そんなこんなで、俺たちは新たにクラインをパーティに迎え、狩りを再開させる事になった。
最初こそ妙な意地を張っていたリーファも、いつの間にやら警戒心を解きほぐされ、今では普通にクラインと会話するようになっていた。
さすがは、安心と信頼の実績を持つクラインさんである。
“あの”キリトさんをして親友と言わしめたのは伊達ではない。
相手の警戒心を素通りしていつの間にか懐に入ってくる気安さ。
相手に不快感を与えない絶妙な距離感を瞬時に把握する洞察力。
相手を飽きさせる事のない巧みな話術。
どれもこれも、コミュ障を自認する俺にはとても真似できない芸当である。
というか、ここまでコミュ充なのに、どうして原作のクラインには浮いた話の一つもなかったのだろう? 不思議で仕方がない。
あとクラインがパーティに加わってから改善された点が一つ。
リーファが、ようやくリーファと呼ばれる事に慣れた。
やはり、第三者がいるのは大きいな。
俺と二人っきりだったら、結局はなあなあで済ませていた可能性もあった訳だから、ほんとクラインさまさまである。
俺の呼び方は、依然として“お兄ちゃん”のままなんだけどさ…
とまあ、そんな感じで、和気あいあいとパーティ狩りを続けていた俺たちであったが…
3人狩りでPOP待ちなんてしてたのだから、狩り効率なんてあってないようなもの。当然、レベルアップなどは望むべくもない。
けれどその分、空いた時間でクラインにSAOの序盤のコツや細かいテクニックなんかをしこたま詰め込んでやれたのは、良い意味で誤算だった。
クラインの性格ならば、情報の独占なんてしないだろうから、ビギナーの死亡率も少しは下がるんじゃないだろうか。
とりあえず、ビギナーに関してはそれでいいとして、問題なのは元ベータテスターに対してどうするかなんだけど…
正直、現状では手の打ちようがないというのが結論である。
個人的には、戦力化するのに時間のかかるビギナーよりも、即戦力になる元ベータテスターたちにこそ生き残って欲しいと思っているだけに、非常に歯がゆいものがある。
いっその事、ベータテストの時に知り合った情報屋のアルゴに頼んで、茅場トラップの情報を流してもらうというのも一つの手かもしれないが…
そもそもの話として、情報屋を自称するあの少女が、情報元が顔なじみの俺だからというだけで信用してくれるのかと言えば、……そんな事は、まずあり得ない。
信用が第一の情報屋稼業で、アイツが裏づけの取れていないネタを《商品》にするハズがないのだ。
でもって、お前はその情報を一体どこで仕入れてきたんだという話になるのは確実。
そして今の俺は、その質問に対する答えを持ち合わせてはいない。バカ正直に、前世の原作知識なんだと言えるハズもないだろう。
……本当、世の中というのは、なんとままならないものであるか。
つらつらと、そんな事を考えながら三人で狩りを続けているうちに、気がつけば黄昏時。
夕食の為にログアウトしようとしたクラインが、ログアウトボタンの消滅に気づいて一騒動起こしたものの、最終的にはGMの対応待ちという結論に達した。
意気消沈とばかりにその場に座り込むクライン。
そんな彼をしり目に、俺は、細く覗く空にある真っ赤な夕焼けと、その夕焼けに照らされて茜色に染め上げられた草原を眺めていた。
たぶん、こんな風にゆっくりと周囲の景色を楽しむ事ができるは、もうあとわずかな時間しか残されていないだろうから。
―― この世界は、美しい。
しみじみとそう思う。
そしてそれは、今この世界にいる誰に訊いたとしても同意を得られる事だとも思う。
例えそれが、たった一人の男が、自らの願いを叶える為だけに創り出した世界だったとしても。
……違うな、自らの願いを叶える為だけに創り出した世界だったからこそ、か。
この世界には、たぶん、あの男の何もかもが詰まっているんだ。 ―― 夢も、願いも、欲望も。
他の全てをなげうってまで、たった一つのものを追い求め続け、そしてついに成し遂げた。
あの男に対しては、いろいろと思うところもあるけれど、その一点に関してだけはあの男の事を尊敬できると思う。
ふと、バッド・トリップに陥っていた時の直葉の言葉を思い出した。
―― 『この世界にはニセモノしかない。ホンモノなんてどこにもない』
確かに、それはその通りなのだろう。
誰がどう言い繕ったとしても、所詮ここは仮想の世界。ナーヴギアから送られてきた信号によって脳が見せる幻の世界。
けれど…
ホンモノが常にニセモノより優れているなど、一体誰が決めたのだろう?
