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Side 唯依
11月、朝もまだ明けやまず曙光さえ見出せない未明、彼は誰時。
突如、神経をひりつかせるけたたましいサイレンの音が仮設基地に鳴り響いた。
その音が今までの演習開始を告げる音とは異なることに、暗いうちから整備作業に入っていた人々を訝しがらせる。
遠く数キロ隔てた隣の陣からも、同じ音が空雷の様に伝わってくる。
通信回線の全チャンネル、そして基地に設置されたスピーカーからCPの強張った声が発せられた。
『臨時新潟防衛総合司令室より、本演習に参加する帝国軍、近衛軍、国連横浜軍、他この通信を傍受する全ての者に告ぐ――。
0550、Code991発令、繰り返す、Code991発令――――。
これは訓練ではない、繰り返す、これは訓練ではない!』
鳴り止まないサイレンと、繰り返されるアナウンス。
最初は心理的に拒否をしていたのか、意味のわからなかった者も、漸くその意味を認識する。
幾つかの叫びのような号令とともに陣内に設置された投光機に次々と灯が入って行く。
すぐさま戦術機の駐機場周りが慌ただしい喧騒に包まれだした。
『これにより当該エリアである新潟はデフコン1、隣接する山形・福島・群馬・長野・富山5県はデフコン2に移行とする。
これより合同実弾演習に参加の各軍は、昨日までの演習に従い各方面エリアに散開、速やかに防衛体制を構築せよ。』
――来た・・・か。
侵攻予測時間を予め知らされていた私は、既に強化装備を着こみクリスカやイーニァと共に仮設のハンガーが揃えられた駐機スペースに居た。
それでもその余りの正確さに、“森羅”が有する探知・予測能力に舌を巻く。
監視衛星、フェイズアレイレーダー、海中に設置された圧力トランスデューサアレイ、加速度センサーアレイ・・・。
本土に設置する分はまだ良い。
しかし海中に設置される分は海底を彷徨くBETAを警戒し、自律型の潜水機能を有して水中に浮いている。
高性能のCPUに誘引されるBETAに齧られないよう、海底への設置は避けた為だ。
それはH21ハイヴそのものを監視する為、佐渡島本島に敷設されたセンサアレイも同じ。
光線級の狙撃回避のため、潜水艇でギリギリまで接近し、小型ミサイルを使って電子機器を持たない感知部のみを多数海岸に打ち込んだ。
そこから有線を使い、高性能CPUを有する送信部は海中に浮遊させた。
BETAは高性能CPUを検知するが、只の電線には興味を示さない。
それでも、強引で乱暴な設置であり一つ一つのセンサアレイの探知能力は僅かだという。
だがそれを統合し纏め上げることで全体像が見えてくる。
―――その全てを統べるのが、“森羅”を司る彼女。
BETAの迂回コースも事前の予測通りだとすれば、本土上陸まではあと1時間程度かかる。
「唯依ィー、今日は本物なの?」
「そうだ。・・・・予測ではカムチャッカと同等規模か、――それ以上。
その上、光線属種も多数含まれると考えられている。
――気を引き締めろ。」
日本語のアナウンスが理解できなかったイーニァが場違いに眩しいくらいの笑顔で尋ねてくる。
ソ連領内を始めカムチャッカやアラスカで実戦経験している分、BETAそのものも彼女にとっては今更で、昨日の旅団規模と対するJIVES演習も微妙に退屈だったらしい。
寧ろ再び戦えるように成ったことが、嬉しくてたまらないと言った風情だ。
御子神大佐は2人の治療に1、2週間と言ったが、社少尉とそして帰国後加わった鑑少尉の献身的な処置のお陰で、損傷した2人の神経節は3日を過ぎた頃には見事に再生・強化されていた。
しかも鑑少尉はその後、元々クスリや催眠暗示を使って誘導し強制的に発現していたメタ感覚野の覚醒を理解し、その自律開放の仕方まで伝授してしまった。
お陰でリハビリのつもりで開始したはずの戦術機シミュレーターでは、ぶっちぎりの数値を叩き出してくれたのだ。
次の日にはXM3の反応速度も既にレベル4、覚醒開放すればレベル5に迄達している始末。
XM3のモデルに今後慣れれば限定解除も遠くない、そう思わせるような機動だった。
ウフフフ・・・、・・・クスクス、と笑い合いながらBETAを殲滅していく様はそれがV-JIVESであっても前を知っている私には恐怖でしか無いが、本人たちは単にハイになるだけで以前のように記憶障害を起こしたり人格破綻を来しているわけではなくちゃんと意識も在り、問題ない・・・と言うのがクリスカの言い分。
それでも嬉々としてA-01中隊の某副隊長と切り結ぶ様は、本来治療の為に連れてきた彼女たちが脳筋になってしまった気がして、ユウヤに申し訳ないと東に向かって謝っておいた。
そんな様子だからXFJ Evolution4に載せたところ、御子神大佐の教導を受け格段に進歩した筈の私が武御雷“改”に騎乗しても出力差もあり、通常時は互角。
ユーコンに行った折り、Su-47で対戦した時の尾羽打ち枯らした様子が嘘のような回復だった。
