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[35091] 【ネタ】「織斑一夏が“ロッキー”ぽかったら」(IS × ROCKY)
Name: 確変◆ce73484d ID:a67b6a9e
Date: 2012/09/24 13:58
 これはISとROCKYのクロス物です。そういったものに嫌悪感を示される方、「俺のロッキーを汚すんじゃねえ!」という方はブラウザの戻るを推奨します。
 あくまで「ロッキーっぽく」です。それに付随して、原作を改編している部分があり。また、ロッキーを知らない人が見たら、只の性格改編ものかもしれません。
 
 どうぞ、お目汚し程度に見ていって下さい。



 女性にしか操縦することのできない兵器、「インフィニット・ストラトス」通称 IS。
 元々は宇宙での活動を想定して作らたマルチフォーム・スーツではあったが、ある一人の天才(天災とも呼ばれている)により兵器として生まれ変わり。その凄まじい威力は既存の兵器を「鉄屑」と呼ばせるほどにまで貶めた。

 もっとも、今でこそスポーツ用として運用されているが、この最強の兵器 ISの登場は、世界を大きく激変させ、とある風潮を世界に広める発端となった。それこそが、

 女尊男卑。

 この風潮は瞬く間に広がり、社会や家庭を問わず。ありとあらゆる場所で男性と女性の扱いは激変した。「女は舟、男は港」という言葉は当たり前。経済を支える主体が女性となり。また日常においても突然、女性が見知らぬ男性を小間使いにするなど既に見慣れた光景となる程に、最早 男の威厳は過去の遺物となり果てていた。

 ―――― だがそれでも、それでも男にしか成しえない成功がある。

 男にしか生み出せない感動。挑戦し続ける男のみが放てる、一瞬の火花のような煌めきは、いつの時代であっても多くの人を魅了する輝きを放つのだ。

 これは、そんな1人の男の戦いの記録である…………。


『織斑一夏が “ロッキー”っぽかったら』


 IS操縦者育成を目的とした学校、その名もIS学園。各国から選りすぐりの素質を持ったIS操縦者たちを一同に集め、養成する機関として設立された学園。
 そのIS学園の1年D組、織斑千冬が担任を務めるクラスのHRのことである。

「いいですか!? クラス代表は実力トップがなるべき。そしてそれは、わたくしですわ!」

 バン! と、机を両の手で強く叩きながら、イギリスの代表候補生 セシリア・オルコットは息を荒げながら熱弁していた。
 コトの始まりはこうだ。IS学園ではクラス対抗戦というトーナメントが開かれている。各クラスから1名の代表を選出しクラス毎に競い合うというものだ。しかし、未だ1年ということもあり実力にたいした差は無く(セシリアのような代表候補は例外だが)。競争は向上心を生むので自薦他薦は問わない、という担任の言葉もあってか、1人の女生徒が手を上げて発言したのだ。

『はいっ、織斑君を推薦します!』
『私もそれがいいと思います!』
『アタシも!』

 あれよあれよという間に、一夏に票が集まっていった。
 本来、女性しか操縦することのできないIS。それを唯一 世界中でただ一人男で操縦することが出来る一夏の存在は大きく、この富んだ話題性から面白半分にクラス代表をやらせようという女子が続出したのだ。

 そして、それに「待った」をかけたのが、先程のイギリスの代表候補生であるセシリアであった。
 彼女は祖国の代表の一人に選ばれているという自覚があり。また、それに見合うだけの実力を持っていると自負していた。それ故に、「男でISを操縦できる」というだけで選ばれる一夏に納得がいかなかった。そして、なによりも、

「大体、文化としても後進的な国で暮らさなくてはいけないこと自体、耐えがたい苦痛ですわ!」

 黄色い猿の暮らす極東という認識。そこの原住民それも男に負けるということは、誇り高き祖国イギリスの貴族「オルコット家」の次期当主として耐えかねないものだった。

「おい、ちょっと待ってくれぃ!」

 セシリアの言葉が終わるのを待って、一夏のしゃがれた声がクラス内に響いた。
 一夏は席を立つとセシリアの前まで行く。15歳で身長180cmをゆうに超え、厚い胸板と丸太のような上腕筋。クセっ毛の掛った黒髪で、やや高い鼻と腫れぼったい目蓋はお世辞にもイケメンとは言い難いが、目の前に立たれるとかなりの迫力がある。
 「な、なにか?」と、セシリアも負けじと問うと、一夏はゆっくりと胸に手を当てて言った。

「いいか? ここは俺の街だ、友達だっている。…………人間、長く同じ場所に住んでいるとその場所が自分自身になるんだ。俺の住んでいるアパートだって築何十年も経っているが、ちゃんと建っている。頑丈な証拠さ」
「それが何か?」
「だからよ、その……、何て言うのかな? お前さんだって自分の国がバカにされたら悔しいだろう?」
「当然ですわ!」
「そうだ! そうとも、自分の国がバカにされて悔しくない奴なんていないんだ! なぜなら、お前さんはイギリスで長年過ごしてきたからこそ、イギリスがお前自身になっていたからだ」

 セシリアはここにきて、この目の前の巨漢が何を言いたいのかを理解するとともに、先の自分の発言を恥入り始めていた。

「お前さんもこのIS学園で暮らす以上、この街で3年間 暮らすってことになる。その3年間、お前さんはこの街の一部となるって訳だ……、だからよ、あんまり嫌いにならねぇでくれないか? この街にもいい所だって沢山ある! 勿論、無理にとは言わねェけどよ」
「…………確かに、先程の私の発言は、あまりに品が無さすぎましたわ。謝罪いたします」

 セシリアは己の非を認めて謝り、一夏もセシリアの態度に「ありがとう」と言って席に戻った。

「で、結局どちらがクラス代表をするんだ?」

 だが、問題はこれで解決した訳ではない。肝心のクラス代表が決まっていないのだ。担任の織斑千冬がこれについて言及すると一夏は応えた。

「そりゃあ、オルコットでいいだろう? なにせイギリスの代表なんだ。強いやつが出たほうが盛り上がる」

 正確にはイギリスの代表候補生なのだが、ISに疎い一夏には解からず。ただ、セシリアが実力者だということで、彼女を推薦した。
 しかし、ここに再びセシリアが「待った」を掛けた。

