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[35463] 【ネタ】まどかマギカ異聞『水栽培の少女たち』(まどかマギカIF)
Name: KCA◆1515fe95 ID:251c7024
Date: 2012/11/17 11:46
本作は、アニメ『魔法少女まどかマギカ』を題材に、「もし、まどかの"願い事"が原作と異なり、魔法少女の生存確率が格段に上昇するようになったら」という状況を妄想した、ご都合主義的力技によるIF物です。
作者は、すべての「まどか」資料本に目を通しているわけではなく、PSP版ゲームも序盤のみプレイして積んでいるため、そのあたりで補完されている設定などフォローしきれていない可能性大ですが、「壮大なドラマ」「連鎖する悲劇」とは無縁の、彼女達の日常を描ければと思います。

※補足
「scene~」とあるのが、本作における"現在"(ただし、原作から見ると未来)の話で、それ以外の項目が"過去"の回想話にあたります。また、sceneは話に連続性を持たせていますが、過去編の方は、時間軸はとびとびの掌編です。



[35463] [Scene 1.サフラン]
Name: KCA◆1515fe95 ID:251c7024
Date: 2012/10/12 16:32
【慎ましくも喜びに満ちた日常】

 「ただいまーっ!」
 マンションの一室に少女の帰宅を告げる元気な声が響いた。
 深緑色の髪を奔放に伸ばした、明るい雰囲気の少女だ。背中まである髪を両耳の上で大きめの髪飾りで結わえているが、三角形のそのアクセサリーがちょうど猫耳のようにも見える。
 クリームイエローの制服からして、見滝原中の生徒だろうか。
 「お~、おかえりぃー」
 奥の部屋から、何とも眠そうな声が返って来るのを聞いて、少女は眉をしかめた。
 カバンを玄関に置いたまま、声が聞こえた部屋のドアを開けると、案の定、目当ての人物──20代初めとおぼしき赤毛の女性は、まだベッド上でゴロゴロしていた。
 「もぉ、きょーこ姉、まだ寝てたの? もう、4時半だよ」
 確か、少女が朝、家を出る時に「さって、ひと眠りすっか」と言ってたから、軽く8時間近く寝ていた計算になる。
 「おいおい、心外だなぁ。これでも昼過ぎに起きて、昼飯の後、家ん中の掃除はしたんだぞ」
 確かに、食い意地の張っているこの"姉"が、上の"姉"が用意しておいたであろう昼食を食べ逃すとは思えないから、少なくとも一度目を覚ましたというのは嘘ではないのだろう。
 「はぁ……わかったから、そろそろシャワーでも浴びてきたら? お店、6時半からでしょ」
 「あーもうこんな時間か。わーった。シャワー浴びてサッパリしてくるぜ」
 ベッドから身を起こした、20代初めと思しき赤毛の女性は、寝間着代わりにしたワイシャツを脱ぎ捨てて、ショーツ一丁で浴室の方へと歩いていく。
 「ちょ、きょーこ姉、そんな格好、はしたないよ! きょーこ姉も、もういい歳した大人なんだからさぁ」
 「ああン? 別に誰が見てるわけでもねーし、いいじゃねぇか」
 羞恥心というより行儀の問題なのだが、ズボラなこの"姉"にその種の説得は効果が薄いことは、よくわかっている。
 溜め息をつきながら、せめて風呂上りにはもうちょっとマシな格好をしてもらおうと、着替えを用意すべく、けなげな少女は"姉"の部屋のタンスを探るのだった。

 「──くぅー、●莱のアイスキャンデーはうまいなぁ」
 予想通り、風呂上りの"姉"と少女のあいだでひと悶着あったものの、「言うコトきかないと、帰りに買って来たアイスキャンデーあげないよ」と脅した少女の主張が通り、赤毛の女性もタンクトップにショートパンツという、部屋着としては比較的まともな服装をしていた。
 "姉"の生い立ちと、それに由来する食に執着する性格は理解しているつもりだが、いつかこれが理由でとんでもない失敗をするんじゃないかと、少女、いささか不安だった。
 ちなみに、少女自身も明るいライムグリーンのサロペットスカートと生成り地のTシャツという楽な格好に着替えている。

 「今日の晩御飯はどうする? あたしが作ろうか?」
 「ん~……いや、いいや。ちょっと"店"で試してみたい料理(モノ)あるしな」
 少女の"姉"達は──見かけによらずと言うべきかどうか迷うが──小さな飲食店を自営しており、扶養家族としては有難いことに、それなりに繁盛しているらしい。
 実際、昼に友達と何度か立ち寄った限りでは、小さな店とは言え、大抵半分以上の席が埋まっていたので、少女を安心させるための方便というワケでもなさそうだ。
 ちなみに、昼間は主にケーキ作りの巧い上の"姉"が喫茶店として営業し、夕方6時半からは日付が変わる頃までは下の"姉"が仕切る、アルコールを扱うバーになるという営業形態だ。
 しかしながら、昔から家事万能で女らしく典雅な上の"姉"はともかく、目の前にいる下の"姉"までがキチンと調理師免許をとって、積極的に店の運営に関わるようになるとは、つきあいの長い少女も思ってもみなかった。
 あるいはそれだけ、ここ数年自分たちを養ってくれた上の"姉"に対する感謝の念が深かったのかもしれない。見かけによらず照れ屋なこの"姉"は、言葉より行動で謝意を示すのが常だから。
 ともあれ、現在は"姉"達はふたりとも無事に成人し、吹けば飛ぶような小さなお店とは言え、立派に自営業者として暮らしの糧を得ている。
 普段の生活態度は無精極まりない下の"姉"も、仕事に対しては(それが"食"に関する故か)真剣だった。時には、今日のように早めに出勤して、創作料理を試作することもあるくらいだ。
 かくいう少女自身も、中学を卒業したら(高校か専門学校には行っておけと言われているが)、ウェイトレスでも皿洗いでも、店を手伝う気満々だった。

 「じゃ、アタシはそろそろ出るけど、戸締りはしっかりしとけよ。近ごろ何かとブッソウだからな」
 男仕立ての白いワイシャツにスリムジーンズというマニッシュな格好に着替えた赤毛の女性が、玄関まで見送りに来た少女に注意を促す。
 「きょーこ姉……それ、現役魔法少女に言う台詞じゃないよ」
 右手の中指にはめた指輪を掲げて見せながら、苦笑する少女。
 「いやいや、不意を突かれたら変身する暇があるとは限らないだろ……って、まぁ、ゆまの馬鹿力なら心配はないかもしれんけどな」
 うんうんと納得する"姉"に少女は頬をふくらませる。
 「ぷぅ~、花も恥じらう女子中学生に、馬鹿力はないよぉ」
 「アハハ……すまんすまん。じゃあな。マミには、冷凍庫のハーゲンダッツ、全部食うなって言っといてくれ」
 カカカと高笑いを残してマンションの部屋を出て行く女性を見送った少女は、しばしの躊躇ののち、再び台所に足を踏み入れた。
 家庭環境上、彼女もひととおりのおさんどんくらいは出来るので、下の"姉"と入れ替わりに帰って来る上の"姉"のために夕飯を作ってあげようかと思い立ったのだ。
 本当を言えば、せいぜい中の下といったレベルの自分より、専門家(プロ)である上の"姉"の作る洋食の方が数段美味しいのだが……。
 母性豊かで感激屋のあの"姉"は、可愛い"妹"がご飯を作ってくれたというだけで、凄く喜ぶのだ。

 ──ガチャッ
 「ただいまー、ゆまちゃんは、帰ってるかしら?」
 「あー、うん。今台所。お帰り、マミお姉ちゃん」
 ちょうど揚げ物を始めて目が離せないため、声だけで返事を返す。
 「あら……いい匂い。今夜は、コロッケ?」
 「うん。冷蔵庫にミンチがあったし、ジャガイモも芽が出そうだったから……」
 さらに言えば、揚げ方にさえ失敗しなければ、誰でもそれなりの味に作れるというのもポイントだ。
 「うふふ、美味そうね。楽しみだわ♪」
 予想通り、上の"姉"は上機嫌のようだ。自室で着替えながら、「サールティ・ロイァリ~」とかすかに鼻歌らしきものを歌っているのが聞こてくる。