人見知りの激しかったイーニァが、同じ出自の社少尉を始め世話になった鑑少尉や模擬戦で格の違いを魅せつけた白銀少佐にも盛大に懐き、戦術機を降りれば可愛がってくれる伊隅ヴァルキリーズの面々、更に新たに仮配属となった207B訓練部隊のメンバーに模擬戦を頼まれるなど、ほぼ普通に接していられる。
人類のBETA反抗の牙城でありながらも何処かアットホームなその環境は、イーニァのみならずクリスカにもいい影響を与えてくれている様で、神経節だけではなく心理的な傷もかなり改善されている事だろう。
3日前の夜発生した緊急事態に、急遽大佐の参加が見送られその戦力補強と言うことで彼女たちに参加を打診したところ、一も二もなく快諾してきた。
ただ只管に戦うこと、強くなることを強いられてきた彼女たちだが、今は護るために強くなると言う明確な目的意識を持ち得たことで、その様相も大きく変わっていた。
御子神大佐も問題ないと判断し大佐自身のXFJ Evolution4を譲ったのである。
BETAが来たことが嬉しそうにさえ見えるイーニァの風情は一種不謹慎にも思えるが、戦う力を取り戻した事は彼女たちに長年刷り込まれた存在意義でも在るのだから、祖国の為がユウヤの為に変わっただけで仕方のないことかも知れない。
―――BETAを全て駆逐してこそ初めて新たな地平が見えるのだろうか・・・。
そう願わずには居られなかった。
今回、私と“紅の姉妹”が組む〈Fenrir〉小隊の目的は、新装備の実戦検証が主である。
基本Evolution4絡みの案件で、持ち込まれたG-コア装備の戦術機は5騎。
白銀大佐、神宮司大尉、クリスカ・イーニァの駆る3騎のXFJ Evolution4、私と“殿下”が騎乗する武御雷“改”が2騎である。
検証項目はまず実戦に置けるG-コアの戦時消耗特性把握。
JIVES演習時の性能は白銀機、そして昨日参加した全機で把握されている。
このBETA迎撃戦に於いても5騎全てでデータは記録される。
・・・・尤も1機は、御立場上ただ立って居られるしかないのだが。
白銀少佐率いるソール小隊は、試製S-11X炸裂弾の試用を担当する。
この装備は運用をG-コアに縛られるものではないが、JIVESに於いてはその威力故に使用が出来なかった為、本迎撃戦が初試用となる。
他方、我々フェンリア隊が検証する項目は3つ。
第1は試製74式“改”近接戦闘長刀のテスト。
第2は本来御子神大佐自身が試すはずだった3発限り試製120mm弾の対BETA効果検証。
中身に関しては、全く聞き及んで居ない。
思いつきレベルで恐らくは通常弾ほどの威力しか無いが取り敢えずBETAの群れに撃っとけ、と言われて来た。
そして第3が、私と“殿下”の騎乗する武御雷“改”に仕込まれた、とあるシステムの戦時消耗特性把握。
当然“殿下”が起動することは無いと思われ、試すのは私だけだ。
これも自身の体力消耗とシステムのトラブル発生リスクも一応視野に入れ、後半での試用を推奨されていた。
反対に既に完成の域に在ると思われる試製01型電磁投射砲筒:EMLC-01Xに付いては、G-コア持ち5騎全てが装備しているが、危急の折しか使用が許されていない。
未完成の試用に過ぎなかった試製99型ですら、ユーコンでの試射後あれだけ騒がれたのだ。
試製01型はほぼ完成しているが運用がG-コアとセット必須である事を考えれば、此処では晒したくないと言うところなのだろう。
検証する項目の中でも試製74式“改”近接戦闘長刀の実践検証は、私や“紅の姉妹”にはちょうどいいらしい。
それは亡き父上がオリジナルの開発に携わったという私にも縁の装備。
既に開発から四半世紀を経た今でも帝国軍・斯衛軍の標準装備となっている完成度の高さが、私の密かに持つ父の誇り、でも在る。
今回御子神大佐は近接武器を検討するに当たり新設計も考慮に入れたが、やはり完成度の高さや生産性の優秀さから改修のみに済ませた、と言うことだった。
試製は完成しているため、これもG-コア持ち5騎全てに装備はされているが、今回白銀少佐や新人のサポートにも回る神宮司大尉が、近接長刀の耐久性を試す様な状況には陥りにくいだろう。
それに比べ私は幼少時より示現流の流れを汲む剣術を収めてきたし、紅の姉妹が1,500体殲滅のレコードを打ち立てたのも、その時の彼女達の装備がモーターブレードであったから、と言う見方が強い。
と言うのも単一の刃物に比べ、モーターブレードは切れ味の低下が少ない。
それ故に彼女らは弾薬が尽きてからもあれほどBETAとの戦闘を継続できたのだ。
戦闘長刀を普通に使ったら斯衛の剣術に優れた衛士でも、戦車級・要撃級を20も切れば長刀は油脂や粘液に塗れ、ろくな切れ味が保持できない。
その過大な抵抗は、刀身にも戦術機機体にも多大な負荷を強い、必要以上の荷重は強化された刃先さえも容易く欠損させる。
長刀の切っ先だけを使い汚れすら寄せ付けない剣速で100体を切り捨てられるような達人は、紅蓮閣下レベルの極めて限られた衛士だけ。
