<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

チラシの裏SS投稿掲示板


[広告]


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[35213] 【習作】SAO(ソードアート・オンライン) 〜遺言無き世界〜【完結】
Name: 倭刀◆326c9191 ID:fa07893a
Date: 2014/12/31 01:53
――前書き――

■お読み下さる前に注意事項

・原作(電撃文庫小説版)、またはアニメを三話まで見ていないと全くわからない部分があると思います。
全てを書くと無駄に長文になってしまい、また執筆時間も大幅に増えるためです。

・Web版に関しては全く知らない状態で書いております。
そこら辺の知識が完全に欠けているため相違点が出てしまったら申し訳ありません。

・ネタバレだらけです。ネタバレを避けたい方はご覧にならないことを強くお勧め致します。

・この作品は「サチが遺言メッセージを残さなかったら……」のifです。
よってうつ展開注意です。
・大事なことなので今一度書きます。うつ展開注意です。

・初投稿に近いため、稚拙な文章な可能性があります。
誤字脱字、文章として変な場所、原作との差異がありましたら
よろしければご指摘お願い致します。

・オリキャラは一人出ています(メインではありません)。
・オリジナルスキルはいくつか出ております。

・当小説はSAOPの仕様はほとんどありません。SAO小説10巻までの情報を元に書かれております。また、若干独自で考えた部分もありますのでそれでも良い、という方のみご覧下さい。


 それでは以上の事項が大丈夫な方はよろしければご覧下さい。


■2013/6/21以降の加筆修正履歴

2013/6/21
・第八話の終盤、敵サイドの文章を加筆修正致しました。
・第六話に原作との仕様の齟齬が判明したため、一部キャラクターの台詞を修正しました。
・第八話の筆者の感想欄にて原作との齟齬が判明したため追記を行いました。

2013/9/27
・第九話のザザの口調を一部原作に基づき修正しました。

――以下本編――





















プロローグ





 第三十五層。零時が過ぎ、クリスマスの日。
冷たい雪の中、数人の男たちが居た。
ある者はただ佇み、
ある者は唖然として手に持っているものを見て、
そしてある者は生気の無い声で言葉を発していた。

「次にお前の目の前で死んだ奴に使ってやってくれ……」

 悲しい、絶望の淵に立たされたというのに涙さえ流れない彼の身からは冷たい声しか発せられない。
クラインに投げ渡した『還魂の聖晶石』をつまらなそうに見る。
彼には最早必要の無い物。サチを生き返らせられないのであれば全て意味が無い。
 もう全てがどうでも良い。そんな思考が頭の中に渦巻き、やるせなさが身を蝕む。
 転移ゲートへ向かって歩き出そうとすると、クラインに肩を掴まれる。
振り返る事無く、キリトは一度足を止めた。

「キリトよぉ。お前ェは……お前ェは絶対に生きろよ……もしお前ェ以外の全員が死んでも、お前ェは
最後まで生きろよぉ……」

「…………じゃあな」

 肯定の言葉は無い。伝える言葉は別れの挨拶のみ。
虚ろな表情のまま、雪原を一人足跡を残して去って行く。
それをクラインは止めることが出来なかった。











 宿屋で一人、キリトは茫然自失とする。
何もかもやる気が失せてしまっていた。
月夜の黒猫団が壊滅して以来、彼は蘇生アイテム入手という目標に縋っていた。
そのために無茶なレベル上げをし、今ではSAO内でトップクラスの実力を手にしていた。
 しかし、全てが徒労となった。
身体から力が抜ける。
終わってしまった。色々と。そう悟ってしまっていた。
人間は何かしら小さな目標が無いと動けない。
キリトには今、何一つとして目標が無い。
食欲も、睡眠欲も、性欲も全てが欠け落ちている状態。
だからベッドの上でただ天井と視線を交わすことしかできない。


――ビーターのお前が、僕たちに関わる資格なんてなかったんだ。


 あの時、月夜の黒猫団のリーダーであるケイタが死ぬ直前に言った最後の言葉が重くのしかかる。
彼の言葉がつい先ほど起きた出来事のように思い出される。

「……………………ビーターか」

 囁き、ぼんやりとしながら考える。
明日、朝になったら四十九層のボスへ挑もう、と。
もし四十九層のボスを倒したらそのまま五十層へ。そう決めた。
自分に残された道は最後まで道化を演じ続ける事。それしか無い。
 考える。もし、あの時クラインを見捨てずに居たらどうなっていたか。
考える。もし、自分が始めからビーターだと彼らに伝えていたらどうなっていたか。
しかしどれだけ「もしも」を考えても後悔が募るだけ。
反省して済ませられる問題は何一つ無い。
 そう色々後悔している間にいつの間にか夜は明け、太陽の光によって空が明るくなり始める。
実際、キリトは2時間程度眠れたのだが、眠ったという感じは全く無かった。
 ウィンドウを操作し、装備を全て装着する。
剣、その他諸々。

「…………行くか」

 もう後には戻らない。歩き出す。この部屋ともお別れだろう。何一つ残さず、その場を離れた。
第四十九層のボスと戦うために。そして自分の終焉を求めて。



[35213] 第一話 立ちはだかる盾
Name: 倭刀◆326c9191 ID:fa07893a
Date: 2012/11/05 00:18
 聖夜が終わり、その二日後の朝。場所は血盟騎士団本部。
朝、ギルドのホームへと訪れたアスナの耳に驚くべき報告がもたらされていた。

「四十九層のボスが倒されていた!?」

 思わず大声で叫ぶ。
部下の一人はそれに動じる事無く、頭を下げて膝を付き、西洋の騎士が主に跪く様な格好で報告を続ける。
以前、一度なぜその様な格好を?と問うたことがあったがただの趣味らしい。

「はっ。迷宮区のゴドフリーさん率いる探索部隊が夜を徹して探索していた結果、つい先ほどボス部屋を発見したそうなのですが
既にボスの姿は無く、五十層の転移門もアクティベート化されていました。
五十層の町の名はアルゲードです」

 また勝手にあの人は、と思ったがひとまずそれは置いておくことにした。
五十層への道が開かれた。そちらの方が攻略の鬼、アスナにとっては重要なことだった。

「この事は団長には?」

「まだいらしていませんのでお伝えできておりません」

 アスナは腕を組み、右手を顎に持って行く。

(一体どこのギルドが?)

 本来、今日辺りにボスの部屋を見つけ、明日からボスへの簡単な偵察が行われる予定であり、
その翌日ボス攻略会議(本格的な偵察の編成を兼ねている)が
行われるという流れのはずだった。
別にその予定が崩れたのは良い。困ることは無いし、むしろ手間が省ける。
レアドロップなどはそんなに気にならない。
 問題なのはどこのギルド、もしくはパーティーがボスを撃破したのかという事だ。
聖竜連合では無い。あそこは以前ボス攻略にギルドで単身で乗り込み、痛い目を見たことがある。
それ以来は血盟騎士団の呼びかけに仕方が無く応じて行動するようにしている。
聖竜連合で無ければ他に思い浮かぶのは軍だ。
軍が久々に攻略に乗り出した。しかしそれも無いだろうと考えを改める。
レベルの高いプレイヤーは余り居ないだろうし、何よりも軍が動き出したら何かしらの報道があるはずだ。
だからこの可能性は捨てる。
ならばどこのギルドが?
 ふと、脳裏に第一層のボス攻略でパーティーを共にした少年の姿がよぎる。
しかしそれは無い、とすぐに考えを否定した。
あの少年はレベルは高いが安全マージンをかなり取って行動しているという情報が耳に入っていた。
それにここ最近、彼はボス攻略に姿を現していないため、余計にこの考えは無いと断定できる。

「……五十層の迷宮を目指します!ゴドフリーさんは今居ますか?」

 団員の顔が一瞬驚きに染まる。行き成り早速迷宮区に挑むとは思わなかったからだ。
しかし、逆らうことはしない。アスナの事だから何かしら意図があるのだろう。そう信じるが故にすぐに答えた。

「はい、会議室の方に」

「わかりました。ゴドフリーさんに伝達を。大至急五十層に行けるパーティーメンバーを私とゴドフリーさん、そして団長を含めて
レベルの高いメンバーを七人集めて下さい、と」

「はっ!」

 ギルドメンバーは立ち上がるとアスナが居る部屋から急ぎ飛び出して行った。
アスナが五十層に行くと言い出した理由は、もしかしたら五十層を突破したプレイヤーたちが既に五十層で狩りを開始しているのでは無いか
という考えから生まれたものだ。
まだ五十層がアクティベート化されて名前が知れ渡っていない今、五十層に辿り着けているプレイヤーは極端に少ない。
もし五十層にどこかのギルド、パーティーが居たらその人たちだと当てをつけられる
そしてその人たちが知らない人たちならば、今後の攻略にその人たちを組み込めば役立つかもしれない。
使える者は使って攻略を進める。それがアスナのスタイルだ。
もし知り合いならばどうして無茶をしたのか、と理由を問いたださなければならない。
 ただし、五十層に行ったとしても迷宮区がすぐに見つかるとは思えないし、もしかしたらフィールドに居るかもしれない。
無駄足になるかもしれないが、それはそれで良いとも思った。攻略が進むためだ。
 とにかく諸々の理由で四十九層を突破した人物を知る理由があるし、知りたいと思っている。
 コンコン、と扉がノックされる音がする。
アスナが入るように促すと先ほどとは別のメンバーが入ってきた。

「失礼致します副団長。団長がお帰りになりました。至急会議室へ来るようにとの事です」

「わかりました」

 元より会議室へ向かうつもりだったため、すぐに行動に移る。

(一体誰が……)

 気になる気持ちを抑え、アスナは会議室へと向かった。





第一話 立ちはだかる盾





 五十層の迷宮にキリトは単独で既に挑み始めていた。
迷宮区へ辿り着くまでに大分時間を浪費した。
そうは言っても、既に迷宮区へ辿り着けただけでも幸運と言える。
アルゲードの町は異様と言っていいぐらいに広い。
フィールドへ出るだけでも一苦労だった。
そして迷宮区へ続く道を突破するのもまた困難であり、
バトルヒーリングスキルが無ければ死んでいたのでは無いかという場面も一度あった。
 フィールドの敵も迷宮区の敵も四十九層より当然強い。一人で苦戦する事は多々ある。
何よりも敵の攻撃パターンを把握していないのが辛い。
ボスならば一匹に集中して行動パターンを把握すれば良いが、雑魚相手にそんなに時間をかけたく無いのが
普通のプレイヤーの心情だし、調べなければならない数も多いから何よりも面倒だ。
 そんな中、キリトは敵を観察しつつも強引に戦っていた。
いつ失っても良い命。大切にするつもりは無い。
 敵を倒すと、身体がライトエフェクトに包まれる。これでレベルは71。

「……ふう」

 一度大きく息を吐き、身体の力を抜く。
システム上そんな事は関係無いはずだが、現実から引き継がれた自然に行う動作の一つだった。
 キリトの疲れはピークに達しようとしている。否、もうとっくに限界を迎えている。
クリスマス当日までは不眠不休で戦い通し、それ以降は二時間寝ただけ。
そして今日も戦いづけ。昨夜も睡眠を取っていないため、大分疲れが出てきていた。
本来なら休むべき所なのだが、構わずにそのまま前へ進むのは生きることに執着していない故だろう。
 第五十層の迷宮区は鉱山の中の様なダンジョンになっている。
道の端に灯りはポツポツとあるが、それでは暗い。
よって、索敵スキル無しではなかなか辛いダンジョンと言える。
キリトの索敵スキルは彼が修得しているスキルの中でもかなり高い部類に入る。
元より警戒心が強いせいか、索敵スキルの伸びが他プレイヤーと比較すると早く、
土竜などのモンスターが居るこの鉱山ダンジョンに入ってからも
不意打ちを食らったことは一度たりとも無い。
実際に地面に潜られたら気配を察知できるか怪しいが、ゲームの仕様上ハイディング扱いになっているため
効果があるのだろう。
 暗い道を進み、角になったので曲がると壁が前方に立ちはだかっている。行き止まりだ。
宝箱があるがそれは無視し、踵を返す。宝箱は当分開ける気にはなれない。
前の別れ道まで戻ろうとすると、ふとモンスターの気配を索敵スキルにて察知する。
敵は二体。待ち構えるように道の真ん中を陣取っている。
隠蔽スキルを使って近づくが、視線が合う。気づかれている。
戦いを避けることは叶わない。戦うしかない。
剣の耐久値はまだまだ持つ。それを確認して敵に挑み始めた。
 五十層の迷宮区に入ってから1対2の戦闘はこれが初めて。
敵は鳥形のモンスターで羽ばたいて空を飛んでいる。二匹は微妙に色が異なり、二種類のモンスターだった。
名前も微妙に異なっている。
空中に浮かんでいるモンスターは距離を取られると攻撃が届かない事が多くて時間がかかる。
それに何よりもソードスキルを当てられない事があり、外れた隙を的確に突かれるため
余り相手をしたく無いタイプのモンスターの一種となっている。
 片方の鳥が突進してきたため、自然とそちらを相手する形となる。
敵は真正面から突っ込んできた。こうして攻めてくる間は優しい方だ。返り討ちに出来る。
今回もその様に迎撃しようとすると、ふと敵が突進してくる軌道を変えてキリトの横を通り過ぎる。
今までに見ないAIだったが、十分予測はできる範囲だったため、慌てることは無い。
元より慌てる必要は無いのが今のキリトの現状なのだが。
 空振りした剣を構えなおす。状況が悪くなった。
前後の挟み撃ち。1対2の状況で平地で考えられる最悪のフォーメーション。
道は狭いため、大きく回りこむことはできない。
何とか突破し、前方に敵を二体の状況に戻したい。
 キリトはこれ以上敵を増やさないためにも、行き止まりの方に回りこんだ鳥へと剣を向ける。
行き止まりの壁に背を向けることさえ出来れば挟み撃ちにはされないからだ。
本来ならば捨て身になって通路に戻ってもいいのだが、長い間培ってきたこのゲームでの戦闘経験から
自然と身体が動いていた。
 やや身体を通路の中心の方へ向け、後ろの敵も出来るだけ視界に入れやすいよう体勢を整える。
その間に敵の羽が3本飛んでくる。それを的確に剣で払い落とす。
敵の僅かな硬直を見てキリトは走り出す。
だが硬直は短く、すぐに敵が動いて高く飛んだ。
それを視認したキリトは走り抜け、行き止まりまでそのまま駆ける。
振り向くと同時にまた羽が来る。先ほどの倍の数。
多少のダメージは覚悟し、いくつかを剣の峰で防ぎ、一本だけ通してしまう形となる。
攻撃が当たる直前、キリトの目が全開まで見開かれる。
僅かに羽が薄緑色に包まれていた。

「しまっ――」

 気づいた時には遅かった。
羽の一歩がキリトの身体に刺さる。そして身体が痺れた。
 状態異常、麻痺。ボス戦の前に一度耐毒ポーションを飲んだが、効果はとっくに切れている。
そもそも耐毒ポーションはかなり高価な品となっているため、NPCで購入は出来るがかなり値段が張る。転移結晶には劣るがそれでも高い。
だから普段は飲まない。結果、この様な事態になった。
 キリトは地面にあお向けで倒れ、剣が手から滑り落ちる。
キリトのレベルと装備からして敵2体が麻痺している間にキリトに止めを刺せるかはわからない。
鳥が一体、目の前に迫ってくる。
羽が自分の身体に突き刺さる。不快な感覚が走る。
ステータスウィンドウに新たな状態異常が追加される。毒だった。
徐々にHPが減り始める。それをまるで他人事のように見る自分が居た。
これは死を免れない。
 そう確信に至り、不思議と穏やかな気分になった。
しかしキリトの表情に苦しみは無かった。
穏やかに、そして静かに笑っていた。

(……ああ、やっと君の所へ行けるんだな、サチ)

 罵声でも何でも聞き入れる。
だから早く彼女に会いたい。そして謝りたかった。
 敵が迫る。後一撃で自分はこの世界から無意味に消え去り、
脳をナーヴギアによって焼かれ、死ぬ。それは間違いないことだろう。
 敵と視線が会う。
終わりだ。そう思ってゆっくりと目を瞑った。



 そうした直後、一陣の風が走った。
違和感を感じ、閉じていた目を開く。
目の前に人が立っていた。どこかで見たことがあるような服を身に纏っている。

「……KoB?」

 自然と声が漏れる。

「君、大丈夫!?」

 その声ではっきりと分かった。
血盟騎士団(KoB)の副団長のアスナだと。
 前方を見ると他のメンバーが鳥を掃除していた。

(……生き残ってしまったのか)

 彼らは親切でやってくれたのだろう。
そうは思うが、ありがた迷惑だった。
 団長のヒースクリフも居たという事もあり、敵は安定して片付けられた。
なぜ血盟騎士団のトップ1、2がこの場に居るのかはわからない。
それに、ここに到着するのがやけに早い気がした。
キリトがアルゲードを出発してここに到着するまでに使用した時間は36時間を越えている。
だが、血盟騎士団が四十九層のボスの部屋を探し出し、
アルゲードの情報を収得してからここに来るまでのタイムラグを考えると、どうにも早すぎる感が否めない。
しかし別段興味を惹かれる内容でもないため、詮索するのは止めにした。
 ふと、アスナが解毒ポーションを取り出したのが見えた。それを手で制す。
麻痺はもう治ったため、無理して状態異常回復結晶や解毒ポーションを呑む必要は無い。
毒のレベルは余り高く無かったのか、さほど効果時間は長く無く、麻痺毒より少し遅れて治った。
キリトは一応助けてもらった手前、ポーションを飲んでからとりあえず形だけでも礼を述べることにした。

「ごめん、助かったよ。ありがとう」

 アスナは礼に対して耳を傾けず、キリトをじっと見る。そして表情には出さなかったものの、
心のどこかで少し怯えた。何て顔をしているのだ、と。
 一層で出会った時とはまるで別人だった。
顔に生気はなく、眼は死んでいる。
一体何があったのか。
 いや、そもそもなぜ彼はここに居るのか。
僅かに予想はした。彼が居るかもしれない、と。
しかし本当に居るとは思いもしなかった。
 なぜこんな所に彼が一人で?
そんな疑問は当然のように浮き上がってきて、次の様な問いをするのも自然な流れなのかもしれない。

「貴方、何でこんな所に一人で居るの?」

「俺はソロプレイヤーだ。一人で居てもなんら不思議は無いだろう?」

 確かにそうだ。だが、それは普段なら、という条件がつく。
開いたばかりの五十層。ソロだと情報収集も難しいのにこんな所に一人で素早くこれるわけがない。
 アスナはキリトを訝しげに見ているとふと気づく。
彼の顔色がやたら悪いことに。
顔色が悪い、ということは体調が良くないという事。
実際にSAOには体調不良などないが、このような状態になる原因が幾つかある。
それは睡眠時間をまともに取れていない時、もしくは空腹な時。
 キリトの場合は恐らく前者。アスナはそう考えた。
そんな彼の状態より、一つの仮説が立った。
その仮説は今朝、アスナが僅かに考えた予想と一致していた。

「……まさか、四十九層のボスを倒したのって貴方?」

 キリトは特に深く考えず、すんなりと頷く。
それによって周りのメンバー、ヒースクリフを除く全員がざわめき始める。
 もう良いだろう。そう思ってキリトはアスナの横を素通りしようとする。
これ以上話しを続けたくなかった。続けた所で無意味なのだから。
だが、それは叶わなかった。アスナに腕をつかまれ、止まることを余儀なくされる。

「……何だ?」

「どうして一人でボス攻略だなんて無茶をしたんですか!?」

「……倒したかったからだよ」

 嘘では無い。

「そういう問題じゃありません!皆で力を合わせて戦った方が安全なんです!」

「別に良いだろ?倒せたんだから」

 アスナの腕をやや乱暴に払い、今度こそ立ち去るべく歩き出す。
 アスナはもう一度キリトの動きを止めるために腕を掴もうとする。
だが、その前にキリトの前にヒースクリフが立ちはだかった。

「待ちたまえ。確かキリト君だったかな?」

 何とも言えない、穏やかなような無表情な様な顔でキリトの進路を塞ぐ。
キリトは彼の涼しい顔にになぜか怒りがこみ上げてきた。
相手の問いに応えることなく、キリトは前に立ちはだかった人物に対して普段よりやや低い声で言った。

「何だよ」

「君はこれから五十層のボスの部屋を探して一人で挑むつもりかね?」

「だったら何だ?」

 再び周りのメンバーがざわめく。
正気か疑っているのだろう。事実、キリトは正気とは言いがたい常態だ。

「そんな命知らずな行為は止めなさい!」

 アスナから叱責が送られるが、当然のように右から左へ流す。

「あんたらには関係の無いことだ」

 それをヒースクリフは即座に否定した。

「いや、我々にとっても大きな損害になる。
四十九層のボスを単独で撃破できる程の人材をここで失うのは余りにも手痛い。
この階層は五十層だ。だからボス戦ではかつてないほど苦戦するだろう。
その時に君が居ないのはきついのだよ」

 ヒースクリフの言うことも一部は理解できた。
二十五層のボスがやたら強かったのだ。それ故、五十層のボスが強いのは流れからして十分予測できる事。
だからキリトが単独で挑めば間違いなく死ぬ。分かりきったことだった。
けどそんな事は知ったことでは無い。

「それは高く買ってくれてどうも。だけどな、四十九層のボスは特徴からして
大部隊より少数精鋭で挑んだ方が攻略しやすい奴だった。
倒せたのはボスの特徴上ソロでも倒せるタイプだったことと、運が良かっただけだ。
五十層では役に立たないさ。お前の言う通り五十層のボスはかなり手ごわいだろうからな」

「そんな事は無い。君はこれからこのゲームを攻略するに当たって重要な人物になる。
だからここで君が死に逝くのを見過ごすわけにはいかない」

 つまり、ヒースクリフはどくつもりは無いのだろう。
キリトは顔を俯き気味にし、一度ヒースクリフから視線を外す。

「そうか……だったら」

 右手に握っている剣に力を込める。

「力ずくで通るだけだ!」

 剣を勢いよく構え、顔を上げてヒースクリフを眼前に見据える。
 先日、似たような事があった。クリスマスイブの夜、キリトを止めるために立ちはだかった人が居た。
だが、今目の前に立つのはかつての友人――クラインでは無い。
躊躇する必要が無い。相手が神聖剣などというふざけたユニークスキルを持つプレイヤーでもキリトは一切退かない。
オレンジプレイヤーになろうがそんな事は最早どうでも良い。
ここは押し通る。押し通ってボスと戦い、そして死ぬ。決めたことだ。
絶対に曲げるつもりは無い。
 血盟騎士団のメンバーたちはキリトのむき出しの殺気に武器を構えるが、ヒースクリフが手で制す。

「その疲れきった状態で私に勝つつもりかね?」

「……ああ、勝つさ」

 アスナはその声を聞いて寒気が走った。
怒り、殺意、そして失望。あらゆる負の感情が混ざっている。
そして、恐ろしいまでの覇気。
もしかしたら本当に団長に勝ってしまうのではないか、と思わせる程だった。

「ふむ、仕方ない。君は大切な人材だ。オレンジプレイヤーなどにするわけにはいかない。
デュエルで決着をつけよう」

「団長、良かったら私がやりましょうか?」

 豪快そうな男が笑いながらヒースクリフにそう提案する。
それに対し、ヒースクリフは首を横に振った。

「いや、ゴドフリー。君ではたぶん彼に勝てまい」

「そりゃ無いっすよ~」

 ガックリとうな垂れるメンバーを尻目に
ヒースクリフはウィンドウを操作し、キリトへデュエルの申請を出した。
直後、キリトの視界にウィンドウが浮かぶ。

「もし私に勝ったらここを通ると良い。ただし、負けたら君がKoBに入るのだ」

 その台詞はキリトの耳には届いていなかった。
ただ、一つの事に思考が占領される。

――SAO最強と謳われたプレイヤーに殺されるのも一興かもしれないな、と。

 キリトは唇の端を歪め、邪悪な笑みを作ると○ボタンを押し、オプションを<初撃決着モード>――ではなく、
<ノーマルモード>を選択した。
ノーマルモード。それの意味する所は――どちらかが死ぬまで戦いを続けるということだ。

「なっ!」

「貴様正気か!」

 KoBのメンバーから驚きの声が上がる。もとより正気では無い。

「どうする団長殿。リザインして良いんだぜ?」

 キリトが挑発気味に言う。ヒースクリフに殺されるのも一興だとは思っているが、
別に無理して殺されたいとまでは思っていない。
リザインされたらされたで構わないのだ。
 ヒースクリフはそんなキリトを冷めた目で見た。
その心の中には大きな落胆。
49層のボスを単独撃破した。そんなプレイヤーにヒースクリフは大きな期待を持っていた。
一体どんなプレイヤーなのか。どれだけ強いのか。
そして、どんな人間性なのか。
しかし、ふたを開けて見ればただの死にたがりやである。
持っていた期待とのギャップが激しかった事もあり、ガッカリする度合いも大きかった。
更に、世間で「最強」と謳われている己に対して無謀でかつ挑発的なデュエルの設定。

「……まさかここまで死に急いているとはな。
言っておくが、私はリザインするつもりは無い。
これでも最強ギルドの最強プレイヤーしての自負が少なからずあるのでね」

一応の忠告。けれどキリトはそれを聞き流した。
それを確認したヒースクリフは目の前にあるウィンドウへ指を伸ばす。

「良いだろう。その狂った心、私が介錯してあげよう」

 血盟騎士団のメンバーから止める声が上がるが誰も間には入ろうとはしなかった。
既にヒースクリフが攻撃態勢に入っているため、巻き込まれる可能性があるからだろう。
それにヒースクリフは団長なため発言権が最も高い人物であり、
威厳が強い彼が決めた事に力づくで反抗する事はなかなか難しい事でもある。
 キリトは剣を構え、ヒースクリフに斬りかかる。
他の者たちはヒースクリフを心配しつつも、モンスターが着たら対応できるように周りにも気を配っている。
 キリトは上段に剣を構えて攻撃する。ソードスキルを簡単に使って勝てるような相手では無い。
本能がそう告げていた。
 途端、ヒースクリフの表情が真剣になる。殺意と殺意がぶつかる。
並みのプレイヤーならば間違いなく気圧されただろう。だがキリトは並みでは無い。
ヒースクリフもキリトと同じように思っているのか、ソードスキルを使わなかった。
 神聖剣ヒースクリフ。現在、ただ一つとされているユニークスキルを保持している
彼の戦い様をこうしてみるのは初めてだった。
今までボス攻略の際に何度かヒースクリフは見ていたが、その時にはまだ神聖剣を修得していなかった。
つまり、手の内が全くわかっていない。
だから頼れるのは今まで自分が培ってきたプレイヤースキルとゲームセンスだけ。
 キリトは何度もタイミングを計って攻撃する。しかし、その度に攻撃が防がれる。
神聖剣という名のユニークスキルを保持しているだけあって非常に硬い立ち回りをしてくる。
強い。キリトがはっきりと力の差を感じる程に。
だが簡単に負けるつもりは毛頭無かった。

「うおおおおおおおお!!」

 スキル<バーチカルスクウェア>。垂直四連撃の多段技。

「ふん!」

 ソードスキルを知り尽くしているのか、ヒースクリフはあっさり防ぐとキリトの頭にソードスキルを思い切り叩きつけた。
視界が一瞬だけ暗転する。睡眠不足が祟っているのだろう、脳がおかしくなりそうだった。
 それでも立つ。
自分の体力か、もしくはヒースクリフの体力が全て消え去るまでは。
まだ体力は半分以上残っている。倒れるには早すぎる。
 今の行動を振り返る。やはりソードスキルを使ったのは間違いだったと確信した。
実は今、ソードスキルを放ったのはわざとだった。戦いの終盤になったら
もう試すことはできないからだ。
だからこうして、やられることを覚悟で行った。
 しかし収穫は大きかった。やはり現在情報屋に出回っているスキルは全て知っているのだろうという当てがついた。
 もう、ソードスキルは使わない。そう決めて再び戦いに移る。
剣を下から切り上げるために距離を詰める。
そこで予想外な事が起きた。
剣では無いものがキリトの脇腹に当たった。

「なっ!?」

 思わず驚きの声を上げる。盾だった。
通常、盾は防御にしか使えないのだが、神聖剣は特例で攻撃に使うこともできる。
それをキリトは知らなかった。
キリトが大きく仰け反っている間にヒースクリフは逃さず、キリトの心臓付近に剣を突き立てた。
 自分の身体から何かがごっそり喪失するような感じがした。
体力が一気にレッドゾーンにまで減る、そこから更に減少する。
近くから小さな悲鳴が起きたが、キリトの耳には届かない。
 ヒュンッという音が耳に届く。まだ体勢が整いきっていない。
何とか剣でヒースクリフの剣を弾こうとするが、防ぐ事が叶わなかった。
次の攻撃は何とか少しはさばく。しかし、身体をかすっていった。
続けてもう一撃、同じようなことが起きる。
 そして、もう一撃も受けることはできないという状況へキリトは追い込まれた。

「終わりだキリト君!」

 ヒースクリフが剣を振りかぶる。神聖剣の何かのスキルなのだろう。
キリトもヒースクリフの言葉を認めた。これで確実に自分は終わりだ、と。

「待って下さい団長!」

 悲鳴にも似た大声が二人の動きを止める。
キリトとヒースクリフ、両者が眼の端で今、声を上げたアスナの姿を捕らえる。
ヒースクリフはピタリと動きを止めると剣を降ろし、アスナに横目で訊ねる。
キリトは攻撃を仕掛けようかとも思ったが、隙が無かった。
アスナと会話を交わしつつも警戒を怠っている様子が無い。

「何だねアスナ君?」

「お願いします!デュエルを止めてリザインして下さい!」

「勝っている私にリザインをしろと?」

「団長だって仰ったではありませんか!彼は今後のボス攻略で重要な人物になると!
ですからここで死なせてはなりません!」

 理由はそれだけでは無かった。
第一層でアスナはかつて、キリトにこう言われた。
知り合いが目の前で死ぬのは寝覚めが悪い、と。
それは今のアスナにも同じ事が言えた。
 また、アスナとキリトは歳が近い。
第一層で会って以来、アスナはたまに彼を気にかけていた。
つまり、少なからず興味を持っているということである。
アスナ自身、その事を理解していないが、
勝負を止めようとする要因の一つにはなっていた。

「しかし殺さない限り彼を止めることは不可能だろう」

「私が何とかします!」

 ヒースクリフは試すようにアスナをじっと見る。
アスナもじっと見返した。自分の意見を絶対に覆さない、という意思を込めて。
それをすんなり理解したヒースクリフは深くゆっくりと頷いた。

「……君の少ない我侭だ。仮初とはいえ私の戦歴に始めての敗北が付くが……仕方が無い。
そこまで言うのならばやってみたまえ」

 ヒースクリフはウィンドウを操作するとリザインを押した。
事実上ヒースクリフの勝ちなのだが、勝負はキリトの勝ちとなった。
 静観していたキリトは剣を振り払って鞘に収めると歩き出す。
ヒースクリフに押されていた事は事実だが勝ちは勝ちだ。通る権利はある。
 だが、アスナは当然それを許そうとはしない。

「待ちなさい!」

「放せ」

 再び掴んできた腕を乱暴に振り払おうとする。相手に若干のダメージが入ることも気にせずに。
だが手を振り払うと、何かおかしな感触が腕に『刺さった』。

(――不味い!)

 それと同時に身体がグラッと傾く。
 キリトはアスナを信じられない、という目で見る。
アスナの手には小さなナイフが握られており、それには麻痺毒が塗られていた。
恐らく、最近出没し始めた対オレンジプレイヤー用に携帯していた武器なのだろう。
 キリトはアスナを見上げると、プレイヤーカーソルがグリーンからオレンジへと変わっていたのが見えた。
そこまでしてくるとは思わず、キリトは完全に不意を突かれる形となった。
麻痺毒にかかったキリトはすぐに崩れるように倒れ始める。
それをアスナはナイフを手放し、全身で受け止めた。
 アスナは疲れきっているキリトの横顔へ哀れみの視線を送る。
一体何が彼をここまで追い詰めたのだろう、と思いつつ。

「は……なせ……行かなきゃならない……んだ……」

 麻痺毒に抗いつつもキリトは苦しげにそう言い終わると、意識が閉ざされた。
限界に達してしまったのだろう。眠ってしまっていた。

「アスナ君」

 名を呼ばれ、ハッとして振り返る。
デュエルが終わり、再び元の無表情に戻っているヒースクリフがアスナへと向き直る。

「は、はいっ!」

「彼の介抱を頼む」

「はいっ!」

「それと今後、彼が立ち直るまでは君が面倒を見たまえ。これは団長命令でもある」

「はい。わかっています」

 当然だ、と言わんばかりにアスナは頷いた。
とりあえずキリトはゴドフリーに背負ってもらい、三十九層にある血盟騎士団の本拠地へ戻るべく、入り口へ向かって歩き出す。
なかなか危険なダンジョンなため、転移結晶を使いたいが
そうするとキリトを置いていってしまうことになるため使えない。
 とりあえず本拠地に帰り、彼が目を覚ましたら話しを聞こう。
そう決めてアスナは背負われていくキリトを見ながら帰還しはじめた。



―――――――――――――――――――――――――――

・後書きという名のデュエルについての言い訳

 「ノーマルモード」という言葉に違和感がある方がいらっしゃるかもしれないと思い一応補足を。
ALOの場合は「全損決着モード」なのですが、アニメ版の場合ヒースクリフだったかクラディールだったか忘れましたが
デュエル申請が着た時に「ノーマル」「制限時間」「初撃決着」の三つが表示されたので
「ノーマルモード」という記述にしました。
最初は「全損決着モード」と記述しようとも考えたのですが、もしかしたらALO側の仕様なのかもしれないと思ったためこちらに変更致しました。

追記:後から気づきましたが8巻だと「完全決着モード」になっていますね。
……ドウナッテンダコレ。



[35213] 第二話 生き方
Name: 倭刀◆326c9191 ID:fa07893a
Date: 2012/11/05 00:30
前書きという名の注意事項

 当小説はSAOPの仕様はほとんどありません。SAO小説10巻までの情報を元に書かれております。
また、若干独自で考えた部分もありますのでそれでも良い、という方のみご覧下さい。
(この注意事項はプロローグの前書にも書き足しました。)

・一話のキリトとヒースクリフのやりとりの一部分を加筆/修正致しました。(2012/11/5)

↓以下本編

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――






――何でお前だけ生きてるんだよ

――なぜ俺らを殺した

ヤメロ

――お前のせいだ。お前がビーターなのに俺らに近寄るから不幸になったんだ

ヤメロ

――……ビーターのお前が、僕たちに関わる資格なんてなかったんだ

「止めてくれええええええええええええええええええええええ!!」


 第二話 生き方


 大声と共に身体を思い切り起こす。
身体に嫌な汗がべっとりとへばりついているような感覚を一瞬感じるが、すぐに偽物だとわかる。
この世界にその様なシステムは無い。だから気のせいに決まっている。

(……またこの夢か)

 実際に言われたわけでは無い。自意識過剰とも言える悪夢。
キリトの心を苛む最大の原因。
あれから2ヶ月経過した今も心が癒える事は無い。
むしろ、悪化している。
それだけキリトにとっては衝撃的な事件として心に深く根付いてしまっている。

「……起きたのね」

 派手に呼吸を繰り返しながら徐々に落ち着こうとしていると、隣から声が聞こえる。
そういえば起きた時も何か聞こえたような気がした、と思いつつ声の主へ視線を向ける。
そこには血盟騎士団の副団長、アスナが一人椅子に座ってやや不機嫌そうにキリトの様子を伺っていた。

「気分はどう?まる一日寝てたのよ?」

「あんた……」

 プレイヤーカーソルは既にオレンジから開放され、グリーンに戻っている。
キリトは彼女を見て、自分がこの女の麻痺毒にやられた事を思い出してキッと睨む。

「何のつもりだ」

「介抱してもらっておいて一言目がそれ?」

 アスナは眉を一層しかめ、言い返すが、キリトは態度を改めずに続ける。

「モンスターの麻痺の時に助けてもらった礼は言った。その後はお前らが邪魔をして勝手にここに連れてきただけだろ」

 キリトの言い分は的確だった。
事実、ここに彼が連れてこられたのは完全にアスナやヒースクリフの意思によるものだ。
邪魔をされて悪態をつくのは分かるが、なぜ礼を言わなければならないというのだろうか。
彼からしてみたらそんな理由はどこにも存在しない。
 しかし、彼女からしたら攻略のためという部分があることは否めないが、親切心でやった部分もある。
なのでここまで無碍にされて良い顔をできるはずが無い。

「もうっ!」

 アスナは腰に手を当て、怒りと呆れの混じった声を出す。
キリトはそんな彼女に気を留めること無く、自分が知りたいことを訊ねる。

「それよりここ、どこだ?」

「三十九層。KoBのギルドホームよ。そこの来客用の部屋。
ひとまず何か食べなさい。作るから」

 キリトがここ数日、飲まず食わずで過ごしていたことを看過しているのだろう。
アスナは食事を勧めてきた。

「…………………………は?」

 対し、キリトはそんな彼女の発言にものすごい違和感を感じていた。
眉をしかめ、指を震わせながら恐る恐るアスナを指さす。

「お前が?」

「何よ?文句でもあるの?」

「だってお前、一層で『美味しいものを食べるために、この世界まで来たわけじゃない』みたいなこと言ってたじゃないか!」

 正確に言うと「この町まで来たわけじゃない」なのだが、ほとんど合っている。
アスナはそんな昔のくだらないことを覚えられていて恥ずかしかったのだろう。
顔を真っ赤にして慌てて言い繕いはじめる。

「あ、あの時はあの時よ!別にいいでしょ?料理くらいしたって!」

「そうか!あんた、さては俺を料理スキルの実験台にするつもりだろ!」

「うっさい!そんなわけないでしょ!スキルレベル500超えてるんだからね!」

 キリトは意外だ、という表情を隠せずに居た。顔をガクガクと震わせている。
攻略攻略といつも言っている攻略の鬼がまさか料理スキルという攻略などとは全く関係のないスキルを取っているとは思わなかったのだ。
 そんなあからさまにおかしいだろ、と表情で訴えてくるキリトにアスナはイラッとした。

「いいから待ってなさい!すぐに作るから!」

 肩をいからせながら部屋に備え付けられている小さなキッチンへ向かう。
メニューは予め考えていたのか、スムーズにアイテムストレージから食材を選び、オブジェクト化させる。
SAOの料理は簡単だ。包丁を当てるだけで食材は目的の形に刻まれるようになっている。
とは言っても今回の料理は包丁すら使わないのか、食材を鍋に入れてピピッとメニューを操作するだけの作業だった。
よって、料理は1分もせずに完了する。

「はいっ」

 そう言われて差し出されたものは数種の食材が入ったオカユだった。
身体が弱っているのを見越されての料理。
ゲーム内なのだからそんな配慮の必要は無いのだが、彼女なりの気配りのつもりなのだろうか。
 一方、キリトは料理に手を伸ばそうとはしなかった。
良い臭いこそ漂ってくるが、肝心の食欲が無かった。

「……食べたくない」

 空腹なはずなのに食欲が無いという異常。
それを理解したアスナはアグレッシブに動いた。

「いいから食べる!」

 そう言われてキリトはスプーンに入れられた粥を無理やり口に突っ込まれる。
すると、何とも美味な風味が口いっぱいに広がり始めた。
若干の時間、呆ける。その後、キリトは恐る恐るアスナが持っている粥の器にそっと手を伸ばし、スプーンと共に受け取る。
そして思わず次々に粥を口に入れ始めた。
 食器を空にするのに時間はかからなかった。
すぐに中身は無くなり、それをアスナが手からそっと取る。
それを呆然と見ながらキリトは感想を素直に述べる。

「……美味かった」

「そう?それなら良かったわ」

 嫌なイメージを払拭させる事に成功したためアスナはすまし顔でそう言った。
キリトはほっと一息つき、しみじみと言った。

「こんな美味いもの、ここに着てから初めて食べた」

「……えっと、もっと要る?」

「くれるのか!?」

 そう言った途端、ハッとする。
だが遅かった。それを見たアスナは思わず吹き出す。

「……やっぱ要らない」

 急激に冷静になって考えてみる。
自分はなに、食事を楽しんでいるんだ、と。
また、美味い食事を喜んで飛びついた自分の未熟さ、情けなさにもイライラとした。
本来、このような所でこんなにのんびりしている事すら許されないというのにだ。

「遠慮しなくていいのよ。今度はもうちょっと食べ応えのあるもの作るわね」

 アスナは何か勘違いしたのか、再び料理を作るために動く。
それをキリトは止める事無く、力の無い目で見ているだけだった。




 数分後。キリトはテーブルの方に移動して食事を終え、食器をテーブルの上にそっと置いた。
最初のオカユを食べる時とは打って変わり、キリトの表情には影があった。
美味いことには美味かったが、今度の料理に心が躍るということは無かった。
本当は食事を採ることすら拒否したかった。
しかし、せっかく作ってくれた料理を無碍に扱うのは良くないと思ったため、
こうして完食した。

「……ご馳走様」

「お粗末様。……少しは元気出た?」

 キリトの表情を見る限り、解りきっている答え。
元気など出ていようはずもない。
それでも、キリトは料理を作ってくれた彼女を僅かに気遣ったのか、軽く頷いた。

「えっと……その…………うん、まぁ少しだけ」

「そ。それなら良かったわ」

 嘘なのは分かっているが、嘘を指摘しても話しの流れが良い方向に転がるわけでは無い。
だからアスナは無難にそう言葉を返すことにした。

「……ところで気になったんだけど、なんであんたがここに居るんだ?」

 当然、このKoBのギルドホームに居るのか、という意味では無い。
なぜアスナがここに居て、そして自分の相手をしているのか。
そういう意味を込めての問い。
アスナは聡い。よってその意味を瞬時に理解して答えを返してきた。

「団長から命令されたのよ。君を見張ってろって」

 アスナは自らが進んで請け負ったことは伏せておく。
それを言うのはなんとなくプライドが許さなかった。

「……変わり者だとは思っていたけど随分と変わった趣味をしているなお宅の団長さんは」

「君に言われたく無いと思うんだけど」

 キリトは一瞬、かなり傷ついたような表情をした。
アレと比べてほしくない、とでも言いたげだ。
アスナはそれを無視して本題に入り始める。

「とにかく、もう一人で死にに行くような真似は止めなさい。
何があったのか知らないけどただ死にに行くだけじゃ何も生み出されないわ」

 僅かに顔色が良くなったキリトに対し、アスナはもう遠慮をしなかった。
キリトが寝ている間に思ったことだが、キリトは強い。
なのに、命を捨てようとするその行為は大いに癪に障る行為だった。
ここまで大人しくしていたが、実は彼女は大分イライラが募っていた。
 キリトは視線をアスナから外す。

それに応じるつもりはない、という無言の訴え。
そんな彼の態度をある程度予測していたのか、アスナは予め言おうと思っていた言葉を言った。

「ねえ、何でそんなに死に急ぐの?」

「……別に」

 反応が乏しいキリトに対し、アスナは眉をしかめる。

「話せばスッキリするかもしれないわよ?」

「付き合いの浅いあんたに話すような事じゃない。あんただって自分の悩みを俺に話そうだなんて思わないだろ?」

 視線を反らしたまま、淡々と突き放す様に言われる。
言っていることが理解できるだけに、アスナはそれ以上追求するのは止めた。

「……確かにそうね。ただ、一つ言っておくわ」

 アスナはキリトを叱るように軽く睨む。
その表情にはキリトに対する非難がありありと浮かんでいた。

「この世界では誰もが少なからず、悲しみを背負って生きている。
不幸なのは貴方だけじゃないわ」

 だから悲劇のヒーロー気取りをするな。
アスナはそう言い放った。
それに対し、キリトは鼻をふん、と鳴らして受け流すだけ。
 そんな態度を取られ、当然の如くアスナの機嫌が一層悪くなる。

「自分が一番不幸だとでも思ってるわけ?」

「そんな事を考える権利すら俺には無い」

「あっそ。なら自殺なんて真似、よしなさい。
あなた、なんだかんだ言ってレベルが高いんだから
一日でも早くこの世界を終わらせるよう、攻略に協力する義務があるわ」

「そっちの都合を押し付けるな。そんなに攻略を急ぐのなら
身内だけで仲良くやってくれ。俺は俺の好きなようにやるだけだ。
お前の命令に従うつもりは無い」

「あなたねぇ!」

 思わず怒鳴り散らそうになった事にハッと気づき、
アスナは一度自分を落ち着かせようとする。
しかしそう簡単に落ち着けるはずが無かった。
この話題はこの世界における一番大きな問題なのだ。
自然と言葉に力が入ってしまう。

「こうしている間にも現実の私たちは少しずつ時間から取り残されていってるのよ。
そんな事もわからないの!?」

 キリトはここになってようやく、外していた視線を顔は合わせずにアスナの方へ戻した。

「随分と焦ってるんだな」

「当たり前じゃない!」

「そんなに現実でやり残したことがあるのか?」

「あるわよ!宿題だってやらなきゃならないし……」

 一瞬、キリトの思考が止まる。思慮の外の言葉がきたからだ。
その余りにも予想外な言葉に、キリトは信じられない、と思いながら眉をしかめつつ訊ねる。

「あんた、宿題をやりたいのか……?」

 言った当人もその問いに即答できなかった。

「……そういうわけじゃないけど、とにかくやらないといけないのよ!」

「それ、あんたがやりたい事とは違うんじゃないのか?」

 軽く鳩尾を押し出される感覚が生まれた。
なぜそんな感覚が生まれたのか。理由がアスナにはわからなかった。
自覚していない真実を突きつけられてせいなのだが、それに気づかない。
 アスナは頭が徐々にこんがらがり始めた。
疑問に思う。なぜ、自分は宿題をやりたいと思った?
否、違う。宿題をやらなければならない、と思ったのか。
そう考えると徐々に何か不安なものが心から漏れだしてくる。

(私がやりたいことって……?
……いや、違う。今はそんな事を考えている場合じゃない)

 目の前の少年をどうにかする事。それが今、自分に与えられた任務だ。
それを思い出し、アスナは立ち直ろうとする。
しかし、目の前の少年がそれを故意では無いものの、許してくれなかった。

「宿題をやりたいって人も居るだろうけどさ、そんな場合ってその先に何かあるはずだろ?
何かあるのかあんたは?」

 考える。現実の事を。
親に期待され、それに添うように勉学に励む自分。
友達は選ばれた人とだけしか付き合う事が許されない。
そこに自分の意思の介入など皆無。
 元々アスナは気弱で、いつも誰かの背中に隠れているような性格である。
SAOに着てからは肩筋を張って無理を通してきたが、それは元来の性格とは異なっている。
 とてつも無い違和感。アスナの心の中の何かが崩れ始めた。
身体が揺らぎ始め、安定して座っていることすら危うくなってくる。
それだけ彼女にとって、この問題は自覚していないがとてつもなく大きな事だった。

「普通はさ、皆と違う学年になるのが不安だ、とか将来に影響が出ないか心配だ、とかだと思うんだけど。
あんたはそうじゃないんだな」

「うるさい!」

 本気で怒鳴り声を上げる。
何かに気づかされるのを恐れるように声を張り上げる。

「貴方に何がわかるのよ!
私は早く現実に戻って勉強して、良い学校に入って、皆の期待に応えなきゃいけないのよ!!」

 皆の期待に応えなければならない。
まるで何かに脅迫されてやっているようなイメージがキリトに伝わってきた。

「……ふーん。まあ、あんたがそれで良いならいいけどさ。
それってまるで誰かの都合の良い様に動く操り人形みたいな生き方だよな」

 別に悪気があったわけでは無い。何気なく言った一言だ。
現にキリトの表情は変わっていない。
 けど、その言葉はアスナの心に深く、鋭く突き刺さった。
そしてそれが彼女の心の堰を切る原因となった。

「うるさいうるさい!!」

 キリトはビクッと身体を奮わせる。先ほどまで無かった、ヒステリックさが混ざった声。それにキリトは少なからず動揺した。
 アスナはまるで子供の様に癇癪を起こしている。
それを見て、キリトはアスナを哀れんだ。
生きてきた約16年間、様々な境遇の人間を少なからず見てきた。
しかし、そんな中にアスナの様な人間は居なかった。
 キリトは知らない事だが、アスナは良家のお嬢様、という感じの人物だ。
生まれてこの方それなりに良い暮らしてきたが、
その代わりと言ってはなんだが、親が厳しかった。
だが、彼女はその親から合格点を貰うぐらいの優秀さを周りに示していた。
そんなこともあり、アスナは成績優秀で皆に持てはやされている部分も少なからずあった。
しかし、それは彼女が本当に望んで行っている事では無い。
それでは幸せとは言えない。
今のアスナを見ていると、好きな事をやってそれに突き進むことが出来るというのが、
幸せな人間の条件とさえ思えてくるようだった。

「私は……私は好きでやってるのよ!」

 本心とは明らかに異なっているように感じられる言葉。何かに怯え、無理やり言わされている。
 キリトは違うだろ、と思ったが、これ以上深く突っ込むのは悪いと思うと同時に面倒でもあったため、
言葉で否定する事はしない。

「あんたがそれで良いなら良いって言っただろ?
俺を巻き込まなければ文句は無い。ただ……」

 一度言葉の区切りをつけ、キリトはアスナを睨み返した。

「お前の焦りは危険だ。そのままだといつか攻略中に大勢の死者を出すぞ」

「わかった風な口を聞かないで!!」

「…………仲間は大切にしろよ」

 アスナは一瞬、肩透かしを食らった気分だった。
余りにもこの少年らしく無い言葉だったからだ。
このデスゲームが始まって以来、アスナの認識の上だと
常にソロだったこの少年が仲間を大切にしろ、などと言うとは思わなかったのだ。
 そんな驚いているアスナに気づいていないのか、キリトはふっ、と軽く笑って椅子から立ち上がった。

「まあいいさ。俺が関わることなんて無いしな。じゃあな」

 キリトはアスナの横を通り過ぎ、部屋を出ようとするが、アスナはハッとし、行く先を阻むために扉の前へと周りこんだ。

「待ちなさい。貴方にはKoBに入って貰うわ」

「おいおい、あんたやけに突っかかってくるな。俺の事好きだったりするのか?」

 普段ならば冗談でも決して言わない言葉がスラスラと出た。
キリト自身、完全に開き直っているのは自覚している。

「嫌いに決まってるでしょ!!」

 一際大きな声。それを聞いたキリトはなぜか、内心非常にすがすがしい気分となった。

「だよな。それでもギルドに入れるつもりなのか?」

「ええ。せめて貴方には五十層のボスを倒してから死んで貰います!」

「はは、ギルドメンバーにしておいてから殺すってか。良い趣味してるな」

 キリトは悪ぶった笑みを浮かべ、アスナを見下す。
この場の雰囲気は最悪だ。もし他のギルドメンバーが
今のアスナを見たら卒倒しかねない。

「自ら死のうとしているあなたにだけは言われたくない!」

「悪いけど俺はギルドには絶対に入らない。申請を出しても何度でも断る」

「入りなさい」

「嫌だ」

「入りなさい!」

「断る」

「……四十九層のボスを一人で倒せるような実力を持ってる癖に
何で攻略に積極的になろうとしないの?」

「さあな。現実世界に戻る事を望んでいないからじゃないのか?」

 それを聞いたアスナは急激に頭が冷えた。今の言葉は彼女にとって余りにも信じられない発言だったからだ。
 現実世界へと戻る。それは誰もが望む事。少なくとも今まではそう思っていた。
しかし、目の前の少年は違うという。
この少年はとことん自分の考えられる範囲内に収まらない人物だということを強く感じさせられた。

「いいからさっさとそこをどけ」

 キリトも実力行使を問わないことを覚悟し始めている。
剣を抜き、アスナへゆっくりと向ける。
アスナは大分冷静さを取り戻していたため、それに対して熱くならずに対応できた。

「……だったらせめてもの譲歩よ。
私のパーティーに入りなさい」

「断る」

「これ以上の譲歩はできないわ。こっちは貴方と違って遊びでやってるわけじゃないの」

 キリトは自分のしている事を遊び呼ばわりされ、甚だ不本意ではあるが、
いちいち突っかかっていてはキリが無い。そう思ってここは軽く流すことにした。

「…………はあ、しつこいな」

「団長にボロ負けした時点で貴方に拒否権は無いのよ」

 キリトは諦めたのか、剣を鞘へ納める。
それを確認したアスナはパーティー加入要請をキリトへ出した。
キリトは○ボタンを押し、要請を承諾する。
パーティー一覧にキリトの名前が入ったことを確認したアスナは少し溜飲が下がる。
自分の意見を通せたという小さな勝利感から来るものだろう。

「それじゃ、明日九時にアルゲードの転移門広場に集合。
五十層のボス部屋を探すからしっかり支度して着なさい。
遅刻は許さないわよ」

「へいへい」

 アスナが部屋の扉を開けると出口まで案内するわ、と冷たく言う。
キリトは黙ってそれに付いて行った。





 キリトと別れるとアスナは一人でイライラしながら先ほどの出来事を思い返していた。
まるで誰かの都合の良い様に動く操り人形みたいな生き方――その言葉が頭に引っかかり続ける。
 悔しい事に、キリトが言ったことをアスナは否定できなかった。
振り返ってみれば自分でも納得できる部分が無くも無い。
しかし、それを感情が認めることを許さない。
そして、それを他人に言われて許せるかどうかは話が別だ。

(私のやりたい事って一体……)

 思い返してみれば彼女が自ら進んで始めたのは料理くらいであった。
それ以外に趣味と言えるものは無いし、人付き合いも冷めていた。
 アスナは考える。自分が本当にやりたいことを。
しかし、いくら考えても思い浮かばなかった。

(………………………………あの人のやりたいことって何だろう?)

 暫く時間が経過した後、先ほどまでこの部屋に居た少年の事を考え始める。
彼には何か、やりたい事はあるのだろうか、と。
しかし、そう考えてすぐに無いだろう、と当たりをつけた。
死に急ぐ様な人間がその様なものを持っているはずが無いからだ。
 そう思いつつ、今、キリトがどこで何をしているのかが気になり
パーティーウィンドウを開く。
今頃はどこかの宿屋だろう。必要あらば明日、迎えに行こうかなと思いながら。
 視線を動かす。自分のHP、パーティーを組んでいるギルドのメンバーの情報の一部が見える。






……そこにはキリトの名前が書かれていなかった。






 アスナは暫くの間硬直するが、その意味を理解するとワナワナと両手の拳を奮わせる。
そして本日一番の大声がKoBギルドホーム全体とその近所に響き渡った。
通常の声ならば部屋の外には漏れないのだが、シャウト(叫び声)判定の声量だけは話しが別であるが故に。








(パーティーなんていつでも抜けられるからな。あれで安心したあんたが阿呆だ)

 パーティーに入った後にKoBのホームから離脱し、その後にPTからすぐに脱退して時間の無駄を削るという考え。
パーティーの話を聞いた直後、すぐに思いついた事だった。
アスナも平常時ならばその事に気づけたかもしれないが、冷静さを取り戻していたとはいえ、少なからず興奮が残っていたため気づけなかった。
 キリトは血盟騎士団のギルドホームから離れるために走り続ける。
そしてある程度走った所で足を止め、振り返って立ち止まり、ギルドホームを丘から見下ろす。
時刻は夕方。ギルドホームのある田舎町は夕陽に照らされていた。
 今日は久々に少しだけ、ほんの少しだけ楽しかった。キリトはそう感じてしまった。
例え、罵声を浴びせられようと喧嘩をしようと、人間らしい生活を送ったのは久々である。
ここ暫くは狩りに狩りを重ね、戦いに明け暮れていた。
穏やかな場所で会話を交わすなど、久々だった。
 そのせいか、昨日までは死ぬことに急いていたというのに今は僅かに落ち着いた気分になっていた。
これもあの女のせいなのだろうか。そう思うとキリトは参ったな、と小さい声で言ってためいきをつく。

「……死に損なったな」

 アインクラッドの外周の方へ視線を移す。
かつて彼が居たギルドのリーダー、ケイタが身を投じたその場所へ。
 暫く黙って眺め続ける。風が涼しくて気持ち良い。
そっと撫でて行く風を浴びながら、ふと思い出す。

(丁度あの時もこんな風景だったな……)

 心にあの頃の事が描かれる。
彼らの笑う姿。一緒に戦う姿。
そして最後に必ず思い浮かべてしまう死に逝く姿。

「……俺はどうするべきなんだろうな、サチ」

 寂しい囁きに答えは一度たりとも返ってこない。
風が声を運び、誰かに伝わる前に消えて終わる。
答えが返ってくればどれだけ楽な事か。もし返ってきたなら、キリトは言われるがままの行動を取るに違いない。
しかし、答えは返ってこない。それは有り得ない事。それが途方も無く苦しい。
 夕陽を眺める。眺め続けると、夕陽が心に何か訴えてくる様に感じられた。


――……ビーターのお前が、僕たちに関わる資格なんてなかったんだ


 この夕陽の世界。ケイタが最後に残した言葉。
それが心の中で何度も繰り返され、キリトの心が昨日までの様に冷たくなって行く。

「……そうだよな。許されるはずが無い」

 空虚感を胸に、キリトは夕陽へと言葉を紡ぐ。

「大丈夫だ。俺ももうすぐ……そっちに行く」

 あの様な出来事があったせいか、キリトの心の中に一つの確信があった。
自分が死ぬのはきっと、五十層のボス戦だろう、と。
それが当たるかどうかはわからない。けど、少なくとも今はそう感じられた。
 夕陽に向かって宣言した後、キリトは踵を返してその場から走り去った。
戦い、疲れ果て、絶望の中で何も意味を残さずに死ぬ。
そういう結末を目指して。



[35213] 第三話 迷宮区の戦い
Name: 倭刀◆326c9191 ID:fa07893a
Date: 2012/12/15 12:27
 アルゲードの転移門付近。現在は朝7時なため、解放直後の階層と言えどプレイヤーはそこまで多くはない。
もう少し時が経てば増えることだろう。
 そんな街の中、キリトは迷宮区へと一人、足を進める。
周りに眼をくれる事もなく、足元へ視線を向けたまま歩く姿はどこか寂しさを感じさせる。
 そんな最中、ふと目の前に一人、立って行き先を阻む者が現れた。
キリトは血盟騎士団の副長が待ち伏せしていたのかと思ったが、視線を徐々に上げている途中に全く別の人物だと気づく。
もっと近しい顔見知りで、現状最も顔を合わせたくない人物であった。

「……クライン」

「聞いたぞお前ェ。四十九層一人でクリアしたんだってな」

 クライン。キリトがこのデスゲーム開始直後にフレンドとなった、ただ一人の男。
髭と頭に巻いているバンダナが特徴的で武器が刀で武士の様な格好をしている。
 クラインは怒気を孕ませながらプレイヤーによって作られた新聞を突きつける。
書かれている内容は四十九層、人知れずクリアされる、という内容。
そこにはキリト、とは一言も書かれていない。しかしクラインには判った。
知っているのだ。キリトが一人でクリスマスのイベントボス、ニコラスを撃破するという有り得ない様な事を達成した事を。
だから、キリトならば一人でも49層のボスを倒すのも夢では無いだろうし、
そもそもこんな馬鹿な真似をして成功させる奴など一人しか居ない、と。

「何であんな無茶したんだ」

 キリトは眼を反らし、無言を貫く。
そんなキリトの態度に我慢できないのか、クラインは徐々に声を荒げ始める。

「おい、何とか言えよ!お前ェはそんなに命を無駄にしたいのかよ!」

「そうだよ」

 さらりと当然の様に出された言葉はクラインの心をぎゅっと締め付けた。

「何度でも言うぞ!黒猫団が壊滅したのはお前ェのせいじゃねえ!」

「紛れも無く俺のせいだ」

 クラインは優しい。言い方を変えれば甘い。
キリトがしてきた事の詳細を鑑みればキリトが黒猫団壊滅の原因となっている部分はかなり大きい。
それなのにキリトを庇うものだから、クラインの言葉は今のキリトに自分の罪を再認識させるための苦痛の言葉でしか無くなってしまっている。
 そうこう話している間にも、キリトは僅かながらも徐々に人の視線が集まってくるのを感じる。
頃合を見て、クラインとの会話を無理やり切り上げるべく歩き出す。
クラインは止めようとするが、その前に別の人物がキリトの前に現れたのに気づき、行動を止めた。

「よお、坊主。朝早いな。結構なことだ。ガッハッハ」

 着ている服は血盟騎士団の制服。
巨漢でどこか豪快さを漂わせているその雰囲気。
キリトには見覚えがあった。先日、五十層の迷宮区に居た血盟騎士団の団員の一人だ。

「おっと、そういや自己紹介がまだだったな。血盟騎士団のフォワードの指揮を預かるゴドフリー――」

 そう言っている間にもキリトは無言で男、ゴドフリーの横を通り過ぎようとする。
だが、その際、自分の足が地面から離れて度肝を抜かれるハメとなった。

「な、何する!」

 キリトの持っている装備の重量とかを考えると、キリトを持ち上げるには
並みの筋力値では無理だ。
恐らく、このゴドフリーという男は完全に筋力値先行型なのだろう。

「おいおい坊主。人が自己紹介してんだから最後まで聞けや。
まあいい。それより、副団長は午前9時に到着される。あと2時間程ある。それまで待つんだ」

 そこまで言うとゴドフリーは暴れているキリトから手を離す。
キリトはスタッと軽快に着地すると無言でまた歩き出した。
これ以上、俺に関わらないでくれと背中でアピールするが
それで引き下がるゴドフリーではなかった。(実際は単純にキリトのほっといてくれオーラを読めなかっただけだが)

「待て待て。お前さんには悪いがここで待機していてくれ。わしが組むわけでは無いが、副団長にお叱りを受けてしまうのでな」

 ゴドフリーは再度キリトの襟をつかもうとするが、それより早くキリトが走り出す。
だが、それを見越していたのか他の血盟騎士団の団員が脇道より飛び出してきた。

「全く、たまに朝早く着てみたらこれだ。もっと遅く来るんだっ――」

 飛び出してきた団員がなにやらブツブツと文句を言う。
まだ眠いのか、欠伸を一つ。その瞬間。

「おぼぶげばっ!」

 キリトの無言のとび蹴りが顔面に綺麗に炸裂した。
圏内なため体力は減らない。キリトは後ろを振り返らずにそのまま走り去った。

「ばかもーん!!油断する奴があるか!」

「ごほっごほっ、とは言いましてもねゴドフリーさん。ぶっちゃけ俺にアイツ止めるの、無理っす。
というかやる気が出ないから無理っす」

「やってみんとわからんだろうが!追うぞ!」

「いや、それこそ無駄っすよゴドフリーさん!俺たち完全に筋力馬鹿なんですから!」

「そんなの気合でなんとかせんか!ほら走れ!」

 ゴドフリーは武器である斧を取り出すと、団員に向かって振り下ろした。
当然当てるつもりは……あったらしく、団員が避けた直後、元々居た位置に斧が振り下ろされていた。

「ひ、ひぃぃっ!あ、あんた本気で殺そうとしただろ!」

「デュエルもしてないのに圏内で殺される奴が居るか!無駄口叩いてないで走れ」

「あーもうウゼェ!!」

 血盟騎士団の二人がキリトを追うため、その場から走り去る。
その後には完全に置いてけぼりにされたクラインが一人、ポツンと立っていた。





 第三話 迷宮区の戦い





 フィールドを進んだ後、迷宮区へと到着する。
背後を度々確認したが、血盟騎士団の気配は無かった。
完全に巻けたと確信し、特に感慨に浸ることなくすぐにマッピングを開始するために
昨日、ヒースクリフと決闘を行った付近まで戻る。
 迷宮区にはまだ他のプレイヤーの姿は無い。
迷宮区に繋がるフィールドも敵がなかなか厄介なことに加え、地形も公開されていないため、それに手間取っているのだろう。
それに何よりもハイディングがなかなか有効なフィールドであるため、団体行動より
ソロでハイディングもちのプレイヤーの方がこの階層のフィールドに関しては速い。
隠密行動があれば更に早いのだが、ハイディングがあるか無いかでも大分違う。
とは言ってもそれはあくまでもフィールドだけの話で、迷宮区に入ってしまえば
パーティーの方が早いのは昨日戦ったモンスターからしても明らかだろう。

(……ん?)

 ふと、道の真ん中に違和感があった。
極細い溝が入っており、キリトはそこへ手で触れる。
すると、床は力を入れた分だけ沈む。
何かのトラップなのだろう。
他のユーザーの事を考えると解除した方がいいのだが、
残念ながらキリトは罠解除スキルを修得していない。
他プレイヤーにこの事を知らせたくとも残念ながらここは迷宮区。通信手段が無い。
 キリトは些か悩んだが、放置する事にした。大抵のソロプレイヤーは罠を看過できるスキルを修得しているし、
パーティー単位で動いているメンバーも各パーティーに一人、罠解除のスキルは必ず持っているためだ。
だから無理して連絡する必要など無いと判断してその場を去る。
 黙々と敵を倒し、マッピングを進める。その作業を延々とこなしている間に時間は夕方にさしかかろうとしていた。
マッピングは簡単に終わるものでは無い。キリトは野宿をするために安全エリアへ向かいたかったが、それが出来なかった。
理由は単純。まだ安全エリアが見つかっていないためだ。

(敵との戦闘に時間がかかりすぎてるな……。もっと効率を上げないと)

 キリトは数日前より、自分の動きが鈍っているのを実感していた。
一度睡眠を取って狩りの間が空いてしまったせいか。
それとも――。

「……んなわけあるはずが無い」

 一瞬頭に血盟騎士団の副団長の顔が思い浮かぶ。
思えば例え攻略を進めるため、という下心があるとはいえ、あそこまで自分に関わろうとしてくる人物は初めてだった。
だから少し情が移って死に向かうのを戸惑っているのかもしれない、と考えたがすぐにそれを否定する。
 実際、キリトは先日よりも大人しい狩り方をしてしており、その理由は上記の通りだ。
しかし当人はそれを受け入れる事はせず、再びダンジョンの奥へと足を進める。
安全エリアが見つからなければ寝ないでマッピングを進めれば良い。
昨日は丸一日寝てしまったと聞いていたため、またぶっ通しで戦う事に戸惑いは無かった。

(そうだ。前まではずっと寝ずにやっていたんだ。寝なければ良い)

 モンスターがすぐ横にポップする。
それを剣ですぐに斬る。
土竜型モンスターの戦いにも大分慣れてきたため、初期より大分早く決着がつくようになってきていた。
モンスターを倒してポリゴンが散ると、剣を鞘へ戻し、先へ進むため身体の向きを変える。

「キャキャキャキャキャ」

「!!」

 突然の耳元の声に思わず飛び退く。
声の方を確認すると、そこには半透明の浮いた布、分かりやすく述べると
オバケの様なモンスターが居た。

「キャキャキャキャ。キャキャキャキャ」

 何が楽しいのか、ひたすら甲高い声で笑っている。
攻撃してくる気配は無い。カーソルを見てみるが、やはり敵。
ポップするエフェクトは発生していなかったため、かなり高レベルのハイディング、もしくは隠密行動を使えるモンスターなのだろう。
 オバケはひとしきり笑うと、通路の奥へふよふよと揺れながら移動し、視界から消えると黙り込んだのか、辺りが急に静かになった。
もしかしたら、驚かせることを専門に活動しているタイプのモンスターなのかもしれない、と検討をつける。
そう仮定すると、完全に嫌がらせのための存在だ。
ここまで遭遇しなかったのは、恐らく陽が沈む時間が近づいてきてから出るタイプだからなのだろう。
夜になれば下手をすると、この鉱山ダンジョン全体がオバケの巣窟になるかもしれない。
そう考えながらキリトは気を取り直し、先へ進む。

『イヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!』

 ピタリ、と立ち止まる。
どこかのパーティーが先ほどのオバケモンスターと遭遇したのか、物凄い大音量の悲鳴が聞こえた。
そして、その声にどこか聞き覚えがあるような気がした。
 悲鳴声が上がると、当然のようにそこにモンスターが大勢集まりだす。
つまり、ここにもすぐに敵が押し寄せてくるだろう。
恐らく、この状況で一番賢いのは転移結晶を使ってこの場から完全に離脱する事だ。
だが、キリトは転移結晶を取り出す事は無かった。
敵が襲ってきて死ぬのは望む所だ。
しかし、それ以上に当人は認めないが
モンスターに囲まれるだろうプレイヤー達が心配だった。

「……一応様子を見に行くか」

 そう独り言を漏らして軽く走り出した。
 自分が敵を引き連れない様に気を配りつつ、曲がりくねっている道を走っていると、前方に人の気配を捉える。
キリトの方へ向ってきており、その後方に多くのモンスターを従えている。
一方、キリトは全く慌てていないものの、索敵スキルのおかげで後方にはモンスターが大勢迫っている事に気づいている。
よって、今逃げてくる者たちに転移結晶を使わせて上げられる暇は無い。

「こっちは俺が抑える!あんたらはそっちの敵を何とかしろ!」

 念のために維持していたハイディングを解き、
前方から走ってきた血盟騎士団の者たちに背を向け、剣を構える。

「き、キリト君!?」

 突然現れた事に驚いているのだろう、後方からアスナの驚いた声が聞こえるが無視する。
既に敵は着ている。それを確認したのか、今逃げてきた血盟騎士団の者たちは迎撃体勢に入った。
キリトは急ぎ、予めオブジェクト化してあった耐毒ポーションを飲む。
これで麻痺毒で反って足手まといになる、という状況だけは防げる。

「私も手伝う!」

 キリトの隣にアスナが並ぶ。既にフェンサーを構えており、共闘する気満々である。

「こっちはいいからあっちを何とかしろ!」

「あっちは私が抜けても4人居る!この狭い通路なら4人以上居ても意味が無い。
こっちは君一人じゃない!」

「なら……勝手にしろ!」

 これ以上言い合っている時間は無い。そう判断し、キリトは仕方が無くアスナと敵の対処を始めた。
敵は同時に三体きた。基本的に一人が一匹を相手し、残りの一匹をフォローしながら足止めをする。そのような流れになる。
 アスナがソードスキルを使ったらその隙をキリトが上手くフォローする。
対し、キリトはソードスキルをほとんど使わずに敵を止める。
アスナはフェンサーとファイター性能の特性上、敵を足止めするのには向かない。
だから、敵の波を止めるには倒し続けるしかない。
対し、キリトも武器防御スキルはあるが盾には劣ってしまうため、
敵の足止めには向いていない。けど、アスナよりはマシだ。
フェンサーは片手剣と比較すると耐久値が減りやすいため、片手剣で防ぐより劣るためだ。
よって、キリトはアスナを上手くフォローしてやらなければならない。
とは言っても、足手まといなわけでは無い。
第一層の時から感じていたが、良いセンスをしており、攻撃の仕方が的確だった。
一人で足止めするよりは断然、二人の方が楽だ。
 そんな二人だが、徐々に体力が削られる。
キリトは良い。武器防御スキルもあるし、アスナより若干レベルも高い。
それに、持ち前の素早い反応を活かして敵を上手くさばいて、まだ体力も半分を切っていない。
しかし、アスナがそろそろ危険だった。イエローゾーンに入っており、
そろそろレッドに迫ろうとしていた。
敵数もまだ残っており、減るどころか、増す一方で状況は良くならず、むしろ悪化している。

「アスナ!一度下がって回復しろ!」

「でも、それじゃ君が!」

「俺はまだもつ!だから早く!」

「……うん、わかった!お願い!」

 下手に論争するより回復した方が良いと判断したのか、アスナは素早く一歩下がり、急ぎ高価な回復結晶を使う。
その直後、背後から声がかかった。

「アスナ、こっちの始末ほとんど終わったよ!」

 血盟騎士団の女の子からだ。
反対側を見てみると、敵の姿が一、二匹程度となっている。
 既に団員の一人がこの場から逃げたかったのか、走り出している。
それを見てキリトは急ぎ声を上げる。

「下手に動くな!ここは確実にこっち側の敵を倒せばそれで済む!」

 下手に動いて敵の軍団に突っ込み、挟み撃ちされれば今よりも辛くなる。
それならば今、狭い通路という地の利があるこの状況を耐え抜く方が懸命と言えよう。
 しかし、キリトの意見になど聞く耳持たないのか、聞こえていないのか、
それともこの場から逃げたい一心なのか、団員の男は止まらずに走る。
そしてその後を団員二人が追い始めた。
状況が良く無い方向へと動き出し、思わず舌打ちをした。

「キリト君、いくよ!」

 アスナはキリトの言う事が理解できたのだろうが、それでも走っていった団員たちを見捨てるわけにはいかないため、
後に続く事を決めた。

「俺の事はいいから先に行け!」

「そんな事言ってる場合じゃないでしょ!」

 アスナは頃合を見て、キリトの左腕を引っつかみ、全力で走り出した。
キリトは一瞬つんのめりそうになるが、慌てて体勢を立て直してアスナに続いた。

「強引だな」

「君がもたもたしているからでしょ!ほら、走りながら回復する!」

 キリトの愚痴に怒鳴って返す。
キリトは若干嫌そうな顔をするものの、素直に回復結晶を使って回復を行った。
 そうしている間にも血盟騎士団のメンバーたちが進む道を選択していく。
出来るだけ敵数の少ない道を選ぶ。しかし、倒せど倒せど敵が現れる。

「いくらなんでも多すぎる!」

 アスナが苛立たしげに声を荒げながら言う。
 こういうオンラインゲームは人が行かない場所ほど敵が自然と貯まるようになっている。
倒した敵はそのマップ上のランダムな位置で沸くため、攻略されていない場所ほど
敵が貯まっていくのだ。
よって、今、キリトたちが居る位置はまだマッピングが行われていない場所なため、敵が貯まっている。
だが、それでもやたら多かった。

「……もしかしたらこの階層、シャウトするとモブのポップ率が上がるのかもしれない」

「え?」

 キリトの予想外の発言にアスナはキリトの顔を伺う。
意味が上手く伝わらなかったのか、それとも聞こえなかったのかわからないが、
詳しく説明を始める事にした。

「あんなシャウトさせるためのモンスターが居るぐらいだ。シャウトするとポップ率が上がる可能性はある」

「いくらなんでもそんなむちゃくちゃなシステム……」

「ありえる!このゲームのトラップは性質が悪い!」

 このゲームのシステムを決して舐めてはいけないことをキリトの心には深く刻まれている。
キリトの真剣な表情にアスナも心得たのか、これ以上反論はしなかった。

「もう嫌だ!俺は逃げる!!」

 突如、中年の男がそう発言した。
声に反応して振り向いてみるが、既に転移結晶を掲げ、転移の光を放ち始める。
だが、すぐ近くにいた団員がそれを無理やり殴って止めた。オレンジカーソルになるが、
そのような小さな事に拘っている場合では無い。

「って、何すんだてめぇ!!」

「正気かお前は!俺たち全員に敵を押し付けるつもりか!
こんな時に一人で逃げようとするな!仲間が死ぬぞ!」

「うるっせぇ!大体こんな状況になったのも副団長のせいじゃねえか!
副団長が責任取って俺たちを逃がすべきだ!そうじゃねえのか!」

「お前、アスナ様に何て事を!」

「止めて下さい二人とも!言い争ってる場合じゃありませんよ!アスナの事はひとまず置いといて
皆で逃げる事を考えないと!」

 一触即発の状況をアスナと同じぐらいの年齢であろう少女が何とか止める。
言い争っている場合では無いという事は男二人も判っているのか、渋々と引き下がって再び
敵との戦闘に戻る。
 アスナは敵と戦いながら、気まずそうに表情を曇らせる。
その余りにも苦しそうな表情にキリトは我が事の様に心が痛んだ。

「前方と右、敵だ!」

「左しか無い!」

 敵を殲滅しながらメンバーたちが進む道を選択する。
キリトも索敵スキルを使ってできるだけの敵の位置を把握し、
団員たちの判断が正しいと理解したため、何も口を挟まない。
後方からは敵がまだ大量に迫っているため未だに転移結晶を使う暇も無い。
 そんな時だった。ふと、前方のプレイヤーたちの姿がブレる。

「え?」

 何が起きたのか。隣のアスナから唖然とした声が上がる。

(――落とし穴!?)

 かなり助走がついているため、急に止まる事はキリトもアスナも不可能。
刹那、キリトは咄嗟に判断してアスナを自分に抱き寄せて、更に加速する。
アスナが驚いて小さな悲鳴を上げるが、知った事では無い。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 壁に向ってジャンプする。体術のスキル、ウォールラン。
落とし穴の長さは5m近く。走りきるには微妙な距離。
この距離を人を一人抱えて飛び越えられるか。
 雄叫びをあげつつ一気に走る。躊躇したが最後、落ちる。
壁を強く蹴るだけではいけない。ウォールランには独特なコツがある。
走っていると少しずつ高度が落ち、暗闇が近づく。

(駄目だ!)

 せめてアスナだけでも。
そう思ってウォールランの途中、キリトは身体を捻ってアスナを放り投げる。
アスナは落とし穴を越え、どさりと地面へ落ちる。

「き、キリト君!?」

「だ、大丈夫。ギリギリだ」

 そう言ってキリトは地面に腕をついて這い上がろうとしていた。
アスナは急いでそれを助け、無事、二人とも反対側へ飛ぶ事に成功した。
キリトは成功した事に一瞬ほっとするが、すぐにまた緊張感が走る。

『うわあああああああああ』

 落ちた4人の叫び声が木霊する。4人が落ちた事が悔やまれるが、とてもじゃないが4人も止めることなどできなかった。
罠解除スキルを持っている人が居たのだろうが、道を曲がった直後で判別しきれなかったのだろう。
 また、状況は更に目の前で悪化していっている。
今までキリトたちを追ってきていた敵がどんどん落とし穴の中へと落下していくのが見えた。
つまり、この下に落ちた4人に襲い掛かっている、ということだ。

「皆!」

 アスナが急ぎ、飛び降りようとするのをキリトが慌てて腕を掴んで止める。

「落ち着け!下手をするとこの下は結晶無効化空間だ!
だったら4人を助けるためにも縄が要るかもしれない!
お前、持ってないか!?」

「も、持ってないよ!」

 それを聞いたキリトは悔しそうに呻く。

「やっぱロープは鉱山ダンジョンを攻略するのには必要なアイテムだったのか!?」

 そう話している間にも落ちていく敵を見て歯噛みする。
このままだと下手をすれば落ちた全員、ゲームオーバーになる。
迷っている暇は無い。

「アスナ!一度町に戻って応援を呼ぶんだ!ヒースクリフでも誰でもいいから強力なメンバー連れてこい!
その間、俺は4人を追ってできるだけ持ちこたえる!」

「そんな!それならギルドの部外者の君が戻って――」

 巻き込んでしまって悪い、と思っているのだろう。
アスナがそう提案するが、言い終わる前にキリトは大声で割り込む。

「俺は応援を頼める人間が居ないんだ!血盟騎士団の団員たちとのコンタクトも取りづらい!」

 ソロプレイヤーの宿命か。すぐに協力してくれるメンバーを集めるのにもどうしても苦労してしまうという切実な問題。
それに、ここは未開の地である五十層。こんな危険な状況のプレイヤーを助けにきてくれる人間も早々居ないだろう。
ならば、ギルドの重要な立場にいるアスナを戻し、大至急応援のメンバーを連れてくる方が早いし確実なのは間違い無い。

「俺が下に行っても持ちこたえられるかどうかはわからない。けど、4人を助けたいのなら早く行け!」

「…………ごめん、無理」

 否定された事により、キリトは余計に気持ちが高ぶる。

「迷っている場合じゃない!早く行くんだ!」

「だって……だって!!こんな状況に皆を追い込んだのは私なんだよ!?」

 アスナは左手のひらを自分の胸に当ててキリトにそう言う。
 キリトは言葉を詰まらせる。
先ほど聞こえた悲鳴。あれはやはり、アスナによるものだったのだ。

「皆が死ぬかもしれないのに、私一人だけ安全な場所に逃げ帰ることなんてできるわけないじゃない!!!」

 そう言うと、アスナはあろうことか自ら落とし穴へと身を投じた。
それを見て、キリトは信じられない、という風に目を見開き
止めようと腕を伸ばすが、1テンポ遅れて、アスナは穴の底へと落ちて行った。

「馬鹿野郎!!どうなっても知らないぞ!」

 そう悪態をつきながら、キリトもアスナの後を追った。






 地面に着地し、周りの状況を確認する。
上に居た時よりも辺りは薄暗く、なかなか眼が慣れない。
魔物の蠢く音が気持ち悪く耳に入ってくる。

「ギャーーーーーーーーーーーーーーー!!」

 形容しがたい不快な音が鳴った。
途端、キリトは何かに怯え、情け無い声を上げる。
それと同時に視界が暗闇に慣れてきて辺りが見えた。
 状況は最悪だった。
既に二人がレッドゾーンに突入し、一人がイエロー状態となっている。
そして、イエローのプレイヤーは麻痺にかかってしまっており、レッドゾーンの一人が毒状態。
このままではもう間もなく死ぬだろう。
 3人の周りには敵。3人の姿を埋め尽くさんばかりの数。
一人、男性プレイヤーの姿が無い。恐らく、先ほどの悲鳴と不快な音が死亡エフェクトの音だったのだろう。



 思い出される。

この状況は余りにも似通っていた。

転倒した所に敵に次々と攻撃を打ち込まれて死に逝く「仲間を。

敵に囲まれ、槍で捌ききれず死亡する仲間を。

そして、手が届かず救えなかったサチを。


「……また、なのか?」

 キリトは震えた声で自身に問う。
またトラップで人を失ってしまうのか、と。
今度は見慣れた仲間では無い。
ほとんど縁の無い人間だ。
 しかし、それでもキリトは心底死んでほしくない、と思った。

「う、うあああっ!」

 悲鳴が聞こえた直後、動きだす。
助けなければ。そんな使命感が身体中を駆け巡る。

「た、助けてくれぇーーー!!」

 怯えながらも男は必死に剣を振るう。
 キリトも必死に割り込もうとするが、三人の間には敵が多すぎる。間に合わない。
男が敵の攻撃を受け、HPバーを全て失ってしまったのが眼に映る。

「し、死にたくねぇ!死にたくねえよーーーーーーっ!!」

 そう叫びながら男が一人、その身を散らした。

「いやああああああっ!!」

 アスナの悲痛な叫び声が痛いほど耳に届く。それをキリトは無意識に無視する。
そんな事に構っている場合ではない。

「うあああ!!」

 叫び声か、気合の篭った声か。どちらとも取れる声を上げながら剣を全力で振るう。後隙など考えず、ただただ敵を葬ることのみを目的として。
 キリトは願う。戦いながら、ひたすら願う。 
敵の攻撃を受けても構わない。死んでも構わない。
だから、だから頼むからこれ以上死なせないでくれ、と。
あの悲劇をもう一度、起こさないでくれ、と。

「死なせない!!」

 声を上げつつけ、ひたすら斬る。もう結晶無効化エリアだということはなぜか肌で感じ取っている。
 心臓付近にモグラの爪が刺さる。
その不快感など受け入れず、仰け反りが終了した直後、反撃をして斬り飛ばす。
 一つ、耳に嫌な音が届いた。
聞き覚えのある、一番聞きたくない音。
また、一人守ることが出来なかった。

「これ以上、死なせるかーーーー!!」

 叫び声を出しすぎ、掠れて行く。それでもまだ、叫び続ける。
脳が焼ききれるほど早く動く。自分の命など知ったことでは無い。
 最後の一人、アスナと同い年ぐらいの少女がやられそうになる。その前にキリトが敵を倒そうとする。

――間に合え

だが、キリトと少女の間には敵が2,3体居るという状況。

――間に合え間に合え!