 しばしの後。少女と明るい栗色の髪をした上の"姉"は夕食のテーブルを囲んでいた。
 「う~ん、サクサクでホクホク……とっても美味しいわよ、ゆまちゃん♪」
 たかだかポテトコロッケぐらいで、これだけ喜んでもらえるのは、光栄に思うべきなのか、ちょろいと言うべきなのか。
 そのほかは、炊きたてご飯と朝の残りのコンソメスープ、ざく切りキャベツとプチトマトに自家製塩ダレドレッシングをかけたサラダという、夕飯にしては簡素なメニューだ。
 もっとも、この"姉"は、多感な少女期をひとり暮らしをして過ごしたせいか、"家族の団らん"とか"手作り料理"とかいったものに、やや過剰に思い入れる傾向があるのは、ここ数年寝起きを共にしているので、よく理解していた。
 実のところ、それは下の"姉"や少女自身にも当てはまる部分はあるのだが、目の前の"姉"ほど率直にそれを表に出すのは、さすがに照れくさいという気持ちもある。14歳は微妙なお年頃なのだ。
 「ゆまちゃんも杏子も、どんどんお料理上達してるわね。わたしも負けないように、もっと頑張らなくちゃ」
 「マミお姉ちゃん、大げさだよぉ。それに、"tulipano"は、こないだも『見滝原ウォーカー』に取り上げられてたじゃない」
 そう、彼女の"姉"が経営する店は、地元の情報誌に頻繁に名前が挙がる程度には繁盛しているのだ。
 店の暖かな雰囲気や、マスターたる"姉"たちが美人であることも一因ではあろうが、大半は料理の味によるものであることは論をまたないだろう。
 「ふふっ、ありがと。でもね、こういうことは向上心を忘れちゃダメなのよ。日々の努力の積み重ねが、新たなおいしさを創造するのよ」
 優雅で華麗な見かけに反して、根は生真面目な努力家である"姉"らしい言い草だった。

-つづく-



[35463] 【Turning Point.クロッカス】
Name: KCA◆1515fe95 ID:251c7024
Date: 2012/11/17 11:50
【ほむらちゃん、わたしを信じて】

 見滝原中二年生にして、戦闘経験豊富な魔法少女、暁美ほむらは悩んでいた。

 ご存知の通り、彼女は時間遡行者であり、親友にして恩人でもある少女、鹿目まどかを絶望的な運命から救うべく、それこそ絶望的な戦いを幾度となく繰り返しているのだ。
 無駄に豊富なその逆行経験から省みても稀なほど、今回のループは信じられないくらい巧くいっていた。

 ひとつ前の周回で独力で事を成し遂げようとして悲惨な結果に終わった反省から、今回のほむらはできるだけ戦力を揃えようと考えたのだ。
 巴マミと早期に協力関係を結びつつ、まどかと美樹さやかともあらかじめ引き合わせ、そのうえで3人に魔法少女の真実の半分──ソウルジェムが彼女たちの魂そのものであることを明かす。
 このことで、まどか達は契約への躊躇が生じ、マミも積極的に後輩を勧誘する気を無くす。

 また、その一方でマミと並ぶベテラン魔法少女である佐倉杏子とも接触を持ち、"仲間"に引き入れることに成功していた。
 普通なら、マミと組んでいるほむらに対して、杏子は諸々の面からよい感情は抱かなかっただろう。しかし、彼女にも事情があった。
 杏子の傍らには、いつぞやのループと同様、緑髪の幼女──千歳ゆまの姿があったからだ。
 どうやら、この幼い資格者が、まどか達への勧誘をいったん断念したキュゥべえの目にとまったらしい。
 ほむらが(このループでは)初めて杏子と顔を合わせた時、ゆまも同行しており、さらに言うと彼女もすでに魔法少女となっていたのだ。
 こんな幼い子を凄惨な戦いの場に参加させることは、感情が磨滅した(と自分で思い込んでいる)ほむらとしても、心が痛まないわけではなかったが、その点を抜きにすれば、ゆまの存在は、彼女達のチームにむしろプラスに働く面が大きかった。
 第一に、魔法少女としての治癒能力。過信は禁物だがほ、彼女が同行する限り、その仲間は致命傷でもないかぎり、負傷を恐れずに済むのだ。
 さらに、見かけに反した近接戦闘での強さもあり、万が一の時のまどかたちの護衛役を任せておくことで、ほむらたちの負担が激減する。

 また、愛くるしい幼女が同行することによる雰囲気の緩和という点も、メンタルバランスがその存在の安定性に大きく関与する魔法少女にとっては、見過ごせないメリットだ。
 ゆまは基本的には杏子を無条件に信頼し、ある意味依存しているが、同時にその経歴故、他の人との絆に飢えている部分がある。
 そのせいか、いかにも優しげなマミやまどかは元より、一見とっつきが悪く見えるはずのほむらにさえ、しばらく顔を合わせていると、それなりに気を許し甘えてくるようになったのだ。
 マミを例に挙げるまでもなく、人は"守るべき妹分"がそばにいると、自然と自らを"妹"の目に恥ずかしくない存在となるよう律するものらしい。
 それは行き過ぎればストレスとなるが、幸いにして「友人の妹(分)」という距離感は、適度な刺激と緊張、そして安らぎをほむら達にもたらした。
 彼女の存在が円滑剤となって、ほむら、マミ、杏子、ゆまのカルテットは、極めて有能な魔法少女ユニットとして戦えるようになったのだ。
 ちなみに、杏子&ゆまは、現在はひとり暮らしのマミの家で同居している。寂しがり屋なマミのメンタルケアにもなって一石二鳥だ。

 ──ここまでは、ほむらとしても納得がいく話だ。マミ、杏子(&ゆま)は、周回の途中で仲違いしたことこそあれ、基本的には彼女にとって「味方」となりうる存在だったし、実際に何度も仲間として戦ってきたのだから。

 しかし、それに続いて最近加わった新たなふたりの魔法少女の存在は、少なからずほむらの心を波立たせずにはいられなかった。
 ゆまの存在に触発されたかのように、かつてのループで紛れもない「敵」としてほむらの前に立ちはだかった白と黒の魔法少女──美国織莉子と呉キリカの2名が、来るべきワルプルギス戦への協力を申し出てきたのだ。
 無論、当初ほむらは、それが織莉子によるまどか暗殺のための陰謀、彼女達に近づき油断させるための企みではないかと疑ったのだが……。
 仲間も交えたうえ、何度か話し合ってみた末、(完全に疑念が晴れたわけではないが)そうではないと不承不承認めざるを得なくなった。
 予知能力のある織莉子いわく、まどかがとある願いでキュゥべえと"契約"をすることで、先の見えない消耗戦を余儀なくされる魔法少女という存在に、画期的な変化が起こりうるらしい。
 そのため、かつてのループと異なり、むしろ彼女はまどかに(熟慮したうえでとは言え)積極的に契約を結んでほしいという素振りさえ見せた──無論、ほむらは却下したが。
 ともあれ、ワルプルギスの夜まであと1週間余りに迫った現在、ほむらは「それなり以上の戦闘力を持つ5人の魔法少女と共にかの魔女に挑む」と言う、かつてない好条件で決戦に臨むことができるようなのだ。

 それだけなら、極めて好ましいことなのだが……しかし、ここで新たな問題が浮上した。
 ひとつところにこれだけの魔法少女が集中し、共存した結果、魔法少女の生命線とも言うべきグリーフシードの残量が心もとなくなってきたのだ。
 無論、今すぐどうこうという程ではない。数人でチームを組んでの"魔女狩り"は、単独よりもむしろ効率がよく、かなりの強敵でさえ、各人さほどの消耗も危なげもなく殲滅することができるのだ。
 おかげで、ひとりあたり数個のグリーフシードのストックはできている。これだけあれば、仮にワルプルギス戦まで寝て暮らしていても、ソウルジェムの浄化には十分だ。
 しかし、過酷な対ワルプルギス戦に臨むなら、念の為もう少しストックが欲しい。魔力もグリーフシードも使いきり、ワルプルギスを降した直後に彼女たちが次々に力尽きて魔女になったりしたら本末転倒もいいところだろう。
 そのためには、さらに魔女を狩る必要があるのだが……生憎近場の魔女達はこの6人で殆ど狩り尽くしてしまった。

 「ほむらちゃん、何か悩み事?」
 このループになってからは珍しく、ひとり校舎の屋上で考え事をしていたほむらは、背後から掛けられた声で我に返った。
 「まどか?」
 振り向くと、ほむらにとって命より大切な少女が、やわらかな微笑を浮かべて立っていた。
 自然とほむらの表情も優しくなる。
 「──なんでもないわ。ちょっとアイツとの戦いについてシミュレーションしてただけ」
 少なくとも嘘ではない、と胸の中で呟きつつ、まどかに笑ってみせる
 「もしかして……グリーフシードのことかな?」
 「!」
 先日(まどかとさやかも含めて)一同がほむらの家に会した時、ほむらはついに魔法少女の隠された真実の後半──ソウルジェムが濁りきるとグリーフシード化し、魔女になることを皆に告げた。
 じつのところ、織莉子とキリカは既に知っており、マミや杏子も薄々想像はしていたらしい。しかしながら、これだけ仲間がいるうえ、精神的に追い詰められていなかったおかげか、マミも錯乱することはなく、その事実を受け入れた。
 "あの時"と同様、ゆまがいったあの言葉──「いつかは今じゃないよ」が、皆の気持ちを代弁していたと言えるだろう。
 自分達はそう簡単に絶望しないし、仮に自分が魔女に堕ちても、被害が出る前にきっと仲間が仕留めてくれる。だから、その"いつか"まで戦い続けよう……言葉にすれば、そんなところだろうか。
 それは、最年長の織莉子ですら未だ18歳にもなっていない、年若い少女達が抱くには重過ぎる決意と言えるだろうが、しかし彼女達がこの先も歩んでいくには不可欠な心構えでもあった。
 虚勢でなくそう言える"仲間"を得られたことが、ほむらは誇らしかったし、だからこそ(ループを繰り返した身としてはおこがましい話だが)、誰ひとり脱落させたくなかった。
 単に舞台装置の魔女に勝つだけなら、見込みは十分ある。それも五分五分よりは高い確率で。しかし、「全員力尽きずに」となると、かなり厳しいと言わざるを得なかった。

