<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

SS投稿掲示板


[広告]


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[34396] [チラ裏から]GAMERA NEXT STAGE(平成ガメラシリーズ)   完結
Name: 馬耳東風◆ea650b68 ID:51deea7b
Date: 2012/10/06 21:04
初めまして。馬耳東風と申します。

こちらの作品はにじファンに掲載していたものです。閉鎖後は、自分のサイトで掲載しておりますが、より多くの人に読んでいただき、意見も聞く場も欲しいと思い、投稿してみることにいたしました。

平成ガメラシリーズの延長に当たる作品になります。ただ、書体がこちらのサイトと合わないかもしれないと思いまして、チラシの裏に数話掲載し、その点についても意見を頂いてから続きを投稿しようかと考えておりますので、よろしくお願いします。

8月6日:一部改行などの推敲をくわえてみました。
8月8日:誤字などの推敲、並びに更新
8月11日:投稿
8月13日:投稿
8月15日:最終話投稿
8月21日:誤字修正



[34396] 黙示録1999
Name: 馬耳東風◆ea650b68 ID:51deea7b
Date: 2012/09/27 21:14
 京都は、炎に呑みこまれていた。

 その始まりは、二体の巨大生物の出現から始まった。一体は、奈良県より飛翔したギャオス変異体、もう一体は太平洋上より飛来し、航空自衛隊とギャオス変異体に接触したガメラ。二体は交戦状態に入り、京都駅付近に降下し、一帯を破壊しながら京都市内で交戦し、ガメラが重傷を負いながら勝利。しかし、日本上空に現れた無数のギャオスの群れが殺到し、ガメラと攻撃対象をギャオスに切り替えた自衛隊との交戦に入った。
 ガメラは、ギャオス変異体との戦いで右腕を失い、腹部に重傷を負うという手負いの状態でありながら、火球でギャオスを迎撃。もはや飛翔できない状態でありながらも善戦していた。航空自衛隊も京都上空でギャオスの群れを迎撃するが、音速で空を自在に飛翔するギャオスにF15Jではついていけずに次々と撃ち落とされ、事実上の全滅である。
 そして、ガメラもまた、ギャオスの数に押され始めていく。ガメラ一体に対し、ギャオスは数千の群れで押し寄せてきているのだ。ガメラは、火球を乱射しながら抵抗するが、それはほとんどが京都の町並みを破壊するにとどまり、戦況を一変させるには至らず、どんどん後退させられ、京都の北部、市原まで押されていた。その上、右腕を欠損し腹部から背中にかけて貫通する重傷を負った状態で、プラズマを体内で発生させ吸い込んだ酸素を反応させて発射するプラズマ火球はすでに発射不能に陥り、水素までも反応させて苦しまぎれに乱射し続ける行為に肉体はもはや耐えられず、体があちこちで自壊を始め、いたるところから火柱が立ち上がり始める。守護獣は、己の肉体を破壊しながらもなお、ギャオスを駆逐しようと決死の戦いを挑む。山々を炎で真っ赤に染め、そこに照らし出される巨大生物たち。
 一匹のギャオスがガメラに向かって一直線に急降下を始め、そのままガメラの腹部の傷に頭から突っ込んでいった。肉食であるギャオスにとって、ガメラの血もまたその貪欲な食欲を刺激する対象である。自分の腹部をえぐられたガメラは悲鳴を上げ、緑色の血を撒き散らしながらギャオスを引き離そうと体を振りまわす。それに追い打ちをかけるようにもう一体のギャオスが、損壊した右腕の傷口に噛みついていく。激痛に出血、そして体の崩壊によって気力が少しずつ衰えていくガメラの姿を見ているギャオス達は、その姿を見て歓喜と興奮に浸っているかのように、仲間がガメラに食らいついているのもかまわずに超音波メスを発射する。傷口に食らいついているギャオスはあっという間に体を細切れにされ、ガメラもまたぼろぼろになった装甲ごと体中を切り刻まれ、とうとう山肌にあおむけに倒れ込んでしまった。ガメラは、呼吸する以外は身動きを取ろうとせずに横たわり、ギャオスは獲物が死ぬのを待つカラスのようにガメラの上を旋回している。
 その姿を力なく見つめていたガメラ。しかし、意を決したかのように力を振り絞って咆哮をあげると、ものすごい力であたりの空気を吸い込み始めた。突風が巻き起こり、山を覆っていた炎もガメラに吸い込まれていく。徐々に、ガメラの腹部が炎のように真っ赤になり激しく赤熱を始める。そして、ガメラはギャオス達をキッと睨みつけると、腹部の甲羅を解放、いや、吹き飛ばした。もはや、自らの命が風前の灯となったガメラが己の肉体の破壊と引き換えに撃った技、ボルケーノ・プラズマだ。天高く昇った火柱は、逃げまどうギャオスの群れを容赦なく飲み込み、骨まで焼き尽くしていく。地上を這う炎と吹き荒れる爆風は、ギャオスの死体を、その肉片の一片たりとも残さずに焼き尽くそうと言うガメラの執念が乗り移ったかのように、火と言うよりは粘りを持ち、ドロドロとしたマグマのようにしつこく大地を覆い、徹底的にすべてを文字通り灰塵に帰そうとしているかのようだ。炎はガメラを、ギャオスを、山を、京都の街を容赦なく、そして無慈悲に焼き尽くしていく。
 灼熱の炎が京都を飲み込み、その炎がようやくおさまった時、そこに広がっている光景は、炭化した建物や植物、逃げ遅れた人々の遺体や炎に呑まれたギャオスの体……。残された巨大生物の戦いの跡と古都の『残骸』は、美しく洗練された形を見るも無残に失い、まるで沈黙だけを発する醜いオブジェのようであり、古来より絵画に描かれた地獄絵図が現実のものとなった光景でもあった。その地獄の業火を巻き起こした張本人であるガメラがいた場所は、山であった地点がクレーターとなり、ガメラの姿はどこを見渡しても確認することはできない。あるのは、静寂と熱に覆われた破滅の世界のみである。



[34396] アンダーワールド
Name: 馬耳東風◆ea650b68 ID:51deea7b
Date: 2012/08/19 13:27
 ギャオスによって文明は崩壊した。
 ガメラの捨て身の攻撃で群れの大部分を失ったギャオスであったが、元々が高等生物でありながら単為生殖が可能という存在であったため、生き残った数羽から再び人類を脅かす数に膨れ上がるまで多くの時間を必要としなかった。
 人間を捕食する、という性質を持つギャオスは史上空前の、そして最大の人類の天敵としての立場に君臨し、地上の生態系の頂点に立つと、意志と本能の赴くままに人類を駆逐し始め、世界の人口はみるみる内に激減していった。世界中の軍隊も当然その掃討に出撃はしたが、超音波メスと言う武器と爆発的な繁殖力を誇るギャオスにすぐに劣勢となり、掃討はおろか生き残ったわずかな自国の国民の防衛に動くのがぎりぎりと言う状況になるのは必然である。
 ギャオスに対する恐怖から、パニックや暴動が各地で勃発し、地上は混乱の極みとなった。負の連鎖は大国の最終防衛オプションである核の使用にまで発展し、地上の多くの地域が荒涼の大地へと変貌していく。皮肉なことに放射能に汚染された地域にもギャオスはあっさりと適応し、人類の自殺行為によって一方的なオセロゲームのように、人類は地上から追われていき、人類が去った土地にはギャオスが収まった。
 一方、地上を追われた人類はギャオスの捕食から逃れるため地下へ潜るしかない状況に追い込まれる。新たに地中深くに建設された地下鉄や地下街といったネットワークを駆使し、そこに安全な住環境を作り上げていったのだ。人口の大部分を失ってしまった事が皮肉な幸運となり、地下が溢れかえることもなく少しずつライフラインを整えられていき、ネットを利用した結びつきを広げていき、一度は崩壊しかけた国家という基盤を復活していた。しかし、どんなに生活環境を整えようと地上の覇者はギャオスに違いはなく、人類の生きる世界は地下にしかない。
 救世主が失われた世界、地上は地獄と化し、人類の生きる世界は地下にしかありえなかった。



 ギャオス・インパクト(Gyaos Impact)、――ギャオスの大量発生に端を発する世界規模の災害がそう呼ばれている――の後、首都機能はおろか、国家としての機能を失いかけた国は日本だけではなかった。エネルギー資源の枯渇、ライフラインは寸断され、情報ネットワークもズタズタにされる被害をこうむり、さらにギャオスによる捕食と言う直接的な被害による人口の激減もあり、世界中の多くの国が国家としての機能を失いつつあった。それでも、先進国は整備されていたインフラを使って政府が国民を統率したことによって、かろうじて国民生活は以前とは比較にならないレベルではあるものの維持されていたが、それを持たざる国では無政府状態となり、ギャオスの影に怯えながら生活を送る悲惨な状況に陥っていた。
 日本は、バブル崩壊の後の状況であったとは言え、八十年代の貯金によってその前者に入ることができ、旧議事堂の地下に建設されたシェルター型の議事堂の一室で、ギャオスに関連する事項の定例報告会が行われていた。暗い会議室の中では、スクリーンにPower Pointによって編集されたギャオスによる被害、ギャオスの活動の様子などが映し出され、ギャオス研究の第一人者・長峰真由美によって説明がなされていた。

「G.I.以降、ギャオスの進化の懸念がなされていましたが、報告や検体の解剖により、最低でも以下の3タイプのギャオスの亜種が発生したものとみなされました。まず、この北米大陸を中心に多く発生しているハイエナの形質が現われたHyaenidae Type。翼は完全に失われ、代わりに前肢が発生しています。この形態は、瞬間的にかなりの高速での走行が可能で、人間や野生動物を狩りで仕留める、死肉を漁る、さらに嗅覚の発達により地下シェルターへの侵入も報告されています。次に、太平洋を中心に確認されている水棲に特化した亜種Orca Type。これはシャチの形態を持ち翼がヒレに変化しています。現時点で船舶への直接被害はありませんが、彼らの知能を考えると楽観はできません。最後が、Swallow Type。これまでのギャオスに比べ体長が3メートルと体躯がかなり小さいものですが、最高速度はこれまでの種をはるかに上回り、各国の戦闘機の被害が相次いでいます。以上で、ギャオス関連の定時報告を終わります」

 長峰が報告を終わり席に着くと、一同の顔には眉間に深いしわが刻まれていた。こういった情報は貴重である。しかし、それに見合った対策がとれない現実が、一同の肩に重くのしかかっていた。対策がとれない以上、どんな有益な情報も悪い知らせにしかなりえないのだ。沈黙を押しのけるように、報告会を取り仕切っている斎藤審議官が口を開いた。

「今、報告にあったギャオス亜種は、日本でも発見報告があるものです。とくに、ハイエナ型は国民の安全に直接脅威を及ぼします。シェルターの安全を強化するための援助を内閣に働きかけます。陸自の方にも、このデータをお渡ししますので、これらを発見した場合、速やかに排除できるよう閣議にかけます。以上で報告会を終了いたします」

 そういうと、会議室にいた議員のうちの半数の姿が突然消えた。この地下議事堂に来る道中の安全を確保できない委員や議員、役人はネットを利用してそれぞれの職務にあたり、会議には3D映像で出席しているのだ。

 長峰は、顔に疲労の色を浮かべながら手元の資料をまとめ、帰り支度をしていた。

「お疲れのようですね、長峰さん」

 声をかけたのは、斎藤だった。以前は、長峰とは最も対極の意見の立場にあったこの人物も、今では長峰にとって最も頼りになる官僚の一人である。

「はい。ネットでのリアルタイムの会議は国内なら便利ですけど、海外と一緒になると時差がきつくて。ギャオス新種の報告に目を通すのに時間がかかりますから。でも、結局は情報を提示するだけで、何一つ解決には至らないんですよね。新しい情報はいくらでも出てくるのに、解決に向かう状況は何もありません。ほとんど無駄骨です」

「いえいえ。無駄な情報と言うのは何一つありません。それを活かそうとする意志がある限りはね。まあ、私が言っていい言葉じゃないのでしょうが。私も、かつて情報を手に入れ的確に判断する、その姿勢を見失ったために選ぶべきもの誤りました」

 斎藤は、かつてガメラとギャオスが九州に出現し、東京を戦場にした事件の責任者であった。その際に、被害の大きさという情報の一面だけに捕われ、人食の習性を持ち、爆発的な繁殖力を持つギャオスを保護しガメラを攻撃するという判断をし、その後に続くガメラへの極端な拒絶反応を示す世論の基礎を作ってしまっている。もちろん、ガメラの被害は甚大であった。宇宙生物であるレギオンは殲滅対象になるのが自然であったが、人類に対する生体兵器な存在であるギャオスの掃討より、自然災害的なガメラへの対応を優先する空気は世論を気にする国会内にも蔓延し、ギャオスの侵攻にブレーキをかけることなく、雪崩を打つように悲惨な未来へ転がっていった。斎藤だけに責任はないのは明白である。しかし、もとより有能な人物であるがゆえに彼の頭の中では、現在という結果には、過去の自分の決断が密接にかかわっているのではないかという罪悪感が深く刻まれているのだ。そして、罪悪感と言う人があまり向き合いたくはない感情から、彼は一つ学んだことがあった。

「しかし、だからこそ私は思うのです。もっとガメラのことを知っていれば、知ろうとしていれば、今のこの地獄はなかったのではないかと。もっとも、私は首都に被害をもたらして初めてそれを学習した、どうしようもなく愚かな男ですがね。しかし、人は失敗からしか学べないのも、何とも始末が悪いが事実です。あなたはどう思いますか、長峰さん。何を、あの災厄から学びましたか」

 それは長峰も考えていることだった。もし、ガメラがいたら……。誰しもが考えることである。ガメラに物理的にも精神的にも接近した者ならなおさらだ。

「例えガメラでも、我々を完全に救うことはできなかったかもしれません。でも、そうであったとしても、我々にわずかな希望は残されたのではないでしょうか」

 後の祭りである。もうガメラはいないのだ。人々はかつて、ガメラを見限り追い詰めた。最後の最後で選ぶべきものを見つけた人類に残されたのは、災いの影であるギャオスだけ、長峰はそれをとうの昔に受け入れていた。叶わない希望は、いたずらに絶望感を強めるだけでしかないのだ。



 黒いスーツを着た男は、自身に用意された職場の個室に入ると、パソコンをたち上げ、3D映像用のカメラのスイッチを入れた。パソコンのディスプレイの向こう側には、様々な国の人間が映し出され、視線を男に向けている。同時通訳によって日本語に変えられた会話がパソコンのスピーカーから伝わってきた。

「ミスター樋口。計画が最終段階に入ったという報告は本当かね」

 樋口は口元にマイクを近づけ、同時通訳に自分の言葉を吹き込んでいく。

「海底より引き上げたガメラの骨格の組成を分析し、そのデータに基づいた新たな骨格を組み直し、海底に再び戻した上でマナの受け皿とする。先日、ようやく骨格の中にマナの蓄積を確認しました。つまり、このマナを確実にエネルギー利用することのメドが立ったわけです。その後も順調にマナは充填、とうとう形を得ました」

 樋口はそこまで言うと、一息ついて翻訳の完了を待ち、ディスプレイの中を凝視している。そして、手元のミネラルウォーターを口に流し込むと、報告を続けた。

「次に、この計画の本筋であるギャオスの天敵である存在、ガメラの兵器化についてです。兵器とは、完全に管理下に置かなければなりません。そのため、自己の意思で行動するオリジナルのガメラよりは、新たにギャオスの天敵を創造して完璧に管理する方が確実で理論的です。引き上げたガメラの骨格を分析し、新たな形に組み直し、その中にマナを注入する。そして、生み出されたものをコントロール下に置きます。その方法も、砕け散った勾玉を分子レベルで新たに構築して我々の意思の伝達に使用し、徹底した管理のもとでギャオスを駆逐する。まもなく、マナの受け皿はガメラと等しい存在になります」

 画面の向こうの一人が語りかけてきた。お互いに面が割れることを避けたい者もいるのか、モザイクをかけたり、音声を変えたりする人物も存在している。

「ギャオスの天敵は、兵器ではあるが表向きは『自然災害』でなければならない。怪獣一体を所有する企業など後々面倒なことになる。支配は陰からでいいのだ。邪魔な国にはギャオスをはびこらせればいい。直接的にも間接的にも、その国にとっては耐え難い圧力になる。有益な国には我々の怪獣を向かわせギャオスを掃討し、成長を促す方向に導くのだ。支配と統制は、ひっそりと行うスタンスは忘れないように」

「無論です。それでは、計画の最終段階、ギロンの起動を急ぎます」

 樋口はパソコンの電源を落とすと、部屋から出ていった。






[34396] 魔剣
Name: 馬耳東風◆ea650b68 ID:51deea7b
Date: 2012/08/17 21:39
 ギャオスが闊歩する世界での外の移動は、常に万が一の事態に備えなければならない。歩行者は少なく、車の通行も制限され、自家用車の使用は皆無といってよく、道路を走るのは公共交通機関か自衛隊の車両が殆どだ。
 議事堂を出た長峰も、送迎車は望めず自衛隊車両に便乗させてもらい、自分が暮らすシェルターの近くで降ろしてもらっていた。これでも、要人扱いである長峰だからこその措置である。
 車両を降りて歩き出した長峰は、かつて地下鉄の入り口であった階段を下りていき、階段を下りきった所にある鋼鉄製の扉の前に行き当たった。長峰は、バッグからカードを取り出し、そばにあった端末にカードを通す。 カードには住民コードなどが記録されており、シェルターの住民であることを確認されると、重い鋼鉄製の扉が開き始めた。あまりにも厳重すぎるセキュリティだが、ギャオスがいつ地下にまで襲ってくるかもしれない外に向かって扉を開け放っておくことに対する恐怖には勝てず、住民からの苦情はない。扉をくぐった長峰が最初に出たのは、地上から地下にその場所を移した商業区域である。天井がある分だけ閉塞感はあるが、地下とは思えないほどの活気があふれており、人間と文明がまだ生き残っている事を感じさせる数少ない光景だ。長峰は、人ごみの中を抜け、すぐに地下街内部の定期便のエレベーターに乗り下層に降りていく。下の層は工業区域になっており、生活に必要なもののほとんどを生産している。だが、食糧の生産はやはり屋外で行わなければならず、危険な外で耕作を行う事を余儀なくされていた。ギャオスがいつ襲ってくるかわからない場所で働く危険手当のようなものもあるためか、第一次産業の収入は前世紀に比べてはるかによく、稼ぎたければ自衛官か農家とまで言われているほどだ。
 さらに下層が住居ブロックである。最悪ギャオスが侵入した場合、被害を食い止めるためには、居住区域はいちばん地下にならざるを得ないのだ。地下での生活に対応するために空気の管理は徹底されており、息苦しさは感じられない。一戸建ては少なく、ほとんどは三階建てのアパート作りだ。長峰の自宅はその一角にある。階段を上り自分の部屋の鍵を開けていると、隣の部屋のドアが開き、部屋の住人が声をかけてきた。

