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[36066] キノコ服用勇者(夢幻の心臓2)【完結】
Name: 凍幻◆786b687b ID:be9ab252
Date: 2014/06/23 18:52
*1986年に発表されたクリスタルソフト製PCゲーム『夢幻の心臓2』の2次創作です。
 はやりの異世界漂流譚になります。
 基本的におっさんホイホイでしかありませんが、よかったら読んでやってください。

 2012年12月6日に連載を開始し、2014年6月23日に完結しました。
 外伝、番外編はありません。



[36066] その1
Name: 凍幻◆786b687b ID:be9ab252
Date: 2014/06/24 18:10
 俺の手にある剣が閃いて、一番近くに居た腐ったゾンビの頭を胴体から綺麗に切り離す。
 少し右にブレた視界でおっかないグールが二匹見えたためそちらへ刃を向けると、左の一つ目サイクロップスが隙を見つけたとばかりに棍棒を振り下ろしてきた。
 俺が二歩分体勢をズラすと、そこへ飛び込んでくる暴風。背中越しでも分かる、棍棒とは違った太い太刀先。
「こっちを忘れるな!」
 ドワーフ戦士のユーギンと人間戦士のクモン守備隊隊長が、サイクロップスを牽制してくれたんだ。
 おかげでグールへ斬りかかれた俺の周囲には、やつら以外はもう脅威となるようなモンスターは残っていない。
 これで勝てるぞ!
 そう喜んだ俺だが、まだ中ボスに相当する当のサイクロップスは健在だ。
 今は二人がかりで押さえ込んでいるけど、力強い肉体はたとえ一匹でも、しかも片腕で構えていてもその棍棒で容易に俺たちの頭を粉砕することだろう。
 いくらキノコでバーサーク状態になっているとは言え、俺のひ弱なサラリーマンな肉体と精神じゃ剣が通るか怪しいものだ。
 あれ? そもそも、バーサーク状態ってこんな思考が出来る状態だったっけか?
 ゲームじゃコマンドを受け付けないだけだったはずだが、自分の身に変わると違うのかな?
 余計な思考で俺の動きが少し鈍る。
「うおっと!」
 サイクロップスほどではないが、グールもずいぶんと強敵だ。
 馬鹿なことに眼前の敵に集中してなかったせいで、その青黒い腕が少しジャケットに当たったが、俺はなんとか体勢を崩すことなく一匹を屠るのに成功する。
「おらぁ!」
 俺がそうこうしている間、サイクロップスへとユーギンの剣が下から伸びていった。
 太い腕をざっくりと切断する彼の腕前は、俺とは違い、ずいぶんと洗練されていてうらやましい限りだ。
 ポーン! と音を立てそうな勢いで敵の持っていた棍棒が腕ごと吹っ飛んでいく。
 ちょうどもう一匹のグールの頭へ飛んできたため、それで出来た隙を生かして切り込んでいくと、そう時間を置かず二匹目も倒すことに成功した。
 残った隊長も負けちゃいない。さりげなくサイクロップスの後ろに回って脚を切りつけている。
 うまくかわされていはいたが、グールを片付けた俺までもが向かってきたことで注意がそれ、とうとう血しぶきが飛んだ。
 がくんと膝がゆらぎ、俺の方向に頭が落ちてくる。
 赤い目玉がぎょろりと俺を睨むと、ドーピングされているはずの俺の心にも動揺が走った。
 キノコの効果が切れたか!?
 しかし、今キノコを服用し直す暇は無い。
 俺は、心の奥底で殺せ! と命令する何かに突き動かされて刃を振り下ろした。
 ざくっと硬い感触。
 ギヤォッとでかい叫び声がはじけ飛び、一瞬だけ俺の鼓膜を満たすと、すっとそれも消えていった。
 倒れたサイクロップスは少し体を震わせていたが、ユーギンが心臓にとどめをさすと、すぐに静かになる。
 と同時に、やべぇ日本人じゃ殺すなんておっかねーよと胴体にざわめきが走った。
 ああ、終わったんだ。
 俺は今度こそキノコの効果が切れたことを実感し、戦いの終わりを知った。
 もう、敵は残っていないはずだ。念のため周囲を見回したが、俺の感覚よりドーピング効果のほうがよほど頼りになるって理不尽な気もするなぁ。
 さっきの動揺は、まだ俺の腕が未熟だからだろう。
 少なくともゲームでは、一回の戦いが完全に終わるまでは効果が続いていたはずだからだ。
 それでもちくしょう、終わった今は脚がなんかガクガクする。
 キノコは俺をバーサーク状態にし戦いの専門家へと変えてくれるが、それ以外では俺はサラリーマンのままだ。
 この世界に来てからちょっとだけ体力はついたけど、俺はただのゲーマーでサラリーマンなんだよ!
 ごろりと転がっていたサイクロップスの体から不意にチャリンと金貨の音が鳴り響くと、もうやつの体は消えてしまっていた。
 さっき殺したゾンビやグールの体があった場所も、金貨が転がっているだけだろう。
 スプラッタにならないから殺しに対する罪悪感が少なくてすむのはありがたいが、リアルの殺しは普通の日本人には体験しえないものだ。
 もやもやとした不満と言うか、相手がモンスターなのに関わらず、申し訳ないとの思いが忍び寄る。
「大丈夫か、リュージ」
 俺の顔が曇って見えたんだろう。
 隊長がそう気遣ってくれるけど、俺が答えるより早くユーギンは俺を笑い飛ばした。
「ははっ、勇者たるものが、これくらいでまいるもんか。さあ、姫様を助け出すぞ!」
 いつ聞いても豪快だなぁ。
 でも、俺のことを勇者と信じてやまないその心が、俺に勇気をくれる。
 間違った勇者感だけどな!
「みなさーん、あいつが隠していたと思われる彫像がありましたよ。これ何でしょうかね? 魔力を感じますけどー」
 戦いの間、治癒魔法を飛ばすため後ろに控えていたシーの女性、テランナがにこやかに笑った。
 盗賊のスキルは持ってないはずだが、激戦を予定していたにもかかわらずこの戦闘中は暇だったこともあってか、ずいぶんと手の早い仕事をしたようだ。
「ああ、間違いない。それだ! それがシルヴィア王女を助けるカギのはずだ」
 俺は、へとへとで座り込みそうになりながらもそう答える。
 途端に隊長とユーギンから低く感嘆の声が聞こえた。
「ほう、そんなことも分かるのか」
「勇者だからな」
 おいユーギン。いくら俺を勇者と信じていても、それで全部片付けようとするのは間違ってないか?
 お前の言う勇者は、物知りの意味じゃねーだろうが!
 抗議の声を俺は上げ掛けたものの、結局、それを押し込めて水筒から水を飲むだけに留めた。
 俺が勇者なのは――ユーギンの意味では無いんだが――ほぼ間違いないことだからだ。
 しかもこのエルダーアイン世界で唯一の、だ。
 他の世界には先輩勇者たちが居るはずだけど……彼らに俺は会うことがあるんだろうか?
 そんなことも思考の片隅に浮かんだものの、実現するにせよ、それはずっと後での話となることだろう。
 今は純粋に、中ボスを倒した喜びにひたりたい。
 これでやっと前へ進める、と。
 俺たちは少し休んだ後、四人そろってこのアーケディア砦の地下へと足取りを軽くするのであった。




 空を見上げる。木々に覆われながら、あちこち途切れた空間。水の音はしないが、ざわめきだけが聞こえる。
 変わりはない。
 無いんだけど、やっぱり違和感は消えない。と言うか、違和感だらけだろ、ここは。
 だって、さっきまで俺のいた場所は、電車のど真ん中だったんだからさ。こんな森の中じゃないんだよね。
 俺、小野竜司はただのサラリーマンで、少しだけゲームオタクで、未だ独身の三十路。
 今日も朝から通勤電車のただ中で溜め息を吐いていただけの健康な――少しひ弱だけどさ――男なのに、ガタンという電車の揺れにしては少し大きめの揺れがあったなと思ったら、次の瞬間、森の地面に放り出されいたってわけだ。
 未だスーツを着ている実感が、これが本当の話なのを俺に教えてくれている。
「つっ!」
 不意に根っこにつまづいた。やっぱり革靴は森を歩くツールじゃないよなぁ。
 どこを歩いているのかさっぱり分からないまま、おおよそ二時間くらいかな。
 俺は少しだけ見える太陽を目印に、とりあえず東の方へ歩いていた。ちょっとだけ歩きやすいなと思ったからなので、あんまり方向に意味は無い。
 あ、時計は持ってないです。
 携帯電話があるし、街中だとあちこちで時計あるしなーなんて思っていたからなんだけど、驚いたことに現在画面はブラックアウト中。
 昨夜充電したばっかりだったはずなのに、何でこんなことに……なんて思っていた時だった。
 ざわめきが大きくなってきて、なんかヤバい気配が近づいてくる。
 格闘技の漫画とかで見たりする気配ってやつが、素人の俺にも何故か感じられる。
 熊か? いや、なんだろう、動物園で見たことのあるそれより、多分だけどもっと大きな感じが……うえ!?
 唖然とする俺の頭上遙かに、一つの影。
 あ、あれは……まさかっ……ドラゴン!!
 ゲームや映画とかでしか見たことのない、まさにドラゴンとしか言えないものが飛んでいる。本当に翼のあるトカゲだ。
 大きさはどれくらいか良く分からないけど、でかいってことだけは良く分かる。
 いやー、現実は小説よりも奇なりって本当だったわーって、そんな場合じゃねー!
 ありえないだろと呟く暇もなく俺は地面に伏せ、どうか見つからないようにと祈り続けるのだった。




 足早に先ほどの遭遇地点を後にして何時間だっただろう。
 水が無いままなのに喉の渇きもそんなに無く、しかもひ弱だったはずの体力もなぜか尽きることなく、俺は街だろうと思われる場所にたどり着いていた。
 川を挟んで建っているのは、なんつーか、お城。
 ありえねーだろ、ここ、異世界なの? 俺は勇者とかじゃねーぞ。
 勇者だったら、あの城の中でお姫様に傅かれながらうやうやしく王様の薫陶受けているのが正解じゃないのか?
 でも俺は、まっとうなサラリーマンです。びしっ!
 ジャパニーズサラリーマンは、弱体化したとはいえ――昔は二十四時間働けたらしい――世界中どこへいっても頑張れる人間です!
 言葉が通じないだろうとか、そもそもあそこにいるのが人間とは限らないだろうとか、そんな恐れをここ数年間の社畜生活で身につけた営業用接遇思考で押さえ込み、俺は街へ向かったのだった。
 ……だって人間よりさっきのドラゴンのほうが怖いしなー。




「ようこそ自由都市ナガッセへ!」
 俺を見とがめた門番らしき人が声を発する。
 この人、髪の毛は黒いけど着ているものは金属鎧みたいなんだから、日本人じゃないんだろうなぁ。
「用件をどうぞ」
 とは言われても俺はただの迷子なんだから、用事っつーか、ここどこよ、ほんと。
「言葉……つうじます?」
 なに聞いているんだよ、俺。今日本語きいたじゃねーか。あほ。
 つうかなんで異世界で日本語なのよ。
 えっ、俺どっきりに巻き込まれてる!? でもでも、さっき見たドラゴンってば、あんなの日本じゃ居ねーだろう?
 風船とか飛行船とかあの図体を飛ばす技術はあるにせよ、あの雰囲気はそんなもんじゃないしなー。
 気がつくと、門番さんがじっと俺を見ている。
 こんな時は、そう、あれだ。
「初めまして。私は小野竜司と申します。よろしくお願いします!」
 よし、完璧だ。叩き込まれた接遇マニュアルは、ここでも俺を救ってくれる。ありがとう会社の人事の人。
 突然自己紹介した俺を、門番さんは少しだけ怪訝そうな顔をして見ていたけど、不意に彼は溜息を吐いた。
「ああ、キミもそうなのか……大丈夫。力にはなれないが、状況は話せる。あっちの赤いドアの向こうへ行ってくれ。専門員が居るから」
「あ、あの、俺、小野って言いますが、あの……」
「すまんが、それもあっちで聞くから。なに、心配はいらない。拷問とか無いから」
 え、なに。挨拶が基本って嘘だったの? 拷問ってなに? いやそれ、全然安心じゃねーから!
 交渉に失敗したことを悟って後ずさりした俺の腕を、後ろから近寄ってきたもう一人の門番ががっしりと掴む。
 やべえ。これってヤクザ事務所へ入ってしまった場合のマニュアルにあったようなシチュエーションじゃね?
 さすがに門番さんだけあって、俺のようなひ弱なサラリーマンはあっけなくドアの向こうへ押しやられるのだった。




「……つまり、ここは異世界だと?」
「キミたちの世界じゃないことは確かだね」
 強制的に座らされた椅子。もう一つの椅子にはローブ姿の男。名前はスールとか。
 最近増えてきた俺のような人間への説明役なんだそうだ。
 そう! ここへ来ているのは、俺だけじゃなかったのだっ!!
 どおりで俺の服にも驚かなかったはずだよなぁ。
 言葉はなんでか分からないけど日本語なのが、本当に意味不明だけどさ。
「この世界の名前はエルダーアイン。創造神によって創られた、十五世界の一つだ。残念ながら、君たちの世界は入っていないようだが」
 ん? なんか聞き覚えのあるような名前……
 何だろう、このもやもやする感じ。俺は確かに聞いたことがあるはずだ。どこかで。
「で、この都市はナガッセ。ほかにダルアンとかあるけど、そこまでたどり着けるかは、今の情勢だと……残念ながらキミには難しいかもしれない。なに、ここで賦役に従事すれば食べていけるだけの金貨は手に入る。我らが王は寛容だからな」
「あの、ナガッセとかエルダーアインとか、妙に聞き覚えのある単語なんですけど、地球とは縁がない世界なんですよね?」
 俺の疑問に、彼はあっさり答える。
「今までの者はこの世界のことを聞いたことがないと言っていたな。ああ、そうそう、この都市はナガッセ。『ゆき』でも『ときお』でもないからな」
 っぶぅーーー! 茶ぁ吹くぞ、こら!! 
 なんだよ、なんなんだよ、まさか異世界に来てまでギャグ聞かされるとは思ってなかったぞ、こら。
 それってテレビのあれだろ?
 呆れた俺を、男はああやっぱり、という感じで見た。
「どうだい、チカラ抜けたかな? 魔物反応がないんで大丈夫だとは思ったんだけど、『ちきう』から来た人間を確かめるにはこう言うと間違いないそうだからね」
 どこがどう間違いなのか突っ込むのは、なんと言うか、悔しい。
 俺は、正しいとも間違っているとも言えず、手を上にあげる。
 とたんにスールは、どや顔で証明終わりとばかりに後ろへ何かサインを出した。
 カシャと変な音がする。
 ぎくりとして音の方向を向くと、チラリとだけど武器らしきものが光っているのが見えた。
 どうやら俺は見張られていたらしい。
 当たり前だ。異世界からの人間と聞いて、用心しないはずが無い。
 むしろこうやって武器を持って監視するのが本来の対応じゃないのかな。侵略されている世界だって言ってたし。
 それに、過去に来た日本人の中には信じ切れずに暴れる人だって居ただろうと思う。
 とは言え、武装前面じゃなくて友好的態度だったからには、これまでの人に感謝しないとな。日本人さまさまだ。
 異世界に来ても風習は変えられないのかと少し苦く笑った俺を、スールは少し真剣な目で見た。
「さっきも言ったとおり、この世界は脅かされている。なので、キミがこの都市に無傷で来られたのは運が良かったからだと自分は考えている。これまでのちきう人はオークやリザードマンには無力だった。比較的慣れている我々でさえ数の暴力に怯えているのだから、武器を持ったことのない人が生き抜くのは困難だろう」
 はぁ。どこぞのファンタジーが始まりましたか。あ、この流れでオークってことはもしや……
「これまでのちきう人同様、キミの服を代価に金貨百枚と食料、この世界の服などをやろう。パン一日分で金貨一枚だ。それでしばらくは食える。あとはどうにかして生きていくのだな」
「ええ!? 職業斡旋とかしてくれないんですか? だってあなた、専門に雇われているんでしょう?」
 少し嫌な考えがよぎったこともあり、声が大きくなった俺の疑問にスールは不満そうに答えた。
「我々にも余裕が無いのだ。畑仕事ならいくらでも斡旋できるがキミらは嫌がるし、そも魔法があるとか言ったら、居着かないじゃないか。金貨も服の代価としては破格だぞ? コレクター相手だからな」
 魔法! やっぱりあるんだ。さすがファンタジー!
「ちきう人に扱えた記録はないけどな」
 俺の興奮は、一瞬にして冷まされた。こんちきしょう……
「まあ、興味と幸運があるなら魔法都市エクセリオに行ってみるがいい。たどり着けたなら、あるいは転職出来るやもしれんぞ?」
 この世界には選ばれた人間だけが就ける職業があって、その人たちじゃないとまともにモンスターへは対抗出来ないんだそうだ。
 日本人なら一度はあこがれるだろう魔法使い。逆になじみの薄い僧侶。あとはファンタジー定番の戦士に盗賊だってよ。
 あとは組み合わせで色々変化するらしい。
 面倒なことに転職にはアイテムが必要らしいけど、さすがにサラリーマンのままじゃ生きていけないだろうなー。
 これまでのちきう人は魔法使いを目指してエクセリオへ行き、消息を絶ったそうだ。
 何でそっちへ行こうとしたかは、よく分かる。
 俺たち非力な普通の日本人には――サラリーマンなら特に――戦士は向いていないし、犯罪者じゃ無いとはいえ盗賊も抵抗がある。
 多神教なら僧侶もありだろうが、この世界は創造神のみしか認めていないときた。
 消去法的に魔法使いしか選択肢が残ってないんだ。
 でも日本人には魔力が感じられないそうで、転職しない限り魔法使いにはなれないだろうとのこと。
 だから魔法都市へ行ったんだろうけど、そもそも転職する前に殺されるかもしれないことを考慮しなかったんだろうか。アイテムも必要だってのにね。
 まあ、異世界の実感なかったのかも。
 言葉は通じるし、モンスターだって強いやつはあんまり見かけないらしい。
 そんな状態じゃ、ドッキリなんじゃないかって、そう思ってもやむを得まい。
 その分、モンスターに出会った時の恐怖心はとんでもないことになっただろうなぁ。
 なんて悠長なことを考えられるのも、俺が既にモンスターを見ているからだ。
 森でドラゴンを見ていなければ、殺されることがあるなどとは考えなかったかもしれない。
 しかもあの時はずいぶんと遠くに見ただけだったし、俺はずいぶんと運が良かったことになる。殺されずにすんだしな。
 しかし、どうやってこの世界で生きていけばいいんだろう。
 俺は、説明は終わりとばかりに手際よく準備するスールにせかされながら、ぼんやりと考えていた。




 解放され街に出た俺は、モンスターが居るならと取りあえず武器屋へ向かった。
 やっぱり俺に畑仕事が勤まるとは思ってなかったからだ。
 さすがに色々ある。剣やナイフ、弓などもあるが、一番高価なのは大型の剣だった。マジックウエポンとかは、ファンタジー世界のくせに売って無いらしい。
 ちなみに防具で最高級なのは、重甲冑だった。そんなもん着たら動けねーよ。あと、盾は無かった。まあ、盾と片手剣なんて器用なことは出来ないから気にしない。
 ほかにも何かあるかとブラブラしていたら薬屋があった。モンスターと戦うなら傷薬くらいは準備したほうがいいかと思い、店主へ尋ねる。
「どれくらい効くんだ?」
 口調がぶっきらぼうだって?
 ああ、サラリーマンの口調ではすぐに強盗に襲われるぞとスールに脅かされたからだ。
 なんだよ、ジャパニーズサラリーマンは最強じゃなかったのかよ……
 まあ、そんなこんなで、俺はいっぱしの冒険者らしく口調を変えていたって訳なんだ。
 学生時代に戻ったと思えば、そう難しいことじゃない。考えるときはこんな口調だったしな。べつに寂しくなんかないやい。
 俺の質問に、店主は変なことでも聞いているかのように眉を少しひそめてから答えた。
「人によるとしか言いようがないね」
 まて、それじゃ傷薬じゃないじゃないか。
 俺の不審の目を、店主は受け流す。
「安いなり、ってわけだよ。金貨二枚しかしないしね」
 高級ポーションとかはないらしい。不便だ……
 なんか塩とか置いてあるし、本当にここは薬屋なのか?
 そんな感想を抱いたときだった。ふいに一つのアイテムが目に止まる。
「キノコ……?」
「おや、お客さんは知らないので? 興奮剤でさ」
「何に使うんだ?」
「もちろん、戦いの時でさ」
 へぇ、もしかして臆さないようにかな?
 これがあれば、ケンカさえ碌にしたことの無い俺でもビビらず戦えるかもしれない。
 俺は小さく拳を握った。
 値段も安い、一個で金貨五枚だ。いくつか買っておけば十分に役立つだろう。
 ほくほく顔でやり取りをしていた俺だったが、ファンタジー世界でキノコが役立つと聞いて何かを思い出しかけた。
 なんだろう、すごく懐かしい何かを……
 あ。
 ああ、もしか、もしかして……
 俺は、ゆっくりとキノコの名と思われるものを口にした。
「もしかして、これってバーサークのキノコ……か?」
「なんだ、お客さん知っているじゃないですか。もちろん仲間を襲ったりしない純正品ですから、ご心配なく」
 待て、キノコに純正品ってどう言うことだ。バーサークなのに仲間は除外ってどう言うことだ。
 色々突っ込みたいことはあるが、これが本物なら俺はここを、この世界を知っていることになる。
 少し貧血気味になったのだろう。顔が白くなったらしく店主に心配されたけど、俺は大丈夫と言って外へ出た。
 街の名前、キノコの存在、モンスターの名前、これらが一つにまとまる存在を、俺はあれしか知らない。
 知っていることは、幸運なのだろうか。
 もし本当にそれならば、俺は魔法使いにはなれない。それどころか、モンスターと肉弾戦で戦うしかないことになる。
 確かめるには、この街なら、あそこを探せば良いんだろうか。
 俺は、深呼吸をしてから、運命の場所を探して街の堀を越えた。
 街を守るためなのだろう。外と隔てるために堀があるんだが、外と堀の境をギリギリに歩いていく。
 記憶が確かなら、あるはずだ。
 周る方向を間違えたのか三十分くらい掛かったけど、果たしてそれはあった。
 世捨て人の家。ただの作業小屋かもしれないが、そこに彼が居る。
 俺は、ちょうど外に出ていた彼に、思い切って尋ねた。
「こんにちは。角笛の音色が綺麗ですね」
「はあ?」
 彼は少し怪訝な顔をしたが、すぐに思い当たったことがあったのか、ああと声を漏らした。
「エクセリオのあれのことか? あれは綺麗じゃなくて、不気味と言うべきだな……お前もあれを聞いたのか」
 彼の顔は、感性の違うものを見る目となっている。
 しかし俺は、ショックで大声を出していた。
「やっぱり角笛なんですか!?」
「自分で聞いたんじゃないのか? 何で知っているのか知らんが、さあ帰った。俺は忙しいんだ」
 手で追い払われて、俺は街の中へと戻って行く。
 頭は今確かめたことでいっぱいいっぱいだ。
 なんで今更こんなことになるんだ。この世界がただの異世界なんかじゃないと知って、絶望と安堵が交互にぐるぐると回っている。
 絶望とは、俺は絶対にモンスターと戦わなければならないと知ったからだ。
 さっきの角笛の話で確信した。いずれ必要となるアイテムの一つになる。
 そしてもう一つの安堵とは、それらを集めていけば、元の世界へ返れるかもしれないこと――だ。
 無意識のうちに、アイテム袋をギュッと握る。そして、こわばった拳を開くと、空けた広間でどっかと腰を下ろした。
 知ってるはずだ、聞いたことがあるはずだ。
 だってここは、俺がゲームオタクになった切っ掛けの、とあるゲームの世界なのかもしれないのだから――



[36066] その2
Name: 凍幻◆786b687b ID:be9ab252
Date: 2014/06/24 18:10
 俺がゲームに興味を持ったのは、年の近い従兄弟がパソコンでゲームをしていたからだ。
 基本的に俺はそいつがゲームを操作しているのを見ているだけだったし、同時期にゲーム専用の機械も出てはいたが、パソコンとはこんなことも出来るのかといたく感心したものだ。
 当時はまだ高価だったパソコンを少しして買ってもらった俺は――一応は勉強用としてだ――見ているだけで悔しい思いをしたそのゲームを買い、やっぱりのめりこむ。
 ストーリーは今のゲームとは比べ物にならないくら単純だったが、そのゲームがなければ俺はゲーム自体に手をだすのが数年は遅れていただろう。
 今でも画面を鮮明に思い出せるそれは、名前を『夢幻の心臓』と言った。
 死ぬ間際に呪いの言葉を吐いた主人公が、死後の世界でアイテムを手に入れ、みごと復活する話である。
 アイテムの名前がゲームタイトルの『夢幻の心臓』。
 続編と併せて全部で三作あって、この世界は、主人公がよみがえる途中で引き寄せられた第二作の世界らしい。
 どおりで都市名とかに聞き覚えがあるはずだよ。
 それだけでも俺にはなじみが深い場所だと言えるのだが、ほかにも重要なことが一つある。
 最終ボスを倒した主人公は、故郷に帰るために『時空の祭壇』なるものを使っていたはずということだ。
 モンスターを招き寄せるために作られたそれが、俺が日本に帰るためにも必要になってくるはず……だと思う、たぶん。
 俺が勇者になる必然性はまったくない。
 でもあの祭壇を使うには、魔神の世界へ行き、精霊を開放し、ボスを倒さなければならない。
 この世界の兵隊さんたちは領民を守るので精一杯のようだし、傭兵へ頼むには金がかかる。
 無償の人たちもいたはずだけど、旗印がいないとあまり動きに期待は出来ないだろう。
 もしも俺が日本へ帰りたいなら、自分でどうにかするのが早いってことだ。
 謎はたぶんだけど全部覚えている、はず。
 さっきの角笛の話とかがそうだ。
 魔法も特定の人を雇えば自分で覚える必要はないし、アイテムでも多少はまかなえる。ロマンだけどな!
 あと必要なのは、敵と戦う力と勇気だけ、なんだけど……
 俺にはそれが足りていない。
 ただのサラリーマンにそれを期待出来るはずもないだろうが、しかし、この世界には幸いにしてキノコがある。
 バーサークキノコでドーピング戦闘をこなしていけば殺すことの忌避感も感じないだろうし、そのうち体も少しは慣れるんじゃないかと思う。
 無我夢中で剣を振り回していれば、死ぬときだって楽に死ねるかもしれない。
 いや、それは考えるまい。
 まずは、生き延びることだ。
 俺は、農夫じゃなくて戦士になるために、さっきの武器屋に足を向けるのだった。




 大型剣にジャケットが良いだろう。
 俺の手持ちから店主に判断された装備は、それだった。俺もそう思う。
 バーサーク状態となるならば、防具は軽いほうが望ましいしね。
 逆に獲物は店で一番良いものを選んだ。
 どのみち両手で振り回すんだ。ナイフとかじゃ攻撃力不足におちいるのが目に見えてるよ。ステータスではわからないけど、強くなっているはずだ、たぶん。
 食糧は、この世界にはパンだけがいくらでも入る袋があるので、あとで量を買い込めば問題ない。
 そういえばこの袋、何で出来ているんだろう。いざ食べようとしたら中身がない事態にならないよな?
 いや、日本にだって持ち運びに便利な保存食とかあるじゃないか。だから大丈夫だ。それにゲームでは数万個のパンを持ち歩いていたりしたし。
 どうやってなんて、当時は考えもしなかったなぁ。
 当時のコンピュータゲームでは食糧の概念があるものは少なく、いたく感心した記憶しかないのだ。
 フィールドマップにおいても視界が遮られるという斬新な方法がとられており、実際にたどり着いてみないと見えないなどRPGでいう『探索』の部分が凄く楽しかったのも良い思い出である。
 おかげで実際に歩き回ってみると、なんと歩きづらいことか!
 いや、現実的に考えれば森なんて視界が悪くて当然である。街中だって、家々が並んでいれば方向感覚が狂うことだってあるだろうさ。
 俺は、ゲーム時には無かった宿屋を拠点にし、しばらくの間街周辺で小物モンスターを倒すことに専念していた。
 モンスターを見つけては即座にキノコを服用し、襲い掛かっていく。
 服用中どんな形相になっているかは自分では今のところ分からないけど、倒した後の疲労感からするに相当無茶振りをしているみたいだ。
 着実に力は付けていると思う。でも、もうちょっと体が慣れるまでは、このスタイルでいくしかないんじゃないかと思っている。
 幸いにして、敵を倒すだけならともかく、その後死体を見たら吐いてしまうかと思っていたけど、死体は残らないゲーム仕様そのままのようだ。
 素材剥ぎ取りになんかなっていたら気絶すること間違いないな、うん。
 基本的に弱いやつしか相手にしていないので貰える金貨は少ないが、経験を積むには仕方ないだろう。
 相手はスライム状のブロッブ、お約束のゾンビなどだ。
 ガーゴイル?
 あれは駄目だ。序盤で見かけたら逃げるモンスターの筆頭だよ。
 やつは他のゲームではその堅さから問題になるモンスターだけど、ここでは普通に攻撃出来るモンスターになっている。
 羽根があるせいか、低レベルでは攻撃が当たりにくいってことだけなら特筆すべき相手ではないかもしれない。
 にも関わらず市民からもやつに気をつけろと注意を受けるのは、やつが麻痺攻撃を仕掛けてくることにある。
 この世界では、パーティ全員が麻痺状態になると即全滅判定となっているんだ。
 麻痺に毒に睡眠と、まあこの世界は状態異常が多いこと。石化もあるので、なかなか気は抜けない。やっぱ仲間に僧侶は必須だな。
 そもそも、僧侶どころかまだ誰も仲間が居ないのに麻痺攻撃のガーゴイルなんて、おっかなすぎる。せめてもう一人はいないとな。
 俺は、仲間のあてと同時に重要な噂について思いを巡らせていた。
 ――シルヴィア王女の幽閉。
 なんでも、モンスター相手の拠点であるアーケディア砦へ慰問しに行った王女が未だ帰ってこないのだそうだ。
 俺の記憶が確かなら、あそこは砦じゃなくて城だったはずだが、なんにせよ王女が帰ってこないのは本当らしい。
 この世界から直接繋がっている世界は、最終目的である魔神の世界のほかに、エルフの世界がある。
 そこもモンスターに侵略されており、世界のつなぎ目となる洞窟の近くにはアーケディア砦という軍事施設が建築されていたのだが……王女が来ている真っ最中に攻撃され、陥落したらしい。
 命からがら逃げ落ちた兵士の話では、王女は地下に幽閉されているとのこと。
 基本的に人間たちを殺すしかないモンスターたちなのに、彼女に限って何故そんなことをしたのが理解できず、市民の間にも困惑が広がっているのだとか。
 ゲームの記憶が確かなら、俺にはその理由が分かる。
 そう、エロいことをするためだな!
 ……じゃなくて、魔神の世界に居る精霊を封印するのに彼女を利用したんだろう。
 彼女は、このゲーム世界における唯一の言霊使いだ。
 ボスが居るのは魔神の世界だって前に言ったけど、あそこはボスが作った世界じゃないので世界精霊を支配するのに精霊使いが必要だったんじゃないかな。
 彼女はゲーム開始時から幽閉されていた記憶しかないけど、モンスターに使われたのかもなんて考えたら、なんかエロいな。
 ゲームでは仲間にする際、話が出来たから変なことをされて精神崩壊とかしていないと思うけど……ここでもしていないといいな。
 あとは、彼女が美人だといいなぁ。
 ハーレムを作る気満々だろうって言われても困る。だって後半戦はパーティに入れっぱなしになるんだもの。最初からだって良いじゃないか。
 リアル世界になったので、断られることがあるかもしれないって可能性は知らない! 知りたくもない。
 サラリーマン的へりくだった姿勢を取ると嫌がられるとか、考えたくもない。
 王女は鉄板として、あとのメンバーも、だいたいは決まっている。
 これから向かうアーケディア砦の地下に居る人たちがそのメンバーだ。王女も含めて全員、金銭無しで雇えるのがいい。
 ちなみにナガッセでも仲間は雇えるが、みな賃金が必要なのでまだひとりぼっちです。
 他の都市なら無報酬の人もいるはずだけど、そこへ向かうまでにリザードマンとかゴブリンとか強いモンスターが居てちょっとだけ面倒だなってことも要因の一つである。
 ゴブリンなんて雑魚だろうって?
 甘い、甘すぎる。
 他のゲームではレベル一でも勝てるような相手かもしれないが、このゲームでは六は必要なすんげぇ強いモンスターなんだ。リザードマンも同様。
 そんなのがうろつき回っているんだから、仲間を探しに他都市へ行くのは殺されに行くようなもんだ。
 ああぁ、これまでの日本人が生き残ってないのも、きっとゴブリンごときとなめた結果なんだろうなぁ。
 エルフと聞いて耳が尖がっているって連想する人間ほど、カモになったと思われる。なむ。
 レベル低いなら、せめて世界で二番目に強いカタナくらいはないと……
 ここで驚きの情報。はい、ここ試験に出ます。
 この世界を繋ぎ止めている神剣の欠片から出来ている伝説の剣が一番強いんだけど、俺が今持っている大型剣がなんと三番目くらいに強いです。店売りがそれってどうよ?
 魔剣とかは言わなくても、プラス一とかないの? って感じですわ。
 該当するのが何かあったような気もするけど、ゲーム時買った記憶が無いから無くても問題ないだろう。
 逆にこの世界を――以下、面倒だから神聖剣――は手に入れないと、攻撃力不足になる。
 大型剣やカタナを装備し続けてもいいんだけど、カタナは数がパーティ全員分は無いし、なにより職によっては剣そのものを装備できないものがいるってことが不安要素でもある。神聖剣なら魔法職でも装備出来るしね。
 惨殺僧侶もありですよ。と言うか、この剣を全員分手に入れるまでは攻撃力不足で大変になるんだけどね。
 やりこんだ俺でさえ、さすがに大型剣でボスに挑むことは無かったのだから、その期待感がどれだけのものか分かるだろう?
 それはともかく、まずはレベル上げてからアーケディア砦に行かないと。
 レベル上げと仲間参集併せて砦に直行でも良いんだけど、なんか雑魚モンスターとの遭遇率が多いんだよね、この周辺。
 ゲームでは接敵無しで砦まで行けたはずなんだけど、リアルになったせいなのかも?
 説明役スールの情報じゃ強い敵はあまり見かけないとか言っていたような気もするが、弱い敵はいっぱい居たらしい。詐欺だ。
 まあゲーム時でも、村が襲われているような記述が取り扱い説明書にあったような気もするので、こっちが正しい雰囲気なんだろうなぁ。
 おかげでキノコの消費がばかにならないです。
 いやー、キノコさまさまって感じ。サラリーマンの俺でも十分に戦えているし、これで世界を救うなんて言い出さなきゃこのまま生活していてもいいかも。
 ごめん。嘘吐いた。モンスターとの戦いは画面越しだからこそ戦えるのであってリアルでやつらのグロい顔みたらごめん被ります。
 それに、ここらに居るのは弱い敵なので当然ながら持っている金貨も少ないから、いくらキノコが安いとは言え今のところは収支はとんとんなのです。お金貯まんないよう。
 もっと強敵を相手取ればお金は貯まるけど、高額なものはエルフの世界に行かないと無いし、しばらくはキノコ三昧で慎ましくいきますか。
 でも、元の世界に帰るイコール世界を救うことなので、いずれはキノコなしでも戦えるようにならないといけないのかなぁ。
 俺は、そのときが遅ければいいなと思いつつも、今日もキノコでレベル上げにいそしむのであった。




 そんなこんなでやってきましたアーケディア砦。
 さすがに陥落したとはいえ、まだ十分に貫禄を備えている。入り口扉がギイギイ鳴っているのは、気にしないことにした。
 警戒アラーム鳴りっぱなしのコウモリさんが出たり入ったりしているのも、十分許容範囲のうちだろう。
 でも、扉から見えるところに目をギラギラさせたサイクロップスさんがいるのは、絶対に納得出来ない。
 お前は! 玉座にデンと構えているはずの! 中ボスさんだろうが!
 ここが城から砦に変わったことで配置換えされたんだろうけど、それなら司令室あたりに居てくれるものだろう?
 なんで見張りみたいな役目になっているのよ……
 俺のレベルは今、七になっているゲーム知識から言えば、仲間をそろえれば十分に勝てる相手ではある。
 しかし、その仲間に会うまでにやつに見つかったら、正直負ける。
 地上部はモンスターに占拠されているので、王女を始めとした人間は砦の地下に居るはずなのだ。
 つまり、ここを突っ切っていかなければならない、と。
 こんな事態は想定してなかったなー。
 俺は物陰からじっと砦の中をさぐった。
 さっき言ったコウモリのほかに、スケルトンが見える。あれは強敵だったはずだ。グールの姿も見える。そう言えばこの世界にはバンパイアがいないのが幸いだな。
 あと、なんかビヤ樽に触手が生えたみたいな変なやつもいる。あれはトレゴン……じゃなくて、なんだったっけ? 覚えていない。
 つうか、そも二十年以上も前のゲームを事細かに思い出せるやつって、頭に何が詰まっているのよ。
 俺はいいんだ。魂のゲームだからな!
 それでも忘れていることがあるのは、やむを得ないだろう。引きこもりのゲーマーならともかく、俺だって社会人になってはいたんだからさ。
 でも本当、どうしようかこれ。詰んだ?
 金を稼いで、賃金払いの傭兵を引っ張ってこないと駄目かなー。一人で突破する方法なんて、頭をかいても何も出ないぞ。
 しばらくうんうん唸っていると、不意に俺の後ろから物音がした。
 やべぇモンスターに見つかったか!?
 腰にぶら下げているキノコの粉末に手をやりながら慌てて振り向くと、俺の目の前には既に相手が慎重に剣を構えていた。
「お主は姫を助けに来た人間か?」
 あ、モンスターじゃなかった、よかった。
 相手の姿は、少々ひげの濃いおっさんだった。ちょっと背が低い感じがするけど、十分に人間の範囲だ。
 モンスターからこんな調子で不意打ちくらってたら、まず俺は死ぬね。早く仲間をそろえないとなぁ。
「答えよ!」
 あ、ごめん。モンスターじゃなかった喜びで少し気を抜いたわ。
「俺は仲間を探し……もとい、シルヴィア王女を助けに来たものだ」
 ちょっとばっかし思考がそれたせいで剣を突きつけられそうになったが、なんとか本題を言い直すと、相手は少しいぶかしんだようだったが剣の切っ先をそらした。
「ふむ、答えられるようならゾンビにはなってないようだな」
 ちょっと待て、そんな判別方法で良いのかよ。
 俺の疑問を彼は笑って吹き飛ばした。
「構わん。どうせやつらはこんな悠長な暇など見せないからな。ほら」
 彼が剣を構えなおした先には、今度こそゾンビが見える。全部で三体か。
 胸に穴が開いていたり頭が残念なことになっているので、モンスターだとすぐ分かる。あいつら手になにも持ってないしな。
 それにしても、あっちほどボロボロになっているならともかく、武器備えている俺があれと比較されるってどうよ……
「先にいくぞ!」
 俺に背を向けダッシュで突っ込んだ彼の後を、俺は二呼吸くらい遅れてついていった。
 やつらの動きはのろい。しかも武器さえ持っていないから、勇気だけさえあればどうにかなるレベルだ。
 俺は素早く飲んだキノコのおかげで敵に向かっていく勇気を得た。
「うおおおお!」
 そして先行した彼のその先に出ると、袈裟切りに一太刀あびせる。
 もう一丁!
 二度ほど切りつけると、まず一匹が倒れ伏した。
「やるじゃないか!」
 彼は俺と同じく、いや一太刀で敵を切ってみせる。俺より腕前は上だ。
 俺は安心して最後の敵に斬りかかった。
 そして、彼ほどの腕は無いが傷を負うこともなく敵を倒しきると、そのあいだ周囲を警戒していた彼はまた笑った。
「お前さん、良い腕だな。わしの名はユーギン。シルヴィア姫の護衛だ」
 ユーギンだと!
 俺はびっくりした。なんでここに……
 そう彼は、いや、王女の護衛はみな地下にいるはずだからだ。
 その中でも最終作にも登場するドワーフの彼は、ユーザーに二番目に愛されているキャラである。
 一番目は? もちろんシルヴィア王女だ。異論は認める。
 それはともかく、あんたら地上に出られるなら俺の助けなんかいらないんじゃないのか?
 俺の疑問に彼はふむぅとつぶやいて答えた。
「わしの腕では王女の牢獄は開けられなくてな。村に居る一番の錠前使いを頼みに行ったやつも戻ってこんのよ」
 ああ、確かにあの扉はどうやって開けるのか情報が無かったかも。
 この世界にも宝箱はあって、使い捨てだけど鍵も売っている。
 普通なら鍵のコマンド選択が出来るはずなのに、最初から空の箱がこれみよがしに置いてあるものの、何していいか分からないんだよな。
 ユーギンたちも、正攻法でやろうとして失敗していたらしい。
 つうか、ここのドワーフって特殊才能なしで鍵開け出来るのかよ。
「馬鹿にするな。いくら剣士とは言えドワーフの端くれ。まあさすがに鍵穴の無い扉は開かんかったがな」
 おい、それじゃどうにもならんって分かってたはずだろう。
 俺の駄目だこりゃ視線に気づいたか、ユーギンは一瞬だけばつが悪そうな顔をした後、砦の入り口を指した。
「わしの見立てでは、あそこに居るモンスターが怪しい」
「知ってんじゃねーか!」
 俺の罵倒もなんのその、彼は続ける。
「姫の閉じ込められている地下の扉は、砦の人間が誰一人として存在を知らなかったもんじゃ。いつ王女が入れられたかも分からん。分かっているのは膨大な魔力とそれに呼応するかのような強大なモンスター、サイクロップスが四六時中居座っていることだけじゃ」
「あんたの腕前なら、あいつを倒せるんじゃないのか?」
 さっき彼はゾンビを一太刀で切って見せていた。今の俺より上の腕前で、しかもそこまで知っていながら手を出さないのはおかしい。
 レベルが上かは分からないが、これまでの救援隊だってそれくらい考え付くだろうに。
 俺は、彼の考えが正しいことを話した。
「あいつを始末できれば、扉の鍵が手に入るはずだ。さっさと倒しちまおうぜ」
 しかし彼は、首を横に振った。
「わし、ドワーフなのに剣使いって馬鹿にされてての。言うことを聞いてくれないんじゃ……」
「ドワーフは斧じゃないと駄目なの?」
 俺はお約束とでも言うべき事項を口にした。
「そうなんじゃ! わしは強くなるために剣を修行したが、みなは斧にこだわって殺されてしもうた。情けない限りよな」
 この世界では、最強武器が剣だけあって最強を求めればドワーフもエルフもみな剣使いになる、はずだ。
 でも剣と斧の違いはステータスには反映されないので、あんがい知られていないのかもしれない。救援隊の人たちもみな、ドワーフは斧使いだったそうな。
 なんというファンタジー。
 ご都合主義で強化されるならともかく、こんなことで弱くさせられるって納得いかねーなぁ。
「人間なら、そんなことないだろうに」
 人間戦士なら制約は無いはずだと俺は言ったが、それにもユーギンは首を振った。
「駄目じゃった。ドワーフが殺されたのを見て、みな怖気ついてしまっての。今では姫様の護衛として残っているのは、わずか数人にしかすぎん」
「数そろえればいいんじゃねーの?」
「いや、それが最初の大敗で正規兵が居なくなってしもうたんで、傭兵だけでは纏まりがつかなくての。逃げずに残ってるもんだけじゃ、入り口を固めるだけで精一杯じゃ。ゾンビ程度ならどうにかなるんじゃが……」
 あれ? 王様なにやってるの? 自分の娘が可愛くないの?
 聞けば聞くほど王女が放置されているような気がしてならない。
 そう言えば、ゲームでは王女が帰ってこないと言っていたのは王妃様しかいなかったかも。重要箇所が占拠された割には動きが無かったなぁ。
 リアル世界になったんだから、兵士をもっと出しても良いはずだと俺は思う。
 ユーギンは、そんな俺の考えを聞いたが逆に否定をしてきた。
「各地に出した兵を引き戻してまで姫の救出を優先させはせんよ。民が第一だからな。まあメイドの派遣はあったが」
 メイドさんきたー!
 閉じ込められた王女様にかしづくメイドさん。俺が勇者なら間違いなく両方さらっていくね!!
 ああ、なんかやる気が出てきた。
「でも、お世話出来るんなら、王女様も引っ張り出せるんじゃないの?」
 ゲーム時では王女様一人しか閉じ込められていなかったが、後から世話付きをよこせるなら牢獄に入れるってことじゃねーの?
「隙間ごしにだがの」
 そんな疑問はばっさり切り落とされた。隙間はあっても、人を通すには狭すぎるってことか。
「じゃあ、王女様って風呂とか入ってないの?」
 牢獄なんだからそんなもんは無いだろうとは思いつつも、俺は疑問を投げかけた。
 日本人なら風呂は欠かせないし、なんと言うか王女さまには清潔であってほしいと思ったからだったが、そんな俺の馬鹿すぎる思いつきにユーギンは律儀に答えてくれた。
「お湯は渡しとるが何か?」
 ああ、その痛々しい目つきはやめて……
「と、ともかく、王女は生きているってことだな」
「当たり前じゃ。何のためにわしがここに残っていると思ってとる? すべては姫を助けるためじゃ」
 おお、立派な覚悟。何やら誓いの言葉でも宣誓しそうな雰囲気である。
 雰囲気を変えようと、俺は彼の目を見ながら言ってやった。
「剣使いでも良い。たくましく育ってほしいから、偉い人には分からんのですよ」
「おお、聞いたことがないが、何やら心に響く言葉じゃ」
 まずい、ネタにえらく感激されてしまった。
 彼はさっきとは一転して、俺を尊敬のまなざしで見てくる。
「ドワーフに対し剣の良さを言うとは、何という勇者じゃ! お主、勇者で間違いなかろう!!」
 え、何その勇者。何か間違ってない?
「いや、お主は勇者じゃ。わしは喜んでお主の指示にしたがおう。よろしくな、勇者どの」
「そんな勇者認定、うれしくねー!」
「さぁさ、仲間に紹介しよう。新たな勇者の始まりじゃ!」
 抵抗むなしく俺はユーギンの仲間へあいさつされるべく引っ張られていくのであった、合掌。自分にするもんじゃねーけどな!



[36066] その3
Name: 凍幻◆786b687b ID:be9ab252
Date: 2012/12/24 09:21
 ユーギンに連れてこられたのは、やっぱり砦の地下だった。
 入り口はサイクロップスが居るのに、どこからどうやって入るのかと思っていたが、裏口があったらしい。
 そう言えばそうですよねー。軍事施設で一ヶ所しか入り口ないってありえねーよな。
 意気揚々と歩いて行くユーギンの後ろで、俺はぼけっと口を開けながら歩いていた。
 何気に建築レベルが高いなーと思ったのだ。
 人口密度の高い日本でさえ地下利用は近代まで一般的ではなかったのだから、こういったファンタジー世界で地下利用を思いつくなんて何を考えて作ったのかさっぱり分からない。
 土地はあまっているのだし、必要があっても、普通に地上部分を高くすれば良いだろうと思うのだ。
 ゲーム当時はふーんくらいにしか思わなかったが、いやはや、社会人になったら違うことにも関心が出てきたなぁ。
 そんなことを思っているうちに、俺たちはでかい扉にたどり着いた。
「この先が、わしらの居場所じゃ」
 そう言って、ユーギンがなにやらサインを送ると、扉は内側からギィと開いた。
 一応は戦時対策してるってことか。
 ふむふむと頷きながら俺も入ろうとすると、すぐに槍が目の前に突きつけられた。
「あー、こいつ、この人は、勇者じゃ。通してくれんかの」
 また勇者言っているし!
 ユーギンが門番に俺のことをそう説明する。
 が、俺はそんな勇者じゃない。門番だって誤解するだろう?
「全然違う。俺はただの王女を助けに来た人だ」
「……ただの? 王女を助けに来たのに?」
 あ、なんか誤解を招いている?
 俺の自己紹介にも首をかしげた門番は、少し考えながら俺をじろじろ見ると、不意に硬直して敬礼をした。
「姫様を救いに来られたとなれば、貴方はまさしく勇者に違いありません! どうかお救いくださるようお願いします!」
 そして、さっと手を振って俺をずずいと中へ押し込めようとする。
 まるで罠にかかったネズミじゃねーか。
「だから、俺はただの一般人なの! 勇者じゃねーから」
「いえ、お願いします。心臓の勇者よ」
 違ぇーよ!!
 その言葉で、やっぱり勘違いされたかと俺はがっくりきた。
 このエルダーアイン世界で一般的に勇者と言えば、この心臓の勇者のことを指すらしい。
 その『心臓の勇者』とは、死後の世界にて夢幻の心臓に触れたおかげで生き返った生き物たちのことで、過去にも数人――ドラゴンや獣人とかも居るはずだから数体と言うべきか?――居るはずだ。
 約二千年に一度の魔物大侵攻の際には、必ずや勇者が現れて助けてくれると、ゲーム世界ではそうなっていた。
 俺が必死に勇者じゃないと言っていた意味が分かるだろう?
 俺はただのサラリーマンくずれの迷い人で、そんな大それた存在じゃないんだ。
 剣の腕だってキノコが無ければ全然駄目なのに、あの怖いボスのところへ送り込まれるなんて、まっぴらゴメンです。
 王女様助けようとするんだから勇者にならなければならないのかもしれないが、できればそうじゃないほうが良いなぁ。
 俺は、せめてこの話が漏れないように、彼へ口止めをしようとした。
「そんなことを大声で口走ったら、勇者目指してモンスターが一斉に襲いかかってきてまずいんじゃないかと……」
 彼ははたして、はっとした。
「貴方の言うとおりです。大声を出す必要はありませんでした。お許しください、勇者どの」
 あちゃー、駄目だったか。
 つうか、この頼み方って俺が勇者ってこと前提じゃんかよ!
 俺は思わず顔を覆ったが、何でそうしたか分からないユーギンは、ぐいと俺の腕を引っ張る。
「まだあいさつもしとらんじゃないか。頼むぞ勇者よ」
「ちーがーうー」
 俺の抗議もむなしく、ユーギンが次々に人々を紹介する。
「守護隊長のクモンだ。リュージと言ったか? 勇者よ、よろしく願う」
「隊員のミランです」
「改めまして、門番のデイカーです」
「同じく門番のサラーだ」
「姫様付きメイドのテランナです。よろしくお願いします」
 リアルメイドさん居た! 本当だったんだ! ……ってこれだけ?
 俺の目の前には、さっきの門番を含めて六人しか立っていない。
 体つきを見るにほとんどが人間らしいが、メイドさんは妙に小さい。
 もしかして、種族はシーなのかな?
 シーの特徴は、確かいたずら好きだったと記憶しているが、そのほかでどんな特徴があったかと言うと、おしゃべり好きの設定があったような気がするだけだ。
 ゲームではパーティ仲間の会話なんてなかったから、あんまり覚えてない。
 彼女の名前も、聞き覚えあるような無いような……男だったような気もする。あまり考えないようにしよう。
 それにしても、ユーギンからここに居るのは少ないと聞いてはいたが、メイドさん含めて六人とはずいぶん少ない気がする。
 ゲームではモブキャラ含めて十数人は居たはずだ。
 俺がもっと居ないのか尋ねると、クモンさんが重々しく答えた。
「ご指摘はごもっともだが、なにぶん、領民の守護にも兵をさかねばならん。王女の安全が保障出来るなら、後はわかるな?」
「モンスターが扉を開ける可能性もあるでしょうに」
 ゲームでは地上部分にしか居なかったモンスターだが、いつこの地下へ侵攻してくるかは分からない。
 その時、王女を守りきれるのかとの率直な疑問だったが、クモンさんは苦々しく笑った。
「我々がどうやっても開けられない扉の向こうに居る姫様を、誰が傷付けられると?」
「つまり、その時が来たらどうしようもないんですか?」
「しかり」
 ユーギンは傭兵以外残ってなくて頼りないようなことを言っていたが、少数精鋭なんじゃないの、これ?
 メイドさんはおいといて、他の人たちはみんな俺より強く見える。
 サイクロップスは怖いが、それ以外ならどうにかなるレベルらしい。
 それより、クモン隊長以下全員が俺のことを勇者だと思ってそうなのが怖いわ。
 伝説の何かがあるわけでもないし、目立った紋章とか体に見える訳でも無いのに何でそう思うの?
 何も証明とかしてないぞ?
 俺は、ユーギンのほうへ手をやりながら言った。
「俺は、ただの一般人です。勇者じゃありません。王女を助けられれば良いと思ってたけど、出来ないことはあります」
 そして、ちょっとだけ礼儀正しくユーギンを非難する。
「その、ユーギンさんが言うには俺は勇者だとのことですが、嘘っぱちですから!」
「え、会った時の言動は勇者じゃったが?」
 間髪いれずに突込みが入る。
「お前、あのネタのどこが勇者だ! 俺は、ただの一般人なの!」
 俺とユーギンの言い合いに、デイカーさんが口を挟んだ。
「いまどき、ただの一般人が酔狂で来られるほどここは良い場所ではないのだが? 食料の送達であれ、一人で持ってくるなんて狂気の沙汰だ」
 え、その理論からすると、一人きりで行動してた俺はめっちゃ怪しいやつじゃねーか。
「デイカーさん、どうして俺のことを勇者だと思ったんですか?」
 ユーギンはさておき、門番だけあってするどい眼差しのデイカーさんが俺を信用したのが気になる。
 ユーギン以外はさん付けで態度が違うと?
 ああ、その問いはごもっとも。あんな馬鹿な勇者判定なんてするユーギンは呼び捨てで良いだろ!
 それはともかく、彼は、ふむと呟いて俺を見た。
「貴方の装備はずいぶんと使い込まれているにもかかわらず、言葉に兵士特有の鋭さが無かった。しいて言うなら、それが答えだな」
 つまり、俺は装備品借り物で弱っちいから大丈夫だと?
 あー、なんかへこむわ。
 俺は馬鹿にされたのかと一瞬思ったが、クモンさんがすぐに続けた。
「基本的にモンスターはこんな絡め手を使ってまでここに来たりはせんよ。あの時のように物量で押し切れば良いだけの話だ。俺もデイカーの目を信じる」
「やっぱり姫様を助けに来るのは勇者ですよねー! 私、勇者様をずっと待ってました!」
 やべぇ、メイドさんの目が妙にキラキラ輝いてる。
 彼女の言うとおり、ヒロインを助けるのは異世界譚では王道である。あるがゆえに、俺はこの世界から逃げられなくなるかもと思ってしまう。
 ヒロインとヤってしまったら、その、分かるな?
 そんな心配をしていたせいか、メイドさんは妙な顔をして尋ねた。
「もしかして、童貞が心配なんですか?」
「童貞違うわ!」
 本当はそうなんだが、見栄があるので異議を唱えた俺をメイドさんは不思議そうに見る。
「じゃあ、問題ないじゃないですか。姫様は寛容ですよ? 貴方の容姿も問題なさそうですし、後は実際に助けるだけですよねー」
 なんと言うかこのメイド、駄目なほうのメイドさんか?
 俺の助けてくれ視線に気づいたユーギンは、ため息を吐いた。
「テランナは優秀なんじゃが、少々夢を見るきらいがあっての。それさえなきゃ、とっくに嫁へ行ってもおかしくは無いんじゃが……シーらしいとも言えるがの」
「王子様を待たない女の子なんていません!」
 いやはや、これで優秀とはどういうことだ。
 でも、こんな最前線に来てもふさぐことなく明るく振舞えるんだから、そう言う意味ではムードメイカーとして期待されている人なのかな?
 この場に、彼女の他には女性はいない。
 ここで王女の世話を一手に引き受けるんだから、家事能力が優秀なのかもしれない。
 シーは僧侶系に優秀だったはずだから、あるいは治療を一手に引き受けているとか。
 ちょっと興奮気味なのは、まあご愛嬌。
 ただ、王女の情操教育には関わってないことを祈る。
「あー、その、そろそろメシにしないか。テランナ、よろしく頼む」
 これまで黙っていたミランさんがメイドさんに声をかけた。
 なんと言うか、疲れた声だ。
 一番偉いはずのクモン守備隊長より、このメイドのほうが場を仕切っている感じがするなぁ。
 そのクモン隊長を見ると、ちょっと目をそらされた。そうなの?
 俺の感想はともかく、メイドさんはその言葉に頷いていったん引き下がろうとした。
「はーい。私が支度している間、姫様に手を出しちゃイヤですからねー。あ、そもそも挨拶してないじゃないですか!」
 なのに、すぐさま戻ってきて勝手に俺の手を取ると、奥へ連れて行こうとする。
「へるぷ! へるぷみー!」
「何を言っているか分かりませんが、貴方は挨拶も出来ない人ですか?」
 見ると、さっきは助けてくれたユーギン以下、誰もが首を横に振っている。やっぱりそうなのか。
「姫様ー! 勇者ですよ! 王子様は本当に居るんですー! リュージさんって言うんですよー」
 俺って、こんな扱いしかされないの?
 この世界での最初の都市にてあったように、ずるずると引っ張られた俺は、すぐに大きな格子状の扉の前に着いた。
「姫様、シルヴィア姫様。助けが参りました。勇者です! さあ、ここに感動の勇者との対面をお願いします!」
 人を紹介するのにはどうかと思う内容で声を出したメイド、テランナさんは俺を前にずずいと出した。
「あの、本当に勇者様? なのですか?」
 少しして扉のすぐ内側に現れたのは、活発そうな服装に身を包んだ可愛い人だった。
 肩で切りそろえられた黒い髪の毛、少し垂れ目がちなやさしい瞳、つつましいが十分に主張している胸。
 なにこのストライクな生き物。
 俺は『罠だ!』と叫ぶ気持ちを必死にこらえた。
 目の前のエサは十分魅力的に思える。
 だが、俺は故郷に帰るためにはこれに手を出してはならんのだ。
 それにしても、ゲームではとらえられた後も王女の記号として律儀にドレス姿だったかと思うが、この人はいつでも抜け出せるように準備しているらしい。
 正直、牢屋でドレス姿ってストレスたまるはずだよなぁ。
 世話上必要だったのか彼女の意思でそうなったのかは分からないが、この世界で一般的に活動できるような服装をしている彼女は、こんな牢獄に囚われていることを感じさせない姿だ。
 もし、ドレス姿の王女から王子様!なんて言われたら、きっと俺は逃げ出していたね。
「あの、もし?」
 王女様がまた尋ねてきた。
 やべぇ、挨拶くらいしないと怪しまれる。
 俺は、びしっと直立不動で頭を下げた。
「初めまして、小野竜司と申します。これからお世話になります」
 馬鹿っ! 何の世話だよ。言うこと違ぇーだろうが!
 言ってから気付いて顔を赤らめた俺を、王女様はきょとんと見て、くすりと笑ってから口を開いた。
「初めまして、聞いていたよりずっと話しやすそうな方ですね。私の名はシルヴィア。この国の第一王女をしております。よろしくお願いいたします」
 そして、頭をさげる。
 え? 王女様、そんな簡単に頭下げちゃまずいんじゃねーの?
 俺は慌てて頭を下げ直した。
「いえいえ、こちらこそお願いします」
 何を言ってるんだ俺。本当に社会人だったのかと突込みが入るだろうに。
 一応は社会人らしく二度三度頭を下げる俺に、王女もなぜか応じている。
 そんな俺たちを見て、テランナはおもむろに言った。
「あぁ、これは間違いなくお見合いですよねー。さあ、後はお任せしましょうか」
 まて、それは何のフラグだ。
 ハンカチで目を押さえたテランナがそそくさと後ずさろうとしたのに気づき、俺はさっきと逆にがしっと止めた。
「お前、それはメイドが言う言葉じゃねーだろうが!」
 間違った知識をどこから得ているか分からないが、このメイドは駄目な方だ。
 決して優秀なんかじゃない!
 俺の怒りが伝わってないのか、テランナはきょとんとした顔を向けた。
「え、姫様と勇者様の感動の出会いに立ち会えて喜んでいるだけですが何か?」
 意味が分からない。
 確かに俺は王女を助けに来たんだけどさ、それでお見合いってどーいう意味よ!
「あの、彼女を怒らないでください。彼女なりに私のことを思ってくれてますので」
「ここで怒らなければ、また同じことすると思いますが?」
 俺は王女の言葉に反論する。しなければならない。
 このままにしておけば、いずれ大事になると俺のゲーマー魂が告げている。
 いくらいたずら好きだとは言え、これは酷いんじゃねーか?
 俺は、フラグをへし折るためににっこり笑って告げた。
「俺は王女を助けに来たんじゃない。仲間をそろえに来ただけです!」
「えー、さっきと言っていること違うですよー」
 やかましいわこの駄メイド!
「俺には俺の事情があるんです。それだけですから」
「……立派なお考えをお持ちなんですね」
 俺の言葉に、王女は何故か感心したような言葉を漏らした。
 え、ここで愛想尽かされるはずだったんだけど?
 俺の疑問を見て取ったか、王女はほんの一瞬悲しそうな顔をした後、声を出した。
「お城でもたくさん立派な方がおりましたけれど、結局はみなさん、ここに来られておりませんから」
 臆病だったのか腕が悪かったのかは分からないが、王女がここに閉じ込められたままってことは、彼らの王女救出計画がみな失敗したことを意味している。
 たぶん貴族なのだろうが、彼らを責める気はまったく無い。
 正直、俺だって故郷に帰るのを夢見なきゃ王女を助けに来なかっただろう。
 なぜか?
 それは、王女が安全だからだ。
 放置のようなこんな少数での扱いを指示した王様を、俺は決して非難出来ない。
 ゲームでは極悪非道なことをされていた記憶は無いし、日数制限で殺されることも無かったと記憶しているから。
 王女を放置出来ないのは、ただ、ゲームがクリアできないからだけだ。
 弱いやつ限定とは言えモンスター相手に戦えている俺だが、本当にボスを倒して日本に帰るためには――あるいは時空の祭壇をこっそり使うためには――このお姫様を連れて異世界巡りをする必要がある。
 ドラゴンなんぞはバタバタ倒せる腕になる必要がある。
 こんな可愛い娘連れて、本当に俺に出来るの?
 キノコでハッスルしてる俺で大丈夫なの?
 何か汗が吹き出た気がして俺はついと王女から目をそらした。
 とたんにテランナが俺にちょっかいをかける。
「このこのー。本当は姫様に一目惚れしたくせにー。男の建前と本音は違うってウチのばっちゃが言っていたですよー」
「……ともかく。俺が王女に願うのは精霊の開放、それだけですから」
 シルヴィア王女は、このゲーム世界唯一の言霊使いだ。
 なので祭壇のある魔人城を出現させるために、さっきも言ったように彼女を魔神の世界に連れて行って封印されている精霊を開放してもらう必要があるんだ。
 そのためには彼女をパーティに入れる必要があり、その前にサイクロップスを倒してこの牢獄から出す必要がある。それだけなんだ。
 決して彼女を可愛いって思ったとかハーレム万歳って思ってたとか、口にしてはならないですよ。
 第三作でも出演したように、主人公の元の世界まで着いてきてしまうかもしれないじゃないですか!
 俺のことをへたれと言うなかれ。
 何で俺が三十過ぎまで独身だったか分からないんですか。
 確か王女は第三作のときに横顔が一枚表示されていたはずだが、その顔は良く覚えていない。
 ゲームは八ビット機だったから当然ドット絵だったろうと思うけど、印象に残ってないってことは特筆するものではなかったってことだ。
 それなのに想像も出来ないくらい可愛い女の子になっていて、しかも俺に惚れるって、ありえないじゃないですかー!
 お見合いくらいはしたことあるさ、でも、俺じゃ駄目だったんだよう!
 つい涙目になってしまった俺を、王女とテランナがまじまじと見る。
 そしてついに、ぷっ、と王女が笑った。
「親しみやすくて、私は好ましいと思いますよ。テランナの話では、勇者となる人はもっといかつくて、傍若無人だって聞いてましたから」
 えー、何そのバーバリアン。
 俺は自分の装備と体を見て、そうじゃなくて良かったと判断すべきか、はたまたもっと鍛えられていた方が良かったのかと判断すべきなのか迷った。
 迷うってのは、王女の言葉が俺を卑下しているものじゃないと気付いたせいだ。
 俺、生きていて良かったかもしれん……!
 やばいよこの人、さすが王女様だ。
 ゲームでは、仲間にする際高飛車に城へ連れていけみたいな感じで命令されただけなので、初対面である俺のことをこんなにも柔らかく迎えてくれるなんて、全く想像してなかった。
 まさに圧倒的……罠! 
 しかも甘い……これは繋ぎ止められるかもしれない……!
 正直、この場で話しただけなのに心を揺さぶられるって、すっごく危険な感じがする。
 人生最大のピーンチ!
 俺が押し黙って沈黙が降りたので、テランナは俺の背中を押しながら王女へ微笑みかけた。
「さぁさ、姫様。後でまた来ますので勇者はいったん引っ込めます。勇者は本当に居たんだ!って感じで感動に打ち震えていてくださいねー。あと勇者、お前はここで気の利いたことを言わなければならないですよ。さもないと……分かっているでしょう?」
 なんで俺が脅し掛けられるんですか!
 テランナの無茶な話にも王女は苦笑しただけで、俺に柔らかく告げた。
「テランナの話はともかく、貴方は私がここに閉じ込められてからの唯一の希望です。私が必要となる機会がありましたら、よろしくお願いしますね」
「いえ、こちらこそよろしく」
 とりとめなく返答した俺の腕を、テランナがもう一回掴んで引っ張る。
「それじゃあ、姫様助ける計画をさっさと作りましょうよー。勇者が居れば勝てるみたいなものがたぶんあるんでしょう? あとお仕置きねー」
「そんなものはねーよ! お仕置き言うな!」
 なんで俺、こいつに怒鳴ってばかりいるんだろう。
 ユーギンといい、テランナといい、このゲームはこんなにも疲れる人たちが多かっただろうかと俺は真剣に悩むのであった。



[36066] その4
Name: 凍幻◆786b687b ID:be9ab252
Date: 2012/12/24 09:21
「さて、姫様を救う手立てだが」
 そうクモン隊長は切り出した。
 テーブルを囲むのは、ここに居る七人全員だ。
 当たり前だがシルヴィア王女は隔離されているため一緒ではない。
 俺は、最初末席で良いからと言っていたのだが、何故かクモン隊長の横に座らされている。
 一番言葉がやかましいであろうテランナは、メイドの本分として立っているかと思いきや、これも何故か俺の向かいに座ってニコニコしている。
 いや、ニヤニヤしているの間違いか。
 どうにも腹黒い印象を受けるのは、さっきの謎発言のオンパレードが響いているようだ。
 しかし嫌みを言っても、彼女自身は何とも思わずけろりとしているだろう。
 ああ、そうだろうとも。
 まったくシーはいたずら好きで困る。
 創造神が手を焼いたと言うのもむべなるかな。
 対して他の面々は真剣な顔つきとなっている。
 俺もこんな緊張を強いられる場面はサラリーマンだった頃以降久しぶりなので、ちょっと手に汗を握っていた。
 戦う時、緊張してなかったのかって?
 キノコでハッスルしてたんで正直、よく覚えてないです。
 モンスターを前にしてキノコ飲んでいるんだから、少しは慣れてきたんじゃないかとは思うけど、あまり慣れたくはないよなぁ。
 そんなもやもやした俺の思いとは違い、やるべきことはハッキリしている。
 王女を牢獄から助け出すには、鍵となる彫像を手に入れなければならないはずだと。
 少なくとも、ゲームではそうだった。
 そしてそれは、砦に居座っているサイクロップスを倒さねばならないことを意味している。
 それだけなのだが、正直、外から見たあのモンスターはずいぶんと怖いよなぁ。
 何とか戦わずにすませられないものかと思うのだが、たぶん、そうはいかないだろう。
 ユーギンも牢獄の鍵開けしようとしていたなんて話してたし、こちらの常識でやれることはやり尽くした上での現状だから、立ち向かうしかないものと思われる。
 それが証拠に、誰もクモン隊長の言葉に続けようとしないので、仕方なく俺は手を上げて発言した。
「たぶん、サイクロップスを倒せばあの扉を開けられるようになるはずで……だが」
「うむ。わしもあのモンスターは怪しいと思ってたしの」
 俺の言葉にユーギンも頷く。
 それを受けて、ようやくだが門番のミランさんが発言した。
「とは言え、あのモンスターを我々だけで倒せるのか? 増員を願い出てはどうだろうか」
 彼の言うことももっともだ、とクモン隊長――以下隊長で良いか――は手を上げた。
 何かいちいち名前と尊称を一緒に言うのって疲れる。
 そんなんじゃ立派な社会人じゃないと言われても、俺の会社では省略でも良かったんだよ。
 まあ、このへんは異なる見解があるだろうけど、気にしないでほしい。
 それはともかく隊長は周りを見回して、それからミランさんを見据えて言葉を紡いだ。
「ミランの言うとおり、王へ進言しても良いかもしれない。だが、それでミランの心は満足出来るかね?」
「いえ、悔しい思いをするでしょう。しかし、姫様を救い出すのに手段を選んでいる場合ではありません」
 即座に返答したミランさんの言葉は、えらく格好良い内容だ。
 が、ちょっとまて。そんなこと思っているならばユーギンの言に乗ってさっさとあいつを倒せば良かっただろうに。
 何で俺が来るまでそうしなかったの?
 俺がそんな不満を内心持ったのを察したのか、隊長が俺を少し制してからもう一回発言する。
「そして各地の民を不安に晒すのかね? もう一度良く考えたまえ」
「しかし……」
 ミランさんは不服そうだ。
 つうか、この隊長も、やる気あるの?
 出来る人間となるためには、部下の進言に反対するだけじゃいけないだろうと俺は思う。
 さっき少数精鋭だなって思ったばかりなのだが、隊長の発言はその印象を自ら覆すような感じになっている。
 それでいて、ちらりと俺を見る視線は妙に鋭い。
 やっぱり俺、疑われているの?
 そうだよなぁ。見たこともない人間がいきなり来たって信用できないよなぁ。
 当たり前だと俺の一部はそう納得する。
 ゲームの知識がこの世界でも適用するとは限らないのだけど、俺の発言はそれを基にしている。
 根拠が無いのに賛成してくれだなんて、ずいぶんと虫の良い話だと思う。
 でも、そうしないと俺は故郷に帰れないわけだし、どうしたら良いだろうか。
 俺がそんなことを考える中、ユーギンが少し体を揺すって言った。
「さっさとあいつを倒せば済む話じゃろう。何を躊躇する必要があるんじゃ? 勇者だって賛成したじゃないか」
 そして、キッと俺を見る。
 そこで俺に振るの!?
 建設的な意見を俺が言わなければならねーの?
 俺は打ち合わせ無しで無茶振りされた新人サラリーマンの気分になって内心溜め息を吐いたが、ちょっと周囲を見たら全員が俺を見ているので、仕方なく分かるように息を吐いてから発言した。
「俺が言ったのは、たぶんそうだろうとの推測だ。でも、数で攻めてもサイクロップスは倒すのが難しいと思う」
「勇者が居れば簡単じゃろう?」
「そう言う問題じゃないんだが……確かあいつは、催眠術を掛けてくることがあったはず。ばたばた掛かってしまうと治療だけで精一杯になるんじゃないかと思うんだ」
 ゲームでは睡眠状態になって戦闘行為が出来ないだけだが、リアルのここでは、その場でうずくまられてしまうだろう。
 足場を確保する意味でも、そんな状態は避けたいと思う。
 それに、こっちのほうが問題だ。
 俺は発言を続けた。
「あと、恥ずかしい話だけど、俺は普通の状態じゃ戦えない。キノコを服用しないと駄目なんだ。そんな人間が勇者になりえるはずが無い。戦いには参加させてもらうけど」
 はい、ここでドロップアウトー。
 勇者は否定しても、戦闘は否定しない。
 ここがポイントだね。
 こう言っておけば、俺だけが勇者として正面からサイクロップスに当てられることはないだろうと思うんですよ。
 あいつ怖そうだしなー。
 もし攻撃に参加させられたとしても、守備隊のみなさんがあいつを攻撃している間、取り巻きをちまちま倒しているだけで戦闘に参加していることになる。
 うん、完璧だね。
 俺は自分の発言を内心はともかく表面上はさも深刻そうな顔で言ったが、それを聞いたみんなは何故かきょとんとした。
「え、キノコってあのバーサークキノコですかー?」
 少しの静寂の後、率直に疑問を呈したのはテランナだった。
 メイドのくせして戦いの道具にも詳しいのかな?
 彼女はユーギンから優秀だと言われていたけど、王女の前で紡いだ数々の発言では、そうは思えなかったんだけどなぁ。
 ある意味驚きの言葉を発したテランナは、しかしもっと思いがけない言葉を口にした。
「それに頼ることって、何か問題がありましたっけ? 普通に使ってますけどー」
 え?
 思わず眉が動いた俺の目の前に出される一つの袋。
「ほら、私も持ってますが、勇者は何で恥ずかしがるんですかー?」
 あれ? 俺の戦い方って普通じゃないと思ってたんだけど、そうじゃないの?
 門番のデイカーさんも頷いている。
「気力が萎えそうな時など、我々も普通に使う。勇者よ、安心してほしい」
 なーんだ。そうなのか。
 俺はちょっと脱力した。
 ゲームの時は強敵相手の際しか使ってなかったから、てっきり一般的じゃないと思ってたですよ。
 なーんだ、問題ないのか。
 でもあれ? だとすると俺が先頭に立つ可能性もあるの?
 戦闘の先頭はイヤだって言ったじゃないですかー!
 俺の思惑が根本から否定されようとして焦っている中、明らかに怪訝そうな顔をしてミランさんが口を開いた。
「その、勇者殿は我々と違い、そんなもの使うとは思ってませんでしたが……」
「まあ勇者なんですから、私らと違ってクールに、こうニヒルに決めてほしいですよねー。この格好良さはキノコじゃ代用出来ませんよ?」
「だよなぁ。勇者なんだからなぁ」
 続けたテランナの言葉に、何かサラーさんも同意している。
 ちょっとてお前ら、さっきキノコ使うの普通って言ったじゃねーか!
 もしかして、俺のことをキノコ無しで特攻させるつもりですかー!?
 サイクロップスと安全に戦うための計画がガラガラと崩れていく。
「まあ、勇者リュージの言葉に同意するには、腕のほうを見せてもらわないとってことだな」
 俺が内心わたわたするのをニヤリと見て、隊長が場を取りまとめそう言った。
「これからすぐ立ち会いをお願いしてもよろしいでしょうか?」
 デイカーさんが、表面キリリと尋ねる。
 ああ俺、追い込まれたー!?
 どうやら俺の、『俺は後方で声援を送っている作戦』は見透かされていたらしい。
「いや、俺の腕のほうは、ユーギンに一回見せたから問題ないと思ったんだけど……」
 せめてもの抵抗に、そう駄々をこねてみたが隊長は首を横に振った。
「連携を取るためにも、勇者リュージと戦ってみるのは理にかなっている」
 ああ、何と言うか、そうだよねー。
 人間を信用するのは必要なことだけど、会ったばかりの人が戦いに加わるって言われて連携に不安を覚えないほうがおかしいと俺もそうは思う。
 だが、俺が勇者の立場へ追い込まれていくのには反対したい。
 俺はさっさと負けてしまおうかと思ったが、テランナが俺のことをすがるような目つきで見てからわざとらしく大声で発言した。
「もちろん勇者が圧勝ですよねー。ああ、姫様にも勇姿をお見せしたい……」
 まて、その高いハードル設定はなんだ。
 願望は、普通はそっと呟くだけだろうが!
 姫様を持ち出せば俺のやる気が出るとでも思っているのか!?
 キノコ禁止なのに勇者の腕前求められるって、俺じゃ無理だからー!
 俺は助けを求めて周囲を見たが、みなは会議は終わりとばかりに席を立とうとしている。
「わしは勇者に問題ないと思ったんじゃが」
 ユーギンだけはさっき俺がゾンビと戦ったのを見ているので若干不服そうだが、隊長は俺に向かってハッキリともう一回言った。
「勇者よ、あきらめろ。姫様にお目通りしてしまったからには逃げられんぞ? あと訓練場も地下にあるからな」
 どうやらこの隊長は、俺のことを何が何でも勇者に仕立て上げる気らしい。
 俺みたいなキノコドーピング人間が、どうやったら勇者になるんですかー!?
 さりげなく柱の影に移動し、何故か隠れて視線を送ってくるテランナを後に、俺は今回もやっぱりずるずると訓練場へ引っ張られていくのであった。




 あれから一週間が過ぎた。
 やっぱりと言うか当然と言うべきか、キノコ無しではまったく戦えなかった俺のことを、守備隊のみんなは暖かく鍛えてくれた。
 これまで相手にしてきたモンスターはほとんど素手だったのであんまり思わなかったけれど、うん、武器って重要だよね。
 自分で使っててなんだけどさ、刃物怖いです。
 刃物が怖いなら弓矢があるじゃないですかと言われても、その、困る。
 この世界では、剣が最強武器だからだ。
 それに、一応は最後の敵になっている暗黒の皇子も剣使いだから、同じ剣を持って人間相手に練習しておくことは決して無駄じゃない。
 まあ、その前にデュラハンとかダークナイトとか武器使いの怖い存在がごろごろしているから、そいつらを倒さないといけないんだけどね。
 おっと、ここでこの世界、夢幻の心臓第二作の副題を復習しておこう。
 確かこうだったはず、『プリンス・オブ・ダークネス』と。
 まあ、俺より若い人たちが聞いたら、間違いなく別な何かと勘違いする題名だよね!
 それはともかく、さっき言った暗黒の皇子と呼ばれる侵略者の存在がそのままずばりと副題になっていて、こいつを倒さないと時空の祭壇が使えないことになっているんだ。
 レベルはどれくらい必要だったろうか。
 最後のほうになるとあんまり経験値も入らないようになってしまい、面倒だった記憶はある。
 でも、パーティ全員で攻撃すればそれなりに進めたので、序盤と違いあんまりレベル上げに奔走してはいなかったような気もするんだよな。
 その全員攻撃態勢に持っていくまでがやっかいなんだけどね。
 それは、神聖剣じゃないと全職の攻撃力が劣るからだ。
 前にも言ったと思うけど、俺が今使っている大型剣は、それなりに攻撃力が高い。
 でも、最強の神聖剣とでは比較にならないくらい弱いんだ。
 リアルの世界になったことで、剣の修行が必要になったことも大いに影響がある。
 がむしゃらに振り回すだけでは殺されてしまうかもしれないんだ。
 バーサーク状態だとそれだけしか出来ないんだけどな!
 いやー、キノコ無しで鍛えさせられているって言ったけどさ、剣の使い方覚えてもキノコ使ってたら意味無いんじゃね?
 俺はそう思ったのだが、隊長とかユーギンの話だと、どうもそうではないらしい。
 なんでも、無意識下の状態での最適化がなんたらとか。
 ハッキリ言って、よく分かりませんでした。
 いくら日本で高等数学とか学んでいてもさ、武器に関しては実際に使っているこっちの人たちの教えには敵わないわけでして、うん、地道な反復練習が必要になってますです。
 こうなってくると、普通は一週間程度では何も覚えられないはずなんだけど、不思議とこの世界に来たことで体の何かが変わったのか、今では少しは真似出来るようになっていた。
 教え方が良かったなんて言うとユーギンあたりが調子に乗るから黙ってるけど、俺みたいなただのサラリーマンが剣使いに昇格出来るなんて、凄いことなんだぜ。
 特訓にあたって一番最初にテランナから『正しい勇者のあり方』を叩き込まれそうになった俺だけど、今では彼女も生暖かい視線を送ってくるだけになったので、この一週間が特に充実していたのは間違いない。
 今日も朝から特訓かと思いきや、隊長から不意に今日は休みと告げられた。
「勇者リュージよ、そろそろどうかね?」
 え? 何の話ですか?
 俺は怪訝そうな顔をしたが、隊長はおもむろに難しそうな顔をしてこう告げてくる。
「リュージよ、その、キミもずいぶんと戦えるようになってきたのだし、私としてもそろそろサイクロップスを倒して姫様を助けたいのだが……」
「はぁ」
「キミも特訓で疲れただろう。今日は休んで明日こそはと思うのだが、かまわないだろう? そう思うのなら、『はい』か『賛成』かで答えたまえ」
「どっちも同じじゃねーか!」
 この隊長もボケ役なんですかー?
 俺は思わずめまいを覚えた。
 いや、ここしばらくは俺に面倒掛けさせたのは悪かったさ、でも正直、そんなにあんたが余裕無いなんて思ってもみなかったですよ。
 何も答えないでいると強制的に頷かされそうなので、ユーギンのほうに逃げ出そうとした俺だったが、彼は何でこっちに来るのかと驚いた顔をした。
「勇者のことだから、このまま休まず行くんだと思ったんじゃが?」
 お前もか!?
 気がつくと、テランナが呪文を唱えて俺の体力を回復させようとしている。
「失われし力、よみがえれ」
 いや、俺の体力は全快に近いから無意味ですってば。
 それに気をとられたおかげで、隊長にがっしりと捕まえられてしまった俺は、その隊長が指示を飛ばすのを止めることが出来なかった。
「ユーギン、なんだかんだ言ってもお前の腕が優れているのは確かだ。一緒に行くぞ。あとテランナ、僧侶の呪文が必要になるだろう。早く精神力を回復するんだ。あとは待機だ、姫様を頼む。私はこのまま勇者の準備を整えさせる。終わり次第倒し行くぞ!」
「おう!」
 いつの間にか、これからすぐ出掛けることになっている。
「そんなに余裕無いんなら、俺なんか担ぎ上げずに自分で倒しに行けばいーじゃねーか」
 指示を聞いた俺はそうぼやいたが、隊長は薄く笑ってこう答えた。
「そして私が姫様と結婚する? 冗談ではない、そんなことはお断りだ」
 え? あんたたちみんな王女を敬ってるんじゃねーの?
 意外な一言だ。
 てっきりサイクロップスを倒す自信が無いのか、あるいは倒すメリットを見出せなかったのかどっちかだと思ってたんだが……
 驚きで俺の抵抗が弱まったため、隊長は腕を離してにこやかに言った。
「姫様は勇者と結ばれるべきであり、一介の兵士がなってはならないものだ。それはもはや伝説と言っても良い。姫様を助けてもいかに自分が勇者とならないか、それを考えていたときにキミが現れたのは幸運だった。なに、王も勇者現るの旨は承知している。私が報告したからな。なにも恐れることは無い、キミは黙って姫様と結ばれれば良いのだ。ああ、姫はちょっとだけ寝技とか足技が得意なお方でな、大事なときにすっ転ばされないように注意だけはしておくのだな」
 お前もテランナの仲間なんですかー!
 彼女が優秀だと言われているのは、能力じゃなくて考え方のほうなのかと俺は恐れおののいた。
 王様も承知しているとなると、臣下どころか王家全員もこんな考え方なんだろうか。
 いや、王女の話し方はそんな狂信的なものを感じさせるものじゃなかった。
 俺が感じ取れなかっただけか?
 テランナの言葉にも一歩引いていた感じを受けたんだが……よく分からない。
 何せ、王女と会うときは必ずテランナがおり、謎発言によって強制的に会話を途切れさせられることもしばしばだった。
 俺は俺で、特訓で疲れきって周囲に気を配る余裕が少なかったこともある。
 王女のことは取りあえず保留にするが、こうなると、出会ってすぐに俺のことを勇者と認めたのはこいつらに都合が良かったからなのだと今なら分かる。
 何でそんなに王女を相手するのがイヤなのかは分からないが、俺にフラグが立てられたのは間違い無い。
 三十過ぎた俺のどこが良かったのか、聞いても彼らは答えないだろう。そんな気がする。
 そして、王女は誰も助けに来なかったと言っていたが、それは本当なのだろうか?
 守備隊のお眼鏡に適わなかっただけじゃないのかと、そう勘ぐりたくもなるが、それも真相は藪の中だ。
 王女が嫌われている可能性もあるけど、テランナの言動やさっきの隊長のそわそわ具合を見ていると、それも考えられないしなぁ……
 分からない事だらけだと俺は思ったが、別にそれでもかまわないと別な考えが浮かんでくる。
 どのみち、王女を助けてパーティに入れないと俺は故郷に帰れないことを知っているからだ。
 隊長の顔を見ると、知っているぞとばかりにニヤリと笑うだけ。
 いけにえを見つけて喜んでいただけなんですかと嫌味を言いたい気分になったが、俺はそれをぐっとこらえた。
 ああ、そうとも、俺が勇者の役をやれば良いんだろう?
 隊長にせかされて、俺は自分の準備に取り掛かった。
 昨日のうちに武器の手入れはしてある。
 食料も考えなくて良い。水だけはキノコのために持ってくか。
 そうして少しして、準備が出来たと告げる守護隊を前に、俺は二分ほど躊躇したあと観念して「行こう」と告げた。
 それが最初の中ボスとの戦いの幕開けだった。



[36066] その5
Name: 凍幻◆786b687b ID:be9ab252
Date: 2013/01/11 23:34
 アーケディア砦入り口を、四人で見張る。
 メンバーは俺、クモン隊長、ユーギン、テランナだ。
 さっきまで居た地下の入り口は少し離れたところにあり、ここからは真正面にサイクロップスが見える。
 閉じるとは思えない赤い一つ目が印象的だな。
 隊長は敵を見すえながら少し考えていたようだったが、俺のほうを向くと静かに質問してきた。
「あいつは他には居ないのか?」
 何を言っているのかと俺も入り口をよく見ると、問題になるサイクロップスは一匹しか居ないように見える。
 普通はボスって一匹じゃねーのと思ったが、記憶の底からゲーム知識を引っ張り出すと、それが何やら奇妙に思えてきた。
「……確かに一匹しか居ませんね。二匹居てもおかしくはないような気が」
 ゲームでは二匹居たような記憶があるので取りあえずそう答えたが、一週間ほど前に見た際もそう言えば一匹しか見た記憶しか無い。
 もしかして奥にも居るのかと目を凝らしたが、残念ながらここからは判別つかなかった。
 そのかわりに、グールやらゾンビやらが複数出入りしているのが見える。
 せめて取り巻き連中は俺が相手しないといけないよなぁ。
 そんなことを今更ながらに思う。
 未だに消極的な俺だが、責めてくれるな。
 特訓したとはいえ、俺の腕ではまだ隊長たちには届かないのだ。
「もしかして二匹居たら、一匹が勇者でもう一匹が私たちってことですよねー。勇者、責任重大ですよ?」
「なんでそーなるっ!」
 俺の発言のどこかに不満を持ったか、テランナが無責任なことをのたまう。
 こいつにとって、俺が勇者であるからにはいつも格好良くってフレーズが付きまとうようなのだ。
 俺のようなどこから来たかも分からないような人間を勇者に仕立て上げて、何のメリットがあるって言うんだまったく。
 ギロリと睨んで文句を呟くと、テランナはさも意外そうな顔をした。
「勇者は謎だから格好良いんですよ? ピンチに駆けつける謎の影、それは! って感じでばったばた切り倒してくださいねー。私は治療で控えてますけど」
「おい、それはねーだろ。お前も働けよ」
「だって私は僧侶。刃物は使えませんものー」
 いけしゃあしゃあとテランナは反論するが、俺が拳骨を食らわすより早く隊長が口を開いた。
「テランナは我々の突入を邪魔するコウモリを弓で始末しろ。勇者リュージは先頭に立って切り込み、まずは雑魚を相手してくれ。サイクロップスは私とユーギンで相手する」
 とたんにユーギンが文句を言った。
「その計画じゃ、わしの鈍足だと勇者に獲物をすべて取られてしまうぞい。何とかならんものかいな」
 意欲旺盛で実に頼もしい。が、隊長は首を振った。
「勇者が真っ先に駆けつけた実績が欲しいのだ。後は言わなくとも分かるな?」
「むう……」
 何でこの隊長も勇者論にこだわるかなー。俺にはちっとも分かりませんがな。
 俺は否定するように頭を振ったが、テランナは逆に納得したかのように声を出した。
「つまり、戦場に現る一条の閃光ってことですね! 先行だけに」
 キミキミ、うまいこと言ったような感じでえばらないで欲しい。
「その理論だと、俺じゃなくてもいーだろうが」
 俺はその突っ込みへ文句を言った。いつか突っ込み疲れで倒れるかもしれないなー、そんなことも思う。
 しかし隊長は俺の肩を叩き、諭すように告げた。
「なに、キミならやれる。あの特訓を思い出すんだ! この一週間は誰のために鍛えたのか? そう、すべては姫様のためだ! 姫様に勇者を届けるためなのだっ!」
「はぁ」
 このノリがこの世界の人間共通だったら、まず俺は元の世界に戻れないね。
 旅が終わるまでやってらんねーよ。
 更に王女までこんな会話に加わったら、やかましいことこの上ないよなー。
 むしろ王女と二人きりで旅をしたほうが良いんじゃね、とも思う。
 王様が許してくれたらだけどなー、と言うか、ここのメンバーがその前に反対するかもしれん。
 まあ、女性との二人旅なんて、童貞にはハードルが高すぎるから無理なんだが。
 そこまで考えたところで、ふと疑問に思う。
 ところでこの人たち、王女奪還作戦の後もパーティメンバーになってくれるんだろうかと。
 今そばに居る人たちは俺がナガッセで修行していた際に頭で思い描いていた人員構成とほぼ同じなので全然文句は無いのだが、なし崩し的に今回の作戦が決まった際、隊長が指揮して決めたメンバーなのでその後については大いに心配がある。
 王女からは『頼みごとがあるなら聞く』と言質を取ってあるけれど、他の人からは何も聞いていないのだ。
 誰もが今後の旅に同行を拒否したら、また一人旅になってしまうかもしれない。
 さすがに強敵の存在を考えると、それは非常にまずいと思うのだ。
 ましてや王女同行にも反対されたなら、俺の旅が詰んで終わってしまう可能性すらある。
 俺と一緒に魔人の世界へ行こうだなんて言葉は、デートの誘いにもならないよね。
 そもそも王女をデートに誘うなんてことは童貞の俺には無理すぎてベルリンのそれより高い壁なわけだが、それはともかく、一人旅の可能性を検討しなければならないかも。
 いや、そこまでには至らないはず。
 この世界は侵略を受けている。
 だから侵略者に対抗出来る話があれば、それを進めようとするはずだ。
 隊長を始めとする守護隊のみんなは俺のことを勇者と呼び、王様へもそれを報告していると言う。
 それで何も妨害が無いならば、少なくとも王家からは敵対行為が無いものとして考えて良いよな?
 世界に一人しか居ない言霊使いなのだから、王女であっても旅に同行させてくれるよな?
 ああ、考え事ばっかりしていると気がめいってくる。
 さっさとキノコ飲んでハッスルしたほうが健康に良いかもしれん。
 あそこのサイクロップスを倒さないとその後も何も無いんだからな。
 俺はもう一回入り口付近を見やった。
 一週間前と同じようにグールやゾンビのほかスケルトンの姿も見えたので、俺はユーギンを近くに呼んで問いかけた。
「あそこでちらちら見えるスケルトン、あいつをどう思う?」
「すごく強そうじゃが、それがどうしたんじゃ?」
「ユーギンの腕ならあいつを一人で倒せるのかなと思ったんだけど、出来そう?」
「むぅ」
 ユーギンは少し考えた後、一人では無理じゃと回答してきた。
「むしろ雑魚は勇者一人で倒すはずじゃが、そこんところはどーなんじゃ」
「すいません、スケルトンは強そうなので勘弁してください」
「リュージよ。へたれは結構だが、目的を忘れるな」
 さっきユーギンは隊長の計画に反対していたと思ったのだが、どうやら最終的には従うようだ。
 そして隊長の追加指示はと言うと、強敵でも雑魚なら俺へ強制的に押し付けなのかとさっきの指示の際は思ったが、目的と言われると違う意味を持っていることが分かる。
 我々にとってサイクロップスだけが目的なのだから、それ以外の敵は倒すことにこだわらないと言う意味だと思う。
 そうなれば、敵出入りのタイミングを測るのが良いってことかな。
 俺は、隊長へ念を押した。
「じゃあ、スケルトンが見えなくなったらで構わないですかね。俺、あいつ倒せないと思うし」
「うむ」
「まあ、それが良かろう」
 ユーギンも頷いたので、テランナはと見ると、一人で黙々と弓の準備をしていた。
 お前も会話に加われよと一瞬思ったが、すぐにそれは言うまいと考え直した。
 また漫才が始まり気力をごっそりと削られたら、目も当てられない。
 ところで、僧侶が弓を使えるのって何でなんだろう?
 俺はそんな疑問を持ったが、むしろ僧侶だから剣を使えないとの制限のほうが良く分からない理論のような気がしないでもない。
 またややこしい話になりそうだったので、俺は考えを打ち切った。
 そして再確認のため隊長を見やると、まだ決心してなかったのかとばかりに冷ややかな目で見つめ返されてしまった。
 さっき姫様のためにと返さなかったのが悪いのかもしれん。
 いや、俺は悪くないぞっ。
 俺は王女が目的じゃなくて、日本に帰るのが目的なんだからな!
 決意を新たにしたところで、ここまで来たらやることは一つ。
 サイクロップスを倒してお宝ゲット、じゃなくて鍵を奪い取るぞ!
「タイミングはリュージに任せる。では行くぞ」
 俺は、何故か隊長から突撃指令を投げ出されてしまったため、再度入り口へ目をこらした。
 へたれですいません。さっきの隊長の目を見たら、文句が言えないんだよ。
 敵の動きには素人目だが確かに波があるよう感じられるので、問題はないはず。
 俺は手を上げて用意を促した。
「さん、にー、いち、いまだ!」
「うおおおお!」
 走る。その前にキノコ飲まねば!
 俺は緊張で忘れていたキノコを慌てて飲み干し、剣を掲げた。
 目の前にはサイクロップス、そしてグールとゾンビの取り巻きが計四匹ほど。
 コウモリの姿もいくつかあるが、テランナが器用に撃ち落している。
 後ろからぶっすり射抜かれたりしないよな?
 俺は、後ろの心配より前を倒せと腕振りで命令する隊長の指示に従って、左手に向かってくるゾンビの群れへ切り掛かった。
 でやっ!
 まず一匹。
 特訓のおかげかゾンビを即座に葬れた。
 次の一匹へ向き合っているうちに、隊長とユーギンがサイクロップスに立ち向かっている。
 テランナは弓を止めてこちらへ走っているが、到着には少々時間が掛かるみたいだ。
 雑魚は俺一人で倒すんですか、そうですか。
 と言うか、雑魚を切り倒した後でサイクロップス戦へ参戦すれば良い展開って、そもそも俺が願ってた展開じゃないですかー!
 文句言ったら、バチが当たるかも。
 俺は、戦いが全て終わるまでキノコの効果が切れませんようにと祈るような気持ちで剣を振るい続けるのだった。




 あの後、あれだけ意気込んでいた戦いは、思いの外あっさりと終わった。
 サイクロップスの特殊能力、催眠攻撃を受けることが無かったのが大きい。
 あれが無ければ、数の暴力で倒すだけだからなー。
 取り巻き連中もタイミングを見計らったおかげで余計な数を相手取ること無く、さくっと目的である銀の彫像を手に入れて終わりだ。
 こんなに簡単なら、特訓した俺の一週間は何だったんだよ……そんなことを思うが、あれがあったから楽に倒せたのだと俺は思い直した。
 ともかく、これでようやっと前へ進めるわけだ。
「リュージよ、先ほどその像が扉の鍵だと言ったが、どうやって使うか知っているのか?」
 地下に戻る途中、クモン隊長からそう聞かれた俺は真面目に答えた。
「扉の前に箱がありますよね? あれに入れると重さか魔力かに反応するみたいです。理屈は良く分かんないですけど」
 ゲームの際は像を持っていると自動で開いたから、実際どうなっているかは分からないんだよな。
 まあ、イカの形をしていていかにも怪しいのだから鍵になるのは間違いないはずと思い、そのまま四人で地下入り口まで戻ってきた。
 デイカーさんにサインを送った隊長は、サイクロップスについて何か質問を受けるのかと思ったが、あっさりと中に入っていく。
 やっぱりサイクロップスを倒さなかったのは、レベルが低かったからじゃなかったんだなぁ。
 このやり取りは、倒したことが前提みたいだ。
 そんなことをぼんやり考えていたら、ミランさんがいきなり俺の背中を叩いた。
「凄いじゃないですか。たった一週間で隊長と肩を並べて戦うなんて!」
「いや、俺はあんまり相手しなかったし」
「いやー、サイクロップスに止めを刺したんでしょう? 睨まれて催眠状態にならなかっただけでも凄い成長ですよ」
 ああ、そうか。
 俺はその言葉を聞いて、あいつと最後に対峙した際動揺した理由に気付いた。
 バーサーク状態となるキノコの効果を通り越して俺の心が動揺したのは、あいつが催眠術を掛けてきたからなのだと今更ながらに分かったのだ。
 そうか、バッドステータス保護には使えないのかー。
 このゲームでは一度に示される身体状態は一つしかない。
 なので、他の状態になっていれば異常状態にならないかもと密かに思っていたのだが、そうではなかったようだ。
 まあ、僧侶のテランナがメンバーに入ってくれたので催眠術使いのサイクロップスとの戦いも安心できたと、そう彼女へ水を向けたら「えっ」と何故か驚かれた。
「私、まだ状態異常を治癒させられませんけど?」
 まて、それじゃ何でメンバーに入ったんだ?
 お前が催眠状態を解けるからと俺は安心してたんだぞ!?
「そりゃあもちろん、勇者の戦いぶりをこの目で見て姫様に報告するためですが何か問題が? だいたい、隊長が私を指名したのに異議を唱えるのは勇者らしくないですよ。もっとこう、がーんとそびえ立ってですね、どんなことにも動じない精神が必要なんじゃないかと思うんですよ?」
 俺の怒りに対し、またしても謎の勇者理論が繰り出されてくる。
 これがこの世界の一般論だと言うのか……?
 戸惑っている俺に、ユーギンは肩を叩いてきた。
「勇者はどこまでも勇者じゃぞ? 何か寝ぼけたこと言うものなら精神注入するかもしれんのでよろしくじゃぞい」
 お前もテランナに一歩引いていたじゃないですかー!
 駄目だこれは、一刻も早く逃げ出した方が良い。
 俺は王女救出と言う一大イベントを目前にして背を向けようとした。
 しかし、回り込まれてしまった!
「今更何を恥ずかしがっているんですかー? 感動のご対面ですよ? 堂々としたところを見せてほしいものです、まったく」
 気が付くと、隊長以下守備隊のみんなが俺の周りを囲んでいる。
 一人外れたテランナは、さっき手に入れた銀のイカ像を今すぐにでも箱へ収めようとしていた。
 どうでもいいけどこの像は誰の趣味なんだろう?
 それはともかく、気がつくと目前の扉のすぐ向こうで、シルヴィア王女もびしっと背筋を伸ばして立っているではないか。
 なんだろう、この儀式は。
 まるで俺と王女が主役じゃねーか。
 まだ剣の血糊さえ落としてないんだぞ?
 汗とかキノコの粉とか色々くっつけたままの俺を見ながら、隊長が口を開く。
「これより、シルヴィア王女の帰還式をおこなう。テランナ、像をこれへ」
 言葉を受けて、テランナがイカ像を箱へ入れる。
 やべぇ、これで扉が開かなかったら非常にまずいことになるんじゃねーの?
 俺は動揺したが、すぐに黙って立っていろとばかりに脇をこづかれる。
 逃げ出すことも叶わず、今、扉がひら、開く……開いた!
 嘘じゃなかったよ、おっかさん!!
 まるで自動ドアのように静かに棒が下がっていき、そこから一歩、また一歩王女が歩いてくる。
 ただ、王女が俺の前に立つその前にテランナが感極まったか、よよよと近寄ってきた。
 そして「姫様ー!」と叫んで抱きつこうとする。
 おまっ、それうらやましからん!
 俺がそう思ったのも束の間、何故かテランナは直後にびたんと音を立てて地面に横たわっていた。
 ……何事?
 俺は目を点にしたが、王女がすぐ目の前まで来たため、テランナへ目をそらせなくなった。
「勇者リュージ様、このシルヴィアを牢から出してくれたことに感謝いたします。豪奢な礼は出来ませんが、微力の限りを尽くすことをここに誓います」
「あ、いや、俺は何も……」
「いえ、貴方のおかげですよ」
 王女からにっこりと微笑みかけられ、俺はどぎまぎした。
 女性とこんな近くで話した経験が無いため、何と繋げたら良いか分からない。
 俺が口を開けないでいると、足下から恨み言が聞こえてきた。
「姫様~酷いですぅ~足を引っかけるなんてぇ……」
「黙っていてください、テランナ。いつも私に不埒なことをしようとするからお仕置きですよ」
「ううっ、メイドの正当な権利の範囲内なのにぃ……」
 そこまで聞こえたところで、あうっ、と変な声がした。
「な、何事ですか?」
 思わず俺は聞いたが、王女はもう一回にっこり笑って言った。
「些細なことですよ」
「でも、その」
「良いんですよ。メイドに対する正当な権利の範囲内です」
 王女がそう言うと、ガイーンと何やら音がした。
 あまりの音の酷さに俺が目をやると、少し離れたところでテランナが頭をぐるぐるさせているではないか。
 状況から判断するに、王女に蹴飛ばされたんじゃないかと思うんだが、その質問はさせてくれないようだ。
「本当に些細なことですから」
 目を離すなとばかりに、王女が俺の顔に手を添えながらそう囁いてきたからだ。
 やべぇ、王女も何かの地雷ですかー?
 俺は誰か意見を述べるものが居ないかと視線を何とかさまよわせたが、誰も目を合わせてくれなかった。
 代わりに、隊長が下を向いたまま厳かに告げる。
「勇者よ。シルヴィア王女を助けてくれたことに臣下を代表して感謝する。王城までの護衛もよろしく願う。これで式を終わる。そして、ここを撤収する!」
「おおっ!」
 なし崩し的に歓声を上げられて、俺は意見を言う機会を失ってしまった。
 ついでに王女の護衛までするよう決められちゃったけど、えーと、良いのかなこれって。
 俺のような不審人物を護衛なんかにして、何かあったらまずいんじゃねーの?
 俺はいたたまれなくなって逃げようと試みたが、何故か王女が俺の頬へ手を当てたまま動かないため、体はぴくりとも動かなかった。
 だって、女性の素手が俺の肌に触ってるんですよ!?
 可愛くて妙齢の貴婦人が、三十過ぎの俺にですよ!?
 そりゃぁ、童貞だって期待してしまうじゃないですかー。
 いや、童貞だからこそ、かな。
 モテ男だったら、ここで相手の目を見て気障な言葉の一つでも発することだろうと思う。
 でも俺にはそんなことが出来ない。だから童貞なんだ。
 ちくしょう、俺のいくじなさが恨めしいぜ。
 俺の目がちょっと涙ぐんだのを見て、王女は少し面白くなさそうに言った。
「そんなにおびえないでください。私だって傷つくんですよ? ちょっとくらい足が動くくらいよろしいじゃありませんか」
 あれ、何か勘違いしてる?
 どうやら王女は、自分の足技で俺が怯えていると思ったらしい。
 誰も何も言わないけれど、王女の立場ならと注意くらいは受けたことがあるのかもしれない。
「えーと、ちょっと驚いただけです。まさか王女が……いえ、何でもありません」
 俺はぎこちなくも笑って話しかけようとしたが、王女の視線を受けてすぐに口をつぐんでしまった。
「そうですよね。私とこれからもよろしくお願いします、リュージ様」
 何これ怖い。
 昨日まで王女だけはまともな可能性があると考えていたんだけど、一連の足技事件を鑑みるに、そうでもなかったようだ。
 同性に襲われるとか撃退慣れしてるとか、とても王族の一員としての仕草だとは思えない。
 更に怖いのは、さっきの行動へ誰も臣下が口を挟んでいないことだ。
 あれが日常だと言うのか?
 だとすると俺、どうなっちゃうんだろう……
 蜘蛛の巣に囚われた様を幻視していた俺は、クモン隊長が王女へ声を掛けたことでやっと動けるようになった。
「姫様、みなの支度が出来るまで少し待っていていただけますか? いくら勇者と直に接することが出来て嬉しいとは言え、彼にも支度があるのですよ」
「そうでした。では、リュージ様。私も支度させていただきますね」
 彼女が離れて思わず溜息を吐いた俺を、誰が責められるだろう。
 扉越しの会話ではいつも丁寧な言葉使いだったから、まさか王女もこんなだとは思っていなかった。
 会話の丁寧さはまったく変わっていない。
 ただ、身振り手振りが加わると、ちょっとだけ――いやかなり――ゾクゾクくるだけだ。
 俺が放心していると、隊長が俺の肩を叩いた。
「リュージよ、キミもそろそろ準備をしてくれないか。姫様を待たせてしまうぞ」
「あ、ああ。はい」
 そして、のろのろと動き出した俺に小声で告げる。
「姫様は足技が得意だと言っておいたはずだが? あまりの華麗さに我を忘れたのかもしれんが、すぐ慣れる。いや、慣れさせるから覚悟しておくのだな」
 あー、あれってこう言うことだったんだ……
 今朝言われたことが思い出され、俺はもう一回息を吐いてから動き出した。
 横でテランナも少し涙目で支度をしている。
 さすがにメイドだけあって、蹴飛ばされた後でもその手際は良い。どうやら気絶状態の後遺症は無いようだ。
 他の人もすぐに終わりそうだし、本当に、俺の特訓だけが時間食ってたんだなぁ。
 申し訳ないと俺は思ったが、そもそも俺を勇者認定しなければ今になることも無かったはずとすぐに思い直す。
 今更ではあるが、本当に俺を勇者認定するの?
 そもそも、勇者って何で必要なのさ。
 答えは出ない。
 凱旋で気分良さそうな守備隊のみんなに、ニコニコと嬉しそうな王女。
 その中で俺は、この旅が予想以上に困難なものになる気がして、一人内心で溜息を吐くのであった。



[36066] その6
Name: 凍幻◆786b687b ID:be9ab252
Date: 2013/01/21 22:37
 王城への徒歩の旅は順調だった。
 王女が居るんだから本当は馬車併用の移動になるんじゃないかと思っていたのだが、砦地上部分が占拠され馬小屋が壊されていたため、みんな徒歩にならざるを得なかったのだ。
 なんかメイドであるテランナも平気な顔で背嚢の用意をしていたし、もしかするとこれは打合せ済みの話だったのかもしれん。
 俺が馬で来ていればせめて王女だけでも乗せられたのだがあいにくとそうではなかったため、申し訳ないと一応謝っておいたが、王女からはにっこり笑顔で「徒歩の方が楽です」と言われてしまった。
 そうは言われても、王女護衛の旅なんて時間掛かるんだろうなんて思っていたのだが、すぐにその認識を俺は改めざるを得なかった。
 なんで俺より王女のほうが健脚なんだよっ!
 剣も腰に下げたままだし、テランナの抱きつきもひらりとかわしているし、本当は護衛の人だったんじゃないのと思ってしまうほどその足取りは軽い。
 もしや偽者? などと不敬な考えを抱いてしまったのはさすがに自分でもまずいと思うのだが、普通、王族の子女ってダンスは得意でも悪路を歩くのは得意じゃねーだろうと思うんだ。
 俺が王女と言う存在に夢を見ているだけなのかなー。
 そんなもやもやした心を鋭く感知したのか、王女は食事の際、俺の隣でこんなことを言ってきた。
「リュージ様、私は王家に伝わる体術を修めていますので、これでも体力に少し自信があるんですよ」
「へぇ。王女でも修行とかするんだ」
「なんでも昔、リュージ様と同じ世界から来た人が広めようとしたものだとか。今ではほぼ王家専用になってますけどね」
 ゲームでは無かった要素にちょっと興味があったので色々技を見せてもらったけれど、それは素手での格闘術で、練習に付き合わされた守備隊の人たちがごろごろと転がされたり拳を当てられたりしていく。
 王女に自信を付けるためのやらせかよとちょっとだけ思ったのだが、俺自身もあっという間に地面へ投げられてしまったので、これは本物だとすぐに考えを改めた。
「この体術は、どんな名称なの?」
 俺は素直に聞いた。
 ちなみに、相手が王女なのに言葉がぞんざいなのは、彼女自身からじきじきに頼まれたからだ。
 俺は敬語で話そうとしたのだが、頷くまでじっと目を見つめられてしまったので仕方が無い。俺は悪くないんだっ。
 テランナは「これでまた階段を上りましたねー」なんて言ってくるし、厳格な隊長でさえ何も言わないから、彼女がそう言いだすのは予想の範囲内なんだと思う。
 まあ、このままフランクな話し方を続けて王様の前でもやらかしたら、どんなことになるかは恐ろしくて想像したくない。
 それはともかく、王女は俺の質問に素直に答えてくれた。
「ええと、今では『タロー術』と呼ばれています」
 地球から伝わったはずなのに聞いたことが無いなと思ったが、よくよく聞くと創始者の名前がタローさんと言うらしい。
 ただ、彼は何らかのショックで技名称とかの記憶をほとんど失っていたため、彼の名前を総称としたんだとか。
 王家に伝わったのは、一人で熊相手に戦っているのを見た領民がえらく感激して王家へ連れていったためらしい。
 こっちの世界にも熊が居るんだ……いや、モンスターよりは恐ろしくないのかも。
 でも、まさか一子相伝じゃあるまいし、王家の人間が使うほど一般的なら城下町のナガッセあたりに道場とかあっても不思議ではないと思うんだけど、全然見なかった気がするぞ?
「王家の後ろ盾があるんなら、もっと広まっていてもおかしくはないんじゃねーの?」
 俺がそう問い掛けたら、王女は恥ずかしそうに小声で返してきた。
「いえ、それがあまりの修行の激しさに根を上げる人が続出しまして……そもそも、敵を倒すなら剣のほうが簡単ですし」
 ああなるほど、と俺は納得した。
 この世界は武器戦闘が主流だ。
 魔法があるとはいえ、文明の度合いからすると日本よりは発展してないし、訓練の時間だって思うようには取れないだろう。
 なのにわざわざ素手での訓練だなんて、やってられないよなぁ。
 それでも王家の人間だけは、全員が特訓させられるらしい。
 なんでも、余所の王家と対面しているときの緊急時を想定しているのだとか。
 確かに、王家同士なら武器が制限されたりするかもしれないしなー。国の付き合いというのも大変だ。
 うんうん頷いていると、不意に王女はもっと小声で囁いてきた。
「あとですね、これはベッドの上でも有効なんですよ」
 足技ってそっちのそれも含みかよ!
 無理強いをさけるためなら納得も出来なくはないが……今のは聞かなかったことにしよう。俺の生命が物理的に危うい。
 だいたい、囁けるほど俺の近くに王女が座っているってどういうことだよ。
 王女を挟んで俺とテランナが並んで座っているのだが、テランナから感じる視線が妙に強いんだ。
 嫉妬と言うか、生暖かいと言うべきか、俺のようなあまり他人と付き合ったことのない人間では分からない感情が含まれた視線なんだよな。
 それでいて発する言葉は普通なんだから、メイドとして感情制御も鍛えられてるのかね。
 食事の支度はほぼテランナの独断場なんだけど、俺の食事にだけ毒が入っていそうでたまに怖いわ。
 たぶん指摘したら「それがどうかしましたか? 勇者なんですから毒なんか平気で食べてください」なんてにこやかに返すんだろうなぁ。
 そう、今この瞬間にでもやつの魔の手は俺に迫っている……!
「なんか変なこと考えていそうですが、片付けをしますのでそろそろよろしいですか?」
「あ、はい。すいません」
 俺はおとなしくテランナの言葉に従った。
 何か思ってても、指示があれば平気で従っちゃうところは日本人だよなと俺は自覚する。
 そう、俺は日本人なんだ。
 だから、やっぱり俺は日本に帰りたいと思うんだけど、本当に帰れるのだろうか?
 そんな不安なことを、こんなのんびりしている時には考えてしまうこともある。
 モンスターと戦うこともずいぶんと慣れた。
 キノコなしでも戦えるように、特訓も受けた。
 必須アイテムはまだだけど、あてはある。どこにあるかの記憶は失っていない。
 なのに不安なのは、この年まで結婚出来ないぼっちの俺なのに、パーティを率いることが本当に出来るのかということだ。
 パーティメンバーとして一番候補だったユーギンとは、ずいぶん仲良くなった。
 必須メンバーのシルヴィア王女も、俺のことを嫌ってはいない様子だ。むしろ俺に引っ付いていく気満々みたいなのが少々怖い。
 僧侶のメンバーもたぶん大丈夫。歩いていれば傷は治るし、死ななければなんとかなるはず。
 あと必要なのは……海へ行くために操船技術を持っている人を探すことかな。確かゲーム時ではクモン隊長が持っていたはずだけど、まだ確かめていない。後で聞いてみよう。
 で、今まで黙っていてすまん。この旅には船が必要なんです。
 一つだけだが重要アイテムを取りに海へ行かねばならないんだ。
 ちなみに、勝手に海へ行くことは出来なくて、船となる『かしのき』を手に入れねばならないです。
 持ち歩ける船って、どんなだろう?
 なんか心配になるけど、たぶん大丈夫だろうと思う。いざとなれば木を切り倒していかだでも作れば良いしな。
 そこまで考えが及んでいるのに、やっぱりメンバーには不安にならざるを得ないです。
 だって、このメンバーを率いて旅するんだぜ?
 ユーギンはボケ役だし、王女も怪しいし、操船技術を持っているだろうクモン隊長もごり押ししたりするんだぜ!?
 俺は、候補となる人たちと旅する様子を脳裏に描いて結論を出した。
 ……む、無理かもしんない。
 この二日ほど旅をして分かったことは、ユーギンが体力馬鹿なこと、テランナが思った以上に王女を好いていること、その王女が旅慣れていることだ。
 これからのことを考えると、王女の旅慣れは好条件だし、ほかの人たちも割と好印象だし、何も問題はないと思われる。
 しかしだ。王女を誘えばテランナが当然のように着いてくると思われるのが悩みなのだ。
 旅している間、ずっとあの勇者理論をまくし立てられたりしたら、誰が反論出来ると言うのか。
 たぶん、俺以外みんな納得してしまうかもしれない。
 おおう、えらいことだ。精神的に追い詰められたら、敵を倒すどころの話じゃない。
 俺の何かが危ない。
 とは言え、見ていると、王女もあれでテランナをうまくコントロールしているようなんだよね。
 さすがに牢屋から解放したときのあれは驚いたけど、その後は仲良く話し合ったりしているところを何回となく見ている。
 テランナの、俺に対する理不尽な物言いも少しだけど減ったし、さすが王女様ってことかな。
 牢屋に入っていた時は本調子でなかったのかもしれん。
 でも、なにやら王女が俺に妙な視線を送ってくるのはどういうことだと問い詰めたい気持ちは少しだけどある。
 童貞の俺に優しく話しかけてくるし、さっきもすっごく接近してきたし、これで時折肉食獣の目つきをしなければ完璧なのにな……って、まさか俺の好みってことがモロバレしてる!?
 いやでも、王女の立場にある方が、まさかまさか俺なんかに好意を寄せるはずがない。
 思い出せ、これまでの歴史を。
 俺がもてる男だったなら、とっくに結婚しているはずだぞ?
 ゲームオタクの、ただのサラリーマン風情に惚れる要素なんて全然ないだろうが。
 そうは思うのだが、王女の様子をうかがうと、目が合えばにっこりしてくるし、俺の故郷での話なんぞを興味深く聞いてくれるし、俺へ敬語はやめてくださいと言いながら自分は敬語だし……まあ、時折俺に合わせぞんざいな言い方をしようとして口ごもることがあるのは、もしかすると敬語以外の話し方をしたことが無いのかもしれない。
 王女様へ言うのは不敬なのかもしれないが、どじっ娘みたいで微笑ましい。
 ちなみに、俺が異世界から来た人間だってことはさっきの会話で分かるとおり、なんかすんなり受け入れられてます。
 たった数日で俺のほとんどが筒抜け状態なのは、俺が悪いのか、聞き上手な王女が悪いのか……いや、人のせいにはするまい。
 俺だってサラリーマンの端くれ。
 一応は社会人として、この世界に根を下ろさないよう無難な会話も出来るはずなんだけどなぁ。
 だけど、ちょっとした内容に感心したりニコッと笑ってくれる王女が可愛くて仕方ないんだよう!
 おかげで、数少ない引き出しが既に総ざらい中になってしまったのは、今後問題かもしれない。
 会話が途切れてもドギマギしない関係になりたいと思うのは罠ですか、そうですか。
 ……うう、こうやって悪い女に引っかかって一生を終えるのが俺の運命だと言うのか。
 日本に帰ろうとしなければ、流れに乗りたいかもしれない。童貞だからな!
 でもさ、俺みたいなサラリーマンなんて、優れているところないんだけどなー。
 そんなことをぼやいたのに、王女は「それでも良いんです」なんて言ってくるので、どうやったら勇者の地位から逃げられるのか分かりません。
 むしろ勇者として好都合ですとか言われましたけど、意味不明だ。
 とにかく王女は、何か変で怖い。だけど可愛い。これで異世界でなければと思うくらいです。
 あと大事なのは、俺が童貞だって知っても王女が軽蔑のまなざしをしてこないことです――はい、童貞って見事にバレました。
 テランナめ、俺が必死で否定したにも関わらず真実をにっこりと披露しやがって……ちくしょう。
 王女が「何も問題ないですよね」なんて言ってその話題を打ち切ってくれたから良かったものの、それでも後で王女から何を言われるかビクビクしてたんだぞ!
 さっきもそうだけど、普通に話しかけてくれるので、あれが無かったことになっているといいのだが……たぶん違うよね。
 あの時の、まるで獲物を見つけたかのような眼光も嘘だよね?
 あー、なんか現実逃避したい。
 言ってしまえば、このエルダーアイン世界に居ること自体が日本からの現実逃避だとも言えるのだが、そこからも逃げ出したい気分になるのは仕方ないよねー。そうだよねー。
「さあ、出発するぞ。これから川まで休憩なしだ。気合いを入れろ!」
 るるるーと口笛を吹きそうになっていた俺の前で一拍手を打った隊長は、そう言って出発の合図をした。
 他のメンバーにも不安はあるけれど、隊長もどうなんだろう。
 俺が今勇者として扱われているのは、隊長がそう認めたからにほかならない。
 ゲーム時では操船技術を持った単なる仲間だったのに、なんか権力を持っていそうでちょっとだけ怖い。
 ただ、操船技術持っている仲間って、この隊長以外覚えてないんだよな。
 他を当たってくれなんて言われたら、本当どうしよう。
 俺は、隊長が他に本業を持ってませんようにと彼の背中を見ながら思ったのだった。




