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[35572] 【習作】混沌からの挑戦状(SAO×真・女神転生Ⅲ) 【蛇足1】追加
Name: いしゅたる◆d2b8c189 ID:287d4acb
Date: 2013/01/20 11:56
 この小説は電撃文庫およびテレビアニメ『ソードアート・オンライン』と、PS2ゲームソフト『真・女神転生ⅢNOCTURN』(アトラス)のクロスオーバー小説です。
 アイデア先行で特に深く考えずに書いたものなので、裕子先生ENDなのかアマラENDなのかよくわからない人修羅が出てきたり、どう考えても無理ゲーな仕様になったりと、物語としての整合性に不都合を感じる場合が多々あるかもしれませんので、ご注意ください。





 2012/10/20 本編投稿。
 2012/10/21 本編におまけ追加。
 2012/11/13 【蛇足1】追加。一発ネタではなくなったので、タイトルの【ネタ】を【習作】に変更。作者名を変更。
 2013/01/20 【蛇足1】のゲームとの矛盾点を修正。



[35572] 混沌からの挑戦状
Name: いしゅたる◆d2b8c189 ID:287d4acb
Date: 2013/01/20 11:50


 ――茅場晶彦は、ある種の誇大妄想狂メガロマニアである。



 天才プログラマーである茅場晶彦は、幼い頃よりある一つの空想を信じ続けていた。
 『浮遊城アインクラッド』――この世界ではないどこか別の異世界に、その城は実在するのだと。
 それは誰も信じない。それを証明できるものは何もない。しかし彼は確信していた。そしてそれをこの世界に再現することに、心血を注いだ。

 そんな彼ではあるが、実のところ、何の根拠もなく『浮遊城アインクラッド』の実在を信じていたわけではない。

 確かに一般人の感覚からすれば、それは「たったそれだけでは証明にならない」と一笑に付される程度の小さな材料に過ぎなかったが、それでも根拠は根拠である。
 それは、茅場晶彦が体験した一つの出会い。ある日突然、彼のメールボックスに届いた一通のメール。差出人は『STEVEN』。
 同じ電子の技術に携わる者として話がしたいというその申し出に応じたのは、ひとえにただの気まぐれ、あるいは仕事の合間の息抜きでしかなかった。顔すら合わせないインターネット上のチャット、その中で多少の意見交換をする程度――当初はそれだけのつもりだった。
 しかし実際にチャットに赴いてみれば、二人は面白いように気が合った。気が付けば一度で済むはずだった意見交換が、その後何度も続いたのだ。
 そんな話し相手である『STEVEN』は、聞けば一つの研究に打ち込んでいるという。それは一般的な観点からは非常に胡散臭い、そして普通に考えれば『プログラマー』という職業からは何一つとして関連性のない研究であった。

 ――オカルト、である。

 しかし彼は至極真面目にその研究に取り組み、『科学の台頭で失われた魔法技術を、デジタルによって再現する』という斬新な角度からのアプローチを試みていた。
 果たしてその研究は成功の目を見――そして、茅場晶彦は知った。『魔界』の存在を。
 この世とは違う位相に存在する、この世ならざる者たちの住まう異世界。その存在を証明された時、茅場晶彦は言葉にできない歓喜を感じたという。

 魔界があるのであれば、必ずどこかに存在する。『浮遊城アインクラッド』の存在する異世界が、必ずどこかに。

 そしてそのたった一つの確証だけで、彼は――誇大妄想狂メガロマニア茅場晶彦は、加速した。
 いつか夢見たあの城を再現し、その世界へと飛び立つために。あの素晴らしい世界を広く世に知らしめるために。







 ……さて、彼のことはひとまず置いておき、今度はとある一人の少年について語ってみよう。

 その少年は、どこにでもいそうなごく平凡な容姿をしていた。
 特筆すべき特徴が何もない、普通を体現したかのような少年である。
 しかし人に歴史あり、という言葉もある通り、彼にも彼なりに人とは違う過去があった。

 ――いや、『人とは違う』などという、生ぬるいものではない。もはやそれは、『隔絶』と表現するに相応しい、異常な過去である。

 だが彼自身、最近ではその過去が悪い夢ではなかったのかと、頭の片隅で思い始めていた。
 なぜなら彼が経験した異常な出来事は、それ自体がまるで最初からなかったかのように、以前と何一つ変わらない姿で『世界が存在し続けている』のだから。
 そうなることこそを望んで『世界を再生した』当人であるにもかかわらず、そう感じるようになったのは――果たして良いことなのか、悪いことなのか。小さな悩みの種、といったところか。
 元々人として生まれた彼は、人とは違う凄絶な人生を歩み、そして今は人と変わらぬ生活を送っている。
 朝起きて、学校に行き、友人と他愛のないお喋りに興じ、放課後は寄り道して遊び、帰れば夕食を食べ、風呂に入り、宿題をやって寝る。そんな、どこの学生もやっているような生活。
 過去の出来事など無かったことにして、普通の人間の振りをして生活する。それこそ彼が望み、取り戻したもの。
 そんな彼がその時手に持っていたものは、やはり当然、この時代の少年ならば持っていたとしても不思議ではないものであった。

 ――ナーヴギア。最新型の次世代ゲーム機。

 ヘルメット型のそのゲーム機に今現在入っているゲームソフトは、『ソードアート・オンライン』。
 今最も日本中――いや世界中で注目されている、人類史上初のフルダイブ型VRMMORPG。
 ナーヴギアを頭にかぶった彼は、同年代の少年がそうであるように、新しい娯楽の開拓を想って胸を高鳴らせ、「リンク・スタート」と呟いた。



 ……既に身も心も人間でなくなっていた彼にとって、その高鳴りすらもが『ただの人間の真似事でしかない』ことは、十分以上に自覚していながら。







 ――その後に起こる日本中を揺るがした大事件はこの時、誰もが予想もしえない方向へと、静かに動き出したのだった――















        ソードアート・オンライン
        ~混沌からの挑戦状~















 それは、ソードアート・オンラインというデスゲームが開幕してから二年あまりの歳月が流れた、二〇二四年の十月の頃であった。

 アインクラッドで発行されている情報誌の中に、『新たなテイムモンスター発見』という見出しと共に、詳細な情報が掲載されていた。
 既に全百層のうち四分の三ほどが攻略されている中、その情報に食いつくのは一部の趣味人のみである。
 テイミング自体がそれほどメジャーな要素ではなく、更に成功率も運による部分が大きいとなれば、テイミング成功によるメリットが余程のものでもなければ進んでやってみようとは思わないのが常である。
 さて、そんなテイミングであるが、件の情報誌に載っている新しいテイムモンスターの名は、『Little Fairy』。一層全域にごく稀にポップする、名前の通りの小さな妖精という姿のレアモンスターであった。
 生息地域が一層というだけあって、その強さは最弱レベル。一層にしては強い、という程度である。
 テイム手段は、驚くべきことに『会話』だそうだ。通常、テイムには対象のモンスターに応じて特定のアイテムが必要となるのだが、この『Little Fairy』にはそういったものがなく、会話によって認めて貰った場合に限りプレイヤーを主人と認めて付き従ってくれるらしい。