「ああ、長峰さん。お疲れ様です。今日も国会議事堂ですか」

「大迫さん。いつもの実りのないルーティンワークですよ。そちらは、今日も住民会主催のバーベキューですか」

 長峰と大迫と呼ばれた男とは、福岡でのギャオス騒動からの縁である。巨大生物に対して懐疑的だった頃はなかなか世間の理解が得られず、この大迫だけが自分も巻きこまれた経験者であることもあって真摯に長峰の話を聞き、災害後も率先して住民のために動いてくれた人物であった。それだけでなく、九州でギャオス、北海道でレギオン、渋谷でガメラとギャオス、京都でガメラとイリスとニアミスし、なおかつ生還したこの男の経緯は瞬く間に住民の間で評判となり、「悪運の強い人」、「ダイハード」、「怪獣の専門家」、「和製ランボー」などと住民の話題となり、一種のヒーロー扱いであった。彼自身も危険な目に遭いながら生き残ったことでとうとう度胸がついたらしく、ホームレスまで一度は身を落とした経験も相まって、いつのまにか住民会のリーダーになっていた。先述したバーベキューも、ここまで生き残ったわけだから、いっそパーっとやろうという大迫の提案で、月に一度のペースで行われている。もちろん地下生活と、ギャオスへの対策として空気清浄は万全のもとで行われるのは当然だ。

「陽の当らない地下で鬱々としているより、何か楽しみがないと生きている気がしないですからなあ。長峰さんもどうぞ。そうそう、さっきお客さんがお見えでしたよ。多分、名刺が入っていると思いますけど」

「来客ですか。誰かしら」

 長峰が郵便受けを開けると、確かに名刺が一枚入っている。

――(株)TERA  田崎 修介――

 全く覚え名のない名前である。そして、裏面には「公園にて、午後7時」と、書いてあった。

 指定された時間通り、長峰は公園にやってきていた。普通なら、身元の分からない人物のメッセージの言うとおりになどするわけはないが、指定された公園が大迫の参加するバーベキューの集まりと会場が一緒だったため、目撃者が多数いる場なら大丈夫だろうという思いと、元は長崎県警の警部補というその道のプロだった大迫がそばにいれば、なお心強さが加わったためである。そのため、長峰は思いのほかリラックスしながら、田崎という人物が現われるのを待っていた。ふと腕時計に目をやると、時計の針は七時を示していた。

「なるほど、これだけ人が多ければ、見知らぬ人間との会合でも心強い。考えましたね。」

 振り返るとそこには、まだ三十代に入ったばかりと思われるまだ若々しさがある背広姿の男が立っていた。男は、辺りを見回しながら、長峰の隣に座り込んだ

「初めまして。田崎です」

「あなたが……。こんな呼び出し方をして、一体ご用件は。よくないことを考えないようにした方がいいですよ。そばには、元警官の方もいますから」

 警官がいるという、長峰の言葉を聞いた田崎は、思わず苦笑を洩らしていた。

「疑われるのも無理はないか。ですが、これだけは言えます。あなたに危害を加えるつもりはない、むしろこちらが嘆願をする立場ですから」

「どういうことですか」

 長峰は、話の焦点が見えず問いかけていた。その間、田崎は視線を辺りに配り、異様に周囲を気にしているようだ。話を始めてから、どうも落ち着く気配がない。

「申し訳ないが、あまり話しこむことはできない。徹底的にマークされている身でして」

「はあ……」

「時間がないということです。本題に入ります。私が所属する会社、TERAは、様々な分野に投資を行っている会社で、その実体は内部にいる人間でも把握しきれるものじゃない。表と裏で、全く性質も顔が違うんです。あなた、倉田真也さんをご存じでしょう」

 長峰はその人物と面識があった。ガメラやギャオスに対して独自の見解を持ち、その考えには専門家である長峰も反論できないものがあり、強烈な印象を残し今でも記憶に鮮やかに蘇らせる事ができる。

「彼の思想や分析は大変興味深く、当社でも表面上はゲーム作家としてかなりの投資を行っていました。我々の会社は、その会社という仕組みすらフェイクなんです。その母体は、この国の草創の頃から存在した秘密結社と言う、何とも荒唐無稽なルーツがあります。こんなこと、普通の人に話したら私は病院送りか変人扱いですが、あなたのようにガメラやギャオスと言った世界の箍が外れた前線にいた方なら否定はできないでしょう。事実、あなたは朝倉美都のような人物にも出会っているわけですし」

 長峰は、完全に話に呑まれていた。いや、もはや確かめる必要もなく信じていた。なぜなら、実際に自分はそんな絵空事のような出来事と常に隣り合わせにいたのだから。そして、会話に出てくる人物も、彼女の記憶と体験に符合しているため、受け入れざるを得ない。

「まさか、あの人も……」

「彼女は、その血筋から我々の組織の幹部クラスに名を連ねています。くそっ、もう時間がないらしい。あそこに子供たちのグループが見えるでしょう」

 田崎が視線をやった先には、町内の子供たちが花火などで遊んでいた。

「あの中に私の娘を紛れ込ませています。知ってはいけない事に首を突っ込んだ私は今や、組織に追われる身でして。だが、娘は組織に関係ない。あの子を託せる人間がいるなら、普通の人では無理です。こちら側の世界に足を踏み入れた人間でないと、信用されるどころか、聞く耳も持ってもらえない。倉田君の残したデータを目にしている時、あなたの名が出てきた。極度の人間嫌いの彼が、わざわざ自分から積極的に接触する人間ですから、相当のものがあったのでしょう。今の私には、こちら側の世界に足を踏み入れたあなたにしかあの子を託すしかない状況です」

 田崎は立ち上がり、辺りを窺う。その目はもう血走っている。一体、何にそこまで神経質になっているのか、長峰は理解できない上についていけないが、田崎の焦りが本物であることだけは理解できた。

「私にどうしろと。ギャオスやガメラに関わったのは事実ですけど、それだけで一体何ができると」

「もうすぐ目覚めるはずのガメラを解き放って下さい」

「え?」

「この滅亡しながらも虫の息でなおも生き延びようとする世界を救うのは、劇薬であってもやはりガメラしかいません。しかし、それを覚醒させたくないのがTERAです。勝手ですが、くれぐれも娘のことをお願いします」

 田崎はそれだけ言うと、団地の闇の中へ駆けていった。長峰は恐る恐る後ろを振り返ると、平和な団地に似合わないものを感じ取り、胸騒ぎが起こる。彼を追っていくつもの黒い影が闇に消えていったような気がしてならなかったのだ。


「つまり、かいつまんで話すと、この子を匿いながらガメラも助けろというわけですか?どうも話が大きすぎますなあ。子供でも考えつかないホラとしか言いようがありませんよ」

 大迫は首をひねりながら言った。長峰は、田崎が去った後、子供たちのグループの中でぽつんと佇んでいた少女を見つけ、なるべく人目を避け自分の部屋に匿い、事情を話せる唯一の人間である大迫に事情を打ち明けたのだった。話を聞かされた大迫は、いくら生死の境を生き延びてきたとはいえ、あまりにも背景が大きすぎる話に、信じないとはいかないまでも飲み込みかねている。

「私も話をすべて信じているわけじゃありませんが、こうやってこの子が話の通りに居たわけですから」

「まあ、それは、そうですけどね……。お嬢ちゃん、お名前をきかせてくれるかな」

 少女は問いかけに、うつむきながら小さな声で「とも子」と答えた。親と離れ、知らない人間に話しかけられて緊張しているのだろうと長峰は思い、努めて安心させるように話しかけた。

「大丈夫よ。あたしたち、とも子ちゃんのお父さんの知り合いで、少しだけの間とも子ちゃんと一緒にいてほしいって頼まれたの。とも子ちゃん、お父さんに何か言われてないかな」

 とも子は何も答えなかったが、代わりに力なくお腹を鳴らした。どうやら何も食べていないらしく空腹のようだ。

「お腹が空いてるのね。じゃあ、ご飯作ってあげるわね」

 長峰は、早速冷蔵庫の中の物のあり合わせで食事を作り始めた。ギャオスが闊歩する地上での農作物の生産はなかなか骨の折れるもので、その分値段も高騰しているが、一人暮らしの上、政府関連の仕事で収入が安定している長峰の冷蔵庫にはまだ材料が残っていた。

 食事がすむと、とも子は疲れがドッと出たのか間もなく寝付いてしまったが、寝付く前に父親から持たせられたらしいメモを長峰に渡していた。そのメモを開くと、

――渋谷駅 1965――

とだけ書かれてある。長峰は首をかしげ、

「これ、どういう意味でしょう」

と、大迫にメモを渡した。大迫は、そのメモを見ながら首をひねって考え込んでいる。

「渋谷駅、1965ねえ。何ですかね、この1965っていうのは。うーん、何か、こう、閃きそうで、ここまで出かかっているんですけど、出てきませんなあ。しかし、この子に持たせてあったということは、何か重要な意味を持っているんでしょう。この、数字四文字と言うのがどうも引っかかる……」

 長峰も考えてみるがどうも見当がつかない。

「ここで考えていても答えは出ませんし、きっと重要な意味を持つものなんでしょう。実際に、渋谷駅跡まで行ってみます」

「なら、私も同行しましょう。明日は日曜で用事もありませんし、捜査なら昔とった杵柄ですからね」

「お願いします。それにガメラ関連のことなら、私よりガメラを知っている人にも連絡しておきますね」


 長峰は次の日、考えを変えて一人で渋谷へ向かうことにした。やはり相手の出方がわからない上、田崎が自分にとも子を預けたということは、とも子自身にも同様の危害が及ぶ危険があるということであり、不用意に大手を振って歩ける状況でなはないと思えたためだ。そう考え、彼女の身を大迫に預け、渋谷に長峰一人で行くことにした。地下は、ギャオスインパクト以来地下鉄を中心に地下網が以前とは比べ物にならないくらいに整備され、 蜘蛛の巣のように細かく張り巡らされた地下網で、ギャオスに遭遇するかもしれない外に出ることなく移動することができるようになっている。 しかし、渋谷はギャオスインパクトの始まりの地としてのイメージが強く、再開発から取り残されているため誰も渋谷駅で降りる者はいない。駅も必要最小限の駅員以外、人の気配がなくひっそりしている。長峰がそんな渋谷駅のホームに降りると、誰もいないホームを彼女の許へ駆け寄ってくる人影があった。

「お久しぶりです、長峰さん」

「久しぶり、浅黄ちゃん」

 浅黄と呼ばれた女性は、にっこりとした笑顔を返してきた。草薙浅黄、かつてガメラと交信し、世界の誰よりガメラを信じていた人である。長峰は、今回のことにガメラも絡んでくると知って、もっともガメラを知る彼女に連絡を入れたのだった。災害後も、ガメラとは何だったのかを大学で独自に調査していた浅黄だったから、すぐに話に乗ってここまで来たのだ。二人は、お互いの近況を教え合いながら外へ向かう。

 渋谷は、ガメラとギャオスとの交戦による破壊の後、ゴーストタウンと化し再開発から完全に見放された地域となっている。田崎が残したメッセージ「渋谷駅 1965」というメモを手に、瓦礫の山と化した渋谷駅の残骸の前に二人は立っていた。

「でも、このメモだけじゃ何を意味するのかわかりませんね」

 浅黄は瓦礫の山を見渡しながら言った。メモの意味もわからない以上、いくら指定された場所に立ってもしようがないと思えたからだ。

「その点についてだけど、それなりに目星はつけてあるわ。元警官の経験と勘らしいけど」

 今朝、出かける際に大迫に呼び止められた長峰は、彼からある推論を聞かされていた。それを聞かされた時、直感的に長峰もそれが答えだと思っていた。その推理に基づき、駅のそばまで来た長峰は何かを探している。

「浅黄ちゃん、コインロッカーを探してくれる?」

「え?」

「駅で使われる数字は色々あるわ。電車の識別番号、ダイヤ、料金、電話番号……。でも、なぜ四桁に限定された数字なのか。もっと複雑にできるはずなのにそうしたのは、私にも解けるもの、見つけられるレベルじゃないといけない。そう考えると、駅で必ず使われる四桁の数字があるところがコインロッカーじゃないかって推理なの」

「じゃあ、1965はロッカーの番号ですね。わかりました、探してみましょう」

そうして二人は手分けをしてロッカーを探し始める。ほとんどのものがコンクリートに押しつぶされ、探せる範囲が限られていたことが幸いし、やがて目当ての番号を探し当てた。刑事の勘と言う物も馬鹿にはできない。

「長峰さん……」

「開けてみるわ」

 長峰が手をかけて力を加えると、扉はあっさりと開き、中にはジェラルミンケースが入っていた。名がそのケースを外に出し、鍵を開けてみると、中には拳ほどのごつごつした石が入っているのみだった。何故、石一つをこれほど厳重に保管していたのだろうと二人は同じことを考え、顔を見合わせると浅黄がそっと石に触れてみた。

「この感触……。勾玉と同じものです」

「勾玉と同じ?」

 二人は驚いていた。勾玉は、ガメラが人との関わりを断つためにすべて砕いた時から、この世界に存在しないはずだ。それと同じものが再び存在する意味を二人は考えあぐねていた。その時、周囲に甲高い警報音のようなものが鳴り響き始める。その音を聞いた二人は、顔が青ざめていった。

「この警報音、ギャオスだわ! 急いで地下に!」 

 警報音を聞いた長峰は、浅黄と共に地下シェルターに逃げ込もうと走り出す。 警報音の鳴り響く中、瓦礫の上を必死で走る二人。ふと、長峰は耳をつんざくような音が響いてきた瞬間、上空に目をやると同時に叫んだ。

「伏せて!」

 その場に伏せた長峰と浅木の上空を何かの影が横切った。ギャオスだ。それも小型で、高速飛行に適応したスワロータイプだ。二人は身を隠すため、瓦礫の隙間に入り込んだ。

「危ない所でしたね」

「間一髪ね。シェルターの入口まで後少しなのに……」
 
 空に目をやると、三羽のギャオスは餌が出てくるのを待ち伏せているかのように旋回している。今ここで外に飛び出せば、確実にギャオスの餌になってしまうことは容易に想像できた。そして、ギャオス達も見つけた獲物が出てくるのを執念深く待っているかのように見える。
 何とか地下の入口へ辿りつこうと外の様子に気を配りながら瓦礫の隙間を縫って少しでもシェルターに近づいていくが、これ以上先はギャオスに晒すことになる。飢えた猛獣の前に自ら餌として自分を提供する様なものだ。絶体絶命の状況に手にじっとりと汗がにじんでいるのを感じていると、そこへ耳に何かが飛行してくるような音が聞こえ、お互いを見合わせた二人は顔を外に突き出してそっと外を見上げた。同時に、ギャオスと飛行する物体が激突し、ギャオスが地上に落下してくる。その墜落したギャオスの体を見た二人は驚愕した。
 ギャオスの体は、鋭利な刃物で切り裂かれたかのように真っ二つに切り裂かれ即死していた。それに続くかのように、謎の飛行物体は上空を旋回しながら、地上に着地してくる。
 その姿は異様としか言えないものだった。いや、異常とも言えよう。長い頭頂部は、頭蓋骨がむき出しになり、刃物のような鋭さを備えている。また、手足の爪も獲物を切り裂くのに特化しているかのようにナイフのようになっている異形の生物の姿がそこにあった。まさに全身が刃物と化した、およそ自然界ではありえない姿である。
 突然の敵の襲来に激昂した一羽のギャオスが、その怪物に向かって超音波メスを浴びせた。しかし、怪物はよける様子も見せず、刃物のような頭部で受け流す。その瞬間、光線が拡散し、一斉にギャオスに向かって反射して発射され、着弾したギャオスの体はバラバラにされてしまった。
 残った最後のギャオスは、恐れをなしその場を逃げだそうとしたが、怪物はそれを逃がさなかった。背中の噴射口のようなものからジェット噴射をして飛び上がった怪物は、あっという間にギャオスに追い付き、体を鮮やかに切断してしまう。まさに、一瞬の早業である。そして、ギャオスを駆逐した怪物はそのままどこかへ飛び去っていった。
 その出現から数分もかからず、怪物はギャオスを駆逐してしまった。茫然とたたずむ長峰と浅黄の視界には、悪臭を放ちながら散乱するギャオスの体の残骸だけである。



[34396] 秘密結社
Name: 馬耳東風◆ea650b68 ID:51deea7b
Date: 2012/08/19 14:42
 地下街の騒ぎは想像以上ものだった。ギャオスの出現だけでもまだ十分にニュースになる時代だというのに、そのギャオスを一瞬で駆逐する怪獣が現われたという報せは騒ぎをより大きなものにしていた。映像がない分、憶測が憶測を呼び、

「新たな脅威の出現か?」

「ガメラに変わるギャオスの天敵か」

などと言う号外が辺りで飛び交っている。テレビで流れる報道番組も、緊急特番として取り扱っており、物々しい空気が地下の閉鎖空間を覆っていく。

「本日昼ごろ、旧渋谷駅跡にギャオスが飛来、その際にギャオスとは別の巨大生物が出現したとの情報が防衛省より発表されました。この生物に関する映像などはまだ発表されておりませんが、ガメラやギャオスとは全く異なる形態と言う以外情報が入っておらず、各方面で情報が錯綜しております。」

 長峰と浅黄は、電気店の店頭のテレビで映されている報道番組を見いっていた。現場に居合わせた目撃者としても、あまりにも突発的なことだったので情報を把握しきれずにいる。
 ガメラの復活を想起させる田崎の言葉と、出現した新たな巨大生物に何か因果関係があるのか。しかも、二人の手には、もう一つ正体の知れないものがあった。

「とにかく、田崎さんが危険を承知で私に手渡そうとしたこのオリハルコンの塊を何とかして詳しく調べてみないと。それにしても、あの怪獣はなんだったのかしら」

「わかりません。ギャオスともガメラとも違う怪獣が現われるなんて。でも、どうしてギャオスだけを攻撃して、そばにいた私達には一切興味を逸らさずに立ち去ったのか、その事が気になります」

「確かにおかしいわね。ギャオスを殺しても、捕食しようとする素振りも見せなかった。気が付いていなかったのかもしれなかったけど、私達をギャオスから横取りする様子もない。やっぱり、ギャオスだけを標的にしたのかしら……」

 新たな怪物が、人類の救世主なのか災厄なのか、今の時点では二人に判断しようがない。

「とにかく、今のところは確実な情報は一つもない。このオリハルコンは、明日にでも然るべき研究機関に調査を依頼してみるわ」

「お願いします。私には、どうしてもこれがガメラに関係しているっていう思いが強まっているんです。勾玉と同じ物質でできているのが、引っ掛かるし……。それに。田崎さんが残した、ガメラの覚醒っていう言葉が気になって」

「そうね。もしガメラにつながるものだとしたら、それこそ危険と隣り合わせだとしても今の世界には希望の光だわ」

 そう話しあいながら、二人は長峰の家の近くまで来ていた。家まで後数十メートルと言う所まで来た時、黒いスーツを着た二人組が、長峰達の前に現れた。はっとした長峰が後ろを振り返ると、いつの間にか黒い服の集団が囲むように立ちはだかっていた。

「誰ですか、あなた達」

 長峰の問いに、一人が口を開いた。

「それは、今のところ重大な問題ではない。要件を言います。長峰真弓さん、草薙浅黄さん、お二人に私達に同行していただきたいのです。この要件の方が、あなた方にとっては非常に大事になってきますね。そうそう、大迫さんも先においでですよ。あの人も、もっと穏やかな話を進めていただければ、手荒なことをせずに済んだものを。公務員だったとは思えない程、実に物わかりの悪い人でした。ですが、女性であるあなた方に手は上げたくない。どうか、おとなしく同行を。それと、そのケースの中身もお忘れなく。大切な荷物を我々の代理として取りにいただいたこと、心から感謝しますよ」

