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[34924] 【習作】リリカルマジカルなにそれ怖い【リリカルなのは・オリ主再構成】
Name: 7GO◆f487c2b0 ID:0195bbac
Date: 2012/09/07 01:46
 ぶ、ブサイクちゃうわっ!(挨拶)


 初めましての人は、初めまして。
 拙作は、かつてにじファンで連載していたものです。
 あっちではエター気味でしたが、一応連載の目途が立ったので、こちらに御世話になる所存であります。
 チラ裏でちょこちょこ書かせて頂いた後、かつての話数に追いつきましたら本番に移行する予定です。

 以下、あらすじ。

 存在感が薄いオリ主がなんやかんやする話。

 以上。

 ちなみに各話の冒頭にある格言シリーズは、ただのカッコ付けです。特に意味はないです。
 あれです。所謂ブラックヒストリーです。
 これも一つの教訓としてそのまま載せときます。

 では、よろしく。




[34924] 第一話:出会いとかなんとか
Name: 7GO◆f487c2b0 ID:0195bbac
Date: 2012/09/02 01:00


「……魔法……少、女……? ……ははっ、そんな訳、ないよな……」
「ふぇ!?  ど、どうして分かったんですか!?」
「え?」
「え?」
「……」
「……」
「なにそれ怖い」





 ――神は死んだ。
 By ニーチェ。















「はい、二名様ご案内しまーす」
「あ、すいません、もう一人いるんですけど……」
「え? あ! す、すいません!……にめ……さ、三名様ご案内しまーす!」
「……今また二名って言いそうになったね」
「……ドンマイ、透」
「……いや、もう慣れたけどな。あ、喫煙席で」
「お煙草はお吸いになられますか?」
「いや、今言ったんですけど……」
「え?」
「え?」

 
 ここは、とあるファミリーレストラン。
 そこに女一人、男二人の三人組みが居た。内二人の男女は隣合った席で、この店の名物であるDXチョコレートパフェDXと言う頭の悪そうな物を中睦まじく二人で食している。その向かいの席の男は、煙草を口に咥えてどこか不機嫌そうな顔で紫煙を吐き出していた。

「どうしたの? 紫君。なんか機嫌悪い? はい、アツシ、あーん」
「あーん……あれか? 店員に悉く無視されたことか? ナオ、あーん」
「あーん。んー、美味しいー! ……あ、もしかしてこの店の自動ドアが反応してくれなかったこと?」
「いや、その前のビラ配りが透にだけチラシを渡さなかったことか?」

 二人の男女が口々に対面する男に問う。
 問われた男は吸っていた煙草がフィルター付近まで無くなっているのに気付き、軽く舌打ちしながらその煙草を灰皿に押し付けた。
 そして、間髪いれずに次の煙草を取り出し、ライターで火を点け、点火後一服目の煙をゆっくり肺に入れた後、そしてこれまたゆっくり煙を吐き出して、さらにまたゆっくりと口を開き、



「……お前らが俺の前でイチャつきながら胸やけしそうなモン食ってるからだよ……!」

 男が持てる上での限界の敵意を、目の前のバカップルにぶつけた。

 

 そんな彼は、紫 透。21歳の大学生。好きなものは煙草。嫌いなものはイチャつくカップルと甘い物。趣味は散歩。最近の、というより人生の悩みは、――尋常じゃ無いぐらいの存在感の無さ。



「何? そんなのにイラついていたの?」
「だからお前も良い人を見つければいいんだって。なー、ナオ」
「ねー、アツシ」

 自分が出来るだけの敵意をまき散らしたのに、目の前のバカップルの反省もせずにイチャつく様子を見て、透は今猛烈にショットガンが欲しくなった。
 それがこの手にあるのならば、全世界の恋人のいない人の為に立ち上がるというのに。

 しかし、その手にあるのは、紫煙を天井の吸煙機に向かって昇らせている火の点いた煙草だけ。
 おまけに透が立ちあがっても、恐らく誰も追従してはくれないだろう。

 と言うか、気付いてくれないだろう。


「まー、お前は別に顔が悪いって訳じゃないんだよなー」
「頭も悪くないしねー。背も高い方だし」
「性格も悪くないのになー」
「まー、ヘビースモーカーなのはマイナスかもしれないけどねー」
「でもなー……」
「でもねー……」


『存在感が無い』


「からなー」
「からねー」

 息ぴったりに好き勝手な事を言っている二人をジト目で見て、透は溜息を煙に乗せて吐き出した。


 ――何が嫌だって、全部当っている事だ。

 顔は別段悪くない。日本人特有の薄いホリで、良くも悪くも普通な顔だ。身長だって180cm近くある。
 頭だって、大学をきちんと真面目に行き、学校から特待生として奨学金を貰っているぐらいだから、悪くはない。性格も、基本的に堅実で真面目な性格だ。
 ヘビースモーカーと言う今時の基準のマイナスポイントは確かにあるが、これは透にとってはむしろにプラスに働く事が多い。

 それは、顔が普通とか、そこそこの身長だとか、大学の特待生だとか、真面目な性格だとか、そんな物がまるで意味をなさない程――『存在感が無い』為だ。

 よって、透にとって煙草を吸う事はアピールポイントの一つなのだ。
 事実、周囲の人からは『ああ、あのヘビースモーカーの人ね』と認識されている。
 尤も、その後に『……あの人名前何だっけ?』と言う悲しい言葉が付くが。


 ここで一番重要なのは、透はその存在感の無さの所為で、恋人どころか友人も碌にいないことである。


 団体で遊ぶ時に、『アレ、お前居たの?』と聞かれるのは日常茶飯事だし、その後の、

『……最初から居たよ』
『え?』
『え?』
『なにそれ怖い』

 と言うのもお約束だ。今だって、貴重な友人との付き合いでこうしてファミレスに来ているが、透は本当はあまりこう言う店には来たくないのだ。
 先ず十中八九店員に無視されるし、二回に一回は自動ドアも反応してくれない。
 水を運んで来た店員が慌てて一旦裏に戻って行く、というのもしょっちゅうだ。――つまり、透の分の水を忘れたのだ。
 今回も、透が食事を注文してから運ばれてくるまで、店員が彼を見てあっ、と言う反応をしたのが5回ぐらいあり、かつ、料理の来るスピードも他の客に比べると圧倒的に遅い。然程混んでいないにも関わらず、だ。
 こうして三人で来ている時にはまだいいが、もし透一人で来ていたら……ああ、どうなってしまうのか。透本人はその未来が容易に想像出来てしまうので、あまり考えないようにしている。虚しい気持ちになるだけだからだ。

 件のバカップルは透の大学の同期であり、もう長い付き合いである数少ない友人だ。なんだかんだで存在感の無い透を心配してくれているし、目の前で節操無くイチャつくのを除けば、決して悪い奴らではない、悪い奴らではないのだが……透の胸の内にあるこの世の不条理を嘆く気持ちは、晴れそうになかった。カップルとか爆発しろ。




「じゃーなー。透、明日大学でなー」
「紫君ばいばーい」
「おお、じゃあな」


 透はやっとこさデザートを食い終わったバカップル達を見届けて、別れの挨拶を交わした。
 あの二人はこれからデートに行くらしい。
 ――全く、羨ましいことで。
 透はそう思いながら、ファミレスの前の喫煙コーナーで煙を揺らしていた。
 さて、これからどうしようか、と物思いに耽る。
 大学の授業は終わり、今日はアルバイトもない。家に帰ってもこれと言って特にする事が無いし、一緒に遊ぶ友人も碌にいない。
 限りなく寂しい一日になるが、透にとっては何時もの事である。なので、この慣れ親しんだ海鳴の土地をぶらりと適当に散歩する事にした。これもまた、何時もの事である。
 透は吸い終わった煙草を灰皿に捨て、当てもなく歩き始める。ムカつくぐらいの抜ける様な青空の下で、彼は一つ、あくびをした。





 ――今日という日が彼にとっての人生の転機になるとは、その時は勿論考えもしなかった。











 海鳴市。
 
 海に隣接した街で、海辺といっても山もあれば丘もあり、果てには温泉宿やスーパー銭湯も備えた、至れり尽くせりな街である。田舎なのか都会なのか良く解らない所だ。ただ、この自然の多い土地が、透は好きだった。何よりも空気が美味い……のだが。

「煙草も美味い……」

 せっかく新鮮な空気を取りこんでいるのに、せっせと肺を汚す作業に勤しんでいる透。
 何やら矛盾、というか意味の無い事をしている様に見えるが、本人曰く「空気の良い所で吸う煙草は美味い」らしい。

 元はアピールポイントで吸っていると言うのに、すっかりニコチン中毒になってしまった彼である。

 歩行喫煙上等と言わんばかりに堂々と吸っている透であったが、気づく・気づかれない以前にそれは人がいないからである。それに、吸殻を捨てる際にはきちんとジャケットの裏に入っている携帯灰皿を使用する。そして、出来るだけ子供の前では吸わない。これが彼が己に課している不文律である。ちなみに、カップルの前では積極的に吸う。なんなら、煙を吹きかける事もある。
 マナーを守っているのだかいないのだが良く分からない男だ。いや、実際守ってはいないのだが、それを咎める人物もいない。

「マナー違反しても皆気付いてくれないからな……」

 煙をゆらゆらと揺らしながら、悲しい言葉を呟く透。ちなみに、今彼は神社へと向かう為の階段をゆっくりとした歩調で昇って行くところである。
 彼がどんな目的で神社に向かっているのかと言うと、何の事はない。ただ景色の綺麗な所で煙草を吸いに行くだけである。彼に神を敬い奉る気持ちなんて一ピコグラムもない。

 ――罰当りとか言うなら、勝手に言えばいい。天罰とかやってみろよ。俺はそれでも煙草を吸うぞ。

 透は心中でそう言って、残り少なくなった煙草を携帯灰皿にねじ込んだ。すると、透の前に神社の目印である鳥居が現れた。もう少しすれば着くだろう。

「ん……?」

 と、そこで透に奔る違和感。

(何だ、これ。神社から変な、……気配? なんか、そんなんがする、ようなしないような……)

 どっちだ。

 別に透は格闘の達人だったり、剣術を習っていたり、超スピードで動けたりはしない。
 身体能力では極々一般的な大学生だ。無論、気配を読む、なんて能力は一切ない。漫画やアニメじゃあるまいし。

 そんな彼が感じた、変な気配(仮)。
 具体的に何か目に見える変化はない。
 しかし、透の胸がなにやらざわめくのだ。
 ここは、何かおかしい。何か、居る? と。


「……馬鹿馬鹿しい」

 透は現実主義者だ。謎の気配とか言うオカルト染みたものは信じない。
 彼は己の感じたざわめきを一笑して、神社の鳥居をくぐって境内の中程まで進み、胸ポケットから煙草を取り出して、火を点けた。そして。






『グオオオオオオオオオオ!』



 なんかドデカい犬ちっくな生物が雄叫びを上げているのを見た。









「……………………………………あ?」


 たっぷりと間を開けて、透は一言だけ呟くことが出来た。とりあえず、煙草を咥えたまま目を擦る。これは幻覚に違いない。違うとしたら、夢だ。

 ごしごし、と目を擦る。

 そこには、やたらデカくて目が血走っている犬ちっくな何か。その足元には倒れている女性。


 ごしごし。その後、ぐにー、と頬っぺたも引っ張ってみる。痛い。

 そこには、犬の割にはなにかゴテゴテした物がくっ付いている変な化け物。足元にはやっぱり女性。



 ――――犬っぽいと物と目があった。
 それはそれはとても血走っていた。




「なにそれ怖い」
 



 夢や幻覚じゃなかったらこれは天罰なのだろうか。流石に境内で煙草を吸うのは拙かったかもしれない。透はそう思いながら、すんごい速さでこちらへ向かってくる犬の様な化け物をぼんやり眺めていた。












 ――――こちらへ、向かってくる?