 さて、その『Little Fairy』のテイムに挑戦しようとする暇人が、ここに一人だけいた。
 攻略に特に熱意を見せず、しかし戦ってレベルを上げることだけはするという、いわゆる中層プレイヤーの少年である。
 そんな彼は、少々他人に言えない特異な過去を持っていた。
 殺し殺されの殺伐とした世界に、否応なしに放り込まれた。そんな中を死にたくない一心で戦い続け、元の生活を、平和な日常を望み、そうして戦って戦って戦い抜いた。
 そして――やがてついには、それを掴み取ったのだ。

 しかしその頃既に、彼はその殺伐とした世界に――馴染み過ぎてしまっていた。

 いざ取り戻した平和な日常を過ごす中、いつしか彼は戦いに飢えている自分を自覚した。
 戦いの中で平和を望み、平和の中で戦いを望む。人として壊れているなと思いながらも、そんな自身の内面をどうしようもできず、そして手にしたものはソードアート・オンライン。
 擬似的にでも、戦いの中に戻ることができるのなら、あるいは――と、そう思った。
 彼にとって、このゲームが命を賭けたデスゲームであることは、大した問題ではなかった。あるいは、それこそが望むものに近かったのかもしれない。
 しかし、蓋を開けてみれば期待は失望へと変わった。どれほど本物に近くても、血も流れなければ痛みも小さい。どれほど精巧に出来た仮想現実であろうとも、あくまでもデジタルライクな戦闘はひどく味気なく、彼の渇きを癒すには程遠かった。
 抜けられないゲームの中、無気力と惰性でただ時間を浪費するだけの中層プレイヤー。彼がそんな存在に堕ちるのに、さほどの時間はかからなかった。

 そして今、彼は一層まで降りて、ぶらぶらとフィールドを歩き回っている。
 その行動に特に意味も目的もなく、単なる暇つぶし程度の認識でテイムのためにここに来ていた彼は、あてもなく適当にフィールドを歩いていた。例の『Little Fairy』に遭遇できるまで、気長にのんびりと。
 あるいは、会話によってテイムできるというその内容が、彼の過去を想起させたのかもしれない。この世界は通常、モンスターとは意思疎通ができないので、ある種の郷愁の念が生じた可能性もある。
 そんな彼が、歩いてほんの一時間程度で目的のモンスターに出会えたのは、果たして幸運だったのか、それとも必然だったのか。
 いずれにせよ、無事『Little Fairy』に出会えた少年は、最初は驚きに目を見開いたものであった。
 だが彼は、最初に出会った驚きもそこそこに、おもむろに『Little Fairy』と会話を始めた。もしこの光景を誰かが見ていたのなら、テイムを試みているのだと思ったことだろう。
 だが実際のところ、彼が『Little Fairy』と話している内容は、テイムとは関係がなかった。彼は『Little Fairy』に質問し、それに『Little Fairy』が答えるといった会話が、何度も繰り返される。
 

 やがて――『Little Fairy』との会話を終えた彼は、ニヤリと唇を歪めた。





 ――その後、とある噂が一層の《始まりの街》で囁かれるようになった。

 基本的に吹雪や雷雨などの悪天候は再現されても、落雷などの人命に関わる自然災害は再現されないアインクラッドで、プレイヤーの上に雷が落ちたという噂。
 しかもその落雷を受けたプレイヤーは傷一つ受けず、しかしその見た目が大きく変わっていたらしい。
 パリパリと体中をスパークさせたその姿は上半身が裸で、青白い刺青が体に浮かび上がり、首の後ろに角が生えているという奇妙な姿。
 だが、何よりも特筆すべき変化は、プレイヤーを示すグリーンのカーソルがエネミーを示すレッドのカーソルになっていたこと。
 そして、ボスモンスターの象徴である定冠詞の付いた名前、『The Humanly Devil』――人間的な悪魔、という表示がカーソルに付随していたこと。
 無論、そんな荒唐無稽な話が信じられるわけもなく、その噂は出来の悪い怪談として処理され、さして大きく広がることなくすぐに消えていった。



 ――その翌月、七十五層フロアボス攻略戦において、とある事件が発生するまでは――







 ――二〇二四年十一月七日、七十五層迷宮区――

 その最奥のボス部屋の前には、三十名からなる攻略組の最前線プレイヤーが各々準備を整えていた。
 入念に装備のチェックをする者、精神統一をする者、発破の掛け合いに興じる者――その姿勢こそバラバラだが、彼らの間にはひどくピリピリとした緊張感が漂っていた。
 さもありなん、今回のボスは部屋に侵入したが最後、戦闘終了まで脱出不可能であることが判明していたからだ。
 当然偵察などできるはずもなく、事前情報が一切ない状態で戦闘に臨まざるを得ないという事実が、彼らの頭上に重くのしかかっている。
 そこかしこから、「死ぬなよ」「お前こそ」などといった声が聞こえる中、このグループのリーダーである血盟騎士団団長ヒースクリフは、凛とした声を響かせた。

「皆、準備はいいかな」

 静かな、しかし不思議と通る声が響き渡り、場が一斉に静かになる。
 そして、ヒースクリフは作戦内容を全員に伝える。自分たち血盟騎士団が攻撃を受け止めている間にパターンを見切り、反撃の糸口を探せ――要点を言えばただそれだけのシンプルな作戦内容を伝え、ヒースクリフはボス部屋の扉へと向き直った。
 開いたままの扉の先に広がるのは、ただただ何もない空間。かなり広い円形のドームには、しかしそこにいるはずのボスの姿すらない。
 ごくりと、誰かが唾を飲み込んだ。

「――戦闘、開始!」

 ヒースクリフの号令と共に、総勢三十二名の最前線プレイヤーがボス部屋の中へと雪崩れ込む。
 そして全員が部屋へと突入し、陣形を取った後――おもむろに、背後の扉が閉まった。
 これで退路は絶たれた。ボスが死ぬか、プレイヤーが全滅するか、そのどちらかの条件を満たさない限りは再び扉が開くことはない。
 プレイヤーたちが、油断なく周囲を見回す。ボスの出現、そのタイミングを決して見逃すまいと。
 一秒、二秒――張り詰めた緊張感の中、焦らすように時間だけが過ぎる。
 耐え切れず、誰かが声を上げようとした、まさにその時――