 彼らは一言も発せずに二人を取り囲み、距離を詰めていく。助けを求めようにも、周りにはこのようなときに限って人がいなかった。長峰と浅黄は、男達の雰囲気にただならぬ危険を感じ、その言葉通りに従うしかない。
 二人は、男達に連行されていったん外に出た後、目隠しをされた状態で車に乗せられた。数十分ほど車に揺られ停車してエンジンが止まった所で降ろされると、どこかの建物に入っていくのが感じられる。二人はそのまま指示されるがまま歩かされ、今度はエレベーターに乗せられ、非常に長い間下降することを感じることで、自分達が地下に向かっていくのがわかった。ドアが開くと、再び歩くように促され、長い廊下を何度も曲がりながら歩かされ、前方でドアが開き部屋に案内され、そこでようやく目隠しを外されたのだった。
 二人の目に飛び込んできたのは、とも子と顔中痣だらけになり、鼻や口から出血している大迫と田崎の姿だった。

「二人とも、一体何があったんですか」

 長峰は大迫の元に駆け寄り、持っていたハンカチで血をぬぐった。大迫は、力なく声をあげて答えた。

「いや、面目ない、長峰さん。いきなり部屋に何人も男が上がり込んできてもみくちゃにされて。まともじゃないですよ。あなたがどこに行ったのかを問い詰めて、それに応えないとなると袋叩きにされて、ここに連れてこられて、田崎さんと一緒に問い詰められて、体でもって尋問された挙句がこの有様で……。わたしゃ口を割らなかったんですが、とも子ちゃん私や父親を助けるために話してしまって……。怒らないでやってください。子供なら、怯えてしまうのは当たり前です」

 傍らではとも子が父親を心配そうに見つめながらも、自分が秘密を話してしまった罪悪感で、長峰や浅黄に目を合わせられないでいた。
 そこへ、部屋のドアを開け二人のボディーガードを引き連れた一人の男が入室し、長峰に声をかけてきた。人の良さそうな表情をしているのだが、その顔の下に悪意が隠しているような人物だと、長峰は第一印象を持った。

「はじめまして。私、樋口と申します。まあ、田崎君の元同僚でもありますし、あなたにとっては朝倉美都の上司と言った方が通りはいいかもしれませんね。それにしても田崎君、そして大迫さん。いけませんねえ、人間素直じゃないと、こんな痛い目に逢うんですよ。それに引き換え、田崎君のお嬢さんは、素直でこの歳で空気を読めるのだから素晴らしい。親がだらしないと、かえって子供はしっかりするみたいですね」

 樋口は、早口でまくし立てながら長峰達の向かい側の席に着き、にこやかな笑みを向けてきた。その笑みは、大迫や田崎に加えた暴力を思うと、不気味に感じられた。その雰囲気に呑まれまいと、長峰が声を発した。

「あなた方、一体誰ですか。人にこんな暴力をふるって、小さな子供に怖い思いをさせて、そして誘拐まで働いて。一体何の目的があるんですか」

 長峰は、自分を奮い立たせるために精いっぱいの剣幕でまくし立てた。その表情がよほど面白いのか、樋口は腹を抱えながら笑い声を上げる。

「まあまあ。話は長くなります。ですが、ギャオス研究の第一人者である長峰真弓さん。ガメラの最大の理解者である草薙浅黄さん。そして、このオリハルコン。役者が勢ぞろいしましたね。すべては、我々TERAという組織に関係あることです。よろしい、説明いたしましょう。怪獣たちと、歴史の裏で常に世界を見つめていた我々の歴史を」

「歴史の裏側で……」

「そう、長峰さん。我々は有史以前から歴史の裏側にいた。ガメラ誕生の時期、つまり推定一億五千万年前と推測されている時代、ギャオスによって一度人類が滅ぼされたと言われる時からずっとです」

 その場にいたものは、言葉が出なかった。太古の昔から連綿と世界を見つめ続けてきたというその存在に圧倒されていた。樋口は、そんな一同を尻目に話を続ける。

「無論、それを証明する物は、長い時を経て失われました。推測として、当時の人類がコールドスリープによって、適当と思われる時間に覚醒して情報を伝えたのかもしれませんが、今となっては真実はどうだったのか……。ただ、文字がない時代の話は口伝で伝えられ、文字ができた後も、その時代の支配者による焚書の危機を世界の裏へ裏へと逃げることで避け、今現在の我々が先人の出来事を不完全ではありますが把握するに至るわけです。信じられないでしょうし、これらを証明する歴史的な資料がありませんが、すくなくとも今起こっていることと我々の調査や記録が完全に一致しているのですから仕方のないことです。超古代、人類は一度文明の進歩に行き詰った。人口増加、環境の激変、つまり現代と同じ原因で、そのままでは繁栄は望めなかったようです。どうするべきか、先人は悩んだ。その結果、二つの結論に至った。地球の生物としての一定ラインを超えた人類を地球のためにリセットする事が一つ。もう一つは地球の意思とマナによる新たな力で困難を克服して生き残ろうとする者たちに分かれた」

「人類が自ら滅亡を選んだのですか」

 生物学者として長峰は、自らの意思で滅亡を選ぶ種と言う存在に納得ができかねていた。結果として滅亡にしたとしても、そこに至るまではすべての生物は滅亡を選択するのではない。生きたいという思いのもとで選択し、その結果が滅亡に結び付くにすぎないのだ。本当に人類が、自滅の道を自分の意思で選んだというのか、長峰にはにわかに樋口の言うことを信じることができない。

「もちろん大部分は抵抗しますし、自殺しろと言って従う者はいません。だから、ギャオスと言う生物が生まれた。種としての自滅を選ぶ、それも地球のために。ある意味で高尚ではあります。かといって、すべてを無に帰すのは忍びない。自滅の道を選んだ者たちは、せめてその最後に、自分達の技術の結晶である完全生命体ギャオスを創造し、野に放った。滅びゆく自分達が存在した証を残そうとね。ギャオス達は、瞬く間に地球のあらゆる環境の中に入り込み、進化と増殖を繰り返し、人類の住処を奪い壊滅状態に追い込んでいった。自然から逸脱した人類が、ギャオスに捕食されると言う食物連鎖によって再び生態系に組み込まれる形での絶滅ですね。その対極にある者たちは、マナと言ういわば地球意思の結晶を見出し、彼らの技術を集めて製造した器に込めガメラを創造した。ガメラは、本来は地球の異物であるギャオスを地上から、いや、生態系から消し去ったが、時は既に遅く人類のほとんどが滅びていました。つまり手遅れと言う事です」

 樋口の言葉は、まるでその風景を見ていたかのように話し、聞かされている者たちの脳裏には、その光景が鮮やかに映っていた。

「さて、問題はその後です。ガメラを創造した者たちはいつか自分達の末裔がふたたび繁栄し、同じように行き詰って再び災厄が訪れた時のため、人類と地球の未来を担う者としてガメラを後世に託した。それに対し、ギャオスの創造者たちは当初の試みが失敗したわけです。わずかとはいえ人類は繁栄の萌芽を抱いたまま少なからず生き残った。このままでは、いずれ自分たちと同じ運命を辿る可能性が高い。そこで、彼らはギャオスが残した卵を守りながら、やがてその子孫が先祖代々守ってきた。人を遠ざけ開発から守り、いつの日か人類がギャオスに適した環境を作る日まで」

「あなた達は、そこまでして人類を滅ぼしたいんですか」

 長峰は叫んだ。生物学者である彼女にとって、自滅を望む人類という構図は到底受け入れられないものだから無理もない。

「極論になりますが、洞窟にでもこもって地球生命の一種族として生きる分には問題はない。もしくは、地球に過度の負担をかけない人口や規模、レベルの文明もいいでしょう。あれだけ地球で繁栄した恐竜ですら、自然の流れには逆らうことはできず、僅かな痕跡だけを現代の生物に残して絶滅しています。物事と言うのは、過ぎたるが及ばざるが如しと言うでしょう。生物は本来そういうものです。だが、超古代、そして現代の人類は一種族の繁栄の限度を超えている。母なる地球を汚し、資源を食いつぶし、互いに傷つけあい、滅ぼすまで争いをやめない。はっきり言って異常だ。そんな生物はいません。ウイルスだって、宿主を滅ぼすことはしない。それなら、あらゆる生命の結晶であるギャオスに適当な数まで滅ぼしてもらった方がいい。私も人間、人類を完全に絶滅させてしまうことは心が痛む。それに過剰なギャオスの繁栄は人類と同じ轍を踏む。何事も、分相応ですよ。そこで、我々が考えたのがギャオスの天敵です。その天敵の存在によってギャオスの数は統制され、ある一定程度の人類の住処も提供できる。それが、ギャオスを狩る者、ギロン。コントロールできない生体兵器はあり得ない。よって、ギャオスは兵器とはなりえない。ギロンはその点をクリアし完全なる生体兵器になります」

「あれが、ギロン……」

「そう。しかもあれにはマナが注入されている。いわば、ガメラと同系列にある生命体です。ギャオスの天敵という点でも共通する。そして、立派な地球の子だ。試験管で造られたギャオスとは違う。だが、ガメラと決定的に違うのは、我々の意思に沿うことで、人類には決して甘くはないことだ。ガメラは最後まで人類を見限れず、地球意思に沿うことができなかったでしょう」

 浅黄は、その言葉に反応した。かつてガメラと心を交心させた彼女にとって、ガメラのことは、自分のことと同様の問題だった。樋口はニヤニヤしながら彼女の反応を観察している。

「でも、意思を交わす点では一緒です。ガメラとギロンは何が違うと言うんですか。同じくマナから生まれた二匹にどんな違いが」

「まあまあ、興奮するのもわかります。ところで、あなたはガメラとはいかなる存在か理解していますか。それができない限り、ギロンもガメラも、そしてギャオスが地球のなんたるかを知ることはできませんね。そして、非常に残念なことに『まだ』ガメラはこの世には存在しません。しかし、かつてガメラの墓場と言われた地点にマナの集中が見られます。これは非常に由々しき問題でしてね。ガメラはマナの集合体。海底での異変は、地球が再びこの世にガメラを生み出そうとしている証しです。現在、我々の組織の息のかかったものが、ガメラの骨格の破壊に向かっています」

「骨を破壊する?」

 浅黄は、思わず問い返した。マナの器たる骨格が破壊されてしまえば、ガメラの復活はありえなくなる。

「その通りです。ガメラは、古代の海洋生物の骨格を基にして作られた人工の物質のフレームにマナを注入するという失われた技術によって生まれたものです。我々はその仕組みを解明し、海底から引き揚げたガメラの骨を使ってギロンを生んだ。人間は母なる地球のために、ギロンによって統制されるギャオスによってそれなりの数まで滅びてもらいます。口減らしは母にとってはつらいでしょう。地球が再びガメラを生むのは、その慈悲によるもの。だが、我々は母を救うためなら兄弟や姉妹を殺すことを選択する。話はここまでです。ことが済むまで、あなた方には少々不自由をお願いする。君たち、彼らの案内を。気を悪くしないでください。危険性も感じているのですが、あなた方の知識や実績に対する敬意もありますし、利用価値の高さも認めてる。ですから、これが精一杯の扱いです」

 その言葉を受け、数名のスーツの男が大迫と田崎を無理やり立たせ、長峰達にも歩くように促し、部屋を出ていった。
 連行される一同は、廊下を歩きエレベーターへ向かわされる。やがて止まったエレベーターに、全員が乗せられた。合計で九名が乗り込んだエレベーター内は、定員ぎりぎりのため狭く、息苦しさを感じさせる。沈黙が空間を支配する中、その静寂を破り大迫と田崎がスーツの男たちにいきなり体当たりを食らわせた。怪我をしていて動けないと思っていた二人の反撃は予想外で、男たちも反撃しようとするが狭いために逃げ場がなく、思うようにならない。二人は手錠をかけられながらもやけくそで体をぶち当て、足蹴りを繰り返した。当初はあっけにとられていた長峰だったが、大迫達に加勢して相手を足蹴りにして、その隙に彼らを拘束していた手錠の鍵を奪い取る。乱闘の末、大迫と田崎はとうとう相手を全員気絶させてしまった。浅黄はすぐにエレベーターの停止ボタンを押し、途中のフロアに停止させた。全員、いったん外に出ると、まず長峰は二人の手錠を外し、外した手錠で連行してきた男達を念のために拘束しておく。

「これで少しでも時間が稼げるわ。大迫さん、ずいぶん無茶しましたね」

 長峰が笑いながら言うと、大迫は口元の血を手で拭い、息を切らしながらやや興奮した様子でたった今起こった武勇伝を語り始めた。

「いやあ、田崎さん共々、連中にはひどい目に逢いましたからね。さすがに腹が立っていましたからこれぐらいはお返ししないと、元警官の立つ瀬がありません。警部補ですよ。それで、チャンスを窺って合図をしながら、一発かましたわけです。九州男児、なめたらいかんですよ」

「おかげで、全員自由の身です。さあ、逃げましょう」

 そう言った長峰を田崎が腕を出して制する。

「いや、この建物はいくつものエリアに分かれていて、今いる最深部には入ることも困難なら、出ることも困難です。私も、この組織の表向きの顔の会社に勤めていた頃は、このエリアには入ることができませんでした」

「じゃあ、どうすれば……」

 すると田崎は、拘束した男の一人のポケットを探り、何かを探りだした。

「これだ。まずはカードキー。エリアを仕切る場所はこれがないと開けられない。後、この建物にアクセスし情報を引き出せる端末。これがあれば、まず現在地を知ることができる」

 必要なものを見つけた田崎は、端末を使って何かを調べている。

「一体何を……」

 長峰の言葉に、田崎は顔をあげて答えた。顔には、自嘲気味に見える笑みが浮かんでいる。

「私も娘のことを考えたら、一刻も早くこの場を逃げ出したいのは山々なんですが、事態は急を要します。オリハルコンを始末されるか、ガメラの骨格を破壊されたら、今度こそこの世界はアウト。娘が生きていける世界はそこにはない。オリハルコンをとり返し、骨の破壊を阻止します」

「つまり、ガメラを覚醒させるということですか」

「……、ギャンブル、ですよね。でも、この世界は滅亡してもう負けてしまっていますよ。有り金全部を怪獣に賭けても、誰も文句が言える状況じゃないでしょう……」



 モニタールームに入った樋口は、階段状に並んだブースの一番上に陣取り、指示を送り、報告を受けていた。

「現在のギロンの状況はどうなっている。順調か」

 樋口の声に、大型モニターの前に座っているオペレーターが応える。

「現在、オホーツク海でギャオス・オルカタイプと交戦中。間もなくカタがつきます」

「そういう報告は事実を確認してからにしたまえ。太平洋での破壊工作はどうなっている」

「現在、工作船が目標地点に接近。到着次第、すべての骨格の爆破作業に入ります」

「日没前には終わらせろ。時間を奴に与えるな」

 報告を受けながら、樋口は水を喉に流し込んだ。さすがの彼も緊張していた。長い組織の歴史で、世界の陰から日の当たる舞台に出て活動する機会はそれほど多くはない。その桧舞台で、まさに大仕事をやってのけようとする自分自身の責任の重さに、緊張せずにはいられなかった。何しろ、太古の昔から彼らの前に立ちはだかってきた生態系の守護獣を葬り去り、新たに生み出した魔剣によって、世界を断罪しようとしているのだから。

「わだつみの海に眠りし甲羅は悪しき魂の依り代なり、か。昔の人々は、なかなかと深い詩を残してくれたな。ガメラ、これでお前も終わりだ。海の藻屑になれ」



 長峰達は、奪った端末から建物の構造情報を入手し、オリハルコンを取り戻すべく施設内を歩いていた。端末を持った田崎が皆を誘導する。

「よし、このフロアの部屋だ。連中はたぶん破壊工作で手いっぱいのはずだから、オリハルコンの処理にはまだ時間があるはずです。あれは、普通の鉱物と違うから、そう簡単に処理できないはずです。まだ間に合う」

「なら、急ぎましょう。私達が逃げ出したことも、ばれるのに時間はかからないはずです」

 長峰の言う通りで、連行してきた男達はそのままエレベーターに押し込めてきたままだ。それが発見されるか連絡が取れないなどすれば、自分達の脱走が発覚しすぐに追手がかかるだろう。その場合、今度こそ命の保証があるかどうかわかったものではない。

「この部屋ですか。みなさん、いいですね」

「いいですよ。長峰さん、私と田崎さんで中の連中に飛びかかりますから」

「そして、私がオリハルコンを持って、浅黄ちゃんととも子ちゃんと一緒に逃げる」

 大迫の指示で簡単な打ち合わせをしてから、三人はドアの前に立った。浅黄は、とも子を連れドアから離れている。田崎がカードキーを読みこませてロックを解除し、三人は一気に部屋になだれ込んだ。部屋に飛びこむと、案の定二人だけ研究員が中にいて、彼らに田崎と大迫が飛びかかった。彼らは完全に不意を突かれたため、あっという間に床に押さえつけられた。二人は、いささか興奮気味で、何もそこまでと言うほど相手を締め上げて相手をのしてしまった。長峰はその隙に、オリハルコンのケースを探す。ケースは実験台の上に置かれており、長峰はそれを抱えて廊下にいた浅黄達を連れて走り出す。わずかに遅れて、田崎と大迫も後を追う。

「エレベーターに乗ったら、最上階へ。そこが出口です」

 田崎が叫ぶ。長峰達がエレベーターの前に着くと、すかさずボタンを押し、両脇に身をひそめた。中に誰かが乗っているかもしれないからだ。エレベーターが来るまでの間、長峰がケースの蓋を開け、中のオリハルコンに長峰が、次に浅黄が触れてみた。しかし、かつてのように石が反応することはなく、変化は見られない。二人は顔を見合わせていると、エレベーターが止まり、ドアが開いた。幸い中には人はいなかった。全員中に乗り込むと、最上階に向かう。エレベーターの中で田崎や大迫もオリハルコンに触れてみるが、何の変化が起きない。落胆と、偽物をつかまされたのかという疑念が生まれる。その時、脇からとも子が皆の真似をして、オリハルコンに手を伸ばしそっと触れた。ハッと息をのんだ一同だったが、彼らが見守る中、オリハルコンはゆっくりと、確実に光を帯び暖かさを持ち始めていく。


 太平洋。その深海の暗闇の中、まるでオブジェのようなものが何十と並んでいる。小山のような甲羅に、大きな牙を携えた形が特徴的だ。
 ここが、通称『ガメラの墓場』だ。ガメラになれず廃棄された人工フレームが静かに暗闇の中で眠っている。
 その一角で、深海ではありえないほどの光が輝き始めた。光は、徐々に強まり、まるで海底に太陽が昇ったようである。その光の中から何かが立ちあがり、その影はしばらく全体を揺り動かすと、海上に向かってものすごいスピードで上昇していった。
 TERAのモニタールームは、工作船からこの現象の連絡を受け騒然となった。

「工作船より緊急連絡。……、何だって……。緊急事態、海底よりガメラ出現!」

 それを聞いた樋口は、手にしていたペットボトルを握りつぶし、辺りに水を撒き散らした。冷静だった彼が初めて激しい感情をあらわにしたのである。ガメラの覚醒はそれほど彼にとっては、衝撃的なことだった。

「衛星で奴を捕捉しろ。どの国の衛星に侵入してもかまわん。大至急、奴の進路を割り出せ。さっさとするんだ」

と、叫びながら指示を飛ばした。すぐさま、オペレーターは米国の軍事衛星に侵入し、太平洋上に存在する飛行物体の確認にはいる。樋口は、それをイライラしながら見つめ、手元の電話の受話器を取り、オリハルコンの処理に当たっているラボに内線電話を入れたが、受話器の向こう側で応答する者はいない。

