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[34919] GRvsEVA~ビッグファイア細腕繁盛記~(+ジャイアントロボ―地球が静止する日―)
Name: FLACK◆6f71cdae ID:b5f8f580
Date: 2012/09/02 09:55
※ご注意
・この話に登場する碇シンジは、やばくなったら逃げます。ダメじゃないです。むしろ逃げなきゃダメです。
・この話に登場する碇シンジは、重度のヲタクです。マニアックなアニメやマンガのネタが出てきますが、彼にとっては平常運転です。


 来るべき近未来。セカンドインパクトの惨劇を乗り越え、復興への第一歩を踏み出す人類。その輝かしい繁栄の陰で激しくぶつかり合う二つの力があった。

 人類から、地球の霊長の座を奪い取ろうとする『使徒』と呼ばれる生命体。
 そして、それに対抗するべく設立された国連特務機関ネルフ。

 その戦いの炎の中に、史上最強の汎用人型決戦兵器エヴァンゲリオンを操る一人の少年の姿があった。
 名を『碇シンジ』

「砕け! 初号機!」


   GRvsEVA ~ビッグファイア細腕繁盛記~


■プロローグ:第3新東京市に立つ者

 ある嵐の夜、一人の少年の姿が消えた。誰にも気付かれること無く。
 なぜならこの少年は、プレハブの離れに住み、家人と顔を合わせることはほとんど無かったからだ。
 翌日の朝少年が戻り、出かけていたことを謝ったときにも、その家の者は誰一人として気にとめはしなかった。
 だがそれが、のちの戦いの始まりを示していたということを、このときは誰も知る由も無かったのである。


 ここは、世界征服を策謀する秘密結社BF団の本拠地。
 BF団の首領であるビッグファイアと呼ばれる少年は、今日も大忙しであった。

「空中要塞の建造許可? この前ペンタゴンの地下に秘密基地造ったばっかりだと思うけど……うん、悪いけど不許可」
「イギリス本土上陸作戦? どうして、英国国教騎士団を壊滅させるのにBF団の全戦力がいるの?」
「えっと、エージェントからの要望『もっと戦いを』『殺し足りない』……もう! BF団(ウチ)の構成員は戦闘狂と殺人狂しかいないのかよっ!!」

 少年は山積みになった書類を前にして、頭をかきむしる。

「ビッグファイア様。お気持ちはわかりますが、ヤケにならないでください」
 そばにひかえていた少女が、散らばった書類を集めながらビッグファイアを諌める。
「う、ごめんなさい……」
「BF団(ウチ)は元々こういうアブナイ人の集団なんです。それをまとめるのがボスの仕事じゃないですか」
「そんな事言われても、僕だって好きで首領なんてやってるわけじゃないよ」
 この少年こそ、嵐の夜にいなくなった碇シンジ本人である。誘拐同然に連れてこられ、その潜在能力を勝手に認められて、そのうえ本人の意思を無視して、バビルの後継者すなわちBF団のボスとなってしまったのだ。

「なってしまったものは、しょうがないです。ボスがBF団を率いる器じゃないヘタレの小市民だとしても」
 少女は情け容赦なく言ってのける。少年は返す言葉も無い。
「ううっ、言葉の暴力が僕を傷つけるよ……半分でいいから優しさが欲しい」
「バ○ァリンでも飲みますか? それより定時の報告書上がってきてますから目を通してください」
「はぁ~い。お仕事お仕事……」

 観念した少年は、新たに積み上げられた書類に目を通し始める。
「こっちは順調。こいつも予定通りっと、おや?」
 少年は首をかしげて、膨大な書類のうちの一枚を摘み上げた。
「どうかなさいましたか?」
「『ゲンドウ』って誰だったっけ」
「それって、確か碇シンジの父親の名前では?」
 少女があきれたように言う。だが、BF団本部のコンピュータに催眠教育を施された影響か、ビッグファイアにとって碇シンジはもはや遠い存在になっていたのだ。
「いや、それはそうなんだけど……」
 少年が言葉を濁すので、少女はその書類を覗き込む。
「碇シンジのダミーからの報告ですね。『来い ゲンドウ』行き先は第3新東京市ですか。そこって確か国連の」
「うん。『ネルフ』だったっけ、ゼーレの下請け組織。そこのトップの名前が確かゲンドウだったような?」
 世界征服を目的とするBF団は、国連を裏から牛耳るゼーレとは敵対関係にある。そのゼーレの関連組織となれば、放っておくわけにはいかなかった。
「まちがいありません。碇ゲンドウ、国連特務機関ネルフの司令です」
 少年はその報告書をもう一度見直した。
「じゃあこれって、ひょっとするとネルフに潜入するチャンスかも?」


「もうすぐ待ち合わせの時間なのに……どうしようか」
 少年は駅のホームで途方にくれた。待ち合わせの場所はまだ先なのに、電車が止まってしまったのだ。
「瞬間移動するわけにもいかないしなあ」
 これから『一般人』碇シンジとして敵対組織に潜入するのに、こんなところで超能力を使うわけにはいかない。
「まあ、本物のテレポートできる人は、あの兄妹ぐらいしか知らないけど……うーん普通ならシェルターに避難するべきなんだろうな」
 とはいえネルフに潜入するのが目的なのだ、たどり着けませんでしたじゃ話にならない。
「しょうがない。歩いて行こう」
 仕方なしに駅から出て、待ち合わせの場所に向かって歩き出す。日差しの暑さに閉口しながら。

「ん? なに?」
 歩きながら空を見上げると、戦闘機や攻撃機がいくつも飛び交っていた。
「演習? にしては殺気だってるな。非常事態宣言とかいってたし、何があったんだろ」
 そうやってぼんやりしていると、突然山の影から巨大な人型の怪物が現れる。

「な、な、な、なんだあぁぁぁっっ!!」
 と叫びながら、少年は地面にへたりこんだ。

 ネルフに潜入するにあたって、少年は使徒についての情報にも目を通してはいた。
 だが、見ると聞くとでは大違い。周囲を旋回する戦闘機がかすんでしまう圧倒的な存在感、自分などアリを踏み潰すように殺してしまえるだろう純粋な恐怖。
「だああっ! こっち見るなっ! こっちくんなっ!!」
 わたわたと手を振る少年に気づいているのかいないのか、使徒はその巨大な足を少年に向けて踏み出した。

 本来ビッグファイアの超能力を持ってすれば、逃げるのはもちろん、全力を出せば目の前の使徒を倒すことすらできるかもしれない。
 だが今の少年は、巨獣につぶされようとする、ただの虫けらだった。


 少年の脳裏に、BF団の本拠地での少女の台詞がうかぶ。
「無理です。やめてください」
 少女はきっぱりと否定する。
「なんで? 本人が行くんだから一番いいはずでしょ?」
「ダミーのほうがまだマシです」
「そんな~」
 容赦ない言葉に、少年はがっくり肩を落とす。
 しかし少女は手を緩める気はないようだ。少年の肩をつかんで、顔を真正面から見据える。
「いいですか? なぜBF団、いえ人類最強の超能力を持つはずのビッグファイア様が、本拠地で延々事務仕事を続けていると思うんです?」
「えーと、なぜでしょう……?」
「い・い・で・す・か!? ビッグファイア様はコンピュータに選ばれたとはいえ、それはあくまでも潜在能力、100%の力を発揮することはまだできないんです!」
「うう、そうでした」
「それに、たとえ超能力が使えたとしても、使いこなすための経験がまるっきりありません。今のビッグファイア様は、何もできない役立たずです」
 うわ、言っちゃったよ。
「……家に帰っていいですか?」
 少年は半泣きでたずねた。
「駄目です」
「……」

 その後紆余曲折の末に、結局少年は第3新東京市に赴くことになったのだが――
『やっぱり、やめときゃよかったかな?』



[34919] 第一話:ようこそネルフ江
Name: FLACK◆6f71cdae ID:b5f8f580
Date: 2012/09/01 20:56
 地面にへたりこんだビッグファイアの前に、使徒が迫ってくる。
「う、うわああぁ! 来た来た来たあぁぁっっ!」
 少年は観念して目を閉じる。
 使徒の足音が響くその前に、自動車のブレーキ音が聞こえた。
「? あれ?」
 恐る恐る目を開くと、目の前に急停止した自動車がある。ドアが開き、中から女性が顔を出した。
「ごめーん。お待たせっ!」
 手紙に同封されていた写真の女性、葛城ミサトである。

 後にビッグファイアは、このときの出来事をこう語った。
『いやもう、地獄に仏、掃き溜めに鶴! ミサトさんが女神に見えたよ。ほんとほんと』

「どうしたの? 早く乗って!」
「そうしたいのは山々なんですけど……」
「なによっ」
 いつまでも乗ろうとしない少年に、苛立って声が大きくなる。緊急事態だから当然だが。
「その……腰が抜けちゃって」
「はあ? なっさけないわねえ」
 心底あきれました、という声がヘタレ少年の胸にぐっさりと突き刺さった。
「……すみません」

 結局ミサトに手伝ってもらって、少年は何とか自動車にのりこんだ。
「飛ばすわよ!」
「りょ、りょうか……あだ!」
 舌噛んだ。
「だから言ったのに」
「ふみまふぇん」

 二人の車は逃走を続ける。
 使徒から十分な距離まで離れたところで、ミサトはいったん自動車を停止させた。
「ここまでくれば大丈夫でしょ」
「助かりました。ええと、葛城、さん?」
「ミサトでいいわよ。そういうあなたは碇シンジくんね。よろしくシンジくん」
「ど、どうも」
 そういって、少年は差し出された手を握る。

 瞬間。少年の頭に膨大な量の情報が流れ込んだ。
(えっ? 読心能力は使ってないのに……そうかこれは)
 サイコメトリ、精神感応能力の発現。

 自覚なしに発動した超能力によって得られた情報は、巨大な津波のように少年の心を押しつぶそうとする。
『葛城調査隊』『南極』『アダム』『覚醒』『セカンドインパクト』『天をつく光の柱』『父親』『ただ一人の生存者』
 心に深く刻み込まれた思いは『使徒への復讐』
(うう、これは、きつい……)
 少年は精神を集中させて、情報の奔流から自我が崩壊するのをかろうじて防いだ。

「ん? どうしたの?」
「あ、いえ、すみません。ぼーっとしちゃって」
 少年は、あわてて手を離した。
「すみませんって、シンジくん謝ってばかりじゃない」
 ミサトが苦笑しながら言う。
「ああ、すみませ……じゃないや。よく言われるんですけど、これが性分みたいでなかなか直らなくて」
 BF団の本拠地で事務仕事に明け暮れてたときにも、少女から『謝るくらいなら、仕事進めてください』とよく言われていた。

「あはは、まっじめね~」
「からかわないでください……あれ?」
 少年は、車の外を見て首をかしげる。
「どうかしたの?」
「あっち、し……怪獣のいるほう、なんか雰囲気が変に」
「ん~、どれどれ」
 ミサトは双眼鏡を取り出して使徒のいる方向に向けると、顔色を変えた。
「ちょっとまさか、N2地雷を使うわけ!?」
「え゛!?」
 少年は大いにあわてた。使徒との距離は十分といっても、N2の爆発からのがれるには距離が近すぎる。
「伏せて!!」
 ミサトは少年に覆いかぶさった。

(ええと、こういうときは……そう! バリアだ、バリア。よーし……うわあっ!!)
 少年が超能力を発動するより早く、爆発の衝撃波がやってくる。
 二人の乗った自動車は、衝撃波によって横転し始めた。
(目が回る~ とにかくバリアをっ)
 ようやく超能力が発動して、バリアが二人を覆う。

「大丈夫だった?」
「ええ、何とか」
 バリアのおかげか、二人とも怪我らしい怪我もなく無事だった。
 横倒しになった自動車を二人で立て直すと、今度こそネルフに向かう。


 そしてネルフに向かうカートレインに、自動車を乗り入れて一息つく。
「特務機関ナ、ナーヴ?」
「ネルフよ」
「はあ、ネルフ。なるほど」
 しばらく沈黙が続いた。

「お父さんの仕事のこと、何か聞いてない?」
 少年は眉をひそめて首をかしげた。
「うーん、誰かが何か言ってたような……すみません。覚えてないです」
 少年、ビッグファイアにとって、碇シンジは遠い存在。碇シンジだったころ何があったか、ほとんど覚えていない。
 無論、今回の潜入作戦を実行するにあたって、ネルフのことについてはかなり詳しく調査した。だが、その調査内容をべらべらしゃべるわけにはいかない。少年はとぼけ続けるしかなかった。

「国連特務機関ネルフ司令、碇ゲンドウ。それがあなたのお父さんよ」
「へ~、偉いんですね」
「人事みたいに……お父さん苦手?」
「苦手というか、遠いですね。知らないおじさんより正体不明って感じで」
「正体不明って……そうかもしれないけど」
 ミサトが苦笑する。

 そのとき突然、周囲が明るくなった。
 地下都市、ジオフロントが目の前に広がる。
「へえ、本物のジオフロントだ」
(あれ? 何か感じる……これは?)
 少年は外を見ているふりをして、目を閉じて精神を集中させた。
(結界? こんなところに能力者がいるんだ。うかつに超能力を使うのはまずいな)
 ばれたらどうなるか、今の段階では予想はできないが、潜入作戦中に目立つまねはできないのは確かだ。
(国際警察機構のエキスパートかな? 僕に殺し合いなんてできるのか?)
 BF団のボスであるからには、躊躇せず人を殺すことができなければいけない。だが、このヘタレ小市民にとっては、殺人はあまりにも大きな禁忌だった。

 やがて列車は終点であるネルフ本部に到着する。しかし、
「おっかしいな~ たしかこの道のはずよね」
 ネルフ本部に入ると、二人は道に迷ってあちこちを放浪するはめになった。
 少年は、この隙に結界を発動している者の位置を特定しようと、神経を集中させる。
(たぶんこの本部の中にいるんだろう。結界の範囲はジオフロントの内部を全域か。どう考えてもエキスパートだよな。やだな~)
「ううっ、シンジくんがシカトするよお」
 声をかけても返事もせず、後ろからついてくるだけの少年に、ミサトの精神はゴリゴリと削られていた。別に少年に悪気はないのだが。
「だ、大丈夫。システムは利用するためにあるのよ」
 そういってミサトは、端末で赤木リツコに呼び出しをかける。

 赤木リツコは水着に白衣を羽織った格好でやってきた。
「何やってたの、葛城一尉。人手も無ければ、時間も無いのよ」
 リツコは、開口一番ミサトを叱責する。
「うーん、ごめん!」
 ミサトは片手でリツコを拝むようにして、白々しくあやまる。
 リツコはため息をついた。これ以上は言っても無駄だとわかっていたからだ。

「それで、この子が?」
「ええ、サードチルドレン、碇シンジくん」
 自分の名前が呼ばれて、少年はようやく顔を上げる。
「技術局第一課、E計画担当責任者、赤木リツコ。よろしくね」
「あ、はい。よろしくお願いします」
 少年はあわてて答える。

 ビッグファイアは、このとき赤木リツコに触れて情報を引き出さなかったことを、後に後悔している。
『リツコさんて、ネルフの機密事項をほとんど知ってたんだよな。もっと早めに心を読み取っていれば、こんな苦労もなかったのに……』
 だが、本当に読心能力やサイコメトリを使ってしまったら、結界に探知されてしまっただろう。少年はおとなしくするしかなかった。


 リツコの案内で、少年とミサトは、ある場所に連れてこられた。
「あなたに見せたいものがあるの」
 リツコがそういうが、少年の目には何も見えない。
「真っ暗ですが」
 当たり前だった。

 すると、突然明かりがつく。
 少年の目の前に、巨大な紫色の顔が現れた。
「うおぉ!? でかっ!」
 少年は思わず後ろに下がる。
「あまり下がると、落ちちゃうわよ」
 ミサトに言われて、少年はなんとか踏みとどまった。

「人の作り出した、究極の汎用人型決戦兵器、人造人間エヴァンゲリオン。その初号機。我々人類の、最後の切り札よ」
「はあ、凄いですね」
 デザインが悪役っぽいところなんかも。
 BF団のロボットのデザインは、設計するブラック博士の趣味か、レトロな感じのものばかりだった。
(うーん、これはこれでいい感じだな)
「ニュースに出てくるBF団のロボットには似てないですね」
「いまどき世界征服なんて、馬鹿なことを言ってるカルト集団と一緒にしないで!」
 リツコが憤慨する。
 そのカルト集団のボスは、かなり凹んだ。

 突然、今度はエヴァの頭上に明かりがともる。
「久しぶりだな……む」

 ズルッ、ドボーン。

 碇ゲンドウ。その姿が現れると、驚いた少年は足を滑らせて冷却水プールに落っこちた。
「ちょちょっと、シンジくーん!!」
 ミサトがあわてるが、少年はまだ浮かび上がってこない。
「まずいわね。時間がないのに」
 水着を着替えなくて正解だった、とリツコは思った。

 落ちた少年は、パニック状態になっていた。
 驚いたのは、碇ゲンドウのことではない。その後ろにいた人影。
(国際警察機構、梁山泊九大天王! 無明幻妖斉!! なんでこんな大物がこんな所にーっ!)
 ジオフロントの内部にあった結界は、この老人が発動したものだろう。
(まずい! 今の僕じゃ逃げることも難しいよ……やっぱり来るんじゃなかった)



[34919] 第二話:初号機、起動
Name: FLACK◆6f71cdae ID:a99c6f63
Date: 2012/09/15 18:44
(無明幻妖斉っていったら、梁山泊の守りについてるんじゃなかったの? 反則だ、やり直しを要求するっ!)
 そういっても、目の前の現実は変わらない。
(九大天王クラスだと、読心能力なんて軽く使えるのだろうな。擬似人格用意しておいてよかった。
――精神障壁を展開して、ビッグファイアと碇シンジの人格を分離、碇シンジの人格を表に出して、と。これでいいかな?)

 今回の潜入作戦にあたって、ビッグファイアはダミーの情報を基にした碇シンジの擬似人格を用意していた。
 いざという時のための保険だったが、少年はここで使う決心をする。
 正直、無明幻妖斉相手にはこれでも心もとないのだが、今のビッグファイアの力ではこれが精一杯だった。

 おぼれて意識がなくなったふりをして、精神の深いところでビッグファイアは周囲を観察する。
 少年はほどなくして、ミサトとリツコの手で助け出された。
「もう時間がないわ。すぐに初号機に乗ってもらわないと」
「そんな! 意識もないのよ!?」

 そのとき地響きがおきて、格納庫が震えた。
「ぐずぐずしてたら、使徒がここまでやってくるわよ。とにかくシンクロさえできれば、どうとでもなる。ミサト、今は手段を選ぶ余裕はないわ」
「でも! うーん……わかったわよ。シンジくん、ごめんなさいっ!」
 そういって、二人は少年を運んでいく。
(やさしい人だね。ミサトさんが謝ることないのに)
 少年の意志を無視されるのは、BF団でも同じなのでそれほど腹は立たない。
(それにしても、いきなり碇シンジを乗せるしかないなんて、正規のパイロットはどうしたのかな?)
 正規のパイロットは、大怪我をして病院行きになっていたのだが、今の少年にはわからない。

 やがてエントリープラグと呼ばれる筒に放り込まれ、少年は初号機とやらにセットされた。
(部外者をこんなものに乗せていいのかなあ? 対策はありそうだけど)
 反抗されたらどうするんだろ? そんなことを思いながら、ビッグファイアは碇シンジの意識を回復させる。
「ん、んん?……ここは?」
 碇シンジが目を覚ますと、そこは土管のような筒の中、操縦席のようなものに座らされていた。
「シンジくん! 目が覚めたのね」
「ミサトさん? これはいったい……」
 シンジからは、ミサトの姿は見えず声だけが聞こえる。
「落ち着いて。今あなたは初号機のエントリープラグの中にいるの」
 今度はリツコの声がした。
「初号機って……? ええと、あの紫の大きな顔してた?」
「そうよ。これからエヴァンゲリオン初号機で、使徒を迎え撃ってもらいます」
「使徒って何ですか? なんで僕がそんなことを!?」
 碇シンジはパニックを起こす。
「落ち着いて! これが私たちにできる唯一の手段なの」
「使徒って、シンジくんも見たあの怪獣のことよ」
 それを聞いても、パニックは収まらなかった。
「そんな! 僕にそんなことできるわけないよ!」
「座っていればいいわ。それ以上は望みません」
「僕には無理だよ! なんで僕なんだよ!!」

「お前がやれ。でなければ帰れ」
 パニックを起こしていたシンジだが、ゲンドウの声が聞こえた瞬間、顔色が一変する。
「……わかった。やるよ」
「シンジくん?」
「役立たずに用はない。そういうことでしょ。いいよ、いけにえの羊でも使い捨ての盾でも、何だってやってやるから」
 発令所では皆、シンジの暗い声と言葉に父親、碇ゲンドウとの深い溝を感じた。
(碇シンジって屈折してるなー。まあ、他人事じゃないか。ビッグファイアだって、バビルの後継者っていう肩書きだけの存在だし、しかも仮免ときてる)
 碇シンジとビッグファイア。誰からも自分を認めてもらえない、同じ業を背負うカードの表と裏。超能力を得ても、本質は変わらない。

 シンジが納得したことで、初号機の起動シーケンスが進められた。
 だが、ある手順まで進んだところで、エラーが発生する。
「A10神経接続、失敗!?」
「そんな、どうして?」
 発令所内は騒然となった。それだけではなく、シンジのほうも無事ではない。
「ぐ、ぐぐっ、うああぁぁっっ!」
 シンジは頭をかかえて、苦痛にのたうちまわった後、意識を失う。
(なっなに? 神経接続だって? 精神障壁がなかったら、脳が黒焦げになってたよ!)
 超能力を持たない一般人であれば、問題はなかっただろう。しかし超能力者にとって、神経接続は鼓膜が破れるような轟音に等しかった。


 気絶したシンジが目覚めたところで、再接続が行われた。
 最初は不意を食らってしまったが、来るとわかっていれば耐えられる。少年は神経接続をなんとか乗り切った。
「A10神経、再接続。成功です。数値に異常なし」
「そう、起動シーケンス再開! もう使徒は、そこまで来てるわ。急いでね」
「なんだったの、今のは?」
 状況がわからず、ミサトがリツコにたずねる。
「……わからないわ。初号機が起動するのは、これがはじめて。何が起きても不思議じゃない」
 皆の不安をよそに、起動シーケンスは問題なく進む。
「シンクロ率20.6%」
「プラグスーツの補助が欲しいところだけど、贅沢言っても始まらないわ。これならなんとか起動はできるわね……いけるわ」
 リツコはミサトのほうを振り返って、パイロットの準備ができたことを伝えた。
「初号機、発進準備!」
 タラップが移動し、初号機を固定していた拘束具が次々解除されていく。
 初号機は射出口へ移動し、発進準備が完了した。

「よろしいですね」
 ミサトがゲンドウに問う。
「無論だ。使徒を倒さぬ限り、我々に未来はない」
「……まこと、それで良いかな? あの小僧、おぬしの息子らしいが、超能力を持っておるぞ。BF団のエージェントやもしれぬ」
 背後にいた無明幻妖斉が、ゲンドウに問う。
「ふっ、問題ない」
 無明幻妖斉の問いをゲンドウは一笑に付す。
「なんじゃと?」
「エヴァを起動できるなら、超能力者だろうとスパイだろうと、かまいはしない」
「ほう、おぬしがそういうなら、これ以上は問うまい……そうやって切り捨てたものに、足をすくわれぬよう用心することじゃ」
 そういって無明幻妖斉は後ろに下がる。
「使徒とやらが、この地下都市に侵入するようなら、ワシを呼べ。呪いの力を見せてやろう」
 その言葉を残して、無明幻妖斉は発令所から立ち去った。

「発進!」
 ミサトの掛け声とともに、初号機が地上へと射出される。設定されたルートを通って、初号機は使徒の目の前に姿を現した。
「シンジくん、死なないで……」



[34919] 第三話:初号機、会敵
Name: FLACK◆6f71cdae ID:a99c6f63
Date: 2012/09/15 18:45
 碇シンジを乗せた初号機は、地上へと射出され使徒の目の前にあらわれる。
「いいわね、シンジくん」
「……はい」
 いやだ、と反射的に言いそうになるが、シャレにならないのでやめておいた。
「最終安全装置解除!」
 この声で、初号機は完全に自由になる。

「まずは歩くことだけ考えて」
「はあ、歩く……」
 初号機が右足を踏み出す。
「歩いた!」
「なにこれ、 にぶっ!!」
 発令所では歓声が上がったが、シンジはあまりの反応の悪さに驚いた。
 まるで足の指で箸を持って米粒を摘もうとするような、とんでもなくじれったい感触がする。

(こんなので格闘戦をやれって? なんだか気が遠くなってくるな……)

 動きが鈍いのはシンクロ率が低いためなのだが、事情を知らないビッグファイア(と碇シンジ)にはエヴァがポンコツだからとしか考えられない。
「……逃げようかな」
 このままでは、嬲り殺しになる。そう確信したシンジは、すっかりやる気をなくした。
 だがシンジが躊躇する間にも、使徒はエヴァに接近してくる。

「気をつけてシンジくん、もう使徒は目の前よ!」
「あ~、そうですねぇ、困りましたねぇ。どうしましょうかぁ」
 シンジの声は、まるでしぼんだ風船のようだった。
「ふざけないで! まじめにやる気はあるの!?」
 ミサトは怒り心頭に発してしまう。
「うーん、どっちかというと、ないです。ああ、つい本音が口をついて……」
 しかし、シンジはへたれたままだった。

 士気ゼロになったシンジだが、使徒はお構いなくやってくる。
 一歩足を踏み出したまま固まっている、エヴァの頭部を鷲掴みにした。
「! ちょちょっと!? なんで僕の頭に掴まれる感触が!!」

(フィードバック付の思考制御なのか!……最悪だ)

「避けて! シンジ君!」
「はあ!?」
 頭を掴まれているのに『振りほどいて』でも『逃げて』でもない。一体何を避ければいいんだ?
 シンジが思わず迷ったそのとき、使徒の手のひらが光を放つ。
「え?」
 驚くシンジの右目に衝撃が走った。
「あだーっ!! パ、パイルバンカー?」
「落ち着いてシンジ君! あなたの頭が掴まれているわけじゃないわ!」
「痛みがあるなら一緒じゃないか! くそっ、はなせってば!」
 シンジが叫んだ瞬間、使徒が見えない壁にあたったようにのけぞる。初号機の頭から使徒の手が外れた。

「これは!」
「マヤ、今のはひょっとして」
「瞬間的ですが、間違いありません。初号機のATフィールドです!」
 発令所のオペレータ伊吹マヤがコンソールを見ながら、リツコとミサトに告げた。

(ATフィールド……? それって使徒が持ってるバリアじゃなかったっけ。なんでこのロボットが使えるんだ?)
 ビッグファイアの疑問はかなり核心をついたものだったが、このときはただの疑問で終わってしまう。
 ちなみにロボットじゃなくて人造人間なんだが、ビッグファイアはロボットと思い込んでいた。

「これなら! いける!!」
 勢いづく発令所の面々。

「今がチャンスだ! 撤退っ!」
 後ろを向いて逃げ出そうとするシンジ。

 大人たちと少年の間には、埋めがたい溝があるようだった。


 逃走を開始した初号機だが、数歩走ったところで足をもつれさせて転倒してしまう。
「あいたっ! だめだ、反応が鈍すぎるよ……あ、あれ!?」
 うつぶせに倒れた状態から、顔だけ上げたシンジは気づいた。
「なんで、子供がこんなところに?」
 歩道に倒れている子供の姿が、アップになって映し出される。

(自分だって子供だろ。って突っ込んでる場合じゃないな。このままじゃ、あの子は確実に死ぬ……しょうがないな)
 ビッグファイアは、神経接続を正常にするために封印していた超能力を使う決心をした。
(僕みたいなヘタレが、目の前で人死にを見るのに、耐えられるわけないんだ)
 破壊活動、殺戮上等のBF団のボスになったとき、少年がどうにか命令を徹底させたことはこの2つ。

・仲間を決して見捨てないこと
・一般人に被害を出さないこと

 少年は、これで正体がバレてしまうことを覚悟しながら、ビッグファイアの人格を表に出す。

「……」
 ビッグファイアはシートのレバーを握って、目を閉じた。
「シンジくん、何をしているの!?」
 ミサトが何か言っているが聞こえなかったことにする。
 サイコメトリを発動させて、レバーを使った基本的な操縦方法を、手で触れただけで読み取った。

「なんだ? これって、ものすごく忌まわしい感触がするな」
 サイコメトリは、触れたものから情報を得る超能力だが、無制限に情報を引き出そうとすると人間の脳の限界を超えてしまう恐れがあった。
「……気になるけど、今はそれどころじゃない」
 このときも外に出るために必要な情報のみ取り出して、後は捨ててしまう。ビッグファイアは未だエヴァンゲリオンの本質には触れていなかった。

「これか」
 レバーのボタンを操作して、エントリープラグを半分だけ外に出す。
 エントリープラグのハッチを開いた。LCLが流れ出すのを無視して、ビッグファイアは外に飛び出す。
 初号機のエントリープラグがある首の後ろから、頭部、子供のいる道路までひょいひょいと跳んでいった。

「あ、危ないじゃない! 使徒の目の前で、エヴァから降りるなんて!」
 ミサトがあわてて叫ぶ。
「あの運動能力は一体!?」
 リツコは人間離れした跳躍に目を見張っていた。

「大丈夫かな?」
 少年は、倒れている子供を抱えあげる。どうやら小学生の女の子のようだ。
「さて、後はここから逃げ出せば……え!?」
 少年が逃走しようと使徒に背中を向けたそのとき、空から巨大な何かが降ってくる。


――それは人型というにはあまりにも大きすぎた。大きく、ぶ厚く、重く、そして大雑把すぎた。それはまさに鉄塊だった。


 巨大な影が空から降ってくる。
 轟音とともにあらわれたそれは、巨大な鉄の塊だった。

「このかたまりは! まさか!」
 落下の衝撃から女の子をかばいながら、少年はどこか見覚えのある鉄塊を凝視する。

 巨大な鉄塊が、ゆっくりと立ち上がる。
 徐々に伸びていく影に、使徒の姿が隠れていく。

「あれは、まさか……ジャイアントロボ!」
「そして、手の上に乗っている、あれが操縦者、草間大作!」
「国際警察機構、北京支部のロボットがなぜここに!?」
 騒然となる発令所。

「落ち着きたまえ。あれは、私が呼んだのだ」
 けして大きくはないが、よくひびく声が発令所の動揺を制する。
「副司令!?」
 ネルフ副司令、冬月コウゾウが発令所の上部から皆に話しかける。
「使えるエヴァは一機のみ。正規のパイロットは出撃できず、何も知らぬ民間人を乗せるしかない。
 この状況、援軍を頼めるなら、どこからでもかまわんと考えてな。まさかこの戦いに間に合うとは思っていなかったが」


「じ、じじじGR1!? すると草間大作の後ろにいる男は……やっぱり、神行太保・戴宗!」
 少年は、がたがたと震えだした。
「九大天王が二人……あ、あはは、もうだめだ、おしまいだ。僕の命は風前の灯。皆さんさよーならー……」



[34919] 第四話:GRvs使徒
Name: FLACK◆6f71cdae ID:a99c6f63
Date: 2012/10/13 18:41
「冬月、あれはどういうことだ」
 碇ゲンドウが押し殺した声で、冬月に問う。
「今話した通りだよ。初号機の覚醒が狙いとはいえ、使徒にサードインパクトを起こさせては本末転倒だろう」
「……」
「それに、いくら地上最強のジャイアントロボとはいえ、単独で使徒を倒すのは不可能だ。援軍としてちょうどいいと思わんか?」

「ジャイアントロボ、使徒に向かっていきます」
「シンジ君! 早くエヴァに戻って!」
 ミサトがシンジに呼びかける。
「無駄よ。こちらの声はシンジ君には聞こえないわ。プラグスーツでも着てれば話は別だけど」
 発令所から初号機への通信は、エントリープラグに送られる。降りてしまったシンジ(ビッグファイア)に聞こえるはずはなかった。

「お、落ち着け、僕……使徒がジャイアントロボを相手にしているうちに、逃げだすんだ!」
 そのころ少年は、やっぱり逃げる算段をしていた。
「……う、ううん」
 抱きかかえていた女の子が目を覚ます。
「あ、気がついた?」
「え……ええっ!? ここどこ? あんた誰や?」
 女の子は混乱しているようだ。
「うーん、ここは戦場、かな。僕は碇シンジ。よろしくね」
 少年は女の子の問いに、律儀に答えた。
「戦場て……な、なんやあれ!?」
 女の子が、使徒たちを見つけて絶句する。
「そこに倒れてるのが、ネルフの秘密兵器。立ってるのはジャイアントロボと使徒……怪獣だね。まあ、怪獣大決戦と思っていればいいよ」
「わけわからんわ……」
 女の子は頭を抱えた。無理もないけど。

 少年と女の子が、どこか間の抜けた会話をしていたころ、
「行け、ロボ! そいつを捕まえろ!」
 ジャイアントロボは行動を開始していた。
 戴宗が大作を抱えて、近くのビルの屋上に飛び移る。
 両手が自由になったジャイアントロボは、全力で使徒を押さえ込もうとした。
 だが、ロボの腕は使徒に近づいたところで、見えない壁に当たったように弾かれる。
「これが! ATフィールド!?」

「使徒のATフィールドです!」
「やっぱり。ジャイアントロボだけでは、使徒を倒せない!」
 発令所で失望の声が上がる。

 だがジャイアントロボは、草間大作は、あきらめはしなかった。
「まだだっ、ひるむなロボ!」
――Goooo!
 大作の声にジャイアントロボが応える。
 再びロボが挑みかかる。
 ロボの腕はやはり使徒のATフィールドに阻まれるが、今度は弾かれなかった。
 ロボの両手とATフィールドが激しくせめぎあう。ATフィールドが光る壁となって、目にもはっきり見えるようになった。

「なんだ? ロボが歪んで見える?」
 少年からは、ジャイアントロボの姿が崩れたように見えた。

「これは、まさか!」
「使徒のATフィールドが湾曲しています! 信じられない……」
「ATフィールドが歪むなんて、なんてパワーなの!」

 だが、さすがのジャイアントロボでもATフィールドを破ることはできなかった。
「パワーだけじゃ押し切れないか。それならっ、ロボ! 全砲塔、全ミサイル発……」
「こらっ」
 ゴンッ! と戴宗が大作の頭を叩く。
「な、何するんですか、戴宗さん」
「あわてるんじゃねえよ。向こうを見てみな」
 戴宗が指差した先には、少年と抱えられた女の子がいた。
「ええっ! 避難は完了してるんじゃ……」
「逃げ遅れたか、物見遊山か……大作! あの二人は俺が安全なところまで運んでやる。使徒とやらに飽和攻撃を仕掛けるのはその後だ」
 噴射拳の使い手、人間ロケットの戴宗ならば、それも難しいことではないのだろう。
「わかりました。戴宗さん!」
「おう! そいじゃいっちょ……おんやぁ?」
 戴宗が飛び出そうとしたとき、立ったまま動かなかった使徒が突如歩き始めた。

「なんや、あの怪獣こっち来よんで」
 使徒は、ジャイアントロボに背を向けて、少年とエヴァのいる方向に向けて歩き出す。
「だ、大丈夫。怪獣は倒れてるロボットに用があるんだよ。きっと」
 だが、そう言ってる間にも使徒はエヴァをまたいで、少年たちにその虚ろな眼を向けた。
「うわあ、こっち! こっち見てるがな!」
「僕たちを標的に? どうして!?」
 少年が使徒の眼を見上げたその瞬間、使徒の眼に光が灯る。
「わああああぁぁっ!」
「まずい!」
 少年が、バリアを展開したのと同時に、使徒の光線が放たれる。
 光線はかろうじて、バリアによって防がれていた。
「くっ、どうして? 力が出ない!?」
 ビッグファイアの作り出したバリアならば、この程度の光線は防ぐことが出きるはずだった。
 しかし、今バリアは二人を包んでいるが、光線の熱を完全に遮断してくれない。バリアの中で二人は蒸し焼きになろうとしていた。
「ああ、熱い……ウチ、ここで死ぬんやろか……?」
「そんなこと言わないで! がんばって!」
「ごめん……もう熱うておかしなる……」
 そういって、女の子は再び意識を失う。
「だめだ! このまま死なせるなんて、絶対にいやだ!!」
 少年が叫んだ瞬間、倒れたままの初号機の目が再び光を宿す。
 振り上げた腕が使徒の足首を掴み、引きずった。
 完全な不意打ちに、使徒は転倒してしまう。

「エヴァが再起動を?」
「そんな、誰も乗っていないのに」
「まさか、暴走?」
「いえっ、これは……初号機とパイロットのシンクロが切れていません! シンクロ率30.9%!」
「あの状態でシンクロしたままだというの!?」

「助かった、のか?」
 少年は呆然と倒れた使徒を見ていた。
「ほう、お前さん超能力者だったのか。あいつの光線に耐えるなんて、ずいぶんと強力なバリアを持ってるじゃねえか」
 いつの間にか、戴宗が二人のそばにいる。
「……! ええと、あ、あなたは?」
 少年は白々しく聞いた。もしここで正体がばれたら、瞬殺される。背中にダラダラと冷や汗が流れた。
「国際警察機構のエキスパート、戴宗だ。以後よろしくお見知りおきを、ってな」
「は、ははははいっ! ぼ、僕は碇シンジです……それ以外の何者でもありませんっ!」
 少年は緊張しすぎて、自分が妙なことを口走ってるのにも気づかない。
「ああ? お前さんたち、どういうつもりか知らねえが、ここは戦場だ。丸腰の一般市民には、退場してもらわないとな」
「……そっそれなら、この子をお願いします」
 そういって、少年は気を失った女の子を戴宗に預けた。
「おおっと、お前さんはいいのかい?」
「う、えーと、僕も本当は逃げたいんですけど。あの使徒、僕を狙っているみたいで……」
 少年は倒れている使徒を指差した。使徒はいまだに少年たちのほうに顔を向けている。
「みてえだな。使徒に恨まれる覚えはあるのかい?」
「いや、ありませんよ、そんな覚え」
 あるとすれば、初号機に乗って使徒と向き合ったぐらいか。戦った、とはとても言えないが。

 そうやって、どこか間の抜けた会話していると、それを見ていた使徒の眼が光る。
「おっと、こいつはまずい」
「やっぱり、来たぁ!」
 少年と戴宗が、左右に分かれて跳躍する。使徒の光線で道路に巨大な穴が開いた。
「おーい、シンジィー! この子の事は俺に任せろ。お前はお前のできることをするんだ!」
「わかってます!」
 前にも後ろにも逃げ道なんてないんだ。いつものことじゃないか。

