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[36036] ヘロヘロさんがINしたようです(オーバーロード二次創作)
Name: えいぼん◆d3fec379 ID:b1fb4ca7
Date: 2012/12/03 23:34
前書き

この物語は、オーバーロードの二次創作です。
基本的に書籍版を正としますが、途中からオリ展開・オリ解釈をかなり含むことになると思います。

オーバーロード1巻も面白かったけど、2巻が最高に面白かった、3巻発売まで待てないぜ、という勢いで本作を書いております。
そのため執筆活動で多忙である作者様への負担となる行為は避けたいので、作者様への報告や許可等の回答を求めない方針です。
(某所の活動報告2012年3月3日にて、二次創作との明記があればおk、とのコメントもありましたので)
それでも不満のある方は、本作の感想板でのみ意見をお願いします。

作者様の板に突撃するなどの迷惑行為は、くれぐれも控えるようお願いします。



[36036] 第01話
Name: えいぼん◆d3fec379 ID:b1fb4ca7
Date: 2012/12/23 01:17
「今日がサービス終了の日ですし、お疲れなのは理解できますが、せっかくですから最後まで残っていかれませんか――」

アインズ・ウール・ゴウンのギルド長であるモモンガさんの言葉に、俺は耳を疑った。
DMMO-RPGのユグドラシルから離れて2年が経つ自分――ヘロヘロを含めたギルドメンバー達に、ゲーム最後の日だから共に過ごしたいと声を掛けて回ったモモンガさん。
彼の性格を思えば、今日は自分の我侭でギルメンに来て貰ったと考えるはずだ。
だからこそ、明らかに疲れていると分かる自分を引き止めようとするのは意外だった。

「あ、いえ、ご無理を言って申し訳ない。私は何を言っているんだか……」

あたふたと慌てるような雰囲気を醸し出す死の支配者。
白骨化した頭蓋全体が赤面する如くうろたえている様に、日頃のストレスが癒されてほっこりとする。

「いえ、いいんですよ。おっしゃる通り、最終日ですからね。わかりました。今日は最後まで残ります」
「そんな、ヘロヘロさんもご迷惑でしょう! 私は来て頂いただけで十分なんです。遠慮なく落ちて下さい」
「大丈夫ですよ、モモンガさん。思えば最終日だというのに、リアルの愚痴しか話してませんしね」
「ほ、本当によろしいのですか?」
「ええ。残り時間はゆっくり思い出話でもしましょうか」

途中で寝落ちしてしまったら申し訳ありませんが、と付け加えながら感情アイコンの一つ、笑顔マークを頭上にピョコンと表示させる。
ユグドラシルではアバターの表情は動かないので、感情を表現したい時にはこれを操作するのだ。
だから先ほどのモモンガさんのうろたえる様子などは、無表情の骸骨がする仕草なので、冷静に考えるとちょっと怖い。
同じく笑顔マークを頭上に表示させたモモンガさんは、席を立ちながら口を開いた。

「本当にありがとうございます、ヘロヘロさん。ではもしよろしければ、場所を移しませんか?」
「あれ? でも誰かが戻って来るのを待つのであれば、ここがいいんじゃないですか?」
「いえ、確かに先ほどはそう言いましたが……、正直、もう誰も来ないでしょう」

寂しそうに首を振るモモンガさん。
自分やギルメン達がゲームから離れた後も、単独でナザリック地下大墳墓を維持してくれていただけに、ユグドラシルやギルメン達への思いは良くも悪くも人一倍なのだろう。
正直に言えばモモンガさんから連絡を貰うまで、自分にとってユグドラシルは懐かしい思い出の一つに過ぎなかった。
だからこそ今日は当時お世話になったギルド長に、満足してゲームを終えて欲しいと思う。

「そうですね、俺は構いませんよ。どこに行くのですか?」
「玉座の間へ。私はあそこで最後の時を迎えようと思うのです」
「わかりました。では、移動しましょうか」

俺はナザリック地下大墳墓の鍵アイテム、リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを発動させようとし、なぜか失敗した。

「あれ? ああ、そうだった、そうだった。玉座の間は転移禁止でしたね」
「ええ。ですから、申し訳ないのですが歩いて移動しましょう。それとこれもお忘れかもしれませんが、ヘロヘロさんがその状態で動くと
強化している玉座の間やこの円卓はともかく、廊下や階段が腐食にやられてしまいますから、出来れば擬態もお願いしたいのですが……」

確かに自分の種族であるエルダー・ブラック・ウーズは、スライム種の中でも最強に近い酸能力を持っている。
周囲に迷惑を振りまいてしまうため、プレイヤー側のウーズ族はほぼ擬態状態で行動していた。
しかし俺は、とある理由から擬態を使いたくなかった。
本当は今日で終わりなのだから廊下や階段が腐食してもいいのではと思わないでもないが、さすがに2年近くもログインしていない俺が言ってよいセリフではない。

「了解です、モモンガさん」

そう言って、エルダー・ブラック・ウーズの擬態能力アイコンをタッチする。
擬態用のアバターは登録枠が3つ、そのうちの2つが埋まっている。
その内のどちらかと言えばマシな、常時使っていた方のアバターを選択した。
コールタールを思わせる黒色のどろどろした塊だったアバターの表面がブルブルと動き、だんだんと人型へ変化していった。
赤いコートと白い手袋、テンガロンハットに丸眼鏡のようなゴーグルを掛けた、ひょろっとした青年が形成されていく。

不意にモモンガさんから声が掛かった。

「なんだ、お前は?」
「殺し屋だ」

反射的にそう答え、羞恥のあまり自己嫌悪の海に沈みこむように両膝をついてしまう。
確かに当時の俺は、擬態したら問いかけをしてくれと言っていた。
数年経った今でも律儀にそれを実行するモモンガさんが悪いのではない。
悪いのではないんだけど――

「あれ? 本当にいい夜だ、とか続けないのですか? 確か120年ちょっと前のアニメでしたっけ?」
「す、すいません、それはもう卒業したんです」
「ええー、私はあれ、好きでしたよ。なんでしたっけ、拘束制御術式?」
「ほんとに、もう勘弁して下さい……」

打ちひしがれる俺の様子に、きょとんとしているモモンガさん。
その剥き出しになった延髄を捻じ切りたくてたまらない。
俺の殺意には全く気づかないまま、モモンガさんは溜息をつくようにして言葉を吐き出した。

「でもそれも、私にとっては大切な思い出です。私がヘロヘロさんと初めて出会った時のこと、まだ覚えていますか?」
「……ええ、もちろんです。たっちさんがモモンガさんを連れて来た時ですよね。あの頃の俺は、暗殺者どころか擬態も出来ないグリーン・スライムでしたっけ」
「ええ、ええ。それなのに自己紹介で殺し屋だっておっしゃるものですから、ずいぶんと面白いロールをする方だと思いました」

いずれ擬態が出来るという一点で異形種のスライムを選んだ俺は、付けたかったアニメキャラの名前を先に取られていたこともあり、
ならばよりいっそう気合の入ったロールプレイをせねばと思い詰めていたため、割とDQNプレイヤーだった。
たっち・みーさんに誘って貰えなければ、かなり寂しい思いをしたあげく、早々にゲームを辞めていただろう。

「それからは6人で、ほとんど毎日レベリングでしたね。当時は異形種狩りが流行ってましたから、人気のない狩場を探して」
「そうそう、でもたっちさんが異形種狩りPKをPKKするものだから、我々も粘着されたり」
「助けた人までPKに粘着されたって聞いた時のたっちさんは、本当に怖かった……」
「それで皆と相談して、助けた3人と合わせて最初は9人でギルドを作ったんですよね」

今でこそ悪名轟くPKギルドのアインズ・ウール・ゴウンだが、設立の目的は迫害される異形種の相互扶助だった。
そしてギルドを設立してからも、さまざまな冒険を繰り広げた。

同じく迫害されていた異形種に声を掛けて回ったこと。
苦戦の末にナザリック地下大墳墓を占拠したこと。
ギルド武器を作るために睡眠時間を削って奔走したこと。

モモンガさんと語り合いながら、かつての冒険に思いを馳せる。
輝いていたあの頃を思い返すと、今でも心が弾んだ。
ギルドの黄金時代とも呼べる記憶の残滓は、日々の疲れでささくれ立った心の清涼剤だった。

「何もかもが懐かしいです。今日はログイン出来て本当に良かった。モモンガさん、お誘いありがとうございました」
「いえ、私の方こそ、来て頂いて本当に嬉しかったです。さて、そろそろ移動しましょうか」

歩き出したモモンガさんは、出口に向かって行く足を、不意に別の方へと曲げた。
その先の壁にはギルド武器、スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンが飾られてあった。
しばらくスタッフを見つめて首を振ると、モモンガさんは俺を出口に促そうとする。

「最後くらい、持って行かれてもいいのでは?」
「いえ、やはり置いて行きましょう。ギルド長としての権力の象徴を手にしたいという思いもありましたが、アインズ・ウール・ゴウンは多数決を重んじるギルドです。
それを最後の時まで全うしたい気持ちの方が強いですから」

ひとつ溜息を付いたモモンガさんの、最後にポツリと呟く声が聞こえた。

「さらば、我がギルドの証よ……」






円卓と名付けられた部屋を出てからも、モモンガさんとの会話は全く止まらなかった。
ふかふかの絨毯が敷かれた通路、装飾品の飾り付けられた壁、向こうから歩いて来るメイド、そのどれもがギルド繁栄の証であり輝かしい記憶なのだから、話のネタには困らない。
メイドの基本動作プログラムは俺と5人の仲間が担当したのだが、お辞儀の際にスカートを摘むか摘まないかで激論を交わした話などは、どうやらモモンガさんも知らなかったらしい。

話しながら笑いながら、時々立ち止まっては語り合いながら、俺とモモンガさんは10階層に降り立った。
出迎えるのは1人の執事と6人のメイド達だ。

「ふむ、執事の名前は何だったか……」
「セバス・チャンですよ、モモンガさん。たっちさんが作った執事です」
「よく覚えてますね、ヘロヘロさん」
「たっちさんと、名前や外見で非常に揉めましたので……」

俺は執事と戦闘メイド達――プレアデスのAIプログラムをメインで担当していたので、それぞれの設定は穴が開くほどに読み込んだものだ。
ナザリックを占拠した頃は、まだ自身のロールに張り切っていた時でもあり、執事は黒髪オールバックで片眼鏡の糸使いかつ英国紳士の老人でないと認めない。
セバス・チャンなんて名前には美意識の欠片もない、とゴネにゴネた挙句の多数決で、圧倒的な敗北を喫した苦い思い出があった。

「でもね、モモンガさん。俺はたっちさんのおかげで、目が覚めたんです。セバス・チャンは確かにありふれた名前ですが、しかしそこには様式美があるとっ!」
「そ、そうですか……」
「おっと、すみません。ついつい話し込んでしまいましたが、もう時間がないですね」
「楽しい時は、あっという間に過ぎてしまいますね」

行きましょうと促す俺に、思案顔で動きを止めるモモンガさん。

「思えば彼らは、結局1度も出番がなかったのですよね」
「10階層まで辿り着いた侵略者を迎撃する役目でしたから」
「ならば今日くらい、彼らと共に最後の時を迎えたいと思うのですが……」
「いい考えだと思いますよ。確か追従のコマンドがありましたし」
「……うーん、やっぱり止めておきます。ここを守れとギルドの皆で定めたのですから」

そう言って奥に歩き出すモモンガさんの背中を追いながら、入れ込んでるなぁと思う。
だがそういうのは嫌いじゃない。
最後の時になっても、ただ1人になっても、アインズ・ウール・ゴウンのギルド長として多数決の結果を重んじるモモンガさんだからこそ、俺たちは最後まで楽しく遊べたんだろう。
それだけに、そんなモモンガさんを1人残して去ってしまった罪悪感が激しい。
2年前の転職を切欠に、現地出張や残業で家に帰れない日(と体重)が圧倒的に増え、休日も疲れて寝ている日が多くなり、やがてゲームを忘れていった。
その間もモモンガさんは、ナザリック地下大墳墓を維持するために1人で頑張っていたのかと思うと、せめて月に1度くらいはINすべきだったと悔やまれる。

「気にしないで下さい、ヘロヘロさん。私は本当に、今日来て頂けただけで満足ですから」
「……俺、口に出しちゃってましたか?」
「いえ、雰囲気で。いきなり無言になりましたし、ヘロヘロさんのことだから、きっと私を気遣ってくれているのだと」
「さすがはギルド長、あの個性あふれる41人をまとめていたのは伊達じゃないですね」
「ふふ、実際に口論の仲裁には、いつも借り出されてましたからね」

モモンガさんは嬉しそうに笑うと、今度こそ奥へと向かった。
サービス終了のタイムリミットまで、もう幾許もない。
俺も慌ててモモンガさんの後に続き、玉座の間へと足を踏み入れた。

「む、なぜアルベドがワールドアイテムを……」
「モモンガさん、本当に時間がないです。最後は玉座にいないと!」
「あれ、もうこんなに時間が経って! ああ、もうアルベドはそのままでいいか」

小走りに玉座へ登る骸骨の姿は、とてもシュールである。
ゆっくりと歩を進め、色々な感慨に浸りながら、重々しく玉座に腰を下ろした、と脳内の思い出フォルダーを書き換えている俺に、モモンガさんは語り掛ける。

「ヘロヘロさん、本当にありがとうございました。今日だけのことではなく、今までのこと全部です」
「それはこちらのセリフですよ、モモンガさん。次にお会いするときは、ユグドラシルⅡとかだと良いですね」
「Ⅱの噂は聞いたためしがないですが……でもおっしゃるとおり、そうだと良いですね」
「そのときはまたぜひ! そろそろサーバー停止ですね。最後にお会いできて嬉しかったです。お疲れ様です」
「こちらもお会いできて嬉しかったです。お疲れ様でした」
「またどこかでお会いしましょう」

そう言って、俺は視界の隅に映る時計を確認する。
後30秒でサーバー停止になる。
明日は5時起きなので睡眠時間は足りないが、心は爽やかさで一杯だ。
きっといい仕事が出来るだろう。
軽く目を閉じ、強制ログアウトによるブラックアウトを――






「……ん?」
「……え?」

モモンガさんと顔を見合わせる。
視界の隅に映る時計は、とっくに0時を回っている。

「サーバーダウンが延期になりましたかね? 通話回線を切ってたんでわからないですが」
「私もです。いま通話回線を……あれ?」
「モ、モモンガさん、俺のほう、コ、コンソールが」

ない、と言おうとした俺の耳に、初めて聞く女性の声がした。

「ああ、よくぞお戻りになられました、ヘロヘロ様! 本当にお久しぶりでございます!」

度重なる不測自体に半ば呆然としながら辺りを見回すと、そこにはさっきまで玉座の階下で棒立ちだったはずのアルベドが、臣下の礼をとっていた。



[36036] 第02話
Name: えいぼん◆d3fec379 ID:b1fb4ca7
Date: 2013/01/03 13:09
俺の眼前では、ほんの1分前までは無表情だったはずのNPCが、嬉しげに顔を綻ばせている。
脳みそはストライキを起こしたようでまったく回転していないが、なにか取り繕わねばと反射的に返答する。

「お、おう、久しぶりで……久しぶりだな、アルベド」
「ヘロヘロ様が姿をお隠しになられてから数十年。私たちは今日この日をずっと心待ちにしておりました!」
「数十年? あ、ゲームじか……いや、なんでもないで……ゴホン、なんでもない。しかしモモ……ギルド長は、アルベド達と共にずっと歩まれてきたのだろう?」
「もちろんです。至高の41人のうち、最後まで残って下さったモモンガ様だけが、私達の唯一の希望でございました。
しかし至らぬしもべを導いて下さるモモンガ様への負担を考えると、至高の皆様方が戻って来られて、モモンガ様を支えて下さるのが最良ですから」

リアルの仕事で大きいトラブルを起こした直後に、即興で作った穴だらけの技術説明を顧客にしている時よりも必死だ。
場の空気に合わせてセリフをアジャストしながら、俺はチラチラとモモンガさんに視線を送る。
モモンガさんの方はといえば、こちらからのアイコンタクトを避けるように俯いて、「どうなって……最善は……情報が……」など、1人でブツブツと考え込んでいる。
役に立たない骸骨である。
とにかく会話が破綻せぬよう、不審がられぬよう、俺は目先のことだけに集中する。

「し、しもべ達に、変わりはないか?」
「はい。皆に変わりはありません。でもきっとヘロヘロ様にお言葉を掛けて頂きたいと思っているはずです。
特にセバスとプレアデスの皆は……モモンガ様、もし宜しければ――モモンガ様? どうかなされましたか?」
「なんだアルベドよ、何か言い掛けていたな」
「はい、もし宜しければ、セバスとプレアデスを玉座の間に参上させたく思います。ヘロヘロ様のご帰還ともなれば、ナザリックの総力を挙げて祝いをしなくてはなりませんし。
ああ、守護者達にも連絡をして、すぐに参上させなければ――」

途中からテンションだだ上がりだったアルベドの言葉を、手を翳して遮るモモンガさん。
少し思考してから、口を開いた。

「アルベドよ、それは待て。今、ナザリック地下大墳墓には異変が起こっている。まずはセバスとプレアデスのみを呼んで来るのだ。緊急事態だと伝えろ。
ヘロヘロさんの帰還も伝達してよいが、まずは異変の対処が先だと念押ししておけ」
「はっ、承知いたしました!」

アルベドはそう言って立ち上がり、早足で玉座の間を出て行った。

「モ、モモンガさん……」
「ヘロヘロさん、今は相談の時間もありません。とにかく早急にしなければならないことを片付けましょう。私を信じて任せて下さい」
「は、はい、お願いします」

モモンガさんは半ばパニック状態の俺と違い、まるでアインズ・ウール・ゴウンの諸葛孔明と呼ばれたぷにっと萌えさんを彷彿させるような冷静さだ。
頼りになる骸骨である。
俺がモモンガさんに尊敬の眼差しを送っていると、アルベドがセバス達を連れて帰ってきた。

セバスにはナザリックの外を探らせ、プレアデスには9階層の入り口を見張らせ、と矢継ぎ早に指示を出したモモンガさんは、アルベドを傍に呼んで手を撫で回しながら思案に耽っている。
まるで息をするかのように自然なセクハラを行うモモンガさんに向ける俺の視線がどんどん冷えていくのだが、そのことに全く気づかない発情期の骸骨はこう言った。

「アルベド……ス、スカートをまくれ」

空気が凍るというのは、こういう状態のことを言うのだと実感できた。
手をにぎにぎするくらいならまだしも、こんな状況だというのにそれはない。
エロスケな骸骨である。
俺もびっくりしたが、アルベドも同じくらい驚いたようで、目をパチクリさせている。
どうしようもない空気の中、更に追い討ちが掛かる。

「構わにゃ……ないな」

噛んだ。
というか、もう死ねば良いのに。
ああ、でも骸骨だからもともと死んでるのか。
などと考えているうちに、いつの間にかドヤ顔のアルベドがパンモロ万歳みたいな感じでドレスをめくり上げていた。

「ヘロヘロさん、これは……」

などと、やたら真剣な表情でパンティを見つめながら、エロスケさんが俺に耳打ちしてきた。
その様子に、本当にセクハラ以外で何かあるのではと、改めてアルベドの方を見やる。

「ふわぁ……」

頬を真っ赤に染め上げたアルベドの荒い息だけが玉座の間に響いている。
モモンガさんの言いたいことが、ようやく俺にも分かった。
アルベドに聞こえないよう、俺もモモンガさんの耳元――っぽい所へ口を寄せる。

「なるほど、清純そうな外見ですが、中身はビッチですね」
「……いえ、そういうことではなく」
「しかしモモンガさん、アルベドのパンティ、どんどん変色していってますよ」
「……確かにビッチのようですが、そうではなくてですね」

なぜか溜息を吐いたモモンガさんは、アルベドにスカートを降ろさせると、彼女が所持していたワールドアイテム――ギンヌンガガブを返却させ、
1時間後に階層守護者を6階層のアンフィテアトルムに招集するよう指示を出した。
ちなみにその際、興奮したアルベドは「私の初めては玉座で3pなのですね」とかほざいていた。

やはりビッチは確定である。






玉座の間には、俺とモモンガさんの姿しかない。
無意識に一息つき、そこでようやく自分が落ち着きを取り戻したことに気づいた。

「ヘロヘロさん、まずは謝らせて下さい。私が無理に引き止めさえしなければ……」
「何を言ってるんですか。モモンガさんだって被害者じゃないですか。とにかく、今は何が起きたのかを把握しなければ」
「そのことですが、私の方でいくつか予測を立てましたので、聞いて頂けますか?」
「……すごいですね、モモンガさんは。俺なんか、慌てふためくだけだったのに」
「いえいえ、ヘロヘロさんが最初にアルベドとの会話を受け持ってくれたおかげです。もし私1人であったなら、きっと醜態を晒していましたよ。
アルベド達の忠誠の拠り所がはっきりしていない現状で上位者としての威厳を損ねるのは、致命傷になっていたかもしれませんからね」

ヘロヘロさんには不本意だったでしょうが本当に感謝です、と白骨化した頭を下げるモモンガさんの言葉に胸が熱くなる。

「俺も今度こそモモンガさんを1人残さずに済んで、良かったと思ってますよ」
「……ヘロヘロさん」

モモンガさんと見つめあうこと数秒。
急に気恥ずかしくなった俺は、しんみりな空気を払拭すべく、おちゃらけて言った。

「でも、もしモモンガさんがお1人だったら、さっきのアルベドへのセクハラはもっとやりたい放題だったんじゃないですか? 手を撫で回すだけじゃなく、胸を揉んだりとか」
「な、な、なにを言ってるんですか、ヘロヘロさん! あれは脈を確認していたんです! スカートめくりも、垢バンされるか確かめるために――!」

必死に言い訳を重ねるモモンガさんだったが、その内容はなるほど確かに一理ある。
口や表情を動かして会話をし、コマンド外の婉曲な指示を理解し、匂いや脈まであるNPC達。
データ容量的にも技術的にもありえないし、万に一つの可能性――ユグドラシルⅡへの移行という線も、モモンガさんの確認したとおりの結果だ。
最初から俺はモモンガさんがセクハラなんてするわけがないと信じていた。

それ以外にもネガティブ・タッチがアルベドに有効だったことから、フレンドリファイア解禁の可能性があることや、そのオンオフが自然に行えること。
セバスや階層守護者達が敵対した時に備えて、自分達の力を早急に把握する必要があることなどをモモンガさんから伝えられた。

「ああ、それでアルベドからギンヌンガガブを取り上げたんですね」
「私とヘロヘロさんの力がゲームどおりだったとしても、全ての守護者を敵に回せば2人だけでは危ないですしね。ワールドアイテムさえなければ、なんとでもなりますから」

モモンガさんの種族であるオーバーロードも、俺の種族であるエルダー・ブラック・ウーズも、どちらもかなりピーキーで扱いにくい種族だ。
弱点がはっきりしているため、ソロで孤立するのはカモに等しい。
しかし2人で組めば互いの弱点を補完し合えるため、むしろそのピーキーさが強さに繋がる。
ギンヌンガガブなどの反則アイテムがない限り、階層守護者が束になって襲ってきても、最悪でも引き分けには持ち込めるだろう。

「でもそれでしたら念のため、モモンガさんも完全武装した方がいいんじゃないですか?」
「一応ワールドアイテムを1つ、身につけていますが……」
「いえ、スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンのことです。モモンガさんのお気持ちは先ほど伺いましたが、今は非常事態です。かつての友人達も、きっと許してくれますよ」

あれはモモンガさん専用に作られた、ワールドアイテムに匹敵する杖だ。
モモンガさんの身の安全を第一に考えるのであれば、あれを装備するのがベストということになる。
少し考えたモモンガさんは、諦めたように溜息をついた。

「わかりましたよ、ヘロヘロさん。その代わり、貴方にもワールドアイテムを装備して貰いますからね。ただでさえエルダー・ブラック・ウーズは防具が装備出来ないのですから」
「ああ、それはこちらからもお願いしようと思っていました。なにせ命は惜しいですからね。ヨルムンガンドあたりを貸して頂ければありがたいです」

そう、エルダー・ブラック・ウーズのもっとも尖った所は、リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンのような特殊アクセサリを除く全防具が装備不可な部分なのだ。
擬態時の服装はすべて本体であり、魔法が服を掠めただけでも普通にダメージが入る。
RPGの醍醐味に喧嘩を売っているとしか思えないこの仕様は、今まで幾人ものプレイヤーの心を折ってきた。
ちなみに武器も劇酸無効を付けられるような神器級――ゴッズ・アーティファクトしか装備出来ないという、マニア御用達の種族だったことを付け加えておく。

そんなエルダー・ブラック・ウーズが装備できる数少ないアイテムの1つが、ワールドアイテムでもある世界蛇の名を冠した特殊アクセサリである。
ワールドアイテムは全てギルド全体の物なので、普段は宝物殿の守りとして周囲に猛毒を撒き散らしているが、俺はギルド戦の時には大体これを体内に吸収していた。
吸血種やスライム種など吸収能力を持つものしか装備出来ないという欠点はあるものの、その効果は猛毒属性ⅴ、猛毒吸収、HP10倍、オートリジェネである。
劇酸属性ⅴや完全物理無効、劇酸吸収、上位魔法耐性ⅴ、炎・冷気・電気属性攻撃耐性ⅴなどを持っている俺と相性抜群の、ワールドアイテムの名に相応しい壊れ装備だ。

まぁ相性抜群というより、防具装備不可で職業に魔法系のない俺はアイテム使用でしか時間対策が出来ないため、
これがないとギルド戦ではタイムストップ&ホーリーメテオ連打によってあっさり死ぬのだが。
やまいこさんに「ホーリーメテオなんかで死んだの、ヘロヘロさんだけでしたね(要約)」とか言われたときには転げまわってくやしがったりしたものだ。

「……ところでヘロヘロさん。考えてみれば、今でも防具は装備出来ないのでしょうか?」
「確かにこれがもうゲームではないのだとしたら、普通に身に着ければそれで済むかもしれませんね」
「これも早急に確認した方がいいですね。アンフィテアトルムの前に、宝物殿に寄りましょう。ああ、その前にレメゲトンのゴーレム達も確認しておかないと」

守護者召集のタイムリミットまでに、どれだけ確認出来るかの勝負である。
俺とモモンガさんは目を合わせて1つ頷き、行動に移った。






「駄目ですモモンガさん、ほとんど身動きが取れません……」
「私のほうも、ロングソードを振ったら手からすっぽ抜けてしまいました」

宝物殿の領域守護者を追い出して検証したところ、どう考えてもゲーム設定が活きているという結論に達した。
先ほどモモンガさんが魔法――メッセージを俺に使ったが問題なく発動したし、リングによる転移も確認済なので、これもゲームに準拠した状況なのだろう。
なぜ、を考えている時間はない。

「後は一度円卓に戻ってから、アンフィテアトルムで体の性能を試しましょう」
「6階層守護者の、なんでしたっけ、名前は忘れましたけど。あの姉弟の目があるのでは? 別の場所で試した方がいいんじゃないですかね」
「私の魔法やヘロヘロさんの攻撃確認なんですから、コロッセウムのような広い場所じゃないと無理ですよ。今から集合場所を変えるのも、
アウラとマーレ――6階層守護者を追い出すのも問題ありますし、ここは上手くやって実力を見せ付けるしかないです」

上手くやれる可能性は、かなり高いと思う。
ゲームだった時と比べて嗅覚や触覚がリアルに近くなった程度で、体に違和感はないからだ。
2年振りだが、おそらく戦闘は体が覚えている……と信じたい。
強いて異常を挙げるなら、普段よりパニック度合いが低いし落ち着くのも早いことだ。
しかしこの状況下でマイナス要因には決してならないのだから、問題ないだろう。

「ああ、もう、別の場所に召集するか、2時間後って指示しておけば、もっと余裕を持てたのに!」
「まぁまぁ、とっさだったのですから仕方ないですよ、モモンガさん。ころころ指示を変えて忠誠度が落ちたら面倒ですし」

モモンガさんの愚痴を聞きながらも、なんだかとても楽しくなってきた。
DMMO-RPGは端的に言えば、同じ目的を持った仲間と冒険をするのが醍醐味である。
要するに会社の同僚や仕事先の顧客などと話す時に必要な、薄っぺらの話題など必要ないのだ。

「そろそろ転移しましょう、ヘロヘロさん」
「わかりました、ではリングを使いますね」

俺とモモンガさんのように2年ぶりに会った旧友とでも、あっさりと会話を弾ませながらお互いに協力して行動出来る。
これこそがまさにDMMO-RPGであると言い切れる。

「うわ、本当に久しぶりに見ましたけど、邪悪エフェクトが凄いですね」
「……作りこみ、こだわりすぎですよ、まったく」

もし本当に、これがゲームの不具合などではなかったとしたら。
もし本当に、ここで生きていかなければならなかったとしたら。

「モモンガさん、後20分です!」
「急ぎましょう、ヘロヘロさん!」

この世界をモモンガさんと2人で遊び尽くすのも、面白いかもしれない。



[36036] 第03話
Name: えいぼん◆d3fec379 ID:b1fb4ca7
Date: 2012/12/20 20:56
松明の炎が揺らめく通路を抜けると、そこはローマ帝政時代を思わせるコロッセウム――アンフィテアトルムである。
俺とモモンガさんが姿を現すのと同時に、幼いダークエルフの姉弟と、彼女達より少し上にみえる銀髪の少女が駆け寄ってきた。
いかん、ダークエルフ姉弟の名前は先ほどモモンガさんに教えてもらったが、銀髪さんは名前どころか設定まで忘れている。
俺の戸惑いを察してくれたのか、一歩前に出たモモンガさんが口を開いた。

「アウラ、マーレ、それにシャルティア。出迎えご苦労」
「「いらっしゃいませ、モモンガ様! お帰りなさいませ、ヘロヘロ様!」」

ダークエルフ姉弟――アウラとマーレの元気な挨拶に、思わず頬が緩む。
ペコリと頭を下げた拍子に跳ねた姉弟のサラサラな髪の毛。
撫でたい衝動を堪えて、久しぶりだと挨拶を返す。

「ああ、我が君。わたしが唯一支配できぬ愛しの君。それにヘロヘロ様も、以前と変わらぬ大胆さでありんすね」

色々と濃ゆい銀髪さん――シャルティアの妙な挨拶に、思わず頬が引き攣る。
駆け寄ってきた拍子にずれたシャルティアの不自然な胸PAD。
直したい衝動を堪えて、見なかったことにする。

俺が動揺している間に、会話を引き継いでくれるモモンガさん。

「しかしシャルティアは、随分と早く来たのだな」
「わらわの創造主たるペロロンチーノ様と特に仲のよろしかったヘロヘロ様のご帰還と聞きんして、いてもたってもいられんせんと時間前に来てしまいんす、我が愛しの君」

エロっぽい仕草といいインチキ郭言葉といい、確かにペロロンチーノさんらしいキャラ設定ではあるのだが、いちいち痛々しかった頃の自分を投影してしまい悶えたくなる。

「我が君の輝かしい白き玉体もさるものではありんすが、ヘロヘロ様の素晴らしいご趣味もまた昔のままで、ほんに健康的と思いんす」
「シャルティア、ヘロヘロさんの趣味とは何のことだ?」
「ああ、愛しの君。そんな破廉恥なこと、とてもわたしの口からは言いんせん。許してくんなまし」

両手で顔を押さえながら、いやんいやんと首を振るシャルティア。
それに合わせて背中の方まで回りこんでいた胸PADが、一周して戻って来た。
言葉遣いどころか一人称すらブレまくっているところもまた、中学生の時に「ぼく」から「われ」へ変更しようとしたというMy黒歴史にぐりぐりと刃を付き立てられる思いだ。

しかし破廉恥とか聞き捨てのならない単語が出てきてしまった以上、もう仕方がない。
モモンガさんからバトンを受け取り、俺も言葉を重ねてシャルティアに問いかける。

「……シャルティア、そこは重要なところだから、詳しく教えて欲しいんだが」
「そ、それでは、その、ヘロヘロ様は、ろ、露出愛好家でありんすよね? とても素敵だと思いんす!」
「どうしてそうなった!」
「で、でも、その服はヘロヘロ様ご自身の擬態でありんしょう? つまりヘロヘロ様は、常に、全裸ッ!」

きゃっ、と再び両手で顔を覆うシャルティアだったが、指の間から覗く瞳は瞳孔が開きっぱなしでランランと輝き、ねぶるようにこちらを凝視している。
つまりアレか、単純なAIしか組み込んでいなかったNPC時代から、シャルティアはずっと俺のことを露出狂と認識していたということか。
俺はモモンガさんに近づくと、耳元でこっそりと囁いた。

「モモンガさん、申し訳ないですが俺、今すぐ落ちますね。奴をリアルで探し出して殴らなきゃ……」
「落ち着いてください、ヘロヘロさん。ログアウト出来ないから困ってるんじゃないですか」