「うわっ、うわわわわわわわ!」





 余りにも非日常な光景を見て、情報が脳内に届かすのが遅れた透が、叫びながら慌ててその場に蹲る。 だが、それはその場しのぎにもならない、稚拙な策であった。
 相手は透に真っ直ぐ向かっているのだ。それを、進行上にいる彼がその場に留まってどうするのか。これでは『どうぞ食べて下さい』と言っている様ではないか。
 透が自分の拙い行動に気付いたのは、あの犬っぽい怪物が蹲っている透をスル―して飛び越えて行ったのを見届けた後であった。




「……え?」


 それはそれは完璧なスルーだった。


(……無視、された?)

 茫然として思う透。その口には、こんな状況だと言うのに未だ煙草が咥えられていた。
 もしかして、自分の凄まじい程の存在感の無さの所為で、こちらに気付いていないのか。透は助かった筈なのに変に物悲しい気分に浸って、そう考えていた。


 だが。


(……あ!?)


 いつの間にいたのだろうか。怪物の進行上には、小学生ぐらいの女の子が立っているではないか。突然向かってくる異形の怪物に、明らかに怯えている女の子。しかし、怪物はそんな事はどうでもいいと言わんばかりに、女の子に飛びかかった。

「っ! お、おい!」

 そう叫んだ透であったが、もう間に合わないのは明白だった。


 ――――自分があの怪物に無視された所為で、あんな小さい女の子が殺されてしまうのか。
 ――――やはり、神なんていないのだ。なんだ、これは。もしかして、いや、もしかしなくても、俺の所為なのか。俺の所為で。俺の所為だ。


 なんて言う自責の念に、彼が囚われる事は無かった。


 何故なら。





『protection』

 怪物と少女の距離がゼロになろうとした瞬間、なんかピンクのバリアー的な何かが少女の周りに展開したからだ。そして吹っ飛ぶ怪物。











「……………………………………………ああ?」


 流石の透も、これには煙草を落とさざるを得なかった。






 その後は、突然変な玉が付いている棒が少女の手に現れたり、少女のそばに居たフェレットが喋っていたり、何故か少女の服が変わったり、少女の持つ棒から光が出て怪物を拘束したり、その拘束された怪物から何か変な石が出てきたらと思ったらその怪物が子犬になったり、で、一件落着。


 正直、透はこの状況に全くついて行けなかった。まぁ無理もないが。

 
 少女が奮闘している間、彼が何をしていたのかと言うと、地面に落としてしまった吸い殻を携帯灰皿に入れていた。なんと律儀な男なのか。ただ混乱していただけとも言える。



「あ、あの! だ、大丈夫ですか?」


 透が現実逃避していると、件の少女が彼に声を掛けて来た。珍しく友人でもない人が自分に気付いてくれたので、場違いながらも軽く感動してしまった彼であったが、良く考えてみればここ居る少女以外の人間は透と、倒れている女性だけであったし、一応声も掛けたのだ。そりゃ気づくであろう。 
 件の倒れている女性には、さっきの喋るフェレットが近付いて行った。
 恐らく、女性は気絶しているだけだろう。倒れているその体が、軽く上下している。


「あ、ああ。大丈夫だ……」

 結果的にこの場の全員が無事だったことに安堵した透だが、結局、目の前の少女は何者なのだろうか。透は考える。あの怪物も謎だが、同じぐらいこの少女も謎である。

 そして、ふと、ある考えが彼の頭に浮んだ。

 それはとてもではないが、現実的とは言えない考え。

 杖っぽい棒。
 突然変わる服。
 杖っぽい棒から出る変な光。
 謎の怪物との対決。
 喋る小動物のお供。


 これから導かれる答えは、それは。

「……魔法……少、女……? ……ははっ、そんな訳、ないよな……」

 これだ。かつて、透の妹が良く見ていた魔法少女物のアニメは、概ねドンピシャなこんな感じの設定だった。しかし、これは現実だ。魔法少女って。魔法って。
 
 自分で言っておいて何だが、これは無い。透はそう断じる。現実逃避も程ほどにしないとな。

 しかし、問われた少女は、透の思いとは裏腹に狼狽した声をだした。


「ふぇ!? ど、どうして分かったんですか!?」
「え?」
「え?」

 慌てた様にそう言った少女。その答えが予想外なのか想定内なのか良く分からない状況下で、思わず疑問符を上げる透。その疑問符の意味が分からず聞き返す少女。

「……」

 透は無言だった。え? マジもんなの? そう言う思いだった。

「……」

 少女も無言だった。この人、どう言う人なんだろう? そういう思いだった。


 何かやっかいなものに巻き込まれた気がする。そう言う不安が透の胸にあった。この限りなく混沌として、夕暮れも近くなった境内で、そんな彼はとりあえず自分の今の気持ちを素直に言う事にした。半ばヤケクソだったが。


「なにそれ怖い」
「こ、怖くないですよぅっ!」


 ――――いや、怖いよ。
 今度は心中で、そう呟いた。





[34924] 第二話:ばたふらいこうか
Name: 7GO◆f487c2b0 ID:0195bbac
Date: 2012/09/02 01:01


「し、しかし、フェレットが喋るとか。魔法ってスゲぇな。いや、ユーノがスゲぇのか?」
「そ、そうですっ、ユーノ君は、凄いフェレットさんなんです!」
「……え? あ、あの、僕、人間なんですけど……」
「え?」
「え?」
「え?」
『なにそれ怖い』
「なのはまで!?」








 ――変革というものは、ひとつ起こると、必ずや次の変革を呼ぶようにできているものである。
 By マキアヴェッリ










「……で、君らは結局なんなの? 喋ったり、魔法を使ったり。何者?」



 倒れていた女性が意識を取り戻し、何事も無かった様に先子犬を抱えて神社の階段を降りて行った。
 それを見て透は、さっきまでモンスターバリバリの状態だったあの子犬をあっさり帰していいのだろうかと考えたが、この事に関しては自分は素人なのだ。ここは専門家っぽい人が許可するのなら、それに従った方が良策だろう、と思い直した。
 しかし、だからと言って、結局透は「怪物VS魔法少女」のガチっぷりを特等席で見ただけで、この状況を何も分かっていないのだ。なのでとりあえず、その専門家であろう子達に問うことにしたのだ。


 言わずもがな、自称魔法少女の女の子と、喋るフェレットに、である。

 件の彼女達は、透のそう言った質問に対し、何やら無言で見つめ合ったまま、答えない。
 無視か、こら。自慢じゃないが慣れているぞ、と透は思ったのだが、もしかしたら、少女とフェレットは魔法的な何かでテレパシー的な物を飛ばしているのかもしれない、とも考えた。
 が、結局それは俺を無視している様な物じゃねぇか、とも思った。

 事実その通りであり、彼女達は所謂『念話』という魔法を使い声も無く会話していたのだ。
 ちなみに、彼女たちに透を無視しようと言う意図は全く無い。結果的にそうなってしまっただけなのだ。


『ユ、ユーノ君、ど、どうしよう……? この人、多分普通の人だよね……?』
『う、うん…… 魔力は感じられないから、たまたまこの場に居合わせただけだと思う』
『……魔法って、知られちゃいけないの?』
『必ずしもそういう訳じゃないけど、無暗に一般人に話すのはちょっと……』
『だ、だよね……』


「……あー、君達、ちょっといいかい?」

 マジカルな少女とお供っぽいフェレットが透をガン無視して見つめ合っているのを見て、彼はたまらず声を掛けた。
 その急な割り込みに、ビクッ、と体を震わせる少女とフェレット。そんな彼女たちの様子を見て、透は頬を掻きながら、些か申し訳なさそうに、こう言った。

「君達さ、なんか事情があるんなら、無理して言わなくても良いよ。俺は別に関わるつもりはないし、言いふらすつもりもないからさ」

 どう見ても年齢が透の半分ぐらいの少女が、あんな「オレサマ、オマエマルカジリ」な怪物をあっさり無効化したのである。
 とてもじゃないが、透にはそんな真似は出来ない。彼があの怪物にした事と言えば、情けない声を上げてその場に蹲っただけだ。
 彼女達の目的が何かは分からないが、透は、彼女達に関わるつもり等毛頭ないのだ。それに「俺昨日魔法少女に助けられたぜ!」なんて、誰が信じようか。決して、言いふらそうにも、そんな事を言う友人がいないからではない。ないのである。ないったらないのだ。



 ただ。


「でもさ、もしかしたらさ、今後また俺があの襲われる事もあるかもしれないじゃん。それにさっきだって、俺死にかけた訳だし。だから、言える範囲でいいからどういう状況で、何が起こったのか教えて欲しいんだよ」


 つまり透は、万が一今後同じような事があった時の為に、状況を把握して措きたかったのである。
 そもそも、出来れば二度と同じ目に会いたくはないのだが、仮にも自分は死にかけたのだ。
 ……正確に言えば、怪物は透を無視した訳だから、それ程ピンチな状況ではなかったけれど。
 しかし、あの怪物から放たれた威圧感は間違いなく透に命の危機を感じさせた。それなのに何の説明も無い、と言うのはどうなのか、と透は思っていた。


 透はいつも通り、ポケットから煙草を取り出そうとして、しかし止めた。
 目の前に居るのは、魔法を使おうが何であろうが、幼い少女なのだ。
 そんな子の前で薄汚い煙を撒き散らすのは、彼のポリシーに反するのである。なんとなく、人差し指で己の唇を叩く。――口が寂しくて堪らない。