「戦う、しかない」
 少年はこのとき初めて、戦う決心をした。



[34919] 第五話:使徒殲滅
Name: FLACK◆6f71cdae ID:1514ca7b
Date: 2012/11/03 19:54
 戦う決意をしたビッグファイアだが、
「とはいっても生身じゃ無理があるよな。やっぱり初号機に乗るしかないか」
 少年から見て初号機は使徒の後ろにいた。簡単にはたどり着けそうにない。
「こういうときは、ええっと……な、何も思いつかないよ!?」
 強力な超能力を持っていても、使い方を知らない。ビッグファイアの弱点が、少年を窮地に立たせていた。

 少年がまごまごしているうちに、使徒は初号機の手を振り解いて立ち上がる。
 立ち上がった使徒が初号機の頭を踏みつけた。その瞬間、少年の頭に衝撃が走り思わず倒れてしまった。
「いたた!? これって初号機の感覚?」

 少年に向かって、使徒の腕が伸びる。
「くっ、集中できない!」
 少年は大きく跳躍した。かろうじて、使徒の腕から逃れる。
 超能力を使おうにも、初号機と感覚を同調しているせいで、精神が集中できない。
 バリアが完全じゃなかったのも、このせいだろう。
 超能力を使えない少年は、並外れた身体能力だけで、使徒の手から逃れ続けていた。
「このままじゃジリ貧だよ。どうしようか……」

 そのとき、使徒の背中で何かが爆発した。
「お前の相手はロボだ!」
 草間大作の声とともに、ジャイアントロボの肩からミサイルが次々と発射される。
「ええ!? ちょっと、ちょっと待って!」
 少年が慌てて使徒から離れようとした。
 使徒はダメージを受けたようには見えなかったが、ゆっくりとジャイアントロボの方に向きを変える。

「かまうことはねえ。どんどんぶっ放せ!」
「本当にいいんですか?」
 草間大作はロボに攻撃を指示しながらも、女の子を抱えた戴宗に問いただす。
「ああ、あいつは使徒の光線喰らっても平気な顔をしてる超能力者だ。気にすることはねえ」

「僕が超能力者とわかったからって、無茶するなあ」
 少年は使徒から遠ざかって、ようやく一息つけるようになった。
 しかしそれは、初号機からも遠ざかったということだ。事態が好転しているとは言い難い。
「うーん、今のままじゃ超能力が使えないし、初号機と同調してるのをどうにかしないと……ん? まてよ」
 何か閃いたのか、少年は地面にひざをついて、のばした両腕を交差させた。目を閉じて精神を集中させる。

「くっ、私たちここで見ていることしか、できないっていうの?」
「仕方ないわ。初号機があの状態じゃどうしようも……」
 発令所からは絶望的な声が上がる。
「だからって、このままでいいわけないじゃない! ジャイアントロボの攻撃に合わせて、兵装ビルでの攻撃を開始して! 飽和攻撃で使徒のATフィールドを突破します!」
 初号機での使徒殲滅は無理と判断したミサトが指示を出す。N2爆雷ですら倒しきれなかった使徒にたいして、それがどの程度通用するか分からないのだが、ミサトたちはジャイアントロボのパワーに賭けてみるしかなかった。
「待ってください! 初号機のシンクロ率が上がっていきます……40、50、今60%を超えました! 止まりません!」
「何ですって!?」
「こちらからの遠隔操作でシンクロカットを!」
 リツコが急ぎ指示を出す。
「はっはいっ……ダメです! コマンド受け付けません!」
「そんな、一体何が起きているの?」

(初号機の感覚が僕に届くなら、僕の意識を向こうに送ることも……さあ、起きろ初号機!)
 少年の意志を受けて、初号機の目が光を宿す。初号機はゆっくりと立ち上がった。
(うわあ、目線が高い)
 少年には初号機が自分の手足になったように感じられる。自分の手元を確認すると目に見えるのは初号機の紫の手だ。何となく握ったり開いたりしてみる。先刻操縦していたときのような鈍さは感じられない。
(よし、これなら戦える)
 そう考えて少年、初号機は使徒の方へ向かった。

「シンクロ率92.7%で安定しました。初号機再起動」
「……暴走、ではないの?」
 ミサトの問いに、リツコは首を横に振った。
「遠隔シンクロ……信じられないけど、そう考えるしかないわ」
「じゃあ、今初号機を動かしているのは、シンジくんなの?」
 驚いたミサトがリツコに問い詰める。
「碇シンジとしての意識がどのくらい残っているかわからないけど、多分間違いないでしょうね」

 再起動した初号機は背後から使徒に掴みかかろうとする。しかし、ATフィールドに阻まれた。
(ATフィールド! でも同じ力で中和できるはず。さっきの感覚を思い出せば……)
 掴みかかる初号機の指先から、かすかな光の渦が出てくる。使徒のATフィールドにゆらぎが生じた。

「初号機のATフィールドが使徒のATフィールドを中和して行きます」
「うまいわシンジ君!」
「初号機との通信は回復したの?」
 事態の好転を感じてミサトはマヤに問う。
「いえ、こちらからのシグナルに応答はありません」
「そう、やっぱり見ているしかないのね……」
 ミサトはがっくりと肩を落とした。
「いえ、そうでもないわ。兵装ビルの攻撃準備を! 草間大作君とも連絡をとって!」
「リツコ?」
 次々に指示を出したリツコがミサトに向き直る。
「ATフィールドさえ中和できれば、通常兵器が通用するようになる。ジャイアントロボのパワーと兵装ビルの火力があれば、使徒の殲滅が可能になるはずよ」
「!」
 落ち込んでいたミサトの目に輝きが戻った。

 使徒のATフィールドを中和した初号機の腕が背後から、使徒の両腕をつかんだ。
 もがく使徒を力ずくで強引に抑えこむ。
(よし、これでパイルバンカーは抑えた)
 使徒には両目からの光線もあるのだが、
(そっちは、正面のGR1に任せちゃおう。たしかGR1はバリアも持ってたはずだし)
 少年はかなり適当に考えていた。

 ジャイアントロボも、使徒のATフィールドが消失したタイミングで、使徒に掴みかかる。
『草間大作くん、ATフィールドが中和されてる今なら、攻撃が通じるわ。ジャイアントロボのパワーを見せて!』
「はいっ! 行け、ロボ!」
――Goooo!
 ジャイアントロボの手が使徒の仮面のような顔を掴んだ。ビシリ! と大きな音がして、使徒の顔が握り潰される。

「なんてパワー!」
「地上最強と言われるだけはあるわね」
 発令所から感嘆の声が上がった。

 これで使徒の光線と、光の槍は封じられた。ビッグファイア、草間大作、発令所の皆が勝利を確信する。
 兵装ビルからも、次々と攻撃が加えられた。
 これで使徒は殲滅されるかと思ったとき、事態は一変する。

 使徒の肘が突然逆方向に曲がった。背後にいた初号機の腕をつかんで、光の槍を突き立てる。
(ぐわああああっ! こんな無茶苦茶な!?)
 少年が声にならない悲鳴を上げる。高いシンクロ率は、初号機のダメージをそのまま少年に伝えていた。
 だが、それだけでは済まない。使徒の背中が膨れ上がったかと思うと、潰されたはずの仮面のような顔が現れた。
 眼孔から発射される光線が初号機を灼く。そればかりか初号機の背後のビルが次々と破壊されていった。

(あああああぁぁぁっ! 痛い痛い痛いっ!!)
 初号機は痛みにのたうちまわる。ATフィールドが中和されていたことで、使徒からの攻撃をまともに受けることになってしまっていた。

「なんてインチキ!」
「ここまででたらめとはね」
 発令所からは半ば呆れたような声が上がる。正体不明の存在とはいえ、ここまでとは誰も思わなかった。

(い、痛いけど、今はそれどころじゃ……え?)
 痛みをこらえて、初号機が起き上がり使徒の顔を再び見たとき、少年の心に異変が起こった。

(……コロス、タオス……)
 どこからか沸き上がってくる、強烈な憎悪と殺意。
 初号機の顎の装甲が外れて、大きく口を開ける。巨大な咆哮が初号機の口から吐き出された。
 初号機は光の槍に貫かれたままの腕で、使徒の顔を殴りつける。腕の傷口から大量の血が飛び散るが、まるで意に介さず殴り続けた。

(な、なんだよこれ!? 自分をコントロールできない!)
 少年の意識の冷静な部分が悲鳴を上げる。それでも自分の心を取り戻すことは出来なかった。

「これって暴走じゃ?」
「シンクロ率、ハーモニクス共に正常です。どうしてこんなこと……」
「初号機というより、シンジ君の意識が暴走しているのではないかしら……遠隔シンクロの影響か何か、理由はわからないけれど」
「ジャイアントロボを下がらせて! 巻き添えを食うわよ!」

 ミサトが草間大作に連絡を取る間にも、初号機は使徒を蹂躙していく。
 初号機の拳が使徒の背中を貫いて、使徒の赤いコアを直撃した。
(GYAOOOooo!!)
 使徒が声にならない悲鳴を上げる。
 度重なる初号機の攻撃でコアにヒビが入った。すると使徒が突然、手足すべてを使って初号機に抱きつく。
「! まさか、自爆する気!?」

 使徒が一回り大きく膨れ上がる。赤いコアが砕けた瞬間、大爆発を起こした。

「うわあああっ!」
「大丈夫か、大作!」
 草間大作と戴宗と少女は、戴宗のバリアと後退したジャイアントロボのバリアの二重の守りで、無傷で済む。

「初号機は……?」
 爆発のノイズから回復したモニタには、焼かれながらも無事な初号機のシルエットが映っていた。

(い、今のは本当にやばかった)
 コアが砕けた瞬間使徒のATフィールドが消失したのだ。互いのATフィールドを中和したままだったら、初号機も無事では済まなかったろう。

(あれ、さっきまでの衝動が消えてる。使徒を倒したからかな?)
 正気を取り戻した少年は、ふと後ろを振り返った。
(……え?)

 そこにはビルの瓦礫に潰されて、血の水たまりを作って死んでいる少年の姿があった。
(え?……ええーっ!?)
 そこで、少年の意識は暗転し、何もわからなくなった。



[34919] 第六話:第二の使徒
Name: FLACK◆6f71cdae ID:1514ca7b
Date: 2012/12/01 23:49
(2015年8月某日夜、僕は死んだ……)
……なんて言って始まる劇場アニメがあったっけ。楽しい劇場アニメ「となりのト□□」を見に行ったはずの子供たちを、恐怖のどん底にたたき落としたっていう伝説の。
 あの主人公も14歳だったよな。同じ年で死んだのか……

(というか、意識がある? どうして?)
 死んでしまったはずなのに、まだ意識が残っていることを自覚したビッグファイアは、ゆっくりと目を開く。

 すると、目の前に真っ赤な球体があった。
(!?)
 気がつくと、少年はまだ初号機のまま、赤い球体を持った何かに押し倒された状態になっている。
(な、何がなんだか……とにかく、気持ち悪いっ!)
 少年は初号機の足を使って、のしかかっているものを蹴り飛ばした。
(……どうなってるの?)
 ゆっくりと体を起こして、あたりを見渡す。
 場所は同じ第3新東京市のようだ。だが、夜だったはずが青空になっている。
 蹴り飛ばしたものを見ると、さっきまで戦っていた使徒とは似ても似つかない、イカのような形をしていた。
(新しい使徒……かな? 赤いコアがあるし)
 共通点は体の中央に赤い球体を持っていることだが、敵と思えばいいのか、少年にはその点からわからない。
(話が見えないけど、戦う……でいいのかな?)

 少年が躊躇していると、使徒が二本の光る紐をムチのようにしならせて、襲いかかってきた。
(!)
 少年は反射的に防御しようと手をかざす。光るムチはその手に届く寸前で見えない壁、初号機のATフィールドに弾かれた。
(た、助かった……やっぱり敵か。敵……?)
 ドクン、と少年の心が大きく波打つ。
(まずい! この感覚は!)
 さっきと同じ、強烈な憎悪と殺意が沸き上がってきた。いつの間にか閉じられていた顎の装甲が再び外れて、またも巨大な咆哮を上げる。
 暴走する心は、初号機を使徒に向かってダッシュさせた。
(わあああ! 止まれ、止まれっ!)
 少年は必死に念じる。
 すると、初号機はダッシュしたまま突然動きを止めた。走りだした勢いが止まらず、そのまま使徒に衝突する。
 そして使徒もろとも、ゴロゴロと転がり始めた。
(め、目が回る~!?)
 そのまま1キロ近く転がり続けて、ようやく停止する。今度は初号機が使徒を押し倒す形になった。

(よかった。なんとか制御できたか)
 我にかえった少年は、ようやくこの憎悪の正体を知る。
(葛城ミサトの深層意識。サイコメトリで、使徒への憎悪まで取り込んでしまったのか)
 テレパシーやサイコメトリなど、精神感応能力が諸刃の刃であることを、少年は思い知った。
(一種の精神汚染だ、気を付けないと。使い方を知らないのに、一つ一つの能力はレベル高いからなあ)
 BF団本部で超能力を訓練していた時も、能力に振り回されっぱなしだったのだ。

(とにかく、落ち着いて状況把握……って、またあっ!?)
 少年があたりを見渡すと、ちょうど手元に学生らしい二人組が腰を抜かしているのが見える。
(また民間人! どうなってるの第3新東京市(ここ)の避難体制は!? いや、人のことは言えないか)
 この街に到着したとき、非常事態宣言を無視して、使徒に踏んづけられそうになったのは自分だ。ちょっと反省。

 少年が身動きを取れずにいると、使徒の光るムチが唸りをあげ、初号機の腹部を貫く。
(ぐうっ! 痛っ! ……しょうがない、覚悟を決めろ、僕。後方に人の気配なし! どぉっせいっ!!)
 初号機は腹を貫かれているのを無視し、使徒の赤いコアを両手でつかんで、思いっきり後方に投げ飛ばした。
(とにかく戦場を移さないと。無事かなあの二人)
 見ると、使徒を投げ飛ばした時の衝撃で、二人共吹き飛ばされていた。手足がぴくぴく痙攣しているところを見ると、とりあえず生きてはいるのだろう。
(まあ、骨折ぐらいは勘弁してもらおう、そこまで責任持てないから)
 二度目だからか、対象が男だからなのか、少年は薄情なことを考えていた。
(『戦場に観覧席はない』ってグリフィスも言ってたし)
 何かマニアックなマンガのセリフを思い出しながら、少年は初号機をその場所から投げ飛ばした使徒の方へと向かわせた。

 ひっくり返った民間人二人を置いて、初号機と使徒が対峙する。
(え~と、このまま逃げる、ってわけにはいかないよね、多分)
 しかし、少年に戦う意志はあまりなかった。出来る事なら逃げてしまいたいのだが、
(逃げるって言っても僕の身体は死んじゃったし、初号機のままじゃBF団に帰るわけにもいかないよ、トホホ……)
 実戦(殺し合い)を目の前にして、少年は現実逃避していた。

 そんなやる気のない初号機に、使徒は遠慮なく攻撃を仕掛けてくる。光るムチを初号機の腹部から引きぬいて、首と腕に巻きつけた。初号機がズルズルと引きずられていく。
(くそっ、放せってば!)
 初号機がATフィールドを展開した。光るムチの動きが止まる。
 しかし次の瞬間、使徒のATフィールドがそれを打ち消した。
(使徒が、初号機のバリアを中和した!?)
 再び引きずられて、使徒の赤いコアと初号機の胸が触れ合いそうなくらい接近する。

(これはまずい、まずいよ!)
 何をされるかわからないが、使徒が初号機をここまで接近させたのは、何らかの攻撃をするためとしか考えられない。
 少年の悪い予感は当たった。使徒の光るムチに幾筋もの黒い線が走ったかと思うと、ムチがほどけて無数の触手になった。またたく間に初号機が触手に覆われる。
(い、息が苦しいっ!)
 エヴァンゲリオンが呼吸するのかどうかはわからないが、少年が最初に感じたのは窒息のイメージだった。
 だが、呼吸だけでは済まない。顔や喉だけでなく、触手が体中を締め上げる。装甲が歪み、骨格が軋んだ。

(くあああぁぁっ! このままじゃ、もうダメか……)
「いや! それでいいっ!!」
 少年が諦めかけたその時、それを遮る声が上がった。
 初号機に衝撃が走り、触手がすべて切断される。初号機と使徒は左右に分かれてゆっくりと倒れこんだ。
(これは、衝撃波! でもこのしびれるような感覚は、電撃か。するとこの人は)
 噴射拳の使い手、人間発電機、神行太保・戴宗がそこにいた。

「よおしっ! そのままバリアを中和してろ……出番だぞ、大作!」
「はいっ!」
 掛け声と共に、ジャイアントロボがリフトから地上に現れる。
(あれ? GR1傷だらけじゃないか。何があったんだろ)
 ジャイアントロボは、左腕がなくなっており、体中にへこみや傷がいくつも付いている。関節などに巨大な包帯が巻かれているのは、人工筋肉の修復のためだろうか。

「ロボ、辛いだろうけど、今は動かなきゃいけない時なんだ……行くんだ! ロボ!!」
――Goooo!
 草間大作の悲痛な声を受けて、ジャイアントロボが動き出す。
 肩や胴体からミサイルを次々発射しながら、使徒に向かって前進していく。それと同時に、第3新東京市の兵装ビルからも攻撃が加えられた。

(わわ、怖っ!)
 ミサイルの爆発による衝撃波と爆風にさらされた初号機は、思わず後ずさりしようとしたが、
「逃げるなっ! バリアを中和しろって言っただろ!」
 戴宗に引き止められた。
(そんな、殺生なぁ~)
 豆粒のような人間(戴宗)に叱咤される巨人(初号機)。かなり情けない構図だ。

 やがて、ミサイルの爆発音と銃撃が止む。ATフィールドを中和され一斉攻撃を受けた使徒はボロボロになっていた。
 使徒の目の前まで迫ったジャイアントロボの右腕が振り上がり、そして振り下ろす。使徒の赤いコアが粉々に砕け散った。

 こうして二度目の使徒迎撃戦は終了した。

(さて、これからどうしよう?)
 少年の頭には何も名案は思いつかない。途方にくれるしかなかった。



[34919] 第七話:そのころBF団では
Name: FLACK◆6f71cdae ID:1514ca7b
Date: 2012/12/29 18:44
(う~ん、う~ん。あ、そうだ!)
 悩み続けるビッグファイアだが、なにか思いついたようだ。
(BF団に連絡、全然入れてなかった……)
 くれぐれも定時連絡を欠かさないように、と釘を刺されていたはずが、ドタバタしていてさっぱり忘れていた。
 意識のなかった間、どれくらい時間が経ったかもわからない。少女に叱責されること間違いないと考えて、少年は心底うんざりした。
(とはいえ知らんぷりもできないし、しょうがない、覚悟を決めよう……朱里さ~ん、もしもし?)
 覚悟を決めた少年はテレパシーで少女の名を呼んだ。

『ビッグファイア様!? なんで生きてるんですか!?』
 テレパシーがつながって、第一声がこれだ。少年は思い切り落ち込んだ。
『あうう、生きててすいません……』
『そうじゃなくて、ビッグファイア様は最初の使徒の攻撃で亡くなったって報告が。瓦礫の下敷きになってる画像まであるんですよ。何がどうなってるんですか!?』
 少女が詰め寄ってくる心象風景が浮かぶ。テレパシーは言葉を交わすだけではなく、精神を触れ合わせるものなので実際に詰め寄られているのとかわらない。
『え、ええと、話せば長いことながら……』
 逃げ腰になりながら、少年は起こった出来事を報告した。

『は~、つまり、カッコつけて民間人を助けて、カッコつけて使徒と戦って、あげく本体である身体を潰されてしまったと』
『うっ、ええ、おおむねその通りです……』
 テレパシーでため息までつかれて、少年は精神的に身を縮める。
『何考えてんですか!? そもそも使徒が現れた時点で逃げれば良かったんです! いちいち敵対組織のやることに合わせる必要がどこにあるんですか!』
『す、すみません……』
『謝って済む問題じゃありません! 大体、あなたは自分の価値をわかっておられない!』
『へ? 僕の価値って?』
 そんなものあったっけ。少年は本気でそう考えていた。
『……黄帝ライセ亡き今、人類側の継承者(サクセサー)はあなた一人なんです。そこの所きちんと自覚してください!』
『そうでした……』
 真の「塔の継承者」を除けば、継承者はもう自分しか居ない。自分に価値などないと思っていた少年はそのことをすっかり忘れていた。

『それにしてもGR1に九大天王が二人もいて、加勢なんてする必要がどこにあるんです?』
『そ、それはその、使徒は僕を標的にしてたし、超能力も使えなくなったんで仕方なく……』
 少年はブツブツと言い訳するが、
『全力で逃走すれば、戦域を離脱するくらいはできたはずでしょう? 使徒が追いかけてくるなら、それでも結構。BF団が本気になれば、使徒の一匹や二匹どうとでもなります!』
『……』
 少女にバッサリと断言される。少年は頷くしかなかった。 

『あ、そうだ。十傑集の皆さん、一時中断してください』
『ん? 何をしてるの?』
 十傑集の大半は今、ヨーロッパで作戦行動をしているはずなのに、なぜか本部に集合しているらしい。
『ビッグファイア様がお亡くなりになったので、次期首領を決めるためにジャンケンしてもらってました』
『じゃ……なんでジャンケンなの?』
 集まってジャンケンをする十傑集……シュールすぎる光景に、少年はめまいがした。
『力比べなんかされた日には、本部が壊滅しちゃいますから。私の権限でジャンケンで勝負してもらうことにしました』
『そ、そうですか』
 少年は無理やりでも納得するしかない。
『まあ、念動力で相手の手を操ろうとしたり、真空波でグーを真っ二つにしてチョキだと言い張ったり。かなり大人げない争いに発展してますが』

『何事だ、諸葛亮殿。たとえ貴殿でもこの勝負に水をさすことは許さ……む、この波動は!?』
『……まさか』
『生きておられたか』
 十傑集が次々とビッグファイアのテレパシーを感じて、その手を止めた。
『あ~あ』
『うわ、すごいガッカリしたってイメージが……いいんだいいんだ、どうせ僕なんて……』
『そ、そのようなことはありませんぞ』
『ご、ご無事で何より』
『いいよ、テレパシーでおべっかなんて、意味ないんだから』
 十傑集の本音を覗いて、少年はすっかりいじけてしまう。
『いじけてる場合じゃありません。立ち直ってもらわなければ困ります。たとえ身体をなくして、エヴァンゲリオンとやらに残された残留思念だけしかないとしても、我々はあなたを首領(ボス)と仰ぐしかないんです』
『う、ううん……そうなんだけど』
 あんまり励まされてるような気がしない。少年のやる気はそれほど引き出せなかった。

『とりあえず、そうですね、超能力は使えますか?』
『ん、どうだろ? テレパシーはこうして使えてるよね』
『発火能力(パイロキネシス)はどうです?』
『えーと』
 初号機のそばにあるビルを睨む。しばらくすると、天をつくような巨大な火柱が上がった。
『う、うわっ! っちょっと、制御に問題有り!』
『こちらの偵察衛星からも見えました。やりすぎです』
 突然の怪現象にネルフの発令所は大騒ぎになっている。このとき、ジャイアントロボと戴宗が戦闘態勢に入ったのだが、少年は目の前の火をどうにかすることに意識を取られていた。

『ふう、なんとか収まったか。次はどうしよう……って、GR1が向かってくる!』
『ネルフと草間大作の間に盛んに通信が行われています。エヴァンゲリオンが暴走してると判断されたようですね』
『冷静になってないで、何とかしてよ!』
 どこまでも沈着冷静な軍師に、少年はついに泣きついてしまう。
『その程度自分で何とかしてください。念動力(サイコキネシス)はどうです?』
『そ、そっか。うーむ』
 少年は意識を集中する。初号機に向かってくるジャイアントロボの足が滑り始めた。ゆっくりと巨体が宙に浮いていく。
『これも、力の加減が難しいな……ああっ、やりすぎ!』
 ジャイアントロボの装甲にベコベコとへこみができる。巨大な手足をばたつかせながら、上下に激しく揺れて全く安定しなかった。
『GR1は重量1500トン、今片腕がないとはいえ、1000トンをはるかに超える重量を持ち上げるなんて……むしろパワーアップしてませんか?』
『かもしれない。よっぽど気を付けないと、って今度は戴宗さんが来た!』

 人間ロケットの二つ名の通り、足から衝撃波を出してあっという間に初号機に接近した戴宗は、初号機に電撃を加えた。
『うわっ、やられ……あれ? 大したことないな』
 軽くしびれるくらいで感電死には遠いように感じられる。
『サイズの差ですね。試しに吸収してみてはどうでしょう』
『うん、えーと……うおっ! なんだかものすごい力が溢れてくるよ!?』
 電撃を吸収しようとエネルギー吸収能力を発現させると、初号機にとてつもない力が宿った。溢れかえるエネルギーで初号機が輝きはじめる。
『ちょっ、何をしたんですか、一体!? そのエヴァンゲリオンからそれまでの数百倍のパワーを観測してます!』
『僕にも何が何やら……止まらないよ、どうしよう?』
『このままじゃN2どころじゃありません! 力を上に逃せませんか?』
『上……』
 少年が空を見上げると、そこには白昼の残月が映っていた。なんとなく、その月に向かって手を伸ばす。
『も、もう、限界だ……っ!』
『あっ! 原因がわかりました。そのエヴァンゲリオンは有線で……』
『爆発するっ!』
 閃光が周囲数キロを真っ白にそめ、衝撃波と共に巨大なイカズチが月へと昇っていく。

 強すぎる光に目がくらみ、元に戻るまで数分かかった。見渡すと戴宗や草間大作の姿はなく、ジャイアントロボは装甲が焦げ付いてしまっている。
『あああ、まさか殺しちゃった?』
『これで九大天王のひとりと、草間大作が本当に死んでいれば、BF団としてはむしろ万々歳なんですが』
 もう一度あたりを注意深く見渡すと、兵装ビルの影に戴宗と草間大作がいた。ビルの影に隠れたのと戴宗のバリアのおかげで、即死はしないですんだようだ。
『良かった、っていうのも何だけど……今の原因って結局何だったの?』
『背中を見てください』
『うん?』
 後ろを見ると、背中からケーブルが垂れ下がっている。今の衝撃を受けたせいか、途中で切れていたが。
『エヴァンゲリオンは、有線で電気の供給を受けていたようです。戴宗の電撃を吸収しようとして、その電気を無制限に取り込んだものと思われます。ああ、周辺地域に大規模な停電と、発電所が火災を起こしていますね』
『うわあ、メチャクチャだ。やりすぎた……』
 災害クラスの事故を起こしたと知って、少年は恐れおののく。だが、ことはこれだけでは済まなかった。

『え? 緊急入電? 月面基地から……ちょっと待ってください』
 月面基地、なんだかすごく嫌な予感がする。少年が月を見上げると、巨大なクレーターができているような。とりあえず少年は、少女からのテレパシーを待つことにした。

『……状況はわかりました』
 再度テレパシーがつながったとき、少女が怒りを必死に抑えているのがわかる。少年は縮こまるしかなかった。
『月面に巨大な爆発を確認。震度7クラスの地震が起きて、月面基地の生命維持装置に重大な障害が発生。基地の職員は基地からの脱出を決定しました』
 少女は淡々と事実だけを述べる。それが何よりも恐ろしかった。
『職員全員の月面からの脱出、地球への帰還。いくらかかると思いますか?』
『……空中要塞を10個作ってもおつりがでそうだね』
『概ねその通りです……更に月面基地の再構築することを考えると、最終的な被害額がどれだけになるか想像もつきません』
『やっぱり、僕のせい?』
 少年のとぼけたセリフに、ついに少女が切れた。
『ええ、そうです。そうですとも! 空と言っても全天360度いくらでもあるのに、なんで月をピンポイントで狙うんですか!?』
『うう、すみません』
 空を見上げたら、月が浮かんでたのでなんとなくそっちを向いた。などとはとても言える雰囲気ではなかった。

『月面基地は、これから始まるサードインパクトにおいて重要な要となる部署です。こうなれば採算度外視で急ぎ再構築するしかありません』
『ウチにそんな予算あったっけ』
『ありませんよ! 月面基地を維持するだけでもどれほどの経費がかかったか、詳しく説明しましょうか?』
『いえ、結構で……』
『BF団の超科学を持ってしても、地球から月に物資や人を運ぶのは並大抵のことじゃないんです。食料、消耗品、交代要員。ただでさえ金喰い虫だったのに、この上基地の作りなおしなんて……BF団が破産しても会社更生法なんて受けられないんですよ!』
 嫌がる少年を無視して、少女はまくし立てる。少年は黙って聞いていることしか出来なかった。

『はあ、はあ……とにかくこれ以上超能力を試すのは止めましょう。エネルギー衝撃波なんか使った日には、その都市そのものが吹っ飛びかねません』
『そ、そうだね』
 ようやく少女の攻撃が止んで、少年はほっとした。

 その時突然、少年の視界が暗くなる。意識が遠くなっていくのを感じた。
『あ、あれ? ……どうしたんだろ……』
『ビッグファイア様? どうなさいました?』
『……』
 初号機の内蔵電源が切れたためなのだが、少年には理由がわからない。そのまま少年は意識を失った。



[34919] 第八話:レイという少女
Name: FLACK◆6f71cdae ID:1514ca7b
Date: 2013/03/02 19:07
 目覚めるとそこは病室のようだった。白いシーツに白い壁、ベッドに寝かされている。
「あら、目覚めたの」
 声のする方を向くと、ベッドの傍らに赤木リツコがいた。
「あ、赤木さん。僕助かったんですか?」
 瓦礫に潰されて確実に死んだと思ったのに、救助されたのだろうか。
 だが、ビッグファイアの声に、赤木リツコは大きく目を見開いた。

「ちょっと、レイ、どうしたの!?」
「れい? サードチルドレンみたいな、何かの符号ですか?」
 どうにも要領を得ない。問い詰めようと身体を起こすと、身体のあちこちから痛みが走った。
「痛たた。右腕骨折に、右目に損傷、背中に裂傷、後は内臓にダメージか。こんな程度で済むわけないのに」
「ま、まさか、あなた……」
「ん、なんか声が変だな」
 妙に自分の声がかん高い。無事な方の左手を喉に当てようとして、少年は気づいた。
「こ、これ、僕の手じゃない!?」
 自分の手というのは、顔よりも頻繁に目にするものだ。似ても似つかない細くて白い指に、少年は驚愕した。

「落ち着いて、これを見てちょうだい」
 リツコが手鏡を出して、少年の顔に向けた。そこに映るのは真っ白な短い髪と、同じように真っ白な顔だ。少年は更に驚く。
「お、おおお、女の子~!?」

「ちわーっす。なんか騒がしいけど、レイは大丈夫?」
 葛城ミサトが病室に入ってきた。
「み、ミサトさん、僕……」
「ミサト? ぼく? ちょっとレイどうしたのよ」

「何がどうしたのか、僕が聞きたいですよ……うわっ」
 突然、ベッドの横に置いてあった花瓶が少年の前を通り過ぎる。液晶テレビ、棚などが室内を飛び回り始めた。床に据え付けられているベッドまでガタガタと軋む。
「きゃあっ!」
「な、何よこれ!?」
「ポ、ポルターガイスト現象!? お、落ち着け、僕」
 混乱したままの少年は、BF団本部のコンピュータに教育された通り、精神を落ち着けようとする。
 しばらくすると、飛び回っていたものがボトボトと落ちてくる。病室に静寂が戻った。

「念のために聞くわ。あなたの名前は?」
 とりあえず混乱から回復したリツコが少年に問う。
「び……碇シンジです。少なくとも僕は自分で自分をそう定義しています」
 いまいち混乱から復帰していない少年は、思わずビッグファイアと答えそうになった。
(こんな事ってあり得るの?)
(精神汚染かもしれないわね)
「いや、目の前で内緒話されても、丸聞こえなんですが」
「あ、あらごめんなさい」
「あははー」
 笑ってごまかされた。

 少年が状況を聞くと、リツコが意外とあっさり話してくれた。
 最初の使徒迎撃戦では、使徒を倒した後、初号機が暴走したそうだ。その時ジャイアントロボは、初号機を取り押さえようとして、片腕を失い体中傷だらけになったらしい。
 そして二週間後、無明幻妖斉が梁山泊に帰った後二度目の使徒迎撃戦では、レイという少女をパイロットに初号機を発進させたが、レイが気を失ったときにパーソナルパターンが碇シンジに書き換えられ、暴走状態と判断されたという。

「そういえば、逃げ遅れた民間人はどうなりましたか?」
「ああ、最初の使徒迎撃戦のときの女の子は、全身を中度の火傷を負って今も入院中よ」
「二度目の二人の中学生は、シェルターから脱走したらしいわ。手足の骨折と、全身打撲で済んだのはラッキーね」
「そうですか……」
 ヤローはどうでもいいが、女の子は気になる。少年は平然と男女差別していた。

「それにしても面倒なことになりましたね。碇シンジがレイという少女に取り憑いたのか、レイという少女が碇シンジのつもりになっているのか……」
「思ったより冷静ね。それだけ自己判断できるなら、大丈夫かも」
「開き直っているだけですよ」
 少年はため息をつく。初号機になったあとでは、人間に乗り移るなど大したことではないような気がした。

「む? さっきポルターガイスト現象が起きたということは……赤木さん、ミサトさん、レイという少女は超能力者なんですか?」
「まさか」
「んー、あたしはレイのこと、よく知らないのよ」

「そもそも超能力なんて、非科学的なこと……」
「ありますよ」
 そう言って、少年は人差し指を立て、そこに発火能力で火を灯した。
「う、嘘!? ありえないわ!」
「おおー、すごーい」
 リツコは信じなかったが、ミサトは素直に驚く。まあ、この程度マジックと変わらないノリなのかもしれない。
「お二人の反応からして、レイという少女は超能力を持ってない、あるいは隠していた、と。しかしそうすると……うーん」
 少年が考えこむと、指先の火がドンと一回り大きくなった。天井が焦げ始める。
「うおおっ! 制御、制御ーっ!」
 少年は慌てて精神を集中する。指先の火が徐々に小さくなり、やがて消えた。
「反応が過敏すぎる。こりゃ、うかつに超能力を試せないな」
 壊滅した月面基地のことが思い出される。少年は慎重にならざるを得なかった。

「あれ? そもそも、戴宗さんが戦場で暴れまわってるのを見たはずですよね。それなのに超能力を信じないんですか?」
「いやー、あれ見たときリツコは、『非常識よ!』って叫んで、床にうずくまって頭抱えてたし」
「あー、学者さんにはそういう人が居ますね」
「あ、あんなもの私は認めないわ!」
 リツコがひとり気炎をあげる。それが虚しいことに気づくのは少し後のことだった。超能力者はリツコが想像するよりたくさんいる。

「それにしても、見ず知らずの男に身体を好きなように操られるなんて、レイって少女が知ったら泣きそうですね」
「んー、レイはそういうこと、あんまり気にしないと思うわ」
「そうね」
 二人はやたらと冷めた反応だ。少年は納得できない。
「いや、気にしなきゃおかしいでしょう! お二人とも自分に置き換えてみたらどうです。知らない男に身体を操られて、身体の隅から隅まで見られるんですよ!」
「うっ、たしかにそれは嫌かも」
「言われて見ればそうだけど……」
 二人の顔に冷や汗が流れる。

「だいたい……あ、ちょっとすいません。トイレに行かせてください」
 少年はそう言ってベッドの上で身体をずらして、床に置いてあるスリッパを履いた。そしてそこで固まってしまう。
「えっ!? ひょっとして……女子トイレに行かなきゃいけないんでしょうか」
「それはそうでしょうね」
「そりゃあ、その格好で男子トイレってわけには、いかないわよ」
「じょ、女子トイレ……ああっ!?」
 少年の顔が真っ赤に染まったかと思うと、次の瞬間真っ青になった。
「そ、そんな、まずいですよ。お、女の子の大事なところを……」
「おお、それも問題ね。でもレイなら『そう』の一言で済ませそうだけど」
「とりあえず、あなたは気にしなくても大丈夫だわ」
 どうでもいい、という二人の反応に少年は逆上してしまう。
「気にしますよ! あ、あんな所を男に見られるなんて、自殺ものでしょう!?」

「レイが羞恥で自殺……それはないと思うわ」
「ありえないわね。気にせず行ってきなさい」
「あんたら薄情だ、薄情すぎる……」
 結局、看護師さんに付き添ってもらって、目隠しをしてトイレに行くことになった。

「今はそれでいいけど、退院したらひとりで行きなさいよ」
「頑張れ、少年! いや、少女かな?」
「鬼ーっ! 悪魔ーっ!」

 こうして、少年(少女?)の苦難多き生活が始まった。



[34919] 第九話:白い巨塔生活
Name: FLACK◆6f71cdae ID:1514ca7b
Date: 2013/03/30 19:17
 ざっくりとナイフが奥深くに突き刺さった。
「あ゛」
 呆然とした声が上がる。

「また、失敗ね」
「これで10個目になるかしら」
 宙に浮いていたリンゴと果物ナイフが皿の上に落ちてきた。

「これって、本当に訓練になるの?」
 ミサトが不思議そうに聞いてくる。
「なりますよ。どんな力でも、制御できてナンボ。エヴァンゲリオンだって暴走するだけじゃ、何の意味もないでしょう?」
 ビッグファイアはBF団本部でも、似たような訓練を行っていた。とにかく加減を知らないと、危なすぎて使えないのだ、超能力というのは。
「うーん、言ってることはわかるんだけどね」
「念動力(サイコキネシス)でリンゴの皮むき……超能力の無駄遣いというか、ありがたみがないというか」
 呆れたようにリツコが言う。
 どうも前の面会の後、スーパーコンピュータのMAGIに超能力の可能性について、調査をしたらしい。
 そうしたら、出てくるわ出てくるわ、国際警察機構とBF団の非常識極まりない戦いの記録があふれかえったそうだ。
 さすがのリツコも改ざんの余地のないそれらの記録と、実際に超能力を平然と見せる戴宗や少年を見て、宗旨を変えざるを得なかった。

