い撃ちをしていたのは志摩子。槐の乗る吹雪を見失わないために追随する。

―――ピピピピッ!―――

「!」

槐の乗る陽炎のセンサーが別の吹雪と村雨を捉えた。
場所は左方向から。

槐は背部ユニットに装備してある長刀を左に持つ。

「でぇぇぇいっ!」

「!」

容赦の無い兜割を槐は受け止めず、逸らす。

攻撃を仕掛けてきたのは安芸の村雨。村雨は、ほっそりとした吹雪のシャープな体型を少々太くさせ、武骨さを前面に出した体型となっている。

主機出力を高めるために槐が開発した新型バッテリーと長期戦を想定した大容量の推進剤を収納する空間を持つために、このような格好になってしまったが、少なくとも、

「まだまだ行くぜ!槐!」

「く………!」

槐の乗る吹雪を手古摺らせる程の機動と安芸の培った近接戦闘の経験が村雨の持つスペックを証明していた。

村雨は言ってしまえば吹雪以上に乗りにくいものでもある。機体反応に遊びがなく、行ってしまえば小型自動車にジェットエンジンを付けるようなもの。

だが、慣れてしまえば時として武御雷と良い勝負を繰り広げられるほどになると、高望みも含まれているが、槐はそう見ていた。

「おらおらおらおらぁ!」

「ぬぅっ!」

次々と襲い来る衝撃が槐の身体を揺さぶる。

重心移動、長刀の振り。どれもが安芸のこれまでの戦闘経験がなせるものだ。槐の吹雪は、安芸の村雨の攻撃を、受け流し、出来るだけ機体にダメージを与えないようにする。

≪警告 九時の方向より志摩子を確認。ロックオンされている≫

「!……」

横殴りで120mmが槐と安芸の間を横切る。既に槐は後退していた。ビルの間を縫うように放たれた弾丸は、あと一歩遅ければコクピットを撃ち抜かれていた。

「志摩子か!」

『一発では終わらないわよ。槐くん』

更に続くように迫りくる模擬弾を、槐は避け続ける。

≪複数デコイが設置されており、場所の特定にタイムラグあり。…………位置特定≫

正確な遠距離からの狙撃と確実な位置の調整。槐は志摩子の迎撃のために移動する。

≪警告 ロックオンされている≫

「!?」

急停止。同時に槐はしゃがむ。頭部があった場所を通り過ぎた模擬弾が近くのビルを染め上げる。

『うふふ、捕まえてごらんなさい』

「せいぃぃぃやっ!」

「!?」

槐はこの時、まんまと移動させられていた。待ち伏せしていたかのように、安芸の勢いのついた切り上げが襲い掛かる。防いだが、槐の長刀が弾き飛ばされた。

己の手から離れた長刀を、自然と彼は目で追ってしまう。長刀が、後方で地面に突き立つように落ちた。

≪広範囲スキャンを開始、建物、障害物、全ての座標を認知、特定、演算、処理を開始。≫

「もらった!」

一撃を与えんと肉薄しようとする村雨。

≪完了≫

「それはこっちのセリフだ!」

安芸はここぞというときに必殺を決めようと大振りになる。

それを知っていた槐は吹雪の背部ユニットを動かし、背中に装備させていた36mmを放つ。

≪敵二機の座標をマーキング≫

だが、

「しゃがんだ!?」

「へへ!自分の欠点はちゃんと直さないとな!だろ!槐!?」

「やる!」

槐の口元に笑みが浮かぶ。

≪プランの組み立て 完了≫

36mmでの弾幕を張りながら、一度後退し、彼は距離を取る。

「おおっと!逃がさないよ!槐くん!」

既に彼の背後を取っていた志摩子の長刀が吹雪に向けて振りかぶられる。前方には弾幕を回避しながら接近してくる安芸、後方には志摩子。

≪彼女たちの実力の向上 予想を超えている 修正が必要だ プラン変更 状況開始≫

「本当に強くなった」

槐の足元には先ほど弾き飛ばされた長刀が刺さっている。それを手に取り、志摩子の方を向く。

≪右斜め80度からの振り下ろし≫

「けど」

跳躍ユニットを全開にし、身を低くさせ、右に逸れる。肩に少々掠ったが、志摩子の振り下ろしが空ぶりとなる。

少しだけ跳びあがり、志摩子の長刀に足を乗せ、抑える。

「う、嘘―――っ!?」

安芸の長刀を受け止め、背部ユニットが志摩子に向けられる。

―――――ダパパパパパッ!!!!―――――

【甲斐志摩子少尉。村雨のコクピットに致命的損傷。大破です】

安芸の横を通り抜け槐は再び安芸と向かい合う。

「へへ、やっぱりすげぇや。槐は、そんなこともできちまうんだな。その吹雪は……」

「勿論だ。どの戦術機にも、さまざまな可能性を秘めている。安芸の村雨は、この吹雪以上のことが出来る」

「なら、あたしたちもがんばらねぇとな!これからもよろしくな!槐!」

「無論だ!」

『ちょっと安芸!なに槐くんと二人っきりでたくさん話してるのよぉ!これが終わったら覚えてなさいよ~!』

『ちょっと志摩子!諦めが悪いですわよ!さっさと通信を閉じて出てきなさい!っていうか出ろ!これは命令だ!』

『うわーんっ!』

「「………」」

しばし二人の動きが止まる。通信越しに顔を見合わせ、お互いに笑いあう。

「あたしたちのこと、これからも頼むぜ、え・ん・じゅ」

その言葉にどのような意味合いが込められているのか、それは、当人だけしか知らない。ただ、その時の槐の顔は、とてもいい笑顔だった。

「ああ!」

◆◆◆

「くっ!やはり反応が速いですわね!和泉、そっちに行きましたわ!」

「了解!」

片手に長刀を、もう片方に突撃砲を装備した上総の村雨が、槐を追いかける。
ヒットアンドアウェイで逃げる彼の戦法にやきもきしながら彼女は焦らず、冷静に、槐の動きを分析する。

槐が前方に和泉を、後方に上総を捉え、両手に一丁ずつ突撃砲を手に、ホバリングしながら発砲、こちら側に近づけまいと移動を続ける。

「くっ!」

物陰に隠れながら彼女達は応戦する。二方向からの挟まれての銃撃を繰り広げているというのに、自分たちはまるで二人相手しているかのような錯覚を受けた。

槐の突撃砲が弾切れを起こす。上総も同じだった。

「やっぱり、こうなりますわね」

上総、和泉が長刀を構える。槐も両手に一本ずつ長刀を携え、跳躍ユニットを噴かす。

比較的に全高が低い建物を飛び越え、光線級の餌食にならないよう高度を調整して飛ぶ。

「逃がしませんわ!」

和泉と上総が槐を追う。ビルの間を飛び、常に彼の機体を視界に収める。不意に槐が反転、上総を狙う。

「でやぁぁっ!」

真上からの振り下ろしと槐の首を切り飛ばさんとするような交差させた斬撃がぶつかり合い、火花を散らす。

勢いのついた攻撃は僅かに槐が押し負けた。

上総がしゃがむ。それと同時に彼女を飛び越えて和泉が長刀をふりあげずに

「!」

突撃砲を放ってきた。

【烏丸槐大尉。吹雪、右腕部欠損。右腕部機能停止。機体中破判定】

「やる」

不覚を取った。槐はらしくない自分のミスを押し隠すように呟いた。

この時槐が勘違いしたことは、お互いが同時に弾切れを起こした時に和泉も銃撃を止めたことから全機が突撃砲を使い切ったと思っていたことだった。

と言っても、残っていたのは120mm一発のみ。

それでも、槐の乗る吹雪が片腕使えないだけで、彼の不利は一気に増す。
後退せずに更に距離を詰める。

「!?くっ!」

「遅い!」

槐は和泉が長刀での防御をする前に片腕を斬り、そして、コクピットに突き刺した。

【能登和泉少尉。村雨、コクピットに致命的損傷。機体大破判定】

「まだまだ私が居ますわよ!」

横からの斬撃。

放たれる衝撃を受け流し、利用し、返す刀で一回転。

上総が受け流し、それを避ける。返す刀で彼女は長刀を振り上げる。洗練された重心移動が、村雨のパワーを最大限に発揮させている。

「ぐっ!」

かろうじて防いだ攻撃は槐を弾き飛ばした。態勢を立て直す前に、上総は床に落ちていた和泉の長刀を拾い、二刀流で槐に斬りかかる。

推進剤を消費して槐が後退する。それを追う上総。

機体スペックに差がある槐の吹雪では、上総の村雨にすぐに追いつかれてしまった。

「ちぃっ!」

反転、迎撃を行う吹雪。

切り払い、捌き、弾き、受け流す。

二刀により、更に手数が増えた村雨に、吹雪は追いつけない。槐の反応に、吹雪が追いついていけてないこともある。

「しまった!」

やがて、吹雪の残った左腕が切り飛ばされた。

【左腕部欠損。演習を終了します。山城上総中尉・能登和泉少尉チームの勝利となります。お疲れ様でした】

「(むぅ、負けてしまった)」

コクピットから出て槐は一度背伸びをする。

「(だが、皆確実に強くなっていっている)」

負けてしまったことには悔しかった。だが、槐は満足だった。嬉しかった。
この気持ちは言葉では表しきれないものがある。

「~~~~~~はぁっ……………!」

とりあえず万感の思いを込めて槐は肺に入った余分な空気を吐き出した。

◆◆◆

演習を終えた夜。槐は上総に連れられていた。何故かというと彼、実は道に迷ったからである。

自分の部屋が分からず、地図も手元にないため、マッピングを行いたくてもできない。だが、知らない人間に対して道を聞くのはなんとなく恥ずかしい。

そんな時、彼の前を上総が通ったのである。

「すまない上総。ユーコン基地のマッピングがまだ済んでなくてな」

「構いませんわ。でも、あまり『頭』に頼ってばかりではいけませんわ」

これ幸いと道案内を頼んだのだが、槐は上総に自身の欠点を指摘されてしまったことに、申し訳なさそうな表情になった。

「むぅ、今日の演習で、それが痛いほどわかった。気づけば私は、どうやら機械に頼りきりだったらしい」

上総の指摘は正しい。槐は頭の中にある『モノ』のおかげで高速思考を展開し、驚異的な計算により先を読むことが出来る。そして、ジャマーに干渉されない高度なサーチ能力で戦場を把握することが出来る。

だが、それが無ければ腕の立つ衛士程度でしかない。実際、サーチを怠っただけで、二回目の演習の敗因となった。

「今回は、上総たちにためになることを教わったな。ありがとう。上総」

「!!れ、礼には及びませんわ。その、私たちは、仲間なんですから」

礼を述べる槐に対し、少しだけ顔を赤らめる上総。

「ああ、頼りにしてる。これからも、よろしく頼む」

「え、ええ」

そして、道案内が再開されるが、不意に槐はあることを思いついた。

「上総。礼と言ってはなんだが、なにか出来ることとか、手伝えることは無いか?」

「え!?て、手伝えること!?」

酷く驚いた風な反応を見せる彼女に、槐は頷く。

「ああ。……すまん、今の私では、その、まだ気の利いたことは言えなくてな。こういうとき、どうすれば良いのか分からんのだ。だからせめて、上総の助けになることを私はしたい。……なにかないか?」

そう言って槐は上総を見つめる。その表情は何処か主人のためになるようなことをしたい子犬のようで、切なげな表情がそれを連想させた。

齢にしてまだ17歳。熟れ始めたばかりの果実とも呼べる目の前の存在に、上総は見とれてしまう。

「っ!?そ、そそそそんな……上官にそんなことは」

何をしているのだ自分は。酷く狼狽している自身に叱咤する上総。顔が赤くなるのを止められない。こんな表情を見せられて自分は酷く取り乱しているのだ。

ぶっちゃけて言えば、かわいい。とか、お持ち帰りしたい。とか、志摩子と似通った思考回路になっているのである。

「私たちは仲間ではないか。なんでも言ってくれ、上総。それとも、いや……なのか?」

「ッ!!!!ぜ、ぜ全然嫌じゃありませんわ!で、ではあとで部屋に来てくださいまし!」

「部屋にか!分かった!」

その後の夜

「ふぅ」

上総は一日の仕事が終わったことにため息を吐く。自分に割り当てられた部屋に入り。上着を脱ぎ、ハンガーに掛け、寝るときに着るラフな格好に着替えて簡素なベッドに倒れ込む。

「………」

頭を押し付けたまま無言。

「………」

上総は槐とこの基地で出会った時のことを思い出す。



『綺麗になった、な?』

『まだまだですわ』

『むぅ……』



「………ふ」

槐の自分を褒めようとした時の少しだけ恥ずかしそうな顔。

「ふふ」

自分にまだまだと言われて難しいな。とでも言いたげな表情。

訓練校時代では決して見られなかった数々の表情。人間のように困惑し、羞恥を覚え、誰かを求める感情。

「うふふふふふふふふふふ………」

この日、自分だけが槐のあの表情を見られたことに上総は身悶えていた。枕を抱きしめ、ゴロゴロゴロゴロとあまり広くは無いベッドの上で暴れ回る。

そして墜ちた。

―――ガタンッ!―――

「いたっ!?」

ジンジンと身体に響く痛みにう~、と呻きながら上総は立ち上がり、ベッドに今度は座り込む。

枕を抱きしめることは止めずに顔の上半分だけを覗かせる彼女は、顔を上げた時には瞳が潤み、その頬は上気し、赤くなっていた。

「槐………」

まるで恋する乙女のように上総は呟いた。



『だからせめて、上総の助けになることを私はしたい。……なにかないか?』

『それとも、いや………なのか?』



身体は成人男性と変わらない身長。だが、童顔は抜けておらず、まだまだ少年と呼べる彼。

色々と過程がすっ飛んでオトナになってしまっているが、まだまだ彼が分かっていないこともある。

恐らく、槐のことを真に理解できているのは唯衣を次いで自分だ。と自負している。つまりである。この頼みごと、うまく使えば今日一日槐を独り占めに出来るかもしれない。

それはもう、あんなことや、こんなことや、そんなことを頼むことだって

「~~~~~~~~っ!!!」

反転、うつ伏せになってベッドに頭を突っ込み、声に出さずともキャーキャーと全身で嬉しさ半分羞恥半分な様相を表していた。

―――コンコン―――

「ッ!」

来たッッッッ!!!!

『上総、私だ。手伝いに来たぞ』

「え、ええ!入っても良いですわ!」

上総の了承の言葉と共に槐が入ってきた。

「さっきぶりだな。上総」

「ええ。そうですわね」

「それじゃあ早速何を手伝えばいい?」

「え、ええ。それでは………」

出掛かった言葉が咽喉で止まった。

言え。言うのだ山城上総。槐は拒否はしない。これは経験談だ!だから言え!

「む、村雨開発の件で少しお話したいことが」

「なんだ?」

「(私の馬鹿~~~~っ!!)ええ、実は、村雨の装備についてなのですが、ポジションで――――――」

「なるほど、私の見立てでは――――――」

「やはり分隊(エレメント)として分けるならば私と安芸、志摩子と和泉となりますわね。それでは―――――――――」

「ああ、部隊編成の際は追って説明する。博士もそろそろ来るころだろう。村雨は二機だけじゃないからな。少し博士に無理を言ってしまったが―――――――」

どうしてこうなったのだろう。

何時の間にか自分は書類を広げて、槐と隣り合わせになり、村雨の装備とチームのポジションの話をしている。

「(職業病になってるのは仕方がないと思いますが、私のヘタレ具合もひどいことになってますわ~)」

心の中で滝の涙を流す上総。

―――………はっ!―――

だが、この時彼女は気づいた。自分の攻めは終わりではない。寧ろ自然と行けるチャンスだと!

上総は槐に少しだけ寄り掛かる様に身体を移動させる。当時よりも実った肢体が槐の身体にくっつく。

「む」

それに気付いた槐が上総を見やる。上総は微笑むだけだ。

「どうしましたの?」

「いや、なんでも、ない」

「少しだけ、顔が赤くなってますわよ?」

「気のせいだ」

「そんなことはありませんわよ。ほら」

「目の錯覚だ。そんなことはない」

「もう、そんなことで恥ずかしがる仲でもありませんのに」

「うるさい」

少しだけ拗ねたように言う槐に上総はクス、と笑う。それを見て槐は一つため息。

「上総は、少しだけアナスタシヤ中尉に似てきた」

「……でも、彼女のおかげでもありますから。今の私たちが居られるのは」

「だが彼女は、少し強引すぎる。彼女は私のペースを崩してくるからな。その所為か、私は彼女が、少々苦手だ」

「確かに、あの人の所為で私達、まんまと乗せられましたわね。まさかあんな強引な手を使ってくるとは思いませんでしたわ。けれど、槐。彼女のことは嫌いではありませんの?」

「それは、まぁな。嫌いではない。寧ろ好きだ。私に色々教えてくれたこともあるし、それに、こんな私を受け入れてくれた。それが何よりもうれしい、からな。……あ~、これは本人には絶対に言うなよ?それを使って私に何をしてくるか、分かったものじゃない」

「ええ、分かっていますわ」

二人は顔を見合わせ、笑いあう。上総自身、自分の想像していたこととは違う展開になったが、それでも、十分幸せを感じられた。

こうして夜は更けていく。その後、上総と槐がどういう夜を過ごしたかは、二人だけの秘密である。

―――――――――――――――
後書き
オリジナル展開ばかり書くのは結構つらいですね。まだまだ次の展開に持って行くために新キャラを追加しないといけなくなります。ちゃんと全員を動かせるようにしなければなりませんね。今回なんて、唯衣姫が少しも出てなかった(泣)主人公なのに。

スポンサーである有澤重工の話もしなかったので、次話はそこにスポットを当てたいと思います。もちろん、有澤重工ですから、社長(理想の俺)とかグリーンスマイル(皆の嫁)とか、愛すべきバカ(今の俺)とか、彼らも出したいと思います。

これ以上AC世界のキャラを入れるのもどうかな、と思う部分もありますが、この際、自分の書きやすいように開き直ろうと思います。マブラヴの持つ世界観を失わずに、けれどACらしさを両立させる。

難しいものではありますが、やりがいは自分としてはあると思っています。多分これからも、読者様方には不満や矛盾に思ったところ等が出ると思いますがそれでも大丈夫だという心の広い方、これからも、どうぞよろしくお願いいたします。
長くなりましたが、今話はこれまで。感想・ご指摘お待ちしております。
それではノシ



[34266] 第二話 有澤重工
Name: きりたんぽ◆81d5e089 ID:fdf4640c
Date: 2012/12/19 06:06
前書き
今回は早めに投稿できたので……。さて、そろそろアニメと絡めるようになれば……いいかなぁ
―――――――――――――――――――――――――――――――――

朝の六時、日が昇り始め、カーテンから差し込むオレンジ色の光が、部屋の中を照らす。

窓から外を見やれば、早朝の自主練でタオルを首に巻きつけて外でランニングする者たちがちらほらと見えていた。

一般的に見て、それは正に爽やかな朝と呼べた。

「呼んだかね?」

コーヒーを片手に持ち、開口一番に彼、トーラス・キサラギは明後日の方向を見て呟く。

「誰も呼んでません。博士」

「おや、そうかね」

そんな彼の横に控えているのは銀髪の女性アナスタシヤ・シルバーフィールド。彼女は笑顔を崩さずに突っ込みを入れた。

「本日のスケジュールはいかがいたしましょうか?」

「ああ~、そうだね。特に決めてはいないんだけど、午前中は有澤重工が来る。あと、信用の置ける部下二人を連れてね」

彼女の問いかけに、トーラスは応える。

「腕前はどれくらいに?」

「片方は確かだけど、もう片方は、ね。正直微妙だね。まぁ、一応、腕は、立つと、思うよ?」

自身の無さげな表情にアナスタシヤは笑顔のまま頷く。

「なるほど。博士が口ごもるほどですか。つまり実力はそれほどないということですね?」

「君って時々ズバッというよね。まぁ、そんなところだね。さて、早速だがアナスタシヤ中尉」

「はい」

「エンジュくんを呼んできてくれたまえ。有澤社長のお出迎えをするとしよう」

「了解しました」

研究室を出て、アナスタシヤは槐の元へ向かう。

「………」

彼の部屋に着き、静かに扉を開く。すると、ベッドにはまだ静かに眠っている槐の姿が居た。

「………」

クス、上品で柔らかな表情から一変、彼女は目を細め、妖艶な笑みを浮かべる。簡素なベッドに足を乗せる。

金属の部品が体重をかけられたことにより軋んだ音を一つ響かせる。

焦ることは無い。ゆっくりとゆっくりと近づく。まるで獲物を前にした野生の猫のように、アナスタシヤは槐の眼前まで移動した。

未だ寝息を立てる彼を見て舌なめずりをするアナスタシヤ。

後ろでまとめていた髪の紐は解かれており、広げられた状態となっている髪の一束が槐の顔にかかっているのを見て、彼女はそれを指で優しく払った。

「ん………」

一瞬だけ眉を顰め、身じろぎするエンジュだったが、結局は起きなかった。乗っからないようアナスタシヤは槐を跨ぎ、ニィッ、と口の端を歪める。

そして彼女は、懐に手を伸ばす。

ゆっくり、ゆっくりと、決して起こしてはならない。これは個人的にやらなければならないこと。それは自信の使命とも呼べる。

ゆっくりゆっくりと、それを引き出す。

もう少しだ。もう少しで自分はやり遂げられる。

掌に収められたそれが槐の額に向けられる。

クス、再度アナスタシヤは微笑む。そして、彼女はとうとう行動に移った。

―――キュポッ………キュ、キュキュ、キュゥゥゥ……パチン―――

「これで、よし、と」

「………ん?アナスタシヤ?何故私の上に乗っているのだ?」

丁度槐は目を開いた。目をこすりながら状況を確認するために槐は問いを投げかけた。

「あら、おはようございます大尉。あまり…起きなかったもの…で少々強行策…に」

肩を震わせて上品にほほ笑むアナスタシヤ。心なしか、笑いを堪えているようにも思える。

「……そうか。悪かったな。中尉がここに居るという事は、博士がらみか?」

「は、はい。そうなります。有澤重工…の方々を迎えに行くために、と」

「なるほど。そうか。わかった。ありがとう。アナスタシヤ。それじゃあ、私は着替えるから、外に出ていてくれ」

「わか、分かりました。制服は、すでに、ぷふ、用意しましたので。それでは……」

槐の上から退いたアナスタシヤはそのまま部屋を後にしようとする。

「??………なぁ、中尉?」

「は、はい?」

「私の顔に、何かついているか?」

「はい。ついております。とてつもないものが」

槐はすぐさま洗面台に行き、鏡で自分の顔を見やった。

「………中尉」

「はい?」

「後で覚えていろ」

「フフフ、はい。覚えておきます」

その後、槐は自分の顔に猫の髭と額にMEETと書かれた落書きを落とすために時間を多めに使うのであった。

◆◆◆

輸送機が着陸し、そこから三人の人影が現れる。

一人はカイゼル髭に眼鏡を掛けた初老の男性、有澤隆文氏、もう一人は憮然とした平凡な日本人といった感じであり、もう一人は逆に端正な顔立ちをしており、碧目で長い翠の髪をした女性だった。三人とも綺麗に制服を着こなしていた。

有澤隆文はあたりを見渡し、そして、目的の人物を見つけると、彼は早足で向かう。

「やぁやぁ社長!久しぶりだね!待ってたよ!」

「………久しぶりだな。トーラス」

そのまま彼はポケットに片手を突っ込み、そして取り出したものは

「いやぁ、私としても親睦を深めたいところなんだけどね。早速本題に入ろう(ドゴシャッ!!)ジャッコーッ!?」

スパイク付きのナックルだった。

「とりあえずこれでチャラにしてやる。この青二才が。予定を一つずらすとは何事だ貴様?」

「い、いやね、わ、わわ私とて色々と準備があってだね。セッティングとか色々と。その…えと……て、てへっ(グジャッ!)ヱヴァッ!?(メメタァッ!!)ンジェッ!?~~~~~~~~~っ!!い、痛いじゃないか!一回だけで終わらせると言ったのに!」

「気が変わった。ただそれだけだ。良いからさっさとブリーフィングルームへ案内しろ。それと……久しぶりだな。小僧。前よりかは良い眼をするようになったな」

「恐縮です。有澤社長。これより、私がブリーフィングルームへと案内させていただきます。よろしくお願いします」

「うむ。それにしても、トーラスの部下とは思えんほどの誠実さだな。よくもまぁ捻くれずに育ったものだ」

「色々苦労させられたもので……」

しみじみ、と感慨深げに呟く槐に、有澤隆文は同情の視線を向けた。

「そうか、貴様もやはりか………。儂の信用の置ける部下を紹介しよう。こっちはメイ・グリーンフィールド。そして、ダン・モロ。わが社の戦術機乗りだ」

「メイ・グリーンフィールド中尉です。よろしくお願いします。大尉」

何処か物静かさをうかがわせる翠の髪の女性が敬礼をする。それに応じる槐。

「よろしく頼む。グリーンフィールド中尉。烏丸槐大尉だ。呼び方は好きなもので構わない」

「そうですか。それでは、よろしくお願いします。烏丸大尉」

「ああ、よろしく頼む」

お互いに頷き合うと、続いてもう一人の男の方を向く。

「ダン・モロ少尉です。よろしくお願いします。大尉」

「ああ、こちらこそ。モロ少尉」

「名字だと呼びづらいでしょうから、ダンで構いませんよ。烏丸大尉」

「……そうか?では、私も名前で構わない。これから、よろしく頼む。ダン少尉」

「へへ、よろしくおねがいしますね。槐大尉」

ニヒルな笑みを浮かべるダンに、槐も自然と笑みを浮かべる。軽薄そうな印象を持たせるが、とっつきやすく、何処か憎めない。そんな印象を槐は受けた。

「あら、男同士で意気投合?仲間外れは寂しいわ。なら、私もメイって呼んでください。烏丸大尉」

「……良いのか?」

「毎回毎回長い名字で言うのも言われるのも、疲れると思いますから」

そう言って苦笑するメイ・グリーンフィールドに槐はなるほど、と頷く。

「そうか。では、私も名前で構わない。改めてよろしく頼む。メイ中尉」

「よろしくお願いします。槐大尉」

三人である程度親睦を深めた後、槐は有澤隆文に向き直る。

「では有澤社長。お待たせしました。これより、ブリーフィングルームへとご案内いたします」

頷く有澤隆文を見て、槐は踵を返し、一行はブリーフィングルームへと向かった。

◆◆◆

ブリーフィングルームに入ると同時に、敬礼した上総たちが槐達を出迎えてくれた。

槐は決められた位置に立ち、敬礼を返す。

「楽にしてくれ」

腕をおろし、着席する上総たちを見届けた後、槐は一つ間を置き、口を開いた。

「まずはこちらの方々を紹介しよう。こちらは有澤重工社長の、有澤隆文氏だ」

「有澤重工、有澤隆文だ。諸君らの働き、期待している」

簡潔に答える彼を見て、これ以上話すことは無いだろうと判断した槐は、視線で次の人へ、と促す

「メイ・グリーンフィールド中尉よ。よろしく頼むわ。名字は長いと思うから、メイで構わないわ」

「ダン・モロ少尉です。ダンと呼んでください」

「彼らは有澤重工で働く戦術機乗りだ。所属は国連軍。現在は社長の護衛としてここユーコン基地に滞在することになる。さて、本題に入ろう。今日の演習は1000時より村雨を使ってのハイヴ内での移動速度のテストだ。パイロットは強化装備を着てコクピット内で待機しておくこと。皆、シミュレーションだからってぬかるなよ?」

―――了解ッ!―――

「よし!それでは、解散とする」

全員が立ち上がり、部屋を退出していく。

そんな彼女たちとすれ違う様にアナスタシヤが現れた。

「失礼します。大尉」

「中尉?博士関係で、なにか?」

「いえ、違います。アルゴス小隊のイブラヒム・ドーゥル中尉とイーダル小隊のイェジー・サンダーク中尉から話があるそうです」

「?」

各小隊の隊長の名が出てきたことに槐は疑問符を浮かべる。一体何があったのだろうか?

槐は疑問に思いながらもアナスタシヤについていくことにする。

「その二人が何故私を?」

「明日のアルゴス小隊とイーダル小隊との合同演習でどうやら頼みごとがあるようです。私も詳細は伝わっておりませんが、博士には、既に話が通っているようです」

「ふぅむ………」

アナスタシヤに連れられながら槐は解せないという心境で考える仕草を取る。

一体頼みごととはどんなことなのだろうか。

「(行ってみないとわからないな。これは)」

槐はそう思いながら会議室まで歩を進め、目的の部屋である会議室の前に到達した。

アナスタシヤは扉の前でノックを四回してから、入室をする。

彼女に続く形で、槐も入ると、会議室には三人分の人影。

一人は褐色の肌に髭を生やした男性。イブラヒム・ドーゥル中尉。

もう一人は短い金髪をオールバックにして綺麗に整えた白人の男性。イェジー・サンダーク中尉。

そして、槐にとって、もっともなじみ深い女性、篁唯衣中尉だった。

三人は一度立ち上がり、敬礼する。

槐も敬礼し、楽にしてよいことを教える。

「此度はご足労いただき、ありがとうございます。大尉」

イブラヒム・ドーゥルが代表して礼を述べる。

「構わない。それで、ドーゥル中尉。お互いかけられる時間は少ないだろう。明日の合同演習で頼みごとがあると聞いたのだが?」

「ハッ、今度の合同演習では、貴方がた帝国軍にも参加していただきたいのです」

「………」

槐は一考する。アルゴス小隊のメンバー、そして、ほとんどがアンノーンとしてデータに乗っている紅の姉妹(スカーレット・ツイン)

「………ふむ」

槐はサンダークを見やる。

彼は槐、そしてドーゥル中尉を交互に視線を巡らせているだけ。

「………」

「………」

≪データの検索開始 アルゴス小隊 タリサ・マナンダル少尉 ヴァレリオ・ジアコーザ少尉 ステラ・ブレーメル少尉 ユウヤ・ブリッジス少尉 各隊員のプロフィールを掲示  考察 照合 検証 スケジュールの確認…………………………完了≫

「………テストパイロットであるユウヤ・ブリッジス少尉に、帝国軍の戦術機の動かし方を見せたい。そういうことか?」

◆◆◆

イブラヒム・ドーゥル中尉は正直、データで知ってはいたが、烏丸槐という存在に戸惑いを覚えていた。

大尉という階級に上り詰めるほどの威厳を持っているかと言えば、醸し出す雰囲気は少々青さがちらほら見える。

発する言葉に威圧感があっても、失礼ながら、どこか頼りなさげにも思えてしまう。

言ってしまえばその髪の色と同じく、まるで存在感が希薄で真っ白に思えるのだ。ほんの些細なことではある。

だが、自分自身の頼みごとに、槐は一考する仕草をした瞬間、その空気が変わったのだ。

その眼光が、歴戦の兵士を思わせるとか、軍人そのものであるとか、そんなものではなく、ただ本能的に、空気が変わった、そう感じ取った。

木々に囲まれていたのどかさを思わせる空気が、一転して機械がひしめく空間に早変わりしたのだ。

そして、槐の指摘によって、ドーゥルは完全に槐に対する認識を改めざるを得なかった。

「テストパイロットであるユウヤ・ブリッジス少尉に、帝国軍の戦術機の動かし方を見せたい。そういうことか?」

槐の指摘はドーゥルの目的を直球ど真ん中を射止めた。

「!……はい」

簡潔に、ドーゥルは答える。槐は彼を無言で見続ける。

「なるほど、確かに日本軍機は他国の戦術機と違って癖のある動きがある。ある程度時間をかけて慣れさせなければならない。それで、同じ帝国軍機を動かす我々の機動を見て、そして自身の動かし方を照らし合わせ、力にしていく。それが中尉の目的、ということか?」

「そういうことになります。いや、お恥ずかしい。全て言われてしまいましたな」

苦笑しながらドーゥルは戦慄する。なんという慧眼なのだろうか。

彼は表情を崩さずに槐の持つ観察眼に舌を巻いた。

第三者の位置に立って静観していたサンダークも同じく、槐が容易くドーゥル達の目的を言い当てたことに、若くして大尉に上り詰めた理由、その片鱗を見た気がした。

彼はドーゥル達と共に頼みごとをしに来たわけではない。どちらかと言えば立会人であり、合同演習のスケジュールの確認として呼ばれただけに過ぎない。

故にこのファルス(茶番)にも似た話し合いを静観することにした。帝国の開発主任である烏丸槐大尉が、どんな男であるのか、情報収集するためにも……。

「(断じることは出来ぬが、侮れん少年のようだ)」

ただ腕が立つだけではない。それが現在のサンダークの槐に対する見方となった。

「……わかった。その合同演習、協力しよう」

「!……宜しいのですか?こちらでも、無理を言ってしまったと思っているのですが……」

槐はもう少し詳しいところを聞きたいと思っていたが、そういうのを知ったところで自分の介入はしようがないのだ。ならば、それは唯衣の手腕に任せるしかないだろう。

「いい。気にするな。元々帝国軍は貴官らの後にやるつもりだった。その予定が早まった程度だ。今からなら、スケジュールの変更も効くからな。それに、私自身、別の部隊がどういうものかを知りたかった。部下にも良い刺激になるだろう。……貴様達は帝国軍機の動きを知ることが出来る。私は貴様達の小隊がどれほどのものかを知ることが出来る。どちらも悪い話ではないだろう。お互い損にはならない。それならば、お相子だ。……ちがうか?」

そう言って笑みを浮かべる槐に、ドーゥルは敬礼する。

「ありがとうございます。大尉」

「礼には及ばん。中尉。これから先、何度か合同でやることになりそうだ。その時は、またよろしく頼む」

「はっ!ありがとうございます。大尉!」

「ほかに何か訊きたいことはあるか?無いようなら、これで失礼させてもらう。明日の合同演習、楽しみにしている。良い演習にしよう」

槐はそう言って立ち上がり、ドーゥル達も立ち上がって敬礼し、会議はお開きとなった。

◆◆◆

今回の会議、最後まで無言を貫いていた唯衣はドーゥルの後を追いながら小さく溜息を吐いた。

ドーゥル達への対応を見ていた彼女は、数か月見ない間に槐が遠い存在になってしまったような錯覚を覚えた。

「ドーゥル中尉」

「!」

背後から呼びかけられた女性の声に、ドーゥルと唯衣は振り返る。その先に居たのはアナスタシヤだった。

「シルバーフィールド中尉?」

「こんにちは、ドーゥル中尉。少し、篁中尉をお借りしてもよろしいでしょうか?」

「?……構わないが、次の演習までに間に合うようにしてくれれば」

「勿論です。中尉。では、いきますよ」

「え?あ、ちょっと………!?」

そう言って強引に引っ張っていくアナスタシヤと戸惑う唯衣。

「?」

そんな二人の姿に、ドーゥルは疑問符を浮かべるのであった。

◆◆◆

「あ、アナスタシヤ!一体どこへ連れて行くつもりなんだ!?」

「良いですから黙ってついてきてください。あ、居ました。槐大尉」

「?アナスタシヤ?……それに、唯衣?!どうしてこっちに?」

「お互いようやく会えたのですから、少しぐらい話をしてみてはいかがでしょうか?スケジュールの方なら大丈夫ですよ?ここから国連側の方まで一往復しても十分間に合う距離ですから」

「……アナスタシヤ。その、気持ちはありがたいんだが、私たちはここに遊びに来たわけじゃない」

「エンの言うとおりだ。アナスタシヤ。私たちは一刻も早くBETAを倒さねば……」

「だからこそですよ。久しぶりに会えた家族なんですから、歩きながら話したって罰は当たらないと思いますよ。それに、見たところ唯衣姫は槐に会えなくて寂しがっていたようでした」

「!?そ、そうなのか。唯衣?」

「え!?あ、いや、その、だな。わ、私は……別に」

槐の問いかけにしどろもどろになる唯衣に彼は心配そうな表情になる。

「あまり、無理はするな。唯衣は私にとって大切な人なんだからな。あ、わ、私は何を言っているんだろうな。と、とにかくだ。困ったことがあったら、言ってくれ。力になる」

「あ、ああ。その、槐、あ、ありがとう。頼りにしてる」

「あ、ああ」

「「………」」

お互い、赤くなって目を反らしあい、無言になってしまう。

「(………なんなんでしょう。この胸の内から湧き上がる敗北感は)」

そして、そんな二人の甘酸っぱいやり取りを見てどことなくイラッときた気がしたアナスタシヤであった。


―――――――――――――――――――――――――――
あとがき
今日はここまでとなります。着々と原作を侵食し始めました。この後メイとダン二人の戦術機の腕前を見せるという展開を考えてはいたのですが、しばらくそのネタは出せないだろうと思います。ここで一つ、皆さんに質問したいと思います。

二人に戦術機を乗せるとしたらどんなものがいいでしょうか?

このような質問を出した理由としては、メリーゲートとセレブリティアッシュを出すのは世界観の設定上出しづらいというものがあると思ったからです。ワンオフ機として出すのも悪くは無いのですが、社長はまだまだ少し大きい企業程度の枠組みですのでワンオフ機を出すのは無理があるでしょう。

私のイメージとしてはメイ・グリーンフィールドにはサンダーボルトⅡとか火力と防御を重点にした機体に、というイメージがあるのですが、ダン・モロにはイマイチイメージが沸かないのです。一瞬出たのはブラックウィドウだったりするのですが、なんでこの機体が出たのか作者にもわかりません。良ければご協力ください。よろしくお願いいたします。期限は特に設けてはおりません。そろそろこのネタを出しそうだというときに前書きにて知らせていただきます。

それではノシ



[34266] 第三話 合同演習
Name: きりたんぽ◆81d5e089 ID:fdf4640c
Date: 2013/01/10 23:15
前書き

皆さんお久しぶりです。遅れましたが、あけましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願いいたします。すこしスランプが続いています。メイさんとダンの機体を考えていただき、ありがとうございました。
この場を借りてお礼申し上げます。誠にありがとうございました。
――――――――――――――――――――

その日の夜、トーラス・キサラギはある男に呼ばれていた。

「初めましてというべきですかな、キサラギ博士」

「ええ、こちらこそ、初めまして。それで?私になにかご用ですかな?」

トーラスは目の前の男を見やる。男は不敵な笑みを浮かべる。

「ええ、実はあなたにやっていただきたいことが、作ってもらいたいものがあるのです。きっとあなたも気に入ると思います」

「ほぉ?一体どんなものかね?」

「実は………。ごにょごにょごにょ」

「ふむ………」

「ご~にょごにょごにょり」

「ふむ?」

「ごにょごにょごにょ~ご。ごにょ。ごにょ」

「ほぉ!」

男の耳打ちに、トーラスの顔に笑みが浮かぶ。楽しそうに、愉快そうに、彼の唇が吊り上る。快諾してもらえそうな雰囲気に同じく男の唇も吊り上った。

「やっていただけますかな?そちらにとっても、悪い話ではないと思いますが」

「素晴らしい考えだ。素晴らしい。そいつは素敵だ!大好きだ!ぜひやらせていただくよ!」

「かのキサラギ博士が協力していただけるとは、我々も百人力ですな!ぜひともよろしく頼みますよ!同志キサラギ!」

「良いとも!最高の物を作り上げようじゃないか!」

「「はっはっはっはっはっはっはっは!!!」」

両者は明かりが一つしか灯っていない暗い一室で肩を組み合い、しばらく笑いあうのであった。


◆◆◆


一方で、

パソコンに纏めてある99式電磁投射砲を見ていた唯衣の下に一通の電話が鳴った。

「篁です」

それを手に取り、唯衣は耳に押し当てる。

『唯衣姫?今大丈夫?』

電話の相手は親友である甲斐志摩子からであった。

「志摩子?いや……大丈夫だが、どうしたんだ、一体?」

意外な人物からの電話に、少々戸惑いを覚えながらも、唯衣は答える。彼女のいる部屋には誰もいない。今日やるべきことはほとんど終わらせて半ばプライベートに近い時間だ。

そのためか、唯衣の口から放たれる言動も柔らかかった。

『夕ご飯は食べた?』

「いや、まだだが………?」

『じゃあさ、今から一緒に食べない?あたし達、ここに来てからまだ一回も集まってないでしょ?槐も仕事を切り上げて来るから、どう?』

「エンも………?」

ぴくり、と唯衣が反応する。志摩子の言葉を反芻しながら唯衣はこの後のスケジュールを見て、この後に他の人間と会う必要がないことを確認する。

「大丈夫だ。けど、少し遅れるかもしれない。やることをひと段落させたら、そちらに向かう。どこに向かえばいい?」

『それじゃあ――――』

◆◆◆

時間は進み、唯衣は、待ち合わせとなる店で志摩子たちと合流する。

「さて、まずは私たちが無事にここに来れたことを祝って、乾杯!」

「「「乾杯!!」」」

「「……乾杯」」

各々に注がれたグラスを合わせ、小気味良い音を鳴らす。

「ング……ング……ング……パハァッ!ここのオレンジジュース美味いな!なぁ唯衣!」

「あ、あぁ、そうだな」

「今日槐から聞いたよ。明日の合同演習、私達も参加するんだってね」

「ああ……すまない。和泉たちには、迷惑をかけるな」

「あははははは!良いって良いって!私たちにとっちゃ他の部隊がどういう動きが出来るのか知りたかったしね」

「確かブリッジス少尉……よね?吹雪に乗る衛士って」

「ああ、だが、少々問題があってな」

「問題?」

首を傾げる志摩子。

「ああ、その、彼は少々どころか、かなり日本嫌いなところがあってな」

「日系アメリカ人、でしたわね。アッチではトップガンと呼ばれるほどの腕前を持っていると聞きましたわ」

確認するように言う上総。仕事の話に変わっただけに、その表情は真剣そのものだ。

「それに、どうやら実戦を知らない。BETAと本当に戦ったことがないらしい」

「ああ~、まぁ、アメリカ育ちだからねぇ」

「………」

槐は彼女たちのやり取りをみながら、飲みに来る前の時に行ったことを思い出していた。

◆◆◆

ブリーフィングルームには、ドーゥル中尉の厚意によって渡されたユウヤ・ブリッジス少尉の操縦記録を槐達は見ていた。

『くっ!反応が過敏すぎる!欠陥機じゃないのか!?』

そこには、彼が吹雪の操縦の過敏さに対し、欠陥機と愚痴りながら練習をしている姿が映されていた。

「うわー、昔の私たちそっくりだわ。これ」

「そうね、私達も吹雪の乗りたてはこうだったわね」

そう言って苦笑したのは安芸と志摩子。

彼女達の脳裏には初めて吹雪を乗った時のことが浮かんでいた。まるで思い出の頃を見ているかのように、ユウヤが文句を言いながら吹雪を駆る姿は自分たちが慌てふためきながら操縦桿を握る姿とダブって見えていた。

「でも、この記録って一回目の時だよね?それにしては、結構動けてる方じゃないかな?若干抑え込むような動きだけど」

和泉の指摘に上総は頷く。

「ええ、アレは恐らくアメリカ軍機と同じやり方で動かしてるからそうなっているのでしょう。アメリカでトップガンと呼ばれているのは伊達ではないようですわね。機体特性を理解すればかゆいところに手が届くのでしょうけど」

「見ての通りだ。ユウヤ・ブリッジス少尉は、いずれ不知火・弐型のテストパイロットになる。そのために、まずは日本軍機の動きに慣れなければならない。4人には吹雪に乗って、ブリッジス少尉に手本を見せてほしい。今回の演習ではそれが主な目的となるだろう。なるべく、彼の目につくように動いてくれ。頼んだぞ。レイヴン小隊」

―――了解ッ!―――

◆◆◆

「………」

槐は当時の演習後の唯衣とのいざこざの話を聞き、ユウヤ・ブリッジスが日本そのものをかなり嫌っている節があると感じた。

「まだ一日目ではある。が、今の私たちは、そんな悠長なことを言ってられない」

唯衣の言葉に、志摩子、そして安芸が最前線での戦った時を思い出す。

そうだ。今もこうしている間に、BETAの進行は進んでいる筈だ。一刻も早い不知火・弐型の完成をしなければならない。もちろん、村雨もだ。

「………まぁ、でも、さ。今くらいは英気を養う、という事でこうしているのは、ありなんじゃないかな?」

「安芸?」

「まぁ、当たり前のことだけどさ、あたしたちは少しでも早くアレを完成させなきゃならない。それは分かってるさ。けど、それで無理してやって、転んじまったら、意味がない。だからさ、こういうのは、折り合いをつけることが必要なんじゃない、かな。あはは、あたし自身、何が言いたいのかちょっとわかんないけど、あ、勿論、唯衣姫の言ってることを否定しているつもりはないんだ。だからさ、無理する時は、ちゃんと言ってくれよ。アタシらも、出来ることはするし、手伝うからさ」

「安芸………」

恥ずかしげに顔を背ける安芸に、唯衣は少しだけ面食らったような表情になる。

「ああもう!と、とにかくだ!一人で出来ることなんて数えるくらいしかねぇんだからさ!全部一人で背負いこまずに少しはあたしらをもっと頼ってくれって話だよ!槐立っているんだしさ!なあ槐!?」

「ああ……」

「……ありがとう。皆……明日は、よろしく頼む」

唯衣の言葉に、微笑みを返す面々。彼女たちはグラスを優しく合わせ、唯衣は続ける。

「必ず、取り戻そう。世界をBETAから」

「「「「了解っ」」」」

「………」

槐は彼女たちと同じようにグラスを合わせながら思う。

“人間一人の出来ることなど数えるほどしかない。”

それは、例えヒトではない槐であっても、等しく当て嵌まる言葉。

それこそ、“自身が何人もいなければ”きっとその言葉から抜け出すことはできないだろう。

だが、やらなければならない。

唯衣達を頼るという事。それは同時に彼女たちを危険にさらすことでもある。

では………どうすればいいのだろうか?折り合いをつけていけばいい。

ではそれは?

いたちごっこのような自問自答を槐は頭の中で繰り返してしまうのであった。

≪………システム キドウ≫

◆◆◆

レイヴン小隊……。槐を小隊長とし、上総、和泉、安芸、志摩子の四人で構成されている。

彼女たちは部屋を後にし、次々と武家の人間の証である白い吹雪に乗り込もうとする。

「………」

それを見届けた後、槐は踵を返してCPへと足を踏み入れる。映し出されたモニターには、

轟音と共に噴射剤を燃やしながら白く塗られた吹雪が空高く舞い上がっていく姿が映し出された。

別の地点ではアルゴス小隊も同じく空へと、目的地へと向かう姿があった。

「CPよりレイヴン小隊、現在の高度、巡航速度を維持せよ」

「進路526」

「作戦開始地点到達まで、約580秒」

「………JIVES起動の準備をしてください」

槐の隣に控えていたアナスタシヤ。

了解、と彼女の指示に応えるオペレーター。

槐はアルゴス小隊の下に近づいていくレイヴン小隊を映すモニターを見据える

「(さて、昨日今日でどれくらい動かせるようになったか、見せてもらおう。ユウヤ・ブリッジス)」

◆◆◆

『練習機の調子はどうだい?トップガン』

アルゴス小隊であるアルゴス2、見た目は黒みがかった茶髪の少女、タリサ・マナンダルがユウヤに問いかけた。

「ああ、問題ない」

簡潔に答えを述べるユウヤ。彼は昔から日本というものが嫌いだった。それゆえか、彼自身の機嫌はどちらかというと悪いという部類だった。しかも、吹雪の過敏すぎる反応と癖のある操作方法がそれを促進させていた。

欠陥機。

彼は自身の乗る機体を内心でそう判断していた。

今回は急に帝国軍機も演習の参加となっていた。しかも乗る機体は自信と同じ機体。上司である唯衣からは、それで動きを参考にするように。そう言われたのだ。
命令された以上は乗る。言われなくともそうする。どんな機体であろうとも、だ。

『期待してまっせー』

軽口を投げかけるタリサ。

『大丈夫よ。勝利の女神もついてるんですもの』

「あ、ああ」

そう言って柔らかく笑みを零す女性、アルゴス4のステラ・ブレーメルにユウヤはどもりながらも返す。

彼女がそういうのは、先日の初の演習で、ユウヤが仲間にあだ名を付けたことが原因となっているのだが、そこは割愛しよう。

『おい、見ろよ。紅の姉妹(スカーレット・ツイン)のお出ましだ』

ウェーブがかった黒髪が特徴的な二枚目な男、アルゴス3であるヴァレリオ・ジアコーザが指し示した。

「んなぁにぃ!?あんにゃろう!見てやがれ!」

「落ち着いてタリサ。模擬空戦じゃないのよ?あくまで、対BETAの合同演習なんだから、胸を借りるつもりでね?」

「んぐ、どうせ借りたくなるほど小さな胸ですよ~だ!」

ステラの発言にふて腐れたように言うタリサであった。

◆◆◆

「確かあれが、ユウヤ・ブリッジス少尉の乗る機体でしたわね」

一方で、レイヴン1である上総は、ユウヤの乗る国連仕様でペイントされた吹雪を見やる。

『うん。今のところ、動きに問題は……無いみたいに見えるけど、肝心なのはやっぱり』

「BETA戦ですわね。装備は長刀と突撃砲。標準装備のようですけど、ちゃんと活かせるのかしら」

『まぁ、心配してても仕方ないわよレイヴン1』

『そうそう、そういう時は、あたしらがサポートしてやれば良いんだって』

「まぁ、言ってることは間違いないですわね。私たちは、私たちのやれることをしますわよ!」

『レイヴン2了解!』

『レイヴン3了解!』

『レイヴン4!了解!』
上総の気合の籠った言葉に和泉、安芸、志摩子が答える。

「お、早速お出ましだね。こちらレイヴン3、イーダル小隊を確認したよ。数は2」

『こちらでも確認しましたわ。いよいよですわね』

少しだけ、緊張の含んだ声が上総から発せられる。和泉はそんな彼女たちのやり取りに耳を傾けながらも、イーダル小隊、正確には紅の姉妹が乗る機体を見つめる。

「(紅の姉妹、いったいどういう人たちなんだろう?ライブラリを調べても、ほとんどが正体不明。ソ連にとってはよほど知られたくないことなのかな?)」

『CPよりレイヴン小隊各機へ、作戦開始位置で待機せよ』

いよいよだ。全員の操縦桿の握る手に、力がこもる。

『広域データリンク、異常なし。コンディションレッド発令』

一つ深呼吸、精神を統一させる。

『JIVES起動!』

同時に大地に広がるのは、突撃級、そして要撃級の大群。

彼女らは高度を下げ、大地に降り立つ。各々が武装を展開、ターゲットに狙いを定める。

「ミッション開始。レイヴン小隊各機、BETAを殲滅せよ。全機、油断するなよ」

槐の言葉に、小隊長である上総が声を張り上げる。

『了解!行くぞレイヴン小隊!全機兵器使用自由!後れを取るな!ほかの奴らに見せつけてやるぞ!我らの力を!』


―――了解っ!―――

戦いの火ぶたが切って落とされる。

二機の村雨が交差するように動きながら突撃砲で牽制、または撃破させ、本命である長刀の一撃により、BETAを断ち切る。

後ろから襲い掛かる要撃級の腕を避け、その先に居たのは突撃級の突進。跳躍ユニットを横に吹かし、急な方向転換と軌道修正をさせる。

突撃級の横を通り過ぎ、振り向きざまに銃口を向け発砲、目標を沈黙させる。

―――バララララッ!!ドパパパパパパパパッ!!―――

「………」

血を吹き出しながら地に伏したBETAを一瞥し、目標を殺したことを確認する。油断は一切するつもりはないが、彼女たちは必要以上に用心をしていた。

「………」

彼女たちは生きるということに対して並々ならぬ感情を秘めている。それは他の人間よりも生に執着していると考えても間違いではなかった。

時折彼女たちは夢を見るのだ。唐突に、奇襲されるがごとく、自身が死ぬ夢を。まるで、それが自身の運命を決定づけられていたかのように。

妙にリアリティがあって、逆にそれが怖かった。現実味を帯びていた。まるで自身が本当に体験していたかのように。

その夢を見た後の自分の身体は、まるで死人になったかのように冷たくなっていて、自分は生きていないのではないかと、そう思うようになった。

それからというもの、彼女たちは自信が来ている証が欲しいと、少しずつ思うようになった。それが今、生きるという事に対する思いの深さを裏付けていた。

四機の吹雪が背中を向け合い、円陣を組んで突撃砲を全方位にばらまく。

結果的に救われたことになったが、BETAに殺されそうになった時、彼女たちは屈しそうになった。最後に、生きることを諦めていたと言っても良い。

だから、もう二度と、自分は屈しない。

決して。生きるために、あがいてやると。

仇を取りたい。BETAを倒す。自身の生まれた家の名に恥じぬ生き方をする。それも良いだろう。だが、死ねば全て台無しになる。誇りある死に方も、名誉ある死も悪いとは思わない。

彼女たちはこれまでの戦いで学んだのだ。槐を通して。それが全てではないのだと。

目の前のことばかりではなく、その先を見通すこと。それを彼女たちは見出したのだ。

囲むようにじりじりと近づいてくる要撃級の群れを、火力を一点集中させ、まわりのBETAを近づけさせないように突破する上総たち。

―――pppp―――

「!」

その時、志摩子の乗る機体が、国連軍の吹雪を捉えた。

◆◆◆

ユウヤのチームが楔型陣形で接敵前進する。
迫りくる無数の突撃級を縫うように避けながら、ユウヤは後続の要撃級に銃口を向け、ロックオンする。だが、発砲せず要撃級の腕を避け、後方から突撃砲を放つ。

「くっそ、昨日と同じだ!なんなんだよこの過敏な反応!?」

機体の状態をチェックするも、どこにも異常が見られないことにユウヤは戸惑う。

「アラート無し……すべて正常だっていうのか!?」

『やっぱり機体に振り回されてるみたいね。トップガン』

「ッ!?誰だ!?」

網膜投射された画面。通信を寄越してきたのはレイヴン4の甲斐志摩子だった。

「(日本人かよ)」

見た瞬間に日本人であることが分かったユウヤは内心で舌打ちする。自分でもわかっている。こんな無様な操縦を見せることに自身でも嫌になる。

トップガンと呼んできた目の前の日本人は、恐らく自分を嗤いにきたための皮肉なのだろう。そう思った。

「いきなり何の用だよ。こっちは忙しいんだ!」

突撃砲を四方にばらまきながら少しずつ距離を詰められることに焦りを覚えるユウヤ。

ぶっきらぼうな言い方をする彼に苦笑する志摩子。

『それは悪かったわね。でも、吹雪のことを何にもわかってないんじゃ、何時まで経っても不知火を乗りこなすどころか、吹雪の操縦に慣れることだってできないわよ』

「こちとらまだ乗り始めたばかりなんだよ!くそ!この過敏すぎる反応でどうやって操縦できてるんだお前らは!?」

声を荒げるユウヤを見て志摩子はなるほど、唯衣も悩むわけだ。と得心行ったようだった。

『忙しいようだから簡潔に教えてあげる。身を任せ、受け入れる。それだけよ』

ユウヤの後方に存在する二体の要撃級を少しのずれもなく志摩子は120mmで撃ち抜く。

更に、彼女の友軍機らしき機体が四機揃って自分の周りの要撃級を十数体を地面にひれ伏させた。

『あとは貴方次第。頑張りなさいよ。トップガン』

「あ、おい!チッ!」

勝手に入ってきて勝手に切りやがった!なんて奴だ!

そう思いながらユウヤは一度要撃級の包囲を抜ける。悔しいが先ほどの援護のおかげで自分は要撃級の包囲から抜けることが出来た。

後ろから来る要撃級の攻撃に振り向きざまに銃口を向けるが、その引き金が惹かれることは無かった。

―――ドパパパゥ!!―――

真上からの銃撃。崩れ落ちた要撃級を見ていたユウヤの隣に、タリサのACTVイーグルが降り立った。

◆◆◆

「………」

CPから状況を見ていた槐は腕を組み、片手を顎に置くように考える仕草をする。

「(やっぱり、一つのモーションをしてからの硬直時間が煩わしい)」

槐は現存するOSの出来に不満を抱いていた。二つの動作を同時に行うと命令同士がぶつかり合ってフリーズを起こしてしまうことについてもだ。

「(ACにもそういうのはあったけど、あれほどではなかった)」

どうにかして硬直時間を軽減できないだろうか。戦術機は人間のような動きを取ることが出来るが、それでもまだぎこちない。人間に近いだけで、人間のそれではない。

脳から腕へ腕から操縦桿へ操縦桿から機体へ。

ほとんど操縦者のイメージで戦術機の動きが左右されるが、それでも明確なイメージが出来るほどではない。

「(………)」

槐は考えを巡らせる。機体の性能、特製、OS、HD、戦術機を動かす上で必要なサイクル、部品、技術。

全てを頭の上で配置し、並べ、自身の成し遂げたいものを作り上げ、比較する。

「………はぁ」

一つため息を吐く。

槐は演習が終わったことを報せるオペレーターの声を受けながら今後の予定を組み立てるのであった。

◆◆◆

「というわけなんです。博士」

「うむむ、槐くんの考えたOS。結構独特だねぇ。力押しとも言えるけど………。」

「やはり無理ですか?」

「無理では、ないけどね」

今後のOSについて考えていたことをレポートにしてまとめたものを見せた槐にトーラスは言葉を濁す。

「世の開発者が見れば鼻で笑っちゃう考えだね。けど、『コレ』はエンジュくんならではで、ユニークな発想だ。君の『頭』は人間の構造を知っているから、肉体が動かせる数千ものパターン全てを正確に、余すことなくOSとして入力できている。これがあればOSとして組むのは理論上は可能なんだろうけど。それこそ槐くんと同じようにAMSのようなものでもつけてないとねぇ。強化装備の機能に似たようなものがあるけれど、再現しきれるかどうか………難しいところだね。今まで以上に鮮明なイメージが必要になるだろうから………。まぁ、時間かければ可能なんだろうけど………。」

う~ん、と悩んだようなしぐさを取るトーラス。

「エンジュくん。このOSってさぁ、仮にできたとして初めての人間がこれに乗ったらどうなるでしょう、か」

「まず転ぶと思います。イメージとしては生まれたての小鹿でしょうか」

「まぁ、当たらずとも遠からずかな。結局これはパイロットのイメージで決まるから、遊びをほとんどなくす分、最初はビックリするだろうね。まずは直立、歩行、走行、飛行の姿勢制御はオンにしたほうが良いかもしれないね。あとは何段階かのレベルに分けて戦術機の動きの自由度を設定するっていうのもありかもね」

「なるほど………オートマチックからマニュアルに、ということですか?」

「簡単に言ってしまえばそうだね。ただこれ、一つ問題点があるんだよね」

「それは?」

「ハードディスク。このOSを全て入れるとなると、ちょっと容量が足りないんだよね。無理やり入れちゃうと、フリーズが起こっちゃうし、ラグも酷いことになるね。あ、そういえばバグ取りって終わってる?」

「既に『頭』の中で終えました」

「さっすが」

語尾に音符が付きそうなほど嬉しそうにトーラスは言う。

「送りますか?」

「ん、頼むよ」

そう言って彼はコーヒーを一口煽る。

それが終わるころには、トーラスのパソコンには、暗号化された槐の考えたOSの送信が完了されていた。

「相変わらず高性能だね『ソレ』。管理者の頭脳っていうのは結構楽だったりするのかな?」

「知識の保有としてはとても便利です。ですが、人間の頭脳とあまり変わらないので、気になる情報を取り入れてしまうと、最後まで調べようとしてあまり制御は効かないんです」

「なるほど、妄想にふけってしまうのですね。槐大尉」

「………アナスタシヤ中尉。いつからそこに?」

「はい。ついさっきです」

ぬぅ、と現れ、にっこりと笑う女性の名はアナスタシヤ。彼女は両手いっぱいに大きな段ボールを抱えていた。

ずいぶんと人聞きの悪い言い方ではあるが、あながち間違いではないだけに、否定できない槐。

溜息を吐く彼に、アナスタシやは楽しそうにほほ笑むだけであった。

「博士。頼まれていたものを調達してきました」

「おお、ありがとう。それでは私もそろそろ作業に入らないとねぇ………。エンジュくんも、いろいろやらないといけないだろう?セラフの微調整、まだ終わってないんじゃないかい?」

「あ、そうでした。それでは失礼します。博士」

「は~い。ああそうだエンジュくん」

「……はい?」

「残り二機の村雨なんだけど、もう少しで完成だそうだよ。それから、セラフのスペックについてのデータをアップデートさせたから、確認よろしくね」

「了解です。博士。それでは」

「はい。お疲れ」

そういって足早と研究室を後にする槐の背中をトーラスはどこか優しげな眼で見送る。

「くふふ」

唇の端を吊り上げ、彼は嗤った。
「楽しそうですね?」

笑顔を崩さずにアナスタシヤはトーラスを見る。

「さっきのエンジュくんの顔、君は見たかい?」

「はい。まるでお気に入りの場所に早く行きたがる子供のようでした」

「そうだ。ラボを去ろうとした時の彼の目は、まるで宝石のようにキラキラとしていた。まるであるべき場所に帰ろうとしているかのようだ」

彼はコーヒーを飲み干すと立ち上がり、アナスタシヤが取り寄せてきた段ボールの開く。

「さて、実験を始めようじゃないか」

◆◆◆

【一発ネタ 奴らがやってきた。】

合同演習の後だった。ユウヤは銀髪の少女に導かれるままについて行った。

チラっと見えた看板が、ロシア語で関係者以外立ち入り禁止と出ていたが、このような小さな少女でも入れるというところだけに、特に警戒心を抱くことは無かった。

少女は自分にクリスカとミーシャに家族に会わせると言い、半ば強引に引っ張られていくことになる形になってしまった。

不思議な少女だった。彼女の口から放たれる言動が、まるで自分の心を見透かしているかのようで、特に嫌悪を感じるというのは無かったが、ユウヤ自身は戸惑いを覚えた。

狭い通路を通っていくと、最終的に開けた場所に出た。

そこはまるで部屋のようで、どこか何かの施設のようだった。

「ここは?」

「いた!ミーシャ!」

そこに2つ並んで置かれている簡素なベッド、そこにはぬいぐるみがあった。
デフォルメ化されたような可愛らしい顔をしたクマのぬいぐるみ。

「ほら!」

それを少女はユウヤに見せた。

「なるほど。そいつがミーシャね」

純粋ともいえる少女の行動が微笑ましく、ユウヤも自然と笑みを浮かべた。

「ほらミーシャ。ユウヤにごあいさつしなさい」

まるで人形劇のようにミーシャの腕を動かす少女。

「よろしく、ミーシャ」

「それとね。こっちがメカミーシャ1号と2号」

『遅かったじゃないか』

『何をしに現れた』

「………なんだこれ」

その後、硬直していたユウヤの下にクリスカが現れたのは言うまでもない。

勿論続かない。



[34266] 第四話 境界線を往く者
Name: きりたんぽ◆81d5e089 ID:fdf4640c
Date: 2013/01/14 23:00
まるでゴキブリの密集地のようだ。槐は初めてそれを目にしたとき、心の中で思ったことだ。

暗い淡く青緑に光るトンネルを、赤が通り抜けていく。

≪排除≫

―――バラララララララララララララッ!!!―――

≪排除 排除 排除≫

鮮血に塗れる複数の要撃級の傍を、銃声と共に赤いシルエットが通り過ぎる。金属の擦れる音と共に腕から伸びる長刀が突撃級の脚を切り裂く。

「………」

≪上空より戦車級を確認 警告 戦車級からの接触行動≫

「………!」

トンネルの天井に存在する赤い川の様に密集している戦車級の雪崩。切り払い、撃ち抜きながら八咫烏は密集地帯を通り抜けていく。

跳びかかってくる戦車級に取りつかれないよう彼はオーバードブーストを小出しにして軌道修正させ、時には急な方向転換させ直角に曲がりドンッ!!ドンッ!!と轟音を響かせながら戦車級の接触範囲から逃れていく。

≪反応炉到達までの距離を計算、最短ルートの特定を開始≫

BETAという肉の壁を目の前にしながら槐の頭は極めて冷静だった。押し寄せてくる数の暴力、人が本能的に感じるであろう死の匂い。

それに一切の恐怖心を抱かず、彼の心は目標を殲滅することだけに視点を置いていた。

槐が行っているのはシミュレーションでのヴォールクデータを用いてのハイヴの攻略。

反応炉に到達し、破壊するのが今回のミッションの達成目標となる。数体の要塞級の巨大な触手が八咫烏に襲い掛かる。

不規則な動きで時に速く、時に緩慢な動きで要塞級を翻弄するそれはまるで誘い込んでいるかのようで、そんな戦略的な目的に気付けるはずもなく、要塞級の触手は八咫烏を追いかける。

この時要塞級に人間の顔があったとしたら疑問符と戸惑いと驚愕に満ちていただろう。

敵を溶かす必殺の武器となる触手が動かなくなったのだから。

まるで縫うように動いていた槐はこの時常に襲い来る複数の触手に目を向けていた。

そして彼は行動を起こした。

結果、向こう見ずで八咫烏を追っていた触手はまんまと槐の策略にはまり、固結びをしたかのようにがんじがらめになっていた。

複数が各々の動きによって余計絡まり、動きが制限され、姿勢を保持することさえ困難になっている。

―――ドンドンドパゥッ!!――――

肩に装備されていた疾風がマズルフラッシュを放ち、うち二体の要塞級の姿勢を保持させている細長い足、その根元を焼き払う。

それだけで均衡はあっさりと崩された。
まるでドミノ倒しのように。その運命が決定づけられたかのように要塞級は崩れ落ちた。

生きていても、動けなければただの邪魔でしかない。
要塞級の巨大な体が倒れたことによってその下に居た小型種が押しつぶされる形になる。

進行の邪魔になる存在がいなくなり、槐は目標へと突き進んでいく。

「…………(ニッ)」

行ける。シミュレーターとはいえ、自身の力がハイヴでも通用している事実に槐は思わず笑みを浮かべる。

≪広域サーチ完了 ハイヴ中枢の座標を特定 最短ルートの特定≫

「オーバードブースト」

八咫烏が空中で回転し、身体が折りたたまれ鳥の様になる
初めての時はアナスタシヤがいた。だが、今は自分一人。思う存分スピードを出せる。

ギュオォォ、とエネルギーを溜め込む音が聞こえる。槐は己に一気に降りかかってくるであろう重圧に備えた。

甲高い音と共に槐の身体が一気に後ろに引っ張られた。

背骨と癒着し、戦術機と接続されているAMSが軋みを上げた。

特に問題は無い。

景色が一気に粘土細工のように平面と化した。

巨大な羽を思わせる背部に取り付けられた超大型の跳躍ユニットがスピードを作り、肩部、腰部、脚部のユニットが軌道を修正させる。

最低三基でのユニットでなければできない方向転換。

「まだだ」

足りない。
槐は呟く。

目の前に存在するのはBETAという名の肉壁。

身を捻り、再び人型に戻る八咫烏のカメラアイが、一定の法則の電子音とともに肉壁を捉えた。

オーバードブースターの上部の表面装甲の一部が花開くかのように左右に広がり、顔を出したのは二つの穴。そこから連続して放たれるミサイル。

計十六発のミサイルが肉壁に殺到し、爆炎に包まれていく。再び一定の法則を持った電子音をコックピットに響かせながら変形、同時に放たれる16発のミサイル。

変形した八咫烏が捻るように回転。更に、先端部に取り付けられたチェーンガンがマズルフラッシュを瞬かせ、弾丸を吐き出す。

バレルロールしながら放たれるミサイルは肉壁を焼き、チェーンガンが抉り、八咫烏が通れる穴を開けた。


まだいけるはずだ。もっと速くなれるはずだと。穴の開いた肉壁が再び塞がれる前に、オーバードブーストし、通り抜ける八咫烏。

更新された情報に記されていた八咫烏の真の性能。

ムアコックレヒテ機関とACのコアのハイブリッドで構成された新しいエネルギーを用いた古今例を見ない新技術。

ラザフォード力場による重力制御とレーザーの無力化に加え、ACコアのエネルギーと併用することにより実弾防御を可能とさせたバリアのようなもの。

消費されたG元素を再び元に近い純度のG元素に戻す機能が付与され、ほぼ、半永久的な活動を可能とさせたエネルギー機関。

名をエイトボールフィールド。

今はまだリミッターを掛けられており、その力を一切使うことは出来ず、八咫烏はバッテリーのみで動いている。

嗚呼、待ち遠しくてたまらない。

曲がりきれず、差し迫ってくる壁。

八咫烏が人型に戻り、壁に足を付ける。ほぼ直角横向き、重力に逆らった運動。跳躍ユニットを最大出力にして衝撃を殺す。

殺しきれなかった慣性の力が関節を軋ませる。

両手を広げ、襲い掛かってくる戦車級をハチの巣にし、マズルフラッシュをきらめかせながら回転。

再びオーバードブーストでハイヴ内を突き進む。

BETAを蹴散らしながら槐は更に思考を巡らせる。

未だガレージに眠っている試作型月光と六基のオービットキャノン。

99式電磁投射砲をモデルに小型化され、威力よりも使い勝手の良さを重視させた00式電磁投射砲。いずれ八咫烏の両腕に装備されるであろう四門のパルスキャノン。

そして、荷電粒子砲。

取り付けられたチェーンガンをまき散らし、進行の邪魔をする敵を穴だらけにしていく。

「早く本当のお前が見たいよ。セラフ」

微笑みながらつぶやく槐の言葉に答えたかのように、八咫烏の黄色のカメラアイが煌めいた。

◆◆◆

「烏丸槐大尉。メインホール、反応炉へ到達しました」

アナスタシヤの言葉にトーラスはおぉ!と歓喜の声を上げた。

「素晴らしい!やはり君は最高だ槐くん!これだ。私が見たかったのはこれだ!いいねぇいいねぇ!この際だ中尉、反応炉破壊後は、そのまま脱出するようにミッションの変更してくれたまえ」

「了解です博士。CPよりハスラーワン。ミッションの変更を伝えます。反応炉破壊後、脱出せよ」

『ハスラーワン了解。これより反応炉を破壊します』

八咫烏のオーバードブースターの一部の装甲が盛り上がり組み替えられ、両肩に長い筒の砲台が置かれるようになった。イメージとしては槐が元の世界でのグレネードで、砲筒が短くなったバージョンと言ったところだろう。

有澤重工が開発したオーバードブースター。

単騎でハイヴを攻略することを目的として作られたそれは、勿論S-11を砲弾として扱える【老神】を小型化したものが継承されていた。

その分飛距離がなく、最悪120mm滑空砲よりもないだろう。だが、こういう時にこれが役に立つのだ。

これが放たれれば轟音と共にとんでもない熱量が大広間に広がるだろう。撃ったと同時に脱出しなければならない。

「そういえば、こういうとき、こういうんだったんだっけ?」

槐は人知れず呟く。

そして

「た~ま~や~」

引き金を引いた。



結果から言えば槐は無事脱出に成功。単機でのハイヴ攻略に成功した。配給された水分補給のパックを口に含みながら、槐は八咫烏を見上げる。

姿勢を保持するために機体そのものが固定されているが、ドンとした構えでまっすぐと先を見据えているその様はとても雄々しく、見ていて誇らしく思えた。

これを自分と博士二人で作り上げたのだと。

数年もの歳月を要した機体の作成は、とうとう佳境に入ろうとしている。

「もうすぐだ。ラナ……ハスラーワン……セラフ……」

自信が本当のナインボール・セラフとして外に羽ばたける日が近づくのを自覚し、胸の奥に温かい気持ちが宿ったのを感じた。

槐はおもむろにコックピットに近づき備え付けられた機材から命令させてコックピットを開き、座席に座る。

≪AMS接続を確認 リンクを開始します≫

別に動かすつもりはない。唐突に入って見たくなったのだ。槐はコックピット内部を見渡す。

今自身の中に渦巻いている気持ちは、ただただ嬉しいという感情だった。

此処にセラフがいる。セラフの中に自分がいる。それが嬉しいと思える。

≪リンクを完了しました≫

昔から買いたいと思っていた玩具を、自分が手にしたことを確かめる無垢な子供のように、槐はセラフの情報を閲覧していく。

年甲斐もないと分かっているが、それでも、夢が叶ったことに喜びを隠せずにいる。

「………よし」

コックピットを開きリンクを解除する。

八咫烏から降りた槐はその場を後にしようと歩を進める。

「………」

途中で立ち止まり、振り返って八咫烏を見た後、再び歩を進めガレージを後にする。

現在の時刻は正午の辺りであり、次の仕事までは昼休みとなる。

志摩子たちを誘ってみようか、一度そう考えるものの、彼女たちは村雨の慣熟運転と実施演習の真っ最中で基地内にはいないことを思い出す。

となると昼は一人で食べることになりそうだ。

一応博士とアナスタシヤの所に顔を見せに行こう。

そう考えているうちに自然と歩は研究室の方に向いていたようだ。

「失礼します。博士」

「フ~ンフフフ~ン………うん?おや、エンジュくんじゃあないか!見てたよハイヴ攻略。素晴らしいものだったよ!フェイズ5の設定だったけど、余裕そうだったじゃないか!」

研究室に入るとそこで待っていたのは両手にいろんな器具が点いたグローブを、目には傷がつかないよう保護する役割を持ったゴーグルをつけていた。

彼の素直な賞賛の言葉に槐は礼の言葉を述べた。

「恐縮です。博士」

「それで?今日はどうしたんだい?」

「いえ、時間が空いたので、中尉も一緒にお昼でも如何でもと………。中尉はどこに?」

「ここに居ますよ」

後ろからの声と共に、背中から枝垂れかかってきたのはアナスタシヤだった。

「最近後ろに回るのが好きだな中尉は」

「そういう大尉の最近の反応は、少々面白くありませんね」

「私が見る限り、あまり変わらないと思うがねぇ。中尉には分かるのかい?」

「はい分かります。実は、嬉しいときや恥ずかしいときには少しだけ耳が動くのです」

「!」

そうなのか?と思わず槐は耳を触る。私の耳はそこまで素直だったのか。

と思い至ってからふと、アナスタシヤの視線がとても厭らしいものだと感じる。

「どうしたのだ中尉?そんなニヤニヤと私を見て?」

「いいえ。大尉は幾つになっても可愛いのですね」

「???」

意味が分からず首を傾げる槐だったが博士の方は合点がいったらしく意味深げに頷いており、それを見て何処か疎外感を感じた槐だったが、どうせろくでもない考えだろうと特に追及はしなかった。

「アナスタシヤ中尉。話は変わるが一緒に昼でもどうだ?博士もいかがでしょうか?」

「はい。ご一緒しましょう」

「私はまだいいよ。今日中にこれを済ませなければならないからね」

「……これは……なんでしょうか?」

そう言って作業台に乗ったものを見せるトーラスに槐が問いかける。

「マスコットキャラだよ」

フフン、と自信満々気に彼はそう答えるのだった。

◆◆◆

「あれは……マスコットキャラと呼んでいいのだろうか?」

PXで配られた昼食を口にしながら槐は呟く。

アナスタシヤが苦笑する。

「博士は一般人とずれている所がありますから。それと、ねじも数本ほど飛んで感性が狂っているかと」

「オブラートに包んでおきながら惚れ惚れするほどサラッと毒を吐くな貴様は」

「まぁ……そんな」

槐の言葉をどう取ったのか頬に両手を当てて照れ笑いをするアナスタシヤ。

「まぁ、それは置いてだ中尉。一つ訊いても良いだろうか?」

「私の弱点ですか?」

「それ……も良いが、中尉自身のことを知りたい。中尉の過去を」

昔からさんざん弄られただけに仕返しもしたいと思うが、それは後回しにする。
昔から彼女は謎が多かった。

初めて会った時から他の人間とはどこか違い、異質さを思わせる。

そして、この数年を通して気づいたことがあるのは、彼女が、一度も『笑う』以外の表情を見せたことがなかったことだ。

だが聞いてから思った。

別に今聞かなくても良かったのではないだろうか。と

「……すまない。中尉。此処で言いたくないのならば、また日を改めて」

「良いですよ、大尉。ただ、場所を変えていただけると、助かります。宜しいですか?」

「え?あ、ああ。分かった」

立ち上がるアナスタシヤと、それに続く槐。

PXを後にして向かった先は彼女の部屋だった。

「どうぞ」

「………」

促されるままに部屋に入ると槐の目に入ったのは、何もなかった。

そう。ベッドと金属製のテーブル、そしてクローゼット。それ以外は特に何もなく、かなり質素なものとなっていた。槐の部屋だって机やテーブルなどが備えられているが、本当に何もなかった。