「クソ、奴らの仕業か……。素人にこうまで出し抜かれるとは。殺すべきだったのに、なぜ本社はこうも……。落ち着け、奴が復活したのなら、また葬ればいいだけのことだ」

 樋口は落ち着きを取り戻し、先程のオペレーターとは別の者に指示を出した。

「おい、お前。ギロンの現状はどうなっている」

 質問を受けたオペレーターは、データを呼び出し分析を終えると、間髪をいれず樋口に報告する。

「現在、オルカタイプギャオスと交戦中。残りは後一体です」

 それを、聞いた樋口は、にやりと笑いながら指示した。すべての状況がひっくり返されたわけではない。

「一体ぐらいは放っておけ。すぐにギロンをガメラの方に向かわせろ」

 指示を受け、オペレーターはコンピューターから新しいソフトを動かす。画面には勾玉の画像が映し出され、様々なウインドウが開いた後に、正確な地図とギロンの現在地が表示されている画面になった。そして、ギロンを意味する表示を、飛行しながら移動するガメラに進路を重ねていく……。



[34396] 守護獣と魔剣
Name: 馬耳東風◆ea650b68 ID:51deea7b
Date: 2012/09/27 21:16
 ガメラは海上に浮上すると、前脚を翼状に変化させ後脚からジェット噴射を開始し、高機動形態で空へ飛び立った。新たに生まれたガメラはまだ飛行に慣れていないのか、フラフラした態勢で飛行している。しかし、両腕の翼を巧みに展開し、ジェットの噴射口を広げたり狭めたりすることで減速や加速をすることを覚えると、噴射口をギリギリまで狭めるなど、おぼつかなかった飛行を次第に安定させ、一気に加速した。やがて海上にガメラが目指す島が見えてくる。その島の上空に到着すると、ジェット噴射を止め、後脚を展開して歩行形態に変えて一気に降下を始めた。大地に自然落下しながら着地すると、衝撃で空高く噴煙が上がり、ガメラは復活を告げるかのように高々と咆哮をあげた。


 TERAのオペレタールームの大画面には、再びこの世に姿を現したガメラの姿が大写しになっていた。オペレーターは、落ち着いた口調で、樋口に報告をする。
「ガメラ、鹿児島県、旧沖縄県那覇市に着陸しました」


 ギャオスインパクトで最も被害が大きかったのが、本土から離れた地理条件にあった沖縄諸島だった。避難しようにも、海上にも空にもギャオスがはびこっており、島を抜け出すことも救援に向かうことも不可能になってしまったのだ。米軍基地も、ギャオスの襲撃によって壊滅し、制海権も制空権も失った沖縄諸島は、温暖な気候も相まってギャオスの一大営巣地になってしまった。避難が遅れた一部の県民は逃げ場もなくギャオスの餌となり、沖縄は全滅し、住民がいなくなった沖縄は、鹿児島県に権限や機能を移行するしかなかった。ガメラが降り立ったのは、まさにギャオスの巣の中だ。
 じっと、廃墟となった建物を睨みつけるガメラ。意を決したかのように勢いよく大量の空気を吸い込み、それを一気にプラズマ火球にして吐き出した。地表すれすれをなめるように進む火球が建物を炎の中に呑みこむと同時に、巣を破壊されたギャオスが一斉に飛び出した。かなりの数が空に飛び出したが、火球に呑み込まれたギャオスもかなりの数に上っている。巣や卵を破壊され、怒り狂ったギャオスは一斉に超音波メスを発射した。ガメラは、それを甲羅で受け止め、腕で顔をガードする。ギャオスは必死に超音波メスを発射するが、新生ガメラの体を傷つけることができない。以前より、装甲の役割を果たす甲羅や皮膚の強度が格段に上昇している。すると、ガメラはガードしていた腕を開くと、特大の火球、ハイプラズマを発射した。炎にギャオスが飲み込まれ次々と爆発していき、南海の空を炎が覆っていく。
 やがて炭化したギャオスの死骸がばらばらと落ちてくる中を、旧市街地跡へガメラは歩を進めた。最初の攻撃で地上のギャオスは全滅しており、うごめく影は見当たらない。辺りを見回していたガメラは、何かを察し耳をすませる。じっとそのままで動かないガメラの頭上を、海上から高速で飛行して通過する影があった。スワロータイプ・ギャオスだ。彼らは持ち前のスピードと機動力でガメラを翻弄し、的を絞らせない。そして、ガメラをあざ笑うかのようにギャオスが超音波メスを浴びせながら急接近を繰り返す。その内、調子に乗った一羽がガメラの腕に噛みついた。だが、あまりに無謀なその攻撃は、文字通り命取りだった。空いたもう一方の手で強烈にギャオスを抑え込むと、その一撃ですでに戦闘不能になったギャオスの頭に噛みつき、その牙と顎の力で噛み砕いてしまう。今度のガメラは、ギャオスにスピードに対応できる想像以上に俊敏な動きを持っている。
 怒りによってさらに闘争本能に火がついたガメラは、ギャオスの群れに向かい、数発の火球を吐いた。しかし、その火球は通常のものと違い、真っ赤な炎ではなく白熱した火球だった。ギャオスの群れは、そのスピードであっさりかわしてしまう。しかし、火球は通り過ぎたかと思うと、方向を変えギャオス達を追尾し始める。追尾式の火球、ホーミングプラズマだ。それに気づいたギャオス達は必死に振り切ろうとするが、火球は方向を変えながらぐんぐんスピードを上げ、遂にギャオスに着弾した。ギャオス達が次々と落下し、何とか軽傷で免れたものもいたが、ガメラはそれを逃がさず、強烈な掌打で絶命させていく。


 長峰達は、田崎の案内で外に出ると、車両庫に向かい自分達を連行してきたものと思われる車を見つけた。同じような車両が並ぶ中、キーが刺さったままのものを見つけると全員そこに乗り込み、すぐに施設外へ車を走らせる。一刻も早く、この場を離れないとあまりに危険すぎる。次につかまれば、命の保証はないだろう。
 走行する車の後部座席で浅黄はケースを開け、オリハルコンの様子を確認した。驚いたことに、石の塊の様であったオリハルコンは、余分な部分が風化したように砂状になり、残った部分が完全な勾玉の形状に変化していた。先程のことを思い出して試しにとも子に勾玉を握らせてみた。やはり、とも子にだけ反応するようで、再びゆっくりと勾玉に光が灯る。

「とも子ちゃん、何か見える?」

 浅黄は、かつての自分の経験から、おそらく彼女の目を通してガメラの様子がわかるだろうと思ったのだ。やはり、とも子はガメラと交感しているようで、肉眼では見えない遠くの光景が見えているらしい。

「うん。ガメラ、どこか海のある所にいて、ずっと空を見ている。……、何か近づいてくる。ガメラと同じような感じだよ」


 侵入した衛星からのガメラの画像がTERAの大モニターに写し出される。オペレーター達は映像から得られるあらゆるデータを記録する。また、別のブースでは、勾玉を通してギロンに指示が送られ、ガメラ同様にギロンの状態を記録していた。その様子に厳しい視線を送りながら、樋口はモニターのガメラを見つめながら、不敵な笑みを見せながら呟く。

「さあ、ガメラ。互いにマナを持つ者同士の戦いを見させてもらうぞ。果たしてどうなるのか、これはこれで実に興味深い。新たな肉体を手にしたお前の力、ギロンで試してやる」


 自分に向かって飛来してくるギロンを視界に捉えたガメラは、鋭い目つきで睨みつけるや否や、プラズマ火球をギロンに対して放った。相手の出方を見るためだ。接近する火球に対し、ギロンはスピードを落とすことなく直進する。そして、激突する寸前、頭部の刃を高周波で振動させ、火球に真正面から突っ込んだ。その瞬間、振動によって拡散された炎が、那覇の空一目に広がり空は一瞬にして炎で覆われた。
 自分の技を破られたものの、ガメラは表情を変えることなく着陸してくるギロンを見つめている。着地したギロンは、まだ飛行の勢いを残しながら地表を土埃をあげながらスライドし、ガメラの背後に数百メートルの距離をおいて停止した。
 背後を取られても、ガメラは動こうとしない。じっと、相手の気配を背中で感じ取っている。何かを感じとったのか、首をわずかにもたげ、自分の背後をとった敵の気配に違和感を感じたようだった。何かがおかしい、本能でそれを察する。共にマナの受け皿として誕生し、ギャオスの敵でありながら、根本のところで何かが違う存在。ガメラはギロンをそう解釈した。那覇は、マナの神獣の戦いの舞台と変わる。

 静寂を破り、ギロンが跳躍し真っ直ぐにガメラの甲羅に頭部の刃で切りかかった。ガメラはそれを、わずかに重心を後ろに移し、自分の甲羅を相手にわざと回避せずに激突させる。間合いを変えられ、ギロンの刃は火花を散らせながら弾かれ、ギロンの体は後方に吹き飛ばされた。ガメラはすかさず振り返り、追い打ちをかけるべくギロンに向かっていく。    
 予想以上のガメラの甲羅の硬度に気勢をそがれたギロンだが、すぐに体勢を立て直し、強靭な後ろ脚で跳躍し再びガメラに飛びかかる。相手の動きを予想していたガメラは掌打で刀身に当たる部分を殴り飛ばした。再び、吹き飛ばされるギロン。ガメラは追撃のプラズマ火球を浴びせる。火球が胴体に当たる寸前、ギロンは体勢を立て直すと頭部の刃に火球を当てた。火球は、二つに切り裂かれ、後方の那覇市街に着弾し、廃墟の街は火の海に飲み込まれる。
 戦いはやや、ガメラに優位に働いている。ガメラは、ゆっくりとギロンの胴体側に回り込もうとじりじりと足を動かしていく。ギロンは、それを察して正面の位置を譲らない。次の瞬間、ギロンの体の二カ所の皮膚が剥離し、鋭い動きでガメラに向かって飛びかかった。ガメラは首をよじってそれを避ける。それを見た、ギロンの目つきが変わった。どこか、笑っているようにさえ見える。ガメラに避けられた二つの飛行物体は、空中で停止した。そう、一瞬だけ宙に浮かんでいるのだ。再び高速で動き出し、全くそのことに気が付いていないガメラの後頭部に突き刺さった。ギロンから剥がれ落ちた皮膚は、手裏剣の様な形と刃をもっていた。そして、硬度も刀身と同じだけのものがあり、危険な凶器に変貌している。予期しない方向からの攻撃と激痛に、ガメラは悲鳴をあげた。
 ギロンの体からさらに4枚の手裏剣が射出された。ギロンの脳波を受け、ガメラの周りを不規則な動きで浮遊している。ガメラは頭部にささった手裏剣をはぎ取り地面にたたきつけるが、それも再び浮遊を始め、六枚の鋭い手裏剣がガメラの周りを高速で動き始めた。必死に振り払おうとするガメラだが、それをあざ笑うかのように手裏剣は変則的な軌道で動き回る。接近してはガメラを傷つけ、距離を置いて翻弄する。次第に、ガメラの手足は傷だらけになっていく。その時、ガメラの体に衝撃と耐えようもない痛みが走った。
 苦悶の声をあげながら、ガメラは衝撃のもとに目をやる。頭部を超振動させ破壊力を増した刃で、ガメラの腹部に刃先を突き刺しているギロンがいた。ガメラの緑色の血が刀身を伝い、それがギロンの口に流れ込んでいく。ガメラの血で濡れたギロンの顔は、まさに悪鬼の表情だった。ギロンは、その血をうまそうに舐めまわしながら、もがき苦しむガメラを嘲笑っている。


「痛い!」

 とも子が小さな悲鳴をあげ、隣にいた浅黄がとも子の方を見て驚いた。いつの間にか、とも子の手足に薄い切り傷のようなあざが浮かび上がっている。だが、それには痛みがないらしく、とも子は右の脇腹を抑えていた。浅黄がそっと手をどけてみてみると、浅黄は声をあげてしまった。手足よりもより鮮明に大きなあざが浮かび上がっていたのだ。それを見てかつての自分の経験を思い出し、浅黄は悟った。

「この子もガメラと一緒に戦っている……」



 ガメラは腹部に刺さったギロンの頭部を両腕で挟み込んだ。その手足には、まだ手裏剣が突き刺さったままで、傷口からは大量の緑色の血液が流れ落ちているが、出血に構わず力を込めてギロンを引き抜いて放り投げた。腹部から血が噴き出し、そのまま力なく崩れ落ち仰向けに倒れていく。ガメラは息もするのも苦しそうだ。
 吹き飛ばされたギロンは、ガメラの方を向き再び態勢を取りなおすと同時に、両腕の爪を大地に突き刺した。すると、爪に光が灯りその光は頭部の刃に流れ込み、妖しい輝きはどんどん強まっていく。ギロンは、大地からマナを吸い取り、それを頭部に貯め込んでいるのだ。ギロンもまた、ガメラ同様にマナに干渉する能力を持っていた。
 同じくマナから生まれた怪獣であるガメラは、マナの流れを感じギロンの思惑を察した。ギロンはマナの力で体を強化し、ガメラを一気に切り裂こうとしている。何とか動いて攻撃から逃れようとするが、手足に刺さった手裏剣が邪魔で手足を格納も展開もできないため、ジェットを噴射できないでいる。それでも、わずかに体が動きガメラの視界にギロンの姿が目に入った。ギロンの頭部は白熱しながら輝き、十分にマナをチャージすると空高く跳躍する。このままでは、ガメラはギロンの巨大なギロチンで惨殺される。ガメラはめまぐるしく目を動かし、遂に活路を見出した。
 ありったけの空気を吸い込み、傾斜地に向かってフルパワーでプラズマ火球を発射する。火球は爆風と共に傾斜地に激突し、辺り一面を吹きとばすほどの大爆発した。それによって発生した爆風が斜面から反射して火球の通った軌道を逆進し、ガメラの体を後方に吹き飛ばしていく。間一髪のところでギロンは目標を失い、刃を大地に突き刺した。そこにクレーターが形成されるほどで、直撃すれば確実にガメラを仕留めていただろう。逆に、爆風によって地面を滑りながらガメラは手足に刺さった手裏剣を強引に擦り落とし、ようやく自由を取り戻した。そのチャンスを逃さず、すぐさま手足を収納しジェット噴射を開始し爆風に乗りながら回転しながら宙に舞い上がる。海上に飛び立つと、ガメラはいったん戦線を離脱した。
 ガメラを追い、ギロンも離陸し弾丸の様な勢いと軌道で追いかけてくる。スピードはギロンが上だ。しかし、機動力で小回りが利くガメラは、縦横無尽に軌道を変え、ギロンを翻弄する。ギロンも手裏剣を発射し脳波でコントロールしながら攻撃するが、さすがにガメラの甲羅を貫くことはできない。空中戦は、ガメラに優位に進んでいる。二頭は雲海に飛び込み、やがて雲の上に出た。二頭の頭上には青空が、下には雲海が広がる。二頭の怪獣は戦場を大空へ移していく。
 ガメラは、さらに回転速度をあげていく。噴射されるジェットがまるで光の輪のようになる。光に包まれながらガメラは、ギロンに正面から突っ込み、ギロンも超振動させた頭部の刃を最大出力で動かしながらガメラに向かっていく。
 両者が激突した瞬間、凄まじい衝撃と豪音が空に響き渡った。力技で勝ったのはガメラだ。甲羅の硬度と高速回転に弾き飛ばされたギロンは、きりもみ状態になって墜落していく。ガメラは、それを追って相手を射程距離に入れた瞬間、翼を展開し高機動形態になると、すかさずプラズマ火球を発射した。ギロンは、完全に狙い撃ちされたため避ける間を作ることもできず、火球が直撃する。まさに、ノックアウトの一撃だった。そのまま炎に包まれ墜落していくギロン。しかし、上空からギロンを見下ろすガメラは、今のままでは相手を完全に仕留められないことがわかっている。マナが自分とギロン、双方に等しく流れていることが、上空を吹く風のようにはっきりと感じられたからであった。お互いに同等のエネルギーが供給される以上、力関係は逆転せず、いつまでたっても勝負はつかない。しかも、今の状態でギロンを追うことは不可能であった。腹部の刺傷や手足の無数の傷は、無理な飛行と火球の発射で傷口がさらに広がり、体の至る場所から血が流れ、風であおられ霧散していく。ガメラは、方向を変えると、傷ついた体を隠すかのようにどこかへと姿を消していった。



[34396] ガメラ、イリス、そしてギャオス
Name: 馬耳東風◆ea650b68 ID:51deea7b
Date: 2012/08/18 20:53
 部屋のドアがノックされる音を聞き、長峰はドアに駆け寄った。ドアの向こう側から、聞き慣れた声が聞こえてくる。

「私です、斎藤です」

 長峰がドアを開けると、そこには斎藤審議官が立っており、彼の後ろには二名の男性が立っていた。彼らは、事務的に『失礼します』と言うと部屋に入ってきた。長峰の目には、斎藤とは違う一種の物々しい雰囲気のある男達に見える。
 脱走に成功した長峰達だったが、行くあてが全くなかった。いとも簡単に自分達の行動を察知されて捕われた以上、追手がすぐにかかる事が予想される。場所を厳重な管理のもとに秘密にしている組織のことだ、所在地を知った彼らの命が保証されるわけがない。安全な場所を確保する必要があった。しかし、暮らしていたアパートは真っ先に狙われるだろう。かといって、この奪った車でいつまでも逃げ続けられるものでもない。GPSなどで、追尾される可能性も高い。
 何より、とも子の様子が心配だ。心身がガメラとシンクロしているとも子の様子も次第にぐったりしてきている。恐らく、ガメラも重傷を負っているのだろう。

「何とか、身を隠さにゃいけませんなあ」

 大迫は、こういう状況に慣れているのか、今一番しなければいけないのは、安全を確保できる隠れ家だと認識しているようだ。同じことを長峰は必死に考えた、何とかこの状況から逃れなければ。
その時、ふと彼女の脳裏に光明が差し込んできた。時計も奪われてしまっていたが、陽がそれほど傾いてはいない、まだ今なら間に合うはずだ。

「大迫さん、次のシェルター入り口で降りましょう」

「え?」

 大迫は、少し驚いた様子だったが、他に策があるわけではないので同意せざるを得ない。助手席の田崎が車のナビを操作し、一番近いシェルターを探すと、一キロも行かないところにシェルター入り口あるのを発見した。そこに車を止めると、長峰を先頭にシェルターに駆け込んだ。とも子は田崎の背で眠り続けている。シェルター内に入った長峰は、しばらくあたりを窺うと、何かを見つけ真っ直ぐに走りだした。その先にあるのは公衆電話だ。
 二十世紀末に携帯電話が瞬く間に広がるのと同時に、急速に数を減らしていった公衆電話だったが、ギャオスインパクトの後、アンテナが破壊されるなどインフラが急速に悪化した。その中で、確実に通信のできる公衆電話が再び発達したのだ。その公衆電話に走り、通話に必要な効果を探す。少しでもいいからある場所に連絡をしなければ、安全な場所は東京にはないだろうと、長峰は切羽詰まった状況で考えている。だが、所持品はすべて取り上げられており、通話に必要な硬貨がなかった。

「やっちゃいますか……」

 大迫は、靴を脱いだ。皆、彼の意図を察し、周りから彼の姿が見えないように取り囲む。そして、彼は公衆電話の側面を、堅い革靴の靴底で何度も殴りつける。その内に、叩かれている場所がひしゃげてきて金具が外れると、そこから硬貨が流れ出てきた。