宥めるように、俺の肩に手を置くモモンガさん。

「我が君とヘロヘロ様、密着して随分と仲のよろしい……はッ、まさか我が君がヘロヘロ様に露出調教を? ああ、でも悔しいことに801は専門外ッ!」
「――ペロロンチーノ!!」

思わず握り締めてしまったのだろう、モモンガさんの白骨化した指が、劇酸の塊である俺の肩にずぶりと沈み込んだ。
オーバーロードは酸属性攻撃無効化しか持っていないはずだから、ダメージが通ってしまう。
そして、それ以上にまずいのが――

「大丈夫ですか、モモンガさん!」
「ええ、前より触覚がリアルですが、問題ない程度のダメージです」
「そうじゃなくて、指輪!」
「ああ、しまった! げ、腐食効果がかなり入ってしまいました。耐久が8割近くになっちゃってますね」

迷宮の嫌われ者として名高いエルダー・ブラック・ウーズの武器防具劣化能力は、特に金属類に対して洒落にならない威力を発揮する。
劣化した指輪はどれもゴッズ・アーティファクトなので、本当に申し訳ないことをした。

ふと気が付けば、こちらをポカンとした顔で眺めている守護者達。
威厳を保つ方針が崩壊した瞬間だった。






今更感はあったが、どうにか取り繕っての仕切り直しである。

「このナザリック地下大墳墓に、ヘロヘロさんが戻ってきてくれた。よって旧交を温める意味で、今から私と模擬戦を行う。
軽い慣らしだからお前達には物足りないかもしれないが、ヘロヘロさんの戦いぶりをよく見ておくことだ」
「「「はい!」」」

模擬戦……だと……?
この骸骨、さりげなくハードルを上げてきやがった!
やっぱり指輪の恨みなのだろうか。
さっき謝った時は「私のミスですから、気にしないで下さい」とか言ってた癖に。

「いやいや、モモンガさん。まだ俺、試し撃ちすらしてないのですが……」
「私は大丈夫だと確信していますよ。アインズ・ウール・ゴウンのギルメンで、一番最初に二つ名を付けられたヘロヘロさんなのですから」
「≪指鉄砲のヘロヘロ≫じゃないですか! 悪口ですから、それ!」

ようやくグリーン・スライムを卒業してグレイ・ジェリーになり、擬態能力を得た頃の話になるが、当時はまだ大型アップデート『ヴァルキュリアの失墜』が実装されていなかった。
当然ガンナーという職業もなく、殺し屋と名乗っていたこともあって、アサシンを目指して前提条件となるシーフのレベルを上げていた。
しかし俺は短剣で後ろに回り込み攻撃をするというスタイルに、ロールプレイヤーとして忸怩たる思いもまた抱いていたのだ。

「いつの間にかシューターを取得して、指鉄砲で自分の体を飛ばしてきたヘロヘロさんの雄姿、今でも忘れられませんよ。なにしろあの時のギルド戦は、最短勝利のレコードでしたから」
「雄姿(笑)じゃないですか! 相手が笑い転げて隙だらけだっただけですから、それ!」

もちろん『ヴァルキュリアの失墜』以降は、レベルをデスペナで調整してアサシンを残しながらスナイパーやガンナーを取得したため、今では銃を使っている。
一時期アインズ・ウール・ゴウンで独占していた鉱山から掘り出した超稀少鉱石を加工して作って貰った白銀の銃と、たっち・みーさんのワールドエネミー狩りを
お手伝いした時に頂いたドロップ素材から作って貰った漆黒の銃、どちらも劇酸無効を付与したゴッズ・アーティファクトなのだ。

それにしてもこの骸骨、実にノリノリである。
守護者の裏切る可能性がどうこう言っていた割には、かなり余裕な態度だ。
しかしそれでこそアインズ・ウール・ゴウンのギルド長だと言えよう。
1500人からなる討伐隊を敵に回しての絶望的な防衛戦ですら、軽口を叩き合いながらプレイヤー達を罠へ誘導してハメ殺していった俺達が
この程度の苦境でおたおたする方がおかしいのである。

だがモモンガさんには申し訳ないが、俺は正直かなり疲れている。
なにせユグドラシル最終日のログイン時間を確保するため、一昨日から寝ていないのだ。
さすがに模擬戦は勘弁して欲しい、そう伝えようとしたその時――

「時間も押してますし、そろそろいきますよ!」
「ちょ、まっ!」

俺から距離をとったモモンガさんが、いきなり無詠唱のドラゴン・ライトニングを放つ。
ゲームならロールとして回避せず無防備に喰らう場面だが、反射的に避けてしまう。
リアルでは少佐な体型の俺だがこのアバターは伯爵様であり、素早さに特化したシーフ系の頂点の一角であるアサシンを極めている。
雷を目視してから避けるなど造作もないようで、アバターの性能はピカ一だ。

「ほらほら、どんどんいきますよ!」

同じく無詠唱のファイヤーボールによる隙間のない飽和攻撃。
俺はとっさに右手で白銀の銃を抜き撃つ、撃つ、撃つ。
3発の特殊ミスリル弾が、直撃コースだったファイヤーボールを相殺する。
白銀の銃は、魔法のカウンターを主目的に特化させた専用銃なのだ。
もちろん弾数は原作準拠の6発+1発とみせかけたコスモガン仕様であり、具体的には俺の自室に大量ストックしてある弾丸が随時補充される仕組みである。

「もう怒った! 今度はこちらの番ですよ、モモンガさん!」

左手で漆黒の銃を抜き、モモンガさんに向けてぶっ放す。
こちらの弾は俺自身、つまり劇酸&猛毒属性の凶悪な弾丸である。
異形種である上にシューター、スナイパー、ガンナーの職業を重ねている俺の攻撃は、大抵の対遠距離防御を突破出来る。
そして喰らってしまうとダメージはともかく防具への影響が深刻なので、ギルド戦では恐れられたものだ。(えんがちょ的な意味で)

こうなったら防具を台無しにしてやる、と暗い決意を固めた俺の眼前から、モモンガさんの姿が忽然と消えた。
瞬間、左手だけを後ろに回し、真後ろへ漆黒の弾幕を張る。

「うおおっ!」

と後ろから聞こえてくる、モモンガさんの叫び声。
手ごたえはなかったので、多分驚いただけだろう。
あの場面でモモンガさんがタイムストップを使ってくるのは分かりきっていた。
真後ろかどうかは賭けだったが、どうやら8分勝ちのようである。
そのまま勝負を決めるべく、振り返りざまにモモンガさんへと詰め寄った俺に、7色の魔法が襲い掛かった。

「杖の自動迎撃か!」

ありえない速度で白銀の銃からミスリル弾を連続射出するも、さすがシリーズアイテムの宝石を揃えて製作されたワールドアイテムに匹敵すると謳われた杖だけに
それぞれの魔法はミスリル弾1発では止まらない。
なんとか5つほど相殺したものの、防ぎきれなかった強烈な魔法が着弾して大爆発を起こし、俺は思いっきり吹き飛ばされた。

「しまった! 大丈夫ですか、ヘロヘロさん!」

倒れ伏した俺に向かって、モモンガさんが駆け寄ってきた。
コロッセウム全体が更地になるような大威力の魔法を2発も喰らったのだ。
モモンガさんが心配するのも分かるが――

「問題ないですよ、モモンガさん。ヨルムンガンド飲んでますから」
「そうですか、良かった。痛みとかは、どうでしたか?」

俺に手を貸し、立ち上がらせながら尋ねるモモンガさん。
体の具合を確かめたが、ほとんどダメージを感じない。

「まったく問題ないです。ヨルムンガンドがなければ厳しかったかもしれませんが、今のHPに対するダメージとして考えると割合は極小ですから」
「うわー、あれは1つ1つが超位魔法よりちょっと下くらいの威力なはずなのに。ヘロヘロさん、人間やめちゃってますね」

白骨化した頭を引いて、ドン引き、とリアクションを取るモモンガさん。
色々とツッコミたかったが、それらの言葉を飲み込んだ俺は、モモンガさんに注意を促す。

「それよりも俺達が戦っている間に、時間になったみたいです。守護者が集まったようですよ」
「あ、本当だ。ではここからが本番ですね」
「上手いこと彼等の忠誠心を確認して下さい。期待してますよ、モモンガさん」

うむ、とか言いながら振り返るモモンガさん。
既に上位者としての役作りに入っているようで、安心して見ていられそうだ。






眼前ではモモンガさんを前に跪いて忠誠の儀とやらを行っている守護者の姿がある。

召集までの1時間で相談した時には、「俺のことをどう思う?」的なことを聞いてみようということになったのだが、この様子では必要ないかもしれない。
こうなってみると、模擬戦も結果的には最良だったと思う。
なぜなら俺を簡単に一蹴したモモンガさんの圧倒的な力を、守護者全員が目にしたからだ。

「ご命令を、至高なる御身よ。我等の忠義全てを御身に捧げます」

とアルベドが締めて、跪いた守護者達の6つの頭が一斉に下げられた。
こうして見ると、全員が人外ということもあり、異様に迫力がある。
漂うピリピリとした空気に萎縮する俺と異なり、モモンガさんはまったく動じない。
そしてモモンガさんは、なんの脈絡もなく後光を背負った。

「ぷっ」

思わず噴き出す俺に、ぎょっとした顔を向ける守護者達。
だが守護者達にはわからないだろうが、これは仕方のないことなのだ。
なにしろあれは、万事控えめなモモンガさんの唯一と言ってよい持ちネタなのだから。
念願のオーバーロードになったモモンガさんが、嬉々として絶望のオーラや漆黒の後光を撒き散らし
自身のツルツル頭と相俟って乱反射を起こしながらモンスターを狩っていくその姿は、かつてのギルメン達を爆笑の渦に巻き込んだものだ。

「モモンガさん、後光! 後光!」

志村3世後ろ、のノリで笑いながら俺はツッコミを入れる。
モモンガさんも照れたように頭を掻いて後光を消した。
そんな俺達を、なぜかきらきらした表情で見つめる守護者達。

意味のわからない反応が若干不安だが、強制されるまでもなく自ら忠誠を誓ってきたのだから、守護者達の反逆はもはや考えなくても良いだろう。
となれば重要なのは、外に出たセバスが持ち帰る情報を吟味する頭脳だ。
緊張しすぎの守護者達と釣られてしまった俺をリラックスさせようとしたモモンガさんの意図は、おそらくそこにある。
さすがはモモンガさん、持ちネタの使いどころを弁えている。

緊迫した雰囲気がだいぶ薄れた頃、ちょうど見計らったようにセバスが戻ってきた。
パーフェクトだ、ウォル……セバスなどと内心でニヤニヤ考えていた罰が当たったのだろうか。
セバスの予想外すぎる報告に、俺は動揺して思わず叫んでしまった。

「な! 草原だと?」
「はい、ヘロヘロ様。また地表には人工物の一切がなく、夜空が広がっておりました」
「馬鹿な!」

正直に言えば、俺はまだこの事態をゲームの延長上で考えていた。
もっと正確には、セバスの報告によって俺がそう考えていた、ということを悟ったと言える。
魔法といい身体能力といい装備といい、あちらこちらでゲームを思わせる仕様そのままだったことが、その原因だろう。

だがセバスの報告どおり、外が沼地ではなく草原であり、天空城の姿すらないのであれば、話はまったく違う。
超位魔法ウィッシュ・アポン・ア・スターを使える人を探し、運営に助けを求めるという最終手段の有用性がゼロに等しくなったからだ。
当然GMコール等、試せるものは既に実行済みであり、この事態を打破する可能性が最も高い魔法と目していたのだが――

「落ち着いて下さい、ヘロヘロさん」
「しかしモモンガさん、これが本当にゲームじゃないのなら、俺達は……」
「大丈夫です、ヘロヘロさん。私はこういう可能性も含め、対処を考えていましたから。なんでしたら、ここは私に任せて下さって結構ですよ。
もともとお疲れだったみたいですし、少し自室で休まれてはどうですか?」

モモンガさんの自信に満ち溢れた穏やかな声に、気持ちが静まっていく。
冷静に考えると確かに俺は疲れきっていたし、なんだか色々とあり過ぎて頭も働かない。
ここで意地を張ってもモモンガさんの足を引っ張るだけだろう。
そう思って肯定の返事をした時、ふと疑問がわいた。

「それじゃ申し訳ありませんが、お言葉に甘えさせてもらいます。後でまた経過を教えて下さい」
「ええ、わかりました。今日はお疲れ様でした」
「ところでモモンガさんは、俺と違ってきちんと現実を見据えていたのですよね。それにしては必要もないのに急に模擬戦をしたり、やけに余裕じゃありませんでしたか?」
「それはきっと……1人ではないことに、少しはしゃいでいたのでしょうね。もしヘロヘロさんがいなければ、もっと石橋を叩いて渡るように行動してたと思いますし」

とにかく今日はゆっくりと休んで下さい、と照れまじりなのか早口になるモモンガさん。
2年もの間たった1人でナザリックを支えてきたギルド長の、深い孤独を垣間見た気がした。






――これから彼等がこの異世界でどのような物語を繰り広げるのか、それはまだ誰も知らない。



[36036] 閑話1
Name: えいぼん◆d3fec379 ID:b1fb4ca7
Date: 2012/12/07 23:40
アンフィテアトルムからモモンガの姿が消えた後、残された守護者達の中で最初に口を開いたのは、第5階層――氷河の守護者・コキュートスだ。

「苦節数十年、遂ニ御方ノ御同輩ガ戻ッテ来テ下サレタッ!」
「我が君の発せられんした絶望――ご褒美の重圧の中でも平然と笑われなんしたぇ」
「ボ、ボク達にあんな立ち振る舞いは出来ないです……。さすがは至高の方々だよね、お姉ちゃん」
「それに模擬戦の時も凄かったよね。モモンガ様の持ってた杖、伝説のアレじゃなかった?」
「我が君の発せられんした攻撃――ご褒美の直撃の中でも平然と笑われなんしたぇ」
「守護者ノ我等デハ、即死セヌマデモ大ダメージヲ負ッテイタデアロウナ」
「や、やっぱり、モモンガ様に並び立てるのは、至高の方々だけ……なんだと思います」

それを皮切りに、守護者達は口々に先ほどの印象を言い合う。
どんどん興奮して騒がしくなっていく皆を、守護者統括という立場のアルベドが手を打って静めた。

「はい、そこまでよ。モモンガ様もこの異変への対処が先とおっしゃっていたでしょ」
「君達の気持ちもわかるがね、今はモモンガ様が警戒されるほどの非常事態だということを忘れないようにしたまえよ」

第7階層――溶岩の守護者・デミウルゴスも、防衛時における指揮官としての立場から全員を嗜める。
しかしこの両者にしても、根底には皆と同じ思いがあるため、すぐに話題はヘロヘロの帰還へと戻ってしまう。

ギルメンの中でヘロヘロが特にNPCから慕われている設定、というわけではない。
もちろん至高の41人に捧げる忠誠はMAXであり、そこに偽りはないのだが。


ただ守護者達は、どうしても考えてしまうのだ――

「ねぇ、マーレ。ぶくぶく茶釜様も帰ってきて下さるかなぁ」
「ヘロヘロ様だってお戻りになられたんだし、きっと大丈夫だよ、お姉ちゃん」

――自分達の創造主が、ナザリックに戻ってきてくれる可能性を。


「シャルティア、貴方の創造主ペロロンチーノ様とヘロヘロ様は特に親しかったように記憶しているのだがね。ペロロンチーノ様のこと、なにか言ってなかったかね?」

ナザリック地下大墳墓最高の知能を持つと設定されたデミウルゴスが、その明晰な頭脳で的確に絞り込んだ重要項目を鋭く突いた。
だが残念ながら聞かれた側のシャルティアは、基本性能がエロゲ設定である。

「それがヘロヘロ様のお姿を目にしんすと、頭がピンク色になりんして記憶がありんせんの」
「いい加減にその病気をなんとかした方がいいわよ、シャルティア」
「清純きどりで隙あらば至高の方々を誑かそうとしてたサキュバスに言われたくありんせん」
「四六時中ハァハァしてる万年発情期の腐肉に、少しは時や場所を選べと言っているのよ」
「それだけもの欲しげなのに誰からも相手にされんした新古品の年増に言われたくありんせん」

言葉を交わす度に険悪な雰囲気となっていくシャルティアとアルベド。
どんどん口汚くなっていく彼女達の応酬を、少し怯えたようなマーレの声が遮った。

「そ、そういえばさっき、ヘロヘロ様が気になることをおっしゃっていたかも……」
「ほぉ、それは興味深いね、マーレ。是非とも教えてくれないかね?」
「モモンガ様とこっそり話していたので全部は分かりませんけど、探し出して、という単語は間違いなく聞こえました」
「その場にはアウラも一緒にいたのだろう。どうだったのかね?」
「ドルイドのこの子とは違うんだから、無茶言わないでよ。でも前後の話からペロロンチーノ様に関することだと思う」

ふむ、と考え込むデミウルゴスに、皆の視線が集まる。
守護者達の期待は裏切られず、ナザリック最高の頭脳はすぐに答えを弾き出した。

「探し出すというのは、逆説的に見つけ出せるということ。少なくともヘロヘロ様の知りうる範囲内に、至高の方々はいらっしゃるのだと思うがね」
「ナゼ御方ハ、ソノ情報ヲ我等ニ隠サレルノダ?」
「モモンガ様のお言葉どおり、異変の対処が先だからよ。現にマーレの断片的な情報だけでも皆が気を散らしているわ。モモンガ様はそれを嫌ったのよ」

アルベドの出した結論に、コキュートスもなるほどと頷いた。
その言葉を聞いたマーレの顔が、どんどん青くなっていく。

「ボ、ボク、どうしよう。そんなの知らなくて……」
「マーレ、大した失態ではないのだから怯える必要はないとも。今後の働きで挽回すれば済む話だと思うがね」

幼いマーレを年長者らしい態度で優しく宥めたデミウルゴスが、その視線をセバスへと向ける。
その意味を察したセバスは、デミウルゴスが問い掛ける前に口を開いた。

「私やメイド達も現時点では皆様と同様、この事態の対処を最優先にするよう仰せつかっておりますので、そのあたりのことは知りませんよ」
「しかし君達は、我々守護者よりもヘロヘロ様と関係が深かったと思うがね。それに君の創造主たっち・みー様は最初の9人。ヘロヘロ様とのご友誼も古いだろう」
「現時点で皆様方にお渡し出来る情報はありませんよ。かの方がお戻りになられてから、まだ数えるほどしかお言葉を交わしていないのですから」
「では今後に期待だね。我々よりお傍に侍る機会が多いのだから、色々と聞けることもあるだろうしね」

別にとげとげしくもなんともない会話だが、ある意味アルベドとシャルティアのやり取りよりも緊迫感の溢れる空気を醸し出す2人。
両者とも感情より理性を先行させるタイプの性格であるため、一触即発の雰囲気ではないのだが、それだけにじわじわと恐怖感が立ち込めていく。

「委細承知しました、デミウルゴス」
「頼りにしているとも、セバス」
「では私は先に戻ります、デミウルゴス」
「御方々に宜しく、セバス」

セバスが踵を返したことで、先ほどまでの空気があっという間に霧散した。
2人とも自分と接する時にはとても優しいのに、なんで仲が悪いんだろうと考えながら、マーレはこっそり溜息をついた。
そんなマーレをよそに、去り行くセバスの背中に制止の声が掛けられる。

「セバス、至高の方々に失礼のないように仕えなさい。特にヘロヘロ様は疲労しておられたようですから……」
「メイド達は部屋の外に待機させ、身辺を騒がすことのないよう配慮します」
「いえ、中で注意深く見守るように指示なさい。殿方はお疲れになると、お体の一部が硬くそそり立つことがあります。その場合は、何をおいてもまず私に――」
「蜘蛛の巣が張ったおばさんの体じゃ、とても満足されんせんと思いんすから、ここはわらわが一肌脱ぐことにしんす」
「その腐れきった体を差し出すよりマシだと思うけど。ヘロヘロ様の劇酸で、余計ドロドロになってしまうわよ?」
「なんだぁ?」
「あん?」

額がくっつく程の距離で、互いに睨み合うアルベドとシャルティア。
付き合いきれないといった風に首を振ったセバスは、そのまま無言で去っていた。






モモンガ達の私室がある第9階層の廊下を歩きながら、セバスは物思いに耽っていた。

――至高の方々について、果たしてヘロヘロ様に直問してよいものでしょうか?

デミウルゴスに反感する気持ちで悩んでいるのでは、もちろんない。
本音を言えば、セバスだってたっち・みーの消息を知りたくてたまらない。
しかしセバスやプレアデスはヘロヘロから直接教育を受けた面々なのである。

――折角お戻り下さったヘロヘロ様が、我等に呆れて再び姿を隠されてしまうことだけは避けねばなりません。

しもべのために最後まで残ってくれた慈悲深い至高の御方、という評価のモモンガとは異なり、ヘロヘロにはまた去られてしまうかもという不安が常に付きまとう。
特にセバスやメイド達のような傍仕えの人間にとって、ヘロヘロは絶対に下手を打てない緊張を強いられる相手となる。

――うっかりデミウルゴスの甘言に乗せられては危うい。それよりも誠心誠意お仕えしていれば、いつかは……。

セバスにとってヘロヘロの帰還は、再び昔のように至高の41人に仕える喜びを味わうための、大切な第一歩であるのだ。
それを邪魔する者がいるのならば、例え守護者であろうとも躊躇なく打ち倒すだけの覚悟をセバスは心に秘めていた。

その歩みがヘロヘロの私室がある場所へ差し掛かった時、セバスは溜息を吐くと己の眉間を揉み解した。
セバスの顔を顰めさせた原因は、彼の登場にも気づかず丁々発止とやり合っている。

「マスターの部屋には私が控えている。ソリュシャンは仕事に戻ればいい」
「ヘロヘロ様が創造されたのは私だけです。シズにマスターと呼ぶ資格はありません」
「私はガンナーとしてマスターの弟子。ソリュシャンは仕事に戻ればいい」
「私だってアサシンとして師弟関係です。シズより関係の深い私がやるべきです」
「人選の指示はなかった。早い者勝ち。ソリュシャンは仕事に戻ればいい」
「きっとセバス様がユリ姉に伝え忘れただけです。だから交代して下さい」

先ほどモモンガから指令を受けている途中で、ヘロヘロが自分の部屋へと戻ってしまった。
その際にセバスは、9階層入口で上層を警戒する任務に付いていたプレアデスのリーダーであるユリ・アルファにメッセージを送っていた。
プレアデスの1人をヘロヘロの私室に控えさせるよう連絡したのだが、その時に誰と指定しなかっただけでこの有様かとセバスは眩暈を感じた。

「お黙りなさい、2人とも! 戦闘メイドとしてヘロヘロ様の教えを授かった身でありながらその態度。恥ずかしいとは思わないのですか」
「ソリュシャンが悪い」
「ですがセバス様、シズが自分勝手に――」
「……止めなさい、というのが、わかりませんか?」

セバスの瞳が硬質の光を帯び、鋼の輝きを灯す。
その様子にセバスの本気を察した2人は、口を閉ざして直立した。

「シーゼットニイイチニイハチ・デルタ。貴方の仕事はなんですか?」
「至高の方々に快適かつ安全に過ごして頂くこと」
「ソリュシャン・イプシロン。先ほどの行為は、そのために必要なことですか?」
「いいえ、違います」
「ならばナザリックの誇る戦闘メイド――プレアデスとして、相応しい行動をしなさい」
「了解」「はい、畏まりました」

場合によっては2人の処分も考えての対応だったが、自分にしては拙速に過ぎた行為だったと反省し、セバスは大きく息をついて心を落ち着けた。
プレアデスがギルドメンバーの作ったメイドである以上、もしセバスが勝手に処分すれば間違いなく越権行為といえる。
おそらくここに来るまでにしていた考え事のせいで、メイド達の失態に対して敏感になってしまったのだろう。

「それではセバス様。私達のうち、どちらがここで控えるべきか決めて頂けますか?」
「セバス様の決定に従う」
「ふむ、そうですね……」

――失態の罰として2人とも外し、代わりを呼ぶのが妥当でしょうか。

そう考えてから、それは少し厳しすぎるかと思い直すセバス。
だが2人のうちのどちらかを選ぶというのもまた難しい。
少し苦笑した後、セバスは2人のメイドへ告げた。

「では2人で仲良くヘロヘロ様の傍に控えて下さい」
「いいの?」
「ええ。2人の譲れない気持ちは、私にもよく分かります。もしたっち・みー様がご光臨されていたら、私も傍仕えを他に譲れるはずありませんし」
「ご配慮ありがとうございます、セバス様」






その頃、アンフィテアトルムでも同じような結論に達した2人がいた。

「確かにアルベドの言う通り、至高の御方が1人しか妃を持てないというのはあまりに奇妙な話でありんすね」
「妃を1人に固定しない利点はそれだけじゃないわ。ヘロヘロ様に続いて他の方々が戻られた時、こちらはアウラを入れても僅かに3人でしょ」
「……と言いなんしは、守護者で同盟を組みやってレベルの低いメイド達を排除出来んしたら――」
「……1on2や3on3なんかは通常プレイ、場合によってはそれ以上もありうるってことよ」
「…………最大で44Pだと? 天才か、てめぇ」
「…………サキュバスなめんな、コラ」

がっちりと握手を交わす2人。
『パンを食べて、ケーキも食べればいいじゃない』プロジェクト・チーム発足の瞬間であった。



ちなみに他の守護者達は、デミウルゴスの指示でとっくにナザリック防衛強化のため動いていたことを付け加えておく。



[36036] 第04話
Name: えいぼん◆d3fec379 ID:b1fb4ca7
Date: 2012/12/23 01:15
ON/OFFを切り替えるように目を覚ました俺は、異様なほどのすっきり感に首を捻りながら自室のドアを開ける。
するとそこには人外の美貌を持った戦闘メイド達が控えており、昨日の出来事が夢オチではなかったことを証明してくれた。

「おはようございます、ヘロヘロ様」
「おはよう、ソリュシャン」

古今東西のあらゆるアニメからパーツを拾い、1週間も掛けて組み上げたスライムのソリュシャンがリアルに動いている。
初見の昨日も感動したが、何度見てもいいものだ。

「おはよう、マスター」
「ロボ子もおはよう」

そしてオートマトンのシズのメイドロボ姿も、ロマンを加点と見做せばソリュシャンに匹敵する感動を俺に与えてくれる。
ちなみにロボ子というのは俺が勝手に決めたTACネームであり、自身のTACネームはマスターという脳内設定だったので当然無許可だ。
だからシズに俺をそう呼ばせるようこっそりプログラムしたのがバレた時には、それを消さずに残して貰うための貢物で大変だった。
所持していたゲーム内通貨の半分以上が消えたのも懐かしい思い出である。

そういえばAIプログラムの際、この2人には特にサービスをてんこ盛りした覚えがあるのだけど、他にどんなのを入れたっけな……。
なんにしろプレアデスの設定なら熟知しているだけに守護者よりも安心感があり、自然と口調も砕けたものになっていく。

「俺が寝てる間に、なんかあった?」
「モモンガ様がいらっしゃいました。無理に起こすなとのことで、事後報告となってしまい申し訳ありません」
「あー、起こしても良かったのに。モモンガさんはいつ頃来たの?」
「最新が22分前、次が1時間8分前、次が1時間41分前、次が2時間36分前、次が――」
「何回来てんだよっ!」

朝っぱらからエアツッコミ。
うちの天然骸骨はお茶目過ぎて困る。
おそらく緊急ではないのだろうが、万が一を考えて消費アイテムのスクロールを使いメッセージを飛ばす。

「おはようございます、モモンガさん。今さっき起きましたが、そちらは話せますか?」
『おはようございます、ヘロヘロさん。こちらも大丈夫ですよ』
「すみません、何度も部屋に来てもらったようで。どうも寝過ぎたみたいです」
『ゆっくり休まれたようで良かったです。では1時間後くらいに円卓でお会い出来ますか?』
「オッケーです。それではまた後で」
『はい、またのちほど』

とは言ったものの、視界に表示されていた時計がなくなっているので1時間後がわからない。
腕時計もお洒落アイテムとして存在していたはずだが、俺は装備出来ないので持っていない。
俺の所持品は極僅かな劇酸無効の装備アイテムと、各種スクロールのような消費アイテムくらいである。
仕方がないので、正確に時間が計れそうなシズを頼ることにした。

「ロボ子、悪いけど50分経ったら教えてくれ」
「サーイエッサー、マスター」
「ヘロヘロ様、朝食はいかがなさいますか?」
「食べようかな。食堂どこだっけ?」
「案内する」「案内致します」

シズが俺の右手に指を絡ませて先導する。
ソリュシャンが俺の左腕に抱きつく。
シズが椅子を引いて俺を座らせる。
ソリュシャンがナプキンを俺の膝に掛ける。
シズが俺の口にサラダを運ぶ。
ソリュシャンが果物の皮を剥く。

シズが、ソリュシャンが、シズが、ソリュシャンが――






「モモンガさん、ココめっちゃサイコーです!」

円卓に着いて開口一番の言葉と俺のサムズアップに、なぜか戸惑い顔のモモンガさん。
かまわず俺は今朝起きてからのことを報告しながら、己のリアルスペックを振り返る。

転職してからの2年間、体重の記録更新を続けてきた事実は間違いない。
だからといって昔は痩せていたわけでもなく、むしろ学生の頃からメタボバディ。
しかも懐古趣味のアニヲタであり、ブラッド・オブ・ヨルムンガンドを飲んでのギルド戦では「豚サーン豚サーン、ブッヒッ」と自虐ソングを口ずさみながら、
世間の荒波により鍛え抜かれた勘でリア充っぽい奴を見破り、優先的に装備を腐食させていくようなDQNだった。
そんな俺にまさかモテ期が到来するとは、人生なにが起こるかわからない。

「――というわけで、ココは正に理想郷ですよ、モモンガさん」
「……1つ教えて欲しいのですが、ヘロヘロさんはそれでムラムラしましたか?」
「随分と直球ですね。さすがに朝っぱらですから、ちょっとだけですよ」
「朝食も食べたのですよね。食欲は普通に感じるのですか?」
「え? あ、もしかしてモモンガさん、アンデッドだから――」

モモンガさんに話を詳しく聞くと、食欲や睡眠欲は完全に無くなり性欲も微妙らしい。
確かアンデッドの基本スペックは飲食不要で睡眠無効、それに精神作用無効あたりも持っていたはずだ。
スライムはというと、飲食不要もないし状態異常系は耐性があるだけで無効ではない。

「それになんだか、感情の起伏も少なくなってきているような気がして……。このまま私は、人間をやめていくのですかね」
「いやいや、俺からみたら昨日のモモンガさんも十分はっちゃけてましたから。人間の心を持ち続けるアンデッドとか、ドラマチックでいい感じですよ」
「あはは。ヘロヘロさんが傍にいてくれるなら、映画のアンデッドみたいに平坦な精神に変化する恐れはなさそうですね」
「それにデメリットばかりじゃないですよ。今朝はもの凄く目覚めが良かったのですが、それも睡眠耐性のせいだったのかもしれません」
「そうですね。私もこんな事態のわりに動揺が少ないのは、やはりありがたいですし」

どちらにしても、まだ異世界2日目であり検証材料も少ない。
睡眠や食事がないとストレスが肥大する一方なので、モモンガさんにとって切実な問題だとは思うが、とりあえず一時棚上げにして話を進める。

「それで俺が部屋に戻ってからは、どういう話になったんですか?」
「ナザリック内部は警備レベルを上げさせました。後は周囲の把握や索敵ですね」
「昨日モモンガさんがおっしゃっていた、ナザリック自体の隠蔽は?」
「保留にしています。アインズ・ウール・ゴウンの根幹に関わる問題を、私1人の意思で変更するわけにはいかないですからね」

――悪の親玉らしく、勇者様は堂々と待ちかまえるべし。

ナザリック随一の厨二病患者、ウルベルト・アレイン・オードルさんの意見であり、多数決の結果を以って採用されたアインズ・ウール・ゴウンの理念だ。
非常事態でも皆で決めたことは重んじるあたり、モモンガさんらしいと思わず苦笑した。

「モモンガさんが決めたことに反対する気はないですよ? 2人で多数決も不毛ですし」
「最終的な判断は私がするにしても、ヘロヘロさんの意見も聞かせて頂きたいのです。ただ1人の同胞なのですから」

モモンガさんに促されて、改めて考え込む。
昨日の時点でモモンガさんの素案は、この世界の住人が強者ばかりであることを前提とした消極的な対処だった。
しかしただでさえ人間をやめた上に外圧を気にしながら過ごすことで、俺達がストレスを発散出来ずに溜め続けてしまう方が危険な気もする。
また現実的に考えて、俺達が安全策なんて方針を取れるのかも疑問が残る。