「いいえ、担任の千冬先生が“自薦他薦を問わない”と言った以上、そうはいきませんわ!」
「おいおい、それじゃあ一体どう決めるッてんだ?」

「決闘ですわ!」

 ビシィッ! と、一夏を指差しながらセシリアは宣言する。古来より続く、最も簡単に優劣を決める方法の1つ。一対一のタイマンでクラス代表の選出を決めるようセシリアは提案してきた。しかし、これには一夏も思う所がある。

「確かに判りやすいけどよ……。先生、それでいいのか?」
「構わん。クラスが納得するなら、決闘だろうが何だろうが好きにしろ」

 決闘の流れがほぼ固まると、セシリアは念を押すように言う。

「言っておきますけど、わざと手を抜いて負けたりしたら私の小間使い―――― いえ、奴隷にしますわよ」

 この宣言に一夏は、頭にクエスチョンを浮かべて隣の席の女子に訊いた。

「オルコットは、“俺が欲しい”って言ってるのか?」
「え!? う、うん……多分」

 鈍感とも取れる一夏の問いに、顔を真っ赤にして俯いてしまう隣の女子。

『ヒューッ、セシリアやるぅ!』
『織斑君を犬のように……アリね!!』
『セシリアはえろいなぁ~』

 そしてこの大胆発言にクラスの女子は色めき立って囃し立てる。国家単位で選ばれたエリート学校といっても15歳の多感な時期である。こういった話しはバッチコイなのだ。

「え、エロくなんてありませんわ! 兎も角、手を抜いたりしたら承知しませんわよ!」
「俺ぁ、別に勝負に手を抜くつもりはないけどよ。オルコットに“傷を残してしまうかもしれない”ってのには気が進まねぇなあ……」
「は?」

 今度はセシリアがキョトンとする番となった。それにつられるかのように教室中がクスクスと笑い声をあげて、そのうちの数人が笑いを堪えて一夏に言ってやった。

「お、織斑くん、それ本気で言ってるの?」
「男が女よりも強かったのって、大昔の話だよ?」
「それに、ISには絶対防御だってついてるし」

 キャハハ! と、しだいに爆笑にとなっていく教室。だが、一夏の言いたかったことは、「男は女より強い」とか、そういう事ではない。それを証明する為に一夏は周囲に言い聞かせるように言った。

「いいか? 俺は、5歳まで剣道をやっていたが剣の腕はからきしでな。剣道を止めてからは、三木って男のジムでボクシングをやっていたんだ。
 …………この傷だが、ここの入学する3日前にスパイダーって渾名の男と試合をしてな、そいつが俺のボディを執拗に狙ってきやがった。それがまた強烈でな、ズシンズシン! 身体の芯にまで響きやがる」

 そこで一夏は服の裾をめくって見せた。一夏の左脇腹には、青黒く変色した痛々しい打撲痕がくっきりと残っていた。

「お陰で未だに傷が引かねぇ。治っても痕が残るかもしれねえな。それと今、俺の左の目蓋の傷も試合中に切られたものだ。5針縫うハメになった」

 見せられた生々しい傷跡の数々に、徐々に女子たちの笑いが引いてゆく。一夏は「そして、これだ!」と言って、右手の小指を掲げて言った。

『きゃっ!?』

 女子たちは、小さい悲鳴をあげた。なぜなら、一夏の見せた小指が本来の関節の曲がる向きとは反対にねじ曲がっていたからである。

「OK! 大丈夫だ!! これは、古傷でな。俺が9歳の試合の時にこうなっちまったんだ」

 パキリと一夏は指を元に戻す。いくら本人が大丈夫だと言っても、見ていてあまり気持ちのいいモノではない。だが、それこそが一夏の言いたい事でもあった。

「確かに俺は、ISに関してはド素人もいいとこだ。だがな、真剣勝負なら何度も俺は経験している。真剣勝負ってのは何時だって、生傷と危険がつきまとう。下手すりゃあ、後遺症だって残りかねねぇ。幾らISが高い防御力を持っていても、真剣勝負の名前がつく以上それはどうしたって拭いきれねえんだ。いいか、決闘には男も女も関係ねぇ!
 おい、皆! オルコットの顔をよっく視てみろ!」

 一夏の言葉に全員がオルコットの方に首を向ける。オルコットも突然クラス中から視線に面を喰らい目を丸くする。

「綺麗な顔をしている。将来は色んな男が言い寄ってくるに違いない。こんな美人に育ってくれて両親だって、さぞ鼻が高いだろう」

 “両親”という単語にやや眉をひそめるセシリア。そして一夏はセシリアに「よし、それじゃあ俺のツラをもう一度見てみろ!」と叫ぶ。

「酷いツラだろう? 身体中 傷だらけさ。奥歯だって何本かは刺し歯で、鼻が折れたことがないってのが唯一の自慢だ。
 ISではお前と俺とじゃ天と地ほどの差がある。けど、勝負はやってみなきゃ判んねぇ。もしかしたら、俺のラッキーパンチがきまって、お前さんの将来の旦那を失望させちまうかもしれない」

「なぁオルコット、それでも俺と決闘するかい?」

 これを聴き、オルコットは「フン」と放つと、揺るぐことなく応えた。

「見くびらないで下さい。このセシリア・オルコット、怪我が怖くて闘いを止めるなんてことは、万が一にも有り得ませんわ!」
「さて、話しはまとまったな。それでは勝負は1週間後の月曜。放課後 第3アリーナで行う。織斑とオルコットは、それぞれ用意しておくように。それでは、今日はここまでだ」

 担任の織斑千冬の言葉で、一夏とセシリアの試合は決定した。
 授業が終わり、クラスが寮に帰る支度をする中、一夏はセシリアの前に立った。

「あら、まだなにか?」
「特に用って程じゃないさ。ただ、よろしく頼む ―――― それだけさ」

 スっと一夏の右手が差し出された。

「ええ、こちらこそ」

 ゴツゴツと節くれだった一夏の右手と、セシリアの柔らかく女性的な右手。あまりに対称的なこの二つの手が確りと握り合う。

「手加減はしませんわよ?」
「お手柔らかに頼みたいね」

 この会話に思わず二人の頬が緩んだ。


* * *


「あ、織斑君! 寮の部屋が決まりましたよ」

 放課後、副担任の山田麻耶が一夏に鍵と地図と思われる紙を差し出した。

「なぁ先生? しばらくは家から通うって聞いていたんだが?」
「まあ事情が事情ですし……」
「俺が“男でISを操縦できる”っていう?」

 ええ、と麻耶は応える。
 一夏が何故ISを操縦できるのかを調べようとしている研究機関はごまんとある。それ故の学園側からの配慮であった。ここIS学園は世界でも認められた治外法権のような区域なのだ。
 一夏は「参ったな」と呟き、頭をかきながら言った。