 それから少年は、失敗して切ってしまったところはそのままにして、とりあえず皮と芯を念動力で取り除き、食べられるところだけをフライパンに乗せ砂糖をふりかける。
 発火能力(パイロキネシス)でフライパンの下に炎を起こした。
「ちょ、ちょっと強すぎじゃないかな~?」
「弱火って、わかってるんですが、調整が難しくて……うーん」
 炎は強すぎたり消えかけたりを繰り返し、数分後焦げ目のついた焼きリンゴが大量に出来上がる。
「それじゃ、一緒に片付けてください。僕一人じゃ食べ切れないんで」
「そう、じゃあ遠慮無く。んん、ちょっと焦げてるけど甘~い」
「あら、結構おいしいわね。砂糖をつけて焼いただけなのに」
「念動力も発火能力も、まだまだ調整が足りないなあ」
 こうして、表面上はほのぼのとした日々が過ぎていった。

 リンゴ、みかん、パイナップル、バナナ、梨、グレープフルーツ、様々な見舞いの品を念動力でバラバラにした少年は、ようやく納得の行くところまで超能力を制御できるようになる。
 練習に使うので果物ありったけ持ってきてください、という少年のリクエストに大人二人が答えたためだが、実は二人共結構ヒマを持て余していたのだ。
 月面に巨大なクレーターを残した最後の大爆発は、発電所をパンクさせただけでなく、正・副・予備の三系統あるネルフの送電システムを丸ごと吹き飛ばしてしまった。現在も復旧は出来ておらず、かろうじてMAGIを稼働させているのみ。エヴァンゲリオン関連のテストなどは完全に停止したままなのである。

「今、使徒にやって来られたらお終いね」
「言わないで。こればかりはどうにもならないわ」
 エヴァンゲリオンが使えないということで、ジャイアントロボの修理は優先的に行われていた。装甲は新しくなり、失われた左腕も復元している。
「といっても、使徒相手にはエヴァでないと……」
「二度目の使徒迎撃戦で、装甲が歪んだでしょう? あれ、ほとんど一からあつらえないといけなくて。本当に今使徒がやってきたら、最悪初号機には素体のまま出撃してもらって、ATフィールドの中和だけやってもらうことになりそうよ」
「そんな! 死にに行けって言ってるようなものじゃない!」
「一応助っ人も頼んでいるそうよ。この前神戸に帰ってきたらしいわ」
「え? それって、まさか28……」
「まだ極秘事項だから、口外はしないでね」

 病院の庭で二人が交わしている会話を、少年は超感覚で全て聞き取っていた。
「あああ、GR1の次は鉄人? 人間コンピュータの敷島に少年探偵金田一正太郎がやってきたりしたら、僕の正体なんてすぐバレちゃうよ。どうしよう……まさか《大塚署長》が来るとか、そんなことになったら……」
 だが、そんなことはとっくにバレていたことを、少年はすぐに思い知ることになる。

「いよう、シンジーっ! 女の子になったってえっ!」
 《神行太保・戴宗》が病室に殴りこみをかけてきた(少年主観)。
「た、戴宗さん!? いやこれは、事故というか何というか」
「わはは、わーってるって。それよりお前さん、BF団だって?」
 戴宗は豪快に笑ったかと思うと、次の瞬間真剣な顔で問う。
「……は? いや、ワタシはただの野良超能力者デスヨ。エエモチロン……」
 野良超能力者、国際警察機構にもBF団にも属さない能力者と言いはった(つもり)だったが、
「隠さなくていいって。幻妖斉のじいさまがひと目で見破ったぜ」
「……うっ」
 ここで詰まっちゃダメだ! とわかっていても、少年は声を出すことが出来なかった。

「ははは、まあ今のところは心配すんな。ここの司令からは手出し無用と言われてるし、俺はお前さんのこと気に入ってるしな」
 戴宗は少年の背中をバンバン叩きながら言う。少年は二重の意味で咳き込んだ。
「げほげほ……え? 気に入るって?」
「お前さん、最初の使徒との戦いの時、正体がバレるのを承知で女の子を助けに行っただろ」
「あ……いやあれは、別に正義感とかじゃなくて、見るに見かねたというか……」
「国際警察機構にも、民間人を見捨てるような非道な奴が増えてなあ……俺ぁ、本気(マジ)で感動したんだぜ」
 少年の必死の弁明(?)も戴宗の耳には届いていない。
「たとえBF団だろうと、おめえみたいな奴は尊敬に値するっ! 大作のいい手本になってくれや」
「だ、大作? 草間大作も来てるんですか?」
 病室のドアの前に10歳くらいの少年、草間大作がいた。
「……」
「あー、ええと、く、草間博士のことは大変申し訳ないと思って……ああ! 逃げないで!?」
 草間博士の名前を効いた途端、草間大作は踵を返して走りさってしまった。

「なーにしょげてんだ? BF団のやること全部に、お前さんが責任感じることはないだろう?」
「いや、BF団の名のもとに行われたことは、全て僕に責任が……イエ、ナンデモアリマセン」
 のんきに戴宗が聞いてくるが、少年にとっては冗談では済まない。
 たとえ裏切ろうとしたのであれ、草間博士の死因は確実にBF団にあった。ならば首領であるビッグファイアが責任を感じずにはいられない。

「……草間博士は、なぜBF団を裏切ったんでしょう」
「ん?」
「BF団の目的は世界征服。そんなことは、GR計画が始まる前からわかっていたはずなのに……」
 GR計画と草間博士の裏切り、それは少年がビッグファイアとして君臨する数年前の話になる。少年は書類上でしかそのことを知ることはできなかった。
「さて、な、真相は死んじまった博士本人にしかわからんのかもしれん。それをどう受け止めるかは、大作自身が決めることだ」
「うーん、真実の意味か……あれ? そういえば」
「何だ?」
「GR1の声紋認証システムって、草間大作が声変わりしても、ちゃんと認識できるんでしょうか?」
「……知らねえよ! んなこたあ、それこそ草間博士に聞け!」
 少年は戴宗に思いっきり頭をはたかれた。



[34919] 第十話:白い少年
Name: FLACK◆6f71cdae ID:1514ca7b
Date: 2013/06/01 18:28
『そりゃあ、エラーで弾かれるでしょうね』
 以前の報告以降、すっぽかしっぱなしの連絡を入れたとき、戴宗にしたのと同じ質問をしたら、こんな答えが返ってきた。
『GR1の声紋認証システムに、声変わりする前の少年がインプットされるなど、想定されていたとは思えません』
『そうだよねぇ。早く取り返さないと、GR計画にも支障が出るかもしれないね』

『そんなことより! 今度は何です? 敵対組織の女の子? 節操無くあちこち飛び移らないでください!』
『あうあう、すいません』
 コロコロ変わる状況に、ついていけないのはビッグファイアも同じだったのだが、とりあえず謝っておく。
『大体、女の子の身体にとまどうなんて、その時点で間違ってます』
『え、どういうこと?』
 少年にはさっぱり意味がわからなかった。
『あなた、変身能力を持ってるでしょうが! 女の子の身体がそんなに嫌なら、変身すればいいんです!』
『ああ、忘れてた……』
 身体の体組織を移動させて別人になりすます。ビッグファイアの超能力にはそういうものもあった。
『つくづく、あなたを前線に送り出したことを、後悔させてくれますね』
『うう、すいません』
 少年は縮こまるしかなかった。


(変身能力か……とにかくやってみよう。胸の脂肪を散らして、筋肉を動かして……あ、ついでに骨折とか怪我も治してしまおう)
 数分後、そこには少女ではなく少年がいた。肌と髪は白いままだったが。
(さすがに、存在しない色素を作り出すってわけには、いかないな)
 少年はチラリと股間を覗く。
(ほっ、これだけでも、やって良かったよ)
 そこも男の子になっているようだった。

「ちいーっす! シンちゃん元気!? ……って、シンちゃんがシンちゃんになってる!?」
「ちょっとミサト、あなた何わけのわからないことを……あら?」
 すっかりおなじみになったネルフの大人二人、葛城ミサトと赤木リツコがやってくる。

「はあー、変身能力……超能力者って、本当に何でもありなのね」
「……死んだら解剖させてくれないかしら」
 リツコの目が真剣になっていた。
「何サラっと怖いこと言ってんです。嫌ですよ」
「あはは、冗談よ、冗談。ね、リツコ?」
「……」
「え、えーと。シンちゃん覚悟だけは、しといたほうがいいかも……」
「だから、嫌ですってば!」
 ヘタをすると、生きたままでも解剖されそうだ。少年は恐れおののく。

「怪我もすっかり治ってる……体の構造を変化させるくらいだから、この程度は治せるということ?」
 解剖こそされなかったが、レントゲンやらCTやらMRなど、ひと通り検査を受けさせられた後、リツコが言う。
「大体そんなかんじです。厳密に言うと変身能力と治癒能力は、ちょっと違うらしいですけど」
 骨折していた右腕をコキコキ動かしながら、少年は答えた。
「ふーん。怪我が治ったなら、退院考えないといけないかしら」
「でも、あなたの処遇をどうするか、まだ決まってないのよ」
「BF団だけど、今の所本部で唯一エヴァを動かせるパイロット……叩き出すってわけにはいかないのよね」
「ドイツ支部の弐号機パイロットが本部にいれば、また話は変わったんでしょうけど」
「今ヨーロッパはごたついてるから……あれ、それってBF団のせいだっけ?」
「僕に言われても。ノーコメントとしか言えないですよ」
 少年はちょっと困った顔で言う。ゼーレのお膝元、ヨーロッパでは十傑集を始め多くのBF団員が活動していたが、それをここでしゃべることはできなかった。

「そっか。そりゃBF団にも守秘義務があるわよね」
「それで納得してくれるなら、こんなに楽なことはないですけどね」
 今まで、尋問や拷問がなかったのが不思議なくらいだ。
「単なるBF団なら、拷問してでも聞くわ。けど、それで初号機に乗せて、反乱でもされたら洒落にならないの」
「ん~、だから本当に、どう処遇するか悩みの種なわけ」
 ミサトが頭を抱えながら言う。本当に、厄介ごとになっているらしい。
「しばらくは、病院にいてちょうだい。監視はつくけどそれくらいは勘弁してね」
「いいですよ。まだ、病院でやり残したことが、ありますし」
「……な、何!?」
 大人二人が身を乗り出してくる。よほど警戒されているようだ。
「お見舞い、ですよ。例の民間人三人の」


 まず最初に少年が向かったのは、二度目の使徒迎撃戦でシェルターから脱走して、戦場に現れたという男子学生二人だった。
 二人共、ベッドで手足を吊った状態で、体中包帯だらけになっている。
「やあ、お二人ともご苦労さん。僕がエヴァのパイロット、碇シンジだよ。お見舞いの品がないのは勘弁してね。僕もここに入院中の身なもんで」
 モガモガと、二人の包帯だらけの顔が歪む。お前のせいだ! という心の声が少年にははっきり聞こえていた。
「戦場に自分から顔を突っ込んで、怪我したのを他人のせいにできるのは、セカンドインパクトを覚えてない世代だからかな……まあ、そんなことはどうでもいい。恨むなら恨んでもらって結構」
 BF団の首領になった時から、憎まれるのは覚悟の上だ。
 少年もこの二人と同世代のはずだが、自分のことは遠く心の棚に上げていた。BF団に誘拐されて以来まわりに同世代の人間がいなかったこともあって、少年には二人の気持ちがさっぱり理解できない。
 少年は、透明な笑みを浮かべて二人を見る。
「今から、君たちには生きたまま地獄を見てもらおう」

「ありゃ、やりすぎた」
 骨折した腕が少年の念動力を受けて、逆方向に曲がった。
「ん~? 間違えたかな?」
 どこかの世紀末救世主伝説にでてくるヤラレ役のようなセリフをはいて、更に念動力で修正をかける。
 そのたびに、フガフガ、モゴモゴと呻く声と共に、少年を非難する思念を感じるが、少年はそれを完全に無視した。

「よし、骨折はこんなもんか。次が本番だな、全身打撲か、皮下組織に筋肉の損傷と炎症……」
 そう言いながら、二人に手をかざす。二人はのたうち回ることになった。
「そんなに痛いかな? え、痒い。そうか、痛覚神経が中途半端に刺激されて、そう感じるんだ」
 手足を吊るされている二人は、体中を掻き毟りたくなる衝動に、必死に耐えることになる。

 二人にとって地獄のような数十分が過ぎた。もう指一本動かす気力もない。
「よし、これで完治したはず。リツコさんにたっぷり検査されるだろうけど、それは勘弁してね。実験台ご苦労様。それじゃ、本命に行ってみるか」
 再び、フゴフゴ言う声が聞こえるが、少年はもう聞いてはいなかった。


 未だ集中治療室にいる少女のもとに、少年は訪れる。酸素マスクをつけた口元は苦しそうに歪んでいた。
「この子の場合、責任は僕にあるからなあ」
 男子学生二人にしたのとは、比べ物にならない慎重さで超能力を発現させる。
「再生したばかりの皮膚を、かきむしられたらいけないから、神経遮断をさせてもらうよ」
 超能力で痛覚を麻痺させた。少女の呼吸が急に楽になる。

 少年はそれから、火傷を追った全身の皮膚を再生させた。傷跡ひとつ残さないよう十分注意する。
「女の子の身体に傷跡つけるわけには、いかないよね」

 全身の皮膚の再生が終わったとき、少女が目覚めた。
「んん? にいちゃん、なんで白くなっとんや?」
 酸素マスク越しに問いかけてくる。少女から見れば、少年が突然白くなったように見えたのだろう。
「いやあ、僕にもいろいろあって……あれから結構な時間が立ってるんだよ。自覚ないかもしれないけど」
「そっか……」
 少女は再び眠りについた。少年はほっと一息つく。
「大丈夫、みたいだね。よかった、やっと安心できるよ」
 そう言って、少年は集中治療室を去った。

 このあと、いきなり完治した民間人三人は、赤木リツコに徹底的に検査を受けるハメになる。
 この三人を治癒したことが、のちのち禍根を残すことになるとは、まだ少年は知る由もなかった。



[34919] 第十一話:鉄人
Name: FLACK◆6f71cdae ID:1514ca7b
Date: 2013/06/01 18:29
 ここは世界のどこか。誰も知ることのない暗闇の中で、
「これがそうですか」
 少女、朱里の声が響く。
「注文通りの品、だぜ」
 どこかおどけたような男の声が答えた。
「感謝します、ザ・サード。これで我々BF団の闘争にも、勝機が見えてきました……報酬はいつも通り、スイス銀行に収めますので」
「よせやい、俺は面白そうな獲物があれば、それでいいのさ。また歯ごたえのありそうな仕事を、持ってきてくれや」
 男の言葉に、少女は苦笑する。
「そうですね。しかしこれ以上の獲物となると、そうはありません」

「ふーん、たしかに厳重な警備されてたけど、それはそんなに大変なもんか?」
「何か、気になることでもありましたか?」
 男がそんなことを聞いてくることは、滅多にない。仕事が終われば、後のことはどうでもいい、が男のいつものスタンスだった。
「いや、本物と偽物をすり替えるって依頼だったろ。けど、俺の目にも本物と偽物の区別がつかなかったんでな」
「『真の継承者』すら欺かなくてはならない偽物なんです。本物とほとんど同じ力を持っているんですよ」
「へえ、いやこれ以上は聞かないほうが良さそうだな」

 少女が少し首をかしげる。
「……ええ、国際警察機構がここを嗅ぎつけたようです」
「げえっ! それってまさか……」
 男の顔色が変わる。
「例の七代目が先頭切ってやってきてるそうですよ」
「とっつあん、どこから嗅ぎつけてきやがるんだか……」
 男が顔を手で抑える。心底うんざりした、という様子だ。
「この場所も使えなくなりましたね。新しい待ち合わせ場所が決まれば、連絡します」
「おう、そいじゃ俺もトンズラすっとするか」
 そして、二人の声が途絶える。
 その後国際警察機構が乗り込んできたとき、そこには誰もいなかった。


「シンクロテスト、開始するわ……シンジ君! 何ぼーっとしてるの!」
「あ、すいません。ちょっと考え事していて……」
 ようやく送電システムが復旧し、初号機を使ったテストも可能になった頃、ビッグファイアは物思いに沈むことが多くなった。

「シンクロ率41.2%。同化していた時とは比べ物になりませんね」
「こればかりはしょうがないわ。また同化してくれなんて言えないし、テストに付き合ってくれるだけでも、よしとしないと」
 赤木リツコがため息をつきながら言う。
「あれ? 言わないんですか?」
 少年が不思議そうに聞いた。
「同化して戻れなくなったら、どうするつもり? そんな無茶は言えないわよ」
「そうですか……(リツコさんは、シロだな)」
 少年はまた考え事をしている。
(ミサトさんも、こういうことを隠したりできるような人じゃないし、戴宗さんもたぶん知らないな)
「それよりテスト中よ、集中して!」
「ああ、そうでしたね。すいません」

 シンクロテストが進行していたとき、突然アラーム音がなり、ディスプレイが真っ赤に染まった。
「えーとこれって、なんか嫌な予感しかしないんですが」
「パターン青確認しました!」
 オペレータの日向マコトが報告する。
「使徒よ!」
 葛城ミサトが勢い込んで言った。
「……嬉しそうに言わないでください」
 張り切るミサトに対して、少年のテンションはいつも通り低い。

 今度現れた使徒は、青い正八面体をしていた。芦ノ湖上空に突然出現し、兵装ビルによる迎撃に対して、荷電粒子と思われるビームを発射する。防御機構の殆ど無い兵装ビルは、次々と爆発していった。

 シンクロテストは中止、急遽初号機は発進することになる。
「装甲は最低限しかないわ。初号機はATフィールドを中和することだけ考えて」
 今の初号機は顔はむき出し、胸と手足の一部に申し訳程度に装甲がついた状態だった。
「なんとも心強いお言葉で……はあ」
 少年はため息しか出ない。
「しっかりして、シンジ君! 発進するわよ!」
「はあーい、あだっ!」
 LCLでも吸収し切れないGで、少年は舌を噛んだ。

 こうして初号機が地上に出ようとした寸前、
「目標に高エネルギー反応!」
「なんですって!?」
 使徒から、今までの兵装ビルへの攻撃とは桁が違う威力の、荷電粒子ビームが初号機に向けて放たれた。

「うわああああぁぁっ! 痛い熱い痛いっ!」
 初号機の胸の装甲が融解する。エントリープラグのLCLが沸騰して激しく泡立ち始めた。
「初号機をすぐ下げて!」
「無理です、カタパルト融解! 動きません!」
「エントリープラグの排出を!」
「ダメよ! 今ATフィールドが無くなれば、初号機もシンジ君も一瞬で蒸発するわ!」

 騒然となる発令所、だが初号機では少年の様子がおかしくなっていく。
「く、くはは、あははははは!」
 苦痛に顔を歪ませながら、少年は笑い出したのだ。
「そうか、そういうことか! あははははは、いいのかい? これじゃこの娘の身体も死んじゃうよ……はははは!」

「シンジ君!? しっかりして!」
 ミサトが少年を叱咤するが、少年の哄笑は止まらない。
「はははあ……痛い痛い、あははははっ!」
「ジャイアントロボ、リフトアップします!」
「この状況で!? 的にしかならないわよ!」
 地上に現れたジャイアントロボにも、荷電粒子が放たれた。ロボのバリアがそれを防ぐが、装甲が徐々に赤くなっていく。

「あははは……あれ? ちょっと楽になった? 標的を二つにしたせいかな」
 だが、それでもビームの威力は、ATフィールドを軽く超えていた。状況は大して変わらない。

 このまま、2体ともやられてしまうのかと思われたその時、
「今だ! 鉄人!」
 少年探偵、金田一正太郎の声が響いた。
 芦ノ湖の水面下から、鉄人28号が飛び出してくる。
――GAOOOON!
 鉄人の身体から、あふれるエネルギーが電気となって放電現象を起こした。
「鉄人は、海であろうが! 空であろうが! 戦う場所を選ばない!」
 鉄人の完全な不意打ちは、使徒のATフィールドに阻まれるが、ビームの射角をずらすことができた。初号機とジャイアントロボに対する攻撃が一時的に止む。
 鉄人はそのまま空を飛び続けた。使徒の荷電粒子ビームがそれを追うが、鉄人の機動性についていけない。
「使徒のビームの反応速度は計算済み。鉄人の機動力ならば十分に対応可能だ」
 金田一正太郎の後ろで、人間コンピュータの敷島博士がつぶやいた。
「さあ、今だ。エヴァンゲリオン! ジャイアントロボ!」

「そう言われても、どうやって、あいつに近づこうか……うおっ!?」
 思案する少年を突然強いGが襲う。ジャイアントロボが初号機を抱えて、使徒に突進したのだ。
「機動力は鉄人に負けても、突進力ならロボが上だ!」
「いや、張り合うのはいいけど、僕を巻き込まないでほしいな」

 ジャイアントロボと初号機は、使徒の荷電粒子ビームを受けながら、みるみる使徒に近づいていく。
「ああ、僕はさながら、ATフィールド中和装置なわけだ。頑張れ~、鉄人、GR1……」
 少年のやる気はほとんどゼロに近かった。

 少年にやる気がなくても、ATフィールドはとりあえず中和できるらしい。鉄人28号とジャイアントロボの拳が使徒を貫いた。
 内部にあった赤いコアを破壊され、使徒は沈黙することになった。

『あ、そうだ。戴宗さん、もしもし』
『なんだ? テレパシー? シンジか』
『ちょっと裏取引しませんか』
『はあ? 俺がBF団と取引すると思ってんのか』
『まあ、話ぐらいは聞いてくださいよ。実は……』

『……マジか、そりゃあ!』
『そこで、戴宗さんには……』

『……わかった。俺は大作の護衛に専念する。後のことは知らん』
『ありがとうございます。助かります』
『礼なんか言うんじゃねえよ。胸糞悪い!』
『あはは……それじゃ、そういうことで』



[34919] 第十二話:アスカ来日
Name: FLACK◆6f71cdae ID:1514ca7b
Date: 2013/06/29 19:26
「はあ、弐号機とそのパイロットが来る。それが僕に何か関係が?」
「顔合わせするためにね。一緒に来てほしいのよ」
 本人も当惑した顔でミサトが言う。
「へ? なんですかそれは」
 敵対組織の工作員と顔合わせなどして、どうするというのか。
「私も変だと思うんだけど、司令からの命令なの」
「はあ、それじゃ、僕に拒否権はありませんね。行きますよ」
(なんだろ、僕が本部にいると、困ることでもあるのかな?)
 ミサトはあからさまに、ほっとした表情をした。
 こうして、ミサトとビッグファイアは、ヘリでエヴァンゲリオン弐号機を運んでいる空母に向かうことになった。

「あんたが、サードチルドレン? なんで真っ白なのよ」
 空母にいた弐号機パイロット、惣流・アスカ・ラングレーが不審そうに問う。少年は事前に知らされていたプロフィールと違っていたからだ。
「いや、僕は碇シンジの残留思念……幽霊か何かと思ってくれればいいよ」
「何よそれ!?」
 アスカには意味がわからないらしい。当然だが。
「んん~、シンジ君は最初の使徒迎撃戦で死んじゃってるのよ。だから幽霊ってわけ」
「はあ? じゃあここにいるのは何なのよ……きゃあ! その顔、ファースト?」
 少年は変身能力を解除して、レイという少女に戻った。
「この身体は綾波レイのもの。僕は間借りしてるだけなんだ」
「何がなんだか……」
 アスカの混乱は深まるばかり。
「ああ、それに僕はBF団だから、仲良くしないほうがいいかもね」
「な、な、な、何なのよ、それはあっ!?」
 ついにアスカは絶叫してしまった。

「つまり、幽霊でBF団でも、エヴァに乗れるから使うしかない、と」
 アスカはミサトとふたりきりになって、シンジについて聞いた。
「そういうこと。今本部にいるパイロットはシンジ君しかいないから。まあ、シンジ君はそれなりに協力してくれるから、何とかなってるんだけど」
「BF団なんでしょ、そんなことでいいの?」
「良くはないんだけど、シンジ君特にスパイ活動やってるふうにも見えないのよね」
 何もなければ病室でぼーっとしているのが少年のいつもの様子だった。実はBF団の事務仕事をテレパシーでやっていたのだが、ミサトにはわからない。
「いい加減ねえ」
 アスカの言葉に、ミサトは頭を抱えた。
「言わないで。本当なら国際警察機構に引き渡して、カナーリの牢獄にでも入ってもらうところよ」
「カナーリ? 何それ」
「能力者を閉じ込める牢獄。シンジ君なら、普通の牢屋なんて簡単に脱獄できちゃうもの」

 アスカとミサトが深刻なのか呑気なのかわからない会話をしていたころ、少年は海をぼーっと眺めていた。
「多分、本部で何かやらかしてるんだろうけど。うーん今はまだ、逆らえないからなあ」
 少年の行動には、現在制約がかかっている。好き放題に動くわけには行かなかった。
「それにしても、嫌な予感がするんだよな。超能力に目覚めてから、悪い予感だけはよく当たる」
 少年がそう呟いたとき、船に衝撃が走った。隣にいた戦艦が沈んでしまう。
「ほら、やっぱり」

 アスカとミサトが慌てて外に出てきた。少年のところに詰め寄ってくる。
「状況は!?」
「使徒です。鯨より大きい奴が海の中にいます」
「使徒! それじゃエヴァの発進を……」
「あ~、一歩遅かったです」
「へ? あ、あたしの弐号機は!?」
 弐号機を運搬していたはずの、空母の姿がない。
「沈められちゃいましたよ」
「そ、そんなあ」
「エヴァ無しじゃあ、どうしようも……二人共、急いで逃げましょう。ここでパイロットまで失うわけには、いかないわ」
 ミサトが撤退を決心した。使徒を相手に、通常兵器だけでは相手にならない。

「いや、それも少し遅いです。二人共僕に捕まって!」
 今までとは比べ物にならない衝撃が、船を襲う。少年はアスカとミサトをかかえて海に飛び降りた。
「きゃー! あ、あれ息ができる?」
「これもシンジ君の超能力なの?」
 三人は巨大な泡の中にいる。さっきまで乗っていた戦艦が沈んでいくのを見ることができた。
「念動力の応用で。けど長時間は持ちません、弐号機に向かいます」
「弐号機って、もう沈んじゃってるんじゃ?」
「知りませんか? エヴァンゲリオンって、装甲がなければ水に浮くくらい軽いんです。まだ近くにいますよ」
 念動力で支えられた泡は、どんどん深海へと潜っていく。

「……まずいな」
「ど、どうしたの?」
 少年のつぶやきにミサトが反応した。
「弐号機にたどり着く前に、使徒が来そうです」
 三人の目の前に、弐号機の姿がぼんやりと浮かんできたとき、使徒が素早い動きで迫ってきた。

「くちーっ! 口が開いた!」
「あー、ダメだ。避けるような機動性はない……」
「シンジ君てすごい超能力持ってるくせに、なんでいつもテンション低いのよおっ!」
 三人三様の文句を言って、そのまま使徒に食べられてしまう。

「大丈夫……なの?」
「すごい圧力がかかってます。短時間しか持ちません」
「いやー! なんか臭いーっ!」
 食べられても、少年は泡を維持し続けていた。だが四方から圧迫され、今にも破れそうだ。
 そのまま、グイグイと使徒の体の奥へ押し込まれていく。そして、空洞になっている場所に出た。

「あれ、あそこにあるのは、コア?」
 空洞の中心に赤い球体がある。
「それじゃ、あれを壊せば使徒に勝てる?」
「多分……けどこれ以上超能力を使うとコアは破壊できてもその後、お二人を無事に助けることはできなくなります。エヴァンゲリオンでないと」
 少年がため息をついた。
「そんな事言っても弐号機は海の中だし、私たちが生き残るには、これを破壊するしかないと思うけど」

「……仕方ない。これだけは使いたくなかったけど」
「シンジ君からそういうセリフ聞くと、とんでもなく悪い予感がするのよね」
「超能力ってのは術者の生命と魂を削るんです。特にこれは消耗がひどくて」
「便利なだけじゃないんだ」
「代償のない力なんてありませんよ。二人共、しっかり捕まってください」
 少年は、二人を抱きかかえる。
「また? 今度は何?」
「テレポートです。行きますよ」
 少年の身体から白い光が溢れてきた。三人はその光りに包まれる。

 次の瞬間、三人は水中にいた。
「ごぼぼっ、溺れちゃうじゃない!」
「落ち着いてください。これはLCLですよ」
「あ、ホントだ。息ができる」
 三人はエントリープラグの中にいる。弐号機に間違いなかった。

「あれ? 沈んでない……なんで?」
 弐号機は大空の下、空母の上に横たわっている。海の中ではない。
「? 確かに弐号機は空母ごと沈んだはず……うわっ!」
 衝撃が走り、空母は斜めに傾いて沈み始めた。
「なんで? なんで今になって?」
「僕にもわかりません。それより使徒を……さあ、弐号機を動かすのは、惣流さんでないと……頼みましたよ」
 少年が弱々しい声で言った。
「シンジ君大丈夫?」
「消耗するって言ったでしょう。僕のことより、使徒に集中してください」
(テレポートがこれほど消耗するなんて、今起こったのはただの空間移動じゃない……)

「まっかせなさい。本物のエヴァの力を見せてやるわ!」
 アスカは俄然張り切った。
「うーん、頼もしい。シンジ君もこれくらい、やる気出してくれたら……」
 ついミサトが愚痴ってしまう。少年のテンションの低さには、常々苦い思いをしていたのだ。
「敵対組織の人間に何期待してるんですか。それより、使徒が来ますよ」

「武器はプログナイフ一本か。上等じゃない、やってやるわよ」
 そう言って、弐号機は肩からプログレッシブナイフを引きぬいた。
「……一度食べられたほうが、話が早いかも」
「はあ!?」
 予想外の言葉に、弐号機、アスカの動きが一瞬止まる。使徒が大きな口を開けて、弐号機を丸呑みにした。

「ちょ、ちょっと、ホントに食べられちゃったじゃない!」
「あんたが、馬鹿なこと言うから! どうするのよ!?」
「んー、このままほふく前進して、奥まで行ってコアを破壊。死んだ使徒が浮くか沈むかわからないので、お腹をナイフで裂いて脱出。装甲を外して海面に浮かんで救助を待つ、って感じで」
 少年は迫ってくる二人に、作戦らしいことを言う。
「あら、意外とまとも」
「うう、何かカッコ悪いけど、それしかないか。せっかくの初実戦、もっとスマートにいきたかったのにい!」

 数十分後、装甲を取り外して素体となった弐号機が、海面にプカプカ浮いていた。
「弐号機の引き上げ、どうしようかしら」
 また空母を使わないといけないかもしれない。手間と費用を考えて、ミサトは頭が痛くなった。
「やっぱり、カッコ悪い! あんたのせいよ!」
 アスカは現状が大いに不満らしい。
「こうして生きてるんだから、それでいいよ」
 やっぱり少年にやる気は見られなかった。



[34919] 第十三話:反逆
Name: FLACK◆6f71cdae ID:4f2a89df
Date: 2013/08/31 18:39
 弐号機とアスカというパイロットを得たネルフ。平穏な時間が戻ったかと思われたその時、ネルフの職員全員にテレパシーでメッセージが伝えられた。
『あ、あー、ネルフの諸君、僕は碇シンジ、BF団を代表して警告を伝えます。
 今後、僕が助けた民間人三人への一切の干渉を禁止します。拉致、危害、監視全てです。この警告を無視した者の命の保証を、BF団はしません。というか、殺しますのでそのつもりで。
 善意、悪意にかかわらず、三人に近づくには死を覚悟してください』

 この警告の後、黒服にサングラスの男たちが三人の身柄を確保しようとした。
 少女には十傑集《眩惑のセルバンテス》がついて、幻術によって黒服はすべて同士討ちをして死亡する。
「私は子供が好きでね。この子に手出しはさせん。覚悟したまえ」
「おっちゃん誰や?」
 状況のつかめない少女が不思議そうに聞いた。
「私は碇シンジ君の代わりに、君を守りに来たのだよ。お嬢さん」
「代わりて、あのにいちゃん何者なんや?」
「ふっ、それは本人に聞いてくれたまえ。ああ、彼からの伝言だ『巻き込んでしまってすいません。ですがあなたの命は必ず守ります』」
「はあ」
 命を狙われている、その実感がない少女にはいまいちよくわからない言葉だった。

 男子学生二人には赤い仮面の男コ・エンシャクがいて、2条のムチが黒服たちの首を締めて殺してしまった。
「……」
「だ、誰や、おっさん」
「……」
「なんか言うたらどうやねん」
「……」
「何が起きてるか、教えてくれてもいいんじゃない?」
「……」
「あかんわ、こら」
「……」
「みたいだね」
「……」

 病院を監視していたチームも、十傑集《素晴らしきヒィッツカラルド》の指が鳴り、発生した真空波によって全て真っ二つになっている。
「これがBF団に逆らうものの運命だ。俺の指は誰一人逃しはしない」

『BF団を脅迫するならば、それ相応の覚悟が必要ということだよ、ネルフ司令。それじゃ、そういうことで』

「ちょっと、どういうこと! これは!?」
「説明してくれるかしら」
 いつもの二人が少年の病室に押しかけてくる。
「ありゃ、黒服のほうが先に着くと思ったんですが」
「ちょうど、お見舞いに来てたから……ってそうじゃなくて!」
 大人二人が少年に詰め寄った。

「いいですよ。お話しします……僕はネルフ司令に脅されたんですよ。エヴァンゲリオンに乗らなければ、民間人三人に危害を加えるとね」
「……そんな」
「う、嘘よ。そんなこと!」
 少年は肩をすくめる。
「……べつに信じなくてもかまいませんが、警告は本物です。あなたたち二人も、民間人三人には近づかないでください」
 驚愕する二人。その時、黒服たちが少年の病室に押しかけてきた。よってたかって少年を取り押さえる。
「痛たっ、抵抗してないのに、ひどいな」
 少年は、手足に錠をはめられ、黒服に連れていかれた。


「本当だと思う?」
「……思えば三度目の使徒が来たときから、シンジ君の様子がおかしかったのよね」
 ミサトの問いに、リツコが考え込みながら言う。
「そういえば、シンジ君を空母に連れていくとき、『拒否権はない』って言ってたわ」
「そう、それじゃ……」
 本当に脅迫されていたのかも。その言葉を二人は口にすることが出来なかった。


「ありゃ、本当にネルフ司令に会えたよ……いいのかな?」
 手足を拘束され、マシンガンを手にした男たちに囲まれながら、少年はネルフの司令室に連れて来られる。
 天井に生命の樹が描かれた、おせじにも趣味がいいとは言えない部屋の机に、ネルフ司令碇ゲンドウがいた。
「……どういうことだ」
「僕はBF団の工作員ですよ。普通組織のトップが会ったりしないでしょう」
「……」
「国際警察機構のエキスパートもいない。危険だと思わないんですか? こんなふうに」
 少年の手足を拘束していた錠がボロボロと砕け散る。少年の念動力だ。

 すると、部屋の中央に立体ディスプレイが表示される。
「あ、あの三人だ」
 画面には、例の民間人三人が映しだされていた。
「私だ、やれ」
 ゲンドウの声と共に、銃声が響く。三人を狙撃するように命じたのだ。
「……これは、警告だ。命まではとらん。貴様の態度次第だが」
「はあ、効いてませんが」
「何!?」

 少女のもとでは、セルバンテスが銃弾を溶かして無力化していた。
「このようなもの、私には通じんよ」
 男子学生二人のところでは、コ・エンシャクが2条のムチで2発の銃弾を跳ね返している。
「……」

「ヒィッツ! やってしまえ!」
 セルバンテスの声と共に、ヒィッツカラルドの指が鳴り、真空波が狙撃手を両断した。
「いくらでも来るがいい。すべて真っ二つだ」
 病院の屋上で、ヒィッツカラルドが指を鳴らしている。

「えーと、これでも一応手加減してもらってるんですよ」
 その気になれば、ヒィッツカラルドの真空波はビルごと真っ二つにできるし、セルバンテスの幻術は第3新東京市すべての人間を操ることができる。
 今回は護衛が任務ということで、最小限に抑えているのだ。それでも死体の山ができるのはBF団だからか。

「僕が言うのも何ですが、ここは手を引いたほうがいいですよ。これ以上死人を増やしても無意味でしょう?」
 あれだけ死者を出しておいて、こんなセリフが出るのは、小心者なのか大物なのか。
 だが、ネルフ司令はその言葉を聞く気は無いようだった。
「やれ」
 少年の周囲にいる黒服に命じる。黒服たちは、躊躇することなく少年にマシンガンの弾を浴びせた。
 少年はバリアでその弾を全てはじいてみせる。

「んー、この状況をどうにかしようと思うなら、国際警察機構の九大天王を連れてくることぐらいです。けど、あなたの非道を看過する人は、さすがに少ないと思いますよ」
 現に事情を話した戴宗は、ネルフに対する不干渉を約束してくれた。他の九大天王も、ヨーロッパでのBF団の活動に対応しており、日本に来れるものはあまりいないはずだった。

 少年の周りにいた黒服が、バタバタと倒れていく。
「念動力で、頸動脈を圧迫しました。しばらく寝ていてください」

 少年とネルフ司令が1対1で対峙することとなった。
「チェックメイトです。さすがに組織のトップですから、深層意識まですべて調べさせてもらいます」
 少年としては、この機会を逃すわけには行かない。徹底的に調査するつもりだった。

「まさか、これほど早く使うことになろうとは……」
 その言葉と共に、近づいてきた少年が見えない力に吹き飛ばされる。
「こ、これは念動力! 碇ゲンドウは碇シンジの父親だから、能力者でもおかしくない。けれど、これほどの力を!?」
 部屋の壁にはりつけになった少年は、その圧倒的な能力に驚いた。少年の持つ念動力の数十倍のパワーを感じたのだ。
「……死ね」
 念動力の見えない手が、少年の心臓を握りつぶす瞬間、少年はゲンドウの右手にあるものを確かに見た。
(ア、アダム! ヨーロッパにあるはずが、どうして……僕を本部から遠ざけたのは、これを手に入れたためか!)