 その後、川をあっさり越えて、俺たちは王城まで戻ってきた。
 川を越えるのはどうするんだろうなんて思ってたんだが、隊長が懐から取り出した一本の木を水に浮かべて呪文を唱えたら、あっと言う間に小船になりましたとさ。
 これが必須アイテムのかしのきですか……体積が増えるのって物理法則的にどうなんだろう。
 魔法ありの世界だから大丈夫なのかなー。
 分子間結合とか変更されてるのかもしんないけど、理屈は知らないほうが賢明だろう。
 重要なのは、こうやって海の移動手段が確保出来るってことだ。
 素直に喜ぼう。
 みんな平気な顔して乗り込むもんだから、俺だけ乗り遅れたのはご愛嬌。
 そして全員が乗り込んだのを確認すると、隊長の変な言葉に合わせてするりと船は動き出した。
 操船技術って、呪文扱いかよ!
 ゲーム時では特殊技能くらいにしか思ってなかったが、確かにこれは誰もが扱えるもんじゃねーよなぁ。
 聞くより早く隊長が操船技術を持っていることが判明したので、これで隊長もパーティに誘うことが確定してしまった。
 これで四人。
 剣士ユーギン、言霊使いのシルヴィア王女、その侍女で僧侶のテランナ、そして船使いのクモン隊長。
 ゲーム時での最大メンバーは自分を含めて五人だったので、これで仲間集めも終わりだ。
 たぶんメンバーが覆ることはないだろう。
 誰かが死ねば変わることもあるが――その場合、一番死に安いのは俺だ。
 剣で隊長とユーギンに負け、特殊技能でテランナと王女に負け、何も良いところがないじゃないか。
 いや、まだ王女が戦っているところを見てないので、負けたわけじゃ……ああそうさ、負けだって認めれば良いんだろう。
 あー、こんなんで俺のことを勇者って本当に認めるのかね?
 俺は、余計な心配だと言われるかもしれないが、俺の勇者化計画が頓挫していることを心の片隅で祈るのだった。




 王城に着いた後、王様は、あっさりと俺たちの目通りを許した。
 つーか、俺含め全員が即座に式典へ引っ張って行かれた。
 王女救出の報をいつ頃知ったのか分からないが、準備万端ってことは、何らかの先触れでもしてあったのかね。
 全然気付かなかったなぁ。
 それはともかく、式は派手ではないが大臣らしい人も出ており、やはり王女の幽閉は一大事だったことが分かる。
 これまで王女の護衛だった守備隊のみんなも、王様直々のお言葉に感激しているみたいだ。
 俺に置き換えると、サラリーマン時代に社長からお褒めの言葉をいただくことくらいになるんだろうか。
 陛下からだったりしたら、絶対子孫に伝えるくらいなんだけど、どうなんだろう。
 まあ、出席しているみんなが良いムードなのに、わざわざ口に出してぶちこわすこともない。
 なので、つつがなく式典は終わった。
 言葉を掛ける方はともかく、受ける方はみな疲れていることもあり、一通り報告をしたあと解散の流れになったのだが、何故か俺だけは別室に呼ばれてしまった。
 もちろん王女は自分の部屋でお休みです。
 他のみんなは、風呂へ入った後、大部屋で休憩らしい。
 さっき、褒美がどうのと言われていたし、それでぱーっと遊べるんだろうなぁ。うらやましい。
 俺は以前のようにナガッセの街で宿を借りて休みたいと言ったのだが、おっかない護衛の人から慇懃無礼に対処されては着いて行かざるを得なかったんだ。
 これから言われるかもしれないことを予想すると、溜め息しか出てこないよな。
 さっきの会見時には俺のことを取り立てて勇者と呼ばなかったんで、てっきり解放かと思ってたんだけど、また蒸し返すのかもしれないと思ったのだ。
 勇者指定はいらないけど、王女を助けた後のご褒美は欲しいなぁ。
 ゲーム時では王様と話したあと王城の全ての部屋へ入室を許可され、そこで宝箱を開けたり賃金無用の仲間なんかと会ったりするんだが、今の現状は幽閉されているようでトイレへ出掛けることもままならない。
 いや、きちんと言えばトイレは許してくれるよ? 見張り付きだけどな。
 まあ、全室開放で何をするのかと言う話になると、さっき言ったとおり宝物庫で船になるかしのきやカタナとかの武器をあさったりするだけなんだけど、船はさっき隊長が持っているのを確認したのであさる必要がないし、城に一本だけあるはずのカタナも褒美がほしいって言えば貰えるかもしれん。
 それ以外は、たぶんだけど諦めさせられるはず。
 得体の知れない人間を王城の中で自由にさせるのは問題があると俺でも分かるんだから、普通はそんなだろうなと思う。
 仲間のほうは、城にはエルフの仲間なんかが居たような記憶があるけど、ファンタジーのお約束によってエルフは魔法へ特化しているので、魔術師がほとんどいらない現状では仲間へ誘いにくい。
 シーもいたはずだけど、シーの里でアイテム手に入れる際絶対仲間にしなければならない人を除いては、これも誘いにくい。
 テランナのような性格ばかりだと、俺が大混乱してしまう。
 ただでさえバーサークキノコで混乱しているんだから、仲間は理性的な方が良いしな!
 ……われながら無茶を言っている気がしてならない。
 それにしてもたぶん、人を誘ってもあのメンバーで固定だよね?
 俺は今後のパーティメンバーを思って少しうなった。
 もし、あれ以上にズレた人たちに面通しさせられたなら、俺の帰還は困難になってしまうじゃないかと。
 いや、俺のほうがズレているんだろうなぁ。
 日本語が通じるせいでつい忘れそうになることもあるけど、ここは異世界だ。
 日本の常識がここでの正常な反応じゃないことを自覚しないといけないんだけど……どうにも捨てられないよなぁ。
 俺は、これまでに会った人たちが、俺へ驚きつつもそれでも好意的に接してくれたことを思い出し、そっと感謝した。
 異世界につきものの差別や排除が無かったのは、大変にありがたい。
 それどころか、この世界でも生きていけるよう十分な配慮がなされていたと言っても過言ではない。
 まさか地球の服と交換で金貨百枚が貰えるなんて、思ってもみなかったものなぁ。
 その後のモンスター討伐時に拾える金貨と比べたら、ずいぶんと破格だった。
 そう言えば、王女を助けたお礼に金貨を貰えたはずだけど……どうなんだろう?
 ゲーム時は、安い食糧をあの報酬で買い占めたりしたっけなぁ。
 こぢんまりとした部屋へ通されてから一時間くらいしただろうか。
 これからのことに思いをはせていると、小さいノックの後、誰かが入ってくる。
 やはりと言うか、それしか無いと言うべきか、部屋に入ってきたのは王様自身だった。
 ああ、やっぱり何かあるんだ。
 俺は身構えたが、王様は気楽にしてくれと言って、自分からさっさと椅子に座った。
 お供の人も、なにやら苦笑しているくらいで、礼をしなかった俺のことをとがめたりしない。
 そして王様は、同じく椅子に座った俺へ数枚の紙を渡してきた。
「時間掛かってすまんかった。でも、記名はさっさとしたほうが身のためだぞ?」
 そんなこと言われても、中身見ないと何も書けませんから!
 俺はせかされながらも目を通した。
 えーと、勇者証明書、報酬受領書、王女との婚姻……婚姻届っ!? なんじゃこりゃぁ!?
 俺は即座に顔を上げた。
「なに、勇者となるならば、その後も保証しておいた方が無難だろう? 心置きなくあの娘を引き取ってくれい」
 俺の驚きがどこで爆発したか分かっているぞと、そんなことをのたまう王様の、その目は笑っていない。
「いや、あの、無理ですから」
「なにぃ。うちの娘のどこが不満だっ! さっき本人にも再確認しておる。お前がこれに記名しないなら、旅の許可も出せんなぁ」
 ああ、俺が旅を続けたい旨は、しっかりと王様へも伝わっているらしい。
 俺がひるんだのを確認した王様は、続けてこうも言ってきた。
「魔神の世界へは入り口を開けておる。まだ不安定だが、目処はついているので心配するな。お前の旅がそうならば、娘が必要になるんだろう? んんっ?」
「俺が異世界人だって分かっているんですよね? 一人娘を貰うなんて無理ですからっ」
 俺はそう反論したが、王様は、何を言っているのかと不機嫌そうになった。
「娘はまだおる。まあ娘しかいないのだが、上から嫁いでいかんと下が結婚できんではないか。それともなんだ、わしに孫を抱かせないつもりとでも言うのか?」
 そんな馬鹿な……これで本当に王様なのか?
 あっけにとられた俺は、すぐそばの兵士に目をやった。
 しかし残念なことに、彼は諦めろとばかりに首を縦に振った。
「でも、王女と結婚だなんて……ただちょっと、精霊解放の旅へ着いてきてほしいだけなんですが……」
「それがいかんと言うのだ。お前、シルヴィアを『王女』と呼んでいるよな。なぜそこで呼び捨てにしたいとか言いださんのだ!」
 そっちかよ!
 俺は王様の返答に目眩を覚えた。
 この世界に対し、俺のほうがズレているとさっき感じたばかりだけど、これは無い。
 会ったばかりの人間へ娘を頼むだなんて、ありえない。
 そこまで考えて、俺はふと不安になった。
 ……まさか、それほどまでにこの世界は危機になっているのか?
 俺は、誤解であってほしいと思いながら尋ねた。
「もしかして、娘さんを避難させたいんですか? 勇者とならば安全だとか、そう言うお告げでもあったんですか」
 この世界の信仰対象は、創造神のみだ。
 その神から言われたなら、この対応もありうるかもしれない。
 多神教の日本でさえ、お告げで大騒ぎになることがあったりしたからなぁ。
 王様は、俺の言葉で更に眼光を強くした。
「そんなものは無い」
「え? それじゃぁ……」
「シルヴィアがな、言いよるのよ。『私、勇者と結婚します』ってな。反対したら絶縁しますとな、そんなこと出来るはずがなかろうよう」
 一瞬でよよよと泣き崩れた王様を見ながらも、俺の胸の中は何やらもやもやとしてきた。
 つうかなんだ。勇者と結婚するためだけに、その証明書が必要なのかよ。
 俺は自分じゃなくても良いと言われた感じがして、息を深く吐いた。
 これは怒りか?
 あの笑顔が嘘だったと、そう言うことなのか?
 俺は残念な気持ちで書類を突き返した。
「俺は勇者認定なんていらない。誰か別な奴にやらせれば良いだろう」
 ちょっとだけ好みだなんて思ったのが間違いだった。
 俺の不満な声を聞いた王様は、何で不満なのかと首をかしげた。
「なんだ不満か若造が。せっかくシルヴィア自身がお前のために勇者証明書を書いたと言うのに、どこが不満だ」
 え?
 俺は慌てて勇者証明書を読み直した。
 ……確かに、証明者が王女になっている。
 となると、王女は勇者と結婚したくて、その勇者に俺を指名したと、そう言う内容なんですか?
 よく見ると、残された報酬受領書にも、しっかり王女の名前がある。
 発行者と報酬それ自体の二ヶ所にだ。
 この三枚全てが、シルヴィア王女発行になっている……なんでそこまでするのっ!
 呆れるやら嬉しいやら疑った俺が恥ずかしいやらで、顔がちょっとゆがむ。ゆがんでしまう。
 俺の雰囲気が和らいだのを受けて、王様も笑った。
「せっかくシルヴィアがお前のために用意したんだ。受けるまでは軟禁するからな」
「ちょっと、そこは親の権限で反対しましょうよ」
 俺の反対も威力が無い。
 王様はにやにやしながら言った。
「どうせ、このままではシルヴィアは確実に嫁へいき遅れる。このご時世では勇者の希望者が居ないからな。なら、打開策を持った人間を勇者に認定しようと言うのは間違いではあるまい」
「打開策って……俺、何も出来ませんけど?」
「シルヴィアを救うために、サイクロップスを倒すことを強く勧めたそうだな。何らかの策が無ければそんなことはせんだろう。んん?」
 この王様は、俺が何かを知っていると見て、ちょっかいを掛けた。
 どう返答して良いか分からず言葉に詰まったのを見て、更に確信したようだ。
「どのみち、暗黒の皇子を倒さんと異次元への道はほとんど塞がったままだ。お前が帰りたいと言っても無理だなぁ。まあ、シルヴィアが帰さないと言ったらどんなことをしても帰さないが」
 えーと、俺が帰れないのは既定事項ですか、そうですか。
 日本では安定したサラリーマン。しかし嫁は居ない。
 ここでは嫁付き。ただし勇者認定でモンスターとの戦闘もあり。
 どっちが良いかなんて、今の俺には答えられない。
 ただ、どちらにせよ暗黒の皇子を倒さないことには選ぶことが出来ないのは間違いない。
 俺は、かろうじてこれだけを尋ねた。
「王女は……シルヴィア王女は、精霊の声が聞けるんですか?」
「神の声も精霊のも聞けるぞ? わしら王族はみんなそうだからな」
 超常電波を受信出来るのが王族の証拠なのだとか。
 それならこのズレぐあいも説明つくのか……な?
 シルヴィア王女が何をもって俺を勇者に任命したいのかは良く分からないが、崇高な理由があるんだろう。そうだろう。
 俺は、シルヴィア王女を旅の仲間へ加えない理由が無くなったことを悟った。
 他の王族じゃだめだ。
 本人に責任を取らせないとな!
 そうして、ゆっくりとペンを取る。
「さっさと署名せんか。まったく……」
 ぶつぶつ言う王様の顔は、苦笑気味だ。
 この人も、もしかするとシルヴィア王女に振り回されているのかもしれない。
 俺は、ふいに親近感を覚えてこう言ってみた。
「お義父さんって言うんですかね?」
「まだ早いっつうの。結婚式を挙げてからだな」
 答える王様の顔は、楽しげなものに変わっていた。
 なので、俺はこう宣言する。
「それでは、勇者任命を受けて暗黒の皇子を倒してきます」
「たのんだぞ、わが……息子よ!」
 そうして、がっしりと握手する。
 俺たちの会話は、いつしか討伐隊の話からシルヴィア姫の様子に変わっていくのだった。
 べ、べつに勇者退職をあきらめたわけじゃないんだからねっ!



[36066] その7
Name: 凍幻◆786b687b ID:be9ab252
Date: 2013/01/27 17:30
 我に返って確認したら、勇者退職は出来ないことになってました。
 なにそれ酷いとか言おうとしたんだけど、この世界にクーリングオフ制度は無かったんだ……
 おかげで書き込んだ書類は全部合法です。
 ……おかしい。後で城の兵士に聞き込んだ結果によると、婚姻届なるものはこの世界に存在しないはずなんだが……
 王女は、い、いやシ、シルヴィア王女はっ、どこからこんなことを思いついたんだろう?
 あー、名前を言うのも恥ずかしいぜ。
 女性の名前を童貞の俺に言わせるなんて、酷いとは思わないか?
 え、思わない? そうか、そうなのか……
 それはともかくとして、王様との会談の後、王女のところへ何を考えているのか聞きに行ったんだけど、彼女はぐっすりお休み中でした。
 旅の間中言わなかったけど、やっぱり疲れていたんだろうなぁ。
 そんなことを素直に思ったのだが、隣の部屋に居たテランナに言わせると「ふて寝です」とのこと。
 何でも、幽閉中でも宿題が出されていて、答え合わせの結果がよろしくなかったのだとか。
 王女って仕事も大変だなぁ。
 そんなことを言ったら、またしてもテランナから何を言っているのかと反論されてしまった。
「せっかく勇者が直々に訪ねてくれたのに、さっきの結果さえ聞かないで休むのは納得いかないのですよ。まあ、聞かなくても分かりきった答えですがね」
 待て。あれにお前も関わっていたのか?
 俺が思わず声を上げようとしたら、テランナは俺を制した。
「分かりやすい人ですよね。でも、そんな勇者は好ましいと思いますよー? シルヴィア姫様と上手くヤれるでしょう。そんな気がしないでもないです。むしろ射止めてもおっさんは分かれろみたいな?」
「お前。褒めるかけなすか、どっちかにしろよ」
 俺はそんなことを呟いたが、彼女はきょとんとするばかり。
 ああ、テランナのことが少しずつ分かってきた。
 こいつは基本、自分に素直なだけだ。
 裏を取りようがないほど言いたいことをスパッと言ってしまうのは、時に腹黒さを求められる王家のメイドとしてどうかと思うところはあるが、だからこそシルヴィア王女にも重用されているのだろう。
 そうだと気付いてしまえば、少しのことには目をつむれる。
 俺の、テランナへの眼差しが前ほどきつくなくなったことに気付いたか、彼女は少し笑みを浮かべた。
 可愛い笑顔に見えるが、目に見えない邪悪さが残念だぜ。
「ところで、結果は分かっていますが確認です。私も連れて行ってくれるのですよね?」 
 その質問に、俺は素直に頷いた。
「ああ、お前も来い。巻き添えだ」
「巻き添えだなんて、酷いことを言いますねー。予定調和と言い換えませんか?」
「言いたくないです」
 確かに、俺が以前考えていたメンバーへ、このテランナが入ることはほとんど確定事項だった。
 童貞の俺なのに王女の世話をするだなんて、考えただけでも恐ろしすぎる。
 その点、メイドさんが居れば安泰だよな!
 俺は、さっきテランナへ合格サインを送ってしまったことを後悔はしない。
 しないったら、しないんだっ!!
 そう念じなければあの謎理論が繰り返される気がして、俺は軽く息を吐いた。
 その後、ところで、と俺はテランナへ確認する。
「その、王女が旅に出ることについて、反対とかは聞いてないよな?」
「当たり前です。王様が折れれば、他に言い出す人は居ませんから。王妃様はむしろ好都合とか言ってますしー」
 王妃様も了承なんですか……
 なんだろう、この残念さは。
 全てにゴーサイン出しそうで、ちょっと怖いなぁ。
 まるでゲームのように、人をある意味地獄へ送ることへ王女が躊躇しなかったのは、王妃様からの教えなのかと考えてしまう。
「あとですね。そうでないと困ることもあるんですよ。勇者を城まで連れてきたことで、王女の収支がとんとんになりましたから。むしろ増益になりますので、このまま進むしかないですよ?」
 待て、収支ってなんだ!?
 俺がうなったのを見て、テランナはびっくりしたかのように目を見開いた。
「えー、まさか勇者が収支も知らないんですかー? 利益と損益の分岐点ですよー?」
「いや、それは知っているけど。分からないのは、何で俺の存在が絡んでくるのかってことなんだよ」
 訳が分からない。
 王女が経営学を学んでいることは、理解出来る。
 むしろ、いくらファンタジー世界でも国と言う機構が成り立っているならば、そのトップとして必須のはず。
 でも、勇者の存在が王女の経営方針とどう絡むのか俺には分からなかった。
 それへテランナは、何で分からないのかと俺のことをいぶかしげに見上げた後、こう答えた。
「世界のためです」
 ……世界?
「姫様の勉強は、この世界に取って有益なことに費やされなければなりません。それなのにモンスターに幽閉されて、なんと酷いことでしょう。でも、ご安心ください。外へ出られなかった時に、ここぞとばかりに座学をさせましたのでもうばっちりなのです」
「はぁ」
「勉強の結果はまだよろしくありませんが、勇者が現れたのは良い話です。更には結婚なんて好事が待っているとあれば、もう結果は見えたも同然ですよね!」
 えーと、それって領民をだますってこと?
 まだ侵略を受けているこの世界なのに、そこの王族が結婚するとなれば、何かしら良策があるのかと領民は思ってしまうだろう。
 それは、見せかけの希望を与えるだけになってしまうんじゃないかと思うんだ。
 俺が無事、敵を倒せれば良い。
 でも、そんなことは口が裂けても約束出来ないぞ?
 俺はそんなことを言ったが、テランナは大丈夫とにっこり笑った。
「問題はありませんよ。姫様が人並みに結婚出来ることになったので、私が嬉しいだけです。あと結果って、お世継ぎのことですよ?」
「お前のためかよ!」
 どこが世界のためなのか、やっぱり理解出来ないと言うしかない。
 案の定と言うか予想通りと言うか、こんな回答だよ!
 謎理論は本当に難しいわー。
 俺の叫びに、テランナはやっぱりきょとんとした。
「私の世界にとって良いことならば、みんなの世界にとっても良いことだと思うのですが?」
 いや、そんなこと無いから!
 目眩がする。まだ、世界のズレには慣れそうにもない。
 が、慣れなければならないんだろうなぁ。長い付き合いになるんだし。
 俺は、王様と話し込んだ内容を思い出して溜め息を吐いた。
 ひとつ、シルヴィア王女と俺が結婚すること。
 ひとつ、暗黒の皇子を倒すこと。期限は不定。早ければ早いほど特別賞与の増額あり。何がボーナスなのかは分からないが。
 ひとつ、パーティメンバーは俺が選んで良いこと。ただし王女は必須メンバー、などなど。
 色々あったけど、俺がゲーム時に選んでいた展開とほぼ同じ話になったので、リアル世界になったけどこんなものかと思う。
 むしろ、契約書を書かされなかっただけありがたいかもしれん。
 ボスを倒すのって、そうはしたいけど確約出来ないしなー。
 いや、最大の契約書を書かされたじゃないか。忘れるなっつーの!
 結婚だなんて、どうやったらそんな話を思いつくんだよう……
 王女はテランナから、勇者とはかくあるものみたいな話を聞いていたみたいだった。最初に会った際、そんなことを言っていた気がする。
 そして、王様に対しても勇者と結婚すると口頭のみならず書面でも伝えている。
 さっき王様は言わなかったけど、そうとう揉めたんだろう。
 結果として書類三枚なのに、王様が来るまで一時間も掛かっていたんだからなぁ。
 しかも勇者に俺を指名するだけでなく、わざわざ俺あての報酬へも自分の名前を入れるなど、王女は二重三重に俺を囲い込もうとしている。
 なんでだろう?
 俺のことを一目惚れなど……無いな。
 俺だって、自分の容姿が優れていないことは分かっている。
 異世界人だってことはマイナス要因のはずだし、さっきのテランナの話では、ちゃんと経営学を学んでいるではないか。
 だから自分の結婚が、プラス要因必須なことは分かりきっているはずなんだが……
 俺が悩んでいると、テランナは俺が何を考えているのか疑問に思ったようだ。
「何を考え込むのか分かりませんが、姫様と結婚出来るのに悩むって変じゃないかと思うんですよ。姫様は勇者と結ばれる夢が叶いますし、勇者も世間体が安定するんですから、どこに問題があるんでしょーか? むしろ私と替われ」
「世間体言うなよう……」
 俺はへこんだ。なんで親と同じ言葉が出てくるんだ……
 俺が結婚出来ないのは、俺自身のせいだ。
 でも、お前に言われる筋合いは無いからっ!
 さりげなく自分の欲望を口にしたテランナへ、俺はじと目を送った。
「お前、王女がやっと結婚出来るって喜んだくせに、それでも王女と結婚したいって言うのかよ」
 矛盾している気がする。
 が、ニコニコと、いやニヤニヤしている彼女は、あっさりと反論した。
「姫様の幸せは私の幸せでもありますから、共有可能なのは当然だと思うのですよ?」
 王制とか個々人の幸せが違うこととかまるっきり無視した言葉は、いっそすがすがしい。
 でも、文句を言ったら王女とこいつの結婚式が始まる気がして、俺はかろうじて気持ちを抑えた。
 まさかとは思うが、可能性は無いと言い切れないのが恐ろしいところだ。
 俺は一つ溜め息を吐いて、気持ちを切り替えた。
「それはともかく。シルヴィア王女が起きるまでは待つしか無いのか? 夜になったら起きてくるとか、メイドのテランナにも分からないのか?」
 このまま起きるのを待つのは、ちょっとはばかられる。
 そもそも、あっさりとここまで通されたほうが不思議だ。
 さっき王様と書類を交わしただけなのに、もう使用人全体へ知れ渡っているのだろうか?
 いや、テランナの独断だろう。
 あの書類にも関わったくらいだ。王様へ承認を得ずとも、根回しくらいはしてそうだ。
 テランナは、ちょっとだけイヤみが入った俺の言葉へ、即座に答えを返した。
「分かりませんよ? 私は姫様じゃありませんしー。それに、淑女へ夜更かしを勧めるのはお断りですよ。おほほほほ」
 なにその高笑い。
 いくら手を口元に当てても、お前は謎メイドだからそんなお嬢様な笑い方は似合わないぜ!
 そうは思うものの、結局、俺は黙ったままくるりと後ろへ振り返った。
 はぁ、明日になったらまた訪ねるか……
「あと、会えなかったからって、妹姫様たちへ顔を出すのは止めてくださいねー。手を出すのはまだ早いですよー」
 遅ければ良いのかよっ!?
 衝撃的な言葉を聴いてしまったが、当然これもこいつの思い込みだろう。
 まったく謎メイド道は理解しがたいぜー。
 そんな風に勝ち誇ったテランナの言動に完全にやる気が無くなってしまったのだけど、まだやることは残っている。
 次はクモン隊長とユーギンに、旅同行のお伺いを立てるのだ。
 こっちは普通に話し合いが出来ると思うんだが……さてはて。
 どこへ行ったか兵士に尋ねると、どうやら無事に王女が帰還出来たお祝いで大広間にて宴会が開催されているようだ。
 もちろん守備隊のみんなもそれに参加しているとのこと。
 はぁ、俺も混ざろうかなぁ。
 俺だってサラリーマンだったんだ。少しは酒を飲んでも良いはずだ。
 そんなことを思いながらドアを開けると、どんちゃん騒ぎをしていた守備隊のみんなは、俺を見るなりはやし立てた。
「いぇーい、勇者の結婚にかんぱーい!」
「姫の結婚に、くわんぱーいっ!!」
 待て待て、お前ら何でそれを知っている?
 俺だってさっき記名したばかりなんだぞ!?
 守備隊の人たちだけでなく、参加している人全員が同じようなことを叫んでいる。
 聞き間違いじゃねーのかよっ!
 俺ががくぜんとしていると、ふらりと立ち上がったユーギンがまず俺の肩を叩いた。
「まぁまぁ。姫様が申し込んで断られるはずないんじゃからなぁ。勇者も飲みが足りないぞう!」
 そして俺の口にカップを当てると、くいっと傾ける。
 それ待てこるぁ!
 俺は思いっきり酒を飲まされた。
 げほげほ……
 いやさ、社会人だったからには絡み酒も体験したことがあるよ?
 でも、これは酷い。
 俺は、雰囲気に飲まれる前にユーギンへ尋ねた。
「ユーギンも、俺の旅を聞いているのか?」
 結婚話を知っていて、その旅を知らないなんてことは無いだろう。
 酔っていてもそれくらいの判断能力は残っているはずと思ったんだが、はたしてそれは正解だった。
 ユーギンは、キリッと真面目な顔になって答えてきてくれたのだ。
「新婚旅行と聞いてるが何か? 護衛はいらんと申すなら襲ってやるぞい!」
 へあーっ!?
 何だそれは。王様だって呼び名を変えるのは式の後だって言ったじゃないですかー!
 驚きで声も出ない俺だったが、ユーギンと同じように近寄ってきたクモン隊長は、彼の言葉を聞くなり間違っていると言ってくれた。
 ユーギンの単純な思い込みだけなら、まだ引き返せる。
 どこへとは言えないが、ほっとしてそう思った時だった。
 隊長は、あごに手を掛けてこう続けてきた。
「どう違うかと言うとだな。式の前だから、婚前旅行と言うべきだな。この違いは明確にすべきだ」
 あんたも何を言っているんですかー!
 見ると、隊長の顔も赤い。酔っているのはありありと分かる。
 が、酔っ払いのたわごととして片付けるには、あまりにも衝撃的な内容だ。
「ほ、本当なんですか?」
 思わず問いかけた俺へ、隊長はこうも言ってきた。
「嘘を言っても意味無いだろう? リュージよ、逃げられると思うなよ」
 ああ、やべぇ。こいつらは俺への見張りですか……
 二人とも、頼まずとも旅へ同行する気満々ですよ。
 他にもご一緒すると言い出すやからが居たので、俺は声を大にして言った。
「みんな俺のこと誤解してるぞっ! 俺はまだ王女と結婚しているわけじゃないんだぁっ!!」
 書類は書かされたが、いわば内定状態なのだからノーカウントッ!
 なのにそう言っても、一瞬だけ静まり返った後、みんなはどっと笑った。
「『まだ』ってことは決定済みだってことですよねー。どこが違うか分かりませんよー」
 隊長にいたっては、ニヤリと笑ってこう告げてくるではないか。
「『あの』姫様と結婚出来てしまう人間が、『勇者』じゃないわけあるまいよ。無駄なあがきはよしたまえ」
 確かに王女と結婚は、ハードルが高いよねー。
 でも、どこまでも俺は勇者扱いですか、そうですか。
 何となく、旅が終わってもずっと勇者呼ばわりされそうな気がして、俺は泣きたくなった。
 俺は、俺はっ、暗黒の皇子を倒したら日本へ帰るんだぁっ!
 そんなことを酒の席で騒いでも、意味が無かった。
 聞こえなかったとばかりに、ユーギンからはこんなことを逆に聞かれてしまったのだ。
「ところで、勇者は……その、夜の方は大丈夫なんじゃろうな? テランナも混ざると大変じゃぞい」
 なんですか、そのハードゲーム。
 話としては楽しめても、実際にやるのは大変だからっ!
 王女をネタにしたら不敬罪なんじゃないのかと俺ががっくり肩を落としたら、彼は心配ご無用と笑った。
「勇者の使っているキノコじゃがの。少し量を抑えれば良いんじゃぞ。おっと、童貞じゃから心配いらんかいなーわははは」
 童貞言うなっ。
 それにしても、こんなことで気軽に盛り上がれる彼らが少しだけ羨ましい。
 不敬罪で投獄の心配とか無いんだろうか。
 酔いの浅そうな人に恐る恐る尋ねたら、付き合いが長いので多少のことは大丈夫だろうと言われた。
 それって、本当はまずいんじゃねーの?
 まあ、俺が心配することではない。
 実際にヤらされそうな俺が投獄されるだろうことは無いと思うしな!
 一抹の心配はあるが、とりあえず結論付けた俺のの肩を揺すりながら、ユーギンがまた大きく叫ぶ。
「勇者の旅に、かんぱーい!」
 そう言って杯を打ち付ける彼らに、俺は散々な目にあわせられた。
 具体的に言うと、吐いて戻ってくるとまた飲まされるくらい。
 この世界にアルハラなる言葉は存在しない。存在しないのだっ!
 ところで、こうやって騒いでいる原因、結婚の話をどこから聞いたか一応尋ねたところ、肩を落とした王様がぼやいたのを聞きとめた人が居たらしい。
 そんなの噂レベルの話じゃねーかよ!
 そうは思ったのだが、その後、明日の公表に向けて指示が出されたとも聞いたから、公式なのかな。
 まあ、ここまで騒いでいて裏を取っていないはずは無いよなー。いいや、面倒くさい。
 このまま飲まれてしまおうと思ったのだが、ふと気が付く。
 ……まさか、お披露目で俺に出ろとか言われないよね?
 二日酔いになっていたら目も当てられないと思ったのだが、それを口実に逃げられるわけも無く、更に酒を勧められてしまう。
 どうにもならなくなり頭を抱えた俺へ、隊長は赤い顔を更に赤くしながらこう言ってきた。
「でもリュージよ。こうでもしないとお前は逃げてしまうだろう? 異世界人は言い訳にならんぞ。タロー氏の前例があるのだ。恐れることは無い、じゃんじゃん子供を作れ」
「前例があるって、更に怖いじゃないすかー!」
 タロー氏が子供を作ったってことは、この世界から帰れなかったってことだ。
 もしや俺も、と考えたが、俺にはゲームの知識がある。
 いずれ帰ってやると思ったが、ボスを倒さねばそれも出来ないので、このまま流れに任せるしかない。
 婚前だか新婚だか知らないが、旅自体はしなけりゃならないしな!
 俺がやけくそで酒をあおると、隊長は「それで良い」と告げてきた。
「せっかくシルヴィア姫様が結婚を考えてくださったのだ。この機会を逃したら臣下一同、路頭に迷ってしまうではないか。それは勘弁してくれよ」
「そんなこと、勇者の地位をまんまと逃れたあんたに言われたくねーよ!」
 サイクロップスを倒しに行く朝、隊長は確かに自分が勇者になる気は無いと言い放った。
 だから俺が勇者になっちまったんじゃねーかよ。
 俺は隊長を罵倒したが、当の本人はきょとんとした後、ああと頷いただけだった。
「気にするな。あの頃は私も若かった」
「たった数日前じゃねーかっ!」
「昔のことだ」
 ひでぇ。まるで答えになってないぞ。
 いや。これは俺をからかって遊んでいるのか?
 目を見ると、酔いの中にも決意のような固いものが見える気がする。
 隊長は、何にせよ、と呟いた。
「姫様の幸せのためには、きさまの旅を補佐しなければならん。覚悟しておけよ」
 そう言って俺の肩を叩いた後は、生返事をするばかりで酒を飲むばかり。
 なのに、あからさまに俺の機嫌を取ろうとする不審者は上手く追い払ってくれている。
 この隊長も、肝心なことをはぐらかすんだよなぁ。もしや……いや、でも……
 俺は、隊長の心情を思いながらも結局、酒を飲むしかなかったのだった。
 ちなみに、明日の用意を終えた王様も後で混ざってきたのだが、妹には手を出すなよと絡まれてしまった。
 普通はそうだよねー。あのメイドの方がおかしいんだよねー。
 酒に酔ってはいたものの、かろうじて「もちろんですよ」答えた俺だったが、それへ王様はこう続けた。
「夜も勇者なら、考えないでもないがな」
「駄目じゃんか、それはっ!」
 俺は叫んだ。
 明らかに童貞に任せるべきではない酒以外の要素で、痛い頭が更に痛くなる。
 王様は、俺が頭へ手を当てたのを見て納得したかのように言った。
「キノコの使用はありじゃから心配するな。しかしだな、王妃がこう言っておけとうるさいから言ったのであり、決して勧めるわけではないんだぁ……」
 ああ、この人も自分の奥さんに牛耳られているのね。
 俺が分かってますよと返すと、王様はほっとした様子だった。
「目を付けられた以上、色々と無理じゃが、一応は頑張れよ」
 夜は更けていく。
 酒もそうだが、王様の励ましが、やけに身に染みる夜となったのだった。



[36066] その8
Name: 凍幻◆786b687b ID:be9ab252
Date: 2013/02/19 02:01
 翌朝、俺は二日酔いだった。
 当たり前だ。どれだけ飲まされたか分からないくらいだったし。
 でも、問題はそこじゃない。
 何故かテーブルに座った女性から、にこやかな笑みを向けられている状態なのが問題なんです。
 はい、シルヴィア王女が俺のことを朝食に招待してくださいました。それはそれは丁寧に。
 具体的には無理やり手と顔を水で綺麗にされたくらい。もう少しで頭から水をかぶるところだったよ……
 王女の指示かメイドの独断なのかは分からないが、おとなしく寝かせてくれよう。
 気持ち悪さと頭痛で、俺の顔は思いっきり不機嫌になっていることだろう。
 それにもかかわらず、王女の顔から笑みが絶えることは無い。
 こんな状態の俺を見たって、何も面白くないだろうに。
 まったく、何を考えていることやら。
 そもそも、あんたが婚姻届なんて書類を書かなきゃ俺の平穏は無事だったのに……眠い。
 俺の頭が睡魔に負けて反射的に動いたのを見て、彼女は声を掛けた。
「ふふ、ずいぶんと眠そうですね。でも、もう少し待ってくださいね。と言うか、リュージ様もお食べになられれば眠気も覚めるのでは?」
 ああ、何か言っている?
 意味のある言葉へ変換できず答えを返せなかった俺へ、王女はもう一回言ってきた。
「……そんなに無防備な姿をいつまでも見せているとですね、襲ってしまいますよ?」
 なにっ!?
 危険な言葉を聞いた気がして、俺の背筋が伸びる。
 そして目を数回しばたたかせたら、急速に意識が覚醒した。
「何か、冗談を聞いた気がする」
 今聞いたことが本気なのか分からず取りあえず話を終わらせようとした俺だったが、王女は「いいえ」と首を振った。
「私が、リュージ様へ、したいって言ったんですけど聞こえませんでしたか?」
「聞こえません」
 今度は即答出来た。
 なんと言うか、大変に危険で間違ったことを聞いた気がするので、俺は話題をそらせようとして目もそらせた。
 すると、目の端になにやら近づいてくるものが見えた。
「……なにやってるんですか」
 俺が思わずそう言ってしまったのも、仕方ないだろう。
 だって、王女様が俺へスプーン差し出してるんだぜ? しかもスープなみなみで。
 これは餌付けか、そうか、そうなのか!?
 王女は、しれっとしてこう言った。
「もちろん、『よそった』んですけど。さっき言いましたよね?」
 あれ? さっきは『襲う』って言ってなかったか?
 しかもそれ、『よそう』んじゃなくて『すくう』ですから!
 ワザとボケたのかと首を傾げたら、王女はそれへ合わせてスプーンを微妙に動かしてくる。
 しかも、こともあろうにこんなことまで口にした。
「はい、あーんしてください。美味しいですよ」
 いやあんた、質問に答えてくれよ。
 俺のじと目を華麗にスルーして、王女の手が俺の口まで運ばれる。
 このままではずっとそうしていそうだったので、俺は観念して口を開けた。
 ……うまい。
 くそう、やはり王族の食事は違うなー。二日酔いだって言うのに、食欲が湧くんだからなぁ。
 俺の喉が鳴ったのを聞いたか、王女が二回目をすくってくる。
 今度こそ自分の意思でスープを口にした俺を見た王女の顔は、何というか微笑みの中にも黒いものが見えなくもない。
 あー。少し腹立たしいが、うまいものはうまいしな!
 俺も自分の手で目前の皿からスープをすくうと、しばらく静かな食事を楽しんだのだが、なかなか言葉を掛けづらくて微妙に居心地が悪い。
 そもそも、食事に呼ばれた訳を聞いてないし。
 たぶん昨夜の書類関係なんだろうけど、結婚とかそれ以前の話ですから!
 様子をそれとなくうかがってはいたのだが、王女からは言い出しそうになく思えたので、俺はとうとう言葉を紡いだ。
「なぁ、俺になんの役目を押しつけたいんだ?」
「役目……ですか?」
「王様から臣下から誰も彼もを巻き込んで、俺に結婚を承諾させる。それに何の意味があるのかと聞いてるんだ」
 少しばかりきつい目で睨むと、王女は変なことを聞いたかのように眉を寄せてから答えた。
「意味って必要ですか?」
「……えっ?」
 俺はその内容が理解出来なかった。
 だって、あれだけお膳立てしてるんだぜ?
 正直、美男子ではない俺なので、こんな大騒ぎをやらかすからには特別な何かを俺にやらせるためなんだろうと思ったんだが、彼女の答えは予想外すぎた。
 王族の立場からメリットとデメリットを考慮するはずなのに、結婚に意味すら無いとすれば俺をからかうため……いや、それにしては巻き込んだ範囲が大きすぎる。
 訳が分からない。
 昨日考え込んだ内容では足りないことを悟り、俺は手を上げて全面降伏をあらわした。
「シルヴィア王女、聞きたいんだけど」
「シルヴィアとお呼びください」
「王女様、ちょっと良いですか?」
「だから、シルヴィアです」
「……えーと。し、シルヴィア、で良いのかな?」
「はい!」
 なにこの予定調和的会話は。
 まさか俺のような独身男に適用されるとは思ってなかった会話をしたため、ちょっとだけほんわかする。
 じゃなくて! ここで流されたら駄目だろうが。
 俺は、一生懸命眉を吊り上げて睨んだ。
「シルヴィア、俺はただの異世界人だ。あんたの助けはいるかもしれないけど、正直、結婚は無理じゃないかと思うんだ」
「そうなんですか?」
「だって俺、元の世界に帰るんだぜ? そうしたらどうするのさ」
 末永く連れ添うのが夫婦なのに、そう出来ないとあれば最初から結婚しなければ良い。
 そう思うのだが、王女は俺の否定を聞いても微動だにしなかった。
「助けが必要なら、問題ありませんよね?」
「いやあんた、俺の話を聞いてないだろ」
「聞いてますよ、リュージ様に私の助けが必要だってことですよね。私、それなりに剣が使えますし、精霊の声も聞けますし、旅に同行出来ますよ?」
 いや、まあ、王女の旅への同行は不可欠なのだが、だからと言ってほいほいと流されたんでは偉い目に会う。
 既に、旅の目的が敵の討伐から婚姻旅行へすり替わって噂されているのだ。
 そんな簡単なレベルの旅じゃないことをハッキリ示しておかないと俺が困る。
 俺は、トントンと軽く指でテーブルを叩いた。
「なあ、シルヴィア」
「はい」
「旅は、簡単なものじゃない。これからエルフの世界や魔神の世界へ行かねばならないんだ。長く困難なものになるし、正直、途中で倒れることだってあるかもしれない。あんたは、言ってはなんだけど世継ぎなんだろう? 遊びに行くみたいな感覚で旅に出かけたりしたら、残された人たちだって困るんじゃないのか?」
 一応は正論を述べたつもりだ。
 これでひるむようなら昨日のような書類は書かないと思うのだが、そこはそれ、新婚旅行との噂だけでも解消させないとな!
 すぐに同行しないのなら、噂はいずれ沈静化する。するはずだ。
 なので必要なところだけ同行願えれば、うまくいくと思う……んだけど。
 王女は俺の言葉を聞いて、驚いたことに頷いた。
「確かに、旅はつらいことになるだろうと思っています。でも、夫が苦しんでいるときに助けるのは妻の役目ではないのですか?」
「そこじゃねーよ!」
 思わず突っ込んでしまったが、当の王女はきょとんとするばかり。
 なので、俺は親切丁寧に説明をすることにした。
「だから、そんな旅に出て領地経営を放り出して良いのかって聞いているんだよ。妹さんたちが居るとは言え、第一王女としての立場上、そんな長期間の旅になんか出たら困ることだらけじゃねーか。上の立場として身をわきまえないと、苦労するのは臣下だと思うんだが?」
 それを聞いても、王女の口からは「ええ、そうかもしれません」としか出てこなかった。
「この国から王様候補が居なくなったら、将来どうなるかは分かりきってるじゃねーか。経営学くらい学んでいたはずだろう? 鉄砲玉は俺みたいな風来坊に任せるのが危機管理ってものじゃないのか?」
 俺みたいなサラリーマン崩れでさえ分かるようなことが、王女に理解出来ないはずがない。
 短時間であんな書類を作成するくらいだ。
 頭の方はずいぶんと切れると思うんだが、王女の顔は、今の話を聞いても少し困った程度にしか感じてないようにしか見えなかった。
「そうですね。普通ならリュージ様を見送るのがよろしいのかもしれません」
「なら、今からでもそうすればいーだろうに」
「でも。もう発表してしまいましたから」
「え?」
 な、何を発表って……って、まさか!?
 俺が慌てて立ち上がると、王女は手を叩いて笑みを浮かべた。
「はい、結婚した旨の公布です。もちろん私とリュージ様のですよ」
「そうじゃねーだろうがぁぁ!」
 礼儀を忘れ、つばを吹き飛ばして俺は叫んだ。
 まさか、俺をここに呼んだのは?
「俺に邪魔させないため……か?」
 昨夜、公布の準備をしていると聞いていたが、俺と王女、二人ともが公の場に居ないのに発表してしまう可能性は考えていなかった。
 貼り出しの紙を破ってしまおうと考えていたのを見抜かれたのか?
 それで既成事実を邪魔させないため、俺を一室へ閉じ込めておこうとして朝食へ呼んだとか……?
 二日酔い状態でさえ気を抜かない王女が恐ろしくなり、俺はぎゅっと握りこぶしを作った。
 しかし当の王女は、涼しげな顔をしている。
「リュージ様、お聞きください。これには深い訳があるのです」
「むしろ無いほうがおかしーよ」
 俺の突っ込みを、王女は華麗にスルーして続けた。
「この世界は危機に瀕しています。それをリュージ様は知ってらっしゃいますよね」
「……まあね」
 どっかと腰を下ろして、俺は答える。
 ゾンビやグール、あの強敵だったサイクロップス。
 今のところ倒せているとは言え、敵の物量は侮りがたいし、今の装備では倒せないだろうやつも居る。
 それに、この世界が本当にゲームと同様の作戦で救い出せるのかさえ、実際のところは分かっていないんだ。
 世界感が似ているだけで違う世界だったなら、俺が忘れた謎があったりすれば、俺はラスボスへ行く前に倒れていることだろう。
 二十年前のゲーム時だって、どこに行ったら良いのかが分からず取りあえずで世界をぐるぐる回り、時間ばっかり掛かったっけな。
 老衰が無かったから良かったものの、リアルに換算すると二十年以上になってしまって驚いたものだ。
 そう言えば、街やダンジョンに入る際に自動セーブ機能が働いていたから、どうあっても餓死をまぬがれず泣く泣く最初からやり直したこともあったなぁ。
 今後ゲームと違うことが起こっても、最初からやり直しなんてことは出来ない。
 俺はゲームの手順を知っているからと王女を真っ先に救いだしたが、それが本当に正しかったのかだって検証しようが無いんだ。
 そんな不安定な状態なのに、いきなり結婚だなんて恐ろしすぎる。
 決して童貞だからひるんでるんじゃないぞ?
 俺のあいまいな返事を聞いた王女は、俺の目を見据えながらその整った唇を開いた。
「モンスターのことではありません。もっと差し迫ったものがあるのです」
「えぇ? 暗黒の皇子へ対抗することじゃねーの?」
 王女が何を言い出そうとしているのか、さっぱり分からない。
 領民への被害は、かなりある。俺もたくさんのモンスターを倒したが、アーケディア砦の攻防じゃ、ずいぶんと兵士にも被害があったと聞いている。
 今のままでさえずいぶんと領民に不安を与えていると言うのに、国のトップである王族の口からそれ以上の危機があるなんて言葉が出るとは、正直予想だにしていなかった。
 しかも、それと結婚が結びつくなんてことは、まったく考えられない。
 俺は眉をひそめながら考えてみたが、何も浮かばなかった。
「分からない。あんたの妄想じゃねーのか?」
 王女が一人で考えていることなら、他の誰にも分かりようがない。
 たぶん、ここがリアル世界になったことで、王女がわがままでも言い出しているんだろう。
 あるいは、何か電波でも受信したのか?
 王族は超常現象を知ることが出来るって、昨日王様が言っていた。
 その王様は、お告げは無かったとも言っていたが、王女が別途聞いた可能性はある。
 でも、それなら王様にも相談くらいするよな?
 王様は結婚に不満そうだったし、世界の危機に関係するなら反対なんかしないよなー。
 そうでないってことは、この話には誇張が入っている可能性があるんだろうな。
 俺は努めて楽観的に考えることにした。
「目に見える危機じゃねーんだろ。それより旅に出させてほしいんだけどな」
 俺の茶化した雰囲気を、彼女はちょっとだけきつい目で見て即座に打ち消した。
「ええ、私も一緒に旅に出ます。それで解決ですよ」
「王様さえ説き伏せて、何をするつもりなんだか。命の危険はこっちのほうが高いのに、お嬢様が出る意味なんてねーだろ?」
 確かに王女は旅なれていたが、それでもモンスターとの戦いに身を投じるのはどうかと思う。
 そんな俺の反論へ、王女はきっぱりと首を横に振った。
「夫婦が一緒に居る時間は、長ければ長いほど良いじゃありませんか。それとも、リュージ様は昨夜の契約書を反故にするつもりがあるんでしょうか? ちきう人は契約を重視すると聞いておりましたけれども」
「あれはほとんど反則行為だろ? 異世界人の俺なのに、旅に許可が必要だなんてありえねーだろうが」
 異世界だからこそ旅に制限があると言うのが物語の常識だが、俺はそこを伏せた。
 まあ、契約書にサインしちまったからには王女もいずれ一緒に旅することにはなる。ただ、その時期がずっと先だってだけのことだ。
 俺が理解していないのをようやっと察知したか、王女は「もう」と小さく不満を口にすると、少し大きく息を吐き出してから告げた。
「恥ずかしながら申し上げます……王家の危機なのです」
「それは王様がどうにかする問題だろ? 俺が絡む必要なんてねーじゃん」
「いいえ、違うのです」
「まさか継承問題で命を狙われているとかじゃねーよな? 俺はモンスターならともかく、人を殺す覚悟なんてねーから」
 普通の日本人サラリーマンに、護衛だなんて勤まるはずが無い。
 ましてや殺人の覚悟とか、絶対に求めないでほしい。
 王女は返事を聞いて、慌てて手を振った。
「まさか。そんなことをリュージ様にさせるなんてありえません」
「じゃあ、何なんだよ。あんたのわがまま以外に考え付かないんだけど」
 埒が明かないので、俺はきつい口調で暴言を言い放った。
 不敬罪になるかもしれないけど、まさか逮捕拘留とかはされないと思う。暗黒の皇子を倒してくると王様に約束してるしな。
 俺の言葉を聞いて王女は怒るかと思いきや、何故か悲しそうな顔をした。
 え? 俺の言葉が女の子のこと泣かせちゃうの?
 俺は、誰にとは分からないが叱られる気がして謝罪の言葉を言いかけたが、それより早く王女が口を開く。
「私、相手が居なかったんです!」
 叫んだとたん、彼女の顔が真っ赤に染まる。
 俺は一瞬ほうけたが、その言葉が意味する内容を理解しようと努力した。
「相手……って、結婚相手ってこと?」
「そう、です」
「なんでそれが危機なの? お家断絶とか、王家なんだから無いんじゃ……あれ? あんたの下も、女の子だったっけ?」
「そう、なんです」
 赤らめた顔が、いつもより可愛い。
 そんな感想が不意に浮かんだが、俺は慌ててそれを飲み込み、別なことを口にした。
「女王とかでもいーじゃん。千年も続いた王家なんだから、まさかあんたら以外に親族がいないとか、ありえね……え? まさか?」
「はい。私と妹たち以外は、王族の子供が居ないのです」
 これは続けるとまずい気がする。
 俺は失態を悟ったが、もうどうにもならなかった。
「そして、私を好きになってくれる人も居なかったんです。このままでは王家が途絶えてしまうんです!」
 そんな展開ありかよと俺は疑問に思ったが、この際とばかりに王女は愚痴をこぼした。
「私だって、人並みに努力はしたんですよ。料理とか裁縫とか。でも、出来は悪いし、歴史もなかなか覚えられないし。体を動かすのは好きなんですけど、やりすぎとかで私を敬遠したいとか言われちゃうし……」
「それで結婚出来ないって、まさかだろ。王族なら人にやらせればすむ話じゃねーのか?」
 料理も裁縫も、国家経営には関係が無い。
 現に、目前にある料理は、この王女が作ったものじゃないだろう。
 だからけっこう可愛いこの人が、なぜ結婚出来ないと嘆くのか俺には理解出来なかった。
 性格が悪くなくて隣に居てくれて、挙句の果てに国まで付いてくるのなら、引く手あまたになってておかしくないんだけどなぁ。
 もしかしてこの世界では、王族でさえ料理技能が必須なのだとか……いやまさかだろう。
 俺は、差しさわりのないほめ言葉を用意した。
「国に必要なのは、民をいかに幸せに出来るか考えられる人だろう? 女の子としての魅力とは、また別な角度から考えなきゃいけないんじゃねーのか。でも、けっこう可愛いとか思えるけど」
「そうですか! 可愛いって言ってくれるんですね!」
「そこだけ聞くんじゃねーよっ!」
 やべぇ。この人もズレてる人だったっけ。
 俺は地雷を踏み抜かないよう、今度こそはと慎重に言葉を探った。
「だから、えーと、なんだ。一緒に領地を治めましょうとか礼を尽くして言えば良かったんじゃねーの? 料理はテランナさんとかやってくれるし、王女様がやる必然性とか無いじゃんか」
「シルヴィア、です」
「……し、シルヴィア?」
「なんで疑問系なんですか。名前で呼んでくださいって、さっき言いましたよね。リュージ様」
「だーかーらー、そこで俺に相手として役割を振られる意味が分かんねーんだよっ! 異世界人なんて取り込もうとするなっ!」
 頭が痛い。何で俺なんだ?
 いずれは元の世界に戻ることを切望している人間に、何で求婚なんて出来るんだ?
 しかも、俺みたいなモテない男に言うべき内容じゃねーだろうが!
 俺が頭痛をこらえようと右手を額に当てたのを見て、王女は少し困ったような顔をした。
「すいません。困らせるつもりはないんです。でも私には、リュージ様しか考えることが出来ないんです」
「出会って、まだ数日だろう? それで結婚って思い切りが良すぎじゃねーのか?」
「今までの実績が散々でしたので……」
 なんで王女に婚約者がいねーんだよ。
 まさか『勇者様』がいつか現れると信じていたから夢見がちと敬遠されたとか、いくらなんでも、それはないと思うんだが……
 俺の突っ込みに、王女は「分かりません」と小さく返した。
「一応は、婚約者候補も居たんですよ。お父様が決めた人たちですが。でも、彼らは『誰かが行ってくれる』って、そう話をしていたんですって」
「誰から聞いたんだよ、それ」
「テランナですけれど」
 本当なのだろうか? あいつが嘘を吐いて王女から遠ざけていたとかもありえる。
 それに、貴族を集めてのパーティくらいあっただろうと聞いてもみたが、王女は苦笑するだけだった。
「ダンスの申し込みはありましたけど、私が誘ってもなかなかお茶まで相手してくれる人は居ませんでした。誰かと一緒ならともかくと……」
「すると、まさか食事を一緒にするなんてことは……無かった?」
「はい。リュージ様との食事が楽しくて言いませんでしたけれど、男の人とご一緒するのは経験ありませんでした。あっ、学生時代はそれなりに食事会があったんですよ。全員女性でしたけれど」
 箱入りにもほどがあるだろうよ。
 それにしては、自然な態度だったと思うんだけどなぁ。
 俺は、旅の最中のことを思い出して首をひねったが、それへ王女はあっさりと答えた。
「ドキドキが知られないように、これでも努力しましたから」
 それ、努力の方向が間違っているよ。
 とにかく、王女はモテてなかったと。本当かよ。
 言葉を疑うわけではないが、信じがたい内容だ。
 でも確かに、王女奪還には誰も来ていなかった――
「ええ、お父様の命令で護衛は来ましたけれど、自発的な方は誰も。だからリュージ様が来てくださった時は、本気なのかと内心疑ったんですよ」
 正直、俺も元の世界に戻ることを夢見なければあんたを助けなかったと、そう思っていたことを俺は何故か言えなかった。
 これ以上この人を追い詰めることは無いと、そうも思えたからだが、これは同情なのか?
 よく分からないモヤモヤが、俺の心に浮かんだ。
「テランナも命令だから来たのかな?」
 あいつは率先して来そうだが、違うのか。
 俺の問いに、王女は「さぁ」と答えた。
「聞いても、はぐらかされてしまいまして。『勇者はきっと来ます』と言ってましたけど、彼女がそれを本気で言っていたのか、今考えると違うような気もします」
 そこへ俺が来てしまったと言うことか。
 俺が続きを促すと、王女は再び口を開いた。
「私も、城に居たときは信じていたんですよ。危機の際には、必ず勇者が現れるって。でも、戦いは激しくなる一方で、私が捕えられても誰も助けには来なくって」
 寂しそうな笑顔。
 一瞬で消えたが、それは紛れも無い彼女の本心だろう。
「テランナは励ましてくれましたけれど、クモン隊長は『我々では無理です』って達観した様子でしたし、わ、私、見捨てられたのかと一時は本気で思ったんです」
 そして、堪えきれなくなったか、王女の右目から一筋涙がこぼれた。
 ……俺も見捨てて良い?
 非道な言葉が脳裏を駆け巡ったが、王女の瞳に吸い込まれるようにして、その言葉は消えてしまった。
「でもリュージ様は、私を出してくださいました。その際、今後についても考えもあるって言ってました。そんな人に、私は……」
「俺が持っているのは、元の世界に戻るための計画だっ! たとえそれが世界を救うのだとしても、あんたには関係ねーから!」
 反射的に俺は言葉をかぶせた。
 聞いたら後戻りできないだろう。
 俺の都合と王女の願望が飛び交い、しばし場は静かになったが、王女は、涙をぬぐってからとうとうそれを口にしてしまった。
「王女が恋をしては、駄目なんですか?」
「……駄目だろう、それは。国のためになる人じゃねーと」
 王女のそれは、いわゆる『吊り橋効果』だろう。
 危機の際に出会った人たちが互いに依存心を持ってしまい、恋と錯覚するあれだ。
 だから俺は、二度三度とゆっくり首を横に振った。
「俺じゃ、釣り合いが取れない。おっさんに嫁ぐなんて馬鹿馬鹿しい。それに、俺に意味なんて求めないって、さっきあんたは言ってただろう?」
 王女は、結婚相手の役目に何の意味があるのかを聞いた際、意味が必要なのかと逆に問い掛けてきた。
 義務や義理で結婚するのなら、彼女自身に意味なんて無いだろう。
 それならば、俺じゃなくてもっと良い人がいるはずだ。
 俺はそう思ったのだが、王女は何故か戸惑った様子を見せた。
「意味……ですか?」
「そうだ。あんたはさっき答えたはずだ。俺が結婚について聞いたら、意味なんて無いって」
 王女はそれを聞いて二秒ほど考えていたが、すぐにあぁと声を漏らした。
「そうですよ。恋に意味なんて、あるはずないじゃありませんか」
「えぅ? ……まてまてまて。そんな意味で聞いたんじゃねーから!」
 俺は左手を左右に振って反対の意を表明した。
「俺は、俺との結婚に何の意味があるのかと尋ねたはずだ。あんたが誰かを好きになろうとも、それだけで結婚できるほど王様の地位は軽くないんじゃねーのか?」
 目の前の王女が残念系だとしても、エルダーアイン世界唯一の王様になれるとあれば必ず需要はあるはずだ。そう俺は思っていた。
 しかし彼女は、まだ分かっていないのかと言う様子で溜め息を吐く。
「もう、私がどんな書類を発行したか、お忘れでしょうか? 三枚ありましたけれど」
 俺は、いきなりの話題転換に戸惑いながらも指折り数えて答えた。
 いくら酒が入っても、昨日の今日だ。一応は思い出せる。
「婚姻届だろ? 報酬受領書だろ? あとは、えーと勇者証明書だったはずだな」
 最後の一枚がなかなか出てこなかったが、取りあえずは正解らしい。
 王女は、満足して頷いた。
「そうです。三枚全部そろったので、私と結婚できるようになったんですよ」
「なにぃ? 一枚でも欠ければ、なしになったのか!?」
 うっかり書類をミスしてれば……いや、名前を間違えでもすれば……
 俺は書類が無効になる夢をかいまみたが、王女は微笑んで止めを刺した。
「相手としての位については、勇者証明書で事足ります。そうなれば婚姻届が出せますものね。後は私の全てを報酬として譲渡しておけば、どこへでも一緒に行けますから。と言うか、捨てたら呪われるみたいなですからね」
 馬鹿な、装備品扱いだと言うのか!?
 人をモノ扱いしてはならないって教えられなかったのかっ!?
 俺はあっけにとられたが、当の王女はニッコリと笑うだけだった。
「まさか、まさか返品は……」
「不可ですね。あと、私が死んでも勇者と一緒なら蘇生出来ますから心配は要りませんよ? きちんと『勇者には死者蘇生が認められる』ってお告げがありましたし、僧侶はテランナが引き受けてくれますから、私の裸を誰かに見られる心配も要りません。死んでもかわりは……妹が居ますけど、私を満足させるまでは待ってくださいね」
 冗談じゃない。
 確かに、死者蘇生は勇者の存在なくしては認められない旨がゲームマニュアルに記載されていたような気がする。
 だけど、それとこれは話が別じゃないのか?
「だとしても、おう……シルヴィアが旅に着いて来るのは、大変じゃないのか? アーケディア砦が陥落したときは、結局モンスターになすすべも無かったんだろう?」
 王女と言おうとしたら、睨まれたので言い直しました。へたれですいません。
 それはともかく、正規の兵士が敵わなかった相手に、俺が立ち向かえるのかはさっぱり分からない。
 目標は暗黒の皇子だが、ゲーム同様にクリア出来るかどうかは神様だって分からないだろう。
 そして、これからどんどん敵の攻撃が熾烈になるのに、王家の後継者が放浪するってありえないだろうが。
 一応は正論を言ったつもりだが、王女はその意見に首を振った。
「まだお父様も丈夫ですし、後継者が見聞を広めるのは悪いことじゃありませんよ。それに、勇者のそば以上に安全な場所はありませんから」
 そんなこと言っても、単純な旅行じゃないんだが……
 あと、王女が、女性が一緒なのは俺に色々とまずい。
 だって、俺の戦い方ってバーサークキノコの活用なんだぜ。
 理性吹き飛ばした男の隣に素敵な女性が居たら、戦いどころじゃないだろう?
 俺はそれを匂わせて反対したのだが、王女は大丈夫ですと言うばかり。
「あのキノコは、味方には作用しませんから問題ありません。あるいは襲われたほうが跡継ぎ的にも、ええ。それに、そんなことを言うのは私を魅力的に感じてくれているってことですよね? とても嬉しいです」
 王女は満面の笑みだが、俺が安全じゃないから!
 反論を封じられ、思わず席を立とうとした俺の手を、王女はいつの間にか近づいてがっしりと掴む。
「逃がしませんよ? リュージ様が世界を渡る手段を知っていても、常に私がそばに居て阻止すれば良いだけなんですからね」
「こえーよ! あんたにそんな権利はねーからっ!」
「あんたじゃなくて、シルヴィアって呼んでくださいとさっきから言ってますよね? 大丈夫です。きっとうまくいきますから」
 俺の叫びを、王女は軽く無視する。
 それにしても彼女、こんなだから結婚出来なかったんじゃねーのか?
 俺が少しばかり失礼なことを考えたのが察知されたのか、王女はじっと俺の目を見て諭すように静かに語りかけてきた。
「確かに私は、施政者としてふさわしい人間とは言えないかもしれません。こんなご時勢なのに、満足に兵の配置も出来ませんでした。挙句の果てに、牢屋に閉じ込められて……でも、あなたは来てくださいました。私を救い出す力と知恵がリュージ様には備わっているんですから、異世界人でも構いません。むしろこの世界には無い知恵をお授けください。どうか、私に世界を救う補佐をさせてください」
 願望と欲望が入り混じった目を向けられて、俺は即答出来なかった。
 王女もこの世界を救いたいのだと、その時になってやっと俺にも理解出来たのだ。
 伊達や酔狂で結婚を言い出したのではないと、そう彼女は言っている。
 なのに、俺だけの都合で逃げ出して良いものなのか?
 俺は間違いなくへたれだと思う。でも、ちょっとくらいは俺を受け入れてくれたこの世界に恩返ししても構わないんじゃないのか?
 しばしの後、俺は無理やり言葉を搾り出してこう返した。
「……俺は、元の世界に帰りたいだけだ。世界を救えるのかは分からない。そんなことにシルヴィアはその身を投げ出すと言うのか? それに一時の恋は、いつまで続くか分かったもんじゃない。俺に幻滅することだって出てくるだろうし、そもそも互いの常識が違うんだ。お友達ならともかく、一足飛びに結論を出して良い結果が生まれるとは思えない」
「考える時間は十分にありました。牢屋の中って、体を動かすのに不自由するんですもの。リュージ様の礼儀正しい応対は守備隊のみなさんからも聞いていますし、帰り旅の間、楽しく話せていたではありませんか。あれがお見合い期間だったと思ってくだされば、むしろ遅かったくらいですよ」
 思春期にありがちな、思い込みだけの妄想大爆発かと思いきや、そこは王女だけあって多少は客観的な考慮もしていたらしい。
 それにしても、俺の応対が礼儀正しいだって?
 失礼な物言いしかしてなかったような気がするが、どこが良かったのだろう?
 そう尋ねたら、最初の挨拶時からですって答えが返ってきた。
 あの時、お見合いだと騒ぐテランナへ注意を与えたが、王女も彼女と同じ認識をしていたわけですか……
 もしかしたら、守備隊みんなが同じ考えだったのかもしれん。どおりで、昨夜の宴会でも祝福しかしてこないわけだ。
 逃げ道はなさそうに思える。
 反対の意向を示したのは王様だけだし、それも父親の立場から娘の結婚は寂しいと言っただけだ。
 俺の身上調査はとっくに済んでいて、だからこそ超高速で婚姻届が仕上がったのだろう。
 しかもこの話の嫌らしいところは、王女を連れて行かねばボスを倒すどころか時空の祭壇までたどり着くことさえ出来ない事実だ――ああ、帰れないかもしれない。
 俺が吐いた溜め息を聞き、王女はこう言ってきた。
「溜め息を吐いて良い時間は終わってしまいました。世界を救うには、民に希望を与えねばなりません。すなわち敵の撃退と、その後の世界観です。それには王家の人間と勇者が一緒になることの発表が好ましいと思うんです。もちろん、私自身が貴方を好ましく思うからこそ考え付いた手なんですけどね」
「それに俺が巻き込まれなきゃ、良い手だと感心するところなんだろうけどなー」
 希望、か。
 俺が異世界で生きていけるのも、帰れるだろうという希望があればこそだ。
 そして俺には、王女の意見を違えるだけの知恵も力も無い。
 ゲームのことなんて何も知らないこの世界の人たちが生きていくのにはどれほどの希望が必要なのかと考えたが、王女の手以上のことは俺には思い付かないのだ。
 テランナと話をした際は領民をだますことになるのではと考えていたが、実際に我が身へ置き換えたとき、希望が王家から伝えられなかったら俺はどうするだろうか?
 しばらく、しばらくのことだ。
 いつになるかは分からないが、暗黒の皇子を倒して、時空の祭壇を使えるようになって、その時には俺は……
 俺は苦笑した後、面と向かって王女へ告げた。
「あー、ごめん。これからしばらくの間、よろしくお願いします」
 俺の悩みはこの際後回しだとの声に、王女はニッと笑ってすぐに返事をしてきた。
「これからよろしくお願いしますね、だんな様」
 とたんにザワザワと寒気がする。
「あのさ、その言い方はやめにしねぇ? すげぇ恥ずかしいぜ」
 俺の茶化した乱暴な物言いにも、彼女は笑みを崩さなかった。
「ではこれは、二人きりの時だけにしますね」
「ちーがーうー。うう、意味なんてねーって言ってたくせに、色んな付加価値が付きすぎですよ……」
 一応は棚に置いたつもりだが、それでも俺の頭は破裂しそうだ。
 そんな俺へ、優しく王女は語り掛けてくる。
「確かに、恋に意味なんてありませんって言いましたけど、ただ貴方のそばにいるだけのことが、どれほどのことになるのか私自身にも分からないのですから、意味がありすぎて言い表すことが出来なくて『ない』って言うしかないんですよ」
 うわー、恥ずかしい。女の子にこんなこと言わせて俺どうすれば良いのよ!?
 明らかに、童貞に向かって告げる言葉じゃねーだろこれは。
 手を握られて、逃げたり赤い顔を隠したりが出来ない俺を、王女は、シルヴィアは嬉しそうに見た。
「大丈夫です。反撃ののろしは既にあがっていますからね」
 誰への反撃だよと突っ込むことさえ出来ずにもだえる俺の手は、タロー術で鍛えられた王女のそれでがっしりと固定されている。
 かろうじて動かせた視線の先では、窓の向こうで楽しそうに騒いでる街人が見えるばかりであったのだった。



[36066] その9
Name: 凍幻◆786b687b ID:be9ab252
Date: 2013/03/31 22:52
 かように多大なダメージを受けた俺であったが、その後休憩を挟んで、今度はパーティメンバー全員の招集をおこないました。
 既に公布をおこなったのだから、いつまでも落ち込んでいるなとハッパを掛けられたのですよ。
 ええ、もちろん王女からの指示ですがなにか?
 お前が言うなとは返答できないので、痛む頭を使ってテランナへ集まってくれとお願いしましたです。
 ただ、やってきた隊長とユーギンの二人は明らかに飲みすぎでして……俺も本当ならああやってけだるい体で一日過ごすはずだったんだけどなぁ。おっかしいなぁ。
 意思疎通が図れるようになるまで紆余曲折があったものの、ちょっとばっかり王女が強権発動したので今はテーブルを囲んでまずまずの雰囲気です。
「そうか、ならばさっそく出発じゃ-」
 だるそうな顔をしていたくせに、酒の効力が少し抜けたとたん、そんな言葉を発したユーギンはとっても嬉しそうですわ。
 また酒が飲めるぞとのたまうのは、出発式があるからとでも考えているのかね。
 まったくドワーフはお酒好きだなぁ。
「ああ、式典は無いからそのつもりでな」
 俺がそっけなく言ってやると彼はあからさまに驚いた顔をしたが、それも束の間、今度は疑惑の目を向けてきた。
「そうか、勇者はとっくに卒業じゃったか……いや、わしの勘違いじゃったか」
「何の勘違いだよ」
「なにがって、そんなもん決まっておるではないか。仕方ないんで前祝いとしておこう。酒はけちるなよ」
「卒業で前祝いって、何がどうなんだよ! あと、酒はやっぱり呑む気かよ!」
 いったいぜんたい、どこからこんなズレた発言を持ってくるのか分かりませんがな。
 そんなこんなで大声を出した俺へ、隊長がユーギンのフォローを入れた。
「いやすまない。我々と一緒に飲んで酔っ払ったはずなのに、一夜明けたら妙にスッキリしているリュージの顔が気になってな。それだけだ」
 それは無理矢理身だしなみを整えさせられた俺への嫌みですか。
 すまないと言いつつも、隊長の顔には笑みが浮かんでいる。
 ちくしょう、俺をまだからかうつもりですか。
 お前らみたいにさっきまで寝ていた訳じゃねーんだよっ!
 つうか、何を考えているんだこいつらは。俺は、真面目な話で呼んだはずなんだっ!
 うう、難しい内容の反論を叫ぼうとすると目眩がする。まだ酒が残っているのかなぁ……
 せめて目だけでも威嚇しようとジロリ睨んだ俺へ、今度はテランナが口を開く。
「本当に、昨夜はお楽しみでしたよねー。ええ、他意はありませんよ? ふてくされている姫様の世話を放り投げて酒盛りに加わるなど、メイドのあり方ではありませんものねー。ええ、まったく。ところで、これって今後の方針案発表の場ですよね? 目的と経路くらいは共有されるべきだと思うんですがー」
 おお、テランナが真面目なことを言っている!
 てっきりこいつも茶化すだけだと思ってたし、実際前半部分はそうだったのだが、すらすらと後半部分に繋げたからには本当に言いたいのはそっちなのだろう。そう思わせてくれ。
 ともかく、話の内容が謎理論でなければ答えやすい。
 俺は、ちょっとだけほっとして口を開いた。
「そうそう。テランナの言うとおりだ。俺が考えている旅の案をみんなにも示しておこうと思う」
 なのに、何故か俺をまじまじと見てテランナが驚く。
「えー、本当にあるんですかー? 姫様といちゃいちゃしていたはずなのにそんな時間があったとは……ええ、まったく思ってませんでした。驚きです」
 まてやこら。お前もからかいたかっただけかよ!
 俺が思わずうめくと、今度こそフォローするかのようにシルヴィアが苦笑して言葉を紡いだ。
「仕方ありません。だって祝い事ですよ? いつも噂されるくらい幸せになりたいです。早く愛ある関係を見せてあげましょうね、リュージ様」
 それ、全然フォローになってねぇよ……
 なんか、この場が俺をからかうためだけの場になってしまっている。
 なんで巻き込まれただけの俺がこんなにニヤニヤされなきゃいけないんですか。
 そこのシルヴィアも、他人事みたいに微笑んでいるんじゃねぇよ!
 さっき、一部とは言え唯一まともな発言をしたテランナへどうにかしろと水を向けると、彼女はやれやれと首を振った。
「だって勇者が居るからには、一番の関心事は姫様との結婚生活ですよねー。何も間違ってませんよ? だいたい、勇者は自覚が足りていません。もっと勇者らしい安心感を見せて欲しいものですー。性戦士って名乗るとか」
 もっともだとみんな頷いているが、その発言は最初から間違ってますからっ!
 そこ、勇者論の再確認が必要ですかとテキスト引っ張り出さないでっ。シルヴィアさん、あなたですよ!
 俺の制止を受けたシルヴィアはきょとんとしている。
 ああ、シルヴィアもテランナの勇者論を聞いていた人間だったっけか……
 今取り出されようとした書物には、誰が書いたか分からないが勇者とはかくあるべしみたいなことが書いてあって、俺も砦での訓練の際にテランナから見せられた記憶がある。
 厚みは無いが、非常に重要なものなんだとか。
 勇者をそんな風に一般論でまとめるのは間違っていると思うんだが……そんなことを思うのは、俺が色々な物語を読みすぎたせいなんだろうか?
 外国の、いわゆるヒロイックファンタジーの影響だけならともかく、今の俺にはこれまでのゲームや小説など様々な話が知識としてある。
 勇者らしいと言われる行動が、勇気と無謀をはき違えて時に破滅を招くことも含めてだ。
 このエルダーアイン界を含む夢幻の心臓の世界は、まだコンピュータゲームが一般的でなかった頃の作品なので、勇者の葛藤だとか敵の悲哀だとか、そんなものは一切無い。
 最終作だと主人公のお兄さんが出てきたはずだが、そこはそれ。まだその前作だからノーカウントッ。
 まさか葛藤を与えるために、何でこの世界に来たのか分からない人間の、その家族が引き寄せられるはずないよなぁ。
 ありえないだろうけど、日本の親がやってきて孫を見せてくれだなんて言ったら、泣くぞ俺は……
 それはそれとして、この世界で求められる勇者像は腕力上等の方向であるはずなのだが、実際に我が身へ置き換えると、ちょっと体力的にはつらいと思う。
 俺みたいなサラリーマン崩れに、何が期待出来るんですか。
 そんな人間が必要なら、最初から俺以外の人間を召喚しておけってんだ。まったく。
 俺が遠い目をしている間、みんなはめでたいとシルヴィアをたたえるだけで誰も旅の本筋に触れようとはしない。
 はて、本当に暗黒皇子を倒す旅だってことを理解してくれるのだろうか?
 姫の醸し出すなごやかさで場が終わりそうな雰囲気を変えるため、俺はとにかく、と声を大きくして机を叩いた。
「目指すは暗黒皇子の打倒! そのためには四つの石、神聖剣、角笛の確保が必要だっ!」
 それを聞き、初めておお、と呟きが漏れる。
 こいつら、俺が何にも考えていないと思ってたな……
 シルヴィアまで驚きの目を見せてくるんだが、あんたがそれをあらわしちゃマズイでしょーが。
 俺の無言の注意をくみ取ってくれたか、シルヴィアはこほんと一つ咳をした後で、さりげなく口を開く。
「神聖剣は分かります。ドワーフ作の、伝説となっている剣ですよね。確か『さまよえる塔』に隠されているとか」
 歴史は不得意だとか言っていたはずだが、それは知っていたらしい。
 シルヴィアが真面目な話をしたことで、話に出たドワーフの一員としてかユーギンがしゃべり出す。
「あまりの強さに、ドワーフ自らが封印してしまった伝説の剣じゃな……ふむ。暗黒皇子対策としては、必要になるかもしれんな。ただ、それがあるのは族長が認めないと入れない塔じゃよな。わしの権限ではどうにもならんぞい」
 こいつら、これまでは本当に俺をからかって遊んでいただけですか?
 変わり身の早さに、少し目眩がしそうですよ。
 しかし、怒鳴ってもほっとしても目眩を覚えるって、俺はどれだけ疲れているんだ。
 とりあえず真面目な雰囲気になったので、俺はようやっと話せると思いみんなを見た。
「ユーギンが駄目でも、シルヴィア王女が頼んだらどうかな? 世界のためなら塔へ入れてくれると思うんだけど」
 ゲーム時では強制的に塔の開閉時必要アイテム、金の指輪がドワーフの長老から押しつけられるのだが、このリアル世界でもそうしてくれるかは分からない。
 それに、開閉アイテムがその指輪で良いのかも分からない。違うアイテムになっていたら……その時はその時かな。
 ユーギンの言葉では権力争いになる可能性もありそうだけど、面倒ごとは嫌だよなぁ。
 土下座したら貰えるとか……いや、それこそまさかだな。うん。
 あと、この指輪以外にも、他人から手に入れるべきアイテムがある。
 俺はそっちの話もしておこうとテランナへ目を向けたが、彼女は少し考え込んだ後、不思議そうに見つめ返してきた。
「世界のためって言いましたけど、子作りとどう関係あるのか、まったく分かりませんですよー」
 こ、このメイドはどこまでも駄メイドなんですか!?
 空気が変わったのをさっぱり読まない彼女は、そう発言したのだ。
 いや、真面目な話になったのを理解してわざわざボケたことを発言したんだろうか。
 いたずら好きとかおしゃべり好きとか、シーの種族的特徴をきっちり表している彼女はとっても魅力的ですよ。ええ、シーとしてですが。
 それはともかく、俺は彼女の返答を無視して逆に質問した。
「テランナもシーであるからには、シーの宝物、コンパスも必要になるのは分かるよな? 他でもない、お前に頼むんだから頑張れよ」
 しかし、それを聞き、テランナは口に手を当てて考え込んでしまった。
「コンパス、コンパスですか……? はて、私は知りませんけど?」
「おいおい、シーの宝物なんだから聞いたことくらいあるだろう? 知らない振りしてるんじゃねーよ」
 ゲーム時においてだが、この世界は特定の人を雇わなければ最後の敵に辿り着けない仕組みになっている。
 シルヴィア王女がその人だが、他にももう一つ、グリックと言うシーを雇わなければならない事情があったりもするんだ。
 それが、このシーのコンパス入手イベント。
 彼はドワーフの長老と違って何の権限があるのか分からないが、重要アイテムであるシーのコンパスを持っていて、主人公がそれを手に入れるためには彼を雇わなければならないんだ。
 それで、このコンパスが何に必要なのかと言うと、さっき発言のあった『さまよえる塔』を探すのに使うんだよ。
 この塔は、森の中を文字通りフラフラと動き回っていて、普通に歩いていると視界が悪いためにいつまでもたどり着けない状態になってしまう。
 そのため、東西南北へ微妙に移動しながらシーのコンパスを使って塔を探さねばならなかったりするんだ。
 コンパス自体はもう一個あって、そっちはエルフの世界にある大きなダンジョンの中で鎮座している。
 なので、グリックさんを雇うのは必須イベントではないんだけど、剣をさっさと手に入れてから該当ダンジョンを捜索したほうが戦いやすいので、俺は彼から貰う方をずっと選択していたってわけだ。
 ただ問題もあって、彼を雇ってコンパスを持ち替えたら、即座にさようならって言う酷いイベントであったりもするんだよね。
 いやさ、彼を雇い続けても特段不利になったりはしないんだけど、彼は賃金が必要なんだよなぁ。
 彼が居るシーの村へ向かう時点ではほとんどパーティメンバーが固定されていたりもするので、わざわざ彼とメンバー変更するメリットも無いし。
 気になることと言えば、俺の探し方が悪いのか、イベント後に彼には二度と会わないっつーか会ったことがないことかな。
 ただのゲームだから、昔はそんなものかと思っていたけど、リアルになったこの世界ではどうなんだろう。
 さよならされて勝手に悲嘆して、悪い噂をばらまかれでもしたら凄く困る。
 俺は最終的に元の世界へ帰るだけだから良いけど――いや、本当に帰れるかは分からないが――残されたみんなに迷惑掛かるのは後味悪いよね。
 夢だと割り切れれば良いんだけど、今更だよなぁ。
 だから、この世界の住人であるテランナ経由で手に入れられればちょっとは気が楽かななんて思ってたわけだ。
 こうやって長々と細かいところを思い出していたんだが、その間うんうん考え込んでいたテランナは、ああとようやく声を出した。
「もしかして、姫様が持っているのがそれですかね?」
「えっ?」
 なんでシルヴィアが持っているんだ? わざわざ『シーの』コンパスって名前が付いているのに、人間のシルヴィアが持っているって意味不明だろうが。
 俺は驚いてシルヴィアを見たが、当の彼女もきょとんとしていた。
「テランナから貰ったコンパスですか? それですと、ええと、あの確か『永久運動ですー』って言われて渡されたものでしょうか?」
 永久運動って何ぞそれ。
 普通のコンパスは、針で南北を指し示すものだ。だから動きはほとんど無いはず。
 この世界でもそうなのか確かめたことは無いけれど、コンパスと言う単語が普通にあるならば、たぶんそうなのだろうと思う。
 なのに永久運動とは、もしや針が延々と回り続けている状態なんだろうか?
 俺はともかく見てみようと答え、半信半疑のシルヴィアに探してもらうことにした。
 もちろん、一国の王女の部屋を我々庶民が捜索出来るわけもなく、男のメンバーはおとなしく待つことにしたですよ。
 そもそも、異性の部屋捜索だなんて童貞の俺に出来るはずも無い。
 宝物程度ならともかく、女性専用物品が出てきたら大変だ。俺が変態になってしまう。
 あれ? 結婚公布してるんだから構わないのか?
 夫としては妻の……いかん、そんな見え透いた罠に掛かっては駄目だっ!
「勇者もいい加減、慣れるべきですよねー」
 そんなことを探索前に平然とのたまったテランナからの誘惑に耐え、待つこと十数分。
 シルヴィアは、首をかしげながら長方形の物体を持って現れた。
「これでしょうか? 未だにくるくる回ってますけど……」
 当時のゲーム機では斜め矢印が表示出来なかったため、上下左右を二つ表示して塔のある大まかな方向を表示したのだが、このリアル世界では普通のコンパスが一つあれば事足りる。
 そう思ってたんだが、彼女に見せられたものは、長方形の金属板にコンパスの針が二つ付いたものだった。
 ご丁寧にガラスみたいな透明の板で覆われているのだが、二つの針が別個に覆われていたりもする。
 なんで表示用の針が二つも必要なんだよっ!
 こんなところでゲームと同じ風に作られていても、逆に違和感があるよなぁ。
 そして一番の違和感は、シルヴィアが言ったとおり二つの針がぐるぐると回り続けていることだ。
「なんか、エルダーアイン界に来たらこうなっちゃったんですよねー。でもほら、キラキラと光を反射して綺麗だと思いませんか?」
 凄いスピードで回り続けているものだから、光の当て方によっては発光しているようにも見える。
 回り続ける二つの円。それが一つの板にくっついている……なんだろう、この既視感は。
 昔見た何かに似ているんだがと額に指を当てたら、パッとひらめくものがあった。
 ああ、あれだ。
「変身ベルトじゃねーか」
 三番目の人が腹に付けているあれに似ているんだ。
 針の間にアルファベットのブイがあれば完璧だな。
 一人頷く俺をユーギンは怪訝そうに見たが、彼はいきなり俺へ指さしながら大声を放ってきた。
「まさか、勇者はあと二回も変身を残していると言うのかっ!」
「ちげーよっ! あと、なんで回数指定されるんだよっ!!」
 どこのノリだよこれ。と言うか、何でファンタジー世界で変身の概念が理解されるんだよ。
 日本語が通じるだけで本当は異世界なんだと頭では思っていたつもりだが、この分だと日本のサブカルチャーでさえあらかた通じてしまうかもしれない。
 王家は電波が受信出来ると言っていたが……まさかそれだけで一般人に通じるものでもなかろう。
 いったいぜんたい、この世界は誰が作った世界なんだろう?
 俺が知ってるゲームに似ていて、日本語が通じて、驚くべき事に俺に好意を持つ人さえ現れる世界――
 どこぞの神が作ったと言うよりは、俺の妄想が現実になったとしか言いようがない世界とさえ感じてしまう。
 そんな都合の良い世界、俺以外の誰が用意出来るのだろうか。
 そんなはずは無い、と俺は頭を振った。
 俺はたまたま出来た世界のヒビかなんかに入り込んだだけだ。
 世界補正で招かれたとか死後の世界だとか、ありえないはずだ。
 目的の物を見たはずなのに、暗い目をしてしまったのを気付いたのだろう。
 シルヴィアが俺へ不安そうに声を掛けてきた。
「あの、リュージ様。もしかして突っ込み疲れが溜まったのでしょうか?」
「いや、そんなことじゃないんだ。っつーか、そんなこと思うなら、みんなしてわざわざ笑いを取るんじゃねーよっ!」
 しかし、その意見は幸いと言うかズレていると言うか、俺の内心を表したものではなかった。
 更に疲れそうな言葉なのに、妙に安心を感じて返答すると、ユーギンはなぜか驚いた。
「馬鹿な。わしの突っ込みがお笑い用だとバレるとは……」
 まて、そんな驚きされるほうがもっと驚きだわ。
「ところで勇者よ。『変身』ってなんじゃ?」
 一転して真顔になったユーギンの更なる言葉に、俺は頭痛を覚えた。
 意味を知らずに使うのは、駄目だって親御さんから教えられなかったのか? それともワザとなのか?
 俺は、痛みでそれは後にしてとぞんざいに答え、くだんのブツを手に取った。
 裏返すと、カタカナで『シー』と彫ってある。
 種族の名前でシーなのか、英語の『見る』でシーなのかは分からないが、たぶんこれが『シーのコンパス』なんだろう。そう思うしかない。
「シルヴィア、ありがとう。これで神聖剣が探せると思う」
 一応は礼儀としてシルヴィアにお礼を言うと、彼女は微笑んできた。
「これで子宝も探せると良いですよね」
 それ『宝』違ぇーよっ!
 妙齢の女性から下ネタ言われるなんて、罰ゲーム受けているみたいだぜ……
 すごく残念そうな顔をした俺は、みんなからなんで変な顔をするのかと不思議そうな顔を向けられてしまったが、しょうがないじゃないか。ちょっとばっかりダメージでかすぎですよ。
 思い切り溜め息を吐いた後、俺はまた場がからかいモードにならないよう、慌てて言葉を紡いだ。
「ところでこのコンパス、こんなに回るようになったのはエルダーアインに来てからで良いのか?」
 さっきそう言われたような気がするが、もう一回念のため確認する。
「ええ、そうです。私に貢がれ……奪い取っ……もとい、貰った際はこんなになってませんでしたですね」
 ああ、そう言う経緯なのね。
 俺は本物かどうかの判定材料として聞こうとしたのだが、思いがけず何でテランナへ引き継がれていたのか、おおよそだが理解してしまった。可哀想に……
 童貞のよしみで同情しておく。
 お前が言うなって? いや、俺にだって人に言えないあれとかこれとかあるんだよっ!
 一人虚空に叫んだ後、俺はそっとシルヴィアへコンパスを返した。
「えっ? リュージ様がお持ちになるのではないのですか?」
 彼女には不思議に思われたが、さっき考えた経緯がそうだとしたら、俺が持つのは抵抗があるんだよね。
「俺だと無くしそうだし、大事に取っておいたシルヴィアにこれからも持っていてもらいたんだけど、駄目かな?」
 しがらみには触れないようそう答えると、シルヴィアは素直に頷いてくれた。
「はい。それではリュージ様が必要になるまで持っていますね」
 彼女は託された嬉しさを表したが、隣でテランナがハンカチを握りしめているのは見なかったことにする。
「私が姫様へ渡したのに……ギギギ」
 いや、お前のその感情はちょっと違うから。
 俺は、テランナが俺とは関係ない場所で幸せになってくれると良いなーと思いながら、ともかくと声を出した。
「これで行き先も決められるな。明日はアストラルの洞窟経由でエルフの世界に旅立とう。防具新調したら神聖剣探しだ。外交はちょっと大変だと思うけど、まあ、王女が居れば大丈夫だと思うなぁ」
「はい。お任せください」
 シルヴィアはにっこりしたが、ユーギンはちょっと不満そうだ。
「武器はどうするんじゃ? 勇者が持っている剣ではトロール相手だとつらそうじゃぞい」
 ああ、それがあったよな。
 なんかてっきり既に城の倉庫をあさった気分になってしまっていた俺は、ちょっと文面を考えてから答えた。
「えーと、それはこれから王様にお願いして、宝物庫にある優秀な武器を見繕って貰おうと思うんだ」
 エルフの世界には、先日まで一つの壁と考えていたサイクロップスよりずっと強い青肌巨人トロールが居る。
 それも一つの世界を侵略しているだけあって、お城を構えたり、普通にフィールドをうろついていたりするんだ。
 このエルダーアイン界のモンスター相手で強い気になっていると、全然ダメージを与えられなくてどこにも行けず、絶望が待っていたりする。
 だけど、この城には今使っている大型剣より強いカタナがあって、それを持って行けばなんとかやり過ごせると思うんだが……
 俺はシルヴィアに尋ねた。
「ところで宝物庫って、まだ武器あったりするの? 俺が強い武器欲しいって言ったら、貰えたりするかな?」
 昨夜の王様との会談では、その話はしていなかった。
 シルヴィアをいかにして俺へ押し付けるかの話が主で、褒美の話は出来なかったのだ。
 ゲーム時では宝の他に金貨千枚も貰えたんだけど……シルヴィア王女発行の報酬受領書が既にあったりするんだよねぇ。
 王様からも褒美が欲しいなんて言っても大丈夫かなぁ。
 いや、必要経費とか祝い金とかを建前にすれば何とかなるかも?
 俺は少々の期待を込めて尋ねたのだが、シルヴィアは残念ですがと首を振ってしまった。
「少し前に、ほとんどを兵士へ配給し直しましたので、残っているのは少ないかと……ただ」
「ただ?」
「一番良いのは私が既に貰っているんですよね♪」
 それのどこが残念ですがなんだよっ!
 内心で叫ぶくらいにしか力無くなり机へ突っ伏した俺を、シルヴィアは不思議そうに見た。
「宝物庫を漁るより確実だと思いますけれども、何か疑問があるのでしょうか?」
「いや……無い、かなぁ」
「そうですよね」
 シルヴィアはそう俺へ確認してくるが、何と答えたら良いのやら。
 お城にある一番良い武器はカタナのはずで、それは既にシルヴィアのものになっている、と。
 記憶では、ゲーム時王女の武器はそんなに良いものは装備出来なかったはずだけど、腕力で無理矢理装備したのかなぁ。
 テランナは、ゲームでのように僧侶だから剣は使えないと言っていたはずなんだが、どうして違いが出るのやら。
 それはともかく、シルヴィア一人がカタナで他が大型剣ではあのトロールに押し切られる可能性があるので、念のため再確認してみる。
「それでも、俺たちが使えそうな武器が何か少しは残ってないかなぁ」
 そう尋ねたら、シルヴィアどころかユーギンも不思議そうな顔をした。
「勇者よ。わしが言ったのは、勇者の分だけじゃが?」
 え? みんなの分は?
「ユーギンたちも剣の持ち替え出来ないかなーなんて思ったんだだけど、俺一人だけなの?」
 そう答えたら、ユーギンは腰の剣を叩いて口を開いた。
「わしのは魔法の剣じゃから、トロールでもぶった切れるぞい」
 ありゃ? 魔法の剣ってなんだっけ。そんなのゲームであったかな?
 俺の驚きを感じ取ったテランナが、ありがたくも助け船を出してくれる。
「エルフ作の剣ですー。大型剣より切れ味が優れていて、一部の兵士には支給していますですよ」
「そんなもん持っていながら、なんで砦が陥落するんだよ……」
 謎です。果てしなく謎です。
 兵士が大型剣より強い武器持っていながら、なんでアーケディア砦が陥落するんでしょうか。
 そして、王女がカタナを装備しておきながら幽閉される事態になったってことは、それより強いモンスターが居たってことじゃないですかー。
 もしかして、エルフの世界ではトロールなんぞザコに過ぎないとか……?
 やべぇ。俺行きたくない。
 げんなりした俺を見かねて、テランナが励ますかのように疑問に答えてくれた。
「魔法の剣を配布したのは、姫様が捕まった後ですよ。高価ですし、それまでは普通の剣で問題なかったですしねー」
「とすると、シルヴィアの剣もその時は普通の剣だった?」
「恥ずかしながら、その際はあんなことになるとは思ってませんでしたので、装飾大目な普通の剣でした。カタナを持って行けばと後悔したものです」
 こちらの答えは、シルヴィアだ。おてんば姫でも、慰問で行くのに実用一点張りの剣は持っていけなかったらしい。
 ん? カタナって実用優先の武器だっけ?
 日本のカタナは、実用品でありながら芸術品でもある。同じ名前ならそうなんだろうけど……はて。
 俺の疑問を感じ取ったシルヴィアが、すっと腰の剣を見せてくれる。
「おお、これはまさしくカタナだ……すげぇ」
 名前はさっぱり分からないけれど、本とかで見た日本刀とそっくりに見える。
 片刃なので、両刃のいわゆる西洋剣とは使い方が違うはずなんだけど、使いこなせるのは特訓したのか身体能力がそもそも違うのか……うう、うらやましい。
 じっと見ていると、不意にシルヴィアが言った。
「さすがにこれはリュージ様へも渡せませんからね。ずっと欲しかったんですから」
 何でも、代々受け継がれてきたものなんだそうだ。実戦で使ったことは数えられるほどとも。
 そんなの振り回して大丈夫なのかなぁ。壊れたら替えがないんじゃね?
 俺は率直にそう思ったが、それへシルヴィアは反論してきた。
「すっと刃を入れればスパッと切れますので問題ありませんよ。それくらい出来なければ渡して貰えませんし」
 なるほど。練習はしてるのね。
 俺が頷くと、更に彼女は続けた。
「お肉でも野菜でも、何でも切れますのでご心配なく。さすがに人の繋がりは切れないのですけれども」
 そんなもの切れるほうが怖ぇーよっ!
 がくぜんとした俺へ、シルヴィアは何で驚くのかと不思議そうな顔を見せる。
「水面に浮かべた野菜を切ることくらいは出来なければ半人前だって言われていましたけれども……もしかして、出来ませんか?」
「無理です」
 カタナの修行も例のタロー術に含まれているのだろうか? そりゃ、辞めていく人がほとんどなのも無理ないわー。
 どこぞの包丁人の奥義会得するまで皆伝じゃないなんて、一般人じゃ無理だからっ!
 しかも、さっきの言い方では、まるでカタナを料理にも使用しているみたいじゃないか。
 切れ味素晴らしいのは分かるけど、美術品としてのカタナを知っている俺としては、ちょっと泣けてくるぜ。
「修行時に使っていたのは、さすがに別物ですからね。まあこれからは、リュージ様への料理にも使わせていただきますから少しは料理の腕も上がると思いますよ。良い道具を揃えるのが基本って言いますものね」
 何かが違うと思って横目でテランナを見ると、俺と目が合った瞬間、彼女も無言で首を振ってくれた。
 良かった、仲間が居て。それがテランナだと言うことが果てしなく不安ではあるが、仲間は仲間だ、うん。
「……姫様の獲物が良いのは分かったんじゃが、肝心の勇者のはどうするぞい?」
 あきれた風にユーギンが尋ねてくる。
 俺もどうしようと思っていたのだが、それへシルヴィアがあっさりと答えた。
「お父様の魔法の剣を強奪……もとい、泣き落としで譲ってもらえば解決ですよ。後で楽しみにしていてくださいね」
 ああ、シルヴィアが何か黒いよ。その黒さが結婚を遠ざけたと何で分からねーのかなぁ? いや、もう既に俺と婚姻届出してるから問題無いのか……
「すると問題は、さっきの発言にあった四つの石が何なのかですねー。伝承にも無いものをあげるからには、そうとう変なものなんでしょう?」
 ああそうか、ゲーム知識で既に答えを知っているから堂々と口にしてしまったが、基本的にこの世界の人は知らないんだよな。
 俺は、黒い石は王様も知っていると前置きしてから答えた。
「黒い石が魔人の世界に行くため必要で、あとは精霊に会うとき必要になるんだ。赤と緑、それに青の石だな。古い文献には何かしら書いてあると思うけど?」
 さすがにゲームで知っていたなんて言えず、はぐらかしたが、案の定みんなは少し考え込んでしまった。
 そして、あの、と最初に口を開いたのはシルヴィア。
「それって、努力と友情と勝利って言うのではないのでしょうか?」
 およ、それは違うぞ? 色が付いているって言ったのに、何でそう考えるのかなぁ。
 でも、俺が間違っていると答えるより早くテランナとユーギンも口を開く。
「違いますよ姫様。赤と青なら、残りは黄色に決まってます」
「わしは、赤と緑で、残りがオレンジになると思うんじゃがなぁ」
 光の三原則が知られているのに少し驚いたが、それ以外は何なんだ。ユーギンはファイターだからの発言らしいが……よく分からん。
「まあ、そのうち分かるから気にしないでほしい。あと、黒の石は王様が何とかするみたいなんで、俺たちが探すのはそのほかだな。後は明日からの旅に備えて必要なものを揃えようか」
 実物見ないと良く分からないかもと俺がそう言ったら、みんなは何が違うのかと疑問には思いながらだろうが一応は頷いてくれた。
 ユーギンだけは、さすが勇者じゃと完全に納得しているようだ。あれだけで納得するなんて、ある意味うらやましい。
「ふふふ……やはり勇者の言動は謎なんですねー。これは伝記に書くべきことがまた一つ増えましたですよ」
 だがしかし、テランナはそんなことを言って納得しながらも毒を吐いている。
 自身としてはぼそっと言ったはずなのだろうが、妙に大きく聞こえてしまうのは俺の被害妄想ですか?
 しかもちょっと身震いをしていたら、彼女は目でシルヴィアと頷きあっているではないか。ああ、何を書くつもりなんやら。
 そして、途中から言葉が聞こえなくなっていた隊長はと言うと、よく見たら目を開けたまま寝ていた……
 思わず彼の頭を殴ってしまったが、その心情は理解してくれるだろう?
「む、終わったか。では勇者に着いていくので、指示を頼むぞ」
 しかも、起きた瞬間にそんなことを言ってくるので、お前は会議のやり過ごし方を熟知したサラリーマンかと言いたくもなるわ。
「あんた、隊長職をやっていたのに、俺へ責任丸投げなんですか……ちょっと怠慢じゃありませんか?」
 そう文句を言ったら、これは必要なことだと逆に心得を述べられてしまった。
「眠れるときには寝る。それが正しい冒険者のあり方だ。寝不足で遅れをとったら大変だからな。決して酒のせいじゃないぞ」
 あんたそれ、言外にまだ酔っ払っているって言ってるだけじゃ……いえいえ、違いますよねー。こんちきしょう。
 悔しいが、暴論を述べるときの隊長は妙に迫力があったりするんだよね。
 そんなんじゃ隊長職なんて勤まらないだろうとぼやいたら、既に隊長ではないから問題ないとのお返事。
 っくぅーっ。泣けてくるぜ。
 隊長は結論だけ聞いて中身をスルーし、テランナは鋭い突っ込みをしてくるが謎で締めくくる。
 ユーギンは勇者だからと何でも納得してしまうし、シルヴィアに至ってはどの方向からでも俺を夫へ仕立て上げようと茶々を入れる。
 やっぱりと言うか、それしか出来なかったと言うべきか、ただ旅の方針を伝えるだけでこんなにも大変だったからには、これからもそうなんだろう。
 この、かなり癖のある仲間と、果たして俺はうまくやっていけるのだろうか?
 ゲーム時では仲間との会話が無かったから、少々新鮮ではあるけれど、根本的なところで何かが違うような気がしてならない。
 以前感じた、無理かもしれないとの思いが再度よみがえってくる。
 旅の目的を聞いてもまるで緊張感の無いパーティメンバーに、俺は先行き不安で頭を抱えるのだった。



[36066] その10
Name: 凍幻◆786b687b ID:be9ab252
Date: 2013/06/13 20:03
 旅の準備は、一部を除いてようやっとだが終わった。
 そうなれば当面の食料と武器、ラスボスまでたどり着けるはずのメンバーを率いて、堂々と勇者は旅立つ……はずなんだが。
 俺は式典も行進もしないで、こそこそと逃げるように出立する手はずを整えていた。
 いやだって、街人総出で見送りたいとか言われても、小市民の俺では対応出来ませんからっ!
 それでも王家のみなさまはさすがに見送ろうと城門まで頑張って来ていたけれど、仕事があるからとみんな見つかり次第引っぱられていき、最後まで残ったのはまだ小さい末の妹さんのみ。
 だから大げさなことは何も無いだろうとほっとした俺へ、見送り代表となったその姫はこう言ってきた。
「おねーちゃんを不幸にしたら呪いますので気をつけて行ってきてください」
 怖ぇーっ!
 あの姉にして、この妹ありと言うことなのだろうか?
 この世界に呪いの呪文は無いはずなのだが、王族は電波受信出来るので、それで言ってくるのかなぁ……
 シルヴィアも呪うと言ったことがあるし、もしかして呪いの概念はこの世界でも常識の範囲内になっているのかも?
 微妙な顔をした俺の顔を見ながらニッと笑ったその末姫は、言葉をこう締めくくる。
「もちろんこれは私なりの激励ですので、勇者はなすべきことを頑張ってくださればと願うばかりです。最後にもう一回、おねーちゃんをお願いしますっ! ……私が楽できますので」
 それが激励の挨拶かよっ!
 本音だだ漏れの言葉に俺は思わず頭を抱えそうになったが、何とか持ち直して返答した。
「約束は出来ませんが、尽力することを誓います」
 具体的なことを述べない曖昧な返答だが、ぼやかしておかないと言質を取られかねない。
 末姫の笑みもシルヴィア同様可愛らしいのだが、すごく黒く見えるんだよねぇ。
 姉の配偶者へ初対面であるにも関わらず言いたいことが言えるのは、美徳と言うより悪癖に近い気がするんだけれど、そう返しても何かボロクソに言われそうな気がする。
 まさか、王家の一員であるからには、さすがにそこまでは行かないだろうが……いや、分からん。
 ここはきちんと口を噤んでおくべきだと思う、うん。
 俺がきっぱり口を閉じているため、末姫はちょっと拍子抜けみたいな顔をしたが、すぐにもう一回笑い顔となった。
「よろしくお願いします」
「はい」
 この短いやり取りの間にバリバリと電流が流れた気がしたが、そんなことは無かった。そう、無かったのだ……!
 それはともかく、これだけ念を押すってことはこの人個人にも何かあるのかなと、ふと疑問に思う。
 まさかとは思うが、この姫も男縁が無いとか、そのまさかだよね?
 ほんの少しだが嫌な想像を抱いてしまいまともに顔を見られなくなったため、ついとその姉であるシルヴィアを見れば、彼女は妹のあんな言葉へ何故か感激しているようだった。
「うう、おねーちゃんも逃がさないよう頑張ってくるから待っててね」
 頑張るところが違うとこちらへも突っ込みたいが、それを言い出すと泥沼にはまりそうなので、俺はやっぱり口を挟むのを止めた。
 どんな返しが待っているかが分からない。さっきみたいな、とっさの予感は大事だよね。でもいい加減、胃薬が欲しいんんだけど……はぁ。
 自分を無理やり落ち着かせ、他の人は何かあるかと見れば、ユーギンと隊長はこちらを見ても無言で頷いただけだった。
 それが、俺の予感に同意でなのか何も言いたいことが無いことでなのかは分からなかったが、シルヴィアへの突っ込みが無いだけでありがたい。
 いつも俺との仲を茶化すテランナでさえも、今はびしっと背筋を伸ばしているだけで言葉を発しようとはしない。
 まあ、王族の前で臣下が勝手に発言出来る訳もないか。
 普通はそうだよなと思うが、これまでの実績的に何かありそうで、俺はしばし待った。
 沈黙が二分ほど続いた頃だろうか、感動から立ち直ったシルヴィアが、おもむろに声を発する。
「それではみなさん、行ってまいります」
 そして、深々としたお辞儀。
 俺も慌てて一礼すると、わっと拍手が舞い踊った。
 うう、凄く恥ずかしい。俺なんか、勇者の器じゃないんだけどなぁ。
 式典を拒否したので、ここに集ったのは僅か十人ほど。
 その中で出来る限りのことをとの思いからの見送りらしいが、その思いが純粋であればあるほど俺は申し訳なくなる。
 だって、ことが終わったら他の世界へ帰りたい俺なんだぜ?
 それなのに、こんなに期待されて、何を返せるんだろうか。
 ゲームの知識を基にしているだけな俺の、その心中を知ったなら、みんなはどんな反応をするんだろうか。
 シルヴィアは「それでも良い」って言ってくれたが、同時に俺へ「帰さない」とも言っている。
 だんだん、ここがゲームの世界なのか本当の異世界なのか分からなくなっている自分が居るので、歓待してくれるならそれもありかなんて言い出しそうで怖いよ。
 何のために俺はここに居るのか――
 その言葉は、決して口にしてはいけない言葉だ。
 なのでこの場では、後は何も言うことが無くなってしまった。
 シルヴィアを再度見ると、彼女は黙って視線を門の向こうへとやる。
 声にならないけれど、それでも励ましの声が聞こえたような気がして、俺は向こうへ歩き出した。
 前へ、その先へ。ようやっと旅が始まる。
 ボスを倒せるかは分からない。見送るほうとしてはそれを期待しているだろうが、俺ごときが約束しても戯れ言にしかならないだろう。
 勇者認定されたとは言え、俺はまだ新米なのだ。シルヴィア王女の言葉以上に訴えかけられるはずもないし、その王女は約束をしなかった――それで大体は察することが出来るだろう。この旅の困難さに。
 まあ、俺の中での難しいこと最上位は、このメンバーを率いること自体だったりするんだけどね。
 俺は、ゲーム時同様街の薬屋に置いてなくて準備出来なかった胃薬を残念に思いながら、暗黒皇子討伐の本格的な第一歩を踏み出したのだった。