「モモンガさんのご意見は、ナザリック周辺の勢力と敵対をしない、出来ればどこかの国に所属したい、でしたよね?」
「ええ。私達以外にもプレイヤーが存在するかもしれませんし、これはゲームじゃないのですから、協調路線でいきたいと考えてます」
「しかし俺達は異形種です。ゲームの中でさえ迫害され身を寄せ合わなければ生き残れなかったのに、果たして大丈夫なのでしょうか?」

アインズ・ウール・ゴウンは悪のロールプレイを是としたギルドだった。
しかしそこには、そうせざるを得なかったという理由もあるのだ。

悪とされた要因の1つであるPK行為にしても、ギルド戦以外では異形種狩りに対するPKKやナザリックへの侵略者に限るというギルド規則がきちんとあり、
初心者や弱小ギルドを狙って虐殺をするようなことは決してなかった。
にもかかわらず僅か41人のギルドに対し、1500人もの敵対者が生まれてしまったのだ。
周囲との摩擦を避けるためには、ナザリックを放棄してしもべ達も見捨てて、獣と同じように山野で暮らすしかないと思う。

「……確かに、大丈夫とは言い切れませんね」
「それに超位魔法の連打でもない限り確実に生き残れる俺達が、こそこそするのもみっともないような気がしますし」
「しかしヘロヘロさんのおっしゃるように超位魔法を連打されれば、いくら私達でも生き残れませんよ? 向こうの世界みたいに核兵器などもあるかもしれません」
「……化け物を倒すのはいつだって人間だ。このアバターのアニメキャラのセリフなんですけどね。
現実に異形種となってしまった俺達は、寿命だって想像もつかないです。ならばその時には、胸を張って倒されましょうよ」

異形種差別をうけて、リアルで就職したブラック企業みたいに奴隷化されてまで生き残りたくは無い。
いつか強者に敗れるのであれば、その時こそ寿命なのだと思う。

「うーん、使う使わないは別として、最低限ナザリックの外に逃げ場所くらいは作っておいたほうが……」
「いいんじゃないですかね。思慮深さではモモンガさんには適いませんし、基本的に俺の意見は思いつきですから」

ギルド長をやっていただけあって、モモンガさんは把握とフォローに優れている。
無茶な作戦を臨機応変に支え、完璧な作戦を随時的確に支える実施力もある。
だから俺も安心して自分の意見を言えるのだ。

「ではヘロヘロさんは、あくまでアインズ・ウール・ゴウンの基本方針を貫くべきだとのお考えでよろしいですね?」
「死に敬意を表すならば存在を許す、でしたっけ。いいじゃないですか、偉そうな感じが格好いいし。なにしろうちはギルド長がオーバーロード――死の支配者なんですから」
「細かい所ではオタオタする癖に、ここ一番の時にはギルメンの誰よりも肝が据わる。実にヘロヘロさんらしいご意見です。本当に昔と変わってませんね……」
「いやいや、昨日もセバスの報告に醜態を晒したばっかりじゃないですか。持ち上げすぎですって」

いえいえご謙遜を、いやいや過大評価です、などと実に日本人らしい応酬を繰り返しながら会議は進み、暫定的な方針や今後の行動について打ち合わせていく。
序盤に出ていた慎重論などは話し合いが進むにつれ姿を消していき、一日が終わる頃には「本当にこれでいいの?」と素に戻ってしまうような案が出来上がっていた。


その1:アインズ・ウール・ゴウンのギルド名を不変の伝説とすること。
その2:ついでにモモンガさんと俺の名声も高めてみること。(変装はOK)
その3:異形種とバレても泣かないこと。(その際なんか格好良いことを言うのは必須)
その4:如何なる時にも死の支配者として振舞うこと。(敬語はお互いを除いて禁止)

(中略)

その40:いずれ世界中を冒険し、他プレイヤーやギルメンの情報を積極的に探すこと。
その41:万事を楽しむこと。


要するに、作戦名『がんがんいこうぜ』である。
敗因はアゲアゲの骸骨を止められなかったことだ。

――昨日で最終日だったユグドラシルの続きを、今日からまたプレイ出来ると思えばいいじゃないですか。

この何気ない一言がモモンガさんの琴線に触れてしまったらしく、お陰でごらんの有様だ。
俺もモモンガさんもミサイル程度なら弾き飛ばせるスペックを持っているのだし、そんなに酷いことにはならないと信じたい。

このファンタジー世界(とは確定していないが、少なくとも俺達がファンタジー)では実在していそうな神様に、真摯な祈りを捧げる俺だった。






プレアデスに囲まれてハーレム状態を満喫しながら夕食を取った後、部屋でアイテムボックスの中身を確認していると、モモンガさんが訪ねてきた。
一緒に夜空を見に行こうと言うので誘いに乗り、途中でなぜかデミウルゴスまでが加わって結局3人でナザリック地下大墳墓の霊廟を出たのだが、
そんな俺達を待ち受けていたのは、見渡す限りの星空だった。

星が降りそうな夜という表現は本当に見たままを言っただけなんだ、とわけのわからない感動を覚える。
精神作用無効のスキルを持ち、こちらに来てから物事に動じなくなったモモンガさんですら、感嘆の溜息を漏らして首を振っている。

「うわぁ、なんか凄いですね、モモンガさん」
「ええ……本当に素晴ら……いや、そんな陳腐な言葉には収まらない……」

呆然とした様子で魔法を発動させたらしいモモンガさんは、空へと浮かび上がっていく。
フライのスクロールを持っていない俺は、当然飛べないので置いてきぼりである。
困ったようにモモンガさんと俺を見比べるデミウルゴスを促して後を追わせ、そのまま地面に寝転んだ。

贅を凝らした玉座の間もリアルで見るとこの世のものとは思えない程に美しかったが、雄大さという点でこの光景には及ばない。
何も考えられずにしばらく夜空に見蕩れていると、モモンガさんから慌てふためいているようなメッセージが届いた。

『すみません、ヘロヘロさん! つい夢中になってしまって。今そっちに戻りますので!』
「いえ、こちらはこちらで楽しんでいますから、お戻りはゆっくりで大丈夫ですよ」
『そうもいきませんよ。すぐに戻りますから、もう少しお待ちを』
「生真面目なところはモモンガさんの長所ですが、今日作ったばかりのギルド規則に違反しちゃいますよ。ほら、万事を楽しむことってね」
『……それじゃお言葉に甘えて、もう少しだけ空中散歩をしてから戻りますね』
「堪能してきて下さい」

本物のアンデットになっても変わらないモモンガさんらしさに苦笑して、俺は再び夜空を見上げるのだった。



[36036] 第05話
Name: えいぼん◆d3fec379 ID:b1fb4ca7
Date: 2012/12/09 07:35
夜が明けて、前日と同じように爽快な目覚めを体感した俺は、しかしそれ以上に心に圧し掛かるものを抱えていた。

「お目覚めですか?」
「ああ、おはようソリュシャン」

同衾していたソリュシャンが半身を起こし、その透き通るような肌を毛布で隠しながら微笑んでいる。
俺の方はといえば、ベッドの中であるにも関わらず厚いコートに身を包んだままだ。

「おはようございます、ヘロヘロ様。朝食は如何なさいますか?」
「いらない。今すぐモモンガさんの部屋に行く。案内はいらないから、ソリュシャンは服を着てくれ」

同じスライム種でもソリュシャンはアメーバ族であり、俺のウーズ族とは特性が異なる。
アメーバ族は酸濃度の調整が得意な設定なので防具を装備出来るのである。
つまりソリュシャンは服の着脱が可能であり、逆に俺はコートどころかテンガロンハットすら脱げなかった。
初日は擬態を解除して眠ったので、昨夜まで気がつかなかったのだ。
かなりブルーな気持ちになりつつ返事をした俺に、ソリュシャンが待ったを掛ける。

「そんな、お1人で出歩かれるなど。急ぎの御用でありますなら、部屋の外にはシズがおりますので、どうか供を許して下さいますよう」
「……わかった。行って来る」

思わぬところでリア充への道が頓挫したことを思い知った昨夜の衝撃。
この思いの丈をモモンガさんにぶちまけなければと、俺はシズを引き連れて自室を飛び出した。






「モモンガさん、聞いて下さいよ。って、鏡なんて見つめてどうしたんです。ヘアスタイルの確認ですか?」
「ハゲですし、ミラー・オブ・リモートビューイングです! 警戒網作成の一助になればと思ったのですが、操作方法がわからなくて色々試しているんですよ」

そう言われて鏡をよく見ると、そこには草原が広がっていた。
モモンガさんがエア指揮みたいな動作をすると、鏡に映る光景が流れていく。
しかし問題はそんなところではなく、モモンガさんが若干疲れているように見えることだ。

「もしかして、散歩の後からずっと?」
「ええ。睡眠の必要がないので」

やっぱりと思いながら、生真面目なモモンガさんに呆れる。
この人に徹夜作業を止めるよう言っても、必ずまた同じことをするだろう。
よって傍に控えていたセバスに、俺は初の命令を下した。

「セバス、ギルド長が夜中に仕事をしようとする時は、必ずお止めして休息を取らせろ」
「待って下さいよ、ヘロヘロさん。アンデッドである私に疲労というバッドステータスは存在しません」
「いいえ、ブラッ……セバス、少し外に出ていてくれ」
「はっ、畏まりました」

部屋の外で待機していたシズとセバスが合流したのを確認し、再びモモンガさんに視線を向ける。
そして強い剣幕の俺にキョドっているモモンガさんへと詰め寄った。

「モモンガさん、ブラック企業に勤めていた俺だからこそ、分かることがあります」
「は、はい……」
「肉体的な疲労がないとしても、適度な休息とリフレッシュがなければ、人の心は簡単に病むんです」

実際に職場でも俺は過食症で上司は不眠症だったし、むしろ問題を抱えてない方が珍しかった。
自殺した人こそいなかったが、それも時間の問題だろう。
かくいう俺も転職して2年しか経っていないのに再度転職するのは体裁が悪いと我慢に我慢を重ねていただけに、結構ヤバかったと思う。

「しかしせっかく眠らないでも作業を出来るんですから勿体無くないですか? それに夜に何もしないのも暇ですし」
「眠れなくとも体を横たえて脳を休めるだけで休息にはなります。なんでしたら誰かに添寝を頼んでもいいし、暇というなら楽師に演奏させてもいい」
「添寝って、子供じゃないのですから……」
「冗談ではないのです、モモンガさん。俺は昨日ソリュシャンと一緒に寝ました。まぁ服も脱げなかったですし本当に眠っただけなのですが」

個人的には残念なお知らせなのだが、どうも俺の感じたムラムラ感は人間だった頃の残滓に近いようで、スライムとしての俺は性欲がないみたいなのだ。
しかし性欲は感じなかったが安らぎを感じることは出来たし、手は出せなくても見ているだけで満足感に近いものを得られる。
人外に成り果てた俺やモモンガさんに最も必要なものは、そういう人間だった頃の残滓を刺激してくれる何かであることを確信している。
そう説明すると、モモンガさんは少し考えてから呟いた。

「我思う、ゆえに我あり。そういうことですか、ヘロヘロさん」
「モモンガさんが友誼を結んだのは、アニヲタでDQNの俺です。そういう人間だった頃の性格をなくしたものは、もはや俺ではないでしょう?」
「確かにそうですね。ヘロヘロさんからおちゃらけた雰囲気が無くなったら、とても寂しいと思います」
「良かった。ではモモンガさん、もしご迷惑でなかったら朝食をご一緒しませんか? 雰囲気を楽しむだけでも、心の栄養になると思いますし」

快く同意を頂いたので、俺はモモンガさんと連れ立って食堂へ向かった。






テーブルにはティーカップが2つ。
中身の紅茶から、気品の高い香りが漂う。

「ヘロヘロさんは食事出来るのですから、何も私に付き合わなくても……」
「もともと朝は食べないんで、気にしないで下さい」

嘘だ。
リアルでは朝から牛丼をかっ喰らっていた。
しかし食べられない人の前でバクバクと食事をするほど無神経ではない。

「しかし果実を潰して香りを楽しむというのは予想外に良かったです。舌がなくても味わった気分になれるとは思いませんでした」
「この紅茶もいい匂いですよ。リアルだとお値段はどのくらいするんでしょうかね?」
「本当の高級品というのは、香りだけでここまで満足感が得られるものなんですねぇ」
「明日の朝はコーヒーにしてみましょうよ。これからも朝食はご一緒して頂きたいです」

いえいえご迷惑では、いやいや真逆です、といういつもの応酬を挟みながら食後の雑談を繰り広げる。
気を利かせたのだろう、給仕していたメイド達も今は距離を置いている。

「しかし帽子も脱げないのでは、寝るときにだいぶ不便だったでしょう」
「擬態した時のアバターは固定ですから、かなり邪魔でしたよ」
「ソリュシャンなら酸ダメージが入らないから、スライムの状態で寝ても大丈夫だったのでは? むしろエッチなことをするにも便利じゃないですか」
「絵的に陵辱じゃないですか、それ。ソリュシャンは俺の嫁、と気合を入れて作ったキャラと触手プレイとかありえないですから」

第一スライムになってから性欲を感じないのは、どうやら子供を作る機能がないからであるらしく、ウッとなる肉体的な快楽とも無縁なのだ。
精神的な満足を得るために普通に結ばれるのならば兎も角、ソリュシャン相手に鬼畜プレイは普通にない。

「ならばアバターに触手を生やせば解決ですよ、ヘロヘロさん!」
「急になんでノリノリになってんですか、モモンガさん。それに触手は出せても固定出来ないから常に股間がウネウネすることになって見た目が気持ち悪いでしょ」
「そうだ! 全裸ボッキンキン状態のアバターを作れば全て解決ですよ!」
「朝っぱらからなにを……。でも新たなアバターを作るのはいいかもですね。帽子やコートなどをなくした室内仕様にすれば、快適に過ごせるかもです」

多分モモンガさんは、朝食に対する礼として俺がより楽しく夜を過ごせるようにと色々考えてくれたのだろう、何かが激しくズレているが。
俺はボッキンキンボッキンキンと煩い骸骨の頭を叩いて、その故障を直したのであった。






我に返ったモモンガさんと円卓に行き、今日の予定について打ち合わせる。
鏡の件は実際の所モモンガさんもかなり飽きていたようで、一時中断して明日の朝に2人で試すことにした。
俺の経験上、煮詰まった作業は1日くらい間を空けた方が上手くいく。

モモンガさんは徹夜明けなので、今日は頭を使わせたくない。
ナザリックの防衛体制はアルベドやデミウルゴスの方が詳しいのだから、任せても問題ないだろう。
本当はのんびりと過ごして欲しいところだが、今が緊急時であるのも間違いないため何もしないのはかえってストレスになる。
そこでこの日はお互いの持ち物チェックに当てることにした。

「嫉妬マスクきたー!」
「ヘロヘロさん、まさか持ってないとか言いませんよね。アインズ・ウール・ゴウンで嫉妬マスクを所持していないものは粛清対象ですぞ」
「ですぞって、一体どこのキャラですか。大体たっちさんなんかは家族サービスでインしてなかったじゃないですか」
「間違えました。アインズ・ウール・ゴウンで嫉妬マスクを所持していないヘロヘロさんは粛清対象ですぞ」
「ちょ、おま、狙い撃ちですか。いや、もちろん持ってますけどね。でも装備出来ないし、ウーズ族のことも少しは考えてくれって思いましたよ」
「あの時期にそこまで配慮出来る心のゆとりが運営陣にあったのなら、そもそも嫉妬マスク自体が生み出されていませんでしたよ、きっと」

クリスマスイブ限定で入手出来てしまう、ある意味呪いアイテムとも言える装備品を手にしながら、モモンガさんは懐かしそうに言う。
そしてモモンガさんは、おもむろに嫉妬マスクを身に着けた。

「なぜ被ったし!」
「似合いませんかね」

あごに手を当てて首を捻るモモンガさんに、大ダメージを受ける俺の腹筋。
昔から感じていたが、この人の行動はどうもツボに嵌ってしまう。
笑い転げている俺を不思議そうに眺め、首を傾げている様などはもうたまらない。
本当に勘弁して頂きたいと切実に思った。

こうして俺の新しいアバターを作って調整したり、モモンガさんの変装姿をコーディネイトしたりしながら、異世界生活3日目を終えた。






「マスター、起きて」
「……おはよう、ロボ子。起こしてくれてサンキュー」

夜に眠れないモモンガさんが暇だろうと、今日は日の出あたりを狙って起こして貰った。
朝から鏡をいじる約束をしていたので、そのままモモンガさんの私室へ向かう。

「おはようございます、モモンガさん」
「おはようございます、ヘロヘロさん。今朝は早いですね」

そう挨拶を返しながら、すでに鏡を試しているモモンガさん。
相手も立派な社会人であるのだから、いくら相手のためとはいえ同じことをしつこく注意するのは失礼だろう。

「リアルの頃の習慣が抜けなくて、どうも早起きしちゃうんですよね」
「まぁ、早起きは3文の得と言い……ますし……」

だが昨日の今日でこれなのだから、モモンガさんを白い眼で見てしまうのは仕方がない。
そんな俺の視線に気づいたのだろう、言葉に詰まったモモンガさんは必死に後ろを振り返って叫んだ。

「セ、セバスッ!」
「ヘロヘロ様、ご安心を。モモンガ様は昨夜きちんとお休みでございました」
「本当なんです! 鏡をいじったのは30分前くらいからで、それまでは楽師の演奏を聞きながら横になってたんです!」
「そうなんですか。誤解してしまったようで申し訳ない」

俺が謝るとモモンガさんは明らかにほっとした様子で溜息を付いた。
感情の起伏が少ないのとちゃうんかい、とツッコミを入れたいくらいの動揺ぶりだったが、そもそも誤解した俺が悪いのだからと自重した。

「とりあえず最初は見てますんで、モモンガさんが飽きたら交代しましょう」
「はい、では続きをやってみますね」

なんちゃって指揮者と化したモモンガさんの手の動きで、鏡の中の光景が動いていく。
最初の方は草原が映っていて、途中からも草原が映っていて、最後の方も草原が映っている。

「草ばっかりですよ、モモンガさん」
「辺りを俯瞰して人間とか生き物を見つけたいんですけど、やり方が分からないんですよね」

もうお手上げ、みたいな動作をモモンガさんがしたのと同時に視点が引かれていった。
気まずそうにこちらを見るモモンガさんに、こっち見んなとも言えない。
そんな微妙な空気を裂くように拍手が起こった。

「おめでとうございます、モモンガ様。このセバス、流石としか申し上げようがありません!」
「モ、モモンガさん、おめでとうございます!」

さすが執事、パーフェクトだと内心で褒め称えながら拍手を合わせる俺。
ちょっとわざとらしすぎたのだろうか、モモンガさんはしばらく戸惑っていたが、そのうちに気を取り直してくれた。

「ありがとうセバス、ヘロヘロさん。ようやくこれで本腰を入れて人のいる場所を探すことに着手出来ます」
「頑張って下さい」

アメリカ人が困った時のようなジェスチャーを繰り返し、俯瞰の高さ調整の方法を特定したモモンガさんは、嬉々として再び手を動かし始める。
やがてどこかの村らしき物が、ポツリと鏡の中に映し出された。
しかし画面をアップしていくにつれ、モモンガさんの機嫌が傾いていった。

「虐殺、ですね……」
「ちっ!」

吐き捨てたモモンガさんは、さっさと光景をかえようとした手を凍りつかせてこちらを見た。
その心の動きが、俺には手に取るようにわかった。
なぜなら俺も自分の心の動きに戸惑っていたからだ。
一呼吸おいたモモンガさんは、落ち着きを取り戻した様子で口を開いた。

「私はヘロヘロさんに嘘をつきたくありません。だから正直に言いますが、私は虐殺されている村人に憐憫の情を抱いてはいません」
「……あそこにいる、人間が、同族だと、思えないんですよね。わかります、本当に、実感してしまいました。もう俺達は、人間じゃないんだと」

視界の端でセバスが眉を上げたが、俺にそれを取り繕う余裕など残っていない。
それほどにこの現実はショックだった。

「どう、するんですか?」
「まだ外敵の情報もありませんし、ナザリックに未知の敵を迎え撃つ準備は整っていません。危険を冒してまで救う価値はありません」

――見捨てることにします。

そう告げるモモンガさんに、非人情的だと意見出来ない。
いや、非人情的だと俺が感じていない。
その事実に動揺していた俺は、ふとあることに気が付いた。

「……随分と、らしくないんじゃないですか、モモンガさん」
「私らしくないとはどういうことですか。もともと私は正義の味方でもなんでもありません。ヘロヘロさんの買いかぶりですよ!」
「折角のチャンスなのに外敵の戦力判断も行わずに画面を移そうとしていることや、そうやって声を荒げているところが、ですよ」
「……単に無力な村人を虐殺しているやつらが、不愉快だっただけです」

そう、基本的にモモンガさんは、俺なんかより遥かに優しい。
弱者救済のギルドを立ち上げ、ギルト長になってしまうくらいのお人好しなのだ。

今このときも自分達のことで頭が一杯の俺とは違い、モモンガさんは眼前の行為に怒りを覚えている。
そしてその気持ちを理屈で押さえつけているだけである。
ならば俺の役目は、モモンガさんの背中を押してやることだ。

「あの騎士達は、一体誰の許しを得て虐殺を行っているんでしょうか、モモンガさん」
「誰って、それは所属している国の王でしょう」
「つまりアインズ・ウール・ゴウンの主である死の支配者、モモンガさんに断りもなく無闇に死を振りまいているということですね」
「……」
「死に敬意を払わない者達、ということですよね。ということは、ここは従僕である俺の出番だと思います」

――オーダーを寄越せ、マイマスター

二度と使わないと思っていた厨二病なセリフを吐きながら、俺は自分に人が殺せるかどうかを考えていた。



[36036] 第06話
Name: えいぼん◆d3fec379 ID:b1fb4ca7
Date: 2012/12/10 23:36
「これはひどい」

思わずそう口にした俺は、絶対に悪くないと思う。
流れ的にしょうがなかったとはいえ、あれだけクサいセリフを吐き出したのだ。
返ってくる言葉は「サーチ・アンド・デストロイだ」以外にありえない。
モモンガさんは、空気が読めないにも程があるだろう。

「ひどいのはヘロヘロさんの頭の中身です。何が起こるかわからない以上、ここは対処力の高い私が行くべきです」
「ないですから。ギルド長が鉄砲玉とか、エイリアンを倒しに戦闘機に乗り込む大統領くらいないですから」

先ほど跪いて返事を待っていた俺を、なんとモモンガさんは放置してメッセージを飛ばし始めたのだ。
ナザリックで最も防御に秀でたアルベドを完全武装で呼び出し、アウラとマーレには後詰の準備を指示して、目の前で変装をしているモモンガさん。
シリアスがシュールへと変わったその瞬間に俺へ向けられたセバスの眼差しは、しばらく忘れられそうにない。

「ちょっとでも搦め手を使われたら、ヘロヘロさんあっさり負けるじゃないですか」
「ヨルムンガンドを飲んでるんですから、死にはしませんよ」

魔法も装備もない俺は、確かに強い方ではない。
だがそれでもこの場合は俺が行くべきだろう。
仮になんらかの罠に嵌った場合でも、HPの多い俺は耐えられる時間が長い。
そして魔法も含めて選択肢の多いモモンガさんなら、その間に俺を助けることが出来るからだ。

「モモンガさんなんて、ホワイトプリムさんに負けたことがあるじゃないですか! 裁縫職人に負けるとか……プッ」
「そんなことより北斗さんに指先一つでダウンさせられた男の話をしましょうよ、ねぇ、ヘロヘロさん?」

俺達の言い争いが子供の口喧嘩レベルになってきた時、ようやくアルベドが到着した。
もうじゃれあっている時間は終わりだと、お互いに視線を交わす。
そしてモモンガさんが、重々しく口を開いた。

「アインズ・ウール・ゴウンの名を不変の伝説とする予定なのに、そのギルド長である私が最初の一歩を踏み出さなくてどうするのです。
先ほどの慎重論は忘れて下さい。あれは私の惰弱さの表れでした。白刃を踏まずして、なにが不変の伝説か! これは私にとっての試金石なんです!」

モモンガさんが格好良さげなセリフを並べているが、無視してこっそりゲートのスクロールを探す。
最もまずいのは、2人共あの村に転移して共倒れになることだ。
相手の戦力と罠の有無がわかるまでは、どちらかが支援のために残る必要がある。

鏡の中の惨劇も佳境を迎えつつあり、つまりは先に行った者勝ちというこの状況。
後で弁解するための余地さえあればよい。
俺は鏡を適当に動かして生存者を見つけ、その座標を確認してから慌てた風を装って言った。

「あ、女の子が2人も殺されそうになっています。大変なので今すぐ行きますね」
「お嬢ちゃん処女か、と聞くためにですか?」
「なっ!」

詳細は思い出したくもないが、キーワードは『通報』『アカウント停止』『DQN晒し板』であり、今はとても反省している。
黒歴史の中でもトップ3に入る過去を突然暴露され、俺は思わず動きを止めてしまった。
そんな俺の隙を逃さず、モモンガさんは魔法で即座にゲートを開いた。

まず漆黒のフル・プレートに身を包んだアルベドが入り、変装したモモンガさんが後に続く。
もはや是非もなし、俺はモモンガさんを最後のエールと共に送り出した。

「モモンガ・フラッシュは使っちゃ駄目ですよ! 村人が笑い死にしちゃいますから!」

ゲートに入りかけていたモモンガさんがコケた。
人の忘れたい過去をほじくり返した罰である。






鏡の中の光景を見た俺の感想は、モモンガさん無双としか言い表せなかった。
村を襲っていた騎士達は、もはや虐殺者ではなくモモンガさんの実験台にすぎない。
それほどに両者の力の差は隔絶していた。

「いやいや、どんだけ弱いんだって話だよ」
「モモンガ様が自らご出陣なされるに相応しい敵ではございませんでした」
「あ、モモンガさんが杖をしまってる。素手で盾職の騎士と対峙とか、さすがに油断しすぎだろう。メッセージで注意し……」
「殴られた騎士は、地面に倒れ伏したままピクリとも致しませんが」

セバスと言葉を交わしながら、俺は殺されていく騎士達の姿を眺める。
モモンガさんが騎士を虐殺していても心が痛まないことに、先ほどとは真逆の安堵感を覚えていた。
仲間思いのモモンガさんほどではないと思うが、俺だってモモンガさんとの対立を避けたい気持ちはかなり強い。
だからこういった善悪の価値観などが絡む場面で、お互いの感性が近いというのは非常に助かる。

「そういえば、さっきの女の子達はどうなっただろう。ちょっと鏡の座標を変えてもいい?」
「ご随意に、ヘロヘロ様」

先ほどモモンガさんが助けた女の子達は、なぜかモモンガさんから色々貰っていたように見えた。
その時には話の内容自体はわからなかったが、おそらく名声上げのための行為だろう。
ならば彼女達のモモンガさんに対する評価をピーピングするのも悪手ではない。
俺は鏡の前でモモンガさんの操作を真似して手を動かし、消費アイテムでその場の音声を拾った。

「お姉ちゃん、本当に背中はもう大丈夫なの?」
「うん。まるで斬られたのが嘘だったみたい」
「お父さんとお母さん、大丈夫かなぁ」
「心配ないよ。モモンガ様も助けてくれるって言ってたじゃない」

こちらに気づかず話している少女達には、どこか見覚えがあった。
よく考えてみると、先ほど騎士ともみ合いになっていた村人の子供である。
つまり彼女達の父親は、彼女達を逃がすために殺されているのだ。
おまけに母親らしき女性も、追っ手を足止めして切り捨てられていたはずだ。

「うーん、モモンガさんパネェ伝説の始まりにケチがつくのもアレだしなぁ。セバス、俺も少しだけ出てくるわ」
「ではヘロヘロ様の警護はこの私が」
「必要なさそうだけど……、まぁいいか。悪いけどよろしくな」
「畏まりました」

鏡の焦点を倒れ伏している父親に合わせて、その座標へワープのスクロールで移動する。
父親の遺体を目の前の家に引きずり込み、ついでに母親らしき女性の遺体も担いできて、リザレクションのスクロールで問題なく蘇生した。
たぶんデスペナでファーマーあたりのレベルが下がったはずなので、一家の収穫物は数年ほど落ち込むかもしれない。
ちなみに普通のプレイヤーは複数回使えて割安なワンド・オブ・リザレクションを使うが、種族の縛りのせいで俺には使えない。

「べ、別に装備に使う分のお金を全部消費アイテムに回せるんだから、勿体無いなんて思わないんだからねっ!」
「そうでございますか。このセバス、ヘロヘロ様の度量に感服致しました!」
「……なんかセバスって、一周回って面白いな」
「お褒めに預かり恐悦至極に存じます」

俺達の姿はおそらく誰にも見られていないので、このまま立ち去れば面倒事はないだろう。
父親はともかく女性の方が本当に母親かどうかの確信はないが、例え違っていてもご愁傷様といったところだ。
単に気まぐれで行っただけに過ぎないのだから、そこまで気遣うほどの義理はない。

ナザリックに戻って鏡で再度モモンガさんを映した所、あちらも終盤のようである。
生き残りの騎士を解放していたので、メッセージで連絡を取る。

『モモンガさん、逃がしちゃうんですか?』
「ええ。弱者を救うアインズ・ウール・ゴウンという名声は広がって欲しいですからね」
『でも勿体無くないですか? この世界の情報も必要ですし』
「ここの村長から仕入れようと思っていたのですが……、たしかに全員逃がすこともなかったですね。騎士の方が村長より触れる情報量は多いでしょうし」

どうやらモモンガさんは、この世界の住人とのファーストコンタクトを行うようだ。
ならばこちらから言えることは一つだけである。

『死の支配者ロール、期待してますよ!』
「う……、頑張ります……」
『逃げた奴らは、適当にこっちで補足しときますよ』
「よろしくお願いしますね」

さてと、非常に楽しみである。






面倒なことはセバスに丸投げし、モモンガさんと村長のやり取りをピーピングし始める。
俺はメッセージでモモンガさんに野次を入れる係だ。

『ほら、もっと尊大に! 分割なんて論外ですよ!』
「うるさいですよ!」
「すすす、すみませんっ! しかし金貨などこんな辺鄙な村にはとても……」
「あ、いえ、こちらの話で……お前に言ったわけではない。魔法使い的な理由だ」
『ぷっ、どっちも必死ですね』
「……」

モモンガさんから怒りの波動を感じる。
こちらでの初戦闘が上手くいったことで、少し浮かれすぎてしまった。
腰を落ち着けてモモンガさんと村長の話を頭の中で整理する。

リ・エスティーセ王国、バハルス帝国、スレイン法国等の周辺国家。
ユグドラシルと同様、モンスターやマジックキャスターが存在する世界観。
最寄で最大規模の城塞都市、エ・ランテルなら情報を集めるのに適していること。

ここら辺の話を元に、先ほどアウラとマーレが捕らえてきた騎士の捕虜達を尋問すればいい。
レベルもかなり低いようなので、高い知能と魅了系のスキルを持つデミウルゴスあたりに任せれば、上手く情報を引き出してくれると思う。

村では共同墓地での葬儀が始まり、モモンガさんに件の少女達が頭を下げている。
アイテムが勿体無いので音声はないが、おそらく両親を救ったことに対するお礼だろう。
それらが一段落ついた辺りを見計らって、モモンガさんにメッセージを入れる。

「――というわけで、捕虜を尋問しようとおもうのですが。アレなら拷問官とかもデミウルゴスに協力させましょうか?」
『お任せしますよ。というか私に確認しなくても、ヘロヘロさんの考えで動いちゃっていいですよ?』
「いや、ゲームならともかく、命令系統ははっきりさせておかないと。モモンガさんの頭越しに配下が指示を下すなんて、謀反フラグもいいとこです」
『私はヘロヘロさんを配下だなんて思ってませんし、裏切るなんて考えたこともないですよ!』

相変わらずのモモンガさんである。
その気持ちはありがたいが、ここは諌めるべきだろう。

「そう言って貰えるのは嬉しいですが、例えば俺の専横に怒ったアルベドやデミウルゴスが君側の奸を除く、みたいなパターンも考えられますし」
『……納得はいきませんが、理解しました。でもそんな理由で他人行儀にされたら、私は嫌ですからね』
「骨デレとか、新しいジャンルですね。それはそうと、まだ村長と話を続けるのですか?」
『デレてないです。ええ、普段の生活や常識についても色々聞いておこうと思います。その辺は騎士とも違うでしょうし興味深くもあります』

モモンガさんが村長から情報を収集している間、俺の方もデミウルゴスと一緒に尋問をしていたのだが、途中でギブアップした。
意味もなく開催されたデミウルゴス主催の拷問祭りがうっとうしかったのもあるが、なにより奴らの自白内容がグロすぎたのである。

確かに俺は人外に成り果てたが、外道になった覚えはない。
ああいう話を聞くのは気が重くなるだけなので嫌いだ。

気分転換にナザリックの霊廟から外へ出ると、空には夕日が浮かんでいた。
いつの間にか、結構な時間が経っていたらしい。
しばらくぼんやりと綺麗な夕日を眺めていたが、気分が晴れない。

むしゃくしゃした心を抱えたままモモンガさんの部屋に戻る俺だったが、どうやら事態はまだ終わっていなかったようだ。






鏡の中では、屈強な男がモモンガさんと対峙している。
俺は慌ててアイテムを使い、向こうの音を拾った。

「村長、横にいるのは一体誰なのか教えてもらいたい」
「それには及ばぬ、王国戦士長とやら。私はナザリック地下大墳墓の主、アインズ・ウール・ゴウンのギルド長、死の支配者であるモモンガだ」

むせた。
村人や敵対した騎士にならともかく王国戦士長とか大物っぽい人にまでロールとか、空気が読めてなさ過ぎる。
そんなモモンガさんの態度に慌てた村長が、村を助けて頂いた英雄といった風にモモンガさんをフォローする。
王国戦士長は好感の持てるタイプの人物なようで、偉い立場なはずなのにも関わらずモモンガさんに対して頭を下げた。

「この村を救っていただき、感謝の言葉もない」
「気にすることはない。村人を虐殺する奴等が気に入らなかっただけのことだ」
「ところでいくつか質問をよろしいか」
「うむ」

うむ、じゃねぇよ!
ドキドキしながら続きを待つ俺の心に、先ほどまでの重苦しい感覚は欠片も残っていない。

「まずこの村を襲っていた不快な輩について」
「大半は殺した。死に敬意を払わぬ者に、生を味わう資格などなかろう」
「ナザリック地下大墳墓というのは」
「私と仲間達の墓だ」

なんで拠点バラしてんの!
明らかにまずい方向に行こうとしている会話に、メッセージを飛ばすべきか悩む。

「それはどこにあるのか」
「ここより北東に少し行ったところだ」
「……そこは王国の領土だが、いつより住んでいるのか」
「そうだったか。では覚えておくとよい。そこは4日程前より私の領土だ」

そう言うと同時に、モモンガさんから絶望のオーラ(弱)が噴き出す。
演出としては格好いいけど、格好いいけどっ!

