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[35460] 雛見沢にルルーシュ・ランペルージを閉じ込めてみた[ひぐらし×コードギアス]
Name: 海砂◆409f06c3 ID:fcf82614
Date: 2012/10/19 20:19
圭一の代わりにコードギアスの主人公『ルルーシュ』がひぐらしの舞台である雛見沢に引っ越すことになった話。
ひぐらしのなく頃にとコードギアスのクロスオーバー。

○あらすじ
雛見沢での平穏な毎日を送っていたルルーシュはある日オヤシロさまの存在を知る。
過去に起こった殺人事件。
毎年行われる綿流しの祭に起きる惨劇。
オヤシロさまの祟り。
果たしてその行く末は……?


○諸注意
オリジナル主人公は一切出ません。
圭一の代わりにルルーシュが来たという話なので当然圭一も出てきません。(ただし、存在自体しないわけではありません。)
もしかしたら原作キャラなどに多少の改変があるかもしれませんが作者の理解力不足です。ご了承ください。




[35460] 第一話
Name: 海砂◆409f06c3 ID:fcf82614
Date: 2012/10/12 15:10


 終わりたくないのですね、あなたは。

 生きて未来を欲しますか?

 力があれば生きられますか?

 ならば契約を交わしましょう。

 あなたには僕の願いを一つだけ叶えてもらう。

 その代価としてあなたに力を与えましょう。

 契約すれば、あなたは人の世に生きながら人とは違う理で生きることになる。

 異なる摂理、異なる時間、異なる命。

 王の力はあなたを孤独にする。

 その覚悟が、あなたにはありますか?







○第一話【ハジマリ】


「――お、」

 ……。

「……様……」

 ………。

「――……お兄様……」

 …………。

「お兄様、着きましたよ」
「ん……。……ここは……」

 妹のナナリーの透き通った声で目を覚ます。
 周囲を見回してすぐに自分が置かれている状況を確認する。どうやら俺は電車の座席に座ったまま眠り込んでしまっていたようだ。
 思考が鈍い、日頃の疲れがたまっているのだろうか。身体も鉛のように重い。
 隣を見やると心配そうにこちらを窺うナナリーがいる。
 ……そうだ、今は東京租界からの帰り道だった。
 久しぶりにスザクや会長に会いに行って、ナナリーを彼らに預けている間に黒の騎士団の作戦指示をしに行ったことを思い出す。
 つい先月まで住んでいたにも関わらず、東京租界の賑やかさに圧倒された。

 高層ビルに何車線もの道路。
 たくさんのブリタニア人。
 ブリタニア軍人の使用する高性能ナイトメアフレーム。
 駅前での騒々しいクロヴィスの演説すらも今では懐かしかった。

 今、住んでいる土地にはそんな賑やかなものはない。
 あるのはセミの声と清流のせせらぎ。そして、ひぐらしの声。
 そんな静けさに寂しさでなく、安らぎを感じ始めたのは最近だ。
 現在、俺とナナリーは東京租界から離れた所で暮らしている。
 ギフの山奥にある寒村、シシボネゲットー・ヒナミザワヴィレッジ。
 そこが俺たちが隠れ住まう場所だ。 
 どうしてそのような場所に住むことになったかというと話は長くなるが……
 あれは心を読む能力者『マオ』が起こしたナナリー誘拐事件が解決して数日経ったある日のことだった――。

   ***

 その日の早朝、俺はミレイ会長に呼び出されて生徒会室を訪れた。
 そこでとんでもない話を聞かされる。

「……えっ? 会長、今なんて言いました?」

 俺は想定外のミレイ会長の言葉に、思わず聞き返してしまった。

「だから、ごめんなさい。……貴方とナナちゃんを匿うことはもう出来ないわ」
「そんな、どうしてです?」

 今頃になって何故。それは当然の疑問だった。
 幼い頃、ブリタニア皇族であった俺と妹のナナリーは父親である皇帝シャルルにエリア11へ捨てられた。
 しばらくして戦争で死んだことにされていたが、もし俺たち二人が生きている事実が知られていれば、間違いなく政治の道具に使われていただろう。
 そんな俺たちを不憫に思って匿ってくれたのがアッシュフォード学園であり、ミレイ会長の家族だったはずだ。
「……ごめんなさい、ルルーシュ。前にアッシュフォード家が衰退しているって話をしたことがあったわね?」
「ええ。でも学園が経営できなくなるほど落ちぶれているとは思えないですが」

 少し失礼と思ったが、気にしている余裕はなかった。
 俺のそんな物言いにもミレイ会長は力なく首を横に振った。

「違うの。今までアッシュフォード学園が安定しているように見えたのはこの学園に通う一部の生徒がいたおかげなのよ」
「それはつまりどういうことですか」
「最近学園に来る生徒が減ったと思わない?」
「……ま、まさかっ!」

 一部の生徒のおかげ……減った生徒数――その二つの点から導かれる理由は……。

「そう、この学園は一部貴族の親が出した助成金のおかげで何とか経営できていたの。けれど最近のエリア11は日本解放戦線や黒の騎士団といったテロ組織の動きが活発だし、クロヴィス殿下だって暗殺されたでしょう? それで生徒たちは次々とブリタニアの学園に転入していってしまったというわけ」
「……っ……そんな馬鹿なことが……」

 アッシュフォード学園は助成金がなければ資金繰りが厳しいらしい。
 助成金を得ることが出来ない以上、アッシュフォード家は学園を潰すか売り渡すの二択しかないのだそうだ。
 潰れてしまえば無論のこと、俺とナナリーは学園を出ていかなければならず、売り渡すことになれば理事がアッシュフォード家から別の貴族の家へと移り、俺たちの素性がばれてしまうため、この場合も出て行かざるを得ない。

 くっ……アッシュフォード学園を全面的に信頼していたが甘かった。
 コーネリアの動向よりもアッシュフォード学園の経営状況に目を向けるべきだったか!
 しかし今更もう遅い。25通りの手を考えたが、全て手詰まり。くそ、どうすればいい……?
 そこに俺の親友がノックもせずに入ってきた。彼は枢木スザク。日本人だが、幼少の頃から仲が良い俺の一番の友だ。

「どうしたんだい、二人とも深刻そうな顔をして?」
「スザク……」
「スザク君……」

 俺とミレイ会長は顔を見合わせて頷き合うと、藁にも縋る思いで事情を打ち明けた。
 スザクは事情を聞くと、本当に残念そうに呟くように言った。

「そうなんだ、寂しくなるね……」
「まだそうと決まったわけじゃないわ。私もまだ転校するべきか迷っている生徒を何とか説得してみる。だけど、最悪のケースは覚悟して欲しいの」
「え、ええ、分かりました……」

「ルルーシュ、君はこれからどうするんだ?」

 スザクに言われ、これからの事を考える。
 ミレイ会長の家は……無理か。まだ未成年の少年である俺を娘のいる家に住まわせれば、アッシュフォード家に色々良からぬ噂が立つだろう。さすがにそこまで迷惑はかけられない。

「しばらくはリヴァルの家に世話になることもできると思うがもって三日だろう。……その後は考えていない」
「そうか。ならさ、僕に任せてくれないか?」
「なに?」
「学園は僕にはどうすることも出来ないけど……君とナナリーの住む場所ぐらいの当てはあるんだ」
「本当かスザク! 頼む、紹介してくれ!」
「ああ、もちろんさ」

 俺はスザクの提案を喜んで受け入れ、すぐに荷物をまとめてナナリーと学園を後にした。
 だが、この時はまさかゲットー、それも山奥の寒村に移り住むことになろうとは思いもしなかった。
 知っての通り、ゲットーに住むほとんどの日本人はブリタニア人を憎んでいる。
 そんな中にブリタニア人である俺とナナリーが? どう考えてもありえない。俺は心底そう思った。

 普通に考えればナナリーにゲットーでの生活などできないことが分かるはず。この時ばかりは俺もスザクの正気を疑ったものだ。もっとも、それは俺の杞憂だったわけだが――――……。



「お兄様、そろそろ降りないと……。扉が閉まってしまいます」
「あ、ああ、すまない。急ごう」

 ナナリーをおぶると足早に電車を降りた。

   ***

 東京租界から電車を乗り継ぎ数時間後の外の風景は東京租界と同じ時代であることを疑わせるほど技術の進歩というものが見られない。
 その”何も無さ”に最初は呆気に取られたものだ。 
 駅を出ると、ここからさらに車で山道を超えなければならない。もちろん俺は車など持ってはいないが、迎えが来る手筈となっているので別段問題はない。

「あ、お待たせルル、ナナちゃん!」

 少女が小走りに近寄ってくる。
 彼女の名前は園崎魅音。スザクの知り合いで、俺の一年先輩だ。
 魅音は俺をルルと呼ぶ。そんな時いつも彼女の前に俺のことをそう呼んでくれたシャーリーのことを考えてしまう。

 シャーリーは大切な仲間だ。いや、今は”だった”と言うべきか……。
 俺は父親の命を奪い、彼女の記憶を消した。学園を去った以上、俺と彼女はもう赤の他人なのだ。

 ルルという呼び方は、とにかく彼女を思い出すことになりつらい。
 魅音に止めるように言ったこともあったが、こいつは空気を読まない。俺はしばらくして諦めた。
 慣れてしまったのか今はもう、そう呼ばれることにあまり抵抗を感じなくなっていた。

「ごめんごめん、待った?」
「いや、定刻通りだ」
「そりゃよかった」
「魅音さん、こんにちはです」

 ナナリーが挨拶をすると、魅音は冗談で返す。

「おお、ナナちゃんお久しぶり! 200年ぶりだっけぇ?」
「うふふ、200年も経ってたら私もう死んじゃってますよ」
「あはは、違いないね」
「たった二日でオーバーだな魅音」
「そうかい? ま、とりあえず車に乗りなよ。土産話は道中聞くからさ」

 そうだな、村まで一時間ぐらいかかる。その時に話すのも良い時間つぶしになるだろう。
 ナナリーを車に乗せ、自分も車に乗り込むと、車は急発進して雛見沢(ヒナミザワヴィレッジ)へと向かった。 
 



[35460] 第二話
Name: 海砂◆409f06c3 ID:fcf82614
Date: 2012/10/12 16:35


○第二話【新しい学校】

 二日ぶりの雛見沢の朝。昨日電車の中で仮眠を取ったせいだろうか、今日はいつもより早く起床できた。
 夏を迎えても雛見沢の朝は寝苦しくはなかった。むしろ少し肌寒いくらいにも感じられる。

「……ふぅ」

 伸びをして起き上がるとすぐに学生服に着替える。
 ここは魅音の手配してくれた日本家屋の二階、俺の部屋。トウキョウ租界にいた頃とは違ってベッドがな

いため、畳の上に布団を敷いて寝ている。布団で寝るのは幼少の頃スザクの家で世話になって以来のことだったので最初のうちは寝つきが悪かったが、今はそうでもない。
 布団を片付けて押入れに仕舞う。そんな動作も当たり前のように出来るようになった。

 ナナリーはもう起きているだろうか。階下へ降りる前に廊下を挟んだ隣にある部屋で寝ているナナリーに声をかける。

「ナナリー、起きてるか? 入るよ」
「はい、お兄様」

 引き戸を開けて中に入ると、すでにメイドの咲世子がナナリーの仕度を整えていた。

「おはようございます、ルルーシュ様」
「おはようございます、お兄様」
「ああ、おはよう、ナナリー。咲世子さん」

 ナナリーの笑顔につられて自分の顔が綻ぶのが分かる。

「ではルルーシュ様、用意が出来ましたら一階にお越しください」

 咲世子が一礼して部屋を出て行く。いつものように朝食の用意をしてくれるのだろう。たまには代わりに作ってやるのも良いかもしれないな。
 ベッドに腰掛けたナナリーに向き直る。

「今日は早いな」
「はい、二日ぶりの学校がなんだか待ち遠しくて。そう言うお兄様も今日は早かったですね?」
「ああ、昨日早く寝たからね。さあ、咲世子さんが待ってる。行こうか」
「はい」

 ナナリーをおぶって階段を降りると、二人して洗面所で顔を洗ってからダイニングに向かった。
 朝食をゆっくりと摂っていると、もう家を出なければならない時刻だ。
 アッシュフォード学園に通っていた頃は学園に住まいがあって登下校などしなかったから、こういううっかりをよくする。まだここの生活に完全には慣れていない証拠だ。

「ナナリー、後三分で家を出ないとまずい」
「あ、もうそんな時間なのですね」
「レナを待たせるのも悪いからな、急ごう」
「そうですね」

 レナは雛見沢村に住む俺と同い年の少女。この村での生活はレナに教わった。
 甲斐甲斐しく、容姿はとても愛らしいので、男なら誰しもが惚れる理想の女と言えよう。もっとも、可愛いものを見ると若干粗暴になるというただ一点を除けばだが。
 本名は竜宮礼奈というが、皆がレナと呼ぶことにしている。

「行って来ます、咲世子さん」

 ナナリーを車椅子に座らせ、咲世子に声をかけてから家を出た。


   ***


 家から少し歩いた所にあるいつもの待ち合わせ場所にレナの姿を発見する。
 レナと目が合い、あちらも俺たちに気づいたようだ。

「ルルーシュく~ん! おっはよ~っ!」
「おはよう、レナ」
「おはようございます、レナさん」

 爽やかな朝の挨拶を交わす。

「二人とも今日は早いんだねぇ」
「ああ。通常より1分25秒も早く家を出たからな」
「へぇ……。ずいぶん細かいんだね……」
「ただの癖だ。気にしないでくれ」
「う、うん、分かったんだよ」

 レナに苦笑されてしまった……。
 流石に秒まで読み上げたのは神経質すぎたのだろうか。

「フフ、お兄様はレナさんに会いたくて早くに目が覚めてしまったみたいですよ?」
「ちょ、おま、ナナリー! いきなり何を言っている?!」

 朝っぱらからとんでもないことを口走るナナリー。
 レナはすっかり顔を高潮させている。そんな顔をされると俺まで恥ずかしくなってくるじゃないか。

「は、はぅ……。ルルーシュくん、そうなの?」
「ち、違う! 間違っているぞ竜宮レナ! そうではない!」
「え、違うの……?」

 今度はちょっと残念そうな顔をしたので、俺は狼狽する。

「いや、待て! 違うというのは語弊があって、あくまで表現上の問題でだな!」

 隣でナナリーがクスクスと笑っている。少し意地悪そうな笑顔だ。
 ここに住むようになって(特に魅音のせいで)、ナナリーに悪い影響が出ているような気がしてならない。ナナリーが元気で笑っているのはいいことなのだが、釈然としないのは何故だろう。

「ねぇ。それで、表現上の問題ってどういう意味なのかな、かな?」

 頬を赤らめたまま上目遣いに聞いてくる。
 う……そ、それは……。

「……み、魅音が待っている、急ごう!」
「あ、待ってよルルーシュくん!」

 俺はレナとの間にできた微妙な空気から逃げるようにナナリーの車椅子を押して先を急いだ。


   ***


 通学路の途中、水車小屋前で魅音と合流してから学校へと向かう。
 いつも遅刻ぎりぎりに待ち合わせ場所に来る魅音だったが、今日は珍しく先に待っていた。
 俺のために一時間前から待ってたと言うが、どうせいつもの冗談だろう。久しぶりに魅音のそんな軽口を聞いて俺は苦笑せざるを得なかった。
 一応こんなのでも学校ではクラスのリーダー役だったりする。
 
 雛見沢分校に到着する。
 ここはイレブン――日本人が立てた学校だ。とはいっても営林署を間借りしているだけのようで、生徒数はあまり多くない。
 教室は一つしかなく、俺と同じ位の年の生徒はレナと魅音しかいないのが現状だが、このご時世、日本人に教育を受ける場があるだけでも十分すごいことだと思う。
 雛見沢は戦略的価値の無い古びた寒村である。従って、ブリタニアによる日本侵攻でもあまり被害を受けなかった。
 ほとんどの家庭が自給自足だった故に、東京租界で職を得るためにブリタニア人に服従する人間も少ない。ブリタニア人に虐げられる人がいないから、俺たちにも優しく接してくれる。それが行き場の無い俺たちにはありがたかった。

 昇降口から教室へ向かう廊下で数人の子供とすれ違う。朝っぱらからはしゃぎ回って賑やかなものだ。俺の胸ぐらいまでしか背丈が無いが、彼らも同級生である。
 不意に先を歩いていた魅音が俺に先頭を譲ってきた。

「お先にどうぞ、ルルーシュ大先生。くく」

 教室の引き戸の前で魅音が意地の悪い笑みを浮かべる。
 俺はその含みある魅音の様子を見て取り察する。

「なるほどな」
「え、どうかしましたか?」

 ナナリーが不思議そうに首をかしげた。

「沙都子だよ、ナナリー」
「あ……すっかり忘れていました」

 ナナリーは得心がいって、ぽんと両手を合わせた。
 沙都子とは同級生の生意気な小娘のことだ。トラップ作りがライフワークだそうで、よく俺に対して辛辣な罠を仕掛けてくる。
 それも忘れた頃にやってくるものだから尚更性質が悪い。

「レナ、悪いがナナリーを後ろの方に避難させてくれないか」
「う、うん。分かったんだよ」

 すでにやつのトラップの対策は済んでいる。今日こそ目に物見せてやるとしよう。
 レナがナナリーを連れて後ろに下がるのを確認すると、俺は教室の引き戸越しに沙都子に言った。

「君にしては見え見えの罠じゃないか。引き戸の上のほうで黒板消しが目立っているようだが?」

 フッ、俺はナナリーのように雛見沢を二日離れただけで警戒を解くほどお人よしではない。手を抜いたか、沙都子?
 扉を挟んだ教室の中からくぐもった笑い声が聞こえる。そうしていられるのも今のうちだ。

「お見事、さすがルルだね! 今回はルルのほうに軍配が上がったかな?」

 魅音が調子よく褒め称えるが、俺は表情を変えない。なぜならまだ勝負はついていないからだ。
 沙都子の過去のトラップデータと照合すると、到底これだけとは思えない。
 ちなみにそのデータは、転校初日から罠の被害に遭い続けた俺が、研究に研究を重ね開発した対沙都子トラップ設置行動予測プログラムによって基づく。

「沙都子、お前のその心理誘導と精巧な罠はたしかに驚異的だ。――だが、お前の罠にはある一定のパターンがある」

 まず最初のアタック(罠)は囮、複数の罠をうまく連動させ、次なる罠へと誘うための誘導。
 罠により目標の視線を一箇所に固定させ、その死角となる場所に罠を仕掛ける。だがそこに本命トラップを仕掛けることは絶対にない。
 そして、うまく相手を誘導し逃げ道を完全封鎖できた場合に限り、本命トラップを発動させる。
 だがそれは言い換えれば誘導さえ断ち切ることができれば、沙都子のトラップは道端の小石となんら変わらない性能となる事実を意味するに他ならない。
 ここで普通ならば黒板消しを解除することを第一に考えるだろう。だがしかし。

「やはりな」

 黒板消しには何やら怪しげな糸が取り付けられている。まずはそれを解除。
 次に引き戸の取っ手に視線を移すと、そこにはガムテープで画鋲が取り付けられていた。
 画鋲を避けて引き戸に手を触れる。

「おっと……フフ、危ない危ない」

 引き戸の下部には見えずらいワイヤーが張ってある。
 まったく大したやつだ。後十歳年齢があったなら黒の騎士団作戦参謀補佐に引き入れている所だ。
 引き戸を開け、ワイヤーを避けて教室に入る。

「チェックだ、沙都子」
「んがっ……?!」

 今回のトラップは沙都子にとって会心の出来だった模様。俺に破られたのが相当にショックだったようだ。沙都子は驚きから目を丸くして呆然としている。
 床に視線を移すと、硯が置かれ、墨が並々と注がれている。どうやらこれが本命トラップのようだ。

「う、腕を上げましたわね……ルルーシュさん」
「フッ、光栄だよ。ありがとう」

 してやったり顔で見下ろすと、沙都子は悔しそうに唇を噛んだ。
 ふはは、良い気分だ。実に清々しい朝である。

「みぃ、ルルーシュが大人げないのです」
「梨花か。おはよう」
「ルルーシュ、おはようなのです」

 梨花は沙都子の親友だ。俺とスザクの関係に近く、性格は正反対だが自然と馬が合うらしい。
 トラップを攻略されて涙目の沙都子が横から梨花に泣きつく。それを梨花がなぐさめる。

「梨花ぁー! ルルーシュさんが馬鹿にしたぁ!」
「よしよし、次回は油断したルルーシュを、ボク自らトラップの前に突き飛ばして上げますですよ」
「ちょっと待て」

 そんなやりとりを交えながら、俺たちは沙都子のトラップの後片付けを皆でやる。いつも引っかかるのは俺でも片づけは全員でだ。
 トラップの痕跡が跡形もなくなった頃、担任の知恵留美子が教室に入ってきた。
「皆さん、席についてください。出席を取りますよ」
 同級生の子供たちが慌てて席に着く。魅音たちも彼らに習い自分の席に向かった。
 俺の席はレナの右隣。後には魅音がいてその左隣にはナナリーの机がある。ナナリーを席まで連れて行ってから自分も着席した。


   ***


 授業が始まると留美子はほとんど低学年の生徒にかかりきりになる。
 理由はこの学校の教室が学年混在のため黒板で一つの勉強を教えるわけにはいかず、個別に教える分時間がかかるからだ。
 その間俺たち上級生は放置されるわけだが、日頃から授業中に居眠りをしている俺にとっては願ったり叶ったりだった。
 ――はずなのだが……遺憾にも魅音によって邪魔をされた。

「ねぇねぇ、ルル。ブリタニアで流行ってるゲーム教えてよ」
「すまない魅音、安眠妨害しないでくれないか」

 十分寝たはずなのに授業になると眠くなるのは何故だ。習慣のように授業中居眠りをしているから癖になっているのだろうか。ああ、眠い……。

「はぁ? 何言ってんの。授業中に寝るなんて学級委員のこの私が許すわけないじゃん」
「ならお前……私語は許されるのか」
「ねぇ、ルルってば~。良いじゃん良いじゃん」
「おい、ちゃんと人の話を聞け」
「ねー、意地悪しないでおーしーえーてーよー」

 魅音がいつになくめんどくさい……。ギアスを使って黙らせるか?
 ……馬鹿か俺は。いくら眠いからといって、そんなくだらない理由にギアスを使っていたらきりがないじゃないか。

 ギアスとは俺の持つ特殊能力のこと。一度だけ他人に命令を強制出来る絶対遵守の力だ。
 便利な力だが、無論それ相応にリスクはある。仮に俺が『死ね』とギアスで命じれば、その人間は死ぬ。前述の通り命令は一度きりで、取り消しは出来ない。使い方を誤れば恐ろしいことになる。
 他にも、能力が常時開放されたままとなるギアスの暴走が挙げられる。できれば使わないに越したことはない。

 ギアスは元々、謎の少女C.C.(シーツー)との契約によってもたらされた。思えばこの力を手にしてから俺のブリタニアへの反逆が始まったのだ。

「ねーねー。ルル、聞いてる?」
「魅ぃちゃん、少しそっとしといてあげようよ」

 レナが助け舟を出してくれる。さすがはレナ、よく気が利く。その点魅音は駄目だ。やつの空気の読めなさは咲世子の天然と同じくらい扱いに困る。

「ルルーシュくん本当に眠そうだよ」
「えー……。ん、仕方ないなあ……」

 魅音は不服そうだったが、レナに諭されて諦めてくれたようだ。

「レナ、恩に着る」
「どういたしましてかな。気分悪いの?」
「いや、少し眠いだけだ。今日早起きしたせいかも知れないな」
「そっか。じゃあ先生に気づかれないように寝るんだよ?」
「それについては問題ない。居眠りは俺の得意技だからな」
「ちょっとそれは自慢にならないと思うな、思うな」
「そうか?」

 レナは笑っているが、俺は至って真面目に言ったつもりだったのだが。
 まあいいか……。
 俺は再び居眠りに入る前に、拗ねた魅音に声をかける。

「悪いな魅音。そういうわけだから授業中は少し静かにしてくれないか」
「はいはい。ふんだ、つまんねーやつぅ」

 魅音に恨まれると後が怖い。俺は魅音のご機嫌取りをしておくことにした。

「その代わりと言ってはなんだが、後でトランプを使ったブリタニアのゲームを教えてやる。ルールを覚えて放課後に皆でやると良い」
「あれ? ルル、おじさんたちが放課後何やってるか知ってたの?」
「ああ、まあな……。いつも放課後の教室に残ってレナと沙都子と梨花を集めてゲームをやっているだろう?」
「うん。そだけどそうゆうことじゃなくて、どうして見てたの?」
「それは……」

 前にいた学園で生徒会のメンバーと似たように盛り上がったことがあった。その頃と魅音の部活が重なって見えたからなんて、恥ずかしくて言えないな……。
 だが、魅音は俺の心を見透かしたかのように一人納得したように言った。

「へぇ、そうなんだ……。ルルって見た感じインドア派だし、もしかしたらとは思ってたんだけど……よし! ならさ、これからはルルも一緒に部活やろうよ!」
「え、あ、いや、俺は……」

 困ったな。俺には黒の騎士団があるし……ナナリーだって……。しかし黒の騎士団の活動はとりあえず今までのように藤堂に任せておけば心配は……ナナリーのほうだって……。だが……。
 俺の中でゼロとしての自分とルルーシュ・ランペルージとしての自分が入り混じる。俺は自分が今どうしたいのか分からなくなっていた。

「もちろんナナちゃんも加えてさ。ねぇ、ナナちゃんはどう?」

 魅音は興奮した様子で隣にいるナナリーに聞く。

「はい、楽しそうですね。お邪魔じゃなければ皆さんと一緒に遊べたら楽しいと思います」
「邪魔なんかじゃないよ。レナもナナリーちゃんと一緒に部活したいな、したいな」

 俺たちの入部にレナが嬉しそうに賛成した。

「はいじゃあ二人とも入部決定ね!」
「ちょ、待っ! 俺はまだ入部するとは一度も――痛っ!」

 抗議の途中で誰かに後頭部を叩かれる。
 振り返ると留美子が教科書を丸めて仁王立ちしていた。

「知恵、先生……」
「ルルーシュくん。授業中にお喋りはいけませんよ」
「え、あの、話を始めたのは私ではなく、」

 魅音なんですが。と言い終わる前に留美子の叱責を浴びる。

「言い訳しない! 授業中廊下に立ちますか?」
「いえ、すみませんでした……」

 こうして俺は留美子の邪魔により、魅音に食って掛かる絶好の機会を逃した。授業が終わると沙都子と梨花にも歓迎され、なし崩し的に魅音の部活に入部することになるのだった。


   ***


 最初の授業で私語を喋っていたのがいけなかったのか、午前中の授業はずっと留美子の眼が光っていた。

俺は私語どころか居眠りさえ出来ない状況に陥っており、少し不機嫌な状態だった。
 ところが昼食の時間となるとそんな気分もすぐに吹き飛んだ。
 このクラスでも食事の時は各々のグループがある。学園の頃の俺はスザクたち生徒会のメンバーと一緒に食べていたが、この学校では魅音たちと食事を共にしている。

「「いっただきまーす!!」」

 魅音たちの声が教室に響く。なぜ教室中に響き渡るような大きな声で言うのか最初のうちは分からなかったが、もうなんとなくだが理解している。
 しかし生徒会で慣れているとはいえ、女の子が多いグループというのはどうしてこうかしましいのだろう。まあ、そんな賑やかさも今では心地良いと思っているのだが。
 おかずを入った弁当箱を中央に集めて皆で自由につつく。これも最初は抵抗があったが今では慣れた。

「あらルルーシュさん、余裕ですわね。箸が止まってますわよ?」
「沙都子、食事はゆっくり摂るものだろう」
「くくく、ルルはいつもそうやって余裕を気取ってるから腹三分目で食事を終えることになるわけだよ?」
「おーっほっほっほ! ざまあないですわね!」
「うるさい。俺は少食なんだよ」
「皆、仲良く食べようよ。そのほうが絶対おいしいんだよ、だよ」

 レナが仲裁に入ってその場を収める。俺はそれに同意するように頷いた。

「……そうだな。レナの言う通りかもしれない」

 ここの食事は正直な話、学園のものより格段に質素だが、それを感じさせないのはきっと食事を皆で共有しているおかげなのだろうな。

「そうやってる話をうまく纏めているうちにボクが全部平らげてしまうのでした、ちゃんちゃん」

 脇で梨花が勝手なことを言っていたが、皆それからは仲良く昼食を済ませた。





[35460] 第三話
Name: 海砂◆409f06c3 ID:fcf82614
Date: 2012/10/13 21:52
第三話【魅音の部活】


 午後の授業が終わって帰宅しようとしていると、両側からレナと魅音に腕を押さえつけられた。
 一体なんのつもりだと不満を零すと、あんたこそどこに行くつもり?と魅音は聞き返してきた。

「どこって、家に帰ろうとしていたに決まっているじゃないか」
「駄目だよ、ルルーシュくんは今日から一緒に部活やるんだよ、だよ」

 俺の左側でレナが腕をからませながら微笑を浮かべる。
 う、うむ……。そういえばそんなことになっていたな。半ばなし崩し的に。

「そもそも部活とは何をやっているんだ?」

 当然の疑問に魅音が得意顔で答え始める。

「よくぞ聞いてくれた! 我が部は『複雑化する社会に対応するため、活動毎に提案されるさまざまな条件下、時には順境。あるいは逆境からいかにして脱出するかを模索すること』を目的にして発足されたスリリングかつシビアな部活動のことであり、これにより――」

 つまり平たく言うと放課後にゲームをやってスコアを競い合う集まりであると、魅音のやたら長い説明の途中にレナが耳打ちで補足してくれた。

「それで、どうかな? 魅ぃちゃんはもう約束したんだからって一緒に部活する気みたいだけど、ルルーシュくんにも都合があると思うし……」
「約束はしてないが、そうだな。やってもいいぞ」
「ホント?!」
「さすがルル! そうこなくっちゃ!」

 レナと魅音の表情が嬉々としたものに変わる。
 後から条件を出すつもりだったから、少しばかり後ろめたい。

「待て。ただし一つだけ問題がある。分かっていると思うが、ナナリーはその、目が見えない。正直やれることは限られている。その問題がクリアされない限り俺が入部に応じることはないぞ」

 仮に俺やナナリーが楽しくても皆がつまらないと感じてしまったなら、魅音に申し訳がないからな。
 魅音たちがこの問題を解決できないのであれば、悪いが断ろうと思った。

「だったらルルがナナちゃんの目になれば良いじゃん」
「なんだと?」
「ルルが目で見た情報をナナちゃんに伝えて二人で協力すれば良いんだよ。おじさんたちは歴戦の兵だからね、ルルたちが協力すれば丁度良いゲームバランスになると思うよー」

 そう言って魅音が不敵に笑った。
 ふ、なるほど。そう来たか。

「面白い。ナナリーはそれでいいか?」
「はい、お兄様。それなら私でも皆さんと遊べますね!」
「なら決定でございますね。準備が出来たらすぐに始めましてよ!」

 沙都子はもう待ちきれないようだ。まったく、落ち着きのないやつだ。
 それとは正反対に、静かな様子で梨花が魅音に訊ねる。

「みぃ、ところで今日は何をするのですか?」
「そうだねぇ。ジジ抜き……ってのはどう?」
「それはいいですわねぇ!」

 魅音と沙都子が意地の悪い笑みを浮かべる。開始早々嫌な予感がした。

「頑張りましょうね、お兄様」
「ああ、そうだな」

 ナナリーの微笑に応えるように俺も笑うがそれもぎこちない。
 この悪寒が俺の杞憂であると良いのだが……。


   ***


 魅音がロッカーの中からトランプの箱を取り出して戻ってきた。

「さて、これより新入部員を交えての部活を始める! 皆手を抜いちゃだめだよ!! 特にルル、我が部に入部するからにはいい加減なプレイをしたら許さないからね!」
「愚問だな。当然やるからには必ず勝つ」
「おお、威勢が良いねぇ! でも果たして最後まで持つかな?!」

 魅音が簡単にジジ抜きのルール説明を始める。
 どうやらジジ抜きは、ゲーム名こそ違うが俺の知っているゲームと同じもののようだ。基本手順はオールドメイド――日本ではババ抜きと呼ばれる――と同じ。
 違うのはジョーカーが入っていない代わりに最初に無作為にカードを一枚取り除いておくこと。つまり、その対になるカードがジョーカー代わりとなるのだ。
 とりあえずルール面で不利にはなることはないだろう。

「まずは一枚抜かないとね」

 山札からカードを抜き取ろうとする魅音の手を沙都子が止める。

「その前に、魅音さん。大切なことをお忘れになってましてよ?」
「ん、なんだっけ?」
「みぃ、今日の罰ゲームをまだ決めてないのです」
「あ、そうか。おじさんとしたことがすっかり忘れてたよ。いや、失敬」
「待て、罰ゲームとは何だ」
「罰ゲームは罰ゲームなんだよ?」

 不思議に思う俺に対してレナは答えになっていないことを言う。いや、そうじゃなく。
 要領を得ない言葉を返したレナの代わりに沙都子と梨花が答えてくれた。

「罰ゲームというのは、これから行うジジ抜きの総合のスコアが一番低い人に与えられるものでしてよ。いつも前もって決めて置きますのよ」
「先に決めておかないと、決着がついた時にもめて楽しみも半減なのです」
「ふん、なるほどな」

 俺が納得したのを確認すると、魅音は罰ゲームの内容を発表した。

「じゃあ、今日の罰ゲームはビリが一つだけ勝者の命令を遵守すること。これでおーけい?」

 まるでギアス能力だなと内心苦笑。

「ああ、俺は別に構わないが。ナナリーはどうだ?」
「私もそれでいいと思います」

 俺とナナリーが罰ゲームの内容を了承し、残りの三人も異議はないようだ。

「よし。それじゃ気を取り直して一枚抜くよ」

 魅音が山札からカードを一枚抜き、裏返しのまま机の中央に置かれたカードケースにしまった。皆はそのカードをじっと凝視している。

「フッ、そんなに見ても伏せたカードは透けて来ないだろう?」

 冗談で言ったつもりだったのだが、俺とナナリーを除く皆は真剣な表情そのもので、カードの裏面を見るのを止めようとしなかった。
 まるで、そうすれば本当に伏せられたカードの中身が分かるような……。

「はは……まさか、な」
「どうかしましたか、お兄様?」

 ナナリーが不思議そうに首を傾げる。目の不自由なナナリーには眼前で繰り広げられている奇妙な情景が見えないのだ。

「いや、何でもないよ」

 そう言いながら俺はぎこちない笑顔を浮かべる。
 よく見ると魅音が持ってきたトランプはかなりの傷物。皆がその傷を見分けてカードを識別している可能性は決して少なくないだろうな。

「じゃあ最初はルルから。時計回りに引いてって」
「分かった。ナナリー、隣にレナがいるから一枚引いてくれないか」

 こうなったら仕方がない。自分が取れる最善を行うしかない。

「はい、分かりました。えっと……」

 ナナリーが手探りでレナの手札からカードを引き抜く。
 これが俺たちの始めての部活。もしかしたら、ここが俺のターニングポイントだったのかもしれない。


   ***


 案の定、魅音たちはカードを見分けていた。
 俺も少しずつカードを覚えていったのだが、最後まで魅音たちの暗記総量に追いつくことはなかった。結果、俺とナナリーはビリとなって罰ゲームを受ける運びとなった。
 後もう少しカードを覚える暇があったなら、今まで覚えたカードからカード毎のジジである確率を割り出すことも可能だったのだが……。それも今では空しい皮算用だ。

「お兄様、負けてしまいましたね」
「そうだな、俺たちの負けだ。だがナナリーはよくやったさ」

 頭を撫でてやると、ナナリーは恥ずかしそうに俯き呟くように言った。

「お、お兄様。……皆さんが見ています……」
「ふっ。そうだったな、すまん」

 可愛いやつだ。ナナリーにはまだまだ俺がいてやらないと駄目だな。

「――それで魅音。罰ゲームとやらはなんだ?」

 俺は足を組み、余裕を気取りながら勝者の魅音に聞いた。

「おお、殊勝だねルル。てっきり『こんな不公平な勝負は無効だ』と突っかかってくると思ったのに」

「ふん、勝負というものは元々公平なものなどではないからな。知力、経験、備え。いつでもこの三つを他より持っている人間が勝つ。今回は俺たちの側に経験と備えが足りなかった、ただそれだけのこと。文句なんか何もないさ」

「ふーん、さすがルル。でもいくら殊勝でも罰ゲームは受けてもらうからね。勝者はおじさんだから、おじさんの命令を一個聞いてもらうよ?」
「いいだろう。受けよう、その罰ゲーム!」
「梨花、聞きました? 命知らずですわねー」
「なのですよー☆」
「さあ、それはどうかな?」

 余裕を保つ俺の傍らでレナが心配そうな顔をした。

「本当にいいの? 今回ぐらいは頼めば魅ぃちゃんも罰ゲームを免除してくれると思うよ?」
「心配は無用だ。こういうのには慣れているからな」 

 ふん、所詮は学校の部活。罰ゲームと言っても顔に落書きをしたり、かばん持ちをさせられたり、実際その程度だろう。
 魅音程度が常日頃からミレイ会長に鍛えられた俺を苦しませることなどできるわけがないのが道理。

「じゃあはいこれ」

 魅音がロッカーをまさぐった後、振り返る。
 魅音の手には純白の薄い布。魅音はそれを俺に放り投げる。受け取るとふわりと軽かった。
 ん……なんだこれは?

「何って、分かんない? ウェディングドレス」

 なるほど、広げてみるとたしかにそれだ。

「ふむ。それでこれをどうするつもりだ魅音?」
「何カマトトぶってるの。着るんだよ」
「……ああ、なるほど。ナナリーが」
「いや、そろそろ現実を見ようよ。ルルが着るんだよ」
「……ふむ」

 数秒思案した結果、俺は教室を飛び出して脱兎の如く逃走を開始した。

「あっ! ルルーシュさんが逃げましたわ!」
「な、何ぃ?! 追えーっ、絶対に逃がすな捕まえろー!!」

 俺が抜け出た教室では魅音が何やらわめき散らしているが、知ったことか。

「……やってられるかっ」

 あんなおぞましい物を俺に着せようなんて、魅音の冗談も大概にしろと言いたい。そもそもこんな山奥の廃村で、何故ウェディングドレスなどこうも気軽に出てくる? ありえん。
 いや、今回は完全に俺の誤算だ。あんな衣装が出てきたのも、魅音にああいうコスチュームプレイの趣味があったことも全て。だがミレイ会長と並ぶ異常性癖の持ち主が、まさか同じ時代にこの世に生を受けているとはいくら神でも思わないだろう。
 何にせよ、あんなものを着せられたら俺が終わる。今まで俺が築き上げてきた地位が足元から瓦解する!