 あれから二週間ほど経った頃。
 俺たちは次の目的地、アストラルの洞窟にたどり着いたが、その前で俺は少し考え込んでしまっていた。
 ここまでの旅は順調だった。
 ゾンビは既に雑魚になっていたし、初期の強敵であるゴブリンの群れとも出会っていたけれど、剣が強くなったせいもあってあっさり倒せていたりする。五人パーティなので複数相手は無かったしね。
 で、ゴブリンは俺も一匹倒したんだけどさ、シルヴィアが軽い調子で屠っていたのを見て俺は愕然としてしまった。
 そんなに強いんなら、何で捕まったりしたんだよっ!
 納得いかなくて疑問を彼女へぶつけたら、あの時は金ぴか鎧の凄く強いやつが居たんだそうだ。
 そいつに剣を切り落とされた後、蹴り飛ばされて気を失い捕まってしまったとのこと。
 女性を蹴るとは許せん……しかし、今の俺じゃ相手にならないよなー。
 いくらその時シルヴィアが持っていたのが量産された剣だったとは言え、刃物を切り落とすとはただ者じゃない。
 カタナなら大丈夫だっはずですとシルヴィアは言うものの、レベル低いままじゃ相手にならないんじゃねと素直にそうも思う。
 ゲームの情報を思い返すと、該当しそうな相手はゲーム時にも居た。
 たぶんそいつは、ダークナイトだったんじゃないかなと思われる。
 金色鎧なのにダークの名前が付いているのは果てしなく謎だが、暗黒皇子の分身体であり、中ボスでもある強いやつだ。
 全員で十一人い……じゃなくて十人おり、一人が幽霊船に、後の九人は魔神城に居る。
 そいつら全員を倒さないと、暗黒皇子を絶対倒せない仕掛けになっていたりもするんだよね。
 ゲーム時、奴らは強いからって放置した結果、倒したはずの暗黒皇子が復活して悩んだことがあったっけなぁ。
 きちんと住民の話を全員分聞いておけばこの謎はすぐ解けるんだけど、最初の頃に街巡りしちゃうとうっかり忘れるんだよ。
 終盤の謎なら、きちんと終盤にしか聞けないようにしておけってんだ、まったく。
 しかし、シルヴィア王女が捕まったのは、そう言う訳があったからなのか。
 ゲーム時は背景が語られていなかったため、捕まえた理由も幽閉だけで済んだ理由も分からなかったが、相手としては一応は筋が通っているらしい。
 らしいと言うのは、幽閉した理由が本人にも聞かされていなかったためだ。
 俺が最初に考えていたのは魔神世界の精霊封印関係だったのだが、そんなことはやらされていないと言う。
 では、エロいことでなのか! と思ったけれど、違いますからねと釘を刺されてしまった。
「リュージ様だけになら、今すぐにでも構わないのですけれど、どうでしょう」
「勘弁してください」
 向こうが押し倒す気満々なのは、何ででしょうか?
 こんな見え透いた罠に引っかかっては駄目だと思いつつも、上目で可愛らしく微笑まれるのは童貞にとってかなりのご褒美です。
 それでもまだ一線を越えなくて済んでいるのは、彼女が自重してくれているからと、俺がへたれだからです。
 比率で言うと、八対二くらい。
 つまり、彼女がそう考えたなら、俺なんてすぐにでも食べられてしまう状況ですよ。
 自重しているのは、旅の間に大きくなったら困るからと……うん、それなら終盤まで大丈夫だよね。いや、終盤になったら危険信号と言う意味かもしれない。それまでには俺自身を鍛えないと。
 でもさぁ、腕力でも技術でも劣っている俺なので、こんな俺を何で慕ってくれるのかが分かりませんですよ。
 知識のほうも、シルヴィアは電波を受信出来るので、わざわざ俺に聞かねばならない事はほとんど無かったりもする。
 ほんと、勇者認定って何で必要なのかね。
 あと、王族の電波うんぬんの割にこの世界の技術力が現代日本より劣っているのは、何でも急激な変化は好ましくないとの理由があるからだそうな。
 俺なんかは楽ならいいかなんて思うんだけど、施政者としては駄目なんだとか。
 銃も既に量産出来るらしいが、事が終わった後のことを考えると歯止めが必要らしい。良くは分からない。
 このエルダーアイン界を含む神聖十五世界の中には、銃どころか宇宙へ進出している世界があるって言うのに、ずいぶんとのんびりした話だなぁとは思う。
 だけど俺が居た元の世界においては、工業化した途端に環境が悪化へと一直線だったのも事実。
 そこまでは望んでいないってことなんだろう。
 相手に合わせた対処で済むならそれで良し。過ぎたるはなんとやらだしね。
 その割には後手になっている気がするけど、まぁそれは置いといて、今の問題はこの洞窟をどう攻略するかである。
 洞窟の内部状況については、城にあった報告書を読んでいるのでだいたいは把握済みだ。
 洞窟と称されているのだが、他世界との連絡通路だけあって多少は整備されているらしい。
 設置された松明は燃え尽きているものの、道としては石畳であり幅は五メートルほどなので戦闘も可とのこと。
 そう、やっぱりここもモンスターが湧いているんだよね。
 補給路を遮断しての個別撃破は賢い戦略だし、ましてや道の先にあるエルフの世界へは、トロールによる大々的な侵攻作戦が展開中だ。
 援軍が来ないよう、通路であるこの洞窟にモンスターを配置しないわけがない。
 ただ、良くあるゲームだとここに完全封鎖型中ボスさんを配置しちゃったりするんだろうけど、この『夢幻の心臓2』世界ではそれはほとんど無いのでレベルが低くても通行は可能である。
 だから、そんなに考えなくても良いと思うだろう?
 でも実は、中ボスクラスの敵が普通に通路上へ居たりするんだよねぇ。しかも徘徊してるし、困ったものである。
 この前のサイクロップスみたいに絶対倒さなければならないわけじゃないし、ゲームでは出会った後でも逃げることが可能だったけれど、この世界ではどうなんだろう。
 道は二つに分かれていて、どちらからでも同じ目的地、エルフ界へのワープエリアへ辿り着ける。
 通路なのに二方向へ進める意味が分からない……通行量の関係なのかなぁ。
 まあ名称が洞窟なのだから、通路として開発する前からそうなっていたのかもしれない。気にしないことにしよう。
 それはともかく、片方の道はゲーム時では経験値とお金の良い稼ぎ場だったグールとゾンビの群れを突っ切る道で、それだけなら楽勝なんだけど、その先には強敵のゴーゴンが待ち構えていたりする。
 蛇の化身みたいなあいつは石化能力を持っていて、現状では状態異常を治せないこのメンバーだと非常にやっかいな相手なんだよ。
 それならばもう一つの道を行けば良いと思われるだろうが、そっちは少々遠回りになるうえ、精神攻撃が大得意なゴーストと、逆に力押しのミノタウルスが居るんだ。
 ミノタウルスは特殊能力は持ってないけどその分強いので、神聖剣を手に入れるまではこれも避けたい相手なんだよなぁ。
 ゴーストも、弱いけど眠らせようとしてくるので面倒だし、さてどうしたら良いものか。
 俺としては、ゴーゴンの道を選びたい。
 このメンバーでの連携を図るのに、グールとゾンビの混成軍はほどほどの相手となるので都合がいいと思うんだ。
 これまでの相手が比較的少数だったこともあり、ほとんど苦労しなかったからなぁ。良い意味で経験を稼いでおきたいところだ。
 その先のゴーゴン対策だけど、確かあいつは一匹しか出ないので、扉の陰に隠れながらそっと通れば抜けられると思う。
 この案の問題点は、戦闘大好きなユーギンが考えなしで進んでいっちゃいそうなところだな。
 かと言って、走り抜けるにしてもユーギンの足が少々遅いし、この騒がしいメンバーで果たして黙っていられるかどうか……
 面倒だなと思うけど、ミノタウルスの道もやっかいだし……
「リュージよ。悩んでも結論を出せないときは、先に進むのが賢明だぞ」
 ありがたいことに、悩む俺を見かねたのか隊長はそんなことを言ってきた。
 確かに、今のレベルでは出来ることは限られている。ならば、少々時間が掛かっても前へ進みますか。
 俺は、やっと方針を決心して告げた。
「これから、グールの道を進もうと思う。ただ、やつらは数だけは多いと思うので、連携取って退却の練習も併せて行いたい。具体的な時間は三日ほどかな」
「何か悠長じゃな。面倒ごとでもあるんじゃろうか?」
 ユーギンは故郷のドワーフ村を出てからここを通ったこともあるので不満そうだが、テランナは同じ経験を持っていても逆に賛成してくれた。
「確かに、数が多いと面倒ですよねー。具体的には黒いやつとか」
 待て! この世界にやつが居るのかっ!?
 俺はそれの意味するところを理解して恐れおののいたが、テランナはそんな俺の様子を見てニヤリと笑った。
「さあ、どうでしょう? 勇者だったら大丈夫だと思いますよー。私は勇者じゃありませんので分かりませんが」
「リュージ様なら問題ありませんよ。私は遠慮しますけれども」
 シルヴィアもそう言ってくるが、故郷で苦しめられた身としては、なんとしてでも接触は避けたいものだ。
 特に、こっちへ向かって飛んできた時の恐怖と言ったら筆舌に尽くしがたい。
 この世界でのモンスターには、生理的嫌悪を催すやつは居ないと安心していたのに……
 いやまあ、蜘蛛型モンスターのタランテラとかも居たし、存在してもおかしくはないんだが、本当にがっくりですよ。
 俺が一人肩を落としたのを見て、隊長が励ますように言った。
「まあ、私も見たのは数えるほどしか無いから安心するように」
 その情報の方がもっと安心出来ませんからっ!
 俺はグググとうめいてから、とにかくと声を絞り出した。
「戦闘指揮は隊長に任せたので、よろしくお願いします」
 即座に待てと言われたが、気にしないことにする。
「だって勇者は突撃が仕事なんで、指揮はほら、専門にやってもらわないと」
 隊長だって操船技術があるので戦闘専門じゃないんだが、サイクロップスとの戦いの際に指揮しちゃったものねぇ。
 俺だったら経験あるほうに付く。君だってそうするだろう?
 と言う訳で、納得いかんとは言われましたが、多数決で決定しました。
「頭を使うのは苦手なのだが」
 そんな言い訳は通用しない。しないはずなのだが……ちょっぴり不安を抱える俺であったのだった。




 そして、通称グールの道へ進んでいった俺たちの目前には、推測していた通りの光景が現れていた。
 一本道の左右に多数ある扉から、わらわらと出てくるグールとゾンビの群れ。
 既にゴブリンにも対処出来る能力を示していた俺たちにとって、単体相手なら何の問題も無い相手たちだ。
 だが今回は、数が多い。薄暗くて分かりづらいが、一キロメートルほど先の階段へたどり着くまでに相手しなければならない敵の総数は、たぶん千を超えるだろう。
 左右の小部屋に最初から潜んでいたとしても、それだけの数をどうやってこの空間に押し込んでいるのかは分からない。
 空間転移とか召喚とかの異能力はこの世界に存在しないはずなのだが……倒しても倒しても、やつらが減ることはないだろう。少なくともゲーム時ではそうだった。
 俺たちが出来るのは、周囲に気をつけて正面突破することのみ。
 あいつらには近接戦闘能力しかないので、呪文攻撃されないのが幸いだな。
「リュージは正面を相手取れ。姫様は左右を牽制、私もそれに習う。ユーギンが最後尾で対処。テランナは弓で相手との距離を測れ」
「了解」
 隊長の指揮により、踏み込んだ俺たちがその刃を振るうと、一太刀で敵は消えていった。
 しかし、後から後からやってくる数の暴力に対し、俺たちはたったの五人。
 太刀筋が甘くて二撃を必要とするものなら、あっと言う間に後ろがつっかえてしまうほどになってしまう。
 ここで慌てると、全滅する。
 俺は慎重に、一回一回毎に次を見据えて剣を振るっていた。
「後ろから三匹。前にも二匹ですー。距離はそれぞれ十メートル」
 テランナの言葉に従い、俺が少数のほうへ足を踏み出すと、それに合わせてパーティが少し動く。
 急激な移動は体力を奪うので、じりじりと動かざるを得ないが、敵はそんなこちらの事情を考慮してくれない。
 突然、左前方の扉からゾンビが飛び出してきた。
「やぁっ!」
 シルヴィアのカタナが閃き、そいつが崩れ落ちる。
 俺はそれを横目で見ながら、目前の二匹へ剣を伸ばす。
「おう!」
 こうやって声を出さないと、だんだん苦しくなってきた。
 攻略開始から四日。
 日毎に到達距離を伸ばしているとは言え、俺たちはまだ階段までたどり着けていない。
 体力の問題もあるし、距離の目測誤りもあるし、連携不足もある。
 こんな、数で押してくるしかない低級モンスター相手に手間取るようでは、最終目的は果たせないだろう。
 幸いにも、倒した相手が消滅するゲーム同様の仕様のおかげで死体が邪魔することは無いんで、後は体力の続く限り連携を繰り返すしかない。
 地道な行き来を繰り返した結果、俺のレベルはついに九へ達し、攻略を始めてから一週間目にやっと階段までたどり着くことに成功した。
「階段を昇る前に、小休止だ。ユーギンとリュージは交代で扉を見張れ。私は階段を監視する」
 隊長の指示に従い交代で休憩を取れば、ずいぶんと疲れているのが自分でも理解出来た。
 たぶんこの一週間で倒した敵の数は、万を超えるだろう。
 経験値的には、グールもゾンビももう役には立たない。相手が弱すぎると、経験値が入ってこないんだ。
 だけど、レベルに反映されないところへは、間違いなく血肉になった。
 一瞬の判断力が向上した気がするし、何より太刀筋が綺麗になった。
 ただのサラリーマンから、いっぱしの剣士になれた気がする。
 砦での特訓の際も、同じことを言っていただろうって?
 ああ、あの時も感じたけれど、やはり回数を重ねたそれは重みが違う。
 俺たちは、やり遂げた実感を伴ってゴーゴンの居るだろう階段の先へと進んでいくのだった。




「……出ないですねー」
「ああ、まったくじゃ。先ほどと何が違うんじゃろうか」
 テランナの言葉に、ユーギンが返している。
 階段を昇ったとたん、敵が何故か出なくなったのだ。
 これでは警戒も緩んでしまうが、そこへ隊長は釘を刺した。
「こら。退屈でも警戒を怠るな。どこに潜んでいるか分からんのだぞ?」
「はーい。でも、暇ですよねー」
 報告書によれば、階段から先も同じく一キロメートルほど続いており、その途中にワープエリアがあるはずだ。
 地図に印も付けてもらったんだけどさ、現地に案内人が居ないと、こちらも扉ばっかりでどこにあるのか分かりにくい。
 道を行き過ぎる可能性も考慮して、手前から順に確認していこうって結論を出したのは良いが、何も出ないとダレるよね。
 ゲーム時では、ゴーゴンの他にコウモリさんが出たはずなんだけど……モンスター未満のネズミさえ出ないのは、かなり不気味だ。
 もう、奥まで行ってから引き返した方が効率良いかもと思い始めたその時だった。
「何か、前方から来ます。ゆっくりですけど、引きずっている気配」
 シルヴィアがそれに気付いた。
 前にも言ったが、ゴーゴンは蛇に近いモンスターである。
 なので、移動には這いずりを要すると思われるのだが、それでも音を出すとは考えにくい。
 強敵らしく無音で近づいてくるイメージがあるんだけど、違うのかなぁ。
 俺は、シルヴィアの言葉を確かめようと耳をすませたが、何も聞こえなかった。
「……聞き間違いか?」
 テランナの気配察知にも引っかかっていないので、不安を紛らわせようと俺は呟いたが、すぐにそれは間違いだと思い知らされた。
「来るぞ、左に寄れ!」
 緊張した隊長の言葉に従って近くの岩を盾にすると、何かがポタリと落ちてくる。
「だからか……」
 なんと、石化したコウモリである。驚いて上を見れば、びっしりと天井に止まっており、どうやら石化能力を運悪くくらった一匹が落ちてきたらしい。
 そりゃ、同じ空間にゴーゴンみたいなやつが居たら、のんきに飛び回っていられないよね。どおりで見かけない訳だ。
 と、そんな感想はともかく、絶望的にもこちらをマークしたらしいゴーゴンをどうやってやり過ごすかが問題である。
 事前に検討はしていたんだけど、有効的な策は誰も思い付いていなかったんだ。
 扉で待ち構えての通り抜けが案だったのだが、やつはでんと待ち構えてこちらへ近付こうとはしないようだ。
 だから、次案を示す必要があるんだけど、それが出来なかったんだよね。
 石化能力に対し、普通なら盾を用意すれば良いと思うだろうけど、どこまで効果的かが分からないうえに、この世界の剣術は両手が基本であり盾が準備出来ないときた。
 鏡を準備すればと言われても、全身を覆うようなでかいものは持ち運べない。
 ゲーム時は、普通に戦っていたものなぁ……
 レベルが上がると抵抗力みたいなのが増えて状態異常になりにくくなるんだよね。
 神聖剣を手に入れればさくっと倒せるし、この一回さえうまく立ち回ればゲーム時は何の問題も無かったんだよなぁ。
 いくら頭をひねっても、これまでに出なかった解決策がパッと閃くはずも無い。
 だけど、このままここへ留まっても、何の役にも立たないことは明白だ。
 ゲーム時と違う点を、俺は必死に考える。
 二手に分かれられるので扉を使って挟撃する? 幅が五メートルもあるので難しい。
 背嚢を盾にするか? 片手が塞がると相手取れるか分からない。
 誰かが突っ込んで囮になる? ……うん、これしかないかもしれない。ただ、その役目は俺だよなー。
 ユーギンは足が遅い。テランナは弓なので殲滅役のほうが良いだろう。
 シルヴィアを前に出すのは俺が気に入らない。可愛い女性を石化させるのは世界の損失だ。
 残るは俺か隊長かだが、隊長と違い、俺はこの世界に繋がりを持たない。
 どうせ、この世界に来た理由さえ分からない身。童貞のまま死ぬのは嫌だけど、このまま居ても死ぬだけだ。
「テランナ、援護を頼む!」
 そう言って俺は駆けだした。
 もちろん、その前にキノコを飲み干しているので、身体能力は普段より高い。
 グールたちとの戦いには使わなくても済んでいたので、久しぶりの感触に俺の頭はハイになっている。
「いやっほぉぉぉぉ!」
 混乱状態になっていても俺の進路は左右へぶれ、狙いを定めにくくしている。
 後ろで少し慌てた気配を感じたが、俺はそれどころでは無かった。
 倒せるぞっ!
 根拠の無い高揚感に包まれ、前へと俺は進む。
 やつにたどり着くまで、ほんの二十メートル。一瞬で石化するかもしれない状況ではあまりにも絶望的な距離だが、その危険を低くするには少しでも早く相手へたどり着くしかない。
 弓の援護もあって、俺はどうやら賭けに勝ったようだ。
「でやぁぁぁっ!」
 渾身の一撃はやつを倒すには不十分だったが、それでも防御姿勢を取らせるのには成功する。
 もう一撃っ!
 この洞窟に来る以前とは段違いの威力を繰り出せるようになった俺なので、二の太刀もグールなら一撃で葬れる。しかも、魔法の剣だしな!
 ゲーム時なら最初にここを通る際は大型剣なので避けていた相手だったが、剣が強くなった分、相手へのダメージは大きい。
 これまでで一番良いと思われるその一撃は、頭をかばった左腕を切り落とした。
 やっぱり中ボスは違うな。まだ倒れないぜ。だから……ここまでか。
 三撃目を放てる気がせず石化攻撃をくらう覚悟をした俺だったが、やつは何故か俺の左横を見た。
「やぁぁっ!」
 視線の先へ甲高い声を放ちながら剣を滑り込ませてきたのは、シルヴィアだった。もう追いついてきたのか。
 彼女の追い打ちで右手を切られたゴーゴンが、苦しくなってかギロリとこちらを睨む。
 まずいと思う暇も無く、俺はシルヴィアによって与えられた隙へ向かって最後の一撃を放っていた。
 肉を切り裂く感触が普段より強く感じられたが、それも束の間、ギィヤァァァと言う叫び声を放ちながらやつは消えてしまった。
 ……そうか、倒せたのか。
 達人とまではいかないが、俺もずいぶんと鍛えられていたみたいだ。
 少し後、ようやっと追いつき、ぜいぜいと息を吐くユーギンの隣で俺は呆然と何も無くなった空間を見ていた。
 今まで悩んでいたのが馬鹿らしいほどあっけなくゴーゴンを倒せてしまったが、キノコの効果が切れて少し冷静になった今では、それが薄氷上の勝利であったことも理解出来ている。
「もう、一人で突っ走るのは止めてくださいね」
 そう言って俺の腕をつねるシルヴィアへ、俺は何とか笑い返したけれど、足が今になってがくがくしている。少し経たないと、震えが止まりそうに無い。
 だけど腕には、さっき切りつけた際の感触がまだあった。
 もしかしてだけれど、さっきみたいな一撃が普通に放てれば、俺は強敵にも勝てるかもしれないと不意に気付く。
 まだ神聖剣を手に入れていないのに、ゴーゴンに勝てたのだ。
 レベルだってまだ一桁。まだ伸びしろがある。それにあの剣の威力が加われば、俺は最後まで……いやまさか、でも……
 呆然とする俺をシルヴィアは不安そうに見たが、すぐにニッコリと笑った。
 俺の顔に歓喜の色が混じっているのを理解したのだろう。
 そう、俺は今まで、この世界で暗黒皇子を倒せると考えたことが無かったのだ。
 へたれだし元サラリーマンだし、ゲームオタクだし童貞……いやこれは関係無いが、ともかく、俺の手に余る何かとしか考えたことが無かったのだ。
 散々帰るって言ってたくせに、最後の最後まで立っている自信が無かったのだが、今ここでゴーゴンを倒したことによって俺の腕でもどうにか出来るかもしれないとの思いが湧き起こってくる。
 この世界に来てから初めて、本当の意味でゲームクリアへの道筋が見えた気がする。
 俺は、これでエルフ界へ旅立てるとか死人を出さずに済んで良かったとかそんな目先のことじゃなく、強くなったことそれだけが嬉しくて身を震わせたのだった。
「ところで勇者、いきなり走り出して何事かと思いましたですよねー。ついにキノコで頭がやられたのかと一瞬思いましたですよ」
「仕方あるまい。姫様と付き合える人間が代償を払ってないはずがない」
「失礼ですね。私の尽くし方が足りないんでしょうか……?」
「いや、姫様は尽くすよりハッパを掛けたほうがよろしいかと思うんじゃが」
 後ろでごちゃごちゃ言っているのは聞こえない。聞いちゃいけない内容なんだっ!
 そんなものはこの洞窟へ置き去りにして、小休止の後、戦争真っ只中のエルフ界へ俺たちは足を進めていくのだった。



[36066] その11
Name: 凍幻◆786b687b ID:be9ab252
Date: 2013/05/07 20:39
 アストラルの洞窟、その最奥でゴーゴンを倒した後、ほどなくして見付けた光を放っている壁へ考えなしに手をやったら急に視界がぶれた。
「うぉ」
 俺は思わずそんな声を漏らしてしまったが、何か衝撃があるかと思ったのも一瞬のこと、俺はそのままの姿で無事に別な場所へと躍り出ていたのだった。
 おお、これが世界間の通路かぁ。まるでエスエフ映画に出てくる転送装置のようだ。
 ぼんやりと、そんなことを思う。
 他の壁とは違った箇所だったので、そこがエルフ界への入り口なんだとは思ったものの、まさかスイッチみたいになっているとは思わなかった。
 ドアをくぐるかのように景色が変わるかと思ってたんだけど、常時繋がっているのではなく、触った者のみを送るみたいだ。
 それにしてもさっきの風景切り替わりは、まるで俺がエルダーアイン界に来た時のようだったなぁ。
 あの時も確か、いきなり周囲が変わったんだよな。今のとあんまり変わらない。
 あれ? そうすると、あれも何かが介入したんじゃなくて、この通路のような自然現象なの?
 何でこの世界に来たんだか分からない俺は、その理由を大まかに二つに分けて考えていた。
 一つは、さっき言った自然現象。
 要するに、世界には不思議なことがいっぱいあって、それに巻き込まれただけと言う話だ。
 日本だけでもその手の話はごろごろ転がってるし、対象が俺でなければどうと言うこともない。
 いや、俺が巻き込まれただけで大変なことになっているんだけどさ!
 思わず頭を抱えたくなる気持ちはともかくとして、もう一つは、誰かが故意に俺を呼んだって可能性だ。
 あろうことか、慣れ親しんだこの『夢幻の心臓』世界に入り込むなんてことは、俺がオタクであっても考えたことは無かった。
 今のネット小説では定番のネタになりつつあるこのゲームに入り込む設定も、バーチャルリアリティが現実味を帯びてきた現在だからこそ考え出された訳で――小説や漫画に入り込むのはそれ以前から存在していたからその意味ではオリジナリティは少ないけれど――大抵は直前に当のゲームと対峙していたからこその話であってさ、まさか二十年以上も前のゲーム世界に呼びつけられるなんてことは普通では考えにくいよね。
 しかもゲームの世界なら、ゲーム発売以後の記録しかないと思うじゃないですか。
 それが二千年以上もの歴史ある異世界になっているだなんて、想像出来ないですよ。
 更に言えば、俺同様の迷い人が数百年も以前から居たことがこの世界の記録に残されているとも聞いていたりするんだよね。
 ここが単純なゲーム世界であるならば、そんな異世界人の記録なんて無いはずだと思うんだけど……何だか良く分からない。
 ただ、その知っていたゲームの世界だと偶然気付けたからこそ、今俺が生きていられる訳なんだよなぁ。
 最初の街でバーサークキノコを見付けなかったら、とっくの昔に俺は魔物にやられて死んでいるね、うん。
 残念ながら俺と同じ迷い人はみなことごとく死亡してしまっているので、彼らがこの世界で何を思ったのか聞くことが出来ないのが残念だ。
 唯一、タロー氏のみが武術の使い手として色々と言葉を残せているだけで、後はみな名前のみが残っているに過ぎない。
 ところで、記されている迷い人はみんな日本人だったとは思うんだけど……不思議なことに名前が全員カタカナで記されていたりするんだよ。
 これが当時主流だった8ビットパソコンの限界だと言うのか。納得いかんなぁ。
 しかもシルヴィアたちの名前を見れば分かるとおり、他の人たちもみんなカタカナの西洋風な名前だし、日本語が通じるなら漢字で名前を書かせてほしいものです。
 俺の名前も『リュージ』になっているし、バージョンアップを要求したいところだなぁ。
 西洋風の名前が格好良いなんて思うのは、日本人には物珍しいだけなんだからねっ!
 まあそれはともかく、この世界が本当の異世界なのかゲームの世界なのかどうかは、もはや俺には分からなくなってしまっている。
 何せ元々のゲームは、バーチャルでも擬似3Dでもない、ただのドット絵ゲームだったしなぁ。
 本当の答えは、それこそ神様に聞かなければ答えは得られないだろうと思う。
 早く祭壇までたどり着いて真相を確認したいものだ……あれ?
 と、そこまで考えたところで俺は不意に気付いた。
「何でここに俺だけ?」
 これだけ考えに没頭していたのに、さっきまで一緒に居たパーティの誰もがこの空間へ現れようとはしていない。
 まさか触る場所を間違えたのかと思ったが、壁を見付けた時に地図と照合したのでそれは無いと思う。
 すると、俺だけ別な場所へ送られてしまったとか?
 やばいですよ。俺一人でモンスターと対峙するなんてごめんですよー!
 そんな事態へならないようになどとワタワタ考えていたら、俺の横、更にその横へと黒いもやが現れる。
「リュージよ。初めて見るものだからと言っても、声も掛けずに先に行くとは酷いな」
 その最初のもやは、見る間に隊長へと姿を整えると苦笑しながらそんなことを言ってきた。
「そうですよ。すぐに戻ってくるかと思いましたのに、何かあったのかと思いました。心配掛けさせないでくださいね」
 次のもやであったシルヴィアさえもすぐに注意してくるってことは、俺が軽率だったのか。
「すいません。まさか手を触れただけで行き来出来るとは思いませんでした。申し訳ありません」
 なのでサラリーマン的態度でびしっと頭を下げたら、シルヴィアはちょっとだけ睨んだ後、明らかにほっとした顔つきになった。
 姿が見えなくてよっぽど心配だったらしい。
「もうこんなことが無いように繋いでおかなければなりませんね」
 が、何かがあったと考える以上に、夫に逃げられたとの考えが強かったのだろう。
 ニッコリ笑ってそんなことを言ったような気がしたので、俺は続いて現れたユーギンへ即座に顔を向けて注意点を聞いた。
 後ろから、黒い何かが迫ってくるような感じがするー!?
 思わず背筋を伸ばしながら聞いたところによると、何でも通常は声を掛け合いながら順番を整えるんだとか。
 うう、俺が無知なのが原因だよねぇ……でも仕方ないじゃん、異世界人なんだし。ちょっとくらいは多めに見てよ。
 注意を受け、自分がうっかり人間と言われたような気がして軽くへこむと、それへ即座にテランナが追い打ちを掛けてきた。
「これで勇者がエルフ界から来た者でないことも証明されましたねー。まさかこんなにも行き来のある通路の仕組みを知らないなんて、普通は思いませんですもの。ええ、頭がおかしいのかと思ってたことはここだけの秘密ですよ」
「思いっきり口に出して秘密っちゃーねぇだろうがっ!」
 俺の罵倒とともに繰り出された右拳を、テランナはあっさりとかわした。
「だから、このパーティだけの秘密なんですよぉ」
 他人の居る場所では口にしないと彼女はほざくが、さて、どこまで信用出来ることやら。
 信用ならんと攻撃を続ける俺へ、テランナはこうも言ってくる。
「私の罵倒はともかくとして、勇者はここからどこへ行く予定なんでしょーか?」
 やっぱりいじめだったんだ……うぐぐぐ。
 何故か彼女へ一撃も食らわせることが出来ず悔しい思いをした俺だったが、その質問は他の人にも影響があるので返答をしなければならない。
 なのでやっとのことではあるが怒りを飲み込み、口をへの字にしながら周囲をついと見回してみた。
 広い空間だ。
 ゲーム時は森の中にいきなり現れたので、ここもそんなものなんだろうと思っていたけれども、この空間は天井や壁がある。
 真っ暗闇ではなく光がどこからか漏れていて、それで壁が木製だと分かった。
 木の壁……?
 この空間は木造小屋じゃないようだけど、自然にある何かとも思えず、俺は光っていないところの壁へ手をやった。
 うん。でこぼこがあるんで、人の手が入っているにしても最小限度しか入ってないようだ。
 天井までは二十メートルくらいかな。薄暗くて良くは見えないけど、どうやらドーム状になっているらしい。
 でも、木造でそれだけの高さがある建物なのか、他の材料に木材を貼り付けたのかが良く分からない。
 元の世界の日本ならば高さ二十メートルであろうが木造でほいほいと建造してしまうと思うんだけど、こちらではそんなことが可能なのか分からず戸惑っているのを見かねてか、シルヴィアが俺の手へ自分のそれを重ねながら口を開いてくれた。
「リュージ様。ここは『アストラルの霊樹』の中です。エルダーアイン界では門が洞窟の中にありますが、エルフ界では樹木の中にあるのですよ」
「へぇーっ」
 ゲーム時はフィールドマップ上にぽつんとあった門であるが、人の行き来がある以上、一種の拠点らしくなっているらしい。
 その方が実際に即しているとは思うけど、それにしても樹木の中とはこれいかに?
 そう尋ねると、すぐにシルヴィアは教えてくれた。
「このエルフ界が出来た際に誕生したこの樹は、創造神の影響を色濃く残しています。なのでエルダーアイン界との繋がりが必要になった際、旅人の安全が確保出来るようこの樹の中に門が産まれたと聞いています。洞窟とは違って樹の中にはモンスターも現れませんし、私たちにはありがたい話ですよね」
 なるほど、この空間は木のうろみたいになっているところなのか。
 それにしても広い。二十人はゆうに入れるくらいになっているんだが、それを内包する巨木ってどれだけ大きいんだよ。
 後で遠くからじっくりと見てみたいな。日本ではそんな樹木、数えるほどしか無かったしね。
 そんなことを呟いたら、ユーギンから雲に隠れて先端は見えないぞと教えられた。いやはや、凄いスケールだぜ。
 ちなみにエルダーアイン界の門が洞窟の中になったのは、人間の影響が大きかったからだとか。
 いや、洞窟と言ったらドワーフでしょうとは思ったんだけど、かと言って人間を守護するシンボル的なものって何も無いものなあ。ううむ、謎だ。
 そうそう。謎と言ったら、シルヴィアは歴史は不得手と言っていたはずなのに、ゲームマニュアルにも記されていなかったこんな話をすらすらとしてくれるんだよね。どこに駄目出しされていたのかが不思議だ。
 そう素直に伝えたら、彼女は何故かほほを染めた。
「ありがとうございます。リュージ様のお役に立てるなら光栄です」
 何でこんな会話で好感度が上がるんだよ……
 テランナがうらやましそうにジッと見てくるけど、俺は狙ってやっているわけじゃないからっ!
 なお、シルヴィアが歴史不得手なのは年号をなかなか覚えられないからだそうだ。俺も苦手だから人ごとじゃないな。
 俺は、恥ずかしくはあるけれどありがとうともう一回シルヴィアへお礼を言ってからぐるりと周囲を見て安全を念のため確認し、それからエルフ界の地理をみなに聞いた。
 一応、エルダーアイン界のサルア城で事前に聞いては居たんだけどさ、もう一回ここで復習しておきたいと思うんだ。
 今、俺たちが居るのは霊樹の中で、それはこのエルフ界のほぼ中央にあるとのこと。
 北西に行けばエルフの村があり、東に行けばシーの村へたどり着ける。ドワーフの村は、シーの村より更に東にあるそうだ。他に特筆すべきは、エルフ城とトロール城、魔法の封じられた洞窟と神聖剣の封じられている塔か。ここまでは、地理が少し違うだけでゲームの知識とほとんど同様だな。
 そんなことを思った俺は、もしかしてとシルヴィアへ尋ねた。
「エルフの村へは俺たち人間は入れなかったりするの? ドワーフが居ると更に駄目とか?」
 彼女は一瞬何を言っているのか分からなかったようで目を二、三回瞬かせたが、すぐに答えてくれた。
「確かにエルフは昔、自分たち以外の種族を出入り制限していましたけれども、今ではそんなことありませんですよ」
「え、そうなの?」
「わしらドワーフも普通に村へ出入りしとるが、何の問題も無いぞい」
 一瞬、それはゲームと違うなんて言いそうになったが、ユーギンもそんなことを言ってくるので、どうやら間違いでは無いのだろう。
 偉大なる某小説の影響でか、色んなゲームではエルフとドワーフは仲が悪いことが多い。
 しかもこのゲームのエルフは、人間とシーも村への出入りを禁止にしていたのだ。
 ゲーム時はエルフの王様に会って出入りを許してもらったんだけど、そのイベントはどうやらすっ飛ばせそうだ。
 俺は密かにほっとした。
 いや、エルフ王に会うのが怖いんじゃなくて、エルフ城まで行くのが村より少し遠くて面倒くさいからだ。
 いくら王様に会うだけで制限解除出来るとは言え、この世界に来たばかりの大型剣のみ所持パーティは、この世界を侵略しているトロールに全然攻撃が当たらなくて逃げ回るはめになるんだよ。
 しかも、以前森の中では見通しが悪いと言ったことがあったけれど山も同様で、そのおかげで三方山に囲まれているエルフ城を探すのもえらく苦労するんだ。
 城へたどり着くまで俺がどれだけトロールに殺されたかは、もはや覚えていられないレベルです。
 大型剣が弱いって言うか、カタナと神聖剣が強すぎるって言うべきか……まあ、今の俺は魔法の剣があるんだし、それは悩まないでおこう。
 この剣ならばたぶんトロールにも通用しそうだし、エルフ城へ向かわなくても良いとなると、エルフの村へ行って防具を手に入れるのがこの世界で最初にすべきことかな。そんなことを考える。
 ゲーム時一番高価な防具が『力の帯』で、金貨で二五〇枚もする。それを扱っているのが、エルフだけなのだ。
 むろん宝箱からも回収出来るんだけど、どこにどれだけあったかは覚えていないので、買えるならさっさと手に入れた方が良いと俺は思うんだ。
 ちなみにエルダーアイン界で一番高価な防具『重甲冑』も同じ値段であるが、攻撃力同様、防御力もステータスが見えないので違いが分かりません。
 更に言えばエルフからだけ買える防具はもう一つあって、こちらは『精霊の守り』なんて名前が付いている。
 こちらのほうが防具らしい名前なのに金貨二〇〇枚と安いんだよねぇ。
 ゲーム時は『高い方が強い』と思って力の帯で装備を固めたけれど、どう違うかは検証していなかったし、この世界独自の法則があったりするかもしれないので、名前の通り精霊の守りを買っておこうかな。
 そこまで考えて俺がエルフの村へ行こうと告げた途端、シルヴィアが珍しく申し訳なさそうに右手を挙げた。
「あの、すいません。エルフ王への親書があるのを忘れていました……」
 親書と言うことは、王様同士の手紙かぁ。
 一応はパーティリーダーである勇者の俺にじゃなくて娘であるシルヴィア王女へ託すんだから、国の情勢に関わる事柄なんだろうな。
 一瞬だけ後回しにしたいと思ったのだが、国同士のやりとりに慎重を期さなければならないのは、元の世界でも同じだ。
 話の流れ的にテランナもユーギンもそれぞれの村へ即時招待したいとは言ってきたものの、優先度合いからするとエルフ王との会見が一番になる。
 戦争中の拠点へ向かうのはどうかとも思ったが、人間の王族が居れば悪い扱いはたぶんされないだろう。そう信じるしかない。
「じゃあ、まずはエルフ城へ行こうか。防具もそこで買えるだろうし、順番的には良いんじゃないかな」
 俺がそう軽く言うと、シルヴィアはほっとした様子で息を吐いた。
 王族としては、親書を忘れるなどしてはならない失態だったのだろう。
 まあ、完璧な人間だったら逆に近寄りがたくなるし、こんな面があると分かったのが最大の収穫かな。
 俺はそんなほの暖かい気分になった。
 俺の励ましを受けてか、シルヴィアは少し恥ずかしそうな笑顔で小さく言った。
「久しぶりにカタナを思い切り使えて楽しかったので、つい忘れていました。少し恥ずかしいですよね」
 それを言わなきゃ単なるドジっ娘で済んだものを……そんな感想を抱きながら、俺たちは南にあると言うエルフ城へ足を向けたのだった。




 エルフ城までは、だいたい十日くらい掛かった。
 敵陣突破とかの酷いイベントは無かったのだが、トロールの斥候があちこちに居て相手取るのが面倒だったのだ。さすが戦争中の世界だ。
 まあ、剣が通れば巨人対策はサイクロップスで既にやっているし、どうってことは無い。
 ゲーム時の大変さが嘘のようだったな。
 っつーか、おかしくね? いくら剣が強いからって言っても、相手のトロールは正規兵だぜ?
 エルフ相手に戦争仕掛ける強敵なのに、こんな簡単に退治出来てしまうのは、楽だけど何か釈然としない気がする。
 ただ、そう思ったのは俺だけみたいで、他のメンバーは倒せて当たり前みたいな雰囲気だった。
「トロールを雑魚みたいに扱うのに、何でサイクロップスを倒してなかったの?」
 なので俺は、ユーギンにそんなことを聞いてみた。
 サイクロップスよりトロールのほうがずっと強い。ゲームではそうだったのだが、トロールをさっくり倒しているユーギンがサイクロップスを倒すのに手間取っていた理由が分からなかったのだ。
 すると、彼はあっさりと答えてくれた。
「そりゃ、正式な勇者が居るからじゃろう」
 え?
「認定された勇者が参加する戦いは五割増しの戦力になるんじゃが、それは知らんかったのか?」
 そんな設定知らないですよー!
 ゲーム時には、明らかにそんな話は無かった。
 祭壇の召喚機能に引っかかったので、偶然エルダーアイン界に来たのが夢幻の心臓2での勇者だ。
 しかも『心臓の勇者』だったことからどこへ行っても勇者扱いされていただけで、戦いの際にパッシブ特殊能力を持つなんてことは無かったはず。
 だけど隊長はやけに勇者にこだわっていたし、シルヴィアもそうだった。
 勇者認定って、それで必要なの? でもそうなら、俺が来る以前にさっさと誰か勇者にしていれば良かったんじゃね?
 役割を無理やり押しつけられたからそう思うのかもしれないが、少なくともアーケディア砦が落ちる前に認定していれば犠牲は減ったはずだ。
 俺は少し考えた後、何でそうしていなかったのか深謀遠慮があるのかとシルヴィアに尋ねたら、こんな答えが返ってきた。
「誰でも良い訳ではありません。神の啓示が必要なんです」
 人間同士の戦争に駆り出されるのを避けるべく、勇者認定時には創造神にお伺いをたてねばならないんだとか。
 俺の場合も、城にて伺いが立てられていたんだそうだ。知らなかった。
「すると、俺が即座に勇者扱いされたのは何で?」
 ナガッセにて一人で戦っていた際はともかくとして、ユーギンと会った直後から俺への呼び名は勇者で固定だったような気がするんだが、そこんところどうよと尋ねると、その疑問に、ふむ、と隊長が何でもなさそうに答えてくる。
「正確にはあの時は『候補生現る』だったがな。まあ、追認されたし問題無かろう」
「そんな扱いしなくても良いじゃないすかー!」
 納得いかずにそんな大声を出したら、みんな妙な笑顔になった。
「リュージよ。では姫様がその誰かを勇者認定したら黙っていられるかね? 見目麗しい姫様が! 意に沿わぬ結婚を強いられるなど! 本当に我慢出来たであろうか、いや無いっ!!」
「リュージ様。私のこと可愛いって言ってくれましたよね。今更逃げられるとお思いでしたら、とんだ大間違いですよ」
 隊長とシルヴィアがそんなことを言って俺を強く見つめる。
「やだなー。今更ですよねー」
 俺が即座にそう返事をすると、幸いにも二人とも頷いて追求しない様子になってくれた。
 あぶなかった。二人掛かりで攻められたら、俺の頭では説き伏せられてしまう。今後、この話は封印だなぁ。
 既成事実だけが積み上がっていくようで納得しがたいが、やむを得ないよね。
 まあ、少なくともシルヴィアを可愛いって言ったのは事実なんだけどさ、まさか結婚までいくとは思ってなかっただけですよ。
 そう、俺が少々納得出来ないのは、今でも彼女は俺に不相応だと感じているだけの話なんだ。
 それが態度の一部にあらわれてしまうのが、どうもシルヴィアには面白くないらしい。
 ただねぇ、童貞ってそんなもんじゃないすか。最初から押せ押せムードに持って行けるなら、俺はとっくに結婚しているはずなんだから。
 あ、今はシルヴィアと結婚してる状態になってしまってはいるんだけど……ややこしい。旅が優先だっ!
 俺はそう気持ちを切り替えた。
 だがテランナは、そんな俺の葛藤に更なる一撃を加えようとしてきた。
「だから既成事実が必要なんですよー。いっそのこと、練習しますか?」
 な、な、何と言う破廉恥なことを言うんですかこの駄メイドはっ!
 そもそも練習って誰とだよっ!?
 俺の顔が赤くなったのをしっかり確認した上で、この馬鹿はニヤリと笑う。
「まさか、私は対象じゃありませんよねー。まさか勇者が姫様以外の女性にまで目を向けるなんてことがあるなんて、それこそ勇者の態度としては相応しいものでありますが、どうなんでしょう?」
 いや、そこで俺に下駄を預けるなよ。
 ギロリと強い視線を感じたが、俺にはそちらへ顔を向けることが出来ない。
「メイドとしての一線は越えさせませんですよ。私の自重が無駄になりますものね」
「勇者の甲斐性は大きくあった方が良いはずですよねー。もちろん、これは勇者としての一般論ですが」
 うへぇ……何でそんな話になるんだよ。俺は慎ましく生きたいだけなんだっ!
 二人もだなんて、全く想像出来ませんです。
 はぁと溜め息を吐いたら、ユーギンが俺の肩を叩きながらしみじみと言ってきた。
「あちらの話はともかく、お主が勇者になってくれて、わしとしては感謝しとるんじゃぞい」
「……剣の優位を説いただけで勇者扱いしてきたのが、そもそもの始まりじゃないすかぁ」
 あの間違った勇者宣言が無かったらと思わないでもない。
「後はサイクロップスを倒すよう言っただけなのに、今でも勇者扱いなのが分からないですよ」
 そのぼやきを聞いても、ユーギンの顔付きは変わらなかった。
「まあ、サイクロップスの際は、本当にあいつを倒せば良いのか分からなかったのが大きな原因じゃがな。わし、冷遇されっとったしの。勇者が来てくれて本当に助かったんじゃぞい」
 ああ、そう言えば獲物が斧じゃないんでユーギンは他のドワーフから馬鹿にされていたんだっけ。
 すると、ドワーフの村では俺も『剣使い』って言われて村長から必須アイテム貰えない可能性もあるのかな?
 やべぇ。そんなことになったら暗黒皇子を倒せなくなる。
 俺は危機感を抱いて眉をひそめたが、逆にユーギンは不敵に笑った。
「なに、勇者がチカラを見せつければ良いだけの話じゃ。何も問題は無い……はずじゃ」
「その一瞬の間が怖いですが」
 自信あるなら、言い切ってほしいよなぁ。
 そう答えたら、ユーギンは少しだけ顔をしかめてこう続ける。
「村長がどう出るかが分からんのよ。わしの言葉より、姫様から正論をたまわる方が無難じゃろうなぁ。わし、権力無いし」
 ああ、問題は権力争いですか。やだねー。
 敵が現れても内部争いを止められないのが人間の性なのかね。いや、ドワーフは人間じゃないんだけど。
 シルヴィアがエルフ王へ届ける親書も、仲良くしようってな内容なのかなぁ。
 俺には難しい話は分からない。一応社会人経験はあるけどさ、一般サラリーマンだったので経営レベルの話は出来ないんだよね。
 その呟きをシルヴィアは耳ざとく聞きつけたようで、彼女はテランナから目を離してこちらを向くとニッコリ笑った。
「私に出来ることはお任せくださいっ言いましたですよね? 大丈夫ですから」
 部屋で押し切られた時のような笑顔。
 あのとき笑顔が怖いとは思ったが、言い切る立派な施政者の姿にちょっぴり勇気付けられたのも事実だ。
 なので俺は、今回もこう答えた。
「よろしくお願いします」
「はい」
 うう、童貞にその笑顔は毒になりますよう……
 眩しくてついと目を逸らせたら、場の雰囲気を読んだか、休憩はここまでだと隊長が音頭を取った。
「明日にはエルフ城へ到着する。今は友好的な立場にあるが、戦争中だから何があるかは分からん。注意だけはするようにな」
 ああ、こうやって気配り出来る隊長の方が勇者に向いていると思うんだけどなー。
 俺は隊長の言葉にそんなことをふと思ったが、シルヴィアからの咎めるかのような視線を受けて、慌てて姿勢を正したのだった。




 その翌日たどり着いたエルフ城は、事前情報通り山に囲まれた地域に存在していた。
 エルフだから森の中にあるんじゃないかと思ったのだが、この配置はゲーム時と同じである。
 いったいどこまでがゲームと同じなのか、俺にはもはや考えることが出来ません。
 だってさあ、ワープエリアが樹木の中にあるなら、城だってそうなっていてもおかしくないよね?
 だけど現実は、このでかいお城だ。しかも石造り。
 ファンタジー世界のお約束と微妙に違う内容に、俺はつい溜め息を吐いてしまったが、それへシルヴィアが不思議そうに尋ねてきた。
「もしかして、サルア城と比べていたのでしょうか?」
 サルア城とは、エルダーアイン界のシルヴィアが住んでいた城の名前だ。
 もちろん王様の名前も、実際の名前とは別に、歴代サルアの名前を受け継いでいるらしい。
 シルヴィアも代替わりしたらサルアと呼ばれるのかと思ったのだが、その役目はなんと俺であるとのこと。
 冗談じゃないと言ったら、もちろん冗談ではありませんと返されてしまった。
「私はほら、王様にはなりませんから。王様になるのはリュージ様ですし」
 旅が終わっても俺を離さないぞと、腕を絡められてそんな言葉をささやかれては、俺は屈するしかありません。
 だって、甘酸っぱいって言うより、関節技決められているみたいで怖いんだもの。仕方ないよねー。
 どうにかして逃げ出してやると思いつつも、それが出来るのはボス戦のすぐ後しか無いのが頭痛いところである。
 それはともかくとして、俺はさっきのシルヴィアからの質問に答えた。
「いやさぁ。エルフなのに石の中で生活はどうなのかと思っただけなんだ」
「エルフが建物の中に居て、何の不思議があるんでしょうか?」
 逆に不思議がられてしまった……
「いやさ、エルフは森の中ってイメージがある……んだよね?」
 そう言ったら、シルヴィアは更に困惑したようだ。首を少しだけかしげながら、こう言ってくる。
「なんで疑問系なんですか。エルフもドワーフも、今では普通に建物たててますよ。二千年もあれば順応しますから」
 そしてその後の説明を聞いて、ああなるほどと俺は納得した。
 二千年前と言うと、暗黒皇子が前回敗北した時代だ。
 実は一回、やつはこの世界に攻め入っているんだよね。
 だけどその時は、エルフもドワーフもなく全種族が一つになって敵に向かっていったとゲームマニュアルには記されていた。
 もちろん、俺みたいなまがい物ではない、きちんとした勇者が軍団を率いていたのは言うまでもない。
 その際も勇者によるパッシブ効果ってあったのかな? 
 効果は良く分からないらしいが、勇者が居てみな奮い立ったとシルヴィアが学んだ歴史には記載されていたとのこと。
 ただ、勇者のその後は分からなくなっているらしい。
 いつの間にか姿を消してしまったそうだ。くぅっ、うらやましい。
 とまぁ、そんな感想はともかく、テランナがことあるごとに言ってくる勇者論もその頃書かれたらしい。
 謎だから格好良いってどこから持ってきたんだよと不思議に思っていたが、なるほど、ちゃんと前例があったのね。
 それで、勇者が消えた後も種族を越えた交流は続いていたので、今では生活様式のほとんどは混ざり合っているんだとか。
 このエルフ城も人間の意見を取り入れて建てられたので、石造りは何の不思議も無いそうである。
「まあ、私も実際にここへ来るのは初めてなんですけれど、エルフとしての特徴が無いと言われれば、確かにそうは見えますね」
 ちなみにエルフの特徴は何と尋ねたら、木にこだわっているところと答えられた。やっぱりですよねー。
「そろそろ入らんか。エルフ王への届け物もあるんじゃろう?」
 ユーギンからそう言われ、俺は頷いた。
 実は、昨日からエルフの警戒区域に入っていて、伝言ゲームでエルフ王への謁見依頼は既にしてある。
 戦争状態だって言うのに、何の制限も無く王様と会えたゲームのほうが納得いかないってなものだ。
 もちろん、了承の返事を貰っているからこうやってのんびり話が出来るのであって、本来ならエルフでないものが城前で話し込んでいたら追い払われてしまっていても不思議ではない。
 みなが頷いたのを見て、シルヴィアが口を開いた。
「そうですね。では、参りましょう」
 俺にはこの世界でのマナーが分からないので、エルフ王との謁見は同じく王族のシルヴィア主導で進めることをみなで話し合いしてある。
 決して俺が王様との会話をビビッたとか、そんな話では無いんだ。信じてほしい。
 俺はさっそうと歩き出すシルヴィアを少し眩しく見やりながら、遅れないように歩を進めたのだった。



[36066] その12
Name: 凍幻◆786b687b ID:be9ab252
Date: 2013/08/20 19:31
 エルフ城に入場した俺たちを待っていたのは、まずは入浴と着替えだった。
 俺たちは泥だらけだったし、血糊も付いているし、これは当然のことだろう。
 ちなみに、男女は別々の入浴です。そこは勘違いしないように。
 あと、これまで着ていたジャケットはさくっと洗濯と手入れへ回されてしまうそうだ。
 そのほかも手入れしますとの申し出へシルヴィアが素直に頷いたので、背嚢の着替えも全部洗濯になります。まあ久しぶりの人里だし、仕方ないよね。後で別な服を用意しますと言われたので、断れなかったんだ。
 とは言え、これは武装解除に当たるんだけど、そこは大丈夫なんだろうか?
 そうシルヴィアにこっそり尋ねたら、だからこそのタロー術ですと返答があった。
 いや、シルヴィア一人が修めていても他の人らどうするのってことが聞きたいんだが、まあここはエルフ界唯一の国城だし、ご無体なことにはたぶんならないだろうとも考え、なるようにしかならないと腹をくくった。
 いや、エルフが敵になる可能性を考えた訳じゃない。
 でも、個人的には敵だ。だってあいつら、みんな美形なんだよっ!
 俺みたいな不細工は、ゲーム時のように『間違って夢幻界から怪物として連れてこられたのではないか』みたいに指さされちゃうかもしれないんだぜ。
 いっそ、ドワーフみたく別種族だったら良かったのにと思わないでもないが、それは俺を産んでくれた両親に対する侮辱だ。
 五体満足なんだし、それのどこに不満があるだろうか。いや無いな。
 まさか異世界で美形に囲まれる機会があると想像していなかっただけなんで、俺が人並みに結婚出来ていればこんな思いはしなくてすんだのに……いや、結婚自体はしてしまったんだった。事後承諾だったけどなー。
 なんて思ってたら、その嫁の立場を力尽くで奪い取ったシルヴィアがこう言ってきた。
「分かっていらっしゃるかとは思いますが、エルフの美人を見てもなびかないでくださいね。あとリュージ様は、私から見て凄く格好良いんですから、もっと自信持ってください。しかも勇者なんですから、絶対に大丈夫ですよ」
 今の俺には勇者としての立場がある。
 シルヴィアが事前にそうも言ってくれてなければ、謁見自体を欠席したいところです。
 ちょっと気乗りしないとは感じつつ、俺は用意されていた服に袖を通そうとして、そこで目を点にしてしまった。
 これから王様と会うと言うのに、正装一式ではなかったのだ。
 一国の王へ会うのにまずいじゃないのかと持ってきてくれたエルフに聞いたら、清潔になっていればそれで良いんだとか。ほんとかよ。
 しかも、エルフの国だからエルフの服になるのは当然なんだけどさ、木綿と綿みたいな服で金が掛かってないように見えるのはともかく、なんかパジャマっぽくブカブカなのは何でだよ。しかも上下が同じ色ってそのものじゃねーか。
 慌てて扉越しに、シルヴィアへこれでも大丈夫そうなのか聞いてみた。
 が、さすがに王族の彼女も困惑したようだった。
「エルフ王は気さくな方と聞いていますけれど、ここまで楽な格好で良いとは思いませんでした」
 これで会談するって、会社の会議より酷いことになりそうだな。
 俺はそう思いつつも、当のエルフ王がよこしてくるんだから大丈夫だろうと納得は出来ないもののみなして着替え、そしてあいさつに望んだのだった。




「初めまして。エルダーアイン界のサルア王家が一人、シルヴィアと申します」
「良く来た。エルフの王として歓迎する。楽にしたまえ」
 エルフ城の中で着替えをした後に通された謁見場は、そんなに広くなかった。
 俺の頭の中では、謁見は大広間の奥にでんと構えた王様が座っていてその前にかしづく感じだったんだけど、王様が居たのはちょっと大きな会議室程度の部屋だったのだ。
 しかもこの部屋、一段あがったところにみんな並んで座る、まるで和室みたいな部屋なんだよね。
 つうかエルフ王の前に、既にコップがメインで用意しているのは何でだよ。
 一番奥で胡座かいて座っている王様が、まるで酒盛りを始める前のおっさんのように見えるんだが……いやまさかだよね。
 そんな危惧はともかく、シルヴィアに続いて俺たちも頭は下げたものの、その後すぐに靴を脱いで座らされ、ちょっと居心地が悪いです。
 王様の前と言うこともあり、俺は正座したんだけどさ、それを見てエルフ王はむぅと不機嫌そうな声を漏らしてしまったのだ。
 やべぇ、なんか粗相した!?
 緊張でびくっとなった俺へ、エルフ王は口を開いた。
「そんな堅い姿勢で酒を呑む気か?」
 ……は?
「せっかくの場だ。ここは酒を飲み交わすしか無い。なのでさっさと楽にしたまえ」
 楽にってそう言う意味かよ! そのまんまじゃねーかっ!
 呆気にとられた俺を横目に、隊長とユーギンはすっと胡座になった。
 シルヴィアとテランナはさすがに女性なので胡座をかけないが、足を横に崩しており、俺だけ正座の状況だ。
 でもあの、王族の前だからやっぱり失礼になるよな等と考えてグズグズしていたら、シルヴィアからも声が掛かった。
「リュージ様。これ以上は失礼になりますので、足を崩してくださいね」
 シルヴィアからもお許しが出たので、仕方ないと俺も胡座をかいたんだけど……本当に良いんですか、これ。
 ここはエルフ城で、目前の男性はこのエルフ界を統べるエルフ王。しかも俺たちは、シルヴィアはともかくただの平民なわけで、普通でも会うことすらままならない立場である。
 更に言えば今は戦争中でもあり、緊縮財政のはずなんだが……なんでそんな状態で、しかも王族同士が会う場なのに謁見が酒盛りになるのか分からねーよっ!
 そんな内心の突っ込みをよそに、エルフ王はシルヴィアへ感心したように言ってきた。
「ほう、さすが次代のサルア王も話が分かる。やっぱり、話し合いと言ったらこれだよ、これっ!」
 そして、後ろ手でデンと何か出してくる。酒盛りって言ったし、やっぱりアルコールのたぐいなんだろうなぁ。
 上部がすぼまった、半透明な円柱状ガラス瓶。大きさは四十センチってとこか。
 これ、どこかで見たような……って、うはっ。まさか一升瓶ですかー!
 ラベルこそないものの、日本酒で良く使われる一升瓶としか思えないものが、ずらりと俺たちの前に並ぶ。
 そして、いつの間にか目の前に差し出されたガラスコップに、お酌とばかりに女性エルフがその中身を注いでいった。
 立ち上るツンとくる匂いは、アルコール独特の匂いだ。純度高そうだよ、おい。
 以前サルア城で呑んだのは麦から作られたビールみたいな酒だったが、液体が透明と言うことと瓶の種類が重なって、どうにも日本酒か焼酎としか思えないものが手の中に残った。
 これで酒盛りしたら、倒れちゃうじゃないすかー! 俺、酒弱いんだぞ?
 俺の動揺を気にせず、しかも会合のあいさつすらせず、みなが手に手にコップを持っていることを確認してエルフ王が発声した。
「それでは、我らの健勝と勝利を祈って乾杯するぞ。乾杯!」
 前口上無く告げられたそれに合わせ、俺も覚悟してコップをあおったが、思ったよりは飲み口は良かった。
 が、すぐに胃が燃える。うう、やっぱり純度高いよこれ……
 横を見ると、呑兵衛であるドワーフのユーギンが平気な顔して二杯目に口を付けていたのはともかくとして、隊長もテランナも少し顔が赤くなった程度で平然としている。
 シルヴィアは大丈夫だろうかと見たら、なんとこちらは普通の顔をしていた。
 父親である現サルア王は赤い顔になっていたのに、お酒に強いんだろうか? 一杯くらいなら平気とか?
 いや、そんなことを考えている場合じゃない。
 事前に交渉をシルヴィアへ任せると決めていたが、彼女もエルフ王もその気が無さそうに見えるので、俺はシルヴィアへ耳打ちした。
「最初の乾杯終わったけどさ、親書見せなくても大丈夫なの?」
 それへシルヴィアは、問題ありませんよと答えてくる。
「それなら良いんだけど……」
 口ごもった俺を見て、エルフ王が声を掛けた。
「ところで、シルヴィア王女以外はまだ知らないのでな、自己紹介しようではないか。俺が現エルフ王のウルルだ。よろしく願う」
 自己紹介って、呑む前にするもんじゃないのかなー。
 そんな思いをよそに、シルヴィアも口を開いた。
「では、改めまして。私がエルダーアイン界――こちらでは人間界と言うんでしたですよね、そこの次代サルア王妃、シルヴィアです。こちらこそよろしくお願いします」
「ん、王ではないのかね?」
 さっき、次代のサルア王と言われたのに反応しなかったシルヴィアが、自己紹介で王妃と告げたことにサルア王が少し驚いている。
 それへ、えぇと軽く頷いてから、シルヴィアは俺のほうへ手をやりながら言った。
「そして、こちらが私の夫にして次代のサルア王となる勇者リュージ様ですわ。以後、お見知りおき願いますね」
「あ、よろしくお願いします」
 ビシッとあいさつしようとは事前に思っていたけれど、さらっと紹介されてしまったので、俺は慌てて頭を下げた。
 が、足を正座に戻そうとしたら睨まれたので、きちんとしたものは出来なかった。日本では社会人だったので、こんなあいさつはちょっと恥ずかしい。
 俺のそんな思いを知って知らずか、サルア王は鷹揚に頷いた。
「ほう、勇者が現れたとは知らなかった。ただ、夫で良いのかね? 王女は、その……」
 シルヴィアがなかなか結婚出来なかったのを知っているのだろう。
 エルフ王が言いよどんだのを受け、シルヴィアがすっと親書を渡した。
「これを見ていただければ分かります」
 ええ? ここで親書を渡すって、何がそれに書いてあるんだよ。不安しかねーぞ。
「ふむ。どれどれ……いや、これは後だな」
 それを即座に見たくはあるらしいが、まずは自己紹介と言ったので、エルフ王は他のパーティメンバーを見やった。
 それへ応える三人が、次々にあいさつする。
「護衛で来た、クモンと言います」
「同じく護衛の、ユーギンじゃ」
「メイドのテランナと申します」
 えぇ? こんな簡単なあいさつで良いのかいな。もっと仰々しくなるもんじゃねーの?
 俺の疑問をよそに、彼らはそれぞれあいさつ時にコップを掲げ軽く頭を下げただけであいさつを済ませてしまっていた。
 こっちの王族って、こんなに気楽なのかなぁ……いや、今は戦争中なんで簡素化してるだけだ。本当はきちんとした礼式があるはずだろう。
 俺は、シルヴィア王女帰還式を思い出し、今回が特殊なだけだと見当を付けた。
 だけど、これじゃ俺が一人で緊張していたようで納得いかないぞ。
 事前に言ってくれれば安心したのにと思いつつも、今着ている服を渡されたときの困惑ぶりからすると、シルヴィアも知っていたはずがない。
 なのに、これが当たり前みたいに対応してるのは、場数を踏んでいるからなんだろうなぁ。
 やっぱり王族は違うなんて感心していたら、シルヴィアが不意にこちらを向いて微笑んだ。
 うわ、ほんのり桜色ですげぇ可愛い。
 俺はちょっとばっかり、いやかなり動揺した。
 父親であるサルア王とも一緒に呑んだことがあるけど、あの場にシルヴィアは居なかったので、彼女が酒を呑んだのを見るのは初めてだったんだが、あの父親からは想像出来ないくらい色っぽく見えるのだ。
 うわぁ……これでしなだれかかってこられたら、俺いちころじゃんかよ。
 まさかこの場では自重してくれるよねと、そんな他力本願なことを思うほど俺の心が根底から揺さぶられている。
 一杯では顔色変わってなかったってことは、既に酔っ払うほどたくさん呑んだってことを意味するけど、さすがに王族だけあって醜態はさらさないらしい。実におしとやかなほろ酔い加減。ここが謁見の場でなければと思うくらいです。
 対抗してか、テランナも笑みを見せてきたけれど、お前のそれは邪悪に見えるから却下です。
 それにしても、実に良い。これで二人きりだったら、本当にヤバいですよ。
 うわっ。吐息がっ、吐息が暖かいよぉ!
 俺は落ち着くためエルフ王へ視線を向けたが、俺がそうして内心ニヤけたり動揺している間、当のエルフ王はそれぞれへ短く返礼した後、すぐさま親書を読み始めてしまっていた。よっぽど気になっていたのね。
 それにしても、うーん。なんだかこの人、エルフらしくないかも。
 その姿を見ながら、不遜にも俺はそんなことを思った。
 だって、長寿で美しいものが好きで、規律を愛するのがエルフのはずなのに、この王様は酒を優先してしまったのだ。
 しかも、王族同士のあいさつの場に、こんなパジャマみたいな格好させるんだぜ?
 俺が恥ずかしく思わないのは、エルフ王も同じ格好をしているからだ。
 もしかして酒で酔いつぶれても大丈夫だからこの格好とか……まさかだよねー。
 俺が考えを振り払おうと軽く頭を振ったら、ついとコップが差し出された。
 見事に空となったそれを持っていたのは、あろうことかシルヴィアだ。
「私にも注いでくださいませんか」
 短い言葉に込められた、その感情。
 注がなかったらどうなるか分かってますよねと威嚇されているよう感じたので、俺は即座に黙って従った。
 だって、蛇みたいな黒いオーラも見えるんだよ……幻覚なら良いんだけど、前にも感じたことあるし、これが本性なんですかね。
 まさに絡め取られる自分を想像してちらりと彼女を見やると、注がれた分の半分ほどを飲み干してから彼女はこう言ってきた。
「ほぅっ……エルフのお酒はおいしいですね。リュージ様もいかが?」
 口調は問い掛けであるものの、有無を言わさぬその両手は何でしょうか。
 片方は俺のコップへ手を添えており、もう片方で答えを聞かずして注ぎに掛かってる。こわいよぉー。
 逃避行動でついと目をそらしたら、注ぎ終わった手が俺のあごを無理やり彼女へ向けさせてしまう。
 うう、いつもより可愛く見えるだけに、いっそうその顔が怖く見えますです。
 観念して俺はコップを口へやった。すると、シルヴィアからまた声が掛かる。
「口移しは、この場では我慢してくださいね」
 俺が我慢じゃなくて、あんたが我慢じゃないすかー!
 駄目だこの人、何とかしないと。
 そうは思ったものの、隊長もユーギンもテランナも、それぞれに酒を口にして楽しそうである。
 エルフから酌を受け、逆に返し、話題が弾んでいるようにも見える。
 が、微妙にこちらから顔をそらしているように見えるのは、気のせいでしょうか?
 真面目な話はどこにいったんだよ!
 俺が耐えきれずに内心で叫んでいたら、どうやらエルフ王が親書を読み終わったようで、自分のコップをあおった。
 そして、シルヴィア姫よ、と声を掛けてくる。
「だいたい分かった。つまり、暗黒皇子とトロールに対抗する術があると言うことだな」
「はい。リュージ様に任せれば、必ずや道が開けます。エルフ王には、その後押しをお願いしたいのです」
 うわ、さっきまで酔っ払いだったのに即答だよこれ。
 シルヴィアの、その一瞬の切り替えに俺はびっくりした。
 さっきの態度は、もしかして演技?
 そんなことが出来るなら、さっさと他の人を捕まえられたんじゃねーの?
 俺がさっきの自分のことを棚に上げてそんなことを考えたら、そっと手が伸びてきて手の甲をつねられた。
 何でお見通しなんですかー!
 なんだか既に尻に敷かれているようで胃が痛い。
 いや、俺は悪くないぞっ! 既成事実は無いんだからなっ!
 俺は酔った勢いで無謀にもそんなことを思ったが、それへ追撃が来るより前に、エルフ王が言葉を口にした。
「ふむ。トロールに対抗するに魔法の剣の量産をおこなっていたが、我らがエルフの戦士にも限りがある。先が見通せるのであれば願ったりだ」
 おお、真面目な話が続いているぞ。
 俺は、エルフ王が俺たちをねぎらうためにこの場を設けたのだと強く感じた。
 決して、自身が酒を呑みたかったからじゃないと、そう思ったのだ。
 ほっとしたところで、シルヴィアも答えた。
「ありがとうございます」
 めでたしめでたしと思ったが、こんなんで終わるようなら会談設けなくても使者で済んだんじゃないのかなぁ。
 まあ、後は普通に酒を呑むだけか。
 そんなことを思ったときに、エルフ王が「ところで」と話を続けた。
 さっきの話以上に問題なことって何かあったかな?
 俺は酔った頭でちょっと考えたが、何も思いつけなかった。
 シルヴィアのほうは、その言葉を予期していたようで、静かに続きを待っている。
 会談は彼女に任せるって言っていたんだから、そのままで良いかと俺は一人で杯をあおった。
 ちなみに、少し水で薄めています。へたれ言うな。地獄の苦しみは少しでも減らしたいんだよ。
 そんな緊張を解いた俺とシルヴィアを交互に見たエルフ王は、少し首をかしげた後、こう言ってきた。
「しかしだな、肝心なことがこれには書いてないではないか」
「民衆を鼓舞するのに必要なのも分かってはおりますが、まだそこは決められません。残念ながら」
「そう思っているのならば、前倒しで構わないではないか。わしに直々話を持ってくるのだからと、楽しみにしていたのだぞ?」
「申し訳ありません。その分、盛大にさせていただきます」
 あれ? なんか変なこと言い合っている……
 嫌な予感を感じて逃げ出したくなった俺の手は、がっしりとシルヴィアに捕まってしまった。
 やべぇ。やっぱり俺にも関係ある話ですかー!?
 俺は何でこの展開を考えておかなかったのかと盛大に後悔した。
 が、それは既にして後の祭りだった。
「盛大になるのはもちろんだ。が、しかし納得いかんなあ」
 エルフ王は、そう言ってこう続けたのだ。
「結婚式の日取りが決まってないのは納得いかんぞっ!」
 それが親書の中身かよっ!
 さっきの言葉を取り消させて貰う。
 エルフ王は、この展開を予想してこの席を設けていたんだっ!
 うぐぐ、最初のやり取りが真面目だった分、ダメージがでかいぜ。
 この服も、粗相があっても大丈夫なように選ばれたに違いない。
 くそお、何かユーギンたちだけじゃなくて、周りのエルフたちも生暖かい目をしている気がする。
 俺に目を向けないでくれぇ……
 居心地悪い俺に、ウルル王が尋ねてくる。
「リュージ殿は、シルヴィア殿の、どこが気に入ったのかね?」
 え、そんなこと答えなくちゃいけないんですか? 俺は巻き込まれただけなんだっ!
 そんなことを思ったが、もちろんこの場で馬鹿なことを言えるはずもない。
 二つの国を巻き込んでいるのだ。俺一人の感情で険悪にさせるのは非常にまずい。
 なので、当たり障りの無いよう、こう応えた。
「えーと、素直で、頼りがいがあるところです……」
 すると、更に突っ込みが入った。
「ふむ。なのに式の日取りを確定させてないのは、どんな問題が?」
「いや、暗黒皇子を倒すのが優先なので……」
「結婚しててても旅は出来る。もしやとは思うが、妻を守れないほどへたれだと言うのか?」
「はい、そうな」
「ウルル様。さすがにそれは言い過ぎです。私が頼りにしているんですから折り紙付きですよ」
 俺が素直にそう答えようとしたら、シルヴィアが途中で口を挟んできた。
 なんか、義父となる人へ結婚報告をしているみたいな気がするよう。
 しかも、俺の甲斐性が問われているようで、居心地が悪い。
 俺は逃げるに逃げられず冷や汗を流していたが、不意にエルフ王は「手を見せてくれ」と言ってきた。
 シルヴィアに捕まっていたほうの手が差し出されると、王は手のひらをじろじろと見る。
 そして、ニッと笑った。
「まだ足りないが、伸びしろのある手だ。だからかね?」
 だからって何がだよ!
 俺は混乱したが、シルヴィアはその意味を理解してすぐに答えを返した。
「だからです。もっともっと立派になりますから!」
 そして、俺へほほえみ掛けてくる。
 あの、そんなに期待されても、何も出来ませんが?
 俺はそう反論しようとしたが、エルフ王はその答えで納得したようだった。
「シルヴィア姫と勇者リュージ殿の結婚は分かった。似合いの二人になるであろうな。待たされる分、楽しみにしているぞ」
 その言葉と共に俺の手へ新しいコップがもたらされると、エルフ王が直々にコップへ酒を注ぐ。
 水で薄めちゃまずいですかー!?
 もちろんその言葉も言えるはずがなく、俺も返杯としてエルフ王へ注ぐと、彼は立ち上がってこう叫んだ。
「サルア王家は、勇者の血を迎えてますます発展することが分かったっ! これまで結婚の話が無かったことに、隣の国として少しやきもきはしていたが、わしも何も出来ず残念なことになっていた。だがシルヴィア殿は、期待していた以上の伴侶を迎える。こんなに目出度いことはない。今夜は呑みあかすぞっ!」
「おおっ!!」
 あの、エルフがドワーフ以上の呑兵衛って、エルフのイメージから外れると思うのだけど、どうなの?
 俺はそんな疑問を持ったが、周囲のエルフが何も言わず酒を用意しているので、この世界はそれで良いのかと観念した。
 ああ、これで明日も二日酔いが確定だよね。
 じゃんじゃん運び込まれる酒に、俺のコップは乾く暇がない。
 しかも、前半であった真面目な話を蒸し返す人が一人も居ないではないか。
 この結婚の話って本当に親書にあったのかと、一瞬の隙を見てシルヴィアに問い掛けたら、こんな答えが返ってきた。
「ええ、結婚の報告が主でしたので、十分な祝福がいただけて良かったです」
「あのさ、暗黒皇子対抗策とかあったよね。あれが主じゃなかったのか?」
「あれは建前です」
 さらりと告げられた言葉に、俺は溜め息さえ吐けないで絶句した。
 建前って……おいおい。結婚って、世界情勢より大切なものなのかよ?
「エルフ国からも祝福いただくためには、もちろん暗黒皇子を倒せる目処がありませんと難しいので、それはきちんと書きましたけれど、大丈夫ですよね?」
「いや、大丈夫もなにも、まだ影さえ見えてないんだよ? 必須アイテムさえ揃ってないのに、妄言みたいなこと宣言されちゃうと後が怖いんだが……」
 そんな風に二人でぼそぼそと会話していたのを見とがめてか、エルフ王が改めて近づいてきてこう言った。
「何を二人で固まっているんだ。正式な勇者が現れたと言うことは、エルフにとっても目出度いことなんだが、分かってるのか? これで結婚破棄なんてことになったら、断交するからな」
「なんでそうなるんですかー! だいたい、エルフは俺みたいな不細工を相手にしないでしょーが。いくらシルヴィアが俺を見初めたと言っても、それは人間基準なんだし、しかも俺にはもったいない人なんだから俺じゃなくてもっ」
 俺がエルフ界とエルダーアイン界の仲を悪くさせたら大変だけど、酒でつい本音が出たら、即座に罵倒が飛んできた。
「馬鹿者っ! わしらの審美眼を甘く見るでない。たとえ年が少し上でも問題は無い。リュージ殿が居なかったらどうなると思ってるのかね?」
「分かりません」
 あああ、酔っ払って失礼なこと言い始めているよ俺。
 頭の片隅ではそう思うものの、今更取り消しが出来るはずもなく、俺は更なる罵倒が来るのを覚悟した。
「エルフとしても、困るんだよ」
 しかしエルフ王は、静かにそう言ってきた。
「え? サルア王家が滅んだらまずいってことですか?」
「それもあるんだが……すまない。シルヴィア殿は、少し席を外してくれないか? ちょっとばっかり問題あるのでな」
 もしかしたら、勇者にしか言えない秘密でもあるんだろうか。
 俺はシルヴィアに居てくれたほうが良いんだがと思ったものの、当の本人も分かってますと言って立ってしまったため、エルフ王は即座に俺の耳元へ口を近づけた。
「実はな。エルフでは勝てないんだよ」
「うぇっ!?」
「馬鹿者。声が大きい」
 あまりの内容で俺が大声を出すと、すぐに口が塞がれる。
 しかし、エルフが勝てないって、トロールに負けるってことかよ。洒落にならんぞこりゃ。
 一気に血の気が引いていくのが分かる。
 エルフ王が景気良いことを言ったのも、それをシルヴィアが追認したのも、まさか負けることを覚悟しているからなんだろうか………
 俺がゲームの知識として知ってるのは暗黒皇子を倒す旅だけで、トロールとエルフの争いがどうなったのかは、ゲームでは明らかになっていなかったので分からないんだ。
 一応、続編でもエルフ界は出てきたし、その際はトロールが現れていなかったから、トロールが負けたんだろうとは思う。
 だけどその具体的な道筋を示すことが出来ないので、俺としてはエルフ王へ掛ける言葉を失ってしまったのだ。
 顔が青ざめただろう俺を見て、エルフ王は何故か不思議そうな顔をした。
「何か問題があるのか? エルフが魔法に特化していて何が悪い」
「いや、悪い話でしょう。魔法で勝てなかったら、何で勝つんですか」
 この世界のエルフは、魔法に強い種族だ。そして魔法使いは、腕力が弱い。
 それで何が問題になるのかと言うと、攻撃力不足になってしまうと言うことなのだ。
 以前、この世界の最強武器は神聖剣と言ったことがあったが、それは何と魔法もひっくるめてのことである。
 最強の魔法でさえも、神聖剣での一撃に及ばないことがあったりするのだ。
 どうも威力を決める乱数の幅が大きいらしく、精神力をやたら使う上に確実性に欠ける魔法攻撃なので、俺はゲーム時魔法使いをほとんど入れたことがなかったりする。
 ちなみに体力回復魔法も乱数幅が大きいんだが、僧侶系には視界を広くする魔法があるので、そちらは仲間にしてた。
 ドワーフが出ていたのに、エルフの話をほとんどしていなかったのだが、これで理由が分かるだろう?
 そう、エルフの魔法使いは入れると苦労する地雷職なのだ。
 それを当のエルフ王も理解しているのだろう。
 少しばかり不機嫌な顔になった彼は、こう告げてきた。
「いや、勝てないと言ったのは、シルヴィア殿に対してのことだが?」
「はっ?」
 さっきほどではないが、俺がびっくりしたのをジロリと見て、エルフ王は続けた。
「魔法より早く攻撃を繰り出す彼女に、我々の精鋭は以前ボロ負けしたことがあるんだ。それ以来、エルフでも彼女を敬遠する者が多くなってなぁ……エルフ基準でさえあれだけの美人なのに、結婚話を持ちかけられなくて申し訳ないと思ってたところなんだよ」
「ええー? そんな話なら、シルヴィアに席外して貰わなくても良かったのに」
 俺がそう言ったら、お前は馬鹿かと突っ込まれてしまった。
「こう言う話はだな、本人が居ないところで話すものだ。お前も少しは考えろ」
 ボカッと頭を殴られて、俺は痛がったが、それをエルフ王は気にしなかった。
「だいたい、勇者のくせして妾が欲しいとか言い出さないのも問題なんだ。エルフも武人だが美人だし、同行させても良いのだぞ?」
「いや、あの、ごめんなさい」
 俺が即座に断ったのを見て、エルフ王は不機嫌になるかと思いきや、やっぱりなぁと溜め息を吐く。
「シルヴィアには敵わないか。だがな、だからこそお前はあの娘を幸せにする義務があるんだからな!」
 そして、すっと立ち上がると見下ろしてこう大声で言ってくる。
「頼んだからな!」
 まるで威嚇するかのようだった……ああ、威嚇なのか。
 俺の周囲を覗っていたエルフ女性が、少し挙動不審になっている。
 あわよくば勇者と縁を結びたいのだろうけれど、当の王様に釘を刺されて困っているらしい。
 エルフ王としては、シルヴィアと仲良くなかったら、彼女たちを俺へけしかけるつもりだったのかもしれない。
 いや、仲良くてもだったのかな?
 ハーレム万歳とか脳内で声が聞こえたが、俺はそれを無視した。
 テランナから誘われただけでも、俺には手に余ります。
 そんなことを思って彼女を見れば、エルフ王が彼女へ話しかけているのが目に見えた。
 あっちにも縁談持って行ったんだろうか……いやまさか。
 ふと浮かんだ考えを横に振り落として、俺はエルフ王の言ったことをぼんやりと考えた。
 シルヴィアが、結婚出来ないことを気にしていたのは聞いたんだけれど、それをエルフも心配していたとは想像していなかったんだ。
 エルフ王も言ったけどさ、本当に美人なのに、何で結婚出来なかったのかね。
 この世界なら、むしろ腕力上等で優位に立てると思うんだけどなぁ。
 ゲームを知ってる俺からすると、そう感じるんだが、違う意見もあるんだろうか……ああ、今日は止めにしよう。
 深く立ち入ったら俺の心が物理的に危うい気がして、俺はそこで酒をあおった。
 そして今度は、エルフ王自身のことを考える。
 それにしても、物語で言うエルフらしくなかったなぁと。
 何か親戚のおじさんみたいで、親近感が湧く。
 たぶん、そんなところが評価されているのだろう。周りのエルフを見ても、みな楽しそうだ。
 今が戦争中なのを忘れさせてくれる光景。
 現実逃避してるんじゃなくて、必ず勝つのを信じているからこそ、こうなれるんだろうな。
 俺は盛り上がっている場をもう一回見回して、明日の勝利に一人乾杯した。
 それを見て、次々に杯が上がる。
「乾杯っ!」
 打ち鳴らされるコップの音を聞きながら、俺は酒に呑まれる前にとゆっくり意識を手放す。
 だけど最後の瞬間、柔らかい何かに包まれたような気がして、とても暖かい気分で眠りについたのだった。
 ……ちなみに翌日の体調は、危惧していたとおり二日酔いでした。やっぱり酒には勝てなかったよ。こんちくしょう。



[36066] その13
Name: 凍幻◆786b687b ID:be9ab252
Date: 2013/08/20 19:32
 二日酔いで痛む頭を抱えながらの朝食会場は、当然ながら王様とご一緒でした。
 場所は昨夜と同じ場所なので、床に座るのは良いのですが、ちょっとばっかり横から冷たい風が吹いてますですよ。
「昨夜は楽しかったな!」
 それを感じてないのか、一人そうのたまうウルル王。
 ご満悦いただけて幸いですが、俺の周囲が酷いことになっているのはどう言うことですか。
 飲みつぶれてしまったユーギンと隊長が居ないのはともかく、俺の隣にシルヴィアとテランナをそれぞれ配置したのみならず、前方にも美女さんたちがいらっしゃるって何の冗談ですかー?
 三人ほど居るけどみんな強そうでしかも一目で美人さんと分かるほどの人たちだし、昨夜あきらめたと言っていたような気がするんだけど、そこんところどうよ王様ぁ。
 しかも、自分の器を受け取るついでにその先の顔を見ようものなら、もも肉をつままれました。痛いですよシルヴィアさん。
 冷気噴出するのもやめてー! 二日酔いから胃炎になっちまうよう。
 何でこの世界には胃腸薬が無いんだ……
 お腹を押さえながら内心でそう思ったけど、この状態が変わるはずもなく、俺は下を見るほか無かった。
 どこ見ても怒りに触れそうなほどなのですよ。
 あ、王様だけ見ていろってのは無しね。俺だって健全な男性なわけだし、やろーだけ見るのはごめんです。
 かと言って、横に座った同パーティのシルヴィアとテランナだけ見る訳にもいかん。一応は礼儀上としてだが。
 痛い思いをしたいわけでも無いし、何とかしないとならんなぁ。
「あの、昨夜が楽しかったのは良かったんですが、この配置は何とかして欲しいんですけど」
 たまりかねてそう言ったら、何故かウルル王はニヤリと笑った。
「なに、勇者にはこれからのために美人へ慣れて貰わないといかんでな。どの娘も頼りになるぞ」
「それは、私たちのパーティに入ると言うことでしょうか?」
 気にくわないと言った口調で、すぐさまシルヴィアから質問が出る。
 まあ、当然だわな。俺だってこんなあからさまに出られるとは思ってなかったし。
 昨夜、シルヴィアの相手として俺は見定められたはずだった。
 まだまだとは言われたし、俺自身もそのつもりだから異論は無いけどさ……ってその考えだと俺が自分で結婚認めているってことになるじゃないすかー!
 やばい、こうやって反論させて自分の妻としての地位を高める作戦だな。
 見破ったぜ! ……じゃねーよっ。おいおい、まてまて。まだシルヴィアが発言しただけじゃんか。何をタカぶっているんだよ俺。
 俺が内心で自分に突っ込みをしている間、ウルル王はこう答えてきた。
「何に、とは限定しないぞ。ただ、末永くお付き合いしたいだけでな。人間とエルフの友好を深めるのは悪くないはずだが? 親書にも、勇者の後押しを願う旨が書いてあったではないか。だからこその人選だよ」
 うわー。このおっさん、やり手だ。書かれていた内容に抵触しない方法で俺と仲良くしようとしている。
 シルヴィアは昨夜、その部分は建前だと言っていたけど、現実的には人間とエルフは仲良くしなければならないのは確かなわけで。
 暗黒皇子にトロールと言う共通の敵が居るのもそうだけど、世界の繋がりを考えれば仲違いはしてはならんのです。
 ただ、それならば婚姻関係を俺に限定しなくても良いはずなんだけどなー。
 エルフだから美男子さんも居るだろうし、それならシルヴィアの妹さんたちとお付き合いしても大丈夫じゃね?
 俺はそう考えたが、シルヴィアも同意見のようだ。
「でしたらば、ぜひ妹たちへお願いします。既にリュージ様はパーティメンバーを決められておりますゆえ、これ以上は旅には同行出来ませんし、私との婚前旅行ですもの、こちらにも一言いただかなければなりません」
 うはー、言い切っちゃったよ、これ。
 彼女がそこまで言うとは思ってなかったらしく、王様は少し眉を動かしたが、すぐに口を開いた。
「確かにそうではある。だがな、『頼んだからな』と昨夜言ったではないか。どこに間違いがある? 頭を下げてすむのであれば、そうするぞ。あとこれはシルヴィア姫を無視した話では無く、追加提案だから問題ないはずだ」
 えーと、それって謝らないってことですか……
 納得したようで蒸し返すこのパターンが、クレームで一番問題になるタイプだ。
 サラリーマン時に電話で一時間奪われたときは、さすがに疲労困憊だったぜ。これは時間掛かるかも。
 俺はそう思ったし、むっとしたシルヴィアの様子から見て、彼女もそう感じたらしい。
 だが、彼女の反論が出る前に、今度はテランナから言葉が飛び出した。
「それって、こちらで了承してませんでしたよねー。ちゃんと第二婦人にも聞かないと駄目ですからー。よって無効です」
 おいっ! いつの間に決まったんだよそれ!!
 俺は思わずツバを吹き出しそうになった。
 何とかこらえたが、素直に吐きだしても問題ないかもしれないってか、色んなものが吹き出るのは仕方ないでしょ。
 練習とか言っていたのは、マジだったんですかっ!?
 何でハーレムにしなくちゃいけないんだよ。俺は日本に帰るからいりませんってばっ!
 だいたい、腹黒いお前が第二婦人って何の冗談なんだよっ!
 シルヴィアから『メイドの一線』とか言われてたのは何だったんだよっ!!
 俺がそれらを叫ばないよう無理やり口を塞いだシルヴィアが、代わりに言葉を続けている。
「リュージ様の答えがいらないとおっしゃるなら、勇者軽視にも繋がりかねません。少々問題ではないでしょうか」
 俺の言葉を無視したお前が言うなっ!
 そうも叫びたいが、口を塞がれて果たせずモガモガと変な音が漏れたのを聞いて、ウルル王は今度は俺の方を真っ直ぐ見てこう言ってくる。
「何も、順番を付けたいわけじゃない。エルフも勇者との繋がりを持ちたいだけだ。正式な勇者が順当に『勇者らしく』振る舞ってくれれば良いだけなんだよ」
 ああ、この人も勇者論の信者なのね……
 俺はがっくりきた。
 どこの世界にこんな都合の良い話ばかりが転がっていると言うんだ。
 確かにハーレムは男の夢だ。しかし、それを実現するのは並大抵の努力じゃ済まないんだぞ?
 女性間の調整もあるし、何より、身が持たない。
 これからが見込める少年ならともかく、おっさんには無理ですわ。
 二十代ではおこなえた徹夜が、この年では難しいのですぐ分かります。
 物語ではすぐに特殊才能として絶倫ってことになるけど、それはただの夢だからっ!
 呆れかえって言葉が出ないが、俺は一応聞いておこうとして、手を何とか外して言葉を紡いだ。
「あの……その勇者って言葉に、複数のお付き合いは含まれるのでしょうか?」
 だが予想通り、それは当然だと頷き返されてしまった。
「キノコは十分にあるし、遠慮しなくても良いんだぞ?」
 そして、わははと笑うウルル王。
 この世界には、一夫一婦制が無いんかよ。
 俺のうめき声を聞いたのか、シルヴィアが少し声を強めた。
「私の夫と言う立場は、無視ですか? 既に次代サルア王としての公布は終えています。それは親書でもお伝えしたはずですが」
「それは承知している。だがな、勇者は退職出来ないはずだ」
 痛いところ突いてくるなぁ。
 夢幻の心臓の勇者は、基本的に退職出来ない。
 何故ならば、自分の心臓そのものが勇者のそれに置き換わってしまっているからだ。
 神に呪いの言葉を吐き、第一作で夢幻界と言う地獄へ落とされた主人公が、そこから脱出するため掴み取った秘宝が『夢幻の心臓』である。
 それで、故郷に帰れると喜んでいたのも束の間、モンスター召喚の祭壇によって別な世界へ飛ばされたのが続編であるこの世界なのだ。
 俺はくだんの心臓を所有していないけれど、残念ながらラスボスを倒すまで祭壇が機能しなく自分の世界へ帰ることが出来ないので、それまで勇者役を演じているだけなんだが……
 何で俺なんだろうと痛切に思う。
 俺はモテたいと思ったことはあっても、修羅場を体験したいとか思ったことないんだよっ!
 世の物語主人公は、どうやったら異世界でハーレム作りたいとか思えるのか不思議でなりません。
 ああ、日本へ帰りてぇ……
 俺が賛成してくれないのを見て取って、ウルル王は懇願するかのように言ってきた。
「なに、たいそうなことじゃないんだ。勇者も王様も続けていて構わないからさ、お相手一晩だけで構わないから。ちょっとだけ、いや、さきっぽだけだから」
 無茶なこと言ってるなー。
 王様にこんな言葉を吐かせるほど勇者の地位は重いらしい。
 っつーか、方向性完全に間違えているだろ、それは!
 俺は、少し明後日の方向を向いて言ってやった。
「それで暗黒皇子を倒すのが遅れたら、元も子もないですよね? 俺の体力もちませんよ」
「なに、そこな僧侶が体力回復させるではないか。さっきキノコもあるって言っただろ、良いではないか良いではないか」
「あかんだろーがっ!」
 あら、自分でびっくりするほど大声が出た。
 少し気まずい雰囲気になってしまったが、そこへシルヴィアはするりと入り込んだ。
「リュージ様の言うとおりです。私たちは暗黒皇子へ対抗する必要がありますが、それには勇者が必要であり、むやみやたらにキノコを使えば良いと言うものでは無いはずです」
「えっ、キノコ使っての戦闘は駄目?」
 キノコ自体に駄目出しされたら俺自身がまずいので、思わずそう聞き返したら、シルヴィアは俺へにっこり笑った。
「自身のものならいくらでも大丈夫ですよ」
「どーいう意味だよ、そりゃ」
 つい口にしてしまったが、聞いてはならない内容に、彼女は頬を赤くして笑みで返す。
「本当に聞きたいなら、二人きりで教えますね」
 その顔は、完全に勝ち誇った笑みじゃないすかー!
 勘弁してください……
 俺は溜め息を吐いてから、問題となる目前のエルフ三人を見た。
 みな美人なのは間違いない。少し幼い感じがする人に、スレンダーな人、あと巨乳。何故にエルフで巨乳が?
 いや、エルフに巨乳が居たって何の不思議も無い。
 一部の人たちが存在を否定しているだけで、某劇でのティターニアさんみたいなエロ方面だってあるじゃないか。
 そんなことを思ったのは一瞬だったが、胸に目を向けたのは間違いなく、シルヴィアが「不満ありますか?」とばかりに咳を小さくした。
「いえ、ありません」
 なので、俺は即座に返答する。しなければならない。
 だって、怖いんだもの。尻に敷かれていると言うなかれ。戦闘は言わずもがな、ベッドでも勝てる気がしないからの即答なんだよっ!
「ですよね」
 短くシルヴィアが返答するのを受けて、テランナも言ってきた。
「シーなりに楽しめる術もありますからねー」
 シーは人間より背丈が低いため、その需要も満たせると言う意味ですか?
 テランナの容姿を説明したことはこれまで無かったけど、彼女もまあ、悪くはない。
 サラサラな腰までストレートの自慢の茶髪は多くの男を引きつけてやまないし、人間基準で言えば背が低いものの、それなりに顔立ちも整っている。
 笑みが酷く黒いことを除けば、不細工な俺なんかにこだわる必要がないはずの女性である。
 彼女が俺へ絡んでくるのは、シルヴィアを慕っているからだけだろう。
 そのシルヴィアが俺を慕っているので、彼女がそうならばと拘泥しているだけだ。俺自身には関係がない。
 俺はそう思っていた。
「私の親であるシー村の前村長にも別途メカケになる旨手紙送ってますので、心配しないでくださいませ」
 今、ここで恐ろしい話を聞くまでは。
「待てやそれっ! 俺承諾してねーぞっ!!」
 俺が怒鳴ったのを平然と聞いて、テランナは答える。
「ええ、そう言われると思いましたので、事後承諾です。シルヴィア姫――奥様には既に了承受けてますが何か問題でも? だいたい、私をパーティに誘うってそう言う意味だったのですが、勇者から誘ってくださいましたよねー。今更じゃないですか」
 にんまりと笑うテランナに、俺は言葉を返せなかった。
 いつの間に相談してたんだ? シルヴィアからも何も聞いてないぞ。
 俺はシルヴィアを見たが、彼女は頷いただけだった。
 確かに、巻き添えとか言ってテランナのパーティメンバー入りを承諾したのは俺だ。
 だがそれは、シルヴィアの世話を願うためであって、俺自身に問題が降りかかってくるとは思わなかったんだが……
 ショックを受け呆然とした俺へ、ウルル王が言ってきた。
「なんだ。人間のシルヴィア王女だけでなくシーまで受け入れておいて、エルフを除外するとは納得がいかんぞ。まさかあのドワーフも実は女性だとか言うのか?」
「いやまさかです! ユーギンは男性ですよっ!」
「そうなのか? ドワーフは専門外なのですまないな」
 どこをどう見たら、ユーギンが女性に見えるって言うんですかまったく。
 ……いや、今までユーギンの性別って確認したことあったっけ?
 背筋がザワッとした。ゲーム時に男性だったから、単純にそうだろうと思ってただけなのに今更気付いたのだ。
 ゲーム時男性だったテランナが女性になっていたんだし、ユーギンがそうで無いと確信出来る証拠は無い。
 でも、声質と口調は男性のそれだったし、胸ないし……
 考えるほど疑心暗鬼になる俺へ、呆れたようにシルヴィアが言ってきた。
「ユーギンさんは男性ですよ、妹さんが居るとは聞いてますけれど。そもそも、傭兵業で来てくれるのは圧倒的に男性ですから考え違いではありません」
 あっ。すっかり忘れかけてたけど、ユーギンは傭兵で正規兵じゃないって言ってたんだっけ。
 それで同僚はほとんど殺されて、剣使いだった彼ともう一人だけが生き残ったと。
 なかなかハードな事件だよなぁ。俺ならトラウマになること間違いなしだよ。
 砦での出来事は、過去と言い切るにはあまりにも近すぎて触れたくない内容に違いない。
 だけどユーギンは、そんなことがあっても俺に親しくしてくれたし、隊長をはじめとする守備隊のみんなも暖かく迎えてくれていた。
 あれこそが大人の貫禄って言うんだろうな。まあ、酒で酔っ払っている姿からは全然そうは思えないけど。
 俺は、二日酔いでここへ姿を見せていないユーギンと隊長を思ってそっと笑った。
 今更女性だなんて言われても、へぇそう、くらいの感想しか実際には出ないだろうと今になって思えたからだ。
 ただ、彼らも俺に好意持っているなんて言われたら勘弁だけどな!
 俺が安心したのを見計らって、エルフ女性のうち、巨乳の人が痺れをきらせたかのように話しかけてきた。
「それでは、ようやくですがあいさつさせていただきますね。私はラドスと申します。隣がカルラ、その隣がアデュアです。以後、お見知りおきをお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします。私がシルヴィア。隣がリュージ、そしてテランナと申します。あと、ここには居ませんが先ほど名前の出たユーギンに、クモンもパーティにおります」
 流れるように返答したシルヴィアの言葉を聞きながら、俺はふと疑問に思った。
 あれ、そんな名前のエルフは居たっけか、と。
 俺はゲーム時、腕力上等のパーティだったので、魔法に特化されているエルフたちは仲間へ入れてなかったのだ。
 一生懸命考えても、出てくる名前はバニラとアボラスのみ。
 どうでも良いけどこの名前、怒られやしないのかね。他にも元ネタが分かる名前があったような気がするんだが、当時も問題になってなかったから本当に今更だけどさ。
 それで、パーティに入れないくせに何で彼らの名前が出てくるかと言うと、彼らがトロール城に捕まっていて特別だったからにすぎないんだ。
 何故か分からないけど、トロールも捕虜をとっていたんだよね。しかも二人も。
 まあ、伝説の魔法使いであるウルルを閉じ込めるため女性バニラと男性アボラスに分離させチカラを削いでいたらしいんだが、男女に分離ってどうなんだよ……って、えっ?
 俺はそこで、はたと気付いた。
 目前のエルフ王の名前が、そのウルルと言うことに。
 同じ名前だけで別人とか世襲制とか、とっさにそんなことが浮かんだが、この人も強そうではあるし……うーん、分からん。
 しかもゲームのウルルさんって、女性だったはずなんだよねぇ。
 こいつも性転換かよと思いつつ、一応は尋ねてみる。
「あの、もしやとは思うんですけど、ここに居るのは優れた人たちだけなんですよね?」
 それへ、何を聞くんだとばかりに鷹揚にウルル王は頷いた。
「それで、一番強い魔法使いさんがまだ捕まってたりはしないんでしょうか?」
 その質問に、あら、とばかりにアデュアさんが反応した。
 一番幼いように見えるんだが、何か知ってるのかな?
 俺がアデュアさんを見たことで、ウルル王も少し動揺したようだ。
「バニラさんとか……」
 反応を見るためそう言いかけたら、急に王様は気まずそうになってしまい、こう言ってきた。
「二人が一時囚われだったことを、何で知ってるのか? 息子のわしから口止め出したはずだが」
「え、息子……ウルル王の両親だったんですか?」
「それを知らないのに、何で捕まったことを知ってるのか?」
 変なところを聞いてしまったようで申し訳なく思ったが、どう答えようか二秒ほど考え込んでいたら、王様はそれで何かを観念したようで、何故かアデュアさんを見てから話し始めた。
 何でも、最初にトロールが攻めてきた際、迎撃の先頭に立っていたのが王様の両親であるバニラさんとアボラスさんなんだとか。
 そんな立場の人が真っ先に出てはまずいでしょーがと思ったが、チカラを見せ付けるため、魔力に優れる二人が出たほうがよろしいとなったらしい。
 でも以前話したとおり、この世界の魔法は威力が不安定なため、隙をつかれて捕まってしまったと。
 その後、魔法の剣が開発されたのでトロールに対抗できるようになり、無事に助けたんだそうだ。
 捕虜が居ないとなれば、トロール城へ真正面から殴りこみに行く予定が無くなるからありがたい。
 でもさ、ゲームと違ったことがあっても、もう驚かないぞとは思っていたが、まさかバニラとアボラスの合体が男女合体だったとは思って無かったよっ!
 魔法使いウルルさんを分離したからバニラさんとアボラスさんになったのではなく、二人が合体したからウルルさんが産まれたとは……ゲームを知ってる人に話したら馬鹿にされそうだな。
 ところで、二人の子供となるウルル王が反応したのはともかく、アデュアさんが反応したのは何でだ?
「それってアデュアさんにも関係することなので?」
 この際とばかりに聞いてきたら、少しビクッとなったアデュアさんは、こう答えてきた。
「バニラは、私の姉です……良い年したおばさんなんですから、もう少し思慮深くあっても良かったんですが、すいません」
「いや、ここで謝られても」
 バニラさんに妹が居たとしても、捕虜になったことは俺に謝ることではないし、結果として脱出出来たのだ。何の問題も無いと思う。
 思ったことを素直に言ってみたら、何故かアデュアさんはこう言ってきた。
「それじゃあ、身内の失態は私が償いますので、これからよろしくお願いしますですわっ!」
 何で「それじゃあ」なんて接続詞になるですかっ!
 この人も目が妙な具合に輝きはじめているよ……本当になんで?
 ありえない展開に俺がうんざりした目を向けたら、隣のカルラさんがアデュアさんの頭をハタいてくれた。
「調子に乗るんじゃないよ、まったく。いくら勇者とは言え、こんなぶさ……個性的な人とは、あんたも思ってなかったと言ってただろうに」
 さりげなく突っ込み入りましたー。
 俺の容姿は、やっぱりエルフ基準ではお好みじゃないようだ。
 ほっとしたと言うべきか、がっかりしたと言うべきか少し迷うけど、俺はこれ以上のメンバーを望んでいないので王様にすぐさまこう告げる。
「と言うことなので、お断りでよろしいですよね」
「いや困る」
「彼女たちもノリ気じゃないみたいだし」
「容姿は失言だ」
 うーん、何でこうも俺に執着するのか分かりません。なので俺は、三人の中でも年長と思われる巨乳のラドスさんへ尋ねてみた。
「俺は専門的に武術を学んでないし、君たちが尊敬出来るほどの存在じゃないんだけど、それでも王様の命令なら俺と一緒に行きたいって言うの?」
 その言葉に、ラドスさんは一拍間を置いてから答えてくれた。
「まあ、命令するのならば……」
 が、その内容は不精不精と言った様子で、とても納得している様子ではなかった。
「ぶさ……失礼、人間との結婚は考えたことなかったんですよねぇ」
 ちらちらと王様を見ながらの言葉に、俺は駄目だと判断した。
 これ以上話しても彼女たちから肯定的な言葉が聞けるとは思わなかったので、王様を見ながらこう言う。
「俺には、すいませんがラドスさんたちを連れて行くことが出来ません。シルヴィアだけで精一杯ですから」
 それを聞いて、明らかにほっとしたような雰囲気がラドスさんとカルラさんから流れた。
 どうやら二人とも強制だったようだ。
 いくら勇者とお近づきになりたいと思っても、王様の命令はまずいんじゃないか?
 俺はそう思ったが、当のウルル王だけは残念そうだった。
「うーん、勇者ならば彼女たちも受け入れてくれると思ったんだが、残念だ。また相手を探さねばならんか……」
 誰へ、と俺が問いかける前に、カルラさんが発言した。
「ちょっと、王様。私は別に探さなくても良いって言ったでしょう?」
「だがな、それほどの美貌、おしいと思うんだが……」
「そう言うなら、ウルル王が早く私たちを受け入れてくれれば良いだけでしょうが。まったく、体力続かないとか言っちゃって、女を袖にするのが悪いんじゃない」
 ああ、この人たち、王様に迫っていたのか。
 それで本人からの呼び出しに断り切れず、ここへ来てしまったと。ある意味、同情の余地がないでも無い。
 しかし、そんな人たちを勇者へ丸投げしようだなんて、ふてぇやつだ。
 俺は王様を冷ややかに見てこう言ってやった。
「なんだ、王様のほうがよっぽど甲斐性ないじゃないすかー。お相手少なすぎるんでは?」
 それへ、慌てた様子でウルル王が反論する。
「いや、わしも六人は居るんだが、これ以上はちょっと……」
「『一晩だけで良いから』とか言ってませんでしたっけ? 我慢は良くないですよー」
 俺の揶揄を聞いて、ラドスさんも続けた。
「そうですよ。お酒に逃げてないで、早く私も娶ってください。重要な話があるって言うから楽しみにしてたのに、こんな人間と結びつけようだなんて酷い話だとは思ってもいませんでしたわ。ああ、別に人間が悪いとは言いませんけど、ウルル王以上に強い方、いらっしゃいませんでしたから」
 どうやらこの人たちの基準には、強いかどうかも必要らしい。
 だけどゲーム時、伝説の魔法使いとまで言われていたウルル王なら、十分その基準を満たすことだろう。
 俺か? 俺は一応勇者に任命されてますけど、強くないし、なにより不細工ですからっ! ……うん、何か悲しくなってきた。
 まあ、エルフを入れたハーレムなんて作ってしまったら、それこそ日本へ帰れなくなる。
 彼女たちにとっても相手が消えるのでは迷惑だろうし、これが最善の方法だよね。
 王様がラドスさんとカルラさんに次々と責められるなか、俺は、アデュアさんだけが何故かその輪に入ろうとしないことに気付いた。
 しかも俺の視線を受けて、そらすどころかじっと見つめ返す始末。
 横のシルヴィアとテランナ双方から睨まれたような気がして慌てて俺から目をそらせたら、突然、アデュアさんはこう言ってきた。
「決めた。私、勇者に着いていくわっ!」
 ええっ!? 俺は範囲外じゃなかったのかよっ!
 さっきの話からして、この人ら、ウルル王の愛人候補なんだろ? それで俺に鞍替えってまずいじゃんか。
 俺はそう思ったのだが、当の本人は気にしてないようだ。
「だって私は、ウルルおじさんの姪に当たるのよ。なのにアタックするとか、どこを聞けばそうなるって言うの?」
 ああ、さっき彼女だけはバニラさんの妹だって言ったっけか。
 その際の口調とは違って今は少し砕けた感じがするが、これが本来のものなのだろう。
 はすっぱなエルフとか、気さくなエルフ同様にらしくないけどなー。
 俺がそう思ったのを気付いたのか、アデュアさんは少し意地悪そうな顔をしてこう言ってきた。
「『面白そうだったら引っかき回してきなさい』って姉には言われてたけど、本当にそうだとは思わなかったわ。あなた、人間にしてはイジリがいがありそうだし、何より顔が奇妙だわ」
 き、奇妙って……どう言う意味だよ、それは。
 不細工とは言われてたけどさ、ずいぶんな言い方じゃないか。
 俺が思わず顔をしかめたら、シルヴィアが替わって反論してくれた。
「アデュアさん、でしたか? 私の夫を愚弄するとは、エルフは傲慢ですね」
「傲慢じゃないわ。見た感じを言ってるだけよ。それが愚弄に当たるとは、人間は心が狭いんじゃないかしら」
「夫をけなされて怒らない妻はいませんよ」
「あら、そうなら私も怒らないとまずいかしら? でも、本当のことなのよね」
「いくら本当でも、口に出すとはエルフはワガママですねー。シーのように謙虚にならなければ、受け入れてもらえませんよー」
「私はいつも謙虚よ。ちょっとだけ楽しむくらい、シーでもやることでしょ。むしろシーのほうがイタズラ好きな分、始末が負えないわ」
 なんですか、これは……
 俺は愕然とした。
 しゃんしゃんで終わるはずだったこの場が、罵倒へと発展してしまったからだ。
 しかも三人もの女性がっ、俺を巡ってのことだなんてっ、想像すらしたことねぇよっ!!
 これはあれだ、モテない俺へのご褒美とでも言うべきことなのか?
 体験したことの無い騒ぎに俺は助けを求めてウルル王を見たが、その王様はゆっくりと首を横に振ると、一言だけ言い放った。
「定めだな」
 思わず音がするほど王の頭を叩いてしまったが、その気持ちは分かるだろう?
 イベントが何も無いはずのエルフ城で、こんな修羅場に巻き込まれるとは思ってなかったよっ!
 もうシルヴィアは、俺の横からテランナの横へと移動し、アデュアさんと真正面から向き合っている。
 おっかなくて少し反対側に身を寄せたら、カルラさんからこう言われてしまった。
「あの娘に気に入られるって、あなた、よっぽど不細工に見えたのね」
 擬音が出そうなほどショックッ!
 いくら俺の顔が悪くても、まさかまさかそれほどだとは……はぁ。
 美貌なエルフからひそひそ言われることぐらいは覚悟はしてたけどさ、あらたまって正面からそう言われると、ちょっと凹むよねぇ。
「それで、当然連れて行くんでしょ? もし違うなんて言われたら、間違いなくあの娘は暴れるからね」
 続けてラドスさんからも言葉があった。
 口調が少しぞんざいになっているのは、見栄を張る理由が無くなったからなんだろうな。
 俺は少し考えたけど、その問いに「やっぱり駄目です」と断りを入れた。
「なんで? アデュアは長剣の扱いにタケているし、呪文の扱いもうまいわよ。『翼よ、はばたけ』も唱えられるから、きっと役に立つはずよ」
 彼女の言う『翼よ、はばたけ』は魔法使いの呪文で、空を飛べるようになるやつだ。
 その呪文が必要になる場面があったりもするんで、魔法使いがパーティに居たら良いのは間違い無い。
 ただ、アイテムの『ペガサスの羽』があれば代用出来るから必須とまでは言えないし、それ以外の場面で魔法使いは役に立っていただろうか?
 俺はゲームの知識を思い返したが、そんな場面をほとんど思いつけなかった。
 だって、攻撃呪文は確実性で神聖剣に負けるし、補助呪文も、精神力を使う割に目立った効果は無かったような気がするんだよね。
 ラスボスに補助呪文を掛けたこともあるけど、最後まで掛けきるだけの精神力は誰も持っておらず、最終的には神聖剣で攻撃するようになってしまっていた。
 それならば、魔法使いじゃなくて腕力の高い戦士を雇ったほうが楽に攻略できるはずだと考えていたわけだ。
 他の職業はと言うと、まず盗賊は役に立たなかった。
 幸運のステータスが高いんだが、宝箱を開ける際に役立つはずのそれは、そんなに飛び抜けて高いって訳でもないし、回数を重ねれば他の職業でも開けられるんだよね。
 ダンジョン攻略ゲームとして名高いあれだと盗賊は必須とまでなるんだけどさ、このゲームでは入れないですんだ記憶があるので、リアルになったここでも今のところ入れていない。
 あとは僧侶だけど、こっちは体力と状態の回復呪文あるし、視界を広げる呪文を覚えるから最後まで連れて行っていた。
 せめてダンジョン脱出呪文くらい覚えられれば、魔法使いも連れていたんだけどなー。
 そう、この世界にダンジョン脱出呪文は存在しないのだっ!
 なので、どれだけ迷っても最後まで歩いて行かねばならないのです。
 僧侶の視界拡大呪文が無かったら、俺は確実にこのゲームを止めていたね。それほど視界悪化が酷いゲームだったと言える。
 迷いに迷って食糧が尽きた時なんか、ダンジョンの階段昇降時にも自動セーブ機能があったから絶対脱出出来なくなったのが分かり、泣く泣く最初からやり直したものなぁ。
 俺は、魔法使い唯一の正義とまで言える呪文の存在意義について、念のためラドスさんへ尋ねてみた。
「ちなみに、『ペガサスの羽』は売ってますか?」
「……残念ながら、売ってるわよ」
「ならば、この話は無かったってことで」
 ほっとしてそう言うと、カルラさんがこう言ってきた。
「でも高いわよ! 金貨四〇〇枚もするんだから、おいそれとは買えないわ」
 たけぇー!
 ゲーム時は確か二〇〇枚だったはずだから、倍はする。
 でもそれは、アドバンテージにはならないんだよ、これが。
「俺、今の段階で金貨は千枚以上ありますけど」
「……」
 そう、グールの道で稼いだ金が、けっこうあるんだよねぇ。
 序盤の良いカモと知られるグールは一グループにつき平均四〇枚は金貨を持っていて、俺たちはこの前、その彼らが湧き出るダンジョンにて一週間も籠もり続けていたのだ。
 おかげで、全員分の防具を新調出来るだけのお金があるのです。
 経験値が必要で俺たちがあそこに籠もったかのように以前言ったことがあるけど、実はお金稼ぎも目的だったんだわ。
 それにしても、無限に湧き出る彼らはどこから金貨を得ているのだろう?
 それを言い出すとゲームそのものの禁忌――モンスターは住民から金貨を得ている設定――に触れることになるんだけど、サルア王の話だとそれほどの被害は出ていないようだし、ちょっと分からないよなぁ。
 もしかすると他世界の金貨なのかもしれないが、そこを検証する気にはなれない。
 大事なことは、そのお金がこの世界で使えることです。日本円があっても役に立たないし。
 あと、買おうとしていた防具は一つで金貨二〇〇枚もするため当面は羽を買うまで余裕ないけど、そこまでは言わなくても良いよね?
 そこまで考えたところで、ふと横を見たら、未だに睨みあうアデュアさんとシルヴィア、そしてテランナがいた。
 えーと、これ以上対立したら、物理攻撃になるかも?
 俺は、怪獣大決戦みたいなこの事態になった元凶に止めさせようとウルル王を見たが、そのとたん盛大なうめき声を出してしまった。
「何で逃げ出してるんだよ……このへたれっ!」
 幸いにも、その大声でハッと我に返った三人は、それぞれ王の居た場所を見てようやくだが矛を収めてくれる。
「あの、すいません。つい頭に血が上ってしまいまして……」
 シルヴィアはそう言って謝ってくれるが、テランナは逆に勝ち誇った。
「ふふん。これでパーティメンバー入りはお蔵入り決定ですねー。許可貰えませんから私たちの勝ちですよー」
「ぐぐぐ、おじさんの許可があればこんなキャラだだかぶりのシーなんか追放してやるものを……」
 キャラだだかぶりって、背丈しか似てるところないじゃん! あと胸も。
 アデュアさんの言葉を聞いてそう思ったとたん、全方位から強く睨まれた気がした。
 俺は悪くないっ!
 が、ここは戦略的撤退をしようではないか。
 気を取り直して俺が「王様も居ないし、ここまでにしよう」と提案したら、巨乳のラドスさんから胡散臭そうな顔をされたものの、何とか全員から賛成をいただいたので、それぞれに分かれて気まずく部屋を出た。
 見合い失敗のときの雰囲気だよね、これ……
 この結果、朝ごはんを食べ損ねた俺たち三人は、二日酔いから回復したユーギンたちが合流するまで腹をすかせたままであったのだった。
 なお、シルヴィアにテランナのことを問い詰めたら、勇者ハーレムは正義なのでしぶしぶ彼女を認めましたが絶対ではありませんからねとのこと。
 それでも、外堀埋めるためには複数人いたほうが好ましいと言われているらしく……って、それは俺の外堀じゃねーかっ!
 俺が顔色を変えたことで失言に気付いた彼女は、もちろんこれ以上は必要ありませんとも言ってくれたが、はたしてそれは勇者論的に通用する言い訳なのだろうか?
 そのやり取りを聞いて「まだ勉強が足りてなかったようですねー」などと感想を述べるテランナへ向けて思い切り罵倒してやった後、俺は一人で故郷に帰る時を夢見て、盛大に溜め息を吐いたのだった。