「上よ!」

 一人の女性プレイヤーが声を張り上げ、全員が天井を仰ぎ見た。
 するとそこには、天井に張り付いて彼らを見下ろす、巨大な異形の骨型ボスモンスター『The Skullreaper』――骸骨の刈り手の姿が。
 皆がその威容に気圧されて動きを止める中、『The Skullreaper』は構わずその頭上に落下してくる。
 ただでさえ巨大なのに、ムカデを思わせる胴体は非常に長い。こんなのに動き回られては、当初は広々と感じられたボス部屋も、途端に狭く感じるようになることだろう。

 落下の衝撃で、ほとんどの者は我に返り、それぞれ改めて戦闘姿勢を取る。だがその中で、『The Skullreaper』にもっとも近かった三人のプレイヤーは、あまりにも近過ぎたためか、いまだ硬直したままであった。
 そんな三人に向かって、『The Skullreaper』は右腕の鎌を振り上げる。誰かが「こっちだ!」と叫んだ。その段になって初めて三人が動き出す――だが、遅い。
 『The Skullreaper』の鎌が、無情にも三人の命を刈り取らんと横薙ぎに振り抜かれ――



 ――その時、雷が両者の間に落ちた。



 突然の閃光と轟音に、全員が目をかばう。一瞬の閃光の後、視界を回復させた彼らが見たのは――『The Skullreaper』の鎌を左腕一本で受け止めている、物々しい鉄仮面で顔を隠した巨人であった。
 その頭上には、エネミーを示すレッドのカーソル。そして、『The Thunder Incarnate』――雷の化身という名前。
 定冠詞が付いていることから、おそらくはこれもボスモンスターなのだろう。しかし、こんなイベントは前代未聞である。ボス戦中に他のボスが乱入し、プレイヤーを助けるなどと。
 事態を見ていたプレイヤーたちは、今現在起こったことに、理解が追いついていない。そんな中、巨人はおもむろに右手のハンマーを振り上げ――叩き下ろした。
 その直撃を受け、『The Skullreaper』の五本あったHPゲージのうち一本が、半分近くも削られる。
 だが、それだけでは終わらない。巨人に続き、天井から次々と飛び降りてくる、多種多様な影。それら全てが、『The Skullreaper』を囲むように着地している。

 紫の肌に白いマント、鉄兜と槍で武装した巨人、『The Rune Creator』――ルーンの創造者。
 真っ黒い肌に炎に包まれた大剣を携えた巨人、『The King of Muspellzheimr』――ムスペルヘイムの王。
 三つの目と四本の腕を持つ青い肌の偉丈夫、『The Destruction Dancer』――破壊の踊り手。
 ……他にも翼人や獣など、ざっと見ただけでも二十以上の数はありそうなモンスターの群れが、そこにいた。しかも全て定冠詞付き――ボスモンスターだらけである。HPゲージも、全員が最低でも五本以上もの数を持っていた。

 そして彼らは、次から次へと『The Skullreaper』に襲い掛かった。
 槍で貫かれ、剣で切り裂かれ、牙で噛み砕かれ――『The Skullreaper』のHPゲージは、瞬く間に残り一本へと減じる。
 最後に、そんな虐殺の戦場へと、最後の影が降り立った。他のボスモンスターに比べれば圧倒的に小さな体躯はプレイヤーたち――すなわち人間と同じ程度で、姿は多少の特徴はあれど人間とそっくりであり、一見しただけではさほど強そうには見えなかった。
 が――その頭上にあるカーソルと名前も、他と同じくボスモンスターであることを示すもの。しかも、HPゲージは最多の十本。見た目どおりの存在ではないことは、一目で見て取れた。
 そんな少年のようなボスモンスターは拳を振り上げ、徒手空拳で『The Skullreaper』に一撃を見舞う。すると残り一本となったHPゲージは一気に全損し、プレイヤーたちが呆気に取られている間にその身をポリゴン片へと変えて、霧散させた。

 『The Skullreaper』を一瞬で葬ったボスモンスターの群れは、もったいぶるようにゆっくりとした動作で振り返り、プレイヤーたちに視線を向ける。同時、先に進む扉と戻る扉、部屋に二つある扉がゆっくりと開き、まるで戦闘終了の鐘の音であるかのように、重苦しい音を響かせた。
 それはすなわち、今倒された『The Skullreaper』こそが正真正銘七十五層のボスであり、眼前にいるボスモンスターの群れはフロアボスなどではない、ということの証左であった。
 彼の視線に晒され、半数以上のプレイヤーが反射的に一歩後ずさる。

「な、なんだぁ、こりゃ……」
「三つ目のクォーターポイントになって、おかしなイベントが出てきたな……」

 プレッシャーを感じるのか、冷や汗を垂らしながら呟くプレイヤーたち。
 そんな彼らの緊張感をよそに、ボスモンスターたちの一体、まるでロボットかアンドロイドのようにしか見えないメタリックな翼人『The Proxy of God』――神の代行者は一歩前に出て、厳かな声音で彼らに告げる。

『静まるがいい、人の子らよ』

 その言葉に、波を打ったかのように全員が口を閉じ、静寂が訪れる。
 その様子に満足したのか、翼人――いや、天使と呼ぶべきかもしれない――は一つ頷くと、その先を続ける。

『頭が高い。跪け。汝らは今、王の御前にいるのだぞ』

 そう言って彼は横に移動し、自身の背後にいたその『王』の姿を、プレイヤーたちの眼前に見せ付ける。
 彼が示した『王』――それは、先ほど『The Skullreaper』に最後の一撃を与えた、少年のような姿のボスモンスターであった。
 裸の上半身には不気味に光る刺青が刻まれており、その首の後ろには奇妙な角が生えている。自分よりも遥かに大きな他のボスモンスターたちに囲まれてプレイヤーたちを睥睨するその姿からは、言い知れぬ重圧を感じた。
 その威風堂々とした佇まいを見れば、周りにいるボスモンスターたちは『囲む』というよりは『付き従っている』と表現した方が自然に思えた。
 そして、そんな少年型ボスモンスターの頭上には、『The Humanly Devil』という名が示されている。それは直訳すれば『人間的な悪魔』。

 しかしこの場合、こう訳すのが正しいだろう。





 ――『人修羅』、と。

 





 さて、ここで一つ種明かしをしよう。

 場面は十月に戻り、一人の少年が『Little Fairy』と出会ったその時。
 彼はその『Little Fairy』が、自分のよく知っている存在であることに驚いていた。
 『妖精ピクシー』――それが『Little Fairy』の本当の名前である。その正体は、プログラムで組まれた仮想の存在などではない、れっきとした本物の悪魔であった。
 ここまで言えばお分かりであろう。この少年こそが、まさしく人間としての生活を取り戻した『人修羅』その人であったことに。
 そして彼は、ピクシーからこの世界に隠された一つのプログラムを知ることになる。