 「あのね、ほむらちゃん。一週間後の戦いに、強力な助っ人はいらない?」
 「! だめよ、まどか!! あなたが契約しては……」
 ほむらは、まどかにだけは、彼女が魔女化した際のリスク──「救済の魔女」となることの危険性を告げていた。そのことで、まどかもいったんは契約をあきらめたようだったのだが……。
 「うん、そのことなんだけどね。逆に言うと、魔法少女は、ソウルジェムが濁りきらなければ魔女にはならないんだよね。だったら、さぁ」
 ゴショゴショゴショと、ほむらの耳元で何事かを囁くまどか。
 「! そんな方法が……」
 「ティヒヒ、これでもわたし、一生懸命考えたんだよ」
 まどかの提案は荒唐無稽なものだが、もしそれが適えば魔法少女達にとっては大きな助けとなるだろう。確かに、織莉子の言う通り画期的な変化だ。
 「──そう、ね。念の為、私の部屋で細部に関して詰めてみましょう」

 そして、その日の夜、仲間たちが見守る中、ついに桃色の髪の少女は、白い獣を呼びだす。
 『ようやく契約する気になったんだね、まどか』
 「うん。わたしも、ほむらちゃんたちの助けになりたいから」
 『いいだろう。確かにワルプルギスの夜は強敵だ。けれど、キミほどの素質がある子が魔法少女になれば、撃破することも夢じゃない。あるいは、キミは、あの魔女を消し去ること自体を願うのかな?』
 感情がないと自称するこの外宇宙の使者も、まどかほどの"有望株"との契約に、少なからず興奮のようなものを覚えているのか、いつになく饒舌だった。
 「ううん、そうじゃないよ」
 ニコリと笑ったまどかが、一歩踏み出す。
 純粋無垢な愛らしいその笑顔に、しかし、デフォルメされた猫にも似た外見の存在は、なぜだか気押されるような感覚を覚える。それは、人間なら「悪い予感」と呼ぶだろう代物だった。

 「わたし──わたしの願いは、
 ”ソウルジェムの濁りがグリーフシード以外の手段でも消せるようになる”こと。
 具体的には綺麗な水に一晩漬けておけば、転化寸前のしつこい汚れもスッキリ消えて、ピカピカになる感じかな。
 あ、詳しくは、このノートに書いたような補足条件がつくけどね。
 さぁ、叶えてよインキュベーター♪」
 『バカな! そんな願いがかなうとしたら、それは魔法少女システム自体に対する反逆だ!』
 彼らの言う精神的疾患である「恐慌」という感情をハッキリ見せて、"孵卵器"の名前を冠した存在は呻くが、もう遅い。
 暁美ほむらが何度となく時を遡ることで束ねられた膨大な因果は、鹿目まどかという少女に、その"無茶"を可能とするだけの力を与えていた。
 『け、契約が成立した──そんな、そんなぁ!!』
 眩しい光とともに、まどかの胸から契約の成立の証となるピンク色の結晶体が現れたのだった。

-つづく-



[35463] [Scene2.アイリス]
Name: KCA◆1515fe95 ID:251c7024
Date: 2012/10/13 21:17
【優しい心づかい】

 夕飯の後、手伝おうとするマミを押しとどめて、皿洗いをしながら、居間でテレビを見ている彼女に、ゆまは何気ない風を装って話しかける。
 「あ、そうだ。ちょっと間が空いたけど、あたし、今晩は見回りに出ようと思うんだ。幸い宿題も出てないし」
 プツリ、とテレビの電源が切られる。
 「──大丈夫? 無理しなくてもいいのよ?」
 心配しているのがありありとわかる"長姉"の声色に、ゆまは苦笑する。
 「平気だよぉ。そりゃあ、歴戦の古参兵(ベテラン)のマミお姉ちゃんには一歩及ばないかもしれないけど、あたしだってこれでも7年間、魔法少女やってるんだから」
 本人の言葉通りゆまは、僅か7歳にして契約して以来、現在に至るまで魔法少女として戦い続けてきた、魔法少女の中では古株といってよい部類のひとりだ。あの悪夢のような対"ワルプルギスの夜"もくぐり抜けていることだし、能力・経験値ともに十分ではあるのだが……。
 「でも、ゆまちゃん、単独(ひとり)で戦った経験は少ないでしょ? やっぱりお姉ちゃん、心配だわ」
 そう。その契約成立時より、ゆまの周囲にはいつも杏子なりマミなりの仲間(パートナー)がいた。
 元々ゆまの特殊能力「治癒」はチーム戦闘でこそ真価を発揮するし、またほむら達も含めた「見滝原チーム」では最年少ということもあり、常にふたりの"姉"や仲間達に守られる立場にあったことも事実だ。
 しかし、ゆまは中学生になったことを契機に、"姉"達に魔法少女として単独行動の経験を積むことを主張するようになったのだ。
 表向きの理由は「あたしももう子供じゃないもん」、しかし裏の理由は、社会人として働くマミたちの負担を、彼女なりに少しでも減らそうという意図があってのことだ。
 その意をくんだ杏子が比較的あっさりソレを認めたのに対し、やや過保護なきらいのあるマミは最後まで渋ったが、それでもふたりがかりの説得に首を振らざるを得なかった。
 以来、見滝原南部の"見回り"は、この家の3姉妹が交代に行っている。これまで、ほぼ2日に一度程度の割合で行っていた行為が、6日に1度でよくなったため、負担は確かに激減している。
 もっとも、それでも心配性の"姉"(マミ)は元より、素直でない"姉"(きょうこ)の方も、なんだかんだ言ってゆまが帰ってくるまで起きて待ってはいるのだが。
 ちなみに、以前、ゆまの"巡回"をこっそり姿を隠して見守ろうとしたマミは、あっさり本人にバレて「今度ついて来たら絶交だからね!」と宣言されている。

 「もぅ、大げさだなぁ、マミお姉ちゃんは。最近は、めったに魔女もいないし、使い魔もどきのしょっぱい魔物ばかりだから、心配いらないって」
 ついてきちゃダメだからね~、と釘を刺したうえで、変身して窓から出て行く"妹"を、それでも心配げに見守っていたマミだが、しばらくしてついに我慢できなくなったのか、ケータイを取り出して、とある人物たちに電話をかけ始めた。
 「あ、暁美さん、今お話して大丈夫かしら? じつは、お願いしたいことがあるのだけれど……」

  * * * 

 「もぅ、マミお姉ちゃんってばぁ……いつまで経っても子供扱いするんだから」
 プンスカという擬音が聞こえそうな表情で憤慨しつつ、ゆまは夜の街を駆ける。
 とは言え、口で言うほど怒っているわけではない。むしろ、心配してくれる人がいる事の有難味は、痛いほど理解している。
 ゆまにとって、杏子が「絶体絶命の危機(ピンチ)に颯爽と現れて自分を助けてくれる救世主(ヒーロー)」であるのに対し、同じ魔法少女でありながらマミは「暖かな家庭」を想起させる大切な"家族"だった。
 あるいは、幼少時の家庭環境に恵まれなかったゆまにとって、杏子が父性、マミが母性の象徴と言えるのかもしれない──もっとも、実際に口に出したら、特に下の"姉"は激しく落ち込むかいぢけるかもしれないが。
 そんなふたりのことが大好きだからこそ、"姉"達に少しでも楽をさせてあげたいと、単独での巡回を提案し、承知させたのだ。

 「それにしても、衣装のマイナーチェンジが出来て本当に良かったなぁ」
 ふと、路地裏で立ち止まり自らの服装を見下ろすゆま。
 緑と白のスリーブレスのワンピースに五分丈のドロワーズという基本的な意匠には変わりはないが、白い猫耳帽子は小さな猫耳のついたカチューシャに、また足元も草色のハーフブーツ+白タイツに変わっている。
 ワンピースのスカート丈も膝上3センチくらいまで伸びて、幾分大人っぽさを増している。
 「当時は可愛いと思ったけど……今の年齢になってもあの格好は、ちょっとね」
 14歳の今なら、まだギリギリ許容範囲内かとも思うが、さらにあと2、3年経って高校生になっても当時と同じコスチューム姿にならねばならないとしたら、もはや罰ゲームに近い。それだけでソウルジェムの濁りが加速しそうだ。
 「それにしても、当時のあたしって何を思ってこんな武器を……」
 こちらは以前と変わらぬ「猫のしっぽ付きモール」を眺めて、首をひねるゆま。
 もっとも、魔法少女の衣装や武装は100%本人の願望が反映されるわけではないので、あまり深く考えても無駄なのだが。
 「ま、誰も見てないんだし、いっか」
 身近な誰かさん同様、深く悩むのが苦手な少女は、あっさりその悩みを放棄すると、幾分慎重な足取りで、モールを手に路地裏のさらに奥の暗がりへと足を踏み入れる。