[36066] その14
Name: 凍幻◆786b687b ID:be9ab252
Date: 2013/05/28 06:06
 少し早めの昼食になってしまった食事は、王宮隣の町中で取ることにした。
 お待ちをとか側付きの人からすがるように言われたものの、本来阻止に廻るはずの王様が朝食会場から逃げちゃっていたので、俺たちを止められなかったのだ。
 命令と現状で板挟みになった兵士がちょっとだけかわいそうだったかな。
 でも、食事出来るまでにまた別な人を紹介されたりしたら困るし、これについてはシルヴィアも同意見だったので、五人揃ったところでさくっと城の外に出た訳です。
 まあ、単純に腹が減っただけなら持参しているパンを食べれば良いんだろうけれど、一般的なエルフの食べ物にも興味があったのが一番の理由だったりします。
 街自体も戒厳令が出されているわけじゃないらしく、こうやって簡単に行き来が出来るのは戦時下としてどうかとは思う。
 とは言え、シーもドワーフも城を作らず独自に村を存続させているらしいし、ましてやここは山脈が周囲にそびえ立っているんだ。エルフ界で一番攻めにくい場所が危機的状況なら、エルフ界のどこにも逃げ場は無いな。
 地球の戦争とは違ってエルフとトロールは簡単に見分けが付くし、大規模な攻勢が無い限り、まあこれで良いのかもしれない。
 喜ばしいことに、俺の目から見ても住民に余裕があるよう見えるんだよね。
 あちこちからパンなどが焼ける香ばしい匂いがするし、人が歩くスピードもゆったりとしていて追われているようでは無い。
 本当に戦争中なのかこの風景だけ見れば怪しく感じるけど、敵としてトロールとは戦ったし、侵略を受けているのは本当なんだよなぁ。
 まあ、今は深刻に考えることは後回しで、店を探すのが先だっ!
 いい加減お腹の虫が鳴きそうだったので、俺たちは大通り沿いにあった一件の店に入ると、おすすめメニューを即座に全員分頼んだ。
 メニュー見てからのほうが良かったかもとはすぐに思ったけど、よく見たら料理の種類がさほど無かったので、みんなもそれで良かったらしい。
 と言うか、種類を選べるほうが珍しいんだとか。
 日本でなら、どれほど地方へ行っても料理の種類が十種類くらいはあったりするんだけど、さすがに異世界でそれを望むのは難しかったようだ。
 パンだって、チーズを挟んだものさえ無いんだ。牛乳はあるらしいけど、輸送容器が発達していないこの世界では値の張る酒以外の飲み物を運んだりはしないようなので、俺は飲んだことがない。
 野菜に獣肉、後は麦から作るお酒。エルダーアイン界ではこれが基本だったな。
 だから、ほどなくして出てきた料理を目にした俺は、思わずおぉとうなってしまっていた。
 パンがあるならこれも作ってくれないかなぁ、とは思っていたけど、本当にあるとはびっくりだ。
 そこにあったのは、スパゲティらしき麺ものだったのだ。
 ただ、見た目はスパゲティなんだけれども、少量だがスープに浸されているのでラーメンに近いのかもしれない。スープスパゲティと言うんだったっけか?
 まあ、そんなことはどうでも良いか。
「いただきます」
 俺は合掌した後、即座に箸で食べ始めた。
 うん、うまい。麺の材料はどうやら麦みたいだ。
 具は何かの貝の身に、海草類。あと、小魚を焼いたもの。スープも海産物から作っているのかな? すごく、こう、一体感があって良い感じだ。
 このエルフ界に海は無いけどエルダーアイン界にはあるから、かなりお金を掛けて輸送しているのだろう。
 いや、輸送していた、なのかな?
 世界間を繋ぐのはあのアストラルの道だけで、そこをモンスターがうろついているんだから、戦争開始後にあの道で輸送出来るはずがない。
 なのに、エルフ界のおすすめメニューで海産物ふんだんな料理が出るって、少々不思議な感じがするなぁ。
 エルフ界に川はあるけど、湖もあったかな? ちょっと覚えてないぞ。
 この海鮮料理ならば、エルダーアイン界のナガッセで出しているほうが普通だと思うんだよね。
 でも、ナガッセの宿に泊まっていた際、そこの食事は全部パンだった。
 米の飯が無いのは当然なんだけどさ、麺が無いのはどうよと思う。現にこうやってあるんだし、ナガッセでも食べたかったなぁ。
 ただ、それを不満に思うのは俺が日本人だからであって、地球的な考えからしても一般的じゃないのは俺も一応は理解している。
 麺を作る手間と使用する水の量を考えれば、パン形式のほうがはるかにお手軽だからだ。
 そう、たとえばアフリカでは、現地料理でそれらしきものは無かったとも記憶している。
 現代日本なら粉に出来るものは何でも麺にしてしまうだろうけど、他地域の人にまで食事に情熱を掛けろと言うのは、何か違うしなぁ。
 なのに世界的な保存食として麺料理が存在しているのは、日本人がフライ麺を開発したからだそうだ。
 麺を油で揚げる発想自体は大陸産らしいが、大量生産可能製品にまで昇華したのは日本人だとのこと。日本人、まじ凄い。少し意味違うけど、変態万歳だ。
 そう言えば、そのおかげで餓死者が減ったところもあると聞いたことあるけど、これは本当なんだろうか。これの真偽は地球に帰れたら調べてみたいな。
 いかん。こうやって歴史にまで考えが及ぶと、味が分からなくなる。
 俺は、器を手にとって麺が浸されているスープをすすった。
 うまー。
 感動がのどを通っていく。暖かい食事がナガッセ以来で久しぶりと言うこともあり、余計に美味しく感じるよ。
 がっついたり、そんな感想で箸が止まったりする俺を、気が付くとみんなは不思議そうに見てきていた。
「な、何だよ。みんなこの料理食べたことあるんだろう? 俺に注目することないじゃんか」
 でも、そう言ったら、ユーギンがしみじみと告げてきた。
「料理はエルフ料理としては珍しくないんじゃが、その、棒で食べるのが器用じゃなと見てたんじゃ」
 えっ、棒って何ごと? 只の箸じゃん。
「みんなも出来るでしょ? 昨夜だって箸はあったし、特に見るようなもんじゃないと思うんだけど」
 そう、昨夜の宴会では、きちんと箸があった。
 ただ、お酒が強すぎ途中で力尽きたほどなので、俺はほとんど食べ物に手を付けられなかったし、周りを見る余裕も無かったんだよな。
 みんなも普通に箸で食べていたと思っていたんだが……
「えーとですね。箸を使うのはエルフ以外だとごく一部の人だけなんですよー。私も使えないですね」
 そんなテランナの声に従ってみんなの手元を見ると、なんとシルヴィア以外はフォークを手にしているではないか。
 昨夜の席でも箸とフォーク、両方が添えられていたと言う。気付かなかった。
 考えたら、このメンバー全員で普通に食事する機会って、これまで無かったかもしれない。
 旅の間はパンに保存食だったし、城では宴会で、これまた他人を見る余裕がなかったしなぁ。
 砦での食事時は確かにフォークだったけど、パン食だったから全然違和感を感じなかった。
 そうすると、俺が箸を使ったのは、いつ以来なんだろう。
 シルヴィアと二人きりの朝食時はどうだったっけ?
 俺は少し頭をひねったが、正直、あの朝はスプーンのイメージが強すぎて良く思い出せなかった。
 ただ、この世界での常識を俺が分かっていなかったのが現状に繋がっているらしいことだけは、鈍い俺でも理解出来る。
「すいません。懐かしい料理だったので調子に乗っていました」
 なので素直に頭を下げたら、シルヴィアはそんなことありませんと声を出してきた。
「珍しいだけですよ。私も使えますし、使える人が居ないのならばこの店でも最初から出しませんから安心してください」
 ああ、そう言えばそうか。誰も箸を使えなかったら、あるはずがない。
 となると、エルフがさらりと箸を出しているのは何でだろう?
 俺は疑問に思ったが、それへもシルヴィアが答えてきた。
「木へのこだわり故だと聞いています。ほら、フォークにナイフですと金属製になりますが、箸なら木製ですみますし」
 以前、エルフは木へこだわりがあると聞いていたけれど、それならばこれもおかしくないのか。
 思い返せば、この世界でも地球同様にフォークは金属製だったな。なるほど。
 俺は納得したが、関連して疑問が湧いてしまった。
 箸の概念がどこから出てきたかだ。
 フォークがあるなら箸を考えつくとは思えないし、もしかしたら、箸もタロー氏由来なんだろうか?
 そう尋ねると、これもシルヴィアが教えてくれた。
「そうですよ。エルフが使うようになったのは、タロー氏がすすめてからですね」
 以前の異世界人から箸の存在は教えられていたけれど、タロー氏が使うのを見るまでは一部の酔狂な人が使うだけにとどまっていたらしい。
 なのに広まったのは、タロー氏がサルア王家と繋がり出来たからとのこと。
 エルフへも、サルア王家からエルフ王家への流れで広まったそうだ。
 なるべく金属を使わないようにしていたエルフなので、あっと言う間に領民へも広まって、現在のエルフはみんな木製箸を使うんだとか。
 我々へは、エルフが居なかったのでフォークを出してくれたようだと言われた。ありがたいなー。
 まあエルフでも、箸が使えるようになるまではフォークになるだろうしね。
 ただ、エルフにそれだけの影響があったならば、同じエルフ界のドワーフとシーはどうよと疑問が出る。
「ドワーフとシーは、箸を使わないの?」
 なので聞いてはみたが、シーのテランナとドワーフのユーギン、それぞれから使わないと返答があった。
「ドワーフは、そこまで木にこだわりが無いしの。金属製なら箸よりフォークのほうが便利と思うんじゃが」
 その言い方だと、暗にドワーフは器用じゃないと言っている気がするんだが、どうなんだろう。
 一般的なドワーフみんな鍵開け出来るほうが、よっぽど器用だと思うんだけどなー。
 俺はそう言ったが、ドワーフは金属のほうが楽じゃと返されてしまった。
 言われてみればゲーム時、『ドワーフはエルフの苦手な鉄を扱うので嫌われている』との話があったような気がする。
 あれ? だとすると、エルフが作る魔法の剣って何で出来ているんだ?
 俺は考えてみたが、ゲームの知識だけではそれを思いつけなかった。
 たぶん鉄製である大型剣より高性能な剣なので、それ以上となると魔法的な物質があるんだろうかとは思ったが、魔法の剣の存在を忘れていた俺なので、その関連も思い出せないのだ。
 魔法物質で有名どころとなればミスリルとかあるけど、具体的な名前はゲームに無かったよね?
 エルフ王も、この辺になると戦争にかかわることだろうから、答えてくれるかどうかは怪しいと思う。
 鍛冶に優秀なドワーフなら知ってるかもと念のためユーギンに尋ねたが、彼は一言答えただけだった。
「分からんぞ」
 何やら不機嫌になってしまった……
 まずい。この話題は地雷だったようだ。ドワーフとエルフは以前仲が悪かったし、それに関するのかなぁ。
 俺がうまい話題転換を思いつけないまま三秒ほど時間が経過したところで、テランナがぼそっと呟いてくれた。
「シーだと金属はドワーフに任せてしまいますので、ユーギンが知らないとなれば本当に極秘なんでしょうねぇ。まあ、剣としては使えるのですし、それより食べきってしまいましょう」
 それを切っ掛けにして、俺たちはまた食べ始めた。
 ユーギンの不機嫌さが謎だったが、それ以外は何も無く、無事に支払いまで終える。
 少しだけ、塩味が舌から鼻へも広がってしまったのが残念だった。




 さて、食事の後は楽しいかどうかはともかく買い物だ。
 一番欲しい物は防具だけど、それ以外でも旅に必要な雑貨があるため、見つけ次第買っていく。
 さっきも言ったけど、こうやって街中を歩くと、本当に住民には余裕があるよう見える。
 戦争開始時はエルフ得意の魔法があまり役に立たなかったので動揺もあったろうが、今も生活雑貨の物価がエルダーアイン界とほとんど変わりない感じだし、外で兵士が戦っているのをつい忘れそうなほど平和な風景だ。
 物価が上がっているのは、キノコとか視界増幅のマジックアイテムとか、一部だけらしい。
 先に話のあったペガサスの羽も、戦争前はゲーム時同様金貨二〇〇枚だったそうで、まあ二倍になる程度ですんだのは仕方ないよな。戦争中なんだし。
 ぼやぼやしていると品が無くなる可能性もあるけど、それが必要になるのはほんとに最後だし、ダンジョンの宝箱にもいくつかあったはずなので、入手については不安視していない。
 攻撃力は魔法の剣を入手済みなので、防具だけがあれば良いからと考えて、俺たちはのほほんと散歩兼買い物をしていた。
 旅に彩りを添えようとしてか、シルヴィアとテランナ、二人が真剣に物品を見ているのが微笑ましい。
 俺は少し後ろでそれを見ていたが、そこではたと気付いた。
 もしかして、これってデートか、と考えてしまったのだ。
 いや、ユーギンに隊長も居る。俺だけが女性と居るわけじゃないからノーカウントッ!
 そうも思うが、盾になるはずの隊長は、俺の更に後ろへ控えているためあまり役に立たなさそうに見える。
 ユーギンはと言えば、こちらも先ほどから心あらずとの感じで、さっきの話が尾を引いているみたいだ。
 それで余計に女性陣の華やかさが目立つわけだが……なんですか、この状況。
 シルヴィアさんはいちいち俺に買って良いかなんて尋ねないでくださいっ!
 テランナさん、銀細工のリングは戦闘の役に立ちませんよっ!
 こう言う時、男性は黙って荷物持ちになれば良いなんて聞いたことがあったが、それはある意味正解だと思う。
 二人の女性、どちらにより似合うかだなんて、童貞の俺には決められませんからっ!
 強いて言えば、シルヴィアは黒髪なので明るい色合いが良いと思ったし、テランナは明るめの茶髪なので色が濃い目のほうが良いと思ったくらいだ。
 この世界にヘルメットが無いためか、二人とも髪にアクセサリーを付ける気満々なのはどうよ。
 少しだけそう疑問には思ったが、へたれな俺に意見出来るわけも無く、シルヴィアは銀の、テランナは木製の赤いヘアピンをそれぞれ買い込んでいた。
「似合いますか、リュージ様」
 更には即座に付けたシルヴィアからそう言われ、俺は不覚にも顔が赤くなってしまう。
 だって、さらさらの髪にキラキラと銀細工物が輝いているんだぜ?
 悪くないっつーか、もろにストライクな顔から笑顔でそう言われては、こう答えるしかないじゃないか。
「凄く、似合ってますです」
 思わず敬語が出てしまうほど、それは似合っていた。
 うわー、何か恥ずかしいっ!
 目をそらせたら、今度はテランナが無理やり顔を自分のほうに向けさせてこう言ってきた。
「私もー。似合ってますよねー? 勇者様のためなんですから、それ以外は許さないですよねー」
 許すも何も、自分で選んだんだから責任持てよっ!
 そうは思ったが、こちらも残念ながら似合っていたので、こう言っておきました。
「ああ、可愛い可愛い。笑顔は邪悪だけど」
「ひっどーい。うう、私をもてあそぶのですね……それは夜までお待ちくださいって言ってましたのに……」
 待てっ! その切り返しは危険だっ!!
 俺は慌ててテランナの口をふさいだが、シルヴィアからきつい声が掛かってきてしまった。
「リュージ様。妻を放置して女性の口へ手を当てるなど、はしたないと思いませんか?」
 店員さんからも、ニヤニヤされてるー!
 俺は逃げ出したくなったが、それをすると更に酷いことになりそうなので、仕方なくテランナから手を離して頭を下げた。
「すいません。お仕置きは勘弁してください」
 シルヴィアはすねてもそんなに暴力を振るったりはしないが、これへの反応も、やっぱり暴力的なものでは無かった。
 さらりと、こう告げるだけで済ませたのだ。
「もうっ。私も夜まで待っててくださいね」
 勘弁してください……
 笑顔でそう言い放ったのは、周囲の男性からきつい視線を受けさせるのが俺への仕置きだったためらしい。
 可愛らしい反応ですけど、それは童貞の俺には受容出来にくい反応ですからっ!
 こうなっては、もう逃げ出せない。
 ひそひそ声を背中に受けながら、俺は両手を二人から絡められ、なすがままの状態で動き回るハメになったのであった。
 あっと、ちゃんと防具も買ったよ?
 冷やかされながらだったけど、防具売り場の店員さんへ一番に尋ねたのは、エルフだけが売っている『精霊の守り』の在庫である。
 魔法職含め、全員が装備できる一品だ。
「少々お待ちを」
 これも美人のエルフさんが一礼して品を持ってくると、俺はそれを検分した。
 一見すると、これまで使っていたジャケットに袖が付いただけみたいに見えるけど、腕を防護出来るのはありがたいな。なにせ、今まではその部分がただの布でしたから。
 そして、ズボンもセットだそうだ。
 それって防具じゃなくて服でしょとか言われそうだが、逆に聞きたい。ただのサラリーマンに防具を装着させて、満足に動けると思うのかねと。
 少しは体力付いてきたけどさ、甲冑なんか着させられたら俺は一歩も動けないと思う。
 だから、こう言う感じなのが凄く助かる。
 それはともかく、ただの服にしては、それはかなり重量感があった。
「これ、何か縫いこんであるの?」
「はい、金属を少々」
 店員が言うには、エルフ謹製の魔法物質が生地の間に込められているんだそうだ。
 服に重しを縫いこんだ感じといえば分かりやすいだろうか?
 それと名称の由来は、精霊が守ってくれたかのように傷を負いにくいからだとさ。
 はぁ。じゃあなんで同じ金属から作っているだろう魔法の剣は、『魔法』だなんて単純な名前なんだよっ!
 ただ、それを聞いても「思いつかなかっただけでしょう」とか言われそうな気がする。
 なので、この服の根本的な部分である当該魔法物質の名前を尋ねてみたが、やっぱりと言うか当然と言うか、この店でもそれは教えてくれなかった。
「トロールに知られると、まずいですしね」
 この返事だと、店員さんが知っていて教えないように聞こえると思うけれど、基本的にエルフでも一部の人しか製造方法を知らないとのこと。
 まあ、木にこだわるエルフなのに、金属を扱うのも全員とかはさすがに無いわな。
 追求はそこまでにして、五人分用意出来るか聞いてみたところ、問題ありませんと返事が返ってきた。
 戦争中で需要があるためかサイズの幅もけっこうあり、シルヴィアとテランナも試着してみたけど、彼女たちに合ったサイズのもあった。
 さっきも言ったとおり、ジャケットよりは重い。
 だけど、ここまでの旅で身体を鍛えた俺たちなので、体にはあまり違和感が無かった。
 店員にことわって少し素振りもしたけれど、戦闘の際動きが鈍ることは無さそうだ。
 これでジャケットからは卒業かぁ。
 金銭的にはエルダーアイン界でもジャケットより高価な品を買い揃えることは出来たけれども、重甲冑とかでは動けませんってば。
 俺が一人で抱えられないものを着て平気で動く人って、どんな体力しているんだろう?
 そんなげんなりする感想はともかく、これで防具もそろった。
 後は神聖剣を探しに行くだけだな。
 そう思った俺だったが、ふと横の表示を見ると気になることが書いてあった。
 『女性用チカラの帯大特価販売中』
 ……女性用に限定で安売りって、何でだろう?
 チカラの帯とはエルフだけが売っている防具のもう一品で、精霊の守りより高価なので俺は性能もより高いのだろうとゲームでは愛用していた品だ。
 ただ、具体的な数値はゲーム時に表示されなかったので、実際がどうなのかは分からない。
 このゲームは乱数の幅が大きいので、検証もろくにされなかったんだよねぇ。
 もし日本に帰れても、二十年以上経過しているゲームなので、今更尋ねても誰も答えられないだろうと思われる。
 まあ、リアルになったこの世界では『守り』って書いてあるほうが何となく良さそうだと思ったので先ほどそっちのサイズ合わせをしたわけなんだけど、一応念のため店員さんへ聞いてみよう。
「『チカラの帯』と『精霊の守り』って、どちらが防御力高いんですか?」
 それへ、店員さんは考えながらも答えてくれた。
「斬撃には、若干だけど精霊の守りかしら。ただ、チカラの帯も不思議な効果があるから、戦闘の際どちらが優れているかは自分で判断してくださいね」
 不思議な効果って何だ?
 ゲームではそんなの無かったはずだが、これもリアル世界になったことでの改変なんだろうか。
 疑問に思って突っ込んだら、店員さんはエルフ特有の問題としながらもきちんと答えてくれた。
「チカラの帯は、文字通りチカラを増強してくれるの。エルフは他種族と比べて筋力弱いから、近接戦闘が多くなってきた近頃は精霊の守りより売れているわよ」
 はー、知らなかった。
 魔法攻撃をしない俺たちにとっては、筋力増強は確かに魅力的だ。
 ちょっと心引かれたのをパッと見破って、店員さんはこちらもお買い上げしますかと言って、さっと奥に引っ込んだ。サイズのあった品を持ってくるんだろう。
 でも、精霊の守りを買うって決めてたしなぁ。まあ、見るくらいなら良いか。
 俺がそんなこんなで考えていたら、さほど時間を掛けずに店員さんが戻ってきた。
「これが……チカラの帯?」
 思わず、俺のノドから驚きの声が漏れる。
「はい、そうですよ。何かご不満でもございますか?」
 店員さんはそんな俺を不振そうに見たが、仕方ないじゃん。帯が本当に『帯』だったんだからさぁ!
 表示上、帯と記されているだけで、実際は全身を包む防具だと思っていたわけなんだが、ただの帯ってそれは無いだろう!?
 しかもだ。呆れた俺に、店員は更なる品をよこしやがったのだ。
「この帯は、こちらの服とセットでお使いください」
「……この服でないと駄目なの?」
「そのように言い付かっております」
 防具らしきセットの服を渡してきたのは良いんだけど、さっき以上にそれは無いだろうと思う。
 だって、すごく見覚えある服だったんだよね。
「これって、柔道着じゃないかっ!」
 そりゃ、女性用が売れないのも分かるわ。
 掴み合いを前提とした柔道着は、すぐに胸元がはだけるのが特徴である。
 それを帯で締めているわけだが、女性は胸がぽろりと見えるので問題になる。
 なので、女性はインナーとか言ってシャツを着込んだ上で柔道着を着るんだけどさ、それで戦争するって何だよ。
 しかも男性だと、これを脱いだら裸になるじゃんか。余計に危なくね?
 俺はこれらを着込んだエルフがトロールと戦っている姿を想像しようとしたが、もやもやするだけで全然頭に浮かばなかった。
 女性となると、男性以上に考えられない。
「大特価ってさ、売れないってことで良いんだよね?」
 やっとの思いで告げた言葉に、店員は頷かなかった。
「買っていただかないと、困りますから」
 チカラの帯に興味を示した、久しぶりの客なのだろう。
 店員さんは、俺に品を押し付けて離そうとはしない。
「今なら一着で金貨百枚、二着買えば更にもう一枚お付けいたしますっ!」
 女性が二人も居るとは言え、そんな無理難題を言われても困りますからっ!
 ちょっとだけシルヴィアの柔道着姿に心惹かれるものはあるけどさ、夜の戦闘でチカラ高められても困りますからっ!!
「シーもチカラ無いので興味はありますけど、私たちにはまず防御力ですよねー」
 幸いにも、当の女性であるテランナがそう言ってするりと品を引き取って店員さんへ返してくれた。
「はぁ……女性へなかなか売れないのはどうしてでしょうねぇ」
「そうは言ってるけど、自分で使うことを考えたら当然じゃねーの?」
「私は後方支援で戦いに行きませんので問題ありませんよ」
 さらりと酷いことを言う店員さんへ精霊の守りだけの支払いを済ませようとしたが、ところでと、その店員さんから質問があった。
「『ジュードーギ』ってどう言う意味ですか? 私もこの服、由来が良く分からなくて説明しにくいんですよね。何か詳しいことを知っていたら教えてくださいませんか」
 あっ、この世界に柔道は無いんだったか。
 思わずシルヴィアに助けを求めようとしたが、物知りな彼女も首をかしげている。
 謎な格闘術がタロー氏の名前を冠している段階で、柔道も剣道も無いことを俺は理解しておくべきだったかもしれない。
 なので少しだけ考えた後、無難にこう答えておく。
「柔道とは、組み合うことに特化した鍛錬の一種と聞いてる。その際にはこの服を着るらしいけど、ごめん、それ以上は分からない」
 たぶん説明間違っている可能性が高いことも言っておく。詐欺とか言われたら困るし。
 それにしても、柔道の概念が無いのにその服だけあるって、何でなんだろう?
 服だけ流れ着いたとかタロー氏が着ていたとか思いつくのはあるけど、実際のところは分からないだろうな。
 現にこの店員さんも分からないんだし、俺が頭を悩ませても意味無いか。
「そうですか……でも、鍛錬の際の服と聞いただけでも収穫です。ありがとうございました」
 なのに店員さんは、一礼してそう言ってくれた。
 何か申し訳なくて、俺はパッと思いついたことを口にしてみる。
「魔法金属だけで甲冑作ったら防御力凄いと思うんだけど、それは禁止されているの?」
 ゲーム時は、防具にしろ武器にしろ材料が記されていなかった。
 名前と値段から強いかを推測するだけで、それが正しいかは分からないのだ。
 そもそも、アイテムの効果さえ分からないのも多い。
 未だに謎なのは、『魔法封じの印』だな。
 名前からすると敵の魔法を封じると思うんだけど、敵が魔法を使ってこないから検証出来ないんだよね。機能していないと聞いたこともあるし、どうなんだろう。
 あと、『塩』の使い方も知ったときは衝撃を受けたなぁ。
 塩で清めないと死者蘇生を引き受けてくれないって、どこの日本ですかっ!
 それはともかく、俺の提案はゲームに無かったことへの初めての提案だ。
 もしかすると、ゲーム時は魔法金属甲冑が精霊の守りだったのかもしれないし、チカラの帯だったのかもしれない。
 けれど、この世界ではそうで無かったので、少しでもエルフの助けになれば良いなと思って提案してみたわけだ。
「うーん、提案はしてみますね」
 ただ、反応は芳しくなかった。
 俺が人間だからなのか、それ以外の理由があるのかは分からないけど、店員さんにはお気に召さないらしい。
 ふと、金属だからドワーフに任せれば良いんじゃねとも言いそうになったが、それは何とか言葉にせずにすんだ。
 さっきユーギンが不機嫌になった原因かもと気付いたからだ。
 鍛冶民族とも言われるドワーフが、この魔法金属に注目しないはずが無い。
 だけど現状、この魔法金属はエルフだけが扱っていてドワーフには扱わせていないんだそうだ。
 神聖剣を作ったドワーフなのに現在剣を忌避するのは、ファンタジーのお約束だからだと以前考えたことがあったけど、こうも考えられる。
 ドワーフは、自分たちより高性能な剣を他種族に作られたことが面白くなくて、剣を嫌ってしまったのではないかと。
 木にこだわるエルフが斧を作ってないはず無いけど、そちらは現状の鉄製で間に合うとして魔法金属で作らず、剣と防具を重視したと……
 もしそうだとしたら、単なる好みじゃなくて種族間対立になる。根が深そうだよ。
 そう言えばゲーム時、武器はドワーフ作の神聖剣、防具はエルフ作のものと決めていたけど、ドワーフ作の高価な防具が無い理由は考えたことが無かったな。
 俺は内心で頭を抱えた。
 以前、ユーギンは何と言っていただろうか。確か『強さを求め』て『ワシのは魔法の剣』だったはず。
 これが本当なら、ユーギンはエルフに迎合する異端児となってしまう。
 そんなところで神聖剣を譲ってくれだなんて言っても、唯一魔法の剣に勝てる剣を何で差し出さなければならないのかと反対されるのが目に見えるようだ。
 となると、魔法の剣以上の剣を作成させなければ神聖剣が入手出来ないのか?
 いくら異世界人だとしても、単なるサラリーマンだった俺には鍛冶の知識が無い。
 オタクではあったけど、名前はともかく剣の作り方なんて興味なかったしなぁ。
 ……いやまて。興味引かれたのが一つあったじゃないか。
 試したことは無いけれど、強度だって引けをとらないどころか、勝っているかもしれないそれ。その現物が、ここにある――
 俺は、シルヴィアに問い掛けた。
「シルヴィアの持っているカタナだけどさ、作り方は伝えられていないのかな?」
 何でそれをここで聞くのかと言った風で彼女は目をパチクリさせたが、回転の早い彼女はすぐに答えてくれる。
「残念ながら伝わっていませんし、現存するのもこの一本だけですね。ただ、どこかにもう一本あるとの噂は聞いています」
 俺は頷いた。それだけ聞ければ十分だからだ。
 ゲームの知識が通用するならば、その一本のありかは知っている。『魔法の封じられた洞窟』その最下層だ。
 この世界でもカタナの再現が可能なのかは分からないが、少なくとも現物があればドワーフの知識でどうにかしてくれるだろう。
 最悪の場合、シルヴィアのものを……いや、これは本当に最終手段だな。
 俺は、深刻に聞こえないよう、軽い感じで尋ねてみた。
「もしさ、カタナを失うとしたら、シルヴィアはどうする?」
 以前、カタナは俺へも渡せないと言っていた彼女なので、当然のごとく反対するだろう。
 俺はそんな分かりきった答えを聞こうとしたのだが、シルヴィアはなんと俺の目を見ると、右の人差し指を俺の鼻へちょんと伸ばしてきた。
「リュージ様のお役に立てるなら、大丈夫ですよ」
「でも、念願のとか言ってたじゃんか。いや、これはハッキリしないけど、うーん……」
 予想に反してあっさりと肯定されたので、俺のほうがグズグズしてしまう。
 言いよどんだ俺へ、シルヴィアは笑顔を見せた。
「私は、リュージ様が苦しむほうが苦痛ですから」
 うはー、なにこれ可愛い。俺の顔が爆発しそうだ。
 何でこんな可愛い人が俺にこだわるのか分からないくらい。それほど眩しかった。
 嬉しさを言葉に変換出来ずに居たら、彼女は続けてこうも告げてきた。
「かわりにリュージ様のカタナを納めてくださるならば、ですけどね」
 し、下ネタきたー!?
 感動が台無しだよ、それは。
 すぐにそっち方面だと分かっちゃう俺も相当だけど、この人の言語センスは謎だなぁ。
 俺は、まだ分からないけどね、とユーギンを視界に捉えながら伝えた。
「ドワーフの村で、ゴタゴタがあるかもしれない。シルヴィアに無茶させてしまうかもしれないけど、一応解決方法考えておくから、そんなに考え込まないでおいてほしい」
 この言葉とさっきのやり取りで、シルヴィアにはだいたい内容が分かってしまうだろう。
 でも、伝えないわけにはいかないし、何より、さっきの高揚と落胆を隠す必要もあったためだ。
 二言三言で浮き沈みするって、俺はどれだけウブなんだよ。
 俺とシルヴィアがそんなやり取りをしていたら、テランナから声が掛かった。
「会計すませたので、そろそろ行きましょうー。後は帰るだけですよー」
 そう言われて確認したら、何気に時間が経っていた。
 午前中から始まったこの買い物なのに、いつの間にか夕方近くになってしまっている。
「こりゃ、もう一泊だなぁ」
 もう一回、城へ行って荷物の返却を願わなければならないし、今日は朝から疲れた。
 せめて今日はお酒抜きで眠りたいものだ。
 そう言ったら、隊長以下、みんな賛成してくれた。
 ユーギンも酒抜きに賛成したのが気がかりだけど、隊長からは気にするなと言われたので、何も言わず城へ向かう。
 やっぱり、さっきの金属に関する考察が当たっている感じだよなぁ。
 そう思って溜め息を吐いたら、隊長はこんなことを言ってくる。
「エルフの酒が思った以上に強くてな。さすがに戦闘に差し支えそうなんだ。まあそう言うわけだ」
 それは俺に、これ以上考え込むなと言っている内容だった。
 まあ、ドワーフの村へ行ったら嫌でも向き合わなければならないんだ。今から悩むことは無い。
 俺はそう考え、今の問題はと思ったとたん、これも頭痛い事柄が待ち構えているかもしれないと気付いた。
 まさか、アデュアさんが待ち構えていたりしないよね、と。
 杞憂とは思うが、言い合いをしていた朝の様子からすると、家出をしてでも着いてくる感じがしてならない。
 そんなに俺を気にしてくれるなら、メンバーに入れてしまえと言われるかもしれないけど、俺はそうは思わない。
 この世界におけるパーティメンバーが五人で上限なのは、ゲーム時と同じだからだ。
 何故なら、神聖剣の数が五本しかないからである。
 五本しか作成出来なかったので、作成者のドワーフが『五』を神聖な数として扱っているとゲーム内の記述にもあったような気がする。
 だけど、それ以下の人数で攻略して悪いとの話じゃない。
 それが証拠に、その続編である最終作では、メンバーの数はなんと四人になっている……って、減っているってどう言うことだよっ!
 容量も技術も上になったはずの続編で、まさかメンバー数が減っているなんてことはすっかり忘れていたよ。
 まあ、戦闘がテキスト処理からビジュアル化したのが原因なんだろうけど、続編ならそれらしく理屈付けておいて欲しかったよなぁ。
 しかも、この世界で手に入れた神聖剣は続編だと装備することが出来なくなってしまうし、フラグ消化不良のところもあったしで、最終作としては納得いかないゲームだったよね。
 まあ、これ以上内容に踏み込むとそちらへも飛ばされる可能性が出てきてしまうので、俺は考えを打ち切った。
「明日はシーの村へ行こう」
 そう全員へ伝達する。
 夜のうちに出掛けることも考えたけど、あの王様のことだ、そんなことをしたらニッコリ笑って絶交を言い渡してくるかもしれない。
 せめて俺の口からきちんとお断りしておかないとなぁ。
 少し不安はあるけれど、そんな俺の右手を握り締めてシルヴィアが言った。
「大丈夫ですよ。リュージ様が来てから、うまくいってます。私も居ますから安心してください」
 対抗してか、テランナも俺の左手を取ってこう言ってくる。
「シーは問題無いですからねー。夜のお仕事は励んでもらわないとなりませんがー」
 聴いた瞬間、むせた。
 何でテランナもシルヴィアもその方面に走るんだよっ!
 俺はハーレムとか望んでないんだっつーの!!
 顔をしかめても、二人の笑顔は変わらない。
 その様子を見て、ユーギンもようやくだが顔を緩めてくれた。
「そうじゃな。今は勇者が居るんじゃったなぁ」
 俺一人に重圧が掛かるのはご免だけど、今のメンバーなら連携取れているし、悪くないかもと思う。
 ただ、これで胃薬あれば完璧だったんだけどな!
 俺は、次第に暗くなっていく夕暮れを見ながら、そう思った。



[36066] その15
Name: 凍幻◆786b687b ID:be9ab252
Date: 2013/06/14 12:51
 翌朝、俺たちは王様へあいさつをしてから城を後にすることにした。
 礼儀って大切だよね。
 まあ、会う際に不安だったアデュアさんが居なかったのはありがたかったけれど、ちょっと拍子抜けだったかな。
 ただ、昨日話をしただけの金属鎧の件について知られていたのはびっくりした。
 どうも、俺たちは尾行されていたらしい。
 何でだよとは思ったが、考えてみると他国の王族が来ているんだ。粗相が無いよう注意するのはあたりまえだった。
 なのに王様自らが朝食会場から逃げ出したのは何でだよと突っ込んだら、ウルル王は少しばつが悪そうに答えた。
「アデュアは母に似て思い込みが激しいところがあってなぁ……」
 なるほど、あの性格は遺伝的な要素もあるのか。自分の叔母にあたる彼女へ王様も手を焼いているらしい。
 しかも今回の件は、王様の母親であるバニラさんが強引に出席させたからなんだとか。
 勇者とならまたとない機会だ……って、やっぱり見合いは勇者の役職がらみだったのかい。
 もう逃げられないけどさ、そう言うしがらみは嫌だよなぁ。
 しかも、俺は勇者ではあるけどシルヴィアの夫にもなったわけで、俺がもし日本へ帰れず最終的にサルア王になったとしたら、その妻にエルフ王の叔母がなるのは色々と反対があるだろうと思うんだが、俺が間違っているんだろうか?
 そう言ったら、ウルル王は素直に頷いてくれた。
「勇者の響きに惑わされた母がすまない」
 しかも妹であるアデュアさんを送り込んだのみならず、それが駄目なら自分が離婚してでも勇者とお近づきにっ、とか言い出して昨日は大騒ぎだったそうだ。
 いくらエルフが人間と比べて長寿で美しいのだとしても、俺は人妻属性とか無いからっ!
 あの席が簡単にお開きになったのも、そのあと城からさくっと抜け出せたのも、まあそう言うゴタゴタが絡んでいたらしい。
 そこまで言わせる勇者の肩書きって怖いわ……
 俺は自分がそんな対象になっていると聞いて、冷や汗が流れると同時に内心で溜め息がこぼれてしまった。
 自分としては暗黒皇子を倒して日本へ帰るつもりなのに、みんなして俺を帰さないつもり満々じゃないすか。
 それを思い付かせる勇者論の存在が不気味にさえ感じてしまう。
 創造神の言葉より、よっぽど影響力があるんじゃねーか、これ?
 でもそれならば、勇者の俺が反対を言えば納得してくれるんだろうか。
 ふと、そうも思い付いたが、ウルル王からアデュアは納得しないだろうと言われてしまった。
「リュージさんはまだ真の勇者じゃないから、だそうだ」
 勇者論の内容と行動が一致してこその勇者であり、それまでは導く人が必要だうんぬんとのこと。
 もしかして、アデュアさんが導く人ですか?
 それを聞いた俺は、ねぇよと思ったし、同じ勇者論の信者であるはずのテランナもさすがに呆れたようだった。
「枠にハメてよろしいだなんて、勇者論にはそんなこと書いてませんですよー。何を寝ぼけたこと言っているんですかねぇ。勇者は謎だから格好良いのであって、全部理解出来る人が居るのならば勇者ではありません!」
 あくまで勇者は自然体! だそうだが、ちょっと待て。その割にお前も俺へ色々言っていたはずだが?
 そう嫌みを言ってみると、テランナはとぼけてこう返してきた。
「だって私のは一般論ですものー。どこまで同じ話をして良いか、すりあわせしなければなりませんから」
 はぁ、話そのものを止める気は無いのね。
 そう言って胸を張るテランナが、いっそすがすがしく見えるよ。
 それはともかく、一段落したところでウルル王は軽く頭を下げてきた。
「わしとしてはアデュアをあてがうつもりは無かった。まだ判断が甘いところがあるしの」
 エルフ的には、まだまだアデュアさんは子供らしい。
 だけど甥からそう言われるってどれだけ年が近いんだよなどと思ってしまったが、女性の年齢を聞くのは禁忌だ。
 なので、俺たちは今後も彼女をメンバー入りさせる予定は無いと念押しするだけにしておいた。
 魔法使いはあんまり役に立たないし……って、ゲームではエルフは魔法使いしか居なかったと思うけど、確か彼女は剣も使えるみたいな話があったな。
「あいつは色々と手出ししておって、困ってるのよ」
 それを言ってみると、ウルル王は苦笑いした。
 王族としての教養は身につかないくせに、他へは知識欲旺盛でけっこう剣も使えるんだそうだ。
 まるで隣の誰かさんみたいだな。
「私は勉強してましたけれど?」
 思った瞬間、すました声が聞こえたが、俺は聞こえないふりをして会話を続けた。
「それはともかく、さっき話のあった金属鎧があればトロールへも少しは役に立つと思いますんで、ドワーフと協力して大量生産よろしくお願いします。あと、その金属での斧の生産もですが」
 やはり、金属にはドワーフを巻き込むべきだろう。一晩経った俺は、そう結論づけていた。
 種族間の問題は俺が口を出す問題では無いのかもしれないけど、これは俺の旅に関わってくるかもしれない事柄なんだ。
 この問題があるおかげで神聖剣が手に入らなければ、暗黒皇子を倒せない可能性があるんだからね。
 それだけじゃない。エルフを含めてこちら側戦士全員の防御力を高めるのは、トロールとの戦争に大きく寄与する。
 俺たちがラスボスまでたどり着くまで持ちこたえてもらうためには、損耗率を少なくするのは理にかなっていると俺は思うんだ。
 なのでドワーフへとも仲良くやって欲しいと要望したんだが、まあ、こんなことは既に誰かが考えているだろう。
 そのうえでの現状なのだから、断られる可能性の方が高いんだろうなぁ。
 一応は提案してみようとの考えだったんだが、案の定、ウルル王は俺の言葉に「難しいな」と答えただけだった。
 ただ、やっぱり駄目だったかと内心肩を落とした俺へ「言葉が足らなかった」とも続けてきた。
「実はな、既にドワーフへ協力を願ってたんだが……」
 でも、そこで言葉を句切ってしまう。何か言いづらそうだな。
「それならば問題ないんじゃないすか? ドワーフも金属鍛冶なら手伝ってくれると思いますけど」
 提案が最近ならば、まだ返答が来ていないのかもしれない。
 返事が遅れておりウルル王のメンツが問題なのならば言葉を濁すことも無いはずだけど、そうでも無さそうだし、俺にはドワーフが断ってくるイメージが思い付かない。
 なのでそう言葉を返したんだが、王様は首を振った。
「あいつらから断られたんだよ」
 ええっ? 鍛冶職人のドワーフが?
 いや、俺の知っているドワーフとは違うのかもしれない。でも、神聖剣はここのドワーフが作ったはずだよな?
 ユーギンもそう言っていたはずだけど、もしかして鍛冶職人が少なくなっていて参加出来ないのか?
 俺が混乱していたら、そのユーギンがぽつりと言葉を口にした。
「ドワーフは、魔法が苦手なんじゃ」
 それと何の関係が、と言おうとしたら、ウルル王が続きを言ってくれた。
「あの金属の精製には雷を当てる必要があるんだが、ドワーフは魔法を使えないので、それが出来ないんだ。提案は、魔法を使えない者への嫌みかと……」
 あぁ……なるほどと俺はがっくりきた。
 この世界の技術では電気をまだ再現出来ない。
 雷が常時必要になるのならば魔法を使うしかないが、雷系統は魔法でも魔法使いの最強魔法『いかずちよ、落ちよ』しか無いんだ。
 魔法使いに適正のないドワーフからすれば、嫌みそのものにしか聞こえないかもな。
 しかし、確か魔法使いの魔法って精霊に依頼する形で発揮されるものだったはずなんだが、中でもこの魔法は対象相手が邪悪であることを目一杯説かなければならない魔法だったような気がする。
 相手の邪悪さって、無機物相手でも説明出来るのかね。
 そこは謎だけど、ともかくだ。魔法以外の部分、工程の分担作業ならドワーフも話を聞いてくれるんじゃないか?
 俺はそう思ったが、それへも首を横へ振られてしまった。
「きちんと魔法はエルフが担当するからドワーフにはそれ以外をとの提案だったんだがな。ドワーフとしては、全工程に関われないのは面白くないらしいんだよ」
 作業分担案も駄目なのか……それじゃどうしようも無い。エルフだけで作って貰うしかないのかな。
 いや、魔法使いはエルフだけの職業じゃないぞ。
 人間にも魔法使いが居たはずだ。そちらに手伝って貰うのはどうなんだろう?
 その問いに、ウルル王はこれも首を振った。
「これまでの魔法使いとしての矜恃が邪魔をしてるらしくてなぁ……」
 確かに鍛冶に協力してくれと言っても、戦闘における攻撃魔法がほとんどの魔法使いからすれば「何で?」と返す方が多いかもしれない。
 ましてや必要なのは最強魔法。
 それが使えるまでレベルを上げたのに、今更戦線から引いてくれと言われても納得は出来かねるだろう。
 精霊への説明が面倒なのもその一端を担っているかもしれんが、とにかく魔法使いからは不評だと。
 現在少量しか生産出来てないのは、鍛冶を手伝ってくれるエルフ魔法使いがまだ三人しか居ないからだそうだ。
 魔法に適正のあるエルフでもそうならば、全身鎧なんて作れるはずがないわな。絶対的な生産量が足りない。
 だけど市場で確かめたら、防具にも武器にもその金属が既に使われているんだよね。言っていることと現状が矛盾しているような?
 俺がそう言ったら、ウルル王は苦笑した。
「わしも手伝っているからな。おかげで寝不足もあって妾の数が増やせんのよ」
 妾って、そこに繋がるのかよっ!
 昨日、何でウルル王へ求愛している女性を俺に紹介したのかがやっと分かった。
 金属精錬工程を王様自らが手伝っているので忙しく、彼女たちまで手が回らないので俺にどうにかしてくれと言ってたのか。
 まあ母親までもが会ったこともない勇者へ押しかけたいだなんてとち狂った言動をするようでは、その勇者に期待するのも少しは仕方ないかなと思う。
 ただ、その負担軽減案が即座に勇者の負担増加になると、なんで気付かないんだ。
 もしかして、ウルル王って俺より頭悪いの?
 疑問が顔に出てしまったのか、そのウルル王は少し不満そうな顔をしてこう言ってきた。
「キノコ使ってもギリギリなのに、どうしろと言うんだ。ちなみに、精錬作業は母バニラも手伝っているぞ。疲れて逃げ出したくなったのかもしれなんなぁ」
「ごめんなさい」
 日本人なので即座に謝ってしまったが、本当はどうなのとよく見てみたら、ウルル王の顔は細いと言うよりはげっそりしているようにも見える。
 化粧がうまいのか、今まで気付かなかったな。
 ゲームだとエルフは人間より体力ないし、昨日も筋力増強服が売れているとか聞いたし、たぶんこの話は本当なのだろう。
 だからと言って、勇者の俺がエルフ王の女性を引き受ける理由は無いんだけどな!
 ただ、妾の話には憤慨したいが、決してエルフハーレムが他人のお手つきだったから憤慨してるんじゃないぞ!!
 それだけは声高らかに主張しておく。
 とにかくだ。今の俺は勇者でもあるからにして、この現状を変える手があれば提案したいところである。
 俺は無表情で「少し考えさせてくれ」と言って情報を整理し始めた。
 エルフはこの金属の生産が軌道に乗ればトロールとの戦線を優位に出来ると思われるが、生産量は少ないと。
 量が少ない理由は優秀な魔法使いが必須だからで、王様自ら参加しなければならない状態のため、夜の戦線拡大は不可と……じゃなくて!
 生産拡大に魔法の不得意なドワーフが貢献出来ないから、エルフが使う剣量産まででとどまって、ドワーフの斧量産にまで廻っていかないと言うのが現状だな。おかげで全身鎧も不可らしい。
 せめて斧は作って欲しいと思うんだが、エルフとしてはその気は全く無いようだ。
 斧は剣よりも使用する金属が多いためなんだと。一応は全身鎧と同じ理由なのね。
 ならばドワーフに剣を使えと言いたいけど、それもとっくに断られている。
 鍛冶職人のドワーフだからか、エルフの作った剣なんぞ信用出来るか! ……だそうだ。
 それで砦でのドワーフ傭兵全滅にまでなってしまったのか……はぁ。
 前にユーギンは、剣を取ったので馬鹿にされたとあっさり目に言っていたが、これらの話からするともしかしたら村追放までされた可能性があるよ。
 鍛冶職人としては、エルフが作成する、しかも魔法必須な武器など受け入れにくいだろうからね。
 ああ、だから名称が『魔法の』剣なのか。確かにそうとしか言いようがないわな。
 ユーギンが黙っているのでこれは推測にしか過ぎないけど、彼が斧から剣へ宗旨替えをしたのはこの魔法の剣の存在があってのことなのだろう。
 より優れた金属武器があるならば、斧にこだわる必要はないと。
 でも全ドワーフがその結論に至れるかと言うと、さっき言ったとおり答えは否だ。
 魔法使いが戦闘での魔法にこだわるように、鍛冶職人は自分の作った武器のほうを信頼する――してしまう。
 そしてこれらの傾向が続くのならば、エルフも先の見通しがあまり明るいとは言えないし、ドワーフに至っては種族全滅もあり得る。
 どうにかしなければならない。
 少なくとも、ドワーフがこの金属を使えないならば、それに替わる金属を見付けなければならない。
 とは言え……俺の知ってる知識じゃ、どうにもならないんだよなぁ。
 この世界に鉄を上回る新金属なんてものがあるならば、とっくにドワーフはそれを掘り出しているだろうし、使っているはずだ。
 鉄を鍛えて鋼にしても、それだけで斧が劇的に強くなるとは思えない。
 基本的に斧は、叩き割るための武器だからだ。
 善し悪しには重さが関係するのであって、切れ味だけを求めた斧だなんて俺は聞いたこと無いぞ?
 ……やっぱりここは、防具はともかく武器はカタナの生産に移行してもらうしかないのかなぁ。
 横で控えているシルヴィアが以前から言っているとおり、カタナには魔法の剣にも勝るとも劣らない切れ味がある。更に重要なことは、それがドワーフにも扱える鉄系統で出来ていると言うことだ。
 作り方は指導出来ないけど、実物が少なくとも一本はあるんだ。たぶんもう一本は確保出来ると思うし、それを見て研究して貰えばドワーフならどうにかなるだろう。
 俺は、隣のユーギンに尋ねた。
「もし、優れた剣が鉄で作れるなら、ドワーフはそれを扱うかな?」
 聞かれて十秒ほど考え込んだ彼は、ゆっくりと首を横に振った。
「無理じゃろう。戦闘方法が根本的に異なるんじゃ。わしは以前から人間に剣も学んでいたので扱えるだけじゃて、大半のものは覚えるまでに数年は掛かるじゃろうな」
 ゲームみたいに、ほいほい武器を変えられるはずは無いか、やっぱり。
 俺は当のドワーフであるユーギンにそう答えられて、天を仰いだ。
 カタナが駄目なら、ナギナタも駄目だろう。
 後はエルフに斧を作ってくれるよう土下座するしかないかもと考えていたら、不意に隊長がなぁと声を掛けてきた。
「そんな製法があるならば、それで何故斧を作らないんだ?」
 隊長も、さっきの俺みたく考えたらしい。
 俺は、斧と剣とは刃が異なると説明したが、隊長はさらにこう言ってくる。
「ならば、切る斧の扱いを学ぶ方が、剣を学ぶより簡単じゃないのか」
「はぁ?」
 俺は呆気にとられた。
 何だその武器は。さっき考えた妄想そのものじゃねーのか?
 一体全体、どうやって作ると言うんだそんなもの。
 目をぱちくりさせた俺へ、隊長は鉄で作る剣とは何だと再度聞いてきた。
「シルヴィアの持っているカタナは、鉄……をもっと鍛錬した鋼とその他で出来ているんだ。だからカタナが量産出来れば、魔法を使えないドワーフでも剣を扱ってくれるかなと……」
「カタナの製法については私も知らんが、確かに噂でどこかにもう一本あると聞いたことはある。それを探し出して研究させる気か?」
「あ、ああ。そのつもりだ」
「ふむ……」
 そこまでを聞いて、隊長が考え込む。だがしかし、すぐにユーギンの顔を見ながらこう告げてきた。
「刃部分だけを別途作成した斧は作れるか?」
「えぇ? ……まてまて、カタナってそんな扱いしちゃ駄目だろうが!」
 俺の慌てた声を聞き、ニヤリと隊長は笑った。
「ほう。では聞こう、何故駄目なのかと」
「そりゃ、武器の耐久性が問題になるからだ。刃とそれ以外も一体的に作らないとすぐ駄目になるんじゃないのか」
 俺が聞きかじった範囲では、カタナの刃部分は鉄の周囲を鋼でくるんだものとされていた。
 どうやってそう作るのかはいくら俺がオタクでも分からないから、そこは研究して貰うしかない。
 そして、刃部分が優れていても、それを受け止める部分が別では壊れやすくなるはずだ。
 俺の常識ではそうだったのだが、この隊長は、あっさりとそれを口にしやがった。
「カタナの製法が分かるのなら、その刃部分を斧に付けて悪いはずがなかろうよ。あと、ドワーフの斧に耐久性が無いなどとは言うな。どやされるぞ」
 プライドの問題じゃないでしょと反論したが、意外にもユーギンはそれを聞いて頷いていた。
「ふむ。そのやり方なら、長老も納得するやもしれん。じゃが、現物が無いと拒否されるかもしれんぞ? 作り方を一から探るのは時間が掛かるからの」
「なに、リュージならあっさりと見付けるだろうさ。なにせ勇者だからな」
「確かに、勇者じゃもんなぁ」
 えー、何で頷くんだろう。俺は呆れたが、隊長とユーギンは納得しあったようだ。
 日本人としては、カタナの製法で斧を作るなんてことは考えられない。
 ましてや刃部分を別途作ってくっつけるなど、想像の範疇外だ。
 電気が作れないから、溶接技術すら無いんだぞ?
 火だけでどうやってそんなもの作ると言うんだ。
 そもそも、カタナに要求される刃の厚さは斧のそれとはまるで違うはずだし、それは本当に斧として作成可能なんだろうか?
 棒にカミソリ刃を付けたようなものが、まともな武器になるとは思えない。
 ナギナタの方が現実味があるけど、一度現物を作ってみないと理解出来ないのか?
 色々と考えが浮かんだが、結局のところ、俺には何も分からなかった。
 製法に詳しくない身なので、絶対に駄目だとまでは俺には言えないのだ。
 ただ、失敗する確率の方が高いだろうとは思う。
 俺は内心溜め息を吐いたが、隣で何故か女性同士の会話も弾んでいた。
「いやー、やっぱり勇者が居ると話が綺麗にまとまりますね-。シーの村へ行ったら、次はそれの隠し場所ですねー」
「もちろんそう言いたいところです。でもシーの村より先にそちらへ行く方が、私としては賢明だと思いますけどね」
「姫様ー。シーの村に居る私の父にも早くあいさつさせてくださいようー」
 おい待て、俺はコンパスを手に入れているのでシーの村に寄らないつもりだったのだが、それが覆ってしまっているじゃないか。
「もしかして、シーの村へ寄りたいのは、テランナの家族に会うため……か?」
 そうとしか聞こえなかったが、俺の頭が理解を拒否したため、口頭で確認する。
 だが残念なことに、テランナもニッコリ笑いやがった。
「もちろんそのためですよー。私の夫でもあるんですから、しっかりしてくださいなー」
「まあなんと羨ましいことだ。わしの妻たちにも見習わせたいのう」
 その言葉にウルル王が、意味ありげな感想を言って二度三度と頷いてくる。
 待て、今の言葉にどんな感激が含まれてるって言うんだ。
 胃薬必須なパーティの、どこに需要があるんだよっ!
 だいたい、お前のハーレムなんて知ったこっちゃねぇからっ!
 内心で色々毒づいた後、俺はようやく言葉を考えついて発した。
「ドワーフの村へも後で行きますけど、エルフのほうでも魔法の斧を作ることを検討してください」
「少数ならな」
 ドワーフにとって面白くないだろうとは思うが、まだ研究用のカタナを手に入れていない以上、その方向も提案しておくべきだと思う。
 何と言ってもさっきの話は失敗するのがほとんど確実なのだから。
 幸いにしてウルル王も頑張ってみると答えてくれたので、これで当面の話は終わりかな。
 昨日からの懸案事項が何とかなりそうだと安心した俺へ、ウルル王は「ただし」と告げてきた。
「わしがそちらを頑張る以上、アデュアたちをけしかけるのは決定事項だからな」
「それとこれは違うでしょーがっ!」
「いや違わん。わしの睡眠時間を削る要素は減らしたいのでな」
 そう言ってお付きの人に呼んでくるよう命令しようとしたので、俺は即時撤退を試みた。
「では俺たちは、暗黒皇子討伐の旅へ戻ります。歓待ありがとうございました」
「それではウルル王、今度はサルア城でお会いできることを楽しみにしております」
 即座にシルヴィアもあいさつをする。
 何でこんなにパッと応対が出来るんだろうか。
 うらやましいとは思ったが、それを口にしたら「いつもリュージ様を見ているからです」とか言われちゃう気がして、俺は口を噤んだ。
 仕方なく視線だけを彼女へ送ったら、微笑んでかすかに頷かれてしまう始末。
 何か心を読まれている感じもするなぁ。
 それはともかくと後ろを振り返ろうとしたら、テランナが大声を出した。
「では、勇者一行におまかせあーれー!」
 その場違いな明るい言葉でウルル王の返事は聞こえなかったが、どうせ引き留めの言葉だろうし、聞こえない方がありがたい。
 こうして俺たちはエルフ城を後にして、シーの村へ行くことにしたのだった。
 後ろから「ひからびるよう」とか言われたような気がしたけど、勇者は後ろを振り向かないものなんだっ!
 俺は心を鬼にして先を急いだのだった。




「なぁ、シーの村はもうすぐだよな?」
「いつもより速いですから、もう二日くらいですかねー」
 俺たちは、次の目的地であるシーの村へ向かっていた。
 あれからアデュアさんに追いつかれないよう急ぎ足で数日間経ったんだけど、今のところは順調で追いつかれていない。
 彼女の修めている『翼よ、はばたけ』をフィールド上で使えば俺たちの居場所など上空から簡単に分かるはずなんだが、まだ王様から追いかける旨許可をもらえてないらしい。
 諦めたとは思えないし、むしろ他の人まで巻き込んで追跡させそうだけど、今は戦争中なんだから色々忙しいはずだ。王族なんだし。
 俺たちに構わないでほしいと思いつつ、一方ではそれは難しいだろうとも俺は思っていた。
 たとえ王様が謹慎処分にしても、先の呪文を唱えれば簡単に城の外へ逃げ出せるからだ。
 期待したいのはもっとレベルが上がって『いかずちよ、落ちよ』を唱えられるようになり、鍛冶現場へ組み込まれることかな。
 人手不足なので、まさか嫌だとは言えないだろう。もう一回言うけど王族なんだし。
 俺は一旦アデュアさんのことを忘れることにして、気持ちを切り替えた。
 エルフ城下町で買った新しい防具は何も問題無かった。それに武器も買い物に出掛けた日を使ってぎっちり研いでもらったので、今のところ戦闘に支障は無い。
 本当なら魔法の剣はほとんど研磨の必要が無いし、一日の終わりにドワーフのユーギンに見てもらってもいるんだけど、素人である俺の扱い方は荒いからなぁ。専門職に頼むのはしょうがないよね。
 と言うことで新品同然になった魔法の剣なので、強敵トロールも流れ作業的に倒せてしまっているのだ。
 武器と防具が違えば、こうも変わるのかな。
 元のゲームでは最終的に雑魚との戦いが決定キーを押すだけの単調作業になってしまうんだけど、現状もそれに近いんだよ。
 まあ一番影響あったことは、テランナが視界拡大呪文『隠されしもの、いでよ』を覚えたことなんだけどね。
 この呪文は遮られた視界の先を映像として頭に浮かべると言う便利なやつで、目視内容と呪文映像のすり合わせに慣れるのが少々時間掛かったものの、それ以後は常時使いっぱなしだ。
 おかげで森の中を進むスピードは上がるし、敵を見付けるのも俺たちの方が早かったりするんだよ。
 後は一匹ずつ強襲して倒すだけになっているんだから、テランナのパーティ貢献度がうなぎ登りになるのは当然なのだろう。
「あとは、私への勇者の依存度がうなぎ登りになるだけですねー」
「あら、勇者は依存しないものじゃありませんでしたっけ? 逆にリュージ様へなら、私は総て任せられますけどね。夜のリードとか」
 ただねぇ、いっこうに胃腸の痛みが止まないのは仕方ないのかなぁ。
 エルフなら薬草に詳しいと思っていたんだけど、エルフの城下町でも胃薬は売ってくれなかったんだよね。
「エルフ用なので、人間にはちょっと……」
 種族違くても結婚出来るのに、なんで薬は効めに違いが出るんだよっ!
 それとも何だ。俺の顔を見て売りたくないとでも思ったのか?
 エルフ城では、真正面から不細工って言われたからなぁ。
 いや、エルフでもウルル王は問題無いと言ってたじゃないか。
 それに、シルヴィアもテランナも俺のことを見下したりしないでくれている。
 おかげで生きていけるよ。後はこれが結婚詐欺で無いことを祈るばかりだ。
 つうか、そんなことを思ってしまうほどシルヴィアは俺へ優しいんだよね。
 多少の嫉妬はあるにしろ、俺と波長を合わせようとしてくれているのが童貞の俺にも分かるほどなのだから、その心遣いは相当なものだ。
 代わりにテランナが、自称嫁が吹き飛ぶほど俺に冷やかしを入れてくるもんだから、二人を合わせれば釣り合いがとれるかもなんて思うくらい両極端と思えてしまう。
 もしかして、ワザとそうしているのかな?
 シルヴィアは一国の王女様だしテランナはその侍女だったんだから、俺みたいな一般庶民相手にはいくらでも態度を取り繕えるはず。
 なのに彼女たちと俺との間にあるはずの溝は、これまでの旅でかなり埋まったような気がしてならないんだ。
 戦闘で連携が取れるだけじゃなくて、生きていく関係そのものが近くなったような気がする。
 隊長とユーギンも付かず離れずって感じで俺たちをなま暖かく見守ってくれているし、後は俺が日本に帰りたいと言わなければ丸く収まるのか?
 いや、この世界に来た理由が分かるまで俺はあきらめないぞっ!
 幸いにして、旅のゴールも過程も分かっているんだ。死ななければ大丈夫っ!!
 死んでも生きられる……じゃなくて、復活出来るだろう。俺が本当に夢幻の心臓の勇者ならば。
 まあ、駄目だったらその時は仕方ない。異世界から帰れるなんて思うほうが楽観的過ぎるんだしね。
 とは言え、胃薬だけは本当に何とか調達出来ないだろうか。
 こうやって五人で旅している時だけならともかくさ、他人の前でハーレムですとか言われちゃうのは童貞にとって負担が大きすぎる。
 俺が胃弱なだけか?
 いや、そうじゃないと思う。同じ童貞なら、きっと分かってくれるはずだ。そうだろう?
 あと、いま一番お腹を痛める理由は、次の行き先がシーの村で、行く理由がテランナの親父さんに会うためだってことだ。
 エルフ城を出る際にやっと理由を知らされたんだけど、俺には溜め息しか出ないよ。
 嫁さんが一人居るだけでも荷が重いのに、二号さんの父親へ訪ねていくだなんて恐ろしすぎる。
 まあ道順的にも、シーの村経由はやむを得ないところがある。
 ドワーフの村へ行くにもカタナの隠されている『魔法の封じられた洞窟』へ行くにも、そこは通り道だからだ。
 回り道は出来るし、パンをふんだんに持っているので、ゲーム時ならば通り過ぎても問題は無かっただろう。
 でもリアルのこの世界では食糧以外でも色々問題があるので、村があれば立ち寄った方が賢明なのだ。主に風呂の観点からして。
 そう、俺は悪魔のささやきを聞いてしまったのだ。
「シーの風呂は人間用より狭いので、密着できますよー」
 童貞的にそんなものは夢の産物だと笑い飛ばしたいんだけど、かと言ってスパッと忘れられるほど俺は強い人間では無かったんだよ。
 しかも日本人なので、やっぱりそれ抜きでも風呂は入りたい。
 うがーっ。薬草風呂とか温泉とか入りてぇー!
 のんびりと布を頭に当てながら、こう月見なんかをしながらの風呂ならば、痛めがちな胃腸も少しは治まってくれると思う。
 でも、今の心がささくれ立っているとは絶対に言わない。
 確かにモンスターとの戦闘はすさむものがあるけど、死体は消えるので血みどろにまではなったりしないし、このメンバーで少し余裕を持って相手出来ているからだ。
 本当に、時たま人間関係で胃が痛むことだけが悩みなんだよ。
 人によっては贅沢と言われるかもしれないが、俺はそんな感じでシーの村を目指していたのだった。




「ようやく到着ですよー」
 テランナがそう言って案内してくれたのは、木で出来た塀の一角だった。
 ゲーム時は自由に出入りできたこの村も、やはりリアルではこうやって自衛策を実施しているのか。
 いくらトロールの目標がエルフだと言っても、シーに手出ししないはずが無いし、それ以外のモンスターも居るしなぁ。
 ……あれ? トロールの目標ってエルフだけだっけ?
 エルフ界へトロールが侵略しているとゲームではなっていたけど、考えてみたらその目標は示されていなかったような気がする。
 エルフの捕虜を取っていたから、そのエルフとは明確に対立していることが分かったけど、シーとドワーフは立場について何も聞いていないんだよね。
 まあ世界そのものへの侵略だから、世界住民全員と対立するだろうと思われるので、そうは間違ってないはず。
 現にドワーフのユーギンは仲間を殺されているし、シーのテランナもトロールとその背後にいる暗黒皇子へ対立すべく俺のパーティに入っているんだ。トロールの最終目標がどこにあるのかは不明だとしても、敵なのはハッキリしているからまあいいか。
 俺は、指示に従って扉をくぐり、そこで立ち止まってしまった。
「会いたかったよー!!」
 少し離れたところから、そう叫びながらこちらへ向かってきたシーが居たからだ。
 俺はここを訪れたのが初めてだし、シルヴィアもそうだろう。
 順当に考えればすぐにシーの村出身のテランナがその相手だってことは分かっただろうが、何せ音量が馬鹿でかくてつい硬直してしまったのだ。
 これで風呂に入れるぜー、なんて考えて気が緩んだせいもあるだろうけど、それでもトロールとの戦いをくぐり抜けてきた俺をびっくりさせるのだから相当なものだ。
 だけどテランナだけは、すっと動いていた。
「迷惑だから止めなさーいって言ってるでしょーがーっ!」
 すぐ近くまで駆け寄ってきた相手をひらりとかわして、足払い。
 その上から踏みつけ更に力を籠めるあり様だ。
 こいつがこんな暴力的な対応するって、凄く珍しいな。
 いつもしれっと毒を吐く姿とは違い、少々余裕が無さそうな対応なのも驚くところだ。
 よほど酷いことをされた相手なんだろうかと問い掛けたら、テランナは足蹴にしたままこう言ってくる。
「こいつは、私の元婚約者なんですよー。エルダーアイン界へ行く際断ったのに、しつこいので閉口しているんです。更には人妻となった私へ手を出すつもりだなんて、鬼畜同然の扱いを受けてもやむを得ないですよねー」
 こいつにも婚約者なんて居たのかとちょっとだけ心動かされたが、以前、前村長の娘と言われたことがあるので居てもおかしくはないのかと納得は出来る。
 シルヴィアが第一王女なのに男どもから引かれていたのが不思議なだけで、権力者はきちんと子孫を残すのも役目の一つだろうよ。
 その立場を蹴ってシルヴィアの侍女に就任していた経緯には疑問があるけど、こいつのことだ、毒舌吐きまくって花嫁修業に出されたんじゃないかな。
 俺はそんな感じで頷いていたのだが、足蹴にされているシーには別な意見があるようだった。
「テランナぁ。何で僕を足蹴にするんだよう。もうじき次期村長になるし、キミの言っていた立派な男になったんだから結婚してくれよう」
「既に私が結婚している事実は無視ですか? 手紙は出しておいたはずですが」
「僕に黙ってなのは無効だっ! コンパス受け取ってくれたのに、何で結婚してくれないんだぁ」
「私に足蹴にされてる段階で、立派だなんて言えるはず無いですよねー。ぷぷっ」
 ……何か可哀相にもなるが、このシーは気になることを口にしたので、俺はそっと膝を着いて話し掛けてみた。
「あの、もしかしてグリックさんですか? コンパスの以前の持ち主だった」
 グリックさんとは、ゲーム時に初期状態で『シーのコンパス』を所持しているキャラクターだ。
 彼を雇うことによってコンパスが手に入り、『魔法の封じられた洞窟』の最下層へ行かなくても済むようになるので、ゲームクリアの時間短縮になるのがありがたかったな。
 一部に有名なそのシーは、俺の言葉へ怒りをあらわに返答してきた。
「そうだっ! シーの宝物さえあげたのに、僕がテランナと結ばれないのは何故だっ!!」
 そして一転して、冷ややかな目付きをする。
「……もしかして、キミがテランナをだました男か? こんな不細工で取り柄の無さそうな男がテランナの心を射止めるとは思えない。僕の方がもっと良い男なんだぁ! だからテランナは僕とあぐっ」
「調子に乗らないでください。私の夫を侮辱するとは、きつい躾けが必要ですね。しかも彼はシルヴィア姫の夫でもあるんですよ? 二重の侮辱に加え、勇者反逆罪で逮捕してもおかしくないんですからね」
 待て、勇者反逆罪って何だよっ!
 王家反逆罪ならともかく、法律が緩いはずのこの世界で勇者に対する罪があるとは思えないが、勇者論が信仰の域にまで浸透していることを鑑みるに、もしかしたら存在するのかもしれない。
 俺は、シーの基準でも自分は不細工なのかと少々凹みながらも、恐る恐る隣のシルヴィアに尋ねてみた。
「エルダーアイン界とエルフ界って、法律一緒なの? テランナの言っているそれはさすがに無いよね?」
 でも彼女は、平然とこう返してくる。
「ありますよ」
 えっ? 本当に?
「少なくとも私とテランナにとっては、実在しますから」
 あの、それって明文化されたものは無いって話じゃないのかなー。
 俺が返答しかねていたら、隊長が助けに入ってくれた。
「テランナもいい加減にしろ。今のお前の立場は前村長の娘ではなく、勇者リュージの嫁だ。勇者論に無いむやみな暴力行為は、処罰の対象になるぞ」
「でも、まだ謝罪を受けてないですけどー」
 そんなことを言いつつも、隊長の言葉を聞いてテランナはようやく足をどけた。
 謝罪も何も、お前が最初に踏ん付けたのがマズかったんじゃないかなー。
 俺のそんな疑問を余所に、ゆっくりとグリックさんは立ち上がったが、憎しみの籠もったその視線を俺から外そうとはしない。
 モテるやつって、こんな視線を浴びても平気なのか。
 この世界では勇者論で俺を持ち上げる人が多かったから、その感情は新鮮ではあるけど、ずっと恨まれたいとは思えないなぁ。
 俺は困惑しながらも一応見つめ返した。
 視線を外したら負けとは思わないが、見てないと殴られそうなんだよね。どうしたら良いんだろう、これ。
 つうか、そもそもテランナが俺とハーレム状態になるとか言わなければこの現状は回避出来たはずなんだが?
 俺の心を読み取れてないのか、テランナはわざわざ俺の手を取るとグリックさんを後にして歩き出した。
「さぁさ、勇者リュージ様。私の父へも結婚報告よろしくお願いしますねー。もちろんシルヴィア姫様は第一妻ですから問題ありませんですよー」
 おい、更に煽ってどうするんだよっ!
 自分の思い人が人妻どころか二号さんになっていると聞いたグリックさんの心中はいかほどか。
 俺は、後ろからの呪詛を聞きながら、これじゃ風呂へはすぐに入れないなーなんて現実逃避をしていたのだった。



[36066] その16
Name: 凍幻◆786b687b ID:be9ab252
Date: 2013/06/30 21:50
「こちらが勇者にして私の夫にもなったリュージさんですー」
「キミがそうか。しかし、サルア城へ行って少しは大人しくなる程度かと思ってたのに、まさか夫となる人を連れてくることが出来るとはお父さん思ってなかったよ」
 テランナが俺を紹介した人は、温和そうな目をした茶髪の男性だった。
 今までクセのある人たちが多かったけど、この人は話しやすそうで良かったよ。
 俺は、しみじみと呟く男性に対し、ほっとしてこう言ってしまった。
「……俺も、まさかテランナからそう紹介されるとは思ってませんでしたよ」
 やべぇ。つい本音が出たっ! と焦ったら、何故かこれへも頷かれてしまう。
「そう思うよねぇ。テランナは昔から毒舌家でねぇ……」
 なんでも、彼女の口うるささはシーの基準からしてもちょっと大変なほどらしい。
 いたずら好きなシーでも持て余すってどれだけなんだよと思ったが、それは口にしなかった。
 何故なら、隣でテランナとシルヴィア、二人して俺の手を取ってチカラを籠めているからである。
 余計なことは口にするな、なんだろうな。やっぱり。
 それが証拠に、さっきの言葉を言った瞬間、圧力が倍増している。
 これ以上は痛い思いをしたくないので黙っていたら、テランナの父親はこう言ってきた。
「でも、これからもキミは苦労すると思うけど、離婚だけはさせないからね」
「いや。第二婦人とか、おかしくないですか?」
 とっさに出た反論は、痛みと反論でつぶされてしまう。
「グリックがテランナに執着してるとは聞いてたけど、本物の勇者に敵うはずが無いよね。しかもわが娘も本妻も既に納得しているのだし、父親とは言え私が反対するのはスジ違いだよねぇ。創造神が認定した勇者への手助けは、神を信仰するシーとしての本分だからして全く問題無いし。あと、テランナが結婚出来たのが奇跡なのに、離婚だなんてさせたらこの村の将来が怪しくなるしで、困ることにはしたくないよねぇ。そうそう、サルア王からの文書が総ての町村へ届いているから反対したら世界を敵に回しちゃうよ?」
 温和そうだと思った俺が甘かった。
 この人もおしゃべり好きなシーなんだし、なんと言ってもテランナの父親なんだから、口が廻るのは当然だった。
 しかも、サルア王が俺たちの結婚話を既に二つの世界全域へ広めていたらしい。
 シルヴィアとの話だけだと思ったんだが、「追加は未定です」と書いてあっただとぉ……そんなのありえねーだろうがっ!
 追加扱いされた当の本人は「そのほうが気楽ですしー」とのたまい、全く気にしていない。
 それどころか「サルア王へ話を通してたのが幸いしました」とも言う始末。お前、どこまで根回ししてたんだよ。
 シルヴィアは少し不満そうだが、俺を捕まえておくためには手段を選べないと反対し切れなかったんだと。
 ここの前に行っていたエルフ城のウルル王が知らなかったのは、単純に俺たちの方が足が早かったためのようだ。
 まあ、俺の旅にはシルヴィアと言う王族が一緒なんだから、単純な使者よりはそちらから知らされた方が好印象だよね。
 何と言っても、本人からの聞くのが一番なんだし。
 で、テランナの親へはテランナ本人からの話となった訳なんだが、サルア王からの手紙でもしかしたらと思ってたらしく、話を聞いた父親はあっさりとそれを追認してしまっていた。
「で、でも、テランナは村長候補なんですよね?」
 立場的にテランナ本人へも色々あるだろうと思い、かろうじてそうは言ってみたものの、これへも反論されてしまう。
「いや、テランナの次席だったグリックへまかせることにしてあるから大丈夫。テランナをエルダーアイン界へ送る際、ハッキリとさせたはずなんだけどねぇ」
「何故か行く寸前に私へコンパスを渡してきたんですよね-。さっきのように取り乱すほど大事なものだったなら、渡さなければ良かったのに。まあ、私が一回面白そうだと言ったことがあるんでそれを覚えていたようですけど、小さい頃の話を覚えているなんて大変ですよねー。そんな脳みそあるんなら私に負けるはずが無いんですけど、不思議です」
 テランナがそう言って父親の話に相づちを打つけど、ちょっと待て。お前が悪いんじゃないのか?
 俺がそう問い掛けても、当の彼女はきょとんとするばかりだった。
「確かに、シーの宝物であるコンパスを無断で持ち出したと聞いたときは逆さづりにしたんだが甘かったか。更に修行させねばな」
 代わりに、テランナの父親が妙な頷き方をしている……
 えーと、この人、前村長とか聞いてたけど本当に務まっていたのかな?
 俺が心配になるほど彼の言葉が怪しいので、目でシルヴィアに問い掛けたら、何が不安なんですかと逆に目をぱちくりされてしまった。
「シーなんですから、何も問題ありませんけど? いたって普通ですよ」
 これが普通なのかっ!?
 ゲームでは、シーにまともな人はほとんど居ないような記述があったような気がするけど、まさかこれほどとは思わなかった。
 いや、娘の結婚に理解がありすぎるだけで、不可解な内容を俺へ言ってきた訳じゃないし、そう考えればまともなのかな?
 そう思ったところで、俺はとあることに気付いてしまった。
 その人からも毒舌家と言われるほどのテランナを妾にせざる得ない俺は、シー基準で言うまともな部類に入るのだろうかと。
 人として大事な何かが失わてしまった気がしたが、テランナの父親はこう告げてくる。
「キミは勇者だからねぇ。世界を受け入れるのが基本だよ。それにわが娘が入ってくるのは、まあそう言う運命なんだろうねぇ」
「運命じゃねーよっ!」
 俺はうめいたが、悟ったように彼はこうも続けてきた。
「だけど、勇者論にも『何事にも運命としか言わざるを得ないことがある』とあるしねぇ。うむ、キミの運命にわが娘が絡まったからには、当然のように子供を成すまでがセットだよねぇ。最低限二人は確定だからよろしくね」
 何でも勇者論で片付けないで欲しい。つーか、この人も勇者論信者なのかい。
 いや、娘であるテランナの言葉が勇者論に毒されているんだから、親がそうなのは当たり前なのか。
 俺はこれ以上の反論が通用しないことを何となく理解して、がっくりきた。
 さらりと子供の予定とか言われたことが、その気分に拍車を掛けている。
 あと、旅の予定とかまるっと無視してそっちのほうに励みそうな雰囲気が隣双方からしていることもだ。
「これで私も親公認になりましたので、ますますよろしくお願いしますですー。たくさん子供を産みますから末永く愛してくださいね。いっそのこと本妻にしてくれても良いんですよー?」
「テランナ、一つだけ言っておきます。私より子供を多く産むのは許しませんからねっ!」
 お前らはもう少し自重しろっ!
 愛の重さは計り知れないと何かで読んだことがあるけど、こんなに重いだなんて想像したことねーよっ。
 しかも、さずかりものであるはずの子供の数で争うだなんて聞いたことが無い。
 まあ、他人へ見えるものとなれば最終的にはそうなるのかもしれないけど、この旅の意味を知っていてそっちへ話を持って行くのは、ちょっとばっかり無理がないかい?
 そうは思ったのだが、残念ながら声には出来なかった。
 避妊具の無いこの世界では、愛し合えば子供に繋がるのだと諭されると声高な反論は出来ないのだ。
 おまけに、シルヴィアはこうも言ってくるんだよねぇ。
「愛の無い勇者など、勇者ではありません。なので、勇者であると証明するには愛の大きさを見せつければ良いのです!」
 その理屈で妾も承認するって、どんな博愛主義者だよ。
 むしろ垂れ流して欲しいとも言われたが、俺がそんなにモテるわけねーだろうがっ!
 俺は憤慨したが、その言葉を発した瞬間、この場に居る全員から生暖かい目で見られたのは何でなんだろうんねぇ。実に不思議だ。
 あと、先ほどの子供の話で問題なのは、医療が日本ほど発達してないこの世界では多産は危険が大きいと思われることなんだが、それへは僧侶の治癒呪文があるからあまり心配はいりませんと言われてしまった。
 そう言えば、この世界の治癒呪文『失われしチカラ、よみがえれ』は部位欠損でさえある程度対応可能な万能呪文だった。
 ゲームでは、コンピューターゲーム初期に作られただけあって単純なヒットポイント制なため敵の攻撃が何であろうとも体力数値の減少でしか損傷を表現できなかったんだが、リアルになったこの世界は四肢損傷とかが普通にあったりする。
 アストラルの洞窟で俺もゴーゴンの腕を切り落としたことがあるけど、そんな状態でも何故か治癒呪文を唱えれば普通に治ってしまうんだとか。
 先天性損傷であったり呪文唱えるまで時間が経っていたりすると駄目な場合もあるそうだが、おかげで地球で言う身体障害者は驚くほど少ないんだって。
 さすがに首を飛ばされたら無理だよね?
 そう言ったら、即座に切断面を合わせて呪文を唱えたら大丈夫だった旨記録にありますと答えが返ってきた。実地試験済みですか……恐ろしや。
 同時期のゲームでも一撃死を実装していたやつがあったりしたけど、それと比べれば遙かに制約が弱くてびっくりするほどだ。
 いや、首刎ねは復活呪文の範囲じゃないのか?
 その問いへは、死んでないうちは治癒呪文の範囲内ですとの回答だ。あっそうか、じゃねーよっ! もはや何でもありだな。
 なので、地球で使ったら医者いらずになるんじゃないのかなと呟いたら、「創造神が居るおかげですから『ちきう』では難しいでしょう」と突っ込みを入れられた。
 神様が違うとご利益も違うものなのか。
 思わず、なるほどと口に出して感心してしまった。
「ですので、創造神への悪口は絶対言ってはなりませんからねー」
 ……心しておこう。それをやってしまい夢幻界と言う地獄へ落とされたのがゲームでの主人公、夢幻の心臓の勇者なのだし、俺も十分に気を付けねばならない。
 ほとんどの日本人同様、俺も信仰と態度があまり結びついてないものなぁ。
 そんな不安が顔に出てしまったらしく、シルヴィアは俺の手を握ってこう言ってきた。
「リュージ様、少しならば僧侶から取りなせますので安心してくださいね。私も神様の声が聞けますし、リュージ様なら大丈夫ですよ」
 俺のどこが大丈夫なのか凄く突っ込みたいが、彼女が俺を勇気付けようとしているのは分かるので素直に「ありがとう」とお礼を言ったところ、テランナが対抗してかこんなことを言ってくる。
「もしそれで亡くなったら、死後の世界まで追いかけていきますので無問題ですよ。まあ、その前に復活呪文を唱えますけどねー。色々楽しんでからですが」
 お前、何をする気だっ!
 俺がぶるりと震えたら、テランナはにんまりと笑った。
「教えて欲しいなら、早く初夜を迎えさせてくださいねー」
 その態度に、俺は絶対死にたくないと強く思ったのだった。
 ところで、この場は本来テランナの父親との面談だったのだが、彼はどうしたのかと見れば、何と隊長に酒を注がれて一人優雅に口を湿らせているではないか。
 まだ外は明るいけど、俺も一応娘婿――納得は未だしてないが――になったんだし、注いだ方が良いのかな?
 そう言ったら、まだ話し合うことがあるだろうから大丈夫だと断られてしまった。
 ただ、結婚式は覚悟しておくようにとのこと。
 この世界の人間は、誰もが酒好きなのかよっ!
 酒に弱い俺としては凄く迷惑だが、そんな念押しをされてこの面談は終わることになったのだった。
 何故かきっちりテランナとの婚姻届も書かされたんだけどなっ!!
 新たなる村の宝物って、どんな扱いなんだよ……
 もちろん俺のささやかな溜め息は、みなから思いっきり無視されています。
 あっ、テランナ父の名前教えて貰えなかったけど、まあいいか。男だし。結婚式では教えてくれるだろう。
 俺はそんな現実逃避をしながらペンを走らせていたのだった。




「グリックはですねー。昔からああだったんですよ」
 その後、通された別室で俺たち五人はお茶を飲んでいた。
 シーの村での最大イベント、グリックさんの話をどうするかの対策会議である。
 本当なら、さっきの面談が終わればゆっくり出来たはずなんだけどなぁ。
 ゲームでもグリックさんをどうするかで悩んだことはあったけど、まさか憎まれ関係になるとは思わなかったよ。
 テランナの父親との話でも少し聞いたが、彼は昔から何かにつけてテランナへちょっかい掛けていたんだとか。
 さっきの様子からすると好きな異性へ手出ししていたとは思うんだが、口でも喧嘩でも負け続け、おまけにことあるごとに馬鹿にされたら、屈折した感情を持ってもしょうがないのかな。
 テランナが村を出た後は、村長候補として色々勉強させられたらしい。
 でも、村の経営者になることは、人格者になることではないからなあぁ。
 おまけにテランナがいつも言う『勇者』の位置とはまるっきり反対の方向を目指さねばならないし、単純な優劣が付けられるとは思えないんだが。
 俺がぽつんとそう言ったら、テランナも賛成した。
「次期村長となったのは認めますけどねー。私が素敵な王子様を見付けたからには、彼は不要なんですよねー。いつまでも執着しないで欲しいものです」
 おいおい。不要って、言い方が酷いんじゃないのか?
 それとなく注意してはみたものの、テランナは俺へ反論する。
「だって、グリックはグリックで、勇者じゃありませんからー。だいたい、剣で身を立てるのはシーじゃ難しいと何で気付かないんですかね」
 どうやらグリックさんは、剣をたしなんでいるらしい。
 だが、どうしてもシーは人間やドワーフに比べると筋力が落ちるので、テランナのお眼鏡には適わなかったようだ。
 勇者論に傾倒しているテランナからすると、剣で負けるのはそれだけで駄目な部類に入るので、シーに生まれついた段階でテランナを娶るのは難しいと思う。
 ああ、だかテランナは村を出たのか。
 何のことはない。砦での際シルヴィアに勇者を待つよう言っていたと聞いたけど、それは本当は自分に言い聞かせていたんじゃないだろうか。
 シルヴィアに付きまとうのも、同好の士を見付けた喜びからくるのだろう。
 が、俺は砦に来た際、他の人より剣が劣っていたはずなんだけど、それは勇者的に見て駄目な部類だったんじゃないのか?
 俺はその点を聞いてみたが、テランナはあっさりとこう返しやがった。
「砦に来た時点で勇者としては上出来ですよう。兵士は各地へ派遣されていますのであの時動けるのは一般人しか居ませんでしたが、その中で砦に来るほど勇気を見せたのですからまずは合格点だったんですー」
 うあ、それだけで勇者認定されたんかい!
 俺はうめいたが、今更どうしようもなかった。
 テランナによれば、助けに来た段階で第一候補になり、顔もまともならさらにプラス材料。後は態度と剣の腕を磨けばよろしいとなっていたそうだが、俺は幸いにしてと言うか予想以上に条件へ合致していたらしい。
「もし、俺が行かなかったらどうなってたんだ?」
 ふと気になったので、そんなことを聞いてみたところ、テランナはこう返してきた。
「そうなったら、勇者が元の世界へ帰れないだけですよ? 何の問題もありませんです-」
 いや待て、帰れないって大きな問題だろうがっ!
 目を見開いたら、彼女は続けてこうも言ってきた。
「私も姫様も替えは居ますし、本当に大きな問題じゃないんですよ? ただ、これほどの美人が蹂躙されたら大損失だったとは思いますけどねー」
 自分で美人と言うなっ!
 俺は内心で突っ込みを入れたが、実際のところ、テランナがかなりの美人であることは残念ながら間違いなかった。
 しゃべると腹黒さが顔に出てしまうだけで、黙っていれば俺でもそう認めるのにやぶさかではない。
 その黒さにも段々慣れてきたのがちょっと自分でも怖いんだけどなー。
 ところで、さっきグリックさんから俺の顔には駄目出しが出ていたんだが、シーの基準で俺は不細工じゃないのかと尋ねたら、全然違いますよーと回答があった。
「あれは、単なるやっかみですよ。私は最初から容姿に問題はないと言ってましたが、もしかして聞いてませんでしたか?」
「あれれ? そんなことを言われたような、無いような……」
 俺が首をかしげたら、いきなり肩を叩かれた。
「でなければ、最初から姫様に紹介しませんですよー! 何を謙遜してるんですかね、この勇者は。まあ、そんなところも可愛いんですけどね」
 おまけにウィンクなんかが追加されたが、その笑顔は可愛いんだよ、笑顔は。ただ、腹の内を知っていると邪悪に見えるのが問題なわけで……ねぇ。
 俺は、端から見ると羨ましく見えるだろうことをされたが小さく溜め息を吐いた。
 それを聞きつけて、シルヴィアもこんなことを言ってくる。
「リュージ様は、最初から紳士でしたものね。初対面の人へ罵倒してくるグリックさんとは雲泥の差がありますから、心配しなくても大丈夫ですよ」
「そうは言ってくれるけど、エルフには正面から言われたしなぁ」
 ゲームでも、エルフは主人公に対し容姿が劣っているみたいなことを言っていた記憶があるから、俺へも言ってくるのは覚悟してたけど、ハッキリ言われたのはちょっとショックだった。
 おまけに、顔が奇妙ってなんだよそれは!
 俺がアデュアさんをパーティメンバーへ入れたくないのは、馬鹿にされたのがその原因では無いにしろ、少しはそれへのひがみがあるだろうとは自分でも思う。
 まあ、現状で外せそうなメンバーが誰も居ないことが一番の要因なんだけどね。
 今となっては、テランナも大事なメンバーの一人だ。
 当初はシルヴィアの世話に必要だからなんて考えだったんだが、意外とこれで色々気が回るし、僧侶呪文の視界拡大呪文で行軍速度に貢献してくれるしで居なくなったなら面倒なことになると思う。
 攻撃力だけで考えるならば、テランナの使っている弓は魔法の剣に劣るので、もう一人ドワーフの戦士を雇った方が良い。
 だけど、これから状態異常の特殊攻撃をしてくる敵が待っているし、やっぱり僧侶は外せないんだ。
 ゲームでは、テランナ以外にも無料で仲間になる僧侶が居たんだけどねぇ。何でそちらにしなかったのかと俺の胃腸は訴えてくるが、これからメンバーに組み込むのは本当に今更だ。
 大々的ではないにしろ、壮行会みたいなのもあったしなぁ。メンバー全員がサルア城関係者のため、外したことに対してサルア王家から疑惑が生じても困るしで、どうしようもない。
 いや、こんなことを言っているのは、テランナが憎いからじゃないよ?
 ちょっとだけ勇者論から離れた思考をしてくれれば、俺の胃袋に優しくなるから助かるよなぁと思うだけの話だから。
 ああ、また脱線してしまった。
 俺はシルヴィアから私も気にして欲しいと頭をすりすりされはじめて、慌てて思考を切り替えた。
 真面目な話になればシルヴィアはすぐさま頭を切り換えてくれると知っているからだけど、それまでは楽しんでも良いよね……って、そうじゃないだろ俺!
 俺は自分の頭をぶん殴って、やっと考え始めた。
 今問題なのは、グリックさんへの対応だ。
 剣を扱えるとなると、やっぱり決闘とか待っていたりするんだろうか。面倒だな……ってそうじゃなくて決闘とか怖いだろ!
 俺はモンスターを相手取ることには少々慣れたけど、人を相手にするのは普通に怖いからっ!!
 いくらファンタジー世界に放り込まれたとは言え、現代日本人としてそれに慣れたくはない。
 甘いことをと言われそうだが、これだけは譲れないよ。幸いにしてそれが可能な世界なんだからさ、もうちょっと頑張ろうよ俺。
 トロールとかゾンビとかの人型モンスターは良いのかよとの内心の囁きを無理やり無視し、俺はテランナにグリックさんへの対応を尋ねた。
「あの調子だと決闘とか申し込んでくるかもしれないけど、それって禁止されてるよね? 話し合いで十分だよね?」
 だが、ある意味期待通りに彼女はにんまりと笑ってこう返してくる。
「何を言ってるんですかー。勇者なんですから、悪の剣士に捕まりそうな姫を巡っての一騎打ちとか最高の舞台じゃないですか! これは見逃せませんですよ。もしもそうならなかったら、私が煽りますので絶対勝ってくださいね」
 やっぱりそうなるのか……
 俺は一縷の望みを掛けてシルヴィアへ顔を向けたが、彼女も目を輝かせていた。
「もしかしなくても私も対象に……ああ、清らかな乙女の柔肌が血走らせた目にさらされそうなその瞬間、勇者がさっそうと助けに来るのが分かります。そうですよね、リュージ様。負けたら私も辱められるんですから責任重大ですよ」
 何で貴方も対象になるんですかっ!
 そう問いただしたかったが、勇者が負けたとなれば、その責任問題は任命者であるシルヴィアへ向かうかもしれないと俺は不意に気付いた。
「まさか、ワザと賭けの対象になりたいんじゃないよね」
 が、念押しとしてぼそっとそんなことを呟いたところ、シルヴィアの眉がぴくっと動いたけど彼女は「乙女のたしなみは重要ですから」と返してくる。
 更に意味不明だけど、乙女なら助けられてしかるべきと、そんな内容なのかな。救助を求めた段階で乙女であり続けられるのかは分かんないが。
 まあ、勇者論ではそうなってるんだからと言われたらおしまいだ。
 もしかして、ここで乙女をアピールしておけば夜の展開も期待できるってことなのかなぁ。
 童貞に何を期待するのかと思ったが、その話も今更だった。さっきから視線が激しいからねぇ。
 ずっと自重していてほしいけど、テランナの父親からも子供の話をされちゃったし、難しいか……はぁ。
「絶対に勝って、きちんと総取りしないと駄目ですからねー」
 お前も他人事のように言うなっ!
 そんなところへテランナがのほほんと言葉を発したため、俺はジロリと睨んだが、テランナの顔はにやけたままだった。
 どうやら、砦でのシルヴィアのように自分が姫として助けられるべき存在になったことがよっぽど嬉しいらしい。
 ワザと負けてテランナだけ押しつけたいなんて考えがふと浮かんだが、それを読み取ったのか、隊長がこんなことを言ってくる。
「勇者は、負けない。倒れても勝つ存在が勇者。だから分かるな? ましてや、姫様の身を危険になどさせたら……」
 そして、すっと首の前で指を横に引く。
 まずい。絶対に負けてはならんようだ。
 しかも痛い思いをしたくないので、なぁなぁで済ませられればそれも良いなとは思ってたんだが、やっぱり却下らしい。
 俺が要求の高さにうなると、テランナは真面目な顔になった。
「グリックは、ずいぶんとしつこいですからねー。思い切って白黒付けないと付きまとわれますよ」
 勝ち負けはともかく、それは困る。男が絡んでくるとか、絶対に阻止しなければならない。
 ……やっぱり戦うしかないのか?
 でも、グリックさんは次期村長とか言ってたし、それに勝ったら何かされる恐れもあるよなぁ。権力怖いです。
「なに、勇者ならバッサリじゃろう。何か躊躇することあるのか? 次期村長は言い訳にならんぞ。喧嘩を売ってきたのはあっちだからの」
 もう一つの不安要素、グリックさんが村長候補であることへも、ユーギンは問題ないと言ってきた。
 テランナが前村長の娘との話は先にしていたけど、彼女の辞退で村長候補に成り上がったのがグリックさんのため、ここでテランナを受け入れた俺がグリックさんに勝っちゃったりすると、今度はテランナ経由で俺にシー村長が回ってくる可能性があったんだよね。
 日本に帰れなかったらサルア王が待っているので、シーまで面倒見切れないとは思うし、俺との私的な戦いの勝負に村の命運が掛かる訳が無いけど、さっきテランナは総取りとか言ってたので、そこまで発展させそうな感じがする。
 念のため、俺はテランナに告げることにした。
「正直、テランナのことだけで手一杯なので、村のことまでは面倒見ないから」
「えっ?」
 何でそこで驚くんだよっ!
 テランナは、その俺の言葉に仰天した顔を見せると、深い溜息を吐いてから答えた。
「まさか、私ごときが勇者を独り占め出来るとは思いませんでした……姫様の後で結構ですので、夜の戦いもお願いします」
「手一杯って、そんな意味じゃねーよっ! あと、さらりと俺の予定を立てるなっ!!」
 こいつ、シルヴィアと結託してからは本当に前向きで容赦ねーのな。
 旅に支障のあることへは自重する。
 シルヴィアは以前そう言ってくれたのだが、同じく旅に同行するテランナがそれを守ってくれるのか激しく不安だ。
「まだお風呂にも入ってませんけど、決闘あったらどのみち同じですので、このままさくっと済ませてしまいましょう。グリックがさっきから歯ぎしりして待ってますし、勇者も準備運動無くても問題ありませんよねー」
 テランナが締めくくるかのようにいきなり言葉を発して窓の外を指さしたら、そこには鬼の形相となったグリックさんが……窓に! 窓にっ!!
 と、ビビッたら、いきなりその顔が消え失せてしまう。そして、代わりにでかい物音がした。
「どうやら、台から落ちたようですね。この家の窓は少し高いんですけど、それに見合った足場が確保出来なかったようですねー。チビなのに、相変わらず用意が甘いんですから」
 シーは他種族より背が低いんだが、この家は前村長宅だけあって人間が来ても問題無いよう少し間取りが大きく取られていたり窓が高めに調整されているんだとか。
 そしてグリックさんは、そのシーの中でも更に背が低い方に入るとテランナは言った。
 それで腕力上等の勇者を目指すのは、さすがに無理があると俺でも思う。
 なのに、テランナに惚れてしまったのかぁ。
 俺は、自分が修羅場の当事者であるにもかかわらず、何か彼が可哀相になってきてしまった。
 諦めきれないものがあるならば、個人的には応援したいと思うんだ。
 何やらいじめに荷担させられるような暗い気分を胸に抱いたが、黒い笑みを浮かべるテランナに引きずられて俺は家の外へと出たのだった。




「では、両者とも用意は良いですか? 真剣じゃありませんので、思い切りやって構いませんからねー。治療と判定は、私テランナが勤めさせていただきます。特別審査員に前村長である私の父。そうそう、クモン隊長とユーギンは何もすることがありませんので観客に混ざって構いませんですよー」
 流れるようにこの場を仕切ったのは、やっぱりテランナだった。
 体調によるしこりが無いよう、事前に治癒魔法を俺とグリックさんへ掛けた後、いつの間にやら集まっていた村人全員を一定以上距離をおかせてその中央に陣取り、俺たちの双方へ異論がないか確認をしてくる。
「テランナ。僕の方が優れているとすぐに認めさせるからね」
 さっきの落下事故もなんのその、グリックさんはそう言って熱烈アピールをしていた。
 しっかし、このグリックさん。嫌味なほど気障な台詞が似合う男だよなぁ。
 顔は美形とまではいかないが整っており、しかも気迫が篭ってやる気十分。
 テランナにこだわりさえしなければ、かなりの良い目に会えたものを。
「あー、何だ。俺も準備は一応良いよ」
 俺のほうは、あんまり気乗りしないが答えないのも出来ないので、そう無難に答えておく。
 こんな見世物にはなりたくないんだが、刺激の少ないこの村では、かなりの大事にならざるを得ないのだろう。
 テランナの両親を始めとして、村の現村長や重役もみんな顔を出している。
 戦争中であるこのご時世だからもちろん見張り役の人は来ていないけど、それ以外、子供まで来ているって何でだよ。
 シーは戦士にあまり向いているとは言えないんだが、それでも剣での戦いに興味津々らしい。
 二人とも獲物は木剣だ。この決闘騒ぎのため急いで作ったのではなく、訓練用に前からあったやつとのこと。
 まあ、村の周囲が柵に囲まれている段階で、シーにも戦士が複数人居ることを理解しておくべきだったのだろう。
 目前のグリックさんの姿は背筋が伸びた綺麗な姿勢で、きちんと剣術を学んでいることを窺わせる。
 対する俺は、当然ながら我流だ。
 砦で隊長に鍛えられたとは言え、モンスター相手の実戦剣法がより優れているのかと問われれば、俺でも首をかしげざるを得ない。
「リュージ様、よろしくお願いしますね」
 そんな不安を吹き飛ばすべく、シルヴィアが俺へ声を掛けてきた。
 彼女は観客席の俺に一番近い場所で座っているので、小さい声でも十分に俺へ届くのだが、それは同時に周囲へも聞こえることを意味している。
 俺の勝利を疑っていない声をグリックさんも聞いたのか、その目にある炎が激しくなった。
 テランナも、立場上俺だけに声を掛けられるはずもないのにワザワザ俺へ「分かっていますよね?」と短く声を発する。
 そうやって煽らないでほしいです……
 グリックさんの顔がゆがんでギギギと歯軋りがここまで聞こえてくるじゃないか。
 声にはなってないけど、一言で言うと「殺してやる」と言いたいんだろうなぁ。
 グリックさんは、前にも言ったとおり俺より背がかなり低い。
 これまでに会ったモンスターはほとんどは俺以上の背丈があったから、こんな小さい相手は初めてだね。
 いわゆる中段の構えで真っ直ぐに俺を見るグリックさん。
 何やら、小ささを生かして高速で一直線にでも突っ込んできそうだな。
 その予想が当たっていた場合、俺は対処出来るんだろうか?
 いや、対処せねばならない。
 ここで負けたら、恨みで何をされるか分からないんだ。
 いくら治癒魔法があるとは言え、治るまで痛いのは変わらないし、気を引き締めた方が良いだろう。
 つうか、俺の方が余裕無い相手じゃねーかっ!
 優れた戦士は相手の力量が分かると聞いたことあるけど、今の俺にもグリックさんの強さが何となく分かる。
 ゴーゴン戦なみの真剣さで相手して、それでも負けるかもしれないと思えるほど。
 しかもこの勝負、大怪我までは許されるが殺すことは禁じられており、かなり俺へ分の悪い話になっている。
 グリックさんは、次期村長なんだ。
 だから、どうあっても殺してはならない。もし殺してしまったら、俺は政治の力によって勇者の地位を剥奪されるかもしれない。
 そんな状態での全力とは、どこまで許されるんだろう――
 俺がそんなことを思っていたら、グリックさんが俺を挑発するかのように笑った。
「キミが負けたら、その胸にある『夢幻の心臓』も貰い受けるよ。テランナも、あのシルヴィアさんもさ。そして僕が暗黒皇子を倒すっ! にわか勇者になんか負けないからね」
 そうして、握りしめた木剣を俺へ突き刺すかのように真っ直ぐ向ける。
 どうやら彼も、俺が『心臓の勇者』と勘違いしているらしい。
 まあ、この世界で勇者と言ったら普通はそれを指すんだし、ここで俺が違うと言っても、誰もが冗談だと取ってしまうだろう。
 つうかその台詞、どこから引っ張ってきたのかと聞きたいくらい立派なライバルキャラの台詞です。
 相手が俺でなかったら、おもわず拍手してたかもしれん。
 だが今の俺に対しては、冷や汗を流す効果の方が強かった。負けて特訓フラグが立っちまうよう……
「それは、俺が負けたらだよね? グリックさんが負けたらどうするのさ」
 流れを変えるため、急いでそう返したら、彼は眉をぴくりと動かして答えた。
「そうだね。その時は、大人しく村を去るよ。一人寂しくモンスター相手に過ごすさ」
 次期村長がそんなことしたらマズイじゃねーかっ!
 やばいやばいやばい。
 勝つことだけを考えたいのに、勝ったその先にも問題が待ち構えてるなんて凡人の俺には見抜けねーよっ!
 さて、どう戦えば一番良い結果になるんだろう。引き分けとかさせてくれねーかなぁ。
 いっそのこと、勇者の地位ごとテランナを渡したほうが……
「リュージ様……」
 思いがゆれている中、シルヴィアのその声がやけにハッキリ聞こえた瞬間、俺は何をすべきか急に悟った。
 シルヴィアを渡すことは出来ないと。
 負けてこいつに暗黒皇子討伐を任せるなど、愚の骨頂だった。
 そんなことになったら、さっき言われたとおりシルヴィアまで渡すことになる。
 そして彼女が居ない俺には、日本への帰る道が閉ざされたも同然になってしまうじゃねーか。そんなのご免だっ!
 俺は、生きて祭壇にまでたどり着く。ここでも俺は勝つっ!!
 そのための手段はまるで思い付かないが、俺は勝つために、相手の一挙一動を見逃すまいと視線を凝らしたのだった。