 なんとしても今日を逃げ切らねば……。

「ヘイ、少年!」
「おわっ! み、魅音?!」

 いつの間にか魅音に追いついつかれていたようだ。俺は彼女と並走する形で廊下を走る。

「息荒いけどどうしたの? まさかこれが全力疾走なわけ?」
「……う、うるさい!」

 くそっ、こいつの身体能力はスザク級か!
 魅音は喋りながら走っているというのに息一つ乱してはいない。それに比べて俺の限界は近い。もって後5分……いや、自分に嘘はつけないな。後5秒だ……それまでに何か手を打たなければ。
 俺の横から半ば呆れるように魅音が言った。

「まったく、都会のもやしっ子はこれだからなぁ。ほらほら、もう捕まえちゃうよぉ?」
「そうは、させるか!」

 俺は急に方向転換し、脇の空き部屋に逃げ込む。もはやあの手しかない。
 一方、魅音は入り口付近で立ち止まるとそこで不敵な笑いを浮かべた。
 それはなぜか。この部屋には出入口が一つしかなく、加えて人の通れるほどの窓がただ一つもないからだ。俺は実質、袋の鼠になったわけである。

「くっくっく、追いかけっこはもうおしまい?」
「はぁ……はぁ………ふぅ……」

 魅音の動きに気をつけ、間合いを開けながら肩で息をする。その間魅音は襲いかかってくることはなかったが、それがやつの驕りだった。

「ふ、ははは」

 俺は呼吸を整え終えると魅音に笑い返す。

「あれ、もしかして追い詰められて気でもふれちゃった?」
「ふん……。どうにもなっちゃいないさ」

 俺の余裕な様子に魅音は怪訝な顔をする。

「じゃあ、どうしてなのさ」

 さすがは魅音といったところか、俺の態度から何かを感じ取ったようだ。瞳に警戒心がありありと映っているのが分かる。だがそれも無駄なことだ。

「そうだな、お前には俺が何故笑ったのか教えてやろう。……身をもってな!」

 空き部屋の隅にあるワイヤーを思いっきり引き抜く。その瞬間部屋中に煙幕が充満し、魅音の周囲でカンシャク玉が爆発する。

「ふぇぇっ?! 何々?!」

 魅音は突然の事態にパニックを起こしている模様。
 続いて視界を遮られた魅音の頭上に金ダライ十連トラップが襲い掛かり、それと時を同じくして動揺した彼女の足首に足枷がなされる。
 突如現れた足枷が魅音に回避行動を許さず、全ての金ダライは彼女の頭に吸い寄せられるように直撃した。連続した金属音が辺りに鳴り響いた後、魅音はようやく気絶してその場に倒れた。

「ふはは……。やれる、やれるじゃないか」 

 魅音を襲った一見ポルターガイストのような怪現象はトラップによるもの。だが使用者は沙都子じゃない、この俺だ。
 無論、俺が沙都子の真似をしてトラップを作っても今の10%の効果も得られない。だが沙都子のトラップをそのまま拝借すればこの通りだ。
 今、俺は沙都子のトラップを利用して彼女と同等、もしくはそれ以上の戦果を出すことに成功したのだ。
 俺は倒れた魅音を横目で見ながら、軽い足取りでその脇を通って空き部屋を出た。


   ***


 廊下に出ると沙都子とばったりと出くわした。沙都子は空き部屋の惨状を見て悲鳴に近い声を上げた。

「あーっ、やっぱり! どうして許可なく私のトラップを勝手に使いますのー?!」
「ああ、すまない。少し借りた」
「むがーっ、よくもぬけぬけとぉ! 許しませんでしてよルルーシュさんっ、これでも食らいあそばせ!」

 沙都子が天井から下がっているワイアーを引き抜くと、彼女の背後からペットボトルロケット数発が撃ち出される。

「ぬるい! そんな直情的なトラップで!」

 一時後退し、魅音の倒れている空き部屋に避難する。
 本来ならここで空き部屋にあるトラップを用いてターゲットを追い詰めるのだろうが、すでにその場にあるトラップは俺が全て使用済みだ。危険は蚊ほどもない。

「くぅ、ちょこまかとぉ」

 沙都子が苦虫を噛み潰したような顔をしているのが見える。
 よし、ダメ押しだ。

「お前に一つ教えてやろう」
「な、なんですの……?」
「沙都子。トラップのないお前など、ただの似非お嬢に過ぎないんだよ」
「ル、ルルーシュさんの馬鹿ぁ! 似非じゃないもん似非じゃないもん! わぁぁぁん!」

 沙都子は痛い所を疲れたらしく、声を出して泣き始めた。
 勝った!
 俺は戦意を喪失した沙都子の脇を通って玄関に悠々と向かう。少し可哀相だと思わなくもないが、やはり自分のプライドの方が大事なのだ。悪いな、沙都子。

 玄関では梨花が待ち受けていた。想定していただけに動揺は少ない。

「ふん、次はお前か」
「なのですよ。そしてルルーシュ、学校から脱出するには靴が必要であるというその行儀の良さが貴方の命取りとなるのですよ、にぱにぱ」
「ふっ、果たしてそうかな。魅音と沙都子はもう葬った。お前一人に何が出来る?」
「一人じゃないのですよ。レナ?」

 梨花の視線の先にレナを発見する。
 レナは俺と視線が合うとびくっと体を震えさせた。

「そうか、レナがいたか」
「は、はぅぅ……」

 レナは下駄箱の影に半身を隠して俺を窺っている。

「レナも俺を捕まえようとしているのか?」

 レナの意思を訊ねると彼女はふるふると顔だけを横に振った。
 なるほど、レナは勢力的には中立のようだ。

「梨花ちゃん、もう許して上げようよ……。たしかに罰ゲームが決まってから逃げるのは褒められたことじゃないけど、いかさまジジ抜きを使った私たちも悪いよ。ね?」
「みぃ。それは本心なのですか?」
「え?」

 ん……?
 レナがきょとんとする。

「本当にレナはルルーシュの花嫁さん姿を見たくはないのですか?」
「は、はぅ……」

 まずい、なにやら雲行きが怪しくなってきた気が……。

「はぅ……お嫁さん……いいよぅ本当いいよぅ、はぅぅ……!」
「よせレナ! 梨花の怪しげな言葉に惑わされるな!」
「みぃ、怪しげとは失礼なのです。さあレナ、早くルルーシュを捕まえるのです」
「う、うん……。でもルルーシュくんは嫌がっているし……うーん」

 助かった。まだ今のレナにも僅かに理性というものが存在しているようだ。
 そういうことならば、口八丁でどうとでもなるはずだ。

「そうだレナ、いいぞ。自分がされて嫌なことは人にやってはいけない、それは分かるな?」

 レナは俺の言葉を聞き、ハッと我に返る。

「はぅ、もちろんなんだよ!」
「それでいい。偉いぞレナ」

 説得に成功して俺は胸を撫で下ろした。

「ボクの完璧なレナ繰りがやぶれるなんて、くそーなのです……」

 ついに梨花も負けを認めて床に崩れ去った。
 勝った!!
 梨花め、どうやら俺を追い詰めるには詰めが甘かったようだな。俺は腹黒幼女を見下ろして、ほくそ笑んだ。
 魅音と沙都子に続き、梨花も無力化した。これでもはや俺に立ちふさがる敵勢力はいない。安心してナナリーを迎えにいけるというものだ。

「レナ、ナナリーを連れて一緒に帰ろう」
「え、魅ぃちゃんたちはどうするの?」
「ほうっておけばいいさ。勝手に立ち直って帰宅するだろ」
「そういえばそうだね! ほうっておこ!」

 自分から提案しておいて言うのもなんだが、なかなかレナも酷いやつだなと勝手なことを思う俺だった。



[35460] 第四話
Name: 海砂◆409f06c3 ID:fcf82614
Date: 2012/10/15 16:36
第四話【敵の存在】


 魅音らとの戦いが終わって気を楽にした俺は教室へと帰還する。
 そこには一人置き去りにされた可哀相なナナリーがいた。

「ナナリー。すまない、待たせたな」
「あ、お兄様。私は平気ですけど、お兄様が逃げ出して皆さん怒っていましたよ?」
「そうだな。だいぶ手間取ったよ」
「魅音さんたちはどうしたのですか?」
「ああ、説得したらちゃんと聞き入れてくれて先に帰ったみたいだな。だから罰ゲームはなしになった」
「え、本当ですか?」
「ああ、本当さ。嘘はつかないよ。ナナリー、お前だけには」

 そっと頭を撫でてやると、ナナリーは少しくすぐったそうに微笑を浮かべた。

「そうですか。でも私、本当は少し罰ゲームをお受けしてみたかったです」
「ふっ、馬鹿なことを言うな。しかしお前の花嫁姿なら俺も見てみたい気もするがな」

 だがナナリーが結婚するとしてその時の相手は果たして誰だろうか。
 スザクあたりならまあ及第点としてもよいが、仮に妙な奴が相手だったら俺は全力を持ってその縁談を妨害してしまうかもしれないな。

「ふふ、私はお兄様のウェディングドレス姿のほうが見たいです。ああ、そういえばこんなのがありましたね」

 ん……? なんだろう?
 ナナリーはさもおかしそうにクスクス笑いながら、自分の手帳に挟まった一枚の写真を取り出した。
 その写真を見て戦慄する。何故なら、そこには俺の無惨な女装姿がはっきりと写っていたからだ。

「ば、馬鹿な! なぜお前がそんなものを?!」
「ふふ、ミレイさんにもらったんです。目が見えるようになったらお兄様の晴れ姿を最初に見てあげなさいって」
「くそ、忌々しい会長め……まあいい。とにかくそれを俺に返してくれ」
「ふふ、駄目です。……あっ」

 ナナリーから問題の写真を強引に奪い取る。

「許せナナリー。この写真は存在することすら許されない下劣で低俗なものだ。早々に破棄しなくてはならない」

 破いただけでは不十分だ。燃やして灰にするまでは安心できない。
 校舎の裏に確か焼却炉があったはず。さっさとそこで処分してしまおう。
 そう考えた矢先に、背後から忍び寄る何者かによって、今度は俺の手から写真が奪い去られる。

「なっ……!」

 驚いて振り返ってみると、なんとレナが瞳を怪しく輝かせながら写真を凝視しているではないか。

「はぅぅぅ……ルルーシュくん女装……お嫁さん……お持ち帰り……」

 レナはまるで念仏でも唱えるかのようにぶつぶつと独り言を口にしながら妙なオーラを噴出させている。
 これはもしや大変まずい状況なのではないだろうか……?
 俺は焦りを感じつつも再びレナの説得を試みることにした。

「ま、待てレナ! 自分がされて嫌なことは人にやってはいけない! そうだろう?!」
「そうだね、その通りだよルルーシュくん」
「そ、そうだろう? ならばその写真を俺に返却して、今日はもう帰路に着こうじゃないか。ああ、それが一番いい!」

 レナは分かってくれた……そのはずなのに。彼女はどういう訳か少しずつ俺との間合いを詰めながら、胸ポケットに写真を大切そうに仕舞い込んだ。
 ああ、なんて恐ろしい捕食者の眼。
 食われる。俺は本気でそう思った。それでも矮小なる被食者である俺には説得を続けるほか手はなかった。

「れ、レナ……俺の言っていることが分かるだろう?」
「うん、ルルーシュくんの言いたいことは分かるよ。でもね、ルルーシュくん。レナは思うんだ」
「な、にを……」

 レナが間合いを詰めるのに合わせて後ろに後退するが、それでも少しずつ彼女との距離は縮んでいく。

「ルルーシュくんが言うとおり、自分がされて嫌なことは人にやってはいけないと思うよ。でも、自分がされて嬉しいことは率先して人にやっていくべきなんじゃないかな、かな」
「は、はは、それは良い心がけだ。本当に素晴らしいな……いや、ちょっと待て! おそらくそれは違うっ、間違っているぞ竜宮レナ!」

 だがレナは待たない。
 間合いは完全に詰められ、後に下がろうにも背後にはもう黒板が迫っている。絶体絶命の大ピンチ。
 咄嗟に廊下に面した左側へと逃げる。ナナリーを連れて一緒に出る余裕はない。一人教室の出入口へと駆けた。
 だが俺が出入口に到達することはなく、身体は呆気なく床に倒れ落ちる。

「あはははは。逃がさないんだよ、だよ」
「れ、レナ……一体何、を……」

 首筋に鋭い痛みが走り、視界がぐにゃりと揺れる。
 そうか、俺はレナに攻撃されて……。

「レナはウェディングドレスを着て花嫁さんになりたいよ。だからね、今日はルルーシュくんに着せてあげるの。あはははは。お持ち帰りなんだよ、ルルーシュくん」

 そんなレナの言い分を聞きながら、俺の意識は闇へと転がり落ちていった……。


   ***


「……ん、ここは……?」

 俺は意識を取り戻して薄っすらと目を開けた。視界が白くぼやけてまだよく見えない。
 机に寝かされているのだろうか。視線の先には白い天井が見える。
 視線を右に移すと魅音がいて、彼女が俺を微妙な表情で見下ろしていた。

「……魅音?」
「ルル、あんた……」

 魅音は手を口元に当て呆然とこちらを窺っている。

「なんだ、俺がどうかし……ん?」

 何気なく両の手を見ると、自分が手袋を着用している現状に気がつく。
 白い手袋。よく見ると全体的に服装が白い気がする、が……ま、まさか。
 俺は自分自身に降りかかった災いを思い出して青くなった。

「沙都子、それを貸せ……」
「あっ」

 机から起き上がると、近くにいた沙都子の持つ手鏡を強引に奪い取る。
 鏡を覗き見て俺の顔面はさらに蒼白となった。そこには口に出すのもおぞましい姿の俺がいたのだ。
 ナナリーを除く女性陣は何が良いのか、俺を眺めてため息を漏らしている。

「ルル、あんたすごいよ……」
「はぅぅ、ルルーシュくん本当に綺麗なんだよ、だよ」
「ですわね。女装姿をからかってやろうと思ってたのでございますが、これは……」
「レナがお持ち帰りを躊躇するほど綺麗なのですよ」

 褒められているのだろうが全然嬉しくない……。

「あのさ、ルル」
「……なんだ。先に言っておくが慰めは不要だぞ」

 慰めの言葉などかけられたら、自分が余計惨めに思えてくるからな。

「いや、そうじゃなくてさ。あんた、その花嫁姿で来春のミスヒナミザワコンテスト出なよ……私ら差し置いて絶対に優勝するから」
「冗談を言うな……」
「いや本気なんだけど」
「尚更止めてくれ……」

 来春は強制的に出場させられるのだろうか……。ありえるから怖い。

「ふふ、たしかにお兄様なら優勝出来そうですね」

 と罰ゲームのメンズスーツを身に纏ったナナリー。

「く、お前までそんなことを……」

 兄の威厳もあったものではない。
 俺はすべての元凶である魅音をキッと睨みつけた。

「魅音、そろそろ良いだろう。俺は罰ゲームとして十分な屈辱を受けた。もう着替えさせてもらう」
「へぇ、敗者が勝手に罰ゲームの期間を決めちゃうんだ?」
「貴様! これ以上何をさせるつもりだ?!」

 魅音が嫌らしい笑みを浮かべながら言った。

「帰宅するまでその格好でいてもらう」

「な、何だと?! この格好で家まで? 馬鹿を言うな!」
「ふーん、そっかぁ」

 魅音はそういう反応を示すことが分かっていたようで、腹立たしいことに酷く馬鹿にした表情で続けた。

「やっぱりブリタニアの坊ちゃんには難しかったね。はいはい、もう止めていいよ。でも残念だなあ、ルルはもっと骨のあるやつだと思ってたんだけどなあ?」
「ぐっ、貴様……いいだろう! やってやる、やってやるぞ!」
「おーっ、さすがルル! おじさんの眼はやはり正しかったよ、くっくっく!」

 魅音が尚嫌らしい笑みを浮べたまま、俺に拍手で賛辞を送ってくる。馬鹿にされたままは癪だったのでつい売り言葉に買い言葉で乗ってしまったが、これで本当によかったんだろうか……。


   ***


 罰ゲーム衣装のままの下校。
 学校を出るとナナリーをレナに任せて、村の人間に見られないよう警戒しながら――ある時はレナや魅音の影に隠れて――夕暮れ時の帰り道を進んだ。
 木陰が人に見え、びくついた所を魅音に笑われる。これ以上の屈辱はない。
 たしかに自分でも格好が悪いと思うが、魅音は少し人の気持ちとかを考えたほうがいい。さもないと、いずれ些細な事象から面倒事へと発展しかねない。

 水車小屋前で魅音と別れて、やっと冷やかす人間がいなくなりせいせいする。
 そして、しばらくしてレナとの分かれ道に差し掛かる。ここまで来れば家まで後半分といった所だ。
 レナは去り際に、魅ぃちゃんのことを許してあげてねと申し訳なさそうに言っていた。レナがそんな顔をする必要はないのに……。
 レナという少女は本当に良いやつだ。俺はすっかり彼女に毒気を抜かれてしまった。
 ……そうだな、魅音だって同じリスクを背負っていた。引き返すチャンスも与えてくれた。だから恨むのはお門違いだよな。
 ナナリーと一緒に軽く手を振って笑顔でレナを見送る。
 騒がしい仲間がいなくなってナナリーと二人きりとなった。

「お兄様、今日は楽しかったですね」
「そうだな。たまには良いかもしれない……が、もう二度と負けたくはないな」
「ふふ、私の目が見えるようになったら、またその衣装を着て見せてくださいね」
「それは駄目だ。せっかく治ったナナリーの目が潰れてしまう」
「そんなことないですよ、ふふふ」

 ナナリーは口元に手を当てて、さもおかしそうに笑った。

「おいおい、笑いすぎだ」
「だって、お兄様が。くすくす」

 ころころと笑うナナリーに感化されて俺も笑ってしまう。
 こんな日常がいつまでも続くと良いのに……俺は切にそう思った。
 兄妹だけの談笑が一段落着いた頃、ようやく雛見沢の我が家に到着した。


   ***


 誰にも見られずに家に到着できたことで気が緩んでいたせいか、咲世子の存在をすっかり失念していた。
 玄関に入った所で彼女と遭遇、痴態を見られてしまった。一番見られたくない同居人に目撃されてしまうとは……こんな油断をするなんて今日の俺はどうかしている。
 だがもう階段を上がりきって自分の部屋の前まで来ている。これ以上の恥の上塗りはないはずだ。
 咲世子がしつこく俺を一階に引き止めようとしていたのが気になるが……。

「……いや。そんなことより早く着替えてしまおう」

 自室の引き戸を開ける。
 ふはは、これでこの衣装ともおさらばというものだ。

「おい、遅かったなルルーシュ」
「なっ……C.C.(シーツー)?!」

 誰もいないはずの部屋の中にはC.C.の姿があった。想定外の事態に目が点になる。

「お、お前がどうしてここにいるっ?!」
「お前こそどうしたんだ? その格好は」

 C.C.はこれ見よがしにあざ笑う。くそ、一番この姿を見られたくないのはコイツだった……。
 C.C.は俺の布団を勝手に敷き、その上に寝転がりながらピザを食べていた。我が物顔でくつろいでいる様に腹が立って仕方がない。

「そんなことはどうでもいい、答えろ!」

 ウィッグと手袋を外して怒りに任せてC.C.に向かって投げつける。
 だがC.C.はだらけきった姿勢にも関わらず最小限の動きでこれを避けた。

「お前からここの暮らしを耳にして少し興味がわいた―、では理由としては薄いか?」

 ピザを一ピース飲み込みながらC.C.は答える。その態度にさらに怒りが増大した。

「そういうことではない!」
「おいおい、いいのか? 日本家屋は音を良く通すのだがな」
「……っ!」

 階下にナナリーたちがいることを思い出して声量を抑えて言った。

「お前にはゼロの影武者を任せていたはずだ」
「分かってるさ、私も馬鹿じゃない。代理を立てておいたから安心しろ」
「そうか、ならいい。…………いや待て。一体誰に代役を頼んだ?」
「玉城だ」
「はぁっ?!」

 玉城だと?! よりにもよって?!

「今すぐトウキョウ租界へ帰れ、この馬鹿!」

 玉城とはレジスタンス時代のカレンの仲間で、カレンと共に黒の騎士団に入団してきた。リヴァルを100倍に濃縮したようなお調子者で、よく作戦でへまをして騎士団全体に迷惑をかける。まったくもって厄介この上ない人間だ。
 あいつにゼロをやらせようものなら、最速三日で黒の騎士団は解散を余儀なくされるに違いない。

「なぜだ? 玉城なら面白がってやってくれているが?」

 C.C.は不思議そうに首を傾げる。おい、コイツ本当に分かってないぞ……。

「面白がってやっているからまずいんだよ!」
「ルルーシュ、落ち着け。また声が大きくなっているぞ」
「……っ! とにかく今すぐにでも租界に戻れ」
「嫌だと言ったら?」
「お前……!」

 C.C.は俺をからかって満足したのか、ケタケタと笑いながら腰を上げた。

「しょうがないな。まったく、お前は私がいないと何も出来ないのだな」
「ぐっ……」

 俺は今にも堪忍袋の尾が切れそうだったがどうにか我慢した。


   ***


「さて、では従順な私は素直に租界に戻るとしよう。ここは居心地は良いのだがピザの調達が難しいんだ。じゃあな」
「ああ、早く行ってしまえ!」

 C.C.はわざと俺の神経を逆撫でするような言葉を残して部屋を出て行く。なんて女だ。

「そうだ、ルルーシュ」

 そして罰ゲーム衣装を脱ぎ捨てて私服に着替え終えた頃、C.C.が部屋に舞い戻ってきた。何事もなかったように戻って来れるコイツの無神経さが俺には分からない。

「何か忘れ物か、C.C.?」
「ああ、お前に一つ伝えたいことがあってな」
「そうか。だが俺はもう大分腸が煮えくり返っているのだが?」
「まあそう言うな。お前にとって有益な情報だ」
「言ってみろ」

 これでまた冗談でも口にしようものなら、俺はコイツを殴ってしまうかもしれない。
 C.C.は急に真顔になって押し黙った。

「どうした?」

 俺が先を促すと、しばらくしてC.C.は重い口を開いた。

「……この村に私と同等の存在が居る」
「それはどういうことだ?」
「私と同じく他者にギアスを発現させる存在が居ると言ったほうがいいだろうか」

 そんな大事なことを今頃になってこいつは……。

「なぜ黙っていた?」
「そう睨むな。黙っていたわけじゃない。ただ、最近知り得た情報なだけだ」

 だろうな。コイツは俺の共犯者だ。俺に害のある隠し事などするはずがないし、する必要がない。

「そうか、それで?」
「そいつの名はO.O.(オーツー)。別段そいつ自体が危険というわけではないが、ギアス能力者のほうは分からない」
「つまり、ギアス能力者が敵として現れるかもしれないから気をつけろということか」
「そういうことだ。話が早くて助かる」
「分かった、十分気をつけよう」
「ああ、簡単に殺されてくれるなよ。お前に死んでもらっては私が困るからな」

 そう捨て台詞を言うと今度こそ本当にC.C.は帰っていった。

「この村にギアス能力者か……」

 自分以外の能力者は今のところマオにしか出会っていない。最悪のケースしかないというのはつらいな。
 マオとの戦いはスザクと力を合わせたからこそ勝利できた。だがこの雛見沢では自分一人で何とかするしかない。
 敵がどのような能力を保有しているか分からない以上、出会い頭にギアス戦になるという可能性も十分考えておくべきだろう。
 雛見沢の穏やかな毎日に陰りが出来たことを俺はひしひしと感じていた。



[35460] 第五話
Name: 海砂◆409f06c3 ID:fcf82614
Date: 2012/10/19 14:02
第五話【カウントダウン】


 朝、小鳥のさえずりを聞きながら目が覚めると、頭がずっしりと重く感じた。
 心臓の鼓動は早く、寝汗も酷い。加えて起き上がろうとすると身体もだるかった。
 昨日はやけにミスが多いと思っていたが、どうやら体調を崩していたようだ。

「まいったな……」

 独り言を零すとゴホゴホと咳が出た。素人診断だがおそらく風邪だろう。
 日本では夏に風邪をひくのは馬鹿だと言われているらしい。
 次に学校に行った時を思うと気が重い。またそれをネタに魅音にからかわれるんだろうな。

 自分で言うのもなんだが俺は身体があまり強くない。
 スザクまでとはいかぬまでも、少しは身体を鍛えたいとは思っているのだが……。大抵いつも長続きしない。
 完璧なスケジュールを作る所までは成功しているはずだが、やはり継続するための精神力の無さが問題だろうか。
 だが体を動かすのは俺の趣味趣向とはかけ離れ過ぎている。仕方ないだろうと自分自身に言い訳をする。

 とにかく今日の所は医者に行くべきだろう。
 正直面倒ではあるが、このまま寝ていてもすぐには病状が好転しそうにもない。素直に通院して薬をもらって来るとしよう。

 雛見沢には、租界から離れたゲットー地域にも関わらず高度な医療施設があったはずだ。
 確か入江診療所。場所は……大丈夫。雛見沢の地形はすでに頭に入っている。
 隣の部屋に行き、ナナリーに一声かけてから出かけることにした。

「――まあ、お風邪を。大丈夫なのですか?」

 体調を崩したことを伝えるとナナリーは心配そうに聞いてきた。
 そんな彼女に対して、少し休めば平気だと見栄を張ってしまう自分をおかしく思う。 

「そういう訳だから俺は大事をとって学校を休むつもりだ」
「では私も休みます。病気のお兄様が心配ですから」
「ふっ、その気遣いはありがたいが……二人して欠席したら仮病と魅音に囃し立てられる、やめておけ」

 あまりナナリーに心配をかけないように軽口を言っておく。

「そうですか……。では無理はしないで安静にしていてくださいね」
「ああ、そうしよう。学校にはレナに送ってもらえるよう咲世子さんに頼んでおくよ」

 ナナリーの部屋を出て階下へ向かう。
 キッチンで朝食を作っている咲世子に声をかけて家を出た。 


   ***


 入江診療所に到着する頃には、俺の病状はさらに酷くなっていた。
 こんなことなら無理せず咲世子に付き添ってもらえばよかったかもしれないと今更後悔する。

 よろよろと倒れ込むようにして扉を押し開けて診療所の中に入る。
 診療所の内部は租界の病院と比べるとそんなに大きくはなかったが、ゲットーにある医療施設としては立派過ぎるくらい清潔そうだった。
 日本人相手にどこで利益を出しているのだろうか、とどうでもいいことを不思議に思ってしまう。

 待合室で自分の番を待っているとしばらくして自分の名が呼ばれた。ゆっくりと腰を上げて立ちあがると、廊下を進んだ先にある診察室に進む。
 診察室で待っていた医者はよく見知った顔だった。

「お久しぶりですね。今日はどうされました、ランペルージさん?」

 医者の胸元に取り付けられた名札には入江京介と書かれているのが見える。それが目の前にいる男の名前だ。
 彼は雛見沢分校の保険医も兼任しているので一応の面識はあるが、特に世間話などしたくはないし、今は無駄話ができるほどの健康状態ではないので質問に応えるのみに専念することに決めた。

「熱があって気怠いのですが風邪でしょうか」
「そうですねー。とりあえず脈を取りましょうか」

 言われるがまま手を入江に差し出す。

「うーん、すべすべのお肌ですねー……ハアハア」

 体調が悪いと言っているのに、このアホ医者は俺にツッコミを入れさせる気か。
 こういう変なところがなければいかにも好青年なのに惜しい男である。

「ちょっと、先生。ちゃんと診断してくださいよ」
「そんな、心外ですね。ちゃんとやっています。では次はこちらの検査着に着替えてください」
「メイド服じゃないですか……」
「あれ、ばれちゃいました?」
「時間の無駄しました。失礼します」

 咲世子に薬局で薬を買ってきてもらった方がよさそうだ。
 諦めて席を立とうとすると慌てて入江が引きとめる。

「わ、待ってください、冗談ですよ! 診察は真面目にやってますから!」
「ならいいのですが、今度ふざけたら本当に帰らせてもらいますから」
「分かりました、分かりました。もうしませんから」

 入江が苦笑した。苦笑いしたいのはこっちのほうだがな。
 触診をされた後、俺は入江から体温計を受け取り熱を測った。

「で、診察の結果はどうですか」
「んー、お熱もありますし、扁桃腺の腫れ具合からしても普通に風邪ですね。薬出しておきますので食後30分以内に飲んで、それからがっつり寝てください。薬を飲みきっても治らなければもう一度来院してください」
「分かりました。では失礼します」

 無駄にとどまるとロクなことがなさそうなので、俺は素早く席を立って診察室を出た。


   ***


「あら、あなた。ルルーシュ・ランペルージ君?」

 会計を終えて帰ろうとしていると不意に看護婦から声をかけられた。

「はい? そうですが何か」
「やっぱり貴方が噂のブリタニアの学生さんなのね」
「ええ、まあ……。あなたは?」
「私は鷹野三四よ。ここで働いているの、よろしくね」

 求められるままに握手を交わすが、三四の手は酷く冷たく感じた。

「僕に何か御用ですか?」
「いいえ、特に用はないのだけど。雛見沢にブリタニアの兄妹が住んでるって話を聞いてたから、どんな酔狂な子たちなのかなと気になっていただけよ」

 くすくす。人を小馬鹿にするように三四は笑った。その態度に少しむっとする。もちろん表情には出さないようにしているが。
 三四は視線を俺の目に合わせて離さない。おそらく揺さぶって詮索するつもりだろう。
 だが知らない人間からそういった疑問を投げかけられるのは想定済みだ。

「――そうですか。でも別に酔狂ってわけじゃないですよ。日本の自然が好きなブリタニア人はたくさんいます。古手神社から見下ろす雛見沢の景色は本当に綺麗だと思います」

「ふーん……そうなの」

 三四がつまらなそうに相槌を打った。
 あまり俺の話を真に受けていないみたいだが、これといって不自然な部分は見つけられなかったようだ。

「あの、まだ何か?」
「いいえ、引き止めて悪かったわね」

 それでいい。気が済んだのなら黙って質問を終えろ。
 貴様に付き合っていられるほどの余裕は今の俺にはないのだから。

「では失礼します」
「ちょっと待って。でもおかしくない?」

 三四に引き止められる。何がおかしいというのだ。
 熱で頭があまりまわっていないので素直に聞き返してしまう。

「なにが、ですか?」
「だってそうでしょう? 自然が好きなだけなら他のブリタニア人のように観光で来れば良いのに、貴方たちはどうしてここに住む気になったのかしら?」

 この鷹野三四という女は厄介な人間かもしれない。
 俺たちに何か知られたくない素性があることに薄々感づいているらしい。

「僕には日本人の友達がいましてね。ゲットーに住むのはそんな抵抗はないんです。それに、ここは他のゲットーと違って住みやすいですしね」

 咄嗟に切り替えすが、これ以上はギアスを使う必要性が出てくる。無駄には使いたくはない、早く消えてくれ。

「そうね。ここは多分、君の言う通り租界の次に暮らしやすいんじゃないかしら。けれど、本当にここは"住みやすい所"なのかしらね、くすくす」
「……それはどういうことですか」

 三四は再び小馬鹿にするような笑い声を上げる。だがそれは先ほどのものとはまた違った不快感があり、言いようもない禍々しさと邪悪さを合わせ持っていた。

「……一体、何だと言うんです?」

 俺が再び訊ねると三四はゆっくりと口を開いた。

「雛見沢連続怪死事件。聞いたことはなぁい?」

 例えようのない不安が俺をねっとりと包み込んだ。


   ***


 診療所から帰宅した俺は自宅からスザクにいの一番で電話をかけた。

「もしもし?」

 スザクの声がする。携帯にかけたのだから本人が出るのは当然だが。

「俺だ、スザク」
「ルルーシュ? どうしたんだい?」
「どうしたじゃない」 

 俺は鷹野から聞かされた話をスザクに聞かせる。

 雛見沢で毎年起こる凄惨な殺人事件――

 毎年綿流しの祭の日に起こり、一人が死に一人が消える謎――

 偶然だと噂されながら、けれど確実に起きた怪奇――

 雛見沢連続怪死事件。通称"オヤシロさまの祟り"のことを。

 スザクは俺が話すのを静かに聴いていた。彼が真剣に聞いているものと判断して先を続ける。

「すでに四年連続で発生しているらしい。そして今年で五年目。後一週間で綿流しの祭。その日誰かが謎の死を遂げ、誰かが消失する可能性がある。お前はそれを知らなかったのか?」

 知らないだろう。もし知っていたなら、スザクはナナリーをこんな危険な場所に近づけさせないはずだ。
 だがスザクの返答は俺が思っていた言葉とは違うものだった。

「知っていたよ、ルルーシュ」
「なんだと?! どういうつもりだスザク!」

 俺は思わず激昂する。一番信頼していた友に裏切られたんだ。腹も立つというものだ。
 スザクが慌てて弁明する。

「ルルーシュ、少し落ち着いて僕の話を聞いてくれ。確かに僕は連続怪死事件の噂を知っていながら、君たちをここに住むよう促した。けれど、それには理由があるんだ」
「どういうことだ。もったいぶらず話せ」

 納得のいく理由でなければスザクとの縁もこれまでとなるだろう。
 あまり失望させないでくれよ。そう内心思いながらスザクの話に耳を傾ける。

「君も気づいていると思うけど、連続怪死事件の被害者は少しずつ村の仇敵という関係から離れていき、動機が希薄になってきている。今年は余所者という理由だけで殺されてもおかしくないんだ」

「お前、ふざけているのか? だったら日本人でもない余所者の俺とナナリーが一番危ないということになるが、分かってて言っているんだろうな?」

「ああ、分かっているよ。けどそれは言い返せば、雛見沢がブリタニア人の近づけない不可侵の場所となることを意味する。事実、ブリタニアの警察官は雛見沢にただ一人も巡回には来ない」

 そういえばそうだ。雛見沢では一度もブリタニア人やナイトポリスを見たことがない。
 こんな辺境に警察を巡回させる暇はないのだろうと思っていたのだが、そういう事情も隠されていたのか。
 確かにブリタニア人が恐れて近づかない場所ならば、俺たちの素性もばれにくい。

「連続怪死事件について話さなかったのは悪かったと思ってるよ。けれど、それは君たちに余計な心配をかけないためだったんだ」

「お前の言い分は分かった。だが、今年の祟りで俺たちが被害に遭う可能性は著しく高い。もしナナリーが危険な目にあったらどう責任を取るつもりだったんだ」

「その場合、今年の祟りは起こらない」
「どういうことだ?」

「僕は隠れて君たちを護衛するつもりでいたんだ」


   ***


 スザクとの電話を終えると濡れたタオルで汗を拭き取りながら自室に戻った。スザクの護衛がつくということが分かっても、どうしても不安だけは拭えなかった。 
 一人が謎の死を遂げ、一人が消えるオヤシロさまの祟り。被害者の数は常に偶数。最小の偶数は2。
 何度考えようと、今年の被害者は日本人ですらない他所者の……俺とナナリーの可能性が高く思える。

「……馬鹿な、そんな理由で殺されてたまるか」

 どろりとまとわりつくような疑念を吹き飛ばそうと頭を思い切り振るが、それが引き金となって鈍重な痛みが頭を巡る。

 まずは体調を万全にしよう。それが最優先。
 洗面台に行って薬を飲む。飲んですぐ効くはずはないが、少し身体が楽になったような気がする。
 プラシーボ効果様々といったところか。人間の身体というものはつくづく便利に出来ているものだ。どうせならこの勢いで明日中には完治したいものだ。鏡の前で一人苦笑する。

 スザクを信じないわけではないが、今日ぐっすりと寝て風邪が治ったなら、明日は怪死事件について少し調べてみよう。
 ギアス能力者、コーネリア、日本解放戦線……問題は山済みだが、今は後回しにするしかないだろう。
 寝る支度をして布団に入る。目を瞑ると俺はすぐに意識を手放した。

 ――タイムリミット;オヤシロさまの祟り発生まで後7日。




[35460] 第六話 PV数10000感謝
Name: 海砂◆409f06c3 ID:fcf82614
Date: 2012/10/25 20:42
第六話【兆し】

 次の日になると俺の熱は平熱まで下がり、風邪の症状は大体おさまっていた。薬が効いたようでなによりだ。ところが朝の挨拶のためにナナリーの部屋に向かうと、代わりに今度はナナリーが風邪をひいてしまったようだ。

「大丈夫か?」

 ベッドに伏しているナナリーに訊ねる。手を握るととても熱かった。

「ええ……平気です。魅音さんたちと遊ぶのが楽しくて、少しはしゃぎすぎたせいかもしれませんね……」
「……俺の風邪が感染ったんだな。すまない」

 ナナリーは強がっているが、昨日の俺よりもさらに体調が悪そうだ。今日はナナリーを医者に連れていって、その後に看病をするためにも学校を休むしかないだろう。
 俺がその旨を伝えると、ナナリーは首を横に振った。

「私は寝ていれば大丈夫ですから、お兄様は学校に行かれてください」
「しかしナナリー」
「いいんです。私もいつまでも子供じゃないんですから……風邪くらいお兄様がいらっしゃらなくても平気ですよ。それに言ってましたよね? 二人合わせて病欠なんかして、魅音さんに仮病だって疑われてもいいんですか?」

 ナナリーは昨日俺が言った軽口を持ち出して、咳をしながらも健気に微笑んだ。
 やはり兄妹だからか。気遣い方が似ている気がする。

「はは、お前も言うようになったな」

 これだけ減らず口が聞けるのなら俺がいなくても大丈夫そうだ。医者には咲世子に連れて行ってもらおう。怪死事件について調べるのにも、ナナリーがいないほうが都合がいいこともあるだろう。

「分かったよ、今日はしっかり休んでいるんだぞ。行って来る」
「はい。行ってらっしゃいませ、お兄様」

 ナナリーの部屋を出て階下に降りる。
 リビングで朝食を取ってから、咲世子にナナリーを任せて一人家を出た。


   ***


 いつものように淡々と授業を受け――もとい居眠りしていると――気が付けば放課後になっていた。
 放課後になると毎回決まって魅音の部活を開催するようだが、今日は事情が違ったらしい。部活の準備を始めている皆に向かって魅音が謝った。

「ごっめーん! おじさん、今日はバイトだから部活できないんだった!」
「そうなの~? でも用事があるなら仕方ないよね、よね」
「昨日の夜、急に入れられちゃってさー! 本当ごめん、今日はおじさん抜きでやってくれて良いからさ!」
「そう言われましても、ナナリーさんも欠席ですし、盛り上がりに欠けますわよ」
「となれば、今日の部活はなしにするのがいいかもなのです」

 魅音がいない部活は盛り上がりに欠けるのだろう。魅音はああ言っていたが、皆あまり乗り気ではないようだ。
 俺自身も雛見沢で起こった連続怪死事件について調べたいから今日の部活中止には賛成だった。

「そうだな、今日は俺もやるべき事があるから遠慮しておこう」
「分かった、ナナちゃんの看病でしょ? まったくルルってばシスコンなんだから」

 シスコンとは失礼な。兄が妹を大切にして何が悪いというのか。
 ぷくくとわざとらしく笑う魅音に首を横に振って答える。

「いや、正直そちらを優先したい気持ちもあるが、ちょっと調べたい事があってな」
「「調べたい事?」」

 他の部活メンバー全員が一斉に聞き返してきた。俺を除く皆が顔を見合わせて苦笑している。
 そうだ、こいつらに話を聞いておくのも良いだろう。

「なぁ、お前ら。この雛見沢で殺人事件があったって話を聞いたことはないか?」

 大した情報は期待していないが何か怪死事件の謎の糸口になるかもしれない。

「「知らない」」

 俺は何気なく、世間話をするつもりで訊ねたつもりだった。それなのに皆は射抜くような冷たい視線でもって俺の言葉を愚問であるかのように一蹴した。教室の雰囲気はがらりと変わり、まるで空気が凍ったかのように辺りに静寂が訪れる。

「え……。だが、そういう事件があったんじゃないのか……?」
「「なかった」」

 雛見沢では有名なはずなのに、実際に起こったはずなのに……。
 そんな事件はなかったと口を揃えて言い張る皆が不気味だった。

「そ、そうだな……。この平和な村に事件なんか起きないよな……」

 俺はもう反論する気力をなくし、ただ皆に合わせるように言葉を紡ぐ。
 これ以上追及することはどうしてもできなかった。

「「もう帰ろう」」

 皆は帰りの仕度を整えると俺を置いて教室から出ていく。
 一人教室に取り残されて呆然としてると、ひぐらしの鳴く声が聞こえる。
 ひぐらしの声は自己主張するかのように騒がしく、静かな教室内に一際大きく響いていた。

「ルルーシュくん、帰らないの?」
「……え?」
「一緒に帰ろ! はぅ!」

 教室の外からレナの顔が覗く。その表情がいつものレナだったことに、俺はほっと胸を撫で下ろした。
 先ほどのレナや皆の冷たい視線は気のせいだったんじゃないか? 今の彼女を見ていると、心底そう思わされる。

「ルルーシュくん、どうしたの?」

 レナが不思議そうに首を傾げた。それはいつものレナらしい可愛らしい仕草だった。

「あ、ああ。なんでもないよ」
「そう、じゃあレナと一緒に帰ろ?」
「そうだな」

 荷物を手に取り、レナに駆け寄る。
 やっぱり気のせいだったのだろう。このレナが人に対してあんなにも冷たい視線を投げかけるわけがない。
 だが…………。不愉快な疑念だけは、纏わりつくようにしつこく俺を放さなかった。

 事件なんてなかったと言う魅音たち、事件の存在を肯定する鷹野とスザク……俺はどちらを信じたら良いのだろう。
 この時から、俺の危機感と好奇心はフルスロットルで加速し始めた。


   *** 

 
「ねえねえ、ルルーシュくん」
「なんだ、レナ?」
「ちょっと寄り道して良いかな、かな?」
「あ、ああ。別に構わないがどこに行くつもりなんだ?」
「あはは、レナの秘密の場所~☆ ルルーシュくんを特別に連れてってあげるんだよ、だよ」

 秘密の場所? レナは一体俺をどこに連れていくつもりだろう。
 尤も、分からないから秘密の場所なんだろうが。

「いいから着いてきて、すぐ近くだから!」
「あ、おい!」

 強引に手を引かれレナに連れて行かれた場所は果たしてサクラダイト発掘現場の跡地だった。俺はレナの秘密の場所がここであることに驚きを隠せなかった。
 トウキョウ租界から不法投棄された家電やら産業廃棄物で一面を埋め尽くされて現在はゴミ山と化しているが、ここは……。三四から聞いた、最初の惨劇が起きた場所ではないのか……?
 スコップやつるはしでのリンチ殺人。その後遺体をバラバラにするという凄惨な事件。
 被害者はサクラダイト発掘会社の現場監督で、まだ遺体の一部である右腕が見つかっていないらしい。

「こんな場所に連れてきてどうするつもりだ……?」
「はぅ? どうもしないんだよ」

 嘘をつくな。こんな人気のないところに来る理由など何もないはずだ。
 あるとすれば連続怪死事件について聞いたから? そうなのか……?

「あははは。ルルーシュくんは何を怖がっているのかな、かな?」

 レナは感情の篭らない無機質な顔でこちらを見て、独り不気味に哂った。
 気のせいじゃ、なかった。教室でのあの冷たい視線は決して勘違いじゃなかったのだ。
 首を傾げるレナの姿に先ほどの可愛らしさはただの一片もなかった。

「お前こそ、何を隠している!」

 あはははは、変なルルーシュくん。レナは何も隠してなんかいないんだよそんなことより一緒に宝探ししようよ楽しいよ? ね? ね? レナはねいつもは一人だけど今日はルルーシュ君がいるから嬉しいんだよほらほらはやくしないと日が暮れちゃうよ日が暮れたら危ないから宝探しできないんだよほらほらはやくは やく はや く は や くはや く はや く いこ い こいこ い こ いこ いこ いこ いこ

 レナはまるで壊れたレコーダーのように言葉を繰り返す。
 何が起きているのか、レナがどうなっているのか理解が追い付かない。
 豹変したレナはそのうち腕を絡ませてきて俺をそのままゴミ山に引き込もうとし始め――――
 
「触るな!!」
「きゃっ!」

 気づけば俺はレナを払いのけ、そのまま突き飛ばしていた。
 ただレナが不気味で、恐ろしくて……怖かった。
 

   ***


 突き飛ばされたレナは何をされたのか分からないかのように、尻餅をついたまま微動だにしなかった。
 しかし驚いて固まっているものの、レナは人間味のある表情を取り戻していた。

「痛いよぅ、ルルーシュくん……」
「……すまないレナ! 大丈夫か?!」

 レナの悲痛な声を聞き、冷静さを取り戻した俺は自分の過ちを詫びる。

「う、うん。平気だよ。びっくりしただけ」
「俺はなんてことを……本当にすまない」

 手を差し出してレナを引っ張り上げると、すぐに頭を下げて心から謝罪した。

「いいんだよ。それよりレナのほうこそごめんね。無理に誘っちゃって。でもこれからは嫌ならそうだって断ってくれていいんだよ?」
「いや、そうじゃない。そうじゃないんだ……」

 レナは何も悪くない。悪いのはこの俺だ。
 今考えると何故レナを突き飛ばすまでしてしまったのか分からない。

「本当にすまない」
「うん、いいよぅ。そんなに深刻に思わなくても大丈夫。だってルルーシュくんはまだ病み上がりなんだもの、はぅ!」

 俺は忘れかけていたレナの優しさに心を打たれる。こんな気の優しい少女を恐ろしいと思ってしまうなんて俺はどうかしていた。
 レナの言うとおり俺はまだ完治しておらず、自分でも気づかぬうちに疲労しているのかもしれない。
 レナや皆が突然示し合わせるように豹変するなんてありえない。皆が連続怪死事件について知らないというなら本当にそうなのだろう。
 きっとそうだ。心を鎮めて客観的に見さえすれば、周りがおかしいと考えるより俺自身がおかしいというほうがよっぽどシンプルだと気づけるじゃないか。
 世界は何も変わっちゃいない。何かおかしいと感じたらそれは自分が変わったからだ。

「そうだな、病み上がりで気が立っていたのかもしれない。ありがとう。君の優しさに感謝する」
「うん、どういたしましてかな。今日はもう帰ろっか」
「あ、ああ……そうしてもらえるとありがたい」

 やはり風邪をひいて一晩寝ただけで全快するなんて、そんな都合良くいくわけがなかったな。

「うん、帰ろ帰ろ! 宝探しはまた今度、はぅ~☆」

 今度埋め合わせをすることを伝えると、レナは楽しみにしてるねとにこやかに笑って返してくれた。
 どうやらレナとの関係を壊すことは免れたようだ。ほっと安堵のため息を漏らす。
 レナの横に付き、談笑を交えながら帰路に着いた。
 
 結局、連続怪死事件について今日の収穫はゼロ。改めてまた明日辺りレナたちに話を聞くべきだろうか?
 いや、しばらく止めておこう……。今日の二の舞になるのが怖い。
 明日は租界の図書館を通じて情報を集めることにしよう。新聞など何か事件に関係のある情報媒体があるかもしれない。
 現在持っている情報は鷹野とスザクの話だけ。知略を巡らすにはあまりに少なすぎる。

 
 ――タイムリミット;オヤシロさまの祟りまで後6日。



[35460] 第七話
Name: 海砂◆409f06c3 ID:fcf82614
Date: 2012/10/31 16:48
第七話【祟りの足音】

 体調がまだ万全でないという理由で、今日は再び学校を休むことにした。
 勿論それは半分仮病で、本当の所は連続怪死事件について調べる時間が欲しかったからだ。
 咲世子にナナリーの看病を任せて、俺は一人電車で租界に向かった。目指すはエリア11中央図書館だ。
 初めて訪ねる場所だったが比較的に大きな建物だったので簡単に見つけることが出来た。
 図書館内に入るとエアコンが効いていて気持ちがいい。直接当たっていると少し肌寒いぐらいかもしれない。

 入口のすぐ近くに複数台のPC端末を見つけてその中の一つを起動させる。
 カタカタカタ。キーボードをリズミカルに叩くものの、連続怪死事件についてはなかなか検索に引っかからない。
 雛見沢で起こった事件は秘匿捜査対象になっているらしく、関係するページは数少ないようだった。

「――――あった」

 ≪雛見沢連続怪死事件(※通称、オヤシロさまの祟り)捜査情報≫

 その項目をクリック。事件の詳細が表示される。
 サイトの造りから、どうやら公式的な情報サイトではなく個人が作ったもののようだ。
 今はとにかく情報が欲しい。多少誇張があっても構わないとの思いから、このサイトを調べることにした。
 トップから中に入ると、様々な情報が目に飛び込んできた。
 事件の日付。状況。犯人逮捕の有無。

 被害者の名前―――。

「何、だと……?」

 そこには見覚えのある苗字が記されていた。
 北条……古手……。これは一体……?

 たまたま知り合いの苗字と同じなだけなのか。いや、違う、そうじゃない。
 読み進めていくうちに被害者家族の話も出て来る。
 北条……沙都子。
 古手……梨花。
 被害者家族の名簿にクラスメートの名前を見つけた。
 二人が一緒に暮らしていると聞いたことはあったが、まさか共に両親を亡くしているとは思わなかった。

「そうか、なるほどな……」

 皆が怪死事件について知らないと言ったのは決して他人事じゃなかったから、そういうことか。
 仲間に対しての疑念が全て取り払われた気がした。

 続いて沙都子の叔母の撲殺事件のページが目に止まった。
 そうだ、この事件が一番不可解に感じる。
 警察は当初、沙都子の兄を容疑者としていたはずだ。そこに麻薬常習者の犯人が突然現れ、自白後犯人が死亡している。
 まるでスケープゴートにされてそのまま口封じをされたかのように……。

 そうなると沙都子の兄である北条悟史の失踪も不自然と言える。
 電車に乗って家出をしたという説もあるが、沙都子を一人置いて逃げ出すだろうか?
 悟史失踪の日――その日は沙都子の誕生日で、大きなクマのぬいぐるみを持って店を出たのを興宮の住人が目撃しているとの証言もサイトに載っている。
 そしてその姿を目撃された後、悟史は誕生日プレゼントのぬいぐるみと共に忽然と消えた。

 普通に考えて、誕生日のプレゼントなどを持って家出するだろうか?