「始末しろ」
 意識を取り戻した黒服に、ゲンドウは少年の死体を処分するように命じた。そして、どこかに電話をかける。
「私だ。レイを三人目に移行しろ」

 BF団工作員碇シンジは、司令室で激しく抵抗したため、やむなく殺害されたと公式に発表された。



[34919] 第十四話:アダム
Name: FLACK◆6f71cdae ID:4f2a89df
Date: 2013/08/31 18:40
「抵抗したから殺したって、誰がシンジ君を殺せるっていうのよ」
「可能性があるとしたら、あなたしかいないわ」
「俺じゃねえよ」
 問い詰めるネルフの二人に対して、戴宗はあっさり答える。
「シンジの奴から、今回の事情は聞いてたからな。子供を人質に取るようなやつを、なんで俺が守らなきゃいけねえんだ」
「けど、それじゃ一体誰が……」
 ミサトが言葉に詰まった。碇シンジの超能力を間近で見ていた彼女からすれば、殺されたなどそう簡単に信じられない。

「確かにな。なにやらきな臭いかんじだが、BF団の連中と同じで俺も動けん。今度は大作の命を狙われたら、たまったものじゃないからな」
 民間人三人を守っているBF団も表向きは何もせず、護衛だけを続けていた。ネルフ側からすれば、碇シンジが死んだ今、この三人の価値など無くなっているのだろうが。
「これじゃあ、まるで……」
「ネルフが悪の組織、見てえだな。俺だって中条長官の命令がなけりゃ、大作を連れて北京支部に帰ってるところだぜ」
「でも、相手はBF団なんでしょう?」
 それまで黙っていた草間大作が口を挟む。
「大作、BF団相手だからって、何をやってもいいわけじゃねえ。人には越えちゃならねえ一線てのがある。それを越えたら、相手と同じになっちまうんだ」
 その一線を軽く越えているのがネルフ司令だった。ネルフの二人はおとなしく引き下がるしかない。

「あーあ、何かさあ」
「うん?」
 帰り道、ミサトのつぶやきにリツコが答える。
「ネルフって、人類を守る最前線! ってつもりだったのよね」
「そう」
「それが、実際は十四の子供を脅迫して、戦わせてる……私たち一体何やってるんだろ」
「本当にそうね……」
 それは答えの出せない問いだった。これからも使徒がやってくれば、ネルフの一員として戦わなければいけない。この矛盾から二人は抜け出せそうになかった。


 一方その頃BF団本部では、
「何考えてるんですか、一体!?」
「す、すいません」
 ビッグファイアが少女に怒られていた。
「エヴァとやらに乗り移ったかと思えば、次は女の子に。禁断のテレポートを使ったかと思えば、心臓を潰される。どうやったら、ここまで無能になれるんですか!」
「いや、全部不可抗力というか、望んでやったわけじゃ……」
「当たり前です! 緊急事態でフォーグラー兄妹にテレポートまで使わせたんですから、後でちゃんと謝っておいてくださいよ」
「はい……」
 少年はどうやって生き延びたのか。
 生物にとって心臓が弱点になっているのは、血液の流れが生命活動に不可欠だからだ。逆に言えば、血流を確保できさえすれば、心臓というポンプが無くても生きていける。
 少年は心臓を潰された瞬間、大動脈と肺静脈を、大静脈と肺動脈を直結し、念動力で血流を維持したのだ。
 後は黒服たちを催眠能力で洗脳し、少年を処分したと錯覚させ、十傑集《激動たるカワラザキ》に見守られながら、フォーグラー兄妹のテレポートでBF団本部まで帰ってきたのだった。

「……まあ、このぐらいにしておきましょう。アダムが日本に移送されていたというのは、重要な情報です」
「うん、ゼーレの老人たちは、ヨーロッパじゃなくて日本でことを進めるつもりかも」
 碇ゲンドウは超能力に慣れていなかったのか、少年に念動力を使ったとき、思考をかなり漏らしていた。人類補完計画や、綾波レイの秘密もほとんど少年の知るところとなっていた。
「ええ。とりあえず今は、心臓の再生に全力を尽くしてください。完調になり次第、継承の儀を受けてもらいます」
 少年は少女の言葉に、あまりいい顔をしない。
「ああ、あれか……何かやだなぁ」
「馬鹿なこと言わないでください。あなたの存在意義は、そこにあるんですから。ちゃんと心の準備しておいてくださいよ」
「はーい」
 返事だけはいい、少年だった。


 少年が治療に励んでいる間にも、使徒は第3新東京市を襲撃しており、分裂する使徒に苦戦、ジャイアントロボと鉄人28号の同時荷重攻撃で、かろうじて勝利を収めていた。
 エヴァンゲリオン弐号機とパイロット惣流・アスカ・ラングレー、エヴァンゲリオン零号機とパイロット綾波レイの参戦により、碇シンジなしでも十分に戦えている。
 エヴァでATフィールドを中和し、通常兵器でタコ殴りするというネルフお得意の戦法は、弐号機パイロットなどには不評だったが。


「いや、本当にすいません。僕が不甲斐ないばっかりに」
 少年は、少女にこってり絞られた後、きちんとフォーグラー兄妹のところに謝りに行っていた。
「お気になさらず。我らはこのような時のために、いるのですから」
 兄のエマニエル・フォーグラーが静かに答える。テレポートは術者の生命と魂を大きく消耗するのだが、そんな素振りは全く見せなかった。
「ビッグファイア様の危機とあらば、命をかけてでも私たちは駆けつけます」
 妹のファルメール・フォーグラーがキッパリと言う。
「あうう、そう言われると……いや、そもそも危機に陥る僕が情けないのが問題で……フォーグラーさんたちをBF団に呼んだのもテレポート能力を当てにしたわけじゃないですし……」
 少年はブツブツと言い訳した。
「もちろん、父も喜んで研究に励んでいますよ」
「『超科学などわしが打ち破ってくれるわ』って、いつも言ってますわ」
 兄妹が笑って言う。
 BF団の真の敵は、人類の科学をはるかに超える超科学の産物である。フランケン・フォーグラー博士には、それを無力化する研究をしてもらっていたのだ。
 本来なら、ここに草間博士もいたのだが、考えの違いが二人の道を別けてしまった。フォーグラー博士は超科学を打ち破ることを望み、草間博士はその超科学を手に入れようとしたのだ。

「あ! そうだ、お二人とも、テレポートについて気をつけて欲しいことが」
「は? テレポートが何か?」
 テレポート能力が危険なのは今更言うまでもないはずだ。だが、少年はそれ以上のことを実感していた。
「おそらくテレポート能力は、ただの空間移動ではなく……」

「なんと! そんなことが」
「本当ですか!?」
「これからは、能力を使うときは十分注意してください」
「……わかりました」
「ビッグファイア様も、あまり無理をなさらないでくださいね」
「あはは、いやこれからが正念場なもんで、引っ込んでるわけにもいかないんですよ」
 そう言って、少年はフォーグラー家から立ち去った。


 少年の心臓が再生し、血管を繋ぎ直した頃、少女の言っていった継承の儀式を行うことになる。
「うーん、元の僕の身体ならともかく、この綾波レイの身体じゃ、完全に喰われてしまうんじゃないかな」
 少年が少女に問う。あまり乗り気ではないのがよくわかる。
「そうですね。ビッグファイア様のクローンの作成も始まっていますが、意識を移せるようになるには数年かかります。代替え案として、クローンの細胞の一部を用意しました」
 そう言って少女がカプセルを取り出す。そこには脈打つ肉塊が入っていた。
「あ~、悪趣味、って言ったら怒られちゃうかな」
「……怒りませんから、早く融合してください」
 こめかみに青筋を浮かべながら、少女が言う。
「やっぱり、怒ってる……イエ、ナンデモアリマセン」
 諦めて少年は左手を差し出す。少女はそこに、カプセル内の肉塊をのせた。
 脈打つ肉塊は、左手に溶け込んだかと思うと、真っ白な皮膚を肌色に染める。侵食は、左手から腕、肩と登っていった。

「うう、喰われる……」
「存分に侵食されてください。これはまだ前座に過ぎないんですよ」
 左半身が肌色に染まったところで、侵食は終わったようだ。少年はとりあえず手足を動かしてみる。
「うん、制御はまだできるね」
 少年の言葉に、少女は安堵の息をついた。
「これからが本番ですからね。こんなところで立ち止まっているわけには、いきません」
「顔、マダラになっちゃったな」
 少年が鏡を見て言う。少年の顔は、白と肌色がシマウマのような模様を作っていた。

 少女が、黒いアタッシュケースを持ってくる。ケースの鍵が外され、蓋が開いた。
「これが……」
「ええ、これが、真のアダム。バビルのクローン体です」
「これが本物だという保証は?」
 少年が訝しげに聞く。BF団が用意した偽物と、それはまるで変わらないように見えたからだ。
「黄帝ライセが偽物を作っていた可能性はありますが、これが本物でないならば、BF団に本物を手に入れるすべは無いことになります……ここは、ザ・サードの仕事を信じるしかありません」
「そうだね……覚悟決めるしかないか、うーむ」
 そう言いながら思い切りためらって、少年はアダムに右手を伸ばした。



[34919] 第十五話:夢見るアロンソ・キハーナ
Name: FLACK◆6f71cdae ID:4f2a89df
Date: 2013/09/28 18:44
「うううっ、あああぁぁぁぁっ!」
 ビッグファイアの右手に宿ったアダムは、容赦なく少年の身体を侵食していく。
「ああっ! け、桁が違うぅぅっ!」
 クローン細胞の侵食が、コップの水に墨を垂らして黒く染めるようなものだとすると、アダムの侵食は、トロッコ一杯の石炭をコップに無理やり押し込もうとするようなものだった。
「朱里、僕から離れて! 制御できないっ!」
 暴走する超能力が、部屋の壁や天井、床にデタラメに穴を開けていく。
「そんな、超能力を封じるこの部屋が、もたないなんて」
 少女の顔が驚愕に歪んだ。
 そこに十傑集《激動たるカワラザキ》が現れる。
「諸葛亮殿は、ワシが守ります。ビッグファイア様は融合を果たしてくださいませ」
 カワラザキのバリアが少女を包んだ。だが、少年の右腕の力は更に増大する。
「ダ、ダメだ……弾け、るっ!!」
 部屋を超能力の白い光が満たしていった。次の瞬間、部屋は大爆発を起こして跡形もなくなった。

「……どうやら、融合は成功したようですね」
 カワラザキのバリアに守られて無事だった少女がつぶやく。
 少年は、元は部屋だった瓦礫の真ん中で、気を失っていた。その右腕と顔の右半分が、生体とも金属とも思えないようなものに変質している。
「これがBF団の悲願への第一歩」
「……はい」
 カワラザキの言葉に、少女が頷いた。

「緊急事態です! ビッグファイア様、諸葛亮殿! ……こ、これは一体!?」
 そこにB級エージェントのオロシャのイワンが、飛び込んでくる。部屋の惨状に驚いているようだ。
「何事です」
 少女が静かに聞く。イワンは我を取り戻した。
「は、はっ。《夢見るアロンソ・キハーナ》が目覚めたという報告が……」
「なんですって!?」
「まさか、奴が目覚めるのは百年以上後のはず」
 少女とカワラザキが驚く。コードネーム《夢見るアロンソ・キハーナ》、世界に破滅をもたらすその存在は、まだ眠りについているはずだった。
「彼の近くで海底火山の噴火を確認しました。そのショックで目覚めてしまったものと……」
「……何ということだ」
「さすがに今、ビッグファイア様は動けない。このままでは、世界が滅ぶ……」
 少女が絶望的な声で言う。最悪のタイミングだった。

「……行くよ」
「ビッグファイア様!?」
 気絶していたはずの少年が、いつの間にか少女のそばに立っている。
「いけません! ビッグファイア様は融合を果たしたばかり、いくら何でもこの状態で動くことは無理です!」
「そうも言っていられない。世界の破滅を座して待つわけにはね……」
 そう言って、少年からはテレポート特有の光の粒子が放出され始めた。
「……一気に飛ぶよ、気をつけて」
「お待ちください、ビッグファイア様! タイタンもガイアーも起動しておりません。また、現地には国際警察機構の九大天王が向かっているという情報も。まだ時間はあります!」
 急ぎテレポートしようとする少年を、イワンが制止する。

「……わかった。それじゃ、動ける十傑集を集めて、急いで足を用意して」
「は、はいっ!」
 イワンは慌てて出ていった。
「無茶をしないでください。いくら何でも、今超能力を使うのは無謀です」
 少女がため息をつきながら言う。少年にもそれはわかっていた。
「うん。でもこれは本当に異常事態だよ。タイタンが起動する前に、彼が目覚めるなんて」
「はい……」


 結局、十傑集《激動たるカワラザキ》《暮れなずむ幽鬼》《直系の怒鬼》を連れて出発することになる。
「それにしても、足が大怪球なんて」
 少年が呆れたように言う。
「しょうがありません。今のフォーグラー博士を、止めることはできませんから」
「わははは、タイタン、六神体、ガイアー何するものぞ! わしのアンチエネルギーシステムで、すべて停止させてくれよう!」
 制御席のフォーグラー博士はすっかりハイになっていた。
 タイタン、六神体、ガイアーの話を聞いたフォーグラー博士が、強行に大怪球での出動を求めたのだ。
 超科学の克服を研究テーマとするフォーグラー博士にとって、今回の事件は待ちに待った出番だった。
「いや、まあ頼もしいといえば、頼もしいんだけどね」
 少年がため息をつきながら言う。《夢見るアロンソ・キハーナ》の覚醒に加えて、もしタイタンやガイアーが動き始めれば、ビッグファイアといえども事態を納めるのは難しいからだ。

「この右腕に顔。シェルブリット第二形態?」
 アダムによって変質した自分の身体を鏡で見ながら、少年はつぶやく。
「異界の扉を開く、という意味ではそう言ってもいいでしょうね」
 少年のつぶやきに、少女が答える。少年は少し驚いた。
「あれ、知ってるんだ」
「ブルーレイボックスを、この間買いました」
 少女がVサインをする。
「あ、いいなあ。オリジナル2chの音声も入ってるんでしょ、あれ」
「はい」
 ヲタクな会話だった。


 海底火山の活動により隆起した島の上、《夢見るアロンソ・キハーナ》の周りには、すでに国際警察機構の九大天王たちがいる。
「サイキック重力牢!」
 《ディック牧》の超能力が《夢見るアロンソ・キハーナ》に高重力場を発生させ、動きを封じた。
「緊急出動、非常線!」
 《大塚署長》から無数に飛び出した「Don't touch」と書かれたテープが《夢見るアロンソ・キハーナ》の体を幾重にも巻いていく。
 そして、《夢見るアロンソ・キハーナ》の正面に立つ《静かなる中条》が攻撃の構えを見せていた。
「君に恨みはない。だが地球を破壊させるわけにはいかん。我が拳で微塵と化せ! ビッグバン・パン……」
「そこまで!」
 人間爆弾・静かなる中条の拳を止めたのは、黒、赤、黄色の三色のマスクを被った少年だった。
「私の拳を止めるとは。何者だ?」
「私の名はシュバルツ……いや、《伝説の少年A》とでも呼んでください」
 少年は、飛び出す前に顔を隠すように、少女からマスクを渡されていた。国際警察機構に顔を知られるのはまずいという判断からだ。ドイツカラーなのは、少女の純粋な趣味。
 まだ融合したてで、超能力をうまく使えない少年は、マスクを素直に受け取った。本来なら、変身能力で顔を変えるだけで済むのだが。

 ビッグバンパンチを受け止めた少年の右腕が、軋む音を立てる。地上最大の爆発力、ビッグバンパンチを止めるのは、少年にとっても容易いことではなかった。
「では聞く、《伝説の少年A》とやら、なぜ奴を倒すのを止める? このままでは世界が滅びるぞ」
「あ~、九大天王って結構ノリがいい……じゃないや、地球破壊プログラムは彼の死もトリガーとしているんです」
「何!?」
 少年の言葉に、九大天王たちが驚く。
「それでは、どうすればいいというのだ」
「このまま、世界の滅亡を黙って待てと?」

「そうは言ってません……よ?」
 説明しようとした少年の背後で、大きな水音と共に巨大な顔が現れた。
『タイタンです!』
 少女からテレパシーが送られてくる。国際警察機構に正体を知られないように、BF団同士の会話は、すべてテレパシーを使うことになっていた。
『地球破壊プログラムが動き出したのか!? フォーグラー博士! お願いします』
「まかせておけい!」
 空に浮かんだ大怪球から、アンチエネルギーフィールドが放出される。その波動を受けて、タイタンが動きを止めた。
「ふはは、どうじゃ、わしにかかれば地球監視者の超科学など、赤子の手をひねるも同然!」
『おお! すごい』
 少年は素直に感心する。今の人類の科学をはるかに超えた、超科学の産物を容易く無力化してのけたのだ。

『ガイアーの起動は確認できません。タイタンの停止に成功したものと思われます。』
『……助かったのか』
 テレパシーでそれを聞いて、少年は安堵した。とりあえず、地球破壊プログラムの進行は止まったらしい。

 その時地響きが起こり、海底から巨大な爆発音が響いた。
「海底火山の噴火!? まずい、タイタンを破壊されたら、ガイアーが目覚める!」
 そこに突然、巨大な影が海面下から躍り出る。タイタンに迫るほどの巨体だが、二つの触手を持った甲殻類のように見えた。
「メガノマロカリス・ギガンテウス!?」
『どこのカンブリア紀生物ですか?』
『ご注意ください! ブラッドパターン・ブルーを検知! あれは、使徒です!』
 マニアックすぎるボケとツッコミに、イワンが警告する。

「使徒か、それなら手加減の必要はないよね」
 少年は、変質した右腕を使徒に突き出した。



[34919] 第十六話:ガイアー
Name: FLACK◆6f71cdae ID:4f2a89df
Date: 2013/11/02 18:38
「《夢見るアロンソ・キハーナ》やタイタンは殺すわけにも、壊すわけにもいかない。けど使徒なら話は別だ」
 少年は突き出した右手の人差し指を曲げ、中指、薬指と曲げていき、小指を曲げたところで拳全体を握りこんだ。
『とことん、それでいくつもりですか』
「僕の拳が光って唸って、真っ赤に燃える!」
『あ、そうきましたか』
 能力者が超能力を使うとき、自己暗示でキーワードや予備動作をつけるのは普通にあることだが、少年の場合はどうなんだろうか。
 ふざけているように見えても、変質した右腕はエネルギーを発し輝きはじめる。
 使徒を目の前にして、葛城ミサトの深層意識による憎悪が湧いてきた。
(どうして今更? いや、ちょうどいい。まとめて叩きつけてやる!)
 右腕の輝きが頂点に達したとき、
「必ぃっ殺っ! シャァァイニング・ナッコォォォッ!!」
 つきだした拳から力が解放された。アノマロカリスに似た使徒の数十倍の大きさの、輝く拳が海を裂き海底を削って、水平線の彼方まで飛んでいく。
 使徒は光に包まれ、そのまま消滅してしまった。

『再建中の月面基地から打電。地球から怪光線が飛んでいくのを観測したそうです……これが真のアダムの全力ですか』
 エネルギーの余波で海は割れたまま、削られた海底の姿を見せている。
『いや、シャイニングだから抑えめにしたんだけど……』
『抑えてこれですか。あなたを地球圏から追放することを、検討したいですね』
『た、確かに、地面に向けたら地殻が崩壊しそうだね……あ、あれ? そういや、タイタンは?』
『たった今、あなたが吹き飛ばしました』
 タイタンがいたはずのそこも、海底ごとえぐれてなくなっていた。

「あああ、たまにやる気を出したらこれだよ……何やってるんだ僕は」
 少年はがっくりと肩を落とす。タイタンを破壊されないためにやったのに、この有様だ。
『ちょっ、ここでテンション下げないでください!』
『ガイアーが目覚めるのです! これからが正念場ですぞ!』
「……せっかくフォーグラー博士が、タイタンを止めてくれたのに……僕って一体」
 叱咤するテレパシーにも関わらず、少年は膝と手を地につき頭を下げる。要するにこんな感じ→orz

「いかん!」
 十傑集たちが次々と大怪球から降りて来た。それを見た九大天王が身構える。
「BF団、十傑集! 何をしに現れた!?」
「世界を破滅させるつもりか!」

「ええい! 貴様らに構っているヒマはない!」
 十結集は、九大天王を無視して少年のもとに集まった。
「ビッグファイア様! しっかりしてくださいませ!」
「ガイアーが目覚めれば、本当に地球が破壊されてしまう」
「……」
 十結集の声に、少年はふらふらと立ち上がる。
「あうあう、役立たずですいません……むしろ足を引っ張ってすいません」
 全然立ち直っていなかったが。

 その時、海からタイタンとは違う巨大な顔が浮かんできた。
『……あれが、ガイアー!』
「何ということだ」
 皆の顔が絶望に歪む。地球破壊プログラムが最終段階に入ったのだ。

 だが、その中で今だ希望を失っていないものがいる。
「ガイアーか、よかろう。そやつも停止させるまでだ!」
 フォーグラー博士の大怪球が再びアンチエネルギーフィールドを発生させた。浮上しようとしていたガイアーの動きが止まる。
「おお!」
 だが、動きを止めたガイアーから、無数の光弾が発射された。四方八方に放たれたそれは、触れるものすべてを爆発させる。
 海底火山の活動によって隆起した島も、大怪球も大きなダメージを受けた。
「いかん! ビッグファイア様をお守りしろ!」
 三人の十傑集が少年の前に立ちふさがって、バリアをはる。しかし、光弾は次々と襲ってくる。長く持ちそうにない。

「くっ、試作型のシステムではこれが限界かっ!」
 フォーグラー博士の研究するアンチエネルギーシステムの理論では、すべてのエネルギーを無効化、吸収できるはずだったが、それは今だ研究段階、試作機ではガイアーの光弾を完全に吸収することはできなかった。大怪球が動作を停止するのも時間の問題かと思われる。

『何やってんですか!』
 茫然自失になっている少年に、少女からのテレパシーが届く。
『男ならここで、スーパーピンチ喚び出すくらいの甲斐性見せたらどうです!』
 ビクリと少年のからだが震えた。
『喚び出す……それだ!』
『はあ? 本当にスーパーピンチクラッシャー喚ぶ気ですか?』
 少女はドン引きする。いよいよ少年がイカレたと思ったのだ。

『そうじゃなくて、今の僕にはガイアーを破壊することは出来ても、停止させることはできない。けど、彼らを召喚すれば……』
『まさか!?』
 少女の顔色が変わったのが、少年にもテレパシーで感じられる。
『……3つの僕を喚ぶ』
『危険です! いつ我々に牙を向くかわからないんですよ!?』
『いや、大丈夫!……多分……きっと……』
 少年のトーンが下がっていった。
『あのですね、自信あるのかないのか、はっきりしてください!』
『は、はいっ! えーとその、地球の破壊は真の継承者も望むことじゃないから、少なくとも封印するまでは従ってくれるかなあ、って』
『……で、その後は?』
『多分、僕に襲いかかってくるんじゃないかと……』
『……』
 重い沈黙だけが返ってくる。

『だ、ダメかな。やっぱり……』
 少女は大きなため息をついた。
『仕方ありません。他に選択肢はないようですし、毒を食らわばなんとやら。いけるところまでいきましょう』
『うん、それじゃいくよ!』
 少年は右腕を天に突き上げる。
「集え! 三界の覇者達……ぐあぁっ!」
 鋭い音とともに、少年の右腕に亀裂が走った。ひび割れた箇所から血が霧状に吹き出してくる。
「ビッグファイア様!?」
「さっきのビッグバンパンチの影響か? こんな時に!?」
 ガクガクと震える右腕の裂け目から、金属の刺のようなものがいくつも生えてきた。見る間に腕は元の倍以上の大きさに膨れ上がる。

『まさか! アダムが覚醒を!?』
 右腕は、少年の頭上でまるで巨大な花のような形に拡がっていった。
『いけません、ビッグファイア様! このままでは!』
 花の中心から、大きな球体がせり上がってくる。殻のようなものが二つに割れて、中から黒い瞳を持った目が現れた。
『!』
 次の瞬間、強烈な閃光があたりすべてを白い光に染める。みんなの目が光に慣れたころ、少年の頭上に巨大な光の柱が天を衝くのが見えた。

「これは! 15年前と同じ……」
「……セカンドインパクトの惨劇が、繰り返されるというのか!?」
 十傑集と九大天王は、かつて同じ光を南極で見たことがあった。
『これが、災いの塔(ザ・タワー)!……バベルの塔!』



[34919] 第十七話:ザ・タワー
Name: FLACK◆6f71cdae ID:4f2a89df
Date: 2013/11/30 18:34
Jehovah came down to see the city and the tower, which the children of men builded.
Come, let us go down, and there confound their language, that they may not understand one another’s speech.
Therefore was the name of it called Babel.

 少年の右腕から咲いた巨大な花はより一層大きく開き、そこから伸びる光の柱は輝きを増していく。
 少年は振り上げた右腕以外、頭も手足も力なくたれ意識があるのかもわからなかった。

「かつて、黄帝ライセ様が開いた扉が再び……」
「……ならば、この少年こそ本物のビッグファイアなのか」
 九大天王達が身構える。
「ここでサードインパクトを起こさせるわけにはいかん!」

「……ほう、ならばどうするというのだ」
 《暮れなずむ幽鬼》がズボンのポケットに手を入れ、猫背のまま九大天王たちの前に立ちふさがった。
「我らが黙って見過ごすと思うのか?」
「……」
 《激動たるカワラザキ》《直系の怒鬼》が向き直る。

『……ミニクイ』
 九大天王と十傑集が対峙したその時、その場にいた全ての者にテレパシーが放たれた。
「ぬ! 《夢見るアロンソ・キハーナ》か!」
「マーズ!」
『ナントイウ、ミニクイイキモノダ……コノヨウナモノニ、イキルカチナドナイ!』
 《夢見るアロンソ・キハーナ》が両手を天に掲げる。
「いかん! 地球を破壊するつもりか!」

『……シュウエンノトキ……ガイアー!』
 《夢見るアロンソ・キハーナ》の声に応え、ガイアーから強烈な光が放たれた。ガイアーの頭上に、今までとは比べ物にならない巨大な光球が現れる。

「くっ! この様な時に!」
「まずい! ガイアーを止めろ!」
 十傑集と九大天王がガイアーに殺到するが、あまりにも強力なエネルギーは彼らすら近づくことを許さなかった。
「このままでは! 間に合わんか!?」

 ガイアーから光球が放たれようとするその時、少年の頭上の光の柱から三つの影が躍り出る。それらの影はガイアーの周囲に降り立ち、光球を取り囲んだ。
「あれは!?」
「ガルーダ!、そしてネプチューン! アキレスか!」
 バビルの3つの僕、三体がそろってバリアを発生すると、ガイアーの光球は見る見る小さくなっていく。

「……醜くて、結構だ《夢見るアロンソ・キハーナ》……」
 光り輝く柱の下、少年からか細い声がした。
「ビッグファイア様! ご無事で!?」
 十傑集達が、少年の元に集まる。
「……醜くても、薄汚くても、生を選択し続けるのが人間なんだ……」
 俯いた少年の顔が上がり、《夢見るアロンソ・キハーナ》を強く睨んだ。
「もがき足掻く事こそ生命の本質って、赤い星の白い戦士も言ってるし……」
『……』

「……はあ」
 しばらくすると少年はため息をつく。鋭い眼光が緩んだ。
「地球破壊プログラムに、こんなこと言っても理解される訳ないか……」
 海底で深い眠りについていた《夢見るアロンソ・キハーナ》に、勇者シリーズのネタを出されても、ついていける訳ないだろう。

「カワラザキさん、幽鬼さん、怒鬼さん」
 少年が十傑集に呼びかけた。
「はっ!」
「……」
 《激動たるカワラザキ》《暮れなずむ幽鬼》が答え、《直系の怒鬼》が無言で頷く。
「……えーと、そのぉ……こういうことは言いたくない、けど、他に打つ手がなくて……だから、その……」
「何なりとおっしゃってください!」
 どこまでも歯切れの悪い少年に、カワラザキが強く促す。
「……今、地球破壊プログラムの上位存在であるバベルの塔から、緊急停止コマンドを発行してるんだけど、これも保って数分が限度。ガイアーの地球破壊プログラムは、まだ停止していない。だから……」
 少年は再び俯いた。
「……みんなには、ここで命を賭けてもらう」
 強く食いしばった少年の唇の端から、血が滴り落ちる。

「……喜んで、この命捧げましょう!」
「全ては!」
「我らの、ビッグファイアの為に!」
 三人の声が重なった。

「……怒鬼さんの声、初めて聞いたな」
 少年は微かに笑った。
「ごめん、僕に本当の強さがあれば……」
「お気になさるな、ビッグファイア様」
「地球の破壊、サードインパクト、たった三人の命で済むなら、安いものだ」
「……」
 三人は頷くと三方に散る。

 《夢見るアロンソ・キハーナ》の前に、《暮れなずむ幽鬼》が立った。
「永劫……とはいかんが、永い眠りについてもらおうか」
 鋭い口笛の音とともに、《暮れなずむ幽鬼》から濃い霧のようなものが湧き出てくる。彼の能力、群雲虫だった。
 虫たちは《夢見るアロンソ・キハーナ》に群がっていく。あっという間に、《夢見るアロンソ・キハーナ》の姿が虫の群れの中に掻き消えた。
 《暮れなずむ幽鬼》の体は分解され、小さな一匹の虫になる。群雲虫を使ってしまった今、十傑集《暮れなずむ幽鬼》の能力はもはや失われたも同然だった。だが、
「テレパシーによる強深度催眠。オレが生きている限り、お前が目を覚ますことはない」

 光球を掲げたガイアーには、《激動たるカワラザキ》が向かう。
「さあ、ワシとともに時の果てへ行くとしよう」
 カワラザキの体から、銀色の光が放出された。その光は銀色の球体、正確には鏡面の球体となってガイアーと光球を飲み込んでしまう。
「あれは、停滞空間(ステイシス・フィールド)!」
 停滞空間、フィールド内の時の歩みを遅くする結界。どのぐらい遅くできるかは術者の能力に左右されるのだが、
「さすがカワラザキさん。緊急停止コマンドは数分しか持たないけれど、フィールド内外の相対時間は約八千億対一。ガイアーから光球が放たれるのは少なくとも百五十万年以上かかる」

 そして、《直系の怒鬼》は少年の眼前に立つ。
「……」
 それまできつく閉じ、決して開かれることのなかった右目が開いた。瞳のない眼球が現れ、碧い光を放つ。
「始祖より受け継がれし浄眼。後継者以外で『塔』に干渉できる唯一のもの……」
 少年の頭上にある光の柱が不規則に明滅し始めた。その光は徐々に力を失っていく。
 ごぽりと、怒鬼の右目から血が溢れ出た。浄眼を使うことは、十傑集《直系の怒鬼》にとっても命を削る危険なことだった。
「……!」
 怒鬼がひらりと跳躍し少年の右腕、巨大な花の中央に降り立つ。そこは強大なエネルギーが発生し渦を巻くところ、怒鬼の体が力の奔流に晒され燃え上がりはじめた。
「……」
 だが、怒鬼はかまわず七節棍を両手に持ち、花の真ん中の巨大な瞳に突き立てる。
「っ!」
 少年の顔が苦痛に歪んだ。それでも怒鬼はさらに両腕に力を込める。
 ギギギ、と軋む音を立てながら、少年の右腕の花が少しずつ小さく折りたたまれていった。中央の瞳も再び殻に被われていく。
 回転しながら落下するように縮んでいく少年の右腕。怒鬼もその渦に巻き込まれて落ちていく。それでも怒鬼は一歩も動かず、花もろとも少年の右腕に吸収されていった。
「……二人がかりで、ようやく真のアダムを制御できそうだね」

「我らはこのまま見ていることしかできないのか!?」
 九大天王達が、声に悔しさをにじませた。
「しかし、BF団によって事態は収拾しようとしている」
「十傑集が手を放せない今が、ビッグファイアを倒すチャンスではあるが……」

「そうはさせません!」
 大怪球から再び人影が飛び降りてくる。
「朱里!?」
 少女が、九大天王の前に立ちはだかった。
「九大天王を相手にするなんて、無茶だ!」
 少年が叫ぶが、少女はそれを無視する。
「小娘一人に、我ら三人を止められると思うのか?」
「できるできないは関係ありません。フォーグラー博士とイワンは大怪球の維持に手一杯。今動けるのは私一人。ならばこの命を賭けて、たとえ0.1秒でも時を稼ぎます!」

 九大天王と少女が対峙した。
「……15年前とは逆になりましたね。私が今代の諸葛亮孔明です。よろしく、九大天王の方々」
「何だと! 貴様が!?」
「かつて黄帝ライセが呼び出したバベルの塔を、BF団の諸葛亮孔明が命を賭けて封印した。これがセカンドインパクトの真相。あなたたちもその場に居合わせたはず」
「くっ、なればこそ、あの惨劇を繰り返させる訳にはいかんのだ!」
 ためらっていた九大天王たちが、ついに少女に向かって攻撃を仕掛ける。だが、少女は一歩も退かず立ち向かおうとした。

「なんで、なんでだよ! 星を砕くほどの力を手にしたのに、目の前の女の子を助けることもできないなんて!」
 少年が絶叫する。しかしいくらもがこうと少年の右腕は、空間に固定されたかのように全く動かず、超能力を使うことも出来なかった。
「おさらばです。ビッグファイア様……」
「やめろっ! やめるんだあっ!」
 少女と九大天王が閃光に消え去る。少年は思わず目をつぶった。

「……あ、ああ……朱里?」
 少年が目を開けると、少女のいたそこにはGR1の数倍の巨体を持ったロボットがいた。
「え?……ネプチューン?」
 バビルの3つの僕の一つ、ネプチューンがそこにいた。その巨大な手の中に、少女が無傷でいる。
「……ビッグファイア様、なのですか?」
 自分が生きていることが信じられない少女が、少年に問うた。他には考えられないからだ。
 だが、少年はかぶりを振る。
「バベルの塔の実行権限はもう失われてる。3つの僕が言うことを聞くはずないんだ」
「じゃあ、なぜ……?」
 そのとき、少年と少女は九大天王たちが空を見上げて唖然としていることに気づいた。
「? 一体何が……」
 少年と少女が視線を上に向けると、光る柱に大きな人の顔が写っているのが見えた。
「あれは! 黄帝ライセ!?」
「え、そうなの?」
 セカンドインパクトの引き金となり亡くなった黄帝ライセ。少年は資料に目を通してはいたものの、顔などすっかり忘れていた。

「……」
「え? 何か?」
 黄帝ライセの顔が何かをつぶやいている。少年と少女には何を言っているのかさっぱりわからなかった。
「おお、そんな、そんなことが……」
 だが、九大天王たちには何かが聞こえていたらしい。三人の顔が驚愕に歪んだ。
「何なんだ?」
 少年と少女には状況が把握できない。

 光の柱が消えていくのとともに、3つの僕がそこに帰っていった。黄帝ライセの顔も薄れて消えていく。
 後には、九大天王と少年、少女が残ったまま。二人は今渡こそ九大天王が襲ってくるかと身構える。しかし、
「我らは、一旦梁山泊へ戻る」
 《静かなる中条》の言葉に少年は驚いた。
「へ? いや、それはありがたいけど」

「黄帝ライセ様のお言葉を、皆に伝えねばならぬ」
「国際警察機構の行くべき道を探るのだ」
「それまで、その命預けておくぞ」
 そういって、九大天王たちはその場を離脱していった。

「……何がどうなったんだろう? 訳がわからないな」
 少年は呆然としたままだ。なぜ九大天王は何もせず立ち去ったのだろうか。
「黄帝ライセが……あれは残留思念でしょうか……なにかメッセージを残したようですね。とりあえず、命を拾ったことに違いありません」
「とは言っても、十傑集を三人も失ったよ。僕がちゃんと力を使えれば……」
 《激動たるカワラザキ》は停滞空間に閉じ込められ、《暮れなずむ幽鬼》はその力をすべて《夢見るアロンソ・キハーナ》を眠らせるために使い果たし、《直系の怒鬼》は少年の右腕に取り込まれた。
「仕方ありません。あまりにもタイミングが悪すぎました。世界が破滅から救われただけでも良しとしなければ」
「でも、それで納得なんて、できないよ……」
 少年がうなだれる。しかし少女は容赦なかった。
「落ち込む暇があるなら、超能力の制御に力を注いでください。戦力が減ったのならば、それを穴埋めしなければいけないのですから」
「……うん、そうだね」
 少年がこのまま立ち止まれば、三人の犠牲はそのまま無駄死にになる。少年はどうあっても、前に進まなければいけなかった。

「とはいえ、逃げれるものなら逃げたいなあ」
 ここまで来ても、少年のボヤキは止まらない。ヘタレはやっぱりヘタレだった。



[34919] 第十八話:私を〇〇に連れて行って
Name: FLACK◆6f71cdae ID:4f2a89df
Date: 2014/01/01 10:01
「さて、この後始末、というかまだ問題が残ってる」
「そうですね」
 ビッグファイアと少女は、大怪球に帰ってイワン、フォーグラー博士とともに会議を始めた。
「フォーグラー博士にはアンチエネルギーシステムの修理をしていただきます」
「うむ」
 少女の言葉にフォーグラー博士が頷く。大怪球はガイアーの光球によって大きなダメージを受けていた。アンチエネルギーシステムを再起動するにはどうしてもフォーグラー博士が必要だった。

「そして、イワン」
「はっ」
 少年の声に、イワンは直立不動で応える。
「今回の手配の手際のよさと今後の任務に備えるために、君をA級エージェントに昇格する」
「は、はいっ! ありがたき幸せ!」
 予想外の言葉に驚きつつも、イワンは喜び深く頭を下げた。
「喜んでばかりもいられないよ。偉くなるって事は仕事も増えるってことだし……」
「何なりとおっしゃってください!」
 いつも通りテンションの低い少年に対して、イワンはやる気満々だ。

「それじゃ、さしあたっての任務なんだけど、ここの監視を任せたい」
「……と、言われますと?」
「停滞空間に封印されたガイアー、眠りについた《夢見るアロンソ・キハーナ》の監視だよ」
「……それが任務とあらば従いますが。しかし?」
 わざわざ昇格させてまでやらせる任務がただの監視。イワンは窓際に回されたのかと思った。
「閑職にはならないよ。多分かなり大変な事になる」
 イワンの疑惑を少年は否定する。
「国際警察機構がこの場所を知っている事と、なにより……六神体と地球監視者が残ってる」
「!」
 イワンの顔に緊張が走った。地球破壊プログラムの重要なファクターがまだ残っていたのだ。
「彼らがここの現状を知れば、必ず六神体を持って封印を解こうとするはず。それだけは絶対に阻止しなければいけない」
「アンチエネルギーシステムがあれば、六神体を停止させることは可能でしょうが、地球監視者は確実に仕留める必要があります。エージェントを何人使っても構いません。ロボットの手配も必要ならばいたします。彼らを迎撃する体制を作ってください」
「はっ、承知しました!」
 少女の言葉にイワンは即答した。これは閑職などではない。まさに最前線の任務だった。


 大怪球、試作型アンチエネルギーシステムの修理が完了したところで、少年と少女、フォーグラー博士はBF団本部に帰った。
「それでフォーグラー博士には、新しいアンチエネルギーシステムの構築をお願いしたいんですが……」
「ふっふっふ、任せておけい!」
 少年の要望に博士が不敵に答える。
「タイタンにガイアー、その上バベルの塔の顕現! これだけの観測データが得られたのだ。これから完成するアンチエネルギーシステムは、地球すべてを、いや! 宇宙そのものを静止させて見せようぞ!」
「……えーと、そこまでする必要はないんですけど」
「草間よ! 草葉の陰で嘆くがいい! わしの完璧な理論の前に、GR計画もバベルの塔もすべて屈するのだ! 今渡こそ美しい夜を! それは幻ではないっ!」
 少年の声は博士に届いていないようだ。