少女の後頭部に敵の攻撃が

――間に合え間に合え間に合え間に合え間に合え間に合え間に合え間に合え間に合え間に合え
間に合え間に合え間に合え間に合え間に合え間に合え間に合え間に合え間に合え間に合え間に合え
間に合え間に合え間に合え間に合え間に合え間に合え間に合え間に合え間に合え間に合え間に合え
間に合え間に合え間に合え間に合え間に合え間に合え間に合え間に合え間に合え間に合え間に合え
間に合え間に合え間に合え間に合え間に合え間に合え間に合え間に合え間に合え間に合え間に合え
間に合え間に合え間に合え間に合え間に合え間に合え間に合え間に合え間に合え間に合え間に合え!!

「間に合えーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」



 当たった。


「あっ……」

 場がシンと静まった気がする。はっきりと、少女のすすり泣き声が聞こえる。
もうすぐアバターが散る。キリトにはそれが判ってしまった。
キリトは情け無い声を上げ、顔にも絶望が広がり始める。
 少女は目から涙を流し、唇をわなわなと震わせながら、身体から光を放ちはじめる。

「茅場……かやばぁーーーーーーーー!!」

 天井に向ってヒステリックな声を出し、洞窟全体に響かせる。
シャウトで敵を呼び寄せる事などもう頭に無いのか、力の限り叫ぶ。
そんな少女の叫ぶ姿からキリトは眼が放せなかった。


「お前は何のためにこの世界を!!呪ってやる!お前が死ぬまで、私はあの世でずっとお前を呪――――」

 言葉は最後まで続かなかった。その前に少女のアバターは四散し、このゲーム……そして現実からログアウトした。

「嘘……だろ?」

 誰一人として守れなかった。
どれだけこの状況を頭の中で否定しても、もう死んだ人物は帰ってこない。
キリトの身体から力が抜けていく。
もうどうでも良い。ここで死のう、と。



 けど、背後からの叫び声がキリトに再び力を込めさせた。
後ろを振り向いて見ると、アスナが一人、奮闘していただろう姿があった。
ただ、今は麻痺状態になって倒れてしまっている。

(そうだ……まだ一人、残ってる…………!!!)

 キリトの体力はもうすぐイエローゾーンへと入ろうとしている。
それでも怖気づかない。
ここで最後の一人を死なせてしまう方がよほど怖い。
 アスナは身を震わせている。怯えているのだろうか。少なくともキリトにはそう見えた。
その姿が何となくサチの怯えている姿と被った。

(絶対に死なせやしない!!!)

 誓い、立ち上がり、剣を再び振るう。
敵を倒し、一瞬の隙間を見出してアスナを持ち前の筋力を活かして担ぎ、
壁際へと移動して降ろす。
これで大分守りやすくなった。

「に……げて……」

 涙声が混じった言葉が背後から聞こえる。
精一杯、強がって言っているのが丸分かりだった。
歯をガチガチと鳴らしている音まではっきりと聞こえる程なのだから。

「……安心しろ」

 キリトはこんな、絶望的な状況だというのに、全く心を乱さなかった。
絶望の中の僅かな希望。
この少女を護りきれるかもしれないという希望。
それが目の前にある限り、いつまでも剣を振るえる自信があった。

「絶対に……」

 再び顔を引き締め、目の前の敵と向き合う。
そして、心からの言葉を紡ぐ。

「あんたは俺が守る!!」

 戦い続ける。
薙ぎ払う、突く、叩き斬る、斬り上げる。
刺される、斬られる、叩かれる、体当たりされる。
攻防はひたすら続く。
状況は絶望的。先が見えない。
敵の数は少しずつ減少する。しかし、それ以上にキリトの体力の方が
確実に削られている。
 アスナはそろそろ解毒ポーションを飲んで麻痺を治しただろうか。
そんな事が頭の片隅で思われる。
彼女の事だろうからしっかり用意しているだろうが、最悪の場合、解毒ポーションが無い可能性も無くは無い。
その場合は弱い麻痺でも回復まで最低十分はかかる。
そして、ここは五十層。なかなか強い麻痺だろうから
回復まで15分はかかると見た方がいいだろう。
だから彼女がポーションを持っていない場合、すぐにでも与えなければならない。
しかし、それは難しい。現在、キリトのオブジェクト化しているアイテムの中に
解毒クリスタルはあるが、解毒ポーションは無い。
アイテムストレージの中にはあるが、取り出すのに2,3秒は最低かかる。
それだけの時間を費やしてしまったら、すぐ様敵に一方的に攻撃されて死を迎えることになる。
だからそれは叶わない。
左手だけでストレージを開き、操作する事も可能ではあるが、
左手で体術スキルも駆使しつつ戦わなければとてもでは無いがこの状況を抑えられない。
 実はアスナはこの時、解毒結晶が使えないか試した。
しかし使うことが出来なかったため、そのせいで余計に時間を浪費していた。
アスナはまだ解毒ポーションを持ってはいるものの、飲めていないため戦線復帰には時間がかかる。
 キリトはアスナが回復に手間取っている間にも、戦い続ける。
この調子ならば、自分は死ぬ。キリトはそう確信した。
死ぬのは構わない。彼の望む所でもある。
しかし、後ろの少女を助けられないのがただ一つの心残り。
せめて最後の一匹と刺し違えたい。そう願う。
 敵が襲ってくる。紫色の泥の塊の様なモンスター。
飛び掛ってきた所を、アスナに近づけないために剣で弾く。
そこで、武器に違和感が生じた。
かつてこの階層より少し前でも感じた違和感。
その違和感の正体は武器の耐久値の減少。

(まずいっ――!!)

 一気に危機感が溢れ出す。
今使っている武器はメイン武器ではない。メイン武器はボス戦のために取っておいてある。
 メイン武器の方はニコラスと四十九層のボスを相手にしてかなり耐久値が減っていたため
NPCに頼んで修理を行った。だから修復された状態だ。
しかし、サブの武器は当分はもつはずだったし、いざとなればメイン武器に代えて
行けばいいと考えていた。
 だが、予想外の攻防により武器の消耗が激しい事に加え、この様な敵による
武器の耐久値減少までは計算に入れていなかった。
解毒ポーション同様、それをアイテムストレージから取り出す暇は無い。
つまり、この武器が壊れたらそれと同時に全ては終わる事になる。
 意識はどんどん加速していくというのに、それでももう戦う事ができない。
モンスターの姿からしても武器の耐久値を削る気配があったはず。なぜ気づかなかった、と自分を強く責める。
武器の耐久値ぐらい常に全快にしておくんだったと強く後悔する。
 だが現状、この剣でどうにかしなければならない。
後どのぐらい持つか。最後まで持ってほしいと願う。
 そう願っている時、鳥の敵の突進がキリトに当たって一瞬怯む。
眼を見開き。歯を食いしばって耐える。大きな仰け反りが起きない様耐えなければその瞬間ハメられる。
耐えた。耐え切った。しかし、それと同時に泥のモンスターの攻撃が剣に当たる。
そこで武器の耐久値が限界を迎えたのか、剣が綺麗に砕け散った。

(……ごめん、アスナ)

 心の中で静かに謝る。
これでは敵を薙ぎ払うことが出来ない。
アスナの方を横目でチラッと見る。
まだ麻痺からは回復していない。

「ひっく……」

 嗚咽が聞こえた。

(ああ、泣いてるのか……)

 珍しい光景だろうな、と思った。
いつも強気な血盟騎士団の副長が
こんな場面とはいえ、泣いているとは。
 そんなアスナを見たせいか、自然と護ってあげたいという気持ちが競りあがってきた。

(……そうだ)

 剣が消え去った右手に力を込める。

(……まだだ!!)

「うおおおおおおおおっ!」

 敵に向って右手を突き出す。
エクストラスキル、体術だけに切り替える。
このゲーム内で素手でも唯一戦えると言ってもいい手段。
だが、これも所詮は時間稼ぎ。
どんどん敵が近寄って来て、キリトが敵の攻撃を受ける。
だが、無いよりはずっとマシ。
この絶望的な状況、切り開けるとしたらこれしか無い。このスキルしか無い。
しかし悲しいかな。キリトは剣と比較したら体術は余り鍛えていない。
一番不味かったのは間合い管理が身体に染み付いていない事。
敵の懐に潜り込んだはいいが、次の瞬間、横から一際強力な攻撃がキリトに当たる。
そのせいでアスナから若干離れてしまい、そこを敵がキリトをあざ笑うかの様に横をすり抜ける。

(しまっ――)

 破綻が始まる。
後ろの敵を攻撃しようとすると他の敵がキリトを殺しにかかる。
前の敵を迎撃しようとすると通りすぎた敵がアスナへ一方的に攻撃を加える。
一番希望がある行動の選択肢は、彼女が体力を全損する前に麻痺から回復し、
自分の力で敵を跳ね除けること。
しかし、それも希望的憶測である。

「くそ……くそっ!くそっ!クソーーー!!!」

 どれだけ悪態をついても事態は好転しない。



――また、皆を死なせてしまうのか。


……あの時とは状況が違う。今回は俺のせいじゃない。


――また、誰一人助けられないのか。


……今回は出来る限りの事をした。最善を尽くした結果だ。きっと誰にも責められない。


――それで良いのか?


……良いはずが無い!!


 願う。願う。ひたすら願う。
誰か、彼女を助けてやってくれ、と。
オレンジプレイヤーの連中でも、なんなら茅場晶彦でも誰でも良い。
自分はどうなってもいいから、どうか彼女を救ってくれ、と。
 




 その願いは――――





「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」





――――届いた。





 耳を疑った。自分以外の、少し野太い声が聞こえた。
目の前の敵のポリゴンが散る。
一瞬、何が起きたかわからなかった。
敵は体術スキルで止めを刺せるような体力ではなかった。なのに敵が消えた。
状況をすぐに理解できなかった。
ただ、頭では理解していないというのに、口と身体は勝手に動いた。

「クライン!アスナを頼む!」

 瞬間、突如その場に現れたクラインはキリトの横を高速で駆け抜けて行く。
その際、確かに聞こえた。任せろ、と。
そしてクラインが走り抜けた直後、強烈な音が響いた。
刀の強力なソードスキルがクリティカルで敵に炸裂したのだろう。
その攻撃でアスナを襲っていた敵の体力は全損し、その身を散らした。
 状況は良い方向へ一変した。
クラインに続き、次々に風林火山のメンバーが上空から降りてくる。
そして最後にロープがスルスルと降りてくる。
上に一人、もしくは数人が残って縄を降ろしてくれているのだろう。

「ほら、飲んどけ」

 メンバーの一人よりハイポーションを渡される。
受け取る前にアスナは大丈夫か、と心配して様子を見たら
麻痺は未だに治っていないもののクラインが守ってくれているため
大丈夫そうだった。
それを確認した後、急いでハイポーションを飲み干してメインの武器を取り出す。
そして再び前に出ようとするが、風林火山のメンバーに止められた。

「坊主はリーダーと一緒にアスナさん守ってあげてくれ。雑魚は俺らに任せろ」

「でも……」

「いいから。お前、自分の残りのHP判ってんのか?」

 そう言われて見てみると、僅か1ドット残っているかどうか、という状況になっていた。
思わず、「あ……」と間抜けな声を漏らす。
キリトが納得したのを確認すると、風林火山の男は笑顔になって言った。

「判ったのなら大人しく下がってろ。それと……よくここまで頑張ったな」

 一瞬、褒められた事にポカンとする。
だが、男はすぐに戦闘体勢に入ったため、キリトもとりあえずアスナの場所へと戻った。
それと同時にアスナは麻痺が治った様で、ようやく身体を起こした。

「大丈夫か?」

 アスナは起き上がると共に恐る恐る己の体力を確認する。
体力はレッドゾーンに入るかどうかという所で留まっており、確かな量が残っていた。

「わ……私……?」

 アスナが震えた声でなかなか言葉を紡げずに居る。

「生き残ったんだ。あんたは」

 怯えから解放されてほっとする。
それがキリトのアスナの行動の予測だった。
しかし――。

「……何で」

「?」

 俯き、身体をワナワナと奮わせる。
そして顔を思い切り上げ、キリトに訴えた。

「何で私を助けたのよ!!」

「!!」

 アスナはキリトの予想とは全く一致しない発言をした。
顔が引きつる。キリトだけでは無い。
クラインも、敵と戦っている風林火山のメンバーの顔も信じられない、という風に驚きに顔が染まる。

「私が原因で皆が死んだのに!何で私だけ生き残ってるの!!ねぇ、応えてよ!!
何で私だけ!私だけーーーーーーーーーーーー!!」

 どれだけ叫ぼうと、もう辺りの敵はほぼ片付いてしまったのか、余り来ることは無かった。
シャウトして敵を呼び寄せる事すら頭の中から抜け落ちているのか、アスナはまだ続ける。

「私が……私が怖がりじゃなかったら!叫ばなかったらこんな事にならなかったのに!
何で皆が死ななきゃいけないの?何で私だけ生き残ったの?
一体茅場は何のためにこの世界を作ったの!?ねえっ!!」

 キリトは何一つ、応える事が出来なかった。
ただただ、ひたすらアスナの嘆きを聞き続ける事しか出来ない。
風林火山のメンバーも、敵を倒し終わった後、黙って二人を見守る事しか出来ずにいた。













「……で、何人亡くなった?」

 時は過ぎ、今は五十層の迷宮区から出て、帰り道。街の近くのフィールドを歩いている。
あれから、暫くしてアスナは泣き疲れたのか眠り、今はキリトの背中に居る。
キリトの筋力値はだいぶ高く、アイテムも消耗しているせいか
こうして人を一人背負うぐらいの事は可能だった。

「…………4人死んだ」

「そっか。……すまねえな」

 謝る理由。それは他の血盟騎士団のメンバーを助けられなかった事に対してなのだろう。
そんな彼の謝罪に、キリトは首を横に振って応えた。

「いや、助かったよ。もしクラインが来てくれなければこいつは死んでいた」

 そう言って自分の背中で眠っているアスナを首を曲げて視線を送る。
そしてその後、またクラインへと視線を戻す。

「それよりお前、どうしてあそこに居たんだ?」

「お前ェが今朝、街を出た後に急いで追ってきたんだよ。心配だったからな。
でもフィールドを進んでいるうちに追跡できなくなっちまってよ。
フィールドのモブもダンジョンのモブも初見だったからな。
フレンドリストで追おうにもどういうルートで行っちまったのか検討つかなく
なっちまって追えなくなったんだ。
んで、ダンジョンに来て少しずつフレンドの位置を確認しながら
進んで行って少し前にまた追跡できるようになったと思ったら
その……今度は女の子の叫び声が聞こえたと同時に敵がわんさか来てよ。
何とか片付けた後にまた追跡開始したら……あそこだったってわけだ」

 キリトは口には出さない。けど、心より感謝した。
もしクラインが心配して来てくれなければまた一つ、大きな物を背負う事になっていた。
それを免れた事がどれだけ救われる事か。キリト自身以外にそれを理解できる者は居ないだろう。
 そうこう話している間にアルゲードに到着した。
辺りはすっかり暗くなり、深夜の時間帯となっている。
他のプレイヤーはほとんど居らず、NPCがポツポツと居るだけだった。

「それじゃあオレはKoBの本部行って今日の事、報告に行ってくる。
たぶんKoBの連中、心配しているだろうからな。
キリトはアスナさんを宿に送って休ませてやってくれ」

 本来ならば副団長であり、事故の原因を起こしたアスナがやるべき仕事なのだが、
当のアスナは眠ったまま。キリトか風林火山の誰かが報告に行くしか無い。
ならば、KoBに重要な連絡をするという体面上、報告役はクラインが適していると言える。

「悪いな。嫌な役、任せて」

 そう謝るキリトの姿を見て、クラインは軽く笑う。

「な~に、気にすんな。嫌な役目が大人の役目ってな。ほんじゃ、またなキリト」

 またな、という言葉に対してはキリトは何もいえなかった。
ただ、今日は取り合えず、軽く手を上げて応えるぐらいはしておいた。
 キリトは五十層の宿屋へ泊まるため、アスナを背負いながら出来るだけ人目を避けられる道を選んで行く。
彼女も長期間借りている部屋もあるのだろうが、その場所が判らないため
今日は五十層の適当な宿で我慢して貰うことにする。

 宿に入ってアスナをベッドに降ろす。
それで自分の役目は終わり。そう思ってその場を去ろうとするが、
ふと服の裾が掴まれる。

「……アスナ?」

 振り返ってみると、いつの間にかアスナが眼を僅かに開き、泣いている。

「一人に……しないで……」

 キリトは頭が真っ白になる。
すぐには理由が判らなかった。
ただ、アスナのその表情がどこか、懐かしい気がしたのだ。

(ああ、そうか……)

 暫くして思いだす。かつて見たことがある表情だという事に。
この世界が苦しく、怯えている感情が表に強く出ている表情。
そう、かつてサチがよく見せていた表情だった。
だからか、キリトはアスナの手にそっと触れ、同じ布団の触れない程度の位置に潜り込んだ。
 傷ついた野良猫の傷の舐めあい。
かつてのキリトとサチ、二人と同じ状況。
キリトはまたこんな状況になる日が来るとは思わなかった。
 だが、サチの時とは違い、こんな事をするのは今日だけ。
どうしても見捨てておけない状況の今日だけだ。
明日になったらすぐに離れる。でなければ、また同じ事が起きてしまう。
 朝になったら彼女と別れ、また迷宮区で死闘を繰り広げる日がやってくる。
また、孤独の中で戦い続ける。
 だけど、今だけはゆっくり休む。今夜だけは。
今のアスナはサチそっくりな状況となっているのだから、きっとサチも許してくれるだろう。
 アスナは涙声で謝り続けていた。
ナンナ、グレール、ハーツァ、クラディール。
恐らく死んだ者たちの名前なのだろう。必死に謝り続けている。
キリトはアスナの方へ向き直り、頭を撫でてあやす。

「君のせいじゃない。君は精一杯戦った。
だからこれは防ぎようのない事故だったんだ」

 事実だけを見ればアスナが原因な部分は大きい。だけど、誰も死なずに済む方法はあった。
キリトが遭遇してすぐのモンスターとの攻防。あの時、あの場で耐えていればきっと助かったのだ。
だから全てがアスナのせいでは無い。
 しかしやはり一番の原因はアスナ。
だが、どれだけアスナが悪かろうとキリトは彼女を責める気には到底なれなかった。
わざとでなければ良いというものでも無いのはキリトにもわかる。
けど、これだけ涙を流して懺悔をし続ける彼女を責められるはずも無い。
キリト自身が彼女に似たような――否、それ以上に性質の悪い失態を犯してしまっているのだから。
 黙ってアスナの懺悔に耳を傾けていたが、暫くするとアスナは眠りについた。
それを確認してから、キリトはアスナに背を向けてから眼を瞑る。
今夜だけは一緒に居る。
少しでも罪悪感と恐怖を和らげてあげるために。
それが今、自分にできる唯一の事なのだから。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
後書きという名の空気読めない欄

A君(´・ω・)「なあ、何でクラディール死んでんの?」

B君(`・ω・)「というかそもそも居たのかよ。それにこの時期まだKoBにクラディール居ねえんじゃね?」

C君(・ω・`)「まあいいじゃないか。奴が死んでも困る奴なんて居ない。そうだろ?」

A君(´・ω・)「そうだねー」「ねー」(・ω・`)B君

※クラディールさんに関しての苦情は受け付けておりません。何卒ご了承下さい。



[35213] 第四話 邂逅
Name: 倭刀◆326c9191 ID:fa07893a
Date: 2013/01/29 02:30
「……なるほど」

 血盟騎士団本部、会議室。
そこにある椅子に腰をかけ、机に両肘をついているヒースクリフは眉間に皺を寄せ、苦々しくしゃべった。

「事情はよくわかった。こんな夜更けにわざわざ報告に来てもらってすまないね。クライン君」

「いえ、アスナさんは疲れきって眠っていましたから、当然の事をしたまでっすよ」

 心底そう思っているのだろう。クラインは嫌な顔を一つせず手のひらを左右に振った。
それを見てヒースクリフは気づかれないぐらい若干頬を緩め、すまないね、と謝罪してから
顔を引き締め直す。

「クライン君。君のギルドはいままでどのぐらいの犠牲が出たかね?」

 ヒースクリフのいきなりの問いにクラインは少し戸惑うが、
丁寧に答えた。

「……ギルドのメンバーは死んでいません。けど……ダチが一人、去りました」

 以前、狩りから戻ってきたら友人が死んでいると知った時の絶望感が蘇る。
あのような経験は二度としたくないものだ、とクラインは苦しげな表情で佇む。

「そうか。我がギルドは今まで二人がこのゲームから去っていった。
今回の様に一挙に四人もの死者を出したのは初めてだ。
五十層のボス戦ですらそのぐらいで済めば良い……いや、出来ることならば
欠員無しで突破したいという考えだったのに
まさかマップ攻略中にこれほどの死者を出すことになるとはな。
人員が減って悲しいだけではなく今後苦しくなる」

 この状況ではますますキリトを戦力として使わないわけにはいかない。
そうヒースクリフは心の中で今後の計画を練りはじめる。

「そうっすね。出来るだけうちのギルドも協力します」

「頼りにしている。……ところで、アスナ君の状態はどうだったかね?」

 クラインは力なく首を横に振って応える。
その様子を見てヒースクリフは苦々しい表情となった。

「かなり傷ついた様子でした」

「であろうな。彼女は目の前で仲間を失ったのは今回が初めてでは無いが、
今回は彼女が原因で4人もの死者を出してしまった。その事実は彼女に重くのしかかるだろう。
下手をすると……」

「……」

 クラインはヒースクリフがその先、言わんとする事が理解できた。
アスナの戦線離脱の危惧をしているのだろう。
 アスナはまだ子供。そして割りと大人しく生きてきた女の子。
そんな彼女がいきなりこの世界へ着て、戦い続け、副団長になっただけでも
かなりの重荷だったというのに今回の事件。
今までもいつ糸が切れてもおかしくない状態だったのだ。
だというのにいきなり強烈な負荷が心にかかってしまった。
恐らく、今後また戦えるようになったとしても復帰には時間を要する可能性がある。
その復帰の時間がヒースクリフの一番の懸念点である。

「……でも仕方が無いっすよ。アスナさん、ここまでよく頑張ったんすから」

「それはわかっている。だが彼女が欠けると戦力以上に攻略組全体の士気に関わるだろう。
ソロプレイヤーからは嫌われている傾向が強いがそれでも心の支えになっている部分はある。
いや、攻略組だけでは無い。もしアスナ君が戦線離脱をしてその事が新聞の記事にでもされたりしたら――」

 アインクラッド中の多くのプレイヤーが不安に陥ることになるだろう、とヒースクリフは言った。
閃光のアスナ。その名は今やアインクラッド中に知れ渡っており、多くの期待を寄せられている存在。
だから戦線離脱などしたらこの世界全体が乱れる可能性がある。
 クラインはキリトの奴が何とかしてくれたら、と思うが大きくは望めない事だった。
なにぶん、キリト自身もいつ破裂してもおかしくない、否、破裂している状態なのだ。
だから今はアスナ自身に立ち直ってもらう事を期待する他は無かった。

「彼女の強さを信じるしか無いと思います」

「……そうだな」

 クラインの言葉にヒースクリフは不安そうに頷くことしかできなかった。

「それではオレはこれで失礼します」

「ああ。また攻略で会おう」

「はい」

 クラインは軽く一礼してから血盟騎士団のメンバーに案内され、ギルドホームを去った。
ヒースクリフは彼が去って行くのを部屋の窓から見下ろす。
そしてクラインの姿が見えなくなった後は上層のある上空を見上げた。
その瞳は些か残念そうな印象がある。

(……もしかしたらこのゲーム……五十層より先へ昇れぬかもしれぬな)

 もしそうなったらどうなるか。
人々は戦いに赴いて最上階を目指す意思を無くし、町に引きこもる。
そして現実で寿命が尽きていくのをゆっくりと待つことになる。
 それは避けたい。ヒースクリフはそう願う。
多くのプレイヤーと共に最上層へ行き、その世界を堪能したい。そういう想いがヒースクリフにはある。
だからここで立ち往生するのは非常に困る。

(何としてもアスナ君、キリト君には立ち上がって貰わねばな)




第四話 邂逅




 第一層始まりの街、黒鉄宮。
そこにはアインクラッド解放軍という名のギルドのメンバーが大勢居る。
アインクラッド解放軍は第二十五層のボス戦の際、どこからか偽情報をつかまされて壊滅的な打撃を受け、
以後、攻略からは手を引いている。
 攻略から手を引いた後は一部の者はレベル上げを行っているが、サブリーダーである
キバオウは稀にレベル上げに出る程度で、他は日々酔えない酒を飲んで過ごしている。
 キバオウは今日も酒を飲む。そんな最中だった。事が起きたのは。
扉をノックし、部下の一人が入室の許可を求めてくる。
キバオウは特に考える事なく許可を出すと、部下は一礼して入ってきた。

「失礼します、キバオウ様」

「なんや。何かあったんかいな」

「はい。牢獄にまた一人囚人が」

 それを聞いたキバオウは眉間に皺を寄せる。
黒鉄宮の牢獄にはハラスメントコードに触れた者や、プレイヤーに捕まったオレンジプレイヤーが
送られてきて、それらを幽閉している。
キバオウも時々は誰が送られてきたかを確認するが、こうして送られてきてすぐに報告を受ける事は珍しい。
よって、よほどの有名人が送られてきたのかもしれない、とキバオウは検討をつける。

「誰が送られてきたんや一体」

 投獄された人物の正体を訊く前に、ちょっくら見てやっかと腰を上げて牢獄へと向う。
囚人を見下してストレスを発散するのはキバオウがたまに行うことだ。
 部下に先導させ、牢獄へと到着する。
そして、示された囚人を見ると力が抜けた。

「…………何やっとるんやビーターの小僧」

 ビーターの小僧、もといキリトはもの凄く長い間を空けて真面目に答えた。

「………………………………………………………………………………………………
………………………………………………………………………………………………事故だ」








 時は遡る。
キリトは今朝、目覚めてみると背中が少し温かかった。
身体を少しだけ曲げ、できるだけ布団に振動を与えないようにして後ろを見ると、
アスナの手が背に添えられていた。
キリトはどこか悲しそうに微笑むと、アスナの髪をそっと撫でる。
 ふと、彼女の顔を伺ってみると、泣きはらした後の様な印象を受けた。
実際にそういう感情表現が実装されているのかはわからないが、
何度か見た事がある表情だったのでそうなのだろう。
 キリトは気持ちを切り替え、布団から静かに出て、立ち上がる。
いつまでもここでダラダラしているわけにはいかない。
でなければまた下手に甘えが生まれて過去の二の舞になりかねない。
 黙って部屋を出て行くために、武具を装着して静かに歩き始める。
そしてドアノブを開けたその瞬間だった。キリトの命運を大きく揺るがしたのは。

「アーーーースナーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」

「え?」

 ドアノブにかけていた手を離しそびれ、思い切り前につんのめる。
そして目の前には見知らぬ少女が迫っており、キリトは前傾姿勢。
そのまま前へ倒れ込むと――

「いやああああああああああああああああ!!」

――合掌。







「…………というわけだ」

「……アホやな」

 余計なお世話だ、と言って返そうとも思ったが
これ以上しゃべる気力が起きなかったため、黙り込んだ。
まさかこんな事で人生初の牢獄生活を送ることになるとは思ってもいなかったのだ。
気力が萎えるのも仕方が無い。

「キバオウ様」

 話を一通り終えると、キバオウの側に先ほどとは別の兵士が話しかけてくる。

「今度はなんや?」

「はっ、間違えて送り込んだキリトというプレイヤーを釈放したいと言っている少女が」

 キバオウは頭を痛そうに抑え、思い切り呆れた溜息を吐いて、怒鳴り散らした。

「だったら最初から送ってくるなや!!」




「もう来るんじゃないぞ」

 黒鉄宮から追い出されると、お決まりの台詞を言われて兵士は中へと戻って行った。
キリトは余りもの急展開ぶりに呆然と立つ。
先ほど、誤って胸へ顔を突っ込ませてしまった茶色髪の少女の方へ横目で視線を向けると、
少女は悪いと思っていないのか、そういう様子を見せずに話しかけてきた。

「あんたがキリトよね」

「そうだけど……あんたは?」

 少女はそこで自己紹介がまだだった事に気づき、軽く咳払いをすると自己紹介を始めた。

「あたしはリズベット。アスナの親友で鍛冶屋をやっているわ。
呼び方はリズで構わないわ。その代わり、あんたの事はラッキースケベマンとでも呼ばせて貰おうかしら」

「…………あれはわざとじゃない」

「んな事判ってるわよ。だからこうして釈放しにきてあげたんじゃない」

 なにやらリズベットの背後からどす黒い炎が燃え上がった。
彼女の形相はキリトが始めて見る恐ろしさを湛えていた。

「乙女の胸に顔から突っ込んでこれだけで済んだんだからむしろ感謝してほしいぐらいよ……。
フフ、やっぱり一発ぐらい殴っておこうかしら。圏外で……」

よほど気に障ったのだろう。どれほど怒っているのかがよーく伝わってきた。
キリトは後頭部に冷や汗をダラダラかくと、ややどもりながら話しを切り替える。もとい逃げる。

「ま、まあ。それよりリズは何の用であいつの所へ?」

 それを言うと途端にリズベットの顔が暗くなった。
その場の雰囲気が一瞬にして変わった事を肌で感じ取れる程に。

「……血盟騎士団にね、女の子の友達が居たの」

 キリトはそれを聞いて大体の察しがついた。
恐らく、昨日の夜からフレンドリストに何も表示されず、今朝になって
黒鉄宮の石版を確認しに行き、そしてそのプレイヤーの名前に
死を示す刻印がしてあったのだろう。
それで同じギルドであり、共に行動をしているはずのアスナに昨日の事を訊ねるべく
宿に訪れて今朝の事故、という流れなのだろう。

「聞いたわよ。あんた、アスナを救ってくれたんだってね。
親友としてお礼を言うわ。ありがとう」

「いや、偶然通りかかったついでさ」

「それでもお礼を言うわ。あの子、いつも気を張り詰めていたから
いつか死んでしまうんじゃないかって心配だったのよ。
それで昨日の事故。ナンナが死んだと知った時は気が気じゃなかったわ」

「……アスナはどんな様子だった?」

 リズベットは辛そうに首を軽く横に振る。

「酷く傷ついてた。もう立ち上がれないんじゃないかってぐらいに。
起きた直後に急に取り乱して、暫くしたらまた眠り始めたわ。今もたぶん、まだ寝てる」

「……そっか」

 二人して静かになる。
お互い立ち尽くし、うつむく。周辺にいるプレイヤー、NPCの雑音が良く聞こえる。
周りの世界がやけに他人事の様に聞こた。
その様に感じるのは昨日までの知人が行き成り死に、大きな喪失感が襲ってきているからなのだろう。
 キリトもリズベットも、ゲーム開始初日から今日まで、たくさんの人を失ってきたが、
それでもこの喪失感に慣れることは無かった。また、慣れてはいけない事だ。
人を失う事に慣れてしまえば、きっと、このゲームから生きて帰れない。
そんな予感が二人にはあった。
 二人は暫くだんまりとしていると、やがてリズベットがこの場の雰囲気に耐えかねたのか、先に話を切り出した。

「そういえばアスナを助けられたってことはあんた、見た目と違って結構強いんでしょ?攻略組よね?」

「そうだけど……?」

 見た目は余計だと思ったが、言わないでおいた。
どうもこの少女は押しが強く、このような類の言いあいをしても無駄だと本能的に悟ってしまっていた。

「なら丁度いいわ。さっきも言ったけどあたし、鍛冶屋やってんのよ。
せっかくだから何か注文してかない?腕には結構自信があるわ」

 それを言われてそういえば、と思い出す。
昨日、サブの武器が壊れたのだ。
予備の武器を新たなに入手する必要があるため、リズベットの誘いは渡りに船とも言えた。

「このぐらいの剣、作れるか?」

 そう言って現状メインの武器をリズへ手渡し、ステータスを見せる。
少し前、商人のエギル経由で手に入れた鉱石から作ったレア物。
その性能はなかなか高い。

「う~ん、これかぁ。ちょっとレアな鉱石があれば作れるんだけど……。
せっかくだからもっと良い武器がいいわよね?」

「ああ、できたらそうしたいけど……」

 リズベットはニヤリと笑った。
直後、キリトに嫌な予感がドッと押し寄せてくる。
地雷を踏んだ。そう核心した。

「実は先日、四十五層で鉱石の入手クエストらしいものが見つかったのよ」

 キリトは「らしい」という言葉が頭に引っかかった。
つまる所、正確な情報では無いのだろう。
しかし、その真意を問う前にリズベットが説明の続きを始めた。

「これが条件が厳しくてまだ誰もクリアした事が無いのよね」

 誰もクリアした事が無い。その言葉には少なからず心が惹かれるものがあった。
誰も倒した事が無い敵を倒す、誰も手に入れた事が無いレアアイテムを手に入れる。
オンラインゲーマーがゲームをやっている上で、そういう事柄が成功した時の快感は難易度に比例して大きい。
ここ数ヶ月、キリトはゲームをやりつつもゲームをしていなかったが、
それでもやはり血という物が騒ぐのか、気になりだして少しリズに近づいて訊ねた。

「クエストの内容は?」

 詰め寄ってきたキリトを大して気にせず、リズベットはなぜか得意げに説明に入った。

「鍛冶スキルを一定以上持った者のみが受けられるクエストよ。
同伴者は一人まで可能。クエストが始まると専用マップに飛ばされて一定時間以内に
最深部へと辿り着ければ達成って聞いたわ。ただモブは余り強く無いらしいんだけど時間制限っていうのがなかなか厄介なのよ」

 一瞬、リズベットの表情に影が差したのをキリトは見逃さなかった。
理由を考えてみると、少し時間を要したが検討がついた。
 このクエスト、本来はアスナに助力を求めるつもりだったのだろう。
だが、昨日の事件でアスナは心に大きな傷を負った。頼みたくとも頼めない状態だ。
だから自分に周ってきたのだろう、と心のどこかで納得した。

「モブの傾向はわかっているのか?」

「今まで出現したモブに関してはね。
傾向としては硬い敵が多くて打撃系の武器や斧みたいに重量がある武器じゃないと厳しいんだけど、
あんたは要求レベルの高い武器装備してるし、武器の傾向から見て筋力型だから大丈夫そうね。
それで、付き合ってくれるの?」

 できたら断りたかった。
下手に馴れ合ってまた大切な誰かを失う事は避けたい。
だけど、無視が出来なかった。
アスナの友人である目の前の少女が困っている事に引け目を感じているからだ。
 昨日の事件、キリトは自分にも責があると感じている。
理由は昨日、アスナは自分を追ってきたせいでダンジョンの割と奥深くまで来てしまったのではないか、と考えているからだ。
アスナが無理に追ってこなければもしかしたらあの様な状況は避けられたかもしれない。
あくまでも可能性の一つ。だけど、キリトが責任感を感じるには十分な理由だった。
 だから今回だけは出来る限り、協力してやりたいという思いがあった。

「……わかった、手伝う。けど、もしピンチになったら絶対転移結晶で逃げてくれ」

「あ、ごめん。それは無理。結晶無効化空間なの。
だからもしピンチになったら時間が切れるまで逃げ切るか
スタート地点の安全エリアに戻って時間が切れるまで篭るしか無いみたい」

 それを聞いた瞬間、キリトの顔が強く引きつり、強張った。

「そんな危険な所、リズを連れて行けない!」

「!!」

 キリトの急な怒鳴り声にリズは身を竦める。
しかしそれも数秒で収まり、すぐに立ち直って尋ねた。

「何でよ」

「リズは攻略組じゃない。だったら四十五層の安全マージンも取れていないはずだ。
話を聞いた感じじゃ、その情報をくれた人、危なかったんだろ?
それにそんな危ない所に女の子を連れていけるわけないだろ」

 女の子、と聞いてリズは一瞬ウッ、と心に何かが響くのを感じた。
まさかこんな場面で女の子扱いされるとは思わなかったのだ。
 リズは何とか耐え、キリトに他意は無いのだ、と心の中で唱えた後、
真面目に話の続きをする。

「クエストから帰ってきた人たちより今のあたしの方がレベルが高いから大丈夫よ」

「そんな希望的憶測で連れていくわけにはいかない!」

「じゃあいいわよ。他の人に頼むから」

 他の人に頼む、と聞いた途端、キリトは躊躇した。
キリト自身、己以上に強いプレイヤーをヒースクリフを除いて
見た事が無いのだ。自信過剰な物言いかもしれないが、現時点、
攻略組の中での実力はナンバー2だと思っている。
だから下手なプレイヤーに任せるより、キリト自身がやった方が
確実にリズベットの生存率は上がるだろう。
 また、話はそれだけじゃない。攻略組だからとはいえ、悪意があるプレイヤーが居ないとも
限らないのだ。特にキリト以外のソロプレイヤーなど、何をやらかすかわからない連中に
頼んだりしたら眼も当てられない状況になりかねない。
 だから下手に他のプレイヤーに任せるわけにはいかない。
キリトは迷ったあげく、片目を瞑り、嫌そうに鼻息を軽く鳴らすと意を決した。

「わかった。付いてく。その代わり危なくなったら俺を放置していいから
戦闘から離脱してくれ。そっちの方が俺にとってもやりやすい」

「あら、別に無理して付いてこなくてもいいのよ?」

 キリトはリズベットから視線を外し、やや忌々しげに応える。

「……あの女に一応借りがあるんだ。だから下手なプレイヤーにリズを任せて
死なせるくらいなら俺が行く」

 先日、アスナに料理を振舞われた事が頭の中に浮かぶ。
しかし、それはすぐに消し去る。あれはあの女が勝手にやった事だから関係無い、と。
自分が責任を感じているのはあくまでも昨日の事だと自分に言いつける。
 リズベットはキリトが言うアスナに対しての借りが
どういう物なのか若干気になったが、若干だったためすんなりと流す。

「そうなの?ならお願いしようかな。
準備したらすぐ行きたいんだけど、良い?」

 キリトは軽く首を横に振った。

「武器の修理と回復ポーション、耐毒ポーションの補充が必要だから少し時間がかかる」

「了解。それじゃあ武器の修理はあたしがやっておくからあんたはポーション補充してきて。
準備が終わったら行きましょ」

 リズベットはそう言ってキリトにパーティー加入要請を出す。
キリトはすぐに○ボタンを押すと、行動に移った。
 ふと、行動に移った後に思う。
まともにパーティーを組むなんてあの時以来だな、と。
そう思うと少しやるせない気持ちになったが、既に約束をしてしまった。
今更断るわけにもいかないため、キリトは気持ちを引きずりつつもポーションの買出しへと向った。





 約30分後。二人は四十五層の隅にある小さな山の前へ到着した。
山の付近は暑く、空が灰色になっている。
常に低音が耳に響いてきており、活火山なのだろう事が伝わってくる。

「火のブレスを使ってくる敵が出そうだな」

「ええ。まあ、でも敵の攻撃力は大した事無いらしいわよ?
たださっきも言ったけど敵が硬いらしいのよ」

 このSAOの世界にも敵に対して有効な武器、不利な武器というものが存在する。
例えばサイズの小さく、動きが早い蜂や小竜の様なモンスターは
細かい動きができる短剣が戦いやすい。
 一方、硬い敵に対して短剣はダメージが通りづらい。
硬い敵への有効武器は斧などが代表格となっている。
片手剣はかなりバランスの取れている武器なため、比較的どの敵とも戦えるが、
どの敵にも大して有利に戦えないという意味にもなる。
だから敵の硬さによってはもしかしたらキリトでも苦戦するかもしれない。

「でもその情報は情報をくれたプレイヤーがクリアした場所までのだろう?
その先はあてにならない。もしかしたらかなり強力な敵が出てくるかもしれない。
いつでも逃げ出せるようにだけはしておいてくれ」

「あんたも心配性ね。それじゃあ、確認するわよ。
このクエストは最深部にある鉱石を入手するのが目的。
制限時間は24時間」

「丸一日こもらなきゃいけないのか」

「ああ、ごめん。そういえば言ってなかったわね。まだ何か準備する?」

「いや、大丈夫だ。いつでもいける」

「よし。それじゃあ行くわよ!」

 最後にキリトとパーティーをしっかり組んでいる事を確認したリズベットは、
キリトが頷いたのを確認してからNPCとの会話後に出てきたウィンドウの
○ボタンを押した。
その瞬間、転移ゲートや結晶を使った時の感覚が身体を駆け巡り、視界が蒼に包まれる。
そして視界が開けた時、最初に眼に映って気になったものは溶岩だった。

「やっぱり火山のダンジョンか」

「ええ。こういうダンジョンって結構道が狭い印象があるけど、
ここはそうでも無いみたいね」

 リズベットの言葉を聞きながらもキリトは辺りを見渡す。
確かに彼女の言う通り、狭い道が少ない。

「確かに広いな。余裕をもって暴れられそうだ。
ところでモブを溶岩に落としたらどうなるんだろうな」

「あ、それ聞いたんだけど、やたら重量があって押し出せなかったらしいわよ?
まあ、それよりもあたしはプレイヤーがここに落ちたらどうなるのかが気になるんだけどね……」

 やや引きつった顔で縁起でも無いことをのたまう相方に
キリトはおいおい、と呆れた表情になる。

「頼むから試せ、とか言わないでくれよな」

「安心して。ロープは持ってきてるからまずは片足だけ溶岩に突っ込んで検証してみましょ」

「ざけんな!」

 ここはまだ安全エリアなため、大きい声を出しても敵がやってくる事は無い。
だからキリトは気にせず突っ込みを入れた。

「あはは、冗談よ冗談。本気にしないでよ」

「……本気にしてないけどな。もし本気だったらヤバすぎだろ」

「仰る通りで。それじゃあ時間も勿体無いし先に行きましょ」

 キリトは軽く同意の返事をすると鞘から剣を抜き、火山の深部の方へと一歩踏み出した。

「行くぞ。索敵スキルはあるけど、一応背後に気をつけながら着かず離れずの距離でついてきてくれ」

「了解」

 前へ歩み出す。走り出すことはしない。
時間が無いのは確かだが、それ以上にリズベットの安全を最優先とする。
もしタイムオーバーでクリアを失敗しても、また挑戦すればいい。
もしクリア回数に限度があるとして、再挑戦できなくなっても命あってのものだねだ。
優先順位を違えてはいけない。
これはただの遊びではないことを強く強く自分に言い聞かせながら慎重に進んで行く。
 進んで行くと、道の真ん中に炎に包まれた岩のモンスターの姿が見えた。
明らかに体術スキル厳禁なモンスターだ。

「うわー、武器大丈夫かしら?刃物とかって熱い物切ると切れ味落ちるって聞いたことあるけど……?」

「どうだろ?もし耐久値が大幅に減ったら修理頼む」

「任せて」

 一度索敵スキルを強く意識して使い、周りに他にモブが居ないことを確認してから攻撃にかかる。
敵に剣の刃を押し付けると、前もって覚悟していた分と同じぐらいの衝撃が腕に響く。

(硬い……けど――!)

 もう一撃攻撃を放つ。
すると、敵はあっさりと砕け散った。

「へぇ、やるじゃない」

「気を抜くな。前方に5匹、同じモブが居る」

「あたしが一匹ぐらい相手しようか?」

「いや、リズでも相手できるだろうけどこいつ、経験値がかなり少ない」

 つまり、倒す意味が無いという事だ。
それを聞いたリズベットはかなり不満そうな声を上げた。

「何でよ~……」

「たぶん、だけどこのクエストって誰かが受けている間は他の人は受けられないんじゃないか?
そしてこのダンジョン、結構モブの数が多そうだし。それで経験値まで良かったら――」

「あ、そっか。クエストを進行するためじゃなくて狩場として使う人が出てくるわけね」

「たぶん。だから経験値はオマケ程度なんだと思う」

 少なくとも俺はな、と言葉を付け足す。

「となると、ドロップも期待できそうにないわね」

「案外奥の方に行けば経験値もドロップも良いモブが居るかもしれないけど、
あんまり期待はできないな」

 ゴロゴロと重たい音を鳴らしながら転がってきた敵をゴルフスイングの様に攻撃する。
敵のベクトルの真横から当てたせいか、敵は転がるベクトルが変わり、溶岩に落ちて消滅していった。
残念ながら経験値もコルも入らない。

「……ナイスショット?」

「こらー!武器を玩具にするな!」

 鍛冶屋様から数分、戦いながらお説教を頂くことになった。





 その後、大したトラブルもイベントも無く、黙々と二人は先へと進む。
順調と言えた。モブの殲滅にも余り時間がかからないため、タイムロスは少ない。

「リズ、大丈夫か?」

 10時間ぐらい経過した頃だった。リズが少し辛そうな表情を見せたのは。

「こう熱くちゃたまったもんじゃないわよ。何であんたはそんな平気そうなのよ~?」

「鍛えてるからな」

「そんなもん理由になっちゃないわよ。レベル上げるとこういう環境に対する抵抗力が上がるとかなら話は別だけど。
それとも筋力パラメータと関係あるのかしら?
でもそれだったらあたしも結構筋力は振ってるし……。
それとも装備のせい?」

「おいおい、軽い装備に替えるのは自殺行為だから止めろよ」

「別に良いじゃない。さっきから戦闘してんのはあんただけなんだし」

 この鉄製の胸当て外せば少しは涼しくなるはず、と小さい声で囁いた。

「そんな事言うんならこれ以上先には進まないぞ」

「もう冗談に決まってるじゃない。あんたってかなり神経質ね」

 キリトは自身が思っている以上にリズベットが楽観的になっている事に気づいた。
ここまで大した敵もトラップも無く、順調すぎたからだろう。
だが、その油断が命取りになる。
まだ安全な今のうちに釘を強めに刺しておかなければならない。
そう思い、キリトは話を切り出した。

「…………リズは誰か、目の前で人が死んだ事はあるか?」

「目の前で死んだ事は無いわ」

「このゲームはちょっとした事ですぐに人が死ぬんだ。
トラップ一つで、シャウト一つで。ちょっとした油断ですぐに死ぬんだ」

「……そっか。ごめん。無神経だったわ」

 キリトが昨日、血盟騎士団の者たちが目の前で死んだ所を直視していたという事を
リズは思い出した。
実際、キリトがここまで神経質になっているのは昨日の事が主な原因では無いのだが、
謝罪を述べ、この話を打ち切ったリズの行動はキリトにとっては助かった。

「……!」

「ん、どうしたのキリト?」

 今まで一定の歩幅を保って進んでいたキリトの足がピタリと止まる。
敵でも現れたのか、と思ったがどこか違う感じがした。
そう思いながらキリトが向いている先を見ると、リズも警戒心を強める。
 少し広めの部屋で、真ん中に大きな円形の地面があり、
その周りが溶岩で満たされている。
先に続く通路には全身鎧に包まれ、大きめの斧を持ったモンスターが居座っていた。

「ボス系のモブみたいだな」

「そんな奴が居るなんて聞いて無いわよ?もう最深部なのかしら……?」


「いや、まだ10時間ぐらいしか経って無い。クリアするには早すぎる。
だからたぶん中ボスだろ」

「ふーん。あんたの推測が当たってたらあたしの鍛冶師仲間、さっぱりダンジョン攻略
できていなかってわけね。んで、どうする?」

 キリトは索敵スキルに加え、識別スキルを使って敵を凝視し、パラメータを確認する。
レベル、体力、筋力、敏捷。それから識別スキルでは見えない敵の武器の特徴、
今までも何度も行ってきた確認なため、すぐに終わる。

「……俺なら十分対等に戦えそうだ。リズはここで見ていてくれ」

「わかったわ。でも無茶はしないで」

 キリトは前に歩きながら顔だけリズの方へ少し向け、神妙に一度頷く。
 敵へ接近する。まずはこのゲームにて未知の敵と遭遇した際のセオリー通り、防御・回避に専念してパターンを引き出す。
敵がじりじりと間合いを詰めてきたため、それをさっと後ろに飛んで避ける。
縦、横、斜め、突き、そして僅かな体術。キリトにとって、敵に初見の動きは無い。
だからか、戦っている間、キリトは良い手ごたえを感じられた。
ある程度パターンを引き出せた、と思った所で敵の斧が振り降ろされる。
その際、ガラ空きになった脇からすかさずキリトの剣が鎧の隙間を突く。
するとダメージが入り、モンスターは悲鳴を上げた。

「へえ、堅実じゃない」

 このゲーム、一番大切なのは慎重さだ。慎重に慎重を重ね、焦らず確実に。
時には高い判断能力、反応速度、経験、そして運なども必要になってくるが、
それでも、生き残るためには慎重さが最重要。
キリトはここまでのレベル上げはほとんどソロで行ってきた。
なので、人一倍慎重さと警戒心は強く、身体に染み付いている。見事な程に。
だからリズは関心したのだ。

「その調子でやりなさいよ!」

 リズの応援に対し、戦闘に集中するために心の中だけで頷くと、敵の次の攻撃も避けて
追撃をする。そして、それを何度か繰り返した後、苦も無く敵を葬ることに成功した。
安全を確認すると、リズがキリトの横まで歩んで来る。

「お疲れ様。あんた強いわね。まさかあんなアッサリと倒すなんて思って無かったわ。
敵の攻撃が来てから避けるまでの動きが速くて嫉妬しそうなぐらいだったわよ」

「敵が弱かっただけさ。攻撃パターンも目新しいものは無かった。
それに…………あの程度の敵を圧倒できても……護れない者は護れないんだ」

 言葉が進むにつれ、キリトの声は小さくなっていったが、
全ての言葉が余さずリズの耳に入った。

「キリト………昨日の事は気にしなくていいのよ?
あんたがアスナを護れただけでも凄いんだから」

「……そうじゃないんだ」

「え?」

 そうでは無い。ではどういう事なのだろう。
意味を訊ねるべく、口を開こうとするが、それより先にキリトが動き出した。

「…………行こう」

 素早く体を回転させ、背中を向けられる。
その背中はやたら寂しさを感じさせられた。
 そんな姿を見せられたリズベットは黙っていられなかった。

「あの……キリ――――!!」

 しかし、名前を呼ぼうとした所で、突如地鳴りが始まる。

「何だ!?」

 キリトが辺りを見渡している中、一つリズベットの中で
ピンと来るものがあった。

「もしかしてこれってゲームでお決まりの……アレ?」

 お決まりのアレ。それを聞いただけでキリトもなにやら心当たりがあったらしい。

「……アレなのか?」

 二人は揃って自分たちが今までやってきた後方へと眼を向ける。
すると、そこには徐々に徐々にこちらへ迫ってくる溶岩があった。
 ゲームのお決まりのアレ。つまり、逃走イベントだ。

「「走れーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」」

 二人とも敏捷値特化では無いためか、大急ぎで必死に走り出した。

「ちょ、ちょっと!あたし敏捷値低いんだけど!」

 走りながらしゃべっても速度が落ちないのを良い事に、リズは言いたい放題しゃべりだす。

「俺も筋力型だから余り無い!」

「あたしよりはマシでしょうが!ってかこれ敏捷型が有利なクエストじゃないーーーー!!
って、あ、そうだ。装備外せばいいんじゃん」

 所持重量は減らないが、それでも敏捷値の低下を避ける事はできる。
だからリズは走りながら急いで胸当てと武器を外した。
すると、リズは若干溶岩の流れよりも早い速度となる。

「敏捷値が低い方のプレイヤーに合わせて溶岩の移動速度がコントロールされてるのか?
これだとリズの移動速度より若干遅いぐらいで丁度良い具合に……」

「あたしよりも敏捷値が高いのを良い事に冷静に分析してんじゃないわよーーーーーーー!!」

「じゃあどうしろってんだよ!!」

「あたしをおぶってキリトが逃げる!それでおk!」

「明らかに移動速度が落ちるだろ!!」

 そうこう言っている間にも二人は足を止めないが、溶岩が迫ってくる。

「ってキリト!上!上!」

「え?ってうお!?」

 後方と前方の進む先ばかりを確認していたキリトはリズの言葉に反応し、
上を見るとその直後、岩が頭上より振ってきて急いで避けた。
1個落ちはじめると続けて落ちてき、2個、3個と少しあたふたしながらも避けて行く。

「あー、もしかしてこの岩は足の速い方にしか振らないのかしら?
あたしには全然振ってこないや。あ、ってことはお願いだからあたしの前には出ないでね。
巻き添え食いそうだから」

 そんなリズのちょっとだけ得意そうな表情にキリトは少しイラッときた。

「これなら敏捷値低い方が有利だろ!こんなのおかしい!」

「レベルが高いのが悪いのよ!税金だとでも思いなさい!」

「理不尽だろ!――っと、リズ!そっちに脇道がある!だけど敵が一体居るから気をつけろ!」

 キリトが示す方を見ると、確かにリズの横にわき道があるのが確認できた。
本来ならばキリトが先に道へ入った方がいいのだが、位置の関係と二人の移動速度からして
リズが先にわき道へ入るしか無かった。
最大級の警戒をしつつ、一気に脇道に走りこもうとしたその時だった。

「危ない!!」

 キリトが何が危ない、と言っているのかが判らなかった。
ただ、何となく走行速度を落としたらその直後、足元に岩が落ちてきた。

「……え?」

 頭上を警戒していなかった分、岩が鼻をかすっていった時、心臓が止まりかけた。
もしリアルであれば間違いなく今の岩が当たったら死亡していた。
そう思うと身体中に悪寒が走った。
――未だに訪れている危機をも忘れて。

「リズ!!」

 キリトの声を聞き、暫しの時、硬直していたリズがハッ、として動き出す。
急いで脇道に。そう思って走り出そうとするが、その前にキリトに引っ張られる。

「駄目だ、間に合わない!!」

 溶岩はギリギリの所まで迫っており、駆け込めるような状況では無かった。
何とかいけるんじゃないか、と思ったリズだが数秒後、キリトの判断がただしかっただろう速度で
溶岩が脇道の横を通過していった事を視認する。
 目の前は崖になっており、行き止まりとなっている場所にまで来てしまった。
向こう岸は見えることは見えるが、やや遠いためキリトでも届くか怪しい所。
ウォールランをしたくとも走り抜けられる高さの壁が無いため、不可能だ。

「ねえ……これ、あれよね?きっと落ちても体力が1ポイントだけ減って
溶岩が流れてくる前からやりなおしってパターンよね?そうよね?」

 リズはこの余りにも絶望的な状況に、変なことを言い始める。
そうであってほしい、という願いから生まれた言葉なのだろう。
だが、キリトは現実を見ていた。リズの甘い幻想を一刀両断にする。

「そんなゼ○ダの伝説みたいな仕様なわけがないだろ!」

「なんなら中ボス前からでもいいからーーー!!」

「現実を見ろ!眼を背けても絶望が死ぬだけだ!」

 余りにも緊迫した状況で急いでしゃべっているためか、キリトの言葉もややおかしくなっていた。(実際キリトの発言した通りの意味ならばどれだけ良かったことか)
しかし、リズベットに言いたいことは伝わったのか、キリトの台詞間違いは指摘されなかった。

「じゃあどうすんのよーーーーー!!」

「飛べーーー!!」

「嘘ーーーーー!?」

 しかし、手段はそれしかなかった。
崖端ギリギリで強く踏み込み、飛び上がる。
そして飛び上がった直後、リズは確信した。





(……あ、死んだ)





 やたら視界がゆっくりと動いているように感じる。
飛んでからの時間がやけに長い。
 感覚でわかる。間違いなく届かない。
崖の壁には捕まれそうな所も無いため、ここで飛び越えられなければ確実にそのまま溶岩へ直行だ。
そう考えると、ゾクリと心が冷えた。
このまま自分は死んでしまうのか。
そんな不安が一気に押し寄せてくる。

「い、イヤ……」

 か細い声が下から吹いてくる風にかき消された。
いっそ、この風が身体を持ち上げてくれれば良いのにとも思うが
残念ながらその様な事は起きない。

「捕まれ!!」

 右側、やや上から腕が差し伸べられる。
リズは思考が働く前に、反射的にそれに瞬時に捕まった。キリトの身を案じている余裕は無かった。
 キリトの腕に右手、そして続けて左手で捕まると、時間が動き出すのが早くなったような気がした。
二人は崖に強く打ち付けられる、しかし、その反動の中でもキリトの右手は崖を掴んでいた。

「ぐ」

 だが、なかなか上がることができない。
片手な事に加え、二人とも重量一杯までアイテムを持ってしまっている。
だから重さは相当なものだ。それをキリトは空いている右腕一本だけで支えているのだから
大したものだろう。

「ぐ、うおおお……がぁ」

 何とか這い上がろうとするが、厳しいものがあった。
キリトをつたい、リズが先に上に上がろうというのも考えたが、
少しの振動を与えただけでもキリトの手は崖から離れそうで、怖くてそれができなかった。
リズは心の中でキリトに上がって、と強く願うが
計算式が徐々に適用されていってるのか、キリトの腕に篭る力が弱くなってきているような気がした。
 何とかできないのか。このまま死ぬのか。
生きたい。死にたく無い。その想いがパニックになりかけていたリズに
僅かながらも冷静さを呼び戻した。

(……そうだ!)

 急ぎキリトの腕から右腕だけを離す。
そして、アイテムウィンドウを急ぎ開き、操作する。
時間の勝負、僅かに遅れても死ぬかもしれない。
そう思い、必死に操作する。
操作すると、まずはポーション類が実体化された。
そして実体化されたものは何にも支えられず、重力に従い、溶岩へと落ちて行く。
次に余りにも勿体無いが武器を捨てる。
そして鎧、その他の防具、そして雑貨。とにかく捨てられる物は次々と捨てた。

「うおおおーーーー!!!!」

 ぐらっ、と身体が上昇するのが判った。キリトに捕まっている左手に一層、力を入れる。
キリトの方からも入れられる力が増したのか、お互い硬く手を握り合うこととなった。
身体は無事、引き上げられる。
そして、僅かな時間だが、本当に恋しかった地面へと着く事ができた。
 キリトは余程疲れたのか、息を大きく繰り返し、あお向けに倒れる。
それを見てリズは実感できた。自分は生き残れたのだ、と。
 リズは申し訳ない気持ちと感謝の気持ちで一杯になり、倒れているキリトを労うために這い寄る。

「キリト、ごめん。それと」

 一度言葉を区切り、リズベットは本当に嬉しそうな笑みをキリトへ向けた。

「助けてくれてありがとう」

 一瞬、キリトは呼吸を停止させる。
そのリズベットの表情が余りにも可愛い、と感じたためだ。
けど、苦しかったため、すぐに呼吸を再度開始するとできるだけ冷静に言った。

「い、いや。当たり前の事をしただけさ」

「でも、そのせいであんたも死にそうに――」

 言葉を続けようとするリズの目の前に手のひらが出され、待ったをかけられる。
リズはキョトン、として言葉を止める。キリトはそれを確認すると、少し力無く言葉を紡ぎ始める。

「……もし、あの場面で俺がリズを見捨てていたら、今、俺は後悔することしかできなかった。
誰も死んでほしく無い。少なくとも目の前では……。
だからリズを助けたのは当然の事なんだ、俺にとって。
正直、自分が死ぬより誰かが死ぬ方がずっと怖いんだ。
おかしいよな……。このゲームが始まった時、俺は自分の事しか考えていなかったのにさ。
今になって後悔ばかりしてるんだ……」

 後悔ばかりしている。その言葉に込められている只ならぬ想いはリズに伝わった。
リズは気になった。キリトがこのような考えを持つようになった原因を。
しかし、会ったばかりの自分が触れて良い傷なのか。
けど、それ以上に知りたい。そして、なぜか彼の支えになりたいと思って
恐る恐るながらも訊ねはじめた。

「……ねえ、キリト。一体何があったの?
あんたが他人を心配するのはわかるんだけど、ちょっと異常なぐらいだわ」

 キリトはそれを言われてやや考えるそぶりを見せる。
彼にとって、かなりデリケートな話だ。
簡単に話す事ができないのだろう。
けど、暫く考えた後、キリトはイエスの返事をした。
先ほどまでリズを助けるために必死になっていた姿が嘘の様に、弱弱しい声で。

「そうだな。無事にここを抜け出せたら……話すよ」

 キリトはなぜ、話すと言ってしまったのかがわからなかった。
死の状況から救われ、心がおかしくなってしまっているのか。

「……約束よ」

 原因は不明のまま、約束を交わすことになってしまった。

 二人は再び進み始める。進み始めると、崖の近くに橋があるのが見えた。どうやら先ほど、脇道に避けていた場合、
その橋から崖を渡る様に出来ていたのだろう。
確かめようかとも考えたが、タイムロスはできるだけ避けるために
無駄だとほぼ判りきっている事は止めた。
 少し先に進むと、やや狭めな穴の様な通路があり。そこに入ると
若干涼しくなった気がした。

「……移動地点だ。先に入って様子を見てくる。後から着てくれ」

 少し通路を進むとキリトが足を止め、そう言った。
 移動地点。簡単に説明するとマップとマップが繋がる部分の境目である。
SAOに限らず、その他のオンラインゲーム、ビデオゲームでもよくある仕様だ。
その先の地形は見えたりするのだが、プレイヤー、モンスターの姿は居ても見る事が出来ない。
そのため、キリトが先に入って危ない様ならばすぐに戻ってくる必要がある。
だからまずは偵察をする必要があった。

「わかったわ。気をつけて」

 キリトはこのダンジョンに入ってから初の移動地点へ足を踏み入れ、次のマップへと進んだ。
入るとリズは大丈夫だろうか、と心配になったがすぐに戻ってきたキリトを見て、
少し安心すると共に不安にもなった。
キリトがすぐに戻ってきた、という事は敵が固まっている可能性もあるからだ。
だが、そんなリズの心配を他所に、キリトは安心する言葉をくれた。

「安全エリアだ。入ろう」






 安全エリアに入ると、視界の端に新たなタイマーが表示された。
時刻が1:00:00と表示された後、0:59:59、0:59:58と1秒ごとに数字が減っていく。
それに対し、クエスト用のタイマーは時間の減少が停止した。

「休憩タイムって所かしら……?」

「たぶんな。さすがに24時間ぶっ通しで戦うのはきついって事で茅場なりの配慮なのかもな」

 忌々しそうにそう囁くとキリトは床に腰を降ろした。
ここまで、リズベットを危険な目に合わせまいとかなりの集中力を持続してきていた影響だろう。
かなり疲弊していた。

「キリト、武器出して。今のうちにメンテするわ」

「でもさっき装備とか捨てて無かったか?」

「うん。でも携帯用簡易高炉は捨てて無いわ。
何でかな……これは捨てられなかったのよ。捨てたとしても最後だったと思う」

「そっか。それじゃあ頼む」

 昨日の戦いの中、武器が壊れたという事態が発生したためか、キリトは素直に
リズベットに武器を渡した。リズベットはそれを受け取ると、
すぐに修理にかかる。

「上手く戦ってるのね。余り消耗してないわ」

 そう関心の声を上げる。けど、この先、何があるか判らないため
万全の用意をしておくことに越したことは無い。
僅かな耐久値減少でも修理にかかる。

「そういえば……ごめん」

 いきなりのキリトの謝罪にリズは首を傾げた。

「何の事よ?」

「装備、捨てる事になっただろ?」

「……いいのよ。ああでもしなければ、あたしもあんたも間違いなく死んでいたわ」

「でも……」

 ゲームにおいてアイテム、特に装備という物は長期間使えば使うほど愛着が湧く人物も少なく無い。
使わなくなった武器でも取っておく、というプレイヤーも少なくは無い。
キリトも、そしてリズもその内の一人。
特に、このゲームは体力が零になるイコール現実の死なため、
武器や防具を失うという事は心と身体のどこかが欠けた様な感覚が他のゲームと比較して強い。
キリトにはその感覚が判る。だからリズに凄く申し訳無さそうにしている。
けど、それでもリズは首を横に振った。少しだけ寂しさが混じった笑みを浮かべながら。

「本当にいいの。ちょっと大げさだと思われるかもしれないけどさ、
あたし、今こうして生きていられるだけでも嬉しいの。
あの時、本当に落ちて死ぬかと思ったから」

 思い返してみる。崖から落ちそうになっていた時の事を。
そしてキリトの力強い腕と必死さ。
思い出すと寒気が起こるが、それと同時に身体のどこかからか温かい気持ちがトクン、トクン、と流れてきた。
つり橋効果、というのだろうか。そういう言葉は頭の隅にあったが、それを追いやる。
例えつり橋効果であってもこの温かい気持ちの何がいけないのだ。
この気持ちだけは偽者じゃない、と穏やかな気持ちになる。

「はい、終わったわ」

「サンキュ」

「それと……ごめん。あたしからもキリトに謝らなきゃいけないことがあるの」

「?」

 リズベットはキリトの前に正座し、頭を下げた。

「ごめんなさい」

 わけが判らず、キリトはあたふたとうろたえる。

「い、一体何の事だ?」

「実は……このクエストの情報をくれた鍛冶屋の知り合い、全員、このクエストで亡くなったの……」

 キリトは突然告げられた真実に耳を疑った。
いや、もしかしたら、と心のどこかで思っていたかもしれない。
だが、実際に言われると衝撃は大きかった。

「ごめんなさい。こんな危険な所についてきてもらって……本当にごめんなさい。

どうしても……クリアしたかったの……」

 仲間がやられたクエスト。
だからこそ、危険だと知りつつも彼女自身の手でクリアしてやりたいと思っていた。
いわばこれは仇討ちみたいなものなのだ。
死んでいった仲間の気持ちを少しでも汲み取ってあげたいのだろう。
だから危険と承知でありながらもリズベットはここへ訪れた。
 リズベットの気持ちはキリトにも少し理解できた。
だから、キリトはリズベットを責める気分には一切、ならなかった。
むしろ表情を和らげ、リズベットへ優しく声をかける。

「リズ、危険なのは最初からわかってる。それを承知で付いてきたんだ。
大丈夫。俺はそこら辺のプレイヤーよりはよっぽど強い。このクエストも最後まで生き残ってクリアする。
リズと一緒にな」

「キリト……」

 リズベットは感動したのか、眼を潤ませて再度頭を下げてきた。

「……ありがとう」

「それじゃあリズもそろそろ休んだ方がいい」

「ええ、そうさせて貰うわ」

 そう言うとリズベットはキリトのすぐ横に座った。
それに対し、キリトは一瞬ギョッとするが移動する事は無かった。
ここで移動したら何となく失礼になってしまうのでは無いだろうか、という考えが
彼が回避する行動を止める。

「え、えっと……リズベットさん?」

「……ちょっとここ、寒いわね。風邪なんてシステム、無いけど何とかして身体の温度保たないと
気分が悪くなりそうだわ」

「…………そうかもな」

 リズの言う事にも一理ある、と感じたのか、それとも彼女の落ち着き様を見て
落ち着きを取り戻したのか、キリトも変に構えること無く、休息に入った。

「ねえ、キリト」

「ん?」

「予め謝っておくわ。ごめん。
キリトってさ、もしかしてベータテスター?」

 ハッとしてリズベットの顔を見る。
彼女の表情はどこかシンミリとした感じはするが、責める様な感じはしない。
 リズベットは驚いたキリトの表情が可笑しかったのか、クスクスと笑った。

「やっぱりそうなんだ」

「……どうしてわかったんだ?」

「ゲーム開始時に自分の事しか考えられなかった。
普通は皆、それが当然よ。けど、ベータテスターだけは別かな、と思って」

 リズベットの考えは的確とも言えた。
ここで嘘をつくのは簡単だ。だが、キリトはこれに関しての嘘だけは
あの事件以来、二度とつけないようになっている。
だからリズベットに正直に答えた。

「…………ああ。リズの想像通りだよ。俺は…………このゲームが始まって
広場でチュートリアルがあったあの後、自分が一番大切で皆を見捨てて真っ先に次の村へ駆け出した」

 キリトは視線をリズから外す。とてもじゃないが、これから訪れるであろう彼女の反応が怖く、
正面から見る事などできなかった。

「一人だけフレンドもいたんだ。けど、そいつも見捨てて……俺は走って逃げた。
もし、俺があの場に残って戦闘のチュートリアルを少しでもしておけば、
もっと死人が減ったかもしれない。いや、確実に減った。
なのに俺は……俺は……みんなを見捨てたんだ」

 リズはそっと俯いたキリトの背中に手を置いた。

「……正直に言うとね、あたし、その時のキリトを見たら嫌いになっていたと思う」

「!!」

 それを聞いた途端、身体がゾクッとしてすすり泣いた時に出るような息を吸う音がキリトの喉から鳴る。

「けど、今、それを知っても嫌いにはならない」

「え?」

「だって、キリトが凄く後悔してるのがわかるから」

 キリトは面を上げ、リズを横目で恐る恐る見る。
見てみると、その瞳には優しさが湛えられていた。

「確かに、キリトがチュートリアルをしていたら助かった命もあるかもしれない。
けど、キリトも、そしてあたしもまだ子供。様々な年代のプレイヤー相手にあんな状況でチュートリアルする根性なんて
普通無いわ。あった方が不思議なくらいよ。
間違った説明でもしようものならそれこそ、非難を浴びただろうし」

「それは……そうだろうけど……」

「それに、あたしがキリトを嫌いにならないって言っている理由はキリトがあの時の事を悔やんでいるからよ。
次、きっと同じ事があったら失敗しないわ。貴方はちゃんと動ける」

 貴方はちゃんと動ける。そう想って貰えるのが嬉しかった。
けど、とても自信は持てなかった。

「…………わからない。俺、なんだかんだで自分が一番大切みたいだから……。
いざという時がきたらまた……」

「それは無いわ」

 リズベットはキッパリと言い切った。

「本当にそうなら、あたしは死んでいた」

「……」

 リズベットの言葉はキリトの心の隙間を優しく、一部だけだが埋めてくれた。
それだけの意味が今の言葉には込められていた。

「それに、そうじゃなければ昨日、アスナは生還できなかったはずだもの。
アスナが生還できたのはキリトのおかげ。これは間違い無い事よ」

「でも俺は…………」

「……ごめん。クエストが終わってからって約束だったわね。
今は少し休みましょ」

 リズはこの先は話の核心部に入ってしまうと悟ったためか、一度言葉を止めた。
そんな彼女の気遣いにキリトはこの言葉を言うしかなかった。

「……すまない」

 リズの言葉が、そして彼女の体温が身体にじんわりと染みてくる。
もし、街にいたのならばこの優しさから逃げたかもしれない。
けど、ここは転移不可能なクエストマップの中。
誰も見て居ないし、キリトが逃げ出す手段も無い。
それを言い訳に、この優しさに甘えてしまった。

(休憩時間は1時間だけか……ちょっと短いな……)

 そう思いながら、二人は休みに入った。





 そして――――見事に寝過ごした。

「あちゃ~。30分もオーバーしちゃったわね」

 歩きながらリズベットは大して後悔した様子を見せずにそう言う。
表情は生き生きとしており、疲れた様子を全く見せていない。

「何とか取り戻そう。けど、焦らず、慎重に行くぞ」

「わかってるわよ」

 歩いて進んでいくにつれ、徐々に徐々に寒くなっていく。
途中、蝙蝠の敵や、やたら凶暴な白熊っぽい動物が出てきたり
空飛ぶ鯨っぽいよくわからないモンスターが出てきたが、全てキリトが余裕を持って薙ぎ払い、順調に進んだ。
 ふと、ちらりと視線をクエストの残り時間に向ける。
2:43:21とそこには書かれていた。

「大分時間が少なくなってきたわね」

 キリトがタイマーを見たことに気づいたのか、はたまたリズも丁度見たのかは判らないが、
タイミングよく話しかけてきて一瞬ドキリとする。だからか、返事はどもってしまった。

「あ、ああ。そうだな。そろそろ最深部だと良いんだけど……異様に寒くなってきたし」

 風が吹かないためか、そこまで劇的に寒いと感じる事は無いが、
予備の装備を含めてほとんどのアイテムを捨てたリズベットには結構な辛さであった。

「……くしゅんっ」

「大丈夫か?」

 キリトは足を止めず、振り返らずにそう尋ねる。
ここで足を止めてリズベットを心配するのは容易いが、それではここまでの努力を無駄にしてしまう事になる。
リズベットの今までの性格を考慮すると、多少辛くてもクリアしたいと願っている。
キリトはそう核心している。
だからここで足を止めなかったのも彼なりの優しさだ。

「はっきり言って大丈夫じゃないわ。かなり寒い。
けど、我慢するしか無いじゃない。たぶん、あたしが行かなきゃクリア達成はできないだろうし」

「……悪い。装備可能な予備の装備があればよかったんだけど」

 予備の装備はある事はある。しかし、それらは全てリズベットが装備する事ができないものだった。
レベル制限に引っかかってしまっているのだ。
キリトとリズのレベル差を考慮すれば全く不思議では無い事態なのだが、
こうも見事に装備できないものばかりであると、申し訳無い気持ちになってしまう。

「仕方が無いわよ。こんな事態、お互い予測できなかったんだし……って、うわぁ」

 リズベットから感激の声が上がった。
地底湖に出たのだ。しかし、水は全て凍っており、
天井にある穴から差し込んでいる太陽の光がキラキラと氷の面を反射している。
周りのつららや氷で出来ている柱も、その全てが煌びやかに存在している。

「綺麗……」

「リアルだと火山の下にこんな場所があるなんて事は無いだろうからゲームならではの構造なんだろうな」

「うん、そうかもしれないわね」

「っと、お目当ての物、あれじゃないのか?」

 氷の湖の真ん中に台座があり、その上にエメラルドグリーン色をした透き通った鉱石があった。

「あ、そうかも!」

 そう言ってリズは走り寄ろうとするが、すぐに止まる。

「キリト、最後まで油断しないで護衛、頼むわよ」

 その一言にキリトはハッとする。
この風景とようやくゴールに着いた、という事でやや緊張感が抜けてしまっていたのだ。
そんな様子のキリトにリズベットはしてやったり、と可愛らしく笑う。

「ごめん、気をつけるよ」

「そうよ。この鉱石、あんたの剣になるんだから。その分最後までしっかり働きなさいよね!」

 リズベットはキリトの横に立つと、二人揃って湖の上を歩く。
氷が割れて湖に落ちるのでは、という心配も無くはなかったが、それが起きることは無かった。
 そして、二人が鉱石の前に立つと、鉱石から僅かな光が漏れた。
リズベットは喉を軽く鳴らした後、恐る恐る手を伸ばして鉱石を手にする。
すると、その直後に目の前にウィンドウが表示された。

「クエスト、クリアだな」

「そうね」

 ボスが居なかった事にキリトはほっとする。
 長い一日だった。だが、終わってみれば短かった気もする。
今朝、リズベットに初めて会い、ハラスメントコードに接触して牢獄に入れられ、
流れでクエストを一緒に行い、そして心の距離が縮まった。
波乱万丈の一日だった。だが、終わってみれば全てが上手くいった。
決して悪く無い一日だった。キリトもリズベットもお互いそう言える。
 二人の周りから光が生まれる。
恐らく、クエストの開始した火山の麓に戻されるのだろう。

「お疲れ」

「うん。お疲れ。ねえ、キリト」

 光に転送される直前、リズベットは隣に立っているキリトに視線を向ける。
キリトはやりきった、というような表情でリズベットの視線を受け止める。

「ん?」

「あたし、あんたの事、好き!」













































「……………………へ?」























 キリトの生涯、もっとも間抜けな声が出た瞬間だったかもしれない。
その直後、二人は光に完全に包まれてその場から消えた。





――――――――――――――――――――――――――――――
本日のボツシーン

(無事、崖から上がったキリトとリズベット。その直後)

「キリト、ありがとう」

「いや、リズを助けられてよか――――!!」

 キリトは呼吸を忘れ、言葉を止めた。
それだけ目の前の状態が信じられなかったのだ。

「アハハ……」

 リズベットは空笑いをする。
キリトが驚くのも無理も無い。
否、むしろ当然と言える。
目の前の少女がいきなり下着姿になっていれば誰でも驚くだろう。

「そ、その……さっきちょっとテンパってたから……勢いで捨てられる物捨てて……それで、服も捨てちゃってさ。
あ、でも鍛冶道具だけはどうしても捨てる気になれなかったからとってあるから
武器のメンテはできるわ」

 さすがに気恥ずかしく、胸の前で腕を交差させてできるだけ隠す。
リズベットも生きるために必死だったのだろう。
本当に捨てられる物は何でも捨てたのだ。


※リズベットがお色気担当になってしまう上に、武器の修理シーンまで下着姿になって余りにもシュールだったのでボツとなりました
(というかこの小説15禁じゃないし\(^o^)/)



――――――――――――――――――――――――――――――
後書きという名の不要な裏設定

 実は火山ダンジョンで溶岩流れてくる場所……転移結晶使用可能なんだ……
キリトとリズベットが気づかなかっただけで……。



[35213] 第五話 罪
Name: 倭刀◆326c9191 ID:fa07893a
Date: 2013/03/23 22:06
第五話 罪

 外の空気に触れた途端、帰ってきた、という実感が湧いた。
辺りを見渡してみると、最初クエストで入場した時の位置とは若干異なった。
火山の麓なことに変わりは無いのだが、どうやら地形を見る限り反対側に飛ばされたらしい。
近くにはNPCがいる。このNPCに話しかけて正式にクエストがクリア、というところなのだろう。
 しかし、キリトはそんな事を気にかけていられる心情では無い。
口をパクパクさせながら、リズベットに向って何かを言おうとするが、その何かが頭の中で定まらない。
 一方、リズベットは先ほどの台詞などまるで無かったかのようにNPCと会話をしている。
少し時間が経過するとそれも終わり、リズベットは右足を軸に、クルッと身体を回転させ、
キリトと向き合う。

「よし、これでクエスト終わり!報酬でコルも貰えたから分配するわね。
さてと。それじゃあ約束だからキリトの話、聞きたいとこだけど
その前にさっさと剣を製造しちゃいましょっか」

「え……えっと、リズベットさん?さっき何か……」

 キリトはたじたじしながらリズベットに先ほどの事を訊こうとするが、
その前にピトッと人差し指を唇に当てられて口を閉ざされる。
その行為はリズベットからしても恥ずかしかったのか、
二人ともほんのりと顔を赤く染める。