「……分かりました。お話しましょう。」
「ユーノ君…… 大丈夫なの?」
「……魔法を直に見られちゃったし、なにより、迷惑を掛けちゃったからね。……僕には、説明する義務がある」


 寂しい口元を手で撫でまわしている透に対して、意を決した様に言うフェレット。
 そんなフェレットの様子を見て、少女はどこか不安そうな表情をして、ツインテールにしている髪の毛を揺らしていた。
 透は、いや何もそこまで深刻に受け止めなくても、と少女とは違う意味で不安な表情を浮かべた。


「まず、僕の名前から。……僕はユーノ・スクライア。スクライアは部族名で、ユーノが名前です」
「わ、私は高町なのはです! 小学校三年生です!」
「……紫 透。大学生だ」

 ユーノと名乗ったフェレットと、なのはと名乗った少女を見て、透もとりあえず名乗ることにした。
 閑散とした夕暮れ時の神社に居るのは、喋るフェレットと小学生の魔法少女、そして存在感の無い大学生。
 あんまりなメンツに、透は改めてげんなりした。シュールにも程がある。と言うか、明らかに自分が異物なことだった。


「……これから、全てお話します。あの怪物と、魔法のことについて」


 ある種の決意を持って、ユーノがそう言った。何やら長くなりそうだなと感じた透は、猛烈に煙草が吸いたくなった。
 だけれでも、己に課している不文律から、彼は子供の前では煙草を吸えない。が、彼は悪人ではないが、無意味に良い人ではない。子供の前で吸わないと言うのは、気遣いではなく只のポリシーである。よって、体内のニコチンが切れて自身の手が震えてきたら、あっさりと吸うつもりであった。
 ポリシーでは欲望を満たす事は出来ないのだ。願わくば、話がすぐ終わります様に。透は自分から振った話の癖に、そう考えていた。











「……と、これが全てです」
「なにそれ怖い」

 ユーノがこうなった原因や、自身の正体などを明かした後、間髪いれずに透が呟いた。正直、他に感想がない。



 つまり、纏めるとこういう事だ。


 ユーノは違う世界から来た。

 そこでは魔法は一般的。

 ある遺跡でユーノが発掘したジュエルシードと言う宝石が、それを載せている護送艦の謎の撃墜によって、地球に、それもよりによってこの海鳴にばら撒かれた。

 ジュエルシードは願いを叶える石。だけど何かバグってて、願いを歪んで叶える。

 それに対しユーノが回収に来たが、ジュエルシードパワーが凄くて、挙句、ここ地球の空気が合わないらしく、ユーノはダウン。
 
 そこにやって来た高町なのは。彼女は地球人にしてめちゃんこな魔力を持っていた。普通はこの世界の人は魔力がないらしい。
 
 魔力を消耗したユーノに代わり、高い魔力を持つなのはがジュエルシードを封印している。

 あの変な玉の付いた杖は、『デバイス』と言い、魔法使用の補助をする役目がある。

 ジュエルシードは人やら動物やらに取り付き、願いを歪んで叶える。早い話が暴走する、と言うこと。

 さっきの子犬もそのジュエルシードに取り付かれていた。
 
 ジュエルシードは全部で21個。その内まだ3つしか回収していない。



 要するにジュエルシードの所為で海鳴がヤバい、と言うことだ。

 (じゃあ正真正銘で俺は巻き込まれただけじゃん。しかも、意味無く)

 透は只そう思った。仮にこの場に彼が居なくても、全く影響は無かっただろう。
 いや、むしろ彼がこの場に居た事により、ユーノやなのはに要らん気遣いをさせてしまった。



「僕が、僕が悪いんです……巻き込んでしまって申し訳ありません……」
「ユ、ユーノ君は何も悪くない! ユーノ君が責任感じる必要はないよ!」
「でも……」




 (なんか凄い罪悪感。え? これ俺が悪いの?)

 透が話を聞いた限りでは、なのはの言う通りユーノは何も悪くないと思うのだが、このフェレット君はやたらと責任感が強いらしい。

 説明の出来ない理不尽な罪悪感に駆られた透は、またもや煙草が吸いたくなった。ユーノの説明は比較的簡潔で分かりやすく、あまり長い話ではなかった。
 しかし、上記の様にユーノがネガティブな感じになってしまい、なんとなく透までネガティブになってしまう。心にストレスが溜まる。ああ、煙草が吸いたい。ぎぶみーニコチン。


「し、しかし、フェレットが喋るとか。魔法ってスゲぇな。いや、ユーノがスゲぇのか?」

 とりあえず体に限界が来た訳ではないので、煙草を吸うのを諦め、落ち込んでいるユーノをどうにかしようとする透。
 ここで自分が変に慰める必要はないだろう。透はそう思った。どうせ慰めるのなら、自分の様な存在感の無い男より、可愛い女の子の方が良いに決まっている。ここでの自分の役割は、話をそれとなく逸らすことだ。妙な義務感が、透にはあった。



「そ、そうですっ、ユーノ君は、凄いフェレットさんなんです!」


 拳を握りしめて勢い良く言うなのは。彼女も、このどこかしんみりした空気に耐えられなかったのだろう、透の突然の「ユーノがスゲぇ」発言に見事に被せて来た。小学三年生にしてこの空気の読みっぷり。それぐらい出来なければ、魔法少女は務まらないのかもしれない。しかし、そんな彼らの努力は、ユーノの次の言葉で無駄になる。色んな意味で。











「……え? あ、あの、僕、人間なんですけど……」









「え?」
「え?」
「え?」

 
 同じ言葉が三つ、境内に小さく響く。





『なにそれ怖い』


 
 思わずハモってしまう透となのは。二人はユーノの事を『喋るスーパーなフェレット』だと思っていたのだから、無理もないだろう。


「なのはまで!?」



 一方、まさかのユニゾン『怖い』発言に驚くユーノ。あったばかりの透は、まぁ分かる。確かに先程の説明では、「僕は人間です」なんて、ユーノは言ってはいなかった。


 しかし、なのはは別の筈である。



「い、いや、なのはは僕が人間だって知っているよね!? 初めて会った時は人間の姿だったでしょ?」

「え、え、ええええ!? ち、ちが、違う、違うよぅ! 最初からフェレットだったよぅ!」

 ユーノの言葉に、慌てて否定するなのは。先ほどは透につられて結構冷静にリアクションしてしまったが、実際のところはかなりテンパっていた。


「え、えええ……?」

 なのはにそう言われてしまったユーノ。
 言われてみれば、と顎に手を当ててユーノは考える。


 
(そういえば、なのはに会ったのは昨日の事だけど、あの時はいっぱいいっぱいだったし……よく、覚えて……あ)


 思い出した。


「あっ――――! そ、そうだ。そうだった。ご、ごめん、最初からこの姿だった」
「だ、だよね! だよねぇ! び、びっくりしたぁ……」

 ようやくユーノが己の勘違いに気付き、謝罪する。
 なのはもそれに安堵し、胸を撫で下ろした。


「ん?じゃあ、何でユーノはフェレットになってんだ?」
「魔力を使いすぎたんで、それを回復する為に変身しているんです。この体だと消耗が少ないので」
「な、なるほど……」


 つまり、省エネとしてユーノはフェレットになっているのであり、元は人間なのか。
 透は忙しなく足踏みをしながら、思った。――少し、ニコチンが切れて来た様だ。


 しかし、そこで透はある事に気付いた。



「……ユーノ。お前、何歳だ……?」



 ユーノの年齢である。
 今まで透はユーノの事を「魔法の世界から来た喋るフェレット」だと思っていたので、年齢なんぞどうでも良かったのだが、元が人間なら話は別である。もしかして、この声の高さから考えると。

「え? 九歳ですけど?」
「ブッ!?」
「あ、私と同い年なんだ!」

 透はユーノのある意味ドンピシャな答えに、思わず吹き出してしまう。自分と同い年と言うことで、何やらなのはは軽く喜んでいるが、透にとっては軽くショックな事であった。

(九歳の子供が、遺跡の発掘をして、一人で別の世界に来るとか……早熟過ぎんだろ……)

 なのはも九歳なのだが、そこは魔法少女補正でまぁいいとして、先の話からすると、明らかにユーノは大人顔負けの行動力を発揮している。
 ちなみに、先程情けない悲鳴を上げた透は二十一歳。また悲しい気分になった。


(ま、まぁ、俺は魔法とか使えんしな。ただの一般人だからな! ……ん? そ、そうだ!)

 
 ピッカーン! と豆電球のエフェクトが出そうな勢いで閃く透。
 もしかしたら、そう、もしかしたら、自分にも魔法とやらが使えるかもしれない! 透はそう考えた。


「な、なぁ。俺にも魔法って使えんのか!?」


 この世界では魔法が使えるなのはが特殊であるので、その可能性が低いが、万が一、いや、億が一でも、命の危機を体感したことによって自分の持つ隠された力が解放されたとか何とかで――!



「え?……魔力を感じられないので、多分無理かと……」
「ですよねー」



 
 ユーノの言葉に、分かりきっていた事だが落胆する透。隠された力(笑)。恥ずかしすぎる。
 別に魔法が使えたからと言って、特に何かする予定がある訳でもないのだ。
 ただ、若い身でありながら身の危険をさらしている彼女達の手伝いを出来るかもしれないし、自身の圧倒的な存在感! の無さ…… を解消出来るかもしれない、という儚い期待を抱いていたのだ。



 ――人の夢と書いて、『儚い』とは、良く言ったものである。



「……なのはちゃん、ユーノ」
「な、何ですか……?」
「何でしょう……?」












「煙草、吸っていい?」

 ポリシーとかもうどうでもいい。切ない気分になったら、煙草を吸うに限る。
 というかアレだ。そもそもポリシーだとか不文律とか、そういうカッコつけをしている奴に限って、ビックリするぐらい意思が弱いのだ。
 そう思う透は、正しくスモーカーの鏡であったが、駄目な大人の見本であった。





[34924] 第三話:役割分担
Name: 7GO◆f487c2b0 ID:0195bbac
Date: 2012/09/02 02:57
「なにそれ怖い」
「うえええ! 透さん!?」
「い、何時からいたんですか!?」
「ん? 『レイジングハート、お願い!』のところからかな」
「さ、最初からじゃないですか!」
「そうだよ?」





 ――どんな人間も誰かの人生の背景として存在しているのではなく、それぞれ自分が主役である人生を生きているのだ
 BY 清水義範


 