 『悪魔召喚プログラム』

 それはプログラムによって擬似的に再現された魔法陣によって魔界とこの世界を直結し、また、悪魔の肉体をデータ化することによって、この世界へと顕現させるというものであった。
 このアインクラッドに配置されているモンスターの中には、その悪魔召喚プログラムによってこちらへとやってきた悪魔がごく稀に紛れ込んでおり、ピクシーはその中の一体だったという。
 このゲームを作った茅場晶彦が、何を思ってこれを入手し、ゲームに組み込んだのか。その真意は人修羅には知るべくもない。
 しかし、悪魔の肉体をデータ化してこの世界へと導くことができるのならば、現実世界で眠っている自分の本来の肉体を、こちらに呼び寄せることも可能なのではないか。
 そう考え、ピクシーがこちらに来た時の経緯を詳しく聞きながら試してみたところ――見事、それは成功したのである。
 本来の自分の姿を取り戻した彼は、現実世界の病院でナーヴギアだけ残して消失した自分と、それによって起こりえる周囲の反応に思いを馳せつつも、それを益体もないことと断じて切り捨てる。
 そんなことよりも、自分のことだ。中層プレイヤー程度で満足して惰性で日々を過ごしていた自分の中で、彼はかつて燃え上がらせていた『悪魔としての衝動』が復活し、高揚していくのを感じ取った。

 そんな彼は、しばし考え込んだ後、ある一つの目標を掲げることにした。



 すなわち――このソードアート・オンラインというゲームの乗っ取り。



 本物の悪魔という、システム外の存在を呼び込むようなプログラムを組み込んだのだ。茅場晶彦とて、悪魔の反乱程度の事態は予測していて当然だろう。
 彼が悪魔を甘く見ているのか。それとも自分の予測を覆してもらえることこそを望んでいるのか。あるいはまったく別の思惑があってのことなのか。
 彼の考えることなど、わかるはずもないし、わかる必要があるとも思わない。
 だが、悪魔と関わるということがどういうことか――経験者としては、それを伝えないわけにはいくまい……悪魔なりのやり方で、だ。

 かつて悪魔が跋扈し、力こそが全てと言われるあのボルテクス界で頂点に立った自分には、力強い仲魔が大勢いた。
 あの頃の仲魔を今一度呼び出し、共に暴れよう。茅場晶彦が思い描き、茅場晶彦が創造した、茅場晶彦自身のためのこの箱庭を、悪魔の支配する混沌の楽園へと変えてみせよう。かつてのあのボルテクス界のように。

 さあ、宴の始まりだ――彼はこれこそが自分の本当の姿だとばかりに、口の端を吊り上げてくつくつと笑った。







 ――そして場面は、十一月の七十五層迷宮区に戻る――

『汝らはおそらく、我らのことをこのゲームに組み込まれたプログラムであると思っているのだろう』

 その天使の言葉に、幾人かのプレイヤーは「何を当たり前のことを?」と首を傾げた。
 口には出さずとも、ほとんどのプレイヤーたちは彼らと同様の思いである。これは、ゲームに用意されたイベントの一つ――そうであるのが当然だし、むしろそうでない理由が思い当たらない。
 だがそんな勘違いも予想の内とばかりに、他のボスモンスターたちがそれぞれ口を開く。

『勘違いするのも無理なきこと』
『しかし我らの真実を語ったところで、お前たちは信じることなどできまい』
『そも、その必要すら無きことよ。我々の真実に関係なく、お前たちがやるべきことは、これまでと何も変わらぬのだから』

 説明など不要。謎のボスモンスターの群れはそう断じた。中には、嘲笑まで含ませる者までいる。
 そんな彼らを、そのリーダーであろう少年型のボスモンスターが、さっと腕を一振りして沈黙を促す。口々に囃し立てていた彼らは、その腕の一振りで大人しく口を閉じた。
 十分に統率されているその様子に、プレイヤーたちは畏怖を感じた。ボスモンスターの集うエネミーギルド――そんなものの存在が脳裏をかすめる者までいた。

『これより先、全てのフロアボスは我らが処分する』

 口を閉じた者たちの代わりに、最初に口を開いた天使が再び前に出てきてプレイヤーたちに告げた。

『代わりとして、各階層には代役となる番人を一体ずつ配置する。人の子らよ、ここより先はシステムに用意されたプログラムなどではない、本物の悪魔が汝らの敵となる。
 信じる信じないは勝手。先も誰かが言葉にした通り、汝らのやるべきことは何一つ変わらぬのだから。
 現実の世界では我ら悪魔に塵殺される以外にない人の子も、このシステムにルールを定められた電脳世界でシステムの補助を受けた状態であれば、我らと渡り合うことも可能となろう……王は最上層で汝らをお待ちになられる。
 力を見せてみろ。ゆめゆめ、我らが王の期待を裏切ることなきように……』

 一方的にそう告げ、天使は『王』と呼ばれた少年型のボスの方へと、窺いを立てるかのように視線を向けた。視線を受けた少年型ボスは十分だとばかりに一つ頷くと、もう用は済んだとばかりにきびすを返す。
 そして、七十六層へと続く扉へと歩き出すその背に、他のボスたちがぞろぞろと後を追っていった。

 ――階段の前に、一体のボスだけを残して。

 彼ら全員が部屋を後にし、七十六層へと続く扉がその向こう側から手動で閉められる。
 その時を待っていたとばかりに、残った一体の悪魔『The Hell`s Gatekeeper』――地獄の門番の名を持つ魔獣型のボスモンスターが、鋭利な牙の生え揃った口を開いた。

『……ココヨリ先ハ、本物ノ地獄ト化ス』

 それは、ライオンのごとき立派な鬣を持った、銀色の体毛に包まれた巨大犬であった。
 カタコトの言葉遣いで、彼はプレイヤーたちの前に立ちはだかる。

『コノ地獄ノ門番ヲ倒セヌ程度デハ、コノ先ニ足ヲ踏ミ入レル資格ナシ……』

 要は「戦え」ということである。いまだ状況の整理が追いつかないプレイヤーたちにとって、そのシンプルな要求は気を取り直させるのに十分なものであった。
 おのおの、武器を構えて眼前の魔獣に注視する。リーダーであるヒースクリフも、剣と盾を構えて戦闘姿勢に入った。