日本帝国の衛士として長刀を最優先装備としながらも、精神論的な側面も否めず現実的なその戦闘継続性には疑問もあったのは事実だ。
それを改善するために改修された長刀、その継続性を確認するのが今回の実践検証であった。
御子神大佐に言わせれば、所謂一つの“ネタ”武器、らしい――。
試製74式“改”近接戦闘長刀は、刀身であるスーパーカーボンの表面にC60カーボンナノフラーレン層を形成し、そこに電流を流すことにより表面性状を整え、微細な超音波表面振動を誘発する構造を有する。
勿論オリジナルの設計時に吟味された重心やバランスは一切損なわなず、またモーターブレードの様な複雑な機構を必要としない寧ろ非常に単純な改造だった。
SF系の小説や娯楽で空想の兵器として高周波ブレード・振動刀等と呼ばれる装備が数多くあり、それを“ネタ”武器と称しているが、高周波振動で切れ味そのものが良くなる事を意図したわけではないという。
――その狙いは徹底的な防汚。
超撥水性と超撥油性を有する表面性状を付加されたCNF(カーボンナノフラーレン)を更に振動させることにより、起動中の近接長刀には一切の脂肪や粘性の高いBETAの体液も付着できない。
加えて刀身の表面摩擦がほぼ0になるから、固い物に対しても刃の通りが格段に上昇する。
勿論、エッジにもBETA由来の電圧付加による硬化材料が使われているとのことで、要撃級の触腕も最高硬度の先端部分がほぼ互角で弾かれる事を除けば、それ以外は理屈上切り落とせる、という。
このエッジ硬化の為の高電圧はG-コア由来でなければ電力的に難しいが、超音波表面振動による超防汚は、バッテリー電圧でも駆動できる範囲であり、今回の結果次第ではG-コアなしの戦術機でも運用可能な改修を実現することも可能、と言う。
――発動すると刀身が鮮紅に染まるのが個人的には派手で苦手なのだが、“ネタ”武器にはお約束なので諦めろ、とイイ笑顔で言われた。
因みに、フェンリア隊検証項目は全てJIVESではなく実BETAに対してのみの実施項目となっていた。
実際の効果の程が全く不明で、シミュレーションでは今の段階で効果再現できないとの事である。
『――本日5:20、甲21号佐渡島ハイヴモニュメント周辺の開孔門より湧出したBETA群は両津湾入水後、佐渡海盆を北東方向に迂回。
5:50、BETA本隊先頭が南進に転じたことにより、臨時新潟防衛総司令部及び東部方面参謀本部は、日本帝国に対するBETA大規模侵攻と判断、Code991を発令した。』
総合司令室のアナウンスが漸く詳細を伝え始めた。
この陣は国連横浜軍だけであり、戦車部隊等は居ない。
既に燕市公民館跡からは、戦車大隊や自走砲大隊が該当地域に向けて移動を開始しているだろう。
輸送部隊や工務部隊も今までの演習とは異なり、展開する部隊に合わせて後方に移動する。
既に帝国本土防衛軍東部方面参謀本部は、演習に参加していた連隊規模の戦術機甲連隊に加え、機甲師団として戦車2個大隊、自走砲2個大隊を増援配備、及び北の第14師団、西に第21師団からのそれぞれ戦術機甲連隊の増援を要請していた。
但し、第12師団の本拠地は小千谷に在り、増援の戦車大隊や自走砲大隊はBETA上陸までに展開は不可能と判断、長岡を中心とした最終防衛陣形を形成するにとどまり、水際の防衛戦は第1次海防ラインに沿った機動艦隊と、演習を実施していた各軍連隊を束ねる臨時新潟防衛総合司令室に委ねられる事となった。
この決定には、悠陽殿下の演習出征を踏まえ、現地に赴くべきだと主張する現地参謀本部と大本営である帝国本土防衛軍統合参謀本部の間でかなり揉めたらしいが、結局は統合参謀本部の言い分に押し切られたらしい。
そんな内容も強化装備に繋がった網膜投影から“森羅”の部隊内上位者秘匿回線情報として流れていく。
第1次防衛ラインを突破された時の責任を殿下に擦り付ける腹積もりが見え見えだが、それも予定調和の内だ。
我々とて、確かに部隊としての第1優先は今後の装備展開に向けた実戦検証ではあるが、同等以上の重要度、というか既に“前提”として帝国軍斯衛軍問わず犠牲を最小限に抑えBETAを迎撃し侵攻を阻止する、と言う事が条件であり、それを踏まえた上での実戦検証なのである。
いくら装備を開発した所で、それを受け取る衛士が居なければ、なんの意味もない。
至上命題は、本土防衛―――。
但し、予測される侵攻数が本来7,000程度であるのに対し、これまでの演習では9,000~11,000と言った規模であり敢えて難易度を上げて実施されていた。
それでも訓練する度に全体損耗率を下げていけたのだから、逆に想定の7,000程度なら戦術機消耗0も行けるのではないか、と若干の楽観も在った。
『各戦域におけるBETA上陸予測時間と概数は、追って“森羅”より通達。――ッ!』
読み上げる情報にCP自身が驚いたのか、息を呑むような引きつった呼気が漏れた。
『――――――尚、現時刻までにH21より湧出したBETA数は、確認された中型種以上で、14,000に達する――。』
え――?