「けど先生、一度 荷物を取りに家に帰らないと……」
「荷物ならお前の汚い部屋から、わたしが手配しておいた。ありがたく思え」

 「着替えだけで十分だろう」と、現れた千冬の言葉に一夏は反論する。

「待ってくれ“カフとリンク”に餌をやらなくちゃいけねぇんだ!」
「なんだ、それは?」
「カメだ!」

 それは、一夏が独りで暮らすアパートで飼っていたペット、いや家族であった。

「ああ、それなら知り合いのペットショップで預けてきた。安心しろ、間違ってもスープにされることはない」

 千冬のあまりにも無遠慮な発言に、ついに一夏は、

―――― バァン!

 机に拳を叩きつけて怒りを顕にした。

「何の真似だ、織斑!!」
「『何の真似』だと!? ふざけるな! こういう事だよ!!」

 ガン! と今度は机を蹴り飛ばし、息を荒げて一夏は叫ぶ。

「俺は物心つく前から両親に捨てられていた。5歳の時には、今度はアンタに捨てられて俺は独りぼっちだった! おまけに、家のローンが残っていたせいで俺はあの家を売っ払って、なけなしの金であのアパートに住んでた! あのアパートが俺の家だ!
 スープにされないから安心しろ? ふざけるな! 俺の家族を返せ!!」

 周囲のものを手当たりしだいに、殴り、蹴り、投げ飛ばした。メチャクチャに暴れまわり怒気をブチ撒ける一夏に、麻耶はすっかり怯えてしまい千冬の陰に小さく隠れていたが、千冬はただジッと一夏を見ていた。
 やがて疲れたのか、それとも千冬の冷静な態度に自分のしていることが馬鹿らしくなったのか、一夏は倒れていた椅子を起こすと項垂れるように座った。

「………… 確かにアンタは、すげえよ。ISの世界大会で2度もチャンプに輝いた。世界中がアンタを認めている、このクラスの奴らだってアンタのことを好いている」

 顔をあげて千冬の顔を見詰めながら一夏は続けて言う。

「だが、俺はどうだ? 新聞配達と闇金の取り立てで、惨めで何とか生活できている。ボクシングは続けていたが、得られるのは賭け試合で勝った時の端金だけだ。誰も俺に賞賛も、ねぎらいの言葉もくれない。…………その辺のチンピラやゴロツキと変わらねぇ」
「お前はゴロツキなんかじゃないさ」
「ISが操縦できると判った途端、手の平返して家族面か? よしてくれ、もし家族だってんなら、あの豚小屋で暮らしてみろ」

 一夏は立ち上がると、落ちていた鍵と紙を拾い上げて二人の前を通り過ぎる。
 一夏が教室の入り口に手を掛けた時、千冬はその背中に向かって言った。

「それでも一夏、お前はわたしの『弟』だ」
「―――― その言葉を10年前に言って欲しかったぜ」

 振り返らず、一夏は応えて教室を去った。

「お、織斑先生……」

 二人残された教室。夕焼けが消えかけ、二人のシルエットが影の一部になってゆく中で、麻耶は見た。千冬の血が溢れんばかりに固く握りしめられた彼女の両の手を…………。






 トレーニングシーンは、次で。最後はなんだか、ロッキーというよりランボーぽかったですね(汗)。1のロッキーとミッキーの会話を意識してみたのですが……。





[35091] IS学園の朝(大幅加筆ver)
Name: 確変◆ce73484d ID:a67b6a9e
Date: 2012/09/24 14:06
 お待たせしました、続きです。まず皆さんに謝罪しておきます『切りました』。ええ、本当は全部のトレーニングシーンも一夏と箒の過去話とかも載せる予定だったのですが、長くなる上に投稿が延び延びになってしまう都合で『切りました』。
 こんな駄目な私が書いた文章ですが、最後までお付き合いいただけたら幸いです。

9月24日、加筆しました。良かったら読んでいって下さい。




「え~と……、ここか? いや、違うな」

 先の教室でのやり取りの所為で、一夏は欝屈とした気分のまま。寮館の廊下を歩きまわっていた。
 歩くたびに靴底が軽く沈むほどのフカフカの絨毯。真っ白い壁を照らす照明の調度品にもこだわっている洒落た洋館作りである。女の、それも世界中のエリートが寝泊まりする場所ともなれば、下手な部屋を用意する訳にはいかないのだろう。だが、一夏にしてみれば、どの階も全く同じ造りの洋館は一種の迷路のように感じていた。

「いち、ぜろ、にぃ、ごぉ……1025! おっし、ここだな!」

 目的の部屋を見付けると、もう一度ナンバープレートと鍵を見比べる。

「惜しいな、あと1足しゃあ幸運の数字だったんだが……」

 貰った鍵で錠を開けて中に入ると、部屋はまるで高級ビジネスホテルのように(実際に泊まったことがないので解からないが)豪華な造りとなっていた。
 一夏はその部屋を見て、先程までの暗い気分が一瞬 吹き飛んだかのように声を張り上げる。

「おおっ、こいつはすげえや!」
『い、一夏か!?』

 入口そばのバスルームから驚きの声が聴こえてきた。ベッドが2つあることからもこの部屋はツインルームで今の声の主がこの部屋の同居人だろう。
 そして、一夏はこの声が誰なのか当たりをつけていた。

「その声は箒か? そうだ一夏だ! 今度この部屋に住むことになった、よろしくな!!」
『この部屋に住む?! ちょ、ちょっと待て……、きゃあ!?』

 ズデン! と、派手にバスルームのタイルを打ちつける痛そうな音が届く。

「大丈夫か?」
『だ、大丈夫だ!』
「そうか、そいつは良かった! 俺は部屋の外で待ってるからよ、着替えが終わったら呼んでくれよな!」

 「急がなくていいからな!」と、ドアに向かって叫んで、一夏は口笛を吹きながら部屋を出た。部屋の扉に背を預けながらポケットから黒いゴムボールを取り出すと、床にポンポンと打ちつけながら同居人の着替えを待つ。
 最後に箒を見たのは9歳の時である。再会は実に6年振りで、その歳月は少女を一人の立派な乙女へと成長させていた。