鏡越しに俺が見ていることを確信しているのだろう、モモンガさんからのサムズアップがとても憎たらしかった。



[36036] 第07話
Name: えいぼん◆d3fec379 ID:b1fb4ca7
Date: 2012/12/23 01:41
モモンガさんの言葉に、20人の王国戦士達が一斉に抜刀した。

王国内であるのにあれだけ堂々と領土宣言したのだから、この反応は当たり前だ。
絶望のオーラ(弱)に晒されて顔を青くしながらも恐慌状態に陥ることなく戦士長の指示を待つあたり、彼等はよく訓練されているように思う。
それを受けて、アルベドもモモンガさんの前に出て臨戦態勢に入った。

「ヒ、ヒイィ!」
「待て、アルベド!」

だが村人達の中で唯一効果範囲に入ってしまった村長は、当然彼等のように日々の戦闘訓練を積み重ねていない。
パニックを起こして、その場にしゃがみこんでしまった。

「すまぬな村長、大丈夫か?」
「は、はい……」

うっかりしちゃったぜ、みたいな感じでモモンガさんは絶望のオーラを止めて村長を助け起こす。
そのまま村人達が寄り集まっている方へと避難させると、モモンガさんは抜刀状態のまま構えている王国の戦士達に向き合った。

「まずは待っていてくれたことに感謝しよう。村民を巻き込まずに済んだ」
「こちらも無辜の民を傷つけるような真似は本意ではない」
「無為な殺戮は私の好むところではない。その行為に免じて、今なら抜刀はなかったことにしても構わないが?」
「……総員納刀」

戦士長の言葉で、隊員達が一斉に攻撃態勢を解いた。
まさかここでモモンガさんに譲るような対応をするとは、武官なのに随分と理知的な行動を取る人だ。

「王国への侵略行為は断じて認められん。しかし我々は墓荒らしではない。そこが墓地だと言うのであれば、対話で解決する余地があるように思うが如何?」
「ふむ、お前達が死に敬意を表すのであれば、こちらも無理を通そうとは思わないが……うん?」

モモンガさんが何かに気づいたようだ。
鏡を注視していると、広場に駆け込んできた騎兵が大声で告げた。

「戦士長! 周囲に複数の人影を確認、村を包囲するように接近してきます!」
「規模は?」
「マジック・キャスターを中心におおよそ50名、数十体の天使も姿をみせています!」
「……天使を召喚するマジック・キャスターをこれだけ揃えたとなると、スレイン法国の可能性が高いな」

その言葉を聞いた俺は、先ほどの騎士――工作員の自白内容の中で今伝えるべきことだけを頭の中に抽出しながら、
即座にスクロールを使ってモモンガさんにメッセージを飛ばした。

『先ほどの捕虜は、バハルス帝国騎士に変装したスレイン法国工作員で、狙いは王国戦士長ガゼフ。村を襲ったのは囮行為だそうですよ』
「憎まれているな、王国戦士長よ。狙いはお前だそうだ」
「……自らだけでなく、優秀な部下まで持っているようだな」
「部下ではない。アインズ・ウール・ゴウンの同胞にして私の右腕、支援攻撃と暗殺のエキスパート、殺し屋、バヨネット、首切判事、エンジェルダスト……、
さあヒューマン共よ、遠からん者は音に聞け、近くば寄って目にも見よ、我が召喚に応え今こそ出でよ、ヘロヘロオオォォォッ!」

パチリと指を鳴らすモモンガさん。
色んな意味で長寿な番組、徹子(205歳)の部屋での芸人よりも厳しい前フリをされて戦慄する俺。
というか昔に俺が教えたアニメの敵役とも交じっちゃってグダグダだし、本当に行かなきゃ駄目なのか……駄目だろうな。
スクロールで開いたゲートに入ってモモンガさんの前に跪き、俺はしぶしぶ口を開いた。

「……おーだーをよこせ、まいますたー」
「あれ、随分とやる気がないですね。どうしたんですか?」

俺の棒読みなセリフに、モモンガさんが小声で問い掛ける。
言いたいことは色々あるが、悪い意味で胸熱な今の俺にそれをこっそり伝えるのは不可能だ。
首を傾げるモモンガさんだが今は外野の方が気になるようで、胸を反らせて俺に告げた。

「オーダーはオンリーワン、サーチ・アンド・デストロイだ!」
「……にんしきした、まいますたー」

口調や声の抑揚までが昔に教えた通りであり、かなり上手くて余計に腹立たしい。
3文芝居を繰り広げつつ、俺は内心で盛大に舌打ちした。
うっかり「オーダーを寄越せ」なんて登場をしたせいで、あんまり関係ないのに俺が外敵を倒す流れになってしまった。
しかしあんな前フリをされて「あ、どうも、ヘロヘロです」みたいに入っていくのは不可能に近い。
内心でモモンガさんを呪っている俺をよそに、戦士長がこちらへ話し掛けてくる。

「待ってくれ、奴等の狙いは私のはずだろう。なぜ1度は剣を抜いた我々を助けようとするのだ」
「お前達を守ってやるのではない。無力な村人を虐殺するような輩に不愉快さを感じているだけのこと」
「……いずれ対峙するやも知れぬが、今は共通の敵を持つ戦友として対応させて頂こう。行動を共にして貰いたい」
「不要だ。私と同胞だけで十分だからな」

にべもないモモンガさんの言葉に、なおも食い下がる戦士長。
ここは僅かでも彼の心象をよくしておきたい。

「我が主よ、ここはアインズ・ウール・ゴウンの偉大さを理解させるのも良かろう」
「ふむ、ならば存分に見せつけてやるとしようか。生を軽々しく扱う者の末路を」
「我等で敵を郊外まで釣り出すつもりだ。貴殿達にも騎兵部隊に参加して頂く。異存は?」
「……お前達は1つ勘違いをしているようだから言っておこう。あんな雑魚共はヘロヘロさんだけで十分だ。私は村の防衛に専念しよう」

騎兵部隊と聞いた瞬間に手のひらを返す骸骨。
馬に乗れるか自信がないんですね、わかります。
というか俺にもリアル騎乗スキルなんてないよ、どうすんだよ!

「しかし、それでは!」
「そちらの様子も伺っておく。必要ないとは思うが、万一の時には助力もするから安心して戦うがいい。お前達の出番があるかは知らぬがな」
「貴殿にも最初から参戦して欲しいが……仕方あるまい。では騎馬を1頭そちらに――」
「それもまた不要な気遣いと知れ。何も問題はない。さぁ、作戦を開始しようではないか」

よかった、流石はモモンガさん。
自分だけ騎馬回避を行うような人じゃないと信じていた。

いかぶしげな表情の戦士長だったが、なにせ時間がない。
モモンガさんの言葉を信じて、騎乗の号令を掛けた。

「総員、出撃!」

戦列を並べた騎兵が一斉に動き出したので、その先頭を駆ける戦士長に併走する俺。
彼は横目で俺を確認し、スッと視線を前に戻すと、凄い勢いで首ごとこちらに振り向いた。

「なっ!」
「前を見ろ、敵は間近だ」

思わず拍手したいくらいのお手本のような二度見だったが、今はロール中なので褒め称えるわけにもいかない。
だがこれからは親しみを込めて、心の中でガゼフと呼ぶことにしよう。

……いけない、どうも先ほどから情緒が不安定である。
余計なことばかり考えてしまう自分に、その原因がわからず心はモヤモヤする一方だ。
なぜだろうと考慮する間もなく状況は進展していった。

ガゼフが騎乗したまま弓を放つ。
だがあっさりと防がれ、逆に馬へ魔法をかけられたようで慌てて飛び降りた。
後に続く彼の部下が手を差し伸べようとするが、空中から迫り来る天使の方が早い。

俺はその天使に向けて白金の銃を放った。
一瞬で霧散した天使に、敵も味方も動揺している。
しかし流石は戦士長だけあり、いち早く立ち直ったガゼフが部下の手を拒絶して命令を下す。

「いらん! 反転して突撃攻撃を行え!」
『あ、出来るだけ生け捕りでお願いしますね』

デストロイじゃないんかい、と思いながら周辺の天使たちに銃弾を浴びせる。
魔法カウンター仕様なだけに、魔力の塊である天使には相性がよい。
ミスリル製の銃弾は、あっさりと付近の天使達を霧散させてしまった。

「見たことのない武器だが、素晴らしい威力だな。貴殿等があれだけの自信を持っていたことにも納得がいく」
「それよりも周囲を見ろ。予定通り村を包囲した敵はこちらに引き付けられたようだ」

いつの間にか俺とガゼフは、50人近い敵兵と天使達に囲まれている。
傍から見れば絶体絶命といえるこの状況だったが、俺はもちろんガゼフも余裕の表情だ。

「では天使共への牽制をお願いしよう。その隙にスレイン法国のマジック・キャスター達を片付ける」
『そんなの駄目ですよ、ヘロヘロさん! 中途半端に力をみせただけじゃ、抑止力として不十分です』

村長との話では俺の方が嘴を突っ込んでいたのだが、逆にやり返されると激しくうざい。
ガゼフが隣にいるので返事もままならないし、非常に迷惑である。

『手出し無用、とか言ってヘロヘロさんの力を見せつけるチャンスですよ! あ、そうだ、いっそ拘束制御術式を開放しましょうよ!』
「んなバカな」
「む、どうかされたか?」
『つい墓に住んでるなんて言っちゃいましたし、人外バレも時間の問題。ならばここは圧倒的な恐怖を思い知らせるべきです、ヘロヘロさん!』

思ったことをうっかり口に出してしまったせいで、ガゼフからは不審な目を向けられている。
モモンガさんも力をアピールしろと煩いし、もう何もかもがうっとうしい。

「巻き込まれたくなければ、下がっていろ」
「何を言っている?」
「いいから黙って言う通りにしろ。生きて帰りたいのであればな」

俺の口調から苛立ちの雰囲気を察したのだろう、ガゼフは逆らわずに素早く距離をとった。
それとは逆にようやく俺がロールに入ったと判断したのか、モモンガさんからの追加指令が入る。
イライラが頂点に達した俺は、もうどうなっても知らないと覚悟を決めた。

『今です! 例のセリフと共に変身ですよ!』
「――眼前敵の完全沈黙までの間、能力使用限定解除開始。では教育してやろう。……ブタのような悲鳴を上げろ」

思わず別場面のセリフと入れ替えてしまったが、その言葉に合わせてアバターを切り替える。
人型がドロドロと崩れ落ち、粘液の中から2頭の巨大な犬の首が生えてきた。
このアバターはわざと固定化しないよう作ったので、本体と同じようにドロドロなまま刻一刻とその姿を変えていく。

「て、天使達を突撃させよ! 近寄らせるな!」

指揮官らしき男の叫びに、動揺していた随員達が我先にと逃げ出した。
そんな状態でも指示だけは出したようで、その場にいた全ての天使達が俺へと向かって来る。
だがこの状態なら銃を使うまでもない。
気持ち悪いくらいの速度でドロドロとマジック・キャスター達へ駆け寄る。
俺の行く手を塞いだ天使達は、勝手に溶かされていくだけだ。

「ぎゃああぁ!」
「足が、俺の足がああッ!」
「来るな、化け物がぁひいいぃ!」

モモンガさんが生け捕りと言っていたので、犬達には足を噛み千切らせる。
といってもその振りだけであり、実際には溶け千切れているのだが大差はあるまい。

「ゲ、ゲートが使えないぞ……」
「いやだ、俺は死にたくない! 神様ぁぁぁ!」

悲壮感の漂う敵の姿に、ネガティブな気持ちが半端なく湧きおこる。
どうしようかと立ち止まる俺に、モモンガさんからメッセージが入った。

『うわー、すごい格好いいですよ、ヘロヘロさん。懐かしいあの頃を思い出してしまいます』
「うーん、そう言って頂けるのはこちらも嬉しいですが……。全員動けなくした方がいいですか?」
『アウラとマーレの後詰を周囲に再展開させましたので、適当に切り上げてOKですよ。あと転移阻害と対情報魔法用の攻撃防壁は張っておきましたんで』
「ありがとうございます。でもなんであの場面でわざわざ俺まで呼んだんですか?」
『片方は待機して支援がベストだとは思っていたのですが、ヘロヘロさんを優秀だと言われたのでつい舞い上がってしまいまして』
「……すみませんが、後のフォローはお願いします。俺は指揮官っぽいの捕まえて走って帰りますから」

そう言ってアバターを元に戻し、先ほど指示を出していた男を見やる。
するとパニックにでもなったのか、男は震える手で懐からクリスタルを取り出しながら叫んだ。

「貴様、さては魔神だな! ならばこちらも手段を選ばん! 生き残りたいものは時間を稼げ、最高位天使を召喚する!」
『あれはまさか魔法封じの水晶……、しかも輝きからすると超位魔法以外を封じるものですよ、ヘロヘロさん!』

モモンガさんが言葉を終えた時、既に俺の右手には水晶の輝きがあった。
ちなみに左手は、気絶させた指揮官っぽい男の首根っこを掴んでいる。

「じゃあ帰りますんで、後はお願いします」
『え、ええ、わかりました。それにしても身も蓋もないですね……』

気を失ったままの男を掴んでナザリックへと帰還した俺は、出迎えたセバスに男と水晶を渡すと、後味の悪さから逃避するべく自室へ戻って速攻で寝たのだった。






数日が経ち、捕虜からの情報収集が一段落ついた頃、モモンガさんはナザリックの主要幹部から部隊長クラスまでを玉座の間に集めて宣言した。

「アインズ・ウール・ゴウンのギルド名を不変の伝説とせよ!」

先日の初戦闘で手ごたえを感じたのか、モモンガさんは今このときも覇気に満ち溢れていた。
もともと控えめだった人柄が災いし、その反動で厨二ウィルスが一気に全身を侵食したのだろう。
一方の俺はといえばモモンガさんとは逆で、最近ずっと気分が良くない。

自分自身の行動を振り返ってみると、どうもアニメの真似をして敵を襲ったのが嫌だったらしい。
例えどんな相手であっても、必要のないアニメのセリフを言ったりしてふざけながら人を傷つけるのは間違っている。
DQNの自分とは思えないような潔癖さに俺自身も驚いているが、少なくとも俺の中にある人間の残滓はそう答えを出したようだ。

――これが、厨二病を卒業した痛みってやつか。

などと自分酔いな感じの思考に没頭していたため、気が付くと演説を終えたモモンガさんはとっくにいなくなっていた。
まだ熱気を失っていない玉座の間は居心地が悪く、俺も部屋へ帰ろうとしたのだがアルベドに引き止められる。

「デミウルゴス、モモンガ様とお話をした際の言葉をヘロヘロ様と皆に」
「畏まりました」

アルベドの言葉に従い、デミウルゴスが全員にモモンガさんとの会話を伝える。
その内容は、とても信じられないようなものだった。

「――最後にこう伺いました。世界征服なんか面白いかもしれないな、と」
「必ずや御身の下にこの世界を!」
「「「「この世界を!」」」」

こいつらが何を言っているのか、本当に分からない。
世界征服とか、モモンガさんは正気なのだろうか。
友人が遅めの厨二病に掛かったと思ったら周りもすべて厨二病患者だったとか、悪夢としか思えない。

痛々しい発言を続けている周囲の中、俺は絶望のあまり膝をついてうな垂れたのであった。






――人、それを高二病と呼ぶ。



[36036] 閑話2
Name: えいぼん◆d3fec379 ID:b1fb4ca7
Date: 2012/12/14 22:20
ナザリック地下大墳墓の第9階層――神域と呼ばれるに相応しい壮麗な廊下を、1人の少女が歩いていた。
その外見だけを見れば神域を歩くに値する、幻想的ですらある美貌を持った少女は、しかしながら容姿につり合うだけの品性を備えていないようだ。
なぜならその表情に、脂ぎった中年が欲望に顔をテカテカさせている時と同様の笑みを浮かべているからだ。

「よく考えてみんしたら、あの年増と至高の御方々を分け合う必要なんてこれっぽちもありんせんものね」

稚い手の甲で滴ってきた涎を拭うと、美しい少女――シャルティアは思わず浮かび上がってくる邪な口の歪みを押さえて表情を取り繕った。
その視界にヘロヘロの部屋の前で待機している戦闘メイドの姿が入ったからだ。

都合の良いことに、その場にいたのはソリュシャンである。
ペロロンチーノとヘロヘロの仲が良いせいか、はたまた悪趣味ともいえるような嗜好が似ているせいか、シャルティアはメイド達の中で特にソリュシャンと話が合う。
シャルティアは気軽にヘロヘロの部屋へ近づくと、ソリュシャンに声を掛けた。

「お役目ご苦労でありんすね。ヘロヘロ様はもうお休みでありんしょうか?」
「いえ、先ほどお戻りになられましたばかりですので、まだ大丈夫かと。緊急の御用件であればお取次ぎ致しますが?」
「そ、その、わた……わらわが夜伽を勤めさせて頂きたいと、ヘロヘロ様にお伝えしてくんなまし」
「シャルティア様のご希望はお伝えしておきますが、今日の夜のおつとめには既にシズが参っておりますので、後日改めてということで宜しいでしょうか」

何でもないことのように言葉を返すソリュシャン。
礼節を守りながらも僅かに自慢げな雰囲気が滲み出ているソリュシャンの対応に、シャルティアは愕然とした。
自分がアルベドと同盟だの44Pだの益体もないことを話しているうちに、このメイド達は一歩も二歩も先へ進んでいたのだ。

「ど、どど、どういうことだ……でありんすか? ままま、まさか、ソリュシャンもヘロヘロ様のご寵愛を受けているの……いなんし?」
「はい、ありがたくも床を共にさせて頂いております」

至高の41人によって生み出された存在は、役職による上下関係はあれど共に忠義を捧げる大切な仲間である。
だがそれでも嫉妬と羨望という感情が、シャルティアの口から飛び出してしまいそうになる。
そんなシャルティアの様子は、勿論ソリュシャンにも伝わってきた。

「シャルティア様、ここで騒がれるのは困ります」
「はな、話を、どういうことか、話を聞かせろ……聞かせてくりゃれ」

シャルティアの感情を無理に押し殺したような声に、ソリュシャンは少し考える。
ヘロヘロの部屋の前で待機することは、本来であれば絶対に誰にも譲れない任務である。
しかしインチキ郭言葉が体をなさなくなりつつある今のシャルティアは危険だ。
ソリュシャン自身はどうなってもよいが、休んでいるヘロヘロを煩わすことだけは避けねばならない。
ふぅ、と溜息をついたソリュシャンは、断腸の思いで口を開いた。

「分かりました。質問には何でもお答えしますから、場所を変えて頂けませんか?」
「……2時間後、わらわの部屋へ来てくんなまし」
「そんなに後でよろしいのですか?」
「お湯に入って心を落ち着けんせんと、取り返しの付かないことになりんす」

思ったよりも理性的なシャルティアに了承の言葉を返すと、ソリュシャンは事態を報告するべくプレアデスのリーダー、ユリ・アルファにメッセージを飛ばしたのだった。






「どうぞ、こちらにお掛け下さい」
「お飲み物は何に致しましょうか?」
「コーヒー、紅茶などの他に新鮮な血もありますので」
「か、肩をお揉みさせて頂きます!」

入室した途端に纏わり付いてきた吸血鬼達に辟易としながら、ソリュシャンはこの部屋の女主人が座る椅子の向かい側に腰掛けた。
シャルティアは自分でも言ったように風呂で気持ちをリフレッシュしたらしく、満面の笑みでソリュシャンに話し掛けてきた。

「よく来てくれなんしたえ。仕事を放り出させんして申し訳ないと思いんすが、どうしても話を聞かせて欲しいんでありんすぇ」
「ええ、至高の御方々のことでシャルティア様のお気持ちが一杯になってしまうのも、忠義のあらわれだと理解していますから」
「そう言って貰える友人を持って嬉しいと思いんす。時にわらわの創造主であるペロロンチーノ様とヘロヘロ様は、まるでご兄弟のような御友誼で結ばれてありんした」
「そうでしたね。えろげにおける萌えのあり方という、私共では到底理解出来ないような高尚な議論をよく交わしておいででした」

在りし日のペペロンチーノとヘロヘロの姿を思い浮かべ、しんみりするソリュシャン。
思わずシャルティアもつられそうになるが、ここが勝負どころだと踏ん張って言葉を繋げる。

「創造主同士がご兄弟同然でありんしたら、わらわ達も友人というよりは姉妹に近い付き合い方が相応しいんじゃないかと思いんす」
「シャルティア様のお言葉は嬉しく思いますが、姉妹に近い付き合いとは一体どういったものでしょう?」
「つまりわらわの物はソリュシャンの物でありんすから、例えば配下の吸血鬼と戯れんしても問題ないと思いんす」
「しかしご存知のように、私が戯れた相手は無事に済みません。ですので以前シャルティア様より厳重な注意を受けてからは、吸血鬼達には手出しを――」
「まったく問題ありんせん! 何なら今日2、3人持って帰っても構いんせん!」

シャルティアの言葉に、周囲で控えていた吸血鬼達の顔が一斉に引き攣る。
しかし無理もないことである。
ソリュシャンの戯れとは体内に相手を閉じ込めて酸で溶かしていくことなのだから。
だが事前に言い含められていたのだろう、それでもソリュシャンに対する接待の姿勢を崩さない吸血鬼達の忠誠心は見上げたものだ。
一方のシャルティアは部下達の健気な様子に一瞥もくれず、ソリュシャンの方へ身を乗り出した。

「と、当然ソリュシャンのご寵愛はわらわのご寵愛も同様、それでこそ棒姉妹……いえ、義姉妹と言えんしょう!」
「……先ほど言いましたように、シャルティア様のご希望はヘロヘロ様にお伝えします」
「それじゃ足りんせん! 例えば……そう、ソリュシャンがご寵愛を受ける夜、毛布を捲るヘロヘロ様、そこには全裸のわらわがM字開脚スタンバイ!
思わず興奮するヘロヘロ様にわらわ達が前から後ろから御奉仕、そんなサプライズをご用意するのも至高の御方々に対する真の忠義だと思いんす!」

御奉仕という行為にも真の忠義という言葉にも惹かれるものがある。
ソリュシャンとしては、そこにシャルティアが交じっていても全く問題ない。
ソリュシャンとシズがただ2人のみ寵愛を受けている現状の優越感よりも、ヘロヘロがより満足感を得られる方が重要だからだ。
ただ問題は、シャルティアが交じったことによりヘロヘロの満足感が本当に増すのかどうかである。

「しかしヘロヘロ様は、御同衾の際には1対1を好まれるようでして、私とシズと両方をお召しになったことはありませんが……」
「きっと食わず嫌いなんでありんしょう。ヘロヘロ様に新たな性癖を植え付け……コホン、新たな快楽に導いて差し上げなんしも忠実なるしもべの役目だと思いんす」
「ですが私やヘロヘロ様はスライムですから、そもそも性欲がありません。私と手をつないで眠られるだけで満足とおっしゃって頂けましたし……」
「ソリュシャンも3Pに抵抗があるかわかりんせんが、せめて先っちょだけでも……え?」
「シズもオートマトンですから、もちろん性欲なんてありませんよ」

そう言って追い討ちをかけたソリュシャンの眼前には、伝説の魔物トゥルー・バンパイヤの酷く動揺している姿があった。
これ程うろたえているナザリック幹部などソリュシャンは初めて見たし、アインズ・ウール・ゴウンの権威のためにも最後にして欲しいと願う。
やがてソリュシャンの耳に、子宮から搾り出したような階層守護者の呻き声が響いてきた。

「なん……だと……?」

ソリュシャンは自分に変な病気が感染しないよう、丁重に聞こえなかった振りをしたのだった。






その頃、王都では連日のように密議が行われていた。
王国戦士長であるガゼフ・ストロノーフが持ち帰った、信じがたい情報の検討が主目的である。

「とにかく敵対だけは絶対に避けねばなりません。でなくば確実に王国は滅び、代わりに死者達の国が生まれましょう」
「ガゼフがそこまで断言するのならば、それは否定すまい。しかし敵対を避けると言っても具体的にはどうするのだ?」

この場にいるのは王と戦士長の他、僅かに2人だけだ。
王宮の中で王の信頼出来る人物がほぼいないという事実は、この王国が斜陽であることを窺わせる。

「モモンガ殿に辺境伯の爵位と、彼等の言うナザリック地下大墳墓とその周辺の領地を与えることを具申します」
「馬鹿な、ガゼフ殿! それでは貴族派による内乱の引き金となる。そうすればこの国は帝国に侵略されて終わりだ!」

この場にいる唯一の貴族、レェブン侯が口を荒げる。
その悲痛な声にも頓着することなく、黄金の王女と庶民から呼ばれているラナーが口を挟んだ。

「国の支柱たる貴族がこの場に候お1人という時点で、かなり終わっていますけれど。戦士長の報告がなくても、この国は持って後3年だと思いますよ?」
「ラナーがそう言うのであれば、そうなるのであろうな。王家が手を打つには、なにもかもが遅すぎた……」

老齢の国王ランポッサⅢ世が、深い溜息をつく。
近年、収穫の時期を狙って毎年のように行われる帝国の侵略行為。
その度に農民兵を集めて対抗しているが、当然その分だけ収穫高が落ちる。
末期の王国らしく貴族は腐敗し、不正と賄賂と売国が平然と行われている。

民はもう限界であるのに、王は貴族派に隙を見せられずに思い切った手段が取れない。
例え黄金の王女と呼ばれる内政の天才・ラナーであっても、フリーハンドを得られなければ劇的な効果を見込めるような対策など打てやしないのだ。
しかしまだ目の輝きを失っていない戦士がここにいた。

「皆様方、モモンガ殿が率いるアインズ・ウール・ゴウンの出現は、この閉塞された状況を打破するためのチャンスなのです」
「しかしガゼフ殿の報告では、彼等はアンデッドや化け物、魔神かもしれぬという話だったではないか」
「確かにその通りですが、少なくとも彼等は理知的でありました。それに彼等自身を縛るルールのようなものが存在すると私は考えています」
「ふむ。話を続けよ、ガゼフ」

王の言葉に従い、ガゼフがモモンガとの会話で得た情報から推測した事柄を説明していく。
特に重要なのは『死に敬意を払う』という文言の解釈だ。

確定しているのは、ナザリック地下大墳墓を王国側の勢力が荒らした場合、王国は終わるということ。
墓荒しの定義には、税としてナザリックに溜め込まれた財を徴収することも含まれる。
これは戦闘後の会話ではっきりと言っていたため間違いない。

不確定な要素は、カルネ村の周辺で虐殺などをした場合、モモンガの怒りに触れる可能性が高いということ。
周辺がどこまでのことをいうのかも未確定だが、城塞都市エ・ランテルに興味を示していたことから、その近辺であるカッツェ平原も含まれるかもしれない。

「つまりもし魔神に匹敵する彼の勢力がカッツェ平原での戦争を許さないと表明すれば、帝国の侵攻ルートが労なく潰えることになります」
「うーん、そんなに都合良くいくのでしょうか。そもそもあの帝国軍に個人の勢力だけで対抗するなんて、本当に可能なのですか?」
「モモンガ殿が言うには総兵力100万と41人の軍集団だとか。私が戦闘を確認出来たのはヘロヘロ殿のみでしたが、恐らくスライム系の魔神でしょう。
彼と戦えばラナー様と親しい『青の薔薇』でもあっさり全滅すると見ました。昔話に聞く国落としを遥かに超える力を持っています」
「ガゼフ殿、そのような戦力を持つような者なのだ。いずれこの王国に仇なす可能性も高いと思うが……」
「そうならないためにも、貴族と敵対してでも彼等を優遇しなければならないのです」

ガゼフがここまでナザリック陣営を押すのは、その強さも然る事ながらモモンガの発言や行動によるものが大きい。
死の支配者と名乗りながらも力なき無辜の民を助け、剣を抜いた自分達にも寛容であったモモンガ。
彼等の引いた一線をこちらが不用意に踏み越えてしまわなければ、王国の生き残れる目はあると踏んでいる。

逆に言えば、貴族などに気を使って彼等を軽んじれば、王国どころか人類という種の危機ですらあると思っていた。
そしてガゼフの考えは、真っ先に報告を聞いたランポッサⅢ世の考えでもある。

「王国の腐敗、貴族派の陰謀、帝国の侵略……。新たな第三勢力を取り込んでテコとし、全ての戦局を動かそうぞ。綱渡りの連続になろうが、皆の力を貸して欲しい」
「「「はっ!」」」
「ではまずモモンガ殿に爵位を与える際、反対する貴族達の処分について――」

王宮は今夜も眠らない。






王都で王国の滅亡を賭けた謀議が繰り広げられているのと前後して、ナザリック地下大墳墓のアルベドに与えられた執務室でも、彼女にとって深刻な会話がなされていた。

「シズ、よく来てくれたわ。ヘロヘロ様の夜の性……生活について聞きたいことがあるのよ。今かの方のご寵愛を受けているのは、シズの他に誰がいるの?」
「ソリュシャンだけ」

シャルティアと同じような経緯でヘロヘロとメイド達の夜の営みを知ったアルベドは、彼女よりもちょっと賢かったようで、慌てず騒がずシズを呼び出していたのだ。
愛想のないシズから、少しずつ情報を引き出していくアルベド。
大体のことを聞き出し終えたアルベドは、情に訴えるかの如くシズに優しく語りかける。

「そう……。時に私とシズはタブラ・スマラグディナ様によって生み出された、ぼ……義姉妹のようなものよね」
「肯定する」

シャルティアと同じように残念な恋愛感を持つアルベドは、彼女よりもちょっとしか賢くなかったようで、いつの間にか話が似たり寄ったりの内容になっていた。
しかしアルベドはシャルティアにないものを持っている。
それは守護者統括という地位、つまりナザリックの今後に関する知識である。

「これはまだ内密の話なのだけれど、ソリュシャンはモモンガ様の密命でナザリックを離れることになるの。するとヘロヘロ様の夜伽はシズ1人になってしまうわ」
「問題ない」
「いいえ、駄目よ。サキュバスの私に言わせれば、殿方というのは1人の女性だけだと飽きてしまうの。ここはシズの義姉妹である私が力になってあげるわ」
「必要ない」

同じ創造主によって生み出されたとは思えないほど無口で機械的な反応を示すシズに、アルベドはマグマの如く滾る内心に蓋をして微笑む。
天使のような慈愛の表情を浮かべたアルベドは、優しく諭すようにしてシズに向き合った。

「必要なのよ、シズ。至高の御方々に不自由なく日々を過ごして頂くのが、貴方達メイドや私達守護者の務めなの。それを疎かにするような発言は問題があるわ。
私は貴方のことを妹のように思っている。でも、だからこそ貴方の過ちは姉の私が正さなくてはならない。わかってくれるわよね、シズ」
「マスターは自分探しの旅に出る。だから必要ない」
「シズが新たにご寵愛を受ける私に不満を抱くのもわかるけど、せめて先っちょだけでも……え?」
「昨日一緒に寝た時、マスターが言ってた」