「まあ、若い頃に少年課にいまして、悪ガキがこういうことをやらかした現場に足を運んでいたので、やり方を知ってはいたんですが……。警察には、黙っていてください」

 元警官が何を言うんだという視線を浴びながら大迫は頭を下げている。だが、非常時の上、必要なのは十円玉数枚で、それだけで事足りるのだ。ばれたとしても、頭を下げて罰金を払えばいい。こんな命の保証もままならない世界で、それぐらいは痛くも痒くもない。
 硬貨数枚を電話に入れ、一つの電話番号を押す長峰は祈るような気持ちだった。向こうにいる人物が不在なら、そこで望みが断たれてしまう。果たして、彼女の祈りは通じた。

「はい、斎藤です」

 長峰がかけた電話の相手は、斎藤審議官だった。以前、奈良で起こったイリスの事件の際も連携して事に当たっていた長峰は、緊急時の際の斎藤への直接の連絡先を教えられていたのだ。彼に直接この番号でアクセスできるのは、ごく限られた人物だけである。

「長峰です、お話したいことが」

「この番号にかけてくると言うのは、よほどのことですね。今こっちはガメラやギャオス、新しく現われた巨大生物について、大変な騒ぎですよ。あなたはいったいどこで何を……」

 長峰は斎藤の話を遮って、自分達の状況を伝えた。TERAのこと、新たなガメラのこと、施設からの脱走……。一連の話を聞くうちに、電話の向こうの斎藤の様子も変わり始めた。

「なんですって、あの組織と接触を……。落ち着いて、今から私の言うことを聞いてください。現在の あなた方の状態は非常に危険で不安定な状況です。命の保証もできません。確実に敵の目から身を隠さなければならない」

「どうしたらいいですか」

「いいですか、今すぐに私が指定するホテルに向かってください。そこへ行く間、誰にも話しかけても話しかけられてもいけない。どこかによってもいけない。まっすぐ、最短距離、最短時間で向かうのです」

 長峰は、ボックスの中にメモ用に備えてあった鉛筆と紙きれをとり、斎藤の言うホテル名を記入した。

「あなた方のいる場所からなら、幸いなことにそこは近い。いいですか、入ったらフロントには向かわずにホールにある大きなヤシの植木に向かいなさい。そこに鍵がある。手続きも何も必要ない。まっすぐ、その部屋に入るのです。そこは政府の要人や官僚、後ろめたい密会にも使う、いわゆる『クリーン』な部屋です。わたしも、至急そちらに向かいます」

 そこまで言うと電話は切られた。長峰は、その行き先のメモを田崎に渡した。

「この場所に向かいましょう。」

 長峰からメモを渡された田崎は、そこを知っていたらしく、

「ここなら、地下鉄で乗り換えせずに行けますよ」

と言った。持ち合わせがない彼らは、目を見合わせると電話機から流れ出た硬貨を数枚ずつ手にする。なんでこんなことに、という思いが皆の顔に浮かんでいたが、これは緊急事態、人命がかかっているのだと解釈し、地下鉄に乗り込んだ。指定されたホテルの近くの駅で電車を降りると、ホテルのロビーに入っていく。確かに、ホールの中央には立派なヤシの木が植えてあった。そして、部屋のカードキーも確かに植木鉢の中に一部だけ顔をのぞかせて埋まっている。周りを見渡しながらそれを取り、斎藤の指示された部屋に入り、彼らはようやく一息がつけたのだった。
 とも子をベッドに寝かしつけ、他の者もどっと疲れを覚え、ベッドやソファーで休息をとっている。誘拐、拷問、尋問、脱走、散々な一日だった。ようやく緊張が解け、リラックスしたころに、斎藤が到着したのだ。 


 斎藤が連れてきたのは、公安の人間だった。秘密結社であるTERAの情報を、そこに勤め、裏側も知ることになった田崎に聞き込み調査を行っている。

「だいぶ、お疲れのようですね」

「ええ、まあ。でも、安全な場所を用意していただいて本当に感謝しています」

「政治家の様に表ではなく、その裏側で仕事をする官僚の世界で生きていくには、平凡な部下百人より、信頼できる部外者の友人を十人持つ方がどれだけ力になるか。ま、官僚の世界は生き馬の目を抜く厳しいものです。世間から言われるほど、内部は甘くはないですよ。少なくとも、私にとっては。そこで生きのびる上での戦術ですよ。まあ、皆さんには気持ちのいい光景には見えないでしょうが。それで、この子がガメラと?」

「はい。そのようです」

 斎藤は、とも子のそばにより様子を見ながら額に手を当てた。

「これはひどい熱だ、医者や薬を用意させましょう」

 長峰と浅黄は、冷静に物事に対処し、冷たいイメージがあった斎藤の対応に意外そうな表情を浮かべてしまった。それを見た斎藤は、

「何か、おかしいですか? 私にも、娘がいてね。こう見えても、一応は人の親です。もっとも、仕事にうつつを抜かしてしまい、地球どころか家庭の平和すら守らなかったせいか、おかげで社会人になった子供は、めったに顔を見せませんがね」

と、ばつが悪い顔で言った。

「まあ、それは今はどうでもいいことなので、話を戻しましょう。ガメラは旧沖縄県に現れ、那覇市に営巣していたギャオスを殲滅、近海上にいた亜種も同様に撃退しました。その後、新たに出現した巨大生物と交戦、ガメラはその後、不安定な飛行を続け宮城沖に着水、巨大生物は鹿児島湾に墜落し、その後の行方は調査中です」

「恐らく、その巨大生物がギロンです」

「確かに、情報と状況をつなぎ合わせればそうでしょう」

 浅黄も会話に入ってきた。

「彼らは言っていました。ギロンはギャオスを統制し、ガメラと並立し、似て非なる者だと」

 その言葉に対し、やはりという表情を斎藤は見せた。

「やはり、そうでしたか……。わたしも、ギャオスインパクト以降に、この組織のこと情報を事細かに調査を始めたのですよ。朝倉美都のギャオス変異体に積極的に関わるあの行動に疑問を持っていたのでね。明らかになったのは、世界中に勢力を誇る組織グループの中で、日本で活動する派閥は非常に急進的でしてね。カルト集団的な色を持ち、まさに異常としか言えません。公安も本腰を入れて捜査をしていますが、本丸に関わった人間に接触するのは、あなた方が初めてです。それ以外は……、言わなくてもわかりますね。朝倉美都もこの一派で、調査を調べていくと彼らは、日本の建国にも関わるという驚愕の事実が判明したのです。」

「日本の建国に関わる組織なんて……」

「苦労しましたよ、ここまで調べるのは。しかも、秘密裏にですよ。知ってしまった以上は、知らざるを得ないのですが、何しろ相手が相手です。下手をしたら、こっちが消されます。私も家族がいるので、命が惜しいのが正直なところです。個人単位では動けない。そこで、公安にこの件を持ちかけ、巨大生物審議委員の名のもとに配分される予算の一部を公安に流し、ようやくここまでたどり着きました。まあ、予算を作り、勝ち取り、使う。世間一般でいろいろと揶揄される官僚の仕事のある一面ですよ」

 部屋を変えようと斎藤は二人を連れ、ドア一枚で仕切られている隣の部屋に移り、二人をソファーに座らせると、ブリーフケースから、何枚ものプリント用紙を取り出し、それらをテーブルの上に広げて語り始めた。

「これから話すことは、あくまで伝承でのみ伝えられてきたことです。しかし、ガメラやギャオスの存在、世界各地に確かに存在する組織など、驚くほどの符号を見せていて、私はこれをほぼ史実と考えています」

「この国の成り立ちにも関わってくるという点もですか」

 長峰は、斎藤の話に聞き入っていた。理系の長峰にとって、決して詳しいとは言えない分野であるが、非常に興味を刺激される話であるのは間違いない。文化や歴史の面からガメラを調査していた浅黄はなおさらだ。二人の興味が高まっていることを表情から感じ取った斎藤は、膨大な資料から浮かび上がった事実を整理しながら語り始める。

「紀元前、すでに列島には多くの人々が住んでいました。日本で独自に発展していた縄文文明のころになりますかね。当時の人々は海流を巧みに利用することで、想像以上に大陸のとのネットワークを持っていたというのは、よく知られていることです。様々な民族がこの日本に辿り着いていましたようです。その中に、超古代文明の末裔もいたと思われます。彼らは、この世界に生きるものすべて、世界を形作るものすべてに大いなる力が宿っていると考えていました」

 その分野に関しては、浅黄が最も理解が深くすぐに気がついた。

「それって、マナのことですね」

「その通り。彼らの信仰対象は、この世界を構成する事象すべてです。元々、気候に恵まれ自然豊かな列島ですから、すぐにその考えは馴染んだのでしょう。アニミズム、そして多神教へと時が流れるとともに形を変えていきます。彼らは特に、海を重視しました。海の向こうに、人と大地の契約の証があると信じて。つまりガメラのことです」

「この国で、そんな古代からガメラが崇められていたなんて」

 浅黄の言葉に、斎藤は苦笑しながら答えた。

「まあ、私も絵空事のように感じますがね。ほとんどが伝承で確証らしきものがない。しかし、現代のおけるこの状況と話が繋がり、証拠が揃っている以上、そうとしか言いようがない。ですが、思い出してください。ガメラの甲羅に残されていた碑文は、ルーン文字で構成されています。この文字は、北欧神話にも出てくるものですが、実際に北大西洋一帯の文化圏に広まっていた現実の文字です。ガメラと言う存在は、それだけ深く広い伝説に包まれた太古の存在と言うことになりませんか。ガメラの存在を史実として知っていた者が存在し、伝聞した結果が神話として残ったと」

「確かに……。絵空事のような超古代文明。でも、ガメラは神話の中にも存在するルーン文字系列の言語が刻まれた文字を背負って海を彷徨っていた。そうなると、ガメラはやっぱり神話時代に遡る時代からの、いえ、もっと昔からの史実の産物と言うのが、一番しっくりくる仮説かもしれません」

「実際にも、神話は絵空事と片付けていい事象が、実は現実の出来事だった事があります。もちろん、伝承には誇張は入ります。ですが、その中に真実は存在し、誇張の中に隠されながら現代に生き残っているものです。たとえば日食。あらゆる地域の神話の中に登場する吉兆を告げる。これは現代の天文学で予測も過去に起こった時期も推測はできます。まさに、神話が語ったことが誇張を含んだ現実だったわけです。ノアの箱舟に代表される大洪水伝説も、偶然とは言えないほど符合する点が多い伝説が各地に点在し、その頃に大洪水があった事も、可能性がないとは言えなくなっています。大体、明治維新を考えてください。近代の出来事にも関わらず、西郷隆盛の顔はわからない、坂本龍馬の暗殺の真犯人は不明。近代のことが伝説に包まれて真実が見えてこない。でも、彼らの存在は確かであり、明治維新は事実であり、別の側面では早くも神話化しています。超古代も同じようなものではないかと考えています」

「ガメラも、神話に包まれている超古代文明の遺産であり、その存在自体が物証と言うことですね」

「強引な解釈ですがね。それに、伝説上の生き物、玄武。あれ、ガメラによく似ていると思いませんか。アジア一帯の古代人は、やはりガメラのことを伝聞によって信仰の対象にし、記憶の彼方に持ち続け崇めたんですよ」

 斎藤は一息入れて、そのことについて書かれたメモ帳を取り出し、再び喋り出した。まだまだ、彼が調べ上げたことは多いようだ。

「紀元後、このガメラを信仰する者が住む地域に別の新たな一族がやってきます。それが、TERAの前身です。彼らは、ギャオスの卵を見つけてはそこに定住し、よそ者がそこを荒らさないようにしていました。彼らの信仰対象はギャオス、母なる大地を汚す人類はギャオスによって地に還るべきだと。どうして、こんな自殺願望の様なものを信じる気になるのか、私にはわかりませんが……。彼らは日本国内に入り込み、ギャオスの卵を探し続けます。まずは、現在の長崎。そして東へ東へと移動し、奈良で卵を発見したのでしょう。そして、その移動の度に先住民族と衝突を繰り返します。異民族同士の接触は、何かとトラブルが起きやすいのは古代も現代も一緒です」

 長峰は、ある鮮明な記憶が甦り、はっとした。奈良で発見された卵……。

「それはもしかして、南明日香村の出来事につながることではないですか」

「そうです。あのギャオス変異体が出現したあの村です。実は、これらのことを調べるのに一番資料が揃っていたのがここでした。柳星張を祀る神社の守部家の刀自、今は代が変わって若い男性の刀自でしたが、その家に伝わる伝承の他に、公開しないという約束で古来の文字で書かれた木簡を提出してくれたのです。正直、これらがすべて翻訳され公開されると、我が国の歴史を根幹から揺さぶり、いやひっくり返しかけないような代物でした。当時から、大学が調査に入りたがったわけですよ。歴史に興味が薄い私ですら、興奮しましたからね」

 次第に、話は想像以上に壮大なスケールを持ち始めていく。ここまで来て、話を途中でやめることはできないところまで来ている。

「そんなにすごい内容なんですか」

 浅黄は問いかけた。その分野について研究を続けている彼女にとっても、それは好奇心を激しく刺激する話だ。そして、もう自分達は引き返せないところまで進んでいると感じていた。ならば、前に進むしかない。

「混乱の極みにある現代にこれを公開するには、少々刺激が強すぎますね。小出しにするか、平和になりもう少し歴史観の成熟が必要だと思います。古代のあらましについては、様々な説があります。守部家の提出された資料が、現在バラバラになって散見しているこの国の古代の真の姿の原型を表しているのでしょう。問題なのは、ガメラを信仰する民族とギャオスを信仰する民族の間にあった出来事です。片方は、人もまた地球の一部としての生命を尊重する、片や母なる大地のもとに人類は強制的にでも戻るべきだという信仰です。根本的に発想が違うわけです。どうやら、深刻な宗教戦争のようなものがあったようですね。しかし、あまりに凄惨な現状にどちらも限界を感じます。そこで、非常に複雑な取引があったようです。ガメラを信仰する側の譲歩は、卵の安置の約束、卵のために社を建てて祀ることの二点。ギャオスを信仰する側の譲歩は、敵の神である玄武の形式で祀ること、そして玄武の神体の安置です」

「まるで、お互いを譲歩するように見えて、相手のいちばん避けたいことを要求したわけですね。でも、滅ぼした側、あるいは怨霊やオニを祀って、その霊力にあやかると言うのは、日本独特の信仰ですから、辻褄は合います」

「祀りたくないものを祀り、同時に自分の信仰するものを並べたてようとしたのです。だが、互いにそれで納得するしかなかった。祠を建て卵を保護し、信仰の象徴である勾玉を備え、ガメラを象った玄武の彫り物を神体として並べたてます。ただ、深刻な問題はそこです。現在、この世界の状況を作った原因がこの国にあることですよ。ギャオスの卵の分布は世界中に広がっていましたが、特にこの国に高確率で集中していたことは、非常に疑問でした。しかも、ギャオス出現は日本が皮切りです。それが、わが国の祖先の宗教戦争の産物による保管の結果だと公表されたら、この国の信頼をどれだけ損ねるか。世界の破滅の引き金を引いたのは、日本と言うことになるわけですからね。メンツどころの話じゃありません」

 長峰も、二人の話を聞くうちに事の大きさを理解してきていた。ギャオスを追って世界中を飛び回った彼女は、ギャオスの脅威とともに、そこに向けられる憎悪も激しいものだった。それらが、日本一国に注がれたら……。ギャオス以上に恐ろしいことかもしれない。
彼女は、その古代の話の続きを聞かずにはいられなかった。

「卵を破壊するという動きはなかったんですか。幾らなんでも、ギャオスの卵と知っていれば、いつまでも放置はしておけないはずです」

「当然、その動きはあったでしょう。しかし、非常に興味深いこんな伝承が残っています。村の者が、興味本位で祠に忍び込んだ所、一晩して帰ってくると彼は気が触れていたと言います。また、落ち武者が祠に身を隠していました。しかし、彼らは全員が互いを斬り合って死亡したという奇妙な言い伝えが守部家の記録にありました。卵に近づくものは皆、精神を病み死んでしまうんです。古代の人間にとって、これほど恐ろしいものはありません。その祟りを恐れ、伝承が広がっていき卵は守られたのです。ギャオス変異体が人の精神に感応するという報告がありましたね。あれですよ。ギャオスは、自分自身でこの世に誕生する時を待って、自衛していたんです。そして、ガメラに対する憎しみ、駆逐されていくギャオスの断末魔の叫び、そして、自分の近くで憎しみを抱きながら暮らしていた少女の精神を糧に成長していった……。朝倉美都たちは、あの変異体と精神をシンクロさせることで、あれを操ろうとした。変異体はギャオスの群れを統率するものとみなしたのでしょう。それが失敗すると、確実にコントロールできる上に、ギャオスの数をコントロールする存在を生み出す方法に切り替えた、と。最後の部分は、私の想像ですがね。ちなみに、守部家に伝わる宝物、いや、御神体は剣です。剣は斬るもの」

 長峰と浅黄はある光景を思い出していた。一人の少女がギャオス変異体・イリスに精神面で強制的にシンクロさせされる。少年がそこに剣を投げつける。少女は、イリスの呪縛から解放され、自我を取り戻す……。

「ギャオス変異体の精神操作を断ち切るためのものだったわけですね」

「おそらく。そして、村の力自慢が揃っても動かせなかった玄武の石が、中学生の手で動かされていたこと。この重量の変化は何かと考えていくと、この玄武の石はギャオスの孵化を抑え込んでいた。つまり、マナと言う存在が込められていたのではないかと言うことです」

「浅黄ちゃんが前に話してくれましたが、ギャオスの大量発生は、ガメラがレギオンを倒すために、大量かつ急速にマナを消費したことによるものではないかと言うことです。逆説的にいえば、玄武に込められたマナが卵の孵化を抑制したというのは十分にあり得ます」

「彼らは、超自然的なエネルギーを十分に理解し、扱える文明と技術を伝えられていたことになります。人類の生存を望む側も、破滅を望む側も」

「じゃあ、TERAは人類の滅亡を望んでいると」

「古代人のように、人類滅亡などというストーリーは、現代に生きる彼らにはありません。彼らはきわめてリアリストです。ギャオスの数をコントロールすることで、国のパワーバランスの調整、人口の管理などを行いたいんですよ。ギャオスが少ない地域は経済が発展しますし、人口が多い地域にギャオスを集中させれば口減らしになり、食糧問題も解決できます。そして、そのやり方が発展した先には、各国の経済活動を左右するノウハウが構築されていきます。各国政府に裏側で取引を持ちかけ、裏舞台から人類を管理する。そういう考えをする連中ですよ、やつらは」

 浅黄が唇をかみしめながら、呟いた。

「傲慢すぎる……。しかも、マナまで自分達の都合のいいように扱って。命をかけて、人類を見捨てずに信じて戦ったガメラは一体何どうなるんですか。これじゃあ、あんまりです」

 斎藤は、いったん立ち上がり部屋を出ると、二人分のお茶を持って戻ってきた。いつの間にか、だいぶ時間が経過している。スケールの大きな話に、少しのめり込み過ぎたのかもしれない。

「まあ、落ち着いてください。話はまだ少し先があります」

「すみません、気を使っていただいて」

「これから先の行動は重要になってくるのはわかりますね。ギロンを生みだされた以上、人類はギャオスとは異質のの脅威にさらされ、危険な集団に首根っこを押さえられているわけです。そこで、問題はガメラです。以前は、ガメラへの対応を誤ったために、被害が拡大してしまった。閣議では、ガメラ援護で固まるのは間違いないでしょう。ただ、問題があります。」