ホンモノよりも優れたニセモノがないなどと、一体誰が決めたのだろう?
そんな事はないハズだ。ホンモノよりも素晴らしいニセモノだって、きっとあるに違いない。
だって、この世界は、こんなにも、美しいのだから ――
そして時刻が、5時半を回った。
―― 全ての始まりを告げる鐘の音が、仮想世界全土に鳴り響く。
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第3話 その鐘を鳴らしたのはあなた
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突如鳴り出した、大音量のサウンドエフェクト。
そして、それと連動するように俺たちの身体を包み込むブルーの光の柱。
GM権限による《強制転移》により、俺たち3人は ―― 否、今この瞬間に、SAOにログインしていた一万人弱のプレイヤー全員が、ゲームのスタート地点である《はじまりの街》の中央広場へと呼び戻された。
「おいおい。一体全体何だってんだ?」
「お、おにぃ…」
突然の出来事に戸惑いの声をあげているクラインと、不安げな表情で俺にすり寄ってくるリーファ。
どうやら、両者とも俺のすぐ近くに転移されていたようだった。
その事に、ひとまずはホッと胸をなで下ろす。この人ごみの中を探し回るだなんて、正直ゾッとしない想像である。
俺は、すぐ隣で心配そうな顔をしていたリーファの手を握り、安心させるように笑いかける。
そして、困惑しているクラインの疑問に答えた。
「たぶん、これはGM権限による《強制転移》だと思う」
「GMの《強制転移》だぁ? なんでまたいきなりそんな事を?」
「さぁ? さすがにそこまでは俺にも分からないよ。 ……ログアウトボタンの件の釈明か、はたまたゲームの始まりを告げるセレモニーの演出か」
「あ、なるほど。つまりこの“ログアウト不能”ってのも、運営側による盛大なドッキリって事か… うわっ、そうとわかってりゃピザなんか頼まなかったってのによぉ… 俺様の照りマヨピザ…」
「そんな泣くほどの事かよ」
「うるせぇっ! 冷めたピッツァなんて、ネバらない納豆以下だぜ…」
「いや、意味わかんないし」
俺の言葉にひとまずの納得がいったのか、今度はその場にひざまずいてるーるーと涙を流すクライン。
その哀愁漂う後ろ姿に、俺は思わず苦笑を浮かべる。
「……お兄、ちゃん?」
ふと、呼ばれた方に目を向けてみれば、リーファが不思議そうな顔をして俺の事を見つめていた。
「ん? どうかしたのか、リーファ?」
「あっ、う、うん… 別に、あたしの勘違いなのかもしれないけど…
なんか今お兄ちゃん、嘘ついた時の顔してたから、なんでかなって」
「―― なっ」
リーファのその言葉に、思わず絶句してしまった次の瞬間 ――
「お、おいっ……上を見ろっ!!」
どこかの誰かが上げた叫び声につられて、反射的にリーファも視線を上に向けていた。
これ以上ないというタイミングで上げられた叫び声のおかげで、リーファの追及から逃れる事のできた俺は、内心でグッジョブ!と喝采をあげながら胸をなで下ろした。
妹の勘…………侮りがたしっ!
