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[34800] Muv-Luv after Revenge tragedy
Name: ani◆f6f49e6e ID:84516a62
Date: 2012/08/25 20:05
内容についての注意。

時系列:マブラヴオルタネイティヴ本編の数年後

オリジナル設定率:かなり高し

原作キャラ:ほとんど出ません

萌えなどの要素:恐らく皆無です



[34800] 1
Name: ani◆f6f49e6e ID:84516a62
Date: 2012/08/25 20:15
 京都の空に、火球が生まれた。
 火球は衝撃波を撒き散らし、再建途上にある街並みを容赦なく解体していく。

「またやられた!」

「斯衛の武御雷まで……?」

「増援はまだか!? このままだと、『奴等』は帝都城に到達するぞ!」

 恐慌寸前の通信波を送り合いながら、無数の巨人達が大地を駆ける。
 巨人は、金属と炭素繊維と電子機器で出来ていた。
 戦術機と呼ばれる、対BETA戦のための人類が開発した兵器。その中でも、不知火あるいは不知火弐型と呼ばれる機体の混成群だ。
 不知火を操る衛士達は、帝都守備師団と呼ばれる選り抜きの精鋭らである。
 が、今の彼らに外聞を憚る余裕などなく、喚きあい同然の通信を交わしながら必死で機体を操る。

 2005年1月初頭。
 長年、頭を悩ませてきた地球外生命体・BETAの脅威を切除することに成功した日本帝国は、穏やかな正月を迎えていた。
 大陸では未だ激闘が続いているものの、日本帝国に対して直接侵攻しうるBETAの巣――ハイヴは、すでに攻略済み。
 非常時のために東京へ遷都していた首都を、元々あった京都に戻す計画が発表されたのは、そのシンボルだ。
 いまだ皇帝陛下及び将軍殿下を迎え入れる帝都城の再建すら、工期半ばではあったが。時間さえあれば、帝都・京都復興を阻むモノは何も存在しないはずだった。

 しかし、その平穏は防空識別圏を突破してきた、未確認飛行物によって破られた。
 未だ再建のメドが全く立たない空軍及び戦闘機部隊の代替としてスクランブルした、和歌山駐屯の撃震小隊が、

『未確認飛行物体は、戦術機と思われる。数は四。機種は記録に該当無し』

 という緊急通報を発した後に、壊滅。
 慌てて帝国軍がさらなる部隊の出撃を命じた頃には、未確認戦術機は真南から旧京都市街へ突入せんとしていた。
 京都近辺に駐屯していた帝国斯衛軍からも迎撃の武御雷が何機か出たが、これさえも『敵』を止められない。

 未確認戦術機が、日本帝国軍所属の戦術機を攻撃した事により、敵意をもっているのは明白。
 そんな相手に、工事段階であるとはいえ帝都城を攻撃圏内に捉えられては、帝国軍人として切腹しても収まらない屈辱だ。

 スクランブルした帝国戦術機部隊のうち、去年採用されたばかりの新型である弐型に搭乗した衛士達は、アメリカ製の高出力ジャンプユニットをレッドゾーンまで吹かす。
 おくれじと、武御雷が色とりどりの機体を震わせて続いた。

「――見つけたぞ! これ以上好きにはさせんっ!」

 先頭を切っていた弐型からなる戦術機小隊の隊長は、網膜投影画面に未確認機を捉えると吼えた。

「油断するな! 確実に殲滅せよ!」

 日本帝国全体に、油断があったのは事実。
 未だ軍事的にも復興途上にある京都近辺の帝国軍及び斯衛軍の配置が不十分で、防空に穴があったのも確かだ。
 が、それでも生半可な相手に突破されるほど、極東屈指の国家である帝国の防備は甘くない。

 隊長機の弐型が、ジャンプユニットから盛大な炎と轟音を吐き出し、シルバーグレイの塗装である未確認機の背中に迫る。
 匍匐飛行、と呼ばれる低空飛行域で、両者の距離が詰まっていく。
 有効射程距離に入った途端に、弐型が腕にもっていた突撃砲が36ミリ砲弾を連続で吐き出した。
 追撃する帝国衛士達の目を、爆発の閃光が一瞬焼いた。

 撃破――だが、喜びは数瞬だった。
 戦術機が直撃を受け、爆散したにしては炎が小さすぎる。
 相手は、攻撃を受ける直前に何か……恐らく航続距離を伸ばすための追加燃料タンクあたりを切り離し、盾としたのだ。
 そう気づいた隊長の背筋に、戦慄が氷となって走り抜けた。

「しまっ……!」

 隊長の、不覚を嘆く声が中断された。
 未確認機は、いつの間にか下に回りこんでいた。地面に背中の構造物がぶつかってもおかしくないような、超低空背面飛行。
 弐型のものより一回り大きい砲弾が、未確認機から放たれた。
 真下からの攻撃に叩かれ、弐型の装甲が耐え切れずに粉砕される。
 次の瞬間、弐型の予備弾倉が誘爆した。

「隊長!?」

「この野郎ぉぉぉ!」

 目の前で長を殺された部下達が激昂し、未確認機を追う。
 未確認機は、自身が撃破した日本機の破片を避けるように、S字を描きながら飛行を続ける。
 それが帝国衛士達には、自分達をからかっているように見えた。

「熱くなるな! 敵はそいつだけじゃないんだぞ!」

 性能差から、追随が遅れている……それゆえ若干の冷静さを残した不知火の衛士から、警告が飛ぶ。
 だが、都合四機の未確認機のうち、三機はひたすら帝都城へ向けて直進していき、コースを変える気配はない。
 一方、弐型三機を相手にする事となった一機は、明らかにわざと速度を落とし、誘いを見せている。

 不知火の衛士は、ぞっとなった。
 侵入者達は、たった一機で追撃を食い止める自信があるのか。それとも、一機を生贄に捧げてでも帝都城へつっこもうというのか。
 いずれにせよ、まともではなかった。

 不知火に乗った衛士は、体にかかるGに耐えながら居残る形となった未確認機を凝視した。

「…………!?」

 似ている。
 不知火の衛士が、未確認機の全容をはっきりと捉えて脳裏に浮かべた言葉が、それだった。
 太い一本角のような頭部突起物、鋭い曲線面を持つ装甲形状――武御雷に比べれば、単純な平面で構成される部分も多いが。
 日本帝国軍・斯衛軍の制式機である武御雷を思わせるフォルムを、未確認機はもっていたのだ。
 追撃していた者達がすぐにそうと気づかなかったのは、武御雷にはない外見上の特徴をもそいつにあったから、だろう。
 未確認機は、一般の戦術機が可動兵装担架システムをつけている肩から背面にかけての部位に、大型のスラスターを装備していた。
 スラスターには大振りの翼状パーツがついており、それが細かく可動している。

 復讐の念にかられる弐型達は、無数の砲弾を撒き散らして小癪な敵を落とそうとしているが。
 未確認機は、背中の『羽根』と、こちらは普通の戦術機同様の腰部ジャンプユニットを不規則に吹かし、あるいは動かしながら回避運動を成功させ続けている。
 いや、スラスターやジャンプユニットだけではない。手足を不断に揺らし、それによって生まれる複雑な重心移動をコントロールしながら、超低空を自由に泳ぎまわっていた。
 時折、機体の各部に光が閃くのは、小型スラスターでも仕込まれているのだろうか?
 だとすれば、火力を捨てて機動性優先に特化したスラスターの塊、ということになる。

 不知火の衛士は、見ている光景を消化できない。
 理屈としては、通常戦術機の最低二倍の推力装置をもっている相手の速度性能や機動性が、弐型や武御雷ですら上回っているという事なのだろうが……。
 そんな滅茶苦茶なマシンを操るとすれば、乗る衛士の負担も並大抵では済まない。
 Gや衝撃、そして操縦難度は跳ね上がっているはずだ。

 しかし、未確認機は余裕さえ感じさせる機動をもって、弐型を翻弄している。
 数え切れないほどの外れ弾が、大地を抉っているのに肝心の直撃弾は一発も出ていない。
 さらに追いついた武御雷が砲撃に加わるが、未確認機は全てをあらかじめ予知しているかのように、火線の網の僅かな隙間をすり抜けていく。

 本当に、あの戦術機には人間が乗っているのか?
 そんな疑問さえよぎらせていた不知火の衛士は、はっとなって先行した未確認機の残り位置をレーダーで探した。
 連中はすでに、この場の帝国衛士がもっとも守らなければならない領域に突入しつつあった。

「しまった! 帝都城が!」

 叫ぶ声は、何の意味も持たない。
 帝国衛士達の網膜投影画面に、『帝都城、爆撃さる』という敗北を示す情報が入ったのは、それから十秒後の事だった。





 東京、下町の工場地区は正月にもかかわらず、活気に溢れていた。
 本土防衛戦以来の戦いで、奇跡的に戦禍を免れたこの地区は、今や復興景気の恩恵を頭から浴びていた。
(このあたりが一番打撃を受けたのは、12・5事件……クーデターを発端とする日本人同士の内輪揉めの時だ)
 正月返上で働く、うれしい悲鳴に満ち満ちた街。

 そんな街の活気から、取り残されたような小さな電気屋があった。
 今にも崩れそうな、という表現がぴったりのバラック小屋の入り口には、一応は『有藤(ありとう)電器店』という表札がかかっていたが。
 客足は、全く見られない。

 雑多な店内の中央でパイプ椅子に腰掛け、店番をしているのは、三十がらみのくたびれた男が一人。
 愛想のかけらもない細面に、やたら度の強そうな眼鏡。油汚れだけは一人前の作業服を着たまま、ぼんやりと椅子に座って青空を見上げていた。
 足元には、街の電気屋には似合わない先進技術雑誌や戦術機情報誌が積まれている。

 男の名は、有藤順之助という。
 かつてこの男が、日本戦術機開発の総本山・国産次世代機開発研究機構の主任であった――といっても、周りに住む人間は誰も信じないだろう。
 また、経歴をつぶさに知っていても、好意的な目で見た可能性は低い。

 有藤電器店の店先に、三台ほどの車が止まった。いずれも、軍用のジープだ。
 ジープから無数の人影が降り立つ。いずれも、憲兵隊所属であることを示す腕章を巻いた兵達だった。

「…………?」

 誰がどうみてもお客様とは見えない者達に気づいた有藤は、神経質そうに眉を寄せる。

「――有藤予備役技術大尉ですね?」

 憲兵達の中から、一際筋骨逞しい中年男の憲兵が出てきて、開口一番そう言う。

「……そうだが」

 軍人はもとより、民間人もその姿を見れば反射的に警戒してしまう憲兵に囲まれる形になった有藤は、ただ面倒そうに答えたのみで立ち上がろうともしない。
 中年憲兵は、眼鏡の予備役技術者の態度を咎める事もなく、自身を中津川憲兵中尉と名乗った後、事務的に用件を切り出す。

「予備役技術大尉は、先日起こった『領空侵犯事件』をご存知ですね?」

「なんだそれは?」

 声を潜めた憲兵中尉に対して有藤が返したのは、心底知らないといった間の抜けた言葉だった。
 一瞬、鼻白んだ中津川は、補足を付け加える。

「太平洋方面から京都へ未確認機が侵入し、復興途上にあった市街を爆撃した事件です」

 日本帝国の体面を重んじて、受けた損害はまるで第二次大戦期の大本営発表の如く伏せられていたが。
 事件自体は流石に抑えきれなかったため、ぼかした報道はされている。
 一般的な国民は動揺し関心を強くもっていたのだが――

 有藤は、首を横に振ったのみだ。まったく世事に関心がない、といった風情。
 中津川の動きが、一瞬止まる。

「……技術馬鹿で、そのせいで軍を追い出されたって話は本当かよ」

 二人のやりとりを聞いていた憲兵の一人が、呆れ顔でそう呟きを漏らした。

「これから話すことは、国家の威信に関わる事です。他言無用に願います」

 そう前置きした中津川は、一般はおろか軍内部にも伏せられている情報を含んだ事件のあらましを説明しはじめた。

 和歌山方面から京都へ侵入した未確認戦術機により、武御雷二機・不知火弐型一機・撃震四機が撃墜されたこと。
 無人の帝都城に、『砲弾』が撃ち込まれたこと。
 未確認機はそのまま日本海方面へ抜け、帝国軍の追撃は空振りになったこと。
 帝国軍及び斯衛軍にとっては、恥辱極まりない事件を淡々と説明した中津川は、最後に

「その未確認戦術機が……かつて貴方が最後に開発した試作機と酷似しているという事が、我々の調べで判明しました」

 と、締めくくった。

「……おいおい、オレをわざわざからかいにくるとは、憲兵も随分暇だな?」

 全てを聞き終えた有藤の口元に浮かんだのは、冷笑。

「あんたが言っている試作機っていうのは、試98式戦術歩行戦闘機の事だろう?」

 言い募る有藤の顔に、無数の表情が浮かんでは消えた。
 懐かしさ、悔しさ、矜持、怒り、恥辱……最後に残ったのは、憲兵達への嘲りだった。

「確かに試98式は、オレが主任を務めたチームの最高傑作だ。
武御雷なんぞ、馬鹿な武家に阿った技術者の恥さらしどもが、あれを改悪したモノに過ぎん!」

 数百年前から日本を支配する特権階級への、露骨な侮蔑。憲兵達が、ざわつく。
 それを一瞥で黙らせてから、中津川は続きを促した。

 中津川は、ここに来る前に有藤の経歴一切を調べていた。憲兵隊の士官として、当然の責務だった。
 全ての国産戦術機の祖となったTSF-X開発に携わり、多大な功績を挙げた技術士官。
 同時に、

『技術屋は、軍の注文通りのモノを作るよう努力すればいい。余計な意見はするな、考えるな』

 という感覚を未だに持つ国防省や城内省相手に、何度も噛みついた男だ。
 特に本土防衛戦が開始される一年前(1997年)あたりから、事あるごとに衝突。
 最終的に左遷・解任を喰らっても持論を曲げず、ついに予備役編入という名目の追放を受け――それでも意地を張り通した筋金入り。
 この程度の言葉に目くじらを立てていては、話が全く進まない。

「……と、開発当時なら豪語したところだがな。所詮は1998年完成……つまり7年も前の試作機だぞ? 時代の進歩には抗えん。
国防省の技術音痴どものせいで早々の陳腐化が確定だった不知火さえ、強化改良が可能な時代だ。
試98式が、バージョンアップを重ねた現行の一線機を相手にそんな戦果を挙げるなんて、不可能だ! まして試作機の現物やデータは――」

「本土防衛戦の最中、テストを行っていた基地ごとBETAに綺麗さっぱりと平らげられた。公式記録上はそうなっています」

 トーンが上がる有藤の言葉を、刃のように冷たくなった中津川の声が押し留める。

「――だが、現実にその試98式らしき戦術機が確認され、帝国を翻弄した。これは、事実。
恐らく、何者かの手によって改良が施されているのでしょうが……」

「…………」

「当時の、試98式に関する資料は開発基地がやられた事情もあり、ほとんど残っていないのです。
断片的な情報によれば、かなり特殊な機体だったとか……。
我々に同行し、技術面から事件解決に協力して頂きたい」

 有藤は、腕組みをして黙考に入った。
 だが、すぐに顔を上げてうなずく。

「わかった。オレの最後の機体が、本当にそんな事件に使われたのなら業腹だしな……」

「ありがとうございます」

 うなずきながら、中津川は軽く目を細める。
 帝国の公的組織から追放された技術者という経歴から、有藤が今回のテロ事件の協力者ではないのか、という疑いを持つのは当然だった。
 相手の態度次第では強制確保も考えていた憲兵中尉は、厄介事にならずに済んだ安堵を押し隠し、立ち上がった有藤にジープに乗るよう促した。





 地下ネットワークを通して、ひそやかな会話が交わされている。
 BETA大戦の影響で整備途上のまま中断され、放置された――建前上はそうなっている、世界的な地中及び海底ケーブルを通じての密談。

「日本帝国政府は、我々の要求を黙殺した。いや、そもそもまともに取り上げなかった」

「まあ……悪戯と判断されたのだろうな。身元を明らかにしない情報開示の申し入れなど――」

「それゆえ、今回の強硬手段に出たわけだが……」

「これで、日本が我々の要求に応じてくれればいいのだが」

「……可能性は低いだろうな」

「『スポンサー』は、より大きな火種を撒く事を期待しているが?」

「そのあたりは、当初の取り決め通りだ」

「今回は不意打ちできたが、次からは難しくなるぞ……」

「覚悟していた事だ。なんとしても、やり抜かねばならない。我等に後戻りの道はないのだから、な」

 旧式もいいところの回線に、さらに暗号プロトコルを重ねているため、発言と発言の間には常時三十秒以上のタイムラグが発生する。
 だが、会談の参加者達は冷静に、淡々と距離を隔てた会話を続けた。

「全ては、散っていった同胞達の無念のために――」

 一人がそう締めくくり、回線は切断された。



[34800] 2
Name: ani◆f6f49e6e ID:84516a62
Date: 2012/08/30 18:58
「1990年代の当時、俺達技官は在日国連軍にあてがわれた基地に、頻繁に通っていた。
大陸のナマの実戦を体験した衛士、整備兵……そういった連中に話を聞くためだ。
正直、正規ルートで国防省あたりから降りてくる情報は、精度が低かったからな」

 東京・市ヶ谷にある憲兵隊司令部。
 その一室に招かれた有藤は、出された合成コーヒーで時折唇を湿らせながら、言葉を続ける。
 尋問ではなく、自発的協力者という扱いのため、広い部屋で聴取が行われていた。

 ソファーに座る有藤の背後には、中津川憲兵中尉が直立していた。
 有藤の前にある机の向こう側で、今回の事件の調査に当たって集められたという士官や現役技官が耳を傾けている。

「で、大陸戦線の惨状を聞くに、帝国の戦術機開発はこのままじゃ駄目だという結論に達した」

「……具体的に、どこが駄目だと判断したのかね?」

 陸軍中佐の階級をつけた男が、代表して質問を発する。

「簡単にいえばだな、当時の帝国軍は短期決戦主義だった。斯衛軍も同じだ。
技術陣の体制も、これに応じたものだった。
だが、対BETA戦は例外なく長期の消耗・持久戦になる……実際に戦う将兵にとって大問題だが、技術屋にとっても無視できない事態だ。
新型戦術機や、既存戦術機改修に必要なリソースが、どんどん先細りしていくってわけだからな。
兵器を扱う兵士の質もまず下がるから、その対策も考えなきゃならない」

 中佐は、苦いものを含んだ顔でうなずいた。

 1998年の本土防衛戦から、戦況が一応の安定を見る2002年の数年間ですら、日本帝国は甚大な被害を蒙っていた。
 もし、本土での戦いがあと1年続いていたら……日本が受けたダメージは、現在の比ではなかっただろう。
 いや……日本という国自体が消失していた可能性すら、十分あったのだ。

「その前提に立って設計した試98式は、第三世代機全盛期やさらにその次に備えての、新技術試験も視野に入れた機体だ」

 機体各部をオプション化し、あるいは追加装備を接続するためのハードポイントを設置。
 新技術試験のために、いちいち別の試作機を仕立てなくても済むようにして、将来のリソース減に備える意味があった。
 元来、戦術機自体が『マニュピレーター』というハードポイントの一種に様々な装備を持たせることを長所とする兵器だ。
 それを全身に活用しよう、というアイデアが出たのは有藤にしてみれば必然だった。

「オプション装備をつけない、素体のまま戦術機としても使えるようにしたのは……いざとなったら、実験向け機能をオミットした上で量産機に横滑りさせる事も考えていたからだ。
とにかくあの時期は、時間との勝負だった。やれることはやれるうちに、一秒でも速く! が現場の合言葉って具合さ」

「00式・武御雷の原型機とは、技術的に兄弟機になるとか?」

「ああ……兄弟といっても設計概念は赤の他人ほどに違うが。
武御雷原型機のほうは、オレのチームじゃない連中が、お馬鹿武家の注文通りになるよう辻褄合わせたモンだ」

 悪意と敵意に満ちた有藤の発言に、何人かの傍聴者が眉をひそめた。

「過剰性能っていう言葉を知っているか?
紙の上の数字じゃご立派だが、実用面では不要か、あるいはかけるコストに比して価値が低い性能の事だ。
これに固執するのは、生産から整備・操縦全面に渡って悪影響になる。
武御雷の原型機は、その塊さ……もっとも、武家の時代錯誤加減は、オレの予想の最悪さえ上回ってくれたがな」

 武御雷原型機のネガティヴな部分を潰した量産試作機が、斯衛軍に引き渡されたのは、1998年。
 朝鮮半島が陥落確定となる前後であり、前線部隊は一機でも多くの優秀な戦術機を必要としていた。
 ところが斯衛軍は、そのまま量産ベースに載せず、