周囲も一瞬、水を打ったような静寂が訪れた。
Sideout
Side XXXX(帝国海軍日本海艦隊第56機動艦隊旗艦駆逐艦風雲艦長)
『こちら臨時新潟防衛総合司令室、本演習に参加する帝国軍、近衛軍、国連横浜軍、他この通信を傍受する全ての者に告ぐ。
0550に於いて、Code991発令、繰り返す、Code991発令――――。
これは訓練ではない、繰り返す、これは訓練ではない!』
全艦にサイレンが鳴り響き、HQのからのアナウンスが此処新発田に設置された帝国海軍補給所にも繰り返し流れる。
そして叩き起こされたその言葉は、何時かは来ると覚悟していた半ば死刑宣告にも等しい――。
だが一旦発令された以上、赴かない訳にはいかない。
―――寧ろ楽になるかもな。
それは最早諦観にも近い自虐的な想いだった。
佐渡島からのBETA侵攻に対する第1次海防ラインを死守するのが、我々日本海艦隊に所属する第34、第55、第56機動艦隊である。
この第1次海防ラインは、佐渡海岸線からおよそ22kmの位置を繋いで設置されていた。
22kmと言う距離は、光線級が戦術機の高さを狙撃できる距離であり、そのラインよりも佐渡島に近い範囲は第2級光線照射危険地帯とされる。
しかし現実に佐渡は山岳島であり、ハイヴの成長に伴って徐々に平坦化されているとはいえ、それでも北島山脈は1,000m級、南島山脈も500m級の山々が未だ連なってる。
侵攻時は平地を進む傾向が強いと確認されているが、ハイヴ周辺を警戒する光線級については一概にそうとも言えず、いつも海岸線にいるわけではないのだ。
即ち光線級が標高150m以上に居れば、通常時水上艦隊が布陣している50km離れた此処新発田や柏崎すらが射程範囲であり、更に1,000m級の山頂に重光線級が存在すれば実に150km以上が実質上の第2級光線照射危険地帯となる。
勿論その海域に入ったとて光線級が最優先で照射する飛翔体では無いため即座に照射されることこそない。
しかし佐渡島を砲撃すれば勿論、今戦域に潜行し海底を進軍するBETA群に魚雷攻撃を仕掛けることでも確実に光線属種の標的と化す。
何の遮蔽物のない海上に浮かぶ機動性の乏しい艦艇にとっては、船体に施された多少の耐レーザー装甲など紙の様な物だった。
各機動艦隊は “夕雲”級駆逐艦を旗艦とし、掃海艇6隻、哨戒艇6隻のみの陣容、佐渡を背景にした決死隊に等しい。
第1次海防ラインを守る機動艦隊には艦砲がない。
旗艦ですら搭載しているのは、12.7cm連装砲 3基6門であって、とても佐渡までの20、30kmレンジの砲撃には耐えない。
佐渡から照射してくる光線級の位置を掴むことも出来ず、よしんば初撃によって照射源を掴んだところで反撃手段もなく、次の照射では紙装甲を貫かれる。
機動艦隊の基本的な攻撃装備は61cm4連装魚雷発射管が2基8門(93式魚雷16本)と深度機雷36基であり、完全に海底を進むBETAに対する事を主目的とした装備。
同じ魚雷を掃海艇は8本、哨戒艇は6本有しているだけで、一機動艦隊辺りの魚雷数は、96本。
第1次海防ラインと言いつつも、本格的なBETA侵攻が始まれば、レーザー照射が始まりレーザー装甲が耐久限界に達するまでに持てる96本を海底のBETA群に打ち込み、直ぐに撤退することを前提とした間引き部隊でしか無かった。
そして、当然それが叶わなかった場合は、照射され爆散する運命が待ち受ける――。
その現実は、今回行われた合同演習でも如実だった。
3つの機動艦隊が受ける損害は何れの演習でも甚大。
1部隊の全滅はザラで、生き残ったとしてもとてもそれ以降艦隊として機能できる陣容は残らない悲惨な結果しかなかった。
それでなくとも不用意に電子機器を多用すれば、演習中でさえ現実に佐渡から狙撃されかねない決死の緊張感に随時晒されていたのだ。
JIVESと言いつつ音声のみの情報でBETAが侵攻しているだろう海底に架空の魚雷を撃つだけ。
大規模データリンク等展開したら、忽ち光線属種に狙撃される。
こんな状況をずっと強いられているのである。
諦観に至らなければ、発狂してもおかしくないし、この半年で後送された者が何人いたことか。
演習第2回め以降参入した対BETA戦術支援システムによって、地上戦力の損耗率は正に劇的に減った。
それが参入する前には6割近くを損耗した“鋼の槍連隊”も、昨日の演習では遂に8騎までその損耗数を減らした。
それ自体は喜ばしいことではあるが、その対BETA戦術支援システムを謳う“森羅”ですら海防を担う我々機動艦隊には何の恩恵も齎してはくれなかった。
戦術機の損耗数が第1回の56機から8機に激減したのに対し、実は演習における致死損耗数は第1回が213人に対し、第3回目でも167人までにしか減らなかった。
・・・つまり損耗率7割を超える機動艦隊の損耗は、全く減っていなかったのである。
『――――――尚、現時刻までにH21より湧出したBETA数は、確認された中型種以上で、14,000に達する――。』
いっそどうせ1割も間引けないなら、全て陸上で殲滅してくれよ。
陸上損耗率の低下に、そう言う声も部隊内には確かに存在した。
厭戦・諦観―――。
だが、今告げられたその数字は、あまりに重い。
地上戦とて、常に薄氷。
余裕なんか何処にもない。
一部が貫かれたら、一気に戦線が瓦解することも考えられる。
たった1割、されど1割。