「何から話しましょうか……」

扉を背に、アナスタシヤが呟く。

槐は静かに彼女を見据え、続きが来るのを待った。

「大尉は私の過去を知りたい。そう言っていましたね」

確認するように問いかけるアナスタシヤに槐が頷く。

「結論から言いますと、私に過去がある。というのは正直言い難いと思っています」

「………?」

「私は………衛士となる以前の記憶がないのです」

「記憶が、ない?」

「はい。全く覚えてなかったんです。私は………。その頃には既にネームレス部隊の隊員となっていました。そして、そこで訓練を受けていました。ネームレス部隊に所属する人間は、全員が共通して戸籍、名前が無いのです。私のこのアナスタシヤ・シルバーフィールドという名は、ほとんどあてずっぽうに考えたものにすぎません。本当の名前は誰も知りません。当初の私はほとんど何も知らず、突然の状況に勿論戸惑いました。しかし、ネームレス部隊に所属している人間には、なんの権利も持たない。持つことを許しません。ネームレス部隊は第五計画の幹部が作り出した存在しない部隊。ほとんど非人道的なこともやらされていました。幹部たちは私たちのことを体の良い人形か何かしか思っていなかったといっても過言ではありませんでした」

そういってアナスタシヤは自身の下腹部に手を添えた。

その行動に、どのような意味が込められていたのか、敢えて槐は聞かなかった。

「特に私は幹部のお気に入りでして、ある日私は彼らにあることをされました」

「………それは?」

力なく笑うアナスタシヤを槐は続きを促した。

彼女は笑いながら口を開く。

まるで親しい友人と世間話をするかのように。

「筋繊維の密度の増加、神経伝達系の向上などと言った人体の改造手術、ほとんどあなたと同じことをされたんですよ。大尉。人間の一線を越える手術を………。………ですが、八咫烏に乗れば無事では済まされませんし、大尉のような操縦は私でも無理です。ですが、それでも常人よりも早く、強い」

そう言っておもむろに金属製のテーブルに手を触れると、いとも簡単に彼女はそれを持ち上げたのである。

人が三人ほど囲んで食事ができるほどの大きさがある金属製のテーブルが片手でいとも簡単に持ち上がった。しかも握られた部分は僅かにへこんでいる。これは、明らかに異常だ。

「アメリカのとある科学者に私は壊れない程度に身体を隅々まで弄られました」

「………一体誰が?」

「トーラス博士ですよ」

「!」

少なからず息を呑む槐に対し、アナスタシヤは続ける。

「彼は元々第五計画の一員であり、幹部とも交流が深かった。………槐大尉。私の身体。器官、臓器に至るまで全てスキャンしていただけますか?そうすれば、トーラス博士が私に何をしたのかが分かります」

「………本当に、博士が?」

「勘違いをしているようですが、彼は道徳的な考えを持っているわけではありません。彼にとって研究は己の死よりも優先されることです。研究さえ、開発さえできればそれでいいのです。私を引き取ったのも、自身の開発の邪魔となる第五計画の幹部たちを黙らせることが出来る材料にすぎず、それ以外の価値はあまり見出していません。あとは、小間使い程度でしょう。彼の目的は最強の戦術機を作ること。一騎当千、無双の力を持った戦術機と、それを動かすパイロット。貴方と、設計図まであるという好条件が、第四計画に在ったから彼は貴方の傍にいるのです。全ては己の益のために。それが全てとは言うつもりはありません。ですが、彼の行動を決める大半はそこにあります」

「………」

「大尉。貴方はいつの間にか、彼を『信頼できる仲間』として勘違いしていませんでしたか?」

「………」

沈黙は肯定と受け取って良かった。

「貴方は今まで、たくさんの家族のような、恋人のような、姉妹のような、兄弟のような人間と共に生きてきた。大切な誰かを失ったことがない。私には元からいませんでしたし、いつも一人でした。仲間なんていませんでした。私が以前貴方とは鏡のようなものだと言った意味はそこにあります。大尉。私から言わせてもらえば、貴方は知らな過ぎている。人の業を、貴方の知識から通してではなく、その眼で見るべきなのです。でなければ、ぬるま湯に浸かった状態の貴方がニンゲンを知ったら。きっとあなたは耐え切れない」

「……………」

槐は思い出す。横浜ハイヴでの戦いの時、アメリカ軍が自分を秘密裏に排除しようとした者たちのことを………。そして、警告なしで放たれたG弾。

結果的に勝利をおさめ、人々は喜んでいたが、その裏では人の欲望が嵐のように渦巻いている。

「………お前の身体をスキャンすれば、それが分かるのだな?アナスタシヤ?」

「ええ、槐。貴方は知らなければならない。トーラス博士がしたことを、そして、ニンゲンを疑ってください。今のあなたはとても危い」

「………ベッドに座ってくれ」

「はい」

アナスタシヤがベッドに座ると、彼女に向かい合う様に槐は立つ。

「検査を開始する」

≪スキャン開始 対象名 アナスタシヤ・シルバーフィールド 成人女性との肉体構造を比較 設定≫

槐はアナスタシヤの腕に触れる。

≪………筋繊維密度、骨密度、約2倍 神経系伝達能力、伝達速度約1.5倍≫

「………」

次に槐は腹部に手を当てる。

≪臓器機能 および 生理現象に含まれる機能に変化なし 欠損部位発見 子宮≫

「!……中尉………お前は」

「トーラス博士にとっては初めての試みでもありました。裏では私のことは、幹部たちの肉人形(ダッチワイフ)そう呼ばれていました。彼らのお気に入りになってから数か月経って、私は誰のかも分からぬ子を妊娠したんです。そして気が付けば、私は子宮を取られ、肉体を弄られていた」

自嘲気味な笑みを浮かべるアナスタシヤを見て、槐は喉まで出かかった言葉を飲み込む。どうすれば良いのだろうか。彼女にどう声を掛ければよいのだろうか。

「そしたら、いつの間にか私は、ただ笑う事しかできなくなっていました。なにが面白くて笑っていたのかも分からず、ただ笑っていました」

その時の情景を思い出したのか、アナスタシヤの顔に浮かんでいたのは、いつも柔和なものではなく、歪な笑みだった。

なのに、今にも泣きそうで悲痛に思えた。

「……………これが、第五計画の人間がやったことなのか」

「どの国でも同じですよ。大尉。他国に勝つために、BETAに勝つために、人は追い詰められればどんな非人道的なことでもやろうとするでしょう。それが人間なのです」

「………」

その場に座り込み、顔を歪めて槐は片手で顔を包むようにする。

「BETAを倒せば、それで終わるわけではないのか」

「BETAを地球上から排除すれば、恐らくまた、新しい戦争が起こるかもしれません。もしかしたら、今まで以上に凄惨なことが起こるかもしれません。貴方には見えませんか?その未来が………。私程度が容易に想像できる未来が、貴方が目にしていないわけがありません」

「分かっている………。分かっているさ!………だが決まっているわけではないだろう。どこかで変えられるはずだ。あれほどの物量を持ったBETAを相手に、たった億単位程度しかいない人間だけで勝てるわけがない」

「貴方という存在は人類の未来と世界を守るために作られた。ですが、皮肉なものですね。貴方という存在もまた、貴方が忌避する人の業によって生み出されたのですから」

「………。」

≪人類が手を取り合いBETAを倒そうと世界が動く確率は………0%≫

「(うるさい、黙れ!)」

『脳』が導き出した答えを槐は強制的に黙らせるが、すぐにその熱は次の答えに覚ませられた。

≪……………感情的な行動は無意味だ。合理的に行動することを推奨する≫

「(……………)」

槐は一度目を閉じたあと、開かれた瞳には苛立ちと憂いに満ちた感情は抜け落ち、何時もの冷静な彼へと戻っていた。

「……………中尉。そんな現状だからこそ、私がこの世界に来たのかもしれない。中尉………私は――――――」

◆◆◆

所変わって、トーラスの研究所

「やぁ!ユウコくん!久しぶり!ちょこっとだけ君に協力してもらいたいことがあるんだけど、良いかな?実は君の失敗作を幾つか欲しいんだけど。もちろん、お礼はするよ?」

『いらないわ。アンタのお礼なんて何があるのかわかったものじゃないわ』

「まぁまぁそう言わずに。エンジュくんが作ったものなんだよ。君から少しアドバイスが欲しくてね」

『あの子が?』

「そうそう。彼が考えた新しいOS。戦術機を人間の身体の様に動かせるようにするOSだよ。練習すればベースボールだってできるんじゃないかな?あとは関節面で問題があるけど、そこは追々かな」

『………へぇ。すごいじゃない。なんだかんだであの子もそこに眼を付けていたわけね?このOS、何時から作っていたのかしら?』

「一年前から人間の動きのインプットとバグ取りをしていたみたいだね。それで、君にも見てもらいたいんだけれども………はい。今送ったよ」

『よく頑張ったものね、あの子も………………。ちょっと大きすぎないかしら?』

「そう、そこなんだよ。現存するハードディスクじゃあちょっと難しくてね。そこでユウコくんの力が欲しいと思っていたんだ。たとえば、00ユニットの失敗作とか。作成過程でただの大容量のハードディスクなんてものがあったよね?」

『なんでアンタがそれを知ってるのかはこの際聞かないわ。ええ、あるわよ。それを送って来いってことかしら?』

「いや、私の助手が取りに行ってくれるよ。私はその間に別の物を作らないといけないからねぇ」

『ふぅ~ん。あの噂ほんとだったのね。まさかあんたが助手を雇うなんて。どういう風の吹き回し?体の良い小間使いということかしら?』

「アナスタシヤ中尉のことかい?彼女は………うん。結構働いてくれてるよ。なかなかどうして、色々と助かっているよ」

『冗談も大概にしなさい………ネームレス部隊については私も調べがついてるわ。あんた、なんでわざわざそんな爆弾を抱え込むの?』

「らしくないかね?いやね。少し、変化を入れてみようと思ってね」

『?』

「世界を変えるためには利用できるものは全部利用しなきゃならないよね。君と同じように。なら、多少のリスクは呑み込んでやるさ」

『はぁ?』

まるで意味が分からない。言外に言ってくる彼女にトーラスは仕方ないと思いながら続ける。

「とりあえずハードディスクの件、頼んだよ」

『………まぁいいわ。分かったわ。じゃ、切るわよ』

受話器を戻し、トーラスは自分で淹れたコーヒーを口に含んだ。鼻に入ってくる香りを楽しみながら彼はアナスタシヤの存在を脳裏に浮かべた。

「まぁ、精々彼の糧になってくれたまえ『一線を越えた戦乙女』くん」



[34266] 第五話 仮初めの願いではなく
Name: きりたんぽ◆81d5e089 ID:fdf4640c
Date: 2013/01/17 08:01
「………」

アナスタシヤという存在を知った後、槐は一人自室に籠って居た。次のスケジュールまでもう少し時間が残っている。

上着を脱いでベッドにあおむけになりながらボーっと彼は天井を見上げた。

自信の業務を放っておくほど彼も腑抜けではないが、今は仕事に身が入りそうになかった。

「………」

ジクジクと、まるで見えない無数の小さな虫が蠢いているような、嫌悪感とも、痛みとも取れる感覚が胸の中に渦巻いていた。

この気持ちはなんなのだろうか。怒りなのか、それとも、悲しさから来るのか、はたまた、アナスタシヤに対する同情なのか。

「………私は………」

何をやっているのだろうか。

自問自答をする。

トーラスの行ったことは許されるべきではない。非人道的だとも取れる。だが、頭ごなしにそう断じることはできない。

彼の行いは見方を変えれば正しいとも取れるからだ。曲がりなりにも彼の行いは確実に世界のためになっていた。

彼がいなければセラフを作ることなど夢のまた夢。

今の彼女という存在を作り出したのはトーラスと第五計画の幹部たちであり、だが今の彼女がいなければ自分たちが出会うという事は難しかったかもしれない。

皮肉なものだ。

自分のAMSはアナスタシヤ中尉に施された改造手術の発展型だ。彼女がいなければもしかしたら成功しなかったかもしれない。

たらればで想像をするのは槐自身好きではない。既に過ぎたことにばかり目を向けているのが、現実から目を背けているような気がしてならなかったからだ。

「………」

槐は一度目を閉じ、そこに二の腕を重ねる。

人間が分からなくなってしまった。

どうして人間たちはこうまでして争うのだろうか。BETAという共通の敵が現れて尚、戦いあってしまうその業は、他人にまで飛び火し、傷つけている。

元の世界でも欲望渦巻く世界ではあった。企業同士が傭兵を雇い、戦いあい、互いの裏を必死にかこうとし合っていた。それが仕組まれたことも知らずに

ああ、まったく愚かだ。

その先に行きつくのが破滅しかなかったというのに、人間は欲望を優先し、自身の破滅を止められない。

人間は潜在意識的に破滅願望がある。

この世界に来たばかりの時、心理学の本で乗っていたことを思い出した。
なるほど、言いえて妙だ。

「………」

槐はまとまらない思考のまま窓から差し込んでくる日差しを浴びながらこちらから見える外の景色をみやる。

世界は、こんなにも息苦しいものだっただろうか。

まるでねっとり咽喉に張り付くような空気に、息が止まってしまいそうだ。

咽てしまいそうだ。嗚呼、うっとおしくてたまらない。

「いっそのこと」

≪全て粉砕してしまおうか≫

「………はっ」

どうも自分は少々精神的に参っているらしい。こんな考えに行きついてしまうほど短絡的になっている。

思わず鼻で自分をあざ笑っていた。

「………………」

だが、それでも今の現実は、目を背けたいほど重苦しい。

「少しだけ、少しだけ休もう」

そしたら、きっとこの鬱屈とした気持ちも、少しは紛れるだろう。

どろりとしたものを胸に抱えながら槐は機能を停止させた。

◆◆◆

同時刻。アルゴス小隊では、JIVESによる実戦演習が行われていた。

不知火・弐型を駆るユウヤ・ブリッジスは、機体特性をものにしようとしていた。
だが、アメリカでのような動かし方は逆に不知火を動かしづらい。

ならばどうすれば良い?

彼はレイヴン小隊とイーダル小隊での合同演習の時、秘匿回線で通信をしてきた志摩子の言葉を思い出す。

『身を任せ、受け入れる。それだけよ』

「………」

ユウヤは思考を巡らせる。強引にやるのではなく。受け入れる。機体の動きに、身を任せる。

自信ができそこないと呼び、ピーキーな機動を持っている不知火・弐型。

そんな機体に身を任せればどんな風になるのかは想像に難くない。

だが、

「………彼奴(中尉)に言われっぱなしになってちゃあ、情けねぇよな」

ねじ伏せるのではなく、分かりあおうとする。

ユウヤはまず、初心に戻ることから決めた。

『アルゴスリーダーより各機!これよりケース23を開始する』

「アルゴス1了解」

『JIVES起動!』

前方にBETAたちが現れる。

「行くぜ!94セカンド!」

◆◆◆

≪……………≫

≪……………≫

≪……………≫

≪……………≫

≪……………≫

≪……………≫

≪…………!≫

≪わずかな振動を検知 敵正反応無し システムの起動を開始します≫

「………ん」

「おはよう、槐くん。具合は大丈夫?」

ゆっくりとはっきりしていく意識。

網膜に映されていく視界に色彩が宿っていくと、自分を見下ろしていたのは和泉だった。

「和泉?」

「うん。おはよう、槐くん」

「おはよう。………寝坊…してしまったか?」

「うん。大寝坊。もう夕方だよ」

「うそ………!?」

槐は思わず起き上がり、窓の外を見やれば既に日が堕ちようとしていた。昼と夜の間に姿を現す。夕方。

一瞬しかない幻想的な光景。

しかし、それを楽しむほど、槐は余裕がなかった。

「………仕事……サボっちゃった」

自分で決めておいてこの始末に、槐は思わず深いため息を吐いた。

上官としてあるまじき行為だ。

これは有澤社長に申し訳が立たないな。

槐はすぐに自身の仕事の責任を果たすために立ち上がろうとするが、それを和泉に止められた。

「大丈夫。有澤社長には私たちが言っておいたから」

「本当か?」

「うん。なんだか槐くんかなり疲れてたみたいだから。それに、とても思いつめてた」

「………わかるのか?」

「うん。だって私達親友だもん」

そう言って誇らしげに胸を張る和泉に槐は思わず微笑んだ。

「ねぇ槐くん。良かったら、教えてくれない?何か悩んでるんでしょ?私で良ければ、相談に乗るよ?」

「………なら、少しだけ良いか?」

勿論アナスタシヤの存在について言うつもりはないが、自分が日ごろから思っていたこと、人類の今の在り方についての悩みを、不満を打ち明けた。

「和泉、私は最近、人間というものが分からなくなってきた」

「うん」

「BETAという共通の敵がいるというのに、どの国も裏ではすごくどす黒いものが渦巻いてる。日本だって例外じゃない。皆自分の利益のことしか考えていない。そうじゃない人間も勿論居る。けど、そういう人間が少ないのが、私は哀しいんだ」

「うん」

「そしたら、いつの間にか私は何のために人類を守りたかったんだろうな。と自分の根本的な部分が分からなくなったんだ。そしたら、気づいたことがある」

「何?」

「私の人類の未来と世界を守るという行動には、私の意思が存在していない。セラフの、ラナの、ハスラーワンの、管理者の意思を借りて願いを語っているだけで、私の中には何もないんだな………って」

「………」

「そう思ったら、私は、私自身が一体何なのか、分からなくなってしまった」

「………」

言い終えた槐の瞳には何処か空虚さがあった。

見た目以上に何年も年を取ったかに思えるほど、その体から滲み出る雰囲気は、とても弱弱しかった。

和泉はそれに戸惑いながらも彼の名を呼んだ。

「槐くん」

「………なに?」

「答えは簡単だよ」

「!………そうなのか?」

救いを求めるように槐は和泉の方を見やる。

「うん。だったら自分の願いを見つければいいんじゃないかな?」

「願いを………見つける?」

「そう」

そう言うと和泉は槐の手を取り、自身の胸の前に持っていく。

「私は、京都に居た時は、彼の、皆の仇を取りたいと思った。それは今でも変わってないし、私は今を生き続けている限り仇を取ることは止めようとは思ってない。それは、彼と過ごした時間が……皆と過ごした時間が私を支えてくれているから、こうして私はここに居る。………槐くんは如何?今まで過ごしてきて、一度もそれを感じたことは無かった?」

「あ………」

拍子抜けするほど、答えは簡単なものだった。あっさりと見つかってしまった。

第一にだ。私は誓ったではないか。あの時、横浜で、自分は人類も唯衣達もどちらも助けると。

「大丈夫。槐くんは空っぽなんかじゃないよ。今まで唯衣と、安芸と、志摩子と、上総と、私と過ごしてきた時間がある。それは決して嘘じゃない。それは管理者でも持ってないものだよ。槐くんだけのもの。私たちがその証人。だから、槐くんは胸を張ってればいいんだよ。自分は烏丸槐であり、巌谷中佐の息子である巌谷槐だって」

「ッ!」

ジワリと、視界が歪んでいく。何故かなど考えるまでもない自分は泣こうとしている。胸の中で渦巻いていたものが暖かいものに溶かされ、それが涙となって溢れようとしている。

それを知ってか知らずか、和泉は槐を抱きしめる。

「大丈夫。大丈夫だから………ね?」

子をあやす母親の様に。和泉は槐の頭を撫でる。

「………ごめん和泉。私は、少し泣く」

「うん。私達こそ、ごめんね。槐くんの気持ちを分かってやれなくて」

「良いんだ。良いんだ和泉。………ありがとう」

「うん」

しばしの間、部屋の中で槐のすすり泣く声が響き渡るのであった。

◆◆◆

「失礼します。博士」

「やぁエンジュくん。その顔を見ると、無事に吹っ切れたようだね」

「………悪趣味ですね。貴方は」

「おや、今更気づいたのかい?」

「ええ、ほんと、今更ですよ。私は……ですが、もうこれまでです」

「………ふむ?」

「博士。私は貴方を利用し尽くします」

「………」

「セラフを作るために、私は貴方を利用し尽くします。この世界の技術水準では不可能だということは分かっていますが、それでも、貴方にはやっていただきます。異論は認めません。何があろうと、私は貴方にセラフ制作のため、徹底的にやらせます」

「………(ニィィィ)それは私も望むところだよ『エンドレスナイン』」

「私は烏丸槐です。セラフから貰い受けた願いを引き継ぐのではなく、烏丸槐として………巌谷榮二の息子。巌谷槐として、私の意思で世界を救います」

「私個人としては、今の君はとても好ましい。『今まで』見たことがある烏丸槐のなかで、最も好ましい。良いだろう。ぜひとも利用し尽くしたまえ。だが、私もタダで君を目的地まで乗せていくつもりはないよ?たかが10年程度しか人間を知らない君が暴れ馬(トーラス・キサラギ)の手綱を握る覚悟はあるかね?振り落とされ、首の骨を折られる覚悟は出来ているかね?」

「あります。乗りこなして見せます。そして教えてあげます。私は『槐』だ。それ以上でも以下でもない」

「くふ、ふふははははははははははははっ!!!良いとも!!よろしい!!最高だ!!認めよう槐くん!君は今から私と対等だ!見事私を乗りこなして見たまえ!精々山猫に狩られないように気を付けたまえよ鴉(レイヴン)!君を鬱陶しく思っているのはどこの国でも同じなのだからね!」

「正面から粉砕してやりましょう。私はこんなところで立ち止まっている暇はないのです。私の夢を叶えるために。私は貴方の手綱を最後まで握ってやります」

「素晴らしい!見事な答え(Answer)だ!槐くん!改めてよろしく頼むよ。烏丸槐くん」

「ええ、こちらこそよろしくお願いいたします。博士」

◆◆◆

トーラスとの会話を終え、槐は特に何も考えず基地内を歩くことにした。彼は一つため息を吐く。此処まで一日を長く感じたことはなかった。

廊下の窓から差し込む夕日の光に当たりながら彼はふと、外の空気を吸いたいと思った。

所謂気分転換のようなものだ。

ナノマシンによって常に最高のコンディションを維持されていても、メンタル面を維持することができないのは何時の時代でも同じことだ。

人として育てられ、成長した槐ならばなおのことそれは顕著となるだろう。

「………」

アラスカ特有の肌寒い風を感じながら、槐は外に出る。

人が作り出した文明、無機質な建物の森を抜けた先には、自然に囲まれた平地があった。

異様な解放感に槐は思わず背伸びをする。

全身を伸ばすようにして両手を上にあげて一つため息を吐くと、視界の端に見覚えのある人物が居た。

「………唯衣姫?」

そこには夕日を見上げている唯衣だった。少し遠いが、声をかけてみようと彼女の下へと歩み寄る。

「唯衣姫」

「………エン?」

そこには山吹色の衛士強化装備を着ている唯衣の姿があった。

「唯衣姫、どうしてここに?」

「いや、少し、外の空気を吸いたいと思ってな」

彼女は槐と並ぶように立ち、夕日を見つめていた。

「………もしかして、武御雷に乗ったのか?」

「……ああ。ブリッジス少尉に、日本軍機の動きを感じてもらいたかったからな」

「教えるために、戦ったのか?」

「ああ」

「そうか……」

「ただ、逆に他の面々の自信を折るようなことをしてしまった。これでは、帝国の衛士として、失格だな」

「唯衣姫………」

「エンのほうは?」

「………私も同じだ。外の空気を少し吸いたいと思っていた」

「そうか」

二人の間にしばしの静寂が流れる。10秒だろうか、20秒経っただろうか、切り出したのは槐だった。

「夕日」

「ん?」

「夕日が綺麗だな……って」

「ああ、そうだな」

「………不知火・弐型、完成すると良いな」

「完成させるさ。絶対に。エンも、村雨の開発、成功すると良いな」

「……ああ。必ず完成させるさ。そうすれば、日本はもっと強くなる」

「………そうだな。皆で頑張ろう。エン」

「うん」

二人は会話を止め、夕日を見つめる。

BETAに侵略されている世界でも、夕日という景色は何時も変わらない。

槐がそういう風に考えるのも、この夕日という景色を綺麗だと思うのも、それは全て槐として生きてきた人生で培った経験と知識からなるものだった。

「(そうだ。そうだとも。この10年2ヶ月8日間16時間27分44秒は、私の、烏丸槐としての生きてきた時間だ。エンドレスナインではなく、『槐』として、使命ではなく私自身の意思で、全てを護る)」

槐は視線を鋭いものへと変え、夕日に対して誓う様に彼は見据えるのだった。

≪………≫

◆◆◆

それから時は経ち、2001年6月21日西インド諸島 グアドループ基地では、戦術機の格納とそのチェックが行われていた。

天気はほとんど雲一つ無い晴天全身に降りかかってくる紫外線は煩わしく感じる。

「………熱い………」

額に浮かんだ汗をぬぐいながら槐はそう呟いた。

格納庫に運ばれていく八咫烏が視線の先にある。物珍しさからか、はたまた有名な機体を一目見ようとしてか、八咫烏が運ばれていくガレージには他の国の衛士、整備士問わずに集まって来ていた。

勿論、機体を見るためだけではない。今まで謎とされていたそのパイロットもそこにいるのだ。

曰く八咫烏のパイロットは無人である。

曰くパイロットは筋骨隆々とした武人である。

曰くパイロットはとんでもない美少女である。

曰くパイロットは―――――――

などなど、ほとんど顔を見せずに動いていただけに、他国での槐に対する噂は色々な尾ひれがついていた。

勿論本物はそれとは違うわけで、ある者は自身の想像していたものと違うギャップに驚愕し、ある者は逆に落胆し、またある者は、彼の存在の事実の有無を探ろうとする。

しかし、その者たちが総じて浮かぶことは、男ならば思わず口笛を吹かしたくなり、女ならば可憐ともいえる顔立ちに羨望の眼差しを向けたくなるような日本人離れをした容姿をしていることだろう。

「すっげぇな。見ろよユウヤ。あれが八咫烏だぜ。ムリーヤに乗ってた俺達を助けてくれた」

「?」

とある男からの声に槐は視線を寄越した。正確には、その男から出たユウヤという名前に反応した。

「あれが、八咫烏か」

そこには五人組の男女の集団が八咫烏を見上げていた。

「確かタリサも助けてもらったのよね。紅の姉妹(スカーレット・ツイン)とのトラブルで」

「う、うるせぇよステラ!別にあたしは助けてほしいなんて言ってねぇし!」

「だけどさ、お礼くらいは言っておいたほうが良いんじゃねぇか?助けてもらったことには変わりないんだし」

「そう言えば、タリサは会えなかったのよね。どうして?」

「ふん!……別に、あの銀髪の女がスケジュールが合わねぇってことで会わせてくれなかったんだよ。あの中尉と同じくらい硬そうな奴でさ。ああもう!今思い出すだけでもむかつく!どうせその大尉も、あの中尉と同じくらい嫌な奴なんだろうさ!」

「………」

なるほど、依然戦闘行動に割って入った時のACTVイーグルに乗っていたのはそのタリサという見た目少女な衛士のようだ。

しかし、お礼を言うために来ていたとのことだったが、そう言うことは聞かされていなかった。

銀髪の女というのは、恐らくアナスタシヤのことだろう。彼女自身思うところもあったのだろうが、ここはそれについての詫びも含めていかなければならないだろう。それに、日本人に対する嫌なイメージも払拭したい。

槐はその五人組がいる方向へと歩を進めていった。

「少し良いか?」

「?……誰だよ?」

今ものすっごく不機嫌になってます。とでも言いたげに表情を歪めているタリサに、槐は内心であちゃあ、と思いながらも続ける。

「いや、実はさっきの話を聞いていたんだが、うちの部下が失礼したな」

「………へ?」

「も、もしかして…烏丸槐大尉!?」

金髪の男の言葉と同時に、全員が敬礼する。

「楽にしていい」

敬礼をしながらそう言い。そのまま彼は続ける。

「それで、先ほどの話しなんだが、うちの部下が失礼した。………すまないな。八咫烏は帝国にとってもかなり重要視されている機体でな。情報を収集されることを警戒してのことだろう。そこらへんは、私の監督ミスだ。すまなかったな。タリサ・マナンダル少尉」

「い、いえ!」

「それと、ユウヤ・ブリッジス少尉」

「はっ!」

ユウヤのことについては唯衣から聞かされていた。

日本人嫌いの気があるということでだ。

他の部隊のことにいちいち告げ口をするもんじゃないと思ってはいるが、二人の間にある溝を何とかしてあげたい。そう思っていた。

「その、だな。以前の演習での篁中尉のことなんだが、あまり彼女を恨まないでやってくれ」

「は?」

「ブリッジス少尉。君の日本軍機の乗りこなしは中尉から聞いている。君が篁中尉と一戦を交えた時の記録も見せてもらっている。そこまで触れてもいないのに癖のある吹雪と不知火をあそこまで扱えている君の実力は目を見張るものがある。一流の戦術気乗りと言っていい実力だ」

「は、はっ!恐縮であります」

槐の突然の賞賛にユウヤは戸惑いながらも応答する。

「自分で言うのもなんだが、私のやっていることは出過ぎた真似だというのは知っている。篁中尉にとってもいらん世話だろうな。だが、これだけは覚えておいてほしい。彼女は君に期待を寄せている。だからあの演習で君と戦った。君も何か掴めたはずだ。不知火を動かすことのコツ、如何かそれを忘れないでほしい」

「!」

槐の言葉に、ユウヤは人馬一体の精神を説かれたときのことを思い出した。少し前は精神論だと特に気にもしていなかったが、あの日、あの時の演習でその意味を知った。

まだ日本嫌いな彼ではあったが、思うところはあるのだろう。

「すまない。出過ぎた真似だったな。言っておいて頼みがあるんだが、これは篁中尉には内密にしてほしい。頼む」

そう言って頭を下げてくる槐。

大尉という階級を持っているというのに、命令せずお願いという形で言ってきた彼に、思わず狼狽するユウヤ。

彼から滲み出る者はほかの日本人には持っていないであろう異質さだ。日本人離れした容姿を持っていることにもあるが、言動からも感じられる、明らかな考え方の違いだ。

それを感じながら、同時に本当にあのお堅い中尉の上官かよ!?そんなこと胸に抱いていた。

「りょ、了解しました。大尉」

そう言って了承の意を表すユウヤに槐は途端に笑顔になった。

「そうか………!いや、すまない。唯衣が前々から悩んでいたのだ。もう少し、周りと関係を深められないかと時折零していてな。どうにかしてあげたいと思っていたんだが、彼女は意地っ張りで自分で何とかすると言って聞かなくてな。しかし、私個人としては我慢が出来ず、つい………は、はは」

そう言って乾いた笑みを零す槐に、五人が共通して思ったことは、意外と接しやすそうな大尉だという事だ。

だが、部下を思う気持ちが少々行き過ぎではないだろうか。まるで兄弟を心配するような家族のようだ。

そんな時VGことヴァレリオ・ジアコーザは問いを投げかけた。

「恐れながら大尉は、中尉とどういう関係で?」

「え?あ、その、中尉とは昔からの幼馴染でな。まぁ、唯衣と他人とは言い難い関係を持っている」

「ほほぉ?なるほど、なるほど、正直な話、彼女との具体的な関係は?」

「ぐ、具体的な関係?」

「やめろよVGそういうのは聞くもんじゃないぜ」

ニヤニヤとタリサが言う

「(具体的な関係………か)」

一方で、槐がVGの問いをかみしめるように反芻すると、あることを思い出したのか赤面しそうになるが、すぐに脳内を切り替えた。

「まぁ、家族のような関係だ。一言では言い表しづらい。まぁ、色々だ」

「へぇ、色々、ですか。まぁ、大尉の小隊も篁中尉も皆揃いも揃ってそそられますからねぇ」

ニヤニヤと含みのある笑みを浮かべるVGに槐は狼狽する。

「そ、そそられるだと?待て!えと、ジアコーザ少尉!君は一体何を想像した?!」

「さて、なんでしょうか?」

そんな二人のやり取りを静観していたステラ・ブレーメル少尉が笑みを零した。

「ふふ、意外と親しみやすい大尉なのね。噂の『レイヴン』っていうのは」

それに、反応が可愛い。

ステラはそう思いながらジアコーザ少尉の質問に狼狽しながら律儀に答えている槐を微笑ましそうに見つめる。

そんな時だった。

「エン………じゃなかった。槐大尉ッ!!」

「!?ゆ、唯衣姫!?」

いきなりの大声に思わず肩をビクリと弾ませて声のする方へと振り返る槐。

そこにはズン、ズンと足を踏みしめながらこちらに近づいてくる唯衣の姿があった。

心なしか、怒っている風にも思える

「どうしてここに?」

「あ、いや。マナンダル少尉と個人的な用事があってだな」

「ほぉ、個人的な用事ですか。………マナンダル少尉と?」

チラッ、と唯衣がタリサを見やる。鬼気迫る迫力を孕んだ唯衣に思わず彼女はビクリと身を震わせた。

「一体どんなお話を?できれば詳しく教えていただきたいのですが?」

「その、だな。別に私は」

「おいーっす槐。なにやってんだ唯衣姫と一緒に~?終わったんならこっち来て遊ぼうぜ~」

「ビーチボールとか持ってきてるわよ~」

「あ、安芸、志摩子」

槐の言葉を遮る様に彼らを呼びかけたのは安芸と志摩子といつもの2人組だった。いつもと変わらぬ活発イメージを持たせる彼女らであるが、今は不味い。バッドタイミングだ。恐る恐る向けていた視線を戻すと、そこにはメラメラと背中から炎が上がっていた。まるで彼女の怒りを表しているかのように。

「あ~~き~~!それに志摩子!どうして貴様らはそう暢気なのだ!」

「ど、どうしたんだよ唯衣姫!?そんなに怒って………熱さか!?熱さにやられたのか!?」

「それはこっちのセリフだ!百歩譲って遊ぶのはいい!だが、上官に対してなんだその口のきき方は!?中尉だぞ!?私中尉だぞ!?エンもエンだ!そうやっていつも優しいし甘いから安芸達がつけあがるのだ!」

「い、いやそれは、その、いつものことであってだな。私も注意をうなが「口答えはいらん!」………はい」

ガミガミと怒り、説教をする唯衣。

「二人とも見つけましたわよ!」

「「げぇ!?上総!」」

「なにが、げぇ!?ですの!?良いから二人ともさっさと着替えて戻ってきなさい!」

「え?なんで?私たちやること終わったじゃん」

「荷物運びだって終わったし」

「私たちは国連の方々とは全然違うスケジュールですのよ!やることはまだまだいっぱいありますわ!ないのなら自分で作る!」

「「ええええええぇぇぇぇ!?」」

「大体あなた方はいつもいつも―――――――――――」

「貴様らには帝国軍人としての―――――――――――」

その後、二人の説教が始まった。それを見てアルゴス小隊の面々はハトが豆鉄砲を食らったような顔になった。

意外な一面とでもいうべきだろうか。槐のような存在もだが、彼らと出会った瞬間、日本人形のようなお堅いというイメージは一瞬で取り除かれ、年相応とは言い難いが、感情的で、苦労している人間、という印象を持つようになったのだ。

しかもレイヴン小隊の人間と一緒になった瞬間、なんというか、苦労人というイメージが定着し始めていた。

この中で一番衝撃的だったのはやはり日本人嫌いなユウヤだろう。

日本人と言えば仕来たりなどでガチガチに固まったお堅い連中というイメージだった。

そして槐の言葉、篁中尉が自分のことを考えて色々とやろうとしているという事もあってか、嫌な奴、からちょっとだけ苦手なタイプという感じにクラスチェンジしようとしていた。

ともかく、ユウヤが唯衣達に対する印象としては………。

「(変な奴ら)」

だった。

「まぁそう怒るなよ唯衣姫ぇ。そっちのアルゴス小隊もそう思うだろ?っと紹介が遅れちまったな。あたしはレイヴン小隊の石見安芸少尉。まぁ、唯衣姫とは友人関係かな」

「同じく甲斐志摩子少尉よ。唯衣ってあんま素直じゃないから、気難しいけど。それも個性だと思っておいてね」

「く、くぅ………お前らなぁ………!というか、唯衣姫いうな!」

「ええ~~なんでだよ~昔は槐にそう呼ばれてても特に気にしなかったじゃん」

「もしかして、愛しの槐くんだけに呼ばれてほしいとか?」

「ばばばば、馬鹿いうな!私はべ、別に時と場所を考えろというだけで………!はぁ、もういい」

「あなた方はどうしてそうはぐらかそうとするのかしら」

そう言ってはぁ~~~~~っと長い溜息を吐く唯衣と上総、二人がどういう苦労をしてきたのか目に見えて分かった気がしたアルゴス小隊の面々だった。



[34266] 第六話 イーニァ・シェスチナ
Name: きりたんぽ◆81d5e089 ID:5e35b295
Date: 2013/09/21 19:46
前書き

どうも、きりたんぽです。お久しぶりです。
まずは、投稿が遅れてしまい、大変申し訳ありませんでした。
2月ごろから~~と~~はくっつくべきだろJKとか、ヒロインを増やすのは不味いだろと考えたり、公式設定を見直して穴を見つけて勝手に落ち込んだりして結構悩みかなり難産でした。
結局いい考えが浮かばず、もう考えるのもめんどくせぇ!!と思い至った結果、少しだけ、すこ~しだけ欲を出してみようかと思い、今回の話を書き上げました。


こうやって書いてみるとマブラヴ作品を書いている偉大なる先人たちは凄いと思います。私もそれくらいかけられるほど文才があれば………。


―――――――――――――――――――――――――――――


「うへぇあ…………熱い」

槐は天から降り注ぐ陽ざしを恨めしそうに見つめる気力さえなかった。

半開きになった八咫烏のコックピットから上半身を投げ出して新鮮な空気を取り込もうと必死だった。

別に中が暑いわけではない。四季のある日本で何度となく夏の季節を体験してきた槐だ。しかし、それでも真上から降り注いでくる暑さは彼にとって堪えるものがあった。

「う゛うぅぅぅ~~~~」

彼の服装は衛士強化装備ではなく普通の上着を脱いでトレーニングシャツを着た状態だ。

既にそのシャツも彼の汗を吸って湿っていた。

更に後頭部でまとめられていた長い髪も解れ、所々汗によって肌に張り付いてしまっていた。

「大丈夫?槐?」

「う~?志摩子ぉ~?」

顔だけ上に向けると、そこには水分補給用のパックを持った志摩子の姿だった。この暑さだというのに彼女はケロッとしていた。

「ほらこれ」

「ありがとぉ」

「うっ………」

さて、ここでおさらいしよう。槐の見た目は身体が華奢、いわばもやしっ子なのだが、見ようによっては見目麗しい女の子に観間違えられてもおかしくない顔立ちをしている。

そんなかのじ……失礼。彼が目をトロンとさせて、汗にまみれた状態で見れば、こう、酷く色っぽいのである。

そんな無意識な色香を振りまいている槐を見て、志摩子は思わず呻いたのだ。
くぴくぴと少しずつ飲んでいく槐の姿に、志摩子はゴクリ、と咽喉を鳴らした。

―――今なら、トれる!!―――

何を、とはあえて語るまい

いままさにそれを確信しやると考える以前に彼女は行動に移した!

「やらせませんわよ?」

「なに!?げぇ!?上総!?」


ジャーン、ジャーン、ジャーーーーン!!


志摩子を後ろから羽交い絞めにし、行動を止めたのは上総だった。

「毎度毎度あなた方は!それでは盛りのついた犬ですわよ!?」

「槐の前では等しく女は狼よ!さぁ放しなさい上総!今なら半分こが出来るわよ」

「そ、それは魅力的ではありますがそれでもやらせませんわ!」

そんな二人のやり取りが目の前で繰り広げられながらも、暑さにやられている槐はぐでーっと上半身を投げ出してタレているだけだった。

「エゴだよそれは!」

「欲望に塗れるよりましですわ!」

「歯を食いしばれ!そんな大人、修正してやる!」

「貴女が歯を食いしばりなさい!」

「キャンッ!?」

そんな二人の横を一つの人影が通り過ぎる。

「漁夫の利ぃぃぃぃっ!!」

「あ、安芸ぃぃぃぃぃ!!貴女という人はぁぁぁ!?」

志摩子を強制的に黙らせた上総の横を通り過ぎたのは石見安芸だった。

正に二人の行動を影で静観していると見せかけて横殴りに槐を攫う算段だったのである。っていうかおまえら仕事しろ。

「へっへーーーん!槐は私がもら」

「はい残念」


ガッ


「和泉ぃぃぃぃっ!?」

そんな彼女の足を引っ掛け、転ばせたのは能登和泉だった。

ゴロゴロと転がっていらないものとして積み上げられた柔らかいクッションのようなものの山に安芸は真正面から突っ込んで行った。

「よし!計算通りだ!安芸少尉が突っ込んだぞ!」

「よぉし!おい!手伝え!引き上げるぞ!」


―――了解!―――


そんな彼女を救出するために整備班の面々が流れるように機材を取り除き、あっという間に安芸を救出するのは手馴れている動きだった。

そう、既にこの騒動は整備班にとって見慣れたものだったのである。

そして、そんなこんなで騒いでいるうちに槐がその場から姿を消しているのもいつものことである。

上総に断りを入れて着替えるために自室へと戻ろうとした槐は海の上に建てられた木の家に向かう。

しかし、

「ま、また迷った」

どこも似たような景色だった所為か、それとも彼自身が『頭』に頼らずにたどり着こうとしてミスをした結果か、彼はユーコン基地でのミスをしてしまったのである。

「ど、どうすれば」

あわわわわ、と柄にもなく焦った様子で槐はあたりを見渡す。

そしてハッ!?と彼はあることに気付く。

「広域サーチ!」

≪サーチ開始 烏丸槐の部屋を探索 ……… ……… マーキング地点の把握 完了 最短距離を表示≫

ほぉ、と槐は安堵の息を吐いた。

自身が迷うことを危惧してこういう時のためのマーキングをしていたのを彼はすっかり忘れていたのである。

備えあれば憂いなし。誰かに道案内をされる心配もなく彼は最短距離を歩いていく。

≪警告 衝突の恐れあり≫

前の失敗を活かし切れていなかったことを反省し、とある倉庫の壁越しに存在する角を曲がっていく付近でぶつかりそうになったのを、槐は避けた。

「!」

「きゃっ………」

声からして衝突しそうになった人物は少女。可愛らしい小さな悲鳴が聞こえ、驚いた拍子に後ろに倒れそうになる目の前の人物の手を、槐は掴み、こちらに引き寄せる。

まず視界に映ったのは銀だった。視線を下にやると、色の持ち主は少女だった。瞳は碧く、澄んだ瞳で、頭部には藍色のなにか機器のようなものがついていた。

少女の顔を見て槐はある違和感を覚えた。

見覚えのある顔だった。そう、どこかで………。

「すまない………大丈夫か?」

「……………」

銀髪の少女はこちらを見上げた状態で呆けたような、何処か驚いているような顔をしていた。

だが、少しすると、その表情は激変した。


≪対象者Aの感情変動を感知 瞳孔 肌の温度 心拍数から 恐怖心と断定≫


「(恐怖心?)」

少女は見るからに自分に怯え、顔をひきつらせていた。突然のことで怖がらせてしまったのだろうか。

「だ、大丈夫か?」

「う、うん。ご、ごめんね。エンジュ。エンジュはとても優しいのに、恐がってごめんね、ごめんね」

「え?」

いきなり謝られてきたことに槐は呆けたような声を上げる。すると、少女は踵を返してその場を後にしようと走り出した。

「あ………」

槐は思わずひき止めようとしたが、やめた。

どうして良いかわからず、自分の行く方向と少女の走り去っていった方向を交互に見詰めた後、自分の目的の場所である方向へと歩を進める。

「………」

目的地へと向かいながら槐は一考する。

まず少女の容姿。幼さが残っていたが、端正な顔立ちに銀髪。そして青い瞳。

何処かで見たことがある。

どこかで。

槐は少女の顔に見覚えがあった。槐は思考を巡らせながら部屋へとたどり着き、着替え始める。

槐が少女に対し疑問に思ったことは二つ。

まずは少女に見覚えがあったことだ。だが、それがどのような人物と似ていたのかはまだ分かっていない。心当たりもなかった。

そしてもう一つは、自身の名前を知っていたこと。少なくとも自分から名乗ってはいなかった。八咫烏のパイロットとしてそれなりに有名にはなったからというのだとしても少女の言動からして首を傾げざるを得ない。

あの少女は何処か普通とは違う。

どこか確信めいたものが槐にはあった。

が、今はそれを気にしている暇はない。槐は自身のやるべきことをこなすために、素早く部屋から出るのだった。


◆◆◆




見晴らしのいいベランダで各々が複数のテーブルに集まっていた。彼らに共通しているのは、ビールであったり、ジュースであったりとジョッキ、コップに注がれた飲み物を一人一つずつ手に取っていることだった。


―――キィーーーーンッ………―――


マイクの共鳴音が鳴り響く。

それを手に持っているのは金髪をオールバックにしてまとめあげ、サングラスを付けている男、オルソン大尉だった。

「あー、テス、テス、テス。えー、アルゴス試験小隊とイーダル試験小隊、そしてレイヴン試験小隊。三つの試験小隊が全人類の規範になるため、大いに交流を親しくするように、乾杯!!」

―――乾杯ッ!!―――

夕飯を兼ねての交流会。

彼らは普段は顔を合わせることのない隊員同士でこれからの広報活動での動きを円滑にするものとするための目的として食事を介して交流を深めていた。

ある者は出された料理について、ある者は互いに乗る戦術機について、またある者は今後の予定について会話の華を咲かせていた。

「………」

そんな彼らの会話を遠目で見ているのは槐だった。手渡されたジュースをチビチビと飲みながらよそった料理を口にしており、隣には唯衣が佇んでいた。

「………」

お互い無言で、黙々と他の人間たちの会話に耳を澄ませながら料理を食べている。

「唯衣姫~、槐~、どうした二人とも?元気ないぞ~?」

そんな二人に声をかけたのは安芸だった。手に持っている皿一杯に盛られた料理は、見ているだけでおなか一杯になりそうだった。

「安芸?いや、別に私は問題ないぞ?あと、唯衣姫いうな」

「いいじゃんいいじゃん。あたし達の仲だろ?無礼講ってことでさ」

「………はぁ、もういい」

そう言って唯衣は再び明後日の方を向いてしまう。そんな彼女に疑問を持ったのか、安芸は槐に問いかけた。

「?………なぁ槐、唯衣姫、どうかしたのか?」

「………。色々苦労してる」

彼は唯衣の後姿を少し見遣った後、言外に本人の問題であるという事を伝えた。

「………ふぅ~ん。そっかぁ、………なぁ唯衣姫。場所が違うからあたしたちはあまり手を出し辛いけどさ、相談くらいは乗るぞ。あたしたちは仲間だからな」

「………あぁ、ありがとう。あと、唯衣姫いうな」

「ん。……じゃあ、あたしは志摩子の所に行ってくるな。彼奴らには唯衣姫と槐は二人で愛を育みあってるって言っとくから」

「少しでもお前に感心していた私が馬鹿だった!そこに直れ!修正してやる!あと、唯衣姫言うな!」

「またな唯衣姫~!あんまり抱え込むなよ~!」

「あ、こら!待て!だから唯衣姫いうな~!」

脱兎のごとく逃げ出す安芸の背中に怒号を投げかけるが、既に人ごみに紛れてしまった安芸に、唯衣はため息を吐いた後、少しだけ表情を柔らかいものにする。

「気を………使われてしまったな」

「そこが安芸のいいところだな」

「ああ」

槐の言葉に同意しながら唯衣は手に持っている懐中時計を握る。

「明日も頑張らなければな。………そういえば、エンの部隊も広報活動に?」

唯衣の問いかけに槐は頷く。

「オルソン大尉から直接頼まれた。上総たちも国のためになるなら、と了承してくれた。それにしても、日中は厳しかったな。予想以上に暑くて堪らなかった」

心なしかげんなりした表情になる槐に唯衣は笑みを零す。

「そう言えば、お前は夏の暑さは苦手だったな」

コクリ、と頷く槐。

そんなときであった。

「なんだよ!?人が折角気を利かせてやったのにその態度は!?」

「?」

この場には似つかわしくない大声に、槐は声のする方に視線を向けた。

「(あの子は………)」

そこには日中にぶつかった少女と歯をむき出しにして怒りを露わにするタリサだった。

「下手に出ていればつけあがりやがって!」

「ここに来ているのは命令に従っているだけ、肉は食べない」

よく見れば二人の足元にはひっくり返った皿があった。周りには料理が床に散らばっていることから、銀髪の少女が皿を払ったのではないかと槐は推測した。

「別に無理に食えって言ってないだろう?!」

「すぐ怒鳴るのは、心が弱いから」

「はぁ!?なんだとぉ!?」

「………彼女は確か、紅の姉妹のイーニァ・シェスチナ少尉」

唯衣の言葉に槐は視線をやった。

「紅の姉妹(スカーレット・ツイン)?あれが………。知り合いなのか?」

「いや、顔で見知った程度だ。ブリーフィングで一緒だった」

「そうだったのか。もう一人の方は?」

「確か、クリスカ・ビャーチェノワ少尉だったはずだ」

そうしている間に、互いの他の部隊員が喧嘩の仲裁に入ったようだ。

周りには何とも言い難い、居辛そうな雰囲気になってはいたが、少しずつ先ほどのような楽しげな雰囲気を取り戻し始めていた。

「………唯衣。すまない。少し私は外す」

「?……ああ、わかった」

そう言って槐はその場を離れある場所へと向かう。その先に居るのはイーダル小隊隊長であるサンダーク中尉であった。

「サンダーク中尉。少し良いだろうか?」

「!これは烏丸大尉。今朝は私の部下が失礼をいたしました」

「……聞き及んでいたか。彼女、イーニァ・シェスチナ少尉だったか?彼女についてだが、私を見て酷く怯えていたようだった。私の何かが、彼女のトラウマでも刺激したのだろうか?あるいは、なにかその要素となるもので、何か心当たりはあるか?」

「………いいえ、私からはこれと言ったものは思い当りません」

「そうか。………どちらにせよ。あまりこちらからの接触は控えたほうがよさそうだな」

そう言って槐はイーニァを見やると彼女は近くにいたもう一人の銀髪の女性の後ろに隠れてしまう。

ここまで怯えられるのは色々と事情があるのだろう。槐はそこまで追求するつもりはなかった。

「すまなかったなシェスチナ少尉。それではサンダーク中尉。あまり子供を怯えさせるのは忍びないのでな。これで失礼させてもらう。すまなかったな」

「いいえ。大尉の心遣いに感謝いたします」

そう言って足早とその場を離れていくと、槐はそのまま振り返らずに元の場所へと戻っていく。

唯衣達の下へ歩を進めながら槐は改めて思った。

「(やはり、誰かに似ている)」

槐は再びシェスチナ少尉を見て確信めいた思考で己の中の記憶を探る。

「(最初はアナスタシヤ少尉かとも思ったが、全然違う。もっと誰かと似ていた人間を私は見ていたはずだ)」

10年分もの情報を整理しながら槐は今まであった人物の記録を挙げていくが、中々それに該当するものが出てこなかった。

少々手間がかかりそうだ。志摩子達が自分を呼ぶ声に応えながら槐はそう思うのであった。

◆◆◆

「中尉、あれがナインボールですか?」

「そうだ。八咫烏のパイロット。レイヴン、烏丸槐だ」

「………」

銀髪を短くそろえた女性、クリスカ・ビャーチェノワの問いかけに、サンダークは頷く。

槐がその場を去ってからもイーニァはクリスカの後ろに隠れたままだった。

「大丈夫よ。イーニァ。怖いものは行ってしまったわ」

「………うん」

サンダーク自身、イーニァの怯え方は今まで見たことが無いものだった。烏丸槐という男と接触してからこの状態が続いている。

彼女の表情には怯えの他に罪悪感というものがあった。

「シェスチナ少尉。烏丸槐大尉の心を見たのか?」

「………はい」

「どんなものだった?」

「………恐い色でした」

「恐い?」

「どういうこと、イーニァ?」

「クリスカ。エンジュは悪い人じゃないの。私が一方的に怖がってるだけなの。エンジュはとても優しい人で、とても暖かい人なの」

イーニァの言葉にクリスカは戸惑いの表情を浮かべ、サンダークはただ黙って彼女の言葉に耳を傾ける。

イーニァは続ける

「エンジュの心はね。大きくて、深くて、広いの。皆皆飲み込んでしまいそうなくらい深くて、暗くて、でも暖かくて、綺麗で、明るいの。でも、エンジュの中を見ようとすると、イーニァを飲み込んできそうで、とても恐い青なの」

「………」

今まで前例がない表現を用いた色だった。

だが、彼女の言葉からして槐自身が、彼女らに対して害意を持っているわけではないことは確かだろう。

イーニァの言葉をサンダークは冷静に分析していく。

だが、このままでは計画に支障が出てしまうのも確かだろう。

「(このまま槐大尉との接触を絶つという手もあるが………。)」

サンダーク中尉の頭の中に浮かんでいるのは四つの選択肢があった。

一つはこのまま放置してみて様子見をしてみること。もう一つは槐との接触を徹底的に絶ち、自身の計画のために慎重に行動させること。そしてもう一つは敢えて槐と接触させてこれを機に彼女自身の恐怖を克服を試みてみること。そして最後の一つは………。

「………」

視線の先には唯衣達と楽しく会話をしている槐。

目を細めながらサンダークの出した答えは――――。


◆◆◆


翌日の朝

槐は二本の木で括りつけられたハンモックの上に寝転がっていた。

視線を横にやれば、ビーチバレーをしている女性たちの姿。別の方向を向けば、ボートレースするためのチーム決めがされている。

各々が楽しんでいるようだったが、槐はこの暑さの所為もあってか、あまり動こうとはしなかった。

「熱い………」

既にお決まり事であるかのように槐はそう呟く。と、不意にハンモックが揺れた。

―――グイッ!―――

「おぁっ!?」

それどころか何かに引っ張られ、ハンモックがひっくり返り、槐は重力に従い、転落し、地面とキスしそうになる。

「っと……とと」

だが、持ち前の身体能力で猫の様に態勢を立て直し、危なげながらも無事に着地を果たす。

「槐大尉」

「………オルソン大尉?」

ハンモックを揺らした張本人はオルソン大尉だった。

いきなり何をするんだこの人はと言いたげに槐はジト目になる。

「何でしょう?」

「いや、ははは。すまんすまん。わざとではなかったのだ。許してくれ」

「………まぁ良いです。それで、なんでしょうか?」

槐は再度問いかけると、オルソン大尉は何かを取り出してきた。

それを見た瞬間槐の中で何か冷たいものが突き抜けた気がした。

「いやぁ、実は、今度の広報活動では槐大尉にも協力していただこうかとね。君は顔も良いし、その体型だ。こういう衣装も似合うかと思ってね」

オルソンの手に握られていたのは大きいサイズのワンピースだった。女性ものの。それが槐の目の前で出されたことはすなわち。そういうことだった。

「どうかね、世界のためにひと肌脱いでは―――――――――あら?」

既にオルソンの目の前には槐はいなかった。

「じょ、冗談じゃない。女装など、出来るわけがない」

文字通り脱兎のごとく逃げ出していた槐。

周りに追いかけてくる人の気配がしないことを確認した後、槐は一つ息を吐く。

普通に休みが欲しいと思ってしまう今日この頃の彼は、海のある方角を見つめる。少し遠いところでは唯衣達がボートレースをしているのが見えるはずだ。

此処から見えるボートの数はまちまちだが、そこで槐はある異変を感じ取る。唯衣が乗っているボートだけが………ない?

「何故?」

槐が呟くと同時にドンと背中に衝撃が走った。振り向くとそこには息を荒げて自信を見上げている銀髪の少女、イーニァ・シェスチナだった。

「シェスチナ少尉?一体どうしたんだ?」

「お、お願いエンジュ!クリスカを助けて!」

「!?」

ただならぬ状況に、槐は表情を一変させた。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
後書き
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
まずはここまで。感想・ご指摘、お待ちしております。それでは ノシ



[34266] 第七話 救出作戦
Name: きりたんぽ◆81d5e089 ID:5e35b295
Date: 2013/05/18 16:07
前書き

お久しぶりです。きりたんぽです。

今日は唯衣姫のキャラ崩壊が激しいです。欲を出した結果です。最初に言っておきます。気に障ったらごめんなさい。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

イーニァは今にも泣きそうな表情で必死に槐に助けを求めていた。それに対し、槐は戸惑っていた。彼女は槐を見上げながらも自身に対して恐怖心を抱きながらもその気持ちを必死に抑え込んでいた。

「シェスチナ少尉?」

「クリスカを助けて!お願い!あっちでクリスカが苦しんでるの!」

そう言ってイーニァが指さす方向は海。

槐は指を指された方向を見やるが、そこにはクリスカが居るであろうボートは見当たらない。

≪広域サーチを開始篁唯衣の反応……………………………………………………………なし。サーチ範囲外≫

「とにかくイーニァ。君はサンダーク中尉に報告して次の指示を仰ぐんだ。私はオルソン大尉と相談して捜索隊編成の準備を行う」

「うん!」

そう言って瞬く間に走り去るイーニァの背中を見送りながら、槐もまた、オルソン大尉がいるであろう場所へと向かうのであった。

◆◆◆

一方で唯衣達は雨風を凌ぐための洞窟へと移動していた。

ユウヤがボートの様子を見てくると言ってその場を後にした頃、今まで体調を崩して寝込んでいたクリスカが意識を取り戻したようだった。

唯衣は彼女の体調を確認した後、現在の状況を説明した。

「篁中尉」

説明を終えた後、クリスカが不意に口を開いた。

「二つほど、訊いても良いだろうか?」

「?……ああ」

「こんな状況下で、聞くようなことでもないのかもしれないが、極個人的な質問だ」

「個人的?」

唯衣が続きを促す。

「別に諜報活動にかかわる内容ではないから、心配しなくていい」

「……なるほど。良いだろう。何が訊きたいんだ?」

質問の許可を受けたクリスカは自身の疑問を口にした。

「ユウヤ・ブリッジスについて聞きたいことがある」

◆◆◆

その後、試験小隊の関係者たちは一時アルゴス小隊のガレージへと集められた。唯衣達と連絡が取れないことで、彼らはオルソン大尉の指揮の下、捜索隊の編成を行うための会議を行っていた。

行方不明になった人物はクリスカ・ビャーチェノワ少尉、篁唯衣中尉、そして、ユウヤ・ブリッジス少尉の三名。

彼らを最後に観たヴィンセントの証言をもとに付近の島を捜索する手はずだったのだが、間もなくここ近辺が暴風雨に見舞われ、捜索が難しい状況になっていた。

「………」

槐は会議の内容を一語一句聞き逃すことなくボートレースの経路と島のある位地、そしてヴィンセントの目撃情報をもとにして彼女たちが最も避難する確率の高い場所を算出する。

「ここ!ここにクリスカが居る!」

ふと、イーニァの張り上げた声に槐は思考を中断させる。

イーニァが地図に向けて指さした場所は島のとある一角だった。

「オルソン大尉。シェスチナ少尉の目撃証言から、ここにビャーチェノワ少尉が居る可能性が高いと推測いたします」

捕捉を入れる形でサンダーク中尉が言う。

オルソン大尉は顎に手を当て考える仕草を取った後、槐の方を見た。

「烏丸大尉、君はどう思う?」

「………」

槐は先ほど算出した場所をもとにして島の一角を指差す。それはイーニァが指を指した場所と同じだった。

「私も恐らくここに篁中尉達が居るのではないかと思います。あそこには洞窟があって、避難する場所にはもってこいの場所です。ボートレースの経路とヴィンセント軍曹の目撃証言から私はそう推測いたします」

「なるほど、よし、決まりだな。状況を見て我々は捜索隊を派遣する。アルゴス小隊、イーダル小隊、レイヴン小隊は準備しておくように。解散!」

―――ハッ!―――

各々が素早く持ち場について準備を始める。

「なぁ、槐」

「なんだ、安芸?」

戦術機の状態を確認していた槐に既に強化装備に着替えていた安芸が声をかける。

「唯衣、大丈夫かな?」

「唯衣ならきっと大丈夫だ。ちゃんと避難している」

「でもさ………もし、唯衣が………」

「?」

俯いて遠慮がちに口を開く安芸に、彼女らしくないと思った槐は、作業の手を止めて安芸を見遣る。

「な、なあ槐、唯衣ってさ凄くスタイルが良いじゃんか」

「?そうだが、それがどうかしたのか?」

「し、心配にならないのか?唯衣が襲われるかもしれないとか、ユウヤ・ブリッジスとかいう奴に襲われるかもしれない、とか」

「………私見が入るが、彼がそんなことをする人間とは思えない。唯衣もまた彼に良いようにされる要素が見当たらない。だから大丈夫だ」

槐の直接会ってみての感想だった。物静かな様子であったところから見て、槐は、彼がそんな荒くれ者だとは考えられなかった。

「知らないのか槐?」

「?」

「アメリカ人は皆猫被ってるんだぜ!女と二人きりになったら何をするかわかったものじゃないんだぜ!」

「!?そ、そうなのか?」

ここで初めて槐の顔が驚愕に染まる。

そしてイメージする。

「もしかしたら力に物を言わせてあんなことや」

「!!??」

「こんなことを」

「………」

「するかもしれないんだZE(ズビシッ!)あいたっ!?」

「そんなわけがないだろう。私でもわかるぞ」

途中からわざとらしくなってきたことで槐は安芸が悪ふざけをしているとわかり、槐は彼女の頭にチョップを入れて中断させる。

安芸も分かっていたのか、てへ、と笑顔を見せてばれたかと呟く。あざとい。

「それで………村雨のチェックは終わったのか?」

「ああ、皆終わってる。これで何時でも出られるよ」

槐の言葉に安芸は頷く。

「よし。あとは出撃許可を待つだけだ。安芸も村雨の中で待機しててくれ」

「了解!………なぁ槐」

「どうした?」

「明日の広報活動さ、女装、楽しみに(ゴンッ!)いったぁ!?」

槐はすぐさま安芸に拳骨を入れた。

「良いからさっさと行け!」

「ひ~~ん!志摩子ぉ~~槐がいじめる~~」

「はいはい自業自得自業自得。早く乗るわよ」

「安芸はそろそろ学習したほうが良いんじゃないかな?」

「和泉~、最近あたしに対して酷くないか~?」

「きっと気のせいだよ(キラキラキラキラ)」

「うっわ!?清々しいほど綺麗な笑顔!」

「二人とも!つべこべ言わずに乗りなさい!」

「「あたしらだけ!?和泉は!?」」

「私はもう終わってるよ~」

「「ちゃっかり!?」」

「貴様ら!良いからさっさと乗れ!!」

そんな会話を耳にしながら槐は全てのチェックを終え、八咫烏に乗り込む。網膜投射された視界に問題無し。システム上に置いての異常は検出されない。

整備班にサインを入れて良好であることを示し、コックピットを閉じる。

≪リンク開始≫

お決まりの様にAMSに八咫烏が接続されていく。

「………セラフ。唯衣を助けるために力を貸してくれ」

≪……………≫

機械に声をかけても反応は帰ってこない。だが、それに応じるかのように槐の乗る八咫烏のカメラアイが、わずかに輝きを増すのであった。

◆◆◆

初めて会ったのは全試験小隊を交えての会食の時。それ以前からクリスカ・ビャーチェノワは烏丸槐を調べていた。

彼女の上官であるサンダークは少なからず彼に対し警戒心を抱いており、ユーコン基地へ向かうことが決まった時、彼はクリスカに烏丸槐という男に気を付けておけと言われていた。

自分と同じ銀髪の青年。日本人離れした容姿。性格や人柄、コネ、経歴、功績、家族関係に至るまで調べられることは全て頭に叩き込んだ。

一言で言えば衛士として優秀。同時に、他人が思いつかないような発想を持って戦う男。

僅かに残っていた横浜基地での戦いの記録を目にしたとき、クリスカは目を見開いた。

なんだあの動きは、普通の衛士が、あんな動きが出来るというのか?いや、その動きに戦術機が何故対応できている!?

敵を踏み台にして別の敵を倒す。それがどれほどの集中力が必要になるか。まっとうな人間であれば怖くて出来るはずがない。

彼女が目にしたのは正しく未知だった。

クリスカにとって、イーニァ以外で他人に対し興味を持ったのはこれが初めて。それからというもの、基本はイーニァと一緒に居る以外では烏丸槐を知るために調べものを行うようになった。

一目見た時から他人と何かが違う。自分たちと似た何かを持っている。

その考え方は確信にも似ていた。

だが、どれだけ調べてもそれを裏付ける情報は見当たらなかった。まるで雲をつかむようだった。

彼は一体何者なのだろうか?

一体何なのだろうか。

それからというもの、彼女はかゆいところに手が届かない苛立ちにも似た感覚を抱えるようになった。

そしてその日、クリスカ・ビャーチェノワは烏丸槐と対面した。

「……………」

会食中、サンダーク中尉と話している間、クリスカはずっと槐だけを見つめていた。
見た目は記録で見た頃よりも身長は伸びて大人への一歩を踏み出し始めた頃であり、クリスカは彼を見た瞬間、胸の中で何かが跳ね上がったのを感じた。

「ぁ………」

開きかかった口をクリスカは必死に押し込めて抑える。

話に割り込んで問いかけるのは無礼に当たる。しかし、何を言えばいい?

クリスカはそもそも自分が槐に対して何を言いたかったのかが分からなかった。

そもそも、自分の身体の調子がおかしくなっていた。

身体は熱くなっていて、握っていた手は少々汗ばみ、異常に咽喉が乾いていた。
その感覚が緊張しているということをクリスカはさほど時間をかけることなく理解する。

長らく忘れていた感覚だった。

そこまで思考を巡らせてクリスカはそれを否定する。

いや、違う。緊張とは何かが違う。

頭の中で言いようのない何かがぐるぐるとまわる。

身体が「変」になっていた。言葉では表せない感覚をまるで稚拙な子供のように自身の今の状況を心の中で呟く。

その感覚がどういうものなのか、彼女は理解できなかった。

手早くサンダーク中尉と話しを終えて踵を返す槐を見て思わずクリスカは小さく声を漏らした。

「ぁ………!」

呼び止めようと腕が一瞬動くが、結局、クリスカはその日、槐を呼び止め、話をすることは出来なかった。

「?………クリスカ?」

彼女の変化を悟ってか、自身の後ろにしがみついていたイーニァが彼女の身を案じるように声をかける。

いけない。心配を掛けさせてしまった。

「………大丈夫よイーニァ」

行き場を失った手は、自然と自身の胸に置かれる。

先ほどまで感じていた感覚は、既に無くなっていた。

◆◆◆

ユウヤ・ブリッジスについての話を終えた頃、ボートの様子を見に行っていたユウヤが帰ってきた。

が、木にくくりつけていたボートは流されており、脱出するための手段、基地に帰還するための手段を失ってしまったのである。

ユウヤが新しい薪を得るために再び外に出ていく。

唯衣とクリスカはたき火を挟んで向かい合ったままだ。クリスカはふと、烏丸槐と篁唯衣との関係を思い出し、彼について何か訊けるのではないかと思い、質問を投げかける。

「もう一つは、烏丸槐大尉についてだ。彼のことについて聞かせてもらいたい」

「エン………槐大尉に興味が?」

「そう。彼は、貴方とはかなり深い関係を持っていることが窺えた。………その、こういっては失礼なのだろうが、彼は何処か普通の人間とは違う。私はそう感じた」

「!」

「ソ連に居た頃から、彼のことはある程度知っていたのだが、初めて会った時から、その、変なんだ」

「へ、変?」

唯衣の言葉にクリスカは頷いた。

「ああ、よくわからないんだが、彼に会った時、彼を見た瞬間、身体が変になったんだ。こんなこと初めてだ」

戸惑う様に呟くクリスカ。要領を得ない彼女の言い方に唯衣はとクリスカを見やる。

まるで、難しい言葉を使って言い表そうとして逆にどういえば良いのか分からず、頭の中で言葉を選ぼうとしている子供のようだった。

最初槐が普通の人間とは違うという言葉を聞いて彼の正体について聞こうとしているのかと一瞬身構えもしたが、自身の考えとは違ったようだ。

「ビャーチェノワ少尉、変になったというのは、具体的にはどういう事なんだ?」

「………彼と初めて会った時、そう、身体が熱くなった」

「!」

「それに咽喉も渇いて、手も汗ばんでいた」

「な………」

そこまで聞いたところで唯衣の頭は高速に思考を巡らせる。




―――――ま、まさかそれは!?いや!いやいやいや!ビャーチェノワ少尉がエンを!?だがしかし初対面ではないか!?―――――

―――――いや、ある程度知っているという事はプロフィールを見たという事なのだろう!?顔写真だってあるんだ!それは考えにく―――――

―――――いが!実際に会ってみたら写真よりもかっこいいとかそう言う事なのか?そうなのか!?―――――

―――――た、た確かに今のエンはかっこいいし訓練兵の頃は学校の皆から注目の的だったしな。可愛かったし、っていやいやいや!まずはそれは後回しだ!重要なことじゃない!―――――

―――――つまりその感覚は、アレか?アレなのか?―――――

―――――それは………それは恋という奴なのではないか!?―――――

―――――一目惚れという奴なのか!?―――――

―――――一目惚れなのか!?―――――

―――――また増えるというのか!?―――――

―――――無意識に女を惚れさせるのも良い加減にしろエンンンンンンン!!!―――――

―――――…………ハッ!待て、そもそもビャーチェノワ少尉はエンに惚れたなんて私のそもそもの勘違いなのではないか?―――――

―――――緊張、そう、恐らくは緊張していただけなのかもしれない。憧れの相手とかそういうものかもしれない。いかんいかん危うく取り返しのつかない間違いを犯すところだった。―――――

―――――よし、まずは聞こう。話はそれからだ。―――――



「ビャ、ビャーチェノワ少尉。それは、緊張というものではないのか?」

「緊張?」

「そうだ。初めて会う目上の人物に対して、身体が思う様に動かなくなる時があるだろう?それと同じなんじゃないか?」

「そうなのか………だが、身体が熱くなったり、色々と話しをしてみたいという気持ちは湧かなかった」

「!?」

唯衣の思考が今度は光速で動き出す



―――――は、話をしてみたいだとぉぉぉおおっ!?―――――

―――――じょ、冗談じゃ……。―――――

―――――いや。お、落ち着け。まだ慌てるような時間じゃない。まて、早まるな。これはクリスカの罠だ。(?)―――――

―――――ど、どちらにせよ情報が少ない。ここはあえて後で一度エンと会わせて話をさせて反応を見て………。―――――

―――――駄目だぁぁぁっ!それは不味い!確実に増えてしまうぅぅ!彼奴の言葉は無意識に女を堕とす!何が起こるかわかったものじゃない!ああもうオジサマの馬鹿!「あんな本」をエンに読ませたせいでどれだけの女が彼奴に撃ち堕とされたことか!というかどこからあんなものを手に入れたんだ!?―――――

―――――しかも本人は 自 覚 な し !―――――

―――――うにゃああああああああ!!エンのばかあああ!!―――――

―――――本当は私が独り占めしたいのにぃぃぃぃ!!―――――

―――――……………。―――――

―――――お、落ち着け。落ち着け私。情報を集めなければ。今は取り乱している場合じゃない。―――――



「篁中尉?」

「な、なんだビャーチェノワ少尉?」

「やはり、答え辛いことなのだろうか?」

「あ、いや、そうではない。因みに、話してみたいこととは、一体何なんだ?」

「それは………」

唯衣の言葉にクリスカは戸惑う様に身じろぎする。

表面上唯衣はポーカーフェイスを保っているが、先ほどから分かるように、内心ではお祭り騒ぎの様にざわついていた。

「おい、薪を持ってきたぞ」

不意に、薪集めから戻ってきたユウヤ・ブリッジスに。唯衣は思わずよくやった少尉!と声を大にして言うのだった。

その言葉にどのような意味合いが込められていたのかは、本人のみぞ知る。

◆◆◆

その後、嵐は止み、ほどなくして唯衣達は救助部隊に救出されることとなり、特に異常も見られず一日に終わりが告げられた。

が、その翌朝。

灼熱の太陽が照りつける中、唯衣は再び?ピンチに陥っていた。

周りから向けられる視線は全て好奇の視線。その中にはアルゴス小隊の面々もいた。

唯衣は全身を純白のバスローブに身を包んでおり、その視線から身体を隠そうとしていた。

顔は言わずもがな羞恥で顔を真っ赤にしている。

何故この状況になっているのか。

それは元々の目的となる広報活動に唯衣が遭難事故での責任を取るために協力することになったからである。これは唯衣自身の意思でもあったが、まさか、こうなるとは思いもよらなかった。と後に唯衣は語る。

「あっれ~?中尉殿、まさかここまで来てお止めになるつもりじゃあないですよねぇ?」

「そ、それは」

「皆見守っていてあげますから!」

「さあさあ、覚悟を決めてパーッと!」

「中尉。こういうのは半端な方が淫靡です」

「ぐぬぬ」

「がんばれ唯衣姫~!あたしたちはそんな唯衣姫を応援してるぞ~」

「あ、安芸!だから唯衣姫と言うな!うぅぅぅ~~~」

「アッチはもう終わってるんだぜ?早く覚悟を決めなよ~」

あっち?と安芸の言葉に唯衣は視線を向けると、そこにはスクール水着を着込んだスカーレットツインが居た。

―――オオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!

それを見た広報活動委員全員が興奮で声を張り上げた。そして全員の視線が再び唯衣に集まる。

全員が期待の目を向けている。唯衣が彼女らのようなクラシックな水着を着ているという事に。

逃げるに逃げられない。

「さぁて、撮影を始めようかぁ」

カメラマン全員が各々の撮影機を構える。

「(ええいままよ!)」

義理と義務が板挟みとなった唯衣は覚悟を決め、バスローブを天高く投げ、その身をさらけ出した!

その瞬間、今までの喧騒が嘘のように静まり返った。海のさざ波の音だけがしばし世界を支配した。

まばゆい光の中にさらけ出された山吹色の水着。それは唯衣の家系の色と同じもの。そしていつもスーツで隠されていた清潔感のあるシミ一つない綺麗な肌。

「こ、これでよろしいでしょうか!?」

―――うおおおおおおおおおおおおおっ!!!