『搭乗予定衛士の身分に合わせて、機体の性能及び仕様に差をつけよ』

 と、改めて命じてきた。
 そして、そのために必要な人員を、有藤のチームからも引き抜こうとしたのだ。

 これに有藤はぶち切れた。
 いや、それまでも切れた事は何度もあったが、これは極めつけだった。

 過剰性能を求めることは、敵に歯が立たない低性能よりはまだマシであるから、我慢を重ねれば理解できない話ではない。
 だが、斯衛のさらなる要求は軍事的に無益有害であった。
 時間が黄金や宝石の山よりも貴重だったタイミングでのこの注文には、武家への絶対服従が叩き込まれていたほかの技官達も反発。
 九州あたりに配備された国防の一線部隊すら、旧式の撃震を未だ主力から外せない状況なのに、何を無駄な……! というのが偽らざる怒りであった。

 ――激しい技術側の抗議の結果は、誰もが知る通り。
 有藤は『見せしめ』にトバされ、武御雷の合計六種のバリエーション機熟成のために二年の時間と、他の戦術機の開発・改良に使うべき予算・機材・人員を取られた。

「対して試98式の素体は、整備性や操縦性を含めたトータルバランス重視の『軍馬』を志向した。
何か突出した性能が必要な場合は、オプション追加で対応する――まあ、当時の技術レベルの問題もあって、多くの追加装備はペーパープランだったが」

 話が本筋に戻った所で、士官の一人が情報端末を取り出した。
 戦術機の記録から抜き出したらしい、荒い静止画を画面に表示させて有藤に見せる。

「……その追加装備の中に、こういう物はあったのかね?」

「――似たような物はあった。打撃力より移動力や機動性が重要な場合に兵装担架を撤去して取り付ける、大型の可動式スラスターだ。
ただ、記憶にあるものと違うのは大型の翼がついている部分だな……」

 有藤は小首を傾げた。
 そして記憶を探りつづけ……不意に顔色を青く変えた。

「戦闘記録そのものの閲覧は、できないのか?」

 もどかしそうに貧乏ゆすりを始めた有藤に、陸軍中佐は首を横に振って見せる。

「残念ながら、高度機密に指定されている。静止画を見せるのさえ、本来は破格の事だと理解して欲しい」

 有藤は、口元を歪める。

「……大型スラスターを装備し、全身のパーツも長距離侵攻用に変えた仕様は、開発チーム内じゃ『タイプS』と呼ばれていた。
いいか、Sは『S-11』からとったものだ!」

「なっ……!?」

 S-11――核兵器に匹敵する破壊力を持った、高性能爆弾。
 独自の核運用能力を持たない日本にとっては、単純な破壊力において最高の兵器といっていい。
 飛び出したその名に、部屋の温度が一気に下がる。

「ハイヴに侵入し、運動性を生かして敵をかわして反応炉に到達……S-11で攻撃をかけた後、安全圏に離脱する――そういう機能を持つ予定だった。
無論、1998年当時は『実現可能性かどうかを、調べ始める』という程度しか開発が進捗してなかったが。
もしそれが実現して対人戦用に転用していたとしたら……強襲型のテロ攻撃には、最適の戦術機になっているはずだ!
仮に今回の事件の犯人がS-11を保有していなかったとしても、毒ガス弾でももっていれば――」

 有藤の唇が、続く言葉を飲み込んだ。
 傍若無人な技術肌であっても、自分の設計した機体が大量虐殺に使われる想像図を口にしたくはなかったのだ。

「弱点は?」

「脚部や腰部の装甲部分をもサブ・スラスター内蔵パーツと燃料タンクに変えたタイプSなら、防御能力はかなり低下しているだろう。
まともな対装甲火器を直撃させれば、撃破は十分可能だ。
一見して分かるとおり、武装のペイロードは撃震にも劣る。最低限の突撃砲と、後はS-11をもてればいいからな。
……別のプランを実現させていて、装備を変えてきたら違う機体を相手にしていると考えたほうがいいがな」

 それまで傍聴に徹していた現役の技術士官が、たまらないといった様子で声を荒げる。

「厄介な……!」

「仕方ないだろう!
敵に回して厄介じゃない兵器なんぞ、味方が使ってもろくな役に立つか!
全タイプに共通する弱点といえば、使われない拡張機能がデッドウェイトになる……あとは、オプション装備の換装に専門施設がいるあたりか。
しかもこれらの弱点は、1998年時点から改善されていない、という前提においてだ!
最初から高機動型として完結した量産型構造になっているのなら、他タイプへの換装は無視していい代わりに、単体での完成度は上がっていると考えられる!」




 有藤への聴取は、一旦休憩となった。
 陸軍中佐らは、上層部に聴取内容を報告するとともに、さらなる調査権限拡大を掛け合うために姿を消している。

「……酷いもんだ。オレのいた頃より、企業を含む帝国技術陣はもっとタチが悪くなっている」

「何がです?」

「自分達が出来ない事を素直に出来ない、と言わず……責任を転嫁して誤魔化すやり口だけは上手くなってるって事さ。
これじゃ技術者じゃなくて、官僚だ」

 中津川が持ち込んだ端末で有藤が閲覧しているのは、不知火改修計画にまつわる記録だった。

「不知火の改修ができないって話を、新型国産機を開発しているから手が足りない、とかコストの問題に摩り替えている。
1998年に壱型丙開発が事実上失敗した例……そして口実にした新型国産が今になっても出てこない現実を見れば、真相は明白さ。
技術革新ができたわけでもなく、何より開発環境が劇的に悪化している以上、再度の改修の失敗は確定的。だから、話を進めて欲しくない――本音はそれだ。
事前に手を回したんだろう」

 相変わらず背後の位置をキープしている中津川は、少し黙り込んだ。
 現在の帝国最新鋭機である不知火弐型開発に繋がるXFJ計画については、政治家と軍人・企業の癒着や裏工作のキナ臭い噂に事欠かなかった。
 噂の大半は、XFJ反対派が流した中傷だったが、残りは……。
 当時を思い出しながら、憲兵中尉は何食わぬ顔で話を続ける。

「……予備役技術大尉がやれば、何とかできた、と?」

「そこまでうぬぼれちゃいない。アメリカへの改修丸投げは、不知火を使い続けるって前提が外せないなら恐らく唯一の正解だろう。
1990年代の開発時に、拡張性に問題がある仕様を強要しながら何を今更! と怒鳴るぐらいさ。
不知火の開発現場からは、途中で外されたんだから責任は持てん」

「はあ」

「オレは、最初の国産機は支援攻撃や拠点防衛を用途とする、補助任務機で出したかったんだ。
主力クラス開発は、それでさらにノウハウを蓄積した後のほうが良いって考えたからな。
トータルで見て、F-15 イーグル……陽炎を超えた機体が出来るって自信がなかった……」

 有藤の意見では、当面の主力を務めるのは『第三世代技術で近代化改修したF-15J 陽炎』が最適、としていた。
 が、帝国軍の決定は逆に陽炎の調達削減、というものだから話が合うわけがなかった。

「そうだったのですか」

 ここでさらに水を向ければ、恨み言を含めた昔話が始まる、とそろそろ学習した中津川は、適当に相槌を打つだけに留めた。
 そして、話を変える。

「1998年というのはやはり大きな節目でしたな……我が国にとって」

 端末に伸びていた有藤の指が、動きを止める。

「ああ……光州作戦の失敗から、本土防衛戦の大敗、日米安保破棄。悪い話ばかりだった。
今でも行方がわからん知り合いは多い」

 しみじみとした言葉に押しかぶせるように、中津川が語気を僅かに強める。

「――そんな混乱期だからこそ、何者かが試98式をどこかへ持ち出す事ができた」

 む、と有藤が唸った。

 憲兵隊がデータ閲覧をさせているのは、何も接待ではない。
 今回のテロ事件の解決に、協力してもらうためだ。
 出来る限り、1998年当時の情報を集める必要がある。
 そして、現在の技術レベルで改修されているらしい試98式の予測データも出して貰わねばならない。

「試98式は、貴方が主導した戦術機、ということで軍主流からは干されていた。
断片的な記録を見た限りでは、その分だけ管理も甘かった様子。
心当たりはおありでしょう?」

「……まあ、な。馬鹿な口出しをされないのはありがたかったが、予算と機材……何より人員の手当てには苦労したもんだ。
普段はあまり戦術機開発に絡まない海軍に、交渉上手な部下を送って実験名目で予算をねだったり……。
特に戦術機用OSや操縦システムの専門家は、問題児でも我慢して使わなきゃならなかった覚えがある。
開発につまると、上から真っ先に後回しにするよう命じられた部門だからな。
優秀な奴は、まずなりたがらなかった」

 軍からすれば最大の問題児はあなたでしょう、という言葉を飲み込み、中津川は相槌を打ってみせる。

「衛士の技量と経験でカバーできる話なら、先送りでいい。我が帝国軍将兵の質は世界一である! みたいな台詞を、れっきとした将官が真顔でいうんだ。
操縦の負担が重ければ、ベテランだってミスしたり体力を消耗してあっさりやられちまう実情を知らないか、知ってても幻想を優先させているのさ。
そこを少しでも何とかしようって血反吐吐いてる連中が、あんな台詞を言われちゃ……。
ソフトウェア関係者がでかい顔できてたのは、ハード側を弄る余地がない不知火の、バージョンアップ担当部署ぐらい――」

 肩を竦めて言葉を並べていた有藤の頬が、不意に引きつった。
 勢い良く中津川に向き直る。

「……おい、待て! 今回の京都爆撃に、オレのチームの構成員だった奴の関与を疑っているんじゃないだろうな!?」

「疑っています。テロで使われた試98式は、本土防衛戦のどさくさで盗まれた物だ。最低でも、ベースになっていると見るほかありません。
いかに混乱していたとはいえ、機材の持ち出しは内部の手引き無しでは不可能だ。奪取後の改良も――」

「ふざけるな! アホな上層部に不満を持つことと、自分の国を攻撃するって話の間にある落差を考えろ!
BETAの目の前でクーデターを起こした、殉国者気取りのクソどもじゃあるまいし……!」

 怒鳴りつけられても、憲兵は小揺るぎもしない。

「自発的意思でやった、とまでは言ってはおりません。
脅迫、懐柔、誘導、洗脳……つけこむ隙があれば、『転ばせる』事を専門にする連中は、いつの時代もいる。
火種のない所を火事にするのは不可能でも、火種を煽り別の方向へ風を送るのは可能です」

 歯噛みする有藤の目から、ふっと力が抜けた。
 憲兵の言い分が正しい事を認めたのだ。

 しばらく苦悶するように目を閉じてから、有藤はしぶしぶといった風情で口を開く。

「――人員の中で、オレが一番保証できないのは、開発衛士陣だ。
試98式はその特性上、素体はともかくオプション装備試験では、多種多様な状況に対する能力が求められたからな。
が、上は当然出し渋って……。
仕方ないから、札付きの人員を受け入れた」

「札付き?」

 詳しい事情はわからんが、と前置きして

「命令違反クラスの重罪で、軍法会議にかけられていた衛士達だった。
容疑事実となる前提が消滅した、とかで放免にはなったんだが、そんな連中だから宙に浮いていてな。
ともかく有罪にはならなかったし、大陸帰りで実戦経験があり腕が確かなら、と引っこ抜いた……」

 と、渋い表情で有藤は言った。そして、大きな溜息をついた。





 憲兵隊本部で、技術者と憲兵が会話を交わしているのと、同時期――

 昼下がりの海に大きな航跡を描きながら、一隻の艦艇が進む。
 浮かべる城という古典的な形容が似合うそれは、日本帝国海軍所属の戦艦・紀伊だった。
 排水量十万トンを超える世界最大級の戦闘艦は、孤影だけを供に日本に舳先を向けていた。

 対BETA戦線の押上げが世界レベルで成功し、戦いが沿岸部から離れつつある現在、金食い虫の割りに使い道がほとんどなくなった戦艦部隊は肩身の狭い扱いを受けている。
 戦艦をこのまま現役で残す、という意見は海軍軍人の間ですら少数派。
 未だ戦艦を必要とする国連軍ないし友邦に貸与か譲渡となる、そうでなければ順次廃艦――というのがもっぱらの噂だ。
 海軍は、戦艦の廃止と引き換えに悲願である固有の戦術機部隊設立(現時点で保有するのは攻撃機・A-6J 海神のみ)を、と要求しているがどうなるかは不透明。

 いくらBETAの脅威が及ばない中部太平洋の安全海域とはいえ、単艦航行を行っていることが、現在の扱いの一つの象徴でもある。
 より正確には、二隻の護衛艦がついていたのだが、彼らは日本で起こったテロ事件を受けて、本土近海の警戒に参加すべく先行していた。

 紀伊の艦上には、多数の防水梱包されたコンテナが並べられ固定されている。
 本来なら、哨戒ヘリが格納されているスペースにも、荷物がぎっしりだ。
 コンテナの中身は、海外に移転して未だ日本への帰還がかなわない工場で作られた物資。
 第二次大戦の負けが込んだ時期には、戦艦が輸送艦代わりにされた事例があったそうだが、

『戦艦は、勝っていてもこの扱いか』

 と、乗組員達を腐らせている。
 日本の安全化と、全人類の優勢は喜ばしいことだが、それとは別の次元で、自分達が不用品扱いされてうれしい兵士はいない。
 紀伊の対空・対水上監視は規定どおり行われているものの、ルーチンワーク化が著しい。

 そんな紀伊を、じっと見つめる『目』があった。
 『目』の持ち主は、単純な航路を進む紀伊の未来位置を予測し、先回りするように動いた。ゆっくり、密やかに。

「……ん?」

 紀伊のCIC(中央戦闘指揮所)で、退屈そうに各種情報画面を眺めていた当直士官が小さく声を上げた。

 戦艦、という艦種は基本的に対水中戦闘は考慮しておらず、攻撃手段も持っていない。
 対潜水艦任務、あるいは水中移動するBETA対策は、駆逐艦以下の小艦艇の仕事だ。
 が、全く無防備というわけにもいかず、申し訳程度には水中索敵システムが積まれている。
 そのシステムが、自然の物ではない音響の接近を捉えたのだ。
 スクリュー音――人工の、潜水物体が音源と思われた。

「おいおい、勘弁してくれよ」

 士官は、愚痴をこぼした。

 地理的に考えれば、まず間違いなくアメリカの潜水艦だ。
 1998年の日米安保破棄以来、微妙な関係が続く超大国の事を思い浮かべ、士官はさらにうんざりした気分になる。

 公海上では、潜水艦は浮上航行の義務はない。
 が、水上艦艇からすると気分のいい話ではなく、事故への備えもいる。

 規定に従い、艦内に警戒体制への移行を促す作業を行いながら考えを巡らせていると、音源は紀伊に接近しつつも浮上を始めた。

「……なんだ、挨拶でもしてくるつもりか」

 魚雷の必中圏内に侵入し、しれっと浮上してみせるのは潜水艦乗りにとっては最高の『礼』だ。
 まだ東西融和が鈍かった時代に、東側の潜水艦がアメリカ空母にこれをやって、技量と性能を誇示した事例がある。
(もちろん、やられた側の対潜部隊にとっては最高の屈辱)

 単艦航行の戦艦相手に、無意味な示威をするとは暇な――舌打ちしつつ士官は、海上を映すカメラ画面に視線を流した。
 波を割って現れたのは、潜水艦の流線型をした艦首……では、なかった。

 『手』。
 五指を備えた、人間の手に酷似した物体だった。

「…………!?」

 『手』に続いて腕、そして体が海面にのし上がってくる。
 人型の上半身を海面に晒した『そいつ』は、爆発的な加速で海水を蹴り立て、紀伊の右舷側に突っ込んで来た!

 ハイドロジェット、という単語が士官の頭の中に咄嗟に浮かび上がる。
 次いで、今自分が目にしているのは人型の兵器だ、と認識する。

「敵襲!」

 ようやくうわずった声を上げた士官をあざ笑うかのように、『そいつ』は紀伊の艦体にしがみついてきた。
 ここまで密着されては、近接防御火器でも狙えなかった。
 いかに紀伊が巨体であろうと、全長二十メートル級の物体に取り付かれれば、衝撃は馬鹿にならない。

 紀伊艦内が、動揺した。




 日本帝国は、海洋国家だ。

 周囲を海に囲まれ、シーレーンの維持なしにはまともな経済も回せない。
 対BETA戦という見地から見ても、光線属種に対する安全ゾーンとして使用可能な水中の積極活用は、検討されてしかるべきだった。
 が、世界的に見ても『水中行動可能な戦術機』というのは皆無であり、攻撃機を含めてもA-6系列がある程度だ。

 戦術機の形式番号や命名規則が、今は消えた航空機の規則に則っているのに象徴されるように、まず飛行可能であることが戦術機のスタンダード。
 水中活動に必要な能力は、それと相反するのだ。

 通常型戦術機の構造を流用してコストカットを図った上で、水中工作・作業もしくは戦闘力をもたせた機体――

 そんな可能性を検討したのは、日本帝国においては試98式開発チームのみであった。

 何者かがペーパープランを現実の物に仕上げた試98式『タイプM』は、甲板上のコンテナを押し潰しながら、紀伊の艦上へと身を押し上げた。
 素体を『人体』に見立て、その上に『潜水服』となるオプションをつけた形状は、人型というよりは過去の特撮映画に出てきた海棲モンスターめいている。
 そのコクピット席に座る人物が、呟く。

「海軍に直接の恨みはないが……我等のメッセンジャーになって貰うぞ」



[34800] 3
Name: ani◆f6f49e6e ID:84516a62
Date: 2012/09/02 19:04
「……と、いう経緯で派兵各国の意見調整がつかず……東アジア奪還作戦の第三段階移行については、国連常任理事会でも合意に達しませんでした」

 夕日が窓から差し込む首相官邸執務室に、外務大臣の事務的な報告が流れる。
 それを受けるのは、初老の男。日本帝国首相・岸部春明だった。
 首相のみが座れる椅子に身を委ねた姿は、どこかくたびれた雰囲気を感じさせる。

「わかった。国連大使には、引き続き情報収集を密にするよう訓令を出す。ご苦労、下がってよろしい」

 一礼して大臣が随員とともに退室すると、首相は胸郭に溜めていた息をついた。
 たった一人となった広い部屋に、独白がこだまする。

「また延期か。どうしても、ハイヴ攻略後のG元素の取り扱いで揉めるな――」

 G元素は、憎きBETA由来の物であるという点を感情的にクリアできれば、人類にとって魔法の物質だ。
 アサバスカに落着したBETAのユニットを確保したアメリカは、G弾やXG-70という超兵器を生み出した。
 BETA大戦において本土を喪失した国家からすると、このG元素を確保できるかどうかで国際的な立場や、領土を取り戻した後の復興プランが全く変わってしまう。
(自国でG元素を活用する技術がない場合でも、他国に高値で売りつけてしまえばいい)
 どのような手段を使ってでもG元素を入手したいはずだ。

 国際条約上は、G元素は国連が管理・その恩恵は人類全体に公平分配する建前になっているが……。

 これが実に怪しい。

 BETA大戦を契機に肥大化した国連は、内部にいくつもの派閥を抱え――そしてその派閥は、特定国と深い関係にある。
 一例を挙げれば、在日国連軍は日本帝国にG元素転用兵器の技術、あるいは戦術機OSの革命児であるXM3を優先提供していた。
 このG元素転用兵器技術には、G元素そのものも含まれていたのではないか、と疑われている。

 国連軍が、紛争防止のためのG元素確保をさせる部隊に、日本帝国製戦術機を採用しようとしているのも、

『国連の親日派閥と、日本帝国の癒着のさらなる進展』

 という疑惑を濃くしていた。
 特に、BETA襲来前の時代に日本軍の攻撃あるいは支配を受けた国々が多く所属し……かつ国連への不信を動機として成立した大東亜連合は、懸念を事ある毎に示している。

 公式上は唯一のG元素保有国・アメリカへの世界の妬みと警戒は、言うまでもない。

 慌てた国連は、ガス抜きのためにXM3(及び、OS稼動に必須の高性能演算装置)をライセンス料ほぼゼロで各国へ提供したので、今のところは沈静化しつつあるが……。

 いくつかの国は、未だに『我が主権領土内のハイヴにある鹵獲物資は、我が国の物』という主張を捨てておらず、予断を許さない。
 中でもソ連は、プロミネンス計画参加での技術発展とXM3による梃入れにより、単独でハイヴを落とせるだけの戦力を備えていると噂されている。
 実力で確保に出る恐れは、十分あった。