「綺麗になったよなあ……」

 ポツリと呟く。床にぶつかっては跳ね返ってくるボールの軌道を見つめながら、しみじみと一夏はそう思った。


『IS学園の朝』


「いいぞ、一夏」
「早かったな? ……お! 和服か。よく似合ってるぜ、箒」
「は、早く入れ!」

 紅く染まった頬を隠すように、箒はソッポを向いてさっさと奥のベッドに腰掛ける。一夏は制服の上着を脱ぎ手前のベッドに放り投げると、改めて部屋の中を見廻して楽しそうに言う。

「しっかし、IS学園の寮ってのは、こんなにもスゲエもんなのか? おい見ろよ、箒! キッチンまで付いてやがる! これは何だ? ……おおっ、冷蔵庫だぜ!」

 ハハハ! と、笑いながら冷蔵庫の扉を閉めると、今度はバスルームを覗いてみる。

「こいつぁ上等なシャワーだ! 俺の部屋のシャワーはおんぼろでな、冷ぇ水か熱湯しか出てこねえんだ」

 確かに、箒の目からしてもこの部屋の上質さは解る。だが、それを加えても一夏の喜び様は度を越しており、堪らず箒は尋ねた。
 彼女の眼には、どこか一夏が無理をしているように見えたのだ。

「……どうしたんだ、一夏」

 箒に問われた途端、一夏は口を閉ざす。やがて、バスルームのドアをそっと閉めると、手前のベッドに腰掛けて、箒と正面から向き合う。

「――――ちょっと嫌なことがあってな。無理やりにでも忘れようとしてた。悪ぃ、驚かせちまったよな?」
「……千冬さんのことか?」

 「それもある」と、一夏は視線を下に向けながら言う。

「だけどな、あんな馬鹿みてえにハシャいでたのは、それだけが理由じゃねえ。
 箒とまたこうして逢えて、俺は嬉しかったんだ」

 教室で彼女を見掛けた時、一夏は一目で彼女が箒であると気付いていた。本当なら、直ぐにでも声を掛けたかったのだが、実の姉との意外な再会によるショックとクラスの女子たちによる質問責めがそれを遮っていた。
 だからこそ、こうしてゆっくりと話す機会が得られたのは素直に嬉しく。そう語る一夏の顔は、先程とは違う自然な笑顔を箒に向けていた。

「う、あ……、そ、それより! どうしてお前がこの部屋なんだ?! お、お前から希望したのか? 私と同室がいいと……」

 それに対し、箒は赤面しながら強引に話題を逸らす。照れ隠しも含めて、あわよくば一夏の本心を少しでも訊き出そうという戦法である。

「いや? 本当なら家から通う予定だったんだ。学園側の都合とやらでこの部屋があてがわれたんだが?」
「そ、そうか……」

 真面目すぎる一夏の回答に、箒の戦法はあっさりと打破されてしまう。さながら信号機のように赤から青へと箒の表情が映り変わった。

「積もる話もあるが、今日はゴタゴタしてたしな。早めに寝るとするか」
「あ、ああ……って、馬鹿者! いきなり着替えようとするな!!」

 目の前でシャツを脱いで上半身裸を見せられたら、いくら幼馴染といっても驚いてしまう。独り暮らしが長かった一夏にはそういったことは疎く、箒に注意されなかったらそのままズボンも脱いでいたに違いない。

「すまねぇ、今度から気をつける」
「当然だ! ……そ、それよりも、随分と鍛えているようだな」

 慌てて謝罪し後ろを向くが、箒の目にはしかと一夏の身体が目に焼き付いていた。
 初めてみる父親以外の異性の身体。剣の師である箒の父も細身ながら引き締まった身体をしており、繊細でいてしなやかな身体つきだった。だが目の前の幼馴染の肉体は、箒の父のそれとは方向性が違っている。
 父は剣の道を極めるために、その身を剣という『型』におさめ余分なものをそぎ落とし、また身に付けてなかった。謂わば剣のためだけの身体。
 それに対し一夏の肉体は、まるで若さというものをそのまま爆発させたかのような肉体であった。粗さはあるものの、父のような『型』に当て嵌まらない分、その多様性と可能性に満ち満ちている。

「ん……まぁ、“約束”してたからな」
「お、覚えていたのか?」

 驚く箒を尻目に「ああ」と、寝巻き代わりのTシャツに着替え終えた一夏は、そっけなく応えるとそのままベッドに潜り込んだ。

「おやすみ、箒」
「ああ……おやすみ」

 お互いに背を向けたまま、それきり2人は押し黙った。

* * *

 ―――― ドクン! ドクン! ドクン!

「(ね、眠れない?!)」

 いつもならとっくに眠りについている筈なのだが、今の箒は目がランランと覚めてしまっていた。なによりも心臓の音が忙しなく鳴り響き。その鼓動がマクラから跳ね返り、箒の鼓膜をやかましく振動させていた。

「(なのに、なんでお前はぐっすり眠っているんだ!? 一夏ぁ!!)」

 そんな箒の気も知れずに「スースー」と寝息を立てている一夏を腹立たしくすら感じる。
 まるで自分を女として意識していないのではないかと、箒はベッドから身を起こして一夏の背を睨みつける。

「…………はぁ」

 だが、その背中を見詰めていると、不思議とイラ立ちが治まっていくのが解った。

「(お前には、本当に敵わないな)」

幼少の頃から良くも悪くも、こんな感じに一夏は箒に色々な感情を与えてくれた。
箒は、「剣を振るう身として常に毅然としてなくてはならない」と、そう己を律しており、一振りの刀のように感情の起伏に乏しかった。故に周囲との溝が自然に生まれ、箒は常に独りであり、また箒自身もそう望んでいた。

 だが一夏は、周囲が自分を遠ざける中でもそんな溝を軽々と飛び越えてきた。剣士としての篠ノ之 箒という扉をこじ開けて、本当の自分を引きずり出したのだ。

「(そうだな、初めて会った時は……)」

 情けない男だと思った。
 ロクに剣を振れず、試合をすれば女である箒に一夏はいつも負けていた。そして5歳の時に、剣を辞めると聴いたときは『男たる者、途中でなげだすとは何事か!』と、怒りすら覚え、正直 口すら利きたくないと思ったほどだ。