・・・この生命で、帝国が護れるなら、それもいいか―――。
「日本帝国海軍第56機動艦隊、全艦艇発進せよ―――!」
Sideout
Side 安部(日本帝国海軍連合艦隊第2艦隊総司令)
『こちら臨時新潟防衛総合司令室、本演習に参加する帝国軍、近衛軍、国連横浜軍、他この通信を傍受する全ての者に告ぐ。
0550に於いて、Code991発令、繰り返す、Code991発令――――。
これは訓練ではない、繰り返す、これは訓練ではない!』
無線を傍受し、顔を引き攣らせる艦橋の面々。
「・・・・閣下も御人が悪い。此度の要請、これを予測しての事であったか―――!」
日本帝国海軍連合艦隊―――。
横須賀基地を母港に、太平洋を側を護る第1艦隊、そして舞鶴基地を母港とし、特に大陸や佐渡からのBETA侵攻に備える第2、第3艦隊。
折しも、私が預かる大和級3番艦“信濃”を旗艦とし、大和級4番艦“美濃”、改大和級2番艦“加賀”を擁する第2艦隊は、三沢基地より大陸側のBETAを哨戒しつつ、佐渡を抜け舞鶴に戻る航路上に在った。
その帰還日程を1日ずらして欲しいとの依頼が帝国斯衛軍総司令官の紅蓮閣下より届いたのは、3日前。
正に煌武院悠陽殿下自身がご出陣し、新潟防衛を想定した帝国軍・そして国連横浜軍との合同演習が開始された時だった。
帝国海軍は本来国防省管轄であり、城内省管轄の斯衛軍とは命令系統が全く異なる。
本来、応える謂れも無いのだが、閣下の“依頼”には“殿下”の要請である旨が記されていた。
実権は干犯されたとはいえ、あの華奢な肩でBETA大禍以降帝国を支えられて来られた殿下。
奇跡の撤退戦、そして此度のXM3開発依頼や演繹等、その慧眼、実績は揺るぎない。
今や戦術機衛士の間で、“奇跡のOS”と噂になりつつ在る“XM3”。
その対BETA実戦検証として行われているJIVESによる合同実弾演習である。
その実物を自ら刮目せよ―――、そんなメッセージを含んだ紅蓮閣下の依頼だと思っていた。
殿下が信を置くという、白銀少佐や御子神大佐の機動も見られるかもしれない、そんな興味が在ったのも確かだ。
殿下の御要請とあらば、移動日程を多少動かすことなど何でもないことであった。
そして依頼された航路を進み、佐渡島近海、南島北東端の姫崎から僅か南東に10kmという、完全に第2級光線照射危険地帯を通過している時、Code991発令を知らせる通信が飛び込んできた。
通常、艦隊が日本海を通過するだけの時には、佐渡を大きく北に迂回し200km以上の距離を取る。
吃水が高い艦橋を有する戦艦にとって、佐渡の海峡は全てが第2級光線照射危険地帯に属する。
だが、戦前に建造され改修を繰り返してきた大和級、及び改大和級で構成される第2艦隊には実は裏ワザが存在した。
度重なる改修にも遂に最後まで手が付けられなかった主たる機関部は、基本“機械式”なのだ。
レーダー・データリンクその他自動照準を含む攻撃管制システム等高性能CPUを使用するシステムを全てシャットダウンし、通過することだけに専念すれば、BETAにとっては巨大戦艦でも漂流物程度としか認識されない。
機関制御まで高度に電子化されシステム化された現代のミサイル巡洋艦等では到底不可能な荒業だが、艦齢50余年、戦前生まれの老朽艦ならではの隠密航行だった。
故にこの状態であれば佐渡沿岸に此処まで近づいても照射される危険性はない。
因みに通信ユニットだけは、海中に曳航した送受信機で行い、そこから有線で音声だけ繋げている。
海中の目標には照射を行わない光線属種の習性を巧みに利用した通過方法なのだ。
「・・・艦長・・・如何致しますか?」
航海長が尋ねてくる。
Code991とあれば、通りすがりとはいえ友軍の援護は最早義務、素通りするなど出来るわけもない。
しかし、この場から砲撃するのは危険過ぎる。
レーダーや攻撃システムを起動した途端、レーザー照射に晒される可能性は高いどころではなく必至。
この距離からレーザー蒸散塗装が劣化する前に照射範囲外に避難することは不可能。
「・・・全艦、微速まで減速。」
「全艦、減速!!」
足を止めての至近距離のど突き合い――――。
自殺行為に等しいかもしれない。
だが佐渡を相手にする以上、艦砲の有効射程内は全て第2級光線照射危険地帯範囲内。
ならば、此処でも同じ。
この侵攻を殿下が予測し、斯衛までを新潟に引き出したのなら、紛うことなく国難に相当する大侵攻ということだろう。
国が滅ぶなら軍など要らぬ。
民あってこそ、国あってこその軍なのだ。
私が覚悟を決めた事を悟ったか、艦橋の空気が変わった。
「――全管制システム、起動準備――。」
「!、安部艦長ッ、臨時新潟防衛総合司令室より入電! 音声通信ですッ!」
「・・・繋げ。」
一拍於いて通信から流れたのは、電子的な加工を施された女性の声だった。
『―――こちらは、煌武院悠陽殿下麾下新潟防衛総合司令室、対BETA戦術支援システム“森羅”。
機密条項により、個人名は伏せさせて頂きます非礼をお許し下さい。』
戦術支援システム―――人間なのか、人工知能なのか、判断に迷う。
「・・・日本帝国海軍連合艦隊舞鶴基地所属第2艦隊旗艦信濃・艦隊総司令 安部だ。」
『――ありがとうございます。
既にご存知のことと思われますが、現在本海域にはCode991が発令され、新潟地方全域にデフコン1が敷かれています。
移動・通過中の貴艦隊に於かれましては突然の事となりますが、総合司令室より協力要請が出ております。
