よりにもよって『そこの嬢ちゃん』などと名指しにされ、『それ』に意識を向けられたことを自覚してしまったのがトリガーとなったのだろう。彼女の羞恥心と嫌悪感が一足飛びにゲージを振り切ってしまい、その少女――アスナは盛大な絶叫を上げ、気を失ってしまった。 そんなアスナの様子を、体をゆらゆらと揺らしながら満足そうに眺めている『それ』――『The Mr. Excellent』の名は、おそらくは『ご立派様』とでも訳すのが正しいのだろう。 文字通りのそのご立派な威容に、何人かの男たちは手を合わせて拝み出し、あやかろうとしている。ちなみに先ほど気を失った少女の相棒の黒い剣士も、その中に混じっていたとかいないとか。
心配そうに覗き込んでいるその小さな妖精は、その頭上に『The Little Fairy』という名が付随していた。さらにその近くには、体力値を示すHPバーが七本も並んでいる。 そのデジタルな光景を見て、ここがソードアート・オンラインというVRMMORPGの中であることを思い出した。自分はこの最上層の最終ダンジョン『紅玉宮』の最奥にあるボス部屋まで辿り着き、その主となることで真にこのゲームの乗っ取りを完了させたはずだった。
出来の悪い弟を叱るかのような口調で、『The Little Fairy』が苦言を呈す。 無論、『The Little Fairy』は彼女の本当の名ではない。『妖精ピクシー』というのが、彼女の本当の名前だ。 本来は戦闘面においては人間にすら劣る最弱の悪魔ではあるが、彼女だけは特別である。それはボスモンスターを象徴する定冠詞が名前に入っていることと、異常なまでに多いHPバーの数を見れば一目瞭然。もしそれがなければ、初見殺しもいいところだ。 また、特別ということならば、別の意味でもそうだ。彼女は人修羅が悪魔になりたての頃からの古い付き合いであり、彼に付き従う多くの悪魔の中で、唯一にして最大の理解者であった。