「(だが、お前は変わらなかった)」

 学校に来ては、一夏は箒にズケズケと話しかけてきた。話しかけてきては、下らない冗談を言って強引に周囲の輪に箒を加えさせられた。冷たくあしらっているのに、何故この男はこんなにも自分に構うのか? と、箒は困惑したものだ。



「やっほ~、箒ちゃん!」
「や、今晩は」
「姉さん!? それに一夏、何しに来た?!」

そして、雪の降り積もった12月24日のことである。剣を辞めてから一度も箒の家に来なかった一夏が姉の束と共にやって来て、料理をしていた箒を大層 驚かせた。

「あのね、いっくんが箒ちゃんとデートしたいんだって!」
「で、デート!?」

 以前ほど、箒は一夏のことを敬遠しなくなったが、箒の中では一夏はクラスメートでお節介焼きぐらいの認識しかなかった。そんな、一夏からの突然のデートの申し出は、否応なしに一夏と箒が男と女であるという事実を認識せざるを得ない。
 箒は驚きのあまり、考えるよりも先に否定の言葉を口にした。

「だ、駄目だ!」
「え~、折角のクリスマスなんだよう? 2人で楽しんできなよ!」
「今、私は料理をしているのです!火元から離れる訳にはいきません!!」

 何かと理由をつけて箒は拒み背を向ける。そんな頑なな箒の態度に束は考え込むと、名案が浮かんだとばかりに手を一つ打つと行動を開始した。

「じゃあ、こうすればいいんだね? ……てりゃ!」
「ああっ!?」

 束はオーブンを開けると中でじっくりと焼かれていた鳥の丸焼きを取り出して、窓の外に放り投げると放物線を描いて夜の闇の中に溶け込んでいった。恐らく明日の朝には、カラスか野犬の御馳走になっているに違いない。
 そして折角の料理を台無しにされて、箒は俯いたまま自室へと引き篭もってしまった。

「ありゃりゃ? 箒ちゃん、玄関はそっちじゃないよ?」

 スッ呆けた束の言葉に箒から返事が返ってくる筈も無い。
 丹精込めた料理をいきなり捨てられたら、そりゃあ誰だって怒る。それがいくら、人間としての感性がズレてしまっている姉であっても当然のこと。
 一夏もこれでは、箒を誘える雰囲気ではないと感じ取り、断りを入れる。

「なぁ束さん、やっぱり止めようや。無理に連れ出すことねぇよ」
「照れてるだけだよ! それよりも、いっくんお腹空いた?」

 「食べる?」と言って、束の手にはちゃっかりと鶏肉の腿肉が握られていた。一夏が「いらないよ」と言ってから箒の部屋の前に立ち。モシャモシャと鶏肉を食べている束に見守られながら、意を決してノックしてからドアに向かって語りかける。

コン、コン!

「あ~、箒? 一夏だ。俺だあ、オレ。そんでよう…………ドアに向かって話すのは初めてなんだ、なに喋ったらいいか解らねえんだ。ドアと喋るなんて……ダメだ俺ぁ出来ねえよ!」
「なにしてるのさ、いっくん! その調子だって!」
「なにがだよ!? バカみてえじゃねえか。なに喋れってんだよ?」
「いつもみたいにジョークでも言ってあげなよ! ほらほら!!」

 返事のこないドアにひとりで話しかけることにバカらしく感じた一夏だが、廊下で待ち構えていた束にとおせんぼされてしまい、渋々と再びドアの前に立つ。

「よう箒、またオレだ一夏だ。……あんまり機嫌よくねえようだけど、俺とどこか一緒に出かけようや、な? だからさ、なにか旨いもんでも喰いに行こうぜ。そうしたら、きっと楽しいことも見つかるだろうからさ……」

 ――――ガチャ、

 ドアがゆっくりと開かれ、中から冬用のコートを身に纏った箒が出てきた。
 その彼女の姿に一夏は嬉しそうな顔をするが、箒の表情は相変わらず固くして一言だけ言う。

「……行くぞ」
「楽しくなるぜ」

 こうして、一夏は箒を伴ってクリスマスの夜の中に出掛けた。
 だがもう夜も遅い時刻、小学生2人がいける場所などほとんど無い。「いったい何処へ連れて行く気だ?」と箒は終始疑問に思い、やや警戒気味に黙って一夏の横を歩いていた。

「なぁんだ、やけに静かだな?」
「常識的に考えろ。休みに決まっているだろう」

 一夏が連れてきたのは、意外にもスケート場であった。
 箒の言うとおり祝日で夜ともなれば、閉館の時刻はとっくに過ぎている。昼間はカップルで賑わっていたであろうスケートリンクには、氷面を整備する車両と整備員しかいない。

「いや、きっと来るのが早すぎたんだ。……よぉ!」

 しかし、諦めの悪さ故か一夏は整備員を呼び出す。
 一夏は箒に背を向けて何事か整備員と交渉を始めると、「10分、2000円。靴代込み」という内容で交渉は成立した。

「お前は滑らないのか?」
「スケートシューズは、ボクシングやってると踝に良くねえからな」
「お、お前、ボクシングをやっていたのか!?」

 初耳だった。確かに剣を辞めてから学校に来るのもまばらで、休んだ次の日には一夏の顔が腫れていた。おおかた、喧嘩でもしていたのだろうと箒はタカを括っていたが、ようやく合点がいった。

「おうよ、俺は体が“ゴツくて”動きも悪ぃから、剣道じゃいっつも箒に負けていた。おまけに頭も良くねえ」

『あと9分!』

 整備員に残り時間を叫ばれながら、スケートシューズで氷の上を滑る箒と、靴のままランニングのように走る一夏。

「けどよ、これからは違うぜ! 俺はハードパンチャーだ、パンチ力には自信がある。だから、ボクシングで証明してやるんだ、俺は“無能”じゃないってことをよ!」
「……そうか」

『あと7分!』

 箒は一抹の寂しさを感じながら応える。
 情けないとばかり思っていた男が、いつの間にかやりたい事を見つけてその目標を喜々と語っている。今の箒には一夏のような顔で剣道を語ることは出来ず、一夏を羨ましくすら感じていた。
 なぜなら、実の姉が開発した兵器「IS」により箒の日常は壊されていく内に、続けてきた剣は箒にとって、ただの憂さ晴らしとなっていたからだ。

「そんでよぉ、俺は剣に嫌気がさして辞めたんじゃないってことを箒が引っ越す前に伝えておきたくてな」
「知っていたのか?」
「ああ、束さんが言ってたよ」
「引っ越さなくてはいけない原因が、よく言えたものだ」

『あと5分!』

 重要人物の親族を保護するプログラムの一環により、箒は近日中にこの地を離れなくてはならない。だからこそ、これを知った一夏は箒の家を訪れて彼女を強引にでも誘い出していた。

 ドン!