油断ならないリーファの直感に戦慄を覚えつつ、俺も視線をあげれば、そこは深紅の市松模様で染め上げられていた。
そして、そこから悪趣味な演出で出現した全高20メートルほどの、深紅のフード付きローブをまとった巨人が告げる。
曰く、ログアウトボタンが消滅しているのは、《ソードアート・オンライン》本来の仕様である。
曰く、この世界から脱出する為には、この城の最上階にいる最終ボスを倒さなければならない。
曰く、外部の人間の手によってナーヴギアが外されそうになった場合、使用者の脳をナーヴギアが破壊する。
曰く、プレイヤーのヒットポイントがゼロになった場合も、そのプレイヤーの脳をナーヴギアが破壊する。
あまりに残酷なこの世界のルールに、広場に集まった全ての者たちが言葉を失い、シーンと静まり返っていた。
その中で、一切の感情を削ぎ落としたかのような巨人の声だけが、ただただ響きわたる。
『それでは最後に、諸君にとって、この世界が唯一の現実であるという証拠をお見せするとしよう。諸君のアイテムストレージに、私からのプレゼントが用意してある。確認してくれたまえ』
その言葉を聞いて、俺は思わずといった体で目をつむる。
あぁ、ついにこの時がやってきてしまったのか、と。
そんな事を思いながら、アイテムストレージの中から《手鏡》を取り出す。
覗き込んだ手鏡の中に映るのは、俺が長い時間をかけて苦心の末に作り上げた勇者顔のアバター。
……この顔とも、もう後わずかでお別れなのか。
さようなら、精悍な勇者顔の俺。そしておかえりなさい、柔弱な女顔の俺。
できる事なら、もっとずっと長い間、お別れしていたかったよ。
なんてやっている間に、俺の身体は白い光に包まれた。
そして、その光が収まった後、手鏡に映っていたのは ――
俺が忌避してやまない、現実世界の生身の容姿そのものだった。
それを見て、思わずため息をひとつ。
別に、今の自分の容姿にコンプレックスを持っている訳じゃない。女顔なのは、キリトさんなんだから仕方がない。
ただ、さ… 私服姿で妹と一緒に街を歩いていると、普通に姉妹に間違えられるというのはどうなんだ、と。
一人の男として、それでいいのかと、そう疑問に思ってしまうだけなんだ。
そんな事を考えながら、視線を横に移した俺は…
「―― うおっ!?」 「お、お兄ちゃんっ!?」
顔を向き合わせた俺たちは、二人して驚愕の声をあげた。
リーファが驚きの声をあげたのは、俺のアバターの容姿が生身の俺と同じになっていたからだろうが、俺が驚いた理由は違う。
俺が振り返った先には、ポニーテールのままの直葉がいたのだ。 ………………なんでさ?
え? マジ、なんでポニーのままなの? ショートの直葉はどこに行った!?
戸惑いながら、クラインのいた方に振り返ると。
そこには、若侍から野武士にクラスチェンジした男がいた。
けれど、その男にしても髪形は、赤髪のツンツンヘアーのままだった。
……もしや、と思い周囲を見渡してみれば。
もはや、コミケのコスプレ広場のようになってしまった中央広場に、チラホラと見受けられる女性物の衣装に身を包み、女のような髪形をした男の姿。
つまりは、そう言う事なんだろう。
「って事は、二人がカズヤとリーファちゃんかっ!?」
「という事は、あなたがクラインさんですかっ!?」
そんな事を考えていると、クラインとリーファの二人が、顔を見合わせて驚きの声をあげていた。
「おいこら、カズヤっ! この野郎っ! お前ら、とんだ美人姉妹じゃねぇかっ! ぜひ、メールアドレスを交換してくださ ――」
「黙れクソ虫」
――――――。
「お、おい、リーファちゃん。お前の兄ちゃん、なんかキャラ変わってねぇか? つか、物凄ぇ怖いんですけど… 一体どうしちまったの?」
「ダメですよ、クラインさんっ…! お兄ちゃんにその手の話題は禁句なんですっ…!