「問題、ですか」

 長峰にも浅黄にも、何が問題になるのかわからなかった。ガメラの働きは沖縄での戦いでも明らかで、人類の味方をしてくれるはずだ。何が問題になるのだろうか。

「ギロンの存在が問題です。あれがいなければ、ギャオスの攻撃に自衛隊も専念できる。足利での作戦同様、ガメラとも共闘が十分あり得ますよ。だが、ギロンの存在が非常に厄介です。ギロンがガメラと同等の能力を持つ上、TERAのコントロール下にあるとなると、作戦の大きな障害です。我が国の兵力はかなり弱まっています。戦力を集中しなければ、ギャオスの掃討に当たれない。ですが、ギロンがわが軍に向けられたら、全滅でしょう。国の中に自律思考の大型戦闘機を所持するテロ組織がいるようなものです。まずは、あれを倒さなければいけません。さもないと、ガメラはギロンに殺されるでしょうね、」

「殺される……」

「そうですよ、草薙さん。ギロンはTERAの管制下にあり、彼らのバックアップを受ける。新たなガメラの戦力を分析し、的確な指示と戦術を与えます。その気になれば、野生のギャオスをコントロールせずに戦略に組み込むこともやるでしょうね。ですが、確実な形でガメラにサポートとしてついているのは、あの幼い子供だけです。我々は傍観者にならざるを得ない。圧倒的に不利です。多勢に無勢とはこのことです。我々の援護を封じられ、戦略も立てられないのでは、確実にガメラは殺されるでしょうね」



[34396] 唯一無二の存在
Name: 馬耳東風◆ea650b68 ID:51deea7b
Date: 2012/08/13 14:41
 斎藤が帰った後、ようやく長峰達は食事の席についた。田崎は、食事もそこそこにして娘につきっきりだ。食事を済ませると手配された着替えを持ち、長峰と浅黄は隣の部屋に移動した。これも斎藤が気を使って手配したものだ。時計を見ると、すでに零時を過ぎていた。あまりにもたくさんのことが立て続けに振りかかった一日が終わり、どっと疲れが出た二人は、シャワーを浴びるとベッドにもぐりこみ深い眠りに入った。

 眠りを妨げる音が枕元で鳴り響いた。電話のベルだった。時計を見ると六時を過ぎたばかりだ。眠い目をこすりながら、長峰は受話器を取る。

「長峰さんですか」

「斎藤さん、何かあったんですか」

「でなければ、こんな早朝に女性に電話をかけるほど、悠長な身分ではありませんよ。ウラジオストクから飛びだったギャオスの一団が日本に向かっています。間もなく、日本上空に到達するでしょう」

「ギャオスが先に動いたわけですね。彼らは、コントロール不能の存在ですから、本能に基づいて動いているだけのはずです。ガメラやギロンは」

「未だ、動きなしです。恐らくTERAはこのギャオスの一団に手を出すつもりはないでしょう。日本にはギャオス掃討に向かわせるだけの戦力がないことは、よくわかっているはずです。自衛隊が出動しようがしまいが、彼らにしてみれば痛くもかゆくもないと踏んでいるんでしょう。もし、ガメラが動けば自衛隊も動くのも予想済みでしょうし、その場合は妨害に入る、そんな算段でしょうね」

「今のままでは、自衛隊は動けないと」

「出動を今すぐにでも許可したいところなのは閣議の一致した見解ですが、正直言って、我が国の現在の戦力では勝算がないところが実情です。このままだと、人口密集地域にさしかかる時点にならないと、出撃命令は出ませんね。残っている戦力が壊滅させられたら、再建するだけの体力は、もうこの国にはありません。その場合は、TERAの傘下に日本が入ることはわかりますよね。一度結果を出した彼らは、他の先進国にも同じことを仕掛けていく。無論、これを知っているのはごく一部の者だけですが、最悪のシナリオのその先は想像がつきます。しかし、ガメラと共闘できる状況が揃えば、事態は一変するでしょう。足利や京都でも共闘している『前例』がありますからね」

「前例が好きな世界ですからね」

「朝から皮肉がきついですね。今、与えられる情報はこれだけです。何かそちらで、変わったことがありましたら連絡を。私も、これから情報を探ります。それと、これは吉報です。あなた方の情報を基に、公安がTERAに対して本日動くようです。すべてを知ったあなた方だから言えることなので、これは内密に」 

 長峰と浅黄は着替えを済ませると、隣の部屋に向かった。部屋には大迫や田崎の他にも、公安から派遣された本郷と田中という警護の人間がおり、長峰達を部屋に通す。公安の人間と言うことで物々しい雰囲気を連想するのだが、どちらも物腰が柔らかく、誠実さを真っ先に感じる好印象を与えていた。大迫は、傷の手当てを自分でするなど、だいぶ回復している。元々の体力が違うのだろう。逆に、本郷達によると田崎はほとんど一睡もせずに娘のそばにつきっきりだったそうだ。

「田崎さん、とも子ちゃんの様子はどうですか」

「熱はだいぶ落ち着きましたが、ずっと眠り続けています。優に十二時間は超えていますよ」

 皆で、とも子の眠っているベッドそばに集まり、様子を見つめている。だが、とも子は眼を覚ます様子を見せず、静かに寝息をたてながら眠り続ける。その様子を見て昔の自分を思い出した浅黄は、田崎に話しかけた。

「田崎さん、勾玉はどこに」

「オリハルコンですね。ええと、ああ、ここだ」

 田崎は枕もとのスタンドのそばに置かれていた勾玉を手に取った。浅黄はそれを受け取ると、とも子の掌に乗せそっと握らせてみる。すると、うっすらとほんのりと勾玉に暖かい光が宿る。浅黄が自分の経験から予想した通り、それとともに、とも子がうっすらと目を開けた。だが、まだ表情は弱々しく、完全に回復したわけではなさそうだ。

「とも子!」

「お父さん……」

 ようやく、口を開いたとも子に、田崎は涙を流さんばかりの表情で話しかける。

「とも子、すまなかったな。お父さんが勝手なことをしたせいで、まさかお前にここまでつらい思いをさせるとは……。ごめんな、ほんとにごめんな」

「お父さん、泣かないで。大丈夫だよ。ちょっと痛かったけど、ガメラと一緒でも全然怖くなかったよ。それに、ガメラも色々な事を話してくれたよ」

「お前、ガメラと話ができたのか」

「うん。最初は怖かったけど、本当は優しいんだよ。昔、あたしみたいにガメラと一緒に話をした人がいるって教えてくれたんだ」

 会話を聞いていた浅黄は驚いた。確かに、ガメラと浅黄は一度シンクロして、その後もある程度精神がつながっていたのは事実である。しかし、それは京都で壮絶な死を遂げたガメラだ。別個体の今のガメラが、どうして浅黄の存在を認知しているのだろう。頭の中に浮かんだ疑問は、やがて彼女を次第にある一つの結論に引き寄せ行くのだが、彼女はそれをにわかには信じることができないでいる。その結論通りなら、ガメラの存在に対する認識が根底から覆されるからだ。

「とも子ちゃん、本当にガメラは、自分と一緒に話をした人がいるって言ったの」

「うん。一緒に戦ってくれた人だって」

「まさか……」

「お姉ちゃん、一緒に手を握って」

 とも子は浅黄に勾玉を握った手を差し出す。浅黄は息をのみながら、とも子の枕元に近づき、勾玉が握られた手をそっと包み込むように握った。考えていてももう答えは出ない。答えは目の前に存在し、手に伸ばさなければ得られない。手を握りながら、心の扉を開け放つ。すると、勾玉に宿っていた光はさらに輝きを増し、炎のような光を放ち始めた。部屋にいた人間すべてが、息をのんでその光景を見守る。

 いつのまにか浅黄ととも子は、心から体が遊離し不思議な一種の精神世界を漂っていた。どこまでも広がる無限の空間。その至るところから様々な視覚や聴覚を刺激する情報が、矢のように二人を通り過ぎていく。

「お姉ちゃん、あれ、なんだろう」

 浅黄が、とも子の指さす方向を見ると、一つだけ静止している情報があった。まるで、これを見ろと言わんばかりに、二人の目の前で自己主張しながら浮遊しているのだ。そこに二人で歩み寄り、それをじっと見ている内に、浅黄はその情報と自分の記憶に一致する部分があることに気がついた。

「あれは、京都……」

 確かに、その景色は京都である。だが、そこは燃え盛る終末の世界だ。しかも、その光景はカメラで撮影されたような鮮明で固定された映像ではなく、揺れやゆがみが入る主観的なものだった。しかも、その視点は街を俯瞰している……。そう、二人いる場所は、ガメラの記憶の中だった。その事実に驚きながら、燃え盛る京都の記憶の中に二人は取り込まれていった。 
 それはもう、映像ではなく、自身が体験しているようなリアルで、主観的な眺めだった。その目の前を、炎に照らし出された巨大な影が横切った。
 ギャオスだ。ギャオスの群れが空を覆っている。ギャオスが覆う空から、炎に包まれた物体が地上に落ち、爆発した。どうやら戦闘機のようだ。

「間違いない、これはガメラの記憶。でも、あのガメラは死んだはず」

 まさにそうだった。1999年の夏、ギャオス大発生が起こり、人類の大半が姿を消すことになった事件、ギャオスインパクトの始まりであるガメラとギャオスの大群との交戦だ。そのガメラの戦いを二人は、ガメラの記憶のビジョンから体験しているのである。
 プラズマ火球によって撃ち落とされるギャオス、あらゆる方向から超音波メスを浴びせられ、鮮血を吹き出しながら戦うガメラ。まるで、自分の体に疑似的な痛みすら伝わってくる感覚に襲われる。シンクロしている時とはまた違った感覚だ。飛び交う光線の煌めき、辺りを覆う炎の熱さ、すべてが実体験のように伝わってくる。やがてビジョンは、凄まじい炎の奔流に覆われた。ガメラが最後に放った技だ。これにより、多数のギャオスが葬られ、ガメラもまた絶命した。
 しかし、映像は終わらなかった。問題はここからだ。ガメラが死んだのなら、そこで映像は終わるはずなのだが、炎に覆われ真っ白になった映像は消えることなく、数十、数百の小さなビジョンに分かれていった。それらは、焼け焦げた大地に、炭化した森に、半ば蒸発した川に、かろうじて残った町に、生命の息吹を失いつつある海へと飛び込んでいく。そして、やがて再生していく自然、たくましく生きる人類や生命の営みをずっと映し出していた。ガメラの意思は無数に分裂し、マナへ還元されて地球へ戻っていったのだ。肉体を失うことはガメラにとっては、他の生き物と同じ意味ので『死』ではないのだ。

「ガメラは、死んではいなかった……。あれからずっと人類を、この地球を見守ってきたのね」

「お姉ちゃん、あれ見て」

 とも子の声に我に返った浅黄は、ある一つのビジョンを見た。大地を枯らし海の息吹を奪いながら、マナの光が強引に抜き取られ、あらゆる場所から一点に集まり一つの影が生まれつつある映像だ。その周辺の海水は濁り、魚達が死に絶えて海底に沈んでいく

「ギロン……。マナを強引に抜き取って生み出したのね。たくさんの命を奪って、ギロンは製造されたんだわ」

 このビジョンがあるということは、ギロンの誕生をガメラも感じていたことになる。肉体は失われても、耳や目はしっかりと地球に向けられていたようだ。やがて、四散していたガメラの魂はゆっくりと移動を始め、ある一点、ガメラの墓場に無数に眠る内のある一つの骨格に集合し、もう一度この世で活動するための肉体を再生させていった。

「マナヲ、モテアソブモノハ、ケッシテユルサナイ」

 浅黄は驚いた。聞いたこのない声だった。いや、声とも違う、魂に直接語りかえるような力強さと優しさを備えた中性的ともいえる声だった。だが、浅黄には初めてという感覚が希薄で、むしろ懐かしさを覚える声である。

「ガメラ、なの」

「そうだと思う、お姉ちゃん。ガメラの声、覚えてないの」

「ううん、こんな風に話をするのは初めて。だから、初めてガメラの声を聞いて、驚いたの」

 二人の会話に応えるように、その声は二人の魂に語りかける。

「ガメラデハナイ。ガメラニセイメイヲフキコム、コノホシノイシ。ガメラヲトオシ、オマエタチノココロニ、ハナシカケテイルニスギナイ。マナ、コノホシノイノチ。ヒトハ、ソレヲツカイスギタ。ソシテ、ガメラモ。ダカラネムッタノダ」

 浅黄は、かつて学んだマナの思想を思い起こした。万物に宿る命、精霊、エネルギー、意思……。地球に直接繋がる、物質と非物質の間を彷徨うもの。それらが今、ガメラという一つの存在につながっていく。

「マナヲウバウモノガイル。ソレハ、セイメイノマガイモノ、ホシガウンダイノチデハナイ。イノチヲマモルタメ、ガメラハソンザイスル。スナワチ、ユイイツムニノソンザイ」

 地球意思の言葉は、浅黄にはわかった。ギロンはマナを盗み、製造される限り増え、他の生命を管理する。それはあってはならない存在。逆に、ガメラは地球が遣わし、数多くの器の中からたった一体しか生まれない唯一無二の存在。ガメラの墓場には無数の骨格が廃棄されていたにも関わらず、再生したガメラが一体だけなのは、ギロンと対極の存在であるガメラだからだろう。この星のどんな命にも属さず、肩入れせず、平等に接するがゆえに、孤独な存在に規定され、唯一無二でなければならない。しかし、浅黄は不安があった。もし、人類が再び環境破壊を進めていけばどうなるのか。地球意思を優先し、ガメラが人間を排除する恐れは、彼女がずっと抱えてきた懸念であり、一つの恐怖だった。

「お願い、これだけは教えて。人間の行い次第で、ガメラは私達の敵になるの?」

 浅黄とって、もっとも怖い質問だった。前世紀末、人と関わりを断ったガメラに対して抱いた疑念だった。そんな詐欺の心に応えるように、地球の意思は降り注ぐ。

「ヒトハ、ホシガウンダイノチ。イノチハ、ガメラガマモルモノ。スベテノイノチトトモニ、ガメラハアル。ヒトモマタ、ヒトシクガメラガマモルモノ。サカエルトキモ、ホロビルトキモ」

 ガメラの命に対する思い、地球に与えられた使命。そして、大きく、強く、時には猛々しくもある愛情。浅黄はようやくガメラと言う存在の真の意味を理解できた思いだった

「ありがとう、それが聞きたかった」

 すると、今度は地球意思が思いがけない言葉を発してきた。

「アサギ、トモニタタカイ、シンジツヅケテクレテ、アリガトウ。……、ガメラノ、オマエヘノイシヲ、コトバニカエタ。ガメラニモ、ジガハアルノダ。アレハ、ニンギョウデハナイ」

 浅黄は驚いた。やはり、ガメラは肉体こそ違え、その魂は変わらずにあったのだ。器でありながら意思を持ち、自分自身とつながった一つの意志であり、唯一無二の存在と魂、それがガメラ……。地球の声は、とも子にも語りかける。

「トモコ、アトスコシダケ、チカラヲ。ギロンガイル。ダカラ、ソノココロヲガメラニ……」


 浅黄ととも子は、一瞬にして現実世界に戻ってきた。その二人の様子を、皆が固唾をのんで見守っている。時計は一分も経過していない。二人が体験したことは、どうやら数十秒の間の出来事だったようだ。

「浅黄ちゃん、大丈夫なの」

 長峰の声に我に返った浅黄は、ようやく現実に帰ってきた実感を得た。

「はい、大丈夫です。それよりも長峰さん、ガメラが動き出すようです。ね、とも子ちゃん」

 その言葉に一同は驚いた。短時間の間、知らないところで二人は、何を感じていたのか、知る由もないのだから仕方がない。浅黄の言葉に、とも子もベッドから起き上がった。熱が下がり、体も全快しているようだ。

「……。ガメラ、海から出るよ」


 航空自衛隊の司令室。すでに、日本国内領空内に侵入しているギャオスがレーダー上に捕捉されている。すぐにも出撃指令を出したいところだが、ギャオスの数、そして正体不明の怪獣により行動を制限されている司令官は、イライラしながらギャオスの進行状況を見守っていた。敵が領空内に侵入しているのに、手出しをできずにただレーダーを見つめるだけなど、屈辱であると同時に自衛隊の存在意義すら否定されかねない事態である。怪獣相手に専守防衛など成立しないはずなのだが、内閣の反応は慎重すぎる。戦力を把握しているからこそ、それがわからないではないが、現場としては忸怩たる思いであった。そこへ、オペレーターが新たな情報をもたらした。

「太平洋上に、新たな飛行物体が出現。進路上には……、ギャオスです」

 司令官は、スクリーンに新たに現われたアンノウンのマークをじっと見つめている。

「まさか、こいつは……。ロストした位置とかなり違うぞ」

 そうつぶやいた司令官の手元の電話が鳴り、受話器を取る。その受話器から聞こえてくる情報を聞いた司令官の目つきが変わった。受話器を置き、迷いが消えた口調で司令官が指示を出す。

「新たに現われた飛行物体はガメラと判明。進行方向から、ギャオスとの交戦に入る模様。ガメラ出現の際の閣議決定により出撃許可を出す。航空自衛隊は直ちに出動。ギャオスの排除に移れ。なお、ガメラは援護対象である。繰り返す、攻撃対象はギャオス、ガメラを援護せよ」


 一方、TERAのオペレーションルームでも、航空自衛隊からハッキングして得たと思われる画面から、ガメラの出現を確認していた。ガメラの出現に、樋口は苦虫をつぶした表情を浮かべていた。

「ガメラめ。自分自身で海底を移動しながら、我々からの発見を避けて回復を図り、敵の方から動くのを待っていたな。おい、ギャオスの数はどれくらいだ」

「およそ、二十前後です」

「数が多いな。ガメラが活動することで、これ以上日本のギャオスの数が減るのは好ましくない。やつらは、仲間の血に誘われて行動する習性があるからな。放っておくと、それに誘われたギャオスがガメラに一網打尽にされかねない。今のガメラは、ギャオスを圧倒する力を持っている。ギロンをすぐに向かわせろ。ガメラがギャオスを全部片付ける前に何とかして妨害させるんだ」

 指示に従い、オペレーター達は入力を開始する。それと同時に、様々なコードが差し込まれたガラスケースの中に設置された黒い勾玉がうっすらと光始める。レーダー上には、紀州水道付近に新たなマーカーが点滅を始めていた。無論、それはギロンである。


 長峰達が滞在するホテルの部屋の電話が鳴り、長峰が受話器を取った。

「もしもし、あ、斎藤さん……。ガメラが飛び立ちましたか、ギャオスに向かって。……、わかりました。ここで待機します」

 受話器を置くと、皆に今の会話の内容を話し始める。

「ついさっき、ガメラが出現して、日本上空に侵入したギャオスに向かったようです。その五分後にギロンも西日本方面から出現したということです」

「ガメラを倒すためですね」

 浅黄の言葉に長峰が頷いた。次に両者がぶつかる時、間違いなく決着がつくだろう。それは、ガメラとギロンのいずれかの死を意味する。すると、長峰達を警護する公安の一人、本郷の携帯が鳴り、彼は『失礼』と言って、部屋の隅で話し始めた。

