マスターシーン ザクソン郊外 恵みの森
ロードス島の北辺に位置するザクソンの夏は短い。
眩しい太陽と自然の恩恵を享受できる貴重な季節、郊外にあるその森は、文字通り村を支える恵みの森だった。
女たちは木の実や薬草を集め、男たちは狩りをして獲物を塩漬けにする。
雪に閉ざされる長い冬を乗り切るため、夏の間に蓄えを用意しなければならないのだ。
アランの都では冬でも銀貨で食料が買えると言うが、ザクソンの村には銀貨を呼び込むような産業はない。ターバへの巡礼客を迎える宿屋を除けば、鹿や兎の毛皮を都で金に換えるというのが、ほとんど唯一の現金収入だ。
ザクソンの村にとって、森は生きていくために不可欠な存在だった。
そんな恵みの森に、間もなく日没が訪れる。
枝葉の天蓋から差し込む光の柱は大きく傾き、その色も濃いオレンジ色に変わっていた。
次第に明るさを減じていく森の中に、今、2人の少年の姿がある。
「エト、薬草はまだか?」
10歳ほどの少年が、大人用の剣を重そうに構えながら傍らの相棒に声をかけた。
健康的に日に焼けた少年だった。
意志の強そうな瞳に、鋭く引き締まった頬。落ち着きなく周囲を警戒する様子には、恐怖や緊張が隠しきれない。
「あったよ、パーン。リギド草だ。切り傷にはこれが一番いいんだって姉さんが言ってた」
下生えにしゃがみ込んで薬草を探していたのは、色白でおっとりした印象の少年だ。
柔らかい目鼻立ちにふっくらとした頬。パーンという少年とは対照的に、穏和で知的な雰囲気。
剛と柔、剣と鞘、少年たちはそんな2人組だった。
「なら急いでくれ。もう日が暮れる。夜はあの忌々しい妖魔どもの時間帯だからな」
緊迫したパーンの声。
「分かってる。すぐ終わるよ」
背負い袋を開くと、エトはすぐに薬草を摘み始めた。
15歳で成人と見なされるこの世界でさえ、まだまだ子供と呼べる2人。本来なら、この時間に村を出ることなど許されるはずもない。
まして今は、妖魔の大群が村外れの遺跡に棲みついているのだ。大人でさえ村に籠って襲撃に備えているというのに、子供だけで森に入るなど無謀もいいところ。
それでもパーンとエトには、その無謀に挑戦する理由があった。
「こないだの戦いで、姉さんの薬草が尽きたって言ってた。これを持って帰れば、まだ何人か助けられるんだ」
村を襲撃した妖魔の群れに対して、村の大人たちが戦いを挑んだのが3日前。
妖魔を村から追い払うことには成功したものの、代償は大きかった。片手に余る数の死者を出し、重傷者はその数倍。無傷の男はいないというほどの激しい戦いだったのだ。
それ以来、村は完全に厳戒態勢だった。怪我をした男たちが武器を持って見張りに立ち、女たちは総出で炊き出しをしている。
村でただ1人の薬師であるエトの姉、シノンなど、治療に奔走してろくに寝ていない様子だった。
「くそ、早く冒険者が来ればな!」
パーンが悔しそうにつぶやく。
フィルマー村長が村中の銀貨をかき集め、ターバの村に使いを送ってから10日あまり。片道2日の道程を考えても、先日の戦いには十分に間に合ったはずなのに。
「やっぱり村長が言ってたとおり、銀貨が足りなかったのかもね」
忙しく手を動かしながら、エトが冷静に応じた。
冒険者を雇うにも、相場というものがあるそうだ。村が用意できた銀貨では、妖魔の大群と戦えるほどの冒険者は雇えそうにない。村長がそう言っていたのを思い出す。
「金のない村は、助ける価値もないって言うのかよ!」
冒険者は困った人たちを助けてくれる英雄だと思っていたのに、結局は金がすべてなのか。
怒りを隠そうともしないパーンを、エトはそっと窘めた。
「助けてもらうのが当たり前だと思っちゃだめだよ、パーン。自分たちの村は自分たちで守る。それがザクソンの誇りなんだから」
だから男たちは、命を賭けて戦った。
女たちも戦っている。