 G元素争奪紛争防止に必要なのは、

『武御雷ではなく、対人戦において圧倒的抑止力を誇るF-22 ラプター……最低でもF-15SE』

 という意見が国連軍の実働部隊から上がっているのが現状だ。
 日本政府としても、国際的な動静に神経質にならざるを得ない。

 結果、大陸奪還作戦はスケジュール遅れを繰り返す状態となっている。

「鹵獲物資の皮算用での取り合い、か。
勝っているがゆえの贅沢な悩み……といえば、それまでだが……」

 首相を見た人間は、まずその干し柿のような顔よりも足に目をやってしまう。
 彼の右足は、本来あるべき肉と骨を失っていた。
 体質の問題で、義足さえつけていない。

 本土防衛戦の頃、BETAに足を食いちぎられた経験があるのだ。

 実は、これが政治家としての首相の大きな強味となっている。
 12・5事件以来、ますます軍人達は政治家や官僚を軽んじ、何かあるとすぐに威圧するようになった。
 特に、クーデターに参加しながら微罪で釈放され、原隊復帰した軍人達やそのシンパは、

『政威大将軍殿下がクーデター事件終結後の演説でおっしゃられたように、日本人の美徳の体現者は我等である』

 という態度を憚ることはない。
 将軍の権威と暴力をバックに、自分達の要望をひたすら通そうとする。

 そんなのぼせた連中でも、首相に

「この体の一部までも、私は既に御国に捧げているのだ。
その私を売国奴だの国賊だのと言うからには、当然腕の一・二本は失っているのだろうな?」

 と、静かに凄まれては、羞恥心を回復させ引き下がるしかない。
 体の不自由な事を武器としている、という陰口も叩かれているが、直接言われれば「その通り」と答えただろう。

 本当は、首相などやりたくなかったし、今もやめたいと思っている。
 前首相の榊是親とは政治的に対立する立場にあったが、それでも殺してしまえと思った事などない。

 だから、クーデターを起こした将兵を内心では蛇蝎の如く嫌っていたし、彼等を庇ったも同然の将軍も嫌悪していた。
 針の筵をわかって現職を引き受けたのは、増長する軍や武家の横暴に抗せる気力と能力を兼ね備えた政治家が、他にいなかったからだ。
 12・5事件の後、軍を恐れて多くの政治家や官僚が辞職・退官した。断腸の思いで、日本を出た者達も少なからずいる。
 そこまでいかなくても、武家や軍人のイエスマンになり身を守ろうとする者達が目立つ。

 地道な政治・外交の功績は正当に認められず、命は簡単に奪われ犯人はろくに罰せられない、となればそうなるのは当然だ。

 このままでは、日本帝国は内部問題で自滅してしまう……という危機感が、感情に勝った。
 純軍事問題はともかく、武家や軍人に経済や外交が回せるはずもないのだから。

 聖域であった斯衛軍専用機制度に踏み込み、有形無形の妨害も跳ね返して武御雷の国連軍輸出への道を切り開いたのは、岸部首相の政策の一つに過ぎない。
 単なる国連協調路線ではなく、武力を握った者達の我侭を許さぬ、というメッセージでもあった。

 内政においては、国家財政を好転させ国民の生活水準を回復させるために、打てるだけの手を打った。
 国連難民高等弁務官事務所と密に連携を取り、在日難民にも活発な支援を行って、軍事力に拠らない日本の国際イメージアップも図った。
 幸い、復興景気という追い風が吹いてくれた。

 そしてそろそろ日本復興のメドがついたとして、退陣するつもりである。
 表明はすでに出しており、年始の国会で後継首相選出が行われれば、晴れてお役御免となることは決定事項のはずだった。
 慰留する声はあったが、それを謝絶。

 昨年の、次期主力戦術機選定にまつわるドタバタ劇が、最後に残った気力を削いでいた。

 勝手にF-15SEJ 月虹採用を既成事実化しようとする国防省。
 それを不知火弐型採用にひっくり返す独裁者の如き将軍。

 結局、軍部と将軍の綱引きで国家の重大事が決まる有り様では、やっていられない。
 特権階級・武家と軍人がのさばる、日本の前近代的軍事国家化を阻止しようとする首相の努力を、あざ笑われたような思いさえした。
 身を守る術がない者は、表向き武家や軍部をバンザイしつつ陰で泣くしかない第二次世界大戦期の悪夢再び、というわけだ。

 事実、次期主力選定で国内のパワーバランスが再確認されたためか、首相を軽視する雰囲気がぶり返した。
 先日起こった京都爆撃事件への対処も、軍主導で進められている。ろくな情報さえ上がってこない。
 首相の役目は、国防省の軍官僚が書いた作文をしぶしぶ代読するぐらいだ。

 もう、我慢の限界だ。
 日本に対する義務は十分に果たしたのだから、後はゆっくり余生を……。
 それが岸部の内心。

 しかしお飾り化しようが、首相は首相である。
 正式に辞職し仕事を引き継ぐまで、やらなければならない仕事は山積していた。

「やれやれ……」

 机の上に山積みになった書類に目を通し、判子をつく作業をはじめようとした時、慌しく扉が叩かれる。

「失礼します! 首相、一大事です!」

 先ほど退室したばかりの外務大臣が、血相を変えて飛び込んできた。

「何事かね?」

 眉をひそめる岸部に、外務大臣は日頃の礼節も忘れてまくし立てる。

「せ、戦艦・紀伊がシージャックされました! 中部太平洋公海上で、謎の戦術機……いや、戦術機といっていいのかわかりませんが!
人型の兵器に艦上に乗り込まれていると!」

「……!?」

 不自由な体を揺らし、首相は絶句した。
 が、すぐに冷静さを回復すると、外務大臣に静かに問う。

「なぜ、外務大臣の君がその報告をもってくる? 軍艦に起こった問題なら、国防省の管轄だろう?」

 真っ先に飛び込んでくるのは、国防大臣あたりでなければならないはず。
 どうせ面子を重視し、ろくな情報をもってこようとはしないはずだが、それでも一報は国防筋から来るべきだ。

「たまたま現場を通りがかったオーストラリア船籍の貨物船から、大使館経由で目撃情報が入ったのです!」

「っ!?」

 日本最大の戦艦がジャックされた、というのは大問題だが。それが国際社会に漏れる、というのもまた大問題である。
 京都爆撃テロは、まだ内政問題の範囲と強弁できたが、今回は外国の動向も気にしなければならない。

「君は、外務省のスタッフを総動員して情報収集に当たってくれ。
オーストラリア大使館には、情報の無秩序な拡散を防ぐよう要請を」

「はっ!」

 震える声を抑えつつ岸部が指示を出すと、外務大臣は足音高く部屋を駆け出していった。
 それを見送る暇も惜しみ、首相の手が専用回線に伸びる。

『内閣の一員としての執務より、幹部軍人や軍需産業関係者との会合を優先している』

 と評判の国防大臣を、呼びつけるために。





 嫌な予感は、以前からしていたのだ。

 悪化の一途を辿る戦局。
 上層部対立の空気が伝染し、ぎくしゃくする国連軍や大東亜連合軍との軋轢。
 その板ばさみで混乱する命令系統。

 最大の不安要素は、帝国軍の現地司令部だった。
 彩峰萩閣中将をトップとする司令部の会議での発言は、国連軍やアメリカ軍への批判がほとんどを占めていた。

 ――ついていけない。

 それが、光州作戦のために新たに編成された司令部に対する、帝国陸軍大尉・康永幸人の正直な気持ちだった。

 人間には、自分にはどうにもならない話というのが存在する。

 一衛士の立場では、上層部に嫌味の一つも伝える事ができないように。
 だから、考えても仕方の無い事は意識から一時締め出し、目の前の自分が左右しうる問題に集中する――。

 そうやって生き残ってきたのが、現場のプロというものだ。
 だから、そんな『現場意識』と全く逆の雰囲気を持つ司令部の指揮能力に、懸念を抱くなというほうが無理だった。

「だが……それにしたってここまで無能だとは……!」

 胸に湧き上がる黒い思いを罵倒とともに吐き捨てながら、康永は乗機・不知火を操り戦場を駆ける。
 砲撃のしすぎで熱限界を超えはじめた突撃砲を酷使し、目の前に迫る要撃級に向けて、トリガーを絞った。
 操縦席に、反動が連続して響く。
 36ミリ砲弾で腹を抉られ数歩動いた後、地に倒れる敵を確認し、額に浮く汗を拭う。

 国連軍司令部壊滅、の悲報が走り防衛ラインが全線に渡って崩壊したのは、六時間前。
 異星生命体の津波の中に、無数の軍人と民間人が飲み込まれていった。

 それ以来、ぶっ続けの戦闘だ。
 体力集中力ともに、限界に来ている。機体のほうも、激しい機動を行うたびに異音を発していた。

「おい、ここはもう限界だ。俺達が殿軍を務めるから、釜山(朝鮮半島南端)まで後退しろ!」

 すぐ傍で戦っていた、骨太のシルエットを持つ戦術機(正確には、攻撃機)から、通信が入った。
 混戦の中でなし崩しに合同することになった、アメリカ軍からだ。

「しかし、この事態を招いたのは我が軍のミスだ。せめて――」

 康永は、かすれた声で返事をする。

 戦線崩壊の原因は、友軍との連携を不十分にしたままの帝国軍の突然の兵力配置転換だった。
 その結果、国連軍の側面が無防備となり、そこにBETAの浸透を食らった。

 難民支援に同調した日本帝国軍に感謝した大東亜連合軍こそ、いい面の皮だったのかもしれない。
 国連軍を蹂躙したBETAを留める術は誰にも無く、大東亜連合軍や彼らが救おうとした難民にも甚大な被害を及ぼしている。
 今、こうしている間にも損失は拡大している。

「馬鹿野郎! お前は帝国軍の司令官で、的外れな移動命令をだした張本人か!? 違うだろ!
それに、もうぼろぼろのお前らじゃ時間稼ぎの能力がまずない! 無駄死にだ!」

「……足手まといになるなら、見捨ててくれて――」

 次の瞬間、ポップアップ画面内の米国衛士の形相が、仁王の如く厳しくなった。
 黙れ! と大声で怒鳴りつけられ、康永は思わず息を止める。

「いいか、合衆国軍海兵隊……特にA-10乗りはな、絶対に友軍を見捨てたりしねえ!
欧州や中東での、地獄の釜の底みてぇな負け戦でさえそうだった! アジアでも同じ仕事をやるだけだ!」

 誇りと実績と気迫に支えられた激しい言葉に、康永は気圧され――その正しさを認めた。
 康永の不知火を押しのけるようにして、A-10の群れが前進していく。
 彼らの機体だって、日本軍部隊よりマシとはいえ消耗している……。

「――すまん、感謝する……」

 本土に戻ったら、絶対に司令部を告発してやる……自分の軍人としてのキャリアも終わるだろうが、かまうものか!
 最悪でも、抱き合い心中に持ち込んでやるぞ――
 そう決意しながら、康永は消耗著しい部下達をまとめ、後退にかかった。



「…………」

 嫌な夢を見た。
 過去の凄惨な記憶の再現。
 寝覚めは、最悪だ。

 誰かが心配そうに自分の顔を覗き込んでいる、と気づいた康永は、仮眠室の寝床からゆっくりと体を起こす。
 今は1998年ではなく、2005年。場所も朝鮮半島ではなく、日本本土の基地。
 あの時と比べると、肉体は老けた。年齢が三十代といえば、現役衛士を引いても不思議ではないぐらいだ。
 変っていないのは、自分の階級章だけ。

「大尉、大丈夫ですか?」

 傍にいたのは、まだ少女といっていいあどけなさを残す倉野鈴奈少尉だった。
 実験部隊とは名ばかりの窓際である康永小隊に、どういうわけか衛士訓練校卒業直後に配属された部下。

「ああ。すまんな……模擬戦開始の時間か?」

「いいえ。お客様が。
ある事件調査をしているという憲兵隊の中尉と、そのオブザーバーだという元技官がお会いしたい、と」

「ふむ……? 至急か?」

「いえ、そこまでは言っていませんでした」

 スケジュールと時計を確認すると、予定されていた任務の時間が迫っていた。

「――なら、少し待って貰おう。模擬戦が終わった後、会う事にする」

 気遣わしげな部下の顔に、大尉は笑って見せる。

「心配ない、私は憲兵のお世話になるような真似をした覚えはないからな」

 嘘、だった。
 歴戦の勇士であり、日本帝国戦術機部隊の中でも現役兵最古参に属する康永の階級が、実に七年も昇進していない理由。
 それを知らない部下ではない。
 しかし、倉野少尉はこくりと素直にうなずいた。



 中々、戦闘記録閲覧の許可が下りない事に時間の無駄を感じた中津川は、まず有藤の心当たりを調べるため東京郊外の基地に足を伸ばしていた。
 有藤も同行している。

 ――二人の元には、まだ試98式タイプMによるシージャック事件の情報は届いていない。

「……あれが有藤予備役技術大尉に開発衛士候補を紹介したという、康永大尉の乗る機体ですか」

 面会を先延ばしにされた代償として、演習場を一望できる管制塔での模擬戦見学が許されたのは、憲兵隊の心証を良くしたい司令官の意向だろうか?
 中津川と、おまけの有藤はオペレーターの声が飛び交う部屋の端っこで並んで椅子に腰かけていた。

 巨大な窓の外は、廃墟が広がっている。
 軍が買い取り、市街戦用演習に使っている敷地は、あえて往時の戦いの爪痕を残したままにしているのだ。
 崩れたビル、ぐしゃぐしゃになった家屋は、見ているだけで殺伐の気を胸に忍ばせてくる。

 双眼鏡を手にした二人の視線の先には、二機の戦術機が瓦礫の中に立っている。
 大まかなシルエットは、最古の戦術機F-4 ファントムに似ているが……。装甲面には角ばりが多く、どこか禍々しさを帯びている。

「ああ、そうらしい……ところで、中津川中尉」

「?」

「その予備役技術大尉、というのは長すぎる。有藤でいい」

「しかし……」

「元々、形ばかりの肩書きだった。オレにとって意味はないんだよ」

 飛び級で帝大に入学・卒業し技術畑に入った有藤は、この時代の人間としては珍しく、申し訳程度の軍事訓練しか受けていない。
 軍人気質とは無縁であったから、いちいち階級で呼ばれることに、うんざりしていた。

「わかりました。では、有藤さん……。
この模擬戦には、どんな意味が?」

 呼び方を妥協した中津川の目が、不審そうに細められる。

「見た目は旧式じみているが、中身は別だ。
外装も、かなり弄ってある。近くでみたら、ファントムとは違う印象を持つはずだ。
駆動部の可動のなめらかさ、センサーの安定した発光パターンは新型に類するモン……外国製だなありゃあ。それも複数国の規格。
正規の戦術機じゃあないのは確かだ」

「……そこまでわかるのですか」

「これでも元プロだからな。昔、国連軍へ話を聞きに行った際、聞いた事がある」

 有藤は、軽く口元を緩めて解説を始める。

 独自に戦術機を開発・生産し、実戦部隊へ供給する能力のない国(世界中のほとんどの国がこれに入る)は、とにかく手に入る機体を買いあさる傾向にある。
 旧西側・東側の戦術機を一つの部隊で運用する例さえ、珍しくなかったのが大方の軍の実情だ。
 だが、異なった機種の混在は実戦でも兵站上も好ましくない。

 そこで試されたのが、間に合わせ処置としての異機種間によるパーツ融通だ。
 製造国の違う機体でのパーツ交換は、本来はまったく規格が違うから論外の行為のはずなのだが。
 こと戦術機に限っては、大元はアメリカ規格だ。無謀な改修が通じる余地がある。
 独自開発の一歩手前ぐらいには技術がある国だと、間に合わせ品を組み合わせて独自戦術機を作ってしまうケースさえあった。

 開発国家群は、こういった改修は違法でありかつ保証外である、として否定的だが。
 一機でも多くの稼動戦術機を要する現実の前では、黙認せざるを得ない。
 公式記録からは実質的に抹消されているものの、多くの戦場を支えていたのは、そういった『異端戦術機』達だった。

 以上を説明してから、有藤は付け加えた。

「帝国軍としても、データは欲しい所だ。
兵站が伸びきる大陸戦の趨勢によっちゃ、自分らも現場急造の兵器を使わなきゃならなくなる。
どこまで外国製パーツで改造していいかのガイドラインを作成するのは、無駄じゃない。
……それに本当にレアケースだが、違法改修の結果、一部の性能がオリジナルを超える機体が生まれる事があるんだ。
情報集めのために、どっかの前線国家から買い取ったんだろう」

「……」

「見るべきところがない単なる間に合わせ改悪機なら、帝国軍がテストする意味がないからな。
十中八九、間違いない」

「そういう……ものですか?」

 戦術機には常識レベルでの知識しかない中津川にとっては、ぴんと来ない話なのだろう。
 しきりに首をかしげている。

「ああいう機体を作る奴は、固定観念に囚われないから……かもしれん。
戦術機分野は、光線属種のために存在意義が疑われ縮小・解体した空軍の受け皿になっているのが相場だ。
そのせいで新概念人型兵器には不要な、航空機的慣習があちこちに残っているからな」

 自省を篭めた有藤の呟きの語尾に、腹に響くような轟音が重なった。
 仮想敵を務める戦術機の編隊も、飛行して演習場に突入したのだ。

 それを見やりながら、有藤は思い出したように付け加える。

「確か、オリジナルを超える奴には大体、『キメラ』ってコードネームがつけられてたな。
前線将兵だけの隠語みたいなものだが」



[34800] 4
Name: ani◆f6f49e6e ID:84516a62
Date: 2012/09/06 18:55
 薄暮の海は、血の色で染めたように赤い。
 その上を、無数の影が飛び行く。
 日の丸の識別マークをペイントした、日本帝国戦術機の群れだ。

 紀伊シージャック事件に対処するため、帝国軍参謀本部は対応を検討した。
 とにかく、一刻も早く解決しなければ国家の威信に関わる。
 が、艦艇を使うと、かなりの時間を浪費してしまう。
 航空戦力の再建が成っていない以上、戦術機を急行させるしかない、という結論に達するのにそう時間はかからなかった。

 立ちはだかった問題が、日本帝国軍の戦術機部隊は陸軍機ばかりであり、衛士も海上飛行に必要な訓練――航法やトラブル対処法の訓練が決定的に不足している点。
 しかし、非常時であるからこの際は無理押しをするしかない、と早々に見切り命令を出した。

 シージャックした戦術機(らしいもの)が、先の京都爆撃テロをやった機と酷似している、とわかると。
 復仇に燃える斯衛軍もまた、参加を申し出てきた。
 驚くべきスピードで準備は整えられ、テロ討伐隊は日本本土を飛び立った。
 戦術機部隊を回収する役目の戦術機揚陸艦を含んだ艦隊は、その後を追う。

 情報を掴んだ国連軍やアメリカ軍から、事情説明の要求と協力の申し出があったが、国防大臣の一存で跳ねつけている。
(首相や外務大臣は、しぶしぶ事後承諾するしかなかった)
 ただ、事件海域に近い国連軍基地に、推進剤の補給だけは頼んだ。

 勇んで出撃した帝国軍機は、総計一個大隊36機にのぼる。
 不知火弐型が一個中隊12機・不知火が一個中隊。そして、武御雷が一個中隊だ。
 全機が推進剤を積めるだけ積み、取り付けられるだけの増加燃料タンクを背負っている。
 今のところ一機しか敵が確認できない中、あまりに大仰とも思える動員が、帝国軍部の本腰ぶりを語っていた。

 だが……。

「――編隊が乱れているぞ! 各機、維持しろ!」

 弐型に搭乗した隊長が、何度目かの注意を繰り返し通信で怒鳴る。
 足の下は、普段はろくに縁がない膨大な水の領域。
 長時間飛行という疲労の溜まる行動の中、慣れないストレスが衛士達の心身を深く侵食していた。

 元々、推力や燃費のよい経済速度が違う機種の混成だ。
 ふっと気を抜くと、あっさりと位置がずれてしまう。
 特に、F型とA型、C型で一つの中隊を形成する斯衛軍は、乗員の練度をもってしても糊塗できないぐらい乱れが著しい。
 無理に編隊を維持すれば、燃費に合わない速度を出している機体は、推進剤を使い果たす恐れも――
 いや、その前に衛士が参ってしまう。

(……まさか、テロリストはこれを見越して……?)

 隊長の脳裏に、嫌な予感が点滅する。
 この隊長は、12・5事件のクーデターに参加し、生き延びた男だ。
 独善的愛国心で自分の良心を麻痺させ、一方的に売国奴とレッテル貼りした同胞や非武装の官僚を切り殺して、平然としているような性格だが。
 戦闘に限定すれば、無能とは程遠い。
 『烈士』の典型だった。

 政威大将軍殿下の御座乗艦となった事もある紀伊を取り返す――という熱意とは別に、頭脳を働かせていた。

 そもそも、テロリストはどうやって紀伊の航路を知った? 特段の機密ではない輸送任務だが、それでも宣伝しているわけではない。
 また、本土でのテロに泡を食って護衛艦を引き離した隙をつかれた形だが、これは偶然ではなく狙い通りではないのか?
 面子を重視する帝国軍が、拙速な対処を取る事を予想し、既に待ち受けている恐れは十分あるのでは?

(! まさか、日本帝国に内通者がいる!?)