これ以上ないくらいにうろたえるナザリック最高幹部の姿に、シズはこの拠点の防衛体制が心配になり頭を巡らせる。
やがてシズの耳に、直腸から搾り出したような守護者統括の呻き声が響いてきた。

「なん……だと……?」

シズは無言で素早く退出し、変な病気が他の人に感染しないよう執務室の扉を閉めたのだった。



[36036] 第08話
Name: えいぼん◆d3fec379 ID:b1fb4ca7
Date: 2012/12/23 02:00
カルネ村の一件で俺の抱いていた気持ち悪さの根源に気がついたおかげで、自身の問題が明確に浮かび上がった。
それは俺が今まで発言してきたことと、実際の行動との乖離である。

そもそも俺はカルネ村でモモンガさんの空気の読めなさを心の中でツッコんでいたが、今になって振り返ると明らかにこっちの方が間違っている。
なぜならモモンガさんは死の支配者として徹頭徹尾ロールしていただけで、退かぬ媚びぬ省みぬの方針に手の平を返したのは俺の方だったからだ。

ナザリック地下大墳墓を隠すかどうかの話し合いの時には、悪として倒されるならそれでいいと単純に考えていた。
だが考慮すべきはそこではなかったことを先日の一件で理解した。
俺には悪として相手を殺す覚悟こそが必要だったのだ。

笑いながら村人を襲っていた騎士達を殲滅する――これは全く問題ない。
しかし村人を助けに来た善玉であるガゼフ達と敵対するというのは、抵抗感が半端ではなかった。
もちろん不当に領土を占拠している俺達なのだから、国を敵に回すことは拠点を隠さなかった時点で分かりきっていたことである。
つまり罪のない兵士達を殺戮する側に回ってしまうというのは不可避であるのだ。
だからモモンガさんも拠点バレ程度で今更オタオタしていなかったし、これは俺の想像力が足りていなかったとしか言いようがない。

こちらが仕掛けてしまった侵略行為自体の是非については、ひとまず脇に置いておこう。
一番の問題は、俺自身の腰の定まっていないっぷりが酷いということだ。

借り物の力、スライムの本質、人間の残滓。

それらを消化して己の身の丈を知ることこそ、今の俺にとって最も重要な課題といえよう。
このままでは栄えあるアインズ・ウール・ゴウンの名に泥を塗るだけである。

「本当に行かれてしまうのですか、ヘロヘロさん」
「はい。今のままではモモンガさんの足を引っ張るだけの存在になってしまいますし」

あれから俺は、モモンガさんと何度も話し合った。
俺自身のことも、モモンガさんのことも。

俺がカルネ村の一件で感じた気持ち。
モモンガさんの行動に対する思い。
自分自身を振り返って考えたこと。

何日にも渡って色々と相談した。
そうして出した結論は、俺がナザリックを一時出奔するということだった。
これは俺だけのためではなく、モモンガさんのためでもある。

「確かに私も、ヘロヘロさんがいるということで浮かれ過ぎてしまった場面もありましたが……」
「少し間を空けて互いの距離感を確認する意味でも、俺の旅立ちの意思は変わりません」
「本当に戻ってきて下さるのですよね?」
「もちろんですよ、モモンガさん。俺の帰る場所はここ以外にありません。それにナザリックがピンチの時にはいつでも駆けつけますよ!」

実際問題、王国がナザリック地下大墳墓に攻め込んで来る可能性は高いと思う。
そうした事態になった場合は、ことの善悪はおいてもとにかく参戦するつもりである。
なぜなら傍観してモモンガさん1人に責任を負わせるような腐った行為だけは絶対にしてはならないからだ。

「これ以上の引き止めは野暮になりますね……。ヘロヘロさん、どうかご壮健で。道中の無事を祈っています」
「ありがとうございます。必ず一回り成長して帰ってきますから。その時には、また一緒に冒険に行きましょう!」

モモンガさんと拳を打ち合わせ、俺は背中を向ける。
歩き出す俺は、モモンガさん達の方へは決して振り返らない。
なぜならこれは、別れではなく旅立ちなのだから。






「……え?」

ナザリックを出立して半日余り。
俺は心底びっくりしていた。

「なんでロボ子がここにいるの?」
「マスターが心配」

なぜかシズが付いてきていたことに、今の今まで俺はまったく気づかなかった。
一度も後ろを振り返らなかったことが、まさかこんな結果に繋がるとは……。

「いやいや、これは1人旅だから。付いてきちゃ駄目だって」
「マスターは1人旅とは言っていなかった」
「だからって、勝手に抜け出してきちゃ駄目だろ」
「誰からも止められなかった」

言われてみれば、ナザリックの面々には自分探しの旅としか言っていない。
あまりにもシズが自然に付いてきたので、誰もが元々そういう予定だったのかと誤解したのだろう。
もう結構な距離を歩いてきているが、拠点へ戻るだけならリターンの魔法を使えば一瞬だ。
帰るように命令してリターンのスクロールを渡すと、なんと基本的に無表情なシズが表情を歪めて泣き出した。

「そんなギミック、いつの間に搭載してたんだよ!」
「か、感情の、ヒッ、閾値が、一定を超えると、ヒゥッ、ウアアアァァァン!」
「ちょ、待て。本当に待って! 分かったから、俺が悪かったから!」
「ウゥッ、もう帰れって言わない?」

子供かっ!
と思ったが、多分そういうAIを組み込んだ犯人は俺なので文句も言えない。
あれほど格好をつけて出発した当日に連絡を取るのはかなり恥ずかしいが、背に腹は変えられない。
俺はスクロールを使って、モモンガさんにメッセージを飛ばした。

「すみません、モモンガさん。今大丈夫ですか?」
『えー、あれだけ感動的に別れたのに……。まぁそれもヘロヘロさんらしいですけれどもね。一体どうしたんですか?』
「ロボ子が付いてきてしまったのですが、そちらは問題ないですかね?」
『あれ、もしかして1人旅の予定だったのですか?』

やっぱりモモンガさんも誤解していたらしく、ソリュシャンには別件の任務を与えていたのでシズを連れて行くと思っていたそうだ。
というか1人旅のつもりだと知っていたら、モモンガさんは断固反対だったようである。
そう言われると、ただでさえピーキーな性能のアバターであるのだから確かに1人では危険度が高い。
俺と同じガンナーであるシズとのコンビでは相性がさほど良くないが、純粋に複数人いるだけでも色々なフォローが効くだろう。

『それにオートマトンは簡易ポタの設定でしたよね。それならちょっと顔を見せに戻って来ることも出来るじゃないですか』
「確かに行きはシズに飛ばしてもらって、帰りはモモンガさんに頼ればいいですからね」

オートマトンであるシズの持つギミックの1つに、ポータル機能というものがある。
ポータルとは簡単に言えば拠点に戻るためのアイテムであり、また拠点から設定した場所へワープの魔法で移動するためのものでもある。
ゲーム中では第10階層から動かないシズには全く不要なギミックであったが、この状況ならば役に立つ機能ではある。

「しかし家出した子供じゃないんですから、そう簡単に戻るわけにもいかないですよ」
『そんなことをおっしゃらずに、どうかお願いします。やはりこちらも寂しいですし……』

まぁ今までのように毎日べったり一緒にいるという状況に戻るわけでもない。
ゲートも使わず徒歩で移動するくらい旅という形式に拘っていたのだが、モモンガさんの気持ちを考えると無碍には断れない。

「……別に旅を止めるわけでもないですし、モモンガさんがそこまで言うならちょくちょく戻ってもいいかも知れないですね」
『そうですよ! では早速今から――』
「いやいや、早いですって! それにロボ子が1人で野宿になってしまいますし、もう少し落ち着いたらそちらに顔を出しますから」
『……わかりました、ではお待ちしていますので。また何かありましたら、いつでもメッセージを入れて下さいね』

挨拶を交わしてメッセージを切る。
モモンガさんの愛情というか執着心に少しヤンデレの匂いを感じたが、まぁこちらを思ってのことだと無理やり納得してシズに向き合う。

「一応モモンガさんの了解は得たから、付いてきて問題ないよ」
「サーイエッサー、マスター」
「そろそろ夜営の準備でもするか」
「サーイエッサー、マスター」

さっきまで大泣きしていた子とは思えないシズのロボロボしい態度に、それはそれでアリだなと思う旅立ち初日の感想であった。






カルネ村の一件から、俺はこの期に及んでまでロールをする気持ちはなくなっていた。
だが一方で素の己を曝け出すのも、このアバターに対する冒涜だと考えている自分もいる。
これは遊びがどうとかの問題ではなく、ロールプレイヤーとしての矜持である。

妥協点としては、シズのような無口キャラを目指すというのがベストではないかと思う。
口数を減らせば外見に合った中身に見えるし、無理に中身を外見に合わせようとする必要もない。
それに無口主従というのもなんだか格好良いような感じがする。

だから俺はどんな場面でも、出来るだけベラベラと口を開かないようにしようと決めた。

「ひょう、見たこともねぇような上玉じゃねぇか!」
「こいつぁ高く売れそうだぜ!」
「ちっと待てよ、そりゃ俺達が楽しんだ後の話だ!」
「そうだそうだ。こんな上玉、今を逃したら一生味わえねぇからな!」

たとえこういう風に、お約束な感じの盗賊が登場した場合でもだ。

人間が同種とは思えないという考えは、モモンガさんも俺も共通だ。
しかし数日の話し合いの中で分かったことがある。
モモンガさん的に人間は、アリを見るような感じなのだそうだ。
だが俺にとって彼等は、犬と相対しているような感覚なのである。

野良犬が保健所で処分されたと聞いても、別に心は痛まない。
飼い主の言うことをよく聞く忠犬が殺されるのは、可哀想だと思う。
たとえ外道な狩猟犬でも自分が殺さなくてはならない場合、不快な気持ちになる。

「おら、おめぇはさっさと死ね!」
「ぎゃはは、このクズ野郎が!」

だが狂犬を殺処分するのに、なんら躊躇いは覚えない。
盗賊達は俺に剣を突き立て、すぐにその異常性に気が付いた。

「なっ! け、剣がっ!」
「馬鹿な、溶けてやがる!」

溶けて壊れた剣を取り落とし、尻込みをする盗賊達。
俺は一番近くにいた男の口の中に漆黒の銃を捻じ込み、ゆっくりと引き金を引く。

「っぷがぁ……」
「ひ、ひいぃ!」

一瞬で頭の中身が弾け飛んだ仲間の姿に、盗賊達は恐慌状態に陥る。
そんな奴らの1人を背中から踏みつけ、別の男に向けて再度発砲する。

「ぎゃあ!」
「なんなんだ、こいつ!」
「逃げろっ!」

胴体に大穴が開き、ドロドロに焼け爛れた内臓が零れ落ちる。
しかし誰も男を助けようとするどころか、もはや一瞥すらしない。
俺が足でキープしている男を除き、全ての盗賊達が一斉に背を向けた。
それを見て、俺はシズに向けていた左手を下ろす。

ガガガガガッ!

その瞬間、地響きのような音が砂煙を巻き起こす。
しばらくして静まり返ったその場には、肉片が撒き散らされているのみだった。

「た、助け、助けてくれ! もう盗賊から足を洗う、だからっ!」

足の下から、そんな叫び声が聞こえてくる。
だがこの男には、大事な役目があるのだ。

「やめて、やめてくれ、助けて、いぎいぃ!」

手の平から出した酸の触手を、男の側頭部に突き立てる。
溶かすというよりも、啜るという表現の方がこの状況に即しているだろう。
スライム種のアビリティの1つ、吸収である。

ビクビクと蠢いていた男の抵抗が弱くなるのと反比例して、俺の中にどんどん知識が流れ込んで来る。
その首から上が消滅した時点で、俺は吸収を止めて男から手を離した。

「ふう、法国の工作員ほどじゃないけど、帝国の情報をそこそこ持ってたな」
「お疲れさま、マスター」
「少し情報を整理しながら歩くから、周囲の警戒は頼んだ」
「サーイエッサー、マスター」

東に向かって歩いてきたが、どうやらこの辺は既にバハルス帝国領であるらしい。
その帝国の裏情報を中心とした、如何にも盗賊らしい知識を持っている。
なかなか食べ応えのある情報で嬉しくなった。

特に素晴らしいのは、この男が心底下種であると確信できたことだ。
以前吸収した工作員の男は外道ではあったが本人なりの信念もあり、かなり気が咎めてじっくりと知識を咀嚼することが出来なかった。
その点を考えるとこの男は俺の餌にピッタリであり、全てを強奪しても知識欲を満たした喜びの感情しか湧かない。

「しかし知識の収奪は、やってみるとかなり楽しいな」
「マスターはスライムなのに吸収は初めて?」

しまった、シズが一緒だとめったなことを口走れない。
知識の吸収はゲーム内の設定であり、実際にはプレイヤーを吸収した際の一時的な相手スキル使用権や身体能力UP効果だった。
俺は適当に誤魔化しながらシズとの会話を続ける。

「今まではヨルムンガンドを吸収するくらいだったからな」
「そう」
「しかしこれだけ便利なら、盗賊だけじゃなくて貴族や王族なんかも吸収したいもんだけど……」
「持ってくる?」

シズの提案は魅力的だ。
俺とシズの能力を考えれば、どんな相手でも簡単に人攫いして吸収出来るだろう。
スライムの本性らしく知識を持った餌として人を認識しつつある今ならば、前よりも抵抗感なく喰えるかもしれない。

「いや、止めておこう」
「了解」

しかし俺はアインズ・ウール・ゴウンの一員、PK野郎と墓荒し以外への手出しはご法度である。
個人的にも自分の都合だけで殺人を犯そうとは思わない。
スライムらしさに引き摺られるだけでなく、こういう気持ちも大事にするべきだろう。
これらの感情を全て己のものとして統合し自覚するのが、この旅の目的であるのだから。

(どこぞに知識のあるクズは落ちていないものか……)

そんなことを考えながら、俺とシズはとりあえずの目的地である帝都アーウィンタールを目指すのであった。



[36036] 第09話
Name: えいぼん◆d3fec379 ID:b1fb4ca7
Date: 2012/12/23 02:08
「名前と職業、アーウィンタールに来た目的は?」
「俺はヘロヘロ、流れの傭兵だ。目的はフェメール伯爵からの依頼だ」
「ヘロヘロ様の従者でシズ」

盗賊から奪ったフェメール伯爵の家紋が入った鑑札(贋物)を見せて通行料を多めに渡すと、検問所の兵士は俺達の人相を一瞥してすぐに通行許可を出した。
アンダーグラウンドな知識をそこそこ持っていた盗賊のおかげで何の問題もなく城門を通過した俺達は、こうして帝都アーウィンタールに足を踏み入れたのだった。

「凄いな、石畳だ」
「そう?」
「途中に立ち寄った村々の様子から考えればな」
「そう」

この石畳1つをとっても帝国の繁栄ぶりが伺える。
帝都のわりにおざなりな検問所の対応は、大量の物資と人材が流入していることが最も大きな要因といえるだろう。
流通と発展は双子の兄弟のようなものだ。
検問を厳しくすれば流通を阻害し、それは発展の妨げになる。

だから帝都に入るのはそれほど難しいことではない。
しかし就職して帝都に定住するとなれば話はまったく異なる。
厳しい審査を経て市民証を取得しなければ、帝都内では表の職業にありつくことが出来ないからだ。

では流民などへの対応はどうしているのかというと、検問所から移民登録所へ送られるのだそうだ。
そこで各人の経歴と技能と調べられて、各地の農村や都市に再配置されるらしい。
冒険者ギルドですら数年前から流れ者などの身元不明者は登録出来ない仕組みになったという。
これは冒険者など必要としないほど帝国正規軍が充実している証拠だろう。

しかし光があれば必ず闇が生まれるように、非合法な仕事というのは絶対に無くならない。
伯爵からの依頼という言葉と鑑札だけで城門を通ることが出来たのは、流入量の問題だけではなく実際にそういうアンダーグラウンドな仕事の需要が帝都にもあるからだ。
もし正規の仕事であれば依頼内容まで説明する必要があったし、逆に検問の兵士が詳しく尋ねて来ることもなかった。
身元を伯爵に確認することなく通行許可が出たのも、つまりはそういうことなのだ。

「どうする?」
「盗賊から得た情報によると、冒険者のドロップアウト組が集まる酒場があるらしい」
「依頼を受ける?」
「ああ。旅をするにも軍資金がいる」

盗賊が持っていた金もそろそろ底をつく。
手持ちのアイテム類を売れば資金には困らないが、こちらの世界で働くのも経験だ。
頭の中で地図を描きながら石畳の中央道路を折れてしばらく進むと、やがて猥雑な雰囲気の中に建つ一軒の酒場に辿り着いた。

「よう、らっしゃい」
「オーダーを寄越せ」
「おいおい旦那、まずは自己紹介くらいしたらどうなんだい」
「ヘロヘロ、流れの傭兵だ」
「従者のシズ」

言えるチャンスになると、反射的にロールのセリフが出てしまっていけない。
だが若そうな店主は、そんな俺に気を悪くした風でもなく言葉を続ける。

「まぁ依頼は山ほどあるがね。しかし旦那、腕の方は?」
「エキスパート」
「へぇ、随分と自信あり気だね。おいっ」
「ロボ子、控えていろ」

奥のテーブルから筋骨隆々の男が店主に促されてこちらに近づき、そのまま無言で俺の顔面を思い切り殴りつけた。
非力なモモンガさんが力を入れただけでも崩れてしまうほどの脆いアバターだが、さすがに撫でられた程度でしかなかった男のパンチくらいではびくともしない。
もっとも仮に強い力が篭められていたら今頃は男の手首から先が無くなっていたはずなので、威力が全然なかったのはお互いにとって幸運な結果だったといえる。

さてどうしようかと、この後の対応を考える。
ふと横を見れば待機しているはずのシズが、男の暴力に反応して両腕を掲げようとしていた。

「待て、殺すな」
「なぜ?」
「言葉には言葉、拳には拳、命には命だ」

ハンムラビ法典のようなことを言ってシズを宥め、まったくダメージを見せない俺に唖然としていた男の肩を掴んだ。
そのまま手加減したグーを相手の顔面に入れようとしたのだが、なぜか既に男が絶叫している。

「か、か、肩があああぁ!」
「……力加減を間違えた」

今までの人生で暴力に晒されたことなどほとんど無かったため、どうやら手に必要以上の力が入ってしまったらしい。
俺が骨の砕けた肩から手を離すと、男はほうほうの体で酒場から飛び出していった。

「後は奴を唆した店主への罰だな」
「わわ、悪かったよ! 旦那の力はわかった! 割のいい仕事を紹介するから、許してくれ!」
「あの男への見舞金も出してやれ」
「もちろんだとも! だから勘弁してくれ!」

あの男の怪我が十分な脅しになったようだし、これ以上店主を追い詰めても仕方がない。
気を取り直して、店主が持ってきた依頼書の束を確認していく。
こうして字が読めるのも盗賊のおかげであり、彼が脳の養分になってくれたことに感謝しつつ俺はその中から1枚の羊皮紙を抜き取った。

「これにしよう」
「旦那、確かにこいつは割のいい話なんだが……」

俺が選んだのは、王国との境界にある山脈に住むストーンゴーレムの魔石集め。
盗賊から奪った鑑札に書かれていたフェメール伯爵の依頼だったので何となくこれにしたのだが、店主が言うには初めての客に任せられる仕事ではないそうだ。
ストーンゴーレム自体が強敵であるのに加えて、場所がドワーフの王国との境目であることもやっかいな問題だと説明される。

だがそう言われれば行きたくなるのが人情である。
ドワーフの存在にもそこはかとなく興味があるし、そもそも受けさせたくないなら依頼書を混ぜるなという話だ。

「これに決めた」
「……わかったよ、旦那。粒の大きいのを最低でも5個以上は欲しいそうだから注意してくれ。期限まではかなりの猶予があるから、くれぐれも慎重に頼む」

そう言いながら、店主は依頼書とフェメール伯爵の家紋が入った鑑札(本物)を渡してくる。
後で盗賊の持っていた贋物と見比べてみようと思いながら、店主に宿のことを尋ねる。

「ここで宿も取れるのか?」
「悪いがやってない。適当に探してくれ」

そう店主に言われて頭を悩ます。
今まで色々と助けられてきた盗賊の知識には、残念ながら後ろ暗い宿しかインプットされていなかったのだ。
そこへ店内の客の1人が声を掛けてきた。

「よう旦那、俺はヘッケランってもんだ。よければ俺の定宿を紹介しようか? 安くはないが清潔で建物がしっかりしているし、なにより飯が美味い」
「ありがたいが、なぜだ?」
「旦那みたく強い奴とは知り合いになっておきたいし、さっきのアイツへの見舞金ってのが気に入った」

アイツも悪い奴じゃないんだ、と言いながら笑いかけてくるヘッケラン。
十人並みの容姿だが、自信に満ち溢れている雰囲気のせいで人を引き付ける魅力を感じる。

こういう繋がりも必要だろうとヘッケランの誘いに乗り、歌う林檎亭という彼の定宿へ連れて行ってもらった。






こちらが一区切りついたので、宿にシズを残してポータル機能でナザリックに帰還した。
すると指定場所である円卓では、モモンガさんが1人で頭を抱えていた。

「どうしたんですか、モモンガさん」
「あれ、ヘロヘロさん。お帰りなさい」
「ただいまです。それより悩み事ですか?」
「ええ、それが王国から使者がありまして……」

なんでも勅使の先触れだそうで、到着は明日だという。
どんな内容かまではわからなかったそうだ。

「そういうのは連絡して下さいよ」
「しかしヘロヘロさんのご迷惑になるかと思いまして」
「俺に出来ることは多くないですけど、モモンガさんのご相談に乗るくらいならお安い御用ですから」
「……すみません、では明日は一緒に立ち会って貰えますか?」

モモンガさんからのお願いに快諾して、さっそく協議を始める。
問題は会談の内容である。

「やっぱりモモンガさんも、宣戦布告だと思いますか?」
「私もその可能性が高いと思います」
「向こうが攻めて来るなら倒すしかないとは思いますが……、やっぱり不可避ですかね?」
「ふむ、そんなにヘロヘロさんの気が進まないのであれば、デミウルゴス案を採り入れれば――」

モモンガさんは使者を帰した後にアルベド、デミウルゴス、セバスと4人で会議をしたそうだ。
その中で不採用としたデミウルゴス案とは、文武百官を並べた玉座の間での謁見であった。
つまり勅使を完全に下とすることでナザリックの存在感をアピールする作戦だったが、大げさ過ぎるし恥ずかしいからと却下したらしい。
しかしこの案で王国を威圧した後に譲歩を加えることで、戦争を回避出来るのではないかとモモンガさんは言う。

「別に我々は地位も領土も欲していませんし、ナザリックの自治権さえ認めて貰えれば王国の風下に立っても構わないですしね」
「モモンガさん……」

デミウルゴス曰く世界征服が真の目標だったはずのモモンガさんがこんなことを言い出したのは、間違いなく腰の定まらない俺のためだろう。
しかし俺は果たしてこの厚意を受けていいものだろうか。
もしこの気の優しい死の支配者が、俺のせいで王国に便利使いされるようなことになったら……。

「お気持ちは嬉しいですが、そこまで妥協するのは止めましょう。もし王国が我々の主人面をするようなことがあれば、その時は戦争です!」
「よろしいのですか?」
「はい、覚悟を決めました。それにモモンガさんが王国に媚びへつらうなんて守護者やメイド達が悲しみますし。……俺もそんなのを見るのは嫌ですから」
「わかりました。ではアインズ・ウール・ゴウンの皆に恥じない態度で、堂々といきましょう!」

とは言え俺達は全面戦争を望んでいるわけではない。
どこまでがアインズ・ウール・ゴウンの誇りを傷つけずに妥協できる範囲か、その線引きを決めるために俺とモモンガさんは夜遅くまで話し合った。






「リ・エスティーゼ王国の勅使、ラナー・ティエール・シャルドロン・ランツ・ヴァイセルフ王女がお目通りをしたいとのことです」

デミウルゴスの言葉に内心で驚く。
そういえば昨夜は勅使の身分を聞き忘れていたが、まさか王族が直接来るとは思わなかった。
これはもしかしたら、宣戦布告ではないのかもしれない。

「よくぞ来られた、ラナー王女。私がナザリック地下大墳墓の支配者、アインズ・ウール・ゴウンのギルド長モモンガだ」
「歓迎を心から感謝致します、モモンガ様」

自然と玉座の下に跪いたラナー王女の口から、滑らかに言葉が紡がれる。
今この場には骸骨姿を曝け出しているモモンガさんを始め、悪魔や昆虫などの異形が勢揃いしているというのに随分と図太い神経の持ち主である。
尤も肝が据わっているのはラナー王女のみで、護衛として付いてきた者達などは玉座の間に入ることすら出来ていなかった。
さんざん時間を掛けた挙句に護衛対象から待機を命じられてしまうなんて、近衛騎士としてどうなのよと思わざるを得ない。
そうこう考えているうちに、ラナー王女が再び口を開いた。

「リ・エスティーゼ王国の国王ランポッサⅢ世陛下は、死の支配者であるモモンガ様とナザリック地下大墳墓に敬意を表し、この地の領有を正式に認める用意があります」
「ふむ、なかなかに話のわかる国王ではないか」
「相互不可侵の約定の証として、ナザリック大公の称号をアインズ・ウール・ゴウンのギルド長であるモモンガ様に贈らせて頂きます。これは無論、王国の役職名ではありません」
「うむ、では今後はそう名乗らせて貰おう」

なるほど、ここでミソなのは相互不可侵という言葉なのか。
つまり王国がナザリックを攻めない約束と見せかけて、俺達が王国へ侵攻することを言葉だけで防ぐつもりのようだ。
どちらにせよ俺達に侵略の意図はないのだし、むしろ好都合であるといえよう。

「しかし国の恥を晒すようで恐縮なのですが、モモンガ様に大公位を贈らせて頂くに当たり反発する貴族達がおりまして、我が国では内乱の危機が高まると予想されます」
「つまり大公の位を授けてやったのだから、我々ナザリックの力を国王側に貸せと?」
「いいえ、とんでもありません。私達が懸念しているのは、反乱した貴族達がナザリック地下大墳墓やこの近隣の村を襲うことでございます」
「お前達が身の程を弁えているようでなによりだ。よし、確か城塞都市エ・ランテルは王領だったな。ならばその辺りまでは私が守ってやろうではないか」

この付近で死が軽々しく撒き散らされるのは不快だからな、とモモンガさんが嘯く。
思いのほか都合の良い方向に話が進んだので、ついリップサービスをしてしまったのだろう。
そんなモモンガさんの言葉に、ラナー王女がびっくりするほど喰いついた。

「ほ、本当によろしいのですか? エ・ランテルは毎年のように帝国からの侵略を受けている都市なのですが」
「……うむ、任せておくが良い。このナザリック大公、一度口に出したことを翻しはせぬ」
「ありがとうございます! 彼の地の領民に成り代わりまして、大公に御礼を申し上げます」

モモンガさんがしまったと言いたげにこちらをチラ見するが、今更どうしようもない。
会談を終えた後は一行をゲストルームで歓待したのだが、定期的な情報交換や人材交流、国交等の話を煮詰めようとするラナー王女に防戦一方の俺達。
内乱の話もあるのだからこちらはゆっくり進めようという方向でなんとか落ち着いたが、ラナー王女の頭のキレには脱帽だった。

またスレイン法国の暗躍についても忠告された。
彼等がナザリック勢を魔神と認定した場合、王国以外の周辺国が一斉に攻めてくる可能性があるのだという。
そんなモモンガさんに大公の称号を贈ったりして大丈夫なのかと思うのだが、王国の傘下に入るわけじゃないのでまだしも言い訳が立つのかもしれない。
それとも俺達と一蓮托生くらいの気持ちでやっていきたいというニュアンスを匂わせていたラナー王女を、その言葉通りに信じてもいいのだろうか。
うーん、ここは水面下でのアプローチが出来ないほど王国の内情はよくないと考えるべきかな……。

こうして後々の波乱を含みつつも、王国との会談は無事に終了した。






会談とその後の歓待で、時刻はすっかり夜である。
ラナー王女達はナザリックに宿泊し、明日は近郊の城塞都市エ・ランテルに立ち寄るそうだ。
今後の話はまた次の機会にということで、俺はモモンガさんにシズの元へ飛ばしてもらったのだが。

「マスター、ヒック、全然、帰って来ないし、グスッ、連絡も、ウアアアァァァン!」
「うわ、待て待て、隣の部屋とかに聞こえるから! 悪かった、俺が悪かったから!」
「ウゥッ、もう1人ぼっちにしない?」
「いやいや、お前ポータルだろう! 役割放棄すんなや!」

その日、帝都では一晩中女の子の泣き声が響き渡っていたそうである。



[36036] 第10話
Name: えいぼん◆d3fec379 ID:b1fb4ca7
Date: 2012/12/24 17:38
鬱蒼とした森が広がる山腹で、ひた走る俺をストーンゴーレムの集団が木々を薙ぎ倒しながら追いかけて来る。
俺が木々の間を抜けて走っていると、やがて不自然に空いている広場――キルゾーンが見えてきた。
そのまま広場を通り過ぎる俺の後を追って、ストーンゴーレム達が姿を現した。

「ターゲット確認、ロックオン」

轟音と共にストーンゴーレム達へ降り注ぐ鉄のシャワー。
瞬く間に広場は砕けた石と弾丸で埋め尽くされた。

「ターゲットの完全沈黙を確認」
「よくやったな、ロボ子」

俺はひとしきりシズを褒め称えた。
こうしないと奴は、なんとロボの癖に拗ねるのだ。
忠誠心ェ……と思わなくも無いが、泣いたり拗ねたりのお茶目機能を入れた犯人もやはり俺なのだろう。
ナザリックを支配しようとしているペンギン――エクレアの存在もそうだが、どうやら性格は設定や機能に引っ張られるようだ。
個人的にはガッチガチの従者魂を見せられるより気楽なので、シズの従者とは思えない無口さや態度は気に入っているから問題ない。

「さて、魔石を拾うとするか」
「サーイエッサー、マスター」

一点貫通に特化した俺の銃だと、倒した後に改めてゴーレムを砕かねばならないので効率が悪い。
わざわざキルゾーンまで引っ張って蜂の巣にしたのも、魔石を拾いやすくするためだ。
シズと手分けして魔石を探しながら雑談に興じた。

「ところで褒めるのはいいんだけど、なんかリアクションはないのか?」
「頭を撫でながらだとオプションが付く」

非常に興味が湧いたので、シズに近づいて褒めながら頭を撫でる。

「へぅ……」
「いやいや、無表情のままだし」
「胸を撫でながらだと表情も変わる」
「どんなセクハラだよ!」

シズにツッコミを入れたのが引き金となり、ふいにまだナザリックを得ていなかった当時のことを思い出した。
当然プレアデスなんて影も形もなかった頃の話だが、確かペロロンチーノさん達と変態紳士らしいメイドの褒め方を考えようみたいな話題になった時に……。

「認めたくないものだな、自分自身の若さゆえの過ちというものを。……ん?」

昔のアニメの名台詞を口にした瞬間を見計らっていたかのように、モモンガさんからメッセージが入った。
ちなみに当時の俺は社会人になったばかりの10代であり、ギリギリ若さゆえの過ちだと言い張れると信じている。

『こんにちは、ヘロヘロさん。今お忙しいでしょうか?』
「どうも、モモンガさん。こっちは大丈夫ですよ」
『実は先日の会談の件で色々と考えが煮詰まりましたので、そろそろヘロヘロさんとも一度お話をさせて頂きたいのですよ』
「そういうことなら急いだ方がいいですね。今出先なのですがキリのいい所でシズに送って貰いますよ」

帝都からこの山脈までは人外な俺達のペースで歩いても1週間ほど掛かる。
ストーンゴーレムの魔石も既に10個ほど集まっているので依頼は達成しているし、問題のシズもきちんと言い聞かせてやれば大丈夫だろう。
本当はこの近辺に住むというドワーフに未練があったが、こればかりは仕方がない。

『出先って、ヘロヘロさんは帝都ではないのですか?』
「今は俺とロボ子でクエスト中なんですよ。ストーンゴーレムを狩りに中央山脈に来ています」
『えええっ、いいなぁ! クエストとか響きが素敵過ぎますよ!』

モモンガさんの喰いつきがやたらと良い。
尤もこういうのが嫌いであれば、DMMO-RPGのユグドラシルをプレイなんかしないだろうが。

『ナザリック大公なんて肩書きは、冒険者をするには邪魔ですよね』
「うーん、変装して身分を隠すとか、やりようはあると思いますが」
『デミウルゴスやアルベド達も大公位には微妙な反応でしたし……』
「まぁまぁ、その辺の話もナザリックに帰ってからということで」
『わかりました。ではお待ちしていますね』