ついこの間だって、知らないでナンパしてきた人を泣いたり笑ったりできなくしたばっかりなんですからっ…!」
「いや、泣いたり笑ったりって… お前の兄ちゃんは、一体どこの軍曹だよ…」
「冗談じゃないんですって! あんまりふざけてばかりいると、クラインさんもお兄ちゃんに去勢させられちゃうかもしれないですよ!」
「去勢っ!? って、ちょっと待った、リーファちゃん。“も”って何だ、“も”って」
「…………」
「おぃぃ!? 怖いからそこで黙るなよっ!?」
なにやら、喧々諤々と言い合っている二人の事はひとまず黙殺して、俺は考えをまとめる。
というか、よくよく考えてみれば、なにも不思議な事はないんじゃないだろうか。
そもそもナーヴギアをかぶった状態でスキャンするのだから、使用者の髪形情報なんてスキャンできる訳がない。
スキャンできないものを再現できるハズがないのだから、髪形は元のアバターのまま据え置きだ。
……にしてもこの展開、ネカマプレイヤーたちには悪夢以外のなにものでもないだろうな。
この中に結構な割合でいるであろうネカマの皆さんには、本当、ご愁傷さまとしか言いようがない。
今は、色々といっぱいいっぱいだからあまり気にしていないだろうけど、しばらくして我に返った後、彼らがどんな想いをするのかは想像に難くない。
『……以上で、《ソードアート・オンライン》正式サービスのチュートリアルを終了する。それではプレイヤーの諸君 ―― 健闘を祈る』
そんな事を考えていたら、チュートリアルがいつの間にやら終わっていた。
そして始まる、阿鼻叫喚の宴。
一万人近い集団による悲鳴と罵声、絶叫に怒号。
大音量の音の波が、広大な広場を呑み込んだ。
誰もが困惑し、狂乱し、窮する中で、けれど事前に全てを知っていた俺だけが、即座に行動を起こす。
「リーファ、クライン。ちょっと来い」
「へ? おい! ちょ、おまっ!?」 「ぅえ!? な、なに? どうしたのおにぃ ―― わっぷ!?」
そう言って二人の腕をつかむと、俺は荒れ狂う人垣を縫うように広場の外へと向かった。
人波をかき分けるように脱出した後、広場から放射状に広がるいくつもの街路の一本に入り、そして俺は二人の方へ振り返る。
「いいか、よく聞け二人とも。俺はすぐにこの街を出て、次の村へ向かう」
「いきなり何するんだよ、カズヤ ―― って、は?」
「もうっ! お兄ちゃん強引過ぎ ―― って、へ?」
突然、広場から連れ出された二人が俺に向けて不満の言葉を言おうとした途中で呆気にとられた顔に変わった。
けれど俺は、そんな二人にはとりあわず、話を続ける。
「あの男の言葉が全て本当なら、このゲームは、ほとんど現実と変わらない物と言っていい。
だったら、現実と変わらないものとなったこの世界で、実際に剣を振って戦える者がどれだけいると思う?
ベータテストの時ですら戦闘でパニックに陥る者がいたほどなのに、この世界での死が現実の死と等しくなってしまった今、一体どれだけの人間がモンスターと戦える?
大半のヤツが初期フィールドのモンスターにさえ尻込みするに決まっている。それは多分、ビギナーも元ベータテスト経験者も変わらない。
そして、そいつらがモンスターと戦う事に慣れるまでに、一体どれだけの時間がかかる?
―― 遅い。それじゃあ、遅すぎる。そんなのを待っている暇なんてありはしない」
俺の言葉を、二人は神妙な面持ちで聞き入っていた。
「あの男の言葉が全て本当なら、俺たちはこのゲームから生きて脱出する為には、第百層まで攻略しなければならない事になる。
だがもし仮に、一層一週間のペースで攻略できたとしても、俺たちが第百層に辿り着けるのは単純計算でも2年近く後の話だ。
そしてその間、俺たちの身体はずっと意識のない植物状態でいる事になる。
たぶん、俺たちの身体は病院か、それと類似した施設に搬送される事になるだろう。
普通の家で、植物状態の人間を長期間介護し続ける事なんてできるハズがないから。
けれど、たとえ病院に搬送されたとしても、年単位で事が運んでしまった場合、俺たちの身体をいつまでも無事に維持し続けられるとは思えない。
もし停電が起きたら? もしネットワーク障害が発生したら? たったそれだけの事で、俺たちの脳はナーヴギアによって、破壊される」