 隊長は、ふととんでもない可能性に行き当たった。
 テロリストが、紀伊の兵器使用権を奪い自分達の武器とする恐れに、だ。
 紀伊の乗員がまずそんな事はさせない、そしてテロリストに高度な兵装を操る能力などない、と無意識に信頼していたのだが、内通者がいるのでは……。

「――」

 本土に連絡を取り、悪い予測を伝えようとし……また、部隊に中隊での分散行動を取らせようか、と考えた時。
 隊長の視界の隅に、鋭い火線が走った。

「散開!」

 それが何か、を確認する前に隊長の口は叫んでいた。
 コンマの判断の差が、生死を分けると知っている衛士の本能が言わせた。

 レーダーに反応はなかったが、海面近くでは電波が乱反射しやすく元々信頼性は低い。
 熱源探知もなかった事を考えると、ミサイルの類ではない。
 急速に傾く視界の中、隊長はぐっと奥歯を噛み締めた。
 そして網膜投影画面のデータリンク表示で、味方の位置を確認しようとして、息を飲む。

「!?」

 閃いた火線は、武御雷中隊のほうへ飛んでいた。精度のいい攻撃ではなく、弾は『赤』の武御雷の頭上を飛び越えていく。
 光学的照準による長距離砲撃と思われた。
 それはいいのだが、問題は武御雷中隊の行動だ。
 散開の指示に従うどころか、色によって判別できる上位者の盾となろうというように、逆に密集し始めている。
 元々、巡航速度の差と疲労から隊形が乱れ気味だったため、混乱が引き起こされた。

 要人警護を任務とするくせに、その要人を前線に出す……斯衛の矛盾した存在理由。
 それが取らせた動きだった。
 全く斯衛に無知な『敵』ならば、戦術の常識に反した動きに却って罠などを疑って、手出しを控えるかもしれない。

 だが今回の相手は――。

 機位を狭めた武御雷の頭上に、再び砲弾が飛来。今度は飛び去らずに、爆散した。
 無数の小弾子が、斯衛軍に降り注ぐ。
 散弾。
 戦術機を破壊する能力はないが、その広範囲にばら撒かれる鉄火はセンサーや排気口など防護しようもない部分を傷つけ、機能を低下させるには十分だ。
 目くらましを喰らったように、武御雷『黒』があらぬ方向へ横転する。その先には、庇うべき『山吹』の武御雷が。
 砲弾の爆発にも匹敵する音響が、海面を泡立たせる。
 衝突した二機の武御雷は、本来はBETAあるいは敵機に向けるべき装甲のカーボンブレードを互いの機体に噛ませ合い、一塊の影となって墜落した音だった。

 乱れていた武御雷の編隊は、動きを整えた機体から急速反転しはじめた。
 逃げたのではなく、落下した武御雷(特に山吹)を救助しようとしているのだ。
 専用機の装備に差をつける――つまり、搭乗者の血筋によって生存率に差をつけて憚らない斯衛。
 『敵』がそれを知悉し、いやらしいまでに突いてこようとするのなら――

「いかん、斯衛! 散開だ、散開! 次が来るぞ!」

 隊長の怒鳴り声に、武御雷の動きが鈍る。
 制度上は、帝国軍と斯衛軍は緊密な連携を図っている、という事になっているが。
 現場で動くのは、生きた人間で教本通りには中々いかない。
 まして混乱した状況で、所属違いの相手に命令されては、咄嗟に従えない。

 そこに、武御雷の中隊をさらに一定空間に押しこめるような散弾砲撃が見舞われた。
 またも、赤の武御雷の至近に爆光。
 今度は墜落機は出なかったが、あやうい接触が再度引き起こされている。

 武御雷の一部が思考を切り替え、損害を省みず全速離脱しようとすれば、出力が劣るC型が足を引っ張り結局隊形は乱れていく。
 このままでは斯衛は、二機連携さえままならない、各個撃破のいい的だ。

 やはりただのテロじゃない。
 日本帝国の軍事力と戦う事を想定し、徹底的に研究してきた連中だ!
 弐型の隊長は、直率する部下の弐型を素早く纏めなおしながら、そう確信せざるを得ない。

 一方、不知火中隊の動きは、攻撃目標にされなかったためもあり速かった。
 去年、配備が始まったばかりの弐型隊に比べて、機体に習熟した衛士が多かった事も、対処のスピードに影響している。
 不知火中隊の隊長が、慌しい通信を飛ばす。

「敵性戦術機らしき機影を確認……攻撃に移る!」

 散開後、砲撃を仕掛けられた方角を発砲炎の検索から割り出し、陣形を組みなおしながら向かう。
 直線飛行を続ければ、たやすく未来位置を予想され撃ち落されるのが、空戦の常識だ。
 不知火は、乱数機動を交えた複雑な曲線を描きつつ敵との距離を詰める。

「……よし!」

 接近すれば、長距離砲撃は封じられる。
 武御雷のことは武御雷に任せ、隊長は弐型部隊を率いて、不知火隊に後続する事を決断した。

 これまでは、見事にしてやられた。
 だが、それは所詮は汚い策謀の結果にすぎない。
 先制で、敵がもっとも手強いと見たらしい武御雷の隊を混乱させられたが、彼らですら決定的打撃は受けていない。
 まともな戦いになれば、殿下の主導の元で生まれ変わった帝国軍が遅れを取るはずがない!

 そう気合を入れなおし、隊長はフットペダルを踏み込んだ。



 日本帝国より『テロリスト』と呼ばれる者達の側も、向かってくる『不知火ファミリー』を捉えながら、動き始めていた。
 レーダーを避けるため、波に溶け込むような低空飛行で帝国軍側と相対していた編隊の中で、通信が交わされた。

「――来たな。ここからが本番だ」

 緊張と、高揚。

「向かってくる連中の中に、『仇』がいればいいのですが」

「逸るなよ。闘志を持つのはいいが、それに囚われて返り討ち、では意味がない」

 感情を意図的に抑えた声。

「はっ!」

「ま、かつての『ご同胞』をやるのが面倒なら、下がってな。
オレの『隊』は相手が何人だろうが、公平に地獄行きの切符を切ってやれるぜ?」

 揶揄と余裕。

「御厚意はありがたいが、相手の数が多い。こちらも全機でかかる」

「了解! ……しかし、事前に聞いてはいたが、インペリアル・ロイヤルガードってのは……」

「所詮は、お坊ちゃんお嬢ちゃんとその下僕の集団ですからね。
美意識や上下関係が、何より大事なんですよ――そのツケをまわされる人達の事、無視して……」

「……日本帝国全体が、前からそんなものだがな」

 呆れ、反感と、複雑な心情を滲ませるつぶやき。

「自由を求め、差別を嫌うのが人なら。差別や抑圧を好み、正当化するのもまた人だ。
自分から奴隷になりたがる者達、というのも確かに存在するのだ。
だから皇帝や王、貴族はしぶとく残り続ける。
表向き平等を自任する国家にさえ、肩書きだけを変えた特権層が存在する……」

 他人事めいた論評が飛ぶ。

 使われている言葉は国際共通語となった英語だが。その訛りは、多岐に及んでいた。
 おおよそ、統一性を感じさせるものではない。
 ただ共通しているのは、帝国軍第三世代機の群れに敵意を向けられても平然としている、胆力。

「おしゃべりはそこまでだ。作戦に変更は無い、予定通り動け」

 隊長格の男の言葉を合図に、編隊が一斉に戦闘行動を開始した。





「――お待たせした」

 基地司令官に頼み、用意してもらった一室に入っていた有藤と中津川の目が、いっせいに入り口を向いた。
 シャワーを浴びた直後らしい湿り気のある短い黒髪を揺らし、壮年の士官が入ってくる。

「本日は、お忙しい所を申し訳ありません。中津川憲兵中尉であります」

 椅子から立ち上がり、きっちりとした敬礼を施す憲兵。
 模擬戦の疲れを感じさせず答礼した康永幸人大尉は、次いで有藤に敬礼し僅かに頬を緩めた。

「……七年ぶりだな、有藤技術大尉」

「壮健そうで何よりだ、大尉……。今は一介の民間人だから、軍隊式は遠慮しておく」

 立ち上がり軽く手を上げた有藤の言葉が済むと、康永は扉をしっかりと閉めて二人に歩み寄る。
 三人は、それぞれ椅子に座った。

 既に、窓の外の景色は暗い。

「それで、私に何の用だ?」

「はい、実は……」

 中津川が、ゆっくりと説明をはじめた。
 まだ関係部署以外には機密である京都爆撃テロの詳細は隠しつつ、本土防衛戦最中の兵器喪失に、意図的盗難の疑いがあって調べていると伝えた。
 有藤が胡散臭げな顔をしたが、口出しする事は無かった。

「…………なるほど、つまり私が有藤さんに紹介した開発衛士達が、疑われていると」

 康永は、神妙な態度で背筋を伸ばした。

「はい、開発衛士は全員が戦闘中行方不明扱いですが、彼らとともに失われたはずの機材が存在する、というタレコミがありまして。
紹介の経緯から、お話を伺いたいのですが」

 中津川が締めくくると、康永は記憶を探るように目を閉じる。

「――どこから話したものか。彼らは、大陸派遣軍時代の同僚だった」

 岩館靖男。
 渡辺護。
 上杉蓉子。

 噛み締めるように、康永は名前を順に言った。

「生きていれば、二十代半ばから三十手前。
いずれも優れた操縦技能と衛士適性を持った若者達だった……」

「確かに、短期間で良好なデータを出してくれた記憶がある」

 康永の回想を、有藤が肯定する。
 中津川は古ぼけた手帳を取り出し、メモを取る。

「……彼らは、いずれも軍法会議にかけられた、と聞きますが?」

「――1998年、朝鮮半島で起こった光州事件は知っているか?
……一般報道に載っているものではなく、実情のほうに関わってくるのだが」

 康永の顔に、苦悶が浮かぶ。そして、ちらっと現役軍人ではない有藤を見た。
 話していいかどうか迷っている風情。

「席を外そう。廊下にいるから、確認したい事があれば呼んでくれ」

 重い雰囲気と、現役軍人とそうでない人間の見えない壁を感じ取った有藤は、そそくさと立ち上がり部屋の外へ出た。
 有藤の退室を確認してから、中津川は静かにうなずいた。

「はい。知っています」

 ……光州作戦の最中に起こった彩峰中将事件(俗称、『光州事件』。ある程度情報を得た軍人達からは『光州の悲劇』)は、帝国のみならず国際社会にも影響を与えた、大事件だ。

 光州作戦は、国連・大東亜連合・アメリカ・そして日本帝国が参加した、大規模な作戦であった。
 この作戦の最中、ユーラシア各地からBETAに追われるようにして半島に逃れてきた難民が、精神的経済的限界に達して脱出を拒んで動かないという事態が発生。

『これ以上苦しむくらいなら、母なる大陸でいっそ死にたい』

 という考えが、現地住民を含む大勢の人々に一気に蔓延したのだ。
 元々、国連以下の各勢力はそれぞれ独自の思惑と利害を抱えていたのだが、それが避難を拒む民間人の扱いという大問題で、一気に顕在化した。

 脱出を拒む難民をあくまで説得・救助しようとしたい大東亜連合軍と。
 BETA迎撃を優先しようとする国連軍の間で、意見対立が起こった。
 欧州でも難民脱出の援護を何度も行ったアメリカ軍は、国連軍を支持。
 一方、日本帝国軍の司令官である彩峰中将は、大東亜連合に同調。

 難民避難支援のために、日本帝国軍が配置を変えた結果、BETAの攻撃によって国連軍司令部は壊滅。
 指揮系統の混乱は、国連軍はもとよりアメリカ軍にも及び、両者は甚大な打撃を蒙った。
 日本帝国軍そのものもまた無傷ではいられず、かなりの戦死者を出した。

 激怒した国連とアメリカは、その無能さのために大損害を出した彩峰中将の、国際軍事法廷での審理を要求。
 だが、日本帝国軍は中将の引渡しを拒んだ。

 ……国内そして国際政治に渡る駆け引きと論争が繰り返された結果、彩峰中将は日本国内において裁判を受け、『敵前逃亡罪』として銃殺となった。

 本当に敵前逃亡だったかは問題ではなく、国連やアメリカがかけようとした容疑以上に不名誉な罰を与える事で、決着を図ったのだ。

 帝国の軍部は国際法廷が立ち消えになった事でしぶしぶ納得し、国連・アメリカも苦虫を噛み潰しながらも追及を収めた。

 ――情報統制された日本国民には、『敵前逃亡を行った司令官のため、朝鮮半島が失陥』という表面上の事しか伝えられていない。
 このため彩峰中将の遺族が、右翼団体などから嫌がらせを受けるという事件も発生していた。

「日本帝国において、軍司令官は皇帝陛下あるいはその全権代行である将軍殿下から直接親任を受ける、名誉ある位階だ。
ただ肩書きが重くなる、というだけじゃない。
中尉も憲兵とはいえ、軍組織の人間ならわかるはずだ」

 斯衛はもちろん一般の帝国軍に『日本国・日本国民のための軍隊』という意識より、『陛下あるいは殿下の兵隊』という意識が強いのは、これが一因だ。

「よって、司令官の命令は勅命に等しい権威を持つ。極限状態において、兵達を統制する一つの武器になる。
ところが、これが欠陥と表裏一体だ」

 言わなくてもわかるだろう? とばかりに康永の大きな溜息が響く。
 中津川は言わんとする事を理解していたから、首肯する。

 命令が、まともなうちはいい。
 だが、その命令が明らかに間違っていたり、違法だったりしたら?
 一番責任を負うのは、当然命令を発した将官だが。

『そんな人物を親任してしまった陛下や殿下も悪い』

 と制度上なってしまう。
 歴史的に日本帝国を悩ませてきた病気だ。

 御上の権威に傷をつけてはならぬ、という大義名分の元、親任官クラスが関わった問題・違法行為を甘い処分で済ませた。
 酷いケースだと、軍全体で犯罪を隠蔽する温床となった。
 特に軍部の増長が激しかった大東亜戦争前夜から終結するまでの間は酷く、日本帝国軍が内外から批判される事件の多くで、幹部庇いが見られる。

 敵前逃亡や、捕虜・民間人への暴虐といった重犯罪レベルの行為ですら、ろくに罰せられもしなかった。

 お陰で、裁かれるべきを裁かれず、あるいは責任を他者に押し付けて円満退役した将官は多い。

 何度も改革が叫ばれていたシステムだが、メスを入れようとすると当の軍人達はじめとする右派勢力が、

『国体を汚すもの』

 として反対し続け、WW2敗戦後の民主化改革で多少はマシになったものの、大筋は今日まで続いている。

 出した犠牲からすれば、国際法廷にかけられても仕方の無い彩峰中将を軍が政府と対立してでも守ろうとしたのも、この延長線上に属する。

 帝国軍の暗部に頭を抑えられたかのように、康永の声が低くなる。

「岩館ら三人を含む一部の将兵は、光州事件直前の移動命令に異を唱え、さらには無視した。
具体的には、指揮下を離脱して国連軍司令部を救援に向かったのだ。
確かに彩峰中将名で発せられた命令は、不可解なモノだった。難民支援としても、友軍への配慮が無さ過ぎた。
当時、私も疑問に感じたし今でも批判的に思ってる。が、流石に勅命に等しい命令に違反する事までは、考えられなかった。
だが、彼らはそこまでやった……」

「――――」

「……長くなるので、戦闘経過は省くが。
彼らは国連軍司令部を救えず、辛うじて本土に生還した。
そこで逮捕され、命令違反等の重罪容疑で軍法会議に送られた」

「しかし、それは立ち消えになったと……?」

「ああ。彩峰中将が発した命令は『敵前逃亡』のための違法無効なもの、と遡って認定された。
国連軍を無断で救援にいった兵の行動もまた、罰されるべき前提を無くした。
国連やアメリカからも、内々に彼らへの弁護があったそうだ。
……だがね、中将に――ひいては陛下・殿下に逆らった不忠者、という目はついてまわったのだよ」

 政治的妥協に反感を持つ、あるいは納得できない軍人達にとり、彩峰中将は外国勢力への生贄にされた悲劇の犠牲者であった。
 すんなり元の鞘に納まれるはずもない。

「私は、再配属された部隊で冷遇されている彼らが気の毒になった。
『国連やアメリカに媚を売った売国奴』という罵倒さえ、されていたからね。
そこで、試作機の開発衛士を探している話を聞きつけ、伝手を頼って推薦した」

「…………そういう事でしたか」

 中津川は、心の中で唸る。
 行方不明になった開発衛士達が、日本に含むモノを持つ可能性はあった。
 それにしても、1998年というのがまたついてまわる……と。



[34800] 5
Name: ani◆f6f49e6e ID:84516a62
Date: 2012/09/09 20:19
(けっ……結婚? ば、バッカじゃないのあなた!)

(俺は本気だ。結婚しよう)

(あ、あのねえ! 私達の関係は、遊びよ、遊び! お互いの軍が移動したら、はいそれまで、のね。
だいたいあなた、日本に婚約者がいるって言ってたじゃない!)

(彼女には手紙を送った。わかってもらえたよ。
……元々、親が勝手に決めた話だ。彼女にも、前から別に好きな人がいたのだし)

(……っ! 無理よ! 知ってるんだから!
帝国軍の士官って、結婚に偉い人の許可がいるんでしょ? 難民出の、国連軍兵士なんて認められるわけないわ……)

(なら、俺が帝国を出る)

(な……そんな軽々しく言わないで! 祖国が健在なのが、どれだけ幸せな事か、わからないの!?
絶対、後悔するに決まっているわ!)

(俺だって、何度も悩んで考え抜いたんだ。甘い覚悟で言ってるわけじゃない)

(…………ばかぁ)

 偶然盗み聞きしてしまった、部下と国連軍女性兵士の声。今でもはっきり思い出せる。
 その若さに、情熱に男は我が事のようなむず痒さを覚えたものだ。
 だが――

(隊長、隊長……お願いです、行かせてください!
こんな……こんなのってないですよ!)

(落ち着け、――少尉! 命令違反は、即時銃殺もありえる重罪だぞ!
それに……もう国連軍司令部は)

(まだ間に合うかもしれません! まだ、まだ頑張っているかもしれないんだ、誰かが……あいつが……!)

(隊長、行きましょう)

(――中尉!? 貴様まで何を……)

(英雄願望や、――少尉の恋人のためって感情論じゃありません。
大局的に見て、『友軍をBETAに差し出した日本軍』という結果だけが残るのは、まずすぎます)

(私も、救援に向かうべきだと思います!
助けを求めている命なのは、軍人だろうが民間人だろうが、かわりありません!)

(…………わかった。ただし、大隊は巻き込めん。
我々一個中隊のみでの、孤立した戦闘になる。まして命令違反だ。
抜けたい者は、遠慮なく抜けろ)

 次に浮かび上がったのは、あの地獄が始まる直前の、隊内のやりとり。
 もう何年も前の思い出なのに、脳裏をよぎるたびに心が悲鳴を上げる。
 今の男の身を守る、何の罪もない管制ユニットの壁を殴りたくなってくる程に。

 祖国に対する失望が、絶望そして敵意にまでなったのは、いつの頃か――やはり、『真相』を聞いた時か?