 家出するつもりなら誕生日のプレゼントなど邪魔なだけだ。悟史には誕生日プレゼントを沙都子に渡す意思があったのはほぼ間違いない。
 であれば悟史の家出はあまりにも不自然すぎる。答えは否だ。
 そもそも兄が実の妹を置き去りにすることなど俺には到底考えられなかった。

 むしろ、俺はそんな噂レベルの説よりも全てを説明できる答えを知っていた。
 スケープゴート。不自然な行動。そして突然の死。
 ギアス能力だ。
 仮に俺のように絶対遵守の力を使える能力者がいたなら? 人間の記憶を書き換える能力者がいたなら? 全ては可能となるだろう。 
 つまり、連続怪死事件の犯人はギアス能力者……?
 エアコンがかかり涼しいはずの図書館内で嫌な汗が流れた。
 
 いや……そうと決まったわけではない。まだ情報が絶対的に足りていない。
 新たな情報を欲して他のページにも飛んでみるが、後は鷹野三四の話をなぞるようなオカルト的な内容しか記載されていなかった。
 ここで手に入る情報はこれぐらいか。俺はブラウジングを止め、静かに席を立った。

 
   ***


 図書館を出ると日差しがさらに強くなっていた。じわりと汗が滲み出る。
 地面がアスファルトで覆い尽くされているせいだろう。雛見沢にいる時よりも気温が大分高い。
 ……これはきついな。この暑さの中歩き回ったら熱中症で倒れてしまいそうだ。
 出来る限り日陰を探しながら歩くことにする。

 そうだ、租界なら携帯電話が使える。C.C.に電話してみよう。
 しばらくのコール音の後にC.C.が出た。

『なんだ、ルルーシュ』
「ギアス能力について聞きたい」
『なんだいきなり。ギアスユーザーに心当たりでもあるのか?』

「いや、違う。だがこちらで起きている事件にギアス能力者が関与している疑いがある。例えばだ、標的に幻覚を見せることが出来る能力やそれに類似するものに心当たりはないか?」

 質問に対してC.C.は少し間を置いてから答えた。

『……ないな。これは私が発現させた能力にはないという意味だが』
「そうか。ではそういった能力もありえると考えていいんだな?」
『ああ、発現する能力には個人差がある。そんな能力が生まれることもあるのだろうな』
「そうか、わかった」

 それが聞けただけでも大きな収穫だ。可能性は出来うる限り広く考えておくべきだからな。

『用事はそれだけか?』
「いや、もう一つある。黒の騎士団員数名をしばらくの間、雛見沢に潜伏させて欲しい」

 綿流しの日から数日、スザクが守ってくれるというが一人では心もとない。二重の防壁を作っておくべきだろう。
 スザクには常に俺たちと一緒に行動してもらい、陰から黒の騎士団に警護をさせる。
 表と裏からの防御態勢。これをかいくぐり、俺とナナリーの二人を殺害するのは難しいはずだ。

『ルルーシュ、それは無理だ』

 何……?

「なぜだ、理由を言え」

『言いにくいんだが今……団員の全てが某所に温泉旅行に出かけている』

 はぁっ?!

「なんだと?! そんなことを誰が許可した!」
『いやな、それが玉城がゼロの姿でな』
「この馬鹿が! 何しに租界に戻った! 玉城にはゼロをやらせるなと言っただろ!」

『残念だが私が戻った時にはすでに発っていてな。文句はそれを止められなかった籐堂か扇に言ってくれ』

「ぐ、では黒の騎士団はいつ頃租界周辺に帰ってくる?!」
『電話で問い合わせたら、後一週間は帰って来ないそうだぞ』

 一週間だと?!
 どこまで行ってるんだ、あいつら!!

「っ……それでは全てが遅い……もういいっ!」 

 返事も待たず携帯電話の電源を切り、それから俺は独りごちた。

「くそっ……黒の騎士団はあてにはならない……か」

 となると、スザク一人に頼るしかないと言うわけで……。
 スザクの力を認めないわけではないが危ういな。

「痛っ!」
「……すみません」

 考え事をしながらを歩いていると、気づけば路地裏に迷い込んでいた。そこで正面から来た男と肩がぶつかった。

「ああん?! すみませんだぁ?!」

 どうやらたちの悪い輩に絡まれてしまったらしい。
 狭い路地ですれ違おうとするならお互い道を譲らなければいけない。肩がぶつかったのはあえてこの男がそうしなかったからで、明らかな言いがかりだった。
 ……今日は厄日かもしれないな。

「申し訳なぁ思っとるんならちゃっちゃと慰謝料出さんかいゴラァ!」
「すみません、あまり持ち合わせがないもので……」
「おうおうっ! それで済むと本気で思っとるんかワレェッ?!」

 面倒だな。仕方がない、使うか……ギアスを。
 本当ならこんなゴロツキにギアス能力はもったいない。だがそれ以上に今の俺は苛立っており、時間を無駄にはしたくなかった。
 男の眼を見てギアスを開放した。

「ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが命じる。お前は黙って今すぐこの場から立ち去れ」

 ――――。
 ――――――――。
 ………………。

「…………」

 絶対遵守の力に支配された男は先ほどまでうるさく怒鳴っていた口を閉じ、何処か視線の定まらない眼をしたまま踵を返した。
 俺はその様子を鼻で笑いながら男を静かに見送った。
 今日はもうこれぐらいでいいだろう。また妙な連中に絡まれないうちに雛見沢へと帰るとしよう。

 ……。
 …………。
 ひたひたひた。

 自分のすぐ後ろから微かに足音が聞こえた気がした。
 だが立ち止まって背後を振り返っても、そこには誰もいない。

「……気のせい、か」

 俺は独りごちると、ため息を一つ吐く。
 そうだよな、誰もいないはずの背後から足音が一つ余計に聞こえるなんてありえない、よな……。

 ――タイムリミット;オヤシロさまの祟りまで後5日。




[35460] 第八話
Name: 海砂◆409f06c3 ID:fcf82614
Date: 2012/11/14 12:54
第八話【運命】

 今日もナナリーは風邪で学校を欠席することになった。
 ベッドに横たわるナナリーに声をかけて安静にしているように言うと、家まで迎えに来てくれたレナと共に学校へ向かう。
 昨日、ギアス能力者が連続怪死事件の犯人である可能性が浮上した。怪しまれないためにも今日はちゃんと授業に出て放課後になってから調査を始めよう。

 いつもの待ち合わせ場所である水車小屋の前で魅音と合流する。
 今日も魅音は先に待っていた。珍しいこともあるものだ。
 見慣れた通学路を歩いて行くと分校が遠目に見えてきた。

「よぉし、じゃ教室まで競争ね。ビリはトップの言うことを聞くこと! はい、ドン!」
「はぅ?! いきなりすぎなんだよ!」

 魅音の掛け声とともにレナは魅音の背を追いかけて分校へと走り出した。

「ちょ、おま! ずるいぞ魅音!」

 続いてレナの背中を慌てて追いかける俺だったが、魅音たちの姿は小さくなっていく一方で、ついには遠目に見える分校の内部へとあっさりと消えていった。

 あいつら、足……速すぎだろ……。常識的に考えて…………。

 歩みを止めて、独り言を吐きながら息を整える。
 体力面での勝負は俺の得意分野ではないとはいえ、レナにまで負けるとは思わなかった。スザク並みの身体能力を持つ魅音ならともかくとして若干ショックだ。
 もうすでに二人は教室で休憩しつつ、俺の到着を待っている所だろう。そこに息を切らした俺が登場してはプライドも何もあった物ではない。
 俺は無理をするのはやめて、勝負になど最初から乗っていなかった風を装い、ゆっくりと分校へと歩き出した。


   ***


 教室へ入るといつもと違ってなにやら騒がしかった。皆一様に深刻な表情でぼそぼそと呟き合っている。
 何か事件でも起こったんだろうか?
 レナと魅音に声をかけて、それから騒がしい理由を訊ねた。

「騒がしいが、何かあったのか?」
「……沙都子の叔父が帰ってきた」

 魅音が重苦しい表情で答える。
 口ぶりからあまり好ましい人物ではないようだ。

「どんな酷いやつなんだ?」
「ルルーシュくん、よく叔父が酷いやつって分かったね?」
「そんなに暗い顔をしていれば誰だって分かるさ」

 それに、俺も王位継承争いで身内から不当な扱いをされたことがあるからな。
 魅音は苦虫を噛み潰したような顔で吐き捨てるように言った。

「沙都子の叔父はいわゆるチンピラのようなやつさ。強い者にはヘコヘコするくせに弱い立場のものには威張り散らす、そんな最低野郎だよ」
「……そうか。ところで今日は沙都子の姿が見えないが大丈夫なのか?」
「風邪で欠席……そういうことになってる。でも絶対そんなんじゃない」

「……虐待を受けているのか?」

「おそらくね……。いや、絶対されてるに決まっている!」
「ならば何故それが分かっていて児童相談所に相談しない? イレヴンにもそのための施設はいくらだってあるはずだ」
「それがね……」

 レナが魅音に代わって説明を始める。
 俺はレナの話を黙って聞いた。

「ふん……そういうことか」

 北条家はサクラダイト発掘の時以来、村の裏切り者とされているわけか。その名残が今でも根深く残っており、村人は沙都子に冷たく接しているようだ。彼らに助けを求めるのは無理かもしれないな。

 それに加えて沙都子は一度、児童相談所に嘘の通報をしているのか。これでは相談所側も慎重にならざるを得ない。
 しかし仮に相談所が動いてもこの件は解決されないだろうな。

 沙都子は兄である悟史失踪の真相を知らない。悟史がいなくなったのは自分が甘えすぎたから家出してしまったと勘違いしている節がある。
 だから頑なに誰にも助けを求めない。ここで誰かに縋ってしまえば兄はいつまでも帰ってくることがない、そう思い込んでいるから。

 なるほど、なかなかに複雑な事情があるようだ。

「そう……。だから残念だけど私たちが出来ることはないんだよ……」

 魅音はそう言い切ると表情に落胆の色を見せる。こんなに元気のない魅音を見るのは初めてだ。だが――――

「それは間違っているぞ、園崎魅音」

「……え?」
「出来ないからやらない、それは逃げだ」

「でもどうしろって言うの! 沙都子の心が変わらない限り、」
「だから変えさせるんだ、俺たちで。なぜならこれは俺たち仲間の問題であって、沙都子だけの問題じゃないんだからな」

「ルルーシュくん、それって……」
「まず梨花に話を聞くのが先だ。梨花はいるな? 行くぞ二人とも」
「え、ちょ、ちょっとルルってば!」

 俺はレナと魅音を強引に引き連れて、自分の席で突っ伏している梨花の所へ向かった。


   ***


 梨花に声をかけると、彼女は徐に顔を上げた。その表情にはいつもの快活さは蚊ほどもない。

「梨花、沙都子の件で話がある。知っていることを話せ」
「……話したところで無駄なのですよ。どうせ皆は同情するだけで何もしてくれないのです」
「たしかにその通りかもしれない。だがそうやってやる前から諦めるのは感心しないな」

 俺がそう言うと梨花が鼻で笑ったような気がした。

「…………『所詮は自己満足。どれだけ背伸びをしたって世界は何も変わらない』……。沙都子を見捨てた時の貴方の言葉なのですよ」

「見捨てた? お前は何を言っている?」

 梨花の態度に少しの違和感を覚えるが、それよりも俺は梨花の一言が気になった。すぐさま聞き返す。

 一方梨花はつまらなそうに再び口を開いた。

「……面倒なのです。話してあげるから聞いたら己の無力さを自覚して、さっさとどこか行くといいのです」

 その口ぶりはいつもの梨花と比べるとまさに別人のように冷たかった。
 梨花が事の成り行きを話し始める。要約するとこうだ。

 沙都子は昨日の正午頃――俺が東京租界で調べ物をしていた頃に一人で興宮まで買い物に出かけたそうだ。
 梨花は自宅でその帰りを待っていたがいつまで経っても沙都子は帰ってこない。
 心配になって雛見沢中を探し回ると、沙都子の両親が存命の時に住んでいた家が騒がしい。
 恐る恐る見に行ってみると、沙都子が叔父の鉄平に怒鳴られ暴行を受けながら、暗い表情で家の掃除をしていたとのことだった。


   ***


 梨花から事情を聞いた後、俺は再び口を開いた。

「……そうか。それでお前は親友が暴行を受けても知らん振りなのか?」

「どうしようもないのですよ……。ルルーシュは状況が分かっていないからそんな態度が取れるのです」

「事情は知っているさ。魅音とレナから、沙都子と叔父の関係及び予想される児童相談所の対応を事細かく聞いたからな」

「では分かるでしょう? 僕たちが何をしようと、どうせ運命は変わらないのですよ……」

 そう言うと梨花はうな垂れ、視線を床に移す。その様子に俺はほっと安堵のため息をついた。
 梨花が何もしようとしないのは沙都子を単なる遊び友達としか考えていないのではないかと思ったからだ。

 だけど実際は違った。こいつは諦めたくないけれど、沙都子を助けてやりたいけれど、それが出来ない自分に絶望しているだけなのだ。
 俺は出来うる限りの不敵な笑みを浮かべて、安心させるように梨花の頭を軽く撫でた。

「魅音にも言ったが……それは間違っているぞ、古手梨花」
「……え?」

 梨花は俺に微笑を投げかけられて目を丸くする。少しだけ彼女の瞳に生気が戻ったような気がした。
 俺は梨花の何かを期待するような視線を一身に受けながら言葉を続けた。

「自分には何も変えられないなんて理由は単なる逃げでしかない。たしかに現実は夢のように甘くはないさ。いつでも様々なしがらみによって支配されている。それに押しつぶされてしまう人間も少なくはない。……だがな、抗うことは必要なんだよ、俺にもお前にも」

 戦うことをやめてしまえば、人は生きながら死ぬこととなる。
 生きているって嘘をつき続け、まったく変わらない世界に飽き飽きして、でも嘘って絶望で諦めることもできなくなって……。

「だから梨花、抗え。今を精一杯足掻いてみせろ。そして共に力を合わせ、俺たちの大切な仲間である北条沙都子を助けてみせよう」

 俺は梨花に向けて手を差し出す。

「……ルルーシュは何か考えがあるというのですか」
「残念だが今はない。31通りの手を考えたが全て沙都子の悟史への罪悪感がネックとなっている」
「なら……やっぱり無理なのですよ……」

 梨花はポツリと呟くように言って再び表情を暗くした。こいつの諦め癖は予想以上に根強いようだった。

「だからこそ皆で知恵を出し合って解決策を練るべきだ。不貞腐れるのはそれを試してからでも遅くはないだろう?」

 そこでぱちぱちと突然の拍手音。振り返ると一歩下がった場所で魅音とレナが笑みを浮かべながら手を叩いていた。

「うん、ルルーシュくんの言うとおりだよね。誰かが世界を変えてくれるまで祈って待っていても、そんな日はいつまでも経っても来ないんだよ、だよ」

「くっくっく、おじさんちょっとブルーになってたよ。そうだったね、部活メンバーならどんな逆境にも立ち向かって行かなきゃ。それを部員になってまだ間もないルルに教えられるなんて部長として恥ずかしいよ」

「お前ら……」

 魅音とレナは表情を真顔に戻してから梨花に言った。

「私たちはもう自分を無力なんて思わない。力を合わせ、必ずや沙都子を助けると心に誓うよ」
「そう。だから後は梨花ちゃんだけだよ。皆で沙都子ちゃんを助けるために考えよう?」

「――――だそうだが、お前はどうする?」

 梨花は俺の問いかけに逡巡した後、重い口を開いた。

「……今回のルルーシュは何か違う気がするのです……。分かったのですよ、僕は貴方を信じますのです」

 梨花は俺の手を取って立ち上がった。俺について気になることを口にしていたが、とりあえずはなんとかやる気になってくれたようだ。
 沙都子の問題は根深いが……皆で意見を出し合ってくれさえすれば、俺なら何かしら考え付くだろう。

 …………本当は現時点でも一つだけ方法がある。
 それは絶対遵守のギアス。これならば今すぐにでも沙都子を救い出すことが可能だろう。
 だがギアスの使用は保険であり最後の手段。今のままでは沙都子は永遠に救われない。沙都子自身が変わらなければ、沙都子を取り巻く世界は何も変わらないのだ。





[35460] 第九話
Name: 海砂◆409f06c3 ID:fcf82614
Date: 2012/11/25 19:42
第九話【手段】

 放課後になり、俺たち四人は北条家宅へと向かった。
 わざわざ放課後を待った理由は留美子に沙都子の現状を知られないためだ。

 もし留美子の耳に入るようなことがあれば、生徒想いの彼女のことだから、きっと北条宅へ家庭訪問をするなど何かしらアクションを起こすだろう。
 今は留美子に動かれると厄介だ。 事態を重く見てくれる大人は心強いが、叔父を刺激させたくはないし、何の前準備もなく児童相談所に駆け込まれても困る。
 留美子には沙都子は病気で欠席したと思っていてもらうことにした。

「ここだよ、ルル」

 魅音の案内で北条宅に到着する。
 玄関の入り口付近には原付が置かれている。
 おそらく叔父所有のものだろう。
 俺は原付を横目で見ながら玄関へと歩き出す。

「ちょ、ちょっと、ルルーシュくん!」

 レナが小声で叫ぶように言いながら、俺の制服のすそを掴んだ。

「どうした、レナ」
「いきなり押しかけちゃまずいよ……」
「何を言っている。そのために来たんだろうが」

 俺たちは沙都子のクラスメートだ。別に友人の見舞いに来ることになんの問題もない。
 北条宅の呼び鈴を鳴らして待つ。
 すぐに出てこないのでもう一度押すと、怒号が辺り一帯に鳴り響いた。

「沙都子ぉぉぉ!! このダラズがぁぁ!! いるなら早く出んかい!!」

 どたばたと玄関の戸越しに沙都子のシルエットが映る。
 がらりと引き戸が開き、酷く慌てた様子の沙都子が現れた。

「沙都子」
「る、ルルーシュさん……それに皆さん……。どうかしまして?」

「どうかしたどころじゃない。お前、俺たちをどれだけ心配させているか分かっていないだろう」

 沙都子は表情を暗くしてすっと顔を背けた。

「何のことですの。私は別に……」

「そんなつもりはないと? だが現に俺たちはお前のことを心配してここまで来ているんだ」
「わ、私は別に皆さんに心配されるようなことは何もしていませんわ……」

「嘘だな。お前は今の自分を鏡で見たことがあるか?」

 首を横に振って沙都子の言葉を否定する。沙都子はきょとんとして顔を上げた。

「分からないのか。今のお前は”如何にも絶望の真っ只中です”ってそんな顔をしているんだよ」
「そんなこと……ありませんわ……」

 沙都子の表情が一層曇った。
 言葉では否定しているが、その顔を見れば俺でなくても嘘だと容易に分かるだろう。

「帰ろう沙都子。お前の居場所はこんな場所じゃないだろう? お前は戻ってきた叔父にいじめられても、助けを求めないことを試練だと思っているようだが、それは大きな間違いだ。そんなことをいくらしても悟史は戻って来ない」

「戻ってきますわ!」

 俺の言い方が悪かったのか、沙都子は俺をキッと睨みつけて叫んだ。

「戻ってくるもん! ルルーシュさん……貴方に何が分かりまして?! 私のことを何も知らないくせに! 帰ってくださいまし! 帰れぇぇぇッッッ!」

「っ……!」

 俺は沙都子に突き飛ばされ、体勢を崩して仰向けに玄関口から外に押し出された。ぴしゃりと玄関の引き戸が勢いよく閉じる音がした。


   ***


 地面に倒れた俺を魅音とレナが心配そうに覗き込んで来る。 

「大丈夫、ルル?」
「ルルーシュくん平気?」
「あ、ああ……」

 だが子供とは思えないほどの力だったな、あいつ……。
 辛うじて魅音たちに身体を支えられて大事には至らなかったが、あのままだったら間違いなく頭を打って昏倒していただろう。

「今の沙都子……決して普通の状態ではなかった……」
「そうだね、いつもの沙都子ちゃんだったらあんな風に人が怪我をするような真似は絶対しない」
「もう沙都子の心は限界なんだよ……」

 レナが真顔で言い、それに続く形で魅音も呟くように言葉を溢した。

 ……読みが甘かった。

 事情を聞かされてある程度分かった気になっていたが、沙都子の問題はすでに悠長なことを言ってられる場合じゃない。

 使わなければ……アレを。仲間を助けるために。

 それが最善、俺が取れる一番まともな選択肢なのだから。

「……お前らはここで待っていろ。俺は少し沙都子の叔父と話をしてくる」 
「え? 何するつもりなの?」
「大丈夫だ、別に彼を刺激するようなことは言わない」

 魅音に訊ねられ、俺は冷静に答える。レナがその脇から口を挟んだ。

「じゃあレナも行く」
「駄目だ、行くのは俺一人だ」

 レナの言葉を切り捨て、俺は首を横に振った。ギアスを使っているところは見られたくないからだ。

 そう、今から俺はギアスを使って沙都子の叔父――北条鉄平を殺害する。

 証拠は残るはずもない。まして俺が殺したなど誰も思わない。
 なぜなら鉄平は俺が死ねと命じただけで勝手に死ぬのだから。

 この村でなら何人殺そうがオヤシロさまの祟りとして処理されるだろう。ギアスの使用において、まさにうってつけの場所だった。

「……では行ってくる。着いてくるなよ」
 

   ***


 俺は玄関を睨みつけることで鉄平を殺す覚悟を決めると、背後を振り返ってレナたちを一瞥する。
 彼女らは心配そうな表情を浮かべて俺の動きを見守っていた。

 着いてくる様子は一遍も見られない。
 よかった、万が一にもこいつらをギアスの巻き添えにはしたくないからな。

 俺は玄関の引き戸を開ける。からりと引き戸の開く音が鳴った。
 その音を聞き取ったのか、玄関先に鉄平らしき男が現れた。

「ああん? なんね、お前?」
「ああ、貴方が沙都子の……」

 さて、この男にはどんな末路がお似合いだろうか。
 綿流しの祭当日に自殺というのも一興かと思うが沙都子の安否を考えるとそれまでは待てないな。

 となればそうだな、失踪した後のたれ死ねとでも命令を……――――っ?!

 俺は鉄平と思われる男の顔を見て驚愕する。
 なんと目の前にいるその男は、昨日俺が東京租界で肩をぶつけたゴロツキだった。

 そんな、そんな馬鹿なことがあってたまるか……。

「ん、あんた……わしとどこかで会わんかったかいの?」

 鉄平が俺の顔を眺めて不思議そうに首を傾げる。

「いえ……ないと、思いますが……」

 苦し紛れにそう答えるしかなかった。
 鉄平は記憶を探りながらこちらをまじまじと観察していた。

 この様子だと俺のことはほとんど覚えていないようだ。それも当然か、ギアスの支配下に置かれた人間は前後の記憶を無くすようだから……。 
 だがそんなことには何の意味もない。
 何故なら同じ人物にギアスは二度効かない。これでは鉄平を排除することが出来ないのだ。

 どうすればいい……。どうすれば沙都子を助けることが出来る……?
 気持ちばかりが逸り、思考がうまく纏まらない。
 俺の内心の動揺を知ってか知らずか鉄平が怪訝な顔をして訊ねてきた。

「……んで、うちに何の用があるっちゅうんね」

 仕方ない……ここは一旦退こう。このまま留まっても何も出来ることはない。ただ悪戯に鉄平を刺激するだけだ。

「いえ、何でもありません……」

 軽く会釈すると踵を返して北条家を後にした。


   ***


 北条家のから少し離れたところで皆と合流した。

「ルル! 叔父はどうなったの?!」

 魅音が酷く慌てた様子で聞いてくる。
 俺は彼女の顔をまっすぐと見れなかった。目を逸らしたまま淡々と答えた。

「なんもしないさ。叔父と少し話をして終わった。状況はなんも変わっちゃいない……」

 変えられなかったのは……俺が無駄にギアスを使ったせいだ。何故俺は昨日、東京租界で鉄平相手にギアスを使ってしまったのか。
 ゴロツキをあしらう方法ならいくらでもあったはずなのに……。後悔の念が募る。

 俺は頭を下げ、魅音・レナ・梨花にポツリと呟くように謝った。

「皆、すまん……」
「そんなのルルーシュくんが謝ることじゃないよ」
「だがレナ、俺は……」

 自分の馬鹿さ加減が許せそうにない。

「ううん、レナの言う通りだよ」

 うな垂れる俺の肩に手を置く魅音。彼女は俺が顔を上げると、微笑を浮かべながら首を横に振っていた。

「私はむしろホッとしているんだよ、ルル」
「何だと? それはどういう意味だ?」

 俺は妙なことを口走った魅音に先を促す。

「恥ずかしい話さ、さっきのルルを見て……私、あんたが沙都子の叔父を殺しちゃうんじゃないかって思ったんだよ」
「なっ……」

 魅音の言葉に動揺して心臓が跳ねる。
 まさかギアスの存在までは知られてはいないと思うが、流石魅音といったところか。
 魅音の洞察眼に対して驚きの声を上げると、何を勘違いしたのか魅音は謝罪の言葉を口にした。

「ああ、ごめんごめん! ルルはそんな直情的に動かないよね!」

 魅音はギアス能力を知らない。とすれば、魅音は俺が自ら手を汚して鉄平を殺害するんじゃないかと思ったわけか。
 俺はそれを踏まえて魅音へ言葉を返した。

「当たり前だろう。この俺がそんな愚かな真似をするわけがない」

 仮にそうしたとしても、俺では返り討ちに遭うのが目に見えてる。勝てない戦はしないのが俺の主義だからそれは絶対にあり得ない。

「そうだよね。もしやるにしてもルルなら完全密室殺人とか考えそうだし」

 魅音は微笑んだまま舌をぺロッと出す。

「はっ……まさか。密室殺人などミステリー小説の中の話だ。あれは娯楽であり、解かれることが前提条件としてあるものだろう。実際にやる馬鹿がどこにいる」

 俺の言い様が面白かったのか魅音が吹き出した。

「あはは、やっといつものルルに戻ったね!」
「……なに?」

 意図が分からず聞き返すと、魅音は真顔になって答えた。

「余裕のないルルなんて嘘だよ。そうやって大物振ってるほうが似合ってる」
「魅音……」

 そうか、魅音は俺を元気付けようとしていたのか……。
 俺は苦笑混じりに魅音と顔を見合わせた。

「……そうなのです、ルルーシュ。貴方には僕に希望を見せびらかした責任がある。こんなことぐらいで挫けるなんて許さない」

 今まで傍観するだけだった梨花が初めて口を開く。
 そして歌うように続けた。

「だから、貴方はいつも通りの貴方でいてください。いつも通りの……自信たっぷりで皮肉屋のリアリストな貴方で」

 ふっ……ひどい言われようだな。

「でも本当は他人のために優しくなれる理想主義者。それがルルーシュくんなんだよ」

 レナが言葉を付け加える。
 理想主義者云々というのは気に入らないが、レナたちの励ましは嬉しかった。少し心が楽になったようだ。
 ならば、俺もその気持ちに応えねばならないな。

「そうだな、落ち込んでばかりはいられない。沙都子の説得は後回しにして次の手を考えるとしよう」

 その場にいる皆が一様に頷いた。


   ***


 北条宅からの帰り道、俺はそのまま皆を自宅に招き入れた。沙都子を助けるべく、皆で話し合いをするためだ。
 ナナリーは風邪のため二階の自室で寝込んでいるので、話し合いは一階のリビングで行われた。

 様々な意見が飛び交う中、俺は皆の意見を拾い集め、次なる手を考えてゆく。

 ところが思いつく策は途中で手詰まりするものばかりで、とてもじゃないが沙都子を救い出すことは叶わない代物だった。
 故に、結局俺が至った解決策は至極シンプルなものとなった。

「――やはり、元を断つしかないな……」
「ルルーシュくん、それってどういうこと?」

 レナが不思議そうに訊ねてくるが、俺はそれに構わず魅音に視線を向けた。

「正直に言おう。沙都子の問題を面倒にしている一番の原因は魅音、お前の家だ」
「え……?」

 魅音が顔を引きつらせる。どうやら少しは自覚があったらしいな。
 皆を見渡してから俺は続けた。

「沙都子の問題は元を辿れば、過去の雛見沢サクラダイト発掘における北条家と園崎家の確執に繋がっている。北条家の村八分……それを取り除きさえすれば沙都子を救い出すことが出来るはずだ。違うか?」

 魅音が俯きながら言葉を零した。

「無理だと思うよ……。私の家が原因なのは認めるけど、他の手を考えたほうがいい……」
「それは何故だ?」

「口で言うほど沙都子に対しての村人の差別は浅くないんだよ」

 魅音の代わりにレナがその先を続ける。

「たしかに、村の皆の心を変えることが出来れば話は簡単だよね。けど、彼らはお互い疑心暗鬼になっているの。沙都子ちゃんへの差別をやめたら今度は自分が村八分の対象になるんじゃないかって……」

「ふん、なんだそういうわけか。そんなことは百も承知だ」

 そう俺が答えると、今度は梨花が口を開いた。

「だったら分かるでしょう? 村の皆の心を変えたいのなら村の人口2000人あまりを全て説得して回るしか手がないのです。それも、沙都子の心が壊れるまでに……」

 皆が押し黙り、沈黙がリビングを支配する。
 そんな重苦しい空気の中、静寂を破るよう俺は不敵に笑った。

「村人2000人? 馬鹿を言うな。誰がそんな非効率な方法を取ると言った?」
「ルルーシュ、それはどういうことなのです?」
「分からないか? 俺たちが説得する相手は一人でいいんだ」
「ま、まさか……?!」

 梨花が俺の意図を読み取り、驚愕の声を上げる。

「そうだ、俺たちの相手はただ一人。魅音の祖母であり、この雛見沢の支配者――園崎お魎だ」
「「え~っっっ!!」」

 リビングから二階に居るナナリーへと届かんばかりの声が響き渡った。

 ――タイムリミット;オヤシロさまの祟りまで後4日。




[35460] 第十話 PV数20000感謝
Name: 海砂◆25e8a4f6 ID:fcf82614
Date: 2012/12/26 21:56
第十話【園崎対談】

 皆との話し合いの次の日、ナナリーの病状はだいぶ落ち着いていた。
 もう起き上がって食事も可能なぐらいには回復したようだ。
 しかしまだ咳き込んでいるところを見ると、風邪をぶり返す恐れもあるので学校には行かせられない。今日こそは学校に行くと意気込むナナリーだったが大事をとって休ませるとした。

 ちなみにナナリーには沙都子の件は伝えていない。伝えても余計な心配をかけるだけだからだ。
 俺が黙っていれば、気が付かれる前に沙都子の件を処理することが出来るだろう。無論、今日中になんとかするつもりだ。

 まず俺たちは普段どおり学校に登校し、留美子に沙都子の現状を報告することにした。無論留美子に話をした程度で沙都子を助けられはしないだろうから、留美子には俺たちが沙都子を助けるために動いているということを認識してもらうだけでいい。

 皆で職員室に押しかけ、留美子に事情を説明した。

「――というわけです、知恵先生」
「そうだったんですか……。ナナリーさんが風邪で休んでいますから、てっきり私は沙都子ちゃんも同じ理由で休んでいるとばかり……」

 留美子は生徒の異変に気づけなかったことに酷く落ち込んでいるようだった。

「たしか、沙都子の叔父には電話で病欠って言われたんでしたね?」
「はい……私はそれを信用しきっていました。そういうことならば、すぐにでも家庭訪問をして確認を取るべきですね」

 さすが生徒想いの留美子だ。すでに事態を重く見てくれている。だが今は留美子には変に動いてもらいたくはない。
 俺は電話に手を伸ばしかけた留美子を声で制した。

「すみませんが、それは止めていただきたいですね。今は下手に叔父を刺激するべきではないと思うので」
「で、ですが今はそんな悠長なことを言っていられる状況ではありませんよ!」

 落ち着きなく声を荒らげる留美子。彼女は生徒のために何かしなくてはと躍起になっている。
 だから俺は声のトーンを落とし、冷静さを欠いた留美子をなだめるように言った。

「そうですね、事態は一刻の猶予もありません。ですが知恵先生、生徒を大事に想うその心はとても尊敬できますが、そのように熱くなっていては適切な判断ができないと思います。ですから、この件は僕たちに任せていただけませんか」


   ***


「貴方たちに?」

 俺が出した提案に留美子がきょとんとして聞き返してきた。

「ええ。僕たちはすでに沙都子を叔父の手から救出する算段がついています」
「なんですって? 貴方達、一体何をするつもりですか」

 留美子は厳しい目で詰問してくる。どうやら俺たちが何か良からぬことを企んでいると思ったらしい。
 すかさず俺は首を横に振ってその考えを否定した。

「大丈夫です、知恵先生が思っているような物騒なことは考えてませんよ」
「では、どうすると言うんですか?」

 留美子は安心したのか、少しだけ表情を和らげ先を促す。
 決まっている。園崎お魎が沙都子を認めれば、村人の冷遇も自然消滅する。何も村人全員を説得する必要はないのだ。難しく考える必要はない。

 園崎お魎の説得、この一手ですべての障害はクリアされるのだから。

「この村の有力者、園崎お魎を味方に付けようと思います」
「え、それは一体どういうことです?」

 ん……そうか。留美子は沙都子の問題が如何に複雑なものになっているのか知らないというわけか。

 ……よくよく考えてみればそれも当然だな。大切な生徒が村八分などされていると知っていたなら、留美子はすでに大騒ぎをしてこの村には居られなくなっていることだろう。

 何にせよ、沙都子の問題の裏事情を留美子に一から説明し且つ納得させるのは骨が折れるな。
 それに教師という存在はここぞという時には役に立たないのだから居ても邪魔なだけだ。そんな無駄な時間を割く余裕は今の俺たちにはない。

 俺はここにきて留美子の説得を放棄することにした。
 留美子の疑問には応えず、一気にまくし立てる。

「そのために今日魅音の家にお邪魔しようと考えているのですが、学校が終わってからだと遅くなりますし迷惑だと思いますので――――今から訪問する許可を頂けませんか」

 俺はその返事を待つことなく、留美子の瞳を見つめて次なる言葉を紡ぎ出した。

「なに、大船に乗った気持ちで待っていてください知恵先生。"貴女はただ外出の許可を出し、俺たちを見送るだけでいい"」

 歌うように紡いだ言葉にギアスをそっと乗せて。

 ――――。
 ――――――――。
 ………………。

 一瞬のタイムラグの後、留美子は再び口を開いた。

「……そうですね、北条さんの件はルルーシュくんに任せることにします。よろしくお願いしますね」
「分かりました、ありがとうございます」

 内心ほくそ笑みながら、うわべだけのお礼を言う。
 これでもうここには用はなくなった。

 踵を返して職員室を後にしようとすると、背後では魅音とレナが顔を見合わせていた。普段の留美子なら自分も同伴すると言い出すはずだからである。
 妙にあっけなく留美子が引き下がったので拍子抜けしているのだろう。無理もない。

 職員室を出てすぐに、一体どんな魔法を使ったの?なんて魅音が間抜け面で聞いてくるものだから、俺は笑いをこらえてこう答えてやった。

「馬鹿言うな、この世にそんなお手軽便利な力があるわけないだろう?」 


   ***


 留美子に外出の許可をもらった俺たちは大手を振って魅音の家、園崎本家に向かった。
 魅音に仲介役を頼み、本家の車寄せで待つ。何しろアポなしの俺たちだ。魅音には精一杯頑張ってもらわないといけないだろう。

 小一時間待ち、太陽が西へと傾きかけた頃――魅音がようやく屋敷から出てきた。玄関から車寄せまで少しばかり距離があるから、小さく手を振っている姿だけが遠めに見えた。

 魅音は俺たちの近くまでは戻らず、皆に見えるよう大きく両手で円を作ってオーケーのサインを出す。どうやら面会の承諾が取れたようだ。
 俺たちは顔を見合わせて示し合わせるように魅音に駆け寄った。

「魅音、面会は可能なんだな?」

 念のため確認すると、魅音はこくんと頷いた。それから苦笑しながら全員の顔を見回して聞いた。

「けど、うちのばっちゃは怖いよ。覚悟はいい?」
「愚問だな。沙都子を必ず助けると誓った俺たちだ、覚悟などとうに出来ている」

 皆が一様に深く頷いた。
 その様子を見てとり、失敬失敬と魅音が冗談めかして言う。

「それで、魅ぃちゃん? 魅ぃちゃんのお婆ちゃんはどこで待っているのかな」

 レナが静かに口を開いた。彼女に倣うように魅音も真剣な表情を浮かべる。

「……ばっちゃの寝室だよ。あまり体調が良くないみたいだから、面会時間はあまり多くは取れないと思う」
「そうか、なら尚更手段を選んでいる暇はないな」
「ルルーシュ、それはどういう意味です?」

 俺の独り言気味の言葉に対して、思いのほか梨花が強く反応を示した。だがそれには答えない。
 一人歩き出すと玄関の戸をからりと開けて後ろを振り返った。

「もたもたするな、行くぞ。言うまでもないと思うが、時間が経つにつれて状況は刻々と悪くなるんだからな」

 
   ***


 魅音の案内のもと、俺たちはお魎の寝室に向かった。長い廊下を一列に並んで進む。皆、終始無言だった。
 しばらくして廊下の突き当たりを右折すると、部屋の前に二人の黒服の男が立っているのが見えた。どうやらそこがお魎の待つ寝室らしい。
 魅音が男たちに近寄ると彼らは頭を下げ道を譲った。

 魅音に続く形で入室すると、すでに俺たち以外の皆が揃っているようだった。入るなり彼らからの視線を一斉に受ける。

 園崎天皇とまで呼ばれるお魎その人は、布団に入ったままクッションのようなもので上体を支えながら偉そうに俺たちを見つめている。その鋭い眼光はさすが園崎頭首である。
 だが鋭い眼光は何も彼女だけではなく、その場にいた五人の重鎮らしき人物らも発していた。その一人は着物を着こなした女性――魅音の母親、園崎茜だった。

 全員が着席すると魅音が俺たちをその場に集った面々に紹介してくれる。それが終わると早速本題へと入った。
 代表の俺が今までのいきさつを説明している間、ずっとお魎は厳しい顔をしていた。

「――以上。現在、沙都子は村人によって不当な差別を受け、また叔父によって危害を加えられている。沙都子を助けるため、その問題の根幹である園崎家と北条家の確執を解消してやって欲しい」

 一通り言い終えた後は黙ってお魎の返事を待つ。お魎は隣にいる魅音の母親の茜に聞こえる程度の声量で何かを伝える。俺の位置からじゃボソボソとしか聞こえないのが腹立たしい。
 仕方なしにしばらく待っていると、茜がお魎の言葉を代理で口にした。さらりと簡潔に。

「駄目だとさ」

 やはりそう来たか。
 しかしそれで、はいそうですかと帰るわけにはいかなかった。

「……何故です。北条家の罪は沙都子の両親が亡くなった時点で償われたはずだ。沙都子には一切の関係がない。にも関わらず、今も彼女が村中から不当な冷遇を受け続けているのは園崎家の罪ではないのか?」

「あたし達の罪だって?」

「その通りです。北条家側はすでに贖罪されている。ならば、今度は園崎家が贖罪をする番ではないのか」

 俺の言い分を聞いて茜が嘲る。

「つまり極道なら仁義を通せと、こういうわけかい。ブリタニアの坊やが言うじゃないか、くっくっく」

「何かおかしい所でも?」

 その振る舞いが酷く癪に触った。俺は目を細めて茜を睨みつける。
 茜は人に睨まれることなどとうに慣れているのだろう。なお笑いながら言葉を返してきた。

「くっくっく、そりゃおかしいさ。坊や……ルルーシュ君と言ったねぇ。お前さん、考えがずれているよ」

 何だと? そいつは一体どういうことだ。
 焦りを悟られないよう落ち着いて先を促す。

「ずれているとは?」

「分からないかい? 北条家の罪がすでに償われているなんてことはない、故に私たちも仁義を通す必要がないってわけさ」

「しかし北条夫妻は……!」

「そう、確かに亡くなった。だけどねぇ、彼らは本家に謝罪に来たわけでもなく、ただ勝手に事故で死んだだけさ。償ったわけではないだろう?」

 っ……。
 俺は茜の物言いに耐えかねて、思わず唇を噛んだ。
 許して欲しいのなら死んだ人間に謝まらせろと園崎家は本気で言っているのか。そんなことは不可能だと分かっていて……。

 ならば代わりに沙都子に謝らせろという論法か? それこそあり得ない。
 昨日の沙都子の精神状態では軽く頭を下げることすらも難しいだろう。

 …………。
 そこまで考えて俺の心は急速に冷めていった。
 ……そうか。お前らがそのつもりならば使ってやろう、絶対遵守の力を。

 魅音の身内だからあまり使いたくはなかったが、こうなればそうも言ってられない。お前らには全力で沙都子を助けろという命令を遵守してもらう。

 俺は座ったままお魎と目を合わせるとギアスを開放する。
 ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが命じ――――

「おおっとそこまでだ。何をするつもりか知らないけどね、それ以上勝手したら容赦しないよ」

 ――――それは。
 俺がギアスを発動させようとした瞬間の出来事だった。
 茜は俺の喉元を貫く寸前で日本刀の切っ先を静止させていた。

「喋っても殺す。立ち上がっても殺す。娘の友達だからといって容赦はしない、躊躇なく殺す。だから間違っても、決して動くんじゃないよ」


   ***


 まさかギアス能力を気取られたというのか。俺は想定外の事態にいつもの冷静さを保つことが出来ない。

「お、お母さん?! 何しているの!」

 思い出したように魅音が悲鳴に近い声を上げる。俺も魅音と同様に叫び声を上げたい気持ちで一杯だったが、恐怖で悴んで言葉が出なかった。
 もっとも、それが幸いして俺は喉を貫かれることなく、未だ生きることを許されているのだが。

「いやなに、この坊やから酷く嫌な気配がしたんだよ。例えるなら暗殺者が自慢の一撃で標的を狩る時のような、さ。ほら、やられる前にやるのが極道の定石ってもんだろう?」

「やめてよ! ルルが何をするって言うの!」

 茜は魅音の必死な嘆願にも眉一つ動かさず、刀を俺の喉元に当てながら淡々と答えた。

「このブリタニアの坊やが何をするか、それはあたしには分からないさ。けどね、この坊やが”たった今やろうとしたことを諦めない限り”、あたしは刀を引く気はないさね」

 どうやらギアスそのものの正体を掴まれているわけではないようだ。
 茜が感じているものは気配。
 正体不明の力――ギアスを阻止出来たのも、極道を貫き、死線を幾つも潜り抜けて磨いた洞察眼の賜物だろう。

「ルルーシュくん!」

 茜と俺の間に入ろうとレナたちがすっと立ち上がるが、周囲に座っている重鎮たちが彼女たちを拘束した。

「話はしまいだね。そろそろ帰ってもらおうか」

 しばらくして茜が面会の終了を告げた。
 くそ、馬鹿げている……。こんな何も解決していない状況で引き下がることなどできるものか。

 このままでは沙都子は一生消えない心の傷を負うことになる。
 そうなれば俺たちは痛々しくも壊れた沙都子を目の当たりにし、無力だった自分自身を呪いながら生涯苦悩し続けるだろう。
 ……そんな世界を認めるわけにはいかない、絶対に。

 俺はもう誰も失いたくないんだ。

「だから――――」

 咄嗟に茜の日本刀の刃を右手で鷲掴むと、俺はそのまま喉元から切っ先を逸らした。
 手のひらから鮮血が流れ、痛みと共に腕を伝うがさして気にはならない。

 茜は俺がそのような真似をするとは夢にも思わなかったのだろう、ぎょっとして身体を硬直させていた。
 この時ばかりは流石の茜も動揺を隠せなかったらしい。

「アンタ、一体何してるんだい……使い物にならなくなる前に、早くその手を離しな!」

 そう叱り付けながら俺を見下ろすその顔は酷く青ざめていた。
 一方、俺の頭はむしろ頗る冷静だった。茜の僅かな隙を突き、お魎に向けて吼えるようにギアスを叩き付けた。


「"沙都子を、助けろッッッ"!!」




[35460] 第十一話
Name: 海砂◆25e8a4f6 ID:fcf82614
Date: 2013/01/23 16:13
第十一話【雛見沢症候群】

 ギアスによって、お魎は沙都子を助けることをあっさりと承諾した。それから程なくして話し合いはお開きとなった。
 茜はお魎の態度の急変に戸惑いつつも、黒服を身に纏った葛西という男に今から北条家に向かうよう指示を出した。
 葛西は短く言葉を返し、黒服の男を数人連れて屋敷を出て行く。俺は縁側に座ってその様子を眺めていた。

「ふっ、何をするかは知らないが、可能な限り平和的に解決して欲しいものだな」

 手のひらに出来た刀の傷の手当てをレナにしてもらいながらそっと呟く。
 傍らで魅音が呆れたように言った。

「しっかしルルも無茶するよねー」

 まあ、たしかに俺にしてはゴリ押しの解決法だったがな。
 手当てが終わってからレナが頬をぷくっと膨らませた。

「本当だよ。レナは怒ってるんだからね。幸い軽傷で済んだけど、下手したら手首から上がなくなってもおかしくなかったんだよ、だよ」
「む……それは困る、無事で何よりだった」

 あれは出来るだけ刃先に触らないように気をつけた上での演出なのだから、本当に大怪我をしたら間抜けもいいとこだ。

「ま、そのおかげでばっちゃを説得できたんだけどさ」

 魅音が場を和ませようとからからと笑った。
 どうやら魅音は俺の大立ち回りによりお魎の気持ちが動いたと思ったらしい。好都合だ、他の皆も同様の勘違いをしてくれる嬉しいんだが。
 さて、村人による沙都子の冷遇も今日中にはなくなるだろう。まだ沙都子が救出されたわけではないが、この件は園崎家と魅音たちに全面的に任せておけばいい。
 問題は三日後の綿流しの日に起こるとされるオヤシロさまの祟りだ。まだ何も対策が打てていない状態で肩の荷を下ろした気にはなれない。
 結局この村に住むギアス能力者の正体は分からず、下手に動くことも出来ない。残された時間も僅かだ。
 これからどうするべきか……。
 今後の指針を考えている時、背後から突然名前を呼ばれた。

「ルルーシュ」

 振り返ると後ろで腕を組んだ梨花がちょこんと立っていた。いつもの皆を見守るような笑顔ではなく、酷くまじめな表情だった。

「なんだ、梨花か。どうかしたか?」
「貴方に話があるのです」
「俺に?」
「はいです。少しその辺まで付き合ってくださいなのです」

 改まって一体何の用だろうか。
 沙都子の件か? それとも何か別の――。
 一旦は思考を巡らせてみたものの、梨花に直接聞けば答えが出る話なので馬鹿らしくなって考えるのをやめた。

「分かった。では場所を移そう」

 梨花はこくんと頷くと踵を返し、一人歩き出した。その後ろを黙って着いて行く。
 進行方向から玄関へ向かっていると分かる。おそらく外に出て、屋敷の庭園で話をするのだろう。

「駄目だよルル、幼女に妙な真似しちゃ! くっくっく!」

 背中越しに魅音の軽口が飛んで来たが無視しておくとしよう。


   ***


 案の定、移動した先は園崎家の庭園だった。その造りはブリタニア人の俺ですら美しいと思えるほど完璧で非の打ち所がなかった。
 まだ日本にこのような場所が残されていたのか。思わず息を飲む。
 しばらく歩くと大きな池が目の前に飛び込んでくる。俺はそこで歩みを止め、梨花の背に声をかけた。

「おい梨花。……それで? 話とはなんだ」

 いつまで経っても話を切り出さない梨花に痺れを切らして先を促す。
 梨花は逡巡した後、静かに口を開いた。

「そうですね、ここならば盗み聞きされることもないでしょう」
「フッ、そんな秘匿性の高い話をされるほど俺はお前と深い仲だったのかな?」

 いつもと違う口調で喋る梨花に違和感を覚えながらも、俺は冗談交じりに言葉を返した。
 梨花は顔を真っ赤にして慌てて否定するとばかり思っていた。ところが、実際に彼女のとった態度は俺の予想を遥かに裏切るものだった。
 長く艶のある黒髪をふわりと撫で上げると梨花は心底おかしそうに笑みを浮かべながら言った。

「ええ、そうね。たしかに私と貴方はある意味深い仲と呼べる間柄かもしれないわね、くすくす」
「……どういう意味だ」

 まさかこいつは……。
 咄嗟に最悪のケースを頭に思い浮かべて身構える。
 そうでないことを切に願って。
 だが――梨花の返答によって、俺の願いは完膚なきまでに裏切られた。

「驚いたわ。ルルーシュ、貴方もギアスユーザーだったなんてね」

 その言葉を捉えるなり、梨花を敵と判断する。現状ではオヤシロさまの祟りはコイツの仕業である可能性が高い。俺は可能な限り迅速にバックステップにて梨花との間合いを取った。

 後ろに飛びつつギアスを開放させる。
 そうとも。この間合いこそ、俺のギアスがもっとも上手く機能する距離。相手がどのようなギアスだろうと俺のギアスのほうが早く効果を発揮するはず。

「待ってルルーシュ!」

 だが勝ち誇るように絶対遵守の命令を発声しようとした矢先、突然梨花の制止の声が入った。

「私は貴方とやり合うつもりはないわ!」
「……どうかな。そう信用させた所で不意を突くんじゃないのか?」

 時間稼ぎかもしれないとも思った。だが、いつでもギアスを放てる余裕からこの時の俺は梨花との会話に乗っていた。

「誓ってそんなことはしないわ。むしろ貴方のそのギアスで洗脳されないか怖いのは私のほうよ」
「ふん、こちらの手の内はすべて知られているということか」
「ええ、けれど何度も言うように貴方とやり合う気はないわ。だって戦う理由がないじゃない」

 戦う理由がない。本当にそうだろうか?
 梨花に対しての疑惑の炎が一気に燃え上がる。

「お前がギアス能力を使ってオヤシロさまの祟りを引き起こしていると考えれば理由は十分だ。次の標的はこの俺なんだろう?」

 自問自答の末、梨花の言い分を否定してそれとなく誘導する。すると梨花は顔を真っ青にして神妙な面持ちで聞き返してきた。

「……貴方、まさか発症しているわけじゃないわよね……?」
「一体何のことだ」

 発症……。病院に行かない限り普段はあまり耳にしない単語だ。そのワードについて思いを巡らせてみたが、今優先すべきことはそれではないと考え直し、途中で思考を打ち切った。
 梨花を注意深く観察する。もし彼女が少しでも不審な動きを見せたら迷わずギアスを使うつもりだった。

「その腕の傷……掻いたのね?」
「なに?」

 梨花に指摘されて腕に視線を移すと、右腕に引っかき傷が乱雑に刻印されていることに気がついた。
 おかしい。先程までこんなものはなかったのに。
 いつの間にか掻き毟っていた……?
 引っかき傷はすでにミミズ腫れとなっており、糸状に赤く膨れて血が滲んでいる。それを視認するなり、腕が強烈に疼き出した。遮二無二掻き毟る。
 まずい、このまま掻き続ければ重要な血管までも傷つけることになる……。それが分かっていながら自傷行為を止めることが出来ない。

「くっ……どうして急に腕が……。まさかこれがお前のギアスか?!」
「やっぱり……発症しているのね」

 俺は梨花をきつく睨みつけると、冷静さを欠いたまま厳しく追及した。

「発症とは何だ?! 答えろ!」

 このままではギアスで梨花を殺したとしても共倒れになる。ナナリーのためにも俺はまだ死ねない。何も分からず殺されるなど願い下げだった。


   ***


 梨花は酷く落胆した様子でため息を一つ吐くと重い口を開いた。

「……まず、貴方の腕の痒みは私のギアス能力のせいではないわ。原因はこの土地に古くからある風土病」
「風土病だと?」

「ええ、貴方が発症している病は雛見沢症候群と呼ばれている。発症者は疑心暗鬼に駆られて周囲の言葉に耳を貸そうとしなくなる。次第に幻覚を見るようになり、身体の随所に痒みを覚え……いずれは凶行に走って絶命する。だから貴方は一刻も早く処置を受けるべきなのよ」

「そんな話、信じられるものか」

 病気ならば発病前に何かしら兆候が見られるはずだ。だがこの痒みは梨花と会話をしている間に突然起こった。
 梨花の話がまったくのデタラメで、コイツのギアス能力のせいだと考えるのが一番妥当だ。

「そうでしょうね……。一度発症して私の話をちゃんと聞いてくれた人は今まで誰もいないもの。……この世界には期待していたのだけど、こうなっては終り、ね」

 梨花は呟くように言ってポケットから何かを取り出す。
 あれは、注射だろうか?