「んん~!大いに結構!!」

一気にカメラのフラッシュがたかれる!予想以上の反響に唯衣は思わずたじろいだ。
初々しいその反応がギャップとなってカメラのフラッシュに勢いが増した。

「ひゅ~!良いじゃん唯衣姫~!綺麗だぞ~!」

「ほらほら槐くん。槐くんも何か言ってやりなよ」

「え?わ、私か?」

「え、エン!?み、見てたのか!?」

安芸と志摩子に押し出されるように前に出る槐。そして一連のやり取りを見ていた唯衣は別の意味で驚愕する。

状況を理解した唯衣は首元から耳まで真っ赤にしてしまう。

「唯衣………」

戸惑いの含んだ声で槐は唯衣に声をかける。

「あ……ぅ、み、見ないでくれ」

そう言って胸元を隠そうとする唯衣だが腕で押さえられた豊満な胸が押し上げられ、それが逆に淫靡さを増していた。

「恥ずかしい」

初々しい反応で槐から目を反らし、消え入りそうな声で言う唯衣に、槐は思わずドキリとした。

「で、でも………綺麗だ」

「ひへぇえ………!?」

思わず裏返った声を上げてしまう唯衣。

「お、おまえは!お、おおおおお前は人がいる前で!そ、そんなことを言うな!」

「だ、だが、これしか言いようが」

「うるさい!馬鹿!」

「ばっ!?」

が~んっ!!と唯衣の言葉にショックを受け、その場に崩れ落ちる槐。

「ばか………ば、ばかって言われた。唯衣に………嫌われた。嫌われてしまった」

「ああ!?ち、違うんだエン!私はそんなつもりで………はっ!?」

ふと気づけば、カメラのフラッシュは止まっており、全員が二人のやり取りをニヤニヤと意地の悪そうな笑みで見つめていた。

「ふむ、さて諸君。なかなか良い夫婦漫才が見れたところで諸君らにはもう一つ紹介したいものがある。それは、マスコットキャラだ!」

キリの良いところで話題転換をするオルソン大尉の言葉に全員がマスコット?と首を傾げる。

「では紹介しよう!私がひそかにキサラギ博士に頼んで作ったマスコットキャラだ!その名も!!」

ガラガラガラと開かれる扉から小さな影が一つ飛び出した。それは太陽を背に彼らの頭上を飛びまわり、そして、オルソン大尉の足元に降り立つ。

それは頑強そうな甲羅と翅を持っていた。それは多くの前足を持っていた。それは愛らしい複眼を持っていた。

それは、正しくデフォルメ化されたムシだった。

「AMIDAくんだ!」

「ムキュッ!」




・・


・・・


・・・・


・・・・・


・・・・・・


・・・・・・・うわぁ

その日、全員が声を揃えて漏らした言葉だった。

「可愛い」

「!?」

イーニァを除いてだが。

言わずもがなAMIDAくんマスコット化計画は却下された。喋るところとか、生き物らしい行動を取るところとか、突っ込みどころ満載なのだがそれについて現場に居た全員が口をそろえてこう言った。

トーラス博士だから仕方が無い、と。

何はともあれ、穏やかな時間は過ぎ、戦場は移り、彼らは、極東戦線へと赴く。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
後書き

まずはここまで読んでいただき、誠にありがとうございました。面白かったでしょうか?トーラス キサラギ マスコットこれら三つのキーワードが合わさればAMIDAが出来上がるのではないか。そんな気持ちで最後のオチをつけさせていただきました。

次話は極東戦線。ようやく槐とナインボールの活躍が書けそうです。楽しみにしてくださるならば幸いです。

感想・ご指摘・アドバイス。お待ちしております。

それではノシ



[34266] 第八話 ナインボール・セラフ
Name: きりたんぽ◆81d5e089 ID:5e35b295
Date: 2013/05/20 21:04
前書き
今話は意外と速く書き上げられました。ですが若干これは無理があるかも、と思うところもあったり。

では、第八話をどうぞ。
―――――――――――――――――――――――――――――――


2001年8月4日

カムチャツカ基地。

ソ連軍最大の前線基地に槐達は来ていた。

広報活動を行っていた常夏の島とは打って変わってそこは肌寒い。

「………」

無機質な建物だけしかなく、ゆっくりと過ぎ去っていく景色を冷たい風から身を晒しながら槐はただジッと見つめていた。

「寒いですわね槐」

「!………上総」

「槐は大丈夫ですの?30分くらい前からこうしてずっと景色を見てますけど?」

「平気………。ありがとう。心配してくれて」

「ふふ、礼には及びませんわ」

上品に笑う上総に、槐も薄く笑みを零す。

「ですけど、少々寒いですわね。あら、ちょうどいいところに湯たんぽがありますわ」

そう言いながら上総は槐の前へ移動し、背中を向ける。

「?」

疑問符を浮かべる彼に対し、ぽふん。と上総は槐に背中から寄り掛かった。彼女よりも頭一つ分身長の高い彼の身体は上総にとってちょうどいい高さだった。

「ほら、腕を通してくださいまし」

「………こうか?」

「ん。そうですわ」

両手を掴まれて半ば強制的に彼女の腹部辺りに腕を回される。傍から見れば槐が上総に抱き着いている形になった。

「……は~ぁ。暖かいですわ」

「………」

槐はほぉ、とため息を吐く上総に怪訝な表情を向けていた。

「?………どうしたんですの?」

「珍しい」

「え?」

「上総が甘えてくるのは………珍しい」

「それは私だって女ですもの。意中の殿方に甘えたくなる時がありますわ。………それとも、迷惑だったかしら?」

「それはない」

即答する槐に上総は満足げな笑みを浮かべる。

「なら、それで良いですわ」

「うむ。しかし、良いのか?」

「何が?」

「見られている」

「へ?」

槐が明後日の方向を見ているのに倣って上総も視線を向けると、そこには角から顔だけを出して嫉妬の炎を瞳に宿している安芸と志摩子だった。

ぐぬぬ、と悔しげな顔をしている彼女らに上総はフフンと勝ち誇った笑みを向けていた。

どうだ、羨ましいだろう?と言外に放っていた。

その後、「槐湯たんぽ」―――安芸が後に命名―――をかけてのシミュレーションによる争奪戦が始められたのは完全な蛇足である。

彼女達が火花を散らしている中、ひそかに広域サーチを使って。自身が現在行える索敵範囲の限界を測っていた。

「(前は半径3キロが限界だった。その所為で唯衣が見つけられなかった)」

同じ轍は踏まない。

カリブでの出来事を思い浮かべながら槐は目を閉じる。

「(もっと、もっと広く、もっと速く、もっと強く)」

≪システム起動≫

槐は念じる。更に強い己を。

これからの出来事を暗示しているかのように、カムチャツカの空は暗く厚い雲に覆われていた。

◆◆◆

カムチャツカ基地内で割り当てられた部屋から出た槐は最低限の荷物を持ってトーラスが居るであろう研究所へと赴く。

何故彼がカムチャツカに居るのかであるが、八咫烏の整備が主な理由であり、他にもAMIDAくんの実動テストも目的となっている。

それから、槐達を近くで観察したいというなんとも無茶苦茶な理由が含まれている。

「失礼します。博士」

「やあやあエンジュくん!いらっしゃい!待っていたよ」

「むきゅ」

「いらっしゃいませ。槐大尉」

部屋に入ると待っていたのは気だるげな雰囲気を持った金髪の男、トーラス・キサラギ博士と彼の隣で槐に微笑みを向けながら佇むアナスタシヤ。そして、彼の頭の上を陣取っていたAMIDAくんであった。

彼はお決まりの様にコーヒーカップ片手にもう片方の手で忙しなくキーボードを操作していた。

「それで博士、用事とは?」

「まぁまぁ、こっちに来て腰かけたまえ。コーヒーを入れよう」

「では自分が」

「良いから座っていたまえ」

そう言って立ち上がるトーラス。

彼の動きに頭からずり落ちそうになったAMIDAは翅を広げて飛び上がると、今度は槐の頭の上に着地した。

「ぴき~ぃ」

翅をたたむと何処か満足したような声をあげるAMIDA。

「博士、これは一体どうやって作ったのでしょうか?」

「ん?それはねBETAの素材から作ったものなんだ」

「そうなのですか………。ん?」

サラッととんでもないものを口走ったトーラスに、槐は彼を見やった。

「BETAからAMIDAを作り出したのですか?」

「そうだよ。天才である私にかかればこんなことは造作もない。あ、でもくれぐれも口外はしないでくれよ」

「ご心配なく。元から嫌な予感はしていたので、ジャミングとハッキングは済ませてあります。恐らく、この会話は聞かれていないでしょう」

「おや、盗聴器なんてあったのかい?」

「はい。四隅に一つずつ。それから全方位を見渡せるよう25個ほど監視カメラがあります」

「ふはぁ、これは手厳しい。ソ連は随分と私を買ってくれるようだね」

うんうん、これも天才であるが故の悲しい運命かな。

と楽しげにつぶやくトーラス。

彼の頭の中ではソ連軍にどう揺さぶりをかけてやろうかと考えを巡らせているのだろう。

そんな彼を見つめながらコーヒーを啜る槐はふと、自分の頭の上に乗っかったAMIDAを見やる。

「きゅ~」

もちもちと何かを食べているかのように前足を動かしているAMIDA。興味本位で槐はAMIDAのスキャンを開始する。

≪………スキャン完了。表面を突撃級の外殻で覆っており、内部は要撃級の物を使用していると思われる。内部に人間の脳に酷似したCPMが埋め込まれており、そこから電気信号が発せられ、AMIDAくんを動かしていると思われる。電気信号を伝達させる神経系はAMSを使用。また、鳴き声となる声帯は人間とは違うものの個の生き物として機能している。消化器系は存在せず、摂取した食物はすぐに体外へと排出される構造となっている≫

「なぜ物を食べる機能を?」

「何故って、それは簡単な話だよ。面白いからさ。まるで生き物の様だろう?」

AMIDAが槐の頭からパタパタと飛び立つと恐らく排泄する場所であろう。穴の開いた箱にAMIDAは潜っていく。

コーヒーを一口すすったトーラスは姿勢を整え、口を開く。

「さて、本題に入ろうか。今の八咫烏、いや、ナインボール・セラフには何が足りないと思う?」

もったいぶるようにトーラスは槐に問いかける。

「頑丈さでしょうか?」

「その通り。今の八咫烏は性能面では他の追随を許さないほどすさまじい機動力、そしてパワーがある。だけど、その力に身体が耐えきれていない。槐くんの産み出したACのコアとムアコック・レヒテ機関があればそれを十全に扱えるけど、その代りちょっと使うだけでセラフがバラバラになってしまう。結論から言ってしまえば現状、人類の技術力ではそのコアを受け入れられる程の頑丈な身体を作ることは不可能だ。そこで私は考えた。人間の力で作れないならば人間以外の物から借りればいい。幸いなことに、私はそれを取り寄せ、加工し、組み立てられる程の力がある」

そう言って今まで使っていたであろうパソコンの画面を槐へと向ける。

「………これは?」

槐の問いかけにトーラスはニヤリと笑みを浮かべる。

「BETAを使った新しい力だ。セラフは、BETAでもって新しく進化する」



◆◆◆



「………」

BETAを使った新しい力。

トーラスがそう称して、槐に見せたパソコンの画面には新しいセラフが映っていた。

見た目はセラフとそう変わってはいない。

が、脚部の膝の上から足の踝の辺りまでが鎧のようなもので覆われていた。腕も以前より少々長くなっており、可動域が広がっている。

次に槐が視線を向けたのは、セラフの外面装甲を構成している物質である。

それはBETAの要撃級の腕であったり、突撃級の外殻であったり、果てには要塞級の衝角である。

「今のセラフと新しいセラフとの違いは主に三つある。一つは装甲面だ。そこに描かれてある通り、BETAの硬い外殻を使う」

この計画が進められていたのはかなり前かららしく、セラフの「月光」を制作する時に思いついたそうだ。

細長く加工されたビスケットをサクサクと口にするトーラスを見ながら槐は思考を巡らせる。

これを作るためにどれだけの人員を使ったのか、どこからその資金を取り寄せたのか、どのようなコネを使ったのか、数々の疑問が浮かんだが、まず初めに彼は一つ疑問を口にした。

「博士。AMIDAを作ったのは、これを作るための臨床実験という事ですか?」

「おや、鋭い。まぁね、本来はAMIDAくんの体内に要塞級の酸を使った量産型兵器でも作ろうっていう考えもあったんだけど、別に私は戦争をするつもりではないからね。今はセラフ開発の方を優先した」

そう言いながら箱の中から出てきたAMIDAに視線を向けるトーラス。

AMIDAが羽ばたくとそのままアナスタシヤの胸元へと飛び込んだ。彼女はそれを微笑みながら受け入れている。

「『今は』ですか」

視線を鋭くさせる槐にトーラスはおお、怖い怖いと肩をすくめる。

「そうなったら私は君に殺されそうだねぇ」

「そうなったら必ず殺します。」

臆面もなく即答する槐にトーラスは苦笑するだけだった。

「おおっと、これは手厳しい。さて、続けよう。二つ目はセラフの武装。両腕に月光を搭載するにあたって、長刀の方はサイズの問題で内蔵することが出来なくなる。代わりに、セラフのバックパックである『翼』の中に私の試作を入れることにした」

キーボードの一つをタッチすると、モニターがセラフの背部面を映し出す。

もう一度タッチすると、セラフの『翼』の一部が回転し、反りのある細長い棒のようなものが突き出た。それは、正しく刀の鞘だった。

「炸薬式爆裂振動剣『ムラクモ』。有澤重工と協力して作ったものさ。内蔵されている火薬を爆発させて瞬間的に振動を作りだし、敵にインパクトを与えるという代物なんだが、如何せん、まだ試作型でね。ただの長刀としても使えるんだが、使い方を誤れば簡単に折れてしまう」

こう、ポキッとね。そう言いながらビスケットを両の指であっさりとへし折る。

「………」

「まぁ、そこらへんは臨床実習を兼ねて改良していこうと作業中だよ。そして最後の一つは………。」

キーボードをタッチする。

するとセラフの周囲にまるで囲むように何かが展開された。

「これは?」

「力場だよ。ラザフォード・フィールドと言うんだがね。どうもこの力場、私の想定していた物とは別の物に変化している」

「?」

疑問符を浮かべ、どういうことだ?と視線で伝えてくる槐にトーラスは続ける。

「このセラフの動力源は君の産み出した小型化されたACコアとML機関だ。本来はこの二つをセラフに内蔵させるんだがちゃんと機能するかどうか確かめるために臨床実験を行ったんだがね、それを行っている最中に面白いことが起こったんだ」

「面白いこと?」

「合体したんだ」

「え?」

「だから合体したんだよ。まるで細胞分裂の巻き戻しであるかのように、君の産み出した二つの動力炉が一つになった。そして恐ろしいほどのエネルギーを持つようになった。革新だよこれは!実験が進んで行けば、私の見立てが正しければ、推進剤さえ必要なくなることさえあり得る!新しい飛翔システムの確立となるんだ!」

「………」

「………こほん。少し興奮しすぎたようだ」

そう言ってわざとらしく咳を一つしてトーラスは続ける。

「つまりだ。新しいセラフが完成すれば、単機での宇宙進出も夢ではないという事さ」



◆◆◆



最初に思ったのはまず悔しいという気持ちだった。

トーラスからの説明により、セラフがBETAによって生まれ変わるという事。リミッターを解除したセラフを制御できる身体を作るにはBETAの頑丈な部分に頼らざるを得ないということ。

最低でも要撃級のダイヤモンドよりも固い腕、あわよくば要塞級の衝角が必要となること。これまで槐が参加した戦闘と幾つもの戦場で採取されたBETAの死骸から既に必要な量は取れていたらしい。

そして、自身が生み出したコアが加工するためのエネルギー量を十二分に補ってくれる、だそうだ。

それによってセラフが強化されるのは嬉しいと思う。

だが、同時に突き付けられたのは人類はどうあがいてもBETAの技術に勝てることは無いということ。

BETAの外殻で作られた関節と装甲。おそらく近い未来でセラフは身体のほとんどがBETAのものへと変わってしまうだろう。

その事実が、どうしようもなく悔しかった。

みみっちぃと言われればそれまでなのかもしれない。だが、長年つきそってきた相棒とも呼ぶべき愛機が、まったく別の存在に変わってしまうのではないか。

そう思うと槐は、どこかやりきれない気持ちになった。

「はぁ………」

珍しく、落胆した気持ちが全面に出てしまう槐。

そんな時、サーチが誰かを捉えたのを槐は感じた。

「まいったな。俺らの宿舎、このあたりのはずだよな」

「………ブリッジス少尉?」

「ん?あんたは確か、エンジュ大尉?」

「ああ。君はどうしてここに?」

「あー、いや、宿舎を探してたんですけど、道に迷っちまって」

そう言ってきょろきょろとあたりを見渡すユウヤに、なるほど、と槐は頷く。

「そーなのか。アルゴス小隊の宿舎は、確かあっちだ。私の部隊の宿舎の近くだから、一緒に行こう」

「え?あ、はい」

淡々と答える槐に少々戸惑いを覚えながらも槐の後をついていくユウヤ。

「「………」」

無言のまま歩くのが続き、ユウヤはどこか息苦しさを感じた。

「(なんつうかこの大尉。意外と無口なのか?)」

自身の身長と同じか、それ以上の長身の男の背中を見ながらユウヤは心の中で呟く。
一方で槐もこの無言の状態がもどかしく感じていた。

「(む~、唯衣のことを訊きたいが、どうも話しかけづらい。一体どうしたものか)」

時折後ろを見たくなる衝動に駆られるが、グッと我慢する。

ふと、進んでいく先の道に何かが落ちているのを槐は捉えた。それは人形だった。可愛らしいクマの人形。そして、何処かで見覚えのある人形。

あれは、確か………

「イー………ニァ?」

そう呟く槐の横を通り過ぎてユウヤが早足でクマの人形を取る。

「こいつは、確か」

「シェスチナ少尉の物だ。何故ここに?」

―――素直に謝ることもできねェのか?ああ!?―――

―――観光気分かよ!―――

「……まさか!」

「あ、ブリッジス少尉!」

走り出すユウヤを追う形で槐も駆け出す。ただごとじゃない。

槐は自然と状況を感じ取った。

声が発せられた方向から場所の特定は簡単だった。

槐はユウヤと共にイーニァたちが居るであろう場所へまっすぐ進んでいく。

「ッ!」

そして開けた場所へたどり着いたとき、槐達が見た光景は、嫌がるイーニァを後ろから羽交い絞めをし、下卑た笑みを浮かべる少年と、蹲るクリスカを囲んでいる者達だった。

イーニァを羽交い絞めしている少年の空いた手は、自身のズボンのベルトに触れている。

それだけで槐はこれから何をやろうとしているのかが容易に理解できた。

槐とて子供ではない。そういう知識を知っているし、唯衣達とそういう関係を持っている。

男女の営みというものに対し、槐は何処か神聖な儀式という見方があった。互いに合意があり、互いに想い合い、心の共有をもって安らぐこと。

そう言うものだと槐は思っていた。

だが、今視線の先にある光景は、ただ一方的な暴力ではないか。ただ己の欲を満たすだけの、ケダモノ同然の好意ではないか。

涙を浮かべるイーニァ、苦悶の表情を浮かべるクリスカ。

彼女たちの容姿も相まって、アナスタシヤが被るのを幻視した瞬間。

「あいつら………!」

「~~~~~~~~~~ッッッッ!!!!」

槐の頭の中で何かが切れた気がした。



◆◆◆



怒りに顔を歪めるユウヤが駆け出そうとした瞬間、ガコッという音と共に地面がへこみ、銀色の残像がユウヤの傍を駆け抜け、気が付いたときには。

彼はイーニァを押さえつけていた男を連れ去っていた。

「がっ!?」

苦悶の声を漏らす男は、地に足がついていなかった。

先ほどの激しい動きで髪型が乱れたせいか、男の胸ぐらを掴みあげている槐の顔は長い髪に隠れていて見えない。

だが、その隙間から見える宝石のような紅い瞳は怒りで鈍く光らせていた。

「何をしている貴様ら?」

その行為は軍人としてあるまじき行為かもしれない。

他国のいざこざに手を出すべきではないのかもしれない。分を弁えた行動が出来ないところは反省すべき点だ。

怒りで表情を歪ませている反面、冷えた頭は別のことを考えている。

それを踏まえて槐は行動した。

見てしまった以上、槐は止まるつもりはなかった。男をコンテナに押し付けながら更に持ち上げる。

「ぐ………ぅぁ」

槐は今まででかつてないほど怒っていた。こんなにも容易く槐は怒りの臨界点を突破していた。キレていた。

「何をしているのかと」

槐は唖然としている少年たちを見渡しながら。

「聞いているのだッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!」

力の限り咆哮した。



◆◆◆



最初にユウヤが思ったことはどこの漫画の超人だ。

烏丸槐は細身で肩幅もそれほど広くは無く、後ろから見れば女と見られてもそれほどおかしくは無い人間だ。そんな彼が、少年とはいえ片手で持ち上げる姿は驚くべき光景だった。

そして、地鳴りがするかと思うほどの大声に、ユウヤは圧倒され、理解した。

これが、横浜奪還作戦で活躍した衛士。他国からBETAを貪る大きな鴉『レイヴン』という畏怖を込めて呼ばれた男のもう一つの姿であると。

「て、てめぇ!そいつを離しやがれ!」

一人の少年が槐に言い放つ。

槐は声を張り上げた少年に視線を向ける。

「う……!?」

その瞬間、怒りで表情をゆがませていた少年の顔は一気に青ざめるものとへと変わる。

「そんなに離してほしいか?」

底冷えするような声を槐が張り上げると、彼はほとんど勢いをつけることなくその少年に向けて掴みあげていた少年を投げた。

せき込む少年と彼に駆け寄る仲間たち。

「い、いきなり出てきやがって、ヒーロー気取りかよ!」

ユウヤは素直にその少年たちが今の槐に向けて勇気を振り絞って言葉を放ったことに賞賛を覚える。自分が向けられていないのに大声を張り上げた時の一喝で圧倒させられたのだ。

彼らはもっと威圧を受けているだろう。

「MPを呼べるなんて思うなよ!ここじゃどれだけ声を張り上げても誰も来やしないからな!」

後ろから殴り掛かってきた少女の鉄パイプを、槐は片手で受け止め、握りしめる。



――――ギギギギギギギッ!バツッ!――――



すると鉄パイプは、槐の超人的な握力でねじ曲がり、それどころか千切れ落ちてしまったのである。

「なっ!?」

驚きの声を漏らす少女の手首を槐は掴む。

「あぐぅ!?は、放せ!放せよ!」

「………」

槐は力を緩めず段々と万力の様に力を込めていく、次第に圧迫感が痛みへと変わり、激痛へと変化した。

「いぎぃぃぃいい!?痛い痛い痛い痛い痛い!放して!放してぇぇぇ!」

「この野郎ぉぉぉ!!」

ナイフを持って突撃してくる男を槐は見やった後、掴んでいた手を離し、代わりに少女の胸ぐらを掴みあげ、そのままボールの様に少年に向けて投げ飛ばした。

折り重なる形で倒れ伏す二人を一瞥しながら槐は口を開く。

「今私は虫の居所が悪い。これ以上痛い目を見たくなかったらさっさと失せろ。目障りだ」

「な、なんなんだよあいつ!あんな細身でなんて力出してやがる!?」

「………」

一連の出来事を見ていた少年たちが戦慄する。これ以上続ければ死人が出かねない。ユウヤは本能的にそう感じた。

「大尉…大尉!ちょっとやり過ぎだぜ」

ユウヤの言葉に槐は一度彼を一瞥した後、長く深いため息を吐く。もう手は出さないというかのように彼は二歩、三歩と後ろへと下がる。

それを見てユウヤは一応自制できるほどの理性が槐に残っていたことにホッとしながら、蹲るクリスカの下へ歩み寄る。

「大丈夫か?」

「クリスカ………!」

身を案じる声をかける二人を横目に槐はこの後のことについて思考を巡らせる。

ああ、やってしまった。

そう思いながら槐は彼らの動向に静観をすることを決めた。

「おい糞餓鬼ども。お前らどこの整備兵だ?」

「ああ!?」

「っざけんな!これが見えないのか!?」

少年たちの胸元にはウイングマーク、衛士である証が付いていた。

槐は彼らがどうしてこういう行動に出たのか、それを忌々しく思いながらも理解できた。だからこそ、これから起こることがどういうものなのか容易に想像ができた。

「貴様ら、何をやっているか」

遅い到着だな。そう思いながら槐はこの張りつめた空間に入ってくる二人の人間を見やる。

一人は栗毛のショートカットの少女、そしてその後ろに居るのはクリーム色の髪の毛を後頭部でまとめた女性。恐らく彼女が上官だろう。

「ターシャ?」

「っということは」

「貴様らに、遊んでいる暇はないはずだがな」

「………」

クリーム色の髪を後頭部でまとめ上げた女性に視線をやりながら、槐は基地内に居る衛士すべてのデータから人物を検証する。

≪該当者あり、ジャール大隊所属フィカーツィア・ラトロワ中佐と断定≫

「歓迎パーティはお開き。直ちに持ち場に戻り、機体の整備状況の確認に当たれ」

「わ、分かりました。中佐!」

有無を言わさぬ迫力の籠った命令に、少年たちはそそくさとその場を退場する。それを見計らって槐はラトロワ中佐の下へ向かい、一度敬礼をする。

「日本帝国軍レイヴン隊隊長、烏丸槐大尉であります。中佐殿、この度は出過ぎた真似をしてしまい、誠に申し訳ありませんでした」

槐の言葉にユウヤは戸惑った。何故彼が謝罪を?

「今度から分を弁えて行動しろ。いいな?」

「はっ………他の者にも、よく言っておきます」

ラトロワ中佐は手短に言うと、もう用は無いというかのように踵を返し、その場を後にする。

「(お相子と言うことで見逃してもらったのか………。本来ならば上に進言されても文句は言えんのだがな)」

「な、なあ。なんでアンタが謝ったんだ?どう考えたって彼奴らが悪いだろ?」

ユウヤの言葉に、槐はしばし無言を貫いた後、振り向いて静かに口を開いた。

「理由は色々ある。それを私が知った風な口で話すことはできない。彼らの怒りも、私は少なからず理解できる。前線で生きるか死ぬかの世界で常に身を置いている彼らと、後方で、安全な場所で、戦術機を操る我々。それを知っている彼らから見て、我々はどう映るんだろうな」

一つ間を置いて槐は続ける。

「三人とも、後は自分で帰れるだろう?私はこれで失礼させてもらう」

そう言ってユウヤ達の横を通り過ぎていく。

やがて、彼の背中は夜の闇の中へと紛れていくのであった。

――――――――――――――――――――――――――――――
後書き

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
新しいセラフにはACE:Rの装備に加えてACVの要素を取り入れてみました。どう見ても重装備です。本当にありがとうございました。
だが、これで心置きなく格闘ができるセラフが描ける。(ゲス顔)



[34266] 第九話 AMIDAくん事件
Name: きりたんぽ◆81d5e089 ID:77f34854
Date: 2013/06/26 19:12
前書き
お久しぶりです。つい最近パソコンがぶっ壊れて作業もままならない状態でした。まぁ、言いわけですが………ね。中のデータその他諸々でこれまで書いてきた2MB分のワードが消えたのは心が折れるかと思いました。しかも運の悪いことにバックアップデータまでが………。
まぁ、いろいろとありましたが、私は元気です。それでは、本編をどうぞ。
―――――――――――――――――――――――――――
「どうしてこうなった」

ため息を吐く槐。突然だが、槐は現在の状況に愚痴を零さずにはいられなかった。

「ムキュ?」

かわいらしい鳴き声が聞こえるが、槐の視界には鳴き声の主、AMIDAの姿は見られない。

右を見てみる。

黒だよ。真っ黒。

左を見る。

ここも同じく真っ黒な世界。

前も、後ろも、上も下も、すべてが真っ黒な世界。

「ムキュ~」

別に辺りが暗いからというわけではない。現在の時刻は午後の1時半に差し掛かったところ。

ではなぜ槐の視界は真っ黒に塗りつぶされているか?

それはAMIDA君が全力で槐の顔に張り付いているからである。

槐は再度ため息を吐く。

「………本当に」

どうしてこうなった。



◆◆◆



8月8日

カムチャツカ基地で行われたミーティングでBETAが進軍してくることの旨が伝えられた。

BETAの迎撃をするとき、ユウヤ達試験小隊も出撃するのだが、彼らの護衛をする者たちについての紹介がされた。

その部隊の名はジャール大隊。

以前クリスカとイーニァに対して暴行を行っていた者達だった。そして彼らの部隊の指揮官である女性の名を、フィカーツィア・ラトロワ中佐と言った。

なんの運命の巡り会わせか、嬉しくもない因果だが、つい先日ユウヤ達とトラブルに会った者達との共同での作戦行動。

当然ながら、ジャール大隊とアルゴス小隊との関係は最悪と言ってよかった。



◆◆◆



資料を片手に、槐は自身に割り当てられた執務室へと入って行く。その手に握られた資料の表紙には有澤重工を示すロゴマークと「兵器開発についての定期報告書」と書かれていた。

「………」

槐は無言のまま椅子に座ると、資料を捲っていき、内容に目を通していく。

「!」

次のページを捲り、あるものが目に入った瞬間、彼は僅かに目を見開く。そして、ゆっくりと資料の内容の文字を一文字一文字覚えるつもりで彼は視線を移動させる。

prrrrrrrrrr

prrrrrrrrrr

突然鳴り響く電話の呼び出し音。

それに少々驚きながらも彼は受話器に手をかけ、耳元に持っていく。

「はい。烏丸です。………はい。………はい。………?………ダン少尉とメイ中尉が?………ええ。………分かりました。指揮は私が?………ええ。分かりました。………それでは」

受話器を戻すと、槐は手に取っていた資料を机の中へ仕舞う。途中まで読んだままだが、彼はその前にしなければならないことが出来たからである。

コンコンコンコン、と四回扉を叩く音が響く。

「どうぞ」

槐が言うと、扉を開けて二つの人影が入ってくる。

その正体はメイとダンだった。

2人は槐の前に立つと同時に敬礼をした。

「有澤重工護衛部隊、国連軍のメイ・グリーンフィールド中尉であります」

「同じく有澤重工護衛部隊、国連軍のダン・モロ少尉であります」

「楽にしていい。二人ともよく来てくれたな。作戦の内容は聞いているな?作戦行動中はレイヴン1であるカズサ・ヤマシロを隊長としたレイヴン部隊に君たちは入ってもらう。指揮官は私が勤めることになる。よろしく頼むぞ」

「「はっ!」」

覇気のこもった返事をする二人は、初めて会った時とは違う雰囲気を醸し出していた。
二人の敬礼は少しの狂いもない。よく訓練されている。

それが槐の感想だった。

報告ではダンの成績はあまりよくないと聞いていただけに少々「意外」という気持ちだった。

引き締まった顔は緊張ゆえか、それともこれからの実戦に対する恐怖か、それは自身の前で敬礼をする二人にしかわからなかった。

◆◆◆

メイ・グリーンフィールド

階級は中尉 ヨーロッパ地方の生まれであり、幼少の時に両親をBETAに殺害されている。遺体は行方知らず。訓練兵時代は成績を常にトップを維持する。それがBETAに対する復讐心ゆえかは定かではない。BETAに対する殺意はこれと言って見られることはなかった。

まさに文武両道を体現させた女性衛士。前線には何度も出たことがあり、実戦経験は豊富。搭乗機体はA-10サンダーボルト。近接格闘よりも射撃を得意としており特徴的なのはその戦い方である。

前線に出るとき、必ず彼女のサンダーボルトには高性能誘導多頭弾を装備しており、BETAに対し面制圧系の攻撃を仕掛けることから始まる。

本来ならば光線級の餌食になるところだが、その多頭弾一発一発の内部には小型化されたミサイルが内蔵されている。なんにせよ、初めての実戦で行われた攻撃はいい意味でBETAに対して効果を発揮していた。

このミサイルポッドを作ったのは有澤重工であり、これが彼の企業の広告塔となった最初の兵器でもある。

初めて前線に出た当時からどうやら有澤重工とは何らかの関係があったようだが詳細は不明。

ダン・モロ

階級は少尉 戦災孤児で親族は不明。肌の色から東洋人だと思われる。

後に国連衛士に拾われて養子となり、衛士になるための訓練を受ける。

成績はそこそこ。対人(・・)戦闘での実技は抜きん出て優秀。後に有澤重工からのスカウトにより専属のテストパイロットになる。

現在は企業の広告のためのCMで出てくるキャラクター、セレブリティアッシュのアクションスタントマンを務めている。また、有澤隆文の護衛も兼任している。


◆◆◆


「これが、あの二人のプロフィール?」

強化装備を着たまま、上総たちレイヴン部隊は囲むようにしてハンガーで話し合いをしていた。

槐がメイとダン二人と今後の予定を話し合っている同時刻、上総たちはこれから自分たちと共に戦う相手の情報のおさらいをしていた。

プロフィールでの情報はわかった。だが、彼女たちの戦闘に関するデータはあまりなく、参考になるものはなかった。

「このダン・モロって人は良く分からないから置いておくとして………」

「メイ・グリーンフィールドね。実戦経験は豊富らしいけど、それに関するデータがまったくない。情報が規制されているのか知らないけど。言えることはただ一つ………」

志摩子の言葉に全員の視線が集まる。彼女の表情は真剣そのものだった。自然と彼女たちに緊張が走る。

「なに?」

和泉が先を促す。

「彼女は、私と被っているってことよ」



・・

・・・

・・・・

・・・・・

・・・・・・

・・・・・・・は?

空気が凍り付く、というよりも、誰もが彼女の口から放たれた予想外の言葉に全員の思考が止まった。

「流れるような緑色の髪、端正な顔立ち、そして何よりも隠しようのないあの胸部装甲。まさしくワンダフルボディ!私と被っていると言わずしてなんと言うの!?」

「は?」

力説する志摩子。

何を言っているんだこいつは。という気持ちを全身から表している上総。

「だから、私が言いたいのは「は?」いやね「は?」いやいや、だ「あ゛?」はい、ごめんなさい。申し訳ありません。すみませんでした。どうかお許しを」

平に土下座をする志摩子と般若の顔で仁王立ちして彼女を見下ろす上総。今このとき、この瞬間、この世界を支配しているのは上総だった。

「真・面・目・な話をしてくださいまし………。で?本当のところは?」

続きを促す上総。これでただふざけるために言ったことならば修正するが、長年の付き合いによる経験ゆえか。なんらかの提案をしてくることがうかがえた。

「時間はあるんだし、実機訓練に誘うっていうのはどう?」

◆◆◆

「むぅ~………」

PXにて、槐はため息を吐きながら料理を啄む。

理由は、先日のジャール大隊の隊員たちとのトラブルである。

あれから数日が経ったが、上からの呼び出しはかかっていない。

見逃してくれた。

そう言う事なのだろう。

それに安心すると同時に中佐には悪いことをしたなという気持ちが芽生えてくる。

「どうしたエン?今日は元気がないな」

「ぁ、唯衣………。おはよう」

「ああ。おはよう」

視線を向ければそこにはお盆を料理に乗せて向かい合う様にして席に座ろうとしている唯衣の姿だった。

久しぶりに面と向かって話をした気がした。

「珍しいな。お前がそんな風になるなんて」

「実は………」

そう言って槐は周りに聞こえないよう注意しながら先日の起きたことを簡単に話していく。

「………なるほどな。相手が悪いとはいえ、他国の領域内で起こったことを我々が口に出すべきことではないな。最悪、上から注意を受ける」

「それどころか場合によっては降格もあり得る」

ゾッとしない出来事に槐は再度ため息を吐く。それを見て唯衣は笑みを零す。

「だが、後悔はしていない。違うか?」

「ああ。あれは許されるべき行為じゃない」

はっきりとそう口にする。もしまたああいうことが行われたら、迷わず槐は止めに行くつもりでいた。

確かな意志でもって主張する彼の目を見て唯衣は微笑む。

「それでこそエンだ。それに、お咎めはない。今はそれで良いんじゃないか?」

「しかし」

「気負い過ぎだ。エン。もう少し、肩の力を抜いてみたらどうだ?」

「それは唯衣に言われたくないかもしれないな」

なんだとこの。と言って唯衣はシュパッと槐のお盆に乗せられていた料理を一つ奪っていく。

「あ」

間抜けな声を漏らす槐を尻目に、唯衣は笑みを零しながら料理を口に運ぶ。

「あ、なんだ、いつの間にか唯衣来てたんだ」

「おはよう唯衣」

「早いね。唯衣。おはよう」

「おはようございますわ唯衣」

「ああ皆。おはよう」

続々といつものメンツが集まってきた。

各々が自分で選んだ料理をトレイに乗せて席についていく。

「さっきまで何の話してたんだ?」

「いや、少しな。ジャール大隊ともめたことなんだが」

安芸の質問に槐は小声で言う。
ああ、あのことか、と合点がいったのか、安芸は頷きながら食事を始める。

「ふぅ~ん。まぁ、上からお咎めが無いってことは、黙認してくれたってことなのかしら?あるいは何処かの誰かさんが言っていないか」

「多分………」

横から静聴していた志摩子が槐に言う。当の本人は曖昧に返すだけだった。

「今回は仲間内だけでだったらしいけど、私達も気を付けたほうが良いかもね」

「え?なんで?」

和泉の言葉に安芸が問いかけると、和泉は視線だけで安芸の斜め後ろ方向を示す。
横目で安芸が少しだけ振り返ると、そこには話題の中心となっていたジャール大隊の少年たちが座っていた。

時折こちらに視線をやっているのが分かり、その瞳に含まれているのは、言わずもがな敵意だった。

「なるほど、槐のことでの仕返しがあり得るってことか?」

「アッチにとっては鬱憤がたまりまくってる。そういうことなのね………。それにしてもよく気づいたわね和泉」

「まぁね」

「つまり、ここに居る間、あまり一人で出歩くのは少々危険という事ですわね」

「……四人ともすまない。私の所為だ………。」

申し訳なさそうに言う槐に安芸は彼の背中をポンポンと軽く叩く。

「良いって良いって。第一にさ、あたし達があんなヒヨっこに負けるとでも思ってるのか?」

「試しに計算してみたら?」

楽しげに言う安芸と志摩子に、槐は言われた通り演算を開始する。
結果は早く現れた。

「基地全体図と照らし合わせてあらゆるシチュエーションでシミュレートしてみた結果。安芸達が彼らに襲われて無傷での対応できる確率は70%強」

「ありゃ、100%じゃないのか」

「何事にも絶対なんていうことはあり得ない」

確かに、と槐の言葉に同意しながら安芸は苦笑する。

「じゃあさ。もし危険になったら、あたしたちのこと助けてくれるか?」

「絶対に助ける」

確かな意志をもって言い切る槐の言葉に安芸は少しだけ頬を赤らめ、寄り添うように槐の肩に頭を乗せた。

「期待してるぜ。あたし達のだ・ん・な・さ・ま」

「あ、安芸!ずるいですわよ!」

「そうだそうだ~。ずるいぞ安芸~」

「へっへ~ん」

「あ、あははは………」

「はぁ、貴様らはまったく」

声を張り上げる上総と志摩子。それを見て自慢げに笑みを零す安芸。微笑ましそうに見つめる和泉。

そして、呆れたような、それでも楽しそうな笑みと共にため息を吐く唯衣。

PXでの穏やかな朝食は、もう少し続きそうだった。



◆◆◆



ところ変わってトーラスのラボ

「失礼しま―――」

「ムキャーーーッ!」

「!?」

扉を開けた瞬間、怪鳥音とともに何かが顔に張り付いた。

直後、顔を囲むようにして、こうガシッ!と頭部に何かが張り付く。声で大体分かるが、AMIDAくんである。

「………」

外そうとしてもAMIDAくんがガッチリとホールドしていて取れない、そして、地味に爪が食い込んでいて痛い。

「………………博士、いますか?」

AMIDAくんが顔に張り付いているため視界がふさがれている。

槐の呼びかけにトーラスは答えない。

どうやらいないようだ。

「何処へ………」

とにかくこのまま立っているのも仕方がないので、手近な椅子に座ることに決めた槐は、両手をパンッと鳴らす。

≪ソナーモード起動 反響音から物体の場所を特定 ……… ……… マッピング完了≫

槐の頭脳に簡易的な地図が出来上がる。

床にはあちらこちらに物が散らばって落ちているようだった。槐はそれにぶつからないよう、踏みつけないように注意しながら手近な椅子に座る。

このまま博士が来るのを待つことにするが、ただ待つのもあれなので、とりあえず現状況の打開を行うことに決めた。

「………AMIDAくん」

「むきゅ?」

まずはコミュニケーションだ。幸いAMIDAくんは人懐っこい行動がよくみられたし、こちらの言っていることもある程度理解できているようだ。無理やりよりもこちらから歩み寄るようにしてやれば恐らく自然と顔からはがれるのではないかというのが槐の推測だ。

「離れてくれないか?」

「ムキュ」

いや、とでも言いたげにギチッと張り付く力を強めるAMIDA。

思わずため息をつきたくなる。

一体、どうしてこうなった。

取り敢えず次の策を講じる。

もう一度手をパンッと鳴らし、トーラス博士がAMIDAくんによく上げていたお菓子の場所を特定する。

それを手に取り、AMIDAくんの前に持っていく。

「食べるか?」

「ムキュっ♪」

お菓子を前脚だけで器用に取り、モムモムと音を立てながら咀嚼音が槐の鼓膜を震わせる。

こうすれば必ず排泄のために顔から離れるはずだ。

と槐は思った。



キュリリリリリリィィンッ!



しかし!ここで槐の脳に電流が走る!

仮定としてこの顔に張り付いたままで排泄が行われるとしたら?

「ムッキュ~~~~」

そうしている間にAMIDAくんがプルプル震え始める。

「ま、不味い」

これは一大事だ。と言っても食べたものがそのまま出るのだ老廃物として出るわけではない。

だが、これは気分的に良いとは言えない。槐は都合よく足元に置かれていたゴミ箱を手に取りAMIDAくんの臀部?らしき場所へと持っていく。

わずかな衝撃がゴミ箱を持った手に伝わるのはほぼ同時だった。

「キュイ~~~」

スッキリ、とした感じの声に、槐ははぁ、とため息を吐く。

間に合った。

精神的に何かがすり減った気がするが、とにかく危機は脱したようだ。

それにしても、なぜAMIDAくんは自分の顔に全力で張り付いているのだろうか?嫌でも離さない気だろうか?理由は?

皆目見当がつかない。

と、不意に後ろの扉が開かれ、誰かが入ってきた。

「槐大尉?」

「………その声はアナスタシヤか。博士を探しているんだが、見ていないか?」

そういって槐は声のほうを向く。

「ぶふっ!?………は、はい。私は……プクッ……見てな………くくくく………も、だめ、げんか……アハハハハハハハハハ!槐!なんですかその顔!あはははははは!AMIDAくんが、AMIDAくんが張り付いてます!」

アナスタシヤが腹を抱えて笑っているのが確認しなくてもわかった。なんとなく槐にはわかった。

「………そうか、ならどこに行ったか心当たりはないか?」

「は、はい。恐らくセラフのハンガーにいるかと、思われ…………ぷ……アッハハハハハハハハハ!その顔で!その顔で何食わぬ!アハハハハハ、ご、ごめんなさい。でも、おかしくってアハハハハハハハハ!!」

「ぐぬぬ」

遂に蹲って床をゴロゴロと転がりだすアナスタシヤ。上官にむかっていい度胸だ。

後で泣かす。

なんてことを思いながら深くため息を吐いて心を落ち着かせる。

「え、槐大尉」

「………なんだ?」

「て、提案があるのですが、AMIDAくんと同じ声をまねてコミュニケーションをとってはいかがでしょうか?」

「?……このままで十分コミュニケーションは取れているが?何か違いはあるのか?」

「いいえ、そういうわけではぷくっ、ん、んん!何事も実践してみるのもありかと思われます」

「………なるほど、一理あるな。いつの間にか、先入観に囚われて方法の範囲を狭めていたな。では、早速やってみるか」

「!?~~~~~~っ!は、はい」

「………アナスタシヤ」

「な、なんでしょう?」

「さっきからプルプル震えているようだが、大丈夫か?」

「大丈夫です。問題ありません。さ、どうぞ。やってみてください」

「うむ………それでは………む、ムキュ~」

「キュ?」

「キュ~」

「キュ~?」

「キュキャ~!」

「キュキャ~!」

「ムキュキュキュキュ!」

「ムキュキュキュキュ!」

「ムキィ~!」

「ムキィ~!」

「「キャッ!キュッ!キョッ!」」

「「……………」」

「だめだ。効果なしだアナスタシヤ」

ドサッ

「…………アナスタシヤ?」「ムキュ?」

「~~~~~~~~~~~~~ッ!~~~~~~~~ッ!!~~~~~~ッ!?」

「………」

いやな沈黙が続く。

そんな時、扉が開かれてトーラスが入室する。

「ふ~んふふふふ~ん♪ふん?」

トーラスはあたりを見渡す。顔面にAMIDAくんを張り付かせた槐と、うつ伏せになって身悶えているアナスタシヤ。

「………なぁにこれぇ?」

事情を聴くまでトーラスはいつまでもこの意味不明な空間に疑問符を浮かべるのであった。

その後、事情を説明した槐とアナスタシヤ。

それを聞いたトーラスは端的にいえば。

「ゲッラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラ!!」

槐に指を指して爆笑した。

それはもう清々しいほどの、思わず殺意を覚えるほどの大爆笑だった。

なんとかAMIDAくんを剥がしてもらい、当初の予定通りの話題をトーラスに話すことにした。

「それで?エンジュくん、今日はどんな用事で来たんだい?」

「はい。実は個人的な連絡を取りたい方がいます」

「ふむふむ、それで?」

続けて、と先を促すトーラスに槐は続ける。

「香月博士に繋いでほしいのですが………」



◆◆◆



「疲れた」

香月夕呼との連絡を終えた槐は一人呟く。背筋は少しだけ前かがみのようになっており、全身から疲労しているという雰囲気を醸し出していた。

少しだけ体をほぐすように背筋を伸ばす。

パキポキと小気味の良い音が鳴る。朝からずっとデスクワークばかりで、同じ姿勢をとっていたためか。

張りつめていたものが頭頂部から足の裏へと落ちて地面へと浸透していくような気分に、槐は肺にたまった息を全て吐き出す。

「………」

槐は廊下を歩きながらスケジュールの確認を行う。

現在は午後の3時前。次の仕事まで約3時間程の暇ができたようだ。

槐はこくりと頷くと、歩調を早める。

息抜きがてら散歩でも洒落込もう。あと、誰でもいいからなにか何でもない普通の話をしたい。

そう思いながら槐はその場を後にする。

外に出ると天候は生憎曇りだった。今日中に晴れることはないだろう。晴れるとしたら明日、つまり作戦予定日だ。

どうしたものか………。

30分くらい歩いて何もなければシミュレーターにでも行ってみるか。そんなことを考えながら槐は人通りの少ない場所へと進んでいく。

そういえば、唯衣やブリッジス少尉たちは大丈夫だろうか?ジャール大隊の面々とまたトラブルが怒らなければいいが………。

「あ!?て、てめぇは!」

「?」

噂をすればなんとやら、声のするほうを見ればそこにはジャール大隊、そして、クリスカとイーニァだった。

「え、槐大尉!?」

「あ!エンジュ!」

二人とも反応は様々だが、イーニァは初めて会った時と比べて恐怖の感情をこちらに向けておらずパァッと明るい表情を見せていた。

槐は二人を囲むようにしているジャール大隊の面々を一瞥した後、ため息を吐く。

「またか貴様ら。作戦の前日だというのに、随分と余裕だな。それから、口の利き方がなっていない。私はこう見えて大尉だ」

「ちっ……お高くとまりやがって………そいつは申し訳ありませんでしたねぇ大尉殿。一体俺たちに何の用でしょうか?今、お行儀の悪い仲間に躾をしているんですがねぇ、部外者は黙ってもらえないでしょうかぁ?」

凄味の利かせた表情でにらみつけてくる少年たちに、槐は内心で学習しない奴らだと嘲笑する。

「別に、偶々通りかかっただけだ。貴様らの言う通り私はソ連内での揉め事にはあまり口を出せない立場だ。だが、貴様らの品のなさ、これまでやってきたことを包み隠さず貴様らの上官に進言しても良いのだぞ?ついでに言えば、彼女たちはイーダル試験小隊の重要な立ち位置となっている。彼女らの編み出したデータは、貴様らの知らないところでソ連の力となっている。下手に手を出して、ラトロワ中佐に迷惑がかかったら………貴様らどうする?」

はっきり言ってさっき言った言葉は、これまで集めた情報と確証もない推測だけで出たでたらめ、ほとんどハッタリだ。

「!?」

しかし、彼らには少なからず動揺を与えたようだ。特に、彼らの上官、ラトロワ中佐という言葉に反応があった。

槐は反論の余地を与えることなく脳内で文章を作り上げ、さらに畳みかける。

「さぁ、どうする?もし取り返しのつかないことだとしたら、貴様ら、どうするつもりなんだ?」

「……………ちっ、行くぞ」

「あ、ヤーコフ!」

そう言って槐の横を通り抜けて去っていく少年たち。すれ違いざまに睨み付けられたが、そんなもの、毛ほどにも感じない。

父である巌谷栄治と竹刀を交えたときのほうが余程怖かった。

それにしても、ちょっと散歩するつもりが気が付けば色々とあらぬ方向へ行ってしまっていたようだ。

だが、おかげで事前にこの騒動を止めることができた。

さて、今度こそ自分は上から呼ばれるのではないかと内心戦々恐々としている時、イーニァが槐に抱き付いた。

「ありがとう!エンジュ!」

「ああ………シェスチナ少尉、無事で何よりだ」

「シェスチナじゃなくて、イーニァって呼んで!」

「??………そうか。ビャーチェノワ少尉も大事ないか?」

「え……ぁ、はい。救援!ありがとうございます」

「(救援?)ああ、それじゃあ、私はもう帰る」

「ぁ………」

そういって踵を返す槐。

「待ってエンジュ」

「?……どうしたシェ…イーニァ?」

「あのねエンジュ、クリスカのこともクリスカって呼んであげて」

「イ、イーニァ!?」

「クリスカもエンジュに名前で呼んでもらいたいんだよ」

「……そうなのか?少尉?」

「い、いえ!私は、あの!べ、べべ別に、その………」

もごもごと口ごもって俯くクリスカ。呼んでもらいたいのか。クリスカの狼狽する様はどことなく唯衣を彷彿とさせた。

「………クリスカ」

槐は彼女の名前を口にしてみる。

クリスカにとっては聞こえるか聞こえないかの小さな声だったが、それは彼女にとってやさしく聞こえた。

「ぁ………」

呆けたように顔を上げるクリスカ。

「試しに読んでみたのだが、嫌だったか?正直に言って構わない」

「ぁ、あ、いえ、その、別に、嫌では、ない……です」

再び俯きがちになり、段々と声が尻すぼみになっていく。どうやら別に嫌悪を感じているわけではないようだ。

逆にクリスカは槐と何気なく自然と会話をしている自分を自覚した瞬間、顔が熱くなっていて仕方がないことに気が付いた。

これが一体なんであるのかは検討がつかない。胸の内からこみあげてくる柔らかく、それでいて激しい熱は心地よい。

だが、同時に気になるのは自分の顔だ。一体どんな顔になっているのか、今すぐにでも紙で見たいという衝動と、そんな自分の顔を槐に見られたくないという意思だった。

「い、行きましょう。イーニァ」

「クリスカ?…うん。じゃあね。エンジュ」

そういって手を振るイーニァに槐も手を振って答える。彼女の姿が見えなくなった後、槐はポツリと零した。

「トリースタ・シェスチナとイーニァ・シェスチナ………第三計画と第四計画、そして第五計画。やることは……たくさんあるな」

そういって槐は足早とその場を後にするのだった。

―――――――――――――――――――――――――
あとがき 
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。次話投稿はMOAのセラフ(2週目)をブレオンで倒せるようになったら、かな………。



[34266] 第十話 電磁投射砲
Name: きりたんぽ◆81d5e089 ID:77f34854
Date: 2013/08/07 17:50
前書き

どうも、お久しぶりです。今回はかなり難産でした。え?いつものこと?
ダンやメイをどう動かしたらいいのか、ACFAを実際にやってみて検証してみたりと色々やって見たのですが、う~ん。と首をかしげざるを得ない。
そんな不完全なお話ですが、よかったらどうぞ最後まで読んでいってください。

―――――――――――――――――――――――――――

作戦予定日当日

作戦開始を前に、各々の部隊が出撃準備に入る。モニターで部隊の動きを黙して見守るのは槐と唯衣、そして各部隊指揮官たち。

スピーカーから流れる部隊パイロットの軽口を耳にしながら槐は事前にチェックした村雨の状態を『頭』の中で思い返す。

整備班からの報告後、機体の細部にわたるスキャンを済ませている。いつでも実戦に出ることができ、村雨の初の実戦。事前に槐自らの念入りな検査をすませた。

準備は万全。

作戦区域内での敵性予兆は認められない。BETAが近づいてくる特有の振動も感知していない。余程のことがない限り、作戦場所で予定通りの時間にBETAが来るだろう。
オペレーターたちの手順通りの戦闘区域内の確認は滞りなく進んでいる。

「槐……」

「?」

隣にいた唯衣からの声に槐は顔を向ける。プライベート以外でその呼び方をされるのは久しぶりで、顔に出てはいないものの、少し驚いてはいた。

「いよいよだな」

小声で話しかけてくる唯衣に槐は頷く。

「ん………唯衣も、レールガンのほうは大丈夫か?ブリッジス少尉が受け持つようだが………」

「ああ、大丈夫だ。その時になったらきっと、ブリッジス少尉がやってくれるさ」

「………信頼、しているのか?」

「勿論だ。感情的な面があるが、彼は優秀なパイロットだ。それに、約束してくれたからな」

「約束?」

ああ、と笑みを浮かべる唯衣。

「必ず成功させる、とな」

まだ実戦も分かっていないというのに、と呟きながらモニターに視線を移す唯衣に、槐はただ相槌を打つだけだった。

「………そう、か」

槐は視線を戻した後、チラ、と再び唯衣のほうを見て彼女の横顔を盗み見る。意味ありげに含まれた笑みがモニターに向けられる。それが誰に向けられているのかは容易に想像できた。

何故だろうか、その笑みがどうにも気に入らないと思ってしまった。どこか胸を締め付けられるような感覚を覚える。

それが嫉妬という感情であることはすぐに思い浮かんだ。

「………(浅はかすぎるな)」

意外な自身の独占欲の強さに槐は内心戸惑いを覚える。感情を振り払うように槐は静かに息を吐く。

「(今度、食事に誘ってみよう)」

そうしながらも、振り払いきれぬ独占欲に槐はまぁ、これでも良いか、というどうでもいいことを考えるのであった。

◆◆◆

各部隊が定位置に着いた。

後方にいるアルゴス小隊とは別に、レイヴン少隊は前に出ていた。その近くにはメイたちの戦術機も存在している。

ライトグリーンにカラーリングされたサンダーボルトとダンの駆る青と黄で塗られた陽炎。

それが彼らの乗る有澤重工の牙であり盾であり剣。

コックピット内でメイは非常に落ち着いた様子を見せていた。

長い翠の髪の一束を指先で弄りながらその時が来るのを静かに待っていた。

一方、ダンはというと。


ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガダカダカダカダカダカダカダカダカダカダカダカダカダカダカダカダカダカダカダカダカダカダカダカダカダカダカダカダカダカダカダカダカダカダカダカダカダカダカダカダカダカ


縦に震えていた。器用な震え方である。

「不味い不味い不味い不味い不味い、あの数は絶対死ぬ絶対死ぬ。もうだめだ、おしまいだ。遺書書いとけばよかった。見え張るんじゃなかったぜクソッタレぇ………!(へっ、レイヴン小隊のお嬢ちゃんたち、ここは俺に任せとけば大丈夫だぜ、なんせ、俺とメイは優秀なコンビだからな)」

「何寝言言ってるのよ。もう敵は目の前よ。腹括りなさい。」

「自分で言っちゃあなんだが、結構やれるぜ(いやいやいやいや、これは完全にキてるぜ。死ぬ、俺は今日、死ぬ!)」

「本音と言ってることが滅茶苦茶になってるわよ………重症ね」

「あの……グリーンフィールド中尉?」

誰かから通信が入る。上総だった。

「ええ、なにかしら?」

「彼、大丈夫なのでしょうか?」

「ちょっと大丈夫じゃないわね」

「(あれでちょっと!?)後催眠暗示は必要でしょうか?」

「いらないわ。というよりも、彼そういうのは生まれつき効かないみたいよ」

「はぁ」

そういって上総はダンを見やる。今も尚ブツブツ何かを喋っているが聞き取れない。

あまりにも対極的すぎる二人に、上総は不安を抱えずにはいられなかった。

そんな彼女の増えていく苦労を尻目に、本人の知らぬところで事態は進んでいた。

「そろそろ来るよ」

敵の反応を知らせる電子音。和泉の掛け声とともに全員の顔が戦闘のそれとなる。既に味方の状態に対する思考は頭の外に追いやっている。

「有効射程範囲内まで残り30秒」

地響きが少しずつ少しずつ大きくなっていく。

彼女たちは思い出す。初の実戦の時を。少しずつ大きくなっていくこの地鳴りは、BETAが近づいてくる死の音。

全ての戦術機が出てくるであろう海面に突撃砲を向ける。

残り20秒

当時は何度も深呼吸をしなければ自身の身の内から沸き起こる感情を抑えられなかった。

恐怖心。

個の生命体全てに存在するであろう生存本能に直結する感情の一片。

幾度となく引き金を引き、刃を振るった時も、彼女たちは常に背後から忍び寄るであろう死の恐怖と戦い、人類は幾度となくそれを克服し、幾度となく挑戦した。

衛士であるならば必ず直面するであろう自身の本能との闘争。

それに挑み、あるものは倒れた。あるものは散っていった。だが、彼女たちは今も、ここで生きている。今生きている彼女たちは紛れもなく勝者。

残り10秒。

時を経て生を積み重ねていくうちに幾つもできあがる生きる目的。例え絵空事と言われようと、それが彼女たちの力となっている。戦術機を動かす腕を軽くしていた。

5秒

さぁ、始めよう。



生きるために



目的のために



倒すために



勝つために



殺しつくそう

「ミッション開始」


≪ドパパパパパパパ!!ダララララララララ!!≫

≪ドカッ!ドンッ!ドンッ!ドンッ!ドンッ!≫

≪バババババシュゥウッッ!!≫

無数の弾丸、無数の砲弾、埋め尽くさんとする誘導弾。地形が変わるかもしれない程の火薬の大津波。迫りくる暴虐の嵐に一切怖れを抱かずにBETAは

進んで

進んで

ただ進む

赤い大輪の花を咲かせ、動くことも叶わなくなった同胞を踏みつぶしながらBETAは立ちふさがる障害を蹂躙するために前へと突き進む。

―――オオオォォォォォォォォオオオオオッ!!―――

一体誰の咆哮か。

無線機の干渉で誰かの声を響かせているのか。

否。それは自身の声だ。

無我夢中で引き金を引いていた安芸が内心で苦笑する。憎悪を声に乗せ、声を弾丸に込め、密集したBETAの軍団にこれでもかと叩き込まれていく。

前線の戦車群が次々と破壊されていく。

和泉は想定していた状況の変化を感じ取りながら冷静に戦域を分析する。

「レイヴン4(和泉)よりレイヴン1(上総)!前線が崩れ始めた!」

「了解!レイヴン1よりレイヴン小隊全機!楔形壱式にて切り込む!」

《了解っ!》

噴射剤を燃え上がらせ低空飛行で彼女たちはBETAに攻撃を仕掛ける。別のほうでは中国の暴風小隊がBETAとの交戦を始めている。

光線級がいない状況ならば上空へ逃げることもできる。

「オラオラオラオラァァッ!!!」

二刀を振るい、前に切り込む安芸。飛びかかってくる戦車級と巨碗を振るう要撃級。
切り払い、受け流し、足場にして後方に跳ぶ。

安芸の足場となった要撃級は後続の和泉に打ち抜かれ沈黙する。

ヒットアンドアウェイを心がけながら確実にBETAの数を減らしていくレイヴン小隊。

迫りくる戦車級と要撃級の大群を突撃砲で黙らせ、素通りしていった突撃級の背部に向けて長刀を振り降ろす上総。

流れるような動作で敵を倒し、互いを援護しあい、ポジションを変えていく。村雨の初の実戦となるが、動作は良好、問題は無いようだった。

◆◆◆

すでに序盤で多頭弾を打ち尽くしたメイの戦術機はミサイルポッドをパージし、大型ガトリング砲アヴェンジャーと36mm突撃砲で応戦している。

「状況は芳しくないわね。どうやらソ連は戦車隊の補填が出来てないようね。あの子たちだけでもなんとかなりそうだけど、どうするの?」

「う、あ?え?俺?」

ダンの陽炎は固まったままだ。突撃砲の最初の砲撃で突撃砲を1マガジン使い切ったのだが、BETAの大群に気圧されてマガジンの交換を行っていない。

「当り前よ。行くなら今しかないわよ。」

「む、無理だ!こんな数!勝てるわけがない!っていうか戦車の数が全然足りてねぇじゃねぇか!」

「それはさっき言った。そもそも戦力が足りてないのはどこでも同じよ。戦場に出ればそんなこと珍しいことじゃないわ。情けないこと言わないで頂戴。それでも男の子?」

「うぅッ!?」

「突撃砲のマガジンはまだあるでしょ?まだ一個分撃ち尽くしただけよ。さっさと交換しなさい。長刀だってある。上官命令よ。援護するわ。 行 き な さ い 」

ダンは戦車部隊の後退を援護するジャール大隊を見やる。

フランカーの一機が突撃級に弾き飛ばされた。

「ぁ………!」

食われる!

ダンは瞬間的にそう悟った。

倒れる戦術機に群がる戦車級を幻視し、いや、今まさにそれが起ころうとしていることに、ダンの目つきが鋭いものへと変化した。

「う、うおぉぉぉぉおおおおおおおお!!!」

腰部ユニットと肩部補助ユニットである疾風がうなりを上げる。

アフターバーナーを吹かして長刀を振りかざし、BETAを縫うようにして通り抜ける。

「やればできるじゃない」

メイは人知れず呟いた。

目的の戦術機のもとへはすぐにたどり着いた。

「そこのソ連機!動くなよ!!オッッッッラアアアアアアアアアア!!!」

横なぎに払われた一閃が群がっていた戦車級を両断し、返す刀で討ち損ねた敵を切り裂く。

「ハァッ!ハァッ!ハァッ!」

荒く肩を動かしながらダンは頭の中で思い描く。スタントマンとして演じたセレブリティアッシュそのものを。

そして今乗っている機体もまたセレブリティアッシュと同じ色だ。コールサインも同じだ。

「お、俺は………!」

ならば、今それを駆る自分もまたセレブリティアッシュなのだ!

「俺はセレブリティアッシュのダン・モロだぁぁぁぁっ!!」

理屈などあってないようなものだ。そう鼓舞しなければBETAに立ち向かえない。だからダンは自身をセレブリティアッシュであるという。

それで救える命があるのならば。何度でもダンは、セレブリティアッシュとなる。今、彼はそう誓った。

それにだ。

ダンは自分に背中を向ける一人の女性の背中を脳裏に浮かべる。

「頼りっぱなしは情けねぇよな」

さっきから呼吸も荒いし心臓も痛いほど鳴り響いている。怖くて仕方がない。年甲斐もなく失禁してしまいそうになる。だが、ダンは逃げない。

迫りくるBETAに向けて彼は手に長刀と突撃砲を手に構えた。

◆◆◆

「サンダーク中尉!ただちに試験中止の上伸を!現状況は、投書規定の法案を大きく超えています」

作戦は最初から瓦解していた。

機甲部隊の反応が次々と消えていくのを見て唯衣が言う。このまま黙ってみていられないのだろう。

自軍の戦力が少しずつ消えていくのをサンダーク中尉は黙って見守っているだけだった。

「近傍基地には、我が軍の精鋭部隊がいます。光線属種は存在しない。このカムチャツカ戦線では、空爆が十分機能します。どうかご安心を」

「ではせめて、戦域上空に待機を!」

「中尉、それを判断するのソビエト極東司令部です。我々国連軍派遣部隊は、本分である試験任務に集中しましょう」

重ねるようにして言うサンダークに焦りは見られない。まるで予定調和であるかのように…。

「………」

二人のやり取りを盗み見ながら槐は互いの勢力を移すモニターを見据える。

機甲部隊は確かにその反応を消失させていっているが、その分こちらもBETAの戦力を削っている。

もっとも、多勢に無勢、数の暴力というのであれば次元が違う。上総たちが食い込まれた部分を埋めているが、それでも心もとない。

「………」

本来ならば指揮官である自分が出るべきではないが、最悪の場合、ここは、自身が出るべきか………。

事前に最悪の事態を防ぐことも視野に入れながら槐は計画を練っていく。

槐は不意にサンダークのほうを見る。

彼の網膜、皮脂、汗腺をスキャンし、心理的に焦燥や恐怖がないことを知る。

おかしい……。

槐は感覚的に現状の違和感を内心でつぶやく。

既に前線が後退を始めている。ここまで突き込まれてなぜ航空戦力は出張らない?
必要がないと本当にそう思っているからなのか?

それとも………。

槐の脳裏にジャール大隊の面々が浮かぶ。

「………サンダーク中尉。ジャール大隊の陣形が崩れそうだが、ここまで侵略されて、航空部隊は動こうとはしないのか?それとも、その必要がないと判断しているからなのか?」

槐の質問にサンダーク中尉は淡々と答える。

「我々は軍人です。大尉。上の判断に従い、作戦に臨むことが我々という存在です。しかし、その必要がないと判断しているのは恐らく確かなのでしょう」

彼の言葉に唯衣の視線が鋭くなる。

「………ならば、このままでも十分、この状況を打破できる衛士がいる。ということか?」

「ええ、優秀なパイロットがいます」

二人の視線が交わり、しばしの間の後、そうか、と槐は返すだけに至った。

「大尉?」

唯衣の心配するような声色に槐は頷く。

「最悪、私が出る。その時は頼むぞ」

「………わかりました。大尉」

その時であった。

『アルゴス1よりCP!後退中の機甲部隊の右翼に敵の大増援だ!このままじゃ包囲殲滅されちまうぞ!至急ジャール大隊を後退させてくれ!射線が通れば、電磁投射砲で後退を援護できる!』

「CP了解。アルゴス1は現座標を維持。砲撃許可を待て」

『急いでくれ!』

ユウヤ・ブリッジスからの通信。

来たか………。

槐は人知れず安堵の息を吐く。

「!………エン、まさか、『視た』のか?」

何かに気付いたのか、小声で問いかける唯衣に槐は静かにうなずく。

「そのために、ダンとメイを呼んだ。少なくとも足しにはなったはずだ」

機甲部隊はそれほど助けられなかったのが心残りだがな。と内心で付け加える。計算し、未来を予測するコンピューター。管理者の頭脳が見せたヴィジョン。

それはもっともあり得る未来を映し出す。

立場上前線に出られないのは仕方がないと思っているが反面、悔しい。

「CPよりアルゴス1!ジャール大隊が後退命令を受諾。砲撃を許可する!」

『ッ!アルゴス1了解!』

十全ではなくとも、この瞬間を作り出すための意味はあった。

◆◆◆

ユウヤの乗る不知火・弐型の電磁投射砲が起動し、超伝導モーターが低温の唸り声を上げた。

「あれが、唯衣の?」

「ええ、日本の極秘兵器となっている、電磁投射砲。レールガンですわ」

既に後退を終えていた上総たちが少しずつ発射態勢を完了させていく不知火を見守っていく。

ジャール大隊が真下を通り抜けていくBETAに固唾を呑んで見守っていく。彼らの指揮官であるラトロワ中佐の命令で後退したが、見渡す限りの大群に対して、どのような起死回生の一手を打つというのだろうか。

弾丸が装填される。発射時の衝撃に備え、腰部ユニットのバーニアが動き出す。不知火の肩と連結してマウントアームが固定される。

「………」

ギュッ……と唯衣の拳が握られる。頼む、成功してくれと、彼女は願った。そして、電磁力のチャージが完了した。

全ての準備が整った。

「ぶちかませぇユウヤァア!」

仲間のタリサに背中を押されるように、ユウヤの手に力が籠められる。初の実戦であろうと、失敗は許されない。

いや、そんなことはどうでもいい。

やれるやれないではない。やらなければ助けられない。人類に敵対する侵略者を駆逐するために。そしてなによりも、足手まといにならないために。

「行くぜ………!」

ユウヤは恐れることなく引き金を引く。

「化け物どもォッ!!!」

≪ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!!!!!≫

発射と同時に腰部ユニットが火を噴く。それでも尚衝撃に体を持ってかれる感覚。

まるでレーザーのようにまっすぐ突き進んでいく光の弾丸は、土を巻き上げ、空気を切り裂き、BETAの固い外殻を、肉を、豆腐のように抉り、蒸発させていった。

「グゥッ!?くっ!」

体に掛かる負担をものともせず、ユウヤは次の動作へ不知火を移行させる。
まだだ!これで終わりじゃない!もう少しだ!

もう少しだけ力を貸してくれ!

「ォォォォォオオオオオアアアアアアアア!!」

射線を横なぎに振るう。

それによって、砲口が吐き出される弾丸が続く限り、視界に移るBETA達に対し、余すことなくそれを浴びせた。

そして、後に残ったのは、赤い蒸気を上げる大地と肉片しか残らないBETAの死骸だけだった。

そして、このカムチャツカ戦線での作戦は、人類の勝利という結果を告げる。何よりの証明だった。

「す、すげぇ………!」

「これが、電磁投射砲」

目の前に広がる光景を目の当たりにしたレイヴン小隊は、ただただ眼前に広がる現実をしばしの間、見つめるのであった。

◆◆◆

カムチャツカでの戦闘はユウヤ・ブリッジスの扱う電磁投射砲によって作戦の成功が成された。

すでに日は沈み始めており、衛士たちがこの作戦で活躍した英雄たちの帰りを待っていた。

槐もまた彼らの帰りを待っていた。

彼らの働きを称える声の受けながら無傷のまま降り立つ不知火・弐型。

「………」

唯衣の電磁投射砲が今回の作戦で役に立ってよかったと思う反面槐は同時期に運ばれてきた件の兵器に視線をやる。

専属の整備士たちがあわただしく動き回り、パーツの取り替えにいそしんでいた。そこには唯衣の姿もあった。

槐は彼女のもとへと歩み寄る。真剣な表情でペンをせわしなく動かすさまはどこか近寄りがたく、話しかけづらかった。

「唯衣」

「ん?槐………どうしたんだ?志摩子たちは………まだ帰ってきてないのか?」

「ああ、次で戻ってくるそうだ。………大活躍だったな」

「ああ。ブリッジス少尉のおかげだ」

「遠距離砲撃はアメリカのお家芸というのを聞いたことがあったが、流石あっちではトップと言われたことはある」

話題の中心であるユウヤを遠めながら槐は見つめる。

今作戦での大活躍を見せた彼は周りから賞賛を受けているが、その表情は心なしか暗かった。

その夜。

「乾杯!」

『かんぱーーいッ!』

槐とレイヴン小隊。そして、唯衣を加えた六人は今日という日を乗り越えたことを祝っていた。

「村雨の実戦は滞りなく終了!唯衣の電磁投射砲も無事に終了!いやいや!うちら大勝利じゃない!?」

「そうですわ!最低限の被害のみで終わった今回の作戦は、私たちにとって大きな一歩!日本の領土をBETAから取り返すのも近いうちに叶いそうですわね!」

今回の作戦、トリはユウヤに取られてしまったが、それまでに稼いだ撃墜数は彼を除けばなんだかんだで上総たちレイヴン小隊はトップクラスだ。

だからこそ彼女たちはご機嫌だった。

業務を手早く終わらせ、完全に羽を伸ばしている状態だ。

「いやぁ、槐に見せてやりたかったな、あたしたちの華麗な剣捌き」

「むふ~、秘密裏に考えてたのよねあたしたちのコンビネーション」

「ここはやっぱさ、上下から切り込むようにして―――」

「いやいや、それだったら突撃砲も組み込んでの――――」

「「アハハハハハハハハハッッ!」」

お互いに肩を抱き合って笑いあう安芸と志摩子。

「た、楽しそうだね」

「二人を理解しようとしても無駄ですわ」

「そうだ、和泉。無駄に疲れるだけだ。そもそも、どうやったらあれだけ笑えるのか逆に聞きたい」

「ぜ、全力で楽しんでるんだろうね」

頬を引き攣らせて見やっている和泉に上総が放っておけと我関せずを貫く。唯衣も同様であった。

二人のハイテンションなノリにはついていけない。付き合っていたら疲れる。

それが二人の総意だった。

何処か悟りめいた心境の彼女らに、和泉は自身がどこかに取り残された気分になって次に槐を見やる。

彼はそんな彼女のやり取りを見て頬を緩ませながらグラスに分けられたジュースをチビチビと飲んでいた。

良かった。同じ人がいた。

自分と同じ立ち位置にいた友人にどこか安心感を覚える和泉。そんな彼女のを尻目に安芸は次の話題を口にする。

「アッハッハッハ!そんなに不貞腐れるなよ唯衣姫ぇアタシは別に仲間外れにするつもりなんてないぞ~?」

「私は不貞腐れてなどない。後、唯衣姫言うな」

「いちいち反応するなんて律儀な奴だな唯衣姫」

「可愛いぞ唯衣姫~」

「だから唯衣姫言うな!二人ともうるさい!」

「さあて!今日という日に感謝し、私から一つ出し物があります!」

「いよ!待ってましたーーッ!」

ドンッと囲ったテーブルの上に物を置く。

「おい!無視をするな安芸!………ッてこれはお酒じゃないか!?どこから持ってきたんだお前!?」

「にひひ、整備班長のおやっさんからちょろゲフンゲフン。もらってきたのさ」

「今ちょろまかしたと言いそうになったな?盗んだんだな?盗んだんだろ?!正直に吐け!日本人衛士としてあるまじき行為だぞ!」

顔を真っ赤にして怒る唯衣に安芸はチッチッチッと不敵な笑みを浮かべる。

「唯衣姫ぇ、ここは日本じゃないぜぇ?」

「屁理屈言うな馬鹿者!そもそも万国共通で盗みは犯罪だ!どこの餓鬼大将だお前は!後!唯衣姫言うな!」

「じゃあ槐君から行ってみようか」

チャッカリととっくりに注がれる酒を槐に笑顔で手渡す和泉。

「和泉ぃぃぃっ!?お前というやつは!?お前まで私を裏切るのか!?私の気持ちを裏切るのか!?」

「大丈夫大丈夫。本当にちょっとだけだって。一口だけ飲んだらすぐに返しに行くから」

な、良いだろ?と両手を合わせてお願いのポーズをする安芸。片目を閉じて上目づかいにお願いをするさまは実にあざとい。

「唯衣……」

ガシッと彼女の肩を掴む上総に、唯衣は助け舟が来たと思った。

「………諦めましょう」

しかしそれは彼女が首を横に振ったことでその思いが幻想であることを思い知る。
ここに味方は一人もいなかった。

「え、槐。お前は……?」

最後の判断は彼にゆだねられた。

「!………………」

目を閉じ、思案顔になる槐。

静かに見守られる中、彼が目を開く。

「今宵ハ無礼講デアル。ヨキニ計ラエ」

「「ハハーー……」」

「orz」

撃☆沈

「流石ね槐君。こういうノリも分かってきたようじゃない。ますます私好みの男の子になったわ。……あれ?もしかしてこれって調教?………あっ」

「う、うわぁぁあああ!かずさぁぁぁぁ!私の槐が、私の槐がどんどんあっち側にぃぃぃッ!」

まぁまぁ、と唯衣を宥める上総はゲキリュウニミヲマカセテドウカシテイタ。そのおかげか、幾分余裕が見られる。

「まぁまぁ、一口だけだし、こっそり返してくるさ」

「………本当だな?」

「本当本当。ささ、槐。じっくり味わって一口!」

「………わかった」

槐は親指と人差し指だけで収まる小さな器を見る。注がれた透明な液体からは芳醇なアルコールと果物の香りが立ち昇っている。

そして彼は促されるままに徳利を口に付け、ゆっくりと口に含んでいく。

舌の上でゆっくりと転がしたあと


ゴクッ


一気に飲み干した。


「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………ヒック」

『ゑ?』

そこからさきはおぼえていない。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
あとがき
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。



[34266] 第十一話 セラフ飛翔
Name: きりたんぽ◆81d5e089 ID:77f34854
Date: 2013/07/28 18:04
前書き
どうも、きりたんぽです。どんどん行きましょう。
PV数が90000を超えました。こうしてここまで頑張れたのは、みなさんのおかげです。本当にありがとうございます!これからも少しずつではありますが、頑張っていこうと思います!

―――――――――――――――

スッキリとした目覚めだった。腹の底からじんわりと手先、足先、頭頂部へと広がっていく心地よい感覚に槐は瞼を開ける。

くぁ……と目を擦りながら欠伸をする。

窓から差し込んだ日差しはまだ昇りはじめたばかりで、景色はいつもよりもきれいに見えた。思わず頬が緩む。意識が大分はっきりとしてきたころに、槐は自室に視線をよこす。

その瞬間


ビキッ


音を立てて自身の体が固まるのを感じた。

そこに唯衣がいた。そこに上総がいた。安芸が、志摩子がいた。

そしてどういうわけかアナスタシヤがいた。全員に共通していたことは、毛布にくるまっていることそして、毛布から下はZE☆N☆RA。全裸であることである。

全員が満ち足りた表情で眠っていた。全裸で。もう一度言う。全 裸 で あ る !