――――御受諾頂けますでしょうか?』
「是非もない。
祖国危急の折、煌武院悠陽殿下の臣民として一命を捧げる所存・・・好きに使ってくれ給え。」
『・・・命を粗末にするものでは在りませぬ――と殿下なら仰るところでしょう。』
「 !――― 」
此処で受諾するということは一種決死の覚悟を、ということだというのに、確かに悠陽殿下なら仰りそうだ、と苦笑する。
―――“森羅”と言う者、殿下の知己かもしれぬな。
『ご協力、深く感謝致します。
まず音声信号にて、時刻の同調をさせて頂きます――時刻同調±10のマイナス8乘秒以下を確認。
現在“森羅”では、佐渡全島地表面に8体の光線属種を確認しています。
貴艦隊には、それらの殲滅を要請いたします。』
艦橋に居る全てのものが、その言葉の意味に気づき息を呑んだ。
『尚、貴艦隊の電子システム起動は、今少しお待ちください。
・・・・佐渡全島の地形図をお持ちでしょうか?』
「・・・・地図を持て!」
『・・・当方で確認している8体の現在位置は、大隅山、女神山、無礼山、岨巒堂山、井坪山、大塚山、青野峠、砂金山―――。
この内、脅威度Aを貴艦隊被照射範囲内とすると、光線級3。
大隅山尾根筋 N38.029434,E138.530045
女神山山頂付近 N37.928492,E138.452625
無礼山山腹 N37.846664,E138.346796―――』
「 !!、ッ書き留めろッ!! 地形図で即時位置を確認!」
『・・・繰り返します。
脅威度A、光線級3。
大隅山尾根筋 N38.029434,E138.530045
女神山山頂付近 N37.928492,E138.452625
無礼山山腹 N37.846664,E138.346796―――』
艦橋が騒然とする。
これが事実だとすれば、大変なことだ。
『――現在、新発田及び柏崎より日本海軍機動艦隊が出撃に向け準備中、0610出港予定。
よって脅威度Bを該友軍機動艦隊への照射可能範囲内BETAとすると、重光線級1光線級1が存在。
岨巒堂山山頂付近 N38.117407,E138.381901
井坪山山頂付近 N38.220785,E138.45314――』
地図に次々に記される光線属種の位置を見て、唸る。
現在の艦隊位置は、確かに南島山脈に存在する光線級からの照射可能範囲に居る。
しかし、今艦隊がいる位置は、その3体さえ倒せば、その南島山脈そのものが盾となり、北島山脈からの照射を受けない位置。
砲撃の場合は、直線に放たれるレーザーと異なり放物線を描くため、こちらからの砲撃は可能、という絶好の位置だった。
まさか、それも見越して、この航路を取らせたと言うのか―――?
確かに脅威度Aの3体さえ殲滅すれば、全システムを起動しても当分照射を免れる。
この光線級位置情報が正確なら、3艦からの多点時間差艦砲射撃で殲滅が可能。
『脅威度C 現時点照射範囲外に位置するのは光線級3。
大塚山山麓 N38.12767,E138.297443
青野峠付近 N38.034234,E138.273239
砂金山山頂付近 N37.907908,E138.316498―――』
「・・・・・砲撃長、手動による砲撃は可能か?」
「ッ勿論であります!
本艦隊を構成する大和級、改大和級に於きましては、全自動管制システム設置後も万が一の電源消失に備えた手動砲撃が可能となっています!」
「・・よしっ!! 全艦、停止ッ!」
「全艦、停止ィー!!」
どのみち、足を止めた至近距離のど突き合いをしようと思っていたのだ。
この距離では、逆にALM等の投入も佐渡から照射される角度が広すぎて減衰効果は望めない。
ならば、対BETA戦術支援を標榜する“森羅”の情報に乗ってみるのも悪くはない。
「―――これより、第2艦隊各艦は、本艦隊を捕捉可能な南島山脈に存在する光線級BETAを手動砲撃で叩く!
各艦に情報通達!
各艦、46cm砲手動起動急げ!
1番、2番、3番砲塔起動っ!」
「情報通達!、照準計算急げ!」
「1・2・3番砲塔起動ッ!」
「直近の大隅山目標には、本艦・美濃の2艦、女神山目標及び無礼山目標には全3艦が照準。
本艦、美濃、加賀の順に3秒の間隔を保って斉射砲撃を行うっ!
加賀は念のため、三式通常弾を使用。
各砲身には的失に備え予備を装填。
2分後に砲撃予定、準備急げ!」
「準備ィ、急げェー!」
『――2分後の予測位置、大隅山目標南東に20m,女神山目標南に10m、無礼山目標南東20m移動―――。』
音声情報が繋がっているためか、即座に修正を入れてくる。
この情報が正しいとすれば、この“森羅”は、完全に光線属種を捕捉・追尾していることになる。
そして、尚且つ2分後の予測位置まで伝えてきた。
「!、微修正入れろッ!」
「微修正、――了解っ!」
実際今やろうとしているのは、電子システムも何もない盲撃ち。
コンパスと受信されるビーコンから自艦の位置を割り出し、地図から指定された目標位置の高度を読み、もう随分使っていない手動操作で照準を合わせる。
本来自動装填化された砲弾もクレーンだけを使い、手動で装填を行う。
・・・だが、“森羅”から齎されたデータが正しければ、これで被照射範囲の光線級は潰せる――。
佐渡全島から、光線属種の存在だけを割り出しているのだ。
これが夢でないなら、対BETA戦術どころか、戦略そのものが変わる!