 コーナーを曲がり終えた時、不意に2人の肩がぶつかる。靴を履いていた一夏は大丈夫だったが、慣れないスケートシューズに箒はバランスを崩す。

「とっとと!? 大丈夫か?」
「……す、すまん」
「痛テテ……、指が曲がっちまった」
「な、大丈夫か?!」

 バランスを崩した箒を支えていた一夏の右手の小指が、あらぬ方向に曲がってしまっていた。自分のせいで怪我をさせてしまったと箒は慌てふためくが、一夏はいたって平気そうで悪戯っぽい笑みを浮かべながら軽く指を元に戻す。

「悪い悪い、驚かせちまったな! この前 初めて試合してな、そん時にこうなっちまったんだ」
「ば、馬鹿者!」
「ハハハ! 悪かったって」

『あと3分!』

 一夏はポケットから一枚の写真を取り出し、「いい写真だろ?」と指差しながら箒に見せてやった。

「これがそん時の相手で、俺は両手を痛めちまった。飛行機みたいにデッケえ奴でよ! 試合には負けたが、いい勝負だった。―――― 精一杯戦ったんだ」
「一夏……」

『あと1分!』

 2人に別離の時が迫る。

「で、いつ引っ越すんだ? 見送りに行くぜ」
「……いや、見送りはいい」
「そうか?」
「その代わり、ひとつだけ約束しろ」

 箒はギュっとこぶしを握り締めると、一夏に面と向かって言った。

「一夏、お前は剣を捨てたが、私とおなじ篠ノ之流の同門。
 私は剣を、お前は拳で戦うことを選んだ。だが、篠ノ之流の門下として違う道を選んだ以上、途中で投げ出すことは許さんぞ! いいな!!」
「……ああ、“約束”するよ」

『時間だ!』

 それが2人が交わした『約束』、そして再会までの最後の会話であった。



「(そうか、ちゃんと覚えてくれていたか……)」

 過去を振り返りながら箒は、嬉しそうにはにかむ。
 この約束のおかげで、箒自身も剣に対する心構えが変わっていった。激変した日常への憂さ晴らしでしかなかった剣ではなく、剣を持ち篠ノ之流の剣術を振るうひとりの剣士として精進し研鑽を積んだ。辛い剣術の修行も、試合で負けたときの悔しさも、あの時の約束を思い出せば、自然と力が湧き乗り越える事ができた。
 そして昨年の剣道の全国大会で見事優勝を果たした時、箒の表情はスケートリンクで試合の様子を語った一夏と同じ、晴れ晴れとしたものであった。

「ありがとう、一夏……」

 眠っている一夏に、そっと箒は感謝を述べた。返事が返ってこないのは、解っていた。けれど言わずにはいられなかった。
 再会するまでの間、箒の中にはいつも交わした約束と一夏がいた。そう今の箒の在り方を与えてくれたのは、他ならぬ一夏だったのだ。

* * *

「んまいなぁ、これ!」

 時刻は昼休み、食堂に一夏の歓喜の声が上がる。
 一夏が食べているのは鯖の塩焼き定食。IS学園が海と近い事もあってか脂の乗った鯖に、一夏は舌鼓を打つと大盛りの白米を平らげて御替りする。

「よ、よく食べるのだな」
「朝もそうだったがよ、ここの飯は旨いからな!」

 『飯は喰っても二合半』という言葉もあるが、朝昼を合わせれば軽く超えてしまいそうな勢いで、白米をカキ込みながら一夏は応える。

「俺の手は“こんな”だからよ、料理はテンデ駄目なんだ。普段はシリアルかオートミールぐらいだな。で、金があるときにしか知り合いの食堂で食えなかったから、こんな風に手の込んだ料理をタラフク食うのは久しぶりなんだ」
「そうか、な、なら!」

 これはチャンスと、箒は一夏に提案する。

「こ、今度 私がお前に手料理をたべさせ……」
「ねえ、君って噂のコでしょ?」

 が、とある女子生徒による横槍に、箒の提案は霧散した。思わず持っていた箸が「ミシリ」と悲鳴を上げる。

「代表候補生のコと勝負するって聞いたけど、ホント?」
「ああ、成り行きでな」

 そんな箒を御構い無しに女子生徒は、一夏に話しかけていた。一夏も見知らぬ女子生徒に食事を邪魔され、渋々といった感じで応えている。

「でも君、素人だよね? ISの稼働時間いくつくらい?」
「時計の文字盤みるのは苦手なんだ……、そんなに多くはねえよ」

 正確には、初めてISに触れた(港で取立をしていた時、港に搬入されたISコアに偶然 触れてしまった)時と、学園の入学試験の時を合わせて20分といったところである。

「それじゃあ無理よ。ISって稼働時間がものをいうの。代表候補生なら軽く300時間は越えてるわよ」

 「でさ」と女子生徒は続けて言う。

「私が教えてあげよっか? ISについて」

 正味な話、女子生徒にとって勝負の結果など二の次である。要はこれをきっかけに一夏に近づくことが目的であった。世界で唯一、男でISを動かせる一夏に取り入っておけば、それなりに旨みのあると踏んでの提案だった。
 そんな裏があるとは知らず、一夏もこの提案は魅力的であると感じていた。これまでの授業でもISに関しては全くと言っていいほどに理解が及んでいない一夏にとって、「頭で理解できないなら、体で覚えろ」と、思えてきたからだ。

「結構です。私が教えることになっていますので」

 先程の腹いせか。一夏に代わって、今まで黙っていた箒がバッサリと女子生徒の提案を断わった。

「あなたも一年でしょ? 私の方がうまく教えられると思うなぁ」

 だが女子生徒も譲らない。「私の方が上なんだから、アンタは黙って引きなさい」とばかりに上級生という立場を利用して箒をけん制する。
 しかし、相手が悪かった。箒はISに関わる者にとって『鬼札』を切ったのだ。

「……私は、“篠ノ之 束の妹”ですから」
「篠ノ之って――――えぇっ!?」

 IS開発者である束の名の効果は絶大で、自信満々だった上級生もすごすごと退散させた。本当なら姉の名をこんな風に使いたくは無かったし、関係者であるという事を明かしたくは無かった。だが、ここだけは引く訳にはいかなかった。

「箒が教えてくれるのか?」
「今日の放課後、剣道場へ来い」

 なぜなら、一夏と過ごせる口実が出来たのだから。

* * *

 そして放課後、IS学園の剣道場でのこと。

「メェ――――ンッ!」

 パァン!