「……少々予定は狂ったが、作戦内容は変わらない。我ら血盟騎士団が攻撃を受け止めている間に、皆は相手のパターンを見切れ。いまだ混乱から抜けられない者もいようが、今は目の前の敵に集中してくれ。状況の整理は、戦いが終わってからでもできる。
 幸いにも、背後の扉は開いている。いざとなったら――」

 その言葉が言い終わるより早く、魔獣が動いた。
 大きくジャンプし、一足飛びに彼らの頭上を跳び越して背後に回り、開きっぱなしになっていた扉を体当たりで閉め、その前に立ちはだかる。

『……逃ガスト思ッタカ?』
「……さすがは門番を名乗るだけあって、門のガードが固いな」

 一瞬で退路を絶たれ、プレイヤーの一人である黒い剣士が冷や汗を垂らしながら軽口を叩く。
 この分だと、七十六層へと続く扉の方も同じ結果になるだろう。いや、そうでなくとも、向こう側から別のボスモンスターに扉を押さえられている可能性がある。
 いずれにせよ、もはや戦う以外に道は残されてなさそうだ。背後に回られた関係で前後が入れ替わった形になったが、プレイヤーたちは無言で素早く陣形を立て直す。ここまで勝ち残ってきた猛者たちの中に、臆する者など一人もいない。
 そんな統率された戦士たちの様子を見て、魔獣は満足げにニヤリと笑う。

『ソノ意気ヤ、ヨシ。我ハ魔獣ケルベロス――人ノ子ラヨ、ソノ力ヲ見セテミロ!』
「戦闘――開始!」

 部屋中に轟き渡る大音響で、『The Hell`s Gatekeeper』――魔獣ケルベロスは咆哮を上げ、それに呼応するかのようにヒースクリフが高々と戦いの幕開けを宣言する。
 ヒースクリフが先陣を切り、三十二名のプレイヤーが一斉に魔獣に殺到する中――





「……これでこそ、あのプログラムを組み込んだ甲斐があったものだ……」





 ――口の端を吊り上げて呟かれた誇大妄想狂メガロマニアのその言葉は、誰の耳にも届くことはなかった――















 ――おまけ・NGシーン――

 ここより下は本編の雰囲気を著しく粉砕する内容なので、ご注意ください。







『これより先、全てのフロアボスは我らが処分する』

 口を閉じた者たちの代わりに、最初に口を開いた天使が再び前に出てきてプレイヤーたちに告げた。

『代わりとして、各階層には代役となる番人を一体ずつ配置する。人の子らよ、ここより先はシステムに用意されたプログラムなどではない、本物の悪魔が汝らの敵となる。
 信じる信じないは勝手。先も誰かが言葉にした通り、汝らのやるべきことは何一つ変わらぬのだから。
 現実の世界では我ら悪魔に塵殺される以外にない人の子も、このシステムにルールを定められた電脳世界でシステムの補助を受けた状態であれば、我らと渡り合うことも可能となろう……王は最上層で汝らをお待ちになられる。
 力を見せてみろ。ゆめゆめ、我らが王のご期待を裏切ることなきように……』

 一方的にそう告げ、天使は『王』と呼ばれた少年型のボスの方へと、窺いを立てるかのように視線を向けた。視線を受けた少年型ボスは十分だとばかりに一つ頷くと、もう用は済んだとばかりにきびすを返す。
 そして、七十六層へと続く扉へと歩き出すその背に、他のボスたちがぞろぞろと後を追っていった。

 ――階段の前に、一体のボスだけを残して。

 彼ら全員が部屋を後にし、七十六層へと続く扉がその向こう側から手動で閉められる。
 その時を待っていたとばかりに、残った一体の悪魔『The Mr. Excellent』――その黄金の戦車チャリオットに乗った異形の物体が、口を開く。

『グワッハッハッハッ! 皆、なかなか勇ましき面構えをしているのう! 貴様らにこの先に登る資格があるか、このワシじきじきに見定めてくれる! 貴様らがここまで磨いてきたテクニックで、このワシを見事イかせてみせるがいい!』

 その口上に、誰もが硬直して言葉を返せない――いや、彼らが硬直しているのは、正しくは彼が眼前に現れてからと言った方が正しいだろう。
 中でも、この攻略組の紅一点である少女の反応は劇的であった。顔を真っ青にし、ガタガタと震えている。

『うむ? どうした? ……ふむ、さてはこのワシのご立派な姿に恐れ慄いているのか? 特にそこの――』

 言いながら、『The Mr. Exellent』は、ぐりん、とその頭を少女の方へと向けた。瞬間、少女は「ひっ!」と息を呑む。

『そこの初心うぶそうな嬢ちゃんには……少々、刺激が強かったかのう?』
「い、い、い……」
『さあ! 恐れず立ち向かうのだ! このワシのギンギンの突きで貴様らを魅了してくれるわ!』
「い……いや………………いやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
『うい奴、うい奴じゃ! グワッハッハッハッハッハァ!』

 よりにもよって『そこの嬢ちゃん』などと名指しにされ、『それ』に意識を向けられたことを自覚してしまったのがトリガーとなったのだろう。彼女の羞恥心と嫌悪感が一足飛びにゲージを振り切ってしまい、その少女――アスナは盛大な絶叫を上げ、気を失ってしまった。
 そんなアスナの様子を、体をゆらゆらと揺らしながら満足そうに眺めている『それ』――『The Mr. Excellent』の名は、おそらくは『ご立派様』とでも訳すのが正しいのだろう。
 文字通りのそのご立派な威容に、何人かの男たちは手を合わせて拝み出し、あやかろうとしている。ちなみに先ほど気を失った少女の相棒の黒い剣士も、その中に混じっていたとかいないとか。

 そんな彼の姿は、有り体に言えば――







 ――緑色の巨大なチ○コ以外の何物でもなかった。







「おいおい……こんなモンスターまで用意するたぁ、茅場のヤロウ、すげぇセンスしてやがるぜ……」
「……………………」

 それを用意したのは断じて私ではない! と叫びたくてもできない誇大妄想狂メガロマニアであった。









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インスピレーションが浮かんだので思わずやってしまった。
メガテンシリーズの下ネタギャグMVPはご立派様。次点でミシャグジ様。異論は認めない。
おまけを読んで気分を害した人、ごめんなさいorz



[35572] 【蛇足1】 ~人修羅~
Name: いしゅたる◆d2b8c189 ID:287d4acb
Date: 2013/01/20 11:53


 ――あの頃に戻りたい。それだけを思い、ひたすらに駆け抜けた――



 それは彼がまだ、人間だった頃の話。ただの一介の高校生だった彼は、友人の二人と共に、入院している恩師の見舞いに病院を訪れた。
 しかしその時、彼らの運命は世界を道連れに狂ってしまった。東京受胎――そう呼ばれる現象により、世界は東京を残して全て消滅。唯一残った東京も、ほぼ全ての人間が死に絶え、内向きの球形を成す小さな卵の世界『ボルテクス界』へと変貌した。
 生き残ったのは、その時なぜか無人だった病院を訪れていた、たったの数名のみ。東京受胎によって友人たちと散り散りになってしまった彼は、そこで出会った謎の少年の手により、悪魔へとその身を変えられた。