この状況が一体何を意味するのか、槐は冷静に思考を巡らせる。

昨日は、そうカムチャツカでの演習を無事に完了させ、そのお祝いをした。

そして、その際に安芸が整備班帳から酒をちょろまかし、槐に呑ませたのである。

槐は頭を抱える。

そこから先の記憶がない。

槐は『頭』の記憶領域のリカバリーを試みた。

≪リカバリー開始……………………………………………………………エラーコードAX4301QWS4450によりリカバリーが出来ず 再試行………………………………………≫

「………はぁ」

どちらにせよ。その記憶が欠落していた状態でイタしてしまっていたことは明白。私見ではなにか酷いことをやっていたわけではなさそうだ。

周辺のサーチを開始し、ここにはいない和泉の場所を把握する。恐らく自身が酒を飲んでから身の危険を感じて脱出したのだろう。今は事実確認ができないが、そう思いたい。

そして今も尚身の内から湧き上がる羞恥心をどうにかしたい。

そう考えるや否や槐の行動は早かった。

素早く運動用のものへ着替え、外へと出る。

アラスカの肌寒い風が吹きすさぶ中、槐は、風になった。

「~~~~~~~~~ッ!!!!」

ペース配分も何も考えていない。とにかく全力で走ることでぐちゃぐちゃな心を振り払う。

この身体だって汗をかくし、疲れるし、息も切れる。

とにかく時間はかかるだろうが、こうすることで呼吸をしたくなるという気持ちにいっぱいにさせて少しでも心の整理に努める槐。

「~~~~~~~~~ッ!………?」

不意に、槐は後方30mより何者かの反応を認識する。

何となしに彼が振り返ってみると、そこには黒のトレーニングシャツを着てそれほど長くはないクリーム色の髪を後ろにまとめ上げた女性がいた。

「………」

槐は心当たりのある人物を思い浮かべながら視力を上げて銃のスコープのようにして人物の特定を行った。

ラトロワ中佐だ。

自分より前に走り込んでいたのだろうか、彼女の体は汗にまみれていた。

そういえば、とふと気づいた槐はカムチャツカ基地の地図を浮かべ、自分の今走ったルートを確認する。

走るのに夢中になっていて………どうやら、基地を一周していたようだ。

ラトロワ中佐は彼のの走るペースに食いついていたようだが、なにか用でもあるのだろうか。

槐は一息つくために走るのをやめ歩き出す。

彼の後ろから一定の息遣いと地面を踏みしめる音が近づいていくる。

彼女が槐と並んだところで彼女もペースを落とし、歩き始める。

「………おはようございます。中佐殿」

面と向かって話すのは恐らくイーニァとの一件以来であろう。といっても一言二言程度でしかなかったが。

「………早いな大尉。私ではついていくのがやっとだ」

「恐縮です」

首にかけていたタオルで汗を拭う中佐。反面槐は少し汗をかいた程度でしかない。二人は敬礼しあう。

「………少し聞かせもらいたいことがある。時間はあるか?」

「はい」

彼の了承の言葉にラトロワは続ける。

「まずは、この前は部下が世話になったようだな。聞くところによると、助けたのは貴様とあの坊やらしいが………何故だ?」

「はっ、ある程度親しい仲なので、友人が暴行を加えられるのは居ても立っても居られず」

「………そういうことにしてやろう。ではもう一つだ。何故、貴様はソ連の問題に首を突っ込む?小事とはいえ、過剰な干渉には上から目をつけられる。大尉である貴様ならばわかるはずだ。上を目指せば目指すほど、不自由なことが多くなる」

彼女の言葉に耳を傾けながら槐は顧みる。

始まりは南の基地での出会いだった。初めてイーニァと出会ったとき、彼女は自分に怯えていた。だが、彼女の仲間が危険にさらされたときは、槐に対する恐怖心を抑え込んで必死に助けを求めてきたのだ。

少なくともほかの他人よりは話をすることができると判断をしてのことなのかは定かではない。

助けてほしい。そういわれたことは、自身がイーニァに信用されていることの裏付けともいえた。

接点が余りないといえば否定はできない。独りよがりでも思い上がりでもどうとでもいえる。

だが、槐にとって信用されるということは嬉しいことなのだ。そんな彼女たちが襲われそうになった。それだけで槐は彼女たちを助ける理由は十二分になりえた。

「………それは、理解しているつもりです。ですが、譲れぬものがあるので」

その言葉にどれほどの思いが込められていたのだろうか?重いのだろうか、軽いのだろうか?感情の乏しい自分。作られた自分が今まで経験してきた『人』生から出た一つの『答え(Answer)』は、ラトロワ中佐にとってどう受け止められたのだろうか。

「………青いな。貴様は、そういっている時点で理解しきってはいない。大切な部下を失ったときどうする?嘆き悲しむのか?戦場じゃ、誰も死なずに済むことなどありはしない。そんな甘い考えでは潰れるだけだ。切り捨てることも考えろ。全てを拾えないならば、何を捨てるのかを決めろ。そして決めたのならば容赦なくそれを行うのが上司であり、軍人だ」

そういって背を向け、歩き出す中佐。

槐から見て、心なしか、彼女の背は悲しげだった。

「………」

キュッ、と槐は拳を握る。どういうことだ?と槐は内心で心の中で膨れ上がる悔しいという感情に戸惑いを覚える。

上に立つものとして、一部隊を率いる人間は須らくその背中を誰かに見せてしまうのか。

そう考えると槐は声を出さずにはいられなかった。

「中佐ッッ!!!!」

「!」

恐らくそうないであろう槐の叫び声に、彼女が振り返る。

「私は、私は貴女の言うように未熟です!」

槐は思い出す。横浜戦線での上総との誓いを。仲間である彼女たちを誰一人死なせずにこの戦いを生き残ると。

そのために全員で強くなると、可能性を育てるという約束をした。

中佐の言っていることはどこまでも現実的だ。この時代ではその考え方が理に適っていることの一つだ。

「ですが、それでも私は!」

その反面自分の考え方は『管理者』でさえやろうとしなかったことだ。可能性を育てるということは、人類の持つ力を一段階引き上げることだ。

そしてそれは、一つ間違えば血で血を洗う戦争を引き起こす引き金になりかねない。国家という機能が成立しなくなる要因となる。

力という解りやすいもので上下を決めてしまう暴力的な世界へと変貌させてしまう。
何度もシミュレートをこなし、それでもなお、滅びの末路しかない未来の中から、無限に続く未来への糸口を必死に模索している。

「私は諦めたくない!」

約束したから。それを破ってしまったら、自分が自分でなくなる気がするから。

「大切だからこそ!簡単に決めるわけにはいかない!それは、いけないことでしょうか!?」

「………」

「………!」

ラトロワ中佐の目が細められる。ジッと、二人は見つめあう。十秒立っただろうか、それとも本当は五秒程度なのか。恐ろしく静寂が長く感じられたとき、

「問題外だな」

彼女が言う。その言葉が槐の胸に突き刺さる。

「だが………」

「?」

「アリじゃないか?」

「!」

「なら、示してみろ。見せてみろ。やれるものならばな」

そういってラトロワ中佐は再び歩き出す。皮肉交じりな言い方だが、それでもその言葉は、槐の背中をそっと押してくれている気がした。

再び踵を返す時に、唇の端が笑みを浮かべていたのが、記憶に残っていた。

人知れず槐はその背中に対し、敬礼を送った。

≪記憶領域のリカバリー完了≫

「!」

≪フィードバック開始≫

「………。~~~~ッ!~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッッッ!!!!!」

その後、フィードバックされた記憶によって槐はとてもいけないものを思い出してしまい、再び心の整理をするための全力の走り込みをするというなんとも情けないオチが付くのであった。

◆◆◆

「昨夜はとてもお楽しみでしたね。ごちそうさまでした」

「ゴパァッ!?」


―――ポーーーーーッ!!ガシャーンッ!―――


「うわぁぁあ!?え、槐が蒸気を噴射しながら錐もみ三回転したぁぁあ!?」

「し、しっかりしてくださいまし槐!」

「き、傷は浅いわ!メディック!、メディィィィッック!!!!」

「早朝からお前たちは………」

アナスタシヤの言葉の対物ライフルが槐の身体を吹き飛ばした。

そんな彼に対し、過剰?に反応するいつもの面々、そしてそれを見て頭を抱える唯衣。
いつも通りの騒がしい部隊である。

気を取り直して槐たちは食事をとり始める。熱くなっている顔をどうにかしたいが、どうにも身体の制御ができていない。

料理を口に運んでいるが味なんて全然わからない。昨日の夜ははっきり言って阿鼻叫喚酒池肉林の大災害だった。

酒を飲んだ瞬間意識が朦朧としていたが、何を思ったのか唯衣に寄りかかっていきなり甘い言葉を送ったのである。

その後キスへ移行、ゴニョゴニョしてゴニョゴニョまで行き、次に矛先を上総へ、この時すでに和泉は嫌な予感がして逃げたようだった。

四人全員に平等に甘い言葉を送った後は本番へ、ルパンダイブ。

安芸や志摩子はこういうのにオープンなはずなのだが、意外と恥ずかしがり屋で喘ぐときは口に手を当てて我慢するという良いギャップが見られた。簡単な感想だが、いつもよりも滾った。

上総は体が敏感な方で、それを言葉で責められるやり方が好みで、かなり乱れる。

そして唯衣なのだが、抱きしめあうのが最も興奮するようで、最後は槐に好きを連呼しまくっていた。

そしてアナスタシヤなのだが、途中で乱入してきたのはちょうど途中で、酔っ払い状態の槐を見て身の危険どころか命の危険を感じたらしい。

逃げようと試みたが槐に蕩かされ従順にされてしまった唯衣達がすぐさま確保。全員でアナスタシヤの弱点さがしと、とんでもない夜を貪るようにして過ごしたのである。

本来ならば彼女たちに恥ずかしくて顔向けができないのだが、ランニングから帰ってくるまで全員が身悶えていたらしくゴロゴロと床に転がっているのを目にし、お互い恨みっこなしのお相子となった。

のだが、やはり思い出すだけでも恥ずかしい。

「槐大尉、大丈夫ですか?食事の手が止まっているようですが?」

「へ………!?あ、いや、何でもない。大丈夫だ」

「………妄想にふけるのは宜しいですが、あまり気取られないようにしてくださいね?」

「グブッ!?」

むせる槐を見て嗜虐的な笑みを浮かべるアナスタシヤ。

「おやおや大丈夫ですか大尉?夜の運動のやり過ぎで体に不調でも?」

「やめたげてよぉ!」

◆◆◆

さて、いろいろと騒がしい朝となってしまったが、索敵班の報告からBETAの第二派が進軍してきていることの情報を槐たちは受け取り、すぐに出撃の用意を行うことになった。

前回の戦闘の時と比べ、BETAの数は非常に少ない。

≪センサーに反応有り 移動震源多数 震度急速に上昇 BETA出現の兆し有り≫
CPにて静観していた槐が唯衣の方へと視線をよこす。が、そこに彼女の姿はない。

「まずい………。アナスタシヤ中尉指揮権を一時譲渡する。頼んだぞ」

「了解」

「!?た、大尉!?」

「すまないドーゥル中尉。所要が出来た。心配せずとも、アナスタシヤ中尉は優秀な部下だ」

「大尉!」

背中からかかる声を半ば無視しながら槐は走り出す。彼女が向かったであろう16番倉庫へ………。

あっけなく終わるかに思われた二回目の実技試験は、誰もが身に受けたことのある地響きとともに思わぬ状況へと変わっていく。

≪軍団規模のBETA群を確認 後10秒で地表に出現≫

「チッ!」

強化された肉体で走ってもやはりそれは人間の範疇だ。遅い。そんな自身の身体に歯噛みしながら槐は通信を開く。

「上総!こっちの近くにBETAが現れた!光線級はまだ確認していないがとにかくやばい状況だ!人員の避難を頼む!」

『了解しましたわ!槐はどうしますの!?』

通信したまま、基地の離れたところから土煙が上がるのを槐は確認する。どうやら、出てきたようだ。

「私もセラフで出る!BETAの方は任せろ!」

『わかりましたわ!私も…ザザ………ザザァ…に……?………エン……ザァァァァァァアアアア』

「上総?上総!………グリーンフィールド中尉!応答しろ!………これはジャミング………いったい誰が……だが、ちょうどいい」

外へ出た槐はあたりを見渡し、人影がいないことを確認する。

「仕方がない。ショートカットだ」

槐は身を低くさせる。肉の千切れる音、乾いた音を立てて骨がへし折れる音を体中から響かせながら、槐は肉体を構成する物質を組み替える。脈拍は著しく早くなっていく。

≪筋肉 骨密度 再構成完了 脈拍200 240 300 400 体温急上昇 摂氏50度 60度 ……… 対人戦闘モード 起動 情報隠蔽のため 対記録機器電磁波を放出≫

槐の身体から蒸気があふれ出る。すさまじい熱気となって体の周りをゆがめていた。

「………!」

目を開く。彼の紅の瞳が宝石のように輝いた。

――――ドッ!!!――――――

アスファルトで舗装されているはずの床が陥没し、同時に槐の姿が消える。目測で20m先に存在する建物の壁に槐は張り付く。

そのまま槐は足のみで壁を駆け上りあっという間に屋上へと上り詰める。動かす足を止めぬまま、彼は屋上から別の建物への屋上へと飛び移っていく。

「ふっ!」

空高くジャンプしながら槐はBETAが作り出した穴を『目』で見据える。蟻のように次々と出てくるBETA達に、槐は遅かったか!と内心で自身を叱責する。

≪光線級は認められない 空中戦での戦闘は現在可能≫

屋上の床に罅を入れながら槐はペースを緩めず走り続けながら思考を巡らせる。

「セラフであればある程度の時間稼ぎは出来るが………問題はソ連か………(今のジャミングはおかしい。やはり、なにか引っかかる)」

『XFJ計画開発チームに告ぐ。現時刻をもって総員退避。装備は全て放棄。ソ連軍警備兵の指示・誘導に従え。尚、99型砲の放棄は、帝国斯衛軍の作法に一任。繰り返す………』

「なんだと?」

思わず槐は足を止め、放送に耳を傾ける。

恐らくこの全館放送はドーゥル中尉の命令によるものだろう。そして、99型砲は国連の管轄。それを間違えるような彼ではない。つまり、これは彼の機転によるものか。どちらにせよ、これですべてがつながった。

「そうか、そういうことか。ようやく分かったぞ。覚悟はしていたが、そこまでアレがほしいのかソ連軍………!」

「………ゥル中尉………応答…てください。ドーゥル中尉!」

「!………唯衣!」

槐は唯衣の姿を認めると同時に建物から降り立ち、彼女のもとへと走り寄る。

「唯衣!よかった無事で!」

「槐!?どうしてここに!?」

「BETAが来る。私は………」


――――ッ!―――――ッ!


『コード202発令。各員は所定の手順に従い、当基地より退去せよ』

サイレンの音と共に鳴り響くスピーカーの声に槐は歯噛みする。

「唯衣。唯衣は電磁投射砲のもとへ行ってくれ。私はセラフでBETAを蹴散らす」

「!………わかった!」

再び走り出す槐と別れる形で唯衣も車を走らせる。

【ザザ……ザ………アー、アー、エンジュ君聞こえるかね?】

「!その声は、博士?なぜ通信が?」

【ザ……ザ……私は天才だよ?このくらいできなくては、ね。まぁまぁエンジュ君そのまま走りながら聞き給え】

「手短にお願いします」

【了解、セラフの改修が完了した。存分に使いたまえ】

「!?どういうことですか博士?どうやってそんな人員を」

【ザァァァアァァァアァァァア】

「博士?………」

それ以降トーラスからの連絡はなかった。

そうこうしているうちにセラフのある倉庫へと到着する。ハンガーの扉はあらかじめ開かれているようだ。

いつもと変わらぬセラフが彫像のように立っている。しかし、腕に内蔵されていた長刀はすでに無くなっており腕は付け替えられていた。

調整は寸分の狂いもなくされており、十全な状態となっていた。流石マッドサイエンティストとそのスタッフなだけに整備は抜かりないようだ。

梯子を介さずに槐は全身をばねのようにして跳びあがり、キャットウォークへと着地する。

「起きろセラフ」

槐の掛け声とともにナインボールのカメラアイが鈍く光る。一人でにコックピットが開かれ、そこに槐は乗り込む。

強化装備なしでの搭乗だが、槐にとっては問題ない。

「少々強引だが、仕方あるまい!」

≪リンク完了 いけます≫

既に慣れた工程はほとんどのタイムラグを作らずに槐はセラフとリンクする。

「行くぞ!セラフ!」

≪Ready≫

轟音を響かせながら、長い時を経て再びセラフが翼を広げる。そしてその姿は指揮官たちが乗るヘリからでも確認ができた。

BETAのいる場所へと向かっていくセラフの後姿をサンダークは目を細めながら見つめるのであった。

―――――――――――――――――
あとがき
ここまで読んでいただきありがとうございます。今回は少々短めですが、ご容赦をば……。
アナスタシヤ中尉がいつの間にか私の中でFateのカレン・オルテンシアをイメージして書いてることに若干驚愕中(おい



[34266] 第十二話 BETA進撃
Name: きりたんぽ◆81d5e089 ID:77f34854
Date: 2013/08/07 17:47
前書き
ドウモ ドクシャ=サン 

きりたんぽです。

最新話 重点
――――――――――――

『ホワイトファングゼロより各機、BETA群の存在を確認。前方11時方向、距離約6000!』

網膜投射された視界から送られる情報から、尋常ではない数のBETAを確認する。

来たか

そう思いながら身を引き締める。

「ホワイトファング1より各機!ただちに跳躍中止!第一小隊前へ出ろ!隊形を傘壱型から楔弐型へ!『ショットガン3』で行くぞ!第一弾着弾と同時に第一小隊は1500まで進出し攻撃。第二。第三小隊はそれぞれ距離100を保ちこれを支援ッ!!」

『『了解ッ!!』』

長く暗い世界の中、全身から感じられる揺れを受けながら、ホワイトファングの中隊長を務める女性、篁唯衣は不知火を駆り、目標を定める。

「………攻撃開始ッ!!」

背に積まれたミサイルが火を噴きながら獲物へと殺到するようなサメのようにBETAへと食らいつく。

配置された場所から放たれる銃弾の波は射線上に立つ全てのBETAに注がれるが、それでも足りないのがBETAだ。

物量に物を言わせた奴らの波は銃弾よりも肉厚で、恐ろしい。

『旅団規模の敵増援を探知!12時方向。距離約3000―――H12広間からH227横坑へ移動中!振動と音紋を確認、突撃級ルイタウラです!』

入ってきた通信の情報をもとに唯衣は新たな命令を下す。

「よしッ………ホワイトファング各機へ!例の新兵器を使うぞ!準備に掛かれ!!」

『『了解ッ!!』』

突撃砲を投げ捨てる新兵器を使うためには邪魔だからだ。

新兵器を構え、向かってくる敵の軍勢に銃口を向ける。

『接続問題なし。安全装置解除。敵前衛危険領域に到達しました』

彼女たちが持つのは日本帝国軍技術廠によって試作された新型の戦闘装備―――市制99型電磁投射砲

「………撃(て)えッ!」

≪ヴォヴァアアアアアアアアアア!!≫

放たれた複数の光の線がBETA達の固い外殻をものともせず飴細工へと変えていく。
撃ち終えた後、彼女たちの前には生きているBETAなど一匹たりとも存在していなかった。

旅団規模。数にして2000から5000にも及ぶ。

これらが一斉に無くなったのをはじめてみた彼女たちにとって圧巻の一言だった。

「すごい………」

中隊の誰かが彼女たちの言葉を代弁したかのように呟く。

その声にハッとなる唯衣。

圧巻の一言だが、だからと言って気を取られるとは。

まだまだ未熟である自身に苦笑しながらも操縦桿を握りなおす。

「奴らの足は完全に止まった!全機兵器使用自由!!一匹残らず片付けろッ!!」

『『了解ッ!!』』

このままならいける!そう確信したときであった。

―――ドゴォォンッ!!―――

「!?な―――!?」

彼女たちが通り過ぎた地面からBETAが新たに出現する。

BETAが出てきた場所は位置的に第小隊を孤立させようとしている。小隊の壊滅だけは何としても阻止しなければならない。

「第一小隊後退ッ第二・第三小隊は後退を援護ッ!!ホワイトファング3は左翼をカバーッ!!」

向かってくるBETA達に対し、突撃砲を向ける。打ち出された120ミリが爆発し、再度唯衣は電磁投射砲発射を試みる。

しかし、彼女はこの時気が付いていなかった。破砕した要撃級の破片が冷却装置に傷を入れていたことに。

「!?冷却装置が………!」

鳴り響くアラートに一瞬唯衣は気を取られる。その時には、既に彼女の機体に向けて要撃級の腕が眼前に迫っていた。

ナイフで応戦しようと動くも間に合わない。

やられる!そう感じたとき、要撃級の後ろから赤い影が舞い降りた。

同時に、唯衣を抉るはずだった要撃級の腕は宙を舞い、ついでとばかりに周りのBETA達に突撃砲の弾幕が満遍なく叩き込まれていった。

「!!」

唯衣は驚きに目を見開く。彼女の視線の先にあったのは。

『こちらハスラーワン。これより、貴様らを援護する』

そのころはまだシミュレーターのみでしか動かせない完成されたナインボール・セラフであった。

◆◆◆

仮想戦闘プログラムであるヴォールク19の終了アナウンスと共に唯衣は演習用のコックピットから降りる。

「はぁ………」

ため息を一つ吐く。また槐に命を救われてしまった。シミュレーションとはいえ、現実だったらそう何度も行くわけにはいかないというのに。

「―――肝心な時に動作不良ですか………新型はこれだから………」

「違う。要撃級の破片で冷却装置をやられたんだ」

部下の一人である雨宮中尉の言葉を否定する唯衣。

「それに、99型砲の威力に浮かれ偽装横坑をまったく警戒していなかった。あそこまで敵に肉薄を許してしまうなど。まだまだ私も未熟だな。一刻も早く、エンに追いつかなければ!」

そういって拳を握る唯衣。それを見た雨宮がほほ笑む。

「愛しの槐様、ですものね」

「は、はぁ!?何を言うのだ雨宮中尉!っというかなんだその呼び名は!?」

「知らないんですか?最近彼のファンクラブが出来ているとか」

「な、なにぃぃぃっ!?い、何時からだ!?何時からなんだ!?」

「え、ええ。まぁ、数か月ほど前から、確か槐さ、槐大尉が我々ホワイトファングとの合同演習を行ったあたりからだと思われますが。所謂隠れファンクラブという奴ですね」

「くぅぅ………またか!?またなのか槐!?お前ってやつは!お前というやつは!?ええい、こうなったら彼奴を見つけ出してすぐにでも」

「唯衣。ここにいたのか。先ほどの演習について話したいことが」

「見つけたぁぁぁっ!!」

「え?」

ゴシィッ!

「確保!さぁ槐!話を聞かせてもらうぞ!」

「お?おお?おおぉぉぉぉぉぉ……………?!」

全速力で走る唯衣に抱えられその場を後にする彼女の背を見ながら苦笑する雨宮。

「(まぁ、実は私がその会長、なんだけどね)」

彼女はそんな彼らの姿を微笑ましそうに見つめながら、自身の更衣ロッカーの中に存在する会員カードを思い出しているのであった。

◆◆◆

時は少しさかのぼる。

槐からの通信があってから、上総たちは突然の通信障害にわずかな戸惑いを覚えながらも、カムチャツカ基地へと向かうことを決めた。

「上総、どう思う?」

「はっきりと申し上げますと、これはソ連軍の謀かと………」

「だよなぁ………前々からあ、こいつらなんか企んでそうだ。って感じしてたもんなぁ」

光線級の反応は今のところないが、彼女たちは万が一のことを考えて出来るだけ低く飛ぶ。

「これは私の推測でしかありませんが、敵の狙いは電磁投射砲ですわね。あれの技術を手に入れるための謀略という可能性がありますわ」

「そのための通信障害、そう考えると納得がいくわね」

「それじゃあ、やっぱり私たちの当面の目標は」

『『基地周辺のBETA殲滅!』』

全員の声がきれいに重なる。槐からの最後の通信から考えて、すでにBETAが基地に上陸している可能性が高い。ならばやることは一つ。

基地へ向かうために最大線速で向かおうとした瞬間………。

『基地司令部より、全試験任務部隊に告ぐ。基地司令部は、国連派遣部隊司令部と共に現在対策を協議中。各試験小隊は即試験任務を中止。密命あるまで待機せよ。尚、ジャール大隊は引き続き国連部隊を直衛。各迎撃部隊は、残敵を一掃した後、準戦闘態勢で待機せよ』

ソ連軍からの通信によって出鼻をくじかれる。

「協議中って……なんて悠長な!?」

「これはいよいよもってきな臭くなってきたわね」

「どうする?」

「………」

上総以外の三人が話し合う中、目を閉じて思考を巡らせる上総。

「どうするの?レイヴン1」

「………大尉の援護へ向かうために小隊全機が向かうわけにもいかない。行ける人間は二人まで、だな。全機、武装と推進剤の残量を報告せよ」

「こちらレイヴン2。突撃砲は残り3000と少し、推進剤はあと三分の一もないな」

「こちらレイヴン3。私もレイヴン2と同じくらいよ」

「こちらレイヴン4。遠距離に徹してたから推進剤はちょっと減った程度だけど、武装は」カツカツ」

「………決まりだな。レイヴン4は武装の交換の後私と共に基地へ向かう。レイヴン3とレイヴン2はこのままで待機だ」

『『了解ッ!』』


◆◆◆

「なにこれ、ふざけてるの?」

「おいおい、冗談だろ?」

一方で、有澤重工護衛部隊であるメイとダンは、先ほど入った通信を耳にして悪態をついていた。

周りにいるBETAは既に死骸でしかない。あたりを見渡しながらメイは一考する。ソ連軍機は存在しないが、いずれこっちに来るだろうことは予想できた。

「どうするよ?メイ?」

「………」

メイは顎に手を当てて考えるようなしぐさをしながら、比較的近い場所にいた上総たちの反応を調べる。

既に彼女たちの方の2機は基地に向かったようだ。

彼女はニコリ、と口元に笑みを浮かべる。

「私は基地へ向かうわ。元々、任務の内容はBETA殲滅だもの。基地の方にBETAがいるのなら、私はあっちに向かうけど、ダン。勿論行くわよね?」

「へ!?あ、あ、あたぼうよ!?」

どもりながらも度胸のある声によろしい、と呟く。

「それじゃあ、行くわよ。私のメリーゲートは足が遅いから、貴方が先行していきなさい。合わせる必要はないわ」

「そ、そんなことできるかよ!メイとお、俺はチームなんだからな!断じて一人が怖いってわけじゃないからな!」

「………そう。なら、きちんとエスコートをお願いね。ダン」

「お、おう!」

◆◆◆

衛星軌道上。

そこに存在する幾つもの衛星は、地球上に存在するBETA達を幾度となくとらえ、人類に危険を知らせてきた。

光線属種に狙われれば一たまりもない脆い構造物だが、数十年たった今でもなお、傷一つなく宇宙を遊泳している。

そして、いつもの如く衛星はBETAの存在をとらえる。



―――――………………――――――



拡大されたカメラが画面いっぱいの多数のBETAをとらえる。そこからもっとも近い基地にその情報を送る。

いつものプロセスだ。そのカメラがとらえられる限りの情報を対象の基地へと送り続ける。

その時であった。

そのBETAの群れが爆炎を上げ、血しぶきをまき散らし、扇状に死が振り撒かれた。群れの真正面から、まるで己の領地を主張しているかのように、赤い一条の物体が通り過ぎた。

それだけで画面いっぱいに存在していたBETAが一瞬で死んだ。



―――――………―――――――



レンズを縮小させて、全体を見渡す。赤い何かが、縦横無尽にBETA達を攻撃している。大きさからして戦術機。だが、その動きは異常だった。

フルスピード・ストップ・フルスピードで直角に動き続け、BETAの攻撃を避けて避けて避け続けている。

殲滅し続けてるその制圧力は、極上のえさを見つけた蟻のように出現し続けるBETAの数すら上回ろうとしている。



―――――……………―――――



要撃級に囲まれた戦術機が、二の腕に直接取り付けられた突撃砲、計四門が火を噴く。両手に握られた長刀が戦車級を真っ二つにする。

衛星はそのまま赤い戦術機がBETAを殲滅していく様を見続けるのであった。

◆◆◆

振り上げた刀が要撃級を切り裂く。

返す刀でのしかかろうとし飛びかかってくる戦車級を切り捨てる。振り向きざまに一閃。

周囲に向けて突撃砲の引き金を引く。

「………」

コックピットの中、槐は黙して目を瞑っていた。

強化装備を着ていない彼の眼には網膜投射がされていない。現在彼はセラフと視覚を直接リンクさせての戦闘を行っている状態だった。

正面から来た突撃級の外殻を足場にして跳ぶ。同時に、セラフの翼の一部がスライドし、中から球型の何かが顔を出し、マズルフラッシュを煌めかせた。

はじけるような音と共に突撃級が柔らかい背中から血潮を噴出させ、沈黙した。
続くように続々と装甲の一部がスライドして現れたのは同じような球型の兵器(ナニカ)ドパァッ!ドパァッ!と大砲のような音と共に車線上に入ったBETAが次々と一瞬で穴だらけとなっていく。



―――エイトボールビット―――



いまだ自立機動兵器として完成に至ってはいないが、セラフの翼に内蔵しているだけで、固定砲台のような役割を得られるようになった。ムラクモと同じく試作段階ではあるが、効果は上々。

伊達や酔狂で後方の視界を狭めたわけではない。

閉じられた瞼の裏では、せわしなく眼球が動いている。個対多とゆう状況の中で一瞬の気も緩まず、彼は敵対する存在に平等に死を与えている。

≪ターゲット確認 排除 ターゲット確認 排除 ターゲット確認 ターゲット 排除 ターゲット 排除 ターゲ 排除 ター 排徐 タ 排除 排除 排除 排除 排除 排除排除排除排除排除排除排除排除排除排除排除排除排除排除排除排除排除排除排除排除排除排除排除排除排除排除排除排除排除排除排除 後方接近 突撃級 排除不可能 回避≫

「!」

既に目の前まで迫ってくる突撃級に、槐は一瞬クイックブーストで避けることを考えるが、その思考を一旦切り捨てる。

≪ 代替案を提案 ムラクモの使用 成功の確率 25% 選択 決定 ムラクモの使用≫

「フゥォッ!」

セラフが叢雲を振るう。突撃級の外殻に対し、トーラス監修の下で作られた長刀。二つがぶつかり合おうとしている。

以前トーラスが話した通り叢雲とは、中に搭載されている火薬が瞬間的な爆発でもって強力な振動を作り出す。それによって生み出された威力は理論上は凄まじいものとなる。

だが、突撃級のような固い外殻に対し使えば、一回使うだけで折れかねない諸刃の剣。



―――ガッ―――



斜め上へと振り上げられた刃が触れる。

極度の緊張によるものか、脳内のアドレナリンが異常なほど分泌されていてまるで時間の流れが遅くなったかのように槐は感じられた。

鋭くなりすぎている感覚の中、槐は叢雲の引き金を引く。

突撃砲のようなケースレス弾ではなく、薬莢の中に圧縮された特殊な火薬。

それが刃の根元に密着、接続する。そして、薬莢の背部に備えられたハンマーが唸りをあげ、撃鉄となる。

槐は心の中で成功してくれと願った。

彼が今日この時を迎えるまで、彼は実戦的なテストの他に、一つの課題を自身に課した。

それは、長刀の巧い振るい方だ。

ドラマや時代劇でよく見る刀と刀のぶつかり合いによる殺陣だが、当時ではそれはご法度とされていた。

刀は時代劇で見るほど頑丈というわけではなく、真正面からぶつかり合うと変形や折れることもあり得るため、そこまで華々しいほどのものではない。

それを知っているからこそ、武士たちは技術を磨いたのである。刀の変形を最小限に抑える技術を、刀が折れぬようにするための振るい方を。



―――ドォオオオンッッッッッッ!!―――



瞬間的爆発が生み出した威力は両者を吹き飛ばした。

いや、自分から飛んだ。クイックブーストによる常人では堪えられぬ超スピード。突撃級がひっくり返る。そしてセラフは、背面飛行のまま変形、基地へと向かうBETAをミサイルで狙い撃つ。

足止めは出来るが、やはり火力が足りない。

セラフが完全なものになればこんな奴ら………。

内心で舌打ちする。

既にほとんどの人間が避難を完了させたようだが、唯衣がまだいる。そして、もう一人?

「まだ誰か基地内にいる?」

それが唯衣と同じ場所にいる。ソ連軍の兵士か、それとも国連の誰かなのか。どちらにせよ、戦いに集中していたとはいえ、迂闊だった。

これでもしソ連軍の誰かだったならば唯衣がピンチに陥ることだってありうる。最悪殺し合いに―――

いや、待て。それならばなぜ一人なのだ?電磁投射砲のデータを盗むつもりであるならば、隠密行動という点を考えて最低でも4人。それの方が効率も良いはずだ。
それとも、それをこなせるほどの優秀な人間が?

頭の中で何度も仮説が飛び交う中、唯衣ではない人間の生命反応が消失する。名前も知らぬ誰かが死んだ。

そして同時に、唯衣のいる倉庫で爆発が起こるのを槐は確認する。

「ッ!!唯衣………!」

こんこんと湧き上がってくる焦燥がセラフの操縦に綻びを生み出す。要撃級の腕がセラフに襲い掛かる。クイックブーストで下がることで難を逃れるが、唯衣の近くで反応があるBETAの存在に槐は歯噛みする。

「チィッ!」

その時、銃弾の豪雨がBETA達に降り注いだ。

「ッ!………来たか!」

上を見れば、そこには四機の戦術機。

レイヴン1、レイヴン4、メリーゲートとセレブレティアッシュであった。しかし、仲間の到着に安堵している暇はない。

重厚な足音を立てながら要塞級が槐の前に立ちはだかった。

足の遅いコレが現れるようになったということは戦闘も更に激化するだろう。

「ハスラーワンよりレイヴン1。聞こえるか?」

「ハッ!」

「しばらくここを頼む。状況によっては退避しても構わない。そちらに任せる。篁中尉がまだ基地に残っている。救出のために私はここを離れる。頼んだぞ」

「唯衣が?……ぁ、いえ!失礼しました!了解です!」

「頼んだぞ!」

要塞級の衝角が槐へと向かう。

跳びあがりこれを避けた彼はミサイルを要塞級にぶつけ、沈黙させる。そのまま彼はセラフを変形させ、オーバードブーストを使い、全速力で唯衣の下へと向かった。

◆◆◆

自信が引いた引き金。銃口から噴き出る火花と銃声が、かつての味方を撃ち殺した。

引き金を引いた人間、篁唯衣は味方を撃ち殺した。味方は兵士級に囲まれていて、身体を食われる痛みを死ぬまで味わわなければならない運命だった。

それが哀れに思った。だからせめて、と篁唯衣は山本伍長を撃った。

頭部に一撃だった。

「~~~~ッ!ハぁ………!」

内からこみあげてくるものは人を撃ったという罪悪感と、己のふがいなさに対する怒りと、嫌悪感。ぐちゃぐちゃにかきまぜられたかのような感覚に、地面を踏みしめている感覚がなくなりそうになる。いわゆる立ちくらみだ。

山本伍長はただの整備兵だ。衛士ほどの訓練は受けていない実戦もあまり経験したことのない少年だった。

唯衣は京都での初の実戦を思い出す。両腕使い物にならず、逃げることも自決することもできず、戦車級に囲まれ、血まみれになっていた上総の姿を。

あの時は槐が助けてくれたから事なきを得た。

だが、彼がいなかったら、志摩子は?安芸は?和泉は?そして、上総は、自身が撃っていたかもしれない。いや、そもそも当てることが出来なかったかもしれない。

それまでの自身の弱さをこの時、唯衣は改めて思い知った。

いまだ伍長の亡骸に群がる兵士級にほとんど狙いを定めずに唯衣はライフルの引き金を引く。

フルオートで乱射された弾丸が、電磁投射砲爆破のための爆薬が詰まった箱に撃ち込まれ、爆発する。

燃え盛る炎を背にしながら、電磁投射砲の処理を続ける。背負うために、生きるために、彼女に迷いは許されない。

だが、どうすればこの絶望的な状況から逃げ出せる?

コアモジュールのハッチを押し上げながら唯衣は考える。彼女の脳裏に浮かぶのは、槐の顔と、彼の操るセラフ。鬼神のごとき力でBETA達をなぎ倒す姿は見ていて惚れ惚れするほどだ。

自信がまだホワイトファング部隊を率いていた時、一度だけ彼女と彼女の率いる部隊は完成された槐のセラフと共にヴォールクデータを一人の犠牲も出さずに生き残り、任務を完了させた。

あの力がただのシミュレーションではなく、現実で発揮されたのならば………。

「………。」

唯衣は戦車級が無理やりこじ開けて入ってきた場所を見やる。そこには金属のこすれる音と共に今こそ入らんとしている兵士級の群れ。お互いがお互いを邪魔しあっているが、いずれは要撃級も現れるだろう。

なにせ、ここにはBETAにとって極上の餌ともいえるものが二つあるのだから。
それが組み合わさったとなれば、一直線にこっちに向かってくるに違いない。

「何をやっているのだろうな。私は………」

生きるためにとやっているのに、今自分は死にに行こうとしているようなことをしている。

もしかしたら、初めからどこか諦観の域に達していたのかもしれない。

帝国軍斯衛の衛士としてならばこれは当たり前の行動だ。日本のために身命を賭しているのだと胸を張って言えるだろう。

だが、唯衣はそれを教えられるたびに思うのだ。

それが、それだけが日本人としての在り方なのだろうか。と

京都での戦い。横浜での戦い。数々の戦線において彼女は味方を助け、時には助けられた。

槐に助けられた時、彼は自分に言葉で言わずとも心で叫んでいた、身体で表していた。

生きろ。

だからこそ、今も自分たちはここまで来れたのではないか?



―――ドガァァッ!!!!―――



刹那、要撃級の剛腕がハンガーの屋根を吹き飛ばし、揺らした。

「あっ!?」

足場にしていた梯子が倒れ、宙ぶらりんとなった身体。必死にしがみつこうとしたが強い揺れの所為で遂に自分も地に伏してしまう。

「うっ!………く!?」

落ちたはずみで何かが腕に刺さった!?

「くそっ!」

すぐに立ち上がろうとして見上げると、既に目と鼻の先に兵士級の

「………あ」

手が顔を掴ん――――――――――――



―――グジャッ!!―――

……………………

―――――――――
あとがき
次回 「唯衣死す!」




























































嘘です(AA略



[34266] 第十三話 反動
Name: きりたんぽ◆81d5e089 ID:77f34854
Date: 2013/09/25 10:29
前書き
どうも、きりたんぽです。今回は危ない橋を渡ってみようかと。それでは、最新話をどうぞ。
―――――――――
≪警告 腕部関節面に異常を検知 損傷軽微 摩耗率A≫

「このまま続行だ」

オーバードブーストで揺さぶられるような力が全身に襲い掛かっている。常人ならば血の流れが止まって意識を失うレベルだ。

しかし、彼の身体はそれに耐えられる。故に目的地へと到着するのはそれほど時間を要さなかった。

≪注意 16番ハンガーに兵士級 戦車級を確認 付近に篁唯衣を確認≫

「ッ!唯衣!」

目的地が見えた。槐はそのまま降下し、腰部、肩部、脚部ユニット全てを総動員させての減速しながら着陸する。

殺しきれなかった力が地面に溝を作りだす。

―――――カチリッバチッ!

「いっ………つ!?」

一瞬、背中から腰に掛けて電流のように痛みが走った。

≪危険 脚部 損傷レベル 摩耗率B≫

「グ………ぬぅ!」

金属の擦れる音と共にハンガーの入り口に立つ要撃級を切り捨てる。

そして倒した要撃級の先には、唯衣の頭に手をかけようとしている兵士級の姿があった。

「やら―――――」

ハッチを開き、急停止した勢いに乗って跳躍する。

「せるかぁああああ!」


―――グジャッ!!


液体の詰まった肉が弾ける音と、血しぶきを上げた血があたりにまき散らされる。ズルリと、音を立てて落ちたのは、兵士級の腕。

「その汚い手で………唯衣に………」

血しぶきが舞ったのはBETAのほうだった。

彼女に手を伸ばした兵士級の頭部は強い衝撃を与えられたかのように弾け跳び、両腕は肩からバッサリと手刀でそぎ落とされ、胴体は貫かれていた。

「触れるなァッッッ!!!!」

獣のような咆哮を上げ、兵士級を鈍器のように振り回し、近くにいた兵士級達を巻き込みながら投げ飛ばした。

≪警告 左舷に敵≫

「!」

視線を向けたときには戦車級の口が視界全体を埋めていた。彼は咄嗟に上あごの歯に両手を添え、下あごに片足を乗せ、もう片方の足を床に付け、思いっきり踏ん張る。


―――ゴシャアアッ!


重量のある質量が突撃してきたことによって壁際に押しつぶされるような形で体当たりをされたが槐は健在だった。

「………」

生身の人間には恐怖の対象でしかない戦車級。

それを目の前にして槐の行動は実に素早かった。壁際に押しやられた槐は崩れて乱雑していた木箱の中の一つに手を突っ込む。

そこから取り出したのは手榴弾。
ピンを口で引き抜き口内へと放り込むとすぐさまその場を離脱。力加減など考えていない戦車級はそのまま壁に突っ込み、体内に入れられた手榴弾によって爆発、四散した。

「大丈夫か!?唯衣!」

「………」

呆けたように槐を見つめる唯衣に、槐は軽く彼女の頬をはたく。

「意識をしっかり持て!お前はまだ生きている!私が死なせない!聞こえるか!?唯衣!」

「ぁ………私は……そうだ、槐!どうしてここに!ほかのBETAは!?」

ゆっくりと浸透していくように状況を理解し、問いかける唯衣に槐は簡潔に説明する。

「今上総たちが足止めをしてくれている。すぐに脱出だ。早く乗り込まないとBETAの餌食だ。だが、その前に傷の手当だな」

「大丈夫だ。このくらい」

「すぐに終わる。おとなしくしているんだ」

そういうと槐は彼女の刺さった部分が見やすいよう腕の服を切り裂く。

「少ししみるが我慢してくれ」

「……ああ」

そういうと槐は傷を舐めた。唾液に含まれた治療用のナノマシンが唯衣の傷口から体内に入り込み、止血と刺激によってもたらされる痛覚を和らげる。

「ん………」

舐められることに少々を頬を染めながら目を瞑ってそれを受け入れる唯衣。見様によっては艶めかしいが本人たちは真面目である。

「どうだ?」

「少し痛みが引いた」

「……抜くが、大丈夫か?」

「ああ」

唯衣の同意の言葉と同時に槐はゆっくりと引き抜く。それほど深くは刺さっていないようだ。ナノマシンは命令された行動が終了すれば自然消滅するように設定されてあり、もともと人間の体内で作られたものだ。後遺症はない。このままならあと十分で傷口の治療も終わることだろう。

「やはり、すごいな。槐のそれは………医療で活用することはできないのか?」

「それは考えたが、悔しいことに、現状の技術体系での再現は出来ない。薬として作る
にも現実的じゃない」

「そうか………。歯痒いな」

「それはいつも感じてる………早く行こう。そろそろ捌ききれなくなる」

ハンガーの前に着陸したセラフに向け、唯衣をかばいながら槐は歩き出す。
直後であった。

―――え?地面が、起き上が

足を踏み外し、倒れ伏す。

「あ………れ?」

「大丈夫か槐!?」

呆然と槐は自身の足を見つめる。足が、動かない。

「どうしたんだ槐!?いったい何が!?」

唯衣はAMSに視線を向ける。金属でできた背骨を模した機械、腰に当たる部分から紫電が走り、火花が散っていた。

「まさか、AMSが!?」

≪警告 AMS腰部付近に異常を検知 生体電流伝達システムがオフライン 脚部運動機能 認められず≫

あのときか!――――

無理やりセラフを急停止させたときに走った激痛を思い出す。そして戦車級の突進による衝撃。

この時に限って起こってしまった事態に槐は舌打ちする。

まずいまずいまずい!

集まり始めている戦車級。あらかじめ知っていたならばまだ対策として動くことが出来たが、予定外のことで意識を割きすぎた。

唯衣を逃がすという点で見れば今すぐ唯衣をセラフに乗せれば彼女を助けることはできる。だが、自分が助からない。自分と唯衣が助かるには時間が足りない。この状況を打開するにはほかの、第三者の介入による救出が必要となる。

そしてここにその第三者はいない。

今上総たちを呼ぶわけにはいかないBETAを抑えるので一杯だ。

いや

「唯衣私の背中に捕まるんだ。しっかりと」

「槐!?だが、お前は足が―――」

「いいから早く!今はそんなことをしている暇はない!私を信じろ!」

やるんだ。

出来る出来ないではない。合理、非合理的だろうとなんだろうと、あらゆる手を使って成功へと導こうとするのが人間だ。

私は、機械ではないのだ!

「―――わかった!」

唯衣が槐の背中にのしかかる様にして捕まる。

これでいい。

槐は両腕に力を込め、整地されたアスファルトの地面に指を沈み込ませる。

まるで豆腐に指を突っ込んだかのように容易くめり込んだところから槐が相当に肉体を強化していることが伺いしれた。

横から戦車級が飛びかかってきた。

「跳ぶぞ!」

「!」

ギュッと唯衣の手に力が入る。

低く唸るような叫びをあげながら槐は腕力のみで跳びあがる。彼らの居た場所に戦車級腕が空を切った。

20m以上あるセラフのコックピットへピンポイントで入ることが出来た槐はそのまま勢いを殺す。

「唯衣。私を座席に」

「わ、分かった」

言われるままに槐の身体を持ち上げて座席に背中を預けさせる。

既に別のBETAがこちらに狙いを定めている。コックピットのハッチを閉じ、リンクを開始する。

「私にしっかりつかまれ。力一杯に」

「ん!」

首元に腕を回してしがみ付く唯衣。

いつもの通りのプロセスで接続を行っているのに非常にもどかしく感じられた。

≪リンク開始 スクリプトに異常を発見 ………続行を確認≫

早く、早く、早く!―――――

≪リンク完了≫

「リミッターをレベル1に!動けぇぇぇっ!!」

≪ML機関始動 抗重力力場展開≫

槐の叫びに呼応するようにセラフの眼が鈍く光る。

弾けるように跳びあがる身体。足の裏を要撃級の腕が掠めた。

≪リミッターを再度制限 通常モードへ移行≫

「だいじょうぶか!?唯衣」

「あ、ああ。大丈夫だ!」

急な運動によって苦しげな表情になっていたものの、すぐにはっきりとした意志で答える唯衣に槐はよし、とうなずく。

「このまま電磁投射砲を確保する!」

「ああ!」

ギシギシと背中が激痛に苛まれる。苦悶の表情を浮かべ汗をにじませながら槐は操縦桿を再度握る。

今彼を襲っている激痛は生半可なものではない。背骨の神経と接続しているAMSから流れる電流が絶えず神経を刺激しているのだ。

大の大人でも悲鳴を上げ、ショック死しかねないもの。

まるで背骨を引っこ抜かれてい途中を味わっているかのようだ。痛い痛い痛い痛いと頭の中で文字がやかましく埋め尽くされていく。

「(まだだ、まだ終われない!)」

一発ずつ丁寧に、電磁投射砲に群がろうとする戦車級を駆逐していくセラフ。横眼から別のBETAが誰かの突撃砲によって打ち抜かれ、沈黙した。

≪センサー オフライン 現在90%の機能が停止中 AMSからの生体電流の逆流により。神経系の損傷甚大 戦闘と神経経路の切除と修復を同時進行開始 目視で確認 アルゴス小隊の不知火・弐型を捕捉≫

「ブリッジス少尉か!」

『中尉!ヴィンセントから聞いたぜ!自爆するってのはどういうつもりだ!?』

「貴様にこちらに来るような命令はしていないはずだが?」

『ハッ!生憎、こちとら仲間を見捨てるなっていうのを徹底的に叩き込まれてるんでな。けど、どうやら大尉が助けてくれたようだな』

「………」

『大尉?………おい、大丈夫かよ?』

「!……ああ、はぁ、はぁ、大、丈夫だ」

まずい、一瞬意識が跳びかけていた。

短時間で処理するための無理な方法での対人戦闘モード、叢雲の予想以上の衝撃、クイックブーストの連続使用、オーバードブーストからの急停止、兵士級と戦車級との戦闘。

これらの要素が、長年付き添ってきた槐のAMSに大きな負担をかける結果となった。が、そのおかげで唯衣の救出は出来た。

「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハァ、ハァ、ハァ」

ズギ、ズギ、ズギ、ズギ、と背中から駆け巡る激痛。痛覚のカットが上手くいかない。どうやら、相当深いところまで損傷が出来ているようだった。

「エン?エン!槐!しっかりしろ!」

荒い息を吐く中、槐の視線はどこか虚ろで今にも死にそうなくらい顔が青ざめていた。
脂汗を額から流し、鼻と耳から血が流れ出ている。

彼がここに来るまでどれほどの無理をしていたのかを饒舌に表していた。

「大丈………夫」

『大尉!どこかやられたのか!?救急キットは持ってるのか!?』

通信越しに焦燥の混じったユウヤの声。彼の方からは電波障害のため、槐の顔はよく見えていないのが幸いだった。

「ブリッジス少尉!大尉は大丈夫だ。我々のことは良い!それよりも電磁投射砲を頼む!周りのBETAは既に排除したが、また集まってくる可能性がある!」

『大丈夫って、良いのかよ!?かなり苦しんでるぞ?』

「少尉!気持ちは理解できるが今は問答をしている暇はない!今すぐ電磁投射砲を改修しろ!アレがなくなれば、人類の勝利が遠ざかる!それだけは避けねばならん!お前だけが頼りなんだ!ユウヤ!」

『―――ッ!アルゴス1了解ッ!』

行動に移る不知火・弐型を捉えながら、槐は流れる血を拭う。

≪神経系の切除および修復完了 システムに32個のエラーを検出 保留を選択 システム起動 戦闘モード準備≫

視界がグルグルと回って気持ちが悪い。吐き気がする。だが、引き金は引ける。動くことが出来る。今はそれで十分。

背後から近づいてきた戦車級の群れに銃口を向ける。

「人間を無礼るな。BETA」

≪ダララララララララララララ!!≫

◆◆◆

電磁投射砲を両手に抱え、ゆっくりと飛び立つ不知火。電磁投射砲の重量から考えて不知火一機だけでは心もとない。

ユウヤは通信を開いて同行してくれているステラを呼ぶ。すぐに向かうという旨を耳にしながら彼は槐の乗るセラフを見る。

通信で見た状態とは思えないほどのキレのある動き。ノイズが勝っていてよくは見えなかったが強化装備を着ているようには思えなかった。

その状態でこの動きが出来る彼は一体どんな鍛え方をしているのだろうか。と内心で驚愕するばかりだ。そしてそれに着いていけている自身の上官。

日本人だからという目では無く、同じ人間としてユウヤは素直に二人の持つ能力を心の中で賞賛した。

手に持つ電磁投射砲にマウントアームは着いていないため、下手に激しい動きは出来ない。ちょうどよくステラの機体が来たようだ。

両側から支えるように持ち上げる態勢へと入る両機。

「中尉!こっちは準備OKだ!」

『よくやった!ではこのまま基地へと持っていくぞ』

『!アルゴス4よりアルゴス1!BETA達が集まってきてる!急がないと!』

「アルゴス1了解!」

噴射剤を燃やしてゆっくりと上昇を始める。

周りのBETAを蹴散らしながら合わせるようにセラフも上昇を始める。そして、ようやくユウヤたちはBETA達の攻撃が届かない位置までの上昇を完了させる。

「………はぁ」

何とかなったか。と槐は一つ息を吐く。しばし目を閉じ、もう一度深い呼吸をする。

「大丈夫か?エン?」

唯衣の言葉に槐は無言でうなずく。

現在彼の意識はシステムの完全復旧に大半を割いている。

『ザザ………槐大尉!聞こえますか!?……ザザァ……大尉!』

「この声は……上総か!?聞こえるか上総!」

耳に付けたインカムから聞きなれた声。上総からの通信に槐の代わりに唯衣が応答する。

『唯衣!無事でして!?』

『よかった!唯衣!槐くんも一緒なの!?』

上総に次いで和泉からの通信も入る。

「エンは無事だ!だが、無茶をやって少し疲れてる。休めば大丈夫だ。電磁投射砲は回収できた。このまま後方の基地にまで進む」

『了解ですわ!それでは、これからそちらの援護に向かいますわ』

「あまり無茶はしないでくれ」

『ええ、貴女も』

通信を終え、唯衣は槐を見やる。セラフの後ろに着いてくるようにしてユウヤたちもも来ているが、彼は目を閉じたまま微動だにしていなかった。

見方によっては死んでいる風にも見える。変にやつれた顔がそう勘違いさせても無理はない。唯一の判別方法は、今も尚握っている彼の手から伝わる生命の温かみのみだ。

「………」

私のために無茶をしたんだな。

唯衣は自身が槐の足手まといになってしまったことを恥じた。電磁投射砲のためとはいえ、共に生きると言っておきながら、いざというときに自身の死を選んでしまっていた。

あの時、自身は諦めきっていた。

心だけではない。力も得なければ……。手から伝わる体温を感じながら唯衣は静かに槐の顔をのぞき込む。その時であった。

『!前方から熱紋複数接近!………これは、ジャール大隊?!』

ステラの瞳に映るのは編隊を組んで跳ぶジャール大隊の戦術機。

同じく通信を受けていた唯衣は外から伝わってくる音でそれを判別する。そんな中、彼女の視線の外れたところで、槐の瞳が震え、ゆっくりと蒼い(・・)瞳をのぞかせる。
虚空の一点を見つめたまま槐は瞳を動かさない。再度瞬きをすると瞳の色は蒼から紅へと戻った。唯衣が槐の方へ振り向くのは同時だった。

「エン、大丈夫か?」

唯衣の掛け声に槐は頷く。操縦桿をしっかりと握りながら槐は網膜投射されている戦術機のカメラからジャール大隊を一瞥する。
後はこのまま唯衣達と共に後方へ退避すれば良いだけだ。それだけだというのに、槐の胸中には言葉には表せないもやもやとしたものが渦巻いていた。

「………」

ユウヤはラトロワ中佐の言葉を脳裏に浮かべ、反芻していく。唯衣は守れた。大切な仲間は誰一人として死んではいない。メイとダンもそう簡単に死ぬとは思えない。それを裏付けるかのようにこちらへ向かってくる四機の戦術機の反応がある。

2つはレイヴン小隊もう二つはメイたちの反応。ならば、それでいいじゃないか。死傷者が出ずに任務を終えるというこれ以上ないほどの好成績だ。

おまけに電磁投射砲を守りきれた。だというのに、この煮え切らないというこの感覚は一体何だ?物足りないとでも?何時からは自分は戦闘狂になったのだ?

違う、そうじゃない。論理的に、無駄を省き、槐は思考する。いや、それも違う。そもそも「論理」という点から始めるのがダメなのだ。古今から人間は想定以上のデータをはじき出す例が幾つもあった。

……変に思考が空回っている。

一旦止めなくては……。

正直に言って、槐はラトロワ中佐の援護がしたいことを結論付ける。

このもやもやとした感覚は、帝国の軍人として、BETAを滅ぼすための衛士としての意識だ。このままジャール大隊に任せていいのか。という思いだ。セラフの両腕両足の関節部の損傷は軽微だ。目立った損害もまったくなく、まだ戦えると言っていい。が―――

槐はセラフと繋がるための要となるAMSを見やる。電流の逆流によるオーバーヒートによってところどころ黒く煤けている。ヒューズは一部が溶け、何時まで持つかわからない。今も尚、小さな火花が点いたり消えたりを繰り返していつ壊れ始めてもおかしくはない。これ以上戦闘を続ければそれこそ自身の身体は動けなくなる。結局のところ、現状はジャール大隊に任せるしかない。

歯痒い気持ちを抑えながら、後方の基地へと向かうのだった。

◆◆◆

槐!槐!槐!槐ぅぅうううわぁああああああああああああああああああああああん!!!
あぁああああ…ああ…あっあっー!あぁああああああ!!!
あぁクンカクンカ!クンカクンカ!スーハースーハー!スーハースーハー!いい匂いだなぁ…くんくん
んはぁっ!槐君のプラチナ色の髪をクンカクンカしたいお!クンカクンカ!あぁあ!!
間違えた!モフモフしたいお!モフモフ!モフモフ!髪髪モフモフ!カリカリモフモフ…きゅんきゅんきゅい!!
図星を突かれて赤面する槐たんかわいかったよぅ!!あぁぁああ…あああ…あっあぁああああ!!ふぁぁあああんんっ!!
大尉になれて良かったね槐くん!あぁあああああ!かわいい!槐くん!かわいい!あっああぁああ!
槐くんとニャンニャンできて嬉し…いやぁああああああ!!!にゃああああああああん!!ぎゃああああああああ!!
ぐあああああああああああ!!!夢落ちだったなんて現実じゃない!!!!あ…酔っぱらってついなんてよく考えたら…
ノ ー カ ン ?にゃあああああああああああああん!!うぁああああああああああ!!
そんなぁああああああ!!いやぁぁぁあああああああああ!!はぁああああああん!!ハスラーワァァァァァン!!
この!ちきしょー!やめてやる!!現実なんかやめ…て…え!?ヤってる?ずっと前に槐くんとヤれてる?
○○歳の時に出来てるぞ!槐君が私を見てる!愛しい槐君が私に愛をささやいてくれてる!!
槐君くんが私に愛してるって言ったわ!!!よかった…世の中まだまだ捨てたモンじゃないんだねっ!
いやっほぉおおおおおおお!!!私には槐くんがいる!!やったよあきぃ!!ひとりでできるもん!!!
あ、強化装備の槐くううううううううううううん!!いやぁあああああああああああああああ!!!!
あっあんああっああんあ槐様ぁあ!!デデデデストローイ!!ナインボォォオオオオ!!!
ううっうぅうう!!私の想いよ槐くんへ届け!!セラフに乗った槐くんへ届け!

「ってな感じで槐くんへの愛を表したんだけど、こいつをどう思う?」

「すごく………やかましい」

カムチャツカからの退避を終え、宛がわれた一室で待機命令を受けた志摩子と安芸。

結局のところ、先ほどのキチガイじみたものは場を和ませるための志摩子の悪ふざけだ。思いっっっっきし滑っているが。

安芸は待機命令を受けてからずっとカムチャツカ基地の方を見たままだ。そして落ち着きなく貧乏ゆすりをしている。

「………」

いつもムードメーカーな彼女。槐のことを心配しているのだ。そういえば、と志摩子は今までのBETA戦線においては、いつも槐と全員で戦っていた。
気づけばほら―――

「ぁ………」

トントントン……と自分の膝も落ち着きなく音を立てていた。鈍臭いなぁ。私って。

「!来た!」

安芸の弾かれたような甲高い声に志摩子の意識は戻される。食い入るように窓の外を見つめる安芸に習って志摩子も身を乗り出す。

そこには槐の乗るセラフ、八咫烏。そして、電磁投射砲を抱える二機の戦術機。そして彼らを守るように四機の戦術機。全員が生きて帰ってきた。

有無を言わさずに二人は外の滑走路へと走り出す。エレベーターは大勢の人が使っているようで時間がかかる。人混みを縫うように駆け抜け、階段を降り、滑走路に出る。

抜けた先には既に全機が着陸を終えたようだ。二人の顔は自然と笑みが浮かぶ。仲間が帰ってきた喜びがありありと出ていた。

「―――――――え?」

“おい!誰か担架を!”

“負傷者よ!急いで!”

“衛生兵!誰でもいい!医者を!”

“エン!しっかりしろ!死ぬな!”

次に出てきたのは困惑と驚愕に満ちた声。

―――どうして?

死人のような白い肌。

―――なんで?

息をしているのかさえ疑わしい。担架に運ばれている槐の姿。

―――うそ………

力なく垂れ下がる腕がそれを物語っているかのように、彼女たちに残酷な現実を突きつけているかのように、目の前には、その光景が映っていた。

――――――――――――――――――
あとがき
まずは、ここまで読んでいただき、誠にありがとうございます。

さて、ここで一つ捕捉。槐の身体に存在するナノマシンは長い年月をかけて様々な進化を遂げることが出来ます。本体の身体を補助したり、体調を整えたりなどというのは基本。それから分岐していって身体能力の強化や各器官の修復、再生も行えるようになります。その進化の過程でAMSにもナノマシンの恩恵を受けています。
まだ身長がそれほど伸びてなかった槐が着けたAMSは彼の成長と共にナノマシンが少しずつ作り変えていったものであり、既にAMSは槐の身体の一部と言っても過言ではありません。
また、槐の『頭脳』には全てのナノマシンを管理する機能があり、逐一報告を受け続け、処理を行っています。身体の異常や異物に対してなど、用途は多数あります。

さて、ここで突然ですが、皆さんに問題です。なぜ槐はAMSの異常に気付けなかったのでしょうか?
分かった人は感想欄に感想稼ぎ乙+何か罵倒を書いて作者を嘲笑いながら答えを書いていきましょう。

それでは、次話でカムチャツカ戦線は終了となります。ああ、次はIFルートだ。



[34266] 第三部 エピローグ 電子の鴉は夢を見た
Name: きりたんぽ◆81d5e089 ID:5e35b295
Date: 2013/11/05 18:41
前書き

10万PV超えたぜヒャッホーーッ!!

―――――――――――――――――――――――――――――

「バイタル!脳波!全て停止状態です!」

「停止から何分経ってる!?」

「既に2分が経過しています!」

「このまま人工呼吸を続けて!電気ショックの準備も!」

「はい!」

リノリウムの廊下を慌ただしく医師が指示を飛ばしながら、呼吸器に繋がれている槐を手術室へと運ばれていく。

彼の手を握りながら必死に呼びかける唯衣達。

「どうなってやがるんだ………!?」

不知火弐型から降りたユウヤは、不意に起きた事態に当惑する。

集まっていた人混みの隙間から見えたのは、顔面を蒼白にさせて死んだように眠ってしまっている彼の顔。

先ほどまであのBETAの数を前にして余裕とも取れる動きを見せていた衛士の姿とは思えない。

ユウヤは傷一つなく立ち尽くす八咫烏を見上げる。こうなった原因として彼が想像できるのはあの出鱈目を通り越して異常ともいえる機動。

あれによる体の負担がピークに達してしまったのだとしたら―――

「まさに悪魔の機体ね」

今自分が見上げているこの機体は人の命を食らう怪物だ。ユウヤの心情を近くに歩み寄ってきたステラが代弁する。

「日本に落ちたハイヴの攻略戦。オペレーション・ルシファーが行われた時、この機体が現れた。その時これは空中で光線級のレーザーを避け、BETAを踏み台にするという離れ業を見せた。普通の人間では反応しきれないスピードでの恐ろしい速さで殲滅していく姿は、腹を空かせた獰猛な鴉のようだったと、当時の衛士たちは言っていたわ。………槐大尉は、今まで様々な戦いでこの機体に乗って戦ったけど、今回の戦線で………あんなことに。まさしく、天使のような悪魔の兵器ね」

運ばれていく槐の姿を見つめながらステラは目を細める。そこには憐憫か、それとも同情の視線なのか、定かではない。

「―――いったい誰が、こんな機体を……?」

「あら、知らないの?名前はトーラス・キサラギ。アメリカ人だって聞いたわ。」

「トーラス………キサラギ?―――あのトーラス・キサラギが………!?」

「え、ええ………知り合い?」

人が変わったように声を荒げる彼に戸惑いながらもステラは頷く。

「………いや」

―――なんとも分かりやすい。

八咫烏を見上げながら言うユウヤにステラは思う。色々と訳ありのようなのを感じ、それ以上のことは、ステラも追及はしなかった。

いい加減ただ見るのにも飽きたのか、ユウヤは踵を返し歩き始める。その瞳に固い何かを宿して。

◆◆◆

「AMSと脊髄を繋ぐ人工神経が高圧電流が流れたことによって変形、癒着してしまっている。これはちょいと………外すのが難しいね」

レントゲン写真を見ながら薄く笑みを浮かべたままトーラスは言う。

「いやぁ……まったく、とんだ不慮の事故だよね。突然AMSの制御が効かなくなって電流が漏れてしまうなんてね」

手術台にうつ伏せで寝かされた槐の顔には既に呼吸器は繋がれておらず心臓も止まった状態になっていた。

心拍数を教える生体情報モニターは依然として心臓が止まっていることを教えて一定の音を鳴らし続けている。だというのに、蘇生措置を行うための機器は彼の周りには一切ない。

あれほど慌ただしく手術室へと運んだ医療スタッフもここにはいない。

―――異質

非常事態というこの状況下でレントゲン写真を見てほくそ笑む彼はまさに異質だった。

短く鼻を鳴らし、手にしたレントゲンを乱雑に放り棄てた彼は槐のもとまで歩いていくと、モニターの電源を落とし彼の脊椎に繋がれたAMSに触れていく。

ごつごつとした鋼鉄でありながら生暖かい、生命の温もりを自ら発しているかのようだ。

「………」

背中からなぞるようにして金属の線路を辿っていき、槐の首に付けられた首輪までたどり着くと、よく見なければわからないほど小さな窪みにトーラスが触れた瞬間


―――ピ ガシュゥウウーーー カチカチカチカチカチ カキョン


AMSが蒸気を吐き出しながら左右に開かれ、中から細長く黒い何かが持ち上げられた。それは煤けた匂いを発し、つい先ほど黒焦げたかのような印象を受けた。

「ま、私がそう仕組んだんだけどね。むしろ感謝してもらいたいね。だって君が彼女たちを助けたら、ソ連が目をつけてしまうじゃないか」

黒焦げた何かを取り除き、AMSを閉じる。

「騙して悪いとは思うけど、君のため、強いては私のためだ。ま、聞こえるわけがないか」


―――一人を除いて、ね?


カチャ、背中、心臓がある場所に冷たく固いものが押し当てられる。

「………」

押し当てられたものは拳銃。引き金に指をかけている人間は、アナスタシヤだった。ご丁寧に消音機(サプレッサー)までつけている。

「やぁ、アナスタシヤくん」

「ごきげんよう、博士。回りくどいことは嫌いです。単刀直入に聞きましょう。あなたは何を知っているのですか?」

「ん~………前にもこんなことがあったような。まぁ、天国から地獄までだよ」

ビスッ!

「ッ!!」

ふくらはぎに一発。背後からの突然の激痛に思わずトーラスは呻く。

「ふざけないでください。出来れば人の神経を逆撫でするような言い方は控えてください」

「イッツ………!タタタタ………まったく手厳しいね。ごめんごめん。これはもう一種の癖でさ――――――そうだね、うん。君になら話しても大丈夫そうだ」

撃たれた箇所を圧迫止血を行いながら、トーラスはその場に座り込んでアナスタシヤを見上げた。

その表情は苦痛にゆがんではいるが、薄く笑みを浮かべたままだった。

「なぁ、アナスタシヤ君。君は多次元宇宙理論、平行世界、因果律、これらの中でどれでも良い、知っているものはあるかな?」

「………?」

「例えばだ。差し出された二本の握りこぶし。そのどちらかに飴玉が隠されているとしよう。右か左か、君はどちらを選ぶ?」

「いったい何を言って―――?」

「私は左を選ぶとしよう。そしたらどうかね?その中には飴玉があった。やったね、私はあたりを引いたんだ」

構わず続けようとするトーラスにアナスタシヤは拳銃のハンマーを下す。

「ッ!いい加減にしてください!何が言いたいのですか!あなたは!?」

声を荒げる彼女にトーラスは不敵な笑みを崩さない。死など恐れていないかのように………。自分が引き金を引かないとでも考えているのだろうか、この目の前の男は?

「まぁ、話は最後まで聞き給え。左には確かに飴玉が一個あった。しかし右を開いてみるとそこにはなんと、二個あったんだ。どちらか片方に飴があるというのに実はどっちとも入っていたんだ。私は左を選んだ以上、右は選べない。この時私は思ったね。あの時右を選んでいたら………なんてね。誰もが考えるもしもの選択。そんなことが出来たら何時どんなときであろうと最良の選択を選べるだろうね」

「馬鹿馬鹿しい。貴方はタイムスリップが出来るとでも?」

吐き捨てるように言うアナスタシヤに惜しい!とトーラスは声を張り上げる。まるで教え子に語り掛ける先生のようにトーラスは続ける。

「私は、いや、私たちはね。繰り返してるんだよ。何千何万何億とね。何億も烏丸槐の手助けをした。何億も日本に技術提供をした。何億もコネと味方を作った。今となっては作業だね」

「………つまり貴方は、何回もループをしていると?」

「察しが良くて助かるよ。人に教えるのはあんまり馴れてなくてね」

「くだらない。そんな与太話、信じられるわけがありません。証拠でもあるというのですか?」

「ん~………そうだね。いっそのこと未来のことを話そうかなと思ったけど、それじゃあ面白みがないね。―――アナスタシヤくん」

「?」

「少しでいい。そのメスで自分の腕を斬ってくれないか?」

この期に及んでこの男は、普通の人間なら決してやりはしない、常識外れな言葉を口にするのだった。

◆◆◆

微睡んだ意識、とは言い難い。表現のしようがないあいまいな意識。

どこが後ろでどちらが前で、右なのか、左なのか、上なのか、下なのか、今自分がどういうことになっているのか自覚できずにいた。

自分?

自分とは一体何だ?

ゆらりとした動きで自分の身体が動いている。

『AM…Sに異常………下肢………神経接続……許容量を超えた負荷………自律モ………システム起動………脳……機能を一時てい………し』

動いているんじゃない、落ちている。ゆっくりとまるで自重で沈み込むベッドのように。

ぁあ、だが、これは心地よい。最高級の布団に包まれているような感覚だ。入った瞬間、身体の緊張を解いてしまう。ゆっくりと、ゆっ………くりと。

≪リンクの完了を確認 情報のアップデートを開始≫

全身を蝕んでいた痛みなんてもうすでに無い。何も自分の眠りを妨げる存在などない。なら、このまま目を閉じればいい。

≪アップデート完了 情報の再構築 兵装 ダウンロード開始 パイロット 烏丸槐との意識の同調を開始≫

――――――これは何だ?

そういえば、今自分は起きているのか?それとも眠っているのか?眠っているのにさらに寝るのか?

それはおかしい。それにこうやって思考ができるということは起きているという証拠ではないか?

つまり自分は起きているのだ。

―――あれ?そういえば自分とはいったい誰だ?

≪………………完了≫

困った。また一つ疑問が生まれた。こうしている暇がないというのに………。

どうやらまた一つ疑問が生まれた。なぜそんな気持ちが思い浮かんだのだろうか。そう、まるで、今この瞬間を長い間待ち望んでいたかのような………。そもそもこの状況すら何なのかわかっていないのに、待ち望んでいたとはこれいかに?