 「これ、魔女の結界だよね」
 ここまでキチンとした結界を見るのは久しぶりだなぁ、とのんきなコトを考えつつ、それでも油断なく結界深部に踏み込む。
 「これは──クモの巣、かなぁ」
 結界内のそこここに、白に近い透明な"糸"で形作られた、同心円ならぬ同心多角形状の模様が目につく。無論、一般的な意味での"クモの巣"が張っているワケではなく、この結界の主たる魔女の性質とリンクして現れたものなのだろう。
 いや、各"巣"の中央部に"眼"のようなものがあってコチラをギロリと睨んでいることからして、あるいはコレが魔女の使い魔なのかもしれない。
 「と、なると、本体(ほんたい)の方も……」
 タラリと一筋冷や汗を垂らしたゆまの嫌な予感は、残念ながら外れることはなかった。
 結界の中心部で待ち受ける魔女は、女郎蜘蛛と人間女性の複合体(キメラ)のような姿をしていた。人馬(ケンタウロス)の如く、クモの頭部があるべき場所から女性の上半身の裸体が生えているのだ。
 それだけなら、RPGなどでアラクネーないしアルケニーと呼ばれるモンスターと似ているが、おぞましいことに、女性の頭部は8つの眼と牙を持つクモそのものであり、また手首から先も脚先のような鉤爪状になっている。
 「うわぁ、当分夢に見そぉ」
 幼少時の杏子とのホームレス体験と魔法少女としての経験から、一般的な女の子に比べればムシやナメクジの類いに耐性のあるゆまでも、あまり凝視したくない程グロテスクだ。中途半端に"人間"そのものの部分がある点が、気持ち悪さに拍車をかけている。
 「とは言え、これも、お仕事だもんね。はぁ……」
 溜め息をつきつつ、ゆまはモールを構え直し、油断なく"クモの魔女"に近づいていくのだった。

  * * * 

 予想した通り"クモの魔女"の攻撃は粘着質の糸を吐き掛けコチラを絡め取ろうとするものが主体だったが、ゆまはモールからの衝撃波でそれをことごとく吹き飛ばし、本体にまで攻撃を届かせる。
 威力は高いが、幼少時にはその重さをもて余し気味だったモールを、現在のゆまは自らの手の延長の如く自在に操ることができるのだ。
 魔女の方も、八本の脚による機動力を活かして、かなり粘ったのだが、実力が違い過ぎた。
 使い過ぎたせいか魔女が糸を紡ぎ出すのが途切れた一瞬の隙を突いて、ゆまは本体に肉薄し、容赦なく(と言うより嫌悪感を込めて)しっぽつきモールを振り下ろす。
 ファンシーな見かけに反し、ただでさえ絶大な威力を持つ鈍器は、瞬時にして普段の10倍近い大きさに巨大化し、柔らかいクモの腹部をいともたやすく押しつぶした。
 「千歳流ギガントシュラーク、それともマミお姉ちゃんに倣って"コルポ・ジカンテ"とでも名づけるべきかなぁ」
 返す刀ならぬモールで残った上半身も破壊しつつ、そんな事を呟くゆま。
 さらに、魔女の脚や手など比較的原型をとどめた部分も念入りに潰していく。"姉"や先輩達の教育のおかげで、魔女を相手にした時は、完全に絶命して消えさるまで、気を抜いてはいけないことを知っているからだ。
 程なく、体高3メートル以上はあった"クモの魔女"の死骸が消え去り、後には小さな黒い塊り──グリーフシードがひとつ転がってるだけとなった。
 結界が消えていく気配を感じ、ホッとひと息つきかけたゆまだったが……。
 背後の壁にへばりついたクモの巣の眼、いや使い魔のひとつが糸を吹き掛けようとしているのには気付いていない。
 どうやら、コイツは本体から独立するだけの力を蓄積していたようだ。
 あわや……という所で、「プシュッ」と押し殺したような破裂音が響き、使い魔は壁から吹き飛ばされていた。
 地面でもがく眼玉に、光の矢が突き刺さり、トドメをさす。
 「! この攻撃は……」
 自分の失態に気付いたゆまが振り返ると、案の定、そこには見覚えのあるふたりの女性が立っていた。
 「危ないところだったね、ゆまちゃん」
 「魔女との戦いでは、最後の最後まで気を抜いてはダメよ、ゆま」
 「まどかさん、それにほむらさんも!?」

 マミ・杏子・ゆまの3人が主に見滝原の南部を受け持っているのに対し、北部は現在、まどかとほむらが担当している。
 以前と異なり、グリーフシードが不可欠なものではなくなったため、縄張りという程独占的なものではなく、むしろ「効率のために巡回地域を分けている」といった方がよいだろう。
 なので、境界線も曖昧で、時には巡回時に他方の組のメンバーと顔を合わせることもまあるのだが……。
 「でも、ここって南部の中でもだいぶ南の方だよね。どうして……」
 言いかけて、すぐにそのカラクリに思い当たるゆま。
 「さては、マミお姉ちゃんが?」
 「あはは、正解」
 鉄面皮を装えるほむらならともかく、素直なまどかは隠し事に向いていない。自分でも自覚があるため、まどかは早々に白旗を上げた。
 「マミからケータイで連絡があったのよ。貴女の戦いぶりを見守ってほしいって。ちょうど私達もパトロールに出てるところだったから」
 何事もなければ出しゃばる気はなかったんだけど、と続けるほむら。
 ゆまとしても、最後の最後で画竜点睛を欠いた部分があるため、「無用のお節介」だと反論するのは難しい。

 このまま立ち話もなんだということで、24時間営業のファーストフードショップに3人は腰を落ち着けた。無論、魔法少女の衣装はすでに解除している。
 「はぁ……やっぱりあたし、まだ半人前なのかなぁ」
 元気が取り柄のゆまが珍しく落ち込んでいする。
 仮にあの使い魔の攻撃を受けていたとしても、ソウルジェムに直撃したのでもない限り、耐久力と回復力は群を抜いているゆまのことだから、そのまま敗北していたとは考えにくい。
 しかし、あれがもっと攻撃力の高い相手だったら? あるいは特殊能力で行動不能にするタイプなら?
 そう考えると、やはりケアレスミスの一言で済ますのは危険だろう。
 「そうね。魔法少女システムが大きく変更された現在においても、魔女との戦いが命がけであることに変わりはないわ」
 ほむらは、ゆまの懸念をあえて否定しない。
 「でもね、ゆまちゃん。わたしたちだって、誰だって、いつでも常に気を張ってミスしないことなんて絶対無理なんだよ」
 それを踏まえたうえでのまどかの言葉が心に染みる。
 「だから、わたしたちは──ううん、人は手を取り合って協力するの。特に魔法少女みたく、生命に直結するような現場ではなおさらね。誰かがミスした時はすかさず他の人がフォローできるように。それは、決して依存とか甘えじゃなくて……」
 「信頼、と呼ぶべきなのではないかしら」
 幾度となく時を繰り返し、時にはすべてを独力で片付けようとして果たせなかったほむらの言葉だけに、いい知れない重みがあった。
 「そう、だよね。うん、わかった。あたしも意地はらずに、お姉ちゃんたちと話し合ってみる」
 かつて依存体質だった反動で、自分は意固地になり過ぎていたのかもしれない。
 そう考えると、ゆまは少しだけ心が軽くなったような気がした。

 「それにしても……まどかさんもほむらさんも、すっかり"先生"してるね」
 元気を取り戻した途端、"反撃"に出るのは、往時の悪戯っ子ゆまの面目躍如といったところか。
 「ふふっ、先生って言ってもわたしは幼稚園の、なんだけど」
 「私も一般的な意味での"教師"ではないのだけど」
 現在、見滝原大学の教育学部4回生に所属しているふたりは、まどかは幼稚園教諭、ほむらは養護教諭となるべく努力を重ねている。
 少子化の波もあって就職は厳しいと姉の店でボヤいているのを耳にしたことはあるが、少なくともこんな先生に教えを受ける子供たちは幸せだろうと、ゆまはしみじみ思うのだった。

-つづく-



[35463] 【Cotract.グラジオラス】
Name: KCA◆1515fe95 ID:251c7024
Date: 2012/11/17 11:50
【用意周到さの勝利】