「僕たちだって、村のために今できることをするんだ。子供だって無力じゃないって、大人たちに分かってもらおうよ」
それは姉の口癖だった。何をしてもらうかじゃなく、何をしてあげられるかを考えなさい。村の皆に必要とされる男になりなさい、と。
「そうか、そうだよな。エトの言うとおりだ」
納得してうなずいたパーンは、再び剣を握りなおして、周囲に目を配った。
いちおう武器を持ってはいるものの、子供の自分たちには、これで妖魔と戦う力はない。
だが、村に不足している薬草を集めることならできる。
シノンが困っていると聞き、森に入ろうとエトに持ちかけたのはパーンの方だ。
だからパーンは、次第に濃くなる闇に怯えながらも、歯を食いしばって親友の背中を守り続けた。
ロードスという名の島がある。
アレクラスト大陸の南に浮かぶ、辺境の島だ。
大陸の住人の中には、ここを呪われた島と呼ぶ者もいる。
かつて神話の時代、邪神カーディスがこの地に倒れ、大地に呪いをまき散らしたと伝えられるが故に。
異界から召還された魔神が暴走し、島中に死と破壊をもたらしたが故に。
そして今でも、幾多の妖魔が跳梁し、人々の生活を脅かしているが故に。
SWORD WORLD RPG CAMPAIGN
『異郷への帰還』
第4回 守るべきもの
シーン1 ザクソン郊外 恵みの森
遠くの枝から、極彩色の鳥が奇怪な鳴き声とともに飛び立った。
清涼だった空気は日没とともに吹き払われ、森には湿った冷気が漂い始める。
これがあの明るかった森だとは、とても信じられない。雰囲気はがらりと変わり、もう人間の時間は終わったのだと、これからは獣と妖魔の時間なのだと、世界が五感に訴えかけてくる。
ターバを出て2日目。シンが何とか今日中にザクソンに入りたいと主張し、大きく湾曲した街道を外れて、森の中を直進するコースを選んだのだが。
「やっぱりショートカットは失敗だったかね?」
柔らかい腐葉土を踏みながら、ライオットがため息混じりに唇を歪めた。
中学校時代には、学校の裏山をかき分けて近道にしていたシンとライオット。当時と同じノリで街道から森へと足を踏み入れたのだが、どうやら本物の自然を舐めすぎていたらしい。
歩いても歩いても景色は変わらず、出口は見えず、時間だけが過ぎていく。慣れない山歩きで疲労は蓄積し、女性陣の足取りも重くなる。
仕方なくシンが休憩を宣言すると、ルージュとレイリアは崩れるように座り込んだ。
「すみません、シン。私のせいで」
汗で頬に張りついた後れ髪をかき上げながら、レイリアが唇を噛む。
「大きいことを言って無理矢理ついてきたのに、もう足手まといになってますよね」
レイリアの自責で暗くなりかかる雰囲気。だがそれを、ルージュがばっさりと切って捨てる。
「何言ってるの。レイリアさんは十分凄いって。10キロ以上もあるチェインメイル着て今まで歩いてたんだから。私なんかローブしか着てないのに、ライフはもうゼロですよ」
あー疲れた、と両足を地面に投げ出すと、銀髪の魔術師はだらけきった様子で夫を見上げた。
「むしろ、文句言わずに今まで頑張った私たちを褒めてほしいよね。ライくん、ちょっと足揉んで。リーダーはレイリアさんの足揉んであげて」
臆面もなく要求する妻に、ライオットが苦笑しながら屈み込んだ。
ルージュがローブの裾を上げると、足はあちこちが擦り切れて血が滲んでおり、見るだけでも痛々しい。
革製のサンダルで山歩きをした代償だろう。冗談めかしているが、これは本当につらかったに違いない。
「……お疲れさん」
心からの一言で妻の苦労をねぎらうと、シンにバレないように《キュアー・ウーンズ》の魔法を使う。傷口が嘘のように消え去り、ルージュの表情がいくらか楽になったようだ。
「さ、レイリア。こっちも足を出して」
「ちょ、ちょっと待って下さい! 私は大丈夫です! 今ちょっと都合が悪いというか、足が汚れてますから!」