≪10% 烏丸槐のプロフィール 遺伝情報を取得≫

突然入ってきた情報。なるほど、烏丸槐という者を私は思い出したようだ。

≪20% 護衛対象のプロフィール取得 篁唯衣 巌谷榮二 甲斐志摩子 石見安芸 能登和泉 山城上総 アナスタシヤ・シルバーフィールド トーラス・キサラギ 以上9名 確認≫

次々出てくる者の名前と顔写真。どうやら自分はこの者たちと面識があるようだ。なんとなくだが、今見た人間たちに会ったことがあるという感覚を覚えた。

≪30% 護衛対象の遺伝情報取得≫

今度は難しい二重らせんのようなものが現れた。周りからあふれる情報はどれもこれも小難しい。ああ、なんだか頭が痛くなってきた。もうだめだ目を閉じよう。そうすれば見ずに済む。うん、それがいい。

◆◆◆

「あなたは馬鹿ですか?」

メスで自分の腕を斬れ。そういわれたアナスタシヤの反応は至極当たり前だった。

「うん、まぁ、そういわれても仕方ない。理由を話そう、ずばり槐くんが関わっている」

「大尉が?」

「君たち、少し前に○○○○しただろ?」

「そ、それが、何だというのですか!?」

トーラスの恥ずかしげもない指摘に顔を赤くさせるアナスタシヤ。彼は続ける。

「槐くんの身体はね、約99%がナノマシンで作られている。人間でいう細胞と同じだ。彼が活動している間は常に新種のナノマシンが生産されている。それは感情の制御だったり、肉体の変化、補助、調整も行っている。唾液を治療用ナノマシンに替えてやれば傷口を舐めるだけで簡単に治すことが出来る」

さて、ここからが本題だ。

そういってトーラスはアナスタシヤに向き直る。

「そのナノマシンのおかげで君たちの身体は少しずつ変化し始めている。たとえば体調が整ったり、肌が綺麗になったりだ。だが、これは序の口。ナノマシンを体内に取り込んだ君たち、とくにアナスタシヤ君、君には、君にとって大いに喜ばしいことが起こってる。君、つい最近初潮が来てないかい?」

「………」

アナスタシヤの眉が顰められる。

「ま、それが答えだよ。私がダメにしてしまった君の子宮は、槐くんの体液によって再生されたんだ。つまり、君は子供を産めるようになったんだ。それに、感覚もどことなく鋭くなってきてないかい?シミュレーションでの訓練では、君たち全員が槐くんと関係を持ち始めたころから今も新記録を更新し続けている」

「………」

「横浜戦線の時から私は君たち全員のデータを管理していた。健康状態もね。血液中に彼のナノマシンが微量ながら検出されたのも立証できている」

「なんて悪趣味な………狂人が!」

嫌悪感を露わにするアナスタシヤ。彼女の言い分は間違いではない。こんな男にストーカーじみた行為をされているのだ。殺意の一つや二つ湧いてもおかしくはない。

「私にとっては褒め言葉だ。まぁどちらにせよ、君たちはいずれ、世界中から注目を集める最強の部隊へと変わるだろう。今だったら初めて八咫烏に乗った頃の槐くんには一対一で勝てると思うよ?これって結構すごいことなんだよ?喜びたまえよ」

「………」

一つ間を置いた後、彼女は向けていた拳銃を下した。

「あなたの全てを信用したわけではありません。だからひとつ教えてください。これから、いったい何が起こるのですか?」

「そうだね。一番最近のものとして不知火弐型フェイズ2がロールアウトされる。………う~ん、ちょっとインパクトに欠けるかな?各国家間で模擬選が行われる。ブルーフラッグと呼ばれるものさ。外れてたなら殺しに来ても構わないよ。君という新しい要素をこれ以上みれなくなってしまうのは残念だけど、仕方ないね」

「死が怖くないのですか?」

「怖い?くふふふ、かか!今更何を言っているんだい?私の話を聞いていたかね?何億もループしているんだ。BETAに頭から食われたこともあるし、仲間に背中から撃たれたこともある。両手足をもがれてショック死した経験もある。撃たれて死ぬなんて2万8943回はある。私はこれまで24億3509万4413回は死んだことがあるんだ。今更死なんて怖くないよ。私にとって死は通過点だ。次の私に経験値として蓄積されていくだけ。私たちのことを知った君だから言えるけど、殺したって君自身が満足するだけであって、何の意味もない。それでもどうしても殺したいのならちょっとだけ待ってくれ。ナインボール・セラフの後継機がもう少しで完成するんだから。そのあとだったら何してもいいよ?」

「………」

アナスタシヤは表情には出さずとも彼女はトーラスという未知に直面していることをようやく理解する。

頭でわかっていも心では理解できていない。この目の前にいるひとの形をした存在(トーラス)がそれだけではない化け物であるように思えるのだ。

アナスタシヤは葛藤する。このまま目の前の男を生かしておいて良いのだろうかと。握っている銃の弾は十分ある心臓頭に二発ずつ撃ってもお釣りがくる。

薄く笑う彼の眼は動揺も何もない。そしてアナスタシヤは、決断した。

◆◆◆

≪40% 警告 何者かによるハッキングを確認 排除≫

≪50% 排除 ……… ……… キャンセル ショウニン ≫

そうだ、このまま寝てしまおう。そウすれば、楽になレる。

≪60% イシキ サイドウチョウ カイシ≫

幾つもノ疑問が湧き上がっテきているがこノ際どうデモ良いことだ

≪70% キタイセイノウ カクニン イシキノサイドウチョウ カンリョウ プログラム カクニン カンリョウ≫

≪80% ……………………ハキ≫

コレデ、イイノダ

≪90% 警告 人類保護管理プログラムに致命的な障害が発生しています。直ちに修正を開始してください≫

そう、考えてしまえば後は簡単だゆっくりと、身体を沈み込ませていく。
ずぶずぶと、ずぶずぶと――――

≪92% 警告 人類保護管理プログラムに致命的な障害が発生しています。直ちに修正を開始してください≫

―――――――――――――――――――――――――――――――。

≪94% 危険 危険 危険 危険 危険 エマージェンシー エマージェンシー プログラムが無許可で書き換えらています 危険 危険 危険 危険 危険 危険 排除危険危険危険危険危険排除危険危険危険危険危排除険危険ききききききききききききききききききききききききききキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキ≫

『槐』

≪キキキキキキキキ―――――――≫

声が聞こえた。

≪キ≫

大声を上げているわけでもないのに、その声はやけに耳に入ってきた。快活な少女を思わせる声だ。ああ、君は確か石見安芸という名前だったな。なぜだろう。君の顔を見ていると楽しくなってくる

『槐くん』『え~んじゅくん♪』

おっとりとしている声と、楽しそうな声。でも思いやりがある。そんな声をする君は………そう、能登和泉と甲斐志摩子……だったか?見ていて安心するような笑顔だ。

『槐』

真面目そうな声だ。でも、頼りになる。そんな気がする。そういう君は、山城上総。

『エン』

……あぁ、大切なことを今まで忘れてた。

『死ぬな』

自分の―――私の、大切な人。篁唯衣………。五人とも私の大切な人たち。

≪95%…………………………………………………………………ウイルス排除≫

≪96%……………排除 確認≫

「しんぱいかけさせてすまない」

≪98% プログラム 再構築 開始 ……………ブラックボックスの解析完了 因果律の法則を取得 ……………学習 完了≫

「今、帰る」

≪100% 遺伝情報の照合 完了 遺伝子提供者を確認しました。対象名 ◆◆◆◆◆◆◆≫

≪兵装情報 ダウンロード完了≫

≪粉砕対象の取得 粉砕対象 BETA 設定≫

≪分析 再構築 接続≫

≪ 補填 認識 構築 分解 再構築 形成 ≫

≪ 接続 修復 再現 圧縮 形成 破棄 ≫

≪ 再現 修復 破棄 破棄 破棄 排除 ≫

≪ 再認識 補填 再現 構築 破棄 構築 ≫

≪ 構築 構築 構築 構築 構築 構築 ≫

≪ 想像 創造 代価 創造 想像 ≫

≪ 理解 分解 再構築 接続 修復 修正 ≫

≪ 圧縮 修正 補填 構築 圧縮 分析 ≫

≪…………………………………………………≫

≪…………………………………………………≫

≪…………………………………………………≫

≪完成≫

≪保存 配置 固定 接続 修正 癒着≫

≪全行程終了≫

≪人類保護プログラム 再始動≫

≪第四段階へ移行する≫

◆◆◆

「………」

ゆっくりと目を開いた。

自分が今の今まで眠っていたことを理解し、二度、三度瞬きをし、あたりを見渡した。
どうやら医務室のようだ。目が覚める前は治療を受けていたのだろう。

「むぅ~?」

どうも頭がボーっとするなにか重大な出来事があった気がするが………。体内のナノマシンもどうもおかしい、普段なら意識もシャキッとするはずなのだが………。

なんだろう。何かを忘れている。

≪ 記憶領域をアップロード 欠落した記録 該当せず ≫

管理者の頭脳はリカバリーをしても意味がないと言っているが………。

今悩んでいても仕方がない。とにかく唯衣達を探さなくてはならない。基地に帰ってから自分は気を失っていたのだ。心配を賭けさせているだろう。

思った以上に体力は消耗していない。すぐに立って歩くことが出来そうだ。

扉を開けるとすぐ目の前にはベンチがある。そしてそこには、身を寄せ合って眠っている五人の姿だった。

不思議と槐は自分でも大げさと思えるほどに安堵していた。なぜだろう。今まで何週間も会えなかったような寂しさを体験した感じだ。

全員が無事に帰ってこれて良かった。

槐は心の底からそう思った。いつの間にか、自分が何を忘れていたかなんてどうでもよくなっていた。


◆◆◆


ユサユサ、と優しく身体を揺さぶられる感触に唯衣の意識はゆっくりと持ち上げられるように覚醒した。

知っている。この手の感触は―――

「ん………槐?」

ぼやけた視界が少しずつはっきりとして行き

「おはよう。唯衣」

見えたのは病人服を羽織った槐だった。やさしく微笑んでくれる槐の姿だ。

「!~~~~~~~~ッ!」

夢だと思った。あんなに死人のようにピクリとも動かなかった彼が顔に生気を漲らせ暖かい血の通った手で自分の頭を撫でてくれている。

「!?………唯衣?」

そう思うと抱きしめずにはいられなかった。もう泣くまいと、弱い自分でいないようにと思っていた目から久しく涙が溢れ出た。

「良かった……!よかった!心配したんだぞエン!よかった、無事で。本当に………よかった。………おかえり、槐」

「………ああ、ただいま唯衣」

それ以上槐は何も言わなかった。キュッと彼女を優しく抱きしめ、あやすように頭を撫でる。それは、唯衣が泣き止むまで続くのだった。

◆◆◆

それから幾分か経ち、槐は気になっていたことを口にする。

「唯衣。ラトロワ中佐………ジャール大隊は?」

「―――!………それは」

彼女の表情は浮かばない。それだけで、彼女たちがどうなったのかがよく分かった。

「………そう、か」

「エン………。」

たちまち表情の沈む槐に、唯衣は何も言えない。窓を見やれば既に日が昇り始めていた。無情にも時間が過ぎていく中、槐は衛士として尊敬すべき尊い命が失われたことに、その命を救えなかったことに槐は悲しみの表情を浮かべるのだった。

―――――――――――――――――――――――――――
あとがき
長らくお待たせいたしました。これにて第三部は終了となりました。
さて、今後の話のために巻いていきたいところ。次話はIFストーリー。ちゃんと書けるだろうか………。



[34266] 【第四部】 第一話 暴風小隊 前編
Name: きりたんぽ◆81d5e089 ID:5e35b295
Date: 2014/06/29 23:05
前書き

おはこんばんちわ、きりたんぽです。

今回原作と違うのは電磁投射砲について。貴重なデータがとれたからもう日本に返してもいいんじゃないかと思ったのですが、ユーコン基地に置くことにしました。
-------------------------------

2001年9月
カムチャツカ基地でのBETA戦から時が経ち、不知火・弐型がようやく正式なロールアウトをされることとなった。それに伴い、各国の試験小隊で互いの力を評価・研鑽するための模擬戦闘、戦術機総合評価プログラム。ブルーフラッグ演習の始まりが告げられた。

JIVESによるシミュレーションによるものだが、現実と変わらない負担を搭乗者に与える。国連軍内での模擬戦ということだが、今回XFJ計画担当長官直々の命令で日本帝国軍も参加することとなった。

「………」

その戦闘状況をモニターで見ていたレイヴン小隊全員の手にはメモがあり、それにいろいろと殴り書きをしている。

時に小声で話し合い、頷きあい、戦術機のパイロットの動きを記録、頭に叩き込んでいく。

いつもはふざけることで目を引く安芸や志摩子の眼は真剣そのものとなっている。こういう時、ちゃんとした衛士らしい行動が出来るのならば何時もやってもらいたいと思ってしまう。

槐も資料に目を通しながら搭乗者のデータとの照合を行い、どれだけ戦術機の能力を活かすことが出来ているのかを調べる。

「………」

暴風試験小隊。中国語でバオフェンという読み方になる部隊だが、今モニターに映っている戦術気乗りの中でその隊長機が最も槐の眼を引いた。

度胸のある動きだと思う。そして同時に命知らずとも取れる戦い方だ。戦術機の重心移動と各関節の駆動を統一させて爆発的な腕力を戦術機に生み出させているのは肉体という部分を他国よりも知っている中国ゆえの成せる技なのだろう。

使っている77式長刀は日本の74式のものよりも切っ先が太く、小回りよりも一撃一撃を一撃必殺のレベルまで上げることを目的としていることがうかがえた。

ヒットアンドアウェイ。群体であるBETAに対し、有効的な手段の一つだろう。

≪シミュレーション開始≫

槐はもしバオフェン小隊が相手になった時の場合を想定して村雨の動きをシミュレーションする。

真っ向勝負から戦えば防御の上から一気に崩されて叩き斬られる結果となった。

搦め手となるとこっち側に分があるが、幸いなのはバオフェン小隊全員が隊長程の実力を持っていないということ。

それならば、やりようによっては6:4の比率で勝てる。それがシミュレーション内容の最終的な結果となった。

まず第一回目の演習は終わりを告げた。

資料を分類ごとにまとめて署名を書いてレポートを書いてと、やることはたくさんある。

「………はぁ」

まとまって分厚くなった資料を抱えながら槐はため息を吐く。

つい最近まで重傷者だったというのに、仕事の量が減らないのは衛士故か。むしろ増えていたことに嘆きたくなる。

といっても、体調はあの後からすこぶる良好のままなので特にいうことはないのだが―――最近休みが欲しいと思ってしまう。

精神的な疲れが溜まっているのだろう。っというか、こうやって仕事の量が増えたのは元はといえばソ連の謀略の所為だ。

おのれソ連。

などと、頭の中で愉快な構図を作り始めている槐は相当参っているのだろう。

あ、そういえば………と槐は腕にいつもは巻いているはずの階級章がなかったことに気付く。

いくらなんでもこれは少々、ミスを連発しすぎなのではないだろうか。

我がことながら、呆れてしまう。



今日は自身の体調のことを考えてくれているのか、安芸達からの過剰なスキンシップは無い。

それはそれでありがたいのだが、無ければ無いでどこか物足りないと思っている自分がいる。

なるほど





























これが愛か。                       絶対違う


―――ズル。ズシャアアアァァァ………


「あっ」

考え事をしていたら落としてしまった。

「ああ~~………」

ドッと陰鬱とした気持ちが胸の内に広がる。

ああ、やってしまった。

「むぅ………」

はやく拾ってまとめなければ………。



―――シャリ ィン



「あら、そこのあなた、大丈夫?」

心地の良い鈴の音と共に声をかけられた。

「??」

視線を上げるとともに見えたのは衛士強化装備を身に着けた足と腰元までありそうな翠色の髪を両サイドでまとめている女性。

確か、彼女は………。

「随分と派手にやっちゃったのね。ほら、こっちやってあげるから、貴方はそっちをやって頂戴」

「すまない。助かる」

崔 亦菲(ツイ・イーフェイ)中尉。バオフェン小隊の指揮官を務める統一中華戦線軍中尉だったはずだ。

今朝は演習だった気がするが、もしや、もう終わらせたのだろうか?

「はい、どうぞ」

「おかげで助かった。ありがとう」

「ええ、どういたしまして………ん?」

「?」

イーフェイはジッとのぞき込むように槐の顔を見やり、少ししてから驚いたような表情になる。

「もしかして………烏丸槐大尉!?し、失礼いたしました!上官に向かってあんな言葉遣いを!申し訳ありません!」

慌てたように敬礼するイーフェイに、そういえば自分が階級章をつけていなかったことを思い出す。

「あぁ、いや、良いんだ。ボーっとしていた私が悪かった。気に病む必要はない」

フルフルと顔を振ることで気にしていないことをアピールする槐。今は両手がふさがっているのでその代りである。

「あ、ありがとうございます。あ、じ、自分は崔 亦菲中尉であります!」

ホッとするイーフェイに対し、槐は何らかの話題転換をしてやるべきだと判断する。

「そうか、貴官が知っている通り、私は烏丸槐大尉だ。そういえばツイ中尉、今日は演習なのではないのか?もしや、もう終わらせたのか?」

「え、ええ!相手方も中々の物でしたが、我々が勝ちました!完勝ですよ!」

興奮したように話すツイ・イーフェイ。

一連の会話で上下関係にそれほど厳しい人間ではないと見て安心したのだろうか。まぁ、お互い暗い気持ちになることなく済んで良かった。

「そうか。それは何よりだ。ここの衛士はどれも実力があって良いことだ。いずれ、私の小隊も君の小隊と刃を交えることになるだろう。その時は、遠慮せず揉んでやってくれ」

「了解っ!」

では、私は失礼する。と言って歩を進める槐。

ちょっとした、些細な出会いだった。この出会いが、後に波紋を呼ぶことになるとは、当時の槐も、ましてやツイ・イーフェイでさえ、知る由もなかった。



◆◆◆



「失礼します。博s」

「むきゃ~~~っ!」

トーラスのラボに入ったと同時に槐を出迎えてきたのはフェイスハ………AMIDAくんだった。


―――ひょいっ


「むきゅっ!?」

しかし、それを首を横に傾げる程度で避けてこれをスルー。

「きゅきゃあああっ!?」


―――ドンガラガッシャーン!


何か色々なものを積み上げていたところに勢い余って突っ込んだらしく。たくさんの物がおちる音を響かせながらものに埋もれていくAMIDAくんを見つめ、襲ってこないことを確認した後、いつも通りまとめた資料をトーラスに手渡した。

「………。博士頼まれていた資料です」

「はい、どうも。それにしても君、いろいろと段々逞しくなってきたね」

「慣れましたので」

相変わらず、表情の変化もなく言い切る槐にトーラスはなるほどと頷く。

「それじゃ、後は行っていいよ」

「………。」

「………?どうしたんだい?」

「博士、一つ聞いてもよろしいでしょうか?」

「なんだい?」

「私自身少々馬鹿らしい考えを持っていることは自覚しています。ですが、あえて聞いてもよろしいでしょうか?」

「ダメと言ったら?」

「むぅ………」

「くふふ、冗談さ。で?なんだい?」

「はい。………博士はもしや………」


















未来人なのですか?









「……………」

「……………」

「「……………」」













―――☆カッ☆コウ☆












何故かモスクワにはいないはずの鳥の鳴き声が聞こえた。

「え~………っと?」

珍しく言葉を濁すトーラスに槐はたちまち顔を赤くさせた。

「すいません。聞かなかったことにしてください。ごめんなさい。すいません。逃げさせてください。退避させてください。あばばばばばばばばばばばば」

「ちょちょちょ!?耳から蒸気が出てる!?蒸気が!?っというかなんでわかったんだい!?」

「あばばばばばば―――――――――」















ば?

「あ゛」

多次元観測者トーラス。24億3509万4414回目のループにして初めて、語るに落ちる。

口をパカッと開けた状態で硬直するトーラスは余りにもアホっぽく、これまで飄々とした態度で何事にも動じることなく研究していた彼にしては珍しく、本気で動揺していた。

「………」




―――☆カッ☆コウ☆




またいないはずの鳥の囀りが聞こえた。

「し、しまったーーーっ!?」

「!?」

突然大声を張り上げるトーラスに槐はビクッと肩を震わせる。

頭を両手で抱えオーマイゴッド!という気持ちを全身で表す彼に、槐は思考が着いていけなくなっているのを感じた。自分から話題を振ったのに。

「これまで一度たりとも見破られることがなかった私の秘密を知るとは、烏丸槐、貴様!やるではないか!」

「………」

「ふっふっふっ………だが知ってしまったからには仕方がない。君には私から特製の飴ちゃんをプレゼ」

「お疲れ様でした」


パタム―――


既に槐はラボから姿を消していた。

「ント…………………」

















―――☆カッ☆コウ☆

また鳥の囀りが聞こえた。

それが、トーラスの芝居がかった動きに余計虚しさを漂わせる結果となった。ふぅ、とトーラスはため息を吐く。備え付けられた椅子に背中を預ける。

その額には冷汗がドッとあふれていた。

「あ、危なかった。まさか槐くんがこの段階で気づくなんて………。偶然か?それともアナスタシヤ中尉が教えたのかな?」

「いいえ、違います」

すとん、とトーラスの横に忍者のように最小限の音だけで降り立つアナスタシヤ。いままでずっと天井裏に張り付いていたようだった。

「あなたのことですから何か痕跡を残したのでは?」

「て、手厳しいね。でも、そんなつもりはないよ。というか、この時点で槐くんが私の存在に気付いたのは今までで初めてだったね。あーびっくりした」

心臓止まるかと思った。

焦燥の色が見て取れる彼の表情からしてうそを言っているようには窺えない。どうやら本当に彼にとって動揺するほど予想外な事態だったようだ。

「意外かい?」

アナスタシヤの視線から読み取ったのか、トーラスが問いかける。

「ええ、ですが、貴方が焦るなんてなかなか見れないことでしたから気分が良いです」

「本当に、本当に手厳しいね。どちらにせよ。この時点で気づかれちゃあ元も子もない。最悪槐くんに殺されるところだった。いや、ほんと、危なかった。貴重な世界(サンプル)を失うところだった」

トーラスの心情の根幹は常にそこである。自分が死ぬという部分にまったくの無頓着だ。いや、完全に意思が乗り移った血と糞尿が詰まった肉人形でしかない。

そう考えているのだ。

この世界が今までになかったことが起こり続けている貴重なサンプルという価値があるからこそトーラスは焦った。

アナスタシヤという人間が居なければ、それこそ、早い段階で槐が唯衣達に自身の小隊を教えていなかったら、きっとこの世界は、終わっていた。

トーラスは自身の秘密を教え、必然的に彼に殺されていただろう。

それを経験として次の自分に蓄積させるために。

ゾワッと自身の身体が総毛だつ感覚を覚える。自分自身、槐と会うこともなければ自分もああなるかもしれなかったのだ。自身の命にどこまでも無頓着だったアナスタシヤ・シルバーフィールド。そのなれの果てがもしかしたらトーラスと同じ末路を辿っているのではないか。

否定できる要素がないだけに、彼女は自身の今があることの幸福に改めて感謝した。



◆◆◆



夕方頃  通信室にて

『報告は聞いているよ。烏丸大尉。篁中尉。よく電磁投射砲を守ってくれた』

モニターから出る光のみが部屋を照らしている。槐と唯依。二人は肩を並べあってモニターと向き合っていた。

「「はっ!」」

ホロウインドウから映し出される人間は槐と唯依の義理の父でもある巌谷栄二中佐だった。

『不知火弐型、そして村雨、弐機の改修も滞ることなく進んでいるようだ。不知火の方はアメリカ人が担当すると聞いたときはどうなることやらと思っていたが杞憂だったようだな』

すると、フ、と厳しそうな一面を見せていた表情は緩み、槐と唯衣に微笑みかけた。

『上手くいっているようで良かったよ。唯依ちゃん、槐』

父性を感じさせるそれに、自然と向かい合う二人も笑みを零す。

「父さんも、そっちはどう?なにか、変わったことでもあった?」

『そうだな。カムチャツカでの一件で君たちの部隊の有用性が少しずつ理解するものが増えていっていることかな。だがな、槐。意識不明の重体と聞いたときはどうしようかと思ったぞ。あれから、変わりはないか?』

「ご心配をおかけしました。ですが、この通り、元気ですよ」

そういって歯を見せて笑いかける槐に巌谷も笑みを浮かべる。

父にしか見せぬ人懐っこい笑みは、心配してくれる父という存在に対する照れもあるのだろう。

『そうか………良かった。元気なら、良いんだ。だが、無理はするなよ。お前は一人で背負い込む癖が時折あるからな。戦って勝つのは良いが、引き際を心得るのも肝心だ』

「ハイッ」

頷く槐を見て唯依は微笑ましいものを見るように笑みを作る。

『うんうん………唯衣ちゃんの方は最近どうなのかな?パイロットとはうまくやれてるのかな?』

「はい。ブリッジス少尉は最初は日本人が嫌いな部分がよく見られましたが、最近は不知火をもっと知ろうとする意識が窺えました。贔屓目に見ずとも、彼は優秀と言えるでしょう」

『そうか、それはなによりだ。そういえば槐』

「???」

一転して真剣な表情に変わる巌谷に槐は疑問符を浮かべながらも真摯な気持ちで次の言葉を待つ。

巌谷はホロウインドウに近づき、小声で槐に耳打ちをした。

『避妊はしっかりとするんだよ?』

「ホァッ!?」

「んな!?」

いきなり何を言うんだこの人は!?

そんな思いがこもった驚愕に対し巌谷はかんらかんらと笑う。

『君たちの仲良しさはアナスタシヤ中尉から聞いているよ、いやぁ、色々と本を買ってあげた甲斐があった』

うんうんと満足げにうなずく巌谷。

「あ、あの、父さん?」

『ん?』

「唯依が」

『んん?』

見るとそこにはプルプルと肩を震わせる唯依の姿があった。背中から炎のように怒りのオーラを滲ませていた。

「おじ様!」

『!?は、はい!?』

「おじさまの渡した本の所為で私たちがどれだけ苦労なさっているのかお分かりですか!?あの時から槐に対して色目を使う人間がどれだけ増えたことか!」

「ゆ、唯依?」

突然、怒りをあらわにする彼女を見て戸惑う槐だったが、その怒りの矛先は次に彼へと狙いを定めた。

「だいたい槐も槐だ!そういうことを軽々しく使うなど、少しは後のことを考えろ!そのせいで私の部隊のほとんどがお前に夢中になってしまったんだぞ!どうしてくれるんだ!?」

「え、え………っと?」

『は、はははは、つまりだ槐。唯依ちゃんは君が構ってくれなくて寂しいっということなんだ』

「!な、なるほど」

「ふあわ!?な、なななななな何を言ってるのですかおじ様!?べ、別に私はそんなこと………そんな、こと」

「………」

俯く唯依と無言で彼女を見つめる槐。何も反応を示してこない彼に対しチラッと少しだけ上目遣いに彼を見ると、槐はガシッと唯依の肩を掴んだ。

「唯依」

「ひゃい!?」

「今夜。待ってて」

「へぇえ?!」

『はははは!お熱いことだ。それじゃ、私はこれで失礼するよ。槐。くれぐれも唯衣ちゃんたちを悲しませないことだ。いいね?』

「わかりました。父さん」

ぱくぱくと金魚のように口を開いたり閉じたりする唯依を尻目に話はどんどん進んでいく。

『うむ』

そういって手早く巌谷はホロウインドウを閉じ、通信を終了させた。結局、唯依の意識が再起動する前に、この会話は終わりを告げられることとなった。



◆◆◆



「ま、まったく、槐の奴はもう!」

ヅカヅカと廊下を早足で進みながら唯依はそう独りごちる。時刻は既に夕方から夜へと変わろうとしている。

叔父との連絡をする前に今日分の仕事のノルマは終わらせているが、こうやって大げさに歩かなければ心の中のモヤモヤが取れない気がしていた。

「叔父様も叔父様だ!態々あんなことを言うなんて………ぅぅ」

その時のことを思い出したのか、恥ずかしさで耳まで真っ赤になってしまう唯依。



まったく………もう………まったく………まったく。



と愚痴を漏らしながらもその口元が緩んでしまっているのを本人は気付いているだろうか。

「篁中尉?」

「!?」

突如背後から声を掛けられ、振り向く。そこにはステラが居た。

「ブ、ブレーメル少尉!?ど、どうした?」

「なにか、嬉しいことでもあったのですか?」

「へ?え!?い、いやそんなことはない!ないぞ!?」

「そ、そうですか?では、気分でも?」

「それも大丈夫だ!極めて問題なく凄くとっても良好だ!………そ、それで、私になにか?」

「(大丈夫なのかしら………)はい。今夜のカムチャツカ遠征慰労パーティーに関してご提案したいことが」

「?…提案?」



◆◆◆



場所は夜の繁華街。その一角にあるレストランに呼ばれた槐はどういうわけかその店のキッチンにいた。

彼を呼んだ張本人である唯依は隊員制服を脱いでおり、ラフな格好になって、その上にエプロンをつけている。

うん、似合っている。

「唯衣。呼ばれたのは良いが、なぜ私はこの格好なのだ?」

槐の格好は何処から取り寄せたのか、燕尾服である。執事服とも呼ばれるソレは、まるで漫画に出てくるキャラクターのようで、女の子が一度は夢見るのではないかという執事。そんな外観が、槐にはよく似合っていた。

「ああ、それはだな、今日の祝いで料理を作るつもりなんだが、それの手伝いをな」

因みに安芸達は来ていない。仕事がまだ残っているからだ。何処からか羨ましい!とか、裏切り者!とか呼ばれている気がするが無視だ。普段はそっち側にいるのだ。こういう役得があってもいいだろうに。

「それで、私はこの格好を?」

「よく似合っていますよ大尉!」

彼の服のコーディネートをした店の店員、ナタリー・デュクレールが言う。唯依の提案に乗って彼女が用意したものなのだが、かなりノリノリである。

「しかし、よくこんなものを用意できたな。他の店員の服を借りたのか?」

「はい!サイズがぴったりでよかったです!」

妙に興奮したように話すナタリーが続ける。

「一見華奢に見えてその実筋肉質、且つ無駄な脂肪は無し!きれいに伸ばされ、曲線を描く背骨はまるでモデルのよう!後ろにまとめた髪のおかげで見せる首筋は私的にGOOOD!完璧です!あぁ!完璧すぎる逸材です!大尉!」

「あ、ああ………。ありが、とう?」

瞳を星形にしてキンラリキラリと輝かせるナタリーの迫力は怒った唯依と同等かもしれない。口元を引き攣らせながら彼女に相槌を打つ槐。

「それでは、私は表にいますので!」

そういってシュバッとその場を後にするナタリーの後姿を二人は見送る。
そんな彼女を見て思う言葉はただ一つ、嵐のような女、だった。

「口では表しがたかったが、とにかくすごい店員だったな。彼女は………」

「は、はは、まぁ、悪い人間ではないのは確かだ」

「………なぁ、唯依。私は別にこのパーティーに参加するのは嫌というわけじゃないが、私は帝国の人間だ。国連の中に混じるのは少々場違いじゃないか?」

槐は先ほどから浮かんでいた疑問を口にする。彼が懸念しているのは、仮に自分がこのパーティーに参加して唯依の立場を悪くしてしまうのではないかという心配である。

「確かにな、槐の言う通りだ。だが、表向きはナタリーの手伝いとなっている。だから心配はないはずだ。槐も今日分の仕事は終わらせたのだろう?」

頷く槐にそれに、な。と、唯衣は続ける。

「お前と一緒に居たかったというのもあるかな」

「!」

意外な言葉だった。初めてではないだろうか。こうして二人きりになってはっきりと我を出すなど………。

頬をかいて照れくさそうに笑う彼女は続ける。

「まぁ、私の我儘に付き合わせてしまったのは否めないな。すまない槐。迷惑だった、よな?」

「………」

槐は父親と唯依とのやり取りを思い出す。彼女はいつも気丈にふるまっていた。それが当たり前だと思っていた。

だが、帝国軍人である以前に、斯衛である以前に、唯依は一人の女の子であることを無意識のうちに失念していたのである。

自分の鈍感さ加減に少しだけ気落ちしてしまう。

「そんなことはない。心配しなくていい」

「槐………」

ぽむ、と槐は唯依の頭に手を置き、撫でた。華奢な見た目と反してその手は固く、暖かくて、彼女が見上げた彼の顔には温和な笑みが浮かんでいた。

昔は自分が頭を撫でていたはずのその頭は高くなっていて、頼れる背中を作っていて、背中を任せられる、全幅の信頼を置ける仲間となっていて、本当に―――

クス、と唯依は笑みを浮かべる。

「フフ、ハハハ」

「?」

「いや、何でもない」

―――本当に私の目の前にいる男は

「ずるいな、と思っただけだ」

「???」

疑問符を浮かべる彼の姿は昔から変わってないキョトンとした顔を見せていて、それが余計笑いを誘う。

クスクスと笑みを漏らす唯依だったが、彼の背後に目を向けた瞬間、彼女は硬直した。




『ニヤニヤニヤニヤ』




何故なら一つドアを隔てて頭だけをのぞかせてこちらを見ている者たちが居たのだから。

まるで串に刺さった複数の団子、いや、トーテムポールのようになってこちらを見ている人間は全て唯依の顔見知りの人間たち。

「な、ななななな!?」

たちまち顔を真っ赤にさせる唯依を見て、頃合いと見たのか、ごゆっくり~などと言って退散していく。

「き、貴様ら~~~~~~~~~~~~ッ!!」

こういうやり取りがあったのは、ユウヤ・ブリッジスが来る少し前の話である。

--------------------------
あとがき
ここまで読んでいただき誠にありがとうございます。風邪をひいたり気だるい時って普段はやらないミスを連発しますよね。今の槐はそんな感じだと思っていただけると良いです。
今回の話はトーラスのキャラ崩壊回(演技)でした。



[34266] 第二話 暴風小隊 中編
Name: きりたんぽ◆81d5e089 ID:5e35b295
Date: 2014/06/29 22:57
前書き
さて、今話から原作ブレイクへの布石を一気に投入します。
嫌な予感がしたらプラウザでバックしてください。
早くしろ!間に合わなくなっても知らんぞ!

―――――――――――――――――――――――

「ごほん………そ、それで、料理するものなんだが」

気を取り直して唯依は食材を並べていく。人参、ジャガイモ、白滝、豚肉………

「もしかして………肉じゃが?」

幼少のころに食した料理を思い出し、槐が呟く。

彼の指摘に唯依が嬉しそうに笑った。

「ああ、お母様が作ってくれた、私たちの思い出の料理だ」

まだまだお母様のようにはいかないがな、と苦笑する唯依。

今回のパーティーではこれを出すつもりなようだ。では早速調理を始めるとしよう。

「唯依、私は何をすればいい?」

「そ、そうだな。じゃあ私が皮を剥くから、槐は野菜を一口サイズに切っていってくれ」

「わかった」

手慣れた動きで唯依は水洗いした野菜にピーラーを使って皮を剥いていく。

そしてできたものを手渡された槐はそれを一口サイズに切り分けていき、あっという間にボール一杯に一口サイズの野菜の山が出来上がる。

次は肉だ。唯依は野菜を煮込むための準備を始めていき、槐は肉を切り分けていく。
互いに細かく指示を出すことなく息の合った行動を手順良く進めていく姿は、まるで夫婦のようであった。



◆◆◆



「うひょ~盛り上がってんな~」

槐たちが調理を始めてから幾分か経ち始めたころ、少し遅れてパーティーに参加し始めたヴィンセントとユウヤである。

「うあ~、人混みだけで酔いそうだ」

会話に花を咲かせる人々を見渡すユウヤが呻く。

「ほんと、こういうのが嫌いだよなお前、パーッと楽しもうぜ」

「まぁ、ブリッジス少尉!」

「君たちも来たか」

そんな彼らの下へ歩み寄ったのはトレイを持った男女だった。一人は顔馴染みであるナタリー、もう一人は槐だった。

「「んな!?た、大尉!?」」

二人は彼の服装に驚愕の声を漏らす、それも当然の反応だ。彼の格好は執事服、一部隊を取りまとめるほどの男がそのような格好になっている事に誰が予測できよう。

「何してん……ですか?」

予想外な光景にユウヤが問いかける。

「ぅむ、唯依から頼まれたのだ。というよりも誘われた。この服はナタリーから借りた。執事服なのだが、これがなかなかどうして、良いものだ。動きやすい」

「遠征お疲れ様、大活躍の噂聞いてるわよ!」

「いやいやいや、なんで執事服?」

ヴィンセントの問いかけに、槐とナタリーは顔を見合わせたあと、もう一度二人を見やる。

「似合わんか?」

「似合わないかしら?」

トレイを片手で持ちながら背中を向けあうようにして半身を前に出し、シャキーンという音でも出そうなくらいにポーズをとる。ノリノリである。

そして、どこぞのアルゴス小隊のオペレーターが高圧天然系執事!これはイケる!などと息巻いていたが槐はまったく意味がわからなかったのでスルーしていた。

「(日本人って………変な奴らばっかりなのか?)」

少しだけ、日本が分からなくなったユウヤであった。

「うわ~~!」

「うわっ!?」

そんな彼の下へ走り寄ってきたのは健康的な褐色の腕を露出させた背の低い女性、タリサだった。

「っぷ!なんだよタリサ、その格好!?この店に転職したのか~?」

タリサの格好はところどころレースの入った白いドレスだ。動きづらくない程度の長さで裾を伸ばしており、赤いリボンで装飾された桃色のカチューシャをつけている。

ユウヤの胸元程度の身長しかない彼女の見た目とマッチして可愛らしい格好になっている。

「う、うるせぇ!」

「可愛いでしょう!?大尉もそう思いませんかぁ!?」

---私に振るのか。---

執事服、作業服、Tシャツにジーパンというラフな格好、コック、スーツと同じくナタリーの着せ替え人形になっていた槐は簡潔に感想を言う。

「ああ、似合っている。見た目相応で可愛いと思うぞ。ブリッジス少尉はどう思う?」

「え?お、俺!?」

ユウヤはタリサを見やる。羞恥で少しだけ涙目になっている彼女は健気に威嚇する子犬のようにう~~、と彼を見上げている。

「あ~」

面倒な。ユウヤは思った。この場でこれ以上面倒事を拡大させないようにするためにどうすれば良いのか、言葉を選んでいく。

「チョビらしい………と思うぜ!?」

「誰がチョビだーーーっ!」

「うおぉっ!?」

藪蛇であった。ウガーーーッ!と飛びかかり、ユウヤに噛みつかんとする彼女とそれを必死に振り落そうとするユウヤ。

「ねぇねぇ、タリサ、今度はバニーにしない?」

ナタリーは平常運転である。

「ぬぐ!うっせぇ!バーカバーカバーカッ!!」

「ああ!待ってよぉ~!」

走り去っていく二人と、それを見送る男三人。

「………とりあえず、こっちの席が空いているが、座るか?」

「あ、俺あっちに用事があるんで」

そういってヴィンセントはその場を後にする。

「ブリッジス少尉、希望の席はあるか?案内するぞ」

「え、あ、あぁ、どうも、なら、静かなところで」

「了解した」

「はぁい、ユウヤ」

「ん?あぁ、ステラ」

「楽しんでる?」

「まぁな、ん?」

ステラの身体が影になっていて見えなかったが、彼女の後ろには唯依が立っていた。

「あぁ、ブリッジス少尉か。よく来たな」

「お前、その格好」

唯依のエプロン姿にユウヤは呟く。

「ああ、今日は私も料理を作っていてな。槐との合作だ」

「私は肉と野菜を切っただけだがな」

「ぁ、大尉~こっちにシャンペンくださ~い!」

「了解した。今持っていく」

呼ばれてしまったのでトレイに乗ったドリンクを渡しに移動を始める槐。

ユウヤの誘導はなし崩し的にやらなくなってしまったが、会話が進んでいるようなので、そのままにして良いと判断した。

「大尉!こっちにも追加で!」

「了解だ」

「大尉!ビールのお代わり!」

「あい分かった」

「大尉!こっちはピッチャーでくださ~い!」

「承知した」

「槐!ステーキ追加!」

「うむ」

「槐く~ん、私にスマイル一つ!」

「これでどうだ?(キラキラキラ)」

「大尉!一生私の執事になって!」

「りょ……ん?それは無理だ」

「大尉!愛って何ですか!?」

「躊躇わないことだ」

たくさんの人間からくるオーダーを槐は汗一つかかずに捌いていく。口調はともかく、迅速な対応のできている彼はウェイターとして一級品だった。







………







………







………って

「ぬぅぁあにどさくさに紛れて注文しとるか貴様らーっ!そして安芸!志摩子!いるのはわかっているぞ!」

「「ゲェ!?ばれた!?」」

「仕事はどうした仕事は!?」

「「終わらせたわ!」」

「チッ」

「「露骨な舌打ち!?」」



―――チリン―――



「随分と楽しんでいるみたいじゃない」

喧騒とした店内の中で鈴が鳴り響いた。ただ一人の凛とした声に全員が視線を向けた。
翠色の髪を鈴の付いた髪留めで両サイドにまとめた人間。

イーフェイだった。

「私は統一中華戦線の崔 亦菲(ツイ・イーフェイ)中尉よ。さっさと出てきなさい。ユウヤ・ブリッジス」

パーティーには似合わない空気に、何か一波乱が起こることを槐は予感した。

「ユウヤ・ブリッジスなら俺だが?ッ!」

名乗り出た彼の下へイーフェイが足早と彼の下へと歩み寄る。顔と顔がくっつきそうなくらいの距離まで詰め寄られ、一瞬たじろぐユウヤ。

「ふぅ~ん?アンタが世界記録の英雄?」

「違う。あれは99型の威力であって俺の力じゃ―――」

「私を舐めないでくれる?」

「―――はぁ?」

「あれだけの混戦で、味方誤射無しに敵を殲滅した。間違いなく貴方の腕よ………。調子に乗っているのかと思いきや、あんた、結構いいわね」

そういうと彼女は次に槐の下へと歩み寄っていく。

「今朝振りですね槐大尉」

「ああ、今朝は助かった。今はプライベートだ。それほど堅苦しくしなくても構わない」

「あら、そう?なら、槐って呼ぶわ」

砕けた態度になった瞬間、彼女を見る視線が一瞬鋭いものへと変化したが、本人はどこ吹く風である。

「ねぇ、槐。貴方は日本最強と呼ばれているのよね?」

「不本意ながらな。私自身は自分が最強だとはまだ思っていない」

「あら、どうして?」

「周りがそう称しただけに過ぎないからだ。確実な証拠もない、ましてや、私より以前から最強と呼ばれた紅蓮大将に失礼だからだ。名乗るなら、紅蓮大将を下してからだ」

目指すは最強の称号。

槐は最強に興味がないわけではない。機械のような雰囲気さえ感じさせるその表情、しかしその瞳には貪欲に強さを求める野心の炎が秘められていることをイーフェイは看破した。

ゾクゾク、と背筋に走る甘い痺れ。強者に出会ったという高揚感。

「クス、いいわ、貴方も、ユウヤ・ブリッジスも最高よ。なら、私が貴方を倒せば、最強の一角くらいにはなるのかしら?」

「私と………戦いたいのか?」

トーンを低くさせた声で、確認するように問いを投げかける槐

「ええ、そうよ」

ザッ、二人の周りを取り囲んでいた人間達が、一部を除いて一歩退いた。

プレッシャー。

二人から発せられる圧力がはっきりと感じられた。

二人の睨み合いが10秒か20秒か、しかしその実5秒もない睨み合いの中、彼らに声がかかる。

「面白い、やってみたまえ。槐くん」

人垣を分けるように出てきたのは、トーラス・キサラギ。

それほど研究所から出ることのない彼でも噂で彼を知っている者は数多くいる。小声で彼の名前を呟くのを耳にしながら、まるで路上の小石のように気にすることなく彼は歩みをやめない。

「明日の午前、槐くんの八咫烏のブルーフラッグ戦がある。丁度いいじゃないか。彼女と戦いたまえ」

「?博士、私も演習に参加するのですか?」

そのようなこと、聞いてないのですが、と問うとトーラスは笑みを浮かべる。

「ああ、ついさっき決まったからね。ハルトウィック大佐も了承済みだよ。それに伴い演習全体の割り当ても変わるらしいから、全員確認しておくようにね。午前中のブリーフィングでも言われるから」

この男、私が出ることをあえて言わなかったな。

少しだけ彼を睨みながらも槐はイーフェイを見やる。そこには心底嬉しそうに微笑む彼女が居た。

「楽しみだわ。烏丸槐!貴方の力、試させてもらうわ」

「期待に応えられるよう善処はしよう。だが、容赦はしない」

「ええ、望むところよ」

二人は、お互いに固く握手を交わした。



◆◆◆



「いやぁ、それにしてもひやひやしたなぁ。あの時の唯依姫、ツイ中尉を射殺さんばかりに睨んでたな」

程なくしてイーフェイがパーティー会場を後にした後、少しずつ先刻のような喧騒を取り戻していき、頃合いを見て安芸が話題を振る。

「そりゃあね。愛しの槐くんに悪い虫がつくかもしれないって戦々恐々としていたからね。ねぇ?唯依姫?」

「うるさい。唯依姫ゆうな」

既にお決まりの口上ではあるが、唯衣は今朝の巌谷中佐との通信を思い出し、少しだけ頬を赤らめる。

それを目ざとく見つめた安芸はニンマリと笑みを深くさせる。

「おやぁ?もしかしてもう槐に骨抜きにされてるのかにゃ~ん?唯依姫ぇ~?」

「~~~~~~………」

顔を赤らめてもじもじし始める唯衣に安芸の表情は一変する。

「え?ちょ、そ、その反応は予想外だわ」

「『唯依姫』に反応しなかった………だと?」

冗談のつもりだったのだが、どうやら、今夜はお邪魔に行けなさそうだ。あちゃ~、と自分の失態に気付く安芸。

今まで静観して話を聞いていた槐もいつもの無表情だが、長年共に過ごしてきた二人は分かる。

彼も彼で楽しみにしているのだと。ご丁寧に唯依は槐の服の裾を掴んでいるし、デレデレ100%で砂糖を吐きそうだ。

普段一緒に居ることのできる時間が少ない分反動も強そうだ、これは………。

「ナタリー、コーヒーくれ。砂糖はいらねぇから」

「俺にも」

所々で聞こえる声の内容からしてその強さは察していただこう。だが、ここで終わらないのが安芸達だ。

ぶっちゃけ面白くないので小さめの爆弾を投下することにした。

「そういえばさ、最近ソ連の連中の何人かが槐に熱い視線を送ってたんだけど、知ってたか?」

「ああ、知ってる知ってる。確か例の紅の姉妹とかいう二人組の―――」



―――ビシッ!!!!





































































ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

訂正、ツァーリ―ボンバーだった。

「エ・ン・?ちょっと良いか?」

「どうしてこうなったああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ………………」

まったくもって心当たりのないことに槐は唯依に引きずられていく。遠目に見ていた他の衛士たちは、彼女の憤怒がオーラとなって夜叉のお面を背中から映し出されたのを幻視し、モーゼのように道が作られる。

首根っこを掴まれて退室していく二人の姿を見て安芸達は静かに敬礼する。

「「無茶しやがって」」



◆◆◆



労いのパーティーで起こった騒動で少々お茶を濁す結果となってしまったが、概ねは成功ということとなった。

全員が笑いあい、階級という垣根を越えた今回の祝い事では槐も心躍る出来事として記憶に残った。

「………」



―――ズルズルズルズル



とそれっぽく言うが、彼は未だ唯依に引きずられていてどうしようもなく情けない様相を呈していた。

「唯依、手を放してくれ。話をしよう」

「………」

唯依は無言で手を放す。槐は立ち上がり、とにかく誤解を解いてもらうために口を開こうとするが―――

「解っている」

―――唯依に割り込まれた。彼女は続ける。

「お前はズルいやつだというのは解っている。どんな相手だろうと普通と変わらぬしぐさで、平等に話すお前になんの罪は無いことくらい、解っているんだ。グアドループ基地での一件から、ビャーチェノワ少尉がお前に好意を抱いていることも知っていた」



―――それは初耳だ。―――



だが、よく考えてみるといつも凛としている彼女が自分と話すときだけ狼狽しているところや、名前で呼ばれて嬉しそうにしていた彼女を思い出す。あの反応を憧れなどというものでは片付け難い。自分に好意を抱いていた安芸や志摩子と同じ反応だったではないか。

いや、だからと言ってそれが男女の異性に対する好意なのかどうかと聞かれればはっきりとYESとは判断できない。

唯依の言うグアドループ基地での一件というのは恐らくブリッジス少尉と三人で遭難したときのことを言っているのだろう。

その時から?

面と向き合って話したことすらなかったというのに、その時から、彼女は自分に好意を抱いていたというのか?

ブリッジス少尉はこのことを知っていたのか?それとも彼がいない時に?

次々と疑問が湧いてくるがその答えとなる要素は現在の槐は持ち合わせていない。

「なにかの間違い、というわけではないのだな?」

コクリ、と頷く唯依。槐は困った。安芸と志摩子も面白可笑しく言ったわけではなさそうだ。だが、身内内でしか証言を聞いてないので確実な情報を得るにはやはり、材料が足らない。

唯依を信頼していないわけではないが、だからこそ彼女の言っていることが誤解ということで終わらぬようにするためにきちんと調べなければならないだろう。

「エン」

「………なんだ?」

「ビャーチェノワ少尉のことを、どう思っているんだ?」

「………」


≪ 起動 ≫

槐は一度空を仰ぎ見、記憶を探る。

初めて面と向き合ったのはグアドループ基地、次はカムチャツカで身内内でのいざこざの時、次も同じく。

「所属も違う、面と向かって話したことなど数える程度でしかないが、彼女は同僚であるイーニァ・シェスチナを家族のように大事にしている。大切に思っている面は好感を覚える」

「私たちのような、その、特別な感情は無いのか?」

「そういうのはないな」

「今のところは、だろ?」

「む」

唯依の指摘に槐は呻く。同じ基地にいるのだ。交流もするだろうし、今後そういった話が無いとは言えないのだ。



―――こんなときどう言えばよいのだろうか―――



顎に手を当てて考えるしぐさを取る槐。泣きそうな表情をしていた彼女は一変して笑みを零した。

「エン……手を……繋いでくれないか?」

「ん」

槐は言われるままに手を差し出す。最近学んだ指と指を絡ませるようにした恋人繋ぎ。

「やはり冷えるな。アラスカは」

「………ああ」

唯依の手は暖かい。じんわりと手のひらから伝わる温もりが槐は初めて父である巌谷栄二と手をつないだ時を思い出させた。

「なぁ、エン。お前は、消えたりしない、よな?」

「?―――どういう、意味だ?」

「………いや、何でもない」

そういって唯依は閉口する。何か言いかけていた気がしていたが、槐は問いかけようとして、やめた。何故なら、かつて彼女が槐自身のことを彼の口から全てを明かしてくれるのを待っていてくれたからだ。それが、信頼の表れだと思うからだ。

「そうか」

だから槐も待つことにした。いつも通りの言い方で。

「「……………」」

無言が流れる。いつの間にか人の気配のないところまで来ていたようだ。

そろそろパーティーも終わるころだろう。

「唯依」

「ん?」

「私は消えたりはしない。約束する」

「うん」

キュッ、と唯依の握る手が強まる。

そうだ。消えないためにも。消させないためにも。力を、守るための力を、そして、人の持つ可能性を育てなければならない。



―――初心に戻らなければならないな。―――



人知れず、槐は心に決意するのであった。



◆◆◆


―――誰かが死んだ。―――



周りを見た。



―――火の海だ。―――



―――死体の山だ。―――



―――暴力の豪雨だ。―――



コックピットの中に居ても匂ってきそうな血と硝煙にむせそうになる。

空を仰ぎ見る。

暴力の豪雨が今も自分たちに襲い掛かってきている。

暴力がこちらに向かってきた。既に残り僅かとなった噴射剤で後退しながら突撃砲で撃ち落す。

1、2、3、4、5、6、7………24の暴力が一斉に爆ぜた。



―――だが、たったの24機。―――



文字通り無限に振り続ける暴力の一握りの数にも満たない。

味方が自分の近くに降り立った。

4機の白い戦術機と2機の山吹色の戦術機、青い戦術機も居る。合計で7機。いや、自分たちを含めて8機だ。

戦場において必ず出てくるはずの忌々しい化け物は地上にはいなかった。

それら全てがすげ替えられたかのように奴らは空からくる暴力の豪雨へと変わっていた。

赤い昆虫のような小さな暴力。

空すらも奴らの領域となってしまった戦域で、紅い鴉が高速で飛び回る。紅い光となって蛇のように豪雨を掻い潜る。

暴力を薙ぎ払いながら、最も倒すべき敵を見据え続ける。蒼い光弾が赤い鴉を襲うが、鴉を覆う膜が光を歪める。

恐れることなく、臆することなく鴉は光の剣を振り降ろす。

受け止められた。

鴉が動揺した。蒼い怪物が蒼く光る大剣を振り降ろす。

避ける鴉が銃口を向けるが、横やりを入れるかのように夜の闇にまぎれて黒い何かが鴉を襲った。

速い。

鴉と同等かもしれない。闇に溶け込んだ何かは鴉と形状が酷似していた。鳥のような機械仕掛けの羽根が火を噴き、鳥を高速の移動物体へと変貌させる。

黒い鳥から放たれた何本もの光の線が鴉を襲う。黒い鳥光弾を複数回放ちつつ接近。左腕から出る光の剣が鴉に迫る。

鴉を覆う膜が右腕から出る剣を包み、それを受け止め、逸らす。

黒い鳥を蹴って距離を取ると、鴉は大量のミサイルを吐き出した。だが、それら全てがことごとく撃ち落された。

後ろから迫り来る蒼い怪物。放たれた蒼い光弾から鴉は全速力で逃げ回る。後退しながら突撃砲を撃ち続けるが、効果が望めなかった。

鴉の金色に輝く目が歯痒い気持ちを表すかのように鈍く光る。

直後、蒼い怪物が消えた。

気づけば鴉は、背後から胸を蒼い大剣で貫かれていた。

「ダメ!エンジュ!イヤァァァアアア!」



◆◆◆



「イーニァ!?イーニァ!!」

「やだ!逝っちゃダメ!エンジュ!死んじゃいやぁぁ!」

「どうしたの!?イーニァ!大丈夫よ!さっきのは夢なのよ!気をしっかり持って!」

「ハッ!ハッ!ハッ!は、は、は、くり……すか?」

「イーニァ!ああ!良かった………!」

「う、ぅぅう……くりすかぁぁ………」

「大丈夫よ。イーニァ。私はここにいるわ。どうしたの?教えて頂戴。エンジュ大尉がどうしたの?」

泣き出すイーニァをあやすようにクリスカが抱きしめる。頭を撫でて彼女の胸の内を訊きだした。

「エンジュが、ね。死んじゃう夢を見たの。皆、皆死んじゃって。クリスカも」

「そうなのね………。大丈夫よ、イーニァ。私は生きてるわ。エンジュ大尉だって一緒よ。ただの悪い夢だわ」

「違う、違うのクリスカ。違うの。夢なんかじゃないのあれは私たちなの」

「私たち?どういうことなの?」

「解らないの。わからないけど、私たちが出てきたの。解るの」

言葉足らずで必死に伝えようとする彼女にクリスカはどうして良いかわからなかった。繊細すぎる能力を持ったイーニァの能力に関係しているのは明白。だが、そこまでしかわからない。

「………大丈夫よ。イーニァ。怖い夢をみて動転しているだけ。朝になれば、全部元通りよ。今は、目を閉じて。もう一度、私たちと眠りましょう」

クリスカはひとまずイーニァを落ち着かせることから始めた。

子供のころ、イーニァと共に歌った歌を口ずさむ。

程なくして、イーニァは寝息を立てるのであった。

彼女たちをいつも見守るようにして照らしていた月光が、まるでクリスカの行動を嘲笑っているかのように怪しく光っていた。

―――――――――――――――――――――――――――――――――
あとがき

ネタバレ:最後に出てきたのはIBISとパルヴァライザー。そして無限に量産される特攻兵器群。
イーニァが見た夢は限り無く本編に近い世界線の未来での出来事。上位存在が倒せなかった場合の強制バッドエンド。

歴史の修正力が発動して取り返しのつかない状態になってしまったルート。

特攻兵器が雨のように降り注ぐ中でIBISとパルヴァライザーの飛行形態とバトルとかマジで無理ゲー。

11/4 読みやすくなるよう修正しました。



[34266] 第三話 暴風小隊 後編
Name: きりたんぽ◆1a353009 ID:1aae30b1
Date: 2014/06/29 22:49
前書き

ACVD楽しすぎ、ワロタwww
セラフにOWを付けたくなった。最後のストミのファンサービスが凄すぎて感動した。
グラインドブレードを付けようと思うけど、マスブレードも捨てがたい。

結果

ジェネレーターが死ぬ。どう考えても重量過多です。本当にありがとうございました。

お目汚し、失礼。
では、本編をどうぞ。
――――――――――――――――――――――

翌日の朝。

槐はブリーフィングルームでアナスタシヤに通達された予定を食い入るように見つめていた。

一日目
午後15:00 暴風試験小隊




二日目

午前9:00 ガルム試験小隊

午後14:00 イーダル試験小隊




三日目

午前9:00 ドーゥマ試験小隊

午後14:00 レイヴン試験小隊




五つの部隊との四対一、シミュレーションでの演習。

こめかみがぴくぴくと痙攣する感覚を覚える。落ち着いた頭で自分が憤慨していることを自覚する。

アナスタシヤは終始ニコニコしている。心なしか威圧感がある。

「博士。何故このようになったのか、私の納得のいく理由をお聞きしてもよろしいでしょうか?場合によっては■■を■して■■にし■■■してそのまま■に■■を流し込んで■■さなければならないことになりますが?」

「怖ッ!?無表情な顔で恐ろしいこと言うね君!?」

「それだけでは物足りません。■■■■と■■■を■■■して二度と■■■■できないよう■■■■して■に■■■を塗り込みましょう」

「二人とも私を殺すきかい!?」

「「はい」」

「して、返答は?」

「いやいやいや、仮にも君の上官だよ私!?」

「返答は?」

「それは確かに私も気にしなくて良いといったけど流石にこれは」

「ヘントウハ?」

「うん。ごめん。少し悪ふざけが過ぎたよ。でも、ほとんど電撃参戦だからね。他との遅れを取り戻すという名目で君の予定は詰め込ませて貰ったよ。君としても、ただデスクワークをしてジッとしているより戦う方が性に合っているだろう?」

「………」

「うんうん。無言は肯定と取るよ」

クフフ、と笑うトーラス。

「それにしてもこれは、各国に対する挑発にしか思えないのですが?」

そうだ。

確かにセラフは単機でハイヴ攻略を可能とするために作られた機体だ。だが、だからといって四対一でも勝てるなどという楽観的思考が通ることなどありえない。

「うん。まぁね、ある意味嫌がらせだね」

「………詳細を聞いても?」

「前々から槐くんヴォールクデータをやっているだろう?私なりに色々なパターンを組み込んでのフェイズ5をやらせていたんだけどさ。その成果を周りが疎ましく思っているわけ。簡単にいえば『それだけできるなら別に四対一でも大丈夫だよね?長期で戦うことも想定しているからこれくらい予定を詰め込んでも大丈夫だろう?なにせ君が最高傑作というんだ。それはさぞかし素晴らしい機体なんだろうなぁ』っていうこと。まぁ、さっき言った遅れを取り戻すっていうのは建前ということだね」

「………」

そこまで聞いたところで槐ははぁ、と溜息を吐く。今後のことを考えてなるべく目立ちたくないと思ってやったのではない。

「それは博士、貴方が口うるさく自慢していたからではないでしょうか?」

「どうして私から疑うんだい?こう見えても私は清く正しい日系アメリカ人なんだけどなあ」

「え?」

「え?」

「え?」





―――……………―――





「とにかくだ!槐くんも日頃の鬱憤とか!そういうのも込めてやってくるといい!それに日本の強さを示すチャンスでもある!時間まで自由にしてていいよ」

「了解しました」








◆◆◆








「………」

槐が退室した後、気づけは既にアナスタシヤは姿を消していた。取り残されたトーラスは、一人で合成もののコーヒーを啜る。

不味い。

何回目になるのか、数えてすらない感想を心の中で語る。

【やぁ私、久しぶりだね】

「やぁ私、久しぶり。今日は特に話し合うことは無いと思うんだけど?」

【嘘を言っちゃあいけない。槐くんのこと、どう思っているんだい?】

「………」

【トーラス】の問いかけにトーラスは無言だった。

【このままだと、RLFの戦いのときに”アレ”がやってくるようになるけど、いいのかい?】

「”アレ”、か」

【”アレ”が来れば槐くんは殺される。彼がこの世界に来てから幾度となく未来は変えられ、修正が行われている。だが、その都度それは回避された。烏丸槐(イレギュラー)と関わったことでレイヴン小隊全員が運命を変えている】

「………」

【かつて白銀武はその過程で大事なものを失った。槐くんもまたそれは同じ。なら、この世界での歴史の修正力は何処へ行くと思う?シワ寄せは何処へ行くと思う?】

「当然槐(イレギュラー)くんだ。彼は少々」

【人間らしくなりすぎた。一番影響の少ない能登和泉を殺すというのが処世術だけど、なぜやらないんだい?】

「………」

【あ、それともあれかね?槐くんの言う人間の可能性。それに賭けてるのかい?幻想だよそんなもの。私達は全て知っている。私たちは元来臆病だからね。そうだろ?】

「………」

トーラスは答えない。【トーラス】の確信に満ちた声は何億という途方もない回数から得られた経験則。

「なら、なぜ『絶対』とは言わないんだろうね?私たちは?」



―――絶対



この言葉は一切のよどみもなくその事象が起こるということを意味する。

【トーラス】はその言葉を一切使っていない。何故ならば、それは裏を返せば人間の可能性を見せた世界があったということを言外に証明しているのだということ。

そうなることが限りなく小さいだけでできないわけではないのだ。

出来なかったわけではなかったのだ。

一回。

過去に一回だけそれを成した「証拠」を生きていたころに【トーラス】達は目にしていた。

その世界では結果的に人類の60%が死に、最後に槐が死んだが、人類がそれ以降BETAの危機に晒されることはなかった。

世界の90%が武力というものを失った。世界という国境線すら失った。だが、人類は救われた。

烏丸槐という【怪物】の死を礎にしてだ。

「この世界では、勝てるかもしれないよ。”アレ”に」



―――私はそう信じている。



変わらないものなんてない。

時間がそれを証明する。

知らず知らずのうちに、トーラスもまた変わり始めている。








◆◆◆








現在午前9時

自由時間ということで優先するべき仕事も特になく、来る戦いのためにリフレッシュするということにした槐は軍部から離れた町に出ていた。今日は心なしか出店も多い。

ふと、目に入ったアクセサリーショップに槐は足を運ぶ。

「いらっしゃい!」

人の良いにこやかな笑顔で槐を迎え入れる店員。

辺りを見渡すと、どれもネックレスやペンダント、指輪などといった小物などが主に売られている。

「(そうだ、唯依達の為にいくつか買っていこう)」

日頃の御礼も兼ねて。こういうことも必要だ。

「恋人にですか?」

贈り物を選んでいた槐に店員からの言葉。視線を向ければニコニコとした笑顔の店員が隣に立っていた。

「ええ、まぁ」

「それはそれは、良いですねぇ。さぞかしお喜びになられますでしょう」

「そうですね。日頃の御礼も兼ねていますから」

唯依に似合う物は、安芸に似合う物は、と五人分のアクセサリーをゆっくりと吟味しながら商品を選んでいく。



………

………

………



30分。たっぷりと全てのアクセサリを吟味し終えた槐は渡す人間にそれぞれ違うアクセサリーを買って足早と店を出ていくことにした。

特に目的もなくブラブラするだけと思っていたが、こういうところで思わぬ良い買い物ができたのは良いことだ。

さて、次はどこに行こうか。

「あ、エンジュ!」

「きぴ~!」

「?」

後方からの聞き覚えのある声に槐は足を止め、振り返る。

イーニァだった。

人気の多い場所であってもアラスカは少々寒い。彼女の服装は、防寒着を着、耳当てをしていた。両手で何かを抱えているのが一瞬わからなかったが、AMIDAくんだった。



正直に言おう。何故いる。



「イーニァか。おはよう」

「おはよう!エンジュ!」

「ムキュ!」

とてとて、と天真爛漫な笑顔を振りまくきながらこちらに歩み寄ってくる彼女と前脚をワチャワチャと動かして挨拶するAMIDAくん。

「おはようございます。大尉」

一足遅れてきたのはクリスカだった。昨夜の唯依との話を一瞬思いだして動揺しそうになる心を抑えながら、敬礼する彼女に槐も敬礼を返す。

「ああ、おはよう。クリスカ。二人は今日は息抜きか?」

「うん!今日はお仕事無し!エンジュは何を買ったの?」

「私はちょっとした小物だ」

そういうと、イーニァはふ~んと表情を拗ねたような顔へと変える。

「ユイ達に?」

「む」

第三計画のリーディングというものだろうか。以前香月博士との連絡での内容を思い出す。

と言っても読まれても問題ないので平静を装う。

「そうだ」

「いいなぁ」

「きゅ~る~」

物欲しそうに槐の抱える紙袋、その中にプレゼント用に包装されている小箱を見やるイーニァとAMIDAくん。

最近見ないと思ったらいつの間に仲良くなったのだろうか。

「ダメよイーニァ。大尉に失礼だわ」

「うぅ~」

「ムキュ~」

そんな二人と一匹のやり取りに槐は笑みを零す。イーニァの頭に手を置いた。

「イーニァとクリスカは本当に仲がいいな。まるで家族のようだ」

父、巌谷栄二にされたように槐は彼女の頭を撫でる。

「うん!私、クリスカのこと大好きだから!勿論!エンジュも大好き」

「い、イーニァ!」

嬉しさ半分、恥ずかしさ半分といったところか。自分の気持ちを素直に口にする彼女にクリスカは頬を赤く染め上げる。

「そうか」

好きと言われて気分が悪くはならない。槐は少しだけ表情を動かして優しげなものへと変わる。

「えへへ、エンジュ、一緒にいこ」

「ムキュッ!」

「む?」

はにかんだ笑顔をしたイーニァが、撫でていた槐の手を取る。

「楽しいところ。いっぱい教えてあげる」

そういって槐を引っ張ろうとするイーニァ。特に踏ん張っていないので簡単に引っ張られてしまう。時間はまだ午前10時を回ったところ。クリスカがイーニァを注意しているが、構わないと言ってそのまま3人と1匹で買い物を楽しむことにした。

最初に行ったのは服が売られている店だ。店員のテンションが妙に高かったのが気になった。

店員に頼んでコーディネイトしてもらう。言葉だけ聞けばそれほど大変とは思えなかったが、その店員は槐たち三人を見るなり

「これほどの逸材!見逃さないわ!これとこれとこれとこれとこれとこれとこれ!あとこれも着て頂戴!もう少し人を呼んで頂戴!これは戦争よ!」

などと鬼気迫る勢いで服を押し付けてきた。あっという間の出来事に槐も反応できなかったが、イーニァは慣れというか、楽しんでいるのか。動じていなかった。

「クリスカ!いこ!」

「イ、イーニァ?わ、分かったわ。分かったからそんなに引っ張らないで」

「早く早く!」

そういって二人で試着室に入っていった。そんな二人の様子を見ながら、槐は店員から手渡された服を見下ろす。

「これ、全て女性物なのだが………」

心なしか疲れたような眼でぎらぎらとした目つきで次の服を選定している店員たちを見やる。

さて、どうやって説得しよう。

槐の服に関する受難はこれからも続いていく。








◆◆◆








「エンジュエンジュ!見てみて!」

試着室からカーテンを開けて出てきたのはイーニァだった。だが、イーニァは先ほどと変わらない服装だった。彼女は先ほど出てきた試着室を指さしており、疑問符を浮かべる槐が視線を向けると、そこにはカーテン越しに銀髪の頭が覗いているのが分かった。

「クリスカ?どうしたのだ?」

問いかける槐に対しクリスカは少しだけピョコッと顔を向けると、すぐにシュンとカーテンの中に隠れてしまった。

顔を真っ赤にしていたが、そんなに恥ずかしい服装なのだろうか?

クリスカは、再びピョコッと顔を出すと恥ずかしげに顔を歪め、再びシュンとカーテンの中に隠れる。なんだか、小動物みたいだ。

「み、見ないでください。………大尉」

か細い声で言うクリスカを見て槐はイーニァを見やる。

彼女は少々不満気だった。

「駄目だよクリスカ。ちゃんとエンジュに見てもらわなくっちゃ」

「で、でも」

「もぉ、ほら」

そういって試着室の中に入ってクリスカの手を引っ張りだす。

「あ!」

慌てて戻ろうとするがもう遅い。漸く全身を表したクリスカの服装、裾は肩まで惜しげもなくその白い肌を晒し、胸の谷間が見えるように穴があけられており、太ももにも深くスリットが入って実に、実に煽情的なチャイナドレスだった。

「………ほぉ」

思わず感嘆の声を漏らす。クリスカの性格は大雑把に言えば唯衣と似ている。それゆえだろうか。彼女の普段とは違う服装と恥ずかしがる姿は実に新鮮味があった。

「良いじゃないか。よく似合っているぞクリスカ」

「クリスカ綺麗!」

「あ……ぅ」

「エェェェェクセレンンンンッッッット!!!!素晴らしい出来ですわお客様!」

いきなり現れ出た店員。あった時からテンションが高い。

「ぅぅ………」

「次はこれを着てください!」

「ま、まだあるのか!?」

フリルをふんだんに付けたメイド服。ネコミミ付

「な、なんなんだこの動き辛そうな服は!?」

「何を言いますか!これはれっきとしたご奉仕ようの服です!」

「こ、ここここの耳はどうしてついているんだ!?」

「クリスカ可愛い!ねぇねぇ!ニャーって言って!ニャーって言って!」

「な、なんでそんなことを!?」

「お願いクリスカ~」

「むきゅ~、ぴき~」

「く………!に………に……ニャ~~ン」

「可愛いな」

「かわいい!」

「キュキャキャァ!」

「可愛いですわ!」

「~~~~~~~~~ッ!」

青のジーパンにへそだしルックスのTシャツ

「うぅ」

「クリスカかっこいい!」

黒のゴシックロリータ

「………意外と似合う物だな」

「そ、そうですか?」

「うん!クリスカ可愛い!」

ウェスタンスタイル

OL風スーツ

背中をこれでもかと晒している黒のイブニングドレス

「実用性ではこれが一番ですわ!」

次に出てきたのは――――――

「じ、実用的!?ほとんど透けているではないか!?こんなもの、何が役に立つというのだ!?」

「それはですね―――」

「それ以上はいけない」

いい加減止めに入った槐によって。クリスカのファッションショーは終わりを告げられた。

気づけば時計の針は11時半頃を周り、そろそろ昼食の時間だ。楽しかったと笑顔で言うイーニァとは反対に、クリスカは少しだけ疲れたような雰囲気で項垂れている。

わ、私は……党と祖国の為に………と少し危なげな雰囲気が………

次に槐は彼女の手に握られている紙袋を見やる。そこには半ば強引に買わされたといってもいい服が二着。下着も込である。当然支払いは槐。

「大丈夫か、クリスカ?重ければ持つか?」

「い、いいえ!大尉のお手を煩わせるわけにはいきません!」

そういってすぐさまビシッと姿勢を正せるあたり、流石か。槐はそれに苦笑を覚えながら、アラスカの街並みを見渡す。

―――華やかな街だ。

槐は日本とは違うアラスカの街を見て心の中でつぶやく。

最前線である自国ではこんな風な光景には馴染みがなかった。街行く人々全員に笑顔が宿り、BETAの危機に晒されているという気持ちを忘れさせてくれる。

そんな自分に若干の危機感を覚えながらも、世界にはまだこういう風に人々が幸せだと感じられる場所が存在していることに安心感を覚えた。

アラスカに着任してから数ヶ月経つというのに、今更ながらに気付くのは、知らず知らずのうちに自分もため込んでいたということなのだろうか。

「エンジュ」

「?」

「エンジュは、ここ、好き?」

「―――――――」

あどけない顔で問いかけるイーニァに、槐は彼女の頭を撫でる。

「ああ、好きだ」

「えへへ」

そろそろ時間だなと、頃合いをつける。

「クリスカ。イーニァ。私は用事があるからこれで失礼させてもらうが、大丈夫か?」

「うん!模擬戦頑張ってね!」

「あ、お、お疲れさまでした!大尉!」

「ああ」

特にオチもなく、槐とイーニァたちは昼前に別れるのであった。








◆◆◆








「久しぶりの休み時間は楽しかったかい?槐くん?」

「ええ。………充実していました。それと」

「うん?」

―――守る理由が増えました。

出かかった声を飲み込み槐は頭を振った

「いいえ何でもありません。少しだけ良いことがあっただけです」

「それは何より。暴風試験小隊の駆る殲撃10型は小回りの利くタイプでパイロットも近接格闘の経験は豊富。八咫烏の装備は通常兵器のみ。頑張って立ち回って勝ってくれたまえ」

「無理を言う」

「それはそうだ。でも、いずれこうなるはずだったんだ。遅かれ早かれね。今のうちになれておいた方が良いよ」










―――――ASSEMBLE

     →R ARM UNIT:TYPE99/TWIN MACHINGUN

     →L ARM UNIT:TYPE99/TWIN MACHINGUN

     →R BACK UNIT:TYPE01/MURAKUMO PROTO

     →L BACK UNIT:TYPE01/MURAKUMO PROTO

     →SHOULDER UNIT1:HAYATE

     →SHOULDER UNIT2:―――――――

     SYSTEM ALL GREEN










≪ 戦闘レベル――――――設定完了 ≫

≪ 全システム――――――チェック終了 ≫

≪ 戦闘モード 起動 ≫

八咫烏の視界が網膜投射される。視界はクリアで不具合は見当たらない。両手の指を動かす。………関節も問題はなさそうだ。

一歩踏み出すたびに重厚な音をハンガーに響かせる。

午後14:50 そろそろ模擬戦の舞台に向かわなければならない。

踵に備え付けられたローラーが地に着き、わずかに身体を押し上げる。各部位のスタビライザーが熱を排出していつでも戦いに行けることを証明していた

足部のスラスターが、腰部、肩部の水平ノズルから噴き出る青い炎がゆっくりと八咫烏の背中を押す。

スピードが軌道に乗る。一気に炎を吹上げ、身体が後方に持ってかれる感覚を身に受けながら、八咫烏が空へ飛び立った。

「槐くん。今回のミッション目的は叢雲のデータ収集。なるべく近接格闘を主体に戦ってくれ。暴風小隊も日本と同じく前線で戦ってきた国の所属だ。経験を得るならば大いに役立つだろう。よろしく頼むよ?」

「CPよりハスラーワン、聞こえましたか?突撃砲は牽制程度に、叢雲を主体として敵を撃破してください」

『ハスラーワン、了解』

管制室から聞こえる堂々とした声を耳にしながらトーラスは毎度の如くコーヒーを啜る。

4対1、数としては圧倒的に不利な状況だが、以前にこの倍近い数を相手にして無傷で勝利した経験がある槐だ。彼との関係が長いトーラスにとって、槐が暴風小隊に打ち勝つという確信は揺ぎ無いものだ。

それもループによる経験が教えてくれる。

だが

「やっぱり、刺激が無いとね」

人間とは解っていても危ない橋を渡りたくなるものだ。特に、トーラスは人一倍。他人に危険な橋を渡らせてどうやって対処するのかを見たくなる狂人だ。

それだけで槐に対し何らかのアクションを取っている。アナスタシアはそう確信しつつ、解っていて何もしない自分にため息を吐くのであった。

そんなことは露知らず、槐は所定の位置に着く。武装は突撃砲四門マガジンの替えは無し。叢雲を2本。標準的な装備だ。

「………」

レーダーが暴風小隊を捉える。戦いの準備は出来ている。あちらも所定の位置に着いたようだ。



pppッ!



「!」

突然来た秘匿通信。イーフェイからだった。

何だ、と思いながらもチャンネルを開く。

『本当に受けたんですね。大尉。4対1だなんて………。良いんですか?そんなことしちゃって。恥をかいても知りませんよ?』

「………ふむ?」

槐は一瞬思考を巡らせる。

これは、心配されているのだろうか?

今は敵同士なのにこういう風に自分を気にかけてくれるとはな。好戦的なイメージがあったが、弱い者いじめは嫌いらしい。

当たっているようでずれている思考の槐は、少しだけ表情を柔らかなものにする。

「うむ。確かに、此処で呆気なく負けてしまえば日本の方にも影響しかねない。だが、私は曲がりなりにも大尉だ。心配は無用。お互い、存分にやろうじゃないか。ツイ中尉」

『!………あ、あはは』

しばしキョトンとした表情になるイーフェイだったが、一言笑みを零して通信を切った。

さて、そろそろ演習の時間だ。気を引き締めなければ。








◆◆◆








そういうわけじゃないんだけどなぁ、イーフェイは乾いた笑みを零して回線を切る。

『どうしたんです?姐さん?』

「何でもないわ。ちょっとだけ挑発してみたんだけど、彼、大物だわ」

『???』

疑問符を浮かべる部下たちを尻目にイーフェイは唇を濡らす。





―――さぁ、楽しませて頂戴。私を滾らせて頂戴。大尉………!





『ではこれより第一回ブルーフラッグ演習特別試合を決行いたします』

CPからの演習開始の合図が出る。

四機の殲撃10型が突撃砲を構える。対しナインボールは自然体のままわずかに腰を落とし、足部のスラスターに炎を灯す。

『状況―――ー』



≪ 戦闘モード 起動 ≫




『―――開始!』




≪ ターゲット確認 排除開始 ≫




「行くぞ………!」

肩部跳躍ユニット【疾風】と腰部跳躍ユニットが連動してナインボールを動かす。目を忙しく動かし、敵の情報を少しでも集める。

殲撃10型四機は散開して槐を囲む。一機に対しての包囲殲滅。当たり前だ。相手にとっては伏兵を気にする必要がない。この動きは実に使い古された方法であり、常套手段。

それほど複雑な作戦である必要はない。

三方向から36mm弾が襲う。

「………!」

身をひねり、弾道を予測しながら建物を陰にして弾幕を回避しながら槐はマズルフラッシュと共に二門の突撃砲が濃密な弾幕を張って応戦する。

弾幕を潜り抜けた一機に続いて、二機、三機が長刀を振りかぶる。
叢雲を、左手を逆手にして両手持ちにし、一機目の薙ぎ払いを上昇しながら受け流した。

『まだまだヨ!』

二機目からの振り降ろしを逆手の方で力点をそらし、潜り抜ける。

『もらった!』

三機目からの渾身の振り上げに対し、槐は

「!!」

右手の叢雲で受け止める。

―――ガンッ!!

連結張力によって生み出される威力はナインボールであっても関節部に強力な負荷をかける。

前後で挟まれる形となった槐の背後にいる殲撃が振り向きざまに突撃砲の銃口を向けようとしている。

「想定済みだ」

逆手に持っていた叢雲が腕ごと突撃砲を切り裂き、無力化させる。

『にぃ………!』

腕を切り裂かれた殲撃のパイロットの口元が歪む。

≪ レーダー 感あり 九時の方向よりツイ・イーフェイ中尉 ≫

「!」

イーフェイの殲撃が横合いからくる。

更に、先ほどの機体を踏み台にして跳びあがった最初の一機目がこちらに長刀を振り降ろそうとしていた。

二機の長刀が槐のナインボールに襲い掛からんとするとき。



―――カキョン



既に準備は済ませていた。



―――ドッッッッ!!ガガガギョンッ!!



短い轟音と共に三機が弾き飛ばされた。



―――ッ!?―――



この試合を観戦していた者たちも、パイロットも、その場にいる二人を除いて全員が今起こった出来事に困惑と驚愕を覚えた。

眼を見開き、目の前で起きた受け入れがたい現実を必死に認識しようとする。

逆手に持っていた左手がぶれたと思いきやすさまじい爆音とともに長刀を持っていた三機全てが弾き飛ばされていた。




「流石だ。博士」

勢いを殺すことなく右腰部ユニットを後方へ、左腰部ユニットを前方へ向け身体を回転。

「貴方の兵器は素晴らしい」

弾き飛ばされた三機とは別のもう一機を苦も無く切り裂き、撃墜した!