 夜、透は自宅で一人食事をし、今は食後の一服を楽しんでいた。
 透は天井にゆらゆらと昇りゆく煙草の煙をやる気なさそうに見つめ、今日の夕方に会った出来事を思い出す。




『これは、僕の責任なんです……本当はなのはも巻き込みたくなかったんですが……』
『もうっ! ユーノ君は一人で抱え込みすぎなんだよ! それに! これは、私がやりたくてやっていることなんだから!』
『なのは……ゴメ……いや、ありがとう……』
『……うん!』

(俺のこの空気感を見てくれ)

 そもそも誰も見てないから空気なのだ。



 思い出の中でも、相変わらず透は空気だった。窒素もびっくりなくらいの空気っぷりだった。
 いくら、彼が空気扱いに慣れていると言っても、その心に受けるダメージの量は変わりない。
 存在感の薄さに定評がある透でも、流石に魔法少女と喋るフェレット(本当は人間らしい)に空気扱いされた事実は、少なからず彼にショックを与えた。

「しかも、役立たずだしな、俺」

 自嘲的に呟き、透は煙を灰に入れ、そして吐き出す。
 彼の口から排出された煙は、心なしか彼の心情を反映するように、虚しく霧散していった。透はさらに思い出す。




『…なぁ、何か俺に出来る事、あるか……?』
『……心遣いは感謝します……でも……』
『魔力がない、か』
『……はい。そんな一般人を、危険な目に合わすわけには行きません』
『……そっか』
『大丈夫です! ジュエルシードは、私とユーノ君が全部集めます!』
『ははっ、じゃあ、お任せするよ』



「あーんなちっちゃい子に、……九歳の女の子に、全部丸投げかよ……やっぱ、カッコ悪いよな」

 透はボロっちいアパートに一人暮らしで、彼の悲しい呟きは誰も聞いてはいない。
 吸っていた煙草を灰皿に押し付け、食後二本目の煙草に手を出した。口に咥え、火を点ける。
 透は別に『悪人』ではないが、無闇に『善い事』をする人間でもない。
 物事のメリット、デメリットを考え、自分がその行動をする理由や必要性をきちんと見出した上で、初めて透は動くのだ。
 それから考えれば、それこそ透がユーノとなのはに協力する必要なんて無い筈である。
 確かに、透はこの海鳴という土地が好きで、その海鳴が危険に晒されているのならば、あるいはその為に立ち上がるのも解る。
 だが、事はそんなに単純な物ではない。
 魔法、というビックリドッキリなトンでも無い物が事態の中心で、透は魔法世界の住人のお墨付きの、賭け値なしの一般人なのだ。
 大体、たまたま巻き込まれたあの神社の境内の一件で、彼が何を出来たか。
 ――みっともない悲鳴を上げて蹲っていただけではないか。
 そんな透がこの物騒な事件に首を突っ込んでも、意味が無い。スプラッタな目に合う己の姿が、透にははっきりと想像できた。

 しかし。

(なのはちゃんも、ユーノも、九歳なんだよなぁ……)

 吐き出した煙で器用わっかを作りながら、透は思う。
 二十一歳の自分は自宅で一人悲しく煙草の煙でわっかを作っている間にも、年若い少女と少年(フェレット?)が危険な目に逢いながら、この街を守ろうとしているのだ。
 情けなさ過ぎる。

「でも、俺には何も出来ない……」

 無力な彼には何も出来ない。どうしようもないのだ。
 結局、透は、青い宝石――つまり、ジュエルシードらしき物を見つけたら、無闇に近づかないで、可及的速やかになのは達に連絡すると言う、あまり役に立ちそうに無いポジションに座ることになった。
 念話、とか言う魔法技術が使えない透は、勿論、携帯電話という手段を使って。


 おめでとう! 紫 透は、九歳の女の子の電話番号とメールアドレスを手に入れた!

「……ここは、喜ぶところなのか?」

 無論、答えはない。





 透が食後から数えて八本目の煙草を吸っている時に、彼の部屋の玄関のインターホンが掠れた音を奏でた。来客である。

「開いてるぞー」

 透はドアに見向きもせず、そう言った。多少無用心かもしれないが、彼を訪ねる人なんて限られている。
 透は残り少なくなった八本目の煙草を灰皿に押し付け、思う。

 ――今日は、どっちだろうか

「紫くぅううううん! アツシがぁ! アツシがぁ! 浮気したああああ!」

 衣をブッチギリで切り裂いた様な、悲鳴染みた声が透の部屋の玄関から響いた。

 ――今日はそっちかー。

 透は九本目の煙草を咥えながら、面倒臭そうな目で玄関を見た。
 昼間に会っていたバカップルの片割れだった。
 彼女は涙と、鼻から出ている名状しづらい液体で顔をぐしゃぐしゃにしながら、靴を脱いで透の部屋に入り込んだ。

「もう私たちおしまいなのよぅ……別れるしか無いのよぅ……」

 透がまだ何も言ってないのに、勝手に座布団に座り、勝手にさめざめ泣き出したバカップルの片割れ(女)

「……今日はビーフシチューなんだけど、食うか?」
「……食べるぅ」

 それに対し、透は全く動じる事なく目の前の泣いている女に食事を進める。多少不自然な流れかもしれないが、実はこの様な事は日常茶飯事だった。

 件のバカップルは、喧嘩する程仲が良いと言うべきなのか、時たま諍いを起こす。
 透は二人に対し、男の味方でも女の味方でも無い、中立な立場を取っていた。
 よって、この様な事が起こった場合、専ら透が二人の仲裁役になっていた。

 透は口にある煙草を上下に動かしながら、料理の準備の為にキッチンに立つ。と言っても、既に料理は出来ているので、ただ温めなおすだけなのだが。

 余談になるが、透は料理が上手い。それは彼が独り暮らしをしているから、と言うより、彼が外食しに行っても、その存在感のせいで思い出したくない程に料理が中々来ないので、すっかり自炊スキルが上がってしまったのだった。
 そして、バカップルどもは同棲している癖に二人揃って料理が出来ない。
 よって、どちらか一人の時――この場合は女の方が家から出て来たのだろう――は、避難先と食事先として、透の家が利用されているのであった。
 透はこれからバカップルの愚痴を聞きつつ、一応は貴重な友人達の仲を取り持つ為に奔走する事になるだろう。

(俺が出来る事は海鳴を守る事じゃなく、カップルの仲を取り持つ事、か)

 どちらがより大事かは比べる程もないだろうが、今の透ではやれる事をやるしかないのだった。

 そして透は何日かに渡り、その存在感の無さを駆使してさりげなく、時には友人と言う立場を利用して大胆に行動し、バカップルのヨリを見事戻したのであった。

 この間、勿論、非日常的なリリカルでマジカルなトラブルに巻き込まれる事なく、透は何時も通りの日常を過ごした。


 そして日曜日。

 透はアルバイトで、とあるビルの清掃をしていた。彼は己の存在感の無さを最大限に利用して、極めてさり気無く清掃活動を行っていた。おかげで透の担当するビルからの評価は上々である。
 『何時のまにか綺麗になっている! 誰が清掃したんだ!』とか言われて。
 ――む、虚しくなんか、ないんだからねっ!

 今日も透はさりげなく清掃を終えて、今はビルの屋上で海鳴の景色を見ながら仕事上がりの一服を楽しんでいた。
 ちなみにこの行為はマナー違反なんて目がない愚かなものである。バイトとは言え仮にも仕事場なのだ。
 ある種、彼は己の存在感のなさを満喫していると言える。

「ムカつくぐらい、いい天気だなぁ……」

 煙草の煙を上限無く広がる青空に垂らしながら、透は一人呟いた。
 こんな日に自分はビルの清掃をして、肺を汚す作業に勤しんでいる……む、虚しくなんか、

(……やっぱ虚しい……)

 高いビルからの街の景色を望みながらそう思う透。
 仲直りした例のバカップルは、今頃イチャイチャしているのだろうか。カップル爆発しろ。
 そう思いながら、手元にある煙草がフィルター一杯までジリジリと火が近づいているのを見て、彼は携帯灰皿に吸殻を突っ込む。

(もう一本吸ったら帰るか……)

 透の本日の仕事はもう終了している。
 まぁ、帰っても彼は特にすることがないのだけれど。
 作業着の胸ポケットから煙草を取り出し、ライターで火を点けた。


 そこで。


「……あ?」

いつぞやに感じた、謎の悪寒が透の精神に駆け巡る。この感じには覚えがあった。

(これは、確か神社で……)

 そう、数日前、神社で怪物に出会う前に感じた、あれと、全く同じ。

「……と、言うことは……もしかして」

 透がそう口に出したとたん、街の一角から天へと突き抜けんばかりの眩い青い光が迸った。
 そして、その地点から樹木が急に繁りだし、やがて街の一帯を覆ってしまった。

「……マジかよ」

 透はこんなダイナミック緑化活動に心当たりがあった。言わずもがな、ジュエルシードである。

「おいおい……」

 存外に落ち着きながら、透は考える。
 彼は以前に『犬ってレベルじゃねーよ!』な怪物に襲われそうな目にあったので、樹木から離れて高層ビルの屋上から眺めている今の状況では、慌てる訳はなかった。
 とりあえず、もう気づいているだろけどなのはちゃん達に連絡してみるか、と透は思い携帯電話に手を掛ける。


 しかし。



「レイジング・ハート、お願い!」
『Stand by Ready. Set up』

(早ッ!?)


 透が連絡する前に、なのはとユーノがビルの屋上に入って来た。
 勿論彼女達はジュエルシードの発現に気が付いていて、そうして高い位置から見下ろせる場所を探し、この透が居るビルにたどり着いたのだ。


(うわ、魔法少女生着替え……絶対俺の事気づいてねぇよ)

 魔法の力か何かは透は分からなかったが、とにかく一瞬でいつぞやの神社で見た服に変わるなのは。
 その視線は、真っ直ぐに街を覆う樹木に注がれている。よって、その正面から少し外れた位置に居る透に気づかないのも、まぁ無理はないかも知れない。元々、彼は存在感が無いのだ。


「ひどい……」
「……多分、人間が発動させちゃったんだ。強い思いを持ったものが願いを込めて発動させたとき、ジュエルシードは一番力を発揮するんだ」
(……マジで?)