「一本! 篠乃野さんの勝ち!」

 箒の裂帛の気迫とともに振り下ろされた竹刀が、一夏の面を切裂かんばかりに叩きつけられた。審判が判定を下すとおり文句無しの一本である。

「どうした一夏!? そんな事では、アイツに勝てんぞ!」

 箒は一夏に檄を飛ばす。数度、竹刀を交えているが未だに一夏は、箒から一本を取れずにいた。だが無理もない。ボクシングは相手をブッ飛ばせば勝ちだが、剣道は一発当てれば勝ち、と一発の重みが違う。
 また、箒は剣道の全国大会で優勝するほどの力量で、一夏との体格差を臆することなく面を打ち込んでくるのだから、長いこと剣に触れてこなかった一夏がかなう筈もない。

「なあ箒、もう止めようや、な? 俺に剣は合わねえよ」
「言ってる場合か?! ISで戦う以上、お前が今すぐにでも習得できる可能性があるは剣しかないんだぞ!」

 一夏は防具を脱ぐと、蒸れた髪の毛を掻きながら申し訳なさそうに言う。

「気持ちはありがたいんだけどよ。やっぱり俺は、俺のやり方でいくよ……剣は“無理”だ」
「っ!? ……そうか、好きにしろ」

 同門のあまりの不甲斐なさに怒りを隠しきれない様子で、箒は足早に道場を後にした。珍しいもの見たさに集まっていたギャラリーも、

『織斑くんてさあ』
『結構弱い?』
『やっぱり“男”だもんねえ』

 と口々に落胆の声を上げて去っていく。
 勝手に期待して、落胆し、馬鹿にされる……。悔しさもあった、彼女達に言いたいことの1つや2つは無い訳ではない。だが、剣では箒に敵わないのは、手合わせした自分がよく解かっている。彼女達に何か言ったところで、それは負け惜しみでしかない。故に一夏は何も言わなかった。

「なあに、“アテ”ならあるさ」

 代りにひとり残された道場で一夏は、誰に言うわけでもなく呟いた。そして、道場の隅においてあった、打撃系のクラブのものと思われるサンドバックの前に立つ。うっぷんを晴らすかのように一夏は、サンドバックに左のフックを浴びせた。

―――― バァン!

 竹刀よりも重く、低く鳴り響いたサンドバックは反り返り、誰もいなくなった道場の隅でいつまでも揺れ続けていた……。


* * *


 剣道場を出た後、一夏はIS学園の門で外出許可を得ると「ある場所」へと向かう。そこは角地にレンガ造りで建っており、建物の上に描かれた人物の壁画は色が薄れ年季の入った風貌をしている。

―――― カチャリ。

 10年前から一夏が通い馴れた場所。ここの合鍵はいつも彼の被っているシャッポの裏側に忍ばせていた。そして、一夏は大声でここの主を呼び出した。

「ミッキー! いるんだろ!? おい、ミッキー!」
「なんだお前ぇ、まだここの鍵もっていやがったのか?」

 このボクシングジムの館長でありトレーナーを勤めている三木が奥から億劫そうに顔を覗かせた。齢76を迎えて尚、現役でトレーナーである彼の気迫は凄まじく、怒らせると誰よりもおっかない人物であると一夏は認識している。皆からは「ミッキー」の愛称で親しまれていた。

「何しに来た?」
「今度、IS学園で試合がある。……トレーニングをつけて欲しいんだ」
「お前ぇに教えることなんか、なんにも無えよ」
「そうなのか?」

 自分はそこまでミッキーに認められていたのかと、予想外に一夏は少し嬉しそうに言ってしまった。だがそこが、ミッキーの逆鱗に触れた。

「なに喜んでんだ馬鹿野朗ッ! お前にはもう、教えねえって言ってんだ!!」
「どうしてだよ? この前の試合だって勝ったぞ」
「相手は誰だ?」
「スパイダーだ」

 「ヘッ!」と、ミッキーは吐き捨てるように言う。

「“すぱいだあ”? あんな奴ぁカスだ!」
「俺の相手はカスばかりかよ!?」

 10年である。5歳の時にミッキーと出会い彼の元でボクシングを続けてきたが、ただの一度も笑ったところを見たことが無く。褒められた記憶も片手の指で数え切れるほどで、怒られた回数は数知れない。その中でも最大級の罵声を今ミッキーから浴びせられる一夏。

「なあ? 10年もここに通ってるのに、どうして俺のことを馬鹿にするんだよ? 何が気に食わねえんだ」
「教えてほしいか!?」

 どうしてそこまで自分を邪険にするのか一夏は疑問に思い「ああ、訳を言ってみろ!」と叫んだ。だが、ミッキーはそれすら凌駕する声量で「じゃあ、教えたらぁっ!」と返してきた。

「せっかく恵まれた素質をもっているのによお。今の自分を見てみろ! ケチな高利貸しの集金屋に成り下がってるじゃねえか!」
「生きる為だ!」
「“クズ”の人生だ!!」

 一夏はミッキーの言葉に口を閉ざした。自分のやっている事が、真っ当な人の仕事ではないと自覚しているからこそ何も言えなかったのだ。

「それにお前ぇ。何だ“あいえす”ってのを動かせるって、世間から随分とチヤホヤされてるらしいじゃねえか?」
「動かせるってだけだ」
「っけ! そのISのせいで、俺たちのような連中が陽の目を見れないってのは、お前だって知ってるだろう?!」

 ISの普及による女尊男卑の現代では、スポーツ界にも大きな影響を及ぼしていた。テレビを点ければ、どの局もIS関連の番組が放送されており。男性主体のスポーツには、スポンサーが付かずにどこもお払箱の状態で、特にボクシングは「野蛮」の一言で女性から蔑まれていた。女より弱い男同士の殴り合いの光景は、彼女たちには茶番にしか映らなかったのだろう。