「これは貴方の痒みを止めることが出来る治療薬。もし使いたければあげるわ……。ま、信じる信じないは貴方が決めることだけど」

 梨花は注射を指で玩びながら、さらに続けた。

「それでも最後にもう一度だけ。貴方の友人として説得させて欲しい」

 ――――その表情はなんと悲痛なものだろうか……。心がずきりと痛む。
 いや、騙されるな。これは情に訴える梨花の作戦だ。
 注射の中身は治療薬なんかではなく、おそらく俺を絶命させるための毒薬に違いない。

 しかし――もしも梨花の言葉が本当に――――だったら……?

 馬鹿……甘い考えは止めろ。

 目の前にいるのは仲間なんかじゃない、俺を殺そうとしている敵ではないか。
 そうだ、敵だ。敵だ。敵だ……。頭の中でその言葉だけがぐるぐると暴れまわる。
 既にギアスの先制攻撃を受けている。もはや確定的なはずだろう?

 だが――――でも……。

 信じたいのに、信じられないまま……唇をぎゅっと噛み締めて梨花の言葉に耳を傾ける。

「私は貴方の敵ではない。考えてもみてよ……。私が沙都子を助けてくれた恩人の貴方を殺す理由がどこにあるっていうの。ルルーシュ、お願い――私を、信じてよっ……」

 梨花の瞳からは一抹の涙が零れ落ちる。俺は無意識にそれを目で追った。
 彼女の涙は夕焼け色に煌きながら、すうっと地面に溶けてすぐに見えなくなった。その一瞬の情景が酷く心に残り、胸を強く締め付けた。
 俺は――――。

「……駄目だ。信じられない」
「そう、よね……。知ってたわ」

 俺の答えを予見していたのか、梨花は至極簡単に諦めの色を見せた。それでも肩はうな垂れ、失望した様子がありありと見て取れる。しかし、そんな態度を取られても到底信じられるわけがないのだ。
 だから俺は梨花の瞳を覗き込み、彼女に対して絶対遵守の力を発動させた。

「古手梨花に命じる。お前は――――」


   ***


 呆然と立ち尽くした俺の手には、梨花からもらい受けた注射が使用済みの状態で握られていた。
 俺は自らの取った選択を振り返った。
 疑心暗鬼に取り付かれた俺が取った行動は、仲間に対してギアスを使用することだった。

 遵守内容は腕の痒みを止める手段を提供させること。ギアス能力は絶対であり、嘘をつくことができない。それが疑心に狂った俺の命綱となった。

 ギアスに心を奪われた梨花は一瞬見動きを止めた後、すぐさま俺に注射を手渡してきた。
 受け取った注射を打つと腕の痒みはぴたりと止まり、頭は霞が晴れたように鮮明になった。この時ようやく俺は梨花の言うことが真実であり、自らが雛見沢の奇病とやらに感染していた事実を認識できた。

「しかし病気に侵されていたとはいえ仲間を疑ってしまうとは……」

 梨花は未だギアスの効果によって放心状態だ。しばらくすれば開放されると思うが……ギアスに保証はない。最悪このままかもしれないと思うと、仲間に対しギアスを使ってしまったという強い後悔と自己嫌悪が募る。

「……ルルー、シュ……?」

 意識が戻り、俺の名を呼ぶ梨花。何が起こったのか分からず酷く困惑しているようだ。
 そんな梨花の様子にほっと安堵のため息をついたものの、俺はすぐさま謝罪の言葉を口にした。

「……すまない梨花、ギアス能力を使わせてもらった。あの場合そうせざるを得なかった……」
「ルルーシュ…………いえ、良くやってくれたわ」
「……怒らないのか?」

 泣き笑いの表情を浮かべながら、梨花はふるふると首を横に振った。

「そんなわけないじゃない。ギアスで殺されるか、操り人形にされるか。いずれにしろ貴方を正気に戻すことは叶わないと思ってたもの」

 梨花はそこで一旦言葉を切って表情を真顔に戻すと俺に問う。

「それで……貴方の雛見沢症候群のほうは治まったと考えていいのね?」

 激しかった腕の痒みは収束し、疑心の炎は消え去っている。もう平気だろう。自分の体調を分析してから言葉を返した。

「ああ、問題ない。疑ってすまなかった、お前の話は真実だったんだな」
「よかった……」

 梨花は気が抜けたのかその場にぺたりと座り込んだ。

「それで? 自らの正体を明かして一体どういうつもりだ。まさかギアスユーザー同士の同窓会ってわけでもあるまい」
「ええ、違うわ。これから貴方の力を借りる上でお互いの秘密は共有すべきかと思ったのよ。もっとも、そのせいで大変なことになるところだったのだけど」
「力を借りるだと?」

 梨花は深く頷いてから言葉を連ねた。

「そうよ、ルルーシュ。貴方がこんなにも力強く心優しい人間としてこの雛見沢に来たのは今回が初めて。私はこのチャンスを逃したくはなかった」
「……どういう意味だろうか」

 俺の問いかけを聞いているのかいないのか、梨花は独りごちるように言葉を紡ぎ続けた。

「今までの貴方なら、まず沙都子を助けようなどと考えはしなかった。ルルーシュ・ランペルージにとって仲間は退屈な日常を紛らわすためだけの存在であり――例え仲間が危機に陥っても対岸の火事を見ているかのように、ああそうかと思うだけだったはず。何が貴方をここまで変えたのか分からない。けれど……ただ一点、私にはこの世界が奇跡であると分かる」

「梨花、話が見えない。順序立てて説明してもらおうか」
「そうね、ごめんなさい。さて……どこから話せばいいのかしら」

 梨花は自分の置かれている立場を淡々と話し始めた。


   ***


 梨花の話はとても常識では考えられない話だった。超常の力――ギアスを得ていなかったならおそらく俺自身、耳を傾けなかっただろう。だから梨花が事前に自分が能力者であることを俺に打ち明けたのは、紆余曲折あったにせよ、今なら正しい選択であったといえた。

 まず梨花のギアス能力について説明を受けた。
 彼女の能力は世界再起のギアス。時間を過去へと巻き戻し、世界のやり直しが出来る能力らしい。
 それが事実であるなら、考えうる限り最強のギアス能力だ。俺などのギアスではまるで歯が立たないだろう。
 確かに俺のギアスは発動さえすれば必殺の力がある。しかしそれも一なる世界ならばではだ。百の世界、千の世界なんてものを持ち出されては敵うわけがなかった。

 ただ、そんな最強の能力にも弱みはあるらしい。発動が死の瞬間にだけ固定されており、いつでもというわけにはいかないようだ。
 また、死から2・3日の記憶が混濁するようで自らの死の状況が今ひとつ要領を得なかった。
 つまり犯人・殺害動機共に不明。それ故に、彼女は綿流しの日の数日後に――おそらく連続怪死事件の関係で――必ず殺され、そのギアスの力で何度も同じ時間を繰り返していた。
 それから連続怪死事件には雛見沢症候群が密接に関係していると聞かされた。

「雛見沢症候群だったか。雛見沢に昔からある風土病といってたな」
「ええ。もっとも、正式な名称はなくて地名を取ってそう呼ばれているだけなのだけど」

 元凶はこの土地に生息する、ある寄生型病原菌。それが人間の脳に寄生し、宿主を疑心暗鬼に取り付かせる。最後には発狂させ、宿主を凶行に駆り立てるという。
 その病原菌は空気感染で広がり、雛見沢に住む者は全員感染しているそうだ。
 たしかにこれならば、ギアスなんて力を使わなくとも連続怪死事件の全てに説明がつく。……サクラダイト発掘会社のバラバラ殺人事件にも。沙都子の叔母撲殺事件にも。
 梨花から話を粗方聞き終え、俺はため息混じりに口を開いた。

「すると、雛見沢連続怪死事件は連続していなかった?」
「ええ、連続怪死事件は決して連続しているわけではなく、おそらくは雛見沢症候群が引き起こした個々の悲劇に過ぎない」

 個々の悲劇か。一つ間違えれば俺もそれに名を連ねてたというわけだ。 錯乱して周りの人間に危害を加え、何も分からずに絶命する……。そんな光景が頭に浮かんで背筋が凍った。

「……待て。連続怪死事件は雛見沢症候群による個別の事件といったな。ならばお前自身の死もそれが原因なのだろうか?」
「それもなかったわけじゃないけれど……」

 俺の疑問に梨花は言葉を渋る。梨花自身考えあぐねているようだ。

「けれど、何だ?」
「私は、真犯人は雛見沢症候群を発症していない人間だと思う。私の殺害は大抵、生きたまま腸を引きずり出されて行われるのだから」

「分からないな。お前の死に雛見沢症候群が直接関与していないとする理由は?」

「殺害手順が同じということはつまり、同じ人物が同じ時期に発症して私を殺しに来るという話になるからよ。 ところが今の雛見沢症候群の病原性は昔のそれと比べると著しく弱体化してるの。発症なんて稀なはず。 貴方自身発症したから説得力はないでしょうけど、毎回そう都合よく同一人物が雛見沢症候群を発症させ、私を殺しに来るとは考えられない」

「なるほどな。そこには雛見沢症候群の発病などという偶発的なものではなく、何者かの意思が確かに介入しているというわけだ」
「そうなるわ。そして例外なく起こる死は私だけではないの」
「というと?」

「今年は、毎年綿流しの日になると現れる富竹という男と入江診療所の鷹野という女が殺される。当初、私は自分の命ばかり考えてた。けど、しばらくして彼らの死が私の死に直結していることに気がついた。私が助かるためには彼らにも生きてもらわなくてはならない」

 それから梨花は雛見沢症状群を研究する組織――東京――が存在する事実を明かした。
 富竹と鷹野はその組織の一員で、日本がブリタニアに敗戦した後も変わらず雛見沢症候群を根絶させようとしているそうだ。
 梨花は自らの体内に雛見沢症候群の親玉を飼っていると告げる。話を聞く限り、その組織にとって彼女は女王感染者と呼ばれる存在であり、極めて重要人物らしい。
 富竹と鷹野は研究の存続のため、梨花に危険が及べば守らなくてはならない立場にいる。
 二人を殺す理由は単純明快。梨花を殺すために二人が邪魔なのだろう。

「――と、話が長くなったけど、私が言いたいことは一つしかないわ。ルルーシュ、貴方の力を借りたい。協力してくれるかしら」
「ああ、勿論だ。絶対にお前を死なせはしない」





[35460] 第十二話
Name: 海砂◆ae35f1b3 ID:743be759
Date: 2015/12/08 00:56
【12】

「あ、こんな所にいたー! ルル! 梨花ちゃん!」
 硬い握手を交わす俺たちの元に遠方からの魅音の呼び声が届く。
 魅音は肩で息をしながらこちらに駆け寄ってくる。
「どうした、魅音?」
 俺が涼しい顔で訊ね聞くと、魅音は口をあんぐりと開けて非難の声を上げた。
「どうしたじゃないよっ、沙都子が無事救出されたって連絡が着たからルルたちにも知らせようと思ったのに、あんた達どこにもいないじゃん! まったくもーっ、何やってんのこんなとこで! 散々探したよ!」
「ああ、そいつはすまない。で、沙都子は今どこにいる?」
「それがね、鉄平に相当痛めつけられたらしくて、今は入江診療所で怪我の治療をしているみたいだよ」
「沙都子は大丈夫なのですか?!」
 梨花の甲高い声が辺りに響く。
 魅音はそれを聞くと深く頷いて微笑を浮かべた。
「平気だよ、本人はいたって元気。今は憑き物が落ちたようにけろりとしてるよ」
「そう……良かったのです」
 梨花がほっと安堵のため息をつく傍らで、俺も顔を綻ばせた。
「レナは一足先に診療所に行ってる。私たちも行くよ!」
 どうやら魅音は沙都子の容態を人づてに聞いただけのようだ。早く自分の目で確認したいのだろう。魅音が俺たちを急き立てる。
「ルルーシュ、行きましょう!」
 梨花の言葉に頷くと、俺は梨花と共に魅音の背を追いかけるように診療所へ向かった。

  ***

 しばらく小走りで駆けた後、ようやく診療所へと到着した。
 園崎本家からここまで幾らか距離ある。沙都子の安否が気になり、慣れない運動をしたためか身体は熱り、背中はびっしょりと汗ばんでいた。
 自動ドアをくぐるとエアコンのひんやりとした空気が心地よく身体に吹き付ける。するとうだるような暑さが嘘のように退いていった。
 乱れた呼吸を整えて、診療所内を見渡してから魅音に訊ねた。
「沙都子の病室は?」
「ごめん、ちょっと受付で聞いてみるよ。そこまでは電話で教えてもらってないんだ」
「なら僕も一緒に行きますです」
 そう言うと魅音と梨花は受付の白衣の女性に近寄っていった。
 遠目で女の顔を確認する。
 あれは……鷹野か。一見普通のナースに見えるが、たしか彼女もまた入江や診療所のスタッフと共にこの診療所で雛見沢症候群の研究をしているんだったな。
 あまり気が進まないが、近いうち彼女にも話を聞いておくべきだろう。
「ルル、何ぼけっとしているのさ」
「はい……?」
 気がつくとすでに魅音らは受付から戻って来ていたようだ。無意識のうちに呆けた返事をしてしまう。
 そんな俺に対して、魅音は責めるように口を尖らせた。
「もうっ、しっかりしてよ。沙都子はこの奥の個室だって言ってんの!」
「あ、ああ、了解した」
「まったく。ルルはちょっとマイペース過ぎだよ。私は先に行くからね!」
「あ、おいっ」
 魅音は呼び止めの言葉も空しく、一人慌しい様子で診療所の奥へと姿を消していった。
 その場には梨花と俺だけが取り残される。
 最初に口を開いたのは梨花だった。
「ルルーシュ、沙都子が気になるわ。私たちも行きましょう」
「ああ、そうしよう。だが俺はその前にしておきたいことがある。悪いが先に一人で行っていてくれないか?」
 梨花は不思議そうに首を傾げ、たまらず聞き返してきた。
「しておきたいことって何よ?」
「……俺は先ほど雛見沢症候群の急性発症を起こしかけた。俺にはこのままでいいとはどうしても思えない」
 周囲を確認後、声を落として梨花に囁く。
「? 貴方が打った注射――C120は雛見沢症候群の病原性を急速に沈静化させ、無害なレベルまで引き下げる効果を持っているわ。手遅れなケースも当然あるけれど、貴方の場合はもう心配しなくても平気そうだけど?」
「いいや。念のために専門家の判断を仰いだほうがいい」
 俺はあっさりと首を横に振る。梨花は大丈夫だと言っているが、素人判断で病状の良し悪しを決め付けるわけにはいかないだろう。梨花に頼み、入江に病状の検査をしてもらうことにした。
 梨花の話によるとすでに短時間で結果が出る簡易検査も確立されているようなので、梨花の死を回避するために動ける時間もそんなに減るわけではない。
 それに何も検査だけのためにわざわざ入江と接触したいわけではないことも合わせて伝える。
 彼から直接、雛見沢症候群の話を聞かせてもらうつもりだ。
 そう俺が豪語すると梨花は表情を少し曇らせた。
「果たして正直に話してくれるかしら……」
「なんだ、えらく弱気だな?」
「だって、雛見沢症候群の存在はこれまで隠匿され続けてきたんだもの。簡単に答えてくれるとは思えない。最悪、秘密を知る者は東京によって消されるかも知れないのよ……」
「そんなに難しく考えるな。大丈夫、入江ならばきっと快く話をしてくれるだろうさ」
「その根拠は?」
 梨花に聞かれて俺は即答した。
「入江は変人だが、正しく医者だ。彼の性格からしても一度急性発症を起こしている俺を、放っておくことはしないだろう」
 そう……。これから先、俺はいつ雛見沢症候群を再発させてもおかしくはないのだ。
 隠匿されてきた病とはいえ、患者にとって自らの病気を知るのは大事なことだと、入江なら考えるはず。
「ならいいのだけど……でも」
 梨花はまだ納得いかないようだ。
 そんな彼女の頭を軽く撫でると、俺は不敵に笑った。
「心配は無用だ。もし入江が非協力的な態度を取ったなら、こちらもギアスの使用を辞さないさ」

  ***

 梨花が沙都子の病室に入って、しばらく時間を置いてから俺は病室の入り口から室内を覗き込んだ。
 事前に聞いていた通り、沙都子は頗る元気そうだった。皆に対して何やら申し訳なさそうな笑顔を浮かべていたが、それでも彼女の安否を確認出来たことに安堵のため息を漏らす。
 納得すると室内へは入らず、ワイワイと雑談に興じる皆に気づかれぬよう一人踵を返した。
 入江と接触するため受付にて診療の手続きをする。病室に行く前に梨花が自分も付き添うと言ってくれたが、沙都子と話したいことがあるだろうと思い、俺はその申し出をきっぱりと断っていた。
 受付での鷹野との会話は二三やり取りをするだけの簡単なもので済まし、待合室の長椅子に腰をかける。清潔感のある真っ白な天井を見上げて一息をついた。
 ……しかし、まさか先日俺が風邪で通院した診療所が謎の奇病の研究をする施設だとは思わなかったな。たしかにひなびた寒村の診療所にしては立派過ぎるとは思っていたが……。そんなことを今更ながら考える。
 三人ほど別の名前が呼ばれた後、自分の番が来る。椅子から立ち上がって診療室へと足を運んだ。
「ランペルージさん。大活躍だったそうじゃないですか」
 診療室に入った早々に入江からそんな言葉をかけられて、俺は呆けた声を上げた。
「はい?」
「またまた。沙都子ちゃんの件ですよ。聞きましたよ、なんでもあの園崎お魎さんを説き伏せたとか」
「ああ、そのことですか。いえ、説得なんてそんな。ただお願いを聞いてもらっただけですよ」
 もっとも、お魎に拒否権はなかったがな。心中でほくそ笑み、入江の前に置かれた背もたれのない丸椅子に近寄る。
「あ、どうぞおかけください」
「失礼します」
 俺は入江に促されて丸椅子に座る。
 そんな俺を前にして入江はうな垂れた。
「しかし、沙都子ちゃんがここに運び込まれた時は本当に驚きました……。まさか彼女がそのような状況に置かれていたとは……」
「無理もないですよ。担任の知恵先生ですらこの間まで知らなかったことですから」
 珍しく真顔で悔いている入江に対して慰めの言葉をかける。
 それにも入江は難色を示す。
「いえ、しかし……私は恥ずかしい……。日頃から沙都子ちゃんために何かしたいと思っていながら、ここぞという時に何も出来なかった……。だから私は……」
 しばらく入江による懺悔が続く。
 俺は一通りそれを聞き終えると、首を横に振って言葉を投げかけた。
「入江先生、それは間違っている」
「え?」
 入江はきょとんとしてただ俺の次なる言葉を待っていた。
「貴方は何も出来なかったというが、沙都子のために最善の治療をしてくれたじゃないですか」
「それは……医者として当然のことをしただけで……。なにも、沙都子ちゃんだから特別というわけではありません」
 俺は再び首を横に振ると同時に入江の手を握り締め、ぽつりと言った。
「その当然に感謝します」
「え?」
 顔を上げ、きょとんとする入江。彼に対して言葉を続ける。
「その当然が出来ない、そんな村のしがらみが沙都子を苦しめていた。なのに貴方は医者としてそれを当然と言ってのけた。ならば貴方は出来たんだ。言い切ってもいい。もし仮に今回の件を貴方が知っていたなら、貴方は沙都子を助けるために少しも協力を惜しまなかった」
「ランペルージさん……」
 入江は身体を震わせ、一抹の涙を零した。その様子を見られまいと、白衣で隠すようにして涙を拭うとすっと立ち上がった。
「……ちょっとコーヒーを持ってきますね。待っていてください」
 そう震えた声で言うと返事も待たずに診療室を出て行く。
 俺はその後姿を黙って見送った。

  ***

 数分後、コーヒーの香りを漂わせて入江は診療室に戻ってきた。手には二人分のコーヒーカップを乗せたトレイを持っている。
「インスタントで申し訳ないのですがどうぞ」
「ありがとうございます」
 カップを一つ、火傷に気をつけながら受け取る。
 エアコンの心地よい冷風もそろそろ肌寒く感じてきたところなので、温かいコーヒーだったのがとても嬉しい。ありがたくカップを口に運んだ。
 入江は一度コーヒーを啜ると、それから遠慮がちに口を開いた。
「ところで……今日はどんなご用件で? もしやまだ風邪が治られてないとか」
「いえ、今日は別件です」
「別件?」
 怪訝な顔で聞いてくる入江。さてどう話を切り出すべきか……。
 しばらく思案した後、結局単刀直入に聞くのがベストだという考えに至り、入江に詰問する。
「雛見沢症候群について分かることを教えていただきたい」
「なっ……」
 入江は俺の口からそんな話題が飛び出すなどまったく予想だにしていなかったのだろう。驚きで声を失っていた。
 それでも必死に誤魔化すように稚拙ながら言葉を紡いだ。
「な、なんですか? その雛見沢症候群とは一体……?」
 入江は視線を逸らし、机に置かれたカルテを手に取った。
「すみません、急な仕事を思い出したのでお引取り願えますか」
 俺の返事も待たずに捲し立てるように言葉を連ねる入江。その表情にはあからさまな焦りが見え隠れしていた。
 俺は間髪いれずに首を横に振り入江を追い詰めた。
「妙な誤魔化しは無用です。粗方のことは梨花から話を聞いて知っていますから」
「え、古手さんから、ですか……?」
「ええ。ですから入江先生、あまり手間を取らせないで欲しい」
 入江は梨花の名を出され、観念したようだ。深いため息を付くと、徐に二口目のコーヒーを口に運び入れた。
「どこまでご存知なんです……?」
「その問答に意味はないでしょう」
「そう、ですね。……では、逆にお尋ねします。何故古手さんは貴方にその話をされたんですか?」
「それは――――」
 入江の疑問に対して一呼吸置くと、俺は自らが発症に至るまでの経緯をこと細かく打ち明けた。

  ***

 俺は一部始終を――勿論ギアスの件は伏せているので全てというわけではないが――入江に淡々と話して聞かせた。その間入江は相槌以外ずっと無言だった。
 話が一段落着くと、すぐに簡易検査をする事となった。
 検査は実に単純なもので、採血をして血中のアレルギー物質の濃度を測り取り、試薬との反応を見るといったものだった。場所は極普通の診療室でひっそりと行われた。
 本当なら地下に存在する雛見沢症候群専用の研究施設で検査したいようだったが、鷹野に知られると面倒になるとのことで入江は諦めたようだ。
 梨花から鷹野は東京の監視員と聞いていた。主な任務は入江機関の監視だが、同時に雛見沢症候群の存在の隠蔽も行っている。
 山狗という不正規部隊を率いて、機密保持のためなら如何なる手段も躊躇なく使用し、情報漏洩の危険を排除する。その中には当然というべきか殺人も含まれるそうだ。
 だから、鷹野から情報を得る際には大事を取ってギアスを使おうと思っていた。
 それに対して、入江は雛見沢症候群について他言しないことを条件に何のリスクもなく質問に応じてくれるので都合が良かった。検査の間、俺は思いつく限りあらゆる疑問を投げかけていた。
「――ええ、そうです。古手さんが女王感染者と呼ばれ、研究対象として大変重要な人物であるのは本当です。
 事実、彼女の協力によって雛見沢症候群の研究は大きな躍進を遂げました。貴方の使用したC120も彼女がいなければまず完成には至らなかったでしょう」
 入江は治療薬の進歩を梨花のおかげと言う。そこには自分の手柄だという慢心は一切見えない。改めて入江の人の良さを垣間見た気がした。 
「それでは梨花が死ぬと村人が一斉に急性発症を起こすというのも事実なんですね?」
「そんなことも知っているんですね……。ええ、その通りです。
 もし仮に古手さん……いえ、女王感染者が何らかの理由で死亡するようなことがあれば、全ての感染者が48時間以内にL5急性発症を起こし、暴徒と化した人々で雛見沢は生き地獄になります。
 ……隣人を憎しみ疑い、昨日まで食事を囲んで笑い合っていた家族さえ信じることが出来なくなって殺し合う。想像するだけでも恐ろしい未曾有の生物災害となるでしょう」
 入江は試薬を秤量する手を止めて、一気に捲し立てる。
 事前に梨花からその話をされていたものの、俺は入江の口から物語られる凄惨な光景を想像してぞっとした。

  ***

 入江は一度静かに口を結び、再び口を開いた。 
「ですが、それはまず起こりません」
「何故です?」
「そういう事態に備えて緊急マニュアルというものがあるんです」
「緊急マニュアル?」
 それは初耳だった。おそらく梨花も知らない情報だろう。詳しく聞く必要がある。
 入江は表情をさらに強張らせた。
「……これは、古手さんにとって刺激の強い話です。彼女にも内緒にすると約束……いえ、誓ってください」
「ええ、分かりました。誓います」
 強く念を押してくる入江に俺は深く頷いた。
 無論そのような約束は反故だ。入江には悪いが梨花とは協力体制を取っているのだから、どんな気分を害する情報であれ伝える必要があるし、中には梨花が知ることによって初めて意味を持つ情報もあるだろう。
 入江は俺が即答したことに誠実さを感じたのか、こくりと頷き返し、ゆっくりと話し始めた。
「先ほどお話した通り、女王感染者は云わば爆弾の導火線なんです。その爆弾は爆発すれば恐ろしい事態が起きてしまう。……それを非人道的に処理するのが通称、滅菌作戦と呼ばれる措置です」
「非人道的に処理? ……っ、入江先生それはまさか!」
 入江はわざと言葉を選んで直接的な表現を避けているが、俺には彼の言いたいことが十分すぎるほど理解できた。
 入江は何を言うでもなく、ただ深く頷いて俺の想像を肯定する。その様子を見て取って、俺はある種の絶望を抱かずを得なかった。
 やはり非人道的な処理方法とはそういうことなのか……。
 もし仮に爆弾が破裂すると大変なことが起きると分かっているならば、爆発する前にその問題の爆弾を摘出してしまえばいい。
 摘出とはつまり……感染者の完全な消去。皆殺し。大虐殺となるわけだ。
 緊急マニュアル三十四号――滅菌作戦とやらが発動すれば、誰が何をしようと間違いなく雛見沢は終わる……。
 いや、ここは恐れ慄いている場合じゃないはずだ。梨花殺害の動機は十中八九この件が関係している。未だ動機は不明だが、上手くいけば梨花殺害の犯人の正体に近づけるかもしれないのだから。
「もしその事態が起きたとして、得する人間はいませんか?」
 俺は思い切って、さらに踏み込んだ質問をする。それは動機の追究。子供向けの漫画やアニメならともかく、こんなテロレベルの事件を起こしてただ喜ぶのが目的の悪人など現実には存在しない。そこには確かに何らかの利益、理由があるはずだ。
 しかし入江は驚き顔で即答した。
「まさか、そんな人間がいるはずありません」
「では質問を変えましょう。その緊急マニュアル、滅菌作戦の内容を熟知している人間を教えてくれませんか」
 そう訊ねると突然入江は重苦しい表情で押し黙った。 どうしたことかと不思議に思っていると、入江は鋭い目つきでこちらを窺ってきた。
「……おかしいですね、ランペルージさん」
「何が、です……?」
「貴方は再発を防ぐために雛見沢症候群について知りたいと言った。ですが思い返せば、貴方が聞いてくることは先ほどから対症療法とは関係ないことばかり。どうしてですか」
 入江は俺を値踏みするように見据える。
「いや、それは……」
 しまったと思った。情報を引き出すことばかりに夢中になり、疑いの目を向けられる危険を考えていなかったのだ。
 もし入江に嫌疑――どこかの諜報員かそれに順ずる何かの容疑――をかけられようものなら、遅かれ早かれその疑いは鷹野の知る所となり、疑わしきはクロのルールに従って俺は鬼隠しにされてしまうことも十分ありえる。
 何とか誤魔化さなければ……。嫌な汗が頬を伝った。
 
  ***

適切な言い訳が思いつかず、沈黙のまま時が経過する。
 そもそもこうなってしまったなら、どのような言葉も無意味なのだろう。意味があるとしたらギアスによる絶対遵守の命令しかない。
 正直入江にはギアスを使いたくない……がそう言っていられる状況か……?
 ……っ、やはり使うしか……。
 そう覚悟し、ギアスを開放させようとした矢先に入江が首を横に振る。
「いえ、今のは忘れてください」
「はい?」
 間抜けにも口をぽかんと開けてしまう俺。
 入江は気にせず続けた。
「私は沙都子ちゃんを救ってくれたランペルージさんを信じます。
 貴方がどういう理由で雛見沢症候群に興味があろうと、そこに悪意があるとは思えない。だからすべてお話しましょう」
「入江先生……」
 どこまで人が良いのだ、この人は。思わず俺は苦笑する。
 それとも、ここは沙都子に感謝すべきか。
 沙都子には悪いが、あいつが鉄平に虐待を受け救出することがなければ、ブリタニア人の俺が入江とここまで友好的にはなることはおそらくなかっただろうしな。
「さて。ランペルージさん、検査のほうは済みましたよ。
 一時的にL4になったような抗体反応が見られましたが、素早いC120の使用が良かったんでしょうね。現在はL2に落ち着いています。もう大丈夫ですよ」
「そうですか、ありがとうございます」
「ただ再発の可能性が通常の潜伏患者よりも若干高くなっています。毎日十分な睡眠を摂り、ストレスを溜めないことを心がけてくださいね」
「ええ、分かりました。気をつけます」
 とりあえずは一安心といったところか。だがベッドでの睡眠時間を削り、居眠りで補っている俺にとってはつらい心がけになりそうだ。

  ***

 入江は検査道具を片付けながら先ほどの質問に答え始めた。
「緊急マニュアル34号の存在を知っている人物でしたね? それだとかなりの人数になりますが」
「では入江先生が思いつく限りで構いません」
「ん……そうですか、分かりました」
 入江が頷き、順に名前を上げていく。入江自身、富竹、鷹野、山狗の隊員――。
「それと、キョウト六家の関係者ですかね」
「え……? ちょっと待ってください!」
 動揺から自然と声のトーンが大きくなってしまう。俺は慌てて自制した。
「……キョウトですって? "東京"の間違いではなく?」
「いえ、キョウトであってますが」
 入江はそう応えてから独りごちるように言った。 
「そうか……梨花さんは東京がもはや存在しないことを知らない。だからランペルージさんが知らないのも無理はないかもしれませんね」
「どういうことです?」
「東京は、日本がエリア11と名を変えてブリタニア帝国の属領になった際に解体を余儀なくされました。
 この時、後ろ盾を失くした入江機関の存続も危ぶまれましたが、東京の代わりに無償で資金を提供してくださったのがキョウト六家だったのです」
 そんな馬鹿な。キョウトが無償で資金を提供するなんてありえない。何か裏があるに決まっている。
「無償……それは本当ですか?」
 俺が怪訝そうに尋ねると入江は首を傾げた。
「ええ、本当ですが。……何か目的があると?」
 キョウトはブリタニアから日本を取り戻そうと暗躍、活動している。
 日本解放戦線のようなテロ組織や黒の騎士団に資金を提供するのに手一杯で、そんな誰も知らないような奇病の根絶に割く資金などないはずだ。
 もし仮に資金に余裕があっても無償など考えられない。何か目的があるとしか思えなかった。それもおそらく軍事目的の……。
 別にキョウトの思惑を想像するのは大して難しくはなかった。ただ理解することは俺にはできそうになかった。
「キョウトは雛見沢症候群を生物兵器として軍事利用するつもりでは?」
「それはありえません。過去にはそういう研究を為されていたこともありますが、現在は治療薬等のポジティブなものしか扱っていません」
 だろうな。生物兵器の研究を代償にしてまで資金を得ようなどと入江のような人間が考えるはずがない。
 となると表向きは入江が治療法の研究を、裏ではおそらく別の人間が入江の目を盗んで生物兵器の研究を進めているといったところだろう。
 雛見沢症候群の研究に携わっている人間で怪しい人間は……?
 ……今のところ鷹野だろうか。梨花の話では綿流しの日に殺されるとのことだったが、偽装死の可能性も十二分にある。
 勿論キョウトから派遣された人間が入江診療所とは別の場所で研究をしている可能性も否定できない。
 だが生物兵器の性能をまず第一に考えたなら、東京が解体される以前から入江機関に属して雛見沢症候群を研究している人間にコンタクトを取るほうが都合がいいはずだ。
 そうなると鷹野の手駒の山狗や仲間の富竹という男も怪しく思えてくる。
 ……悪い兆候だ。雛見沢症候群の再発の危険性を思うと、あまり深くは考えないほうがよさそうだ。
 疑心は必要最低限に止めなければならない。俺のように頭で考えてから行動する人間には雛見沢症候群は最大の敵なのだと今更ながらに痛感する。
 こういう時は一人で悩むのはまずいな。梨花に意見を求めることにしよう。
「今日はありがとうございました。そろそろ沙都子の病室に行きますのでこれで失礼します」
「ええ、そうしてあげて下さい」
 俺はすっと席を立つと、入江に会釈をして診療室を後にした。







[35460] 第十三話
Name: 海砂◆ae35f1b3 ID:743be759
Date: 2015/12/08 01:01
【13】

 診療室を出た足でそのまま沙都子の病室へと向かう。人気のない廊下を早歩きで進んだ。
 時刻は午後の六時半過ぎ。陽はほとんど落ち、窓の向こうでは暗闇が世界の統治を厳かに始めている。
 想定していたよりも入江と長く話してしまったな……。いくらなんでももう皆は帰ってしまっているだろう……――と思っていたのだが、予想に反して一人も欠けることなく全員が沙都子の病室に留まっていた。
「あ、ルルーシュくん! 今までどこに行ってたの?」
 レナがまず最初に俺の姿に気がつき、それに応じて皆が振り向く。
 視線が一斉に俺のほうへ集まってきて少し気まずい。
「あ、ああ。ちょっと入江先生に用があってな」
「入江先生に? 何の用かな、かな?」
「どうせ沙都子そっちのけで監督とメイド服談義でもしてたんじゃないの~? くっくっく!」
 魅音がお決まりのように囃し立てる。
 俺にそのような趣味はない! と言い返したかったが、墓穴を掘ることになりかねないので無視を決め込むことにした。
 ベッドで上半身を起こして、俺たちのやり取りを見てぎこちなく笑う沙都子に視線を移す。
「沙都子、大丈夫だったか?」
「ええ、ルルーシュさん……私は、大丈夫でしてよ。でも」
 いきなり沙都子が俺の手を鷲掴んだ。思わずぎょっとする。
「この手のひらの傷……どうされたんですの?」
 沙都子にそう聞かれて魅音のほうを一瞥する。
 魅音が微かに首を横に振るのが見えた。沙都子には内緒にしておけって事だろう。
 分かっている、沙都子に自分のせいで俺が傷ついたなんて余計な罪悪感を背負わせるわけにはいかないからな。
 さも不敵そうに笑って空惚けることにした。
「何のことだ? これは気まぐれで自炊して出来た怪我なんだが」
「そうそう、ルルって意外に不器用でさー! 今度またルルが自炊しなくちゃならなくなったら沙都子が手料理でも作ってやんなよ」
「さ、沙都子ちゃんの手料理……はぅ~っ! お~持ち帰りぃ♪」
「駄目なのですよ、沙都子の料理は僕が未来永劫独り占めなのです。にぱー☆」
 俺のついた嘘に魅音らが調子を合わせてくれる。ナイスフォローだ。と言いたい所だが、親指を立てながらウィンクするのは止めとけ。
 そんな一見楽しそうなやり取りの中、沙都子は真顔のまま首を横に振った。
「皆さん誤魔化さなくてよろしくてよ。私、全て知っているんですから。ルルーシュさんのその怪我は、私のために負った刀傷なのでございましょう?」
 全部ばれてるじゃないか。俺は舌打ちをしながら魅音を睨みつける。すると魅音はあららと言わんばかりに苦笑いをした。
 沙都子に教えたのはおそらく葛西だな。魅音め、余計なことを話さないよう葛西に言いつける所まで気が回らなかったのか。まったくもって詰めが甘いやつだ。
「そ、それはだな、沙都子」
 慌てて適当な話をでっち上げようかと考えを巡らせる俺。……くそ、どういうわけか最近こんな役回りばかりな気がする。
 沙都子はそんな俺のことなど気にする様子もなく、ただ虚空を見つめて独り語るように言った。
「私……誰が何をしようとも叔父様のもとを離れるつもりは毛頭ありませんでしたのよ。……喩え叔父様に殴られ蹴られようとも、これは試練なんだって、この試練に屈したら絶対にーにーは帰ってこないと自分に言い聞かせてずっと耐え忍ぶ気でいましたの」
 突然の沙都子の告白に一同言葉を無くす。病室に刹那的な静寂が訪れた。