 男は、前衛部隊が帝国軍機と交戦を開始するのを確認しつつ、細く長い息を吐いた。
 胸を焦がす怒りさえ、今は流す。
 泥水をかきまわさず、放置しておけばいずれ上澄みは綺麗になっていく……己の精神を、その境地に置く。

 よし。
 今の私は、声さえ上げる事を許されず散っていった者達の無念の残光を映す、鏡だ。
 最初は一つの事件に対する怒りのみを背負っていたが、現在はさらに別の出来事によって生まれた悲しみも内包している。
 放つ光は収束して熱となり、過去の領域に己らの過ちを追いやったと思っている者達を、焼く。
 そう自分に言い聞かせながら、男の手がコンソールに伸びた。

 衛士強化装備に内蔵された、無針注射機能を起動させる。
 そして、己の意志で己の体に、ある薬物を注ぎ込んだ。



 紀伊シージャック事件鎮圧隊の不知火が、接敵。

 まず激突したのは、人間の目には不可視である電子の盾と矛だった。
 相手のレーダーを無力化するジャミング電波が飛び、妨害を排除するシステムが即応する。
 ここで一方が打ち勝てば、片方は目潰しを喰らったようなもの。
 しかし、電子戦能力をさほど重視してこなかった帝国軍機と、テロリスト機には、そこまで大きな差はなく。
 お互いのシルエットを十分確認できる目視圏で、敵意と攻撃を交える戦闘へと移行した。

 テロリスト側が使う機体は、やや直線的な装甲を多用した戦術機だった。
 似た戦術機を探せば、ソ連製の第二世代機 Su-27に近い。
 政治的影響力維持のため、ソ連は比較的政情不安な国にも多くの戦術機を輸出しており、これが流れ流れて非合法組織に使われるケースは多い。

 不知火が撃ち放つ36ミリ砲弾が、緩い弧を描いて海面に突き刺さる。
 彼我の相対速度が数百キロを超える戦術機同士の空戦においては、僅かな射撃タイミングのズレで敵はあっという間に遠くへ移動する。
 ゆえに、『砲身が敵機に当たるような』近距離で砲撃するのが、セオリーだ。

 が、単機戦闘ならいざしらず、集団戦であるからには一機で無理押しをする必要はない。

 不知火の砲撃を無駄のない横滑りでかわした敵機に、別の不知火が突進する。
 けん制役が相手を特定のゾーンに追い込み、攻撃役が仕留める――典型的な、二機連携による砲撃戦術。

 しかし、放たれた砲弾は敵に直撃はしたものの、予定した破壊効果を発揮することはなかった。
 テロリスト機が掲げた盾によって、防がれたのだ。

 装甲を局限した第三世代機において特に顕著だが、戦術機は基本的に機動性を転化した回避能力をもって、防御とする。
 これは、理論上は直接装甲防御より有効ではあるものの……衛士にそれを為す最低限の技量と精神力がある事を前提とする。
(実戦においては、棒立ちのままやられる戦術機というのは珍しくない)

 一方、装甲防御と軽装による回避を両立させる手段は存在する。
 機体自体は装甲を軽くし、代わりに本体から分離した装甲・盾を活用する手段だ。
 敵の攻撃してくる方向に盾を正対させておけば、口径の割りに装甲貫通力は決して高くない戦術機用36ミリ砲弾を防ぐのは十分可能。
 しかし、これこそ熟練を要する技術である。

 テロリスト、と侮っては駄目だ。
 必中の砲撃を盾で弾かれた不知火の衛士は、その実感が背筋を突き抜けるのを覚えた。

 多少は改良してあろうが第二世代機が、純正第三世代機に勝るとは思えない。
 にもかかわらず、敵の動きには迷いや臆病というものが全く感じられなかった。

 それどころか、帝国軍を格下とみなすような余裕さえ発している。
 余裕の源泉は、何だ?
 体を絶え間なく襲う重圧、網膜投影画面からあふれる情報に耐えながら、不知火の衛士は回避運動を再開した敵機を見据える。

 対BETA戦にはまずない心理の読みあいを交えた交戦は、既に周辺で無数に展開されている。
 戦闘にはいった彼我の数は、同数。
 油断していれば、味方の流れ弾にやられかねなかった。

 何度か敵機を照準の中央に捕らえ、致命的になるはずの砲撃を見舞う。
 しかし、敵機はまるでそれを予知しているかのように、絶妙のタイミングで回避しあるいは盾で受けてくる。
 それが二度、三度と繰り返されると、衛士の精神は苛立たずにはいられない。
 いくらベテランとはいえ、攻撃予測の力には限度というものがあるはず。

 タチの悪いペテンに引っかかっているような――

 次いで、敵機が突撃砲による反撃を繰り出してきた。
 不知火の突撃砲弾より、一回り大きな火箭が空を裂いて飛ぶ。
 世界基準である、36ミリ砲ではない。40から60ミリだ。
 砲弾が大型になれば、一発あたりの威力は上がるが携行弾数は少なくなる。
 継戦力より、瞬間火力重視……弾を撃ちつくす前にまず決着がつく、対人航空戦よりの火器だ。
 が、回避ないし防御で見せる、予知じみた正確さは、攻撃においては感じさせなかった。

 不知火の側が、今度は逃げる番だった。
 海面に突っ込むか、と思わせる勢いで急降下し、砲撃をかわず。そして海面に爪先が触れるほどの位置で建て直し、再度上昇。
 運動性は、不知火が相手を上回っている。

 お互いが決め手を放てぬまま、こう着状態に陥っていた。

 そこへ弐型隊が突入しようとする。
 アメリカの最新技術で、ほとんど開発やり直しに等しい強化を受けた不知火弐型の参戦は、帝国側の勝算を大いに増す。
 その弐型の行く手を阻むように、複数の砲弾が飛んだ。

 武御雷隊を襲った、長距離砲撃だ。
 が、弐型のセンサーは、今度は敵影をはっきりと捉えていた。
 テロリスト側編隊の最後方に、二機ほどの戦術機がホバリングしている。
 頭部がやけに大きく、手には戦術機の全長を越える大型砲を持っていた。
 旧式機を、狙撃用に改修した機体だと思われた。
 散開する必要さえなく、弐型全機が最小限の動きで散弾の威力範囲を回避し、進撃を続行。
 狙撃仕様といえば聞こえはいいが、要は騙まし討ちか支援専門の浮遊砲台に近い戦術機だ。
 まともに運動する弐型を捉えきれる道理がない。
 弐型の中隊から一個小隊分が分離し、小うるさいスナイパーを排除すべく速度を上げる。

 データリンクを通じて味方の優勢を確信した不知火の衛士は、今度こそSu-27モドキに決定打を与えるべくレバーを握り直した。

 直後、狙撃仕様機の背後から、一機の異様な戦術機が飛び出して来た。
 薄闇が流れる空に巨大なスラスターから放つ炎の尾を引きながら、そいつは弐型の群れに接近してくる。
 まるで帝国そのものを馬鹿にしているような、武御雷に似たパーツをいくつも持つ、シルバーグレイの戦術機。

「……! あいつだ! 帝都城を爆撃した奴だ!」

 弐型の衛士の誰かが、回線がはち切れそうな怒鳴り声を上げた。
 無人、建設途上とはいえ、神聖な場所を汚した戦術機――八つ裂きにしても飽き足りない敵の出現。
 おそらく、狙撃機の護衛であろう。
 弐型小隊が目標を即座に変更したのは、感情からいっても戦理からいっても当然であった。

 あの日、帝都守備師団と斯衛軍をまとめて翻弄した試98式タイプSは、向けられる戦意を煽るかのように大型スラスターを左右に展開。
 夜天に現れはじめた星の光を受けるかのように、四肢を開いて急制動をかけた。
 その眼前を、先頭を切っていた弐型が放った先制の一撃が走り抜ける。
 弾自体が、命中を避けた――そう錯覚するような、滑らかな回避。
 さらに試98式は、流れるような動きで突撃砲を構えた。他のテロリスト機が使っているのと同じ、大口径タイプ。だが、砲身はかなり長い。
 取り回しが難しそうな長砲身突撃砲が、無造作に火を吹く。
 攻撃後すかさず回避運動に入っていた弐型のジャンプユニットに、赤熱化した砲弾が突き刺さった。

 戦術機の構造上、設計者をもっとも悩ませるのがジャンプユニットだ。
 機体から張り出す被弾しやすい位置にあり、推進機能という性質上、施せる装甲にも限界がある。
 その弱点をピンポイントで狙い撃たれては、アメリカ製の優れたダメージコントロールも、日本製特有の頑強なフレームも何もない。
 推進剤への引火がコンマ単位で発生、弐型は爆散し無数の破片となって落下、太平洋を泡立たせた。

 弐型が宙に残した閃光と爆音を突き抜けるように、試98式が間合いをさらに詰めてくる。
 僚機の戦死を見た弐型達は、恐怖に押されたように突撃砲をフルオート発射。
 が、砲弾は残像のように残ったスラスター炎をかすめたのみ。
 急上昇してキルゾーンから逃れた試98式は、虚空に見えない足場を持つかのような鋭い切り返しで、一機の弐型の頭上を取る。
 直後、無慈悲に頭上からの一撃が、弐型の頭部から腰部までを貫通した。
 衛士を失った帝国戦術機が、だらりと落下する。

 日本帝国軍に、戦慄が走った。
 あまりにあっさりと弐型を撃破して見せる相手。
 出撃前に見せられた、機密映像での異常な戦術機動。あれは、まぐれでも何でもなかった。

 状況を把握した帝国衛士達が、揃って思い出したのは旧東側が研究しているという超能力兵士の噂だ。
 ただのオカルトレベルの与太話ではない。
 公開されているいくつかの実戦あるいは模擬戦演習記録で、旧東側衛士が『異常』な動きを見せた事実があった。
 敵の意志を読みきったとしか思えない、魔術めいた回避あるいは攻撃。

 今、目の前にいるテロリスト達は、それと同種の力を備えている……?

 だとすれば、勝てるはずがない。

 衛士の技量だの戦術機の性能だのは、『普通の人間』同士が基盤になってこそ差として顕れる。
 相手が桁違いの化け物ならば、勇気も闘志も誇りも、ただ空しい繰言でしかない!

 帝国軍全体に動揺が走り、張り詰めた気が揺らぐ瞬間をテロリスト側は、見逃さなかった。
 Su-27モドキの行動が、積極的攻撃に切り替わる。
 狙撃仕様機が、連続砲撃を開始。

 そして次の獲物を求める試98式のセンサーアイが、死神の目のように点滅した。





 スイッチを入れると、まず雑音が聞こえた。
 やがてそれはクリアになり、明白な人の声が無数に浮かび上がってくる。

「……2001年から2002年初頭にかけて、日本帝国は『勝ち』が過ぎた。
それまでのマイナスや、外国への借りを返して釣りがくるほどに、な。
お陰で国際関係のバランスが崩れてどうしようもない」

「アメリカがのさばっていた時は、アメリカが痛い目にあえばいい――そう思っていたが。
いざそれが現実になってみれば、なんとも……」

「アメリカと違って、今の日本帝国には合理的利害計算が通じないからな。
エンペラー……いや、ショーグンだったか? あの娘と軍人の意向が合致すれば、どんな無茶も通る空気がある。
取引するにも、やりにくい事この上ない」

「……とはいえ、不安定化工作をここまで大規模に仕掛けるのは、拙速では?
世界が持つ懸念に理解ある日本人を合法的に支援する、という手もあったでしょうに?」

「『鉄源』ハイヴ攻略の際、帝国軍が秘密裏に鹵獲G元素の一部を確保した恐れがある。
国連秘密計画『4』のG元素や成果だって、どれほど非合法に帝国に流されたか、未だに精査しきれておらん。
XG-70や『ユニット』を、帝国で再生産でもされた日には……」

「――何も日本を滅ぼそう、というのではない。そんな能力も我々にはない。
『米帝』をへこませた結果については、感謝したいぐらいだ。
ただ、少しばかり大人しくなって貰いたい……」

「1930年代から40年代の悪夢は、再現されたくないですからな。
日本帝国が軍の暴走を甘やかし続けたため、アジアでも第二次大戦が勃発……百万単位で人々が犠牲になった戦争の再来は。
秘密計画の置き土産でそれをやられた場合、戦禍の広がりは予想もつかない」

「秘密計画に必要な人材や資金は、世界中から供出されたものでもあります。
ホスト国としてある程度の分け前を取るだけならともかく、独自の『牙』とすることは、許されない」

「『我が国』にかつての痛みを思い出してもらわなければ、もっと大きな犠牲が出る、ですか?」

 ……記録媒体から流れた、日本帝国への不信、懸念の言葉。
 そういったモノを聞き終えた男は、まずいワインを含んだような顔を左右に振った。

「これが、CIAがやっきになって入手した情報かね? なんとも……酷いものだ」

 世界でもっとも有名な政治機関・ホワイトハウスの主は、さらに毒気を払うように執務机を指で軽く叩く。

 ハリソン=リー。

 すっきりした長身と、怜悧さを感じさせる目元を持つ彼は、リベラル派から久々に出た大統領だった。
 BETA大戦において肥大した軍と情報部門の削減を公約として掲げ、当選した後はそれを実施していた。
 2001年あたりから失点を重ねたCIAは、戦々恐々で何とか大統領の歓心を買おうとしている。
 そんなCIAが持って来たのが、このデータ。放棄されたと思われた、地下通信ネットワークを介して行われた密談の内容だった。
 自分達が使う暗号プロトコルを信頼しきってきわどい発言を繰り返す者達の声質さえ、丸裸にしている。

 同席している安全保障問題担当の大統領補佐官が、記録媒体のスイッチを切りながら、発言する。

「世界の調和を守る、影の秘密結社ごっこ――と、いうにはいささか動きが大きすぎます。
確認できただけで、国連本部やG7クラスの有力国要人の名前が浮かび上がってくると、ラングレー(CIA本部)は大騒動です」

 非合法組織を支援し、自分達の手を汚さずして目的を達しようとする。
 古典的な筋書き通りだ。

「……日本帝国に対する警戒心は同意できる箇所もあるが、やり方は稚拙という他ないな。
これでは、ますます彼らが問題視する帝国の特権階級や軍人が、テロ対策を名目に力を増すだけではないかね?
過去の日本軍部の独走の手口も、反日中国人の仕業と偽装した自作自演のテロへの対処を口実としたモノだったはずだ」

「大統領閣下のおっしゃる通りです。
火事を消す際、量を間違えた水をかければ、却って火は燃え上がります」

「賛同しているのは、帝国が暴発した際に真っ先に侵攻を受ける懸念があるソ連や統一中華、大東亜連合の保守派あたりか……。
武家や軍の武力に頭を抑えられた、日本帝国内の不満分子も噛んでいるのだろう」

「あとは、国連内の派閥闘争が影響していますな」

 テロリスト、というにはあまりに質のいい兵力と、高い情報力を備えたと推定される『京都爆撃』及び『紀伊シージャック』犯。
 やはり相応のバックがいてこそ、だ。
 現在、中部太平洋で戦術機戦に入ってる者達の中には、経歴を抹消した各国正規軍の衛士が混じっている可能性さえあった。
 兵器もまた、足がつかないように細工した一線級――。

 恐らく、日本帝国の主流派のみが気づいていない。
 なぜ、自分達がそこまで警戒されているか、を。いや、警戒されている事自体を把握しているかどうか?

 過去の悪夢と重なる、現在の体制。
 根強く囁かれる、国連秘密計画からの横流し疑惑。
 そして僅か一機(あるいは一体)で、全世界を敵に回しうる存在を入手した可能性。
 みっつの条件が化学合成を起こす所、普段はいがみあう連中ですら団結へと動いている。

 どれかひとつだけなら、これほどにはなるまい……。

「アメリカ合衆国の国民……特に公職にある者が、この馬鹿げた企みに関わっていないかを調べ、特定できたら手を引くよう警告を発したまえ。
従わないなら、逮捕もやむをえん」

 大統領は、顎に手をやって命じ付け加えた。

「ただし、それ以上は無用だ。踊りたい人間には、勝手にやらせればいい」

 F-22の調達数削減、開発が難航しコストが高騰しつつあるF-35の計画見直し。
 外国駐留軍の順次引き上げ……。
 大統領とそのスタッフは、BETA大戦勝利後を見据えた行動を既に開始しつつあった。

 国民に大きな負担をかける軍事費を削り、戦争景気に頼る経済構造を改正――それが今のアメリカ政権のスタンスだ。
 覇権路線を怒号し、結果として国益を損じた前任者を選挙で破ったからには、路線を変えるのが米国主権者から付託された意志。

 軍事や陰謀に頼った利権確保は、リスクやコストにリターンが見合わない。

 結局、無駄に終わったアメリカ主導の国連秘密計画『オルタネイティヴ5』の後始末もある。
 大量に製造したG弾の管理・解体コストも馬鹿にならない。
(かといって保有し続ければ、他国のいらぬ疑心を買う)
 宇宙空間で建造途上だった恒星間移民用宇宙船団に至っては、再利用あるいは解体のメドさえ立たず、文字通り宙に浮いている。

 日本帝国が今以上の独裁的軍事国家化しようが、それがアメリカの重大な障害にならない限り、手を出すつもりもない。
 日本に脅威を覚える他国が、強硬手段に打ってでても、同様だ。

 米国民の血を流して得た権益を放棄するのは許されぬ、という論調が国内の保守派にはあるが。
 大統領からすれば、噴飯モノでしかない。
 自分が権益確保の犠牲になったアメリカの若者なら、

『自分達を口実に更なる犠牲を出さないでくれ』

 と怒るだろう、と本気で思っている。

 一国平和主義と呼ばれようが、かまうものか。
 ここいらで息をつかなければ、合衆国そのものが転落してしまう。
 BETA大戦を通して、人類の兵站源として働いてきたアメリカ社会への疲弊は、傍から見るよりはるかに深い。
 直接的軍事支援――つまり、出兵分の犠牲も加味すれば、戦争景気の分を収支に加えても赤字の一方だ。
 初めてホワイトハウスの執務室に入り、機密情報にアクセスした大統領の出した結論は、それだった。

「しかし、我が国としても帝国が横流しを受けたデータとG元素を元に、00ユニットを再生産する危険性を――」

「……君まで、BETA由来技術に疎い者のような事を言っては困る。
アレは二度と製造できん」

 補佐官の言葉を、大統領が冷たいほどの態度で一蹴する。

 恐怖の根源は、色々あるが。
 最大のそれは、無知だ。

 00ユニットが完成し、欠陥兵器だったXG-70の実用化が成功したという報告を聞いた時、アメリカは警戒した。
 誰よりもXG-70の可能性を知るのだから、危機感でいえば現在のテロ屋のスポンサー達の比ではない。

 しかし……その00ユニットは失われた。
 検討の結果、

『単純にG元素利用技術が進展した結果ではない。
イレギュラーと言うのも愚かな、奇跡の産物』

 と、技術的見地からの結論が出されていた。

 そしてXG-70は、00ユニットの演算能力がなければただの乗員殺し・味方殺しの自滅兵器に過ぎない。
 いや、そもそも日本帝国にXG-70を再現する能力はない――巨大かつ高度な基礎工業力だけは、時間をかけて育成するしかないのだ。
 一部突出した技術があれば作れる兵器とは、根本が違う。

「オルタネイティヴ4に関わった者達さえ、計画成功を自慢するどころか、
『何度再検証し、当時のデータを漁ってもありえない事象』と首を捻るほど、ですからな。
神か悪魔が味方についた、としか……しかし、一度は完成できたものです」

 それまで沈黙していた副大統領が、やんわりと異議を唱えた。

「そのような極小の恐れを言い立てて、一つの国を滅茶苦茶にするのなら。
アメリカは世界中を焦土にしなければ安心できない、ということになるぞ?」

 大統領の唇が、皮肉というにはほろ苦い形を作る。

 アメリカの絶対的勢力圏以外は、BETA殲滅にかこつけてぶっ飛ばしたほうがせいせいする……そんなふざけた思想を持っていた人間が、現実にアメリカ上層部にいたのだ。
 前代のアメリカ大統領・ヨーキー=アージェスとそのブレーン達だ。
 しかし、そんな『アメリカ人の面汚し』は選挙という叡智によって権力の座から放逐された。

 余計な血を一滴も加えることなく、だ。

 主要ポスト一つが上下するにも粛清がついてまわる共産主義国家や、武力を抱え込んだ世襲特権層が幅を利かせる前近代国家に、こんな真似ができようか?