原作で大丈夫だったから大丈夫。 ―― なんて言葉は気休めにもならない。
そんな言葉、今ここにリーファがいる時点で意味をなさくなっている。
バタフライエフェクトが、俺の全く関知しないところで働いている可能性だってあるのだから、心配してしすぎると言う事はないだろう。
「俺たちが生き残る為には、一刻も早く、一日でも、一分一秒でも早くこのゲームをクリアしなくちゃならないんだ。
だからこそ、俺は先に進むよ。
別に、俺一人でこのゲームをクリアしてやるだなんて言うつもりはないし、そんな事ができるとも思わない。
それでも、少しでも早く俺たちがこの世界から解放される為には、前に進むしかないんだ」
「カズヤ… お前ぇ…」
言いたい事が言葉にならない。そんな奥歯に物が挟まったような、なんとも言えない表情を見せるクライン。
「おいおい、そんな心配そうな顔するなよ、クライン。
少なくとも今現在であれば、俺はこの世界の他の誰よりも上手く戦闘をこなせる自信がある。そう簡単に死んだりしないさ。
元ベータテスターの実力を舐めるなよ?」
そんな彼に、だから俺はそううそぶいてやった。
「―― 待って」
と、今度は俺の話を受け、張りつめた表情をしていたリーファが口を開いた。
「ねぇ、待ってよ、お兄ちゃん。俺“は”って、なに? 一人って、どう言う事? それって、あたしは…」
けれど、そんなリーファの問いかけを無視するように、俺はクラインに話しかけた。
「だからクライン。お前に一つ、頼みたい事がある」
クラインの目を真っ直ぐに見つめ、最大限の真剣な声音で懇願する。
「お前がこの街にいる間だけでもいい。リーファの面倒を見てやって欲しいんだ」
「―― やだっ!」
遮るようにあげられた彼女の鋭い拒絶の言葉を黙殺し、俺はさらに言葉を重ねる。
「今はまだ、多くのプレイヤーがあの男の話を信じきる事ができていないから、それほどでもないが…
彼らが、この世界から本当に出られないんだと真に理解した時、この街はたぶんとんでもないパニックに包まれると思う。
そんなとき、俺の代わりにリーファの事を守ってやって欲しいんだ」
「―― やだやだやだやだっ!!」
髪を振り乱しながら拒絶の声を上げるリーファ。
「バカっ! お兄ちゃんのバカっ! どうしてそんな事言うのっ!?
せっかく会えたのにっ… やっと帰ってきてくれたのにっ…
どうして? ねぇ、どうしてっ!?」
そんな彼女の様子を見て、俺はため息を一つ。
やっぱり、こうなるよな…
そして俺は、諦めたよう彼女へ向き直った。
「……お願いだから聞き分けてくれよ、リーファ。今の俺のレベルじゃ、お前を守りながら戦うなんて事できやしないんだ」
「いいもんっ! いらないもんっ! 自分の身くらい、自分で守るもんっ!!」
「これから俺が向かうのはゲーム攻略の最前線。そこにはどんな危険があるのかもわからない。だから ――」
「やだっ! 絶対やだっ! 絶対にお兄ちゃんについていくっ!!」
俺がいくら説き諭そうとしてもリーファは拒絶の姿勢を崩さない。
「リーファっ!!」
「やだっ!!」
あまりに聞き分けのないリーファに思わず怒声をあげるが、それでも彼女は一歩も引こうとはしなかった。
「お前、わかってんのかっ! ここで死んだら本当に死ぬんだぞっ!」
「わかんないよっ! ワケわかんないよっ!!
いきなり、ゲームから出られないなんて言われたって、ゲームで死んだら現実でも死んじゃうなんて言われたって、わかる訳ないよっ!!
あたしはただ、お兄ちゃんと一緒にいたいだけっ! ただそれだけっ!
離れ離れはいや… 置いていかれるのはいや… 独りぼっちは、もういやぁ…」
「……リーファ」
決して離すものかと言わんばかりの様相で俺の腕にしがみつく妹の姿に、思わず言葉を失う。
彼女の気持ちはわかっているつもりだった。
フィールドでのやり取りでやっとこさ持ち直してきたところで、コレである。
そりゃ、不安にもなるだろうさ。
けれど、だからと言って直葉を連れていく訳にはいかない。
圏内にいれば、少なくともモンスターに命を脅かされる危険はないのだから。
そして、街の安全圏が消滅する前に、一騎討ちクエストを発生させればそれでおしまいだ。
直葉が危険な目に遭ってまで戦う必要なんてどこにもない。
“直葉を絶対に連れ帰る”