  ***

 誰も口を挟まないことを確かめると、しばらくして自嘲気味に沙都子は先を続けた。
「……つい先ほど葛西さんが来た時だってそうでしたのよ? ルルーシュさんたちが私のために根回ししたんだろうなって思ったぐらいで気持ちに揺らぎは一切ありませんでしたわ」
「何が、言いたいんだ?」
 その疑問が自然と口をついた。皆もただ口にさせなかっただけで同じ疑問を持っていたのだろう。皆、沙都子を食い入るように見つめている。
 だが沙都子はその疑問に答えることはなく、皆を見回してから再び語り出した。
「先日ルルーシュさんは、私が耐え忍んだところでにーにーは帰って来ないと言いましたわね。私はそれを聞いてなんて酷い人だろうと貴方のことが大嫌いになりました」
「沙都子……」
 零すようにその名を口にすると、少女は蜂蜜色の髪をなびかせてこちらに目を向けた。 
「……けれどルルーシュさん、実際は違ったんですわね。貴方は事実を言い、私を助けようとしてくれていただけ。
 なのに私はその手を振り払い、ろくに話を聞こうとしなかった。ごめんなさい、本当に酷いのは私のほうだった。
 ……葛西さんが教えてくれましたの」
『なるほど、たしかに君の意志は高潔でとても崇高なものだ。だがしかし、果たしてその意志は友の想いを踏み躙ってまで守るべきものなのか』
 玄関先で沙都子によって門前払いされた際に、葛西はただそれだけを言ったのだそうだ。
「私はそれを聞いて、急に自分の信念が酷く安っぽいものに思えてきましたの。
 にーにーが帰ってくるまで耐え忍ぶ? なんてくだらない。
 本当ににーにーに帰ってきて欲しかったなら、悪い叔父様なんかさっさと追い出して、にーにーが帰って来やすいようにするべきなんですわ。
 だから私、葛西さんには外でお待ちいただいて――――」
 沙都子はそこで一旦言葉を切り、表情に満面の笑みを咲かせた。そして……
「それから、宿敵叔父様と北条家の利権と覇権を賭けた壮絶な死闘を繰り広げましたの」
 これまでのシリアスな空気をぶち壊すように、とんでもない事実をさらりと俺たちに打ち明けたのである。
「「……はぁ?! 死闘ぅぅ?!」」
 沙都子の予想を上回る発言に一同唖然とし、素っ頓狂な声を上げてしまうのだった。
「お前! 葛西さんに助けてもらったんじゃなかったのか?!」
「ええ、葛西さんにはある意味助けてもらいましたわ。あのまま葛西さんが止めに入ってくださらなかったら、どちらかが死ぬか倒れるまで終わらない文字通り"死闘"が続いていましたもの」
 ……不思議だ。鉄平と沙都子が取っ組み合いをする光景が音声付で脳裏に浮かんでくるのだが。
 というか、それでその怪我なのか……? 呆れてため息が出てくるぞ。
「……で、当の叔父は?」
「股間を蹴り上げてさし上げましたら、半分泣きべそをかいてましたわ」
「レディーにあるまじき行動と発言なのです」
 梨花が冷静に突っ込むと、耐え切れなくなった皆が呆れを通り越して一斉に吹き出した。
「くっくっく! おじさん、沙都子はやる子だと思っていたよ!」
「あはは、でも男の人の大事なところを蹴るのは感心しないかな、かな。沙都子ちゃんの叔父様、赤ちゃん作れなくなっちゃったかも……はぅ……」
「レナが何気に卑猥なことを言ってるのです」
「……? 赤ん坊はコウノトリが運んでくるんですのよ。蹴ると何で赤ちゃんが出来なくなっちゃうんですの?」
「みー。沙都子もそのうち分かりますです」
「一体なんなんですのよ~っ! ルルーシュさん、教えなさいませ!」
「え、俺なのか?!」
 沙都子の無知ゆえの大胆な質問をどうにか回避し、話題を他へと移行させることに成功すると、ようやく俺はいつもの日常を取り戻せたように感じることができたのだった。
 
  ***


 Turn of Tokyo settlement ―― Shirley side

 陽もとっくに落ち、放課後というには遅すぎる時間に、あたしは未だ生徒会室に留まっていた。
 というのも自分を含め、ミレイ会長率いる生徒会メンバーはその一見華々しい開催を予定している文化祭の、専ら雑務に追われていたのだ。
「会長~、もう明日にしましょうよ~」
「甘いっ! もう少し踏ん張りなさい!」
 リヴァルが音を上げ、会長が叱咤する。そんなやり取りももうこれで三度目となる。
 リヴァルの隣ではニーナがウトウトと夢の国へと船をこぎ始めている。そろそろ意識を保つのも限界だろう。
 あたし自身も単調作業と薄暗い燈色の照明のためか少し眠気を感じていたので、弱音を吐くリヴァルに助け舟を出す、もとい便乗することにした。
「会長、リヴァルの言うとおりそろそろ解散にしません? こんな状態で続けても作業効率は落ちる一方ですし」
 会長が顎に手を当てしばし悩む。
「うーん……。本当は今日中にやっておきたかったのだけど、予定をずらすのもやむを得ないかな……。でもやっぱり明日に伸ばすと他のスケジュールがねぇ……」
「それはルルーシュがいた時のスケジュールでしょ~! 今日に限ってスザクもいないし、土台無理な話だったんですよ!」
「だまらっしゃいっ、いない人のことを持ち出すんじゃないの!」
 リヴァルが会長に抗議すると決まって彼の名前が出る。……あたしの記憶にないルルーシュ・ランペルージの名が。
 でも『ルルーシュって誰?』なんて聞くと、皆一様に『まだ仲直りしてないの?』と聞き返される。
 仲直りも何もあたしとルルーシュには生徒会でしか接点がない。むしろ最近までルルーシュ・ランペルージという生徒会メンバーがいたことすら知らなかったぐらいだ。皆に誤解されるような仲であるわけがない。
 以上のことをミレイ会長らに話すと何故か呆れてため息をつくかぎこちなく笑うのだが、一体どういうわけなのだろう。不思議で仕方がない。
 ――と、いけないいけない。話が脱線してしまった。
 アッシュフォード学園が経営不振で無くなるかもしれないと聞いてそそくさと別の土地へ行ってしまった人間のことなんてどうでもいい話だった。
 今は会長を説得することに集中しよう。このまま続けて明日に疲労を残していたら本末転倒なのだから。
「そうだ、明日授業の合間の休み時間を利用して遅れを取り戻すというのはどうですか? 授業の合間ならスザク君も手伝ってくれると思いますし」
「そりゃいい! 会長そうしましょうよ!」
 リヴァルが調子よくあたしの意見に賛成してくる。彼の様子を見ていると本当に明日頑張ってくれるのか甚だ疑問だが、今は気にしないこととする。
 ニーナの方に視線を移すと、彼女もまたこくりと首を縦に振って同意してくれていた。……と、見せかけて彼女は既に夢の中だったりするっ!
「うーん、そうね。じゃあ今日は解散にしましょ」
 会長が折れ、リヴァルが無言でガッツポーズを作る。それを見て会長は意地悪げに一言付け加えた。
「その代わり明日は死ぬ気で頑張ってもらうわよ、ガッツの魔法重ねがけで」
「げ、それってまじっすか?!」
「いえ~す、これは会長命令で~す♪」
「ちょ、嘘でしょ~っ?!」
 リヴァルの悲鳴が生徒会室に響き渡った。
 ちなみにガッツの魔法重ねがけは、限界を超えた限界をさらに超えた限界まで頑張り続ける時に使用されるといわれている。もっとも、その正体は気休めのインチキ魔法なのだけど……。

  ***


 皆と別れて寮の自分の部屋へと戻る。ソフィはもう寝ているだろうから起こさないように静かに鍵を開けて部屋に入った。
 さらに扉をゆっくりと閉めて施錠する。照明もベッド脇のスタンドを点けるだけにとどめた。
 ところがそんな細心の注意も無駄に終わったらしい。
「シャーリー遅かったねぇ……お帰りぃ……」
 ソフィが目を擦りながらむくりと起き上がる。
「あ、起こしちゃってごめんね」
「いいよぅ……さっきベッドに入ったばっか、だから……」
 それにしては口調が普段より間延びしており、眠いのを我慢しているのが明白である。どうやら完全に安眠妨害をしてしまったようだ。
 もう一度謝るとお休みとソフィに言葉をかける。すると寝ぼけているのか、ソフィはこくりと頷き布団を被ってそのまま寝息を立てて寝入ってしまった。
 その様子に一人苦笑して、自分も就寝するために寝仕度を整える。それからベッドの上に仮置きしていたバッグの中をまさぐり、文化祭関係の書類を取り出すと机に置いた。
「少しだけやっておこうかな……」
 一人呟き、書類を机に広げる。
 解散を了承したミレイ会長だが、彼女のことだから一人で今も続けているに違いない。そう思うとこのまま寝てしまうのは悪い気がしたのだ。
 今回の文化祭はいつも以上に成功させねばならない。
 文化祭は学園の良い宣伝材料になるからだ。もし大成功させることが出来れば学園のイメージアップに繋がる。
 学園が良い意味で有名になれば生徒の転校を抑制でき、加えて入学者も現れる可能性が発生する。そうなれば学園は立て直せるかもしれない。
「よし、頑張ろうっ」
 所詮は一生徒である自分が出来ることなどたかが知れている。あたしが何をしようと結局学園は無くなる運命なのかもしれない。
けれど何もせず成り行きに任せるなんて、とにかくあたしの性には合わないのだっ。
 机に向かい、書類の束に目を通していく。
「喫茶店は三クラスあるから、配置場所をうまくばらけさせないと」
 三件とも要望とは別の場所に配置することになるが、ライバル店同士一部の地域に固まってしまうよりはずっと良いはず。
「えっと、次は……あ」
 次の書類を手に取る際に誤って筆箱を机から落としてしまう。
 咄嗟に目で追ったものの、キャッチするまでには至らず、筆箱の中身は見事に机の下で散乱した。
 やれやれ……。
 ため息を一つ吐くと椅子を引き、転がり落ちた種々の愛用のペン達を一つ一つ拾い上げる。
「あれ?」
 何気なくペンの向こう側、机の下のずっと奥に視線を向けると、そこにはくしゃくしゃに丸められた紙が一つ落ちているのが見えた。
 拾い上げ、そのままゴミ箱に捨てようと考えて手が止まる。ふと中に何が書かれているのか気になってしまったのだ。
 あたしは極普通のありふれた好奇心に後押しされ、拾い上げた紙の皺を机上で伸ばして内容を確認する。
 最初はぱっと流し見してゴミ箱に捨てようと思っていたくしゃくしゃの紙。
 だけれど、気づけばあたしは何度も何度もその内容を読み返していた。
「嘘……そんな……どうして貴方が…………」
 手紙を持つ指先に震えが生じ、背筋が凍る。体中に戦慄が走り、嫌な汗が頬を伝った。 
 そこに綴られていた文字は紛れもない自分自身のもの。
 書いた覚えのない文面。決して送られることのなかった手紙。
 果たしてそれは――――忘却の彼方に打ち捨てられた、あたしから"彼"への密かなメッセージだった。

「ルルーシュ……貴方がゼロなの……?」
  
  ***

 Turn of Hinamizawa Village ―― Lelouch side

 ふと時計に目を向けると、もう時刻は午後八時を回っていた。談笑を続けたいところだが、そろそろ帰らないとナナリーと咲世子が心配するかもしれない。それに梨花に話しておきたいこともあるしな……。
 俺のそわそわした様子を見て取り、レナも時間という制約を思い出したようだ。時計を一瞥して、そろそろ夕食を作らないと……と椅子から立ち上がる。
「お、もうこんな時間なんだ。いけない、おじさんも帰らないと、ばっちゃに叱られるよ」
 魅音も慌ててレナに倣った。
「僕は沙都子に付き添ってここに泊まりますのです」
 梨花がにぱーと笑ってレナと魅音に手を振る。
「ルルーシュくんはどうするのかな、かな?」
「悪い、俺は梨花に用があるから先に帰っていてくれ」
 自分を置いて先に帰宅するよう促すと魅音が口を尖らせて不満を漏らした。
「また梨花ちゃんと~? 最近ルルってば付き合い悪くない?」
「すまん、そういうつもりじゃないんだがな」
「じゃあどういうつもりなのさ~」
「いや、それがだな……」
 どう応えれば魅音の機嫌を損なうことなくかわせるか迷っていると、幸いにもレナのフォローが入った。
「ルルーシュくんにも色々とあるんだよ。魅ぃちゃん行こ」
「ちぇ~、ルルの浮気者~っ」
「誰が浮気者か」
 不満げな魅音を引っ張ってレナが病室を出て行った。
 二人がいなくなると途端に病室が静かになったように思える。俺にとって魅音とレナの存在はそれほど大きいようだ。
「さて、沙都子。しばらく梨花を借りるぞ。一人で平気か?」
「え、ええ、私は大丈夫でしてよ。い、いってらっしゃいまし……」
 沙都子はぎこちなく笑う。その心を見透かすかのように梨花が沙都子の声真似をしてからかった。
「でも本当を言うと夜の病室に一人きりなんて、お化けが出そうでがくがくぶるぶるにゃーにゃーでしてよ…………にぱにぱ☆」
「梨ぃ花ぁ~っ!」
「みぃ~★ しばらく一人でいい子にしてるのですよ~っ!」
 握りこぶしを振り上げる沙都子から逃れるように椅子から立ち上がると、梨花は俺の腕を掴んで一気に引っ張り上げた。
「ちょ、おまっ、ぐおっ! 俺の腕が変な方向に!!」
 俺はされるがまま椅子から立ち上がると、半ば引き摺られる形で沙都子の病室を出ることとなった。

  ***

 梨花と二人で手分けして無人の部屋を探し出すと、そこで俺は先ほど入江から知り得た情報を梨花に伝えた。無論、盗聴などの危険を考えて室内は十分に探索済みである。
 話した内容は大きく二点。緊急マニュアル34号とキョウト六家についてだ。
 梨花は全てを聞き終えると興奮気味に、しかし、静かにそっと口を開いた。
「ありがとう、ルルーシュ。もし貴方がいなければ私は真実に至る事は出来なかったかもしれない」
「その言い方だと何か掴めたようだな」
「ええ、実行犯は未だはっきりとは分からないけれど、誰の意思によって何のために古手梨花が殺されなければならなかったのか、ついに私は理解した」
「……話してみろ」
 今度は俺が聞く番だ。傍らに据え置かれたベッドに座ると足を組み、梨花に先を促す。
 梨花も俺に倣い、二人は並ぶ形でベッドに腰を掛けた。それから梨花は徐に口を開いた。
「まず……私の殺害は手段であって目的そのものではなかった」
「というと?」
「やつらにとって、私はある目的を果たすための過程でただ殺されるだけの存在。立場は違えど、富竹たちと何も変わらないわ」
「ある目的とは、やはり緊急マニュアルに関わることか?」
「答えはイエスよ。すなわち、私の殺害はキョウト六家の意思に基づいて行われると考えられる」
「だが分からないな、お前が死ねば日本人である雛見沢住人が虐殺される。日本解放を謳うキョウト六家の動機にはなりそうにはないが?」
 そう、この件で多数のブリタニア人が犠牲になるのなら理解できる。しかしこの件で被害を被るのは俺とナナリーを除外すると対象となるのはほぼ日本人のみのはずだ。
 だが梨花は静かに首を横に振った。
「それがなるのよ」
「なに……?」
 俺には梨花の考えるキョウト六家の動機なるものに一切心当たりはなかった。だから俺は歯がゆくも、ただ梨花の次なる言葉を待つことしかできない。
 梨花は少し躊躇した後、先を口にした。
「おそらく……。キョウト六家の目的は、雛見沢に住む園崎家に関わる人間の殲滅よ」
「園崎……だと……?」
 正直ここでその名が出てくるとは思わなかった。だから声が少し上ずってしまったかもしれない。
 一方、梨花は俺の動揺を見て取って肩をすくませた。
「ええ、ご存知の通り魅音の家よ」
「何故だ、どうして園崎家が?」
「それは、魅音の家がかつてキョウトのメンバーだったから」
 何、だと……? どういうことだ……。
 ゼロとしてキョウト六家について色々と調査をしたことがあるが、そんな情報はまったく掴んでいない。この俺が見落とした? 馬鹿な……。
「貴方は知らなくて当然ね。園崎家がキョウトのメンバーだった事については、キョウト六家の一部のものと雛見沢御三家だけしか知らないもの」
 梨花はそこで一呼吸置いてから言葉を連ねた。
「もっとも、メンバーと言ってもほんの僅かな間だったようね。なんでも結成当初のキョウトは、話し合いで日本の返還を求める平和団体だったらしいわ。
 まあ、多少は暴力に訴える部分もなかったわけではないけど、でも現在のようにテロのような殺人行為を支援するなんてことはなかった。
 園崎家はテロ組織への支援を良しとせずキョウトから離反、その後は雛見沢にて沈黙を守っていた。キョウト六家にとっては、園崎家はさぞや危険な因子(ファクター)でしょうね。
 だって中立なんて言っても、いつ心変わりしてブリタニアに自分たちの素性を売るか分からないのだから。
 ……例えるなら不発弾を抱えて戦場に立っているようなものよ。出来れば早めに切り捨てておきたい」
「だが日本人であり、様々な地域で影響力のある園崎家を滅ぼすとなるとキョウト内でも意見が割れる。下手すれば内部分裂の恐れもある。だからバイオハザード……生物災害の緊急処置に乗じて皆殺しにする、か」
「おそらくそういうことね」
「ふっ、ここまで来るとお前の死はとんだとばっちりじゃないか」
「ええ、まったく困ったものよ。やんなっちゃう、くすくす」
 俺たちは顔を見合わせて苦笑した。

  ***

 しばらくして表情を真顔に戻すと話を先に進めることにした。
「――さて、と。バックグラウンドは大方把握した。問題は実行犯だが……お前、心当たりはいるのか?」
 そう訊ねながら俺は月明かりに照らせれた梨花の横顔を覗き込む。
 すると梨花は唇に人差し指を当て、虚空を見やったままゆっくりと考え始めた。
「……そうね。怪しい人間はたくさんいるけれど……そこから容疑者を絞るとなると、案外難しいわね」
「鷹野や富竹なんかはどうだ?」
「最初から妙な所を疑うのね。言ったと思うけど二人は綿流しの晩に殺されるのよ。ちゃんと話覚えてる?」
「馬鹿にするな。それが偽装死である可能性は考えられないかと聞いているんだ」
「その可能性はないと思うけど……。だって二人はその後、遺体となって発見されているもの」
「遺体を見たのか?」
「いえ……。でも富竹らしき遺体が発見され、確かに警察はそれを富竹本人だと断定したわ」
 そうか、ならば富竹が犯人である線は薄い。
 ブリタニア警察にキョウトの息のかかった者がいて、検死結果を改竄したということもありえないわけではないが、ブリタニアは例え名誉ブリタニア人であろうと日本人を決して信用しない。
 内通者がブリタニア人でもない限り、そう易々とこのような手は使えないだろう。
 したがって富竹の死は概ね真実だといえよう。だがしかし……。
「鷹野の方はどうだろうか?」
「鷹野……? 彼女もたしか隣の県で焼死体となって発見されているはずよ」
「焼死体?」
「ええ、それが何か?」
 梨花が首を傾げ、怪訝そうな顔で聞き返してくる。
 どうやら糸口が見えてきたようだ。
 俺の記憶が正しければ、焼死体は身元確認がなかなかに難しいはず。DNA鑑定を駆使すればやってやれないことはないが、それには時間がかかり過ぎる。まず歯型情報を基にして身元を割り出すのがセオリーだろう。
 よって、もし鷹野の歯型情報が登録されている歯科医院に内通者がいたのならば、偽装死は十分に可能なのではないか?
 以上のことを梨花に話して聞かせた。すると梨花は言葉を噛み締めるように何度か頷いた。
「なるほど……そうね。どうやらその可能性を疑う価値は大いにありそうだわ」
「ならば確かめてみるとするか」
 俺はベッドから立ち上がると、口元に手を当てて考え込む梨花の正面に回って手を差し出した。
「どうやって……?」
 梨花は差し出された手をまじまじと見つめた後、俺と目を合わせて問う。
 いつまでも手を取らない梨花の手を掴み、彼女を引っ張り上げながら俺は静かに答えた。
「明日辺り鷹野に接触し、ギアスで探りを入れてみよう」
 実行犯が鷹野である可能性が濃厚になった今、彼女に対し一度しか使用できないギアスをこういった目的で使用するのは、俺自身の生存率を大幅に低下させることに繋がる。
 本来ならもう少し外堀を固め、鷹野を犯人と断定した上で殺すかギアスで操るかしたいところだが、今は何より時間が欲しい。多少のリスクは甘んじて受けるべき時なのだろう。
 果たして、鷹野はただの犠牲者なのか、或いは祟りを起こす側の人間なのか。
 羊か狼か、今の俺にはそれを知る術はなかった。

 ――タイムリミット;オヤシロさまの祟りまで後3日。




[35460] 第十四話
Name: 海砂◆ae35f1b3 ID:743be759
Date: 2015/12/08 01:05
【14】

 Turn of Tokyo settlement ―― Shirley side

 あの手紙を読んだせいで結局昨晩はあまり寝られなかった。ベッドから上半身を起こす際、少しの倦怠感を覚える。
 これが身体がまだ睡眠を欲しているからなのか、それとも手紙の内容にショックを受けて心が弱っているからなのかは当の本人であるあたし自身にも分からなかった。
「なんで……どうして……こんな…………」
 再びベッドに横たわりながら問題の手紙を読み返す。
 夜通しで数え切れないほど読んでいるそれの内容は、既に頭に入ってしまっていた。
 ゼロの正体が、同じ学校に通うルルーシュ・ランペルージという少年であったこと。
 ずっと昔に亡くなったと思っていた父の死が、つい最近起こった出来事であったこと。
 そして、父を殺したのが他ならぬルルーシュだったこと……。
 手紙の内容が真実である可能性は高い。父について昨晩母に電話で訊ねたところ事実であることが判明したからだ。
 けれどこの手紙の内容が真実で、本当に自分が記した物であると考えるなら、自分では気がつかない部分で記憶に齟齬が出ているということになる。
「っぅ……」
 軽い吐き気に襲われ、慌てて洗面所に駆け込んだ。
 この現場をミレイ会長に目撃されようものなら、妊娠してるの? なんてからかわれるんだろうなと思いながら、鏡で自分の顔を覗き見る。
 鏡の中のあたしは酷く陰鬱な表情でもってこちらを見据えていた。

 一体……あたしは誰なんだろう。
 ここにいるあたしという存在は何……?

 手紙の文面から察するに、昔のあたしはルルーシュ・ランペルージという人間を少なからず知っているらしい。だけど、あたしの記憶の中には彼の存在は少しも見られない。
 もし人格が記憶や思い出によって構築されているのなら、そうであったのなら、今のあたしは皆の知るシャーリー・フェネットではないのだろうか……。
 偽者の記憶、偽者の自分――――。どうしてこうなってしまったのかのだろうか。あたしにはまったく検討がつかなかった。

 …………嘘だ。

 分からない振りをすれば忘れられるなんて甘い考えは捨てろ。昨日あたしはゼロについて重大な事実を知ってしまったじゃないか。
 そう、この手紙には続きがあったのだ。

 ゼロは、催眠術のような不思議な力――ギアス――で人を操り支配する。

 ならば記憶の改竄ぐらい容易なはず。
 ルルーシュはゼロである自分の正体がばれたことをどこかで嗅ぎつけ、あたしに対して記憶の操作をおこなったに違いない。
 なんという事だろう。彼は父を殺しただけに飽き足らず、残されたあたしの思い出すらも踏み躙ったのだ。
「……っ…………」
 頭がずしりと重い。脳内で鐘が鳴り響くように頭痛が止まない。
 ゼロ――ルルーシュ――父の死――……。
 手紙の内容がぐるぐると頭の中で遠心分離にかけられ、嫌なワードだけが残滓として脳裏に濃縮沈殿する。
 駄目、これはまずい……。自分の中で黒い感情が渦巻いてくるのが分かる。
 ……こういう時は笑おう。皆が知るシャーリー・フェネットは馬鹿みたいに元気だけがとりえの女の子だったはず。だから、笑え。
「あはは」
 けれどあたしの精一杯の作り笑いは、不自然なまでに歪んでいた……。
 今朝はソフィとは顔を合わせないでおこう。今は色々と心配をかけてしまいそうだから。
 あたしはまだ夢の中のソフィに声をかけずに寮部屋を出る。
 まだいつもの時間より三十分も早いけど、ここにいるよりずっと良い。
 問題の手紙をバッグの中に押し込んで、制服に着替えると足早に寮を後にした。

  ***

 授業が始まるまで、まだ若干時間がある。
 暇を持て余したあたしは教室にある花瓶の水を替えることにした。
 化粧室のすぐ脇に設置されてた蛇口を捻ると、生ぬるい水の後に冷たい水が流れる。
 花瓶を綺麗に洗い、新しい水を注いでいく。
 それから、意識的に正面にある鏡は見ないようにして教室へ踵を返した。もし再び鏡を覗き込んだら、また気持ちが不安定になるかもしれないから。
「あ……」
 教室の扉を開けると、まだ早いというのに既に一人の男子生徒の姿があった。
 あれは、遠目でもすぐに分かる。この学校に唯一在籍している日本人であり、生徒会メンバーの枢木スザク君だ。
 あたしの存在に気がつくと、彼は笑顔で挨拶をしてくる。
「おはよう、シャーリー」
「お、はよう……スザク君」 
「どうかしたの?」
 呆然と教室で立ちつくすあたしを見て、スザク君は不思議そうに首を傾げる。
「あ、えと……。別になんでもないの、気にしないで」
 あたしは首を横に振り、笑って言葉を返す。鏡で一度笑顔の練習をしたおかげか、今度は普通に笑えた気がする。
 思い出したように足を動かし、教室に入る。
 そのままスザク君から目を逸らし、花瓶を元あった場所へと戻した。
 そういえば、ルルーシュって"スザク君の親友"だったっけ……。ううん、それともスザク君が"ルルーシュの親友"だった?
 花瓶の花を見栄えの良いように整えながら考えを巡らせる。
 あたしは先にどちらと知り合ったのだろう。
 スザクくんがこの学校に通い始めたのはつい最近だ。
となると時間を考えれば、あたしはルルーシュのほうと先に知り合った可能性が高いわけで。
 あたしとスザク君は仲良し。生徒会でもよく話をしてる。
 一方ルルーシュはあたしにとってただの知り合い。生徒会にいたことすら気づけなかったぐらいにあたしとは面識がない人。
 ところがスザク君はルルーシュを介しての友達……。
 これってやっぱり変だと思う。つまり、ルルーシュはあたしの記憶を改竄して、あたしとの関係までも抹消した……?
「ねぇ……スザク君。あたしとルルーシュってどんな関係に見える……?」 
 振り返ってスザク君を見やる。彼は自分の席で授業の予習をしていたようだ。顔を上げてこちらに視線を向けた。
「急にどうしたんだい?」
 うっ、すごい怪訝そうな顔してる……。こういう時は笑って誤魔してしまうに限る。
「あ、その……。あはは……な、なんとなく、かな?」
 果たしてこれで誤魔化せているのだろうか……。自分としては全然駄目、大根役者もいいとこだと思った。
 けれど幸いスザク君は少しも気にすることなく、実に人懐っこい笑顔を惜しげもなく返してくれたので、あたしはホッと安堵のため息をついた。
 ところが、すぐにそれは間違いであったことが分かる。
「シャーリー」
「な、何かな?」
 一呼吸置いて、スザク君が真顔であたしの名を呼ぶ。突然のことに驚き戸惑うが、安心しきっていたあたしは無防備に返事をしてしまった。
「すごく、お似合いだと思うよ」 
「えっ、えっ……?」
 それって、つまり……。スザク君の云わんとしている事は至極簡単に理解できた。けれど、その言葉の意味合いに心が付いてこない。激しく動揺し、拙い言葉が口から零れる。
「お、お似合いって……」
「うん。君とルルーシュならベストカップルだ」
 スザク君はあたしの戸惑いが照れから来ているものだと勘違いしたのだろうか。皮肉が一切見られない爽やかな笑顔で言葉を返してくる。
 それを聞いて、あたしの全身からは血の気が急速に引いていった。
 あたしと、ルルーシュが……?
 そんなのって、ないよ……。
 むしろ皮肉で言ってくれたほうが良かった。
 だって、そうだったなら、あたしはきっと――――。
「勇気を出して告白してみるといいよ。そしたら、」
「止めて……っ!!」
 気付けばスザク君に拒絶の言葉を吐き出していた。
 手紙の文面からあたしは自分とルルーシュの関係に薄々気がついていた。それでも気のせいだと気付かない振りをしていた。なのに、だからこそ、他人の口からそんな言葉は聞きたくなかった。律儀に言って欲しくなかった。
 だって、例えあたしがルルーシュのことを好きだったのだとしても、ゼロである彼が父を殺しているのは変わらない事実なのだから。

  ***

「シャーリー?」
 スザク君は目を見開き、驚きの表情で固まっていた。
 そんな彼の様子を見て取って、ようやくあたしは我に返る。
 だが慌てて取り繕おうと口を開きかけ、結局何も言えないでいた。
 スザク君があたしを見据え、真剣な表情で訊ねてきた。
「最近君とルルーシュが話している所を見ていないし、妙だと思っていたんだけど……ルルーシュと何かあったの?」
「ち、違うの、そうじゃないの」
 あたしは首を横に振って精一杯に否定する。否定した後に、はたと気がつく。
 目の前にいるスザクという少年は日本人といえどブリタニア軍人でゼロと敵対しているはずだ。今彼にゼロの正体がルルーシュだと教えれば簡単に父の敵討ちができるのではないだろうか。
 そうだ……告発してしまえば良い。
 記憶を失う前のシャーリー・フェネットがルルーシュのことをどう想っていようと、今のあたしにはルルーシュに対しての恋愛感情はない。実質、このあたしには一切の関係がないのだから。
 黒い感情が湧き上がり、口元に邪悪な笑みが浮かぶのが自分でも分かった。 
 捕まっちゃえ、ルルーシュ。
 それから仮面の下の素顔を大衆に晒し、無様に処刑されちゃえばいい。
 その引き金をあたしが引いてあげるから。
「……っ…………」
 そう考えたところで唐突に胸が痛み出した。
「シャーリー! 大丈夫かい?!」
 ふらつく身体をスザク君に支えられ、何とか呼吸を立て直す。
「う、うん……。大、丈夫……だから……」
 スザク君に言葉を返す頃には、胸の痛みのほうはだいぶ落ち着いていた。
 しかし今のは一体……。どうして急に?
 まさか、ルルーシュを軍に売ろうとする行為をあたしが無意識に忌避しているとでもいうのだろうか。
 例えばルルーシュによって完全に消されたはずの記憶が、知覚出来ないほどに僅かな断片としてあたしの中に残っており、ルルーシュを告発するのを嫌悪しているのかもしれない。
 もし本当にそうだとしたなら、あたしは一体どうするべきなのか。
 本当に好きだったかも怪しい人をあたしは庇うべきなのだろうか?
 父の仇である男を?
 そんなことはありえない。ありえない、でも……。…………。
「シャーリー、本当に大丈夫かい? 保健室に連れて行こうか?」
「え、あ、ううん、平気。そんな心配しないで」
「だけど、」
「ありがとう、でも本当に大丈夫だから。ところで休み時間は空いてるかな? 文化祭の仕事がどっさりあるからスザク君にも手伝ってもらいたんだけど」
「あ、ああ。僕でよければ構わないけど、それよりも、」
「ありがと、助かったよ! じゃ、あたしはもう行くから」
 心配してくれるスザク君に飛びっきりの笑顔を投げかけると、授業の準備があるからと早々に話を打ち切る。
「ちょっと、シャーリー?」
 それでも追いすがってくるスザク君だったが、けれどそこでタイミングよく予鈴が鳴って、彼は渋々自分の席に戻っていった。
 それを横目で確認し、あたしも安心して自分の席に向かった。

 ルルーシュ、あたし決めたよ。
 貴方の正体はスザク君には内緒にする。勿論他の誰にも洩らさない。
 だって、もし貴方が捕まったら困るもの。

 ――――貴方はあたしが殺すから――――

 何事もなかったかのように自分の席に着くと、あたしは偽りの笑顔を霧散させた。そしてテキストとノートを開いてペンを握ると、口元をきつく真横に結んで、空席となったかつてのルルーシュ・ランペルージの席を一瞥する。

 あたしは以前のあたしなんて知らない。もはや関係もなければ興味すらもない。
 だからルルーシュ、貴方はあたしが必ずこの手で。

  ***


 Turn of Hinamizawa Village ―― Lelouch side

 雀のさえずりが聞こえて目が覚める。昨晩は帰宅してすぐに就寝したおかげか、久しぶりに快眠ができたようだ。起きる時間もいつもより遅い。
 いつもなら登校時間ぎりぎりで慌てるところだが、本日は休校日となっているので心配は要らない。
 なんでも今日は校長の海江田と担任の留美子が綿流しの祭の準備に借り出されているらしく、二人は祭りの準備に手一杯のため授業ができる状況にないのだそうだ。俺としては願ったり叶ったりだ。
 ゆっくりと私服に着替えると洗面所で身支度を整え、それからナナリーの部屋に足を運んだ。
「ナナリー、起きているか? 入るぞ」
「あ、はい。お兄様どうぞ」
 中に入ると咲世子がすでにナナリーの身の回りの世話を始めていた。
「なんだ、咲世子さんもいたのか」
「ルルーシュ様、おはようございます」
「お兄様、おはようございます」
「ああ、おはよう。ナナリー、風邪はもう大丈夫か?」
「ええ、おかげさまで」
「そうか、それは良かった」
 昨晩は梨花と空恐ろしいテロについて話をしていたのに、今日はというと普段となんら代わらない朝の挨拶をナナリーたちと交わしている。
 不思議な気分だな。昨日の出来事がまるで夢のようだ。
 だが決して夢などではない。沙都子を助けた時に出来た刀傷が教えてくれる。
 昨晩の話が夢だったと思いたい気持ちも僅かにあるが……認めなくては、現実を。
 今この時を抗わなくては何も守れはしないのだから。
「……ナナリー。ちょっと出かけてくるよ」
「どこに行かれるのですか?」
 不安そうにナナリーは訊ねてくる。ここの所ばたついていて二人でゆっくり過ごす時間が取れないでいたし、おそらく寂しいのだろう。
 気持ちは俺も同じだが、今の俺にはやらなくてはならないことが山ほどある。しばらくはお互い我慢だな。
「なに、雛見沢を色々と見て回ってくるだけだよ。遠くには行かないさ」
 ナナリー、お前を残しては絶対にな。
 お前の居場所は俺が守る。
 
 咲世子にナナリーを任せ、俺は梨花の待つ入江診療所へと向かった。

  ***

 
 診療所が近づくと、淡い緑色のワンピースを身に付けた少女の姿がぼんやりと目に入る。少し距離をつめると、その少女が梨花であることが分かった。
 彼女は目を瞑ったまま診療所の壁に寄りかかって俺を待っていた。
「待たせたな。おはよう、梨花」
「おはようルルーシュ……くぁ~」
 欠伸をしながら徐に双眸を開く梨花のワンピースは肩紐が若干ずれている。
「おい、なんだか眠そうだな」
「ええ、ちょっとね。昨日はあんまり眠れなかったのよ」
「寝癖もついてるぞ」
 梨花のとても前衛的なヘアースタイルを指摘すると、梨花はハッと髪の毛を両手で押さえた。
「う、うるさいわね、私って朝だけは駄目なのよ。ちょっと直してくるっ」
「そうだな、そうしたほうが良い。ふっ」
「……笑ったわね。あんた、後で覚えてなさいよ……」
「おや、それは怖いな」
 逆なでするような言葉を返してやると、梨花は一度俺を睨みつけてから肩を怒らせて診療所の中に入っていった。
 どうやら梨花は俺の冗談をあまり好ましく思っていないようだ。ま、当然というべきか。俺と似て、無駄にプライドの高いやつのようだしな。
「というか、もうあれは猫かぶりってレベルじゃないな……」
 今の梨花には以前の幼い少女の面影はそれこそ蚊ほどもない。豹変という言葉がぴたりと当てはまるぐらいの変わりようで、もうこれは詐欺といっても決して過言ではないように思う。
 だが、これがギアスで世界を繰り返すうちに精神だけが大人になった彼女本来の姿なのだろう。
 ……。
 …………。
「……救ってやらないとな」
 まだ間に合う、梨花のギアスが暴走していない今なら。
 ギアスの暴走が始まってしまえば、現在のように能力の発動が死の間際に限定されるとは限らない。下手をすれば常に能力を開放し続けることになり、その結果、刹那という時の牢檻へ永久に封じ込められてしまうかもしれない。
 そうでなくとも、このままギアスを使用して世界を繰り返せば、待っているのは退屈と絶望による精神の死だけだ。だから、そうなる前に――――……。
「どうしたの、難しい顔して?」
「ほぁぁっ!? 梨花っ、いつからそこに!」
 物思いにふけっている間に、気づけば梨花は身支度を整えて戻って来ていたようだ。彼女は下から覗き込むようにして俺の真正面に立っていた。
「たった今戻ってきたところよ。それよりなぁに? 『ふぉうあっ?!』だって★」
 俺の驚き様がおかしかったのか彼女は先程の仕返しとばかりに嘲ってくる。不愉快だ。
「うるさい、マセガキめ」
「あら、ごめんあそばせ。くすくす!」
 チッと舌打ちをして俺はそっぽを向く。まったくもってやりにくいやつだ。
「ところで、何を"救ってやらないと"なの?」
 ぐっ、やはり聞かれていたか。
 梨花はニヤリと笑いながら、こちらの反応を楽しむかのように問い詰めてくる。分かっているくせに、この狸め。
 悔しいので正直に答えるのはやめた。
「別に、大した意味はないさ。真犯人の足元を"すくってやらないと"と思っていただけだ。用意が済んだなら行くぞ」
 心中を見透かされないようにそう真顔で言ってのけ、俺は一人歩き出す。
 無論行くべき場所など俺には検討がつかなかったので、ただ闇雲な方角へとまっすぐ進むしかない。俺としたことが無様この上ないな。
 そんな折り、背後からの小さな声を捉えた。
「素直じゃないんだから」
 梨花がクスリと笑って俺の隣にやって来る。俺は彼女の呟きにも似た言葉をあえて聞かなかったことにした。

  ***

 入江診療所から向かった先は古手神社だった。梨花曰く、この時間帯ならば神社の敷地内の何処かに富竹がいるとのことだった。
 今年の祟りの犠牲者である富竹を救うのは、梨花の命を守るための必要不可欠なテーマとなっている。残された時間は後僅か……今日中には事情を説明し納得させた上、彼の死の運命を回避しなければならない。
 だがそこにたどり着く前に難所が一つあり、それを見上げて俺は一つため息をつくのだった。
 果たして視線の先には、やたらと長い石段が嫌がらせのように上方へと伸びていた。
 これを登るのか、しんどいな。脇にエスカレーターぐらい設置しておけと言いたくなる。
 愚痴を零しながらも覚悟を決めて昇っていく俺。だが半分も上るともう息も絶え絶えとなっていた。
 一方、梨花は慣れたものでひょいひょいと軽快なステップで先を行く。彼女は最上段で後ろを振り返り、俺との距離を確かめてから呆れ顔で言った。
「相変わらず体力ないわねぇ。ルルーシュのもやしー」
「うるさい、お前はっ、少し、黙ってろっ……。くそっ、一体何段あるっていうんだ……」
「あともう少しだから頑張って。早くしないと富竹が別の場所に野鳥の撮影に出かけてしまうわ。そうなったら私には富竹の足取りを知る方法はないんだから」
 梨花は石段に座り込み、俺を見下ろしながら言葉を付け加えた。
「二人で雛見沢中を探し回るのは骨よ。貴方も肉体労働は嫌でしょう? くすくす」
「分かっている……。分かっているが、しかし……」
 こういうのは俺のジャンルじゃないんだよ……。
 少しだけ息を整えてから気力だけで梨花の居る位置まで駆け上る。それから階段を昇りきり、神社の境内に到達してからゼイゼイと見苦しく呼吸を整えた。
「はい、お疲れ様。じゃ、今度は富竹を探すわよ」
 未だ肩で息をしている俺に対し、無情にも梨花は笑顔でそう言ってのける。この鬼畜狸め。
 正直な話、しばらく休憩を挟んでから富竹の捜索を始めたかった。しかしまた年下に軟弱もの呼ばわりされるのも癪に触るので、俺は諦観と共に深く頷いたのだった。
「……ああ、そうだな」
 無駄にプライドが高い自分が憎い。

  ***

 目的の人物は思いのほかあっさりと見つかった。発見場所は古手神社の奥にある祭具殿だ。
 富竹はそこで中腰になり、祭具殿の扉の錠前をいじり回していた。彼の脇にはその様子を眺める鷹野の姿があった。祭具殿に不法侵入でも企てているのだろうか。
「二人とも探しましたのです」
 梨花が声をかけると、二人はびくりと身体を震わせ、反射的に振り返る。
「あら梨花ちゃん、こんにちは」
 鷹野は内心の動揺を押し隠すように落ち着き払った様子で言葉を返す。なかなかの役者のようだ。
 それに対して、富竹は帽子を深く被る仕草をして気まずそうに俯いてから口を開いた。
「梨花ちゃん……こんにちは。失礼だけど、そちらの彼は誰だい?」
「彼はルルーシュ・ランペルージ。僕の大切な仲間なのです」
「ほら、ジロウさん。前に、この村にブリタニア人の兄妹がいるって話をしたことがあったじゃない?」
 梨花の紹介に鷹野が補足を加える。富竹はそれを聞いて表情を和らげた。
「ああ、君がルルーシュくんか。話は聞いているよ。なかなか聡明な子だってね」
「恐縮です。そういう貴方は富竹ジロウさんでよろしいですか?」
「僕の名前を知っているのかい? はは、最近越してきたばかりのはずの君に知られているなんて、僕も有名人になったものだね」
「有名は有名でも、富竹は毎年綿流しの季節になると雛見沢にやってくる全然売れないフリーのカメラマンとして有名なのです☆」
「あはは、きっついなあ」
 猫かぶりモードの梨花の毒舌に富竹は頭を掻いて苦笑した。
 そんな談笑の最中、鷹野がその流れを切るかのように言葉を吐いた。
「それで、梨花ちゃん? 私たちを探しているって言っていたわね。どんな用件なのかしら?」
 俺と梨花は話を切り出す覚悟を決め、視線を合わせて頷いた。
 まずは俺が代表して口を開いた。
「では単刀直入に言います。用件はこの村に蔓延する風土病、雛見沢症候群についてです」
 その言葉を捉えるなり、富竹と鷹野は先日の入江と同じような表情を見せた。
 それから富竹は不器用に惚け、鷹野は警戒心と敵意が入り混じった瞳でこちらを見据えてきた。
「な、なんのことだい?」
「惚けないで結構です、富竹さん。話は全て梨花から聞きました。ですから大体の事情は知っているつもりです」
「小此木!」
 鷹野が吼えるように誰かの名を呼ぶ。すると鬱蒼と生い茂る木々の間から数人の男たちが飛び出してきた。
「お呼びですかい、三佐」
 突如現れた男たちの一人、小此木と呼ばれたリーダー格の男が面倒そうに鷹野に訊ねる。
「ええ、呼んだわ。その少年を速やかに拘束しなさい」
「鷹野さんっ、山狗を出すなんて!」
「ジロウさんは黙ってて。小此木、早くなさい」
「はいはい了解です、っと」
 小此木が声を発すると男たちは素早く俺を取り囲み、流れるような動きで俺の身体を組み敷いた。

  ***

「ま、待ってくださいなのです! ルルーシュはっ、」
「駄目よ、待てないわ。機密が外部の人間に漏れれば、それを何とかするのが私の仕事だもの。でもルールを守らなかった梨花ちゃんがいけないのよ」
「鷹野!」
 梨花が鷹野の服を掴んで訴えるが、鷹野はそれを冷酷に突き放す。梨花は双眸に涙を溜め、俺の傍らで尻餅をついた。俺はそんな梨花を安心させるために小声で呟いた。
「……心配するな梨花、これは想定内の事態だ」
「え?」
 梨花がきょとんとするのが早いか俺は鷹野に言ってやる。
「鷹野さん、俺を殺して口封じでもするつもりですか?」
「そうね、残念ながらそうなるわ。だけど恨まないでね、ランペルージ君?」
「それは無理な相談ですが――本当にこのまま俺を殺していいのですか?」
「どういうこと、かしら?」
 怪訝そうな表情を浮かべつつも鷹野が話に乗ってきた。よし、これで条件はクリアされたも同然だ。内心ほくそ笑む。
「仮に俺が死ねば、俺が知る全ての雛見沢症候群に関する機密事項がネットを介して自動的にブリタニアの軍基幹コンピュータへとアップロードされる仕組みになっているんですよ」
「……馬鹿ね。ならば貴方を始末した後に貴方のおうちのパソコンを壊してしまえばいいだけの話、違うかしら」
「ふっ、ぬるいな」
「なんですって?」
 俺が不敵そうに鼻を鳴らすと、鷹野は不快そうに眉をひそめた。
「無駄だと言っている。パソコンは東京租界のとある漫画喫茶のものを使用した。そこの数台に自作のスパイウェアを仕込み、24時間に一度、機密ファイルがブリタニア軍へ転送されるように仕向けてある。
 アップロード開始3時間前に逐一俺のパソコンからパスワード認証及び声帯認証を行わない限りアップロードは防げない。
 ステガノグラフィーを利用し、機密ファイルは一時的にシステムファイルに紛れているため、通常使用での判別は不能かつ削除も不可。
 さらにスパイウェアは極めて無害故にネットワークを通して急速に感染拡大し、数日も経てば東京租界中に広まる手筈となっている」
「……貴方、何者……?」
 鷹野が初めて狼狽の色を見せる一方、俺は落ち着き払った様子で微笑を浮かべた。
「別に、ただの学生ですよ」
「小此木、彼を立たせてやりなさい」
 鷹野の命令に従い、男が俺を助け起こす。
 俺は立ち上がると服をパタパタと叩いて汚れを落とした。土ぼこりが静かに舞う。
 粗方汚れを落としてから鷹野を見据える。鷹野はそれを待っていたかのように訊ねてきた。
「何が目的なの?」
「別に脅迫するつもりはありませんよ。二人に梨花の話を聞いてもらいたいだけです」
「話ですって?」
「ええ、そのお願いを聞いてくれるならスパイウェアは直ちに無力化させましょう」
「そんな約束、信じられないわ」
「疑って結構です。こちらもスパイウェアを止めた後で貴方によって鬼隠しにされる可能性を疑っている。これは信頼とは程遠い打算による契約であり、両者が動けないようにする枷ですから」
 そうだ、疑え鷹野。疑えば疑うほど思考の泥沼は貴様を最も愚かな選択へと引きずり込むだろう。
 全てはブラフ――。そのようなプログラムなど初めから存在しない。作成は可能ではあるが、それには相応の時間がかかるからだ。俺にはその時間がなかった。
 つまりは陳腐な虚言とでもいうべきか。
 ふっ……だがそうだとしても鷹野、貴様は易々と嘘を断定できるほど軽率な間抜けではないのだろう?
 喜べ、その躊躇が俺にプログラムを作成する隙を与えるのだ。
「っ……」
 舌打ちをする鷹野の脇で、今までずっと沈黙を守っていた富竹が声を発した。
「鷹野さん……僕らの負けだ。条件を飲もう」
「……でもジロウさん」
「ここは彼を信じるしかない。一時の感情で動いては駄目だ。契約に従おう」
「…………。……分かったわ」
 富竹に説得されてようやく鷹野は折れた。
 ここまでは計画通りであるが、仮に計画に沿わなくても俺にはギアスがあった。鷹野が軽率な間抜けだったとしても何も問題はなかったわけだがな。
「……富竹、鷹野。では今から話しますので心して聞いて欲しいのです」
「待て、梨花。その前に――――」
 梨花の肩に手を置いて制止の言葉をかける。そして、俺は不自然にならないよう言葉に気をつけて絶対遵守のギアスを開放させた。
「お二人にとって、梨花の話は到底信じられないことかも分かりません。ですがそれでも、"梨花の言葉を全面的に信じてやってくれませんか?"」
 ――――。
 ――――――――。
 ………………。

