終わりたくないのですね、あなたは。
生きて未来を欲しますか?
力があれば生きられますか?
ならば契約を交わしましょう。
あなたには僕の願いを一つだけ叶えてもらう。
その代価としてあなたに力を与えましょう。
契約すれば、あなたは人の世に生きながら人とは違う理で生きることになる。
異なる摂理、異なる時間、異なる命。
王の力はあなたを孤独にする。
その覚悟が、あなたにはありますか?
○第一話【ハジマリ】
「――お、」
……。
「……様……」
………。
「――……お兄様……」
…………。
「お兄様、着きましたよ」
「ん……。……ここは……」
妹のナナリーの透き通った声で目を覚ます。
周囲を見回してすぐに自分が置かれている状況を確認する。どうやら俺は電車の座席に座ったまま眠り込んでしまっていたようだ。
思考が鈍い、日頃の疲れがたまっているのだろうか。身体も鉛のように重い。
隣を見やると心配そうにこちらを窺うナナリーがいる。
……そうだ、今は東京租界からの帰り道だった。
久しぶりにスザクや会長に会いに行って、ナナリーを彼らに預けている間に黒の騎士団の作戦指示をしに行ったことを思い出す。
つい先月まで住んでいたにも関わらず、東京租界の賑やかさに圧倒された。
高層ビルに何車線もの道路。
たくさんのブリタニア人。
ブリタニア軍人の使用する高性能ナイトメアフレーム。
駅前での騒々しいクロヴィスの演説すらも今では懐かしかった。
今、住んでいる土地にはそんな賑やかなものはない。
あるのはセミの声と清流のせせらぎ。そして、ひぐらしの声。
そんな静けさに寂しさでなく、安らぎを感じ始めたのは最近だ。
現在、俺とナナリーは東京租界から離れた所で暮らしている。
ギフの山奥にある寒村、シシボネゲットー・ヒナミザワヴィレッジ。
そこが俺たちが隠れ住まう場所だ。
どうしてそのような場所に住むことになったかというと話は長くなるが……
あれは心を読む能力者『マオ』が起こしたナナリー誘拐事件が解決して数日経ったある日のことだった――。
***
その日の早朝、俺はミレイ会長に呼び出されて生徒会室を訪れた。
そこでとんでもない話を聞かされる。
「……えっ? 会長、今なんて言いました?」
俺は想定外のミレイ会長の言葉に、思わず聞き返してしまった。
「だから、ごめんなさい。……貴方とナナちゃんを匿うことはもう出来ないわ」
「そんな、どうしてです?」
今頃になって何故。それは当然の疑問だった。
幼い頃、ブリタニア皇族であった俺と妹のナナリーは父親である皇帝シャルルにエリア11へ捨てられた。
しばらくして戦争で死んだことにされていたが、もし俺たち二人が生きている事実が知られていれば、間違いなく政治の道具に使われていただろう。
そんな俺たちを不憫に思って匿ってくれたのがアッシュフォード学園であり、ミレイ会長の家族だったはずだ。
「……ごめんなさい、ルルーシュ。前にアッシュフォード家が衰退しているって話をしたことがあったわね?」
「ええ。でも学園が経営できなくなるほど落ちぶれているとは思えないですが」
少し失礼と思ったが、気にしている余裕はなかった。
俺のそんな物言いにもミレイ会長は力なく首を横に振った。
「違うの。今までアッシュフォード学園が安定しているように見えたのはこの学園に通う一部の生徒がいたおかげなのよ」
「それはつまりどういうことですか」
「最近学園に来る生徒が減ったと思わない?」
「……ま、まさかっ!」
一部の生徒のおかげ……減った生徒数――その二つの点から導かれる理由は……。
「そう、この学園は一部貴族の親が出した助成金のおかげで何とか経営できていたの。けれど最近のエリア11は日本解放戦線や黒の騎士団といったテロ組織の動きが活発だし、クロヴィス殿下だって暗殺されたでしょう? それで生徒たちは次々とブリタニアの学園に転入していってしまったというわけ」
「……っ……そんな馬鹿なことが……」
アッシュフォード学園は助成金がなければ資金繰りが厳しいらしい。
助成金を得ることが出来ない以上、アッシュフォード家は学園を潰すか売り渡すの二択しかないのだそうだ。
潰れてしまえば無論のこと、俺とナナリーは学園を出ていかなければならず、売り渡すことになれば理事がアッシュフォード家から別の貴族の家へと移り、俺たちの素性がばれてしまうため、この場合も出て行かざるを得ない。
くっ……アッシュフォード学園を全面的に信頼していたが甘かった。
コーネリアの動向よりもアッシュフォード学園の経営状況に目を向けるべきだったか!