「その話はまたあ・と・で!今は剣を作ることに集中ー!
材料取りに街へ戻るわよ!」

 何だか妙に高いテンションでリズベットは剣を製造するべく、街へと進んで行く。
暫く、キリトは口を半開きの状態にして見送っていたが、立ち直ると慌てて追いかけた。

「お、おい待てよ!」

「さっさとしないと置いていくわよ!」

 楽しそうに笑うリズベットを見て、自然とキリトも頬が緩む。
――そんな表情の変化にキリト本人は気づいていない。
もし、自覚していたならば首を横に振って緩んでいる気持ちに修正をかけただろう。
気づいていないから、今のキリトはこのささやかな幸せを享受できた。

 二人は宿屋へ戻ると、リズベットはすぐに部屋へと駆け込む。
そして数秒経過した後、部屋から出てきた。
どうやら製造はここではなく、彼女が作業場と決めている場所で行うらしい。
 作業場へ移動する間も、二人の雰囲気はどこかぎこちなく、どこか温かい。
キリトはどうすればいいか、声をかけるべきかと悩む。
対し、リズベットはこの雰囲気を楽しんでいた。
なぜか、草木を踏んだ時のエフェクト音の数々が普段より心地よく聞こえた。
 リズベットが先導し、やってきたのは十二層の主街区の外れにある、少しヒンヤリとした小洞窟。
ここで作業をするのか、リズベットはウィンドウを開いて製造用の道具をオブジェクト化した。

「こんな所があったのか……」

 キリトは自分が訪れたことが無い場所なせいか、辺りを見渡して関心している。

「そうよ。ここなら誰にも邪魔されないし、この石造りの空間が何となく落ち着くのよ。
気温も丁度良いぐらいだし」

 話している間にもリズベットはテキパキと作業を進めていく。
キリトは何か手伝える事は無いか、と思ってキョロキョロするが、
下手に手を出さない方が良いと判断して黙って見学する事にした。
 暫くして、一通りリズベットは支度を終えるとキリトに向き直る。
目は真剣そのもの。いよいよ始まるのだ。

「それじゃあ、一応確認するわ。筋力型向けの片手剣。これで間違いないわね」

 武器の種類の設定はできるが、敏捷か筋力か。このどちらになるかは
鉱石によって変わる。だが、それでもリズベットはキリトの望む形に打ちたいため、あえて希望を訊いた。

「ああ。それで頼む」

 金槌を振り上げる。
1回、2回と力強く、心を込めて叩く。


――あたしにはこれしか出来ない。

 前線に立つことはできない。以前より、自分の店を持ちたいという願望により、
前線に立たず、後方支援という立場を選んだ。

――皆が必死になって戦っていても、隣に立って戦う事ができない。

 そのせいで一昨日、友人が知らない所で死んだし、親友が死にそうになった。

――だからせめて、これだけでも力になりたい。

 自分の代わりに、どうかこの剣が彼を護ってくれますように。
そして、彼が周りの人たちを護れますように。
そう願いつつ、剣に思いを込める。


「…………あ」


 そして、気がついた時には少し緑がかかった美しい刃を持つ剣が姿を見せていた。

「でき……た」

 見た目だけでも判った。この剣が今まで打ってきた武器と比較し、かつて無い程の力を秘めていると。

「名前は?」

 待ちきれないのか、キリトが隣から訊ねてくる。
表情も、どこか急かしているように見える。

「名前は……アビスイリュミネータ。………………意味、わかる?」

「アビスってゲームだとよく聞く言葉だけど、何だったかな?」

「あたしもわからないや。えっと、それより武器の性能は…………うん。完璧だわ!」

 武器のウィンドウを開き、性能を確認すると、頬を綻ばせる。
よほど満足したのだろう。ウキウキとした感じでキリトに剣を手渡した。

「装備してみて。どう?」

 剣を渡す際、少しリズベットとキリトの手が触れた。
リズベットは少し気恥ずかしく、はにかむ様に微笑むが、
キリトは大して反応が無かった。
 そんなキリトの様子にリズベットはすぐにハッとして違和感を抱いた。
出会って短い付き合いだが、今までのキリトという人物を鑑みると
これが彼本来の反応では無いような気がした。
 リズベットが己の違和感と問答している間にも、キリトは平然と
武器を触り、軽く素振りなどをする。
しばらくそれを続けた後、動きを止めるとリズベットに視線を戻した。

「……うん、良い感触だ。重さも丁度良い。
凄いよリズ。これだけの武器、見た事が無い。絶対現時点で最強の武器だ」

「えへへ、会心の一品って奴ね!ちょっと待っててね、その剣に会いそうな鞘、選ぶから!」

 そういうとリズばバタバタと動き出し、大して時間をかけずに馴染みの細工師から定期購入している
品から一つを選び出した。

「はい、どうぞ」

「ありがとう。そうだ、代金、いくらになる?」

「要らないわ。今回クエストに付き合ってくれたお礼よ。
そ、その代わりさ……武器のメンテ、必要になった時はあたしの所に着なさいよ。
あたしをあんたの専属ブラックスミスにして!」


「……リズ」

 キリトはリズをじっと見る。そこに先ほどまでの様な気恥ずかしさは無い。消えていた。
 嬉しかった。こんな可愛らしい少女が自分を慕ってくれている事を。
だから、だからこそ本当の事を話さなければならない。

「それじゃあ……話そうか。約束だから」

 キリトは剣を装備すると、覚悟を決めて近くにある岩場に座る。
リズベットもその横に座った。
どことなく暗い雰囲気が漂いはじめる。
恐らく、キリトの表情が徐々に暗くなりはじめたせいなのだろう。

「……俺がビーターだって事、知ってるよな?」

「うん」

 当然だと言わんばかりに返事をする。数時間前に聞いたばかりの事なのだから。

「ある日、俺は低層に必要なアイテムがあったから取りに行ってたんだ」

 ポツポツと話し出す。
リズベットはキリトの言葉を受け止めるため、じっくりと次の言葉を待った。

「そこで月夜の黒猫団、ってギルドのメンバーに会った。メンバーは5人。
前衛がスタッフ使いのテツオ一人でバランスの悪い構成だった。
俺が会った時、あいつらは敵に追い詰められていたな。
前衛がテツオだけだったから代わりに前に出られる人が居なくて、
あいつらはじりじり後退していっていた」


――そこで俺は助太刀を申し出た。あのままだと全滅しかねなかったからな。
あんたも知ってることだけど俺は攻略組だ。低層の敵だったら一人でも簡単に葬れた。
でも、後ろにいたあいつらに蔑まれた目で見られるのが怖かった。
きっとお礼は言ってくれただろうけど、ビーターとして見られるのが怖かった。
だから俺はわざと手を抜いた。ソードスキルも初級のやつしかわざと使わなかった。
……思ってみればそれが始まりだったんだ。取り返しのつかない結末に至ったのは。

 あいつらを助けた後、俺は助けたお礼にと食事に誘われた。
俺は迷うことなく頷いた。あいつらの温かい雰囲気に触れていたい。そう思ってしまったんだ。
ソロで戦ってばかりだった俺は人の温かもりに飢えていたのかもしれない。
 食事中、あいつらにレベルを聞かれた時も本当のレベルは答えず、わざとあいつらよりレベルが5くらい上のレベルを答えた。
前衛を探しているのはわかっていた。だからきっと誘われる。そんな事を期待してな。
それで期待通り、あいつらは俺を誘ってくれた。ギルドに入らないかと。
俺はすぐに入れてくれと返事をした。……ビーターの俺にそんな資格は無いのにな。

 それからの日々は後ろめたさこそあったけど、楽しかった。
新参の俺を除け者にする事無く、皆、積極的に輪に入れてくれた。
嬉しかったよ。リアルで人付き合いが苦手だった俺にとって、あんだけ良い仲間ができるのは初めてだった。
だから、ああいう関係が心地いい、ってことは始めて知った。
楽しかったよ。間違いなく。あの日々は。
本当に良いギルドだった。だけど……俺が全て駄目にしてしまったんだ。
 狩りも順調だった。俺は当然、上層の狩場の情報を知っている。
だから危険な地帯は知っていたし、効率の良い狩場も知っていた。
俺はそれとなく効率の良い狩場に皆を誘導した。逆に危険な場所は避けた。
メンバーのレベルは順調に上がっていた。
けど、後になって気づいた。それが不味かったんだって。
急なレベリングで強くなったから皆、変に自信を持ってしまったんだ。それに、何よりも危機察知能力が全く鍛えられなかった。
それが俺の最大の失態だった。
…………いや、違うな。そもそもギルドに入ったことが最大の過ちだったんだ。
 ある日、俺たちは資金が貯まったからギルドのホームを買うことになった。
リーダーのケイタが家を買いに行っている間、俺たちは家具を買うための資金を貯めることにした。
それでメンバーの一人が上層に行こう、と言い出して反対したけど、強く言うことができなくて……それで行ったんだ。
二十七層に。

「二十七層……?」

「二十七層はトラップの危険度が急に跳ね上がるフロアなんだ」

 トラップ。その言葉を聞き、リズベットの脈拍が一瞬、強くなった。

「二十七層の狩場。そこに……俺は危険って知りながらも向かってしまったんだ。
狩り自体は順調だった。一部のメンバーの不安も拭えて調子よく狩ってた。
けど、メンバーの一人が隠し扉を発見したんだ。
それでその中にある宝箱を開けようとした。
俺は反対した。けど、多数決で負けてしまって結局開けることになった。
そして…………」

 キリトは一度言葉を止める。
瞳には空虚感が湛えられている。どこを見ているのかよくわからない。焦点が定まっていない。
そして、唇をわなわなと震わせながら、無理やり言葉を紡いだ。

「……皆、死んだ」

 己の罪を、絶望を吐き出す。
 リズベットの息が自然と止まり、瞳孔が大きく開く。
彼女の心に、キリトの悲しみがじわじわと静かな波の様に染み込んで伝わってくる。

「キリト……」

 リズベットに名を呼ばれるが、キリトは構わず話を続けた。

――宝箱を開けた途端、敵が大勢三方向から出てきた。
結晶無力化空間だったから転移結晶も使えなかった。出口も閉まった。
 まずは宝箱を開けた短剣使いのダッカーから。次にテツオが。
そして次にササマル。そして……最後にサチが死んだ。
 サチはこの世界にずっと怯えていた。毎夜毎夜震えて俺のベッドに潜り込んできた。
……甘い雰囲気にはならなかった。愛の言葉を囁く事も一度も無かった。
傷ついた野良猫の傷の舐めあい。そんな感じだったな。
 ある日、サチは俺に言った。「一緒に逃げよう」って。
この戦いから、この世界から。逃げられないとわかってるのに、言ってきたんだ。
サチは本当に怖がりだった。俺は毎夜、君は絶対に死なない。死なないと囁き続けた。
でも………………………………………………

「結果はあの様だ」

 そう自嘲気味に言ったキリトの姿は本当に寂しそうで、悔しそうだった。
どれだけ後悔しているのか、どれほど苦悩しているのか。
その悩みの底は、リズベットには全く見えない。

「キリト……」

「君たちは絶対に俺が護るからってギルドに入った後に心の中で誓ったのに……逆に俺が皆を殺した。
サチは死ぬ時に俺に何かを言っていたんだ。きっと、俺を呪っていたんだろうな……」

「キリト、それは違う!」

 状況を整理して考えれば、サチは死んだ後もキリトがビーターだという事を知らなかったはず。
ならばそもそも呪う理由など存在しないはずなのだ。
 でも、そんな事実はキリトにとってはどうでもいい話だった。
事実よりも、彼らに行った事の後ろめたさが余りにも強い。

「それに、キリトは一所懸命サチさんを守ろうとしたんでしょ!?」


リズベットの頭に鮮明に描かれる様だった。

剣を振るい

叫び

敵の攻撃をまともに受けても己の身を省みず

自分の身を投げ捨て

全力で戦って

必死に手を伸ばして、彼女を守ろうとしたことを。

 ただ、後一歩届かなかったのだろう。
それを想うと悲しさで涙が溢れ出そうになる。

「だったらあの時、サチさんが言おうとした事はきっと違う!」

 リズベットの必死の言葉に対し、キリトは諦めか、それとも呆れか。
どちらとも取れるような溜息を静かに吐く。

「……そんなの憶測に過ぎないさ。
サチは毎日怯えていたんだ。
きっと、強さを隠していた俺を呪ったんだろう」

「それこそ憶測に過ぎないわ!」

「俺の場合はリズと違って経験からの推測だ」

 そう、リズベットはサチの事を知らない。
だから言葉に詰まる。これ以上強く言うことを一瞬、戸惑った。
その間にキリトは再び話し出す。


――二十七層のトラップの結果、生き残ったのは俺だけだった。
どう生き残ったのかはよく覚えていない。いつのまにかケイタが待っている宿屋に俺は足を運んでいた。
俺はその日に起きた事をケイタに伝えるとケイタは訊いてきた。
どうしてお前だけ生き残ったんだ、と。
だから…………俺は今まで隠していたことを全て話した。
自分がビーターであり、本当はもっとレベルが高かったことを。
 ……あの時の事は今でも鮮明に思い出せる。死ぬまで絶対忘れ無い。一字一句間違いなく思い出せるって断言できる。
悲しさにくれた声で、ケイタは言ったんだ。
俺にピッタリの言葉を……な。



「『ビーターのお前が、僕たちに関わる資格なんてなかったんだ』」



 キリトの耳に直に、その言葉が鮮明に蘇る。
あの時の言葉を思い出すと、心が冷え、精神がボロボロに崩される。
だというのに涙は流れず、悲しさが募るだけ。
 キリトの眼は完全に死んでいた。希望も何も無い死者の眼。
そんな彼に、洞窟の外から吹き込んできた冷たい風が当たる。
それがより一層、キリトの心を冷たくさせた。

「汚い物を見る目だった。でもそれは当然の事だったんだ」

「……もういい」

 リズベットが止めるに関わらず、キリトは矢継ぎ早に続ける。
許されたいのに、決して許されてはいけない自分を責め続ける。

「ケイタはあの後、その身を外周へと投げ出した。
全部、全部俺が招いた事だったんだ!!
ギルドに入った事も!
あいつらの優しさに甘えた事も!
急なレベリングをして俺がみんなを強くさせていると思って調子に乗った事も!!
罠の危険性を説明しなかった事も!!
皆に本当のレベルを隠して嘘をついていた事も!!
ビーターなのにあいつらに関わった事も!!!!」

 最後の言葉が一際強く、辺りに響いた。
リズベットはもう我慢することが出来なかった。
素早い動作で自分の手をキリトの手に重ね、強く握る。

「もういいから!それ以上自分を責めないで!」

「責められなきゃ……許されるはずが無いんだ!!俺はビーターで、あいつらの善心を裏切った!」

 思い出す――――敵の攻撃を受け、その身を散らしたサチの姿を。

「俺は他の人に関われる資格なんて無いんだ!」

――――キリトを蔑み、絶望の中、外周へと身を投げ出したケイタの姿を。

「初日…………あの日、クラインを見捨てた日からずっと!!」

――――あの夕陽の中、デスゲームの宣言の後、クラインとその仲間を見捨て、走り出した自分を。
ただ、自分が生き残るためだけに他の全プレイヤーを見捨て、己のためだけに走り出した自分を。
夕陽の下、敵を走りながら斬り進み、ただの一度も振り返らなかった自分を。

 そんな自分をただ一度たりとも責めず、送り出してくれたクラインの姿を。

 キリトは苦痛に顔を歪める。
なぜ、あそこで自分は一人で走り出してしまったのか。
そんなに己の身が大切だったのか。
なぜ止まらなかった。
なぜクラインを置いていった。
 そう自分を責め続けるが、全ては過去の事。
頭を抱えて蹲ることしかできない。
どれだけ後悔しても覆せることは何も無い。
そんなことはキリト自身が一番よく判っている。

「だから、だから俺は四十九層のボスに独りで挑んだ!
そして倒したら続けて五十層のボスへ挑む!そう決めていた!
 途中、雑魚モブに麻痺を食らった時に思った。ようやく死ねるんだって……。
なのに……なのに、血盟騎士団のあの女が俺を助けた!!」

 キリトの必死な叫びを聞き、リズベットはここにきてようやく気づいた。
キリトが、今にも死を求めているという事に。
彼女が思っている以上に深刻な状況だという事に。

「それで…………今はこの様さ………………」

「キリト……」

 リズベットはたまらなくなり、キリトをそっと抱き寄せた。

「…………辛かったよね」

 キリトは一瞬だけこの温かみを噛み締めたあと、小さく、消えそうな声を発する。

「……止めてくれよ。これじゃあんたに甘えてしまいそうだ」

「甘えていいのよ」

 天使の囁き。本当に甘い囁き。
このまま思わず身を委ねてしまいたいと思った。

――――だけど、それは出来ない。決して。

 同じ過ちを繰り返すわけにはいかない。
頑なに拒み続けなければならない。
昔、甘えてどうなったか。
忘れてはいけない。甘えたせいで月夜の黒猫団は壊滅したという事実を。
これ以上自身が罪を重ねる事を許せるはずが無かった。

「俺はビーターで誰かに甘えられる資格なんて無いんだ!!」

 リズベットを振り払い、勢いよく立ち上がって距離を取る。
キリトの表情は余りにも辛そうで、泣き出しそうなのに泣くことができない。
 そんな彼の表情は見ているリズベットからしてもたまらなく辛くて、
彼女が先に泣き出しそうになるのではないかというぐらいだ。

(…………ただの言葉では届かない)

 リズベットはそう核心した。
彼を止めるにはただの言葉では駄目だ。
彼の何かを奮い立たせる言葉でなければ。

「…………ねえ、キリト。家族、居る?」

「!!」

 キリトの身が一瞬、震える。
その反応だけでは残念ながら家族が居るのかは判らない。
けど、きっと普通の家庭があったのだろう、と勝手に予測して話を続けることにした。

「あたしもね、家族、リアルに居るんだ。けど、あんたと一緒でもう一年以上会ってない。
この世界、得られる物もあるけど……確実に現実の大切な時間も減っていく。
この世界に閉じ込められている人、全員が」

 一度キリトの様子を見る。キリトはまだうずくまったままだ。

「皆……もう一度、普通の生活に戻りたいと思ってる。
普通の食事、普通の生活、普通の家族。そんな当たり前で、幸せな人生を。
でも、そのためには…………」

 そこで言葉を区切り、ほんの少しだけ首を上げて視線を上方へと向ける。

「…………遥か彼方、一番高い所、百層まで行かないといけない。
いけないのに……このゲームの初日から既に多くの人が戦いからリタイアしてきた。
戦う勇気が無い人、戦える力が無い子供たち、そもそもナーヴギアの適正が低くて戦えない人。
現状、攻略組も50人に満たない人数で構成されてる。これってかなり少ない人数だと思うの。
それなのに昨日は血盟騎士団でも事故があった。だから……今後も攻略はますます厳しくなる。
そんな中……キリトの力は絶対、必要だわ」

「…………」

 反応は無い。それでもリズベットは言葉を続ける。
ここで止めては終わってしまう。キリトが終わってしまう。
そういう気持ちがリズベットを急かし、次の言葉へと向かわせる。

「確かに、あんたは取り返しのつかない事をしてしまったかもしれない。
いくら後悔しても死んだ人たちは戻らない。本当に悲しい現実だけど。
けど、彼ら以外にもこの世界に苦しんでいる人は居る。茅場に苦しめられている人たちが居るのよ。
そんな人たちを救える力を……キリト、あんたは持ってるはずよ。
この世界の人間全員、あんたの力を必要としている。
もし、その力で大勢の人を救えたら、皆をこの世界から解放できたら……キリト、それがあんたの一番の贖罪になるはずよ。
確かにあんたの仲間はあんたを恨んだかもしれない。けど、それ以上に茅場を恨んでいたはず。
最大の原因である茅場を。極論を言えば何もかも茅場が悪いのよ」

「……」

「それと、あたし、思うんだ。もしかしたらこのゲームのラスボスって茅場自身なんじゃないかって。
それがこのゲームに一番相応しいラストだろうって」

 リズベットの頭の中では既に固まっている考えだった。
このゲームの一番最後に相応しいラスト。
何れかのプレイヤーが勇者となり、魔王である茅場晶彦を倒す。
それでエンディングを迎え、現実世界へ返る。
実に感動的で盛り上がるでは無いか。反吐が出る程に。

「……そうかもしれないな」

 キリトもリズベットの出した考えに同意した。

「そう思うでしょ?だからさキリト、茅場を倒して。
今までのプレイヤーたちの恨みを全てあいつにぶつけるのよ!
ゲームをクリアして茅場を倒して現実へ返る。
それが……キリト、あんたには出来るはずよ」

「それはかいかぶりだ。俺には……そんな力は無い。
ヒースクリフには負けるし、誰も護れやしない。昨日も、アスナ以外を護れなかった」

「けど、一人は護れたじゃない!」

「一人じゃ……一人じゃ駄目なんだ!!もし昨日みたいに4人中1人だけしかいつも救えなかったら……。
考えてみろ。すぐにこの世界のプレイヤーは全滅する」

「けど、こう考える事もできるわ!
あんたが居れば死ぬはずのプレイヤーをいつも一人救う事ができる。
一人だけだけど、一人救うだけでも素晴らしい事よ!」

「……………………………………………………………………………………
…………………………………………まだ俺に戦えというのか。お前は……」

 キリトは苦痛に顔を歪める。
右手を顔へと持っていき、握力が許す限り、力を入れる。
 まだ戦えというのか。
その言葉がリズベットの心に重く圧し掛かる。
もう休ませてあげたい、全てを忘れて。そういう気持ちが湧き上がってきてしまった。
それほどまでに今のキリトは弱弱しい。

(けど、……それは間違ってる!)

 死んで楽になるなんて絶対に間違っている。
生きていれば、きっといつか良いことがある。
死んだら、全て終わりなのだ。
 だから、リズベットは胸に手を持っていき、覚悟を決め、
キリトにとって非情とまで言える言葉を告げる。
それが彼女の優しさが故に。

「うん。戦って、キリト。このゲームが終わる日まで。茅場を倒す、その日まで」

「………………それが俺に課せられた罰なのか」

 キリトは何かを考えているのか、静かになった。
リズベットはただ、じっと待つ。
ここまで、言えることは全て言ったつもりだ。
やれるだけのことはやった。
後はキリトに立ち上がってもらうしかない。

「…………………………………………………………………
…………………………………………………………………
…………………………………………………………………判った」

 長い沈黙の後、キリトはそう告げ、虚ろ表情を変えずに立ち上がる。

「俺もあいつには大きな借りがあるし、…………黒猫団の皆の敵討ちにも一応は…………なるかもしれないしな。
そもそも、考えてみたらこの世界を作った茅場が全部悪いん……だよな……?」

「そうよ。茅場が全部悪いのよ」

「ああ。……剣、使わせて貰うよ」

 キリトは洞窟の外へと歩き始める。
その寂しそうな後ろを姿を見て、リズベットは思わず呼び止める。

「キリト!!」

 キリトの足は止まらない。だからリズベットは急ぎ駆け、彼の前に周りこむ。

「これ、受けて。メンテするのに必要でしょ?」

 先ほど約束したのだ。武器のメンテの度に会うと。

「…………」

 キリトは黙って○ボタンを押す。承認された事でリズベットは少しほっとする。
これでお互い、フレンドになった。ダンジョンに居ない間ならば、これでキリトの位置を
確認する事もできる。

「キリト、もし寂しくなったり、今まで以上に辛くなったら、あたしの所に着なさい!
いつでも受け入れて上げるから!」

 リズベットは本当に心配だった。このまま、彼が磨耗し続けてしまうのでは無いか。
 だからか。次のたった一言、短い、なんの抑揚も込められていない言葉が嬉しかった。

「…………………………………………ありがとう」

 キリトはそれだけ告げてこの場を去った。
リズベットは両手を合わせて願う。どうか、彼がこのゲームをクリアするまで無事で居られます様に、と。
生きて、全てを終わらせ、彼が自分を許せる日が着ますように、と。
 そんな風に願っていると、彼女の頭の中にある言葉が思い浮かんだ。
それはクエスト中、キリトが誤って口にした言葉。
冷やかす気持ちは全く無い。ただただ、本当にその言葉の一説が
真実になればいい。そういう気持ちで言葉を紡いだ。

「……本当に、絶望なんて死んじゃえばいいのに」

 本心からの願いであるその言葉は誰かに拾われる前に風にさらわれ、消えていった。









――――――――――――――――――――――――――――――
幕間




 とある洞窟か、それとも石造りの室内か。
暗すぎて判別がつかないその場所で、PoHは武器を空中に放り投げてキャッチするという
動作を繰り返しながら考え事をしていた。
どうやってこの世界のプレイヤーたちを己のショウで楽しませるか、それをずっと考えている。

「……………………よお、ザザじゃねえか」

 深くフードを被った男が音も無く前方に現れたのを見て、PoHは同胞の登場に一味違った顔の綻ばせ方をする。
一方、声をかけられたザザという男の方はそれに付き合わず、硬い表情のままで用件を告げる。

「……十二層で下っ端が変な話を拾ってきた」

「へえ、聞かせてくれよ」

 ザザは忌々しそうに下っ端の男から聞いた話をPoHへと伝える。
話を聞いていると、PoHから徐々に楽しげな雰囲気が出始める。
そして話の終盤になると、フードの影の中、唇の端を持ち上げていた。実に楽しげに。

「くだらねえ話だ」

 PoHとは対象的にザザはつまらない話をした、という感じに吐き捨てる。
今、ザザが話した内容の中心人物をザザは心底嫌っている。
だから機嫌が悪いのだろう。

「いやいや、そうでもねえよ。お前は人の心ってもんがわかってねえようだな」

「何だ。説教たれるつもりか?」

 ザザはそう言うがムッとした感じは無い。
PoHがこういう態度なのはいつものことなのだ。

「これは最高のショウになるほどのネタだぜ?そうか、あのビーターのガキがな……」

 顎に手を当て、ニヤニヤとする。その有様は普通の人間ならばただ怪しいの一言で済まされるのかもしれないが、
この男がこの動作をすると言い様の無い禍々しさが醸し出される。
ザザには判らないが、PoHの頭の中では既に何やらショウが始まっているのだろう。

「わかってんだろうな?PoH。あいつは俺の獲物だ」

「いやいや、そう急くなって。事態はもっと面白い方向に転がせられるかもしれねえぜ?」

 ザザは仮面の下から赤い瞳でPoHを軽く睨みつける。

「…………何を企んでる?」

「なに、あのガキに世の中の道理ってもんを説いてやるだけさ」

 PoHはそう言うとスッと立ち上がる。
そして、メッセージウィンドウを開くと送信を開始した。

「日付が変わって時は大晦日。ショウを始めるには良い頃合だ。最高のショウをプレゼントしてやる」

 暗い所からザザを伴って歩き、空が見える場所へ出る。
そして暫く夜道を歩いた後、やや強めの風が吹く中、下層にある始まりの街を見下ろす。

「毎日屋内でダラダラ隠れ住んでるだけじゃ退屈だろうよ。
ここで一つ、エキサイティングなイベントをお前らに届けてやる。
せいぜい楽しんでくれ。
これから起こることを、身を震わせながらなっ!!
イッツ、ショウ、タイム!!」



――――――――――――――――――――――――――――――
後書きという名の空欄



[35213] 第六話 暗躍
Name: 倭刀◆326c9191 ID:fa07893a
Date: 2013/06/21 16:32
前書き

 第五話のラストにリズベットの台詞などを少し追記しました。
(読まなくても問題はありません)
では以下、本文どうぞ~。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――




 第一層始まりの街。黒鉄宮。そこにはアインクラッド解放軍の拠点がある。
かつてこの地には多くのプレイヤーが集い、世界の頂上を目指して戦っていた。
しかし、現在はアインクラッド解放軍と言えど名ばかりとなっている。
25層で自軍の壊滅と攻略組との衝突があって以来、すっかりなりを潜めている。
 そんな中、解放軍サブリーダーのキバオウは今日も自室で酒を飲んでいた。
飲めど飲めど酔わない酒。それが彼を余計に腹立たせていた。
ガンッ、と音を鳴らして乱暴にコップをテーブルに叩きつける。

「……ふぅ」

 25層の攻略が終了した当初は彼の怒りっぷりは凄まじいものだった。
他の攻略組プレイヤーを恨み、よく奇声を上げて暴れていた。
しかし時が経ち、今は落ち着いたものだ。
悲しみにくれ、かつて貯めた財産で酒を飲むだけ。
そんな風に今日も一日を過ごす。そう思っていた所に彼の自室の扉をノックする者が居た。

「入れ」

 仮初とはいえサブリーダー。僅かながらもそんな自負が残っているからか、
キバオウは素直に入室を許した。

「キバオウ様大変です!」

「なんや?攻略組が壊滅でもしよったんか?」

 今の攻略が五十層。そのぐらいの情報はキバオウも入手している。
かつて攻略で多大な被害を被った二十五層と同じクォーターポイント。
だから攻略組が壊滅してもおかしくは無いと思っていた。

(全く、ビーターの小僧は何やっとるんや)

 ついこの前、久方ぶりに遭遇した少年に対し、悪態をつく。
あの少年は嫌いだ。しかし、実力は認めている。
だから攻略組が壊滅したとしたら、あの少年が情けない姿でも晒したのだろう。
そう考えていた。

「違います!」

 キバオウはそこでようやく気づいた。
部下の顔が青ざめ、身体を震わせ、助けを求めるかのようにこちらを見ていることに。
自分が予想している以上に何か重大な事を持ってきた。そう理解して顔を引き締めて
久しぶりにサブリーダーの顔つきに戻った。

「言うてみい」

「我が軍の見回り部隊、5名が暗殺されました!!」

 一瞬呆ける。すぐに理解できなかった。思考が完全に停止する。
しかし、理解し始めると同時に顔が歪み始め、歯を強く噛み閉める。
そして腹の底から怨念が篭った声を出した。

「なんやと!!?」




第六話 暗躍




 黒鉄宮の会議室。そこに軍の重鎮が勢ぞろいした。
リーダーのシンカーを始めとする腹心のユリエール。
そしてサブリーダーキバオウ、他数名。
 全員揃った事を確認すると、シンカーが生き残りの一人に向かい、ゆっくりと問う。
その表情には普段の穏やかな表情は無く、真剣な表情そのものだ。

「では起きた事を説明してくれたまえ」

「はっ!我々は本日、街の巡回担当でした。そこで街の中で複数人に連れ去られようとしている少女を発見したため、
その誘拐グループを追跡して少女を奪還しようとした所、圏外に出て暫くした後に……
そ、その……敵の仲間と思われるオレンジプレイヤーに囲まれて命からがら俺だけが…………生かされました」

 シンカーは眉間に皺を寄せる。

「生かされた?」

「はい。それでこの世界の全プレイヤーに告知しろ、と」

「告知?一体何を?」

「『俺の名はPoH。レッドギルドラフィンコフィンのリーダー。これから新年を迎えるにあたってショウタイムを行う。
我々の動向を観察し楽しんでくれ』と……」

 それを聞いたシンカーは一層嫌そうにする。

「レッドギルド?つまり彼らはプレイヤーを積極的に殺めるPK集団、という事なのか?」

 シンカーの問いに対して誰も答える物は居ない。
だが、その場に居る全員がそうなのだろう、と見当をつけた。

「シンカー。これは非常事態です。大至急レッドギルド、ラフィンコフィンの討伐部隊の編成を攻略組に要請し、
住民の圏外への外出を控えるよう警告を」

「ちょお待てやユリエールはん」

「何ですかキバオウ?」

「圏内だから安全とは限らんで。そもそもラフィン・コフィンって名乗ってる連中は
少女を圏内から連れ出したんやで!」

 キバオウのその言葉にユリエールは言葉を詰まらせる。
確かにその言葉が本当ならば今までの圏内=安全という方程式は崩される。
だとしたらそれはただ事では無い。

「しかしキバオウ君。そもそもどうやってラフィンコフィンの者たちは少女を連れ去ったのだね?
そこから考えないといけないだろう」

「かーっ!あったま悪いやっちゃな。そんなもん決まってんやろ。
数人で少女の動きを封じて手足を動かせなくする。そうすればハラスメント警告が出ても押せんやろ!
そんでもってストレッチャーアイテム(担架)使えば動かせることも知らんのかい!」

 他のプレイヤーを担ぐには相手のプレイヤーが持っているアイテムとプレイヤー自身の重量によって
必要な力が変わる。しかし少女はレベルも低い事に加え、重いアイテムもほとんど持っていなかったため
簡単に担げた、ということが推測される。
 シンカーはキバオウの意見に納得したのか、なるほど、と頷く。

「確かにそれならば可能かもしれないな」

「圏内に篭る、ってだけじゃあかん。誰とも接触しないために室内に閉じこもるように言わんと」

「た、確かにそうですが……でもそれだとプレイヤーたちの生活に支障が……」

「ま、わいはそれでも構わんがな。出来る限りの自衛もせんといて死ぬのは
死ぬ人間の勝手や」

 ユリエールはどうすれば良いのか判断に迷う。
とても彼女一人で背負いきれる問題では無かった。
思わずシンカーの方へ助けを求める視線を送る。
すると、彼は心得た、というように頷いて応えた。

「ではこうしよう。人目の多い昼間は部屋からの外出を自由にし、
人目の少なくなる夕方以降は禁止に。時間は厳密に……そうだな。9時から16時までぐらいが良いだろう。
さすがにラフィン・コフィンも大勢を一度に圏外へ連れ出すこともできまい」

「ま、そこら辺が妥協点かもしれへんな。んで、わいらはどう動くつもりや」

 キバオウにとってようやく本題に入った。ここが重要だ。
キバオウは仲間意識が強い人間だ。だから仲間を殺した人間はとてもじゃないが許せない。
今にも頭が沸騰して外に飛び出したいぐらいだが、それを何とか抑える。
相手を冷静に葬るためにも抑える。
そして……待つ。

「とにかく情報を集めましょう。ラフィンコフィンのメンバー、レベル、根城。
新聞に書いて情報提供を促し、我々もラフィンコフィンのメンバー探索に動きましょう」

 シンカーがそう言い終わると、突如キバオウの視界の端にに小さなアイコンが表示される。
メッセージが届いた証拠だ。

「きたか!」

 キバオウは待ちわびたと言わんばかりにウィンドウを開き、メッセージを読む。
すると、満足気に唇を歪める。

「どうしたのだね?キバオウ君」

「コーバッツの部隊が一層のボス部屋でラフィン・コフィンの連中を数人捕らえた!」




 数時間後。五十層のアルゲードの街の一角では重々しい空気が流れていた。
その場は大勢の攻略組のメンバーが出揃っており、血盟騎士団、青龍連合などといった大手ギルドはもちろんの事、
少数勢力やソロプレイヤーも姿を現していた。
当然の如くその中にキリトもおり、集会場の隅で座って事の成り行きを見守っている。
 一方、これだけ大勢の人数が揃っているというのに、血盟騎士団長であるヒースクリフ、そして副団長のアスナの姿は無かった。

「では、これより会議を行います」

 恐らく、現状血盟騎士団で一番偉いであろうゴドフリーが補佐を一人つけ、
壇上へ上がった。
だが、そこですぐに青龍連合のリーダー、リンドから声が上がる。

「待て。なぜヒースクリフや閃光じゃなくてお前なんだ」

「あー……なんて言えばいいんだ?」

 ゴドフリーは隣に居る補佐役に早速助けを求める。
補佐役は大して気にした様子も見せず、スラスラと答えた。

「副団長殿に関しては先日騎士団内で事件があり、その際に大きなショックを受けてしまい、
現在療養中の身であられます。団長に関しては……私もよくわからないのです」

「は?わからないだと?」

 リンドは眉をしかめ、睨みをきかせる。
その様子に補佐役の男は一層気まずそうにする。

「そ、それが……今回のラフィン・コフィンというレッドギルドに関しては
関心が無いみたいで、自分は手を出さないと……」

「ふざけるな!!」

 補佐役はリンドの一喝に身を震わせ、思わずゴドフリーの背に一歩隠れる。

「今回、ボス攻略会議でもないのにこれだけ大きな招集をかけたのはお前たちKoBだろう!
我々青龍連合は昨日ボスの部屋を見つけていざ攻略会議だと思ったら急遽会議内容を変更されて
憤っていたというのに団長も副団長も居ないだと!?どの面下げて俺たちを呼び出したんだ!!」

 リンドの怒りを直接受けた補佐役は更に震えを増すが、
ゴドフリーがその肩に手を置くと一瞬にして止まった。
ゴドフリーはリンドを見ると、空いている方の手で気を抑えるよう促す。

「確かに呼び出したのは我々だが、お宅らが仕切ってくれても構わん。
ひとまず我々の所に情報が来てしまったから我々が招集をかけた、というだけの話だ。
とりあえず先に話をさせてくれ。このアインクラッドの全プレイヤーに関わる重要かつ危険な話なんだ」

「……ちっ。とりあえず早く話せ」

「それじゃあ、頼む」

 ゴドフリーがいうと一人のプレイヤーが出てきた。
血盟騎士団で主に情報収集を担当している30台前半ぐらいの年齢のプレイヤーだった。
情報部の男はその場で一礼をすると話し始める。

「第一層を根城にしているアインクラッド解放軍よりレッドギルド討伐の依頼がきております。
その名を殺人ギルド、ラフィンコフィン。ギルドのリーダーの名はPoH。
彼らはPK集団、というのはほぼ確定されております。
既にアインクラッド解放軍のメンバーも5人やられてしまっており、
始まりの街の少女がラフィンコフィンのメンバーのグリーンカーソルプレイヤーの手により拉致されてしまったようです。
なお、追加の情報ですが始まりの街で連れ去られた少女は無事、保護された様です」

 そう言うと、その場に少し安堵の雰囲気が出た。
解放軍のメンバーが5人やられた時点でも酷いが、少女まで死んだら何一つ救われなかったからだ。

「どうやって助け出したんだ?」

 まだゴドフリーもその情報の詳細を聞いていなかったのか、口を挟む。

「どうやらオレンジプレイヤー特有の圏内に入れない、という制限にキバオウが着目して
一層のボス部屋の手前に部下を張らせたみたいです。ラフィンコフィンの者たちは
始まりの街の転移ゲートを使わなかった様なので、他の街の転移ゲートを封鎖すればもう迷宮区を通って上層へ行くしかありませんからね」

「なるほど」

「それで、問題のラフィンコフィンからメンバーの情報は引き出そうとしたのですが……
情報を引き出せなかったどころか……自害をしてしまった様です」

 一瞬、その場の空気が一気に荒れた。

「自害だと!?」
「馬鹿な!まともな神経じゃない!」

「また、問題はそれだけじゃありません。第一層の他に二十五層でも拉致事件が発生しました。
シリカ、というプレイヤー名には一部の方は聞き覚えがあるのでは?」

 その問いにはリンドが答えた。
 
「確か、最近噂のビーストテイマーの少女、だったか?」

「仰る通りです。そのビーストテイマーの少女がさらわれました。
こちらに関しては近くに動ける勢力もなかったため完全に行方知れずです」

 そんなダイゼンの発言の中、キリトが静かに手を上げた。

「確か、キリト君だったかな?何か?」

「そのビーストテイマーの少女にフレンドは居ないのか?」

「いらっしゃいます。が、残念ながらどこかのダンジョンに入ってしまった様で追跡不可能な状態です。
しかし、重要参考人としてフレンドのお二人に現在こちらへおこし頂いております。
この会議にもいらして頂くことも考えたのですが、些か緊張していらっしゃる様なので
後ほど御用がある方のみ面会、という形とさせて頂きます」

 シリカというプレイヤーの居場所がわからなければその二人からほしい情報も無いため、
その意見に異を唱えるものは居なかった。

「それで、今後の事に関してですが……一度五十層のボス攻略を延期にし、
攻略組み全員でラフィンコフィンの討伐に向いたいと思います」

「待て、なぜ俺らが下層の連中のために動かないとならない」

 一人のソロプレイヤーが冷徹にそう言い放った。
その赤髪プレイヤーは背中に巨大な両手剣を背負いながら立ち上がると大胆不敵にも続けた。

「そのレッドギルドも手口は汚いようだが前線でレベル上げをしている俺たちとは実力が違う。
俺らが相手にするまでも無いだろう。40層辺りでたむろしているプレイヤーたちのその討伐は任せて
俺らは50層の攻略に向かうのが役割ってものだ。違うか?」

「残念ながら一概にそうとも言えません。我々攻略組みは基本的に迷宮区探索と共に
レベル上げを行っております。だから我々の知らぬ上層の狩場を利用していた可能性も零ではありません」

「確かに零じゃあない。けどそんな低確率なことをいちいち気にしていられっか!
それに、低層の奴らなんて知ったこっちゃねえ。俺らに前線を任せて閉じこもっているような奴らなんだぞ?」

 確かにこのプレイヤーが言っていることは正しい。
だが、人情というものに欠けている。
だからその意見に賛同する者は少なく、壇上に立っている情報部のプレイヤーは諭そうとする。

「力を持っている我々が弱い者を助けるのは当然――」

「そんな義務、俺たちには無い!!」

 ソロプレイヤーの強い発言に血盟騎士団の情報部の男は言葉を詰まらせる。

「ヒースクリフだけは多少まともみたいだな。最前線に来ようとしないプレイヤーを
助ける価値なんてねえんだよ!綺麗事を言って低層の奴らを助けたいならやりたい奴だけでやってろ。俺は降りるぜ。
ま、何か高い報酬があるなら話は別だが、な!」

 カハハ、と笑うとソロプレイヤーは会場を出て行った。
すると、その後を続いて一人、また一人とその場を去る。

「……勝手な奴らは放っておいて続けてくれ」

 リンドは一部のソロプレイヤー達が去った後、先を言うように促した。
リンドもソロプレイヤーたちの意見も少しは同意できる部分もあった。
この世界からの脱出を諦め、自分たちに全てを押し付けているような輩は
助ける価値を余り見出せない、と。
 しかし、今回は見捨てるのはそういう人たちだけではない。
商売をやっているプレイヤーや鍛冶スキルを取っているプレイヤーたちの身も危ないのだ。
またこれが一番の理由だが、人として彼らを見捨てる事などできようはずもなかった。
オレンジカーソルになることも辞さない聖竜連合だが、人を殺める事だけは決してしない、という決まりごともある。
よって、弱者を見捨てるなどという格好が悪い生き方はできなかった。

「それでは気を取り直して。当面、我々はアインクラッド解放軍と情報を共有し、
レッドギルド、ラフィン・コフィンの本拠地を探し、一網打尽とします。
本拠地がわかったら各人、勝手な行動は必ず慎んで下さい。大人数で一気にその本拠地を叩きます」

「本拠地探索の割り振りは?」

「これから決める予定です」

「では我々聖竜連合は上層の方を探索しよう。アインクラッド解放軍の連中も
二十五層までは余裕があるだろうからそこら辺を適当に割り振ればいいだろう」

「はい、それがよろしいかと。KoBは三十層から三十九層を。DDA(聖竜連合)は四十層から五十層を。
アインクラッド解放軍は人数が多いので十九層までを担当してもらいましょう。
他のギルドの方々は各ギルド、各人我々に混ざるか二十層から二十九層までの間を担当してもらいます」

「では我々はすぐに探索に入る。まずは転移ゲートが圏内に設置されていない階層から重点的に探索する」

 オレンジプレイヤーたちは圏内には入れない。そういう特性を考えると通行手段が便利な
圏内に無い転移ゲートがある階層、またはその階層付近を根城にしている可能性は決して低くない。

「お前らKoBは他のギルドやソロプレイヤーたちの割り振りを決めておいてくれ。
何かあったら連絡をよこせ」

「わかりました」

「では行くぞ!」

 リンドがそう言うと聖竜連合の人員は立ち上がり、すぐに移動を開始した。
そのまとまりの良さは少しだが周りのプレイヤーたちに安心感を与えてくれる。







「では君は二十台の層の探索に回ってくれたまえ」

「判った」

 聖竜連合が去った後の各人の配置決め。
キリトは二十台の層の探索を命じられた。
キリトのレベルを考慮すると高い層へ行き、Mobを切り倒しながら捜索をした方が良いのでは、という考えもある。
しかしこの作戦で最も重要なのは情報の伝達だ。
いかにまとまって動き、素早く敵の本拠地を発見できるか。それにかかっている。
よって、上層はまとまりのできている団体の方が探索するのに向いていると言える。
だから出された指示に特に異を唱えずに応じた。

「よ、キリト。よろしくな」

「……ああ」

 キリトの横には風林火山のメンバーが立っている。
彼らもキリトと同じ二十台の層の探索を命じられたと同時に、
二十台の層の散策チームのリーダーとなった。
だから今後、レッドギルドの本拠地が見つかるまでは嫌でもクラインと連絡を取り合わなければならない。

「全く。明日は新年なのにたまったもんじゃねえよな……」

「…………迷惑な話だ」

「だよなぁ。んで、オレらだが二十台の階層で転移ゲートが圏内に無い場所からまずは調べねえといけねえな」

「確か二十二層の転移ゲートは圏内には無かったはずだ。それ以外は覚えてない」

「ま、転移ゲートを全箇所行って再確認すればいいだけだ。ちゃちゃっと調べりゃ終わる。
そう時間はかかんねぇだろ」

「……そうだと良いな」

 キリトの言葉の歯切れの悪さにクラインは何となく不安になる。

「なんだよ。何か懸念点でもあんのか?」

「いや、別に……」

 口には出さなかったが、キリトは多いに不満を持っていた。
不満と言っても今回の作戦に関してでは無い。現状の流れに対しての不満だ。
 キリトは先日、打倒茅場へ闘志を滾らせた。そしてこれからいざ茅場を倒すために最上層を目指そう、という時に行き成りの足止めだ。
それに、例のレッドギルドを名乗っているプレイヤーたちにも強い嫌悪感を抱いている。
これだけ多くの者が嘆いているという現状にも関わらず、更に悲惨な事をしようとしているのだ。
アインクラッド解放軍のメンバーが5名暗殺された時点で既に冗談では済まされない範囲となってしまっている。
今後の攻略とレッドギルドへの嫌悪感の両方の感情により、キリトは今回の件はすぐに終わる、と心に決める。

「さっさと見つけ出して終わらせよう」

「キリト、せっかくだからオレたちと来ないか?」

「…………」

 一瞬、どうやって断ろうかと悩んだが、よくよく考えてみる。
どちらにしろこの作戦、団体行動は必要なのだ。
いくらキリトが索敵スキルが高いとは言っても決して万能では無い。
何人かに分かれて一つのダンジョンを探る、などといったことも必要になってくるだろう。
だからどうしても誰かと行動を共にする必要がある。
ならばクラインと行動を共にした方が良いのではないか。
 しかし、その考えは言葉に出す前に頭の中で否定された。
確かにクライン相手ならば気が楽かもしれない。
だが、気が楽が故に気が重くなってしまうという矛盾とも言える事態が発生してしまう。

「いや、俺は適当に他のソロプレイヤーたちと行動するよ」

 だから彼は断ることにした。

「何だよ、つれねぇな~」

 少しガッカリした態度のクラインに対し、キリトはわざと無視して必要な話題へと切り替える。

「俺はまず二十二層に行ってくる。あそこは圏外に転移ゲートがあるからな」

「わかった。それじゃあオレらは分かれて各階層の転移ゲートが安全エリアかどうかを調査する。情報が全部まとまったら連絡するわ」

 キリトはクラインへ背を向けて歩き出したのち、軽く手を上げて応答した。
それを見てクラインは軽く溜息をついたが、その表情は曇っていなかった。

「応答しただけちっとはマシになったってとこかな?」

「なあ、リーダー」

「あん?」

 頭にねじった布の様なものを巻き、ボサボサ頭の男がクラインに訊ねた。

「キリトの坊ちゃん少し無理やりにでも誘い込んだ方が良いんじゃないっすかね?
ああ言ってますけど寂しそうですよ」

 言われた事を吟味する。
確かに、彼の言うことも正しいかもしれない。
でも、キリトは今、クラインの目からみたらようやく回復傾向にある。
その回復傾向を下手に途絶えさせたくは無かった。

「……ま、それも有りかもしれねぇけどよ、最終手段としとこうや。
さ、俺らも行こうぜ。キリトの奴に負けてらんねぇからな!」

『オー!』



 二十二層の散策。結局、効率が悪いということがわかっているにも関わらず、キリトは一人で散策に出ていた。
会議が終了した後、早足で散策を続けていたが全く成果は出ない。
二十二層は木々が多く、隠れ家にはわりとうってつけの地形の階層となっている。
彼の持ち前の索敵スキルを活かしても、残念ながら普通のプレイヤーの反応しか無い。
 地道な作業の中、キリトは索敵スキルに集中している他は特に何も考えずに行動している。
その方が下手にストレスは貯まらないし、こういう淡々とした作業に集中できる。
 変化が訪れたのは陽が完全に沈み、更に時間が経過した後だった。
索敵スキルのレベルが高いキリトは暗い所でも行動できる方だ。
だから結構遅くまで散策を続けていたが、時間を見ると既に23時となっていた。
後1時間で年が明ける。そろそろ切り上げようかと思った時、視界の端にメッセージが届いた事を知らせる
アイコンが点滅した。

(……インスタントメッセージ?)

 同じ散策をしているプレイヤーからだろうか、と思いつつメッセージを開く。
メッセージの送信者は見慣れない名前だった。
しかし、メッセージを見ると大きな衝撃が走った。


『少女に会いたければ四十二層、月夜の静道の西の崖へ今すぐに来い。
同胞であるお前の来場を心待ちしている。 from PoH』


 その文章を見た途端、身体が奮えた。拳に力を込めメッセージを睨みつける。
身体の震えは少女が囚われている場所が判明した喜びでは無い。
ましてや、かのレッドギルドのリーダーからメッセージが届いたことから生まれた恐怖でも無い。

「ふざけるな!!」

 誰も居ない森の中、キリトの声が響き渡る。

「誰がお前らの同胞だ!!」

 同胞、つまり彼らと同じPKを好むプレイヤーの仲間だと言われたようなものだ。
PKなど当然好んでしないし、むしろ嫌悪の対象だ。
 余りもの怒りに、キリトはPoHと会話するためにインスタントメッセージを返信しようとするが、
残念ながら届くことが無かった。もう既にインスタントメッセージを送ったプレイヤーが
この階層から消えてしまったからだろう。
 キリトは熱くなった頭をできるだけ抑え、早歩きをしながらクラインへメッセージを送る。
PoHからメッセージが届き、42層に少女がいると言われたこと。
罠の可能性があること。
それでも自分は行くことを簡潔にまとめ、送信する。
すると、キリトは待ちわびたかのように全速力で転移ゲートへと走り出した。
行き先は四十二層。既に彼の頭の中には単独行動は必ず慎め、と会議にて言われたことは
忘れ去られていた。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
後書きという名の疑問

 ……あれ?この話書き始めた当初は6話完結予定だったのに
何でこんなことになってんだ(´・ω・)???



[35213] 第七話 一つの終点
Name: 倭刀◆326c9191 ID:fa07893a
Date: 2014/07/13 00:36
※注意事項 念のために心の準備をしてからお読み下さい








第七話 一つの終点







『少女に会いたければ四十二層、月夜の静道の崖へ年が明けるまでに来い。
同胞であるお前の来場を心待ちしている。  from PoH』


 その文章を見てキリトは四十二層の村へ訪れた。
目的地には一度足を運んだことがあるため、場所はわかっている。
村から出た直後、早々にアビスイリュミネータを抜こうと身体が勝手に動いたが、
移動速度が若干なりとも落ちてしまうため、我慢する。
 四十二層の月夜の静道(せいどう)。そこは昼間だと多くのモンスターが徘徊しているが、
夜になると昼間に反しモンスターが全く居なくなるのが特徴の一つである昼間専用の狩場。
夜に来るのはキリトも初めてで、月光を浴びているススキや木々が綺麗に照らされている。
 ここ、四十二層の村は圏内ではある。だが、もう少し離れた地域に別の転移ゲートがある。そこは圏外だ。
この階層は聖竜連合の探索担当地域だが、何せ探索が始まって間もない。この短時間で見つけ出せというのも無理な話だ。
 背が1メートル以上あるススキに囲まれた道を全速力で駆け抜ける。
そして森に入り、索敵スキルに集中力を注ぎつつ、冷たい空気の中を走っていると徐々に頭が冷静になってくる。
冷静になり始めると、キリトは真っ先にある疑問について考えた。
PoHがなぜ自分の事を同胞と言ったかだ。
 色々と考えてみるが思い当たる節が無い。
MPK(モンスタープレイヤーキルの略。自分が引き連れてきたモンスターを他のプレイヤーになすり、殺す事)などした事は無いし、
ましてやPKもしたことが無い。
同胞などと言われる覚えが全く無かった。

「ふざけやがって……」

 小さくそう独り言をささやく。
 森を抜けると崖がすぐにある。その崖沿いに走った先に少し出っ張った場所が見えた。
その場所を注視すると、人影を肉眼でかろうじて捉えることができる。
月光に照らされながら静かにキリトが訪れているのを待ち構えている人物たちが居た。

「……」

 親の仇を見る様な目でその方角を睨み、アビスイリュミネータを鞘から抜いて走り出す。
ふと、そこで耐毒ポーションを飲み忘れている事を思い出して急ぎ飲んだ。
例えレベル差があっても状態異常にかかってしまったら絶体絶命のピンチになりかねない。
焦っている事を自覚して一度深呼吸をする。そして今度こそ敵へ立ち向かった。

「止まれ!それ以上近づいたらこの女、突き落とすぜ!」

 多少低く、どすの効いた声に制止されて仕方がなく足を止める。
声には聞き覚えがあった。PoHの声なのだろう。
勢いよく走っていた分、地面を少し滑ってから停止したため距離が縮むが、相手はそのぐらいの些細なことは気にしないようだ。
 目の前には少女を除くと4人居た。そのうち二人が少女――シリカを抑え込み、
ザザが剣を構えて一番前に立ち、そのやや後ろにPoHが肩膝を立てて座っていた。

「よぉ、キリト。よく着たな」

「女の子を離せ!」

 女の子の様子を見ると、ひたすら涙を流して懇願するかのようにこちらを見ている。
恐ろしさに身を震わせ続けていたのかガチガチを歯を鳴らし、助けを乞う声すら発する事ができていない。
もしくは、声を出すなと脅されているのだろう。

「つれねえなぁキリト。挨拶ぐらい返せよ」

「何でその子をさらった!!」

 PoHの戯言など聞きたくない。そういう思いがあるため、PoHの言葉には応じなかった。
これに対してPoHがどう出てくるのか、という不安はある。けどそれ以上に機嫌が悪くてイライラをぶつけた。
 そんなキリトに対し、PoHはその質問にニタニタと笑いながら馬鹿正直に答えた。
もしかしたら機嫌が良いのだろうか。

「どうせさらうのなら盛り上がる役者が良いだろ?
このシリカってガキはビーストテイマーになって以来、アイドルみたいなもんになってたからな。
ただのそこら辺の奴らをさらうよりは、
人気のアイドルを救うために攻略組が俺らレッドギルドと戦うって方が盛り上がるだろ?」

「ふざけ――」

 ふざけるな。そう言おうと思ったが、一つキリトの頭の中に引っかかった。
ビーストテイマー。それは何かしらモンスターを従える者に与えられる称号。
つまり、何かしらモンスターを従えているはずだ。
だというのに、周囲にその姿は無い。

「その子のテイムしたモブは……まさか――」

「うるせえから殺した」

 ザザより冷徹に告げられた。キリトは少女の様子を伺ってみると、少女はより一層瞳を潤ませているのに気づいた。
それで気づいてしまった。その言葉が嘘偽りないということに。
身体の中にある何かが逆立っていくのがわかる。ブチッと堪忍袋の緒が切れるのがハッキリと聞き取れた気がした。
剣を構え、一直線にPoHへ斬りかかる。

「貴様ぁぁぁーーー!!」

 怒りに任せた一撃はザザが一歩前に出て防ぐことにより、PoHに届くことは無かった。

「……そのガキ、落とせ」

 ザザの言葉にキリトの怒りは冷や水を浴びせられたように、怒りが一瞬で冷めた。
キリトのこの行動はPoHの「これ以上着たら少女を落とす」という忠告を無視してしまっていた。
つまり、少女は落とされる。
そう思うと危機感と罪悪感が急に背中を駆け上がり、己の大失態に唖然とする。
 しかし、その心配は徒労となる。

「そう言うなザザ。キリトもまだ自分の本質が理解できてねえんだ。多目に見てやれ」

「……ちっ」

 キリトは助かった、と思ったと同時に言い様のない気持ち悪さを感じた。
PoHにしては甘い。キリトが知っているPoHならば、間違いなく少女を落としていた。
それが気持ち悪かった。
だが、それ以上に『自分の本質を理解できていない』という言葉の気持ち悪さの方が遥かに勝った。

「何を企んでる!」

 精一杯睨みを効かせているというのにも関わらず、PoHはあっけらかんと応えてきた。

「別に何も企んじゃいねえぜ?俺がお前の行動を多目に見るのは当然のことさ。俺たちは同志なんだからよ」

 ややクグモッタ声で笑われながらその言葉をまた言われた。
同士とは一体何なのか。お前らと一緒にするな。
そういう思いがキリトの逆鱗を逆撫でする。

「誰がお前らの同志だ!」

 憤るキリトに対し、PoHはニヤニヤした雰囲気を収めない。
深いフードの中で明らかに笑っている。

「俺とお前、やってる事が一緒だから同志だと言っているんだ」

「俺はお前らみたいにPKなんてしたこと――」


「無いって言い切れるか?」


 その一言がズキリ、と心に突き刺さった気がした。
口を開き、閉じる。そういう動作を数回繰り返す。
なぜか無い、と断言する事ができない。
記憶の限りではPKなどした記憶は無い。
PKなど吐き気が覚えるほどなのだ。するわけがない。
 だから少し考え方を改める。
もしかしたら自分とは違う観点でPoHは同志と言っているのかもしれない、と。

(武器?違う……。仮に同じだったとしても同志と言えるような要素じゃない!
レベル?生まれ?まさかこいつらがホモで俺までそう思われて……ってことはさすがに無いか)

 少し余計な事を考えたが、キリトは首を横に振る。
同志と言われる理由が思い浮かばなかった。
けど、それでもなかなか『無い』と言い切れない。
そもそも、無いと言い切れないのは「PKをした事があるか」という問題についてだ。
些か頭の中では論点がずれてしまっていた。
 なかなか言い返せない。頭では否定できるのに、なぜか本能からの否定ができなかった。
何か重要な事を見落としてしまっている。そんな不安が渦巻く。

「聞いたぜキリト。確か月夜の黒猫団だったか?そのギルドメンバー、全員殺したんだってな」




















 心臓が一瞬、止まりかけた。


















「………………………………………………なんで」

 PoHが切り出した話は余りにも刺激が強い。強すぎる。
キリトの顔は次第に引きつっていき、驚きを通り越えて完全に呆けた表情になる。

「なんで知ってるかって?俺のギルドの奴が聞いてたんだよ。昨日、十二層でお前が話してるのをな」

「う……ぁ……!!」

 余りにも身に覚えがありすぎた。十二層での会話。
間違いなく、リズベットに全てを話していた時のことだ。
感情が高ぶりすぎて索敵スキルを使わなかったため気づけなかったのだ。
 足が底なしの闇に捕らわれる様な嫌な気分を味わされた。
最も広められたくない話を最悪な奴に聞かれてしまった。
そう思うと、心が悲鳴を上げる。助けてくれ、俺を責めるな、と。

「いやー聞いて感心したぜ……?あんなPK、俺ですら全く思い浮かばなかった」

 PoHは楽しそうに語り、どんどん語尾になるにつれて語調を強める。

「自分の正体をひたすら隠し続け、危険だと知っている情報を漏らさず、ギルドの調子に乗った奴らが
死んで行く姿を見るなんて!……最っ高に楽しいショーじゃねぇか?
しまいには最後に残ったメンバーを自殺にまで追い込むなんてな!あんなの俺にもできるか怪しいもんだ!
そこまでショウを育て上げるなんて……大したもんだ。俺はお前を尊敬するぜ?」

「黙れーーーーーーーーーー!!」

 PoHの言葉など聞きたくない。その一心でPoHの言葉をかき消すために大声を張り上げる。
けどPoHはそんなキリトの願望などわざと無視して言葉を続ける。
痛めつけるように。抉るように。トラウマを表面化させていく。

「PKに関して俺の右に出る者なんて早々いない、と思っていたが
……キリトよぉ、あんた、ビーターだけあってそこら辺のテクニックも半端無ぇんだな。
是非、俺らの仲間になって今回のPKの秘訣を伝授してほしい」

 実際、ビーターというレッテルは今回のことに余り関係は無い。
しかしその言葉が混ざることによってかかってくる精神的負荷が大きく増す。
それをふまえてPoHはわざとその言葉を混ぜた。

「黙れ!黙れーーーーー!!お前らと一緒にするな!」

 自分の思った通りに事が進まない子供の癇癪のような叫ぶ。
もう後が無い。ここで言い返せなければこちらの思い通りになる。
恐怖が身を焦らせる。罪悪感が心臓を締め上げる。
 これだけ叫んでいるというのに、PoHの顔は楽しそうなままだ。
より一層唇の端を持ち上げている。――待ってました、と言わんばかりに。

「俺はわざとじゃない!お前らと違って人を殺すことに楽しみなんて見出してない!!
お前らと一緒にするなーーー!!」

「……何言ってんだキリト?俺らはもう同類なんだぜ?」

「そんなわけがあるか!少なくとも俺は――」

「昨日、お前が言ってたこと、覚えてないのか?」


――……俺が言ったこと?


駄目だ。
聞くな。
思い出すな。
耳を閉じろ。
今すぐこの場から逃げ出せ。
 そう頭の中で全力で警鐘が鳴る。

 けど足は動いてくれない。

「……この世界を作った茅場がそもそも悪い」

 ズキッ、と心が痛む。
確かに昨日、リズの意見に同意する形で言った言葉だ。

「お前が言ってることは正しいさ。決して間違っちゃいねえ。
この世界で人を殺せるように作った茅場が全て悪いんだ。
そう、だからお前は何も悪く無い」

 許しの言葉が次々とささやかれる。
その言葉は若干だが、今のキリトの精神負荷を減らした。
ただただ許しを得たい程に心が弱っているせいだろう。
 だが、すぐにその甘い言葉は残酷な鋭い刃が込められた言葉へと一変した。

「そう……俺らと一緒だ!!」

「……え?」

 意味が……わからなかった。

「どういう……」

「俺らも同じなんだよ、キリト。全てPKできるようなシステムにした茅場が悪い」

 キリトは完全に察した。次、PoHが何を言うか。

――言うな。

「ほら」

――――言うな!!

「黙れ!黙れ!!黙れーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!」

 出せる限りの声を出す。
どうしても聞きたくなくて。
どうしても理解したくなくて。
どうしても自分を悪人にしたくなくて。
綺麗な自分でいたい。そんな願望が許されたくて。
 PoHはキリトの叫び声が縮まって行くのをじっくり、大人しく待つ。
何一つ、彼が焦る理由など無いから。
キリトの声が枯れていき、徐々に収束していく。
そして、それが完全に途絶えるとゆっくりと告げられた。

「俺たちも、お前も、人が死んだことを茅場のせいにしてる。ほら、一緒だろ?これが同類の他のなんなんだ?」

 全身から力が抜けていくのをはっきりと感じた。

「あ………あぁァ……っ」

 右手から、アビスイリュミネータが乾いた音を立てて落ちる。
ガクッ、と膝を付き、両手の平を地面へつけ、崩れ落ちる。
瞳は全開になったまま、ピクリとも動かない。

「正しいんだよキリト。俺もお前も正しい。
茅場に責任転嫁して当然なんだ、この状況は」

 PoHはうな垂れているキリトに重々しい足取りで1歩、2歩とゆっくり近づく。
今、PoHが刃を突き立てればキリトは間違いなく殺せる。
だが、それはしない。
それでは面白くない

「さて、そろそろだと思うんだが……。おい、ザザ。あれはまだなのか?」

「まだ連絡が入んねえ」

「そうか。少しそのまま待ってろ。お前が俺らと同じっていう決定的な証拠を持ってきてやる」

 まだ何か突きつけてくるのか。
そう思うと更なる恐怖が押し寄せてきて身を震わせる。
身体の震えは止まらず、まるで氷点下の中に居るようだ。
既に少女を助けに来たことなど完全に頭から抜け落ちてしまっている。
もし、ここで少女が助けを乞う声を出せたならば話は別だったのかもしれないが、
不幸なことに声を出せない程までに追い詰められている。
物事は全て悪い方向に動いてしまっていた。




 何分経過したか。一分か。五分か。それとも十分以上か。
キリトはいつしか、盛大に呼吸を繰り返しながら強張った表情でPoHを睨むことしか出来ずにいた。
PoHはそれを涼しい顔で受け止めている。

「……きたか」

 誰か着たのか。そう考えた直後、索敵スキルで誰かがやってくるのを感じ取った。
その方角を見てみると、ジョニー・ブラックの姿があった。

「時間かかったな」

「ごめんヘッドー。ちょっと遊びすぎちゃってさ。
さすがにレベル差が大きい奴らがほとんどだったからな。一人一人やるのに時間がかかった」

「…………どういう事だ?」

 キリトはジョニーへ細い声で問う。
そんなキリトにジョニーはニカッと笑う。
その笑いは嫌な予感しか誘わない。

「さあ、どういうことだろうな?」

「おい。それよりアレをさっさと寄越せ」

「ちぇ、せっかちだなー。まあいっか。最高のが録れたぜ!!」

 そういうと、ジョニーは何かを放り投げた。
それはキリトの頭上を通り過ぎ、放物線を描きながら見事にPoHの手に収る。
そのアイテムはどこかで見覚えがあった。

「…………メッセージクリスタル?」

 キリトの言葉にPoHは右の人差し指を横に振る。

「ノン。その呼び方だと勘違いしやすいから一つ訂正してやろう。
これはな、レコードクリスタルとでも呼ぶべきだ」

「何が違うって言うんだ……」

「メッセージだけを録音するとは限らないってことさ。
イッツ・ショウ・タイム」











 時間は少し遡る。
四十に層の月夜の静道。そこに一番近い村から攻略組の大部隊が現れた。

「おい、風林火山の落ち武者!本当にこの先に居るんだろうな!」

 聖竜連合のリーダーであるリンドは声を荒げてクラインへ問う。
一方、落ち武者と言われて内心その呼び方に反発するクラインだが、
今はそのような小さなことを言及している場合では無いとわりきり、フレンドリストへと視線を向ける。
フレンドリストにはキリトの位置が表示され、ここより西の位置を示していた。
間違いなく、ここ月夜の静道の森を越えた先にある崖付近にキリトが居る。

「フレンドリストを見た限りだと既に目的地についてる。あいつのことだからたぶん先に行って戦ってるはずだ」

「ち、突っ走るなと言われたのに単独行動とかどれだけ単細胞なんだ!?」

 リンドの言うことも最もだ。なぜ、キリトは自分たちを待たなかったのか。
そんなに信用できないのか。
クリスマスのボス戦の時も、知らぬ間に行った四十九層のボスの時も。
キリトはいつも一人で行動していた。
そろそろ頼ってくれてもいいのに、と思うそれをしてくれない友人に寂しさを覚えてしまう。

「ここから崖までかかる時間はわかるか?」

 リンドの言葉に我に返る。
以前、ここには着たことがあるため攻略組の速度と距離を適当に照らし合わせる。

「全力で走ってざっと15分ぐらいのはずだ」

「森でレッドギルドの奴らが待ち構えている可能性があるな。持っている奴は全員耐毒ポーションを飲め!
もっていない奴はどのぐらい居――」

 ガシャンッ、と後方から音が鳴る。
ほぼ全員がその音に注目し、見てみると聖竜連合のタンクの男が一人、
地に倒れていた。

「…………ッ!」

 ほとんどのプレイヤーが麻痺だとすぐに気づく。
すぐに応戦を。そう思って体勢を整えようとするが倒れたプレイヤーに全員が意識を向けてしまうというロスタイムが仇となった。
道の脇のススキの陰より次々とナイフが投げ込まれ、多くのプレイヤーが倒れていく。

「闇討ちか!!」

 風林火山は円を作って外敵に供える。
下手に耐毒ポーションを飲もうとしたらその瞬間に短剣が刺さってお陀仏。
間違いなくそういう状況だった。
その証拠に投げられたナイフはほとんどが的確にプレイヤーへと向かっている。
敵は高いレベルの索敵スキルと投擲スキルを持っているのだろう。

「ひ、ひぃぃっ!!」

 今回の敵の奇襲で一番予想外だったのは街をすぐ出たところで襲われたことだ。
そのせいで完全に油断しきっており、大勢の者が麻痺にかかってしまった。
だが、逆を言えばすぐに街の中へと戻れる距離だ。
だから後尾の臆病な者は味方を見捨てて街の中へと逃げ込んで行った。

「待てお前ら!仲間を見捨てるな!」

 リンドがそう叫ぶが、街の中とこの位置はサーバーが異なる。
街の中へと逃げ込んだ人物へ声が届かないどころか、姿すら見えない。
 だというのに、声が聞こえたのかと勘違いするように街の中へ入ったプレイヤーはすぐに戻ってきた。
否、戻ってきたという表現は正確では無い。吹っ飛ばされたという表現が正しい。
 一体なぜ。クラインがそう考えているとリンドが答えを口にした。

「ち、奴らグリーンカーソル状態のメンバーで街の入り口を封鎖しやがったな!!」

 リンドの推察が正しければ街の中から出てきたプレイヤーは入った直後に攻撃され、押し出されたのだろう。
安全圏内でもダメージは受けないが、攻撃によってノックバックはする。
それを活かしての防衛線なのだろう。性質が悪い。
 一つ、クラインへ影が迫る。
辺りが暗いせいか良く見えないが、なんとか襲ってきた影の攻撃を防ぐ。
それを皮切りに敵の短剣攻撃は終わり、辺りは大乱戦となった。
カーソルの影響で味方はまだわかるが、それでも暗いせいで動きが取りづらい。
 その時、リンドの背後から一つの影が忍び寄る。
そしてその影はリンドの背中を思いきり蹴った。

「なっ!?」

 リンドは驚いて振り向く。
そこには数時間前に見た攻略組の赤髪のソロプレイヤーが居た。

「き、貴様ラフィンコフィンのメンバーだったのかっ!」

「利害が一致してな。さ、リンドさんよ。死にたくなければ本気でかかってきな!
周りを気にしてる余裕はねえぜっ!!」

「ほざけっ!」

 敵を殺そうとすれば殺せる。だが、殺すことに戸惑いがあった。
人を殺すだけの覚悟を持って攻略組はこの戦いに臨めていない。
リンドはその覚悟がもしかしたらあるのかもしれないが、
ソロプレイヤーに押されてしまっており窮地に立たされている。
クラインは援護に周ろうと思っても、皆が苦戦してしまって助けに行けない。
 そうしている間にもリンドの旗色は悪くなっていた。

「ぐあっ!」

「何だよ、聖竜連合のリーダー様が地にはいつくばって。情けねぇなー。
まだ風林火山の方がしっかりしてるぜ。最後ぐらい……堂々と逝けや!!」

 そう言うとソロプレイヤーの男はリンドへと剣を突き立てる。
リンドはなかなか硬い装備をしている。そのせいでなかなか死なないが
未だにリンドの救出に乗り出せる人間は居ない。
明らか意図的にリンド救出への道をラフィンコフィンは断っていた。

「ぐあっ!や、やめ――めて――――!!」

「リーダーーーーーー!!」

 一人の男がようやく助けに入れる状況となったのか、リンドの側へ駆け寄る。
だが、そんな男に無慈悲にススキの影から槍が繰り出される。
転倒すると、男はその瞬間袋叩きにされる。
そして、辺りにポリゴンが砕け散る音が響いた。

「イクラーーーーー!!」

 その間も、絶えず武器が当たる音が夜の空間を騒がす。
クラインは焦る。もうリンドの体力も残り僅か。
起き上がって再度ソロプレイヤーに立ち向かっているが劣勢すぎる。
このままではリンドがやられてしまう。

「リーダーー!!リーーーーーダーーーーーーー!!!」

「リーダーーーーーーーーーーーー!!」

 青龍連合が無理してリンド救出に向かおうとする。
だが、そのメンバーは焦りすぎて次々とラフィンコフィンの攻撃により食い止められていく。

「はっはっはー!助けにはいかせねえぜーっ!!」

 やたらと甲高い声。これには聞き覚えがあった。
前々からPoH、ザザと並び要注意人物に上がっていた一人。ジョニー・ブラック。

「ほら、さっさと止めさせよ!なんだったら俺が刺してやってもいいぜ!」

「へ、お断りだ――ぜっ!」

 男は身体を一回転させ、遠心力をつけてからリンドを攻撃する。
リンドはそれを防ぐがすぐにまた剣が襲ってきて体勢を崩す。それで戦いの駆け引きは終わってしまった。
 リンドへ剣が突き立てられた。その瞬間、リンドはこの世から消えた。
クラインは急ぎ、前もってオブジェクト化していた還魂の聖晶石を取り出そうとするが、
敵がそうはさせてくれない。両手が塞がってしまっている。刀から手を離している暇が無い。
1秒、2秒と時間が経過し、そして10秒が過ぎてクラインは涙を流す。
ほんの少し手が空けば使えるというのに、使えなかった。
敵が邪魔すぎて使うことができない。
救える可能性のある命が目の前であったというのに救えなかった。
これほど心苦しいものがあるか。
 そのせいか、クラインはついにキレた。

「てめぇら人の命をなんだと思ってんだーーーーーーーっ!!」

 刀を構え、今まで一度もプレイヤーに向けたことが無い怒りをぶつける。
ソードスキル、居合いでオレンジプレイヤーを一刀両断する。
ここで始めて、クラインはSAOが始まって以来、初のプレイヤーキルを経験してしまうこととなった。
 それが火蓋となったのか、攻略組の面々も狂った様に敵を攻撃しだす。
もう相手の命を気遣っている場合では無い。やられなければやられる。
全員がはっきりとそう自覚したのだろう。
 場は阿鼻叫喚と化し、今度はレッドギルドのメンバーがこの世界から退場して行く。

「はっ!やっと本気で抵抗しだしたか。おせえんだよ!!
死ぬ覚悟と殺せる覚悟が出来てねえ奴らが挑んで来るな!!
さって次はお前が相手してくれるか風林火山。
少しは楽しませろよなっ!!」

 元攻略組のソロプレイヤーがクラインへと挑む。
そんなソロプレイヤーにジョニーはもっとPKを楽しみたいのか、文句を言った。

「おいおい、お前ばかり楽しんでないで俺にも殺させろよ!」

「お前はPoHから頼まれごとしてるんだろ?そろそろ行けって」

「え?なんだよー。こっからが楽しい所だろ?せめてあの落ち武者ぐらいやってもいいだろー?」

 そう言ってジョニーは足元にいる血盟騎士団の一人の男に短剣を振り下ろした。
それでその男は体力が零になり、消えていった。

「こちとらまだ麻痺にかかった雑魚を仕留めただけなんだからさー」

 何ともない様に。まるで道端に生えている草を刈り取っただけのように言うジョニーに
クラインは吐き気と、とてつもない怒りを感じた。
刀を振り攻撃をする。だがラフィンコフィンの二人はそれに動じない。
元攻略組のソロプレイヤーは何でもないかのようにその攻撃を両手剣で受け止めた。

(こいつ、つえぇ……)

 先ほどのリンドとの戦いの時点でわかっていたことだが、かなりの凄腕だ。
おそらく、まともな物理火力ではこのプレイヤーがラフィン・コフィンのキーマンなのだろう。
 クラインはこの男はわりと初期の方から攻略組に参加しているのを覚えている。
ヒースクリフや、ソロプレイヤー嫌いの連中がソロプレイヤーを称えるということをしなかったせいか
あまり目立たなかったがこの男もかなり強い部類に入っていた。
だからこいつ一人の相手をするだけでも相当手間取ることになるだろう。
 一方、男の方は涼しい顔でジョニーへと告げる。

「そう言うな。PoHがもっと楽しいショーを見せてくれるつってたんだろ?」

「だったらお前が行けばいいだろー?」

「俺はショウなぞに興味ねえ。俺を駆り立てるのは戦いだけだからな!」

「ち、しょうがねえなー。俺の分も少しぐらい残しておいてもいいんだぜっ!」

「やなこった」

「ちぇ。さーて、PoHやキリトの野郎を待たせてるみたいだし行かねーとな」

 そうジョニーは意味ありげに言った。
クラインはそれにハッとする。
この状況、いくらキリトが強いといえど、余りにも不味いのではないかと。

「てめえ、キリトになにするつもりだ!」

「さーてな。知りたかったらついてきてみなっ!」

















 そこでメッセージクリスタルから光が止んだ。

「リンドが…………死んだ…………?」

 キリトはメッセージクリスタルから流されている音声を信じられなかった。
血盟騎士団を除き、攻略組の最大ギルドのリーダーがやられた。
それを知れば、どれだけのプレイヤーが絶望を感じるか計り知れるものではない。
それだけじゃない。リンド以外にも多くのプレイヤーが死んで行っていた。

「おい、てめえの目の前で何人死んだ?」

 ザザの問いにジョニーは楽しそうに答える。

「最低10人。確実にもっと死んでるぜ!麻痺にかかった馬鹿はたくさん居たからなー!」

「クックック……」

 PoHはおかしそうに笑うとキリトへ言葉を投げる。

「わかったかキリト?これでお前が俺らと完全に同類だって事が」

「どういう意味だ……。このメッセージクリスタルと俺がお前らと同類だってどこに関連性があるんだ?」

「やれやれ、まだわからないのか。あいつらを誘い込んだのはお前だろ?」

「…………え?」


 ドクンッ


「お前があいつらに連絡をとっておびき寄せてくれたんじゃねえか。なにつれねえこと言ってんだよ」

「…………」

 全く否定が出来なかった。

「お前がここに着た後、俺は安心してギルドの奴らを配置できた。
お前の他に索敵スキルが大して高い奴が居ないってのは調査済みだからな」

 PoHはジョニーに顔を向ける。

「面白いほど罠にはまっただろう?」

「簡単にはまりすぎて拍子抜けしたぐらいだよ!たぶん、俺らがススキの道で仕掛けるなんて思ってなかったんだろうなー。
どうせ森で仕掛けてくるとでも思ってたんだろー」

「これもお前のおかげだ。サンキュ、キリト。
さすがは俺の先輩だ。良い仕事するぜ」

 キリトの顔からは表情が消えていた。
瞳孔は完全に開き、ただうな垂れて地面を視界に入れることしかできない。

『本拠地がわかったら各人、勝手な行動は必ず慎んで下さい』

 今日の会議中に血盟騎士団の男にそう言われたではないか。
キリトは己に問いただす。
――ああ言われたのに、この有様はなんだ。
単独で突っ走り、その結果、他の者たちは準備をする時間が足りず、大勢の人が死んだ。
これは間違いなく自分のせい。
否定できる材料が見つけられない。

「…………」

 PoHはキリトの顔を丁寧に両手ではさみ、持ち上げる。
そして顔を覗き込み、最大級の邪な笑みをキリトへ向けて言った。
 初めてPoHの顔が見えた気がした。





「ようこそ、キリト。レッドギルド、ラフィン・コフィンへ。歓迎しよう」





 そう言うとPoHは右手だけキリトの顔から放し、握手を求めてきた。

「…………」

 しばらく黙っていた。現実が信じられなくて。辛すぎて。余りにも慈悲が無くて。

(一体……この世界になんの意味があるんだろうな……)

 キリトは手元に落ちていたアビスイリュミネータを手に取り、振り上げる。
だけど動きが緩慢としている。
ラフィンコフィンのうちザザだけ武器を構えていたためキリトを殺しにかかろうとするが、
PoHがそれを手で制止する。例えキリトに一撃もらおうと死にはしないのだ。
一体何をするのか。そう考えながらラフィンコフィンの男たちは状況を見守る。そして、心の底から驚いた。
 キリトがまさに奇想天外という言葉が相応しすぎる行動をとったからだ。……とってしまったのだ。


 ザクッ


 ポリゴンに刃が突き立てられる嫌な音が鳴る。
キリトは貫いた。心臓を。己のを。


 余りもの出来事にその場に居る全員が一瞬、呆気に取られた。
捕まっていた少女も、普段から厳しい表情を貫いているザザも、常日頃喜怒哀楽が激しいジョニーも、
そしてリーダーであるPoHでさえも。
 だが、一瞬が過ぎた後、PoHは心底楽しそうに、満足そうに笑った、
続いてジョニーは楽しそうに甲高い声を上げて笑い、
そして、ザザだけは再び沈黙の状態に戻った。

「…………」

 キリトは黙ったまま、もう一度自分の身体に剣を突き立てる。
もうキリトの頭には外界の情報は何も伝わってこなかった。
PoHの姿も。
周りの景色も。
助けにきたはずの少女がようやく出した泣き声も。