「3番艦加賀、砲撃準備完了――!」
「2番艦美濃も完了しましたッ!」
「本艦は準備完了済み!・・・艦長ッ!」
「―――うむ。
30秒後、本艦から砲撃に入る。
各艦砲撃後、全システム起動!
続けて友軍にとって脅威となる脅威度B、2体を目標とする!
我らの同胞をレーザーの脅威に晒すな!」
「「「 はッ!! 」」」
「信濃、主砲砲撃―――、撃て ッ―――ッ!」
腹に響くような重い砲撃音が艦橋にまで響く。
『美濃、第2射、、撃て ッ!」』
隣の随伴艦の、3つの砲塔からそれぞれ1本、方向を違えて長大な火箭が闇にほとばしる。
『加賀、第3射、、撃て ――ッ!」』
「――全艦、全システム起動ッ!」
「全艦、システム起動っ!」
加賀が撃った直後、明けやらぬ冥い空に3条の光条が疾走った。
一番近い大隅山目標でも距離は約10km。主砲着弾までは14秒ほどかかる。
「佐渡よりレーザー照射確認! 初弾は空中で爆散! 光線源は目視確認ですが“森羅”情報通りかと!」
観測手が声を上げた。
光線属種の飛翔体認識速度と照準精度から云えば、各目標に向けて撃った初弾が補足され照射を受けるのは、予定の内。
息を呑む艦橋に割り込んだのは、“森羅”の電子音声。
『―――大隅山目標、次弾着弾まで5・・・3・2・1・インパクト―――――目標殲滅を確認。
・・・お見事です。』
『『『『「「「うぉーーーーッ!!」」」』』』』
飽くまでも淡々とした独特の口調に、さりげない賞賛が混じる。
観測機器がまだ立ち上がっていない現在、結果報告はありがたい。
手動砲撃で命中させた砲手がそれぞれの艦で雄叫びを上げていた。
闇空に、更に南西側から2条の光条。
12秒の照射インターバル、そして2,3秒の予備照射が完了したのだろう。
距離の在るそれらの目標は、撃ち直すだけの暇がある。
「第2射、爆散!」
『女神山第3射、2・1・インパクト―――――目標、撃破!
・・流石です!』
距離が約17kmで2射目の照射には微妙な距離にあった光線級、2射目の砲弾はぎりぎりの距離で照射排除したが、その3秒後に飛来した第3射の餌食となった。
『無礼山目標、第3射着弾まで5・・・3・2・1・インパクト―――――目標の沈黙を確認!
――痺れました!』
全艦隊が一斉に快哉を叫んだ。
・・・・しかしこれは、なんという事か!!
正確無比の位置情報――。
30km級の砲撃、当然射撃誤差はあるのだ。
その範囲内で殲滅せしめたという事は、与えられた位置情報が極めて正確だった、ということにほかならない。
一旦初期照射態勢に入った光線属種は動かない。
だがそれまでの動作は寧ろ敏捷な部類に入る。
光線属種が飛翔する砲弾を感知し、初期照射に入るポイント、それを完全に読みきったということになる。
佐渡という島嶼を占拠され、遮蔽物の無い海上にあって常に第2級光線照射危険地帯となる海域。
目を閉じ走り抜けるしか無かったBETA制圧海域にあって、光線級の位置情報一つでその脅威を排除してしまうとは!