 以降、彼は手に入れた悪魔の力でもって、悪魔が跋扈し力が全てを支配するボルテクス界を生き抜くことに全力を傾けた。

 卵と化した世界は、孵化するために新たなる世界の設計図たる『創世のコトワリ』を必要としていた。
 コトワリは人間しか持ち得ない。受胎を生き延びたわずかな人間は、それぞれが独自のコトワリを掲げ、多くの悪魔を統べて勢力を築き、互いに対立した。
 そんな中、彼は一匹の悪魔として、ボルテクス界をさまよい続けていた。
 殺すか殺されるかの極限の戦いの連続。個性豊かな多くの悪魔や、生き残った他の人間たちとの出会い。友との再会、そして掲げたコトワリに起因する対立、その果ての――殺し合い。
 そんな中で再会した恩師はしかし、コトワリを掲げられずにいた。反目するいくつものコトワリの中、彼女は自らのコトワリを捜し求め、そして彼もそれを手助けした。
 元の生活に戻れることを夢見て、彼女のために力を振るい続けて……やがて、ついにはボルテクス界の頂点を勝ち取ったのだ。
 しかし、その時点で彼が手助けしていた彼女はなく、彼自身の手にもコトワリはなく、そして他のコトワリも全て潰され、ボルテクス界は孵らぬ卵となった――はずだった。

 だが、結果として彼は取り戻せた。元の平和な世界を。

 釈然としないものはあった。確かにこれは彼が望んだ結果だったが、この結果に至る理由がまるでわからない。
 再生された世界は、以前と何一つとして変わりなかった。殺し合い、その末路を見届けたはずの友人二人も確かにそこにいて、以前と変わらぬ笑顔を向けてくれた。
 それを見て、彼は自身の中に渦巻く疑念をひとまず棚上げにして、この結果を素直に受け入れることにした。

 ああ、戻って来たんだ――そう感慨にふける彼は、しかし同時に、ある一つの違和感を覚えていた。







 なぜ自分は――――――――あまり嬉しいと感じていないのだろう?







 理由がわからず釈然としないから? 確かにそれはあるだろう。だがこの違和感は、それとは少々次元が異なるものに思えた。
 違和感は慣れて忘れ去られるといったこともなく、その後も日増しに大きくなっていった。
 夕餉を囲む家族の団欒でふと思い浮かぶ、「彼らは一体なんなんだろう」という、有り得ない疑問。
 学校で接するクラスメイトたちを、弱者と断じて内心で見下してしまう自分。
 二人の友人と会話するたびに思い出す、彼らとの――ボルテクス界での、血湧き肉躍る甘美な殺し合い。



 そう――どうしても自覚せざるを得ない。

 この感性は、紛れもなく悪魔特有の感性であるということを。

 この身は人間に擬態しているだけの、ただの悪魔であるということを――















   【蛇足1】 ~人修羅~















 深夜に両親の目を盗み、外に飛び出す。
 手近なマンションの屋上に一息に飛び上がり、深夜の街を屋根から屋根へ、屋上から屋上へと駆け抜けていく。
 やがて、近々取り壊し予定の廃ビルの屋上へと辿り着き、そこで足を止めた。

 ――高い場所からネオンに彩られた夜の街を見下ろすその心に、何の感慨も涌かない。

 あれほどまでに焦がれ、手を伸ばし、死ぬ思いをしてまでようやっとこの手に戻したこの世界が、どうしようもなく脆弱でくだらない世界に思えてしまう。
 一体自分は何のためにここにいるのか。人間だった頃の自分は、きっと東京受胎の時に、大切な家族や友人と共に死んでしまったのではないか。
 再生されたこの世界の家族や友人たちは、自分の思い出や世界の記憶から作り直された、ただのコピー。その中で、自分だけはコピーなどではなく、かといって本来の自分ですらなく、ただ悪魔がその皮をかぶっているだけ。
 そう。ここにいるのは、ただの一匹の悪魔。人間の心を失ったからとて、それを悲しく思うわけでもなく、「ああ、そうか」とただ無感動に受け入れるのみだ。
 もし今、人間に戻りたいかと聞かれれば、迷わず「NO」と答えるだろう。今更あの脆弱な人間の体に戻ることに、メリットを何一つとして思い浮かべることなどできない。

 彼はおもむろに上着を脱ぐ。上半身を裸にし、大きく息を吸って――『元の姿』を思い浮かべた。
 すると、彼の姿は一瞬で悪魔のものへと変化した。『魔人 人修羅』――それが今の彼の姿である。
 足元の床を見下ろす。管理する者も既になく、ろくに手入れもされていない屋上の床は荒れ放題で、少し力を入れて足を打ち下ろせば容易に床を抜けることができそうだ。
 彼は深く息を吸い、全身に力を溜める。頭を中心にしてスパークが舞い、『力』が一点に集約される。

 そして――極限まで凝縮された『力』を、真下に向かって打ち出した。

 『至高の魔弾』――彼が使える、最高威力の技の一つ。魔弾は一直線にビルの一階まで突き破り、それでもなお止まらずに地面の奥深くまで消えていった。
 その衝撃は、床を突き破ったのみならず、ビルの全体にまで及んだ。地震かと勘違いするほどにビルが揺れ、ややあって轟音と共に崩れ出す。
 彼は素早く隣のビルへと飛び移り、取り壊し予定を幾分早めて倒壊する廃ビルの末路を、ただじっと見届けた。

 周囲がにわかに騒然となる。
 野次馬が徐々に集まり出す中、ホームレスらしき一人の小汚い中年男性が慌てた様子で倒壊したビルに駆け寄り、誰かの名を呼びながら必死に瓦礫をどかし始めた。
 おそらく、知己がビルの中にいたのだろう。人修羅とて、ビルの中に『生きている何か』がいたことぐらい、とうに把握していた。
 だがそれが、この廃ビルをねぐらとしていた人間だったとは思わなかった――と言うよりも、人間であろうがなかろうが興味が涌かなかった、と言った方が正しいか。
 「ちくしょう、なんで、なんでお前が死ななきゃならないんだ!」と悲嘆に暮れるホームレスの慟哭が耳に届くが、感じ入るものが何もない。ただ一言、「弱いからだ」と内心で呟くのみである。
 この世界に、自分に比肩しうる存在などいない。最強の悪魔である自分にとって全ては弱者。弱者しかいないこの世界は、退屈に過ぎる。