[36066] その17
Name: 凍幻◆786b687b ID:be9ab252
Date: 2013/07/11 04:28
 とは言え、どうしたら良いものか。
 俺は剣術の達人では無いので、相手の隙を窺ったり一撃で相手を倒したりなんて出来やしない。
 相手の視線がどちらを向いているのか確認可能な程度だ。
 先手必勝との言葉は聞いたことがあるけど、相手がそれなりに剣術学んでいるなら、むやみやたらに突撃しても駄目だろう。
「臆したのか? 僕に勝てないと思ったら、このまま降参して良いよ」
 俺が動かないのを見てグリックさんがそんなことを言ってくるが、彼はそんなに余裕あるのか?
 対人戦闘は、他人に剣を学んだならそれなりに経験あるだろう。
 しかしモンスター相手の戦闘なら、俺の方が回数こなしてるんじゃなかろうか。
 グリックさんの体格じゃ、エルフ界の敵として一番数の多いトロールは個人では相手したこと無いだろうと思う。
 何と言っても、背丈が違うんだ。
 只でさえ背丈の低いシーで、その平均よりも背が低いグリックさんだから、巨人とも言うべきトロールは相手が難しいに違いない。
 その他のモンスターも、エルフ界のはエルダーアイン界より強いやつが多いから、相手を探すのは容易でないはずだ。
 対する俺は、一応とは言え正式な勇者。モンスター相手には頑張ってきたけど、砦での修行時以外ではほとんど対人戦闘はしてこなかった。
 どちらがより強いのかとの問いは、これから確かめるとしか俺には言いようがない。
 だけど、死線を潜ってきた回数分だけ俺の方に勝ち目があるかもしれない。
 そう思いながら相手の姿を良く見たら、その姿勢は綺麗だけど呼吸は少し激しいように感じた。
 さっきの覗き行為で疲れたとは思えないし、治癒呪文だって掛けてもらったんだから、急激に疲れるとかありえな……まさか、俺に圧力を感じてるのか? そう気付いたら、決闘と言う言葉に縛られてガチガチだった俺の肩から少しチカラが抜けた。
 俺に口うるさく言うのは、自分が少しでも優位に立ちたいからかな?
 俺は、彼を威嚇するのと同時に俺自身を鼓舞しようと声を出してみる。
「うおおおおおっ!」
 すると、何とグリックさんはビクッとした。
 こんな声だけで反応するとなれば、実戦経験は本当に少ないと見て間違いないだろう。
 後は、彼の訓練結果が俺の実戦経験に匹敵するかどうかだ。
 俺の方から、少し間合いを詰めてみる。
 剣道で言う含み足のような器用な真似は出来ないし、そもそもそんな微妙な立ち回りが必要な場面でも無い。
 単純に、彼へ圧力を増すだけためなので、剣先を揺らして威嚇を強めてもやる。
 彼に、目に見えた動揺は無いが、微妙にその剣先がぶれたのが分かった。
 そして、その心の内をもっと揺らすべく、俺は口も動かしてみる。
「俺はなぁ」
 内容を理解しやすくするため、一拍おいて、もう一声。
「テランナとも婚姻届書いたんだよっ!」
 すぐさま自分から距離を詰めて彼へと肉薄。
 対するグリック――もう呼び捨てでいいや――は動揺するはずと思ったんだが、俺の剣にガッと合わせた。
 しかも、俺のチカラに対抗している。
 シーは人間より筋力が弱いけど、剣の技術で補っているのだろう。
 俺はもっとチカラを籠めようとしたが、彼はすっと自分のチカラを抜き、俺の体勢を崩そうとした。
 だが、そんな単純なことで崩れるようなら、俺はこれまでの戦いでとっくの昔に死んでいたことだろう。
 バランスを崩したと見せかけて、剣を振り切るとともに姿勢を低くする。
 すると、俺の頭上を剣が通っていくのが感じられた。
 こいつ、身長の高い相手に戦い慣れてる?
 やはり剣を学んだのは人間相手らしい。
 俺の身長は人間基準で言うと少し低いし、トロールくらい高ければやりにくいだろうけど、俺程度相手なら訓練相手にも事欠かなかっただろう。
 頭を積極的に狙うのは、グリックの体格が小さいため盲点になりやすいからと思われるが、幸いにしてそれはやりすごせた。次は俺の番だ!
 俺は、ぶんと後ろへ向かって剣を振った。
 すると、これにも剣が合う感触がした。
 僧侶適正の大きいシーにしては、戦士の訓練が身になっているようだ。
 いや、シーと侮るのは危険だった。
 こいつは、俺の女を狙っているこれまでで最大の敵だっ!
 何か間違った感情を抱いてしまったような気がしたが、俺は少し距離を取ってから反転し、再度グリックへ剣を振り下ろした。
 彼は体格が俺に劣っているので、速さで勝負してくるのだろう。
 始める前まではそう思っていたのだが、俺の気迫が勝ったのか、今のところ俺が相手出来ないほどの速さは感じられない。
 まさか油断を誘っているのかとも一瞬考えたけど、彼の顔がさっきより怖く見えるので、そうでも無いらしい。
「さすが勇者だね。僕の頭攻撃をかわして反撃してくるとは思ってなかったよ」
 口だけは負けまいとしてか、そんなことを言ってくるグリック。
 まさかとは思うが、さっきの攻撃だけで勝てると考えてたのか?
 訓練でならば頭に一撃食らえばそこで中断するかもしれない。しかし、実戦ではかわされたり受けきられたりするんだ。
 本当の戦士なら、そんなあやふやなもので先手を取ろうとは思わないだろうに。
 俺は呆れ、彼があまり強敵だとは感じなくなってしまった。
 さっきの負けフラグみたいな発言が余計にそう感じさせるのかもしれないが、印象がこんな短期間で変わるなんて珍しいな、おい。
 いや、強敵なのは間違い無いよ?
 まさか決闘を挑むほど俺を妬む人が現れるとは思ってませんでしたから!
 モンスターが、その出自からして人間を襲うのが理解出来るけど、仲間になる種族から襲われるのは貴重な経験と言っても間違いない。
 これがモテ期ってことですか!?
 凄く場違いな言葉を思い浮かべてしまったものの、それで油断したんでは意味がない。
 俺が呼吸を整えようとして少し大きく息を吐くと同時に、今度は彼が大声を出した。
「うおおーっ」
 さっきの俺のに比べると少々迫力不足に感じられるけど、まだやる気は十分のようだ。
 俺だって、きちんとケリを付けないことにはこれを終わらせることが出来ない。
 そして、受けに回っても最終的には俺が勝てると言えるほど、相手の力量は弱くないんだ。
 一方的に相手を痛めつけたいとは思わない――いや、少しは思うけど――が、俺は自分の方がチカラ勝っていると信じて剣を振った。
 相手のほうが小さいので突きはしにくい。奇をてらわず振り下ろしだっ!
 頭をかち割ってしまうかとも思われたその攻撃を、何と彼は避けた。
 やべっ!!
 ギリギリではあったが、避けたのは事実。そして、彼の攻撃が俺の胴体を襲ってくる。
 横からの攻撃に、俺は避けることが出来ない。ガゴッと鋭い痛みが脳天にまで響いた。
「ぐっ!」
「リュージ様っ!」
 思わず呻いたところへ、シルヴィアから声が飛んでくる。
 悲鳴にも似たその声は、俺の痛みを和らげることは無いが、カッとなりかけた頭を冷やしてくれた。
 さっき、侮ることなかれと思ったばかりだろーがっ!
 反省と共に脇腹へ手をやったが、幸いにして肋骨を折ることはなかったようだ。ただ痛みだけがある。
 俺に一撃を食らわせたグリックは、嫌な笑みを浮かべてこう言ってきた。
「どうだい、にわか勇者よ。僕の方が優れていると認めるなら、ここまでにして良いよ」
 確かに、ここまでの結果でなら彼の言うとおりだろう。
 俺より相手が小柄なら剣を横に振った方が良いはずなのに、そうしなかったのが今の負傷に繋がっている。
 だけど、俺はまだ本気を出していない――とは言わないが、殺す気で、つまり実戦の剣を振るってはいなかったようだ。
 慢心でなのか嫉妬でなのかは分からないけど、まさかシーの戦士なんてとどこかで思っていたのだろう。
 シーが戦士の素質を手に入れるにはアイテムが必要なため、俺はゲーム時同様シーを純粋な戦力としては見ていなかった。そのツケが、これか。
「確かに、お前は俺より訓練しているようだな」
 俺は、息を整えながら素直にそう言った。
 考えてみれば、この世界に来てからまだ半年も経ってない。
 砦での隊長たちとの特訓は俺をサラリーマンから戦士へ変わらせてくれたが、それは必要最小限度分でしかなかったんだ。
 どう見ても数年は修行したはずの相手へ、普通なら俺が勝てるはずは無かった。
 さっき、一瞬弱いなと思わせたのも作戦の内なのだろう。まんまと引っかかった俺は、駆け引きの引き出しが決定的に足りないと痛感する。
 でも、負けることは出来ないっ!
 こいつにシルヴィアとテランナを渡すなんて、俺は嫌だぁぁぁ!!
 痛みと怒りで頭が沸騰しそうだが、俺はもう一回手にチカラを籠め、相手をギッと見据える。
「僕の強さが分かったなら、さっさと降伏したらどうだい。痛い思いは嫌だよね?」
 何だかんだ言ってしきりに俺へ降参するよう勧める彼だが、その真意は何だと俺はふと疑問に思った。
 真に強いなら、それを見せつければ良いだけの話だし、口を使うことはないだろう。
 もしかして、長引いたら自分が不利だと考えているのか?
 ここはシーの村だから僧侶は多いはずなので、怪我したら訓練を中断して治癒することが多いのかもしれないと俺は考える。
 となれば、訓練でも一撃狙いが多くなるのだろう。実際に、さっきの横薙ぎの後に追撃は無かった。
 ダメージ受けても続けるのなら、俺の方が有利だっ!
 俺は、実戦ではこんなことは何回もあったと思い、気を引き締めてもう一回剣を構えた。
「俺が止める時は、俺が勝ってからだっ!」
「やる気なら、叩きつぶしてやるよ」
 グリックもそう言って構えを取る。
 俺も彼も中段の構え。その構図は先ほどと同じだから、彼は同じ結果になると思っているだろう。少なくとも訓練でならそうだ。
 だから俺は、駆け出すそぶりを見せた後、少し前のめりにしゃがみこんだ。
「馬鹿め!」
 傍目には、俺がつまづいたように見えるだろう。
 グリックもそう判断したらしく、一瞬立ち止まったもののすぐさま勢いよく突っ込んできた。
 だが、人間相手に鍛えたその剣は、自分より小さい者相手にどれだけ通用するかまでを理解しているだろうか。
 俺は立て膝になって、剣を横薙ぎに振る。
 普段と違って踏ん張りの効かない腕だけでの攻撃だが、彼の目線より下からの攻撃に、彼は先ほどより上手くは剣を合わせられなかった。
 一合、二合。
 勝手の違うやり取りに、グリックがいらついていくのが分かる。
 俺だって、相手がおれと同じ姿勢をしているなら舐めているのかと憤慨するだろう。
 更に言えば、今の俺はその上に脇腹を負傷してもいる。
 早期決着を着けたいだろう相手がこんな長引かせるような姿勢を取るのは、理解しがたいはずだ。
 俺は、グリックが怒り狂ってもう一歩近付いてくるタイミングを見計らって少し余計に剣を突き出した。
 慌てて剣を合わせる彼へ、俺はもう少しと背伸びをし、足を前へと動かす。
 伸びてくる剣に、グリックは慌てて距離を置こうとしたが、その時には俺は完全に立ち上がっていた。
 そして、チカラを籠めての振り下ろし。
「いやぁあああ!」
 今度も上からの攻撃を選択したが、さっきとは違い、直前まで下からの攻撃でそちらへ意識を向けさせていたはず。
 その右上から左下への袈裟切りは、今度は彼の左肩をしたたかに打ち付けた。
「つぅっ!」
 よろめいたところへもう一回、今度は左からの切り上げ。慣れていないだろう連続攻撃だ!
 痛みで俺の動きが鈍っていたせいか、これへは剣を合わせられたが、その剣ごと押しやって彼自身へ剣を届かせる。
「ぐはっ……」
 胴体を打たれて、彼は尻餅をつくように倒れた。
 それを見届けて三秒ほどした後、俺はほっとして頭を下げる。
 いや、剣道みたいに一礼なんかしなくても良いんだけど、何となくそうしといた方が良いかなと思ったんだ。
 その時になって、おぉと周囲から声が漏れた。
「リュージ様、信じてました!」
 真っ先に意味のある声を張り上げたのは、シルヴィア。
 危ない場面も見せたはずなのに、今は喜色満面の笑みしか浮かべていない。
 そして、審判役のテランナもようやく「勝者、勇者のリュージさんっ!」と言ってくれる。
 おお、彼女が俺の名前を呼ぶのって、何気に初めてかもしれん。勇者の肩書きでなく、俺個人が認められたようでちょっと嬉しい。
 負けた方のグリックはまだノビていたけど、勝敗が付いたことで誰かが駆け寄ってきていた。
 つーか、テランナが治療もやってくれると言ってたのに、その人は必死で治癒呪文を唱えているではないか。
 しかも、女性じゃねーかよっ! この馬鹿は心配してくれる彼女が居るのに未だテランナへちょっかい掛けてるんかっ!!
 倒れた際は、ちょっとだけ可哀相かなとは思ったけど、この場面を見ればその心配は無用だったのだと嫌でも分かる。
 俺はようやく上体を起こしたグリックへ、テランナがまだ治癒魔法を掛けてくれないんで痛みを我慢しながら言った。
「お前、剣は向いてねーよ。大人しく村長やっとけよ」
「でも僕は、約束を破りたくない。モンスターを狩らねばこの村も危ないんだ」
 グリックの横に居る女性が心配そうな顔をしている。
 反対に、グリックの方は負けたというのにさっぱりした顔付きだ。
 もしやとは思うが、俺の勝負に負けた方が都合良かったのか?
 俺は、これまでグリックの発言を思い返してみた。
 勝ったら、テランナと結婚出来る。なので大喜び。
 負けたら、村のため堂々とモンスター狩りが出来る。剣士として生きられて大喜び。しかも村長なんて面倒なことしなくて済む。
 ……どうしてやろう、この馬鹿を。
 俺は、さっきまでグリックのことを憎いと思ってなかったはずなのだが、凄くむかむかしてきてしまった。
「こんの大馬鹿やろうがっ! 戦士は一回負けたら死ぬんだよっ、死ぬの! だからお前は村長以外に生きる道ねーんだよ!!」
 こいつの思い通りにしてなんかやらない。
「だけど、僕は……」
 俺の怒鳴り声に、グリックは声を上げようとしてきたが、それを遮って言葉を続ける。
「だいたい、お前。神に選ばれてないのに勇者になりてーだなんて、創造神を愚弄してるの? それはシーの生き方に反していると気付いてねーのか?」
「シーが戦士で何が悪い」
「戦士なら否定しねーよっ」
 グリックが反論してくるので、俺はむかつきながらもこう言ってやる。
「信徒なのに勇者へなりたいなどと言うのが間違ってるっつーんだっ! 『夢幻の心臓』はだな、夢幻界にあった代物なんだぞ? シーのくせして夢幻界がどんな場所だか知らないんじゃないのか? ほら、聞いてやるから言ってみろ」
 その言葉を聞き、グリックはすぐさま答えようとした。
「夢幻界は、神に反逆した人が……っ」
 が、すぐに言葉に詰まる。そりゃそうだ。敬虔な信者なら、その意味が分かるはずだ。
「そう。夢幻界は、神に呪われし世界だ。そこへ落とされた人間は、一回創造神に呪われているんだよ」
 俺が本当に心臓の勇者なのかは分からない。
 治癒魔法があっても心臓を切り開いて確認なんてしたくないし、そもそも、俺がどうやってこの世界に来たのかさえ分かってないんだ。
 ゲームのように夢幻界からの召喚なのか、はたまた何かの自然現象で来たのかも分からないのに、俺が勇者役をやるのは間違っていると未だに思うことがある。
 でも、そうしなければ祭壇までたどり着けず、元の世界へ帰れないんだ。
 他人へこの役目を譲り渡すなんて、ご免こうむる。
 だから、こいつ以外にも勇者へ立候補する人が出ないようにしなければならない。ここで論破するぞっ!
「し、しかし、勇者は創造神に許された存在のはずだ。シーが勇者になって何が悪いんだ?」
 グリックは、まだ反論を思い付けるようだ。面倒だな。
 確かシルヴィアによれば、正式な勇者は神にお告げを受けねばなれなかったはず。
 こいつは、それも知っていながら勇者に執着してるのか?
 俺は溜め息と共にこう告げた。
「だから夢幻の心臓は、夢幻界産の呪われたアイテムだっつーの。そんなアイテムを欲しがるのは、シーの生き方に反するのが分からねーのかなぁ。許された存在ってのは、一回創造神に反逆した人間だってことが理解出来ねーのか?」
「!?」
 俺が言わんとしたことをやっと理解したのか、グリックの目が驚愕で見開かれた。
 そのショックが抜けきらないうちに、俺はもう一回言ってやる。
「だからな、普通のシーなら大人しく村長やったほうが村のためなんだよ。勇者なんて、他人で良いじゃないか。呪われたいんなら止めはしないけど、それやったら隣の彼女が悲しむじゃないか」
「ルテナンは関係無い」
 そうか、その彼女はルテナンさんって言うのか。またまた女性の名前を聞いてしまったけど、何かのフラグじゃないからね?
 そもそも、決闘で倒れた相手へ駆け寄っている段階で手出し無用の判断がなされなければならない訳でして。うん、常識に従っておこうか。
 俺は、一瞬だけ彼女へ目をやってその顔に心配の色が付いていることを確認し、話し出した。
「無くはないだろ。テランナなんてじゃじゃ馬は放置して、その彼女さんと一緒に自分の役目をまっとうしろよ。ああ、もしかして……」
 その途中、気付いたことがあったので、今度はシルヴィアへ顔を向ける。
「シルヴィア、ちょっとコンパス出してくれないかな」
「コンパス、ですか? あのシーのコンパスですよね」
「そう、それ。きちんと持ってるんだよね?」
「え、ええ……」
 シーのコンパスは、さまよえる塔を探すのに必要な道具だ。
 なので、これから必要になる品をここで取り出す必要性を見いだせずシルヴィアは少し戸惑っていたが、無事にこっちへ渡してきた。
 うん、ちゃんと針が正常だな。
 エルダーアイン界ではぐるぐる回って意味をなさなかったコンパスだが、このエルフ界では一点を指している状態へ戻っていた。
 それが俺の考えている方向と合っていることを確認した後、俺はグリックへコンパスを渡す。
「えっ? 何でキミからそれが?」
 以前テランナへ渡したはずなのに、俺から返されるとは思ってなかったのだろう。
 グリックはコンパスを受け取った後、それが本物なのを確認してこう言ってきた。
「まさか、さまよえる塔の存在さえ知らないのか? 勇者のくせに」
 考えていたとおりの反応に、俺は笑みを返した。そして、告げてやる。
「いや、知ってるけど、探せるから大丈夫。それより、それはシーの宝物なんだろ? いいからちゃんと管理しとけよ。テランナなんかに預けるから酷い目に会うんだぞ。それに」
「それに?」
「受け取ったからには、村長も返上出来ないよなぁ。まさかとは思うが、コンパスを放り出して逃げたら、今度こそ死刑だろうな」
 テランナはグリックからコンパスを受け取ったが、その後、こいつはせっかんを受けたと聞いている。
 そりゃ、村の宝物を勝手に他人へ預けたら大変なことになるよなぁ。
 受け取ったテランナが無事なのは凄く不思議だけど、それはこいつが勝手にかばったんだろう。
 俺がそんなやり取りをしているので、シルヴィアは今度こそ驚いたようだ。
「リュージ様。失礼ですけど、それが無ければ塔が探せないのでは?」
「ああ、こいつにも言ったけど、大丈夫。それより、きちんと持っててくれてありがとう」
「いえ、どういたしまして。ですけど……」
 シルヴィアは、俺が何を考えているのか分からず不安そうだ。
 なので、ここで説明をしておくことにした。
「塔は、コンパスがなければ探せない。そう思ってるだろうけど、視界拡大呪文はもう使えるからそれなら? 空から探すのならばどう?」
「えっ……あ!」
 聡いシルヴィアは、それで理解したようだ。
 塔が探せないのは、視界が遮られてる森の中をさまよっているので簡単には場所が分からないからだ。
 ゲーム時、予備知識なしで探せと言われたなら、俺だってコンパス必須だと思ってしまう。
 だけどこのシーの村へ来るまで確かめたところによれば、視界拡大呪文『隠されしもの、いでよ』を使えば隠れたところもある程度は見通せるんだ。
 更に上級の呪文『星よ、我らを照らせ』を使えば、まるで衛星写真を見てるかのようにあっさりと場所が分かることだろう。
 ゲームは平面マップだったんで補助無しでは塔のシンボルマークを探すのは苦労したけど、リアルなこの世界なら近付けば塔くらい目視出来るんじゃないかなぁと思われる。
 ええと、確かゲームだと塔は四階建てなんで、地球仕様なら十五メートルくらいかな?
 何故か閉鎖されてるはずの塔中にもモンスターが居るんで、その分高さが倍になったとしても三十メートルってところか……うん、木の高さで隠れるね。
 さっきの推論取り消し。森を侮ってはいけなかった。
 手入れされている場所でさえ頭上以外空が見えないことがあるし、原生林になると方向さえ狂う可能性もあったっけ。
 大人しくコンパスを持ったままにしたほうが、楽なんだろうとは思う。
 呪文で補助するとしても、何回も唱えるのは面倒だし精神力も必要なので、テランナには負担を掛けることになるだろうと思う。
 だけど、コンパスが必須とまでは言えないんだ。
 ましてやこれは、シーの宝物。さっさとシーの責任者へ返していた方が良いだろう。
 いざとなれば、ダンジョンにあるもう一個を探せば良いや。
 そんな考えがつらつらと浮かんだけど、返された方のグリックは、その間悔しそうな顔をしていた。
「いつか、テランナと一緒に塔を探しに行くはずだったんだけどなぁ」
「諦めろ。俺が居る時点でお前の出番はねーよ」
 グリックは、テランナの夢を叶えるため勇者になりたかったはず。
 その彼女が他人を勇者と認めたなら、彼が勇者になる意味はもはや無いと思う。
 おまけにコンパスまで返ってきたのなら、持ち主のテランナを村に呼び寄せる理由も無くなってしまっている。
 言い訳にしてたモンスターにしても、根本原因である暗黒皇子を倒すまで持ちこたえるには村の警備を固めた方が得策だし、グリックが村を出る理由は無いよね?
 と言うことで、ここに来てようやく彼にも諦めの色が出たので、俺はテランナの方へ振り返った。
 考えてみると、恥ずかしいことを言ったような気がするんだが、何も反応無かったんでかえって不気味なんだよね。
 さすがにこの大観衆の中ではテランナも恥ずかしいのかと思いきや、彼女は俺と目が合うなり、いきなり駆けだして抱き付いてきた。
「リュージ様ぁ、とうとう私も受け入れてくれるんですね! 夢が叶いましたぁ!!」
 さんざんからかわれていた俺だが、さすがにこれは恥ずかしい。
「おまっ、勇者なら誰でも良いんじゃねーのかよっ! 俺なんかに頼るなっ!!」
 なのでそう言ったら、テランナは何と泣いていた。
「いえ、確信しました。リュージさんが勇者様でしたー」
 いつも罵倒してくるこいつが泣くなんてどうしたんだ?
 俺は豹変したテランナの態度に薄気味悪いものを感じて彼女を引きはがそうとしたが、逆にしがみつかれてしまった。
 おまけに、むっとしたシルヴィアまでもが俺に抱きついてくる始末。
 いったい俺に何を期待してるんですかー!?
 衆人環視の状態でこんなことをされるなんて、童貞の俺にはハードルが高すぎます。
 へるぷ、へるぷみー!
 動けないでいたら、地面に座ったままのグリックからもこんな言葉を掛けられてしまった。
「そう言えば、勇者は博愛だったな……テランナだけを求めた僕が、勇者になれるはずないか」
 いやあんた、一人に愛されるだけで十分じゃないすか。
 しかも、隣に美人さんが一人居るだけで羨ましいでごんすよー!
 緊迫した雰囲気だったはずの決闘の場に、ニヤけやクスクスなどと笑い声があちこちから漏れてくる。
 決闘とは、いわば見世物。だけど、決してこんな笑いものになるため戦ったんじゃない。
 俺はっ、正式にテランナを娶るために戦ったんだっ! ……あれ?
 良く考えたら、決闘前に何で戦うことになったのか、その理由と代償をきちんと確認してなかったことを今更ながらに俺は気付いてしまっていた。
 グリックからは「テランナに自分のことを認めさせる」との理由を聞かされていたんだけど、俺から彼への要求をしてなかったんだよ。
 一方的に「負けたら村を出る」とも言われてたけど、それは俺にとってマズい内容だったんで逆に「村に残れ」と畳み掛けたんだが、それは要求とは違うよね?
 俺が考え込んで無反応のため、シルヴィアとテランナがそろって俺の顔を窺い見る。
 何か上手く物事が進んだので今更だよなとは思いつつも、俺はテランナに聞いてみた。
「もしかしてだけど、この茶番を考えたのはテランナだよね?」
 そう。どう考えても、色々とタイミングが変だった。
 一番最初の疑問は、村へ着いた途端にグリックが現れたこと。
 交通機関など全く無いこの世界なのにあのタイミングだったのは、あらかじめ村への到着予定を知っていなければ出来ないはず。
 更に、俺たちの話し合い最中にグリックが窓へ張り付いていたのも今から考えると変だった。
 あの家は、前に聞いたとおり窓まで高さがあるので、部屋を知っていなければ台を設置しても狙ったタイミングで覗くことは出来ないだろう。
 直前までテランナの父親と話しをしていてそれなんだよ? しかも台をどこから持ってきたのさ。
 どうやってかは知らないが、テランナが窓の外へ事前に台を置いといたとしか思えない。
 最後には決闘直前に俺へだけ声を掛けるしで、煽るとは言っていたけど、ここまでしなくたって良いよねと叫びたいくらいだ。
 俺が眉を寄せたのを受けてか、テランナは少し小さい声で答えた。
「結婚の障害を取り除いたことに、何かご不満でも?」
 ただ、その内容は思いっきり肯定だった。
 自分に正直なのは結構だけど、もう少し自重してくれよ。
 俺がそう思って肩を落としたら、こうも言ってくる。
「リュージさんの、勇者としての自信獲得に繋がったはずなんですけどねー。姫様も私も人前で抱きつけるチャンスを得ましたし、村のみんなも本物の勇者を見て納得してくれたでしょうし、みな大喜びじゃないすかー。なのにその態度なのは、解せませんです」
「そうですよ。勝ったんですから、堂々と私たちを抱きしめて欲しいものです。リュージ様は、もっと態度に表してくださいませ」
 シルヴィアは仕組まれた戦いと聞いて怒ってくれるかと思いきや、反対に賛成してしまっていた。
 普段、俺に文句をあまり言わないシルヴィアなのにここまで言ってくるのは、テランナが妾に決まったことも影響してるんだろうなぁ。
 嫉妬と言う珍しいものを見られたけど、それが意味するのは俺に『勇者らしく』振る舞えとの内容だ。はぁ、人には向き不向きがあるんじゃないかなー。
 どうしようかと周囲を見れば、俺が視線を向けた先から人が後ろへ引いていく。
 あの、取って食べたりしないから。逆に食べられる方だからっ!
 俺の内心はともかく、傍目に見れば俺は剣に強く複数の美少女を両手で抱きかかえるほどの立派な変態だ。
 そんな人から視線を受けたら、身構えちゃうよね。
 そうは思うのだが、釈然としないのは事実。
 俺がむぅと唸ったのを聞いて、テランナはこの場は諦めたのか、おもむろに大声を出した。
「さぁさ、この決闘はリュージさんが勝利しましたので、私も彼に娶られまーす! 婚姻届けは後で確認くださいませー。みなさん、今後も勇者リュージさんのの活躍に期待してくださいねー!!」
 途端に、パチパチと拍手が鳴り響く。
 俺が何か言うよりも、村の一員だったテランナから言ってもらった方が受けが良いんだろうなぁ。この拍手はそうに違いない。
 思わず目から何かが出はじめる感じがしたので、俺は手を顔へ寄せようとしたが、二人はそれを許さなかった。
 そして、テランナの実家の方へと俺を導いていこうとする。
 何やら宇宙人捕まるとのフレーズが俺の頭に鳴り響いたが、だからと言って抵抗出来るはずもなく、俺はそのまま拍手の中引っ張られていったのだった。
「リュージよ、当然のことだが負けなくて良かったな」
「勇者が負けんで、ほっとしたぞい。ただ、まだまだ甘いところがあるのう」
 連れて行かれる途中で掛けられた隊長とユーギンの言葉がいつも通りだったんで、それだけはほっとしたところだな。
 あの経過なのに二人からも賞賛の声が出たらかえって不気味だし、反省点へは後でご指導いただこうか。まずは風呂に入りたい。
 まあ、隣の二人がそれを素直にさせてくれるのかは分からんが。
 ハーレムの座を掛けてのグリックとの戦いは、こうして幕を閉じた。
 いや、掛けたのはハーレムじゃねぇからっ!
 そう叫んでも、無駄なんだろうねぇ。結果を見ればそうなんだから。
 俺は、せめて風呂は一人で入ってやると内心誓ったのだった。



[36066] その18
Name: 凍幻◆786b687b ID:86a11131
Date: 2013/07/25 21:47
 俺たち三人が向かった先は、言わずもがなテランナの実家だ。
 入る際に挨拶をしたんだけど、あると思ってたテランナ父からの返事は不思議に無かった。
 何でと考えたら、はたと気付いた。そうだ、彼も広場に居たんだっけ。さっき確認したはずだけど忘れてたよ。
 でも、それなら勝手に入って申し訳ないなぁ。
 彼の家族であるテランナに一応そう言っておいたら、父へは決闘前に断っておいたですよと返答されてしまう。
 何でも、これから宴会が始まるし、ベッドも用意してあるから風呂の後寝てて構わないよとのこと。
 また宴会かよっ! 酒が弱い身としては勘弁して欲しいが、娯楽が少ないこの世界ではやむを得ないんだろうなぁ。
 それにしても、次期村長が負けたのに何で宴会なんだと尋ねたら、負けたからですよと言われてしまう。
「さっきのやり取りで、グリックが村を去ること無くなりましたからねー。後は監き……もとい、閉じ込めてみっちり勉強させるだけですよ」
 俺が負けてたら、彼はどうなったんだろう?
 ふとそんなことを考えてしまったものの、それは今更だと俺は考え直した。
 さっき決闘中に思ったあれこれが頭の中でよみがえり、少しだけざまあみろとも考えてしまったんだが、まあ彼には彼の人生があるよねと、素直にそう思おう。それで良いじゃないか。
 俺だって、これからのことを考えると妙な気分になるし……
 そう、俺は決闘に勝った。だけど、結果得たものが酷すぎる。
 勇者の地位を奪われなかったのは、まあ良かった。何で俺が選ばれたんだとは少しだけ思うものの、それが無ければ今後各地の協力を得ることが出来なくなってしまっただろう。
 創造神から認められた者が単なる決闘に負けるだなんて、不吉すぎる。
 認定勇者でそれなら、誰も暗黒皇子には絶対勝てないんではとパニックになってしまうんじゃないかな。
 そんなことを考えられるのは、まあ決闘に勝てたからなんだけど、良かったよね。
 おい、決してハーレムが守られたから安心したんじゃないぞ?
 この期に及んでと言われそうだが、まだ手は出していないので問題なしっ!
 とは言え、決闘相手から奪えたものが、元婚約者であるテランナの告白だけと言うのはなぁ。
 いや、告白だけでお腹いっぱいなんですけどっ!
 俺は、さっきのテランナの興奮ぶりを思い返して内心で溜め息を吐いた。
 勇者の嫁を夢見るのはまだ良い。問題なのは、その相手が俺だってことです。
 シルヴィア一人が惚れてくれるだけでもありがたいのに、二人目の嫁が現れるなんてまさに夢ですからっ!
 しかも普通なら修羅場のはずなのに、あろうことかハーレムになるだなんて、これが物語なら嘘くさいと言いかねないところだな。
 そのテランナは、俺を家まで連れ帰った後、俺へ治癒呪文を唱えてから風呂の様子を見に行っていた。
「リュージさん、すぐ入れますよ-。少しぬるめですけど、追い炊きするほどじゃないですから」
「あいよ」
 そう返事して、俺は風呂にすぐ向かうことにした。いい加減汗を流したい。主に冷や汗とか。
 もう一人、隣にいたシルヴィアはと言うと、俺へ満面の笑みを浮かべてくれている。
 多少格好悪いところも見せちゃったけど、それでもこんな笑みを俺へ向けてくれるのがありがたいな。
「私も後で入りますけど、まずはリュージ様からどうぞ」
 いやぁ、こっちは理想の嫁だな。
 こんな人が俺に惚れるだなんて、この世界に来て良かったかもしれ……まて、それは罠だっ!
 俺は、慌ててかぶりを振った。
 元の世界に帰るには、確かにこの人の協力が不可欠。しかし、立場が嫁である必要はこれっぽっちも無いんだよ。
 ゲーム時は、エンディングの際あっさりと別れられたんだけどなー。
 元の世界へ帰るため必要な『時空の祭壇』は、今はまだ遙か彼方の『魔神の世界』にある。
 魔神世界へ行くには『黒の石』が必要で、それを使えるのがシルヴィアだけなんだから、必然的に彼女は最終パーティに入ってしまうんだけど、どろどろした別れのもつれ話はゲーム時無かったんだよね。
 そもそもパーティ間の会話が全く無いゲームだったから、そんなシーンがあったら逆に驚いただろうけど、リアルになったこの世界ではどうなることやら。
 続編である『夢幻の心臓3』だと、エンディング時に最終パーティの人たち全員から「一緒に先へ行こう」とか言われるんだったかな? 少し記憶が曖昧だけど、確かそうだったはず。
 で、目前のシルヴィアは、今の時点でさえ俺を帰さないと明言してるんだよ。
 それがうっとうしくもあり、嬉しくもあるのがやっかいなところだな。
 俺への執着は、以前怖く感じたこともあるけど、病的だなとまでは思えないんだよね。
 いや、俺なんかに惚れた段階で変人だと言われる資格はあるんだろうが、盲目的じゃないし、何より笑顔が可愛いって感じちゃうんだよう!
 これは堕落か? 誰か、堕落だと言ってくれ……墜落でも可だ。
 俺はそんなこんなでモヤモヤした気分を抱えたまま、シルヴィアに促されて風呂へ入った。
 この世界にはガス施設がないので、風呂は基本的に薪での焚き火になる。
 後で宿へ泊まった際のようにきちんとその分のお金を渡しておかないと。
 いくらテランナの実家とは言え、タダで入るのはさすがに気が引けるからなー。
 それに、さっきの決闘からまだ少ししか経っていない。
 数分で入れるようになるはずないんだけど、テランナはなんと部屋で対策会議を開いていた時点で風呂を用意させていたらしい。
 手際が良すぎて俺には着いていけねーよと思ったんだが、これくらいメイドのたしなみですからだってさ。
 ここ最近すっかり忘れてたけど、テランナはそもそもシルヴィアのメイドさんだった。
 王女様のシルヴィアを旅へ連れて行く際に、世話役が必要だなと思ってテランナにも声を掛けたんだが、いやはや、まさか妾にまで成り上がるなんて思いも寄らなかった。
 その二号さんの家だから、風呂に入るくらい堂々としてろだって?
 いや、それは無いだろ。だいたい、テランナが俺に惚れるのがあり得ない話なのに、その父親の好意にも甘えるだなんて贅沢すぎる。
 この風呂を沸かしてもらっただけでもありがたいんだからなぁ。
 俺は、軽く身を清めた後、肩まで浴槽に沈んだ。
 テランナの言葉によれば、シーの浴槽は人間用のそれより小さいって話だったんだが、この浴槽は俺が十分に入れるほど大きい。
 つーか、人間でも三人が一緒に入れるくらい広いってどう言うことだよ。
 見た瞬間にはだまされたと思ったんだが、日本人的には広い風呂の魔力にあらがえるはずも無く、こうやってずぶずぶと浸かってしまうわけです。
 ちなみに浴槽は木製で、下から直接火の熱を伝えるのではなく、別な場所で湯を煮立たせてそれを注ぐ方式になっているようだ。
 熱効率的には直火より悪いかもしれないけど、浴槽の維持管理面では利点もあるのかな?
 まあ金属槽直火方式だと壁面に体を預けられないし、俺としてはこの方がのんびり出来てありがたい。
 ちょっとだけ不満なのは、月が見えないことかなー。
 まだ夕方で外は少し明るいんだけど、今日は既に月が出ている。
 なのに見えないのは、窓が今日の月を見える位置に無いってだけなんだけどね。
 この世界に電気は無いものの油を使った灯りはあるし、月が見えなくともこのまま夜まで入っていられたら良いなぁ。
 決闘でのアドレナリンが抜けてきたのか、少しダルさが感じられる。
 眠るまではいかないけど、ちょっとボーっとしてるくらいなら良いよね?
 ゆっくりと手を伸ばす。その先にあるのは、湯気の向こうにあるはずの未来と、肌色のか……影!?
「えっちー!」
 俺は思わず声を出してしまった。
 だって、こんな無防備なとこ見られたら大変じゃんか。
 ユーギンと隊長、それにこの家の持ち主であるテランナ父は宴会に参加してるはずなんで、男性の線は無い。
 二つの城では体を洗う専門の人が居たりしたそうだけど俺は断っていたし、何よりこの家でそんな人が居るとは聞いていなかった。
 じゃあ誰か?
 俺の声を聞いて、さも心外そうな顔をして入ってきたのは、大方の予想通りテランナとシルヴィアだった。
 っつーか、二人ともですか!
 さすがにさらしみたいな布は巻いているが、それ以外の装備一式は脱いでいる。
 シルヴィアの髪はショートカットだから不都合無さそうだけど、長髪のテランナは紐でポニーテイルみたいに上げてあったりもする。
 見慣れてないから、ちょっと新鮮だな……じゃねーよっ!
 俺は、身を浴槽に隠しながら叫んだ。
「俺は一人で入るって言ってたでしょーがっ。三人で入るなんて破廉恥だよっ!」
 野宿時は水で体を清めていたりしたけど、男女別でおこなっていたし、エルフ城でも風呂は男女別だった。
 だから、二人のこんな姿は初めてなんだ。
 色っぽく迫られたこともこれまであったけどさ、こんな積極的なのはありえないよっ!
 男の俺が言うのはどうかと思うが、混浴なんて夢の産物です。
 モテるやろーならともかく、童貞の俺には想像しか出来ないシーンですよ。何されるんだろう……
 喜びより不安の方が強くて縮こまったら、シルヴィアが笑顔で言い放ってきた。
「冷や汗掻いてしまいましたので、私も入りに来ました。責任取ってもらわないとなりませんよね」
「……何の責任だよ」
「もちろん、さっきの決闘で危ない場面を演出されたことへの責任です」
 あの、演出ってそんな愉快なこと出来るんなら俺は苦労してねーよっ!
 そうは言いたいが、このお姫様は聞いちゃくれないだろうなぁ。
 あまりに堂々とそう言うので、俺は少し毒気を抜かれ、大人しくテランナからの理由も聞くことにした。
「私は湯の加減を見にですねー。さっき確認はしましたが、実際に入るのとでは違いますから」
「外にいて薪の加減を見てくれた方がありがたいんだけど」
「大丈夫ですよー。熱くても、汗で丁度良くなりますから」
「それは確認した意味ねーだろうがっ。あとさっき、少しぬるいとか言ってたじゃんかっ!」
「そうでしたっけ? まあ、入っているうちに熱くなりますし、汗も掻きますから」
 汗で風呂がぬるくなるだなんて、どれだけ水分必要なんだよ。それって脱水症状って言うんじゃないのかなー。
 俺がそうぼやいたら、テランナはニッコリとこう答えた。
「勝利の汗は格別ですよ?」
「意味が違うような……なんだか分からん」
 テランナの、その言葉に籠められた意味合いが違う感じがして俺がうめいたら、彼女は大げさに驚いてからキリリとこうも告げる。
「ええ、私は違いの分かる女ですので、好きな人の汗が美味しいのは理解出来るのです」
「違ぇーよっ! 理解出来なくていーよっ!!」
 何で味の話になるんだよ。それも違いが分かるって何と比べてるんだよっ!
 風呂で味見って、出汁取ってるんじゃねーからっ!!
 俺が目眩を感じている間、彼女たちはさっさと体を軽く流して布を取ると、するりと浴槽へ滑り込んできた。
「やっぱり狭かったですねー。言ったとおりでしたでしょう?」
 更にテランナは顔を近くにして、そう俺へ問い掛けてもくる。
 確かに以前、テランナは俺へ「シーの浴槽は狭い」と言っていた。しかし俺は複数で入るから狭いとは思ってなかったよっ!
 浴槽に詰まっているので、二人の身体がほとんど見えないのが大助かりだな。そうでなかったら鼻血を吹き出していたかもしれん。
 入る際も大事なところは隠していたし、そこはほっとした。
 それにしても、どうすればここから逃げられるんだ?
 俺がさっきの決闘以上の危機感を感じていたら、シルヴィアがこう言ってきた。
「狭い方がリュージ様を感じられて幸せです。もっと早くこうしていれば良かったですね」
 シルヴィアの右手が、俺の胸元へ伸びてくる。
 俺は一瞬逃げようとしたが、狭いここではそう出来ず、ぴたっと手を押し当てられてしまった。
「すいません、リュージ様。決闘なんかしなくても本当は済むはずだったんですけど、どうしてもとテランナに押し切られてしまいました」
 どうして手を当ててくるんですかー!? しかも言葉と態度が違うって何で?
 男が伸ばすならともかく、女性からって反則ですよぉ!
 しかも俺は服を脱いだ状態なわけで、素肌に女性の手がっ! 手がっ!!
 エロいこととか全く考えられずに俺が混乱していたら、シルヴィアは続けて言ってきた。
「リュージ様の鼓動を感じます……ふふっ、私もドキドキしているんですが、確かめてもらっても良いですか? いえ、ぜひにお願いします」
「俺には出来ませんからーっ!」
 俺は叫んだが、シルヴィアとテランナの二人掛かりで俺の右手はあっと言う間にシルヴィアの胸元に寄せられてしまった。
「ほら、妻の胸も騒いでいるのが分かりますよね。決してリュージ様だけじゃありませんから」
 じょ、女性の胸に触ってしまった……
 柔らかいと言うことだけは分かったものの、脈動とか熱とかは感じなかった。自分の鼓動の方がうるさいからだ。
 俺が硬直し何も言わないので、シルヴィアは不満に思ったようだ。
「わ、私だって初めてなんですからね。その、殿方の手がこんなに温かいなんて思ってませんでした」
 それは、お湯の温度じゃないのかなー。
 水を差すようなことが頭に浮かんだものの、それを告げる前にテランナもこう言ってくる。
「えへへ。リュージさんの手、あたたかいですー。うん、リュージさんを選んで正解でしたねー」
 お前、その言い方のほうがよっぽど台無しだよっ!
 テランナも俺の左手を自分のほうへ寄せているため、俺にも彼女の胸は感じられるのだが、いかんせん大山脈では無いので特筆すべきことは言えない。言わない。
 こうやって端から見るとけしからんことをしているわけだが、俺の頭には一向にやましいことが浮かんでこなかった。
 事前行為をしているわけでもなく、じゃれあっているわけでもなく、ただ三人で手を当てているだけ。
 風呂でそれはどうよと言いたいところだが、かと言ってこのまま俺だけ立ち上がったら大変なことになるのは間違いないわけでして。
 うん、この両手だけでも解放してもらわんとならんな。
 俺は手を抜こうとしたが、逆に二人とも俺の手を更に抱えるよう力を籠めてしまった。
 はっ、挟まれているっ! 山脈じゃないけどそれでも肉がっ、肉が左右からぁっ!!
「あのっ、離してくださいませんかっ!」
 思わず敬語でそう言ったら、シルヴィアが嫌ですと簡潔に答えてきた。
「ご褒美ですから、離しません」
「誰へのだよっ!」
「もちろん、私たちへのですよ。全員分ですが、大丈夫ですよね」
 何が全員分ですかっ。訳が分かりません!
 頭が沸騰しそうです。何でこうなっているんだよっ!!
 シルヴィアと逆の手を抱えていたテランナは、更に俺の膝へもすりすりし始めている。
 あのぉっ! 生足とかハードル高すぎますよぉっ!
 さっきから俺の内心には感嘆符が付きまくりだ。
 童貞だから色々想像したことあるけど、こんな場面は以前読んでいた小説でも無かったよっ!
 そんな中、シルヴィアは俺の目を見ながらこう切り出してきた。
「リュージ様、内心怒ってらっしゃいますよね? 勝手な決闘騒ぎで、しかも痛い思いをしたあげくメリット無し。ご不満ばかりですよね」
「そこまで分かってるんなら、事前に止めてくれよっ」
 そう、どう考えても決闘は俺に不利な内容だらけだった。
 風呂の直前にも考えたけど、相手はシーの次期村長で殺すことは出来ず、負けたら勇者の地位からシルヴィアたちから全てかっさらわれてしまう話で、かつ勝っても得るものが無い。
 こんな条件で決闘やれって言われても、普通は辞退するよね。
 でもテランナはその条件で場を整えた。
 俺へのメリットとしては勇者の自信を与えることが出来たとか言ってたけど、疲れただけとしか言いようがないよ。
 俺が溜め息を吐いたら、テランナは眉をひそめた。
「リュージさんが勝ったから、こうして居られるわけですが、それだけでは不服ですか?」
「不服っつーか、決闘回避出来たら、そっちのほうが良かったかなぁと」
 俺はシーのコンパスを手に入れてたから、シーの村では何もイベント無いと思ってたのに、こんな騒ぎに巻き込まれて迷惑だよ。
 本音をつい零しそうになったら、シルヴィアがいきなり唇を寄せてきた。
 そして、軽いキス……キッスだとっ!?
 何か触れた感触しか残らなかったが、それは確かにキスだった。俺のファーストキスがこんな美人とだとか、何の冗談ですかっ!
 大きく目を見開いたら、シルヴィアはニッコリ笑った。
「私も初めての……キス、です」
 彼女の顔が赤くなっている。急激にのぼせたわけじゃないだろう、これは。
 俺の顔もそうなっているだろうが、それを確かめる前に、もう一つ不意打ちが来た。
「えへへー。私もですよー。嬉しいでしょう?」
 いや、嬉しいとか言う前に、お前は鼻をぶつけたことについて言い訳しろっ!
 テランナのそれは、鼻と鼻が当たって唇の感触が分からなかったんだ。
 だが、それへ言及する前に言わなければならないことがある。
 俺は深く息を吸い込んでから、こう言った。
「お前ら、貞操観念とか普通に持てよっ! 異世界人とか取り込もうとするなっ!!」
 ことここに至っては、二人の狙いは明らかだ。まさに色仕掛け。
 正直、俺にそんなことをする利点は無いはずなんだけどなぁ。結婚も届けを書いたんだし……いや、だからなのか?
 成り行きに任せて書き殴った婚姻届。それの有効性を俺はまだ確かめていない。
 だって、周囲に聞いても何も教えてくれないんだぜ?
 日本じゃ民法で色々定めがあるけど、この世界でもそれに替わるものがあるのか調べようとしたら妨害されるしで、この届けの根拠がまるで分からない状態になってしまっている。
 しかもテランナの分も書かされたので、俺には妻が二人居る状態――何の冗談ですかっ!
「あの、俺は故郷に帰りたいんで、お前らを受け入れるのは無理なんですけど」
 せめてもの抵抗を試みてそう言ったら、テランナは不思議そうにこう言ってきた。
「それは、故郷に帰るまでは私たちを受け入れてくれるって意味ですよね。なのに拒否したいとか意味が分かりませんよ?」
「そうです。帰るまで私たちは互いのものですからね。つがいのものとか……そ、そんな関係なんですからっ!」
 シルヴィアが続きを言ってきたが、何か自爆したようだ。
 最後のほうが焦った感じになったものの、それでも俺の手をしっかり挟んだままにしている。
 恥ずかしさで顔をそむけてくれるならありがたいのに、二人とも顔を赤くしてるものの俺へまなざしを向けたままだ。
 なので俺のほうでも顔を見当違いの方へ向けられず、うぅと唸ってから俺は告げた。
「だからと言って、今日でなくたって良いじゃんか。ほら立って。一緒に立てば見えないからっ」
 首から下を見たくはあるものの、ガン見する勇気もありません。童貞だからなっ!
 言われたシルヴィアは、一瞬だけ眉をひそめてから逆に俺へ顔を近づけてきた。
「一緒に立てばよろしいのですね?」
「風呂から出て服を着るまでですが、変なこと考えてないよね?」
 嫌な感じがして釘を刺したら、シルヴィアは心外ですと答えてきた。
「仕方ありません。では服を着ますので、そのままでお願いします」
 え?
「お風呂から上がったら普通は寝室行きですよねー。そうか、リュージさんは服を着たままの方が良いんですかー」
「待てっ、その言い方だと俺が変態になっちまうじゃねーかっ! 俺は普通に風呂を出ようと言っただけなのっ!」
 慌てて言い訳したら、へぇそうですかとテランナから突っ込みが入る。
「湯浴みした美女が側に居たら、普通はそっちのはずですよねー? もしかして、風呂前の方が良かったですか? ちきう人の例に漏れずリュージさんも風呂好きと思いましたので私たちも入ってきたんですが、理解が足りてませんでしたか」
「それはこれからの課題ですね。まだ始まってもいませんし」
 こ、こいつらっ、完全に俺をもてあそんでやがるっ。
「いいから俺をゆっくり風呂に入らせてくれっ!」
 頭に来てそう怒鳴ったら息が切れた。風呂に入ったままだし、心拍数が多くなってしまっている。
 なので口が半開きになっていたんだけど、俺の声に反論してくるかと思ったシルヴィアは、その俺の口をもう少し開かせると何かを放り込んできた。
「はむっ!?」
 物で詰まりそうになった俺へ、すっと水の入ったコップも差し出される。
 窒息したくない俺は素直に水で飲み干したんだが、一連の行為が終わった後、はっと気付いた。
「これって、キノコ……か?」
 戦闘でさんざん使い飲み慣れた味だったためすぐ気付いたけど、それが意味するところはこの場合、一つしかない。
「はい。リュージ様流儀で戦闘前にはキノコです。銭湯後にもキノコですけれど」
「『せんとう』違ぇーよっ!」
 家風呂なのに銭湯とはこれいかに。
 しかも、にこやかに言ってきたので悪心は無いのだろうが、ここでキノコを服用するのは大いに問題がある。
 戦闘前って、夜のお仕事前ってことじゃないすかー!
 脇でテランナも、ぽいと自分の口に何か入れている。
「私にもキノコ、あなたにもキノコ。お口に含めるのはそうですよねー。どこのとは言いませんが」
 思いっきり言ってるじゃんか! 
 それに風呂へキノコ持ち込むなんて駄目じゃん。風呂場で食事はもってのほかっ!
 俺はそう言いたかったが、日本でも風呂で酒呑む風習が一部にあったことを思い出し、それを飲み込んだ。
 つうか、そんな些細なことが気にならなくなるほど思考が一定方向へ流されていく。
「私にもキノコくださいね」
 目前でシルヴィアがキノコを軽く口にしていく。
 女性のそれはどうかと思う暇もなく、見た瞬間俺の一部が戦闘態勢に入った。
 まだ浴槽に浸かったままなので女性二人はそのものに気付いていないだろうが、息が荒くなっていくので類推出来るだろう。
 テランナは、そんな俺へ囁きかけた。
「リュージさん、それではお世話しますねー」
「ふふっ、用法はきちんと守りますので心配しないでくださいね」
 シルヴィアもそう言って、テランナと共に俺の体を立ち上がらせた。
 キノコの作用ってこんなに凄いのかー。
 思いも寄らない状態にぼおっとそんなことを思いながら、目前のなまめかしい笑顔へ俺からキスをする。
 キノコの作用でそのようになってしまっていた。
 キスを受け、シルヴィアが腕を絡ませてくる。テランナもそれに習う。
 こうして俺たちは、三人それぞれキノコを服用してしまった。
 三十路の俺なので若い人には敵わないと思っていたものの、翌朝を迎えたら、二人から恥ずかしさでか顔を赤くしながらもお礼を言われてしまうほどです。
「リュージ様。美味しかったですよ、ありがとうございます。また三人で食べましょうね」
「これでリュージさんの二つ名は確定ですねー。『キノコ服用勇者』なんてどうでしょうか。食べる食べさせる双方の意味でですが」
「お前ら、そんなノリで良いのかよ……」
 対する俺は、裸のまま頭を抱えていた。
 当たり前だ。いつか故郷に帰るからこの世界にしがらみを持ちたくない俺なのに、思いっきり反する行為をしまくってしまったからだ。
 昨日の決闘騒ぎは、ここまでをセットで仕組んでいたのか?
 テランナを涙目で睨んだが、当の彼女はふにゃぁと笑顔を返すだけだ。
 反対側に居るシルヴィアに至っては、体を密着させて離そうとしない。
 俺はおっさんだからと自重してたはずなのにこれだよっ!
 俺が小さく呻いたのを聞きつけて、シルヴィアが俺の顔を見ながらこう言ってくる。
「勇者の義務を果たしただけですもの、リュージ様が気にすることは何もありませんですよ」
「いやしかし、俺は故郷に帰りたいから何かあったらマズイでしょーが」
 結果が出来たら困る。しかも旅の途中でそうなってたら、身重で旅自体が中止になるじゃねーか!
 今更ながらにキノコ服用の恐ろしさを感じたが、ぶるっと震えた俺へシルヴィアは優しく尋ねてきた。
「リュージ様がさんざん帰ると言われていたのは聞いてますけれど、その手段は何でしたか?」
「何って言われても、暗黒皇子の城にあるはずの『時空の祭壇』なんだが」
 暗黒皇子を倒さないと、俺に時空を歪める祭壇は使えない。
 モンスター召喚に使われているので、その設定を変えなければならないんだろう。
 少なくともゲームではそうだったから、この世界もたぶん同じだろうと思われる。
 だから俺は暗黒皇子を倒す旅に出たんだけど、シルヴィアは何か別の方策を閃いたのか?
 それなら昨日までに言ってくれよと思いつつ続きの言葉を待ったら、その彼女は何が問題なのかと言ってきた。
「そもそもその祭壇は、一人用なのですか?」
「えっ!? ……たぶん、いや、考えたこと無かった……」
 俺は驚いてゲームの知識を思い起こした。
 が、ゲームのエンディングで勇者が使ったシーンしか出てこない。
 パーティメンバーに使う必然性が無いんだから、それは当然と言えばそうなんだが……
「モンスター召喚用に設置されたと言うそれが個人しか使えなかったら、軍団作るのは苦労しますよね? でも現状、モンスターはたくさん居ます。しかも、リュージ様しか使えないとは思えませんよね」
「ああえっ? あれっ、いや、そんなことは……」
 祭壇が団体使用可能? そんな馬鹿なっ!
 俺は必死でシルヴィアの推論を否定しようとしたが、その根拠を思い出せなかった。いや、思い付けなかった。
 ゲームのエンディング場面を思い浮かべても、描かれていたはずの祭壇の大きさが思い出せないのだ。
 二十年以上前のゲームだから、記憶が曖昧になってしまうのはやむを得ないだろう。
 画面上で祭壇だと分かる範囲の大きさに留まっていたはずだから、小さいはずと思い込んでいたんだけど、良く考えたらモンスターの中にはドラゴンとか地球のティラノサウルスみたいなやつとかも居る。
 あいつらがすっぽり入るサイズだとすると、最低限でも四方それぞれ十メートル以上のサイズが必要になるだろう。
 しかもこの世界は、ゲームと完全に同じじゃない。そんな状態で推論が間違っていると誰が言えようか。
「もしかして、私たちを置いて一人で逃げられるとか思ってたんでしょうかー? 婚姻届を二枚も書いといて、創造神がそんなこと許すはずないと何で気付いてないんですかねー」
 絶句している俺へ、テランナもニヤニヤと笑いながらそう言ってくる。
 何でここに婚姻届が関係するのっ?
 更に混乱した俺の疑問へ、シルヴィアが答えた。
「以前、勇者の認定には創造神へお伺いが必要と言いましたけれど、その勇者と繋がりを持つためには婚姻届が必要なんです」
「勝手に関係持っても駄目ってことですねー。何せ神様への関係証明書ですから」
 サルア城で婚姻届のことを兵士に尋ねた際、「そんなものは聞いたことがない」と返されたことがある。
 あれは、婚姻届が勇者にしか関係しないから、一般常識になっていないと言う意味だったのか……!
「そうなると……もしかして俺は離婚出来ねーの?」
 思わず口に出したら、当然ですとのキツイお言葉。
「事故で勝手に帰っても、神様経由で故郷の世界を探しますので安心してくださいね」
 婚姻届がある限り、神様の監視機能付きですかー!?
 そんな機能があるならば、俺は絶対に逃げられない。しかも祭壇が団体様でも可なら、帰ろうとする際シルヴィアが着いてくることになるのか?
 さらりとテランナを除外した思考をしてしまったが、それを見逃す彼女ではなく、ペシと軽く胸を叩かれた。
「酷いことを考えているようですが、私とも書いたことをお忘れなくー」
 そうか、テランナも一緒なのか……
 俺は溜め息を吐いたが、もうどうしようも無かった。
 普通、ハーレムなんてものは夢物語と言われている。
 まともに生活したら一人の男性でそれだけの甲斐性を持ち得ないこともそうだが、複数の女性が居て全員仲良しと言うわけにはいかないからだ。
 意見の相違は当然あるだろうし、場合によっては順番争いとかが発生してしまうだろう。
 上手く調停しなければ破綻する代物など、正直俺には面倒だなとしか思えない。
 なのに目前の二人は、平気な顔をして俺に寄り添っている。
 これがこっちの世界の常識なのか、はたまた勇者論の成果なのかは分からないが、童貞じゃなくなった俺にはもう打つ手が残っていない。
 つうか、嫁さん付きで日本へ帰れるかもしれないだって!? 
 決闘騒ぎを起こしてまで俺をこんな状況に持ってきたのは、俺が一人で帰ることを阻止する目処が付いたからか。
「ありえねーよ……本当にありえねぇ」
 この世界がゲームの世界かもしれないと気付いた時と同じくらいの衝撃です。
 俺が今まで悩んでいたのは何だったんだよと言いたいほどだ。
 ただ、それは暗黒皇子が倒せた場合の話であって、しかも祭壇が複数人で使えるならばと仮定がいくつも重なる話になっている。
 魔神世界にもたどり着けていない現状では、確認可能かさえも分からない内容だ。
 とは言え、俺が目指してきたゴールは『一人で日本へ帰る』だったのに、それが大きく変わってしまうんじゃ、シルヴィアたちを邪険に出来なくなってしまうなぁ。
 いや、今までも邪険にしてたんじゃないけど、夜の部分が加わってくるとなればもっともっと親密になってしまうわけで。
 うはー、何か詰んだ気がする。
 暗黒皇子を倒す旅そのものは全く変化が無いのに、難易度だけ高くなった感じだ。いや、低くなったのかな? 何かもう分からん。
 展開の変化に目眩を感じていたら、シルヴィアが不安そうに俺を見てきた。
「もしかして、私が処女でなくなったら興味なくなったんでしょうか?」
 はぁ? どこからそんな発想が?
 驚いたら、シルヴィアはこう続けてきた。
「だって、嫌そうな目をしましたから……」
 考え込んだのをそう見られたのか。俺はその問いを即座に否定した。
「興味ありまくりです。むしろ増大しました。こっちこそ童貞でごめんなさい」
「いえ、ごめんなさい」
 さっきまで童貞だった俺に、選択肢などあるわけがない。
 だけど、世の中にはそんな変わった性癖の人が居たことも事実。まぁあれは、女性への絶望のためだけどね。
 とある物語の制作秘話を思い出した俺は、シルヴィアとならそんなことにならないんじゃないかなと彼女へ軽くキスをした。
「この旅は、婚前旅行なんだろう? しかもまだ初日なのに、そんな心配は無用じゃないのかなー。シルヴィアが嫌がるなら別だけど」
 正直、まだ足りてない。三十路な俺のどこに残ってたのかと思うくらいだ。
 キノコの作用は抜けたはずなんだが、実に不思議である。
 自分からさんざん煽っていたはずのシルヴィアは、その言葉を聞いて一瞬だけ目を見開き、それから笑ってくれた。
「まだありますから、お好きなだけお願いします……少々恥ずかしいですけど」
 うはー、赤らめた顔が凄く可愛い。
 もう罠で良いや。終わった後で何だけど、もう逃げられない感じです。
 俺とシルヴィアがそうやって見つめ合ってたら、いきなり逆方向へ頭を向けられてキスされた。
「二人で雰囲気終わらせないでくださいよう。私だって第二婦人なんですからねー」
 はいはい。お前も混ざれば良いんだろう?
 俺は、シルヴィアから手渡されたキノコを今度は自分で飲み込んだ。
 そうしてから、二人がそれぞれ服用するのを確認し、こう告げる。
「えーと、今更だけど、よろしくお願いします。キノコ服用だから加減は難しいけど」
「はいっ!」
「お願いしますですー。むしろ野獣の喜びですねー」
 不穏当な発言があったものの、こうして俺たちはキノコを服用しまくったのだった。
「ところで、みんな帰ってこないのは何で?」
「勝負仕掛けると伝えてありますからねー。これで入ってきたら変態さんですよ?」
「親にも伝えるのはどうかと思いますけれど……」
 ちなみに、これらの仕掛けはエルフ城を出てから決めたことだそうだ。
 エルフのアデュアさんが割り込んでくるかもしれないと危機感を持ったためなんだとさ。
 その前に籠絡してしまえ、なのか。自重はどこへ消えたんだ。
 そう尋ねたら、こんな答えだった。
「幸せの中に消えてしまいました」
 ああ、それもそうなのか、なるほど。
 納得して俺も頷く。
 そうして翌日、村の店で売りに出されていたキノコを多量に買い込む俺たちであったとさ。あーあ。



[36066] その19
Name: 凍幻◆786b687b ID:86a11131
Date: 2013/08/14 20:00
 よくよく考えたら、日本へ帰るための状況が何一つ変わっていなかったことに気付いた。
 いや、悪化していたことを今更ながらに気付いたと言うべきか。
 俺がこの世界に来てしまった時から、もう数週間が経過している。
 姫様を助け、武具を手に入れ、仲間と共にラスボスであるはずの暗黒皇子への道のりを歩いていることに変わりは無い。
 それは良いんだけど、数週間経ってしまったこと自体に愕然となってしまう。
 この世界での時間経過が地球と同じかは知らないけど、感覚的には同じだと思っているので、たぶん地球でも数週間が経ったことになる。
 すると、俺は日本へ帰っても勤めていた会社を首になっていることを知るだけだろうと、それを同時に気付いたのだ。
 復職するのは絶望的だ。だって、通勤途中で失踪した人と判断されちゃうんだぜ?
 上司や人事から何を言われるか分からんし、そもそも社会人としての責任問題だろ、これは。
 失踪理由を精神的に何かあったからと誤魔化しても、普通なら首以外に待遇が思い付かないよ。世の中そんなに甘くない。
 だからと言って、大人しく別会社への就職活動を行っても、日本に居なかった時期のことを聞かれたら返答に窮してしまうしなぁ。
 嘘をついたら怪しまれるし、逆に正直に答えても変人扱いされてしまうに違いない。
 もしもだけど、それらがすんなり通ったとしてもだ。
 扶養家族について何で奥さんが二人居るんだと尋ねられたら、俺には返す言葉が無い。
 日本の法律に従って片方だけ配偶者にしとけば良いんだろうけど、もう既に俺の中でさえあまり優劣が付けられなくなってきちゃってるんだよね。非常にマズい状況です。
 いや、一番は何と言ってもシルヴィアなんだけどっ!
 だけど二番手のテランナも可愛いと思えるようになってしまったので、こいつも嫁へ加えることにやぶさかでないと言うか、逃げられないと言うか……もう二人とも嫁で構わないんじゃねーのって感じです。
 そんなこんなで、どんな会社だって俺を雇うことを躊躇するはずである。まともな会社なら、だけど。
 まともでない会社については、逆に怖いから俺は勤めたくないです。
 これらを結論付けると、俺にはもうサラリーマンへ戻る道が残ってないと言うことになる。うーむ。
 そうなると別な働き方をと言われるだろうが、自営業を始めるには大金が必要だし、農業は農地を手に入れるのが難しいしで、いざ日本へ帰ってもどうやって暮らしたらよいのか途方に暮れてしまうだろう。残るのは日雇い労働者くらいか?
 親の援助を期待しても、いきなり扶養家族が俺含め三人も増えたら困ることになるだろう。
 もしかするとそれ以上になってるかもしれないんだから、アテにすることは絶対に出来ない。
 いや、すぐに増えるとは限らないんですけど。
 おっと、誤解しないように言っとくけど、ハーレム増員じゃなくて子供の話だからっ!
 つうか子供が出来るまでヤると確信してる俺自身を殴りたいよっ!!
 でもなぁ、今後も絶対に続けてしまうしなぁ……
 あぁ、ハマるとはああいった行動なんだと今なら分かる。
 オタクでありつつも一応は一般社会人として最後の一線を引いてたはずなんだが、越えてならない壁はもう崩壊してしまった。
 だって二人とも可愛いんだものっ!
 どこからか「計画通り」とか声が聞こえてきそうだけど、もう聞こえない。聞いても戻れませんですっ!!
 そんな感じで日本へ帰れず逆にこの世界へ残ったら、俺はどうなるだろうかと想像してみる。
 勇者には一夫一婦制が適用されないらしいので三人でいちゃいちゃしてても問題ないし、能力的に出来るのかはともかくとして王様と言う就職先も斡旋されてるし、子供の養育費用も問題無いと思われるしで――あれれ、全然困らないじゃんか。
 となると、これまで散々帰ると俺は言い続けていたんだが、それは現実を見ようとしない愚か者の発言だったと言うことか。何てこった。
 でもさ、日本での快適さを考えると、帰還する案にも捨てがたいところはあるよね?
 米や醤油を懐かしく思うし、新規ゲームも買えないし、何よりインターネットに接続できないことはオタクにとって致命的だ。
 このゲームをプレイしてた当時ならともかく、現代ではネットでの瞬時検索が出来ないと何かと不便に感じるんだよ。
 日常生活についても、検索出来ればずいぶんと提案出来ることが増えるはずなんだけどなぁ……はぁ。
 まあ、出来ないことはしょうがないし、こうやって悲観してても全く意味が無いので、今後も地道に活動するかと俺は気を取り直した。
 決闘から始まった一連のシー村イベントは、ようやく終わった。
 シー村含めエルフ界での俺の評価は、このおかげでかなり向上したらしい。
 シーの次期村長様を叩きのめしたので普通は逆になるだろうと思うんだが、『役職から逃げだす騒ぎを防いだ』ことで上昇したんだとか。
 村長になることをあいつが嫌がってたのは周囲にバレバレだったと後で聞いた。座学でなく剣の稽古してたら、普通は気付くよね。
 それでも別な人を候補にしなかったのは、理由があるそうだ。俺には意味不明だったけど。
 コンパスの適正がと言われたんだが、ドワーフ製のさまよえる塔をコンパスで探せることとシー村長と言う役職に何の関係があるのかが分かりません。
 ゲームではシーにも役割が振られているんだな程度にしか思わなかったけど、塔作成にドワーフ以外の種族が関わるはずないし、あと考えつくのは……信仰の関係か?
 神剣を模した神聖剣があるとなれば、創造神を信仰するシーに取って聖地みたいな扱いになるのかも。
 そう言えば、地球のとある宗教には聖地を指し示すコンパスがあるとか聞いたような気がする。
 でも、絶えず動いているさまよえる塔を示し続けるのは、塔を動かさざるを得ない理由と反しているとも思うんだよね。
 まさかとは思うけど、シーによる襲撃事件が考えられたため塔が動くようになり、なのに探すためシーのコンパスが開発されたとか……
 うあ、考えない方が良かった。どう考えても種族間抗争に足を突っ込みます。コンパス返して正解だったかもしれん。
 その理論からすると、コンパス所持者が村長限定だったのは、せめてものシー独自の枷だったんだろうとも思われる。
 探検希望者が村長に縛り付けられたら自由に動けないよね。
 グリックは「いつか探しに行きたかった」と言っていたけど、それを口にしたのに品自体をテランナへ渡し、それでいて折檻で済んだんだから運が良かったんだろうな。
 村長の役職から逃げられなくなったのは、まあ自業自得ってことで納得しよう。
 ただ、彼の前に村長候補となっていたテランナについては、コンパスを持ち去ったにも関わらず何のおとがめも無かった。
 これは不思議だけど、彼女が凄く勇者へ傾倒していたから勇者と共に塔へたどり着く可能性を考慮してたとか……?
 何年も掛かる壮大な計画だな。背景が複雑すぎて面倒くさいし、コンパス返したんだからもういいや。こっちは考えないようにしよう。
 そうそう、ゲームだと最終作で塔は爆発しちゃうんだっけか?
 中身の神聖剣をこれから持ち去るんだから、その後は塔の存在意義が無くなると言えばそうなんだけど、コンパスも爆発しちゃったりするのかなー。
 爆弾扱い出来ないかと一瞬だけ思った俺を許して欲しい。この世界では銃器が規制されているんで物珍しいだけなんです。
 剣が最強武器なんだから、どうせ使えても攻撃力は劣るだろうと思うしね。
 続編の『3』では銃や爆弾も出てきたけど、そちらも最強武器は剣になったしなー。
 ちょっとだけ寂しいだけで、べ、別に悔しくなんかないんだからねっ!
 このように引きずるものは色々あるんだが、少しだけ話を引き戻させてもらいたい。さっきのエルフ界における地位向上話にはまだ続きがあったんですよ、これが。
 話が長ぇーよっと言われかねないので端的に言えば、地位向上のもう一つの要因が『あの』テランナを嫁に引き取ったことなんだそうです……
 そんなに厄介な娘なのかと考えたものの、もう俺の口から他人へは彼女についての否定的な言葉が二度と出て来ないです。これは確定事項となりました。
 だって、ご褒美もらっちゃったんだもの! 実に美味しかったよ、こんちきしょう!!
 しかもシルヴィアと一緒にだったから、片方だけを否定することは絶対に出来ません。
 その状態から逃げおおせる強者も居るとは聞いてるけど、基本的に彼女は自分に素直なだけで俺を嫌っているんじゃない。
 むしろ俺に懐いているからこそ、口から吐く毒も突っ込み満載なだけで嫌みにはならなくなっている、と感じるようにもなってるんです。
 これは調教ですか!? 愛ですか!? いや、単純に俺が彼女に慣れただけだと思いたい。思わせてください。
 それに、シルヴィアとテランナ二人して「私たちが最初で良かったです」なんて言われたらもう何も言えないじゃんか。
 今後二人の態度が変わる可能性はあるけどさ、それは俺にだってあるんだし、今の時点で彼女たちを遠ざける要因にはならないよ。
 むしろ、これまで以上に二人が可愛く感じるようになった俺が変態的な行動へ走る方こそよっぽど可能性高い訳で……
 一応注意するし、今後の道中も隊長とユーギンが一緒に居るから機会はそうそう無いだろうけど、また二人の世話になりたいです。
 こんな感じで日本へ帰る気分が徐々に薄れてくるんですが、本来の目的をしっかり頭の片隅に留めておきたい今日この頃。
 以上、この村を離れるにあたっての俺の内心でした。
「しかし勇者よ。コンパスが無くとも塔にたどり着けるのは本当じゃろうな? ちょっとだけ不安じゃぞい」
 シー村人の見送りを受けた後、我々だけになったところでユーギンが心配そうに俺へ確認してくる。
 以前サルア城で俺がコンパスも必要だと言ったのを律儀にも覚えてるんだろう。
「たぶん大丈夫だ。視界拡大呪文は便利だし、塔だって確認出来るんじゃないかな。まあ、駄目なら別な手段を探すだけなんだけど」
「探したあげくに迷って遭難だけは勘弁じゃからな」
 ユーギンは塔を作ったドワーフ種族の一員なだけあって、ドワーフにおいて塔がこれまでどういう扱いだったかを知っていた。
 何でも、ドワーフ自身にも見つからなくなってるので存在否定派まで居ると言うのだ。
 一時期、存在肯定派が懸賞金掛けて探索させたらしいけど、三ヶ月経過しても見つからなかったので、それ以後は存在否定派が幅を効かせ何となくタブー扱いになっているんだとか。
 いくらドワーフが僧侶呪文使えないから視界拡大呪文で探せないとしても、同様の効果があるマジックアイテム『エルフの眼帯』や『水晶玉』があるんだからそれを素直に使えよと思う。
 それに本命であるシーのコンパスだってあるんだから、見付けられないのは逆に変だとユーギンへ言ったところ、何故か苦笑いされてしまった。
「それほどドワーフは呪文に疎いと言うことじゃよ。あとコンパスは借りなかったそうじゃな。理由は分からん」
 マジックアイテムなんかにうつつを抜かさない質実剛健の種族と言えば格好良いのかもしれないが、実態は頑固なだけなのかもしれない。
 そう言えば、これから探すことになるドワーフ製の神聖剣だって、神聖十五世界を貫く神剣を単純に模したものだしな。
 想像力が発揮された結果とは言い難いかもしれ……待て、もしかして神聖剣に実用性が無いことも考えられるのか?
 昔日本で作られた剣には、刃から突起が出ている妙な形のやつがあったりもする。
 儀式用に作成されたんだろうと推測されてるけど、神聖剣が同様の代物で無いと誰が言えようか。
 しかも、現在のドワーフはほとんど斧を使ってるんだから、当時のドワーフもやっぱり斧を使っていた可能性の方が高い。
 その環境にて作成された剣が今もって最強というのは、本当なんだろうか?
 ゲームではあまりの凄さに封印したとなっていたけど、しょぼくて失敗作だから封印しちゃったとか……うわー、何か心配になってきた。
 だいたい、さまよえる塔の設定だっておかしい。
 ドワーフだって創造神を信仰してるんだから、中に封印したのが神剣の模造品となれば、さっき考えたとおり塔が聖地になっている可能性も十分にある。
 なのに、わざわざ位置を知られないようにするため塔を移動機能付きにするって何でだよ。
 さっきシー襲撃とか変な風に考えたけど、ドワーフ自身も過去のものとして葬り去りたかったんじゃねーのかと更に悪い方へ考えてしまうじゃないか。
 せっかく手に入れた神聖剣が使い物にならなかったら、泣くぞ俺は。
 更にだ。そんな代物なら、ドワーフ長老へ鍵を預けて欲しいと伝えても駄目出しくらう可能性が高くなってしまう。
 斧の件を解決すれば鍵入手は大丈夫だろうと思ってたんだが、まだまだ考えが甘いのか……何てこった。
 ただ、今使っている魔法の剣ではゲーム時確認してないから暗黒皇子に通用するのか不安があるし、せめて剣の現物だけでも確認しなきゃならないよなぁ。
 俺は、伝承に詳しいと思われるシルヴィアへ尋ねた。
「サルア王家に、神剣の形についての伝承があったら教えてほしい」
 その彼女は、少しだけ歩きづらそうにしていたけど、俺に頼られたのが嬉しいのか笑顔で答えてきた。
「そうですね、神聖十五世界を貫く神剣の形については、一応伝わっているものがあります。でも、実物をどうやって確認したのか分からないので、良く考えたら真偽は不明ですね」
 俺も記憶を探ったところ、このゲームのパッケージに描いてあった気がするんだけど、ちょっと定かじゃない。
 神聖十五世界を貫く一本の剣、それが神剣なんだけど、全世界が通常空間で惑星状に直列で繋がっているのかと言われると違うと思われる。
 そんな状態なら、続編で科学が発達し宇宙空間に出ていた種族が居たんだけど、そいつらに征服されていると思うからね。
 だから、科学の発達した現代日本であっても剣の存在を観測することは出来ないだろう。ファンタジーなこの世界なら尚更だ。
 しかも神剣は創造神から産まれた光の神と闇の神との攻防でバラバラにされたんで、その破片から神聖剣を作る段階では既に原型を留めていなかったはずなんだよ。
 いくら鍛冶得意なドワーフでも破片から復元出来る訳ないし、それを知る手段となると、啓示とか電波とかでになるんだろうか。
 姿だけは世界のどこからでも見えたんなら分かるけど、それはさすがにファンタジー過ぎるかな。サルア王家にも現物確認方法が残ってないとなれば、あと分かるところはドワーフの伝承くらいしか頼るところ無いものなぁ。
 ああもう訳が分からない。実物見るまで保留にしたいですが、神聖剣が手に入らない場合も考えないといけないのか……気が重いなぁ。
 俺はそんなこんなで不安を抱えたまま、上機嫌なシルヴィアとテランナ、いつになく静かなユーギンに、ニヤニヤしている隊長とバラエティに富んだメンバーを引き連れてシーの村を後にしたのだった。




 次の目的地ドワーフ村はシー村を出て東に数日、更に川を越えた先にある。
 ゲーム時は、川を越える手段が分からなくて一時期苦労したんだよね。
 何故かこの川はエルフ界の一部を囲むように流れており、俺たちがこれまで居たエルフ城やシー村、更にはトロール城など多くの建物はこの地域内にあるんだが、ドワーフ村は外側にあるんですわ。
 いくつかある川越え手段のうち、今回使ったのは船で渡る方法。
 船を操作出来る隊長が居るから使えたんだけど、その他の手段は前にも言った呪文『翼よ、はばたけ』を唱えるか『ペガサスの羽』を使うしかないんでちょっとだけ面倒です。
 あっと、何故かトロール城に地下通路があったっけな。でもあそこ、トロール軍団をなぎ倒してかないとたどり着けないから俺としては使いたくないんだよね。
 トロール城には『緑の石』があるから、いつかは行かなければならない場所とは言え、出来れば後回ししたいなぁ。
 まあ、神聖剣があればトロール退治は楽勝になるんでそんなに遅くはならないはず。たぶん石の入手順番では一番最初になると思う。
 そうそう、くだんのトロール城地下通路は、船と翼が使えないプレイヤーへの救済措置らしいと聞いたことがある。
 川向こうのダンジョンでいくつか羽を拾えるはずだから行き来に問題は無いはずだと今の俺なら思うんだが、当時は雑誌しか外部情報無かったし、間違えて捨てたりした人も居たんだろうか。
 ただ……そこまでやっていながら、何で魔神城には救済措置が無かったんだよと叫びたい気持ちには今もなったりする。
 以前言った羽が必須な場面なんだけど、最終ダンジョンである魔神城へ一回目に侵入する際がそれなんだ。
 二回目になると普通に歩いて入れるものの、仕掛けをクリアしないと城の周囲が溶岩に囲まれた状態なので最初は羽か呪文が必須なんだよね。
 それならば、仕掛けクリア後に入れば良いと思うだろ?
 驚くべき事に、仕掛けクリアに必須な『赤の石』が初期状態の魔神城の中にあるんだわ。
 しかも中にはそれ以外の宝物が無く、翼を唱えられる魔法使いが居るか羽を余分に持ってないと帰れなくなるんです。
 ゲーム時、うっかり持ち物確認しないで入ったら、帰りの分の羽が無くて最初からやり直した苦い思い出が……い、今はみんな各自で気を付けてくれるから大丈夫だよね?
 会話の無いゲーム時と違い、今の俺たちはきちんと意思疎通を図りながら旅をしている。
 ちょっとだけヤり過ぎたと思わないでもないけど、今言った間抜けなことには今後ならないだろうと思うし、現にドワーフ村へ近付くにつれ、口数の少なくなったユーギンを励ましたりしてます。
「ほら、ユーギンが生き残ったのは卑怯者だからじゃないっつーの。剣が強かっただけだろ? 長老だって分かってくれるから心配するなよ」
「そうですよー。ユーギンが強いのは分かってますから無問題です。口なら任せてくださいね」
「いや、気持ちはありがたいんじゃが……」
 だけど彼の表情は冴えないままだ。アーケディア砦での惨状については、ユーギンの他にもう一人生き残ったドワーフが居ると聞いていたし、俺と出会った際の表情は明るかったんだから大丈夫だと思ってたんだが、いざ近付いてみると意に反して足取りが重くなってしまうようだ。
 ドワーフ村への招待を自分から言い出したんだから不安持ってなかったんだけどなぁ。
 ただ、足取り重い気分は少し考えれば納得出来る。
 砦の件はもう一人のドワーフから村へ伝えてもらってるはずなんだけど、その結果が分かってないし、さまよえる塔の鍵となる『金の指輪』については長老が持っていてユーギンの権限じゃ預けてもらえるか分からない。
 おまけに剣と斧の関係についてもまだ決着ついてないしで、自分の失敗が即この旅の失敗になるかもと不安に思ってるんだろう。
 魔法斧の作成については俺も良い考えを思い付いてないんで何とも言われないが、俺の勇者評判が上昇してるから庇うことくらいは出来ると思うんだよね。
 テランナの話によれば、先のシー村決闘騒ぎはエルフ界全体に広まっているはずとのこと。
 その中身なんだけど、俺は勇者に相応しい武力の持ち主であり、シー村次期村長を説得できる頭の良さをも持ち、かつ二人を相手して動じないキノコの使い手なんだそうだ……って、最後のはどう言う内容だよっ!
 キノコ使わないと夜も昼も戦闘出来ない俺なのに、それが良い評判になるって何でですかっ!!
 俺は片手で頭を押さえながら、テランナへ質問した。
「テランナさんや。俺がキノコ使いとして噂されているのは、果たして良い内容なんでしょうか? 逆に笑われてるんじゃねーの?」
 それへ彼女は、何が問題なのかと首をかしげて答えてきた。もうこの頃になると一時的な体調不良は治ったので普通に歩きながらだ。
「リュージさんが素晴らしいキノコ服用勇者だと言うことは間違いないんですが、どこに卑下する内容が含まれているんでしょーか? もしかして下のヒゲでしたらば、私と姫様しか知りませんから大丈夫ですー。あっと、姫様じゃなくてシルヴィアの呼び名は第一婦人でしたよね。これは失礼」
「下のヒゲ言うなっ! もうちょっと慎みを持てっ!! 後、シルヴィアの呼び名は姫様で良いからな」
「えぇ? 今のどこに怒鳴られる要素があるのか分かりませんですー。それと、姫様の呼び名を続けさせるってことは、私はリュージさんにとって姫じゃないってことなんですかっ!? 第二婦人の地位向上はどうなったんでしょうかー? 棄却を要求しますですー」
「今の発言じゃ、お前なんか駄メイドのままで十分だっつーの! せっかく可愛いのに、言葉使いで台無しだよ……あ」
 ポロリと出た言葉へ、テランナは敏感に反応した。即座に顔をニヤニヤさせ、シルヴィアへ語りかける。
「聞きましたか奥様。とうとう旦那様が私へも『可愛い』発言ですよ。お世話した甲斐があったですよねー」
「リュージ様。第一婦人へも囁いてくれますよね? ああ、あの日は何回でも言ってくれましたのに……今からお世話した方がよろしいんでしょうか」
 悔しそうな顔でヨヨヨと目尻へ手をやるシルヴィアへ、俺は即座に謝った。
「すいません。こんなところでは恥ずかしいです。シルヴィアも十二分に可愛いので勘弁してください」
「そうですか。じゃあ、今から始めますね」
「何でそうなるんですかっ! 隊長たちも居るのに、訳が分かりませんですよっ!?」
「えっ? 食事の世話なのに、どこが問題なんでしょうか、リュージ様っ」
「……」
 何てこった。シルヴィアが俺をもてあそんでいる……くっ、釣られた魚に餌はいらないと言うのは本当だったのか……
 目眩を覚えた俺へ、不意に隊長が言葉を掛けてきた。
「仲が良いのは結構なんだがな、少しは周囲にも警戒しろよ」
「はい」
 素直に頭を下げた俺を見て、シルヴィアも頭を下げた。
「すいませんクモン。少しはしゃぎすぎでしたね」
 だが隊長は、何とシルヴィアにだけ問題ありませんと返答した。
「いいえ、姫様はこのままリュージの手綱を握り続けてくだされば結構ですよ。この歳で職を失いたくはないですから」
「それは、日本におけるサラリーマンの地位を失った俺への当てつけですかっ? 俺がおっさんだからですかっ!?」
 俺が嘆いても、隊長の口調は変わらなかった。
「いや、リュージは王様稼業があるんだから当てはまらないだろう? 何を言ってるのか分からんぞ」
 突き放されてしまった……こうなると、ユーギンだけが俺の味方か?
 そのユーギンへ顔を向けると、さっきとは違い、顔には少し明るさが戻っていた。
「いやはや、楽しいもんじゃのう。さて、儂も参加するか」
「ええっ? ユーギンまでいじめてくるって何かしたか俺?」
 最後の味方まで失った俺に、ユーギンも不思議そうな顔をしてくる。
「シー村での不甲斐ない戦闘を忘れたとは言わさんぞい。まだまだ旅は続くんじゃから、覚悟するんじゃな」
 ああ、確かにまだまだ修行は必要だよねー。ダークナイトやドラゴンとかが待ち構えているんだから頑張らないと。
 これまでの流れとは微妙にズレた内容だったが、それでも俺を楽しんでいる内容に間違いはなかった。これでちょっとでも嫌な思いが薄れると良いな。
 結局、示し合わせて食事の準備に入ったシルヴィアとテランナを置いて、俺は隊長とユーギン双方から戦闘訓練を受けたのだった。
 それにしても最近、まともなレベル上げしてないなぁ……




 そんなこんなでたどり着いたドワーフ村は、絶対回らなければならない場所のうち人類の住む場所としては最後の場所になる。
 ここでさまよえる塔の入り口鍵となる『金の指輪』をもらえれば、後はダンジョン巡りだけになるので一気に攻略が進むと思う。
 ダンジョンでそろえるべき物は、さまよえる塔で神聖剣五振り、魔法の封じられた洞窟で角笛、トロール城で緑の石、魔神城一回目で赤の石、そして幽霊船で青の石だ。
 魔神界へ渡るのに必要な黒の石はサルア王が準備してくれるので、それがあるエルダーアイン界の赤の塔は攻略しなくて済むのがありがたいな。
 実はあそこも一箇所酷いところがあって、部屋に入った途端、ドラゴンが襲ってくるところがあるんだ。
 塔の二階へ上がる直前にデュラハンと言う強いモンスターが門番をしていて重要ポイントだってことはすぐ分かるんだけど、最初の世界にあるもんだから完全攻略してエルフ界へ行きたいなんて欲を掻くと逃げられなくなり困ったことになるんだよね。
 そんな場所なのに、サルア王はどうやってあそこを攻略するんだろう?
 ちょっとだけ疑問には思うけど、まあ駄目だったら後で俺たちが行けば問題無いから大丈夫だろう。
 強敵ドラゴンも、魔神界へ行けばそこいら中をうろついていて何回も戦う羽目になるし、いつかは倒せないと暗黒皇子までたどり着けないからなぁ。
 それもこれも、神聖剣を手に入れてからの話だけどさ。
 物思いをしながら見たドワーフ村も、シー村同様に柵で覆われていた。
 いくらドワーフが強い戦士たちであるとしても、拠点防衛に柵は欠かせないからなぁ。有刺鉄線とか教えたら大活躍してくれるだろうか?
 モンスターだとあんまり意味ないかもしれないが、少なくとも時間稼ぎくらいにはなるかもしれないと思いつつ、門番さんへ声を掛ける。
「勇者に任命されたリュージと申します。村へ入れてくれませんか」
 そのドワーフは名乗りを聞いて一瞬だけ考え込み、それからあぁと声を出した。
「名前は噂で聞いてたぞ。何でもトロールさえ押し倒す剛の者だとか。こんなおっさんだとは聞いてなかったが」
 目前のドワーフは、日本人のイメージ例に漏れず髭をびっしり生やしている普通のおっさん顔だ。
 だから俺は、つい怒鳴り返してしまった。
「何でトロール押し倒す必要があるんだよっ! あと、おっさんにおっさん言われたくないわっ!!」
 トロールはゲーム時王様が居たからたぶん男女の別があるんだろうけど全く見分けつかないし、そもそもモンスターに手を出すって意味が分かりません。
 更に言えば、俺には嫁が二人も居るんだから完全に間に合ってますっ!
 俺が反論したら、そのドワーフはちょっとだけ困惑したようだった。
「いや、『キノコ無双』って聞いたから若者だと思ってたんだ。それに付いてはすまない」
 つまり、トロールの部分はありうるとまだ思うわけですか。倒すならともかく押し倒すなんてそんな趣味ねーよっ!!
 それにしても、門番がこんな変な対応してくるなんて聞いてないぞ。ドワーフの常識はどうなってるんだ。
 思わず話が違うとユーギンの顔を見たら、これまでにないくらい驚いた顔をしていた。
「お主……ガルバロかっ! 生きていたんじゃな。良かった……」
 その反応に、照れくさそうな顔で笑いながら門番ドワーフがユーギンの肩へ手を掛ける。
「お前こそ、よくぞシルヴィア姫を救出出来たものよ。助けを出せず、すまなかったな」
「いや、それは儂だけじゃ出来んかった。仲間のおかげじゃな。それにしても、お主こそ生きていたのは僥倖。一人で村まで行けなんて無茶をさせたのにな」
 感極まっている二人の話からすると、どうやらこの門番さんはアーケディア砦で生き残ったドワーフ傭兵のもう一人らしい。
 確かシルヴィアの牢屋を開けるのに、錠前使いを連れてこようとしたんだっけか?
 生きていたんなら連絡してくれればありがたいのにと一瞬思ったけど、この世界では通信施設がないので連絡に時間が掛かる。
 俺たちへすぐ連絡を届けられないのは当然だし、この人だって砦の攻防で怪我してただろうからその回復期間も必要だったはずなので、ここで無事に再会出来ただけマシとすべきだよな。
 俺がうんうん頷いていると、不意にユーギンが不安そうな目付きでこうガルバロさんへ言った。
「その、なぁ、勇者の話を聞いてるとすれば、儂が勇者に付き添っていることも聞いてるかと思うんじゃが……長老は会ってくれるじゃろうか」
 その質問はこの村で一番重要なことだ。
 長老が会ってくれないとすれば、さまよえる塔へ入る手段が無いことになるからね。
 ユーギンの不安はもっともなことだったが、ガルバロさんは普通に返答をよこした。
「会うぞ。と言うか、不甲斐ないから直々に拳骨食らわせると言ってたな。覚悟しとけよ。ちなみに俺も食らったよ」
「それくらいで済むならな……ただ、あれは痛みはないのにしばらく動けなくなるんじゃよなぁ」
「俺の拳でも動けなくなるお前が何を言う。長老のは俺のより痛くないぞ?」
「いや、お主のも痛みが無いのにしばし動けなくなるのが変なんじゃが……まあそれで会ってくれるなら良しとすべきか」
 ユーギンが妙なことを言って溜め息吐いたのを見てから、ガルバロさんはくるりと俺へ顔を向けた。そして、ちょっと苦い感じで笑う。
「勇者についてはな、剣を使ってるのが不満なんだそうだよ。曰く『その剣を作ったのは誰じゃあー!』だそうだ」
 その頭悪い発言は止めて欲しい。権威だけしか持ってないようなイメージが湧いてくるじゃないか。
 いや、長老だから権威は持ってるんだけど、それに対抗するのがユーギンってことに凄く不安を感じてしまう。
 せめてこのガルバロさんも味方になってくれないかと思いつつ、俺は言葉を選んで口を開いた。
「誰って言われても、たぶんエルフ作だろうとしか言えないですよ。ドワーフが『魔法の剣』を作ってくれるなら使ってみますけど……」
 ちょっとだけ語尾を濁したら、ガルバロさんは、まぁなと頷いた。
「それに関しても少しは聞いてる。でも、精製出来ないものなぁ」
 このガルバロさんは、砦の生き残りで分かるとおり傭兵稼業をしているが、斧を振り回すだけでなく一般鍛冶も出来るんだそうだ。
 と言うか、戦闘能力自体はドワーフの中では高いと言えないんで、戦いの合間に武器の手入れをおこなうのが主な任務とのこと。
 だから砦陥落の際も生き残れたんだとさ。反対にユーギンは、獅子奮迅の働きで生き残ったとも聞いた。
「儂は鍛冶方面は優秀とは言えんでな。昔からガルバロにずいぶんと助けられたものよ」
 この旅の間中、武具の手入れはユーギンに任せてたから分からなかったが、あれでもドワーフ基準では一流ではないらしい。
 俺はユーギンの手並みに感心していたので、それじゃ超一流とはどれくらいとついユーギンに尋ねたら、即座にガルバロさんと答えられてしまった。
 驚くべき事に、彼は携帯用の鍛冶道具を持ち歩き、材料があればどこででも武具を作れるんだそうな。えっ、それおかしいだろ!?
 俺が持つ鍛冶のイメージと違うので少し詳しく聞いてみたところ、その結果は良く分からないとしか言いようがないものだった。
 普通、鍛冶は道具のみならず専用の場所をしつらえなければならないはずなんだが、彼はそれらを含んで一式持ち歩けるらしい。
 俺にはどんなものか想像がつかんが、これまでの実績からユーギンが嘘を言ってないのは何となく分かるので本当なのだろう。一種のマジックアイテムなのかな?
 幸いなのは、力持ちのガルバロさんしかセット一式を持ち歩けるドワーフが居ないことだな。
 いや、幸いと言うのは変なんだけど、それほど俺の頭では不可解としか思えなかったんだよね。
 力持ちの件については、ゲームだと確かガルバロさんは村一番の力持ちと豪語してたはずなんで、それでなのかと密かに納得は出来る。
 納得出来るのは、あくまで力持ちの件だけなんですけどっ!
 それはさておき、さっきの話で重要なことは、この人がエルフとドワーフの金属論争を知っていたことだ。
 なので長老にエルフとの共同作業を頼めないかと恐る恐る尋ねてみたら、明らかに目をそらされてしまった。
「俺が雷の再現無理ですって言ったら、それじゃ断ろうって話になったんだよね。あはは」
 お前が決裂の原因かよっ!
 思わずカッとなってしまったけど、俺は静かに息を吐いて心を静めた。
 さっきまでの話を聞く限り、仕方ないのかもしれないと思い直したからだ。
 鍛冶が村だけで行われるものならエルフが常駐して一緒に仕事出来るかもしれないが、この人は常に戦場で鍛冶をしている。
 武器の手入れが出来なければ困ったことになるのは間違いないから、魔法の剣について全工程をドワーフで再現出来ない現状では共同作業も否定的にならざるを得ないんだろう。
 だとすると、エルフだけで魔法斧を作っても絶対使ってくれないよな。手入れできなければ捨てることになるんだし。
 それ以外で考えていたカタナの製造方法については、それが分かってもあの複雑な工程が携帯鍛冶場で再現出来るとは思えないし、どうすりゃ良いんだこれは。後はドワーフでも雷を扱えるようになる無茶な話しか思い付かないぞ?
 俺が肩を落としてハァと溜め息を吐いたら、シルヴィアが不意に口を挟んだ。
「立ち話も良いんですけれど、どうかリュージ様を長老へ会せていただけませんか? ガルバロさんも仕事の途中ですし、ユーギンさんとの続きはその後でどうでしょうか」
 その言葉を聞き、確かにここで長話は予定外だったとガルバロさんは素直に認めてすぐさま俺たちを長老の家へ案内してくれた。
 それは良かったけれど、長老からさまよえる塔の鍵となる『金の指輪』を譲り受けられるかについては、困難になったと思わざるを得ない。
 俺が何かを言ったとしても、ドワーフが魔法金属精製のため雷を扱えるようには……ならないよな、やっぱり。
 地球人だって、雷イコール電気を解明するのにかなり時間を使っている。このファンタジー世界で仕組みを教えたとしても、一朝一夕に発電装置を作成出来るはずが無い。
 しかも、この世界では雷の再現が魔法で出来るんだぜ? 精霊に頼む方式とは言え、精霊無しで可能と知ったら魔法使いから反発されること必至だ。
 現在魔法物質制作現場の中心に居るエルフのウルル王はかなり疲労してたし、魔法使い代表として反論を押さえ込んでくれるかもしれないけど、それもこれも電気が再現出来るならの話だ。あぁ、詰んだかこれは。
 シルヴィアが大丈夫ですよと手を握ってくれてるものの、握り返すほどの握力がなかなか出ないくらい俺は凹んでしまっている。
 取りあえず長老から拳骨もらうのは確定らしいけど、全く交渉案を思い付けないまま俺たちは長老宅へ足を踏み入れたのだった。



[36066] その20
Name: 凍幻◆786b687b ID:86a11131
Date: 2013/08/24 06:47
「初めまして、リュージと申します」
「儂がドワーフの村長である。長老と呼んでくれ」
 たっぷり髭を生やしたいかにもなドワーフ長老へ挨拶をしたら、何やら偉そうな言葉を返されてしまった。しかも名前言われないよ……剣使ってるので嫌われてる?
 イヤな予感がするものの、こちらがお願いする立場であることはわきまえているから、俺は素直に頭を下げて切り出した。
「ドワーフの先祖が作られた、あの神聖剣を使いたいのです。さまよえる塔へ入るため鍵を貸してくださいませんか。あと、これはサルア王からの手紙です。既にサルア王から届いているかと思いますが、俺が勇者に認定された話と隣のシルヴィア王女との結婚について記されてます」
 俺たちがこのドワーフ村へは寄るかはサルア城を出発した時には決めてなかったので、既に直接城からこの村へ親書が届けられている。
 でも、こうやって当人である俺たちが来たからにはもう一回触れていた方が良いだろうと思い、シルヴィアと話し合って控え分を渡すことにしたんだ。
 まあ、門番のガルバロさんが俺の噂を聞いていたように、長老も俺が勇者の認定受けてるとの噂は聞いていることだろう。
 通信施設の無いこの世界なのに噂の伝達速度が速すぎるとは思うんだが、それにも増して納得しがたいことが一つある。噂が、夜の部分を膨らませてるところだっ!
 俺は三十路なんだからそっちは若いものには負けるんだぜ? 期待されても困りますわ。
 だけど、子孫繁栄の願いですから喜ばしいことですよとシルヴィアから説明されれば、俺としては頷かなければならない。
 異世界人なのは俺なんだから、譲歩するのも俺の方になるからだ。
 今後どこまでこの世界に馴染む必要があるのか分からんけど、シルヴィアの忠告に従っていれば大体間違いは無いので、これからもそれを言ってくれる嫁さんを大事にしようと思う。
 ……? 今、自然にシルヴィアを嫁と表現してしまった。が、俺はこの世界から日本へ帰りたいんじゃないのか?
 なのに、骨を埋めるかのような思考はすべきじゃないよなー。帰るなら、嫁さん連れてだよなぁ……あれれ? もしかして洗脳されてる!?
 もしかしてこれが幸せ思考回路なのか、恐ろしいな。あーあ。
 俺は既に彼女たちへ溺れてしまっていることを今更ながらに自覚して、ちょっとだけ泣きたくなった。
 こ、これは嬉し涙であって、帰還困難が分かって悲しいんじゃないんだからねっ! ……誰に言い訳してるんだか、はぁ。
 それはともかく、こうやって長考していられるのは、長老さんが口をへの字に曲げて黙っているからだ。
 長老から許しを得ねばならないのは、さまよえる塔へ入るための鍵である金の指輪を貸してもらうこと。
 鍵は金の指輪で間違いないと思うけど、間違っていたら困るのでぼかして言ったんだが、それを聞いても反応が未だ無い。
 あのう、俺は何も対応間違えてないよね?
 左隣のシルヴィアから即座にフォローが飛ばないってことは、たぶんフォローの必要ない普通の挨拶だったんだろうと思うんだが、いかんせんこの長老さんは髭ばかりで表情が読めないんだ。
 髭と髪の境目が分からないほど毛が長いし、更には眉毛も長くなっているもんだから、顔がほとんど毛で覆われている状態となってしまっている。
 ドワーフは鍛冶好きだと聞いてたけど、飛び火で火傷したりしないんだろうか?
 そんな心配をしてしまうほどのむさい長老がようやく出した言葉は、事前に予想したとおり不機嫌そうな内容だった。
「手紙については内容理解しておるので、それは構わない。素直に祝福しよう。が、勇者は何で剣を使うのか。他の武器で十分じゃないのか?」
 他の武器とは言うものの、ドワーフの言葉としては斧のみを指すんだろう。
 ユーギンに聞いてた言葉から予想された質問だったんで、俺はすぐに答えた。
「俺が住んでいた『ちきう』では、剣の方が普遍的だったんです。隣のシルヴィアが使ってるのも、同じ場所からもたらされた武器ですし、斧が悪いって話じゃないんですけど、なじみが薄いし扱いにくいんですよね」
 話に合わせて、シルヴィアがすいと腰のものを手に取った。
 話し合いの場所へはあまり武器を持ち込まないものだけど、直前に了承をもらってるので危険行為じゃない。
 カタナの反り返った鞘を見た長老は、いっそう顔をしかめた。
「なじみ薄くても、使い込めば問題ないだろう? 剣にこだわる理由は無いんじゃないのか」
「人間では、ドワーフ以上には斧を扱えないです。筋力足りませんので」
 ゲームでもこの世界でも、武器攻撃力の違いはどこにも表示されない。
 なので、剣の方が強いなんてことを言っても誰にも理解されないと思う。
 俺はゲームの知識で神聖剣が最強武器なことを知ってるけど、封印中の武器が最強だなんて告げたら「見たこと無いのに」と反論されるに違いない。
 そう言えば、前作も続編も武器攻撃力を数値で見れたのに、なんでこの2だけ示されないんだろう?
 今更ながらに疑問を持ったけど、このゲームの制作会社はもう解散してるので、今後地球に帰れたとしても答えは調べられないだろう。
 ネットを使っても情報が得られるとは思えない。なにせ二十年以上前のゲームだしなぁ。
 まあ、現実の地球でも武器能力なんてものは数値化されてないんだし、異世界に来たからと言ってもそれを求めるのは何か違うよね。
 何故かこの世界における自分のレベルだけは分かるんだけど、パラメータは見られないんでどんな状態なのかは手探り状態だ。
 更に仲間のレベルも全然分からないんで、どれくらい鍛えればラスボスにたどり着けるのか予想が全く出来ないのが地味に痛い。
 ちょっとでも数値が見られたなら大助かりなんだが、敵のデータも見られないから比較しようが無いか。
 あと元のゲームだと、パラメータに信頼度があったような気もする。
 どんな扱いだったかいまいち覚えてないけど、現状シルヴィアとテランナはこの数値が振り切れてる感じを受ける。でも、これはずっと知らないほうが無難だよね。
 そんな感じでちょこっと黙って考えていたら、その間彼は値踏みするかのように俺をじっと見ていた。
 仕方なく俺も見つめ返したが、やろーを見るのはあんまりしたくないよなぁ。
 鍵を手に入れるまで我慢だと気合いを入れたら、少しして視線が右隣のユーギンへ向かった。
「それで、ユーギンもまだ剣へこだわっているのか? お前だけが斧じゃないんで鍛治が面倒なんだぞ」
 集団行動において使用武器が統一されていれば、段違いに手入れが楽になる。長老が言いたいのは、そんな内容なんだろう。
 ただ、その言葉も予想の範囲内。ユーギンもまた、静かに返答した。
「まだ作り出すまでは至りませんが、手入れは出来ます。決して迷惑を掛けるわけではありません」
 ……丁寧口調のユーギンって、何か違和感がある。
 思わずお前誰だと言いそうになってしまったが、俺がそれを言う前に、長老はずいと手を拳にして怒鳴った。
「だからお前は馬鹿なんじゃー!」
 何だ今の!?
 ユーギンが黙って殴られたのは見えた。長老が彼の頭へ上から拳を叩きつけたんだ。
 しかし、その光景は単純な暴力行為とは思えなかった。
 長老の拳と顔が妙な輝きを放ち、拳が当たった瞬間バチィッと大きな音がしたんだよ。
 魔法を使ったのかと思ったけど、ゲームではドワーフに魔法適正は無かったのでそれはあり得ないと思う。
 この世界においても、エルフ王との面談の際ドワーフの体質について話をしており魔法適正無い事は確認済み。
 だとすれば、この光は何だ?
 ユーギンは殴られても体勢を崩さなかったが、声はかすかにしか出せないようで「ありがとうございました」と小さく言う。
 それを聞きとげた長老は、すぐに俺へともう一回振り向いた。
「お前も剣に魅入られた馬鹿者なのかー!」
 俺にも罵倒入りましたー!
 ユーギンのすぐ横へ居たんで、殴りやすかったんだろう。頭に降ってきた長老の拳を、俺は避けられなかった。
「あがががっ!!」
 な、何だよこれ……
 ドワーフのチカラなら、俺は大きなダメージを負うはずだ。なのにその拳は、直接の痛みをあまり及ぼさなかった。
 熱湯へ手を入れた際みたいな瞬間的な痛みはあったけど、大きく俺の身体を走ったのは――痺れ。
 一瞬、心臓が止まったかと思うほどの衝撃だった。
「勇者に何をするんですかっ!」
 シルヴィアがキッと睨んでカタナへ手を掛ける。
 話し合いの最中に暴力行為では、普通なら敵対行為と解釈される。
 しかも俺は勇者なんだから、俺を認定した創造神への反逆行為とも見なされる可能性があったりもするんだ。
 俺は息を整えながらそこまでを考えたけど、幸いにして不穏な空気は長老が頭を下げたことで下火になった。
「すまない。ユーギンだけにしておくつもりだったんだが、勇者もまた剣しか見えてないのかと少しだけカッとなってしまったんだ」
 長老の立場としては短気すぎる内容だけど、門番ガルバロさんが「ユーギンは殴られる」と言っていたから俺もかと覚悟はしてたんで、俺はすぐさま謝罪を受け入れた。
「……大丈夫です。ドワーフなんだから斧にこだわりがあるのは聞いてましたし、怪我も無いみたいなんで、これきりにしてくれるならですが」
「むろん、そのつもりだ」
 だがシルヴィアは、まだ不満そうだ。
「勇者反逆罪で始末したいんですけれど、許可してくださいませんか?」
 お前、まだその設定引っ張ってたんですか……
 後ろに控えていたテランナもまた剣呑な視線を送っている。
「メイドを怒らせると、明日の食事がどうなるかを知らないようですね……くくく」
 いやお前、俺の妻になったんでメイド卒業だからっ! ……こいつにも自然に嫁と表現した俺はもう駄目かもしれない。何てこった。
 隊長だけは静かだけど、内心で何を思ったのかは分からない。
 ただ、その左手が拳を作ったり開いたりを繰り返しているので、こいつも今の謝罪に納得しかねるのだろうと推測は出来る。
 だけど俺は、仲間の予想を裏切り逆に頭を下げた。
「誠意として、さまよえる塔の鍵を渡してくれるから殴ったんですよね? いやぁ、短時間で話が付いて良かったです。ほら、シルヴィアも物騒なものはまだ見せなくて大丈夫だから心配無いってば」
 日本ではサラリーマンだったから、こんな場面は何回もあるとは言わないけど、それなりに対処方法を教わっている。
 一回殴られるだけでこちらの優位が確定するならば、それで良しとすべきだよね。
 治療費が絡むと厄介だけどさ、この世界では治癒呪文があるし、心理的抵抗がクリア出来ればそれだけで済む。
 そう、俺は最初から自分が殴られた場合の対策を考えていたんだ。
 まさかこんなに早く殴られるとは思ってなかっただけで、それでみんなへ事前に伝えられなかったんだけど、それは後で謝っておこう。
 俺が眉をピクリとさせ長老を睨んだら、その彼はまあ仕方ないかとあっさり手を後ろの棚へやった。そして、箱を取り出す。
「ほら、これがお望みの『金の指輪』だ。一つしか無いから大切に扱えよ」
 鍵入手出来たー!
 素早い展開に内心ほくほくとなった俺を見て、長老はただしと付け加えてきた。
「それを手に取れるのは、ドワーフの長老のみ。よって勇者に……は無理だろうが、ユーギンにはいずれ儂の後を継いでもらうこととなる。ユーギンもそれで良いな?」
 あれれ、そんな設定あるの?
 ゲーム時は条件なしで渡された代物なので、長老の証とか言われても首をかしげてしまう。
 ただ、シーの場合も『シーのコンパス』は村長にだけ伝わっていたと聞いたし、そこから考えるとこの指輪も同じ扱いなのかもしれない。
 こうなると、エルフ王や人間種族のサルア王にも代々伝わる物があったりするのかな。
 まさかエルフ王を継げとは言われないだろうが、サルア王は将来的にやらされる可能性が高いんで、その時には何か聞けるだろう。
 俺は、エルフのアデュアさんが合流してくる可能性を頭からワザと排除して、それからユーギンを見た。
 その彼は、まさか自分がそんなことを言われるとは思ってなかったらしく、珍しく呆然とした顔を見せている。
 俺が横肘で突いたら、ようやく彼はあぁと生返事をした。
「よ、よろしいも何も、儂のような剣士がいずれ長老とか冗談じゃありませんか? それに、今はただ勇者に従っている身でしかありませんじゃて、生きて帰れるかも分からん者へのそのような約束は反発を招くだけでは……」
「たわけっ! 塔の封印を解くのは、長老の勤め。鍵をよこせとは、そう言う意味だぞ。それに、認定勇者へドワーフが何も手伝わないのでは一族の名折れとなる。剣を扱えるのが現在ドワーフではお前しか居ない以上、神聖剣を振るって勇者を守るのは、当然お前しか居ないのだ」
 少し苦渋に満ちた響きで反論した長老は、もう一度俺の方を向いた。
「ドワーフが斧を使っている意味を知っているか? 我々も、何の理由も無く剣を毛嫌いしているのでは無いのだ。ただ、神聖剣を作らなければ……」
 そうして話し出した内容は、ゲームの知識しか知らない俺には驚くべき内容だった。
 ドワーフも以前は普通に剣も使っていたんだけど、ある時を境に斧のみとなってしまったんだそうだ。
 切っ掛けは、神剣の崩壊とその欠片で神聖剣を作ったことにある。
 十五世界を繋ぎ止めていた神剣の崩壊は、当然ながら全世界にとって一大事だったが、幸いにしてこのエルフ界へは創造神からすぐさま神託が舞い降りたと言う。
『ドワーフは、欠片を鍛えて世界の礎にせよ』
 欠片はすぐさま集まった。
 流星となってエルフ界に落ちてきたそれらは、何故か物質としてそこに留まっていたのだ。
 いや、今もって物質なのかも分かってはいないが、大事なことは、ドワーフの加工技術ならそれを扱えたことである。
 それに、指定された形が神剣を模した形であったこともドワーフの鍛冶魂を大いに盛り上げたらしい。
 何故、礎なのに剣の形を指定されたのかは記録に残ってないとも聞いたけど、たぶん創造神がチカラを使いやすい形なんだろうとは伝えられているんだってさ。
 ただ、すぐさま十五全世界を修復させるのかと思いきや、ここの欠片だけではエルフ界、エルダーアイン界――別名人間界、そして今は魔神界としか名前が残っていないあの世界しか纏めきれないんで、三界の現状維持だけで良いと告げられてしまったとのこと。
 この三界が、この『夢幻の心臓2』での世界になる。三界合わせた総称をエルダーアイン界と言うこともあるらしいけど、混乱しやすいので注意だ。
 そうそう、こっちの世界を纏めあげた時にチカラを貸した光の神々と言われる存在だけど、別に秩序を司る訳じゃないし十五世界を崩壊させた片一方の勢力なんだから、今はあんまりあがめられていないんだって。だから基本的に信仰対象は創造神のみになるんだとさ。
 信仰心の薄い俺では分からんが、ここは重要なポイントと言われた。そうですか。
 なお、残りの世界については、光の神々と対立してた闇の神々が別な欠片で同じようにもう三界を纏めたものの、残りの九世界が夢幻界として不安定なまま残ってしまっている。
 ちなみに、光神三界と闇神三界の繋ぎ合わせが続編3における最初のイベントになったと記憶しているんだけど、それで正しかったっけか?
 このゲームで手に入れた神聖剣が続編では武器として使えず世界修復へ使われて、個人的にがっかりしたことは覚えているんだけど、何故か3の話は2のそれより記憶薄いんだよなぁ。
 イベントが盛りだくさんすぎて、個々のエピソードが記憶に残りづらくなったんだろうとは思う。
 まあ、俺は時空の祭壇で日本へ帰るから、覚えて無くても不都合ないけどな!
 ……頼むからそうであって欲しいです。シルヴィアからの視線がかなり痛いけど、まだもうちょっと未練あるんです。ごめんなさい。
 話がずいぶんそれたけど、神聖剣を作ったことで一番問題になったのは、その切れ味に魅せられた一部のドワーフが世界の混乱に乗じて世界征服の野望を持ってしまったことだったと長老は続けていた。
 何せ世界を貫く神剣から作られただけあって、その切れ味は他のどの武器にも勝っている。
 個人用の剣としては五振りしか作成出来なかったが、逆に言えば剣を扱えるのが五人居れば圧倒的なチカラで勝ち進めると暴走しかけたんだそうな。
 この動きへ敏感に反応したのがエルフ界を統べる当時のエルフ王。
 遠距離からの魔法攻撃で戦力的に圧倒的優位となっていたエルフがエルフ界をその当時も治めていたんだが、その彼らでもまさかこの混乱状態で戦いを仕掛けてくる馬鹿が居るとは思わなかったらしい。
 ドワーフ自身も創造神から制作を頼まれた神聖剣で混乱が起きることは望んでおらず、二種族の主導者が話し合った結果、大規模な対立となる前に首謀者は処分された。それも、不意打ちに近い形で葬ったとのこと。
 正面から勝てる人が居ないんだからやむを得なかったんだろうと今の俺なら思うところなんだけど、ドワーフはこの結末を恥じ、神聖剣と一緒に話を堅く封印することになったそうだ。
 それ以来『優れた剣はドワーフを狂わせる』として、剣を使わず斧だけしか使ってないんだって。
 確かに斧は切れ味求めるものじゃなく自分の腕力も重要だから、武器だけ素晴らしくても意味ないよね。
 なるほどとは思うが、大人しく聞いていた俺はふと疑問に思った。
「そんな経緯があるのに、勇者が剣を使いたい、それだけで封印解いて構わないのか?」
 俺が神聖剣に魅せられて世界征服をおこなう可能性を考えないんだろうか。
 質問を聞いて、長老は目をギラリとさせた。
「何だ。勇者は世界征服がしたいのか?」
「まさかです。俺は自分を守るだけで精一杯ですから」
 即答したら、シルヴィアとテランナから思いっきりつねられた。
 ギャァと叫びたかったが、つねられた理由は即座に分かったので、仕方なくこう続ける。
「すいません。せめて二人の嫁は守りきりたいと思います。いえ、守らせてください」
 世界征服じゃなくて、日本へ帰るのが俺の第一目的だった。しかし今は嫁さんを守らねばとも考えなければならない。既婚者はつらいぜ。
 ……こうやってこの世界へ残らせようとするんだと手口は理解出来るけど、抵抗するのが難しいんだよね。とほほ。
 俺の情けないその様子を見て、長老がさっきとは違い顔をニヤリとさせて冷やかすようにこう言ってきた。
「今の調子なら大丈夫そうだな。少々尻に敷かれているようだが、他人を守る気があるならそれで良い。あと、シー村からの話は儂も聞いているが、そりゃキノコ無双なら神聖剣使わなくても世界の半分は征服出来るものなぁ」
 このおっさんも誤解してるー!?
 門番のガルバロさんもそうだったけど、何で俺のキノコ使用が夜限定で噂されるのか分かりません!
 なので率直にキノコ使えないと敵と戦えませんと言ったら、鼻で笑われてしまった。
「人間とシー、二人も嫁が居て何で無双でないと言うんだ? まさかとは思うが、ドワーフとエルフがまだ居ないから否定してるんじゃないだろうな。それならば誰か紹介するが」
「いえ、結構です。俺は二人だけで満足してますからっ!」
 むしろ、二人も相手が居て何で満足出来ないと思うのか分かりません。
 あの夜はとろけるような甘い記憶だったけど、いつまでもそれに浸っていたら旅が続けられないし、人数が更に増えるだなんて恐ろしすぎる。
 俺をこの世界へ留めたいだけなら、ここに居る二人だけで十分。これ以上はむしろ負担になりますです。あの時も腰が少々調子悪くなったしね。
 ただ、旅に支障があると断っていても、暗黒皇子を倒したら結婚申し込みが大変なことになりそうな予感がするんだよなぁ。
 俺はそれを上手く捌けるんだろうか? いや、その前に日本へ逃げるっ!
 ……とは思いたいけど、嫁含め三人で日本へ帰っても生活出来るか分からんし、大人しく人間界のサルア王を継承した方が良いんだろうか。
 なんだか段々日本へ帰ることに不安を覚えるようになってしまっているなぁ。決意が後退していくのは、慣らされたからなんだろうか?
 いや、あの夜が甘すぎたからだな。ほら、人は幸せ過ぎると逆に不安を覚えるって言うし、今の俺はそんな状態なんだろう。
 今後ダークナイトやドラゴンなど強敵が居ることを考えれば、本当ならこんなことを考えている余裕なんて無いはずだっ!
 俺は、鍵が手に入った以上、さっそく塔へ行こうとようやく考えた。
「長老、鍵を譲っていただいてありがとうございました。神聖剣は決して人類同士の争いには使わないことを約束します」
 深くお辞儀をすると、長老は満足したかのように頷いた。
「勇者は、創造神が認めた人物。決して人類同士の戦争には参加しないものと聞いているが、それが真実であると証明して欲しい。そして神聖剣で暗黒皇子からこの世界を救ってくれ」
 そこでユーギンに向かってもこう告げる。
「ユーギンが長老を継ぐことも確定したし、儂もやっと鍛冶三昧の生活に戻れるな。いやぁ、役職を手放せるアテが付いてほっとしたぞ」
 えっ? まだユーギンの決意を聞いてないけど、次期長老は決定なの?
 しかもその言い方、凄く不安になるんですが。
 俺とユーギン、それぞれが口を開く前に、長老は安心したかのように続けた。
「侵略は問題だが、儂の代で勇者が現れたことは幸いだった。剣の秘密も勇者へ押しつけられたし、後継者も決まったし、後は悠々自適の生活じゃー! 鍛冶生活ばんざーいっ!!」
 そ、そんな考えで鍵を手放したんですか……これまでのシリアスは何だったんだよっ!
 思わず長老を殴ろうとしたら、逆にカウンターで頭を殴られてしまった。
 しっ、痺れるぅー!
 それを見て再度糾弾し始めたシルヴィアと、俺から手を出そうとしたんだから正当防衛だとのたまう長老との言い争いを横に、俺は心臓を押さえながらこの謎の現象についてちょっとだけ考えを巡らせた。
 いや、当事者である俺から文句言おうかと思ったんだけど、この謎の拳が気になるんだよね。
 一回目に殴られた時もそうだったんだが、殴られて痺れるってことは、手から何かが発生してるんじゃないのかなと思うんだよ。
 魔法に適正の無いドワーフ種族だから、これが魔法の可能性は低い。
 ゲーム時とは違う魔法体系があるのかもしれないが、寡聞にしてそれは聞いたことないし、俺もこれは魔法じゃないと思う。
 ただ、魔法じゃなくても、さっきの現象を起こせる可能性はある――本当に馬鹿馬鹿しいし、まさかとは思うけど、確かめる必要性は大いにあるだろう。
 一つの仮説を思い付いた俺は、いがみ合いを一旦中断させ、俺へもう一回拳を当てて欲しいと告げた。
「頭は危険だから、手のひらへですけど」
「こんなのは、一定以上の鍛冶職人なら誰でも出来るんじゃが……」
「危険ですから止めて欲しいのですけれど、必要なら私が替わります」
「いや、シルヴィアでは理解出来ないと思うんで、俺が受ける。ちょっとだけ堪えて欲しい」
 長老もシルヴィアも、俺が何を考えついたのかさっぱり分かってないようだ。まあ、当たり前だよな。
 あれを体験しているユーギンも心配そうだし、俺だって痛い思いはしたくないんだが、もし考えが正しければこれは絶対ドワーフのためになる。
 みなが見守る中、長老が俺の手のひらを右拳で殴りつけると、さっき見た通りその瞬間光が漏れた。
 そして、この痛みと痺れ。間違いない、これは…… 
 俺は、もう一回心臓を落ち着かせてから、その考えを口にした。
「なぁ、この衝撃は、電気じゃないのか」
「……?」
 あれ、無反応?
 誰も何も言わないので一瞬不安に思ったけど、良く考えたら、電気と言う単語が知られてないだろうことに思い至る。
 なので俺は、もう一回言い直した。
「電気ってのは、雷とほぼ同じ現象なんだ。天気が悪いとき雷が落ちるけど、それは不安定になった空気の中身がこすられて電気が発生し、結果雷となって地上に落ちるんだよ」
 反応が無いけど、俺は考えを纏めるためにもう少しだけ続ける。
「それで、ドワーフが発電出来るのは、感情によって顔の毛全体が動き摩擦が発生するからなんだろう。観察したけど、拳を溜めた瞬間髭のあたりがちょっと輝いてたし、そこが起点なんじゃないかな。人が痺れるほどの出力は不思議だけど、静電気の理屈としてはまあ筋が通ってると思わないでもない。ごめん、理屈は良く分からないです」
 この世界で電気の理屈を聞いたことある人は、絶対いないと思う。
 精霊にお願いすれば雷の再現も可能だし、人工的に発生させられるなんて考えることはまずあり得ない。
 何でドワーフがこんな妙な技術を会得したかは分からないし、これから解明されることも期待できないけど、これだけは分かる。
「結論としては、ドワーフは雷を出せることが分かりました」
 何を馬鹿なと言われるかもしれないが、少しだけ実生活を思い出して欲しい。
 人間だって静電気は発生させられる。
 プラスチック製品で髪の毛が逆立ったり、ウール製の服を脱ぐとき肌との間でバチバチと音が鳴ったことは無かっただろうか?
 脳神経も電気信号で繋がってるし、発電能力が皆無とまでは言えないんだ。
 まあ、人間発電所と言うと別な意味になっちゃうけど……ともかく、静電気をドワーフが任意で発生させられるとなれば魔法斧の件もあっさり片が付く。
「その、何じゃ。勇者が言わんとしとることは、長老が拳を振るえば雷が出ると言うことか?」
 ユーギンが呆れたような声で確認してきたので、俺は大きく頷いた。
「そうみたいだ。なので、魔法金属精製に雷が必要だと聞いてたけど、エルフに頼まなくてもドワーフ自前で精製可能になったと言うことだな」
 さすがファンタジー世界!
 ゲームと比べればやけにリアルとなってるこの世界だったけど、ファンタジーにおける不思議部分が残っていて良かった。
 これで実は静電気じゃないなんて言われたら流石に泣くと思うけど、大丈夫だよね?
 日本から来た俺以外では確認出来ない部分なんで、学術的に確かめるのは困難だけど、雷と同じ効果があるかどうかは幸いすぐ分かる。
「ふむ。ならば、すぐに検証が必要だな。鉱石はあったか……」
 俺が目を向けると、長老は頷いてすぐに後ろの棚へ手をやった。
 雷必須と言われてる魔法金属精製作業。その部分でこの衝撃を加えれば、雷と同じ反応があるはず。
 そうなれば、誰でも目に見えて理解出来ると思うんだ。
 何故か捜し物に手間取っている長老へ、これまで黙って控えていた一人のドワーフが恐る恐る話し掛けた。
「あのっ、前に贈られた鉱石は『雷使えない儂らへの嫌みかー』と言って送り返したんじゃなかったかと……」
「あっ、ああそうか……久しぶりに鍛冶が出来るのに肝心の鉱石が無いとは何たる無様よ。欠片だけでも残しておくべきだったな」
 傍目で分かるほど落ち込んだ長老へ、俺は明るく声を掛けた。
「まあ、これでドワーフも魔法金属で斧や防具を作成出来るかと思いますし、エルフと仲良くしてトロールへ対抗してください。俺はこの鍵で神聖剣をいただいていきます」
 エルフ城であれだけ悩んだ斧の件がこんな形で決着付くとは思ってなかったが、良い方向で纏まったのは本当に幸いだった。
 鉱石入手は勇者の仕事じゃないし、それはドワーフとエルフでやり取りしてもらおう。
 そんなこんなで話が終わり部屋の外へ出ようとしたところで、別なドワーフが長老へお客さまがお待ちですと告げに来た。
 まあ、ドワーフの長老なら色々仕事あるし、俺たちには関係無いだろうと思って待っていたその人の横を通り過ぎようとしたんだが、何気なく顔を確認した瞬間、どちらからともなく「あっ」と声が漏れる。
「ここに居たのね! もう逃がさないわよっ!!」
「お前こそ、なんでここに来るんだよ。用事無いはずだろ?」
 逃げ出したいが、残念ながら出口はその客の向こう側だ。
 その位置関係を巧みに利用して、そいつは言った。
「さあ勇者。このアデュアを今度こそ仲間にしなさい。エルフの名に掛けて役立ってみせるわっ!」
 ビシィッと指さしながら宣言するそいつは、現エルフ王の叔母であるアデュアさんだった。
 仲間にはしないと宣言していたのに、何でここに居るのかさっぱり分かりません。
 睨みあう俺とアデュアさんの関係が分からないドワーフ長老は、「再会なら夜に宴会でもするかー」と言って何やら指示している。
 ここでも宴会かよっ!
 しかもこの再会が喜びで満ちてないことを無視してるんだから、現実が見えてないのか、それともさっきの発見がよっぽど嬉しすぎたのか……
 どちらにせよ、アデュアさんはまだ用事を終えてないし、この長老もそれに俺たちを巻き込む気満々だ。
 俺は頭と胃腸の痛みがぶり返し始め、更に冷や汗が背中を垂れていくのを黙って自覚するほか無かったのだった。