 多くの欠陥があろうと、無血の権力交代が担保されているという一点において、民主主義は絶対に擁護する価値がある。

「万一、夜郎自大に陥った日本帝国が、再び我が国に騙まし討ちをかけてくるような事があっても。
オルタネイティヴ4の遺産のない帝国軍など、我々のプランどおり削減したアメリカ軍でも余裕をもって壊滅できる。
いや、ソ連や欧州連合すら、敵ではない。
違うかね?」

 リー大統領は、ただのリベラリストではない。
 お人好しに務まるほど、合衆国のリーダーの座は甘くない。
 経済と軍事のバランスを、ぎりぎりで見極めて軍備再編を策定したのだ。

 アメリカしか持たない優位は揺らがせず、贅肉のついた軍を筋肉質に戻す。
 軍人、軍需産業の抵抗をなだめすかし、あるいは押さえつけて。
 それは、高い知性と指導力を備えた百戦錬磨の政治家にしかできない仕事だ。

 戦時の最高指導者に相応しい剛腹さも持った大統領に、副大統領以下のスタッフは一斉に信頼の目を向ける。

 が、大統領の顔がふと曇った。
 副大統領が、首を傾げる。

「……どうかなされましたか?」

「いや。この一連の対日テロのスポンサーと実行犯は、どこまで一体なのか、と思ってね。
我が国の過去の対外工作失敗のケースもそうだが……。
飼い犬が、いつの間にか手のつけられない狼になっている事は、珍しくもない――」



[34800] 6
Name: ani◆f6f49e6e ID:84516a62
Date: 2012/09/15 11:03
 中津川憲兵中尉が康永大尉から聞き取りをする間、有藤が暇を潰せたのは偶然の出来事のお陰だった。
 この基地に勤務する、かつての顔見知りと偶然出くわしたのだ。
 その顔見知りは、有藤とは関係がそう悪くなかった元同僚――つまり、技術屋であった。
 彼の口から、国連向けの武御雷の改修に携わっている、という話がはじまり、有藤は廊下の壁に背を持たれかけさせながら聞き手となった。
 ……機密保持観点からすれば、それこそ憲兵がすっ飛んできてもおかしくない内容の。

 武御雷を受領する予定の国連軍部隊は、高い練度を持つ精鋭だった。
 既に何度も来日している、という。

 彼らの特徴は、自分達の個人技量の高さに自信を持つ反面、それを過信する事がない、ということだ。
 操縦性や人間工学への配慮にも、厳しい目を向けている。
 また機体個々だけを見るのではなく、部隊全体の装備とした場合どうであるか、も真剣に討議する。
 将来、消耗して未熟練兵を部隊に入れなければならないケースさえ、考慮していた。

 総じて、日本帝国軍人と比べてリアリストであり、また戦争のプロであった。

 斯衛軍の武御雷は、武御雷を使用する側が一方的に高い技量と支援体制をもっていた場合は、桁外れに強いが。
 対等練度及び支援条件の仮想敵との戦闘をシミュレートした場合、部隊内での性能不揃い、根本的整備性の悪さが仇となりほぼ完敗している。

「サムラーイは弱い者苛めは得意だが、同じドヒョウに立った相手は苦手か」

 と、国連側の担当者を落胆させていた。

「俺達に必要なのは、恵まれた状況じゃないと力を発揮できない工芸品じゃない。
過酷な戦場で命を預けられる、兵器だ」

 とは、模擬戦で斯衛軍を叩きのめした、国連軍ベテラン衛士の苦言だ。

 国連軍部隊が真っ先に要求したのは、衛士の出身身分に応じた性能差と塗装の撤廃である。
 搭乗衛士の身分が高いと示す機体が出てくると、士気が上がる――という話も、一笑に付された。
 そんな馬鹿な話があるか、どうせそれは願望を事実とする『ダイホンエイハッピョー』というやつだろう、と。
 さらに、

「日本帝国には、その制度に反対する自由が実質的に無い。
多くの将兵は、表向き周囲にあわせつつも、内心は嘆いているのだろう」

「仮にそれが本当だとしても、斯衛軍の身分のお高い御方の数は? 武御雷の生産・整備性の悪さで、出撃頻度はどの程度取れる?
全体の戦況からすれば、極小の戦域の話でしかない。かけるコストに到底見合わない」

「国……いや、人類挙げての大戦争の最中に、特定身分だけを優遇するとは。
私も祖国に帰れば貴族といわれる身分だが、同じ部隊の仲間を差し置いて高級機に乗るのは恥と思える」

 と、国連衛士達に立て続けに言われれば、反論に窮する。
 兵の一体感を重んじ、個人戦果記録さえ避ける(挙げた戦果は、支援要員を含めた部隊全体の協力の結果と捉える)国家出身者もいる中、帝国の流儀は異常としか見られなかった。

 日本帝国そのものに対する苛烈な批判、とも取れる発言がなされているが、それは必死さの裏返し。
 国連軍・武御雷装備予定部隊の仮想敵は、

『祖国の興廃は、G元素確保の有無にあり』

 と、覚悟を決めて来る各国の精鋭達。
 直接対人戦に雪崩れ込む恐れはもとより、彼らに先んじてBETAを蹴散らしG元素を確保するという高難度ミッションが予想される。
 その成否如何によっては、国家間戦争が勃発するかもしれない。

 背負う事になるのは、世界そのものといっていい重みだ。

 虚飾を排除した、実戦一点張りの意見が出るのは、当然の事であった。
 斯衛軍用の武御雷をほぼそのまま回される可能性は、徹底的に潰しておきたいのだ。

 これらのネガティヴな反応は、却って帝国側担当者達を発奮させた。
(昨今の事情から、担当者は帝国からみると傍流だ。これが国粋主義者が主体だったら、喧嘩別れになっていたかもしれない)
 伝統と権威による押さえがなければ、言われるまでも無く改善したい、と思っていた部分ばかりだからだ。

 元々武御雷は高いポテンシャルを持ちながら、城内省からの軍事的に害悪な要求に振り回された戦術機だ。
 帝国の貴重な戦時リソースを食い散らかした『贅沢品』であった。
 いくつかの活躍は見せたものの、開発者達からすると

『無駄な仕様がなければ、より多くの場面に投入でき、より優れた活躍ができた』

 という感想しか持てない。
 この意味では、時代錯誤から解放された『国連向け武御雷開発』というのは、一種のリターンマッチである。
 基本コンセプトとしては、パーツを汎用量産機と共有させる部分を作り・生産性や整備性の向上を図るというもの。

 同時に、帝国軍や斯衛軍においては上層部に理解されにくく、開発の優先順位が落とされた技術を発展・投入するチャンスでもあった。
 国連からも、予算や技術がおおっぴらに貰える。

 武御雷に限った話ではないが、帝国軍機は空力制御など衛士の操作量を増やす概念を、積極的に投入している。
 それによって上がる操縦難度は、衛士の慣れに依存するか、時間と手間をかけた機動データ蓄積で軽減するのが現状だ。

 が、アメリカは、最古の第二世代機であるF-14 トムキャット投入の時点で、ジャンプユニット可変翼の自動制御を、既に実用化している。
 衛士に空力制御技能がなくても、機体が勝手に最適な位置を調節し続けてくれるのだ。

 職人肌の日本衛士は、軟弱な……と思うかもしれないが。
 どちらが兵器として優位かは、言うまでもない。自動補助を否定するのなら、戦術機をまともに歩かせる事も無理だ。

 一般的に言われる、

『帝国衛士は簡単に米国機を乗りこなせるが、米国衛士は帝国機を乗りこなすのに時間がかかる』

 というのは、一見すれば帝国衛士の技量が上、という印象を与えるが。
 実は兵器としての操作性や完成度において、帝国機が劣っている事を意味している。
 帝国軍の悪癖である高望みが過ぎる性能要求と現実の技術的限界の差を、衛士の負担によって埋めようとする。
 その増加した衛士の負担を軽減するシステムの発展が、ついてこれていない表れだ。

 他にも、自滅的な操作を防ぐケアフリー・ハンドリングや、悪化したバランスをボタン一つで立て直す混乱時回復機能といった点で、欧州機と比べても未熟だった。

 日本戦術機の弱点であるソフト面や操縦補助のネガを潰せば、ハード面において一般量産機とのパーツ共有を進めて妥協しても、総合収支として性能はさほど低下しない。
 いや、実用兵器として見た場合、斯衛仕様の武御雷を超える可能性は高い。

 康永大尉らが操縦する『キメラ』のデータ取りも、改造を円滑にするための参考資料にしている、という。

 以上の話を長々と聞かされて有藤は、溜息をついた。
 現役で戦術機を弄りまくれる連中が羨ましい、という思いもあるが……。

 1998年以前の段階で、将兵の資質や平均練度に過信を持たない方針が帝国で確立していれば……と悔やまずにはいられない。

 本土防衛戦において新米や訓練未了衛士さえ第一線に投入、そのために多くの犠牲を出した時期を思い出したのだ。
 一般帝国軍訓練校に比べて、贅沢に機材や推進剤を使えた斯衛訓練校出身者ですら、戦場に慣れぬ兵の末路はほぼ戦死。

 アメリカ軍機の特性を色濃く残した改修機に乗りなれた衛士は、急場で宛がわれた国産機との特性差に慣れる前に、本来の実力を発揮できずやられたケースも多い。
 完全な後知恵になるが、ソフト面にも相応に力を入れるか……せめて練習機・吹雪と実戦機・不知火の登場・普及順序が逆になっていれば……。

 試98式さえソフトウェア面からの操縦補助、という部分においては不満足なものでしかなかった。

(……そういえば、新技術実験に面白い案を出した奴がいたな……。
衛士を戦術機に適応させるのではなく、戦術機のほうを衛士に近づけよう、だったか?
概念としては、既存の間接思考制御に近いから、決して無茶な案じゃありませんってねじ込んできて……)

 総じて士気が低い帝国のソフトウェア技術者としては、珍しくアグレッシヴなかつての同僚を思い出そうとした。

 元々、試98式は実験機的な使い道も含んでいた機体だから、新しい試みに挑戦する素地はあった。
 窓際の溜まり場だったからこそ、帝国では異端とされるアイデアも続出した……さすがに全てを消化できるメドは立たなかったが。
 当時の事情に対する苛立ちをぶちまけ、その打開策を自由に検討できる数少ない場が、試98式の開発チームだった。

 さて自分がトバされた後、どうなったのやら。

 テロに使われた未確認戦術機が試98式ベースのマシンなら、オプション装備のみならず機体本体に関わる新技術案も確保・実用化させているかもしれない。
 未だに信じられない最新機相手の戦果も、その産物か?

 自分の設計思想の正しさが、自国の損害という形で証明されてしまう。
 この複雑な胸中は、余人にはわかるまい……。

 有藤は、おしゃべりに相槌を打ちながらも、胸中のしこりを持て余していた。

「あの……憲兵隊の方、ですよね?」

 不意に、有藤に硬い女の声がかかった。
 反射的に視線を向けると、若い女性士官が立っていた。

「憲兵隊じゃない、なりゆきで協力するハメになった民間人だ」

 答えつつも、有藤は無意識に身を強張らせた。
 女性士官は、幼げといっていい顔立ちに似合わぬ、厳しい眼光を放っている。
 有藤の元同僚は、それまでのおしゃべりの勢いを一気に霧散させ、

「……そ、それじゃ私はこれで」

 と、そそくさと立ち去る。
 見捨てられた有藤に、女性士官は一歩詰め寄った。

「私は、倉野鈴奈帝国陸軍少尉……康永大尉の部下です」

「……そ、そうか」

 なぜ、こんな敵意じみたものを向けられたのかわからない有藤は、意味もなく拳を握り締めながらうなずいた。

「憲兵隊は、いつまで大尉を苛めるんですか?
そんなに、武家の機嫌を取るのが大事なんですか?」

「はぁ!?」

 いきなり叩きつけられた言葉に、有藤はぎょっとした。
 民間人だときちんと伝えたはずなのに、まったく意に介していない。
 人の話を聞かない娘なのか、それとも……。

「……待て、いつまで、といったな?
それに――武家?」

 ここでようやく有藤は、康永の階級が七年も変っていないことに気付いた。

 基本的に年功序列を基礎に昇進が決まる帝国軍においては、異例だ。
 よほどの事でもない限り、軍内キャリアの範囲内で階級が順繰りで上がっていくのが通例。
 純然たる腕と知識がまず問題とされ、ベテラン下士官が将校を怒鳴りつける事も珍しくない技術部門と違い、実戦部隊において階級ひとつ違いは人間の価値そのものに通じる。

 有藤は、気後れを押さえ込んで質問を返す。

「一体、何があったんだ?
オレは元技術士官だったが、その武家を含む軍の連中と喧嘩して1998年にトバされて以来、康永大尉とは会ってなかったんだ」

 疑問をぶつけられ、ようやく倉野の顔から気迫が消え……代わりに、困惑が取って代わる。

「ほ、本当ですか? 京都防衛戦での『あの件』を知らないんですね?」

「…………」

 今度は、京都防衛戦……やはり、1998年の出来事だ。
 また影を見せた過去の亡霊の気配を感じ、有藤はぶるりと身を震わせた。





 岐阜基地・戦術機甲開発実験団が使用するハンガーは、時ならぬ喧騒に包まれていた。
 冷気とともに朝靄が忍び寄る中、無数の将兵達が動き回っている。
 その一角の戦術機用ハンガーには、日本帝国機とは明らかに設計思想を異にする鋼鉄の巨人達が、無数に並んでいた。
 巨人――戦術機の足元で、防寒コートを着込んだ衛士が首を傾げる。

「……今更、実弾装備で帝都防衛命令ってどいうことだ?」

 ここは端的にいって、次期主力戦術機選定における不採用機の溜まり場だ。

 国防省が本命としながら、最後の段階で跳ねられたF-15SEJ 月虹。
 欧州連合が、一個中隊分無償提供という気合の入ったセールスを仕掛けて来たにもかかわらず、当て馬にもならなかったEF-2000 タイフーン。

 いずれも世界水準でみて一線級の性能を持つものの、帝国ではついに陽の目を見る事がなかった機体達。
 不採用決定後は、それぞれの製造元に返還する話も出たが、結局はここの技術研究部隊に送られた。
 この種の不採用機は、必要なパーツの調達が絶望的であるから、前線に押し付けられても迷惑なだけである。

 何度か、大陸の前線で実戦試験を行った後は、早々に日本本土へ引き上げられていた。

「例のテロ事件の影響でしょうかね? 昨日、太平洋上でやりあって、また負けたそうですよ」

 整備兵が帽子に手をやって、呟くように言う。

 月虹は限定的ながらステルス機能を備えており、被探知リスクの低さは不知火の比ではない。

 また、二機種とも基本能力は秀逸である。
 「ケチったステルスだけが売りの機体」と誤解されがちな月虹だが、その性能は純正第三世代機と比べても、遜色ない。
 通例として第二世代機からの改修機は、どれだけ上手く強化されても準第三世代または2・5世代機扱いされるのが普通だが。
 この機体は、第三世代機に分類されるほどだ。

 タイフーンは、F-22に次ぐとされる高性能に加えて多任務を一機種でこなす、いわゆるマルチロール機としての機能を合わせ持つ。
 多くの国で主力として使われているだけに、実働データの蓄積という点では第三世代機中、トップを行く。

 テロ事件がややこしい事になれば、お鉢が回ってくる可能性はあった。

「……ふん、普段は威張っている癖に、何をやっているんだ烈士様やお武家様達は」

 悪意ある言葉を誰かが吐き捨てたが、咎める者はいなかった。

 この部隊は、装備が不採用機なら衛士や整備兵らもまた、非主流だ。
 より詳しく言えば、あの12・5事件の折にクーデターに同調せず、鎮圧に回った兵が中核。

 法と正義に則り戦ったのは自分達の側であるにもかかわらず、最終的に称揚され力を持ったのは、クーデターを起こした連中だ。
 クーデター鎮圧のために犠牲になった兵は何だったのか? その恨みは、今でも色褪せずに残っていた。
 いや、クーデター参加者が花形部隊に戻り、栄達しているのを見れば、憎しみは増大していく。
 さらに、クーデター参加者の庇護者というべき政威大将軍やその取り巻きにも、面白い感情が抱けるはずない。

「――連中がだらしない、だけで済まされる話でもないらしい」

 たむろする兵達に、恰幅の良い中年男が歩み寄ってきた。
 兵隊が、一斉に姿勢を正して敬礼する。
 北里重次(きたざとしげつぐ)・帝国陸軍大佐。
 この部隊の指揮官だ。
 12・5事件の折、クーデター参加将兵が反乱軍認定されなかった事……また、事件後に破格の恩赦を得た事に、

『いくら将軍殿下とはいえ、恣意的に法律を左右されては困る。
我が日本帝国は法治国家であり、摂家や武家の私物ではない。
また、国防省が殿下の過ちを諌めもせずやすやすと軍法を曲げるのは忠義ではなく、奸臣の所業だ』

 と、(実際にはもっと言葉を選んでだが)苦言を呈したためにこの部隊に左遷された。
 才走った人物ではないが、帝国軍高級士官には珍しい骨太の気質と公正さで、部隊員からの人望は厚かった。

「圧倒的なキルレシオを、テロリスト側につけられているそうだ。
もしかすると、旧東側が関係しているのかも知れん」

「……一時期噂になった、例のエスパー兵士でありますか?」

 北里の言葉に、衛士達はそろって顔を引き締める。

「最悪の可能性は、考慮したほうが良い」

 装甲や距離といった障害を無視し、相手の意思あるいは気配を読む超人兵士。
 感覚のみならず対Gなどの肉体機能も、普通に生まれた人間には望めないレベルになるよう、遺伝子改造を施されている『化け物』。

 倫理的におぞましく、常識的には信じられない存在が敵に回る、という想像は快いものではなかった。

 仮に『超人』が敵だった場合、どんな対策が取れるというのか?
 人間の心を読み取られるのなら、ステルスさえ無力だろう。

「確実に、とは言えんがいくらかの対策は技官達に検討させてある。
諸君らは、任務に邁進してくれたまえ……くれぐれも、短慮は起こさないように」

 北里が一番言いたかったことは、最後に付け加えられた言葉であると皆が理解した。

 東京近辺に移動すれば、斯衛軍やクーデター参加部隊と嫌でも接触してしまう。
 もしトラブルが起こった場合、悪者にされるのは『また』こちらだ。
 退役するまで……いや、退役してからも砂を噛む思いをする、という確信を押し殺しながら、兵達はしぶしぶうなずいた。





 目が眩む思い、とはこのことだ。
 岸部首相は、執務室の椅子に体重を預けたまま、内心で吐き捨てた。
 口は開かない。
 開けば、目の前の国防大臣や、今更顔をだした国防省や城内省からの使者達に、腹に溜まった不満と怒りをぶちまけてしまうからだ。

 紀伊シージャック事件への対処は失敗。
 送り出した総計一個大隊の戦術機部隊は、壊滅。
 テロリストに、衛士ごと拿捕された機体さえあるという。
 支援役の艦隊もほうほうの体で後退し、残ったのは帝国の不名誉と相変わらず占拠された姿を公海に晒す戦艦。

 事後承認を重ねるやり口はともかく、国防大臣らが甘かった、とは思わない。
 テロリスト側の戦闘力が異常なのはわかる。
 だが、そもそも戦術機を強行させたという選択自体が拙劣であった、と今更に実行した国防大臣側から聞かされては、感情が高ぶる。
 あっさりと非を認めたのは、所詮は首相の不興を蒙っても自分達の身は安全、という奢り以外の何物でもない。

 とっとと首相にお小言を頂き、帝都城に向かいたい、という気分がありありと見えていた。
 政威大将軍殿下が、いつもの如く軍人に対して寛恕を示せば、それで責任追及は立ち消えになるのがパターンだ。

 クーデターを起こし、同じ軍人を含めた国家要人を虐殺(彼らに言わせれば、誅殺)しても微罪で済んでいるのだから、この程度で罰せられるはずもない――
 軍部全体の意識は、そういうことだ。

 岸部は年甲斐もなく血を沸き立たせ、『信賞必罰』という国家統治の基本を忘れた帝都城の実質的主を怒鳴りつけにいくか、と本気で検討した。
 斯衛の近侍に切り殺されるかもしれないが、かまうものか……。

 数十年前、皇帝や将軍が、当時の日本帝国軍法に反する行為をやった軍人を甘やかした結果、どうなったか。
 いつの間にか主客が転倒し、皇帝・将軍は軍の不法行為を理不尽に正当化する道具となった。
 そして日本全体は、

『自国の軍一つ統制できない、三流国。
しかも統制できない軍事力が、対外侵略に向かう迷惑な国家』

 として孤立した挙句、屈辱的な降伏という結末だ。
 その過程で、本来散らなくてよい命がいくつ失われた?
 戦後は戦後で、敗戦の後始末に奔走した者達の苦労に甘え責任逃れに汲々とし、馬鹿げた国粋主義を蔓延させた。
 二度と他国には負けんぞ、という意気込みは結構だが、負債を他者に押し付けていきがる姿は、道化以上のものではない。

 12・5事件をきっかけに、歴史の失敗を繰り返しました――では、日本人は進歩しない愚民でしかない、という事。

 本来必要ない流血を撒き散らし、責任も取らないのが日本人の徳義と言い張るのなら、そんなもの犬にでも食わせてしまえ!