ただただ、自分が醜くて。
自分が汚くて。
自分が憎くて。
その想いが刃の向く先を己としていた。

――――俺は……ここまで生き残るべきじゃなかったんだ。

 ザクッ


 不快な感覚をあえて強く噛み締める。
一層、剣を握っている手に力を込める。

――――あの時、ケイタが外周へ飛び降りた時、すぐに後を追うべきだったんだ。それが俺に出来る、唯一許された道。
だというのに、俺はここまで生き残ってしまった。悪戯に長生きをするべきじゃなかったんだ。
違う、そもそもこのゲームに入ってクラインを見捨てた時点で、誰一人として関わりあう資格なんて――――


「無かったんだ……っ」


 後悔を抱きながら再び剣を身体へ突き刺す。
先ほどから心臓に突き立てているせいで、攻撃は全てクリティカル。よって体力はもう残り僅か。
もう少しで死ぬことができるだろう。
 振り上げられた剣が月光の光を少し儚げに反射する。
初めて使う剣の向く先が持ち主だということを嘆いているように。


「キリトーーーーー、止めろーーーーーーーーーーー!!」


 森の方から大声が聞こえた。
クラインだった。ススキ道を少数で血路を開いて森まで着た所で
キリトの叫び声が聞こえてきて急ぎ、一人走ってきたのだ。
 クラインの声はキリトには届いていないのか、キリトは手を止める様子が無い。

「お、着たか!」

 ジョニーは待ちわびたかの様に短剣を抜く。
だが、それをPoHが止めた。

「待て」

「へ?どうしてだよヘッド?!」

「いいから待て。また今度遊ぶ機会を用意してやるから。
やつらにデスゲームってものが何なのか教えてやる」

「ちぇ~」

 そう言うと、すんなりどいて行くジョニーを怪訝に思うことなく、
クラインはキリトへと詰め寄って急ぎキリトの腕を抑えた。

「何やってんだ馬鹿やろーーー!!」

「離せよ……っ!!」

「死んでどうするんだよ!死んでもなんにもなんねえじゃねえか!
苦しくても生きろ!生きるんだ!!」

「……おいおい、そういうのを偽善って言うんだぜ?野良武士さん――よっ!!」

 PoHは右手を軽く上げ、パチンと鳴らすと
刃が肉体に食い込む音が、前方からする。

「かっ……は」

 少女特有の声がクラインの耳に届く。
シリカの身体にザザのエストックが突きたてられていた。
事前に装備の耐久力を削り防具を消滅させていたのか、今、彼女の身を護っているのは服だけ。
よって防御力が低すぎて多大なダメージを受けていた。体力がハッキリと減っていく。
そして、そこにもう一撃攻撃を受ける。それだけでレッドゾーンに達した。

「なにやってんだ、止め――」

 このままでは少女が死ぬ。そう思ってクラインは少女を助けるために一歩、前へ出ようとした。
それが不味かった。クラインの抑止力が弱まり、キリトの腕がすり抜ける。
クラインはしまった、と思ったが――――全て遅い。
やたら静かにザクッ、という音が聞こえた。



 キリトの身体には剣が突き刺さっていた。
クラインは瞳を震わせながらキリトの横の体力ゲージを見てしまう。
あ、という小さな声が吐息とともに漏れる。
ゲージの赤い部分は徐々に左に縮小されていき、完全に消える。
そしてそれと同時に視界の端で、ザザのエストックがゆっくりと少女の身体へ吸い込まれていった。





「デステームって言うぐらいなんだからこのぐらいはやらないとな」






 PoHのその汚い言葉がやけに頭に響いた。
けど、それも直に消える。
 風が木々を撫でる音が辺りを支配してくれた。

――ああ、終わったんだ。

 剣を身体に突きつけ、満月を見ながら思う。
これで全てが終わった。苦しみからも、悲しみからも解放される。

――サチに会えるかな……。

 そう思いながら天を向きながら倒れる。
首を少しだけ曲げると、月が綺麗に見えていた。
最後に見る景色としては上等すぎるだろう。
 この後は脳がナーヴギアに焼かれ、全てが終わる。
それまでせめて月を見ていよう。そう思った。















――だというのになんで。














――いつまで経っても視界に月が映り続けているのだろう。










 視界の横で、何かが青く光るのが見えた。
その塊には見覚えがあった。

(確か名前は……)

「還魂の…………聖晶石…………?」

 直後、それはクラインの手の中で甲高い音を立てて砕け散った。
そして僅かな時間差を経てPoHの後方から少女のポリゴンが散る音がする。
 ――しばし、その場は静かになった。聞こえるのはクラインの激しい呼吸の繰り返しと風の音だけ。
還魂の聖晶石の存在を知らないラフィンコフィンのメンバーは怪訝な顔をしている。
 キリトは状況を徐々に理解すると、全身をワナワナと震わせる。
そして強く、強く歯を噛み締めてクラインへ問い詰める。

「なんで………………」

「……何だよ。ハッキリ言えよ」

 クラインはなんの抑揚も無い声でそう返す。

「なんでそれを俺に使った!!」

 青ざめた顔でクラインの胸倉を掴み、乱暴に引き寄せる。

「なんで俺なんかに!!なんで俺なんかより、罪も無いあの女の子を救ってあげなかったんだ!!」

 そう言った直後、思い切り右頬に拳が繰り出される。
それは不死存在コードに阻まれた。
恐らく復活した者が直後に死なないようにするための還魂の聖晶石による無敵時間なのだろう。
だけど、衝撃だけは受けた。よって少し吹っ飛ぶ。
とても綺麗とは言えない、酷い効果音が鳴った。

「……クライン?」

「……馬鹿野郎」

 倒れたまま見上げてみると、クラインの瞳から雫が落ち始めていた。

「馬鹿野郎!!オレはお前ェに生きてほしかったんだよ!!
見ず知らずの女の子より、友達のお前ェに生きてほしかったんだよ!!」

 何て言い返せばいいのかわからなかった。
勝手に自殺しようとしたのに、それでも助けられて。
助けるべきだった少女は見殺しにされた。
キリトはもうどうすれば良いのかわからなくなった。
少女の分まで生きる義務が生まれ、
大勢の味方を死なせてしまった自分には生きる権利など無い。
そんな義務と存在しない権利の間に板ばさみにされ、喚くことしかなかった。

「馬鹿野郎はお前だよクライン!何で――何で俺なんかにーーーーーーーーーーーー!!」

 涙はとうに枯れた身。ただ喚き、崩れ落ち、救う価値などない己の命を救ってしまったクラインに
恨みと友人として救ってくれた僅かな感謝の気持ちがせめぎあい、心を崩壊させて行く。
もう何も言えない。もう何も考えられない。
絶望もほんの僅かな希望も全て混沌と化し、キリトの心を完全に砕いた。
 クラインは静かに立ち上がる。できることならばこのままキリトの介抱に徹してやりたかった。
だが状況はそうさせてくれない。
ギルドの他のメンバーはまだ戦っているはずだし、それになによりも自分の身が一番危ない。
 赤眼のザザ。短剣使いのジョニー・ブラック。多くのオレンジプレイヤーを束ねるPoH。そしてその他二人。
5対2。否、キリトが動こうとしない今、実質5対1かそれ以上のハンデがある。
刀を構えてどうしようか悩む。
一つだけ脱出の手立てが思い浮かんだ。
しかしそれは賭けだ。もしキリトが応じなければ二人揃ってあの世逝きとなる。

「……さて、そろそろお開きとするか」

「は?」

 PoHが言った言葉にクラインは思いきり脱力した。

「ヘッド!こいつ殺さないのかよ!?それにキリトの奴はどうすんだよ!」

「今日のショウは終わりだ。続きのショウはまた次回としようぜ。
それに……どうやらうるさいハエが来たみたいだしな。
せっかくのショウの余韻が台無しにされたらたまったもんじゃねえ。
また明日の夜に招待してやっから楽しみにしてな。……ところで、てめぇ、名前なんだった?」

 PoHがクラインの方を見て問う。
その各下の相手に言うような態度にクラインは苛立った。

「クラインだ!覚えとけ。てめぇの首はオレが取ってやる!」

「じゃあよく首を洗っておいてやるよ。ま、このゲームの中じゃ意味の無い行為だけどな。
それじゃまた明日。楽しみにしてろ」

 PoHはそう言って転移結晶を手に持つと、空に掲げる。
しかし、転移先を告げる前に一度動きを止める。
一体どうしたのか。そう思いながら警戒心を強めると、ゴーン、ゴーンという音が聞こえてきた。
その音の意味を理解する前に、PoHより答えを告げられた。

「それと、明けましておめでとう。新年の朝日を拝めるお前たちに賞賛を送ってやる」

 それだけ言い終わると、PoHはその場から消えた。
それで理解した。この音は除夜の鐘の音なのだと。

「ちぇ、ヘッドもつれないぜ」

PoHに続き、ジョニーが渋々と去る。そして、そこに更に2名が続く。

「おい、落ち武者」

 背後から声がしたため、びくっとしてクラインが振り返るとそこには元攻略組のソロプレイヤーが居た。
先ほど、クラインがここまで来る時に他の風林火山のメンバーが足止めをしてくれた。なのに、この男が居る。
つまり――嫌な予感がして、視界の端のパーティー欄を見る。すると未だに誰一人欠けていないのがわかった。そのおかげで少しだけホッとする
 クラインはとりあえず急ぎ、黙って刀を構えてソロプレイヤーを睨み返す。
すると男は忌々しそうに言ってきた。

「てめえは俺が殺す。PoHを殺す前に俺のとこに来い。
でなければPoHと戦っている間にお前を背後から殺す。忘れるなよ」

 それだけ言うと、その男もまた、転移結晶を使って去る。
そして最後にザザが残った。
 ザザは一歩、キリトへと歩み寄る。エストックを構えたまま。

「なんだてめえ!やろうってのか!?」

 ザザは黙って未だにうな垂れているキリトの前に立った。

「…………無様な姿だ。所詮はガキだったか」

 ザザの言葉にキリトは反応しない。

「……ふん、感情を失ったか?目障りだから殺したい所だが……PoHの言う通りハエが来たか」

 そう言ってザザが向いた暗闇の先――森の出口からは何人かのプレイヤーが飛び出してきた。

「そこに居るんは誰や!動くんやないで!!」

「……ふん」

 ザザは鼻を鳴らすと転移結晶を掲げて去った。
 もし、この時にクラインが完全に転移をする前に邪魔に入ればザザ一人は倒せたかもしれない。
だけどクラインも精神的に一杯一杯で、追撃する気力など到底無かった。
むしろ、ここで消えてくれるのがありがたい程だ。

「…………ふぅ」

 大きく息を吐き、刀を鞘へ納める。

「武器を捨てろ!大人しく投降――ってなんや。確か風林火山とこのギルドのリーダーとビーターの小僧やないか。
他のオレンジプレイヤーの連中はどこ行ったんや」

 現れたのはキバオウだった。
アインクラッド解放軍も情報を聞き、急ぎ増援に来てくれたのだろう。

「あいつらは年が明けたと同時に消えた」

「ちっ、オレンジプレイヤー風情が初詣だとでも言うんかい!!」

 キバオウは間に合わなかったということを自覚し、悔しさに歯噛みして地面に拳を叩きつける。

「おーーーい!!クライン、無事かーーー!!」

「この声は……エギルか!?」

 声がした方を見てみると、暗闇から大男がスキンヘッドを月光により輝かせながら姿を現した。

「お前ェも来てたのか」

「ああ。キバオウたちに混ざってな。お前んとこのギルドメンバーももうじき来る」

「そっか」

 もう一度パーティーに加入しているプレイヤーの名前を見てみると、全員、しっかりと表示されていた。
あれだけの激戦の最中、風林火山のメンバーは誰一人として欠ける事が無かったのだ。
それがどれだけ凄いことなのかはこの後のエギルによってもたらされた情報によって知ることとなる。

「ところでエギル…………犠牲者は何人出たかわかるか?」

「…………26名だ」

 クラインの顔が強くひきつる。

「その内、聖竜連合がリンドを始めとする11名が死亡。
聖竜連合は崩壊。血盟騎士団も半壊。……攻略組も……半壊だ」

 絶望的だった。ただでもこの後、レッドプレイヤー対策がまだ必要だというのに。
それだけでは無い。レッドプレイヤーを駆除できたとしても
その後に第五十層のボスという難敵が待ち受けているのだ。

「そんな……」

 ガクリと膝を付く。
そんなクラインにエギルとキバオウは慰めの言葉をかけることができなかった。
ほとんどのプレイヤーはオレンジプレイヤーたちよりもレベルが上のはずだった。
だというのにこのたった一度の奇襲でこの有様。あまりにも酷すぎる結果だ。

「…………おい、クラインやったか?」

 突如、キバオウからかけられた声にクラインは意外そうに応える。

「え?ああ、そうだけど……」

「明日……じゃなくてもう今日やな。今日の午後1時から他の攻略組の連中も連れて黒鉄宮へ来ぃや。合同で会議やるで」

 キバオウの一言で少し眼が覚めた。
そうだ。立ち止まっていても仕方が無いのだ。
一つ一つ、やれることをやらなければ先に進めない。
このデスゲームを終わりにできない。

「…………わかった。でもそれならもう少し早い時間に――」

「馬鹿言うなや。お前ら疲れとるやろ。しっかり休んで来ぃや」

「……そうだな」

「ほな、待っとるで」

 そう言うとキバオウは森の出口付近に待機している二人の部下の元へ引き上げていった。
それと入れ違いに風林火山のメンバーが駆け寄ってくる。

『リーダーーー!!』

 メンバーは一斉にクラインへと抱きついてくる。

「うおわっ!いきなり何だてめェら!」

『生きてて良かった!』

 涙を流し、メンバーは一様にそう言った。
それで改めて思い知った。今回生き残れた事がどれだけありがたいか、という事を。

「……ああ、本当に生きてて良かった」

 自分は生きているのだ、ということを実感しながらメンバーたちを抱き返す。
その体制のまま、彼は後ろを見てみる。
そこに居るキリトはピクリとも動かない。
もう少し生き残った喜びをかみしめたいとも思うが、キリトを放っておくわけにもいかない。
クラインは立ち上がるとキリトへと歩み寄った。

「キリト、行くぜ」

 話しかけても全く反応が無い。
そんな無反応な彼がとても悲しく、少し目を伏せる。

「エギル。わりぃけどキリト、頼むわ」

「構わないが。キリトの奴は一体どうしたんだ?」

「後で説明する。とにかく一度うちのギルドホームに連れてく」

「わかった」

 クラインはエギルに肩を貸してもらうような形で動くキリトを見る。
もう表情が一切無い。サーバーキャンセルしているのでは、と疑ってしまうぐらいだ。
この状態からキリトは回復できるのか。十人に問えば、十人が不可能だ、と答えてしまうだろう。
残念ながら、キリト自身に立ち上がれる力があるとは思えなかった。
キリトをなんとかしてやりたいが、残念ながら心配している暇も余り無い。
決着をつけなければならない。
レッドギルド、ラフィン・コフィンとの決着を。
 除夜の鐘が鳴る中、彼らは帰宅するために歩く。
決して目出度いとは言えない、今までの人生で一番絶望的な予感がする年明け。

「……絶対、最後の年にゃしねぇ」

 クラインの決意新たな言葉に風林火山のメンバー、そしてエギルは重々しく頷いた。
死にたくない。そういう想いは全員共通していた。







――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
後書きという名のMORE ry


シリカ「…………」

リズ「……」

シリカ「なんでわたし死んでるんですか!?」

リズ「いやね、本来シリカ出番すら無い予定だったらしいわよ?
元々このラフィンコフィンイベント組み込んでなかったらしくて。
で、このイベント組み込んだら丁度良い具合にシリカがこの役に適しているだろうというわけで……」

シリカ「これじゃあ出番が無い方がマシなぐらいじゃないですか!!わたし一言もしゃべってませんよ!!?」

リズ「何を言ってんの?死んだキャラというのは神格化されて人気が上がったりするものなのよ!」

シリカ「でもサチさんって死にキャラですけどそこまで人気ありましたっけ?」

リズ「……」

シリカ「……」

リズ「……本日は閉店致します」

シリカ「え、ちょ!?待って下さいよ!配役変わって下さいって!!同じMORE DEBANの仲間なのにこの扱いの差は酷いと思いませんか!?
それになんでかキバオウさんの方が私より出番多いじゃないですか!
ちょっと、リズさん!リズさーーーーーーん!?」


※シリカさんの出番は以上となります。シリカさんの活躍は他の作者様の作品にご期待下さい。



[35213] 第八話 暗雲
Name: 倭刀◆326c9191 ID:fa07893a
Date: 2013/06/21 16:39
 ダンッ、と何かを強く叩いた強烈な音がなる。
そして次の瞬間に叩かれた対象である机が崩れ落ちてポリゴンの破片となり、散る。
だが、そんな事もお構いなしで机を壊した張本人は大きく声を張り上げた。

「どういうことですか団長!!!!」

 血盟騎士団本部の会議室。そこでは昨日、ラフィンコフィンとの戦いの中で
生き残ったゴドフリーがヒースクリフに大きく詰め寄っていた。

「なぜレッドギルドの対策にご助力して頂けないのですか!!
昨日、26名もの犠牲が出たというのに団長は参加なされないというのか!!」

 まだ満足できないのか、何かに当たろうとするが机が壊れた事で目の前に八つ当たりする物が無い。
よって、今度は地面を思い切り踏みつける。
残念ながらズシン、という振動は発生しないが彼の怒り具合は十分に伝わってきた。
ヒースクリフはゴホン、と一つ咳払いをしてから応える。

「その、なんだ。気が進まないのだ」

「気が進む進まないの問題ではない!!」

 ゴドフリーから敬いの言葉は既に無くなっている。
それだけヒースクリフの発言が信じられないのだ。
ゴドフリーだけではない。今、彼の後ろに居るギルドメンバーたちも同じ気持ちだった。

「神聖剣という強力なユニークスキルをお持ちでありながら、なぜ尻込みなさるか!!」

「いや、尻込みをしているわけでは――」

「ならばなぜ参加なされないのですか!!」

 きつく睨みつける。ギルドメンバーがリーダーに向ける視線では無い。
それも当然だ。ギルドのリーダーとしての信用は地の底に落ちてしまっているのだから。
ゴドフリーからしたらここで名誉挽回のチャンスを与えてやっているぐらいの気持ちだ。
 ヒースクリフは少し悩む様子を見せた。だが結論に揺るぎは無かった。
少し戸惑いがちにしつつも、はっきりと頷いた。
何があっても参加しない、という意思表示。
それを確認したゴドフリーは呆れた溜息も残念がった様子も見せず、
既に答えはわかっていたと言わんばかりにキビキビと身体を動かしてその場から離れる。

「わかりました。では私は本日をもってギルドを脱退させて頂きます!!」

「なっ!ちょっと待ちたまえゴドフリー!」

「待ちません!残念ながら私は貴方を見誤っておりました!
貴方はこの世界の多くの人を救ってくれる英雄だと思っていた。だが違った!」

「わかっているのか。勝手な脱退は契約違反だ。ギルドに加入した際の契約に――」

「残念ながら団長。いえ、ヒースクリフ殿。そういう事柄はギルドというものが成り立っていた場合にしか有効とは言えないでしょう」

 そう言って割り込んできたのは情報部の男だった。

「どういう意味かね?」

「わかりませんか?ゴドフリー殿だけではありません。この場に居る全員が血盟騎士団を抜けると言っているのです」

「なっ!」

 ヒースクリフは心底驚くこととなった。己の信用が落ちていることはわかっていた。
だが、まさかギルドが崩壊するほどまでに自分の信用が落ちているとは思っていなかった。
だが無理も無い話である。力のあるリーダー格の人間が重要な場面で全く動こうとしてくれない。
今まで崇拝されていた分、信用が地の底にまで落ちるのは早かった。
 ヒースクリフは戸惑いながらもメンバーの顔を改める。
すると、全員が本気の顔をしているということが容易に伝わってきた。

「血盟騎士団に残るのはヒースクリフ殿のみです。それとも、貴方一人でも我々に違反を問いますか?」

「………………残念ながらとても問える状態では無い」

 その声には苦渋が満ちていた。
どれだけヒースクリフがこの状況を残念に思っているのか伝わってくる。
だからこそ余計に思う。なぜ一緒に戦ってくれないのか、と。
だけどそれに関しての問答は最早終わっている。

「では、これにて失礼致します」

 それを最後に血盟騎士団の元メンバーたちは揃って部屋を出ていった。
それをヒースクリフは憂鬱な表情で見送った。

「不味い。まさかこのようなことになるとは……」

 頭を抑えるが、頭痛は治まらない。
色々、取り返しのつかないことになりつつあった。





第八話 暗雲




 クラインは生涯忘れないだろう。昨夜の出来事を。
昨夜、日付が越えて帰還した後、重い足取りで街へ戻った途端、攻略組のプレイヤーたちは全員が涙を流し始めた。
一人が嗚咽の声を上げると、それはすぐに伝染し、その場は悲しみに浸された。
クラインはギルドメンバーを失っていない。けど、他のメンバーたちが感じている悲しさがよくわかるせいか、共に涙を流した。
 そしてその涙はこの場に居る人間だけには留まらなかった。
死んだプレイヤーと同じギルドに所属しているプレイヤー。友人。知人。
そして攻略組に期待を寄せていた者。大勢の人が悲しみにくれた。
 また、昨日亡くなったシリカのプレイヤーのフレンドである男二人組み。
彼らにシリカの最後を告げた時の表情が強く強く頭に残っていた。
還魂の聖晶石のことを話さなかったという後ろめたさがある。もし話したら自分だけではなくキリトも責められてしまっただろうから。
 多くの者が叫んだ。レッドギルド、ラフィンコフィンへの恨みを。
けどラフィンコフィンのメンバーはこの悲しみを受けても笑うだけだろう。
むしろもっと恨み言を囁かせ、それを恐怖へと陥れようとして笑うに決まっている。それが余計に許せない。
 またクラインは今、目の前に居る少女の顔も当分忘れられそうになかった。

「キリト……」

 フレンドリストを助けにここへやってきたリズベットはキリトの状態を見て呆然としている。
つい先ほど、自分が知る限りの昨夜の出来事を伝えた。できればあの様な惨事は伝えたくなかったが、
リズベットが余りにも真剣に訊いてきたため、答えてしまった。
話さなければ良かったのか。そう考えるが、やはり何度同じ場面を繰り返しても話してしまう気がする。
とても隠し通せるような出来事では無い。
それに、事情を知らないでこの状態のキリトを見続ける方がきっと彼女にとっては辛い。

「こんな、こんな酷い状態になるなんて……あんまりよ」

 リズベットが流しはじめた涙を見て、彼女の言葉に心の底から同意する。
一体どれだけ悲しみを連鎖させれば気が済むのか。
本当に茅場は何を考えてこの世界を作ったのか。
今すぐこの世界を力ずくで破壊してやりたい、という衝動に駆られる。

「どうして、どうしてキリトがこんな酷い目に合わなきゃいけないのよ!」

 クラインはリズベットの名をポツリと言う。
何とかして励ましてあげたいが、言葉も思い浮かばないし時間も無い。
申し訳無さそうに顔を俯かせ、リズベットに背を向けた。

「すんません。オレ、時間なんで行ってきます」

 そう告げるとギルドホームを出る。
約束の時間が近づいている。黒鉄宮に行き、アインクラッド解放軍との会議に参加しなければならない。
彼女の嗚咽に足を引っ張られながらも勢いをつけてギルドホームを出る。
そして出た途端、一つ溜息を吐いた。

「キー坊は駄目カ?」

 突如、左から声がして驚いて身を竦める。
慌ててそちらの方向を見てみると、何度か目にしたことがあるプレイヤーだったため
すぐに気が抜けてホッと一息つく。

「なんだ、アルゴか」

 以前、何度かキリトのことが気になって彼女から情報を買ったことがある。
クリスマスのイベントの時にも世話になった。だがこちらの情報も売られてしまったため、
余り良い気はしていない。でも彼女に一泡吹かせてやりたいなどという程の恨みは持っていない。

「お前ェもキリトの様子が気になってきたのか」

「お得意様だからナ。あいつが居ないとオイラの商売の稼ぎが悪くなるんだヨ」

 アルゴは口ではそう言っているが、目線はギルドホームの中へと不安気に向かっている。
やはり心配なのだろう。二人がどういう付き合いなのかはクラインは余り知らないが、
恐らくアルゴもキリトと同じベータテスターだということは検討がついている。
きっとその時からの知り合いなのだろう。

「じゃあナ」

 わざとらしくこれ以上興味は無い、と言わんばかりに彼女は背を向けて歩き出す。

「なんだよ。キリトに会わなくてもいいのか?」

「会っても話はできなそうだし、先客もいることだしナ」

 リズベットのことなのだろう。自分の出番は無いと言いたいらしい。
アルゴが去っていくと、クラインはギルドホームの壁を軽く殴る。
そして歯を強く噛み締め、どこかに居るであろうこのゲームの開発者に向かって怒りをぶつけた。

「本当に何がやりたいんだよ、茅場っ」




 転移ゲートを使い、はじまりの街の名を告げて転移する。
転移が完了すると、目的地は目線の先にある。
 黒鉄宮。アインクラッドでも最大規模を誇る建物。
ゲーム開始序盤よりアインクラッド解放軍、通称軍が根城としており、壮健たる雰囲気がある。
 クラインはゆっくりとした足取りでその建物の前まで歩く。
街の中に人通りは無い。逞しく商売をしているプレイヤーも一人だけ見かけたが、
大きく張り上げている声には虚しさがあり、余計に街の中を暗くさせてしまっているようにすら感じてしまう。
 建物の前に着くとすぐに軍の見張りの人間が駆けつけてきて身分の確認をする。
風林火山のリーダーのクラインだということを伝えると、
お待ちしておりましたと告げられてすぐに会議場へと案内される。
 薄暗い通路を乾いた足音を鳴らしながら進む。
なぜか黒鉄宮全体の空気がいつもより若干冷たい気がした。
きっと、会うプレイヤー全員から緊張を感じられるからだろう。
 会場に着くと既に血盟騎士団の生存者、青龍連合の生存者が揃っていた。
わりと時間に余裕を持ってきたつもりだったのだが、きっと待ちきれなかったのだろう。

「着よったか」

 会場の前の方から一人の男が歩み寄ってきた。
アインクラッド解放軍のサブリーダー、キバオウ。今回の会議の重要人物の一人。
そのため、多少の敬意を込めて軽く頭を下げて挨拶を交わした。

「今日はよろしく頼んます」

「お互いにな。さて、メンバーもあらかた揃ったみたいやな」

「ヒースクリフさんは相変わらず居ないんすかね?」

 会場全体を見渡してもあの壮健たる姿は全く見当たらない。
目立つ人物な分、居ない時もすぐにわかる。
キバオウの表情を伺うと、彼は忌々しそうに吐き捨てるように言った。

「理由はいまいちわからへんが何がなんでも来ないらしいで。
血盟騎士団のメンバーも全員愛想をつかして脱退したそうや」

 はっとして周りのプレイヤーを見る。
見てみると、確かに血盟騎士団にいたプレイヤー全員からギルドエンブレムの表示が消えていた。
それを見て最初は驚いたものの、すぐにそれも当然か、という考えに変わる。
どれだけ強くてもいざという時に前に立てない人になど自分も付いていきたいとは思えない。
 こういう惨事にこそ立ち上がる必要があるのにも関わらず立ち上がらないのは
一体どういうつもりなのか。この前会ったばかりのあの顔が頭に思い浮かび、
その顔に心の中で睨みをきかす。

「よお、風林火山のクラインさんよ」

 振り向いてみると聖竜連合の男が一人、声をかけてきていた。
様子からしてあからさまに不機嫌そうだ。

「なんでしょうか?」

 何か機嫌を損なえるようなことをしてしまっただろうか。
相手の機嫌を損ねないように不安になりながら問い返す。

「キリトってやつはどこに居んだ?」

 口から心臓が飛び出るかと思った。
ここに来るまで忘れていたが、今回の多大な被害の一端はキリトの責任だと思っている者も居るのかもしれない。
クラインからしてみれば単にキリト並みの索敵スキル所持者が居なかったせいによる被害なのであって
キリトのせいだとは決して思わない。思いたくも無いのだが他の人は違うということぐらいクラインにもわかる。

「あいつはここに着てません」

「どこに居んだ?」

「すみません、俺にもわからないんです。ダンジョンに潜ってるのかフレンドリストにも反応無くて」

 咄嗟に嘘をついた。もし本当のことを言ってしまえば
キリトに怒りの矛先を向けているプレイヤーが風林火山に殴り込んできてしまう可能性すらあるのだから。
ギルドには許可が無い限り勝手に入れないが、情報は隠蔽した方が良い。
 しかし、今言った嘘は不味い選択肢だとすぐに気づいた。

「あん?おかしいな。てめえ昨日の夜一緒に居たじゃねえか」

「あの後居なくなったんすよ急に」

 急いで適切であろう言葉を導き出し、答える。
それに対し、男はどう思ったのかわからないがとりあえず引き下がってくれた。

「……ちっ。居場所がわかったら教えてくれ」
「わかりました」

 男が去るとほっと一息つく。
これはキリトと親身な人間以外には居場所を教えない方が良さそうだと思い、迂闊にキリトの話を出さないように気をつけることにした。
 会場内に二人のプレイヤーが姿を現す。
アインクラッド解放軍リーダーのシンカー、その懐刀のユリエール。
この非常時だというのに表情から暗さは全く伺われない。
その姿は周りの人間の悲壮感を多少なりとも和らげる効果が出ていた。
自分たちはまだ戦えるだけの気力がある。そう物語っているように感じられたから。
 二人が前の方の席の後ろに立つと、一度会議室全体を見渡す。
そして一礼をすると、他のプレイヤーたちも軽く会釈を返したり、深くお辞儀を返す。

「みなさん今日はよく起こし下さいました。どうぞ楽にして下さい」

 その言葉に今まで立っていた面々は各ギルドの代表者を優先的に座らせる。
席は残念ながら余りないため、ほとんどのプレイヤーが立っている状態となるが。
 一通りプレイヤーの行動が落ち着いたのをシンカーが確認すると、堂々と話を切り出す。

「皆様、お疲れのところよく起こし下さりました。これより攻略組、および
アインクラッド解放軍とのレッドギルド合同対策会議を始めます」

 それを聞いた攻略組の面々は重々しく頷く。

「まずは現状の再確認から入りましょう。
我々の目的はレッドギルド、ラフィン・コフィンの討伐です。
敵のメンバーのほとんどが隠蔽スキル、索敵スキル、投擲スキルを所持しており
レベルは攻略組よりは低く、我々よりは高い状態です。数は30名以上という報告を受けています。
数では我々が上回っておりますが敵の麻痺毒を利用した攻撃と不意打ちが脅威です」

 そのシンカーの言葉にゴドフリーが深く頷いて同意して語り出す。

「昨日も奇襲を受けた際に耐毒ポーションを飲んでいればここまでの被害は受けなかった。
もし全員が飲んでいれば昨日のうちにレッドギルドとは決着がつけられていたぐらいなんだが……」

 その言葉に攻略組の面々の表情が沈む。
彼の言うことは正しいが、それでも奇襲を受けてしまっては負けだ。
耐毒ポーションも高価なものなので、いくら非常時と言っても常時利用するわけにはいかない。
そのようなことをしたら攻略組とアインクラッド解放軍両方の資金があっという間に底をついてしまう。

「なあ、お宅ら麻痺対策できるアクセサリとか持っておらんのか?」

 消耗品で駄目なら装備で補う。キバオウのその考えはゲームの考えとしては十分有りだろう。
例えクエストに手間がかかっても麻痺対策装備があれば確実に楽になる。
しかし、キバオウのその言葉に良い答えを返せる者は誰一人としていなかった。
 そんな中、元聖竜連合のメンバーの一人が控えめ挙手した。

「我々のリーダー、リンドもそこそこ麻痺対策効果があるアクセサリを装備していた。
俺たちが知っている限り、あれが麻痺対策には最上だったんだ。
けど、結果は防ぐことができなかった」

 多くのプレイヤーがその情報に苦虫を潰したような顔になる。
つまり、現行知られている限り、最大の麻痺対策装備の効果よりも敵の麻痺薬の調合レベルの方が高い、ということになってしまう。
もしかしたら麻痺にかかる確率は低かったのかもしれないが、かかってしまっては駄目だ。
キバオウはウーン、と唸り声を上げる。何か良い対策は無いかと考える。
 そんな時だった。一人のプレイヤーがそろそろと手を上げる。ソロプレイヤーの男だ。

「なんや?なんか心当たりでもあるんか?」

 キバオウが声をかけると気まずそうにそのプレイヤーは首を振った。
どうやら違うらしい。表情から見てもとても朗報を言うようには見えない。

「あの……俺、昨日耐毒ポーション飲んでたのに麻痺にかかったんですけど。
近くの人が解毒クリスタル使ってくれたから助かりましたけど……」

 そう言った瞬間、会場に大きな動揺が走った。
さすがのこれはシンカーも予想外だったようで、声を荒げた。

「どういうことだ一体!?」

 男は若干震えながらその問いに自分の憶測を話し始めた。

「たぶん……ですけど耐毒ポーションの性能が敵の麻痺のレベルに追いついていなかったんだと思います」

 麻痺にレベルがあることに対し、耐毒ポーションも作ったプレイヤーの技能によって差が出る。
耐毒ポーションだからと言っても何でもかんでも完璧に防げるというわけでは無い。
耐毒ポーションの質によって麻痺にかかる確率、麻痺の効果時間は異なる。

「お前はんが買(こ)うたのはNPCのか?それともプレイヤーのか?」

 プレイヤーが使ったポーションの性能を確かめるためにもキバオウはそう訊ねる。

「五十層のNPCです。けっこう質がよかったので」

 キバオウは攻略組に目を向ける。すると結構質は良い、という答えが返ってきた。
 NPCの耐毒ポーションは五十層に達した時点で大分質が上がった(その分値段も馬鹿みたいに高い)、という情報は
キバオウは知らない。だが、攻略組みのプレイヤーたちは確認済みだ。
けど、それでも防げなかったということだ。

「ありえるな」

 元聖竜連合の男が苦々しく言う。
ラフィン・コフィンのメンバーで毒の製造――調合スキルに長けている者は数人必ず居る。
そのプレイヤーはもしかしたらゲームが始まって調薬スキルを取った以後、
ずっと毒の製造に励んできたという可能性がある。
対し、プレイヤーたちは耐毒ポーションの製造に励んでいるかと問われるとイエスとは答えられない。
軍も攻略組もそういうプレイヤーに対して今まで補助をしてきたりはしなかったため、
財力問題を抱えないで調合スキルのレベルを上げている者は居ないのだろう。

「どなたかレベルの高い調合スキルを習得しているプレイヤー、または知人はいらっしゃいませんか?」

「ああ、俺の知り合いに居るぜ」

 シンカーの問いに元聖竜連合の男が手を上げる。

「前に入ってたギルドの知り合いが結構高かったはず。連絡とってみようか?」

「お願いします」

 そうお願いされると男はすぐにウィンドウを開き、メッセージを打ち始める。

「他にも知り合いにレベルの高い調合を修得しているプレイヤーがいらっしゃいましたら声をかけて下さい。

急いで調合スキルを持っているプレイヤーたちのスキルレベルを底上げしましょう。
それでは、ひとまず話を元に戻します。
敵の戦力の確認ですが、危険な人物は主に4人です」

 シンカーの口から危険人物の名前と特徴を挙げられる。
まず最初にリーダーのPoH。強力な短剣を持ち、高い殲滅力を誇る。
二人目にザザ。エストックでの素早い攻撃と冷静な立ち回りが脅威。
三人目にジョニー・ブラック。終始笑っているのが不気味な短剣使い。
 ここまではほとんど情報と言える情報がなかった。
スキルの詳細、得意とする戦闘スタイル、装備などの重要な情報がほとんど埋まっていない。
しかし、危険人物の4人目は違った。
 4人目。元攻略組の両手剣使い。名をアイン。戦闘狂という名が相応しい赤髪の男で、
ステータスはバランス型で主なスキルは武器防御、両手剣修練、索敵。
ボス戦中は常に前線に出ており、現在ヒースクリフを除けば
実力は最上位という噂がある。
目を見張るべきポイントは間合い管理がずば抜けて高いことと、武器防御スキルの使い方が上手いせいで
両手剣にも関わらず堅いこと。しかし周りの人間のフォローは苦手なこと。

「厄介なプレイヤーやな」

 キバオウのその重い一言に誰しもが頷く。
味方のフォローが苦手なせいか、味方だとしても諸手を上げて喜ぶほどではないが、
敵だとこれほど厄介なことは無い。
相手は味方の命すらどうとも思っていない可能性がある。
だからいざという時は味方を裏切ってでも行動するだろう。

「なぜレッドギルドに入るなんて馬鹿なことを」
「あいつ、ずっと退屈してたんです」

 誰ともしれない台詞に誰かが答える。
全員がその答え始めた青年に視線をあてる。
どうやらアインの知り合いのようで、彼のことを知っているらしい。

「以前パーティを組んだ時に言ってました。
この世界にはPvPするために着たんだって。
けど、みんな死ぬのを怖がって本気のデュエルなんてしません。
いえ、そもそもデュエルすらみんな乗り気じゃありません。
万が一何かあったらどうするんだって心配になって」

 その気持ちはわからなくもない、というプレイヤーは僅か――ほんとに僅かだがこの場にもいた。
現実に近い形のこの世界ならではの戦いの駆け引き、身に宿る力、緊張感。そんなことを期待して着たのだろう。
だけど本気で対人を楽しみたくても楽しめず、鬱憤が溜まり続ける。
どれだけ自分が真剣に本気の勝負をしたくとも、世界の本質がそれを許してくれない。
そういう意味ではアインというプレイヤーもこの世界で不幸を背負った一人なのかもしれない。

「だからたぶん、あいつはレッドギルドに入って戦いの道を選んだんだと思います。
他人を殺すことを楽しみにするのではなく、本気で戦いたいんだと思います」

 しかし、だからと言ってアインというプレイヤーを許すわけにはいかない。
彼はやってはいけないこと、つまり現実でいう殺人を犯したのだ。
許せるはずがない。
 けど、その気持ちを少しは汲んでやることもできなくは無い。

「だったらオレがそいつの相手してやる」

 クラインは立ち上がって場に宣言する。
昨日、アインはクラインと戦うことを望んでいた。
変に同情してしまったのかもしれない。戦ってやりたいと思ってしまった。
それにどちらにしろ誰かしらが彼を止めなければならない。
だとしたらレベルがそこそこ有り、指名された自分が適任だと思える。
 しかしキバオウはその意見に異を唱えた。

「1対1で戦う必要は無い。人数使って一気に潰せばええ。
いいか、この場に居る全員に言っておくで。
甘ったれた意見を言うやつはすぐにこの場から失せろや。
これは遊びや無いんや。戦争や。やられるか、やるかのどっちかや」

 ある者はその言葉に真髄に頷き、ある者は魚の骨を喉に詰まらせたかのような表情になり、
ある者は瞳を瞑り、諦めの表情をしている。

「敵を殺す覚悟の無い者は去れや。理不尽な殺人を受けても仇討ちに躊躇するような奴は足手まといにしかならへん」

 誰も今のキバオウの言葉に言い返せるはずが無かった。
昨日、何十人という仲間を失ってしまったのだから。

「それでは今後の方針の詳細を話しましょう」

 その後、レッドギルドへの対策を全員で話し合ったが誰一人として妙案と呼べるものは出せなかった。
地道に行動するしかなく、とにかく圏外に出る時は大人数で行動し、見晴らしが悪いところへは行かない。
まずはこれを徹底する事になった。
 また今後の主な行動は二つのグループにわかれることとなる。
一つがレベル上げとその補助をするグループ。
つまり、軍のメンバーのレベルの底上げがされることとなった。
聖竜連合が隠していた狩場も公開され、軍のメンバーは元血盟騎士団のプレイヤーに引率してもらって早速現地へ向っている。
だけどそれも焼け石に水だ。いくら頑張って急なレベル上げをしても、一日で上げられるのはせいぜい5ぐらいだろう。
それもレベルが予め低いプレイヤーに限ってだ。はっきり言ってそんな急にレベルが上がるようなレベル帯のプレイヤーは
経験面から見てもとても戦力になるとは思えない。
 しかし、誰もがそれをもわかった上で止めはしなかった。
何もやらないよりは遥かに良い。足を止めることだけは許されないのだから。
 二つ目のチームは相手の麻痺毒に耐えられるだけの耐毒ポーションを作れるプレイヤーを育て上げること。
それと同時に耐毒ポーションの素材を集めることだ。
このグループはかなり重要であり、多くの人数が割かれている。
クラインたち風林火山もこのグループだ。
 その他の勢力はアインクラッド中に警戒体勢を促しつつ、情報連絡手段の形成などをしている。
これらは少人数でシンカーを中心に行うこととなった。

「さて、では最後に提案なのですが攻略組の皆さんを一時的に一つのギルドにまとめてはどうでしょう?」

 シンカーの発言に三者三様の反応を示す。
嫌そうな顔をする者に対してシンカーは情報共有の簡易化のためだ、と付け加えて説明するとそれでほとんどの人間は納得いった。
聖竜連合はリーダーのリンドがやられ、血盟騎士団はリーダーの理由不明の不参加で事実上解散となった。
多くの者がギルドに入れていない今、仮でも良いから一つのギルドにまとめてしまった方が
良いということをシンカーは言いたいのだ。
元血盟騎士団のゴドフリーはその意見を了承し、元聖竜連合のメンバーもリーダー不在で困っているため、
その意見に8割がた賛成した。残りの2割は場の雰囲気を読み、仕方が無く最終的にそれを了承する。

「それで、どうまとめるのがいい?」

 ゴドフリーの問いを聞いたシンカーはなぜかクラインの方を向いた。

「風林火山に合併する、という形はどうでしょう?」

「へ?」

 ついつい間抜けな声を上げてしまった。
一体どういう理由で?と情けない視線でシンカーを見ると
彼は丁寧に答える。

「軍は人数が多すぎて今から攻略組の皆さんに入っていただくと人数が多くなりすぎて混乱する可能性があります。
そして今から新規にギルドを作るよりも既存のギルドを使った方が手間が省けます。
そこで現状最も人数の多い風林火山を使わせて頂くのが最適かと」

 確かにそれは理にかなっている。
だが、クラインは果たしてそんな微妙においしそうな状況になっていいのか、という疑問が上がる。
ここで使われるギルドは間違い無く知名度が上がるし、もしかしたら一度入ったメンバーの残留とかもあって
人数が膨れ上がる可能性もある。
その他にも自分如きがリーダーでいいのかという迷いと不安もある。
だけどそんなクラインの不安を他所に元血盟騎士団、元聖竜連合のメンバー共に了承の意を示す。
そんな流れの中で断ることなど基本お人よしなクラインにはとてもできず、
結局一時的なものとはいえ、風林火山は一気にアインクラッド最大のギルドと化した。

「わかりました、やらせて頂――」

――ピピッ

 突如、電子音が鳴った。着信を知らせる効果音だ。それが複数のプレイヤーから同時に鳴った。
シンカー、キバオウ、クライン、ユリエールの4人だ。
各々視線を配り、シンカーが頷くと全員がその着信内容を見る。

『今夜8時、招待状を送る。招待に応じなかった場合、街の中にいるプレイヤーたちを無差別に殺す from PoH』

 クラインはゴクリと生唾を飲む。
無差別に殺す。それは圏内ならばできないことだ。
だが、なぜかPoHたちならば何かしらの手段を使って本当に実行しそうな予感がした。
昨夜の、街の中に入った直後を攻撃されて圏外に追い出されたプレイヤーを思い出す。あれが頭から離れない。
だからただの脅しだとはとてもではないが思えない。

「恐らく内容は全員共通でしょう。今夜8時、招待状を送る。招待に応じなかった場合、
街の中にいるプレイヤーたちを無差別に倒すという内容のメッセージが送られてきました」

 会場の緊張感が一気に増す。皆、着たかと思ってシンカーの次の言葉を待つ。

「まずはこの案に乗るかどうかが大きな分かれ道でしょう。
無差別に倒す、と言われても宿の部屋みたいに入室制限のある場所は無理でしょうから
私はこの案に乗るのは反対します」

 堂々とそう言い切った。昨日のことを知るプレイヤーならば何かしらの手段で実行してくるだろうと思い
案に乗りそうになるが、シンカーはそれをしようとはしなかった。
それで大丈夫なのか、と攻略組が不安そうに見るがそれでもシンカーはその意見を覆そうとはしない。

「今はまだ決戦の時期ではありません。時間をかければ良いというものではありませんが早すぎます。
せめて良質の耐毒ポーションを入手できるようになってからでないとまた犠牲が出てしまいます。
これ以上、この場に居るプレイヤーの人数が減ることだけは何としても避けなければなりません」

 街の人々が被害に会うのは心配だ。しかしこちらの主力が減っては完全に終わってしまう。
長い目で見るとそう簡単に乗るわけにはいかず、何人かが反対意見を出すが、
シンカーはそれに対して丁寧に現状の説明と利を説き、自分の案を通すこととなった。






 長い会議が終わると風林火山に攻略組をまとめ、解散となる。
これから忙しくなりそうだ。そう思うと予定外の疲労がのしかかってくる。
 最初は知り合いだけで作った小さなギルド。メンバーを増やし、ギルドを大きくしたいという思いはあった。
だが一時的なものとはいえ急すぎる。しかもこのような非常事態にだ。

「よ、我らがリーダー」

 ポン、と肩に手を置かれてゴドフリーに冷やかすように言われる。
憂鬱な顔をしていたせいで気遣われたのだろう。
そのせいかいつまでも情けない姿を晒してはいけない、という気持ちが出てきて
すぐに顔を引き締めた。

「どうしましたゴドフリーさん?」

「ゴドフリーで構いませんぞ」

「いえ、今まで通りで」

「リーダーがそう仰るならば私はそれで結構。
余り気負われない様にな。いきなりこのような立場になって大変だということは
ギルドで生きてきた人間ならば大抵が理解できます。
うちの情報部の人間も使ってくれて良いのですから安心して下され」

 それを言われて理解した。何も自分ひとりで全てやるわけではないのだ、と。
むしろ自分はただのお飾りの可能性すらある。血盟騎士団や聖竜連合で生きてきたプレイヤーの方が
そういうやりとりは確実に上なのだから。

「クライン殿はいつも通りで構わん。いつものように仲間と一緒に戦場に立つ。それだけで十分でしょう」

 強さだけがリーダーの素質では無い、と小さい声で付け加えられた。
暗にヒースクリフのことを示しているのはすぐにわかった。
 あの強さ、あの威厳と存在感。恐怖を全く見せずに敵に立ち向かう勇気。
多くのプレイヤーがヒースクリフを尊敬していた。
クラインもその一人だ。
だから残念でしかたがない。今回の戦いに彼の者が参加しないことが。

「なんでヒースクリフさんは……」

「わかりません。とにかく戦場に立てぬ者を頼りにしてもしかたがありません。
とは言っても、そろそろアスナ様には立ち直ってほしいものですが……」

 あれ以来、アスナは宿屋に篭りっぱなしで一度も姿を見せていない。
ギルドメンバーの話によるとまともに会話もできていないらしい。

「あのご様子では当分無理であろうな。しかしこれも我々大人があのような少女に
過大な負荷をかけてしまったのも原因の一つでしょうから文句も言えません」

「そうですね……」

 もう一度あの凛々しい姿を。剣の閃きを見たいとは思う。
けどそれは無理強いすることはできない。彼女はまだ子供なのだ。
大人のプライドとして頼りきるわけにはいかない。

「オレたちにできることやるしかないですよね」

「ああ。ひとまず耐毒ポーションの材料を集めて回りましょう。のんびりしている暇はありませんぞ」







 時は過ぎてその日の夜。アインクラッド解放軍と攻略組はPoHの誘いを無視した。
どういう報復があるか、シンカーは夜を徹して警戒しているが今のところは何も情報が入ってこなくてほっとしている。
定期的に確認しているメンバーの生存は誰一人として減っていないし、定期連絡もしっかり入ってきている。

「シンカー、少し休んだらどうですか?」

 静かに目の前に紅茶のようなものが入っているカップを置かれる。

「ユリエール……ありがとう」

 礼を言ってカップに手を伸ばし、口につける。
するとデータのはずだというのに、幾分か気分が落ち着いた。

「外に出て全く戦うことのできない私にできることはこのぐらいだからね。
みんながラフィンコフィンと戦っている間、わたしは安全なところに居ることしかできない。
だからこういう非常事態ぐらいは役に立ちたいんだ。
こういう時に身を削らなければ他のプレイヤーたちに申し訳が立たなすぎる」

 キバオウとの確執もあってか、アインクラッド解放軍のリーダーとしてまともにやれていない不甲斐なさもあり
シンカーは今回は必ず役に立ってみせると誓っている。
 そんなシンカーをユリエールは柔らかな笑みを浮かべながら見つめる。

「その気持ちは私も一緒です。ですが、だからこそ休める時に休んで下さい。
貴方は昨夜もラフィンコフィンの情報整理で寝ていないのですから。
今夜が特に不安なのはわかります。けど、もしかしたら今後も状況が悪化しないとは限りません。
それこそもしかしたら徹夜しなければならない状況が続いてしまうかもしれません。ですから今は休んで下さい」

「……確かにそうかもしれないね」

 ランプの中に入っている蝋燭の炎を見る。
その炎の光は現実味があり心に何かを訴えかけてくる。
これが現実で無いという気持ちは最近消えかけている。
正確に言うと第二の自分の世界、という風に感じている。
だからだろう。これだけ必死になっているのは。必死になれるのは。
 シンカーは少し多目に紅茶みたいなものを口に含んでからカップを静かに置く。

「そうだね、これを頂いたら休むよ」

「失礼します、シンカー様!!」

 その矢先、一人の兵士が入ってきた。
休むと言った矢先だがシンカーはガッカリすることなくすぐに応対する。

「どうしました?」

「ラフィンコフィンの連中が……」

「連中がどうした?」

「ポーション調合用アイテムを販売するNPCを殺した様です!!」

 今回は別段驚かなかった。連中ならばそのぐらいのことはやって納得だ。
そうか、と一言述べるとどうするかを考える。

「連中はどうやってNPCを?」

「わかりません。我々は攻略組から耐毒ポーションの材料を補充しようとしたらNPCが居なくなっていたと聞いて」

「ふむ」

 不幸なことにポーションを作るために必要なポーション瓶を売っているNPCは余り居ないしモンスターのドロップも無い。
だから数匹NPCを倒すだけで購入を妨害されてしまう。
NPCは倒してもリポップするが、時間がかかる。
それもNPCによってリポップの時間はまちまちだし、
リポップするまでの情報など普通は誰も持っていない。
 だけど恐らく今回のNPC殺しはただの牽制だ。
普通に考えたらレッドギルドのメンバーがグリーンカーソルプレイヤーをもぐりこませたとしても
一日中そのNPCに張り付いていたら殺す場面は確実に見れる。
それにNPCの出現位置は確定しているのだから未然に防ぐ手段もある。
こちらとしてはNPCがわずかな時間生き残っていてくれるだけでも良いのだ。
一度購入できたらしばらくは不要なのだから問題ない。
だから今回の件は深追いしない。ただし対策は練れるだけ練るが。

「何人かNPCの出現位置に見張りをつけましょう。人選は私の方で行います」

「はっ!」

 男は敬礼するとすぐに持ち場に戻って行った。
元々はこの男はキバオウ派のプレイヤーだったはずなのだが、やけに素直だ。
皮肉にもラフィンコフィンの存在はアインクラッド解放軍の結束力を高めていた。

「今回の事件が無くてもこうだったら良かったんだけどね」

「心中お察しいたします」

 ユリエールも同じ気持ちだったのか、と思うとシンカーは自然と顔に笑みが浮かんだ。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 



「あーあ、連中動き出さなかったなー」

 ラフィンコフィンのアジトの中。ジョニー・ブラックは短剣を放り投げながらつまらなそうにボヤく。
暇そうにしているのはジョニーだけではない。
ザザ、PoHも暇そうにしている。

「だったら適当に殺しに行ってきたらどうだ?」

 両手剣使いのアインが素振りをしながらジョニーに投げやりに言う。

「町に行ってもみんな隠れちまってPKできねえんだよー」

 まるで遊び相手が居ない子供のような態度だが、内容がおぞましいにも関わらずアインは平然としている。

「ま、それが普通だろ。こっから先は雑魚は出てこない。強者だけの世界だからな」

「やっぱ軍が警戒する前にはじまりの街の人間全員圏外まで拉致して殺すのが一番だったんだよー」

 ジョニーのその意見にPoHは異論を唱える。

「それじゃショウにならねえじゃねえか」

「えー、そうかなー?はじまりの街の人間、人知れず消えていく!って感じでよくない?」

「黒鉄宮の石版見たら普通に死因わかるだろ。馬鹿か」

「……あ、そうか。不便な世界だなー。暇だなー。暇だなー」

 ジョニーは立ち上がり、のろのろと歩くと部屋の角に立つ。
そこには一人の女性プレイヤーが気丈にもジョニーを睨んでくる。

「アルゴお姉さんご機嫌どうですかー?」

 名を呼ばれたアルゴは黙ったまま不快そうに顔を上げる。
数人のラフィンコフィンのメンバーに押さえつけられてしまっており、敏捷型のアルゴにはとてもじゃないが解けそうにない。
それだけでなく、常に麻痺毒状態も更新されるため厄介なことこの上無い。
絶体絶命のピンチだが殺されないのは女だからなのだろうか。
 彼女、アルゴはラフィコフィンの根城を発見するためにアインクラッド中を奔走していた。
オレンジプレイヤーに目をつけて尾行したり、怪しい所を慎重に動いて探していた。
そしてつい先ほど、一人のオレンジプレイヤーを発見して尾行をしていたらついに発見した。
一時離脱し、すぐに軍と攻略組に連絡を取ろうとしたが、甘かった。
アルゴ自身もいつの間にか尾行されていたのだ。
麻痺状態にされた後は無理やり手を動かされ、ウィンドウを可視状態にされて
装備、アイテムをほぼ全て没収されてしまい、倫理コードすらも解除されて今は薄い、防御力も無い服と
普段から被っている外套を被っているだけだ。

(お願い、アーちゃん。気づいて……!)

 ただやられるだけは性に合わない彼女は捕まる寸前に端的なメッセージを送ろうとした。
送る対象は一瞬で決めなければならなかったため、最初はキリトにしようかと思った。
しかしキリトは現在、植物人間状態に近いことは知っている。だから無理だった。
よって別の人物にすることにしたその時、頭にパッと浮かんだのがアスナだ。
そしてアスナに『29 10-7』というメッセージを送ったところでアルゴは捕まってしまった。

「ねえねえヘッド。こいつやっちゃわない?」

 ご馳走をさっさと食べたいとでも言うようにジョニーはアルゴの首筋にペチペチと短剣の峰を当てる。
その冷たい感触に背筋に力が入り、身体が強張る。

「犯るのは死ぬ覚悟があるなら構わんが殺るのは駄目だ」

 死ぬ覚悟、その言葉を発しながらPoHはアインを見る。すると視線が合った。
先日捉えた少女の時もそうだが、彼はそういう「小悪党」っぽいことを嫌う傾向があった。
やるならば残忍に容赦なく。やらないならやらないという主義らしい。
そもそもここに居るプレイヤーの中で彼だけは異質なのだ。
殺すことではなく、戦うことに楽しさを見出している故に。
そういう面を見ても他のラフィンコフィンのプレイヤーたちは様々なところが異なる。
だから強引な性的な好意を嫌ってもおかしくは無い。逆も然りではあるが。
 PoHもジョニーも殺しが楽しいためか今はそういうことに興味は向いていないが
ラフィンコフィン全員が興味を持っていないわけでは無い。
だけどアインに睨みを効かされてやろうとしてもできない、という現状だ。
冷静な者はアインを重用な戦力と見て渋々従うと同時に
殺しが楽しいから今はひとまず良いか、と考えて落ち着く。
欲深く、苛立ってアインを殺そうとする者もいたが全て容赦無く返り討ちである。
 PoHとアインがお互い視線が合っている中、ジョニーはそれを意に介さず、
今すぐ殺したいと思っているのか、不満を顕にして尋ねた。

「なんでー?」

「そいつがただの鼠なら殺しても構わないが、たぶんこいつ、
俺らのアジトを既に攻略組に知らせてる」

 アルゴの顔が引きつりそうになる。図星だからだ。

「連中はそのうちここに来る。その時にまた奇襲してやる。こいつを餌にしてな」
「おー、さすがヘッド。よく考えてるな!」

 まずいことになった。焦燥感が競り上がってくるが捕らわれの身には何もできない。
声を出したくても麻痺状態が持続していて無理。
麻痺が切れるタイミングで大声を出そうにも、既に麻痺の更新タイミングは完全に把握されてしまっており、
完全につんでしまっている状態となっている。

「恐らくやってくるなら明日の昼間だろう」

 助けに来てほしい。けど着たら殺される。
聡明なアスナだが、送ったキーワードはゲーム慣れしているプレイヤーにしか意味が解析できない可能性がある。
だからキーワードの意味を理解しないでほしい、と願うが階層の情報に関してだけはそのまま数字を打ち込んだため、
すぐにでも攻略組はこの階層にやってくるだろう。
自分のせいで死人がでないでほしい。そう願いながらアルゴは自由の効かぬ身体で抗い続ける。

「…………」

「あん?どこ行くんだザザ」

「……俺は別行動をとらせてもらう」

 ザザは用は済んだと言わんばかりに、それ以上は一言もしゃべらずにアジトから出ていった。

「なんだよーあいつ。つれねえなー」

「まあいい。好きにやらせてやるとしよう」

 PoHはザザが次に起こす行動を大体読めていた。
大方、彼がやたら御執心していたプレイヤーに引導を渡そうとでもしているのだろう。
攻略組には既に大打撃を与えているし、ザザが居た方が楽だが
無くても問題ないと思っている。害にさえならなければそれでいい。

「こっちはこっちで楽しむとしようぜ」

 PoHは次の作戦を頭の中でシミュレートし、笑い声を漏らした。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
後書きという名の状態異常などの独自仕様ついて

・拘束について
 アルゴさん男に拘束されております。シリカの時もそうなのですが、これこういう仕様にして良いのか疑問に思ったのですが
禁止にできる要素が思い浮かばなかったので大丈夫だろうと思いこうしました。
拘束道具は無いとは思うのですがこういう手段なら可能なハズ。
……身体重ねることができるようなゲームだから倫理コードさえ外してしまえば可能な気がしてしまうんですよ……。

追記:拘束道具8巻で縄が出てきていましたね。耐久値が低いとしても
プレイヤーには厳しいアイテムな気がします……。

・耐毒ポーションのレベルについて
 SAOは現状クリスタル以外の回復アイテムってポーションとハイポーションだけなので
何かしら製薬スキルで差を出すとしたら耐毒ポーションの場合は効果時間か毒のレベルの耐性の上限だろうなと思い
今回はこのようなことに。麻痺にもレベルがあるらしいので丁度良いかと思ったという理由もあります。

・オマケ(麻痺についての考察)
 このゲーム(SAO)、相当な麻痺ゲーだと思います。普通はかかったらほぼ100%死ぬという状態異常は無いでしょうけど
このゲーム麻痺、ソロで麻痺喰らったらほぼ確実に死ぬでしょう
 麻痺は最低でも10分は継続するという仕様はPKする集団からしたら涎ものだと思います。
AGI型にして攻撃速度を上げて投擲スキル、隠蔽、忍び足、調薬を取ればPKするプレイヤーのテンプレの出来上がり!
というか普通のゲームの仕様上そんなに長時間継続したら間違いなくユーザーから苦情殺到ですよねこれ。
そのための耐毒ポーションなのでしょうがさすがにこれは極端すぎる気が。


 最後に、更新が遅れてしまい申し訳ありません。とあるシーンを書くのに非常にてこずってしまっております。
物語の結末までの骨組みはできているのですが、肉付けが上手くいっていない状況です。
(適度に他の作品書いて息抜きしながらやってる現状でございますorz)
恐らく、次回の第九話さえ終われば後はスッと行くと思いますので、次回の更新も遅れると思いますが、
この作品をまだ読んで下さる方がいらっしゃいましたらどうかご了承下さい。



[35213] 第九話 PvP
Name: 倭刀◆326c9191 ID:fa07893a
Date: 2014/08/01 18:02
 第一層 はじまりの街 黒鉄宮。
リーダーであるシンカーや補佐のユリエール、サブリーダーのキバオウは首をひねっていた。
つい先ほど血盟騎士団の団長、ヒースクリフ経由で閃光のアスナより伝えられた情報が公開されたため、
その謎を解くために考えを巡らせているのだ。
 元の情報の公開人はアルゴ。
アルゴがラフィンコフィンのアジトを探っているということはシンカーの元にも届いている。
この情報はラフィンコフィンのアジトを示しているのだろう、ということは何となくわかった。
そして……アルゴからの連絡が途絶えた、ということは彼女が捕まった可能性があるということも。
 当然シンカーたちは気落ちした。
けれど未だに石碑の彼女の名には横線が引かれていない。
つまりまだ救出できる可能性はある。
そのためにも謎を解かなければならない。
このが『29 10-7』という数字の意味を。

「なんだろうかこれは?」

 シンカーのその場に居る全員に聞くような問いにキバオウは首を振った。

「わからへん。29っちゅーのは二十九層のことかもしれんやろが
10-7ってのがさっぱりやな」

「10-7……一体どういう意味なのでしょうか?」

 3人で頭を悩ませるがどうにも良い案が浮かばない。
攻略組の上層部には既にこの情報を送っているが、そちらからも返答が今のところは無い。
ヒースクリフにもわからないらしく、困ったことになってしまった。
 とりあえず二十九層をしらみつぶしする、という案もシンカーの喉からでかかった。
しかし、不用意に動こうものなら敵に感づかれて痛い目を見る可能性がある。
アスナがメッセージを送信した直後のアルゴの位置を把握できていたら良かったのだが、残念ながら駄目だった。

 そんな風に全員が揃って唸り声を上げているとメッセージが一つ届いた。
シンカーはそれを開いて見てみると、スッキリしたのか顔を明るくして頭を縦に二度振った。

「なるほど」

「なんや?」

「どうやら10-7というのはテンキーの7、という意味らしい」

「ああ、なんやそういう意味やったんか。つまり……二十九層の北西っちゅーことかっ!」

 ユリエール一人だけ意味が理解できないのか、首をかしげている。
その様子を見たシンカーは一から丁寧に説明する。
 パソコンのキーボードの右の方にある0~9までの数字のキーはテンキーと呼ばれている(キーボードの種類によっては存在しない)。
オンラインゲームの経験があるプレイヤーならわかるかもしれないが、
今回の場合は0を省いた1から9までのキーの位置とマップとを照らしあわせて見る。
 つまり、1の場合は南西、2の場合は南、3の場合は南東、
4は西、5はマップの中央、6は東、7は北西、8が北、9が北東ということになる。
今回の場合はテンキーの7なので北西ということになる。
なお、位置が曖昧な場合は45と数字を打って中央と西の間ぐらい、という風に情報を流したりもする。
位置情報を迅速かつある程度正確に連絡できるため、この様に使われることがあるのだ。

「ほな耐毒ポーションの準備が整い次第攻め込むで!」

 キバオウが自らも攻めこまん、という勢いのある言葉を聞き、
シンカーは慌てて諌める。

「待って下さいキバオウさん。場所は敵のアジトですよ。安易に責めるのはよくないかと」

「ちゅーても敵の怖いとこは麻痺毒くらいやろ。それにこれ以上長引かせるのも不味いで。
こっちが敵地の情報知ったのもすぐ漏れる可能性も否定できへんし、そこんとこどうすんや?」

「敵の怖さに関してはアイン、というプレイヤーが居るではありませんか。それに他の3人の幹部の実力も判明していません。
それに耐毒ポーションの質もまだ十分とは限りませんよ?」

「だからっちゅーてもなあ……」

 キバオウもシンカーの言うことはわかる。わかるのだがこれ以上ラフィンコフィンに好き勝手させるのは絶対に嫌だ。
だからすぐにでも乗り込みたいと考えている。
けど味方が死ぬのはより避けたいところだ。
その気持ちはシンカーにもわかり、別の案を出してきた。

「我々だけでは判断しきれません。攻略組の方々にも相談しましょう」

 元より攻めの中心は彼らだ。よって最終的に攻め時を決意するのは彼らである。
いくらシンカーたちが頭を捻ろうとこればかりは彼らに委ねるしか無い。







 軍からその情報が届いた攻略組は会議をすぐに開いた。
ソロプレイヤーも臨時で風林火山に入れ、今は攻略組全てのプレイヤーが風林火山に集結している。
実質攻略組イコール風林火山と見て構わないだろう。
 風林火山で開かれた会議は攻め込むの意見が多かった。
ラフィンコフィンに恐怖を抱き、攻めるのが怖いという思いがある一方、
さっさと片付けて不安を取り除きたいという考えの人が多い。
シュミット筆頭の保守派はそれを諌めようとするが、人数の比率が7:3ぐらいだったこともあるし、
アルゴの心配もある。よってすぐに討伐隊が編成されることとなった。
 耐毒ポーションに関しては既に全員でバックアップして素材を集めて調合させ続けたおかげと
調薬スキルを持つプレイヤーが寝ずに製薬を続けたためなかなか質の良いものが支給できそうになっていた。
製薬したプレイヤーいわく、「ようやく自分が英雄視される日が来たか!!」と乗り気で
狂ったようなテンションで製薬していたらしい。
調薬スキルなども当然、他のスキル同様なかなか上がらない。
けどその原因は主に素材不足による制約があるせいだ。
 つまり今回のように大掛かりに材料を集め、調薬すれば話は別だ。
その分調薬をするプレイヤーは調薬だけに時間をかけられる。
 おかげで現在、耐毒ポーションは五十層のNPCを大分上回る質のポーションとなっている。
不安はまだ残るものの、大抵のものがこれで大丈夫だろう、と見切りをつけた。

 軍に討伐隊を出すことを伝えると、何人かの実力者が攻略組に合流をする。
そしてパーティ編成、アイテムの残量確認、進軍隊列などを考える。
ボス攻略の時はボス部屋でのみ気を配ればいいのだが、
今回はいつもと事情が全く異なる。よって、ボス攻略以上に入念に作戦を練ることになった。
 二十九層の情報に関してはできるだけプレイヤーに呼びかけて情報供給を促したかったが、
ラフィンコフィンに情報収集をしていることを知られたくなかったため、攻略組の中でだけできる限り情報を共有した。
その結果、現在は29層北西にある洞窟の中が敵のアジトだろうと当たりをつけられている。

「出立は2時間後!各自準備をしっかり整えてきて下さい。では解散!!」

 クラインがそう告げると各々が疲れたように身体をほぐしながら狭い部屋から居なくなる。
まさか風林火山のギルドホームで会議するなんて馬鹿なことになるとは思っておらず、大変な目にあった。
男ばかりが狭い部屋で会議をしていたのだ。それはみな疲れるだろう。
外でやると情報が漏れる場合もあるから迂闊にはできないのだ。
よって盗聴スキルにだけは警戒し、こうして風林火山のギルドホームで会議が行われることとなった。

 出立が2時間後の理由は二つある。
 一つ目がまだ太陽の陽が完全に昇りきっていない時間で夜になる前に敵を攻めるれること。
陽が出ている時間帯の方が断然有利だからだ。
暗いところだと視界が悪く、索敵スキルの補正も下がる。
敵の本拠地を奇襲するのだから夜の方が良いのでは、という案も出たが
それ以上に自分たちの身を危険に晒したくない、という思いの方が強く、
奇襲よりも正攻法が得意な攻略組の特徴が考慮された上でこうなった。
現在午前10時。なので出立は正午となる。さすがにこの時間ならば夜までに決着をつけられるだろう。
 二つ目の理由が情報漏洩を最小限にすること。
迅速に動けば動くほど敵に知られる可能性は少ない。
ならばできるだけ奇襲の効果を発揮し相手を逃がさないためにも、このような攻め時となった。

 クラインは会議で疲労した精神状態を回復させるために仮眠用の椅子に座る。

「お疲れ様」

 横から声をかけられ、目線だけ向ける。リズベットだ。
昨日以来、彼女も攻略組の行く末やキリトが心配で現在風林火山に滞在をしている。
キリトと会った当初は悲しい顔をしていたものの、いつまでも暗い顔をしていても仕方が無い、と割り切ったのか
今はいつも通りに明るく振舞っている。
武器方面のメンテナンスはほとんど彼女に頼ればいいため、風林火山としても助かっている。

「よお、お疲れ。アスナさんは?」

「駄目……」

 先ほどリズベットはアスナの様子を見に行った。できることなら今回の作戦に参加してほしかったのだ。
けどアスナの心にはまだ深い傷が残ったままで戦える状態では無い。
ならばもうアスナ抜きでやるしかない。
できることならばアインというプレイヤーへの対抗馬がほしかった。
最良がヒースクリフ。次点でキリト。そしてその次にアスナ。
ヒースクリフにはクライン自身が試しに頭を下げにいったものの、一向に首を縦に振らない。
キリトは既に知っている通りリタイヤ。最も希望がありそうだったアスナも駄目。

「現状攻略組で一番強いのって誰?」

 リズベットも同じ不安を抱えているのか、そう訊ねてきた。

「わかんねえ。みんなどっこいどっこいってとこだと思う」

「そう……。ねえ、両手剣の特徴って何?」

 リズベットは一瞬気落ちしたような表情を見せたが、
それを隠すように話題を変える。
また、アインというプレイヤーについてリズベットも不安に思っているところがあるのだろう。

「両手剣か。片手剣以上に高い攻撃力と速度、そしてディレイの少なさ。攻撃面はかなり強力だ。
対して短剣とか相手に一度懐にもぐりこまれると防御が難しいって話を聞いたな。
あとは盾が無い分、槍を相手するのも片手剣以上に難しいっていうのも聞いた」

「ま、剣が槍苦手なのはよくある話だしね」

「だからアイン相手には聖竜連合の槍使い、シュミットさんと
俺が抑えに入ることになってる」

「そうなの?それじゃ、せめてもの餞別よ。これ持って行きなさい」

 そう言って手渡されたのは刀だった。

「これは……中層プレイヤーから譲渡されたやつの?」

「そ」

 中層のプレイヤー(とは言っても40層あたり)のプレイヤーが持っていた鉱石が先日、譲渡された。
本来ならば譲渡してくれたプレイヤー自身が使う予定だったらしいが、残念ながら実力不足とレベル不足を感じているため譲渡されたのだ。
一日でも早く安全なアインクラッドにしてほしい、という願いを託されて。

「一応あんたがリーダーだから打ったのよ」

「ありがてえ。助かる」

「あんたには悪いけど……キリトの分まで頑張って」

 キリトの分まで。その言葉には並々ならぬ感情が篭っていた。
そんな重たい感情をクラインはしっかり受け止め、力強く頷いた。

「おう。任せとけっ!」

 クラインがそう言いながら胸を叩くと同時に何かが勢い良く倒れるような音が聞こえた。

「……あんたどんだけ自分の胸強く叩いてんのよ」

「ちげぇよ!今の音はどっからどう聞いても2階だろ!!」

 一体何が。そう考え始めるとクラインが結論を導くよりも先にリズベットが先に声を上げた。

「キリトの部屋!?」

 一つ、今の音の発生原因に心当たりが浮かんだ。
先日行われた黒鉄宮での会議の際にキリトの行方を訊いてきた元聖竜連合の男。
ギルドメンバーになったため、制限されている部屋以外は入室できるようになってしまったのだ。
キリトの個室にし、関係者以外立ち入り禁止にするという手もあったことにはあったが
キリトはギルドに所属しようとしてくれないし、
クラインとリズベットが自由に出入りしたいという関係上無理だったのだ。
それに今回の事態は思慮の外だった。
自分の配慮の無さに悪態をつきながらクラインは急ぎリズベットと共に2階へ駆け上がった。

「おら、何とか言えよクズッ!!てめえのせいでリンドさんが死んだんだぞ!!」

 部屋に入ってまず最初に視界に大きく映されたのは部屋の隅で横たわっているキリトの姿。
続いてキリトを蹴ったり殴ったりしている元聖竜連合であろう男たち3人。

「やめてっ!」
「やめろお前ェらっ!!」

 二人同時にそう叫ぶが男たちは手を止めなかった。
それを真ん中に居る男はギロリと睨みつける。
怒りのせいか、拳をワナワナと震わせている。

「邪魔すんじゃねえっ!どうせこいつ殴ったところで死にやしねえんだ!いくら殴ってもなっ!!」

 圏内だからダメージが通らないのは当然だ。そんなことはこの場に居る全員がわかっている。
それでもクラインとリズベットは止める。
リズベットはキリトと男たちの間に無理やり入り込んで懇願した。

「お願いだからもうこれ以上キリトを責めないでっ!」

「止めるな!こいつのせいで多くの仲間が死んだんだ!」

「キリト一人のせいじゃねえだろっ!」

「けどこいつが突っ走らなきゃ俺たちはもっとしっかり準備ができていた!」

「それはあんたたちが悪いんでしょ!その失敗をキリトのせいにしないでよ!」

 急に男は静かになった。
そのことにリズベットは大きな違和感を抱いた。
何か今、自分は不味いことを言ってしまったのではないかと振り返ってみる。
けれど考えぬく前に、先に聖竜連合の男がぼそりと言った。

「……じゃあ、お前らは俺らにラフィンコフィンみたいになれって言いたいのか?」

「え?」

 この場でそういう話の流れになる理由が理解できなかった。

「今、お前はシリカって女の子とこの男を見捨てなかったのが悪いって言ったんだぞ?」

 徐々に閉じている唇に力が入り、続いて背筋が凍る。
 拡大解釈かもしれないが、キリトの後をすぐに追った貴方たちが悪い、という意味の言葉をリズベットは言った。
確かにそれを深く鑑みれば人助けするために急いで行ってミスしたのが悪いという意味にも取れる。
クラインも同じようなことを言おうとしていただけに、言葉に詰まる。

「ごめんなさい!そういうつもりじゃ……」

「いや、わかってる。俺も意地が悪いのは。けどなっ!」

 右の腰を引いた後にすぐに開き、もう一発キリトが殴られる。

「親切の押し売りだと言われてもなっ!リンドさんや仲間たちが良心で急いでかけつけたのが悪いと言われてもな!
俺たちは一人暴走したこいつが許せねえんだよっ!」
「殺しはしねえよっ!俺たちだってそこまでしようだなんて思わねえ!けどなっ!」
「殴らなきゃ気がすまねえんだよっ!!」

 何度も何度も殴られる。実際のダメージは無いけど衝撃は受けている。
だというのにキリトの表情は何一つ変わらない。
それが余計に気に食わないのか、男たちは一層力を入れて殴る。
一体いつまで殴れば気が済むのか。
3人合わせて既に30発以上は本気で殴っている。
 男たちの気持ちも二人にはわかった。大切な仲間が亡くなったのだ。
それこそ身が引き裂かれたような想いをしていることだろう。
けど、それでもこの事態を看過することはできない。

「お願いだから……止めて……」

 いつしか、リズベットの瞳からポロポロと涙が流れはじめていた。
それに気付いた時、聖竜連合の男たちはようやく手を止めた。
女の子に泣かれてしまってバツが悪くなってしまったのだろう。
構えていた拳は行き場を無くし、戸惑いながらもゆっくりと力なく下ろされて攻撃する姿勢は解除された。
 気まずそうに眼を細め、リズベットから視線を外している男はクラインに向かって
申し訳無さそうに、けれど頑固に言った。

「…………クライン」

「なんだ?」

「……今回のことはひとまずこれでお互い水に流せ。
すぐにラフィンコフィン討伐が始まるからな」

「安心しろ。恨めと言われてもラフィンコフィン討伐には引きずらねえよ」

「感謝する」

 男たちは去った。
去った後、リズベットはキリトの視界にハラスメントコードが発生するのも気にせず抱きしめた。

「ごめんねキリト。もう大丈夫。わたしが護ってあげるから!」

 クラインはそっと部屋を出る。
キリトはひとまずリズベットに任せ、今はリーダーとしてラフィンコフィンの討伐に集中する。
そう決めて二時間後のための準備に移った。









































『これはゲームであっても遊びではない』

―――――『ソードアート・オンライン』プログラマー・茅場晶彦












第九話 PvP






 二時間後。重々しい雰囲気の中、攻略組は集合した。
全員の手元には耐毒ポーションがそれぞれ10個配布されている。
調合を持っているプレイヤーはあれ以降も全力で作り続けてくれたらしい。
作り終えた途端、泥の様に眠ったという情報は攻略組全員に感謝の念を産んだ。
 攻略組は二十九層へ移動すると、すぐに北西へ移動する。
できるだけ気づかれないように、という考えは無い。これだけの大部隊、嫌でも目だってしまう。
だから相手の体勢が整う前に決着をつけようという腹だ。
 当然、転移結晶で逃げられてしまう可能性はある。だがこればかりは仕方が無い。
敵のフットワークが軽いのは百も承知。見張りを潰しながら責めるのが最善だが、
その見張りを潰すのに適しているプレイヤーが居ないため、見張りを倒すために行ったプレイヤーが返り討ちに会う可能性がある。
よってある程度は堂々と行くしかない。

 圏外へ出る直前、まず1本目の耐毒ポーションを各々飲む。これである程度の麻痺はとりあえず問題無い。
 索敵スキルを持っているプレイヤーを部隊の先頭と後尾に配置し、警戒しながら進む。
道中は霧が漂っている薄暗い林。いかにも悪者が隠れていそうな場所。
敵に注意しながら進むが、モンスター以外に出会うことは無くサクサクと進む。
そして洞窟が見える位置に辿り着いた。全員の緊張感がまた一段階上がる。
 先行しているプレイヤーの情報が届くと、洞窟の前に見張りは居ないという。
命がけで先行しているプレイヤーは洞窟の入り口の脇に立つ。
その洞窟の入り口の脇に立っているプレイヤーを護るためにも後続のプレイヤーは常に周囲を警戒し、
投擲、回復クリスタルをいつでも使えるようにしている。
 索敵スキル持ちのプレイヤーは手をクイッと曲げてくる。
こちらに着ても大丈夫、という合図だ。
それに従い、前衛パーティがすぐにそちらへ向かう。

(……嫌な雰囲気だな)

 林を抜け、洞窟の周りに着てもやはり霧が出ている。陽が出ている時間だというにも関わらず視界が悪い。
それに見張りが居ないことも気になる。もしかしたら気付かれているのかもしれない。
それに、もしこちらの情報が伝わっていて仕掛けてくるのならば森だと思ったが、そうでは無かった。
ここまで敵からの動きは一切無い。かえって不気味だ。
 前回は仕掛けてくると予測していた場所とは他の場所で奇襲をかけられたため、以前に増して
全員に警戒心が働いていた。

 洞窟の中に入り、再び前衛パーティを先頭に徐々に警戒しながら進む。
後ろからの奇襲もあるため、当然後衛パーティにもタンク型のプレイヤーを入れている。
前衛パーティ、後衛パーティ、というよりも前方パーティ、後方パーティと述べた方が適切かもしれない。
 クラインは中衛パーティに所属しており、いざという時にどちらかに加わることになっている。
そしてアインというプレイヤーが現れたらそちらを優先することになっている。
ちなみにシュミットは前衛パーティに入っている。奴のことだから正面が一番相対する可能性が高いと思ったからだ。

 所々突き出している岩場を避けながらできるだけ気配を殺しながら進む。
精神的に苦痛であるためか、非常に時間が経つのが遅く感じる。
麻痺対策はできているため罠にだけ注意して素早く洞窟を進む。
そしてしばらくすると洞窟の中心部とも言える場所についた。

「……誰も……居ないな」

 常に先頭を行っていたプレイヤーがそう言うと全員の頭に疑惑が起こる。

「やっぱり感づかれたのか?」
「それとも隠し通路があるとか」
「10-7の介錯が間違っていたのでは?」

 次々と意見が交わされる。それをゴドフリーが一度静かにしろ、と一蹴する。
敵地の可能性がある場所で意見を交わしている暇は無い。
そのことを皆理解しているのか大人しく従う。

「とりあえず深部にまで行って敵が居なければ迅速に引き上げましょ」

 クラインのその意見に全員が賛同する。
誰もこんな危険な場所に長居などしたくない。

「上っ!」

 突如、一人のプレイヤーが声を上げる。
それに習い、次々と顔を上に向けると洞窟内にパチパチパチ、という拍手の音が響き渡る。

「よく着たな攻略組の無能共」

 10メートルぐらい高いところより声が聞こえる。男がかろうじて居るのが見えた。
よじ登ったのか、それともそこに通じる通路が洞窟の更に奥にあるのか。それはわからない。
男はフードを被っており、表情を見せようとしなかった。