  ***

「……ああ、構わないよ」
 富竹の瞳がギアスにかかったとき独特の虚ろなものへと変わる。
「では頼む。梨花」
「はいですっ」
 我慢の限界だったのか梨花が畳み掛けるように話し出す。
 富竹と鷹野が綿流しの晩に殺されること。
 その数日後、梨花自身が殺されること。
 動機が滅菌作戦を引き起こして園崎家を殲滅することであり、黒幕はキョウト六家であること。(勿論、実行犯として鷹野が怪しいという話はしていない。)
 梨花がそれら全てを話終えると富竹は静かに口を開いた。
「なるほど、状況は分かった。滅菌作戦はキョウト六家全体の総意ではないはず、上に掛け合って番犬部隊の要請をしてみよう」
「ちょっとジロウさん! こんな子供の言うことを真に受けるの?!」
「ああ、これが事実であるなら由々しき事態だ。僕と鷹野さん、そして梨花ちゃんの警護には、番犬でも随一の実力を持つ精鋭中の精鋭を当たらせよう」
「たしかに……でも! それでも番犬はやりすぎだわ! 私たちには山狗がいるのに、一体どうしたというの?!」
 酷く動揺して富竹の説得を試みるのは鷹野。
 しかしながらその様子を見ても富竹は彼女の説得を一蹴に付した。
「鷹野さんは少し黙っていてくれ。僕は梨花ちゃんの言葉を信じているんだ、これは現実に起こりうる話だって。では梨花ちゃん、そういうことで構わないね?」
「はいなのです!」
 鷹野を蚊帳の外にして話が纏まりかけたところで俺は徐に首を横に振った。
「いえ、鷹野さんの言うことももっともな話かもしれません。あまり大げさに動いてもらってもし実際に起こらなかった場合に申し訳ない」
「ルルーシュ、何を言っているのです?!」
 予定にない展開に梨花が困惑して叫び声を上げる。それを無視して鷹野に視線を向けた。
「鷹野さん、山狗というのは俺を瞬時に拘束した彼らのことですね?」
「ええ、そうよ」
「ならば護衛として十分な戦力です。番犬部隊は必要ありません。梨花もそう思うだろう?」
 納得のいかない表情を見せる梨花だったが、俺が目配せするとようやく首を縦に振った。
「え、ええ……。ルルーシュがそういうのならそれでいいのです……」
「ですってジロウさん? 番犬は必要ないそうよ?」
 鷹野はそう言って安堵の表情を見せる。
「そうかい? 梨花ちゃんがそういうのなら大丈夫かな? では警護は山狗に任せることにするよ」
 富竹には梨花の話を信じるようギアスがかけられている。従って梨花の言い分が変われば、富竹の意見も柔軟に変移するのが道理だ。
「ではよろしくお願いします」
「了解、用件はそれだけかい?」
「はい。では綿流しの日はくれぐれも気をつけてください」
「分かった、十分に気をつける。では失礼するよ」
 富竹と鷹野が踵を返し、静かに立ち去っていく。それに呼応するように山狗も林の中へとすっと溶けていった。彼らの気配は今やほとんど感じない。
 だが周りにはまだ山狗が残っているかもしれない。それを察してか、梨花は声を抑えて訊ねてきた。
「ルルーシュ、なんで番犬は必要ないなんて言ったのよ?」
「うろつかれると邪魔だからだ」
「邪魔? ……まあいいわ、あんたのことだから何か考えがあるんでしょうし、それに山狗の警護も鷹野に取り付けることができたしね」
「おめでたいやつだな。だからお前は逃れられない絶対の運命なんてものを簡単に信じるんだ」
「え?」
 振り返って手を振る鷹野と富竹に笑顔で手を振り返しながら、俺は梨花にだけ届くように言った。

「鷹野は敵だ」



[35460] 第十五話
Name: 海砂◆ae35f1b3 ID:743be759
Date: 2015/12/08 01:14
【15】

「ちょっと……鷹野が敵ってどういう意味よ?」
「分かりきったことを聞くな、お前を殺す犯人はアイツなんだよ」
 唐突に鷹野が実行犯だと断定され、梨花は驚きを隠せないようだった。
 この場できちんと説明をしてやりたいが、周りにはまだ山狗が潜んでいる可能性がある以上ここで全てを伝えるのは難しい。
「そういえば朝食がまだだったな。梨花、お前の家で何かいただくことにしよう」
「……もう、勝手に決めて。まあいいけど」
 梨花の同意の元、彼女の住まう防災倉庫へと場所を移すことにした。
 玄関口を開けると人の気配がない。当たり前か、ここでは梨花と沙都子が二人で生活していると聞いている。沙都子は今、鉄平の件で入江診療所に入院しているわけだしな。
 防災倉庫の二階に上がると、梨花はすぐに出来るからと言葉を残し、まっすぐ台所に向かって朝食の準備を始めた。
 一方、俺はその合間に診療所と同じように盗聴機の有無を確認していた。
 二人での食事を摂り終えると、梨花は堰を切るように問い質しにきた。
「それで、ルルーシュ。一体どういうわけなの? 何故鷹野が犯人だと分かったの? 番犬部隊が必要ないってどういう意味?」
「待て、順を追って説明してやる。それよりもこの家は客人にお茶も出さないのか?」
「……っ、梅昆布茶でいいかしら」
 梨花はこめかみを引くつかせながら冷静を装って言う。俺はそれに対し少しばかり横柄な態度でこう返した。
「まあそれでいいだろう」
「まったく、図々しく朝食を催促したかと思えば失礼な客人だこと」
 梨花は苛立ちながらも二人分のお茶を入れて戻ってくる。湯のみをテーブルに置くと、再び先ほどの質問をしてきた。
「で、どういうわけなのかしら?」
「まず俺のギアス能力についてだが、お前は俺の力をどんなものだと思っている?」
「そうね……最初は異性を魅了するようなギアスかと思っていたけれど、同性の富竹に使っていたようだからどうやら違うみたい。でも対象に命令を強制させるという能力で間違いはないわよね?」
「ああ、俺のギアスは絶対遵守の力。どんな人間にも拒否不可能な命令を一度だけ下すことができる」
 梅昆布茶とやらを一口啜る。む、不快ではないものの妙な味がするな。
「一度だけなの?」
 俺が梅昆布茶の味に首を傾げていると梨花が不思議そうに聞き返してくる。
「ああ、俺の能力は対象一人に付き、たった一度きり。だが、それ以外にも俺の能力が効かないケースが存在する」
「それは?」
「一つ目は物理的に無理な命令を下した場合。二つ目は使う意味のない命令を下した場合だ」
「えっと。一つ目は分かるけど、二つ目は一体どういう場合かしら?」
「例えばそうだな……今、お前は右手に湯飲みを持っている。その状況下で"右手に湯飲みを持て”とギアスで命令を出した場合どうなると思う?」
「なるほど、それが意味のない命令ね? だけどその話がさっきの私の質問に何の関係があるのよ」
「関係大有りだ。実は先ほど富竹にギアスをかけた際、同時に鷹野にもギアスをかけた」
「なんですって? だって、」
「そうだ。にも関わらず鷹野はお前の話を信じていなかったように見えた。これをどう考える?」
「どうってそりゃ……鷹野にギアスを使うのが二度目って訳じゃなさそうだし? かといって物理的に無理って訳でもないだろうし、だとしたら残すは意味のない命令だったってことになるわね。でもそれってちょっとおかしくない?」
「何もおかしくはないさ、鷹野は心の底ではお前の話を信じていた。それもお前の話が現実に起こる事象だと断定できるレベルでな。それ故にギアスは無効化されたに過ぎない」
「えーっとつまり? 鷹野は私の話を信じてたけど信じていない振りをしていたってことになるわよね? あれ?」
 首を捻る梨花。まあややこしい話だから当然の反応かもしれない。埒が明かないので仕方なしに答えを教えてやることにした。
「そんな妙な態度を取ったのは鷹野が実行犯だからだ。信じるも何も自らの起こす犯行計画だ、知らないわけがないからな」
「なるほど! だから貴方は鷹野が犯人だと確定することが出来たのね、流石ルルーシュ――――って貴方、それが分かっていてなんで番犬部隊の派遣を断ったのよ?!」
 得心がいって手をぽんと叩いたと思えば、梨花は手のひらを強く卓袱台に叩き付けた。その衝撃で湯飲みの液面が大きく揺れる。
「お前の言い分はもっともだ。だがあのまま番犬部隊が警備に来てどうなる?」
 俺はゆっくりと茶を啜りながら梨花に問う。すると彼女は興奮が収まらないまま俺の質問に答えた。
「どうなるですって?! ふざけないでっ、番犬がいれば鷹野は身動きが取れなくなって惨劇は回避される! 何も起こらないまま綿流しの祭が過ぎ去り、私は未来を掴むことができた!」
「では再び問おう、お前が望む未来とはどんなものだ。朝から晩まで警護という名の元に、監視をされ続ける不自由極まりない生活を送ることなのか」
「あ……」
 どうやら彼女も俺の言わんとしていることが理解できたようだ。梨花はようやく冷静さを取り戻し、短く声を漏らした。
「分かったな。番犬を利用して一時的な平穏を手に入れても何の解決にもならない。逃げずに戦わなければ、いずれまた命を狙われることになるんだよ」
「でも鷹野が犯人ってことは普通に考えて山狗も敵よね……?」 
「お前の気持ちも分かる。だが立ち止まっても何も進展しない。まずは信頼できる人間を集めよう」
「……そうね」
 梨花は重く頷き、それから梅昆布茶を一気に飲み干した。

 現時点で信頼できうる人間はあまり多くはない。
 ならば頼らざるを得ないな、俺たちの仲間を。
 
  ***

 やはり一番の味方と考えられるのは魅音たち部活メンバーだろう。戦力としては若干物足りないが、そのデメリットを上回る程の信頼がある。
 逆に山狗は戦闘能力こそ申し分ないが、彼らは鷹野の手駒であり信用に欠ける。山狗がシロで鷹野の単独犯という可能性もないわけではない。が、だからと言って羊の番をわざわざ狼にやらせる愚を冒せるはずもない。
 魅音とレナと沙都子の三人、そしてスザク――これだけでは駒が足りないように思う。他には味方になってくれる人間はいないだろうか?
 信頼という観点から見れば、今や俺のほうにはC.C.ぐらいしか思い当たらないが……。
「魅音たちに協力を求めるのは確定だとして、後もう少しだけ味方が欲しいところか?」
「そうね、入江なんかはどう?」
「いや、入江はよそう。確かに彼のおかげで貴重な情報を得られたのは事実だが、今回の件に関して言えば、正直あまり助けになりそうにない」
 梨花の提案に俺はゆっくりと首を横に振った。
「それに入江は嘘や隠し事が苦手そうだ。下手をするとこちらの尻尾をつかまれる恐れもあるからな」
「入江が駄目なら他に誰か心当たりは?」
「そうだな――」
 呟きながら視線を脇に流した丁度その時、梨花の家のアナログ電話がジリリと騒がしく鳴り出した。
「ちょっと待ってて」
 梨花は一言断ると今時珍しいアナログの黒電話へと向かい、その無駄にサイズの大きい受話器を掴んだ。
 相手は魅音やレナだろうか。であればこちらから連絡を取る手間が省けるのだが。そんなことを考えていると、梨花がこちらに視線を送ってきた。
「ルルーシュ、あんたによ。咲世子さんから」
「咲世子から?」
 一体何の用だろう? 怪訝に思いながらもずしりと重い受話器を受け取って返事をする。
「もしもし、ルルーシュです。どうしました?」
「ルルーシュ様? 大変です、ナナリー様が!」
「ナナリーが一体どうしたんですか?!」
 問い詰めると咲世子は酷く取り乱した様子でナナリーがいなくなったことを告げた。それを聞くなり身体中に戦慄が走る。
「少し目を離した隙にナナリー様の姿が見えなくなって、妙な手紙だけが残されていたんです! ああ、なんてこと!」
「落ち着いてください、咲世子さん。……その手紙にはなんと書かれていたんですか?」
 咲世子がショックで声を震わせたまま手紙を読み上げる。



 妹は預かった
 返して欲しければサクラダイト発掘現場のゴミ山に独りで来ること
 他言は無用



「――差出人はマオを名乗っています……」   
「マオ、だと……」
「ルルーシュ様、何か心当たりでも?」
「いや……ないですね」
 内心の動揺をひた隠して否定の言葉を口にする。
 馬鹿な……。マオは確かC.C.の放つ銃弾によって頭を打ち抜かれ絶命したはずだ。生きているわけがない。
 だがしかし、ナナリーを攫う理由がある人物はアイツだけしか思い当たらない。まさかやつもC.C.と同様に不死の身体を持ち、今も尚俺を嘲笑うかのように平然と生きているというのか?
 いや、だとしたらC.C.が何かしら言うだろう……。それともC.C.に謀られた?
 違う、それはありえない……。C.C.の言う願いをまだ俺は叶えていない。この状態で裏切ったとしても得は何もないはずだ。
 従って現時点では何者かがマオを騙っているとしか考えられない。だが一体誰が?
 鷹野はマオを知らないだろう。つまりこの件に関してはシロ。
 では俺とマオの関係を知り、俺がこの雛見沢に転校したことを聞いている人物は……?
「……そんなことはどうでもいい。今は……」
 独りごちると、咲世子に対しこの件は自分に全て任せるように言い聞かせて受話器を置いた。そして玄関に繋がる階段へと足を急がせる。
「ルルーシュ、何かあったの?」
 ただことでない雰囲気を感じ取ったのか梨花が緊迫した面持ちで訊ねてくる。
 ……他言無用と言っていたが、梨花ぐらいにはいいだろう。幸い盗聴機等の有無は確認済みだ。
「ナナリーが攫われた」
「なんですって?!」
「だから、これから犯人の指示に従って行動する」
「私も行くわ!」
「お前は来なくていい。独りで来いという犯人からの要求だ」
「でも、」
 渋る梨花を少し語気を荒くして諭す。
「馬鹿が、お前は他人の問題に構っているほど暇なのか? 違うだろ、お前はお前がすべきことをやれ」
「私がやること……?」
「朝のうちに電話でスザクを呼んでおいた、まもなく雛見沢に到着するだろう。スザクに全てを打ち明けて協力を求めろ。それから――」
 魅音たちを呼んでスザクと同様に彼女らの協力も求めるよう梨花に促して、俺は足早に防災倉庫を後にした。

  ***

 犯人の要求通りサクラダイト発掘現場に独りで赴く。
 高く詰まれた幾つものゴミ山を乗り越えて、その影に隠れた平地へと降り立つ。
 そこには案の定マオはいなかった。ただ少女が独りぽつりと俺を待っていた。
 ゴミ山にて決してその場に似つかわしくない燈色の美髪を靡かせる彼女は、果たして俺のよく知る人物だった。
 少女は俺にとってたぶん一番大切な友達であり、それ故に繋がりを絶ったはずの――――。
「シャー、リー……」
 俺は思わずかつてのクラスメートの名前を呟いた。
 一方、彼女はまっすぐと俺の目を見て徐に口を開いた。
「ルルーシュ、手紙の指示通りに一人きりで来てくれたのね」
「お前がナナリーを……。そうなのか、シャーリー……」
「うん、そうだよ」
 そう答えるシャーリーの口元は綻んでいたが、目は僅かにも笑っていなかった。
「一体どうしてこんなことを」
「自分の胸に聞いて、ルルーシュ。いえ、ゼロ」
 強い眼差しで俺をまっすぐと見据え、吐き捨てるようにシャーリーは言う。
「シャーリー……記憶が戻ったのか……?」
 動揺する俺の質問にシャーリーは答えない。彼女は肩を竦ませるだけだった。
 だがそれでも諦めることなく矢継ぎ早に言葉を紡ぎ出す。
「狙いは俺だろう、ナナリーは関係ない!」
「くすくす。関係、あるよ。だってナナちゃんは貴方の大切な妹だもの」
「ああ……認める。ナナリーは俺の大切な妹だ……。だから頼む、ナナリーを返してくれ!」
 俺の悲痛な訴えにも関わらず、シャーリーは眉一つ動かさず冷たく残酷な言葉でもって俺の背筋を凍らせる。
「残念だけど、もう遅いわ」
「な、んだと……? それはどういう意味だ!」
「……貴方には私と同じ悲しみと憎悪を味わってもらう」
「お前……まさか…………」
 そんな、ナナリーがもう既に――――されているなんて。まさかそんな、そんな馬鹿なことがあってたまるのものか……。
 言葉にならない絶望と恐怖がゆっくりと心を締め付ける。
 俺は自分の読みを否定するように、一抹の希望を紡ぐように、無意識に首を横に振る。
 だがしかし、シャーリーの無味簡素な声によって俺の希望は儚くも打ち砕かれたのだった。

「貴方はお父さんをナリタ山で生き埋めにした。だからそのお返し。貴方も……大切な人がいなくなる悲しみが少しは理解できたかな。ねぇ――――ルル?」

「シャアァァリィィィィィッッッ!!」

 気づけば俺は眼前の仇の名を叫びながら、その首へと向かって二の腕を突き出していた。

  ***


 俺の両の手がシャーリーの首へとかかり彼女は苦悶の声を上げる。苦しいという気持ちが痺れるように徐々に腕を伝い昇ってくるのが分かる。
 このまま後数十秒も締め付けていれば目の前の少女の命はあっけなく止まってしまうだろう。それだけで俺はナナリーの仇を討てた。
 そのはずなのに、俺は自然と彼女を開放していた。
 シャーリーは肺に新鮮な空気を送り込みながら息も絶え絶えに言った。
「……どうして止めるの」
 シャーリーにとってみればそれは当然の疑問。だが俺からしてみれば決してそうではなかった。
 撃って良いのは撃たれる覚悟のあるやつだけ、俺は今までそう自分に言い聞かせて生きてきたからだ。だから分かる。俺の怒りはシャーリーの怒りでもあったのだ。
 俺が誰かの大切なものを奪えば、俺も大切な何かを失ってもそれは至極当然の帰結なわけで……。
「私はナナちゃんを殺したのにどうして? 私が憎くないの」
「…………」
 憎くないかと問われれば憎い。だが母親を殺した犯人を探し出して復讐をしようとしている俺がシャーリーに対して何を言えるだろうか。
 何よりシャーリーは俺の大切な人だった。大切なものを失ってそれで今度は自らの手で大切なものを壊してしまったら、俺は自分を許すことができなくなってしまうから。
 だから俺はシャーリーを殺すことができなかった。
「分かった、自分で手を下すのが怖いんでしょう?! だから殺せないんだ!」
 シャーリーは唇を震わせてそう言い、俺の服を強引に掴む。それを振り払うこともせず、俺はされるがまま別のことに思いを馳せながら、ただ呆然と立ち尽くしていた。
 どうして俺は未だこうして生きている? 最愛の妹がいなくなったその時点で、俺の生きる目的はとうになくなってしまったというのに。
 ああ、そうか……分かった。俺の最後の役割が。
「シャーリー、お前を殺さない理由を教えてやろうか?」
「え?」
「フッ、それはな……お前が俺にとって取るに足らない存在だからだよ……ッ!
 お前の言う通り、俺の正体は日本を解放に導く偉大な革命家ゼロ! だがそれに対しお前は支配されるだけの矮小無力な女に過ぎない! 従って、殺す価値などただの一遍もないのだよ!」
「……ルルーシュ、まさか貴方は……?」
 シャーリーが俯き加減だった顔を上げる。それを見計らって、俺は高らかに嘲笑って言葉を続けた。
「くっくっく、覚えているかシャーリー? 父親が死んだ時お前は俺に泣きついたんだ。その泣きついた相手が父親を殺した張本人とも知らずにな!」
「やめて、ルルーシュ……やめてよ」
 嫌々とばかりに頭を振るシャーリーを尻目に俺は平然と踵を返す。彼女に対して無防備な背後を見せつける形で……。

「見ていて面白かったぞ。お前は俺を楽しませるための滑稽な道化だった。ありがとう、お前は本当にいい暇つぶしになったよ、あっはっはっは!」

「ルルーシュッッッ!」

 シャーリーが俺の背中目がけて飛びかかってくるのが分かる。
 そうだシャーリー、お前の憎い相手はここだ。殺せば楽になるというのなら殺せばいい。

 そしたらすべて忘れて、俺が好きだったあの頃の君に――――。

  ***

 Turn of Hinamizawa Village ―― Rika side

 ナナリーは大丈夫だろうか。
 私はルルーシュの親友スザクと電話で呼び出した仲間たちを待ちつつ物思いに耽っていた。
 ルルーシュが防災倉庫を飛び出てもう十数分経つ。
 やはり無理を言ってでも私も着いて行ったほうが良かったのではないか。何度もそんな不安にかられる。
 だが私がいてどうなるものでもないとその都度思い直し、もはや頭の中はぐちゃぐちゃに煮込んだシチュー鍋のようになっていた。
 思い悩んでいるうちにも時間が流れ、ついに玄関の呼び鈴が鳴った。
 両頬をぴしゃりと自らの掌で打ち、頭を切り替える。
 ……ルルーシュの言う通りだ。今は自分のことだけを考えろ。
 仲間たちに私の話を信じてもらい、この惨劇を終わらせる。ここが正念場なのだ。
 皆は信じてくれるだろうか? よもや冗談半分で流されないだろうか……。そんな弱気な考えを切り捨て、玄関を開ける。
 玄関の扉を開けると、そこにはスザクが立っていた。先に魅音たちが来てくれるとばかり思っていただけにぎょっとする。
「どうもこんにちわ……古手梨花ちゃんのお宅で、いいのかな?」
「はいです、貴方がスザクなのですか?」
「うん、そうだよ。よろしくね。君は梨花ちゃんで間違いないかい?」
 スザクとはこの世界では初めてだが、以前の世界では何度か綿流しの当日に会ったことがある。
 そういえば、彼に幾度か助けを求めたこともあったっけ。あれは苦い思い出だった。
 スザクは真摯に私の話を聞いてくれたけれど、結局毎回鷹野の通常業務(機密保持)によって消されてしまっていた。
 彼は強い力を持っているのは間違いない。だがそれに見合う経験が足りていなかった。
 綿流しの当日から私が死ぬまでの僅かな期間では焦りたくなる気持ちも分かるが、彼はスピードを重視するあまりやりすぎた。情報収集の際、いつも引き際を誤って命を落としていたのである。
 大変失礼な話だが、私にはそれが死にたがっているように思えたので、酷くやさぐれていた頃の私は陰で彼を死にたがりと呼んでいたことがあるぐらいだ。
 勿論、本人には内緒なのだけれど。(余談だが、ルルーシュのほうは頭でっかちの無能呼ばわりしていた。)
 そんなこともあって、以来スザクに話すのは控えていたのだけど……きっと今度こそは大丈夫だろう。
 今回の味方は彼一人ではない。今までどうしても力になってくれたことのなかったルルーシュがいる。ううん、彼だけじゃない。魅音やレナ、沙都子たちもいるのだ。
 ふと、人は助け合って強くなれると誰かが言っていたのを思い出す。
 以前の私はそれを戯れ事だと嘲っていたけれど……今回は、見誤らない。
 悲劇なんて知るもんか、惨劇なんて知るもんか。きっと今度こそ、悪魔たちの考えた脚本など打ち破り、私は私が納得いく決着を付けて見せよう。

  ***

「えっと……梨花ちゃん、だよね?」
「あっ……そうなのですよ。初めましてなのです、にぱー☆」
 スザクと会話中だったことを思い出し、慌てて言葉を返す。
「早速だけど上がらせてもらっていいかな?」
「どうぞなのです」
 スザクを防災倉庫の二階に招き、お茶の用意をする。
 入ってすぐ彼も盗聴器の有無を確認しようとしていたが、ルルーシュが既に行っていることを伝えると安心して腰を下した。
「じゃあ……真相を聞かせてもらうよ、いいね?」
「はいなのです。けど、一緒に話を聞かせたい人たちがいるので、しばらくの間待っていてもらえますですか?」
「それは信用できる人たちかい?」
「僕の友達なので心配はいらないのです」
「そっか。そういうことなら待たせてもらうけど、一つ聞いていい?」
 差し出したお茶を丁重に受け取ってスザクは訊ねてくる。
「なんなのです?」
「ルルーシュはいないのかい?」
「えっと、彼は……急用を思い出したとかで少し前に出て行ってしまったのです」
 スザクにはナナリーが攫われた事実を伝えたほうが良かっただろうか。
 少し考えて止めておくことにした。スザクには自分の話を聞いてもらわなくてはいけないのだ。ルルーシュのほうへ向かわせるわけにはいかない。
 そもそも今はどこにいるかも分からない状況だ。無駄足になる可能性が高い。ここはルルーシュを信じるしかない。
「そっか。彼は元気かな? ほら、最近は電話で連絡を取り合うぐらいだからさ」
 ……ルルーシュは大丈夫だろうか。
 大丈夫だ……大丈夫。ルルーシュなら上手くやってくれる……。
 不安を誤魔化すかのように私はスザクへと冗談交じりに言葉を返した。
「もちろん元気なのですよ。この前なんかウェディングドレスで村を練り歩いたぐらいなのです、にぱー☆」
「あはは、どういう経緯でそうなったのか知らないけど、それはきついね」
 スザクは苦笑してお茶を一口啜る。それに倣い、私も湯呑みに口を付け、彼に雛見沢でのルルーシュの生活を教える。
 部活やその罰ゲームでのこと。沙都子が叔父に連れて行かれた時助けてくれたこと。そして今も真剣に私の話を聞き、共に行動してくれていること。
 スザクが聞き上手なのもあってか、本当によく喋った気がする。
 一しきり話終えた頃、丁度良いタイミングで玄関の呼び鈴が鳴って、私とスザクは顔を見合わせ頷き合った。

  ***

 Turn of Hinamizawa Village ―― Lelouch side


 背中にトスンと軽い衝撃。
 痛みはないが刺されたのだ。そう思った。刺された時なんて案外こんなもんだろうと思っていた。
 だけどそれは違っていて、すぐにそれがシャーリーの温かい抱擁だと分かった。
「シャー、リー……どういうつもりだ」
「やめて……もう、いいから……。もう、嘘はつかなくて、いいから……」
「嘘だと? この期に及んで信じられないのか。お前の父親は俺が殺したんだよ」
「そうかもしれない、でもルルーシュは……。ルルは泣いているから」
「泣いている? 俺が? いつどこで?」
「たった今だよ。悪人を演じながら、ルルは心の中で泣いているよ……」
「イカレてるとしか言いようがないな。確かにナナリーが死んだことは悲しいが、これでゼロとして動きやすくなった。別に泣くほどのことではない」
 明らかな嘘だった。ただ最愛の妹がこの世にいないというだけで胸が張り裂けそうだった。けれど、シャーリーのためにはこう言う他なかったのだ。それがせめてもの償いとなると思ったから。
「私もルルに嘘をついた……」
「何……?」
「ナナちゃんは生きてる」
「えっ?」
 シャーリーの言葉が上手く飲み込めない。その癖妙な浮遊感が体を包む。
 ナナリーが……生きて? それって……。
「殺してなんかない! 今もちゃんとナナちゃんは生きてる!」
「それは、それは本当なのか?!」
 振り返ってシャーリーと対面する。その時初めて浮遊感の正体が喜びなんだと気づく。
「嘘をついて、ごめんなさい……」
 目の前に現れたシャーリーの頬は涙で酷く濡れており、再び俯きながら彼女は俺に呟くように謝る。
「どうしてそんなことを……?」
「最初は殺そうと思ってた。だけどその時になって思ったの。“あたし“は何がしたいんだろうって」
 そう言いつつシャーリーは涙を拭うと、それから俺の目をまっすぐと見据えた。
「ルルを殺そうと考えたこともあった。だけどそんなことをしたら何も罪のないナナちゃんが私と同じ目にあってしまう。
 だからって貴方に私と同じ苦しみを与えるためにナナちゃんを殺すことはできなくて……ごめんなさい……」
「そうか……よかった……よかった……っ……」
 気づけば俺の双眸からは涙が流れ出てきていた。

「ルル、私気づいたの。人を憎む気持ちを無くすのはとても難しいこと。けれど、だからこそ途中で誰かが止めないといけないんだって。……貴方は憎悪に支配されても結局は私を殺さなかった。だから私は貴方を許そうと思う」

「シャーリー……」

「ルル、私は貴方を許すよ。例え世界が貴方を許さなくても私が貴方を許します」

「っ……ありがとう、シャーリー……ありが、とう……っ…………」

 俺は恥も外聞もなく声を出して泣いた。
 涙は止めどなく溢れ出て、まるで涙腺が壊れてしまったようだった。
 それをシャーリーという少女は慈愛に満ちた微笑を浮かべながら背中を擦り、俺を快方してくれた。
 自分もつらいはずなのに、彼女は憎い相手を許す強さを持っていた。
 結局の所、彼女は憎しみの連鎖を断ち切ったのが俺というが、決してそうじゃなかった。他でもない彼女だったのだ。
 涙が止まらない。自分の不甲斐無さが身に沁みて嗚咽がどうしても抑えられない。

「済まなかった……済まなかった! それがあの時どうしても言えなくて!」

 もしかしたら俺は、彼女の記憶を消したその時からずっと彼女の許しが欲しかったのかもしれない。

  ***


 シャーリーの案内の元、ナナリーのいる場所へと向かうと、意外にもそこはゴミ山のすぐ近くだった。
 サクラダイト発掘のために建てられた廃墟の中で、ナナリーは特に拘束されているというわけではなかった。
 例え目が見えなくとも、逃げようと思えば易々と逃げられる。そんな状況下でナナリーはいつもの車椅子に座り、まるで待ち合わせ場所で誰かを待っている風貌だった。
 その様子を見て取り、本当にシャーリーはナナリーに危害を加える気がなかったんだなと今更ながらに思う。
 ナナリーと二三、言葉を交わした後、共に廃墟から出る。
 それからシャーリーと向かい合い、俺は彼女と別れの言葉を交わす。
「じゃあね、ルル」
「ああ、シャーリー……元気でな」
 どちらからというわけでもなく、握手を交す。
「ルルこそ元気で……。そして、もう道を誤らないで」
「ああ、約束する……。俺はもう間違わない」
 手段より追及すべきは結果。そう信じて今まで俺は歩み続けてきた。
 けれどふと後ろを振り返ると、そこにはたくさんの屍が横たわっていて。その命を無駄にしないためという大義名分を掲げ、さらに多くの命を犠牲にしてきた。
 だが俺は今日、その果てに至る未来をシャーリーに気づかされた。
 至るのは破滅。結果を追い求めすぎ、そのせいで大事なものを自ら壊してしまうというもの。
 それはただの想像なのに酷く生々しい光景で、俺はその現実感に寒気を起こす。
「スザクが言っていた。間違った方法で得た結果に意味なんてない。今ならそれが分かる」
「うん……そうだね。それに気づけたルルならきっと……」
 唐突にシャーリーが握手を交わすその手を手前に引いた。それにつられ、身体が前に引っ張られる。
 シャーリーはバランスを崩しかけた俺の身体を抱き寄せるかのように支えた。
「さようなら、ルル。またいつか」
「ああ、またいつか」
 シャーリーはすっと身を翻し、未だ抱擁の余韻も消えないうちにその場を後にする。
 もう彼女は僅かにも振り返ることはしなかった。
 彼女の後姿――風に靡いた燈色の髪が夕焼けに交じり見えなくなった頃、唐突にナナリーがくすりと微笑んだ。
「お兄様、良かったですね。シャーリーさんと仲直りできたみたいで」
 ナナリーのその言葉が引き金となってまた少し涙腺が緩む。
 少し間が空き、不思議がるナナリーに俺は微笑交じりに言葉を返した。
「ああ、そうだな……。本当に長い刻を彼女と仲違いしていた気がする。でも、だからこそ――――」

 俺はもう二度と彼女を裏切る真似はしないと誓おう。






[35460] 第十六話
Name: 海砂◆ae35f1b3 ID:743be759
Date: 2015/12/08 01:19
【16】

 Turn of Hinamizawa Village ―― Rika side

「――以上、これが僕の話したいことのすべてなのです。ぺこり」
 防災倉庫のリビングにて短くない時間を費やし、ようやく魅音やスザクに私が置かれている状況を説明することができた。
 一呼吸置いて周りを見回すと、皆呆然として押し黙っているのが見える。
 魅音、レナ、沙都子、スザク……。やはりこんな荒唐無稽な話、簡単に信じてくれはしないか。
「信じられないのは分かりますです。でもこれは事実なのです」
 ……だが、こればかりは時間をかけてでも信じてもらわなくてはならない。何故なら、これから起こる事件が私だけの命を奪うものではないと、もう私は知ってしまったのだから。
「それで、おじさんたちはどうすればいいのかな?」
 説明を終えてから、魅音が初めて口を開く。彼女に倣って沙都子も言葉を発すした。
「私たちに一体何が出来るというんですの?」
 その言い方には僅かに私を責めるような強さがあった。
 二人は怒っているのだろうか?
 何に対して? もしかして私がいるせいで大量虐殺が引き起こされるから?
 私が死ぬとそれに巻き込まれると知ったから?
 二人にそんな目で見られているかと思うと居た堪らなくなった。私は自然と謝罪の言葉を口にしていた。
「ごめんなさい……」
「それは何に対してのごめんなのかな、かな」
 レナだけはこの空気を理解して私を責めないでくれると思っていた。けれど彼女もまた二人と同じく私をきつく見据えて詰問してくる。
 仲間が周りにたくさんいるはずなのに、私は何故か孤独感を感じてしまっていた。
「それは……皆を巻き込んでしまったからなのです。そして僕が死んでしまった時、皆も犠牲になるからです」
 俯き加減にレナの問いに答える私。口に出して酷く悲しい気持ちになる。
 皆の罵りの言葉が聞こえてくるような気がして再び謝った。
「本当にごめんなさい。でも僕が頼れるのは皆しかいないのです……」
 首を横に振るレナ。それは拒絶?
「梨花ちゃんは謝るべきだと思う」
 もう謝っているのに、これ以上何を謝罪しろと言うのか……。レナが分からない。
 レナの言葉を引き継ぎ、スザクが言った。
「梨花ちゃん。僕は皆とは初対面ではあるけど、皆が君の何に怒り、何に謝罪を求めてるかが分かるよ」
「それは一体何なのです……?」
「どうしてもっと早くに相談してくれなかったの? 僕には魅音たちがそう言っているように見えるよ」
「え……」
 非難されても仕方がないと思っていた所に意外な答えが返ってきて、思わず唖然としてしまう。
 そんな私にレナが真顔で語りかけた。
「梨花ちゃんの相談がもっと早ければ、奴らに比べたら限りなく無力に近いこんな私たちでも、今より多くの事が出来たかもしれない。逆に相談がもっと遅くなっていたなら、最悪、何もできずに私たちはただ梨花ちゃんを失っていた。理解できるよね?」
「はいです……。僕は皆の気持ちを全然考えてなかった。本当にごめんなさいなのです……」
 私は自分の事を信じてもらおうと考えて、そのくせ仲間を信じることが出来ずにいた。その私の心を責められていたのだと気づく。
「分かってくれたならいいよ。幸いまだ時間がないわけじゃないし、それに……」
 そこで場の空気を仕切り直すかのように魅音が手を叩いた。
「はいはい、そこまでにしようか。まだ梨花ちゃんに最初に訊ねたことの答えを聞いてないからね」
「最初に訊ねたこと……?」
「ええ! 梨花が私たちに何をどうして欲しいかってことですわ!」
 沙都子が先ほどまでの責めるような表情を一変させて、いつもの太陽のような笑顔を向けてくる。
 彼女だけじゃない。見回すと他の皆も笑顔で私の答えを待っていてくれた。
「皆……。僕を、いえ私を……助けてください!」
「「当然!!」」
 皆は口をそろえてその想いに答えてくれたのだった。

  ***

 Turn of Hinamizawa Village ―― Lelouch side

 ナナリーを家に送り届け、咲世子に適当な話をでっち上げて宥めた後、俺はまっすぐと梨花の家に戻った。
 梨花へ問題は解決したもとい、そもそも事件自体なかったことを告げ、防災倉庫の階段を昇る。皆への打ち明けは済んだようで梨花は満面の笑顔で俺を迎え入れてくれた。
 だが二階の居間に入ると、俺がいなかった間に何かあったようで少々疎外感を覚える。
 まあいいか……。一人呟くように言ってすぐに頭を切り替える。
「それで? お前ら、事情を知った所で何か考えはないか?」
「考えって言われてもねー。逆に聞くけどルルの方はどうなのさ?」
 緊迫した空気が辺りを包む中、魅音がいつもの様子で横柄に言う。空気が読めないのか、それとも場馴れしているのか、どちらにしろこの状況下では彼女の存在は心強かった。
「そうだな、俺は梨花を殺そうと思う」
「「な、なんだってー?!」」
 俺の発言に対し、皆が一様に驚きの声を上げる。さながらMMRの登場人物たちのようだと言ったらお分かりになるだろうか。
 このまま勿体ぶるのも一興だが、今はそんな場合ではないので続けて説明に移ることにする。
「綿流しの祭りまでの時間は少なく見積もっても優に48時間以上ある。今なら緊急マニュアルを逆に利用できるんだ」
「緊急マニュアルを逆に利用? あ、そっか! レナは分かったんだよ!」
 まずレナが最初に俺の考えに気が付く。当然だろう。普段は隠しているが、彼女が部活メンバーの中でも群を抜いて勘が鋭いことを俺は知っている。こういうのを日本のことわざで能ある鷹は爪を隠すというんだろうな。
「え? え? どういうことですの? ルルーシュさんの言う事はいつも肝心の部分の説明が足りませんわ!」
「右に同じ。ルルみたいな優等生タイプってやつはそういうトコ、相手が分かってるのを前提で話を進めるから厄介この上ないよね」
 沙都子が首を捻るその脇で魅音もまた同様の仕草をする。
「あのね、沙都子ちゃん。つまりこういう事なんだよ」
 レナが耳打ちしてようやく得心がいったのか沙都子が手をぽんと叩いた。
「ああっ、まさかそんな手があったとは! まさに最高に優雅なトラッププランじゃありませんの!」
「な、何?! 沙都子どういうこと?!」
「おーっほっほっほ、これには魅音さんも驚くと思いましてよ~!」
 今度は沙都子が魅音に耳打ちし、次は魅音からスザクへ。
 傍観していた梨花だけが酷く困惑した様子で置いてけぼりとなっていた。
「みぃ、僕だけ仲間はずれなのです……」
「安心しろ、今説明してやるから。梨花以外はもう分かっているとは思うが、一応確認のために一緒に聞いてくれ」
 皆に作戦内容とその段取りを伝え、それを元に俺たちはついに行動を開始する。
 ――――最悪の結末を回避するために、大切な人たちを守るために……。


「さあ、反撃を始めよう」


 ――タイムリミット;オヤシロさまの祟りまで後2日。


  ***

 Turn of Hinamizawa Village ―― Takano side

 診療所の休憩室の一角で、紅茶の香りを愛でながら私は一日の仕事の疲れを癒していた。 
 今まで長い時間この職場で働いていた気がする。しかしそれも今日明日と従事してしまえばそれで終わりとなる。
 思えば、ブリタニアの侵攻によってトウキョウが解体された時こそが私の運が尽き始めた頃だった。
 雛見沢症候群の研究資金の供給ルートが断たれ、素性もよく知りもしない人間から援助を受けた。
 私の方針など耳を貸さないそいつらの顔色を窺って研究を続けている現状……。
 私は明日、最愛の人を殺すことになるだろう。
 そして、この雛見沢に住む何の罪もない二千人余りの人たちを私の自己満足に巻き込むだろう。
 だが立ち止まることは許されない。亡き祖父の遺志を継ぐと決めたあの日から私の心は変わらない。
「……。…………ん」
 ふと覗き込んだティーカップの紅茶の液面に、ルルーシュ・ランぺルージの顔が映り込んだ気がした。
 何故彼の顔が浮かんだのかぎょっとするが、その刹那に私は悟る。
 ああ、彼は私に似ているのだ。いや、その言い方は多分誤り。正しくは”似ているような気がする”だろう。
 冷徹で個人主義……。手段より結果を尊び、結果を出すためならいかなる犠牲も厭わない。そんな気がする。
 もしあの少年が私の立場に居たなら、彼に同じ選択が取れるだろうか?
 ……その疑問に特に意味はない。ただ少し頭を掠めただけだ。
 だがその答えとは関係なく、明日彼は何かしら行動を起こすだろう。
 私の計画が漏れているはずはない。……が、雛見沢症候群の存在に気付いた彼なら何かを掴んでいると見ていいだろう。
「だけど、それでも――――」
 私は私の未来を一歩も譲りはしない。
 勝つのは私かそれとも彼か。否、最後に笑うのは他ならぬこの私だッッッ……!
 強い意志は運命を強固にする。揺るがない信じる心こそが運命を切り開く鍵となる。
 私の決意は地球という一つの惑星よりも遥かに重い。故に何者にも決して負けはしないし負けるはずもない。
 すっと席を立ち、いつの間にか傍らで待機している小此木に飲みかけの紅茶を手渡して私は休憩室を後にする。
 

「さあ、祭りの準備を始めましょう?」



 ――タイムリミット;オヤシロさまの祟りまで後1日。


  ***

 ――タイムリミット、綿流しの祭当日


 日が落ち始め、辺りに綿流しの祭りの合図である打ち上げ花火の音が鳴り響いた頃の事だった。
 作戦を開始しようとした矢先、小此木から一つの無視できない情報が入った。
「……っ…………なんですって?!」
 小此木によって耳打ちされた内容によって、私は人目もはばからず驚愕の声を上げてしまう。
 周囲を見回し、軽く咳払いをする。声のトーンを落とし、小此木を引き連れ、人気のない場所に移ると彼に聞き返した。
「本当なの……? Rが二日前に既に殺害されていたというのは……!」
「へい、東京租界から出張ってきたブリタニアの警官が死体を発見したとのことで」
「一体どうして……?! いえ、誰がそんな真似を……!」
 山狗には古手梨花の殺害予定時刻についてはしつこく何度も確認を取っているはず。まさか山狗が先走ってしまったとは思えない。
 一体誰が?! 焦りと苛立ちで思わず歯ぎしりをしてしまう。
 そんな私とは対照的に小此木は冷静に話を進めた。
「Rをやっちまった犯人は既に捕まっています」
「誰! 誰なの?!」
 急かす私の疑問に対し、小此木は重苦しいため息をつく。
「あの小僧……ルルーシュ・ランぺルージです」
 徐に答えを告げる小此木。私の心情を察してか酷く残念そうだった。
 古手梨花殺害の犯人の名を聞き、私はまるで後頭部を激しく強打されたような衝撃を受けた。
 ルルーシュ・ランぺルージが何かしらの行動を起こす可能性は考えていたが、まさか友人の古手梨花を殺害してしまうなんて想定の範囲外だったのだ。
 彼は古手梨花の友人であり、どちらかといえば彼女を守る側の人間のはずだ。いや、例えそのような関係を抜きにしても、彼女が死んでしまえば村人の急性発症が起きてしまう事を知っている彼がそんなふざけた真似をするわけがない。
 つまりルルーシュ・ランぺルージが彼女を殺すことで得るメリットなど何もないはずなのだ。
 ぐちゃぐちゃに煮込まれたシチューのような頭で私は言葉を零す。
「分からない……どうして彼が?」
「雛見沢症候群の急性発症が考えられます」
「急性発症ですって?」
「入江の奴が隠してやがったんでさ。小僧が犯人として捕らえられた知らせが届いた時の奴の様子がおかしかったので、問い詰めてやると簡単にゲロしました。あの小僧、一度症状をL4まで悪化させていて診療所に治療に来ていたようなんですわ」
「……っ……雛見沢症候群を、再発させたですって…………?」
 そんな馬鹿な事があってたまるものか。だって、二日前会った時には彼にそんな素振りは僅かにも見られなかったじゃないか。
 山狗に囲まれて組み敷かれても、動揺の色を少しも見せなかった彼が……あれほど古手梨花を信頼していたルルーシュ・ランぺルージが、その身に宿る疑心暗鬼や凶暴性をひた隠しにして雛見沢症候群を再発させていたというのか……? 馬鹿な、あり得ない!
「そうよ……これは何かの罠よ! ただちに事実確認をして頂戴!」
「へい、現在やっておりますが、少々問題がありまして」
「出来ないっていうの?!」
 キッと睨みつけてやると小此木は狼狽し表情に苦笑いを浮かべた。
「いえいえ、出来ないとは言いません。ただ、ブリタニア警察には我々の息のかかった者がおりませんで、なかなか難儀しているところですわ」
「っ……可能な限り迅速に調査させなさい!!」
「へい、三佐の仰せのままに。……おいお前ら!」
 小此木が近くにいる山狗隊員に強い口調で命令すると、彼らは一度綺麗に敬礼をし、逃げるようにその場を立ち去った。
「くっ……こんな形で私の計画に綻びが生じるなんて」
 小此木の隣で、山狗が出て行った扉を呆然と見ながら呟く。
 山狗の情報によると、古手梨花が死亡してまる二日……。これでは緊急マニュアルの発動の有意性が足元から崩れてしまっていることになる。
 緊急マニュアルは古手梨花が死亡して48時間以内に行わなければならないもの。それを超えて発動させても何の意味も持たないただの大量殺戮なのだ。
 何故……どうして? 緊急マニュアルを発動していなければ、村人の急性発症を止める手立ては何もないはず。もう今の段階で村人は発狂して殺し合いを始めていてもおかしくない時間ではないのか……?
 にも関わらず村の様子がいつもと変わらず続いているという事は、私の尊敬するお爺ちゃんの論文が間違っていたという事……?
「それを認めろというの……? そんなことって……」
 こぶしを強く握り込み、爪を掌に食い込ませても苛立ちは収まらない。
「三佐、まだ終わったわけではありません」
「……どういう意味?」
 小此木の言葉が呆然自失だった私を現実へと引き戻す。
 