「まあ、やる気のあることはいいことです」
「そんな、良かった探しみたいな結論でいいのかなあ」
 少年はいまいち納得できなかったが、どちらにせよ今の博士を止めることはできないので諦める。


「それよりも、ビッグファイア様ご自身の方が問題です」
「超能力、『真のアダム』の制御だね。なんだか毎回おんなじことやってるような気もするけど」
 ビミョーにうんざりした顔で少年が言う。
「下手をすると地球を簡単に破壊してしまう能力です。制御不能では話になりません」
「そうなんだけど、そんなことしてる時間あるのかな?」
「ありません。ですので、訓練は思いっきりハードにします」
「……おーのー、俺の一番嫌いな言葉は『努力』で二番目は『ガンバル』なんだぜー……いえ、すみません。頑張らせていただきます……」
 ネタに走ってみたものの、少女の容赦ない視線に少年は降参した。
「でも、訓練てどこでするの? 『真のアダム』の力を使っても大丈夫な所なんて思いつかないんだけど」
「可能な限り遠く、かつ誰にもバレない場所に行っていただきます」

 で、何処かというと、
『ふらい、みぃ、とぅ、ざ、む~ん♪ はるばる来たぜ月面~ときたもんだ』
 少年は月にやってきた。それも地球から見て月の裏側である。再建中の月面基地への、物資輸送に相乗りしたのだ。
『そこならどれほど大きな力を使っても、大丈夫です。バレる心配もほとんどありません』
 テレパシーで少女が答える。
『そりゃそうだよね~。ところで酸素の残りがほとんど無いんだけど、補給はどうなってるのかな?』
 月の裏側にまわるのに、酸素をほとんど使い果たしていたのだ。
『補給はありません。自力で何とかしてください』
『は? 自力って何とか、なるの?』
 根性で光合成でもしろというのだろうか。
『ビッグファイア様の体は、元々は綾波レイのもの。使徒とのハイブリッドです。その上、『真のアダム』の侵食によって構成要素の八割が変質してしまっています……『真のアダム』からエネルギーの供給を受ければ真空被爆くらいどうってことありません。カズマさんを見習って、生身でゴー! です』
 少女がかなり無責任に言い放つ。
『いや、あれって最終形態……そういや第二形態でも衛星軌道まで行ってたっけ。けど真空被爆って完全生物のカーズさんだってただじゃ済まなかったんだけどなあ』
『どちらにせよ、もう遅いです。宇宙服から空気抜けてますから』
『ええっ!? いつの間に?』
 少年は自分が空気を呼吸していないことに、今まで気づいていなかった。
『まあ、最悪生命の危機を感じたなら、地球にテレポートすればいいんです。難しく考えずにやっちゃってくださいね』
『そういやそうか。それじゃこの宇宙服もいらないね』
 少年は宇宙服を脱ぎ捨てた。アポロのころに比べて改良されているとはいえ、動き辛かったからだ。
『うわっ、太陽の光が眩しっ!』
『宇宙線に、直の太陽光、太陽風。宇宙ってただの真空だけじゃありませんから』
『そうだった。人類の宇宙進出って大変なんだなあ』
 生身で来ちゃってる自分が、何だか悪いことをしている様な気分になる。

『とにかく、なんとかなったなら訓練始めてください。時間ないんですよ!』
『は~い。えーと……』
 少年は超能力を使うために右腕を構えた。
『言っておきますが、能力を横や下に向けないでくださいね』
『うっ!?』
 今まさに横に向かって超能力を使おうとした少年は、そのまま固まってしまう。
『わざわざ月の裏側まで行ってるんですから、地球から観察されるようなマネをしないように。基本的に超能力は上に向かって出してください』
『わ、わかりました……』
 こうして少年は、人類のなかでも最遠の場所で一人修行に励むのだった。
『振~り向けば~ロンリネス、振り向かなくてもロンリネス~♪』
『歌うほど暇なら、こちらの事務仕事手伝ってくれませんか!?』
『……イイエ、遠慮します。修行頑張ります……はい』


 少年が人知れず月面に新しいクレーターをいくつも作っていたころ、第3新東京市は平和だった。
 来るはずの使徒が来ないのだ。シナリオ通りに進まないことに、ネルフ上層部やゼーレの老人たちは慌てていたが、どれほど待とうと『胎児』を意味する使徒が来ることはなかった。
 少年がタイタンもろとも吹き飛ばしてしまったからだが、国際警察機構からも特に報告されてもいなかったので誰も真相にたどり着くことはなかった。
 裏の事情を知らないネルフの職員たちは、つかの間の平和を楽しんでいる……訳ではない。
 いつ来るかもわからないはずの、使徒の迎撃体制を延々と行なっていたのだ。
 シナリオ通りならば、使徒を発見できるはず。その思い込みがネルフの組織全体を動かしている。

「ったく、待機、待機っていつまでやってればいいのよ!」
 弐号機パイロット、惣流・アスカ・ラングレーが悲鳴を上げる。この数週間、零号機パイロット綾波レイとともに、ネルフ本部に篭りっきりになっていたのだ。
「まあまあ、MAGIの非常事態宣言が止まらないんじゃ、しょうがないじゃない」
「なぁにがMAGIよ! 第七世代有機コンピュータっていっても神様じゃないんだから、なんでも鵜呑みにしてたらいつか痛い目見るわよ!」
 ミサトの仲裁の言葉もアスカには通用しない。通っている中学の修学旅行に行くことも出来ず、アスカのストレスは限界に達していた。
「……確かにね」
 リツコが額に青筋を浮かべながら、それでも冷静に答える。
「リ……赤木博士……」
 ミサトが恐る恐る声をかけるが、聞いているようには見えなかった。今回の非常事態宣言によって、MAGIの関係者は全員泊まりこみで調査を続けている。リツコにも濃い疲労の痕が覗えた。
「どれほど高度になったとしても、コンピュータというのは入力されたデータを加工して出力する、それだけの代物。出力されたデータに問題があるとすれば、入力されたデータか加工するプログラムに問題があるという事。結局は扱う人間次第という事よ」
「それ見なさい。それで、対策は?」
 アスカの追求にリツコはため息をつく。
「担当所員総出で、データの洗いなおしとプログラムのチェックを続けているわ。MAGIが私達に見つけられない何かの要素に反応しているのは間違いないんだけれど」
 真相は異なっている。裏死海文書の記述という、ゼーレ及びネルフ上層部にとって重要な要素があったのだが、機密情報に当たるそれをリツコは口に出すことは出来なかった。
「それじゃ、何にもわかってないってことじゃない。そんなのに付き合わされる方の身にもなって……」
 アスカが更に詰め寄ろうとした時、ブザーの鳴り響く音がアスカの声をかき消した。

「っ! 使徒なの!?」
 ミサトがいの一番に反応する。
「いえ、これは『その他の重要事項』に関連する警報だわ!……ってミサト、あなたまだ警報の聞き分けができないの?」
 同じく顔を上げたリツコが半眼になってミサトを睨んだ。
「う……ゴミン……」
「現場指揮をとる人が、正確な情報を識別できなくてどうするの」
 リツコは更にミサトに説教しようとしたが、オペレータのマヤの声に遮られる。
「先輩、いえ赤木博士! 大変です! ネルフのフランス支部が壊滅したという情報が!」



[34919] 第十九話:再びネルフへ
Name: FLACK◆6f71cdae ID:4f2a89df
Date: 2014/02/04 18:41
「作戦の概要は以上です。この手順でビッグファイア様にはもう一度ネルフに潜入していただきます」
 少女が書類を見ながらビッグファイアに報告する。
「うん。それはいいんだけど、僕の身体検査の方は……」
「潜入と同時にネルフに滞在中の十傑集は、例の民間人三人の護衛任務をC級エージェントに交代して、ビッグファイア様のもとで活動することになります」
 少年の言葉を無視した少女は書類から顔を上げようとしなかった。
「いや、だから身体検査の結果を」
「……」
 言い募る少年に、少女は顔を伏せたまま深いため息をつく。
「……どうしても、聞きたいですか?」
「そりゃ聞かないわけには……そんなに悪いの?」
「……脳が無事なのが奇跡的な状況です」
 少女が諦めて話し始めた。
「身体の右半身はすでに生命体とは呼べないものに変質しています。右の肺、肝臓、右側の腎臓などはもう機能していません。特に肝臓は代えの利かない臓器ですから、ビッグファイア様のクローン細胞から左半身に組織を移植して凌いでいる状況です」
 書類を持つ少女の手は、かすかに震えている。
「改めて聞くとキツイなあ」
 少年は変質した右腕を軽く動かしてみる。金属が軋む音がした。それはもう人間の腕とは言えないものになっている。
「絶対安静でも半年持たないと思われます。超能力を使い続ければすぐにでも、破滅の時が訪れるでしょう」
「超能力を使わない、って選択肢はないよ」
「そうですね……月面での訓練が良い方向に作用してくれればと思いましたが、甘かったようです」
 少女の手に力がこもり、書類がくしゃくしゃになった。
「こりゃ急がないと間に合わないな」
「間に合わなければ、世界が滅びます」
「自分が死んだ後のことなんて知ったことじゃない、って言い切れれば楽なんだけど」
 少年はため息をついた。
「まあ、僕に出来るところまで、やってみるしかないか」


「監視衛星からの画像です」
 机上ディスプレイの中央に、ネルフ・フランス支部を真上から見た画像が映し出されている。
「-3、-2、-1、状況開始」
 ディスプレイ中央に閃光が走り、発生した衝撃波が円状に広がっていった。
「……ひどいわね」
 爆発の惨状を見て、ミサトがつぶやく。
「いえ、この程度で済むはずが……マヤ、爆発の原因はN2で間違いないわね?」
 リツコがオペレータのマヤの方に向き直った。
「は、はい。フランス支部はBF団の襲撃を受けて、N2地雷による自爆決議を選択しました。MAGIクローンの最後のログからも確認されています」
「何か変なことでも? 赤木博士」
 ミサトが改まって聞く。
「衝撃波の減衰が早すぎるのよ。N2地雷による爆発の影響は本来ならこの2倍、いえ3倍はあるはず……それにこの衝撃波の形、地形から考えてもこれほど歪むとは思えないわ」
 ディスプレイで広がっていく衝撃波は上下の2点で大きくくぼんで、ひょうたんのような形に変形していった。
「この歪みの原因かどうかはわかりませんが、この2点にBF団のロボットが確認されています」
 マヤの言葉と共に、ディスプレイの画像が切り替わる。2分割された画面に2つのロボットの姿が映し出された。
 大きな羽を持ったロボットと、三日月型をした巨大な角を持ったロボットだ。
「これは! GR2、GR3!」
「GRって、ジャイアントロボ?」
 リツコの上げた声にミサトが反応する。
「草間博士が開発した3機のロボット。エネルギー吸収能力を持っているという話は、本当だったのね」
「N2の爆発を吸収したというの!?」
 ミサトが驚きの声を上げた。
「不完全ではあるけれど、ね。もしジャイアントロボが3機揃っていれば、N2の影響を完全に押さえ込めたかもしれないわ」
 リツコは冷静に指摘する。
「マヤ、このデータを敷島博士にも渡して、検証を頼むわ。BF団のGR計画は、ただの戦闘用ロボットを作るだけじゃないかもしれない」
「わ、わかりました」
 マヤが慌てながらデータの編集を始めた。

 マヤ以外の者は、別のディスプレイに注目し始める。
「そしてこれが、フランス支部の遺産という事?」
「BF団の襲撃直前に本部に向けて移送されたらしいわね」
 そこにはひとつのカプセルが表示されている。カプセルの中には、人の姿があった。
「アダムとの接触実験をおこなった検体、だそうよ」
「アダムとの接触って! そんなことしたらサードインパクトが!」
 ミサトが驚くが、リツコの顔色は変わらない。
「実際起こっていないんだから、落ち着きなさい。それにしてもひどいわね。アダムを移植されたのは右腕かしら、右半身がアダムの侵食を受けて変質してしまっている」

 そこにいるのは、ビッグファイアだった。ネルフ・フランス支部と引き換えに本部へ潜入することになったのだ。
 カプセルの中で眠ったふりをしながら、少年は外の様子をうかがっている。
 月での猛特訓の成果によって変身能力を使えるようになった少年は、顔を別人に変えていた。アダムによって変質した右半身はどうにもならなかったが。
(潜入工作はバレてないようだね。けど人間コンピュータの敷島博士や少年探偵金田一正太郎が本気になったらすぐバレちゃうよ。どうやってごまかそうかな……)
 だが、今回のフランス支部の壊滅、少年の移送に関してはネルフ内部の問題として、国際警察機構は蚊帳の外に置かれているようだ。追及の手がのびてくる可能性は少ないだろう。
(なんとか穏便に忍び込めればいいんだけど)
 そうそう思うようには行かない、少年はそのことを骨身にしみてわかっていた。

 数日後、カプセルに入った少年はネルフ本部に搬入される。ひと通りの検査を受けたあと、少年は病院で目を覚ました。
「Est-ce que vous comprenez japonais?」
 リツコがたどたどしいフランス語で少年に話しかける。
「ああ、一応日本人なんで、日本語で大丈夫ですよ」
「ふう、それは良かったわ。本部でもフランス語のできる人は少ないから。私はネルフ本部の技術局第一課、赤木リツコよ。とりあえず、こちらの質問に答えてくれるかしら」
「えーと、答えられることはほとんどありませんよ。僕は研究者じゃなくて、ただの検体ですから」
 少年は予め用意しておいた設定通りに話す。潜入工作をするにあたって決められたのは『ろくに事情を知らない実験体』だった。
「できる範囲でいいわ。まず名前は?」
「名前、あったかもしれないんですが覚えてなくて。識別コードはGF13ー009NFなんですが」
「どこのガンダムファイターよ」
 リツコがすかさず突っ込む。
「僕の担当の趣味だそうで。個人的にはNP3228とかが良かったんですけど」
「……ネイティブアルターね。聞くだけ無駄だという事はわかったわ。自分が一体何をされたのか、どこまで自覚しているの?」
 リツコは諦めて質問を変えた。
「コードネーム、アダムの移植実験だと聞いてます。アダムが何なのかは、全然知らないんですが」
「アダム、第一の使徒。セカンドインパクトの元凶と言われているわ」
「……怖いですね。危ないシロモノだろうなとは思っていましたけど」
 その他、いくつかの質問があったがろくに答えられず、リツコはとりあえず諦めて立ち去っていった。

(なんとか乗りきれたか? 相手がリツコさんだから何とかなったけど、国際警察機構が本気で尋問したらごまかしきれないな。擬似人格を展開しておいたほうが良さそうだ)
 それでも、話に聞く九大天王《大塚署長》のカツ丼なんか食べた日には、隠し切ることはできないだろう。
(まあ、その時は全力で逃げるしか無いか。それじゃ、精神障壁を張って……)


「にいちゃん、なんでこんな所にいるんや?」
(!?)
 突然かけられた声に少年はパニックを起こしそうになった。入り口のドアのところに、かつて『碇シンジ』が助けた少女がいる。十傑集《眩惑のセルバンテス》も同行していた。
 この瞬間、少年があわてて声を上げなかったのは奇跡に近い。月面での修行の成果だろうか。

「……えっと、誰かな君は?」
『な、なんでこんな所にいるの? とっくに退院したはずじゃあ』
 表向きはとぼけて、テレパシーでセルバンテスに話しかける。
『赤木リツコの要望で直接ではありませんが、定期的に検査を行なっております』
『にいちゃんこそどないしたんや。会うたんびに見た目変わっとるけど』
 テレパシーで横から口をはさまれて、少年は更に驚いた。
『て、テレパシー!? それに僕のことがわかるの?』
『この少女は超能力を持っております。いつ目覚めたのかはわかりませんが』
『そや! 驚いた? にいちゃんのことやったら、一目見てわかったわ』
 変身能力で別人に成りすましているはずなのに、少女はあっさりと正体を見抜いていた。
『そりゃ驚くよ……えっと、僕は今正体を隠してここにいるんだ。とりあえず表向きは知らん顔してくれるかな』
『りょうかいや』

「ウチはナツミいうねん。知り合いのにいちゃんかと思ったけど、人違いみたいやな」
「そ、そう、その人もこんななのかな?」
 そう言って少年は自分の変質した右半身を指す。
「おお!? さすがにそんなん見たんは初めてや。ごめんな間違えてしもて」
「いや、いいよ気にしないで」
「それじゃ、もう行くわ。ホンマにごめんな」
 そう言って、少女はセルバンテスと共に立ち去っていった。

 テレパシーに距離は関係ない。少年と少女はまだ繋がったままだった。
『ナツミちゃん、君が超能力を持っていることは他に誰か知ってるの? ネルフや国際警察機構にバレたらただじゃすまないんだけど』
 BF団に知られるのも、それはそれでただじゃすまないと思われるが、もう手遅れなので少年は考えないようにした。
『今のところ知ってんのは、セルバンテスのおっちゃんだけや。やっぱ秘密にしといたほうがええんか?』
『うん、超能力者なんて、ろくな扱いうけないからねえ』
 ろくでもない思いしかしたことのない少年は、しみじみ言う。超能力に目覚めて良かったことなど、覚えがなかった。
『にいちゃん、ホンマに苦労しとんやな。よっしゃ、やっぱりウチ、BF団に入るわ!』
『へ? なんでそうなるの?』
 物好き、では済まされない。少年はこの少女が正気かどうか本気で疑う。
『BF団てアレだよ。世界征服を企む悪の秘密結社。特撮ヒーロー番組のヤラレ役。関わったらろくな死に方できないよ……それともまさか、人殺しとか破壊活動に興味があるの?』
『んなわけあるかい! ええか、ウチが今生きてられんのは、にいちゃんとBF団のおかげなんや。国際警察機構はなんもしてくれへんし、ネルフには命を狙われとる。ウチが何かの役に立てるんなら、にいちゃんの力になりたいんや!』
『う、うーん……』
 この娘が冗談で言っているわけでないのは、はっきり伝わってきた。だからといって、はいそうですかと即答もできない。BF団に入るという事は、人間として大切なものを色々と捨て去らなければいけないから。主に良識とか常識とか平穏とか。
『人生捨てるのは早すぎるよ。まだ子供なのに……』
『人のこと言えるんかい、自分かて子供やろ! 大して違わんわ』
『うっ……』
 ありきたりの言葉では納得させることは出来そうになかった。
『あう~、セルバンテスさん~』
 口では勝てそうにないので、少年はセルバンテスに泣きついた。
『望むと望まざるとにかかわらず、ネルフから見ればこの少女はBF団の関係者と思われております。本人が希望するのであれば拒むこともないのでは?』
『あああ、セルバンテスさんまでそんなことを……』
 少年は頭を抱える。
『……家族とか友達とか、二度と会えなくなるかもしれないよ。僕はそういうものに縁遠かったから構わないけど、大切な人がいるのならその人のそばにいるほうがいい』
『大丈夫や。家族も友達も最初の怪獣が来た時、ビビってみんなここから逃げ出しておらんようになっとる……兄貴が残っとるけど、アレはどうでもええわ』
 少女の言葉には全くブレがなかった。随分と薄情なことを言っているような気もするが。
『……うう、えーと、あああ……あ! そうだ、それに僕はもう人間じゃない。M78星雲から……は来てないけど、残留思念、幽霊とかゾンビみたいなもんで、こんな人間の残骸に付き合う必要はないよ』
 これがとどめの一撃、のつもりで少年は言い放つ。しかし、
『そんなん、そんなん関係あらへん! ウチは、ウチはにいちゃんの役に立ちたいんや! 頼む! このとーり!』
 少年の言葉に構わず、少女は深く頭を下げた。
 そのとき、少女のそばにいた人間はいきなり頭を下げる少女にびっくりするのだが、懸命な少女は周りの様子など気にする余裕はない。
『ああ、いやいや、えええ……しょうがない、のかな? うーん、わかりました……ビッグファイアの名においてBF団への入団を認めます……本当にいいのかなあ?』
 少年はついに諦めて、少女の希望を叶える。これが正しい判断か、少年は全く自信を持てなかった。
『よっしゃ、これでウチもBF団の仲間入りや! あれ? ビッグファイアって……にいちゃんビッグファイア本人なんか!?』
『え、知らなかったの?』
『初耳や。けどちょうどええわ。我らのビッグファイアのために!……にいちゃんのためやったら、この命いくらでも賭けたるで!』
『うーん、ナツミちゃんが命を賭けるような事態なんて、あっちゃいけないんだけどね。それにせっかく助けたんだから、簡単に命投げ出しちゃダメだよ』
『はーい、合点承知や!』
 返事だけはいい。だがどうにも不安を消すことができないビッグファイアだった。



[34919] 第二十話:BF団のススメ
Name: FLACK◆6f71cdae ID:4f2a89df
Date: 2014/03/01 19:40
『BF団員、心得の条。我が命我が物と思わず、武門の儀、あくまで陰にて、己の器量伏し、ご下命如何にても果すべし。なお、死して屍拾う者なし、死して屍拾う者なし』
『おお~、アンタッチャブルやな……ってこないなとこでパロってどないすんねん』
 BF団に入団したナツミにビッグファイアが組織の説明を始めたのだが、のっけからこんな調子だった。
 二人共敵地にいるので、会話はすべてテレパシーを使っている。普通に会話してしまうと、どこで聞かれたり録音されてしまうかわからないからだ。
『んー、でもまあ、洒落抜きでそういう組織だよ、BF団は。退職金も年金もなし、労働基準法も適応されないしね』
『そう言われたら、たしかにブラックやな』
『悪の秘密結社ですから。福利厚生を期待されても困ります』
 BF団本部にいる少女、朱里が口を挟む。このままでは話が進みそうになかったから。
『ひとーつ、人の世生き血をすすり、ふたーつ、不埒な悪行三昧、みーっつ、右腕科学の勝利……』
『それはもうええて。ていうかなんやその3つ目は?』
『それはともかく、世界征服がなった暁には、BF団員に厚く報いることになるでしょう』
 朱里が当たり前のように少年の言葉をスルーする。少年はちょっと凹んだ。
『……世界征服なんて一朝一夕ではいかないから、当分先の話だけどね』
『もちろん普通に働いていれば給料は出ますし、作戦に参加すれば報酬、成功報酬が支払われます』
『ふんふん、要するに頑張って働けばええってことやな。当たり前の事やけど』
 ナツミはとりあえず納得したようだった。

『ナツミちゃんの能力は物事の本質を見ぬく、『水晶眼』とか『千里眼』とか言われるものだね……うーん』
 少年は悩んで考えこむ。
『それ、しょうもないんか? ウチ何の役にも立たへんの?』
 ナツミは少年の様子を感じて心配になった。せっかく目覚めた超能力でも、少年を助けることも支えることもできないのだろうか。
『いやその逆で、すごいレアな、テレポート能力者にも匹敵するぐらいの類まれな能力なんだ。けど……』
『けど、なんや? もったいぶらんといて』
『重要な能力者だからこそ、危ない目に会うよ。仕事も危険なものになる。直接的な攻撃力や防御力は無いから、そのへんをフォローしないといけないな』
『難しいですね。攻撃や防御に長けた者はいくらでもいますが、コンビネーションを組めるものとなると……』
『おらへんのか?』
 ナツミが不思議そうに聞く。大きな組織なのにそういう人材がいないのだろうか。
『BF団員って個々の能力は高い人が多いんだけど、連携とか協力とかできる人は少ないんだよ』
『幹部の十傑集ですら連携が取れるのはアルベルトさんとセルバンテスさん、カワラザキさんと幽鬼さんの二組だけ。みなさんバラバラというか我の強い人ばかりですから』
『でも、ナツミちゃんの能力は戦局を左右するだけの力がある。十傑集クラスと組んでもおかしくない』
『人選は追々考えるとしましょう。今は能力の更なる開発と制御の訓練を行うべきかと』
『……松コースで一気にやってもらえるかな』
 少年の言葉に朱里は少し驚く。
『危険もありますが、それでよろしいですか』
『時間が惜しい。ナツミちゃんの能力はこの戦いで、必ず勝利の鍵になる。一刻も早く戦線に出てもらわなきゃいけない』
『ナツミさんはいかがです? 事故の起こる確率はまあ、自動車に乗って交通事故に会う程度でしょうが、もしはずれくじを引いた時には助かる見込みは無いものと思ってください』
『……かまへん。その程度の確率やったら、実戦に出た時の危険に比べたら屁みたいなもんやろ』
 この程度の脅しではナツミを怯ませることは出来なかった。
『よくわかってますね……ビッグファイア様よりも工作員に向いているようです』
『……それ、褒めてるのか貶してるのか、どっち?』
『両方です』
『……』
 少年はいじけるしかない。
 ともかく、こうしてナツミはかつての碇シンジのようにダミーと入れ替わり、BF団で訓練に励むことになった。


 ネルフ本部が、やってくるはずの使徒に対する臨戦態勢を維持し続けているのは、潜入工作を行なっているBF団にとっても不都合だった。BF団は国連経由で、海底火山の爆発と共にブラッドパターン・ブルーが検知されたこと、そしてそれが消滅したことをネルフにリークする。
 その情報によってMAGIの非常事態宣言は終息し、ネルフ本部に平穏が訪れた。その平穏の影に忍び寄るBF団の姿をまだ誰も見るものはいなかった。

「エヴァンゲリオンですか。確かに動かしたことありますよ」
 病院にやってきたリツコの質問に、少年はあっさり答える。
「そう、やっぱりチルドレンの素質を持っているのね」
「僕は員数外なんでナンバーは振られませんでしたけどね」
 少年にとってエヴァンゲリオンのパイロットになることは必要だった。このままでは死ぬまで病院から出ることもできないからだ。普通の医学的に見ても少年が生存を続けるには、病院での継続的な治療が不可欠と診断される。少年はネルフ内部に潜り込む口実としてエヴァンゲリオンのパイロットとなるしかなかったのだ。
「今ネルフ本部には二人のパイロットと3体のエヴァがあるの。あなたにはフォースチルドレンになってもらって、空いている零号機のパイロットになってもらうわ」
「お好きなように。僕みたいな半死人でもいいなら」
「冷めてるのね」
「いやだ、といったら止めてくれるんですか? 言うだけ無駄なことはわかってますから」
「……フランス支部は壊滅したけれど、あなたはまだ生きている。生きている限り、全てに絶望するのは早いわよ」
 リツコの言葉に少年は微かに笑った。
「優しいですね。でも僕にはそれを受ける資格なんかないんですよ」
 フランス支部の壊滅。それはBF団の潜入作戦の一環として行われた。少年がビッグファイアとして命令した2つ、『仲間を決して見捨てないこと』『一般人に被害を出さないこと』これは裏を返せば敵対するものに容赦しないという事でもある。BF団のボスとして、少年はこの結果を承知の上で作戦の許可を出した。少年は自分の手が血で塗られていることを、これからも屍山血河を築き続けていかなければいけないことを、自覚せずにはいられなかった。
「……それでも、少しでも死ぬ人が少ないほうが、悲しむ人が少ないほうがまだマシだと、思わずにはいられない」
「何を言ってるの?」
 それはただのワガママ、傲慢、独りよがりな偽善に過ぎない。だが少年の手には力があった。世界を左右する力が。自分一人だけの独善を貫いてしまうほどの力だ。
「これは僕の弱さなんだ。力は有り余って器から溢れかえるほどあるのに、心の強さがまるで無い。この弱さが僕と共にある人たちを苦しめる」
「……あなたが何を言ってるのかはわからない……でも、何もかもを自分のせいにすることはないわ」
 リツコが少年の変質していない方の左手を握る。
「ああ、駄目だ。自分の心の整理をつけようとすると、愚痴ばっかり出てくるな。申し訳ありませんがリツコさん、あなたも僕の傲慢の犠牲になるんですよ」
 少年は首を振って、超能力を発動させた。病室が急に暗くなる。全てのものがモノクロの写真のような扁平な景色に変化した。
『え? 何、身体が動かない!?』
『僕とあなたの思考速度を一万六千倍に加速しました。現実の一秒が僕達には4時間以上かかることになります。思考の速度に身体が反応しきれないので、動けないように感じますが大丈夫ですよ』

『あなた、超能力者だったのね……私を洗脳でもするつもり?』
 リツコはほとんど取り乱すことなく少年に質問する。
『状況判断が早いですね。まあ、洗脳というかなんというか』
『……オレは勧めんがな』
『誰っ!?』
 明らかに第三者の声がして、リツコは緊張した。
『ああ、僕の腹心の一人です。今回の件で仲介をお願いしました』
『後悔するぞ。人の心なんて見て楽しい物じゃない』
『腹心……あなた、何者?』
『お前たちに名乗る名前は無いっ! かっこ井上和彦かっことじ! いや嘘です。えーと……ビッグファイアといえばわかりますか? こんなことをやる目的は、リツコさんをBF団に引き抜くためです』
『BF団!? ビッグファイア本人なんて、いったいなぜ?』
 赤木リツコを引き抜くだけが目的なら、首領本人が出てくる必要など無いだろう。誘拐にしろ洗脳にしろ部下はいくらでもいるはずだった。
『理由は、まあ色々あるんですが、リツコさんをネルフに所属したまま説得するには、これが一番かなと思いまして』
『説得? 応じると思ってるの?』
『アンタッチャブルっていうほど、ネルフに忠誠を誓っているわけじゃないでしょう』
『……そう、その気になればきっと私の記憶を覗くこともできるんでしょうね。洗脳でないなら、何をするつもりかしら』
『碇ゲンドウの記憶を見たことがありますから、リツコさんがネルフにいる理由も一応知ってます』
『……』
『ですので、力ずくで洗脳するんじゃなくて、僕にできる最大の誠意を見てもらおうかと思いまして』
『は? 誠意?』
 この異常事態にも動じなかったリツコが呆れた声を上げる。この少年は何を言っているのだろう。
『ええ、誠意です。通じるかどうかわかりませんし、これも洗脳と言われればそうかもしれませんが』
 そう言って少年は超能力を発動させた。目に見えない、精神だけに見える光がリツコの心を包んだ。

『! これは!?』
『……精神の全面開放。僕の心の光、闇、崇高なもの、下衆なもの、全てをお見せします』
 少年の記憶の全て、心の深奥、気高い志、下品な欲望、ありとあらゆるものがリツコの心に降り注ぐ。
『ああ、あああああ!』
『あ~、思ってたよりキツイなこれは。一週間くらい欝になりそうだ』
 自分の心の裏まで全てを見せる。覚悟はしていたものの、気持ちの良いものではなかった。自己嫌悪の嵐でひたすら落ち込む。
『それだけの思いをして、得るものがあるとは限らんぞ』
『幽鬼さんが言うと重みがあるけど、結果はまだ出てないよ……リツコさん、どうかな?』
『……』
 だが、リツコからの返事はなかった。
『さすがに人一人の心の全てを飲み込むのは時間がかかる。わざわざ思考加速をしているのだ、今は待つしか無い』
『そりゃそうか。まあ、まだ現実で1秒も立ってないし、ゆっくり待つとしますか』
 少年と《暮れなずむ幽鬼》はリツコの回復を待ち続ける。

 現実時間で十数秒後、加速時間では数日の時が立った頃リツコがはじめて反応した。
『……シンジくん、だったのね』
『え、ええ。あ、そういえば言ってませんでしたね』
『私みたいな汚れた女に全てを見せて、裏切られたらどうするつもりなの?』
 リツコの声はあくまでも静かだった。
『リツコさんが碇ゲンドウみたいな心ない外道なら、力ずくで洗脳しますよ。確かに賭けですが分の悪い賭けとは思ってません……多分』
『自信があるわけじゃないのね。ふふっ』
 リツコが微かに笑うのが感じられる。この時、少年は賭けに勝ったことを感じ取った。
『ただし、条件があるわ』
『条件……なんですか?』
 少年が身構える。予想外の展開だった。
『あなたの超能力で、私の心を見て欲しいの』
『へ? ええっ!? いや、自分でやっておいて何ですが、はっきり言っておすすめできませんよ。後悔しますよ。自己嫌悪でのたうち回るはめになること間違い無しで……』
 少年が慌てふためく。まさかリツコがこんなことを言い出すとは思いもしなかった。
『かまわないわ。私があなたを知ったように、あなたにも私を知ってほしい』
 だが、リツコの意思は固いようだ。
『えーと、どうしようか、幽鬼さん』
『ボスといいこの女といい、おかしな奴らだ。いや、ある意味お似合いなのかもしれんな』
 強力なテレパシーを持ったために人間不信に陥ったことのある《暮れなずむ幽鬼》からすれば、二人共酔狂にも程があるといったところだ。
『本人が言っているのだ。好きにさせればいいだろう』
『似たような台詞を最近聞いたような気もするけど……いいのかなあ、うーん……それじゃ、お邪魔しますよ』
 ためらいながら少年は、リツコの心に侵入する。

『くっ、たしかにこれは、キツイわね』
 リツコが苦悶の声を上げた。自分の心というものはある意味もっとも見たくないもののひとつだろう、精神が悲鳴を上げるほどの自己嫌悪が襲いかかってくる。
『まあ、誰だってそうです。と自分がやったから言えるんですけどね』
 少年の精神に、赤木リツコの心が開かれて見えた。母親赤木ナオコ、ネルフ司令碇ゲンドウによって抑圧、偏向された様を感じ取る。
『改めて見ればひどいものね。こんな汚れた女、幻滅した?』
『いやあ、心の歪みっぷりなら僕も負けてませんから』
 限界を超えた自己嫌悪の嵐の中、軽口を叩き合う二人。半ば開き直り、残り半分はヤケクソであった。

 互いに心を見せ合ったあと、立ち直るのに現実時間で数分、加速時間ではひと月近くの時間がかかった。
 思考加速が解除され現実世界に戻った二人は、同時にため息をつく。時間を置いたとはいえ、精神のダメージは大きなものがあった。
「さて、それじゃあ後始末、お願いしますね」
「わかったわ」
 そう言ってリツコは病室を離れる。この数分間に交わされた不自然な会話は、リツコの手でMAGIの記録から消去された。

(これで、潜入作戦の最初の山場は超えたか。計画は慎重に、行動は大胆にって誰が言ったのかな)
 少年は安堵の吐息をつく。だがそれが早かったことを、すぐに思い知らされることになった。

「国際警察機構の銭形です。ルパンの犯行予告があったため、国連特務機関ネルフの査察を執行させていただきます!」



[34919] 第二十一話:怪盗三代目
Name: FLACK◆6f71cdae ID:4f2a89df
Date: 2014/03/29 19:42
『国際警察機構の七代目! 捜査能力なら九大天王の《大塚署長》にも匹敵するって噂の凄腕がなんでネルフに!?』
『ザ・サードに仕事を依頼したのですが、どうやら国際警察機構に情報を流したようですね』
 BF団本部の少女朱里がビッグファイアに答えた。
『ああ、あの人はほんとに趣味に生きてるんだなあ』
 少年は頭を抱える。ザ・サード、BF団の依頼を受けて仕事をこなすエキスパートだが、仕事の遂行に関してBF団は一切干渉しないというのが、彼との契約条件だった。
 今回もザ・サードがお膳立てしたのだろう。よりスリリングな展開にするためだけに。
『それでも依頼の達成率は100%。文句をつけることはできません』
『……厄介な人だね、今更だけど』
 少年は諦めてため息をついた。どうもBF団には何かしら問題のある人物ばかりが集まっているようだ。

『ネルフ関連で作戦行動中のBF団員に通達。ザ・サードの依頼が完了するまで全ての活動を停止せよ。特に超能力の使用は厳禁する』
 少年はテレパシーでBF団員に連絡した。ザ・サードはBF団の干渉、特に超能力を嫌っている。超能力なしで国際警察機構を出し抜き、依頼を達成することに最大の価値を見出しているのだ。
『リツコさんもBF団のことは忘れて、ネルフの一員として行動してください。ザ・サードの機嫌を損ねることになりますので』
『国際警察機構に協力すればいいのね。噂のザ・サードがどうやってMAGIを出し抜くのか、私も興味があるわ』
 リツコも興味津々らしい。お手並み拝見といったところか。

 だが、国際警察機構の介入は思ったようには行かなかった。秘密主義のネルフは当初、国際警察機構を門前払いしようとしたからだ。
 銭形警部と何故か同行している埼玉県警の部隊が、ネルフ保安部と揉みあう場面すらあった。
 機密を盾に介入を拒み続けるネルフと、ルパン逮捕のためならば何をしても構わないと考えている銭形、そりが合うはずがない。
 大揉めに揉めた挙句、銭形警部が国連の白紙委任状を持ちだしたことで、ネルフ側はしぶしぶ引き下がった。
 ジオフロントに、銭形のルパン対策本部が設置される。問題はここからだった。


「ネルフ司令の右手にあるものを頂戴します。ルパン三世」


『ってー!? ちょっと、核心突きすぎじゃあ?』
 ザ・サードの犯行予告の内容を知った少年が悲鳴を上げる。状況によっては国際警察機構にアダムの存在がバレてしまうだろう。それはBF団にとってもあまりありがたくないことだった。
『真のアダムを持つのがどちらなのか、真の継承者を発見する前にはっきりさせておく必要があります。ネルフの占拠に乗り出す前にそれを確認するには、ザ・サードを頼るしかありません』
『他の手段は……梁山泊に行って黄帝ライセの遺伝子(オリジナルジーン)を確認するとか……梁山泊は今九大天王が集結してるから無理があるか。ああ、確かに他に手はないや』
 少年は降参した。もうあとはザ・サードの仕事ぶりを見ているしかない。

 これで、少年は静観することになるかと思われたが、そうはいかなかった。
「むむ、お前か、フランス支部よりやってきた少年とは。念の為身柄を拘束させてもらうぞ」
 最近ネルフ本部にやってきた怪しい人物、という事で銭形警部に逮捕されてしまう。正体がバレるのを恐れた少年はおとなしく従うしかなかった。
 少年がルパン対策本部に連行されると、同じように逮捕されている人たちがいた。
「ええと、あなたは確か、ドイツ支部の天才パイロット、ラングレーさん? それに隣の人は?」
 そこにいたのは、セカンドチルドレンともうひとり、中年というにはまだ若い無精髭の男だった。