[36066] その21
Name: 凍幻◆786b687b ID:86a11131
Date: 2013/09/14 19:16
 アデュアさんの用事は、ドワーフ村への魔法鉱石配送だった。
 俺たちがシー村へ向かった後、エルフ王からの親書を携えて鉱石ごとドワーフ村へ向かったんだそうな。
 直接俺たちを追いかけたいと彼女は王様へ申し出たそうだけど、ドワーフ村への連絡が最優先とたしなめられたとも聞いた。
 何でも、仕事が出来る女とさえアピールしないで何を武器に交渉するのかと問われ、返答に窮したらしい。
 ドワーフへ鉱石を届け鍛冶での繋がりを再約束させられれば、俺との約束を果たすことが出来るので関係を一歩前進させられる。
 そう判断してこの村へ来た訳だが、まさか勇者本人が居るとは思ってなかったとのこと。
「まあ、日程的に居るだろうとはちょっぴり予想してたんだけど。ぴったりだったってことは運命的だよね!」
「俺は会いたくなかったんですが」
「勇者の隣には美人の魔法使いも居なきゃ駄目なのっ! 魔法と剣が物語の売りなんだから」
 この娘は、どこのヒロイックファンタジー世界を言ってるんですかっ!
 アデュアさんの言ってることは勇者論とかに書いてある内容なのかもしれないが、こと『夢幻の心臓2』の世界に限って言えば、明らかに剣寄りの世界である。
 攻撃魔法は攻撃力が幅ありすぎてほとんど当てにならないし、体力回復魔法も歩いていれば勝手に回復するのであまり必要ない。
 さすがに死んだら魔法に頼らざるを得ないけど、いわゆる剣と魔法の世界からはほど遠いと思う。
 こんなことを呑気にしゃべっていられるのは、アデュアさんの用事も終わり、既に宴会へ突入したからだ。
 先ほど俺がドワーフの雷体質について仮説を立てたので、その再現が宴会の余興として行われている。
 あちこちでバリバリと音がして、凄くやかましいよ。
 けど、これまでのわだかまりを捨てて即座に魔法鉱石を使い武器生産を始めたドワーフたちには感謝している。
 俺自身でもうさんくさいとしか思えない仮説だったからなー。
 そう、ドワーフは本当に電気を出せたのだ。
 人間発電所とか、異名でしか聞いたことねぇよ。まあ、火力が入らないだけまだマシだけどさ。うおおおぅ。
 ユーギンと話に花を咲かせるはずだったガルバロさんも、酒をじゃんじゃん浴びながらハンマーぶっ叩いてる。
 あのう、火を扱いながらではアルコールは気化して危険なのでは?
 俺の心配通り、時折青い炎が周囲を輝かせるものの、誰も気にした様子はない。
 それよりもと俺は長老に酒を注がれてしまった。
「本当に勇者は異世界人なのじゃな。我らの体質について言及したしたものなど、これまで居なかったぞ。目の付け所が違うわ」
「偶然ですよ。俺だって自分で殴られなければ分からなかったことですから。かなり痛かったですけど」
 電気ショックとアルコールは、どんな化学反応をするんだったかな?
 既に学生を終えてから数年以上経っているので、使わない知識はかなりうろ覚えだ。
 しかも異世界物にありがちな、何故か知ってる食物や科学の知識もほとんど無いに等しい。
 ましてや実体験も伴っていない以上、俺の知識は神託を受けられるシルヴィアに劣っていると言っても過言では無かったりする。
 なのに俺を勇者として立ててくれる彼女とテランナには、本当に感謝してもしきれないな。
「ちょっと、さっきからあたしを無視してるでしょ。いい加減観念しなさいよね」
「いやぁ、俺は勇者論に縛られて暮らすのはご免ですので、お引き取りください。だいたい、現エルフ王の叔母が人間の王族に嫁入りなんてしたら問題ありまくりですよう」
 アデュアさんがこうやって口を挟んでくるけど、俺はほとんどそれを無視してる状態だ。
 ちょっと酔っ払ってるので、俺の口調はかなり怪しい状態なんだが、それに輪を掛けてアデュアさんの言論はおかしいんだよね。
「嫁入りだなんて言ってないわよ。パーティに入れなさいって言ってるだけでしょ。なんでこんな美人のあたしを拒否するのか分からないわ」
 自分で美人の発言でたー。
 アデュアさん、よっぽど自分の容姿に自信があるらしい。
 が、俺の顔を奇妙とか言ってたのは棚に上げるんですか? それで仲間に入れろとか言われてもお断りです。
「だって、アデュアさんは俺のことを不満に思ってたはずですよね。劣ってる人へ指導したいのかもしれませんが、勇者は創造神認定であって王様認定じゃありませんからー」
 そう言ってやったら、彼女は「うっ」と少し言葉に詰まった。
 エルフ城で自分があまりよろしくない言葉を投げつけた自覚はあるのだろう。
 だけど、そうやって言葉に詰まるくらいなら最初から言わないで欲しい。
「わ、悪かったわよ。その、ちょっと見慣れない顔付きだったから興味持ったんだけど、あの時は本当の勇者だとは思わなかったし……」
 乾杯の前に長老から一席あったけど、そこで俺は集まったドワーフとアデュアさんたちへ正式な勇者だと紹介された。
 また、シー村での話についても本当のことだと口添えを得ている。
 トロールのくだりについては全力で否定しましたけどっ!
 エルフ城を出た際にそれらの噂を聞いてなかったアデュアさんは、本当にびっくりしてたようだった。
 また、昼間俺たちのすぐ後に鉱石の話をした際も、すんなり提案が受け入れられて拍子抜けしたんだとか。
 難問がとんとん拍子で片付いて一番驚いているのは俺なんだが、他人にとってもこの交渉ペースはありえないらしい。
「リュージさんが勇者だから丸く収まるんですよねー。グリックだったら絶対交渉決裂だったと思いますですー」
 しなだれかかってきたテランナは、そう言って俺のコップに酒を注ぐ。
「ああ、どうも。でも、ちょっとは遠慮させてくれない? 俺は酒弱いんだよ」
「ええー? 妻の酌を遠慮するのは変ですよ。王様になれば今後も宴会あることですし、少しは慣れた方が良いと思うんですがー」
「それはそうなんだけど……まあ仕方ないか」
 そう返事しながら、少しずつコップを傾けていく。
 ドワーフの酒も人間同様ビールみたいな酒が主流で、エルフのそれほど度数が高くない。
 変わった酒としては、エルダーアイン界の一部に蒸留酒があるそうだけど、さほど普及はしてないと聞いた。
 エルフもドワーフも一回に呑む量が多いので、蒸留濃縮で度数を高めるよりも量を重視するからだ。
 地球だと、大航海時代に蒸留技法が一気に普及するんだったかな? 
 搭載量の限界で必要になったようだけど、それ以前から技法自体はあったらしい。昔調べた時も、そう言えば結局は経緯分からなかったんだっけな。
 それでこの世界での海だけど、エルダーアイン界以外には無いもんだから蒸留技法が必要な場面はほとんど無いらしい。
 以前食べた海産物みたいに界をまたいでの物資輸送はあるものの、好みが種族で微妙に違うし、そもそも輸送容器が発達してないんで商人たちも酒は最高級嗜好品として少量を扱っているのみの状況なんだって。
 輸送経路が徒歩陸路になることから、割れやすい瓶詰め酒はそんなに持てないしなぁ。ちなみに金属缶は開発されてません。
 その結果、各街ごとの樽生産が主流となり、王族か旅人でないと故郷以外の酒は呑めないとも聞いてます。
 ただ、確実にそう聞いたはずなんだが、テランナも隊長も顔色変えずにどの酒をも平然と扱ってるんだよね。
 テランナはシー出身なんだが人間の王族であるシルヴィアのメイドをしてたんで、それで色々知ってるのかと勝手に納得してる。
 隊長は……操船技術持ってるし、それであちこち出掛けて呑んでたのかなぁ。良くは分からん。
 俺は一応社会人だったから、日本に居た時は珍しいやつも舐めたことくらいはあるよ。そう言えば果実酒でも日本梨のだけはアルコール化難しいからあまり種類無かったような記憶がある。
 こうやって酒の知識を思い出すのも、宴会がどこでも催されるからだな。
 シー村だけは出席回避出来たものの、結果それ以上の宴になってしまったので回数に入れるべきだろうか。ちょっとだけ悩む。
 あと、キノコで盛り上がるって話を聞くと、やっぱり変なこと想像するよね。困ったものだ。ちなみにトリップのほうだよ?
 そして、こうやって路線外れた思考を続けているのは、シルヴィアとテランナ、それにアデュアさんの女性三人が俺の周りを囲んでいて雰囲気が悪いからなんだ。
 さっきドワーフ長老が来たけど、宴会芸のおかげかドワーフは基本的にそっちで盛り上がってるし、俺は酒が弱くて輪になかなか入れない。
 なので向こうから注ぎに来た人のみ相手してるところなんだが、アデュアさんだけは何故か俺の前から動こうとしないんだよ。
 ゲームの設定だとエルフとドワーフは仲が悪いらしいけど、この世界ではそんな素振りは見受けられないし、アデュアさんも特段気にしてないのは分かる。
 なんだけど、美的感覚では大きな違いがあるはずなんだよね。だから他のドワーフへ注ぎに行かないのかなぁ。エルフ城に居たエルフは俺のこと不細工とか言っていたしさ。
 髭だらけのドワーフではエルフのお眼鏡に適わないからなのかとも思うんだが、そこはどうなんだろう。
 こっそりシルヴィアに尋ねてみたら、こんな返事だった。
「嫌うも何も、あまり見分けが付いてないのかもしれませんね。私もサルア城で慣れてなければ困難だったでしょうし。それに一応は彼女も客ですから、自分からは動かないと決めているのかもしれません。まあ、私自身もリュージ様の隣から動く必要を感じてませんしね」
 普通のドワーフ男性は髭を生やすそうなんで、確かに目元しか見えないと顔だけでは見分けが付けづらい。
 かろうじて長老は眉毛も無駄に長いのですぐ分かるけど、みんなマスク付けているみたいな状態だしな。
 ちなみに、髭は鍛冶活動に影響無いのか少し心配してたんだが、熟練者には全く影響無いと言われた。
「未熟者のみが髭に火を付けてしまうのじゃ。だから例外はあるが、長ければ長いほど熟練者と言うことになるぞ」
 なるほど。確かに若い人のほうが髭短かめに見えるけど、単純に年月だけで長くなったんじゃないのね。
 その理屈からいけば、長老も鍛冶生活が長い熟練者と言うことになる。役職押しつけられて鍛冶出来ない鬱憤があったりするんだろうな。
 ユーギンはと言えば、かなり短めの髭になっている。これは、鍛冶の未熟さ以上に剣への支障があるからだそうな。
 剣と言うより、戦闘行為全般だね。長めだと掴まれる心配があるとか、そう言うものなのかな。俺は髭を剃っているから感覚が分からない。
 その彼は、今はガルバロさんの隣で熱心にワザを見ていたりする。
 時折、俺との旅について質問してくるやつも居たりしてなかなか見ることに集中は出来てないようだけど、それでも危惧してた排斥はされてないようで安心した。
 ちなみに隊長もその隣で一緒に話をしている。何を話しているかは聞き取れないが話は弾んでいるようだ。そう言えば最近隊長の台詞が無いな……
 それはともかく、ユーギンの立場については、長老が神聖剣の実在を告げたのも良い方向で影響あったんだろうと思う。
 実際に勇者が来て、神聖剣を欲し、それを扱う仲間へドワーフが入る。
 今までの異端児が選ばれたことで内心は複雑かもしれないけど、俺が見る限り妬みとかは見受けられない。
 それに付いても長老に聞いてみたら「ユーギンは剣を扱う時間を鍛冶に回せと言われてたのじゃ」とのこと。
 ドワーフとしては武器を扱うより鍛冶のほうを重視してるんで、ユーギンが口にしてた「剣なので馬鹿にされていた」と言うよりは「鍛冶が一流じゃないくせに慣れぬ武器へ手を出す馬鹿」とのほうが正しい認識のようだ。
 かように鍛冶重視のくせして傭兵隊がなんで存在するかの疑問については、実戦を経験せずに正しい武器の修復は出来ないからなんだと。
 それならば、共通武器である斧以外の武器を使ってたら鍛冶職人としての知識習得は遅れるよなぁ。仲間が居ないんだから。
 ドワーフの常識から言えば、確かにユーギンは異端児だったんだと思う。だけど、それが幸いして今は勇者の仲間になる、かぁ。
 できの悪いやつに居場所が出来てほっとしてるのは、実はドワーフの仲間たちなのかもしれない。
 それを考えれば、長老が鍵をすぐに渡してきたのも頷ける。
 決して剣の秘密をバラせてほっとしたからじゃないよね?
 少しだけ心配なとこはあるけど、結果が良ければそれでいーじゃないか。後は実際に神聖剣を手に入れるだけだよなぁ。
「……ちょっと、さっきから無視しないでって言ってるでしょ。何でこう、顔を合わせてくれないのよ。こんな美人が居るのに酌を遠慮するなんて人間らしくないわ」
「ん? あっと、人間でも色々居るでしょーが。俺は隣の二人だけで間に合ってますって」
 エルフは人間基準で言うと美人が多い。アデュアさんも王族だけあってとびっきりだ。
 とは言え、その無駄に偉そうな口調は止められないのかな?
 ドワーフ男性からの酌で彼女も酒がずいぶん進んだはずなんだけど、出会った時のような上から目線の口調はあんまり変わらない。
 こびるでもなく、相談でもなく、対価も対案も出してこない。そんな感じでお願いだけされたんじゃ、交渉にはならないよね。
 ひたすらに同じ内容を繰り返されても迷惑なだけなんだが、さてどうしたものか。
 俺がシルヴィアとテランナにのみ話を振り、アデュアさんへはぞんざいな対応を続けるので、いい加減彼女も頭にきたようだ。
「ねぇ。貴方が勇者であるからこそあたしが仲間に入るって言ってるのに、いい加減な態度は止めたらどう? 勇者論は博愛であるべきだと説いていたわ。なのに美人なあたしを優遇しないのはおかしいわよ!」
 あーあ、言い切っちゃったかぁ。
 せっかく今まで言及してなかったのに、彼女が最終結論を出すよう迫ったからには俺も答えなきゃならないよな。
 あまり言いたくは無かったんだが、俺はそれを口にする前に隣のシルヴィアとテランナへ目線を送り、軽く同意を得てから吐きだした。
「俺の博愛はシルヴィアとテランナだけで足りてるから、お断りします」
「なんですってー!」
 案の定キツイ目となった彼女へ、もう一声。これは本当に言いたくなかったんだが……
「あのぅ、自分で美人と言ってる人って、俺苦手なんです。見た目だけ美人でも色々ありますんで」
「色々って何よっ! それにそのシーも美人と自称してたじゃない。あたしと何が違うのよっ!」
 アデュアさんも、ふふんと胸を張るテランナを見てついカッとなったようだ。
 納得いかず罵倒寸前にまで激高した彼女を前にしても俺は冷静でいようとしたが、そんな思いは次の言葉で吹き飛ばされてしまった。
「隣に居てあげるんだから、黙ってあたしを仲間に入れなさいってばっ! なによ、個性的な顔付きなのに美人を袖にするとかありえないわ」
「個性的……?」
 あ、まずい。何か外れた気がする。
 普段ならまだ許される範囲だったかもしれないし、前に言われた時も我慢してたけど、今の俺は少々だけど酒が入っている。
 そして、これまで異世界と言うことで堪えていた内心も、この前のシー村で嫁二人に少し溶かされてしまっている。
 なので俺は、気が付いたら怒鳴ってしまっていた。
「個性的って不細工ってことだろーがっ! 取り繕ったって意味ねーぞっ! この前まで童貞だった不細工な俺に近寄ってくる美人って基本的に詐欺だったじゃねーかっ!! 肩書きに話しかけてくる美人も裏があったっ! 好きで不細工な童貞だったんじゃねーよっ!!」
 言ってから青ざめたけど、もう遅い。
 アデュアさんどころか、シルヴィアもテランナも一様に口を噤んでいるじゃないか。
 でも今更取り消しは出来ないし、何よりそれは俺の本音でもあったので、俺は静かに罵倒を待った。
 だって、今の言葉は基本的にひがみで否定的な内容じゃんか。
 勇者には相応しくない内容だし、俺で良いと言ってくれた嫁二人をも馬鹿にしてる内容だからだ。
 でも一方で、吐き出せて良かったと思ってる自分も確かに居る。
 俺みたいなただのオタクサラリーマンだった人間が勇者に選ばれたとして、何が変わったのかと戸惑うところもあるから。
 敵を倒せてるから勇者なのか? 謎を解決出来るから勇者なのか? 異世界人だから勇者になったのか!?
 シルヴィアの神託で俺は正式な勇者に認定されたんだけど、今もって俺が本当の勇者なのか自分では分からない。
 そう思っていたためだと思う。
 『勇者の仲間』の地位が欲しくて言い寄ってくるアデュアさんが現れたことで、我慢していた言葉をつい口にしてしまった。
 サラリーマン時代だったなら、こんなことは言わなかっただろう。
 ビジネス顔での対応をしておけば、何を言われてもグッと堪えただろう。
 でも勇者としてのそれは童貞の俺には未知の顔を求められたし、それを前提に詰め寄られても不快感は増すばかりだったんだ。
 ハーレム前提の勇者って、なんなんだよ。
 シルヴィアの話は、まだマシだった。過程があったからね。
 テランナは強引だったけど、それ以外の部分では俺の意見も尊重してくれるので、こっちも許せている。
 なのにこいつは、アデュアは、要求するだけじゃないか。
 しかも俺が勇者だからって言っているのは、誰が勇者でも良いってことだろう?
 そんな仲間は、ご免だっ!
 あの世界で居たような、不細工な俺へ声を掛けても内心で笑ってるお姉さん方みたいなヤツもまっぴらご免だっ!!
 未だ考え方が童貞な俺なんだから、女性部分を前に出した交渉なんか求めないで欲しい。
 何で俺は勇者にさせられたんだろう……
 俺が否定的な言葉を発してしまったので、俺が葛藤している間も彼女たちは無言だった。
 アデュアさんは何か反論しようとしてたようだったけど、口が動くだけで声にはなってない。
 反対にシルヴィアはそれまで黙っていたんだが、少し怒ったような顔付きで俺へ口を開いた。
「リュージ様。私もそんな人に思われてたんですか? 婚姻届まで書いたのに覚悟が足りなかったとおっしゃるんですか」
「……シルヴィアの覚悟じゃない。これは、俺の覚悟が足りないだけなんだ」
 いまだくすぶっている故郷への感傷。
 この世界での勇者扱いと元の世界での童貞扱いに違いがありすぎて、俺が慣れないだけなんだ。
 シルヴィアの感情は吊り橋効果で一応説明が付くし、テランナのそれもシルヴィアへの敬愛からくるものだと思えばそれなりに理解が出来る。
 でも、それ以外からの女性から好意を向けられるって、何か怖いんだ。
 もう童貞卒業したから問題無いだろうって?
 そうじゃない。そんな割り切りが簡単に出来るなら、俺はとっくに結婚出来てただろう。そして、この世界に来ることも無かっただろうと思う。
 いきなり変なことを言うようだが、この世界に来てから不思議に思うことがあるんだ。
 世界の諸問題に対する解決策を、何で俺が提示出来るんだろうかと。
 シルヴィアを地下から救えたのは、ゲームの知識があったからだった。何故かゲームと同じ解決法だったから。
 シー村での騒動は、俺が勇者としてチカラを示したらあっさりと片が付いた。
 そしてドワーフに対しての鉱石問題。ドワーフの体質を何故か俺は理解出来た。
 ここが異世界なのかゲームの世界かも分からないのに、なんで俺が問題を処理出来るんだ?
 あやふやな俺に、なんで女性が関わってくるんだ?
 俺は元の世界に帰りたいだけなんだっ!
 ただそれだけが勇者としての活動を求められる原因なのだとしても、俺の根っこは変わっていない。
 なのにシルヴィアとテランナどころか、アデュアさんまでもが俺を勇者として執着してくる理由が本当に分からないんだよ。
 気が付いたら、俺たちだけじゃなくドワーフのほうまでもが静かになっている。
 宴会なのにこれはマズかったなと俺が謝罪を口にしようとしたら、テランナが機先を制した。
「なるほどー。リュージさんは、わたしと姫様を第一に考えた結果、アデュアさんなんて外様は足蹴にしたいって考えなんですねー。既にパーティは五人になってますし、神聖剣は五振りしかありませんので六人目の活躍機会ありませんから不要ですよねー、ふむふむ」
 その言葉を聞いて、俺の目は見開かれた。もちろん驚愕でだ。
 こいつ、俺の言葉からどうやったらそんな結論に至るんだ? しかも言い方が俺より酷いじゃねーかっ!
「いやあの、足蹴とか言ってねーからっ!」
 何で俺が言い訳に回るんだよと思いつつ慌てて補足したら、シルヴィアも何か言ってきた。
「私も理解しました。シー村だけでは足りなかったってことですね。リュージ様、キノコの在庫は完璧ですから今夜も寝かせませんですよ」
 こっちも変な方向に暴走してるー!?
 二人の発言を受けてドワーフたちが再び談笑に戻っていったのを横目で見たけど、ちょっと待て。
 何だその『ただの痴話げんかだな』の溜め息は、いったい誰への納得なんだっ!?
 せっかくのシリアス場面なのに、みんなして通過ですかよっ。
 俺の発言は、『リュージは勇者に相応しくない』と取られてもおかしくない内容だったんだぞ。
 ただのサラリーマン的思考しか出来ない俺なのに、それでも着いてきてくれるとか、ご奉仕の話が出るとか、何でなんだよっ!
 アデュアさんだけは俺のことをうさんくさそうに眉を潜めながら見てきたけど、それをしたいのは俺も同じだ。
 嫁二人の発言を反芻してみたものの、まるで理解が及ばない。
 不敵に笑う彼女たちへ何か言ってみようと試みるも何を言って良いか分からず途方に暮れた俺の手を、シルヴィアが「もぅ」と溜め息を吐いてから引き寄せる。
「溜め息吐いて良い時間は終わったと以前申し上げてましたけど、リュージ様はまだ気にしてたんですね。私たちが一緒になったんですから、そんなに抱え込まないでください。一夜で足りなかったようですから今夜も。そして何回でも爆発させてくださいね」
 爆発って何ですかと問いたい気持ちを抑えて、俺はシルヴィアへ別なことを問うた。
「俺がかんしゃく起こして、シルヴィアは不満じゃないの? 別な人が勇者だと良かったとか思ったこと無いのか?」
 俺の勇者認定は、シルヴィアが創造神に伺った上でおこなわれている。
 だから彼女が不満を持ったなら、それを覆せる立場なんだ。
 シー村でのあの歓待はあったけど、だからこそ俺みたいな童貞を不満に思ってもおかしくは無い。
 子孫を残すのも王族の勤めなんだから、俺じゃなくても……
 うじうじ悩んでいたら、シルヴィアは俺の顔をじっと見つめてきた。そして、ニッコリ微笑む。
「悩むのも勇者の資質のうちですよ。全てが勇者論で片付くなら、何で私たちに選択権が残されるのか分かりませんから」
 それを聞いて、ようやくアデュアさんが不満げな声を漏らした。
「ちょっと、ずいぶんな言いぐさじゃないの。不完全な勇者なら、勇者論に基づいて導くのが正しいありかたでしょ? 勇者論が役に立たないような言い方は信仰に反するわよ」
 アデュアさんは、俺のことを勇者論で導きたいと言っている。
 なのでこの反論は予想されていたが、シルヴィアが口を開く前にテランナがきつい言葉で言い返した。
「万物流転のこの世界で、勇者論だけが変わらないとか、そのほうがありえませんよねー。あれは指針であって絶対じゃないですよ? 同じ勇者論を信じているのに、何でわたしと解釈が違うのか、それが答えですからー」
「だって勇者は導くべき人でしょう!? 正式勇者が現れて、なのにあたしが爪弾きにされるなんて納得いかないわ!」
 こう言ったガチガチに固い人は、説得が難しい。
 どうやってこの場を治めるのかと妻二人を見たら、彼女たちは顔を見合わせてニヤリと笑った。
「勇者論を振りかざすならば、婚姻届はお持ちですよね?」
 シルヴィアの発言に、アデュアさんどころか俺も一瞬考え込んだ。
 婚姻届の効力って、確か異世界まで及ぶんだったっけか?
 だから離婚出来ないとかずいぶんと強制力のある紙だよなと、そんなことを思い出したけど、アデュアさんは何を言われたか分からないのか反応が無かった。
「もしかして、何で必要なのか忘れてるんですかねー、この人は。可哀相に」
 テランナからの同情なんて凄く珍しい言葉を聞いたが、それへのアデュアさんの反応は劇的だった。
「可哀相だなんて言わないでよっ! ちゃんと覚えてるわ、確か勇者との関係に必要な……っつ!」
 怒りか何かで顔を赤くした彼女へ、シルヴィアが畳み掛ける。
「勇者の伴侶は魅力的ですけれど、誰でも立候補出来るとは限りません。貴方は創造神へ、利己心が全く無いと証明出来ますか?」
 以前『勇者ハーレムは正義です』と言い切ったシルヴィアの言葉とは思えない。
 あの婚姻届って、そんなに重いものなの?
 勢いに任せて書き殴った俺なので、いまいちピンとこないが、テランナはうんうんと頷いている。
 怒りの目でシルヴィアを見ているアデュアさんを余所に、俺はテランナへ小声で聞いてみた。
「あのぅ、婚姻届って俺を縛り付けるための罠じゃなかったの? 誰も知らないんで、てっきりでっち上げかとも思ってたんだが」
 それを聞き、呆れた声で彼女が答える。
「何を言ってるんですか、この人はー。異世界にまで夫婦を繋げる届けなのに、安易な考えで書けるものじゃないんですよ? 離婚出来ないのはリュージさんだけじゃなくて、わたしたちもそうなんですからね」
 あっ、そうか! 俺が逃げられなくなっただけじゃなくて、テランナたちもまた俺に縛られるってことも意味するのか。
 でも、それってもしかして凄く大変なことじゃねーのか?
 だって、俺とは文字通り世界が違うんだぜ。
 しかも今は暗黒皇子打倒の旅だし、その途中で誰かが倒れることだってありうる。
 それは自分かもしれないし勇者の俺かもしれないのに、死ぬまで、あるいは死んでもだけど離婚出来ないって王族の義務を越えてるんじゃねーのか?
 そう思ったら、不意にシルヴィアが俺へ顔を向けてきた。
「だから、義務じゃないって何回でも言ってますでしょう? これからどんなことがあろうとも、私にはリュージ様しか考えられませんから」
 確かにそんな言葉をサルア城で聞いた覚えがある。
 でもそれはモテてなかったシルヴィアの、気の迷いから発された言葉だと思ってた。
 本当なのか? いや、シー村での歓待は凄かったし……
 童貞の俺を勇者として持ち上げるため、あんなことをしたとも考えていたんだが、あれを信じて良いの?
 正直なところを言うと、俺には少し女性不信なところがある。
 童貞だったからと言うか、だから童貞だったんだと言うか、因果の入れ替えはあるけどハーレムを作りたくない原因がここにあったりする。
 でもシルヴィアはそんな俺でも良いって言ってくれてるし、テランナもそうだ。
 俺自身でも彼女たちを賭けて決闘してしまったから、心の一部ではやぶさかで無くなってしまってるとも思う。
 もしかしてだけど、決闘騒ぎを起こした本当の理由は、最終的に俺の女性不信を取り除くためだったのか?
 あの場面で色仕掛けをおこなう根拠が今もって分からないけど、それが最終的に俺を良い方向へ向かわせてくれるのなら、分からないままで良いんじゃないかなとも少しだけ思う。
 何かがストンと腑に落ちて「ふぅ」と溜め息を吐いたら、アデュアさんが俺に不満をぶつけてきた。
「何でこの勇者は理解が悪いのよ。美人が隣に来たら頷くのが勇者論での正しいあり方でしょうが。もしかして、二人にだまされているんじゃないの?」
 それは言い過ぎだと言おうとしたら、俺より先にシルヴィアが顔を険しくして答えた。
「創造神に認められた勇者の言葉より、何で勇者論の内容を優先しようとするのか私には分かりません。疑問があるのなら、直接創造神へお尋ねになればよろしいのではないでしょうか」
 あっ、ちょっとお怒りのご様子。
 第一妻としての立場以上に、俺のことを思ってくれているのかな……
 じんわりと暖かい気持ちが俺の中に生まれる。
 彼女に続いて、テランナも意見を述べた。
「勇者論は過去の人の話ですから、リュージさんと違いがあっても当然ですよー? もし完璧な勇者が存在するならば、そもそもパーティメンバーなんて必要ありませんしねー」
 いつもは勇者論を振りかざすテランナなのに、異論があるとは思わなかった。
 俺が内心驚くと、テランナはこうも呟いてくる。
「まぁ、夜の戦闘についてはこれ以上無いほど勇者であることは分かってますけどねー。えへへ」
 おまっ! ここでそんなこと言うなっ!
 あの夜が最初だったはずなのに、そこまで言われるなんてこと俺はしてねーぞっ!!
 ガーッと叫ぼうとしても、その口を塞いでシルヴィアがもう一回口を開く。
「と言うわけです。信頼のない一方的な愛など、勇者論どころか常識にもありません。よってお引き取りください」
 ピシャリと告げたその内容に、アデュアさんは反論しようと試みた。
「勇者論に寄らない勇者なんてありえないでしょう? おかしいんじゃないの」
「では勇者論以前の勇者は、まがい物だったと言うのですか? 貴方もそうですが、間違えやすいのは『勇者の行動を規定するのが勇者論』ではなく『勇者の行動を記録したのが勇者論』であると言うことです。過去と未来の内容が食い違うのならば、優先度合いは未来ではないのでしょうか」
 が、瞬時に突っ込みを入れられ、その目が微妙に泳ぐ。
 少しの迷いと、自分の間違いへの怒り、それを指摘された悔しさ。
 俺をちらちら見ながら考え込んでいたアデュアさんは、俺とシルヴィア、それにテランナを交互に見てからようやく言葉を発した。
「そうね。勇者がこんなにも扱いに手間取る存在だったなんて、あたしには想像出来なかったわ。それは認める。でも貴方たちも、今後勇者論に反する行為は控えた方が良いわよね。あたしを袖にして、エルフがどう動くか考えないわけじゃないでしょう?」
 まさかの脅しが来ましたー!
 こんなことまで言う人だとは正直思ってなかった。エルフ城では、単に口が悪いだけだと思ってたんだけどなぁ……
 すぐにシルヴィアが何かを言いかけたが、俺はそれを制して自分から勇者としての意見を述べた。
「それで揉めるなら、そんな関係だったと言う理解でよろしいですか? どの立場での発言かは分からないけど、少なくとも俺が認定勇者であると告げられている以上、ややこしい内容となるのはアデュアさんの方だと思うんだが」
「それで?」
「婚姻届って、いわば契約書だろう? 条理より感情を優先させる人がまともな契約書も持たずに来たとして、すぐに仲間へ加えることは俺には出来ないよ」
 日本のサラリーマンであれば、契約書はいわば神だ。いったん取り交わしたら覆す事は容易でない代物となる。
 なのにこのアデュアさんは、一時の感情のみで話を進めようとしている。
 どこの誰みたいだとは言えないけど、感情や暴力のみで社会が回るようなら今の地球はもっと凄惨な世界になってるだろうと思う。
 脅しが有効だって?
 冗談じゃない。それで即座に屈するようなら俺は十年以上もサラリーマンを勤めてはいない。
 こちらの世界が法律をそれほど重視しないのだとしても、俺はまだ日本人でありたいと思ってるからにして、理性を優先させようとする人間と友好関係になりたいは当然だろうよ。
 シルヴィアもテランナも、多少強引だったけどきちんと書面で申し入れをおこなってくれている。
 俺の理解が足りなくてグズグズしてた部分はあるけど、それは今後改善したい。
 それへ口頭だけで割り込みを掛けたいだって? それこそまさかだろう。
「アデュアさんは、ここで会ったことを偶然だと言ってましたので、色んな書類はお持ちでないですよね。創造神へも届け出た俺の嫁たちへ、そんな人がこれ以上文句を言うのは承伏出来ません。そしてエルフの話をするのならば、その証明くらいは見せてもらいたいものです」
「あたしは王様の叔母よっ! 何の証明が必要なのよ」
 俺は、その言葉へ残念だと思いながら返答した。
「それが分からない立場では無いでしょうに。今夜はここまでにしましょう。俺には嫁二人との触れ合いが待ってますんで」
 耳ざとくその言葉を聞きつけた長老が、アデュアさんの返事を飲み込むほど大きく声を出した。
「勇者のお言葉が出たので、今夜はここまでじゃぁ! 明日も鍛冶を楽しむぞぉ!!」
「おぉーっ!」
 険悪な雰囲気にさせたことは明日謝ろう。いや、ここで一言いっておいたほうがいいな。
「すいません長老。宴会なのに変な話をしてしまいました」
 アデュアさんを無視して直接長老に寄って口を開いたら、その長老は「分かっとる」と幸いにも言ってくれた。
「嫁さん選びは大変じゃなぁ。エルフはあんなのが居るが、ドワーフはそうじゃないんで期待しとけよ」
「いや、俺は今の二人だけで間に合ってますからっ!」
「謙遜するな。『キノコ無双勇者』がそんなこと言っても、誰も納得しないぞい」
 だから、何で俺のキノコ使用が夜限定で拡大されるんだよ……納得いかん。
 俺は再度反論しようとしたものの、その前にシルヴィアがにこやかな顔で俺の腕を取ってきた。
「リュージ様のおっしゃった触れ合いが待ってますので、今夜はここで失礼します。長老様、それではお休みなさいませ」
「えへへー、嫁二人ですって。これは今夜も期待出来ますよねー」
 テランナは必要以上にニヤニヤしてるが、これは俺の気持ちを少しでもほぐそうとしてるんだろう。
 その誤解を招く言い方には文句を言いたいけど、籠められた思いは大事にしたいな。
 俺からも、長老へあいさつしておく。
「では、ちょっと三人でいちゃついてきますので、ここで失礼します」
 うはー。言ってから気付いたけど、これは童貞な俺が口にして良い台詞じゃないだろう。
 まだ一夜だけの関係なのに、俺へこんな言葉を言わせるのは反則じゃないのか?
 俺の顔がもの凄く赤くなったのは、決して呑み過ぎたせいじゃないと思う。
 これは……うん、関係に溺れたと言うべきなんだろうな。
 ちらりとアデュアさんを見たら、暗い目で何かを考えている。碌な物じゃないと思うけど、俺はもう彼女に関わりたくない。
 そして、宴会で鍛冶談義の花を咲かせていたユーギンと隊長も、俺にあいさつしてさっさと別行動を取ってくれた。
 これで今夜の行動は確定かぁ。嬉しいけど、俺にはもったいないなとちょっとだけ思う。
 だけど、シルヴィアもテランナも卑下することはないと言ってくれてるし、少しでもその期待に応えられれば良いなとも考えられるようになった。
 俺は、この世界に来て良かったと思う。
 先導して部屋へ導いてくれる嫁二人の後を追いながら、今夜はキノコの消費が凄いことになりそうだと内心密かに思うのだった。



[36066] その22
Name: 凍幻◆786b687b ID:86a11131
Date: 2013/10/10 06:44
 翌朝は確実に二日酔いだと思ってたんだが、普通の体調で目が覚めた。と言うか、スッキリして調子が良いくらいだ。
 昨夜のあれで不愉快になったし、悪酔いもしたはずなんだけどなぁ。
 解毒魔法を使えるようになったテランナが、上手く俺のことを調整してくれたのかな?
 呪文掛けられた記憶は無いけど、たぶんそうなんだと思う。そう思わせてください。
 だって、嫁二人掛かりで夜を目一杯使って強制的にスッキリさせられたとか絶対言えませんからっ!
 まさかの展開は、童貞時代からは想像出来ませんですよ。
 もし過去の俺へ未来ではこんなことがあるよと事前に告げられたとしても、絶対ファンタジーだと否定するに違いない。
 体験した今の俺でさえ、夢だったのかもと思うくらいだからなぁ。
 ある意味、男の夢であることは間違いないんですけどっ!
 まぁその分、キノコの消費はやっぱり凄いことになりましたが当然ですよね。昼間の分まで使っちゃった感じがするよ……
 そこから噂が広まるのは、うん、あれだ。考えないようにするしかないな。だってまたいっぱい消費しちゃうからなー、あはは。
 そんなこんなでだらしなく歓待のありがたみを噛みしめていたら、隣に横たわっていたシルヴィアから「おはようございます、リュージ様」と澄んだ声で挨拶された。俺が起きるのを待っていてくれたらしい。
「おはようございます。その、昨夜もありがとうごさいました」
 その声に、日本人らしく反射的に丁寧な挨拶をしてしまったんだが、言った瞬間ちょっとだけ睨まれてしまった。
「リュージ様、私には敬語使わなくても良いって言ってますよね? 何でそうやって引いた態度を取るんですか。もっと甘えてくださいって言ってますのに」
 さも怒ったかのように、頬を丸くして上目遣いで睨む彼女。それが逆に可愛らしく見えるんだが、俺は神妙に謝罪を口にした。
「ごめんなさい。まだ現実味が薄いんです」
 本当にこんな人が俺の嫁なんですかと信じられない部分が、少しだけある。
 それほどシルヴィアが可愛いからなんですけど、それを聞いた彼女は小さく溜め息を吐いた。
「もうっ。あれほどしましたのに、実感無いなんてまだ足りないんですか。キノコ買い込んで明日までしたほうが良いんでしょうか……」
「ちょっと待てっ! 俺の身が持ちませんからその方向は無しでっ!」
 出し尽くした感じがあるのに、まだ続ける気なんですかっ!?
 シルヴィアが何でその方向へのみ話を持って行こうとするのか、とても不思議です。
 女性はタフだと聞いたことがあるけど、これほどとは思って無かったよ。
 俺が断りを入れても、彼女はすぐに頷こうとはしなかった。
「だって、リュージ様が悪いんですよ? 私たちをこんなにしておいて、まだ余所行きの顔をなさるなんて酷いです」
「えーと、ごめん。だってまだ慣れない部分があるんっ?」
 拗ねた感じで俺を見る彼女へもう一介謝罪を口にしようとしたところ、その途中で俺の口はつままれてしまった。
「正直なのはリュージ様の美徳ですけど、夜限定にしないでください。私たちが居るんですからね。分かりましたか?」
 そして、俺へ反省を促す。
 どうやらシルヴィアは、俺がまだ一人で抱え込みすぎだと心配してくれたらしい。なので俺は素直に感謝を述べた。
「……はい。あの、その、ありがとう」
「どういたしまして」
 シルヴィアの方が俺より敬語を使ってるくせに、俺にはくだけた言葉使いを強要するってどうよと俺自身は思うんだが、彼女はそっちの方が親しみを感じて好ましいらしい。
 ただ、だからと言って俺が勘違いして命令口調や見下した口調にならないよう注意しないといけないよな。親しき仲にも礼儀ありだ。
「そう、そうでした。あの、夕べのことですけれど……」
 挨拶が終わったことでちょっと気合いが入ったか、シルヴィアが少し濁した口調で話し掛けてくる。
 夕べ、宴会時の話かぁ。あの別れ方は、やっぱりマズかったよねぇ。火種残ったままじゃんか。
 そう一瞬思ったものの、嫁たちのおかげで俺のくすぶりはほとんど消えている。なのでその言葉に俺はこくんと頷いて続きを待った。
 昨夜の宴会時、俺はエルフのアデュアさんと少し話しをしていたんだよね。
 彼女を俺のパーティに参加させてほしいとの内容だったんだが、俺はそれをスッパリ断ったはずだった。
 だってさぁ、上から目線で仲間に入れろって言われても、こちらには何のメリットも無いんだから。
 彼女は高レベル魔法使いだけど、魔法使いは俺の考える戦い方にはほとんど必要ないし、エルフ女性で美人の部分にしても、俺はもう側に居る二人だけで女性に満足してるからその方向も今更だ。
 むしろ、既メンバーである嫁二人との不和が酷いからデメリットしか無いように思える。
 勇者に関する意見が異なるため、エルフ城での初対面時に彼女たちは睨みあってたし、昨夜も意見がぶつかってたしで、今後も仲良くは出来そうにないんだ。
 俺への態度も、ずいぶんと偉そうな態度だったし――いや、尊敬できる人だったなら、俺はそれを受け入れてるよ?
 でも、身分が偉いこととそれで横柄な態度を取れることは、イコールで無いことを俺は日本での経験から知っている。
 彼女の態度はワガママとも呼ばれる内容だと俺は受け取ったんで、どの方向から検討しても無理としてお引き取り願ったって訳だ。
 社会的身分が上がるにつれ、いっそう規律正しくあらねばならないと俺は教えられたんだけどなぁ。
 異世界だからそれが正しいとは限らないけど、サルア王家の人間は礼儀を知っているようだったし、エルフ王もそうだった。
 宴会時の態度を基本にすると色々問題ではありますけれどっ!
 まあ、対処出来ないほどじゃ無かったし、そう言うことにしておこう。
 ただ一人、エルフ王の叔母である、あのアデュアさんだけが少しばかり面倒な態度なんだよね……
 俺は昨夜の内容を反芻して頭を掻いた。
 昨夜別れた後の行動だけど、アデュアさんも俺たち同様ドワーフ村に泊まったはずだし、朝の挨拶くらいはしとかねばならないと思うんだが、どうにも顔を合わせにくい。
 あの様子からすると、会った瞬間に罵声が飛んできそうなんだよなぁ。
 俺へ頭が悪いと言うくらいならまだしも、嫁二人を罵倒されるのはもの凄く不愉快だ。
 いっそのこと、俺一人で会おうか?
 さっき反省させられたにも関わらずそんなことを考えていたら、シルヴィアが気遣うかのように顔を覗き込んできた。
「あの、リュージ様? 続けても大丈夫でしょうか」
「あぁご免。ちょっとアデュアさんのことを考えてどうしようかと考え込んじゃっただけだから」
 まさしく考え込むほど彼女のことを好きになれないのがよっくと理解出来たんですけどね。
 それでも嫁さんたちを矢面に立たせることは、絶対にさせちゃいけないと日本人の俺は思ってしまう。
 相談するのは別として、結論はリーダーとして俺が出すべきだろうからだ。
 男の沽券とか少しばかりの見栄とかあるけどさ、最終的には勇者の立場が……いや、正直に言おう。
 女性を振るのに同じ女性から言ってもらうのって、何か違うじゃんかと考えただけです。
 地位が欲しいだけの人とは言え、俺を目的にしてもらったんだから、俺が断るのがスジだと思うんだけど違うかな?
 これがモテ男だったらサマになるんだろうけど、不細工な俺に務まるのかは取りあえず置いとく。一応は妻帯者だからなっ!
 無意識のうちに眉が寄っていたんだろう。険しい顔をしてますとシルヴィアに告げられ、俺は慌てて表情を正した。
「もうっ。考え込むのは良いんですけれど、一人で抱え込まないでくださいってさっきも言いましたよね? まったく……」
「ご免ご免。それで昨夜が何だって?」
 不機嫌になりかけた彼女へ俺がそう答えたら、ポンと手を打った彼女はサラリとこんなことを言い出した。
「その問題のアデュアさんについては、昨夜あれからクモンへ任せましたので、大丈夫だと思いますってことです」
 えぇ? だって隊長、俺たちに挨拶しただけだろ?
 俺は昨夜における彼の行動を思い浮かべたが、ユーギンと共にガルバロさんの鍛冶仕事を見ていただけとしか思い出せなかった。
 酒注ぎにも来なかったし、解散の言葉が告げられた後は俺たちに挨拶して眠りに行ったんじゃなかったのか?
 内容が理解出来なくて目をパチクリさせた俺へ、シルヴィアはすぐさま補足した。
「リュージ様はかなり酔っていらしたみたいで覚えていらっしゃらないかもしれませんけど、私たちの会話を彼もきちんと聞いてまして、『後は自分がどうにかするから』と言ってくれたんですよ」
「あの場って、かなり騒がしかったよね? それでも内容を聞いてただろうって任せちゃったの?」
「はい。クモンなら大丈夫ですよ」
 シルヴィアはそう言ってニッコリ笑みを浮かべたが、俺は少々不安になった。
 あのボケ役隊長に任せたの? 鍛冶談義でこっちに意識向けてなかったように思えた人へ?
 何か大変なことになったかもと思い、腰を浮かし掛けた俺の手をシルヴィアは引き留めた。
「ですから、そう慌てなくても大丈夫です。リュージ様、クモンも私たちの仲間なんですよ? 心配じゃなく信頼してくださいませ」
「えっ? あ、あっ、そうだよね……」
「そうです。大丈夫ですか?」
「あー、うん、そうだよね。ご免、俺が悪かった」
 深く息を吐いて、もう一回考えを整理する。
 さっき俺は何を考えたか。まさに仲間についてじゃないかと。
 シルヴィアとテランナは妻だけれど、信頼出来る仲間でもある。
 俺がこの世界に来てから付き合いが一番長いだけじゃなく、モンスターとの戦いを通して関係を築き上げてきた人たちだ。
 そしてその仲間には、隊長とユーギンも入っているじゃないか。
 俺が彼らを信頼しないのは、この世界における人間関係を全てひっくり返すことと等しい。
 まあ、俺は日本では他人との関係が薄かったから、信頼との言葉を良くは分かってないのかもしれない。
 でも、さっきも全部俺が背負うことはないとシルヴィアは言ってくれてるし、それだけで俺の心には温かなものが生まれている。
 俺を勇者の地位に就けたのは彼女だけど、だからと言って責任を俺へ丸投げしたわけじゃなく、適材適所と最初から言ってたじゃないか。
 アデュアさんのことについても、同じことなんだろう。
 昨夜は俺が話しをしたところ不首尾に終わったが、隊長なら別な話し方があるんだろうな。
 俺は一介の平サラリーマンだったんで地位の絡む話は不得意だ。
 でも隊長はまさに『隊長』という地位にあった人なんだし、今の俺には出来なくても自分なら可能だと判断出来たんで「どうにかする」と言ってくれたんだと思う。
 この点では、傭兵だったユーギンもメイドだったテランナも劣る。
 劣るってのは変な言い方だけど、役職的な考え方は鍛えないと出来ないからなぁ。
 王女のシルヴィアはたぶん出来ると思うけど、女性を全面的に押し出した物言いに同姓から反論すると厄介な捻れが起こりそうなんだよねぇ。
 俺は自身で体験したことないけど、世の中はそんなものだと聞いたことはある。当然ながら、隊長もあるだろう。
 にも関わらず任せてくれと言い、かつ今朝になっても俺に相談してこないってことは、悪くない話になったんだろうと今になれば想像が付く。
 そうやって隊長が請け負ってくれたなら、今俺がすべきなのはアデュアさんへ会いに行くことじゃない。
 ここでシルヴィアと朝食を食べて落ち着くことだ。決してシルヴィア『を』食べる話じゃないからね? 本当だよ?
 色々納得したら途端に気付いたことがあったんで、俺はシルヴィアに問い掛けた。
「そう言えば、テランナはどこへ行ったの?」
 昨夜の記憶が確かなら、ここにはもう一人の妻、テランナも居るはずだ。
 シルヴィアが座っている反対側どころかぐるりと見回しても見当たらなかったんで尋ねてみたら、あっさりとこんな言葉が返ってきた。
「彼女なら、たぶん朝食を作ってくれてますよ。差し入れは可能だったんですけれど、この家屋には少しばかり入って欲しくありませんでしたので」
 そうか、俺が寝過ごしただけなのね。すいません。
「でも、何で入って欲しくないの?」
 ポンと俺が言ってしまった言葉に、シルヴィアは何故か喉を詰まらせた。
「あのっ、その、えーと……」
 少し顔を覆ってからこちらを見上げ、二秒ほどしてからようやく続きを言ってくれる。
「リュージ様のあられもない姿を見られるのは嫌でしたので……」
 その言葉で気付いたけど、まだ俺は裸じゃんか! しかもそれはシルヴィアもそうじゃないですかー!!
「俺の裸よりシルヴィアの裸の方がよっぽど問題じゃないかっ! 断り無く見ること許さじだっ!!」
 なんてことだと大声を上げたら、あらとシルヴィアは怪訝そうな顔をした。
「断りがあったら良いんですか?」
「えっ? もちろん駄目でしょ。何言ってるの」
 シルヴィアもテランナも俺の嫁です。許可なんて出せるはずが無いっ!
 思わずそんなことを言い出したのは誰だと言い掛けたところで扉が叩かれ、その向こうからテランナが声を掛けてきた。
「リュージさん、起きましたかー? 朝食出来ましたのでそろそろよろしいですかねー。まだでしたら、姫様起こしてくださいませんか?」
「ええ、起きてますよ。大丈夫です」
「良かった。じゃあ、運び込みますよー」
 シルヴィアの言葉通り、テランナは朝食を作ってくれていた。元メイドだからか、彼女の朝は早いんだよね。
 俺も少しは見習ったほうが良いのかなとはたまに思うんだが、時計に頼り切っていた日本人なんで目覚まし無しでの早起きはつらいです……
 そんなことを考えながら、ぼおっと部屋へ入ってきたテランナの姿を見ていたら、俺は重大なことに気付いてしまった。
「なっ、なんて姿なんだすかっ!」
 思わず言葉を発したが、少し語尾が変になりました。
 それを聞き、テランナは茶化すかと思ったんだが、真面目な顔でこう返してくる。
「何を言っているんですか、これは正しい服装ですよー。もちろん嬉しいですよね? 貴方のためだけの姿ですからねー」
 テランナの返事には賛成なんだけど、素直に言うことは少しはばかられる。
 だって、裸エプロンなんですよ奥さん!
 こんなけしからん姿でテランナは調理してたと言うのかっ! 絶対他人には見せられないよ、俺だけのものだっっ!!
 ……ごく自然に所有権を主張した件については、もはや弁解はしない。いや、出来ない。
 何だかなー、俺ってこんなにも嫉妬深い人間だったかなぁ……
 そんな疑問はあるけれど、彼女の詳しい描写をしないことで俺の気持ちを少しだけ察して欲しい。
 その後は俺たち三人で邪魔されずに朝食を取ることが出来た。満足したー。まぁ邪魔されたら暴れたと思うけどね。
 おっと、換気はちゃんとしたんであしからずです。部屋の掃除代も後で出しとく予定だからっ!




 そんなこんなで身支度したあと隊長たちと会い、昨夜のことについて話を聞いてみました。
「質問して確認して言い聞かせたら、あっさり頷いてくれたぞ?」
 はい、予想違わずけろりと報告する隊長でしたー。が、そう言われても昨夜の記憶が生々しすぎて素直に喜べませんわ。
 アデュアさんの発言は、自分が一番勇者論に詳しいことを前提にしている。
 だからそれを否定することは、人格否定にも繋がりかねない危険性があるんだよね。
 俺が言った「美人でも嫌だ」も大概だけど、隊長はそこに踏み込んだんだろうか?
 つい詳しい内容を聞こうとしたら、ユーギンに止められてしまった。
「悪いことは言わんから、そこまでにしとけ。うなされでもしたらたまらんわい」
「そうだぞ。貴様が寝込んだら困るのは姫様なんだからな。そこを間違えるな」
 何で俺の体調不良が前提になるんだよ……
 そうは思ったんだが、日本でも『聞くと体調が悪くなる話』はごろごろ転がってるし、わざわざ問いただすことは無いか。
 人間は忘れるものだけど、体験しないに越したことはない。
 ユーギンの冷や汗を見ながら俺は頷いて、素直にそれで終わりとすることにした。
 後は実際に会った時、何も無かったかのように挨拶するだけだよなと予定だけを頭に入れておく。
 ただ、それから色々片付けて、ドワーフ長老に挨拶して、旅立つ間際になったんだけどなかなか彼女は現れなかった。
 どうやら、あちらも顔を合わせにくいらしい。
 ある意味脅し掛けられたみたいなもんだし、しょうがないか。
 それでも挨拶をしとかないのではエルフ種族と不義理になるのであちこち探してもらったところ、エルフの従者に引きずられてだけどようやく彼女は現れた。つーか、従者も居たんだ。
 考えてみれば鉱石運びを一人で出来るはずがない。
 そんな基本的なことを今更ながらに思ったが、アデュアさんが無事に来てくれたのでこちらから声を掛ける。
「おはようございます。昨夜色々ありましたけど、今後ともよろしくお願いします」
 個人的には断交だけど、あちらもエルフを代表してドワーフ村に来たんだ。社交辞令くらいは言っておくのがスジだろうよ。
 果たして彼女は、小さい声だけれども返事をしてくれた。 
「お、おはようございます……すいません、これで勘弁してっ。さようならっ!」
 なのに挨拶しただけで、腕をふりほどくとあっという間に建物の影へと消えてしまう。
 それを俺は呆然と見ていたが、まるで別人のような挨拶に何故か違和感は覚えなかった。
 ただ、彼女のこれからは大変だろうなとは思える。
 勇者論と言う心のよりどころを突き崩されたと思われる彼女に少しだけ同情するものの、元々はあっちが俺へ一方的に寄りかかろうとしていたのが原因なんだからな。
 甥からも溜め息を吐かれるほどだった彼女がそうすんなり変われるはずないとは思うんだけど、あの怯えようからすると今後ずっとビクビクしながら生きていくことになりはしないだろうか?
 俺に付きまといしなければそれでも構わない。が、あれほどの変わりようなので、酷い目にあったとエルフ王に報告されたら困るな。
 それで俺は、残ってた従者の人に一応経緯を説明しておくことにした。
「……それで、彼女を全否定したつもりは無いのですけど、今後も付きまとってきたら困るんですよ」
「王への伝言、承りました。私は下っ端ですので、本当に伝言しか出来ませんからね?」
 妙におどおどして責任取りたくないのが見え見えだったんだが、俺たちがエルフ城まで戻るのも面倒だし「それで良いですから」と言うだけにとどめておく。
 エルフ王としては、たぶん対外任務を経験させて少しでもアデュアさんを成長させようとしたのだと思う。
 それがこんな結果に終わり、頭を抱えることになろうとは誰だって予測できないはずだ。
 俺だって、まさか隊長があそこまで追い詰めたとは考えてなかったよ。
 しかも、さっきの隊長の態度はずいぶん手慣れた風だったよなー。俺へ見せる顔との違いに少し怖くなってきますよ。
 そんな彼が執着するこのシルヴィア姫と俺が別れるとか発言したら、笑いながら俺を殺しにかかるのが簡単に想像出来る。
 あるいは、俺の手足をぶった切って逃げ出せないようにするとか……修羅場は勘弁してください。
 俺がつい溜め息を吐いたら、テランナが大丈夫ですよと言い出した。
「隊長はですねー、以前自分の奥さんへの付きまとい行為が大変だったから怒りを覚えてるだけですー。リュージさんが心配するようなことはありませんからー」
「えっ? 隊長って結婚してたのっ!?」
 俺の旅へ着いてくるくらいだから、独身だと思ってました。そう素直に言ったら、逆にテランナは首をかしげてこう返してくる。
「剣も弁も立つ人間なので、結婚出来てない方が不思議なんですけどー?」
 ……ご免。三十路過ぎても結婚どころか恋人も居なかった俺には凄く耳が痛いです。
 軽くうなだれたら、テランナはバシンと俺の背中を叩いた。
「だからリュージさんには、私と姫様が居るじゃないですかー。これで不満言ったら昨夜のことをバラしますよ?」
 待てっ! 昨夜のってことは、あれとかそれとかですかっ!
 具体的なことはあんまり覚えてないけど、それでも反射的に叫ぼうとしたところ、シルヴィアがそんな俺へ機先を制して言ってくる。
「だからリュージ様は、もっと私たちに甘えてくださいって言ってますよね? つまりそう言うことです」
 ニッコリ笑っての発言が、逆に怖いです。俺、酒が抜けるまでに何をやらかしたんだろう……
 二日酔いみたいに俺の顔は青ざめたはずだが、それを気にせず隊長もこう言ってきた。
「妻にはきちんと土下座してきたんで旅には支障ないぞ。貴様の方が目を離せないんでな、やむを得まい。ただ、その分の埋め合わせは覚悟しとけよ」
 あの、他人を巻き込んどいて何だけど、夫婦を引き離す意図は無かったんですが……今更弁解しても許して貰えないよねぇ。
 一応「善処します」と言ってみたものの、肝心の隊長はニヤリとするばかり。
 おまけに「妻の許可に感謝するのだな」とか言われましたが、その奥様へ俺は会ってないんで、どんな要求がなされるのか分かりません。
 紹介してもらわないとと思ってたら、シルヴィアが彼女の人となりを言ってくれた。
「クモンの奥様は、私へ剣を教えてくれた先生です。凛々しくて、私も小さい頃ときめいた時期があったほどですよ。ただ、同性の支持者が妙に多くてですね、結婚の話が出たら色々と大変なことになったんですよ」
 うわさで聞くヅカみたいなことになったのかな? そりゃ隊長も苦労しただろうなぁ。サルア城に帰れたら、きちんと挨拶して謝っておこう。
 隊長は、そんなシルヴィアの話を聞いて何と顔を赤くしていた。
「姫様。妻のことを聞いていたら会いたくなってしまうので、今後この話はしないでいただけますか」
 うーむ、奥さん愛されてるなぁ。つうか、隊長が顔を赤らめるのって何と言うか、凄く違和感がある。
 ぶっきらぼうに告げるいつもの口調と今の顔が結びつかなくてじっと顔を見てたら、気付かれた瞬間睨まれましたー。
「リュージよ、このことは覚えておくからな」
 はて、そんな悪いことしてないんですが。いつか奥さんへ言ってやろうと思っただけですから俺は悪くないはずだっ!
 そんな弁解をしても、隊長は俺が悪いと決めつけてからこう告げてくる。
「リュージの特訓は後日として、まずは次の行き先『さまよえる塔』だったな。うまく見つかれば良いが……期待してるぞ」
 何でそこで俺の責任みたいなこと言うんですか! みんなで見つけるはずだよね? そうだよね。
 視界拡大呪文を唱えられるテランナにそう振ってみたものの、こんなことを言われてしまった。
「勇者が居れば大丈夫ですよねー。コンパス返したんですから、算段あってのことですよねー。私も期待してます旦那様っ」
 いや、あの、たぶん見つけられるはずです……
 そんな風に圧力を掛けられ妙に肩身が狭くなったんで、それっきりアデュアさんのことを蒸し返すことが出来ず、有耶無耶のうちにドワーフ村を俺たちは出ることになったのであった。問題山積みだよぅ。




 それから一週間ほど掛けて俺たちは塔のあるだろう森へ向かい、その中を探索していた。
 以前コンパス使った時に示された方向であり、ゲーム知識による塔の場所とほぼ同じ場所だから、この森のどこかに塔はあるはずだ。
 なお、ドワーフによる探索隊もこの森が怪しいと記録してたんで、根拠資料も一応あるよ。
 ただ、視界拡大呪文とその上級呪文を使ってみたものの、なかなか人工物は見つからなかった。
 さっき言ったドワーフ捜索隊も、結局は見つけることが出来なかったんだよねぇ。
 確かに、呪文や道具なしで捜索しろと言われたら、無理ですとしか言いようがないほどこの森は深い。
 俺もエルフ界の地理を覚えてなかったら、どこまで踏み込んで良いか分からなくなり、コンパスがあってもさっさと諦めていただろうと思う。
 数ヶ月もここをさまよったドワーフは凄いなぁ。
 幸いなのは、森が深すぎて、野生動物は居るけど敵側モンスターが居ないことだな。
 これはゲーム時もそうであり、その時は別に何とも思わなかったけど、こうして実際に探索するとなればそれが実にありがたい。
 こんな足場が悪いところでは、まともには戦えませんですよ。
 まあ敵のトロール側も、敵性戦力殲滅を第一に考えてこんな何も無いようなところは無視してるんだろうけど、それでも不測の事態はありえるので一応は警戒しながら移動してます。
 視界拡大呪文のおかげで気を付けるところは分かるんだが、たまに俺だけ木の根っこへ躓いたりして格好悪い……
 しょうがないじゃん。現代日本人で森歩きに慣れてる人なんて少ないんだから。
 この世界に来てから格段に歩くのが上手になったはずなんだが、それでもこの森は少々大変だよ。
 ちなみに女性二人の方は平然と歩いてるんで、ちょっと肩身が狭いです。
 王女のシルヴィアも森歩きスイスイだなんて普通思わないよねぇ。
 森の入り口で「大変かと思うけど、俺も居るから」なんて言ってたのが凄く恥ずかしいです。
 そんな俺をからかうのかと思ってたテランナさえ素直に俺を気遣ってくるので、よっぽど俺の歩き方は危なっかしいらしい。
 俺だけ休んでてくれなんて言われたら大変なことになるから、ひたすら頑張っております。
 ところで、くだんの塔についてある程度の場所は分かってるんだが、その姿については何か伝承ないんだろうか?
 ユーギンはそこをドワーフ長老に尋ねていたが、残念ながら芳しい答えは返ってきてなかった。
 神聖剣と同じ時期に作成されたせいか、例のごたごた同様詳しいことはもう伝わってないんだとさ。
「わしらドワーフが作った塔じゃからして、魔法的な要素は組み込まれてないはずなんじゃが……」
 そうユーギンは言うが、それを聞いた俺は疑問に思った。
「魔法要素なしで、どうやって塔は森の上を飛び回ってるんだ?」
 ゲーム時はシンボルマークがさまよってるだけだったから不思議には思わなかったが、リアルになったこの世界ではどうなってるんだろう。
 塔が本当にさまよってるとして、その移動場所が森の中だとしたら、木々の上を浮いてることになるんじゃなかろうか。
 そう意見を言ってみたが、ユーギンの返事は納得しがたいとのことだった。
「浮くとなれば、ペガサスの羽みたいなことになるじゃろう? 数千年もの間浮かせ続けられるほどの魔力はふつう考えにくいぞい」
 確かにゲーム時もペガサスの羽や浮遊魔法を使った時は、かなり精神力を消費していたような覚えがある。
 詳しくは記憶してないけど、暗黒王子を討伐出来るレベルのメンバーでさえ自由に飛び回れはしなかったはずだ。
 いや、本職の魔法使いならもっと飛べたのかな?
 俺はゲーム時に魔法使いをほとんど使ってなかったんで、あいつらがどれくらい精神力高いのか知らないんだよ。
 まぁそれでも年単位で浮かせられるほどとは思えないし、この世界には精神力を高めるアイテムが存在しないんで補助もありえない。
 なのに塔が動いており、誰にも位置が分からないとなると、もしかして森に隠れるほど小さかったりするのかな?
 ゲーム時は四階建ての塔だったが、この世界では塔と称されていても電柱一本程度の大きさになってたりしたら、浮かんでいられるのかもしれない。あるいは、時々地面に降りて休んでいたりとか、まさかだよなー。
 魔法があるからと考えれば何でも理屈は付けられるんだが、さてはて、実物はどうなってるのか。
 なんて気楽に構えてるようなこと言ってるけどさ、見付からなかったらどうしよう……ちょっとだけ胃が痛い。
 俺が勝手にコンパス返したせいで見つからなかったら大問題だ。俺の帰還が遅れるのはまだ良い。自業自得だからね。
 でも、視界拡大呪文を使い続けてくれているテランナの負担はかなりのものだし、文句言わず着いてきてくれるシルヴィア他二人も内心では不安だろう。
 ユーギンは「先祖の技は楽しみじゃな」とか口にしてるけど、捜索隊のことを考えれば見つけられないかもと内心思ってるんじゃないかな。
 シルヴィアも顔には出さないだけで心配には思ってるはずだ。
 隊長だけは内心ハッキリしないけど、口数がここ数日めっきり減ったので、やっぱり思うことがあるらしい。
 ほんと、申し訳ないです。明日までに見つからなかったら『魔法の封じられた洞窟』へ行ってもう一つのコンパスを探すことにしようかな。
 疲れでか、誰もが無口になったその時だった。
「何かありましたー! 南のほうに変な動き。森の上? いえ、上下動してるような……何でしょう?」
 テランナの声に、みんながそろって顔を上げる。
 モンスターが居ないと思われるこの森で変な動きがあるとなれば、塔としか考えられない。
 なので俺はすぐさま確認すべく、その方向へ移こうと告げた。
「森の上に頭出てるんなら、もうちょっと近付けばハッキリするだろう。テランナ、良くやってくれた。感謝する」
「いえいえー、どういたしまして。リュージさんのお役に立てて幸いですー。なので今度もお願いしますねー」
 嬉しそうに振り向くテランナのその顔は可愛い。だが、お腹をこれ見よがしにさするのは勘弁してくださいっ!
「まあ、さっさと暗黒皇子を倒せば良いだけの話だからな」
 隊長がそう言いながらニヤリと笑って俺の方を向く。何故かユーギンも同じ顔付きだ。
 えーと、それって避妊はさせないぞと言ってるんでしょうか? せめて旅が終わるまでは控えさせてくださいよう。
 俺がそんな文句を言う前に、隣のシルヴィアも俺の手を取って彼女のお腹へ持って行こうとしたので、俺は慌てて飛び退いた。
 そして、お約束通りに足下の根っこに躓いて仰向けに倒れてしまう。
 ユーギンは起き上がるのに手を貸してくれたものの、態度には苦笑が混じっていた。
「勇者よ、そろそろ観念したほうが身のためだと思うんじゃがなぁ。いちいち驚いていたら髭が伸びんぞ?」
 ドワーフ村で聞いたとおり、ドワーフ男性は髭が伸びていた方が鍛治職人として地位が高い。
 なので『髭を伸ばす』との言葉は、武器が渾身の出来になったとか結婚出来たとか、そう言った場合の男性をたたえる良い言い回しらしい。
「俺は髭の感触があまり好きでないから、伸びなくて結構です」
 嫁二人とか望外の人生になってしまったんで、これ以上のハーレムはご免だとそう返したら、目をパチクリさせた後、何故かユーギンは溜め息を吐いた。
「そうか……長老の言う通り、やはりドワーフからも嫁を出さねば納得せんのか。うむむ」
「待てっ! 何でそうなるのか分かんねーよっ。俺はシルヴィアとテランナだけ居れば問題無いからっ!!」
 反論してたのに増やす方向で考えられるなんて意味不明だよ。
 俺の言葉使いが悪いのか? 誤解招く言い方はしてないはずなんだが……
 思わず首をかしげてしまったが、そこへ隊長が話し掛けてきた。
「まあ、二人で十分と言うのなら、早く子供を作って証明しろと言うことだ。勇者のくせに理解が遅いぞ」
「そうですよ。最低二人ずつと言ってますのに、何でびくびくされるのか分かりませんです。相性良いですからすぐだと思いますよ」
 追い打ちを掛けるようなシルヴィアの言葉に俺はもう反論することが出来なかったので、誤魔化してうなだれながらもテランナの指した方向へさっさと歩き始めた。
 早く塔を見付けて、こんなダメージばかりの雑談を打ち切りたい。
 そんな願いが叶ったのは、二日ほど経ってからのことだった。
 その間も上位視覚拡大呪文で時折場所を確認しながら進んでいたんだけど、塔は本当に移動しているらしく、俺たちの進行方向が確認のたび修正されていく。
 それにしても、見えたり見えなかったりすることがあるのは何でなんだろう?
 以前言ったことがあるけど、上位呪文だと航空写真を見ている感じで周囲を確認出来るんだが、小さくしか見えないことがあるんだよね。
 どうも塔は木々と同程度にしか高さが無いらしい。
 ゲーム時は四階建てで、それなりに高さも床面積もあったはずなんだけどなぁ。まさか本当に電信柱程度の大きさなのか?
 そんな謎が解き明かされる時が来た。
 ようやく通常呪文でも確認出来るほど近づけたんだが、見た瞬間俺は思いきり口を開けてしまっていた。
 塔が、その、俺の考えている普通の塔では無かったからだ。
 と言うか、これはこっちの概念では塔と見なせるものなんだろうか。
 俺は建造物に詳しいはずのユーギンに尋ねてみた。
「なぁ、あれは『塔』と称して大丈夫なんだろうか?」
 ユーギンも俺同様呆けた様子でそれを見ていたが、俺が話し掛けたことでようやく顔を動かしてこう答える。
「わしもどう答えて良いのか分からん。先祖が塔と言ったんじゃから、塔で間違いないとは思うんじゃが……」
「リュージよ。このまま立っていたら、また見失ってしまうぞ。早く指輪をかざせ」
 シルヴィアもテランナもその隊長の言葉で我に返ったか俺の方を見たんで、俺は慌てて背嚢から塔へ入るために必要な金の指輪を取り出した。
 使い方は分からない。ゲーム時はコマンド選択なしで持ってれば塔へ入れる代物だったからだ。
 ドワーフ長老からも特に呪文が必要とは聞いてなかったし、あれへ見えるようにかざせば良いのかな。
 指輪らしく右手の指にはめて手を伸ばしたら、塔に反応があった。顔らしき場所をこちらへ向けて歩いてくる……
 そう、あの塔には頭と足があったんだよっ!
 胴体部分は細長い円柱で推定五メートルほどの高さ。腕は無いけれど、足がやたら長くて胴体の倍以上の長さがある。
 頭がちょこんと付いていて、正直な話、どこかのモンスターとしか思えない。ゴーレムと言うべきなんだろうか、これは。
 あと、ああやって歩いていたなら、確かに上下運動で木々のてっぺんから隠れることだってあるだろうと納得は出来る。
 見付けにくい謎は分かった。だけど本当に謎なのは、これが本当に『さまよえる塔』で良いのかどうかだ。
 幸いにして金の指輪に反応あったから間違いないんだろうが、ドワーフのご先祖様は何を考えてこれを塔と言い張ったんだろう。
 そんなことを思いながらあっちが近付いてくるのを俺はぼおっと見ていたんだが、姿について不意に思い出したことがあったんで、それで即座にポンと手を叩いてしまった。
「手長足長かよっ!」
「えっ? 何でしょうか、それは」
 思ってたより大声になったらしくシルヴィアが不思議そうに聞いてきたんで、俺も詳しくは知らないがと前置きして少しだけ答えておく。
「ちきうのとある伝説なんだけど、腕だけが長い鬼と足だけが長い鬼が共同で悪さをしていて、そいつらを封印したって話があるんだ。あれに腕は無いけど、それに近いのかな、と。まあ、手長足長が組んだら腕は雲にまで伸びたとか話にはあったけど、それに比べたら塔の足はまだ常識の範囲内だよね」
「ちきうにはモンスターがほとんど居ないと聞いておりましたけれども、不思議な生物が居るものなのですね。それで『オニ』ってどう言う姿をしているんでしょうか?」
 好奇心旺盛な彼女なので、更に突っ込みが入りましたー。
 まだあの塔がすぐ近くにまで来ないから、俺は仕方なくワクワクしている彼女へ記憶を確かめながら答えてみた。
「頭に角があって、怖い顔をしてる人間型の……こっちで言うと、オークみたいなやつかな。実際の姿は知らないよ? ただ、話ではそうなっているってだけだから」
「なるほど……どこの世界も大変なのですね」
 ちなみに、この世界のオークはほとんど人間に近い姿をしていて、弱いモンスターの一種である。
 逆にゴブリンの顔と体型が豚みたいになっていて、しかも強いモンスターとなっていたりします。
 このゲーム『夢幻の心臓』以外のファンタジー世界ではゴブリンとオークの二種族が丁度逆の姿になってるもんだから、このゲームで姿を覚えた俺は、頭の中で切り替えできるようになるまで凄く大変だったんだよなぁ。
 昨今のゲームは映像部分が凄いから、今の子供たちへ「この世界では」などと話しても笑われるだけになると思う。
 まあ、二十年以上前のゲームへ興味示す子供なんてまず居ないだろうけどね。
 そんな話をしているうちに、だんだん塔と言うかゴーレムと言うか、それはこっちへ近付いてくるとすぐ側にかがみ始めた。
 円柱である胴体の直径は二メートルほどしか無い。
 森の中をさまよってたんだから木々に痕跡残してたはずと思ったんだが、歩いてた場所の木々をみてもあからさまな広場になってたりはしなかった。足跡も、思ってたよりは大きくない。見た目よりは軽いのかな?
 まさかとは思うけど、これで中身が空っぽだったりしたら笑うしかないよなぁ。
 足が長すぎるので、座っても塔の胴体部分は少し向こう側にある。
 近付く前に観察したら、人が入れるかはともかくとして、中に空洞部分はあるらしい。
 胴体の真ん中部分、地上一メートルほどの高さに扉の取っ手を見付けた俺は、一応リーダーとして指輪の反応を気にしながらそこへ近付いてみた。
 腹の扉を開けたら蛇とか出てきたりしないよね?
 今更ながらにそんなことを考えたけど、蛇程度なら大丈夫だろう。と言うか、この狭い空間に生き物が住んでいられたらその方が不思議だわ。
 だから、敵性生物が潜む可能性は少ないと思う。
 あと、塔へ近付くにつれ指輪から振動が感じられるようになったんで、この反応から考えるにこれが伝説の塔なのはほぼ確実となりました。
 だとすれば、ゲーム時みたいにダンジョン攻略しなくて済むんでラッキーと思った方が良いのかな?
 まさかとは思うけど、この中が圧縮空間になっていて、やっぱりダンジョンだったりしたら……いや、ドワーフは魔法要素無いからそんなことは無いはずだ。
 ビビるな俺。神聖剣を手に入れねば故郷に帰る見込みが小さくなるんだぞっ!
 念のためではあるがみなに武器を構えてもらってから、俺は不思議と鍵の掛かっていない扉を気合い入れて思いっきり開けたのだった。



[36066] その23
Name: 凍幻◆786b687b ID:86a11131
Date: 2013/11/11 22:48
 結論から言うと、扉の中には鎖があった。
 えっ、どう言うこと? ここは『さまよえる塔』なんだから、中には神聖剣があるはずだろう?
 しかし、見つめても鎖は鎖――
 もしかしたら俺には見えないだけで他にも何かが仕舞われているのかもと思った俺は、一旦引いて他のメンバーにも見てもらうことにした。
 だけどそれ以外には、やっぱり何も無い。
 じゃが、とユーギンは疑問を告げる。
「この鎖じゃがの、どこにも繋がっておらん。しかも空間が狭いんで、ここにはまだ何かがあるんじゃと思うぞ」
 扉やボタンが無いかと手鏡を使って内部を照らしてみたものの何も無かったので、この部分には始めから鎖しか無かったんだと思う。
「そう言えば、扉に鍵が無かったのが凄く疑問だよなぁ」
 神聖剣と言う重大な代物を仕舞っていたはずなのに、その第一の扉に鍵が無かったのは変だ。
 まさかまさか、とっくの昔に持ち去られていたりしたら……!
 最悪のことを考えて顔を青ざめた俺へ、安心しろと隊長が口を出す。
「良く見ろ。鍵はあったが錆びて用をなさなかっただけだ。しかもこの壊れよう……さっきリュージが破壊したと見て間違いない。後は鎖の謎を解くだけだな」
 隊長に言われてユーギンと俺もそれを確認した。まさしく鍵の残骸が扉に付いている。
 俺のチカラでも壊れたのは、腐食していたからなのかな。
 そして鎖の使い道は、もう少し詳しく観察したら簡単に分かってしまった。
「これで塔を昇れと言うことですかぁ……」
 忍者ものなんかで良く見る、返しの付いた先端があれば使い道は容易に説明が付く。これで塔の上部へ行け、なんだろう。
 こんな面倒くさいことさせるなとは思うんだが、これも防犯のためなのかな。
 ドワーフ長老から聞いた神聖剣の封印経緯を考えれば、入手に手間暇が掛かるのは当然だと思う。
 まず、この塔を見付けることまでが大変だ。森が深くて塔の高さも無く見付けにくい。
 コンパス無しでたどり着けたテランナを誉めてあげたいくらいだ。
 そう言えば、コンパスの原理ってどうなってるんだろうか?
 創造神からのお導きみたいに、頭部分から電波出てたりしたら笑うよなぁ。
 この世界にテレパシーは無いけど、続編3だと使える人が居たような気もするから、それなんだろうか。
 でも、それが本当ならこれは生き物と言うことになるんで、まさかだろう。後で確認だけしとこうかな。
 話を戻すと、入手について次に面倒なのが、中に入ってた鎖の使い道を考えることになる。
 口伝も説明書も無しで、鎖だけ与えられても意味が分からないよね。
 いや、普通に分かるか。面倒だなと思わせるだけの効果しか無いかもなぁ。
 扉の鍵が経年劣化で役に立たなかったのは、まあ仕方ないと思う。
 風雨から数千年もの間耐えるのは、鉄とかの普通の金属じゃ無理だしね。
 このファンタジー世界における金属が日本におけるチタン合金以上の耐久性だったりしたら、そっちの方が驚きだわ。
 とは言え、金属でない外装部分がそっくりしてるのは何故なんだろう。実は陶器とか? ……あまり考えないようにしようか。どうせ俺には加工出来ないし。
 ドワーフのユーギンは興味津々だろうけど、持ち帰れはしないので諦めてもらわないとな。
 動力源も謎だし、どうやったらこんなもん作れるのかがサッパリ分からん。
 頭頂部に上ったら、何があるんだろうなぁ。何か面倒くせぇー。
 この塔がダンジョン攻略じゃなくなって少し気抜けた俺だったけど、それはゲームを知っているから来る気抜けだ。
 最初から攻略は難問と考えていたみんなは思考迷路を与えられたのでやる気に満ちているから、俺が何で疲れたような顔をするのか分からなかったらしい。いきなりシルヴィアが俺に問い掛けてくる。
「リュージ様。まさかとは思いますけれど、このまま帰られるおつもりですか?」
「いや、そんなこと無いよ? このまま探ろうと思う。面倒だけどね」
 それへ軽い感じで返したところ、バシンとユーギンが背中を叩いてきた。
「先人の仕掛けを解くのは、わしに任せておけと言ってたじゃろうが! 何を諦めとるのか分からんぞ、まったく」
 勢いある彼の声を聞いて、それでようやく俺にも気合いが入る。
「そうだな、ご免。じゃあ、さっそく昇るとしますか」
 そんな風に明るく言ってみたものの、俺の内心は気乗りしないままだ。
 だって、地上五メートルとか高いじゃないすかっ! 鎖一本で昇るとか、怖すぎるじゃないすかぁっ!!
 日本では、その高さは家屋の二階部分相当となる。ビルを回っていたサラリーマンの俺なら、慣れた高さだと思うだろ?
 階段があれば楽々だろう高さなんだけど、なんだけど、鎖だけで昇れって言われたらひるむだろうがっ! そんな腕力ねぇよっ!
 鉄棒登りは、俺苦手なんだよう……
 子供の頃駄目だった行為が、大人になって急に上手くなるはずがない。その高さが絶望的にも感じてしまう。
 しかし、俺が昇らねばみなが疑問に思うだろう。まさか勇者は神聖剣がいらないのかと。
 グググとうめき声を出しながらも、俺は塔の頭部分を見上げた。
 ちくしょう、頭上の太陽がやけに眩しいぜっ!
 少し現実逃避をしてから、俺はこの世界に来てちょっとだけ強くなった腕力を思い出し、仕方ないかと溜め息を吐いたのであった。




 苦労しながらたどり着いた頂上は、下を見るのが怖いほどの高さでした。
 当然、手すりなんて気の利いた物は無いです。
 しかも胴体部分の直径が二メートルほどなので、立ち上がることさえ俺には出来ませんっ!
 かろうじて、頭部分の全体像を確認出来るだけですよ。 
 何を考えてこんなところへ誘導したのかと制作者への疑問を感じた俺だったが、頭部分のその頂上を見た途端、多少なりとも納得することが出来た。
 と言うか、ますます不可解になった。
「これが誘導と動力『装置』なのか……見せ付けたかったんだろうけど、意味分かんねーよっ!!」
 ユーギンは、先祖のワザに魔法は介在してないはずと言っていた。そこから導かれるのは、非魔法動力源の存在である。
 からくり仕掛けでもあるのかと軽く考えてたんだけど、これを見た俺は納得すると同時に驚きもする。頭痛すら感じるほどだ。
 だって、動力源が『太陽光発電装置』だなんて場違いとしか思えねーよっ!
 頭部も胴体同様の円柱だったんだが、その一番上がガラスらしき透明板で覆われていて、そのすぐ下に半導体らしきパネルが並んでる。
 それだけでは断定出来ないんだけど、日本人の俺にはそうとしか思えない代物なんだよ、これ。
 頭に太陽光発電って、お前はイチローさんですかっ! 
 いや、頭頂部に丸い板となれば、機能は逆だけど河童とか?
 何を目指してるのか、良く分からない。もう無茶苦茶だよう。
 かようにどうやって作ったのか分からない代物だけど、その役目を立派に果たしてしたのは間違いない。
 地球じゃ機械を数千年も持たせるなんてことは出来ない。摩耗などの経年劣化で定期的なメンテナンスが必要となるからだ。
 残骸で良いならば残せるだろうけど、この塔は故障せずに動き回っていた。
 どんな材料使ったかは、科学者で無い俺には分かりようがない。
 しかもこれを作成したのは、機械を使ってないはずのドワーフなんだよ?
 この世界がゲーム『夢幻の心臓2』の世界ならば、こんな物はあってはならない存在だ。
 続編である3の世界であれば、逆に納得出来るんだけどなー。
 あの世界では、爆薬どころか現代日本でも作れないサイボーグが居たりしたからね。
 宇宙空間に人間の住む基地とか作ってたし、その技術があればこれは作れるだろうと思う。
 だけど、だけどさ、銃器さえ無いこの世界でこれは無いだろう?
 ここの高さと見てしまった物のありえなさに、目が眩んでいく。
 腕のチカラも抜けそうになったが、なんとか堪えて俺は下へ降りていった。ちょっと休憩が必要ですよ。
「なんじゃ、勇者にも理解出来んものとかがあったのか?」
「あー、うん。ユーギンにも見てもらいたい」
 俺が口で言うより実際に見てもらった方が良いだろう。
 入れ替わりに嬉々として昇っていったユーギンが観察している間、俺はテランナから渡された暖かいお茶を飲むことにした。
 この世界にマッチは無いけれど、その材料となる赤燐と同じような物質があって、旅先でも比較的簡単に火を使えるんだ。
 これが黄燐だと体温程度の温度で発火するんだったっけか?
 それはともかく、平成日本の清潔感あふれる世界に慣れた俺がこの世界に来て発狂せず無事に過ごせているのは、こう言った小物が無駄に充実してるからだったりする。
 食べ物は、米は無いけどパンならいくらでも入る謎袋があるし、飲み物も、コーヒーは無いもののお茶なら数種類もある。
 箸の存在さえエルフの城下町で確認したし、特段不便に感じるようなことはあんまり無かったりするんだよね。
 オタクにとってネットが無いのは致命的だけど、子供の頃はそれが無くとも平気だったからそれを思えば問題ないと言わざるを得ない。
 あっ! そう言えば一つだけ……避妊薬が無いのは、重大問題として取り上げて構わないよね!?
 パーティメンバーが戦線を途中離脱するのは戦力低下になるからさぁ。
 だから、あると無いでは大きな問題が……ご免なさい、シルヴィアさん睨まないでくださいっ!
 ユーギンの様子を見ながらつらつら考えていたところ、鋭い視線を感じたので俺は慌てて内心で謝った。
 態度にあらわすと更に突っ込みが入りそうだから心中でだけだったんだが、最近隠し事がほとんど出来なくなってきてるんで少々ツラいです。
 妻帯者って、みんなこうなのかな?
 この世界に来るまで恋人さえ居なかった俺には、それを尋ねる相手も居ない。
 隊長は驚きの妻帯者だったけど、この人に相談したらシルヴィアに筒抜けだもんなぁ……
 その隊長からも睨まれた気がしたんで、俺は気をそらすために大声でユーギンに声を掛けた。
「何か操作出来そうなものあったかー!?」
 技術力を見せるためだけに昇らせたんじゃない。頭部部には何かしらのスイッチがあるはずだと俺は思ってたが、俺がもう一回あのパネルを見たら今度こそ落下しかねないんで、ここで大人しくユーギンの返答を待つ。
「むう、これじゃろうか」
 ところが彼は、返事するだけでなく何かを押してしまっていた。
 ゴゴゴと妙な音が即座に響き渡る。
 塔が倒れるかもとみな立ち上がって後ろに引いたんだけど、幸いにして倒れることは無かった。
 その代わりに、ボンともう一回音がしたら頭部分が飛んだ。えっ、何それっ!?
 あまりのことで俺が呆けていると、頭部分を失った塔は、目前でゆっくりと縮んでいった。
 スライド式みたいにして外装が短くなっていくので、上に居たユーギンは懸命に鎖を掴んで投げ出されないようにしている。
 最終的に塔は高さ一メートル程度にまで胴体を短くした。そんなに激しい動きじゃ無かったからか、幸いにもユーギンは振り落とされなかったんで怪我しなくて済んだようだ。
 そして、動きが止まってからみなで恐る恐る近付いてみたところ、中心部分に入れ物があることに気付く。
 これに神聖剣が入ってなかったら、お笑いだよなー。
 たいそれた仕掛けをしておきながら中身が無いとは考えにくいが、この塔があり得ないほど場違いな工芸品なだけに、神聖剣とは無関係とすら覚悟しなければならないだろうとも思う。
 もちろん、そんなことを考えたのは俺だけで、テランナあたりも興奮気味だ。
「私に剣は使えませんけれど、これでやっとトロール城への殴り込みが出来ますよねー。あぁ、また一つリュージさんの伝説が生まれちゃいますぅ」
「待てっ、最後にお腹をさするのは止めてくれっ!」
 何か色々誤解してるだろ、お前はっ!
 俺の突っ込みを、彼女はさも心外だと反論してきた。
「えー? でも、最終的に産まれるのは当然の結果ですよね。むしろ産まれない方が不自然ですよー?」
 確かに思い当たることはある。だけど、ことあるごとに強調するのは心臓に負担が掛かるんですよう。
 俺は何でか泣きたくなったんだが、その様子をシルヴィアも隊長も理解出来ないようだった。
 ユーギンだけは理解出来たかと言うと、そうでは無くて、単に聞いてなかっただけのようである。
「おお、これはまさしく先祖のワザ!」
 中央部にあった入れ物に見覚えでもあったのか、周囲を気にせずほくほく顔でそう言い放ったユーギンは、さっそくそれを開けようとした。
 ゲームではほとんどの宝箱に罠が仕掛けられていたんだけど、不思議なことにこれに罠は無かったようで、ドワーフの鍵開け技術を使ったら簡単に開いてしまう。良いのかよ、それで……
 ドワーフ長老に聞いていた、剣の封印経緯に相応しくない簡単すぎる解錠に俺は不安を覚えたけれど、どうやら杞憂だったらしくユーギンが中からさくっとそれを取り出した。
「おお、立派な剣じゃ。これはまさしく神聖剣に間違いなかろう!」
 俺に武器の善し悪しは分からんので、ドワーフのユーギンが言うんなら間違いないんだろうとしか言いようがない。
 長さは長剣と同じくらい。柄部分は普通の金属みたいに見えるけど、鞘から引き抜いた刃部分はガラスみたいな半透明でしかも薄かった。
 数は、丁度五振り。ゲームの知識やこの世界での伝承と数は合致する。
 俺も受け取って振ってみたけど、魔法の剣より硬く感じるのに、もの凄く軽い。まるで竹刀を振っているかのようだ。
 これで本当に切れ味良いんだろうか? 一回使ったら折れちゃいそうな気もするよ。
 じろじろとそんなことを見ていたら、ギイと少し大きな音がした。
 中心部の入れ物を取り出したので、どこか接続が外れたんだろうか。塔の外装部分が少し外側に振れ、そしてあっけなく花開くように外装板が倒れていく。
 慌ててもう一回退避したら、ドーンと音がして今度こそ塔は倒れてしまった。
 もう、塔としては使えないよなぁ。
 続編3だと、これの欠片を所持すれば何かの魔法が使えるようになるんだったけか?
 この機械仕掛けの塔に魔法のチカラが隠されてるとは思えないし、続編まで考えた旅路なんて面倒なだけなんで、塔の外装を切り取ることはしないことにした。重そうだしね。
 何か持って行くとなれば、飛んでって位置の分からなくなった頭部分だろうと思う。
 つうか、あれを飛ばしたのって、やっぱり証拠隠滅のためなのかな?
 そんな手間暇掛けるだけの技術力があったなら、もっと防犯装置を取り付けて良かったはずなのにと思わざるを得ない。
 頭部分は飛んだとは言えまだ近くにあるはずなんだけど、もうどの辺にあるのかさえ分からなくなっている。森は深いからね。
 足はかろうじてそのままだが、これを持ち帰ったとしても何も解析出来ないだろう。肝心の動力部分が無いとお手上げのはずだ。
 ようやく電気を知ったドワーフへ機械装置を預けられても、どうしようもねぇよ。
 本当に、ドワーフの先祖は何を考えてこんな塔を作ったんだろう?
 神聖剣を隠すため作ったはずの塔に、防犯装置らしきものが一切無かったのが凄く疑問だ。
 確かに塔を探すのは手間取ったけど、それだけじゃないか。
 逆に、後世の人間が探索楽なようにしていた節も感じられる。
 それに、塔を探せるコンパスの存在もはなはだ不思議である。
 隠した物のありかが常に分かる代物って、隠した意味がまるっと無くなるよね。
 しかもコンパスの所有者は塔作成のドワーフと別種族のシーだろ? ますますもって意味が分からない。
 更には、コンパスの動作原理も謎なままだ。
 頭に太陽光発電パネルがあったことから考えると、電波でも飛ばしてたのかなぁ。
 機械設備がどこから来たのか本当に謎だけど、そうとでも考えなければ俺には説明が付かない。
 まあ、この世界の人間は創造神のお告げが聞けるほど受信具合が良いから、それで何かあったんだろう。
 それ以上のことを考えると頭が痛くなりそうだ。
 既に目眩がしてきたんで、もう休んでも良いよね……
「リュージ様。剣も入手出来ましたし、今日はこの場所で休息しませんか?」
 幸いにもシルヴィアが俺の代わりにそう言ってくれたんで、俺たちはさっそく今夜はここで休むことにした。
 まだ歩けるし、夜まで時間もありそうだったんだけど、さっき言ったとおり俺は精神的に疲れ果ててしまったんだよ。
 宿泊準備を終えてからのみんなは、俺とは逆に盛り上がっている。
「これがそうか、この角度がこうか、ふむふむ……」
 一番騒がしいのがユーギンで、まあこれは仕方ないだろう。
 ただでさえ武器制作を業とするドワーフ種族なのに、ユーギンはその上剣使いなのだ。
 世界一番の切れ味を持つこの神聖剣をどうやって作ったのか興味津々なのは、俺でも分かる。
 このパーティメンバーでは唯一剣を獲物としてないテランナでさえ、剣の価値は認めてるようだ。
「この軽さなら、私でも使えそうですねー。弓が援護にならない時もありましたし、ちょっと考えた方が良いんでしょうかね」
 ゲームでは全職業がこの剣を使えたんだが、どうやらこの世界でもそれは同じらしい。
 軽いから扱えるなんて言うと剣を馬鹿にしてるように聞こえるが、あまり剣を使ったことのないテランナでさえ扱いがサマになっているのを見ると、何か特別な魔法が掛けられてる感じも受ける。
 この武器を持った人間は、みなすべからく剣使いになるとか、まさかだよなー。
 テランナが試し切りで大木をバッサリ切り倒してるのを見ると、その感想があながち間違いではないのかもと思ってしまう。
 シルヴィアと隊長は、まあ普通の取り扱いだ。
「カタナより軽いので、少し違和感ありますね。慣れると他の武器が持てなくなるかもしれないので注意しませんと」
「確かに切れ味も凄いが、何より凄いのは、刃に何もこびり付かないことだな。長時間戦っても大丈夫そうだ」
 生き物を切ったとき一番問題になるのは、脂がべっとりと付くことだ。
 それはモンスターでも同様なんだが――モンスターは死ぬと消えるので通常よりは関係少ないけど――切れ味が変わらなさそうと言うのは、凄くありがたい。
 魔法の剣もユーギンがちょちょいと手入れするだけの簡単な扱いだったんだが、神聖剣はそれ以上に雑な扱いで構わないようだ。
 あと、切れ味凄すぎて鞘まで切ってしまうとかのお約束な部分については、両刃なので少々不安だったんだけど幸いにもそんなことは無さそうだった。
 鞘も何か凄い金属で出来ているようで、ちょっと当たった程度では全く問題なかったりする。
 なお、これの材料については、俺には何も分かりません。
 ゲームでは鉱石事情を誰も話してなかったから、知識に無いんだよ。
 知ってたら、魔法鉱石の扱いについてあれだけ悩むことも無かったはずなんだけど、まあ仕方ない。
 そしてこの刃部分も、いったい何で出来てるのか皆目見当が付きません。
 ゲームでは世界を貫く神剣の欠片から作成したとなってたけど、ダイヤモンドみたいなこの神聖剣の刃が本当にそれなのか、確かめようがないからだ。
 ……ダイヤの剣だと炎に弱くなってしまうから、予備となる予定のテランナ分の剣で確かめておこう。
 最強剣を入手したのに、材質で不安になるなんて思いもよらなかった。せめて半透明じゃなかったら、まだ安心出来たんだけどなー。
 材料となった世界を貫く神剣が逆に不透明だったならば、それはそれで問題ありそうな気もするんだけど、ほら実用と見栄えは別なこともあるしね?
 取りあえず、だ。神聖剣を入手してしまったからには、いよいよ本腰入れて敵の攻略を始めねばならんと言うことになるな。
 魔人界で使用する石が残り三つ。石の一つを入手する際必要となる角笛。それが必須アイテムの残りだ。
 あと必要なのは、ここしばらくやってなかったレベル上げとキノコの買占めかなぁ。
 特にキノコについては、いくらあっても不必要にはならないからかなり重要である。夜に使うことはしばらく無いと思うけどねー。
 そんなことを思ってたら、シルヴィアから声を掛けられた。
「ねぇ、リュージ様。暗黒皇子ってどんな相手なんでしょうかね」
 おいおい、いきなり話が飛躍したなー。
 でも、良く考えたら直接対峙するまで全然姿を見せないんで、少々不安もあるだろうと俺は思い直した。
 秘密にしてても良いんだけどそのメリットは何も無いし、逆にこの神聖剣を入手したことで最後の敵であるあいつを倒せる算段も付いたことから、気合いを入れるためにと考えてさっさと答えることにした。
「最初は、剣使いの人間らしき生物なんだよね。ダークナイトに会ったことあるってシルヴィアは言ってたけど、あんな感じで黒い鎧を着込んでるんだ」
「なるほど。異世界から来たと言っても、特に酷い姿をしてはいないのですか」
「ただ、ダメージが一定以上になると、真実の姿を現すはずなんだ。バラの花の中央に目玉がある変な姿のはず」
「えっ? リュージ様、何でそんなことまで知っているんでしょうか。未だ会ったことある人間は居ないはずなんですよ?」
 しまった! 言い過ぎたかっ!?
 びっくりしたシルヴィアの声に釣られて、他の三人もこっちを向く。
「リュージよ。その変な姿は、少々妄想が過ぎるんじゃないのか?」
 隊長が冗談交じりにそう言ってきたが、俺は答えるのを少々ためらった。
 だって今の発言は、この世界がゲーム『夢幻の心臓2』と同じことを前提としているからだ。
 俺が異世界人だと言うことは既に知られているけど、ゲームの話までして良いんだろうか?
 敵が同じ、アイテムが同じ、地図もほぼ同じな詳細だけ異なったこの世界が、たかがゲームであったなどと言えるんだろうか。
 俺の顔はかなり強張ってしまったはずだ。
 先ほど問うてきた隊長もシルヴィアも、神聖剣で嬉々としてたユーギンでさえ、誰もが俺の言葉をじっと待っている。
 俺はぐるりとみなの顔を見て、みなが笑ってないことを確認してしまった。言い逃れは出来そうにない。
 ただ、今この場所は森の奥で、この五人以外は誰も居ないはず。モンスターさえ居ない場所だから、打ち明け話をするには絶好の場所じゃなかろうか。
 そして、目前には妻二人とかけがえの無いパーティメンバーたち。
 この場で言わなかったら、後で言う場所は無いだろう。
 敵側も、これから重大アイテムを奪っていく俺たちに注目し、今後休む暇さえ与えてくれないかもしれない。
 何も告げずに元の世界へ戻れるのか? 戻ることが最適解なのか?
 未だ判断付かない問いが頭の中でぐるぐると回ったが、とうとう俺は口を開いた。
「いや。俺が知ってる範囲で言えることは、暗黒皇子は俺同様に異世界から来た化け物やろーだってことだ。見た目がバラだから、性別も分からない。そもそも何でこの神聖十五世界を侵略しようとしたのかも分からねーけど、正体がそれだってことは知ってる」
 もう俺は引き返せないところまで来てしまっていると薄々感じていた。
 シルヴィアから愛の告白をもらっただけでなく、一線を越えてしまったからね。
 一度だけなら誤射だとか言えるかもしれないけど、二人相手に複数回だもんなぁ……おっさんなのにどれだけさせるんだよっ!
 おかげで日本に戻れてもサラリーマンは出来ねーよっ! 結果が出来なかったら、それはそれで男として凹むよっ!!
 何か涙が出てきたんで、俺は目に手の甲を当てながら続けた。
「それで、何で知ってるかと言うと……俺が知ってる物語と、ここがそっくりだからなんだ。俺が変なこと知ってると……みんな不思議がっていただろうけど、たまたま物語と同じことを言ったら、大丈夫になってたんだよね。この神聖剣を入手するまでがそうだったから、この先も同じかもしれないと……」
「リュージ様は、預言者だったんですか?」
 ことここに至ってもゲームと言い出せない俺に、シルヴィアがそう尋ねた。
「いや俺は違う。この話は俺の世界にあった、一般的とは言わないけど広く知られた物語だったよ」
 夢幻の心臓シリーズがどれだけ売れたのか良くは覚えてないけど、少なくとも数千本くらいは売り上げがあったんじゃないかと思う。
 三作も作成されたことからすると、合計は万に届くかもしれない。
 既に発売から二十年以上が経過しているから忘れてる人は居るだろうが、俺みたいに覚えてる人だって居るはずだ。
 俺の言葉で、シルヴィアは少し考え込んでしまった。
「そうですか……」
 俺が異世界人だってことをサラリと受け入れたはずの彼女でさえこうなんだから、他の人たちはもっと深刻だろう。
 そりゃそうだ。誰だって未来を告げられたら良い顔は出来ないからね。
「その、勇者の知ってる話では、暗黒皇子は倒せたんかいな。そこは重要じゃぞ?」
「それは問題ないよ。数千もの人が倒しているはずだ」
 ユーギンの問いに答えた俺だったが、それは更なる質問を生んでしまった。
「リュージよ、何故一つの物語に『数千もの人』が関わってくるのか? 勇者は一人なんだろう?」
 隊長の疑問も当然のこと。俺は、この世界をおとしめないようにと注意しながら返した。
「この世界でも勇者論で昔の勇者のことを色々知ることが出来るように、俺の居た世界でも同じようなことが出来て……追体験可能だったと言うべきなのかな? 詳しくは言えないけど、同じ勇者の行動を同時並行的に体験出来たんだ。俺はたまたま以前にそれを体験してたんで、この世界に来てもあまりまごつかずに済んだんだよね」
「もっ、もしかしてっ、私をアーケディア城で救ったのは……!」
「そう、その物語と同じ状況だったから」
 シルヴィアが呆然としている。
 自分を救ったその行動が、ただ物語と同じ行動を取っただけと言うのは、女性にとって納得しがたいところがあるだろう。
 少しよろけた彼女を支えたテランナが、代わりに続きを言ってきた。
「それでリュージさん。その物語では、姫様と勇者は結ばれたんでしょうか? 場合によっては異議申し立てしますよ!」
「誰にするんだよっ! それはともかく、結ばれはしなかったよ。物語が未完で終わっちゃったから」
 残念なことに、夢幻の心臓シリーズは続編3で完結しなかったんだよね。仲間は次の4へも着いていくと発言してたけど、もしそれが発売されたならどんな処理がされただろうか。
 パーティメンバー間の恋愛処理なんて入れてたら、酷いことになったとは思う。
 だって、3の仲間には獣人とかドラゴンなんかも居たんだぜ?
 もちろんシルヴィアも3に出演してて、強引な売り込みはあったんだけど、主人公に惚れたとの直接的な台詞は無かったからなぁ……
 そう、シルヴィアとテランナが俺の嫁になったのは、物語には無かったことなのだ!
 それが後々どんな影響を及ぼすのかは、さっぱり分からない。
 ただ、結果については暗黒皇子を倒してからにしてほしい。
 それ以前だと、メンバーが離脱して倒せなくなってしまうかもしれないからっ!
 俺が散々へたれていたのが理解出来るだろう? ゴールが分かってるのにたどり着けないなんて、とんでもなく恐ろしいことだ。
 まあ、ここに至ったらもう一刻も早く倒しに行くしかないんだけどね! あははは……はぁ。
 じっと考え込んでいたシルヴィアが、ようやく俺へ視線を向けてきた。
「私たちが結ばれることは、物語に不都合でしたか?」
「物語に恋愛要素が一切無かったんで、それは分からない。神様にでも聞くしかないだろうな」
 いっそ丸投げしたいとそう言った瞬間、彼女の目が輝いた。
「そうですね! 今夜にも創造神へ尋ねてみましょう!!」
「ちょっと待てっ! 創造神にも直接どうこう出来ないから、暗黒皇子がのさばってるんじゃねーのか? この旅の行方なんて聞いても答えは無いと思うけど」
 そう疑問を呈したら、シルヴィアはあっさりとこう反論する。
「敵と己を知るヒントになるならば、必ずや答えてくれますよ」
「そうかなぁ……」
 信仰心の薄い俺なので、彼女の確信をつい疑問視してしまうが、その話題にテランナも乗ってきた。
「大丈夫ですよー。母体健康維持が出来ているか聞くだけですからー」
「へぇ、それなら旅と直接関係は無い……じゃねーよっ! そんなもんを神様へ尋ねるのは構わねーのか!? 世界の秩序とかじゃねーと尋ねられないんじゃ?」
 一瞬だけ納得しかけた俺を見て、ふぅとテランナは溜め息を吐く。
「私と姫様の『世界』へ必要だからに決まってるじゃないですかー。もちろん父親についても尋ねますので安心してくださいねー」
 いや、それは嫌がらせだろう?
 何が安心なのか分からなくてまたもや涙目になってきた俺へ、隊長も口を挟んだ。
「そうだな。そもそも、リュージが勇者になれたのは創造神が認定してくれたからだ。姫様のお眼鏡に適ったのもそうだが、リュージは世界に必要なのだろう。ただ……」
「ただ?」
「子孫を残すことだけが役目と思うなよ。色々覚悟しとけ」
「ワザワザ区切ってまで言うべきことかよっ! 俺はシリアスなんだぞっ!!」
 何でこの人たちは変な方向へ話を振るんだよ……もう、泣いて良いですか。
 肩を落とした俺へ、ユーギンも言ってきた。
「キノコ勇者なのに、使用を制限する方が意味不明じゃぞい。じゃんじゃん使って構わんじゃないかー、わははは」
 すんごく間違えられてます……パーティメンバーが間違ってたら、噂が間違うのは当然なんだろうなぁ。
 ドワーフ村で聞いた、あのキノコ無双の噂。モンスターさえ相手するって、どんな神経してたら平気なのか分かりません。
「まあ、リュージよ。一人で抱え込めるのは些細なことしか無いぞ。もっと我々を信用すべきじゃないのか」
「あんたらがそんな軽い調子だから、いまいち信用出来ないんじゃないすかー」
 じとっと隊長を睨んだが、その彼は平気な顔でこう言ってのける。
「ふむ。では、リュージの体に刻み込むとするか。神聖剣での手合わせを、そうだな……一週間ほど行うとするか」
「そんなことしたら死んじまうじゃないすかー!」
「心配するな。姫様の上で死ぬよう調整してやるから安心だぞ」
 そう言ってすっくと立った隊長に続き、テランナも立ち上がった。
「じゃあ私は、夜に備えてキノコの数調整を行いますねー。体力回復呪文はバッチリですから、これも安心ですよー」
「わしも神聖剣での訓練に混ざろうか。本格的にリュージとやりあうのは、アーケディア城以来だからの」
 さっきまで『物語』と言う重大な話をしてたはずなんだが、それが無かったかのような態度を取られると、俺としても少々不安なんですけど……
 隊長に引っ張りあげられそうになった俺の手を、シルヴィアがふいに取ってきた。
「リュージ様。私は創造神に強制されて貴方を受け入れたのではありません。そして、私を救ってくださったのが、誰かに強制された結果とも思ってません。貴方は、自分の考えで私を救ってくださったのですし、私が着いてきたのもそうです。私が尋ねるのはただ一つ、『リュージ様と幸せな家庭が築けるかどうか』ですよ。まあ、答えはもう出てますから、気楽に尋ねられるんですけどね。ふふ」
 何でこう、シルヴィアは恥ずかしいことを平気で言うのかなー。
 吹っ切れたかのような彼女の笑顔が、凄く眩しい。
 でも、その内容が本当だとすると、俺がこの世界に来たのは偶然だと言えなくなるよ?
 出会いが必然ならば、俺の経験した世界間転移も必然と言うことになる。
 ゲームオタクな俺を、知っているゲーム世界と同じような世界へ飛び込ませる必然とは如何なる理由なんだろう?
 俺が考え込んだ隙を狙って、隊長とテランナが俺をずるずると輪から引きずり出した。
 どうやら特訓は本気らしい。
 俺は頭の片隅で『みんな動揺少なくね?』などと思いながら、最強武器を手に馴染ませるべく隊長のしごきに付きあわされたのだった。
 ちなみに、創造神からの答えはちゃんとありました。
 しかも『問題ない』だって……
 何が問題なのかも分からねーよっ! そもそも、個人の質問を受け付けるのって神様のあり方としてどうなのよっ?
 俺は頭を抱えたものの、シルヴィアとテランナがニコニコと、そして隊長とユーギンがニヤニヤとしただけで別に不都合は無かったようだ。
 八百万の神々がおわします国出身の俺としては、そう言ってはならんのだろうけど、神様との付き合い方がいまいち分かりません!
 これは、あれだ。嫁さんの言うことを大人しく聞いておけと、そう言うことなんだろうなぁ……はぁ。
 そんなこんなで過ごした一週間により、新しい武器にもだいぶ馴染んだ。
 幸いにも神聖剣が炎に弱いと言うこともなく、耐久性も証明された。
 最強武装が揃ったんで、後は敵モンスターを切りまくる日々の始まりかぁ。
 ドラゴンはまだ怖いけど、もうちょいレベルアップすれば十分戦える武装のはずなんだよね、これ。
 人間側で行くべき街はもう無いから、行程としては敵側の拠点へ乗り込むしか無いんだけどさ、ちょっと怖いわ。
 俺は本当に『時空の祭壇』までたどり着けるんだろうか?
 そんな不安はあるけれど、妻たちの手前、もうそんなことは言えなくなってしまったんで、無理矢理にでも笑顔を見せる。
「さぁ、始めようか」
 そして俺たちは、ついに必須アイテムを手に入れるべく、まずは一番近くのありかトロール城へ向かったのであった。



[36066] その24
Name: 凍幻◆786b687b ID:86a11131
Date: 2013/10/30 19:38
「せっかくの啓示があんまり生かされなかったな」
 そんな声をどこかで聞いた。
 途切れ途切れにしか聞こえないその声は、愚痴ているようにも聞こえる。
 二十年も前から告げていたのに、いざその時期になった際、応募可能なのが一人しか残ってなかったと言う内容だ。
 社員募集にしては、やけに期間が長すぎないかい?
 これが日本における社員中途募集なら、ハローワークでの受付期間はだいたい一ヶ月程度くらいになる。
 年次計画となる新規採用試験であっても、せいぜいがとこ半年から一年程度だろう。
 最近は色々あって受付期間が短くなってるとは聞いてるけど、詳しくは分からない。俺は転職する気なかったんで話半分にしか覚えてないからだ。
 そんな現状なのに、この人の受付期間はやけに長すぎたんじゃねぇのと思ったところ、どうやら人間の寿命を考慮してなかったらしい。
 長寿命のエルフ基準かよっ!
 しかも発表は早ければ早いほど良いとしか考えてなかったようだ。
 人間でも、一人前の職人になるなら年単位の期間は平気で必要となる。
 人間国宝になるくらいの仕事を仕込む予定であれば、二十年覚悟しろと言われたって仕方ないと思うかもしれない。
 でも普通の人間は、そんな前から言われても困るだけだ。
 今この瞬間に誰かが産まれたとして、そいつが法律上成人するまで同じ二十年……長すぎるよっ!
 式年遷宮じゃねぇんだから、そんな長期の計画を立てられても着いてけね-よっ!!
 俺がそれへ突っ込みを入れたら、何やら謝罪された気もする。
 何に謝罪? 誰に謝罪?
 そこが分からないまま、声は段々聞こえなくなっていく。
 そもそもこれは、誰の思考なんだろう?
 詳しいことを問いただせないまま、俺はゆっくりと目を覚ましてしまった。
 凄く大切な内容だった気がするけど、思い出そうとすればするほど細部が薄れてしまっていく。
 何だ、ただの夢か。夢で知った内容なんて根拠が弱いから誰にも尋ねられないし、そもそも何かを尋ねられるほどこれを覚えていられなかったよ。
 なので完全に目が覚めてしまった俺は、これからのことを考えることにした。
 今日の行程はまだ森の中。
 明日には目的地のトロール城、その入り口となる『見えない洞窟』へたどり着ける距離まで近付いたけど、これまでが比較的楽だったからと言って、今後もそうだとは限らない。
 主に人間関係で大変だったこれまでと違い、これからはモンスター相手が大変となるから、死なないためには気を引き締めないとな。
 あとトロール城に、きちんと目的の『緑の石』があると良いなぁ。
 ゲーム時と違う場所に必須アイテムが隠されてしまったら、ゲーム知識頼りの俺はどうしたら良いのか分からなくなってしまうんだよ。
 特に石関係の話は、この世界では誰も知らないんで、このメンバーの中でさえも「勇者が言うのなら」と認知されてるだけになっている。
 探そうにも世界は広いし、モンスター相手の尋問も出来そうにないんだよなぁ。
 トロールは何故か王様が居るんで、指揮命令系統がある。よって言葉もあると分かってるけど、ゲーム時にモンスターとの会話は無かったんだよ。
 ラスボスである暗黒皇子とも一切会話が無かったんだっけか?
 うーむ、覚えてない。よっくと考えてみたんだが、これからの行程で会話があったのは3人の精霊とだけだったような気もする。ちょっと寂しい。
 とは言え、暗黒皇子が最終指揮をしてるんだから、少なくともモンスター側も幹部とは会話が成り立ってるはずだよね。
 皇子が、自分の分身であるダークナイトへも文書で命令を出してたのは今だと笑うところですが、それは分身であると知ったから笑える話になるのであって、当時は逆にモンスター側にもきちんと指揮があるのかと驚いたっけなぁ。
 このリアル世界では、どんな会話がなされてるんだろう?
 少々気になるけど、まぁ実際に会ったら分かるから、それまでは気にしないことにしますか。
 シルヴィアを幽閉してたサイクロップスは言葉を話さなかったけど、それだけで会話が成り立たないと決めつけるのもなんだしね。
 つうか、ゲーム時に幽霊船でくだんの命令書を一通読んだことあるんだけど、それは日本語で書かれてたような気もする。
 通訳や翻訳作業は確か無かったはずだから、ゲーム世界における共通語で書かれていたのかな?
 日本で作られたゲームだから日本語での命令書に疑問を感じなかったんだが、他世界から来たはずのモンスター側も同言語なのは考えてみれば少々妙だ。
 他のゲームを馬鹿にする訳じゃないけど、場所が日本以外の国設定なのに、ヒントの文書が日本語で書かれてたよりは遙かにマシだけどさ。
 まばたきするだけで喜んでいた俺なのに、ずいぶんと遠いところへ来てしまったなぁ。
 この二十年でゲームはずいぶんと進化したはずなのに、ゲームと近しい異世界の共通言語が今も日本語だなんて、当時の企画書がそのまま通ったようで少し笑える。
 まさかとは思うけど、暗黒皇子も俺同様に元日本人だったりしたら、喜劇レベルになってしまいそうだ。
 ほんと、何でこんな世界へ呼ばれたんだろうなぁ。
 そんな妄想に浸っていたら、テランナが今日も美味しそうな朝食を作ってくれていた。
「これから行く洞窟ですけど、特にモンスターが道を塞いでは居ないのですね?」
 みんなで感謝して食べると、シルヴィアが俺の知っていることを尋ねてきたんでそれに答えることにする。
 トロール城の裏手から表マップへ直接続く洞窟『見えない洞窟』がゲームには存在した。
 普通に探索してればトロール城へは表玄関から入ることになるから、やつらをバッタバタと切り倒して進まなければならないんだけど、この洞窟を通れば簡単に城の中へ、そして石のありかへとたどり着くことが出来るんだ。
 俺は、ゲーム時に洞窟の存在を知った際、正面突破の大変さが無駄になった気がして凄く脱力したことを思い出しながら言った。
「特段問題になるやつは居なかったなぁ。少々視界が悪かったけど普通に通れてたし、その先も中ボスは居なかったはず。ただ、トロール城の中は大変だよ。やつらは数が多くて、しかも王様が居たりもするんだ。まあ、王様だけなら今の装備ならたいしたこと無いと思うけど、王様の脇に強いモンスターが居てこちらに被害があるかもしれないから、中枢部へは行かないでおこう」
 王様であれば、普通は強いはずと思うだろう?
 ゲーム時のトロール王は謁見室と思わしき場所の玉座に固定配置されていて、一見すると特別扱いされてたんだが、実は一般トロールと強さもグラフィックも変わりないんだわ。
 特段何の役目も持ってないから特殊グラフィックをもらえなかったようなんだけど、こいつの嫌らしいところが隣に控えたモンスターたちの存在。
 ゲーム時、トロールなんてさくっと倒してやるぜーなんて言いながら王様まで倒した結果、隣で動かなかったそいつらがいきなり向かってきて全滅しちゃったことがあるんだよね……
 それ以来俺はトロール王への謁見を控えていて、問題のやつらが四つ足モンスターだったってことは覚えてるんだけど、実際はマンティコラだったかな、それともグリフォンだったかな?
 ちなみにマンティコ『ラ』なのは誤字じゃなく、原文ママです。たぶん翻訳パパが間違えたんだろうなぁ。
 それはともかく、さっきの言葉だけだと俺が弱気なのかと思われてしまうかもしれないんで、こうも言っておく。
「俺たちが目指すのはトロール殲滅じゃなくて、石の奪取だ。戦争については、エルフに任せよう」
 エルフとしては、直通の洞窟があって王様まで軽くたどり着けるのならば、王様暗殺でもしてこいと言いたいだろう。
 俺もエルフへはあまり悪い感情を持ってないし――あの女性は別だけど――これまでトロール兵士を切り倒せていた現状から判断すると、王様含め皆殺しも可能と思われるんだが、面倒なことにトロールたちもアストラルの洞窟で出てきたゾンビたち同様、無限に湧いてくるんだよね。
 普通の軍隊は王様倒せば総崩れになるもんだろう?
 なのに、俺が次の王様だぜーなんて感じで増援よこしてくるから、ちょっと倒すのが面倒なんです。
 経験値も強い割にはそんなに無いんで戦うメリット感じないし、溜め込んでいるだろう宝物もほとんどは不要だしで、ここで大騒ぎする必要は全く無いだろうと思う。
 俺の言葉に、神聖剣の試し切りをしたくてうずうずしていたユーギンが少しがっかりした顔を見せた。
「伝説の神聖剣がどれほどの切れ味かは、実際に切ってみんと分からんのじゃがなぁ」
「でも、魔法の剣でも問題無かった相手ですよねー? 皆殺ししなくても良いじゃありませんか」
 それへテランナが無難に反論する。
 獲物を弓から剣へ変えたんで練習が必要だと思ってたこいつも、実は一週間で普通に使いこなせるようになっていたから、今更トロール相手に戦わなくとも問題無いらしい。
 それって、おかしくね? 俺は隊長たちにしごかれたから剣を扱えるようになったけど、テランナはメイドさんだったじゃないか。
 食事をはじめとした世話を一手に引き受けて、弓が扱えて、更には剣も扱えるってどんな人だよ。
 気になって特訓の合間に聞いてみたんだけどさ、彼女が言うには城でシルヴィアの剣練習にも付き合わされたことがあるんだとか。
 確かシルヴィアの剣の師匠って、隊長の奥さんだったよな。
 隊長は凄腕で、その奥さんも凄くて、弟子のシルヴィアも俺より手慣れていて、それに付き合っていた……はい、俺よりテランナの方が凄腕でした。
 俺が足を引っ張ってるのかぁ……
 いっそ、俺が居ない方が暗黒皇子討伐の可能性高まるのかもと考えてしまったんだが、それを隊長は容赦なく叩きのめした。
「姫様と夜を過ごせるのに、それを手放したいとは勇者らしくないな。ここまで来て逃げ出せると思うなよ」
 そうだった、隊長は俺へのお目付役でした。しかも、夜の戦いからも逃げるなと仰せです。
 確かに俺の戦いはキノコ漬けですが、昼夜無くそれって人権に反するじゃないでしょーか。
 しかしこの世界に人権なる言葉は無かった。悔しいけど無かったんだ……
 かように少々のやりとりはあったんだけど、結論からするとトロール城では緑の石奪取のみで意見が固まった。
 経験値稼ぎで陣取っても問題は無い。
 でもゲームと違い、俺たちがトロール城で騒ぎを起こせば相手側にも何らかの反応があるだろうと思われるんだよね。
 魔神城にある赤の石はともかくとして、幽霊船にある青の石はどこかに隠されてしまう可能性もあるんだ。
 いや、幽霊船はこのゲーム『夢幻の心臓2』世界で最大の謎だっただけに、敵側もそう簡単にはバレないだろうと踏んでいるかもしれない。
 ただ、それらが分かるのは実際に行ってみてからだ。
 どのみち俺には速やかなる暗黒皇子討伐が求められるのだからして、不安定要素は少しでも排除したいとこである。一刻も早く日本に帰りたいからね!
 ……ご免なさい、ご免なさいっ!! 身重に旅をさせるなと言いたいんですよね。ポコポコと愛らしく叩かないでくださいってば!
 このような不安要素を排除すべく、俺たちは慎重にトロール城への近道『見えない洞窟』へ入っていったのだった。