「本郷です。……、そうですか、判明しましたか。……、わかりましたもちろんです。彼らは重要な証人ですから。では引き続き警護に当たります」

 本郷は携帯をしまうと、皆の下に戻り状況を喋り始めた。

「TERAの入口の正確な場所が判明したようです。これまで、彼らの裏の本部への位置が判明しなかったのです。ギャオスインパクトのどさくさにまぎれて、広大な地下通路を作って、表の企業の所在地との位置をずらしていたので、発見が非常に手間取りました。あなた方が乗り捨てた車のナビや、我々の内偵、航空自衛隊へのハッキングを確認した際に事前に網を張っていたトラップから逆にこちらから侵入を仕掛けた結果、かなりの精度で居所が判明しました。直ちに、制圧をかけられる算段です」

 古から続く闘争に、一つの決着がつけられる時が近づいていた。



[34396] 人と地球の契約
Name: 馬耳東風◆ea650b68 ID:51deea7b
Date: 2012/08/15 22:08
 ギャオスの群に向かい、高速で飛行するガメラは、高機動形態から回転ジェットに切り替え、最高速度で回転しながら群に向かっていく。やがて、ガメラを追尾するように、航空基地から飛び立った戦闘機の一団がガメラに続く。
 最初は小さな点だった影が、高速で接近するごとに大きくなり、はっきりとギャオスの姿を映しだす。急接近するガメラとギャオス。
 先手をとったのはギャオス達だ。先頭を行く個体達がガメラに向かって超音波メスを発射する。何本もの光線が一直線に進み、ガメラに直撃する。しかし、堅牢な甲羅と高速回転で超音波メスを弾き、ものともしないガメラは、攻撃をかわすことも減速することもなく、その勢いのままギャオスの群につっこんだ。
 先頭にいた個体は、まともに高速回転のガメラと激突し、体を粉砕されて即死した。衝突で幾分勢いが衰えたものの、ガメラの体当たりを受けた中段の群は重傷を負い弾き飛ばされ、後方にいた数羽だけが回避に成功した。ガメラは、今度は高機動形態に切り替え、無傷の群を追う。
 重傷を負いながらも態勢を立て直し、怒り狂ってガメラを攻撃しようとするギャオスだったが、後方からF-15Jによってミサイルが撃ち込まれる。本部より、ミサイルの発射を許可されている一団は、攻撃力や機動力を失った手負いのギャオスを的確に打ち落としていく。その光景に闘争本能を刺激された無傷のギャオス達が、戦闘機に目掛けて超音波メスを発射する。何本も走る光の刃から逃れようとパイロット達は、もてる限りの技術で避け続けるが、元来巨大生物を想定した訓練やマニュアルが完備されておらず、実戦で初めて経験することが多い。結局、何機かが逃げ切れず撃ち落とされてしまった。それを見て歓喜の声を上げたギャオスだったが、そのせいで後方を追尾していたガメラの存在を忘れている。
その隙を逃さず、しっかりと狙いを定めたガメラがホーミングプラズマを発射する。ギャオス達は、あわてて加速し急旋回で振りきろうとするが、火球は絶対に標的を逃さず、とうとうギャオスをとらえ全滅させた。ガメラと人間による阿吽の呼吸の連携である。
 パイロット達は、これだけの規模のギャオスの群を撃沈できたことが信じられず、興奮の声でギャオス殲滅を基地に報告していた。司令室も喚起の声に包まれ、司令官もほっとした表情を見せたものの、再び険しい表情でスクリーンを見つめた。その視線の先には、ガメラに向かって飛行を続けるアンノウンの表示が点滅していた。ガメラ徒歩同じ速度で飛ぶ飛行物体は、一気に距離を詰めていく。そして、ガメラもまた、マナを持つ自分への刺客の気配を感じ、進路を気配がする方へ向け飛行していく。
 二頭が対峙するまで、それほどの時間は必要としなかった。互いに音速で移動するガメラとギロンの間は一気に狭まり、両者は接近する。高速で飛行するガメラの視界に、ギロンの姿が入ってきた。ギロン目掛けて急加速で接近するガメラ。ギロンも、それに意地を張るかのように加速する。超音速で回避する事もせず接触する二匹の巨大生物。すれ違いざまにギロンの刃がガメラの腹部をかすり、火花が走る。しかし、ガメラの甲羅は傷つかない。防御力では、ガメラも負けてはいない。再び、二匹の間に距離が生まれる。ガメラは捻りを加えながら上昇し、ギロンもそれを追い、二匹は螺旋状に上昇を続け、時折互いの体をぶつけ合う。空はどんどん青さを増し、色合いが濃くなり、空気が薄くなっても意地を張り合うかのように上昇を続ける。
 肉弾戦では歯が立たない、そう判断したギロンはガメラと距離をとり、脳波を飛ばし手裏剣を発射した。八つの手裏剣が、不規則な運動で軌道を変えながら、ガメラに襲いかかる。
 しかし、ガメラにはまだ武器があった。自分の敵であるギロンとその武器に集中し、一瞬溜めを作った瞬間、一発の火球を吐き出した。ぐんぐんと前進する火球、と、いきなり火球が破裂し四方八方へと散弾のように弾け飛んだ。炎の散弾・バーストプラズマは、爆風ですべての手裏剣を吹き飛ばし、さらに炎がギロンの体を焼いた。想定外の技を受け、ダメージを負ったギロンは、失速し落下を始めた。落下しながら手裏剣を脳波で回収したギロンの心の底で、ガメラに対する怒りと殺意が次々とわき上がっていた。落下していくギロンをしばらく眺めていたガメラも急降下し追跡する。その視線の先にある地点は……。


 とも子は、はっとして目を見張った。突然自分の視界に炎のビジョンが走り、力なく落ちていく生物が映し出される。まるで自分がそれを追いかけるような視点の景色が、わずか一瞬の内に脳内に入り込んできたのだ。勾玉を手にしてから、ぼんやりとは奇妙なビジョンが映ってはいたが、次第にはっきりとこの場所ではない光景が脳に流れ込んでいく。しかし、そんな現象にとも子は恐怖を抱かなかった。誰が、自分にその意志を伝えているのかもう知っていたからだ。

「ガメラがくる……」

 とも子はかつての浅黄のように、現代の巫女として地球の守護獣に完全にシンクロしていた。そして、ガメラの意志をくみ取り理解している。

「わかった。ガメラ、死んじゃだめだよ」

とも子は、こっそりとベッドから起き、他の物たちがいる部屋と別にある、この別室のドアへ向かった。ガメラに引き寄せられる彼女の心には、誰のことも立ち入る場はない。


 体勢を立て直したギロンは、再び安定した飛行を始めガメラとの距離をとる。次第に二匹は高度を下げていく。ギロンは体を車輪状に高速回転をさせ始めた。回転数を増すたびに、その姿はまるで円盤型の刃物の様になり、ガメラに向かって、突撃していく。ギロンの不規則な動きにガメラは、回避する方向を定めることができない。ギロンは、ガメラの回転ジェットを模倣しているのだ。出自やエネルギー源が極めて似ているせいなのか、はじめて使った技とは思えない程、完璧に使いこなしている。急速に間合いを詰めて激突してきたギロンに対してガメラは、自分の急所を避けるので精いっぱいだった。
 高速で回転するギロンの刃は、強引に装甲を削り取りながら切り裂く威力を発揮し、ガメラの強固な甲羅をも部分的に破砕し、ガメラは傷口から緑の血を噴き出しながら墜落していく。攻守を入れ替えたギロンは、ガメラを追いかける。


 誰にも気づかれずにホテルの部屋を抜け出したとも子は、奇跡的に、まるで何者かの意思に守られるかのように、誰にも気づかれることなくホテルの外に出て、気がつくとずいぶんな距離を走っていた。その時、左の腰のあたりに激痛が走ったとも子は、痛む場所を手で押さえうずくまった。あまりの痛さに目に涙が浮かんだが、決して涙をこぼすことをせずに痛みに耐え、再び走り出す。
 その時、周りでサイレンが鳴り始めた。巨大生物接近の緊急警報だ。周りにいた少ない人間も、避難のために駆けだすが、とも子の姿に誰一人気付かない。少しずつ痛みが引き始めたとも子は、空を見上げながら必死に足を動かし続ける。

「今、行くよ……」


 ホテルの一室でお茶などを飲みながら長峰達は、一晩では抜けきれなかった疲れの残る体を休めていた。すると、部屋の電話が鳴り、一番そばにいた本郷が電話に出た。

「はい。……、なんですって……。わかりました、部屋で待機します」

 受話器を置いた本郷が、

「東京都に、巨大生物接近警報が出ました。ここは、地下なので安全ですから、部屋から動かない様にというホテル側からの連絡です」

と話した。

「ギャオスですか?」

と、問いかける長峰に、携帯端末で情報を確認していた田中が口を開く。

「いえ、ガメラです。さらにもう一体いて、これは例のギロンですね。どうも、この東京都内で交戦するようです」

 この東京の上空で、二頭の怪獣が古からの因縁に決着をつけようと戦っているのだろうか。
なるべく全員いた方がいと思ったのか、田崎はとも子の寝ているベッドルームに向かった。安全とは言われつつも、怪獣のいる街の地下にいるというのは居心地が悪い。できれば、娘も自分のそばに置いておきたいと言うのは、親として当然の心境だ。

「とも子!」

 冷静さを失った悲鳴のような田崎の声が、隣から聞こえてきた。何事かと皆が部屋になだれ込むと、部屋の中では掛け布団や枕を手にし、憔悴しきった田崎が一人だけがいる。一人、皆が事態を飲み込んだ。とも子がいないのだ。特別室や隣の部屋を見ても、とも子の姿がない。田崎は、ホテルの廊下を狂ったように声を張り上げ、とも子の名を叫ぶ。まさか、ホテルから出たというのか。何かに気がついた浅黄が長峰に駆け寄った。

「長峰さん、ガメラですよ。ガメラが接近して、とも子ちゃんは一番シンクロしているから、とにかくそばに行ってガメラの力になろうとしてるんですよ」

「浅黄ちゃんの時の様にね」

 長峰は浅黄の意見に異を唱えなかった。かつての浅黄もガメラの痛みを自分の肉体にも同調させながら、ガメラに人の意思という力を送っていた。それはもう科学の範疇ではない、精神世界の範疇だ。
 長峰は、本郷に推論の域は出ないが詳しく事情を話す。空想じみた話だが、事件の詳細を事細かに読み漁り、とも子と浅黄の神秘的な様子を見守っていた彼は、疑うよりも信じることの方が先だった。怪獣などと言うおよそ科学で説明がつかない存在が跋扈する時代に生きる人間であれば、彼のように空想じみていることでも一つの仮説や推論として柔軟に受け入れるのはおかしなことではない。彼は田中を呼び、

「おい、田中。車をまわすんだ。何も言うな、俺が責任をとる。子供が一人でまだ外を歩いているかもしれないんだ。人として放っておけないだろ。俺たちの仕事の基本だ。こういう場合は命令や規則は後回しでいいんだよ」

「理屈はそうですけど……。わかりました。いいですよ、とことん付き合いますから。貸しですよ」

というやり取りをしている。田崎も、話を聞き自分も行くと言っているのは当然だろう。さらに大迫も、

「困ってるときはお互い様です。最後まで付き合うのが人情でしょう」

と、かつて全国を股にかけて怪獣から必死に逃げ回っていた人間の口から出た言葉とは思えない、勇ましい言葉を吐く。ホームレス姿の彼を見たことがある長峰は思わず唖然としてしまう。全員が、とも子を探すために必死に動き始めた。


 大地を揺るがし、砂煙をあげながらガメラは墜落した。やっとの思いで立ち上がるが、傷口から血がドッとあふれ出て、口元から苦悶の声が上がった。体中が緑色の血液で汚れている。そのガメラを上空から狙うギロンは、上空から自由落下する勢いでガメラの背中を一刀両断に斬りつけた。背中から血を噴き出し、ガメラは前のめりに吹き飛ばされ、大量の吐血をし、とうとうガメラは立っていることができず地面に倒れ込む。体の形態上、地上では著しく機動力が落ちるガメラは、手負いの状態で厳しい戦況に追い込まれ始めた。


 後ろから誰かに突き飛ばされるように、激しくとも子は前方に倒れ込んだ。今度は背中に痛みが走る。転んだ際にすりむいた傷口からは、赤い血がにじむ。それでも、とも子は傷に痛みに負けずに泣かなかった。もう一度立ち上がり、走れなくとも歩いた。

「頑張ろう、ガメラ……。必ず行くよ」

 その手に握られた勾玉は、ゆっくりとその光を増していく。


 ダメージを負い、うつ伏せに倒れ込んだガメラに、ギロンは容赦なく刃を叩きつける。少しずつ装甲が削り取られ激痛が走る度、ガメラは悲鳴をあげた。確実に相手の体力を奪っていくギロンは、何度も悲鳴をあげるガメラの姿に、残酷な喜びを感じていた。そのため、次の攻撃にわずかに余分な時間が生じてしまった。その隙を逃さず、ガメラは首をもたげ、白熱した火球を放つ。一定の高度まで上がった火球は、ギロンに向けて方向を転換した。ホーミングプラズマに気づいたギロンは、ガメラから離れ、飛び立って何とか振り切ろうとするが、感情を持たない火球は無機質にギロンを追跡する。その隙を逃さず、ガメラはゆっくりと立ち上がった。甲羅は傷だらけで、もはや防御には気休め程度の力しかない。しかし、ガメラの呼吸も目つきも、平常にもどっていた。このスタミナ、火球、そして気力がガメラの最大の武器だ。空を逃げ回るギロンの動きを読み、今度はバーストプラズマを発射した。逃げ回っていたギロンの前方で炎が四散してギロンを包み、さらにそこにホーミングプラズマが着弾し、炎に包まれながら地面にたたきつけられた。


 モニターで二頭の戦いを見つめる樋口。確実にダメージを与えているにも関わらず、しぶとく何度も立ち上がるガメラに対して、半ば呆れつつもいらだちを隠せない。

「想像以上にしつこい奴だ、絶対に、今、この場で仕留めて置かないと、ますます面倒になる。ギロン、必ず奴を殺せ」

 彼がそう呟いていたのと同じころ。TERAの施設内は、少しずつ特殊部隊に制圧されて始めていた。内部に潜入していた捜査員と、これまで集められた情報を基に、怪獣による混乱に乗じて一気に制圧する作戦だ。合法的な表の業務の人間は、事件とは無関係のため、防災上の理由と言う説明で速やかに避難させられ、突入部隊は徐々に最深部に近づきつつあった。


 避難が完了し無人になった街を、車をとばしながら長峰達はとも子を探す。しかし、どの道を歩いていったのか見当がつかないため、ただひたすら車を走らせるしかなかった。少しでも目星がつけば捜索も楽になるのだが、当てもなく広い地域を、いつ怪獣が来るかもわからない中で探すのはさすがに気持ちのいいものではない。だが、何かに気づいた浅黄が、助手席に座る田中に話しかけた。

「田中さん、今ガメラがいる位置って調べられますか」

「そりゃまあ。……、少しだけ防衛省のデータを拝借すれば。やってもいいですか、本郷さん?」

「仕方ないな。いちいち手順通りにやっていたら、こんな時代に公務員は勤まらん。構わん、後の責任はとる」

「かっこいいじゃないですか。あなたの部下でよかったですよ、冗談抜きで。じゃあそういうことで」

 田中はそういうと、座席の脇に置いてあったノートパソコンを立ち上げ、まるでハッカーのようなスピードでキーをたたく。仕事上なのか、ハッキングもお手のもののようで、使用しているパソコンは田中の趣味で相当な改造もしているらしく、すさまじいスピードで情報を処理し、必要な情報に行き着いた。

「お邪魔しますよ、防衛省さん…….どうやら、二頭はお台場周辺で戦っていますね。航空部隊は上空で待機中。人口密集地の近くじゃどうしようもないですからね」

 それを聞き、浅黄はさらに注文を出す。

「その位置と、私たちがいたホテルとの最短ルートを割り出せますか。少しでもガメラの所に早くいくために、無意識に一番近い道を行くはずですから」

「お安いご用。……、本郷さん、次の交差点を右……、次は二つ目を左に曲がって大通りに。その道が最短ルートです」

 それを聞くや否や、すぐさまハンドルを切り、タイヤを軋ませながらそのルートに方向を変える。公道を百キロ近いスピードでとばしながら、全員が窓から顔を出してとも子を捜す。危険な状況の中で、示された最短ルート上をしらみつぶしに探しまわり、必死の形相で探しまわる彼らの視界に、とうとうとも子の姿が入った。

「おったー!」

 最初にみつけたのは大迫だった。本郷は、急ブレーキをかけて車を止めると、全員車から降りて歩道をおぼつかない足取りで歩くとも子の元へ駆け寄る。とも子は息を切らせ、転んだときにすりむいた膝から血を流しながら、勾玉をぎゅっと握りしめながら歩いていた。

「とも子!」

 わが子の名を叫びながら抱き寄せる田崎。眼から涙があふれ、顔をくしゃくしゃにしている。

「お父さん……」

 とも子は力なくこたえた。田崎は泣きじゃくりながら話しかける。

「どうして、こんなことをするんだ。どうして、おまえ一人が傷つきながら、苦しまなきゃいけないんだ。さあ、もう帰ろう。お父さんが、変な正義感に駆られて、あんな石を持ち出したのが悪かったんだ。こんなものはお前の手にあっちゃいけない」

といって、とも子の手から勾玉を奪い取ろうとした。しかし、とも子は激しく抵抗し、勾玉を渡そうとしない。ほとんどわがままを言わない手のかからない面しか見せなかった娘のあまりに強固な態度に、田崎は戸惑ってしまう。

「とも子、どうしてなんだ。どうしてそこまでするんだ?」

「ガメラはひとりぼっちだから。なのに、私たちのために、生きているみんなのために一人で、痛いのを我慢して戦っている。可哀想だよ……。一緒にいてあげなきゃ、ガメラ負けちゃうよ。だから、ガメラのそばにいたい。何だかよくわからないけど、力になりたいの」

 泣きじゃくりながら、とも子は田崎の腕を振り切り、再び一人で歩き始めた。そのとも子を、浅黄が後ろから抱きしめ、勾玉を握るとも子の手を両手で優しく包み込んだ。

「とも子ちゃん、あたしも一緒に行くよ。あたしもね、とも子ちゃんと同じでね、ガメラと一緒に戦ったことがあるの。だから、ガメラの力になりたいって気もちわかるよ。行こう、一緒に」

 浅黄ととも子は、手をつないで歩き始めた。すると、それをみていた長峰が二人に駆け寄った。

「私もいくわ。いろいろなことを調べてきたけど、もう科学では説明の付かないことばかり。それなら、この目の前で起こる事実をしっかり最後まで見届けるわ」

 長峰はそう告げて、一緒に歩き始める。そこに今度は大迫も加わる。

「行くしかないしょう。怪獣は未だに苦手ですがね、子供がこうやって立ち向かっているのに、いい歳をした大人が突っ立っとるわけにいかんでしょう」

「私は何やってるんだ……。父親が娘のそばにいなくてどうする」

 田崎もまた歩き出した。そんな彼らを、本郷がきつい声で呼び止める。

「待ちなさいっ。我々の任務はあなたがたの身辺警護だ。勝手に行動されては困る。……、そういうことなので、我々も同行する」

「みなさんの安全を守るのが、我々が命じられた任務ですから。何かあったときでも……」

「責任は俺がとる、だろ。まったく、首がいくらあっても足りん。家のローンも済んでないのにな。この時代、一戸建ては馬鹿にならなんだぞ。まあ、いい。さあ、早く車に乗るんだ。避難するより、ガメラのところに行った方が早いくらいだ」