「アスカよ。惣流・アスカ・ラングレー。フォースチルドレンでしょあんた。お互い災難ね」
 アスカは不機嫌そうだ。まあ逮捕、連行されて気分のいい人間などそうはいないだろう。
「ドイツ支部から転属してきた、加持リョウジだ。君が噂の実験体か、凄い有様だな」
 加持と名乗った男は、平然としている。余裕なのか、諦めているのかはわからなかった。
「名無しのフォースチルドレンです……僕や加持さんならともかく、ルパンがセカンドチルドレンに変装するのは無理があると思いますが」
 少年は加持の名前を聞いて納得した。おそらくはアダムをヨーロッパから日本に持ち込んだと思われる三重スパイの男。銭形が怪しむのも無理はない。

「甘~いっ! ルパンは誰に変装しどこに潜んでいるのかわからんのだ! たとえ女子供病人になりすましても、わしの目を誤魔化すことはできんぞ!」
 銭形のテンションは高い。傍若無人なザ・サードの犯行予告によほど腹を立てているようだ。
「ビミョーに矛盾した言葉ですが、やる気だけは感じますねえ……捜査に協力するのはやぶさかでは無いですが、治療なしでは3日持つかどうかわからない半死人なもんで、取り調べとか拘留とかは短めで頼みます」
 実際に少年を3日放置したら死ぬ、というわけではないのだが、ネルフの医学では継続的な治療が不可欠と診断されている。あまり長居をして疑われるのも困るのだった。

「あんた、そこまで病弱なの? よくそれでエヴァに乗るなんて言えたものね」
 アスカが驚いて少年を問い詰める。
「別に志願したわけじゃないですよ」
「あのね、エヴァに乗るってことは戦場に出るってことよ。あんたみたいな半死人連れて行っても足手まといにしかならないでしょうが!」
 アスカが断言する。まあ、そのとおりなので少年にもわからないではない。
「うーん、そうなんですけど、戦場じゃ何が起こるかわかりません。猫の手でも半死人でも借りたい場合もあるかもしれないでしょ?」
「む、だからって、あんたを連れて行ってなんの役に立つのよ」
「近接格闘戦は無理でも、ATフィールドの中和ぐらいなら多分出来るんじゃないかと」
「なによそれ……あんたとコンビ組むなんてこと、考えたくないわね」
「そのへんは葛城さんが考えてくれるでしょう。僕に言われても知りませんよ」
「……ふう、そのやる気のなさ、あんたまるでシンジみたいね」
「ぐはっ!? え、えええ? えーと、処分されたっていうサードチルドレンでしたっけ? そそそ、そんなに似てますかあ?」
 少年は思いっきり吹き出した。ここでシンジの名を聞くことになるとは予想もしていなかったから。
「ん? なに動揺してるのよ」

「貴様ら! 容疑者同士でくっちゃべっとらんで、捜査に協力せんか!」
 銭形警部が切れた。都合がいいので少年は黙りこむことにする。
 尋問が開始されるかと思われたのだが、逮捕された者の前にどんぶりと割り箸が並べられた。
「……えー、これは、何でしょうか?」
 少年は思い切り嫌な予感がして、おそるおそる聞く。まさかこれは……
「大塚式ウソ発見機、カツ丼だっ!」
 悪い予感は当たった。九大天王《大塚署長》の必殺技、嘘をつけばたちまち巨大手錠で身体をバラバラにされるという噂のあれだ。
「大塚署長に胡麻を擦り倒して、賄賂まで送って手に入れたレシピだ。ふふふ、これの前で隠しごとは不可能と思え!」
(や、やばい。こうなったら、真のアダムを使って力ずくで脱出するか? いや、それだとジオフロントどころか第3新東京市がまるごと吹き飛びそうだ……ううむ)
 悩む少年の前で、どんぶりの蓋が開けられる。絶品という噂のカツ丼が湯気を立てていた。
(おおっ、うまそうだ……バレるのはもう諦めて、とりあえず味見させてもらおうかな?)
 少年の思考がダメな方に傾いていく。一口食べたら口から怪光線が出て踊り狂うほどうまい、というのは本当だろうか?
 銭形警部の尋問の内容によっては、BF団の機密情報が明らかにされてしまう可能性もあるのだが、少年はもう目の前のカツ丼を食べることしか頭になかった。
 他の二人もカツ丼から目を離せなくなっているようだ。震える手が割り箸を割る。
 大きな期待とわずかな怖れを持ったまま、三人はカツ丼を口にする。

「……こ、これはっ!」
「うそお……」
「……うむむ」

 三人が揃って感嘆の声を上げる。さすがに怪光線こそ出ないものの、その場で踊りだしてもおかしくないほどのうまさだ。
 だが、三人とも踊るよりも、続きを食べて味わうことに集中する。右手でうまく箸を持てない少年と、ドイツ育ちのアスカは握り箸で行儀が悪かったが、普通に箸を使う加持とかわらない速さでどんぶりの中身を平らげていった。
 やがて、三人ともカツ丼を食べ終える。満足のため息が同時に漏れた。
「……さて、それでは、質問に答えてもらうぞ」
 少年と加持が無意識に身構える。後暗いところのないアスカと違って、二人は隠し事がたくさんあったから。
 緊張の一瞬。銭形警部が口を開く。

「……貴様ら、誰がルパンだっ?」
「いえ、僕は(私は)ルパンじゃありません!」
 三人が同時に答えた。銭形の肩ががっくりと下がる。

(え、あれ? これでお終い?)
 何を聞かれることになるのか、最悪ここにいる人たち全てを皆殺しにする覚悟まで考えていた少年は、思い切り気が抜けた。

「おのれえっ、ルパンめ、いったいどこにいるのだ!?」
 《大塚署長》のカツ丼はそう簡単に作れるものではない。ネルフ職員全てに同じ方法で尋問することは不可能だった。
「仕方ない。このあとでルパンに入れ替わられても面倒だ。三人とも身柄は拘束させてもらうぞ……病人には医者と医療機器を持ち込ませる。ルパンを逮捕するまでのことだ」
 多分、ザ・サードが任務を達成して逃げおおせるまで、なんだろうなと少年は失礼なことを思う。

 この件以外でも、銭形警部の捜査は困難を極めた。とにかくネルフが非協力的なのだ。
 肝心のネルフ司令は国際警察機構に姿をあらわすことすらなく、セントラルドグマに篭りっきりになり、右手に何があるのかも決して口外しようとしなかった。
 銭形警部はセントラルドグマに出向いて護衛しようとしたが、ネルフは断固としてそれを拒否する。
 ルパンの逮捕以前に、国際警察機構とネルフとで抗争が始まりそうな状況であった。

『ネルフ司令も頑固だね。まあ、べらべら喋られても困るんだけど』
『BF団に敵対する組織同士が角を突き合わせている。我々としてはここで漁夫の利を狙いたいところなんですが』
 BF団本部で少女がため息をつく。
『ザ・サードの仕事が終わるまで、BF団のターンは回ってこない、と。まあ、いいんじゃないかな? ザ・サードの依頼がどんな形でおわったとしても、ネルフと国際警察機構の溝は深まりこそすれ縮まることはないでしょ』
 少年が呑気に答える。完全に観客モードだった。
『そうですね。これから先に予定されているネルフ占拠を考えるに、この状況は悪くありません』

 そんな中で、ネルフ技術部だけは国際警察機構に情報を提供していた。
 MAGIの監視システムで収集されたデータをまとめ、銭形警部に渡していく。
 そのデータをチェックする赤木リツコは、不審な情報を手に入れていた。
 不自然に高い権限を得たパスを持つ職員がいるのだ。本来入ることが許されないはずの機密エリアにも、平然と入り込んでいる。
「これがザ・サードなの? 効果的だけど、手口としては単純すぎるわ。こんな手でMAGIの目をかいくぐれると本気で思っているのかしら」
 疑念を抱くリツコだったが、無視することもできない。結局そのデータを国際警察機構に渡した。どうなることか、リツコにもその結果はわからない。
 だが、銭形警部はその情報に飛びついた。警官隊を率いてその職員を逮捕しようとする。
 無論銭形警部もこれが囮、あるいは罠だと承知していた。それでもルパンの挑発にあえて乗ったのは、ネルフの中枢に入り込むいい口実になると考えたからだ。
 制止しようとするネルフ職員を力ずくで突破し、数の力で強引にネルフ本部に侵入していく。
「ルパーンっ! 御用だあーっ!!」
 銭形警部と警官隊がその職員に殺到したその瞬間、それは起きた。

 何かを断ち切る大きな音と共に、ネルフ本部全体が闇に包まれる。かつて初号機が起こしたのと同じ、大規模停電だった。



[34919] 第二十二話:闇を払うもの
Name: FLACK◆6f71cdae ID:e0fe44a2
Date: 2014/05/02 18:47
「やられた! これが狙いだったのね」
 赤木リツコが呆然とつぶやく。本来ネルフ本部は正・副・予備の三系統の送電システムを持ち、たとえ工作活動だとしてもそう簡単に電源を落とすことはないはずだった。
 だが、初号機が起こした大規模停電によって大きなダメージを受けた送電システムは完全には復旧しておらず、一系統のみでネルフ本部は運営されていたのだ。
 非常電源を使うことでMAGIだけは稼働を続けているが、ネルフ本部の監視システムはダウンしている。今ならばセントラルドグマへの侵入も容易いだろう。

「……いえ、まだ終わりと決まったわけじゃないわ」
 リツコはコンソールから顔を上げて、発令所の皆を見渡した。
「司令、副司令は不在。よって、私が現場の指揮を取ります! 技術部、いえネルフ職員で手の空いているものは全員、予備の送電システムを格納庫まで繋がるように敷設作業を行なってください。恒久的なものではないから無理に固定する必要はないわ。時間優先で作業を開始するように!」
 司令、副司令がおらず、使徒がやってきているわけでもない現在、赤木リツコが最先任に違いなかった。

「格納庫? 送電システムを繋いでも電源が確保できなきゃ何もできないんじゃあ?」
 葛城ミサトがリツコに問う。この作業に何の意味があるのかわからなかったから。
「たしかにネルフ本部は電源を外部の発電所に依存しているわ。けれど今、強力な電源が格納庫にはあるのよ」
「え? それって……あ! まさか!」
 ミサトもリツコと同じ結論に達した。
「そう、ジャイアントロボ。あれは原子力で動いている!」

 ネルフ職員が総出で送電システムの敷設作業に当たる。リツコは格納庫にいる草間大作のもとに直接出向いて、ジャイアントロボを電源として利用する許可を得た。
「状況が状況ですからね。わかりました」
「ごめんなさいね。このままルパンの思惑通りにさせるわけにはいかないの」
「はい……あれ? そういえば鉄人の動力源てなんなんでしょうか?」
 草間大作が首をかしげる。ジャイアントロボと互角に戦えるほどの出力を持つ鉄人28号、動力源はそこにいる誰も知らなかった。
「聞いたことはなかったわ……あら、金田一君はここにはいないの?」
 鉄人28号の操縦者、少年探偵金田一正太郎の姿は格納庫にない。
「正太郎さんは、ルパンの捜査に出向いています。あの人は、鉄人の操縦者である以前に探偵だそうですから」
「大作君、同い年なんだから別に敬語を使わなくても」
「比べ物にならないですよ。鉄人を自由自在に操って、そのうえ車の運転もできて銃の腕前も捜査能力も大人顔負けどころか達人クラス。どうやったらあんな超人になれるんですかね」
 草間大作のため息に、リツコもつい苦笑する。
「世の中にはシンジ君や十傑集、九大天王みたいな超人どころか怪獣レベルの人もいるんですもの。無い物ねだりをするよりも、勉強したり運動したり自分を鍛えることを考えたほうがいいわよ……私から見れば、大作君も相当なものだわ」
「そうだぞ大作、たしかに世間にゃすげえ奴がたくさんいる。だからって、自分を卑下することはねえ。自分にできることをやって、それを少しずつ広げていくんだ。お前さんにはまだまだ、将来があるんだからな」
 草間大作の傍らにいた戴宗もリツコに同調した。
「そう、ですかね」
 そう言って草間大作は頷く。納得しきれているわけではないようだが。

 草間大作の許可を得て、ジャイアントロボに送電システムの巨大なケーブルが接続される。ジャイアントロボの原子力機関が稼働を始めた。
「出力が最大になったタイミングで、送電システムを正から予備へ切り替えを! ルパンがセントラルドグマに到達する前に監視システムを復旧させるのよ!」


 ネルフ本部がザ・サードに対抗するために一丸となって活動しているその頃、BF団では新米団員ナツミの講習が行われていた。
『ビッグファイア様はあの調子ですし、肝心なことがまるっきり説明されていませんでしたので、ここではっきりさせておきます。我々BF団の目的は!』
『あの~、その前に、質問ええか?』
『いいでしょう、何なりと聞いてください』
『なんでウチ、こないな所におるんやろ』
 ナツミはいつぞやの少年のごとく、月面に立っていた。さすがに宇宙服を着て酸素も十分に供給されていたが。
 BF団本部に缶詰状態の朱里とはテレパシーで会話している。
『それもおって説明します。BF団の目的は世界征服! ですが、そのために必要なことはただひとつ……』
『ひとつ?』
『バベルの塔の占拠です』
『バベルの塔って、このまえにいちゃんが呼び出したっていうアレか?』
『にい……本人にならかまいませんが、他の団員の前でその呼び方は慎むように。それはともかくバベルの塔、あの惑星管理システムを掌握することが、この地球を手にすることと同意になるのです。過去のBF団と国際警察機構との幾多の戦い、あのセカンドインパクトもバベルの塔をめぐる抗争の一つに過ぎません』
 朱里の言葉にナツミは首をかしげた。
『それやったら、に……ええとビッグファイア様にもういっぺん呼び出してもろたらええんとちゃうんか?』
『それでは呼び出せるだけで、塔を手に入れることはできないのです。ビッグファイア様はコンピュータに選ばれたバビルの継承者ではありますが、真の継承者いわばバビル2世と呼ぶべき存在がこの地球のどこかにいるのです』
『むむ、ややこしいな』

『我々の当面の目標は、バビル2世を発見し抹殺すること。ビッグファイア様も十傑集も、いいえBF団全てがこのためだけに活動していると言っても、過言ではありません』
『抹殺……んん~と、事情を知らん素人考えやけど、話しあう余地はないんか?』
『発想は悪くありませんよ。交渉の余地があるならば、それもいいでしょうが……おそらく不可能です。もし我々人類が牛や豚と会話できたとして、牛や豚の待遇が改善されると思いますか?』
『……それは、ちょおっと難しい、やろな』
 さすがのナツミも首をかしげた。
『バビル2世と人類の関係も似たようなもので、バビル2世にとって人類、いえ地球生命とは兵器であり、弾薬であり、燃料に過ぎないのです。そんなものとまともに交渉が成立するとは思われません』
『そらどうしようもないな。それにしてもなんや、物騒な話やな』
『この話はBF団でもA級エージェントより上にしか伝えられないものです。光栄に思えという訳ではありませんが、BF団とビッグファイア様があなたにそれだけ期待しているという事でもあります。真贋を見ぬく能力を持つナツミさんには全てを知ってもらう必要がありますから』
『……ウチは、に……ビッグファイア様を助けよう思てBF団に入ったんや。足引っ張るつもりはない、役に立って見せるで』
『よい気概です。あなたの爪の垢を煎じてビッグファイア様に飲ませたいほどに。ただし、此処から先は本当に洒落にならない事になります。ここが帰還不能限界点のギリギリ一歩手前だと思ってください。今ならまだ引き返せます』
 朱里の声が深刻さを増す。だがナツミの心を折ることは出来なかった。
『覚悟やったらできとる。何でも来いや』

『……この先に進めば、一般社会に戻ることも人並みの幸せを手にすることもできなくなります。人の枠を超え超人に……いいえ言葉を飾っても仕方ありません。怪物に、化物になるんですよ。そしてそれだけの代償を払ってもあなたの望みはかなわない』
『なっ!? それはどういう意味や!』
 ナツミの声が険しくなる。ここまできて望みがかなわないとはどういうことか。
『ビッグファイア様は今の闘争を戦い抜けるかどうかもわからないお身体。あなたがビッグファイア様を支えたいと願っても、その時には亡くなっておられるかもしれないのです。後に残るのは化物になった自分と、残りの永い後悔の日々だけ……』
『……』
 ナツミはわずかに躊躇したが、やがて決意を込めて顔を上げる。
『それやったらなおさらや。ビッグ……にいちゃんの命があと少しなら、それを全力で支える。もし死んだら蘇らせる。あの世に行って帰ってこんのやったら、あの世の果てまで一緒に行くだけや』
『……いいでしょう。そこまでの覚悟があるならば、これ以上言うべきことはありません。そこから先へ進めばあなたは塔の呪いから解き放たれる最初の人類、覚醒者となります。BF団の、いえビッグファイア様の力に必ずなれるでしょう』
『……』
 ナツミは無言で頷き、一歩踏み出す。普通の暮らし、平凡な未来、家族、友人、あらゆるものを振りきって少女は未知の扉を開いた。


「送電システム、正から予備に切り替え!」
 リツコの掛け声と共に、ネルフ本部に明かりが戻った。停電によってダウンしていた本部施設のシステムが次々に再起動していく。ジャイアントロボの原子力機関は、ネルフ本部の電源を賄ってなお余裕があった。発電所に匹敵するほどの出力を十分に引き出している。
「監視システムの起動を確認。侵入者は……!」
 オペレータ伊吹マヤの声を大きな警告音が塞いだ。ディスプレイにALERTの文字がいくつも浮かび上がる。
「……まさか!? こんな時に!」
 リツコがうめき声を上げた。コンソールにはALERTとともにANGELの文字が表示されている。
「ブラッドパターン・ブルーを感知! すでにジオフロント内に侵入しています!」
 ジオフロントの天井、屋根に当たる部分の装甲に大きな穴が空いていた。蜘蛛のような姿をした使徒がネルフ本部に接近している。
「……ジャイアントロボは動かせない、鉄人も操縦者がいない。セカンドチルドレンとフォースチルドレンを呼び戻している時間はないわ。ファーストチルドレンと初号機しか出動できない。最悪のタイミングだわ!」
「待ってください! 監視システムに反応有り! ネルフ本部屋上に誰かいます」
 ピラミッドの形をしたネルフ本部の頂に二人の男がいた。

「今、ザ・サードが取り込み中でね。邪魔をされるわけにはいかんのだ。お引取り願おうか」
「ATフィールドとやらで無敵を謳っているらしいが、我ら十傑集にかかれば虫けらも同然よ」
 そこに立っていたのは《眩惑のセルバンテス》と《衝撃のアルベルト》。BF団最強の十傑集が二人揃い踏みしていた。



[34919] 第二十三話:使徒殲滅、ただしネルフは……
Name: FLACK◆6f71cdae ID:e0fe44a2
Date: 2014/05/31 18:37
「使徒が現れた以上、私はここまで。葛城一尉、指揮権をあなたに譲ります……ただ、ネルフに出番があるかは微妙だけれど」
 赤木リツコが葛城ミサトに告げた。司令と副司令が不在の今、使徒が現れたことで最先任は作戦課のミサトという事になる。
「指揮権は確かにあずかりました。って、出番がないってどういうことよ」
 敬礼してみせるミサトだが、リツコの台詞の後半が気にかかった。使徒が現れて、使徒迎撃機関であるネルフに出番がないとはどういうことだろう。
「あそこにいる二人はBF団でも最強を誇る十傑集よ。初号機が出撃した時には状況は終了しているかもしれないわ」
 ミサトの目が大きく見開かれた。
「まさか、生身で使徒の相手をしようっていうの!?」
「そんな生易しいものではないわ。彼らが使徒に対抗できるかというより、使徒がどこまであの二人に食い下がれるかどうかよ」
「……十傑集ってほんとに人類なの?」
 ミサトがため息をつく。もう呆れるより他はないというところだ。
「私達が普通の人間、と定義しているものからは大きく外れているわね。十傑集と対抗できる九大天王《神行太保・戴宗》、二度目の使徒戦で初号機に電撃を与えていたでしょう? あれ、手加減していたらしいの」
「マジ……?」
「あの時こちらから出した要望は初号機の停止。もし破壊するつもりで本気の一撃を食らっていたら、初号機は無事ではすまなかったでしょうね」
 リツコの言葉にミサトは頭を抱える。
「う~、大枚はたいてエヴァを動かすより、九大天王連れてきて使徒とやり合わせたほうが話が早いんじゃ……」
 身も蓋も無い。ネルフの存在意義をひっくり返された気がするミサトだった。


 そんなネルフに構うことなく、十傑集は行動を開始している。
 アルベルトの指先から衝撃波が次々と放たれる。使徒のATフィールドはそれを阻むが、散弾のように降り注ぐ衝撃波に使徒は身動きできなくなった。
「ははは、どうした。大した抵抗もできないのか? そんな様でバビルの系譜を断とうなど無理の一言。思い上がりも甚だしいわ!」
 動けなくなったかに見えた使徒だが、衝撃波の雨を受けながら身を沈め長い足を縮めたかと思うと、大きく上空に跳躍する。
 アルベルト達のいるネルフ本部に飛びかかり、胴体から強力な溶解液を吹き出した。
「ふっ、そうこなくては。オードブルだけで食事が終わってしまっては、こちらも興ざめというものだ」
 セルバンテスが笑みを浮かべるとともに、二人の姿が忽然と掻き消える。セルバンテスの幻術だ。二人はすでにネルフ本部から地底湖の上空に移動していた。

 溶解液を浴びせかけられたネルフ本部は、大慌てで職員の避難をはじめる。初号機の発進準備にも支障が出るほどだ。
「ちょっとはこっちの迷惑も考えてよ!」
 ミサトが思わず叫ぶが、十傑集の二人はネルフのことなど考慮することはない。再び衝撃波が使徒を襲う。その余波でネルフ本部は大きく揺さぶられた。
「使徒よりたち悪いんじゃないの? あの二人!」
「無駄だと思うけど、一応尋ねてみましょうか」
「え? 誰に?」
「十傑集に対抗できる国際警察機構の九大天王《神行太保・戴宗》よ」
 リツコが格納庫に電話を賭ける。だが、色よい返事をもらうことは出来なかった。
「やっぱり、草間大作の警護に専念するそうよ。前の一件以来ネルフは国際警察機構の信頼を失ってるから」
 ため息をついたリツコがミサトに向き直る。
「私達にできることは、一刻も早く初号機を発進させること。それしかないわ」
「そうね……各員、作業急いで! 固定具、拘束具は破損しても構わないわ。何よりも時間を優先して!」
 綾波レイの乗り込んだ初号機が固定具を破壊しながら動き始める。冷却水の排出も待たずに射出口へ移動した。格納庫の階下の層は水浸しになってしまうが、ネルフの誰もがそんなことを気にしない。使徒が現れて使徒迎撃機関であるネルフが何もできないまま事が収まってしまう、そんなことを許すわけにはいかないのだ。


「このままアルベルトに任せてもよさそうだが……ここはひとつ私の芸も見てもらうとしようか」
 セルバンテスは地底湖の水面に手を当てて、目を閉じて集中する。
 しばらくすると湖は波が静まり、一枚の大きな鏡のようになった。地底湖の上に立つセルバンテスとアルベルトの姿が逆さまに映し出される。
 やがてセルバンテスが自分の指をかんで傷をつけた。指先から血の雫が滴り落ちると、水面に波紋が広がる。ただ一滴の雫から作られたとは思えないほど大きく広がる波紋は、うねり波となり大きく盛り上がって、巨大なヒトガタのような形になった。
 血が滴り落ちる度に波紋が生まれ巨大なヒトガタがふたつみっつと増えていき、やがて無数の巨人が地底湖から使徒に向かって歩き始める。その姿はどこかエヴァに酷似していた。

「さあ踊れ! 我が人形たちよ!」
 巨人たちが使徒に襲いかかる。四方から伸びるその腕はしかし、使徒のATフィールドに阻まれた。巨人たちの指先は弾けて元の水に戻り地面に流れ落ちていく。
「ほう、さすが自慢のバリアだけはある。だがその有様で……」
「……ワシの衝撃波を止められるか! はあっ!」
 アルベルトの渾身の衝撃波が放たれた。全方位に展開された使徒のATフィールドはそれを止めることが出来ない。フィールドは光を放って霧散し、衝撃波が使徒の本体を貫いた。
「容赦せん。一気に核を貫いてくれよう」
 やがて使徒は衝撃波によって穴だらけになってしまう。活動停止も時間の問題と思われたが、使徒はATフィールドを集中しアルベルトの前面に押し立てた。衝撃波は何層にも重ねられたATフィールドによって阻まれてしまう。水の巨人たちが姿だけでたいした力を持っていないと見ぬいたのだ。

 だが、十傑集の二人に浮かぶ余裕の笑みを消し去ることはできない。
「単純な反応だ。その程度の知能で霊長を気取ろうなど、百年早い」
 セルバンテスの声と共に、水の巨人の一人が腕を伸ばしていく。今まで使徒の細い足に触れただけでも崩れてしまっていた水の巨人の指先が、力強く使徒の足を掴んで引きちぎった。使徒が大きく跳躍してその場から逃れる。
「驚いたかね? 我が二つ名《眩惑》は幻術を操るからつけられたのではない。虚と実を織り交ぜ、惑わし眩ませるからこその《眩惑》なのだよ」
 いつの間にかセルバンテスは、使徒の足を握った水の巨人の肩に乗っていた。幻術が解除され水の巨人達が元の水に戻る。
 セルバンテスの乗った巨人だけが残り、その姿が歪み正体を表す。そこに立っていたのは、エヴァンゲリオン初号機だった。


「はあ!? いつの間に……レイ、応答しなさい! レイ!」
 ようやく出撃させた初号機が、本部の制御を受け付けなくなり発令所が大騒ぎになったと思ったら、この状態だった。
「ダメです! 初号機からの応答なし。パイロットの脳波からα波を探知。おそらく催眠状態になっていると思われます!」
「あの十傑集に操られているわね、まちがいなく」
「くっ、エントリープラグに電気ショックを! レイをたたき起こし……」
「ミサトッ!」
「何よっ!?」
 リツコからの制止の声に、ミサトが声を荒げる。
「このタイミングではまずいわ。今レイを正気に戻したら、使徒に体勢を立て直されてしまう」
 リツコの声はあくまでも冷静だった。
「だからって! このまま指を咥えて見てろっていうの!?」
「それもひとつの選択肢よ。葛城一尉、ネルフの本来の目的は何?」
「決まってるでしょ! エヴァの……っ! う、そうか、使徒の迎撃……」
 リツコの指摘にミサトは言葉をつまらせた。
「より正確には、ターミナルドグマの第一使徒との接触によるサードインパクトの阻止。それが果たされるなら、この状況を利用しない手はないわ」
「うう、そうだけど、それじゃネルフの存在意義が……あああぁ……」
 ミサトは頭を抱えてその場にうずくまる。リツコの言う事もわかる、わかるのだが納得できない。強烈なジレンマにミサトは悶え苦しんだ。
「……どうなさいますか?」
 二人のやり取りをハラハラしながら見守っていたマヤが問う。ミサトが顔を伏せたままボソリとつぶやいた。
「……待機」
「は?」
「た・い・き! 電気ショックの準備だけはしておいて……まあ、あの二人がよっぽどマヌケなことしない限り、そんな状況にはならないでしょうけど」
 力ないミサトの声にマヤは戸惑う。
「……いいんでしょうか?」
「よくないっ! よくはないわよっ!!……けど、しょうが無いじゃない。今の私達には打つ手がないんだから……」
 急にミサトが立ち上がって気勢を上げるが、言葉の後半にはがっくりと肩を落としてしまった。
「せめてセカンドかフォースがいれば、弐号機や零号機を起動させて主導権を取り戻すこともできたんでしょうけど」
 リツコがため息をつきながらつぶやく。残り二人のパイロットは銭形警部のルパン対策本部に拘留されている。連れてくる時間はなかった。
「ううう~っ! ルパンも銭形も国際警察機構もBF団も、みんなみんな大っ嫌いだああぁぁぁっっ!!」
 ミサトの絶叫が虚しく発令所にこだました。
「あ、ブラッドパターン・ブルー消滅。使徒、殲滅されました」
「あう」
 オペレータ日向マコトの声がミサトにとどめを刺した。


「やれやれ、最後においしい所だけかっさらおうと思ったんだが、そんな暇もなかったか……使徒とやらも情けない」
 ジオフロントの天井に開いた大きな穴の上で、十傑集《素晴らしきヒィッツカラルド》がつぶやく。アルベルトとセルバンテスの戦いを文字通り高みの見物していたのだ。
「俺の出番は無し、ってことで帰ってもいいんだが、そうもいかんようだ……出てきな。隠れたまま真っ二つにされたいか? まあ出てきても真っ二つにするんだが」
 ヒィッツカラルドが指を構えていつでも真空波を放てる体勢を取る。
「……なぜ気づいた?」
 建物の背後から、忍装束の男が姿を現す。ヒィッツカラルドはニヤリと笑った。
「忍者か。お前らは気配さえ断てば人に気付かれることはない、と思い込んでいるようだが、あいにくと俺は耳が恐ろしく敏感に出来ていてな。どれほど鍛錬を積んで気配を消そうとも、生き物である限り呼吸音や心臓の音を完全になくすことはできない、ということだ」
「……」
「納得したか? なら俺の暇つぶしに付き合ってもらうぞ」
 ヒィッツカラルドの指が鳴り、真空波が忍びの男に襲いかかる。男は真空波をギリギリのタイミングで全てかわした。背後の柱や壁がいくつも切断されていく。
「ほう、なかなかやる。ならば少し本気を出して……何っ!」
 それまでその場で真空波を避けつづけていた忍者が、ヒィッツカラルドに向かってダッシュをしてきた。接近しながらも真空波を全て紙一重でかわしていく。
「……忍法、木の葉火輪!」
 一陣の風が吹き、まき上げられた葉が炎をまとってヒィッツカラルドに襲いかかった。
「この技は! 貴様、まさか!?」
「……」
 忍者は答えようとはしない。ヒィッツカラルドは炎にまかれてその場に倒れる。

「……!?」
 だが忍者はそれを見ても警戒を解こうとしない。背中の刀に手を当てて、周囲を見渡した。

「ふっ、相手を侮って本気を出さないのはお前の欠点だぞ、ヒィッツカラルド」
 どこからともなくセルバンテスの声が響き、倒れていたヒィッツカラルドの姿が掻き消える。やがてセルバンテス、アルベルト、ヒィッツカラルドの三人が無傷で姿を表した。
「ああ、まさか《伊賀の影丸》が出てくるとはな。スーツに焦げ目が付いちまったじゃないか」
「あの使徒では物足りんと思っていたところだ。九大天王ならば不足なし、全力で相手してくれよう!」
「いかに九大天王といえども、一人で十傑集三人を相手にできるとは思うまいな」
 三人は影丸の退路を塞ぐように周囲に展開する。影丸にとって絶体絶命の危機、だがこの状況にあっても影丸の心を乱すことは出来なかった。
「!」
 影丸が素早い動作で印を組む。風が渦を巻いて無数の木の葉を巻き上げた。
「これは! 木の葉隠れか!」
「ちっ、この好機を逃してなるか!」
 アルベルトの衝撃波が放たれるが、そこにはもう影丸の姿はない。忍者は忽然と姿を眩ませてしまった。

「あのなあ、言っただろう、いくら気配を消しても俺の耳は誤魔化せないと」
 ヒィッツカラルドが笑みを浮かべて、指を鳴らそうとする。彼の耳には影丸の居場所がはっきりとわかっていたのだ。
 ヒィッツカラルドが真空波を放とうとしたその時、十傑集三人は一斉に空を見上げた。
「……なんだと、十傑集裁判?」
「被告は《レッド》だと? 奴は何をしでかした?」
「ビッグファイア様も直々に閲覧なされるのか。ならば召集に応じぬわけにはいくまい」
 セルバンテスとアルベルトの二人はすぐさまその場から離脱した。残ったヒィッツカラルドがつぶやく。
「《伊賀の影丸》悪いが急用だ。このケリはいずれ必ずつけるぞ。その時まで首を洗って待っているがいい」
 そう言ってヒィッツカラルドも姿を消す。
 誰もいなくなったと思われたが、どこからともなく九大天王《伊賀の影丸》が姿を現す。
「……時は動き出す……」
 一言つぶやくと影丸もその場から姿を消した。そこにはただ木の葉だけが風にまかれて踊っているだけだった。



[34919] 第二十四話:十傑集裁判
Name: FLACK◆6f71cdae ID:e0fe44a2
Date: 2014/06/28 19:19
 使徒が十傑集によって殲滅された後、未だ名前のないフォースチルドレンは昏睡状態に陥った。元々半死半生の身、ネルフでもそれほど騒がれるという事はない。
 実際はビッグファイアはBF団本部に帰っており、ダミーが入れ替わっていただけだった。『半死人の実験体』という設定から擬似人格などを用意する必要を認めなかったのだ。BF団に密かに寝返っている赤木リツコのフォローもあって、ダミーの身体は病院のベットに縛り付けられることとなる。


「あああ……」
「団員死者115名、重軽傷者608名、一般市民死者599名、重軽傷者1857名。なお、一般市民に関しては今までの集計の数字で今後増える見通しです」
「……なんということだ」
 朱里のどこまでも事務的な声を聞いて、《混世魔王・樊瑞》が言葉を詰まらせる。BF団本部では、十傑集とビッグファイア、朱里が一堂に会して《マスク・ザ・レッド》の審問を行っていた。
「えー……」
「ネルフ・フランス支部襲撃。作戦では支部への攻撃はバランと巨大ロボットを使い、N2到達予想範囲の住人には事前に避難勧告がなされるはずだったが」
 《白昼の残月》がキセルを吹かしながらつぶやく。
「うう~」
「只這個受害發放是到BF團員和普通市民、怎樣的事?」
 《命の鐘の十常寺》が問い詰めた。その言葉は難解であったが意味は十分に伝わる。
「そのお……」
「これほどの被害を出しておいて、隠し通せるわけがあるまい」
 《衝撃のアルベルト》は言いながら葉巻をくわえなおす。その煙はゆらゆらと立ち上り消えていった。
「だから……」
「『仲間を決して見捨てないこと』『一般人に被害を出さないこと』」
 《眩惑のセルバンテス》がかつて少年が命じた言葉を繰り返す。
「えーと……」
「ビッグファイア様のお言葉、忘れてしまったのか? レッドよ」
 《素晴らしきヒィッツカラルド》の言葉に、皆の中央で黙したままだった《マスク・ザ・レッド》が唇をゆがめる。
「……甘い、ですな」
「うむむ……」
「何だと!?」
 十傑集達が顔色を一変させた。レッドの言葉は決して口にしてはならないはずだったからだ。

「我々の目的は世界征服。そのために犠牲を恐れては永久に成就することはかなわない!……何度でも言おう、甘いのだよ!」
 レッドの言葉は止まらない。ビッグファイアへの不満をはっきりと口に出した。
「あうあう……」
「……貴様、何を言っているのかわかっているのだろうな」
 樊瑞がうめくようにつぶやく。これはれっきとしたボスへの反逆だった。

「周辺住民に避難勧告など出しては相手に悟られてしまう。フランス支部襲撃も、団員を向かわせなければネルフ関係者を一人残らず一掃するなど不可能。作戦リーダーとして、私は必要な手を打っただけだ」
「馬鹿め、それが言い訳になると思っているのか?」
「大炎的言詞就一絕對」

「そうだな。甘いかどうかというなら、確かに甘いんだろうさ」
「ヒィッツ!」
 ヒィッツカラルドの予想外の言葉にセルバンテスが鋭く反応する。この状況を見過ごすわけにはいかなかった。
「……だがな、甘かろうが温かろうがそんなことは関係ない。どれほど理不尽であろうとも、それがビッグファイア様のお言葉であるならば、絶対なんだよ。例外は無い」
「……驚かせるなヒィッツ、お前まで十傑集裁判にかかるところだったぞ」
 ヒィッツカラルドの言葉に樊瑞は心底安堵した。このままビッグファイアへの不満が高まれば、BF団の存続にかかわる可能性があったからだ。

「もはや、貴様を許しておくわけにはいかぬ……おのおの方!」
「うむ」「ああ」
 樊瑞の声に十傑集達が応えた。レッドを取り囲み、各人の指先から光があふれ出す。
「ふん、十傑集裁判か、それもいいだろう。ボスの言葉を真正直に受け入れて、任務失敗で粛清されるのも変わりはしない」
「まだ言うか!」

「ねえ……ねえってば!」
「何ですか!? さっきからブツブツと。ビッグファイア様が何をおっしゃろうと《マスク・ザ・レッド》の処罰は変わりません。ここは黙って見ていてください!」
 冒頭から口をはさもうと何事かつぶやいていた少年を、朱里はばっさりと切って捨てる。ことはBF団の組織そのものに関わる重大事だ。ヘタレ少年の事なかれ主義など入り込む余地はない。
「いや、そうじゃなくて……」
「そうもこうもありません! 十傑集の皆さん、急いで処置を。ビッグファイア様に付き合っていては話が進みません!」
 少女が十傑集に決断を促す。十傑集が気を取り直したそのとき、

「……だから、待てって言ってるじゃないか!」
 少年の声とともに部屋に衝撃が走る。壁や床に亀裂ができ、皆の足元がグラグラと揺れた。
 少年の右手にあるアダムが微かに光を放っている。
「あああ、落ち着け、落ち着け……ええと、その、話を聞いてくれないかな……?」
 アダムが光を失うと同時に揺れが収まった。振動で倒れそうになっていた者たちが立ち上がる。
 少女がしゃがんだ姿勢のまま、少年を鋭く見上げた。
「……ここまでするからには、相応の覚悟がお有りでしょうね! ビッグファイア様のお言葉は絶対。それはビッグファイア様本人も例外ではありません。ここで腑抜けたことを言うつもりならば、ボスの代替わりもありえると思ってください!」

「……はあ~」
 少女の冷たい言葉に怯むかと思われた少年は、大きなため息をついた。
「そのほうがむしろ楽かもしれないなあ。けどそうもいかない……《マスク・ザ・レッド》に下されるのは、裁判による判決じゃない」
「……」
 レッドを含む十傑集全員が、少年の言葉に耳を傾ける。
「BF団において僕の、ビッグファイアの言葉に逆らうものには『死』あるのみ。そして背いた者が他ならぬ十傑集ならば、罰を下すのは……ビッグファイア自身でなければいけない」

「! できるのですか!?」
 少女が主への配慮も忘れて声を上げた。
「できるできないじゃない。これはもう決まっていることなんだ。僕が命令を出したとき、いや僕がビッグファイアになったときに」
 少年の右手が輝き始める。先ほどとは比べ物にならない光が部屋を明るく照らし出した。
「《マスク・ザ・レッド》の実体は影。一切の物理攻撃を無効にする。だけど、心を持つ限りこれをかわすことはできない。『精神衝撃』最大出力!」
 少年が輝く右手を振り上げる。

「いかん! 皆、バリアを張れ!」
 樊瑞がそう叫んで、少女を自分のマントの中に覆い隠す。
 十傑集たちがバリアを張った瞬間、閃光が部屋中を白く染めた。目には見えない魂に映る輝きが、その場にいた者たちの意識を吹き飛ばそうとする。

 数秒後、意識を取り戻した十傑集の真ん中に少年がうずくまっていた。
『お見事です、ビッグファイア様。それでこそ我らのボス……』
 《マスク・ザ・レッド》の残留思念がそうつぶやいて、虚空に消えていった。

「レッド、バリアを使わず、あえてビッグファイア様の裁きをその身に受けたか」
 残月が落としたキセルをくわえ直して言う。
「奴はその命をもって、ビッグファイア様にボスの資格があることを証しだてた。これでBF団は磐石のものとなろう」
 樊瑞はそう言って、マントの中から少女を解放した。

 碇シンジが初代ビッグファイアの跡を継いでボスになったとき、BF団の中でもそれを疑問に思うものは少なくなかった。
 直接ビッグファイアと顔を合わせるものは、朱里や十傑集以外にはほとんどいなかったが、たとえ姿を現さなくとも後継者はどうしても偉大な先代と比べられてしまう。
 たった一人からBF団を設立し、数百年の時を絶対者として君臨し続けた初代ビッグファイアからは見劣りする、というのが大方の団員の本音だった。

「よくご決断なさいました……ビッグファイア様?」
「……」
 少女の珍しく労わるような声に、俯いたままの少年は答えない。

「……ヒッ、ハハハ……なんだよ、とうとう人殺しだって? どこまで堕ちればいいんだ、僕は……」
 少年の肩が震える。引きつったような独り言が口から漏れ出した。

――ドクン!