 見えない洞窟は、薄暗いところだった。
 塔のある森みたいに視界が暗闇で遮られていたんだけど、明かりを出して確かめたところ高さは四メートルくらい、通路幅も十メートルくらいあるから、俺たちの侵入に問題は無いみたいだ。
 と言うか、これ本当はトロール城からの脱出通路だったんじゃねーのか?
 ここに来るまで自然洞窟だと思ってた俺は、中に入って周囲を確認したときレンガが見えて驚いたんだよ。
 誰が何故と考え込んでしまったんだが、隊長から当たり前だと言われて納得する。
「これはトロールが手入れしたんじゃないのか。そもここはトロール城への通り道なんだろう?」
 確かに城の奥深くへ行く通路なんだから、そこを手入れしないのは変だよね。
 俺は建築に詳しくないけど、お城に隠し通路の一つや二つあっても良いじゃないかとも思う。
 ただ、それを作ったのが敵側モンスターのトロールってことが疑問なだけです。
 自分が侵略者の癖して、何でこんな逃げ道を拠点に作ってるんだよ。普通は受け手側が密かに作っておくべきもんだろうが、まったく。
 しかも腐った臭いが周囲に漂っていることからすると、普段は下水道に使ってるのかもしれない。
 流れている水は一定の幅を持っており、そのすぐ横が通路部分になっている。
 流れ込む先である川はこのエルフ界を流れる唯一のそれで、エルフやシーたち住民がみなここから恵みを得ていたりするんだけど、そこへ悪臭漂う水が流れていくのだ。これは環境汚染だろうがっ!
 トロールが何を食べているか知らないけど、下水を垂れ流しにするなんてヨーロッパの中世時代並みに酷いぞ。
 そう憤慨した俺だったが、そもそもトロールが何を目論んでエルフ界侵略しているのか知らないことを今更ながらに気付いた。
 ゲームでは、確か人間界に居るエルフの台詞でトロールが侵略者だって分かるんだっけか?
 エルフ界の各町でトロールと争っていることはすぐ確認出来るんだけど、トロールは台詞が無いから相手の都合は分からないままなんだよね。
 食料調達とか奴隷確保とかの主要目的があれば、すぐ納得出来るんだけどなー。
 マニュアルには、モンスターは人間を殺さないと体が崩れる呪いを掛けられている旨記載があったけど、それならばみな前線で戦うはずで、城を構えて悠長に王様業をやっている隙は無いはず。
 だって、王様になると人を襲いに行けないんだぜ?
 後方から指揮をする存在は近代軍ならば必要だけど、さっきの記述からするとそいつはいずれ死んじゃう可能性があるから誰もなりたくないだろうよ。
 なのに、トロールには王様が居るんだよな。実に不思議だ。
 疑問は、悪臭を我慢しながら進んでいく途中で解消した。
 水の中で何かに引っ掛かっていたそれを見た瞬間、俺は気持ち悪くなったと同時に理解する。
「うわ、食べ残しかよ……」
 それは人間の腕骨で、しかも関節部分に少し肉片が付いていたんだよ。
 確かに、人間を襲えとは言われてただろうが、それは自身が戦うことを意味しない。
 部下に襲わせて上前をはねる方法だって良いわけだ。しかも骨が残るってことは、肉部分しか食べないらしい。
 このやろう、モンスターのくせして選り好みするんじゃねぇよっ!
 俺はギリリと歯を鳴らした。
 人間界では街巡りをしてなかったんで、こうやって被害を肌で感じることはあんまり無かったからだ。
 エルフ界でも、たぶん小さな村は襲われたことがあるんだろう。それを知らずに過ごしていた俺自身にムカムカする。
 知れば何とかなったとは思えない。俺は自分自身のことだけで精一杯だからだ。
 でも、と小さく思う。思わざるを得ない。
 シルヴィアは、そんな俺の目を見て頷いてくれた。
 トロールを全滅させることは出来ないけど、その元凶である暗黒皇子を一日でも早く倒さないとな。
 隊長は俺に合わせて立ち止まってくれたんだが、俺が落ち着いたのを見計らって周囲を確認し、それから「行こう」と言葉少なに告げてくれる。
 うん、頑張ろう。
 それから一時間ほど経過し、休憩を挟んでもう一時間ほど歩いたんだが、奇妙なことがあった。
 俺にはゲームの知識があるから、当然それに気付くのも俺だけになる。
 この洞窟、モンスターが全く出ないんだ……何でだろう。
 ゲームでは、何が出たかは覚えてないけど普通にモンスターが居たはず。
 それ以上に、ここがトロール城奥への通路で合っているならば、それ相応な警備になってないと変だ。
 俺がトロールだったなら、こんなに分かりやすい進入路を塞がないはずが無い。
 もしかして、ゲームと違ってトロール城への通路になってないとか?
 いや、それはまさかだろう。
 さっきも言ったけど、こんなにも整備された場所が関係無いとかありえない。
 そうなると、ゲームとは違い、アストラルの洞窟みたいに何か強いモンスターが出るのかも……
 俺はげんなりして溜め息を吐いた。
 小さくだったけど、思いの外大きく響いたらしく、テランナが不思議そうにこっちを見てくる。
「私も我慢してるんですから、リュージさんも我慢してくださいよねー。花の乙女にこの臭いはきついですよ、まったくー」
 どうやら、溜め息の意味を勘違いしたらしい。
 俺は「そちらも問題だけど」と前置きして、注意を喚起すべくみなを呼び止めて話し出した。
「たぶんだけど、行き止まりあたりで強いモンスターが現れるんじゃないかと思う。こんな分かりやすい進入路を放置するとかありえないから」
「そりゃ、そうじゃろう。言われるまでもないわ。だが、それが注意すべきことなのか?」
 ユーギンの問いに、俺は頷いた。
「物語だと、この洞窟には普通にモンスターが出てたんだ。だけど襲ってくるやつらが全く居ないとなると、話は違う。トロールが軍団で待ち構えているか、あるいはそれ以上のモンスターが居るのか……ともかく気を引き締めておきたい」
「ふむ。以前の話ではこの洞窟に『中ボス』とやらは居ないはずだったな。まあ、全部が全部予言されてる訳では無いし、少しのアクシデントはリュージを鍛える良い機会だ。頑張れよ」
「何で俺だけが頑張るんですかっ! パーティなんだからみんなで立ち向かうのがスジでしょう!?」
 俺だけに押し付ける気満々の隊長へ、俺は言い返した。
 が、隊長は冷ややかに続きを言ってくる。
「貴様が頑張らんと、姫様が困るではないか。まさかとは思うが、嫁二人だけに働かせるつもりか? いい加減観念しろと言ってるではないか、まったく」
 隊長は、何で俺だけにキツいんでしょうかね?
 いくら奥さんを置いてこの旅に参加せざるを得なかったとは言え、ちょっとばっかり八つ当たりが過ぎるんじゃないでしょーか。
 そう目で問い掛けたら、こいつはいきなりシルヴィアへ回答を丸投げしやがった。
「そうですね。リュージ様は頑張ってらっしゃいますから、私を守ってくれますよね?」
 うぐぐ、期待目線でそう言われると、頷くしかありません。
 更には、テランナも同じ強さの眼差しを送ってくるので、俺は観念してこう言った。
「最善の努力をいたしますです」
 そこは断言だろうって? そんなこと言うなよ、ゲーム知識に無いことへも言い切れるほど俺は強くないんだから。
 むしろ、夜を含めてパーティ最弱だと思うよ。そこっ、驚くなよ! 本当のことじゃないか、あはははっ……はぁ。
 そう、俺の強みはゲーム知識だけだと思ってるんだよね。
 なのでこの先に居そうな敵を考えてみたんだが、あんまりそれらしいのは思い出せなかった。
 ゲームでは、中ボスは三ヶ所に居た。
 一番最初の壁がアーケディア砦のサイクロップスで、お姫様助けてやるぜーなんて初見で突っ込むと即座に全滅コースのなかなか強い相手だった。
 こいつは既に倒してるから、次があっても大丈夫だろう。と言うか、別な場所でも出現したっけか?
 アーケディア砦に居るやつが凄く印象深いから、それ以外の場所で出られても記憶に残ってないなぁ。
 まぁ、こいつならいくら湧いても問題無い。
 二番目は、この世界では俺たちは会うことないだろうけど、デュラハンと言うモンスターだ。
 片手に剣を持ち、もう片手で頭部分を持った一風変わった剣士で、こいつもサイクロップス同様に特定箇所の一体しか見た覚えがない。
 人間界『赤の塔』の二階を守ってるんだけど、こいつを倒して進まないと魔神界へ渡るのに必要な『黒の石』が手に入らないんだよね。
 出会わない予定なのは、サルア王が俺たちと平行してこっちを攻略する話になっているからだ。
 ちょっとだけ心配なのは、あの塔にはドラゴンが一匹住み着いてることなんだけど……ドラゴンは中ボスじゃないから問題無いよね?
 俺は、勇者でありながらこっちの方こそ心配されていると自覚してるんで、杞憂であってほしいと思うだけにした。
 隊長やユーギンなど、この世界には俺より強い人たちがたくさん居る。
 なのに俺と言う勇者の登場が待ちわびられていたのは、単純に切っ掛けが無かったからだろうとも思う。
 シルヴィアを幽閉から助けられなかったのは、これは検討時間が足りなかったからだけであって、現にユーギンもサイクロップスが怪しいとまでは気付いてたんだから、俺が居なくともいつかは救えただろうよ。
 こう考えていくと、勇者の役割なんていらないとまた思ってしまう。
 たまたまやってきた人間が、ゲーム知識で次々と諸問題を解決していく――そんなの、ご都合主義そのものじゃねーか。
 子孫残せと強要されてもいるけど、俺は特殊能力持ってないし、有用な知識も持ってない人間だからなぁ。
 ほんと、何でこんな人間にシルヴィアとテランナは惚れてくれるのかね。
 いかん、また脱線した。
 俺は嫁を侮辱しないよう、慌てて考えを切り替えた。
 それで最後の中ボスなんだけど、これは幽霊船に居て『青の石』を守っているやつだった。
 名前を『ダークナイト』と言う――はい、暗黒皇子の分身体です。全部で十人居るダークナイトのうち、一人だけが幽霊船に居るんだよね。
 強さは、ちょっと覚えてない。
 強いことは強いんだけど、ゲーム時は神聖剣獲得後しか相手しなかったし、幽霊船を出現させるまでが大変だからレベルも結構上がってたしで、少々強い敵程度にしか記憶にないんだわ。
 その程度だから、魔神城で残りの九人がずらっと並んでいたのを見たら面倒臭いと思って戦わずに済ませようとしちゃったんだよな。
 結果、肝心の暗黒皇子を倒せなくなって泣きながらヒントを探しに町巡りをし直した記憶が……
 それはともかく、どいつもこの場所へは派遣されなさそうに思える。
 特にダークナイトは、こんな悪臭漂う場所に居たら鼻が曲がってしまうんじゃなかろうか。
 一見して人間に見えるあいつ。
 全身を金色の鎧で包んではいるが、仮面は無かったはずだ。まあ、仮面があっても悪臭を防げはしないから、どのみち同じだけどね。
 文章でのやり取りをしてたことから、その知能は高いはずなんだけど、嗅覚はどうなんだろうなぁ。
 人間とは逆にここの臭いが好きだったりしたら、ちょっとは見直ししてやっても良いな。モンスターとしてだけどさ。
 そんなことをつらつらと考えつつ黙々と道を進んでいたら、少し前方が明るくなってきた。
 これまでモンスターと出会わなかったから少し拍子抜けだったなと思ったのも一瞬、お約束通り最終地点に何か居るのが分かる。
 あぁ、これは中ボスさんだよなぁ。
 座っているのか、背丈は俺より小さく感じられるけど、存在感は圧倒的だ。
 思わずユーギンも問い掛けてくる。
「勇者よ。ここで待ち構えるのは物語的にありなのか?」
「盛り上がりを考えればそうだろうなぁ」
 ゲームが発売された当時、この洞窟が何故あるのか意味不明だなんて言ってた人も居るほど認知度の低いこの場所。
 いくら洞窟がトロール城へ直結してるのだとしても、そのトロールではもはや相手にならないほどの武器を手にした俺たちが通るんだから、昨今のゲームならここに中ボスを配置しない訳がない。
 侵入を許せば魔神界の存亡に関わってくる『緑の石』が奪われるんだからね。
 えっ、城の表玄関から入るルートは放置なのかって聞くの?
 いやぁ、ゲーム時だとエルフの捕虜二人が玄関近くに居たから、助けるには正面から入る方が楽なんだけど、双方とも既に救出されてるんだから放置が当然じゃないか。
 それともあれか。陽動も使わず忍び込んだ俺たちが悪いって話なのか?
 その論法に納得は出来ないけど、今この場に強敵が居ることだけは認めていただきたい。
 差し込む僅かな光がそいつの鎧に反射して、キラキラ輝いている。
 相手も俺たちのことを確認したのか、ゆっくりと立ち上がると口を開いた。
「待ちわびたぞ、勇者よ。本当に長かった」
「あのー、すいません。そこを通してくださればありがたいんですけど、駄目でしょうか?」
「たわけっ! 俺の姿を見てもそんなことを言うとは、なかなかに馬鹿なようだな」
 ギラリと睨んできたので、俺の腰が反射的に少し引ける。
 が、シルヴィアは反対に少し前に出た。
「今度は負けませんよ。リュージ様がいらっしゃるんですかねっ!」
 スラリと神聖剣を構えてのキキリとした発言。
 うん、あれだ。この態度こそが勇者だよね。でも、そこで俺を差して名前を言わないでほしい。
 案の定、相手が俺の方をもう一回睨んでくる。
 嫁の態度に引っ張られてだけど、今度は俺も落ち着いてそれを受け止められた。
 彼女同様に神聖剣を抜き、相手へ構える。
「いつかは会うと思ってたけど、こんなに早くとは思ってなかったなぁ。一応、名前を聞いても良いか?」
 知識としては知ってるけど、ここで会うはずのない相手なのでそう尋ねたら、ふんと鼻で笑われながらも答えてくれた。
「俺の名は、ダークナイト。暗黒皇子様の第一部下だ」
 やっぱりかっ! 金ぴか鎧の敵はこいつしか居ないからそうだとは思ってたけど、実際に会うと本当に強そうだよね。
 確かシルヴィアは、こいつに剣を切り落とされたんだっけか?
 その際は量産剣だったとは言え、武器破壊するその腕は凄腕なことを示している。
 今の俺たちで本当に勝てるんだろうか?
 武器は神聖剣だから最強の物だ。ただ、それを扱う俺の腕は並みなので不安がある。
 こうやって構えているだけで呼吸が少し荒くなってくるんだけど、それを緩和しようとしてか、隊長がこんなことを言い出した。
「ふふふ。勇者の眼前にやってくるとは、骨のあるやつだな。しかしその態度、いつまで続くか見物だな」
 やめてー! 挑発しないでくださいよー!!
 これが剣豪物語なら、挑発に乗った方が負けになるだろう。でもこれは、リアルな世界なんだよ?
 俺の知っているゲームと同様な世界なんだけど、細部の異なった異世界。
 切られれば痛いし、当然死ぬことだってあり得るんだから、気の緩みは全然出来ないよ。
 隊長の言葉に、ダークナイトは何故か言葉を返した。
「こちらとしても、その娘を連れてきたのは好都合。差し出せば、残りは見逃しても良いぞ」
 何故かシルヴィアを指しているその指。
 ええっ? 幽閉時、何にもされなかったシルヴィアなのに、また指名してくるって何でよ!?
 俺は驚いてシルヴィアの顔を見たが、その彼女もまた驚いている。
「私の体は既にリュージ様のものっ! 貴方には不要なはずですっ!!」
 カラダ言うなっ! すげぇ恥ずかしいよっ!
 俺の顔が緊張の赤から羞恥の赤に切り替わったところで、テランナもこんなことを口にする。
「姫様を狙うとなれば、あなた変質者でしょー! わたしの貞操に掛けて、リュージ様に倒していただきますっ!」
「そこで俺に振るなっ! まるで俺が手練れみたいじゃないかっ!」
「えっ、押し倒していただきます、の方が良かったですか?」
「全然違ぇーよっ!!」
 何でここで頭痛めなければならないんだ。この場面もシリアスのはずだろう? 納得いかーんっ!
 俺たちの会話を余裕と取ったのか、ダークナイトは身震いした。
「無駄話が出来ぬよう、切り裂いてくれるわっ!」
 そして俺たちを分断するかのような激しい振り下ろし。
 すぐさま散開してそれをかわした俺たちを、暴風が襲う。
 俺の剣が、シルヴィアの剣が、それとかち合う。
 凄腕だとは思ってたけど、本気で俺たち五人とやり合う気か!
 思い掛けない相手との対戦に、俺の背中を冷や汗が伝っていくのであった。



[36066] その25
Name: 凍幻◆786b687b ID:86a11131
Date: 2013/11/11 22:47
 突っ込みを入れたために、俺は事前にキノコを口に出来なかった。
 なので隙を見て食べようとはしたんだけど、ダークナイトは何故か俺を執拗に狙ってくる状況が続いていたのでそれは叶わなかった。
「お前がさっきシルヴィアを指さしたのは何故だっ?」
 少しでも気を散らさせようとしてそんなことを言ったら、やつは平然とこう返す。
「そんなの、決まってるだろうがっ!」
 鋭い剣先を振り回しながらの答え。
「お前ごときとくっついてるなどとは腹立たしいわ。別れろっ!」
 何でお前に言われなきゃいけねーんだよ!
 確かにシルヴィアは、俺にはもったいないほどの女性だ。
 だけど俺はもう受け入れてしまっているし、彼女も満更ではなさそうだよ。と言うか、彼女『たち』に押され気味です。
 俺は悪くない!
 とは思ったんだが、それを言ってもこいつは聞き入れてくれなさそうに見える。
「お前には関係無いだろうがっ!」
 剣と同時にそう突きつけてやったものの、やっぱり殺気の籠もった切り返しが来るだけだった。
 そしてダークナイトは、俺たちの攻撃を全ていなすとフンと鼻を鳴らしてから一歩下がり、間合いを計って俺たちを見やる。
 悔しいが、それが実に様になっていた。
 しかもそれは、俺たち五人を相手取ったうえでの態度なのだ。さすが幹部職と言ったところか。
 だが俺には、こいつを動揺させる奥の手があるっ!
 相対したところから、少しだけ前に出ての一言。
「分身体には女性関係ねーだろうがっ!」
 以前にも言ったことがあるけど、このダークナイトはラスボスである暗黒皇子の分身体だ。
 本体ですら男性かどうかも分からないやつなのに、その分身が男性であるはずがない。
 だから女性であるシルヴィアは欲望の対象じゃないとそう言ったんだが、何か間違ってるか?
 俺の言葉を聞いたやつは、一瞬だけ動きを止めたものの、すぐに高笑いを始めてしまったんだ。
「わははははっ。俺を分身と知っていて、なおその言いぐさか」
「あんたを倒さないと暗黒皇子を殺しきれないことも知ってるから、さっさと死んでくれよ」
 そう追加で言ってやったら、ダークナイトは俺を指さして大声を上げた。
「馬鹿なやつよ。馬に蹴られて死んでしまえっ!」
 えっ、何だよその返答は。まるで俺が悪いみたいじゃねーか。
 そもそも、お前自身が俺を殺そうとしてるんだから馬には殺されないぜっ!
 我ながら馬鹿な思考だと思うが、相手もそう思うのだろう。
 あからさまなしかめ面をしながら、俺に剣を振るってくる。
 合間合間に隊長やユーギンとも剣を合わせるんだが、そっちと俺とでは気合いの入り方が何と言うか違う。
 まるで恋敵を目前にしたかのようだ。
 いや、まさか!?
 俺は、そんなことあり得ないだろうと思いつつ尋ねた。
「もしかして、あんたシルヴィアに惚れたのか?」
「リュージ様、馬鹿なことを聞かないでください。私は貴方のものなんですよ」
 シルヴィアがすぐに突っ込みを入れてくる。
 彼女同様に女性であるテランナもこんなことを言い出した。
「そうですよー。拉致監禁してくるやつに惚れられても迷惑なだけです。滅殺対象ですよ?」
 シルヴィアは以前、こいつに敗北を喫したことがある。
 その後、何故かアーケディア砦の地下に閉じ込められてしまったんだけど、それはエロいこと目当てでだったのか!?
 以前、冗談交じりにそう思ったことがあったんだが、まさかその方面も真面目に考慮せねばならないとは思わなかった。
 仮にそうなってたとしたら悲惨だったなと思うと同時に、実際がそうでなかったことにほっとする。
 軽く吐いた溜め息を聞きつけて、シルヴィアは交戦中であるにも関わらず俺を睨んだ。
「私は手出しされてませんから大丈夫ですよ。リュージ様も確かめてますよね?」
 うわぁ、本気で怒ってるよ……
 彼女の剣幕に、俺は慌てて頷いた。
「もちろんです。陵辱無し、おーけー」
「分かってくだされば良いのです」
 こえぇよー。俺に惚れてくれたのは凄く嬉しいけど、妄想にまで口を出すのは勘弁してください。
 まぁこれは俺が悪い。
 シルヴィアは俺の嫁なんだからなっ! 手出しは無用っ!!
 俺の気合いを受けて、テランナも剣を使いながら叫んだ。
「私もリュージさんの嫁ですから、寝取り対象除外ですー!」
「おまっ! シー村でのあれは何だったんだよっ!」
 わざわざ自分を景品とした決闘を行わせたテランナの言葉とは思えないそれを聞いて俺が叫ぶと、彼女はわざわざこちらを向いて微笑みを見せてきた。
「えへへ」
 それ、どう言う意味の笑みだよ……
 どう見ても真っ黒なそれを見て憤慨したのか、ダークナイトも叫ぶ。
「お前らっ! 俺を会話の踏み台にするなぁああああ!」
 戦ってる最中なのに、何故かその顔が泣いているようにも見える。
 その気持ちは良く分かる。俺だってこの世界に来るまではそっち側だったからなぁ。
 だけど、しみじみとしては駄目だ。
 隊長の剣が、涙で曇ったダークナイトの剣先を目標からズラす。
 その隙に、ユーギンの剣がダークナイトの胴体をかすめた。
 更にテランナが右から回り込んで牽制したので、俺は左から飛び込んで獲物を振り下ろす。
「でやぁあああ!」
 大声を出して注意を向けさせたところに、俺の後ろからシルヴィアが二段構えで剣を振るった。
 勇者である俺が普通は決着付けるもんじゃないのか?
 そんなこと言われても、キノコ食ってない俺だから英雄的行為は出来ないってば。
 むしろここは、リベンジでシルヴィアに見せ場を渡すのがスジじゃないのかな。
 もちろんそんな言い訳を思い付いたのは少し経ってからのことで、実際の場面では全てが一瞬で終わっていた。
「やった……」
 シルヴィアが手応えを感じたんだろう。
 小さく呟いて息を吐いたけど、対するやつはその両手を動かそうとはしなかった。
 まだその身は残っていたが、こいつもモンスターの一種だとすればじきに消え去るはず。もちろん死ねば、だが。
 俺はまだ安心出来ないと剣を構え直したものの、すぐに相手はどうと音を立てて後ろへ倒れていった。
「口惜しや……一番に配置されておきながら応えられないとは不甲斐ない。娘を、この娘を届けなければ……」
 その言葉に、まだしゃべる元気があるのかと驚いた。と同時に、内容に不安を感じる。
「シルヴィアは、お前が見初めたんじゃないのか?」
 そう問い掛けたら、もちろん違うと返答があった。
「娘を見かけたのは俺だが、暗黒皇子様が欲したのでな」
 こいつから報告が上がったんだろうか。それとも、こいつの目を通して状況把握が出来るのか?
 部下の獲物を横取りしようだなんて、ふてぇやつだなおい。
 まぁ分身体だから、こいつのものは俺のものなのかもしれない。
 分身は全員で十人居るが、その一体が破れたことは、たぶんすぐに知られることだろう。そして、この先に強敵を配置すべきだってことも……
「クサいの我慢したのにぃ……ぐすん……」
「何言ってるのお前」
 突然の妙な言葉にそう突っ込みを入れた俺だったが、やつは答えることなく顔をゆがめたままパッと消えてしまった。
 ああ、やっと死んだのか。
 その点ではほっとしたが、もやもやとしたものが胸の内に残った。つーか、ほんの少しだが同情しないでもない。
 ダークナイトは何回も言うように暗黒皇子の分身体だけど、どうやら自我があるみたいだ。
 そうでなければ最後の台詞は出てこないだろう。
 もしかして最初に会った際の「待ちわびた」発言は、やっとここから抜け出せると思ったからの言葉だったのかな?
 なまじ人間みたいな体にさせられたから、五感も人間並みなのかも。
 だとすれば、この場所への派遣は嫌だったろうなぁ。俺だって、こんな場所と分かっていれば来なかったよ。
 それにしても、嗅覚を人間並みの感覚とすることにどんな意味があるんだろう。
 俺は、モンスターが何でそんなに人間へ擬態しようとするのか分からなかった。
 元から人間のような体を持つミノタウルスやオークなんかと違い、暗黒皇子の本体はバラの花みたいな目玉の化け物だ。
 なのに、黒い鎧をまとった人間形態で指揮してるのは何故なんだろうとずっと思ってたんだよね。
 分身体も人間形態だし、人間を支配するならともかく滅ぼそうとしてるんだから擬態に意味は無いはず。
 だけど、このダークナイトの発言でうっすらと理解出来たこともある。
 人間形態になった方が感情強いらしいな、と。
 見初めたとか軽く言ってたけど、それって人間に良い感情を持ったってことだろ?
 何で化け物がそんな思考をするのか、全然分からない。 
 トロールは人間を物理的に食べていたけど、暗黒皇子は比喩の意味で食べたいのか?
 モンスターならそれらしく振る舞えってんだよ。
 もしかして、この世界における暗黒皇子の正体は人間に近い生き物なのかなぁ。
 触手だったりしたら、ちょっと嫌だぞ。
 ぼんやりとそんなことを思っていたら、シルヴィアが近付いてきて俺に言った。
「これで砦での借りが返せました。あとはリュージ様の夜の分しか借りは残ってませんよ」
「強敵倒したシリアス場面でそんなこと言わないでよっ! 何で俺に借りとか言っちゃってるのっ!」
 彼女の真意が理解出来なくてそう叫んだら、にっこりと微笑まれました。
「だって、閉じ込められたのが変態へ連れて行かれるためだったなんて思ってませんでしたもの。誤解を解くには隅々まで確認していただかなければなりませんよね」
「いや、あの、疑ってないから」
「駄目です」
 真剣な目でそう言ってくるんだが、内容がとんでもないよ。
 俺も男だからして、そっち方面は嬉しいんだけど、この場で言うべきことじゃ無いでしょうに。
「リュージよ。まずはここから出ようじゃないか。臭いがキツいぞ」
 俺がおろおろしていたら、幸いにも隊長がそう提案してくれたんで、俺たちはやつの居た場所の少し先にある階段から出ることにした。
 が、この先にトロールが待ち構えているかもしれないんで、出る前に少しだけ休憩を取ることにもする。
 幸いにも、ここにモンスターは出なさそうだしね。臭いは我慢だ。
 今回は俺がキノコを使えなかったんで、ちょっと疲れたよ。
「勇者よ。わしらの神聖剣じゃが、あまり一方的な戦いにはならなかったのう」
 どっかと腰を下ろしたユーギンがそう言ってくる。
 確かに、最強の神聖剣とあいつの剣は何故か普通の打ち合いをしていた。
 材質を調べたいのはやまやまなんだが、モンスターの武具も身体同様に死ぬと消えてしまうから、それが出来ないんだよね。
 もしかして、材料も宇宙から持ってきたのかな。
 俺はそんなことをふと思い出した。
 原作では、暗黒皇子は彗星に乗ってこの世界へやってきたとなっていた。しかし、これには少し疑義がある。
 だって、この世界には本物の神様が居て、そいつが世界を創ったってことになってるんだから、それ以外からやすやすと侵入出来るはずないだろう?
 彗星<コメット>ごときで異次元に来れるなんて、お前はどこぞの四人組ですかっ!
 剣と魔法がこの世界のルールなのに、科学を持ち込まないでほしいぜ。
 しかも続編3だと、とある神話群が暗黒皇子の背景にあるような感じの文章を見た記憶があるけど、どうなんだろう。
 後ろ盾が別世界の神様なら、異次元航行も可能なのかなぁ。
 この夢幻の心臓シリーズは未完で終わっちゃったから、敵の正体は最後まで分からないままなんだよね。
 でもなぁ、と思う。
 まさかダークナイトから恋愛方面の話を振られるとは思ってなかったよっ!!
 このシリーズに、男女間の話は一切入っていない。
 以前言ったことがあるけど、一番それらしいシルヴィアでさえ直接的な惚れ描写は無いんだよ。
 虜囚となったのだって、彼女が唯一の精霊使いだからだと思ってたし、見初めた発言が飛び出すなんて考えたことも無かった。
 確かにシルヴィアは可愛いんだけど……
 俺に惚れてくれるから可愛く感じるのか、可愛いから俺が満更でも無いのかが分からない。
 神聖剣が普通の剣みたいだったのなんて、それに比べたら大した問題じゃないですよ。
 俺が返答せずうなってるのを見て、ユーギンはもう一回尋ねてきた。
「もしかして、キノコ使えなかったから機嫌悪いのかの?」
「いや、そうじゃない」
「ならば、もっと喜んで良いはずじゃろう。ダークナイトを倒したんじゃぞ、これで砦の借りを返せたんで万々歳じゃ」
 ユーギンの言葉に、テランナも賛成した。
「そうですよねー。変態が滅びましたから、ここを抜けたらお祝いしましょう。お酒が少々残ってますからねー」
 ドワーフ村で出された酒が、彼女の背嚢に少しあるらしい。
 それはありがたいが、トロール城を抜けてからだよね。
 俺がそう返すと、シルヴィアもこんなことを言ってきた。
「リュージ様。キッパリハッキリ申し上げますが、私はあんな変態には一切手出しされておりません! 虜囚になったのは事実ですけれど、それ以外は何もありませんから。これは創造神にも確認済みですからね」
 そんなの神様に聞くなよ! とは思ったものの、女性がその方面に気を遣わねばならないのは俺にも分かる。
 まあ、それを事後確認出来るなら、事前予防も可能にしてほしいなとそんなことを口にしたら、当然それも砦戦の際には受けてますとのこと。
 ゲームの呪文体系には入っていなかったけど、この世界ではそんなことも出来るのか。さすがファンタジー世界はひと味違うぜ!
 ……ん? それが可能なら避妊も出来るんじゃねーのか?
 俺がゆっくりとシルヴィアの顔を見たら、彼女は怪訝そうな顔をした。
 じっと二秒ほど見つめ合うと、不意に彼女は理解したらしく、少し目を見開いてから真剣な顔となってこう言う。
「勇者は呪文の対象範囲外ですよ。ですから問題ありません」
「問題ありまくりだろうがっ!」
 もちろん叫んでもこれまでのことが覆るわけじゃない。
 だけど、そうせずには居られなかった俺の気持ちを少しは理解してくれるよね?
 ダークナイトとの戦いでも負わなかった特大ダメージを精神に食らった気分です。
「もしかして、テランナもその呪文の存在を知ってたのか?」
 僧侶である彼女だから、神様経由の呪文があれば当然知識あるだろう。
 黙ってたのは嫌みですかと問い掛けたら、そんなことありませんよーと返答される。
「もしもですよ。リュージさんがこれを知ってたら大変なことになってしまうじゃないですかー。最初から使ってたら、憂いが無くなってヤリ捨てですよ、ヤリ捨てっ! 勇者にそんなマネ、とてもさせられませんですわー」
「今後使っても、以前のことが無かったことには出来ませんから大丈夫ですよ。ちゃんとこの世界に残ってくださるんですから、そんな心配は無用なんですけれどね」
 シルヴィアの言葉が、凄く黒いです。
「キノコに混浴に、この呪文を知らせないこと……俺をハメること前提じゃねーかぁ」 
 へなへなと小さくだがそう呟いたら、とんでもありませんとも言われてしまう。
「あら、ハメたのはリュージ様の方ですよ。『今後続けちゃうかも』などとも言っておりましたよね」
 ウググと唸りながら頭を抱えた俺に、シルヴィアは続けた。
「それに、これは邪心持った人への対抗呪文ですから、そもそもリュージ様は対象外なんですよ。だって、私は貴方が好きなんですから」
 うがー、そんな恥ずかしい言葉はやめてー!!
 恥ずかしくて顔を上げられない俺へ、隊長は諭すかのように言ってきた。
「リュージよ。姫様にこれだけ言わせたなら、貴様からも何か言った方が良いんじゃないのか? もう、キッパリとこの世界に残ると告げて良いだろうに。そしてもちろん、子供が産まれる前に暗黒皇子を倒す旨も明言しないとな」
「おお、そうじゃ。さすがに子供連れでは魔神界へ行けんものんなぁ」
 ユーギンがポンと相づちを打つ。
 テランナはとちらり見れば、言葉にはしないがニヤニヤ笑ってるから、当然俺が残ると言うことに賛成なんだろう。
「……微力を尽くします」
 かろうじてそう口にしたら、まだ足りませんよとキツイ言葉がシルヴィアから飛ぶ。
 何で糾弾会みたいになってるんだよっ!
 そうは言いたいが、へたれな俺は反論が出来ず、うーあーと唸るだけだった。
 まだ結果は出ていない……だけど、もうみんなの中では確定事項なんだろうなぁ。
 今後、戦いを続ける中で残念なことになる可能性はあるんだが、目前の二人はそれならそれでとキノコの使用量を増やしかねない。
 ここでダークナイトの一人を倒せたことも暗黒皇子の早期退治に繋がるから、それまでにと益々迫ってくる可能性大だ。
 でも、何で俺なんだよう。
 俺は只の異世界人で、特別な技量や能力は持ってないんだよ。
 ちょっとばっかり敵に関する知識はあるけれど、それで世界が救えるのかは、最後まで行かないと分からないじゃないか。
 創造神のお告げがあったからと言っても、勇者はほいほい任命されるもんじゃないんだろ?
 未だに任命基準が分からないから、誰かに役目を押しつけることも出来ないよ。
 でも、シルヴィアとそうなったのは、テランナとそうなったことは、俺にとって悪い話じゃ無かった。
 褒美なのか悪徳商法なのかは未だ不明だけど、もう俺はこの二人を嫁と認識しちゃってるものなぁ。
 つうか、今後二人の居ない生活が考えられないほどです。
 なので、嫁の次は子供だと迫られるのも仕方ないことなんだろう。
 俺は、溜め息を吐いてからとうとう言った。
「祭壇が使えなかったら、この世界に残ります」
 そこは帰還しない宣言だろうって?
 いや、そうは言うけどさ、まだ俺は日本に未練が少しあるんだよ。
 オタクだからして、ネット関係とかゲームや玩具関係とかが捨てきれないんだ。
 今は旅路の途中だからそんな暇無いけどさ、戦いが終わったら痛切に欲しくなると思うんだよね。
 嫁は捨てられないのに日本への未練も捨てきれない、そんな選択はオタクにはキツいです。
 俺の言葉を聞いて、シルヴィアはもう、と溜め息を吐いた。
 この期に及んで残留決定と言い出せない俺に不満のようだ。
 でも、と彼女は言い出した。
「リュージ様が帰ることになったら、私たちがそちらへ着いて行くだけですから、ここで決めなくとも大丈夫ですけれどね」
 このお嬢さんは、日本へ来ることに何の躊躇も無いようだ。
 以前もそう言ってくれてたけど、俺がへたれで未練残しまくりなのが悪いんだよね。ほんと、ご免。
「まあ、リュージをいじめるのはこれくらいにして、そろそろトロール城へと乗り込むか」
 いじめなの? 隊長は俺をいじめてたのっ!?
 このおっさんは、俺が神妙になったのを見計らってそんなことを言い出したんだよ。
 もちろん、この下水道は敵地のど真ん中だから、いつまでも話し込むべき場所じゃない。
 しかも悪臭に閉口させられ続けてるから、さっさと出るべきではある。
 とは言え、こんな結論のまま出撃すると、帰らないことが既定事実として取られてしまう可能性がある。
 帰りたいけど、シルヴィアとは別れたくないっ!
 うう、地球とこの世界が行き来できれば良いのに……
 俺は恐る恐るシルヴィアに尋ねた。
「あのー。この世界に戻れないとしても、シルヴィアは日本に着いてきてくれたりするの? 行った後で俺に愛想尽かす可能性だってあるんだよ?」
 さっきから言うように、俺はへたれなので彼女たちから愛想尽かされる可能性がある。
 俺からは別れる気が全然無いんだけど、日本に行ったならば、二人とも可愛すぎて引く手あまたになるからね。
 夫は黙って妻を守らんかい!
 そうは言うけどさ、俺は不細工でオタクで、しかも会社を首になっただろう一介の無職者でしかないんだよ。
 幸せを考えるならば、俺なんかと居なくてもと、そう考えてしまうんだ。
「祭壇壊してでも帰したくありませんけれど、ちきうに行ってもリュージ様は私の愛しい旦那様ですよ。むしろ愛想尽かすとの発想が何で出るのか分かりません」
 真顔で言い切ったシルヴィアの言葉を聞きつけて、テランナも口をそろえた。
「婚姻届まで書いた仲なのに、次元が違ったら別れられるとか、そんなのありえませんですよー。脳みそが悪臭にでも当てられたんですか?」
 あっ、婚姻届のこと忘れてたっ!
 ガーンと頭を殴られたような衝撃を受けて、俺はちょっとよろけた。
 あれは異次元にまで届く神様への証明書だったよな。だとすれば、捨てられることは心配しなくて良いのか?
 何か今の俺は、暗黒皇子を倒せるかより日本に帰れるかより、妻二人とどうやったら別れないで済むのか、それを考えてる感じがしてならない。
 オタクを卒業出来るかってーと、それはまだ疑問なんだけどねぇ。とほほ。
 いい加減、俺の優柔不断にしびれを切らせたか、ユーギンは足を二、三回鳴らした。
「リュージよ、早くわしに切らせろーっ! さっきの戦闘じゃもの足りんぞっ!」
 はいはい、ここで休憩終わりだよね。
 では、トロール城の宝物庫へ忍び込むとしますか。
 隊長が洞窟外の様子を見ると、幸いにもそこは木々で囲まれた場所となっており、しかもトロールなどのモンスターも居なさそうだった。
 どうやらゲーム時同様、城の裏手へ出ることが出来たようだ。
 少し先に、小さめの小屋も建っている。
 そんなところまでゲームと同じかよ、と驚いたものの、俺はすぐさま「あそこへ入り込もう」とみなへ告げた。
 洞窟にダークナイトが居たことから判断すると、小屋の地下にくだんの『緑の石』があると見て間違いないだろうからだ。
 さっきの相手がトロールだったなら城中にしまっている可能性もあったんだけど、そうじゃないから一気にいけるはず。
 もう一回周囲を確認し、どこからも見張ってるやつが居ないことを確認した上で走り出す!
 ドアの鍵をユーギンが手早く開け、隊長を先頭にして小屋へ入ったらば、そこには宝箱が合計二十ほど無造作に転がっていた。
 おいおい不用心だなーとは思ったけど、こちらとしては都合が良いので、そのまま見張りをテランナに頼んで宝箱開けに取りかかる。
 ゲーム時だと、目的以外の宝箱は『魔法封じの印』が入ってたんだったっけか?
 このアイテムはけっこう手に入りやすいんで使ったことあるんだけど、効果を感じたことが無いやつだった。
 敵側モンスターに特殊能力持ってるやつは居るんだけど、魔法特化のやつは居ないんで検証出来なかったんだ。
 フィールドでも使えないから持って行く必要を感じないので、俺たちは手分けしてそれらしいもののみを探すことにした。
 それにしても、重要物品をこうやって小屋一つに放置しておくのは何故なんだろう?
 ダークナイトが居れば大丈夫だとでも思ったんだろうか。
 相手の考えが今一つ分からないけど、俺たちに不利とならないなら、まぁ良いか。
 そう考えて宝箱を開けていったんだが、驚くべきことに全てのそれを開けてもまだ頭をひねらせる結果がそこには待ち受けていた。
「何で同じ形なんじゃ? これでは見分けが付かんぞ」
 ユーギンが嘆くように、どれもが同じ色形だったからだ。
 宝玉らしく球形で、色は緑。大きさはほとんどが手のひらサイズ。
 目的は『緑の石』だから緑色だろうとは思ってたけど、まさか同色の偽物を用意しているとは……
 微妙な大きさの違いを別とすれば決定的な差が見つけられないため、俺たちは頭を抱えてしまった。
「リュージよ、物語ではどうなってたんだ?」
 隊長がそう尋ねてくるけど、こんな状況は俺だって想定してなかったよ。
 ゲームではここに石は一つしかなく、しかも詳しい説明は全く無かったんだ。
 なのでゲーム知識があっても、見分けることは出来ないんだ。
「……取りあえず、全部持って行こう」
 十秒ほど見比べてから、俺はそう結論づけた。
 どれか一つは本物だろうから、必要な場面になったら全部出せばどうにかなるだろうと思ったからだ。
 ありがたいことに、ゲームでは持ち物に個数制限があったけど、この世界にはそれが無いんで全部持ち出せる。
 リアル世界で持ち物に制限あったら大変だよなー。
 厄介なのは、石同士がこすれて傷付かないようにする作業が面倒だったこと。
 包み紙は持ってきてたんだけど、一つ分しか用意してなかったんだよ。
 くそぉ、トロールが石コレクターだったとは知らなかったぞ。
 もしかしてだけど、だからこそトロールなんぞに預けられたのか?
 確かにトロールはエルフ界への侵略者筆頭だけど、所詮は雑魚モンスター。
 グルフォンとかドラゴンなどの、より強いモンスターに重要な石を守らせないのが不思議だったんだけど、それでなのかな。
 用意終わってから小屋の外を確認すると、どうやら定期巡回でなのかトロールが二匹歩いてるのが見えた。
 三十分くらい掛かったのに、ずいぶんとのんびりしてるなぁ。
 まあ、こっちには好都合。さくっと倒して洞窟を逆走しますか。悪臭は勘弁だけどね。
「タイミング見て打って出よう。用意は良いか?」
 久しぶりにリーダーらしくそう告げると、みなは素直に頷いてくれた。
 ユーギンは「二匹では暴れ足りないぞ」とぼやいたが、それは今後へ後回しにしてもらおう。
 ここを出たら次は『魔法の封じられた洞窟』にある『角笛』奪取が目的になるけど、あそこは強いミノタウルスとかが居たので、そこで頑張ってもらいたい。
 面倒なことにそこの中では魔法が使えないんだけど、元から魔法をほとんど使ってない俺たちだから、さほど支障は無いはずだ。
 今の状況だと、視界拡大呪文が使えなくなるから、その分だけは厄介かな。
 まぁ、以前に戻ったと思えば大丈夫だろう。
 体力回復呪文も使えないけど、そこはそれ、ほとんど夜にしか使ってないので心配はいりませんです……って、口にすると凹む言葉だよね、これ。
 圧倒的だぜーとか、いつか言ってみたい今日この頃。
 そんな馬鹿な思考をしている間もトロールは近付いてくる。
「さん、にー、いち、今だ!」
 掛け声に合わせて飛び出せば、慌てたトロールが武器を構えるも神聖剣の敵ではなく、あっさりと屠ることに成功した。
「うーむ。魔法の剣よりは、確かに強いんじゃなぁ」
 そんなしみじみとした感想を述べるユーギンを引っ張って、俺たちは見えない洞窟を戻るべくその身を潜らせたのだった。



[36066] その26
Name: 凍幻◆786b687b ID:86a11131
Date: 2013/11/23 18:31
 次の目的地である魔法の封じられた洞窟へ行く前に、ドワーフ村へと俺たちは戻ってきていた。
 特別な用事とまでは言えないけど、さまよえる塔の結末報告と神聖剣の現物確認をドワーフ長老にしておこうと考えたためだ。
 あと、風呂も重要な要素だったりします。
 見えない洞窟での臭いがこびり付いて酷いことになったからね。
 あれから十日ほど経ってるんでだいぶ薄らいだけど、きちんとお湯を使って体を洗いたいじゃないか。
 略して魔封洞窟への直通経路からは少し外れているものの、さっきの理由で一息つこうとしたって訳だ。
 一番近い人里であれば、それはエルフの村になる。
 でも、そっちはまだ行ったこと無いんでどんな態度取られるか分からないし、ドワーフ村は何と言うか気安かったんだよね。前回の酒は良い感じでした。
 もう一つ用事があるけど、それはおいおい片付けよう。
 ただ、ダークナイトを一人やっつけたから、もう時間的余裕は残ってないはず。
 可及的速やかに角笛を引っつかんで幽霊船へ行かねば、連絡を受けただろう青石搭載の幽霊船が雲隠れしちゃう可能性があるんだよ。
 頭ではそう考えてるんだけど、その一方であの船は動かないだろうとも思っていたりする。
 その理由は、角笛を吹ける場所が限定されてるからだ。
 角笛は幽霊船への唯一の連絡手段で、邪悪な空気が渦巻いている場所でないと周囲へ響かない仕掛けにゲームではなっていた。
 エルダーアイン界の南東部、魔法都市エクセリオの近くにある一本の木の上、そこがその場所だ。
 俺がこの世界をゲームの世界じゃないかと疑った際、ナガッセの街でこの角笛の音色を聞いた人を訪ねたけど、その人が言う場所もそこだったからこれは間違いないだろう。
 それで幽霊船は、普段は海の中に沈んでいて、角笛で合図あった時のみ浮上することになっている。
 いくらマジックアイテムだからとしても、船が一隻丸ごと沈むほどの深さまで音が届くってどんな音色をさせるんだろうか。
 ゲームでは不気味だとされてたし、この世界で聞いた人もそう言ってたからあんまり聞きたくはないんだけど、一回は覚悟しないとなぁ。
 それもこれも、現物を手に入れてからだけどね。
 何で魔封洞窟に角笛が置いてあるのか分からないんだが、それで船へたどり着けるのなら問題は無い。
 俺は、そこで考えをいったん打ち切り、隣で一緒に湯船へ浮かんでいるユーギンへと声を掛けた。
「いやぁ、お叱りから逃げ出せてホッとしたよなぁ」
「いやはや、まったくじゃ。『機械を持ち帰らんとは何事じゃ』などと言われても、探せんものなぁ」
 ドワーフ長老へ神聖剣を見せたところ、塔についても詳しく聞かれたんで素直に答えたんだが、吹っ飛んだ頭部へ言及した途端に怒鳴られたんだよ。
「先祖のワザを何で持ち帰らんのじゃ!」
 そうは言われても、森中での探索なんて素人では出来ないよ。
 しかも結構大きかったから、俺たちだけでは持ち帰ることが出来なかっただろうとも思う。
 長老からすれば、塔に何故機械が使われていたのか伝えられてないため、現物をぜひ見たかったらしい。
 ちなみに、この世界に『機械』の概念と現物は、ちゃんとあるよ。
 俺みたいに地球から来た人間が偶然持っていた、腕時計とかの品物が残ってるためだ。
 それでも、せいぜいがとこ持ち込まれたのは百年ほど前から。
 塔が作られただろう当時にあったはずがないと、まあそんなことを長老は言いたいらしい。
 現物を見た俺だってありえないと思ったものなぁ。言葉だけで納得するのは難しいよ。
 でも、このエルダーアイン界には無くても他の神聖十五界では普通に機械があるんで、そこから持ち込まれたと考えれば多少は納得できる。
 何せ続編3で出た主人公の故郷は、億年単位で歳月が経過してるんだもの。
 たかが数百年程度で開発出来る太陽光発電装置など、児戯のようなもんだろうよ。
 ただ、それを利用してあんなロボットを作り上げるのはどうかと思うが、日本アニメでよくある『こんなこともあろうかと』やらなんだろうか。
 それなら侵略者への対抗兵器になるはずなんだけど、剣を仕舞うだけってどう言うことだよ。
 自爆装置――厳密に言えば違うけど――が付いてたのは、らしいと思ったんだけどね。
 でもそれで肝心の動力装置を持ち帰れなかったから、長老は不機嫌だった。
 確か以前、シルヴィアから銃器はこの世界に望ましくないとか言われた覚えがあるんだけど、機械の扱いはどうなってるんだ?
 それを尋ねたところ、すかさず長老は言い放った。
「古代機械はロマンじゃないか!」
 はぁ、そうですか。俺もオタクだからして、それに賛成はしたいんだが、このファンタジー世界でそう言われてもねぇ。
 あまりこの話題を続けると俺の行き先が機械のある続編3へも拡大される気がするんで、そそくさと神聖剣を長老に預け、彼が剣の検分してる間に風呂へ行ってくると言って逃げ出した訳だ。
 いやぁ、久しぶりの風呂は、実に気持ちが良い。見えない洞窟での臭いも消えていく感じがする。
 そうそう、男の俺でさえあの臭いに閉口したんだから、女性の二人はさぞかし大変だったろうと思う。
 売ってたらだけど、後で香水でも買ってやりたいな。
 風呂に入りながら奥さんの居る隊長へそう相談したら、この世界では香水はあまり流通してないと言われてしまった。
 何でも、一般人でも風呂へ入るから体臭を誤魔化す必要が無いためらしい。
 確かに地球でも、香水が特別視された時期は風呂が一般化してなかった時期と聞いたことがある。主に日本の平安時代とかヨーロッパの中世時代とかだ。
 この世界は現代日本ほど潔癖じゃないけど、風呂があったり便所がきちんと整備されてたりでほとんど臭いでの違和感を感じなくて済む。
 なので香水が必要な場面は、ほぼ夜に限定されるんだとか……待てっ! なのに俺がそれを贈るってことは!?
 俺がハッとしたら、隊長はニヤリと笑った。
「自分色に染めたいと解釈されるだろうなぁ」
「駄目じゃんか!」
 確かに二人は俺の嫁だが、定職の無い俺がそんな意味で香水贈ったら酷いことになると思う。あと、夜の体力的にもだ。
「いい加減に諦めろ。貴様が残ることは既定事項だぞ?」
 いや、まだ祭壇使えないとは決まってないからっ!
 この前、魔神城にある祭壇が使えなかったらこの世界に残ると言ったばかりなんだけど、祭壇本体を見もしないうちに残留確定されるのは納得いかん。
 そもそも、魔神城本体を出現させるのに必要なアイテムも揃ってないんだ。まだまだ先は長いよなぁ。
 溜め息を吐いたら、ユーギンもこう言ってきた。
「まあ、なんじゃ。勇者は良くやってると思うぞ。主に夜限定じゃがの」
「もっと駄目じゃん!」
 だから、何で俺の生活が夜に限定されるんだよ。
 俺だって旅路の間に少しは強くなったんだから、そこを言ってくれても良いんじゃないのか?
 じと目で睨んだが、この二人は平然としていた。
「キノコを使っても良いんだが、リュージは少し頼り過ぎるところがあるんでな。その分は割り引かんといかんぞ」
「そのキノコも、ダークナイトの際に使い損ねてたじゃろう? 素の戦いでもマシなところを見せんとなぁ」
 でもでも、日本人の俺には戦いそのものが怖いから、薬物があれば使いたいよねぇ。そうだろう?
 トホホと息を吐いたら、隊長が続けてきた。
「まぁ、話に聞いていた死に馴染みないちきう人としては、マシな方だと言うことは認めるぞ。何と言っても、モンスターを倒して自発的に姫様救助へ来たんだからな」
「そりゃどーも」
 ゲーム知識の助けを借りてだし、キノコドーピングが出来たからではあるものの、俺はシルヴィアを助けにアーケディア砦まで行った。
 今考えると凄く無謀なことをしたような気もするけど、今のところは結果的に良かったと言えるのかな。
 日本へ帰る希望を持てたこともそうだが、一番良かったのは俺に嫁が来てくれたことだ!
 二人ってところが他人には言いにくい事柄ではあるものの、もうキャッキャウフフですよっ!!
 ついニヤけてしまった。でも、これは嬉しいことになるよね。この旅がどう終わろうとも、あまり後悔しないで居られると思う。
 俺の顔が緩んだのを見て取ったユーギンと隊長は、俺に負けじと溜め息を吐いてから湯船を出た。
「まったく、リュージに当てられるとは思わなんだぞ」
「うむ、これは訓練をキツくしないとまたユルむな」
 ええっ、何でそうなるのっ!?
 お前らがシルヴィアたちと別れないよう色々言ってくるんじゃないかっ! だから俺は悪くないっ!!
 そんな文句は軽くあしらわれてしまい、湯を出たのに訓練でまた汗を掻く話になったのだった。納得いかーん。




 なので湯船の後に剣の訓練をし、その後少し昼寝をさせてもらってから、俺はもう一つの用事であるエルフ王への手紙をしたためていた。
 内容は見えない洞窟の件についてで、俺はゲーム知識があるんであそこへすんなり行けたが、もしかしてエルフは存在を知らない可能性があるかもと気付いたためだ。
 気付いてれば洞窟入り口でエルフ兵とトロールの対峙があっただろうから、たぶん推測は間違ってないだろうと思う。
 エルフ王から戦争の状況について詳しい話を聞いてないことに思い至ったのは、見えない洞窟を脱出してから。
 もう二度と来たくないなんて思うと同時に、エルフ兵は来る必要があるかもと突然考えが閃いたんだ。
 この世界のモンスターは死ぬと姿が消えるから、相手にとっては警備兵が場所を離れたのか倒されたのかの判断が凄く難しいことになっている。
 だから、あの場所からダークナイトが居なくなったこと、つまり攻めやすい場所になってることがトロール側にも分かってないかもしれないとも思ったんで、それをエルフ王へ伝えたいと考えた訳だ。
 あの洞窟を使えばトロール城への二面侵攻作戦が可能になる。
 もちろん攻める側にもそれ相応の戦力が必要になるけど、俺に頼らずトロールを殲滅出来るのならその方が好ましいと思うんだ。
 いくら勇者の存在があっても俺一人しか勇者は居ないんだし、瞬間異動も出来ないんで両面作戦には参加出来ないからね。
 戦争であれば、数は暴力だとの言葉はその通りだと思う。
 電子機器を使ってになれば数より質になるんだけど、銃や機械を使ってないこの世界ではそっちが真理なんだよ。
 ただ、質の面ではエルフはともかく鉄製の斧を使ってたドワーフだと分が悪くなっていた。アーケディア砦では斧使用の傭兵隊がほぼ全滅だもんね。
 このままでは村壊滅にまでなってしまう大変な事態なんだが、さっき聞いたところによると例の電気パワーで魔法金属精製作業を順調に進めているらしいから一安心だ。
 エルフに後れを取っていた鬱憤を晴らそうとしてか、村あげての魔法斧制作作業になってるんだとか。
 既に試作品の段階は終わり、量産体制へ移行している。
 これまでより軽く鋭く仕上がった製品のおかげで特別な訓練をしなくてもトロール兵を倒せるようになったと好評なので、電気体質を指摘できた俺としても喜ばしいよ。
 戦争そのものへの再参加は全員分が仕上がってからとも聞いたけど、この分じゃずいぶんと早まりそうだな。
 少々押され気味だった戦線を、これで一気に挽回してくれるよう祈る。
 俺は俺で暗黒王子を倒さないといけないし、みんなで頑張りたいよな。でないと俺が日本へ帰れないよ!
 まだ帰る気があるのかと驚かないでほしい。
 やっぱりさぁ、突然この世界に来てしまったから、ちょっと未練あるんだよねぇ。
 移動途中はともかく、こうやって余裕があると思い出してしまうんだ。主にオタク方面のことを。
 やっとけば良かったゲーム、買う予定だったプラモ、などなど。
 この世界に来ることが分かってれば、立ち回りの勉強で時代劇も見てた方が良かっただろうか?
 久しぶりに突っ込み無しでその方面のことを思い返したけど、今考えるべきは嫁のこと……じゃなくてっ! そうそう、魔法斧のことだった。
 それで、量産最中のそれは、なかなか数を揃えられないエルフへも提供をし始めていたりするんだとさ。
 先にドワーフ分を作ってしまえと思うんだが、まだドワーフ独自の鉱脈を見付ける人員がさけないことから、材料供給者のエルフへギブアンドテイクで剣の完成品を提供してるんだそうだ。
 両種族が仲良くするのは願ったりなので、これに文句は言えない。
 だけど、と思う。ドワーフの電気体質が分かってから三週間ほどなのに、何でそんなに早く物事を進められたんだろうと。
 俺が来るまで反目とまでは行かなくても問題抱えてたんだよね?
 しかも、アデュアさんの件で俺はエルフ王から苦い思いをされてるはずだ。
 逆にドワーフからは同情されたけど、それはそれ、なのかなぁ。
 まあ、双方の指導者が冷静な判断をしてくれてるようでなによりだ。後は俺に女性を贈らないでくれればありがたい。
 ドワーフ長老もなぁ……
「やっぱりドワーフの嫁を受け取らんのは納得いかん!」
 そんなことで拳を振るわないでほしい。俺はシルヴィアとテランナの二人だけで間に合ってるんだよっ!
 将来、もし俺がこの世界に残るとしても、毎晩キノコ服用が必要な生活を送る気はまったく無いんでどうにかしないとな。
 いっそ、嫁は二人までとか法律作っちゃえば良いのか? そうしよ……じゃねーよっ!
 俺はサラリーマンで最終意志決定とかしたことねーんだから、そこまで考えることないだろうがっ!
 何でこんなに脱線するんだ。これはあれだ、風呂で一回疲れを抜いたのに、特訓でまた疲れたからだな。後でもう一回入らせてもらおう。
 俺はかぶりを振って変な考えを振り払った。
 それで、ドワーフの鍛冶能力については、これは本当に凄いと思う。
 さっきの進み具合についても、俺が鍛冶をよく分かってないから驚いただけで、本人たちに取ってはどうってこと無いんだろうとも考える。
 しかし、ドワーフが電気体質で、しかも機械の存在を知っていたのに、その二つが結び付いてなかったのは何でだったんだろう?
 電気イコール雷イコール機械の動力源ってことが理解出来なかったはずが無い。
 科学の発達してないドワーフたちだけで調べてたならば納得もしやすいけど、この世界には日本からの漂流者が以前から居た。
 それも、好事家が出るほど世界のあちこちに持ち物が出回ってるんだよ。
 俺が着ていた服や鞄も王家以外の手に渡ったって後で聞いたし、誰か真似しようと思わなかったのかな?
 あるいは、漂流者の誰かが科学知識で複製を作り上げるとか……
 俺は少し考えたが、すぐに無理だと理解した。
 現在の機械は、精密すぎる。
 ミリ単位はギリギリ頑張れるだろうけど、ミクロン単位の部品なんて目視ではほぼ無理だ。
 ましてや素材が作れないコンデンサーとかの半導体部品は、いくら手先が器用でも化学の知識無しで作れるとは思えないよ。
 この世界における科学知識はまだ元素の存在確認も出来てないんで、電池とかも理屈が分からないままじゃなかなか作れないしなぁ。
 ここで作れそうなのはと考えると、カエルで有名な、あの電池なら大丈夫か?
 名前さえ出てこないから、俺には作れないけどなーあはは。サラリーマンになったら忘れてしまったよ。学生時代はあんなに勉強したのに残念だ。
 そんな感じで発電装置と蓄電池が再現出来ないから、今現在使用できる物として残ってる機械は、みな太陽電池付き製品ばかりになっている。
 特に人気が高いのはソーラー電卓で、事務方なら家宝にするほどなんだとか。やっぱり便利だからね。
 動力なしで使えるのは普通の算盤があるけど、あれはあれで便利なんだが、訓練が必要だからなぁ……はい、俺も使えないくちです。
 逆に時計は上司からの管理がキツくなるんで敬遠されると聞いた。
 この世界は二十四時間制を採用してないけど、少しでも時間にうるさくなるのは嫌だよね。俺もそうだったから大いに納得できる。
 それで思い出したことがあるんだが、この世界は何故か地球と同じく一年が三六五日だったりします。
 一日の長さも時計によればほぼ変わりないそうだし、偶然にも太陽からの距離と自転速度が同じなんだろうか?
 いや、偶然ってことはあり得ない。地球人がこの世界に来てしまうことから考えると、何らかの繋がりがあると考えた方が自然だろう。
 俺がこの世界に来たときの、あの滑らかな転移。言語が何故か日本語。そして、ゲームと類似した世界観。
 それらを纏めて考えると、前に見た誰かの夢の内容でさえ本気で考えなければならないことになる。
 あの夢は、二十年以上前から応募者をつのっていて、それに応えられたのが一人だけだと言っていた。
 その、ただ一人の人間とは誰か? それが俺だとしたら――少しは辻褄が合う。
 啓示の具体的な内容は言ってなかったけど、この世界に呼ぶためのものだとしたら、これも可能性が一つある。
 ゲーム『夢幻の心臓』を使うことだ。
 もしかしたら、ゲーム自体が神様の働きかけで作成されたのかもしれない。
 こんなことを考えるのは、あのゲームを作った制作者に申し訳ないと思う。ゲームの一ファンとしてこんな考えをしたことを唾棄すべきだとも考える。
 だけど、俺がこの世界へ呼ばれたのが必然だとしたら?
 背中がザワッとする。俺はゲームプレイ当時から創造神に目を付けられていたのかと。
 でも、まさか神様でも俺しか残らないとは思ってなかったはずだ。だって、あの口調は愚痴だったものね。
 俺同様に夢幻の心臓シリーズをやっていた人間は、少なくとも数千人以上のはず。
 その中からもっと勇者に相応しい人間が出るはずだと予測してたんだろうが、でも、ゲームへのめり込む人間に勇者の資格があるとは考えにくいよなぁ。
 しかもゲーム発売からかなり経過してるんで忘れた人だって居るだろうし、ゲームをやった人間が長じてこの世界に必要な腕力上等の人間になるとも思えないよね。
 とは言え異世界救助を普通に求めても、たいていの人間はそれを受け入れないだろう。
 地球ではまだ他の惑星にまで人類がたどり着いてないんだ。ましてや異世界の存在など、夢物語に過ぎない。
 なので普及し始めたゲームの形であれば広く予言を周知できると踏んだのかもしれない。そしてその計画がギリギリ間にあったと、そう言うことなのかもな。
 うーむ。これが正解だとすれば、ゲーム『夢幻の心臓2』を魂に刻み付けていた俺が勇者に認定されたのは当然となってしまう。
 ただのサラリーマン風情に何を求めるのかと勇者認定時呆気に取られたんだが、選択肢が無かったからとは思わないよねぇ。
 それにしても、何で勇者候補を地球の、しかも日本限定で求めたんだ?
 コンピューターゲームが広まったのはアメリカからだし、英語圏のゲームにしとけば勇者候補はゴロゴロしてただろうとも思う。
 でも、このエルダーアイン界は日本語ベースだし……うーん、分からん。
 いっそのこと、この世界は元々日本と繋がりがある旨ハッキリすれば理解しやすいんだがなぁ。
 しかし、だ。それらの推測からすると続編3も繋がりの範疇に入るのか!?
 まさかとは思う。でも、あり得ないとは言えない。
 その場合、主人公が神様への悪口で落とされた夢幻界は地球ってことになる。だけど、俺は主人公のように神様へ呪詛を吐いてないっ! ……はずだ。
 これまで生きてきた中で誰にも悪口を言ってないとは断言出来ないから、それでなのかなぁ。
 創造神が地球に干渉できる理由が分からないけど、神聖十五界の中に地球が入ってれば可能なのかも。
 俺はやけに壮大な話になったなと思い、盛大な溜め息を吐いてしまった。
 その途端、後ろでお茶を飲んでいたシルヴィアから声が掛かる。
「リュージ様、何か問題でもありましたか?」
 素直な質問だったけど、今の考えを言うことに躊躇があったんで無難に返しておく。
「いや、さっきの特訓でちょっと疲れたよなと思っただけなんだけど、シルヴィアは何でそう思ったの?」
 質問に質問で返したら、あらとシルヴィアは不思議そうな声を上げた。
「書いているのはエルフ王へのお手紙と伺ってましたけれども、アデュアさんに付いての言及で悩んでいるのかとそう思えたからですよ」
 そっちかよっ!
 俺の思考が全部読まれて無くてホッとしたと同時に、その言葉でまだあの娘のことを考えなければならないのかもと気付いたんで頭が痛くなる。
「この前、村を出る際にお付きの人へ伝言頼んだけど、それだけでは足りないかなぁ……そうかもね」
 エルフ王の叔母であるアデュアさんは、俺の仲間へ強引に割り込みを掛けようとしていた。
 だけどこの前再会した時に、それをキッパリお断りしたんだよね。
 でもその結果、彼女は俺を見ると酷く怯えるようになってしまったから、その様子について報告受けたエルフ王は頭を抱えたはずだ。
 ああなってしまった人への対処は難しい。
 少しずつ原因となった人へ慣れなければならないし、そんな対応をされたことへの根本的な理解をしなければならないからだ。
 俺に執着したのはアデュアさん自身だけど、結果的に断るにしろ、もっとやりようがあったんじゃないか?
 そうは思うが、あの時お酒で判断を誤ったとは思わない。
 少しはキツい言葉を掛けたけど、頭を冷やしたいと場を打ち切ったはずだからだ。
 失敗したのは、俺が居なくなった後で隊長があそこまで追い込むと見抜けなかったこと。と言うか、隊長とシルヴィアの話を聞き損ねたことだよな。
 俺がうまく対処出来ていれば、隊長にも嫌な役目をさせずに済んだはずなんだが……
 あれから三週間近く経ってるんで今更だから、エルフ王への手紙にも書きにくい。
 謝っても意味ないし、それは俺の意志を尊重してくれたパーティメンバーへの侮辱にもなってしまう。
 かと言って「水に流しましょう」とも言えないよなぁ。エルフ城へ出向いても、本人とは絶対会わせてくれないだろうよ。
 日本だと、接近禁止命令なんてものがあったっけな。今の俺はそれに引っかかるはずだ。代理人も意味無いだろうし、どうしたら良いんだ?
 俺がうんうん唸っていると、シルヴィアはその様子を見て助け船を出してくれた。
「ええとですね。アデュアさんについては、エルフ王へ任せれば良いと思いますよ」
「でも俺のことで問題になっちゃったんだから、手紙で言及しとかないとマズいだろう?」
 俺の言葉を受けて、シルヴィアは少し顔をかしげながら口を開く。
「彼女の一番の問題は、勇者に拘ったことだと思ってます。なまじ勇者論に詳しかった結果、勇者が、この場合リュージ様ですけれど、対等の人間と見られなくなったんじゃないかと思います。勇者論から離れない限り、その勇者から言葉を受け取ってもまだ心には響かないのではないでしょうか」
「うーん。でも、何か言っておいた方が良いとも思うんだよね」
「それは少し違うと思います。リュージ様の優しさに甘えては、成長の糧にならないとも思います。あの人の、王族の立場を考えていると思えない言動を矯正するには少々強引な手段が必要とも思ってましたから」
 ん? その言い方だと、シルヴィアは以前からアデュアさんのことを知っていたことになるよね?
 王族同士の付き合いがあったなら、エルフ城で会った際、初対面みたいな言い方はしないと思うんだが……
 俺の疑問を読み取ったのか、シルヴィアはすらすらと続きを言ってきた。
「実際にお会いしたのはエルフ城が最初でしたけれど、色々聞こえてはいましたから」
「へぇ、ちなみにどんな内容?」
 こう言った途端、少し動揺が走ったらしく彼女の右手がパッと口元へ行った。
「いや、言いたくないならご免。そもそも、悪口になるんだろうから言うべきことじゃないよな」
 この話はここまでにしようとした俺だったが、当のシルヴィアはまだ何かを迷っている風だった。
 もうこの人は嫁だし、その夫へ言いたいことがあるならその方が関係に良いかも思って続きを促したところ、すまなさそうにしながら彼女は小さく声を発した。
「あのですね、アデュアさんも『人間界のシルヴィア王女同様、男性には恵まれないだろう』と言われてたらしいんですよね……だから似たような私が結婚した人ならもしかしてと、そう思った可能性が無きにしもあらずみたいな……」
 なるほど。言いづらそうになった理由が分かった。
 あの人、非モテ仲間と見られていたシルヴィアが結婚したんで嫉妬してたのか?
 やけに勇者論に拘ってたのは、それに詳しいことが自分のアピールポイントだと思ってたからなのかもしれない。
 素直に剣と魔法のみを前面に押し出せば良かったものを、わざわざ俺に不愉快な言葉使いで接してくるとは……よほど人付き合いが下手だったんだなぁ。
 納得して俺が溜め息を吐いたら、シルヴィアもそれに合わせてきた。
「すいません。これを言ったら、私とリュージ様と結ばれたことがかえって不愉快にさせる結果になったよう考えさせてしまうと思いまして……」
「いや、そうじゃないだろ。あっちと違い、シルヴィアはキチンとしてくれたよ。まあ、いきなり婚姻届を書くようサルア王から提示されたときは面食らったけどね」
 何せ、プロポーズの言葉をすっ飛ばして書面提出だろ。いきなり出されて、びっくりしない人は居ないよな。
 その後、きちんと向き合って真情を吐露してくれたし、俺としてはもう不満が無い。
 今は席を外してるテランナにしても打算じゃないことを示してくれてるし、アデュアさんとは雲泥の差だよ。
 もし将来結婚式を挙げることになったとして、司会者から「切っ掛けは何でしたか」と問われても、素直に「良いなと思ったから」と答えられるだろう。
 そんなことを思い内心でニヤッとしたら、シルヴィアも笑顔になってくれた。
「ですから、アデュアさんについては、何も書かないでくださいね」
「了解」
 良い雰囲気になったなーなんて思い、シルヴィアの言葉通りそのまま文面を仕上げて封をしたら、そこでハッと気付いた。
 あれ? 結局、何で手紙にアデュアさんのことを書いたらマズいのか聞いてないぞ?
 それを聞こうとしたところ、俺の手から手紙を取り上げたシルヴィアがにこやかに言う。
「私たちが居るんですから、その意味はお分かりですよね?」
「え、えーと?」
「もうっ、振った人へ手紙を出すのは御法度ですよ。ですから、そんな人忘れさせるくらいご奉仕しちゃいますっ」
 今夜もですかー!?
 やべぇキノコの残量がと思い浮かべる暇もなく、こうして俺は嫁から強引に押し倒されたのだった。
 あっと、別便でアデュアさんについてエルフ王へは伝えたよ。内容検査されたけど、それに通ったやつ。
『彼女が勇者論以外に趣味を持てたなら、その時はお会いしたい』と。
 色々勉強しなければならないだろうけど、エルフは長寿なんだし、いつかは恐怖を克服出来るだろう。
 まあ、暗黒王子退治後の結婚式には間に合わないかもしれないけどね。
 だんだんこの世界に骨を埋める可能性が高まってきたなと溜め息を吐きながら、俺たちは翌朝になってから今度こそ『魔法の封じられた洞窟』目指して出発したのだった。
 ちなみに香水もキッチリ買わせられました。あーぁ。



[36066] その27
Name: 凍幻◆786b687b ID:86a11131
Date: 2013/12/05 19:05
 ゲームのお陰で嫁がやって来ました。
 何を言ってるんだと叱られそうだけど、ドワーフ村での考察はそんな内容に落ち着いてしまった。
 おかしい。俺は異世界に連れてこられたと知って最初絶望を感じてたはずなんだが……
 しかも、今は昼だけでなく夜も大変なことになっているから、逃げ出したいと思ったりもしたはずだ。
 なのに現実では逃げ出せません。いや、その可能性を自ら放棄している自覚がある。
 境遇に慣れてしまったんだろうか。
 戦いは過酷だけど、バーサークキノコで多少なりとも緩和出来ている。
 日本人の俺は戦いに慣れてなかった。戦後生まれなので、殴り合いより話し合いを優先すべき教えを受けてるからね。
 この世界における圧倒的な暴力へ対抗する心境をもたらしてくれるもの、それがキノコ。
 これが無かったなら俺はこれまでに死んでたよ。
 安堵すると同時に、それが普通に存在する異世界へ来てしまった心細さも感じてしまうけれど、それへは少しずつだが諦めが混じってきている。
 だって、色々戦ったからなあ……
 最初の中ボスのサイクロップス、少し早い対戦となったダークナイト、そして夜の戦いっ!
 夜にもキノコを使えなかったら、そっちでも殺される可能性があったことは公然の秘密です。
 だって、俺は三十路なおっさんなんだよ?
 体力勝負が続く勇者業なんて、キノコ無しじゃ無理ですわー。
 お陰で俺の二つ名は『キノコ服用勇者』となりました。
 噂が夜のほうを中心に流れてるのが納得いかないところではあるけど、否定できないんで仕方ないのかなぁ。
 こんな風に旅路でモンスターと、休息地で嫁二人と攻め受けしており、この世界へ少しずつ馴染んできてる感じがするから帰還に諦めが入りつつあるんだよね。なんてこった。
 シー村での特殊イベントが無ければ、こんな境地には至らなかっただろうとも思う。
 とは言え、そのお陰であのアデュアさんから逃げられたのも事実だし、ラスボス退治の旅も順調に進んでいるからとやかくは言えない。
 後は実際にラスボスの暗黒皇子を倒してハッピーエンドにしないとな。
 祭壇を使って日本へ帰れるかはまでは分からないけど、少なくともそこまではたどり着きたい今日この頃。
 俺たちは今、無事に次の目的地『魔法の封じられた洞窟』へと来ていた。
 もちろんここまでの間にトロールを始めとしたモンスターとも出会っていたが、神聖剣があるんで苦戦はしてない。
 ゲームだと、レベルが低ければ魔法職の人では攻撃が当たりにくかったりするものの、今のパーティメンバーには純粋な魔法職は一人も居ないんで全然問題が無いんだ。
 僧侶のテランナも精霊使いのシルヴィアも剣をたしなんでたから、俺より強いことが分かってる。
 俺が一番弱いんだが、俺が居なければ意味ないと主張するメンバーたちに納得しがたいところもある。
 それほど勇者の肩書きが重いのか、はなはだ疑問だ。この前の考察が正しければ、消去法だもんだなぁ。
 ただその一方で、俺が選ばれて良かったといくばくかの安堵も感じてしまう。
 だって、この世界に来て勇者になった結果、シルヴィアが俺の嫁になってくれたんだものっ!
 テランナもそうなってくれたが、こっちは喜びより当惑が先に来てしまう。ゲームだとこの人の性別は男性だったからね。
 能力に男女の違いは無く、どっちでもゲーム時は問題無かったからこれを考えるのは今更だけれどさ。
 現在の問題点は、攻撃回数が純粋に二倍になってしまったことかな。もちろん相手のだよ?
 筋力や体力と言った能力がどうなっているかは全然分からない。
 頭の中に浮かぶのはレベルと思わしき数字だけだからだ。現在は十一だな。
 ただ、いくらゲームと類似世界であっても、こんなにもリアルな世界となってるのに、それでもレベルが見られるのは何故なんだろう。
 この世界特有のものかとも考えたんだが、俺以外の人間は聞いたことがないとも言うし、本当にこれはレベルで合ってるんだろうか?
 もしかすると、これは世界破滅までのカウントダウンで、百まで行くと破滅だとか……うん。深く考えないようにしよう。
 一応数字がレベルだと仮定してだけど、これはゲームだと十六くらいまでは上げられたと記憶してる。
 しかし、ゲームをやり込んだ俺は一通りの謎を知ってるから、リプレイするとワザとレベル上げしなければ現在のレベル十一くらいでラスボスまで行っちゃったりもするんだよね。
 アストラルの洞窟でグール相手に連戦した記憶がよみがえるが、あんな風に経験値を稼げる場所はほとんど無いからなんだ。
 もちろんこれから入る魔封洞窟でもモンスターと対峙する予定だけど、ゲームでは単発の遭遇になってるからここでは経験値稼ぎようが無いと思う。
 今後に備えてレベル上げをおこなっておきたいものの、現在それが可能な場所は一つしか思い出せない。
 最終目的地である『魔神城』、そこへ最初にたどり着いた時だ。
 あそこは現在精霊たちによって封印されており、今は跡地のみの体育館みたいな場所になってるはず。
 そこでは弱くて多様なモンスターがひしめき合ってるはずなんだ。
 必須アイテムである『赤の石』もそこにあるから必ず入らないといけないんだが、ここで注意点が一つある。
 それは現在のパーティ構成では『ペガサスの羽』を複数所持してないと帰れなくなる恐ろしい事実だ。
 入る際に溶岩を飛び越えないといけないんだけど出る時も同じであり、さらに城の中に羽の予備が置いてないことから、事前に複数個準備してないと餓死するかモンスターになぶり殺されるかしてしまうんだよ。
 行く際には絶対個数を確認しておかないとな。
 俺はそう決意を新たにしたが、今進むのは魔封洞窟。
 ここは文字通り魔法が使えない空間のため、これまでより慎重さが求められる場所だ。
 視界拡大呪文が便利すぎて、いつも使いっぱなしにさせてるから、本来の五感を研ぎ澄ませないと。
 俺は、分かってるだろうけどその点をみなへ口頭で伝え、そして洞窟へ入っていったのだった。




 薄暗い中を、ランプ頼りで歩いて行く。
 この場所はあまり人の手が加わっていないからか、明かりが設置されてない。
 かろうじてコケが発光してるんで、うすぼんやりと壁が見える程度だ。
 その中で照明を点けることは敵に先制攻撃を許すことにも繋がってしまうんだが、これは仕方ないだろう。
 モンスターを警戒するあまり、俺たちが攻撃できないんでは本末転倒だから。
 それにしても、こんな暗闇で活動するとなればモンスターには暗視能力が備わってるんだろうか?
 ゲーム時は、この洞窟も他のダンジョンと変わりなく壁と広間で出来た場所だった。
 しかも地中であるにも関わらず、明かりが全く必要なかったんだよね。
 当時はダンジョンだから同じだと思ってたけど、リアルの洞窟になれば暗くて当然だろう。
 ゲームと違いランプを用意出来たんで、それを掲げて進んでいく。
 一個しか用意してなかったんで、落とさないよう注意しないと。一応松明も持ってきたけど、燃焼時間が圧倒的に少ないからなぁ。
 剣を扱えるとは言ってもやはり僧侶が本業のテランナへランプを渡したから、戦闘の際も明かりの問題は無いだろう。
 一つだけ心配なのは、迷ってしまうこと。
 通路が細かく枝分かれしてるんで、どこを目指せば良いのか分からないんだ。
 しかもこの洞窟、ゲームでは世界中で一番広いダンジョンとなっており、最下層まで探索するとなれば大変な時間が掛かってしまう。
 ちなみに二番目はエルダーアイン界にある『ガイアの洞窟』で、魔神界へ行く際に通る場所となる。
 ただ、そこは『黒の石』を持っているとワープで素通り出来てしまうことから、俺はきちんと探索したことが無い。
 大多数のプレイヤーもそうだったんじゃないかな。
 入り口がシルヴィア王女の部屋にあってこれ見よがしに怪しいものの、彼女をサイクロップスから助け出さないと部屋へ入れないし、そもそも彼女を助ける前にエルフ界へ行って黒の石が通行に必要との情報を先に聞いてしまう方が多いからね。
 まあ、そこはどうでも良い。こっちの洞窟をクリア出来るかが問題だ。
 ゲームでは確か地下六階まであって、俺たちが求める『角笛』は地下三階にあるはず。
 最下層には紹介済みの『シーのコンパス』が一個置いてあって、ゲーム時は例のグリックさんに気付かないとそこまで行かねばならないことになる。
 だから、さまよえる塔とこの魔封洞窟のクリア順番が逆になるんだが、俺たちはもう神聖剣を入手してるから半分の道のりで済むって話なわけだ。
 楽になったとは言え、リアル洞窟ってこんなに不気味だったかな?
 小さいころ鍾乳洞には行ったことあるけど、観光地なのでライトアップされてたから怖いとは思わなかったんだよ。
 それ以外でこの雰囲気に近い場所はと考えれば、遊園地のお化け屋敷が近いのかな。お化けの代わりにモンスターが出ると。
 でも俺は行ったことが無い。あんなカップルで行くような場所は近付くことさえ無かったんだ。
 それなのに、こうして嫁たち女性と共に暗い洞窟をさまようだなんて、夢にも見たこと無かったなぁ。
 不意に前方から足音が聞こえる。
「来ます。一匹……いえ、二匹!」
 シルヴィアの言うとおり、現れたのは二匹のグールだった。
 こいつらは散々相手にしてたから、俺一人でも片付けられる。
 すっと前に出て神聖剣を二度ひらめかせれば、すぐに静寂へと戻った。
「リュージよ。この洞窟におけるモンスターにグールは居たか?」
 洞窟に入る際、俺の記憶にあるモンスターを教えてたけど、その中にこいつは入ってなかった。弱い相手は忘れてたのかな?
 隊長の質問に少し考えたものの、俺は首を振って「覚えてない」と正直に告げた。
 いくらこの『夢幻の心臓2』が魂のゲームだとしても、俺の記憶力には限界がある。二十年以上前のゲームだからね。
 これまでは問題無かったけど、ゲーム知識で先入観を持たせると予想外の事態に対処出来ない恐れもあるよな。
 見えない洞窟でのダークナイトを思い出しながら、俺はみなへ言った。
「三階までで注意すべきはミノタウルスだけだったはず。可能性は低いけど、まだ出会ったことないモンスターが居るとすればグリフォンとマンティコラだな。四階になればそのグリフォンが出たはずだけど、そこまでは行かないようにしたい。もしグリフォンらが出てきたら、事前の話し合い通り俺とユーギンが先頭に立とう。幸い、それ以上の脅威となればダークナイトかドラゴンしか居ないんで、ドラゴンが見えた場合は一時撤退しようと思うけど、どうかな」
「ふむ……まあ、妥当だな」
 その言葉に隊長が納得し、他のメンバーも異論がなかったんでそのまま行くことにした。
 ダークナイトが倒せたからには、ドラゴン以外は倒せるはず。
 ゲームではそうだったが、レベル低いとグリフォンには手こずらされた記憶もあるんだよね。
 しかもこの洞窟では回復呪文を唱えられないから、更に厄介だ。
 傷薬も持ってきたけど、あまり回復しないんで過度の期待は出来ないだろうと思う。
 ミノタウルスは二階、それ以外は四階から出現のはずだが、さっき言った通り階数の分からないこのリアル洞窟ではどこで出るのか分からない。
 なので、マッピングをしつつも慎重に俺たちは進んでいった。
 ゲームでは休息なしでどこまでも行けたけど、リアルの世界では睡眠など適宜休息が必要になるから、その時が一番危険だな。
 幸いにして初日は普通に休息が出来たものの、二日目になって洞窟に変化が現れた。
 地下水だ。
 あちこち通路が遮られるし、地面がぐちゃぐちゃで歩きにくいよ。しかも、まだ階段が見つからないのが地味に痛い。
 くそう、リアル洞窟ってこんなに面倒なのかよ。
 明かりは余裕をもって丸々五日間分を用意してあるけど、既に二日目だから一時撤退も視野に入れねばならないだろう。帰るまでが遠足です。
 そもそも、本当にここに角笛はあるのか?
 そんな疑問をつい持ってしまうが、それを教えてくれる人は誰も居ない。
 ゲームでもありかを知ってる人は居なかったし、角笛の必要性をこの世界の住民が知ってるはずも無い。
 なにせ、角笛と幽霊船についてはゲームにおける最大の謎だったものなぁ。
 ナガッセの街でヒントを教えてくれる人の居場所にたどり着く方法がまず気付きにくいし、そのヒントが何を意味してるのか理解するのも困難だ。
 正しく角笛を吹ける場所は一見して何の変哲もない樹木だから、気付かず通り過ぎてしまう人だって居ただろう。
 そして、それらが判明して実際に角笛を使った時の変化ときたら!
 画面の隅っこに突然船が現れるんだけど、船の全体像が見えないせいで何が起こったのかすぐには分からないんだよね。
 角笛と樫の木と操船技術を持った人、これらを事前に揃えておかねば笛で出現した幽霊船へたどり着けないので、俺もずいぶんと苦労した記憶がある。
 そして、それを更に困難としているのが、角笛のありかがこの洞窟の三階にあること。
 なまじ六階まであるもんだから、途中にそんな重要物品があることを知らず先へと進んでしまうんだよ。これも罠と言えるのかな。
 ともかく、何とかして洞窟を把握したい。
 行く手が完全に水で遮られても、今の俺たちには船へと変形する樫の木があって操船出来る隊長も居るからまだ先へ行ける。
 そうこうしているうちに、ランプでは先が見通せない地底湖のほとりまで行き着いてしまった。
「こんなの、ゲームじゃ無かったな」
 ゲームでは、水がある場所はほとんどフィールドだけだった。
 ダンジョンには当然無く、街だと俺が記憶してるのはナガッセのみ。
 そう言えばもう一ヶ所、サルア城の地下にも水で通行禁止の箇所があったな。あの先ってどうなってただろう?
 そこにはこれ見よがしに船が置いてあるんだが、乗れなくて悔しかったことを俺は思い出した。
 後で宝物庫から樫の木を見付けるんだけど、それが船になると知って唖然としたんだよなぁ。
 ゲーム上、船が必須となる場面は一回のみで、先ほど言っていた幽霊船へ乗り込む時だけだ。
 後はエルフ界の川を渡る際とかで地味に役立つくらいのため、プレイヤーによっては操船技術の人を仲間にするのは一時的な扱いだった人も居ただろう。
 俺の場合はクモン隊長が操船技術のほかに戦士能力も持っていたもんだから、彼を一回仲間にしたら最後まで使い続けていた。
 だって、いちいち仲間を変更するのが面倒なんだもの。
 仲間にした人をパーティから外し、再度仲間へするのには手間が掛かる。
 それは、最初仲間にした場所と再会出来る場所が異なることがあるからだ。
 ドワーフのユーギンを例にすると、彼と出会うのはアーケディア砦だが再会出来る場所はドワーフ村になる。
 安全な場所へ移動してると考えれば納得できるんだけど、その居場所を知るまで仲間から外したことを泣いて後悔した記憶が……
 まあ、それはそれとして、今すべきなのはこの先へ進むかどうかだよな。
 ここまで階段が無かったことから考えると、ここを避けては通れない気がする。
 マッピングもみんなで確認しながら来たんだ。見落としは無いはず。
 問題は、水中からモンスターが出るか否か。
 ゲームでは水棲モンスターも僅かながら存在した。半漁人と海蛇みたいなやつ。後はタコのお化けみたいなやつだ。もうちょっと居たはずなんだけど記憶には無かった。
 最初の二種類なら全く問題無い。出てくる場所がエルダーアイン界とエルフ界のフィールドなので、足場が確保できれば苦労しない強さに収まってる。
 ただ、タコはどうだっただろうか?
 魔神界に一匹居たはずなんだけど、魔神界の水は精霊にお願いすると干上がってしまうから相手する機会はほとんど無かったような。
 名前も出てこないなー。クラーケンじゃないのは思い出せたんだけど……
「ずいぶんと難しい顔をしとるが、どんな問題があるんじゃ?」
 ユーギンが心配そうに尋ねてきたんで、俺は素直に答えた。
「物語だと洞窟内部に水は無かったって前に言ったけど、水中から出てくるモンスターの種類が読めないんで少々不安なんだよね。船だと足場悪いし……」
 洞窟内でも船を浮かべられるのは実証済みだ。
 これまで何回も使ってるけど、その際はモンスターが出なかった。
 だから今回も出ないとは言えないのが厄介なだけで、足場さえ問題なければバッサリ切り倒せるものを。
 でもこうしてる間にもランプの燃料を消費してしまうから、さっさと決めないとな。
 俺は薄暗い先を見つめながら、最終的にみなへ言った。
「この先へ行こう。モンスターが出るかは分からないけど、神聖剣だからタコ以外は大丈夫なはず。タコは……速やかに足を切り落とせばたぶん」
 頼りない言葉だけど、俺にはそれしか言いようがない。大きさが不明なんでね。
 タコあるいはイカのモンスターとして名の知られているクラーケンだと、ゲームによっては大きさが二十メートル以上にもなってしまう。
 このゲームではモンスターのグラフィックが一枚絵でしかないから、比較対象が無くて大きさが分からないんだ。
 実際の戦闘になれば大きさで強さが変わるからあまり先入観を持ちたくないけど、どうしても大きいことを予想しちゃうなぁ。
 船ごと抱きつかれたら、洒落にならんぞ。
 幸いにも隊長が船上戦闘に慣れてるとのことなので、もし出たらそのフォローに徹したい。
 そう決めて、湖面の先へと船を進めていった。
 地面じゃないのって、やけに心細いなー。
 船は十人以上が乗れる大きさになるだけあって、揺れをほとんど感じない。操船技術の巧みさもあるんだろうが、滑らかに前進していく。
 五分くらい進んだところで、ぽっかりと浮かんだ島らしき部分が現れた。
 見回したが、モンスターらしき姿は確認出来ない。なので俺たちはすぐさま上陸を決める。
 手持ちの槍を地面に刺して船を近付ければ、そこには謎の箱が置いてあるじゃないか!
 罠かもと一瞬思ったが、びっくり箱でモンスターが出る罠はゲームに無かったんで、一応用心しながらもすぐ近くまで歩いて行く。
 そしてユーギンが金属棒を使って解錠したら、やけに小さい笛が現れた。
 これが例の角笛なのか?
 普通、角笛であれば最低でも握り拳くらいはある。だけどこの笛は、親指くらいしか長さが無かった。しかも太さが吹き入れる口以外どこも同じだ。
 これ、犬笛とかそんな感じじゃねーのか。
 確かに音を発するブツではあるものの、不気味な音を発するようには思えなくて、俺は何気にプゥと吹いた。
 途端に、キーンと甲高い音が鳴り響く!
 うへぇ。これは不気味と言うより気持ち悪い……
 予想外のダメージで顔をしかめたら、みんなも同様の顔をしていた。
「ご免。こんな音だとは思ってなかった」
 素直に謝っておこう。これは俺が悪い。
 頭を下げたら、不用意ですよと注意を受けたものの、確かめるには仕方ないかもとの言葉を受けた。
「聞いたことのない音色でしたねー。だからこそモンスターには都合良いのかもしれませんが」
 テランナの言う通り、普通の音だったなら合図になるはずが無い。
 ゲームでは『不気味な』としか表現されてなかったそれ。
 ナガッセの人も角笛の音と言うことを否定してなかったし、俺はてっきり角笛自体はありふれたものだと勘違いしてたよ。
 もしかすると、偽物の可能性もある。違う合図の可能性もあるが、この場じゃ分かりようが無いな。
 俺たちは、一応目当ての物が見付かったことで引き上げようとしたものの、湖面から何かが這い上がってくるのを見て剣を構えた。
「これがタコかよっ!」
 十匹ほど出て来たのは、紛れもないタコ。ゲームで見たのはもっとモンスター然したやつだったはずだが、これは普通のタコにしか見えん。
 しかも胴体のサイズが一メートル未満なので、触手もさほど怖くない。あっ、触手の先端に口があったけど、これが通常のタコとの差異か?
 でも手分けして剣で切り付けたら、サクサク退治出来てしまった。
 何のために出たんだろう。
 そんな感想を持ってしまうほどだったんだけど、退治したその気の緩みを狙ってたのか、のそりと大物が現れた。
「でかい……が、やれる!」
 俺はそう叫んで剣を振るった。
 何せ、そいつの胴体は五メートルくらいにしか見えない。俺たちの身長の三倍程度なら、剣も普通に通るはず。
 相手は触手をいくつも伸ばしてきたが、それほど早いとは思えない速度だった。
 俺とユーギンが二本、シルヴィアと隊長がそれぞれ一本ずつ切り落としたところでヤツが少し近付いてくる。
 もう一本、更に一本。切り落とすたびそいつが近寄ってくるんだが、姿がおかしいことに気付いた。
「触手の数が減らない?」
 地球におけるタコの足は、数が八本のはず。あれ、十本だったっけ?
 イカとタコがどっちだったか分からなくなったものの、ともかく数が有限なのは間違いない。
 切り落とした痕に生えてくるのかもしれないが、それでも数秒で再生されるはずがない。
 おかしいとは思いつつも、触手を全部切り落とせば本体へ攻撃できるはずだと大声で伝え、攻撃すること十数回。
 地面に落ちた手の数が百本になろうかと思われたその時になって、ようやく数が四本しか無くなった。
 足下は触手でいっぱいだ。こんなになるまで、どこに隠してたんだよっ!
 たかが十メートル程度しか離れていない本体の、その半分程度の大きさな胴体。
 そこから三桁もの触手が伸びてくるのって、どう考えても質量保存の法則に反します。
 良くある触手ものだと切った先が別々な自由意志を持ってたりして動き回ったりするんだが、ありがたいことにそんなことは無く、体感にして五秒ほどのたうち回るだけだったからどうにかなった。
 動き回ってたら、足場が無くなってたかもしれん。
 残り四本の触手も疲れを感じながら切り落とせば、残ったのは動けないただの胴体だけだ。
 あれ? タコの中心部って頭なのか胴体なのかどっちだったっけ?
 海産物に目が無い日本人の俺なのに、そんな基本知識さえもあやふやになってしまった事実を愕然と受け止めながら少し近付けば、最後の抵抗とばかりに墨が発射された。
 疲れて動きが鈍くなっていたものの、どうにかシルヴィアを守って俺が代わりに受け止めたんだが、何か量が多いよ。
 触手の口が無かったのに、どこから発射したんだ? タコに墨あったとは記憶してねーぞ?
 ただ、目は隠せたから視界は大丈夫だ。でも毒があるかもしれないから、俺は早めに処理したく剣をヤツへ振り下ろした。
 それだけでは倒れなかったが、隊長とユーギン、更にシルヴィアも剣を振るったらやっと後ろへ倒れてくれる。
 倒れる際バシャーンと盛大な水しぶきを上げたんで、みな水浸しだよ。
 早めにこれも処理したい。
 でもその前に、モンスターがこれ以上居ないことを確認した後、俺はもう一回笛を取り出してそれを見てみた。
 どう見ても、角笛には見えない。出来は良くても短い縦笛だろ、これは。
 短いから高い音が出たんだろうけど、それでも気分が悪くなるのはどんな理屈なんだろう。
 と、それを考えたら、さっき答えを俺自身で思い付いてたことに思い至った。
 もしかしてだけど、これは犬笛のように超音波を出してるんじゃなかろうかと。
 人間には聞こえない周波数の音を出す犬笛。
 犬はそれを聞き分けて行動するらしいが、まさかモンスターもそうだとは思わなかったぞ。
 正直、俺がこれを吹かなければタコは襲ってこなかったんじゃないのかと口にしたら、隊長もその意見に賛成だった。
「まったくリュージは、そそっかしいな」
 はい、俺が悪いんですよね。ご免なさい。もう一回謝っておきます。
 それでも、これが目的の笛だってことはこれで一応分かった。
 超音波なら減衰せず海底まで音を響かせることが出来るから、それを合図にしてたんだろう。
 これが有効活用できれば超音波によるアクティブソナーになるんだろうけど、機械を作れないこの世界だとそれを望むのは無理だね。
 と言うより、何で超音波を相手が知ってるんだ?
 地球で音波の存在が認められたのがいつなのか知らないけど、少なくとも空気を認識した後だろう。
 この世界は科学が発達してないから、世界観で言えばこれもありえない部類に入る。
 でもなぁ、彗星に乗って流れ着いた暗黒皇子側にしてみれば、周知の技術なのかもしれない。
 その辺を深く考えたらまた頭が痛くなってしまうんで、隊長の号令でさっさと船に乗り込み、さっきの場所まで引き返して洞窟の外へ出ることにした。
 島の先にも何かあるかもしれんが、ゲームだと重要物品の残りはコンパスしか無かったんで行かなくても大丈夫。
 それに洞窟内では火の扱いが難しいし、モンスターを警戒しながら服を乾かすことが出来ないから大変だよ。
 体温で少しずつ乾くとは言え、それまで少し感触が悪いがやむを得まい。
 男の俺とは違い女性二人はどうにかさせたいと思ったものの、それは提案しなかった。
 だって火を使うとなれば残りの二人にも裸を晒すことになってしまうじゃないか!
 気心の知れたパーティメンバーではあるけど、それをさせる訳にはいかんのだよっ!!
 決して濡れたままの服に心動かされた訳じゃないからね?
 来た時と違い、マッピング済みの場所を戻るだけだから時間は短縮できる。
 ランプの燃料も心細くなってたんで、不測の事態に備えながら足を速めた。
 行きが二日弱だから一回夜を挟むことになるけど、こうなれば休息のみとして早く洞窟を出た方が良いだろうと思う。
 襲ってくるモンスターも、行きより心なしか少ない。
 なのでつらつらとタコの姿を思い浮かべてたら、不意に名前を思い出した。
 そうだ、スキューレだった。
 でもその名前は、別な姿が浮かんでくるなぁ。タコと言えばクラーケンだろ、普通は。
 そんな感じで別なゲームのことまで思い出してしまったが、それに異を唱えられる人が居ないんで、口には出さないでおく。
 オタクなのに話し合える人が居ないのは、ちょっと寂しい。
 感傷に浸ってるのを嫁に気取られないようするのは厄介だったが、周囲が暗いんで何とか誤魔化せた。
 やっぱりオタクなのは今後も隠してた方が良いのかな?
 予測してた出現モンスターなのにミノタウルスが出なかったことへ思い至ったのは、結局、洞窟の外に出て武具の手入れをし始めた時になったのだった。



[36066] その28
Name: 凍幻◆786b687b ID:86a11131
Date: 2013/12/15 20:32
 幽霊船へ進む。
 例の石関連では一番面倒な『青の石』がそこにある。
 青、緑、そして赤。三色の石を精霊たちにお供えしなければ最終目的地である『魔神城』の本物へ踏み込めないから、俺が日本へ帰るため必須なアイテムの一つでもある。
 緑の石はこの前トロール城で手に入れたし、赤の石も偽魔神城にあると思われるから、幽霊船でこの石を入手できればグッとゴールが近付いたことになるんだよね。
 でも、と思う。
 嬉しいはずなのに、それが時おり妙に寂しく感じてしまうのは何故だろう。
 日本へ帰ったら、親に顔を見せたい。失踪してた息子が帰ってきたら喜んでくれるだろう。どんな顔になるかは想像できないけど、たぶんね。
 オタク趣味も充実させたい。自分の血を流さずに済むゲームを思う存分やり込むんだ。
 そして、シルヴィアと別れる――?
 途端にざわめきが走る。そんなことは出来ないと。
 ゲーム時は、彼女は単なる同行者だった。続編では主人公に同行を強く願い出てたけど、恋愛要素は無かったはずだ。
 なのに、リアル世界となったことで俺たちは惹かれ合ってしまってる。
 おっさんな俺なのに彼女も満更ではないのが少々妙だけど、これはキノコのせいもあるだろう。
 昼間の頼りであるバーサークキノコが夜にも活用できるだなんて、俺はこの世界に来るまで想像すらしてなかったよ。
 もう一人の嫁テランナも満足してるようだし、俺の年齢から来る問題点はそんなに無いようだ。
 と言うか、もっと関係を進めてさっさと子供を作れなどと提案されちゃうんだから、モテない俺にとって運命の人たちになってしまってるんだろうか。
 運命の女性などと称したらもう一人必要なんじゃと突っ込み入るかもしれんが、俺は二人で満足してるから要りません。
 魔神城に居るラスボス暗黒皇子を倒せば、相手がモンスター召喚に使っている『時空の祭壇』で俺は日本へ帰れると思うんだけど、一人用とは限らないので嫁たちが着いてくる可能性もあるんだよな。
 個人的には嬉しいけど、戸籍持ってない人連れてって大丈夫だろうか?
 この世界で手に入れた金貨が売買できれば金銭問題がクリア出来るんで、それでどうにか出来ないかな。
 そうは思うけど、俺はまっとうなサラリーマンだったから、裏の話になりそうな内容に通じてないのが問題点だよね。
 まぁ、最終的な判断が必要となる前に覚悟を決めとかないとな。
 少しだけモヤモヤとした心を持てあましながら、俺たちは人間界へと戻ってきていた。
 エルフ界で入手すべきアイテムはほぼ揃えたんで、暗黒皇子を倒すまではエルフ界へ行かなくなるだろう。
 唯一、『ペガサスの羽』だけはまだ入手してないけど、それも一応目処が付いている。
 魔封洞窟へ行く前にドワーフ村でエルフ王へ手紙を出してたんだが、それへ「ペガサスの羽を一人二個ずつサルア城へ送ってほしい」と書き込んでたんだ。
 ゲームなら宝箱から拾うか売ってる場所へ行かねば入手出来なかったアイテムだけど、手紙が出せるなら時間短縮で拠点に送ってもらえばいーじゃんと閃いたんだよ。
 もちろん、それ相応の金貨は必要になる。
 ゲーム時は一個で金貨二〇〇枚だったけど、この世界では需要過多でその倍は値段がする。
 それに、うっかりしてたけど、この世界での羽って個人用マジックアイテムなんだよね。
 一個あれば全員が恩恵にあずかれたゲームと違い、パーティメンバー全員分を揃えねばならないってことを知ったとき、ずいぶんと驚いたが納得もする。
 背中に羽を生やすんだから、普通は一人用だろうと。
 もしかするとゲームではパーティ五人分が一個として売られてたのかもしれんが、それを言い出しても仕方ない。
 そうして俺は、五人分掛ける往復二個で計十個を大枚はたいて注文したって訳なのさ。
 そんな大金、いつ入手したんだと驚かれるかもしれない。
 確かに金策でモンスター退治してたのは『アストラルの洞窟』でだけなんだけど、野良モンスターのトロールが結構居て、そいつらが金を持ってたんだわ。
 取り立てて描写してなかったが、エルフ界でもフィールドにおけるモンスターとの遭遇率は馬鹿に出来ないレベルとなってた。
 敵の主力なのがトロールで、シー村でも村を防護するなど物々しいことになってたから納得されるだろう。
 ただ、エルフ軍の主要武器はまだ大型剣だから、魔法剣が一般兵へも行き渡るまではなかなか対処が難しいんだよね。
 俺もゲーム時は大型剣で苦労した記憶があるから、現在急ピッチで進められているドワーフ村での魔法剣生産体制が凄く頼もしいです。
 俺と言う勇者が居なくともエルフ界での勝利が十分に見えてきたんで、後は軍隊での人海戦術に任せようと思う。
 人間界に付いては、こちらもこれまで以上にモンスターの出現頻度が高くなってきたと聞いた。
 ほとんどは大型剣でも対処可能な弱いモンスターだそうだから、人間界でも勇者抜きの軍隊だけでやってもらいたいと考えている。
 と言うか、やっぱりモンスター対処は軍隊の役目なんだよなぁ。
 勇者一人で出来ることなど、たかが知れている。
 俺は少し後押しをしただけで、それで上手くいくんだから元々勇者なんか要らなかったんだ!
 そう主張するのに、何で嫁たちは俺のことを持ち上げるんだろう?
 しかも俺の知識はゲームのそれ頼りだから俺の頭が特別良い訳でも無いんだし、疑問視しちゃうよね。
 これが政治だと『持ち上げる御輿は馬鹿が良い』となるんだろうが、実際にそれを求める人が居たら俺は付き合いを止めるよ。
 腐っても俺は日本人だから、やっぱり色々と仲良くしたいじゃないですか。夜の方とか……いや、今の無し。
 えーと、今のところ俺の態度はシルヴィアたちのお眼鏡に適っていて、彼女たちの方もそうだと言うことです。
 旅の最中だから四六時中いちゃつける訳じゃないけど、隊長とユーギン含めたパーティ全員がそれなりに良好な雰囲気だとも言っておこう。
 この前入った『魔法の封じられた洞窟』を出て『アストラルの霊木――洞窟』を通り、一路人間界へ。
 そこから南東へ進んでエクセリオの街付近までやってきた俺たち。
 本来なら街で一泊した方が良いんだろうけど、シルヴィアが異議を申し立てたので野宿になった。
 異議の理由は、シルヴィアが目立ちすぎるからなんだとか。
 自意識過剰と言うなかれ。この世界では写真が無い代わりに絵画で王族の似姿が販売されてるんだ。
 買う人はほとんどが王国の人間なので、イコール人間界の中ではシルヴィアの顔が知られてるって話になる。
 そんな偉い人が少人数のお供だけでやって来たら、そりゃ不思議がるよね。
 しかも今はモンスターの被害で軍隊が出ずっぱりだから、王家の娘なのに護衛が少ないよとも言われそうなんだ。
 エルフ界の街で問題視されなかったのは、他国の王族だから。それとサルア王の先触れが話を通してたことも影響してる。
 エルフ王へだけは俺たちの方が早く着いたからこっちで話をしたけど、あの時通信兵には確認で念を押されたっけなぁ。
 まさかとは思うけど、俺の似顔絵も売ってたりするんだろうか?
 不細工なおっさんの顔なんか見ても詰まらないだろうと言ったら、シルヴィアは「見飽きませんよ」と反論してきた。
「サルア城に帰ったら、絶対描いてもらいますからね」
 幸いにしてまだ売ってないらしいが、覚悟はしなければならないようだ。恥ずかしいよ……
 そもそも、そんな時間取れるのかなと思ったけど、本格的なものは後日にし素描のみで良いから早急にバラ撒きたいとも言ってくる。
「それって、今後俺が不振がられないために?」
「そうですよ。結婚公布は済ませましたけど、場合によっては各地への旅行がかなり遅くなりますから。前回は都合が付かなったですしね」
 シルヴィアを助けてサルア城へ最初に行った際は慌ただしかったし、お酒で酷そうな顔をしてたんで描くのを見送ったんだそうだ。
 描かれると魂を吸い取られそうとは思ったけど、もう既にシルヴィアに心奪われてるから反対出来なさそうです。
 それにしても、人間界の旅行かぁ。
 人間界の街は必須アイテムが無いんで俺たちは回ってない。なので顔を売ってから一緒に回りたいんだそうだ。
 それにしても、旅が遅くなるって何でだろう。暗黒皇子退治に時間掛かるかもしれないってことか?
 どんな困難を予測したのかと恐る恐る尋ねたら、彼女は逆にニッコリ微笑んできた。
「子供が生まれる前は歩くのがキツくなりますから」
 そっちの意味で遅くなるんですかー!?
 確かにこれまでの経緯からすると、そうなるよなぁ。あはは、はぁ……
 俺の溜め息はともかく、そんなこんなで今回は街での泊まりが回避された次第です。
 隊長もユーギンも特段反対をしなかった。
 唯一テランナだけが街でキノコを入手したいと騒いだけど、夜がなければ足りてるからっ!
 そうして今、この前入手した笛を吹くべく街の近辺をうろついてる訳だ。
「テランナ。そっちはどう?」
「駄目そうですねー。感じませんですー」
 俺はでかい木に登ってた彼女へ声を掛けたものの、返ってきたのは芳しくない内容だった。
 ゲームでは、笛を吹くのに適した樹木は一本しか無かった。
 しかも周囲に他の木が生えてなかったんで、エクセリオ近辺と聞いてすぐにピンと来たプレイヤーも居ただろう。
 でもリアル世界のここではそれらしい木が結構あったことから、手分けして目的の木を探す羽目になってしまっていた。
 ゲーム時は木のアイコンと主人公のアイコンを重ねればそれで良かったのになー。地味に面倒くさい。
 そうこうして二十分ほど探した結果、一番海に近い木へ近付いたとたんに何かが腐ったような酷い臭いがしてきたんで、これだろうと言うことになった。
 ゲームであった『邪悪な雰囲気』って臭いのことだったのか?
 納得は出来ないものの、いったんその木から離れてみなで準備を整える。
 手持ちの犬笛らしきモノによる音がモンスターへの正しい合図であれば、この木近くで吹けば沖合に幽霊船が出現するはずだ。
 その中には『青の石』があり、それを精霊へ捧げて『魔神界』のフィールドから水を無くさせるお願いをせねばならない。
 少し前に入手した『緑の石』は隠された真実の魔神城を出現させるのに必要で、まだの『赤の石』は魔神界から溶岩を取り除くため必要となる。
 ところで、何で魔神界から水を取り除かねばならないんだろう?
 ふと、そんな疑問が湧いた。
 魔神界で三つの石を順番通りに納めていかねば精霊たちがお願いを聞いてくれないんだけど、緑はともかく赤と青が必要な理由をよっくとは覚えてない。
 順番はきっちり覚えてる。最初に青、次に赤、最後に緑だ。
 青を精霊に納めれば水が引くんで、次に行く赤を待つ精霊の居場所、水に囲まれた『火の塔』へ行けるようになるんだが、船があればそこへスイスイ行けちゃうんだよ。
 でも順番守れと言われて仕方なく青を『水の塔』、赤を『火の塔』、緑を『土の塔』の順番で納めていくことになるんだけど、はて?
 それに、塔の名前はこれで合ってたかな?
 どうせ俺以外その存在を知られてないだろうから、間違ってても指摘する人居ないだろうけどね。
 最初に行く水の塔始め全部の塔が特段封印されてないから順番があるなんて最初知らず、適当に回って精霊から怒られた記憶もある。
 だけど、何で順番が必要なのか詳しい説明はゲーム時無かったような気がする。今もって見当が付かないよ。
 一応、行動範囲を順番に広げていく必要があるのかと思ったことはある。水、溶岩ともに歩行出来ないからさ。
 ではあるけど、溶岩を消し去るための赤の石が溶岩に囲まれた偽魔神城にある理由が分からないままだったりもする。
 石を求める各々の精霊に出会ったら、何か言及してくれると良いなぁ。
 ゲームをやりこんだ俺でさえ疑問に思ってるんだから、パーティメンバーも石が何で必要なのか理解してる人は一人も居ない。
 なのに現物を奪いに敵地へ乗り込んでくれるんだから、本当に感謝です。
 そうこう考えてるうちに、みんな準備が出来た。と言うか、俺が一番最後だったよ。ご免。
 軽く謝ったけど、シルヴィアから非難の声が出てしまった。
「もうっ、着替えを楽しむのは私たちのだけにしておいてくださいね」
 それ非難なのっ? こんな昼間に言えちゃう内容なのっ!?
 呆気にとられた俺を横目に、隊長も溜め息を吐いた。そりゃそーだろう。
 なのに顔を上げた途端、こんな言葉が彼の口からも飛び出てきた。
「リュージよ、姫様にこんなことを言われるまでもなくキチンと夜の勤めを果たせよ。それが貴様のためだ」
 ちょっと待てっ! どんな言いぐさだよ。俺、何も悪いことしてねーじゃんか!
 つーか、この世界でも夜の着替え楽しみってあるんかい!?
 日本ではサブカルチャーが発達してたからコスチュームプレイなるものが存在してたけど、まるっきりのファンタジー世界でそんなことを言われるとは思ってなかったわ。
 目眩を感じていったんうずくまった俺に、後でテランナから説明があった。
 何でも、日本からやってきた人の一部が鎧姿を見て異様に興奮してたことがあり、それで知られるようになったんだとか。
 それって方向性が全然違うじゃんかー!
 オタクな俺はそう思うんだけど、この世界にあっては一緒なのかもしれん。
 ちなみに、ミニスカはあるもののエロ下着は素材と縫製が難しいので無いです。そんなレベル。
 いや、一流職人なら作れるかもしれないけど需要と供給のバランスが、ねぇ……
 下着は基本的に個々人のサイズに合わせねばならないから、少しでも凝ったものを求めるとどうしても一点ものとして値段が高くなりやすいとも聞いた。
 一応は地球からの持ち込み製品を参照した汎用サイズのモノがあるんで、普通はそれを使ってるらしい。と言うか今の俺もそれを使ってます。
 ただ、個人的な感想を言わせてもらえば、日本での絹やナイロンには確実に質が落ちる。ちょっとゴワゴワしてる感じ。
 無いよりはマシだし、地球でも石油から安価なナイロンが発明された後で一般にも下着が広まったんだっけか?
 それまでは木綿が主流だったのかとも考えたけど、日本じゃふんどしからいきなり西洋下着へ切り替わったんで下着の発展変化具合は学校で教えられてないんだよね。
 つーか、教師がそれを言い出したらみんなざわめくと思う。これは確実だ。
 調べるにしろ、男の自分ではちょっと恥ずかしいよ。下着を作ってる会社だと歴史を紐解いたりするんだろうか?
 今の俺に出来ることは、嫁たちがそっち方面も許容してくれるありがたみを噛みしめることだけですよ、はい。
 いや、エロ下着にはまだ手を出してないからっ!!
 だいたい、本人がこうやって俺と共に旅をしてる段階で特注下着は作れませんってば。
 旅が終わったら即作成だろうって?
 うーん、どうなんだろう。それが夜の戦いへ投入されたら俺は間違いなく鼻血を吹き出して死ぬね。非モテだった俺を舐めるんじゃねーよ。
 コスプレしてくれると聞いただけでお腹がいっぱいですー。
 とまぁ、話が変な方向へそれたが、こんな馬鹿なことを話してるのは無事に『青の石』を手に入れたからなんで問題なし。
 いやぁダークナイトは強敵でしたねと、笛を吹いてからのことを話しておこう。