 ――ならば、この世界に自分の居場所は――



 ……ふと脳裏に浮かんだ疑問を、強制的に頭から追い出す。考えるな。それこそ、袋小路への入り口である――と、自分に言い聞かせて。
 彼は再び人間の姿へと擬態し、家へと戻る。明日も学校だ。今しばらくは、『人間のふり』を続けていよう。いつまで続けられるかは……あまり、考えたくはないが。

 ――脱ぎ捨てていた上着が廃ビルと運命を共にしていたことに気付いたのは、部屋に戻ってからのことだった。







 明けて翌日――昼休み。

 昼食も早々に済ませ、雑談に興じようと誘う友人二人に断りを入れ、人修羅は教室を後にした。
 そこかしこから響く喧騒の中、淀みない足取りで目的の人物に向かう。『彼女』の居場所はわかっている。その気配だけは、どんなに大勢の人間の中にあっても、捕らえ間違えることはないという自負がある。
 階段を上り、辿り着いた先は屋上。鉄の扉を開けると、まぶしい日差しが薄暗い踊り場を切り裂いた。

 人修羅はそのまま一歩、屋上へと足を踏み出し――





「……そろそろ来る頃だとは思ってたわ」





 ――果たしてそこに、彼女はいた。

 街を一望するかのように柵に身を預けた彼女は、扉を開いて屋上へと出てきた人修羅に、振り向きもせずにそう言った。
 人修羅にとって、人間であった頃からの恩師。東京受胎を引き起こす片棒を担ぎ、ボルテクス界で自らのコトワリを捜し求め、そしてトウキョウ議事堂で消えて行った女性。
 彼女の姿を求めて、あのボルテクス界で一体どれほどの距離を歩いたことだろう。悪魔となり、人の心を失った今でも、彼女は唯一特別な人間であった。

「今朝のニュース、見た? 近く取り壊し予定だったビルが倒壊したんですって。この近くよ。怖いわね」

 そう言って、彼女は振り返った。
 以前と変わらない、慈愛に満ちた――だがほんの少しだけ、迷いと哀しみの混じった瞳が、彼を射抜く。
 微笑をたたえた形の良い唇が、他愛のない世間話とばかりに言葉を紡ぐ。

「それに、一体どうしたのかしらね。今朝から小さな地震が絶えないわ」

 そのわざとらしい言葉に、人修羅は答えを返さない。
 ビルの倒壊は当然として、地震の方にも心当たりがある。あの時放った『至高の魔弾』は、おそらくあのまま地中深くまで突き進み、その先にある『何か』にダメージを与えたのだろう。
 だが、そのことは彼女とて察している。でなければ、自分相手にこんな話題が出てくるはずもない。答えの出ている質問に答えを返すことに何の意味があるかが掴めず、自然と返す言葉も出てこない。
 しかしそのままでは会話が続くわけもなく、無意味な沈黙が訪れた。
 一分、二分と無言で見詰め合い――やがて、彼女は諦めたかのように一つため息をつく。

「……きっと、あなたにはもう、この世界は牢獄も同然なんでしょうね」

 牢獄――言い得て妙だ。自分のような強大すぎる存在にとって、力も満足に振るえないこの世界は、鉄格子はなくとも牢獄に等しいものなのだろう。

「その牢獄にあなたを閉じ込めているのは、きっと私なんでしょうね。でも、そんなことに縛られることはない。なぜならあなたは、もう人間ではないのだから。悪魔を縛る法律は、この世界にはないわ」

 ……『自由になれ』、彼女はそう言っている。

 おそらく、トウキョウ議事堂で消えた彼女は、しかし死んだわけではなかったのだろう。
 彼女の神『異神アラディア』は、トウキョウ議事堂にてカグツチ塔へと向かうと言って姿を消したきり、二度と現れることはなかった。だが彼は、彼女と共に、おそらくあの場にいたに違いない。自分が『無尽光カグツチ』と戦っていた、まさにその場所に。
 でなければ、滅ぶはずだったボルテクス界が受胎前の姿を取り戻したことにも、そして全てが終わった後に自身の元へと届いたメールの内容にも、説明がつかない。世界が元の姿を取り戻したこの結果は、全て彼女と彼女の神アラディアが引き起こしたことなのだ。
 あのメールの内容から見るに、結局彼女は、世界の見方を間違えていただけらしい。視点の角度を変えてみただけで、彼女の結論は世界を否定するものから肯定するものへと反転した。
 あれほどの事態を引き起こしておきながら、なんとも単純なことだと思う。だが大抵のことはそんな程度のものなのだろう。氷川も千晶も勇も、視点一つ変えればまた違った結論を導き出せていたのかもしれない。

 だが……本気なのだろうか? 自惚れでも何でもなく、彼は自分自身の力量を正確に把握している。自分のような存在が世に解き放たれれば、世界に訪れる混乱がどれほどのものになるか、わからない彼女ではないだろう。
 一度は世界を否定し、世界を滅ぼす片棒を担ぎながら、結局は世界を元に戻し、世界を肯定して生きる道を選んだ。それは紛れもなく、彼女自身の決意だったはずだ。そんな彼女が強大すぎる悪魔である自分が暴れることを良しとする――その真意がわからない。
 無論、人修羅としても、それをしたくないなどとは、露ほども思っていない。暴れても良いならば暴れたい、というのが偽らざる本音だ。さらに贅沢を言えば、自分と互角に戦える存在がいてくれれば、言うことなしだ。
 しかしこの再生された世界は、言うなれば自分の血と汗と涙の結晶と呼んで差し支えない。いくら結果的に窮屈な思いをすることになっているからとて、それを自らの手で壊すなど、『もったいない』というのが正直なところだ。





 ――だが。





「……気付いていないわけはないわよね?」



 彼女の真意がわからない? …………本当は、言われるまでもなくとっくに気付いている。



「まだ、何も終わってはいないわよ」



 そう――きっと、いや間違いなく、意味はある。



「あなたは、力を失ってはいけない」



 なぜ、世界が再生されても、自分が悪魔のままなのか。



「世界を敵に回しても構わない。暴れたければ暴れればいい」



 自分を悪魔へと変えた、あの金髪の少年が、一体『何』なのか。



「決して、その力を鈍らせないで」



 彼が一体『何のため』に、自分を生み出したのか。



「いずれ――『その時』が来るわ」



 『真の敵』は、いずれ自分の前に現れる――いつか、必ず。











 ――だから、自分は我慢できる。











 その時が、



 楽しみであれば、



 こそだ。















「……あ、起きた」

 ふと目を覚ますと、目の前で小さな妖精が彼の顔を覗き込んでいた。
 視線を巡らせ、周囲を見やる。異様に広い空間は、入り口たる扉からこちらに向かって一直線に赤いカーペットが敷かれ、その到達点たるここには、やたらと背もたれの高い玉座が鎮座している。
 自分はその玉座に座ったまま、居眠りをしていたようである。随分と懐かしい夢を見た気がするが、あまり覚えていない。