それは、出立の直前に俺が母さんと交わした約束。
その約束を果たす為にも、直葉の身には極力危険が及ばないようにしておきたい。
だから ――
「連れて行ってやれよ」
「……え?」
だから、そのクラインの一言はあまりに意外で、
「本当はわかってんだろ、カズヤ? たとえお前さんがなんと言おうとも、このお嬢さんは間違いなくお前の後をついていくよ。
それこそ、今のリーファちゃんなら、お前に気づかれないようにこっそりと後をつけるくらいの事はするさだろうさ」
けれど、続く彼の言葉に、俺は納得せざるを得なかった。
「…………」
俺の腕をかき抱くリーファの姿を見て思う。
……確かに、今のコイツならやりかねない。
「隠れてついてこられるくらいなら、テメェの手の届く範囲にいてもらって、危なくなったらテメェの手で守ってやる方のが大分マシじゃねぇか」
「だろう?」と、こちらに同意を求めてくるクライン。
「…………」 「…………」
そんな彼としばしの間、無言でにらみ合っていたが、 ―― 結局、先に根負けしたのは俺の方だった。
「……………………はぁ~」
盛大な溜息をつくと共に、ガシガシと頭を掻いた。
「本当だったら、そこら辺もお前にどうにかして欲しかったんだけどな…」
「無茶言うな! お前を追いかけるリーファちゃんを引きとめる事なんて、俺にできる訳ねぇだろ! ぶった斬られるのがオチだっつーの!」
俺のぼやきを茶化して返すクライン。
そんな彼にフッと苦笑を返すと、俺はリーファと向き合った。
「リーファ。……俺についてくるか?」
「―― 行くっ!」
そう俺が問いかけると、間髪いれずに即答するリーファ。
「本当に死ぬかも知れないんだぞ? それでもくるのか?」
「―― 行くっ!!」
不退転、といった決意のこもった顔でこちらを見返してくる彼女を前にして、俺もようやく覚悟を決めた。
「……わかった。だったら、俺と約束しろ」
「約束?」
「あぁ、約束だ」
不思議そうな顔で首をかしげるリーファに、俺は大きくうなずき返した。
「一つ、戦闘中は絶対に俺の指示に従う事。二つ、決して一人では圏外に出ない事。三つ、危なくなった時は大声で俺を呼べ。
これらの約束が一度でも破られた場合、お前にはこの街まで引き返してもらう。 ―― いいな?」
「うん」
「弱音を吐いた場合も同様だぞ?」
「うん」
「あと、いい加減手を離せ」
「うん、それ無理」
いや、無理ってあんた… 別に俺は、離した瞬間逃げたりしねぇよ。
俺とリーファがそんなやり取りをしていると、クラインがおずおずといった様子で声をかけてきた。
「悪い、カズヤ。あんな事言っておいてなんだけどよ、俺はお前らとは一緒に行く事はできねぇ」
そう言って、申し訳なさそうな顔でこちらを見ているクライン。
思ってもみなかったその言葉を受けて、俺はキョトンとしてしまった。
「……ここにはよ、他のゲームでダチだったヤツらがいるんだ。一緒に徹夜で並んでこのソフトを買ったヤツらなんだ。俺はアイツらを置いてはいけねぇ」
どうやらこの男は、今までパーティを組んでいた中で、自分だけが抜けてしまう事に引け目を感じているようだった。
もともと俺は一人で行くつもりだったのだから、そんな物を感じる必要なんてどこにもないというのに…
だから俺は、口元を釣り上げ、いかにもふてぶてしく聞こえるような声音で茶化してやった。
「何言ってんだ、クライン。俺としては、足手まといが二人に増えなくて万々歳だぜ?」
お前が気にやむ必要なんてどこにもないんだと、そう伝える為に。
「―― はっ! 言ってろ、このバカ野郎っ!」
そんな俺の思いが伝わったのかどうか、俺の軽口に対してクラインもまた軽口で返し、互いに笑い合う。
「……なぁ、カズヤよぉ。お前さっき言ってたよな? ビギナーがこの世界に慣れるまで、待ってはいられないってよ?」
「うん? あ、あぁ… 言ったけど、それがどうした?」
「だったら俺が、そのビギナーたちを仕立てあげてやんよ」
「……は?」
そのあまりに突拍子もない申し出に、俺は思わず呆気にとられてしまった。
「オメェが俺に教えてくれた序盤のコツ、戦い方やら心構えなんかを俺がビギナーたちに手解きして、いっぱしの剣士に育て上げてやる。
俺だって、前のゲームじゃギルドのアタマ張ってたんだ。そんくらいの事はやってみせるさ」