人類の航空戦力を須らく無効化した光線属種―――。
ALMを用い大量のミサイルや砲弾を使った飽和攻撃でしか、その脅威を排除できず、佐渡近海においてもたった数体の光線属種が佐渡島に存在することで、その攻略は忽ち難易度を跳ね上げる。
その飛翔体に対する射撃精度は凄まじく、その知覚範囲に入れば、マッハ2を超える戦闘機は愚かマッハ7~8に達する軌道誘導弾ですら撃ち落とす。
BETAが飛翔体を感知する原理は不明だが、エリア侵入から数秒で感知していると考えられている。
照準の為の初期照射に3秒ほど費やすため、エリア内からのミサイルや砲撃は撃墜まで6,7秒前後掛かっている事からの推測である。
その為、光線属種の位置が正確に判っている場合、砲撃から着弾までが5秒以内の距離ならば撃破することも可能である。
それはBETAも承知で通常光線属腫は進軍する最後尾からの遠距離狙撃補助に徹する。
重光線級はともかく、中型種に分類されながらも闘士級と殆ど変わらない光線級の体格は容易にBETA群に紛れ、その位置を遠距離から補足することは極めて困難である。
佐渡島の場合も、島内には無数のBETAが徘徊している。
植生は絶え地形は変化しているが、そこから光線級だけを選別することは難しい。
よしんば捕捉できたとしても、光線属種が1体とは限らず、その1体の撃破と共にその後は周囲から集中照射を受けることと成る。
我が第2艦隊の擁する大和級・改大和級戦艦が搭載する46cm主砲でも初速は780m/s、今の艦隊配置なら尤も遠い標的まで十分射程内の30km程度だが、着弾までは約45秒かかる。
発射した砲弾は直近の光線属種に補足され7秒後には蒸発することとなる。
一度補足した目標への追尾性能は凄まじく、照射時間も光線級で10数秒、重光線級では30秒以上の照射を可能としている。
但し、1体の光線級が同時に捕捉できる目標は照射器の数から2、重光線級では1と見られている。
それ以上の同時目標補足は得意ではなく、1体の光線属種が多数の目標に対し一度の照射を大きく薙ぎ払って殲滅する状況は報告されていない。
初期照射で捕捉した目標は本照射中にも追尾はできるが、その光軸が同じであるため同時に飛行している別の飛翔体を補足出来る範囲は、目玉様の照射器の数と光軸可動範囲内(±2°程度)と予想され、それ以上離れる場合には、一度照射を停止する必要があると考えられる。
そしてその照射インターバルは光線級で12秒、重光線級で36秒―――。
故にこの距離から3艦同調し、照射を行う優先順位を逆手に取り、目標遷移しない間隔を保って照射インターバルの隙を突けば、艦砲射撃だけで光線属種を殲滅せしめる――と言う事実。
その全ての前提が、光線級の位置を正確に捕捉できていること、なのである。
対BETA戦術支援システムと自ら名乗った“森羅”。
実際この距離から佐渡島に犇めくBETAの中で最大の問題と成る光線属種の位置だけをココまで正確に把握出来た例は嘗てない。
そして重要なことは、我が艦隊にはこのプランを確実に実行出来るだけの艦が存在する―――。
――そこまで予測した上で、この戦場に招かれたのか――。
背がぞくぞくと粟立ち、腹の底から沸々と笑いが湧いてくるようだった。
「――衛星データリンク射撃指揮システム、起動しました。」
『・・・では、“森羅”より、データリンク、接続します。』
衛星データリンクにより、表示された佐渡島の平坦な2次元マップ、そこに“森羅”のデータが被さった瞬間。
単なる地図データ上を動く点群が、総天然色の微細な3次元映像に替わった。
「「「 !!! 」」」
―――絶句―――。
先程齎された、脅威度Bの光線属種がオレンジの輝点で、脅威度Cが黄色の輝点で示されている。
現在の位置だけでなく進行方向まで判る。
その他脅威ではないBETAは、全て暗い緑で表している。
一方海上には、展開している我々の艦隊や、今正に出港しようとしている機動艦隊も把握できる。
だが、それだけではないのだ。
佐渡島の地下、深度で言えば100m程度までなのだが、その範囲のドリフト構造、その中で蠢くBETA、そこに潜む光線属種さえも緑の輝点で示した。
それによれば、H21は佐渡でも中央から少し北寄り、元金北山付近に建設された。
金北山そのものの地形は大方削られ、そこに500mクラスのモニュメントが屹立している。
しかし、ハイヴの地下茎構造は中心を偏心し、北は井坪山、南は無礼山当たりまでを含む半径20km範囲に及んでいる。
先程光線属種が地表に出ている範囲は、ほぼハイヴドリフト構造の及ぶ範囲、と言うことになる。
そしてドリフト内に潜む光線属種に関しては、予測される行動を示し、本艦隊や友軍の展開するエリアに照射可能な開孔門から出る行動を見せれば、その予定時間さえ警戒色で表示される。
殿下は―――佐渡奪還を、本気で実行しようというのか!?
悲願と言いながら、実現性が全く見いだせなかった作戦。
しかしこの“森羅”の性能があれば、決して夢でなくなる・・・。
・・・その“夢”を実現するためにも、此処は退けんな。
「・・・全艦、砲撃準備。
―――脅威度B、岨巒堂山目標、井坪山目標、及び、脅威度C、大塚山目標、青野峠目標、砂金山目標を同時砲撃。
データリンク射撃システムに、“森羅”データを同調、距離・高度を勘案し最適な砲撃タイミングを導き出せッ!」
「 はッッ!! 」
「急げ! 機動艦隊が出港するぞ!」
「Yes、Sir!!」
「!! 臨時新潟防衛総合司令室通達、本侵攻BETAは最大級師団規模、現在までで14,000――!!」
「・・・構わん! 光線属種殲滅後、ハイヴ周辺の湧出しているBETA共に、三式“改”通常弾の雨でも振らせてやれ!」
「! 三式“改”! クラスター散弾ですか!?」
「少しも使い所が無かった、“不良在庫”だ、派手にバラ撒いてやれ!」
「・・・了解! 各艦、三番砲塔に装填!」
「はっ!」
「観測手、ハイヴ内光線属種の動向に注意! モグラ叩きだ、顔を出す瞬間に開孔門ごと吹きとばせ!」
この“森羅”が齎す位置が正しい事は、先の砲撃で証明されている。
砲撃し、これだけ電子機器を稼働していながら、南島山脈からのレーザー照射は絶えた。
ならば光線属種が“門”をでた瞬間、初期照射もままならない状態で砲撃すれば、1弾で出口ごと吹き飛ばせる。
「 !! 了解ッ! 」
信濃の艦砲が一斉に火を吹いた。
次いで美濃、最後に加賀。
やがて北西の空に、光条が閃く。
しかしその反対、東の空では流れる雲の隙間から、漸々遥かな曙光が立ち昇って見えた。
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