■魔法少女契約制度改変に関する覚書

1.大前提
 資格者(後述)・鹿目まどかは、以下の条件を対価として、インキュベーターとのあいだに魔法少女契約を結ぶことを要求する。

2.現行制度の確認と改変
 [確認事項]
 ●魔法少女契約とは、魔法少女となりうる人材(以下、資格者)がインキュベーター(以下、QB)との間に、資格者の資質の許す限りにおいて願い事をひとつ叶えてもらうことを対価に、魔法少女となり、以後、魔女と戦うことを義務づけるものである。
 ●魔法少女契約を結び、魔法少女となった者は、魂をソウルジェムとして顕在化することで、変身ほか基礎的な共通魔法に加えて、各人固有の魔法を使用できるようになる。
 ●ソウルジェムは時間経過に伴い徐々に濁っていく。また、魔法の使用や精神的ストレスによって濁る速度は大幅に加速する。
 ●ソウルジェムは完全に濁りきるとグリーフシードに転化し、魔法少女は魔女へと変貌する。
 [改変事項]
 ○現在、ソウルジェムの濁りはグリーフシードを使用することでのみ解消されるが、これに加えて、水による浄化も可能とする。水の純度は水道水程度で問題はない。浄化方法については、500ミリリットルの水道水に6時間漬けておくことで完全に濁りが解消されるものとする。濁りが少ない時は、より短時間でも浄化可能。

3.改変後の補足事項
 a)QBは契約交渉時に、上記2の事項についてすべて資格者に説明せねばならない。
 b)ソウルジェムの濁りを浄化した水を飲むことで、QBは宇宙の熱死を延期するためのエネルギーを少しずつ回収できる。
 c)魔女並びにその眷属との戦い及び魔女による被害者の救済以外の目的で魔法を使用したことによる濁りは、例外的にグリーフシードでしか解消できない。
 d)魔法少女は満20歳の誕生日を迎え、かつ100体以上の魔女を倒していた場合、任意に引退を選択することができる。20歳時に倒した魔女が100体未満の場合は、100体倒した時点で引退する資格を得る。
 e)引退した魔法少女は、ソウルジェムの自然に濁る速度が10分の1になる。反面、引退後は1日につき3分間のみ変身可能となり、かつ変身及び魔法行使による濁りはグリーフシードでしか解消できない。

────────

 「だいたいこんなところかしら」
 まどかがノートに書いた「覚書」にいくつか手を加えたうえで清書し、ほむらは彼女に差し出した。
 「うわ~、ほむらちゃん、すごーい! 契約書とか法律みたい」
 「そんな大したものではないわ。正式な契約書や法律の条文はもっと堅苦しいし、形式も決まっているものよ」
 言いながらほむらがファサッと髪をかきあげたのは、照れかくしなのだろう。
 「それより、まどかから見て不審な点はない?」
 「えっと……3のaはともかく、bは必要なのかなぁ」
 そりゃ、QBの目的が宇宙的規模で見れば決して悪いことじゃないのはわかってるけど……と、難しい顔をするまどかにニコリと微笑むほむら。
 「別段、アイツらの事情を考慮したワケではないわ。アイツらに余計な真似をさせないための予防策よ」
 魔法少女システムで何ら利益を得ることができないとなれば、彼らはまた別の方策を考えるかもしれない。それが魔法少女システムより(人類にとって)マシなものである保証はないのだ。
 「言葉は悪いけれど、今までの私たち魔法少女がアイツらにとって食肉用の牛や鶏だったとしたら、この改変によって乳牛や産卵鶏になるようなものね」
 ある意味、上から目線で搾取されていることに違いはないのかもしれないが、魔法少女システムによって人類側が得る利益もあるのだから、その辺りの屈辱は我慢するべきだろう。
 「じゃあ、まどか。あとはこの覚書を、契約までに丸暗記しないとね」
 「え……ほむらちゃん、冗談、だよね?」
 「いいえ。冗談ではないわ」
 しばし、ノートを挟んで正面から見つめ合うふたり。

 ──その日の深夜にキュゥべえを呼びだすまでの時間の大半を、まどかが必死になって条文の暗記に費やしたことは言うまでもない。
 「…………ふぇえ~」

-つづく-



[35463] [Scene 3.アマリリス]
Name: KCA◆1515fe95 ID:251c7024
Date: 2012/10/20 16:43
【素敵なおしゃべりタイム】

 JR見滝原駅の南口改札を出てすぐ目の前の商店街を向かって右に100メートル程進んだ場所にある喫茶店"tulipano"。
 雑居ビルの1階のテナントを利用して作られた、さほど広くはない店だが、ファンシーながら落ち着いた内装と、標準的な値段の割に美味しい紅茶と軽食、そして若くて美人な店主(マスター)が切り盛りしていることで、知る人ぞ知る人気店となっている。

 その日の午後3時前──ちょうどランチタイムの客がはけた、俗にアイドルタイムと呼ばれる時間帯に、20歳前後とおぼしき若い女性がふたり、「カラン」とカウベルを鳴らしてこの店に入って来た。
 かたや、ピンク色のノースリーブのシャーリングドレスに白いレース編みのカーディガンを羽織った、少々童顔気味な小柄な女性。明るく表情豊かで、セーラー服でも着ていれば高校生と言っても通りそうな印象だ。
 もう片方は、ラベンダー色のツーピースをまとった長身の黒髪の女性。こちらは、対照的にその年齢に似合わぬ怜悧な雰囲気を漂わせている。

 「いらっしゃいま……あら、暁美さんと鹿目さん!」
 無論、言うまでもなく、二人連れは鹿目まどかと暁美ほむらだった。
 「こんにちわ、マミさん」
 「お邪魔しても大丈夫かしら?」
 「ええ、もちろん。ふたりとも"いつもの"でいい?」
 揃って頷く友人ふたりを見て、マミの顔に営業用ではない砕けた雰囲気の微笑が浮かぶ。
 (ふふっ、相変わらず仲がいいのね♪)

 「そうそう、昨日は突然のお願いに応えてくれて助かったわ。急な話でごめんなさいね」
 昨晩のゆまへのフォローの件を思い出し、まみは改めて後輩ふたりに礼を言う。
 「お詫びに、今日のところはわたしの奢りということにしておくから」
 「そんな! マミさん、気にしないでください。わたしたちも巡回(パトロール)していたついでですし……」
 慌ててブンブンと首を横に振るまどか。普通なら20歳を過ぎた女性がそんな仕草をすると、演技くさくて浮いて見えるものだが、彼女の場合は見る者に自然と「可愛い」と思わせるあたり、持って生まれた人徳と言うべきか。
 「それに、同居している貴女達ほど親密ではなくとも、私達にとっても、ゆまは妹のようなものよ。妹分のピンチを助けるのは"姉"の役目ではないかしら」
 ほむらの語調自体は聞き慣れたクールなトーンだが、言っている内容は随分丸くなったとマミは思う。
 いや、あの「鋼の女傑・ほむら」のパーソナリティは、彼女自身が意図して作り上げた"心の仮面(ペルソナ)"だと言うことを、今のマミは知っているのだが。
 もっとも、本人いわく「仮面も着け慣れたら外しづらくなった」とのことで、親しい友人以外には、ほむらは未だ「冷静沈着な才女」というイメージで認識されていることが多いらしい。

 「ふたりともありがとう。それじゃあ──そうね通常のお代をいただく代わりに、今度お店に出すのに、いろいろ試作中のケーキがあるから、それをオマケに付けるというのはどうかしら?」
 ほむら達の意を汲みつつ、自分にできる限りの好意を示すマミ。
 中学時代以来の友人にして後輩が、お店の常連客というのは、なかなかに気を使う部分も多いのだ。
 「わ、マミさんの新作ですか? 楽しみだなぁ……ぜひ!」
 「よろしければ、いただくわ」
 元より、知り合った当初から"マミの手作りケーキ"のファンであるふたりに否やがあろうはずもない。
 他に客がいないのを幸いに、しばらく3人は(マミはカウンター越しにではあるが)話しこんだ。

 「それにしても、貴女達も、もう今年で大学卒業なのね」
 互いの近況報告を交えた雑談が一段落した時、ふとそんな言葉が口をついて出た。
 今はゆまが着ている見滝原中の制服を、彼女達と共にまとって同じ校舎に通っていたのが、つい昨日の事みたいに思える……とまでは言わないが、それでもあれから7年半も経ったとは、いまだ信じられない。
 (そもそも、あの頃は生きて成人式を迎えられるとも思っていなかったものね)
 まどかの契約による「変革」以前は、そもそも魔法少女になってまる1年間生き伸びる者すら全体の半数にも満たなかったのだ。マミのように魔法少女歴が3年を超える"ベテラン"など、本当に稀なケースだった。

 「マミ……その言い方、なんだかオバさんくさいわよ」
 しかし、そんな"先輩"の感傷を、ほむらの無情な言葉がバッサレ切って捨てる。
 「ぬなっ!?」
 ほむらは、からかうつもりで言ったのだろうが、つい最近、ゆまにも同趣旨のことを言われたマミには、少なからずダメージがあった。
 「あはは、ほむらちゃん、それは言い過ぎだよぉ……ってアレ?」
 「──やっぱり、そうなのかしら……そう言えば、最近、お化粧のノリがちょっと悪くなった気がするし……ワインより熱燗が美味しく感じるようになっちゃったし……テレビに出てるアイドルユニットのメンバーが個体識別できないし……」
 "どよんど"という擬態語が似合いそうな薄暗い雰囲気を漂わせ、虚ろな視線で呟くマミ。心なしか左中指に嵌めた指輪の結晶も曇っているようだ。
 「わ~~、マミさん、そんな落ち込まないで! 大丈夫! マミさんは、まだまだ若くて美人な、わたしたちの憧れの先輩ですから!!」
 慌ててカウンターに身を乗り出し、まどかはマミの肩を揺さぶる。
 「相変わらず、変なところで豆腐メンタルねぇ」
 やれやれと言わんばかりに肩をすくめつつ、モカ・マタリのカップに口をつけるほむら。
 「他人事みたいな顔してないで、ほむらちゃんも手伝ってー!」