モモンガさんとの通信を切り、俺はシズへと向き直る。
ヘッケランのフォローがなければ宿屋を追い出されていたであろうシズの大泣きを、こんなところでやられてはたまらない。

「取引だ、ロボ子。お前は俺の命令に従う、その代わり俺はお前のお願いを聞く」
「なんでもいい?」
「そこは交渉だ。俺からの命令は、この場で俺をナザリックに送った後、魔石を拾ってから1人で帝都に向かうこと。多分その途中で合流出来ると思う」
「傍を離れる時間だけ、抱っこ」

タブラ・スマラグディナさんの設定だと、シズは無口無表情だが精神的に幼く甘えん坊だった。
しかし妙齢の大和撫子風美女であるシズには似合わないことこの上ない。

「ああ、ギャップ萌えだったっけ、タブラさんは。……まぁいいか。ロボ子、その条件を飲むからナザリックに送ってくれ」
「サーイエッサー、マスター」

人間を止めたせいか、シズにくっつかれても照れをあまり感じずにいられる。
だからシズが甘えたいと言うなら、こちらに拒否する理由はない。

俺はシズの胸を優しく撫でて労をねぎらうと、さっそくナザリックへリターンした。






円卓には既にモモンガさんが座っていて、俺が着くと手ずから紅茶を淹れてくれた。
アインズ・ウール・ゴウンのメンバー以外は円卓への立ち入りを禁止しているので、メイドに頼むことが出来ないからだ。
挨拶を交わしながら紅茶を飲んで一息ついていると、モモンガさんが話を切り出した。

「まず王国への今後の対応から相談したいのですが」
「了解です、モモンガさん」
「あの時の会談や歓待で思ったのですが、やはり私達は一般人に過ぎないです」
「ラナー王女は凄かったですからね……」

会話の機微に聡いとか、話題の誘導が上手いとか、そういったことではない。
ラナー王女の気品や物腰に、王族の匂いがプンプンしていたのだ。
つけ加えるなら人材交流などの具体的な内容を即座に考える能力などにもびっくりしたが。

「国のために大を生かして小を捨てる、みたいな感じが凄く王族っぽかったですもんね」
「ええ。あれが上に立つ者のあるべき姿なら、私の演技力では無理だと思い知らされました」
「別にモモンガさんが同じ真似をしなくてもいいのでは? デミウルゴスあたりに交渉を丸投げするとか」
「私もそう思ったのですが、折角王国と良い関係を築いていけそうな所なのにデミウルゴスにやらせて破綻するもの嫌ですし……」

今後の交渉をデミウルゴスに任せればナザリックが有利になるよう上手くやるだろうが、モモンガさんの懸念も理解出来る。
会談での雰囲気を考えるに、守護者達は王国との交渉自体を不要と考えているのが丸分かりであったからだ。
歓待ではセバスとメイド達が中心の人員配置だったので問題なかったが、その点を考えるとデミウルゴスに委任するのは如何にもまずい。

しかしモモンガさん個人としては、本当に王国と協調路線で良いのだろうか。
以前デミウルゴスがモモンガさんから世界征服の話を聞いたと確かに言っていたのだが。
もしモモンガさんが本気で考えていたら黒歴史な意味で気まずいと思ってノータッチだったが、ここは確認しておくべきだろう。

「ところでモモンガさん、世界征服を目指しているって本当なんですか?」
「プフッ、そ、そんなわけないじゃないですか! 一体誰がそんなことを!」

モモンガさんが骨髄っぽいものを噴き出した。
とっさに距離を取ってなんとか事無きを得た俺は、アバターの性能に感謝しつつモモンガさんに答えた。

「デミウルゴスから聞いたのですが……」
「あっ、まさかあの時の冗談を! ほら、ヘロヘロさん。夜空を眺めに行った時のことですよ。あ、そうか、ヘロヘロさんは地上で待たせてしまったのでしたね」 

モモンガさんの説明によると、それはどうやら嘗てのギルドメンバー達を思い出しての戯言に過ぎなかったらしい。
しかし少なくともあの広間でデミウルゴスの話を聞いた面々にとって、アインズ・ウール・ゴウンによる世界制覇は本気っぽいのだが……。

「早めに訂正した方がいいと思いますよ?」
「それはそうなのですが、あの会談の後からアルベドやデミウルゴスが考え事をしていることが多くなりまして……」
「王国への俺達の対応に不満を持った、ということですか?」
「そこまでは行かないと思いますが、どうも私の意図を探っているような……。ですから今は守護者達に刺激を与えたくないのですよね」

あの狂信ともいえるような忠誠心を考えるとモモンガさんの杞憂な気はするが、万が一を考えると放ってはおけない。
旅を始めたばかりだが、一時中断してでも暫くナザリックに戻るべきかもしれない。
ソロでは心許無いが、モモンガさんとのコンビなら守護者達に対抗することも出来るだろう。
そのことを俺が口に出そうとした時、モモンガさんが先に手を振ってこちらの言葉を遮った。

「なに、ヘロヘロさんの手は煩わせません。危険だからと2人で汲々としながら過ごすなんて、アインズ・ウール・ゴウンのギルド長に相応しくない態度ですから」
「では対策を打たないつもりですか?」
「いえ、いっそ外に出ようかと。先ほど思いついたのですが、ナザリック大公を名乗って堂々と冒険者をやって偉業を打ち立てるのです」

モモンガさんのアイデアは確かに有効かも知れない。
ナザリック内部だけではなく王国側もモモンガさんの実力に目を見張り、会談や歓待などでの俺達には分からないような一般人らしい失態も帳消しになることが期待出来る。
個人的には一石二鳥な考えのように思えるのだが、悲しいことに俺の頭はそれほど出来が宜しくない。
この時期にモモンガさんまでがナザリックを空けることに対するデメリットの予測などつくわけがないのだが、それでも頑張って問題点らしきものを提起する。

「でも先日の会談でこの近辺を守るって言っちゃいましたし、特に城塞都市エ・ランテルなんかはモモンガさんがナザリックにいないと守りきれないのでは?」
「その心配はご無用ですよ、ヘロヘロさん。実は帝国からの侵略を防ぐいい方法があるのです。正確には思い出したのですが……」
「へぇ、どんな案なんです?」
「ヒントはぷにっと萌えさんのギルド戦における得意戦術です」

モモンガさんに言われて首を捻る。
アインズ・ウール・ゴウンの諸葛孔明と言われた男の得意戦術は多岐に渡っており、ピンポイントで絞るのが難しい。
悩んでいた俺に、モモンガさんが正解を告げた。

「ラナー王女の話では、帝国との戦争は毎年カッツェ平野という場所で行われるそうです。要するにそこが戦場にならなければ、エ・ランテルは守られるというわけですよ」
「ああ、なるほど。2ch連合と戦った時の戦術ですか。よく思いつきましたね、モモンガさん」
「ふっふっふ、私の脳裏には今もぷにっと萌えさんの教えが根付いていますから。では早速明日にでも」
「くっくっく、ええ分かりました。お楽しみの時間と行きましょうか」

アインズ・ウール・ゴウンのギルド規則その15――悪巧みをする時には相応の笑い方をすること、を遵守しながら俺達は詳細の打ち合わせに入った。






カッツェ平野のほぼ中央あたりで、モモンガさんを基点に約10mくらいの巨大なドーム状の魔法陣が展開されている。
俺は付近に吸い寄せられてきたアンデッド達を銃で蹴散らしながら、モモンガさん達の様子を伺う。
モモンガさんの近くではアルベドとデミウルゴスが付近の警戒にあたり、背後にはセバスが控えている。

この人選も昨日の相談により決めたことで、モモンガさんの圧倒的な力を守護者筆頭格の両者に間近で見せての忠誠心アップを期待してのことだ。
セバスはモモンガさんの傍に控えていても不自然ではないだろうと、万が一の保険という意味で連れて来ていた。

「ゆくぞ、お前達。クリエイション系魔法の極限を見よ!」

モモンガさんの得意魔法の1つ、超位魔法《ザ・クリエイション/天地創造》の発動である。
この魔法には派生というかバリエーションがあり、例えば天地改変などは使い方も分かりやすい。
エリア全体の地形エフェクトを変更する天地改変は、火山地帯の熱気を押さえたり氷結地帯の冷気を押さえたりといった利用方法である。

それではモモンガさんが今使用した天地創造とはなにか。
答えは俺達の足元にある。

「だ、大地が、盛り上がって……! いけない、モモンガ様!」

今も揺れ動いている足元に驚きつつ、モモンガさんの安全を確保しようと走り出すアルベド。
咄嗟にその手を掴んで引き止めたデミウルゴスが、慌てるアルベドを嗜める。

「モモンガ様の詠唱中に飛び込むのはお邪魔になると思うがね」
「それにしてもモモンガ様のお力が、まさか世界を創造するほどとは……」

唖然として呟くように言葉を漏らすセバス。
感嘆の溜息をついて体をゾクゾクと震わせながら、デミウルゴスは同意を求めるように2人の同僚へ呼びかける。

「本当に素晴らしい! モモンガ様に仕えることが出来る幸運に、私は感謝の念しか湧かないようだよ」
「ええ、ええ! 流石は至高の方々の最高責任者であらせられるわ。この感動はとても言葉に出来ないわね」
「無論のこと、私もお2人に同意です」

そんな3人の様子を確認した俺は、腕を組んで考え込んだ。
一応思惑の範囲内ではあるのだけれども、言っていることがどうも大げさ過ぎる。
プレイヤーにしか使えない魔法を見せればモモンガさんの力にびっくりするだろうとは思っていたが、それでもたかが超位魔法くらいでこの反応はありえない。

あれこれと悩んでいるうちに、俺達の足元は今や山頂と化していた。
そう、これこそがぷにっと萌え式48の必殺戦術の1つ『今です! 多数の敵には無理やりゲリラ戦術』である。
つまり天地創造とは、主としてPvPの時に使うための地形改変魔法なのだ。

数だけはやたらと多い2ch連合と戦った時にエリア全体を山に変えて各個撃破していった戦術なのだが、地形が変わってしまえばきっと帝国軍だって攻めにくくなるだろう。
仮に他方へ回り込んで侵略するとしても、城塞都市エ・ランテルだけは間違いなく今より安全になる。
モモンガさんは別に王国を守ると約束したわけじゃないので、この作戦はかなり有効だと思われる。

本当は数日掛けて超位魔法を使いカッツェ平野を小規模な山脈にする予定だったが、平野自体が1つのエリアの認識されているのか予想より遥かに高い山になってしまった。
だが大は小を兼ねるという格言もあることだし結果オーライである。

問題は効果時間なのだが、ブーストなしで普通に使った時でもギルド戦が終わるまで地形はそのままだった。
今回のモモンガさんは最強装備かつアイテム等でバフを掛けた上に課金アイテムまで使用しての魔法であるため、永久に近い効果が期待出来ると思う。
総仕上げとしてこれまた課金で手に入る魔法効果100倍持続の消費アイテムを使ったモモンガさんが、デミウルゴス達と会話をしている。

「以前に聞いたお前達の私に対する評価、それは今も変わりないか?」
「もちろんでございます、モモンガ様。いえ、むしろ今はそれ以上の気持ちでございます」
「モモンガ様の偉大なお力の一端をこの目に見せて頂いたのですから、それも当然のことです」
「実際に見ることの出来なかったナザリックの留守を預かる者達にも、是非とも語り聞かせてやりたいのですがお許し頂けますでしょうか?」
「うむ、よきに計らうように」

彼等の言葉に嬉しそうに頷いたモモンガさんが、こちらへ歩み寄って小声で話す。

「大成功です、ヘロヘロさん。忠誠度が上がっていますよ」
「これで帝国の侵略も防げると思いますし、バッチリですね」
「ふっふっふ、後は私が冒険者として偉業を成し遂げれば……」
「くっくっく、どうせなら英雄と呼ばれちゃうくらいの偉業をお願いしますよ」

新たに誕生したカッツェ山の頂上に、怪しく笑う男達の声が響き渡るのであった。






――カッツェ平野が突如として山になった変事は、後に神の偉業として大陸中に知れ渡ることになる。



[36036] 閑話3
Name: えいぼん◆d3fec379 ID:b1fb4ca7
Date: 2012/12/24 19:00
現在のナザリック地下大墳墓には、アウラとマーレこそ先行して付近に広がる大森林の調査に赴いているため日中に限り不在ではあるものの、ほとんどの幹部達が待機していた。
これは王国との会談で各人が呼び戻されたままの状態だったからである。

しかしそれも今日までのこと。
モモンガがカッツェ山を爆誕させてから数日、ようやくナザリック勢が本格的に動き出す時が来たのだ。
アルベドは守護者統括としての立場から、夜に出揃った全ての守護者達を執務室に集めて最後の訓告を行っていた。

「――その時にモモンガ様から発せられた膨大な魔力、そして凛々しい横顔! 思い出しただけでご飯が3杯イけるわ」
「グギギギ……。わ、わらわ達も暇じゃありんせん、さっさと訓告とやらをしんす!」
「あら、折角モモンガ様の御雄姿を聞かせてあげているのに遮るだなんて、忠誠心が足りない証拠ではないかしら――そこが信頼の差なのかしらね、うふっ」
「おんどりゃー! 吐いた唾は飲めんぞー!」

……最後の訓告を行っている、はずだった。
しかし残念ながら現在の幹部達には大きな隔たりが出来つつあった。
つまりモモンガが超位魔法を使う際に同行を命ぜられた選ばれし者とそれ以外という格差である。

常ならば仲裁役である冷静なデミウルゴスが、この場合では用をなさないのが痛い。
もし「ナザリックの留守を預かるのも重要な役目だと思うがね」などと言っても、それは上から目線な意見にしかならないからだ。
だからといってアルベドとシャルティアの諍いを放置しておくわけにもいかない。
ナザリック最高の頭脳を持つデミウルゴスは、コキュートスに目線を送りながら言った。

「しかしモモンガ様の器は底が知れないね」
「ドウイウコトダ、デミウルゴス」
「ふむ、簡単なことだとも。皆も会談でのモモンガ様の応答に、その意図を掴みかねていたのではないかね?」

デミウルゴスの問い掛けに全員――取っ組み合いに突入していたアルベドやシャルティアまでもが、興味を引かれて彼に注目した。
それらの視線を受けて、デミウルゴスは言葉を続ける。

「たかが人間如きが作った大公などという位を、なぜモモンガ様が素直に受け取ったか。皆は疑問には思わなかったかね?」
「そうなんだよねー。別にありがたがるようなことでもないし、むしろ不遜なように感じたけど」
「ボ、ボク達も不思議に思ってました、デミウルゴスさん」

アウラとマーレの素直な物言いに目を細め、他の面々を見渡すデミウルゴス。
誰もがその意見に同意の表情を浮かべている。

「しかしこの度モモンガ様が天地を創造なされたことで、その意図がはっきりしたと思うがね」
「勿体ぶりんせず、さっさと教えんす!」

先ほどの怒りがまだ燻っているのか、シャルティアが乱暴に回答を促した。
そのことに気を悪くした様子もなく、デミウルゴスは言葉を返す。

「もちろんだとも。つまりモモンガ様は大公位くらいでは足りないと、無言の催促をなされているのだよ」
「デミウルゴス、もっと詳しく説明なさい」
「大公より上の位など王位より他にないだろう。モモンガ様の目指す所は、人間達自身に王位を返上させることにあると思うがね」
「ソンナモノ我等ガ奪ッテシマエバ済ム話デハナイノカ?」

コキュートスの疑問は一見正しい。
しかしデミウルゴスに言わせれば、立脚点から既に間違っているのだ。

「奪うということは相手が持っていることが前提なのだよ、コキュートス。モモンガ様は彼等の王位そのものが過ちだというお考えなのだろう」
「なるほど、確かに王というのはモモンガ様だけに許されんした称号でありんすものね」
「思えば我等が世界をモモンガ様に献上するという考え自体が不遜なのだよ。なぜならモモンガ様は居ながらにして既に世界の支配者であらせられるのだからね」
「では私達の役目は無知な人間達にそれを理解させること、そういうわけね?」
「その通りだとも、アルベド」

そう答えながらデミウルゴスは、アルベドとシャルティアの様子を伺う。
彼女達も既に自身の優劣などという些事に囚われることなく、至高の41人に忠誠を捧げる僕としての己を取り戻したようだ。

内心でホッと溜息を漏らすデミウルゴス。
本来は残忍で冷酷なデミウルゴスだが、アインズ・ウール・ゴウンのギルドメンバーに創造された者に対しては仲間意識が強く働いている。
もちろんモモンガ達を裏切れば容赦することはないが、当然そんな事態にはならない方が望ましい。
デミウルゴスがアルベドを促して会議を本筋に戻そうとしたその時、室内にノックの音が響き渡る。

「失礼致します、皆様方」
「なんの用かしら、セバス」

そう聞いてはいるが、セバスの用件はアルベドも予測している。
モモンガに関すること、もしくは今晩はナザリックに帰ってきているヘロヘロ関連であることに間違いないだろう。
なぜなら守護者達が会議しているのはセバスも承知の上であり、それでも彼が執務室に割り込んで来た理由はそれ以外にありえないからだ。
しかしセバスの口から発せられた言葉は、そんなアルベドの思考自体を粉微塵に打ち砕くものだった。

「シャルティア様、モモンガ様が自室にお召しです」
「……ほえ?」
「夜のお相手を希望されてのことですが、ご本人の意思を優先するとのこと。如何致しましょうか」
「わ、我が君がっ、わたしをっ、お召しにっ! ももも勿論喜んでお引き受け致します! セバスありがとう、アルベドありがとう、みんなありがどぅ!」

普段は守護者達に対して敬称を使わないセバスがシャルティアを様付けで呼んだのだから、それは妃扱いということである。
つまり夜のお相手という言葉も、アルベドの聞き間違いではないのだろう。
絶望と嫉妬と羨望でアルベドの顔が真っ青になる。

そんなアルベドとは正反対に顔を上気させ、鼻からポタポタと忠誠心を溢れさせながら世界の全てに圧倒的な感謝をし続けるシャルティア。
先ほどまで争っていたアルベドに対しても真摯に心からの礼を述べ、勝ち誇る様子を欠片も見せない。
先ほどから喜びで顔面が崩壊しているシャルティアだったが、このあたりにもその興奮具合が良く表れている。

「な、なんで、どうして! わ、私は、私も呼んでおられなかったの、セバス!」
「残念ながら、シャルティア様のみで御座います」
「そんな……」

セバスの無情な言葉に、膝から崩れ落ちるアルベド。
そんな彼女を見つめながら、セバスは先ほどモモンガの私室でなされていた主人達の会話を思い返した。

『ところで1人寝からの脱却にまだ踏ん切りがつかないのですか?』
『それがなかなか。誰かに頼むのも恥ずかしいですし……』
『ならシャルティアなんかお勧めですよ。夜伽を希望しているとソリュシャンから聞いてますし、こちらが情けない姿を晒しちゃっても安パイっぽいです』
『確かに、信頼と実績の童帝ペロロンチーノさんが理想をてんこ盛りにしたシャルティアであれば――』

もちろん余計なことを吹聴するようでは執事として失格であるため、セバスは慎ましく口を噤んでいた。
そしてシャルティアを先導して、己の主人のもとへと向かうのであった。

「グギギギ……。お、おのれ、シャルティア。絶対に許さない、絶対にだ!」

思わず噛み切ってしまったのだろう、口の端から血を流しながらブツブツと呟いているアルベド。
セバスの乱入で己の遠まわしな仲裁を台無しにされ、額に青筋が入るデミウルゴス。

磐石と思われたナザリック勢がその内部から亀裂が入っていきつつあることに、モモンガ達は未だ気づいていなかった。






その頃リ・エスティーゼ王国では、国王ランポッサⅢ世とその重鎮であるレェブン侯が顔を突き合わせて唸っていた。
もちろん議題は、カッツェ平野に突如として現れた巨大な山についてである。

「この天変地異は、一体何の兆しなのか」
「ナザリック大公がエ・ランテルの防衛を受諾した直後の話ですので、動機だけで考えれば彼の方の仕業と考えるのが自然なのですが……」

普通に考えればとても人間業とは思えない。
だが彼等には、そうかもしれないという疑念が生じる余地があった。

「娘の話では死の神スルシャーナに酷似した姿を持つそうだが、いくらなんでも天地創造など御伽噺の世界だぞ」
「神の存在そのものが御伽噺ではないですか。ここはラナー王女もお呼びして今後の対応を考え直さねば――」
「いかん、娘には一切の裏を知らせることは許さぬ。でなければ相手にもこちらの思惑が悟られかねぬ」

内政はともかく外交となると、ラナー王女の信頼度はガタ落ちする。
なぜなら彼女には人の心を察することが出来ないからだ。
そのため数百にも及ぶ相手の発言に対する模範解答を丸暗記させて、会談へ向かわせたくらいである。
エ・ランテル防衛の言質を取って来るような大手柄など、王達はまるで期待していなかったのだ。

ではなぜ彼等がラナー王女に白羽の矢を立てたかと言えば、それしか選択肢がなかったからである。
勅使の格から上級貴族か王族しかありえず、そこに信用も加えればレェブン侯かラナー王女かの2択だったのだ。
まさか降伏でもあるまいし、王が自ら向かうなどというのが常識的に考えて論外であることは言うまでもない。

そしてレェブン侯には、外交において会談以上に重要な役割があった。
すなわち法国や帝国を始めとする各国に対する弁明である。

――王国の領内に死の支配者を名乗る者が現れた。王国は慎重に対応しつつその真偽を探るつもりである。

死の支配者というのは、死の神スルシャーナに他ならない。
ここで重要なのは、ナザリック勢へ尻尾を振るような王国の対応に理由付けが出来るということである。
もちろんこんな御伽噺のような内容だけを武器に各国を納得させるには、高い交渉力が必要だ。
そのためレェブン侯は各国間交渉の総指揮を執るべく王宮に残らざるを得なかったのである。

「……それにしても、まさか嘘から出た真になるとは思いませんでしたな」
「まだ真と決まったわけではない。それに自らをスルシャーナと名乗られてはおらぬそうではないか」
「しかしガゼフ殿が遭遇した際には、変装までしておいでだったとのことです。名を偽られるのにも、我々には計り知れぬ理由がおありなのでは……」
「レェブン侯、気を強く持て。相手が神と決まったわけではないのだ」

困惑するレェブン侯を宥めながらも、ランポッサⅢ世自身が神に対する敬いの気持ちを捨て切れずにいた。
もしカッツェ平野の天変地異が彼等の仕業――いや御業であるのならば、御伽噺を除けば天地開闢以来の六大神御光臨であらせられる可能性が高いのだ。
尤も法国以外の周辺国は四大神を信仰しているため、死の神に馴染みがあるのは上流階級の者くらいなのだが、信仰してないからといって神であることに変わりはない。

ラナー王女からの報告を聞いた時には、強大な力を持ちながらもチョロい相手だと安心したのだが、こうなってしまうと話は全く異なる。
ナザリック勢を抑止力として王国の体制を整えた後、彼等の脅威をテコに各国と協調路線を結ぶという基本戦略が意味を成さなくなったからだ。

「とにかくナザリック大公の言質も取ったのだ。貴族達の粛清は予定通りに進めよ」
「貴族達に付き従う兵士達は、可能な限り捕虜と致します。死に敬意を払い最小限にするよう努めなければ、その怒りが我等に向かうとも限りませんので」
「うむ。それからエ・ランテルの主要な者達には、ガゼフが遭遇した時の変装の絵姿と共にナザリック大公への無礼を慎むよう触れを出せ」
「既にラナー王女から周知されているようです。おそらく防衛時にナザリック大公が変装姿で現れることをお考えになられたのでしょう」

人の機微こそ分からないが、こういうことに関してラナー王女の右に出るものはいない。
今までの情報からモモンガがいずれエ・ランテルに変装姿で現れるだろうことを読み切り、問題が起こらぬよう対処するだけの能力をラナー王女は持っているのだ。

尤もいくらラナー王女が天才だからといっても人の身である以上、カッツェ平野がカッツェ山になることなどは分かるはずもない。
同様にこれから城塞都市エ・ランテルに起こるだろう混乱の全てを予測するのもまた不可能である。
それらは言うまでもなくランポッサⅢ世にもレェブン侯にも分かり得ないことだが、しかしこれだけは断言できる。

「なんにせよ我が王国のみならず他国も、今後はナザリック大公という大波に流されることになるだろうな」
「御意にございます、陛下。翻弄されることなく流れに上手く乗ることこそ、生き残る秘訣かと」
「そういう意味では我が国のアドバンテージは大きい。既にナザリック大公と友好関係を結んでいるのだから」
「今後もラナー王女にはナザリック大公に対して心からの信頼を示してもらい、こちらへの親近感を持って頂くのが有効でございますれば――」

王国の生き残りを賭けた謀略が、王宮の闇の中でひっそりと育てられていく。
リ・エスティーゼ王国に、いや大陸中に変化と混乱の風が吹き始めていた。






今まさに王宮で話題となっている台風の目ことモモンガは、初めての異性とのベッドインで極度の緊張状態にあった。
しかしそんな嬉し恥ずかしな気持ちも長くは続かない。
それはアンデッド特有の精神的な攻撃に対する完全耐性ということだけではなく、別の要因も大きかった。

「ふ、太くて長い我が君の○○○が……」
「そこは私の脊椎骨だ、シャルティアよ」
「あふん! せ、仙骨ううぅぅ!」
「……お前が喜んでくれて、私も嬉しいよ」

自らの骨に幼さの残る裸体を必死で擦り付けて来るシャルティアに、モモンガは既にドン引きである。
彼女の血走った目に、ムラムラするどころかだんだんと恐怖心が募っていく。

シャルティアを満足させればいいのかと、書物やインターネットで培った畳水練な技術を使って色々と撫でたり触ったりしてみるが、彼女の興奮は激しくなる一方である。
確かに女性経験ゼロであることに引け目を感じない相手ではあるのだが、どうもヘロヘロから聞いていた話とは何かが違う。

(とても安らぎどころじゃないですよ、ヘロヘロさん!)

さっさとナザリックを出てエ・ランテルで冒険者活動をしようと強く思うモモンガであった。



[36036] 第11話
Name: えいぼん◆d3fec379 ID:b1fb4ca7
Date: 2012/12/26 21:35
城塞都市エ・ランテルにある冒険者組合は、帝国におけるワーカーご用達の酒場よりもかなり小奇麗であった。
なによりの違いは受付嬢の存在である。
目の前のカウンターに座っている女の子達が周囲に振りまいている笑顔を見ると、もう帝国に戻らずここで冒険者をしようかという気分になる。

帝国でワーカーをしている俺がなぜこんなところに来ているのかと言えば、モモンガさんの付き添いのようなものである。
守護者やプレアデスから選んで連れてくればいいのにと思わなくもないが、最初くらいは一緒に来て欲しいとのことだ。
特に断る理由もなかったし、折角だから俺も王国の冒険者として登録しようかと思う。

俺の眼前では嫉妬マスクで変装したモモンガさんが、今も組合加入手続きを続けている。
モモンガさんから色々聞き取って手元になにやら書き込んでいた受付嬢が、不意に顔を上げてこちらを見た。

「それでアインズ・ウール・ゴウンの登録メンバーはモモンガ様とこちらの方のみですか?」
「うむ」
「俺はヘロヘロだ」

モモンガさんに促され、俺は慌てて自己紹介する。
今までの話はすっかり聞き流していたのだが、このやりとりでなぜモモンガさんが守護者やプレアデスを連れてくることに微妙な反応だったのかを理解した。

これは直接聞いた話なのだが、モモンガさんはギルドメンバーがログインしなくなってから約2年の間、誰とつるむこともなくずっとソロで稼いでいたのだという。
つまりそれだけアインズ・ウール・ゴウンというギルドやギルドメンバーに愛着を持っているということだ。
だからいくらナザリックの配下達といえども、アインズ・ウール・ゴウンのメンバーには登録したくなかったのだろう。

モモンガさんを孤独にした申し訳なさで居た堪れない気分になりながら、再開された会話を聞いていると。

「アインズ・ウール・ゴウンの拠点はこのエ・ランテルでよろしいですね?」
「いや、ナザリック地下大墳墓で登録してもらおうか」
「……し、少々お待ち下さい!」

モモンガさんの言葉に、受付嬢がなぜか慌て出した。
机をひっくり返すようにして1枚の書類を取り出すと、それをモモンガさんと見比べて叫んだ。

「げぇっ、ナザリック大公様! も、申し訳ございません。ただいまギルド長室へご案内致します!」
「……私は普通に冒険者がしたいのだ。通常通りの対応をせよ。準備が整うまで私達は依頼書の方を見ておくぞ」

実はこの反応、これが初めてではない。
門番からも同じように叫ばれて、周囲の注目を浴びることになったのだ。

「今度からモモンガさんのことをアインズ・ウール・ゴウンの関羽と呼びますね」
「げぇっ、の部分だけじゃないですか。それよりお待ち兼ねのクエストですよ」
「でもこちらを特別扱いさせないということは、低ランクの依頼からですか?」
「ええ、下積みは嫌いじゃありませんし。それに一介の冒険者が成り上がる感じこそロマンというものでしょう」

ナザリック大公であることを隠さない時点で一介の冒険者というのはどうなんだろうと首を傾げつつ、まぁいいやとボードに貼ってある依頼書へ目を通す。
カッツェ平原に誕生した山の調査依頼が目についたが、残念ながらそれは高ランク――ミスリルプレートの依頼だった。
低ランク――銅プレートの依頼は、案の定ろくなものがない。

「付近での薬草採集か街中で力仕事か、低ランクだとその2択ですかね」
「力仕事というのは、内容は?」
「建築現場の下働きとか、引越しの手伝いです。まぁ俺も帝国ではこういう系の依頼を受けたことがないんで、興味もなくはないですが」
「では建築にしましょうか。こういう地道なクエストも、独特の趣きがあるものですし」

ナザリック大公にこんな仕事をさせるわけにはいかないだの、まずはギルド長と面会して欲しいだのと、面倒なことを言ってくる組合員達。
彼等を不意打ちモモンガ・フラッシュ(弱)で黙らせて冒険者登録を済ませておくよう命じ、俺達は依頼書を手に街へと繰り出した。






工事現場は基礎工事が完了したところらしく、まだ建物と呼べるようなものは出来ていなかった。
尤も資材を運ぶ人員として冒険者組合から人を雇ったのだろうことを考えると、それも当然である。

「よし。新しく来たお前らは、あっちの班長の指示に従って資材を運んでくれ」
「まぁ待て、親方よ。要するにこの場所へ家を建てればよいのであろう?」
「……そりゃあそうだが、それが一体なんだってんだ?」
「ふむ、それを我が魔法で行ってやろうと言うのだ。さぁ、早く作業員をどかせるとよい」

親方は半信半疑そうにしながらも、大人しく作業員達を避難させた。
おそらく俺達の只者ではない雰囲気に飲まれたのだろう。
現場に困惑の空気が漂う中、モモンガさんは早速魔法を詠唱した。

「このくらいの広さなら……、《クリエイト・ホラーハウス/建物創造》」
「うおおっ! なんじゃこりゃあ!」

いきなり建てられた恐怖の館に、親方がびっくりしている。
せっかく新築の家を建てようと頑張っていたのに、如何にも幽霊が出そうな雰囲気の館が出現したのだから親方の反応も当然だろう。
これは先日モモンガさんが使用した超位魔法を修めるためのルート上にある魔法で、これまた運営の趣味としか言えないようなバリエーションがあるのだ。
建物系のクリエイト魔法はもとから効果永続なのでその点は問題ないのだが、いくらなんでもこれでは住む人が可哀想である。

「街中での建築でホラーハウスとか、どういう趣味なんですか」
「いえ、広さ的にこれが丁度良いかと思いまして」
「余れば庭にしたらいいんです。もうちょっとファンタジー世界に合わせた感じでお願いしますよ」
「ファンタジー、ファンタジーか……。よし、分かりました」

ブラックホールの出力を調整して恐怖の館を消し去ったモモンガさん。
腰を抜かしている親方を放置し、再び建築に挑戦である。

「では今度こそ、《クリエイト・ファンシーハウス/建物創造》」
「な、なんじゃ……こりゃあ……」

今度は正反対のキノコチックな可愛らしい家に、呆然と呟く親方。
そんな親方の気持ちも、わからなくはない。
先ほどの恐怖の館とは違う意味で、こちらに住むのもきついものがあるからだ。

「……なんでキノコにしたんですか?」
「ファンシーとファンタジーって、割りと似ていますよね」
「字面だけじゃないですか!」

モモンガさんにツッコミを入れてはみたものの、この可愛らしい家を見ていると案外近いような気がしてくる。
そもそもこれまで働いているのはモモンガさんのみであり、俺はただ文句を言っているだけだ。
仕事的に考えても、むしろ俺はこのキノコハウスで親方を納得させる側に立つべきだろう。
ここは任せてくれという意味を込めてモモンガさんへひとつ頷くと、俺は親方の目の前に指を突きつけて言った。