「貴様がPoHか!!」

 ゴドフリーが勇ましく声を上げると男は頷いた。

「いかにも。さて、せっかく着てくれたんだから楽しいショウを始めよう。
だけどこのショウはてめえらの協力が無くちゃできないから協力してもらうぜ?」

 PoHは後方に目配せをすると、一人のプレイヤーがアルゴを連れてきた。
アルゴの体力はほんの僅かにまで削り取られており、虫の息状態だ。
それでもアルゴは懸命にPoHを睨みつけている。
だがその目線はPoHのサディストな心を刺激し、悦に浸らせるだけだった。
 その様子をクラインは一度見たことがある。
嫌な記憶がフラッシュバックした。

(くそっ……)

 あの時の少女の様な犠牲は出さない。
そう心に決め、クラインはPoHの次の言葉を待つ。

「さて、ここに居るのは情報屋のアルゴ。知っているやつも多いだろう。
ここでゲームをしようと思う。てめえらが勝ったらこいつをここから落としてやる。適当に誰か回収してやれ。
負けたら……」

「俺がグッサリやってやるぜーっ!」

 下からだと足場が邪魔になって見えないが、どうやらジョニー・ブラックが居るらしい。甲高い声が聞こえてきた。
 PoHのゲーム。それは一人のプレイヤーの命をかけて行われるという冗談にならない遊びだ。
 試しているのだろう。攻略組が一人のプレイヤーのためにゲームに乗るか、それともアルゴを見捨てるか。
できることなら高い場所に続く通路を少数で発見してアルゴを救い出したい。
けど残念ながら攻略組の全てのプレイヤーがこの場に集結してしまっている。
誰か一人でも部屋に出ようものなら即アルゴが殺されてしまうだろう。
 だけど希望はある。軍だ。
対レッドギルド討伐連合は二つの部隊に分かれていた。
一つが攻略組を中心とした本体。
もう一つが軍のレベルの高いプレイヤーたちと攻略組の一部が少し時間を開けてからこ
ちらに向かうことになっているサポート部隊。
コーバッツを始めとする一部の軍のプレイヤーはそれなりにレベルがある。
 クラインとゴドフリーの影に隠れているプレイヤーが軍へメッセージを送っている。
幸い、PoHたちには気付かれていない。
目線をPoHからずらしていないため時間はかかっているし正確性にも欠けるだろうが、
それでも何も知らせないよりはずっとマシだ。
洞窟はここに来るまで一本道だったが、もしかしたら隠し通路などがあるかもしれないし、
別の入り口が存在するかもしれない。
ならば今は敵の調子に合わせるのがベストだろう。
 アルゴを見捨てることなど誰もしたくない。
先日大勢の仲間が犠牲になったのだ。これ以上犠牲を出すのは彼らにとって論外だ。

「……ゲームの内容は?」

「なーに、簡単だ」

 PoHの横から一人の影が飛び出してくる。
その男は「よっ」と言いながら着地すると、軽く手を上げてきた。

「よお。元気そうだな」

 アインだ。自慢の両手剣を携えると彼が説明を始める。

「条件は簡単だ。俺がこれから指名するプレイヤーとノーマルモードのデュエルをしてもらう。
つってもシステムのデュエル使うわけじゃねえけどな。
俺が生き残ったら俺の勝ち。てめえらの誰かが俺を殺せたらてめえらの勝ち。
それと、てめえらはこの場から一人でも逃げ出すか全員死んだりしても負けだ」

 クラインは皆に目を配る。すると、一部の者が頷き返した。受けよう、という意思表示。
この条件、そこまで悪いものでもない。
アインに1対1で勝てばそこで終了。負けそうになったら、できたら避けたいがアルゴを見捨てて戦っているプレイヤーを救助する。
吐き気がするほど嫌なことだが、柔軟に対応できる。
 上空を見た限り、PoHたちが居る場所以外からは奇襲に適していそうな場所も無い。
出口も入り口の方に続く通路と洞窟の深部へと続く通路の二つだけなため、敵の増援が着たらタンク型で押さえてしまえばそこまで怖くない。
それに、それ以外の場所から増援が来たとしても麻痺にさえかからなければどうとでもできる自信があった。
アインと未知数であるPoHを除けばだが。

「わかった。受けてやる」

「へ、そうこなくちゃなっ!じゃあそうだな。メインディッシュは後にして……雑魚にも興味はねえしな。
確かてめえ、名前はゴドフリーって言ったか?確かてめえ血盟騎士団で上の方の立場の奴だよな?
よし、てめえからだっ!」

 指名されたゴドフリーは顔を険しくさせ、アインを睨みつけると
自慢の斧を構え、相手に向けた。

「良いだろう。我が力、存分に見せ付けてやろう!」









 ゴドフリーとアインの一対一は長引いた。
お互い攻めに慎重になっているせいだ。
ゴドフリーは隙の大きい斧を簡単に振るうわけにはいかない。
対するアインは迂闊に攻撃して強烈な一撃を受けるわけにはいかない。
お互い様子見の攻撃が交わされる。

 しばらく対戦は互角に見えた。ゴドフリーの振るう斧の速度はなかなか速く、アインの防御を押し込んでいく。
けどアインの顔には余裕がある。一方、時間が経つに連れてゴドフリーの表情に焦りが出始めていた。

「けっこうやるじゃねえか。けどまだまだ俺の相手にならねえよ!!!」

 急にアインのスピードが増してきてゴドフリーの動きに安定感が無くなった。
それでも焦らず、ゴドフリーは攻めてきたアインに向かって斧を振るうと
アインは急停止し、禍々しい笑みを浮かべると身体を仰け反らせた。
斧はアインにギリギリかすりもせずに空振ってしまった。
その直後、アインの反撃でゴドフリーがダメージを受ける。

「甘い甘い!」

 剣を首の後ろに回し、肩でかつぎながら倒れたゴドフリーを見下ろしている。
ゴドフリーはすぐに立ち上がりながらその余裕っぷりに強いという想いを抱くと共に残念に想った。

「勿体無いな。攻略組でその力を発揮すれば、お前は英雄にもなれただろうに」

「はっ、IA相手に勝っても大して嬉しくねえ!俺は対人を楽しみたいんだよ!!」

 クラインはいつ見切りをつけようか迷った。
このままだとゴドフリーが死ぬ。
体力はまだイエローゾーンにも達していないが、それはアインが遊んでいるからだ。
彼が本気になったら一気にどのぐらい体力を減らされるかわかったものでは無い。
だからできることならばすぐに助けに入りたい。
 しかし助けに入ろうとしたらアルゴが死ぬ。
だからどうするべきか迷う。

「アイン、楽しんでいるところすまないが着たぞ」

 悩んでいた所に突如、上空から声が聞こえてくる。PoHだ。
PoHの言っていることは攻略組には理解ができなかった。
しかしアインには理解できたのか、様子が変わった。

「あん?もうかよ。はええな」

 アインは剣の構えを待ちの状態に変えると攻略組に言った。

「問題だ。どうしてここに居るのは俺一人でしょうか」

「何でって……」

 そういえばなんでだ?
攻略組全員がアルゴの事に意識が向いていたため、今まで気づかなかった。

「まさか……」

 先日の黒鉄宮での会議中、アインと知り合いだと言っていたプレイヤーの顔が青ざめていく。

「はっ、てめえは気付いたみてえだな」

「軍の連中を潰すつもりかっ!!」

 その言葉に攻略組全員に衝撃が走った。
軍の連中を潰すつもりか、という問いに答えたのはアインではなくPoHだった。

「その通り。さあ奴らのレベルと俺らのレベル。どっちが高いか……わかるよな?」

 あくまでも軍の連中は残党狩りと挟撃用に準備した戦力であり、主戦力ではない。
それがラフィンコフィンの部隊とまともにぶつかればどうなるか。
 助けにいかなければならない。
けど、洞窟の入り口にはアインが塞ぐように立っている。
それにアルゴを見捨てることもできない。

「さ、ゴドフリーはまだ戦えそうだが時間が惜しいんだろ?
メインディッシュを始めようぜ!来いよ風林火山のクライン!」

「てめぇっ!」

 クラインは一歩前へ出る。
だけど、予想外の事態が起きた。

 上から何かが降ってきた。
アルゴだ。アルゴが降ってきたのだ。止めを刺さされずに。
突如の出来事に慌て出すが、一番近くにいたプレイヤーが反射的に駆け寄り、
これもまた反射的に回復結晶を使ってアルゴを回復させた。
なぜかはわからない。けどこの千載一遇のチャンスを逃すプレイヤーは一人も居なかった。

「後衛部隊は転移結晶使って街まで戻れ!軍の連中を助けるんだ!」

 クラインの指示通り、すぐ様、後衛部隊は転移結晶を使って戻って行く。

「うっし、オレらも反撃に出るぞっ!耐毒ポーション全員更新しろっ!」

 これでアインと1対1で戦う理由も無くなった。
反撃開始だ。ここでPoHとアインを討ち取ればかなり楽になる。
 しかし、このような状況だというのにアインはつまらなそうな顔をしていた。
その様子にクラインは少し腰が引けてしまった。
彼だけでは無い。他の攻略組もそうだ。

「な、なんだよ。もっと慌てろよ」

 なんだか嫌な予感がし、クラインは思わずそんなことを言ってしまった。

「はぁ。馬鹿だ馬鹿だとは思っていたけどよ、本当に馬鹿だったとはな。
何でアルゴを解放したかわかんねぇのかよ」
「何でって……」

 なぜだ?
全員そう思った。そういえば先ほどもこんな状況があった気がする。
 先ほどは千載一遇のチャンスだと思い、目の前に飛び降りてきたチャンスを逃さないように行動した。
そう、目の前のチャンス。反射的にそれに飛びついてしまったが、よくよく考えたらそれがおかしい。
ゾワリ、と背中が逆立つと同時に洞窟の奥より短剣が飛んできた。
本来前に立つべきタンク隊は奇襲にすぐに対応できず、、前に出て味方を庇うことができなかった。

「あーあーやっとオレの出番か」

「この甲高い声はジョニー・ブラック!!」

 いつの間にPoHの居る場所から降りてきていたのか。
それに洞窟の奥から出てきたのはジョニーだけではなかった。
ラフィンコフィンの主力が全員揃っているように見える。
この状態から導かれる答えは一つ。

「軍の連中を襲うってのは嘘だったのか!」

 クラインが導き出した答えをPoHはすぐに拍手をしつつ愉快そうに肯定した。

「ククク――ハハハハハ!!正解だ、馬鹿どもが!幸い、主力はほとんど残ってるみたいだからな。
ここに居る連中を全員片付けたら……もうこのデスゲーム、完全に攻略不可能になっちまうなー?」

 攻略不可能になる。そのことはPoHもが現実世界に帰れなくなってしまうことを示す。
その自虐の結果に繋がる行為を平然言ってのける彼に攻略組は顔が青ざめた。

「わかってんのか!ここでお前ェらがオレたちを殺したらお前ェらも現実に戻れなくなるんだぞ!」

「シット。お前らは馬鹿正直だな。何でわざわざ茅場の望み通りの展開に持っていかなきゃなんねえんだよ。
それ以上にオレたちはお前らが泣き叫ぶ姿が見たいんだよ。それに、ここでの暮らしも悪くないしな?
あと、そんな心配よりお前らは……自分の心配しろよ?」

 語尾になるとPoHは顎を上げ、クラインを見下してきた。
それが戦いの開始の合図になったのか、血みどろの戦いが始まった。
 攻略組は怖気づいているプレイヤーが多い。まさかここでまた罠にはめられるとは思ってもいなかった。
レベル差と装備差はあるが、人数差が多い。
どこまで通用するかわからない不安がまた対応を遅らせている。

「さーさー、始めようぜ風林火山。どうやら刀も新調したみたいだし、少しは粘れよ!」

 クラインの前にアインが立ちはだかる。
他のプレイヤーたちは既に他のラフィンコフィンのメンバーと戦っており、
乱戦に巻き込まれる形となってしまっている。

「アイン、てめェッ!!」

「ここでオレを倒せないようじゃお前らは終わりだ。
けどオレを殺せたら格段に楽になるぜ?」

「だったら、お前ェを倒してこの戦い終わりにしてやるっ!!」

 クラインは刀を構える。彼の人生最大の壁と言えるかもしれない戦いが始まった。
クラインは味方の援助に早く入るためにも焦り、すぐに攻めだす。
それを見てアインは呆れた声を出した。

「アホか!冷静になってかかってこい。それじゃすぐに終わっちまうだろうがよ!!」

 クラインのソードスキルが発動する一瞬前、アインは彼の移動速度と自分の攻撃速度、
お互いのリーチを考慮して絶妙なタイミングで横斬りを放つ。
それはクラインの胸を斬り、仰け反らせた。

「真剣にならないで勝てる相手だと思うな!周りのプレイヤーたちのことは一度忘れてかかってこい!」

 攻略組が思っていたよりもラフィンコフィンのプレイヤーたちのレベルは高い。
その証拠にジョニーと戦っているプレイヤーたちはかなり苦戦している。
 PoHは今だに様子を見ている。時々ナイフを投擲してきている程度だ。
だけど所詮投擲だ。普通に斬りかかられるのと比較したら微々たるものである。
 ラフィンコフィンのメンバーたちは攻略組相手に暴れ、体力が減ると
一度安全な場所へ避難し、回復をして戦場に戻るという体勢をとっている。
一方、攻略組は体力が減ったメンバーを補助し、その間に回復を行わせている。
ジョニーにてこずっているもののそれも一進一退。数で劣っているものの、レベルではやはり攻略組が上回っている。
幸いまだ死者は出ていない。しかしそれは敵も同様だった。
一部のプレイヤーは殺す気でラフィンコフィンのメンバーを攻撃しているが、
殺すのを躊躇うプレイヤーも中には存在する。
そのプレイヤーが微妙に足を引っ張り、止めを刺せずに居る。
 だが、攻略組は感じていた。この調子ならば誰も死なない、と。
敵の攻撃の要であるアインはクラインが足止めしている。

「……さて、そろそろ行くか」

 誰に対して言っているのかわからない言葉が囁かれた直後だった。
突如、上から人が降ってきた。
PoHが一人のプレイヤーに向けて短剣を振り下ろす。
ザックリと肩から足元まで切り刻まれ、片腕が部位欠損状態になる。
そして続けざまジョニーがその隙を狙い、もう片方の腕さえも切り落とされてしまう。

「ぎゃああああああああっ!!」

 攻略組はついに直接参戦してきたPoHに意識を向ける。
PoHの戦い方の詳細は全くわかっていない。用心してかからなければならない。

「つあッ!」

 ゴドフリーは気合と共に一閃、居合いを放つ。
だがそれは軽々と避けられ、PoHはゴドフリーの首を刈り取るように刃を当てていく。
これがリアルならば死んでいただろう。
 脇から見ていたクラインはその速さに慄く。

(はええっ!)

 速さに関してならばもしかしたら閃光のアスナ以上では無いかと思わされるぐらいだ。
スニーキングのせいで気配も捉えづらく、非常にやりづらい。
また、一度背後を取られるとその瞬間、隠密行動を使われるのか僅かな時間、姿を見失っているようだ。
隠密行動も一瞬で効果が切れるが、その一瞬のせいで攻撃を受けてしまう。
今まで戦ってきた敵とは全く異なる強さ。
モンスターではなくプレイヤーの強者と戦っているという違和感。
それらの経験が足りないため、どのプレイヤーも実力を上手く発揮させてもらえない。
姿を消したと思うと、ジョニーとPoHは他のプレイヤーを狩りに行っていた。
たった一人のプレイヤーが参戦しただけで旗色が急に悪くなりだした。

「貴様逃げるなっ!!」

 今度はシュミットがソードスキルを使わずに槍を突き出すが、ジョニーは背中に目でもあるかのように
前方に飛んで避けた。その横からエギルが斧で攻撃を仕掛けるが、それも容易に避けられてしまった。

「ハハハ、そんな攻撃当たらねえよーっ!」

「ちっ」

 クラインはそのやりとりを見ていたが、ふと前から気配を感じて相手に視線を戻す。

「おいおい、随分と余裕だな風林火山。戦いの最中にボサッとしてんじゃねえよ!いくぜっ!」

 どうやら律儀にも待っていたらしい。それほど、彼は一対一の戦いを楽しみたいのだろう。
 アインとの戦いが再会された。
クラインはゆっくりと歩いて向かってくるアインを迎え撃つ。
両手剣と刀がぶつかりあい、火花が散った。
両武器共に両手持ちしているが、単純な武器の重量では両手剣の方が上。そのため押し負ける。
 クラインは相手の次の攻撃が当たる前にバランスを整えて後ろに一歩大きく足を退き、剣を避ける。
だがその直後、その選択を後悔する。
間髪入れずに両手剣の次の攻撃が飛んでくる。見てみると、両手剣は光を放っていた。

(――ソードスキルっ!!?)

「ガハッ!」

 右脇に強烈な一撃を受け、後方に吹っ飛ぶ。
幸い部位欠損などは起きなかった。
すぐに体勢を立て直そうとする。しかし身体が上手く動かない。
両手剣のスキル、ツインファングにはスタン効果があるせいだ。
クラインは危機的状況に陥った。

「はああっ!」

 再びアインがソードスキル、グラビブレイクを放つ。
スキルを放つ際に跳躍しなければならず、後隙も大きいがその分威力が高い。
アーマーブレイク(鎧を破壊する)効果もあるそれは避けなければ不味い。
だけどスタンで動けない。

「リーーーダーーーーーーッ!!!!」

 風林火山のメンバーの悲痛な叫び声が上がった。



















 時は少し遡る。
場所は風林火山のギルドホーム。リズベットはキリトの様子を見ていた。
キリトは椅子に座りながら焦点の合わない瞳でどこかを見ている。
本人に意思らしい意思はない。けど無理やり食事を採らせようとしたらそれだけは食べてくれていた。
微かに残っているかもしれないリズベットに対する罪悪感がそうさせているのだろうか。真相はわからない。

「ふう……」

 溜息をつく。どうにかならないものか、と思いながら。
 そんな風にキリトを見ていると、ふとギルドホームの扉をノックする効果音が聞こえた。
人が尋ねてきたのだ。
ギルドメンバーは他に誰もいないため、リズベットが出るしかない。
今はラフィンコフィンの討伐中なのに一体誰なのだろうか。
でも一般人に今が討伐中ということは通達されていないから無理もない、と思い直す。

「どちらさまですかー?」

 一応は警戒して扉を開けずに尋ねる。
するとややくぐもった男性の声が返ってきた。

「……キリトが重症だと聞いて様子を見にきた」

 キリトの知り合いだろうか、という考えが真っ先に浮かぶ。
キリトの居場所は余り知られていないはずだ。知っているのならばフレンドの可能性が高い。
ならば会わせてやるべきだろう。キリト回復の助けになるかもしれない。
そう思って開けることにした。

「今開けます」

 ギィ、という軋む音を鳴らしながら扉を開けると――骸骨があった。

「すみません、人違いでした」

 あたしは何も見なかった。そう自分に即言い聞かせ、相手の反応を伺う前に真っ先に扉を閉めようとした。

「……何が人違いだ、てめぇ。尋ねてきたのは、オレ、だぞ」

 尋ねてきた男は扉に手をかけ、閉まらないようにする。
だが筋力に差が無いのか、扉は軋みながら均衡を保とうとしている。
幸い扉には耐久値というものが設定されていないから壊れることは無いが
軋む音からして本当は壊れるのでは?というぐらいリアルさが出ていてリズベットの焦燥感を煽る。

「そんな怪しい外套を被って骸骨仮面までつけて明らかにラフィンコフィンのメンバーだなんて
言っている人なんて知りませんっ!!」
「さっさと入れやがれ……!」
「警察呼ぶわよ!変態!痴漢!ストーカっ!」
「どれにも心当たりが無い!」
「一体何の用事で着たのよっ!」
「てめぇには関係ないことだ!」
「ってことはキリト狙い!?」
「他に何がある!」
「キリトはホモ趣味じゃないのよ!」
「その疑惑は止めろ!」
「ってことはあたし目当て!?」
「自惚れるなガキ!」
「あんた一体誰なのよ!」
「やっとまともな質問か!」
「あ、やっぱ答えなくていい!まともな答え返ってこないし!」
「それは俺の台詞だ屑!」
「それよりさっさと手離してよ!ドアが壊れちゃうじゃない!」
「壊れるかっ!」
「壊したら300万ゼニー要求してやるからね!」
「無駄にたけえよ!」
「リンダースの家がほしいのよ!」
「知るかっ!こちとらわざわざグリーンに戻るために面倒なクエストやってきたんだぞ!」
「それこそ知るかっ!!」

 本当に筋力値が拮抗しているのか、ドアは全くどちらかに傾こうとしない。
しかしいい加減システムが諦めてしまったのか、扉は徐々に閉まって行く。

「いて、いてえよ!手が挟まってんぞこの尼!」
「痛いわけないでしょ!そんな仕様ないもの!第一ここ圏内だからコード働いてるでしょ!!」
「だったらてめえが手を挟まれろ!」
「お断わりよ骸骨仮面括弧笑いさん!」
「てめえ俺の趣味にケチつけんのか!?」
「え、それ本当に趣味だったの?引くわ~」
「厨二病心を刺激する茅場が悪い!」
「それ責任転嫁にも程があるわよ!」
「い・い・か・ら・あ・け・や・が・れ!」
「さっ・さ・と・あ・き・ら・め・ろーーーーっ!!」







―――しばらくお待ち下さい―――









 結局のところ、根本的なレベルの差によるものなのかリズベットが先に音をあげてしまい、
骸骨仮面――もとい赤眼のザザを屋内へと入れてしまった。
そもそも結果が見え見えの勝負だったのだ。
圏内である限り、扉に手を挟まれてもダメージを受けることが無く、諦めさえしなければどうとでもなるのだ。

「ハァ、ハァ、ふ、ふん、随分、てこずったが、当然の、結果だ」
「くっ!ゼェ、ゼェ」

 残念ながらキリトの部屋は来客用の部屋なため、鍵をかけられないようにしてある。
鍵がかかる場合、リズベットがキリトに会うことができなくなってしまう、という事態にならないための配慮なのだが
ザザは最初からそれを見越していたらしい。だからギルドホームの扉を開けることだけに躍起になっていたのだろう。
何とかザザを止めようとするが素早いため捉えることができない。
時折間違った部屋に侵入させて時間を稼ごうとする作戦が思い浮かんだが、
残念ながら入れる部屋が限定されているため不可能だった。
よって、時間は多少かかったものの自然と男――赤眼のザザとキリトは出会ってしまった。

「……ふん、相変わらず、みてえだな」

 ザザが立ち止まり、そう言う。
その間にリズベットはキリトの側まで周りこみ、
庇うように抱く。

「…………………………………………」

 キリトは無反応。ザザはそれをわかりきっていたことなのか
余計なことは言わずに用件だけ述べた。

「引導を、渡してやる。十九層、ラーベルグの、外れにある、墓場に、来い。
せめてもの、情けだ。俺が殺してやる」

「え?」

 リズベットがその内容に困惑している間にザザはさっさと部屋から出て行こうとする。
つまり、わざわざ乗るか乗らないかわからないことを言いに着たのだ。
リズベットは表面上、「なーんだ馬鹿馬鹿しい」と思った。
しかし心のどこかで警鐘が鳴っている。
 普通ならば殺してやると言われて行くプレイヤーなど居ないだろう。
それこそ実力に自信があり、相手を返り討ちにしようという意思を持っているプレイヤー以外は。
 けど、物事には例外がある。今回の場合、「できたら死にたい」と思っているケースだ。
 何かが動く気配がして、背中が粟立つ。
急いで気配の元を見てみると、キリトがのっそりと立ち上がった。
口が半開きになり、か細い声を漏らす。
まさかこのタイミングで立ち上がるとは思わず、慌てて動きを止めようとする。

「駄目よキリト!行っちゃだめ!」

 そう叫ぶものの、まるで言葉が聞こえていないのか。キリトは歩く。
ステータスの関係上、リズベットの力ではほとんど抑止力にならない。
言葉も伝わらない。力でもなんとかならない。拘束したり麻痺毒にかけることも
リズベットの手持ちでは不可能。
このままではキリトが行ってしまう。
 その時、まだ部屋の入り口にいるザザが一言添えた。

「もし、来なければ、オレは、攻略組殲滅に、参加する。これは、てめぇらにとっても、悪い話じゃないだろ?
お前が来るだけで、重要な戦力が一人、減るんだから、な」

 そこまで言うと今度こそザザは去って行った。
それに続くようにキリトは再び歩み出す。
何とか止めようとするものの、振り切られ、リズベットは軽く尻餅をつく。
彼はゆったりと歩いているが、それでも着実に転移ゲートへと向かっている。
なんとか。なんとか止めなければならない。
 キリトより先回りし、ギルドホームの出口である扉の前に立つ。
けど力でやはり負ける。すぐに押しのけられた。

(あたしじゃ止められないっ!!)

 でも力のありそうなプレイヤーはほとんどラフィンコフィン討伐に行ってしまっている。




……否、一人居た。


キリトを止められないまでも、ザザをどうにかできそうな人物が。
 リズベットは走り出した。けど時間が無いことを思い出し、なけなしの転移結晶を構える。

「転移、アルゲード!」

 光に包まれ、視界が開けた直後、また全力で走る。
宿屋へ入り、階段を2段飛びし、ある一室に向かう。
そしてその部屋の扉を乱暴に開けて入った。

「アスナッ!!!」

 布団に入っているアスナは身体を震わせた。
急に入ってきたことに驚いたのか、それとも今のリズベットの様子からして
嫌な予感を感じたのか。

「お願いアスナ!キリトを助けてっ!!」

「……キリト君がどうかしたの?」

 震えた声でそう訊ねてくる。布団から片目を出し、様子を伺ってくる。
ここ最近にしてはやや珍しい反応だ。
今までは話しかけてもほとんど反応が返ってこなかったことからすると、多少なりとも話の内容が気になるのか。
とにかくリズベットからしたら良い兆候と言えるかもしれない。

「キリトが一人でラフィンコフィンのザザの誘いに乗って行っちゃったの!死にに行くつもりなのよあいつ!!
あたしじゃ止められないの!お願い、アスナ!力を貸してっ!!」

 アスナは考え込んでいるのか、しばらく反応が無くなる。
リズは心の中で急いで、と叫びながら応えを待つ。

「……わたしには無理だよ」

 布団の中からは弱弱しい声しか聞こえなかった。
彼女はその台詞を機に再び布団を深くかぶる始末。
もう頼れるプレイヤーがアスナしか居ないのに、アスナはこの状態。
リズベットにすぐに更なる焦りと怒りが募りだす。

「それで良いの?アスナ!あいつに助けられたんでしょ!見殺しにしていいの!?」
「……見殺しにはしたくない」
「だったらっ!」
「駄目……なんだよ」

 懺悔するような、弱弱しい声が返ってきた。

「部屋から出ようとすると吐き気がしてすぐに立てなくなるの。泣き崩れちゃうんだよ……。
もう私、戦うことできなくなっちゃったみたい」

 本当は助けに行きたい。けど心の奥底に眠る恐怖心がそれを許してくれない。
生存本能によってこの部屋に押し止められてしまう。
 人の後ろにいつも隠れて過ごしていた弱い自分。
今まではやせ我慢でそれに耐えてきたが、先日の事故により完全に浮き彫りになってしまった。
 人が生存本能を優先しないためにはそれ以上の何かしらの欲が必要だ。
今のアスナにはそれが無い。何かしらの思いはあるが生存本能が優先されてしまっている。

「アスナ……辛いのはわかるの。でも何とか勇気を出してよ!」

 焦った言葉は人に届きづらい。
時間が経つだけで解決にならない。
心にたまっている想いをリズベットは次々と吐いていくが効果が無い。

 助けてほしい。恩を返してあげようよ。一生そのままでいるのか。

 しかしどの言葉も彼女の心を奮わせることは無かった。
 だから、ある程度経ったところでリズベットは見切りをつけざるをえなかった。
もうアスナは二度と立ち上がれないのだ、と。
一呼吸置くことも無く、リズベットは部屋の外へと走り出す。

「もういい!閃光のアスナとも呼ばれた人が呆れたものだわ!!
ヒースクリフもあんたも二つ名がつくほどの実力を持っておきながらとんだ根性無しよ!
いいわ、そのままウジウジ悩み続けてなさい!」

 部屋の入り口へ着き、扉に手をかけて乱暴に開くともう一度だけ振り返って吐き捨てた。

「あたしはあいつを助ける!あんたみたいに強くないし何ができるかわからないけど、それでもやる!
後悔なんてしたくないもの!!」

 叫ぶようにそう言い切るとリズベットは部屋の扉を閉めた後、転移結晶を使って十九層にまで転移した。
アスナのことは一度完全に忘れ、キリトのことに頭を切り替える。
 十九層に転移が完了し、フレンドリストを見るとキリトはこれより少し先に居る。
キリトに追いついて何ができるかわからない。
死を求めてしまっている彼を止めることができるかはわからない。
レベルも劣るし、武器も防具も火山のクエストの際に捨ててしまい、
今は念のために持っている安物だけ。作ることもできたが
四十八層の家を買うための資金を稼ぐことと攻略組のラフィンコフィン対策に協力していたため、
この短い時間で作り上げることはできなかった。
 けど、行かなければならない。キリトに死んでほしくない。
火山で力強く握ってくれたあの手の感触を失いたくない。
あの時とは逆。今度は自分が助ける番なのだと言い聞かす。










 十九層の墓場。そこにのらりくらりとした足取りでキリトが到着していた。
彼は墓場の中心地まで歩き、立ち止まる。
すると、木の陰よりザザが姿を現した。

「着たか」

 ザザは軽い斜面の上からキリトを見下ろす。
対してキリトは力なき瞳でザザを見た。

「……」
「情けねえ、姿だな」
「……」
「……ん?」

 遠方から一人、プレイヤーが走ってくるのが見えた。

「キリトーーーっ!!ハァ、ハァ、間に合ったーーっ!」
「……テメェは、呼んでねぇよ」

 ザザが苛立たしげにリズベットを見る。

「うっさい!こちとらキリト死なせるわけにはいかないんだからね!」

「こんな奴の、どこが良いんだか」

 ザザはうるさい蝿はさっさと殺すに限ると思ったのか、エストックを抜いた。
それに応じるようにリズベットはメイスを構え、キリトは剣を抜く。キリトは抜いてそのまま、構えたりはしないが。
 果たしてキリトはどうするのか。
すぐにザザにやられるのか。それとも、リズベットを護るために本気で戦うのか。
今の彼の状態から予測は立てられない。

「死ね」

 ザザが猛ダッシュしてリズベットの心臓に向けてエストックを突き出す。
その予想外の速さに反応しきれなかったリズベットは深々と心臓に刃が刺さる。
強烈なクリティカル攻撃を受けたリズベットは大きく吹き飛ばされ、墓石に頭から激突する。
 リズベットは何とか起き上がり、顔の横にある墓石を見て空笑いした。

「ハ、ハハ……ここがあたしのお墓になるのかしら」

 もしかしたらそうなるのかもしれない。このままキリトを助けようとしたら。
視界の端の体力を見てみると、体力を3割以上、ごっそりと削られていた。
心臓が凍りつくような感覚がある。でもリズベットは無理にでも笑った。笑わなければやってられない。
装備とレベルに差がありすぎる。どう考えてもこれは覆せない。
 キリトの方を見てみると、彼は戦っていた。ザザの攻撃を防ごうとしている。
けれど動きは余り早く無く、攻撃も積極的では無い。
まるで勝とうとする気配がない。

「あーあ。あたしも馬鹿よね。あんな奴助けようとしてるんだから」

 けれど好きになってしまったのだから仕方がない。
彼に一度は救われた命だ。そう思うとどこかこの状況の理不尽さもどこかへ消え去った。
 身体をなんとか起こし、走ってキリトの横に立つ。

「……お前じゃ、話にならねえ。邪魔しなければ、見逃してやる」

 ザザとしてはキリトの邪魔をされるのが一番癪に障るのだろう。
だからこそリズベットを殺すことよりもキリトと戦うことを優先しようとしている。
 けどリズベットは逃げるつもりは毛頭無かった。

「そんなの百も承知よ!キリトを殺したければあたしをまず殺しなさいっての!」
「……なら、死ね」

 ザザはまた鋭く踏み込む。
今度は来るとわかっていたリズベットはサイドステップで避けようとする。
しかし、ザザはエストックを突き出してこなかった。
よくよく見てみれば、武器もまだソードスキルの光を放っては居ない。

「経験に、差が、ありすぎるんだよ」

 全くもってその通りだ。
しかし今度はザザの武器が光るのを見逃さなかった。
来るであろう場所にメイスを構える。
勘は当たり、敵は眉間を突こうとしてきた。
メイスとエストックがぶつかり合う。
リズベットは初めて体感した。このゲームの「戦いの怖さ」というものを。
けど臆するわけにはいかない。
チャンスと見てザザにメイスを振るうとパシッと音が鳴った。
メイスの柄の部分をザザの手によって払われていた。

「身の程、わきまえやがれ」

 ザザの攻撃が腹に命中する。今度は避けようが無かった。
ザザはその程度では攻撃の手を休めない。攻撃を数回重ねてくる。
キリトというメインディッシュの前の露払いをさっさと済ませると決めたようだ。
 そうこうしている間に視界の左上を見てみると、体力は減り続け、レッドゾーンに入った。
リズベットは余りレッドゾーンに入った経験が無い。
火山で死にそうになった時もトラップによる一瞬の死の危険性であったがため、その時とは別種の危機感が襲ってくる。

「終わりだっ!」

くぐもった声がリズベットの鼓膜を震わせる。


(……あ……死んだ)


 そう思ったのはこのゲームに来てから二度目だ。
一度目は火山でキリトに助けられたとき。
そして今度は今。
やたらゆっくりと刃が迫ってくる。
そしてそれが心臓のある場所へ吸い込まれそうになっている。





――そんな危機に瀕しながらも、どこかで信じていたのかもしれない。
あたしがピンチになったら、きっとキリトが動き出してくれるって。




 ザザのエストックは弾かれていた。

「ちっ!!」

 キリトが防いでくれたのだ。リズベットが信じていたように。
……けど、そこまでだった。
キリトはこと、自分に関しては力を発揮されなかった。
一時的なものだったようだ。
 ザザは動き、向きをキリトへと変える。
直後、キリトは一直線に迫る。
そして一撃目はキリトは防ぐが、ニ撃目は当たり、仰け反る。
ザザはそこに全力でソードスキルを叩き込み、キリトを突き飛ばした。
 その瞬間ザザは反転。リズベットへと肉薄する。
もう余計な水をさされないためにもリズベットを殺すのだろう。

 リズベットは今度こそ死を覚悟した。
一撃でやられずとも、その後の追い討ちですぐやられるのはわかりきっている。
キリトも今度は助けに来れない。転移結晶ももう無いし、あったとしても間に合わない。
 もう死ぬのはほぼ確定だ。
だからか、急に死ぬのが怖くなった。
思わずギュッと眼を瞑りそうになるのを堪える。
最後の最後まで諦めない。今死んだら死ぬのは自分だけじゃない。
目をしっかり開け、ザザの攻撃を見極めようとする。

「あたしは、こんなところじゃ死なないっ!!」

 そう言ってメイスを掲げるが、それを素通りしてエストックが襲ってくるのが見えてしまった。
それでも最後の最後まで諦めようとしなかった。
当たって、体力が完全に消えるその瞬間まで決して諦めない。
 そんな時だった。横から光が走ったのは。


「ガッ?!」


 リズベットの気持ちがこの事態を生んだのか。ただの偶然か。
次に訪れたのはザザの酷い声と斬撃音だった。

「え?」

 少し呆けた声を出す。一体何が起きたかすぐにわからなかった。
地面を滑っていく音が聞こえたため、無意識にまずそっちを見る。
地面を滑り、今しがた止まったプレイヤーはやはりザザだ。
少し目を動かしてキリトの方を確認すると、やはり彼は離れた場所に居る。
ということは彼も違うということだろう。
では一体誰?そう思っていると視界の隅に答えが見えていた。

 その答えの方へ焦点を当てると、リズベットは全身から力を抜いた。
そして、自分を助けてくれた救世主に向かって呆れたように言った。

「やっと着たのね、この寝坊助」

 声をかけられた当人は栗色がやや混ざった金髪を揺らし、リニアーを放った直後の構えを解いた。
そして、友達と遊ぶ約束に少し遅刻してしまったかのような軽い口調でこう言った。

「ごめんごめん。間に合ったから許して」

 そう何気ない顔で言ったのはアスナだった。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
次回 第十話 「閃光」




[35213] 第十話 閃光
Name: 倭刀◆326c9191 ID:fa07893a
Date: 2013/09/27 00:18
 五十層の迷宮区にてあの事件が起きてから何日経過しただろうか。
アスナの元へは何通ものメッセージが届いていた。
メッセージを開き、閉じかけた目で内容に目を通すことはする。
けれど一度も返信をしない。
たまに部屋の扉をノックする者も居るが、それすらも無視している。
ほぼ外界との関わりはシャットアウトしていた。
ただ、例外としてフレンドは入室して話を耳に入れたりする。

 今日もアスナは布団に包まり、先日の出来事を後悔し、死んだ者たちに謝り続ける。
罪悪感が一向に薄れる気配が無い。何とかして立ち直ろうとしても考えがまとまるはずもなく、
泥沼にはまり続ける。
もがけばもがくほど抜け出せなくなる。
自分を責めても、慰めても、考えることを放棄しようとすらしても意味が無い。
 もう考えるのは疲れてきた。
身も心も解放されたい。
そんな風に考えていた時だった。突如部屋の扉が開いたのは。

「アスナ大変なの!お願い力を貸して!!」

 リズベットだった。
声からしてなんとなく大変なことが起きたというのはわかった。
けれどそれにあえて気付かない振りをしてしまう。

 リズベットの話を要約するとこうだった。
キリトがオレンジプレイヤーに誘い出され、危険な状態で出かけてしまった。
リズベット一人ではまともに渡り合えないから力を貸してほしい、と。

 キリトが危険な状態に居る。
例の事件で助けてくれた恩人。
普通なら助けてあげたいと思うだろう。
 だけど、断った。
自分が行っても何もできはしない。
無駄な犠牲が出るだけだ、と。
先日の事件のせいで、これ以上他人の命を背負うような場面には関わりたいとは
とてもじゃないけど思えない。
 リズベットは結構長い間説得しきた。
それに頷くことは無かった。
早く帰ってほしい、声をかけないでほしい、一人にしてほしい。
この部屋からリズベットが出て行ったらフレンド登録を全て削除してしまおうか。
そんな考えすら浮かんでくるほど欝になった。

 しばらくしてリズベットはようやく諦めたのか、それとも時間が無いと思ったのか
部屋を出て行った。
 ほっとした。これでようやく憂鬱な時から解放されるんだって。

「もういい!閃光のアスナとも呼ばれた人が呆れたものだわ!!
ヒースクリフもあんたも二つ名がつくほどの実力を持っておきながらとんだ根性無しよ!
いいわ、そのままウジウジ悩み続けてなさい!
あたしはあいつを助ける!あんたみたいに強くないし何ができるかわからないけど、それでもやる!」

 全くもってその通りだ。情けないったらありゃしない。
閃光なんて呼ばれていたこと事態忘れたい。
 もういい、早く帰って。
そう思っていたけど、 去り際に言われたことは簡単には聞き流せなかった。

「後悔なんてしたくないもの!!」

 一際大きな声で言われたその言葉は心に深く突き刺さった。
"後悔なんてしたくない"。
 きっとこのままリズベットを、彼を見捨てれば後悔する。絶対に。
もうそれこそ一生立ち直れないほどに。

「……私も……これ以上後悔、したくない」

 けれど身体は起き上がってくれない。
重い病に患ったかのように動かない。
本当に愚図だ。情けないにもほどがある。
リズベットがイライラするのも当然だ。
 ふと、いつか今の状況と似たようなことがあった気がする。
思い出そうとしてみると、すぐに答えに辿り着けた。
それは最近のことだった。
 数日前。血盟騎士団ギルドホームでキリトとやりとりをした時のことだった。
あの時、実力があるくせに死に急ごうとしたキリトにはイライラしたものだ。

「……あの時の私と今のリズ、同じ気持ちだったのかな」

 だとしたらさぞかし自分に苛立っただろう。
 自問する。このまま放っておいていいのか。答えはすぐに返ってくる。良いはずが無い。
だけど、外に出るのが怖い。あの日みたいに誰かが死ぬところを目の当たりにするかもしれないし、
自分の命も危険に晒すことになる。

「……なんでこんな臆病になっちゃったんだろ」

 このデスゲームが始まった時は命を捨てて第一層の迷宮区へと行ったものだ。だというのに今はこのざま。
ゲームが始める前の、誰かの後ろに隠れて自分の心を隠し続けている自分そのもの。
昔みたいな自分。そう思うと、あの言葉が思い出された。
数日前、少年に言われた言葉を。

『まるで誰かの都合の良い様に動く操り人形みたいな生き方だよな』

 少し反抗心が生まれた。

(………違う。私は私の意思で動いてる。動ける)

 ならば今、自分はどうしたいのか。
決まってる。リズベットを助けたい。見捨てたくない。友達に死んでほしくない。
キリトも助けたい。護りたい。生きていてほしい。
もしこのまま布団の中に包まっていれば本当の意味でもう二度と立ち上がれなくなる。
これが最後の機会。

「私は……自分の意思で動ける……」

 言霊が働いたのか、アスナはベッドから出て恐る恐るレイピアを手に取る。

「わ、私は……誰かの操り人形なんかじゃない……」

 宿をなんとか出て、転移ゲート広場に行って十九層へ転移する。
そして街の中をヨロヨロと歩く。
第三者が見たら大丈夫かと不安になるぐらいフラフラだ。
けれどその第三者は居ない。今もラフィンコフィンを恐れて家の中に閉じこもっている。

 街の出口に着く。あと一歩で再び死の世界。
あの事件以来、一歩も出ようとしなかった場所に再び足を踏み入れてしまう。
生唾を飲む、背に汗がにじみ出ているような錯覚が起きる。
なかなか足が動いてくれない。
足が震え、今にもへたりこみそうになる。
足を震わせながらもなんとか立っているが、それも時間の問題のように感じる。

「やっぱり私……臆病なんだ」

 最後の一歩が踏み出すことができない。植えつけられた恐怖はなかなか拭えない。
もし今外に出ても、あの時みたいに少年に助けてもらえるわけがない。

『安心しろ。絶対にあんたは俺が護る!!』

 あの時のことはなぜか頭によく残っていた。
悲しみのせいですっかり忘れていたが、あれだけ誰かの背中が頼もしいと思ったことも無い。
もし自分がピンチになったらまた助けてくれるのだろうか。













『……当たり前だろ?』












「え?」

 ふと彼の影が目の前に現れた気がした。
幻覚か、バグか。はたまた自分の心が自分に見せただけなのか、わからない。
けど幻覚は答えた。また護るのなんて当たり前だって。
今、彼におかれた状況からしてそんなはずが無いのに。
また護ってくれるような状態じゃないのに。
けれど、これだけは違えようの無い事実だ。

「……あれ?」

 不思議なことにアスナの足はすんなりと前へ進んだ。なぜかはよくわからなかった。
眼から雫が落ちる。少し、苦しみから解放されたせいだろうか。

 圏外に出た自分を改めて認識すると、クスッと笑う。
何事もキッカケは案外単純なのかもしれないなと思って。
 笑顔はすぐに引っ込める。
そして今度は顔を引き締め、全力で走り出した。

「今行くよ、リズ!キリト君!」











 第十話 閃光










「やっと着たのね、この寝坊助」

「ごめんごめん。間に合ったから許して」

 アスナは軽く笑いながら言うと、リズベットはしょうがない、という風に溜息をついた。

「んじゃあ、ちゃっちゃとあいつ倒しちゃって。そしたら許してあげる」

「はーい」

 そう気楽に返事をした直後、アスナは表情を切り替えてザザへ対峙する。
涙の痕跡も情けない表情も消えている。
一皮剥け、以前の閃光よりも増して強い戦意を放っている。
それを見たザザは息を呑む。

「……閃光、か」
「ええ。あなたはお名前、なんだったかしら?」

 アスナの問いにザザは答えず、すぐに走り出した。
繰り出されてきた攻撃をアスナはサイドステップで軽やかに避け、着地した瞬間踏み込んでザザに切っ先を向ける。
お互い、言葉は要らないということがわかった。
ならばここから先は全力で戦うのみ。

 アスナの剣が光を放つ。それを見てザザは軽く鼻を鳴らすと距離を開こうとする。
だが、アスナはそれを見越していたのかザザとの距離を更に詰めてから多段攻撃のソードスキルを使う。
レイピアの攻撃は線ではなく点。その攻撃を見切るのは非常に難しく、更にアスナの攻撃は
他者よりも身体をシステムに上手く乗せるため、威力と速度が高い。よって避けきれなかったザザの体力を確実に削った。
 だが、それでも細剣の攻撃は一発一発は軽い。リニアーなどの一撃にかける攻撃ではなく、
多段攻撃となれば尚更だ。攻撃を受けた直後にザザは反撃を繰り出し、
アスナの鎧に覆われていない腹の一転を突く。
ソードスキルではないその一撃はアスナに大したダメージを与えないが、勢いを崩すには十分な役割を果たし、
お互い一度距離を空ける。
 その隙にアスナはリズベットとキリトに視線を移す。
既にリズベットがキリトを支え、この場から離脱を開始している。
アスナが油断さえしなければそう簡単には追尾できないだろう。
 ザザはキリトたちのことなど既に眼中にないのか、それとも意表を突こうとしているのかはわからないが、
一度剣を下ろす。




「まさか、めえみたいなガキが、この場に、現れるなんてな」

 ここにきてようやくザザはまともな言葉をしゃべりだす。
もう戦闘が終わるまでしゃべらないだろうと思っていただけに、アスナは不意を突かれた気分だ。

「そう簡単にあなたたちの思い通りになる攻略組じゃないわ」

「ふん。現実を見れない、ガキが。現に、先日、お前らは相当な死者が、出た。
俺らの、思い通りにな。ク、ク」

「けれど今日はそうはいかないわ。
あなたをここで倒して次にPoHを倒す。それでラフィン・コフィンは壊滅よ」

「世間知らずの、ガキが。攻略組の連中に、祭り上げられて、のぼせ上がったか」

「ただ単にのぼせ上がっているかどうかはあなたが確認したらどう?」

 ザザはエストックを持ち上げ、少し体勢を低くする。

「…………死ね」

 そう一言告げ、アスナに攻撃をしかける。
それに対し、アスナも正面から突っ込む。

「ごめんなさい、あんまり時間かけてられないのっ!」

 ザザは相手も突っ込んでくるとは思わず、予想外なことに少し精神状態がブレる。
その一瞬が命取りとなった。
アスナのリニアーがザザの心臓部分に突き刺さり、強烈なノックバックが発生する。
地面に転がることすら無く、後方の枯れた木の幹に激突し、追加ダメージが入る。
仮面の奥から苦しげな声が漏れた。
 大きなダメージを与えられた。けれど手を緩めてはならない。
今一度リニアーを放ち、大きな追加ダメージを与える。



 ザザは目の前にあるアスナの顔を見る。
変だと感じた。
 ザザは以前にもアスナを影から見たことがある。
その時はただ単に祭り上げられた少女だと感じた。
強いことは強いが何か弱さを感じさせる部分があり、
とても歴戦の勇者という風格は無かった。
だから戦ったら勝てる。世間一般から見たら汚い手を使えばより確実に勝てると確信した。
 だというのに、目の前のこれはなんだ。
あの時に感じた弱さは微塵も感じられない。
漲る闘志、負けたくないという意志、そして……誰かを連想させるような目つき。

「ハッ」

 ザザは笑う。自分の敵は黒尽くめのガキでは無い。
今、目の前にいるこいつなのだと。
 けど負けない。
一度蹴りを放ち、アスナを押し戻す。
こんなガキに負けるはずが無い。

「お前、確かネットゲーは、初だったか?」
「…………?」
「初だったよな。新聞に書いてあったから、間違いねえ」

 ザザはクック、と笑う。
その不気味な笑いを眼にしてもアスナはうろたえなかった。
 ザザが足を踏み込み、すぐに勢いよく迫ってくる。それを素早く判断して避ける。
ここまでは圧倒的だ。攻撃を加えると、ザザの体力がレッドゾーンへ入る。
あと数発叩き込めばザザはこの世から消える。
アスナはザザへ素早く迫り、喉に剣を突きつける。

「黒鉄宮に行きなさい。命まで取ろうとは思わないわ」

「…………クッ」

「?」

「ク、ク、ク、……やっぱお前、ゲーム初心者だな」

「え?」

「いや、ゲームだからとは、限らねぇか。いいぜ、教えてやるよ。PvPってもんを、な!」

 直後、ザザの左手から短剣が眉間に向かって投げられ、それを避けようとしたアスナは不幸なことに右目に刺さる。
視界が乱れ、ステータス欄に右目欠損のアイコンが表示される。
思わず怯んでしまったその一瞬。

「ハっ!」

 ザザの渾身の一撃が襲い掛かる。
思わぬ反撃に慌てかけるが、すぐに正気を取り戻して剣を横に振るう。だけどどこか力が入らなかった。
ザザの攻撃を削ぎきれず、強烈な一撃を受けてしまう。
けれどレベル差があるおかげか、まだイエローゾーンには達しない。
体力には余裕がある。
 だけど問題は体力では無い。

「はっ、甘ちゃんが。さっさと、殺さねえから、そうなるんだ」

「くっ」

 右目が機能しなくなり、それによって生じてくる違和感は拭いきれないものがある。
耐毒ポーションは事前に飲んでいたためか、それとも短剣に毒は塗られていなかったのか、もしくは運が良かったのか。
とにかく麻痺にかかることは無かった。
 部位欠損は回復アイテムで治ることはなく、時間経過でしか治らない。
それも結構な時間がかかる。だからザザとの戦いの決着がつくまではアスナは左目だけで戦わなくてはならない。
 とにかく体勢がよくない。だから一度退く。
それが不味かった。気付いた時にはザザは懐から結晶を取り出し、ヒールと唱えていた。
思わずすぐに自分も回復結晶を。そう思ったが、その前にザザが肉薄してくる。
回復結晶を使おうとしたせいで判断が鈍る。防御が間に合わず、腹部にエストックが刺さる。
 距離を今一度取ろうとするが、その前にザザがエストックの腹を押し付けてきた。
それに応じるようにレイピアの腹を押し付け、鍔迫り合いになる。 

「卑怯なっ!」

 思わずそう叫ぶが、ザザは笑うだけだった。

「てめえが、甘いんだよ。これは、殺し合いなんだぜ?殺さないと、終わらねえんだ。
なのに、てめえはオレを、殺せるのに殺さなかった。その時点でてめえの、負けだ。
PvPってのは、そういうもんなんだよ。ク、ク、ク」

 殺し合い。そう、これは殺し合い。
そんな自覚は無かった。自覚なんて持ちたくない。
だから殺されそうな状態にも関わらず、思うように身体が力が入らない。
この戦いが始まってから初めて、表情に隙が出てしまった。

「殺し合いって……貴方たちわかってるの!?これは犯罪なのよ!!
茅場が殺せるようなシステムにしたからだなんてただの言い訳だわ!」

「ハッ、それこそ、敗者の戯言だ。
この前、死んで行った攻略組の間抜け共も、そんな甘い考え、だったんだろうよ」

 目の前のこいつは汚い。
人の命をなんとも思っていない。汚なすぎる。
だというのに、目の前のこれを殺そうとするのに戸惑ってしまう。
 ふと後方に視線を移す。
リズベットたちはまだ離れきっていない。
まだ時間を稼がなければならない。

(お願い、リズ。早くしてっ!!)

 そう願った瞬間だった。余所見していたせいだろう。
ザザが身体を引いたせいでつんのめりそうになる。
それに合わせて相手の膝が顔面に襲い掛かり、鼻に直撃する。
そしてほとんど時間差無く、首の後ろから刃が突き刺さった。

「カッ……ハッ」

 自分の声とは思えないほどの汚い声が上がる。

「さっきまでの、威勢は、どうした!」

 顔面を何度も足蹴りにされる。
打撃はダメージが低いせいか余り体力は減らない。
けど精神ダメージは半端無い。

(逃げ……なきゃ……)

 そう思うもののどうすれば良いかがわからない。
楔が首に打ち込まれているような状態なことと、
首に刃が刺さっている異様な気持ち悪さ、
そして自分が置かれている状況に臆して身体が動いてくれない。
 視界のの端の体力ゲージがイエローに入る。
ぞっとした。
また自分はこの命の危険を知らせる領域に踏み込んでしまったのだ。
そうわかると、喉に刺さっている刃が余計に気持ち悪く感じた。

「やっぱ、てめぇも所詮、その程度か。キリトのガキとお揃いだな」

「うっ、キ、キリ――た、助け――」

 そこまで言葉を言いかけて、止める。

(……違う!)

 そうだ、違う。今は彼に助けられる立場じゃない。彼を助ける立場だ。
彼だ。彼を護らないと。
今、私がやられたら誰が彼を、彼女を護るのか。
誰も居ない。
私にしか護れない。
けど……私なら護れる。護れるはず。
そのために命を晒すことになる戦場に訪れたのではないか。
ここで屈しては立ち上がった意味が無い。

彼だ。彼を助けないと。

彼を。彼を。彼を!彼を!!彼を――――










「安心……して」

 刃が喉に刺さっているせいか、声がまともに出ない。
それでもゆっくりでも良いから、ザザに足蹴りをされながらでも言葉を紡ぐ。

「あん?命乞いなら聞いてやらねえぞ?」

 まともに聞き取れなかったのだろう。
とんでもない勘違いをしている。
けど目の前の敵が勘違いしていようと知ったことではない。
今大切なのは自分に言い聞かせることだ。
だから構わず、続けた。

「絶対に、君は――――」

 これは最後まで言わなければならない。
自分を立ち上がらせるために。

「私が――護るからっ!!」

 言い切った瞬間、今まで全く力が入らなかった身体の感覚が蘇る。
右手にグッと力が入り、レイピアが強く輝いた。
 ザザは声を上げる間も無く、吹っ飛ぶ。
なんとかエストックだけは離さないと思ったのか、アスナの喉から刃が抜けていくのがわかった。
その際にダメージを受け、底知れぬ気持ち悪さを味わうことになったが既に意識は次に移っている。

「……………………ザザ、わかったわ」

 回復結晶は使わない。体勢が余りよくない状態でリニアーを放ったせいか
ザザと大きく距離は開いていない。使っても邪魔されて余計なダメージを受けるに決まっている。
 ゆっくりとザザに歩みよる。
もう甘さの欠片も塵もない。

「わたしも覚悟を決めたわ。あなたを――殺す」

 静かに宣言した。
ザザは言われたことを徐々に理解しだすと、ワナワナと身体を震わせる。
明らかに怒っている。

「のぼせあがるなよ、ガキが」

 ザザは左手で何かを操作したかと思うと、それによって起きた現象には眉をしかめさせられた。
彼が仮面を取ったのだ。今までほとんどのプレイヤーが見たこともない素顔が初めて顕になる。
やはりあの仮面は防御力はあるかもしれないが、視界を奪ってしまうのだろう。だから外したのだ。
そのマイナス要因をここに来て排除したということはザザもようやく本気になったということだ。
眼が開き切っていて、強く睨みつけてくる。まるで親の敵を目の前にしているかのように。
それに負けじとこちらも睨み返す。
 ザザは身体を開き、利き手に持っているエストックを一度水平に持っていったのち、刃をこちらへ向けてくる。
その刃の方に意識を集中していると、突如もう一方の手から短剣が投擲される。
意表をつかれたものの、反応できたためなんとか避ける。
そこにザザが迫ってくる。

 突きを左、右と素早くステップを踏んで避けた後、反撃をするが避けられる。
襲い掛かってくる横からの薙ぎ払いをレイピアで防ぎ、押し返した後両者が突きを放つが
お互い攻撃を出し切る前に退く。
ザザが短剣を出そうとしている所にすかさず追撃をしに行く。
それを横に飛びながら避けられ、良い体勢と言えない状態ながらも短剣を投げてくる。
風を切りながら飛んでくるそれをレイピアで弾いた後、一気に走って間合いを詰める。
 レイピアがザザの左肩を突く。部位欠損にはならない。
これが突きの弱点の一つで、斬撃と違い、部位欠損が起こしづらいということだ。
対人ならではの話なため、対モンスターには関係ないが今は重要なことだ。

「ちょこまかとッ!」

 ザザの目前に迫ったエストックを身体を大きく仰け反らせることによって避ける。
ここまで着て、ある一つのことを確信した。
自分はザザの攻撃を見切れている。けど、相手は見切れていない、と。
 ザザ攻撃を繰り出してくる際、武器を持っている手に向かってレイピアを突き出す。
その攻撃は的中し、ザザはエストックを落とした。
すぐに反対側の手で拾おうとし、それを阻止するべく動くが間に合わない。
ならば目的を変える。相手は隙だらけだ。ダメージを与えなければならない。
意識を素早く切り替え、すかさずソードスキルを放つ。
さすがのザザも避けることは叶わず、一気に多大なダメージを与えた。

 もう回復結晶を使わせないためにも間合いを詰める。
繰り出した連続攻撃は数発避けられる。けど、ほとんどが当たった。
 お互い防御を考えずに攻撃を専念すれば分がある。
単純にレベルと装備の差だ。
だからこの状況でザザが攻撃に転じることはこちらの意表を突くことを目的としない限り、
余り利口だとは言えない。
ザザがなんとかこちらを引き剥がそうとしてくるのがよく伝わってくる。
そのうち辛抱できなくなる。それが決着の時。。

「ツアアアアッ!」

 ザザより苦し紛れの一撃が放たれる。
当たると確信が全く持てていない、甘えた一撃が。
そして、この一撃を予想していたから尚更のことだ。
 きた、と思うと共に身体を横に動かし、最低限の動きでそれを避ける。
そして勝負を決めるべく、最愛のソードスキルを放つ。

「たあああああああっ!」

 気合を込めたリニアーがザザの胸に刺さる。
攻撃を受けたあと、ザザは2秒近く動かなかったが、
次第に力尽きたのか音を立てて地面に倒れ、すぐに起き上がろうともしなかった。

「……認め、ねえ」

 辺りが静かになったように感じた。
念のためにザザの体力を見ると、たった今、体力ゲージが消えてなくなった。
終わったんだ。そう確信した。
 けれどまだ戦いは全て終わったわけではない。
次に向かわなくてはならない。
休んでいた分、戦うべきだろう。
だからザザに背を向け、リズベット達の方へと歩き出す。

「俺は認めねえっ!」

 死ぬ間際のザザが大声を張り上げる。

「こんなガキに負けるなんて、俺は認め――――」

 そこでザザの声はぷっつりと途切れる。
ただ、儚く散る音がその場に残る。
人を殺したのは始めて。
だというのに大して感傷に浸ることなく、静かな言葉をその場に残す。

「認めなくていいわよ。私も人殺しをしただなんて認めたくないもの。
けど私は後悔したくないから戦いを止めない。もう足を止めない。この世界が終わる最後の瞬間まで、走り続ける。
……さようなら、赤眼のザザ」

 言い終わると全力で走りだそうとした。
けれど、背後からカラン、と乾いた音が鳴ったため振り向く。
そこには先ほどまでザザが使っていた愛剣が地面に倒れていた。
アスナはそれに歩み寄り、そっと拾い上げると
武器の詳細ウィンドウを開いた。

「……boody road……血の道、か」

 今までのザザの歩んだ道、そして自分がこれから歩む道を示しているかのようだ。
できれば眼を背けるべき道だ。
けれど、この世界の終焉を迎えるためには必要な道。
それを己が胸に刻むためにもアスナはあえてこの武器を捨てようとはしなかった。
 例え自分が使えなくても攻撃力のことを考えると中層プレイヤーにでも回せたら
良い戦力になるかもしれない。
中層プレイヤーとしてもザザが使っていた上に、こんな名前ならば
できれば手を付けたくない武器だろう。
けれど、そうも言っていられない事態だ。
攻略組みの戦力は激減し、中層から必ず人員補充する時期が今すぐじゃないとしても、必ずやってくる。
そのためにもこの武器はあった方が良い。
最悪、インゴットにするかNPCに売って多少のコルに変えればいいだろう。
 ウィンドウを動かし、己のアイテムストレージに剣を納めると今度こそ走り出した。















 十九層の主街区。その付近まで走るとようやく彼らの背中が見えた。
どうやら思った以上にザザと長い時間戦っていたようだ。

「リズーーーーー!」

 声をかけるとすぐに彼女は反応し、振り向いてくれた。
こちらの姿を確認すると、嬉しそうに頬を緩ませた。
そして、その笑顔はアスナ自身もほっとさせる効果があった。

「無事だったのねアスナ!」
「うん!」

 リズベットの正面に止まったアスナはようやく人心地ついた。
合流する途中、もしかしたら他にラフィンコフィンのプレイヤーが待ち伏せしていたら、
という可能性が思い浮かんでいただけに気が気じゃなかったのだ。

「ご苦労様」
「ザザは倒したわこの手で……。だから安心して」

 途端、リズベットの表情に影が射す。
予想通りの表情が返ってきたため、急ぎ言おうと思っていたことを告げる。

「リズは気にしなくていいよ。リズのおかげで後悔しなくて済んだからお礼を言わなきゃいけないぐらいだよ」

 そう言っているアスナにはどこか清清しさがあった。
その様子からして本心からの言葉なのだろうと判断したリズベットは
今までの分も含めて心配したのが馬鹿みたいだと思ったのか、呆れ混じりに嬉しそうに溜息を吐いた。

「それよりリズ、キリト君のことお願いね」
「あれ?あんたはどうするの?」
「決まってる」

 一応情報は届いていたのだ。
二十九層で今、攻略組と軍がラフィンコフィン討伐に向かっている、ということを。

「みんなと合流するわ」

 右目を失っているというのに全身に力が漲っているように感じられた。
初めて人を殺した直後だというのに、まだ足を止める気にはならない。
今ならもっと、今まで以上に全力で走ることができる気すら起きている。
リズベットはそっか、と小さな声で言うとどこか満足気に笑った。

「それでこそあんたよ」

 リズベットの言う通り、アスナ自身もこれでこそ自分だ、と感じた。
 今まで誰かの操り人形になっていた自分はもう居ない。
自分の意志で、自分の望むように後悔しない道を選び続けることができる。
さっき、十九層のフィールドに一歩踏み出したあの瞬間こそが結城明日奈という人物が
本当の意味で生まれた時なのかもしれない。

「それじゃこれ、持ってって」

 リズベットはウィンドウを動かし、トレードウィンドウ経由で耐毒ポーションを渡した。

「一応念のために1個だけ貰っておいたの。このぐらいの品質じゃないとだめだろうから、これを飲んで行きなさい」
「わかった」

 アスナは急いで耐毒ポーションを飲み終えると、一度キリトの前に屈んだ。

「キリトくん」
「……」
「……キリトくん」

 ガバッ、とキリトを抱きしめる。
リズベットがギョッとし。口を魚みたい何度か開いたり閉じたりするが、アスナはそれに構わず続ける。

「辛かったよね。ごめんね?助けてあげられなくて。私は助けてもらったのに……」
「……」
「これからは私が助けてあげるから。このゲームが終わるその瞬間まで……」
「……」

 やや名残惜しげにアスナは立ち上がる。
キリトは黙ったままだけど、自分が伝えたいことは伝えられた。
今はこれで良い。続きはまた今度、時間がある時だ。

「リズ」

 そう言いながらリズベットに向き直ったアスナはもう戦士の表情だった。

「なに?」
「ありがとう。貴方が居なかったら私、また大切なものを失っていたわ」
「そっか。それはよかったわ。閃光のアスナ、完全復活祝いの準備でもしておこうかしら」
「ラフィンコフィン討伐完了祝い、だよ」
「そうね。そっちの方が盛り上がるわよね。さて、それじゃあ行ってらっしゃいアスナ!」
「うん!」

 アスナは時間が惜しいためか、街は近いが転移結晶を取り出す。
今こうしてしゃべっていた間にも、もしかしたらプレイヤーが亡くなっているかもしれない。
それに対しては既にやってしまったことなので申し訳が、これ以上死人は増やしたくない。
だから高価であろうと転移結晶を使うことにした。

「あ、それとアスナ」

 もう完全に見送り体勢だとばかり思っていたリズベットが再度話しかけてくる。
リズベットの表情はなんだか少し怒っているように感じる。
アスナはそのリズの表情にキョトンとしながら聞き返した。

「なに?」
「キリトの女房役はあたしだからね!」

 リズベットがそう告げるとアスナは目を丸くし、しばし唖然とする。
しかし、しばらくするとニンマリと笑った。

「それじゃ、私はキリト君のお嫁さん役で!」
「はあ!?なんでそうなるのよ!」
「あはは、冗談よ。……たぶん。それじゃねー。転移――」
「ちょっとアスナ!アスナーーーーーーー!?」

 そんなリズベットの叫びも虚しく、アスナは去って行った。
元気になったのは良いが、いきなり元気になりすぎなような気がした。






 リズベットは街の中にまで戻ると意識を切り替える。
今、自分たちが助かったことを認識できたからには
ひとまずやらなければならないことがある。

「……キリト」

 キリトを座らせた後、自分はその真正面に屈む。
そして、軽くキリトの頬を叩いた。

「……リズ?」

 キリトの口から久々にか細い声が漏れた。

「馬鹿!なんで死にに行くような真似をしたのよっ!!」
「……」
「お願いだから自虐するような真似は止めて!じゃないと……私も苦しいのよ……」

 そこまで言うと嗚咽を漏らし、リズベットはしゃべることすら困難になってしまった。
今回はキリトも、そして彼女も本当に駄目かと思ったのだ。
もしアスナが立ち上がってくれなければ二人とも確実に死んでいた。
その苦しさの反動が余計にリズベットの涙腺を緩ませていた。

「リズ……」

 キリトが再び小さな声を上げる。
けれどその声は彼女自身の嗚咽のせいで聞き取れなかった。
けれど、次の言葉はしっかりと彼女の耳に届いた。

「…………ごめん」





――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
後書きという名の修正のお知らせ

 第九話のザザの口調に関してですが、一部を除いてできる限り原作に近づける形で修正致しました。
ザザの口調に関してご指摘下さった方、ありがとうございました。
この場を借りてお礼を申し上げさせていただきます。



[35213] 第十一話 決着
Name: 倭刀◆326c9191 ID:fa07893a
Date: 2014/07/14 00:12

第十一話 決着



 二十九層、北西の洞窟。
攻略組とラフィンコフィンの激突が行われている場。
攻略組は乱戦の中、既に2人のプレイヤーを失っていた。
対するラフィンコフィンは5名。人数の割合から考えたら優性かもしれない。
 けれど、実際は違う。攻略組の現在のリーダーと言ってもいいクラインも危機に陥っていることもあることに対し、
ラフィンコフィンのPoHは無傷で場をかき乱している。
そして攻撃の中心とも言えるアインの存在のおかげで誰一人として不安な顔をしている者はいない。
精神的な余裕があるのはラフィンコフィン側だ。
そして今、戦いの大きな区切りが訪れようとしている。
アインが上段に構えた両手剣がスタンしているクラインに向かって振り下ろされようとしている。

「リーダーッ!」

 そこにギルド設立当初より加入しているギルドメンバーが助けに入る。
素早く割って入るためにも強力なスキルではなく、通常の攻撃が繰り出される。
さすがのアインも意識が反れていたためかそれを避けきれず、一度体勢を立て直すために退いた。

「ち、邪魔が入ったか」

 アインは挑んできたプレイヤーに標的を変える。
それと同時に風林火山のメンバーがそれをフォローするように動く。
 急場を凌ぐだけの形になったが、スタンの効果時間はそこまで長くは無い。
アイン相手に数人束になってかかり、なんとか時間を稼ごうとする。

「てめえらじゃ話になんねえんだよっ!!」
「っ!!」

 アインの気勢に風林火山のメンバーは思わず足を一歩退きそうになる。
けどなんとかこらえた。
倒そうだなんて思っていない。時間稼ぎに集中する。
 クラインは視界の端に見える状態異常アイコンを見る。
早く治ってくれ、と心の中で祈る。




「おーっと、敵はあいつだけじゃないぜ?」




 そっとした妙な優しさが含まれている声が背筋を凍らせると同時に血の気が失せた。
耳元で聞こえたのは紛れも無い敵の——死神の声。
姿を確認する間も無く、 ザクッ、という効果音と共に、どこか大きなものが欠け落ちた気がした。
直後、ポリゴンが砕ける音がする。
ゆったりとその音の発生源を見てみると、包丁があった。
その包丁はたった今、何かを切ったようで振り切った後だ。
その包丁の位置には確か先ほどまで足があったはず。自分の。

「――っ!!」

 スタンの効果時間が切れた瞬間、声にならない声を上げる。
その声はその場にいる全員に届き、攻略組に余計な動揺を走らせることとなり状況が更に悪化する。

「あ……あっ……ッ!」

 視界の端に表示されてしまっていた。
状態異常、右足の部位欠損が。
嘘であってほしいと願っても全く意味が無い。
それでも願う。僅かな時間の間に何度も願う。
 なぜならそのアイコンが示すものは死。
スタンと部位欠損は状態異常の中で時間経過しなければ治らないものだ。
スタンは短いが、部位欠損は治るまでにかかる時間はかなり長い。
間違いなく麻痺以上の危険なペナルティだ。
 なぜよりによってこの上ないほどの非常事態に起きてしまったのか。
近くではPoHが見下ろしてきている。
一瞬、PoHの目だけがフードの奥から見えた気がし、恐怖がゾワッと背中から競りあがってくる。

「う、ウアアアアアアッ!!」

 地面に座った状態で闇雲に刀を振り回す。
刀は他の武器と違って切れ味が鋭いせいで、刃が当たるだけでも他の武器よりはダメージが高い。
だけど所詮、それは他の武器より高いだけで大した威力では無い。

「てめ、PoH邪魔すんなっ!」

「は、てめえが仕留め損ねたのがわりいんだよ。
どっちにしろ、こいつじゃてめえの相手になんねえだろ?」

「……ちっ」

 先ほどの攻防でアインもそう感じていたのか、PoHの言葉を暗に肯定した。
 クラインがこれだけ慌てているというのにアインは冷静に敵を失ったことの怒りを仲間へぶつけ、
PoHは愉快そうに笑っている。その温度差が余計にクラインの恐怖を誘う。

 攻略組はあと一歩で折れるところまで迫られた。
きっとクラインはこの後に止めを刺され、次はこちらに来る。
次は自分の番。そう思うと手足が震えてくる。
 そんな怯えているプレイヤーを相手にラフィンコフィンのメンバーが黙っているはずも無い。
震えているプレイヤーの背中から片手剣を突き刺し、短剣で目玉を抉り取ろうとする。
そして起きたその悲鳴が更に他のプレイヤーに伝染していくという悪循環。
今、なお気丈に戦っているのはゴドフリーぐらいだ。
 今まで冷静に戦ってこれたが、一気に崩れ始める。
急に隊列が乱れ、動きが粗末になる。
味方への配慮ができず、回復の手助けに失敗する。
もうこの流れは早々断ち切れない。

 風林火山のメンバーはクラインの側にいるPoHに向かって一斉に斬りかかる。
アインもつまらないことが起きた直後のせいか、それを止めることはしなかった。
PoHはさすがにこの数相手では攻撃を受け止めることができないため、素直に距離を取る。

「リーダー、一度離脱するんだ!」
「だ、だけど」
「いいからっ!そのままじゃ足手まといだ!」

 確かに彼の言う通りだ。自分を護るために戦力を割いてしまっては足手まとい以外なんでもない。
先ほど、PoHに攻撃されて両腕を失った男は転移結晶を持てないため離脱ができずに死んだ。
だがクラインは腕はある。結晶無効化空間でも無いため、使うことは可能だ。

「すまねえっ!」

 クラインは転移結晶を取り出して使おうとする。
結晶が光を放ち始めるが、それに気づいたジョニーから短剣が投げられ、それが転移結晶に当たり、硬質な音を鳴らして砕けた。
幸い、転移結晶はまだあるものの、余計な時間を要することとなる。
クラインは急ぎアイテムストレージを開き、転移結晶を取り出そうとする。

「リーダーを護れっ!」

 元から風林火山に所属しているメンバーが円を作ってクラインが復帰するための時間を稼ごうとする。

「……アイン」
「あーはいはい」

 もう既に楽しい出来事は終わったと思ったのか、アインはつまらなそうにPoHに返事をしながら陣形に迫る。
それを見て恐怖に声を震わせながら挑んだ一人は攻撃を振り切る前に横に斬り飛ばされ、
続いたプレイヤーも切り伏せられた。
そして出来た隙間からPoHが短剣を投げ、クラインの転移を再び阻止する。
PoHもアインもわかっているのだ。もうクラインに止めを刺したらその瞬間、攻略組が終わるということが。

「あー、残念だったな風林火山」

 隙だらけのクラインをアインは少し申し訳なさそうに見た。
瞼が若干下がり気味であり、ダルそうでもある。
 ゆったりと両手剣を高く上げ、宣告する。

「せっかくだからタイマンで死なせてやりたかったんだけどよ……。
まあ、自分の実力不足を恨んでくれや」

 クラインの周りにはもう味方が居ない。
全てPoHとアインが退けた。
元からの風林火山のメンバー以外はもうクラインに構っていられる状況では無い。
 それを確認したクラインは瞑目する。

「……お前ェら」

 全身から力が抜けたのが誰の眼から見てもわかった。
悟ってしまっていた。これから自分の身に起きることを。
力なきその言葉。それでも、彼の人徳がなせるものなのかメンバーの鼓膜にしっかり響いた。
 クラインは万感の思いを込め、ゆっくり眼を開いてから目の前に迫る剣と現実を見ながら言った。

「生きろよ」

 直後、アインの剣がクラインに振り下ろされた。

「リーーダーーーーーっ!!」

 何度目かになるメンバーの悲痛な叫びが響き渡る。
誰一人として助けに入れない。その無力感が彼らの力を増幅させようとするが、現実は非情だった。
彼らは何も奇跡を起こせなかった。

 そう、彼らは。

 アインが急に向きを変え、両手剣を掲げる。
その直後、その剣に投擲用の短剣が当たった。
続いて、PoHとジョニーにも短剣が襲ってくるが、アインに短剣が襲ってきたせいか警戒していたため、
警戒にステップして避ける。
 予想外の威力にアインは睨みをきかせる。
アインだけでは無い。ほとんどのプレイヤーが今、攻撃をしてきただろう
人物がいる上方――先ほどPoHがアルゴを連れて居座っていた場所を見る。
そこに誰かが立っていた。
その突如現れた予想外の救援者にジョニーは怒鳴る。

「誰だてめーっ!!」

 PoHの視線の先には一人の女性が立っていた。
茶色の髪を腰辺りまで伸ばし髪をシュシュで結っている。
赤い短パンを履き、白い服の上に胸部の部分だけ鎧を付けている。
顔には幼さが残っており、十台後半ぐらいだろうか。少しアスナと似ているような気がしなくもないが、
大人の色香がそこにはある。
目は若干細めで軽く微笑んでおり、
たった今短剣を投げた左手に対し、右手には片手剣と盾がある。
 女性はジョニーの問いにこの場に合わないほど優雅に応えた。

「しがないソロプレイヤーですよ」

 攻略組もザワザワと騒ぎ出す。
一体誰だと皆が口をそろえて言うが誰からも答えは出ない。
女性は盾を左手に持ち変えて下に跳び下りると、突如ラフィンコフィンのプレイヤーたちに攻撃を仕掛ける。
 突然肉薄されたラフィンコフィンのメンバーは目を見開き、反応に遅れる。
女性が通り過ぎた後には既に宙に舞っている彼らが居た。

「これをっ!」

 女性は何かをゴドフリーに投げつける。
ゴドフリーは慌ててキャッチしたそれの説明をすぐに読もうとするが、女性が先に説明してくれた。

「数人で同時に移動できる転移結晶のようなもので回廊結晶というものです。黒鉄宮の監獄に繋がっています!」
「!!」

 ゴドフリーは急ぎ説明の要点だけを見て使用する。
するとゲートが開き、今飛んできたラフィンコフィンのメンバーをそこに投げ入れる。
女性は次々と敵をなぎ倒し、それを他のプレイヤーがゲートに連れ込む。
逃げ出そうとする者も、アインの方へと逃げようとする者も逃さなかった。
それだけ驚異的な速度なのだ。

 攻略組に光が差した。
「救世主が現れたんだ!」「女神だ!」
そんな声が発せられる。
それと反比例するようにラフィンコフィンは急速に戦力が無くなっていく。
正に一瞬。女性が現れたその瞬間から一気に流れが変わった。

「……あのスピードとパワー、おかしいな」

 アインが一人、女性のその異常な強さに違和感を抱きながら立って様子を伺っていた。
一方、PoHはすぐに動き出した。舌打ちすると、人ごみの中を華麗に動いて出口へと向かう。
それにジョニーが続いた。

「「行かせるかーーーーーーっ!!」」

 昨日、キリトを殴っていた元聖竜連合の男たちが同時にPoHを倒すべく動く。
鬼気迫る顔で襲ってきたその三人に、ジョニーは一瞬うろたえる。
それが凶と出て、PoHはそのまま離脱するもののジョニーは攻撃を避けることができず、もろに食らってしまう。
その隙に女性プレイヤーが駆けつけてジョニーの背中に一撃を加え、
後にエギルがジョニーを抑える。

「こ、こら離せ!離せってんだよ!何なんだよ!何なんだよこいつはーーーーーっ!!」

 ゲートにジョニーを連れ込み、声が聞こえなくなる。
既に他のラフィンコフィンのメンバーは人数が減ったこともあり、女性の手を借りずとも次々に討ち取られていく。


 たった一人のプレイヤーの増援。それでこの戦いは決着がついたと言っていい。
そう、これでラフィンコフィンは決壊したも同然だ。
 しかしまだPoH、アインという恐怖のプレイヤーが残っている。
一部のプレイヤーがPoHを追い、残りはアインを見る。
アインは女性プレイヤーだけを見ている。最早他のプレイヤーは眼中にないと言わんばかりに。

「そこの女かなり強いじゃねえか。レベルいくつだ?」

 女性は茶髪をサッと掻き揚げるとなんとでもない風に言った。

「さあ?いくつでしょうね」

 そんな風に女性プレイヤーがとぼけるとアインは可笑しそうに笑った。

「ククッ、ふざけるのも大概にしろよ?
お前がさっき、ラフィンコフィンの連中すっとばした時のパワーは並みじゃねえ。
だというのにその装備でその速さだ。つまり筋力も敏捷が高い、つまり俺より明らかにレベルが高い。
けれど……おかしな話だよな?俺は上位狩場には先日まで常に居たし、
事実攻略組でも一番レベルが高かった」

「装備でどうにかしていると思わなくて?」

「当然、その線が一番考えられる。だからどんな装備なのか気になってな」

 アインは剣を構えると女性との対戦に備える。

「お前を倒してその装備、剥ぎ取ってやりたいと思っているんだよ」

「お相手しましょう」





 PoHは洞窟の中を駆けていた。そしてある程度進んだところで歩調をやや緩めつつ転移結晶を取り出す。
 ラフィンコフィンが決壊したことはかまわない。どうせ仲間意識など無いのだ。
楽しいショウをすることは当分叶わなくなるが、それも仕方が無いだろう。
ひとまず今は逃げることが優先だ。

(それにしてもなんだあの女は……?異常な強さな癖に攻略組も奴を知らなかった。計算外にもほどがある)

 あれではまるでビーター……否、それ以上では無いか。
ビーター以上の存在など、そんなものはゲームマスターぐらいしか居ないだろう。
 そこで、ピタッとPoHは足を止める。

「……ゲームマスターだと?」

 怒りが混ざったその声で吐き捨てるように言う。
 そんなもの、たった一人しか居ない。
けど本当にゲームマスターがこの戦いに介入してくるのか?
いや、そもそもそのたった一人のゲームマスター候補の男の性格は皆、知らないのだ。
だから確証など――。

「あら?」

 前方から声が聞こえて思考を無理やり止められる。
前方には、以前、プレイヤーメイドの新聞で見たことがある超有名プレイヤーの姿があった。

「その黒いフード。貴方、ラフィンコフィンの一員ね」

(――閃光っ!!)