「そんなの気にすることないよ。みんな同じなんだから」
「いえあの、ほんとに今はダメなんです!」
レイリアが顔を真っ赤にして神官衣の裾を下ろし、目の前のシンから足を守っている。
シンはまじめな表情だが、美少女の足ににじり寄る光景は、端から見れば痴漢そのもの。それを本気で恥ずかしがっているレイリアも激しく萌える。
ライオットが目を細めて観賞していると、ルージュが小声で窘めた。
「ライくん」
おそらく、レイリアの足も傷だらけなのだろう。それをシンに見せたくないのは、羞恥もあるだろうが、自分が障害になることを嫌っているせいだ。
シンのことだから、レイリアが足の怪我を隠していたと知れば、盛大に謝罪して行軍速度を大きく落とすだろう。それでは、今日中にザクソンに入るという目的を達することができなくなる。
シンが無茶を承知で強行軍を主張した以上、それはきっと必要なことなのだ。だったら自分たちは、そのために今できることをするべき。
ライオットはレイリアに目配せすると、シンに声をかけて視線を引き剥がした。
「シン、ちょっといいか?」
ん? とシンが振り向くと、レイリアは感謝の視線を返してきた。すぐに口の中でごにょごにょと呪文を唱え、足の怪我を治している様子。
それを視界の隅にとらえながら、ライオットは重々しく告げた。
「レイリアも疲れてるはずだから、10分休憩にしよう。揉むのはふくらはぎを重点的にな」
「分かった」
再びシンが向き直り、拒否は認めないと言わんばかりの真剣さで足を出すように促す。
レイリアが今度は素直に神官衣の裾を引くと、驚くほど白い肌が現れた。
芸術神ヴェーナーが絵筆を振るったかのような、絶妙なラインを描くふくらはぎ。旅塵で汚れているものの、その造形美は見ているだけで感嘆の吐息がもれそうなほど。
さすがに頬を赤くしたシンが、ためらいがちに手を伸ばす。
息を殺してそれを待つレイリア。
肌と肌が触れあった瞬間、レイリアが小さく声を上げ、脚がぴくりと震えた。
「ん……」
「あ、その、やっぱり嫌だったかな?」
シン・イスマイールの手は剣士の手だ。絶え間ない鍛錬で皮は堅くなり、レイリアの柔肌に比べたらタワシのようなもの。
力を入れて揉んだら、傷つけてしまうのではないか?
そんな恐れを感じてシンが手を引こうとすると、その上に華奢な手が重ねられた。
「ごめんなさい、ちょっとびっくりしただけなんです。男の人に触られるの、初めてだったので」
「そ、そうなんだ。ごめん、俺も女性に触るの初めてだから、力加減がよく分からない」
そんな言葉を交わし合い、その意味を理解すると、ふたりは茹で蛸のように真っ赤になった。
「じゃあ、私たち初心者同士ですね」
「うん、そうなるかな」
「気を悪くされるかも知れませんが、ちょっと嬉しいです」
「俺も嬉しいよ」
手と手を重ねたまま、はにかんだ笑顔を交わし合うふたり。
体中が痒くなるような展開に、ルージュは叫び出したくなる自分を必死に堪え、生ぬるい表情で視線を逸らした。
まったくこのふたりときたら、まるで砂糖を10杯は入れたミルクティのよう。自分でけしかけておいて何だが、余人にはとても耐えられそうにない。
夫にも同調を求めて視線を投げると、驚いたことに、ライオットは厳しい表情で森の奥に目を向けていた。どうやら話を聞いていなかったらしい。
「どうしたの、ライくん?」
また山賊でも出たのだろうか? 怪訝そうにルージュが首を傾げる。
「何か来る……と思う。たぶん」
自信なさげにライオットが答えた。
レンジャー技能もシーフ技能もないライオットには、音の正体が識別できないのだ。何かが茂みをかき分ける音だと思うが、大きなものではない。せいぜい犬か狼サイズの小動物だろう。
「一応警戒しておくか」