「これで問題はないな」
「い、いや、しかしこれじゃ……」
「何も、問題は、ない」
「なにも……、もんだいは……、ねぇ……」

悪魔種のパッシブスキル・支配の呪言の下位にあたるアクティブスキル・誘導の呪言である。
呪言系はユグドラシルでは代表的な死にスキルのひとつであり、上位に有用な呪言がある悪魔種ならともかくスライム種のスキル構成的に通常取ることはない。
俺はロールのためだけに取ったのだが、使い道がないので今の今までこのスキルの存在をすっかり忘れていた。

「モモンガさん、親方が快く依頼書にサインをくれましたよ」
「それは良かった。ふふっ、やはり私はこういった地道なクエストに向いているようですよ、ヘロヘロさん」
「モモンガさんのスキル構成って地味だから、街中向きのものが多いですしね」
「ええ。ですから今日はどんどんクエストをこなしてしまいましょう」

俺は初仕事が成功してご機嫌なモモンガさんと一緒に、次のクエストを受注すべく冒険者組合へと歩いて行った。






「……怒られた。都市長直々にもの凄く怒られた」
「モモンガさんがアンデッドを呼び出して引越しの手伝いをさせたからですよ」
「何を言っているのですか。ヘロヘロさんが家ごと運び出したせいじゃないですか」
「それ以前に他の手伝いに来た冒険者達と諍いを起こした時点で、家主は気絶しましたけどね」

低レベルな責任の擦り付け合いをしている俺達がいるこの場所は、エ・ランテルでも1番の高級宿のスイートルームだった。
最近ではラナー王女が訪れた際に利用した、由緒正しい部屋であるそうだ。
といっても俺達は招待されたというより、むしろ軟禁されたという方が正しい。
俺達のクエスト中に鼻息の荒い都市長がやってきて、先ほどまでお説教タイムだったというわけだ。

「それにしても、いい年をした男にあれだけ泣きながら懇願されると、なんだか悪いことをした気分になってきますね」
「今度からもう少し大人しめにいきましょうか。都市長にも申し訳ないですし」

別に街の被害をそのままにしたわけではない。
巻き込んだ怪我人にはポーションをタダで渡したし、はずみで壊してしまった家の跡地にはモモンガさんが代わりにメルヘンハウス(お菓子の家)を建てておいた。
ちゃんと補償をしたのだから開き直ってもいいのだが、ここは住民からの苦情を受けた都市長の言い分に正当性がある。
俺達が成し遂げたいのは偉業であり悪行ではないのだから、彼等の苦言は素直に聞いておくべきだろう。

「都市長が言っていましたけど、明日からは指名依頼を入れてくれるそうですし、それを受けることにしましょう」
「ああ、モモンガさん。その依頼が完了したら、俺はしばらく帝都で過ごそうと思います」
「それは残念ですね。もう少しご一緒出来ると思っていたのですが……」
「先ほどメッセージを入れたら、しばらく放置気味だったロボ子が泣きそうだったのですよね。友情より女というわけじゃありませんが、その辺がいい頃合だと思いますし」

そう、そもそも俺は旅の途中なのである。
王国でこのまま冒険者をやっていても楽しそうだが、色々と応用力のあるモモンガさんに甘えきってしまうのが目に見えている。
ここはやはり初志貫徹、お互いのためにも俺は独り立ちをするべきだろう。

「あまり引き止めるのも申し訳ないですね。では次の依頼が終わるまで、よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくです、モモンガさん。ところで次の依頼が終わったら、ナザリックから誰かを呼び寄せる予定はないのですか?」
「ナーベラルを連れて来ようかと。ああ、もちろんアインズ・ウール・ゴウンのメンバーとして登録させるつもりはありませんが。ヘロヘロさんもそれだけは守って頂けると……」
「了解です。俺が帝都でアインズ・ウール・ゴウン所属を名乗る時があっても、シズの立ち位置はあくまで従者とします」

強制するようで申し訳ありません、と頭を掻くモモンガさん。
昼間も思ったが、それはモモンガさんにとって重要な線引きなのであろう。
それを無造作に踏み躙るつもりは、これっぽっちもない。
なぜならそれこそが、2年もの間アインズ・ウール・ゴウンを孤独に守ってきたモモンガさんの矜持なのだから。

「今日はなんだか眠れそうにありません。久しぶりに夜通しであの頃の話でもどうですか?」
「私は嬉しいですけど、ヘロヘロさんは睡眠を取らないと。明日もあるのですし」
「心配は無用ですよ。俺も睡眠耐性を持ってますし、数日程度なら眠らなくても平気なんです」

睡眠無効のモモンガさんを気遣ったというのもある。
だがそれ以上に俺自身がアインズ・ウール・ゴウンの思い出に浸りたい気分なのだ。

「それではウルベルトさん主催の氷の魔竜狩りなんて覚えていますか?」
「ああ、あれは魔竜を倒すよりも円卓でたっちさんとの言い争いを宥める方が大変だったような記憶が……」
「ええー、私はあの時の道中に仕掛けられていた2ch連合の罠が――」

こうして俺とモモンガさんは、朝日が昇るまでおしゃべりを続けた。






翌朝に冒険者組合を訪れると、俺とモモンガさんは銅の認識票を渡された。
昨日の活躍から考えて銅より上からのスタートかもと思っていたが、どうやらエ・ランテル側は俺達に控えめな活動を願っているらしい。
その証拠に今回の指名依頼の内容は、薬草採取中の警護とのことだ。
薬草採取は銅プレートの依頼として正当なものなので、こちらも文句は言えない。

「僕はンフィーレア・バレアレです。この街で薬師をしています」
「私はアインズ・ウール・ゴウンのモモンガという者だ。護衛などは初めてだがよろしく頼む」
「同じくヘロヘロだ」

モモンガさんは謙虚に対応しているが、この街で最後の仕事だった俺はもう少し大きなヤマが欲しかった。
周囲のざわめきからするとンフィーレア君は街の名士であるようだが、特に興味もない。
せめて知り合うのが昨日であったならもう少し違う反応も示せたのだが……。

『ライオン』
『んじょも』
『門番』
『……ありません』

昨晩のオールナイトトークで唐突に開催された「ん」有りしりとりでの逆転も可能だったのに、今さら登場しても遅いのである。
俺はンフィーレア君に不満の目を向けながら、依頼内容を説明するよう促した。

「ええっと、このエ・ランテルの近くにカルネ村という所がありま……して……」
「どうした、続きを話すが良い」

ンフィーレア君はどうも俺の視線に圧力を感じてしまったらしい。
我ながら大人気ない態度だったと反省し、金髪の少年から目を逸らす。

「そ、その近郊の森へ薬草採取に行きたいのですっ!」
「大きな声を出さずとも、聞こえているとも。そうだろう?」
「は、はい、ナザリック大公様」
「……まぁその呼び方でも構わないか。カルネ村ならば、丁度座標を覚えている。早速行くとしようか。《ゲート/転移門》」

モモンガさんの呪文詠唱により、その場にカルネ村へと繋がる闇の扉が出現した。
先に入るモモンガさんだったが、ンフィーレア君が後に続こうとしない。

「どうした?」
「いえ、その……、僕の馬車もあるんですけど……」

俺はモモンガさんを呼び戻すため、慌ててゲートに入るのであった。



[36036] 第12話
Name: えいぼん◆d3fec379 ID:b1fb4ca7
Date: 2012/12/28 21:34
俺がゲートを抜けると、モモンガさんがこちらを待ちかねたようにソワソワと寄ってきた。

「モモンガさん、ンフィーレア君は馬車があるそうですよ」
「アレの恰好を見ればそんなこと誰だって分かりますよ。薬草採取に手ぶらで行く人なんているわけがないでしょう」
「それを承知の上で、なんでわざわざゲートを使ってみせたんですか?」
「……すっとぼけるのはそろそろ終わりにしましょうよ、ヘロヘロさん。それでアレはどうでしたか?」

モモンガさんに昨日の悪ノリモードの影は既にない。
だから俺も意識を切り替えて、真剣にモモンガさんの問いに答える。

「周囲の話によるとンフィーレア君は有名なタレントとかいう恩寵を持っているおかげで、エ・ランテルでも有数の名士みたいですよ」
「その人となりは?」
「さっき睨みつけた時も素直に反応してましたし、腹芸の出来ないタイプかと」
「ふむ、私もヘロヘロさんに同意です。となると、例の作戦はアレが対象で問題ないですね」
「ええ」

昨日は街であれだけ素っ頓狂な真似をしてみせたのだ。
ンフィーレア君くらいの著名人が引っかかってくれなければ、こちらも遣り甲斐がない。

「昨日の都市長にはどうしたものかと思いましたが、こうなってみると結果オーライでしたね」
「いえ、まだ油断は禁物ですよ、モモンガさん」
「そうですね。では怪しまれないうちに、さっさと戻りましょうか」

軽い打ち合わせを終えた俺達は、ゲートを潜り抜けてンフィーレア君が待つ冒険者組合へと戻った。






普通の冒険者としての経験を積みたいからと適当な言い訳をして、ンフィーレア君の馬車で森の周囲に沿ってカルネ村へ向かう。
一瞬で目的地に着く方法があるのだから、雇用者側から考えれば魔法を使わないのはありえない選択なように思える。
しかし昨日の俺達の無軌道ぶりを既に聞いていたのだろう、ンフィーレア君がこちらに無理強いすることはなかった。

これもモモンガさんの作戦の成果と言えなくもないだろう。
本来はナザリック内部に向けての対策というか気遣いだったわけだが、いくら冒険者をするからといって俺達が人間に軽々しく従う様をみせるわけにはいかない。
そこでモモンガさんが一計を案じた結果が、昨日の騒ぎの顛末である。

俺もモモンガさんも元社会人であったのだから、さすがにTPOくらい弁えている。
つまり昨日の傍若無人ぶりは、それ自体が演技――にしては若干はしゃぎ過ぎて反省したが、一応計算づくの行為だったのである。

当然だが、冒険者組合内や街中での会話は周囲に聞かせる用のものだ。
わざわざ銅プレートから始めたのもロマンなどは関係ない。
低ランクの依頼の方が短期間で結果を出せるため、騒ぎを起こしやすいと考えてのことだ。

そして本作戦の最大の狙いが、今まさに御者台で行われようとしていた。
隣に座っているモモンガさんに、ンフィーレア君が話しかけた。

「あの、ナザリック大公様は、なぜ冒険者になりたいのですか?」
「私は元々、違う世界でも秘宝や未知を求めて冒険をしていたのだよ。ユグドラシルという9つの世界を内包する場所だったのだが、知っているかね?」
「残念ながら、僕には分かりません。しかし、異世界……ですか」
「龍が飛び交い巨人が跋扈し、毎日がスリルに満ち溢れていた。私達アインズ・ウール・ゴウンは次々と偉業を成し遂げ、遂にはナザリック地下大墳墓を支配するに至ったのだ」

そう、これが俺達の待ち望んでいた、自分語りのチャンスなのである。
会談で姿を曝け出した対応からも明らかなように、俺達はこちら側の情報をある程度公開する方針を固めている。
種としての強さが格段に違うのだから、情報戦で負けていても問題にならない。
いや、むしろ勝ってしまうデメリットの方が大きいのだ。

仮に俺達が慎重に行動して、自らの情報の秘匿に成功したとしよう。
しかし俺達は異形種なのである。
やがては「あいつらは何を考えているのかわからない。いつか悪いことをするだろうから、今のうちに退治しよう」という考えになるだろう。
そうなっても別に困らないが、一方的に負の感情を向けられるのも気分が悪い。
アインズ・ウール・ゴウンを不変の伝説にするのも大事だが、ギルド規則その41に定められた通り、その過程には楽しむ要素が不可欠なのである。
だから相手が共存を選んでくれれば、それに越したことはないのだ。

『ぷるぷる、ぼくはわるいスライムじゃないよ!』作戦の趣旨から言えば、もう少し平和的な対処も選べただろう。
しかし見えている勢力の中で戦力的に俺達が最も警戒しなくてはならないのは、ナザリック内部である。
下手に人間側へ迎合するような態度は取れないし、必要以上に彼等へ合わせる理由もない。
むしろ俺達の方へ人間側を歩み寄らせるための情報公開であると言えよう。
そこで今回は街でわざと悪目立ちをして、こちらに接触しようとする人物に対しての情報操作を考えたのだ。

「でも街中で行動をする時には、もう少し常識的な……」
「ふむ、ユグドラシルではあれが標準なのだが。それに、どうも力のスケールが違い過ぎてな。そちらに合わせるのも面倒だし、その意義が感じられないのだよ」
「しかしナザリック大公様のお力を無造作に振るわれてしまうと、そのうち街の人達に死者が出るのではないかと不安に思ってしまうのですが」
「その辺は留意しているとも。無為な死は私の最も嫌う所だからな」

本来であれば、その役目は昨日来た都市長のはずだった。
しかし鼻をプヒープヒー鳴らして泣き喚く都市長は、どうにも小物臭くて微妙に思えたのだ。
曲がりなりにも都市長なのだからとも思ったが、あれだけ醜態を晒されるとこちらも毒気を抜かれたというかなんというか……。
まぁ代わりにンフィーレア君が来てくれたので、モモンガさんも言っていたが結果オーライである。

「気を使うなどというのは、所詮強者に対する阿りであろう。私がそのような好意を示す対象は、アインズ・ウール・ゴウンの仲間に対してだけであることを知るがよい。
いいかね、君に自らの情報を明かしているのは、はっきり言えばそのことに私がなんら関心を持たないからなのだよ」
「そ、それはいくらなんでも驕りが過ぎるお考えなのではないでしょうか。弱者は強者の足をすくうような戦い方をしますよ」
「ふむ、そのような忠告までしてくれるとは、君は実に誠実だな。しかし私の慢心を利用出来ると思うならば試してみるがよい。私を軽んじた対価を支払う覚悟が必要だがな」

特に重要なのは、この一言だ。
これはンフィーレア君ではなく、王国に対するメッセージである。
会談でこちらの政治的な能力などはバレただろうが、そんなものは力業で解決すればよい。
生まれついての王族などと同じ土俵でやりあおうというのが間違っているのだ。

一連の作戦はややもすると軽率の謗りを免れない行為だろう。
しかしナザリック勢も含めた強大な力を持つ俺達は、別に何度失敗しようと十分に立て直せる。
やってみて影響を確認してから考えても余裕で巻き返せる圧倒的な力があるのだから、悩むくらいなら実行すればよいのだ。
第一うじうじと考えているよりも、その方がよっぽど楽しい。

「さて、では君に私達の自信の所以を見せてあげよう。丁度良い具合に獲物が来てくれたからな。ヘロヘロさん、出番ですよ」
「ほいほい」

モモンガさんに言われる前からパッシブスキルの《ホークアイ/鷹の目》でオーガ達を捉えていた俺は、寝転がっていた荷台から半身を起こすと無造作に漆黒の銃を撃ち放った。
ようにンフィーレア君が見える体を装って、実はしっかり《ロックオン/照準》のスキルを使っている。
ただ1発の弾丸で、叫び声を上げる間もなく首から上を永遠に失ったオーガ達。
何が起こったのかわからず呆然とするゴブリン達が、やがて悲鳴を上げながら逃げていった。

「な、なんなんですか、今の!」
「雑魚を蹴散らしただけだが」
「だって、オーガだったんですよ? しかも1回の攻撃で全員を――」
「頭を吹き飛ばしちゃったから討伐証明部位の耳がとれませんよ、ヘロヘロさん」
「ああ、そういえば。でも雑魚ですし、耳なんていらんでしょう」
「オ、オーガだったのに……それを一瞬で……」

種明かしをすると、有象無象の区別なく俺の弾頭が許しはしないわけではない。
現にゴブリン達は逃してしまっているわけだし。
実は《マジック・ブレッド/魔弾》を使っただけなのだが、このスキルは1体に攻撃をすると同じダメージを同種族にのみ与える範囲攻撃なのだ。
ガンナーはダメージ貢献出来る職業ではないのでギルド戦では微妙だが、数を倒さなくてはいけないアイテムハントの際には大絶賛されるスキルである。

唖然としているツフィーレア君を放置して、ドロップアイテムがポップしていないか確認する。
これがユグドラシルであれば最低でも1つくらいはクリスタルを落とすはずなのだが、見当たらないところをみるとゲーム設定とは違っているらしい。

「ドロップは無さそうですよ、モモンガさん」
「やはりそこまでは設定を引き継いでいないということですか……。いや、まだ確定するには早いですかね。判断材料が少なすぎる」
「慌てることもないですよ。時間はいくらでもありますし」
「そうですね。今はこの馬車の旅をゆっくりと楽しみましょうか」

未だショックから立ち直れていないンフィーレア君を正気に戻し、俺達はカルネ村へと向かうのだった。






ロボである以上それが必然であるのだが、シズには万能属性が設定されている。
そんなシズに教わった技術を駆使して夜営を行い、翌日の昼前にようやくカルネ村が見えてきた。
しかし村を見たンフィーレア君の反応が、どうもおかしい。

「どうしたのかね?」
「あ、いえ。あんな頑丈そうな柵、前はなかったんですけど……」
「この村は先日バハルス帝国騎士を装ったスレイン法国の工作員に襲われたばかりだからな。それで警戒しているのだろう」
「え、そんな! エンリッ!」

ンフィーレア君が叫んだ固有名詞に僅かな引っ掛かりを感じた俺は、襲撃事件の記憶を探るが全く出て来ない。
逆にモモンガさんはその名前しっかりと覚えていたようで、ンフィーレア君を宥めながら言った。

「安心したまえ。エンリとネムの姉妹は私が助けたので無事だし、両親も生き残っていたはずだ」
「ナザリック大公様が? あ、ありがとうございます、本当にありがとうございます!」
「気にすることはないとも。死に敬意を払わぬ愚かな虐殺者共に罰を下しただけの話だからな」
「村の様子が気になりますし、少し急ぎましょう!」
「馬車を止めろ」

俺はンフィーレア君に声を掛けて、気もそぞろに手綱を扱こうとした彼を制止する。
完全に周囲へ溶け込んでいたゴブリンの、その茶色い肌を俺のホークアイが捉えたからだ。
体に麦を巻きつけての見事な隠形に、気づくのがかなり遅れてしまった。

「そこの麦畑にゴブリンが潜んでいる」
「え、本当ですかっ?」

茶色いゴブリンはユグドラシル基準では雑魚と相場が決まっているし、スキルを使うまでもないだろう。
ンフィーレア君の疑問に答えを示そうと、漆黒の銃を抜いて狙いを合わせる。
そして引き金に掛けた指を――。

「待った、ヘロヘロさん!」
「わっ、どうしたんですか?」
「そういえばあの姉妹には、ゴブリン将軍の角笛を渡していたのですよ」
「なんでそんなゴミアイテムを持っているんですか……」

ユグドラシル時代、モモンガさんは典型的な消費アイテムを使えないタイプの人であった。
きっとそれと同じように、なんとなく捨てるのが惜しかったのだろう。
俺はモモンガさんの物持ちの良さに呆れながら銃を降ろして叫んだ。

「村人に危害は加えない! 5つ数えるうちに出て来なければお前達は皆殺しだっ!」
「……その言葉に嘘はありやせんね、旦那」

彼我の実力差が分かっていたのだろう、ゴブリン達はカウントダウン前に手を挙げながらゾロゾロと姿を現した。
この反応から鑑みても、彼等がゴブリン将軍の角笛によって呼び出されたモンスターなのは間違いないだろう。
であれば村の守護を命じられているのも想像がつくし、僅か3人とはいえ常人とは思えない雰囲気の俺達を警戒していたのも納得出来る。
モモンガさんが代表して彼等の誤解を解くと、俺達はゴブリン・リーダーに案内されて村に足を踏み入れた。

別のゴブリンに守られながら、1人の少女が姿を現した。
それを見たンフィーレア君が、思わずといった感じで叫ぶ。

「エンリ!」
「モモンガ様!」

ンフィーレア君を無視してモモンガさんに走りよってくるエンリ嬢。
俺とモモンガさんの間に気まずい空気が流れる中、エンリ嬢は挨拶を続ける。

「ようこそいらっしゃいました、モモンガ様。お陰様で妹も村の人達もみんな元気です」
「……それはなによりだな。私も助けた甲斐があったというものだ」
「エ、エンリ、村が襲われたって聞いたけど、大丈夫だったの?」
「あれ、ンフィーレア。どうしてモモンガ様と一緒にいるの?」

なんというか、2人の温度差が酷い。
エンリ嬢がンフィーレア君を差し置いてモモンガさんに向ける熱い眼差しは、命を助けられた感謝だけとは到底思えない。
きっとモモンガさんはあの時、エンリ嬢に対してニコポなりナデポなりをやらかしたのであろう。
居た堪れなくなった俺は、諸悪の根源であるモモンガさんへ冷たい視線を送りながら言った。

「さすがモモンガさん、俺達に出来ないNTRを平然とやってのける。そこに痺れる憧れるぅ」
「めちゃくちゃ棒読みじゃないですか! それに私はそんなことを狙ったわけじゃありませんし、そもそも成熟した女性の方が好みです!」
「つまりモモンガさんにとっては、あれくらいの少女が成熟した女性にカテゴライズされている、と」
「違いますよっ!」

カルネ村の入り口では、混沌としたやりとりがいつまでも終わらないのであった。






――彼等にとって初めての試練が、もう間近まで迫っていた。



[36036] 閑話4
Name: えいぼん◆d3fec379 ID:b1fb4ca7
Date: 2012/12/28 21:42
緑の迷宮と呼びたくなるような鬱蒼とした森の中を、目的地に向けて走っている幼いダークエルフの姉弟。
ペットのフェンリルであるフェンや他の獣達が、彼女達の後を気持ち良さげに追いかけている。
かなりの速度を出しているというのに疲れた様子も見せず、気弱そうな弟の方――マーレが口を開いた。

「お姉ちゃん、ちょっと聞いてもいい?」
「……なによ」
「こないだセバスさんが言ってた夜伽ってなんだろ? シャルティアさん、すっごく喜んでたけど……」
「あの馬鹿の名前なんか出さないでよ、マーレ!」

イライラしたようにマーレを叱りつけた姉――アウラは、しかし自分が八つ当たりをしていることに気づいたのだろう。
素直に謝るのが負けだと思ったのか、少し逡巡した後にマーレの疑問へ回答を示してみせた。

「あたしも詳しくは知らないけど、夜にお部屋へ呼ばれたんだから答えは決まってるでしょ」
「そっか。ぶくぶく茶釜様みたいに、抱きしめながら一緒に眠って下さるんだね」
「……きっと頭も撫でて下さったに違いないと思うの」
「いいなぁ、シャルティアさん」

暢気なマーレの感想に、アウラは歯軋りをする。
アウラは自らの創造主であるぶくぶく茶釜から、シャルティアには負けるなという意識を植え込まれている。
そのためシャルティアを嫌っているのだが、それはどちらかと言えばライバル心に近い。
本人は自分自身の感情を理解出来ていないが、嫌いな相手だから対抗心が湧くのではなく逆なのである。

そんなアウラは今、シャルティアに主の寵愛という点で大きく水をあけられている。
そのことがアウラには悔しくて堪らないというのに、弟であるマーレが素直に羨ましがっている様子は、彼女にとって許せるものではなかった。

「マーレ、なに他人事みたいに言ってるの! シャルティアからご寵愛を奪うことを考えなさいよ!」
「えぇ、そんなの無理だよ。モ、モモンガ様の前だと緊張しちゃうし……」
「いい案を思いつかなかったら、今日のご飯はなしだからね!」
「そ、そんなぁ……」

いつものように無茶ぶりをしながら、心の中では自分達がモモンガの寵愛を受けることは難しいだろうと思っているアウラ。
実のところマーレが緊張する理由もアウラにはわかっているし、それは自分とて変わらない。
彼女から見たモモンガは、アインズ・ウール・ゴウンを纏めていたギルド長としての風格や威厳が溢れていて、ぶっちゃけると非常に怖いのである。

ぶくぶく茶釜はアインズ・ウール・ゴウンの中で僅か3人しかいない女性プレイヤーだった。
そのためアウラ達の住む第6階層は女性達の集う場所になっていた。
逆に言えばコロッセウムに用事がある時以外、モモンガも含めたほとんどの男性プレイヤーは遠慮して近づかなかったのである。
例外はブルー・プラネットのように第六階層の自然を愛していたプレイヤーがときどき森林浴に来るくらいであり、必然的に男性プレイヤーとアウラ達の交流もなかった。

もちろんアウラ達とて、アインズ・ウール・ゴウンに忠誠を誓う守護者の一員である。
ギルド長であるモモンガには忠義を尽くしたいし、出来ればぶくぶく茶釜から受けたような親愛の情を向けられたい。
しかし一臣下の分際でこちらから甘えたりするのも、許されざる行為であり恐れ多いことだと思う。
つまりアウラ達は、モモンガと親しくなるきっかけが未だに掴めていないのだ。

「あ、あの、お姉ちゃんがモモンガ様のお布団に……その、潜り込んでみたらどうかな」
「もう、お馬鹿なんだから。そんなことしたらモモンガ様に失礼でしょ!」
「ボクがぶくぶく茶釜様にした時は、息が荒くなるほどお喜び頂けたんだけど……」
「それはあたし達を我が子のように慈しんで下さっていたからよ」

そういう感じとは若干違うような、と思うマーレ。
しかし不機嫌なアウラを相手に反論することなど無理である。
アウラの気に入るようなアイデアを出すべく、マーレは知恵を振り絞った。

「それじゃ、えっと、ヘロヘロ様に橋渡しをお願いしてみたら……どうかな。ヘロヘロ様ならあんまり怖くないし……」
「却下」
「な、なんで……」
「いいから却下。他の案を出しなさい」

マーレの提案を即座に否定した自分自身に内心で首を傾げながらも、アウラはそれを覆そうとは思わない。
ペロロンチーノと仲の良かったヘロヘロに頼るのは、シャルティアに負けたようで癪に障る。
アウラのもやもやした気持ちをはっきりと言語化すれば、多分そんなところであろう。

一方のマーレにしてみれば、折角の考えを理由もなく破棄されたのだから堪らない。
しかしリアルのぶくぶく茶釜とペロロンチーノの力関係がそのまま反映されている姉弟なので、どんなに理不尽でもアウラの言葉はマーレにとっては絶対である。
涙目になりながら、それでもマーレは一生懸命に口を動かす。

「お仕事を頑張って、モモンガ様が期待した以上の成果を出すとか……」
「期待以上って、なによ」
「わ、わかんないけど……」

マーレの瞳はもはや決壊寸前であり、いくらお姉さん風を吹かせているアウラでもこれ以上は無理押し出来ない。
そろそろ自分自身の頭を使うべきだろうと、アウラはモモンガからの命令を整理しながら考える。

まず『大森林内を探索し、把握せよ』は、2人で協力しながら順調に進んでいる。
この命令にプラスαを加えるのであれば、大森林外の把握になるだろう。
しかしそれは明らかに命令範囲外であり、下手をすればプラスどころか失点になりかねない。

次に『ナザリックに従属する可能性を持つ存在の確認』だが、これはアウラの仕事だ。
そういえば、1匹だけ面白そうなモンスターに心当たりがある。
戦力的にはパッとしないが、未知という部分がアウラのコレクター魂を擽っていた。
これを確認するだけではなく、従属させて献上すればどうだろうか。
案外いけるかもしれない。

アウラの脳裏に、よくやったと自分達の頭を撫でているモモンガの姿が思い浮かぶ。
褒められている所を想像してウキウキしながら、アウラは自分の考えをマーレに語り聞かせる。

「きっとモモンガ様も喜んで下さるよね。だって凄くレアモンスターっぽいもの」
「うん、ボクもそう思う。至高の御方々はレアとか稀少とかに目が無かったし……」
「あたし達がお手柄を立てられたら、今よりずっとお互いの距離が縮まると思うの。だからマーレも頑張りなさいよ」
「うう……。お姉ちゃん、どうしたらいいの?」

そうやってマーレに頼られると、姉として何とかしてやらなければと思うアウラ。
今までの思考を辿ってマーレにも出来そうな活躍の仕方を考えてやる。

最後の『物資蓄積場所の設営』こそが、マーレに託された任務である。
これはもう、内容で勝負するしかない。
物資の充実はもちろん、建物自体にも工夫の余地はあるだろう。

「森の拠点はモモンガ様が視察にいらっしゃるかもしれないんだから、至高の御方に相応しい立派なものを建てればいいと思うの」
「だ、だめだよ、お姉ちゃん。モモンガ様からは目立たない造りにしなさいって言われてるもん……」
「じゃあ中身を立派なものにすればいいじゃない。あたしも良さそうな毛皮があったら取ってくるから」
「うん、ありがとう。ボクも頑張ってみるよ」

2人が話し込んでいるうちに、もう目的地の物資蓄積場所はすぐそこである。
早速レアモンスターをテイムして来ると言うアウラを見送って、マーレは「よしっ」と口元に両拳を当てて気合を入れた。

マーレの敬愛するご主人様であるぶくぶく茶釜は、幸いなことに周囲の女性プレイヤーから絶賛されるほどセンスが良かった。
そのお洒落さを間近で見ていたマーレにとって、立派な内装などお手の物である。
自分で建てた拠点の中に入ったマーレは、早速物資の中からピンク色の布地を手にとって呟いた。

「よーし、まずはフリフリのいっぱい付いたカーテンから作ろうっと」

近い将来、この物資蓄積場所へ足を踏み入れたモモンガは度肝を抜かれることになるのだが、それはまた別の話である。






「こんにちはー」
「こ、こんにちはでござる」

突如として現れた幼いダークエルフの少女――アウラに、そのモンスターは歯をガチガチと鳴らせて後ずさりながらも、挨拶だけはなんとか返した。
自分の縄張りを踏み荒らす侵入者だというのに、彼の心にはアウラを撃退しようなどという気持ちは一切湧かなかった。
なぜなら彼女が口を開いた瞬間、森の賢王とまで呼ばれた彼の内心は恐怖で埋め尽くされたからだ。
むしろその状態で言葉を発せただけでも立派なものだと自画自賛したい気持ちで一杯だった。

そんな彼の状態異常は、もちろんアウラの仕業である。
無邪気に甘ったるいフィアーブレスを撒き散らしながら、アウラは一方的に話を続ける。

「実は今日は、あなたに従属を要求するためにきたの。いいよね?」
「わかったでござる! それがし姫に降伏するでござるよ!」

一も二も無く完全服従である。
下手な反抗は死を招くことを即座に察したあたり、獣の本能はあなどれない。
森の賢王の素直な反応に気を良くしたアウラは、まずビーストテイマーの習性に従って相手の理解に努める。

「ねぇ、あなたの名前はなんていうの?」
「森の賢王でござるよ」
「ふーん、なんか呼びにくい名前だね」
「では姫がそれがしに新たな名を与えて下され」

そう言われて、アウラは相手をまじまじと眺める。
即座に閃いたまん丸の彼にピッタリな名前を、しかしアウラは仮称とすることにした。
なぜならアウラはこのモンスターをモモンガに献上するつもりだからである。

「それじゃ、今のところは大福って呼ぶよ。でも本当の名前はモモンガ様に付けてもらうから、そのつもりでいてね」
「どういうことでござるか?」
「えっとね、私には忠誠を誓っている主様がいるの。大福もその御方に仕えてもらうから」
「むむむ……。しかしそれがしは、そやつではなく姫に――」

ドゴンッ!