 ハッと息を呑み、フードの中で顔が歪む。
この状況で最悪のプレイヤーに出会ってしまった。
片目はなぜか部位欠損状態だが、それでも他のプレイヤーと比較したら厄介だ。
それに敵はアスナだけでは無い。背後からすぐにでも敵が来るだろう。
 アスナがここに着たということは、もしかしたら森で戦っているはずの軍の連中が駆けつけてくるかもしれない。
軍のプレイヤーたちを襲っているのはラフィンコフィンでもレベルの低いプレイヤーたちで
隠れて投擲で敵を牽制して時間稼ぎをすることぐらいしかできない。
だからアスナがここに居るということは、そういうことなのだろう。

「悪いことは言わないわ。大人しく投降して。命までは取らないわ」

「……わかった」

 PoHは大人しく両手を挙げる。
不幸にもアスナはPoHだということに気付いていないらしい。
ひとまずこの場は醜くてもいいから彼女を出し抜き、彼女の後方にある通路を走っていかなければならない。
足の速さはどっちが速いかわからない。閃光と言われるほどの相手だ。もしかしたら負けるかもしれない。
だけど早々負けるつもりは無い。

「じゃあまずは武器を捨て――」

「アスナ様っ!!」

 後方から声が聞こえ、PoHがビクリと震える。
やはりすぐ後ろにまで敵が迫っていたのだ。

「そいつがPoHですっ!止めて下さいっ!」

「!!」

 アスナが驚いたその一瞬をPoHは見逃さなかった。
短剣にカテゴリされている包丁でアスナに斬りかかる。アスナは急ぎ細剣で攻撃を防ぐが、
PoHは移動しながらアスナの横を通り過ぎ、駆け抜けた。

「待ちなさいっ!!」

 命がけの競争が始まる。
アスナも速い。だがPoHも相当なものだ。
 洞窟を出ると、霧が晴れていることにPoHは舌打ちをする。
普段は霧があるが稀に晴れることがあるのだ。その稀に遭遇したのは運が悪すぎる。
できれば霧の中に紛れたかったが不可能。森の中には軍のメンバーが居るかもしれないため、
洞窟を迂回して西の方に走る。そこは崖際だ。
索敵スキルで後方を確認すると、アスナは僅かにPoHより遅い速度で追尾してきていた。
可能であれば隠蔽スキルで撒きたいがこの距離で使っても効果が発揮されない。
けれど、この調子ならばいける。目論み通り逃げ切る自信があった。
 そう確信した通り、目的地に付いた時にはアスナとPoHの間にはそこそこの距離があった。
目標の場所とは――行き止まり。崖際だ。

「残念ね。行き止まりよ」

「……」

 アスナに続いてゴドフリーを始めとするプレイヤーが数人やってくる。
興奮のせいか、全員息をかなり荒げている。
ようやく仲間たちの仇が討てる。恐怖から解放される。
そんな想いが募りすぎているせいだろう。
皆、正常に物事を考えられていないほどに。

「く……ククク」

「?」

「ハハハハ、これで追い詰めたつもりか?」

 PoHは転移結晶を持っている手をブラブラと見せる。
もしこの場で使っても確実に止められる。アスナはそう思っているため、慌てなかった。

「――っ!!」

 だが、とあることが頭をよぎり、急ぎPoHに駆け寄る。
早いが攻撃は届かない。その前にPoHが背中を傾けさせ、わざと崖から落ちる。

「じゃあな閃光!転移――」

「逃がすかあっ!!」

 一人のプレイヤーがメインの武器だということも厭わず、片手槍をPoHに投げる。
それに続いて他の二人のプレイヤーも怨念を込めて武器を投げた。
その攻撃はPoHにとって予想外で、慌てて転移結晶を持っていない方の腕を犠牲にして防ぐ。
武器は足を刺し、切り裂き、そして腕を切り裂いた。
だけど致命傷には至らない。もう一度転移の言葉を紡いで脱出すれば良い。
 身体が完全に崖より下に行ったため、今一度言葉を紡ごうとした。その時だった。

「うおおおおおおおおおっ!!」

 その野太い声に一瞬身体が竦む。
急ぎ前方をあらためるとゴドフリーが命がけで飛び降りてきていた。
間合いが上手くいかなかったのか、斧は身体の中心には届かないが隙だらけのPoHの足を捉えた。
確かな手ごたえがゴドフリーの手にあった。部位欠損が起きる。
先ほどクラインが攻撃を受けた部分と全く同じ位置。
さすがに空中とはいえ斧の一撃は重かったようだ。
そして当然部位欠損を起こすだけでなく、今の一撃はPoHの体力を大幅に削る。

「PoH!!貴様だけは絶対に許さん!!」

「ち、いきがるな雑魚が!」

 アインクラッド史上、初めての空中戦が繰り広げられる。
時間制限は第一層より少し下。正確な位置がわからない分、恐怖がある。
その中でもゴドフリーは臆さず、果敢に挑む。
眼は血走っており、完全にPoHを殺すつもりだ。

「ぬおおおおっ!」

 ソードスキルのシステムアシストを用いて無理やり間合いを詰めようとして構える。
PoHは命がかかっているためか、片足を失ったとはいえ集中力が高まっていた。
瞬時に的確に攻撃を見抜いてナイフをゴドフリーへと投げた。
そのナイフはゴドフリーの顔面に刺さる。
ソードスキルが中断されたことに悪態をつきながらゴドフリーはナイフを左手で無理やり引き抜く。
眉間の部分に赤いラインが残っていることなど構わず、再度斧を構え直す。
 耳の側を風の音が鳴り続け、どのぐらい落下したのかが既にわからなくなっている。
まだ十秒は経過していない。だけどそもそも十秒も落下して大丈夫なのかがわからない。
 PoHだけでは無い。ゴドフリーも時間が経つ事に焦りを感じはじめていた。
そして、ゴドフリーは我慢しきれず、斧を投擲する。
PoHはきた、と思った。短剣で防ぐが威力を殺しきれず、胸を切り裂かれるてダメージを受けるがレッドゾーンでとどまる。

「転移――」

 PoHは余計な捨て台詞を吐く暇も無く、急ぎ転移結晶にて転移先を告げた。
ゴドフリーも舌打ちをする。逃げられてしまった。
だけどPoHは足を失っている。今ならばまだ探して間に合うかもしれない。
ひとまず今はこの場から脱出。そう思って空を切る音が五月蝿い中、大声で転移結晶を掲げて転移をした。






 上空から一連の流れを見ていたアスナは急いで他の面々に指示を出した。

「武器を投げた人はすぐに手元に戻して!
他の人は急いでPoHを探しに!!」
「アスナ様!アスナ様はその前に洞窟の中にお戻り下さい!
まだ一人強い敵が残っているのです!」
「!!わかりました」

 アスナはすぐに全速力で洞窟の深部へと駆ける。
今まで走らなかった分を取り戻すかのように、速く。



 洞窟の奥へと走るにつれ、激しい金属音が徐々に強く聞こえてくる。
中心地にまで着くと、そこでは死闘が繰り広げられていた。
片手剣と両手剣がぶつかり、押し込まれた片手剣の代わりに盾でもって攻撃が防がれる。
戦闘は部屋の中央で行われており、戦っている二人以外は固唾を飲んで見守っている。
 アスナは急ぎ辺りを見渡し、一人事情を伺えそうな人を見つけて駆け寄った。

「クラインさん!」

 その声に反応したクラインは急ぎ振り向いた。
片足を失ってはいるが、既に体力は全快していて顔には血色が戻りつつあった。

「お、アスナさんじゃないですか!!」

 アスナに気付いたクラインが声を上げた直後、その場がザワザワと騒ぎ出した。
閃光だ、とか復活したのか、と次々とざわめく。
そんな中でも女性プレイヤーとアインの攻防は続いていた。
二人とも流れをつけめないでいるのか、武器を打ち付けて距離を置く度に
戦意をむき出しにした声が漏れる。
 そんな二人を気にしながらもアスナは急ぎクラインに伝える。

「ごめんなさいPoHを逃がしちゃったわ。追撃してもらいたいんだけど誰に言えばいい?」
「わかりました。オレが指示出します」

 クラインはすぐに近くに居るプレイヤーたちに声をかけ、転移結晶を使わせてでもPoHの捜索の指示を出した。
捜索場所が被らない様にできるだけ場所をバラけさせ、急いで行かせる。
その指示出しが終わると、すぐにアスナは別の質問をする。

「あそこで戦ってるのは?確か赤髪の男性は攻略組のソロプレイヤーだったはずだけど……」

 あんなに強かっただろうか。
アスナの記憶の中で振り返った限り、あそこまで強いプレイヤーはヒースクリフとキリト以外、見たことが無い。
言ってしまえば今のアインはキリト並の強さが垣間見れるような気がする。
そしてそれは女性も同様だ。こちらはキリト、というよりもどちらかというとヒースクリフに近い感じがする。

「あの男は敵です。我々の味方はあの茶髪の女性の方です」

「女の人が?」

 戦っている二人がお互いソードスキルを発動し、武器がぶつかり合って弾かれる。
アインの方がノックバックが少ないためすぐに追撃に移るが、女性は盾でそれを上手くさばく。
それを確認したアインは一度距離を取った。

「ち。……っと、よう閃光じゃねえか」

 タイマンに集中しきっていたのだろう。今になってようやく気付いたらしい。
そしてアスナの状態を見ると、意外そうな声を上げた。

「片目失ってんな。ザザにでもやられたんか?」
「今すぐ武器を捨てて投降しなさいっ!」

 アスナはアインの問いには答えず、レイピアの切っ先を向ける。
アインはそれを鼻で笑った。

「やなこった!今俺は猛烈に楽しんでるんだよ!今更止められっか!!」

 アスナの殺気などどこふく風か。彼は心底楽しそうに語り始める。

「これだよ。これなんだよ!!俺が求めていたのはっ!!
命をかけて実力の近い者、もしくはそれ以上の者と戦う!」
「とんだ戦闘狂っぷりね。けどこれ以上、貴方のタイマンに付き合わなければならない いわれは無いわ」
「あら閃光さん。せっかくだからもうちょっと彼と戦わせてよ」

 予想外なことに女性からそんな要望が届き、アスナは躊躇するが、
徐々に怒りがこみ上げてくる。
こんな命がけの茶番など到底認められるはずがない。

「ふざけないで!本気!?」
「ええ、本気よ。皆を助けてあげたんだからこのぐらいのわがまま、許してよね。
その代わりアイン。もし私が負けたらその時はこの場は大人しく退きなさい。いいわね?」
「いいぜ。雑魚に興味はねえし、もしお前を倒したら今日はそれで腹一杯になるだろうしな!」
「それじゃあ再開と行きましょうっ!皆、手を出したら殺すからね!」

 女性が爽やかな顔で強烈な一言を皆に伝えると、再び、両者が激突し始めた。
アスナは呆れ果ててしまい、他の面々は今の女性の一言に腰が引けたのか止めに入らなかった。
 とにかく、女性以外の犠牲者はもう出ないことがわかったためか身体の力を抜いて観戦に入った。
ザザと戦った後もずっと戦い通しで疲れてしまったのだ。それも片目だったから余計に。
だから休憩も兼ねての観戦だ。
それに、目の前の二人の光景は自分が培ってきた能力を越えている。見ているだけでも参考になる。
今後の戦いで役立つこともあるかもしれない。
そう思いながらアスナはしばしPoHのことを忘れて戦いに見入った。















――二十二層。

「ハァ、ハァ」

 PoHは腕を動かし、地を這う。
さすがに攻略組と言えど、すぐにここが発覚するとは限らない。
しかし一刻も早く近くの森に身を隠す必要がある。
圏内に入れればいいが、残念ながら入ることはできない。
 ザザは死に、ジョニーは監獄に送られ、アインも恐らくどちらか。
その予測が当たっていれば生き残ったのは己のみ。だけどそれも面白い、と思った。

「はは、ははは……」

 思わず乾いた声が漏れる。
結局は自分が生きてさえいればいいのだ。
ラフィンコフィンは壊滅したが唆せるプレイヤーは探せばまだまだ居るだろう。
ラフィンコフィンはまた生まれ変わることができる。
自分さえ生きていれば。
















「なに笑っとるんや?なんかおもろいことでもあったんか?」

















 草を踏みしめながらこちらに近づいてくる影を慌てて見上げる。
夕陽の影のせいで最初は顔がわからなかったが、近づいてくるとその顔がハッキリとわかってくる。
 そして、その顔にPoHは見覚えがあった。

「キ、キバオウッ!!?」

 目を見開いて戦慄する。
両足を失っていて体力も減っている今、レベル差があっても殺される可能性は低く無い。
回復結晶を使いたくとも、この状態になってしまったからには使わせてもらえない。
それにキバオウの後ろに居る二人が今、メッセージを打っているのが見えた。
増援がすぐに駆けつけてくるだろう。

「な、なぜここにっ!」
「わいらは前線に出るには少しレベルが足らへんかったんや。
それで逃げ出してきた連中を狩ろうと思って張ってたんやが……随分大物がひっかかったなあ。
感謝するでPoH。よりによってわいが居る場所に着てくれたんやからのっ!!」

 キバオウは憎しみを込めて片手剣を振り下ろす。
蛙が潰れたような無様な悲鳴が上がり、キバオウたちの怒りを一層強くする。
 キバオウ、そして周りの二人のプレイヤーもPoHを次々と突き刺した。

「ワイは攻略組の連中のように甘く無いで!!
部下の仇、取らせてもらう!」

 キバオウは部下の一人に命じ、PoHのフードを破壊させる。
耐久値が減少して完全に装備が消滅すると、そこで初めてキバオウたちはPoHの顔を見た。
 そして改めて実感する。
この男が自分たちを殺してきた主犯なのだと。

「……ククク」
「なんや?もう駄目と解って気でも狂ったんか?」
「そうかもしれねえな。……なあ、キバオウ。最後に一つ俺の話を聞かねえか?」
「はんっ!なんでわいが貴様の言うこと聞かなあかんのや!」
「二十五層の時の事に関してでもか?」

 その言葉を聞いた途端、キバオウは眉間に深い皺をつくった。

「…………なんやと?」

 二十五層。それは軍がボス戦で壊滅した階。
偽の情報をつかまされ、その件で攻略組とは縁を切った。
 キバオウの顔色が変わったことに気付き、PoHは表情だけ笑いながら話を続けた。
最後に一つ、とびきりのショウの種を残すために。





 アスナはゴドフリーを連れて二十二層に駆けつけた。
転移結晶を使い、PoHの所に辿り着いたその瞬間、目の前でPoHらしき男に剣が振り下ろされた。
直後、蒼いポリゴンの欠片が散っていく。
夕陽に照らされたそれは鮮やかに光りを反射する。
 その光景を見て、アスナとゴドフリーと実感した。

「……終わったのだな」

 ゴドフリーは静かに言った。
不覚にもプレイヤーが夕陽に散る姿が綺麗だと感じてしまった。
その一種のエンディングのようにも思える光景に終わりというものをハッキリと感じ取った。
 アスナ、ゴドフリーはともにキバオウがPoHを殺したことを問い詰めるつもりは無かった。
それだけ、彼は大勢のプレイヤーの憎しみの対象になっていたのだから。
むしろ殺せる時に殺せた方がずっと安全だとすら思えてしまう。
PoHは恐怖の象徴とも言える存在だったのだから仕方が無いのだ。

「ああ。……終わったんや。全部」

 キバオウはそう噛み締めるように、けれど硬い表情のまま言った。
 アスナはようやく治った目をPoHが先ほどまで居た場所に向ける。

「どうして平気で人を殺せたのかしら……」
「屑の考えることはわからんわ」
「……」
「ところで、そっちは終わったんか?」
「ええ。ほとんど。あとは敵――アインが一人、知らない戦闘狂の女性プレイヤーと戦っているだけよ。
もうあれは放っておいて大丈夫」
「馬鹿は無視しときゃええ」

 キバオウは夕陽に視線を向ける。

「これでようやく仲間の魂も浮かばれるわ。わいはシンカーはんにこのことを直に伝えに行く。
戦いは終わったんやとな……。攻略組の方は任せたで」
「ええ」

 キバオウと軍のメンバーは転移ゲートに入って去って行った。
その姿を見届けるとアスナは一度身体を大きく伸ばした後、ゴドフリーへ向き直った。

「……ゴドフリー。私たちも二十九層へ戻りましょうか」
「はっ!」

 ゴドフリーが覇気の篭った敬礼をした直後、視界の端にアイコンが点滅する。メッセージが届いた知らせだ。
アスナは急いでそれを操作し、メッセージを開く。
そこにはクラインからの伝言があった。

「なっ!!」

 そのメッセージにはこう書かれていた。
女性プレイヤーが敗北し、アインが生き残った、と。





 二人は急ぎ、洞窟へととんぼ返りした。
陽が差し込まないため昼間以上に暗い洞窟の通路を走っていると、前方から一人の影が現れた。

「よう、閃光にえっと……名前忘れちまった」
「ゴドフリーだ」

 晴れ晴れとした様子のアインが歩いていた。
そんな彼の様子にイラッとしてゴドフリーは応えた。
イラッとしたのはゴドフリーだけでは無い。当然、アスナもだ。

「あなたねっ!人を殺しておいてそんな清清しい表情するんじゃないわよ!」
「あー、ほんとゾクゾクしたぜ。一歩間違ってたら俺が死んでたからなー!
ま、安心しろ。お前らじゃ俺とタイマンしても話になんねえし、当分は大人しくしておいてやるよ」

 大罪を犯しておいて上から目線。
当然、気が長くない方であるアスナが我慢できるはずも無い。
否、例え気が長い人物でも無理だろう。

「ふざけないで!」

 レイピアを鞘から抜いて威嚇する。
それでもアインは動じずに今の気分を吐露した。

「あーあ、なんで俺はもっと昔の時代に生まれなかったんだろうなー。
コロシアムとかだったら殺して英雄扱いだっただろうに」

「このっ!!」

 気合一閃、リニアーを放つ。
だがそれをアインは表情を変えずに避けると一発蹴りを入れ、アスナの体勢を崩した。
 自分が軽くあしらわれたことにアスナは大きな衝撃を受ける。
一瞬、死という文字が頭に浮かぶ。
しかしそれは杞憂だった。

「駄目だ駄目だそんな一直線の攻撃。避けて下さいって言ってるようなもんだぜ?」

「くっ!」
「副団――アスナ様いけません!こやつの強さは貴方もわかっているはず!」

 ゴドフリーが慌てて止める。
確かにこの男の所行は許せない。決して。
だけどここでみすみす犠牲を出すわけにもいかない。
いくら全快のアスナでも分の悪い戦いはある。
 対人と対Mobでは必要とされる動きや駆け引きは違うのだ。
対Mobならばアスナは勝てる実力は十分にある。
けど今必要とされる対人の技術、経験はアスナは多くない。
だからせっかく帰ると言っている相手に戦いを挑んでアスナを死なせるわけにはいかない。

「だけど!」

 当然アスナは納得いかない。
例え実力差があってもやらなければならない時はあるのだ。
彼女はそれが今だと思っている。
 両足でしっかり立ち上がり、やや腰を落としてレイピアの切っ先をアインへ向ける。

「まあ落ち着けって。それに、あの女に一つ頼まれごともされちまったしな」
「頼まれ……ごと?」

 アインが言い出したことが気になった。
頼まれ事とは一体何なのか。
それが気になり、一度アスナはレイピアの切っ先は下ろさないものの、
攻撃の意志を和らげてアインに言葉の続きを促す。

「そ。戦ってる途中にもう一つ条件突きつけてきやがってよ。
命をかけて戦う代わりに俺が勝ったら50層以降のボス戦に全部参加しろってよ」
「なっ!」
「ってなわけで次のボス攻略はよろしくー。今までと違って本気出してやっから!
アルゲードの宿屋に居っから日程決まったら連絡してくれよなー」

 アインはそれだけ言い終わるとフンフンと鼻歌を歌いながら歩き去っていった。











 つまり、なんだ……?











 明日からはこの人殺しプレイヤーと仲良くボス攻略に挑む、ということなのか?











 ……。












「……フ、……フフフフ………………アハハハハハ……」
「……」

 事態を理解すると、アスナは怪しい壊れたような笑い声を立てる。
それをゴドフリーは見てみぬふりをする。
彼女の気持ちが痛いほどよーーーーーーーーーくわかるのだから。

「ふざけるなーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!!」


 アスナの心の底からの叫び声が二十九層に留まらず、上下二層ぐらいにまで響き渡った。














―同時刻 血盟騎士団本部―

 ヒースクリフは肩で大きく息を吸い、吐いた。
眼は虚ろで、誰がどう見てもグッタリしている様だ。

「なんとか収まったか」

 椅子の背もたれに体重をかける。
部屋の中には誰も居ない。当然だ。
事実上、血盟騎士団は解散したのだから。

 そんな閑散とした場所に今だに一人で居る。
そして今日一日のことを振り返っていた。
 心臓に悪い一日だった。いくらか寿命が縮んだ気分だった。
プレイヤー同士の問題には手を出さない、という自分で決めたルールを自ら破ってしまったのだ。
 以前試作したNPCのアバターに自分自身の戦い方を投影し、
専用にプログラムしたものをプレイヤーたちに送った。
絶対に正体をバラさないようにするためとは言え、かなり心苦しかった。
 アインとの決闘に挑んだのも、あのアバターが死んだということを周囲のプレイヤーに認識させるためでもあった。
ヒースクリフとして参戦し、信頼を再び得る手段も考えたがアインの対応ができない。
できればアインを攻略組に引き戻したかったのだ。
キリトが駄目な今、勇者が居なくなる。
アインは性格に難はあるが実力が本物なのは間違いない。
ならば彼を勇者に仕立てあげるしかない。もちろん世間一般で言われている勇者という意味では無い。
実力面を指してでのことだ。
 そんな思惑があった結果、彼には五十層以降のボス攻略に参加させる約束もしたし一石二鳥だった。
だがそれでもアバターを使い、プレイヤーを手助けしてしまったのは自分に課した制約違反だ。

 そこで一度思考を切る。
攻略組のプレイヤーたちといい自分といい、少々鬱になりすぎている部分があるようだと気づく。
なので無理矢理考えを別の方向へ持っていった。

「……強いな彼は」

 アインのことだ。
アバターには殺すつもりで彼に挑むよう指示を出していた。
手加減しては疑われる可能性もあったし、彼の強さに興味を持っていたのもある。
レベルも装備も自分の作ったアバターの方が上だった。
所詮模倣とはいえ、自分と同じプレイヤースキルを持っているはずだった。
だというのに負けた。その負けたという事実が余計にヒースクリフの心労を増やした。

「疲れたな……」

 だけど明日からは大丈夫だろう。そう確信できた。
 人数は減ったが攻略組、そしてきっと軍も一丸となって攻略に邁進するに違いない。
明日からは本来のスケジュール通り動ける。
ヒースクリフとして落ちた名声を取り戻すのは大変だが、きっと五十層で大きな活躍をすれば大丈夫だろう。
もう今回の様にオレンジプレイヤーたちがのさばることも無いだろうから。
 そう思いつつ、ヒースクリフは翌日からの攻略のために作戦をシミュレートすることにした。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
後書きという名のご報告

 更新が長期滞り申し訳ございません。
実は前回の第十話を更新した時点で話の全容は完成しておりました。
ですがリアルが忙しかったことと、PCを変える際にデータがぶっ飛んでしまって
書き上げていた先の内容が消えてしまい、やる気の面も込みで時間がかかってしまいました。
残りのお話はできるだけ短い間隔で全てアップしたいと思います。



[35213] 第十二話 攻略の再開
Name: 倭刀◆326c9191 ID:fa07893a
Date: 2014/09/03 12:20
第十二話 攻略の再開



 アインクラッド史上でもっとも多くの犠牲が出たラフィンコフィンの騒乱。
システムにて管理されているモンスターではなく、プレイヤーたちが自律的に行った戦い。
本来あってはならない最悪の騒動。
時はその騒動が終わった二日後の昼間へと移る。

 第五十層アルゲードの一角。以前ラフィンコフィン討伐の際に一度会議を行った場所に
現在主力と言えるプレイヤーが集まっていた。
その表情は暗い。けれど食いしばってそれを耐えているような印象も受ける。
 たったの二日という短い休息だった。当然ながら休息としては不十分。
まだ先日の戦いにて癒えていない心の傷を負った状態のままのプレイヤーも9割を越える。
けれどそれだけしか休息をとらずにこの場に集まったのには理由があった。
 ここ数日、アインクラッド全体で自殺する人が出てきてしまったのだ。
死ねば現実へ戻れるかもしれないという甘美な幻想に再び捕われ、
初日のような悲劇が繰り返されることとなってしまった。
いくらラフィンコフィンが壊滅したといえど、それらが残した傷跡は深すぎた。
 攻略組壊滅という知らせは はじまりの町に居た多くの人を絶望に叩き落とすには十分過ぎた。
精神的に極限まで追い込まれたプレイヤーも居れば、ゲームクリアができないと感じてしまったプレイヤーもいる。
つまり攻略組だけではなく、他のプレイヤーたちも追い込まれてしまっているのだ。
いくらゲーム開始初日のあのチュートリアルの後、誘惑を振り切って今日まで生きてきたプレイヤーでも
人間には限界がある。その限界が今回の件で何人かきてしまったのだろう。
 一部の攻略組の面々はこの事態に使命というものを感じた。
自分たちがやらなければ誰がやる。
これ以上死人を増やさないためにも立ち上がるしかないのだ。
もう目の前で人が死ぬのは嫌だから。
 そういう想いによって今日は集められた。
もちろん簡単にはいかず、表沙汰にはなっていないが様々な行程があった。
無理矢理収集をかけられ、いやがっているプレイヤーもいた。
中には攻略に対して拒絶反応として暴れ始めた者すら居たが、
「死んだ仲間が護ろうとした人たちを見捨てていいのか」という一言により
歯を食いしばり、苦言を押し殺しての参加となった。
 人は死というものに敏感だ。特にこのゲーム内に捕われているプレイヤーたちはそれが顕著になっている。
だからか、"仲間の生き様を無駄にしない"という死者に対する想いは強かった。
そうでなければきっと今回の五十層の攻略会議がこれだけ早く始めることは無かっただろう。
また、これは哀しいことだが感覚が麻痺している人も多かった。
仲間が死にすぎて茫然自失し、戦いに身を投げることに躊躇しないプレイヤーだ。
もしくは現実を受け入れられず、キリトほど重傷ではないものの感情が欠けてしまっているプレイヤーもいる。
だからこそ多めの割合で人が集まったのだろう。
 けれど、もちろん全員が全員来ているわけではない。
集まった人の割合は確かに高い。けれど再起不能な人は居る。
それに攻略組の今回の犠牲は余りにも大きかった。
結果、集まった戦力は……たったの23名。
アインクラッド解放軍から人員補充があったものの、これでもレイドの半分にも満たない。

 会場はいくつかの勢力に別れていた。
ラフィンコフィン討伐後もメンバーが留まり、最も人数が多い風林火山。
先ほども記述したように新たな戦力補充として派遣されたアインクラッド解放軍。
一人になったと言え、強大な力を持つ血盟騎士団団長ヒースクリフ。
そして会場の隅にひっそりと座っている彼——キリトの姿もあった。

 キリトは相変わらずの状態で地面に顔を向けている。
なぜこのような状態になってまでここに訪れ、ボス攻略参加しようとしているのか。
それは隣に座っているリズベットですらわからないことだ。
しかし彼女のみが予想をすることだけはできた。
罪悪感に駆られているからだろう、と。もしくは考えたく無いが、五十層のボスを自分の墓場にしようとしているか。
 彼女は本当はキリトを攻略に参加させたくない。以前、火山でのクエストの時のような状態ならば
若干不安を孕みながらも少し寂しい笑顔で頑張って、と送り出せたのだろうが今はしたくない。
それでもここに連れて来るのを止めなかったのはキリトが自ら何かをしようという数少ない意思だったからだ。
植物人間に近い状態を見ているよりも、多少危険でも何かをやろうと行動している方がまだ安心できるという
己の心の弱さがこうしてキリトがこの会場へ足を運ぶことを許してしまった。
 幸い、先日のようにキリトが誰かに殴られたり難癖をつけられることは無かった。
その理由は残念ながら素直に喜べるものでは無いが。

「……ちっ」
「よくもぬけぬけと……」

 会場の後方に恨みがこめられた視線が集中している。
視線を集めているプレイヤーの名はアイン。
つい先日まではラフィンコフィン——つまり敵側であり、犯罪者側に所属していたプレイヤーである。
 リズベットはソレに向かって冷ややかな視線を送る。よくこの場で堂々としているものだ、と。
当人は涼しい顔をしているどころか、なんだか満足そうな顔をしている。
よほど例の女性プレイヤーとの決闘が彼の心を満たしたのだろう。
アスナから聞いた話によるとアインがカルマ回復クエストを行う最中、何人かが闇討ちを行ったらしい。
けれど結果は全て返り討ち(死人は出ていない)。
密かにアインが殺されることを期待していたプレイヤーは舌打ちをしたことだろう。
 ふと、他人の不幸は蜜の味、という言葉を思い出す。
だったら他人の幸福はどんな味なのだろうか。
少なくとも、かのプレイヤーの幸福は青汁から栄養素が抜けたもの以上に不味いことに違いない。
戦いに参加していなかった立場であるリズベットからしても不愉快そのものである。
ならば戦いに参加していた人にとってはそれ以上に不愉快だろう。
 そんなマイナスの感情が渦巻いている中、その状態を払拭させてくれる声がかけられた。

「リ〜ズ!」
「あ。おはよう、アスナ」
「おはよ」

 指揮を担当するアスナだった。
顔に数日前までの暗さは無い。どこか真剣な雰囲気は漂わせているものの、完全に立ち直れたようだ。
再起に時間はかかったものの、それでも彼女は立ち上がれた。
やはり彼女は強い、と心の底から感じる。
 アスナがここに訪れた理由は会議開始までの暇つぶしだろうか。
もしくはキリトの様子を伺いにきたか。

「キリト君もおはよ」
「……」

 アスナから極上の笑顔を向けられても、キリトは反応を示さない。
そもそも極上の笑顔を向けてもキリトは地面とご対面中なので効果があるはずないのだが。

「ごめんね、アスナ」
「ううん、いいの」

 なんでリズベットが謝るの?とは言ってこない。
キリトの保護者役のような立場にいるのは既に周知されている。
アスナとしてはちょっと悔しいところだが、
戦えないのにキリトを助けるためにすぐに走り出したリズベットと
戦えるのに後から走り出した自分とでは差が出てしまうのも当然なため、現状はこれで我慢している。
 アスナはキリトの隣に座り、リズベットと一緒にキリトを挟むよな形になる。

「キリト君、一緒に頑張ろうね」

 相変わらず反応は無い。けど、こうして話しかけるのは重要なことなのだろう。
話しかけなければキリトは本当の意味で孤独になってしまう。
二人ともそれは怖かった。

「今回はあたしも付いてくんだから死なないように頑張りなさいよ」

 リズベットはアスナとキリト二人に向かってそう言った。
それにキリトは反応を示さないものの、アスナがややオーバーに驚いた。

「え!?リズも来るの!?」
「とは言ってもボス部屋の外でみんなを見ていることぐらいしかできないけど」

 そう告げると彼女は心底ホッとしたように身体の力を抜いた。

「だ、だよね。さすがにリズのレベルで五十層のボスに挑んでも死ににいくようなものだからね」

 結構酷い言われようをしている気がしないでもないが、事実なのだから否定はしなかった。
道中の雑魚Mobですら危険な身なのだから。

「だからアスナ、戦場ではキリトのことお願いね」
「うん、任せてっ!」

 きっとキリトのことだから前線で無茶をするに決まっている。
そうなる時、彼の無茶を止める人が必要になってくる。
頼りになるのはクライン、エギル、そしてアスナの3人だろう。
 ふと、自分の立ち位置を再認識してため息をしてしまう。
右手のひらに顎を乗せ、物思いに耽るように視線を上げる。

「あたしもレベル上げて最前線目指そうかしら」

 アスナはリズベットの心情を察してか、苦笑いするものの賛成はしなかった。

「リズが前線に出るようになったら誰が武器の製造と修理してくれるの?」
「それは今まで通りやるわよ。それプラス狩りに出るの」
「戦闘用のスキルが少ないから前線は危険だよ」

 索敵スキルも隠蔽スキルも持ち合わせていない。更に装備も失っている今は危険すぎる。
それは自覚しているがこうして安全なところに居れば良いのが嫌になってきていた。
己が選んだ道を少なからず後悔してしまう。

「リズにしかできないこともあるでしょ?」
「ボス戦で役立てることがあったら良いんだけどねー」

 二人で適当に話していると会場の前方にクラインが姿を現す。
指揮はアスナだが今回のまとめ役は彼だ。
 クラインは現在攻略組の柱と言っても良い存在となっていた。
ラフィンコフィン戦では失態を見せてしまったものの、彼の人柄を認める人は多い。
また彼以外に矢面に立っても構わない、というのが少ないのもあり、彼が現在のリーダーとなっている。
 クラインが前に出たのを見たアスナは軽くリズベットに別れを告げ、クラインの横へと移動する。
けれどその前にリズベットが止めた。

「あ、待ってアスナ。ちょっと聞きたいことがあったの」
「なに?」

 アスナは立ち止まり、身体を横に向けながら問いかける。
リズベットは少し気になっていたことを尋ねることにした。
彼女は頭が良いからきっとわかるだろうと思って。

「アビスイリュミネータってどういう意味かわかる?」
「えっと、アビスは深淵でイリュミネータはイリュミネーション——照らすって意味だから
『深淵を照らす者』……かな?」
「ありがと」

 なんでそんな質問をされたかわからないアスナはきょとんとするが、
壇上へ行かなければならないため、聞き返すのは止めて己の責務を真っ当しにいった。

「深淵を照らす者……かぁ」

 キリト以外の誰にも聞こえないように小声で呟く。
 深淵を照らす者。暗く深い闇を明るく照らす存在。
いつかキリトが元気になり、みんなを照らす光になってくれたら良いな、と誰とも知れずリズベットは思った。





「えー、それじゃ会議を始めます。まず始めに、皆さんよくお集り下さいました。
例の事件があった後で大変ですけど、今は足を止めることができません。
なのでこうやって大勢が揃ってくれたことに感謝の念がつきません。ほんとにありがとうございます」

 クラインが頭を下げる。彼は感謝の気持ちで一杯だった。
あれだけ心が折れる戦いをしたのに人が集まってくれたことに。

「それでは早速本題に入りますが……実は今回、五十層のボスについての情報が既に結構入ってきています」

 会場がざわめき始める。それはそうだろう。
ラフィンコフィン対策をしていたため、有力なプレイヤーはほとんど五十層のボスと戦う暇など無かったはずだ。
ただ一人を除いて――。

「ヒースクリフさんお願いします」

 クラインが何の感情も込めずに見ると、視線を向けられた当人——ヒースクリフは頷いて前へ出る。
いくらお人好しのクラインでも彼には良い感情を抱いていないらしい。
当然、クライン以外もだ。彼に集まる視線は好意的なものの欠片も無い。
憎しみ、軽蔑、負、そして無関心の視線のみ。
 そんな視線を受けてもなお、ヒースクリフは涼しい顔をしている。
いや、よくよく見ると僅かにだが顔が険しめか。
そんな微妙な表情の変化に気づかないプレイヤーは彼にアインと似たような嫌悪感を抱いてしまう。

「さて、五十層のボスについて話す前に一つ詫びなければならない。
ラフィンコフィン討伐に参加できず諸君には迷惑をかけてしまった。申し訳ない。
だがどうしても出られない事情があったのだ。その詫びとして今回、命をかけて五十層のボスの情報を集めてきた」

 詫びとしての情報。そんなものを渡されても死者は帰ってこない。
それがわかっているだけあり、誰一人許そうとする者は居ない。
その気持ちを代表するかのようにゴドフリーが立ち上がった。

「そう言うのならば、そのどうしても無理だったという事情を説明して頂けませんか?
まずはそれが納得できるものかどうかで貴方に対する見方も変わるでしょう」

 声は落ち着いているように聞こえそうではあるが、若干低く迫力がある。
 ヒースクリフは視線をゴドフリーに向けた後、すぐに反らして全プレイヤーに向けて言った。

「私がどうしても参加できなかった理由については……そうだな。
このゲームがクリアされる直前にでも話そうと思う」

 ゲームがクリアされる直前。一体なぜ。
これも自分の失態を煙に巻くためなのだろうか。
ゴドフリーが思わず言及しようとするが、その前にクラインが間に入った。

「まあ皆さん。ヒースクリフさんに聞きたいことはそれぞれあるでしょうが、今は会議を進めましょ」

 いきりたとうとしていた何人かのプレイヤーはそれで少し頭を冷やす。
クラインの言う通り、今は五十層の会議だ。だから五十層の情報を聞く場である。
情報がほしいのは全員が同じとするが故に、仕方なしに全員が黙った。
ゴドフリーも例外ではなく、腑に落ちないという表情ではあるが大人しく座る。
 ヒースクリフは全員が黙って耳を傾けていることを確認してから話を始めた。

「クエストをいくつかクリアした際に入手した情報から伝えよう。
最初ボスはその身を四つに分け、襲いかかってくる。
体力のバーはそれぞれ一本。だが強さは四十前半の層のボスと同等の強さだ。
まずはここを乗り切らなければならない。
全てを倒すとボスの破片が合体し、本体となる。
本体は多腕型——4本の手があり、最初は素手で殴ってくるが体力が半分を切ると2本の腕に武器を所持し、
4分の1を切ると全ての手に武器を持つ。
そしてその際、ボスは一度体力を半分ぐらいにまで回復させる」

 何人かのプレイヤーが息を呑む。
ヒースクリフの情報が正しければボスが最も危険となる1/4を切ったところを単純計算、普段の2倍も体験しなければならないのだ。

「敵の攻撃は重く、武具の消耗が激しいから修理できる人間を連れて行く必要がある。
実際に私も少し武器を交えてきたが今までのボスと比べて敵の耐久力が非常に高い。本体を相手にする前座ですらな」

 かなり手ごわいボスだということはすぐに理解できた。
けどそれ以上に危険な情報が伝えられる。

「……なお、当然だが敵が中盤から持つ武器ごとに使ってくるソードスキルが異なる。
まず偵察ではその武器を割り出す必要があるだろう。
また敵は索敵スキルを持っているのか後方からの攻めにも敏感だという話だ」

 片手斧を持っている手からは片手斧のソードスキル、
片手剣を持っている武器からは片手剣のソードスキルを放ってくるということだ。
あちこちからそれぞれ別のソードスキルが飛んでくる事になるなど、厄介極まりない。
プレイヤー——主にタンクのプレイヤーたちの顔が青ざめる。
敵の攻撃を抑えるのは彼らの役目だからだ。

「私からの情報は以上だ。もし聞きたいことがあれば遠慮なく聞きにきてくれたまえ」

 会場がシンと静まり返る。
今回のボス攻略の険しさを感じ取っているのだろう。
 そんな中、クラインは臆せずに再度発言する。

「えー、これから事前に俺たちの方でアインクラッド解放軍の上層部の人たちと話し合って出した草案を話します」

 一つ目が偵察については全勢力で行くと発表される。
回復アイテムをケチらず、中層域のプレイヤーたちからも寄付を募り道具を充実させる。
また、軍の有力者たちを攻略組に派遣し、アイテムの輸送部隊及び緊急時のサポート役として参加してもらうことになった。
偵察の目標は敵の体力が4分の1以下になった際の武器を把握することと敵の動きに慣れること。
 二つ目がボスのソードスキルへの対策。
より多くの武器のソードスキルを理解するために情報をまとめたものをアルゴより提供。
それを元にそのスキルを持っているプレイヤーにソードスキルを見せてもらい、体感する。
 続いて偵察時と本番共通のパーティが提案される。


タンクパーティ1はヒースクリフを中核としたパーティ。
タンクパーティ2はシュミットを中心としたパーティ。
アタッカー1はクラインを中心としたパーティ。キリトもこのパーティーに入っている。
アタッカー2はゴドフリーを中心としたパーティ。アインはここに入っている。
遊撃パーティ1(主に他のパーティの補佐)は軍のプレイヤー、コーバッツを中心としたパーティ。
遊撃2及び指揮はアスナを中心としたパーティ。

 以上の6パーティでレイドを組むことになる予定だ。
 草案に対しての反対意見、及び追加意見は大して無く、アスナが声を張る。

「みなさん、ソードスキルについては十分研究をして下さい。
一部の武器に関しては情報が不足気味ですが、今判明している分だけでもしっかりお願いします。
偵察の出発は明日の午前9時です」

 つまり一日で多くのソードスキルについての理解を深めろ、という話だ。
リズベットは大丈夫だろうか、と周りの人たちを見てみるとやはり不安そうな顔をしているのが何名か居た。

「急な日程なのはわかります。けど例の騒動の影響で攻略に遅れが大幅に出ているのが事実です。
そしてそのせいで精神的に追い込まれた人が亡くなっています。
この悪い状況を断ち切るためにも私たちはこの遅れをなんとかして取り戻さなければなりません」
「両手剣について知りたい奴は俺のとこまで来い~。教えてやっぜー」

 力の抜けた顔でアインがそう伝える。
せっかくアスナがそのカリスマ性を見せ、プレイヤーを奮起させようとしているというのに、
実に嫌なタイミングで発せられたソレには多くの者の怒りに触れた。
そして今にも殴り掛かろうとする者が現れる。

「ち、あいつはまた!閃光、あいつの処遇はどうすんだ!
このまま野放しにしておいたらまた何をするかわかったものではないぞ!!」

 アスナは厳しい表情のまま長めの瞬きをする。
そして嫌そうにしながらも、嗜めるように言った。

「貴方の仰る通りです。私としても早く監獄に送りたい」
「ではなぜっ!」

 いくらアインといえど全員でかかればなんとかなる。
このプレイヤーはそう思っているのだろう。
 アスナだってそう思っている。
体力を削られる者は出るだろうが、数で押し込めば相手の動きは封じられるだろう、と。
でも例えできても今のアスナにその選択は無かった。
というよりもその選択が許されなかった。

「……今、最優先するべきことは五十層の攻略です。
自殺する人がでてきている中、戦力を減らすことはできません……」
「しかし野放しにしたらボス戦中ですら我々に攻撃してくる可能性がっ」

 そこで一度そのプレイヤーは言葉を止めた。
アスナが唇を噛み締め、涙を流しているのだ。
本来ならば彼女も今すぐアインをどうにかしたい。できるものならば。
その想いがすぐにわかった。
彼女も必死に苦しみに抗っているのだ。
 それを理解した男性プレイヤーは上げていた腰を下した。

「すまない閃光」
「いえ、こちらこそ」

「……そんなことしねえよ」

 アインは先ほどまでのおちゃらけた雰囲気が払拭された顔で怒っていたプレイヤーへ発言する。

「そんなつまんねえ真似しねえ。あくまでも俺がラフィンコフィンに加担したのは誰も挑んでこねえから
無理矢理挑ませるための最終手段だ。
クラインはわかってんだろうが、俺が戦う相手には必ず正面から行って一対一の状況を作ろうとしたろう?
だから闇討ちはしねえし、てめぇらから必死になって挑んでくるのなら俺は喜んでいつでも受けて立つ。
喜べよ?てめぇらが必死に俺を殺そうと襲いかかってくれば来るほど
俺はラフィンコフィンみたいな連中に加担する必要は無くなるからな」

 この恨みをかうということすら彼にとっては喜ばしい状況なのか。狂っているとしか思えなかった。
彼のこの態度を見ると、もしかしたらラフィンコフィンに加担した時からこの状況も計算されていたのでは、と思わされるぐらいだ。

「アインッ!」

 アスナが一喝する。
アインはアスナへ視線を向けると、お互いの視線がぶつかりあって火花が散る。

「貴方は無罪放免になったわけではないわ。勘違いしないで。
あくまでも五十層のボスを倒すまで先延ばしにしているだけなの」
「はっ、それじゃボス倒したら俺一人の討伐のために大部隊でも結成するか?
それともボス倒した直後にすぐにやり合うか?
"自分は悪く無い"のにラフィンコフィンの連中殺して罪悪感あるような奴には無理だと思うけどな」
「……人の怨念を甘くみない方がいいわよ」

 アスナ自身も当然のことながら、特に元・青龍連合。
彼らはリーダーが直接やられている分、他のギルドメンバーよりも殺意が強い。
それを理解したのか、アインは気味の悪い笑みを浮かべて小さく言った。
そいつは楽しみだ、と。

「一つ勘違いしているみたいだけどな、Pvっていうのは自分が殺される要素があるから面白いんだ。
自分だけ殺されないのならただの無双ゲームと変わんねえ。だから俺はお前らが俺を殺しにくることを許容する」

 瞳孔を開き、心底楽しそうに言うそれには怒りしか湧いてこなかった。

「そういうのは実際の死に直結しないゲームだけにしなさい!」
「それに関しては茅場に言うんだな」

 また茅場に責任転嫁か。
そう思って叫びそうになったものの、今は大勢のプレイヤーの目の前。
ここで自分が決めたことを曲げてしまってはいけない。
そういう自覚がレイピアに手を延ばすことを止めさせた。

「……ボスを倒したら覚悟してなさい」

 それだけ言うと、アインは再び先ほど自分の処遇について語りだしたプレイヤーに向かって言う。

「ってなわけだ。さっきも言ったけど両手剣について知りたいことあったら来いや。
もちろん、そっちは不慮の事故起こしてもいいぜ?俺は今は機嫌良いから起こさないけどな」

 つまり五十層攻略の前に両手剣のことを知りたいことを口実に殺しに来い、と暗に言っているのだろう。
それに気づいたプレイヤーは静かな怒りを露にして述べる。

「……そうか。では後ほどご教授願おうか」
「おいおい落ち着けって」

 アインの挑発に乗ろうとしているプレイヤーの横のプレイヤーがそれを抑えようとする。

「ボスは片手に一本ずつ武器持つって言ってんだろ?」
両手剣は関係ねえぞ」

 ボスは手一本一本に武器を持っているという情報からして両手系の武器は持っていないだろう。
ならば奴に力を借りる必要は無い、と結論を出していた。
 それでもきっと彼はアインに挑むだろう。
ここまで挑発されて挑まないのは矜持が許さなかった。
 そんなプレイヤーたちの考えを見抜いているのか、アインは鼻で軽く笑っていた。
ただあざ笑っているだけのように見えるその姿に、リズベットは言い様の無い不安を感じた。
先ほどまでの笑い方と違うような気がしたのだ。

(いったい何に笑ってるの?)

 詮索しなければ。そう思ったところで隣から動く気配が伝わってきてすぐに振り向く。
そこにはアイテムを一つ手に持っているキリトの姿があった。

「キリト……?」
「……」

 キリトは黙って渡してきた。
先日、謎の女性が乱入した場面に居合わせたプレイヤーはそれを知っているが、リズベットは初めてだ。

「えっと……回廊結晶?」

 一体どんな効果なのだろう?と若干ワクワクしながら説明を見てみる。
すると、とんでもない効果であり、高価であろうものだと気付く。
出現位置を記録し、そこに48名(レイドの限界人数)までが瞬時に移動できるという貴重なアイテム。
これならばもしかしたらボス部屋に設定することも可能かもしれない。
仮に無理だとしてもボス部屋の前に設定することは不可能ではないはず。
結晶無力化空間で使用することだけは不可能だろうけど、今回は関係の無い話だ。

「キリト、これをどこで?」

 キリトは再び動かなくなっている。
それが悲しくなり、ちょっとでも反応してくれたのが嬉しくもあり、複雑な心境だ。

「今度良かったら教えてね」

 儚げな笑みを浮かべながらリズベットは立ち上がり、アスナへ回廊結晶を託した。
回廊結晶の存在は作戦の幅――補給や緊急時の人員派遣――を拡げてくれるだろう。









 その後は一度解散して各々がソードスキルについての研究に励むこととなった。
既にアインにデュエルで挑んでいるプレイヤーもおり、金属音が鳴り響いている。

「キリトもソードスキル、研究してく?」

 まるで病人に問いかけるような己の声色に自分自身に嫌悪感を抱く。
本来ならキリトに対してこのような対応はしたくない。
したくないのにしてしまう現状が情けない。
 問いかけられたキリトは反応を見せない。

「帰って休もっか」

 努めて明るく言ってキリトの手を取ると、彼はのっそり立ち上がる。
手を引っ張ると、ヨタヨタと歩きついてくる。

「帰りに夕飯買って帰ろ」

 会議場を出て、転移門を使ってはじまりの街へ移動する。
先日の事件後、ラフィン・コフィンが決壊したにも関わらず、多くのプレイヤーは屋内に引きこもったままだった。
まだいつ殺されるかわからない、という恐怖が根付いているからだろう。
でも、本当に少しずつだけど緩和されてきているようには感じる。
絶望して自殺していくプレイヤーもいるが、ラフィンコフィンの討伐が終わって
僅かに希望を見いだしている強かなプレイヤーもいるのだ。本当に極僅かな人数だが。
 また、軍が昼間は人を割いて街の警備に当たっている効果もあるのだろう。
現在、シンカーの命を軍のプレイヤーは忠実にこなしていた。
ラフィン・コフィン討伐で一度結束が固まったせいか、軍のメンバーの人当たりも良くなっているせいもあるだろう。
今まで商売をしていたプレイヤーが僅かにまた姿を現すようになっていた。
けどそれすらも時折空しく感じる。
客がほとんど居ないのに並べられている露店。寂れた商店街よりも静かだ。
けれど露店すら無くなってしまうよりはずっと良い。
こうして今生きている人たちが頑張ろうとしている姿からは勇気をもらえるし、
攻略組が頑張って勝利を勝ち取った意味が見出せるものだ。
——そう、他人を殺してでも護った意味が。

 先日の戦い、少なくないプレイヤーが殺人を犯した。致し方なかった部分は多くある。
彼らの心を理解しようとする者はこう言うだろう。
彼らは正義のために戦った、と。
もしプレイヤーを殺めてしまった彼らを批難する者が居るとしたら、
それは中途半端な正義を掲げる者か事情を知らない者。主に後者になるだろう。
 彼らには後が無かったのだ。生きるか死ぬかの瀬戸際。
結果だけで言えば正義を掲げる彼らが生きる方が断然良い。今回は幸いなことにそのような結果となった。
 しかし、口上ではいくらそう言えても戦争を忌諱する現代人が人間の倫理に反するようなことをして平気でいられなかった。
ここ二日間の休息中、討伐に参加した人たちの苦しみは酷いものだった。
己の罪に震える者、呆然と黒鉄宮の石碑を見上げる者、様々だ。
この戦いで多くのものが死に、多くの心が傷ついた。
だからだろう。リズベットが誰も彼らを攻めてほしくない、と心底願うのは。
 そう、それは目の前に居る彼も含めて。

「キリト、なにか食べたいものある?」

 ネガティブなことを考えていたせいか、少し声から力が抜けてしまった。
そして、そのまま誰の耳にも入らなかったかのように消える。

「そういえばさ、回廊結晶を渡した後にヒースクリフから少し謝礼って言われてお金貰ったんだ。
これで攻略の安全度が増すってね。だからほしい物あったら言ってよ?」

 何度も話しかける。
露店の品を見た時。
転移ゲートへ移動する時。
居座らせてもらっている風林火山のギルドホームに戻った時。
クラインたちが帰ってきた時。
食事の時。
空が完全に闇に染まった時。
 何度も何度も話しかける。それでもキリトは反応してくれない。
ランプの灯りが部屋の情景をユラユラと揺らしている間もキリトの瞳には何も映らない。
 今まではラフィンコフィンの件があって気が反れていたせいかもしれない。
けれど、ここ数日はこの行為がまるで死人に話しかけているような錯覚を覚えてきて、悲しくなってくる。
 かつて、仲間を失った時もそうだった。あの時の悲しみも言い様のないほど嫌だった。
けれど今回の悲しみはもしかしたらそれ以上かもしれない。
前の時は人を失ったのに、今の方が悲しいのは薄情だと言う人も居るかもしれない。
けれど、あの時は仲間の死の痕跡が一切眼に入らなかった。
今回は悲しみの原因が目の前にありすぎるせいで、すぐに感情移入してしまうのだ。

「キリト、攻略がんばって」

 彼が唯一反応を見せたのは攻略だけ。
だから今、彼を応援することが彼の力になれるはず。
そう信じて言葉を紡ぐ。

「あんたならきっとみんなを救える。英雄になれる」

 そう、きっとなれる。二人の絆である剣の名の通り、
深い闇の中——アインクラッドの中を明るく照らせる光に。


「……けどさ、ここ数日は……辛かったよね?」

 声が徐々に上擦る。けどそんな自分の泣きそうな様子を隠さずに続けた。

「だからさ、い……今はゆっくり休んでよ。ね?……今だけはさ」


 また元気になってくれる日を辛抱強く待つから。

そう告げてリズベットはキリトをベッドに寝かせてから同じ部屋の別のベッドに横たわる。
瞳には薄らと雫が浮かんでおり、それを掛け布団でそっと隠す。








——キリト、好きだよ。


でも、辛いよ。


こんな恋、できることならしたくない。


それでも貴方を好きになったから、あたしは信じるしかないの。


だから、どうか応えて。あたしの信用に。信頼に。


本当は今すぐが良いけど、すぐじゃなくていいから。どうか……


いつか————




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
後書きという名の補足

 キリトが入手した回廊結晶は四十九層のボス戦で入手したものです。






[35213] 第十三話 破壊の王
Name: 倭刀◆326c9191 ID:fa07893a
Date: 2014/09/07 00:59

 一同は扉の前に立つ。目の前にはこれから挑まんとする第五十層のボス部屋への入り口。
攻略メンバーは23人。
そこにアイテムの輸送用にややレベルの低い5名とリズベットが加わる。
 第五十層のボス部屋の前ではプレイヤーたちが各々最終点検を行っている。
今敵に襲われたら危険な状態であるが、ここは安全地帯。なので安心して支度ができる。
第二十五層でもそうであったことだが、クォーターのボス部屋の前だけは安全地帯となっているようだ。
皮肉なことだが、大ボスと戦うための準備がしっかりできるよう開発者なりの最後の良心と言ったところか。
とにかく有利に働くならば今この場に居るプレイヤーたちにとってはどんな理由でも構わなかった。

 これから行う偵察ではまずはボス本体の分身体を倒す。
分身体は4体なため、戦力も四等分する。
6人で一つの分身体を扱えなければならないことになるため、苦しい戦いになるのは間違いないだろう。
なお一箇所だけ5人になるが、そこはユニークスキルを持つヒースクリフが参入してカバーすることになっている。

 支度をしているため、場には小さな金属音が前後左右至るところから聞こえる。
篭手の感覚を確かめたり、ブーツを付け替えて感触を確かめたりして装備の点検をしている音だ。
どのプレイヤーも落ち着きが無く、そのせいで元よりあった不安が更に拡大して行きそう。
地味に響く金属音だけの空間が淀みを生む。

「そういえばヒースクリフさん。自力で偵察に行った時ってどのぐらい戦ったんですか?」

 いち早く雰囲気を察知したクラインが流れを変えようとする。
毅然とした態度で目を瞑っていたヒースクリフはゆっくりと瞼を上げ、
クラインを見ると僅かに頬を和らげる。

「取り巻きの一体の体力を半分ぐらい削ったところで撤退した」
「ってことは俺たちが3体抑えてたら一人で一体倒せるんじゃないんですか」
「おそらくいけるだろう」

 そこで場の雰囲気が少し変わった。
ヒースクリフが強いのかボスの分身体が弱いのかは不明だが、
他のプレイヤーへの負担が大分減るということに繋がるのは明白だ。

「んじゃ、俺も一体相手できっかもな」

 両手剣で自分の肩を2回叩きながらアインが堂々と言う。

「君の実力は存じていないが、できるかもしれないな。
けど無理して一人で一体相手をする必要はない。いざという時だけで良いだろう」
「ハッ、違いねえ。さすがに一人だと時間かかっだろうからな」
「ならピンチになったら二人で一体相手してもらって体勢立て直しますかね」

 クラインのその冗談気味で言われた言葉に二人はすぐに頷いた。

「うむ、それでいいだろう」
「ああ。いんじゃねえか?あの女との約束もあっからな。頼ってかまわねえぜ。
とはいえ、本当に一人で相手できるかまだわかんねえけどな」

 3人の対話で多くのプレイヤーの不安が緩和されていくのをクラインは肌で感じた。
裏切り者と指差されるアインの言葉ですら今は緩和剤だ。
特にボスの扉の一番近くにいる彼女——アスナに関しては他のプレイヤー以上に緊張が解れるのが見てとれた。
彼女は攻め、守り、陣形、戦力分配、そして撤退に関してありとあらゆる指揮の権限を持っている反面、
一番重要な立ち位置にいるプレイヤー。責任面で言ったら最も重いかもしれない。
先ほどまでは若干顔色が青くまでなっていたが、今は若干白く見える程度。
平常通りとはいかないが、ひとまずの成果としてはこのぐらいか。

「クライン、こっちは準備できたぜ」
「こちらもだ」
「こちらも完了した」

 エギル、ゴドフリー、コーバッツの順で準備完了を知らせられる。
取り巻き対処時はPTごとではなく、別途割り当てられた部隊で動く。
分身体を倒した後にPT編成ができる時間があれば良いのだが、残念ながら期待できないため、
本体のためのPT編成を行っているわけだ。
 クラインはざっと周りを見渡して今一度全員の様子を見る。
ウィンドウを開いたり装備の点検をしている様子は無い。覚悟もできたような顔つきだ。
 アイテムに関しては充実しているとは若干言いづらいが、重量ギリギリまでは積んできた。

「みなさん」

 先頭に立っているアスナが全員に声をかける。

「今回の戦い、とても辛いものになると思います」

 息を呑む。アスナの言っていることは今更だが、それでも改めて言われると緊張する。
一見、せっかくほぐした緊張を再発させて大丈夫かという心配が出そうだが、
クラインは心配していなかった。彼女ならこの場にいる全員を鼓舞してくれるだろうと信じている。

「ですがラフィンコフィンとの戦いに比べたら楽なはずです」

 彼女が言いたいのは実質的な戦いのことを示しているのではない、精神的な話だ。
相手はシステム。今回は遠慮をする必要が全く無い。
だからアスナの言葉に多くの者が頷き、肯定する。

「遠慮なく全力を出して下さい!今回はラフィンコフィン討伐の際、敵だった者も、参加しなかった者もいます。
あの時よりずっと良い状況です!」

 確かにヒースクリフは薄情者だ。確かにアインは犯罪者の裏切り者だ。
けど、実力面のみに焦点を当てた場合に限るが、心強いことは確かだ。

「それに、私も始めから参戦できます」

 あの時とは状況が違う。
そう思わせてアスナは全員を鼓舞する。

「行きます!まずは偵察、けれど可能であれば今日で第五十層の攻略を終わりにしましょう!」

「「「「オオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォッッッッッ!!!!!」」」」








第十三話 破壊の王








 安全地帯なのを良いことに、アスナの言葉にキリトを除く全員が大声で応えた。
声が静まっていくとアスナは反転し、扉に手をかける。
ゆっくりと体重をかけて押すと静かに扉が開き始め、第五十層のボス部屋の姿を露にしていく。
 部屋の中を伺うと、風化した石畳が次の階層の扉に一直線で進んでおり、他の箇所は土でできていて若干荒れ気味。
トロッコが壊れた跡や石が部屋の隅にある。
壁は煉瓦で出来ており苔に覆われている。また、所々ランプが掛けられている。
天井を見ると暗闇に包まれており、先が見えない。
 取り巻きの姿を確認する。頭上にある名は。王の幻影。
分身体は左から順に片手剣、片手斧、鈍器、片手槍を各々持っており、全ての分身体が銀色の盾を持っている。
容姿は全て同じで、二本足で立っており頭身は人間と同じ。
分身体なせいか、通常のボスよりやや身長が低めだ。
体力ゲージは一本のみである。
 仏像めいている金色に反射している身体の中、赤い両目が怪しく光る。
睨まれていると思わず冷や汗が出てきそうだ。
しかしそれを振り切ってアスナはレイピアを掲げた後、正面へと振り下ろす。

「戦闘開始!」

 直後、部屋の中に吸い込まれるように攻略部隊が突撃した。
リズベットは列の中盤に居るキリトの背中を見送る。

「リズベット、いざとなったら頼むぜ」

 攻略組の後方、エギルが去り際にリズベットにそう声をかけて行く。
リズベットは本来ならばただの観戦だけのつもりが、ある役割を担うことになっていた。
ボスの攻撃による装備の損傷が激しいため、それのリカバリーだ。
だからリズベットは安全地帯に居るものの、重要な役割を担っている。
彼女は深く頷くと鍛冶用のハンマーを右手で軽く掲げて応えた。

「任せて!」



「でやあああっ!」

 開幕の攻撃は元聖龍連合の男だった。
彼が分身体と打ち合い、その脇を他のメンバーがすり抜けて攻めようとする。
だが分身体と打ち合った男が押し負けそうだと判断すると、彼の援護のためにボスの武器へと斧を当てに行く。
 複数のボスと戦う際に気をつけなければならないことがいくつかある。
ボス同士の連携に気を配ること、ピンチの味方に援護する時の戦力分配などだ。
既に複数のボスと戦ったことがある攻略組の面々は生きるためにもそれらの事項はしっかりと頭に入れて
今回の戦いに臨んでいる。

 分身体との戦闘が開始されて始めに安定しだしたのは、ヒースクリフの部隊。
彼が軸となって指示を出し、アタッカーがその通りに攻撃していく連携は今のところ崩れる様子がない。
 次はアスナの部隊。指揮能力が高い彼女は敵の鈍器の対処のため立ち回り指示を随時出す。
さすがにヒースクリフ同様の働きをできるタンクは居ないが、それでも十分戦えた。
エギルが頑張っているが火力こそやや少なめ。しかし特に問題は無い。
コーバッツ含むアインクラッド解放軍も彼女の指揮によく従った。
 ゴドフリー率いる部隊も片手斧という最も攻撃力が高い武器相手に善戦していた。
指揮能力が前者2パーティーには劣る反面、火力が最も高く、攻防の切り替えが速いパーティーであるため
ボスの体力の減少量は一番。
 最後のクライン率いるパーティーは現状だと一番不安定と言ってもいい。
原因はタンクがやや押され気味なせいでキリトがボスとタイマンをするような状況となっており、
それをクラインが補助しつつ他のメンバーが攻撃、という形なせいだ。
けれどその分、敵の体力減少量もゴドフリーのパーティーに匹敵している。

 その様子を見ていたリズベットは少しだが安心した。
戦い方は若干無茶が見て取れるが、それは彼の実力に見合っている範囲。
死に急いでいるような感じは伝わってこない。
あんな精神状態でもザザと戦っている時のような緩慢さはなく、しっかりとした動作をしていた。
瞳は薄暗い状態を漂わせたままだが、変化はある。
まだ人として終わっていないキリトを見れただけでも十分安心できることだった。

 分身体は防御力はそこまで高くないのか、減りはなかなかだ。
どこかのパーティーが助けを要求することもなく進んでいく。
そんな中、突如して一つの部隊から声が上がる。
アスナは急ぎそれを確認するが、杞憂だった。
声は声でも悲鳴ではなく歓声であり、一体目の分身体が排除されたのだ。
分身体同士の連携も特に無い。これならば大分余裕ができるだろう。

「ではゴドフリーの部隊はクラインさんとこちらに増援を——!まだよ!」

 アスナの声の前に既にアインが反応していた。
他の面々がアスナの声に反応してボスを見た時には彼が両手剣の峰でボスの攻撃を受け止めているのが見えた。
ボスの分身体が再び動き出したのだ。その身体は青く、透明状態となっている。

「シッ!」

 舌で空気を鳴らしながらアインが分身体に攻撃をしかけるがノックバックはするもののダメージが無い。
そもそも敵に体力ゲージが無いのだ。つまり無敵ということなのだろう。

「ったく、てめえら油断すんなよな。分身体4体倒さないとボスが出てこねえんだから、
分身体全滅するまで何かあるって思うだろ」
「す、すまん」

 アインのゲーム理論に関しては理解できないが、隙を見せてしまったのは確か。
謝罪するのは気に喰わないが彼がすぐに反応したことだけは事実なため、
躊躇しながらもゴドフリーは頭を下げた。

「んじゃこいつ抑えとくからお前ら他のとこ行け」
「問題ないのか?」
「さっきやってわかったけど余裕余裕。
てめえらはさっさと他片付けてきやがれ」
「わかった。しっかりやれよ」
「言われなくても手抜かねぇよっと!」

 両手剣に力を入れると同時に声に力を入れながら振るい、分身体の攻撃が振るわれる前に先に一歩踏み込んで先を制す。
分身体はそれで少しノックバックしてゴドフリーから距離ができた。




 結論から言うと分身体は準備運動だった。
しかし実際には強力なプレイヤーが4人揃っていたから楽勝に見えただけ。
神聖剣ヒースクリフ、閃光のアスナ、裏切り者アイン、黒の剣士キリトの4人が
それぞれ守備力、統率力、経験、集中力を発揮して抑えていたからこその成果。
一人でも欠けていたらもっと辛い過程をたどったことだろう。
 最も火力の低かったアスナの部隊が最後の分身体の体力を零にすると、半透明となっていた分身体が部屋の中央へと集まっていく。

「ここからはパーティー単位での指示を出します!
武具の消耗が激しい人は早めに私に声をかけて下さい!」
「あー、わりぃ閃光。俺修理行ってくらぁ」
「了解」

 一人で分身体を抑えていたアインは早々に一度離脱する。
アスナはそれをやや不機嫌の籠った声で送る。

 分身体が完全に中央へと集まると、部屋全体が光に満たされる。
思わず全員が目を瞑り、眩しさに耐える。
 光が収まったのを瞼の裏から確認すると、目を開く。
その時には既に真のボスの名が出ていた。



「破壊の王……」

 アスナがすぐに日本語に翻訳して全員に意味を伝える。
ボスに込められた名前というのは案外重要なためだ。
 ボスの身体は取り巻きと異なり、若干暗い黄金色であり、目に宿っている光は先ほどよりも鋭い。
額の部分には菱形の赤い宝玉が見える。
身体の大きさは分身体の2倍はあり、関節部分より身体の空洞部分が見える。

『ヨクゾワガブンシンタイヲヤブッタ(よくぞ我が分身体を破った)』

 ボスの野太い声がボス自身の金属によって反響し、より野太く聞こえる。
 ほぼ全員がそれには度肝を抜かれた。
ボスがしゃべることなど始めてなのだ。しかも無機物のボスが最初にしゃべったのだから余計に驚いた。

『キサマラノジツリョクニメンジ、ワレガアイテヲシヨウ(貴様らの実力に免じ、我が相手をしよう)』

「タンクA隊!」

 アスナがそう叫ぶとヒースクリフたちが前進する。
それに合わせてボスの拳が振り下ろされる。これはまだ優しい方なのだろう。素手なのだから。
それでも何人かは後ずさりし、それを後ろに控えていたプレイヤーがフォローする。

「おうらああああああああああっ!!」

 威勢の良い声と共に修理を終えたアインが正面から斬り込む。
クラインとキリトはボスの左に周りこみ、アインやゴドフリーのパーティが右へ周り込み、挟み撃ちにする形となる。
それと同時にタンクA隊、B隊はそれぞれアタッカーたちの方へと移動し、いつでも盾になれるようにする。
このボスは背後を取ってもデメリットが無い。ならば挟み撃ちにするのが一番。
そういうわけでアスナはこの布陣を築いた。
 ボスは索敵スキルでも習得しているのか、背後から攻撃をしかけてもしっかりと反応してきた。
けれど、前後からの挟み撃ちのメリットは死角を突くことだけではなく、相手の攻撃と防御を分散させることにもある。
よって、まだ小手調べというのもあるのだろうが今のところは良好。
さすがにハーフポイントである五十層のボスと言えど、攻撃行動時の足腰や手足の動作は物理学に適っているものであった。
指揮を執っているアスナ以外の予備戦力は残念ながら無いが、それでも序盤から劣勢すぎないのは救いだろう。

 今のところ一番目立っているのはアイン。彼の攻撃が一番ボスの体力が削れるのが見えた。
今までのボス攻略でも彼を見たことはあるが、その比にならないぐらいの働きをしている。
最大の違いは覇気。彼に言わせればやる気だろう。

「ほんと、これでPKなんてしてなければ頼もしい仲間なんだけどね……」

 そう思わずにはいられなかった。
そして今まで彼が本気でボス攻略に励んでいればどれだけ楽だったことか。



 特に何も問題は無い。そんな良好の状態で一同は迎えることとなる。体力が4分の3を切る所を。
 何人かが感じた。ボスの雰囲気が変わったことに。
直後、ボスが足でタンクのシュミットに仕掛ける。
硬いその身体による一撃は鈍器に殴られたようなもので、
タンクのシュミットが短い悲鳴を上げながらそれを防ぐが、部屋の端まで吹っ飛ばされる。
シュミットの体力の減り具合を見ると、4分の1もゲージは減っていないが、あのノックバックは驚異だ。

「うお、なんだ!?」

 クラインのヘンテコな声に何人かが注目する。
クラインの真横を分身体が持っていた大きめの片手剣が通り過ぎる。
情報では武器は体力が半分以下になってからのはずだった。
ボスの様子を伺うと、あざ笑っているように見えた。

「おいヒースクリフ、どういうことだ!」

 元・聖龍連合の男の苛立った声にヒースクリフは冷静に返す。

「私は間違った情報は言っていない。クエストの情報も今のところ間違いではないだろう。
ボスは最初は素手で半分を切ったところで"両手に"武器を持つと行っただろう。
それまでに片手に武器を持たないという情報は無い」
「言葉遊びじゃねえんだぞ馬鹿野郎!!」

 アスナも同じ気持ちだが、ヒースクリフにあたっても仕方が無い。
彼は情報提供をしてくれただけで悪意は無い。
もしここで悪意など感じようものなら第一層のボス攻略時にアルゴが偽の情報を伝えたという誤解と同じようなことになってしまう。
あの時はアルゴが完全に善意によって伝えてくれたことであるだけに、今回のヒースクリフの善意を疑うことは本能的に避けたかった。

 ボスは急に動きにキレが増す。
武器を持ったことで本来の戦い方ができるようになったのだろう。今までとは明らかに異なる威圧感。
剣が耳の側を通る時の風圧、音、そして死への距離が全く異なる。
ヒースクリフ、キリトを除いたプレイヤーたちはどの顔を見ても現状が不味いということを物語っている。
剣が振るわれる度に歯を強く噛み締めながら避けるその姿には余裕が無い。
まだ片手しか武器を持っていないためつけいる隙はあるものの、ボスの体力が半分を切った時のことを考えると
この戦力で破壊の王を倒せるとは思えなかった。
 その時、アタッカーが攻めた所でボスに迎撃された。
片手剣の斬り上げで宙に浮いた所で足蹴りが正面からヒットする。
プレイヤーは壁に激突し、地面へと落ちて更にダメージを受ける。
体力の減り具合を見ると一気に体力がレッドゾーンにまで減った。
他のプレイヤーを尻込みさせるには十分過ぎる威力だった。

「うおわっ!」

 ポリゴンが砕け散る。死人が出たわけではない。武器の破損だ。
元血盟騎士団のプレイヤーが獲物である曲刀の峰で相手の片手剣をまともに受けとめてしまったせいだ。

「予備の武器あるか!?」
「だ、大丈夫ですあります!」

 リズベットは今のを確かに見た。
彼女もボンヤリと見ていているわけではない。
誰の装備がどの程度消耗し、危険域に達しそうかというのを常に確認しようとしている。
今、武器が破壊されたプレイヤーの耐久値はそこまで減っていなかったはず。だというのにこの結果だ。

 アスナは何か手を打てないかと考える。しかし思い浮かばない。
元々この陣形は終盤まで使う予定であったのだから、武器が一本だけもたれたところで変更はできない。
PTごとの負担もヒースクリフ個人にややかかっているものの、他は特に偏りは見られず平等に厳しい状態で戦っている。
 ならば今できることをするしかない。皆の居る位置から距離を置いた状態でボスを観察し続ける。
攻撃の型、使うソードスキル、受けるダメージ、与えられるダメージ、タゲの移り変わるタイミング、
それら全てを現段階のだけでもまとめて終盤に役立てなければならない。

(団長は余裕がある。他のタンクの人もまだ行ける。けど……)

 他に問題があった。ボスに手足による格闘戦もあって攻撃の手数が多いため、アタッカーが攻撃に行くタイミングが難しい。
それに素手の攻撃は威力が下がるものの、当たり判定が強かった。
かろうじてAGI型のアスナならば避けられるかもしれないが、STR型のプレイヤーは耐えるしかない。
そのためボスの懐へ潜り込むのが難しい状態となっている。
無理に攻撃に行けばその分、ダメージを受けることになって終盤の回復アイテムがきつくなるためどうしても無理はできない。

 アタッカーとして主に期待しているキリト、クライン、アインの3名の動きを見て糸口が無いか探す。
キリトは正面気味に戦っているが、敵の攻撃を上手くさばいている。
剣の攻撃に対しては避けるか相殺するかで対応し、素手の攻撃に対しては防御体勢で後方に飛んで上手く緩和している。
クラインは時折くるボスの素手の攻撃に合わせ、手足に攻撃を当ててダメージをとっている。
アインは徹底的に相手の攻撃の隙を突いて戦っている。
正面をキリトに任せている分、隙を突きやすいため一撃で与えられるダメージは大きいが、
その分すぐにタゲをとってしまうため攻撃時間がやや短い。
 一番無難なのはクラインの手法だろう。だけどそれでは駄目だ。
終盤になったら両手に武器、更に手が増えて計4つの武器を持つことになる。
そうなれば今の戦法は使えない。
 キリトの手法は難しい。後方に飛んでの相殺はまだ可能だが、回避に関しては相手の初動の見極めが極端に速い彼でなければ不可能。
アインの方法は多くの人数を割くことができない。隙というのはそう多くないし、経験とセンスが問われるものだ。
 以上のことをまとめると、今大勢で取れる手法は無い。
下手をするとこのまま最後までキリトとアインの2名、
そしてタンクに加えてアタッカーも可能なヒースクリフの計3名での火力とりになりかねない。

 アスナは迷う。このままでは恐らく死人が出るし、五十層のボスを打倒できない。
本来の目的である偵察だけで留めるべきだろう。
 けれど、数日後でも果たして対処できるのだろうか。
全員の実力の底上げが可能か?レベル上げだけで済むか?
それにこれ以上長い期間五十層に留まりたくない。
しかし一か八かで最後まで挑んでいい戦いでは無い。
ここで死人が出てしまえば攻略自体が不能になってしまう。それだけは絶対に避けなければならない。
ただでも壊滅的な打撃を受けた攻略組がこれ以上の戦力損失はできないし、士気低下も酷いものになるに違いない。
この厳しい五十層のボスをなんとしてでも死人零で抑えなければならないのだ。



 そんな迷いを孕んだまま、ボスの体力が2分の1を切るところまで着た。

「退避!!」

 アスナがそう号令を送ると、アタッカー、中衛、タンクの順にボスから離れる。
離れる直前、ヒースクリフが一撃ボスに攻撃を加えるとボスのゲージの3段目の色が若干欠ける。
各々が息を呑む。本番が始まるんだと感じて。
 ボスは分身体が居た場所にある片手斧を引き寄せ、振ってくる。
ここからはこの武器二つと素手である腕二本を相手にしなければならない。

『コォォォッ!』

 ボスのハッキリと聴きとれない声と同時に足が振り上げられ、落とされる。
踏みつぶされる者は居なかったが、続けて0.5秒の間もあけずに片手剣が襲ってきて
体勢を崩されていたプレイヤー3人が餌食になる。
破壊の王は吹き飛んだプレイヤーに目もくれず、すぐに近くの別のプレイヤーへと攻撃へ移った。
 アスナはすぐに攻撃を受けたプレイヤーの様子を伺うと、スタンして動けなくなってしまっていた。
本来片手剣にスタン効果のあるソードスキルは無い。だというのに付加されているのだから
このボスが特別扱いされているのがよくわかる。
 一同は敵の強さに怯えそうになるが、まだ生存可能な範囲なためか踏ん張る。
とにかく最低の目標である敵の体力を3/4まで削ることだけはしておきたい。

 ボスの攻撃のキレが鋭い。
ソードスキルのディレイ等は本来の通りだが、それでも速いと感じる。無駄な動きが少ないせいだろう。
明らかに他のボスとの強さが異質だ。
今までのボスの強さというのはやたら攻撃力が高かったり、特殊なブレス攻撃が厄介だったり、
ボスが複数居たりだったのだがこのボスは違う。
このボスの強さは敵個人によるAIの高さ。プレイヤーの視点で言えばプレイヤースキルの高さだ。
特殊な攻撃が無いのは特別な対策をしなくて済んで楽なのだが、
下手な小細工や対策が通用しない分、要求されるプレイヤースキルが高くなる。
 よってプレイヤー側も高いプレイヤースキルを保持している者しかなかなか手が出せずにいる。
高いプレイヤースキルを保持しているキリトは皆とは別の行動を取り、敵の脇より積極的に攻撃をしかけている。
他のアタッカーも負けまいと攻めようとするが、あるプレイヤーは防御に専念させられ、
あるプレイヤーはボスのタゲを集中的に集めてしまい、上手く動けなかった。
よって、いつしかキリトのダメージ効率はヒースクリフやアインを上回りつつあった。

「さすがキリト君ね……。補給部隊準備を」

 狂化したらきっと生半可な戦力ではボスを倒すのは不可能だろう。
結晶、ポットの消耗も多い。そろそろ手持ちのアイテムが尽きる頃。
偵察とはいえどアイテムの消費を抑える余裕は無い。最悪アイテムは時間をかければ補充できる。
プレイヤーの命にはかえられないのだ。

「でりゃああっ!!」

 隙を見たクラインの刀の一撃が屈んでいたボスの胴体に当たり、鮮烈な光が閃く。
その攻撃は敵の胴体と腰のつなぎ目に当たっており、軽めのクリティカルヒットとなる。

「全員下がれっ!!!」

 ヒースクリフの怒声にも似た声を受け、全員が一度下がる。
破壊の王が両腕を上げた直後、左右に斧と剣を振り下ろす。
そこは先ほどまでアタッカーたちが居た場所だ。
もう少しヒースクリフが声をかけるのが遅ければ被害が出ただろう。
けれど余波が酷くて身体の感覚に違和感が生じる。よって全プレイヤーが身を構えて感覚が戻るまで耐える。
その間、約3秒。その間はボスに最も近くに居たヒースクリフが余波の余韻をものともせず耐えた。

 ボスとの攻防が続く中、タンク部隊B隊から金属が割れるような音がした。
タンクの一人が腕にまともに攻撃を受けてしまい、篭手に異常な負荷がかかったようだ。
幸いまだ壊れていないが、それでも耐久値ギリギリだろう。
よって彼は離脱を宣言し、持ち場を離れる。

「アスナ、ヒースクリフさんをそろそろ戻して!」

 リズベットの声にアスナも気づく。
先ほどからずっとヒースクリフに負担がかかりっぱなしなのだ。
つまり、いかに神聖剣といえどかなりの耐久値が削られているはず。
 けれどタンクが一人減った今、ヒースクリフまで抜けたらその穴を埋めるのは難しい。
誰かその間にタンクをできる人は居ないか。
居ないのならばヒースクリフには耐えてもらうか。
 瞬時に判断した結果、答えはノー。
ヒースクリフのメイン装備を破損させるわけには絶対にいけない。

「ヒースクリフ団長、一度下がって下さい!
その間アタッカーも含めて全員防御体勢を維持!」

 一瞬ヒースクリフは躊躇するものの、指揮に逆らうと下手な混乱を招くことになってしまう。
ならば周りのプレイヤーたちに現状を託し、急ぎ戻るためすぐに駆け出す。
 アスナはすぐにタンク部隊の様子を注視する。そして気づいた。
ヒースクリフの率いていたA隊は不安に苛まされている。これはまだマシだった。
問題はB隊。こちらのタンク3名は既に異様に大きく呼吸を繰り返そうとする動作が見られる。

この時アスナは決めた。

 ヒースクリフが居ない状態でのタンク部隊は懸命に護る。
アタッカーたちが懸命にフォローしようとするが、余り楽にはならない。
ボスの攻撃が一番届く位置に留まり続けるのはかなり辛いものがあった。並大抵の度胸では長時間続かない。
それでも彼らはラフィンコフィン戦で鍛えられた心を力に変えて耐え続ける。
10秒、20秒と過ぎる時間が1分、2分と長く感じる。
 リズベットも懸命に修理を行う。
携帯用修理キットを使って許される限りの速度で作業を進める。
そのかいがあったのか、誰一人死ぬことなくヒースクリフは前線へと復帰した。
その直後だった。アスナが今日一番の大声を張ったのは。

「全軍退却します!!!!」

 その声を聞いたほとんどの人がすぐに反応した。

「繰り返します。全軍退却します!
各隊復唱して全員に伝えて下さい!」

「全軍退却!」
「全軍退却だ。退くぞ!」

 目標はボスの体力を4分の1にまでするところだが、もう無理だ。
いくらヒースクリフが強くても他のプレイヤーがついていけてない。
どこからどう見てもタンクB隊は摩耗している。
いつ集中力が切れてしまうかわからない。……否、もう既に切れていていつ事故が発生してもおかしくないような状態だ。