「解かったら、とっとと帰ぇれ」
「待ってくれ、ミッキー!」

 背を向けて去ろうとしているミッキーを呼びとめて、一夏は思いの丈をぶつけた。

「俺は正直言って頭が良くねぇ。授業の内容はチンプンカンプンだし、辞書がなければ単語の意味すら解からねぇよ。今日も知り合いに剣道をさせられたが、それも駄目だった。
 俺ぁ、高校に通ってからつくづく思い知らされたよ。……俺にはボクシングしか無ぇってことがよ」

 独りぼっちでも、頭が良くなくて馬鹿にされても、それでも続けてきたボクシング。今の一夏に残されているのは、ミッキーから教わったボクシングのただ一つであった。

「IS相手にボクシングを使うなんて周囲は笑うかも知れねえ、きっと馬鹿にされるだろう……。けどよ俺は、周囲の目にどう映ろうが構わねえ。俺はボクサーだ、ボクシングで戦うのがボクサーだろう!?
 ミッキー、アンタだって同じだ。ボクシングしかねえ筈だ!」

 一人の男は、ボクシングにその身と生涯を捧げてきた。もう一人の男は若くしてボクシングでしか己を見いだせないでいた。そんな2人の男の中に残された最後の砦。何もかもが奪い尽くされた中で、それでも守り続けた最後の誇り。
 そして一夏の言葉で、荒れ果てた荒野を突き進まんと砦の門が開かれる。

「―――― 俺ぁ、アンタに教わったボクシングで戦いてぇんだ!」
「…………」

 ミッキーはしばらく考えてから、振り返り一夏の前に立つ。その表情は相変わらず厳しいものであった。そしてミッキーは一夏に静かに告げる。

「ボクシングだけだぞ。ISのことなんざ、俺は知らねえからな」
「解かってる」
「もし、無様に負けてみろ……、テメエの鼻を傷んだトマトみてえに潰してやるからな!」
「覚悟の上さ」

 ニヤリと2人の頬が吊りあがり、ガッチリと手を組む。

「よし! 連中に一泡 吹かしてやろうぜぃ!」
「ああ!」

 世間から遠い昔に過去の遺物とされた男、そしてボクシング。だが街の喧騒から程遠いこの寂びれたジムの中には、決意を胸に秘め、“覚悟を決めた男”の姿が確かに、そこに存在したのだ……。


* * *


『……只今、午前4時。気温は氷点下2度です。相変わらず今日も寒い日になりそうですねえ。今朝3時に起きて車に乗ったら、いや、寒いのなんのって縮みあがりましたよ!』

 トレーニング開始初日。一夏は目覚ましの音を止めてラジオのスイッチを捻る。早朝から電波に乗せられてきた音声はやたらとテンションが高い。

「――――んん」

 のっそりとベッドから身を起こす一夏。
 ラジオの司会者の言うとおり、時計は4時を指しており室内でも肌寒く感じられた。

―――― ガチャリ、

 同居人を起こさぬようにラジオの音量を下げてから冷蔵庫を開けると、中にはミネラルウォーターが数本と、昨日買ってきた10個入りの卵が1パックのみ。

『こんな時間から仕事をしていると、みんなを叩いて起こしてやりたくなりますよねえ?意地悪じいさんとしては、ちょっとやってみますか?』

―――― コンコン!

『はい?』
『―――さんですか? モーニングラジオの者ですが』
『はぁ!? ふざけんじゃないわよ! こんな時間に電話して!』

 おもむろに取り出した卵をコップの縁に叩きつける。強めに割られた卵は、黄身が潰れて「クチャリ」とコップの底に沈殿していく。それを計5回ほど繰り返すとコップの中身は、ドロリとした黄身と白身の液体で満たされた。日本人であってもまず飲むことの無いであろう、その液体を一夏は躊躇うことなく口に付けた。

『アッハッハッハ――――! 怒っちゃいましたねえ。でも、こっちとしてはスッキリしました。それにしても氷点下2度とは寒いですねえ』

「……はぁ」

 コップの中身を一息に飲み下す。味などは全く感じられないほどに、只 気味の悪いヌルリとした感触だけが口から胃へと伝わっていく。袖で口を拭うとベタベタとした染み袖に付いてしまった。

『今日は気温も余りあがらず、夜にはまた氷点下となるでしょう。今日は寒い一日となりますので、みなさん気をつけて下さい!』

―――― バタン!

 寝巻代わりのジャージを着たまま、一夏は部屋を出た。

「ハッハッハ!」

 朝靄が覆う街中、すれ違う人影はない。車も同様で、赤信号に一々足を止められることもない。

「よう、一夏!」
「やぁ」

 新聞の集配所の前を通ると、集配所に新聞を届けるトラックの運転手に声を掛けられた。新聞配達のアルバイトをしていた時によく会った男である。一夏は手をあげて、それに応えるとペースを乱すことなく走り続けた。

「―――― はあ、はあ、はあ」

 ISでの騒動があって以来の久しぶりのロードワーク。息を一定に保とうとするも、心臓が徐々に回転を上げ、より多くの酸素を身体に要求してくる。自然と一夏の呼吸は乱れ始める。
 ジットリと汗が浮かび、それを吸ったパーカーが重みを増してくる。冷え切った朝の空気が喉を刺激し、徐々に全身が重くなっていくのを感じながらも、暁に染まる街中を一夏は足を止めずに走る。

「はあっ、はあっ――――」

 ゆっくりと、だが一段、また一段と一夏は階段を上り続ける。目的地の篠ノ乃神社はもう目の前へと迫っていた。一夏は痛む脇腹を押えて最後の一段を昇りきる。

「……ふうっ」

 いっぱいいっぱいな様子で一夏は、膝に手をつき振り返った。
 無理矢理始めさせられた剣道。下手くそで毎度この階段を昇るのは億劫だったが、そこから視える街が一望できる光景を一夏は気に入っていた。
 長く苦しかった道のりも、辛く寂しかった日常も少し目線を変えれば、とてもチッポケなものに感じることができたからだ。

「ハッハッハ……」

 だが今の一夏に、それを眺めている余裕はない。
 朝日が完全に顔を出し切り、動き始める街。一夏は再び今来た道を再び戻り始めた……。

 試合まであと5日。一夏に残された時間は少ない。



 この前、久しぶりに走りに行ったら、下校途中の小学生が走ってついてきました。思わず嬉しくて「Hey! comon!」って手招きして、全力疾走で追い抜きました。最後に決めたロッキーポーズ……ちょっと、恥ずかしかったです。


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