-つづく-



[35463] 【Resolution.アリウム】
Name: KCA◆1515fe95 ID:251c7024
Date: 2012/11/17 11:50
【不屈の心はこの胸に】

 空前絶後の大魔女とも言われた"舞台装置の魔女"ことワルプルギスの夜。
 しかし、幸か不幸か諸行無常の理は、この魔女にも適用されるらしく、極東の島国のとある町に出現した際、この"魔女の形をした災厄(ウィッチタイフーン)"もついに斃れることとなった。

 「やった……のか?」
 槍を杖にフラフラになりながら身体を支える杏子の言葉にも、「それは死亡フラグだから」とツッコむ者もいない。
 何せ、自力で立っているのが杏子以外には、マミとほむら、それに全体の指揮に徹していた織莉子くらいしかいない状態なのだ。その彼女達すら、もはや壁や瓦礫にもたれかかって何とか姿勢を保っている状態だ。
 「きょうこ、だいじょうぶ?」
 少し離れた場所の地面にペタンコ座りしていたゆまが、よろめきながら立ち上がり、きょうこに向かってフラフラと歩き出す。
 「おいおい、アタシは大丈夫だから、休んどけよ、ゆま」
 慌てて駆けよって、妹分の身体を抱きとめる杏子。
 殺伐とした"戦場跡"にはやや場違いだが、それでも微笑ましい光景に、その場にいた他の6人の魔法少女達の表情も思わず緩む。

 ちなみに、6人の内訳は、前述の巴マミ、暁美ほむら、美国織莉子に加えて、呉キリカ、鹿目まどか、そして、美樹さやかである。
 そう、結局さやかも、まどかの契約の直後に、上条恭介の腕の治癒を条件に魔法少女として契約していた。
 対ワルプルギスの夜戦に、少しでも戦力が欲しいのは確かだったのと、まどかの願いでソウルジェムの濁りはあまり気にしなくてよくなったことで、ほむらもあまり強く止めようとはしなかったのだ。
 もっとも、ほむらが知るいつものループと異なり、さやかは契約の事を本人にも変に隠そうとはせず、「フッフッフ、一生恩に着たまえ、恭介クン!」と、おどけて開き直っていた。これは、対シャルロッテ戦の時に、病室にいたさやかごと恭介も巻き込まれため、彼も魔法少女システムの概要をほむら達に聞いて、既に知っていたからだろう。
 今のところ、さやかの契約による奇跡は良い方に転がっていると言えた。

 閑話休題。
 幸いにして、杏子のフラグ立て発言にも関わらず、ワルプルギスの夜が「今のはちょっと痛かったぞー!」などと言いながら第二形態になって復活することもなく、結界代わりの雷雲も晴れつつあることから、どうやら本当に撃破できたようだ。
 「まどか、貴女のソウルジェムは大丈夫?」
 「あ、うん。半分くらい濁ってるけど、まだまだ平気。ほむらちゃんこそ……」
 確かに、気遣われたまどかよりほむらのソウルジェムの方が消耗は激しい。
 これは、そもそもの基礎魔力量(RPGで言うMP的なもの)に大きな差があるのに加えて、まどかが(契約後1週間の新米であることもあって)基本的に後方からの弓の狙撃に徹していたのに対し、ベテランのほむらは、時間停止の魔法を酷使しつつ、杏子やキリカと肩を並べて最前列で戦っていたからだろう。

 「もぉ、ダメだよ、ほむらちゃん、無茶しちゃ」
 「無茶のひとつやふたつ──いいえ、十や二十はしないと、あの魔女は倒せなかったわ」
 真顔で言うほむらの様子に溜め息をつきながら、まどかは、ほむらの左手甲に装着された紫色のソウルジェムに自らの両手をかざした。
 まどかの掌から僅かに薄桃色づいた光が溢れ出し、菱形に変形したほむらのソウルジェムへと降り注ぐ。すると、みるみるうちに、ほむらのソウルジェムの濁りが薄くなっていった。
 そう、「あのような内容」で契約を結んだおかげか、魔法少女としてのまどかには、他者のソウルジェムを浄化する能力があるのだ。
 無論、この能力はそれなりに魔力を消耗するし、自分自身に対して使うことはできないので、「夢の(魔力的)永久機関!」とまではいかないが、前述の通り、まどかの魔力量は(背負った因果の蓄積もあって)桁外れなので、普通のソウルジェムを数人分浄化しても、せいぜい半分濁るかどうかというレベルだ。
 そのクセ、例の契約のおかげで「一晩水に漬ければ」完全回復するのだから、何と言うチート! おかげで、白い地球外生命体も「明らかにエントロピーを凌駕している……こんなの絶対おかしいよ!」と、一時は半狂乱に陥ったくらいだ(もっとも、現在は、ちゃっかりこの状況を巧い具合に利用する方策を色々考えているらしい)。
 実は、この対ワルプルギス戦も、ゆまがHP、まどかがMPの回復役で、自己回復力の強いさやかがふたりの護衛(タンカー)になり、他のメンバーが敵にダメージを与える攻撃役として連携する、オンラインRPGのボス戦さながらの戦法で乗りきることができたのだ。

 「──はい、これでどうかな」
 「ええ、ありがとう。だいぶ楽になったわ、まどか」
 差し出されたまどかの両掌をそのままギュッと握りしめるほむら。
 「えぇーい、隙あらばイチャついてるんじゃない! 百合か? ユリなのか!? おかーさん、そんなふしだらな娘に育てた覚えはありませんよ!!」
 「私も貴女に育てられた覚えはないわ、美樹さやか」
 さやかのツッコミに冷静に切り返せるようになったあたり、だいぶほむらも心理的余裕ができてきたようだ。
 「プッ……」「ウフフ」
 思わず噴き出すキリカと織莉子。
 他の魔法少女達の顔も明るい。見滝原を襲った最大の厄災は撃退されたのだから。
 いつの間にか、空は晴れ渡り、クモひとつない青空が広がっていた。
 眩しそうにその空を見上げながら、ほむらはついに明るい未来を掴んだと確信していたのだが……。

 * * * 

 「それで、話って何かしら、マミ、織莉子?」
 舞台装置の魔女を倒して一週間後。
 「季節外れのスーパーセル」が見滝原に残した爪痕は決して浅くはないが、それでも奇跡的に死者はゼロ、負傷者も2桁に留まるレベルだったのは、彼女達の奮闘の成果だろう。
 そのことで、ほむらもすっかり安心し、まどか達との平穏な日常に浸っていたのだが……。
 1週間ぶりに見滝原中の授業が再開したその日の放課後、彼女はまどかと共にマミの家に呼ばれ、そこで新たな事実を知ることになったのだ。
 織莉子の能力によって判明したそれは、"ソウルジェムの真実"ほどの悲劇ではないが、まどかやマミを始めとした"正道"を歩む魔法少女にとって看過できるものではなかった。

 「盲点だったわね。「すでに魔法少女になっている子」に、ソウルジェムが水で浄化できる事が知らされていないなんて」
 「うん……ああ、なんでわたし、そのコトに思い至らなかったんだろう」
 確かに"補足事項"では、「契約時に」と明記されている以上、まどかの契約以前に魔法少女になった娘達に、キュゥべえがわざわざ説明する必要はないワケだ。
 当のキュゥべえに問い詰めると、かの白い獣はぬけぬけとそのことを認めた。無論、「聞かれなかったから答えなかった」と主張して。
 そう、洗浄水の形でもエネルギー吸収が可能になったとは言え、グリーフシードへの転化によるエネルギー回収自体も未だ有効な手段ではあるのだ。
 せっかくのクリーンな浄化システムも、魔法少女本人が知らなければ宝の持ち腐れだ。
 「仕方ないわ。これからはできる限り、知りあった魔法少女に伝えていきましょ。幸い、マミや織莉子たちも協力してくれるそうだし」
 幸い、顔の広いマミや、親の関係で多方面にコネのある織莉子は、これを機に「魔法少女同士による連絡会・互助会」のようなものを結成するつもりらしい。その参加者には、水によるソウルジェム浄化の件もしっかり伝えられることだろう。
 無論、まどか達もできる限りの協力はするつもりだ。
 「うん……」
 コクリと頷くまどか。