 街の惨状を見て、暗い顔で呟くなのはとそれについて説明するユーノ。ついでに驚く透。
 確かに、彼は神社でユーノに、『人間がジュエルシードを発動させるとえらい事が起きる』と言っていたが、流石に街を覆う事は、透にとって予想外だった。


「なにそれ怖い」

 と、思わず口に出してしまう透。
 そこで、なのはとユーノは弾けた様に、声のした方を見た。
 やはりと言うべきか、透には気付いていなかったらしい。 

「うえええ! と、透さん!?」
「い、何時からいたんですか!?」
「ん? 『レイジング・ハート、お願い!』のところからかな」
「さ、最初からじゃないですか!」
「そうだよ?」

 自分の方が先にビルの屋上に居たのに、全然気付かれていなかった事に多少ショックを受けた透であったが、こういう事は慣れっこの彼である。極めて冷静に彼女達の言葉に答えた。

「な、何でここに?」
「俺、さっきまでこのビルの清掃していたんだよ。んで、仕事が終わってここで一服してたわけ」
「は、はぁ……」

 手に持った煙草をひらひらと揺らしながら、透は言う。
 対してなのはとユーノはまさか二度も『偶然』に透と出会うとは思っていなかったのだろう、透の言葉に呆然と返事を返した。

「……俺の事より、あれ、どうかした方がいいんじゃね?」


 未だ呆然としているなのは達に、樹木を指差して言う透。それを聞いた彼女達は。ハッとした様に樹木に視線を戻した。



「……」
「……なのは」
「……ユーノ君、こういう時はどうすればいいの?」
「え、えっと……」
「ユーノ君!」
「……封印するには、接近しなければ駄目だ。先ずは元となっている部分を探さないと……でも、これだけ広い範囲に広がっちゃっていると、どうやって探せばいいか……」

 なのはの肩に乗るユーノは不安だった。
 広範囲策的魔法。それは、魔法を知って日が浅い彼女には荷が勝ちすぎる。
 しかし、なのはは只管にその表情を引き締めていた。怯えず、怯まず。ただどうればいいか、どうすべきかだけを頭に叩き込んでいた。

(確かに、こんだけデケェ樹から元を探すってのもなぁ)

 一方透は、カメレオンもびっくりなくらい背景との融合に成功していた。

「……元を見つければいいんだね?」

 そこで、瞳に力ある決意を滲ませながら、なのはが言う。

「……え?」
「え?」
『It is scary(なにそれ怖いです)』

 最初になのはの声に反応したのはユーノで、次は透、そして最後はなんとなのはの杖、レイジングハートである。
 機械であるデバイスの身の癖して、中々ノリがいい杖である。最初の透達のやりとりを見て、何かを感じていたらしい。

「レイジングハート!」
『……Area search』

 なのはの呼び声に応えるレイジングハート。
 すると、なのはの周りに桃色の魔方陣が浮かび上がる。

「リリカル・マジカル! 探して! 災厄の根源を!」

 声高々に宣言する少女。呼応して、手にある杖から幾条もの桃色の細い光が樹木へと向かう。
 彼女は一度にその根源を見つけようとしているのだ。

(すげええええええ!)

 目の前を飛び交う沢山の桃色光線を見ながら心中の内に驚く透。
 ビルの清掃に来て、こんなファンタジックな光景を見る事になるとは、思いもよらなかった。


「……見つけた!」
「本当!?」
(本当!?)

 そう宣言するなのはと、それに驚いて返すユーノ。そして、驚き過ぎて声に出せない透。

「すぐ封印するから!」
「ここからじゃ無理だよ! 近くに行かなきゃ!」
「出来るよ! 大丈夫!」

(出来んの!?)

 余りにも頭に入る情報がキャパシティを超えている所為で、全然声を出せないでいる透

「そうだよね? ……レイジングハート」
『Shooting Mode. Set up』
「行って! 捕まえて!」
『Stand by. Ready』
「リリカル・マジカル! ジュエルシード、シリアルⅩ! ……封印!」

(何かぶっといビーム出たああああ!?)

 だから、声に出せって。






 

 そして、解決。








「……色んな人に、迷惑かけちゃったね……」

 あっと言う間のスピード決着の様に透は見えたのだが、心優しい少女は少なからず損壊した街を見て、かなりの責任を感じているようだった。その場にしゃがみ込み、俯くなのは。


「な、何言ってんだ! なのはは、ちゃんとやってくれてるよ!」
「……私、気づいてたんだ…… あの子が持っているの。でも、気のせいだと思っちゃった……」
「なのは!……お願い! 悲しい顔しないで! ……元々は、僕が原因で……」

 『あの子』がどの子が全く解らない透であったが、そんな彼でも、少女が落ち込んでいる事ぐらいは分かった。
 ユーノがそのフォローに入ったが、なのはは俯いたまま言葉を返さず、悲しげな表情で物思いに耽っている。

(……こりゃ、駄目だな)

 透がそう思ったのは、なのはではなく、ユーノの方である。
 なのはのフォローに入っていた筈なのに、何故かユーノまでネガティブなオーラが出ている。

 これではいけない。

 フォローする人は、無責任でも何でもいいから、とにかく元気付けなきゃけないのである。それなのに一緒に落ち込んでいたら、話が進まないだろう。

「……ユーノ、ちょっと来い」

 何やら久しぶりに声を発したような気がした透であったが、そんな気は丸っきりスルーすることにした。
 今の今まで全く役に立たなかった彼である。
 が、自分の仕事はこれからなのだ。そう思うことにして、彼はユーノを呼び寄せる。

「な、何ですか……?」
「……お前、今人間に戻れるか?」
「え? ど、どうして……?」
「いいから。戻れんのか?」
「……少し魔力が回復してきたので、三分ぐらいなら……」
「よし、充分だ。いいか…………」



 ごにょごにょと、透はユーノに耳打ちした。



「……え? そんな事して……」
「いいんだよ! ホラ、人間に戻れ!」
「は、はい……」

 ごにょごにょと、ユーノに耳打ちする透。それにユーノは疑問符を上げるが、透は無理やりユーノの背中を押す。
 翡翠色の光を発しながら徐々に人の形になっていくユーノを見ながら、腕を組んで、透は思う。



(俺の役割、か……)





「なのは」

 まだ深い思考の海に浸っていたなのはは、聞き覚えがある、だけど記憶より高い位置から聞こえた声に、俯いていた顔を上げる。

「この姿を見せるのは、初めて、なんだよね?」
「ゆ、ユーノ、君……?」

 なのはの目の前にいたのは、淡い金髪に中性的な顔立ちをした、優しい感じを受ける少年、人間の「ユーノ・スクライア」だった。

「……大丈夫」
「ふぇっ!? ゆ、ユーノ君!? 何を……」

 ユーノをなのはに近づき、その手を両手で握る。
 対するなのはは、初めて家族以外の異性から手を握られた事により、顔を赤くしながらユーノに問いかける。

「大丈夫。大丈夫だよ、なのは。……君だけの責任じゃない」
「ゆ、ユーノ君! か、顔、ち、近い!」
「元々は僕の責任だけど…… 虫のいい話かもしれないけど…… 僕も一緒に頑張るから」
「ユーノ君……」
「だから、一緒に守ろう、この街を。改めて、力を貸してくれないか?」


 ユーノの真剣な表情と真摯な言葉に、顔を引き締めるなのは。
 そこで、彼女は決意する。己の力の使い道を。大好きで、大切なこの街を守る為に。


「……私、頑張るよ」
「なのは……」
「ユーノ君の手伝いだからじゃなくて、私がこの街を守りたいから! だから、私、頑張る!……ううん、一緒に頑張ろう! ユーノ君!」
「……ああ!」
「えへへ、これからもよろしくね!」




「見てくれ、俺のこの空気感」

 倒置法を使っても、誰も見ていない。
 腕を組みながら、二人の奏でる淡いピンクっぽい空気を見て、透は満足げに頷いた。
 透がユーノに言ったのは「手を握って自分の思いを告げろ」という事である。
 これでは、慰め、と言うよりは、女の子を口説く方法である。
 しかし、結果的になんかいい感じになったから、まぁ結果オーライというやつだ。
 伊達に透はバカップルを相手にしていない。透は知っていた。こういう場合は、異性からの励ましが何より効くのだ。それも、同じく悩みを共有できる立場の、だ。
 それに当てはまるのは、ユーノしかいないのだ。フェレットではなく、きちんとした少年としての、ユーノしか。

 さておき。


(ユーノ、イケメンじゃん……なのはちゃんも美少女だし……美男美女のカップルってか?)

 透は煙草を取り出し、火を点ける。
 子供の前では吸わない、なんて彼のポリシーはあっさりと消えてしまった。
 なぜなら。


(カップルの前では別だ。……なんか、無闇に腹立つ)


 自分が嗾けた癖に。


 彼の役割。それは海鳴を守る、なんてことではなくて。


(カップルの仲を取り持つ事、か……)

 時は夕暮れ。
 存在感の薄い青年が吐き出した紫煙は、ゆっくりと空に舞い上がり、やがては散っていった。
 そのすぐ傍らでは、少年と少女が仲良く手を繋いぎながら、オレンジ色の夕焼けに照らされていた。





[34924] 第四話:恋の季節と無視される男
Name: 7GO◆f487c2b0 ID:d2114ea8
Date: 2012/09/04 02:17

「……パンツ見えてるよ!」
「ふぇえええ!? って、と、透さん!?」
「ど、どど、どうやってここに!? け、結界は!?」
「どうやって、って……歩いて?」
「な、ななななにそれ怖い!」
「ユ、ユーノ君、落ち着いて!」





 ――恋は交戦の一種である。
 BY オヴィディウス。





 あのジュエルシードが原因で起きた、地球温暖化防止策~緑化活動編~が魔法少女のごん太ビームによって無事解決してから早幾日。
 毎度お馴染みの存在感皆無青年の紫 透は、朝焼けに僅かに染まる海鳴の街を煙草の煙で汚す作業をしていた。

 つまり、早朝の散歩である。

 あの日の出来事から何日か経ったが、なのはからの連絡が透に来る事はなく、また、透も彼女達に連絡する事はなかった。
 それに対し、どこかやるせない思いを感じざるを得ない彼であったが、そもそも、彼女達は数日の間にジュエルシードを5個も集めていて、透と彼女達が出会った日曜日には、6個目を手に入れる、と言う中々のハイペース振りを見せていた。これでは、透の入る余地はない。

 なんせ、凡人の彼が出来る事と言えば……

(カップルの仲を取り持つ事……)

 まぁ、あの幼い少年少女達をカップルとカテゴライズしていいかは疑問の余地があるが。しかも彼女達は出会って間もない。

 しかし透の中では、それは決定事項だった。

(あの二人は大人びてはいるが、所詮は九歳。その精神は幼く、彼女達だけでは解決出来ない事もある)

 透は考える。彼が見た二人の印象は「大人びている」と言うよりは「何もかも背負い過ぎている」と言うものだった。
 あの二人は責任感が異常に強く、このままでは背負った荷物に負け、そのまま押し潰されかねない危うさが透には見受けられた。