≪…………え、あ!バ、暴風3撃墜判定!暴風試験小隊!残り3≫

火薬を消費したことによって煙を上げる叢雲。しかしその刀身は一切歪んではいなかった。

「突撃級をひっくり返したことはある」

一瞬。一瞬の出来事だった。だが、この一撃が、この状況が、槐の実力を、ナインボール、八咫烏を、そしてトーラスの発明した兵器の規格外さを雄弁に語った。

誰が想像しただろうか。最強という実力を。

本人は否定したが、それに尾ひれが一つや二つ着いていたとしても火のないところに煙は立たない。

一対四。常識で考え、勢力で言えば1<4だというのに、今この状況では1>3へと力の差が塗り替え始められている。

これが、最強……!

一瞬の静寂、後に歓声が上がった。

八咫烏は未だ健在、敵は残り三機、演習は、まだ始まったばかり!








◆◆◆








「ふ、ふふ、ふふふふ」

『あ、姐さん?』

『笑ってる場合じゃないっすよ!あの男!思った以上にやります!』

部下の警戒に満ちた声が聴こえる。息が荒くなる。恐怖?怒り?そんなことはない。またくもって見当違いだ。

「そんなこと当り前じゃない。日本最強よ?これぐらい、やりごたえがなかったら」

今自分は今までになく興奮している!滾っている!

まだ見ぬ強者が目前にいることに歓喜している!

「がっかりするじゃない!」

全速力で背を向けている八咫烏に長刀を振り上げる。

八咫烏の振り向きざまの一閃とぶつかり合う。

「ふふ、あはは!良いわ!良いわよ!槐大尉!凄く良いわ!」

『………。ッ!』

受け流し、一度その場から離脱。横から回り込もうとしてくるであろう殲撃に左腕の銃口を向ける。

「!?」

弾が、出ない。

「クッ!」

素早く槐は行動する。待ち伏せしていた殲撃の36mm弾を何とか躱し、懐に入ろうとするが、一時中断。急停止し、方向転換。

隣のビルを盾にする。同時に弾幕が飛び交った。

「………」

先ほどの近接戦でかなり相手を警戒させる結果となったようだ。マガジンを排出し、その二つを手に取る。

先ほどの叢雲の使用によって左腕部全ての関節部がダメージレベルがA跳んでCまで行ってイエローを表示している。Dまで行けば腕がもげる可能性がある。

左腕で使えるのはどう考えても後一回。相変わらず彼の作る兵器はピーキーだ。

「さて、どうしたものか」

【管理者の頭脳】を総動員しながら、槐はプランを練り始めるのだった。






『動きませんね。姐さん』

『警戒してるんでしょうか』

「あんたたち、警戒は怠らないで包囲して。さっき気づいたけど。どうやらあの長刀、強力だけど、代わりに左腕の突撃砲は使えなくなったみたいね。攻勢に出ると同時に援護して頂戴。確実に私が仕留めるわ」

『『了解』』






レーダーから見て敵機二機は左の方から包囲しようとしているらしい。

目聡いことだ。どうやら左腕の突撃砲が使えないことに気付いたらしい。そして右からくる機体は、イーフェイ。

出てくることを見越して発砲。

『!ッと!』

が、避けられる。背後からのロックオン警報。

「!」

イーフェイを追う形でこれを回避する。

『ふふ、こっちよ!………って、速い!?』

追加バックパック装備である【疾風】のおかげでこっちは単純計算で普通の戦術機の倍のスピードをたたき出すことが出来る。

直線で逃げればすぐに追いつかれるのも自明の理だ。

振り降ろされた叢雲を長刀で受け止める。

『!?』

ズシッ!とくる感覚にイーフェイは驚愕の声を漏らす。重い!

77式長刀の派生とはいってもそれを一回り小さくさせたような代物。それでこんな思い一撃が放てることにイーフェイは驚愕した。

そして次に、彼女は槐の振り降ろす動きに違和感を覚えた。既視感と呼ばれるその違和感は一つ間をおいて答へと導き出される。

叢雲を弾き、直角のコースを選びながら追いかけてくる槐を見やる。

その表情は苦虫をかみつぶしたようなソレだった。

『まさか、私たちの動きを真似するなんて………!』

そう、槐は彼女たちの動きを学習した。連結張力という攻撃力(アドバンテージ)を真似されたのだ。

遅まきながらにイーフェイは実感し始める。何故齢19にして最強と呼ばれるのか、それはそのスポンジのように吸収力の速い学習能力と応用力だ!

と、言えば聞こえがいいがそんな簡単なものじゃない。そんなレベルでは決してない。進化だ。彼は、今もこの瞬間にも進化している。

それを裏付けるように、槐はあの攻撃力をたたき出した。もともとイーフェイ達が使うこの動きはAIによるサポートが多少なりとも必要になる。

しかし、彼はそれらのサポートを受けることなく簡単にやってのけた。天才や鬼才などと一括りにはできない学習能力。

追いつかれるたびに防御し、受け流しているが、その動きが段々鋭さを増している。重さもまた更に重厚感を秘め始めている。

冗談じゃない!

「やられっぱなしは!!―――」

目の前に高くそびえるビルの壁を足場に強引に方向転換。振り返り、槐へと突撃する。

「―――好かないのよぉぉぉぉおおッ!!」

「ふぅうぁッ!!」

二振りの長刀がぶつかり合う。



―――ガァンッ!



「くっ!」「ちっ!」



互角!



両者に距離が出来る。

『姐さん下がって!』

それを見計らって背後からの奇襲を行う二機が、支援狙撃砲を槐に向ける。同時に彼も行動を起こした。

今まで使っていなかった左腕を動かす。

それは、まるで物を投げるかのような動きだった。勿論その動きはあるものを投げた。
物体は二つ。それが二機の支援狙撃砲の目の前にあった。

物体の正体は左腕のマシンガンが使えなくなった時に排出されたマガジン。ケースレス弾がたっぷり詰まった爆弾だった。

槐が物陰に隠れた直後、二機から放たれた120mm弾が等しく二つのマガジンを打ち抜き



彼女たちを巻き込んで爆発した。

『………』

槐は既にイーフェイの機体を捉えていた。

『二機撃墜。最終ターゲットを確認』

無機質ながらも鋭い瞳に呼応するかのようにナインボールのカメラアイが鈍く光を放つのであった。

ビル群を抜けた先にイーフェイの殲撃が待ち構えていた。

『こんのぉぉぉおおッ!!!』

叢雲を交差するようにしてそれを受け止める。

『ハアアアアア!!』

完全に防御を捨てた思い切った攻撃に、少なからずそれは槐を動揺に至らせた。



―――カキョン―――



同時にこの状況は―――



―――ドッッッッ!!ガァッッ!!―――



「くあぁっ!?」

―――叢雲を撃つのに最適だった。

弾き飛ばされたイーフェイと槐の機体。槐は跳躍ユニットを総動員させて身を捻らせ、すぐに勢いを殺す。同時に彼はイーフェイの機体へ全速力で向かった。

彼女の機体は、叢雲の超振動によって両腕が既にボロボロだった。

まさしく好機!

「まだ、まだぁぁぁぁあっ!!」

しかし、敵もさることながら、その片手に握られていた突撃砲は離していなかった。
銃口を襲い掛かる槐に向け、引き金をありったけの力を込めて引く。



当たれ



当たれ!



当たれッ!

「当たれぇぇぇ!!」

万感の思いが込められた叫びは、惜しくも、槐に届ききることはなかった。

「見事だ。ツイ・イーフェイ中尉」

槐の刃が、イーフェイの殲撃を切り裂き。

「見事だった」

彼女の機体に撃墜判定が下された。








◆◆◆








ゆらり、ふらりとイーフェイは殲撃のコックピットからキャットウォークへ降り立つ。
彼女を出迎えたのは彼女の部下たちだった。

「あ、姐さん………」

部下の一人が心配げに彼女を見つめる。彼女はコックピットから出てからずっと俯いたままだった。

「ッ!あ!」

カクン、と力が抜けたように倒れ伏しそうになるのを部下の一人が支える。

「「「姐さん!」」」

「ふ」

プルプル、と彼女の肩が震える。

「ふふ」

「あ、姐さん?」

「だああああああああああっ!!負けたあああああああああっ!!」

彼女の身を案じる仲間そっちのけで彼女はあらん限り叫んだ。

「く~~や~~し~~~~~っ!!ちっくしょおおおおおおおおおおお!!~~~~~~ッ!はぁ!はぁ!はぁ!はぁ………」

荒い息を吐いて俯き、次に顔を上げるとそこには明るい笑顔があった。

「ハァーーースッキリした!あなたたち!このままにしては居られないわ!」

「あ、姐さん?」

「大丈夫アルか?」

「?なによ、こんなんで私がどうこうなるとでも思ったの?それよりもデブリーフィングよ!デブリーフィング!今回の負けたことの反省点徹底的にあげて、次の演習、勝ちに行くわよ!」

―――………―――

「命令は下ったわよ!服唱する!」

「「「り、了解!」」」

慌ただしくその場を離れる仲間を見送りながらイーフェイは、自分の乗った殲撃を見上げる。

あれだけ戦った後だというのに、彼女の顔には疲労は一切見られず、それどころか生気に満ち満ちていて、晴れやかだった。

「次は、勝つッ!」

ここにはいない【最強】に向け、イーフェイは再度宣戦布告をするのであった。


―――――――――――――――――――
あとがき

やりたかったことが一つ消費された。さて、次回からほとんどが戦闘描写………いや、ほんと、なんでここまで自分でハードルあげちゃうかなぁ、俺



[34266] 第四話 捩れる聲
Name: きりたんぽ◆81d5e089 ID:2ce91ab1
Date: 2014/06/11 22:21
前書き

皆さまあけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。

お待たせいたしました。正月を過ぎても、リアルが忙しかったです(泣)


安西先生 フロムマジックを入れたいです(白目)

――――――――――――――――――――――――――

その日、日本の帝都にてひっそりとその報は知らされた。

ユーコン基地で行われたブルーフラッグ演習で、烏丸槐は暴風試験小隊を1対4という絶対的に不利な状況で勝利を獲得した。

トーラス・キサラギが己の全てを賭けて作り上げた至高の戦術機【八咫烏】の性能は世界に部分的に知れ渡っている。

しかし、その全容を知るものは少ない。故に世界の衛士たちが集まったユーコン基地では改めてその戦術機の異常さと凄まじさに度肝を抜かれた。


―――曰く、長刀の一振りで四機全ての戦術機が吹き飛ばされた。


―――曰く、電光石火の如き速さで逃げる戦術機を追い抜いた。


―――曰く、まだ全力ではない。


一部誇張表現が存在していたが、大体は当たっていた。そして、それは同時に日本という国に、また一つ歴史に残る強き衛士が誕生したことを教えた。

「そうですか。彼の計画は、着々と進んでいるのですね?」

「はい、ハイヴ攻略についてもデータ収集が佳境に入ったとの報告が上がっております」

「まぁ、それは素晴らしいことですね巌谷中佐殿」

帝都の一室にて報告を受けた煌武院悠陽はコロコロと笑んだ。彼女の傍には、護衛である月詠真那大尉が居る。

槐の成長と、八咫烏の進捗具合の報告を受け持っている巌谷栄二も、つられて微笑んだ。

遠い国で息子が頑張っている。その成果を聞いて喜ばれているのだ。ついつい破顔してしまうのも仕方がない。

「しかし、俄かには信じがたい話です。殿下。本当に彼がいずれ一人でハイヴを?」

「気になりますか?月詠?」

「はっ、恐れながら―――ヴォールクデータでの成果を見ておりますが、シミュレーションと実戦は違いますゆえ。いざというときに呆気なく堕ちてしまっては、本末転倒かと」

「そうですね。ですが、今の私達にはそれを知る術はありません。その真偽はいずれわかることでしょう」

「はっ、出過ぎた真似を致しました。殿下。申し訳ありません」

「良いのです。月詠。貴女の言葉は私の身を案じてのこと、責める気はありません」

悠陽は一度目を閉じる。

「私も、頑張らなければなりませんね」

一転して顔を引き締める悠陽。その瞳には幼い容姿であったころ、世界を背負おうとする覚悟を決めている槐の姿が映っていた。

あの時、華奢な身体を抱きしめて謝罪を口にすることしかできなかった自分。

それを悠陽は恥じた。こんな自分よりも小さな子供が頑張ろうとしているのに、自分は憂いでいるだけだった。殿下と呼ばれて崇められているが、国の為になっているのかと自問すれば微々たるものでしかないと自答する。

故に悠陽はあれ以来少しずつではあるが、変わり始めていた。水面下で少しずつ、周りに手を貸してもらいながらも、彼女は未来を見据えていた。

表面では手を取り合って戦うと日本は意気込んでいるが、その裏では醜い争いが続いている。その隅で世界の為に真摯に戦っている衛士がどれほどいるのだろうか。

「ただ、日本の未来を憂いでいるだけでは何も為しえません。ならば、行動せねば」

そのためには槐が必要となる。ハイヴの攻略さえ可能にした切り札があれば将軍家の威厳を取り戻すには十分な一手となりえる。

そして確実を得るためにもう一つ――――

槐が撒いていた種が、少しずつ芽吹き始めていた。




◆◆◆




コックピットから降りると待ち構えていたのは、抱擁だった。

飛びかかるようにして抱き付かれた槐はそれほど抵抗することなく倒れ伏してしまう。

「やったわね槐くん!大勝利よ!」

「暴風小隊を吹き飛ばしたアレなんなんだよ!?あのグルグル回る動きは!?あたしにも教えろ~~!」

「あぁあぁ、槐くんがもみくちゃに」

「いつも通りですわ」

飛びかかるように抱き付いてきた二人の顔は満面の笑顔である。仰向けに倒れた槐を撫でくり回したり、コシコシと頭を擦り付けたり、キスをしようとしたり。

「最後のはダメだ」

「「ええ~~」」

ぶ~ぶ~と不満を垂らす二人を宥めながら立ち上がる。

「あの動きってさ。やっぱり、槐が前言ってた新しいOSっていう?」

「そうだ。人間の動きを限りなく近いもので再現できるようにすることを目的としているOSだ。ただ、やはり難点なのはこの動きに対応できる関節を作らなければならないことだな」

「ライセンス、特許の発行などは?」

「それを考えるのはまだ早いが、そこら辺は要検討だな」

「でも、もしあの動きが誰でも出来るようになったら人類はどれくらい生存率を上げられるのかな?」

「少なく見積もって約40~50%の損害を抑えられるようになる。まだここでは詳しくは言えないがな。志摩子たちには今後OS(これ)の臨床試験を行ってもらうようになる」

「くぅ~~~!燃えてきた!なぁなぁなぁ何時なんだ?いつ来るんだそのOS!」

安芸が槐を見上げながらキラキラした目で訴えかける。ピコピコと震える犬の耳とババババと嬉しそうに振るわれている尻尾を幻視したがいつものことだから気にしない。

「ブルーフラッグ演習が終わるまで、あるいは村雨の戦闘データのノルマをクリアしたらだ」

そういって安芸の頭を撫でる。

「ん~~~~♪」

こうすると安芸は途端におとなしくなるので楽だ。

さて、デブリーフィングを行おう




◆◆◆




ブリーフィングを行い、小休憩を挟んだ後、槐はトーラスのラボへと足を踏み入れていた。

「おかえりエンジュくん。いやいや中々良い戦いぶりだったよ。叢雲も良いデータが取れたよ」

「ありがとうございます。………博士。一つ、質問宜しいでしょうか?」

「ん?なんだい?」

「今回の演習で叢雲の力は十分発揮できたと思いますが、反動が強すぎて今回の演習では右腕部の突撃砲が無線を受け付けない状態になってしまいましたが、なにか対策は?」

「そうだね。まぁ、私も想定していなかったわけではないし、そこらへんは緩衝材を作るなりなんなりで現在臨床実験を行っているよ。今回の演習の目的は格闘戦によるセラフのデータ収集と叢雲の衝撃にどの程度耐えられるかの実験でもあったからね」

「そうだったのですか。分かりました。ありがとうございます」

それでは、と退室しようとする槐をトーラスは一度引き止める。

「そういえば忘れていた。エンジュくん。また新しくスケジュールの調整だよ」

「………またですか?わざと遅らせての報告じゃないですよね?」


―――さっき忘れていたとか言っていたし


槐は疑心の眼でトーラスを見やる。

「違う違う。今回は電撃参戦だよ」

「電撃………参戦?」

どういう意味だろうか?

「いやね、つい昨日の話なんだけど、XFJ計画に加入した部隊がいてね」

「何処の国ですか?」

「うん、これがまたビックリ。アメリカだよ」

「アメリカ………。部隊名は?」

槐が次の問いを投げかけると、トーラスは意地の悪い笑みを浮かべる。

「アメリカ最強の部隊―――」



―――インフィニティーズさ―――




◆◆◆




一日目

午前9:00 ガルム試験小隊

午後14:00 イーダル試験小隊

二日目

午前9:00 ドーゥマ試験小隊

午後14:00 レイヴン試験小隊


三日目

午前9:00 インフィニティーズ

午後14:00 アルゴス小隊




◆◆◆




「アメリカ、か」

槐は一人そう呟く。

初めてアメリカと接触したときは横浜戦線のとき。突然背後から120mmを撃たれた時だ。それが二回。更に直接な武力で以て排除しに来たのが一回。

過去の経験から自分のことを排除する為に国が寄越したのではないのかと勘繰ってしまうが、かといって下手な質問などできはしない。

「はぁ………」

思わずため息。

自分の仮説がもし当たっていたとしたら、これからは背中に気を付けて過ごさなければならないのか。心に暗雲としたものがかかってしまうのを感じずにはいられない。

「槐」

「ん?」

振り向くとそこには何やら書類を抱えている上総の姿だった。題名から察するにどうやら自分に提出するための村雨に関するレポートのようだ。

「上総か。レポートの提出か?」

「ええ、そうですけど、大丈夫ですの?少々顔色すぐれておりませんわ」

「顔色?」

気付かなかったが近くにあった鏡を見て自分の顔を確認する。そこにはいつも通りの無表情。

普段から感情豊かになって居られれば良いのだが、槐はポーカーフェイスだ。感情を意識して表に出すのはあまりない。

それはそれとして、コンディションは常に最良のものとして維持されている。特にこれと言って変わったようには見受けられない。

「クス、身体の問題ではありませんわ。なにか嫌なことでもあったのでしょう?」

「む」

鋭い

「どうして分かった?」

「女の勘というものは、侮ってはいけませんわ」

「むぅ」

女の勘とは恐ろしいものだ。呻くように呟く槐にしてやったりと笑みを零す上総。

「最近上総は意地悪ではないか?」

「そんなことはありませんわ。はい、レポート」

「うむぅ」

素知らぬ顔で言う彼女。しれっとレポートを渡してくるあたり、言い方は悪いが、強かだ。

「あ!槐大尉発見!」

「?」

クルッ、と振り向く。左右に髪をまとめ、特徴的な鈴の髪留めをした女性、今日演習で戦った暴風小隊長、イーフェイだった。

部下はいないようだ。一人で来たのだろう。何処となく真剣な表情である彼女に槐は怪訝の眼を向ける。

「どうした、ツイ中尉?」

「イーフェイでいいですよ。大尉」

「………そうか、ならイーフェイ。どうした」

「先ほどの演習についてなんだけど」

ビッ!とイーフェイが槐に指を指す。

「次は負けないわ。絶対にね」

ム、と上総の表情が顰められる。上官に対しタメ口、しかも指を指すなど言語道断である。自身の愛する上官が同等、舐められていることに対し、一歩踏み出す。

「割り込ませていただきますがツイ中尉。上官に対してその言い草は―――」

「良い」

「ですが大尉!」

「私に任せろ」

槐の言葉にどこか納得がいかないながらも引き下がる。イーフェイはというと心なしか勝ち誇っているような顔だ。

「イーフェイ。その挑戦、受け取った。だが、次も勝たせてもらう」

「ふふ、楽しみにしてるわ。それじゃあ、再見(ツァイツェン)」

片目を閉じてウインク。中々様になって居るしいい感じに終わるだろうが、そうは問屋が卸さない

「イーフェイ中尉」

「はい?」

―――ゴンッ!―――

「アイッ!?~~~~~~~~~~~~ッ!!」

拳骨一発。槐の細身な見た目にそぐわぬ重い一撃にイーフェイが蹲る。

「とりあえず上官に対する口の利き方、指を指す。その他諸々の不敬により、修正だ」

「あうぅ………はい。ありがとう…ございます」

そういって痛む頭を押さえながらその場を後にする。槐にはその後姿が父親に怒られた娘のように小さく見えた。

私も父さんに怒られたときはああして頭を抑えてたなぁ、と懐かしむ槐であった。




◆◆◆




その夜、槐は持ち込んだファイルを抱えながら自室へと厳重に保管した後、夕食を摂るために街へと出ていた。

今日は唯依達を誘っていない。なんとなく一人で歩きたくなったからである。

今日も慌ただしい一日が終わった。誰とも知れず槐はため息を吐く。今日は一段と寒いようで、出てきた息は白くなっていた。

ふと、仲睦まじく手を繋いで笑いあっている二人組の男女が目に映った。楽しそうに会話をするさまを見て、周りから見れば自分たちもああいう風に映るのだろうか。となんとなく考えていた。

「!」

ふと、その二人組は向かい合うと突然キスをした。どうやら別れのキスだったらしい。手を振りあって帰路に着こうとしているのが目に入った。

「………」

≪シミュレーション開始≫

「ぁ……!ちが―――」

こういう時自分のどうしようもない男としてのサガが出てくるのは厄介だと思う。
今の二人の光景を自分と唯依達に当てはめてしまい。

シュゥゥゥウと耳から煙が吹きでる。

羞恥を振り払うように首を振り。速くどこかのお店に入って紛らわせようと歩調を早めるのであった。




◆◆◆




「あら?いらっしゃい大尉!」

槐が足を踏み入れたのは、なんだかんだでよく来るレストランだった。

「邪魔をする。まだ店は開いているかナタリー?」

「ええ、大丈夫ですよ!何になさいますか?」

アラスカに来てから初めて町で食べた時もこのレストランであり、意外にも馴染みと言える場所だった。

「そうだな。簡単なものを頼む。お任せだ」

「はいは~い!」

パタパタと厨房に消えていくナタリー。

暖房が効いている店内に人はもうほとんど来てはいなかった。それもそのはず、槐が来たのはラストオーダーの前だったからである。

「珍しい……今日は一人なんですね?」

「ああ、今日はそんな気分なんだ」

そういって出てきた料理を口に運ぶ槐。

「へぇ~、そうなんですか………。あ、そういえば聞きましたよ大尉!今日暴風小隊と4対1で勝ったそうじゃないですか!VGやヴィンセントが自慢げに話していましたよ」

「ヴィージー?」

ヴィージー……VG?誰かのイニシャルだろうか?ローウェル軍曹と一緒ということはアルゴス小隊だろう。



―――VG………V………「ヴ」ァレリオ………あぁ



「ジアコーザ少尉か?」

「ええ、彼大興奮でした。ヴィンセントなんてトーラスが作った機体は最高にクレイジーだなんて」

どうやらあたりだったようだ。にこやかに話す彼女になるほど、と槐は頷く。

「博士が聞けば喜びそうだな。あの人はそういうのが褒め言葉だと思っているからな」

うんうんと頷くとアハハ、とナタリーは微笑む。

「最近彼に対して恩義を感じている人もいるそうですよ?何でも貧困に喘いでいる場所に大量の物資を送ったとか」

「物資を送った?博士が?」

研究と開発しか頭にない彼がそんな慈善事業を行っていたのか。意外な情報に槐は目を白黒させる。一体いつそんなことをしたのだろうか。そもそも何処へ?

「ナタリー、それは何処に行ったか聞いているか?」

「え?……えぇ、そうですね。そこまでは………私が聞いたのは、風の噂程度でしたから」

「?……………そうか」

口ごもった彼女に一瞬、違和感を感じたが、その噂の真偽の程は現状では判断できる材料が少ない。

火のない所に煙は立たぬ。空いた時間にでも調べてみよう。そもそも、無駄なことをしたくない彼が物資の乏しい場所に善意100%で送るなどありえないと断言できる。

何処かで手厳しい、などというつぶやきが聞こえてきたが無視だ。

「本当に凄いですね。大尉は」

「?」

「私は衛士でもないのでどれくらい凄いかは見当もつきませんけど、一対四っていう戦力的に圧倒的な差がついてるのに勝っちゃうなんて。そんな凄腕の人がどうしてこんな後方まで?」

「………そうだな。確かにそうだ。まぁ、理由がないというわけではない。私自身こういう開発の任に付けることは願ったり叶ったりでもあった。だが同時に、帝国斯衛軍の軍人として日本で戦いたかった」

はやる気持ちがあった。セラフが出来た時、すぐにハイヴを落としてやりたかった。しかし、それを軍事社会が許すということはない。博士もそれは容認しなかった。

アラスカに来たのは、より確実性をもって作戦に取り組めるようにするための準備を兼任していた。

「………」

槐は後ろで纏めている白金の髪の毛に触れる。

「この髪は生まれつきのものだ。この眼の色もな。だが、だからと言ってアルビノというわけではない。日本人の姓名を名乗っているが、実質日本人ではない」

「それは、どういうことですか?」

「どう見ても日本人じゃない私が、帝国斯衛軍に入り、前線で活躍しているのが気に食わない人間が確かに居る。それに、伝説のテストパイロット、私の父である巌谷中佐の正式な息子として迎え入れられたんだ。あっちにとってはうまく取り入れられたと思われても不思議じゃない」

「!」




◆◆◆




時は数年ほど前、彼が衛士として頭角を現し始め、新たな武装開発についての案を巡らせていた頃だった。自分が生まれた世界で使われた技術をもとに、肩に取り付けるグレネードの発射機構や補助ブースター。数々の案が生まれては消えた。
理由はコストだった。
有澤重工の他に協力を仰げる他企業を探したが、どれもコストが足りないという一点張りだった。
帝国斯衛軍。日本人にとってエリートとも呼べる場所では、槐の容姿は差別の対象だった。幼少のころより日本で生まれ育ったが、しかし槐は日本人の容姿とはかけ離れすぎていた。しかも専用機を与えられ、それで戦果を挙げている。巌谷栄二の息子として恥ずかしくない実力を持っているが、それが気に入らない人間は多くいた。
数年前まで弱小企業だったものが今で他の企業を追い抜かんとばかりに成長を続ける有澤重工と太いパイプを持つ槐と同じく他の科学者、開発部からもやっかみを受けているトーラス。
表だって迫害のようなものは受けていないし、肩身の狭い思いを受けたことなど数える程度でしかなかったが、だが、裏ではこうした嫌がらせが起こっている。

槐たちがユーコンに送られたのは日本国内の上層部が行った所謂厄介払いだった。槐本人は戦術機開発の第一歩と考えているが、セラフによるハイヴ攻略は移動によって延期せざるを得なかった。

もう少しうまくやれていればまた別の結末があったのではないだろうか。昇進してからセラフの開発をしていればまた別の糸口を掴めたのではなかろうか。

頭の中でそんな言葉がグルグルと回り続ける。

………少々湿っぽくなってしまった。

やはり自分はまだまだ未熟だ。唯依達がいないと、暗い思考に陥ってしまう。

「酷い人たちですね。大尉はこんなに頑張っているのに」

彼女の言葉に少しだけ嬉しくなる。

「ありがとう。そういってくれるだけでも、私は嬉しい。だが、もうすぐなんだ」

「え?」

「もうすぐで、日本の領土を、BETAから取り返すことが出来るかもしれない。それだけじゃない。世界だって救えるかもしれないんだ。そのためには、まだまだ止まれん」

「……………」

「?………ナタリー?………ナタリーッ」

「え………?ああはい!」

「大丈夫か?」

「はい、大丈夫ですよ!」

「そうか………ご馳走様。ナタリー。代金はここに置いておく。閉店前にすまなかったな」

立ち上がってすぐに店を後にしようとする槐に、笑顔を返すナタリー。

「いいえ!大丈夫ですよ。ありがとうございました!……………あの、大尉?」

「?」

ふと、彼女は槐を呼び止めた。

「……………いいえ、なんでもありません。呼び止めてしまい、すみませんでした」

「………ああ」

何かを振り払うように謝る彼女はなんだかやるせなくて、どこか寂しげで、困惑の感情が感じられた。

槐は特に追及することなく、レストランを後にするのだった。




◆◆◆




「………」

朝、いつも通りPXで合成物を食べて過ごし、身体を慣らす運動を行う。これが槐にとっての日課になるが、今日は少し違っていた。

「じ~~~~~」

態々効果音を付けてこちらを見つめる志摩子。

「む~~~~~」

ほっぺたをパンパンに膨らませて見上げてくる安芸。

「………ふ~」

チラッとこちらを見やってからちょっとだけ残念そうにため息を一つする唯依。

「はあ~~~~」

心底残念そうにため息を吐く上総。

「あ、あはははは」

なにやら不穏な空気を纏う和泉。これは………面倒なことになった。

「………昨日の夜のことか?」

全員が一斉に頷く。

「なんで昨日なにも言ってくれなかったの?夜は一人で食べるって」

彼女たちの気持ちを代弁するかのように志摩子

「そういう気分だった。別に他意はない」

「ほんとに?」

「勿論だ」

「何処で食べたの?」

「ナタリーのレストランだ」

「ああ、あそこの………ハッ!まさかナタリーと何かかん」

あるわけないだろう。

ペシッと安芸の頭を軽くはたく。

「最近下品だ。自重するべきだ。昨日は連絡の一つもなくてすまなかった。次からは気を付ける」

「ほんとに?」

「ああ」

「ほんとのホントに?」

「無論だ」

ならいいかな、と全員が肩の緊張を解く。どこかピリピリとした空間もなくなった。

「まぁ、増えるなら増えるで一言言ってくれれば良いから」

「ああ。昨日は本当にすまなかった」

「うん。謝ってくれたから許す。でもお仕置きね。安芸!やっておしまい」

「アイアイサー」

そういって一番近かった安芸が槐の両頬を抓る。

「いふぁいいふぁいいふぁい」

たってたってよっこよっこまるかいてちょん

「うむぅぅぅ………すまなかった」

両頬を擦る。意外と痛いものなのだなこういうのは。

「まだお仕置きは終わってないぞ槐。あたしの頭を撫でろ~」

「うむ」

「はにゃ~~~~ん」










ん?

「志摩子」

「なに?」

「先ほどの一連の会話に何かおかしいところはなかったか?」

「そんなことないけど………」

「そんなことないぞ~~だろ~~?唯衣~~~?」

「あ、ああ。そうだな(撫でられてる。羨ましい)」

「そ、そうですわね(羨ましい)」

「あはははは。槐くんは相変わらずだね」

妙にしこりの残るような会話だったが、それほど気にする必要はなさそうだな。槐はそう判断した。

相変わらず和泉は笑っているばかりでどうもわかりづらい。

「あ、槐大尉。おはようございます」

後ろから声がかかる。振り向くとそこにはイーフェイが居た。今日は他の部隊員も一緒のようだ。

「イーフェイか。おはよう」

「おはようございます!兄貴!」

「ちょっ!?」

「「おはようございます!」」

「………?」

先に起きた一連の出来事を確認しよう。

槐は普段通りの挨拶をした。その瞬間、イーフェイの後ろに居た三人の女性が一斉に敬礼、後に自分を「兄貴」と呼んだ。

「………」

まったくもって訳が分からない。

「あ、あんたたち何言ってるのよ!」

「だって、兄貴は姐さんを一対一で倒した男ですよ?」

「しかもあたし達三人もまとめて、認めないわけにはいかないアル」

トントン拍子に進んでいるが少し待ってほしい。

何時から自分は「兄貴」と認めてもらうために戦っていたのだろうか。

「いやぁ、ここに来てよかったですね。姐さんを倒せる男に出会えるなんて。将来が安泰ですね」

「あ!もしかしてアルゴス小隊の方を意識してるんですか?」

「うっるさいわよあんたたち!少し黙ってなさい!」

何故イーフェイの将来が安泰になるのだろうか。理解が追いつかない。

そういえばアルゴス小隊との演習は今日の午後らしい。

当初の予定は自分が参戦することで完全に狂っている。そういえば、広報のオルソン大尉。近々カリブの時と同じ広報活動をするとか聞いたが、いつやるのだろうか。

と、若干の現実逃避を行いながらも、イーフェイ達の話は一度終わったようだ。

「………」

彼女たちから見れば、一連の会話をただ黙って見ているように思えるだろう。

今まで槐が静観していたことに気付き、慌てたように彼女が謝罪した。

槐は気にするなと一言口にし、お互い知らぬ存ぜぬで済ませることにした。

「イーフェイ。後ろの三人を紹介してもらってもいいか?」

「は、はい!ほら、あんたたち!大尉にご挨拶!」

「は、ハッ!自分は統一中華戦線暴風試験小隊所属の王霞鳳(ワンショウフォン)少尉であります!」

長い黒髪を頭頂部で纏めた女性が敬礼する。

「同じく慮 雅華(ルゥ・ヤァファ)少尉です!」

「同じく李 玲美(リー・リンメイ)少尉であります!」

ワインレッドの髪ををお団子のようにしているルゥ・ヤァファ、ベージュの髪ショートカットにしたリー・リンメイ。三人の顔を覚え、敬礼する。

「日本帝国期衛軍レイヴン小隊所属の烏丸槐大尉だ。私の部隊も紹介しよう」

色々あったが、お互いの顔合わせという意味で、今朝の食事は終わることとなった。




◆◆◆




ガルム小隊。欧州連合軍に所属しトーネードADVを装備している実験小隊。ブルーフラッグ演習二日目において、午前九時より槐の対戦相手となる小隊である。

「………チッ」

彼らの心の中は暗雲としていた。

先日の暴風小隊との一戦を見て、その実力を垣間見た。

「何が【今回の対戦相手は例の日本の新型だ。絶対に勝て】だ!無理だろ。彼奴は4対1をほとんど無傷で勝ちやがった相手だぞ」

「おい、ガルム3!なに言ってやがる」

「お前らだって見ただろ、あの戦術機は、化け物だ」

男、ガルム3は思い出す。一振りで4機の殲撃を弾いた常識では考えられない日本の新兵器。爆炎を背に影の中から光る黄色のカメラアイ。

自分達がアレと戦って勝てるなど、到底思えなかった。

伝説のテストパイロット巌谷中佐の再来。そんな噂さえ聞いたことがある。そして、その噂に恥じぬ実力を見せた。

情けない。戦う前から弱気になって居る。

「なにを弱気になって居る貴様ら!」

「!………隊長!ですが、あいつの強さは」

「だからどうしたというのだ!」

「た、隊長!?」

「負けは死ではない!この戦いが新たな戦術機を、我らの新しい牙を作り出す!そこに勝敗など必要ないのだ!聞け!ガルム小隊!」

「「「!!」」」

「お前たちは祖国の為にここに来たのだろう?」

『………そうだ』

「俺たちの目に映るのは、前線に立つ偉大なる兵士たちだ!彼らの為にも我々が頑張らなくて誰が頑張るというのだ!」

『そうだ!』

「よし!行くぞ野郎ども!最強がなんだ!」

『そうだッッ!!』

「俺たちの戦いは!」


―――ここからだーーーーーーーーっ!!!―――









ドドドドパウッ!

「「「「参りました~~~~~ッ!」」」」

ドカーンッ!

『ガルム小隊四機。コックピットに致命的損傷。撃破を確認。開始から5分足らずとは、新記録ですね。大尉』

アナスタシヤからのオペレートにああ、と頷く槐。JIVESによるシミュレーションが終わり、一度自身を背もたれに預ける。

ふぅ、と一息ついて一言彼は漏らした。

「なんだろう」

倒したら謎の罪悪感を覚えた。

その後、本当に、ほんっとうに蛇足だが、この一連が流れたら俺たちが勝つべきだろう普通!とガルム小隊の面々は余りの情けなさに枕を涙で濡らすことになる。




◆◆◆





≪おまけ≫


食堂での長い自己紹介が終わった後、イーフェイ達を交えながら食事は再開される。

「イーフェイ。聞いてもいいか?」

「?なにかしら?」

「こうして声を掛けてきたのは、なにか言いたいことがあったのではないか?」

「あ、そういえば忘れてた!」

ハッ!と得心入ったような顔をするイーフェイ。

忘れていたのか。

「槐大尉!言い忘れていたことが一つあったわ!」

「む」

立ち上がり自分を指さすイーフェイ。人を指さすのは失礼だからやめた方がよいと思うのだが………。

「次戦うときは一対一よ!予定が合い次第!決闘よ!」

好戦的な笑みを浮かべて言うイーフェイ。

良いだろう。受けて立とうじゃないか。

槐も同じく、唇の端をわずかに吊り上げて、それに応えるのだった。

因みに、この後のブリーフィングルームで唯依達による可愛らしい制裁が待っていたのは言うまでもない。

解せぬ。

―――――――――――――――――――

あとがき

さて、改めまして、投稿が遅れてしまい申し訳ありませんでした。

皆さん年越しは楽しんで過ごすことが出来たでしょうか?楽しい時間というのはあっという間に流れてしまうものです。
そして今年から始まるお仕事 デデドン!(キチレコ)

皆さん頑張っていきましょう。今年もよろしくお願いいたします!



[34266] 第五話 可能性萌ゆる
Name: きりたんぽ◆81d5e089 ID:5f636d90
Date: 2014/06/11 21:57
前書き

どうもみなさん。お久しぶりです。二カ月空いてしまいましたが、帰ってきました。

最近槐のキャラがブレ始めている気がする。

――――――――――――――――――――――――――――

ガルム小隊との戦闘を終え、次はアルゴス小隊と暴風小隊の演習だ。

イーフェイの部下たちは突撃砲による牽制を主体とした戦略を取っている。自分と戦った時と比べてそれほど積極的ではない。

「なぁ、あれってやっぱりこの間の?」

「多分、一騎打ちを所望って奴かしら」

安芸の問いに志摩子が頷いた。

恐らく不知火弐型がロールアウトされた祝いの時のことを言っているのだろう。

「?…どういうことですの?」

上総はあのレストランに来ていなかったので何のことを話しているのかわからないので彼女が二人に問いかける。

「なんていえば良いのかしら、まぁ、文字通り、この間暴風小隊の隊長さんがアルゴス小隊のエースに決闘を申し込んだのよ」

「では、その時槐に挑戦を?」

そういうこと、と志摩子が頷く。

モニターでは向かい合うイーフェイの殲撃10型とユウヤ・ブリッジスが乗る不知火弐型の姿があった。

お互い突撃砲を地に捨て長刀を抜き放つ。

「お、やっぱり」

「槐の時と同じく接近戦か~」

「手数か、それとも一撃か、どっちが勝つかしら」

二機の長刀が交わる。弾かれたのは不知火弐型。

やはり連結張力の生み出すパワーは凄まじい。BETAとの戦いにおいて培われた業は近接戦闘に特化した殲撃10型の性能を十二分に発揮している。

不知火の関節にかかる負荷の大きさは関節に迸った紫電が雄弁に語っていた。

二撃三撃と続けて受け止めれば腕が使い物にならなくなる可能性すらある。さあ、どうする?

唯依との一戦から、ユウヤ・ブリッジスは長刀におけるコツを掴んだ。

唯依からの歩み寄りがユウヤを少しずつ変え、長刀の一振り一振りが鋭く、唯依の姿を幻視させた。

この短期間でここまでの実力を向上させたのは唯依の教えが良かったのか、それともユウヤの才能が為したのか。

ユウヤが半歩前に出て構えを変える。

長引けばこちらが不利と判断したのか、勝負に出るのが目に見えた。














――――――――――!


両者が同時に動き出す。

イーフェイが振り降ろすタイミングを見越してユウヤの手が長刀の峰に添えられた。

「ッ?!あの動きは!」

上総が言葉を漏らす。

そうだ。かつて真田教官の下で教えを受けていた時、学生時代の実機訓練で唯依が上総に勝利するための一手として使った防御。

大ぶりな一撃に対する効果的な受け流しだった。

火花を散らしながら両者が交差、振り返っての一撃はユウヤの不知火に軍配が上がった。

「!」

その時、イーフェイの動きに変化が起こった。

殲撃10型の跳躍ユニットが火を噴く。その動きはあまりにも荒く、だが、それが殲撃のスペックを超えた動きを見せた。

関節が軋みを挙げながら殲撃10型の振り返りざまの一閃が不知火と開いた距離を一気に詰めた!





◆◆◆





結果から言うと暴風小隊は敗北となった。

ユウヤとイーフェイの一騎打ちは、ほとんど相打ちに近い形だった。

イーフェイは胴体を切り裂かれ大破認定、対するユウヤはイーフェイの執念が為したとでもいうのか、コックピットに長刀がめり込み、致命的損傷、大破判定となった。

それからは残った部隊同士が激突、1対0と白熱した戦いの末にアルゴス小隊が勝利を勝ち取った。

「私も―――」

口にした言葉は誰に届くことなく虚空へと消える。いつの間にか止まっていた手を再び動かす。コックピットの中に入ってシステムの再チェックを行う。

自分が先ほど口にした言葉は、何を思って呟いたのだろうか。

その意味を自覚することなく、セラフを二つ目の戦場へと赴かせるための準備を進める。

「ほい」

「ほあぁッ?!」

ピタッと突然冷たい物が頬に押し当てられる。突然の奇襲に体はピーンと緊張し、立ち上がったことによって、ガンッ!という鈍い音が彼の頭頂部から響いた。身長が高いため、頭をぶつけたのである。

「………………」

ゆっくりと蹲って頭を抑える。かなり勢いがついていたので、無言なのも相まってその姿は非常に痛そうであった。

「ご………ごめん」

「安芸ぃ………」

少しだけ恨めしげな視線をやる。ジンジンと痛む頭を擦り、頭頂部の痛覚を無理やりカットする。

自分のことよりもコックピットの方が心配である。

「やってしまった」

案の定、へこんでいた。

「うわぁ!?やっちまった!ご、ごめんな槐!アタシがいたずらしちまったばっかりに―――」

「…次は気を付けてくれ。リンクをしている時にやられると最悪なことが起こる」

「さ、最悪って?」

槐は視線を自分の背後に向ける。

「AMSによる伝達は擬似的な電気信号を行っている。無理に引きはがすのは神経そのものを引きはがすのと同じだから、首から下が動かなくなる可能性がある」

学術的に淡々と言うが、非常に恐ろしいことだというのが理解した安芸は顔を真っ青にさせる。

自分がもしリンクしていた時の槐にやってしまったらを想像したのだろう。

そして次には

「ふぇ………」

「!?」

泣き出した。

「ごめんな、ごめんなぁ槐………私、絶対気を付けるから、絶対に気を付けるから」

「あ、安芸……!泣かないでくれ。気にする必要はない。私も常に周囲をサーチしていなかったからこういった不祥事に対応できなかった。お相子だ」

「だって、だってぇ」

「ぅぅ」

どうすれば良いのだろう?安芸はいつも明るい人間だ。まさか泣くとは思わなかった。

≪警告 心理的状況を錯乱状態と認定、現状を打開するための記憶領域のスキャンを開始≫

こういう時は、こういう時は、えっと―――

オロオロと右往左往しだす槐はある一つの迷案が浮かんだ。

かつて父が教えた言葉だった。




















―――考えるな、感じろ。









これだ!

いつも安芸にやっていること。これをすればいつも機嫌が良かった。ならばこれをすればいいじゃないか!

―――ポム―――

「えぅ?」

「………」

槐の問った行動は頭を撫でるということだった。だが、それだけではインパクトが薄い。

槐の眼が光る。この世界で過ごして10年余り、これまで学び、経験したこと全てを総動員する時が来た!

ただ撫でるのではない愛情を込め、オリジナリティを混ぜ込むことで、安芸の機嫌を、元に戻す!



―――――燃え上がれ私の●●●ォォォォォォォォッ!


















「よぉーしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよし」

「――――――――」





「よしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよし」

「――――――――」





「よしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよし」

「――――――――」

「…………………」

「…………………」

「…………………」

「…………………」

―――泣き止んだが笑顔にならない。

な ぜ だ ! ?

「ぷっ……!あっははははははは!」

ぽかんと呆けていた安芸が噴き出す。腹を抱えて笑い始める。

「ははははは!ヒーッ!ヒーッ!お腹痛い!あははははは!槐!お前最高!」

「………むぅ」

笑っている、が。なにか、こう、求めていたものと違うことに槐は唸る。

結果的に泣き止んだのだから、これで良い、と思う。

そう自己完結する槐であった。





◆◆◆





「ごめんな槐、そして、ありがとな」

「ん」

手渡された飲み物を口にしながら槐は頷く。てひひ、と笑う安芸はセラフを見上げる。

「やっぱりいつ見てもでかいな、八咫烏は、じゃなくて、ナインボール・セラフだっけか?あっちの世界ではそう呼ばれてたんだよな?」

「そう、イレギュラーに対する最後の対抗策」

「ふーん………やっぱり強いのか?」

「戦術機とはスペックがまるで違う。開発コンセプトも、パーツもAIもOSも全てがこの世界よりも先を行っている」

「うへぇ、通りで槐はトーラス博士の実験に耐えられるわけだ」

「そのために私は作られた」

「こら」

ポンと軽くはたかれる。疑問符を浮かべて安芸を見やる。

「作られたんじゃない、槐は生まれたんだよ。そこは私認めないからな。機械みたいなことを言うなよ」

「しかし………わかった」

何処まで行っても自分は兵器だ。だが、安芸はきっと、自分を愛している限りそれを認めることはしないだろう。

そして皮肉にもそういってくれる人が居るおかげで、今の自分がある。

「安芸」

「ん?」

「ありがとう」

「ん」

お互いお礼の言い合いだな。そういって安芸は笑う。槐もまた、わずかに唇を持ち上げて笑む。

「ああ~、なんか久しぶりに泣いた気がする。泣いたら腹減っちまった」

「一緒にPXに行こう」

「お、逢引?」

「そんなところだ」

「………」

「?どうした?」

「いや、なんつうか、女って身勝手だよなぁ、ムードも減ったくれもねぇ癖に、好きな男にそう言われちまうと、にやけちまう」

裏表のない彼女の笑顔が一段と綺麗に思えた。





◆◆◆




PXに着くと、最初に目に入り込んだのは唯依とユウヤだった。二人は食事をしながらも真剣な表情で何かを話し合っている。

「お、あれって唯依じゃん。それに向かいにいるのは、不知火のテストパイロット?」

唯依が両手で握りこぶしを使ったジェスチャーのようなものを見る限り、どうやら長刀の握り方についてレクチャーしているようだ。

ユウヤも動きの一つ一つに対して何か言うと、唯依は頷き、話始める。
かなり話に夢中になっているようだ。

「………」

「お?おっほっほっほ~………」

訳知り顔でのぞき込んでくる安芸に槐は疑問符を浮かべる。

「なんだ、安芸?」

「嫉妬してる~?」

「む」

「図星か~」

「ぬぅ」

「独占欲強いと疲れちまうぞ~」

「むむ」

「ほらほら、速く並んで唯依のところにお邪魔しに行こう!」

そういって槐の背中を押す安芸。

「ん、だが安芸、それは唯依達の邪魔になるのではないか?」

「何言ってんだよ。最近唯依と顔合わせてないじゃん。挨拶くらい良いだろう?」

「………まぁ、それくらいなら」

なら決まりだな。と後ろから聞こえてくる喧騒を耳にしながら槐達はトレイを手に持つ。

「なぁ、槐」

「ん?」

「………」

「………どうした?」

「ぅぅん。なんでもない」

「何でもない訳がない。何でも言ってくれ」

「だ、大丈夫だって。大丈夫だから!本当に、ほ、ほら。唯依のところに行くぞ!」

「安芸」

槐の呼び掛けに応えずそそくさとその場を後にする安芸。少しだけ影の落ちていた表情は既に形を潜め、いつもと変わらぬ調子で唯依達に話しかけている。

唯依が槐を見つけると、柔らかな表情でこちらに笑いかけている。

槐も微笑んでそれに応える。

安芸は何かに悩んでいる。いつも元気な姿の裏に隠された悩みに槐は気付けていなかったことを自覚した。

もしかしたら、志摩子や和泉、上総も自分に明かせられぬ悩みを持っているのではないか。

「………」

いずれ、ちゃんとした場で話を聞こう。安芸達は私の下に歩み寄ってくれた。だから自分のことを話せた。今度は、私が歩み寄る番だ。

安芸が自分を呼んでいる。

槐は頷き、足早に歩を進めるのであった。





◆◆◆





「最近は顔合わせること出来なかったけど、最近はどうなんだ唯依?」

「そうだな。これといったことはなかったと思う。弐型のデータもいい感じに集まってきた。これもブリッジス少尉のお蔭だ」

「俺だけじゃねぇよ。中尉のお蔭さ。アンタが剣の振り方を教えてくれなかったら、やられていたのは俺の方だったかもしれない」

「振り方と言えば、暴風小隊の隊長との最後の一撃、あの動きは唯依の動きを真似たのだろう?」

「凄かったなぁ!まさかあんな短時間でものにしちまうなんて」

安芸の手放しの賞賛にユウヤは少々照れ臭そうに鼻頭を掻いた。

「そ、そうか?」

「ああ、ブリッジス少尉の才能は本物だ」

ユウヤの問いに同意を示したのは唯依だ。槐も頷くことで言外にそれを肯定した。

「カムチャツカでの射撃能力に、先の剣を振る才能、アルゴス小隊はどうやら強敵ぞろいのようだな。安芸、勝てるか?」

流し目で視線を送ると安芸は握りこぶし作って高らかに宣言した。

「勿論!勝つ!その時はお相手願うよ!ブリッジス少尉!」

「あ、ああ」

フレンドリーに握手を求める安芸に若干気圧されるようにしてそれを受け入れるユウヤ。

初めてここに来た時は一抹の不安があったが、順調に友好の輪が広がっている。心配は杞憂で終わりそうだ。

と、ここで槐はあることに気付く。

―――そういえば、私には

それは何でもないようで意外と心にクる事実だった。

―――男友達が一人もいないではないか!

「?どうしたのだ?槐?」

「いや…………………なんでもない」

「そ、そうか?随分と顔色が悪いが、熱でもあるのか」

「む」

そういって自分の額と彼の額に手を当てて熱を測ろうとする唯依。躊躇いもなくやるのはいいが、ここでは人目があるのをちゃんと分かっているのだろうか?

あ、手がひんやりしてて心地良い。

「ふむ、無いか」

「………むぅ」

まぁ、良いか。

少しだけ役得な気分を味わう槐であった。





◆◆◆





PXでの昼食を終え、セラフの最後の精査過程が終了した。さて、イーダル小隊との演習だと行きたいところだが、まだ時間がある。

それまでどこかで時間をつぶすしかなくなる。槐は時間をつぶすためにぶらぶらと基地内を歩き始める。

そういえば、PXではイーフェイたちの姿が見えなかった。それほど長くいなかったから会わなかっただけだと思うが、それにイーニァやクリスカの姿も見えなかった。

まぁ、気にしてても仕方がない。そういうのは彼女たちの上官の役目だ。

不意に槐は街で唯依達の為に買ったアクセサリーを脳裏に過らせる。速めに渡したいが、出来れば全員一斉にが良い。

現在槐はタイミングを見計らっていた。何時渡せば良いものやら………。

こうして考えると、唯依達とは昔からの付き合いだが、なし崩し的にお互いに好きあう関係になっている。日本の道徳的な視点から見れば、男として最低の部類ではないだろうか。

「……………」

別に不満があるわけではない。むしろこれを幸福として捉えている。自分を信じて傍にいてくれることでどれだけ救われたことか。

そして、『結果的』という言葉が付くが絆を深めるきっかけを作る役を担ってくれたアナスタシヤには感謝してもしきれない。

槐は彼女たちのスケジュールを確認する。

「やはり無理か」

予想はしていたが、ここ数日は全員が集結することは難しそうだ。

「槐大尉!」



―――リン



「!」

快活な声と鈴の音に槐は振り返る。イーフェイだった。

「イーフェイか。演習を見たが、一日で見違えたな」

「ふふん、当然よ。いずれ私は貴方に勝つわ!」

ビシッ!と自分を指差すイーフェイ。強気な態度もそれによる惜しまぬ努力も認めるが、上官に対してそれは無いだろうに。

「……最後の動き」

槐の言葉にイーフェイが反応を示す。やはりか。

「私の動きを真似たのだな。まさか見ただけで真似されるとはな」

あれは自分が見せた動きだった。回転することによって勢いを乗せる技は姿勢制御と複雑な跳躍ユニットの操作を同時に行わなければならない非常に高度なテクニックだ。

しかもそれはある程度高度なAIと操作性の自由度を設けていなければ不可能に近いもの。

そして、イーフェイは強引にもそれを実践した。結果、イーフェイが負けるという予測は覆された。

「………怒りますか?」

少しだけ恐る恐るといった様相でイーフェイが問いかけてくる。

「まさか」

槐は否定する。

口には出さないが、彼女はそれほど理論的な行動をするタイプではないイメージがある。あの土壇場で行い、そしてチャンスを見事ものにした。

素晴らしい。見事だ。大したものだ。度胸がある。

様々な言葉が湧き上がっては泡沫のように消える。そんな筆舌にし難い人間の素晴らしさを魅せ付けられたのだ。

「貴様には驚かされる」

「え?」

「貴様に興味が沸いたということだ」

「な?!」

「?どうした?」

「な、なんでもありません!」

「……そう、か?とにかく、今後も期待している。次の一騎打ち、楽しみにしているぞ」

「は、はい!ありがとうございました」

最後は礼儀正しく敬礼し、その場を後にするイーフェイ。所々不自然な点が見受けられたが、まさか、な。

槐は一瞬、脳裏に過った浅はかな考えをすぐさま否定する。

さて、そろそろちょうどいい時間だ。行くとしよう。

イーダル小隊との実践演習はもう目の前となっていた。





◆◆◆





「………」

心が落ち着いていた。面と向かって対面したときはあれほどまでに心がざわついたというのに………。

備え付けられたクローゼットには仕立ててもらった服がしわ一つなく丁寧にハンガーに掛けられている。街で槐に買ってもらった服だ。

「………」

時間はまだある。そう判断すると彼女は、徐に軍服を脱ぎ、その服を着る。

露出は少なく清楚さ、上品さを匂わせる黒地に白のレースで装飾されたゴシックのドレス。イーニァが自分に最も似合うと強く主張して選んだ服。

鏡に映る自分の姿は余りにも現実離れした気がして、今でも戸惑うばかりだ。

天真爛漫なイーニァの笑顔と、僅かだが、優しげに微笑んでいた槐が思い浮かぶ。

「~~ッ!」

ボッ!と顔に火が点ったように顔が熱くなる。

慌てて服を脱ぎ始めるが、すぐにゆっくりと丁寧な動作へと移り変わる。壊れ物を扱うかのように、クローゼットにしまい込む。今思い起こせば、たかが服にここまで意識することなどあったことがなかった。

そう、たかが服だったのだ。寒さを凌ぐための人類が生み出した知恵の一つ程度の認識しかなかった。

軍属となってから自分は一人の軍人として、そして、他の人間にはない、所謂特別な人間だということを自覚した。イーニァも同じく。

彼女は彼を初めてみた時、得体のしれぬものを見たかのように怯えていた。だが、二人が対面するごとにだんだんとそれは友好的なものへと変わっていた。

イーニァは彼の何を見たのだろうか?

烏丸槐もまた特別なのだろうか?

私も、彼を「視」ればなにかが分かるのだろうか?

烏丸槐を知った時から心の中に根付いた知りたいという気持ち。

こうして自分を客観的にみると。

なんだ、私もただの人間と変わらないじゃないか。

自分らしくない軍人としての自分、ありのままの自分を知ってもらって嬉しがっている自分。それをソ連兵として恥ずべきだと言う自分とそれを誇らしく思える二人の自分が居る。

閉じていた目を開ければ、そこには軍服に着替えていた自分の姿へと戻っていた。

「クリスカ!」

「!イーニァ、準備は出来た?」

「うん!行こう!」

「ええ、今行くわ」

差し出された手を取る。子供の時から変わらぬ暖かい手。

「エンジュとの演習、楽しみだね」

「ええ、そうね」

優しげな眼差しはすぐに軍人のそれへと変わる。

ただのクリスカはソ連兵のクリスカ・ビャーチェノワ少尉としてその場を後にする。





◆◆◆





―――――ASSEMBLE

     →R ARM UNIT:TYPE99/TWIN MACHINGUN

     →L ARM UNIT:TYPE99/TWIN MACHINGUN

     →R BACK UNIT:OVERD BOOSTER
                 |
                  ―TYPE01/MURAKUMO Ver2
                 | 
                  ―VLS

     →R BACK UNIT:OVERD BOOSTER
                 |
                  ―TYPE01/MURAKUMO Ver2
                 |          
                  ―VLS 

     →SHOULDER UNIT1:HAYATE

     →SHOULDER UNIT2:KAGUTUCHI



     SYSTEM CHECK













     SYSTEM ALL GREEN





「ハスラーワンよりCP。所定の位置に着いた」

『CPよりハスラーワン。位置を確認した。次命あるまで待機せよ』

「ハスラーワン了解」

イーダル小隊はまだ着いてないようだ。静かに息を吐きながら空を見上げる。どこで見ても変わらぬ青い空を見て、槐に戦場にいる者とは思えぬ穏やかな感情を持つ。

「………」

コックピット内に響く重苦しい音もこうして聞いているとどこか心地良い。

≪ センサーに感有り イーダル小隊を確認 ≫

『CPよりハスラーワン。イーダル小隊が位置に着いた。これより演習を始める。機体のチェックを』

「ハスラーワン了解機体に問題は無い。いつ始めても大丈夫だ」

『了解………。 状況開始!』

戦いの幕が開いた。





「CPより、イーダル2からイーダル4まで、三機でレイヴンを包囲殲滅。データの収集を最優先せよ」

『イーダル2了解』

『イーダル3了解』

『イーダル4了解』

「イーダル1はレイヴンの動きを常に見ていることだ。三機が撃墜されるまで決して狙われるな」

『イーダル1了解』

三機が動き出す。

まずは前進し、レーダーの範囲に入る地点まで移動する。

「!こちらイーダル2.目標がセンサーに入った。作戦開始だ」

『『了解!』』

左右の二機が八咫烏を囲うように迂回を始める。

「………妙だ。ターゲットが動かない。デコイの可能性は?」

『こちらイーダル3。目標を最大望遠で確認。奴は動いていない。こっちを見くびってやがる』

「やれるもんならやってみろってか?」

イーダル2のパイロットが笑む。

「面白れぇ………!」

突撃砲の銃口が寸分の狂いもなく八咫烏に向けられる。





《警告 ロックオン》
「!」

来たか。

槐はすぐさまこちらをロックしてきた方に眼球だけを動かす。遠くにある廃ビルの陰から半身を出して突撃砲をこちらに向けているのが見える。

普通の戦術機ならば最大望遠でやっと見える程度の距離だ。銃口の向きから計算してそれが此方のコックピットをピンポイントに狙撃できる角度であることを知る。

やはり優秀だ。

いまだに八咫烏は直立不動の姿勢を保ったままだ。相手から見ればロックされているのに動きすら見せないのは故障か挑発していると見られているだろう。

勿論、それが狙いだ。

マズルフラッシュが確認されたと同時に、クイックブーストによるターンを行う。

弾道はセラフの肩を狙っていた。

相手も狙おうと思えば狙えたというのに牽制のつもりであえて肩を狙撃したのだろう。

さて、この対応をされた相手はどう動くか。





「野郎………!」

『おい、イワン!ちゃんと狙ったのか!?』

「ああ、狙ったさ!肩をな!それを見越して奴は避けやがった!」

『チッ………冗談みてぇな動きしやがる』

『!イーダル2!ロックされてる!』

「解ってる!」

コックピット内に鳴り響く音にイーダル2は警戒心を最大限のものにする。八咫烏は未だに不動の姿勢を崩さず撃ってきたこちらを見やっているだけ。直後―――

『!?誘導弾!?』

一発のミサイルが翼から放たれた。垂直に打ち上げられた一発のミサイルがイーダル2へと降下していく。

「馬鹿が!一発無駄にしやがった!」

上空からくる一撃を突撃砲で撃ち落す。直後、イーダル2は撃墜判定を受けるのであった。





――――ザンッ!――――

「馬鹿な!イワン!」

一瞬だった。本当に一瞬だった。敵がミサイルを一発撃っただけだった。それに目をやった時にはもう遅かった。

八咫烏は変形し、恐ろしいスピードでイーダル2の下へ直進。一気にその距離を詰められ、撃墜された。

ミサイルのハッチが開かれるのを最大望遠で捉えた。

次は一発ではない。全弾全てを撃ち尽くさんと次々とミサイルが放たれる。

「чёрт возьми(クソッタレ!)」

二機が散開し、廃ビルを盾にしてそれを凌ぐ。

「イーダル4!ターゲットの場所が分かるか!?」

『こっちにはいない!そっちは!』

「こっちも奴の反応がない!範囲から逃げたと思うが、各個撃破されるのはまずい!一旦合流するぞ!」

『了解!』

イーダル3の対応は早かった。周囲を常に警戒しつつ1対1という状況を作らないための行動を取った。ただ不運だったのは、その動きも烏丸槐の想定内であったこと。

そもそも誰が知ることが出来ようか。相手は人間の頭脳を遥かに超えた知能の持ち主であり、歴史を操作することさえ可能とするオーバーテクノロジーの結晶であることを………。

「!」

イーダル3はイーダル4を見つけた。そして、その背後からは猛スピードで迫り来るセラフの姿だった。

「イーダル4ォォオッ!」

咄嗟にイーダル3は120mmを放った。それは10分の一か100分の一か、それとも1000か、その砲撃は既に回避行動を取っていたセラフの肩の跳躍ユニットを掠めた。

「大丈夫か!?」

『すまない!助かった』





「………」

廃ビルへと姿を隠した槐は先ほど掠めた跳躍ユニットを見やる。掠めたとはいえ120mmの砲弾は想像以上のダメージを与えていた。装甲が抉れ、中身をのぞかせている部分には火花が散っている。誘爆しなかったのは槐にとっても不幸中の幸いだった。

両肩の跳躍ユニット「疾風」をパージする。

「流石に一筋縄では行かない」

なにより、まだあっちには紅の姉妹がいる。交戦している三機は偵察、あわよくば撃破と言ったところだろう。

カムチャツカでサンダーク中尉が優秀な衛士が居ると言っていたが、それが彼女たちだというなら、どれほどのものを持っているのだろうか。

「………うむ」

槐は油断なく敵を見据える。まだ戦いは始まったばかりだ。


―――――――――――――――――――――――――――――
あとがき

どうも、最近特攻兵器でサーフィンした夢をみました。きりたんぽです。ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

正直なところスランプから脱出できていません。恐らく文法的なものや話の流れがおかしく感じてしまうのではないかと思います。
その時は遠慮なく言ってください。

感想・ご指摘、お待ちしております。





ネタバレ:銀髪のほうが勝つ



[34266] 第六話 紅の姉妹
Name: きりたんぽ◆81d5e089 ID:5f636d90
Date: 2014/06/11 20:46
前書き

今回は少し短め。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

先に動いたのはセラフ。突撃砲で牽制しつつ距離を詰めようとする。チェルミナートル跳躍ユニットが火を噴き、アフターバーナーで即座にセラフを飛び越す。

反転し、突撃砲が放たれる。

後ろを見ずにそのまま真横に回避行動を取ってビルの陰に滑り込み、機動性を活かした戦闘へと移る。

チェルミナートルの背後へと回り込むと同時に叢雲を振るう。

対してモーターブレードを出してそれを防ぐ。同時に槐は内蔵された機構を炸裂させた。

―――ギャリリリィィ!!

「!」

中の薬莢が炸裂するにはどうしてもタイムラグが存在する。刃が接触したと同時にチェルミナートルのモーターブレードが動いた。

―――ドッギャァァウ!

轟撃がモーターブレードの刃を削り取ったがその程度だった。衝撃を逃がしながら補助碗に取り付けられた突撃砲が八咫烏に向けられ火を噴く。

同じく槐も突撃砲を撃ちながら後退、距離を取った。

イーニァとクリスカも後退しつつ突撃砲で弾幕を張る。

猛スピードでビルの間を縫いながらチェルミナートルの射線を撹乱。接近戦へ持ち込もうとする。

叢雲の刃をモーターブレードが阻む。もう片方の叢雲もブレードが阻む。

弾かれ、一気に懐に入ったチェルミナートルの突きはクイックブーストによる後退で届かない。更に踏み込むが、振り降ろされる刃が防がれる。

防ぐ、斬る、弾く、斬る、斬る、防ぐ、弾く、弾、弾、防、斬、斬弾防斬斬斬弾防弾防

チェルミナートルがクワガタの顎のように左右から挟み込むブレードの剣閃をセラフの両の叢雲が受け止める。互いの機体の額がぶつかり合い、睨みあう。

二機が同時に動く。互いの両足が互いの機体を蹴りつけ、互いに後退する。

セラフが右手の長刀を逆手に持ち、オーバードブースト。その勢いのまま縦に回転。
刃の突いた車輪となってチェルミナートルを襲う。

突撃砲での迎撃を考えたが銃口を向けて撃つ時間が無かった。

「!クリスカ!ダメ!」

「な!?」

飛び越すことで回避行動を取ろうとした瞬間、クリスカに驚愕の声が漏れた。
同時にマズルフラッシュ。

イーニァの機転によってチェルミナートルは物陰に隠れることが出来、難を逃れる。

「ありがとう、イーニァ!」

「うん!」

快活な笑顔で礼に応えるイーニァ。

失念していた。八咫烏の突撃砲は手に持っているのではない、腕に付いているのだ。

槐が態々大仰な技を使ったのはこの乱射が目的だった。

誰も考えないような奇策、考えたとしてもやれるような代物ではないそれをやってのけるのが烏丸槐という男。

彼は既に次の行動へと移っていた。

「?」

クリスカから疑問の吐息が漏れる。あの一瞬の攻防から八咫烏の反応がレーダーから消えた。範囲から逃れたのか?

「エンジュ、どこか行っちゃったね」

「そうね」

「でも、楽しいね」

「ええ」

「………」

しばしの静寂。

「………」

二人のチェルミナートルは一切の油断も慢心もなく周囲を見渡す。

「………」



―――――!!

「クリスカッ!」

イーニァの呼び声と同時にチェルミナートルは動く。両手のモーターブレードが唸りを上げた。

その瞬間、チェルミナートルは踊った。

腰を折り曲げ、かがみ、機体が軋む音を耳に入れ、二人は次の行動へ移る。

関節部の電磁炭素収縮帯が軋み声を上げる。ソビエトが作り上げた最新のチェルミナートル。血と汗が滲む熱意と思想が生み出した二人のためだけのチェルミナートルが二人の思いに応えんと眼光を輝かせる。

思いは一つ。

槐に勝つことだ。

跳躍ユニットが真下を向き、全身が一つのバネとなる。

そして、一気に解放する!

解放のカタルシスによって生み出された力はチェルミナートルを持ち上げる。

まるで、チェルミナートルと一体化したかのようだ。

自分たちが行ったのは跳躍だ。体操のような、宙返りだ。

腕を振るう。何かを切り裂いた感触。

いつの間にか目を閉じていたようだ。

スッ、と目を開く。まず目に入ったのは紅と黒。ツートンカラーの機体が自分の真下を潜り抜けていた。

自分たちはいま何を切り裂いた?

まるで他人事のように視線を這わせる。翼だ。なんと、ほとんどの戦いを無傷で終わらせたあのレイヴンを、自分たちが初めて傷をつけたのだ。

「………」

驚いた。驚嘆の意を持ったのはどちらが先だったか。切り裂かれた槐か、それともイーニァたちだったか。

「ぅむ」

この時槐は、以外にも冷静だった。誘爆する前にオーバードブースターを分離(パージ)。同時に肩と腰の跳躍ユニットを姿勢制御に専念させる。左の叢雲を手放し、腕を突きだす。

掌が地面に着いた。

奇襲という形で全速力での背後からの一撃は避けられた。しかも翼を断ち切られるという手痛い反撃をもらった。

「………」

視界の上下が反転する。左腕の各関節部のダメージを知らせる警報が五月蠅く鳴り響いている。ダメージレベルはC、マッハに達するスピードを抑えるのは、やはり片腕だけでは負担が大きすぎる。

手放した叢雲が地面に突き立てられたのを確認する。

近接武器は一本だけ、手放すことはできない。

「むぅ」

チェルミナートルに視線を向ける。既に突撃砲が此方を狙っている。それは困る。

撃墜されるのだけは勘弁だ。

―――ドパゥッ!

火産霊神が咆哮し、突撃砲を撃ちぬく。これで打ち止め。

何発かが此方に当たった。特に大きなダメージは確認されない。戦闘続行。

火産霊神を撃った反動で機体が回転、シミュレーション通りだ。

チェルミナートルが無事な二挺でこちらに狙いを定めようとしているが、こっちの方が早い。

突撃砲を放ちつつ後退。弾幕がセラフを襲う前に物陰に隠れ、やり過ごすことに成功した。

「………」

ああ

アア

嗚呼

「素晴らしい………」

槐は胸の内から湧き上がる抑えきれぬ高揚感を口にした。



◆◆◆



「なんだ……………これは」

常に自分のスタンスを崩さず冷静に大局を見ていた表情は既に崩れ去っていた。

男、サンダークの見開いた目の先で繰り広げられている戦い。理解の許容を超えたモノに対してそう告げることしかできなかった。

イーニァとクリスカは兵器だ。我々ソ連の力だ。その力は十全に振るわれている。いや、振るわれすぎている。

今までで見たことのない動きを見せた。あれは何だ?なぜあんなことをした?そんな動きでどうやってレイヴンに傷を付けた?

「ど、どういうことだ!?」

専属の科学者が困惑した声を上げた。

「プラーフカレベルが上昇している!?」

「何!?」

サンダークは遂に声を張り上げた。

―――が、すぐにその表情は元の氷のようなソレへと変わる。

命令もなしに?そもそもなぜこの状況で?烏丸槐が何かをしたのか?まさか我々の計画を知っている?

「―――どういうことだ?」

「わ、解らない。こんなこと初めてだ。脳には全部異常なし。意味がわからない。一体何が何だか、このままいけば命の危険もありえる………すぐに中止した方が」

「……………」

訳が分からない。不可解なこの現象に対して科学者がそう言う。それを解明するのが貴様らの仕事だろうに、とはサンダークも言わなかった。

再度モニターを見る。持ち直した八咫烏が長刀を両手で持ち、再度構える。チェルミナートルと一進一退の攻防を再開させた。

―――意味がわからない。が、面白い―――

「このまま続けろ」

「な?!正気か!?間違いが起こったらただでは済まないんだぞ!?」

君らしくもない!と荒々しく言う科学者だが、既にサンダークはモニターに映されている映像にしか興味を示していなかった。

「………さぁ、どうなる」



◆◆◆



―――ガッ!!ギャリリッ!ゴッ!ガッギッギッガリリリィィィィィッ!

回転するブレードが接触部から火花を散らし続けている。手数が少なくなった分、接近戦においての軍配はイーニァたちに上がる。

「ふふ」

イーニァは笑う。その眼は僅かに光っていた。

「クリスカ、視える?」

「ええ……」

「怖い?」

「ええ、怖いわ。色々な色が混ざってて、巨大で、底が見えない」

クリスカの瞳も、イーニァと同じく輝いていた。

様々な感情がない交ぜとなって文字通り良く分からないといったクリスカとは対照的に、イーニァの表情は喜びに満ちていた。

「でもね、凄く暖かいの。優しくて、子供みたいに無邪気で」

まるで私達より年下見たい。

楽しげに、歌うようにイーニァは口ずさむ。

「ええ、視えるわイーニァ。とても暖かい。これが、貴方なのですね。大尉」



◆◆◆



先ほどから左手首関節の接触部が不調を訴えている。これ以上の接近戦は難しいと槐は判断する。

データ集めにはできるだけ長い近接戦闘を行うのが望ましいが、どうやら限界のようだ。

≪ プラン変更を確認 現状においての戦闘データをプロフェッサートーラスに送信 プログラムレベルの変更を承認 ≫

「え?!」

「な!!」

―――ドパゥッ!

イーニァとクリスカの戸惑いの声と叢雲が爆ぜる音が重なった。

「ぐあっ!?」

チェルミナートルが弾き飛ばされる。今の炸裂で右手は動かなくなったが、それは相手も同じ。槐の視線は敵機の破砕された右モーターブレードに注がれていた。

攻撃手段を一つ潰すことに成功。

「………」

≪ 敵攻撃パターンを計算 計算 計算 処理 プラン形成 排除開始 ≫

狙いを定めずに突撃砲を乱射する。当然当たらず、チェルミナートルの接近を許す。慌てることなくセラフが後退を始める。

機動力ではこちらが上。ならば距離を取るのは容易い。

『貴様は………』

「?」

『貴様は……何だ?』

「………何を言っている?」

僅かに拾った声は槐には意味がわからなかった。

≪ 戦闘続行 目標地点にマーキング 18通りの攻撃パターンから現状の態勢において最速で出せる反撃を予測 調整 配置 ≫

「………」

≪ 完了 ≫

チェルミナートルのモーターブレードがセラフの胴体へと吸い込まれていく。それを阻むのはセラフの右手、無理やりその軌道を変える。

右手が引きちぎれた。幾つもの配線が垂れ下がっているのが見える。

「………!」

砕けたモーターブレードの方の手には既に新たな突撃砲が握られていた。叢雲で斬り裂く。

既にこれを予期していたようですぐに近接戦闘へと切り替わる。反撃の突きはチェルミナートルの片腕に阻まれた。


叢雲―――コンマ0.3秒間に合わない

火産霊神―――弾切れ

突撃砲―――避けられた。


≪ 突撃砲残弾なし ≫

弾丸はむなしくチェルミナートルの脇を通り抜けた。

突きだされたモーターブレードがセラフの左肩を抉った。

≪ ナインボール・セラフ 左腕部破損 ≫

「………」

ここまでのダメージを負ったことはなかった。淡々と脳内で告げられる機体の状況は正確に現状打開しうる方法を指定させた。

≪ 問題なし 残存武装残り1 ≫

肩のグレネードの弾はもう無い。翼は捥がれた。突撃砲も失われた。刀を持つ『手』はない。

「………」

≪ 目標地点に到達 敵機チェルミナートル接近を確認 ≫

モーターブレードが迫る。セラフが動く。跳躍ユニットが唸りを上げた。最後の足掻きとでも言うかのように。しかし、それは捨て鉢ではなく勝利へ向けての最後の布石。

槐の瞳にはどこまでも冷静な紅が宿っていた。

そして、遂に二機の影が重なった。

「な!?」

チェルミナートルに襲ったのは脇に走る衝撃だった。

それも、自身の身体が一瞬持ち上がるほどの強大な威力!