 しかし、問題はソレだけではなかった。
 「それより、魔物(仮称)の発生の方が、むしろ問題よ」
 「だよねぇ」
 ソウルジェムの洗浄に利用した水は、その後、キュゥべえが「飲む」ことによってエネルギーとして利用されることになってはいるのだが……。
 そのいわば"魔法少女的廃水"を、うっかりそのまま捨ててしまうと、そこから瘴気が顕在化したバケモノ──マミたちが"魔物"と仮称している存在が発生してしまう事が明らかになっさたのだ。
 魔物は、魔女はおろか使い魔と比べてもかなり力は劣るが、まがりなりにも超常の存在であり、何より普通の人には見えない。
 つまり、魔物もまた、魔法少女が狩るしかないのだ。
 幸い、魔物も「魔女の眷属」と見なされるのか、その退治に魔法を使用しても浄化にグリーフシードは必要ないが、逆になまじ弱いために、ソウルジェムによる探知にも引っかかりづらく、地道な巡回が必要となる。
 さらに、庭に捨てたりした場合はともかく、下水道に捨ててしまった分については、もはや事は見滝原に留まらず、今後近隣の各地で魔物が発生する可能性があるのだ。
 また、使い魔同様、魔物も「成長」するらしいことが判明している
 水洗浄について魔法少女に伝える際は、キュゥべえによる回収の事についても徹底しないといけないだろう。
 キュゥべえの方も、せっかくのエネルギーを無駄にしたくないのか、大幅な増員を図って、洗浄水の回収に対処しているが、いまだ十分とは言えない。
 おかげで近頃のキュゥべえは大忙しで、ほむらなどは魔物の件を聞くまでは、ざまぁみろと留飲を下げていたのだが……流石にそうも言ってられない。
 なにしろ、「廃水」を置いておくことは、ニトログリセリン以上の危険物を手元に置くことに等しいのだから。キュゥべえの尻を蹴飛ばしてでも、回収に力を入れさせるしかないだろう。
 「万が一、生き物に掛けちゃったりしたら大変なことになるみたいだしね」
 「そうね、その問題もあるわね」
 織莉子によれば、"廃水"が偶然朝顔の芽にかかったのだが、数日後、そこから植物が変異したと思しき強力な魔物が生まれたらしい。
 おそらく、実体化に力を割かなくてよいぶん、より力が外に強く現れたのだろう。
 さすがにわざわざ、生体実験のような真似をするわけにもいかないだろうが、これが犬猫などの動物や、まして人間が誤って飲んだりしたら、一体どんなことになるのか想像するだに恐ろしい。
 手元に置いておくのは危険で、さりとて捨てるわけにもいかない、厄介な代物だった。
 とりあえず、ワルプルギスバスターズ(さやか命名)の皆には、「SG洗浄水はキュゥべえに!」を徹底させることとなった。

 「まだまだお役御免というわけにはいかないようね」
 やれやれと、肩をすくめるほむら。
 「ごめんね、ほむらちゃん」
 「まどかのせいではないわ。貴女は、あなたにできる精一杯のことはやったもの。
 貴女の"願い"は私たち魔法少女全員に、本来あるはずのない"未来"をくれた。ならば……」
 申し訳なさげに俯くまどかの手を、ほむらはギュッと握る。
 「そうやって取り戻した"未来"は私たちみんなが努力して背負う──いいえ、作るものよ。だから、魔物は、私たち魔法少女全員が対処するべきものなのよ」


-つづく-



[35463] [Scene 4.フリージア]
Name: KCA◆1515fe95 ID:251c7024
Date: 2012/10/28 14:14
【無邪気なあどけなさ】

 「ご、ごめんなさい。わたしらしくもなく、お見苦しいところを見せちゃったわね」
 立ち直ったマミは、微かに含羞に頬を染めながら、ふたりに詫びる。
 「ウェヒヒ……」
 「……」
 苦笑いするまどかと、沈黙を保つほむら。
 流石のほむらも、ここで「いえ、とても貴女らしいと思ったわ」と口に出したりはしない。かつてならともかく、その程度の人生の機微がわかるくらいには彼女も大人になっていた。
 もっとも、これだけだとまるで巴マミがポンコツさんであるかのように聞こえるが、普段の彼女は決してそうではない。
 お客さんの前では優雅で落ち着いた美人マスターだし、家に帰ってふたりの"妹"と接する時も、(時にやや過保護なきらいはあれど)しっかり者かつ優しいお姉さんだ。
 "ワルプルギスバスターズ"の他の面々──美樹さやかや美国織莉子たちの前でも、それは変わらない。それなのに、このふたり、まどかとほむらの前では、どうも調子が狂うようなのだ。
 あるいはそれは、まどかが、その無邪気な真摯さでマミが半ば無意識に被った「仮面」を見抜いて素の彼女を労り、対してほむらは、自身が言う"ループ"の間に彼女の汚い面、弱い面を散々見抜かれているせいかもしれない。
 このふたりの前では、マミも、家族とは別の意味で変に肩肘を張らずにすむのだ。

 「ところで、ふたりとも卒業したら、そのまま教職に就くのかしら?」
 紅茶とコーヒーを入れ直しつつ、雑談を再開する。
 「えっと……実は、最近地元の幼稚園に週2回ほどお手伝いに行ってるんですけど、そこの園長さんに誘われてます」
 確かに、まどかの人柄を知る人なら、誰もが"幼稚園の先生"という職業が天職だと言うだろう。その園長の勧誘も当然だ。
 「私は今のところ未定ね。来年あたり見滝原中の養護教諭の席が空くみたいだから、巧くそこに入れればいいのだけれど」
 ほむらが"保健室の先生"というのも、案外合っているのかもしれない。一見冷たいように見えて、彼女が実はそれとない気遣いができる女性であることをマミは知っていた。
 魔法少女になる以前は身体がとても弱かったと聞いているから、体調を崩した生徒にとっては、この上無い理解者となってくれそうだ。

 ──カラン♪
 「マミお姉ちゃん、こんちは~……って、まどかさんとほむらさん!?」
 ドアベルを鳴らして入って来た少女──千歳ゆまが、"姉"以外のふたりの女性の姿を見て驚く。
 「こんにちは、ゆまちゃん」
 「お邪魔しているわ」
 まどかはニッコリ微笑みかけ、ほむらは軽く会釈をする。
 「昨晩はどうもお世話になりました。あ、おふたりがいてくれたのはちょうどいい、のかな?」
 ゆまは、キョロキョロと店内を見回し、他に人影がないことを確認する。
 「ゆまちゃん、今日はいつもより早かったのね。あら、後ろの方はお友達?」
 入口で立ち止まり、しばし考え込んでいる風なゆまに、マミが声をかける。
 見れば、確かにゆまの背後には、同じく見滝原中の制服を着た少女が、遠慮がちに佇んでいる。
 眼鏡こそかけていないものの、かつてのほむらを思わせる、おとなしそうな娘だ。背中まである焦茶色の髪をざっくりした三つ編みでひとつに束ね、スカート丈が少し長めな点も、その印象を助長している。
 「え? あ、あの……」
 マミの視線を受けて、少女は一瞬答えに窮したようだが、その僅かな逡巡を、ゆまがアッサリ断ち切る。
 「うん、そだよ──って言っても、今日知り合ったばかりなんだけどね。3年生の浅香結花さん。あぁ、先輩って言った方がいい?」
 「いえ、そんな……」
 「まぁ、そうなの。浅香さん、どうぞ遠慮せずにくつろいで行ってね。コーヒーと紅茶のどちらがお好きかしら?」
 「えっと……じゃあ、紅茶をお願いします」
 見かけどおり内気らしい結花だが、マミの優しげな笑顔に勇気づけられたのか、おずおずと喫茶"tulipano"に足を踏み入れる。
 「それでね、マミお姉ちゃん、できれば"奥の部屋"、使わせて欲しいんだけど……」
 「"円卓の間"を? ──そう、そういうコトなのね」
 ゆまの言葉の意味を正確に理解したマミは、一瞬、戸惑いにも似た表情を浮かべたものの、すぐに笑顔を取り戻す。
 「わかったわ。浅香さん、たぶん、簡単な話はこの子から聞いてるとは思うけど、キチンと説明するから、奥の部屋に行っててもらえるかしら」
 「は、はい」
 ゆまに背中を押されるようにして、店の奥──カウンター横の"CONCERNED ONLY"と記された赤い扉へと入って行く結花。

 「暁美さん、鹿目さん、申し訳ないのだけれど……」
 ゆま達がドアの向こうに消えるや否や、マミは後輩の方に、向き直る。
 「わかっているわ。行きましょう、まどか」
 「うん。任せてください、マミさん」
 立ち上がったふたりも、また奥の部屋へと入っていく。
 ドアに、わざわざ"STAFF"ではなく"CONCERNED(関係者)"と記されているのは理由がある。
 その部屋は、魔法少女の秘密を知る者のみが集う特別な会議室なっている。
 もっと言うなら、マミ達が立ちあげた魔法少女互助組織"ベナンダンディ"が、定例会議などで使用する特別なスペースとなっているのだ。
 ゆまがわざわざこの部屋を使わせて欲しいと明言したからには、間違いなくあの結花という少女は"資格者"なのだろう。
 それも、おそらくは、まだ契約前の。
  「単純に後輩が出来る──と喜ぶわけにはいかないのが、辛いところね」