「どうしたの? 疲れてるの?」

 心配そうに覗き込んでいるその小さな妖精は、その頭上に『The Little Fairy』という名が付随していた。さらにその近くには、体力値を示すHPバーが七本も並んでいる。
 そのデジタルな光景を見て、ここがソードアート・オンラインというVRMMORPGの中であることを思い出した。自分はこの最上層の最終ダンジョン『紅玉宮』の最奥にあるボス部屋まで辿り着き、その主となることで真にこのゲームの乗っ取りを完了させたはずだった。

「しっかりしてよね。仮にも王様なんて呼ばれてるんだから、そんな抜けてるところなんて見せられないでしょ」

 出来の悪い弟を叱るかのような口調で、『The Little Fairy』が苦言を呈す。
 無論、『The Little Fairy』は彼女の本当の名ではない。『妖精ピクシー』というのが、彼女の本当の名前だ。
 本来は戦闘面においては人間にすら劣る最弱の悪魔ではあるが、彼女だけは特別である。それはボスモンスターを象徴する定冠詞が名前に入っていることと、異常なまでに多いHPバーの数を見れば一目瞭然。もしそれがなければ、初見殺しもいいところだ。
 また、特別ということならば、別の意味でもそうだ。彼女は人修羅が悪魔になりたての頃からの古い付き合いであり、彼に付き従う多くの悪魔の中で、唯一にして最大の理解者であった。

 そして、この場にいるのは彼女だけではない。

 二本足で直立し、剣を持つ単眼の黒い象『邪神ギリメカラ』。
 純白の鎧に身を包み、魔槍ゲイ・ボルグを携える半神半人の騎士『幻魔クー・フーリン』。
 青い巨大な遮光器土偶、『邪神アラハバキ』。
 若草色のドレスに身を包んだ、美しき妖精の女王『妖精ティターニア』。
 桃色を基調にしたオリエンタルな雰囲気のドレスに身を包んだ美女『地母神パールヴァティ』。

 ここにピクシーを加えた六体の悪魔が、人修羅がその力量を信頼し常に傍に置く『最強の六体』である。
 彼らを伴い、ここに居を構えるまでに、それほど時間を要したわけではない。圧倒的な力を持つ彼らからすれば、九十九層までのフロアボスたちを蹴散らすのに、さしたる労力は必要なかった。
 しかし、少々気になるのは――

「それにしてもおっかしいよねー。前のフロアまではちゃんとボスが配置されてたのに、なんでここには最終ボスが配置されてないんだろ?」

 そこである。ピクシーの言う通り、この『紅玉宮』にはボスが配置されていない。
 配置ミス? いや、有り得ない。ここまで完璧な仮想空間を作り出せる茅場晶彦が、最終ボスの配置を忘れるなどという大失態を犯すはずがない。
 まあ、いないというなら、それはそれで構わない。仮に後で出てくるとしても、その時は蹴散らすのみだ。

 と――



「……それは、そこの玉座は本来ならば私が座る予定であったからだ」
「っ!」



 その時突如聞こえてきた、この場の誰でもない男の声。その声がした方に、全員の視線が集中する。
 そこにいたのは、真紅の鎧を着込み、赤い十字架が刻印された白い盾を持った、純白のマントの男――ギルド『血盟騎士団』団長、ヒースクリフ。
 プレイヤーたちは最上層どころか、いまだ八十層にすら到達していないはずだ。それ以前に、部屋の扉は開いた形跡がない。ここに直接転移してきたとしか思えなかった。
 無論そんなことは、普通のプレイヤーにはできない芸当だ。なのに彼は、現実にここにいる。
 とすると、先ほどの台詞と合わせて考えれば――



 ――なるほど、『こいつ』か。



 人修羅は、突然の闖入者を警戒して戦闘態勢に入る仲魔たちを手で制し、玉座から立ち上がって一歩近付く。
 互いに正面から睨み合い――ややあって、人修羅はニッと唇の端を吊り上げた。

「……話し合いに応じてくれる、と解釈していいのかな?」

 さて、どんな話が飛び出してくるやら。せいぜい楽しませてもらいたいものである。















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Q.リアルでは裕子先生ENDなのに、なんでSAOの中だとアマラENDっぽくなってるの?
A.そこを想像してみるのも読者の楽しみと思っていただければ。SAO内に人修羅が降臨した時期と実際にゲームを乗っ取った七十五層攻略戦の間には空白期が存在しますので、そこから想像を広げてみるのもいいかもしれませんね。

Q.え? ラスボス戦は人修羅一人で迎え撃つんじゃないの?
A.何その接待プレイ。コアなやりこみプレイヤーの縛りプレイじゃないんだから、人修羅は基本パーティープレイでしょ。

Q.最強の六体とか言っといてしょぼい。
A.普通に魔神ヴィシュヌとか破壊神シヴァとかで固めようかと思ったけど、悩んだ末に結局アバチュ準拠の編成にしてしまいました。これはこれで凶悪ですよ?

Q.魔法のないSAOでギリメカラは詰んでない?
A.大丈夫、仲魔を集めれば対応可。具体的にはテトラジャと攻撃魔法の使える仲魔をどれぐらい揃えられるかが鍵ですね。

Q.ピクシー以外の五体は、SAOの中ではなんて名前で表記されてるの?
A.何体かは思い浮かんだのですが、全員はさすがに思い浮かびませんでした。由来とか調べながら、ご自由に考えてみるのも面白いのではないでしょうか。



 続かないと言ったのに続きを書いてしまった……
 駄作化へのテンプレなのは重々承知していますが、思い付いてしまった以上書かずにはいられませんでした。すいませんorz

 というわけで蛇足その1です。その2以降も一応アイデア程度にはあったりしますが、形になるのはちょっと時間がかかるかも?
 一応思い付いているのは、シリカ編、アルゴ編、ヒースクリフ編、そして最後にキリト編と言ったところでしょうか。
 ともあれ、まずは蛇足1の人修羅編でした。人間社会に適応しきれない人修羅の虚無感が上手く伝わってくれればな、と思いながら書きました。

 それと、作者名をROM専時のHNからPNの方に変えました。やはりSS書く時はこっちの方がしっくりきます。



2013/01/20追記
 何年かぶりにゲームをやり直してみたら、無視できないでっかい矛盾点が見つかりました……慌てて直しましたが、やはりうろ覚えで書くものではないですねorz


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