大福が全てを言い切る前にアウラの前から姿を消した。
もっと正確に言えば、アウラの手により吹き飛ばされたのだ。
ピクピクと痙攣している大福に向かって、ゆっくりと歩いていくアウラ。
そして瀕死の大福に対して、諭すように口を開いた。

「そやつって、誰のこと?」
「も……、もうしわけ……ござらん……」

良い毛皮が取れそうなので最悪殺しても構わなかったのだが、大福も反省しているようだ。
モモンガに献上するのはちゃんと教育してからだと思い直しながら、アウラは寛大な心で大福を許すことにした。

「至高の御方について詳しく説明する前だったから手加減したけど、次はないよ?」
「しょ、承知で……ござる……」

では最初のしつけからと、モモンガについて語るべく口を開こうとするアウラ。
しかし丁度その時、森の入り口を見張らせていたペットのイツァムナーから連絡が入った。

「え、モモンガ様が? 分かった、すぐ行くね。ありがとう、クアドラシル」

これはビーストテイマーの心話なので声を発する必要はないのだが、いつもアウラはつい口に出してしまう。
1人の時ならば良いが、現状のように第三者がいる場では不審に思われてしまうだろう。
尤も今の大福は、HPが1割を切っている状態なのでそれどころではなかったが。

「あたしは用事が出来たから、そこでしばらく大人しくしてなさい。フェンも大福の傍で待機しててね」
「りょう……かいで、ござる……ぐふっ」
「クゥーン」

2匹のモンスター達を置き去りにして、森を駆け抜けるアウラ。
その顔にはモモンガに褒められる期待感によって、とてもいい笑顔が浮かんでいた。






デミウルゴスはナザリック地下大墳墓の第9階層を歩く。
その表情には、明らかに疲れの色が浮かび上がっていた。
目的地であるモモンガの自室から丁度出てきた、エクレアを始めとしたお掃除部隊。
それを見たデミウルゴスは、機嫌の悪そうな執事助手に声を掛けた。

「やあ、エクレア君。仕事はどうだったかね?」
「これはデミウルゴス様。お陰さまでようやく我々の仕事を取り戻せました。感謝しておりますよ」
「それは良かった。掃除は君達に託された大任だからね。私も助力を惜しまないとも」
「まったく、アルベド様にも困ったものですな。私がナザリック地下大墳墓を支配した時のために、もっと真面目に働いてもらわねば困ります」

なぜデミウルゴスが疲労し、エクレアが憤慨しているのか。
それは守護者統括アルベドの乱心が原因である。
モモンガがエ・ランテルに向かって以来、アルベドは昼夜を問わず一心不乱に寝室の掃除を始めたのだ。

「雌猫の匂いがする……」と呟きながら、ベッドを削る勢いで磨いていたアルベド。
そんな彼女を止めたのが、エクレアや他のメイド達の嘆願を受けたデミウルゴスだったのである。
執事やメイド達の纏め役であるセバスがナザリックにいないため、壊れたアルベドを諌められるのは同格のデミウルゴスしかいない。
そこで不本意ながらデミウルゴスが、その尻拭いをすることになったのだ。

「それでアルベドは、中に居るのかね?」
「ええ、今は何やら刺繍をされているようです」

今度は縫い物か、とデミウルゴスは溜息をつく。
アルベドのせいでナザリックの運営に支障をきたしているのなら文句の言いようがあるし話も早いのだが、有能な彼女は業務を滞らせることが一切無い。
デミウルゴスを以ってしても「ほどほどにしておきたまえ」と諫言するのが精一杯なのである。

部屋の中に入ると、エクレアが言ったようにアルベドは針仕事をしていた。
しかし意外なことに、その対象は自身が普段着にしているドレスのようであった。
なぜそれが分かったかと言うと、アルベドは下着姿のまま作業を行っていたからだ。

その辺はアルベドの平常運転なので、デミウルゴスもあえて触れない。
しかしてっきりモモンガの身の回りの品に自身の痕跡を残そうとしているのだとばかり思っていたデミウルゴスは、その予想が外れたことに目を細めた。
そんなデミウルゴスに、アルベドは振り向きもせず話し掛けた。

「ねぇ、デミウルゴス。人を貶めるのではなく自分自身を磨くことが重要だと言っていたわよね」
「あ、ああ……その通りだとも。どうやら分かってくれたみたいで嬉しいよ」

なにしろ掃除の時には、「シャルティアが反乱でも起こさないかしら……」と5秒に1回のペースで呟いていたのだ。
明らかに守護者統括の言うことではないため、アルベドの思考を健全な方向へ誘導するべく、そのような内容で彼女を説き伏せた覚えがある。

「それで私が劣っていて……ギリッ、シャルティアが勝っている……ギリッ、部分について……ギリッ、少し考えて見たのだけれども……ギリッ」
「話すのか歯軋りをするのか、どちらか片方にしたまえよ」
「強いて挙げるなら、野卑な素直さとか下品な率直さが私には足りなかったと思うの!」

と言いながら完成したらしきドレスを着込んで振り返るアルベド。
そんなアルベドの腹側に、『夜伽上等!』と文字の入ったドレス。

「どうかしら? これなら清楚で控えめな私の意志が、さりげなくモモンガ様に伝わるでしょ?」
「……ああ、うん。もう君の好きなようにすればいいとも」

諦めの吐息と共に、デミウルゴスはモモンガの自室を出たのであった。



[36036] 第13話
Name: えいぼん◆d3fec379 ID:b1fb4ca7
Date: 2012/12/31 19:58
ンフィーレア君を連れて、薬草採取のために大森林へ出掛けた俺達。
彼に道中で聞いていた森の賢王とやらを利用して名声を高めようと企てていたモモンガさんは、森に入るなり単独行動を開始した。
俺をンフィーレア君の護衛に残し、アウラに仕込みをさせるべく出掛けて行ったのだ。

しかしモモンガさんは、残念ながら何の収穫もなく戻ってきた。
聞くところによると、なんでも既にアウラが森の賢王をぶっ飛ばしていたそうだ。
森の賢王の怪我を治してから芝居をさせても良かったのだが、どうしても不自然になるしそこまで重要な案件ではない。

「まぁ、私達の英雄譚の仕込みは済んでいますからね。ここで下手な手を打って疑われるのもバカバカしいですし」
「そうですね。例の計画を開始するまで1ヶ月というところですか?」
「ふっふっふ……そのくらいを見込んでいます。その時には申し訳ないですが、また協力をお願いしますね」
「くっくっく……了解です、モモンガさん」

ンフィーレア君に聞こえないよう、こっそりと話し合う。
これから作戦実施までの間、モモンガさんはエ・ランテルでの認知度を高めるべく活動をする予定だ。
モモンガさんと接する人数は、出来るだけ多い方がいい。
その偉業を引き立たせるためにも、実物大の姿は晒しておくべきだからである。

ンフィーレア君が満足するまで薬草採取に付き合い、夜はカルネ村の広場で村民達から歓待を受けた。
復興して間もない村なのだからと気を利かせ、料理の大半はナザリックからゲートを使って持ち運んでいる。
もちろん純粋な厚意もあるが、主にナザリック大公としての寛容さを見せつけるためだ。

「うま!」 

村人達が感嘆の声を上げながら、夢中になって料理を貪っている。
日本での食事に舌が慣れている俺でも仰天するくらいの味わいなのだ。
おそらくコンビニ弁当すらご馳走に違いないであろう村人達にとっては、まさに天上の食べ物となり得る。

「あ、あの、モモンガ様。こんなに立派な料理まで用意して頂いて、本当にありがとうございます」
「うむ、気にすることはない。私達の財力からすれば、これらは塵のようなものだからな」

しかし皆が一心不乱に食べまくっているに中で、エンリ嬢だけはモモンガさんの方が気になるようだ。
先ほどからチャンスを伺いつつ、モモンガさんにアプローチを仕掛けている。

「先ほどから何も食べていませんけど、良かったらお取りしましょうか?」
「残念だが仮面を取るわけにはいかないのでな。気持ちだけ貰っておこう」

厳密には仮面を取るだけなら問題はないはずだ。
ローブがヒラヒラして中身の肋骨が見えたら周囲に引かれるだろうと、変装時のモモンガさんは基本的に幻術を纏っているからである。
しかし食事が出来ないことに変わりはないので、モモンガさんは多分理由付けのために嫉妬マスクを脱がないのだと思う。

「そうなんですか。不躾なことを言っちゃって、すみませんでした……」
「気にすることはない。死の絶望に瀕したお前達が、それでも一生懸命に毎日を生きている。そして食事を楽しみ、生を楽しむ今の姿こそが、私にとってなによりの馳走なのだ」

しょんぼりしたエンリ嬢を慰めようとしたのか、モモンガさんが恰好良いことを言おうとして微妙に滑っている感のあるセリフを吐いた。
飲み物を噴き出しそうになった俺とは裏腹に、なぜかエンリ嬢は目をキラキラとさせている。
やはり恋する乙女は盲目なのだろうか。

いや、エンリ嬢だけではない。
モモンガさん達のやり取りに聞き耳を立てていたンフィーレア君や傍に居た村人達も、やたらと感動して瞳を潤ませている。
やがてモモンガさんを中心に、どんどん歓声が広がっていった。

「村を救ってくれた英雄、モモンガ様に乾杯!」
「ナザリック大公万歳!」

次々と手の中の杯が空けられ、村の広場はますます熱を帯びる。
村人達に両手を挙げて答え、キメ顔で演説し始めるモモンガさん。

「毎日を全力で過ごした者だけが安らかな死を迎えられる。それこそが死に敬意を払う行為なのだ。だからお前達も今を精一杯に生きるがよい」
「モモンガ様の言う通りだ! あんな騎士共なんかに負けてたまるかよっ!」
「うおおっ、やるぜ! 奴らに荒らされた村の畑は、俺が全部耕してやるぜ!」
「待ってよ、お父さん。私とネムも手伝うし、ゴブリンさん達だって協力してくれるんだから」

その場は熱狂の渦に巻き込まれ、村人達が気勢を上げて吼えまくる。
なんだか俺だけがすっかり取り残されてしまった。
きっと厨二病を卒業したせいだろう。
それに引き換えモモンガはまさに絶頂期、リア充もいいところである。

骸骨爆発しろ、と思いながら俺は不貞寝をするのであった。






翌朝の早いうちに俺達はカルネ村を出発したおかげで、エ・ランテルまで残り僅かという所まで来ることが出来た。
日が沈む前には戻れそうだと思いながら、俺はぼんやりと夕日を眺める。

夕焼けの優しい光に照らされているカッツェ山。
悲鳴を上げながら街の方へ逃げている冒険者達。
それを嬉しそうに追いかけているデモンズドラゴン。

「って、なんであいつらが竜を引っ張って来てるんだよ!」
「ヘロヘロさん、どうしました?」
「あれを見て下さい!」
「む、まさかカッツェ山のボスユニット……」
「なんでこんなところにドラゴンなんているんだ! おばあちゃんや街の人がっ!」

そう、あれこそモモンガさんが仕込んだ英雄譚、1ヶ月後くらいに倒そうと思っていたデモンズドラゴンだった。
天地創造の際にはその地形に応じてボスモンスターがポップする仕様なのだが、中でも山と海はその強さが群を抜いている。
奴はレベル100の複数パーティで挑む大物レイドボスにして、かつてのギルド戦で最も多く2ch連合プレイヤーを死に追いやったMVPなのである。

「絡まれたらその場で死ぬのがマナーなのに、わざわざエ・ランテルに引っ張るなんて許せませんね、モモンガさん」
「いやいや、ゲームとは違いますから。それよりも何故あんな雑魚っぽい冒険者が生き延びていられるのでしょうか」
「もしゲーム設定のままだったら、おそらく遊んでいるんじゃないですかね」

デモンズドラゴンのAIは悪魔族を基準としているため、とても底意地が悪い。
そして冒険者組合にはカッツェ山の調査があった。
仮にその依頼を受けた冒険者が竜にタゲられた場合、その実力差から生かさず殺さず追い掛け回される可能性は十分に考えられる。
本当は冒険者達が竜を発見して無事に帰って来るのが理想だった。
邪竜を倒すべく立ち上がったモモンガさんを歓声で見送るエ・ランテルの人々、みたいな演出を望んでいたからだ。
しかしナザリック大公として街の安全を請け負っているのだから、こうなってはもう仕方がない。

「このまま街に行かれるとラナー王女との約束を破ることになりますし、狩っちゃってもいいですか?」
「……まぁ問題ないでしょう。ギャラリーが少なくて残念ですが、さっさと片付けてしまいましょうか、ヘロヘロさん」
「お2人共、ドラゴンなんですよ! なんでそんなに余裕なんですか!」

なぜ余裕があるのかと問われても、そんなことは決まっている。
このレイドボスを俺とモモンガさんの2人で倒す自信があるからだ。
あまりに当然すぎる答えは言うまでもないだろうと放置し、俺はモモンガさんとのやり取りを続ける。

「こっちは準備にしばらく掛かりますから、モモンガさんはこのままエ・ランテルで依頼を終わらせちゃって下さい」
「まぁ最初の数時間は、どうせ見ているだけですしね。その後で山頂にいつもの罠を張ってお待ちしていますから、仕上げはそこでお願いしますね」
「了解です。それじゃ行ってきます」
「お気をつけて、ヘロヘロさん」

モモンガさんは大して心配もせずに俺を送り出す。
アサシンにしてガンナーたる俺のアインズ・ウール・ゴウンでの役割は、まさにこのような対ボス戦における牽引係なのだから、それも当然である。
基本的にタイムストップ等の時間系魔法はPvP専用と表現しても過言ではなく、ボスを含めたほとんどのモンスターに効果がない。
つまりボス相手の小細工や時間稼ぎには、タゲを取ったプレイヤーが引っ張り続けるしかないのだ。

デモンズドラゴンを引っ張っては2ch連合を壊滅させ。
ガルムを引っ張ってはチクチク削ってソロ攻略を成し遂げ。
ワールドエネミーを引っ張っては立て直しの時間を稼ぎ。

そうした全ての場面において、このアバターは俺の期待を裏切らなかった。
しかも今回は、罠にハメて超位魔法を撃ち込むだけの簡単なお仕事である。

とはいえ、如何にギルド杖があっても流石に一撃では死なない。
従ってモモンガさんの攻撃後にタゲが移らないよう、最初に俺がある程度のダメージを与えておくのは必要不可欠な作業だ。
そのため現時点でモモンガさんやナザリック勢がいるのは、どちらかと言えば邪魔なのである。
モモンガさんもそれを理解しているから、ンフィーレア君を街まで送って来ることが出来るのだ。

もちろん能力やアイテムの出し惜しみをする余裕まではない。
アサシン的に最初の不意打ちはかなり重要なので、俺はいつもの銃ではなく短剣を取り出した。
血錆を纏った禍々しい短剣はそのまんまアサシンダガーという銘なのだが、平凡な名前と異なりその性能はゴッズでも上の下くらいの最高級品である。
防具を装備出来ない俺は基本的にクリスタルを使わないのでギルメン達に譲ったりする場合が多く、この短剣はそんな彼等からのお礼の品なのだ。

「《ファースト・ストライク/初撃強化》、《ライフ・コンバート/生命力転換》、《ラスト・オーダー/血錆の終焉》」

俺はアサシンダガーの能力を全て開放し、大きく深呼吸をした。
自分の命が掛かっていることに対する緊張などではなく、むしろゲーム感覚のまま平常心過ぎることへの注意だ。
ゲームと違うということをしっかり認識しないと、どこかに落とし穴が待っていそうな感覚とでも言えばいいのか、とにかく間をおいて冷静になるよう努める。

「《ナイト・ウォーク/闇の接近》」

不意打ちの成功率を上げ、かつ成功時に攻撃力が上がるスキルを使用したら、いよいよ攻撃である。
俺は冒険者達を嬲っているデモンズドラゴンに音も無く近寄ると、そのまま背後から強襲した。
狙うはただ1点、尾の付け根である。

「《ダンシング・エッジ/蹂躙の刃》」

アサシンの不意打ちスキルによって攻撃力を上乗せして放たれた8方向から襲い掛かる刃、その全てが強化された初撃となってデモンズドラゴンに襲い掛かる。
更に俺の有り余るHPが攻撃力に変換され、これまでのモンスター撃破数を血錆として蓄積し続けた短剣自身の攻撃力を加えて、倍率ドン。

――ボトリッ

綺麗に空中へ跳ね上げられた尻尾が地面に落ちて音を立てるが、すぐに別の轟音にかき消される。
それは横たわって苦しんでいるデモンズドラゴンの悲鳴であった。






隙だらけのデモンズドラゴンを前に追撃をしようか少しだけ悩むが、アサシンダガーの血錆もスキル効果ですっかり取れてしまい攻撃力にあまり期待は持てない。
アサシンダガーはモンスターを倒すたびに血錆が増え、それが多ければ多いほど切れ味が高まる仕様であるからだ。

最高級品だけあってピカピカな今の状態でもゴッズ下位程度の威力は出るのだが、それもデモンズドラゴンが相手では所詮スズメの涙である。
この竜は基本的に2人で倒せるようなボスモンスターではないし、尻尾だって本来は一撃で部位破壊を出来るような代物ではないのだ。
以前それらの自慢をしたら、DQN掲示板で嘘つき呼ばわりされたことは記憶に新しい。

とにかく今は引っ張るのが先決だと、竜から距離を取ろうとしてふと切断した尻尾を見た。
この手のモンスターは尻尾がないとバランスを崩しやすいので、最初に尻尾を破壊するのは定石なのだが、普通はその時に切り離した尻尾は消滅する。
ユグドラシルは全年齢対応なので、モンスターの死体も消えるグロ禁止な仕様であるからだ。

しかし不思議なことに尻尾が落ちている。
もしかしてこの世界ではクリスタルの代わりに現物支給なのだろうか。

「これはひょっとして、生産組大勝利?」

そう呟きながら、とりあえず尻尾をアイテムボックスに収納する。
デモンズドラゴンが未だ悲鳴を上げていることで完全に油断していた俺は、その瞬間まさかの反撃を喰らってしまった。
横たわっていた竜が素早く身を起こすと同時に、鋭い鉤爪を俺の背中へ振り下ろしたのだ。

「うわっ、地味に痛い!」

感覚的に数パーセント程度のダメージである。
HP10倍効果のヨルムンガンドを飲んでいたからいいものの、そうでなければライフ・コンバートの影響と合わせて1撃死の可能性すらあった。
完全物理無効は相変わらず役に立たない。

そう、あえてずっと触れなかったのだが、実は完全物理無効とは見えている地雷と称される程の罠能力なのである。

ギルド戦においては、なんでもいいから属性効果を持った武器を使用すればダメージが通ってしまう。
モンスター戦では、1つも属性攻撃の手段を持っていない敵など見たことが無い。
ボス戦なんて、明確な属性攻撃を除く全ての攻撃が『ボス属性』として設定されているのだ。

運営はスライム種を舐めているとしか思えない。

一応補足を入れておくと、β時代なら完全物理無効の意味は大いにあったらしい。
しかし他ユーザーの抗議によるバージョンアップで、かなり初期の頃に弱体化したのだ。
当時のユグドラシル板では「スライムざまぁ」みたいなコメが溢れかえったという。
その頃の俺はグリーン・スライムだったので、完全物理無効の恩恵は一度も味わったことがないのに風評被害だけはあってうんざりしたものだ。

さて、気を取り直して今からが第二ラウンドの開始である。
俺は短剣を切り札の木製銃に持ち替え、全スライム種の憤りを銃身に込めながら言った。

「時間を稼ぐのはいいが――別に、アレを倒してしまっても構わんのだろう?」
「お、おう……」

幻聴だと思いたかった。
しかし振り向くと、そこにはデモンズドラゴンに襲われていた見ず知らずの冒険者がいた。
完全に独り言のつもりだったのに……。
こんなことならカルネ村でのモモンガさんを羨ましがったりせず、素直に厨二病を卒業したままでいれば良かった。

居ても立ってもいられなくなった俺は、デモンズドラゴンを引っ張って風のようにその場を逃げ出したのであった。



[36036] 第14話
Name: えいぼん◆d3fec379 ID:b1fb4ca7
Date: 2013/01/03 21:01
デモンズドラゴンを引っ張りながら削っていく作業の中で最も重要な点は、ダメージを与え得る攻撃をすることである。
当たり前のことを言っているように思えるかもしれないが、攻撃力に乏しいのはガンナー全員共通の悩みなのだ。
しかし対策の出来ない問題など、最強ギルドの一角であるアインズ・ウール・ゴウンには存在しない。
俺は先ほど持ち替えた切り札の木製狙撃銃――ジュオウを構え、空を羽ばたいて追ってくるデモンズドラゴンに狙いを定めて《ロックオン/照準》のスキルを使った。

ユグドラシルでは珍しい固有ドロップアイテムである樹皇と名付けられた銃は、職業クエストと呼ばれるイベントをクリアすることでゲット出来る武器である。
材料が世界樹であることを匂わせる名を冠するだけのことはあり、腐食等のバッドステータスに関しては全く問題ない。
更にその威力もゴッズ・アーティファクト最上級と言って良いだろう。

――ズガンッ

火縄銃に近いフォルムの木製銃を撃ったとは思えない反動を全身で受け止め、地面に足が引き摺った跡を残す。
ロックオンで固定されるのは敵本体への照準だけで、狙った部位に当てるのはプレイヤースキルである。
しかしこの身はピーキーであるが故に特定分野では他の追随を許さぬエルダー・ブラック・ウーズ。
ノックバックで銃弾を逸らすようなヘマなどするはずもなく、樹皇から発射された専用弾は見事デモンズドラゴンの翼に着弾した。

ちなみにドラゴン種と戦闘を行う際には、尻尾だけでなく翼を狙うこともまたセオリーなのである。
それは機動力を奪う目的の他にも、内翼は鱗に覆われていないためダメージが通りやすいという理由もあるからだ。

片翼の制御を失って墜落するデモンズドラゴン。
尻尾を失ってバランス取りを難しくした成果もあり、俺が可能な攻撃条件の中では最高の結果である。
前装式狙撃銃の樹皇へ新たな専用弾を込めながら、次に打つ手を考える。

先ほどのライフ・コンバートで減ったHPがヨルムンガンドのリジェネ効果で順調に回復しつつある今、どう見てもここは接近して追撃を行うべき場面だろう。
銃なのだから遠距離狙撃を続ければとの意見もあると思うが、相手が飛んでいる時ならばともかく今の状態では翼の皮膜部を狙い撃つのが難しい。
100%狙った部位に当たる確信がない限り、俺は樹皇を使いたくないのだ。
なぜなら稀少アイテムのブランチ・オブ・ユグドラシルから削り出して作られた専用弾しか撃ち出す事の出来ない樹皇は、その運用コストが群を抜いて高いからである。

従って基本的に消費アイテムはバカスカ使うタイプの俺ですら、滅多なことでは樹皇を使用しない。
確か前回使ったのは、とあるギルド戦で「やわらか戦車のヘロヘロから狙え!」とか抜かしやがった馬鹿を撃ち殺した時だったはずだ。
この切り札を使うのは、それくらいに余程の理由がある時だけなのである。

軽く補足をすると、これは処女厨事件と並んでトップクラスのMy黒歴史なのだが、かつて俺はLV100なのに碌な反撃も出来ずPKされたことがあるのだ。
当時3つ目のアバター枠を埋めていたのは「スライムにキャタピラがついたら素敵に無敵です!」と餡ころもっちもちさんに唆されて作ったスライム戦車だった。
そして足がキャタピラなため前後にしか動けず、俺はいくらでも逃げられるはずのフィールド上であっさり沈められてしまったのである。
あの時は「パパの踵ほどにも硬くない」「指先でつつかれるとそこから腐る」等、100年以上前のフラッシュネタまで持ち出されてPK晒し板で散々馬鹿にされたものだ。

余計なことを思い出しているうちに、目指すデモンズドラゴンはもう目前である。
痛みで暴れている邪竜の攻撃を掻い潜って接近し、先ほどとは逆側の翼に樹皇をぶちかます。

近接戦闘はたっち・みーさんのようにリアル無双タイプな人間の専売特許だが、エルダー・ブラック・ウーズの身体能力はそれを補って余りある。
足運びのノウハウなどまるで知らない俺のドタバタした動きでも、相手の鋭い鉤爪攻撃を余裕で避けることが出来るのだ。
アサシンやガンナーという職業を最も活かせるのは、動きの正確さと素早さに対する成長倍率が高いエルダー・ブラック・ウーズだと確信している。
防具装備不可なため防御力が低いことなど、これらのメリットに比べれば十分に許容範囲だと個人的には思う。
なぜならDMMO-RPGが一世代前のゲームと大きく違う特徴として、クリティカルヒットに関する概念の進化があるからだ。

具体的にはRPGが体感型ゲームとなったことで、相手の部位に狙いを定めるという要素の重要性が増したということである。
敵の攻撃を頭で受けるか腕で受けるかによるダメージの差が大きいと表現すれば分かりやすいだろうか。
つまりキャラクターの耐久力の差などは、各々の腕前によって簡単に覆すことが出来るのだ。
まぁ先ほど油断から無防備な背中にクリティカルな一撃を貰った俺がプレイヤースキルどうこう言えたことではないのだが。

負傷から立ち直ってこちらに突進して来るデモンズドラゴン。
そんな敵のモーションに俺は、反撃するでも避けるでもなく距離を取ることで対処する。
相手がこちらに追いつこうと空へ舞い上がる瞬間を捉えて、樹皇による狙撃で再び撃ち落す。

デモンズドラゴンの攻撃を避けるのではなく、その攻撃範囲から逃げられるという優位性は何事にも変え難い。
自慢ではないがこういった選択が出来るのは、強者揃いのアインズ・ウール・ゴウンの中でも俺くらいである。
この手のレイドボスを無傷で引っ張るのは、それくらい難しいことなのだ。
だから普通は複数パーティで盾職がタゲを回しながら削っていき、場合によってはゾンビアタックまでしないと勝てない。
そんな強敵を相手にソロでやり合っていると思うと、腹の底が熱くなって来る。

しかしそれと同時に、銃を使った戦闘に対する違和感も強くなっていく。
肉に喰らいつき血を啜る、それこそが本物の闘争というものではないのか。
心の奥底から俺自身に問い掛ける声。

いや、今の戦い方こそが俺のスタイルなはずである。
ヒット&アウェイこそ俺が最も得意とする戦法なのだから。

時には超長距離から射撃し。
時には懐に潜り込んで射撃し。
時には背後に回り込んで射撃し。

モモンガさんからメッセージが入ったのは、そうやってデモンズドラゴンの飛行能力を完全に奪った頃だった。






『大変です、ヘロヘロさん! 街にアンデッドの群れが!』
「モモンガさんがその親玉ですか?」
『冗談を言っている場合じゃないんですよ!』
「そんなの、普通に倒せばいいじゃないですか」

走って追い掛けて来るデモンズドラゴンから逃げてカッツェ山の麓をマラソンしながら、俺はモモンガさんと通話をする。
何がどうなっているのかさっぱり分からないが、少なくともナザリック大公として街を見捨てるわけにはいかないだろう。
聞くところによると、山頂で罠を張っていたモモンガさんもエ・ランテルを見張らせていた配下から報告を受けたばかりで、とりあえずの対処をしているところだと言う。

『すでにギルド杖で七色のプライマル・エレメンタルを召喚して対応していますが、なにせ街中がアンデッドだらけなので時間が掛かりそうなのですよ』
「ゆっくりで大丈夫ですよ。こっちは事故もなく順調ですので」
『罠は使っちゃっていいですから、一度デモンズドラゴンを振り切って下さい。こちらが終わり次第、狩りを再開しましょう』
「……了解です、モモンガさん」

タゲを切れとの指示に一瞬だけムッとしたが、ソロで倒すには樹皇の専用弾も足りない。
わざわざ危険を冒す必要などないのだし、モモンガさんの言うことは理に適っている。
とても楽しくなってきた戦闘が中断されることに未練を感じなくもないが、こうなっては仕方がないだろう。
モモンガさんの張った罠にデモンズドラゴンを引っ掛けるべく、俺は山頂へと逃走ルートを変えたのだが。

「ヤバッ、なんで!」

全身に纏わり付く過負荷。
モモンガさんの仕掛けたグラビティ・トラップなのに、なぜか俺に対してまで拘束力を発揮してきた。
今まで何度と無く同じ方法で強敵達をハメていったが、こんなことは一度たりともなかったはずなのに。

「クッ……、そういやフレンドリ・ファイア解禁だったか」

本来ならスクロールなどで逃げるなり、モモンガさんに連絡を入れるなりすべきだろう。
しかし俺の体は瘧のように震えるばかりで有用な行動など一切取れない。
そして遂にデモンズドラゴンが追いついて来た。

「クハッ……、おい、どうする」

腹の底から熱いものが込み上げて来て、もう限界だった。
今や俺は冷静さを完全に見失っていた。
こんな気持ちは、こんな感情は、こんな衝動は生まれて初めてだ。

「クヒッ、クハハッハハハ、アハハハハッ!」

先ほどまで感じていたものとは比べ物にならない歓喜が、俺の全身に広がっていく。
ちゃんとした理由があるのなら仕方がなかろう、さぁ今から第3ラウンドの始まりだ!
闘争の喜びに総毛立っていた肉体は、いつの間にか完全なスライム体へと戻っていた。

「そうだ、そうだった! これが俺だ! これこそが俺の――」

俺と同様の罠に絡め取られたデモンズドラゴンが、重力に引き摺られた前足を振り下ろしてきた。
棒立ちだった俺は、そのまま頭から真っ二つになった。

「――本性だ! クカカカッ!」

体を無残に引き裂かれた状態のまま、俺は腹の底から込み上げて来る笑いに身を任せる。
そう、デモンズドラゴンは俺にまったくダメージを与えることが出来なかったのだ。
なぜなら俺の体は先ほどの攻撃で裂けたのではなく避けたからである。

ユグドラシルではこんな回避方法は無理だった。
だが今なら可能である。
それは俺がスライムだからだ。
俺自身の本能が、人間には不可能な体の動かし方を教えてくれる。

「もっと、もっとだ!」

地面を溶かしながら、デモンズドラゴンに這い寄っていく。
再び攻撃して来る前足に体を纏わり付かせ、そのまま鱗の隙間に潜らせる。
この戦闘中ずっと感じていた違和感が、今や完全になくなっていた。

デモンズドラゴンが腕ごと俺を地面に叩きつけ、そのまま鋭い牙で噛み付いてくる。
当然俺の肉体はその度にダメージを受けているが、しかし同時に回復もしていた。
ヨルムンガンドのリジェネ効果だけではなく、腕を溶かし口腔を爛れさせて吸収した分だ。

「ガアアッ、グオオオッ!」

大音声で吼えたのは、デモンズドラゴンではなく俺の方である。
俺の得意戦法だったはずのヒット&アウェイの面影など、もうどこにもない。
喰われ、喰い、飲み込まれ、飲み込み、俺は徐々にモンスターとして覚醒していった。

竜との生存競争に夢中だった俺の頭の中へ、携帯電話のコール音のようなものが聞こえた。
モモンガさんからのメッセージだろうが、そんなものは今の俺には何の価値も無い。

モモンガさんからのコールを完全に無視をして、俺はデモンズドラゴンとの闘争に集中していった。






一体どれくらい戦っていたのだろう。
俺達の戦闘は、傍から見れば勝敗が一目瞭然である。

「クッ、クハハ……ゲフッ」

明らかに満身創痍の俺に対し、デモンズドラゴンにはまだまだ余裕がある。
レイドボスとタイマンでガチバトルをしたのだから、これは当然の結果だ。
だが足りない、まだ戦いたい、まだまだ満たされない。

「ウゴオオオオッ!」

自分の口から出たとは思えない雄叫びと共に、一発逆転を狙って体全体を相手の眼球へ伸ばす。
視神経を伝って脳髄まで溶かせば、まだ俺にも勝ちの可能性はあるはずだ。
しかしこの強襲は察知されていたようで、デモンズドラゴンは首を振って俺を地面へ叩きつけた。

もう作戦などを考える余裕はない。
いや、勝つための方策なんてどうでもいいのだ。
目を狙ったのも、どちらかと言えば本能の成せる業である。

体力はそろそろ危険域に達するだろう。
時間稼ぎに徹すればヨルムンガンドのリジェネ効果が効いてくるとは思うが、俺は今すぐこのデモンズドラゴンを喰らいたいのだ。
奴を吸収するのが先か、俺が死ぬのが先か。

面白い。
とても面白い。

人生で最後になるかもしれない最高の愉悦を味わいながら、俺は戦闘態勢に入る。
おかしくて楽しくて嬉しくて、先ほどから笑いが止まらない。

「カハッ、クハハハッ、いくぞ!」
「ヘロヘロさん、一度引いて下さい!」

何時からいたのだろうか、気が付けばデモンズドラゴンを挟んだ後ろ側にモモンガさんが待機していた。
きっと俺が邪魔になって超位魔法が撃てないのだろう。
しかしそんなこと、俺には関係ない。

「ヘロヘロさん、冷静になって下さい!」

いいや、この闘争は俺のものだ!
最後まで殺さねばならない、最後には死なねばならない。
中途半端に引くなど、断じてありえない!

「ヘロヘロさん!」

誰が何と言おうと、俺は決着をつけるのだ。
ここで闘争の果てに倒れるならば悔いは無い。
俺はきっと満足して死んでいけるだろう。

――そうやって、またモモンガさんを1人残していくのか?

不意に心の底から聞こえてきた自問。
熱くなっていた脳みそが、すっと冷めていった。
いつの間にか罠の効果も切れていたようで、普段のように体が軽い。
俺はバックステップでデモンズドラゴンから距離を取り、モモンガさんの背後へ回り込んだ。

デモンズドラゴンがこちらに迫って来た瞬間、計算通りモモンガさんの手にしていたギルド杖から七色の迎撃魔法が発射される。
更に詠唱破棄の課金アイテムを握り潰したモモンガさんは、止めとばかりに山頂へ隕石の雨を降らせた。
モモンガさんの連続攻撃に耐え切れなかった邪竜は、断末魔の悲鳴を上げてあっけないほど簡単に沈んだ。

紆余曲折の末、一連のマッチポンプ英雄譚はこうして幕を閉じたのであった。


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