「……まずは、作戦のために命を落とした兵達に、お悔やみを申し上げる。
御遺族には、私からも手紙を書こう……痛ましい事だ」

 首相が冷静さを辛うじて回復して発した第一声に、国防大臣らは怪訝そうな顔になった。
 かまわず、さらに、

「今後の対応については、関係部署と連絡を密にし、最善を尽くしてくれたまえ。
何より、テロリストの手に落ちた衛士や、紀伊乗員の安全を第一に考える事が、私の望みだ」

 と、付け加える。

 無力な首相が怒った所で、何の意味もない。将軍や武家、軍人を弾劾する力をもっていない。
 だから、物分りのいいお飾りを演じぬく事にした。
 どうせ引退なのだ。花道の円満辞職が、引責辞任になるだけ……以前思った事を繰り返す。
 ならば軍に、戦死した兵も本来は国家が守るべき国民である事、そして人質となった者達の存在を思い出してもらうのを優先すべき。
 政治家としての打算と現場の兵士達への思いで怒りを中和しながら、首相は気を抜いた軍人らの顔を眺めやった。

 しかし、国防大臣が反応を示す前に、扉が慌しく開かれた。

「失礼します! 首相、緊急事態です!」

 入室許可を得る事なく乱入してくる、という非礼を働いたのは、首相の数少ない味方である秘書官だった。
 咎める視線を跳ね飛ばし、大声で叫ぶ。

「テロリスト達が、日本全土に向けて犯行声明を発表すると!」

「――何!?」

 自身が片足であることさえ一瞬忘却し、立ち上がろうとしてよろめいた岸部は、慌てて机に手を突いた。





「……血を流して見せねば、勘付く者達も出る――とはいえ、少々犠牲が大きすぎではないか?」

「はっ。誠に申し訳有りませぬ、まさか彼奴等の戦力がこれほど向上しているとは」

「だが、もっけの幸いともとれる。これで、我等に疑いを持つ者はおるまいよ」

「日本を真の姿に戻す、尊い礎である。彼の者達も、冥府で満足していよう」

「次の手、既に根回しは済んでおります。所詮は卑しい者共、利を食らわせればあっさりと……」

「――よろしい。大願成就の日は近い……」



[34800] 7
Name: ani◆f6f49e6e ID:84516a62
Date: 2012/09/23 11:37
 既に漆黒の闇に染まった洋上を、無数の物体が飛行していく。
 中部太平洋で、帝国軍を叩いたテロリスト戦術機部隊だ。
 彼らは戦いが済むと分散、それぞれの割り当てられた帰還先に向かっていた。
 機影は、合計四機。囲まれて飛ぶ一機は、投降した帝国軍機・不知火弐型だった。

「カミカゼやセップクをやるかと思ったが、意外と大人しく負けを認めたな」

 日本側から、テロリスト衛士と呼ばれる男が、極短距離用の通信で味方機に囁きかける。
 その機体が持つ突撃砲の照準は、弐型をぴたりと捉え続けていた。

 帝国軍機から投降が出たのは、偶然指揮官機を先に殲滅できていたのが、大きい。
 斯衛軍とやらのほうは、色や外見で誰が上位者か聞かなくても示してくれているため、意図的に狙い撃ちしたが。

「勝ち目のない無駄な戦いを意地になって続けるより、耐え難きを耐え、次のチャンスを探す。
そのほうが、兵士としても人間としても上等さ……俺達が、降伏を認めるのなら、だが――」

 応じたテロリスト衛士が、意味もなくSu-27モドキの首を振って見せた。

「『メインスポンサー』からの指示は、確か捕虜は取らず全員口封じ、じゃなかったか?」

 自分達が帝国という国家を翻弄できるのは、相手側の情報不足という要素が大きい。
 が、ここまで暴れれば、ただの雑魚ではないと帝国軍が気づかないわけがない。
 防諜の観点からも、捕虜をただで帰すという選択肢はないはずだった。

「……スポンサーは大事にすべきだが、彼らは俺達の主人じゃない。
最終決定を下すのは、我々のリーダーだ」

 こちらのバックは、所詮は都合のよい道具として自分達を利用しているに過ぎず、状況次第では簡単に捨てられる。
 最悪、帝国に売られる事だって否定できない。

 いや、この組織自体が信用できる、とは言い難い。
 現在の世界に疑問を呈し、命がけで革命しようとする事も辞さない――そんな、『正義派』は少数。
 何らかの理由でくいっぱぐれた軍人のなれの果てが、大多数だ。

 理念も、拠って立つ誇りもなく、ただ汚い餌を貰うため誰にでも噛み付く犬の群れ。

 テロリスト? 世間常識どおりの定義に基づくのなら、テロリストのほうがマシだろう。連中には政治ないし思想目的がまだある。

 だが、そんな組織の有り方が、変動しつつある――

「――おい、様子がおかしいぞ」

 衛士の一人が、味方機の異常に気づいた。

 編隊の先頭にいる、巨大な翼に似たスラスターを背部に備えた戦術機だ。
 今回の戦闘の最大殊勲といってよく、その『異常な』機動は、帝国軍機にとっては天災そのものであった。
 今、こうして護送されている間にも、帝国衛士から恐怖を向けられているかのように見える『翼付き』。
 それが、機体を左右にふらつかせはじめたのだ。揺れは、見る間に大きくなる。

「……まずいぞ、例のクスリの副作用が出たんだ!」

「キョウトをやった時より早いな。
これだから薬理的強化ってのは、いくら強くても……」

 舌打ちしつつも、衛士達は助けに出られなかった。
 彼らは、帝国軍機を監視している。武装は解除させたとはいえ、隙を見せれば何か仕掛けてくる恐れがある。
 緊急を示す暗号通信を『拠点』に送るのが精一杯だった。

 十分ほど何とか飛行していた翼付きは、ついに見えない手に押されたかのように、大きく右に傾いだ。
 そのまま、暗い海面に激突してしまうだろう。
 ここまでバランスが悪化してしまうと、助けにも入れない。
 まず、救助機も巻き添えにしてしまい犠牲が増えるだけだ。

「……っ!」

 その時、翼付きに前方から急接近してくる光があった。
 光は、スラスターが吹きだすものだ。
 テロリスト機と同じ識別信号を出すそれは、平面的な外装を持つ……洗練されているとはいまひとつ言い難い戦術機だった。

 最初期戦術機の一つであり、本来は練習機として開発されながら、生産性や操縦性を見込まれて前線に投入されたF-5 フリーダムファイター。
 その違法改修機とおぼしき軽量型戦術機は、生身の人間を思わせる柔らかい動きで、両腕を前に出す。

「――」

 翼付きを、F-5が激突墜落の恐れを微塵も感じさせずに抱きかかえる。
 集音センサーにさえ、両機が接触した音響が拾えないほど、柔らかい動きで。
 F-5の搭乗者が、己本来の肉体のように機体を制御している事の表れだった。
 そのまま、翼付きを抱きかかえるようにして反転する。
 不規則にスラスターを吹かし、ともすればあらぬ方向へ飛んでいきそうな翼付きの動きを相殺するように、F-5が推力を増減しあるいはバランスを変えた。
 何も知らない者が見れば、二機の戦術機が空中ダンスを踊っているように見えるほど、滑らかに。

「…………」

 息を飲み、見守っていた衛士の一人が感嘆を溜息にして漏らす。
 帝国軍機からも、絶句したような気配が伝わってくる。
 ある意味で、BETAのレーザーを空中回避するより難しい動きである、と理解したのだろう。

 そのうち、進行方向から闇を割って一隻の大型船が出現する。
 スーパータンカーを改装した、簡易型戦術機母艦だ。
 スポンサー筋から提供されたモノで、一番ありがたかったのは戦術機よりこの艦。
 限りなく本物に近い偽の国連軍証明書を持つため、テロに使用する現場を押さえられない限り、おおっぴらに航行できる。
 この種の艦艇と無人島が、太平洋における拠点だった。

 その甲板に、まず翼付きを子供を守る親のように抱えたF-5が着陸。
 すぐに応急班が駆け寄っていく。その動きは、正規軍にも引けを取らない。
 次いで、捕虜となった帝国軍機が着艦し、最後にSu-27が続いた。

 翼付きから衛士が引き出され、担架に乗せられて艦内へと消えていく。
 その衛士に日本語で必死に呼びかけ続ける声が、波音に空しく吸い込まれていった。

 F-5から、男の衛士が甲板に降り立つ。
 本来戦術機操縦には不要なはずの、航空兵用ヘルメットを被っているため、容貌は伺えない。
 体を包む衛士強化装備も、体のラインがはっきり出る標準的なものではなく、厚手だ。

「薬の使用……避けられなかったか。
やはり、私が出るべきだったのかもしれん」

 独語を漏らすヘルメットの衛士に、軍艦に似合わぬスーツを着込んだ女性が近づいた。

「いえ、あれで奴は満足でしょう。
命より、恨みを晴らすほうを優先すると常々言っていましたから」

 女性の言葉は、冷気を凝固させたように醒めていた。

 ……祖国を愛していたがゆえに、裏切られたと理解した瞬間には憎悪に転ずる。
 それもただの憎悪ではない、かつて守った物もろとも、己を焼き尽くしても足りない貪欲な情炎――

 それに囚われた者に、配慮は不要だとばかりに。

「『日本隊』は我々にとって、単純に腕のいい衛士という以上の価値がある。
覚悟は了とするが、勝手に死なれては困るのでな」

 衛士は、ヘルメットを外さないまま言う。

「それでも、貴方の貴重さには及びません」

 この女性こそが、アジア圏の雑多な非合法組織を統合し、一つの大勢力へと纏め上げた中枢人物だ。
 スポンサー筋を複数持つことで、スポンサー同士をけん制させ切り捨てられるリスクをいくばくか軽減する、という離れ業もやっている。
(もっとも、相手もさるもので大口のスポンサーほど正体をしっかり隠蔽しているのだが)
 非合法組織らしく、経歴は内部においても明らかにされていないが。
 その高い組織運営能力は、ただの才能ではなく……かつては国家かそれに近い組織の情報機関で経験を積んだ過去がある、と構成員からは噂されていた。

 その彼女が、主に対するが如く接する衛士。
 彼もまた、組織内ですら経歴を秘匿されている人物だった。

 彼らが会話する間に、弐型から引き出された帝国衛士が拘束されていた。
 ちらりとそれを見やってから、女性が問う。

「捕虜の処遇は、いかがしましょう?」

「殺せ」

 素っ気無い即答。が、すぐに含み笑いが続く。

「……と、短絡的に命じるのはいささか芸がないな。
しばらくは監禁し、様子を見よう。鹵獲した機体のほうは、いつも通り整備兵に調べさせてから決める」

 戦術機を丸ごと奪えたのは、大きい。
 自分達が利用してもいいし、部品とデータを取れるだけとってもいい。

 スポンサーへのご機嫌取りの材料にもなる。
 戦術機の装甲組成ひとつとっても、軍事機密として高い価値があるのだ。
 アメリカ最新鋭技術を内包した弐型は、アメリカと関係が悪い国家あたりが目の色を変えるだろう。

「了解です」

「――作戦を、次のフェイズへ移行する。帝国軍の再度の攻撃があった場合は、私が迎撃しよう」

 気負いは微塵もなく言い放った男の声に、弐型を艦内へ引き込む作業音が重なった。



 投降した武御雷C型を連行した別行動の部隊から、急報が舞い込んだのは少し後だった。

『武家の上位者を死なせ、自分はおめおめと生き残った以上、日本に帰ってもろくな目にあわないだろう。
家族にも迷惑がかかる。
だから、自分も戦死した事にして、どこか第三国へこっそり逃がして欲しい。
この条件を飲んでくれるのなら、もっている情報全てを提供する』

 と、搭乗していた平民出の斯衛衛士が申し出てきたのだ。

 斯衛軍がいくら時代錯誤な組織とはいえ、下位者をそこまで制裁するほど馬鹿ではない……法制度上は。
 この平民衛士が恐れたのは、私的制裁や周囲の『空気』のほうだ。
 斯衛や武家そのものが黙っていても、「その情を汲んで」と自称する連中は必ず居る。
 そして、12・5事件などを引き合いに出すまでもなく、法が情に敗北してきたのが日本の現状だ。

 テロリスト達は要求を全面的に受け入れ、斯衛軍の最新情報を入手することになる――が、これが意外な事実を判明させるのには、まだしばらくの時間が必要だった。





 中部太平洋上の、戦術機同士の空戦において、日本帝国軍は完敗――。

 この一報は、直接の当事者でもないアメリカ・ホワイトハウスにも少なからぬ衝撃をもたらした。
 ただのテロ組織とは言い難い、という情報は把握していたが、実戦面でこれほどとは思わなかったのだ。
 入念な諜報活動を行わなくてもわかるほど、帝国の軍機構は狼狽しきりだという。

 急遽、今回の事件にアメリカ人が関わっていないかの調査を前倒しした結果、とんでもない事実が判明した。
 司法長官からの報告を聞く大統領の顔つきは、先日と比べると別人のように厳しい。

「――以上の調査結果から、我がアメリカ合衆国のテロリスト支援者達の多くが、いわゆる反日派ではなく……。
むしろ逆の、親日派と目される者達だったと断定せざるを得ません」

 大統領が、汗ばんだ両手を握り締める。

「本当かね?」

「はい、それもかなり前から……我々がホワイトハウスに入る直前、政権の空白期を狙って既に動いていた様子です」

 額に吹きだす汗を拭う余裕もなく、司法長官はうなずいた。

 大統領の視線が、執務机に据え付けられた情報端末画面に向けられる。
 いくら現政権に能力があろうと、実際に権力機構を把握し動かす前の策謀は制止できない。

 当初、ホワイトハウスのスタッフは、オルタネイティヴ4の成功によって面目も利益も失った、オルタネイティヴ5関係者を疑っていた。
 感情的な話からすれば、彼らはオルタネイティヴ4のホスト国である日本に、真っ先に恨みを向けるだろうから。

 が、実際に支援活動を違法に行っていたのは、桜花作戦前後から急速に力をつけはじめた、親日派の議員や政府高官らだった。

「……なるほど、単純な構図ではなかったわけか。
それにしても、危険な物を流してくれたものだ。これは、警告だけして終わり、とはいくまい」

「御命令があり次第、FBIのユニットを含む実力部隊により、首謀者達を逮捕する手筈は整っております」

「よろしい、すぐにやりたまえ。同時に、軍需産業にも査察を入れる」

 軍縮政策によって、没落の予感に震える企業群。
 大統領は、国連軍や政治的信頼度が高い同盟国への、兵器輸出のハードルを低くする事を選挙公約に入れ、彼らのガス抜きを図ったつもりだったが。

「見込みが甘かったな……」

 足早に去る司法長官の背を見つめ、大統領は呟く。

 流出が認められたのは、あるアメリカの軍民共同極秘計画だった。

 第四世代戦術機の開発。
 当初の計画書にはそう銘打たれていた計画は、やがて

『新概念人型兵器の、第一世代機開発』

 と、名称を変えた。
 人類の常識を超えた強靭さを持った生命体・BETA。その秘密を、体細胞レベルで解析する事で把握。
 BETAの細胞モデルを応用した、極小レベルでの工作によって生み出された合金や、炭素素材……。
 それを利用した戦術機は、もはや旧来概念には納まらない可能性を示していた。
(膨大に入手できるBETAの遺骸そのものを利用するアイデアもあったが、これは保存手段や工作技術の確立が困難とされ、見送られた)

 第三世代戦術機に見られるように、戦術機の火力は第一世代機と比べても頭打ちで、防御力にいたっては運動性との交換で弱体化さえしている。

 が、『BETAモデル』の使用によって、基礎構造レベルからの底上げが可能となる。
 シミュレーションによると、今までの戦術機が

『ジュラルミンレベルの資材しか使っていないレシプロ機』

 と例えられるほどの飛躍を見せていた。
 しかも、主力陸戦兵器的要素――在来戦術機には載せられなかった、大火力と重装甲の搭載も同時に可能。
 光線属種の照射網膜細胞パターンを利用し、エネルギー効率が強化されたジェネレーターは大電力を叩きだし、レールガンや荷電粒子砲のような次世代砲を稼動させられるレベルに達していた。
 防御面においても、電磁装甲のような次世代装甲を採用できる、と計算される。
 画期的なのは、使用する資材はあくまでも地球由来物質で済むという点。
 G元素への依存を減らせる、という事は国家戦略上大きな意味を持つ。

 第三世代戦術機以上の速度と運動性に、主力戦車以上の攻防能力を兼ね備えた汎用兵器。
 これと敵対した場合、通常の在来兵器はただ屠殺されるだけになる。
 対BETA戦においても、圧倒的戦闘力が期待された。

『人類が生み出した、戦闘型BETA』

 というべき存在が、出現しようとしていた。
 このBETAモデル利用開発計画は、『B計画』とそっけなく呼ばれていたが……内実は、恐ろしく野心的であった。

 しかしながら、対BETA戦の戦況が世界的に好転した現在、これほどの人型兵器が必要なのか? という疑問がぶつけられる事となる。
 第三世代機はおろか、近代化改修した第一及び第二世代機レベルが主力であっても、相応の戦力を投入すればハイヴ攻略は可能。
 こんな情勢下では、第四世代機……いやそれさえ超越している! と豪語しても価値を見出す者は少ない。

 素材に対する極小レベルでの工作は、高度な技術(真空環境を用意した中で、マイクロレーザーによる極精密加工が必要だ)と莫大なコストがかかるため、

『開発が順調にいったとしても、一機生産するのに戦艦建造以上の時間と金がいる』

 とさえ言われていた。
 ハード面の拡大に対応したソフトウェア・乗員保護機能の開発や、整備施設の新造を加えると、個別戦闘力の高さをもってしても採算があうか微妙であった。
 アメリカ合衆国の国力回復を第一とする現政権にとっては、容認できる話ではない。

 現在のアメリカ軍が新規開発に力を入れているのは、人的資源消耗を抑える戦術機の無人化ぐらいだ。
(人間の手を作戦において必要としない自律型と、無線による遠隔操作型の二本立て)
 他の計画は、軒並み縮小か中止されている中、B計画も基礎研究を除いての凍結が決定していた。

 が、B計画によって培われた試作パーツが、一部流出した。

 その技術的ハードルの高さから、他国に渡っても再現される可能性は低いとはいえ、痛すぎる。
 『BETAモデル』そのものは無理でも技術をスピンオフされる恐れなら、ありえない話ではない。

 さすがにG元素直系技術(G弾やムアコック・レヒテ機関等)に手をつけた形跡はないが、ここまで反日テロリストに力を与えようとする、親日派。
 奇怪なのが、政治的現実の常とはいえ……。

 桜花作戦以降、ハイヴ攻略の実績を持つ日の出の勢いの帝国と関係を深める事が、アメリカの利益になる。
 そういう考えを持っている『一般的』親日派とも、違う。
 こちらは、公然かつ合法的なルートでの交流や貿易拡大がメインだ。

 いずれにせよ、技術流出の拡大を防ぐため、口実をつけてアメリカがテロリストを直接攻撃する必要性が生じた。
 裏を含めて、外交状況を把握し直さなくては……。

 リー大統領は、胸に滲んでくる不気味さを抑えるために何度も深呼吸した。

「大元は、なんだ……?」

 ひとつの非合法組織に、多数のルートからの支援が流れ込んでいるのは、間違いない。
 カネや武器を出している連中は、どいつもこいつも

『自分こそが本当の黒幕』

 気分なのであろうが。
 本当に今回の一連の事件の絵図面を引き、実施させているのはどんな意図を持った勢力だ?
 大筋において、日本帝国にダメージを与えたい、という事は変わらないだろうが……。

 アメリカ大統領は多忙であり、この一件にだけ囚われている時間はない。
 それがわかっていながら、大統領は中々頭を別問題に切り替える事ができなかった。





 日本帝国政府は、BETA大戦……いや、それ以前から培われていた国内統制技術を駆使し、テロリストの放送を押さえようとした。

 民衆は上に従うようにすればよく、情報を与える必要はない。
 幕藩体制下から続いてきた、支配方式だ。

 情報省が中心となり、政府系はもちろん民間マスコミにも圧力をかければ、不都合な情報は漏れる事はない。
 個人レベルで所有する通信機まではどうにもならないが、噂を立てる者がいれば、逮捕すれば済む。
 最近は、民も妙な知恵をつけてきた気配があるが、それでも帝国の支配システムは揺らいでいない。

 ……情報省は、12・5事件において国内の不穏な動きの抑止に失敗、それどころか一部職員が煽った形跡さえあったため、名誉挽回のチャンスを欲していた。
 あの時、BETAが佐渡ヶ島なり鉄源なりのハイヴから攻撃をかけていたら……。
 日本は消滅していただろう。
 もし、情報省がまともに機能していれば、首謀者及び浸透していた外国工作員の逮捕で、話は終わったはずだ。
 関係者にとっては、まさにトラウマものの失態だった――未だに、クーデターを煽った挙句逃亡した元職員らを逮捕できていない事を含めて。
 お陰で、年々予算と権限の縮小を受けている。
 仕事の多くは、城内省や国防省・軍の情報部門に奪われつつあった。
(皮肉にも、そのために今回のテロ探知失敗の責任を問われていないのだが)

 それゆえ、情報統制作業は迅速に行われた。
 一部、反発するマスコミ関係者に対する行き過ぎた『処置』もあったが、必要な事であるとして容認された。

 が、国民には知らせないとしても、放送を完全に無視はできない。
 敵の意図など、多くの情報を掴むチャンスだからだ。
 限られた政府機関のみが、テロリスト側の放送を待ち受ける体勢を取る。

 同時に、帝国軍は紀伊奪還のための第二次作戦を準備した。
 衛士に疲労度の大きい行動を強いる、というミスはさすがに繰り返さない。
 時間に目を瞑って潜水艦を含む多数の艦を動員、紀伊の周囲を包囲して圧力をかけ、テロリストを投降させようという作戦に変更された。
 再び陸軍と斯衛軍から抽出された戦術機部隊が参加するが、今度は突出せずあくまで艦隊防空に徹する。
 以上の方針で、艦隊編成が開始された。

 水面下で様々な思惑が交錯する中、テロリスト側からの放送が始まった。



[34800] 8
Name: ani◆f6f49e6e ID:20f7cbb3
Date: 2013/08/03 14:25
 基地の通路で倉野少尉と相対したまま有藤は、1998年の日本帝国の状況を思い出す。

 当時、日本帝国は世界有数の軍事大国であった。

 どれほど軍が強大だったかというと、度重なる消耗戦と内乱で苦しんだ直後の大作戦である甲21号作戦(2001年)でさえ、千機以上の戦術機を第一線で動員できた。
 しかもこれは、帝国軍の軍籍下の数であり……斯衛軍や、国連軍に供与名目で出した戦力を合算すれば、実質はさらに跳ね上がる。

 これほどの軍隊が一朝で用意できたわけではない。
 長年、軍備増強に励んできたゆえである。

 冷戦期、東側の実力を過大なまでに評価していた西側にとって、日本帝国が(第二次大戦期の侵略を繰り返さない範囲において)軍備を整えるのは歓迎すべきことであった。
 そしてBETA大戦が勃発すると、激戦地となった欧州や中東を支援するために極東アジア地域のアメリカ軍は次々と引き抜かれ、その空白を埋めるため帝国軍はさらに規模を拡大。

 ソ連や中国、アメリカや欧州各国が軒並み戦力を低下させる中、急激な戦力拡張を成し遂げた。

 にもかかわらず、本土防衛戦は無残な敗北の連続であった。
 なぜ、このような結果が出たのか?