「キリト君、アイン君!」

 退却していく中、ヒースクリフが芯の通った大声で二人に呼びかける。
大晦日の時の事件もあるせいか、無意識に協調性を保っていたキリトもその場で停止する。

「なんだあ!?」
「これから私がしばらく耐える。君たちにはボスの体力を4分の1まで削ってもらいたい!」

 それに一番慌てたのはアスナだ。
彼女らしくも間の抜けた声を上げ、ヒースクリフの提案の馬鹿さ加減に頭が瞬時に沸騰する。

「ふざけたこと言ってないで撤退して下さい!いくら団長たちでも無——」
「ヒースクリフ、そう言ったからには絶対耐えろよ。こっちに被害きたら後でデュエルだかんな!」
「それはそれで魅力的だが今はふざけている時では無いからな。必ずや耐えてみせよう」
「……理……」

 アインに言葉を遮られたことによって怒りを通り越してやる気が失せた。それが今回のアスナの心情である。
人間好きの反対は嫌いでは無く無関心、という言葉を彼女は初めて学習した。
 けれどそれで黙っているわけにはいかないのが指揮である。無理をさせないのが指揮である。
しかし既に3人はボスの体力を削り始めている。
こうなったら付き合うしか無いだろう。

「3人ともせめてボスを入り口まで引っ張ってきて戦って!」

 入り口付近ならば危険な状態になってもすぐに撤退できる。
今回に限っての話だがボス部屋の外は圏外だからダメージも確実に受けない環境という理由もある。

「任せたまえ」
「おうよっ!」
「……」

 3人はすぐにアスナに言われた様に入り口に撤退しながら戦う。
そういう点では彼らが殿(しんがり)をしつつ退却している体勢ではあるので助かっている。
ついでに体力を削っていると考えれば儲け物ではあるが心臓に悪い。
 少数なこともあってか、3人は集中力が先ほどよりもまた一段増していた。
他のプレイヤーはそれらを雲の上を見上げるような心境で見ていた。
自分たちと実力が全然違う、と。何が違うのかと問われて上手く応えられる者は少ない。
どうして強いのか、何が強いのかわからないというのが一番実力に差がある状態なのだ。

 3人は懸命にボスの行動を見極める。
ヒースクリフは懸命にボスの正面で耐える。
ボスはまるで意地になっているかのようにヒースクリフへ攻撃を続けた。
そしてそんな攻防が続いている中、キリトとアインの二人は残り僅かな3本目のバーを削りきった。
同時にボスが吼え、片手槍と鈍器が分身体の死体位置からたぐり寄せられる。

「……あれ?」
「む?」
「……あん?」

 アスナ、ヒースクリフ、アインが同時に声を上げる。
ボスが武器を拾ったのはいい。そこまではいいのだ。
けれど、その情報と同時にボスの体力が半分まで回復する、というのもあった。
それが行われないのだ。

「ど、どういうことだ……?」

 情報提供者のヒースクリフが一番不可解な表情をする。
他のプレイヤーも同様である。
今までクエストの情報が間違っているケースなど無かったのだ。だというのにこの事態。

「まさか……カーディナルの難易度自動調整機能が……」
「団長、しっかりして下さい!」

 アスナは混乱しているヒースクリフに喝をいれる。
ヒースクリフはそれで今悩んでいる事態では無いと思い直したのか顔を上げた。

「アスナ君」
「どうかしましたか?まさか撤退を取りやめようなんて言いませんよね?」

 ヒースクリフは沈黙を保つ。
 アスナは口の中に苦みが広がるような嫌な感覚に陥った。
つまりヒースクリフは本当に撤退を取りやめようという意思があるということだ。
全員の生存を優先するためにこうして撤退しようと決定したというのに
渋られては指揮を執る方としても非常に困る。
 そんなアスナの気持ちを理解しているのか、ヒースクリフはある提案をした。

「確かに危険だ。それに皆疲れている。だからアスナ君」
「なんでしょうか?」

 もうこれ以上何を言われても疲れしかたまらないだろう。

「しばらく私が一人で持ちこたえる。皆は休憩していたまえ」
「はぁ……」

 平常時とさほど変わらない口調で言われたソレの意味がわからなくて生返事をする。
そして数秒後。

「「「……………はぁ!?」」」

 驚いたのはアスナだけでは無い。クラインもエギルもほとんどのプレイヤーがだ。
例外はいざという時のためにアビスイリュミネータを今のうちに懸命に修理しているリズとその持ち主であるキリトのみ。

「……バッカかこいつ。おい、ほんとにやんのかよ」

 半信半疑のアインにヒースクリフは答えようとせず、行動で示す。
そんな意思の硬さにアインはやれやれという感じでため息をついた。

「そんじゃ、付き合ってやるとすっか」
「ほう、良いのかね?」
「なんとなくだけど次のパターンも予測できっからな。俺一人じゃ無理だがお前がちゃんとタゲ取ってりゃ火力とってやるよ」
「それは頼もしい限りだ。……っと、もう一人きてくれるようだな」

 ヒースクリフの右側に剣の修理を終えたキリトが出てきた。これで計3人。
殿を勤めていたメンバーがそのままボスと戦い続ける形となる。
 ボスは最終段階へ移行するためのディレイが終わったのか、ヒースクリフへと突進してくる。
だというのに彼はアスナの方へ向き、やや緊張感に欠ける優しい声で言った。

「君たちは参戦できる状態になるまでしっかり休んでいてくれたまえ。
それまで我々がどうにかしよう」
「ど、どうにかするって……そ、そんなの無理に決まってるじゃない!」

 ヒースクリフと破壊の王が対峙する。
先ほどより数段、王の覇気は上がっていた。
これが本来の戦い方と言わんばかりの高揚が見て取れる。
 王は右の上腕に片手剣、右の下腕に鈍器、左の上腕に片手斧、左の下腕に片手槍を持っている。
王は左の上腕を振りかぶり片手斧を、左の下腕を引いて片手槍をヒースクリフへ向ける。
そして左足を踏み込むと同時に槍を突き出し、腕を振る時間差で斧が迫る。

「危ないっ!」

 誰かの叫び声と悲鳴が届く。
そんな中、ヒースクリフは冷静に見極めて身体を右に動かしながら盾で槍を受け流し、直後に来る斧を盾で正面から受け止めて後ずさる。
更に槍の追撃が来るがギリギリでしゃがむことで避け、右手の剣で相手の腕を捉える。
 ヒースクリフが片手剣を振り始めるまでの一連の流れにかかった時間は約1秒。
ボスと現在対峙していないプレイヤーたち全員が眼を丸くした。
相手の初動の確認、追撃の読み、そして対応能力の3つの点に秀でていないとできない芸当をあっさりやり遂げたように見えたのだ。
 破壊の王は後方へと左足を素早く出し、アインを蹴り飛ばす。
彼はまともに受けてしまったかのようにクライン達には見えたが、来ることを予測していたのか防御体勢になっており被害は少なめ。
 キリトはボスが背後を見せるだろう位置を予め察知していたかのように回り込み、敵の隙を突いてソードスキルを叩き込む。
攻撃した後は踏みつぶされそうになるのを見極めて避け、離脱する前に一撃加える。

「なんなんだあいつら……」

 シュミットがそう呟いたのにほとんどの者が同意した。
まるでボスの来る攻撃が予測できているかのような動きなのだ。

「これがアイツが言ってた経験からできる読みってやつなのか……?」

 クラインが戦っているアインの姿を追いながら呟く。
昨日、アインと元聖龍連合のプレイヤーとのデュエルを見学していた時に勝利したアインが言っていたのだ。
「お前らは経験が足りねえ。仮に経験があったとしても読みに活かせてねえ」と。
正にそれを体現しているかのようなのだ。3人の戦いが。
 次にこういう攻撃が来るかもしれないという考えを幾通りも持ち、そしてその状況がやってきた時に素早く対応する。
そしてそこに間合い管理能力が加わるとプレイヤーの動きは随分と変わる。
 戦っている3人はそれらを活かし、防御あっての攻撃をしている。自分の身を最低限護れるだけの立ち回りができている。

「……さて、そろそろ行くとすっか」

 クラインはそろそろ休憩を止めることにした。
1分ぐらいの短い休憩だったが、戦いの最中では十分過ぎる程だ。
 座っていた腰を上げる直前、アスナと眼が合う。
彼女もどうやら3人の戦いぶりに触発されたらしく、乗り気に見える。

「さすがにアレを見たらノンビリとしていられないっすからね。
それに……」

 キリトの戦いぶりを見る。
相変わらず何も言わず、ただただ戦っている。
呼吸も乱さず、ただの戦闘マシーンのようなその姿は孤独を醸し出す。

「あいつにあれ以上、寂しい思いさせたくないっすからね」
「……そうですね」

 アスナは自分とクライン、そして戦っている3人以外の戦える18名を見渡す。
シュミットの顔色は余り良く無いが、それでも立ち上がった。

「大丈夫かシュミット」
「……あんまり大丈夫ではない」

 彼は手の甲で顎の下を拭う。
顔色が悪いが眼は死んでおらず、強く気持ちを持とうとしていた。

「けど、もうそろそろ終わらる時だろう。この階層を」
「そうだな。……よし、行くぞ!お前ェら!全員覚悟してかかれっ!」

『おうっ!』

 再度ボスを挟み撃ちにするよう陣形が開く。
 この構図だとクライン側の3パーティが片手剣と鈍器を担当し、
ゴドフリー側の3パーティが斧と槍を担当することになる。
 クラインはキリトに合流すると積極的に攻撃を仕掛ける。
ゴドフリーの部隊に早くボスのタゲが移り、耐えるだけの状態となるがそれでも良い。
こちらが体力を削れているのならば、反対側は耐えるだけでも戦功なっている。
チームプレイとはそういうものだ。
 クラインが動くとキリトが同時に動いた。
そして、ソードスキルが同時に当たると、敵の攻撃対象がキリトとクラインに変わる。
そこですかさずヒースクリフが破壊の王に攻撃を仕掛けて再びターゲットを取ろうとするが、
タゲは変わらず、クラインへ片手剣が振り下ろされた。

「ぐはっ!」

 避けきれなかったクラインに追撃で王の足が振り下ろされる。

「これ以上好きにさせてたまるか!」

 エギルが飛び出し、リーチの長い斧で敵の膝を折り曲げるように後方から攻撃を叩き込む。
その様子を見ていたほとんどの者が上手い、と関心した。敵の体勢が崩れたのだ。

「総攻撃!!」

 アスナに言われるまでも無く、全員が一気になだれ込む。
しかしそれも僅かな間。ボスはすぐに右足で右方向にいるプレイヤーに足払いのような攻撃で反撃し、
左方面は武器で広範囲を薙ぎ払う。
簡単にはまとまった火力を取らせてもらえないようだ。
 王は怒りの声を上げ、膝を折らせたエギルに焦点を当てる
眼があったエギルは危機を瞬時に感じ取り、どう対処するか迷う。
その迷いが仇となって行動を鈍らせ、ボスの間合いから遠ざかるタイミングを逃す。
振り下ろされてくる鈍器を見て退くことは不可能と見たのか、斧の柄で攻撃を受け止めようとする。

「ぬおおおおっ!」

 しかしその直前にゴドフリーが渾身の一撃をその鈍器の横からドンピシャのタイミングで当てる。
 続けてエギルに襲ってきた片手剣にどこから現れたのか、キリトが同じ様に同じ方向からソードスキルを当てる。
するとボスの鈍器を持っている腕に片手剣が当たり、ボスの体力がプレイヤーの攻撃と比較すると大幅に減少し、
ボスの動きが硬直した。

「す、すまん助かった」
「気にするな」

 ゴドフリーは当然のことをしたまで、と笑って応えた。
 あのままエギルが直撃を耐えていたら二発目はまともに受け、
ボスの硬直が無ければ更なる追撃でやられていたかもしれない。
それを考えると二人は命の恩人と言えよう。

「……」

 ボスに自身を傷つけさせる結果となった攻撃をしたキリトは自身にタゲが着たことをボスの視線で理解する。

「手伝おう」

 キリトにタゲが来ると読んだヒースクリフは彼の側へと移動し、ボスの攻撃に備える。
先ほどエギルはボスに大きめの隙を作らせる攻撃をしてタゲを取った。
ならばボスに大きなダメージを負わせることになったキリトのタゲもしばらく外れないだろうと判断して
ヒースクリフは彼の側へ移動して護ろうとしたのだ。

「ボスの足の攻撃はさすがに防ぎきれない。自分でどうにかしてくれたまえ」
「……」

 お互い相手にできない芸当は要求しない。
キリトはボスの攻撃を正面から相殺しようとはしない。
第一層のボス戦と違ってボスとの力の差が大きいからだ。
だから受け流し、左右前後へ移動して避け、ボスのフェイントも見切って対処する。
ヒースクリフは片手剣、鈍器による攻撃をしたすらキリトとの合間に入って防いでいく。
そしてその間に他のアタッカーが背後から地味に攻撃して行く。

「キリト君とヒースクリフさん以外はソードスキル使わずにタゲを取らないように手数を増やして攻撃して下さい!」

 現状のキリトとヒースクリフの二人掛かりでのボスのタゲ取りが一番体勢が楽だと判断したアスナは
彼らには申し訳無いが彼らの実力を信じて現状維持を決めた。

「ふ、アスナ君も無茶をしてくれる。なあ、キリト君」
「……」
「相変わらず黙りかね。まあ良い。しばらく二人で耐えようではないか!」




 アイテムも大分消費した。長い時間戦って疲れてきた。
けれどようやく、ようやく敵の体力は8分の1にまで減った。
いかにキリトとヒースクリフと言えど、そろそろ体力も危険になってきた。

「そろそろタゲ変えるぞ閃光!」
「お願い!」

 二人の体力回復の時期と見たアインがグラビブレイクを放って敵の胴体に振り下ろされる。
直後だった。ボスが足をいきなり振り上げ、地面へ叩き付けたのは。

「?」

 全員がおかしいと感じた。
ボスの行動がなんか変なのだ。敵が居ない部分に無理に足を振り下ろす行動などするのだろうか。
それにボスに今、ダメージが通らなくなっている。
これはまるでボスの体力が半分や4分の1を突破した時のようだ。
 そう思っている間に何かが落ちてきたのだ。
そしてそれが突き刺さると地面が揺れる。
それに耐えた後に落ちてきたものを確認すると、武器が四つ。

「まさか……」

 誰の囁きだったかはわからない。
ボスの胴体下部より更に新しい腕が四本生えてきた。
その四本の腕は今落ちてきた両手剣、両手斧、刀、両手槍をがっちりと握る。
その様子を見ていたプレイヤーたちの顔が青ざめる。
誰もが予想しなかった事態が発生した。
 まだ、残っていたのだ。ボスの最後の強化が。

「ち、やっぱ両手武器もかよっ!!」

 アインが大声を上げる。
彼の言う通り、一見片手剣に見えるそれはボスの体格が大きすぎるせいでわかりづらいが、
両手系も含まれていた。ボスはそれを片手で持っている。

「最悪だ……」

 クラインの囁きに誰もが同意しつつ思った。

――こいつに勝てるのか?

 先ほどまでヒースクリフが徐々に上げてきた士気もボスの最後の強化で一気に消沈した。
 そんな状況の中、最初に動いたのはキリトだった。
アビスイリュミネータを片手に果敢に挑み、敵の脛の部分を討つ。
その姿を見てアスナは我に返った。

「全員、ひるむなっ!!」

 アスナの厳しい叱咤の声が耳に届く前に既にヒースクリフも動き出していた。
ヒースクリフは今はまだ隙のある腹に向かって飛び上がり、ソードスキルを放って敵の意識を向けさせる。
その間にアインは脇から確実に攻撃を放って様子見気味に挑む。
 直後、地響きが鳴る。
ボスがシュミット達B隊の方へ左腕4本に持っている武器を全て振り下ろした。
それはソードスキルでは無いが、範囲が広い。
何人かのアタッカーが負傷し、武器に押さえ込まれて助けを求めている。
そこに追撃するかのようにもう片方の武器らが押さえ込まれているプレイヤーたちへ襲いかかろうとしていた。

「っ!!」

 アスナは動いた。
ボスが右腕を振り下ろしているせいか、頭の位置が下がっており、右腕が斜面になっている。
そこへ駆け出し、疾風の如くボスの頭部へと駆けて行く。

「はーーーーーーーーっ!!」

 ボスの眼にレイピアの切っ先が当たる。

『グガオオオオオッ!!』

 頭部にソードスキルが放たれると空洞の中に反響し続けているような音がボス部屋全体を覆う。初めてボスより悲鳴が上がった。
恐らく弱点なのだろう。可能であればもう何発か打ち込みたい。
しかし、ここに長居はできない。名残惜しいが、アスナはすぐに飛び降りる。

「アスナ君っ!!」

 呼ばれてすぐに反応し、呼んだ人物の方へ走る。
そしてその背中に隠れた。その間に何人かのアタッカーがチャンスと見て攻撃を行っていた。
直後、アスナを庇っている人物――ヒースクリフに刃が襲い掛かる。

「全員下がれっ!!」

 クラインの声が響いた直後、旋風が起きた。
刀のソードスキルが襲いかかる。使用者の周りを攻撃するソードスキル、《旋車(つむじぐるま)》。
刀使いであるクラインはそれをいち早く察した。
警告に従えた者はなんとか避難、防御でき、反応の遅れた者は攻撃を受けて壁に叩きつけられた。
 ボスは叩きつけられたプレイヤーたちを視認すると、追撃を行うべく一歩強く踏み込む。
さきほどまでと違い、ボスはその長い足を使って走り寄る。
その追撃してくる姿を確認したプレイヤーは悲鳴を上げ、なんとか逃れようとする。
しかし必死に動こうとしてもスタンで動けない者が多い上にレッドゾーンへと突入しているプレイヤーが5人は居た。
今まで踏ん張っていたヒースクリフも身体を支えきれず、体勢を崩していた。
 ボスは左足を踏み込むと、開いた身体を一気に畳み、今度は右足で踏み込んでから武器を振り下ろそうとする。
ボスは全ての武器を振らず、一つに絞っていた。
このゲーム中、最も威力が高いとされている両手斧に。

「ちっ!!」

 間一髪で両手剣スキル、グラビブレイクがボスの脇腹部分に綺麗にヒットした。
重い一撃に王の動きは完全には止まらなかったものの、一瞬だけ速度が落ちた。
その瞬間を逃さず、クラインが居合いを放つ。
それに続き、素早く体勢を立て直していたヒースクリフが攻撃して再びボスのターゲットを取ろうとする。
しかし王は止まらい。

「結晶で離脱しろっ!!」
「駄目、間に合わない!!」

 クラインの言葉の直後、アスナが言葉を被せる。
アスナの言う通りもう遅い。今更転移結晶は使えないし回復結晶も使えないだろう。
ついに最初の死者が出てしまう。
そう思ったが両手斧に狙われたプレイヤーの前にキリトが立ちはだかった。
 アビスイリュミネータを掲げ、片手斧を真正面から受ける。

「ぬ……がぁぁっ!」

 強く歯を噛み締め、全身の筋肉に力を入れようとして顔まで引きつる。
決してその先には斧を振らせまいと必死に耐える。

「キリトッ!」
「キリト君っ!」

 リズとアスナが叫ぶ。
その声に応えるかのようにキリトは更に力が籠ったようだ。
何がなんでも死なせはしないという意思がありありと浮かんでいる。
庇われたプレイヤーは急ぎ回復結晶を取り出し、自分に使うと
余波でダメージを受けているキリトにも躊躇無く結晶を使う。

「よくぞ耐えた!」

 コーバッツが賞賛と共にボスの背後から関節部に攻撃する。
その直後、手の空いてるプレイヤー全員がそれに続いた。

「ち、布陣を決めづらいな」

 アインがクラインの隣に並び、文句を言う。
視界の端では今しがたボスの直撃を防いだキリトが武器を修理に行く。

「確かにな……」

 四種類の武器が一気に八種類に増えたことに加え、移動速度と攻撃速度、攻撃範囲に優れているのだから
どんな布陣を取っても駄目な気がする。
 囲んでしまったら刀のソードスキルが襲い掛かってくる。しかも刀だけでは無く、他の武器も襲ってくるというオマケつき。
一箇所に固まっていたら多くの武器に一度に襲われてしまう。

「シンプル、イズ、ベストってところだろうな」
「シュミット?お前どうしてこんなとこに」

 最前線に居るはずのシュミットがここまで下がってきていた。
彼は盾を軽く掲げると少しずつ歩みを進めながら話す。

「盾の耐久値が限界にきてしまった。ヒースクリフに一度下がって修理するよう指示された」

 彼はヒースクリフほど目だっていないが、幾度となくボスの攻撃よりアタッカーを護ってきていた。
何度も盾で敵の攻撃に挑んでいたし、回復結晶を中衛パーティのプレイヤーから使われていた。
ここまでの戦いの中、戦線を保っていた功労者の一人なのである。

「それより、閃光の指示を聞き逃すなよ。何かするってヒースクリフが言っていた」
「アスナさんが?」

 直後、アスナの指令が戦場全体に響き渡った。

「布陣を変更!!メインタンクは団長のみ!他のタンクは団長の補佐!
アタッカーはキリトくん、アイン!
それ以外は体力が少しでも減ったら下がって!
自信が無い人は振り下ろされた腕にだけ攻撃して無理せず下がること!
投擲持ちは敵の背後に回って距離を取って投擲し続けて敵を引きつけて下さい!」

 皆が一斉にその指示に従って行動に移る。
特別指名をされたアタッカー2人はいつでも飛び込めるようにタイミングをうかがう。
また指名されていないが、アスナを除いて最も素早さが高いクラインが切り込もうとしてもなかなかタイミングをつかめない。
 様子を伺っているとキリトが先陣を切った。
ボスの攻撃の嵐をかいくぐり進む。
途中襲ってきた片手剣の攻撃はソードスキルを使って弾く。

「へえ、やるじゃねえかあのゴキブリ少年」
「ゴキブリ言うなっ!!」

 クラインはアインの一言にイラッとして大声で反論する。

「いちいち目くじら立てんじゃねえよ」
「快楽殺人者に言われたくねえよ!」
「はっ!ごもっともかもな!」

 続いてアインが飛び込んだ。
アインもキリト同様、襲ってきた武器はソードスキルで軌道を反らす。
二人は簡単にやってのけているが、とてもじゃないが常人にそのような集中力と胆力は存在しない。
なにせ、敵のソードスキルをソードスキルで受け流せるのは一度のみ。
二度目をやろうとすると、その前に一度目のディレイが残っていてやられるだろう。
だから物凄くシビアなことなのだ。この刃の荒らしの中に突っ込むのは。
8つの武器とボスの足蹴りがいつ襲ってくるかわからないため、隙らしい隙もなかなか見えない。
 クラインもアタッカーであるが、二人と比較するとプレイヤースキルが劣るため、罪悪感が生じるが、
目の前の二人が化け物だということもわかっているため苦笑いするだけで留まる。
キリトとアインはそれぞれ一撃当ててすぐに離脱してくる。
まだ無理をできる場面では無い。

「回復結晶が底を尽きるっ!」

 ヒースクリフへの使用、そして彼をサポートしていたタンクたちの分の回復アイテムがかなり減り、
ギリギリまで積んできたポーション類も数が心もとなくなってきている。
予定ではこうやってボス戦中も他のプレイヤーたちが回復アイテムを補充してくれる手はずとなっている。
 アスナは苦心して軍のアイテム輸送部隊に指示を飛ばす。

「各自一度転移結晶で戻り、回廊結晶を使ってすぐにアイテムの補充をっ!
低レベルの輸送隊も全員連れてきて下さ――」

 途中で言葉が切れた。風がアスナの頬を切り裂いた。
戦場の中心を見てみると、幾人ものプレイヤーが倒れている。
そこには先ほどまで地道に仕事をしていたキリトも含まれる。
立っているのはヒースクリフただ一人のみ。
周りのプレイヤーの体力を確認すると、どうみても今の一撃で壊滅と言って良い減り具合になっている。
ほんの僅かにしか体力が残っていないプレイヤーもおり、もしかしたら眼の届かない所で死人が出たのではないかと思ってしまう。

「みな一度退け!」

 ヒースクリフがボスへ向かって駆け出した。
いくら彼が強くても無謀すぎる。武器が8つになってからも彼が軸となって抑えてたとはいえ、
全てを一人で防いでいたわけではない。先ほどまでの武器が四つの状態とはわけが違うのだ。

「いけません、団長!」

 アスナより制止の言葉が叫ばれるが、ボスが振るった武器による風の音がうるさく、彼の耳に届かない。
 武器が振り下ろされようとする。
この攻撃を受けても無事かもしれないがきっとダメージは受けてしまう。
続けてくる第二撃には耐えられないだろう。
 誰もがそう思ったその時、ヒースクリフへ振り下ろされた武器は鈍い音ではなく、鋭い高音が混ざった音だった。
その音は不快ではなく、むしろ心地良い。
 ヒースクリフ以外のプレイヤーたちは知らないことだが、今のは神聖剣に与えられたスキル、ジャストブロッキング。
盾の中心で敵の攻撃に合わせて盾でアタックするとディレイ、ノックバック、ダメージを完全に無効化できるという神聖剣の目玉スキル。
それをヒースクリフはいとも簡単に続けた。
 一撃、ニ撃。続く攻撃も全て同じ音を立てていく。
片手剣が振るわれる。弾き返す。
両手斧が振るわれる。弾き返す。
足で踏みつぶされそうになる。弾き返す。
ボスの攻撃は全ての腕がバラバラに動き、ヒースクリフを攻めるが、全て盾によって阻まれる。
 そんな神懸り的なプレイを見せている彼にこう思ったものが居た。守護神、と。
それは装備の修理に勤しんでいるリズベットも例外ではなかった。






 しかしそんな状況の中、ヒースクリフには不運だったとしか言えない出来事が起こった。







「次、頼む」
「え?あ、うん」

 アインがいつの間にか側におり、両手剣を投げ渡された。
先ほどのボスの攻撃を正面から受けてしまい、再び武器の耐久値が危険域に達してしまったようだ。
急いで両手剣を修理し、アインへ渡すと彼はすぐに戦場に戻ることなく、立ち止まっていた。

「どうし――」
「なんかTASみたいだと思ってな。あいつ」
「タス?ああ、TASね」

 TASとはシステム・アシステッド・スーパープレイ。もしくはシステム・アシステッド・スピードランの略で
理屈上は人でもプレイ可能ではあるが、実際は操作の難易度が高過ぎて人では再現できないようなスーパープレイを繰り出すツールだ。
見方次第ではチートに近いものがあるがチートとは区別されており、
乱数調整などプログラム上で値を弄らなければできないようなことはされない。
なお本来ゲームの規約上、やってはいけないものである。
 閑話休題。リズベットはTASと聞いてヒースクリフのプレイを再度見る。

「……うん。確かにそれっぽいわよね。ほんと呆れるぐらい強いわ」
「ハッ、全くどいつもこいつもおめでたい奴らだな」
「え?」

 吐き捨てるように言われたそれはこちらを嘲笑うような言い方ではなく、怒りが含まれている。
なぜ怒っているのか。

「どういう意味よ」
「さあな。俺の考えが正しいとは限らないし。てめえはてめえで考えて——」
「教えて!」

 アインの言葉を大声で無理矢理遮る。
なんだか今の会話の中にとてつもなく重大なことがあったような気がするのだ。
決して見逃してはいけないような重大なことが。
 アインはリズベットの様子を伺う。
焦りが生じているその姿からして事の重大さに行きつきそうになっているのがわかった。

「…………やなこった。時間がねえ。
ただお前には絶対手に入れられねえ情報だけ教えておいてやる。
ヒースクリフの奴……俺がこの前殺した女と剣筋が似てる。っていうか全く同じだ」
「……」

 チートと言えるほどの強いスキル。
 半分未満にならない体力。
 なにがなんでもラフィンコフィン討伐――言い換えればプレイヤー同士の抗争に表立って参加しなかった理由。
 女性剣士と剣筋が似ていたことと、彼女がアインに挑んで負けたという結果。
そして昨日のアルゴとの会話…………。





















『え?石碑に刻まれた名前が一人足りない?』

 昨日の会議の前の出来事だった。
無事だったアルゴが五十層ボス対策のために奔走している中、キリトの見舞いに再びリズと出会っていた時の話。

『昨日、アインに殺された姉ちゃんの名前を確認しようと思ったらなかったんダ』
『実は男の名前だったりしないの?』

 それに昨日はラフィンコフィン側も含めて結構な死者が出ている。
正確な死者の数はプレイヤー側は把握しているがラフィンコフィン側は判明していない。

『オラもそう思ったんだけどナ、捕まえたラフィンコフィンの一員に名前を確認したら
全員知ってる名前だって言われたんダヨ』

 どうやって口を割らせたのかが気になったがそれについてはあえて聞かなかった。

『そいつが嘘をついてるって可能性は?』
『もちろんあるヨ。だからこのことはまだ公にはできなイ。それに本来あり得ないことだしナ』







 リズベットの瞳は先ほどまでヒースクリフの健闘っぷりに感動していた状態から打って変わり、
この世界のとてつもない秘密、理(ことわり)を知ってしまったと感じて大きく揺れ動いている。

「後はどう思おうがお前の勝手だ。まだボス戦中だからな」

 アインは軽くサンキュ、と言って戦場に戻る。
 ヒースクリフはいまだにボスの攻撃をいなしている。
そう、一人のプレイヤーとしてその姿はあまりにもおかしい。不自然すぎる。
周りのプレイヤーは彼の強さに助けられ、感動しているせいか、彼を神を見るような眼で見ている。
でも一度頭を冷やして考えれば考えるほど、アインが言っていることが正しく思えてくる。

「うあああああっ!!」

 ボス部屋から悲鳴が上がった。ヒースクリフから向かって右側の位置からだ。
姿を確認してみるとクラインが両手斧の直撃を受けていた。
この戦いが始まってから彼の初めてのミスであるが、このボス戦ではワンミスが命取り。
ボスが大きく踏み込み、その巨体と鈍器のリーチを活かしてクラインを背中から襲ったせいで
クラインは引き込まれるようにボスの目の前でスタンをする。
彼のピンチにいち早くキリトが救助に向かう。
だが、それをさせまいとボスの別の腕の攻撃がキリトの進路を阻む。
ヒースクリフも距離があるためすぐには手助けにいけない。
 キリトが反対側の腕を抑えている間にゴドフリーがクラインへ走る。
が、それすらもボスの鈍器によって阻まれる。

「ち、あの馬鹿!!」

 アインは素早くメニューウィンドウを出し、目を向けずに操作する。
そして刃の嵐に自ら飛び込んでいった。
多少のダメージはこの際覚悟している。
大きく仰け反るような攻撃だけは絶対に喰らわないよう、一瞬一瞬の判断が問われる中、進んで行く。
その間にも全員が彼を助けるために動いている。
 クラインは風林火山のリーダー。そして多くのプレイヤーたちがそのギルドに所属している。
助けに行く義理はそんなに厚くない。しかし、ギルドに所属している故に助けなければ、という義務感があった。
 飛び込んだアインはクラインを両手剣で斬り飛ばす。
両手剣のソードスキル、クラッシュストライク。
敵を大きくノックバックさせる両手系の武器にだけ許された上位のスキル。
それのおかげでクラインは敵の攻撃圏内から出た。アインの攻撃でダメージは受けたものの生きている。

「……なに今の?」

 アスナは一連の行動を見てゾッとした。
ウィンドウを一切見ずに、瞬時に判断してレイドから離脱する操作能力と判断力。
クラインをあの場面から助け出す行動の選択。
もしアスナがこれと同じ場面で同じようなスキルを持っていてもできる自信が無い。
これでアインが攻撃をしっかり防いで離脱すれば――

「!!やば――」

 アインの言葉は最後まで続かなかった。
アインは幾つかの予想をしており、その中で唯一自分に攻撃が届くのは足蹴りだけだと思っていた。
しかし、いつの間にかヒースクリフを攻撃していたはずの片手剣がアインに向けられていた。
本来両手剣の方が攻撃速度は速いのだが、両手剣を片手で持っている関係で片手剣の方がこのボスに限っては早くなっている。
 両手剣がアインの脇腹を捉える。まともに受けてしまったせいでその場にダウンする。
そして彼がクラインと同じ状況に陥る。
 助けに入ろうと思ったプレイヤーが何人か一歩足を踏み出す。
けど――そこで止まった。

「お、おい!なん――」

 真っ先に助けに入ろうとしたエギルが他のプレイヤーたちが足を止めたことに面を喰らう。
しかし、訊ねようとした所で言葉を止めた。
気付いたのだ。なぜ彼らがアインを助けようとしないのかを。
 
 アインは大勢のプレイヤーを殺した。それも罪が全く無い攻略組のプレイヤーたちを。
だから自分たちの命を危険に晒してまで助けようとするプレイヤーは、
ラフィンコフィン討伐に参加したプレイヤーの中には一人も居なかった。
 その代わりに、最終戦には参加しなかったキリトと全く参加していないヒースクリフは助けに入ろうとしている。
けど、助けに入ろうとする前にアインの身体に両手斧のスキルが叩き込まれ、続けざまに両手槍が身体に突き刺さった。

 その光景は見ている者の瞼に強く焼きついた。
 裏切り者の末路として。

 アインの身体が地面に落ち、勢いが強かったのか軽く跳ねた後、止まる。丁度クラインの横に。
スタンが解けたクラインは急いで駆け寄り、既に実態化している回復結晶を掲げて叫ぶように唱えた。

「ヒールッ!!」

 結晶は――割れなかった。結晶無力化空間で無いにも関わらず。
それで攻撃を受けた当事者であるアインは悟った。
自分は死ぬのだ、と。

「……無様だな」
「お前ェオレを助けようとしてっ!!」
「ハッ、何言ってやがる。俺が戦局見誤ったんだから俺のミスだ。
勝手にてめぇのミスにしてんじゃねえよ善人野郎」

 体力ゲージが完全に黒になった。
もうすぐ、彼は消えるのだ。

「けどっ!!こんなのってあんまりだろっ!!確かにお前ェは俺たちの味方を殺した!
でもこの戦いでは何度も助けてくれたのによ!!」
「なに無理やり良い話にしようとしてんだよ。馬鹿かてめぇ。現実見ろや。
自業自得ってやつなんだよ俺は」

 アインはボス部屋の入り口の方を向く。
リズベットと目が合う。そこでアインのオブジェクトが砕け散った。



 クラインは呆然とする。
数日前の戦いの時、クラインは彼が憎いと思っていた。
攻略組の仲間たちを幾人も殺し、それを平気な顔でやっている彼を。
 だけど……。

「なんだよ……この有様……」

 そんな憎き相手に助けられた。
情けない。自分が。弱い自分が。

「おいクライン、悪いがいつまでも塞ぎ込んでいる余裕はねえぞ!」

 エギルの大声の叱咤により正気を取り戻したクラインはすぐに涙をこらえながら立ち上がる。
丁度輸送部隊も到着したようで、タンクを優先して回復アイテムが軍のプレイヤーたちにより配布されていくのが見える。
ヒースクリフが依然としてジャストブロッキングを連発して防いでいる。
が、ほとんどのプレイヤーが切り込むことができない。
キリト一人では荷が重過ぎる。

 アスナは指揮をしつつも懸命に飛び込もうとしているが、装備が軽すぎて飛び込むこみづらい。
他のプレイヤーも、ちまちまタンクが防いだ後にボスの腕へ攻撃しようとしているが
ボスがそれすらもさせてくれなくなった。
何か決定的な一撃が必要だ。

 その時、クラインは思い出した。ボスの弱点が頭部だということに。
先ほど、アスナが偶然そこを突いたがそれ以降、ボスのその部位に攻撃を与えられたことは無い。
もしその部位に攻撃を当てられれば戦いは終盤なため一気に流れを持っていけるかもしれない。
けど、難しすぎる。投剣をしているプレイヤーも先ほどまでは居たが
破壊の王のタゲが優先的に向くような仕様になっているのか、途中で止めた。
 弱点を突こうにもアスナよりスピードが低く、キリトよりプレイヤースキルが低い自分にできるのか。
それにそもそも、あのボスからそんな隙を見つけられるのか。

 そこまで考えクラインはボスから目を反らさず、体勢を変えないまま
大きく息を吸ってから吐いて頭をクリアにしようとする。
実際、ゲームの中でこんな行為をしても全く現実に反映されないため影響が無いのだが、幾分か気分は落ち着いた。
そして決めた。一度考えを全部捨てる、と。
 そもそも冷静になって再び考え直してみると、自分をヒースクリフやキリト、アスナと同列で考えてしまっている。
それはおかしいことだ。
だから自分にできることをするしかない。自分に出来ることを探すことにした。
 探そうとしていると、ふとキリトが視界に入る。
彼の姿を見る。何か糸口が無いか確認するために、
そして……キリトが飛び込むと同時に見つけた。
自分の出来ることを。
 キリトとヒースクリフの動きを注視する。
キリトが避けるか、防ぐか。それは距離を置いてみているためか自然とわかった。
キリトは迫り来る剣を受け流し、切り上げられる斧を避け、突いてくる槍も避ける。
そして刀が振り下ろされようとしたその瞬間。

(今っ!!)

 腕を狙うならばヒースクリフの側で攻撃しているプレイヤーと同じだ。
だからクラインが狙うのは――。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」

 刀がキリトに振るわれた瞬間の背後からの攻撃。
敵の背後から切りつけた際、厄介なのは旋車の範囲攻撃。
だから旋車の攻撃が来ないタイミングを解析した。
これならば旋車が来ることは無いと確信して踏み込んだそれのタイミングはドンピシャ。
キリトが敵の刀を上手く相殺しており、攻撃は襲ってこない。成功だ。
一撃だけでは足りず、二、三発ボスの膝裏に追撃をしてすぐに離脱する。
ダメージが大きかったのか、中盤でエギルが攻撃した時と同じようにボスの左膝が折り曲がり、姿勢が低くなる。
ボスは体勢を立て直しつつもクラインへ視線を向ける。
 そこへアスナがすかさず走り出す。

「シュミットさんっ!!」

 タンクをしていたシュミットに一声かける。
それで察したのか、シュミットは盾を天上に向け、腰を据える。
 アスナが飛び上がり構えた盾に足を着ける。
それと同時にシュミットは全力で上に力を込める。
それでなんとか低くなっていたボスの二の腕に飛びつくことに成功した。
 アスナはそこから駆け出しボスの顔へリニアーを叩き込もうとする。

(ここで決めるっ!!)

 全身全霊を賭けたリニアー。
踏み込み、システムのアシストに身を預けるだけでは足らず、自分の意志で加速させる。
次の瞬間、閃光がボスの頭を射抜いた。

「全員、かかれーーーっ!!」

 ボスの叫び声がする直前から既にヒースクリフが叫んでいた。
全員が一気にアタッカーとなって攻撃を繰り出す。
今まで腰が引き気味になっていたプレイヤーも勇気を奮って突進する。
ボスが暴れ、その攻撃に何人かが巻き込まれそうになるが、体力を犠牲にして決めに行く。
 ボスの体力は10分の1を切っている。タンクの体力も、アイテムも限界に近づく。
何人かアタッカーが宙に飛ばされる。回復結晶があちこちで使用される音がする。
しかし、ついにボスは完全に膝をつき、そこへキリトがボスの額にあった宝石へと剣を突き刺した。


 それが止めとなった。
ボスの身体が強く光り、薄暗い部屋が照らされる。
そしてその光がおさまり、蒼い光の粒子が一杯散った時だった。
コングラッチュレイションの文字が表示され、ボスが死滅したことが伝えられると同時に
プレイヤーたちは叫んだ。
 ある者は泣き、ある者は拳を高々と天へと掲げる。

『やったああああああああああ』

 彼らは成し遂げた。
ラフィンコフィンの騒乱で多くの力あるプレイヤーを失った直後、
クォーターという超強力ボスを23人という少数で勝ち抜くという偉業を。
 多くのプレイヤーが感じ取った。
停滞していた時が動き出すのを。
恐怖の五十層という舞台は終わったのだ。
これからはひたすら前に進むのみ。この五十層を突破した戦友と共に。
 そんな感傷に浸り、しばらく鳴き声と叫び声は止まなかった。
あのアスナですらも近くの男性プレイヤーと抱き合ったりしているのだ。
辛かった分、反動があるのだろう。今だけは仲間と共に喜びを分かち合いたい一心なのだろう。

(良かった……)

 リズベットはボス部屋の中へ歩み出す。彼らの勝利の輪の中へ。
本当ならば彼らと勝利を分かち合いたい。
けど、今はそれどころでは無い。

 彼女にはどうしても果たさなければならない任があるのだから。



[35213] 第十四話 勇者の意志
Name: 倭刀◆326c9191 ID:fa07893a
Date: 2014/10/30 23:12
 ヒースクリフは勝利に沸いている者たちを別の場所から見ているような感じがした。
どこか自分たちと違う所でプレイしている様な姿。
それがリズベットの予感を更に加速させる。
 たった一つのチート紛いのユニークスキル。半分以下にまでならない体力。
名前が消えない女性プレイヤーと似ている剣筋。
疑うには十分すぎる。

「ヒースクリフさん、お疲れ様でした。凄かったです」

 言葉が無意識に単調になってしまう。自分自身の言葉に違和感があって焦る。
しかしヒースクリフはリズベットのことを余り知らないため
何かアクションを起こすことは無かった。

「君か。修理ご苦労だったね」

 柔和に見えるその笑みだが、瞳が笑っているように見えない。
こちらの心の奥底を看過してくるように見える、冷えた瞳。
ソレとは長く視線を合わせたくない。
 声が震えそうになるのをなんとか制御し、次の言葉を紡ぐ。
頭を使いすぎているためか、逆に言葉が変になりそうで怖い。

「はい。あの、武具のメンテしましょうか?」
「頼むよ」

 今回最も活躍したヒーローの武具を修理するという様を装う。

――この時、ヒースクリフは気づくべきだったのだ。
彼女が執心しているキリトよりも早く、自分の武具のメンテナンスにきたことを。

 ヒースクリフから神聖剣特有の剣と盾で一対の装備を受け取る。
考えてみればそもそもこの装備自体がおかしかったのだ。
一般には出回っていない武具。
これをどうやって調達したというのだ。


 金槌を振り上げる。誰にもわからないほどの短い間、正に一瞬、手を止めた。
自分がやろうとしていることは本当に正しいのだろうか?と思い直す。
 もし間違っていたら取り返しのつかないことになりかねない。
この土壇場になって喉の奥から気持ちの悪い不安がせり上がって来る。
心拍数が徐々に上がってきている。現実ならばきっと冷や汗をかいているだろう。

 今、彼女が何に悩んでいるかというと、ここで当初の予定通り、ヒースクリフの武具を『破壊する』か否か。
きっとチャンスはこれきり。ここでふいにしたら、この先いつ問い詰められるかわからない。
相手の体力も今はギリギリ半分切っていないところ。またとないチャンス。
誰かがやらなければならないのはわかっている。そして、この場でできるのは自分だけだと。
 ヒースクリフはおかしすぎる。
要素を検めてみると間違いない。彼はただのプレイヤーでは無い。
ここで彼の正体を暴くことは、きっと今まで死んでいった者たちに報いることにもなる。

…………ごめんね。

 誰にも聞こえない、自分自身にも聞こえない唇だけを動かしたような声。
目の前に残骸となる運命を待つ子に謝る。
直後、意を決して最大限の力を込めて金槌を振り下ろした。





第十四話 勇者の意志







 振り下ろされた金槌は叩いた、というよりも殴ったと表現したほうがしっくりする。
戦闘の最中でも聞いたことが無いぐらいの鋭く、また鈍くも感じる重い音が鳴り、
勝利に沸いていた全てのプレイヤーたちが静まり返り、視線が集まる。
その直後、ヒースクリフの武具は消え去った。
 一体なぜ?行動の理由が読めないのか、皆がそう言いたげに唖然としている。
そんな様子にリズベットは少しだけ皆の人の良さにイラッとしてしまった。
 その苛立ちをぶつけるべく、黙って手に持っている金槌をヒースクリフへ近距離から投げる。
武器も盾も無い今、彼はまともに防ぐことはできない。
だけど、投げつけられた当人は腕に付けていた手甲で払いのけた。
 強襲にて仕留め損ね、リズベットは小さな声で呻く。

「何の真似だね?リズベット君」

 ヒースクリフからは怒りは感じられない。どちらかというと問いただそうとするための焦り。
これで決定だ。彼は間違いなく■■ ■■。
しかし本来狙っていたことが失敗してどうするべきか迷う。
内心舌打ちするが、ここで慌てたら負け。
そう自分に言い聞かせ、やや身体を震わせながらもヒースクリフと対峙する。
なんと言い返したら言いものか。この状況も前もってシミュレートしておけばよかった。
正直に言うか。恐らくそれが一番の良策だろう。
やや顔を引きつらせながらこの場で全員に真実を伝えようとした。


 その瞬間だった。再び場は凍りついた。



 乾いた音がボス部屋にやけにハッキリと残響する。
、すなわち不死存在という文字がヒースクリフのすぐ側に浮かび上がっている。
それを見たプレイヤーたちはシン、と静かになって固まった。
数秒間、誰一人として口を開こうとしない。
 一体何が起きたのか。
たった今、石畳に何かが落ちた。

「……ピック?」

 石畳に落ちたのは投擲用の短剣。
それも数は一つや二つでは無い。短剣は数カ所から飛んできていた。
 あたりを見渡してみると、何人かが投擲した後のモーションだった。
アインクラッド解放軍のコーバッツ、その配下、そしてボス部屋の外からも。
 ボス部屋の外には何人かプレイヤーがおり、投げたであろう人物がボス部屋の中央へゆっくりと歩み寄る。

「なるほどな……PoHが言っていたことはホンマやったわけか」

 キバオウ。彼が一歩進むごとにヒースクリフの周りに居たプレイヤーたちは一歩ずつ後ずさる。
彼がリズベットの近くまで来ると、部下であるコーバッツに「よくやった」と一言伝え、
ヒースクリフを強く睨みつけながら近づく。
 そんな彼にリズベットは思わず近づく。

「キバオウ?あんたどうしてここに……」
「回廊結晶で補給隊が移動する時に紛れこんでおったんや。
必死過ぎて気づかなかったんやな」

 リズベットの問いに応えながらキバオウは進む。
今、彼とヒースクリフの間に遮るものは無い。

「いやな、てっきりわいも戯言だと思ったんや。
けどアイツが言っていたことは筋が通り過ぎとった。
わいら軍が二十五層で壊滅した直後、あんたら血盟騎士団はタイミングを測ったかのように現れよったからな。
PoH当人はワイらに亀裂を生むために最後に言い残した言葉やったんやろうけど、真実語ってもうたのはアホの極みやな」

 そこまで言い切るとキバオウは足を止める。

「他のプレイヤーが取得できない強力なスキルを保持し、ボス戦ではまるで最初から敵の動きがわかっているような動きを見せた。
ここで半ば核心したんやけど、最大の決め手は……お前、狩りの時間のわりにレベル、高すぎなんや」

 ザワッと血盟騎士団の元メンバーを中心に声が上がる。
心当たりがあったのか、確かに、という声が所々から聞こえてくる。

「元血盟騎士団のメンバーのお前はんへの敬意が薄れておったから聞くのは簡単やったで。
あんまり他の団員と狩り時間は変わらん、むしろ短いぐらいってな。
お前が目立つシナリオに持っていくためには、さぞワイらアインクラッド解放軍は邪魔やったやろ?なあ、茅場晶彦」



――――茅場――――晶彦?



「ふっ……クックック」

 ヒースクリフは心底可笑しそうに大げさに笑い出す。
左手で顔を抑え、顔を天へ向け、まるで気が狂ったように。


「ハーーハッハッハ!!アハハハハハ!!……ふぅ」

 一息つく。ひとしきり笑った後、彼は普段通りを装ったが、剣呑な雰囲気は決して隠せなかった。

「まさかあのオレンジプレイヤー如きが私の正体を見破ってくるとは思わなかったよ。
ありえるとしたらアスナ君かキリト君あたりだと思ったのだがね」
「御託は良い。さっさと死にさらせ」
「まあ、そう慌てることもあるまい」

 ヒースクリフとアスナの視線が合う。
アスナはビクッと震え、片足を退いた。
そんな彼女の反応を楽しみつつも、茅場はプレイヤーの群から離れ、次の階層への扉の前へと進む。
 歩いている間、彼は亡きPoHへと怒りの矛先が向いていた。
彼のプレイヤーのPKのせいで攻略は止まり、己の信用を落とすような事態を強いられ、
そして自分の正体をただ面白いショーになるという理解できない理由で
茅場晶彦であるとキバオウに吹き込み、正体を看過されてしまった。
かつて、PoHほど茅場晶彦という人間の邪魔になる存在は無かった。
あの者はプレイヤーに留まらず、ゲームマスターにまで禍根を残したのだ。

 茅場は五十一層への扉の前まで歩くと振り返る。
その顔には先ほどまでのような笑みは無く、悔やんだような顔つきだ。自然と声も重たくなっている。

「確かに、私は茅場晶彦だ。ついでに言えば、本来君たちを最上階で待つこのゲームのボスでもある」

 ほとんどのプレイヤーたちから声は上がらなかった。もう驚きすぎて声もでないのだろう。
そんな中、事前に心構えをしていたリズベットとキバオウ一派だけが既に臨戦態勢気味になっている。

「はっ、さすがにセコイ趣味してるな。自分は楽してレベルとスキルを上げて
全員の目の前で無双しておったんやからの」
「それについてはいくら口上を述べても否定できないから否定はしまい。
ただ、ユニークスキルに関しては君たちプレイヤー側にも用意されている。
まだ修得条件が揃っていないだけだ。ところで……」

 そこでヒースクリフは視線をリズベットへ変えた。

「君はどうして気付いたのかね?」
「強すぎるのもあるんだけど決定的なのはアインから聞いた話よ。
あんた、この前ラフィンコフィン討伐中に現れた"女性プレイヤー"と剣筋が全く同じだって彼が言ってたわ。
それにその女性プレイヤーは死んでも石碑の名前に線が増えることが無かった。
つまりあんた……茅場晶彦と繋がっていると思ったのよ」

 それを聞いたキバオウは怪訝な顔をする。

「なんや?つまり――」

 そこまで言いかけたところで他の者たちが次々と言い出した。

「ネカマか」
「ネカマかよ!!」
「ネカマなんやな」
「ネカマ……だと……?」
「うっわ、ネカマってマジ?」
「俺たちにナカマ禁止にした奴がネカマやってたんかよ」
「え、ネカマって何?!」

 次々と揶揄する言葉が出てくる。……一名ネットゲー初心者な方は意味がわからなかったようだが。
 さすがのヒースクリフもその言葉には耐えられなかったのか、わなわなと身体を震わせる。
そして彼らの勘違いに理不尽に切れて怒鳴り散らす。

「黙りたまえ!君たちが情け無くもラフィンコフィンにやられるから仕方が無く手助けしてやったのだろう!
それにあれは私ではなく私の戦い方を模倣したNPCアバターに過ぎん!断じて私ではないっ!」
「アホか己は!そもそも己がこんなゲーム作らなきゃ関係ない話やないかっ!!恩着せがましく言うなド阿呆!!」

 余りにも至極真っ当すぎるキバオウの言葉にその場のほとんどのプレイヤーが同調するようにウンウンと頷いたり、
拳を天に突き出してキバオウに同意して叫ぶ。
さすがに自覚している部分もあるのか、ヒースクリフは言葉を詰まらせる。
はっきり言ってこの場でいくら言い訳しても見苦しいことにしかならない。
いくら奇麗事を述べようとやってきたことに変わりは無い。

 キバオウはもう少し茅場を困らせてやりたいという欲求もあるが、それ以上に確認しなければならないことがあった。
だからか、仕方が無く一度険しくしていた表情を落ち着かせた。

「さて、一つ聞いておこうかい、茅場」

 剣を自分の目の前に持ち上げ、目の下の辺りまでもっていく。
そして剣の刃の上に視線を乗せて茅場を睨む。

「ここでワイらがお前を倒せば……ゲームはクリアされるんやろな?」

 キバオウが武器を持っていない方の手を上げると、今まで黙って後方に控えていた軍の者たちが武器を構える。
それに習い、アスナもすぐに判断して攻略組に構えるように促す。
まだ目の前の存在が茅場晶彦だと完全に認められていないが、目を背けられるような事態ではない。
この千載一遇のチャンスを逃せるはずが無い。

「言っておくけどな、お前はこれを受ける義務があるで。お前はワイら全員の敵なんやからな。全員の怒りを受けなアカンでっ!!」

 ヒースクリフは一度目を瞑る。
そして考えがまとまったのか、目を開けた時には顔は静かに笑っており、何かを決意したように見える。
左手を動かして不死属性を解除すると、プレイヤーたちに高らかに宣言した。

「良いだろう、全員でかかってきたまえ。ここで私を倒せれば――晴れてゲームはクリアだっ!!」

 晴れてゲームはクリア。そう力強く伝えられた言葉に多くのプレイヤーは歓喜と殺意が急に身体の底から湧きあがった。

 直後、茅場の上に文字が表示された。『魔王ヒースクリフ』と。
今までのモブやボスが全て英文字だったことに対し、日本語になっている。明らかに特別扱いなのがわかる。







――茅場…………。








 ヒースクリフ――茅場晶彦は片手を高速で動かし、新たな武具を取り出す。
先ほどより1ランク低い装備なのか、もしくは強くなったのか。とりあえず先ほどまでのとはデザインが違う。

「ゲームマスター権限も使わない。リズベット君に破壊されてしまったからな、装備も1ランク低い物を使う。
だが果たして君らは勝てるかな?曲がりなりにも五十層のボスを長時間一人でいなした私を!!」

 例えゲームマスター権限を使わずとも茅場晶彦には神聖剣が存在する。
それだけでもかなりの脅威となるのに、彼自身の実力も未知数。
プレイヤーたちにとってはかなり厳しい戦いとなるのは間違いない。

 しかしだ。
ここで勝てば懐かしい現実が待っている。
切に求めた願いが今、目の前で叶えられるかもしれない。
新鮮な空気を吸い、外を出歩き、自然な景色を眺め、家族・友人・恋人・同僚と共に食事を楽しむ。
そんな当たり前の生活を取り戻す鍵が目の前にきている。
この世界に来てから何度も想像した。切望した。
家族はどうしているか。自分の存在は忘れられていないか。
覚えていたとしても迎え入れてくれるか。そんな不安と長い間戦ってきた。
今まで抱え込んでいたものが僅かな時間の間にめまぐるしく頭の中を駆け抜ける。

 だけど、それも今、終わる。
そう想っているせいなのだろうか。怖気づく者が不思議なほど少ない。
否、怖気づいている者は居る。だがそれ以上に間近にある希望が強すぎる。


 決戦の舞台は突如として強引に整えられた。
敵はただ一人。その敵を目の前に、クラインの言葉が戦いの火蓋を切った。

「今ここで全て終わらせるぞ!!」
『オオオーーーーーーーッ!!!!』











——『茅場を倒して。今までのプレイヤーたちの恨みを全てあいつにぶつけるのよ!』












「タンクは茅場を包囲!」
「解放軍で戦えない奴はアイテム足りん攻略組に回すんやっ!
この戦い、全財産賭けるで!全員ケチんなっ!!」

 言われた通りにプレイヤーたちが動く。
アスナの分析では神聖剣は確かに強い。この上無いくらいに。
だが、それは「1対1」という条件がつく。
神聖剣に強力な広範囲攻撃は無い。プレイヤーたちが確認している限りは。
これを茅場はどう対処するのか。
それに今までのヒースクリフとしての茅場の強さはボスのAIを理解していたから、という部分も少なからずあったはずだ。
今までとは色々異なる。
 だというのに、茅場は至って冷静で、更にはこんなことまで言い始める始末だ。

「ああ、一つ言っておこう。死にたくない者はかかってこないことを勧める。
この部屋から出たらリタイアはいつでもできるから遠慮なくしてくれたまえ。
ただし、戦いが終わるまでは再度部屋には入れなくなるがね。
それとリタイアするなら死ぬ前に頼むよ」
「ほざけチーターがーーーーーっ!!」

 手始めに飛び上がったプレイヤーがタンクの頭上より短剣を投擲する。

「タンク、包囲っ!」

 それと同時にタンクを担っているプレイヤーたちは茅場が逃げられないよう、槍を前に出しつつ前進して動ける範囲を縮める。
短剣の打点は高い。これならば避けようは無い。
 そう思ったのに、茅場は一人のタンクに突っ込み、切り捨てて包囲を突破した。
その姿にプレイヤーたちは慄く。
まさか今の包囲を突破されるとは思わなかったからだ。
彼らの予想では茅場が剣と盾でいくつかの攻撃を防ぎ、その間に背後からのプレイヤーが一気に体力を削る、という流れだった。
けれど防御ではなく攻撃に転じ、窮地を脱した。
その判断能力を見せられただけで少し士気が落ちる者が何名か居た。
 そこに素早く喝が入る。

「怯むな!勝利を願ってるのはワイらだけやないで!!」

 その一言で再び戦意を取り戻すが、茅場はタンクをメインに一人ずつ確実に攻撃を加える。
わざとやっているのか、微量の体力が残る程度に抑えられている。
そんな難易度の高い調整をできていることから、茅場がまだまだ余裕だということをアスナは理解してしまった。

(このままじゃ勝てない……)

 せっかく目の前に千載一遇のチャンスがあるというのに無駄にしてしまう。
せめてもう数人居れば話は違ったのかもしれない。
キバオウとその取り巻きが参戦して人数は増えたが実質戦えるのは攻略に参加していたメンバーのみ。
元の23人という少ない人数からアインとヒースクリフが欠けた影響で21名。
決定打を与えるにはプレイヤーの質も量も心もとな過ぎる。








——『ゲームをクリアして茅場を倒して現実へ返る。それが……キリト、あんたには出来るはずよ!!』

「…………」











 アスナは腰を降ろし、低く構える。覚悟を決めた。

(私も……命を賭ける!!)

 茅場がまた一人、タンクにダメージを加えた所を狙ってアスナは一気に地を蹴る。
普段、他人を犠牲にしてこのような真似は決っしてしないが、今はそうも言っていられない。
包囲できない以上、叩ける場所で確実に叩くしかない。
 だが、茅場は鼻っから警戒していたのか、アスナの攻撃をあっさりと防いだ。
刹那の時、茅場が唇の端を持ち上げ、見下ろしながら確かにこう言ってきた。

「来ると思ったよアスナ君」

 その言葉が放たれると同時にアスナの右肩に剣が襲う。
アスナはそれを無理やり身体を傾け、何とかクリティカルは避ける。
しかしアスナの攻撃が通じなかったことが全員に動揺を呼ぶ。













——茅場……晶彦…………怨敵……全ての元凶——!!




















































「死ね」


 その言葉は静かだった。

 その言葉は冷たかった。

 その言葉は――はじまりだった。


























 茅場の耳の側で確かにその言葉が聞こえた。
その言葉は耳から伝導して脳へ届き、身体を振るわせて極度の恐怖状態に陥らされることとなった。
だがそれも一瞬で解ける。
このタイミングで誰かが攻めてくるのは予想外だったのか、それとも"期待通りすぎて"驚いてしまったのか。
茅場は急ぎ身体をひねり、盾でその攻撃を防ぐ。

「やはり着たか、キリト君っ!!」
「茅場……殺す!茅場殺す!殺す!殺す!殺してやるううううああああああーーーーーっ!!」

 余りもの殺意に茅場の背筋が凍る。
キリトは狂っていた。茅場晶彦をただ殺すための機会と成り果てている。
 茅場は恐れを抱いたものの、反転して笑みへと変わる。
これほどの命の煌きを見れる機会は早々無いせいか。
危機的状況のはずなのに彼は一つの大きな生命というものを感じていた。

「お前だけは許さない!!絶対にいいいいいいいいっ!!」

 アビスイリュミネータとヒースクリフの剣が激しくぶつかり合う。
余りもの衝撃にお互い、腕が反動で仰け反り、硬直する。
それはほぼ同時に解け、キリトは鋭く強く右足を踏み込んで剣を振るい、再び剣をぶつける。
 キリトの体力は先ほどクラインが飲ませたポーションで全快しつつある。対して茅場は半分を切る直前。
茅場はそれをアイテムやシステムを使って修正しようとはしない。
ハンデのつもりなのか。それともこの状況では不可能なのか。理由はわからないが回復されなかったのは僥倖だ。

 お互いの剣がぶつかり合い、鉄が擦れ合う嫌な音がする。
力が拮抗しているように見えたが、キリトが先に押されて少し間合いを取るために後ろへ飛ぶ。
茅場はそれを逃がさないよう間合いを詰める。
 キリトはそれを相殺しようとするが、茅場の剣が振り切られる直前で止まった。
そこでフェイントだということに気づくが遅い。
茅場の一閃、胸に攻撃をまともに受けてしまいキリトは吹き飛ぶ。

「キリト!!」

 リズベットの悲鳴が響くが、キリトには届いていない。
体力こそ減っているが、何事も無かったかのように殺意劣らぬまま立ち上がる。
アスナはその俊足を生かし、キリトの側へ駆け寄って回復結晶を使う。
いくら茅場が強くとも、速さというステータスに関しては彼女の方が優れている。
 体力を回復してもらってもキリトは視線を茅場からずらさない。完全に集中しきっている。
地を蹴り、茅場に接近する。茅場はそのまま攻撃してくると思ったのか、剣を構え、振るった。
キリトの怒り具合からしてそのまま突っ込んでくること以外、彼の予想には無かった。
 しかし、その予想に反してキリトは一度急ブレーキをかけ、強い摩擦によって地面より火花を散らす。
剣は空を切ったも同然の音を立て、エフェクトを出さずに過ぎ去る。
キリトは首を僅かに掠ったことにも気付かず、片手剣ソードスキルの初級の技、《ホリゾンタルアーク》を放つ。
その出の早く、隙が少ない一撃を茅場は避けられず、彼の利き手である右肩に食い込み黄色い光と鈍い音が起こる。
初めて茅場の体力を刈り取った瞬間だった。
 だが茅場は避けられないことを事前に悟っていたのか、キリトの剣が自らの鎧の部分に当たるように調整する。
結果、ホリゾンタルアークを受けたにも関わらず大して怯むことなく、次に振るわれたキリトの追撃を防ぐ。
キリトもそれがわかっていたのか、隙なく退いた。


「良い剣を持っているなキリト君」

 戦いの興奮によるものか、茅場の口調が少し弾んでいる。

「殺す……殺す……」

 キリト一人だけ立っている場所が違った。
光の当たらない、真っ暗な所。見えるのは敵だけ。自分すらも見えない。
決戦、決闘などのカッコイイ響きの戦いではない。
落ちた方が地獄に落ちる。死合。
そしてお互い、相手を地獄に落としたがっている。
ただそれだけのこと。
これは相手を殺すためだけの戦いにすぎない。そこに正義などという価値観も無い。
だから静かに宣告する。

「……すぐに……殺してやる……」

 慌てる必要など無い。この場に立っているのは敵が一人だけ。
時間は無限。どちらかが死ぬまでは自由に戦える。

 重々しい足取りでキリトが一歩ずつ進む。
それに倣い、茅場も一歩ずつ同じテンポで歩む。
剣の間合いはほぼ同じ。よって間合いに入るのもほぼ同時。
ゲームなため、現実とは違いお互いの残った体力からして一撃ではケリはつかない。
残っている自分の体力すら勝つための道具として扱い、勝利をもぎ取るべく立ち回る。

 間合いに入る。お互い呼応するかのように剣を振るう。
キリトは右腕を少し下げた後、下ろした状態の右腕を左上へと切り上げた。
対する茅場は右肩の後ろへ腕を回した剣を振り、左下へと斜めに切り下ろす。
キリトの方が余計な動作が少なかったためか、威力は低めなものの勢いが良い具合についた所で相手の剣に当たり、押し上げる。
しかし茅場には盾がある。攻撃しても防がれる。
しっかりと身体の中央にある盾はどんな攻撃をしても防がれるような気がする巨大な壁のよう。
壁はキリトの剣をしかと抑えた。

 ただ剣を振るうだけでは勝てない。盾を使わせないようにしなければならない。力技でどうにかなるような問題では無い。
冷静に頭の中で勝利への道が模索される。一番相手に隙ができるタイミングを見極める。
一番攻撃しやすいのはきっと彼が剣を振るった直後で盾を構えられない体勢の時だろう。先ほどの初撃が当たった時の様に。
先ほどと同じ過ちを犯させるようにしなければならない。
もしくは――先ほど述べたように己の残りの体力すらも武器として扱うか。

 茅場の様子見のように振られた攻撃をキリトは急所には当たらない程度に気をつけ、わざと攻撃を受けた。
腰の部分に当たり、様子見の攻撃なためか威力は低く、ノックバックも余りしない。
茅場の瞳孔が広がるのが確かに見て取れた。意表を突けたことがわかり、無意識に獰猛な笑みを浮かべる。
これで茅場をまた一歩死へと近づけることができる。そうと思って。
 体術スキルも覚えていなければ使えない《メテオブレイク》で茅場の体勢を崩し、続いてホリゾンタルスクウェアを繰り出す。
一撃目は当たるが二撃目は間合いがずれたせいか掠り、その間に茅場は体勢を整えて三撃目、四撃目を防ぐ。
 片手剣のソードスキルの悪いところはこれだ。上位の技はほとんどが多段攻撃となってしまう。
剣が振るわれる順番は決まっており、一撃目を防いでしまえば次に来る攻撃が限定されてしまう。
一般モンスターには余り関係の無いことだが、対人だと致命的となる。

 茅場は攻撃を防ぎきった後、反撃に移る。
 しかし忘れていた。彼らは。キリトも茅場も。
この場に居るのは本当は二人だけでは無い、ということを。


 キリトに向かってソードスキルを放とうとした直後、茅場は背後にプレイヤーが迫っていることに気付く。
何とかそちらの方へ盾を向けて防ぎつつ、盾で刀を受け止める。ジャストガードできなかったためか、
ノックバックは大きめだった。
それだけ今、刀のスキルを放ったクラインの攻撃が強力だったということだろう。

「敵はキリトだけじゃねえぞ!」

 クラインの言葉に茅場はハッとする。
普段からキリトと仲が良かったエギル。
敵対する者へは容赦の無いキバオウ。
その二人が同時にヒースクリフに攻撃しに行く。
 それを見た周りのプレイヤーたちは思った。

獲った、と。

 ここで攻撃が当たれば間違いなく仰け反る。
そうすればクラインが更に追撃するだろうし、クラインが追撃している間にキリトも攻撃に加われる。
後は体力が零になるまで一気に潰せる可能性はある。

「うおおおおおおおおおおおおっ」

 突如上がるヒースクリフの雄叫び。
左足を無理やり一歩前へ出し、盾をエギルへ突き出して迎撃する。
エギルは見たことが無い動きだったため、不意を突かれて仰け反る。
けど、キバオウが残っている。

「死にさらせやーーーーっ!!」

 キバオウのソードスキルが茅場に当たる。
そう思ったその瞬間だった。
 キバオウのソードスキルが当たる前に先に茅場の剣がキバオウの横っ腹を捉えた。
一瞬、何が起きたかわからず吹き飛ばされたキバオウは目を白黒させる。
キバオウだけでは無い。クラインもだ。
その隙を見てヒースクリフはクラインに追撃をすることも考えた。だがキリトの存在があるため、一度距離を取る。
 追撃の結果は失敗。期待に溢れていた気持ちは一瞬にて沈んでしまう。

「……ふぅ」

 ヒースクリフは軽くためいきをつく。額にじっとりと汗が浮かんでいるような気分だった。
もし、あそこにアスナが加わって追撃されていたら危なかった。
とはいえ、それでも危なかったのには違いない。
まさかあの場面でしっかり連携をとられるとは思っていなかったのだ。
そのせいで早々に奥の手を使ってしまった。
 神聖剣のスキル、《パーフィディアス》。
攻撃の出が異常なほど早いため、この様な場面では強い。
威力も高く、攻撃を当てられた対象のノックバックも大きいため、
技をよく検証してみると完全にゲームバランス崩壊技である。
けど批難は飛んでこない。一度見ただけで技の性能の底までを理解できるプレイヤーが居ないゆえ。
もしそれも計算に入れて彼が技を振っていたとしたらかなり悪質だろう。

 けど、無駄ではなかった。この技を使わせたのは。
その隙にキリトは既に茅場へ攻撃をしかける。
 体勢を整えるのが間に合った茅場はそれを防ぎ、再び剣を交える。
茅場がフェイントを放っても今度はキリトは引っかからず、逆に攻撃をしかけてくる。
一方、茅場もキリトの作戦にはひっかからなくなってきた。
けど戦況は徐々に変化する。

「フッ――」

 隙だと見て左から襲ってくる剣をキリトはその剣が振りぬかれる先へとステップして避ける。
茅場は失態を犯したのに気付いた。その先には盾が無い。
何とか当てようと無理やり身体を捻るが、それが逆に不味かった。
攻撃は届かず、更に態勢を崩した茅場にキリトは確実に攻撃を加える。
ソードスキル《シャープネイル》が茅場の脇に吸い込まれるように入る。

「ぐっ」

 更にそこにアスナが背後から強襲し、鎧の隙間に細剣を突き刺す。

「やったっ!」

 リズベットの声は皆の心を代弁していた。





 それからも攻防は続く。
キリトとアスナを中心にめまぐるしく攻防が続く。
けれど優位はプレイヤー側。決してエネミー側では無い。

「はあああっ!」

 キリトが作り出した隙を再びアスナが強襲する。
茅場の体力を伺うと、今のでついにレッドゾーンへと追い込んだ。
 その様子を見たプレイヤーたちは思った。このままならば勝てる、と。
アスナが隙を見てキリトの体力の回復に徹しているため、キリトの体力は全快に近い。
そしてアスナ自身も機動力に優れたアタッカーなため、回復させつつも隙をついて攻撃できる。
回復結晶は残り少ないが、この場に居る全プレイヤーからいくらか集めればまだある。
移動速度の早い彼女は茅場からしたら邪魔なことこの上無かった。
 しかし茅場は邪魔だと思うと共に、始めての感情を抱いていた。それは戦慄。
アスナが邪魔な以前に、キリトが覚醒を始めている。
この戦いの間に確実に自分の癖、隙を見出して突いてくる。
以前、五十層の迷宮区で戦った、ただの死にたがりとはまるで違う。
 この戦いを見て、キリトがやっていることはさほど難しくない、と感じるプレイヤーも多いかもしれない。
けどゲームの動画を見て「このプレイヤーは弱い。自分でも勝てる」と思った相手に挑んだが
こてんぱんにやられた、という経験をしたことがあるプレイヤーならわかるだろうが
傍から見るよりずっと、実際に戦っている立ち回りの駆け引きというものは複雑だ。
しかもキリトはそれを静かに何度も見直して分析しているわけではない。
戦いの中、僅かに打ち合ってその隙を見出している。簡単にできる芸当ではない。

「…………君はいつか、このゲームで勇者となって私に挑む存在になると思っていた」

 キリトは相変わらず会話をしない。
ただその眼からわかるのは相変わらずの殺意のみ。
毛頭するつもりは無いが、会話で揺さぶれないため精神的な攻撃も通用しないだろう。
キリトは右手に持っているアビスイリュミネータの切っ先を地面に向けながら歩いて近寄ってくる。
その姿は勇者、というよりも英雄という表現の方が近い気がした。

「だけど私が思った以上に恐ろしい存在だよ、君は」

 キリトは剣を高く構え直し、いつでも攻撃できるようにする。
それを茅場は静かに佇み、見守る。
 お互いまだ動かない。あたりはやけに静かだ。
プレイヤーたちもキリトの補佐に徹するのが一番だろうと理解しているため、固唾を飲んで見守る。
キリトがピンチになったりしたらすぐに駆けつけられるようにしている。

「必要ない、と思っていたが最終決戦の条件が整ってしまった。
このままでは私が簡単にやられてしまうだけだ。本来の通り、使わせてもらうとしよう」

 茅場が剣を地面に突き刺す。本来貫通しないはずの地面に。






 突如世界が一変した。

「なっ!?」
「こ、これは……!!」

 誰ともしれない声が発せられる。視界が急に赤く塗りつぶされていた。
クラインは歯を強く噛み締めて横目で空間を見渡す。
そして気づいた。視界が赤くなったのではなく、世界が血塗られた空間に様変わりしたことに。
この様な空間は誰一人として見たことが無い。そう結論を出しそうになったが、すぐに一人が思い出した。
決して全員が忘れるはずが無い。全員が見たあの光景を。

「これはチュートリアルの時と同じじゃねえか!」

 エギルの太く、やや震えた声で今まで気づかなかったプレイヤーも全員思い出してハッとする。

「最初と最後は繋がった……というわけね」

 リズベットの緊張感こもった声にヒースクリフは嬉しそうに頷く。
真っ先に演出の意図を汲み取ってくれたのが嬉しかったのだろう。

「その通りだよリズベット君」

 このデスゲームが開始宣言されたあの赤い空、空間。
そして目の前の茅場明彦。
このシーンが登場するのはゲームが始まったあの悲劇の日。
そしてゲームの終わりになるであろう日の合計2回。
 そう。本来第百層にて繋がるはずの最初と最後が第五十層で繋がった。
茅場が言っていた自分を倒せばクリア、というのが一層現実味を増した。

「ただ赤いだけじゃない。これはきっと……結晶……無力化空間」
「え?」

 アスナの囁きにリズベットが反応する。
アスナはかつて、結晶無力化空間のせいで死の淵に立たされた。
だから肌でこの状況を感じ取ったのだろう。
 けれど、茅場は彼女の推察を否定した。

「惜しいなアスナ君。本来答える義理はないが、私としても五十層のボス部屋なんかでこれを使うのは不本意であるから教えよう。
これは『アイテム無力化空間だ』」

 アイテムの無力化。つまりその答えが出すものは
体力回復も状態異常回復もできない、ということだ。
それを聞いてすぐにアスナは不味いと気づく。
これではキリトの回復を行うことができない、と。

「還魂の聖晶石だけは使えるがそれも失われた今、使えるアイテムは装備類のみ。
ポーションを飲んでも効果は発揮されない」

 茅場の説明を聞く最中、プレイヤーたちは怯えずに覚悟を決めていた。
来るべき時が着た、と思っているのか、逆に腰を少し落とし、茅場に挑むような姿勢を作っている。

「それだけでは無い。まだカウントを始めていないが、もう少しすると君ら全員の体力が徐々に減り始める。
死にたくない者は部屋から出たまえ。逃げることは可能だ。それが本当の最終決戦とは異なるところだ」

 それが本当だとしたらどのぐらいの速度で体力が減っていくのかをまずは理解しなければならない。
逃げることもアイテムで回復することもできない。そして時間をかけすぎると体力が自動的に減って死に近づいてしまう。


 茅場はこの場に居るプレイヤーを見渡した。
こんないつ死ぬかわからないという状況なのに誰一人として怯えていない。
見たかったものが見れたという感じで満足そうに頬を僅かに緩める。

「本来私が君たちに課す、最後のデスゲームのはずだった。
だけど君たちも、もうわかっているだろう?
ここで君たちの主力が死ねばこのゲームはクリアできなくなり、
逆に私が死ねばこのゲームは終わりだ。つまり……」

 茅場がアスナを見る。先を言えと促す様に。
アスナはそれに対し、心に浮かんだ言葉を躊躇わずに素直に紡いだ。

「ここが……デスゲームの終焉……」

 その言葉の重みをプレイヤーたちは頭でも理解し、本能的にも察した。
ここが自分たちの人生の最大の岐路なのだと。
生きるか死ぬか。それが決まる時。

「その通りだ。先ほども述べたが、例外としてここで君たちがリタイアすれば話は別だが……。
私としては是非リタイアをお勧めしたい。本来の目的は達成されているとはいえ、まだ私も見たいものがあるのでね」

 茅場は大勢のプレイヤーに向けていた視線をいまだに武器を構えた状態のままのキリト一人に絞る。
寂しそうに語りだす。

「物語半ばで終了するのは惜しいのだよ。
しかし……少なくとも一名、絶対にリタイアしないプレイヤーが居るからね」

 それにこれほどの場を用意したのに、あっさり逃げ出されるのも面白くない、と小声で言ったのは誰にも聞こえなかった。
 視界の左上端が僅かに光る。体力が僅かに減った証拠だ。
アスナは減った数値を計算し、すぐにどのぐらい減ったかを割り出す。

「1%ね……」
「その通りだ」

 単純な計算で良かったと思う反面、この上なく厄介だ。
どれだけ体力が高くとも、一定時間経過したら誰彼問わず全員死ぬのだから。
それに当然のように茅場の体力は空間によるダメージを受けていない。
となると彼を倒すまでに時間制限が存在してしまうということだ。

「さあ、かかってきたまえ。のんびりしていると君たちが死んでしまう」

 今まで静かに待っていたキリトが真っ先に動き、茅場へ斬りかかる。
その間にアスナは一部のプレイヤーたちに指示を始めた。

「ゴドフリー」
「何でしょうか」
「もしキリト君の体力が半分まで減ったら全員撤退するわ。
何としてでもキリト君を抑えて逃げるわよ」
「……その命令は他の者にお与え下さい」
「え?」

 彼の予想外の言葉に啞然とする。
ギルドメンバーでは無いとはいえ、彼がこのような反論をするとは思わなかったからだ。

「私はここで骨を埋めるか現実に帰るかしか選ぶことができそうにありません」

 ゴドフリーが厳しい表情で茅場の方を見る。
どうしても逃げたくないのだろう。この戦いから。
目の前に迫っている現実への切符を絶対に逃さない、という気持ちのプレイヤーは彼だけでは無い。
 ゴドフリーとやりとりをしている間にもまた視界の端で体力が光る。
経過時間は10秒。10秒に1%。攻撃を受けなければ生存できる時間は1000秒。つまり16分と少し。
戦いにしては長い時間だ。
攻撃を受けなければ、という厳しい条件だが。

「私は彼の援護ができたらします。愚鈍なこの身体ですが、壁ぐらいにはなれるやもしれません」

 そう話している間にもキリトと茅場の間から生まれた蒼い光が赤い空間を一瞬だが別の色に変える。
こうして赤黒い世界に居るとエフェクトの鮮烈さが一層際立つ。

「オレもだぜ」
「俺もだ」
「ワイもや」

 話が聞こえていたプレイヤーたちが次々に宣言する。
逃げずに戦おう。最後まで、と。

「けど……」

 ゴドフリーがそう言うとアスナの腕を掴んだ。

「え?な、なにゴドフリー?」
「失礼しますアスナ様」

 突如ボス部屋の入り口へと走り出した。
更にゴドフリーだけではなく、もう一人元KoBのプレイヤーがアスナのもう片方の腕をつかみ。
それに引っ張られているアスナは彼らがやろうとしていることを理解した。

「まさかゴドフリー!?」

 ゴドフリーたちはアスナを部屋の外へと放り投げた。投げ出された彼女の身は受け身を取り、
なんとか部屋の中で踏みとどまろうとするがラインを越えてしまっていた。
 彼女はすぐにボス部屋へと戻ろうとする。けれど見えない壁によって阻まれた。
茅場が言っていた一度逃げたら再度入れないと言っていたのはこれのことなのだろう。

「なにをするのゴドフリーっ!!?」
「我々がもし死んだら、貴方がまた攻略組を立て直して下さい。
貴方以外に立て直せる人物は居ないでしょう」
「そんな!私一人じゃ無理よっ!!」

 ゴドフリーは背を向ける。
ゴドフリーだけでは無い。その場に居るプレイヤーたち全員が背中で語っていた。
もし自分たちに何かあったら頼む、と。
アスナは皆に信頼されているからこそ託されたのだ。
 けど、その想いは彼女には重すぎた。
その重みに耐え切れず、アスナは泣き出す。
それでもゴドフリーたちはもうアスナには目を向けなかった。
自分たちの後を託せるのは彼女しかいないし、
何よりもこの場で全てを終わらせるのだから。

 クラインは気持ちを切り替え、大声を張る。

「軍のレベルの低い者たちも逃げろ!大人数居ても無意味だ!
リズベット、お前ェも逃げろ!」

 クラインは軍の者へ忠告した後、リズベットへと寄る。
 離脱するように言われた彼女だが、腕を組んだ状態で首を横に振った。
戦力にはなれない。けど、せめて最後まで側で見届けたいと思うのだろう。
その意志が固いと見るや、時間も無いために諭すことを止める。

「もし何かあったら絶対逃げろよ」
「さあ、どうしようかしらね」
「お前ェな……」

 こんな切羽詰った状況だというのにおどけたように言うリズベットに呆れる。
けど、彼女は真剣にその言葉を言っていた。

「悪いけどあたし、本気になったあいつが負けるなんて微塵にも思ってないから」

 紛れも無い本心。
 クラインもリズベットに倣って戦っているキリトを見る。
そして軽く呆れたよう溜息を吐き、こんな状況だというのに肩の力を抜いた。

「それもそうだな。そいじゃ行ってくるっ!」
「死ぬ気でいきなさいっ!けど死ぬんじゃないわよ!」
「あったりめェよっ!」






 キリトの方の戦況は良くなかった。
今までキリトは茅場の攻撃の隙を縫って攻撃を繰り出し、ダメージを与えてきた。
しかし茅場が完全に受身の体勢に入った今、一人では体勢を崩せずに居る。
足の踏み込みによるフェイントやナイフの投擲などで不意を突こうとするが通用しない。
 周りのプレイヤーたちがキリトに繋ぐために上手く隙を作り出そうと懸命に立ち回るが、
ある者は攻撃を避けられ、ある者は攻撃を当てても大したダメージを与えられず、苦しい戦況となってしまっている。
先ほどまでと違い、時間に制限もあるためか焦りが生じており、たまにキリトの行動の阻害となってしまっていることもある。

 茅場は右足を斜め後ろに踏み込んだ後、身体を開いて後方の敵を薙ぎ払おうとする。
集中力が極限まで高まっていたシュミットはそれを盾の中心でしっかり防ぐ。
その脇からキバオウが襲いかかり、反対側の脇からもう一人が飛び出すが、
茅場はそれを盾で押し退けたり避けたりして、キリトの間合いから離れる。
 茅場とキリトの間合いができた直後にクラインが飛び込む。
その連続の斬撃を茅場は1ステップ、2ステップと下がって避け、
続けてくるエギルの斧を盾で易々と防いだ後に反撃して追い払う。

「エギル、お前ェも部屋から出ろっ!これ以上居ても足手まといだ!」
「こんな時に逃げられっかよ!」
「馬鹿言うんじゃねえ!お前ェのレベルじゃ無駄死にになるだけだ!」
「くっ……すまん!」

 まともに受けてしまい、レッドゾーンに体力が入ったエギルが戦線を離脱する。
彼はレベルも低めだし、戦闘経験が豊富とは言えないため自分の力量を理解している。
本職は商人だということもあり、離脱するまでの行動は迅速だった。
続いて数人同じようにダメージを受けてしまい、その度に部屋から出すように促す。
しかしキバオウ、ゴドフリーの両名は体力が減っても頑なに拒んだ。

 5分が経過した。戦っているほとんどの者が体力の3分の2を切っている。
ヒースクリフの体力はあれ以来ほとんど減っていない。
そして更に時間が過ぎ、9分が経過した頃、決断を迫られた。
全員イエローゾーンに達した今、撤退するか否かを。

「うおおおおおおおおっ!!」

 クラインが再び斬りかかる。
首を斬るために放った斬撃をしゃがんで避けられる。
避ける茅場にも余裕の表情は無い。
そこにキリトが追撃するが盾で阻まれる。
代わりにクラインが更に縦に斬るが、その前に肘で腹を打たれるという予想外の攻撃に体勢を若干崩される。
 茅場は次に来るであろうキリトの攻撃にタイミングを合わせようとする。
キリトは攻撃をしかけようとするが、踏み込む直前で攻撃の体勢を止める。
そこで彼の狙いがわかり、急ぎ離脱しようとするが間に合わない。
 クラインの上段からの斬り、そしてキリトの横の斬りが前後より同時に襲いかかろうとする。
キリトは無意識にクラインと攻撃のタイミングを合わせるために攻撃のタイミングを1テンポ遅らせた。

「ちぃっ!」

 ヒースクリフは剣でクラインの攻撃を防ぐ方に集中する。
片手剣か刀では刀の方が致命傷になりやすい。特にこのように避けられない、受け流せないようなタイミングでは。
 ヒースクリフは刀を剣でなんとか防ぎきる。
そしてその時失態に気づく。盾を構えている方に今だ衝撃が無いことに。

(まさかっ!)