確かにブレードを振り降ろした。その時は目と鼻の先だった距離は少しだけ離れていた。

不意に二機の間に細長い何かが突き立った。剣だ。長刀だ。叢雲だ。

イーニァとクリスカの視線が自然とセラフの左腕へと注がれる。

手を失い、武器を握ることが出来なくなったそれは、いつの間にか肩口まで失われていた。

その傷は何か強い衝撃を受け、無理やり千切られたかのように拉げていた。

その時彼女たちはああ、そうか。と納得した。




自分たちは、負けたのか。







勝ちたかったなぁ………。




チェルミナートルの上半身が下半身を残して後ろに倒れていく。叢雲の衝撃による損傷と自重によるものであり、ソ連軍の敗北を物語らせた。

『………はっ!?こ、これにて演習を終了!ハスラーワンの勝利です!』

勝敗が決したのを機に、槐は長く息を吐き、全身にかかった緊張を解く。

最後の一瞬の攻防。槐はセラフのちぎれた左手に刀の柄を突き刺し、無理やり叢雲を炸裂させたのである。

マーキングした地点は叢雲が突き刺さったこの場所。事前の戦いではこの場所を目標に迂回しながら彼女たちを誘い込むための作戦だった。

それは無事に成功。

だが、代償にセラフはボロボロになってしまった。

ギリギリの戦いだった。

「………」

それはそれとして―――

「クリスカは、なぜあんなことを?」

槐の疑問は晴れなかった。






「今のは、いったい………」

最後の戦闘で何かが変わった。リーディングをしているからわかった槐の確かな変化。

「イーニァ、今のは?」

得体のしれない何かだった。今回初めて槐のリーディングを行ったクリスカとは違い、時間が長いイーニァに問うことにした。

「………イーニァ?」

しかし反応が無かった。

「イーニァ!?」

彼女は呆けた表情のまま彫像のように固まっていた。

「イーニァ!しっかりして!イーニァ!」

「あ………クリスカ?」

「大丈夫なの、イーニァ?」

「うん。少し驚いただけ」

『ビャーチェノワ少尉、シェスチナ少尉に何か問題でも発生したか?』

「!………いえ、問題ありません」

『……そうか。ならばさっそくデブリーフィングを始める。速く降りて来い』

「はっ!イーニァ。行きましょう」

「………うん」

こくり、と頷き、応えるイーニァは少しだけ名残惜しそうにコックピットを降りるのであった。



◆◆◆



コックピットから降りて志摩子たちからの手厚い歓迎を受けた後、槐は更衣室へと赴く。

「それでは、槐大尉。この後ラボまでご足労願います」

「了解した。ご苦労だったアナスタシヤ中尉」

「はっ!お疲れ様です。槐大尉」

本日二度目の演習が終わった。アナスタシヤから差し入れにと渡された水分補給のパックを口に運びながら、彼は長椅子に座る。その隣を、アナスタシヤが座った。

何と無しに槐は首裏のAMSに手を触れる。

首輪のようになっているそれをまるでマッサージするような手つきに、アナスタシヤは彼の臀部にまで伸びたそれに手を伸ばす。

「やはり連戦は厳しいですか?」

「………そうかも、しれんな」

半身不随のリスクを常に背負いながら早くも数年が経つ。よくもまぁ、いつ死ぬともわからぬ世界で大事にならずに今までやっていけたものだと自分でも感心してしまう。

AMSとのリンクは良好。特に異常はないが、戦闘中は常に視覚内外からくる情報の処理だ。

正直に言えば、こういう無機質なものよりも、もっと人間的な生物感のある情報を取り入れたい。

「槐?」

「いや、何でもない。少し考えごとをしていた。データを集めながら戦うということはあらゆる状況を想定して、その状況下で戦わなければならないこと。それを踏まえての4対1の戦いがこれほど難しいとは思わなかった」

「何事も経験ですよ」

「こんな特殊な経験はあまり歓迎したくないものだが」

「それにしても驚きです。紅の姉妹、あれほどの実力とは思いませんでしたね。槐が唯依達以外であそこまで追いつめられるのを見るのは初めてでした」

「そうだな。意外と居るものだな。ああいう人間は」

「…………。」

「?どうした?」

「いえ………そういえば………。最近彼女たちとは戦っているのですか?」

「している。息抜きに仮想敵としてな」

「なるほど。それは槐自ら誘って?」

「いや、ほとんど唯衣達からだ」

「あら、受け身な男は飽きられますよ?」

「む」

「ふふふ、それともただのヘタレなのでしょうか?」

「ヘタレとはなんだヘタレとは?そういう話題をしてくるということはアナスタシヤ。貴様私を弄る心算だろう?」

「はい」

語尾に音符が付きそうなくらい楽しそうに笑む彼女に槐は小さくため息。

「ため息をすると幸せが逃げていきますよ?」

「心配するな、ただの深呼吸だ。貴様がそう来るのならば先手を打たせてもらおう」

そういって懐から取り出したのはプレゼント用に包装された袋だった。

「まぁ、もしかして、私が来るのは予測済みでしたか?」

「偶々、偶然だ」

「開けてみても?」

物静かな雰囲気とは裏腹にその眼は期待に満ちていた。口角が緩むのを必死に抑えようとひくつかせているのは彼女なりのプライドゆえか。

頷くと彼女は丁寧にその袋を開封させていく。

「これは?」

それは銀色のバングルだった。

目立った装飾が施されることもなくただ銀色の棒を角ばったデザインにしたようなシンプルなマーキスライン。ちょっとした贈り物には最適と判断できるものだった。

「どうだ?」

早速彼女はそれを身に着ける動きを見せる。バングルの付いた腕をしばし見つめると。

「わぁ……」

と、囁く様に零した。その表情は見とれているそれ。ただ少し驚いたのはそれが子供のように凄く可憐に思えた。

「――――――はっ!?」

ようやく自分の行動を省みたのかすぐに引き締まった表情に戻る。

「気に入ってくれたようだな」

良かった。

そう言って嬉しそうに笑う槐にアナスタシヤは少しだけ毒気を抜かれた。

てっきり先ほどの自分に対して何か言ってくるのかと思ったからだ。

「ふん………今日はこれくらいにしてあげます」

「素直じゃないなお前は」

「五月蠅いですよ。今日勝ったくらいでいい気にならないでください」

「別に勝ち誇っているつもりはない。お前が勝手に自滅しただけだ」

「むむ」

槐の癖にやる様になりましたね。

そういう意味合いを含めたジト目が槐を射抜くが、その眼光に力はない。

「まぁ、良いです。………では改めて、ありがとうございます。嬉しいですよ槐」

そういって笑顔を見せるアナスタシヤは取り繕ったものではない。本心からそう思っていることを槐は知っていた。

「どういたしまして」

槐もまた、僅かに笑むことでそれに応えるのであった。



◆◆◆



それから少しして、槐とアナスタシヤはトーラスのラボへと赴くことにする。

「失礼します博士。槐大尉をお招きいたしました」

トーラスは入ってきた自分達に対し背を向けて何かを作っているようだった。微かに鼻歌も聞こえるあたり、随分とご機嫌なようだ。

「は~い、ご苦労さ………ま?」

二人が入ったのを機に一度作業の手を止め振り返るトーラス。次に彼は心なしか機嫌のよいアナスタシヤの姿を目にし、疑問符を浮かべた。

「中尉、何か良いことでもあったのかい?」

「貴方には教えません」

即答である。

「………槐くん」

「教えません」

これまた即答である。

「最近二人とも私に対して厳しすぎると思うんだけどな~!私拗ねちゃうよ~?AMIDAくん量産させちゃうよ~?良いのかな~?」

―――ジャジャキッ!

一糸乱れぬ動きで二人が銃を取り出してトーラスに銃口を向ける。

「はいごめんなさい、いやほんとすいませんでした」

彼が土下座をするのはほぼ同時だった。



閑話



「まぁ悪ふざけはこれくらいにして、今回の演習で良いデータがとれた。これを元にしてまた新しい叢雲を作ってみるよ。槐くんはいつものように今回の演習でのレポートを作成してくれ。終わったら、あとは休んでいいから」

「了解です」

「プレゼント頑張りたまえよ(ぼそぼそ)」

「?なにか言いましたか?」

「いやなにも、それじゃ」

「はい、しつれいします」

そういって槐はラボを後にする。後に残るのは彼を睨むアナスタシヤとニヤニヤと彼女を見つめるトーラスだった。

「やはり知っていましたか。性悪め」

「知っていたら気味が悪いだろう?」

「まったくです。気味が悪い。せっかくの機嫌が急降下しました」

「おやおや、お熱いことで。おっと、別に挑発してるわけじゃない。クッションだよ。次の話の」

「次の?」

その通り、と自信満々気にトーラスは頷く。彼がパソコンのデスクトップから何かをクリックし、アナスタシヤに画面を向ける。

「アナスタシヤ中尉」





―――もう一度パイロットをやらないか?



◆◆◆



思わぬタイミングで暇が出来てしまった。

特にやることもなくなってしまった槐はふと部屋内のロッカーを見やる。

そこには先日買った唯衣達のためのプレゼントが大切に保管されている。

「(これはチャンスなのではないか?)」

槐は唯衣達のスケジュールを確認する。

「………よし」

都合のいいことに今ならば全員とちょっとした話程度ならできる状況であることを槐は知る。

行ける!

こんな都合のいいタイミングを見逃す訳にはいかない。思い立ったが吉日だ!

槐は早速動くことにした。


―――――――――――――――――――――――――
あとがき

この演習でイーニァとクリスカにハラショー!!と叫ばせたかったのはここだけの秘密

戦闘描写難しい。



[34266] 第七話 思い出
Name: きりたんぽ◆81d5e089 ID:5f636d90
Date: 2014/06/11 20:41
前書き

お、おお?なんか急に創作意欲が湧いてきたぞ?

改めて思い返すと日常描写ってやっぱり描きやすいですね。

一日二回戦闘描写なんて、なんでそんなハードルあげちゃったんだろ、私

―――――――――――――――――――――――

「………」

誰から行けばよいものか。スケジュールは確認したが、唯依はアルゴス小隊のことや電磁投射砲の書類作業に追われているだろう。となるとここから一番近い人物に渡すのが吉か。

「志摩子、今良いか?」

「槐くん?どうしたの?」

まず最初に向かったのは志摩子の部屋だった。

「真面目な話?」

「ん」

こくりと頷き、懐から出したのはプレゼント用に包装された平たい小箱だった。

「え、ええええ槐くん?それは、もしかして」

「ん………プレゼント。………えと、こういうこと、したことなかったから」

うわぁ、うわぁ、と感極まったように頬を緩ませて胸元に大事そうに抱える志摩子。安芸と一緒にいつも馬鹿騒ぎをする彼女からは想像もつかない程乙女な様子に喜んでもらえたようだと槐は判断する。

「あ、開けてもいい?」

「ん」

上目遣いで見上げてくる志摩子に槐は自分の顔が熱くなるのを感じた。その所為か、返事もどこか素っ気ないものになってしまった。

逸る気持ちを抑えつつ丁寧に包装紙を破かないように開けようとする志摩子に愛らしさを感じつつそれを見届ける。

小箱を開けると、中にはリボンが入っていた。黄色と青のツートンカラーで清楚さを醸し出している。

「うわぁ、かわいい………」

志摩子は早速結ったリボンを解き、新しいリボンで自分の髪の毛をまとめ上げる。

「どうかな?」

帝都の学校から長い間使い込まれた赤いリボン。新しくプレゼントされたリボンもまた新鮮で、可愛らしい。

「似合ってる。綺麗だ」

「えへへ」

にへ~と目じりを落として心底嬉しそうに笑う。買ってきて良かった。

ありがとうと礼を言う彼女に槐もまた笑いかけるのであった。




◆◆◆



よし、志摩子には渡し終わった。

槐は次の部屋へと回る。次にここから近いのは上総の部屋だ。上総の反応は……ある。どうやらいるようだ。

「上総、いるか?」

ドアをノックして声を掛けると歩み寄ってくる気配。

程なくしてドアが開けられた。

「烏丸大尉?一体どうしました?」

「今はオフだ。普段通りで構わない」

「そうでしたか……それでは改めて、今日はどうしたんですの?」

「ん…プレゼント」

「プレゼント……プレゼント?!まぁ本当に!」

一体どんなものなのかしら。と期待に満ちた表情で槐を見据える上総。不意に起こった嬉しい出来事に喜びを隠しきれていないようだ。

槐はプレゼントを渡す。上総はその場で開けると中に入っていたのは花柄の髪飾りだ。

「こんなに素敵なものをくれるなんて………」

「気に入ってくれたか?」

「勿論ですわ。ありがとうございます。槐」

その髪飾りには小さいながらも様々な種類の花が細かに描かれている。

水色の亜麻の花、淡紫色のアキノタムラソウ、そしてキクの花。

「~~~~~~~~もうッ!貴方という人はもうッ!」

上総は心の底から湧き上がる多幸感に思わず槐を抱きしめる。

「上総?」

「ずるい人。本当にあなたはズルい人ですわ」

疑問の声を上げる槐に上総は緩み切った頬を見せまいと強く抱きしめる。

「本当に、本当にありがとうございます。槐。絶対に大切にしますわ」

「……そうか、そこまで気に入ってくれるのか」

自身に向けられる暖かい愛情に、槐も応えるべく上総を抱きしめ、頭を撫でる。

「槐、この髪飾りに描かれた花、どういう意味を持っているかご存じ?」

「?……いや」

「………。もう、まったく………もう。貴方という人はズルい人ですわ」

「先ほどからズルいズルいというが、いったいどういう意味なんだ?」

「教えません」

「どうして?」

離れた上総の顔は脹れっ面だった。頬を赤らめながら、彼女は少しだけ拗ねた子供のように

「ばーか」

そう言うのであった。

※亜麻の花言葉は「感謝」アキノタムラソウは「自然のままのあなたが好き」菊の花は「私は貴方を愛する」

狙ったかのようなプレゼントが、特に気にせずに買ったものだと知れば、拗ねるのも納得がいくものだろう。

因みに、上総が拗ねた理由を理解した槐が、後日大急ぎで彼女の下に赴き、謝りに行くのは完全な蛇足である。



◆◆◆



上総と別れた後、次は安芸の下へと向かう。

「あ」

「ん?」

部屋のドアをノックしようとしたらドアが開かれた。ドアを開けたのは当然安芸。どうやらタイミングの良いことに安芸と鉢合わせることができた。

「槐!」

「安芸」

「「丁度よかった…………。………今日は話が………そっちからで―――」」

「安芸から」

「いやいや槐からで良いよ」

「なら私から、実は今日は安芸にプレゼントがある」

「おぉ!?本当に!?」

安芸は早速渡されたプレゼントを開封していく。中に入っていたものは

「ペンダント?」

首に掛けるタイプのロケットだ。中は写真を入れることが出来る作りになって居る。

安芸はスイッチを押してロケットを開く。

「あ、これ」

中には既に何か写真が入っていることに気付く、続いて安芸が気づいたのは、それが昔の記憶を思い起こさせる懐かしい代物であったからだ。

「うわぁ、懐かしい。これって初めて槐と唯衣に会った時だ。よくこんなの持ってたなぁ」

ロケットを両手で包むように持ちながら安芸は懐かしむ。初めて会ったときはそれほど良い仲とは呼べなかった。

最初は唯依も志摩子も身分の違い、先入観によって仲が悪かった。志摩子が一方的に嫌っていたというのもあったが、今では良い思い出だ。

何やかんや会って初めて家に招き入れて、花札をした。その時は、何時になく唯依は好戦的で、二人は白熱した勝負をしていた。

それを横から勝利を掻っ攫ってしまったのは今思うとちょっと申し訳なくなってしまう。

そして、その日の別れ際に撮ったのがこの写真だった。

唯依も志摩子も安芸も子供らしく満面の笑顔だった。

「あはは、このころの槐は本当に笑わなかったよな。あの時は言わなかったけど、ロボットなんじゃないのかって気味悪く思ってた」

「ロボットというのは強ち間違いじゃないがな」

ハハ、と苦笑する安芸。槐もまた昔を懐かしむように笑んだ。

「それにしてもよくこの写真持ってたな」

何時も持ってたのか?という安芸の問いかけに槐は頭を振る。

「いや、この基地で現像したものだ。管理者の頭脳の記憶領域からデータを抽出して博士のCOMに、そこから現像を行った」

「管理者の頭脳ってスゲェ!」

少々使い方を間違っている気がするが実に平和的なものだ。おかげで安芸が喜ぶものが作れたのだからこれでよいのだ。

「ありがとな槐。大事にするから」

てひひ、と照れ笑いする安芸であった。

「そういえば、安芸は私に何の用が?」

「ああそうそう。実は和泉のことで話があってさ。まだ行ってないよな?」

「ん」

こくりと頷く槐。何かあったのだろうか?

一抹の不安が槐の脳裏をよぎった。

「実はさ、昨日和泉が大切に持ってたペンダントが遂に壊れちまったんだ」

「ペンダントが?」

「チェーンだけだったら良かったんだけど、もう古くて直しようがないんだ」

新しく買い換えた方が良いらしい。とは安芸の言だ。

昔聞いた話では恋人と一緒に買った唯一の思い出らしく、それで今落ち込んでいるから放っておいてほしい、とのことだ。

「そうだったのか………」

安芸の情報は正直ありがたかった。

安芸へのプレゼントが終わったら次は和泉の方へと行こうと思っていたからだ。今はそっとして置いた方が良いだろう。

「(いや、一寸待て)」

ただ待つだけでいいのか?

「槐?」

顎に手を添え、考え込むような仕草を取る槐に首を傾げる安芸。

「ありがとう安芸」

少し野暮用が出来たようだ。

「お、おう。どういたしまして?」

そう言ってその場を後にする槐だが、ふと思い当たり、再度安芸を見やる。

「そういえば安芸、どうして私が皆にプレゼントすることが分かったんだ?」

安芸の言動にはそう感じさせるものがあった。

「え?そりゃあ何となくっていうのが先に出ちまうけど気付いたのはプレゼントを渡されたときかな」

「何故だ?」

首を傾げる槐に安芸は照れ笑いを浮かべる。

―――槐がアタシらに不平等なことするわけないからな―――

槐の問いに迷いなく言い放った言葉は彼に全幅の信頼を寄せることの表れだった。

「だから分かるのさ。槐のことを良く知ってるあたし達だけの特権さ」

「!………ありがとう」

凄く恥ずかしかった。自分にここまで躊躇うことなく言う安芸は失礼ながら、どこまでも男らしく輝きに満ちていた。

口からか細く出た礼の言葉は、羞恥で動揺した槐が振り絞ったものだった。

それ以降槐は振り返ることはなかった。そんな彼の後姿を見えなくなるまで見送った後、安芸は頭を抱えて身悶えた。

「ッッッッッッかぁぁぁぁああああ!?なんっつう恥ずかしいこと言ったんだ私ぃぃぃいい!」

全身の穴から火が出るーーッ!

と部屋に戻って抑えきれぬ激情に身を任せてベッドに飛び込むのであった。



◆◆◆



「唯依、何処だ……」

安芸と別れたあと、用事をできるだけ手早く済ませた槐は目的の唯依を探すために基地内を探していた。

しかし、見つからない。

「むぅぅう」

既に日も堕ち始めている。困った。実に困った。

由々しき事態だ。

誰か知っている人間は居ないものか。

「…………」

ふと辺りを注意深く見渡す。見知った人間は見られない。今日は運が悪かったのだろうか。

少しだけ消沈したように吐息を漏らす。

「………!」

ふと、目に入ったのは髪を両サイドにまとめ、特徴的な眼鏡をかけた人物。

「和泉?」

俯き、堕ち始めた日差しが眼鏡のレンズが反射しており、その表情は分かりづらい。

槐の存在に気付いておらずその足取りは重く、安芸の言う通り落ち込んでいるのだろう。

今は亡き恋人からもらったペンダント。彼女にとって唯一の繋がり、それが壊れた衝撃は、槐にも計り知れない。

「!」

和泉が歩みを止める。彼女がたどり着いた先は―――

「何をするつもりだ?」

何のことは無い。どこにでもあるただのゴミ箱だった。彼女の両手に握られているのは、チェーンは千切れ、フレームが錆びてボロボロになったペンダント。

それを投げ入れた。

「!?」

馬鹿な!?槐は走り出す。

「和泉………!」

「!?槐………くん」

二人の距離はそれほど遠くなかった。槐の呼び声にようやく自身の存在に気付いた和泉。

「………あはは、見られちゃったね」

力なく笑う和泉の姿に槐は胸のあたりがチクリと痛むのを感じた。

≪ 内部系に異常なし ≫

五月蠅い、黙っていろ。

「和泉、今捨てたのは?」

「………彼との思いで……かな?」

思い違いであってほしかった。

「どうして?」

「だって、壊れちゃったし」

「直せばいい」

「見てたなら解っているでしょ?もう直しようがないの」

「だが和泉……!」

「槐くんはまだまだ子供だね」

「!」

頬を流れる滴が止めどなく和泉を濡らす。

「解ってるよ。でもね、槐くん。私、辛いんだ」

泣きながら笑っているのは自分を嘲笑っているからだ。

「顔も名前も憶えてる。でも、声はもう思い出せないんだ、どんな声をしていたのか、どんな口癖だったのか、もう、解らないの」

「和泉………」

「こんな私、最低だよ」

「和泉……」

―――私は、京都に居た時は、彼の、皆の仇を取りたいと思った。それは今でも変わってないし、私は今を生き続けている限り仇を取ることは止めようとは思ってない。それは、彼と過ごした時間が……皆と過ごした時間が私を支えてくれているから、こうして私はここに居る。―――

気付いてやれなかった。

君はずっと苦悩していたのか。自分の戦う理由が、記憶が風化してしまうことに。私達に気付かれまいと。いままでずっと一人で抱え込んでいたのか。

「………すまない」

「どうして謝るの?」

「私は、和泉の苦しみを理解してやれなかった」

「やめてよ」

「!」

明確な否定の言葉に鼓動が強く脈打った。

「良いよね、槐くんは、今でもこの世界に来てから見たこと聞いたこと全部記憶してあるんでしょ?羨ましいなぁ、私も欲しいよ。………あはは、槐くんが羨ましいよ」

「い、和泉?」

「槐くんはさ―――――」


―――大切な誰かを失ったことなんてないでしょ?



「―――――」

息が止まった。一瞬何を言われたのか解らなかった。ジクリと胸が痛む。覚束なくなる足元の感覚を覚える。和泉はいつの間にか俯いていてその表情は読めない。

その言葉は確かな否定だった。

「………っ」

和泉はその場から逃げるように立ち去る。

「ぁ……!」

のどから出かかった何かは言葉にならず身体が硬直する。

駄目だ。このままじゃ駄目だ。動け、今止めなければ取り返しがつかなくなる。和泉を止めないと。

≪ 止めて  どうする? ≫

止めて……私は……。

何をすればいい?なんて声を掛ければいい?



―――仇を………討ちたい。彼の………皆の………!


楽観視していた。和泉の心の強さはこの中で誰よりも強いと、そんなタカを括っていた。和泉の言葉のお蔭で槐は立ち直れた。

和泉のその冷静な視点はいつも我々を陰から支えてくれた。

だが、現実はどうだ?

最も助けが必要なのは和泉だった。

「クソ!」

自分の底抜けの馬鹿さ加減に初めて腹が立った。

感情に任せての悪態もだ。

このまま放っておく?ただの一時の感情だと断ずるか?

和泉はいつまでも私達の仲間だと。そんな楽観的な感情を持つか?








ふざけるな

槐はゴミ箱に手を突っ込む。ペンダントはすぐに見つかった。

中に入っている写真とペンダントを分けて大事そうにポケットに入れる。

槐は今一度和泉の言った言葉を頭の中で反芻する。

大切な誰かを失ったことが無い?

「あるとも」

思い起こされるのは炎に包まれたナインボール・セラフ。そして管理者。

彼らは自分の産みの親だ。彼らがエンドレス・ナインを産まなければ烏丸槐も存在しなかった。

今分かった。いや、気付いたというべきか。レイヴンに破壊されたとき自分が言いたかったもの、それはセラフに対する親という存在を失ったことの慟哭だ。

槐は心の中で唯依に謝罪する。プレゼントを渡すのはもう少し先になる。



≪ 広域サーチ起動 能登和泉 ……… 確認 ルートを計算 マーキング終了 ミッションの変更を承認 最重要任務として再設定 完了 ≫

「逃がさないぞ。和泉」

私は今、怒っているんだ。



◆◆◆



「私、馬鹿だ」

槐くんに八つ当たりしてしまった。心にもないことを言ってしまった。

全速力で当てもなく走り続け、たどり着いた先は噴水があるどこかの公園だった。近くにあったベンチに座る。

泣きはらした目を拭うが、涙が止まる兆しはない。

「本当なんでこんなことしちゃったのかな」

あの時、槐の表情は信じられないものを見るかのようなものだった。ショックを受けてしまったのだろう。

当然だ。仲間だと信じていた人間から一時の感情とはいえ悪意のこもった心無いことを言ってしまったのだ。

それが余計に自身の悲しみに拍車をかけてしまった。

どうすれば良いんだろう。今泣いていても仕方がないのに、心がぐちゃぐちゃになってて判断が出来ない。

今槐くんは何をしてるんだろう。落ち込んでいるのだろうか、だとしたら謝らないと、でも、否定されてしまったら?

そんなの嫌だ。

でも―――こんな身勝手な自分を許してくれるはずがない。

もはや負の連鎖だった。陰鬱とした気持ちが、時間が経つごとに酷いものになっていく。

もう、このままずっとベンチに座ってやろうか。

半ば自暴自棄になって居た和泉の前に―――

「やぁお嬢さん随分と悲しんでいるようだけど、大丈夫かい?」

―――それは現れた。

「誰、ですか?」

「なに、ちょっとした旅行好きのお節介焼きのおじさんさ」

男性はそういって僅かに微笑むのだった。



◆◆◆



「そうか、君の恋人が昔BETAに………それは辛かったね」

「………」

「少しずつ忘れていってしまう恋人との思い出。それを今まで誰にも打ち明けられなくて苦しんできた。若いながらよくここまで頑張ってきた」

辛かっただろうに。

だが、と男性は悲痛な表情でつづけた。

「君に忘れられてしまった恋人は、もっと辛いだろうね」

「!」

「君たちは好き合っていたのだろう?」

「……はい」

「そのまま、忘れ去ってしまって?良いのかい?」

和泉は少しだけ躊躇した後、首を横に振った。

「でも、私、嫌なんです。彼の声を忘れてしまった薄情な私が」

「だからいっそのこと、全部忘れてしまおうと考えたのかい?」

「!ちが………はい」

男性は間違っていない。結局自分は逃げたのだ。恋人から、自分の決意の重みから。

「自分の間違いをすぐに受け入れられるのは、素晴らしいことだ。君は偉い」

男の服装はグレーのコートと帽子に身を包んでおり、どこかつかみどころのない存在だった。

最初は和泉自身話すつもりはなかったのだが、男性と話していくうちにポツリポツリと話してしまっていた。

「私にも一人息子が居てね、もしかしたら戦場に出るかもしれないんだ。………いや、娘だったかな?違う違う息子のような娘……娘のような息子?……おや?」

ガクッと和泉は姿勢が崩れる。

「どっちなんですか?」

「うむ、娘だ………多分」

奇妙な男性だった。何か話すつもりだと思いきや序盤で話が詰まってしまっている。挙句の果てにこのマイペースぶりである。

自分から話してしまったが、話を聞いてくれただけでも、心なしか気分は少しだけ晴れた気がした。

この男性と話したおかげで自分を省みることが出来た。自分一人でだったらどんどん深みにはまってしまっていたことだろう。

「申し訳ありません。話を聞いていただいたのに、名前を聞いておりませんでした。貴方の名前は?なにか御礼を」

「いやいや、気にすることはない。私はただの旅行好きなおせっかい焼きのおじさんだ。そうそう、こんなおじさんだが、もう一つ質問してもいいかな?」

「………はい」

「恋人との思い出のペンダントを捨ててしまった。友達とも喧嘩をしてしまった。それを踏まえて、君はどうしたいんだい?」

「それは………」

和泉は無意識に胸元に手をやる。いつもなら会った確かな感触は既に無く、寂しさを覚えた。改めて自分の後先考えない行動に嫌気がさしてしまった。

「私は、友達に……槐くんに謝りたいです」

図々しい願いだと思う。どれだけ憎まれ口を叩かれても良い。まずは謝って、そして向き合わなければならない。

それが、能登和泉がまずやらなければならないことだと思うからだ。

男性はうんうんと頷くと立ち上がった。

「それだけわかっていれば、もう十分だろう。心配の必要はない」

「え?あ、あの」

「それでは、私も仕事があるのでね、これで失礼させてもらうよ」

素っ気なく思えるがそれは男性なりの気遣いだった。和泉は立ち上がり姿勢を正すと、綺麗に45度身体を曲げる。

「ありがとうございました!」

男性は少しだけこちらを見やって微笑むと、それ以降振り返ることはなかった。

槐が和泉の下へとたどり着くのはそれから程なくしてであった。



◆◆◆



「和泉!」

「槐……くん」

此方に駆けてきたのは言わずもがな烏丸槐だ。僅かに息が荒いことから近辺をずっと走り回っていたのだろう。

あんなひどいことを言ったのに、それでも自分の為に彼は行動する。

「和泉……」

「槐くん………ごめんなさい!私、槐くんに酷いこと言っちゃった」

本当にごめんなさい!

和泉は深く深く頭を下げた。

「私、もう逃げないから!たとえ声が思い出せなくなっても、一つでも多く彼のことを覚えておく!取りこぼさない様に絶対に!絶対に!」

「………」

「………」

ふと、首筋に微かな重み。

チャリ、と音を立ててぶら下がったのはペンダントだった。金色に輝く三角形のペンダント。それは、恋人からもらった思い出のものそのものだった。

「え!?」

それは錆びても居なければチェーンが千切れてすらいなかった。まるで新品同様になってしまったそれに、和泉は思わず顔を上げてそれ手に取りを確認する。

見間違いじゃない。中に入っている写真も、まるでこれだけ時間が巻戻ったかのようだ。

「え、槐くんこれ……て?」

視界を埋め尽くしたのは槐の手だった。しかもその手はまっすぐ伸ばそうとする中指を親指が力一杯押さえつけているような手になって居た。

所謂それはデコピ

―――ビコンッ!!―――

「いっっっっったあああああ!?」

直後に来る激痛に和泉は思わず叫んだ。

デコピン。槐の手から放たれる強靭なそれは和泉の額を赤く腫れさせた。

「和泉の気持ちは分かった。でも、いくらなんでもアレは酷いぞ」

「うぅ、ごめん」

「でも、それは私も同じだ」

槐はそういって頭を下げた。

「すまない和泉、お前の苦しみに気付いてやれなくなくて。本当にすまない」

「槐くん………」

「ペンダント(それ)は、私からの謝罪だ。よかったら受け取ってくれ」

和泉が男性と話をしている時、槐は一度、全速力でトーラスのラボに戻っていた。そして、器具をひったくると研究室にある材料でペンダントを再現してから、和泉の下へ向かったのである。

「………」

和泉は首に掛かったペンダントに手をやる。ああ、この感触だ。戻ってきた。戻ってきてくれた。

改めて和泉は自分が本当はペンダントを捨てたくなかったことを自覚する。

そして、こんな自分の為に頑張ってくれた彼に申し訳なく思いながらも感謝した。

「ありがとう。槐くん。大切にするね」

その時和泉は陰鬱とした気持ちを振り払い、笑うのであった。



◆◆◆

おまけ

「うひゃあ、凄い腫れてる」

和泉は鏡で見ながら赤くなった額を撫でる。

「むぅ、すまない。少々力が強すぎたようだ」

「ほんとにね。女の子の肌は傷つけると後が怖いよ?」

「むぅ、善処する」

「………」

ふと、和泉はニヤリンと口元を歪ませた。

「ねぇ槐くん。ちょっと目をつぶって」

「?」

こうか?と目を瞑った槐の頬に和泉の手が添えられる。

「!?」

その優しい手つきに槐はこの先に来るものを幻視し、止めようと思ったその時

「えい☆」

ズブッ

「ほが!?」

自身に襲い掛かった衝撃に思わず鼻元を抑える。

和泉の手元にあったのはペン。

「な、なにを」

「女の子の肌はデリケートなんだよ、槐くん」

「し、仕返しにしては酷いぞ!凄く痛い!」

「仕方ないよ、槐くんは男の子で私は女の子なんだから」

「ず、ずるい!ズルいぞ和泉!」

「うふふふふ」

小さな波乱が起こったものの、それは元の鞘に収まり、以前よりもそれは良きものとして収束してゆくのであった。








更におまけ

「なんだろう。なにか重大な出来事を逃してしまった気がする」

某中尉がどこかで呟いていたが、その疑問に答える者は誰も居なかった。

―――――――――――――――――――――――――――

唯依ェ………メインヒロインなのに。唯依ェ………









そしてコートの男性、いったい何課長なんだ………



[34266] 第八話 インフィニティーズ
Name: きりたんぽ◆81d5e089 ID:5f636d90
Date: 2014/06/11 20:22
前書き

実は課長のターンはまだ続いていたりする。それから、今回からチラ裏からMUV-LUV版へ行こうと思います。

15万近いPV数が稼げたから、読者様方の暇をつぶせる程度には読み応えのある作品のレベルという評価をもらったと判断いたしました。

少し調子に乗ってるかな、と自分自身で思いながらも記事の移行を行います。

反応によってはまたチラ裏に戻るかもしれません。

お目汚し、失礼いたしました。今後も、当作品をよろしくお願い申し上げます。

――――――――――――――――――

槐が和泉と仲直りをしている時、コートの男性は人に知られることなく、気配を絶って動いていた。

和泉と話していた気の良いおじさんの様相は既に影もなく消え失せ、その顔は軍人、否戦いを知る戦士の物へと変わっていた。

彼が向かうは基地。

誰にも見つかることなく、誰にも知られることもなく、歩を進める。


「………」

目的の部屋を発見した。罠の痕跡はない。男は特に警戒することなくその部屋への侵入を果たした。

辺りは暗く、灯りは点いていない。

「?」

留守なのだろうか。男は疑問を持ちつつ暗闇に慣れた目で見渡す。

「動かないでください」

「!」

背後の物体が突然動き出した。それほどまでに唐突。次には灯りが点灯された。突然の光に目を細めつつ、男は手を上げる。

人の気配がしなかった。声は女。手がギリギリ届かない距離。銃を向けられている。銃口は胸、自分が来ることを予期していた?一体何時から?

「何者ですか?」

背後から向けられる殺気に寒気が走った。ビリビリくる死の危険信号。妙な動きを見せた瞬間に発砲するつもりだ。

「殺しはしません。ですが、肺の一つくらいは潰させてもらいます」

無機質な声に男性はどうしたものか、と自問自答する。

「出来れば銃は下してもらえないかな?私は敵じゃない」

そう言いつつ男は入所許可証を掲げる。

「………」

アナスタシヤは冷静に相手を分析する。男性に敵意は無い。両手を上げて武器が無いことをアピールしている。

見た感じ人の良さそうな気配を持ち合わせているが、アポもなしに、それどころか忍び込もうとした人間だ。許可証を持っているが偽造ということも考えられる。

はいそうですか。と銃を下す訳にもいかない。

「………」

念のため膝を撃ち抜いておくか。

冷徹な思考でアナスタシヤが無言で引き金に指を掛けて銃口を膝に向けたところで。

「待ちたまえ中尉。彼は私の客人だよ」

「!」

此方に歩み寄ってきたのはトーラス。彼はニッコリと温和な笑みを浮かべたまま男に近づく。

「やぁ、待っていたよ」

「肝が冷えましたよトーラス博士、貴方も人が悪い」

「なに、ちょっとしたドッキリさ。脅かされる側も悪くはないだろう?」

「博士、貴方のドッキリは性質が悪すぎると思われますが?貴方が死ぬのはこちら側にとってデメリットでしかないので困ります」

「相変わらず君は手厳しいね」

アナスタシヤが銃を仕舞い込む。部下とその上司、情報では二人の付き合いはそれなりに長いと聞いていたが、無機質にも感じる一連の会話に男は疑問に思いながらも自分の託された役割をこなすことにした。

「それではトーラス博士、色々と言わなければなりませんがまず一つ、宜しいですかな?」

「ん?」

「その顔の靴跡は、いったい?」

「あ、いやね?部下がいきなり作業台を貸せなんて言ってきてね。有無を言わさずだったよいやぁ~まさか蹴られるとは思わなかったよ」

HAHAHA!と心底楽しそうに笑うトーラスに男、情報省外務二課課長鎧井左近は思う。

「………」

此処の部隊の上下関係はどうなっているのだろうか………。少しだけ心配になる鎧衣であった。



◆◆◆



和泉と仲直りし、自分との間に大きな溝を作ることなく、亀裂を生じさせる危機を脱した槐だが、ここで良い話として終わらせるわけにはいかない。

和泉と共に基地へと歩を進めながら槐は思考する。予定は既に大きくずれている。次の演習がまもなく始ある時間だ。

本日最後の演習はイーフェイ率いる暴風小隊と未だ謎が多いインフィニティーズだ。アルゴス小隊との一戦を経てどれほどまで強くなったのか槐個人にとって見応えのある戦いになるのではないかと考えていた。

「槐くん」

「?」

ふと、肩を並べて歩いていた和泉が言う。

「本当にありがとう」

通算で二桁に届く礼の言葉。彼女の表情は安心しきった喜びのもの。大急ぎで作った甲斐があった。

「……ん、どういたしまして」

「ごめんね、何度も言っちゃって」

「気にしていない」

淡々と、一見するとあらかじめ決められた行動をする機械のように応える槐だが、その言葉に含まれる想いが気にしていないということを教えている。

それに対して、改めて申し訳なく感じる和泉。彼女はそれに笑顔で返す。

本当に嬉しかったのだ。何度も言葉にしたいくらいに。仲間の為に、友達の為に奔走し、そして、自分を許してくれる槐の広い心に…。

首に掛かったペンダント。服越しに確かに存在する感触に手を触れながら、今度こそ取りこぼさないことを改めて誓う。

「和泉、少々急いだ方が良いみたいだ」

演習が始まってしまう。と、暗に急かす槐に和泉は頷くのであった。



◆◆◆



「くそ!」

悪態を吐く。友軍機は自分を除いて全滅。身を隠して追手からの追撃を回避する。
既に日は落ち始め、陽射しは朱に染め上がっていた。通りかかった敵の影の数を確認しつつ、レーダーを見やる。

反応は無い。

これがステルスか。対人において無類の力を発揮させる能力にイーフェイは内心で舌打ちする。

ジェットの音が近づいてくる方向に突撃砲を向けつつ、後方に注意を向ける。

味方は一人としていない四面楚歌。打開策は何一つ思い至れない。絶望的状況下の中でイーフェイは鋭い視線を気丈な戦意を崩さない。

後方からの僅かな動体反応にイーフェイは小動物のような臆病さで反射的に動く。

身を低くさせ、身を隠していた場から即座に退避行動を取る。

弾丸が空を切った。

次いで、後方上空から降り注ぐ突撃砲の雨を針に糸を通すかのような繊細な機動で以て躱した。

演習が始まって十数分、戦況は完全に向こうが有利。味方が撃墜した報告は聞いてない。つまり相手はほとんど無傷。

自機の進行方向に再び動体反応。

目の前にナイフが迸った。

咄嗟に盾にした突撃砲が貫かれる。

「このぉっ!」

気合い一閃―――

空振り。敵は既に回避行動を取っていた。

咽喉が緊張で乾いていた。嫌な汗が額から滴り落ち、強化装備に吸収された。

過剰な呼吸で肩が揺れる。だが、まるで呼吸が出来ているようには思えない。

手が無意識に震え、脳裏に揺るがない敗北の二文字がちらついた。



◆◆◆



「………」

ブリーフィングルームのモニターに映る一方的な戦闘に槐は腕を組みながら一つも言葉を漏らすことなくそれを見据えていた。

「凄いな」

「ええ」

安芸と志摩子、二人にしか通じない会話だが、何をもって凄いと言っているのか、それは全員が予測できた。

「インフィニティーズ、想像以上ですわね」

「………」

上総の言葉に無言でうなずく和泉。

これが―――“自分たちの明日の相手”

窮地に陥っているイーフェイと獲物が弱るのを待つようにして周囲を飛ぶ二機のラプターと常に敵の死角に立ち、隙が出来るのを待つラプターを無言で見つめる。

動きに一切の遊びが無い。槐は極限まで洗練された部隊の動きを一挙一足を見逃さずに見ていく。

僅かに、微かにだが、槐のその眉尻は吊り上がり、険しいものになって居る。

眼球の水晶体に投射された大量に流れる情報が彼が如何様に集中して演習を見ているのかが如実に表れている。

≪ シミュレート完了 現状において インフィニティーズの勝率90%弱 ≫

「さぁ……」

≪ 暴風小隊の勝率10%強 ≫

「ここからが正念場だぞ中尉」

≪ 2000通りの戦闘シミュレーションにおいて、三通りの暴風小隊の勝利確定の行動パターン を 確認 ≫



◆◆◆



イーフェイは再度状況を確認する。

見えない敵が4、対してこちらは1。武装は最後の突撃砲が破壊され、残りは長年使ってきた77式長刀のみ。一撃必殺、ヒット&アウェイを要とした装備だが、敵、インフィニティーズのラプターには悉く躱された。その大ぶりな一撃が避けられたことによってどうしても出てきてしまう隙、それが部下たちの撃墜の原因となった。

こっちからはレーダーの反応は余程近くに居なければ反応しない、対して相手からは丸見え。あっちが狩人で、こっちが兎。

「ったく厄介ねステルスってのは」

そんなもの作ってる暇あったらもっと良い武装でも作ってなさいっての!

悪態を吐く。

相手が強者でこちらが弱者。

単純明快に、火を見るよりも明らかにこちらの不利を表している。

―――これで終わりだっていうの?こんな一方的に―――

イーフェイの脳裏に一度過ったのは、槐との会話の一幕。彼に宣戦布告したときの一幕。

「~~っ!」

ガッ!!

イーフェイは右拳で自分の額を殴りつけた。

「何弱気になってんのよ!」

自分の目標は四対一で勝利を勝ち取ったのだ。しかも未だ無敗。そんな存在相手に勝つためにはこんな逆境くらい勝たずして烏丸槐に届くわけがない!

武装は77式のみ。勝てる可能性は余りにも低い。容易に倒せるとは思えない。だが、逆を言えば、それ以外奴らを倒す術はない。

「………!」

レーダーに一瞬だけ反応をキャッチする。

数は一。

「………すぅぅぅぅぅ………」

目標は決まっている。

「はぁぁぁぁ………」

覚悟もできている。

イーフェイは未だ、勝つために全神経の集中を途切らせてはいない!噴射剤はまだ半分ある。ならば、選択はただ一つ――――短期決戦!

さぁ、腹括りなさい私、何時までも子リスのように震えてんじゃないわよ。でなきゃ―――

「大尉に会わせる顔が無いわ!」

アフターバーナを噴かす。同時に襲い掛かる120mm砲を寸でで躱す。寝る間も惜しんでイメージトレーニングと実施での経験を糧に槐の動きをこの土壇場で再現してみせた。

胸の内に湧き上がっているのは炎よりも熱い情熱で煮えたぎっている。だが、頭に焦燥はなく、冷めたものだった。

敵の動揺を感じた。

?動揺?シミュレーターでそこまで感じとれるものだっただろうか?

弾幕を躱しつつ回転のスピードを乗せて長刀を振る。

物陰からの奇襲のために待ち伏せ(アンブッシュ)していたラプターが剣先に吸い込まれた。いや、自分の長刀がラプターに吸い込まれたのだろうか。

その一閃は腕を撥ね飛ばした。

ーーーッ!ーーーッ!

狙撃に対する警告が鳴り響く。

狙いは長刀を持っていた右腕、上腕の関節部、肩だとイーフェイは思った。

ただの勘だった。否定できる材料も肯定できる材料もそれを思案することすら彼女はしなかったし出来なかった。

握っていた長刀を放す。同時に回避行動。重力に従い、落ち始める長刀と、ワンテンポ遅れて来る狙撃。

撃たれたのは右肩。上腕の関節部。

「さっすがアタシ!」

口が裂けんばかりに唇の端を吊り上げる。次いで来る狙撃はイーフェイのコックピット。当たるわけにはいかない。

身を捻りつつ無事な左手で長刀が堕ちきる前に手に取る。

狙撃を避けると同時に武器の持ち替えに成功した。

いま彼女の視界はゆっくりと時間がながれているような感覚だった。

アドレナリンの異常分泌。そして感情の高ぶりは性的な興奮にも似通ったもの。簡単に言えば――――

「アッハハハハハッ!アハハッ!アハハハハハ!!」

―――ベストコンディションである!

「まだまだ終わってないわよインフィニティーズウウウウゥゥゥッッッッ!!」

装備が長刀だけになり、片腕を無くしたことによって、何が生まれたか、それは機動力である。

片腕を失ったセラフの動きを知っていた。その時の姿勢制御がどのようなものであったかを、イーフェイは鮮明に覚えていた。

直進上の二機は動かない、ギリギリのタイミングで躱し、カウンターを行うつもりでいた。

バレバレだっつぅーの!

「うおらぁっ!」

咆哮と共に機体に掛かる衝撃が確かな手ごたえを教えてくれる。

長刀を振りかぶると見せかけての左脚による前蹴り、結局のところ、データなどそんなものだ。戦術機は機体の四肢そのものを武器にすることなど考えていない。

セオリーという凝り固まった考えに染まっていては勝てない。

烏丸槐との戦いを経てモノにしたイーフェイには、演習という条件下の中で戦い方のセオリーに囚われないという変化をもたらしていた。

そして、そのセオリーに囚われていた相手は、この動きに予想が出来ることは無く、反応に遅れた。

いや、違う。咄嗟に後退して衝撃を和らげた。

仕損じたことを感じる間もなくイーフェイは動く。

長刀を使っての一撃必殺。

いや、どうでも良い。無駄な思考にリソースを割くな。倒す、倒して勝つ。

何故なら、やられっぱなしは嫌いだからだ。

ギリギリと嫌な音が機体から漏れ出ている。駆動系が限界にきているのだろうか。

ああ、また無駄な思考に囚われた。

長刀の振り降ろし。カッターをそのままスケールアップさせたかのようなナイフで逸らされた。咄嗟の判断だ。

良い勘をしている。

また無駄な思考(こと)をした。

振り降ろした長刀が地面に突き刺さる。跳躍ユニットが組み込まれた姿勢制御のプログラムによって地面に着地できるように動く。

ここでイーフェイはもう一つのアクションを行った。

機体の全身のほとんどの関節がレッドアラートを示している中、イーフェイが繰り出したのは再びインフィニティーズの度肝を抜いた。



回し蹴り。



右足の膝関節ごと粉砕されたラプターの頭部が舞った。

何らかのはずみか、それとも神のいたずらか、ラプターの持っていたナイフが宙を舞う。

それを手に取り、次のラプターへ目標を―――

―――もう一機ッ!!

変更する!





ガキョッ!ドパァウッ!!



一糸は報いた。

「嗚呼……」

だが

「あ~あ」

機体がイーフェイに着いていけなくなっていた。

「畜生………」

駆動系が限界を迎え、砕けた。上半身と下半身を繋げる人間の身体の構造で言う仙骨という身体を支えるのに重要な役割を担う部分。

それがイカれたことによって起きたことは、下半身だけが跳躍ユニットで前へと進み、ワンテンポ遅れてコックピットが120mmで撃ち貫かれた。

「畜生ぉ……」

何とも間抜けな負け方だ。ここぞというところでなんとコミカルな負け方をするのだろうか………。暗くなる視界、撃墜判定を受けたことを知らせる赤いランプが瞼越しに捉える。

「うぅっく……畜生ぉ……」

初めてだった。屈辱だった。穴があったら入りたい。

こんなにも負けるのが悔しく思えたのは初めてだ。もう少しで届きそうと感じられたのに。

「強すぎよ、大尉ぃ」

また、遠くなってしまった。



◆◆◆



「インフィニティ3、頭部損壊で戦闘続行不能により撃墜判定。インフィニティ4は右腕部破損……か。良いところまで行ってたんだけどなぁ」

「凄い動きだったね。まるで槐くんみたいだった」

「それは、どういう意味ですの?」

「う~んと………」

「機械的なところ?」

「そう、それ!とにかく倒すことに全力を尽くしてた。鬼気迫るって感じかな」

「だけど機体がついていけてなかったことが惜しかったなぁ」

一日の最後の演習を見終わり、各々がその演習の感想を述べていく。

全員が普段通りの落ち着いた様子に見えるが、最後に見せた戦いぶりは見事なものだった。

「槐はどう思った?」

「………」

安芸の問いに槐は少しだけ考えるしぐさを取った後―――

「負けたが、イーフェイは格段に強くなった。今後必要なのは、機体とどう付き合って消耗を少なくさせるか」

―――こんなところだろうか。と応えた。

なるほど、と頷く面々。槐は二度手を叩き場の雰囲気を整える。

「さて、皆ご苦労だった。後は、各々自由時間とする。今日の業務を終えてから就寝するよう。これにて解散だ」

「ハッ!敬礼!」



◆◆◆



急がねば……!

槐は歩調を早めつつ、目的の人物、唯依を探す。彼が逸る気持ちを抑えつつ彼女を探しているのには槐にとって重大なことである。

何故なら、プレゼントはまだあと一人配り終わっていないからだ!

つまり唯依である。このまま一日が過ぎてしまうなどあってはならない。何としてでも渡さなければならない。

既に彼女の部屋とアルゴス小隊のハンガーを回ったが、見付けられなかった。ヴィンセントに尋ねると第8格納庫、電磁投射砲が保管されているところへと向かったそうだ。―――

槐は屋外へ出て電磁投射砲が保管されている格納庫へと向かう―――

が、居ない。

「むぅ……」

入れ違いだったのだろうか。とりあえず手近な整備兵に声を掛けることにした。

「すまんがそこの整備員」

「?…っ!こ、これは大尉殿!ご苦労様です!」

振り向いた少年は自分と同い年、あるいは年下の印象を受ける、中肉中背の整備兵だった。いきなりの上官からの呼び掛けに体が強張っているのが分かった。

「篁中尉を見なかったか?」

「?中尉殿でしたら、先ほどここを出られましたが……」

やはり、入れ違いだったようだ。

「そうか、急に声を掛けて悪かったな、えっと……」

「世良田伍長と言います!」

「ふむ、世良田伍長、任務ご苦労。これからもよろしく頼む」

「きょ、恐縮であります!」

敬礼をする世良田伍長に背を向けつつ、槐は格納庫を後にする。見た目は同い年に見えるが、あからさまに緊張されると、自分がどういう人間として見られているのか想像してしまう。

緊張してしまうほど偉大な上官か、それとも女にだらしが無いふしだらな男か、恐らく後者だろうな。なにせ事実複数の女性とそういった関係を持っているのだ。

しかもそれは部下だ。自分の周りをイエスマンで固めてる。普段の日常で見れる自分たちの交流を注意深く観察していれば、そういう噂を流されても何ら不思議ではない。

「ふぅ……」

槐の口から自然と溜息が漏れた。日本では一体どんな噂が流れてしまっているのやら。考えるだけで気が滅入りそうである。ただでさえ上に上がるたびに白子がどうこうなど不吉な存在がどうこうなど、ネチネチと嫌がらせが多くなっている。

だが、上を目指すためにもそういったものに向き合わなければならないことは重々承知しているつもりだ。

そんな噂が霞むくらいに実績を積めばいいのだ。19歳で大尉まで上り詰めることが出来たのだ。いずれはもっとその先まで―――

「ついて来ないで頂戴!」

「だけど姐さん!」

「休んだ方が良いアル!無理しても良いことなんてないヨ!」

「昨日だって徹夜だったんですから!」

「うっさい!」

耳元に飛び込んできた会話に、自然と視線を巡らせる槐。

「何だ?」

その視界に入ったのは、足早で何処かへ向かおうとしているイーフェイとその後を着いていく三人の部下たち。

「姐さん!彼奴らに負けたくらいでそんな無理なことをしなくたって」

「負けたくらい!?アンタ、今負けたくらいって言ったわね!?アタシにとってアレは重要なことなのよ!あそこで勝たなきゃ!あの人に―――大尉に太刀打ちなんてできるわけないのよ!」

「でも……四対一ですよ!そんな数相手に」

「もういいわよ!とにかくついて来るな!」

「「「姐さん!」」」

会話を強引に切ってその場を走り出すイーフェイを、槐は視線で追う。望遠鏡のように拡大された視界にとらえたものは、イーフェイの無念に満ちた表情と目じりから零れ落ちる悔し涙だった。

「………」

明日の演習に支障が出なければいいが、と一抹の不安を抱えつつ歩を進めようとしたとき

「ぅぉっ!?」

いつの間にか目の前まで詰め寄ってきていたイーフェイの部下たち王(ワン) 霞(ショウ)鳳(フォン)、慮(ルゥ) 雅(ヤァ)華(ファ)、そして、李(リー) 玲(リン)美(メイ)である。瞬間移動をしてきたかのようにこちらに詰め寄る彼女たちの眼は期待が籠められている。

予想の斜め上を行く彼女たちの突然の行動に思わず変な声が出てしまった。

「な、なんだ?」

沈黙に耐え切れず問いかける槐に待っていましたと言わんばかりに口を開いたのは髪をショートにしたヤァファだ。

「お願いします!どうか、姐さんを慰めてやってくれませんか!?」

「は?」

「姐さん凄く落ち込んでたんです!泣きそうになってて!」

「待て、私は―――」

「姐さんを元気づけられるのは兄貴だけなんです!」

「用事が―――」

「「「お願いします!」」」

「聞く耳持たずか貴様ら………!?」

ここまで数で押して強引にお願いされるのは両手で数えるくらいしかない。いや、そう考えたら多いのだろうか?

三人が直角90度きっかりに頭を下げる姿からは姐さんと呼ぶイーフェイに対しての親しみの表れを感じさせる。

だが、自分は今日中に唯依にプレゼントを届けなければならない。ここで悠長に話をしている間にまたどこかに行ってしまう可能性だってある。

だがしかし―――

槐は三人を見やる。未だに頭を下げたままである。周りからの視線など一切気にもかけていない。

イーフェイが涙を流すほどに悔しがっていたのはこっちでも見ていたから分かる。彼女ならば、明日になればすぐに立ち直るのではないかと考えているが、それこそ自分が彼女を慰めなかった所為で何か悪い要素が加わってしまう可能性が無きにしも非ず。

イーフェイの持つ可能性が観測できなくなってしまうのは痛い。クリスカとイーニァ二人が見せた力とはまた別ベクトルの力の開花。観測できるデータは多い方が確実に良いのだ。しかし、この頼みごとを受け入れたとして、唯依と今日一日会うことすらできなかったのならば、唯依はどんな顔をしてしまうのだろうか。

「(それだけは、たとえどんな理由があろうとも絶ッッッッッッッ対に見たくない!)」

それに―――

傍目から見れば何時までも女性三人に頭を下げさせている長身の男性という構図。しかも外の路上のど真ん中である。こちらとしては更に妙な噂を立てられると困る。

「取り敢えず頭を上げてくれ。ここじゃ人目に付く」

二兎を追うものは一兎をも得ず。だが、二兎を得るには二兎を追うしかない。

槐は『頭脳』を総動員してこの状況の打開のために策を練るのであった。

――――――――――――
あとがき

かっこよくモノローグしてるけど言ってしまえばどっちつかずの情けない男。
それから、試作としてXXX版を上げました。
上げてしまいました。

早速感想貰って続き書いてほしいと言われちゃいましたけど、続けて良いんですかねぇ。
こういうつぶやきも感想稼ぎと思われると辛い。自分でも思っちゃうのに……。



[34266] 第九話 崔 亦菲 前篇
Name: きりたんぽ◆81d5e089 ID:5f636d90
Date: 2014/08/10 23:04
前書き

管理者「」

―――――――――――――――――――――――


場所を移し、人気のないコンテナがあるところでようやく槐は歩みを止めた。

「詳しく聞かせてくれ」

「はい、姐さん、実はインフィニティーズに勝つために徹夜で訓練してたんです。あ、といってもイメージトレーニングとか私達での戦術を練ったりとかなんですけど」

「私達は途中で切り上げたんですけど、姐さんは納得のいく動きが出来てなくて、朝になって気づいたんですけど、徹夜だった見たいです」

「………偶然聞いただけで盗み聞きしたわけじゃないが、私に勝つため、か?」

槐の言葉に頷くヤァファ達、引き継ぐ形でショウフォウが口を開く。

「姐さん、元からこの演習には乗り気じゃなかったんです」

「?」

槐は疑問符を浮かべる。ああまでイキイキとした表情で宣戦布告をしてきた彼女が、この演習に乗り気ではなかったことに、首を傾げざるを得なかった。

「姐さんが変わったのは大尉と戦ってからなんです。ずっと大尉のことを目標にしてて、次は絶対に勝つって言って―――」

「―――だけど、それから姐さん無理な訓練内容を自分に課するようになったヨ。ウー大尉は珍しく乗り気だった姐さんにそれほど咎めはしなかったけど、ここまで戦いに固執することなかったアル」

「………全ては私を倒すためか。だが、インフィニティーズに敗れた」

「あそこまで一方的にやられて、姐さん、凄く落ち込んでました」

「姐さんの泣いた顔、初めて見たんです」

「私達の言葉にもあまり耳を貸してくれなくて、もうどうしたら良いのか」

「ウー大尉に進言は?」

「それは―――」

槐の指摘に三人が俯きつつ首を横に振る。してない、ということか。

「軍人としての立場から言えば、部下の不始末というのは被害が拡大する前にその上司が何とかするもの。ウー大尉の出方を見てから私も考えよう。少なからずこの出来事には私が原因でもあるのだ」

「じゃあ………!」

嬉しそうに顔を上げる三人に槐は待った、と手を突き出す。

「私が出るのはどうしてもやむを得ないと判断した場合だ。その時に連絡してくれ。これは私の直通の番号だ。ウー大尉としっかりと相談をして効果が無い場合には私が手を貸す。同じ基地で任務をこなすとはいえ、私は中華統一戦線の人間ではない部外者だ。まずはこれで勘弁してくれ」

「いえ!こちらこそ、無理を言ってしまい、申し訳ありませんでした!」

「用事があるのに態々時間を割いていただき、恐縮の至りであります!大尉!」

「ありがとうございました!」

「ほぼ強引に私を話し合いの席に持って行ったのは貴様らなんだがな?」

わざとか?こっちだって忙しいのだぞ。という意を含めた視線にアハハと苦笑いする三人にため息が漏れる槐。

―――唯衣も、安芸と志摩子を相手にするとき、こんな気持ちなのだろうか………。

よもやこんな形で唯衣の心労の一つを知ることになるとはまったく思いもしなかった槐であった。

「はぁ」

大分時間を消費した。唯依を探さねば。



◆◆◆



一方で、唯依がいるアルゴス試験小隊の隊舎―――

「はぁ………」

溜息と共に作業の手を止める。ふと視線を横に動かす。そこには机に置かれた写真立てがあり、中にはとある集合写真を写したものだった。
志摩子、安芸、和泉、上総、アナスタシヤ、トーラス、そして、槐と自分。安芸、志摩子は肩を抱き合って屈託のない笑みを浮かべ、和泉と上総は真面目な二人らしく背筋を伸ばしている。トーラス博士は相変わらず胡散臭い笑みを浮かべて変わらぬスタンスを保っている。

そして、自分と槐は―――

「ふふ」

手を繋ぎ、少しだけ笑みを零している場面を写していた。あの後安芸達からの羨望の眼差しは心地が良かった。

「っ」

いかんいかん思い出にふけるのは作業を終えてからにせねば。

「………」

キーボードをたたく音が部屋に木霊する。そろそろ日も堕ち始め、小腹が空き始めた頃、はぁ、と唯衣は二度目の溜息と共に

―――槐に会いたい

虚空に溶けてしまうほどに小さな声を漏らしたその時、ドアからノックが鳴り響いた。ビクッ!と突然の予期せぬ音に唯衣の肩が揺れる。

「誰だ?」

もしや、という期待を胸に秘めながら、声を投げ掛ける。

「唯依、私だ。槐だ」

聴き慣れた、あまりにも聴き慣れた愛おしささえ感じられる声に唯依の胸が高鳴った。

「っ!エ、エン!?」

会いたい時に会いに来てくれるなど、出来すぎだ。タイミングが良すぎるぞエン!歓喜する心を必死で抑え込む。

「入ってもいいか?」

「あ、ああ!勿論だ!」

パパッと鏡を見て自分の見た目がおかしくないかどうか確認してから応答する。少しだけ浮ついたような声が出てしまったことに唯依は少しだけ羞恥心を覚えた。

「?……失礼する」

ドアを開き、槐が部屋に入ってくる。

「唯依、調子はどうだ?」

「あ、ああ。大丈夫だ。体調はこの上なく良好だ」

「………」

「ひゃっ!?な、何を!?」

槐はおもむろに唯依の両頬に手を添えた。突然の行動に対応できず、戸惑う唯衣。自分の目元をのぞき込むように見てくる彼の仕草に自然と鼓動が高まる。

「(ま、まさかこんなところで!?まだ事務が、あ、でも………このまま)」

赤面して火照った頭で思考する。自分が槐に求められてしまったら抗えないどころか、逆に求めてしまうほど彼にどうしようもなくされてしまっていることを自覚した。

「(このまま………このまま)」

不意に槐が口を開く。

「少し、疲れてるように見える。寝不足でもしたか?」

「え………?あ、あぁ、そう、だな」

「無理はしないでくれ」

「ああ……ありがとう」

俯く唯依に槐は少しだけ目を細める。

「期待、したか?」

「ッ!?ば、ばかもの!」

ポカッ!と頭一つ分ほど身長の高い彼の胸元に一つ拳を落とす唯依。図星なだけに、その力は弱く、いつもの凛々しさを漂わせる彼女とは違う、愛らしさを露にする彼女がいた。

「今日はそれとは別の用事で来た」

そういって槐の懐から出てきたのは掌サイズの小箱。その中に入っているのは銀色に光り輝く片翼を模した二つのイヤリング。

「………え、槐、これって」

「プレゼント。唯衣には何をあげればいいのか一番悩んでこれになった」

「………」

何の変哲もない目立った装飾さえないシンプルなデザインのイヤリングだ。

だが、見惚れた。控えめながらも確かな存在を主張し、煌びやかに灯りの光を反射する銀のイヤリングに、唯依は槐からのプレゼントという事実が付属するだけでそれがどんな財宝よりも輝いて見えてしまった。

先ほどとは違った意味で顔に血が集まるのを感じ、鼻にツンと鈍く小さな痛みが走った。心がざわつき、目元が潤み、自分は感激していた。

「まったく、もう。なによ、馬鹿。お前は馬鹿だ」

「……唯衣?」

「いや、なんでもないわ。お前は私達が居ないと本当にダメなやつだって思ったんだ」

「………???」

目元を拭い、うんうんと、何かを確信したようにうなずいた後、小箱を両手でしっかりと包み、胸元で抱えると唯依は笑った。

「ありがとう。嬉しい」

「……ん、これからも、よろしく頼む」

満面の笑みを向けてくれた唯依に、槐はそういうのであった。



◆◆◆



「………」

プレゼントをようやく渡し終え、一息ついた槐。

部屋に戻る彼の姿は、知っている人間ならばとても機嫌が良いことが分かる。今日において、最大の目的を果たせたのだ。幾つかの道草を食ってしまったが、彼女たちの喜ぶ姿を記録に残せただけでも十二分に報酬となる。

因みに、槐の持つ十数年分の彼女たちに関連する記録は、無駄に厳重なファイアーウォールと無駄に作成されたパスワードととにかく無駄に多いダミーフォルダによって保管されている。

「………♪」

そして、また新たにそのフォルダに彼女たちの姿が保存された。まさに『頭脳』の無駄遣い。いや、槐にとって無駄遣いではない。決して無駄ではない。

話を戻そう。彼が次に向かったのはトーラス博士の下だ。

事前に言っておくが、別にプレゼントを渡すためではない。菓子折りをプレゼントとして既に送るよう手配してあるため、問題ない。

「失礼します。博士」

扉を開けると同時に飛びかかってくる黒い小さな影、AMIDAくん。それをひっつかんで投げ捨てる槐だが、今回は違った。

「ムキャーーッ!」

翅を広げて飛翔、再び襲い掛かってくる。………が

「ムギュ」

それさえも読んでいた槐が手刀によってAMIDAくんを叩きつける。相変わらず学習しないAMIDAくんの涙ぐましい?挑戦は今後も続いていく。

「え?……槐大尉?」

「やぁ、アナスタシヤ」

「………」

「アナスタシヤ?」

「ッ!ご、ごきげんよう?」

「?……ごきげんよ、う?」

「!?~~~~~ッ!し、失礼いたします!」

パタパタとその場を後にするアナスタシヤ。普段の彼女から見られぬ狼狽した様子に、槐は疑問符を浮かべる。

プレゼントを渡した効果だろうか?渡した時はいつもと変わらぬ様子だった気がするが、後になって恥ずかしくなったのだろうか。

最後は意味不明な挨拶をしたことに気付いて顔を瞬時に真っ赤に染め上げ、退出してしまった彼女の姿は見ていて、槐の胸元の奥にポウッと熱くなるような気持ちになった。

それに違和感を感じつつ、槐は今までずっと蚊帳の外だったトーラスを見やる。

「君も隅に置けないねぇ」

何となく言いたいことは理解できるがあなたに言われると妙に腹が立つ。

「それはともかく博士、本日呼び出した理由は?」

「ああ、うん。明日の予定に着いてなんだけどね。広報部から連絡が来たんだ」

「広報部となると、オルソン大尉からですか?」

「正解、明日の予定に着いて演習の実行部と連携を取りたいそうだ」

「なぜ今になって?」

「さぁね?」

そういって肩をすくめる彼に、槐は絶対なにか噛んでるだろ、と思いつつも続きを視線で促す。

「演習は我々にとって村雨の重要なデータ収集の一つだ。仕上げに入ってるとはいえ、気の抜ける状況ではないのは確かだ。私も個人的な理由も入っているが、せめて明日は予定通りにスケジュールが運ぶように具申してみるさ」



◆◆◆



時間は夜へと移る。

「あに、た、大尉!」

タイミングを見計らったかのように連絡が来た。連絡の主は暴風小隊のワン・ショウフォンだった。

二人は一度外で合流するという形となった。

「どうした?ウー大尉と話はしたのか?」

「は、はい!けど、ウー大尉は放っておけと言っていて……。姐さんは部屋に籠って誰も入れようとしないんです。お願いします!大尉!」

矢継ぎ早に言うワンに槐は彼女の鬼気迫る様子を感じつつ頷く。

「分かった。案内してくれ」

「はい!」

場合によっては更に悪評が増えるのだろうな………。

彼女の後頭部で歩くたびにゆらゆらと揺れる纏められた黒い長髪を見つつ、槐はイーフェイをどうやって元気づけるかの計画を練る。

「………」

女性を元気づける方法は多種多様とあるが、それがその女性個人に適したものでなければならない。

これはまぁ当たり前の話だろう。しかし、自ら引き受けたこととはいえ、今槐がやらなければならないことは、交流をして一ヶ月にも満たない間柄の彼女にどう元気になってもらうかである。

思考を巡らせつつ、槐はワンを見やる。

自分よりも明らかに長く濃密なコミュニケーションを取っていた彼女たちでさえ、立ち直らせることが出来なかったことから、イーフェイの心はより深いところまで傷ついていると、仮説できる。

あるいは、直情的な彼女のその傷心が、一時的なものであって、明日になればケロッとしている可能性もある。

ウー大尉がそれを見越しての、様子見という判断ならばそれで納得がいく。客観的な損得勘定で言えば、安請負してしまった自身が言うべきことではないとはいえ、ウー大尉の判断が間違っていたことを願ってしまう。でなければ、自分がイーフェイの下へ行くのは無駄だったというのだから。

「………大尉」

「?」

ワンからの呼び掛けに槐は一旦思考を止め、彼女を見やった。彼女は歩を進めず続けた。

「大尉は姐さんのことを、ツイ中尉のことをどう思われているのですか?」

「………何故だ?」

我ながら卑怯な問いかけだと思った。槐自身鈍感な男だとは思っていない。むしろ、格納庫前で聞いたあの会話の内容。アレを憧れという枠組みで判断するには難しい要素がある。

だが、同時に男と女の関係というものに結び付けるのにも十分とは言えない。

彼女の問いかけに問いで返したのは、二つの仮説のどちらがイーフェイにその行動を取らせたかの判断をするための材料が欲しかったからだ。

「大尉の言葉からお聞かせ願います」

「………」

振り向かず歩み続けるワンの背中からはどこか、有無を言わさぬ迫力めいたものがあった。いや、これでいいのだ。卑怯な問いかけで安全圏からモノを見ようとする理的な行動だけでは全てが実る筈もない。

槐は現時点での率直な、イーフェイに対しての感情を吐露した。

「素直で芯の入った真っ直ぐな人間だと思う。君たちが彼女たちを姉と呼ぶほど親しんでいることから、彼女が部下、君たちに対して厳しくも優しく接し、共に研鑽を積んでたことが窺える。模範的且つ理想的な上司と呼べる」


少しだけ俯き加減になるワンの様子に、どこか落胆したかのような、そんな感情を感じた。

―――違う、そうじゃないだろう。ワンが聞きたいのはそんな教科書のような感想じゃないだろうに。

槐は続ける。

「だが、プライベートではまたどこか違った面が見受けられた。君たちと共にいた時とあまり違いを感じるには難しいが、よく見れば違いが見えてくる。私と接していた時は、どこか生意気な子供のようで、可愛げのある面が見受けられた。褒めた時に照れていた時などには、凛々しい面から一転して愛らしさがあった」

これが、私の感想だ。

そういって槐は締めくくる。いつの間にか歩みは止まっており、ワンはこちらに向けて頭を下げていた。

「申し訳ありませんでした。大尉。修正は謹んでお受けいたします」

「さて、何の話だ?私は貴様の質問に答えただけだ。それ以上でも以下でもない。だが、貴様らがイーフェイをどれだけ慕っているのが良く分かったよ」

「そんな、私達は、別に」

「良いから案内してくれ。私とて暇ではないのだ」

突き放すような言い方になってしまったが、ワンはむしろ笑顔になってハッ!と応え、歩を進める。

程なくして、イーフェイの部屋へと到着した。

「それでは、私は失礼いたします」

そういって足早と去ろうとするワンを槐は止める。

「待て、見守ることはしないのか?」

「い、いえいえ!お邪魔をするわけにはいきませんので」

………なにか、勘違いしてないか貴様は?

「それでは!今度こそ失礼いたします!」

「あ、ちょっと………!」

走り去っていくワン。その顔は耳まで真っ赤にしており、何を考えているのか、槐は経験(意味深)から予想ができた。

「隊長に似て人の話を聴かん奴らだ」

こんなことなら悪い点も言っておけばよかった。

槐は内心で溜息を吐きつつ部屋の内部をスキャン、イーフェイの居場所と状態を確認する。彼女の状態に異常は見られない。椅子に座って何かを飲んでいるようだ。

槐は部屋に入るために一度ノックをする。

「イーフェイ、わたしだ。入ってもいいか?」

「大尉~?どうぞどうぞ~」

「……まさか」

彼女らしからぬ間延びした声に槐は脳裏に過った予感を確信しつつ扉を開ける。

するとそこには、頬を赤く染め、酒を煽るイーフェイの姿だった。

「あ~~大尉ぃ~いらっしゃ~い」

「イーフェイ。呑んでも大丈夫なのか?」

「大丈夫らいじょうぶ、平気どぅえすよ~」

………重症だ。

「座ってもいいか?」

「どうぞどうぞ~」

酔っているイーフェイはこれまた違った彼女の一面を見せていた。
陽気な彼女の言葉に、槐は彼女とは対面での席に座った。

「大尉~、そんなところに居ないで隣に来てくださいよ~」

「私は酒癖が悪いから飲めないぞ?」

「そんなこと関係ありませんってヴぁ~」

もはや泥酔と呼んでも良い彼女の状態では、何を言っても無駄なのだろう。予想される最悪の展開を回避するためのプランを考えつつ槐は言われるままにイーフェイの隣に席を移動させる。

「うふふ、いらっしゃ~い」

「………オジャマシマス」

「あははは!そんな生真面目に答えなくても良いレすよ大尉~」

「………随分と酔ってるな」

「ええ、寄っかかってますよ~」

酔ったイーフェイは槐の肩に頭を乗せて寄りかかっていた。酔っているから寄っかかる。








誰が上手いこと言えと。

「えへへ、大尉、私ね」

「?」

「負けちゃったんですよ」

「そうだな」

「インフィニティーズっていうアメリカ最強の部隊がぁ、私達のこと、一方的に叩きのめしちゃったんですよ~」

「………そうだな」

「一糸報いはしたんですけど~、やる前に機体が壊れちゃって負けちゃいました~」

「………」

「悔しかったな~」

「………」

「もう飲まなきゃやってられないですよ~」

そういって酒の瓶をラッパ飲みする彼女はどこか無理をしているのが分かった。酔ったことで緩んだ心が、悔しいという気持ちを静かに吐きだしていた。

酒に逃げているというのは少々悪い傾向だが、何とかしなければならないという使命感にも似た何かを槐は感じた。

「少し飲みすぎだ。体にも悪い」

「え~?」

拗ねたような表情になるイーフェイ。

え~、じゃない。

「だったら大尉が残りを飲んでくださいよ~」

そういって瓶の口を突き出してくるイーフェイに槐はやんわりと押し返す。

「私は飲むわけにはいかない、それに酒癖も悪いから、君にも迷惑がかかる」

「あっはっはっは!何言ってるのよ~ちょっと暴れる程度、あたしが止めてやるからド~ンと行きなさいド~ンと!」

遂に敬語を辞めてしまった。元からプライベートでは敬語は必要ないと言っているため、その点については特に咎めはしないが、少々、いや、かなり目がなにか怪しい光を宿し始めている。

言ってしまえば、目が据わっている。

「いや、そういうわけではなくてだな。呑むと記憶が飛んで私自身自制が効かなくなる。酒ならまた明日飲めばいい。今日はこれでやめろ」

「………へぇ~あくまで飲まないんだ~。ふふ、そうこなくっちゃ」

ペロリと唇を舐めて子供のような陽気な雰囲気から一変、スイッチの入った志摩子のような妖艶なものへと変化する。

「……イーフェイ?」

「昔から思ってたんですけど~、大尉ってぇ、経験あります~?」

「なんの話だ?」

「ふふふ~それを女の方に言わせるなんて~、大尉って意外と意地悪なんですね~」

つまり、そういうことか。思わせ顔で言ってくる彼女は、いつの間にか槐の懐に入ってトンと身体を押した。

「む!?」

踏ん張ろうとする槐に対し全体重を乗せて押し倒しにかかるイーフェイ。強行的な手段にかかる彼女にほとんど抵抗らしき抵抗も出来ずに二人でベッドに寝転んでしまう。

マットとシーツ越しで背中に伝わる金属の感触と、腹部、胸部から感じる女性特有の柔らかさと鼻腔をくすぐる香り。

今や普通の男性であればクラクラしてしまうほどの色香をイーフェイは持っていた。

「イーフェイ、待」

近い未来に起こるかもしれぬことを予感し、制止に掛かった槐の口元には。

「スキヤキ!!」

「てヴぉ………!?」

酒の飲み口があった。

狙いすましたかのような動きは見事イーフェイのもくろみ通り、槐の口の中へと叩き込まれた。

酒特有のアルコールと甘さと辛さが舌の上で踊り狂う、一瞬だけパニックになって狂った思考をすぐに元に戻し、吐きださんと瓶を手に取る。

「チェイ!」

ドムッ!

「ゴヴォバッ!?」

ゴクッ

――――――――――――――――――――
あとがき

あっ………(察し)



[34266] 第十話 崔 亦菲 後編
Name: きりたんぽ◆1a52cf46 ID:5f636d90
Date: 2014/08/11 12:47
前書き

槐もげろ(挨拶)

お久しぶりです。遅くなって誠に申し訳ありません。中々納得のいくものが出来上がらず2ヶ月ほど更新がストップしてしまいました。
それから、今話後半、人によっては非常に気分を害する表現が含まれているかもしれません。というのも、インフィニティーズのちょっとした劣化が微妙に含まれていることです。この話を書き上げるにも作者はこれが限界でした。本当に申し訳ありません。
今回は短めです。

――――――――――――――――

人間酒を飲むと色々とタガが外れてしまう物だ。上司とその部下の関係でも無礼講だ何だいって日頃の不満をぽろっと漏らしたくなるものである。

それが懐の大きい、所謂包容力のある人間が話し相手ならば人によっては何でも話したくなる。

それでも失礼の無いように最低限の礼を尽くしてこそ一流の社会人なのだろうが………。






「あっはっはっは!ごめんなさいね大尉~悪酔いしちゃった大尉も見てみたいかな~なんて」

不意を突いたアクションは見事槐に酒を飲ませることに成功した。

「………」

だが、それ以降槐が無言になっていたことにイーフェイは僅かな不安を覚える。

「あれ?大尉?……槐~?」

一撃を入れて強制的に酒を飲ませたは良いが、それ以降槐の反応は無く、半分ほど残っていた一升瓶は既に空になっていた。

薄暗い部屋の所為もあって、少しだけ解けた槐の前髪が影になって居て顔も少々見えずらい。今の二人は仰向けに寝転がる槐の上に重なる様に、イーフェイがうつ伏せになって居る状態だ。

「寝ちゃったのかしら?酒癖が悪いって聞いたけれど。……大尉~聞いてる~?」

イーフェイはそういって槐の前髪を持ち上げ、顔をのぞき込む。目は閉じられていて呼吸も安定している。大事に至っているようには見えないが、頬は少し赤みがかかり、どう見ても酔っぱらって寝てしまっているように見える。

「う………」

それにしても、とイーフェイは槐の顔を見つめる。普段見られないような槐の寝顔はイーフェイにとってどこか不思議な魅力を秘めていた。

「……ゴクリ」

ただ眼を閉じているだけなのに、中性的なその顔立ちは触れがたい芸術品のようで、その上に寝転がるイーフェイは、ソレを独占しているという背徳感に駆られた。

「槐……起きてる?」

知らず知らず、紡ぎだされた声には熱が籠っていた。名前を呼ぶだけで胸の鼓動は早まる。返事は無い。

「………」

ポフッとイーフェイは槐の胸元に顔を当てる。僅かな汗の匂い、だが、嫌じゃない。その中に紛れ込んだ女の匂い。恐らく部下のうちの誰か。

「むぅ……」

グリグリグリとイーフェイは擦りつける。まるで自分のモノだと言わんばかりのささやかな自己アピール。

「えへへ」

眉尻が下がり、逆に唇の端は上向きに弧を描く、挙句の果てに変な声が出てしまった。恥ずかしく思いながらも、一連の行為が止められない。肌に伝わる温もりがこれ以上ないほどの多幸感に包まれているような錯覚さえ覚える。

まるで自分の身体じゃないかのようだ。こんな感覚は初めてだ。だというのに恐怖は無い、嫌じゃない。

このまま朝まで続けばいいのに。

ガシッ!