 原因のひとつとしては、装備の質に問題があったことが挙げられる。

 その一例を挙げれば、戦車砲の弱さ。
 帝国軍の主力戦車である90式戦車の主砲は、西ドイツ製44口径120ミリ滑腔砲のライセンス生産品。
 カタログ上は十分な威力があるはずであったが、実戦では力不足を露呈していた。

 日本帝国の工業は、軍部はもとより政界や官界そして武家と長年癒着した財閥系企業が支配している。
 労働者の立場は弱く、熟練した技術者が育ちにくい。
 低賃金で工員を使い捨てにし、価格を下げることによって国際競争力を確保する――典型的な安かろう・悪かろうだ。
 これは、第二次世界大戦以前から続く構造的なもの。お蔭で、生産される物品の質は一定せず劣悪なものも少なくなかった。

 帝国の工業製品、特に兵器の公試データが2000年代現在でも、国際社会であまり信用されない理由のひとつだ。

 WW2敗戦後の民主化改革によって、多少は改善されたものの産業界全体の体質を変えるまでには至っていない。
 120ミリ砲もまた、オリジナルに比べて出来が悪いものばかりであった。

 そのツケは、戦場の兵士達に来た。
 帝国軍戦車隊は、何発も直撃させた砲弾が簡単にBETA(突撃級)に弾かれたために大混乱に陥ったのだ。

 斯衛軍の身分別機体開発に象徴されるように、無駄遣いとしか思えないような部分にさえ潤沢な人的資源(希少な熟練技術者)と予算を戦術機関連に回しているのが帝国軍のいびつさ。
 その分、他兵科に回る国家資源が少なくなっていたことも影響していた。

 本土防衛戦で日本第一の盾となった西部方面軍(主力は北九州駐留)の戦車隊すら、カタログデータよりかなり落ちる砲を使い、BETAに蹂躙された。

「戦術機だけでいくさができると思っているのか」

 という恨み節が前線部隊を中心に噴出したが、無い袖はどうやっても振れない。
 機動力に劣る戦車が、主目標である中~大型BETAをまともに撃破できないというのは死活問題。
 対人戦では火力と並ぶ戦車の利点であったはずの、防御力や生存性という面はBETA相手には通用しないケースが多いため、帝国戦車隊は戦力価値を大きく落としてしまっていた。

 帝国の内情は、多くがこのレベルであった。
 軍規模こそ世界有数であるが、質的には不安要素だらけ。

 日本帝国が現行の日本帝国であろうとする限りメスを入れるのが難しい、社会構造や思想・慣習・伝統そのものに原因がある問題も少なくなかった……。

 これらの膿が、まとめて噴出したのが京都防衛戦だ。

 防衛戦の主力を務めたのは、日本帝国軍第1師団と斯衛軍第2連隊だが……すぐに半壊状態になった。
 救援にかけつけた諸隊や、近畿各地で防衛に従事している部隊も急速にぼろぼろになっていった。

 作戦においては、戦術機に横陣を組ませてBETAの集団に正面から近接戦を挑む、という戦術を多用したミスがあった。
 これは見た目こそ勇壮ではあるが、損害の割に戦果が挙がらない戦い方。
 突撃級の集団に、半ば棒立ち状態で効果の薄い砲撃を行った後、無残に突進を喰らってやられる――そんな帝国軍機が続出。
 到底BETAと正面から殴りあう力を、帝国軍は持っていない。彼我の力の差を見誤った、ある意味当然の結果。

 優遇されていた戦術機隊がこんな状態であるから、他の兵科の苦闘はそれ以上。
 恐怖と絶望に押しつぶされそうになる兵士の多くは、安全規定を超えた薬物や催眠暗示漬けになり、辛うじて戦闘を続行していた。

 実戦部隊の神経をさらに苛立たせたのが、交通規制の失態である。
 一度後方へ避難したはずの民間人が、大勢戦闘区域に戻ってきたのだ。
 皇帝陛下や帝都と運命を共にしたかった、というのが民間人らの主張だが……自決じみた行動を容認できるわけもなく、再度彼等を避難させるためにいらぬ労力を取られた。

 ……帝国首脳は、防衛戦開始当初から

『民間人を巻き込む恐れのある戦法は許容できない』

 という主張を繰り返し、大量破壊兵器はおろか支援砲撃にすら制限を幾度もかけていた。
 当然、共闘するアメリカ軍や国連軍は反発した。大陸で実戦経験を積んだ帝国軍人も。
 BETAの急速侵攻に対して、民間人や友軍との混在を防ぐのはまず無理。
 味方殺し・虐殺者の汚名を着る覚悟で、助かる確率の低い者達ごとBETAを吹き飛ばし、他の命を辛うじて救う……ユーラシア大陸各地で、繰り返された光景だ。
 それでも頑として主張を変えなかったため、大勢の将兵と本来は助かるかもしれなかった民間人が死傷していた。

 にもかかわらず戦地に戻った民間人(及び、それを止められなかった関係各署)へ兵士達が向けた視線に憎悪が篭っていても、誰が責められようか?

 崩壊寸前の帝国軍を支えたのは、在日米軍や緊急展開した米海軍・太平洋艦隊だ。が、彼らもまた苦しんだ。
 政治的外交的理由に縛られた、米軍本来の持ち味が出せない消耗戦により膨大な損害が発生しており……アメリカ本国では反日感情が跳ね上がった。

 短期間で西日本を蹂躙され、京都を陥落寸前にまで追い込まれ。ようやく甘い人道性など発揮できる情勢ではない、と気づいた帝国首脳は面制圧砲撃と軌道爆撃を解禁。
(実際には、現場指揮官が味方の苦戦に耐えかねて独断砲撃したのを追認したものであった)
 その効果は絶大であり、一時的に戦線を押し戻すことにも成功したのだが……それまでに蒙った損害が大きすぎた。

 米軍とともに帝国を援護していた在日国連軍の指揮官が、

『BETAは別に日本の首都や要人を狙っているわけではない。
連中が反応しているのは、高度演算装置を使う有人兵器群――特に戦術機だ。
狭い京都に無理な戦力集中を繰り返す姿勢こそが波状攻撃を呼んでいるし、こちら側の作戦自由度にも悪影響が出ている』

 と提言し、戦力を広域展開させ、陽動と海上からの支援砲撃によってBETAの突破衝力を分散させるべきだと勧めたが、帝都死守にこだわる帝国側は拒否。

 BETAの再攻勢を受け、一ヶ月ほどの防戦の後に帝都防衛は誰の目にも不可能となる。

 こうなると避難を勧める意見を蹴り、防衛戦当初から残留した皇帝とその全権代行である政威大将軍はじめとする上層部の要人達は、お荷物もいいところであった。
 彼等を守るために、本来なら前線に投入されるべき兵力が拘束され、軍全体の作戦行動をも制約した。

 膨大な犠牲にさすがに学習したのか、防衛戦末期に逃亡を決定した後の皇帝やその取り巻きが『有害な勇敢さ』を主張する事はなくなったが。
 既に払った犠牲は還らず、護衛のため割いた戦力は事実上あてにできない。
 皇帝らに遠慮して避難を遅らせていた政府及び軍の要人や武家、国会議員、官僚や民間の有力者らも一斉に退去したのだから、多数の護衛兵力が必要となってしまった。

 これには、他国からしばしば『忠誠を通り越して、奴隷的』といわれるほど上層部に服従する帝国下級兵からさえ、公然と批判の声があがる。

 貫徹もできない格好付けのために戦場に残った挙句なのだから、反発するなというほうが無理であった。
 米軍、国連軍の激怒はいうまでもなく、外交ルートを通じて必死に宥めなければならなかった。

 いかに負け戦の中とはいえ、国の上から下まで滅茶苦茶。独善と傍迷惑の見本市――

「くそっ……!」

 有藤は、京都防衛戦を体験したわけではない。
 当時は僻地にトバされていた。それでも、辛くも生き残った者達の体験談を耳にするだけ胸が悪くなるほど。

 しかも後から思い返してみれば、有藤自身もまた『戦術機偏重』についてはろくな疑問ももたず、自分の考えのみに突っ走った事に違いはない。
 当時の愚行に、まったく無関係とは言えないのだ。

「あの……?」

 急に毒づいた有藤を見て、倉野の形のいい眉がひそめられた。
 先ほどとは別の意味の困惑を向けられ、有藤ははっとなって呼吸を整えた。

「すまない。差し支えなければ、康永大尉に何があったのか教えてもらえないか?」

「い、いえ。ご存知なければそれでいいんです。
突然失礼な事を言って、申し訳ありませんでした」

 ばつが悪そうに倉野は頭を下げ、それ以上の追及を拒絶する。

「…………そうか」

 どうせ聞いても楽しくない、ろくでもない話なのだろう。
 有藤はそう自分を納得させ、

(ま、こんな若くて可愛い娘に慕われているんだ。康永大尉だって、不幸一辺倒なわけじゃないさ)

 という、やや下世話な思いとともに倉野が立ち去るのを見送る。
 入れ替わりに、中津川憲兵中尉が厳しい顔つきで姿を見せた。
 中津川は、一瞬だけ倉野に視線を向けたが、すぐに有藤の前に立つと、

「遅くなって申し訳ありません」

 と、謝った。

「気にするな。それより、何かわかったのか?」

「――まだ確証はありませんが、やはり行方不明になった衛士三名は帝国に対して……含む物があっても不思議ではない状況でした」

「そうか……」

 男二人が、難しい顔を並べる。

 自分のチームだった者達の無実を信じたい、と思っている有藤さえ、ふと

『京都防衛戦の醜態を体験すれば、思い余っても不思議じゃないんじゃないか?』

 という考えがちらつく。
 しばし、何も言い出せぬ時間が流れていった。





 アメリカ軍戦術機 F-22 ラプターは、他機種に演習や訓練で『落とされた』事がちょっとした軍事ニュースになった。ラプター側に不利な条件設定がされた結果であっても。
 それほど撃墜判定を取るのが困難、ということだ。
 ラプター側が百戦百勝しても(たとえ相手が同世代機であろうと)ニュース性がなく、当然と受け止められる。
 今後しばらくは、アメリカ軍自身が開発するものを含めてラプターを総合性能で上回る戦術機は登場しないだろう、というのが世界の定評だ。

 しかし兵器史ではしばしば見られる現象だが、高性能イコール戦場で優れた兵器とは限らない。

 最新軍事技術の塊であるラプターは、機密保持が保証される基地以外での運用が制限されており……またコスト高騰のために調達そのものが難しい。
 ラプターは存在する事自体が他国に対する優位になっているが、その他国が軒並みBETA大戦の影響で戦力を低下させている今、あまりに時勢にそぐわない。

 軍事に一家言持つ(実戦経験ある軍人だった経歴を持つ者も少なくない)アメリカ議会の議員達が、ラプターに対して懐疑的であるのは当然といえた。
 ラプターは、戦術機……いや、人類の兵器開発全体が引きずる『冷戦時代の発想の呪縛』の権化――そんな酷評さえある。

 前線での米軍主力は、第三世代機が実用化された現在でもその圧倒的実績と信頼性から『実戦では最強』の名声は揺らがないF-15や、安価な割りに高性能で使い勝手もいいF-16・F-18系列。
 これらの機体は、親米的な外国にも輸出あるいはライセンス生産許可が為されているから、多国籍の共同作戦が常態化している前線でも有利だ。
(他国の衛士や整備兵に米軍装備を割り当てたりといった、急場の柔軟な対処が可能)

 現在も、世界中の主要な対BETA戦線のほとんどに援軍を出しているアメリカは、重い負担に常に喘いでおり……ただでさえ高価な戦術機が使いづらい、というのは死活問題だった。

 日本帝国で起きたクーデター事件介入において、不知火によって多数の損害を出したこともミソをつけていた。
 技術盗用されるのを泣く泣く黙認した産物である「F-15の模倣機」にやられた、というのは悪評が立つには十分。

 そしてリベラル派のハリソン=リー政権に代わってからは、正式に調達削減と中止が決定。
 戦術機としては少数生産に終わるのが確定となっていた。

 その不運なラプターを装備する部隊に、太平洋マリアナ諸島・グアムに進出するよう緊急命令が下されたのは1月中旬。
 日本帝国海軍の戦艦・紀伊がシージャックされた事件に対処するためだ。

 日本帝国から協力を謝絶されている以上は手出しできないが、それでも警戒は怠れない。
 無論、海空軍も艦艇や航空機を動員し、即応体制に入っている。

 太陽が中天に輝く時間に飛び立ったラプター二機が、紀伊が航行する海面目指して飛翔する。
 目的は情報収集――テロリストが、何か日本に向けて放送を行うらしいので、それを確実に傍受するのが役目だった。

 ステルス機能を持つラプターを出したのは、テロリストに攻撃されるリスクを減らすためだ。
 だが、単座のラプターによる海上長距離飛行は、搭乗者にとっては苦痛。

 ラプターを操る衛士は、不満を顔から消すことができなかった。
 どうせテロリストの放送など、理性も客観性も無い一方的わめきが相場と決まっている……。

「……ん?」

 ほどなく、強力な電波が紀伊から発信された。時刻は、グリニッジ時間で午後1時丁度。
 戦艦の通信設備を乗っ取ったテロリストの放送だ。
 わざわざ戦術機を飛ばすまでもなく、グアムでも十分受信できる。日本本土にも、余裕をもって届いているだろう。

「なんだ、これは……!?」

 網膜投影画面の正面に、紀伊から放送をポップアップさせた途端に、衛士は驚愕の呟きを漏らした。

 放送されていたのは、アジ演説の類ではなく、監視カメラの記録映像らしきものだった。
 画面の片隅には、『2001/12/05』という撮影日付をあらわす数字が。

「こいつは、日本でクーデターが起こった時の?」

 それは、虐殺の記録だった。
 軍刀や小銃はては機関銃で武装した帝国軍部隊が、邸宅らしい場所に乱入。
 誰何する警備員や、驚く非武装の人々を殺傷する光景が、淡々と映し出されていく。

 何が起きたか、もわからないうちに切り殺される寝巻姿の男。
 命乞いをする仕草を無視し容赦なく相手に胸に銃剣を突き込む、血に酔った目をした帝国兵。
 顔をこわばらせる老人(恐らく、日本帝国の当時の大臣の誰かだろう)を庇おうとした女(老人の家族だろうか?)が、もろとも銃弾で貫かれて倒れる。
 勇敢な警備員が、警棒をふるって必死に兵達に抵抗するが……息が上がったところで、容赦なく首を斬られた。

 たまに入る不明瞭な音声は、『天誅』や『成敗』といった殺戮者達の歓声と、被害者達の断末魔の悲鳴。

 日本帝国において現在は『義挙』という二文字で済まされ肯定的評価されている行動が、実際はどんな非道の所業であるかを、映像はどんな言葉より雄弁に語っていた。
 BETAに人間が殺されるのとはまた違った、ほとんど一方的な暴力への本能的忌避を呼び覚ますには十分。

 テロリストが、なぜこんな記録を持ちそれを流しているのか? そんな疑問が働く余地もなく、痛烈な嫌悪が衛士の胸を突き上げる。

 殺戮を映し出した映像は、実際にはほんの十分程度の時間であったが。
 見ている者には、その何倍もの長さに感じられる衝撃的な内容であった。

 画面が切り替わり、一昔前のパイロットスーツのようなものを着込んだ男が現れた。
 どこかの艦内ハンガーらしく、背後には戦術機――F-5に近い機体が立っているのが確認できる。

「日本帝国政府の者達へ。
これはいわゆる犯行声明の類ではない。
あえていえば……そう、『果たし状』あるいは『仇討ち状』である」

 ヘルメットに包まれた素顔も、声も不明瞭なその男の声には、不思議な落ち着きがあった。

「我々は、世界の不正義と欺瞞を糺すために人種や信条の違いを超えて集った。
そして同志の日本人には、今映像で見せたいわゆる12・5事件における『虐殺』の犠牲者の遺族……あるいは、殺されかけ運よく助かった者達が含まれている。
この世界を覆う虚偽の霧を晴らす第一歩として、日本帝国の犯罪者を断罪する!
だが、その手段は間違っても無抵抗のまま殺されろ、というのではない――」

 『我々は、貴様らとは違うのだ』と言外に滲ませながら、言い放つ。

「12・5事件に参加した者達、特に『虐殺』に直接関わりながら今ものうのうと軍に居座り、我が世の春を謳歌している者達をこちらに寄越すこと。
丸腰で、とは言わない。戦術機を含んだ完全武装で来ることを望む。卑怯者共に、せめて闘死する名誉を与えてやろう。
そして我々は戦い、勝利する事で真の正義のありようを世に示す。
この挑戦を受けるのが確約されれば、戦艦紀伊及び乗員を解放する。
現在のBETA大戦の優勢を免罪符に、不法を合法化し、不正義を正義と誤魔化す者達への報復の手始めである」

 放送は、そこであっさりと途切れた。

 あまりに予想を外れた、インパクトがありながらも馬鹿馬鹿しいとさえ思える放送にラプターの衛士は絶句し、しばし本部への連絡を忘れるほどだった。





 紀伊からの放送を受けた日本帝国の関係部署は、沸騰した。

 おおよそ、まともではない。
 帝都城奇襲爆撃から始まるやり口は滅茶苦茶。今行われた放送にも、おかしい点ばかりだ。
 日本帝国がクーデターを事実上容認、正当化している事に異議がある――というだけで、ここまでやれるはずもない。
 理論的にクーデターが悪であるとする説明さえなく、ただ映像の衝撃に頼った手口も拙劣である。
 これまでの戦闘経過を見るに、テロリストが無能でないことは証明済みであるのに。
 また、自分達を宣伝するのにまたとないタイミングなのに、組織名すら未だに明かさないというのは、どういうことか?
(通常、テロに走る人間というのは、自己顕示欲旺盛な傾向がある)

 今こそ冷静になり、裏を分析する必要があるはず。

 だが、理性的判断より感情論が何かにつけて優先されるのが、良くも悪くも現在の日本……特に軍部のありようであった。

 放送を受けた帝国軍において、まず激昂したのは当然、クーデターに参加した『烈士』達だった。
 うち一人は国防省の要職に出世していたのだが、緊急対策会議の席で顔を真っ赤にしつつ、

「テロリスト風情が、何をほざく!
我々の正義は、政威大将軍殿下が恐れおおくもお認めになられた事だ!
それに逆らうのは、日本帝国全体を敵にするも同じだぞ!
連中の妄言にかまうことはない、全軍で総攻撃をかけよ!」

 と、わめき散らした。

 だが、それを聞いていたクーデターに関わっていなかったある軍人は、小さくこう呟いた。

「連中をテロリストと決闘させればいい。
自浄したくてもできない我が国の癌とテロリストが相打ちになってくれれば、一番ありがたい――
できれば、あの情に流され続けた小娘も一緒に……」

 世間に対してはともかく、軍内では情報統制などあっさりと有名無実となった。
 驚愕のあまり、傍受した者達がつい口を滑らせたのである。

 別の場所ではこうささやかれた。

「改めて考えてみれば、烈士連中は都合の悪い部分となると『アメリカの陰謀だった』などと主張するではないか。
だったら結果論的な正の面も、アメリカの功に帰さねばおかしいのではないか?
少なくとも、連中や連中の庇護者がのさばるのは理屈にあわない――」

 中には、放送の内容にもろに感情で反応し、

「ともかく、戦って仇討ちしようという姿勢はテロリストながら立派ではないか。
戦う力を持たない文官を騙まし討ちにする陋劣さより、よほど日本精神――武士道にかなう。
堂々と受けて立って見せればいい。
――将軍殿下からああも褒め称えられた者達が、今更怖気づくわけもなし」

 という言辞を吐く者も出た。

 短期間で、劇的に帝国軍内の空気が変わっていった……。


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