 二発分のプラズマ火球を一度に受けたギロンは、半ば意識が飛び、唸り声をあげながら倒れ込んでいる。ギロンに向かってガメラは接近し、片足を軸に体を回転させて、強靭な筋肉が集中する尾でギロンの体を力の限り打ち上げた。ギロンの体はくるくると回転しながら、海岸沿いのビルに叩き込まれる。そこに、ガメラは追撃のプラズマ火球を吐く。瞬く間にギロンはビルごと炎に包まれた。勝機は今しかないと本能的にガメラは判断し、炎の中からギロンを引きずり出そうと燃え盛るビルに近づいていった。そのガメラが向かった炎の中からギロンの放つ手裏剣が飛び出し、まるで蝿がたかるようにガメラに絡み、ガメラを傷つけていく。燃え盛る瓦礫の中から体を引きずり起こしたギロンの目は、もはや怒りが精神を支配していることを明らかに示している。
 ギロンは頭部の骨に振動波を集中させると、跳躍しガメラに斬りかかりながら左肩から袈裟がけに斬りかかった。ガメラは鮮血を吹き出しながら後退するものの、倒れそうな体を尾で支え再び体勢を整える。出血量がひどすぎ、もはやガメラには後がない。次に倒れた時は、それは絶命を意味する。
 しかし、追い込まれているのはギロンも同じだった。あらゆる戦法をとり、すべての武器を総動員しても何度も立ち上がり、傷つけても痛めつけてもなおも立ち向かってくるガメラに対し、心の奥底で怒りとは別に小さな恐怖が確実に息づき始めていた。


「これ以上は車では近づけないぞ」

 本郷は、ガメラとギロンの姿がはっきり見え、且つ安全の距離ぎりぎりの所まで接近している。車が止まると、真っ先にとも子と浅黄が車を飛び降り、ガメラの姿がはっきり見える位置に立ち、二人でしっかり勾玉を握りながらガメラをしっかり見つめていた。
 二人の目の前に見えるガメラの姿は満身創痍のボロボロだった。車の中でも、とも子の体にガメラの負った負傷や衝撃が伝わっていた。しかし、そんな状況下でありながら、とも子の意思が折れなかったように、ガメラもフラフラになりながらも体の周りを漂う幾つもの刃の攻撃に耐え、ギロンの攻撃を掌打で何と交わし続けている。

「ガメラ……」

 無意識の内に浅黄は、その名を呟いていた。その姿はただの野獣、巨大生物ではない。確固たる意志を人と通わせながら、地球に生きるあらゆる命を守ろうと戦う守護獣の姿だった。その姿を、小さな体で痛みをこらえながら見守っていたとも子が大声で叫ぶ。

「頑張れ……。負けるな、ガメラ。ここにいるよ!」

 その声に勾玉が反応し、金色の輝きが二人の手の中で増していく。すると、二人のいる方向に僅かにではあるがガメラが首をもたげた。わずかな動きの中で、ガメラの目はとも子の小さな姿を捉えている。遂に出会った守護獣と巫女。浅黄の目には、ガメラが小さく頷いた様に見えた。それに伴い、次第にガメラの息遣い、足取り、目つきに変化が現れ、体に精気が戻っていく。地球の命である人とガメラが一つになり、初めて守護獣は真の守護獣足りえるのだ。
 ガメラの変化に、ギロンが気付いた。お互いの体をめぐるマナの波動は、ガメラにもギロンにも見える。ギロンの視界には、ガメラの中に宿るマナと、それとは別のエネルギーがガメラに流れ込んでいるのを捉えている。その流れを辿ったところにとも子と浅黄がいた。本能的に、脅威となるその存在を消さなければならないと感じたギロンは、踏み切る方向を変え、とも子達に向かって跳躍した。

「危ない!」

「とも子!」

 危険を察知した長峰達がとも子と浅黄をかばうように覆いかぶさる。しかし、ギロンの体の前に人間の体はあまりに無力だ。もうこれまでだ。皆が思った。仕留めたとギロンは確信した。しかし、どちらも現実になることはなかった。

 ごつ、という鈍い音と衝撃がギロンの後頭部に走る。何も起こらないことに疑問を感じ、長峰は恐る恐る顔をあげ、そこに驚愕の光景を見た。
 ガメラが、ギロンの後頭部をくわえ込み、強力な顎の力でギロンを宙に浮かしながら、前進を阻んでいた。片足だけ収納してジェット噴射することで、素早い動きを手に入れて可能になった動きである。ガメラは、ギシギシと音を立てながら、さらに顎の力を強める。凄まじい万力のような顎に頭を押さえこまれたギロンは、激痛と圧迫により完全に意識を失う。やがて、ギロンからの脳波が途絶え、周辺で動き回っていた手裏剣が地面に落下していく。ガメラはギロンをくわえ込んだまま、ジェット噴射で上昇していき、上空で首だけの力でギロンを振りまわし、遠心力を加えながら放り投げた。ギロンの体は孤を描きながら海岸の方まで飛ばされ、海面に叩きつけられて、海中に体を沈めていく。 
 その時、空から轟音が聞こえてきた。ガメラ達を追尾して、上空で待機していたF―15J・イーグルが、ここを好機と捉え、攻撃行動に移ったのだ。


 航空自衛隊司令室。衛星からの映像で、上空からガメラとギロンの位置を確認した司令官が決断を下す。

「ミサイル発射を許可する。左右に展開して、側面から挟み撃ちにしろ」


ようやく、意識を取り戻したギロンは、海岸から這い上がってきた。ギロンは、上空の轟音が二手に分かれて自分を挟み込んだことに気付いた。左右側面から自分を囲むように戦闘機が迫ってくることを感じとる。前方にはガメラが立ちはだかり、身動きが取れない。
 イーグルのパイロットたちは、ニアミスしそうなほど危険な位置まで互いに機体を接近させ、コンマ単位のタイミングで一斉にミサイルを発射すると、急旋回してギロンから離れ、安全な距離まで退避する。
自分に向かって発射されたミサイルの軌道を察知したギロンは、脳波を飛ばしガメラの周囲に散らばっていた手裏剣が浮遊させ、高速回転させながらミサイルに打ち込んでいく。着弾する前に、ミサイルを射ち落とすことを狙うギロンだったが、その願望をガメラが打ち砕く。
 ガメラは、空に向かってバーストプラズマを放った。火球はミサイルと同じ高度で爆発し、炎が四散してミサイルに向かう。手裏剣がミサイルを切り落とす。そして、ほぼ同時に炎の散弾が二つを飲み込む。ミサイルの爆発、火球の炎が重なり、耐久度を超える熱と衝撃にさらされ、次々と焼け落ちた手裏剣が落下していく。離れていても肉体と連動する体の一部を焼き尽くされ、その痛みと熱さが脳波を逆流し、ギロンは自分自身を焼き尽くされたのかと錯覚しもがき苦しむ。


 逆流した激痛の脳波は、TERAのオペレーションルームの機材にまで異常を起こしていた。ギロンの肉体や精神がコンピューターとつながっているため、激痛に苦しむギロンから送られる痛覚のデータ量を処理できずにたちまち機能不全に陥る。すぐに復旧させるよう、樋口が立ち上がって怒鳴りつけようとした瞬間、入り口のドアが急に開け放たれ、侵入を成功させた機動隊が突入してきた。
 突然の出来事に、樋口は呆然としていたが、その他の者は違った。相手が機動隊だとわかった瞬間、隠し持っていたサブマシンガンを発砲し始めたのだ。機動隊に正当防衛の口実を与えてしまうことになってしまい、機動隊側も発砲する。双方の弾が飛び交う中、狼狽して身を隠す樋口の席に置かれたパソコンから、事務的な口調の声が一方的に流れてくる。

「ミスター樋口、我々はこの結果に非常に失望している。ガメラを仕留めるどころか、我々の存在を公の機関に察知されるとはね。そこまで過激な行為を我々は注文しなかったはずなんだが。まあ、ギロン製造のデータはこちらで保存してある。一番都合が悪い証拠は消しておいた。君にはこの責任をとる猶予を与える。生きてそこを脱出することを祈るよ。君のこれまでの功績に対するボーナスと思ってくれたまえ。グッドラック」

 流れ弾が側を掠めていくのを感じた樋口は、自分が組織から見捨てられたことを悟り、パニックに陥り、銃弾を飛び交っている中に体をさらけ出してしまい、双方の銃弾が体に撃ち込まれてしまう。血を流しながら倒れこみ、流れ出る自分の赤い血を見つめながら、彼は誰にも聞こえない小さな声で、呪いの言葉を吐きながら息絶えていく。
「何故だ、何故こんな結末が私に。……、誰が、どうやってこの星を守ると言うんだ。私の他に誰があるべき世界をデザインできるんだ。ガメラ、お前のことを知らなかったのはこちらだったか……」

 彼が死んだことにかまうことなく銃撃戦は続き、次第にTERAのメンバーが傷つき倒れていき、薬きょうの臭いが漂う中、ようやく静けさが戻っていく。


統制者を失いながらもギロンは、ゆっくりと立ち上がった。まるで幽鬼の様に。もはや、目は焦点が合わず、ギロンからは勝機は失われている。もうギロンの目に飛び込むものは、マナを体に宿すガメラのみ。そして、自分の心に残ったものも、ガメラに対する狂気を帯びた憎しみだった。勝ち負けではなく、ガメラだけは殺すという執念だけが残るのみだ。
 ギロンは、力任せに両腕を地面にめり込ませ、同時に頭頂部の骨に超振動を発生させる。その振動は限度を超え、ギロンの脳にまで及ぶ。しかし、それはギロンにもはやとってどうでもよいことだった。ガメラさえ殺せればそれでいい。ギロンの憎しみ、樋口やTERAの人間が残した残留思念がギロンの体を破壊しながら動かし続ける。
 ギロンの両腕に、次々とマナが吸い込まれていく。その量はあまりにも多く、かつてレギオンと戦った時にガメラが引き寄せたマナの量をはるかに凌ぐ。ギロンはその体のあちこちから蒸気をあげながら、ありったけ吸える限りマナを吸い込み続ける。皮膚がはがれおち、流れる血があっという間に蒸発するなど、ギロンは完全に狂ってしまったとしか言いようがない。
 ギロンは手足に力を込めて踏み切った。しかし、そのスピードは先ほどまでとはまるで違う。猛スピードでガメラとの距離を詰めて、頭頂部の刃先がガメラの腹部を捉える。攻撃にすぐに反応し、ギロンの頭を挟みこんだのだが、すでにギロンの頭部は貫通こそしなかったが腹部に突き刺さっていた。頭部の超振動波は、甲羅に亀裂を入れ、体内を破壊し始める。ガメラは危険を察知し、腕力に任せてギロンを引き抜いて投げ飛ばした。重傷を負った腹部からはおびただしい血液が噴き出し、体内からコントロールしきれない炎が暴発する。
 長峰や浅黄の周辺にも異常が起こり始めた。ギロンの超振動が大気を伝わり、周囲の建物を細かく崩しながら伝わり、頬にも感じられるほどだ。目の前の海はうねり、ギロンの体の周辺の空間が歪み始める。

「マナを地球から強引に奪っている……」

 浅黄はギロンの目論見がわかった。ガメラを倒すため、その執念だけでギロンは行動している。そしてガメラごと、大地をも切り裂こうとしているのだ。この世から、ガメラと言う存在を消す、ただそれだけを考えている。
 長峰もギロンの変化に気がついた。マナの過剰摂取と超振動で、ギロンの頭頂部の形状が変化まで起こし、その姿は禍々しい形状の妖刀を思わせ、その場にいた者達は、言いようのない恐怖を感じ、足が金縛りになったかのように動かないのだ。その場を支配する説明がつかない恐怖。しかし、とも子と浅黄の顔には、そんなものは微塵がない。その二人に視線をやるガメラ。ガメラも何かを決意し、倒れそうな体を両足でしっかり踏ん張りながら支え、力強い咆哮をあげた。

「みなさん、とも子ちゃんの手を握ってください」

 浅黄はそういうと、勾玉を握ったとも子の右手に自分の手を置いた。

「ガメラは決意しました。世界を、人間も含めた世界を守ると。そのためには、あのギロンを止めなくてはいけません。それには、とも子ちゃんの力だけでは、ガメラは勝てません。みんなの力が必要です。ガメラは人とつながることで初めて完全になるんです」

「どういう意味なの、浅黄ちゃん」

「宇宙生物のレギオンの侵入は、古代の人々にとってもガメラにとっても想定外だったんです。だから、マナを大量消費することまでして、生態系を破壊するレギオンを排除しなければならなかった。その結果として、ギャオスの大量発生を予期していたにもかかわらず、レギオンを排除するために一種の禁忌を犯した。その代償に、人間とのリンクが切れてしまったんです。でも、ガメラは生体兵器じゃありません。地球と人間との契約の間に生まれた存在なんです。だから、唯一無二の存在。ガメラに力を与えるのは、地球のマナと、人間の心です。それが揃わない限り、ガメラは完成しません」

 浅黄の言葉を聞きながらも、ギロンの妖気に取りつかれたまま誰も動けずにいた。だが、それを振り払うように田崎が娘の手を握った。

「お父さん……」

「とも子、お前だけにつらい思いはさせない。お父さんも手伝うぞ。お前とガメラに少しでも力を貸すぞ」

「うん!」

 その時、勾玉の光がさらに一層強くなった。まるでギロンの妖気や狂気を跳ね返すかのように。それを見て、ようやく意思を固めた長峰が、大迫が後に続く。

「私も一緒に戦うわ。心は理屈じゃ解明しきれない……。ガメラは一人じゃない、私たちだけでも信じている」

「やっぱり怪獣からは逃げ切れん。こんな小さな子供が戦っているのに、それを残して逃げる大人がどこにおる! こうなりゃ、やけくそです」

 二人が手を重ねると勾玉はさらに光を増していく。それを見た、本郷と田中も頷きあった。

「我々も、あなた方を最後まで守りますよ。それが任務ですから」

「こうなると、もう責任は俺には取りきれん。ガメラっ、絶対に勝てよ。こんなことに巻き込みやがって。貴様にも責任を取ってもらうぞ!」

 二人のがっしりした手がさらに覆いかぶせられる。もはや勾玉は光るというより、燃え上がるかのような輝きで彼らを包み込み、ギロンの妖気から彼らを守る結界を形成した。
 自己崩壊寸前までマナを取り込み、自分自身の体の構造まで変えたギロンは、妖気をため込んだ刀を、頭部を振り上げ、空高く跳躍した。回転と遠心力を加え、回転ノコギリのようにガメラに切りかかる。
 ガメラは、結界に守られたとも子達の姿を確認すると、ぐっと腰を落とし、鋭い目つきでギロンを見据える。迫りくる妖刀が、その頭に斬りかかろうとしたその瞬間、左手でそれを受け止めた。筋肉を切り裂き骨まで達する刃は、それでも超振動を繰り返し、腕を斬り続けながらガメラの首をまだ狙っている。
 ガメラの体には噴き出した緑色の返り血が飛び散る。激痛にこらえながら、妖気と狂気を纏ったギロンの攻撃を受け、耐え続ける。食いしばった歯の間から、苦しげな声が漏れるが、目だけは怯まずに眼光が相手を貫くほど光続ける。

「きゃあ!」

 とも子は、今までにない悲鳴をあげた。カメラが傷を受けた箇所と同じ左腕から血が流れる。倒れこみそうになるとも子を田崎が抱きよせ、全員がさらに強く手を握る。痛みに耐え、必死に体を支えながらとも子は叫んだ。

「負けたら駄目。ちゃんと、あたしたちがいるから。頑張れ、ガメラ!」

 とも子の、人の意思がガメラに伝わり、マナを超える力が生まれ始める。
 勾玉の光がさらに増し、立ち上った光はついに炎となってガメラに送り込む。人の思いがガメラに力を与えていく。地球の意思と人間の契約の産物、それが守護獣の真の姿なのだ。
力を得たガメラは、腕をぐいぐいと押し返し、腕に食い込ませたままギロンを持ち上げていく。それだけではない。ギロンを覆っていた禍々しいオーラが、黄金の輝きに変わりガメラに注ぎ込まれていく。ギロンが過剰に吸収したマナの一部を自分自身に取り込んだガメラ。人と地球の二つの力を得たガメラは最後の技を発動させる。
 右腕を収納させ、まるでバーナーのように勢いよく炎を噴出させる。通常のジェット噴射ではない。もっと輝きを持ったエネルギーの噴出は次第に細く鋭く収束し、巨大な光の剣・イデオンソードを作り上げ、ギロンの胴体に真一文字に叩きこむ。
 予想外の反撃、そして想像以上の威力にギロンは、頭部の刃をガメラの腕から外すしかなかった。傷を受け左手がぶらんと垂れてしまったが、すぐに腕を収納し、左側からもイデオンソードを発動させる。二刀の状態になったガメラ。左側の剣をギロンに向かって足元から振り上げた。下方からも光の剣で斬りかかられたギロンに、もはや逃げる術はない。
 二刀でギロンを捉えたガメラは、イデオンソードにさらに炎のエネルギーを加えた。パワーを増した剣は、炎の十文字・クロスファイアを刻みながらギロンを切り裂く。ギロンの肉体は完全に消滅させなければ、マナの吸引は止まらない。ガメラは、上下の顎をいっぱいに開き、取りこんでいるすべてのエネルギーを込めたプラズマ火球を至近距離でギロンに放った。直撃を受けたギロンの肉体は海上まで吹き飛ばされ、炎の中で体を砕かれ、肉片一つ残すことができずに燃えつき、完璧に消滅した。体から放出されマナは四散し、空や、大地、海、人々の街にまで広がり、地球に戻っていく。
 炎と爆風がその場にいた者達を襲ったが、結界に守られていたおかげで皆、無事だ。周囲が落ち着き顔をあげると、ギロンの姿はそこにはもうなかった。大技を使った反動で息を切らしていたガメラだったが、何とか呼吸を整えるとゆっくりと後ろへ向き直り、その場にいた人間を見下ろす。

「うん。大丈夫だよ、ガメラ」

 とも子が話しかけている。どうやら交信しているようだ。浅黄がとも子に、

「ガメラ、なんて言ってるの?」

と、問いかけた。

「自分を信じてくれてありがとうって」

 そういうと、とも子は浅黄に勾玉を差し出した。勾玉は、まだ光を保っている。そっと触れると、本当にかすかであるがガメラ、いや、ガメラを介する星の心が流れてくる。

「イノチハマモル。ココロ、マナハ、ヒトツナガリ」

 浅黄は無意識に口に出していた。自分だけではない、皆に伝えるべき言葉だからだ。その役目を果たした勾玉は、光を失い、細かい粒子になり、風化して風に流されていった。しかし、それは、かつてのように人との関わりを断ち切ろうとした行為ではない。地球に生きるすべての者たちとガメラはつながったのだ。人は、この星に見放されはしない、懸命に生きる限り。そして、ガメラは常に懸命に生きる命を守る存在へ進化した。もうガメラは一人ではない。人と地球が結んだ、『星とともに最後まで諦めずに生き続ける』という契約が、ガメラを生んだのだ。
 傷ついた体を動かしながら、ガメラは海に帰っていく。これは別れではない、すべての命が共に生きる明日への出発だ。ガメラは人だけではない、すべての命と常につながっているのだから。
浅黄は、とも子とともに歩き、微笑みながらガメラを見送った。ようやく、ガメラを理解する入口に立った。今度は、何を求めて生きればいいか、彼女の中でもう見つけつつある。彼女もかつて巫女に選ばれたことに、意味があるのだから。
 シンクロが切れ、傷がふさがったとも子は、海に向かっていくガメラに向かって一言だけ呟いた。

「ありがとう、ガメラ」


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.087885141372681