 では、透は何をすれば良いのか。
 勿論、彼にはなのはとユーノが背負っている荷物は背負えない。それは役割が違うのだ。

(俺の役割は、橋渡しだ。なのはちゃんとユーノは、重いモンを背負っているのに、それぞれ別々に担ごうとしている。それじゃ駄目だ。だから、一緒に背負わしてしまえばいい。そうすりゃ、精神的な負担は減る。誰かと一緒に同じ目的意識を持てば、心強いハズだ)

 長々と透は考えたが、要は「二人一緒に頑張れ」と言う事だ。
 これくらいなら、別に彼が何もしなくても彼女達はやって行くことだろう。
 しかし、これに加え透は更に算段があった。

(なのはちゃんとユーノがくっ付けば、信頼関係は増す。愛だの恋だの何て物は意外に馬鹿に出来ない。それに、ユーノはよく分からんが、なのはちゃんは満更でもない感じだったし)

 それは透の身近にバカップルが居るからこその考えだった。
 件のバカップルはそれはもう仲睦まじく、抜群のコンビネーションで所構わずイチャつき、主に透に精神ダメージを与える。
 彼女たちにそこまでになれとは言わないし、そも、あのバカップルは結構諍いを起こしている。
 だが、透はなのはとユーノがもっと仲良くなれば、二人は重荷を独りで背負う事無く、更に協力して行動することが出来るのではないか、そう考えた訳である。
 浅はか、と言うよりは、些かお節介が過ぎる考えかもしれない気もするが、透が出来る事と言えばこんなものなのだ。彼は己のやれる事からやるしかないのであった。





『なのはちゃん、ちょっと耳貸して』
『? 何ですか? 透さん?』
『……ユーノはイケメンだから、うっかりしてると誰かに盗られちゃうよ?』
『ふぇっ!? な、なななな何を言ってるんですか!?』
『だからさ、何か困った事があったら俺に相談しな。俺、カップルの仲を取り持つの得意だから』
『かかかかか、カップルだなんて…… 私とユーノ君はそんなのじゃ!』
『なのは? 呼んだ?』
『ななな、なぁん、で、も、ない、よぉ?』
『……声裏返ってるけど』
『な、何でも無いってば! ユーノ君、帰るよ!』
『あ、待ってよ! なのは!』
(俺空気ですね。分かります)




 光り輝く朝日に少し目を眩ませながら、透は思い出す。
 完璧になのはの方は脈有りだ。まぁ、年齢から考えて異性との触れ合いの経験が余り無いのだろう、と透は仮定した。

 実の所、彼自身には恋愛経験は無い。
 しかし、恋愛相談ならば、お手の物だ。
 透は実直な性格による口の堅さで、良くカップル達から相談を受けている。相談と言うよりは、一方的な愚痴の聞き手だが。その評判は件のバカップルのみならず、噂を聞きつけたカップル達が透の元に訪ねてくるほどだ。まぁ、その存在感の無さの所為で、いまいち知名度は低いが。
 全くの余談だが、透の通っている大学の噂の一つに、『カップルの仲を取り持つ、謎のヘビースモーカー』と言うものがある。
 言わずもがな、透である。彼は別に正体を隠している訳でもないのに謎扱いだ。男か女かも知られてはおらず、『ヘビースモーカー』と言う事しか知られてはいない。

「……俺って一体、何々だろう……?」

 その呟きは虚しくも、朝露に濡れる爽やかな空気に、彼の手にある煙草の紫煙と一緒に宙に浮かんでは消えていく。
 自分の存在理由があやふやになったまま、彼は何時もより妙に人気がない公園に入っていった。





「……封時結界」

 ここはとある公園。早朝の誰もいない時分に、翡翠色の光と共に年若い少年の声が小さく響く。
 すると、不可視の球状が公園を覆い、今ここにある時空を切り離した。


 封時結界。


 それは結界魔法の一つ。
 通常空間から特定の空間を切りとり、時間信号をズラす魔法である。術者が許可した者と、結界内を視認・結界内に進入する魔法を持つ者以外には結界内で起こっていることの認識や内部への進入も出来ない。
 この魔法は魔法戦や訓練が周囲に被害を与えたり目撃されたりしないよう使われることが多い。

 使用者は――

「ふぅ……さぁ、これで大丈夫だよ、なのは」

 ――今はフェレット状態の、少年、ユーノ・スクライアである。

「わぁ……凄いよ、ユーノ君! 公園を全部覆っちゃうなんて!」
「あはは。一応、僕は結界魔法が得意だからね。これで、なのはも安心して魔法の訓練が出来るでしょ?」
「うん! ありがとう、ユーノ君!」

 そのユーノに尊敬と感謝の念を送るツインテールの少女、高町 なのは。
 彼女達がどうしてこんな朝早くから活動しているのか。
 ――それは、『魔法の訓練』の為だ。



「……けど大丈夫なの? なのはは学校だってあるし、無理して特訓なんかしなくても……」
「うん……でも、私、思ったんだ。あの子とちゃんとお話するには、このままじゃいけないって」


 ユーノの気遣いの言葉に、決意を滲ませて答えるなのは。その目には、強い意志が浮かんでいる。


 彼女が何故その様な考えに至ったか。それは昨日の出来事と、その時に出会った『あの子』に起因していた。





 昨日、なのはは兄とユーノと一緒に親友である月村すずかと、アリサ・バニングスににお茶会に呼ばれ、開催場所である月村家に馳せ参じた。
 暫くはなのはにとっては久々に優雅でゆったりした休日を友人達と過ごしていたのだが、そこで感じたジュエルシード発動の気配。
 それに気付いたなのはとユーノはさりげなく(のつもりで)発動した場所――月村家の広大な庭に駆け着けた。

 ジュエルシードを発動したのは、月村家で飼育されていた「猫」だった。
 そのジュエルシードを発動さてしまった猫は、どんな願いを持っていたのだろうか、別に暴れだしたりはぜず、ただ「巨大化」しただけだった。
 そう、件の猫はただ圧倒的に大きくなっただけで、特に何をする訳でもなく、呑気に欠伸をしていた。

 これにどこか和んでしまったなのは達であったが、何にしてもこのままにして置く訳には行かない。
 急いで封印に掛かるなのは達であったが――そこに一人の少女が何の前触れもなく、現れた。

 なのはと同年代ぐらいだろうか、幼い顔立ちに、金髪。それに斧の様なデバイスに黒い水着の様なバリアジャケット。
 そして、なのはが何より気に掛けたのが、美しくもどこか悲しい光を出している、少女の紅い目だった。その少女はなのはに一瞥をくれただけで、一撃で巨大化した猫を昏倒させ、あっさりとジュエルシードを封印してしまった。

 その少女に対し、なのはとユーノは素性と目的を問うたのだが、少女は全く意に返さず、逆に話をする為に問いつめようとしたなのはを返り討ちし、気絶させてしまったのであった。
 結局、その少女に対してなのは達が解った事と言えば、魔法が使える、と言う事と、ジュエルシードを集めている、と言う事だけだった。なのはは、少女の名前さえも知らない。





(私はあの時、何も出来なかった。あの子に何も聞けなかった。)

 なのはが思う事はこれだ。己の未熟さ故に、ジュエルシードを捕らえられてしまったし、何より、あの美しくも悲し気な目をした少女が、なのはは気に掛かったのだ。


(お話、してみたいな……)

 少女はそう考えた。しかし、それでは、その才能故に感覚だけで魔法を使っている今の状態では駄目なのだ。

(もっと、強くならなきゃ)

 あの少女と話をする為には、少なくとも彼女に拮抗出来る実力がなければならない。
 ユーノ曰く、あの少女はかなりの手練れらしい。それならば、強くなってみせる。あの子と、対等に「お話」する為に。


 ――可愛らしい外見に反して、意外と武道派ななのはであった。


 それが、この特訓を始める理由の七割。大体があの少女とお話しする為なのだが、実は、それだけではないのだ。

(ユーノ君に、みっともないトコ、見せちゃったな……)

 誰かにカッコいい所を見て欲しい、なんて感情は、それこそ誰にでもある。
 それに加え、近頃ユーノの事が何となく気になるなのはである。
 尚更、ユーノの前に惨めな自分を見せるのは、嫌だった。だから少しでも自力を上げて、あの時の様な無様な真似は二度と見せまい、と彼女は意気込んだ訳である。

 彼女が何故そんな事を思ってしまったのかと言うと……

(ううー、透さんがあんな事言うから、ユーノ君の事が、気になっちゃうよぅ……)

 そう、透の所為だった。彼が去り際に言った台詞と、人間形態のユーノの真摯な表情と手の温もりが、なのはの頭と体から離れない。
 勿論、なのはは今までにこういった事はなかった。だからこそ、彼女は何となく己の感情を持て余しているのだろう。

(ユーノ君が本当は人間だなんて分かっちゃったから…… ユーノ君が、私の手を握ったから…… 透さんが、あんな事言うから……)

 なのはは考える。そう言えば、ユーノがフェレットではなく実は人間だと言う事も、透の発言がきっかけで分った事だし、あの夕暮れ時のユーノの行動も、透の指示だったらしい。最後の透の台詞は言わずもがな、だ。


(……あれ? 全部透さんが関わっている?)


 あの男は、魔力が感じられないのにも関わらず、何故か妙な影響を彼女達に及ぼしていた。





「……のは、なのはってば!」
「ふぇ!? な、何?」
「何って、大丈夫? 何かぼんやりしてたけど」
「……にゃ、にゃはは。だ、大丈夫だよ」


 思考の海を漂っていたなのはに、ユーノが声を掛ける。
 まさかあなたの事を考えていました、なんて答える訳にはいかないなのはである。彼女は笑って、適当にお茶を濁した。

「……そう? じゃあ、始めようか。先ずは昨日の夜にも言ったけど、飛行魔法の練習をしよう」
「う、うん。……ユ、ユーノ君、一つお願いがあるんだけど…… い、いいかな?」
「え? 僕に出来ることなら、いいけど」

 そう言って、些か顔を赤くしながらユーノに問うなのは。対するユーノはその言葉に疑問符を上げながらも、とりあえずは承諾する。

「あ、あの…… に、人間の形態で、訓練をしてくれないかな……なんて」
「……え? うーん、ちょっとぐらいなら戻れるけど…… なんで?」
「あ、あ、あのですね!? 特に深い意味は無いんですけどね! た、ただ、人間のユーノ君が近くで見てくれた方がいいいんじゃないかと私は思っている訳でしてね!? いや、やっぱり深い意味は無いんですけど!?」
『Please settle down.(落ち着いてください)』

 あからさまにテンパッているなのはに、彼女の胸に掛けられている球体――レイジング・ハートが声を掛ける。ユーノはそれに対し、ますます疑問符を上げるが、何やらなのはの様子が必死なので、その真意は聞かず、「ちょっと待ってて」と言い、人間に戻る事にした。
 フェレット状態の彼の周りを翡翠色の光が覆い、徐々に人の形を取っていく。