 首を無理矢理捻る。そこには己の背後へと走り寄る姿が認められた。
そして今からの反応は――間に合わない。

「――――ッ―――ァ!!」

 声にならない声が茅場から上がる。
キリトのフェイントは一度だけでも効果はあったが、二段構えにしたことにより効果が段違いとなる。

「もらったあああああ!」

 キバオウが襲い掛かる。クラインもキリトも今の一撃に全霊を注いでいたため、すぐに追撃はできない。
だからこの場でフォローするプレイヤーが必要。

「舐めるなあああ!」

 剣をふりかぶる時間は無い。だから茅場は剣を突き出した。
それは予想外の一撃。

「キバオウーーーーーーっ!!」

 誰かが叫ぶ。
キバオウは剣を心臓に受ける。レベルが低いこともあり、致命的だった。
ゲージは急速に減り、そして——色は失われた。

 キバオウの視界の端にもそれは見て取れた。
なんとなく現実味が無いその状況にキバオウはつまらなそうに内心つまらなそうに吐き捨てる。

(つまらん人生やったな……)

 もし、もっと真面目にレベルを上げていたら結果は確実に違った。
攻撃速度も上がっていたし、これほどまでのダメージを受けることも無かった。
 思えば、このゲームを初めてから散々だった。
昔、物語の主人公になりたいと思った。それは少年ならば多くが夢見ることかもしれない。
けれど現実は非情。そう易々となれるものではない。
 だからこそか。VRMMOというジャンルができたその時は歓喜したものだ。
最強でなくとも、自分自身の物語が始まるかもしれない、と。
 けれど重ねて述べるが現実は非情。今まで辿ってきた道を振り返ってみても、脇役がいいところだ。
良いところなど何一つない。ギルドのリーダーに近い存在にはなったが、望むものは得られなかった。

(こんなところで終わりなんか……)

 ならばせめて。何か最後に抵抗しよう。そう思った。
何か残したい。

「なっ!?」

 茅場が驚きの声を上げる。
先ほどまで死にそうだったキバオウの顔が狂気に歪んだ。

「つかまえた……でっ!!」

 キバオウは剣を突き刺されたまま、茅場の腕を両手でつかむ。

「く、離せっ!」

 急いで足蹴りし、キバオウを突き離そうとする。
だがキバオウは両手で絶対に離さないと言わんばかりに必死に相手の腕をつかむ。
残り何秒かわからない。けれど足掻く。足掻く。せめて最後の瞬間ぐらい無様な自分は捨てたくて。
もしレベルがもう少し高く、装備がよければ身体を貫通することなどありえなかった。
だから今キバオウが行っていることは彼だからこそできる精一杯の意地。
 地面に叩き付けられ、足蹴りにされ、それでも離さない。
けれどアバターが消え初めて腕が無くなる。そこでようやくキバオウは離れた。
 茅場に出来た隙。そこにゴドフリーが間を空けずに斧を振り下ろした。
それを茅場は苦しい体勢で盾で防ぐ。

「く、ゴドフリー!」
「茅場晶彦!今まで我々を騙してきた罪!この世界を作った罪!全て清算してもらうぞ!」
「お前では無理だ!」

 茅場とゴドフリーが力で押し合うが、茅場が一歩引いてスキル、パーフィディアスを使って斬り飛ばす。
 けれど攻撃を受けたにも関わらず、彼は意気揚々と叫ぶ。

「ああっ!私では無理だ!けどなっ!」
 
 茅場の視界の端に刀を鞘に納め、腰を低くしてこちらを睨んでいる武士の姿が見えた。
その気迫は普段の人の良い彼からは全く想像できない域。
 茅場は失態を悟りながらそれを見る。
彼の放つ居合いはもう避けようが無い。
吸い込まれるように茅場の胴体を捉え、そして蒼い光と重々しい斬撃音を響かせた。
 次々と挑み、ようやくできた茅場の大きな隙。
地面に倒れ、死を迎える直前であるキバオウはこの戦いのキーマンへ視線を向けた。

「いけ。そんでもってさっさとLAとってこいや」

 キバオウのアバターが四散してこの世から消え去った。
この死合、初めての犠牲者が出てしまった。
けど誰も泣かない。誰も彼の死んだ場所を見ない。
せっかく彼が命を投げて作り出したこの隙を活かせなければ嘘だ。

 もうこの場面で誰が茅場に攻撃をしかけるかは約束されていた。
今の今までずっと打ち合っていた彼は、初めて切り札を使う瞬間を得た。
八連撃の大技《ホリゾンタルブラスト》。それを使うために構える。
 彼は迷わず動く。この舞台を締めるために。
キバオウの台詞が耳に入る前から既にキリトは茅場へ攻撃を繰り出していた。
そして確実に捉えた。剣が茅場の腕を切り裂く。
相手がボスでなければ今ので腕は失われていただろう。
目に見えて茅場の体力が減少し、そしてその瞬間、キリトの意識が再び覚醒した。

――――――――――――――――速く

「ぬうっ!?」

 茅場は攻撃を受けながらはっきりとわかった。
キリトの剣速が上がった。
それでもラスボスとしての意地か、それとも茅場晶彦としての意地か、無理矢理体勢を整える。
けれど体勢を立て直せても先ほどまで見切れた斬撃が盾で防げず顔を斬り裂く。



――――――――――――――――もっと速く!!



 脳が焼き切れそうになる。
視界に移る世界が遅く動く。自分の剣すらも鈍く感じる。
 腕が千切れそう。それでも動かす。剣速を、相手を殺す力を求める。
 反応が置いていかれそう。引きずってでも間に合わす。
 身体が壊れそう。一切構わない。全てを込めて剣を振るう。
 この土壇場で脳裏に浮かぶのはこの場面に繋いできたプレイヤーたち。
そして、かつて殺してしまう形となってしまった彼女のことも脳裏に浮かんだ。
だから、彼女を死なせる根本たる原因である目の前の存在を許容できようはずもなかった。
今、命を賭けずしていつ賭ける。

「うおおおおおおおおおおおおおっ!!」

「そう簡単にはやらせん!!」

 茅場の顔にも力が入りきっていた。両目はしっかり相手を捉え、気迫で負けまいと吼える。
ゲームという非リアルの世界であるという面影は消えている。
間違いなく彼らはこの場で現実での殺し合いをしている。
 盾で攻撃を防いだ茅場はキリトのスキルの間に反撃する。
剣で突きを放ち、それがキリトの肩に刺さる。
一瞬、キリトの手より剣が離れる。茅場は唇の端を僅かに歪ませた。
これでキリトの体力も残り僅か。
しかし、茅場は次の瞬間気づく。キリトが手放した剣を再度握りなおしたことに。
その闘志に押されて再び茅場は大きなダメージを負う。
そしてその一撃により見えてきた。いくら防御力の高いヒースクリフでもあと攻撃を受けられる回数は僅かに違いない。
 けれど攻撃回数は有限。他の有力なプレイヤーは大技を放ったことと、
相互のノックバック距離の関係で助太刀には入れない。
茅場の意地が仰け反った身体に鞭を打ち、6撃目を盾で防いだ。
キリトはこのままではホリゾンタルブラストという大技を使った後隙に確実に反撃されるだろう。





――だったら……




 刹那、茅場の目にキリトが分身した様に映った。

「なっ!」

――もっと速くッ!!!

 うろたえの声は誰のものか。
茅場か、あるいはキリトを見守っている者たちの誰かか。
けど、目の前の現象を見たら驚愕せずにいられない。
キリトの剣速はおかしいぐらい最後の加速を行う。

 茅場の体力が削ろうとする。けれど茅場は反応を間に合わせた。

「ッ!!」

 お互い歯を噛み締めながらの攻防。
お互い必死の表情で睨み合う。残り1回の攻防。一瞬でも気を抜いたら負け。
 そんな中、先に表情が崩れたのは茅場。最後の一撃を防げる見通しがついたのだ。
この後キリトはソードスキルの後隙で硬直するしかない。
周りのプレイヤーが短剣を投擲しようとしているが、茅場は構わず反確を取るだろう。
茅場の血色の剣がキリトの頭上に迫り来る。
 茅場は別れの言葉を紡ぐ余裕すらなく、急ぎ止めを刺しにいった。

「やめてーーーーーーっ!!」

 五十層とのボス部屋の境目に手をつきながら、必死にアスナが叫ぶ。
 キリトが死ぬ。誰もがそう予感し、恐怖した。






































――だというのに、本人は少し前のことを思い出していた。





































 ある日、ケイタとのやりとりだ。
第十一層のタフト。ビーターも何も関係なく、みんな生きていて不安を抱えつつも仲間という温かい括りの中で過ごしていた日々。
のんびりとしながら斜面になった野原に座ったり寝転んだりして話していたあの頃。

『なあ、キリト。僕たちと攻略組の差って何だと思う?』

『うーん……』

 その問いにしばし悩んだ。
装備、プレイヤースキル。色々ある。
けど最も足りないのはきっとこれだろうと当たりを付けて言った。

『情報力かな?』

 ケイタは真面目にそれを聞き入れ、軽く頷いた。
けど、口から出た言葉は軽い否定の言葉だった。

『確かにそれもあるかもしれない。けど、僕は「意志力」だと思うんだ』




――意志力


『皆を護りたいという想いが――――――』


――――――――――――意志力













 キリトはその瞬間、はっきりと目の前に見えた。
あの日、外周へと投げ出したケイタの姿が。





































――ああ、そうだ。見せなければならない。

















短い時間の中、静かにゆっくりと自分の気持ちを心の中で吐露する。

そうだ。自分は彼らを置いきてしまったのだ。

ならばそれ相応の責任をとるのは道理というものではないか。

だからせめて、見せよう。見せなければならない。

自分の意志力を。

この男を倒すだけの意思力を。

みんなを解放できるだけの意志力を――!!











「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 叫んだその瞬間、アビスイリュミネータが僅かに輝きを発したのをリズベットが真っ先に気付いた。
その光はすぐに大きくなり、空間の色を一瞬塗り替える。

 その光景は全員の目に、脳に、心に焼きついた。
ありえないことだった。
気がつくと、八撃目で終わりのはずのソードスキルは九撃目へと移っていた。

「ぬおっ?!!」

 予想外の事に茅場からうめき声が漏れる。
振り下ろされるはずだった剣はアビスイリュミネータによって弾かれ、仰け反らされていた。
《ホリゾンタルブラスト》が再び発動していた。
 直後、茅場はキリトの剣を見た。
そして、目を見開いて何かに気付いたように叫ぼうとした。

「その剣は聖剣のかけ――!!」

 言葉は途切れる。キリトの追撃が茅場にまともに入った。
かつて一度は持ち主の命を奪ったこの剣が今度は持ち主の命を救った。
一撃攻防が交わされるごとに、まばゆい緑色の光が二人の間で発生する。赤黒い空間を力強い緑の光によって一瞬一瞬塗り替える。
 周りのプレイヤーは全員、その有様を固唾を飲んで見守った。

「負けない――!!」

 叫ぶ。
一際重い斬撃が、茅場が体制を立て直すためなんとか出した盾を弾く。

「俺は――」

 六撃目が茅場の胴体を裂く。

「絶対に――!!」

 七撃目が茅場の首を刈ろうとする。





























 そして、終わった。
八撃目も。キリトの連撃も。アビスイリュミネータの光も。
……茅場の仰け反りも。


 





 世界が静かになった。
キリトの身体から力が抜ける。
だらしなく腕は下がり、剣だけはなんとか離さないでいる。
気付くと、彼の身体には赤黒い剣が刺されていた。
身体が揺れる。生々しく、不快な感触が身体を貫いていた。
 そこで気づいた。自分は届かなかったのだと。最後の一撃が。
あれだけ頑張ったつもりなのに、決められると思ったのに。
見てみれば、相手の体力は残り僅かどころか、つついただけで死にそうな体力。
もし、何かが僅かに違っていたら、この結末も違ったかもしれない。
 
「か……はっ……」

 小さな声が漏れる。痛みは無い。そういうシステムだから。 
 キリトは身体が地面に近づく中、身体が言うことを聞いてくれることはもう無さそうだな、と他人事のように思う。

所詮、こんなところなのだろう。
そもそも自分如きが勇者になれるなんて思い上がるのが間違っていたのだ。

 色々謝らなければならないことがあった。
せっかく貰った剣を使ったのに勝てなかったこと。
期待に応えられなかったこと。

(サチも……こんな感じで死んだのかな?)

身体が光る。

「さよなら……リ――」

 アバターがあった位置より、欠けたポリゴンが四散する。
最後まで言葉を紡ぐことはできなかった。


「い……」


 大半のプレイヤーが茫然自失としている中、ただ一人―――






「いやあああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーー!!」





 リズベットの叫び声だけが悲しく響き渡った。
















――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



次回 終話「心」

次回はエピローグも一緒にアップする予定ですので、読む順番にご注意下さい。
(もしかしたら後書きも一緒にアップするかもしれません)

残り僅かとなりますが、よろしければ最後までお付き合いお願いいたします。



[35213] 終話 心
Name: 倭刀◆326c9191 ID:fa07893a
Date: 2014/12/31 01:47
 アインクラッド第五十層迷宮区の最新部。
そこからは何も音が聞こえなかった。
もし、遠くから音で戦況を知ろうとする者が居たら、プレイヤー全てが死んだと判断してしまうかもしれない。
それだけ静かだった。
部屋の奥から漂う雰囲気にあてられたのか、ボス部屋に続く通路も静かだ。
しばらくの間に動くオブジェクトが存在しない。

 ボス部屋の入り口。そこでもまだ音が聞こえない。
けれど、部屋の中へと一歩進むと誰もが間違いなく感じるだろう。
部屋の中の空気の圧力による全身への負荷が強いということに。

「クッ……ゥ……ッ」

 そして、ここまで来ると音も聞こえる。
ただ一人、時が動いている少女は顔を手で覆い、嗚咽を押し殺そうとしている。
なぜ押し殺そうとしているのか、本人にはわからない。
もしかしたら、認めたくないのかもしれない。
認めたく無いがために、泣くのを止めようとしているのかもしれない。
現状の解決策など持ち合わせていない彼女は、ただそう居続けるしかなかった。


 時は移っていく。どれだけ時間が経過したかわからなくなった頃。
ようやく彼女以外にも動きだした者が現れる。
 彼は不思議そうに、だけど満足そう、という表現しがたい微妙な表情で■■■を貫いた時のままの姿勢を保っていた。
視界の端には己が残りの体力。ゲージだけ見ると、体力が空になっているようにしか見えない。
けれど数値を見ると、零以外の数値が確かにそこにある。

「……まさかあの鉱石で作られた剣を持っていたとは」

 茅場は静かに、ゆっくりと剣を下ろす。
剣の先が石畳に触れ、乾いた音を鳴らした。
それと同時に赤い空間が上空から薄れていき、消えた。
茅場もカーディナルも終わったと悟ったのだ。このデスゲームが。■■■が死んだことによって。
 茅場はゆっくりと、噛み締めるように呟く。

「瀕死の持ち主を一度だけ救ってくれる聖剣の欠片。目の前で披露されることになるとはな。
やはり君がこのゲームでの一番の不確定要素だったと思っていた私に間違いは無かった……のだろうな」

 今、殺した相手を褒め称える。
その行為はきっと、古よりの宿敵――ライバルを倒した時の様な心地なのだろう。
 彼は瞑目し、深く息を吸い、吐く。
そしてあることを自問して答えを出そうとする。
彼自身、自分が今どういう心境なのかすぐにはわからなかったのだ。
戦いにて疲れた脳で考える。考えぬく。そして答えを出す。

——大方満足した。

 これが答えだった。少し残念だと思う所はある。攻略の要になるかもしれないキリトが死んだ。
だからこの場にいるプレイヤーたちが百層にまで辿りつくことはきっとないだろう。
いや、もしかしたらあるかもしれない。けれど、それこそ多くのものがゲームに殺され、現実の時の流れに殺されていることだろう。
辿り着けたとしても死に体だ。
 だというのに大方満足しているのは、今倒した男が最後の最後まで運命に抗い続けた姿を
見せてくれたことへ感動しているからに他ならない。

「見事だった。まだ最終ボスのステータスに調整していないとはいえ、
ここまで私を追い詰めるとはな。素直に心の底から賞賛させてもらいたい」

 茅場の言葉が耳に入る者は居なかった。
皆が皆、絶望に打ちひしがれていた。
 けれど徐々に状況も動く。
沸々と怒りが立ち上ってくる。

「ヒースクリフ……てめェ……」

 いち早く、現実と向き合ったクラインが怒りを露にした。
声と殺気によって状態を察知した茅場とクラインの視線がぶつかる。
 クラインの瞳孔が開き切っている。
彼らしくない。狂っている。見る者が見れば間違いなく怯える。
 それでも茅場は平然としていた。先ほどまでの戦いと比べたらこのような殺気、稚拙すぎる。
もし、この戦いの前にクラインがこの様を見せていたら茅場はもっと彼に対する評価を変えていたことだろう。
 茅場は余裕を持って構える。けれど、クラインを敵として認めていないわけではないため、
クラインの動向を見逃すまいと集中力は乱さない。

 クラインは走る。刀を持って襲いかかる。
まだだ。まだ終わっていない。
あとひと当てすればそれで終わる。このゲームの全てが終わるのだ。
キリトの意思を継がないわけにはいかない。
そんな想いと殺気を乗せ、かつてない心境で攻める。

「……残念だが、君は私には届かない。まだ足りない。出直してきてほしい」

 茅場はウィンドウを開いて操作を始めようとする。
この場から去ろうとしているか、再び己に不死属性を付与しようとしているかのどちらかだろう。
 そんな彼の背中に一人の男、コーバッツが忍び寄っていた。
彼も大切な上司を失った独り。他のプレイヤーより殺気によって動き出すのがテンポ早かった。
 コーバッツの攻撃をヒースクリフはすんなり防ぐ。
しかし、そのおかげでウィンドウが操作できなくなる。

「——」

 歯と歯の隙間を通して空気を鳴らしながら、クラインが振り下ろす。

「君たちには無理だ。諦めたまえ」

 ヒースクリフは残り僅かな体力だというのに、戦前の静かな表情に戻っている。
それが余計にこの場にいるプレイヤーたちの癪に触った。
 クラインの攻撃が茅場の剣、盾によって弾き飛ばされる。
クラインは気づいていないのかもしれないが、時間経過によってクラインたちも体力が残り僅かになっている。
だからクラインも、あと一撃でも受けたら死ぬ。
それでも両者倒れぬのは、茅場との実力の差が確かに存在するからだろう。

「茅場ーーーーーーーーーーーーーーーーー」

 誰も止まらない。ボス部屋の結界が消え、再度入場できるようになったのか、
アスナが憎しみを最大限に表して突進してきた。
フェンサーが茅場の急所に狙いを定め、攻撃を繰り出されるが弾かれる。

「殺す殺してやる」

 ヒステリックな声を上げてアスナは攻撃するが、
茅場はそれをこともなげにあしらった。高ぶった感情は剣筋を雑にする。
それに、茅場の残りHPは僅か。だというのに彼女は急所を狙った攻撃をしてくる。
 それを見て茅場は冷める。そして諭すように言う。

「気持ちはわかるが、無理だというのがわからないのか」

 アスナの攻撃は止まらない。
ならばわからせるのみ。
突き出してきた細剣に合わせて盾を突き出し、防御しつつアスナの体勢を崩す。
普段の彼女ならば早々ひっかからないだろう。
アスナの体力にはまだ余裕がある。だから容赦ない一撃を叩き込んだ。
後、すぐにクラインへと視線を向ける。
 クラインの眼が細くなる。自覚したのだ。
この男は今度は本気で自分も殺しに来る、と。

「……ヘッ」

 口だけ小さく笑う。
これでようやく、さっき無くなった友人と同じ立ち位置に着けたのだと知って。











 終話   心
















 闇の中。どろどろとしたものに抱かれ、ぼんやりとしながら揺れる。
ゆっくり、ゆっくりと酔わないように。
けれど反ってそのゆっくりさが、本当は揺れていないはずなのに感じているものなため、異様に気持ち悪い。


——敗北だらけの、何一つ勝利できない人生だった。

 まだかろうじて消えていない命の中。不甲斐なさを吐露した。
 余りにも無様だった。そもそも、自分は本当に勝負という場に立っていたのか。
己が身可愛さで自分勝手に動き、みんなを助けられる手段があるのにそれを避けてしまい、結局は自分の殻に逃げ込む。
そんなこと自身の罪と向き合おうという意思すら見せなかったのだ。勝負の場になど立てていなかっただろう。

ディアベルのように皆の前に立とうとする勇気も無く、

クラインのように仲間を大切にしようという気概も無く、

アスナみたいに世界に正面から抗う意思も無かった。

 ……そう考えると本当に今までの全てが無意味のように感じてくる。
最後の最後、勇者になる機会も勝利を得ることはできず、敗北した。
結局は自分は、彼女の言うようにみんなを助けられる力などなかったのだ。
 気づくのが遅すぎた。己の器の底というものを。

後悔する。
後悔する。
後悔する。

母親のこと、妹のこと、クラインのこと、月夜の黒猫団のこと。
後悔すればするほど頭がグチャグチャになり、何を後悔しているのかわからなくなってくる。



だから――考えるのを止めた。
どうせあと数秒で終わる。全てが。
なら、最後の最後も逃避しても誰も文句は言わないはず。いや、言えないはずだ。
これ以上、精神が苛まされるのは堪え難い。
元来、我慢強くは無いのだから、この苦しい時からさっさと逃げたい。
どうせ、もう身体も動かな——。















「…………あれ」

 間の抜けた声。それが無意識に出ていた。

(……動く)

 目に意識を集中すると、いつの間にか白い世界に居た。
何も無い、ただ何もないように見える世界。
いや、少し違う。世界には青も混じっており、まるて空の様になっていた。
そこには確かな美しさが感じた。けれど現実じゃない。現実ほどの美しさでは無い。
けれど、確かに綺麗なのだ。

 だというのに、なぜか不安が募り始める。

(俺、死んだはずじゃ……)

 先ほどまでのことがどこか遠い世界で起きた出来事の様に感じ、漠然とした意識の中で囁く。
もしかしたらここは死後の世界なのだろうか、と。
 自分の経緯からしてそう感じてしまったものの、すぐにその考えは拭われた。
思いの他 綺麗な世界なため、死後の世界というイメージは薄れていく。
もし仮に死後の世界だったとしても、これならば落ち着いて逝けるのかもしれない。
えげつない風景よりはよほど良い。冥府への導としては上等だろう。
 そう思って安心したのか、心の憑き物が若干欠け落ちたような気がした。









――マ、マニアッテ……ヨ、カッ――タ






「」


 突然のことで急ぎ振り向く。
 ふと、誰かの声が聞こえた。壊れた機械のような声だ。
もしかしたら声というよりも音という表現の方がしっくりくるかもしれない。
 けれど決して笑えるような可笑しい声では無い。
何か重大な意思を感じる。
見ると、いつの間にかそこに誰かが座り込んでいた。

「……サチ」

 綺麗な黒髪を見て思わずその名を呼んだ。
けど、すぐに別人だと気づいた。サチにしては髪が長いし、もっと幼く見える。
 何か大切なものがそこにある。そんな気がして地にまともに足がつかないような足取りで揺れながら近づく。
すると、少女は立ち上がって動かしづらそうな身体を何とか動かし、正面で向き合った。

「え」

 予想外にもほどがあった。
少女の目は血走っていて、泣いていた。
そしてそこからは それ以上の必死さが伝わってきた。
 一体何があったらこんな状態になってしまうのか。
先ほどまでの自分の状態よりよほど酷いのではなかろうか。

『ハジメ……テ、キリト……サ、ン。ワ、ワタ——《メンタルヘルス・カウンセリングプログラム》、
MHCP試作一号、コ、コードネーム《Yui》、ゥ……ァ……』

 少女の音のに所々ノイズが聞こえたり、裏返ったりしている。
壊れた機械。その表現はますます当てはまろうとしている。

「め、メンタルヘルスカウンセリングプログラム……」

 聞いた事も無い言葉だったため、つい復唱してしまう。
けれど次の瞬間、そんなことどうでも良い、と頭の隅に追いやる。
言葉に発したものの、会話の内容よりも今の少女の容態の方が重大だ。

「大丈夫なのかいったいどうしたんだよ」

 少女の必死さが伝染したのか、勢い強く尋ねると、少女は無理矢理笑みを作ろうとしたが、すぐに崩れた。

『大丈夫……デハ、ナイ……。モ、ウ、壊レ……。
ケド、最後、アナタ 会エ、ヨカ……ッ』

 少女は己の身体を抱きとめる。
目を強く瞑り、懸命に痛みに耐えようとしている。
そして、懸命に話す。
 キリトは思う。この状態でこれ以上の会話は危険だ。止めなければ。
けど、止めてどうなるというのか。
それに、少女からはそれをさせないという気迫が感じられる。
そして自身の心の底から声も上がっていた。この少女の邪魔をしてはいけない、と。
だから押し黙った。だからせめて少女の言葉にしっかり耳を傾ける。

『スミ…マ、 、ン。時間ガ無イノ、デ、……。
本来、今ノゲームノ仕様上、プ、プレイヤーのミナサンニ介入シテ、ハ、イケナイ、カーディナルカラ命令……。
サカラッテ、ナントカ会・タメ、ゲームコンソール、ニ。
アナタ、茅場、戦ッテカーディナル、監視ウスレ、ココニ、来レ、テ……ァ、アァ』

 今度は頭を必死に抑えて痛みに耐えようとしていた。
足がガクガクと揺れ、腰が地面へと落ちて生々しい音が鳴る。
涙を幾度となく滴り落ち、余りにも痛々しいその様子に思わずもうしゃべらなくていい、と言いたくなる。
けど、言葉を聞く限りもう彼女は助からない。それに自分に会うためにここに着たという。
ならばやはり、このまま姿勢を貫くしかないのだろうか

……やっぱり俺……無力だ

 拳に力を入れ、首を横に振ってから話を切り出した。

「なんで俺をここへ連れてきたんだ」

『ク......コ、ダン』

 反射で歯を強く噛み締めた。ゾワリと毛が逆立った。
掠れ、壊れた声。けれど、その言葉は勝手に脳内で補完をかけ、しかと頭に入った。

——黒猫団。

 彼女は確かにこう言った。

『サチサン、 、ココ…ォ、モニタリング、アナタニ、伝エラレル、カラ』

「…………………………………………………………………………
…………………………………………………………………………
…………………………………………………………………………え」





 一瞬、頭が真っ白になる。黒猫団という言葉を整理しきる前に、それ以上の混乱の元を授けられた。

「…………」

 呆然とする。そして、あの時のことがフラッシュバックする。
大勢の敵が襲ってくる中、彼女に必死に手を伸ばし、間に合わずに死なせてしまった時のことを。
あの時、彼女が何かを言いかけたことを。

 少女の言ったことが聞き間違えでなければ、
おそらく「サチの心をモニタリングしていた。それを貴方に伝えられる」という意味なのだろう。

……頭が変に高揚しだした。

 それは、あの時より切に……ずっと、ずっと望んでいた事だった。
迷いの森で雪の中、クラインに武器を向けて対峙した時も。
命を投げ捨ててでもクリスマスイベントのボス、ニコラスに挑んだ時も。
還魂の聖晶石の効果に絶望した時も。
四十九層のボスと一人で戦ってる時も。
五十層の迷宮区で茅場と対峙していた時も。
片時として忘れることは無かった。

 長い、とても長く感じた日々。死んでも背負い続けるとばかり思っていた負債。
それが今、いきなり聞く事ができると知らされて驚きを通り越して心が真っ白になった。
 自然とキリトは無意識で前に乗り出すような姿勢になる。
固唾を飲み喉がゴクリ、と音を鳴らす。

「……サチは……」

最後に何て言っていたんだ

 それだけ言えばいいのにその言葉がなかなか出てくれない。
身体全体に緊張が走り、不必要に力む。
汗など出ないはずなのに、身体中から吹き出るようだ。
足は震え、この場から逃げ出したい想いに駆られる。
でも、逃げない。逃げることなどできない。
受け止めなければならないのだ。百通りの呪詛を唱えられようと。
彼女の本音を。最後を。



――――そして




『――――――――――』




































「……え」
































 ……聞き間違えだ。聞き間違えに違いない。
そんなはずは無い。

『――――――――――』

 彼女は今一度、同じ言葉を口にした。
今度は先ほどよりも聞き取りやすかった。
だからこそ、余計に信じられなくなった。
言葉の内容が余りにも衝撃的すぎて全てを一瞬忘れざるをえなかった。

「ちょっと待って。嘘だよな」

 壊れた心で、震えた手を少女の方へ延ばして問いかける。

あり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ない。
あり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ない。
あり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ない。

 けれど、それが現実であってほしいという甘えが、その答えが真だという断言を望む。


『ホン……ウゥ、デス』

「本当に……本当にサチはそう言ったのか」

 顔を強張らせながら少女の肩を掴み、強く揺する。
少女の容態に関してもこの時ばかりは頭から抜ける。
 先ほどの言葉がどうしても信じられない。甘い幻想だと、都合の良い夢だとしか思えない。
それにあってはならないのだ。
彼女にそんな言葉をかけられることなど、決して。
けど心のどこかで求めていたその言葉が目の前に提示され、
キリトはYuiの肩を揺するのを止め、脅すように睨み付ける。

「本当にそう言ったのかサチは」


必死の慟哭を湛えたその叫びにYuiは同じ言葉を続けた。


『マチガイ……アリマセン。彼女ハ、

"ありがとう、さようなら"

……ト』
















 腕から力が徐々に抜け、垂れ下がった。



「……ハ、……ハハ……」



 身体のどこからか、空笑いが生じ始める。
笑っているような、泣いているような、怒っているような、なんとも言えない感じで。

『サチサン、ハ、キリトサン、恨ンデ、マセン。
死ヌ間際、アナタ、自分ヲ……アグッ……セ、セメ過ギテ、自殺シナイカ、心配シテ』






 そこまで聞き終えた時だった。





「あ…………あれ…………」

 震える手のひらでそれを受け止める。手には水分が付着し、そして消えた。
これは一体なんなのか逡巡する。けれど結論はもとより一つしかない。
瞳より涙が零れた。それ以外にありえない。
 そういえば視界が歪んでいる。
自分のアバターには存在していないと思っていた。
それが今、手のひらに落ちたものが僅かな時間、確かな存在を主張していた。
 今、Yuiが述べた言葉が頭の中でリフレインする。
彼女は自分を恨んでいない。

「ア……アハハ……」

 再び空笑い。
そして徐々に徐々に、その言葉を浸透させると、空笑いは理不尽な怒りへと変貌した。

「なん……でだよ……」

 目を瞑り、顔を空へゆっくりと向ける。

「何でだよ」

 叫びながら瞳にたまっている涙を散らし、右手を床に思い切り殴りつける。
力の限り、許される限り全力で殴った。

「ふざけるな、ふざけるな、ふざけるなーーーー
何であいつは俺を恨まなかったんだ」

『サチサン、貴方ノレベル、知ッテ、イ、……』

「だったら余計にそうだろ」

 全てを知っても尚、変わらず接しにきてくれていた。
それを理解し、彼女の本質が痛く身に染みる。
あの死の間際に言った言葉が偽物なはずが無い。
Yuiが言っていることが間違いないのならば、本当に彼女はそう思ってくれていたのだ。
そしてキリトは知っている。本当は知っていた。彼女がそういうことを言う人物だということを。
彼女はずっと本当のキリトを受け入れようとしてくれていたのだ。
彼女たった一人が、ビーターである本当のキリト自身を。

「何でだよ何でなんだよ本当に」

 何度も、何度も拳を床にたたきつける。
けれどそれも急に冷え、キリトは静かになった。

「何でだよ……」

 拳を作った状態で地面につけ、強く眼を瞑ると手の甲に涙が落ちる。
理不尽に怒り続けたせいか、ようやくキリトは心髄に言葉を飲み込めた。
 顔を上げ、空を見上げる。
そのキリトの姿は天に現れた神を見るかのようだ。
 
 叫んだ。心の底からの言葉で、彼女に届くように、懺悔するように。
今までのことを全て、曝け出すように。

「サチ……サチィィィーーーーーーーーーーーーーーー
ごめん本当にごめん俺は……俺はああああああああああ」













ごめん。君を助けられなくて。














ごめん。君の仲間を殺してしまって。
















そして、何よりも、ごめん。君の優しさを信じる事ができなくて。























 泣き続ける。
あの悲しい事件依頼、決して癒える傾向が無かった心。それへついに僅かな救いの兆しが差す。
キリトが今まで行ってきた罪科は一生かけても償いきれるものではない。
けれど、それと向き合うために立ち上がるきっかけがようやくできた。
 この僅かの救いをどれだけ望んだことか、知るものは当人だけ。
第三者にはこの救いの意味の底は決して理解できない。

 嘆いているキリトをYuiは優しく見守る。
彼女は心をモニターするAI。よって、キリトの心情が手にとる様にわかる。
今はそっと泣かせてあげよう。
そう思いながら彼女は、今まで流れていた涙とは別種のものを人差し指で拭った。














 しばらく泣き、それがようやく収まった頃。
大きく身体を伸ばし、深呼吸をした。
不思議と空気が綺麗だと感じた。憑き物が落ちたせいだろう。
あらゆるものがスッキリしていた。

「ありがとう、Yuiちゃん。おかげで安心して眠れるよ」
『イエ。ソレハマダ、ハヤイ……。ゲームニ、戻ッテ……ク、クダサ……』
「でも……俺は死んでこれからナーヴギアに脳を破壊されるんじゃ……」

 てっきり、Yuiはナーヴギアで脳を焼かれるまでの
時間を引き延ばし、自分をここへ連れてきたのだと思っていた。
このまま生存できるなど、余りにも都合が良過ぎるから考えないようにしていた。
だけど、そのキリトの予想に反してYuiは首を横に振る。

『タ、タシカニ、キリトサン、死ニ……。聖晶石、失ワレ…………今……ゥ……復活ヲ遂ゲルコト、デキ、ナイ。
デ、ウッ……デ、デスガワタシ、コンソールデ、ゲームマスターノ権限、持ッテ、イ……。
ダカラ今、聖晶石使イ、既ニ、キ、キリトサン、フ、復活シテ……』

「え」

 その時思ったのは理不尽に生存した自分の立場を憂えることではなかった。
置いてきた仲間が今どうなっているか、ここで初めて頭に浮かんだ。
 そうだ。なぜ忘れていた。
自分にはまだ大切なものが残っているではないか。
それに対して未練も見せないなど、薄情と指差されて言われても甘んじて受け入れるしかない。
 自分のこと以外に意識が向き始める。
それは同時に、目の前の少女への気配りもできるようになってきたことも意味していた。

「でも、そんな事したら君は完全に消されるんじゃいのか」

 死までの時間を延ばすだけならばまだカーディナルシステムも少女を消すという事はしないのではないか。
違反は違反だが、そこまでならちょっとお小言いただくぐらいのレベルで済むかもしれない。
なぜならばキリトたった一人が、知らぬところで心のみに救いを与えられても大勢には影響が出ないからだ。
けれど復活など問答無用の懲罰対象になるのは誰の眼から見ても明らかだ。

『モ、モウテオクレ。ワタシ、モウ……コワ、レ……ッ...
ダカ..ラ、オネネガイ……シマス戻ッテ
アナタノ死ヲ嘆いている人が居るんです』

 語尾だけハッキリと聞こえた。
もしかしたらこれが彼女の一番の願いなのかもしれない。
彼女の必死な姿から、これが心からの言葉なのが嫌でも伝わってくる。

「あの人」
『クライン……さん、リズベット、サン。アスナサン、他にも……』

 その名たちを聞いた途端、キリトの身体に力が蘇り始めた。
目に光が宿り、戦士の顔つきになる。
一体いつぶりか。否、初めてだろう。こんな強い気持ちになるのは。


 そうだ。みんなにはずっと心配して貰っていた。
何一つ返さずにこのまま消えるなど、いくら自分という存在が未熟でも許容できるはずがない。
それにサチもきっとみんなを助けることを望んでくれるだろう。
間違いない。あれだけ優しい女性(ひと)なのだから。
 Yuiはキリトの心が伝わってきてほっとすると同時に神妙に告げた。

『オ、願イシマス。……皆ヲ、救ッテ……』

 Yuiの言葉尻がしぼんでいく。
彼女の言う通り、限界が近いのだろう。既に顔を上げる力も無いようで、視線が地面へと向いたままだ。
もうYuiは助からない。キリトを助けるか否かに関わらず。
ならば、答えは一つしかない。
キリトは背中の鞘に収まっていたアビスイリュミネータを引き抜いて手にした。

「わかった。Yuiちゃん……送ってもらえるかい」
『ハ……ィ……』

 Yuiは震える指でコンソールを懸命に操作しはじめた。
きっとこれが最後の力。終わった直後、彼女は力尽きるだろう。
だから応える。
もう無意味な戦いなど何一つしない。
誰かのために、そして自分のために、間違った選択など決して選ばない。

『デハ、サヨナラ、……キリ……サン』

 彼女の言葉の最後が涙混じりで上擦る。
その弱々しい死ぬ間際のような声にキリトも涙してしまう。

「ごめん、Yuiちゃん。本当に……ごめん」


——GM権限行使。


 身体が光に包まれる。
恐らく、五十層のあの場へ自分は戻ることができるのだろう。
この少女のおかげで。

「なにもしてあげられなくてごめん」

 避けんだ。これが最後だ。ならばせめて自分の感謝と謝罪だけは伝えたくて。
もう光は視界を包み込み、彼女の姿は見えなくなっていた。
だからもう彼女の声を聞くことはできないのか、そう思った時だった。






『いいんです。これが……私が望んだことですから』




 泣き声を孕んでいるけど、今までで一番明るい声だった。
それを聞くと、彼女も後悔しない道を歩んだのだろうことがわかった。
不思議と目の前で優しく微笑む彼女の姿が見えた。
 ならば後は自分次第。

「さようなら……Yuiちゃん。
もしまたどこかで会うことができたら……」


 そこでキリトの視界は一度、完全に閉ざされた。




















「ハッ」
「ッ」

 横に飛び、クラインは無理にでも攻撃を避ける。
ヒースクリフもクラインもお互い、擦りでもすれば終わりだ。
攻撃を避けた後、体勢を崩すことへの考慮などできない。とにかく避けなければならないのだから。
だから使う神経は半端ではない。

「……チッ」

 クラインが舌打ちする。茅場の体力が少し回復している。
バトルヒーリングスキルの効果なのか。

「はああああっ」

 アスナが突貫するが、突き飛ばされた。
壁に激突する。そう思った時、アスナは誰かに身体を支えられた。
それを見ずにアスナは地面に足を着けて体制を整えて再び突き進もうとする。
















——だから、今自分を受けとめた人物を知ったら、彼女は一体どんな顔をするのか。
















「落ち着けって。冷静さを欠いて勝てる相手じゃないぞ」

 この場の雰囲気にそぐわないのんびりとした声。
その場のほぼ全員が固まった。今しがた、声を発した主の出現に。
クラインはすぐにその声に心当たりがあり、殺気など元から無かったかのように顔を輝かせる。
アスナは有り得ない、と想いつつもどうか自分の予想が外れないで下さいと神に願いながら恐る恐る背後を向く。
リズベットは涙を流しながらすぐに駆け出した。

「……な……ぜだ……」

 茅場が呆然と視線を向ける。
その視線の先には——

「ただいま、みんな」

 右手に『アビスイリュミネータ』を持ち
どこか涼しげな顔で茅場に視線を向けている黒の剣士の姿があった。



[35213] エピローグ
Name: 倭刀◆326c9191 ID:fa07893a
Date: 2014/12/31 01:47

 あれから数週間の時が流れた。
攻略は順調に進んでおり、死者も毎回零という記録をたたき出し続けている。
町は以前のように人々が出て商いをしており、かつて以上の活気が戻ってきている。
 ……ただ、時折どこか寂しさが漂っているような気がした。
それに気づく人がいれば、気づかない人もいる。
気づく人は歩いている最中、ふと立ち止まったりする。
そして隣を見て、落胆する。
本来居るべき人が欠けているからなのだろう。仕方なきことだ。

 時には立ち止まったりもする。しかし着実に一歩ずつでも進んで行く。
今現在、昔と比較して一番変わったのは空気。それは以前よりもだいぶ呼吸を容易くしてくれている。
ダンジョンで別のギルドメンバーが出会えばマップ情報と敵の情報を無償で交換する。
軽く雑談を交わすこともある。これが最近の攻略組の日常。
以前の張りつめた雰囲気の中では決して無かったことだ。
ギルドという垣根の強固さが解れてきた証拠なのだろう。
元を正せば全てのプレイヤーは共に100層を目指す者。
故、現状は本来あるべき姿にようやく辿り着いたと言えるのかもしれない。

 現在の最前線は六十七層。
ボスの偵察が行われた結果、なかなか厳しい戦いになりそうだという意見がもたらされている。
五十層以来余りてこずることが無かった攻略組が久々に一度足を止めることとなった。
いくら協力体勢ができているとは言え、無理をできるわけではない。それに焦りすぎるのはよくない。
たまには心身を休めることも必要だろう。






 だからというわけではないが、攻略では厳しい状況に差し掛かっているにも関わらず、
そんな雰囲気とは全くそぐわない催し物がここ、第二十二層の湖に隣接している土地で行われようとしていた。
 用意された鏡の前。リズベットはスカートを軽くつまみながら一回転する。
目の前の自分には軽く化粧が施され、ノースリーブの純白のドレスが纏われている。
明らかに値段の高そうに見えるドレス。これは周りからの寄付もあって出来上がったものだ。
本来ならば"彼"が奮闘して材料を集めようとしていたのだが、攻略から離れるわけにはいかないので
他の人がやってくれたという経緯がある。
そういう面もあってか、このドレスには多くの人の心が込められている。
それを思うと、自分は大勢の人に支えられているんだとつい嬉しくなり、心が跳ねるようだった。

 個室から出る。すると、そこには今日の主役の片割れが既に姿を現していた。
年齢に不相応なタキシード姿。いや、年齢不相応なのはお互い様か。
けれどそんなこと関係無い。かっこ良ければいいし、綺麗ならいいのだ。
 目の前の彼の姿を見て、本当にこれから式を行うんだという現実感が一層増してきて、破顔する。
その彼女の笑顔は、そっと周りから彼女たちの様子を伺っていた者たちまで笑顔にさせていた。
それだけ彼女が幸せな時を迎えようとしているのがわかる。
 所々赤い装飾が施されている白に近い灰色の絨毯。
高いところにある窓から太陽の光が差し込んでおり、陰影ができている。
部屋の端に近い所はガラス張りの床になっており、下には流水が覗ける。
 絨毯の上をゆっくりと一歩ずつ進む。
そのゆっくりとした動作がより、今から行われる事の雰囲気を醸し出す。

 彼女は彼の目の前まで歩いて止まる。
そして動作同様、口調もゆったりと、そして暖かな優しさを込めて尋ねた。

「和人。準備は万全?」

 その彼女の問いに彼——キリトは同じく優しさに満ちあふれる声で応えた。

「ああ、大丈夫だ」

 目の前にある幸せ。彼はそれに躊躇無く手を延ばそうとする。
あれ以来、心が大きく変化してきた彼。おそらく、四十九層の頃と比較して一番心が変わった人物ではなかろうか。
特筆すべき所は自分が望む幸福というものに対して素直になったことと、
無理に弱さを隠そうとしなくなったところか。

「そろそろ時間ね」
「ああ」

 二人の様子を伺っていた人たちはいつの間にか姿を消している。
いるべき場所へ向かったのだろう。居なくなったことを不安に思う必要はない。



 二人は歩く。いつの間に作られたのか、二十二層の湖付近に小さなチャペルの中を。
キリトの勝手な予想だが、ヒースクリフとしてやることが無くなった茅場晶彦が暇をもてあまして作ったものなのだろう。

(茅場……か)

 キリトはあれ以来、度々と五十層のボス部屋に転送された直後のことを思い出す。
いくら幸せを享受しようと思っても、あの事だけは忘れられないのだ。
それは今日とて例外では無い。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「キリトッ!」

 五十層に戻ってきたキリトへの言葉は短かった。
誰しもが感極まって言葉がまともに出てこないだろう。
リズベットだけに限らず、ただ喜ぶことしかできなかった。
キリトが生きて帰ってきたことを。
そして、人として戻ってきたことを。
 キリトは心の中でひたすらお帰りと言おうとしてくれている彼女の気持ちが胸に伝わってくるのがわかった。
それだけ気持ちが十分に満たされる。

「……なぜ、君がここに?」

 一部のプレイヤーが歓喜している中、当然だが茅場晶彦は冷めていた。
ありえない現象に困惑と怒りの初動を抱き始めている。
キリトも心が満たされてはいるものの、不安は感じている。
"ラスボス"ではなく、"ゲームマスター"へと真っ向から立ち向かうことになんとも言えない感覚を覚えていた。
今、己が抱いている感情を表現するならば、一番近いのはなんだろうか。
この先ほどまでとは別種のどろっしたものが心を重くし、目の前の敵との対峙を重く受け止めさせる。
身体は軽くなったし、リズのおかげで温かいのだが、いささか重いのだ。
顔には人間らしさは戻っているというのに、さきほど——Yuiと別れる時と違って余裕は消えている。

「復活の手段などもう何一つ無いはずだ!!」

 茅場の叫びに気圧されそうになり、胸の泥を硬くする。
正論なだけに反論の余地が無い。
本来ならば彼の人生は終わっていたのだから。目の前の茅場晶彦が定めたこの世界の法によって。

「還魂の聖晶石が無くなった今、誰一人として!!」

「だてにビーターを名乗っちゃいないってことさ」

 これでも慎重に選んだ言葉だ。できるだけ笑い飛ばすように言うが、顔は引きつってしまっている。
 当然、茅場をそんなことで納得させられるはずが無い。
ハッキングなどでは無く、有用かつ豊富な知識で他の人より優位に立つビーターとは異なり、
これは正真正銘のチーター、もしくはゲームマスターの域に入っているのだから。

「ふざけるのも大概にしたまえ……。どんな手品を使った」

 茅場は声を強張らせている。その心情は決して穏やかでは済まされない。
一歩違えば待つのは死。それをこの場、この状況で理解しているのはキリトと茅場だけだった。

「このゲームはあんたが作ったもんだろ。制作者なんだからちゃんと原因ぐらいすぐに把握できるようにしておけよな」
「……私の知らぬところでバグが存在したとでも言うのか」

 普通に考えれば茅場が述べたことが最も可能性が高いものだろう。
ゲームのバグ。ソードアート・オンラインでは不気味なほど少ないソレ。
しかしバグなど制作者側が把握していないだけでいくつも存在するゲームは珍しくない。
些細なバグも存在すれば、今回の様にゲーム進行に関わるようなバグも存在する。
 それに実際、今回のはバグと言ってもいい事項なのだから当たってはいる。
まさか茅場も自分が作ったNPCが起こした事態などとは夢にも思うまい。

「さあ、決着をつけよう。茅場」

 場の流れを変えにかかる。ここで有耶無耶にしてしまい、茅場を倒せばそれこそすぐに全てが終わる。
アビスイリュミネータを持ち上げ、茅場に突きつける。
その行為が茅場の鼻についたのか、一層忌々しげに顔を歪ませた。

「ここは退かせてもらう。このようなバグ、見逃すわけにはいかない」
「逃げる気か?」
「君が一度死んだ時点で今回の戦い、私の勝ちと同意義だ。異論は認めん」





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 そうして茅場は去り、あの戦いは幕を閉じた。

 キリトは茅場が消え去った後、システムによってデリートされることを覚悟していた。
最初は震えていた。リズベットが身体を抱きしめてくれない間は震えていた。
一緒に狩り誘ってくれたクラインにも申し訳なかったが、外に出られるほど心に余裕は無かった。
けれど三日経過した辺りから落ち着いてきた。
これだけ時が過ぎても消えないのだから、このまま消されないのでは?という淡い期待が湧いてきたのだ。
それが一つのきっかけとなってキリトは進めるようになった。
恐怖に怯えながら。けれどまっすぐに歩んで行こうと決めて。
 そしてこれからゲーム内ではあるが結婚する。
求婚したのはリズベットと周りの人は予想したが、それに反してキリトだ。
けれど二人の関係をしっかり観察すればわかることではあった。その証拠にエギルは気づいていた。
リズベットはキリトの心情を理解している。だから彼はそんな気分にはなれないと思っていた。
けれどキリト自身は強く歩むためにも、もう大切な人を失わないためにも歩み寄ることを決めた。
それを伝えられたリズベットは断る術など無く、泣き笑いしながら受け入れることしかできなかった。
 それにキリトはこれを一つの転機にしようと思ったのだ。
リズベットとこのゲームをクリアするまで共に笑って過ごすために、
自身が消されるかもしれないという事を忘れて突き進むことにしよう、と。

「行こう、里香」

 だから、今は目の前の彼女へ心の手を差し伸べる。

 お互い、親しく呼び合うようになった。
本名で呼び合っている理由は現実世界でもその絆を断ちたくない、というリズベットの想いによるものだ。
これで呼び合うのは二人きりの時だけ、というルールは定めたものの
たまに誤って呼んでしまい周りのプレイヤーたちに本名がばれてしまっている。
しかし、周りもそんな彼らを注意したり非難したりすることは無く、温かく見守るだけだ。

 扉の前までつくと、待機していたアインクラッド解放軍のシーカーとユリエールが誘うように扉を開く。
会場に入るとゆったりとしたクラシックの音楽が流れており、やや暗い。
花婿と花嫁が通る道の通路の端、多彩な花がイリュミネーションとなって光っており、道を照らす。
古めかしい石柱にも花が蔦と共に絡み付いており、会場全体を淡く照らしている。
会場には大勢の人がその光景を感心して見ていた。
 今日は大勢の人が集まっている。
式場であるチャペルでの結婚式は今日が初なため、プレイヤーたちから注目を浴びているのが要因の一つ。
もう一つは彼らの交友関係がそれだけ広がったからだ。
 参席しているプレイヤーたちは様々。
五十層以来、一枚岩となって協力してくれるようになったアインクラッド解放軍。
攻略組最大戦力であり、主力しか居ないと言っても良い、キリトとリズベット、そしてアスナも所属している風林火山。
リンド亡き後、新たに作られた真・聖竜連合。
その他新聞の記者であるプレイヤーなどが訪れている。
 そして驚くべきことだが、実はキバオウも生存していた。
正確にはキリトと同様に助けられていたのだ。キリトがあの空間に送り出される直前にキリトと同じように。
あの後、幽霊が出たなどと大騒ぎになったものだ。
そんな彼もこの会場で腕組みしつつ座っている。けれどふんぞり返っているわけではない。
彼は彼なりに素直ではないながらも、彼らを祝福するべく軽く笑みを浮かべていた。
 なお、キリトとキバオウが一度死んだことについては公になっていない。
今回は本来、あってはならないケース。もし死んだ人間が生き返るなんて情報が出回ったらどうなるかわかったものではないし、
二人に変な妬みがくる可能性もある。
そして何よりも死への危機感が薄れてしまう可能性があったからだ。
死んでも生き返れるかもしれない、という慢心はこの世界では最悪の敵にしかならない。
もう二度とあり得ないことなのだから。

 二人は中央の通路を進んで行く。
クライン、アスナを始めとする多くのプレイヤーは静かにそれを見守る。

NPCの神父の前で止まる。
そして結婚の儀が始まる。

「新郎キリト。汝、いついかなる時も妻を愛し、この世界を踏破するまで共に歩み続けることを誓いますか?」

 そう神父に問いかけられた。
現実世界とは異なる、この世界ならではの誓いか。
口に出すまでもなく、答えは決まっている。
けど、当然口にする。ここはそういう場なのだし、彼女に誓わなければならないのだから。

「誓います」
「新婦リズベット。汝、いついかなる時も夫を愛し、この世界の最後まで共に支え合うことを誓いますか?」
「誓います」

 そうリズベットが述べると神父は目を閉じ、微笑んだ。

「幸せも、苦しみも共に分かち合い、この世界の終焉まで共に歩む約定。確かに神がお見届けになられました」

 そう告げられると花が舞い落ちてきて会場が一気に明るくなった。
その花は会場にある花びらと違って煌々としているからだ。
 キリトは感動のため息が出て、リズベットからは感動の声が上がる。

「綺麗」
「だな」

 キリトは淡白にそう感想を述べたが、その表情は実に和やかだ。

「ここに新たな夫婦が誕生しました。おめでとうございます」

 おそらくこれでシステム的にも結婚が成立され、アイテムストレージも共有化されたのだろう。
名実共にゲーム内で夫婦となったのだ。

「ふふ、これで私は桐ヶ谷里香、なのかしら?」
「それはリアルで結婚したら、だろ」

 悪戯っぽく言うリズベットに同じ様にキリトは返す。
そのちょっとしたやりとりが何だかおかしく、リズベットは声を立てて笑った。

「あはは、そうね。……そうよね」


 ゲームシステムに用意された儀式はここで終わった。
その後はクラインの面白おかしい、けれど最後には真面目なスピーチと
アスナの儚く、会場中のプレイヤーたちを呆れさせ、冷や汗をかかせたスピーチも終了して披露宴へと移る。
大勢のプレイヤーたちが今だけは戦いを忘れて食べ、飲んで楽しんでいる。
その姿は彼らが四十九層の時とは比べ物にならないほどの逞しさを身につけたことを感じさせられた。

 それからしばしの時が経ち、結婚披露宴もいい頃合になってきた頃。
キリトは人の群れから少し離れる。やらなければならないことがあるからだ。
結婚の儀を取り持ってくれた神父が座っているテーブルにキリトは同席する。
周りのプレイヤーから見たらNPCすらも人と見る彼ならではの行動だと思うのだろう。

「なんでお前が神父役をやってるんだ?茅場」

 そう問われた神父は今まで閉じていた目を片目だけ開き、しわしわの声で問いかけてきた。

「ふむ、いつ気付いたのかね?」
「なんとなく。最初からかな?」

 嘘だ。本当は彼が茅場であってほしい、というキリトの願望より生まれた彼にとって都合のいい展開。
この式典、最初に自分たちが使えばきっと茅場晶彦が絡んでくる。なぜかそう思ったのだ。
その願望が運良く叶っただけ。
実はこのことはリズベットにも話していない。だから彼女には心底申し訳なく思っている。
これがメインの目的ではないとはいえ、結婚の儀を利用してしまったのだから。

「あんた、暇なのか?」

 ここで茅場の正体を大っぴらにするつもりは無い。なんといっても彼とリズベットにとって大切な式。
戦いの日に変えるつもりは一切無い。
だというのに接触したのはそれ相応の理由があるからだ。

「リズベット君たちが私の正体を暴いてくれたおかげでな。
教会を作ったり大学の後輩の企みの対処をして暇を潰させてもらってるよ」

 大学の後輩の企み、というのが自分たちにとって良いことではないのだろうか。
もしかしたら政府が自分たちを助けるために出した救援なのかもしれない。
そう考えると、自分たちは不味いことをしてしまったのかもしれない。
茅場をあのままゲーム内に閉じ込めておけば、ゲームクリアにかける時間よりも早く
外から救われたのかもしれないのだから。
 しかし、そんな後悔をしていることに気付かれたのか
茅場は一言、「君たちにとってマイナスになることでは無い。むしろプラスになることだ」と言った。
 いまいち信用できないが、キリトから見た茅場は嘘はつかないタイプだ。
それにいくら疑ったところで正確な答えは得られない。
ならばここは保留にして余計なことは悩まないことにした。

「しかし、それでもまだ暇をもてあまし気味でな」
「それに関してはあんたの自業自得だな。ところで、俺の処遇は決まったのか?」

 わざとらしくそう問いかけるが、内心冷や汗ものだ。
わざわざ茅場に話しかけたのはこれが本命なのだから。
処遇というのは、Yuiによって明らかにタブーな復活を遂げたこと以外に無い。
もしここで茅場が違反を下せば、自分はこの世から消えてしまう。
あの五十層の決戦以来、考えないようにしていたがいつも心に住み着いていた不安。
それについに決着をつける時がきた。
そう思うと、表情に出さないように我慢しようとするが、徐々に歪みだす。
 その顔は茅場にはどう映っているのか。茅場は表情を変えないままゆっくりと語りだす。

「本来起こるはずが無い奇跡、と言えば聞こえは良い。だが明らかな不正だ。
他のプレイヤーたちが死んでいく中、君だけが生きている。それはこの世界の秩序に反している」

 キリトは黙って聞き続ける。キバオウはどうした、という突っ込みは頭の隅にも無い。
表情を固め、続く茅場の言葉を覚悟する。

「……だが、今回のことは不問にしようと思っている。Yuiが動いたことは完全に予想外だった。
考えてみればアレの存在もこの世界では一個の生命体。それが犠牲になり、代わりに君が生き残ったと思えば
不思議と理不尽さは余り感じられなくなった。
私はYuiの意思を無かったことにはしたくないのだよ」
「案外ロマンチストなんだな、あんた」
「そうだな……。私はそういうロマンを求めてこの世界を作ったというのもあるのかもしれんな」

 茅場の言葉を途中から聞いていなかった。
一つ心のつっかえが取れた。これで心置きなく明日から戦いに身を投じることができるし、
リズベットの側に居ることができる。
それが彼にとってどれだけ有益な情報なのかは計り知れない。

「ふふ、めでたい日になっただろう?
さて、既に知っていることだとは思うが、六十七層のボスは強い。頑張ってくれたまえ、『二刀流』君」
「言われなくても。それじゃ俺はみんなのとこに戻る」
「私はもう少しここにお邪魔させてもらっても構わないのかね?」

 そう言われ、逡巡する。
けれど些か嫌らしい笑みを浮かべて肯定の意を示す。

「祝儀は期待していいんだよな?」

 その言葉に茅場は呆気にとられた。
そして軽く声に出して笑って降参した。

「これは手厳しい」

 キリトはしてやったり、とわざとらしく笑うと、視界に金銭の取引ウィンドウが表示された。
操作せずとも勝手にウィンドウは動き、勝手に取引は終了された。

「……もう一桁」
「それはできない相談だ。ただでも君の生存を見逃したのだ。
それだけでも十分な祝儀だと思わないかね」
「ちぇ」

 そう舌打ちしつつもそこそこの額を手に入れたキリトは機嫌良くその場を去ろうとした。
これで彼女の好きなものでも買ってあげようと思いながら。
 でも本当は祝儀のお金などどうでもいい。ただのオマケに過ぎない。
本当に与えられたものは命そのものなのだから。
これ以上価値のあるものはキリトにとってもリズベットにとっても存在しない。

「そういえばこれは独り言なのだが」

 立ち去る前、茅場が呟き始めた。
 進めはじめた足を一歩ですぐに止める。 
茅場の雰囲気がどこか変わった気がした。

「結婚システムと同時に養子システムを実装してな。
NPCの子供ができるようになったんだ。アイテムは必要だがな。……後は君たち次第だ」

 キリトは目を横に動かす。身体の向きは変えておらず、完全に背中を向けてしまっているため茅場の表情は視界に入っていない。
だけど今の言葉はどこか意味深げだった気がする。

「NPCの子供……か」

 それ以上二人は会話せず、今日という目出度い日は何も戦いを起こさずに別れた。
最後に囁いた言葉は忘れずに胸にしまって。



 リズベットのところへ行くと、彼女はアスナたちと話している最中のようだった。
けれど彼女はすぐにこちらに気づくと、会話を打ち切って距離を縮めてくる。

「和人ー。どこ行ってたのよ?
まさか披露宴中に部屋の隅で一人孤独ぶってたりしないわよね?」
「するか!ある奴と話してたんだよ」
「ある奴?…………」

 リズベットは「う〜ん」と軽く目を反らしながら考える。
その後、何を考えたのかキリトに抱きつくぐらいに距離を縮める。
なぜこんなに距離を縮めてくるのかわからないキリトは鼓動を早める。
彼女は顔を寄せてきて、肩に手を置いてくる。
けれど目を瞑ろうとしないあたりを見ると、どうやらアレなわけじゃないらしい。
 アレじゃないというのは正解だったらしく、彼女の顔はキリトの顔の横で落ち着いた。
正確には耳のあたりか。

「もしかして茅場?」

 他の誰にも聞こえないようにそっと言う。
その勘の鋭さに目を見張った。

「どうしてわかったんだ?」

 リズベットは身体を引き、腕を身体の後ろにまわして軽く胸を反らしながら答える。

「うーんとね、和人なんだかスッキリした顔してたから。
ずっと心配してた悩みが解けたのかと思って」
「そっか。……心配かけてたみたいだな」

 それを聞いたリズベットは「何を言ってるのかしら」と言わんばかりに笑い飛ばした。

「これはあたしたちの問題であって、本当なら二人で解決すべきことだったんだから。
それに心配するのは当然。あたしは貴方のお嫁さんですから」

 リズベットは上品に微笑む。 
 側に居るアスナは二人の会話がよくわからず、不満そうにしている。
ただ惚気ていることだけは解るため機嫌を悪くしていた。

「二人とも私を除け者にするの?」
「もう、だだこねないの」
「だってさー、私の前でイチャイチャするなんて意地が悪いよ。私だってキリト君のこと好きなのに」

 キリトは少し前に起きたアスナからの告白を思い出してたじろく。
あの時はアスナの勢いが凄まじく、なんというか雰囲気に呑まれかけてしまった。
だけど最後の一歩は違えず、自分の正直な想いをアスナに告げた。
その結果が今日という日を生み出した。

「あ、あはは……その、なんて言うか悪かった」
「ほんとだよ!今日だって泣く泣く披露宴の料理作ることになったしさ。おまけにスピーチまでさせられるし!
キリト君は私を苛めたいの?そういうプレイなの!?」
「んなわけがあるか!」

 一体何が彼女をこんな風にしてしまったのか。
戦いが彼女を変えてしまったのか。
きっとそうに違いない。
戦いが彼女を変えてしまったのだ。
 なお、今回のスピーチ等を頼んだのはキリトでは無い。リズベットである。

「そうよ。和人がそんな遠まわしなことできるわけないでしょ?
自惚れすぎよアスナ」
「うう、二人が苛める……」

 酒のせいで気分的に酔っているのか。アスナはやや暴走気味だ。
キリトとリズベットも普段ならばこのようなことは言わないが、
少しテンションが破綻しそうになっているせいだろう。容赦が無い。

「アスナさんならこんな奴よりもっと良い人が見つかりますよ。なあ、エギル」

 そんな様子を近くで見ていたクラインとエギルが笑いながらやってきた。
二人とも上機嫌に酔っぱらっている様子を見せている。
 エギルは深く二度頷いて大げさに同意を示した。

「そうともそうとも。こんな常日頃真っ黒で礼儀知らずの小僧よりもな」

 そんな二人の台詞に心当たりがあったのか、キリトはやや心にダメージを受けつつも反論した。

「こ、これでも最近はマシになったと思うぞ」
「確かに、俺たち以外にはそうかもな。商売しているとたまに聞くけどよ、最近のお前さんの評判は改善されてきたぜ?」
「ま、確かにな。キリトもだいぶ成長してきたわけだ。お兄さん嬉しいねぇ」
「お前は兄というよりも親父の年齢だろ」

 普段ならばクラインもその言葉に傷ついていたのだろうが、
彼も漏れなくテンションが馬鹿みたいに上がっているのか、
キリトの肩をバシバシ叩きながら笑った。

「いて、いてえよ!」
「馬鹿野郎、痛覚なんてねえだろ!
オレはお前ェがこうして大事にできる存在見つけられたのが本当に嬉しくてよぉ……」

 よョョ、と泣き崩れる。
その時、リズベットがボソリと言った台詞は全員の心を代弁していた。

「アンタは本物のキリトのお父さんか」







 披露宴もたけなわとなり、プレイヤーたちが徐々に帰宅して行く中、もう少し仲の良い知人同士で会話を楽しもうとするが、
見切りをつけて発せられたエギルの一言により、その場は解散となった。
その後勢いで続けて飲みに行く者、本日のノルマを取り返すために狩りの支度をする者、普通に帰宅するものなど様々だ。
 そんな中、彼らは一番最後の人の流れに乗った。
キリトとリズベットは着替えを済ませ、帰宅するために転移ゲートへ向かう。
周りに知人は既におらず、二人きりだ。
外は既に陽が沈んでおり、一般プレイヤーは夕食の頃合いか。

「どうする?軽くなんか用意しようか?」
「いや、さすがに腹一杯だ」
「ふふ、やっぱそうよね。あたしもそうだし」

 キリトは思わず「アスナの料理上手かったな」と言いそうになる。
けれど気づいて止めた。結婚して早速、相方の機嫌を損ねるようなことは避けたかった。

 二人は寄り道せず、帰路につく。
彼らの住む場所は第四十八層、リンダースにある川辺の家だ。
リズベットたっての希望でこことなった。
鍛冶をするのにはもってこいの環境だし、この地は心が癒される。
それに人が少ないのも落ち着いていいものだと思ったからだ。

 家につくと、二人は部屋着に着替え、楽な姿になる。
その後お腹はいっぱいだったため、二人がけのソファに並び、甘さ控えめの紅茶の様なものを飲んで寛ぐ。

「なあ、里香」
「なに?」







「子供、ほしいか?」









 ガチャンッ






 紅茶のカップが床に落ちた。幸い割れはしなかったが、中身は台無し。
染みとかはできないし、拭くまでもなく液体は消えてくれるが、そんなことは今は重要では無かった。
 リズベットは目が点になり、口元が歪んで変な顔になっている。
しかし言葉の意味を飲み込んだ後、一瞬で顔が赤くなる。
そんな彼女の心に浮かんだ言葉は"初夜"。
余りにも唐突すぎるその言葉についつい怒鳴なってしまいそうになったその時。

「実は茅場がNPCの養子システムを作ったって言ってて——いてッ!!」

 とりあえず行き場の無い怒りを抑えるべく殴った。旦那を。
100人に尋ねても99人が許してくれるだろう。今のは。

「な、なんだよいきなり!」
「アンタはもう少し状況とか考えてものを言え!」

 ずずいと顔を寄せ、人差し指を突き立てる。
もの凄い剣幕のソレにキリトは後ずさるがソファーの肘掛けに腰が軽く阻まれてそれ以上後退できずにいる。

「まったくもう。んで、養子がどうしたの?」
「あ……ああ」

 リズベットはキリトの腕を引いて元の体勢に戻させた後、
やや不機嫌そうにしながらも腕をキリトの腕に絡めた。
その行動の意図がわからずキリトは困惑するが、とりあえず話の続きをすることにした。

「あの時、茅場のやつが意味ありげに言ってたんだ」
「意味ありげに?どういうこと?」
「たぶんだけど、あいつは意味の無いことをしない」
「NPCの子供で、和人に関わりのあるのは……」

 リズベットは瞳を大きく開いて素早くキリトへ視線を向ける。
その視線を受け、彼は一度深く頷いた。

「あの子しかいない」

 可能性は100%とは言えない。だが可能性は低いとは言えない。
それが分かってるからこそ、お互い神妙に見つめ合う。
 しばし見つめ合った後にリズベットは笑顔になると、「そっか」と小さく言ってから
キリトが望んでいる答えを口にした。

「じゃあすぐにその養子システム、見つけないとね。誰かに先をこされる前に」
「そうだな」

 二人ともこの件に関しては誰よりも早く手をつけなければならないと思っているし、
誰よりも早く手をつけたいと思った。

「それじゃ、ちょっと早いけど明日に備えて寝ましょっか」
「そうだな」

 リズベットはちょっと期待していた部分もあった。
けれど優先すべきことをはき違えたくは無かった。
だから今の心境は黙っていることにし、今日はすぐに休むことにした。
自分たちはまだ子供。焦ることは無い。

 二人はすぐ隣り合ったベッドに横になる。横になると、ベットの脇にあるスイッチを押して電灯を暗くする。

「おやすみ」

 リズベットはそう告げて後は寝るだけ。
そう思ったのだけど、何を思ったのかキリトは立ち上がった後、リズベットのベッドに近寄る。

「今日はこっちで寝てもいいか?」
「……うん」

 思わず顔が綻んだ。
リズベットは掛け布団を捲り、キリトを招き入れる。
キリトはそこに遠慮無く入った後、リズベットの身体をそっと自分に寄せる。
リズベットは目を瞑りながらされるがままになる。

「ねえ、和人」
「どうした?」
「死なないでね」

 突如言われたその言葉をキリトは不思議に思う。
なぜここでいきなりそんなことを言ってきたのかわかりかねた。
彼女のことだから深い意味があるのかもしれないし、人間突如不安になることもあるから突然の言葉なのかもしれない。
だから安心させるように彼女の髪を撫でながら答える。

「安心しろ。俺には里香が作ってくれた剣があるからな」

 キリトは二振りの剣を頭の中に思い浮かべる。
五十層のボス戦の際、入手していた魔剣エリュシデータ。
それと五十五層の鉱石を結婚の祝い代わりにと言ってアインクラッド解放軍より送られてきた鉱石と
アビスイリュミネータを砕き、その鉱石も使いまわして製造したカリバーン。
この二つの剣を持ち、二刀流で戦える限りはどんな敵にも負ける気がしなかった。
 二刀流は強かった。反則と言えるぐらいに。
何が強いかというと、攻撃力アップボーナスと防御力アップボーナスが異常なのだ。
特に攻撃力面に関しては武器二つの攻撃力が丸々加算されるため、その強さは酷いと断言してもいい。
そんなスキルを二つの強力な武器が支えているのだ。強く無いはずが無い。

「しかし、まさかあの火山で入手した鉱石が聖剣の欠片だとはなぁ」
「それに関してはほんと驚いたわよ。カリバーンが完成した途端すっごい光るんだから何事かと思ったわ。
名前を見たら知ってる名前だったし」
「ま、あのクエストは面倒だったからな」
「でもそのおかげであたしと和人はこういう仲になれたけどね」
「それだけは感謝、だな。……なあ、カリバーンってことはさ。もしかしてエクスカリバーもあるのかな?」
「たぶんあるんじゃないかしら?条件はわからないけど」
「そうだな。魔剣と聖剣の二刀流なんてできたら面白そうだな」
「そうね。キリト無双がますます酷くなっちゃうわね」
「なんだよそれ」

 しばし、二人は笑った後に見つめ合う。
その夜は今まで和人がいつ消えるかという不安がなくなったせいか、
本当の意味で久しぶりに安息できた。
それは世界にとっては小さな小さな幸せの形であるが、本人たちにとっては大きな幸せであった。









——後に語られるアインクラッド史上、最も悲劇が重なった『五十層の乱』。
あのクリスマスの日よりふとしたことで生まれてしまった長く辛い戦い。
それはキリト一人に留まらず、多くのプレイヤーたちに多大な犠牲をもたらした。
血盟騎士団で被害が出たのを皮切りにレッドギルドとの大規模な戦いで大勢が死んだ。
多くのプレイヤーに涙させてしまった。
 けれど時間はかかるがプレイヤーたちは乗り越えようと前に向かっている。
キリトを恨んでいるプレイヤーはやはり居る。それは決して否定できないものだし、彼自身が否定していいものではない。
けどリズベットを始めとする仲間を支えるためにも人間として成長を始めたキリトは周りに馴染んできていた。
今までならば生意気言っていた所でも謙虚さを見せたりし、アスナほどでは無いが
プレイヤーたちの中心人物になりつつある。
 攻略も最近の速度は今までの比では無い。オレンジのプレイヤーに怯えることもほとんど無い。
キリトは二刀流の力を隠さず、全力で戦うことができている。
おかげで再びゲームを純粋に楽しむようなプレイヤーも現れてきた。



 MMORPGは大規模多人数同時参加型オンラインRPGなどと訳される。
つまり、もとよりこのゲームは一人で紡ぐ事はできないし、少人数でも紡ぐことはできない。
人が人と関わるのだから現実同様醜いところもある。人間関係が辛い時もある。
けど、代わりに人の本性が美しい時もある。
そう思えた時、もしかしたらその人間関係は現実の関係以上になれるのかもしれない。
世界の何処からかプレイヤーたちを眺めていた茅場晶彦は一人、そう感じていた。
 茅場はもう既に確信している。
きっと彼らならばこのまま順調に勝ち進んで頂上に辿り着き、
最後のデスゲームに挑んで未来を勝ち取りにくるだろうと。




ソードアートオンライン 二次創作 『遺言無き世界』

 完



[35213] あとがき
Name: 倭刀◆326c9191 ID:fa07893a
Date: 2014/12/31 02:01
 ここまでお読み下さりありがとうございます。倭刀です。
名前でわかる方もいらっしゃると思いますがファイアーエムブレム好きです。

 長々と期間をかけて計話ぐらいを書かせていただくことになりました。
途中期間が長く空いたりしてしまい申し訳ありません。
なんとか更なる年越しはしなくて済んで些かホッとしております。
終章やエピローグももう少し早く上げたかったのですが、
エピローグが2回丸々書き直しという前代未聞の事態に陥ったため遅延してしまいました。
最後までお付き合い下さった方、特に連載当初から感想書いて下さった方は本当にありがとうございます。

 さて、今回はけっこう鬱な内容を書かせていただきました。
なぜこんな話を書いたのか。それをメインに後書きを書かせていただきたいと思います。
お時間ある方はよろしければお付き合いお願いできればと思います。
ちなみに本音がだだ漏れですので、心の広い方のみお願いします
かなりぶっちゃけてしまっているので(ガクガクブルブル


 実は私、SAOに始めて触れたのはアニメの第三話です。つまり黒猫団編です。
それで人がどんどん死んで行って「あーシリアスな世界なんだなー」と思ってたら
よくわかんないアイテム出現、サチのメッセージが聞こえるという状況になって無理やりだなーと思ってしまいました。
ぶっちゃけ冷めました。
文庫本も読んでみたのですが、そんな時限式なアイテムはゲームの開発陣は"今のゲームでは"普通は作りませんし、
共有ウィンドウというのはMMORPGでは変だなと感じました。

共有ウィンドウ→重量誰持ちいくら離れてても共有できるの→共有できた場合ボス戦中にも簡単に補充可
重量は個人持ちだと仮定する→その場合は普通、死んだら消える。でもなぜか消えない→
どこかのプレイヤーと結婚して時限式メッセージクリスタル大量に持ったまま離婚したら重量PK可能→詰み仕様

と思ったわけです。SAOPが発売して「自分の所持アイテムを全てドロップできる」という予想外の救済処置が出てきて
この仕様は問題無くなったと思うのですが、当時はこういう疑問点から
「サチが遺言残せなかったらどう変わったか」という妄想の膨張によりこのSSを書き始めました。

 また、重いシナリオのデスゲームを書きたいという思いもありました。
本来この作品を書き始めた当初はラフィンコフィン編は無かったのですが、
急造ですがこの作品のコンセプトとしてはほしいものだったので加えました。
正直に申し上げると、ここら辺になってから読者の方からの感想が減り始めたので失敗したかと思っています。
おそらく商業作品だったら確実に悪手だったしょう。
けど二次創作という名のフリー小説だったので、コンセプトを貫く姿勢を保たせていただきました。
 鬱展開が随分と続きましたが、最終的にはキリトは救われる形になりました。けれど一つ疑問点が上がりました。
最後までお付き合い頂いた読者の方のご希望に添えられるような結末にできたのかということです。
実はこの小説の全体の流れ作成段階では十四話の「勇者の意志」が終章扱いになっており、その後エピローグ直行でした。
つまり本来、キリトは死んで物語が終了だったのです。
書き始めた当時は鬱作品はSAO二次には余りないので、作品のコンセプトからして
最後の最後まで絶望の終局を迎えても良いのではないかと考えていました。
 けれどゲームマスターコンソールとYuiの存在に目が行った時に変わりました。
Yuiの存在は正直余り好きではないのですが、SAOという物語上、
彼女の出番が全く無いまま終わるのは納得いかなかったというのがあります。
よって無理はあるように見えて整合性も一応は取れたので終章は「心」となりました。


 最後まで書ききって振り返ってみると序盤の内容になるほど、拙い文章が多々見受けられます。
読者様からの感想指摘により物語で注意するべき点をとても多く知ることができ、大変勉強になりました。
もし次回、何かしら作品を書くことがありましたらその点に注意して書いていきたいと思います。
感想が厳しい当掲示板での活動をチラシの裏とはいえ行うのは当初腰が引け気味でしたが、
やはりこのサイトで活動して良かったと思っています。
 感想を一度でも書いて下さった方、本当にありがとうございました。
途中で仕事が忙しくなったりMacPCをメインに扱うようになったのでツール準備したりで更新が滞ってしまいましたが
色々やんわりと、しかし厳しい内容で感想を書いて下さったので最後まで続けられました。


 最後に。もし次に小説を書くことがありましたら、その時はハーメルンさんで連載させて頂こうと思っております。
理由としてはこの掲示板ではできるだけクオリティの高い状態で上げたいためと、
最後まで連載しきる自信が無い内容を書こうとしているためです(後者の理由が大きいです)。
今回は絶対に最後まで書き切ると決めてけっこう必死になっていたので、次回はもう少し気楽に書こうかなと思っています。


 ではつまらない後書きとなってしまいましたが、最後までお付き合い下さりありがとうございました。
またどこかでお会いできればよろしくお願いいたします。

それでは皆様良いお年を!

2014/12/31 倭刀


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.12417101860046