「作戦決行直前の古手梨花の死亡。何やらタイミングが良すぎはしませんか?」

  ***


 Turn of Hinamizawa Village ―― Rika side

 地下祭具殿。それは園崎本家の一角にある、重厚な扉の先に存在していた。
 奈落の底のような暗く陰鬱とした地下道、そこを通ってしばらく歩くと、祭具とは名ばかりの拷問器具が眠っている部屋に出る。
 そのおどろおどろしい拷問器具らの寝室を通過し、傾斜の高い十数段からなる階段を降りていくとようやく私の居る部屋へと到達する。
 その部屋には私と沙都子の二名が寝泊りをしている。先ほどの拷問器具の部屋と違って数多くの照明が施されており、気分的にどうということはない。
 近くには監視カメラの映像を映す数台のディスプレイ。そこだけ見ると、さながら漫画やアニメに出てくる秘密基地のようだ。 
 私の傍らでは、沙都子が机に突っ伏しながら監視カメラの映像と睨めっこをしている。
「ねぇ、梨花」
 突然、沙都子が姿勢を正して話しかけてくる。
「何なのです?」
 すぐに返事をするも、警戒心の強い彼女の視線は映像に向いたままだ。
「私たち、だいぶ長い間ここに閉じこもっているわけでございますけど、一体外は今どうなっていると思いまして?」
「分からないのです。スザクやレナ、魅ぃが帰ってきてくれれば外の様子が分かるのですが……」
 沙都子に倣ってカメラの映像を注視する。映像は園崎本家の敷地内を移しているが、怪しい人影は特に映ってはいない。
 考えていたよりもカメラの映像だけで得られる情報は少ないようだ。分かることと言えば、私がここに隠れていることが山狗たちにまだ知られていないという一点のみ。それすらも憶測に近い怪しい情報である。
「レナたちはもう富竹さんを保護できている頃でしょうか?」
「分かりませんわ、手はず通りならもうこちらに到着していて良い時間ですし、案外手間取っているのかもしれませんわね」
 そう答える沙都子は焦りからか膝に乗せた両手を頻りに動かしている。
 こちらの動きを敵に勘づかれないように富竹の保護をぎりぎりまで先延ばしにする。そのルルーシュの判断は間違っていたのだろうか……?
「いずれにしろ、私たちはまだこの場を動くわけには参りませんわ」
「ええ、分かっていますです」
 ここで私が出て行けば緊急マニュアルの有意性が復活し、再び敵の攻撃が始まる。最悪ルルーシュの策をぶち壊しにしかねない。
 それは沙都子が出て行くのであっても変わらない。沙都子と私は一緒に失踪した事になっているからだ。
 狂気に駆られたルルーシュによって私たち二人は共に殺害された。敵にそう思わせておかねばならない。そんな中、沙都子が雛見沢を闊歩していればこの私自身の死すら疑いの目を向けられかねない。
「ルルーシュが警察に捕まって封殺された今、下手に作戦にずれが生じれば修正は困難になりますです」
 何も出来ず、おめおめと地下に籠ることしかできないなど全くもって歯がゆいことだが……作戦が失敗に終わることだけはなんとしても避けねばならない。
 やはりルルーシュを序盤で失ったのはこちら側にとって大きな痛手となっている。だが信頼できる仲間の中で、山狗たちに対して違和感なく私の殺害動機を仄めかす事が出来る人間は雛見沢症候群を一度発症した彼だけなのもまた事実だった。
 結局これを最善手と考えて、後は彼の力を借りずに奴らと戦うしか道はないのだろう。

 沙都子と私は向かい合い、お互い深刻な面持ちで頷き合った。

  ***


「梨花ちゃん! 沙都子ちゃあああん!!」
 そんな叫び声が地下洞に木霊する。
「レナさん?」
 沙都子が耳に手を当て、声がする洞窟の暗がりのほうを向いた。
 地下が静かすぎたために幻聴が聞こえたかと思ったが、なるほどあれは確かにレナの声だ。
 この地下室には複数の脱出口があり、それらが迷路のように複雑に絡み合って出口へと繋がっている。その中の一つを通ってこちらに戻ってきたのだろう。
 下手すると遭難する危険性があるのだが、正面口から入ると敵にこの場所を察知される恐れがあるので園崎本家へ戻ってくる時は仕方がなくこういった手法を取っている。
 地下室に響く忙しない足音と共に暗がりからレナの姿が現れた。レナは私と沙都子の目前で動きを止めると、肩で息をして呼吸を整えた。
「二人ともっ、大変なんだよ!」
「一体何があったんですの?」
 慌ただしいレナに対し、落ち着き払った様子の沙都子が先を促す。
 十中八九、レナの知らせは悪い報だろう。だからこそ沙都子は冷静に状況を分析しようとしているのだ。
 レナは一呼吸置いて叫ぶように口を開いた。
 その内容は予想通り悪い報で、ルルーシュのいる警察署が何者かに襲われたという最悪の事態を告げるものだった。
 悪い知らせだと身構えていたつもりなのに私の心臓が大きく跳ねる。
 このタイミングで警察署が襲われる理由は……考えるまでもない、鷹野側にこちらの攻撃が見破られてしまったからだ。
 まずいことになった。私の死体が偽物だと気づかれたのもそうだが、それよりもルルーシュのほうだ。
 嫌な汗が私の頬を舐めるよう、緩やかに伝り落ちた。
「それで、ルルーシュさんは?」
「……ごめんね、そこまではレナも知らないの」
 沙都子が訊ねるとレナは俯き気味に視線を逸らして首を横に振る。
「そんな……じゃあ彼は……」
 まるで足元が崩れ去ってしまったかのように身体から力がぬけてゆく。
 今まではルルーシュという存在が私を勇気づけ支えてくれていた。再び運命に立ち向かう意思を持てたのも彼がいたからだ。もし彼が敵の手に捕らえられてしまったのなら私は……。
 貧血の時に起こるような酷い眩暈が私を襲ったが、そのまま倒れてしまいそうになるのを隣にいる沙都子が支えてくれた。
「梨花! 大丈夫ですの?!」
「え、ええ……ありがとう沙都子。でも……」
 最悪な現状は変わらない。
 ルルーシュの場合、捕まっても例のブラフにより殺されはしないだろう。しかし、殺されずとも死ぬよりもつらい拷問を受けることになり、そうなれば流石のルルーシュでも喋らざるを得ない。
「ルルーシュが鷹野に捕らわれたのだとしたら……」
 もう私たちに勝ちの目はなくなってしまう。
 彼の安否が不明というだけで、急速に私の心は沙都子が鉄平に連れ去られたあの日のように衰弱していくようだった。

「――その心配は無用だ」

「誰?!」
 どこか聞き覚えのある男の声が聞こえ、皆一様に声のする方角――レナの現れた隠し通路のほう――を向いた。
 何者かがコツコツと靴音を鳴らし、私たちの居る場所へゆっくりと近づいてくるのが分かる。この通路の秘密を知っているのは仲間だけのはず……。ふとルルーシュの顔が頭に浮かぶ。
 一歩、二歩……。ゆっくりと距離が詰められ、その姿が室内の明かりにさらされる。はっきりと見えるようになるまでにそう時間はかからなかった。
 あれは……ルルーシュでは、ない?
 暗闇の奥から現れた人物は漆黒のマントとヘルメット型の不気味な仮面を身に付け、その場に立っていた。

「あなたは……ゼロ?!」
 その姿を認識するなり、皆の声を代弁するかのようにレナが彼の名を叫んだ。







[35460] 第十七話
Name: 海砂◆ae35f1b3 ID:743be759
Date: 2015/12/08 01:21
【17】

 Turn of Hinamizawa Village ―― Okonogi side ≪数刻前≫

「ブリタニア警察を襲撃なさい」
 物々しい雰囲気に包まれた作戦指揮車内にて、お姫様こと鷹野が呟くように命令を発した。
 その言葉に俺を含めた山狗全員が耳を疑った。
「三佐、そりゃ無茶ってもんでさぁ」
「何故? どうして出来ないの?」
 代表してリーダーの俺が否定を口にすると、鷹野はさながら何も知らない子供のように聞いてくる。
 そんな事も分からないのか……。ため息交じりに、無能な上官もといお嬢へと分かりやすく説明してやるとしよう。
「いいですか三佐、確かにブリタニア警察をつついて古手梨花の生死が分かれば楽でしょう」
「じゃあどうして実行しないのよ?」
 これからそれを教えてやろうとしているのに、お嬢は待ち切れず口を挟んでくる。やれやれだ……。
「――ですが、戦力が絶対的に足りてないんですわ」
 ため息交じりにそう答える俺。さてどうやってこの昭和のマリー・アントワネットを説き伏せいればいいだろうか。
 まず、襲撃して古手梨花死亡の事実確認をするだけなら容易くはないだろうがやってやれない事はないだろう。
 しかし相手が警察であるのなら、強襲チームを組むだけでなくそれと同数以上の、安全に撤退を促すためのチームが確実に必要となる。
 そんなチームを作るだけの戦力は現在の山狗にはない。その旨を懇切丁寧に教えてやればいいか。
 頭でまとめた答えをお嬢にぶつけると彼女は腕を組んで押し黙った。
 どうやら宥める事に成功したようだ。お嬢から視線を逸らし、車内を見回す。
 すると隊員が一様に苦笑を浮かべていたので、俺もそれに苦笑いで返してやることにした。

  ***

「くすっ……くすくす……」
 背後で哂い声が漏れた。俺は思わずぎょっとし、体を翻して振り向く。
「三佐?」
 果たして笑い声の主は先ほど大人しくなったはずの鷹野だった。
「くすくすくす!」
 彼女が唐突に腕を組んだままお腹を抱えて笑い出した。
「何かおかしいことでもあったんですかい?」
 そんな疑問にも鷹野は今にも吹き出しそうな笑いを堪えて言葉を紡ぐ。
「ええ、小此木は随分と頭が堅いのねって思って。くすくす」
 普段陰でお姫様と馬鹿にしている存在から嘲笑を浴びせられて少し頭に来る。だがそれでも本心を気取られないようにするのがプロであるこの俺だ。
「おや、そいつはどういう意味ですんね、三佐?」
 柔らかい物腰で先を促すが、内心穏やかじゃない。お嬢の『本当に分からないの?』とでも言いたげな表情が本当にイラつく。
 しばらくして鷹野は子供がクイズの正解を発表するかのように言った。
「くすくす。いいわ、教えてあげる。時に小此木、警察を強襲するために、撤退の助けが何故必要なの?」
「それは……」
 お姫様は何を言ってるのか。理由は先ほど説明したはずだ。
 俺が答えを濁していると、不敵な表情そのままにお嬢が続けた。
「強襲チームは古手梨花の生死を確認後、無線で連絡。これだけで済む話じゃなくて?」
「はい? これだけで済むとは?」
「言葉通りの意味よ」
 俺は逡巡してお嬢の言葉から思惑を辿る。そして、気づいた。
「……まさかとは思いますが、三佐は隊員を切り捨てるおつもりで?」
「まさか? ふふ、山狗の隊長ともあろう貴方が何を甘い事を。任務遂行のために必要であればそれは当然の成り行きではなくて?」
 冷たい目で笑う鷹野を前にして思わず背筋が凍る。
 切り捨てるなんて言い方はまだ生易しい。鷹野は見殺しにするつもりなのだ。
 そうさ、ブリタニアの警察署内でそのような騒動を起こそうものなら、ブリタニアはその威信にかけて日本人である山狗隊員を生かしておく事などしないだろう。
 運が悪ければ拷問後、公開処刑。仮に運が良くともその場で射殺されるだけだ。それを鷹野に伝えても彼女は笑みを崩さない。
「それが何か?」
 鷹野のそんな一言を聞いて俺は悟った。

 ああ、この女は俺たちを便利な捨て駒としか考えてないんだな、ってな。

  ***


 Turn of Tokyo settlement ―― Lelouch side ≪数刻前≫

 
「――そろそろ動き出すか……」
 東京租界の警察署の取り調べ室にて俺は独りごちる。
 ここを出て雛見沢に居る皆と合流。その後は……。
 机を挟んで対面に座っている刑事に目配せをし、ゆっくりと席を立つ。既に彼は俺のギアスによって一時的に俺の協力者となっている。何も問題はない。
 刑事は俺の脇へと来ると俺に手錠をし、共に取調室を出る。
 俺がブリタニア警察に捕まった事は既に鷹野らに知られているだろう。従って、ルルーシュ・ランぺルージは戦線を離脱しているとまず敵は誤認するはず。
 そうでなくても警察は彼らの天敵ともいえる存在であり、俺のマークは当然の如く緩和される。その綻びを突く。
 俺は協力者の刑事にパトカーに乗せられ、警察署をまんまと抜け出る。表向きはここより上位の警察署に連行されることになっているが、鷹野らにはそれを見破る術はない。
 となれば、奴らは居所の分かっている俺の動向よりも、梨花の死の真偽を調べるのに躍起になるはずだ。
 ところがそれも難しい。
 何故ならギアスで俺の支配下に居るのは何も取調室の刑事だけではない。梨花の遺体とされるモノが安置されている部屋にも、俺のギアスに操られた刑事達が存在する。
 彼らへの命令は一つ。部屋を封鎖し、侵入者があった場合″出来る限り平和的に排除しろ″というもの。これによってその場にシュレーディンガーの猫箱を構築する。
 古手梨花が”生きているか死んでいるか”は部屋に入って中を確認するまで分からない。生死不明の状態で緊急マニュアルを行使する暴挙はあり得ない。
 従って、敵は必ずこの餌に食いつき、何かしらの動きを見せるに違いない。そこを揺さぶるとしよう。
 この動きはチェスで例えるならナイトの動きといえる。駒を飛び越え、縦横無尽に動き回って相手を翻弄する奇策といった所か。
「……さて、敵はどう切り返してくる?」
 車の後部座席で身体を楽にすると、考え付く限りの敵の手を予想していく。
 しばらくして人気のない道へと入った。この先に予め決めておいた降車ポイントがある。
 追手がないことを確認後、その場所でパトカーを降りた。
 付近にはサイドカー付きのオートバイを傍らに携えた少女が一人。彼女は黒いバイクスーツに身を包み、長い緑髪を風に靡かせ佇んでいた。
「待たせたな、C.C.」
「遅いぞ、馬鹿。女を待たせるとは随分と甲斐性がないんだな」
 待たされたことに腹を立てたのかC.C.は皮肉を口にしながら、ヘルメットを投げてよこす。そんな彼女に俺は悪びれもせず言葉を返した。

「甲斐性? そんなもの、正義の味方には必要ないだろう?」

「ふっ、正義の味方か。そんな悪人面ぶら下げてよく言えるものだ

 C.C.は俺の物言いを鼻で笑いながらアクセルを吹かせる。俺がサイドカーに乗ったのを見計らってバイクを急発進させた。




[35460] 第十八話
Name: 海砂◆ae35f1b3 ID:743be759
Date: 2015/12/08 01:24
【18】

 Turn of Hinamizawa Village ―― Rika side

 仮面の革命家、ゼロ――日本をブリタニアから奪い返すために動いている神出鬼没かつ正体不明の人物だと聞いている。
 何故彼が雛見沢に……否、どうしてこの場に現れるというのか。考えている間もなく仮面の男が口を開いた。
「そうだ、私はゼロ。だがそれは今さほど重要な事ではない。急ぎ故に単刀直入に聞くが、ここに古手梨花はいるか?」
「梨花に何の用ですの?!」
 沙都子が私を背中に押しやりながら強い口調で訊ねる。その身体は幾ばくか震えていた。無理もない、ゼロは正義の味方を自称しているとはいえそれでもテロリストのような存在だ。年端もいかない彼女が怖くないはずもなかった。
「質問を質問で返さないでもらおう。安心しろ、私は古手梨花を助けにきただけだ」
「なら、その仮面をお取りくださいですわ。信用のできない貴方の助けなど必要ありませんでしてよ。さっさとお帰りくださいませ」
 沙都子は鋭い目つきで一蹴、仮面の男を見据える。その瞳は鉄平の件で悩まされていた時のものと比べると極めて対照的で、私にはとても澄んでいるように感じた。
 しかし彼女の厳然たる態度にも彼は少しも怯まなかった。
「ふっ……私が信用できないか、当然だな。しかし君は間違っている。私は君に許可など求めてはいない、いつでも私は自らの意思にのみ従って行動するからだ」
「なっ……」
 唖然とする沙都子を無視し、彼は私のほうに視線を向けた。実際には仮面越しなので本当のところは分からないがそんな気がしたのだ。
「君だな、古手梨花は?」
 名前を呼ばれ、自然と身体がびくりと反応してしまう。これでは図星を突かれたと言っているようなものだ。
 自分の失敗に内心苛立ちつつも、仕方なしに私は仮面の男の言葉を肯定することにした。
「……ええ、ご明察の通り。私が古手梨花よ」
「そうか、間に合ったようで良かった。私が来たからにはもう安心していい」
「私を助けてくれるというの?」
「ああ、そうだ」
「どうして貴方が?」
 期待を胸に抱きながらもまだ心は許せず、冷やかな疑問を投げかける。
 ところがゼロは私の質問には答えず、唐突に話題を変えた。
「ルルーシュ・ランぺルージという少年を知っているな」
「何故、貴方がルルーシュのことを? ……いえ、ゼロ。先ほど貴方はルルーシュの安否を気にしていた私たちに、その心配は無用だと言っていたわね。一体どうして?」
「知っているという認識で話を進めて構わないようだな」
 かみ合わないゼロとのやり取りに苛立ち、私の声の抑揚は自然と上がっていた。
「質問に答えなさい! ルルーシュは無事なの?!」
 ゼロは私の威勢に少しも動じることはなく、徐に頷いて言葉を続けた。
「ああ、彼は無事だ。今は黒の騎士団のメンバーが保護している。こちらには来られないが問題はない」
「それは本当なのね?」
「好きに取ったらいい」
 ルルーシュは無事……。その報を聞き、私は胸を撫で下ろした。
「落ち着いた所で悪いが話を先に進めさせてもらおう。悠長に語らって居られる程あまり時間は残されていないものでね」
 一呼吸ついてからゼロは再び話し始めた。
「……私が今ここに居るのは彼の作ったスパイウェアを偶然発見し、その中身を解析したからだ」
「ルルーシュのスパイウェアを?」
 確かそれは鷹野に対するブラフだったはず。ルルーシュはあの後それをこの短い期間で完成させていたというのか。
「そのスパイウェアには、雛見沢症候群という病気を引き起こす寄生虫の膨大な情報が詰め込まれていた。そのレポートを全て読ませてもらった」
 そう口にし、ゼロは分厚い紙の束を私のほうに投げてよこす。手渡す気はなかったらしく、それは当然のように宙を舞って地面にばら撒かれた。
 ゼロの言い分を簡単に説明するとこうだ。

『ルルーシュのレポートから、雛見沢症候群が大変危険な存在である事が分かった。それを用いて細菌兵器を研究している人間がいるという事実を正義の味方を自称する自分は見過ごす ことが出来ない。故に奴らの目的であり、雛見沢症候群の引き金である古手梨花を守りに来た。』

 筋は通っているように思える。だけど、信じるには何かが少し足りない気がした。
 あの”ゼロ”が本当に私を助けてくれるのなら、確かにこれ以上の味方はないといえる。けれど沙都子も言うように、顔も見せない素性の分からない人間を果たして信頼していいのだろうか。
 私だけの命がかかっているのならまだいい。だが私が死ねば雛見沢に住まう人々が皆殺しにされてしまう。もしくは強制的に症状をL5にまで引き上げられ、雛見沢は地獄と化してしまう。従って、私に選べる選択肢など初めからなかった。
「ルルーシュを保護してくれたのは感謝するわ。ただ、残念だけどそれだけの理由で貴方を信用することは出来ない」
 ゼロの言葉を安易に信じる気持ちにはなれなかった私は突き放すように拒絶の言葉を紡いだ。

「貴方の助けは――不要よ」

  ***


「っ……。……ほう、ならばどうする? 何か手があるというのか……?」
 意外だったのか、ゼロの声が若干裏返ったような気がした。その様子に私も少し驚いた。
 噂を聞く限り、私はゼロを機械のように無機質な極めて冷酷な人物かと思っていた。だが実際はそうではないらしい。
 仮面はただ素性知られたくないからという理由だけで被っているのではなく、何を考えているのか分からないといった怪しさ、それから生まれるカリスマ性を得るためのものなのだろう。
 私はその――白鳥が水面下で足をバタつかせているような――ゼロの涙ぐましい努力を内心微笑ましく思った。
 そのおかげか正体不明のゼロへの恐怖感が薄まり、真っすぐ彼と対峙する事が出来るようになる。
「ルルーシュの策が、あるわ」
 あたかも知人と話をするかのように自然と言葉が口をついた。
「……その策は彼が一人で考えたものだろう。彼なしで上手くいくものか」
「例えそうだとしても私には仲間がいる。仲間がいればまだ私は戦える」
 そうして私はレナと沙都子を一瞥した。
「馬鹿な……無策で敵と戦うだと!? 正気か!」
 思いのほか感情を高ぶらせてゼロは叫んだ。その様子からテロを防ぐという面とは別に、彼が私自身を本気で心配してくれているように思えた。
 正体不明の仮面の革命家は案外優しく信頼の置ける人間なのかもしれないとすら感じる。
 そんな感想を持ったことを悟られないように私は真顔で答えを返す。
「ええ、私は至って正気よ」
「そんなのは、馬鹿げているぞ古手梨花……」
「ならばその仮面を外して正体を明かして頂戴。そうしたなら、私は貴方のことを少しは信頼できると思うから」
「…………それは無理だ」
 ゼロは刹那的な沈黙の後、徐に首を振る。少しは考えてくれていたのだろう。その真摯な態度には素直に感心ができる。
 が、それとゼロを信頼できるかということは別次元の話だ。
「そ、残念。では申し訳ないけれど素早くお引き取りいただこうかしら」
「…………」

 ゼロはその場を動かなかった。

  ***

 沙都子の言い分に対して自分の意思を少しも曲げようとしなかったゼロは今、私の拒絶を前にして酷く動揺しているように見えた。自らの意思によってのみ行動する。沙都子にそう宣った時のゼロはもう見る影もない。
 今更になって少しの違和感を覚える。沙都子の時は平静を保っていながら、私の時はそうではなかった。それは何故だろう?
 ゼロは、私が拒絶する事はないと思っていたのか? 否、彼はそんな能天気で愚鈍な人間ではないはずだ。
 助力を拒まれる可能性は考えていたが、実際に拒絶され、ゼロは思いの他ショックを受けてしまったということなのか?
 では沙都子と私の時の違いは一体なんだろうか。
 私がゼロにとって救うべき対象だから? 違う、そうではない。それだけの理由なら、ゼロから漏れ出るこの打ち拉がれたような悲壮感の説明が付かない。
 なんだろう……。もう少しで分かる気がする。何が、というと言葉では表せられないが……後一歩の所まで、私はゼロを”理解”する所まで来ていた。
 
「待って、梨花ちゃん。ここはゼロさんの力を借りるべきだと思う」

 思考の迷路で彷徨い歩く私を、唐突に現実へと引き戻す声がした。
 私とゼロの睨み合いの中、それを制したのは他ならぬレナだった。私は耳を疑った。
「レナさん、急にどうしたんですの?」 
 これには沙都子も驚きの声を上げた。それもそのはず、先ほどまではレナも沙都子と同じく――いや沙都子以上に疑心の目でゼロを見ていたのだから。
 一体、何が彼女の気持ちを変えたのだろうか。聞かねばなるまい。
「レナ、僕にも聞かせてください。何故貴女がそういう結論に至ったのかを」
 真剣に訊ねる私に対して、レナは普段の様相で不思議そうに首を傾げた。
「はぅ? 別に理由なんてないんだよ。強いて言うならあんなかぁいい仮面を着けてる人に悪い人はいないんじゃないかな、かな?」
「レナ、今は冗談を言っている時では……」
 いつもなら微笑ましいそれも、このような非常時では決して笑う気になどなれない。逆に呆れてしまう。
 私の内心を悟ったのか、レナはすぐに表情を真剣なものへと一変させた。
「ごめんね。だけど、本当に理由はないって言ったら?」
「……レナは素性を明かそうとしない人間を信じろというの?」
「うん、そうだよ」
 微笑を浮かべながらレナは頷いた。
 理解できない。この状況で信頼できない人間を仲間に加えることがどんだけ危険な事かレナなら分かるはずじゃないのか。
 私がそれを口にしようとした刹那、表情に微笑みを留めたままのレナの口から冷たい言葉が矢継ぎ早に発せられた。
「梨花ちゃんこそ何をそんなに拘っているのかな、かな? 信頼? そんな綺麗事で敵に勝てるの?」
「レナさん! それは――――!」
「沙都子は少し控えていて」
 レナに食って掛かろうとする沙都子を宥め、レナに先を促すと彼女は後にこう続けた。
『今必要なのは絶対的な戦力を覆す力だよ。』
 私はその言葉に動揺を隠せなかった。
 ……確かに力には力をぶつけるのがセオリー。レナの言いたい事も分かる。いくら軍師が優れていても兵が伴わなければ戦に勝てはしないのだ。
 けれどレナの意見を肯定できるほど、私は大人には成れないでいた。
「それを覆すためにルルーシュが考えてくれた策を、レナは忘れたのですか」
「梨花ちゃんこそ忘れたのかな。ゼロさんも言っていたけど、その策はルルーシュくんときちんと連携が取れてこそのものだったはずだよ」
「そうだとしても!」
 例えそうだとしても私には他にも頼もしい仲間がいる。仲間がいれば私は戦える。その言葉さえも、レナは綺麗事と笑うというのか。
「なら梨花ちゃん。信頼が大事というのならゼロさんじゃなくて私を信じて?」
「レナを……?」
 彼女のそれは、私を納得させるための方便。ずるい言い方だった。
 ここで私が彼女を信じなければ、私自身が信頼を否定することになり、結果自らの考えを根本から捻じ曲げることになるからだ。
 けれど、分かっていても私は首を縦に振るしかなかった。
「……分かりましたのです。今はレナの判断に従います。でもゼロが少しでも不審な行動を取ったなら……」
「うん、それで構わないよ。ありがとう」
 そう言ってレナはゼロのほうに向き直って微笑んだ。
 
「そういう訳だから――ゼロさん。よろしくなんだよ、だよ☆」

 レナは右手を差し出してゼロに握手を求める。彼は逡巡した後それに応じた。
 どうしてだろうか。この時の私は、ゼロに対してレナが浮かべる微笑に確かな信頼があるように思えた。

  ***

 Turn of Hinamizawa Village ―― Lelouch side

 ドン! ドンドンッ!!
 レナの機転でようやく話が一段落ついたと思った矢先、重厚な造りの祭具殿の扉が力強く叩かれた。
 皆が扉前を映し出す監視カメラへと視線を移す。そこには頻りに周囲を警戒しているスザク、負傷した魅音と彼女に肩を貸している入江が映し出されていた。
 何故入江が同行している?
 スザクと魅音には富竹の保護を任せていたはず。だが監視カメラの映像が富竹の姿を捕らえる様子はない。ただ、彼の代わりに入江が居るだけだ……。
 魅音の負傷もそうだが、地下道のルートを使わずして祭具殿に入ろうしているのも状況的に見ておかしい。何か問題が発生したと考えるのが自然だ。
「皆さん! 扉を開けるのを手伝ってくださいまし!」
 沙都子が第一声叫ぶように言うと、梨花とレナが彼女の言葉に頷く。
「私も手を貸そう」
「ううん、ゼロさんはそこにいて」
 手伝おうとする俺をレナが制する。
「何故だ?」
「貴方の力を借りるのはまだ先。こんな事ぐらいはレナたちに任せて、ね?」
「そういう訳にはいかない。あの扉は酷く重いのだろう? 女子供に力仕事をさせておいて、私だけ何もしないのは気分が良くないからな」
 レナの言葉を無視して祭具殿の扉へと向かう。
「ねぇ、ゼロさん」
 その途中、背後からレナの声がして俺は足を止めた。
「……なんだ?」
「どうして貴方は……主義者なんてやっているのかな、かな」
 レナの言う主義者とは――ブリタニア人にも関わらず、ブリタニアの政策に反対する人間の呼称だった。内心ギクリとする。
「……私がブリタニア人であると? 何故そう思う?」
 俺は背を向けたまま問い返す。全てを見透かされている気がして振りかえるのが怖かったからだ。
 しかし俺はすぐに気づかされる。全てを見透かされていると思ったのが実は気のせいじゃなかった事に。

「右手の包帯。私が巻いたものだよね」

 レナはただ一言そう答えた。

 レナに言われ、無意識に自分の右手に視線を落とす。そこには沙都子を助けるために負った刀傷。そして、手袋に隠れてはいるが確かにレナに巻かれた包帯があった。
「…………気づいたのは握手した時か?」
「ううん、握手したのはただの確認」
「ではどうして?」
「微かに消毒液の匂いがしたから、かな」
「そうか……」
 もう言い逃れをする気にはならなかった。
 本当ならばルルーシュ・ランぺルージがゼロであるという事実は、誰にも迷惑をかけないため絶対の秘密であったが、消毒液の匂いがした――たったそれだけの理由で俺の正体に気づいたレナに嘘をついても無駄だと思ったのだ。 
 俺は自然と先ほどレナが言っていた疑問の答えを口にしていた。
「護るべき存在がいるからだ」
「妹さんのこと?」
 レナは直接的に"ナナリー”とは言及しなかった。彼女はゼロの正体を知りつつも、それを秘密にしておいてくれるのだろう。
 だからなのか俺は今度こそ彼女へと振り返り、真摯に答えを紡いだ。
「ああ、私は……俺は、妹を護るためにブリタニアと戦い、そして破壊する」
「レナは貴方と妹さんがどういう状況下に身を置いているのか何も知らない。だけど、考えた事はあるかな?」
「……何をだ?」
「ブリタニアとの戦争を、果たして貴方の妹さんは望んでいるのかな?」
 レナは一呼吸置いてから再び問いかけてきた。対して俺は考えるまでもなく首を横に振った。
「望みはしないだろう。だが、後にはもう戻れない」

 ナナリーのためにはこうするしかないのだから。

「後にはもう戻れない、か。貴方がそう決めたのならそうなのかもね」
 レナは表情を変えず肩だけをすくめた。そうして子供を諭すように言葉を続けた。

「だけど忘れないで。貴方が気づこうとしないだけで転回点はいつだって用意されている事に」

「……っ…………!」

 ――――もう、道を誤らないで――――

 ふと先日別れた際のシャーリーの言葉が脳裏をかすめる。レナの顔にシャーリーのそれが重なって見える。
 そういえばレナという少女は"彼女"にとてもよく似ていた。
 そんなレナに後ろ髪を引かれる思いを持ちつつも、俺は黙って祭具殿の扉へと歩き出した。





[35460] 第十九話
Name: 海砂◆ae35f1b3 ID:743be759
Date: 2015/12/08 01:29
【19】

 外部からも開くのを手伝ってくれたからか、俺が扉前に到着した頃には既にスザクらは祭具殿の中へと移動していた。
 梨花と沙都子はスザクに何があったのか詰め寄っている。
 負傷した魅音はというと彼らの付近で壁に背中を預けて身体を休めていた。
 よく見ると魅音は顔をしかめながら左足を手で押さえている。そこに被弾でもしたのだろうか?
 見た目には命に別状はなさそうであるが……。
 魅音の容体が気になったが、ゼロである今彼女を心配するのは不自然だ。負傷した魅音のほうに行くのは諦め、梨花たちの方に近付いていく。魅音は入江に任せて、まずは事情を聞くべきだろう。
 スザクが俺の足音に気が付き、視線を向けてくる。
「ゼロッ! お前が何故ここにいる!」
 その表情は驚きと敵意が綯交ぜになっている。今の俺たちは敵同士なのだから至極当然の話ではあるのだが。
 もう一度同じ説明を口にするのも滑稽なので梨花に全てを任せることにした。
 しばらく戸惑っていたものの、最終的にはスザクはゼロが梨花の仲間になったことを受け入れた。
 次はこちらが状況を聞く番だ。
「それで、一体何があったというの?」
俺が口を開こうとした矢先、梨花がスザクに早口で訊ねた。冷静に状況を説明していたように見えたが、彼女もどうやら焦っているようだった。
 スザクは梨花の疑問に軽く頷き、状況の説明を始めた。
 要約すると、スザク達は富竹を見つけ出すことには成功していたらしい。
 計画では事情を説明した後、すぐに園崎本家に連れて行く手筈だった。
 だがそこでトラブルが発生する。
 スザク達が富竹を発見した頃、時を同じくして山狗も彼らを発見していたのだ。
 梨花死亡の報告を聞き冷静でなかった鷹野は疑わしきは罰するという考えの元、梨花の友人である魅音やスザクを攻撃。スザクらは撤退を余儀なくされ、負傷した魅音を逃がすために富竹がしんがりを務めることになったのだという。
 鷹野の凶行は冷静さを欠いた所謂"悪手"に限りなく近かったが、結果としてこちらを苦しめる"妙手"となっていたのだ。
スザクの状況説明がそこまで達した時、魅音が苦痛交じりに言葉を吐きだした。
「富竹のおじさまが言ってた……。梨花ちゃんの話が本当なら、自分は綿流しの祭の夜――今日の夜までは少なくとも殺されないはずだって……。ここは僕に任せて君たちは先に行けって……」
「それって死亡フラグじゃありませんの……?」
 傍らで沙都子が呆れているが、確かに富竹の言い分は概ね正しかった。鷹野はオヤシロさまの祟りを演出するため、できれば彼を雛見沢症候群の急性発症で殺したいはず。事前に殺害しておくなどということはしないだろう。だが……
「これで富竹氏が捕まったとなれば、鎮圧部隊の出動を要請することもできなくなる」
「よくご存じで。流石はゼロといったところですか」
 魅音に応急処置を施してこちらに戻ってきた入江が言った。
「……入江京介2等陸佐」
「いえ、私はただの医者で軍人ではありませんよ」
 彼は苦笑交じりに首を縦に振った。
「そういえば貴方はなぜここに?」
「私の患者であったルルーシュ・ランぺルージという少年が雛見沢症候群を再発させたと聞き、その真偽を確かめるために興宮の方へ車を走らせていたんです。
 その途中で偶然二人と出会いました。魅音さんが怪我をしていたのでただ事ではないと思い、車に乗せたのです。事情は車内でスザク君から聞きました」
「富竹さんを保護できず敵の攻撃で車も失ったけど、なんとかこうして戻って来れたよ」
 スザクが憔悴しきった顔で補足をした。
「だけど間もなくここにも敵が来ると思う。ゆっくりとしてられないね」
「尾行されたのか?」
「すみません……。私の服に発信機が取り付けられていたようでそれで……」
 俺の問いにはスザクの代わりに心底申し訳なさそうに入江が答えた。
「理解した。それでは入江京介に問おう。富竹氏は既に捕らえられていると思うか?」
「そうですね、おそらく捕まっているでしょう。身の安全のために拳銃は常に所持していたようですが、それだけで山狗数名を足止めするのは難しいと思われます」
「ああ、私もそう思う。おそらく、このままではこちらは勝利条件を満たすことが出来ない」
 富竹が敵の手に落ちたことで皆が落胆を隠せないでいる。その場にいる皆がただ俯き沈黙していた。

  ***

 Turn of Hinamizawa Village ―― Rika side

 負ける……?
 ここまで皆の力を借りていながら私は鷹野に負けるというの……?
 まだ誰も死んでいないというのに? こんなにも呆気なく……?
「そんなの、認められる訳がないじゃない……!」
 私は歯ぎしりし、無意識に呟いていた。悔しくて悔しくてじめっとした祭具殿の地面を凝視し続ける。
 ここまで来て諦めきれない。……諦めたくない。
 だって、最後の世界なんだ……あの子がくれた最後の……。
「梨花ちゃん……」
 レナが慰めの言葉をかけようとしたのか近寄って来る。だがそれ以上言葉が出ないようだった。彼女も私同様ショックを受けているのが分かる。
 沙都子が富竹を助け出そうと言う。だがどうやってとなると口をつぐんでしまう。
 手詰まり――。そんな停滞した考えが脳裏に焼きつく。
 沈黙。誰も声を発しない不気味な空気が重苦しい。そんな不快な世界にカツカツという軽快な靴音が鳴る。
 はっとして音の方向を見やると、ゼロが私たちに背を見せてこの場を後にしようとしている。その音だけが妙に印象強く辺りに響き渡っていた。
「ゼロ! まさか自分だけ逃げるつもりか!」
 スザクが声を荒らげた。その瞬間ゼロはぴたりと足を止める。
 その背中に向かってスザクはさらに吼えたてた。
「いつだってそうだ。お前は人の尻馬に乗って事態をかき回してまるで審判者のように勝ち誇る。そしていざ負けそうになったらしっぽを巻いて逃げだす! それが姑息なお前のやり方なんだろう?!」
 パンッ!!
 乾いた音が辺りに響く。その音はレナがスザクの頬を平手で打つ音だった。
「レ、ナ……?」
「言い過ぎだよ、スザクくん。ゼロさんが私たちを置いて逃げるなんてそんなことあるわけない」
「あるわけない? どうしてそんな事が言える? レナは何故そいつを庇う!」
 先ほどまでの静寂が嘘のようだった。スザクとレナのやり取りが耳を劈く。
 ……確かに妙だ。レナはなぜそんなにもゼロを信頼するのだろう。ついさっき始めてあったはずなのに何故……。
 頭にもやがかかったかのような違和感。これは初めてじゃない、ゼロが現れてから何度かあったことだ。
「――――そこまでだ、二人とも」
 仲裁するかのようにゼロが口を開く。スザクとレナは口論を中断しゼロの方を見やった。
「まず竜宮レナ、君の信頼に感謝する。だが枢木スザクの言い分はおおむね正しい」
「なんだって……?」
 そのような言葉が返ってくるとは想像していなかったのだろう。ゼロの思わぬ返答にスザクが訝しむ。
 ゼロは一呼吸つくとその後を口にする。
「だが、私が逃げようとしているというのは大きな間違いだ」
「それを信じろと? いつでもだまし討ちのような汚い手しか取れないお前を? ふざけるな!」
 スザクが毒づく。だがゼロは大して気にしていないように一度首を縦に振った。
「ああ、私のやり方は卑怯だ。私はいつでも手段よりも結果を重視してきた」
「……認めると言うのか?」
 スザクは驚愕に目を見開く。おそらく私もそうだったと思う。何故ならあのゼロが懺悔するように語りだしたのだから――。
「認めよう、私は間違っていた。今までの私は間違いから目を背ける事で自分は正しいと信じていた。理想だけでは世界は変えられないと言いながら、背後に転がる屍を見ないようにして目の前にある綺麗な理想だけを追ってきた」
 ゼロの懺悔は許しを請うでもなくただ歌うように零れ出ていた。それを、スザクを含む皆がただ無言で聞き入っている。
「今更私が救われるとは思わない。だから重要なのが手段より結果だという私の考えは変えない。それが間違いだとしてもだ」
 そこでゼロは再び口を開いた。スザク個人へと向けて祈るように。

「――私は、この雛見沢の住人を助けたい。その"結果"のみを切に願っている。枢木スザクよ、どうか一度だけ私を信じてほしい。そして、願わくば君のその力を貸してほしい」

 スザクはゼロの独白を全て聞き終わると彼に歩み寄る。

「ゼロ、お前は自分のやり方が間違っていると認めながらそれを貫くのか? そんなのは自殺と同じじゃないか……?」
「ああ、そうかもしれないな。だがこの村を救いたい、その気持ちは間違いじゃない。……そうだろう?」
「……信じていいんだな?」
 スザクはゼロの前でしゃがみ込むと、彼の返事を待たずして呟くように言った。

「今一時、僕は君の剣になろう。君の命じるままに動き、君の敵を討つ。この信頼、裏切ってくれるなよ」

  *** 

 Turn of Hinamizawa Village ―― Oknogi side

 入江に付けた盗聴器によって奴らの居場所が判明した。どうやら奴らは園崎本家の地下祭具殿に隠れ潜んでいるらしい。
 園崎家に仕込んでおいた犬からの情報で地下祭具殿の構造は既に把握している。確かにあそこならば俺からしてみても籠城するにふさわしい場所である。
 もっとも、奴らは俺たちの兵力を甘く見ている。おそらくだが、警察署に山狗を襲撃させる所までが奴らの罠だったはずだ。それによって戦力を半減させするのが狙いだったのだろう。しかし、奴らは見事に見誤った。
 俺はお姫様から警察署へと襲撃を命じられた際、練度の低い新兵のみを招集した。
 離脱を考えなければ彼らだけでもなんとか任務を完了できる、そう考えた俺は新兵のみで編成された部隊を死地へと送り込んだ。
 彼らは俺の信頼に応えて十二分に任務を全うしてくれたが、一方俺は彼らの信頼を踏みにじり、援軍を送ることをしなかった。お姫様の指示通り彼らを捨て駒にしたのである。
 諜報員の報告では強襲部隊は警察署を囲んだブリタニア軍によって全滅させられたらしい。残念なことだ。
 死んだ彼らからしてみれば自分でそのように仕向けた癖に何を勝手なと怒るかもしれない。だがこの時胸が締め付けられたかのように心が痛んだのは事実だった。
 胸が苦しいのは昨日まで任務を共にしていた部下を裏切り、死へと追いやる作戦を指示したからだろうか?
 いや、この痛みは部下を捨て駒にしてしまった罪悪感じゃない。
 捨て駒は俺も同じだから、いずれ訪れるであろう自らが使い捨てられることを恐れて胸が痛くなった。ただそれだけだ。
 いずれどこかの戦場で俺もまた命を落とすのだろう。
「隊長」
「ああ、分かってる。三佐、いいですかい?」
「ええ、始めなさい」
 鷹野へと形だけの許可を取ると部下へと指示を出す。
 そろそろ突入時刻になる。その時間になると雛見沢では祭決行の合図となる花火が打ち上げられるらしい。
 この花火の音に乗じて地下祭具殿のドアを吹っ飛ばして突入、制圧する算段だ。
 所々ブッシュに罠が張られていることからして地下祭具殿内部にも多数の仕掛けがあることが予期できるが、相手はしょせん学生の集まりだ。練兵のみを集めたこの部隊ならばそれらを掻い潜り一気に制圧できるだろう。
 ついに待ちに待った祭決行の合図である花火の音が鳴り響く。
 俺の掛け声で行動を開始する部下たちを見て俺もその背中に続こうとするが――。
 爆音が轟く戦場を正面で見据えながら俺は独り正体不明の違和感を覚える。俺の戦場はここではない。そんな気がした。