「……ふぅ。これでいいかな?」
「……」
「……なのは?」
「……は、はいっ、元気です!」
「……それは何よりだけど、本当に大丈夫? なんか顔赤いけど」
「だだだだだだ大丈夫! い、行くよ! レイジング・ハート!」

 まさかあなたの顔を見ていました、なんて答える訳にはいかないなのはである。彼女は、顔の赤さを誤魔化す為、とりあえず、レイジングハートを起動させる。

「Stand by ready. Set up.」





「うわぁ……魔法少女が空を飛んでるでござる……」

 紫煙を曇らせながら、公園に入っていった透の第一声がこれだった。口調のおかしさに突っ込んではいけない。彼なりにテンパッているのである。

「……パンツ見えてるよ!」

 彼自身、この状況をほとんど理解しておらず、空をふらふらと飛んでいるなのはと、その下で、何故か人間の状態で見守っているユーノに色々聞きたいことがあった(早朝で人気がないとは言え、公園で魔法を使っていいのか、ユーノは何で人間なんだ、など)のだが、それらを吹っ飛ばして、とりあえず目に付いた事実を述べる透。そう。魔法少女のパンチラである。

「ふぇえええ!? って、と、透さん!?」

 飛行魔法の制御に慣れ始めたなのはは、突然聞こえた声に、慌ててスカートを抑える。が、その声の源を発見して戸惑いの声を上げる。――なんでここに居るのか。



「ど、どど、どうやってここに!? け、結界は!?」
「どうやって、って……歩いて?」
「な、ななななにそれ怖い!」
「ユ、ユーノ君、落ち着いて!」


 突如、何の前触れも無くふらりと現れた透に、ユーノが狼狽した声を上げた。
 それに対し、何時も通り愚直に事実を述べる透。そしてますます狼狽するユーノ。
 そしてユーノを落ち着かせようとするなのは。場が少しカオスになってきた。

「僕の封時結界は、術者が許可した人や、そう言う魔法が使えなければ、内部への進入も出来ないんですよ!? 勿論、僕は誰も許可していない! 一体、どうやってここに……」

 息も荒く透に問いかけるユーノ。
 透は「結界」の意味がいまいち解らなかったが、なんか一般人には入れない壁のような物を作ったんだな、と考えた。そして、ユーノのその気迫に、若干たじろぎながらも、咥えていた煙草を口で上下に動かしながら、答える。――心当たりは、無いことも無かった。

「……俺さぁ、なんでか知らんけどさ、よく自動ドアとかが反応してくれないんだよ。目の前にいんのに開かない、とか、結構ざらな訳」
「はぁ……?」
「だから、同じ感じで、その結界とやらが俺に反応しなかったとか」
「ぼ、僕の結界を自動ドアと一緒にしないで下さい!」

 ユーノは魔導師としてのランクはそれほど高くは無いが、彼は己の結界魔法についてはそれなりに自信を持っていた。
 それなのに、魔力が無いはずの一般人にあっさり突破されるわ、それが感知できないわ、挙句には自慢の結界が自動ドア扱いである。
 これでは、ユーノがどこか落ち込みながらも怒るのも、無理はない。だが、彼よりも、もっと憤慨している人物が居た。

「ユ、ユーノ君は、病み上がりなんだから、調子が悪い時もあるよ! もう! 透さん! 勝手に結界内に入ってこないで下さい! ホラ、ユーノ君に謝って!」
「えええ!? ご、ごめん……」

 そう、高町 なのはである。彼女はどちらかと言うとユーノの結界を突破した事ではなく、ユーノとの二人の時間(レイジング・ハートは別)を邪魔された事に怒っているように見えた。

 九歳の少女に怒られて九歳の少年に謝る二十一歳の青年。透は今、間違いなく世界で一番情けなかった。

「駄目! 心が籠もっていない! もっと取引先に言う様に謝って下さい!」
「本日は私の不手際の所為で御社に不愉快な思いをさせてしまい、真に申し訳ありませんでした」



 コントか。





(ありえない……)

 透となのはが謎のコントをしている間に、ユーノは考える。その目線は、未だ九歳の少女にペコペコしている透に向けられていた。

(例え僕が本調子でなくて、一般人に結界を突破されたとしても、その事に気付かない筈が無い! なのに、僕の結界は何の異常も発していない……)


 いよいよ土下座の体勢に入った透を胡乱気な瞳で見ながら、ユーノはさらに考える。思ってみれば、彼について、ユーノは殆ど知らない。――魔力が無い只の一般人ではないのか?


(あの人は、一体……)



 答えは遠く、正体は見えない。




[34924] 第五話:不明瞭
Name: 7GO◆f487c2b0 ID:d2114ea8
Date: 2012/09/07 01:47

「俺にも、解からないんだ」
「…………え?」




 ――私はこれまでに非常に多くの心配事を抱いたが、それらの多くは決して事実とはならなかった。
 By ウィリアム・R・インジ






「ふーん、なのはちゃんとは別の魔法使い、ねぇ……」
「はい……ジュエルシードを狙う目的も、その素性も、名前さえも解りませんが、かなりの実力者に違いありません」

 なのはと透の極めて一方的なハイパー謝罪タイムが一段落した所で、ユーノは透に昨日出会ったジュエルシードを狙っている少女について話していた。
 因みに、なのははユーノに「透さんと二人で話したい事がある」と言われてしまい、今はレイジング・ハートの監修の元、黙々と飛行魔法の制御訓練に精を出しているところだった。


 しかし、彼女の表情は暗い。
 その理由は、先ほどのユーノが、透と二人で話したい事がある、と言った時の彼の表情にある。
 何か思い詰めた様な、あまり良くない覚悟を決めた様な、そんな顔をしていたからだった。

(また、ユーノ君は……)

 ユーノと一緒に行動して早幾日。なのはは、ユーノの性格を大まかに把握していた。

 ――それは、強い責任感を持っている、と言う事だ。

 責任感を強く持つ、と言うのは決して悪い事ではなく、むしろ長所に数えられる方が多い。
 だが、今回のユーノの場合は、それが良くない方向に働いてしまった。
 そして今、ユーノはその強過ぎる責任感に押され、何やら透と会話をしている。なのはには、一切その内容が伝わって来てはいない

(ユーノ君は、透さんに何か重要な事で話があって、それをまた一人で抱え込もうとしている。私に相談しないで)

 マルチタスク、と言う並列情報処理能力を使い、飛行魔法の制御を行いながら、なのはは思考する。
 分かっている。
 恐らく、自分が相談されても、何もユーノに返す事ができないであろう事は、なのはにも分かっているのだ。
 それに、ユーノは自分に余計な心労を掛けさせたくないから、一人で透と話をしようとしているのも、なのはには分かっていた。

 だけど。

(ユーノ君だけに全部押し付けるのは、やっぱり良くないよ)

 そう考えるなのはであるが、あくまでユーノは一人で透と話すと言っているのだ。それをユーノが透に何を話すか碌に理解していない自分がその会話に割り込むのも、如何なものか。彼女は思う。


(せめて、もう少し、ユーノ君が頼ってくれたらなぁ……)

 実を言うと、なのはもどちらかと言えばユーノ寄りの「抱え込むタイプ」の思考の持ち主であったが、それに彼女が気付く事はなかった。
 人間は往々にして、意識の有無に関わらず、自分の事を棚に上げる生き物なのである。
 何れにしても、今この状況で彼女が出来る事は無いのだ。なのははどうしようも無く堂々巡りする思考に浸りながらも、順調に青空を駆けて往く。





「……透さん、単刀直入にお聞きします。あなたは一体、『何者』ですか?」

(そう来たか)


 視点変わり、透とユーノ。
 彼らは今までベンチに座りながら、昨日の出来事をユーノが話し、それを透が聞く、と言うスタンスだったのだが、その話が粗方終わった時、今までどこか緊張の面持ちを見せていたユーノが、意を決した様に、透に問いかけた。

(……俺が何をした? ただユーノの結界とやらを歩いて突破しただけじゃないか…………これだな。間違いなくこれだ。)

 ユーノが懐疑の視線を送る理由に心当たりありまくりの透だったが、はっきり言って、透にはユーノの質問には答えようがなかった。


 ――自分が知らない事を、他人に教える事は出来ない。
 ――それが例え『自分』のことであっとしても、である。




 一方、ユーノは己が最終的な引き鉄を引いてしまったのではないか、と、どこか憂いを帯びた目で、透を真っ直ぐに見ていた。

 ユーノの考え、それは。

『紫 透は魔力が無い振りをして、自分達――そう、ジュエルシードを集めている者――に近づいているのではないか?』

 と言うものだった。

(もし、そうだとしたら、恐らくこの人とあの少女は、グルだ。もしかしたら、あの少女もこの公園にいるのかも知れない。もしかしたら、今もなのはの持つジュエルシードを狙っているのかも知れない。もしかしたら、なのはが危険な目に会うかもしれない。もしかしたら、もしかしたら……)

 仮定のifの考えは、一度起こってしまえば止める事が出来ない。それが悪い仮定なら、尚更だ。
 ユーノは、己に渦巻く透に対する猜疑心を止める事が出来なかったのである。
 例え、それがどんなに馬鹿馬鹿しく、荒唐無稽なものであったとしても。

 ユーノだって、薄々分かってはいるのだ。
 多分、この青年は何も知らない。どのようにして自分の結界を感知させずに突破出来たのかはユーノには分からないが、透自身は全くの無意識で無自覚なのだ。
 それくらいは、猜疑心に塗れている今のユーノにだって理解できていた。
 それに加え、ユーノ達が遭遇した少女についてあえて話す事で、少しでも透を揺さぶろうとしたのだが、彼は、何時までも何時も通りの紫 透であったのだ。




『で、新しく現れた魔法使い、ってのは何歳ぐらいなんだ?』
『……恐らく、僕達と同年代ぐらいかと』
『なにそれ怖い』





 『また九歳か……』と、どこか寂しそうに俯いている透を見て、ユーノは、透は少なくともあの少女とは無関係である、と言う事を半ば確信していたのだが、一度膨れ上がった疑心は、そう簡単に萎ますことは出来ない。だから、ユーノは核心を突く事にしたのである。

『紫 透の正体』

 もし、この質問を受けて、透がおかしな動きを見せたら……

(その時は、僕が……)