さほど脅威は感じなかったが、先日の山賊騒ぎの教訓もあり、ライオットが地面から盾を拾い上げた瞬間。
目の前の茂みが割れると、小さな人影が飛び出してきた。
男の子だ。年齢は10歳くらい。
ふっくらとした頬、きれいに整えられた黒髪、大きく膨らんだ背負い袋。反射的にそこまで認識したとき、ほんの一瞬、目と目が交錯した。
必死に助けを求める意志。息を切らせて言葉も出ない少年が、転がるようにして足を止める。
「エト! 止まるな走れ!」
茂みの向こうから、また別の子供の叫びが聞こえたとき、ライオットはすでに盾を構え、腰の剣に手をかけて臨戦態勢をとっていた。
ふたり目の少年が茂みからまろび出てくると、シンが即座に誘導して子供たちを庇う。
「敵は?」
語気鋭いライオットの問いに、ふたり目の少年が答えた。
「ゴブリンが3匹! すぐ来るよ!」
ひとり目よりも覇気のありそうな少年だ。目つきは鋭く、肌は健康的に焼けて、手には大人用の剣まで持っている。
「お前たちは2人か?」
「そう!」
シンが背中越しに言うと、即座に明確な答えを返す。頭の回転もなかなか良さそうだ。
さらに少年は、けなげにも剣を構えて戦おうという気勢を示したが、さすがにそれは許容できない。ルージュに首根っこを捕まれ、強引に引きずられてしまう。
「放せよ! オレも戦う!」
「バカ言ってないで下がりなさい。あとは任せておけば大丈夫だから」
全幅の信頼を寄せる妻の声に、ライオットが小さく笑う。
3匹の妖魔が飛び出してきたのは、その直後だった。
豚を擬悪化したような顔に、粗末なボロ切れを巻き付けた小柄な体躯。逃げてきた少年たちと身長はさほど変わらないだろう。
だが錆びた小剣を振り回し、奇声を上げながら子供を追い回す姿には、理屈を超えた嫌悪感を覚えた。
「Gobugobugobu,Gobubububu!」
「Bukyyy!」
目の前にいきなり完全武装の戦士が現れて、妖魔たちも驚いたのだろう。茂みを出たところで足を止め、武器を振り回しながら威嚇を始める。
認定、見るからに邪悪っぽい。
子供に対する傷害未遂、及び暴力行為等の処罰に関する法律違反の現行犯人と認め、ライオットは速やかに行動した。
抜く手も見せずに剣が一閃。平で張り飛ばされた1匹が頭から茂みに突っ込んで動かなくなる。
返す一撃で2匹目の小剣をたたき落とすと、左足を振り抜いて顎を蹴り上げた。骨が砕ける感触。強烈に脳を揺さぶられて、2匹目もあえなく撃沈する。
あまりにも鮮やかな手際。モンスターレベル2のゴブリンでは、反応する暇すら与えられなかった。
逃げてきた少年たちも、口を半開きにして見とれている。
視界の隅にその様子をとらえると、ライオットは努めて偉そうに、最後の1匹に剣を突きつけた。
「俺たちは冒険者だ。武器を捨てて降伏すればよし、さもなくば実力で排除するぞ」
傲然と宣言する。
目の前の戦士は逆らってはいけない相手だと、ゴブリンなりに理解したのだろう。残された1匹はすっかり怯えた様子で小さくなっている。
決まった、と内心で悦に入っていると、後ろからシンがためらいがちに告げた。
「あのさ、ゴブリンはロードス共通語分からないんじゃないか? やっぱゴブリン語じゃないと」
短い沈黙が降りる。
だが、シンの言うことには一理あるだろう。
ライオットは重々しく言い直した。
「俺たちは冒険者ゴブ。武器を捨てて降伏すればよし、さもなくば実力で排除するゴブ」
「……あのねライくん。語尾にゴブをつければゴブリン語っていうのは、全国のGMが広めた迷信だから」
こめかみを押さえながらルージュが首を振る。
せっかくの見せ場だったのに、これでは台無しだ。
しかも、ライオットはわざとやっているのだから始末に負えない。たまには最後まで格好よく決めてくれればいいのに、とルージュが1人ごちていると、
「いいんだよ。これがゴブリンの様式美ってもんだろ」