[35460] 第二十話
Name: 海砂◆ae35f1b3 ID:743be759
Date: 2015/12/08 01:32
【20】

 Turn of Hinamizawa Village ―― Lelouch side

 スザクがゼロである俺の指揮下に入った後しばらくして祭具殿の扉が爆音と共にこじ開けられた。
 どうやら山狗たちが祭りの花火の音に乗じて扉に爆弾を使用したらしい。
 彼らはすぐに飛び込んで来ることはしなかった。無残にも破壊された扉前で危険がないかを確認しているようだった。正規兵であれば当然の立ち回わりであるが、時間が欲しいこちら側にしてみれば敵が用心深いのはむしろ都合がよかった。
 扉から目を離さずにゼロとしてスザクに声をかける。
「さて、枢木スザク。最初の指示だが、侵入してきた敵を上手く撹乱して時間を稼いで欲しい」
「後方支援の有無を確認していいか」
「それについては私が銃器によるバックアップをするつもりだ。全力でな。要求や問題があれば今のうち伝えてくれると助かる」
「問題ない。他には?」
「大事なことが一つある。作戦の構成上、人質に取られるのは無論のこと、死ぬことは許されない。こちらの士気と戦力に関わるからな。頼めるだろうか?」
 人質にされそうになった状況で自決できない、つまり失敗ができない任務であることにスザクは息を飲んだ。しかしそれも一瞬のことで、覚悟を決めたのか彼はすぐに言葉を返した。
「イエス、マイロード」
 交戦前の俺とスザクとの会話はこれだけで終わった。
 スザクは祭具殿の扉と俺のちょうど中間地点で敵の侵攻を阻止していた。
 山狗はゼロとスザクの連携に攻めあぐねている様子だった。当然だ、俺たち二人が協力して出来ないことは少ない。拠点の防衛は容易かった。
 そろそろいいだろう。梨花たちの撤退する時間は十分過ぎるほど稼いだ。後は殿(しんがり)を撤退させるだけだ。
「もういい、退け枢木スザク!」
「了解した」
 スザクを戻し二人で弾幕を張り続ける。傍にいるスザクが交戦から初めて自分から話かけてくる。
「ゼロ」
「なんだろうか」
「君は先ほど死ぬのも人質になるのも許さないと言ったが、今も同じくことが言えるか?」
 暗にこの状況での撤退は不可能であるとスザクは言っているのだ。
 脱出口は垂直に空いている底が見えないほど深い空洞であり、その壁面には簡素な梯子が取り付けられているに過ぎない。
 梯子を降り際には両手両足を使って体のバランスを取らなければならず、降下中は無防備にならざるを得ない。一人目はよくも二人目は敵の格好の的になるのが必然だった。
 従って二人のうち一人は助からない計算となる。
 スザクはゼロの返事を聞く前に矢継ぎ早に言った。

「僕が残る。君が残るよりかは僕のほうがいくらか適任だろう。君の撤退が完了するまでこの場を死守する。彼らに立ち向かうにはまだ君の指揮力が必要なんだ」

「そうだな、間違ってはいない」
「なら行ってくれ。君との決着をつけられないのは残念だが、」
「――しかし、正しくもないぞ枢木スザク」
 俺は不敵に笑ってスザクへと否定の言葉を口にする。 一方、スザクの方は呆気に取られて首を傾げた。
「どういうことだ?」
「この場にはゼロである私が残る。それが最善だ」
「馬鹿な! 君にはまだ仕事が残っている! こんな所で死んではダメだ!」
「死にはしないさ。私は正義の味方だからな」
「ふざけている場合か!」
 スザクの激昂に俺は少しも悪びれない。淡々と言葉を紡いでゆく。
「私は本気なのだがな。とにかく時間がおしい。頼む、ここは任せて行ってくれ。私に考えがある」
「本当か?」
「ああ、この状況で嘘などつかない」
 スザクは頷くと背中を向けた。
 何かを呟いたようだが聞き取れなかった。聞き返す暇もなく彼は闇に消えていった。
 彼が撤退する間の時間を稼ぐ。それは難しくないだろう。
 両手に銃器を持って弾幕を張り続ける。リロード時は沙都子の餞別であるトラップで隙を補う。
 弾幕を張り続けている間は山狗も闇雲に距離を詰められない。が、弾薬は無限ではない。
 善戦するもとうとう弾薬が底をつく。空撃ちの虚しい音が祭具殿内に小さく木霊する。
 後退を余儀無くされ、脱出口まで急いで下がる。
 こちらの攻撃が止むと、山狗は間髪入れず追撃に移ったようだ。銃弾が肩に、背中に被弾する。
 動きが鈍り距離はあっという間に詰められた。
 足元には奈落のように深い穴がある。なんとか脱出口まで到達できたようだが、すでに周りは銃で武装した山狗たちに完全包囲されている。梯子を降りようとすれば容赦無く銃弾の雨が降り注ぐだろう。

  ***

「殺さずに生け捕りにしなさい」
 山狗たちの背後から女が現れてそう言った。
 軍服姿であったがその顔には見覚えがあった。彼女は入江診療所のスタッフであり山狗の指揮官、そして古手梨花の宿敵――他ならぬ鷹野三四だった。
「くすくす、まさか革命家ゼロが一枚噛んでいたとは。計画通りいかないのも当然よねぇ?」
 妖艶に笑いながら鷹野は山狗の包囲を割って中に入ってくる。
「さて、古手梨花含め他のやつらがどこに行ったのか吐いてもらうわ。ああ、その前に邪魔な仮面を取って素顔を見せてもらおうかしら?」
「この仮面を外して出てくるものなど見るだけ無駄だぞ」
「この状況で冗談を言えるなんて流石ゼロと言ったところね。貴方の素顔はブリタニアが喉から手が出るほど知りたがっているというのに」
「ふん、そんなに見たいというのか。ならば見せてやろう」
 俺がそう言うとゼロは仮面を取り、脇にかかえた。鷹野は目を見開いて、露わになった仮面の下を凝視した。
「ふぅ、やっと喋ることができる。黙ったままというのも楽じゃない」
「女ですって?!」
「ああ、一応言っておくが私はゼロじゃないぞ。本物も数刻前まではここにいたんだがな、残念だが今はこの仮面に仕込まれたスピーカーから声を出しているだけでここにはいない」
 どこか場違いな抑揚でゼロ不在を告げた女は特徴あるエメラルド色の髪をした少女、C.C.である。
「本物はどこにいるの?! 答えなさい!」
「さてな、大方そこらで悪巧みでもしているんじゃないか?」
「 悪巧みとは失礼な物言いだな、絶賛人助け中だというのに」
 インカム越しに歯ぎしりをするが、その音はおそらく聞こえていないと思われる。まあ、今回の件で借りもあることだ、下手に噛み付くのはやめておこう。
 鷹野が舌打ちをする音が聞こえる。
「ならば捕らえて拷問にかけて聞き出すことにするわ」
「それは拒否する」
 山狗をけしかけられる前にC.C.は鷹野へと不敵に言葉を返した。そして――
「さよならだ、私はここから離脱させていただく」
 おそらく鷹野はどうやってこの包囲から抜け出るつもりなのか聞こうとしただろう。だがその答えはただ行動でもって返された。
 C.C.は脱出口に身を投げると垂直に落下していく。当然命綱など存在しない。
 脱出口へC.C.の体が吸い込まれる間際、仮面に仕込まれたカメラで鷹野の顔を見ると驚愕の表情で固まっていた。
 C.C.の胸に抱かれた仮面から送られてくる映像を見て偽りの浮遊感を覚える。
「嫌な役回りをさせてすまない」
 俺は奈落の底に今も自由落下してるであろうC.C.に謝る。いくら不死の存在とはいえ、落下中の不快感も、その先にある落下の衝撃による痛みも彼女は感じてしまうのだから。
「なに、気にするなよ。私とお前の仲だろう? それよりこれが終わったら借りは返してもらうからせいぜい覚悟をしておくんだな」
「…ふっ、それは怖い」
 C.C.の冗談に合わせて俺は笑った。

「だがこの高さから落ちれば私でもただでは済まないだろう。身体の修復もだが、この奈落から這い上がるのはちと骨だ。悪いが私を顎で使えるのはここまでと思っておけ」

「ああ、分かっている」

「では、またな。死ぬなよルルーシュ」

 その言葉を最後にC.C.の身体と仮面は地面に激突し、その機能を停止させた。

  ***

 C.C.との交信が途絶えてから俺は次の行動に移ることにした。
 梨花たちとは違うルートで地上に出たため合流は難しいが、黒の騎士団でも起用しているトランシーバーでの定時連絡によって密にとはいかないまでも概ね連携は保たれている。
 梨花たちは魅音をリーダーとして祭具殿を脱出後、裏山に籠城することとなっている。その動きはすでに敵側に知られているが、意図的に漏れるよう仕向けた情報であるため手はず通りだった。
 裏山には沙都子のトラップが埋め尽くされている。一度籠城を決めれば少なく見積もってもまる一日は戦えるだろう。
 普段は一学生に過ぎない彼女らだが、沙都子のホームグランドである裏山は彼女らの遊び場であり、その場所においてはまさに一騎当千と言えた。
 今鷹野の戦力は地下祭具殿と裏山に集中している。
 俺はゼロの装いのまま、富竹を救出すべく手薄な入江診療所へと侵入する。こうなる可能性を予見していた俺は富竹に小型の発信機を飲ませておいたのだが、その判断は正解だったようだ。発信機の反応は診療所の地下を指していた。
 監視カメラの映像から侵入者が現れたことは分かるようで、山狗が四人正面から現れる。
 山狗たちにして見れば敵を排除するために出て来たのだろう。だが俺にってそれは渡りに船だった。彼らにギアスをかけ手駒とし、地下の研究施設を開けさせる。
 地下の研究施設内部は思いの外広く入り組んでいた。
 無駄に時間を食えば敵が診療所に戻ってくる危険性も高まる。
 手駒にした山狗のうち二人にはこの研究施設内の警備システムを無力化するように、もう一人には話に聞いていた昏睡状態となっている沙都子の兄を安全地帯へ退避させるように指示を出し、残りの一人には手っ取り早く富竹の元へと案内させることにした。
 通路をいくつか曲がり辿りついた部屋の隅で富竹を発見する。手駒と化した山狗は富竹に無用な誤解を招きかねないため入り口の外で待機させ、俺だけが部屋へと入っていく。
 富竹は縛られ横たわったまま俺を見上げた。
「君は……誰だ?」
「私の名はゼロ。安心しろ、革命家にして正義の味方だ」
 名乗りながら富竹の身体を起こして縄を切断してやる。
「ゼロ? あの黒の騎士団の? それがなんでまたこんな田舎に来ているんだい?」
「その話は後だ。とにかくここを出よう」
「分かった、今は君の指示に従ったほうがよさそうだ」
 富竹を監禁部屋から連れ出そうとしていると、部屋の入口付近で銃声が鳴り響いた。
 扉の方に目を向けると、見張りを任せていた手駒の山狗が部屋のすぐ外で倒れているのが見えた。
 床には大きな血だまりができ、額に弾痕があることからすでに事切れているのが分かる。
「危ない!」
 富竹に肩を掴まれてそのまま床に倒される。その直後に破裂音がしたかと思えば、先ほどまで俺の頭があった高さの壁に銃弾による穴が空いていた。
 富竹は手慣れた動きで近くにあった金属製の机を引き倒し、簡易的な防壁を作り出す。その横顔は精悍な軍人の顔であり、普段の彼、売れないフリーのカメラマンを知っている人間が見ればとても同一人物には思えないだろう。
「こちら雲雀13! 侵入者発見!内通者が手引きした模様! 繰り返す――」
 姿は見えないが壁越しに男の声がする。どうやら無線で増援を呼ばれたようだ。ばれるのはもう少し先だと思っていたが、なかなか勘のいいやつがいたらしい。面倒なことになってしまった。
 応戦してもらうために丸腰の富竹に所持しているほとんどの銃や弾薬を渡す。
「私より貴方のほうがうまく使えそうだ。頼めるだろうか?」
「うん、任せてくれ。これからどうする?」
 聞きながら富竹は一度正面へ発砲した。
「そうだな、時間が立てばまずいことになる」
 今の所は警備システムが切られていて大丈夫なはずだが、復旧が済めば鎮圧用のガスなどを使用され容易く戦闘不能にされるだろう。
 俺の仮面は毒ガスなども防ぐため問題ないが、あいにくと特注のため自分の被っているものしかない。最悪、富竹に正体をばらして代わりに仮面を被ってもらわなければならなくなるかもしれない。
「だが――」
 言いかけた所で扉の外から聞こえる銃声が増えた。こちらに飛んでくる銃弾が止んだことから敵の増援が来たわけではない。
 おそらく沙都子の兄の保護や警備システムを無力化しにいった山狗たちが先ほどの無線を聞きつけたのだろう。ギアスに操られるまま俺たちの加勢をしているわけだ。
「くそが! 揃いも揃って裏切り者が!」
 雲雀13と名乗る男が喚き散らす。
 図らずもクロスファイアの配置となり、俺たちに有利な、逆に彼にとっては不利な状況へと戦況は一変した。
「チャンスだ!」
 富竹は敵がいる方へと手榴弾を投げると爆発直後に特攻をしかけた。
 俺も後に続いて部屋から脱け出す。
 敵を挟撃してもよかったが、富竹を失う危険は冒せない。
 手駒の三人を囮にして俺は富竹と共にその場から離脱する。
 2ブロック程移動した頃に銃声が鳴りやむ。敵がやられたか手駒が取られたかは定かではないが、急がねばならないことに違いはない。
 疲労を身体で感じながらも階段を二段飛ばしで駆け上がり、研究施設のある地下フロアを抜ける。後は診療所の待合室を横切れば外に出られる所まで来ていた。
「へへ、やはり戻ってきて正解だったみたいだなあ! 」
 ところが出口までもう少しの所で思わぬ邪魔が入る。待合室で男が一人俺たちを待ち受けていたのだ。
 その顔は一度見たことがあった。山狗の隊長、確か小此木と呼ばれる男だった。

  ***

 俺の想定では、小此木は地下祭具殿か裏山の攻防で陣頭指揮をとっているはずだったが、それらを放棄して戻ってくるとは当てが外れたようだ。どうやら計画通りには行かないらしい。
 が、さして問題はない。
 俺は小此木と銃口を向け合いながら富竹に声をかけた。
「先に行け、富竹次郎」
「しかし…」
「貴方が興宮まで無事到達し、番犬部隊を呼ぶことができれば我々の勝利だ。そうだろう?」
「分かったよ。必ず助けを呼んで帰ってくる。ここは任せたよ」
 そう言うと富竹は診療所の窓を勢いよく開けて飛び出した。
 小此木はそれを黙って見逃していた。
「やけにあっさり彼を行かせたな。伏兵でも潜ませているのか?」
「はん、そんなのいねぇよ。まあ信じるかは勝手だが」
 小此木は俺の問いかけを鼻で笑って言った。
「もうどうでもいいんだよ。どうせこの戦争ごっこはお前らの勝ちだ」
「ほう、負けを認めるというのか?」
「ああ、思えば標的の古手梨花に作戦がばれていたのがケチのつき始めだった。だがまさか大の大人がより集まってガキ一匹捕まえられないとはな。
そのガキには裏山で持久戦に持ち込まれて作戦のタイムスケジュールはがたがた。おまけに黒の騎士団のゼロなんかが出てくる始末。まぁお手上げだわな」
「ならば投降しろ、命の保証はする」
「命の保証ねぇ。じゃあなにかい、お前さんは死人を生き返らせれるとでも言うのかい?」
 小此木は一呼吸置いてから俺の返事を待つでもなく一気にまくし立てた。
「俺はこの作戦で多くの部下を亡くした。部下たちは俺の指示に従って死んでいったんだ。だからよ、自分だけ命おしさに投降なんてするわけには行かないんだわ」
 銃を撃っていいのは撃たれる覚悟があるやつだけ。俺にはそう言っているように聞こえた。
「小此木、お前は死なすには惜しい人間だ」
「そりゃどうも。だが戦争には負けたがこの場で死ぬつもりはない。死ぬのはゼロ、お前さんのほうだ」
 両者睨み合い、お互いの銃を持つ手に力が入った。
 もはや説得は無駄なようだ。しかしそれならば手段を変えるまでだ。
 俺の目に備わった奥の手、絶対遵守のギアスを発動させる。
「ゼロが命じる。武器を捨て速やかに投降しろ」
 ギアスの波動が小此木の双眸に向かって飛んでいくのが分かる。この距離ならば外すことなどありえない。
 ところがこの時、俺にとって想定外の現象が起きた。

 まず、パチパチと静電気の弾けるような不思議な音が鳴った。

 それからまるでガラスが割れるような破砕音がして――。

 次の瞬間には一発の銃声が診療所内に響いた。

 気づけば俺は右肩を銃弾によって貫かれていた。

  ***

「くっ……」
 わけが分からなかった。推移した状況への理解がまるで追いついていなかった。ただ、利き腕を撃たれた俺は痛みにより銃を零し落とし、小此木の銃から煙が上がっているのを呆然と見ていた。
「なるほどなるほど。それがゼロの隠し玉ってやつか。他人を操るギアスとはまた恐ろしいもんもってやがる」
 小此木が何故ギアスの存在を知っているのか、何故ギアスの命令に従わないのか分からず、俺は驚き固まる。対して小此木は銃をこちらに向けるのをやめたかと思えば、額に手を当てながらさもおかしそうに笑った。
「くっくっく、山犬から裏切り者が出たと聞いてまさかありえないと思っていたがそういうカラクリだったわけだ。でも残念だったなぁ。俺にはお前さんのギアス能力は効かないんだわ」
 馬鹿な、そんなことがありえるというのか……。
 ギアスのことを知られているだけでなく、絶対の自信があった手段を何事もなかったかのように防がれ、俺はとても普段の冷静な状態ではいられなかった。小此木の隙を突いて銃を拾うでもなく、傷に手を当てながら彼の話を黙って聞いていた。
「ギアスレジスト。自分に向けられたギアス能力を把握してただ一度だけ無効にする、それだけのしょうもない力だったがまさか役に立つとはな。世の中分からないもんだ」
「くそ…」
 何がしょうもない力だ。俺にとっては最悪のギアスではないか。
 何故なら俺の持つ絶対遵守のギアスは対象一人に対してたった一度しか効果がないのだから。
「終わりだ。お前さんが死んだらその仮面を剥がし、俺個人のちょっとした好奇心を満たすとしよう。敗軍の将にもそれぐらいの役得があっていいだろう」
 小此木が再び銃口を向けてくる。
 撃っていいのは撃たれる覚悟があるやつだけ。俺はいつでもそのことを胸に刻んでゼロを演じてきた。
 だからこの場で小此木に殺されたとしても仕方がないことだと分かっている。
 だが。シャーリーと再会し、レナに諭されて俺は変わった。
 恥知らずにもここで終わりたくないと思ってしまっていた。生きて幸せな未来を望んでしまった。これから死ぬ人間にはそんな想いは余計だと言うのに。
 小此木が引き金に力を入れるとカチリと軽い音がした。
 誰かが助けに来るなんて奇跡はあるはずもない。間も無く銃弾が飛び出し、俺の命を容易に奪っていくことが想像できた。

「すまない、ナナリー……」

 どうやら俺はここまでのようだ。
 その俺の呟きが引き金になったように直後銃声がした。その音を聞きながら俺は心臓を正確に穿たれ吐血する。素人目に見ても明らかな致命傷だった。
 短いうめき声が口から漏れ、地面に倒れ込む。
 視界が霞み、感覚もほとんどない。もうすぐ意識も途切れるだろう。
 そんな中、今までの出来事が脳裏を駆け巡る。
 走馬灯など迷信か何かだと思っていたが本当にあるとは。死ぬ間際だというのにそんなことを考えた自分が少しおかしかった。
 皆の顔が浮かんでは弾けて消えていく。
 スザク、ナナリーのことを頼む。
 魅音、レナ、沙都子、俺がいなくなってもナナリーと遊んであげてくれ。
 そして梨花、最後まで見届けることが出来なくてすまない。

 それから、それから…。

 シャーリー、君に出会えてよかった。

 そこで俺の意識は、まるで電源プラグを抜かれたかのように酷く呆気なく途切れた。





[35460] 第二十一話
Name: 海砂◆ae35f1b3 ID:743be759
Date: 2015/12/08 01:36
【21】

 Turn of Hinamizawa Village ―― Rika side

 雛見沢の事件が解決して、あれから丁度一ヶ月の時間が経過した。
 あの事件でルルーシュが死んだ。その事実に皆が悲しんだ。ナナリーはベッドから起き上がることもなくなり部屋から出てこなくなった。
 ルルーシュの葬儀はすでに済んでいる。式はお魎の主導のもと、村一丸となって行われた。
 私たちが裏山で鷹野と決着をつけたすぐ後、富竹が呼びよせた番犬部隊が到着した。
 鷹野や山犬の残党を回収した彼らを見送ると、私は魅音とレナ、沙都子と共にゼロからの連絡を待っていた。
 ところが連絡が来たのはスザクの方からだった。
 皆と一緒に現場に向かうと、診療所の待合室で倒れていたルルーシュの亡骸を発見した。彼はゼロの装いのまま床に眠るように倒れていた。
 私はこの時初めてゼロの正体がルルーシュであることを知った。
 その場の皆が泣き崩れる中、魅音が涙ながら言った。このままルルーシュをゼロとして死なせる訳にはいかないと。
 ゼロとして遺体を回収されてしまえば、私たちは彼を弔うことができなくなるからだ。私たちは共謀して彼の亡骸に偽装を施した。
 だからルルーシュはただの一般人として運悪く通り魔に殺されたことになっていた。番犬部隊に捕らえられていなくなった鷹野と共に、またオヤシロさまの祟りが起きてしまったと噂されるようになった。
 今日も私は納骨が済んだルルーシュの墓前でただ佇んでいた。彼の墓石はブリタニア式だった。それが日本の墓地では一際目立つ。
 この結末が私の想い描いていた未来なのか……。否、そんなわけあるはずがない。
 何度考えたか分からない。こうならないもっと良い方法があったんじゃないか、もっと上手く立ち回れたんじゃないかと。
 ただ時間だけが過ぎていく。
 何がオヤシロさまの生まれ変わりか。大切な友人一人救えないというのにまったくおかしな話だった。
 もう枯れ果てたはずの涙が溢れてくる。涙は頬を伝わり、ルルーシュの墓石に零れ落ちた。

「このまま終わりたくないのですね、あなたは」

 背後から声がして、ゆっくりと振り返る。するとそこには懐かしい少女の姿があった。

「久しぶりなのです。梨花」
 巫女服に身を包んだ有角の少女。彼女オヤシロさまと呼ばれる存在であり、長い刻を共に過ごしてきた私の半身とも言うべき大切な……。
「羽入……? 本当にあなたなの……?」
「はいなのです」
 その声を聞いているうちに懐かしさよりも腹立たしい気持ちが強くなった。
「今更……今更出てきてどういうつもりよ!」
「ごめんなさいです」
 私が声を荒らげても羽入は淡々と謝罪を口にするだけだった。そんな彼女に対して溜まっていた文句が勢い良く溢れ出てくる。

「私がどういう気持ちでいたか分かっているの? ブリタニアなんて妙な国が介入してくる世界に一人飛ばされて恐ろしかった、あんたが消えてしまったかと思って不安に押しつぶされそうだった!
そしてこの世界のイレギュラーを素直に受け入れられるようになって。もうこれを逃したら後がないような最高の世界がやって来て。ようやく殺されない未来を歩めるかと思ったら、私のために大事な仲間が死んだ!」

羽入に見せつけるようにルルーシュの墓の方を指し示す。それでもなお羽入は冷淡に無機質な声を返してきた。
「知っているのです。全部見ていましたから」
「見ていたですって?」
「梨花がこの奇妙な世界に飛ばされた後、私も梨花を追いかけて世界を飛んだのです」
「だったらどうして……」
 助けてくれなかったのと責めたてようとして途中で止める。
 羽入に見捨てられたと思っていたが、どうやらそうではないようだった。彼女の言い分を聞くだけ聞いてやろうといくらか冷静になる。
 羽入は話を続けた。
「世界を構成するカケラに問題があったためです。私はカケラ合わせという力を使って世界を渡り歩くことができる。でもこの世界のあるカケラの一つが私の持つカケラを拒絶していたのです。それが何か分かりますか?」
「分からない。でもその邪魔をしていたカケラが何らかの形で消滅したからこそ、あんたがこちらの世界に干渉できるようになったってことは理解したわ。それで、なんだったの? その問題のカケラは」
 羽入は無表情のまま手を前に突き出すと、私の背後を指差した。
 振り返っても、あるのはルルーシュの墓のみ。
 羽入が何を指差しているのか分からず戸惑っていると、彼女は冷たく言い放った。
「ルルーシュ・ランペルージ。彼がそのカケラだったのです」
「なに言ってるのよ…。ルルーシュがカケラだなんて、彼を物みたいに言わないで」
「カケラは物であるとは限りません。生物、例え人間であっても不思議ではないのです」
 羽入の言葉に私の心は強く揺さぶられた。だって、そんな事を突然言われてもわけが分からなかったから。それでも羽入が嘘をつく意味を考えると、彼女の言っていることが事実であると思わざるを得なかった。

「ルルーシュ・ランペルージは幾多の世界で雛見沢大災害に巻き込まれていました。ところが彼はどんな世界でもどんな状況だろうと存外にしぶとく生き残っていた。
決して彼があなたより先に死ぬことはなかったのです。彼が生きている間はカケラ合わせが成功することはない。私はそれを憎々しく見ていたのです」

「そして……今に至るわけね」

 つまり羽入はルルーシュが死ぬのを待っていたのだ。彼がいなくなれば私をこの世界から引っ張り出すことができるから。

「はいです。だから梨花、時間は随分かかってしまったけれど……帰りましょう、あの雛見沢へ。圭一がいて。魅音やレナ、沙都子がいて。赤坂たちもいる、皆が笑っている世界に」
「ごめんなさい、せっかくだけど私は帰らないわ」

 羽入の誘いはとても甘く素敵にみえた。しかし私は首を振ってそれを拒絶した。

「理由を聞いてもいいですか」

 羽入は特に驚くこともなく聞いてくる。私はルルーシュの墓を一瞥すると羽入の問いに答えた。
「昔の私なら喜んで付いて行ったかもしれない。でも今は決してそうは思えない。彼がしてくれたことをなかったことにはできないから」
「本当にこの世界に残ると言うのですか? 後になって気が変わっても遅いのですよ」
「ええ、構わないわ」
 そこで会話が止まり、辺りに静寂が訪れる。
 どれだけの時間が経っただろうか、羽入は長い沈黙の後再び口を開いた。
「なんとなく、梨花がそう言うのではないかと思っていました」
「そう…」
 羽入には悪いけれど、私の気持ちは変わらない。ルルーシュが命を賭して作ってくれた未来を捨て去るなどどうしてできようか。
「梨花、彼を助けたいですか?」
「助けたい。でももう死んでループするのは嫌。その行為すら彼を冒涜することだから」
「賢明な判断です。通常のループのやり直しではおそらく上手くいくことはないでしょう。むしろ悪い方向に変わってしまう可能性がとても高い」
 その言い方に少しムッとしてしまう。そんなのは自分自身が一番わかっていることだった。この世界はもう二度と来ることのないような奇跡の積み重ねの上に成り立つ最高の世界だったはずなのだ。途中までは……。
「一体何が言いたいの? 今は世間話をしたい気分じゃないのだけど」
 羽入が何故今更そんな話を切り出して来ているのか理解できず、再び心が荒れてくる。
 一方、羽入は一つため息をつくと表情を変えた。その顔には先程までの無機質さは少しもなく決意に満ちていた。
「この世界を捨て去ることなく彼を助けることができる、そう言ったらあなたは信じますか?」
「ルルーシュを助けられる? それは、どういう意味よ…」
 私は耳を疑って羽入に聞き返す。信じたいけど信じられない、そんな矛盾した感情が心に渦巻いていた。

「言葉通りの意味なのです」
「本当に…?そんな都合のいい夢みたいな方法があるの?」

 もし本当にルルーシュを助けることができるのなら、なんでもするつもりだった。だから私は縋るように羽入に詰め寄った。

 羽入は私に纏わり付かれても嫌悪を見せることなく決然と言った。

「必要なのはあなたの覚悟だけです」

  ***

 
 Turn of Hinamizawa Village ―― Lelouch side ≪一ヶ月前のあの日≫

 小此木が引き金に力を入れるとカチリと軽い音がした。
 誰かが助けに来るなんて奇跡はあるはずもない。間も無く銃弾が飛び出し、俺の命を容易に奪っていくことが想像できた。

「すまない、ナナリー…」

 俺は記憶の中の妹に謝罪の言葉を口にする。
 どうやら俺はここまでのようだ。
 その俺の呟きが引き金になったように直後銃声がした。
 目を閉じると銃声が心臓を震えさせているのが分かる。その震えを感じて、ああ心臓を撃ち抜かれたんだなと思った。
 ところが、一向に胸の痛みはやって来ない。
 この距離でプロが外すとも思えず不思議だった。
 目を見開くと小此木の方も同様に驚き戸惑っているようだった。
「馬鹿な、外した…?この俺が…?」
 小此木は焦りつつ引き金に再び指を押し付けるも何故か俺を殺すための銃弾は飛び出ることはなかった。
「くそ、なんなんだ一体」
 どうやら小此木の銃はここに来て突然の故障に見舞われたらしい。
 小此木は舌打ちをしながら銃を投げ捨てる。そして懐からナイフを取り出して俺に飛びかかってきた。
「大人しく死んでくれや!」
 俺も簡単に刺されてやるほどお人好しではない。奇跡的に生じた隙をいかして銃を拾い上げ、小此木へと反撃を行なった。
 銃弾は当たることはなかったが、敵の攻撃の手が緩む。小此木が死角に隠れる間に俺も奴との間合いを取った。
 しばらくの間、両者とも動かなかった。微かな呼吸音だけがその場に響く。
 そんな緊迫した中で小此木の影が突如動き出し、その影に向かって焦って引き金を絞り徒に弾丸を消費してしまう。
 ナイフと銃で武器の差はあるとはいえ、相手は戦闘経験の豊富な兵士であり形勢は完全に不利な状況だった。
 利き手が潰されているのもきつい。
 せっかく手にした奇跡を活かせずにここで倒れることになるなんて認めたくなかったが、銃弾の雨も威嚇にしかならず、俺はある種の閉塞感を覚えていた。
 床を金属が跳ねる音がする。嫌な予感がしてそちらに視線を注ぐと、転がって来たのは手榴弾だった。
「っ……」
 なんて間抜け。相手の武器がナイフだけとなぜ思い込んだ?
 己の浅はかさを呪いつつも咄嗟に近くにあったソファの影へと飛び込む。それでも爆風がソファ越しに俺の身体を突き飛ばした。
 身体は無事でもその衝撃で銃を手放してしまう。
 まずいと思うと同時に床へと転がった銃に手を伸ばすが一手遅かった。目の前に小此木が立ちふさがり、銃を遠くに蹴られてしまった。
「手間をかけさせてくれたが、これでしまいだ」
 小此木のナイフが振り下ろされる。
 もう間も無く俺の頭に刃が突き刺さるそんな間際、時間が引き伸ばされるような奇妙な感覚が生じた。
 実際に小此木の動きがゆっくりとなり、次第にナイフの動きが止まる。

ここまでか…。時が動き出せば俺は死ぬ。
俺の反射神経ではこの距離からの回避はもう間に合わないそうもなかった。
 運動嫌いな俺にしては頑張った方ではないか。富竹が番犬に連絡を取るまでの時間稼ぎをしたと思えば悪くはない。そう自分を納得させようとする。

 けれど、結局見苦しく足掻いただけで行き着く先は何も変わらない。

それが酷く惨めで、滑稽で――。

「――見苦しくてもいいじゃない。かっこ悪くてもいいじゃない。そうやって生き汚く足掻いたからこそ奇跡は繋がった」

 何処か聞き覚えのあるような女の声がした。
 女神の美声を彷彿させるような透き通った声。それが一体誰のものなのか思い出す事は叶わなかった。

 止まっていた時が動き出す。ナイフがもうすぐ眼前まで迫っていた。

 しかしその凶刃は俺に届くことはなかった。

 小此木の脇腹に一発の銃弾が突き刺さり、その動きを止めたのだ。
 診療所の入口見やると、そこには俺の親友であるスザクの姿があった。彼の握る銃からは煙が立ち昇っていた。

「テロ及び殺人未遂の容疑でお前を逮捕する」

 スザクは床に倒れ込んだ小此木を拘束し手錠をかける。
 それから呆気にとられた俺へと声をかけてきた。
「無事だったか、ゼロ。君のことだ、簡単には死なないと思っていたがだいぶ無茶をしたな」
「枢木スザク、どうしてここに? 古手梨花の護衛はどうした?」
「あちらなら僕がいなくても大丈夫だ。それより君が心配だった」
「君が私の心配だと?どういう風の吹き回しだ」
「それは……いや、ただの気の迷いだろう。それより、この騒動もそろそろ解決するみたいだ」

 建物の外からヘリの回転翼が駆動する音がする。外に出て空を見上げると複数の軍用ヘリが飛んでいるのが見えた。富竹が無事に番犬部隊を呼び寄せることに成功したのだろう。
 番犬部隊がどれほどの戦力かは把握していないが少なくとも山犬に遅れをとることはないはずだ。
 勝利を確信した俺は診療所の長椅子に倒れるように身体を預け、安堵のため息を付く。
 一時の休息だった。まだ事件が完全に解決したわけではなく、この後にもまだ仕事はたくさん残っているのだから。

 それにしても、あの声は幻聴だったのだろうか。

 ……まあいい、あれが幻聴だろうと女神の神託だろうとどうでもいい。せっかく助かった命、好きに使わせてもらうだけだ。

 こうして、俺の雛見沢での長い戦いは終わりを告げたのだった。




[35460] epilogue
Name: 海砂◆ae35f1b3 ID:743be759
Date: 2015/12/08 01:39
【epilogue】

 知恵 留美子 ―― 生存 ――
 一連の事件には気づくことはなく、日々雛見沢分校で熱心に教鞭を揮っている。
 最近体重が増加し、カレーは週に7食にすると心に誓った。

 篠崎 咲世子 ―― 生存 ――
 今日も雛見沢でナナリーの身の回りの世話を続けている。
 雛見沢の生活も板に付いてすっかり地元民と化している。

 ナナリー・ランぺルージ ―― 生存 ――
 盲目という闇の世界においても、たくさんの友人に囲まれて幸せに暮らしている。
 最愛の兄がいつも身近におり、目が見えなくとも決して彼女は不幸ではない。
 いつまでも彼女の世界が優しいものでありますように。

 園崎 お魎 ―― 生存 ――
 ルルーシュのギアスによって北条家の罪を許すに至る。
 沙都子を雛見沢で孤立しないように尽力し、公の場で彼女に謝罪を行なった。
 その行動は果たして本当にギアスの力のみによって引き起こされたものだったのか……?
 沙都子への謝罪が済んだ後はすっかり憑き物が落ちたようで、全てを茜に任せて隠居生活を送っている。

 園崎 茜 ―― 生存 ―― 
 北条沙都子の件でルルーシュに興味を持った彼女は彼の正体を突き止めた。
 だがその正体は公表されることはなく、彼女の胸の奥にそっとしまわれた。最近では魅音を彼の嫁に出そうと色々画策しているらしい。

 葛西 辰由 ―― 生存 ――
 とある少女のボディガード兼お世話係を務めている。
 最近その少女にゲームのコレクター癖がつき、海外の様々なゲームを強請られて財布が少し寂しくなってきたようだ。

 北条 鉄平 ―― 生存 ――
 北条沙都子と死闘を繰り広げた後、逃げるように雛見沢から離れる。
 窮鼠猫を噛むが身に染みたからだろうか弱い者にも少し優しくなったようだ。
 雛見沢の一件の後心を入れ替えてパチンコ店に就職。仕事の尊さを感じながら日々を送っている。
 
 リヴァル・カルデモンド ―― 生存 ――
 アッシュフォード学園の危機的状況が回避され、今も学園に在籍している。
 片思いの相手が婚約したショックからようやく立ち直った所。

 ニーナ・アインシュタイン ―― 生存 ――
 アッシュフォード学園の危機的状況が回避され、今も学園に在籍している。
 たまに某皇女 を想い、机の角で何やらいけないことをしている模様。
 
 ミレイ・アッシュフォード ―― 生存 ――
 アッシュフォード学園を建て直す資金を目当てにロイドと婚約するが、一か月で破談にしてみせた。
 モラトリアムを卒業した後はアナウンサーとして活躍したいと思っているようだ。

 ジェレミア・ゴットバルト ―― 生存 ――
 ゼロの謀略によるオレンジ疑惑を払拭するために蜜柑畑を耕すことにした。オレンジのクリーンなイメージを作り出すために日々努力を怠らない。
そのせいかオレンジ疑惑もたまに動画サイトで笑いのネタにされる程度には終息したようだ。
 
 ロイド・アスプルンド ―― 生存 ――
 ミレイ・アッシュフォー ドと婚約するも破談。その際、学園への援助の約束は反故にはせず、何故か円満に解決したようだ。
 その翌週に他の相手に結婚を申し込むが手酷く振られる。しかし当人に気にしている様子は一切見られない。
 天才と何とかは紙一重というが……。

 セシル・クルーミー ―― 生存 ――
 ロイドの変人ぶりに手を焼いている。
 最近、彼に結婚を申し込まれたが、節操がないと頬を拳で殴って拒否する。しかし本心ではまんざらでもないようだ。

 小此木 鉄郎 ―― 生存 ――
 スザクにより逮捕されるが刑務所への護送中に隙をついて逃走した。
 今も傭兵としてどこかの戦場を駆けているようだ。

 鷹野 三四 ―― 生存 ――
 雛見沢症候群に踊らされた最大の人物。
 入江の研究データを密かに改竄、治療薬研究開発の妨害活動を行なっていた。
 富竹ジロウ・古手梨花両名の殺害を試みたがあえなく未遂に終わる。ブリタニア警察に身柄を引き渡された。
 雛見沢の事件を引き起こした後、日本解放戦線と共に東京租界に侵攻、雛見沢症候群ウィルスH173-02を散布するつもりだったことが取り調べにより発覚した。
 かなり前から雛見沢症候群を発症させていたらしい。そんな彼女に果たしてどんな罪があるというのか?

 富竹 ジロウ ―― 生存 ――
 雛見沢の事件で一部のキョウト六家の謀殺によって倒れるはずだったが奇跡的に生存、ブリタニアに捕らえられた鷹野三四を奪還後にその姿を消した。
 世界が彼女を許さなくても富竹だけは彼女を許した。

 桐原 泰三 ―― 生存 ――
 雛見沢と東京租界へのテロの企てを知り、それに関わった一部のキョウト六家に制裁を加える。
 テロという手段を肯定する彼も日本人を巻き込むのは本意ではないようだ。

 入江 京介 ―― 生存 ――
 改竄される前の雛見沢症候群の治験データを、残された鷹野の私物の中から発見する。
 事件の終息後に驚くべき早さで特効薬C‐139番【Complex-image】を完成させ、見事この世から雛見沢症候群を根絶させた。
 また彼の開発した特効薬は、他の精神病及びリフレインを含む多くの薬物中毒にも絶大な改善効果を及ぼしたことから後に精神医療の世界的権威となる。

 北条 悟史 ―― 生存 ――
 雛見沢症候群の重度発症のため、入江診療所の地下で眠らされていた。
 入江京介の特効薬によって長い眠りから覚めた。
 今は古手梨花と妹の養育権(?)について激しくもめているとのこと。

 枢木 スザク ―― 生存 ――
 雛見沢の事件をブリタニア軍及び警察に報告。
 キョウト六家と日本解放戦線による東京租界への細菌テロを未然に防いだ功績により一階級昇進。
 それにより、ブリタニア軍の中でもイレブンへの態度を改める人間が増えてきた。
 非番はルルーシュたちに会いに雛見沢へと出かけることもあるらしい。

 園崎 魅音 ―― 生存 ――
 平和な雛見沢で仲間たちと暮らす。
 最近、悟史が気になってきたようで、彼の生態を記録した悟史きゅんきゅん日記なるものを毎日のように付けている。
 余談だが、とてもお淑やかな双子の妹がいるらしいことが最近になって発覚した。

 竜宮 レナ ―― 生存 ――
 雛見沢で仲間たちと暮らしているが、たまに姿を消すことがある 。
 かぁいいもの探しの旅にでているとの専らの噂だが真偽は不明。
 今度のターゲットは軍用ナイトメアフレームRPI-13・サザーランドとか。

 北条 沙都子 ―― 生存 ――
 雛見沢で仲間たちと暮らす。
 兄が帰ってきて笑顔が増えたが、兄と古手梨花のどちらと一緒に住むべきか大いに悩んでいる。
 趣味のトラップ作りは健在であり、裏山のトラップを飽きもせず増殖させているらしい。

 古手 梨花 ―― 生存 ――
 雛見沢で仲間たちと暮らす。
 北条沙都子の養育権(?)を兄の北条悟史に渡すまいと死守しているように振る舞うが、内心では当人の気持ちを優先している。
彼女にループやギアスの記憶はなく、歳相応の少女として暮らしている。

 ユーフェミア・リ・ブリタニア ―― 生存 ――
 雛見沢の一連の事件が解決した後、仮面の革命家ゼロと和平交渉の場を作った。
 ゼロの提示する条件を飲み、自らの皇女としての地位を捨てることで行政特区日本を設立。
 行政特区に参加した日本人からは″慈愛の皇女″と呼ばれ慕われる。

 コーネリア・リ・ブリタニア ―― 生存 ――
 表向きはゼロといがみ合っているが、裏では和解。現在はブリタニア軍と行政特区の緩衝材としての役割を担っている。

 扇 要 ―― 生存 ――
 行政特区に参加。
 その傍らにはブリタニア人の女性の姿があった。

 
 玉城 真一郎 ―― 生存 ――
 行政特区に参加。
 その性格からは想像できないほどの努力を費やし、見事、政治家になるという大きな夢を叶えた。
 政治家になれたらいいな、じゃない。なれなきゃ駄目なんだ! 玉城は常日頃から熱く語っていた。

 藤堂 鏡志郎 ―― 生存 ――
 行政特区に参加。
 四聖剣と共に修行に明け暮れる日々を送る。

 紅月 カレン ―― 生存 ――
 行政特区に参加。
 入江京介が作り出した特効薬C‐139番【Complex-image】によって、母親がリフレイン中毒から解き放たれてからは毎日面会に行っているらしい。
 これからはブリタニア人・日本人関係なく、普通の女性として生きることを決めた。
 それは、亡き兄の願いでもあった事。彼女にも一握りの幸せを。
 
 ヴィレッタ・ヌゥ ―― 生存 ――
 行政特区に参加。
 記憶を取り戻したものの、扇要との幸せな家庭を築く。  
 行政特区に新たに出来た学校で教師を務める。

 C.C. ―― 不明 ――
 事件解決後、突如ルルーシュ・ランぺルージの前から忽然と姿を消す。
 部屋には以下の内容の書置きが残されていたがその意味は誰にも分からなかった。
 《お前の見据える未来に興味を持った。アーカーシャの剣を止める。ラグナレクの接続はさせない。》

 前原 圭一 ―― 生存 ――
 傷害事件を起こした過去を悔いつつも、平和な毎日を送っている。
 罪滅ぼしのためか、一部のインターネットユーザーの間でカリスマ的な人気を誇る指導者、通称”K”として様々な平和活動に従事している。
 近年の主義者の増加は彼の人望によるところが大きいが、指導者”K”が行政特区に参加するという噂を聞きつけ、多くのブリタニア人ならびに日本人が行政特区に参加した。

 シャーリー・フェネット ―― 生存 ――
 アッシュフォード学園に在籍している。
 記憶は戻ることはなかったが、本当の意味で昔の自分を取り戻した。
 学園卒業後に行政特区に移り住もうと考えている。
 今や彼女の明るい未来を邪魔するものはない。
 
 ルルーシュ・ランぺルージ ―― 生存 ――
 雛見沢で平凡な毎日を送っている。
 たまの休日には東京租界で学園の皆と遊びに出かけることもある。
 シャーリーとは何でも話せる親友として付き合っている。と、本人は思い込んでいるが傍からはカップルにしか見えない。
 ゼロとして行政特区日本に賛同。ブリタニア側の条件である黒の騎士団の即時解体を実行し、賛同の条件として設立場所を雛見沢に変更させた。
 黒の騎士団解体後は、民間のブリタニア人ならびに日本人から隊員を募り、新たに行政特区自衛隊″白の騎士団″を組織するなど大胆不敵な行動を様々なメディアで取り上げられる。
 専守防衛を目的とする白の騎士団CEOはユーフェミア・リ・ ブリタニアとし、自らは補佐に徹した。
 大切なのは結果より手段。それに気づけた彼にもう間違いはない。

 ??? ―― 不明 ――
 少女はある男の命を救うために魔女となる。
 異なる摂理、異なる時間、異なる命、それらが少女を孤独にするが、その覚悟が彼女にはあった。

「私は奇跡の魔女フレデリカ・ベルンカステル。どんな災厄だろうと回避させてみせる。泥臭く何百何千何万を繰り返すことになろうとも、最後には必ず奇跡を掴み取るわ」


~終~



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