 これは、この仕事は、人を疑う事を知らないあの純真な少女に任す訳には行かなかったのである。
 万が一の時の覚悟。ユーノは自然、手が妙に汗ばんでいるのを感じた。





「……ふぅー」

 と、透が口からゆっくりと白い煙を吐き出す。その手には、何時の間に持ったのだろうか、火の点いた煙草がゆらゆらと煙を上げていた。

「ユーノ」
「……はい」
「俺にも、解からないんだ」
「…………え?」

 白い煙を吐き出しながら言う透の姿は、どこか、全身傷塗れで、痛々しく、ひどく弱弱しい人間の様にユーノには映った。
 いかにも、「私はこれからあまり言いたくない事を言います」と全身で主張している様だった。


「……ユーノはさ、要は俺の『正体』を知りたいんだろ?」
「……その通りです」
「でもさ、それ、俺にも解からないんだよ。お前の『結界』とやらを俺が突破したことが、どれだけ異常なのか俺は知らん。でも、俺は、俺にとっては、色々な異常が日常茶飯事なんだよ」

 透は、無限に広がる青い空を、少し目を細めながら眺めていた。まるで、この空のどこかに彼が求めている答えがあって、それを必死で探す様に。

 ――だが、この空に彼が求める答えはない。

「物心付いた時から、俺は異様だった。異様に存在感が無くて、異様に人や物から無視される。生物だとか、無機物だとかお構い無しに。生まれてから二十一年経った今でも、自動ドアに無視される日々を送っているよ。友達も、碌にいない」


 ――今日なんか、『結界』とか言う魔法にまで無視されたからな。

 とそう言って、視線をユーノに戻す透。
 その顔には薄っすらと笑みが浮かんでいたが、それは誰がどう見ても、人間味の感じない冷たい作り笑いでしかなかった。


「……そう、ですか……すいませんでした。失礼な事を聞いてしまって……」

 ユーノは謝罪しながら、透にそう答える。
 正直な所、100パーセント、ユーノの透に対する猜疑心が消えた訳ではない。
 彼が如何に悲しい顔をしても、結界を感知させずに突破した、と言う事実は消えないからだ。

 しかし。

(……この人は、本当に、何も分からないんだ)

 あの、何もかもにも絶望した様な顔。あの顔を見てしまったら、ユーノにはもう何も言えなかったのである。

『誰かに気付いてもらう』

 そんな、人なら誰しも当たり前の事が、彼には殆ど与えられなかったのだ。その苦しみはユーノに分かる筈も無かった。


「気にすんなよ、ユーノ。俺達もう、『友達』だろ?」

 今度は人間味がある、シニカルな透の笑み。
 彼はこんな状況でもユーノを気遣い、暖かい言葉を投げかけ、あまつさえ、透にとっては地雷に当たる事を聞いたユーノに対し、『友達』とまで言ってのけたのだった。

(……大人だな、透さんは……)

 ユーノは透に対し、証拠も無いのに馬鹿馬鹿しい疑いを掛けた自分を恥じ、透の良識ある対応に尊敬の念を送った。




「……お話、終わった……?」
「おお、なのはちゃん! なんかユーノに、気になる人が出来たらしいぜ」
「ふぇええええええ!?」
「ええええええええ!?」
「だ、誰!? ユーノ君、誰のこと!?」
「と、透さん!? な、何を……」
「嘘は言ってないよ?」
(そ、そりゃ僕は透さんの正体が『気になった』けど!)
「だ、誰なの!? ユーノ君、答えて!」
「ぐぇえええ! な、なのは、く、首が! 首が絞まってる! と、透さん、助け……」
「あ、煙草が切れそう」
「答えて! ユーノ君!」
「ぐええええええ!」
『Give me a break (やれやれ)』



 何やら意識が薄れて来る中、ユーノは考える。

(し、仕返し、か……? い、意外に子供じゃないか、透さん……)

 透と言う人間は、思ってる以上に子供っぽい、根に持つタイプの人間だった。

「答えてってば!」
「………………」

 空は快晴。魔法少女の首絞めが冴え渡る。








 そして数日後。全国的に連休を迎えている現在。様々な人々がレジャーに出かけるこの時節。
 圧倒的な存在感(の無さ)を誇る大学生、紫 透は今何をしているかと言うと……




「一人で森を散歩中ですが何か?」



 なにそれ怖い。





「あーあ、暇だなぁ……」

 手に持つ煙草から昇る白い煙が生い茂る木にぶつかる様を見ながら、透は一人呟く。
 大学も休みで、アルバイトも無い今日。数少ない彼の友人のバカップルは二人っきりで旅行に行き、なのはとユーノは家族で温泉に行っている。
 例によって何もする事が無い透は、新たな散歩コースの開拓、と言う、虚しさ溢れる休日を過ごしていた。


 透は、鬱蒼と生い茂る木々に己が吐き出す煙を吹きかける、と言う、どこからどう見ても全く生産性を見出だす事が出来ない作業をしながら、ユーノが透に対してしてきた質問について考えていた。

(俺の『正体』、か……)

 ――そんなん、俺が一番知りたい。

 透は思う。存在感が余りに希薄過ぎる自分は、一体何者なのか。
 自分の身に、果たして何が起こってるのか。


 ――考えて考えて考えても、答えが出ない事は明白だった。

 「自分は何者なのか」、そんな問答は、透には今や意味を成さない。

 何故なら、その疑問は、透にとって忘れる事が出来ない十年前の「あの日」から常に己に問いかけていた事だからだ。
 だけれども、答えは遠く、透は未だに己の正体が解らない。


(ま、俺の事はいいとして、問題はあの二人だよなぁ……)

 いつの間にか吸い終わった煙草を携帯灰皿に突っ込んで、透はあの二人、なのはとユーノについて考える。

(やっぱり、ユーノは色々抱え込むタイプだな……)

 間髪入れずに、透は胸ポケットから煙草を取り出し、火を点ける。辺り一面が緑一色な静寂が逆に耳に付くこの森で、ジジジと煙草の先端が燃える音が小さくとも確かに響き渡る。

(自分の所為で全然関係無い世界が危機に陥っている、なんて考えてしまえば、不安になってしまうのも仕方ない。しかもその上、訳が分かんない奴が、訳が分かんない事を仕出かしたら、そりゃ懐疑的にもなるわな)

 透の思う「訳が分かんない奴」とは、勿論、透自身の事であり、その彼が仕出かした「訳が分かんない事」とは、無論、ユーノの結界内に感知されずに浸入した事である。



 さて、透の性質と言えば、確かにユーノが思った通り、「根に持つタイプ」の人間ではある。
 が、たかが九歳の少年に疑いの視線を向けられて、それに対して根に持つ事は、いくら何でも無い。
 あの日あの時、なのはに対して、ギリギリ(アウト)な嘘の様な事を透が言ったのは、別に復讐とか意趣返しなどでは無く、あくまで彼女達を気遣っての行動だった。
 透があの場所で、なのはを焚き付ける様な事を言ったのは、全てを「煙に撒く」為であった。
 あの様に場をカオスな状態にする事によって、ユーノが自分に対して猜疑心を持っていて、かつ、その事自体に罪悪感を持っていると言う事と、それらの事を独りで背負おうとするユーノに対するなのはの不安を、全部ごちゃ混ぜにすることで、事態の鎮静化を図ろうとしたのである。
 多少は強引な方法だったかも知れないが、結果的には上手く行き、あの場は微妙に歪な形ではあるが、一応は丸く収まった。



『なのはちゃん、ちょっと』
『な、何です?』
『ユーノ、君に脈有りみたいだぜ』
『…………ふぇ!?』



『ユーノ、ちょっと来い』
『ゲホッ、ゲホッ……な、何ですか……? って、何でなのはの顔が赤いんです?』
『さぁ? それより、さっきの話、なのはちゃんに話さない方がいいな。変な心配を彼女に掛けちまうから』
『は、はい……僕も、そう思います』
『ん。じゃあこの話は内緒、な』




 と言う事があり、ユーノはなのはに事の真相を明かす事無く、適当にはぐらかし、それが益々なのはの可愛らしくも、甘酸っぱい勘違いを加速させる事になった。
 無論、ユーノは己のした事に、一切気付いていない。


「今頃何してんのかな、あの子達」

 年相応に、緩やかな休日を過ごしてほしいな、と思い、木々の隙間から僅かに漏れる青い空を見上げながら、透はまた、口から煙を吐き出した。


 そして。


「って、痛ぇ!?」



 転んだ。



「いてて、くそ、何だ……?」

 そう独り呟く透。
 どうやら、何かを踏んづけて足を滑らした様だ。悪態を吐きながら、透は踏んづけてしまった物体を手に取る。





 ――菱形の、青い宝石を。



「………………」




 どう見てもジュエルシードです。本当にありがとうございました。



「なにそれ怖い」







「って、言ってる場合じゃねぇえええええ!」

 透の叫びが誰も居ない森に響き渡り、その木々を揺らす。思わず、口にある煙草をポロっと落としてしまう。

(ヤバイヤバイ。これはヤバイ。……い、いや、冷静になれ、ユーノも言っていたじゃないか。ジュエルシードは『願い』に反応すると!)

 と言う事は、要は手元にジュエルシードがあっても、「願い事」をしなければいいのだ。そうすれば、少なくともジュエルシードに取り込まれてしまうのは避けられる。


 しかし。

(願い、俺、の…… 願い……か……)

 駄目だと解っていても、止められない想いがある。
 いけない事だと知っていても、願わずに要られない事が、確かに透はあるのだ。あってしまうのだ。

 何時もより遥かに濁った目で、透はその場に座り込んでぼんやりと、手にある青い宝石を見つめていた。

(これが、これさえあれば……俺は……誰かに、気づいて貰えんじゃないか……? いや、もしかしたら、『あの日』の事もやり直せるんじゃないか?)


 一度気付いてしまったら、あとはもう最終地点まで一直線だ。手には、願いを叶える石。そして望んで叶わない事が内にある。


 答えは、もう出ていた。例え取り返しのつかない事になったとしても、彼は願わずに要られない。



(俺は……俺は……!)



 そして透は己の渇望していた事象を、過ぎ去った願いを、青い宝石を握り締めながら、願った。








 ――しかし、何も起こらなかった。





「………………は?」



 ――何だ、これは。
 透は手にあるウンともスンとも言わない宝石を愕然としながら穴が開く様に見つめていた。



 ――偽物、か?



 そう思った透だが、その大きさと言い輝きと言い、かつて神社で見たジュエルシードと全く同じだった。あり得ない、と直ぐ様思い直す。



 ――じゃあ、故障してんのか?



 電化製品じゃないんだから、と透はその考えも打ち消す。



 では何故か。
 ……詳しい因果関係やそうなった理由はさっぱり解らなかったが、透には、ジュエルシードが発動しなかった事に、心当りが無い事も無かった。

 それは。




 ジュエルシードに、無視された。




「なにそれ怖い」



 無論、答えるものは無く、透は暫く座り込んだまま動く事が出来なかった。



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