 そのとき、部屋全体が巨大な脈動に打たれる。
 鼓動と共に少年の右腕の袖が千切れとび、金属質の巨大な刺が無数に飛び出し始めた。
「ビッグファイア様!?」
 少年は床に倒れるが、異変は止まらない。のた打ち回る右半身からは、明滅するアダムの光が輝き部屋をまだらに照らしていく。

「いけない! 精神にダメージを受けて、アダムを制する力が弱く……!」

 刺は次々と数を増やし、まるで少年の半身がハリネズミのように膨れ上がった。飛び出す刺は枝分かれして部屋の天井、壁、床に突き刺さっていく。
 再びバリアを張った十傑集達にも、刺は容赦なく襲い掛かってきた。バリアによって刺の攻撃は防がれているが、十傑集も身動きが取れなくなる。
「くっ、このままでは……!」

「しっかりしてください、ビッグファイア様! あなたは今、BF団のボス足りえることを証明したんですよ! ここで終わりになるなんて、許され……」
 だが、少年の意識はそこで途絶えてしまう。もう見ることも聞くことも、何もできなくなってしまった。



[34919] 第二十五話:ビッグファイアは三度死ぬ
Name: FLACK◆6f71cdae ID:e0fe44a2
Date: 2014/10/12 16:07
 無限に広がる大宇宙。人類の感覚では計り知ることなどできない深遠がどこまでも続いている。
(……き……なさい……起きなさ……い)
 宇宙を漂う少年を暖かな手が包み込んだ。冷え切った少年の身体に生命の火が再び灯る。
(主人公が三度も死んではいけません……さあ、物語をやり直すのです……)
 少年の身体を白い光が包み込んだ。宇宙が光に満たされていく。

「って、大宇宙の大いなる意思(声:○谷優子)かよっ!」
 シーツを跳ね除けてビッグファイアは飛び起きた。
「……あれ?」
 見渡すとそこは病室のようだった。おかしい。少年は首をかしげる。
 もちろんBF団本部にも医療施設はある。だがビッグファイアの身に何かあれば、本部のコンピュータに接続されている医療用カプセルに放り込まれるはずだった。こんなふうにベッドに寝かされることはない。

「んん?」
 もう一度周りを良く見てみると、なにやら見覚えがあるような気がする。
「……ネルフ、か」
 そこはフォースチルドレンが入院しているネルフの医療施設だった。ナースコールの型や天井の模様が記憶と一致する。
 それでも少年の疑問は消えない。BF団本部であれだけやらかしたというのに、意識が戻るのを待たずに敵地に送り込まれるというのは。
 BF団かネルフかわからないが、何らかの異常事態があったのかもしれなかった。
「むむむ、ここはとりあえず、朱里さんかな?」
 BF団のことなら朱里、ネルフのことならばリツコに聞くのが一番確実だろう。だが、ネルフで起こった出来事はリツコから朱里に報告される。少年が状況を把握するならば、まず朱里に問い合わせる、で間違いないはずだった。

『朱里さ~ん、もしもし?』
『……』
 返事がない。ただの屍のよう……いやいや、これは確かに異常事態かもしれない。朱里が少年の呼びかけに応えないなんて。
 テレパシーに応答が無いというのは、いくつかのパターンがある。
 一つは聞こえているが返事しない場合。だがビッグファイアの呼びかけを朱里が故意に無視するとは考えづらい。
 もう一つは相手の意識がない場合。これは「死んでいる」から「寝ているだけ」まで様々な状況が考えられる。
 本部に集結している十傑集の誰かを呼んでみようか、と考え込んだときにようやく返事が返ってきた。
『……ビッグファイア様、お目覚めになられましたか』
 朱里の返事にはどこか力がない。テレパシーはただ言葉をやり取りするだけではなく、相手の精神状態も感じ取ることができる。常に沈着冷静で鉄面皮な少女にしては珍しいことだが。
『とりあえず状況を教えて……いやその前にひとつ』
『何です?』
『大宇宙の大いなる意思(声:水○優子)さんに、どうせなら僕がBF団に誘拐される前まで、リセットしてもらうように頼めないかな?』
『……はい?』

 少年がついに正気を失ったのか、と少女に本気で疑われたが、説明を続けて何が言いたいのかどうにか理解させることができた。
『何を見たのか知りませんが、ビッグファイア様の臨死体験にまで責任持てません……そもそもこの世界に神様なんてどこにもいません。ビッグファイア様もご承知でしょう』
『そりゃ、♪わかっちゃいるけど、やめられ……いや、なんというか藁にもすがる気持ちで』
『残念ながらビッグファイア様は、すがるよりもすがられる立場です。妄想に浸ってないで現実見てください』
『……僕が神様呼ばわりされるような現実なんて、見たくもないよ』
 BF団の首領。権力や財力を望むものならば誰もが羨ましがるだろうその地位も、少年にとっては重い枷としか感じられない。
 BF団においてビッグファイアは絶対、なのだがこれは団員に命令したり処刑することはできても、少年自身が自殺することもビッグファイアを辞めることもできないものだ。
 もはや誰も少年に代わる者はいない。初代ビッグファイアが、あるいは黄帝ライセが生きていれば話は違ったかもしれないが。
『ビッグファイア様が目を閉じて耳をふさぎ現実逃避しても、時の歩みは待ってはくれません。というか私がそんなこと許しません。ビッグファイア様にきっちり現実を見せて差し上げますとも』
『……トホホ。平穏とか平凡とか普通とか、本当に遠くなっちゃったなあ』
 ため息をつくと幸せが逃げる、などと言うがついでに不幸も呼ぶんじゃないかと、少年はさらに重いため息をついた。
『むしろ、この期に及んで逃げようとするビッグファイア様の精神が、実は図太いんじゃないかという気がしてきました』
 BF団でも少年と直接接触する者はごくわずか。実務を担当する朱里とはもっとも話をする、イコール少年の愚痴を聞くことの多い少女には、何かが一週回ってそんな風に見えるらしい。

『それはともかく、状況を説明する前に、こちらも言っておくことがあります……もう十分にご承知でしょうが、何も言わないままにはできません』
『……ああ、うん。その件ね。一応わかってるんだけどねえ』
 少女が何を言いたいのか、少年には続く言葉が容易に想像できた。
『では改めて……人ひとり殺したくらいで、いちいち動揺しないでください』
 殺人、人間にとって最大の禁忌のはずである。だがBF団のボスがそれを避けて通ることはできない。
 猟師が「生き物を殺すなんて残酷なことはできない」などと言っていては生きていけないように、BF団で人を殺すのは仕事の内に入る。
 もうすでにビッグファイアの名の下に多くの人間が、敵も味方も死んでいるのだ。いまさらといえばいまさらだろう。
『むむむ、それでも殺せって命令して死者の人数報告受けるのと、自分の手でトドメを刺すのはやっぱり越えがたい壁がありまして……』
『それはそのとおりでしょうが……いえ、今回は十傑集に頼らずご自身の意思を持って《マスク・ザ・レッド》に死をもたらされた。これは賞賛に値すると言えます。後のことがなければ……』
『……後、ですか』
 ビッグファイア自ら十傑集を粛清した――その事実が霞むほどの出来事があったということだ。
 聞きたくない。考えたくない。耳をふさいで部屋に引きこもって「俺がハマーだ!」のDVDボックスでも見ながら無為に時間をすごしたい。
 少年のそんな本音は口に出そうが出すまいが、実現することはないのだった。

『順を追って説明します。まずビッグファイア様のアダムの暴走で、BF団本部の三分の一が壊滅しました』
『うえっ!?』
 BF団本部、厳重に秘匿されたその場所は、誰も知らない知られちゃいけない、ようになってはいるのだがその規模はそこらの都市をはるかに凌駕している。さすがに宇宙世紀ガンダムの連邦軍本部ジャブローまではいかないにしても、その三分の一が壊滅とはとんでもない規模だ。
『付け加えますと、壊滅しなかった残り三分の二が無傷というわけではありませんよ』
『……』
 そりゃそうだ。仮にまったく無傷だったとしても、電気やら何やらライフラインは寸断されて使い物にならないだろう。
『幸い人的被害は少なく済みました。本部に所属する団員はB級以上のエージェントに限られていましたから。ただ、ここまでであれば被害は甚大だとしても、金銭的な問題で収まったのですが……』
『……収まらなかったと』
『そのとおりです。アダムの暴走に呼応して、本部上空にバベルの塔が顕現しました』
『ああああ……』
 少年は頭を抱えて唸った。BF団基地はその所在を隠されていることに価値がある。
 《夢見るアロンソ・キハーナ》の一件で国際警察機構にも、ビッグファイアがバベルの塔を呼んでしまうことは知られていた。
 これではもうBF団本部は丸裸にされたも同然だった。
『現在、総出で本部機能を各支部へ移行する作業に取り掛かっています。本部のコンピューターもシャットダウン作業に入っており、医療用カプセルが使用できない状況なので、ビッグファイア様はネルフへ移送、赤木リツコの手で治療が行われました』
『なるほど、それでか』
 少年がネルフで目を覚ましたのはこういう理由があったということか。

『アダムによる侵食も洒落にならないレベルになっていましたので、赤木リツコによると綾波レイのスペアをまるまる一体使ったそうです』
『よく目が覚めたなあ、僕……』
 肉体を失って自我を保っていたのがすでに奇跡なのだ。そこまでされたのなら、二度と目覚めない可能性は高かったろう。
『もう目覚めないほうがいいんじゃないか、という意見すらありましたが』
『うう、反論できない』
『少なくともBF団設立以来、最大の被害をもたらしたのはビッグファイア様で間違いありません』
 とんでもない話である。だが、BF団本部を遺棄せざるを得ない状況など、前代未聞だ。朱里の言葉も決して大げさではない。
『ええと、責任を取って辞任します、とかいう流れには……』
『なりません。ありえません。諦め悪いですね本当に』
 三流政治ゴロっぽい言葉をつぶやくが、朱里にきっぱり否定された。まあ予想されたことではあるのだが、もっとこう壮絶に泣き叫んでみればどうだろう、と少年は無駄なことを考えていた。

『本部のコンピューターは基地全体の管理を行っていますので、撤退作業完了まで稼動を続ける必要があります。その後シャットダウンを行う予定ですが、数百年動かしていたシステムですから、止めるだけでも相当な時間がかかると思われます』
 止めるつもりなどなかったシステムだ。電源切ってはいお終い、とはいかない。電源落としても大丈夫、な状態に持って行くだけでもそうとうな手間がかかるのだ。
『最悪、例えば今すぐ国際警察機構が攻めてきた場合は、バックアップだけ持ち出して本部ごと自爆させますが。そうすると支部でのシステム再構築が大変なことになりますので、ギリギリまで粘る予定です』
『だろうねえ』
 その作業の複雑で膨大なことを少年は想像しようとして諦めた。
『セルバンテスさんが泣いてました。どうも表の会社の裏帳簿を本部のコンピューター任せにしていたようです』
 《眩惑のセルバンテス》は十傑集の中でも唯一、表の顔としてオイル・ダラーという名を持っている。一応まっとうな会社を運営しているのだが、その利益はBF団にもたらされている。この辺の会計操作を本部のコンピューターでやっていたようだ。
 実際裏帳簿を下手なところに置くわけにはいかないので、セルバンテスの判断は間違っているというわけではない。本部の壊滅などという事態が異常すぎるのだ。

『本部撤収のゴタゴタは当分収まりそうにありません。ビッグファイア様は当分おとなしくしていてください……いえ別にネルフやら第3新東京市がどうなろうとBF団の関知するところではありませんから、暴走していただいても構いませんが』
『いやいやいや、やらないよ。好きで暴走してるわけじゃないし……何だか爆弾みたいな扱いだね』
『概ね正解です。今回のことでBF団は国際警察機構に大きく後れを取ることになりますので、ビッグファイア様を梁山泊に投下して暴走していただこうか、という話もありました』
『冗談、だよね?』
『いえ、割と本気で』
 少年がネルフに移送されたのも医療用カプセルがどうこうより、これ以上暴走されてはたまらないので放り出された、というのが正解かもしれない。
『撤収作業も大変ですが、これによってBF団の資金を横領していた者や、ビッグファイア様が禁じた人体実験などをおこなっていた者が次々に明らかになっています。ビッグファイア様のレッド粛清もありましたので、いい機会になりました。作業量が多すぎるので追跡も限界はありますが』
『なるほど』
 さすがは諸葛亮だ。転んでもタダでは起きないということか。

『後、ご報告することは……上げればキリがありませんが、重要なもので言えば『ザ・サード』への依頼が達成はされたのですが、クレームが付いています』
『クレーム? どんな?』
 ザ・サードの依頼、ネルフ司令の右手を盗むという考えてみるとちょっとスプラッタなお仕事だが、達成されたのに何か問題があったのだろうか。
『使徒襲来で十傑集を動かしたのが気に入らない、だそうです』
『ええ? いやあの状況でウチが静観なんてありえないでしょ?』
 ザ・サードはBF団の介入を嫌う。それはわかっているが、いくらなんでも使徒を相手にできるわけがない……はずだ。
『石川家の十三代目が『斬り足りない』と』
『……本当に使徒とやりあうつもりだったんだ』
 超能力もないのに、どこまで凄いんだルパン一家。
『まああの時セントラルドグマでは、ネルフの護衛に銭形警部とその部下、その上少年探偵金田一正太郎までいましたから、いくらザ・サードといえど使徒まで相手にできたとは思えません。半分くらいはただの強がりでしょう』
 銭形警部も金田一正太郎も無能には程遠い、どころか超能力こそないけどもう超人じゃないのか、というくらいデタラメな人たちだ。
 それを出し抜いてみせるザ・サードも尋常ではないのだが、これはさすがに相手が悪すぎるだろう。
『ザ・サードは当分BF団の依頼は受けない、と言っています。こちらもそれどころではありませんから、まあいいでしょう。折を見てセカンドインパクト以前の、ヴィンテージ品でも贈ってゴマをすっておくことにします』
 ザ・サードは盗みを生業とするが「金を盗む」ことにこだわっても、金それ自体にはあまり執着しない。本人曰く「いつでも盗める」からだそうだ。
 贈り物を受け取ったからといって喜ぶような男でもないが、セカンドインパクトによって失われもはやBF団しか所有していない貴重品はいくつもある。ご機嫌取りぐらいにはなるだろう。
『今回の依頼からしてネルフ司令の右手を盗む、と宣言しておいてネルフ司令の血液サンプルを採取するというものでしたから、ザ・サードにとっては不本意なのはわかっていました』
 表向きザ・サードの狙いは失敗した、と思わせるのが狙いだった。ザ・サードが機嫌を悪くするのも無理はない。
『十傑集の介入よりそっちの方が気に障るんじゃないかな、あの人の場合』
『おそらくは。とはいえ引き受けたからには、依頼を果たしてもらわなくては困ります』
 実際BF団から今回の依頼を打診した段階で、相当揉めたそうだ。報酬の額に左右されるような男ではないだけに、交渉は難しいことが多い。
『血液サンプルの検査結果は、シロと出ました。ビッグファイア様には予定通り潜入工作を続けていただきます』
『うん、わかった』
 少年は頷いた。本音は乗り気でないのだが、とにかく逃げられないのだからしょうがない。

『最後に朗報です。ネルフ本部から国際警察機構が撤退しました』
『おおっ、そうなんだ』
 ろくでもない報告ばかり聞いて落ち込んでいた少年は、ちょっと気を取り直した。
『今回の件でネルフと国際警察機構の亀裂は決定的なものとなったようです。銭形警部とその部下、鉄人と金田一正太郎は日本支部に、GR1と草間大作、戴宗は北京支部にそれぞれ引き上げました』
 国際警察機構の日本支部は第3新東京市にはない。これでネルフ本部でのBF団の活動が、国際警察機構のエキスパートに妨害される可能性は低くなった。
『ただ、九大天王《伊賀の影丸》が第3新東京市に現れています。国際警察機構がネルフに協力することは今はありえませんが、警戒を怠ることはできません』
『九大天王も動き出したか。まあ予想通りだけど』
 ヨーロッパから十傑集が引き上げたことで、九大天王も独自の活動ができるようになった。一時は梁山泊に篭っていたようだが、いよいよ動き始めたらしい。
『今BF団は大規模な作戦行動を行う余裕がありません。ビッグファイア様もヘタを打たないように気をつけてください』
『自信ないけど……まあ、頑張らせていただきます』
 現在ネルフ本部で活動してるBF団員の中で、もっとも危ういのは少年だろう。まともな工作活動などできるわけがないのだから。
 九大天王《伊賀の影丸》まで来ているのだ。目をつけられたら最後、脱出することもできるかどうかわからない。
『本当ならビッグファイア様には後方に引っ込んでていただきたいのですが、こればかりは仕方ありません。覚悟していてください』
『……はい~……』
 少年はもう何度目になるかわからない、ため息をついた。

『おや? 赤木リツコから連絡が入っていますね……ビッグファイア様が覚醒したのなら、顔合わせのためにネルフ本部に来て欲しいそうです』
『ああ、とうとう来たか』
 少年が逃げ出したくなる事態は、まだまだ終わりそうになかった。



[34919] 第二十六話:ロマンスか逆境か
Name: FLACK◆6f71cdae ID:f8dc5c09
Date: 2014/11/30 19:43
 フォースチルドレンである少年が目覚めたので、ネルフ本部まで来てもらって挨拶する。
 それだけであれば、わざわざBF団の朱里を通す必要はない。病室に直接連絡するか看護師にでも頼めば済むことだ。
 リツコがそういう手段をとったのは、フォースチルドレンであるビッグファイアに心構えをしてもらうためだった。

 たかが挨拶するだけ、なのだが実は様々な難関があった。
 まず、今の少年にエヴァンゲリオン零号機にシンクロ出来るのかどうか。
 パーソナルパターンなど、正体がバレかねない要素はリツコが細工してくれるとはいえ、実際にエヴァを動かせるかどうかはやってみなければわからない。
 暴走も考えられるし、あるいは少年に残る綾波レイの魂にだけ反応して、シンクロできているはずなのに一向に動かない可能性もあるだろう。
 少年にとってエヴァのパイロットでなければいけない理由は、ネルフ本部に入る資格を得るためだけなので、最低起動さえできれば誤魔化しようはいくらでもあるのだが。
 二つ目は本物の綾波レイとの会うこと。ネルフ司令は碇シンジを殺したと思い込んで、綾波レイを三人目に移行させたのだが、実際は少年は死んではいなかった。少年の身体には未だ綾波レイの魂が残留しているのだ。三人目の綾波レイとの出会いは、予想不可能な事態を巻き起こす恐れがあった。
 最後は、バビル二世の存在。BF団が血眼になって捜索しているバビル二世は、ネルフ本部にいる可能性が高い。出会えば確実に正体はバレるだろうし、そうなればBF団を挙げての総力戦が始まる。それでも勝てるかどうかわからない上、少年が生き残る可能性はそれほど大きくない。
 といっても、バビル二世との戦いにはビッグファイアが絶対に必要だった。たとえ十傑集全てがそろっても、ビッグファイアなしでバビル二世相手では勝ち目はない。

 とにかく、逃げることはできないのだ。ビッグファイアがどれほど嫌がろうと、覚悟を決めるしかない。
 普通にネルフから病院に連絡がいって、少年はネルフに赴くことになった。

「私はもう会ってるんだけどねえ……取調室で」
 アスカがボソッとつぶやく。言葉の後半に不機嫌が滲み出ていた。銭形警部に連行されたのが未だに気に入らないのだろう。
「まあまあ、こういうのは一回で済ませたほうがいいでしょ? そこでアスカだけ抜けてるっていうのも、後々ギクシャクするかもしれないし」
 ミサトがアスカをなだめる。ミサトにとって正直子供の面倒など苦手。やりたくはないのだが、ネルフ本部においてチルドレンの監督は自分になっている。戦闘になれば直接指揮を取る事もあって、日頃も相手しないわけにはいかなかった。
「そういうのはいかにも日本人的な発想って気がするけど……まあ別にこの程度のことでワガママ言うつもりはないわよ」
 アスカにとっては今待たされていることよりも、国際警察機構が気に入らないのだ。特別フォースチルドレンを意識しているわけでもない。
 仮にフォースと零号機とのシンクロ率がアスカ以上に高かったとしても、対使徒戦では役立たずに変わりはないのだ。焦ることも気にすることも何もなかった。
「……」
 レイは相変わらず無言無表情。密かに三人目に移行してから、必要なときでさえほとんど言葉を話すことはなくなり、頷くか首を振るだけが唯一の反応になっていた。
 レイを知るネルフ職員からは「イクラちゃん」などという失礼なあだ名が付いていたりするのだが、本人は知らないし気にもしていない。ただ、ネルフ司令あたりが知れば怒り出すかもしれない。

 そうして発令所の皆が待っていると、入り口の自動ドアが開いた。
「来たみたいね」
 皆の視線がドアの向こうに集中する。
 そこから現れたのは、自走式の車椅子に乗った少年、フォースチルドレンだった。
 何故かタキシードに蝶ネクタイ、ひざの上の猫のぬいぐるみをなでながら、あきらかに作り物とわかる葉巻を咥えている。
「ふっふっふっ、よくぞ集まってくれた。我が忠実な僕たち……あだっ!」
 電光石火。どこから取り出したのかミサトのハリセンが、少年の頭部を直撃した。結晶化した右側を狙ったあたりは、病人である少年に配慮したのだろう。
「いちいちネタに走るなって言ってるでしょうが!」
 あんまりな登場にミサト以外は反応できない。少年に集まった視線が、どことなく哀れなものを見る生暖かい目に変わったような気がした。
「いえいえ、せっかくヲタの聖地日本(アキバ)に来たんですから、気合を入れてみました……ほら、第一印象って大事でしょう?」
「アキバ違う! コスプレ見て受ける第一印象って最悪じゃない!」
 ツッコミまくるミサト。怒ってはいるのだが、妙に活き活きとしているような気もする。
「え? でも皆さんもやる気満々じゃないですか」
 少年が発令所を見渡して言う。
「は?」
 ミサトもまた周りを見直してみるが、少年の言っていることがわからない。ネルフ本部の発令所にコスプレやるような馬鹿者はいない。いるはずがない。こいつ以外は。

「ここの職員が着ているのはネルフの制服。チルドレンはプラグスーツといって、エヴァとのシンクロを補助するのと耐G機能を持っている服なのよ」
 赤木リツコが冷静に指摘する。顔合わせなのだから当然のようにそこにいるが、実際はいつボロを出すかわからない少年のフォローのために居合わせているのだ。
 少年の勘違いしたヲタ全開の登場も、リツコや朱里と相談した上での作戦だったりする。妙なことを口走る変なヤツ、という印象を与えれば、本当に危険なことを洩らしたとしても誤魔化しやすいと。
 少年の場合素でこうじゃないのか、とか言ってはいけない。作戦、あくまでも作戦なのだ。
「それじゃあ、リツコさんの白衣も……」
「保健教師のコスプレじゃないからね」
「それは残念」
 少年ががっくりと肩を落とす。
「白衣っていうのはね、理系頭の残念な人がファッションセンスがないのを誤魔化すために着るものなの。期待しても無駄よ」
「ちょちょっと、リツコ!」
 少年に続いてリツコまで言動が怪しくなってきた。ミサト自身も自分を常識人とか女子力高いとかそんな自信はまったくないのだが、どうにも話があさっての方向に飛びすぎていて不安が募るのを止められない。
「ヲタの妄想を打ち砕くのは、リアル三次元女の義務よ!……とまあ、フォースのネタに付き合うのはこれくらいにして、話を進めましょうか。私は技術局第一課、E計画担当責任者、赤木リツコです。チルドレンの体調管理もしているから、今後会う機会も多いはずよ。もう病室で会ってはいるけど一応ね」
 ようやく真面目になったリツコに、ミサトは本気で安堵した。本当にこのままグダグダが続きそうな気配だったので。

「ふう、一時はどうなることかと……私は戦術作戦部作戦局第一課、葛城ミサトよ。エヴァの戦闘時の指揮と、日頃はチルドレンの監督? になるのかな。とにかくよろしくね」
 ミサトが姿勢を正して挨拶する。研究員から転向してきた者の多いネルフ職員の中でも、数少ない軍人さんなので実に様になっている。
 ミサトの日常での様子を知っているアスカからすれば、外面を取り繕うのがうまいだけのぐーたら人間、らしいのだが。
「どうも。それでは僕もあらためまして……はるか遠いフランス支部の原子力発電所から、一千万ボルトの送電線をひた走りただ今参上! そーです、私が……ぐはぁっ」
 全然あらたまってなかった。ミサトのハリセンが再び唸る。
「いー加減にしなさい! というかアンタいくつよ!?」
 わかるミサトもどうなんだという気がするが、女性に歳を聞いてはいけない。いけないのだ。
「むむ、後はとっておきの、おフランス帰りザマ~ス! とかあったんですが」
「これ以上脱線するなら、ハリセンが粉砕バットに進化するわよ」
「イエスサー! 真面目にやらせていただきます! サー!」
 ミサトの背後に現れた金属バットの柄を見た少年は、急にビシッと背筋を伸ばして敬礼した。何かトラウマでもあるのだろうか。
「サー! 自分はネルフフランス支部より参りました住所不定無職の名無し年齢不詳! 本部においてフォースチルドレンとして登録される予定であります! サー!」
「うーん、これはこれで妙だけど、まあいいか。とにかく話を進めましょう」
 そう言ってミサトは取り出した金属バットの柄を逆手に持って、ゴンッとバットの先を床に打ちつけた。これ以上妄言吐くようなら、葛城ミサト容赦せん! という意思表示である。ビクッと震えた少年にもそれは十分に伝わっているようだ。
 その金属バットには「父の魂」と彫ってあるのが見えた。葛城博士の遺品だろうか。

「何なのよコイツは……私はエヴァンゲリオン弐号機パイロット、セカンドチルドレン、惣流・アスカ・ラングレーよ。ネルフのエース! と言いたいところだけど、本部での使徒戦は今まで国際警察機構のロボットがトドメさしてたからねえ。一応チルドレンとしてはトップにいるつもりよ」
 半分あきれながらも、アスカもきちんと挨拶する。エースというのは最上位、トップという意味ではあるが、アスカが言いたいのは戦闘機のパイロットが名乗る撃墜王のほうだろう。
 ネルフ本部では今までの経験から、エヴァをATフィールド中和装置と位置付け、近接戦闘とトドメは通常兵器で行っていた。アスカとしては、胸を張ってエースパイロットを名乗るのは躊躇するわけである。
 とはいえエヴァとのシンクロ率、戦闘能力においてトップであることは間違いない。国際警察機構のロボットが引き上げた今、エヴァ弐号機とそれを駆るアスカが、ネルフの切り札となるのだろう。
「サー! お噂はかねがね聞き及んでおります。自分はものの役に立たないと思われますが、よろしくお願いします。サー!」
「うっとおしいんだけどコイツ……って普段はなんて呼べばいいのよ?」
 うんざりした表情でアスカがミサトに問う。
「うーん、名無しとかフォースとか言ってるうちに定着しちゃったから、適当にフォースと呼べばいいわよ」
「サー! はい上官殿。いいえ、自分は一応希望する名前を提案しましたが。サー!」
 上官にNoと言ってはいけない、というやつだろうか。少なくとも、ネルフや国連軍にそんな慣習はない。
「あんな寿限無みたいな馬鹿な名前、使えるわけないでしょうが!」
 ミサトのバットが床を叩く。ヒッと少年が身体を引きつらせた。
「じゅげむ?」
 アスカが首を傾げる。ドイツ育ちのアスカには意味がわからない。
「日本の落語にある異常に長い名前のことよ。正確になんていうかは、あとでネットでも見ればわかるわ」
 ミサトの代わりにリツコが答える。
「ふーん? アンタ一体どんな名前にしたっていうの?」
「サー! 東西南北中央不敗スーパーフランスであります。サー!」
「……本っ当に馬鹿なのね、アンタ」
 アスカがため息をつきながらつぶやく。納得はしたようだ。もちろん駄目な意味で。

「それじゃ次はレイね。エヴァンゲリオン初号機パイロット、ファーストチルドレン、綾波レイよ」
 ミサトが紹介するが、レイは前に出ることも頭を下げることもなく、じっと少年を紅い瞳で見つめていた。
「サー! よろしくお願いします。サー!」
「……」
 少年の声にも無反応。このまま何もなければいいのだが……少年の顔に冷や汗が流れた。

「……あなた、何?」

「!」
 レイの言葉に、少年が傍目にもはっきりわかるほど動揺した。発令所のスタッフ全員が息を呑む。
 ファーストチルドレン、綾波レイは少年に対して何かを感じ取っている。それは間違いないようだ、
『に、逃げようか? 脱出するか? 逃走しようか?』
 少年はパニックに陥った。このままでは正体がバレかねない。
『落ち着いてシンジ君!』
 赤木リツコの声が少年の頭に響いた。この顔合わせを乗り切るため、少年は本部の朱里と赤木リツコへテレパシーをつないでいたのだ。
 赤木リツコは超能力者ではなかったが、BF団に寝返ったときに一時的に超能力を使える措置を施されている。とはいえ、それは一時しのぎのため緊急時しか使うことを許されていなかった。
 今は少年に寄生している《暮れなずむ幽鬼》の能力を介して少年と意思を交わしている。
『ネルフのスタッフが驚いているのはシンジ君のことではなくて、「ファーストチルドレンが言葉を話した」ということに対してよ。それにレイのこの言葉だけではフォースのあなたを怪しむどころか、その言葉の意味すらわからないわ』
『あ、そ、そうか……』
 混乱していた少年はどうにか自分を取り戻した。
『ここは適当に誤魔化すしかないか』

「は? あの、えーと……我とは何ぞや? なんというか哲学的なお話ですか?」
 口から糞をたれる前と後ろにサーをつけることも忘れて、少年がつぶやく。
「……」
 レイは何も答えない。ただ、少年から視線を外そうとはしなかった。こういう無言の圧力は少年の苦手なもののひとつで、本当に勘弁してほしい。
「哲学云々は置いておいて、一応もう一度自己紹介してもらえるかしら」
 リツコが少年をフォローするために口を挟む。レイはよほどのことがない限り話すことすらない。この事態を乗り切るのはそれほど難しいことではないはずだ。
「サー! それでは復唱いたします! フランス支部より本部に配属になりました。名無しのフォースチルドレン、住所不定無職のニートであります。サー!」
「……? なんか最初と違うような?」
 アスカが首を傾げるが、少年はレイの顔色をうかがうのに必死で、他に意識を向ける余裕はなかった。
「……」
「あ……あうあう……」
 レイは相変わらず無言だ。緊張しすぎている少年の挙動がいよいよ怪しくなってきた。

「そ、それじゃ次にいきましょうか」
 ミサトがたまりかねて言う。レイの反応を待っていては、いつまでたっても終わりそうになかったから。
 少年があからさまにほっとする。挙動不審であるが、ファーストチルドレンが相手であればそれも不思議ではない。事情を知らないネルフの職員もそれを異常とは感じていないようだ。

 それ以降、挨拶は滞りなく進む。相変わらず男に薄情な少年は、男性スタッフの名前を聞いても記憶しようとしなかったが。
 これで何とかなりそうだ。少年もリツコもそう思っていた。その瞬間までは。
 ポーカーフェイスなどできない少年はともかく、赤木リツコは冷静でいられた。表と裏の顔を使い分けるのはBF団に寝返る前からやっていたことだし、隠し事など今までいくらでもあったのだ。
 BF団員になった自分の正体を隠すのはもちろん、危うい少年をフォローする余裕さえある。しかし、だからこそこれからおきる事に驚愕することになるのだ。

「一通り済んだわね。それじゃ零号機とのシンクロテストの前に、パーソナルパターンの測定を行います。フランス支部での測定データもあるけれど、念のためにね」
 挨拶が終わった少年にリツコが話しかける。これで研究室に向かえば一息つける。少年もリツコもそう思っていた。
「サー! 承知しました! サ……あ……!?」
「え……!?」
 二人が目を合わせた瞬間、それは起きた。
 見合わせた二人の顔が、一瞬で真っ赤に染まったのだ。
 少年とリツコが合わせ鏡のように、同時に自分の胸に手を当てる。つい先ほどまで平常運転だった心臓が、百メートルを全力疾走したかのように早鐘を打っていた。
「な、ななななな……」
「え、えええええ……」
 二人とも二の句が継げない。思考が混乱してテレパシーどころではない。お互い相手のことで頭がいっぱいになり、胸は爆発したかのように熱く燃え上がっていた。
 どちらもこれが一体何なのかわからない、理解することができない。ただ、とにかく今は互いの視線をそらせなかった。

「……ど、どうしたの、二人とも?」
 さすがに不審に思ったミサトが声をかける。これまでのフォースチルドレンの奇行とはわけが違うようだ、というのはそれを見た者すべてが感じていた。
「!」
 はっ! と我に返った二人が一斉にミサトのほうに顔を向ける。二人の迫力にミサトは思わずのけぞった。
「え、ええと? 目と目が合ったその瞬間から、恋の花咲くこともある……とか、そういうの?」
 ちょっと引いたミサトが適当に思ったことを口に出す。そんなお気楽なものではなさそうだと、ミサト自身も感じていたが。
 だが、渦中の二人は思い当たることがあったようだ。二人の目が大きく見開かれ、もう一度互いの目を合わせる。二人の顔がいっそう赤くなった。顔中に汗が吹き出て、湯気が立っているような気がする。今なら頭にやかんを乗せればお湯が沸かせそうだ。
 この現象が一体何を意味するのか、この瞬間二人ははっきりと理解した。
「な、なあああああぁぁぁっっ!!」
「き、きゃああああぁぁぁっっ!!」
 悲鳴を上げて二人は後ろに飛びのいた。少年は車椅子から投げ出され、リツコは背後のコンソールに衝突する。
 少年は転がって背後の壁に激突し、リツコはちょうどキーボードのあるところに腰をぶつけることになって、端末にでたらめな文字が表示され、エラーのビープ音を響かせた。
 何が起こったのか、二人は理解した。しかしなぜそうなったのか、これからどうすればいいのかまるで頭が働かない。
 発令所の皆もこの状況についていけず、奇妙な沈黙が降りた。フォースチルドレンと技術局のトップがただならぬ関係なのだと思わざるを得ないのだが、当人たちの驚きようからしてこのときまで自覚すらなかったようなのだ。

『とりあえず、落ち着け』
 冷静な、どこかあきれたようなテレパシーが少年とリツコの頭に響く。少年に潜んでいる十傑集《暮れなずむ幽鬼》の声だ。ただのテレパシーではなかったらしく、二人の興奮と混乱が強制的に静められていく。
『これではもう取り繕うのは無理だろう。二人ともこの場は退散したほうがいい』
『あ、ええ、そうね』
『ああ、うん、わかった』
 幽鬼の言葉に二人は同意した。もはやこの状況を収拾することは今はできない。ほとぼりが冷めるまで逃げ出すしかなかった。

 唐突にリツコのポケットからデジタルの音楽が流れる。「トムとジェリー」の主題歌だった。
「あ、あらいけない、研究室に戻らないと。それじゃ、お先に失礼するわね」
 白々しいことこの上ないのだが誰も止める気になれず、そのままリツコは発令所から退出していった。
「ぼ、僕も病状が急変したので、病室に戻らせていただきます。では、さらばだ、諸君! また会おう!」
 ひっくり返っていたところから、勢いよく起き上がるや車椅子を片手で持ち上げて、少年は外に駆け出していった。

「……あの車椅子何の意味があったのよ?」
 アスカがあきれて言う。あれだけ動けるなら、車椅子など必要ないだろう。あれもコスプレの一種だったのか。
「いや、あれは一応必要なのよ……」
 ミサトが説明しようとしたとき、外から大きな破壊音が聞こえた。察するに少年が思い切り転倒して、車椅子がバラバラになるほどの勢いで床にぶつけたのだろう。
 発令所の出入り口は非常時には隔壁になるほど丈夫に作られている。その扉越しに聞こえるということは、どれほど派手に転んだのだろうか。
「今見たとおり、フォースは足が動かないってわけじゃないんだけど、身体の右半身があの有様でしょう? 左右の足の長さが変わっちゃって、まともに立ったり歩いたりは難しいのよ。今のはよっぽど焦ってたのね……どうも理由がよくわからないんだけど」
 ミサトが首をかしげながら言う。フォースのことはそれほど知っているわけではないが、リツコとは長年の友人である。彼女のあんな姿など本当に初めて見た。日ごろから恋愛など無縁と割り切っているようだったし、もし恋だの愛だのに目覚めたとしてももっと冷静に対応するタイプのはずだ。
「男と女はロジックじゃない、って言ってたけど、ここまでど派手なことやらかすとはねえ……」