しかし今更もう遅い。25通りの手を考えたが、全て手詰まり。くそ、どうすればいい……?
そこに俺の親友がノックもせずに入ってきた。彼は枢木スザク。日本人だが、幼少の頃から仲が良い俺の一番の友だ。
「どうしたんだい、二人とも深刻そうな顔をして?」
「スザク……」
「スザク君……」
俺とミレイ会長は顔を見合わせて頷き合うと、藁にも縋る思いで事情を打ち明けた。
スザクは事情を聞くと、本当に残念そうに呟くように言った。
「そうなんだ、寂しくなるね……」
「まだそうと決まったわけじゃないわ。私もまだ転校するべきか迷っている生徒を何とか説得してみる。だけど、最悪のケースは覚悟して欲しいの」
「え、ええ、分かりました……」
「ルルーシュ、君はこれからどうするんだ?」
スザクに言われ、これからの事を考える。
ミレイ会長の家は……無理か。まだ未成年の少年である俺を娘のいる家に住まわせれば、アッシュフォード家に色々良からぬ噂が立つだろう。さすがにそこまで迷惑はかけられない。
「しばらくはリヴァルの家に世話になることもできると思うがもって三日だろう。……その後は考えていない」
「そうか。ならさ、僕に任せてくれないか?」
「なに?」
「学園は僕にはどうすることも出来ないけど……君とナナリーの住む場所ぐらいの当てはあるんだ」
「本当かスザク! 頼む、紹介してくれ!」
「ああ、もちろんさ」
俺はスザクの提案を喜んで受け入れ、すぐに荷物をまとめてナナリーと学園を後にした。
だが、この時はまさかゲットー、それも山奥の寒村に移り住むことになろうとは思いもしなかった。
知っての通り、ゲットーに住むほとんどの日本人はブリタニア人を憎んでいる。
そんな中にブリタニア人である俺とナナリーが? どう考えてもありえない。俺は心底そう思った。
普通に考えればナナリーにゲットーでの生活などできないことが分かるはず。この時ばかりは俺もスザクの正気を疑ったものだ。もっとも、それは俺の杞憂だったわけだが――――……。
「お兄様、そろそろ降りないと……。扉が閉まってしまいます」
「あ、ああ、すまない。急ごう」
ナナリーをおぶると足早に電車を降りた。
***
東京租界から電車を乗り継ぎ数時間後の外の風景は東京租界と同じ時代であることを疑わせるほど技術の進歩というものが見られない。
その”何も無さ”に最初は呆気に取られたものだ。
駅を出ると、ここからさらに車で山道を超えなければならない。もちろん俺は車など持ってはいないが、迎えが来る手筈となっているので別段問題はない。
「あ、お待たせルル、ナナちゃん!」
少女が小走りに近寄ってくる。
彼女の名前は園崎魅音。スザクの知り合いで、俺の一年先輩だ。
魅音は俺をルルと呼ぶ。そんな時いつも彼女の前に俺のことをそう呼んでくれたシャーリーのことを考えてしまう。
シャーリーは大切な仲間だ。いや、今は”だった”と言うべきか……。
俺は父親の命を奪い、彼女の記憶を消した。学園を去った以上、俺と彼女はもう赤の他人なのだ。
ルルという呼び方は、とにかく彼女を思い出すことになりつらい。
魅音に止めるように言ったこともあったが、こいつは空気を読まない。俺はしばらくして諦めた。
慣れてしまったのか今はもう、そう呼ばれることにあまり抵抗を感じなくなっていた。
「ごめんごめん、待った?」
「いや、定刻通りだ」
「そりゃよかった」
「魅音さん、こんにちはです」
ナナリーが挨拶をすると、魅音は冗談で返す。
「おお、ナナちゃんお久しぶり! 200年ぶりだっけぇ?」
「うふふ、200年も経ってたら私もう死んじゃってますよ」
「あはは、違いないね」
「たった二日でオーバーだな魅音」
「そうかい? ま、とりあえず車に乗りなよ。土産話は道中聞くからさ」
そうだな、村まで一時間ぐらいかかる。その時に話すのも良い時間つぶしになるだろう。
ナナリーを車に乗せ、自分も車に乗り込むと、車は急発進して雛見沢(ヒナミザワヴィレッジ)へと向かった。