-つづく-



[35463] 【Policy.スノーフレーク】(前編)
Name: KCA◆1515fe95 ID:251c7024
Date: 2012/11/17 11:54
【乙女の矜持~】(前編)

 「それでは、ただいまから、「善き魔法少女の会(ベナンダンディ)」第一次懇親会を開催します!」
 明るい栗色の髪の少女──巴マミが、そう宣言する。
 弱冠15歳の少女の身でありながら、凛とした声音や優雅な立ち姿に、普通の人であれば見惚れたかもしれないが……それなり以上に彼女と付き合いのある者なら、おそらくわかっただろう。
 一見澄ました素振りながら、マミの目がキラキラと輝き、小鼻が僅かにピクピク膨らんでいる、ひと言葉で言うなら「得意げ」な顔をしていたコトに。

 そして。

 「おーい、さやか。ソッチのポテチ取ってくれ」
 「いいけど、杏子、口に物入れたまましゃべるのやめなよね。ゆまちゃんが真似するから」
 「茉莉花茶はみんなの分、いきわたったかしら?」
 「大丈夫、全員分あるよ、織莉子」
 「私は、コーヒーの方が好きなのだけど……」
 「ほむらちゃん、たまにはこういうお茶も美味しいと思うな」

 ──この場に集った面々は、そんな彼女のことは当然熟知していたので、華麗にマミのドヤ顔をスルーした。

 「ヒドっ! みんな聞いてちょうだい!」
 半分はネタだろうが、一転、その場にくずおれてベソをかくマミの頭を、トコトコと歩み寄ったゆまが「よしよし」と撫でた。
 「ないちゃダメだよ、マミおねーちゃん」
 「ぅぅ、ありがとう、ゆまちゃん。わたしの味方はあなただけよ!」
 「わぷっ……」
 ひしっ、ゆまを抱きしめるマミ。その豊かな胸に顔を押し付けられたゆまは、ちょっと息苦しそうだ。

 「年上のお姉さんを慰める幼女」という構図に、期せずして一同が和んだところで、改めてこの集まりの主催者のひとり(もうひとりはマミだ)である織莉子が、言葉を紡ぐ。
 「実際のところ、此処にいるのは皆顔見知りですから、懇親会というのは、まあ、半ば名目ですわね。
 それでも、今後増えるであろう新しい仲間との親睦を深めるためにも、こういう風に月に1回集まって、近況報告などをすることは意味があると思うのですよ」
 「それはあたしも賛成だけどさ。そもそも"ベナンダンディ"ってなんなの?」
 さやかが首を傾げる。
 「中世ヨーロッパの伝承で、夜な夜な魂を飛ばして空を飛び、トウモロコシやウイキョウの枝を手に、悪しき魔女と戦う者達のことよ」
 「へぇ~、それって、まさに、アタシ達、魔法少女のことじゃん」
 ほむらの注釈に感心する杏子。
 『まさにその通りさ。魔女と魔法少女の戦いを垣間見た当時の人間達が、その想像力によって勝手に膨らませた話というのが、"ベナンダンディ"真相なんだよ』
 いつの間にか紛れ込んでいたキュゥべえが補足する。

 「貴方を招き入れた覚えはないのだけれど……そもそも、どうして、その懇親会を私の家でやるのかしら?」
 ちなみに此処、ほむらの部屋だったりする。ワルプルギス撃破後、室内に置いて(浮いて?)いた魔女関連の資料やパネルなどは撤去されていたが、アパートの一室とは思えぬ不思議な広さはそのままだ。
 ほむらによれば、彼女の時間停止魔法の応用(ふくさんぶつ)らしい。
 「あら、だって暁美さんは、普段ここを使っていないのでしょう?」
 立ち直ったマミが言う通り、実は現在、ほむらはこの部屋を出て、まどかの家に下宿している。

 ワルプルギスの夜を撃破した直後、ほむらはまどかの"お願い"に応じて彼女の家を訪れ、まどかの両親、詢子と知久に、これまでの事情を説明していた。
 当初は電波娘扱いされることも覚悟していたむらだったが、ふたりは意外なほどにスムーズに彼女の言うことに耳を傾けてくれた。
 それは、ほむらの来訪に先だって、まどかが自身の"変身"した姿を見せていたことも一因だろうが、何と言ってもほむらの言葉には、真実を語る者のみが持つ重みがあったことが大きい。
 そのうえで、ふたりの娘であるまどかを"魔法少女"などという(語感とは裏腹に)物騒な存在にしてしまったことを、ほむらは詢子たちに謝罪した。
 「ほ、ほむらちゃんは全然悪くないよ! むしろ、あたしが契約するのをできるだけ避けるように言っててくれたもん!」
 深々と頭を下げるほむらを庇うように口を挟むまどかだったが、それでも「彼女を守りたい」という願いで契約したほむらにとって、結局まどかを契約させてしまったことは、事実上の失敗ないし敗北にも感じられていた。

 しかし、事の次第──ほむらが覚えている限りでのループに至る話まですべて聞き出した詢子は、消沈しているほむらの背中をパンと叩いて喝を入れると、続いて彼女の頭をそっと抱き寄せた。
 「何を言ってるんだい。アンタは、もう十分、まどかのために頑張ってくれたよ。
 そしてアンタは決して負けてなんかいない。「守られるのじゃなく、守る自分になりたい」? うん、いい覚悟だ。
 けど、忘れちゃダメだよ。アンタが大切な誰かを守りたいのと同じくらい、その誰かだって、アンタを守りたいって思うはずなんだから」
 「そして、娘であるまどかの両親として僕らは、この言葉を君に贈らせてもらうよ──よくがんばったね、ありがとう、ほむらちゃん」
 「あ……」
 詢子の胸の温もりと知久の言葉の暖かさに、ほむらはこれまで胸の奥に凍らせてきた涙が、溶けて湧き出してくるのを止めることができなかった。
 ほむらは(本人主観で数年ぶりに)声を上げ思う存分泣いた。そして、まどかとその家族たちも、それを優しく見守ってくれたのだった。

 以来、そのような経緯もあって、ほむらはすっかり鹿目夫妻のお気に入りとなっていた。そして、ほむらが家庭の事情で独り暮らしをしていることを知ると、「ぜひウチに同居しろ」と熱烈なアピールをし、根負けしたほむらがそれに応じることになったのだ。
 もっとも、最初こそ遠慮していたものの、ひと月近く経った現在では、ほむらもすっかり鹿目家に馴染み、まどかとも仲良し姉妹のような関係を築きつつある──姉妹の頭に「百合」の2文字がつくかどうかは、ご想像にお任せしよう。
 その結果、見滝原市中央の住宅街の一角にあるほむらのアパートは、普段は使われておらず、週に一度、ほむらとまどかが立ち寄って掃除するだけの空間になっていた。

 「──それは、確かにそうだけど……」
 軽く眉を寄せるほむら。この、マミいわく「善き魔法少女の会」の設立には賛成したし、定期的にその会合を開くのもよいことだとは思うが、その会場が毎回自分の部屋になると言うことについては、いまいち「解せぬ」……といった心情だろうか。

 「暁美さんには、しばらくご迷惑をおかけすることになるけれど、この部屋以上に広くて気密性が高い場所となると、なかなか見当たらないし、金銭的にも手を出しづらいのです。まげてお願いできませんか?」
 とは言え、銀灰色の髪を持つ年長の少女、織莉子にまで、そう頭を下げられては、ほむらとしても断わりづらい。
 別に時間軸では、ほむらの最悪の敵となった"白の魔女"だが、この世界線に於いては、彼女が味方につき、助力とアドバイスをしてくれたからこそ、あのワルプルギス戦を乗り越えられたのは、紛れもない事実だからだ。
 「……ふぅ、いいわ。その代わり、会合が終わった時の片付けと掃除は、私だけにまかせず皆でやるようにしてちょうだい」
 「ええ、それはもちろんよ」
 ほむらの至極まっとうな要求に頷く、主催者たる織莉子とマミ。
 反面、さやかや杏子は揃って「ゲッ!」と嫌そうな顔をしていたが、その他の面々にはスルーされた。

 「ちぇ、わかったよ。じゃあ、前振りもひと段落したみたいだし、そろそろ今日の本題に入ろうぜ!」
 このテの集まりを嫌がりそうな杏子が、妙に乗り気なのにはワケがある──今日の集まりの名目は「懇親会」だと言えば、勘のいい人はわかるだろうか。
 「そうね、そろそろお腹と背中がくっつきそうな人もいるみたいだし」
 クスクスと笑いながら、マミも杏子の言葉に頷いた。
 「それじゃあ、皆さん、テーブルの上に、今日のテーマに沿った"お土産"を広げてくださいな」
 織莉子に促されて、各人が持参した"ブツ"を卓上に載せる。

 今日の懇親会の前に、主催者から参加者全員に「みんなで摘める軽食を用意してね」という通達があったのだ。その際、マミが「せっかくだから、持ち寄るモノのテーマを絞りましょう」と提案し、第1回のテーマは"サンドイッチ"ということになっていた。

-後編につづく-


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