「クライン…」
「だからいつか、トンでもねぇ大部隊を率いてお前んところに行くからよ、それまで待ってろ。 ―― いや、違うな。待ってなくていい。
オメェたちは後ろの事なんて考えず、どこまでも突っ走っていけ! いつか絶対に追いついて見せっからよ!」
そう言って、クラインは俺に拳を差し出してきた。
そんな彼に対して、俺もにやりと笑い返して拳を突き出す。
「いいのか? 俺たちが本気で走ったら、お前が追いつく間もなくゲームがクリアされちまうぜ?」
「上等っ! そこまで言ったからには、カズヤ。オメェ、絶対ぇに死ぬんじゃねぇぞっ!」
コツンと互いの拳をぶつけ合うと、クラインは身をひるがえし広場へと駆け出した。
たぶん、他のゲームで知り合った連中と合流するのだろう。
そんな彼の背中に俺は声をかける。
「おーい、クラインっ!! お前、今の野武士ヅラの方が、さっきの若侍よりも万倍似合ってるぜっ!!」
「うるせぇ! お前だって、随分とカワイイ顔してんじゃねぇかよっ! 結構好みだぜ俺っ!!」
「死ねっ!!」
クラインの捨て台詞にそう返し、彼の姿が見えなくなるまで見送る。
「……ん?」
ふと、視線を感じてそちらに振り向けば、不思議そうな表情でこちらを見上げていたリーファの顔があった。
「そんな顔して、一体どうしたよ?」
「あたし、そんな顔したお兄ちゃん初めて見た、かも」
「そんな顔?」
「お兄ちゃん。なんだかクラインさんの事、羨ましそうな顔で見てた」
……羨ましそう、か。
なるほど確かに、リーファの言うように、俺は彼の事が羨ましかったのかもしれない。
自らの命すら危ういこんな状況下でありながら、真っ先に俺たちの事や自分の友人の事を心配できる彼の心の強さが、羨ましかった。
だって俺は ――
「……あれ?」
その時、メッセージの受信を通知するアイコンが視界の端で点滅していた事に気付いた。
「メッセージ? 一体誰からだ?」
首をかしげながらも、そのメッセージを開封して目を見張る。
「―― っ!?」
差出人の名前は ―― “ユウ”。
内容は、「合流しよう」という一言と、その合流場所と思われる地名が書かれているのみ。
実に彼らしいシンプルなメッセージだった。
あまりに不意打ちだったソレに、俺は自身の心が軋みをあげた様な気がした。
震える指でメッセージウィンドウを閉じ、大きく息を吐いた。
「お兄ちゃん…?」
心配そうに俺の顔をのぞき見るリーファに、大丈夫だと笑い返す。
「行こうか、リーファ」
「う、うん…」
突然の俺の変調に戸惑っているリーファを促し、俺たちは歩き出した。
ユウに合流地点として指定されていた場所とは真逆の方向にある北門へと。
……これでいい。そう、これで、いいんだ。
本当だったら、このまま二人でフィールドに飛び出すよりも、合流地点へと向かい再び彼らとパーティを組ませてもらった方のが、何倍も安全な事くらいわかっている。
リーファの事だって、彼らならば笑って迎え入れてくれるだろう事は想像に難くない。
それでも… いや、それだからこそ、俺は彼らのもとへ行く訳にはいかない。彼らの優しさに甘える訳にはいかない。
理性は、今すぐにでも引き返せと、彼らと合流しろと訴えている。
実際、彼らと合流した方のが断然安全に攻略を進める事ができるだろう。
直葉の安全を思うなら、今すぐ合流するべきだ。
けれど、俺にはどうしてもその選択肢を選ぶ事ができなかった。
なぜなら俺は、彼らを見捨てた。
仕方のない事だと自分の心に言い訳をして、我が身可愛さに彼らを見捨てたんだ。
そんな俺が、今さら、一体どんな顔をして彼らに会えばいい?
そんな俺が、彼らの優しさに甘えてパーティに入れてもらうだって?
そんな事、できるハズがないじゃないか。
うじうじと自問自答を繰り返していた俺の手が、唐突に暖かい感触に包まれた。
驚き、そちらに目を向ければ、こちらを見上げているリーファの顔が。
「大丈夫だよ、お兄ちゃん。えっと、お兄ちゃんが、何を悩んでるのかあたしには全然わかんないけど…
でも大丈夫っ! お兄ちゃんならきっと大丈夫っ!」
リーファから、全幅の信頼をこめて告げらたその言葉を受けて、俺は思わず天を仰いだ。
この妹は… 兄が一体、誰の所為でこんなに悩んでいるんだと思っているんだろうか?