おら行け、と剣を振り回して最後の1匹を追い払い、ライオットは満足そうに剣を納めた。
わざわざ追撃する気はない。そうする必要もないのに、敵意のない妖魔を皆殺しにしても意味がないのだから。
「さて少年たち。ちょうどいい所に来たな」
金髪碧眼、白銀のプレートメイルにカイトシールド。まるで絵物語の騎士のような出で立ちでライオットが水を向けると、子供たちは頬を上気させて駆け寄ってきた。
余計な一言はともかく、ライオットの容姿と戦闘力は、子供たちが思い描く理想の騎士像そのものだった。
「本当に危ないところをありがとうございました。僕はエト。こっちは友達のパーンです」
ひとり目の少年が礼儀正しく頭を下げる。
「エトに、パーンか……」
超S級有名人の登場に、ライオットはしみじみと子供たちを見つめた。
なるほど確かに、言われてみれば面影がある。エトは知的で上品そうな、パーンは元気の良さそうな顔立ち。シナリオの舞台がザクソンの村である以上、ふたりが登場することは必然と言えた。
エトは神聖王国ヴァリスの国王(予定)。
パーンは原作戦記から主役を張り、“ロードスの騎士”(ナイト・オブ・ロードス)の称号を受けて諸王円卓会議に席を与えられるほどの超英雄(予定)だ。
脇役のレイリアなどとは比較にならない、原作の中枢に位置する少年たちだった。
「冒険者って言ってたけど、ザクソンを助けに来てくれたのか?」
パーンの口調は乱暴だったが、目にはすがるような色が濃く浮かんでいる。
直情的で裏表のない顔。真摯な願いの発露に、ライオットの表情がふっと緩んだ。
「そうだ。遅くなって悪かったな。俺はライオット。彼がリーダーのシン。それに司祭のレイリアと、魔術師のルージュだ」
ぽん、とパーンの頭に手を乗せると、ライオットが仲間たちを紹介する。
見ただけで強そうな冒険者たちに、パーンとエトは目を輝かせたが、村の状況を思い出すとすぐに顔を引き締めた。
「なら、すぐ来てくれよ! 村が大変なんだ!」
ライオットが無言でシンを見る。
シンは即座にうなずいた。
「すぐに出発しよう。パーン、エト、村まで案内できるか?」
「できるよ。急げば四半刻で着く」
「よし、じゃあ先導を頼む。レイリア、悪いけど休憩は省略したい。頑張れるかな?」
気遣わしげな視線に、レイリアは力強くうなずいた。
「もちろんです。急ぎましょう」
出発の準備を整えたルージュは、そっと夫に近づくと、耳元にささやいた。
「分かってると思うけど。迷子だったってことは、わざわざ言わなくていいからね」
場を面白くするためだけに、子供の信頼を損なうことはない。
「やっぱりダメかな?」
「それでパーンが冒険者嫌いになったら、ライくん責任取れるの? あの子たちにとって、冒険者は英雄じゃなきゃいけないの。ちゃんと相手を考えてよ。ただの子供じゃないんだからね」
痛烈に釘を刺す妻に、ライオットは返す言葉もなかった。
悄然とルーィエの入った籠を持ち上げると、数少ない味方を求めて中をのぞき込む。
「陛下、さっきから大人しいな。TRPGだと台詞のない奴は不在認定されちゃうぞ」
籠で微睡んでいた銀毛の猫王は、薄く目を開けると、不機嫌そうに従者をにらみ返した。
「……うるさい。夜の起き番がお前だけじゃ頼りないって言うから、日中は寝てていいっていう条件で付き合ってやったんだぞ。約束どおり寝かせろ。月が出るまでは俺様に話しかけるんじゃない。それとな、もっと揺らさないように運べないのか? お前の扱いだと寝心地が悪くてしょうがないぞ」
ルーィエは言いたいことだけを言って、再び目を閉じてしまう。
「ライオット、行くぞ! 早くしろ!」
「……了解」
シンの呼ぶ声に手を挙げて応えると、ライオットは少しだけ肩を落として仲間たちの後を追った。
活躍した場面のはずなのに、扱いが良くない気がしてならなかった。