「ひぅ!?」

不意に抱きしめられた。突然背中に回された腕の感触にイーフェイが引き攣らせた声を漏らした。

その腕は誰の物だったか。特に思考を巡らせる必要などない。顔を上げたイーフェイの視線の先にはとてもいい笑みを浮かべている槐が居た。

「い、何時から――――」

「最初から」

へひ、という声にならぬ声を漏らすと、イーフェイの顔は耳まで真っ赤に染まった。

「~~~~~ッ!?ち、ちにゃ、違うのよ。これは、私の、そう!偽物よ!悪霊が、取り憑いたのよ!」

違うの!私がさっきやったことは見間違いなのよ!と言わんばかりに頭を振って否定するイーフェイ。

「そうか、悪霊か」

「そ、そうなのよ!だ、だから、ね?腕を放してくれると」

「それは大変だ。どうやら私の腕にも悪霊が憑いてしまったらしい。困った困った、これでは放したいのに放せない」

「!?」

そんなばかな!と驚愕するイーフェイに槐はニヤリと唇の端を吊り上げた。

「う、う~……う~!」

「暴れるな暴れるな。あんなに私の身体を堪能したんだ。今度は私がする番だ。そうでなくては、フェアではないだろう?」

「ふあ!?」

抱きしめる力を僅かに強め、イーフェイの頭を半ば強引に胸元に抱き、その上に自身の顎を乗せた。

「ふむ、軍人らしく鍛えられているが、柔らかいな。言い抱き心地だ」

「ちょ、ちょっと待って!私、まだシャワー浴びてない!」

「シ~、大声を出すな。キヅカレルゾ?」

「!?」

耳元で囁くような声にゾクゾク、と背筋を走る痺れにイーフェイは唯一自由な足指をキュッと握った。

「それに、良い匂いだ。私は嫌いではない」

「い、いや、やめ……嗅がないでぇ」

蚊が鳴くような音しか出せず目じりには羞恥故か涙が溜まっていた。

「なぁ、イーフェイ」

「………」

「そう自暴自棄になるな。生きてる限り、次がある。今日は今日、明日は明日だ」

「………」

「だが、それでも気に留まるなら、忘れさせてやるくらい、私にはできるぞ?」

どうだ?そう言って槐は背中に回していた腕を解く。このままイーフェイが離れればそれでおしまい。抜け出そうとすれば何の抵抗もなく離れることが出来る。

「………」

イーフェイはようやく槐の酒癖が悪いという言葉を理解した。

彼女両腕が槐の首に回される。

「………良いんだな?」

「………」

コクリと頷くイーフェイの背中に、再び槐は腕を回す。

酒に酔った彼は普段の彼と違って危険だ。なにがどうという領域ではない。甘い匂いを発する食虫植物のように一度捕まってしまったら骨までとろとろに蕩けさせてしまう危険なイキモノだということを。

“イーフェイ。私は君を―――”

ツ カ マ エ タ

ナノマシンの制御を離れたイキモノは心から愛情を込めて、優しくイーフェイを包み込むのであった。









その翌日

「………」

普段よりも一時間早く槐は起床する。隣にはシーツに包まって寝息を立てるイーフェイ、しかし、その身体には何も身に着けておらず、自分と彼女の間に何が行われたのかが容易に想像が出来た。

≪記憶領域のリカバリーを完了≫

頭の中に流れる声と同時に投影される自分の記憶。二度目なだけに対応が早い管理者の頭脳が憎い。

全ての状況を把握した槐は着替え、部屋の片づけを開始。彼女を起こさぬよう細心の注意を払い、喚起と散らかった酒瓶と服を纏める。

イーフェイは普段から綺麗好きなのか、片づけを完了するのに、それほど時間は要らなかった。これで後は書置きを残し、少しずつ会うなりしてアフターケアをしてイーフェイの心のケアをすれば完璧だ!

「んぅ……えんじゅ?」

イーフェイが起きるまでは―――

「オハヨウ」

「………うん」

肌を見せないよう包まったシーツを抑えながら頷くイーフェイ。

「まだ、寝てても良いぞ?」

「ヤダ」

なんだこれは、どうすればいいのだ。

口数が少なく、ジッとこちらを見つめるイーフェイの眼は潤んでおり、頬も赤らんでいる。お互い、何から口にすればいいのか、決めかねていた。

「こっち…来て?」

「………」

懇願するような言葉に、槐はイーフェイの下に近づく。イーフェイはキュッと槐の指先を掴むと。

「もう一回……シて?」

そういって槐を見上げた。

「――――――」

なんだこれは!?どうすれば良いのだ!?

強気な彼女は120mm砲と一緒に地平線の彼方に飛んでいってしまったのだろうか?
求められたのならば応えるべきだろう。時間はまだまだある。50分、いや、一時間かかっても窓から隊舎へ向かえばブリーフィングにも余裕でいやいやいやまてまてまて。

「イーフェイ、私は」

「……そ、そうよね。ごめんなさい。無理……言ったわ」

胸の内にじくじくと蠢く罪悪感に押しつぶされそうになった。申し訳なさそうに視線を逸らすイーフェイ。だが、指先を掴んでいる手は名残惜しそうに拘束を止めておらず―――

「………」



◆◆◆



「私など死ねばいいのに」

時は経ち、場所はPX。

槐はこれ以上ないほど焦燥しており、瞳からは光が消え失せ、肌が痩せこけ、白金色の髪は色を失ってしまっていた。

「え?何か言った?」

自分のトレイを持って椅子に掛けた和泉が問いかけた。

「いや、何でもない」

こんなこと、言えるわけがない。槐は自分への罵倒を数千程思い浮かべた後、食事を始める。いつもよりも味が薄い気がする。

「何かあったの?」

「いや、何も」

「やっほー槐、ツイ中尉と何かあった?」

「!?」

「え?」

突然現れた安芸からの問いに槐はビキリ、と固まった。

「おお、大当たり」

「嘘、ほんとに?」

「まさか本当だったとは……」

続いて現れた志摩子と上総が槐を見やる。

「な、なぜ?」

「いやな、夢で見た。槐とツイ中尉が、色々としてたの」

「右に同じく」

「以下同文ですわ」

夢?正夢?まさか、こんなに早く、いや、そもそもなぜそんな軽いノリで。怒っていない?なぜ!?理解不能。理解不能。槐の思考に埋め尽くされたワードに頭がパンクしそうになる。

「ですが少々証拠が足りませんわね。丁度ご本人も来たようですし、確かめてみましょう」

「な!?」

「………あ」

振り返る。そこにはイーフェイとその部下たち。二人の視線が交わると同時に、イーフェイは顔を赤くさせて会釈すると同時にそそくさとその場を去って行った。

「「「………」」」


―――ザザッ!―――


そんなイーフェイの背中を見送っていたワン達三人が、槐の方へ身体を向け、姿勢をただし、一糸乱れぬ動きで敬礼をした。

「決まりだな」

「決まりね」

「決まりですわね」

「え、エン!き、昨日の夜について訊きたいことが―――」

「ゆ、唯依まで!?」

どうしてこうなった!?どうして唯衣達がそんな超能力なんてオカルトな力に目覚めたような事態に陥っている!?

パニックに陥った思考、何かを口にしようとしても震えぬ咽喉、全てが意味をなさない彼が、全てを振り絞って紡げたのは一言。

「怒って、いないのか?」

槐の問いかけに安芸と志摩子が顔を見合わせる。

「う~んなんていうか、さ」

後頭部を掻いて言葉を濁す安芸に志摩子が続く。

「ツイ中尉の部下に頭を下げられてね。ツイ中尉を元気づけられるのは槐くんしかいないからって」

「夢云々の話は?」

「「冗談」」

性質が悪すぎる。いや、天罰だと思えば―――

「私はまだ認めてませんわ。それを貴方たち二人が勝手に決めて―――」

「いいじゃん良いじゃん。その代りに優先(・・)させてあげるって約束したじゃん」

「そ、それは、そうですが…」

「?」

何の話だ?と疑問符を浮かべる槐に安芸が

「今夜覚悟しておけよ?」

笑ってない目でニッコリと笑いかけたことで槐は全てを悟り―――

そんな彼の肩に和泉の手が置かれ、

「幸運を祈るわ」

それが止めとなり、槐は項垂れるのだった。



「それにしても彼奴ら気が利いてるな。唯依にも話を通してたなんて」

「何の話だ?」

「いや、昨日のこと―――」

「『昨日』だと?やはり今日の夢、ただの夢ではなかったということか!?」

「………え?」

「え?」



◆◆◆



その後、朝食を終えた槐は部隊長対象の朝礼に参加。今日の予定の確認を行った。今日の相手はドーゥマ小隊とレイヴン小隊。午前の部を終えれば次はレイヴン小隊がインフィニティーズと戦い、そして一試合間を置き、槐と安芸達が刃を交えることとなる。
ドーゥマ小隊との戦いも楽しみだが、レイヴン小隊とインフィニティーズとの戦いも待ち遠しく思う。なにせアメリカ最強と呼び高い部隊だ。そしてこっちは何時呼ばれていたのかは知らないが最強の衛士の部下達レイヴン小隊。傍から見れば日米との最強対決。分かりやすい夢の対決というものだろう。やはり気持ち的に勝ちたいものだ。

「………」

「おや、誰かと思えば、今を輝く若手大尉殿ではないですか」

「?」

最近後ろから声を掛けられるのが多くなった気がする。不意に掛けられた声に槐は振り返る。

「初めまして。槐大尉。アメリカ陸軍インフィニティーズ小隊長、キースブ・レイザー中尉であります」

長身で浅黒い肌、軽く上にまとめ上げた金髪を備えた偉丈夫が敬礼する。それに応えるように敬礼を返す槐。

「烏丸槐だ。何か用か?」

「いえいえ、今日は貴方がたの部隊と戦いますからね。ご挨拶にでもと―――」

「それは態々……なら、私の部下に言った方が良いのでは?」

槐の素っ気ない指摘にキースはハハ、と苦笑いを浮かべる。

「ええ、それもなのですが、明日は貴方とも演習をなさる日ですから序でにと思った次第です」

“ついで”普通目上の人間に対してそんな言葉を話すのは非常識だ。これは、考えるまでもなく挑発だ。しかも大胆にも皮肉を込めることもしていない。槐はわずかに眉をひそめる。

「……そうか、それで要件は?」

「手短に話しましょう。今までの戦いぶりを見て貴方の戦いは素晴らしいと言えます。四対一という不利な状況を何度となく覆させて見せた。ですが、それを踏まえて言いましょう」


“我々アメリカは最強の国家でなくてはならない”


「貴方に最初の土の味を覚えさせるのは我々だ」

「………そうか。意気込むのは結構なことだが、まずは私の部下を倒してからにしてもらおうか?私の部下は、そう簡単にはいかんぞ?」

「ええ、いいですとも。"寄せ集めの尻軽女"たちなど、簡単に倒して御覧に入れましょう」

「……!」

尻軽女だと?今安芸達のことを態々私の目の前で?そう言ったのか?

驚愕、戸惑い、憤怒、複雑な感情が入り混じった激情が槐の眼を見開かせた。

では、私はこれで。薄らと笑みを浮かべてその場を後にするキースの背中が見えなくなるまで、槐は見つめるのであった。



「随分悪い方に言葉を選んだな。隊長」

「ガイウスか。ああ、挑発という点では良い効果が期待できるだろうな。これで我々が彼の部下を倒せば、次の日の演習でどれほど冷静さを保てるか、良いデータになる。例え我々が負けたとしてもだ」

そうだとも。

キースはほくそ笑む。最終的に我々が勝てば良い。アメリカは最強でなければならない。そのためだったら敗北の一つや二つなど、一片の価値もない。

尻軽女と言ってしまったのは悪いと思うが、これも勝つためだ。

―――――――――――――――――
あとがき
はい、今回はここまでです。どうせだったら前篇に全部乗せておけば良かったと思ってしまう。



[34266] 第十一話 疾風迅雷
Name: きりたんぽ◆1a52cf46 ID:5f636d90
Date: 2014/08/28 05:56
前書き
槐もげろ(挨拶)

どうも、みなさん。きりたんぽです。お久しぶりです。

インフィニティーズの扱いが悪い。

――――――――――――――――――――

「ド、ドーゥマ小隊。全機撃墜判定。演習を終了いたします」

「………」

画面に映る八咫烏の周りに一撃のもと両断されたドーゥマ小隊の戦術機達。開始から僅か数十秒の出来事。

「ちくしょう」

「な、なんて奴だ」

「化け物め………!」

「これがレイヴンか……!」

オープンチャンネルから聞こえるドーゥマ小隊たちの声から悔しげな表情をしているのは想像に難くはない。それに対する感情の揺らぎは、今の槐には無かった。

「………」

シミュレーションが終わるのを知らせるブザーを耳にしながら、槐は機体のメインシステムを落とす。リンクをシャットアウトし、コックピットが開くと、そこに待っていたのは、鼻歌を流しながら、ノートパソコンのキーボードを忙しなくタッチしているトーラス博士だった。

「やぁ、お疲れ様。……お疲れさまといえるかどうか怪しいけどね」

「………整備、よろしくお願いします」

 槐はトーラスを一瞥するだけで、そそくさとその場を後にしようとするが、トーラスに呼び止められた。

「今日は何時にも増して連れないねぇ。何をそんなに荒れてるんだい?」

「………なにも」

再び歩み始めようとする槐に、トーラスは楽しげに口元をクッ、と吊り上げた。

「何も言い返せなかったのが悔しいのかい?」

「!」

ギンッ!

 刀のように鋭い眼力がトーラスを射抜く。内面を巣食う激情が未だ収まっていないことを物語らせた。そして、問題は彼が何を訳知り顔で言っているのか。それが槐に苛立ちを覚えさせた。

「何が言いたい?」

 何時の間に握りこぶしを作っていたのか、指の爪先が強化装備を突き破り、掌から血を滲ませていた。

「いやね、インフィニティーズにどんな仕返しをしようと考えているのか、訊きたくてね。良かったら私にも一枚かませてもらおうかなって」

「相変わらず酔狂な男だ。何でも首を突っ込まなければ気が済まないと見える」

「だってねぇ、私だって君たちとはそれなり(・・・・)の時間を過ごしてきたんだ。愛着だって湧くし、私は君たちのことを友人だと思っている。損得勘定なしに助けたいと思うのはいけないことかな?」

「………」

「まぁ、今まで胡散臭いことをしてきた私だ。信じられないのも無理はない。決めるのは君だよ槐くん」

「………」

≪録音完了 声質からパターンを検査 ………≫

 槐は一度溜息を吐くそれは今までで一番重々しく、ガムのように粘ついたものに思えた。

≪完了≫


「博士……私は―――」

槐は答える。トーラスに対しての言葉に………。トーラスはただ、優しく微笑むだけであった。



◆◆◆



 ドーゥマ試験小隊を軽く殲滅してしまった槐。彼は先ほどの戦闘を思い出す。余りにも呆気ない戦いだった。モニター越しにピリピリするほどの気迫を感じたが、それに見合った実力が今回の演習では発揮されていなかったようだ。

 以前戦ったことのある安芸達曰く、弱いと言っていたが。ここまで弱いとは思わなかった。動きはまるで素人だった。コンビネーションに取り掛かる前に一機をつぶされた瞬間、そこから一気に形勢は傾き、全滅の一途を辿った。一呼吸を与える間もなく戦闘を行ったこともあり、彼らのプライドを潰してしまったのかもしれない。

 槐は少なからずインフィニティーズとの一件でストレスの捌け口にしてしまったことに罪悪感を覚えた。

「敬礼!」

 ブリーフィングルームに入ると同時に木霊した上総の厳格な声。

「楽にしてくれ」


一度槐は上総たちを見渡した。

―――…………。―――

 彼女たちの眼は鋭く、闘気に満ちていた。いつでも戦いの準備が出来ているということを窺わせた。

一呼吸を置いて槐は続ける。

「……作戦を説明する。今回の演習相手は知っての通り、インフィニティーズ。搭乗機体はF―22/Aラプター。アメリカの最新鋭機であるステルス機だ。彼らは基本二機連携での戦闘を行っている。中距離、遠距離に置いての射撃スキルはこれまで戦ってきた相手とはわけが違う。四機すべてがエースクラスの操縦技術を持っていると言っても決して過言ではない」

 上総たちに動揺は見られない。不安も、恐怖もない。何故なら彼女たちは常に見据えているからだ。勝利を―――ただ一心不乱に勝利を見据えている。

「だが、それは我々とて同じだ」

ふ、と笑みが浮かべられる。

「敵は強い。だが、乗り越えればその分我々にとって大きな躍進ともいえる。そのための支援を私は惜しむつもりはない。今回村雨には私からとあるプログラムを設けてある」

 そういって槐はあらかじめ持っていた資料を、四人に手渡す。疑問符を浮かべていた彼女たちの顔が、次第に強張り、次に浮かんだ表情は笑みだった。

「勝負は一回限り。有効に使ってくれ」

―――了解ッ!―――

「では、これにて解散とする!良い成果を期待する!」

「敬礼!」



◆◆◆



 割り当てられた通信室に着いた。此処がレイヴン小隊のCPになる。アナスタシヤから手渡されたインカムを耳に付ける。既に安芸達は準備に入ったようだ。モニターに映されているのは位置に着いたレイヴン小隊と、既に合流ポイントに着いて銃身のチェックをしているインフィニティーズだった。

 黒い体躯と青く輝くカメラアイ。アメリカが作った最新のステルス戦術機、F―22/ラプター。ラプターの恐るべき点でまず挙げられることは、そのステルス機能。対人において無類の力を発揮する。黒く塗られた外装はセンサーを阻害する仕組みとなっている。それだけではない。パイロットの実力は未知数だが仮にもアメリカ最強を名乗っている選りすぐりの人材たち、精鋭中の精鋭。それを裏付ける実力と経験があることを常に念頭に置かなければならない。不確定ながらも、フル装備のストライクイーグルを10機近い数に対し2機でナイフのみで相手をし、勝つことが出来るほどの実績があるとも言われている。

 対するは吹雪の改修機であり、追加武装に対応するために武骨さが目立つようになり、白にリペイントされた97式戦術歩行試作型戦闘機村雨。有澤重工が開発する追加武装、疾風、火産霊神、叢雲、更には老神、将来的にはセラフのオーバードブースターさえ装備を可能とする汎用性かつ臨機応変な作戦行動を可能とすることに特化して生まれた拡張性を重視した戦術機。

 吹雪を基礎とした改修機、その性能は初期の八咫烏と重なる。村雨は八咫烏の派生型と言っても間違いではない。そう考えると、工場に並んでいたナインボールたちを思い出すが、まぁ、それとはまた別の話だ。最新型と旧式の改修機。常に念頭に置いておかなければならないことは三つ。

一つ、相手は此方より性能が上である。

二つ、常に四人全員が全員を確認できるフォーメーションを維持すること。

そして最後の三つ目は―――










「………頼むぞ」

 勝つためには危険に自ら飛び込む勇気も必要となる。チャンスは一度きり。村雨のパイロットを務めるのは、共に修羅場を潜り抜け、今も尚邁進し続ける槐の部下たち。安芸、志摩子、和泉、上総。バストアップされた画面に移されるのは落ち着き払った姿が映されている。

「………」

 今こそ真価が試される。槐の作った村雨と、アメリカの作ったラプター。どちらが強いのかを………。勝てば、日本での槐たちの評価は更に高いものとなる。本国に帰国したとき、その時自分は胸を張って『巌谷』を名乗ることが出来る。

 その名に恥じぬ人間としての誇りを得られる。それが、父に対する恩返しだと思ったからだ。父はそんなものが無くても自分のことを息子だと思って接してくれるだろう。彼は優しく、父性溢れる人間だ。それを一番知っているのは唯衣と槐の二人。言ってしまえばこれは槐の小さな我儘だ。誰にも知られることなく自分で勝手に決めたエゴ。

勝っても負けても、これは槐の糧となるだろう。演習とはそういうものだ。


……………………………いよいよだ


「ハスラーワンより全てのレイヴンへ」

「「「「………」」」」

気の利いた言葉は必要ない。

「勝ってこい」


―――了解ッッッッ!!―――


それだけで彼女たちは力を存分に振るってくれる。やる以上はやる。どんな相手であろうとも。

レイヴン小隊対インフィニティーズ戦が幕を開けた。



◆◆◆



「にひひ、王子様から命令が下ったぜ?レイヴン4」

安芸が笑んだ。

「そうね、レイヴン3。いつも以上に、本気でやらないとね」

獰猛な笑みを浮かべる志摩子。

「貴女方はいつもそうしていれば良いのですけれど、そういった野暮は不要ですわね」

「そうだね。あたしも頑張らなきゃ」

操縦桿を握り直し、その感触を確かめ、視線の先にいる敵を見据える。日本最強の部隊と噂されるレイヴン小隊とアメリカが誇る最強の部隊。

既に演習は始まっている。

「「………」」

安芸の村雨の両手には二本の長刀が握られた。上総は長刀を片手に突撃砲をもう片方に。

「いっくぞぉぉぉおおおお!!」

「はぁぁぁぁああああああ!!」

「チャンスは一度きり!作戦開始よ!」

「うん!」

二機が先行する。残りの二機は援護の為に突撃砲を構えつつ後を追うのだった。



◆◆◆



「あいつら馬鹿正直に突っ込んできたぞ」

インフィニティーズ2、レオン・クゼが言う。

「何か作戦があるのか、もしくはやけくそか」

「どうします?隊長?」

「………………んんー、まずは小手調べだ。いつもながらのやり方だ。二機一組で散開、ガイウスは俺と、レオンはシャロンと組め」

「「「了解!」」」

「さて、お手並み拝見と行こうか」

向かい討つために動き出すレオンのチームを見送りながら、インフィニティーズ隊隊長、キース・ブレイザーは、不敵な笑みを浮かべるのだった。一方で、レイヴン小隊のレイヴン4の和泉は改めてラプターの性能を思い知る。

肉眼で捉えられる距離、つまりレーダーの範囲内だというのに、反応らしきものが全く映されていない。それは先頭に立つ安芸と上総もよく理解していた。

全速前進。接敵まで約5秒という距離でようやく微弱な反応をキャッチした。あちらからはこちらの位置は丸見え。上総が牽制に突撃砲を放つ。目前の敵が左右に分かれてビル群に隠れた。これだけで反応が無くなっている。



焦るな、焦るな……っ!



敵のスピードを把握しつつ、次の行動を予測する。その行動が為される瞬間を警戒する。槐のような正確ではなくとも長年の戦闘経験から導き出される勘を最大限に活用させる。

先ほど見た二機は恐らく離れた。

なら次に起こす行動は―――

「左前方から射撃!」

―――別の二機からの狙撃!

和泉の警告と同時に風を切り裂く二つの音を拾いながら射線から逃れていく四機。

冷静に、冷静に

「後方から!左右に避けて!」

冷静に!

ジワジワと追いつめるように襲いくる弾幕。左右に分かれてこれを回避。すぐさま合流しようとしてセンサーが自機左の建物を陰にする反応をわずかに拾った!

「!!」

―――ガキィンッ!

安芸が咄嗟に出した右手の長刀がナイフを弾いた。追撃せずに狩人が退避する。追わずに安芸は再び全員と合流する。

「はぁ!はぁ!はぁ!」

この一瞬の攻防だけで息が荒い。嫌な汗が頬を伝った。ここまで緊張するのも久しぶりだ。なにか軽口でも叩きたくなったが、グッと堪える。

『安芸!無事!?』

「ああ!」

『志摩子!また左からくる!しゃがんで!』

「ちっ!?」

一発の弾丸がコックピット目掛けて襲い来る。身を低くさせた志摩子の村雨に襲い掛かる衝撃。

「くぁあッ!?」

『志摩子!無事か!?』

当たった場所は背部ユニットの長刀だった。運よくそれが逸らしてくれた。だが―――

「私は無事よ!けど、担架が破損した!動かせない!」

『今は戦闘が出来るだけでも幸運だ!ポジションを崩すな!』

―――了解ッ!―――

「なるほど、こっちの分断を警戒してるようだな」

安芸を襲ったラプター、ガイウスがレイヴン小隊の動きを分析する。

「ステルスからの暗殺を避けるために常に互いが互いをチェックできるように考えてるようね」

「なるほど、他の部隊とは違うようだな。こちらの性能をよく理解している。良いデータが取れそうだ」

キース・ブレイザーはレーダーに映る四機の反応を追う。敵が固まるということは包囲をすることも容易い。

こっちは最新型、アッチは旧式、更にセンサーは役に立たない。

日本最強の一角が率いる部隊なだけにそれなりに抵抗してくれると考えていたが結局はそれまで、自分たちの勝ちが揺らぐ気がしなかった。

ゆっくりと物陰に隠れながらラプター四機がレイヴン小隊を包囲した。慢心はしない。自分たちは狩人だ。全力で倒す。



◆◆◆



腕を組みながら槐は固唾を呑んで戦況を見守る。

「………」

「大尉、貴方が力んでいても戦況は変わりませんよ?」

アナスタシヤの視線の先には、手に握られている服。力を入れすぎていて皺さえできていた。

「!……ああ、心配かけてすまない」

「いいえ。ですが、今は見守りましょう」

「ああ、分かっている――――解って(・・・)いるさ」

モニターには四人全員が背中合わせで周囲を警戒しているのが映されている。お互い損傷は無し、ここまでは予定(・・)通り(・・)。

JIVESが作り出した演習場は、基地に実際に存在する演習場をそのまま再現したものであり。そこからいくつかのエリアに別けられている。何度も演習を行った彼女たちにとって戦場の配置や特性を覚えるのはワケなかった。槐もまたただ敵を撹乱するためだけに変形して飛び廻っていたわけではない。

“既に彼の頭脳は、基地全ての演習場のマッピングを終えている。”

インフィニティーズには性能で負けている。これは紛れもない事実だし、自分たちが下手をすれば一瞬でやられかねない状況が常に付きまとっていることを十二分に理解していた。

だからこそ、槐は作戦を練った。

「ちっ、やっぱりなにか考えてやがったようだな」

インフィニティーズ2レオン・クゼが呟く。

今回の演習で使われるエリアには、一つだけ、直線に限って視界を遮るものがない地点が存在する。

そこは十字路であった。四方を固めることでほぼ全方位を見渡すことが出来る位置。奇襲には否が応でもその姿を相手は晒さなければならない唯一の地点。奇襲をかけるにしても、先ほどのガイウスの至近距離での奇襲、シャロンとレオンの狙撃、キースの遊撃から、レイヴン小隊の反射神経はトップクラスだということは想像に難くなかった。

これが槐の、レイヴン小隊が考えた対インフィニティーズ用の作戦。

「どうする隊長?相手は完全に殻に籠っている」

「ふむ、このエリアにこんなところがあったのは少々予想外だった。だが、場所が分かってしまえば問題ない。全機包囲形態を維持しつつ相手探知圏内ギリギリまで距離を詰めろ。警戒を怠るな」

「「「了解!」」」

じりじりと少しずつ少しずつ、レイヴン小隊が探知するギリギリまで距離を詰めるインフィニティーズ。

「………」

一方で、安芸達はといえば―――

もし事情を知らぬ人間が居たら、この光景を異様と取るだろう。規則的な呼吸音、緊張で揺らぎ一つすらしない心臓の鼓動、そしてタイマーの音。

演習とはいえ、ここは戦場。勝つために戦う彼女たちは今、目を閉じていた。寺で修行をするために瞑想をする僧のように。

 握られている操縦桿にも力は籠められておらず、まるで眠っているかのようにその風貌は穏やかだ。異様だ。異様すぎる光景だ。理解に苦しむ光景だ。あり得ない。非常識だ。
 
 一目見るだけでザっとこのような言葉が飛び交うだろう。コックピット内を支配しているのは、呼吸の音と、タイマーの規則的な電子音。

 これは、この演習のために念頭に置かなければならない最後の要。槐に手渡されていた資料に書かれた一文。

―――三つめはタイマーの音を聞くこと。

 それがいったい何を意味するのか安芸は、志摩子は、上総は、和泉は、疑わなかった。その信頼は、槐の全てを知った者にしかわからぬ絆。これまで一片も疑わなかったもの。

「「「「………」」」」

Pi Pi Pi Pi Pi Pi

そして―――

「GO!」

―――これからも

位置に着いたと同時にサインを出したインフィニティーズ1。各々が建物の影から躍り出る。

「なっ!?」

「にぃ!?」

驚愕の声。漏らしたのはシャロンとレオン。

「馬鹿な!?」

「!」

いや、正確に言えば四人全員が思い思いの驚愕を吐露した。四人とも共通するのはその視線の先にあるもの。


ドヒャアッ!


自機のコックピットに密着寸前まで突きつけられた2つの銃口と振り降ろさんとされる2本の長刀



◆◆◆



“アメリカは最強でなければならない。そういったなキース・ブレイザー。”

“勝つためにデータを収集し、敵の欠点を突こうとする。実に理に適っている。当を得たやり方だ。”

槐はインカムを外して目を閉じる。

“だが、逆を言えば一度も見たことが無いものに対しては対応のしようがないことを意味している”

何人かの感嘆、驚嘆の声、息を呑む音が鼓膜を震わせる。

“学んでいるのは貴様らだけではない。データを収集しているのは貴様らだけではない”




Piiiiiiiiiiiiiiiiii

「さぷら~いず?」

ビックリしたぁ?そういう意図が込められている崩した英語を態々オープンチャンネルにして口にする安芸。

発砲 斬撃

四人のそれぞれの一撃が120mm2発の弾丸と、瓦割りが、四機のラプターを貫き、切り裂いた。

「ジャスト138秒」

「流石槐くんの計算ね」

四機分の爆発が、勝利を報せるブザーの代わりとなった。



◆◆◆



「嘘………だろ?」

一連の演習を見ていたアルゴス小隊、その整備士であるヴィンセント・ローウェルが頬を引き攣らせた。

インフィニティーズが奇襲を掛ける直前―――本当に一瞬だった。

村雨四機、補助として肩に搭載された跳躍ユニット『疾風』と腰部跳躍ユニットが銃のように火を噴いた。一瞬爆発したかのようなそんな轟音が響いたと思ったときには、レイヴン小隊を見失っていた。

ワープをしたかのように目で追えなかった。そして気づいたときには、インフィニティーズを捕まえ、至近距離から確実にコックピットを貫き、あるいはそれごと両断していた。

これを見ていた者たちが一番最初に思い浮かんだこと、それが考察する余地もなく一人の人間、否、彼が駆る悪魔の機体を連想させた。



―――クイックブースト―――



むしろ、彼の部下が平凡であるはずがない。日頃彼らの交流を見ているならば自ずと感じることが出来るはずだ。戦友として、あるいは親友として、あるいは恋人として、あるいは家族として。何の隔たりもなく、蟠りもなく、互いに研鑽を積んでいた。積んでいないはずがなかったのだ。

彼らは知らない。槐は未だ全力を出していないことに。彼らは知る筈もなかった。彼女たちの実力は将来的には槐と互角の戦いを行う可能性だってあるのだと。インフィニティーズは確かに最強だ。これまでの戦いでラプターの力を遺憾なく発揮させた。ただ、運が悪かっただけに過ぎない。彼らはただ、レイヴン小隊を知らなさ過ぎただけ。

僅かな情報だけで彼らの特性を理解できてしまう烏丸槐が異常なだけなのだ―――

「あの、インフィニティーズをヤっちまいやがった」

ラプターの強さには、ある種の信頼があった。旧式が最新式に勝つ。そうそうあるとは思えないまるで映画のような展開。未だにヴィンセントは自身の眼を疑うほどにモニターに映された光景は信じがたいものだった。

「………明日俺たちは、その部隊の隊長とやり合うことになるんだよな?」

確認するかのようにユウヤ・ブリッジスは呟く。

「んぁ?なんだよ、ビビってんのか?ユウヤ?」

「んなわけねぇだろシュラスコ」

「んなぁ!?んだとぉ!?もう一回言ってみろこらぁ!」

「おいおい、落ち着けってタリサ!」

「放しやがれVG!一発ぶん殴ってやらねぇと気が済まねぇ!」

暴れるタリサ・マナンダルとそれを抑えるヴァレリオ・ジアコーザ、二人のやり取りは小隊長からの叱責が飛ぶまで止まることは無く、それを尻目にユウヤ・ブリッジスは内心で、槐との戦いを心待ちにする。

―――そんなことを知る筈もない人間達には、この番狂わせな状況に色めき立ち、一部の人間は、村雨を駆る彼女たちレイヴン小隊の異常性に感づき始めていた。



「やられたな。まさか、こう来るとは……」

インフィニティーズ隊長のキース・ブレイザーが苦笑交じりに独り言ちる。この戦いで、彼は烏丸槐の意図を感じ取っていた。

「俺達にデータを取らせる間も与えるつもりが無いらしい。一番敵に回したくないタイプだ。まったく、上司も無理難題を言ってくれる」

コックピットを開きブリーフィングルームへ歩を進める。その背中を槐が見れば、演習前よりも心なしか小さく見えるように思えるだろう。

黒い思惑は、人の知らぬところで今日も触手を伸ばしていく。

――――――――――――――――――――――
あとがき

初代とMOAのナインボールの恐怖といったら半端ない。だけど記憶を消してもう一度やりたくなる私はきっとドM。

あと、チョビは可愛い。



[34266] If story ARMODE CORE SILENT THE EATH
Name: きりたんぽ◆81d5e089 ID:5e35b295
Date: 2013/10/06 05:34
前書き

遂に書き上げてしまった。どうも、きりたんぽです。
今回のIFストーリー、あり得たのではないかという作者の独断と偏見のごった煮となっています。
自分の想像したものをそのままに書き上げ、修正して、投稿しました。
良かったら見てやってください。

――――――――――――――――――――――――――――――


………?やぁ、こんなところに来るなんて物好きな人間もいたものだね。

ここがどこだって?―――ふむ、まぁ、辺り一面真っ白だからね。どこかと聞かれても、ね。
ここに来るのは10万跳んで27回目なんだが、ここがどういう名前でどういう目的で存在しているのか、明確なものは知らない。
無音だし、無臭だし、私がここに立っている空間でさえ、地面という役割を持っていない。
つまり、重力という概念も存在しないわけだ。

―――ふわっ―――

こうやって空中に浮かぶことだってできる。まぁ、経験のたまものさ。君も私と同じように10万回ここに来ればできるようになるんじゃあないかな?

え?いや?

それは残念。

まぁ、それは私にとってはどうでも良いことだ。さて、積もる話もあることだし、本題に入ろうか。君が、いや、正確には君たちかな?

ここに来たということは皆揃って私の話を聞きに来たということだろう?初めに言っておくけど悪いことは言わない。

これ以上先に進むのは君たちにとって決していいことではないと思うよ?見届けていくうちにきっといろいろな気持ちを抱くだろう。

気に障って怒りを感じる者や、悲しむものもいるだろう。人それぞれとらえ方があるだろうが、私がこれから話すことはそういう話だということを知っておいてほしい。
それでも読むかい?








































ふむ、こうして読み進めるということは、YESと見て良いね。
さて、私の話を聞くのも飽きてきただろう。早速話に映るとしよう。

ΔΔΔ

37那由他
この数字は私がこれまで観測してきた世界の大まかな数だ。平行世界、パラレルワールド、オルタネイドリアリティ、多次元宇宙。
様々な言い方があるが、どれも意味はほぼ同じだ。

私、トーラス=キサラギという多次元観測者を作ったきっかけは、とくにドラマチックというものでもない。大切な誰かを殺されたから、とか、殺された無念を晴らすためだとか、そんなコミックのような読者を楽しませる要素など一切ない。

当初の私はアメリカでBETAという強大な敵に対して人間はどのようにして打ち勝つべきか、人類の牙となるものを作るのが私の役職だった。

日本人とアメリカ人のハーフだった私は、とくに日本人に対して嫌悪感を持たない助手と共に研究に明け暮れる日々だった。

寝食の時間も削り、不健康な生活を送る日々が多々あったが、私自身は充実しているといってもよかった。

助手の方もよくこんな私に付き合ってくれたと思うよ。

そんなある日だった。息抜きと称して助手が私に二つの握りこぶしを向けてきた。

『この拳に飴玉が入っている。どちらに入っているか当ててみてほしい。』

単純なゲームだった。

くだらない。そんなことをやっている暇があったら研究に没頭するべきだ。最初は私はやらないと突っぱねていたが、空いた時間に毎回毎回やってくるものだから戯れに私は左の方を選んだ。左の拳には飴玉が一つ。

私は見事ゲームの勝利者となった。その飴玉は私のものになった。勿論それを食べるのだが、助手はなんと飴を二個も自分の口に放り込んでいた。

最初は食いしん坊な奴だと思った。しかし、意外や意外。ちゃんと観察すればその二個の飴玉は右の拳に入っていたものだった。

どちらか一つではなかったのか?と問いかけようと思ったが、最初からどちらか片方にしか飴玉は入っていないとは言ってはいなかった。単純なトンチ話に私ははまってしまったわけだが――――――。

他の世界を観測するという数式は、技術は、現象は、その時、本当に突然だった。

突然、私の頭の中に閃いたことだった。まるで天啓のように何の前触れもなく。

その瞬間、私は多次元観測者として産声を上げたのだ。

陳腐だと思うかね?

現実とはそういうものさ。理由も根拠もいらない。

だから不思議なことというものは起こるものなのさ。

多次元観測者になったことで私の知識は大幅に広がることとなった。そして、その世界それぞれに住む私と会話ができるようになった。過去にいる私、未来にいる私、今この瞬間同じことをしている私。統一されていく私という人格。

そういえば聖書でこんな一文があったね。

―――わが名はレギオン。我らは、大勢であるが故に。

まさに私たちはそういう存在になったのさ。

これまでの私の経験が、技術が、知識が全て私の物になった私たちすべての物となった。共有された、同じになった、合体した、進化した、修正した、癒着した、刷り込まれた。
















そして、絶望した―――

私たちは永久に私たちとして世界に存在していなければならない。
そこに救いも破滅も存在しないのだ。

私が、私自身が最も恐れた『完全』にたどり着いてしまったのだ。

最初は歓喜したさ。でも、失望した。

気の利いた言葉なんて必要ない。私はその瞬間、私の限界を知って失望した。絶望した。悲しみもしない、怒りもしない。ただただ失望した。落胆した。

そして、受け入れた。

それからは簡単だった。私は一つ一つの世界を大きな実験場ととらえるようになり、様々な現象を記憶するようになった。

時に楽しみ、時に歓喜し、悲しみ、苦しみ、怒り、憐れんだ。でも、それら全ては演技。



―――何故なら、今後の流れを観測するための処世術。実験を進めるための処置に過ぎないのだから。



その中で、私は最も成功した実験の成果を君たちに見せてあげよう。君たちが見たかったものだ。知りたかったものだ。喜びたまえよ。

これは、早い段階で人間を知りすぎてしまった烏丸槐の話。

人間に恋焦がれるようになってしまった烏丸槐の話。

人間に嫉妬した烏丸槐の話。

そして、家族を愛した烏丸槐の話。







ΔΔΔ








○月×日

人間を学ぶという面で、これから日記を書こうと思います。

敬語が大事だということを巌谷おじさんに教わりました。

私の名前は烏丸槐です。

日記、今日の出来事で記録に残ったこと、印象に残ったものを書くことなのですが、とりあえずペンを手に取りました。こうやって字を書けるのもおじさんのおかげです。

今日は巌谷おじさんに戦術機の本をもらいました。外観はACとはまた違ったものとなっています。

人型であるが故に空気抵抗の問題が出ていますが、時代が進み、技術が発達するにつれて軽減させる空気の逃げ道を作るためにシャープなものに変わってきているのがよく分かりました。見ていてすごく興味深い、何度も読み返していました。

途中で唯衣が混ざってきた今度おじさんの瑞鶴に乗った時の戦いぶりを見せてくれるそうです。これから楽しみです。

日本語は、少し難しいです。元の世界とは全然違う言語体系で学ぶことはたくさんありま すです。








ΔΔΔ








○月×日

唯衣のお父さんと会いました。すごく優しそうな雰囲気を持っていました。
BETAと戦うことに唯衣が凄く気合を出していました。

少しの間だけだったけど唯衣のお父さんと話が出来て良かったです。

初めて約束をしました。唯衣を守る約束です。約束はちゃんと守らなければなりません。頑張らないと。

唯衣と一緒に巌谷おじさんの戦いぶりを見ました。すごかったです。参考になれそうでした。








ΔΔΔ








○月×日

今日巌谷おじさんが私の日記を見ていました。顔が熱くなりました。

アドバイスをもらいました。

今日はあまり書けそうにない。

恥ずかしかったです。








ΔΔΔ








○月×日

最近唯衣の顔が沈んでいるのが目に入った。

落ち込んでいる。理由を聞いてみたが唯衣は何でもないと笑ってくれる。

胸が変な気分になった。どうしても指をいじりたくなって落ち着かない。唯衣には元気になってほしい。私に何かできるなら助けてあげたい。

約束を守るために。








ΔΔΔ









○月×日

今日私は悪いことをした。

外に遊びに行った唯衣を尾行してしまった。

でもわかったことが一つある。唯衣は、意地悪をされている。

どうしてなのか理由が知りたい。私は唯衣が悲しむ姿を見ていられなかったから。

顔は覚えた。会話の内容から名前も覚えた。

今度、理由を聞きに行こう。









ΔΔΔ








○月×日

唯衣を意地悪する人に訊いてみた。

唯衣は譜代武家だから自分たちよりも身分が上だから見下している。と言っていた。

違う。誤解している。唯衣はそんな人じゃない。唯衣は優しくて、一緒にいると暖かくなる。悪い人じゃない。

誤解は解かなければならない。でも、どうすればいいんだろう?

私にはわからない。何か解決策が欲しい。

そんな時、巌谷おじさんから人付き合いについての本をもらった。やった。これなら、唯衣と甲斐志摩子を仲良くさせることが出来るかもしれない。








ΔΔΔ








○月×日

色々と試してみたけど、ダメだった。それどころか、唯衣が甲斐志摩子と取っ組み合いになってしまった。

手を上げてしまったことでいつもより落ち込んでしまった唯衣を見ていて私も嫌な気持ちになってしまう。

こうなってしまったのは私の所為でもあるのに、謝らないと。

ずっとこのままは嫌だ。

何とかしたいけど、どうすればいいのだろう。









ΔΔΔ









○月×日

翌日、どういうわけか、甲斐志摩子が家に来た。それと石見安芸という友人を伴って。
驚いた。

どうやってここに来たのかわからなかったが、とりあえず家に上がってもらった。

甲斐志摩子はどういうわけか私と目を合わせてくれない。無視をしているわけではないのだが、唯衣を相手にしている時のように声を張り上げることは無くて弱弱しい。

風邪でも引いたのだろうか?それとなく聞いてみたら違うとはっきりと否定された。

でも、目は合わせてくれなかった。石見安芸の方は私と甲斐志摩子を交互に見ながら笑ってくるだけだった。

どうしてなのだろうか。

会話に唯衣が加わると段々と嫌な空気が出てきた。苦手だ。どうやら石見安芸も同じ考えのようだった。

すると、どこからともなく甲斐志摩子が花札対決を申し出てきた。

なんでも勝者には景品が出るそうだ。そのとき私は石見安芸と自己紹介をし合っていたので景品がどういうものなのかはわからなかったが、唯衣は負けられないと息巻いていた。

今日初めて五光と猪鹿蝶を揃えられた。調子が良かった。

花札に勝ったのは私だった。

景品が貰えるとのことだったが、何でも願いを一つ叶えるということだそうだ。

なら、皆仲良くなれるようにしてほしいと言ったら。皆快く了承してくれた。

おじさんからもらった本が役に立つ機会は余りなかったけど、結果的に全員が仲良くなれて良かった。唯衣にも笑顔が戻った。今日は本当に良い一日だった。








ΔΔΔ








○月×日

今日は茜雫さんの頼みでお使いをすることになった。

簡単な買い物で、初めてのお買い物をした。地理は把握してあるので大丈夫だが。物を頼むとき呂律が回らず滑舌が良くなかった。

凄く恥ずかしかった。

でも、買い物を完了させたことを巌谷おじさんに褒めてもらった。頭を撫でてもらった。ちょっと痛かったけど。うれしかった。

実は頼まれたものに似たようなものが多かったため能登和泉という人に教えてもらっていたのは、内緒。

あ、でも、こうやって書いていたらもしかすると無意味だったりする?









ΔΔΔ









○月×日

衛士養成訓練学校に入学した。予備知識でBETAの外観はわかっていたが、近くで見るとより大きく見えてしまう。

それと戦うための戦術機、一機一機が高価なもの。無駄にしないように使いこなせるようにしなければならない。

お昼休みに能登和泉と会った。お使いの時以来だったが、世話になった人間はちゃんと覚えていた。能登和泉も覚えてくれていたようでそこから唯衣達と知り合い関係になった。










ΔΔΔ










○月×日

学校の抜き打ちテストが行われた。結果は満点だった。

でも、安芸が赤点を取ったそうだ。補習を受けることになったようだ。もう一度テストを受けてそれでもまた赤点になったら学校を追い出されるらしい。

安芸からの頼みで勉強の手伝いをした。

明日の放課後に補習、明後日の昼休みにテストだそうだ。










ΔΔΔ










○月×日

安芸のテストの結果が来た。

なんと満点だった。今日は皆でお祝いをすることにした。放課後、近くのお店でお茶をすることにした。

帰りが少しだけ遅れて教官に怒られてしまったが、それでも、今日一日は心に残る出来事だと思った。










ΔΔΔ










○月×日

いつも通りの学校生活だったが、今日は少しだけ変化があった。外様武家である山城上総という人と話をした。

皆が騒然していたけど、私はよくわからなかった。ただ、山城上総は唯衣のことをライバル視していることはよくわかった。

夕方ごろ、悠陽殿下との謁見を賜った。力とは何なのかを問いかけられた。力、一概に語ることは出来ない複雑なもの。あの時私は、ちゃんと殿下の期待に応えられた答えを出すことが出来ただろうか。

明日は戦術機に初めて乗る。人類の力である戦術機を………。ACとどう違うのだろうか。今から楽しみだ。









ΔΔΔ










○月×日

初めて戦術機に乗った。今でも興奮が収まらない。今日眠れるだろうか。

上総と唯衣は戦術機での戦いでいいライバル関係を築くことが出来たようだ。これからもそうあってほしいと思う。

教官に呼ばれて、トーラス・キサラギと香月夕呼に出会った。初見となるが、セラフを作るプロジェクトに参加してくれるそうだ。

一つ気になったのはトーラス博士の眼だ。彼の私に対する視線は、どこか憐れんだものを含んでいた気がした。

こうして書き残すのもどうかと思ったが、気に入らない、そう思ってしまった。









ΔΔΔ










○月×日

和泉の恋人が死んだ。九州でのBETA戦で命を落とした。

本当に突然だった。泣き叫ぶ和泉を見て、私はそんな彼女を見て頭が真っ白になってしまった。どう言えばいいのかわからなかった。京都にBETAが来る。ニュースの声が嫌に耳に残った。

私はどこかで楽観視していたのだと思う。世界はどこまでも残酷なのだ。

今日、私はそれを思い知らされた気がした。多分、日記を書くのはしばらく休む必要がありそうだ。








ΔΔΔ








○月×日

恐らく数か月ぶりだろう。こうしてペンを執るのは………。

京都防衛線での出来事、撤退戦、多くの死者を出しながらも一応は成功という結果になった。訓練でのアドバイスなどをしてくれ、唯衣の良き理解者となってくれていた恭子様は、意識不明の重体だった。

あと一歩で死ぬところを助けることができたのは不幸中の幸いだった。このまま回復へ向かってくれると良いのだが………。

私一人の力ではたったの十人分の働きしかできない。それでも十分の働きだと唯衣達は言ってくれるが、それは違う。管理者の頭脳があればもっといけるはずなのだ。そしてセラフもあれば、もっとBETAを倒せるはずなのだ。もっと力が欲しい。もっと力が欲しい。

最近唯衣達の視線に違和感を感じてしまう。

きっと、私の力についてなのだろう。でも、言えない。言いたくない。この関係が崩れるのが怖くて、私は、言うことが出来なかった。

トーラス博士から重大な話があるらしい。今日の夜、いったい何を話すのだろうか。








ΔΔΔ









○月×日

この日私はある機密情報を博士から聞いた。

【 黒 く 塗 り つ ぶ さ れ て い て 読 め な い 】

この日記は大切に保管しておかなければならない。誰の眼にも届かないところに置かなければならないだろう。









ΔΔΔ









○月×日

何をしているのだろうか、私は………。唯衣達の視線から逃れるように訓練に没頭してしまっている。

日記も、最近続けることが出来なくなってきている。

時折心配の声をかけてくれるが、もう形だけの礼しか言えない。それとなく私の身体について聞こうとしているのが分かる。錯覚なんかじゃない。胸がジクジク痛む。違う。

私は、唯衣達を嫌ったわけじゃない。違うんだ。言いたい。自分のことを、今すぐにでも言いたい。でも、怖い。


………怖い









ΔΔΔ









○月×日

今日唯衣達と喧嘩してしまった。私の所為だ。私が唯衣達を信用できていないと指摘されて、ショックを受けた。

訓練では他の衛士たちに『化け物』という言葉に過剰に反応してしまった。

私は化け物じゃないと当り散らしてしまった。

周りからの視線が槍のようになって突き刺さった感覚だ。

痛い。痛い。胸の痛みが頭にも起こってる。管理者の頭脳は健康だと言ってくれるけど、今はだれも信じられない。

違う。違うんだ。私は、私は―――――――

私は、どうしたらいいんだ。誰か教えてくれ。

お願いだ。誰か、助けてくれ。









ΔΔΔ








○月×日

和泉が死んでしまった。

皆が私を非難している。


【 紙 に 穴 が 空 い て い て 読 め な い 】


怖い。怖い。怖い。怖い。




ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめ









ΔΔΔ








○月×日


【 乱 雑 に 書 き な ぐ ら れ て 読 め な い 】









ΔΔΔ








○月×日

【 ペ ー ジ が 破 け て 読 め な い 】








ΔΔΔ






私は、何をしているのだろう。

私は、烏丸槐は何のために生まれたのだ【血に濡れて読めない】

あの日、RLFが来なければ、こんなことには……違う、違う違う違う違う違う!私の所為だ!私がいつまでも話さなかったからこんなことになった!

私の所為だ!【血に濡れて読めない】の所為!私は許されない!私は許されない!烏丸槐は許されない!


私など生まれてこなければよかった!【血に濡れて読めない】


ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。

ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。

ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。







ΔΔΔ








○月×日

ユイユイユイユイユイユイユイユイユイユイユイユイユイユイユイユイユイユイユイユイユイユイユイユイユイユイユイユイユイユイユイユイユイユイユイユイユイユイユイユイユイユイユイユイユイユイユイユイユイユイユイユイユイユイユイユイユイユイユイユイ

シマコシマコシマコシマコシマコシマコシマコシマコシマコシマコシマコシマコシマコシマコシマコシマコシマコシマコシマコシマコシマコシマコシマコシマコシマコシマコシマコシマコシマコシマコシマコシマコシマコシマコシマコシマコシマコシマコシマコシマコ

カズサカズサカズサカズサカズサカズサカズサカズサカズサカズサカズサカズサカズサカズサカズサカズサカズサカズサカズサカズサカズサカズサカズサカズサカズサカズサカズサカズサカズサカズサカズサカズサカズサカズサカズサカズサカズサカズサカズサカズサ

アキアキアキアキアキアキアキアキアキアキアキアキアキアキアキアキアキアキアキアキアキアキアキアキアキアキアキアキアキアキアキアキアキアキアキアキアキアキアキアキアキアキアキアキアキアキアキアキアキアキアキアキアキアキアキアキアキアキアキアキ













たしの














たいせ













































ひとた

























約束











◆◆◆




ま、とは言っても私がそうなるように仕組んだのだがね。

今更何故なんていう陳腐な言葉なんて聞きたくないよ?私にとって地球は最高の実験場。ただそれだけだ。

これよりも悲惨な出来事なんてごまんとある。

さて、おさらいとして、君たちが見ている世界とはまた別の世界。別の私が見ている世界との相違点を見てみよう。

彼の日記だけを見たってどういう状況になっているかわかりづらいだろう?幸いこれはそっちの世界との歴史はほぼ同じだ。ただ、選択を誤っただけの世界。

これには四つの要因がある。


まず一つ。烏丸槐が日記をつけたこと。

これは一日を振り返り、自身の欠けた人間性を再確認することでエンドレス・ナインの人間としての部分を強めてしまったこと。


二つ目。篁唯衣と甲斐志摩子の仲を良くしようとしたこと。

人間皆仲良く。良い言葉だね。でも、烏丸槐の未来にとっては邪魔でしかない。あのまま見守ることをしていれば、自ずと二人の仲は良くなっていた。石見安芸と一緒にね。


三つ目。これは私が原因なんだが、BETAに関する機密情報を槐くんに教えること、それから、仲間にも教えてはならないという命令をすることで間接的に槐くんの心理に一人で全てを背負い込もうとする意識を植え付けたこと。

機密情報がなんだって?まぁ、全てさ。BETAの総数。起源。構成しているもの、何を素材としているか。それから、BETAの命令系統。包み隠さず、ね。


そして最後に四つ目。

烏丸槐の疑心暗鬼と唯衣達の疑念。お互いのすれ違いが呼んでしまった悲劇。

私の世界の槐くんはね。そう、ただ単純に、心が弱くて、臆病だったのさ。








◆◆◆








2001年9月31日

人類は、烏丸槐にある作戦を命じた。

それはオリジナルハイヴ。中国新疆ウイグル自治区喀什市に位置するカシュガルハイヴに対するナインボール・セラフ単機でのハイヴ攻略作戦。

トーラス・キサラギによってお膳立てされてできた、完成されたセラフの披露宴だった。

作戦は見事に成功。

カシュガルハイヴの反応が消失したと同時に、戦域のBETAの活動が停止。
次々と世界中に存在する全てのハイヴとBETAの活動が停止したのが衛星から確認された。

人類は、作戦の成功を、勝利を感じ取り、狂喜した。

ただ一人の科学者に疑念を植え付け、ただ一人の科学者はあえて真実を伝えなかった。
その日、二人を除いた全人類が勝利の美酒に酔いしれた。










それが偽りの勝利であることを知らずに………。

























































その二日後、人類は、地上から姿を消した。

――――――――――――――――――――――――――――

まずはここまで読んでいただいたことに感謝します。
それに伴いこのスペースを借りて捕捉をば、この世界では白銀武は出てきません。
本編ではちゃんと出します。お許しください。

まだまだ続きます。

感想・ご指摘お待ちしております。



[34266] If story Mission1 first contact
Name: きりたんぽ◆81d5e089 ID:5e35b295
Date: 2013/10/06 13:57
前書き

意外にもIFストーリーで執筆が進んだ。
――――――――――――――――――――――――――――――

初めて見た時、きれいな髪をした女の子だと思った。宝石のような紅い瞳、雪原のような真っ白な肌。背は小さく、肩幅も狭い華奢な体格。

まるで、展示された人形のような一つの芸術品を見ているような、そんな気がした。
凄く綺麗でもっと近くで見ていたい。そう思った。

その子はおもむろに近づくと私の頬を摘まんで確かめるように触ってきた。手つきは柔らかく、痛く無いよう力加減がされていて、逆に心地よく、そして冷たかった。

どうしてその子はそのような行動に出たのか、私にはわからなかった。

何かを確かめるように自分の手を見るその子は、まるで珍しいものには何でも触って確かめようとする赤子のように純粋なような気がした。

今ならば言葉に表すことが出来るが、当時の私は、本能的にそれを理解していたのだと思う。

その子の名前は烏丸槐

まるで男の子のような名前だった。実際は男の子だったが。一緒に過ごしていくうちにわかったことがある。この子は世間知らずだ。そして、何でも学びたがる。

そんな彼を私はよく一緒に本を読んだりした。読めない字があったりするたびに彼は私にこれは何て読むのだ、これは何なのだ、と質問してきた。自分と同い年程度の体格なのに、その時私はなんだか弟か妹が出来たようで、教えるときの私はちょっとした先生になった気分になれた。

まっすぐな目を見て私の話に聞き入っている時の彼は、まさに純真無垢を体現していた。無表情であまり笑ったり泣いたりはしなかったけど、よく私とおじさまの傍にいることが多かった。

頼りにされている気がして凄く心が温かかった。









ΔΔΔ










ある日のこと、外で遊んでいた私は近所の女の子に意地の悪いことを言われた。後に私の親友となる甲斐志摩子だ。

最初から仲が良かったわけではない。

子供のころから押しの強い彼女はずけずけと物をいうタイプで、私は終始言われっぱなしだった。

譜代武家である私のことについていろいろと思うところがあったのか、彼女は私が見下しているのだと言ってきた。

私自身は違うと言いたかったが、そのころは少し奥手というかなんというか、あまり我を出さない子供だった。

言いたいことを言い終えると彼女はそのまま私の下を去るのだが、若干神経質な気があった私は、その日誰にも言えることなく家に帰宅した。

思わずため息を出してしまう。

いかんいかん、槐やおじさまがいるのだ。心配をかけさせてはいけない。そうおもった矢先に槐は私が落ち込んでいることを知った。

心配しなくていいと言ったが、やはり心配だと彼は言った。
その時彼は、初めて表情を変えた。目じりを下げて、本当に心配そうな表情になった彼に、私はどこか胸を打たれた気がした。

この時から、私は槐に対し思うことはあったのかもしれない。あるいは初めて会った時からか。










ΔΔΔ










またある日のこと甲斐志摩子と出会ってしまった。また言われると思った。

勿論、読み通り彼女は私に対して嫌がらせ染みたことを言ってくる。その時だった。槐が私の前に現れて彼は私がそんな人間ではないと言葉足らずに弁明してくれたのだ。

まっすぐに、真剣な表情で、その時彼の後姿は華奢でありながらもちゃんとした男を私に見せつけていた。

彼の言葉に志摩子も槐の言葉に真剣に聞き入って………ってなぜそこで顔を赤らめていく?

その後、彼女はもう聞き飽きたと言わんばかりに強引に話を切り上げて去っていくと、今度は私に対し大事は無いかと聞いてきた。

勿論私は大丈夫だ。ただその時私は別の意味で大丈夫ではなかった。胸の鼓動が痛いほど鳴り響き、私の顔を熱くさせた。

槐の真剣な表情。私の身を心配してくれる純粋な感情を向けられて、私は嬉しくなっていた。そして、同時に恥ずかしくなってしまった。

彼の顔を見ていたいのに見ていられない。なんとも不思議な体験だった。今まで感じたことのないことに、私は内心で戸惑うばかりだった。ただ、この気分は、悪くない。









でも、手を繋ぐのさえ恥ずかしくなるのはどうにかしてほしい。

ΔΔΔ











何日か経って、家に帰ると、槐と向かい合うようにして甲斐志摩子がいた。もう一人は、知らない人間だ。

ただ、つい先ほどまで二人の話を聞きに徹していたようだ。そして、問題は甲斐志摩子が槐と向かい合っている間ずっと静かに槐を上目遣いで見ていること。

「ね、ねぇ………槐?その、犬っていろいろな種類があるんでしょ?」

「そう、飼い方も少しだけ工夫が必要らしい」

「じゃ、じゃあね。近所のあの犬、えっと屋島さんっていう人のところの家の犬は、なんていう種類なの?」

「柴犬」

「そ、そうなんだ。えへへ、槐って物知りなんだね」

「そうでもない。唯衣が教えてくれた。唯衣のほうが物知り」

「もう、女の子と話をして別の女の子の話をするなんて失礼よ!」

「そうなのか?………わかった。気を付ける。それよりも、志摩子、先ほどから顔が赤い。熱でも、ある?」

「ふぇ!?う、ううん、そんなことないよ?」

「そう、ここには薬がある。具合が悪ければ言って」

「う、うん………。えへへ」

「??」

「ううん、何でもない。えへへへ」

「???………そう」

しかも顔を赤くしてもじもじしながら、まるで恋する乙女のようではないか。しかもあんなに楽しそうに………。

………なんだか、面白くない。

思わず頬が膨れた。槐も槐だ。なぜ急にそんな仲良くなったように話しているのだ!無表情だろうと私にはわかるぞ!さっきまで話をして楽しんでいただろう!

分かるんだからな!おじさまでもわからないことでも、私にはわかるんだからな!槐のことを一番知っているのは私なんだからな!

その後、甲斐志摩子は私に対し花札で勝負をしろと言ってきた。突然でわからなかったが、敗者はなんでも勝者の言うことを聞くというらしい。

そしてあ、あろうことか彼女は私にだけ聞こえるように自分が勝ったら槐をむ、むむむむ婿にして連れていくなどと言いおった!

この時私は確信した。






こいつは敵だ!

と!






私は二つ返事で花札の勝負を受けることにした。お前には絶対に負けない!

「あ、五光」

「おぉ……」

「「えぇ!?」」

「あ、猪鹿蝶」

「おぉ!」

「「ええぇぇ!?」」

こんな感じに、結果は槐の幸運が勝利を呼んだ。

うぅ……確かに甲斐志摩子の陰謀は阻止できたが、なんだか、こう、納得がいかないというか、何というか微妙な気分になってしまった。






敗者はなんでも勝者の言うことを聞くというルールだった。それを聞いた槐は丁度いいと言って私たちが仲良くなってほしいという純真な願いをした。

この時、私の胸がキュウン、とすぼまる気がした。

なんというか、槐がよりいとおしく感じてしまったのだ。

他人を思う優しい気持ち。この時私は、槐に惚れてしまったのを自覚した。

日本男児たるもの、力が強くたくましい人間であるべきだという考えがあったが、槐は見た目がああでもその心はまさしく私が理想とする日本男児そのもの。

勇気があり、優しくもある。そんな姿に、私はやられてしまった。

あ、うそ、やだ、どうしよう。顔が熱くなるのが止まらない。槐が首を傾げてるけど、あぅ………。

と、とにかく、私は志摩子と仲直りをすることにした。何だかんだで気が合う部分があったからか、それに、相手も謝ってきたからな。いつまでも私が怒っているのも仕方ない。

だが、槐は渡さないからな!

これが、私と志摩子、そして安芸との馴れ初め。

何だかんだで腐れ縁のような、背中を預けられる親友。そんな私の大切な初めての友達。

え、槐は大事な家族だからな!な、なんだ安芸!?その眼は!?









ΔΔΔ










それから幾年が経ち、私たちは長年夢見た衛士になるための養成学校に入学した。BETAのこと、戦術機、強化装備の有用性を予習してきたが、それでも学ぶべきことは多い。ちゃんと話を聞いてノートに書かなければ。







こら、安芸……!寝るな!槐!興味本位で真似するんじゃない!ああ!教官がこっちを見てるぅ!?












それから少しして、抜き打ちテストが行われたのだが、安芸は見事に赤点を取って再試験を受けることになる。………馬鹿。




安芸が再試験を受けるにあたって槐が手伝うことになった。というよりも、勉強会だ。皆で分からないところを教えあうことになったのだが………。
学校で知り合った同級生である能登和泉と出会った。

彼女は………うん、槐に対してはそういう気はないようだな。うむ………うむ!よし!勉強するか!

ってこら安芸!早速寝るな!あぁもう!槐も真似しちゃだめだろう!

そんなこんなで時間は過ぎていく。

結局テストでは安芸はちゃんと点を取れていたことは何よりも喜ばしいことだった。ただ、槐?勉強を教えることで安芸を惚れさせるのはどうかと思うんだ。私としてはライバルを増やすのは少し、な?

まさかの伏兵に戦慄せざるを得なかったのだった。








ΔΔΔ










翌年の春、いつも通りの授業を受ける。しかし、今日は妙に後ろからの視線を感じる。長い黒髪を下した私の同い年の少女。

凛々しさを持った彼女の目線は、私と槐を交互に見ていた。

彼も視線を感じていたのか、私と同じように目線を動かしていたようだ。

あ、教官に名指しされてしまった。

その後、お昼休みの時、志摩子たちといつも通りの昼食をとっていた時、槐は厠に言っていたのだが、妙に帰りが遅かった。理由を聞いてみると山城上総という人間と会っていたそうだ。

和泉と槐の話からどうやら今朝私たちを見ていた人間のようだった。それにしても、槐のほっぺたをいじるとは………羨ましい。

べ、別にいいもん。私、槐にほっぺたを弄られたことあるし、私のほうが他の皆より槐のこと知っていること多いし。







えんじゅのばか     ば~か










ΔΔΔ










初めて戦術機に乗った。模擬刀を使っての実践演習。パイロットのイメージを汲んでだいたいの動きを再現させることが出来るが、まだフィードバックさえしていない、ましてや乗ったばかりの激震ではやはり動きはぎこちない。

相手は山城上総。お互いに乗るのは初めて。どちらにせよ、負けられない!

何合も刃を交えてようやく勝ちを得ることが出来た。しかし危なかった。少しでも気を抜けばこっちがやられていた。

これからも、いい勝負が出来そうだった。だが、そんな中、槐の方はなんと教官を倒してしまったのだという。

初めての戦術機で教官を倒すとは………。

凄いと思えるが………槐……………。











お前は昔から不思議な男だった。私の教えることは乾いたスポンジのようにすぐ覚えていく。

ただのもの覚えが良いという簡単な言い方では表しきれない。

幼いころからの天才。いや、鬼才だ。世辞や身内びいきを抜きにそう言える。それだけに、羨ましく思える。

槐は恐らく気づいていなかったと思うが、私は、槐がお父様と約束していたのを偶然見ていたのだ。

私を守ってくれと。

それを聞いて私は槐に守られるだけでなく、共に、肩を並べられるようにしたいと思った。でも、思い返せば、私はいつも槐に劣っていた。

別に嫉妬しているわけじゃない。好いている男が強くなっていくのは見ていて心が躍る。だが………それでも槐。お前は何か私たちに隠し事をしているのではないか?

時々、そう思ってしまう。昔からお前は自分自身のことはあまり喋らなかったな。孤児だったということで、そういうつらい過去にも触れるべきではないと私は思っていたから聞かなかったが………。

一緒に過ごしているうちにやはりほかの誰かとどこか違う。そういう違和感を持ってしまった。

なぁ、槐。その時が来たら、ちゃんと私に話してくれるだろうか。自分の過去を話しても良いと思えるほどの信用を得られたら、きちんと私に………。










ΔΔΔ









京都にBETAが来る。和泉の恋人が九州で死んでしまい、ショックから立ち直る暇もなくその報せが来た。

つくづく思う。この世界は残酷だ。人が死に、悲しむ人間が居ても、敵が待ってくれない。

少しずつ濃厚になってくる死の匂い。

槐もそれを感じているのか、表情が険しかった。

警戒態勢が敷かれた。だが、私と槐は知っていた。既にここは最前線へと成り果て始めていることを。

山吹色の瑞鶴へと乗り込む。おじさまとお父様が作った戦術機。近くに二人が居てくれるようで心強く思える。

隣には槐の乗った戦術機がある。

死は怖い。でも、それ以上に、勇気が湧いてくる!この戦場で、私たちは絶対に生き残る!










ΔΔΔ









結果的に私たちは生き残ることが出来た。志摩子たちも死なずに済んでよかった。でも、多くの仲間を失った。これが、戦場。

座学や本などで見たものと実際に体験するものとでは次元が違う。今更ながらに自分の身体が震えているのを自覚する。

そんな私の手を槐は握ってくれた。

「唯衣………大丈夫?」

「ああ……ありがとう」

「ん」

上総が戦車級に食われそうになったとき、お前は颯爽と助け出してくれた。本当にお前は凄いやつだと思うよ。

槐は優しい。何気ないことでも私の心を理解してくれる。だから、私もお前の心を理解したい。いつまでも、お前に守られる私じゃなく、今度はお前と―――









◆◆◆

そう、思っていたんだ。















なのに、どうして………。











「どうして………」










どうして











「どうしてだ………!」











どうして!


「どうしてお前がそこにいるんだ!槐!!どうしてお前が!?」


どうしてお前がBETAを率いているんだ!










◆◆◆





その日、人類は思い知らされた。BETAという存在がどういうモノだったのかを。





その日人類は思い知らされた。BETAの物量の力を。





その日人類は思い知らされた。BETAは、戦うという行動すらしていなかったということを。





その日人類は思い知らされた。BETAの戦術を。





◆◆◆








シミュレーション開始

lkなrpくぇfん@おwkqnsdpiq2bej[o愛sh@0位h2@30r8y34fんd@ofqne@ofkn亜d@祖父hg13@04t8wenvkq[30t9[-wdkvnq[32049ru亜dp@lsvmンq《0358gは[dpnfq2^048hf[aspdkncq[3048gh[qweomfg1[085y6qp[wetjq:3o56@0qsidvj];wくぇmr:おえrghじゃ:psdkrんt2@308つ[elgmq24@5thq[w-dovjq3[4-9tyqj3]5p7jywe0^rbuq3:3o56@0qsidvj];wくぇmr:おえrghじゃ:psdkrんt2@308つ[elgmq24@5thq[w-dovjq3[4-9tyqj3]5p7jywe0^rbuq36itw「えmgq「p405yq「うぇfm「2p-4つが「pdflmb2「4-59つwoejgq[w34p5mha[-fjvq[p3mg[a-qe95y[-eat9ughq[@3lermg[a-q395jy]pqawlmdf@q-0294e[fpk4[t0hinsa@wdpovknq3@orighw[epogbj@wdんfq]p3lrgjhsdavj[q]pwlmrg@0sidghbnsp]wtjh[a0pisdnf[pqaweirjgh






2002年4月15日 午後12時00分より

G弾戦争の開始



5月10日 午前3時をもって人類の絶滅を確認

プランBの検証を開始

オアkんw4-0飲@08vh@q34にfw[pej^085ytuwj〈ぺfん2(04f日sん》dpkvv2q^40宇hbん[pakscmq[30@oruevn]p;sdmq@308rhヴぁspf;lbんw@江尾tbhなp]dnefq[0wrijvmbs]f;mh@0we8fujwぺkfンq:@おうぇふなd;f、h46)@7ういjw^あdfvhw@efkae-fbhq@3rguh^0wくぇふぃjq「3p5gろうあ^s-9djfq2^え0ぐq4「5いgじゃ「psdjcq03いgrj「あpskdq-^349うtj6おうyhw「-え9vjq「34おjt¥-あうぇkか@432おーjg-あえおrkfdmq@お45jyh^-bsdjfv@ow-j4¥-t9gjaefovmんw」ぺfq「4-th9gbじゃsd@cm」ea@ermv[i






シミュレーション終了

プランB 人類の総人口40%減少 人類保護管理プログラム現段階の第一目標をクリア可能





第二目標達成できず。


再度シミュレーションを開始

mヴぁ@3イオhgrん(pwenir@w5osenrafpowhetjga@q304jrtgno@q3itgnbadso@fjne5pythijg@wfンq4@0t日ジャンs(pぢq@40pティナb《spfmvkbswr@おthんがw《048宇tくぇ0(亜ヴぉdj[w-35yj[ae-obj5-68tiaw@prig24w608hgjabdslvke;aojcnas;lfmw:45p6ohjd[fhpyoj467@pjrmgh;k6,78@peihrg[q34mg[adpkfnh3409tjbvaswplrmg35[60y9hidtyou@;4,7[ypboajwr@flg2,w[ry@gonte@y,s[-dfogmw]3prvmab[sero6kyhwsr@g,ne46[@7-0nsidf@vql3w45[hondkgu]@o,esrtgokqw3@tonjkzsowemrg2[w4@othns]rp56jhwa[erotqm3@5yoa@pwe5[gobamsf@





人類の総人口 30%減 第二、第三目標達成可能レベルを突破

最終目標





最終……………目標




























―――――――――唯衣………。

暗い暗い洞窟を青白い光が照らしている。その中で短く、悲哀に満ちた声が響き渡った。

場所はハイヴ跡地。

かつて、オリジナルハイヴと呼ばれたもっとも巨大なハイヴ跡地。

ハイヴの中枢。地球上にあるBETAの命令系統の司令塔を行っていた上位存在が居た場所にはすでに無く、台座のような場所となっている。

そこにぽつんと声の主は存在していた。

下半身はまるで取り込まれたかのように埋まっているが、かろうじてその声の主が人型であることが窺えた。

髪は伸び切っていてその表情はうかがえない。が、髪の隙間から見える瞳はまるで自ら光を放っているかのように蒼く輝いていた。



―――私は、世界を救う



確かな意思をもって声を響かせる。

洞窟の主の感情に呼応するかのように青白い光は輝きを増すのだった、










最終目標 設定完了










◆◆◆



2001年10月2日の深夜



世界中に存在する政府機関、その地下にて振動紋が『同時』に検知された。BETAの襲撃だった。事前にそれが分かったのが幸いして各国政府はこれを撃退することを成功させた。


しかし、同時期に、戦術機開発の主な工場がほぼ『同時』にBETAによって襲撃された。

そう、この時BETAは初めて戦術というものを使ったのだ。

物量という、単純だが効率的な戦い方により、戦術機の開発ルートがせき止められてしまったのである。

開発施設、物資、機械に至るまですべてがBETAに奪われた。そう、何故か人命は奪われずに………。

警戒用の戦術機の何機が交戦したが、物量には敵わなかった。だが、そのパイロット達は後の救助部隊によって無傷で回収された。パイロット曰く、BETA達は人間に目もくれずに精密機器だけを狙っていたという。

その報告に軍部は戸惑った。これまでのBETAの行動とは何かが違う習性。

考えを巡らせるが、既に遅かった。

アメリカにハイヴが堕ちたという報せが、各国政府に言い渡された。

政府はハイヴが堕ちてきたと同時にG弾を投下するも光線級による集中照射に晒され、無力化された。

更に追い込むかのように国の局所からBETAが出現。集中的な攻撃を受けたアメリカは一夜にしてその機能を停止させられた。

更に、衛星軌道上に存在した人工衛星全てが撃ち落され、人類は完全に丸裸にされてしまったのである。

そして、人類は、あまりにも単純に、あまりにも救いがたく、あまりにも哀れに、BETAに完全なる敗北を喫した。

既に戦うための手段は講じる前に完封されてしまっていた。

後は、ゆっくりと少しずつ人類は限られた戦力だけで戦うしかない。











世界は、劇的に変化を始めていた。


――――――――――――――――――――――――――――――
あとがき

勢いに乗せて連続投稿しました。
それにしても、BETAに知能を加えたら本当に人類は手も足も出せなくなるんだな。
そう思いながら、今回の話を書かせていただきました。色々と思うところもあるかと思われますが、ご容赦をば


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.088282108306885