……けれど、リーファのその言葉に救われた気持ちになっている俺もいた。
俺なら大丈夫、か。
「ふっ… ふふふ… あはははっ」
なんだか、ごちゃごちゃと悩んでいた自分がバカみたいに思えて、声を出して笑ってしまった。
そんな俺の様子を見て、キョトンとした顔になるリーファ。その顔を見て、更に笑いがこみ上げてくる。
下手の考え休むに似たり、か。そうだよな、考える事なんていつでもできるよな。
だったら ――
「よし、リーファ、走るぞ!」
「は? え? えっと、全く意味がわかんないんだけど?」
「いいから走るんだよっ! ほらっ、ダッシュ、ダッシュ!!」
「えぇっ!? ちょっ!? 待ってよ、お兄ちゃん~!」
とにかく、今は走ろう。難しい事は考えず、頭をカラッポにして、ただひたすらに前へと進んで行こう。
今はまだ、ユウたちの前に立つ勇気が出ない俺だけど、それでもいつかはこの引け目を払拭して、ベータの時のように彼らと笑いあえるような関係に戻れたらいいと思っている。
けれど、それまでは ――
「ほれほれ、どうしたどうした? 早くしないと置いて行っちゃうぞ?」
「待って… 待ってよ、お兄ちゃんっ…! ちょっ、うそぉっ!? 速いっ、速すぎだってばっ!? ステータスは同じはずなのにどうしてぇ~!?」
それまでは、この頑固者で寂しがり屋な最愛の妹と二人で旅をするのもいいんじゃないだろうかと、そんな風に思ったのだった。
* * *
新友を見送り、旧友から逃亡し、ついに始まった彼と彼女の二人きりの旅路。
現実となったゲームの世界で、彼は彼女は、何を感じ、何を想うのか…
別たれた道程が、再び交錯する日は来るのだろうか…
なにはともあれ、今は祝福を… 旅立った二人の道行に幸の多からん事を…
> > > > > > > > > > > > > > > > > > > >
―― 妹想う、故に兄あり
という訳で、第3話をお送りしました。
長かった… ようやく二人が旅立ってくれました…
だが、問題はこの後だ。
このまま原作通り74層までぶっ飛ぶか
アニメよろしく《星なき夜のアリア》に行くか
あるいは短編の《はじまりの日》に行くか
ぶっちゃけ、今回の終わり方ならどれでもいけるんですよねぇ…
どれがいいと思う?
あと、本作でのナーヴギアのスキャン云々の話は、ラノベ版設定の拡大解釈です。
そもそもクラインって、アニメ版だと髪形が変わってますけど、ラノベ版だと最初から赤髪ツンツンヘアーなんですよね。
つまり、ラノベ版設定では、顔は元に戻っても髪形と髪の色が戻る事はないと、そういう解釈です。
つか、赤髪の日本人なんているハズねぇ
ほとんどオリジナルとは言え、一応、原作設定とは矛盾していないつもりなんですけど、どんなもんでしょう?
最後に、一応言っておきますが“新友”は誤字にあらず、新しい友の意味の造語ですのであしからず。
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――― おまけ
< 設定のノート ~ 桐ヶ谷和人(憑依) ~ >
○オリ主 ―― 桐ヶ谷和人 (きりがや かずと):カズヤ/Kazuya
キリトさんこと桐ヶ谷和人に転生憑依してしまった、原作知識持ちの転生者。
あと、マザコンでシスコン。
幼稚園デビューに失敗した男。
あまりのジェネレーションギャップに心が折れ、その事が軽くトラウマになる。
その為、リアルでは『コミュ障のボッチ』、ネットでは『名の知れたゲーマー』という二面性を持つに至る。
原作のキリトさんとは異なり剣道をやめておらず、今でも道場に通っている。
その為、妹の直葉との仲はこじれていない。
というか、むしろ彼女のブラコン度は原作よりもヒドくなっている。
あと、女顔および身長の事は禁句。
・パーソナルスキル
『幸運』:《アンチ物欲センサー》
欲しいものほど手に入りやすくなる。廃人たちが聞いたら泣いて羨ましがる能力。
『直感』:《ニュータイプもどき》
幼少時より行われてきたほとんど虐待レベルの修行おかげで発達した危機察知能力。
『鈍感』:《フラグとはキリトさんが立てるもの》
キリトさんじゃない俺がフラグを立てられるハズがない。