「何でもいいけど……ネルフに職員の恋愛禁止とかなかったの?」
 二人の暴走に、アスカはあきれたというか毒気を抜かれたように脱力していた。
「さあ? よく知らないけど二人のあの様子で、規則がどうこうで止まると思う?」
「ほっとけっての? あの有様じゃ、これから仕事にならないわよ」
 まあ確かに。ミサトも少し考え込んだが、やはり気にしないことにした。
「フォースはよく知らないけど、リツコが何も手を打たないとは思えないわ。たぶん何とかするでしょ……二人の恋の行方がどうなるかは興味あるけど」
 ミサトは折を見て出歯亀してやろうと考えていた。
「緊張感ないわねえ」
 使徒によるサードインパクトを阻止する人類最後の砦、がこんなことでいいのだろうか。気合とかやる気とか、大事なものが抜けていくような気がするアスカだった。

 一方あちこちで転げまわりながらも、少年はどうにか病室に戻ることができた。
 幽鬼によって一時的に鎮静されたとはいえ、動揺が完全に収まったわけではない。赤木リツコのことを思い浮かべようとすると、脈拍と血圧が急上昇するのがはっきりわかる。
「こ、これはまずい。ものすごくまずい……」
 少年に喜びや幸福感はなかった。年の差やリツコ自身を気にしているわけではない。問題は自分だ。
 元来色恋沙汰など無縁だったし、ヲタとしてリアル三次元女と関わることなどないとあきらめていた。
 そしてBF団のボス、ビッグファイアが誰かに惚れるのは許されることではない。
 だが、この心に投下されたN2地雷は今も爆発炎上を続けていて、容易に鎮火できそうにない。

 ふと相手のリツコがどうなっているか気になった。
「……いや、考えるまでもないか」
 少年には赤木リツコの記憶があるのだ。そしてその情報から、リツコもまた動揺と混乱の極みにあるだろうと確信する。
「これは、どうしたもんかなあ……」
 ネルフでチルドレンという立場である限り、技術部のトップである赤木リツコと顔を合わせないわけにはいかない。そして顔を合わせれば冷静でいられるなどおそらく不可能だ。
 どのように収拾をつけるか。少年に良いアイデアなどまったくなかった。

 そしていつものごとく、少年に逃げる場所などないのだった。



[34919] 第二十七話:美女とお子様のラプソディ
Name: FLACK◆6f71cdae ID:6cf7318c
Date: 2015/09/25 19:00
『精神感応系の能力者はいくらでもいますが誰かの心を覗くことはあっても、両者が互いの精神を完全に見せ合うなど、これまであった試しはありません。BF団の記録上の話ですが、おそらく国際警察機構のエキスパートでもこんな“馬鹿な”真似をしたものはいないと思われます』
 “馬鹿な”という部分に思い切り力が入っている。ネルフでのハプニングを聞いたBF団の朱里は、当初言葉も出ないほど呆れ果てていたが、本部撤収作業の合間に一応調査してくれた。
 調査といっても、少年とリツコだけでは話にならなかっただろう。当人たちも「目を合わせたらなぜか一目惚れした」しかわからないのだ。そんな話を聞かされても原因など調べようがない。
 現場に、十傑集《暮れなずむ幽鬼》が居合わせていたのが幸いした。力を失ったとはいえ、強力なテレパシー能力者であり精神操作のエキスパートである彼は、二人の心の動きを正確に把握していたのだ。
 そこから導き出された結論が、二人の精神全面解放である。
『精神感応の能力を持つものは、人の心の醜さをいやというほど味わうからな。無論自分の心の汚いことも。相手に自分の心を見てもらおうなどと、そんなことを考えるものは……まして実行に移すものなど前代未聞だ』
 幽鬼としても頭が痛い。赤木リツコを引き込むために少年がとった手段だったが、その場に居合わせサポートまでしたのだ。まさかこんな副作用があると彼ですら想像できなかった。

『これが国際警察機構の女であれば大問題ですが、すでにBF団側である赤木リツコとどれほどイチャつこうが、構わないと言えば構わないんですが』
 少年は今はこんな感じだが、一応BF団の首領なのだ。札束を積み上げてなんとかなる話ならば、風俗に行こうが女を囲おうがいくらでも可能である。少年の性格上そんな真似は到底できないのだが。
 実は国際警察機構のスパイでした、などというオチでもない限りBF団としては問題にすることでもなかった。現状本部がてんてこ舞いでそれどころではない、ということもある。
 では何の問題もないのかといえば、そういうわけでもない。
『この件でナツミさんから伝言を預かっています』
『へ? ポイントV1はもう通信禁止じゃ』
 BF団に入団したナツミは、ポイントV1と呼ばれる場所に行っている。そこはBF団でも最重要機密、出来損ないのビッグファイアなどよりよほど大事で、そこの場所を秘匿するためにテレパシーを含む通信は一切禁止されているはずだった。
『時限式のメールでした。ポイントV1に向かう前に仕掛けられたようです。おそらくナツミさんの超能力『千里眼』の未来予知で今の状況を知ったのでしょう』
『ナツミちゃん、もの凄い能力なのにこんなことに使ってるの……』
 未来予知、不確定なこの世界では絶対とはいえないが、世界の行く末を左右しかねない能力だ。あまりにも個人的過ぎてもうちょっと有意義にできないものかと思う。
『超能力が無駄になっているという意味では、ビッグファイア様が他人をどうこう言えるんですか? とりあえず伝言の内容を伝えます「・・- ・・-・ ・-・・ ・・ ・-・・・ ・・・ ・-・-・ --・-- ・- -・ ・・ -・-・ -・・ ・-・・ ・・-- ・-・・・ ・-・-・ ・-・ -・-・ ・-・-- ・--- -・ ・・ --・-・ -・ ・-・-・ ・-・・ ・・- -・- -・-・・ -・・・ -・・-- -・--・ -・-・- ・ ・-・-・ ・-・-- ・・ 」だそうです』
『かなモールスとはまたマニアックな……』
 正確には和文モールスというのだが、少年はモールス信号などわからない。しかしテレパシーで送られてくる情報は、その意味を感情として大まかに感じ取ることができた。

『僕一応ぼっちのつもりなんだけど……多分言っても聞いてくれないよね』
『知りません。ビッグファイア様の私的な交友関係まで、管理するつもりはありませんから……ただし』
 そっけない言葉の最後に、力が込められていた。
『現在、鈴原ナツミも赤木リツコも非常に重要な立場にあります。くだらない痴情のもつれでBF団に不利益をもたらすのであれば、タダでは済みませんよ』
『いや、それはそのとおりだけど、僕にどうにかできるのかなあ……いろんな意味で』
 二人の女性を相手にして、うまいことやっていく。そんな器用さが少年にあるとは、朱里も本人も(ついでにナツミもリツコも)思ってはいない。
『別に痴話喧嘩する分にはかまいませんよ。最低限BF団の活動に支障がないように、ということです』
『ラノベの主人公なら『え、何だって?』とか『いやあ、もてる男はつらいなあ』とか言ってれば、何故か修羅場にもならず話が進むんだけど』
『……もしビッグファイア様にそんなご都合主義極まりない主人公補正があったとしたら、BF団がここまで窮地に陥ると思うんですか?』
『だよねえ……』
 自分が主人公などという特別なものであったなら、こんな状況になるはずがないのだ。それにBF団は所詮悪の組織、周到な計画を正義の味方に滅茶苦茶にされて捨て台詞を吐いて尻尾を巻いて逃げる、そんな立場でしかない。
 現状、正義の味方ではなくビッグファイア本人が一番BF団の頭痛の種になっているという、どうしようもない話になっている。自分が主人公などと錯覚することなど出来るはずがなかった。

『原因はわかったとしても、これじゃどう対処したらいいか見当もつかないな』
 このトラブルが精神感応によるものだ判明したとしても、二人が顔を合わせたときの反応を抑えるすべはすぐには思いつかない。
『オレもできる限りフォローはするが……』
 幽鬼の言葉も歯切れが悪い。精神操作を行う超能力者ではあるが、こういったむき出しの感情を都合よく押さえ込むのは、十傑集《暮れなずむ幽鬼》にとっても容易なことではない。
『どうしたもんかなあ』
『赤木リツコが対策をとると言っていますが……』
『え、ほんとに?』
 途方にくれる少年は朱里の言葉に驚いた。赤木リツコならばこの状況を放置したりはしない、と少年もよく理解していたが、これほど早く対応できるとは思っても見なかった。
『……赤木リツコのほうも、かなり影響を受けているようですね』
『え?』
 よい知らせのはずが、朱里のテレパシーは微妙に重い。というかこれは呆れているのだろうか。
『ネルフではビッグファイア様、フォースの正式採用に合わせてエヴァンゲリオン零号機とのシンクロテストを準備し始めているようです。まあネルフの都合など知ったことではありませんが、今はまだ赤木リツコの立場が危うくなるような真似は避けるべきでしょう』
 この状況でフォースチルドレンが病室から出られない、などと言うようではスキャンダルで入院する三流政治業者と同レベルに見られてしまう。いまさらフォースの株がいくら落ちようと少年にはどうでもいいのだが、赤木リツコに悪影響があるとなれば話は別だ。
 こうして、少年はフォースチルドレンとして再びネルフに赴くことになった。

「それでは、これからフォースチルドレンと零号機のシンクロテストを開始します。MAGIはすでにテスト前の待機状態。零号機は固定状態のまま起動シーケンス消化中……」
 ネルフ本部でシンクロテストが始まろうとしている。
 赤木リツコは以前の動揺などなかったかのように、淡々と進捗を確認していた。その声はあくまで冷静だ。声だけは。
「リツコぉ、さすがにそれはどうかと思うわ……」
 横にいる葛城ミサトがなにやら脱力したようにつぶやく。
 作戦部所属で戦闘指揮官のミサトはシンクロテストに立ち会ってもやることなどない。とはいえフォースが使い物になるのかどうか、把握しておかなければならない立場なのでバックレるわけにもいかず、テストの経緯を眺めるしかなかった。
「何か問題でも?」
 落ち着いて返事をするリツコの表情をうかがい知ることはできなかった。なぜならリツコの頭には馬鹿でかいHMD(ヘッドマウントディスプレイ)が装着されているのだから。
 普通のHMDよりも大振りなのは、HMDの前面にカメラがついているためらしい。
 リツコの異様ないでたちに、ミサト以外のネルフ職員も突っ込みたいのだが、あくまでも平静を装うリツコに誰も何も言えずにいた。
「問題、かどうか知らないけど、何なのよそれは?」
 とうとうミサトが我慢できずに聞いてしまう。知らん顔してスルー、ができないミサトらしいといえばらしい。
「ふっ、これこそは、シンクロテストの準備をマヤに全部押し付けて突貫ででっち上げた、特定事象認識阻害システム、その名も『モ~ザ~イ~ク~く~ん』!」
 リツコが胸を張って答えた。口元は外から見ることができるので、リツコがすごいドヤ顔してるのだろう、というのは簡単に想像できる。名前を呼ぶところはなぜか青い猫型ロボット(前世代)っぽかった。なにやらHMDがぺかぺか光ったように見えたが、錯覚に違いない。
「とくて……え? 何?」
 ミサトの頭にハテナマークが浮かぶ。リツコの台詞を聞いても何をする何のためのものなのか、さっぱりわからなかった。
「説明しよう! このモザイクくんは、前面のカメラとマイクで取得した画像と音声をMAGIでリアルタイム処理し、HMDのディスプレイとイヤホンに転送するシステムなのよ!」
「……? は?」
 この説明を聞いてもミサトの疑問はまったく解消しない。顔に取り付けられたカメラの画像をHMDで表示し、マイクで拾った音をイヤホンで聞く……普通に直接目で見て耳で聞けばいいんじゃないのか。
「あなたの疑問も無理はないわ。このシステムの肝はね、MAGIでリアルタイム処理する際にフォースの姿と声を消してしまうことなの」
 つまり普通に目と耳で見聞きできるものと違いはないが、フォースチルドレンのみを見えなくするということだ。
「とりあえずこれで以前の醜態をさらすことはなくなったわ。本来ならもっと根本的な解決法を模索するべきなんでしょうけど、時間的にも今はこれがベターな対応と判断しています」
「なんちゅー大げさな……」
 ミサトは呆れたようにため息をついた。フォースを意識しないためだけにこんなシステム作るとか、実はリツコって暇なのだろうか。
 勿論、ネルフの技術部トップが暇なわけがないのだが、こんな個人的なことにこれだけ力を入れているのを見ると、どうしても何かズレている気がしてならない。
「いや、まあ……リツコとフォースが顔合わせるたびに騒ぎになるよりはマシか。納得、はしづらいけれどとにかく話を進めましょう」
 ミサトも気持ちを切り替えることにした。バカバカしく見えても効果があるのならば、いちいち文句をつけてもいられない。

「えーと、そういうことなら僕にも同じものが欲しいところなんですが……」
 エントリープラグの中で少年がつぶやく。なるべくモニターに映るリツコの顔や声を意識しないように、目はあさってを向いている。
「あ、そうか」
 ミサトが少年の言葉に頷いた。技術部トップのリツコが挙動不審になるのも問題だが、エヴァのパイロットが落ち着きをなくすのも放置できない。何しろエヴァは常に暴走の危険を持っているのだから。
「無論、できることならそうしない理由はないのだけれど」
 だが、なぜかリツコはこれを肯定しないようだ。
「どうしてできな……あれ? リツコ、フォースの声は聞こえないんじゃないの?」
 今の少年のつぶやきにリツコは反応した。モザイク君とやらがリツコの言ったとおりのものだとしたら、フォースの声は遮断されるのではないのか。
「さすがにエヴァのパイロットと意思疎通できないのは支障があるから、フォースの声はMAGIで文字情報に変換されて、HMDにテキストとして表示されるのよ」
 フォースの声を直接聞けば動揺してしまうが、文章だけならば何とかなる、ということらしい。
「モザイク君については結論から言うと、時間が足りないのよ。システム自体はHMDにカメラとマイクと無線機能つけるだけだから、作るだけならすぐなんだけど」
 リツコはため息をついた。リツコにとって心をつないだ少年は赤の他人ではない。自分と同じ症状が起こるのがわかっているのだから、何とかしたいという気持ちは確かにあった。
「まず、このモザイク君1号は防水処理がなされていない。LCLに浸かったら一発でアウトよ。防水処理を施した2号の製作に取り掛かってはいるのだけれど、エヴァのパイロットに装備させるとなると……」
「んん?……あ、なるほど」
 リツコの言いたいことにミサトは気づいたようだ。
「対使徒用の兵器とか作戦上必要となれば臨時でいくらでも無理が利くけど、平時の正式装備にしようとすると、ちょっと」
「試験やら認証やら、まともに相手してたら何週間どころか何ヶ月かかるかって話になりかねないし……いわゆるお役所仕事ってやつね」
 ネルフは軍隊組織というわけではないが実戦を行う、使徒を生命体と認めるならば殺し合いをするための組織になる。
 前線で命を賭けるパイロットの装備であれば、正式に認められるまでテストやらなにやら手間と時間が大変なことになるのだ。
 特にこのモザイク君の場合、パイロットの視覚と聴覚に関わるもの。使徒との戦闘のさなかにバグって画面がブラックアウトしました、などということになれば本当に洒落にならないのだから。
「あれ、本当に面倒くさいのよね~」
 ミサトが辟易したようにため息をつく。軍に所属した経験があり一兵士ではなく指揮官として活動していたミサトは、こういう場合の手続きなどの煩雑さを骨身にしみてよくわかっていた。

「むう、理由はわかりましたけど、やっぱり不公平な気が……」
 少年がぼやく。まあ、わからないではない。
「んむ~、一応発令所の映像はエントリープラグに映さないようにするし、リツコも直接フォースに話しかけるのは控えるでしょうから、我慢してもらうしかないわね」
 ミサトが少年に答えた。リツコのようにハードウェアの力押しで解決しないなら、現場の人間の運用で何とかするしかない。軍に限らない、それが現場にいる者のやり方だ。
「ええー……あ、そうだ。このシンクロテストってリツコさんが責任者ですけど、テストの進行ってMAGIとオペレータの人がいれば何とかなりますよね?」
「へ? えっと、そうなの……?」
 突然変わった話題についていけず、ミサトがリツコの方を向く。少年がリツコに直接尋ねないのは、やはり気を使っているのだろう。リツコを、というよりも自分が正気を保つ自信がないから。
「いえ責任者が不在だとまずいのはまずいんだけど。そうね、テストというのは条件を決めることと、それを設定する事前の仕込が肝だから……確かに私がいなくてもシンクロテストを進めるだけなら可能よ」
 まあ、終わった後のデータの検証作業が待っているので、リツコなしでのシンクロテストは不可能ではないがあまり意味はない。

「そういうことならば、ここは一発……」
 少年はエントリープラグ内でカメラのある方向を向いて、大きく息を吸い込んだ。
「え、ちょっと何するつもり?」
 不穏な気配を感じてミサトが慌てる。フォースがろくでもないことをしようとしているのは、はっきりわかった。
 だが、少年はミサトに構わず言い放つ。

「リツコサン、アイシテイマス」

 すごい棒読みだった。フォースの声はモザイク君でテキストに変換されるので、心をこめたところで意味はない。
 それでも少年の顔がみるみる真っ赤になっていく。ある種の自爆技に等しいからだ。
「いきなり何てこと言うのよ! フォース!……リツコ、だ、大丈夫?」
 ミサトが思わず悲鳴を上げる。フォースの言葉がリツコへの致命的な一撃(クリティカルヒット)になることは明白だ。
「……」
 しかし、リツコは何の反応もしない。ミサトの不安はまず増す高まっていく。むしろ声を荒げて怒り出すほうが安心できるくらいなのだが。
「無反応……というのは、MAGIでこの手のクサイ台詞は、遮断されてテキストにすらしない設定なのかな?」
 反応のなさに少年が首をかしげる。リツコの記憶を持つといっても、それはあの病室での精神感応の時点の話だ。それ以降のリツコの行動は、記憶から予測することはできても実際のところはわからない。やばい反応が出るのを警戒して、少年はリツコと直接のテレパシーをつなぐのは避けていた。
 これでは仕掛けた少年だけがダメージを受ける、本当の自爆だが。
(まあ、いまさら僕(フォースチルドレン)の奇行を変に思う人はいないだろうけどね)
 ちょっとした意趣返しのつもりなのだ。リツコにダメージがないというのであっても構わない。少し残念ではあるが。
 と思っていたのところに、

「……はうっ」

 少年の言葉にも無反応、と思われたリツコが卒倒した。どうやら少年の言葉はきっちりリツコに届いていたらしい。無反応に見えたのはHMDで表情が読めなかっただけのようだ。
「ちょっ、リツコ! しっかりして!」
「ああっ! 先輩!!」
 発令所は大騒ぎになった。シンクロテストはリツコなしでも実行可能、と本人が言いはしたがリツコは決して突っ立っているだけの名ばかりの責任者ではない。ネルフで実戦以外における最高の現場指揮官なのだ。リツコ抜きでテストを続行しようとするものなど、いるはずがない。
 ちなみに本来の最高責任者であるところの、ネルフ司令や副司令は何も言わないし何にもしないので、いてもいなくてもネルフの活動に支障はなかったりする。その分リツコやミサトが苦労するわけだが。

「……あれ?」
 少年は首をかしげる。やらかした張本人なのだが、少年の目論見ではリツコは怒り出すか恥ずかしがって発令所から立ち去る、あたりの反応だと思っていたのだ。
 この少年の誤算は、未成年でネルフでの評判などどうでもいい少年と、いい歳した大人で人を指揮する責任ある立場であるリツコの認識の差が出ているのだが、少年にはその辺がピンと来ていないらしい。

 結局その日のシンクロテストは中止になった。少年、フォースチルドレンは元の病室に連行され、始末書を書かされる羽目になる。
 ミサトなどは、独房にでも放り込んでやろうと本気で思っていたのだが、容態が急変でもしたら面倒なので、病室に監禁というところに落ち着いた。シンクロテストにかかる時間と費用を考えれば、決して大げさではない。落ち着いたらテストのやり直しをしなければいけないわけで、かなり洒落にならないことをやらかしているのだ。
 もっとも少年はネルフの予算や資源をいくら無駄遣いしようとも、良心は痛まないし気にする義務も義理もない。

「うーん、むむむむむ……」
とはいえ、せっかく味方に引き入れたリツコさんに迷惑をかけたのは申し訳ないし、これに関しては良心が痛みまくる。直接会って土下座でもしたいところだが、いまだリツコの意識は戻っておらず、少年も病室から出られないのでそれもできずにいた。
 そして、書かない限り外に出ることがかなわない始末書、反省文でもいいが少年にとっては相当な重荷だった。
 BF団に誘拐されて以来まともに学校に通っていない少年は、文章を書く習慣など身についていない。BF団での書類仕事も基本的に報告書の内容を確認して承認、不許可のサインをするだけだった。
 強大な権力を持つBF団の首領ビッグファイア、などといってもさすがにこんなものの代筆を団員に頼むことはできない。苦手でもなんでもとにかく文字で空白を埋めていかなければならなかった。

 そして、少年が作文用紙を前に四苦八苦しているとき、BF団から緊急連絡がテレパシーで送られてきた。
『ポイントV1の鈴原ナツミから緊急入電!』
『え、だからポイントV1との通信はダメだって……いや、それほどヤバイ内容なの?』
 いつも冷静な朱里が珍しく慌てている。禁止事項を破るほどの緊急事態なのだろうか。
『手短にお話します。現在……』

『え? ええええっ!?』
 朱里の報告に少年は仰天した。ヤバイどころの話ではない。もはや取り返しのつかない事態が発生していた。
『避難は……』
『間に合いません』
 朱里が即答する。それは二人とも十分に理解していた。これがナツミの超能力で予知されたことであるならば、覆すのはほぼ不可能に近いことを。
『覚悟、決めなくちゃいけないか……』
 悩んでいる余裕はまったくなかった。いや、本当なら部屋にでも引きこもってうじうじと悩みたいところなのだが、状況がそれを許してくれない。
 それでも少年が行動に移るのには、しばらく時間がかかることになった。
 そして決心した少年は、BF団本部に残る団員にテレパシーを送る。

『BF団首領ビッグファイアが命じる……お前たちはそこで死ね!』



[34919] 第二十八話:BF団本部壊滅!! さらば十傑集!
Name: FLACK◆6f71cdae ID:6cf7318c
Date: 2015/10/10 18:51
 ビッグファイアによって大きな被害を受けたBF団本部では、十傑集《眩惑のセルバンテス》と《衝撃のアルベルト》が二人空を見上げている。
 それ以外の撤収作業に従事していたBF団員達は皆、作業を諦めて本部から脱出を始めていた。

「ふん、あの情けない小僧が言うようになったではないか」
 アルベルトが口の端を歪めてつぶやく。
「まあそういうな。ビッグファイア様がよりふさわしく成長されたのならば、喜ぶべきことだ」
 セルバンテスが苦笑しながら答えた。
「まだまだよ。この程度で我らの首領に相応しいなどとは、到底言えぬ」
 アルベルトの言葉は変わらず厳しい。だがここまで言い切った少年であっても、いまだBF団首領ビッグファイアと名乗るには、足りないものが多すぎるのは確かだ。

 セルバンテスとアルベルトが見上げる空の向こう、肉眼ではまだ確認することのできないはるか彼方から、BF団本部を滅ぼすものが迫りつつあった。
 衛星軌道に突如出現した使徒がATフィールドを展開させながら、地球に落下を始めている。
 BF団も早くからそれを認識していたが、通常の隕石などと同じ軌道であれば問題はなく、急いで避難する必要などないはずだった。
 そこに、鈴原ナツミからの緊急通信がもたらされる。真実を見通す千里眼によって、使徒がBF団本部に直撃するという未来予知が現れたのだ。
 そしてナツミの通信内容には、現在本部にいる十傑集とエージェントでは使徒を阻止することができず、今から本部を破棄し脱出を始めても全員が逃げ延びるのは不可能だと記されていた。
 ナツミの未来予知は、確定したものであれば覆すことはほぼできない。一刻も早く脱出を始めて犠牲者を減らす。それだけしかできることはなかった。
 BF団本部は大海の孤島に築かれているように見えるが、実際は浮き島であり自在に移動し国際警察機構の目をくらませていた。短時間ではあるが海中に潜ることすら可能である。
 本来はその能力で落下する使徒から逃れることもできるはずだった。ビッグファイアが本部中枢を破壊していなければ、の話だが。
 つまり、使徒との衝突でBF団本部が壊滅し、多くの団員が巻き込まれる原因はビッグファイアにあると言っていい。
 本部を脱出しようとする団員たちからは、ビッグファイアへの怨嗟の声が上がっていた。ボスへの不満を声に出せば死あるのみ、なのだがこの場合は無理もない。

『黙らぬか! この大馬鹿者共が!!』
 アルベルトの怒声(テレパシー)が本部に響き渡った。慌てうろたえていた団員たちが一瞬硬直する。
『我らのビッグファイア様が死ねと命じられたのならば、潔く死ね! そのためのBF団ではないか!』
 そう言われても納得などできるわけがない。しかし他ならぬ十傑集《衝撃のアルベルト》の言葉である。誰もが反論できずにいた。
 ヘタレのビッグファイアなどよりよほど畏怖されているわけだが、年季も貫禄も違いすぎる。まあ、あの少年がいくら成長したところで、十傑集のようなカリスマを身につけることはありえないわけだが。

『今のビッグファイア様に命を懸ける価値はない。ああ、お前たちがそう思うのは無理もない。ワシも同じだ』
 本部の団員達はさらに驚く。粛清されたという《マスク・ザ・レッド》に続いて、今また十傑集がビッグファイアを公然と批判したのだ。
『だが、なればこそ我らが血を流し命を捧げよ! ビッグファイア様が足りぬのであれば、我らの屍を礎として相応しき高みまで押し上げねばならぬ……なに、案ずるな。あの世への先陣はワシが務めてやろう』
 アルベルトの口元がわずかに歪んだ。咥えた葉巻の先端がいっそう赤く灯る。
『さあ、脱出するものも、ここで死ぬものも、為すべきことを為せ。すべては我らのビッグファイア様のために!』

 このとき、テレパシーを繋ぎっぱなしで様子をうかがっていた少年には想像するもできない事がおこった。
 我先にと脱出する飛行機や船に殺到していたもの、脱出を諦めてビッグファイアへの恨み言を呟きながら放心していたもの、すべてのBF団員が立ち上がって片腕を真上に伸ばす。

「我らのビッグファイアのために!」

 BF団本部に彼らの声が響き渡った。
 そして、脱出しようとするものたちは理路整然と乗り物に乗り込んで行き、それ以外のものたちも起き上がって本部の端末や機械の操作を始めていく。

『へ……え……あれ?』
 ここまでテレパシーを繋いだままでも沈黙していた少年が呆然と呟く。たとえ十傑集の言葉があったとしてもこんなことになるとは思っても見なかった。
 自分のせいでBF団本部が壊滅し多くの団員が死ぬ羽目になったのだから、本当なら土下座でも五体投地でもして謝り倒したいところなのだ。
 それでもずっと黙っていたのは、ビッグファイアとして「死ね」と命じた以上謝罪など絶対にするわけにはいかない、それが自分のために死んでゆくものたちへの最低の礼儀であり、BF団のビッグファイアとして、ものすごく嫌ではあるがそうするしかなかった。
 だから、本部の団員たちの恨み言もすべて受け止める気でいた。本当に何を言われても弁解のしようもない。
 なのに、今少年に見放されたはずの団員たちが、一致団結して行動を始めていた。
 脱出する船や飛行機に殺到していたものは、無理と判断すれば道を譲り発進するのを見送っている。
「後を頼む。ビッグファイアのために!」
「先にあの世で待っていてくれ。ビッグファイアのために!」
 去るものと残るものが、互いに声をかけていた。次々と本部から船、飛行機、潜水艦などが離脱していく。
 脱出を諦めたものたちは、レーダーなどの観測機で周囲を検索し脱出するものたちのサポートと、本部に向けて落下してくる使徒の情報を収集していた。
 その他の団員も本部壊滅後に一切の証拠を残さないために、本部の各所に自爆用の爆弾の設置を始めている。

「ああ、アルベルト。こういうことは私の役目なのだがな?」
 セルバンテスが苦笑しながらアルベルトに言った。カリスマと幻術で人の心を操る、それは確かに《眩惑のセルバンテス》の得意とするところだ。
「お前では幻術に誘導された、と疑われかねんだろう……それよりも、フォーグラーたちはどうなった?」
 アルベルトもまた唇の端を歪めながら答える。ガラではないと自分でも思っていた。
「博士はすでに脱出済み。だがあの兄妹は本部を丸ごとテレポートしてみせる、などと言い出したのでな。私が眠らせて十常寺が脱出させる」
「BF団の不始末のために、あの二人に命を懸けさせるわけにはいかん」
 二人がそろって嘆息する。父親であるフォーグラー博士はともかく、あの兄妹はBF団員ではないのだ。
 BF団は死ねと命じられれば死ぬことを厭わず、敵とあらば殺すことに躊躇しない。だが、BF団のために団員でないものが命を懸けるのは、容認しづらかった。
「とはいえ、いずれはあの二人に頼ることになるのだろうが……」
 BF団の究極の目的を果たすためには、最後にテレポート能力が必要になる局面があるだろう。そしてそのときフォーグラー兄妹はおそらく二人とも命を落とすのでは、と懸念されていた。

 十傑集の二人が本部のもっとも高いところで話していたそのとき、本部全体に警報が鳴らされた。
 使徒による本部の壊滅はそこにいる全てのものが、とうに承知のことである。あえてこのタイミングで鳴らされた警報は、国際警察機構の襲来を知らせるものだった。
 BF団本部で少年が暴走したとき、本部上空にバベルの塔が出現していた。その後本部が移動できなくなったため、国際警察機構にこの場所は知られていたのだ。これも100%少年のせいである。
「ちっ、このタイミングでか!」
「やれやれ、あの世に行く前にもう一仕事しなければいけないな」
 国際警察機構が使徒について認識しているのかこの段階では判断できないが、このままでは脱出するBF団員に被害が出るのは間違いない。
「本部の壊滅は避けられぬのだから、ここは打って出るのが上策か……」
 セルバンテスが国際警察機構を迎撃しようとする。

「……待て」
「ん? どうかしたのか?」
 アルベルトの制止する言葉に、セルバンテスがいぶかしむ。皆てんでバラバラのBF団には珍しく、コンビネーションを組むことができるこの二人の場合、意見が食い違うことは滅多になかった。だが、
「セルバンテス、お前は脱出しろ」
「何!?」
 まったく予想外の言葉に、セルバンテスの目が大きく見開かれた。二人ともこの期に及んで命を永らえようなどと考えていないことは、お互い承知のはずである。
「使徒とやらは、バリアがあるとはいえ単純な質量兵器に過ぎん。お前の幻術など役に立たぬ」
「私を何だと……む」
 さすがに納得できないセルバンテスが反論しようとしたが、途中で言葉を止めた。アルベルトが口に出さない真意を感じ取ったのだ。

「……」
 黙ったまま、セルバンテスがスーツの内側から何かを取り出す。
「む、これは……」
 アルベルトが手渡されたそれを訝しげに見る。それは一本の葉巻だった。
 かつてアルベルトがもっとも好んでいたブランドのものだが、セカンドインパクトでこのメーカーは消滅し今は生産すらされていない。
「セカンドインパクトの前に、この手のお宝を収集して本部に保管していたのさ。停滞空間に入っていたから香りもそのままだ」
「こんなものが……今まで隠していたな」
 これにはアルベルトも苦笑してしまう。
「こういうときの為のとっておきだ。お前に知られたら、あっという間になくなるだろう」
「……ふん」
 使い込まれたシガーカッターで端を切り落として、件の葉巻を咥えた。セルバンテスもまた自分用に同じ葉巻を取り出して咥える。
 二筋の煙がゆらゆらと立ち上った。

 しかし、その静かに流れる時間もわずかの間にすぎない。
 セルバンテスが、いつもつけているゴーグルをはずしてアルベルトのほうを向く。アルベルトもまたセルバンテスの目を見つめた。
「……では、さらばだ。我が盟友、衝撃のアルベルト。すべてはビッグファイアのために」
「さらば。眩惑のセルバンテス、我が盟友よ。ビッグファイアのために。後は頼んだぞ」
 最後の言葉とともに、セルバンテスがその場から離脱する。

 はるか上空から落下してくる使徒が、いよいよ肉眼で捕らえられるほどになってきた。とはいっても超能力者の知覚で感じられるだけで、常人であればまだ認識することはまだできないだろう。

「たかが使徒に我らの本部が壊滅させられる。千里眼の未来予知故に、覆すことはほぼ不可能……ふん!」
 上空をにらみつけたまま、アルベルトが両手を組み合わせた。その手に能力が宿り、衝撃波の渦を巻き始める。
「だがな、黙ってやられてやる筋合いはない!」
 アルベルトの渾身の衝撃波が、未だ点にしか見えない使徒に向かって放たれた。ATフィールドと落下による超音速衝撃波をまとった使徒に、正面からぶつかる。
 ATフィールドによって、大気圏突入にもその質量をほとんど失わずにいる使徒は、衝撃波を受けてもまるで影響を受けているように見えなかった。
 ただの隕石であれば破壊、もしくは軌道を逸らせることができただろう。効果がないように見えるのは、使徒が意図してBF団本部を目指しているためと思われた。
 ATフィールドを操ることで、本部への直撃コースから外れないよう補正している。

「一筋縄ではいかんということか。ならば見せてやろう、十傑集の恐ろしさをな!」
 アルベルトが全力で放つ衝撃波にさらに力をこめる。今までに倍するようなエネルギーが放出された。
 握り締めた両腕がズタズタに裂け、血が噴き出してくる。だがアルベルトは力を緩めるどころか、ますます威力を上げていった。食いしばった歯にヒビが入る。
 ビッグファイアがアダムを発動(暴走?)させたときをも超えるような衝撃波に、使徒のATフィールドが揺らぎ落下速度が目に見えて下がっていった。

「くくっ、どうせなら新米団員の予知など、ひっくり返して見せよう……これが十傑集《衝撃のアルベルト》最後の一撃だ! 心して受けよ!」
 アルベルトの精神力、生命力、何もかもをこめた最大最後の衝撃波は、その余波だけでBF団本部の地表にあるイミテーションの建造物や木々を消し飛ばす。
 もし地面に向かって放たれたのならば、セカンドインパクトに匹敵する被害を出すであろう威力を受けた使徒のATフィールドはついに消滅し、直撃を食らった本体は轟音とともに爆発四散した。使徒を貫いた衝撃波ははるか空のかなたに消えていく。
 渾身の、文字通り何もかもを懸けた一撃の代償は大きかった。アルベルトの両腕は肩からなくなっており、腕以外も己の衝撃波の余波を受けて大きく傷ついている。失われた右目に仕込んだ機械もどこかに消し飛び、空ろな眼窩があらわになっていた。

「み、見たか。これが、十傑……ぐあっ!」
 生命の火が今にも尽きようとしているアルベルトの胸を、拳が貫いた。九大天王《神行太保・戴宗》の腕である。
 戴宗だけではなかった。剣や槍、様々な得物がアルベルトに突き刺さっている。国際警察機構がついに本部にまで到達したのだ。
「悪いな、衝撃の。俺としても不本意だが、わざわざ好機を見逃してやる余裕はねえんだ」
 本当にすまなそうな戴宗の言葉に、しかしアルベルトは皮肉な笑みを浮かべる。
「ぐぐっ、くはは……貴様まで、この馬鹿騒ぎに付き合っていたとはな……だが、地獄への道連れには、ちょうどいい」
「何だと?」
 戴宗もそれ以外の国際警察機構のエキスパートにも、その言葉の意味がわからなかった。虫の息のアルベルトに抵抗する力など残っているはずがない。

 次の瞬間、アルベルトたちのいる場所が急に暗くなった。国際警察機構のエキスパートたちが慌てて上を見上げる。そこにはアルベルトが命を懸けて撃墜したはずの使徒が、本部めがけてすぐにでも衝突するほどの距離まで近づいていた。
 そしてアルベルトたちから離れた場所、本部の地表に隠された大型ハッチが開き、そこから巨大な飛行体が轟音を立てて発進する。超大型の飛行機、だがそのシルエットはどこか3つの僕ガルーダを思わせた。BF団の秘密兵器、3つの僕への切り札V号である。
「アルベルトと私の最後のコンビネーションだ。気に入ってくれたかな? 国際警察機構の諸君!」
 V号に乗ったセルバンテスが高らかに宣言する。アルベルトの衝撃波とタイミングを合わせて、セルバンテスの幻術で使徒が撃墜された、と見せかけたのだ。
 本来、国際警察機構のエキスパートたちは、脱出するBF団員を一人でも多く倒すためにこの場にいたはずだった。しかし本部に残った十傑集が使徒を撃墜するのを見て、目標を本部と力を使い果たしたアルベルトへ変更した。
 これこそが十傑集二人の作戦である。脱出する団員の生還率を上げ、国際警察機構にもダメージを与える、その目的は十分に達成された。
 ぎりぎりのタイミングで発進したV号にはセルバンテスだけでなく、フォーグラー兄妹や最後まで本部に残っていた団員が可能な限り乗り込んでいる。このタイミングでは普通の脱出艇はもはや、使徒と本部の衝突から生み出される爆発や衝撃に耐えることができないからだ。
 3つの僕に対抗するために強力な装甲とバリア装置を持つV号は、全速力で本部から離脱する。アルベルトが犠牲にならなければ、V号も本部もろとも失われていただろう。

「ちっ、腕が……!」
 戴宗がその場から脱出しようとするが、アルベルトの胸を貫いた腕はどれほど力をこめても抜くことができなかった。
「……往生際が、悪いぞ、戴宗……ここで、貴様を逃がす、わけがなかろう……」
 まだ生きているのが不思議な状態にまでなったアルベルトだが、腕を失った今でも戴宗を放そうとしない。
「ふざけんな! 別に死ぬことを恐れちゃいないが、こんな終わり方で納得できるわけねえだろう!」
「ふん……くだらん、未練……だ……」
 言葉をとぎらせたアルベルトの全身から、力が抜ける。
「待てっ!? 衝撃の……!」
 貫いた腕からアルベルトの死を感じ取った戴宗が、逃げようとしていたことも忘れてアルベルトに詰め寄る。

 そしてついに、使徒がBF団本部へ到達した。核爆弾にも匹敵する大質量の音速をはるかに超える運動エネルギーが本部と使徒自身を一瞬で崩壊させ、発生した爆風とその反射波の複合衝撃波(マッハステム)がすべてをなぎ倒していく。
 こうしてBF団本部は完全に消滅した。十傑集《衝撃のアルベルト》を筆頭に多くのBF団員と、それに比べればわずかな国際警察機構のエキスパートが失われ、脱出したV号以外の本部に蓄えられた大量の兵器、機械、資源が消失。BF団はあまりにも大きな損害を被ることとなった。


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