 響き渡ったのは、叫び声みたいな甲高い音波。
 超音波の域まで達してると思わしきその音が、晴れ渡った海へと飛んでいく。
 これを聞くのは二度目なので覚悟はしてたけど、気持ち悪いよ……
 体中が揺さぶられた感じになり頭を軽く叩いて調子を整えたら、もう一回変な音がしてみんな顔をしかめた。
 もしかして、返事かよっ!
 ゲームでは一方通行でこっちの合図のみで浮上してた幽霊船だが、律儀に挨拶をし返したようだ。
「何回聞いても慣れぬものよな」
 ユーギンがそう言って自分の頭をはたく。俺同様気分が優れないようだが、のんびりと調子を整える余裕は無い。
 俺たちは、これから浮上して来るであろう幽霊船へ乗り込まねばならないのだから!
 ところで、何で『幽霊』船が出るって分かってるんだっけか?
 ゲーム時は、例の笛の音を聞いた人が幽霊船だったと目撃談を話してくれるからだったような気がする。
 他には誰も見てないし、この世界では「音が不気味だった」としか聞いてないんで、この世界で実際に船が出現するのかも分からない。
 ゲームでは帆船だったそれが違うものになってたとしても驚かないぞ。
 みんなへは、何かが浮上してくるとしか言ってない。変に先入観を持たれてしまうと見逃す恐れもあるからだ。
 ただ、そこのボスがダークナイトとは伝えてある。
 この前トロール城で対峙したあいつなんだけど、実は幽霊船が一番目の出現場所なんだよ。
 全部で十人居るから残りは九人だが、また出ても一回倒せたから特段心配は要らないだろうと思う。
 船だと戦う場所が狭くなるだろうから、その分だけは注意かな。
 そんな打ち合わせをしておいたんだけど、目前に現れた『それ』を見た瞬間、内容が全部頭から吹き飛んでしまっていた。
「な、なんじゃありゃ……おい、勇者! あれがそうだと言うのか!?」
 ユーギンがそう言って俺に確認を求めるけど、俺も答えようがない。
「あんなんで海底に潜むって、馬鹿なんですかねー?」
 テランナのそれへも、俺には言いようがない。
 しかし、現実は見つめなければならないな。あれこそが、ダークナイトの潜む船だと言うことを。
「……どう見ても、『たらい』としか思えませんですね」
 シルヴィアの言うとおり、海の中から現れたのは薄い円柱状の物体。
 しかも上部はへり部分しか無く、人が歩けるだろう場所は底のほうにしか無いらしい。
 ご丁寧にも最上部から少し下がった場所に何かが巻き付いてるようで、それが締め金にも見える。
 直径は、二十メートルから三十メートルくらいだろうか。
 そんななりだが、俺はたらいも一部で船として使われてたのを知ってたんで、一応は船として納得できる。
 ただ、普通は水上へ浮かべて使うもんだから、それが海底へ潜むだなんてことは理解できねーけどな!
 浮上するときの排水関係はどうなってるんだろう……
 みんなそうやって呆気にとられてたんだが、いち早く我に返ったのか隊長が声を出した。
「リュージよ。あそこへ乗り込めば良いのだろう? 早く行こうではないか」
「……あ、あぁ、そうだよね。そうしよう」
 ぎこちないながらも俺が頷けば、隊長はさっと樫の木を小舟へ変えてパッと乗り込んだ。
 ここからは百メートル以上離れてるけど、彼にとってはどうってことない距離らしい。
 ゲームだと、この樫の木船のシンボルマークも帆船になってたんだっけな。
 あの時はなんとも思わなかったけど、このリアル世界となんとまぁ違うことか!
 全員乗り込んだ後、隊長が呪文を唱えて船を出発させる。
 今のところ目標物に敵対的反応は無いけど、ゲームとは違い、空を飛べるガーゴイルとかが中から出てくる可能性もあるよな。
 あとは何が居たっけか?
 スケルトンは居た覚えがあるものの、その他のモンスターはどうにも記憶が薄いんだよね。
 到着するまで少し考えたが、結局モンスターがやってくることはなく、堂々とすぐそばまで近付いた俺たちはロープをへりの向こうへ投げ込んだ。
 外壁に窓が見当たらないので、侵入にはそれしか無いだろうと思われたからだ。
 ただ、高さがあるんで嫌だなぁ……
 へりの高さは五メートルほど。以前登ったさまよえる塔の高さとここの海上部分は同程度の高さに見える。
 頑張れ俺! あの時とは違って落下しても水だから助かる率は大きいぞっ!
 侵入時間短縮と攻撃対象分散のため、ロープは五本投げてある。個々人それぞれで登る方法だ。
 ひ弱なサラリーマンだった俺もこの世界に来てから剣を振り回すようになり、ずいぶんと腕の筋肉が鍛えられているからちゃんと登れる。
 海風でロープが揺れるのが怖いだけで、高さにはビビってなんかないんだぜっ!
 そう言い聞かせて登ること数分。今度は降りるためにロープを括り付ける。脱出の際にも使うからそこはキチンとした。
 ちらりと見た感じでは、降りる先も海面と同じくらい下にあるようだ。となれば、モンスターが居る場所は海面下になるのか?
 降りはじめたその時になって、ようやくモンスターが三匹ほど見えた。ガーゴイルだ。
 やつらは飛べるから、みんなで降りている時無防備になるかもしれん。
 しかもあいつらは麻痺攻撃を仕掛けてくるから、けっこうマズい状態だ。
 そう思った瞬間、俺の手から少しチカラが抜けてスルスルと甲板へと俺のカラダが落ちていく。少しでも着地を速めるためだ
「リュージよ、無茶をするな!」
 なのにそれより早く隊長が飛び降りて、盛大に威嚇した。
 三メートル近くも飛び降りて、衝撃大丈夫なのかよっ!
「わしも続くぞー!」
 俺が唖然とする暇もなく、ユーギンも手を離して飛び降りていた。
 こうなると、もはや競争になる。
 俺は怖くてそんなに高いところから飛び降りられなかったけど、どうにかテランナと同じくらいの速さで着地できた。
 幸い、隊長が下へすぐ降りたことから攻撃対象が定めにくくなったようで、ロープを掴んだ状態で攻撃されたメンバーは居ない。
 神聖剣を振るえれば、やつらなど雑魚に過ぎないからこれで大丈夫だ。
 きっちり全滅させたら、今度は剣を右手に持ったスケルトンが二匹現れた。
 アーケディア砦の時は相対しなかったけど、今の俺たちには神聖剣があるから怖くないぜ!
 今まで海の中にあったせいか、足場になってるこの表面部分が少しぬるぬるして歩きにくいけど、それはモンスターも同様だ。
 しかもスケルトンは文字通り骨しかないもんだから、接地面積が少なくて大変そうになっていた。
 こちらに向かってきたは良いが、二匹とも派手に転んでしまってるじゃないか。
 これならあっさり始末出来ると踏んで俺が近付くと、一匹が俺を睨み付ける。
 ドクロなんて、こ、怖くないぜっ!
 俺も転ばないように気を付けて進めば、危機感を持ったのかそのスケルトンはいきなり剣を下へ差し込んだ。
 ……どうやら、立ち上がるのに取っ掛かりを作りたかったらしい。
 当然ながらその状態で俺たちの神聖剣が防御できる訳もなく、一太刀であの世行きだ。もう一匹も同様。
 もしかして、こいつら馬鹿なの?
 一瞬だけそう思ったが、俺はかぶりを振った。ゲームでは強敵だったことを思い浮かべたからだ。
 足場が悪くなければ、危険だよね。
 俺たちは事前に靴底へ金属突起を括り付けておいたから、こんな状態でもそんなに気にせず歩けるけど、素足のモンスターはそうはいかないから俺たち大勝利!
 まぁ、そう都合が良くなる訳でなく、スケルトンたちが出てきたドアの先は全然水に濡れてなかった。
 このドアって、防水加工なの?
 思わず確かめてしまったが、そんな加工が施されてるようには見えない。ドアの厚さは少し厚くて十センチほどだけど、ゴムパッキンが付いてないんだ。
 と言うか、この世界にはゴムが無かったりする。
 天然ゴムの原料となるゴムの木が無いし、合成ゴムの原料となる石油もまだ資源としては手付かずのままだからだ。
 少量だけど石油がしみ出してるところはあると後から聞いたが、蒸気機関も無ければ化学も発達してないから何の役にも立ってないんだそうだ。
 ランプの燃料すらまだ植物油で足りてるとも聞いたし、石油の他の使い道って何があったっけ?
 この世界に役立つようなものは、俺の頭ではほとんど思い付かなかった。
 せいぜい、プラスチックが作れればプラモデルも作れるのにと思ったくらいだ。これは恥ずかしいから言わなかったけどね。避妊具も言えない一つだったりします。
 そうそう、伸びるゴムがあると下着で大活躍するのにとは考えた。
 俺が今着ている下着も、ゴムが無いから紐で締めてるんだよ。
 日本でのフリーサイズパンツを知ってる身としては、ちょっとだけ着替えが面倒です。陸地に帰ったら、きちんと着替えしとかないとな。
 それはそれとして、ドアの先にある普通の通路を俺たちは慎重に進んでいった。
 ドアがあったのは外周付近で、すぐ下に降り、そこからは直径を通るらしき一本道となっている。
 とあるドアの向こうからモンスターの気配みたいな存在感を感じるけど、向かってはこないようだ。しかも近付くと逃げる音がした。
 追いかけるのは、罠があるかもしれないんで止めとくことにする。
 このままボスを退治するまで大人しくしてくれればありがたいんだが……
 神経をすり減らすことしばしの後、俺たちが難なく突き当たりのドアまでたどり着くと音もなくそれが開いた。
「ははははは。待ってたぞ、勇者の諸君!」
 えーと、それは突っ込みを入れてほしいと言うあれなのか?
 部屋に居たのは紛れもなくダークナイト。金ぴか鎧の人だから、こいつがここのボスだろう。
 だが、トロール城で会ったやつとは金の色合いが違う。あっちは普通の金色だったが、こっちはところどころがオレンジに近い金色となってる。
 まさか海なので魚関連とか……?
 色で文句を言われた可哀想な魚の人玩具を思い出しながら剣を構えたら、相手が面白くなさそうな顔をする。
「そこは『親の仇』とか『よくも仲間を』などと言う機会ではないのかね?」
「民のためとならいくらでも言いますけれど、そんな会話を楽しむ間柄では無いと思います」
 突っ込みたいことが多すぎて逆に言葉が出なくなった俺を見てか、シルヴィアが口を出した。
 隊長とユーギンは無表情で剣を構えたままだし、テランナには後方を警戒してもらってるので彼女からは言葉が出せない。
 なのでシルヴィアの言葉だけとなったんだが、むっとしながらもやつが口を開く。
「やっと現れた勇者なので、もう少し会話を楽しみたかったのだが残念だ。俺がダークナイト二号だが、そのまま死ねぇ!」
 こいつの剣先も鋭い。
 先の反省を踏まえてシルヴィアが喋ってる間に例のキノコを飲んだ俺がガッと剣を合わせれば、その隙を狙ってユーギンが突きを繰り出す。
 隊長も剣を横に振るったものの、やつはさっと姿を後ろに引いて攻撃をかわした。
「見事な攻撃だな、勇者の諸君よ。だが、ここに来ることを知っていて何もしなかったと思うのなら、それは間違いだ!」
 言葉が終わると同時に、もう一回剣を振るう二号。
 それへも合わせてやろうと思った瞬間、何か変な感じがして右横に飛びすさったら、何かが通り過ぎて行った。
 正面の壁に突き刺さったもの、あれは矢か?
 二号を警戒しながらも視線を後ろへ飛ばしたら、ドアでテランナが厳しい顔をしていた。更にドアの向こうから、また矢が!
 くそぉ、直進通路を使って後方から遠距離攻撃かよっ!!
 テランナがドアへ手を掛けるが、閉まってはくれないらしい。
「見たか、フォーの飛び道具。俺とあいつを同時に相手できるか、さぁ、さあ!」
 フォーって四のことか? だとすると三号はどこに消えたんだろう?
 そんな疑問はともかく、ゲームでのダークナイトは金色鎧に剣の姿で、弓矢攻撃をしてきた記憶は無い。だが、リアル世界なのでこれもありなんだろう。
 どおりで通路の途中にて襲ってこなかったはずだよ。
 相手が一人なら、トロール城同様たやすく片付けられる。でも後ろを気にしながらでは、かなり厄介だ。
 隊長は、相手の言葉を聞いて後ろを向いた。
「矢は自分が払い落とす! その間にやつを!!」
 テランナだけではさっきの通り矢を通してしまうかもしれないのだろう。
 俺とシルヴィア、ユーギンだけでダークナイトを相手することになったが、困難さが増したとは思えない。いや、思わない。
「うおおおおっ!」
 今の俺はキノコ服用勇者だ。だからこいつには勝つっ!
 後ろの憂い無く身体能力を引き上げて剣を振るえば、少しひるんだのかダークナイト二号の剣圧力が弱まった。
 剣は神聖剣、防具は精霊の守りだから、武具は最高装備だ。
 ここへキノコを足し込んだのに、負けるようでは暗黒皇子は絶対倒せない。そんなんじゃ駄目だっ!
 シルヴィアもユーギンも俺に合わせて剣を振るうため、少しずつ相手に余裕が無くなってきた。
 策で押し切ろうとしたんだろうが、負けるものかっ!
 二合、三合と剣を合わせ、俺たちより少し背の低いユーギンが横薙ぎをしたら、下の方を見たためか頭部に隙が見えた。
「でやあああっ」
 なので、上段から振り下ろしっ!
 テランナの元婚約者グリックとの戦いでも決定打となったそれをおこなったら、相手の剣をすり抜けてうまく頭へと吸い込まれていく。
 やった!
 時代劇でのように、ほんの一瞬、間を置いて二号が倒れる。
「これでこっちは大丈夫。シルヴィアとユーギンは隊長の支援を頼むっ」
 そう叫ぶと、シルヴィアは躊躇したもののユーギンは即座にきびすを返して後ろへ走っていった。
 えっ、ドア近辺で待ち受けてたんじゃないの?
 何とか後ろを見るのを自重し、シルヴィアと二人でダークナイト二号を見下ろせばやつが口を開いた。
「ふふふ……やってくれたな、勇者の諸君。これで俺も終わりか、長かった……」
 その言葉に、ふと疑問が湧く。そう言えば、トロール城でのダークナイト第一部下も「長かった」と言っていたなと。
「もしかして、お前らはかなり前から配置されてたのか?」
 こいつらダークナイトが、神聖十五界へ侵略してきた当時から配置されてたはずが無い。
 魔神界を作り替えていく途中で重要物品を分身のこいつらへ託すようになったから、今の配置はかなり後の行為だと俺は思ってたが、リアル世界特有の事情があるのかもしれん。
 俺が視線で促すと、二号はあっさり続きを口にする。
「この世界を再侵略するに当たり、勇者の到来は予言されてたと言うことだ。まさか俺の設定した合図が簡単に見付けられるとは思わなかったぞ……」
「いや、知ってたから」
 やけに深刻な口調へ俺がうっかりぼそっと真相を口にしたら、二号は目をこれでもかと見開く。
「まさか、それも予言の言う通りなのかっ! なんてこった……魚を食い飽きるほど待った結果がこれかよ……ぐすん」
「ちょっと待てこら!」
 俺が思わず突っ込みを入れると同時に二号のカラダが消えた。頭がもやもやするけど、こうなれば後ろの支援へ俺たちも行った方が良い。
 そう思って後ろを見れば、何と隊長たちが少し早足で歩いてきていた。
「あれ、あっちのダークナイトは?」
 間抜けな声でそう問うと、隊長が、ふむと一拍おいてから答えてくる。
「あっちの弓は下手糞なレベルでな。しかも近付いたら剣を持ってないときた。なにやら『落ちろぉ』とか言ってたが、あっさり片付いたぞ」
 そりゃ、隊長の腕前と比較したらみんな下手糞でしょーよ。
 しかも近接武器を持ってないフォーさん……?
 鎧が黒かったのかもしれんが、ダークナイトは全員が金色鎧のはずだから違うだろう。
 オタクな想像を振り落とし、それと共に俺は一息吐いた。
「これで『青の石』が手に入る訳だな」
 まさかダークナイトが二人居るとは思わなかったけど、だからこそそこまでして守ってるモノは重要物品のはずだ。
 敵が居ないか注意しながら探したところ、今の部屋とは違った場所にだが、今回も宝箱を発見出来た。
 これもユーギンに開けてもらえば、そこには確かに青い石が!
「ふむ。材質は分からんが、この色は岩石の青色じゃな」
 先の緑石とは違い一つしか無かったためか、ユーギンがじっと見てそんなことを呟く。
 岩石の青って、えーとラピスなんとかって石のやつかな?
 俺は鉱物に詳しくないため口は出せないが、シルヴィアはさすが王族だけあって彼の言葉に頷いてる。
「これは緑のと同じ大きさですよねー。やっぱりトロールはコレクションしてたんですかね」
 青の石を見付ければ、それと見比べて本物の緑の石が分かるだろう。
 この船に来るまではそう考えてたんだが、残念ながらそこは修正せねばならんようだ。
 残る『赤の石』を発見しても同じなんだろうなぁ。
 精霊の前で偽物含め全部出したら怒られそうでちょっと困る。はぁ。
 少しだけがっかりしたけど、今はそれを考える前にここの脱出だよね。
「よし、ここを出よう。まずは陸地へ、そこからサルア城へ戻ろう。次の行き先はサルア城から『魔神界』だ」
「うむ、そうしよう。確か魔神界では人間が居ないんだったな。補給をきちんとせねば」
 隊長も賛同したんで、通路を逆に戻る。
 ゲームではダークナイトが居なくなっても普通にモンスターが湧いたが、この世界ではそうならないらしく、さっきの侵入口まであっさりたどり着いた。
 またあのロープを使わねばならんので少々憂鬱なものの、それは仕方ないよな。
 この船の始末を考える必要は無いんで、ロープを残したまま樫の木船に乗り込んだが、ここに至ってもモンスターは現れない。
 俺はほっとして陸地までの時間を使い少し考え込んだ。
 ダークナイト二号の言葉が気になったからだ。
 あいつも『予言』と言っていた。それは、誰によってもたらされたモノだろう。
 俺が見た夢によれば、現状を予言したのは創造神で、地球に向けてされたものとなる。
 勇者をつのるのに使われたはずなんだが、暗黒皇子側も予言があるとなれば、その敗北まで述べられてるんだろうか?
 いや、普通ならそんなことは無いだろう。
 俺がゲーム知識でアドバンテージを得たように、相手も悪い予言があればそれを回避すべく動くはずだからだ。
 確かに、ダークナイト関連は俺の知識を超えている。
 居ないはずのトロール城へ派遣されてたこと、この幽霊船に一人じゃなく二人送り込んでることだ。
 幸いにもどちらも撃破出来たが、この先にもこんなことがあるんだろうか……
 ダンジョンの残りとしては、魔神界への通路となる『ガイアの洞窟』、精霊たちの居る『水の塔』『火の塔』『土の塔』、そして最後の『魔神城』だけ。
 このうちガイアの洞窟はワープでほとんど探索しないから、派遣するとなればそれぞれの塔へになるだろう。
 確かダークナイトの残りは七人なので、各塔へ二人ずつ送り込んでも最後の一人が魔神城に居残れる計算となる。
 ゲームとは違う展開になるが、でも俺としては実はその方が都合良かったりもするんだよね。
 ゲームだと、真実の魔神城で残り全員と戦わなきゃならなくなるんだけど、それだとリアルでは連戦どころか全員いっぺんになって相手取るのが大変だからだ。
 多人数相手の戦いもアストラルの洞窟で経験してたけど、七人一緒となればこちらのメンバーより多いからそれとは比べものにならないよ。
 ゲームでいっぺんに七匹現れたモンスターは一応居たけど、それは弱いコウモリだけだったからなぁ。
 まあ、考えても仕方ない。さっきの様子からするとダークナイトから暗黒皇子の考えは引き出せないようだし、その時にならないと分からないか。
 それでも一歩ずつ進んでいこうと俺は決意を新たにするのだった。
「ところでリュージ様。モンスターも食べ飽きることあるんでしょうかね? いえ、ダークナイトが言ってたものですから……」
「……密封状態だったあの船で、どこから魚を運び入れたのか、その方が不思議な気もするなぁ」
 ゲームでは、補給の必要性が無いようアンデッドで部下を構成してたような気がするけど、ここのダークナイトは食事するから補給をどうしてたんだろうか。
 二号の最後の言葉は俺とシルヴィアしか聞いてない。
 なので、それを疑問に思うのも俺たちだけなんだが、隊長はあっさりとこんなことを言ってきた。
「む? 桶を逆に置けば空気など出入り自由だろう?」
「あっ」
 俺はあの根拠地の横姿を『凹形』と考えてたんだが、実は『H形』だったのか?
 小学生のころ風呂へ洗面器を逆にかぶせた記憶が浮かび上がったけど、あれを真面目に作ってるとは思わなかったぞ。
 しかもそれだと海底基地であって、幽霊船にならないじゃんかっ!
 色々ゲームとは違うことを抱えながら、こうして俺たちは無事『青の石』を手に入れたのだった。
 そして陸地に着いてからは、着替えから先ほどのコスプレ談義へ……なんでこうなった!!



[36066] その29
Name: 凍幻◆786b687b ID:86a11131
Date: 2013/12/28 20:54
 ようやくサルア城へと戻ってこれた。
 幽霊船みたいなものへ突入し、そこで青の石を入手してから数日後、俺たちはサルア城の個々に与えられた部屋でカラダを休めている。
 シルヴィアが自分の部屋なのは分かるけど、俺にも個室が与えられるって何でよ?
 疑問に思ったけど、シルヴィアの夫だから当然と言われてしまった。
 メイドさんから「お布団一つでよろしいですよね」と言われなかっただけマシなのかもしれん。
 それらの対応で、そう言えば結婚してたんだなーと人ごとのように思ってしまう。
 だって式を挙げてないから、今いち区切り無いような気がするんだよね。
 しかも、旅の間になし崩し的にテランナとも婚姻届を書いたから、こう言った扱いをされてそうだったと思い出すレベルになってしまってる。
 いや、口では俺の嫁と何回も言ってるが、それはその……オタクなら分かるだろう、そう言う対象を。
 深い関係なのでもう言い逃れは出来ないんだけど、対応に少し困るところであります。
 さて、このサルア城に戻って来て何をするのかと問われれば、やることは決まってる。
 人間界から魔神界へのゲートを通ることだ。
 ゲーム時はどう言う理由か分からないがシルヴィアの部屋にゲートが存在していて、シルヴィアと共に黒の石を持って通れば魔神界へと行くことが出来た。
 この世界ではさすがに部屋設置じゃ無かったものの、サルア王が「魔神界へのゲートを開けておく」と以前言ってくれてたことから、そこへの案内を待ってる状況な訳です。
 あと、エルフ王へ頼んでたペガサスの羽が届くのも待っております。
 人間界とエルフ界を繋ぐアストラルの洞窟はモンスターでいっぱいだから、俺たちは強引に通ってこれたけど、通行時それなりにチカラが必要となる。
 現に、俺が最初に通ろうとしたときは一週間掛けて地力を鍛えよと言われたっけなぁ。
 あの時頑張ったからこそ、その後モンスターとの戦闘がさほど負担にならなくなったんで、普通戦うことのない元日本人としては得難い経験だったよ。
 もう一回経験値稼ぎをするとなれば、偽魔神城でになる。
 前にも言ったけど、緑の石を納めないと真実の魔神城が現れないんだが、その前段階のそこは弱いモンスターのたまり場になってるはずなんだ。
 ペガサスの羽を使わないと行き来できないものの、良い稼ぎ場になってくれると思う。
 真魔神城になっちゃうと、グリフォンとかの強いモンスターが湧くんでかなり厄介なんだよね。
 しかもダークナイトの残りも一斉攻撃してくるだろうしで、そこが最後と気合い入れねばならないんだけど、本当にそこを攻略出来るのかな?
 ゲーム時と違い自身のステータスを見ることが出来ないから、どれだけ強くなれたのか少し不安がある。
 武具は神聖剣と精霊の守りだし、キノコの用意も万端だ。
 だから今以上強くなるには俺自身を鍛えねばならないとなるんだが……そこが何ともねぇ。
 戦闘経験で言えば、この世界における一般兵士以上にはなってるはず。
 凄腕な隊長とユーギンに師事し、この前ダークナイトも倒せたから、この世界に来た時と比べてかなり強くなってるのは間違いないだろう。
 でも訓練では相変わらず負け続けなので、ちょっと凹んでしまいそうなんだ。
 いや、相手の手抜きで勝っても嬉しくないし、それで勘違いしてモンスター相手に不覚を取ったら大変なことになるんで、上があると自覚するのは良いことなんだろうよ。
 強いて言えば、俺が居なくてもラスボス暗黒皇子を倒せそうじゃねと思えるのが問題なだけです。
 そう、王女でしかも剣が本職じゃないシルヴィアにさえ負けることあるんだぜ?
 いくら剣にたしなんだ時間が違うと言われても、昼夜とも妻に負ける駄目夫って要らないじゃんか。
 なぁ、本当に俺と結婚して良かったの?
 旅の間にそう尋ねることもあるんだけど、シルヴィアもテランナも俺で良いと言ってくれている。
 そこまで愛されて何が不満なんだと言われそうだが、俺としてはこう思ってしまうことがあるんだよ。
 やっぱり不相応だよねと。
 一介の元サラリーマンと王女の、その釣り合いは本来なら取れるはず無いよ。
 創造神へ婚姻届を出したけどさ、その神様が破棄すれば離婚出来るよね……って、今日は色々憂鬱だなぁ。
 原因は分かってる。先ほどの夕食会が発端だ。
 久しぶりの王家親子対面なのに俺もご一緒させられたんで、凄く緊張したよ。
 サルア王が話し掛けてくるのは何とかなったんだが、初対面となる王妃様の目が俺を試してるようで怖かったし、妹さんたちの目も興味で輝いてるしで冷や汗掻きっぱなしでした。
 ちなみにテランナとのこともサラリと承認されました。
「創造神への届け出に不都合無かったんですから、もちろん承認しませんと」
 王妃様から「でもうちの娘が一番ですけれど」と目で語られたんで、きっちり頷いておく。
 なのに結婚出来なかったのは何でだろうとは聞けなかった。世の中には触れてならんものがあるんだよ……
 それはともかく、食事会でさえ伝わってくる品格と言うか風格と言うか、王家のみなさまから受けるパワーに圧倒されてしまったと言う話である。
 俺がもし日本へ帰還出来なかったら、シルヴィアと結婚式を挙げてサルア王家を継ぐこととなる。
 いきなり実務をさせられることは無いと思うけど、王様のほうはもう隠居する気満々なのがひしひしと伝わってくるんだ!
 シルヴィアは「私なら大丈夫ですよ。リュージ様が居れば」などと話を進めちゃうし、どうなってんだこれは。
 更に妹たちから「子供はまだですか」なんて尋ねられるし、俺の精神力は限界だよっ!
 ゲーム時は魔法やペガサスの羽のようなマジックアイテムを使うと精神力が減り、無くなると気絶状態になった。
 この世界ではテランナに視界拡大魔法を随時使ってもらってるものの、それ以外はほとんど使わないんで俺はその状態になったことが無い。
 だけど羽を使った時のように、秒間いくらで使い果たしそうだったよ。
 もちろんシルヴィアも俺のフォローをしてくれた。
 ただ、旅の間役立っていたとの話は、施政者になることとは無関係だからなぁ。
 俺がこのまま旅を続け暗黒皇子を無事倒したとして、それで残るのは肉体強化だけ。
 今回のような食事会などで必要な胆力は少し鍛えられるけど、教養が身につく話じゃないんだ。
 日本で受けた教育があるから説明されれば頷くことは出来るけど、決定行為とか怖いじゃないすかっ!
 決断力って、どうやれば鍛えられるんだ?
 そんな感じで尻込みしがちなんだが、「勇者が決めるのなら問題ありませんわ」とか言われても納得できねーよっ!
 おまけに「そんな小心でうちの娘を手籠めに出来るか」などとも言われたけど、手籠めにされたの俺ですからっ!!
 最近旅が順調に進んでたんで忘れ掛けてた胃痛がよみがえってくる。何でこの世界には胃薬が無いんだよ……
 胃薬が開発されないのは、需要が無いから。
 もちろん毒キノコとか食物腐敗とかで必要な場面はあるんだけど、僧侶の呪文があれば大抵は何とかなるんで開発進まないんだとか。
 間に合わなかった場合は『仕方ない』らしい。
 確かに呪文は便利だから、そうなるのも分かる気がする。
 でも俺が王様になったら絶対開発してもらおうとは思ってる。毎回テランナに呪文掛けてもらうのは恥ずかしいじゃないか。
 そうは思うけど、前提条件となる王様業が不安なんでとても言い出せそうにない。
 食事の最後にはサルア王から「王なんて民の飾りだが、きっちりこなしてもらうからな。子供が優先だが」とも言われてしまったし、「辞退したい」とはどうしても言えなかったよ。
 俺が残れば、丸く収まる。
 嫁と離れたくないから俺もそうしたいんだが、王様が務まるかは別問題だろう?
 俺みたいなゲームオタクが戴冠するなんて、民としては納得出来ないはずだ。
 そんな感じで、個室を与えられたこともあり、敷き詰められたふかふか絨毯の上で大の字になって溜め息吐いてた訳です。
 今日は夜のお勤め無しっ!
 ドワーフの村を出てから三週間近く宿に泊まってなかったんだけど、その件は城へ入る前に了承されてる。あくまでも『今夜は』だけどね。
 でも俺がこんな状態では明日も務まりそうにないなー。
 食事会でさすが王族は違うと改めて思ったが、その一員に俺がなることを思うと憂鬱です。
 ぐるぐると同じことを考え続けてたら、ノックがあった。
「リュージ様。まだ起きてらっしゃいますか?」
 控えめなそれは、シルヴィアのものだった。会いたくないと一瞬考えたけど、俺は二秒ほどしてからドアを開けた。
 相手は俺の嫁なんだから、ちょっとだけ我慢だ!
 しずしずと入ってきた彼女へ椅子を勧めると、「まずはリュージ様が座ってからです」と返される。
 これは、長くなる予兆だな。
 テランナが混ざってない純粋な二人きりでの話は、シルヴィアの部屋で以来になる。二ヶ月以上前のことだ。
 思えばそれ以後、毎日歩きづめかよ。俺の足、よく持ったなぁ。
 不思議なレベルアップのせいなのか、あれだけ歩き回ったにも関わらず俺の体調は悪くなってない。
 さっきまで伸びていたけどそれは精神的なモノが原因だし、特徴的な腰の疲れ以外はあまり不都合を感じてないんだ。
 まあ、この話の行き先によっては胃腸がまた痛くなるだろうけどね。
 椅子に座って俺と向き合ったシルヴィアは、手に持っていた袋をおずおずと俺に差し出してきた。
「あの、今はこんなものしかありませんが……」
 いきなり何だろう。プレゼント……じゃないよな。
 意味が分からないけど一応受け取って、その場で開いて良いか確認する。
「ええ、リュージ様には是非」
 ほんのり顔を赤らめながら了承したのが不安をあおるけど、それじゃと袋を開けたら布が入っていた。
「何に使うやつ?」
「それはですね。夜に使う服ですよ」
「えっ!?」
 思わず全てを広げてみたら、まぁ何と言うことだろう!
 この世界にはほとんど無いはずの凄く薄い服。向こう側が透けてるよ、これ。裁縫技術が劣ってるとか言ってたのは何だったんだよっ!!
 ご丁寧にも、スカート部分が極端に短くなってたりもする。
 まさかエロ服さえ既にあるなんて思わなかった……
 これは駄目だろうと俺がそっと畳み始めたら、シルヴィアは何故か驚いた。
「今さら受け付けないとか、冗談ですよね? さんざん弄ばれましたのに」
「それは言っちゃ駄目ー!」
 男の俺が何で恥ずかしがるんだよ。やっぱり背徳感があるからなんだろうか?
 おっさんな一般市民の俺が、美人な王族の娘をいいようにする――
 字面で表すと、凄くマズい内容になっちゃうよ。なのに誰もそれへ突っ込み入れないって何でなんだ。子作り推奨されるって何故なんですかっ!
 しかも本人からの差し入れありって、それこそ冗談だよね!?
 俺の脱力ぶりを疑問に思うのか、シルヴィアが問い掛けてくる。
「この前『コスプレ』の話をされましたから、それならばと探したものですけれど、本当はお嫌だったんでしょうか。少し大きめではあるものの、新品ですしそれなりに良いものなのですが」
「嫌じゃないけど駄目ですっ!」
 こっちに積極的なのは、誰の教育なんだよ。責任者出てこいっ!
 この前は妄想だけで済んだのに、実物あるだなんて考えてねーよ。
 テランナが意地悪で持ってくるならともかく、王女様が自ら手渡しってそれ用だと分かってやってるんですかー!?
「なら仕方ないですね」
 意固地な俺を見て、彼女が溜め息を一つ吐く。
「これで駄目なら、ヒモのみにしませんと」
 はいい!?
「少し待ってくださいね。今持ってきますから」
「もっと駄目ー!!」
 ヒモって、そーいうあれですか? 噂にしか聞いたことねーよっ!
 俺の顔が真っ赤に染まったのを確認したのか、シルヴィアはニッコリ笑ってきた。
「その発言は、リュージ様もご存じだと言うことですよね。方向性が間違ってないようで安心しました」
 やだー。この娘、理解して持ってきたんですか……
 がっくりと肩を落とした俺へ、シルヴィアの発言が続く。
「だいたいリュージ様は、私たちに遠慮しがちです。この衣装もそうですけれど、もっと夜へ積極的になってください」
「あのー。夜だけ積極的になっても困るじゃないか」
「ええ? 私は困りませんけれど。と言うかですね、そろそろ兆候があるはずなのに、無いので不安になるんです。リュージ様はもっと私を可愛がってください」
「無茶ゆーなっ!」
 彼女が言ってるのは、あの夜以降さんざんヤってるのに妊娠しないことが疑問だとの内容だ。
 人里以外では控えてるからそんなこともあるだろうと俺は考えてたんだが、それってマズいことなのか?
 そう言おうとしたら、不意にもっとマズい内容があることに気付いた。
 もしかしてだけど、俺にその能力が無いとしたら……?
 遺伝子治療が出来るようになって男性不妊も知られるようになったが、俺がそれでないと誰が言えようか。
 この世界では調べることが出来ないんで、確かめようが無い。
 相手を増やせば可能かもしれないけど、そのためだけに連れてこられる人も迷惑だろうよ。
 っつーか、何で俺は子供前提で考えてるんだよっ!
 子供が出来たら、俺は絶対に日本へ帰れなくなる。
 今は愛しい対象が嫁二人だけだから連れ帰ろうかなどと考えられるのであって、子供まであの祭壇へ連れて行けるはずがない。
 だって帰還に必要な祭壇が存在してるのは、魔神界なんだよ?
 嫁たちも今パーティに入ってるからこそあそこへ行ける話であって、戦えない人まで面倒は見られない。
 妊娠したら旅を控えた方が良いんだし、そうなったら俺が一人で祭壇を使うことになってしまう。
 俺は一人で日本へ帰れるのか? 嫁と別れて泣くことにならないか?
 シルヴィアが訪ねてくるまで考えてたのは、残った場合の話だった。
 俺の都合だけを考えてたんだが、責任はどうするんだよっ!
 そもそも、子供を作る行為をするのが間違ってるんではありますがっ!
 この際、襲われたことは不問にしよう。俺がキッパリと断ってれば問題ないはずだからだ。
 俺も嫁二人を可愛いと思ってたからこそ、ああなった訳で……
 俺が少し考えていたら、シルヴィアが俺の顔をのぞき込んできた。
「ねぇ、リュージ様。今ほど無茶と言いましたけれど、リュージ様も満更ではありませんでしたよね?」
 うっ、そうです。
「シー村での決闘後、テランナを振りほどきませんでしたよね。拒絶出来ましたのに」
 嫌がったのを見てなかったのか? まぁ、結果を見ればその通りですけど。
「それなのに、服装一つで駄目出しなんて論外ではありませんか。けっこう高いものなんですよ、これは」
「ですよね……じゃねーよっ!」
 思わず頷くところだった。あぶねーぜ。
「俺が鼻血を出しちゃうから駄目ですっ!」
 なので、キッパリハッキリ駄目出しをしておく。俺がいつまでも言いなりになってると思ったら大間違いだぜっ!
 それを聞いてシルヴィアは、何故か花もほころぶような笑顔になった。
「あぁ良かったです。では、鼻血対策をしてから臨むことにしますね。それが心配だとは思ってませんでした」
「えっ、あれっ? 今、断ったよね?」
 反対の内容を言われた気がしたんでそう尋ねたら、首を横に振られてしまった。
「対策後ですから『今夜は駄目』と受け取りました。それ以上は言ってませんですよ」
「何でそうなるのっ。俺に能力無いことも考えられるんだから、内容に凝ったって意味ねーじゃんか!」
 もし最初で当たってたら、そろそろ兆候があるはず。
 なのにそうでないと言うことは俺に問題があることも考えられるんだが、シルヴィアはそれへも否定をしてきた。
「いいえ。『勇者認定』されてますから大丈夫ですよ」
「えぇ? 何それ意味が分からない」
 またもや謎な話が出たよ。
 彼女が言うのは、そもそもこの世界における勇者とはどんな存在かとの内容だった。
 あらゆる意味で勇者っ! とはならないそうだ。
 もしそうであればイケメンスーパー戦士になれたりしたんだろうが、俺はそうなってない。幸いにしてかどうかは不明。
 何か変わったとしても、実感出来てるものは無いんだが?
「強いて言えば、『死ににくい』となりますね」
 幸運が強くなると言うか本能的に危険なところを回避しがちとか、生存確率が高くなるんだそうな。聞いてはみたけど、さっぱり分からん。
 なので、とシルヴィアは続けた。
「子孫繁栄能力も高くなります」
「ちょっと待てっ!」
 勇者認定でそれが後天的に高くなるのか?
 俺は普通の元サラリーマンなんだし、親だって普通の人だ。人的能力が高いはず無い。
 そう主張したんだが、彼女に再度駄目出しされてしまった。
「創造神はそれも込みで認定されます。これは勇者論にも書いてありますから」
 勇者論の話を久しぶりに聞いたけど、そんなことまで記載あるんかいっ!
 なお過去の勇者は、それはそれは頑張られたそうだ。
 エルフ城の前で以前の勇者について少し触れたことがあるけど、二千年前の勇者は最終的に行方不明となってる。
 前回の暗黒皇子侵攻を頓挫させたのち、気付いたら居なくなってたんだそうな。
 それじゃぁいつ頑張ったんだよと言う話になるんだが、旅の合間の一夜限りが多かったとか。
 なのに子供がたくさん産まれたのは、勇者認定のせいだと言う。
 世界を救い発展させるには、殺された人数以上の人間が産まれなければならないけど、そっちでも勇者頼みなのか……
 現在の世界もモンスターの脅威にさらされてるものの、俺はまだ不特定多数から関係を求められていない。
 前回の教訓を基に軍隊がそれなりに対抗してるので、被害甚大とまでは行かずに済んでるからだ。
 ただ、俺が望めばすぐそうなるだろうとも言われた。
 やだよー。俺は嫁二人で十分なんだよー。
「もちろん私はリュージ様の慎ましい態度を知ってますのでその意見に賛成しますけれど、そう思わない人が居るのも事実です」
 エルフのアデュアさんのように、勇者論をたてにして色々ねだろうとする人が居るとか居ないとか。
 俺の耳にほとんど入ってこないのは、シルヴィアや隊長、それに元守備隊のみんなが協力して対応してくれているからだとも。
 非常にありがたい話だ。
 俺もサラリーマン時代にクレーム処理したことあるけど、無理筋な話はとても疲れるんだよねぇ。
 だから見返りに、嫁二人にはそれぞれ二人以上子供を授けてほしいと……ちょっと待ったっ!
「それって、俺がこの世界に残ること前提の話だろう? あと、個人の生存確率が高くなるんなら子孫へのそれは反対に低くなるんでは?」
 生物の時間にそんな話を聞いた気がするんだけど、この世界では違うのかな。
 俺の疑問に、シルヴィアは何が不思議ですかと返してきた。
「創造神が作られた世界で、その創造神が認めた子供たちが繁栄することに、どんな問題があるんでしょうか?」
「えーと、無い……かも」
 うーむ。ここは神様が実際におわします世界なので、その被造物が繁栄することは良いことなのか。
 説明になってない感じもするけど、実存神様の意向を出されたら頷くしかない。地球とは違うのだ。
「でも、俺が残るのが確定なのは何でよ」
 子供を一人さずかるだけなら、言い方は悪いが中途転送もありだろう。
 しかし二人となれば、最低でも二年以上ご一緒せねばならない。都合良く双子になったりはしないからだ。
 それまで暗黒皇子退治を待てとは絶対に言えない。
 暗黒皇子が居る魔神界へ行くためには、鍵となる黒の石を使える王族が居なければならないんだよ。
 子供を産んだら体力低下するし、子供を置いてモンスター退治をしろだなんて、とんでもないだろう?
 だから子供が産まれる前に暗黒皇子を倒し祭壇を使用可能にせねばならないんだが、その時点で俺が日本へ帰っちゃうと子供二人は無理になるよな。
 その疑問に、シルヴィアがサラリと返してくる。
「あら。私は向こうの世界に行っても子供を授かる予定ですけれど?」
「えっ、そう言うこと?」
「そう言うことですよ」
 このお姫様は、もし俺と共に日本へ行ったとしても絶対に嫁の座を死守するつもりらしい。愛が重いよっ!
 とは言え、俺も離したくないから同類なのかもしれん。テランナもそうなのかなぁ。
「そんなこと当たり前です」
 エルフ城に行く前はメカケを認めるかどうかで言い合ってたはずなのに、今はテランナも居るのが当たり前と言われると妙な気がする。
 しかも断定だって?
 俺がうじうじ悩んでいるのに、何でキミたちは即決なのかね。
 やっぱりあれか。エルダーアイン界とエルフ界のように、異次元があるのが前提の世界だからなのかな。少し不思議だ。
 むぅと唸った俺に、シルヴィアはこうも言ってきた。
「そんな訳で、今夜には間に合いませんけれど、出発までには寸法直ししておきますね」
「それって、さっきの布? 旅とどんな関係が?」
 いきなりの話題転換に着いていけず尋ねると、これへも微笑みながら返されてしまう。
「ですから、旅の荷物にこの服を入れておきますので、祭壇で帰還を望まれても大丈夫ですと言うことなんですよ」
「なにー!? 俺が帰還で悩むのはともかく、そんなの旅には邪魔でしょーがっ!」
「軽いから問題ありません。それとも何ですか。リュージ様はもう私に飽きたと言いたいんでしょうか?」
 異論を申し上げたら、逆に睨まれてしまう始末。
「いえ、シルヴィアに飽きたとか、そんなこと無いです……」
 やっぱりグルメは人を堕落させるよっ! 美味しかったんだから、仕方ないんだっ!!
 俺がしぶしぶ頷いたのを見て、彼女が口を開く。
「でしたら必要物品になりますよね。少々手を入れますので、楽しみにしておいてくださいね♪ あと、絵師の都合が明日になりましたので、それもよろしくお願いします。では、おやすみなさいませ」
 シルヴィアは最後にもう一度笑顔を見せると、すっと退出していった。
 残された俺は、疲れてどっかと腰を椅子へ落としたまま思いっきり溜め息を吐くしかない。
 憂鬱な気分で満たされた感じです。
 つーか何ですか。寸法違うってことは、あれは誰かを籠絡しちゃった歴史あるブツってことですか。
 しかも新品だとも言う。サイズ違いの在庫から探してきたのか……恐ろしい。
 俺はこの世界でどれだけそんな需要があるのか疑ってたんだけど、認識を改めなければならないようだ。
 世界が変わっても、エロに掛ける情熱は同じってことだな。はぁ。
 あと、最後に言ってた絵師さんの話は、やっぱり俺を描きたいってことなのか?
 うわ、すげぇ恥ずかしい。
 しかし逃げようにも、ペガサスの羽の送り先をここへ指定してるから簡単には逃げ出せない。
 羽を待たずに、明日すぐに出発しようか?
 俺は脳裏に魔神界の地図を描いた。
 界へ正方形に配置されている各塔と、その真ん中にある魔神城の配置図。
 魔神界の南東部にエルダーアイン界からのゲートが出るはずだが、南西部にある水の塔へたどり着く前に界中心な魔神城の近くを通ることになる。
 直線で行ければそうじゃないんだけど、溶岩があって少し回り道になるんだよね。
 水の塔のあとに偽魔神城へ行っても良いんだが、どのみち羽が無いと一旦エルダーアイン界へ戻ることになるからどちらでも同じだな。
 仕方ない。やっぱり羽の配達を待つか。絵は……見掛けたら視線をそらそう。
 長時間モデルになることを覚悟して翌日を迎えたものの、さすがに王家推薦だけあって短時間で済んだ。ちょっとだけほっとする。
 その二日後にはペガサスの羽も届き、食料以下各種物品の補給も済んだ。
 黒の石も無事に手渡されたので、残りの必須アイテムは偽魔神城の赤の石だけになる。
 魔神界を回るのに必要な期間はだいたい二ヶ月と見込んだので、それ以上になりそうな時は一旦エルダーアイン界へ帰ってくることも決めた。
 その間、風呂に入れないのが地味に痛いけど、これは仕方ない。だいたい人間が居ないんだから、風呂は諦めようよ。
 ところで、水の塔へ行った後は魔神界から水が無くなるはずなんだが、飲み水にも困ることになるのか?
 火の塔を囲む湖が干上がるだけならありがたいけど、どうだろう。この辺は実際に精霊と会った時に確認必須だな。場合によっては飲み水補給で戻ってこなければならない。
 肝心の魔神界への通路については、サルア城から少し北の広場に設置したと聞いた。
 ゲーム時はシルヴィアの部屋からガイアの洞窟へワープし、そこから魔人界へ行くようになってたんだが、ガイアの洞窟は山に囲まれた場所にあるんで飛行しないとたどり着けない場所なんだよね。
 この辺は、リアル世界になった影響だと思おう。理屈を考えても分からない。
 でも、広場に設置したら維持管理が大変かも?
 そう尋ねたら、周囲を囲って砦にしてあるそうな。俺たちの出発前後からだから、三ヶ月未満で建てた計算になる。
 何でも、俺たちが魔神界へ行ってる間にモンスターが侵入しないようにだとさ。
 サルア城の中に作れば安全じゃと反論しそうになったけど、俺たちが通れるってことはモンスターもまたそこを通れる可能性がある。
 外にも中にも気を遣わねばならないことから守備隊はかなりキツい仕事になると思われるけど、それでも志願者が居たとも聞いた。
 ちょうど伝令でサルア城へ戻っていた志願者の一人へ準備の合間にお礼を言いに行ったら、なんとアーケディア砦の元守備隊デイカーさんだった。久しぶりだ。
「貴方が頑張ればモンスターが居なくなるんでしょう? 今を頑張れば後は寝て暮らせる訳ですから良い仕事ですよ」
 この世界の軍隊は土木工事もするから、モンスターが居なくなった後も色々仕事がある。
 でも、そんな風に笑って声を掛けられたので、俺も笑って返した。
「俺が戻ってくるまでに結婚出来ると良いよね。砦詰めばっかで女性と会話してないんじゃ?」
「ど、童貞違うわ!」
 そんなに動揺するなら、アーケディア砦へ俺が来る前にサイクロップスを倒して姫様に良い顔見せれば良かったのになぁ……
 さも余裕あるような言葉が出てしまったけど、これは俺が既婚者だからじゃない。
 子供が産まれる前に決着付けねばならない男の、切羽詰まった心の汗だっ!
 テランナが創造神へ尋ねたところによると、子供に付いては『大丈夫』と返答あったそうだ。
 毎度のことながら、そんな質問を受け付ける創造神がどんな神経をしてるのか分からない。
 でもそれって、暗黒皇子退治前もありってことだろうか?
 出来ると知って安心と感じるか逃げられないと感じるかは人それぞれだと思うが、少なくとも今の俺は結果を待ちながらのんびりと過ごすことは出来ないから粛々と行動しようと思う。
 そう。悩んでも仕方ないし、魔神界に行けば人里無いんで夜のお勤めも無くなるからな!
 魔神界で安全そうな場所は、各塔の精霊が居る場所のみ。
 まさかそこで求められることは無いと思う。そう信じたいです。
 最後の所持品確認を済ませた後、そのことに気付かれないよう注意して話をしながらくだんの砦へ向かった。
 そして、翌朝になってからその中にある怪しげな黒い魔方陣へと向き合う。
「暗黒のチカラを秘めし黒の石よ。そのチカラで魔神の世界へ我々を届けたまえ!」
 みなで陣の中に立ち、シルヴィアが石を右手に持って凛々しく宣言すると急に視界がブレた。
 エルフ界への通路と違い、転送はみんな一緒でのようだ。
 行ってすぐにドラゴンと遭遇は嫌だぞ?
 その点だけは心配だったが、幸いそんなこともなく、俺たちは森と思わしき場所へとたどり着いた。
 これは砦で聞いてた事前情報どおりだな。
 なお、この世界におけるガイアの洞窟の状況を念のため聞いてたんだけど、今現在モンスターがあふれておりかなり危険なため、このように別経路を作ったんだとか。
 そちらのゲートも近辺にあるんだろうか?
 ちょっと見当たらないなぁ。まぁ、すぐ近くだと危険だからそこは考慮したんだろう。
 なお、別経路をどのようにして作ったのかは分からなかった。
 それが分かれば軍隊を送り込めるのにとも思ったけど、鍵となる『黒の石』が一個しか無い以上、ここへ来られるのは一パーティだけになる。残念。
「ここが魔神界ですか。あまりエルダーアイン界と変わりませんね」
 俺同様周囲を見たシルヴィアのそんな呟きに、俺は頷くだけにした。
 魔神界も神聖十五界の一つなんで、基本的には同じ作りをしてる世界のはずだからだ。
 地理も事前に教えてあるから、まっすぐ目的地へたどり着きたいな。
「まずは西へ向かって水の塔だったですよねー。精霊と会うんでしたっけか?」
 さっそくのテランナの問いへ俺は答えた。
「精霊はその順番になるけど、一番最初の目的地は偽魔神城になるな。精霊は各塔の頂上に閉じ込められているはずだから、会うまで呪文維持が大変だと思うけどよろしく頼む」
 この世界でも視界拡大呪文は大いに役立ってくれることだろう。
 俺の返答に、テランナがにっこり微笑む。
「もちろんですー。リュージさんの服の裏側まで見ちゃいますからねー」
「そんなの見なくていーからっ!」
 隙を見て俺の裸を覗こうとするのは勘弁してください。
「まったく、緊張感の欠片も無いの。ここは暗黒皇子の本拠地なんじゃぞ?」
 やり取りに対しそうユーギンが注意してくるけど、彼も本気で言ってる訳じゃないようだ。
 隊長もそうだけど、笑ってるじゃないか。
 何となく悔しいと思ったが、不安そうにするよりはまだ良いか。はぁ。
 俺は彼らから眼を離してもう一回周囲をぐるりと見回した。今のところ敵は居なさそうだ。
 この世界にはドラゴンがウヨウヨしてるから、そこは注意しないとな。
 きちんとこの場所に戻って来れるよういくつかの目印を確認し、ゲートを偽装してから俺たちは西へ歩き出した。目指すは『偽魔神城』。
 それからしばらくの間、やけに静かな行軍が続いたのだった。
 あと、例の布を持ってきたかに付いては、恐ろしくて聞けてませんです……



[36066] その30
Name: 凍幻◆786b687b ID:86a11131
Date: 2014/01/14 21:47
 魔神界はあちこちで溶岩が吹き出しており、地味に歩きづらい。
 ポコポコと音をさせる小さな吹き出し口をいくつも見掛けるんだが、何故か周囲へ流れていかないんで、経路を逸れないで済んでるのが助かってるけどね。
 ゲーム時は川のように溶岩が配置されてたから、飛行手段を持ってないと迂回するしかなかった。
 しかも頻繁にドラゴンと遭遇するので、体力消耗が激しかった。体力少ない魔法職だとやつの攻撃を二回受けただけで瀕死になるから回復にも一苦労だったな。
 この魔神界に来てから一週間ほど旅したけど、そのドラゴンには何故か出会っていない。その代わりに戦っているのはトロールがほとんどだ。
 リビングロックとかの強いモンスターも色々配置されてたはずなんだが、そいつらも見掛けないし、リアル世界になった影響なんだろうか?
 いや、ドラゴンに会いたい訳じゃないんだけど!
 エルダーアイン界にて一度見たから、あれでお腹いっぱいです。今後も遭遇しませんように。
 事前予想と異なってる点は、他にもある。気温なんだけど、溶岩ある割には特段暑くないんだ。
 この魔神界における季節がどうなってるのか分からないけど、少なくとも夏にはなってない感じです。
 歩く分には大歓迎だから、暗黒皇子退治までこの気候を維持してほしいと思う。
 ちなみにエルダーアイン界の季節は、ほぼ一年中おだやかな気候が続くと聞いている。
 雨はあるけど梅雨は無い。雪も無いもんだから、暖房の必要性さえ無いのがちょっとうらやましい。
 エルフ界も同様なので、この二つの世界はかなり密接に繋がっているんだろう。
 そう言えば、この魔神界がいつから暗黒皇子の支配下になったのかゲーム知識には無かったな。
 たぶん前回の戦いの時、二千年前からなんだろうけど、その時から溶岩が地上へ吹き出すようになったんだろうか?
 それにしては普通に森があるんだよなぁ。納得いかないものの、俺の頭では回答を出せそうにないからそのままにしよう。
 テランナが視覚拡大呪文を使いながら歩いてるので、モンスターとの戦いで楽が出来てるのはこれまでと同じだ。
 しかも溶岩で行く手を阻まれることもほとんど無いから、魔神界に来た実感が少ないよう思えてしまう。
 一番問題になるはずだったドラゴンとも未遭遇となれば、かなり楽な旅だよな。良いことだ。
 そうやって野良トロールと戦いながら進んでいったところ、十日目になって開けたところに建造物があるのが確認出来た。
 それは一辺が三〇〇メートルほどの正方形に配置されてる塀で、天井が無いから内側もバッチリ見える。
 居るのは、やっぱりモンスターたちだ。
 と言うことは、あそこが魔神城のありかなのか? その割には、普通に歩いて行けそうに見えるぞ。
 周囲に溶岩もあるんだけど、全部を囲んでおらず、南にある門部分からモンスターが出入りしてたりするんだよね。
 ペガサスの羽、必要無かったじゃんか!
 俺は一瞬だけそう思ったものの、使わずに済んだ方がもちろん良いので気を静めようとした。そして、全体像をじっくりと見やる。
 いろんな種類のモンスターが居るけど、バラバラで無くいくつかのグループに分かれており、それごとに統率してるやつが必ず一人ついてる。
 青い巨人なので、トロールが指揮者になってるんだろう。
 これまでトロールの声を聞いたことはないけど、ゾンビとか他のモンスターが従ってるからには何かしらの意志伝達手段があるようだ。
 そして、そのモンスターたちの行動には驚いた。
 なんと、モンスター同士で戦ってるよう見えるんだ!
 まさかモンスターも訓練するのか? と言うか、訓練出来るような頭を持ってるのか?
 確かゲームの説明書によれば、モンスターには人間を殺さないとカラダが腐る呪いが掛けられていると書いてあった覚えがある。
 だからモンスターは必死で人間を襲うとなってたんだけど、それはモンスターが自分の意志を持ってることを示している。
 でも今まで出会ったやつらは、秩序だって行動してなかった。
 集団行動しているエルフ界でのトロールだって単独行動が多いから各個撃破出来てるんだ。
 もし今後軍隊で襲い掛かられたら大変なことになる。
 俺は自分に落ち着けと言い聞かせながら静かにそれを見ていた。
 ふと気が付くと、これから戦おうとしているグループが居るのが分かった。
 風に乗って、なにやら叫んでいるのも聞こえる。
「人間界へ行きたいかー! 殺すのは怖くないかーっ!」 
 なんだぁ!?
 まるであの番組のような……いやいや、まさかだろう。
 そもそも、トロールの声は聞いたことがない。幻聴だろう。うむ。
 聞こえなかったことにしてまた目をやると、叫び声に合わせ腕を差し上げたグループが戦い始めるその一方で、戦い終わったグループが再編され南門から出て行くのも見えた。
 ああやって勝ち残ったモンスターのみを他世界へと向かわせるのだろうか。
 俺は隊長に尋ねた。
「各地の兵士から、モンスターが強くなったと報告ありましたか?」
「いや、無いな。数が多くなったとは聞いているが、それだけだ」
 難しい顔をして答えた隊長の言葉に、シルヴィアも頷く。
「そうですね。兵士からの報告書には強さの件は何もありませんでした。エルフ界からも特段変わった話は伝わってませんですね」
 エルフ王からペガサスの羽を送ってもらったんだけど、同封されてた手紙には近況が綴られていた。
 何でも、魔法剣をドワーフが量産してくれるようになったお陰で、夜の支障がほとんど無くなったと。
 そんなの俺に言うなよっ!
 これはあれか。自分も頑張るから俺にも夜を頑張れと、そう言いたかったのか?
 更にはアデュアさんについても軽く触れられており、行儀見習いを進んでやるようになったとも記されていた。
 エルフ王は、彼女との婚姻計画をもう一回推進したいんだろうか。
 俺としてはまだ会う気がないけど、さよならしてから数週間経過してるんでそろそろと思ったのかもしれない。
 まあ、魔神界に来てしまえば会うことないから大丈夫だろう。
 この世界に来るため『黒の石』が必須なのは確認済みだ。
 しかもサルア王家の人間が居なければ呪文を唱えても石が反応しないので、いくらエルフの王族とは言え、ここに来ることはありえない。
 俺たちが黒の石を持ったまま全滅したら?
 そうなった時はシルヴィアの妹を押し立ててここを攻略することになるはずだ。
 ただ、黒石の予備があるのかを聞いてないから、それが可能かは分からないけどね。
 そもそも俺たちが死んだ後の話になるんだから、俺には意味ないんだよ。
 俺同様に向こうを見ていたユーギンは、それらの話に興味が無いようだった。
「いま問題なのは、あそこに『赤の石』があるかどうかじゃろう? 人間界の話は王国軍に任せて我々はあそこへ飛び込もうではないか!」
 勇ましいこと言ってるが、俺はもう一回城跡地を見やってから首を振る。
「あれだけのモンスター相手に立ち回れるのか? 少し無謀じゃないのか」
「いや。モンスターの種類からすれば、さほど問題ないじゃろうう。トロールなんぞ、雑魚じゃないか!」
 力説するユーギンに、テランナが口を添える。
「ざっと見たところ、数千匹は居ますね。でも、雑魚しか居ないような……あっ、牛頭のモンスターも居ますよ」
「それはミノタウルスだな。まだ戦ったことないやつだから、少し慎重にしたいんだけど」
 あんなにも開けた場所で孤軍奮闘するのは止めたいんだが、そう伝えても隊長すら突撃に賛成する。
「アストラルの洞窟を考えれば気になるほどでは無いだろう。リュージは少し心配性なんじゃないのか」
 いや、少しは不安を持とうよ!
 数の暴力はあなどれない。俺はそう思うんだが、間違ってるの?
 門は南しか開いてないのでそこへ走っていくことになるが、相手はこちらを見付け次第向かってくるだろう。
 そうなれば、包囲網などあっという間だ。身動きできずに死んでしまう可能性もある。
 それを回避するには……あっ!
「ペガサスの羽を使えば、突入と脱出が容易になる!」
 先ほど不要かもと思った羽だが、門の無い北側に羽で抜ければ追っ手は少なくなるだろうことに俺は気付いた。
 幸い、その方が良さそうですねとシルヴィアも賛成してくれる。
「わしは羽を使えないんじゃが……」
 ただ一人、ユーギンだけは弱った顔を見せてきた。
 何でも、マジックアイテムを使えるドワーフは少ないから不安なんだとか。
 そう言えばゲームでは、マジックアイテムを使う際必要となる精神力がドワーフは極端に低かったな。
 だから『さまよえる塔』を探す時はアイテム使わなかったのか。なるほど。
 今更そんなことに気付く俺もうっかりしてたが、だとすれば一緒に羽を使っても個人用アイテムだからユーギンだけ先に墜落してしまう可能性もあるのか。むむむ。
 少し考えた後、俺はこう提案してみた。
「じゃあ、ユーギン以外の四人で近くまで行き、そこから羽を使って飛び込もう。ユーギンは北側に回って俺たちを待ってくれ。脱出にも羽を使うから、その際近寄ってきたモンスターを弓矢で倒してくれないか」
「今更一人は怖いとか言えんよな。分かった」
 シルヴィアとテランナは元が魔法職だから精神力に問題無いだろうけど、戦闘職の隊長には不安がある。
 でも、本人に確認したら問題ないと言われたのでたぶん大丈夫だろう。
「むしろリュージが高さに怖くならないかの方が不安だな」
 やだなー。そんなことあるよー。
 図星を突かれたが、でも嫁たちがそろってあそこへ突っ込んでいくのを見てるだけなのも不安で仕方がない。
 パラグライダーとか経験しときゃ良かった。
 そんなことを思ったけど、それこそ今更だ。
 この世界に連れてこられるなんて全く考えてなかったからなー。
 迅速な行動をするため、食料や着替えは近くへ隠すことにした。
 重量が重いと羽を使う精神力にも影響あるかもしれないし、さすがのユーギンも全員の荷物を持ってでは動きに支障あるからね。
 テランナの呪文でもう一回モンスターの種類を確認したけど、ミノタウルス以外は俺たちが既に戦ったことあるやつらばかりだった。
 ゲームだと、他にもデュラハンとかジャイアントスネークなどが出たんだっけか?
 それ以上強いモンスターが居ないのはありがたい。
 聞いたところによればグリフォンなんかも出るらしいけど、俺のやってたハチハチ版だとそうじゃないから真偽は不明なんだよ。
 そして必須アイテムの赤の石が入っているらしき宝箱も、広場の中央にあることが判明した。
「東側から近付いて、ユーギンと別れてから南側へ移動しよう。時計は無いけど、南北の配置につくのは同じくらいになるんじゃないかな」
 最終案をそう決めれば、あとは実際に動くだけだ。空を飛ぶなんて怖くないぜっ!
 それ以外での不安なことは、実は羽とキノコが同時には使用出来ないことだったりする。
 両方とも精神に影響があるんで駄目なんだ。
 だとすれば着地してからすぐさまキノコを使用したいけど、それが許されるかは相手次第。
 ほぼこれまで戦った相手だけとは言え、キノコ無しになるかもしれないのは怖いなぁ。
 俺のそんな不安を見抜いたのか、テランナがほがらかに声を掛けてくる。
「キノコ無しでもリュージさんは強いから大丈夫ですよー。私たち、押し倒されましたしねー」
「夜と昼じゃ違うだろーがっ!」
 即座に突っ込みを入れたが、彼女はけろりとして反論してくる。
「と言うことは、夜の強さをやっと認めてくれるってことですかー! いやぁ、世話した甲斐がありましたー」
「そうですね。また一つ、納得がいきました」
「……」
 隣でシルヴィアも頷いてるので、俺にはそれ以上の反論が出来なかった。
 何でそっち方面ばっかり言われねばならないんだよっ!
「私でも妻からこれほど言われたことは無いな」
 ニヤニヤしてる隊長からもそんな発言が飛び出たので、彼へ向かって「さっさと行きましょう」と悔し紛れに告げる。
「そうだな。怖いことはさっさと終わらせるに限る」
 すると、思いがけず真面目な反応があった。
 隊長の発言とは思えなかったので目を見開くと、こうも言われる。
「そうでないと、夜の時間が作れないからな」
「お前もいい加減にしろーっ!」
 俺だけが憤慨する展開の中、俺たちは少しずつ進んでいったのだった。




「用意は大丈夫だよな。宝箱の場所も確認したよな」
 予定場所に来てから、最終でもう一回準備を確認した。
 羽は全員分ある。キノコも腰に用意した。剣は大丈夫だ。
 もし途中で墜落してしまったら?
 俺は勇者に選ばれたけど、心が強くなったとは思えない。
 ゲームじゃ主人公は精神力が多かったので、俺にも同じことが出来るとそう信じるだけだ。
 駄目だったら……その時は大立ち回りするしか無いな。
 ユーギン以外の仲間三人を見やってから、前方へ視線を飛ばす。
 相変わらずモンスターの数は多いけど、広場全体に散らばってるから即座の対応は出来ないと思いたい。
 視線を交わし合って同じタイミングで羽を使用すれば、おお、まさしく羽が生えた!
 自分の背中は見えないけど、みんなの背中に羽があるから同じようになってるんだと思う。
 防具を突き抜けてるのかな、それとも防具の上から出てるんだろうか。
 ゲームでは確か腕が羽に変化するとの記述になってたけど、そうでなくて幸いだ。
 これで飛んでいる最中でも攻撃が出来るから戦略の幅が広がる。
 どれだけ飛べそうかは感覚に頼るしかないんで、今すべきなのはさっさと宝箱へ急行することだ。
 声を出して自分を鼓舞したいが、それをするとモンスターにすぐさま気付かれてしまうから静かに飛んでいく。
 演習に頑張ってる彼らが気付いたのは、俺たちが門の上付近にまで近付いたときだった。
「もう少し速度を上げよう!」
 気合いを入れて宝箱まで飛んでいき、そこで着地する。
 ユーギンが居ないので宝箱を開けるのはテランナの役目になるけど、アーケディア砦にて宝箱解錠した実績があるんで少ししか心配は無い。
 俺は無事に着地出来た安心感と共にキノコを飲んだ。
 すると無事にバーサーク状態になったんだが、異変があった。
「がはっ!」
 不意に気持ち悪くなったので咳き込んだんだけど、つばに血が混じってたんだ!
 攻撃受けてないのに何故!?
 うずくまりたいけど、それはここでは不可能だ。ことは一秒を争う。
 ちらりとシルヴィアが俺へ視線を向けたけど、すぐに周囲を見やった。
 それで良い。俺も頑張るからっ!
 一番近くに居たモンスター、一匹のゾンビが駆けつけるまで三秒。
 その間に気持ちを立て直した俺は剣を横に薙いだ。
 こぼれる金貨は回収不要。赤の石だけがあれば良い!
 テランナに宝箱を任せれば、この場で戦えるのは三人だけになる。
 互いに背中を見せるよう陣取って剣を振るったが、やはり解錠には時間が掛かるようだ。
 いくら一撃でモンスターを殺せるとは言え、俺たちの体力には限界がある。
 ただ、それを心配してもテランナの解錠には役立たないから、無心で剣を振るう。
 ゾンビにグールにゴースト。蛇にコウモリにスケルトン。
 小隊長のトロールまでは大丈夫だけど、初お目見えになるミノタウルスには少し手こずった。
 お約束の振り回してくる斧が怖かったんだよ。
 神聖剣で相手すれば武器ごと切り落とせるものの、一撃では倒せないほど体力もあったしね。
 湧いてるのは雑多な相手なので、間合いがそれぞれ違うのも少々面倒だ。
 そうして、宝箱を死守しながら戦う。
 息が激しくなってきたところで、テランナからの声を俺の耳は捉えた。
「やりましたっ!」
 ようやくその声を聞いて気を緩めてしまったのか、不意に足が動かないことにも気付く。
「抜けないっ!?」
 いや、気の緩みじゃない。これは、足を掴まれたのか!?
 動かない右足へ目をやれば、地面から一本、右手みたいなのが出ている。それががっしと俺の足を持ってるんだ。
 まさか、こんなことをするモンスターが居るとは思わなかったぞ!
 動けるようになったテランナに対処してもらおうと考えたが、それより先に地面が盛り上がった。
「ははははは。ゴローの地獄へようこそ!」
 地面と思ってたのは、カモフラージュ用の布だったようだ。
 そして現れたのは、汚れてはいるが金色鎧のモンスターだった。
「お前、こんなところで潜むなよっ!!」
 くそぉ、足が離れない!
 掴まれている右足は動かせないから、左足のみでそいつを蹴ろうとするが上手くいかない。
「離すものか。お前はここで死ぬんだっ! おっと、戦うときは静かに自由でなければならないと言ってやろう。どうだ、動けないのが悔しいだろう!」
 勇ましいことをこのダークナイトは言ってるが、俺の足を持ったままなのはどうかと思う。
「何で横たわったままなんでしょうかねー」
 宝箱を解錠し、動けるようになったテランナがさくっと剣をやつの背中に刺すと、途端に絶叫が響き渡った。
「ぎゃあああああ!」
 声と同時に手を離してもくれたんで、俺も上から剣を突き刺してやる。
 神聖剣は切れ味凄いから、こいつの鎧も簡単に貫けるんだよね。非常にありがたいわ。
「そ、それ以上はいけない……がーん、だぜ」
 妙な言葉を発したものの、こいつはそのまま大人しく死んでくれた。
 たぶん、この場で一番強いダークナイトが俺の足を掴んでる間に他のモンスターが攻撃する手順だったのだろう。
 だけどねぇ、俺にも仲間が居ることを考慮しなかったのか? なんて孤独なやつ……
 そんな感傷に浸る間も無く、周囲は更なるモンスターで埋め尽くされようとしていた。
 ここで経験値稼ぎのためとどまっても良いんだが、ユーギンが居ないし、さっきの吐血も何でだか分からないんで不安がある。
「予定通り逃げるぞっ!」
 そう叫ぶと、それぞれ了承の言葉が返ってきた。
 俺もバーサーク状態を解いて羽を使う準備をする。
 少しだけ余裕のあるテランナが最初に、それと入れ替わるようにして順々に羽を使用し、俺たちは空へと飛び戻った!
 モンスターで飛べるヤツは少ない。
 ガーゴイルにコウモリ、ドラゴンくらいだ。
 最強のドラゴンならともかく、それ以外で俺たちを足止めできるものかっ!!
 あっ、グリフォンやマンティコラなんかも羽あったような……今は居ないから間違いじゃないよね?
 忘れてた内容を置き去りにして予定通り北側へ進路を向け塀を越えれば、そこにはユーギンがきちんと待っていた。
 弓はあまり使ったことが無さそうで、その矢の飛び方は鋭いとは言えなかったものの、十分援護になってる。
 俺も胃が痛むのを堪えて加速し、急角度で着地した。
「急げ。追ってくるぞ!」
 合図でもあったのか、広場の外側に居たモンスターが二十匹ほど迫ってくる。
 ただ、それくらいの数なら大丈夫だ。
 最強の神聖剣をひらめかせれば、さっきのように雑魚は相手にならない。
 やつらを軽く全滅させて荷物の隠し場所へ戻り、そこから少し離れて野営の準備に取り掛かる。
 この頃になると、少し胃は治まってきた。
 何であそこで血を吐いたのか未だに分からなかったけど、それを考えてたらテランナが声を掛けてきた。
「リュージさん、治癒呪文を掛けますね。少し心配ですー」
 暖かい光が彼女の右手から俺の全身へ発せられる。
 光が消えると共に俺の体調も少し良くなった気がしたんでお礼を言った。
「ありがとう。またあるかもしれないけど、助かった」
 原因不明だと、かなり厄介だな。ドラゴン戦の際にこうなったら大変だ。
 また考え込むと胃が痛くなりそうなんで何も考えないようにと思ってたら、今度はシルヴィアがすっと隣へ来て話し掛けてきた。
「ねぇ、リュージ様。あの時吐血したのは、キノコを飲んでからでしたよね?」
「えっ? あぁ、そうだったな。それが何か?」
 俺の返答に、少し真剣な顔をした彼女がこう言い出す。
「もしかしてですけれど、キノコの飲み過ぎが原因ではないでしょうか」
「そうなの!?」
「はい。キノコの作用でバーサーク状態になれますけれど、その直前は確か……」
 一瞬、何を言われているか分からなかったが、続きの言葉であっと思った。
「強いストレス状態になられるのではありませんでしたか?」
「ストレス性胃潰瘍かっ!」
「ええ。そうだとすれば、根本的解決はストレスを無くすこと。つまり、キノコを飲まないようにしなければならないかと」
 うあー、なんてこった! まさかリアル世界にキノコの副作用があるとは聞いてないぞっ!!
 確かにキノコは俺をバーサーク状態にする。しかしゲームでは服用してから接敵するまでの間、ストレス状態にもしてたことを俺はようやく思い出した。
 ストレス状態はマニュアルにもきちんと記載のある状態異常なんだけど、敵の攻撃では全然ならないことから、人によっては何で書いてあるのか分からないやつなんだよ。
 俺は愕然となり、へなへなと腰を下ろしてしまった。
 この世界におけるキノコは興奮でもんもん状態にさせるから、戦いではっちゃけられるってことになる。
 そしてそれが夜にも使用されてるのは、開放感が凄いからだろうとも思う。
 この頃は慣れてそんなもんだろうと思ってたけど、旅の最初の頃は確かにバーサークで体力を使ったら、かなり疲れた記憶がある。
 胃腸にもかなり負担を掛けてたはずだが、てっきり戦闘自体に対するストレスのためだと思ってたよ。
 このパーティではキノコを使うのが俺だけなことから、ストレス状態にもなることが忘れられてたのはしょうがない。
 ただ以前から隊長たちにキノコへ頼りすぎるのは良くないとは言われてたなー。あれは経験則だったのか?
 いや、実力的にだろうと思うけど、何にせよそれは結果的に正しかった訳だ。
 でも俺は安易に服用しすぎた。それこそ二つ名が付くほどに。
 それに加え、この世界における常識とのすり合わせにも俺は胃を痛めるほど苦労してきた。胃薬が無いからと言って、妥協もしてたじゃないか。
 この世界には、吐血するほどの酷い胃潰瘍は無かったんだろうか?
 そう疑問に思ったけど、シルヴィアがかろうじて思い出した程度なので、症例としては少なかったんだろうとしか言いようがない。
 治癒呪文があるし、キノコを服用し続けるほど気弱な人間は兵隊にならないからね。
 俺はサラリーマン時代を含めて色々我慢することが出来たが、だから余計に酷くなったのかもしれん。
 そう気付くと、またもや胃が痛み始めてくる。
「テランナ。もう一回治癒呪文をお願いします」
「はいー。でもキノコ無しですと、夜にも支障ありますよね? 姫様どうしましょうか」
 テランナがシルヴィアの指示で俺に再度呪文を掛けてくれたけど、夜の話は当然のようにシルヴィアへ振られている。
 まるで俺に権限を与えたくないかのようだ。いや、どう言い繕うが俺には権限無いんだからこれは当然のことなんだろう。とほほ。
 そして俺の口をふさいだシルヴィアが、重々しく返答する。
「そうですね。リュージ様には申し訳ありませんが、キノコ無しでお相手していただくしかありません」
「ですよねー。でも野獣部分が無くなるのはちょっぴり残念ですー」
 やっぱり相手することは確定ですかっ!
 ことここに至っても夜を中止しないと言い切るシルヴィアを、ある意味尊敬する。全面的にでは無いんだけどなっ!!
 二人が頷きあってるのを横目にようやく手を外せた俺はお願いした。
「あのさ、せめて強敵相手には使わせてほしいんだけど」
「駄目です。リュージ様はむやみに使ってしまいそうで怖いですから」
 ここで言いたいのはモンスター相手じゃない。強敵はシルヴィアとテランナだとの内容なんだが、さすがにそれは言えなかった。
 しかし本来の相手モンスターと、キノコ無しでも俺は戦えるんだろうか?
 今後の敵を考えれば、必須になりそうな強敵はドラゴンとラスボスくらいか。
 最後の最後なら使用しても咎められないはずだけど、ドラゴンには使いたいな。
 だって、相手は巨大な獣なんだぜ。日本にあるもので例えるなら動き回るダンプカーへ徒歩で立ち向かえって話だ。おっかないよね?
 それに、吐血することは嫌だが、キノコ無しで苦戦し嫁たちが傷つくのはもっと嫌だ。
 腰にぶら下げているキノコ入りの袋を俺は手に取った。
 この世界に来てからずっと愛用してたそれ。
 日本人だから仕方ないと思ってた戦闘への不安を和らげてくれていたが、これ無しで戦う時が来てしまったのか。
 俺の現状は、言わばドーピング状態。素の状態で戦ったら死ぬんじゃないのか?
 無言で居た俺へ、シルヴィアが優しく話し掛ける。
「リュージ様。私たちと居ても不安ですか? 初めてダークナイトと戦った際、キノコ無しでも立派に戦えていたではありませんか。もう大丈夫ですよ」
「でもあれは偶然勝てただけだ! トドメはシルヴィアが刺したじゃないか。俺は……怖い」
 じわじわと恐怖が忍び寄ってくる。
 昼夜問わずの戦闘が怖い。ドーピング無しで戦えてしまう自分が日本人離れしてくるようで怖い。
 さっき『必須はごく少数』などと考えてたけど、出来ることなら今後も全戦闘で使いたい。
 そう、俺は日本に帰ることを夢見てたから、戦いと言う非日常をキノコドーピングで乗り切ろうとしてたんだ。
 これまで必死に戦ってきてやっと必須アイテムがそろったのに、今後キノコが使えないなんてあんまりだっ!
 俺は、キノコ無しじゃ戦えないただの日本人サラリーマンなんだっ!!
 いつの間にか俺は泣いていた。
 胃の痛みでじゃない。ストレスを恐れるあまりにモンスターへ不覚を取ってしまうことを考えてだ。
 俺は死ぬのか? シルヴィアたちを死なせてしまうのか?
 うつむいている俺を、シルヴィアが優しく抱きかかえてくれた。
「ねぇリュージ様。私も貴方が戦いを恐れてることを知ってます。でも大丈夫ですよ。キノコは素養を引き出してくれるだけで、元々戦うチカラが無ければ役に立たないんですから」
「……日本人の俺にも、そのチカラがあると言うのか?」
「えぇ。キノコ無しでも、きっとアーケディア砦で私を助け出したことでしょう。だってキノコを知ってる王国の住人でさえ誰一人来なかったのに、貴方は来てくれたのですから。私が惚れたのは、そんな素顔を持つ貴方なのですからね」
 それを聞いて、また涙が出てきてしまう。
 吐血しなければ、いや、痛みを我慢できればキノコ服用を続けられるのか?
 俺はその可能性をも考えたが、さっきの吐血シーンを鑑みれば無理だと分かる。
 普通の相手ならともかく、強敵相手の直前に吐血したら決定的な隙になってしまう。
 さっきのダークナイトは幸いにも見逃してくれたが、それを今後もお願いは出来ないだろう。
 そしてこの世界に胃薬は無い! 予防は出来ないんだ!!
「うーむ。そんなに深刻な問題かの?」
 やり取りを聞いてたユーギンがそう疑念を呈してくる。
 そりゃそうだろう。俺の恐怖心を理解出来る人は、この世界に居ないはずだ。
 平和ボケとも揶揄されるほど戦いが非日常になった理想郷、それが現代日本だから、モンスターが当たり前のこの世界住人には理解されないはずだ。そう思ってた。
「リュージよ。では、貴様抜きで戦っても構わないぞ。なに、勇者が来る以前と考えれば全く問題は無いからな」
 でも隊長はそれが当然のような言葉を発してきた。
「さすがに『石』の関係があるからシルヴィア姫様には同行いただかなければならないが、そこは勘弁願いたい。異世界人の勇者に頼りきるほど我々も厚顔無恥では無いから、安心してサルア城で休め」
「クモン、何てことを言うのですか! それではリュージ様のこれまでの一切合財を否定することになるではありませんか!」
 だけど隊長のもの言いに、シルヴィアが反発する。
 珍しい二人の対立に俺が顔を上げると、隊長は言い聞かせるかのようにシルヴィアを見据えて静かに口を開いた。
「それでリュージが助かるのなら、その方が良いではありませんか。勇者の夢を見ただけと思えば」
「リュージ様は夢じゃありません! 私はこの方と居たいんです!!」
「ですが姫様。民はどうなりますか? リュージが戦えるようになるまで助けを待てとは言えませんよ」
「そっ、それは……」
 口ごもるシルヴィアに、優しい目をした隊長。
 ことは俺だけの問題にとどまらない。暗黒皇子を倒さねば世界が終わる話なんだ。
 アイテムはそろえ終ったから、もう俺のゲーム知識は必要ない。
 精霊が居る塔を順に巡って最後に真魔人城でやつを倒すだけ。
 そこまで話を進めたのに旅を中止するなどあり得ないから、戦えない俺を置いてった方が確かに世界のためだろう。
 シルヴィアやテランナとは一時的に別れることになるけど、そんなの些細なことだ。
 神聖剣があるから、ダークナイトだって楽勝だったじゃないか。暗黒皇子だって、きっと、必ずや、俺が居なくても、倒せ……るはず……
「駄目だあっ!」
 突然の激情に駆られて俺は大声で叫んだ。
 胃袋がびっくりしてるけど、構うものか。
「駄目だ、ダメだ、だめだぁっ! ジャパニーズサラリーマンは過労死上等っ! 嫁さんだけに任せられるかっ!!」
「リュージよ、無茶を言うな。その嫁にも立会いで負ける貴様が居たって意味が無い」
 隊長が俺をなだめようと声を発する。静かなそれを聞き、逆に頭の血が沸騰していく。
「意味が無い? それこそ上等! そもそもゲーム知識なんて無駄なものを二十年間も抱えてた俺の存在には何の意味も無いからなっ!!」
 俺がもしこの世界に来なかったとして、蓄えてたゲーム知識が人生の何に役立つだろう。
 当時を懐かしむにしろ、こんな古い話を好き好んで聞いてくれる人は俺の近くにはもう居ない。
 俺をこのゲームに引きずり込んだ従兄弟でさえ、社会人になったら『夢幻の心臓』への興味を無くしてるんだ。
 俺が、俺だけがこの世界に来られたことを、誰より何より俺自身は嬉しがっていた。
 懐かしさとともに、新たな発見や納得の設定が語られる喜び。そして、嫁さんが二人も立候補してくれたこと!
 たかが胃の痛みだけでこの世界からリタイアするなんて、出来るはずが無いっ!!
 俺の決意を、シルヴィアとテランナは喜びで見たが、隊長は冷ややかに見てくる。
「ではリュージよ。キノコ無しでも私と立ち会えるか? モンスターは優しくないぞ」
「もちろん。キノコが無くても戦ってやらぁ」
 勇ましく言って、すっと立ち上がる。
 隊長も応じてくれたので、少し歩いた後、二人して神聖剣を抜き去った。
 真剣で立ち会うのは、神聖剣を入手したとき以来か。
 アーケディア砦とドワーフ村では木剣で、その際は練習だからと言い訳があった。
 でもこの魔人界では練習なんて存在しない。
 胃がキノコをよこせとばかりにグッと鳴ったけど、それを無視して構えを取る。
 俺も隊長も中段の構えだ。と言うか、俺の剣術はこの隊長から教わったもの。自然、構えは同じになる。
 突然の展開で緊張してる他の三人を横目に、俺のカラダが先に動いた。
 まずは振り上げての一撃。次に左下からの横薙ぎ。
 脳裏には、アーケディア砦で剣が怖いと言ってた頃の練習風景が重なっていく。
 違う。もっと速く、足先は一歩前!
 一合、二号と剣を合わせたら、先手を取られて受身だった隊長が俺の息継ぎを読んで反撃に出た。
 風切る音を俺の耳は捉えたけど、不思議とそれで怖いとは感じなかった。キノコ服用してないのに何故だろう。
 相手の剣先を確かに見据え、俺のカラダが勝手に動いてそれを避ける。
 こんなに運動神経良いはずないんだけど、どうしたって言うんだ。
 バーサークで雑になってた動きが修正されたからなのか?
 理屈は分からないが、これまでと違った動きで隊長と互角にやり合えてるのは紛れもない現実だ。
 そして隊長の下からの切り上げに、俺の渾身の振り下ろしがぶつかって行く。
 ギンと硬質な音がした瞬間、気が付けば俺は手首から先をひねっていた。
 ヒュンと変な音がして、隊長の手からあらぬ方向へ剣が飛ぶ!
 隊長はそれでも俺を攻撃しようとしてか右手を振り上げたが、不意にその構えを解いた。
「なんだ、出来るじゃないか。良くやったリュージよ」
 ぶっきらぼうな隊長には珍しい賞賛の声。
 俺は戸惑いの方が大きかったが、釣られるようにニッコリと笑えた。
「たぶん……指導のおかげだと思う。嫁さん二人にみっともないとこ見せられないし」
 それが可笑しかったのか、隊長は剣を取りに歩きながらこう返してくる。
「さっきの泣き顔がウソのようだな。まあ今後『なかす』のは夜限定にするのだな」
 一瞬だけ呆けたが、言葉の意味が分かったら顔が真っ赤になった。
 隊長! 何を言ってるんですかっ!!
「リュージさん。胃はもう痛みませんかー?」
 テランナが俺を心配してそう尋ねてきたんで、俺は慌てて大丈夫と返した。
「リュージ様。では、預けていただけますか」
 そして今ならシルヴィアのその言葉にも素直に応じられる。
 腰にぎっちり結わえ付けていた袋を取り去って、躊躇無く渡した。
「まぁ何じゃ。勇者もようやっと本物になってきたってことじゃな」
「そうですねー。夜限定は卒業になりますねー」
 昼の覚悟不足で揶揄されてた勇者の立場が、俺の腹にすとんと落ちていく。
 すると、キノコを服用した時のような高揚感がそこには確かにあった。
「心配掛けたけど、大丈夫だと思う。今ならドラゴンだって切り落とせそうな感じがするよ」
 少し誇張して言ったら、途端に隊長から注意を受ける。何か悪かった?
「休む直前に不吉なことを言うな。貴様の後ろからそいつが出ても知らんぞ」
 びくっとして後ろを振り向いたけど、幸いにして何も居ないようだ。
 そこへ隊長が再度声を掛ける。
「だからリュージよ、もう少し堂々としろ。そんな態度ではまた胃が痛むだろうに」
 うーむ確かに。でも一朝一夕には態度は改まらないからなぁ。
 態度に付いてはもう少し待ってほしいとお願いしたものの、キノコに関しては触れないまま今夜は休んだ。
 不思議と、あれだけの痛みがすっかり治まってしまってる。
 吐血したのも一回だけだし、もしかして胃潰瘍とかウソだったんじゃないのか?
 横たわったままそんなことを思ったけど、結局、それを考えるは止めた。
 考え込むのは俺の悪い癖だからだ。
 あるがままを受け入れよう。この仲間と、モンスターの存在を。
 翌朝、普通に起きてみなで西へ歩き出す前に石の確認をしてなかったことに気付いたので、それを行った。
 テランナが持ったままだった『赤の石』は、ドワーフのユーギンが見てもこれまでの石と同じ存在感しか無いとのこと。
 血が染み込んだような赤黒い色なので本物なのかと少し疑ってしまうけど、あそこにもダークナイトが居たんだ。間違いと言うことは無いだろう。
 あいつも『予言』で配置されたんだろうか?
 ゲーム時ダークナイトは偽魔人城に居なかったはずだし、今回は特に布で隠れてたりと俺たちが来なかったら大変なことになってただろうとしか思えない行動を取っている。
 かなり遠くから観察したのに隠れるところを見てないから、その前から、つまり二時間以上も隠れてた計算だ。凄く孤独です。
 本当ならあいつらは一人で俺たち全員を殺せる腕のはずなんだよな。
 なのに、神聖剣が強いからか鉄砲玉みたいな印象を受けてしまう。暗黒皇子は何がしたいんだろう?
 ワザと倒されたいとか……無いな。でも、まぁ良いか。
 実際にラスボスと会えば分かるだろうことなので、俺はこれへも考えることを止めた。
 俺が今しなければならないことは、嫁二人を守れるほど強くなること。
 魔神城広場にて経験値稼ぎ出来なかったから今後のことに少し不安があるけど、隊長との立ち会いを考えればそれも薄らいでいる。
 あの動きが再現出来れば十分だろうと思えるからだ。
 それでも届かなかった時は、これは仕方ない。
 腹はくくった。俺は暗黒皇子を倒すっ!
 腰が少しだけ寂しく感じられるものの、それもすぐに慣れることだろうと思う。
 その後、強敵のグリフォンとも出会い、これを撃破することにも成功した。
 もちろんキノコ無しだから、これで暗黒皇子にたどり着けるのはほぼ確実となった。
 残る強敵はドラゴンなんだけど、見掛けないのは本当に何故なんだろう。
 俺たちに取ってはありがたいことなんで、不思議には思いつつも旅を進めていく。
 そして次なる『水の塔』へたどり着いたのは、一週間後のことになったのだった。



[36066] その31
Name: 凍幻◆786b687b ID:86a11131
Date: 2014/02/02 21:25
 嫌な予感は既にあった。
 魔神界の主要なモンスターがトロールで、モンスターへの命令系統を持ってるみたいに見えたことだ。
 ゲームではトロールはほぼエルフ界のみにおり、そこではお城さえ作っていた。
 王様らしき配置にあるやつも居たので、指揮命令系統があるんだろうな程度には思ってたけど、実際に魔神城広場でそれを目撃し確認しちゃったんだよ。
 ラスボス暗黒王子の分身体であるダークナイトがその位置にあると以前は考えてたものの、これまでに会ったやつらから考えるとこの世界では実はそうじゃないみたいだ。
 見えない洞窟では放置され、幽霊船では閉じ込められ、挙げ句の果てに魔神城広場では地面の下に潜んでるときた。
 もうこれは、命令系統からは完全に外れてるものとしか思えない。
 しかもゲームではほぼ全員が真魔神城に居たはずなのに、さっき言った通りあちこちへ少人数で駆り出されてるのだから、戦力一極集中との通常戦略からも外れてるよね。
 個別撃破出来るから俺としては願ったりの展開なんだけど、これが暗黒皇子の戦略だとしたら何を考えてなのかさっぱり分からない。
 あと、出てくるダークナイトがいずれも頭悪そうな感じなのが少し痛々しい。
 腐ってもラスボスの分身なんだから堂々としててほしいんだが……やむにやまれぬ事情があるんだろうな。うん。
 そんなことを思いつつも野良トロールを蹴散らしながら魔神界の南西方向へと進んでいく。
 偽魔神城を後ろにしてからはゲームで強敵だったグリフォンやマンティコラなんかとも遭遇するようになってたが、いずれも単独行動してたので倒せている。
 こいつらは羽があるからか動きが素早い。
 四つ足動物なので出会った際は地面近くから威嚇してくるものの、すぐに空中へ飛び上がってしまうんだよ。
 しかも地上二メートル程度の高さから前脚振り下ろし攻撃を仕掛けてくるんで、怖いのなんのって。
 俺と隊長が前面で受け、シルヴィアが横から、比較的背の小さいユーギンとテランナが後ろから下へ潜り込んで攻撃する連携をきちんと取れれば倒せるようになったものの、強敵で苦戦しがちなのは間違いない。
 主に俺の腰が引け気味なのが苦戦する原因なんですけど……そこ、笑わないでくれ。俺は日本人だから、暴力沙汰は苦手なの分かるよね?
 キノコ使えなくなったのが頭で分かってても、つい腰へ手が伸びちゃうんだ。
 グリフォンはまだ頭が鳥の形状してるからマシなんだけど、マンティコラの人間みたいな頭から睨まれると嫌な感じがするんだよぉ。
 これまでゾンビとかグールとかの人間もどきモンスターとも対峙してきた経験を持ってしても、ああ言ったキメラみたいなやつはリアルで見ると本当に不気味としか思えない。
 でも、嫁が傷付くのを考えたら気後れなんて出来ないんだけどなっ!
 そうやってキノコ無しの本格戦闘を行うようになってから一週間ほど。
 俺たちは次なる『水の塔』と思わしき場所へたどり着いたんだが、ここで先ほどの嫌な予感が当たってたことにようやく気付いた。
「あそこに居るのって、やっぱりだよね?」
 俺の囁きにテランナが答える。
「そうですねー。でも三頭しか居ませんよ?」
「三頭も居たら大変だろうがっ!」
「まぁまぁ。また胃を痛めたら大変ですんで、落ち着きましょうよー」
「……」
 小さく溜め息を吐くと、今度は隊長が言い出す。
「で、リュージよ。良かったな、この前の発言がさっそく実行出来るから安心しろ」
「これのどこが安心出来る内容なんでしょうか」
「もちろん我々に勇者が居ることそのものだが?」
「無茶ゆーなっ!」
 俺たちの目前には、一本の塔が見える。
 高さは二〇メートルほどか。ゲームでは六階建てになってた各地の塔なので、地球基準で言えばほぼ同等の高さだろう。
 直径も同じくらいありそうだが、これも問題ない。むしろゲームと比較すればかなり小さい部類だと思う。
 なのにそこへ入らず小さな声で話し合ってるのは、塔の周囲に三頭のモンスターが鎮座してることが原因である。
 体長五メートルほどの赤い体躯の獣。
 思ってたよりは小さいが、それは紛れもなくドラゴンだったんだよ!
「しかしじゃな。まさかドラゴンが繋がれてるとは思いもよらなかったぞ」
 ユーギンが見てるのは、やつらの首にある鎖だろう。
 塔の真下あたりに先が伸びており、誰かがここへ縛り付けたのだと分かる。
 まぁ、こんなことをするのは暗黒皇子側しか居ないけどさ。いったいどうやったのか。
 ただでさえ強いドラゴンを、ペットみたく三頭も生きたまま繋ぐって無茶だろ!
 指揮命令下にあるのか、それともチカラで従わさせられてるのか、どっちなんだろう。
 どちらにせよ、ダークナイトはドラゴンより強かったってことになるのかな?
 俺の脳内基準だと、暗黒皇子以外で一番強いのがドラゴンになり、その次がダークナイトとなってた。
 三番目にはグリフォンかマンティコラが来るけどこいつらは獣なため、この状況を作れそうな敵は必然的にダークナイトしか居ないことになるんだよ。
 まさか暗黒皇子が一人でこれをやったとは思えないしね。
 それはともかく、目前のドラゴンをどうやって排除するかが問題だ。
「暗黒皇子も色々考えるものですね。でも私たちにはリュージ様が居ますから大丈夫ですけれど」
 ちらりとシルヴィアが俺を見るものの、それへどう応えるか凄く悩む。
 だってドラゴンなんだぞ!?
 一頭でもキノコ必須とまで考えてた相手なのに、いきなり三頭相手って無理でしょ!
 しかもゲーム時はふらふら飛び回ってたやつらだから遭遇しても逃げ出せたんだが、ここでは鎖のせいで戦闘必至な状況となってたりするんだ。
 暗黒皇子側は、たぶんここで俺たちを仕留めるつもりなんだろう。
 敵ながらなかなか考えてるな!
 その割にはダークナイトがお馬鹿なのが本当に何でなんだろうなぁ。
 しかも、俺たちを待ってたにしては、その乗り手が見当たらないし……全員でなのが疑問だけど所要だろうか。
 ドラゴンを繋ぐ鎖の材質も疑問って言えば疑問だな。ただの鉄じゃないだろうと思う。神聖剣でもぶった切れ無いとかないよね?
 ダークナイトの剣はともかく鎧はあっさり切れたんでそれは無いだろうとは思うが、ドラゴンを繋ぐほどの鎖ってとんでもないよ。
 ユーギンは材質に興味を持ったようで、ちらちらと鎖を欲しそうに見てる。
 重そうなんだけど、一部分をお持ち帰りくらいなら大丈夫かな。
 その前にドラゴン退治ですよね。どうしよう……キノコ使いたい……
「もしかですけれど、キノコを服用したいとか言いませんよね?」
 じっとドラゴンを見てたら、シルヴィアから確認を受けた。
 ちょっぴりは考えてたことなので視線をそらせてとぼけようとしたけど、すぐに顔を向き合わさせられてしまう。
「いきなり二人相手でも動じなかったんですから、三頭でも大丈夫ですよ」
「それとこれは違ぇーよっ! 数詞も違うよっ!」
 夜の戦闘と昼の戦闘が、何で同じになるんだ?
 しかもあの時はキノコ服用時だっただろう? それなのに大丈夫って、どう言うことだよっ!
 彼女の口調と顔付きが真剣なのは分かるんだが、凄く納得いかない。
 またもや胃が痛み始めちゃうじゃないか……
 腹へ手をやった俺を見て、テランナが勝手に呪文を唱える。もちろん体力回復呪文だ。
「わたし、あれは飲めますけど血は飲みませんからねー。きちんと治すのが一番ですよ?」
「そう思うなら、馬鹿な発言を止めてください。吐血で死んじゃいます」
 しかし、俺の懇願にはがんとして頷こうとしなかった。
「リュージさんの死因は腹上死になってますんで、勝手に死なないでくださいよー。まったく」
「まったくなのはお前らの会話だよっ!」
 つい声を荒げそうになるけど、仕方ないよね?
 それでも目前のドラゴンが強敵なのは事実なので、腰を据えてみなで対策を協議することにした。
 まず、全員で正面から突撃する案はすぐさま却下された。当然である。
 次にテランナが弓で援護する案も出されたけど、三頭に対して一人ではどうしようもない。
「いっそのこと、ドラゴン無視して羽で塔の屋上へ向かうのはどうだろう?」
 そう提案してみたものの、精霊が一番上の階に居るのか不明なんでこれも却下された。
 こんな時ファンタジーものなら魔法使いが居て大規模魔法でババーンと倒してくれることもあろうが、この世界でそれを望むのは不可能だ。
 ゲーム時、最強魔法でもドラゴンは一撃で倒れてくれなかった上に、その魔法の威力がランダムすぎて相手を怒らせるだけの可能性しか見えない。
 しかもこのパーティにはその魔法使いが居ないんだ。
 魔法使いと言えばエルフのアデュアさんが思い起こされるけど、俺は彼女を引っ張ってくる気がないからこれも却下とする。
 なお、アデュアさん不参加に付いては全員から賛成得られました。彼女をエルフ界から引っ張ってくるのに時間掛かるからだけどね。
 でもその他の方法は、なかなか思い付かなかった。ドラゴンを見やっても途方に暮れてしまう。
 うーん、詰んだかもしれん。
 確かに魔神界でドラゴン戦は覚悟してたけど、それは単独との戦闘であって、複数とだなんて頭に無かったんだよ。
 ふと、アーケディア砦のサイクロップス戦の際も、そう言えば最初見たとき呆然としたなと思い出される。
 ゲーム時は砦の中を通らねばシルヴィアの居る地下室へ行けなかったんで、入り口をでんと塞いでるあいつを見て考えが追い付かなかったんだ。
 その後、すぐにユーギンが出てきて別通路の存在を教えてもらえたんだが、俺一人のままじゃ絶対引き返す羽目になってたと思う。
 今回も何か手がないだろうか?
 中に居るはずの精霊がどうなってるかは一切不明のままだ。
 と言うか、その精霊に会わねばならないのかが疑問なんだよね。
 前にも言ったけど、精霊がどうして石を欲しがってるのかゲームで語られてなかった上に、精霊の存在を知ってる人がこの世界には誰も居ない。
 つまり、俺たちがこの塔を探索し精霊と会っても、それが無駄骨になる可能性さえあったりするんだ。
 俺が本物の勇者だったらこんな協議すら必要無くドラゴンを一刀両断して終わりだっただろうと思うと、少しだけ申し訳なく思う。
 そんな有頂天になるような方法が……あっ、ちょっとだけあるかも?
 みなして黙ってるので、俺が控えめに手を挙げ告げてみる。
「あのさ、ドラゴンって鎖で繋がれたままだとどれくらい動けるかな?」
 視界拡大呪文を使ったままのテランナが、それへ答えてくれる。
「そうですねー。あの様子だと、あまり動けなさそうですけど、それでも塔の周囲全域へ攻撃できそうですよ」
「上空へはどうだろうか」
「さっき言ってた上空からの総攻撃ですかー? ちょっと厳しいかと……」
 口ごもる彼女を前に、さっき思い付いたことを言ってみた。
「いや、羽を使うのは俺一人だけ。で、真上から取りあえず一頭倒そうって話」
 全員で一斉に掛かっても気付かれてしまうだろうけど、一人だけならそれほど気付かれないのではと思う。
 鎖で繋がれてる以上逃げることは出来ないから、それを逆に考えたわけだ。
 そして二頭なら、残る四人で分担すればなんとかなるんじゃないか?
 もちろん二回以上通用する話じゃないんで一頭ずつ処理するのは出来ないし、一撃でドラゴンが死んでくれるわけ無いから俺が無駄死にする可能性もあるけど、リアル世界だから首を狙えば死んでくれる可能性もあるんだよね。
 そう提案してみたんだが、案の定、みなから渋い顔をされてしまった。
「それはリュージの剣が通ればの話だろう? 確実では無いな」
「そうですよ。リュージ様が一人で行く話ではありません。行くなら私もです」
「ちょっと待て! シルヴィアが行ってどうすんのさ。俺だけでいいってば」
 だがこともあろうに、シルヴィアの反対は実行不可の話じゃなくて、俺一人にはさせないと言うものだった。
 確かに、いっぺんに二頭を片付けられるのならば、これに賛成したい。
 だけど、と俺は続けた。
「タイミングが難しい。同時に接敵するのは練習しないと無理だろうと思う」
 残ってる羽の数は三個。ユーギンが偽魔神城で使うはずだった残りと予備一個しか手元にはない。それで練習は無理だよなぁ。
「でもリュージ様が一人で突っ込む必然性も無いですよね」
 そう言われればそうなんだけど、シルヴィアがわざわざ先頭に立つことも無いはずだ。
 なので、俺が一頭引きつけてるうちに残りをペア二組に分かれて一頭ずつ片付けて欲しいとお願いしたら、しぶしぶ頷いてくれた。
 三頭を一気に相手できない以上、囮は必要なんだ。そうだよね?
「リュージさんの突っ込みが激しいのはいつもの通りなので、こうなったらガンガンいっていいですからねー」
 何故か手を頬へやりながらテランナがそんなことを口にするけど、意味不明です。
 たぶん夜のことを言ってるんだろうけど、三十路な俺はそんな体力ないからっ!
 シルヴィアが黙って頷くのを横目に、隊長がハッパを掛けてくる。
「羽とキノコは同時使用出来ないので、ズルは無理だからな」
 言われてみればそうである。この前確かめたばかりだ。
 早まったかとは思いつつも、いつかは通らねばならない道だと俺は開き直った。
「隊長の方も、さくっと片付けてくださいよね。俺、無駄死にする気はないんで」
 死ぬ手前まで勇気を振り絞りたいっ!
 組み合わせは、隊長とシルヴィア、ユーギンとテランナがそれぞれ組んで相手することとなった。
 全員が神聖剣使いだけど、シルヴィアとテランナの攻撃が通るかは未知数だ。
 ゲーム時、かなりレベルが高くないとこの二人の攻撃はドラゴンに当たらなかった記憶があるんだよね。
 このリアル世界では二人とも俺より強いから問題無いとは思うんだが、不安材料は減らしておきたい。
 俺の心配を読み取ったのか、隊長は無駄にさわやかな笑みを見せてきた。
「私が姫様を危険にさせるはず無いだろう? 貴様こそ精神力切れで墜落するなよ」
 そこは確かに心配だ。俺の精神力が果たしてドラゴン倒すまで持つのか分からないけど、一応反論しておこう。
「失神しても、頭突きくらいはして見せますよ」
 真上から攻撃するんだ。ドラゴンが避けなければ当たるくらいはするだろう。
 その言葉を聞き、しみじみとテランナが呟いた。
「失神するほど激しいのはまた今度ですかね……」
「何でもそこへ結びつけようとするなっ!」
 俺は始める前から頭を痛めつつも、準備をして上空へ向かったのだった。




「うひょぉ……高いよう」
 上空数十メートルにまで上昇した俺は、真下を見て背中を寒くした。
 平地でのその距離はどうってことなく見られるのに、足下になるとゾッとなるのは何故なんだろうか。
 基本的に人間は高いところに慣れないんだよっ!
 そう言い訳をしておかないと、膝の震えを指摘されたときに困る。
 だけど、と思う。
 自分から志願したのに、遂行できないのは嫌だよなと。
 バーサークキノコ無しでモンスターと戦う場合、一番危険なのは恐怖でカラダが動かなくなることだ。
 特に初見の相手でそうなった場合、俺は死んでしまうだろうと思われる。
 でも、ドラゴン相手でも臆しなかったら大丈夫じゃないか?
 ゲーム時の最強雑魚モンスターはドラゴンだったんで、それを克服できれば後は恐れることなく立ち向かえると俺は考えていた。
 そう。俺が一人でこの任務に就いたのは、最後の壁を乗り越えるためだったんだ。
 これまでの訓練を踏まえ、強敵を廃してラスボス暗黒皇子の前に自力で立つ。
 嫁を殺させないために、俺はやるぜっ!!
 高空からの急降下襲撃はこの世界では取られたことのない戦法だけに、ドラゴンも対応しきれないだろう。
 そう信じ、羽を少したたんで降下に入った。
 恐怖で最初はゆっくり目だったけど、すぐにこれじゃ駄目だと速度を上げていく。
 だけど、何で俺はこんな戦法を提案したんだぁぁああああ!!
 ぐんぐん近付いてくる地面に、俺は泣きたくなった。
 怖いっ! それしか心に浮かばないっ!
 水の塔へ自分のカラダが突き刺さるシーンすら脳裏に描いてしまうほどだ。
 でも、それと同時にドラゴンの赤いカラダも見えたので、進路をそちらへ向けようとも試みる。
 バンジージャンプが成人の儀式なのは、どこの国だったっけ?
 ヒモの無いこの状況がそれに当てはまるかどうかは分からないけど、三十路にもなってそれに挑戦するのは無謀だったんじゃないか!?
 そもそも、一撃当てた後の着地はどう考えてたんだよぉっ!!
 色んな考えが一瞬湧き起こり、後ろへ置き去りにされていく。
 勇気、愛情、勝利っ!
 涙で視界を曇らせながらも、俺は何とか引き返すことなくドラゴンまでたどり着いた。
「ああああああぁ!」
 意味のない絶叫と共に、剣を前へ突き出したまま突っ込む。
 最後の最後で少し減速したものの、俺の剣はまっすぐ一頭のドラゴン、そのカラダに突き刺さった!
「グギャアアアアアッ!」
 相手も痛みで盛大な声を上げる。
 剣はスポンジへナイフを入れたかのようにするりと相手の肉を切り裂き柄部分までずぶずぶと入り込んでいったので、俺のカラダがどすんと盛大にドラゴンの肉体へぶつかるまで動きは止まらなかった。
 ドラゴンのどこの部分に突き刺さったかなど全然分からない。
 と言うか、衝撃で俺は気を失ってしまったらしく、次に目が覚めたときには既にドラゴン三頭全てが片付けられた有様となってしまっていた。
「……俺、どうなったんだ?」
 状況が分からずぽつんと口にした言葉へ、すぐに答えが返ってくる。
「ようやくお目覚めですか。あんな無茶はもう止めてくださいね!」
 怒りを伴ったその言葉は、シルヴィアのものらしい。
 俺をのぞき込むかのように見てるんだが、その視線がかなりキツイ。
「あの、ご免」
「馬鹿正直にあんな速度で突っ込むなんて誰も考えてませんでした。反省なさってくださいっ!」
 うん。俺もあの速度はねーよと思う。
 くどくどと言われた内容からすると、俺の様子はまるで鳥が墜落したときのように見えたんだとか。
 悲鳴を上げたかったものの、それでドラゴンに気付かれるのは不本意なので我慢したとも言われた。
「上空から牽制する程度に最後速度を落とすと思いましたのに、そのままカラダをぶつけられて、反動で遠くに飛ばされたときは泣きたくなりました」
 いやー、本当にご免。
 次があったらそうさせてもらう。つーか、次があっても俺はもう行けそうにないです。
 あんな体験は一回やれば十分だよ。頭が白くなったんじゃないかと心配だよっ!
 髪の毛へ右手をやろうとしたら、なにやら柔らかいものに触れた。
 えっ、と思って頭を少し動かしたら、その感触も凄く柔らかい。と言うことは……
「ようやくお気づきですか」
「うはっ。何これ!」
 なんとなんと、俺はシルヴィアに膝枕をされていたんだ。これが伝説の膝枕っ!
 彼女も俺も太もも部分はズボンになってるんでそれが可能なんだけど、素晴らしい!!
 興奮でカラダをびくっとさせたら、やんわり手で制されてしまった。まだ起き上がっては駄目らしい。
 心臓が早鐘を打っている。シルヴィアとはそれなりの関係になったけど、自分が爆発推奨の一場面を演出できるなんて夢にも思ってなかったよっ!!
 俺は落ち着くために深呼吸を一回し、それから質問してみた。
「あの。今更だけど、ドラゴンは退治したんだよね?」
 シルヴィアが、俺の手を自分の脇腹へやろうと苦労しながら答えてくれる。
「えぇ。リュージ様が一頭の背中へ剣を突き刺したため盛大な叫び声があがり、それを聞いて恐慌状態になった残り二頭は簡単に始末できました。残る最初の一頭は暴れたため少し手こずりましたけど、四人で相手したら無事に倒せましたですよ」
「もしかして、俺の行為は不要だったんじゃ?」
 提案時は気付かないようにしてたことだけど、俺抜きでも退治出来たってことは、普通に全員で突っ込んでも何ら問題ないってことになる。
 ドラゴンがこんなに弱いなんて聞いてねーぞっ!
 いや、俺以外が強すぎるのか?
 ゲーム時魔法系だったテランナもシルヴィアも、ここではみんな武闘派だもんね。
 前にも言ったことあるが、俺が居なくても暗黒皇子を倒せるんじゃないのかと思うほどだ。
 まぁ、今回は俺が腹をくくるためだけにあんなことをしたんだから、無意味と言われても仕方ないかもな-。
 気の抜けた俺の頭にシルヴィアの右手が触れられる。
「リュージ様のお陰で二頭が硬直しましたから、無意味ではありませんよ。素直に正面から相手したらブレスが怖いですけど、それが封じられましたから」
 ゲーム時におけるドラゴンのグラフィックは、火炎を吐いている姿だった。
 ある意味お約束な攻撃だけど、実際にそれが行われるとなればかなり大変だ。
 魔法的なバリアが無ければ俺たちみんな丸焦げになっちまうよ。
 しかしゲームでもこの世界でも、そんな都合の良いものは無かったりする。
 せいぜい魔法使いの呪文で精霊を盾にするやつがあるだけだ。それでブレスの完全防御は出来ないだろう。
 シルヴィアはそうねぎらってくれるものの、釈然としないところもある。
 俺が最弱のままだからさっ!
 あれしきの覚悟では強くなれませんでした。どうやったら嫁たちに勝てるか分かんねーよ。
 取りあえずだ。この柔らかい場所から頭を離そうか。
 今度はすっと起き上がられた。周囲を見るとみな無事なので、それは良かったと思う。
「リュージよ、もう起きたのか。痛みは無いか?」
 隊長がそう気遣ってくれる。俺は大丈夫と答え、念のため少しカラダを動かしてみることにした。
 腕おっけー、足も痛まない、頭もハゲてない。うん大丈夫だ。
「心配掛けてすいません。今度ドラゴンと出会ったら、素直に立ち向かいますよ」
「まぁ、それが良かろう。あの速度はさすがに予想外だったからな」
 普通はペガサスの羽を使っても急降下はしないものなんだとか。
 そりゃそーだろう。俺も二度としたくないよ。
「ところで勇者よ。テランナにもきちんと謝っておいた方が良いぞ」
 ユーギンからそう言われて彼女を見たら、怖い顔をしてた。
「あのですね、勇気と無謀は違うものだって知ってますよねー?」
 テランナからの説教は珍しいけど、それだけ今回は危なかったってことだ。
 地面に正座されられ十分近く小言をいわれたが、最後にこう告げられて解放された。
「まぁ、死んでも私が生き返らせますんで実際のところ問題はほとんど無いんですけどねー」
「そりゃねーだろっ!」
 いつの間にかこの小娘は蘇生呪文まで扱えるようになってたようだ。
 ゲームだと、蘇生呪文はレベルを十六くらいまで上げないと覚えないんだったかな。
 やり込みでレベル上げするならともかく、謎を覚えてる今だと覚えるより前に暗黒皇子までたどり着いちゃうんだよねぇ。
 しかも街にはそれを使える人も居るし、ケガレの謎が解ければこの呪文はほとんど使わずに済むんだ。
 ちなみに『ケガレの謎』とは、街人に死体蘇生をお願いすると「ケガレている」と言われ何故か断られてしまう謎のことだったりする。
 メニューへ出るのに何故そうなるのか、それは死体が清められていないためだ。
 なんと、死体清めには塩を使うんだよ!
 どうしてとか言わないくれ。俺だってファンタジー世界なのにここだけ日本式で当時凄く悩んだよ。
 しかも死体置き場さえその街にはあるんだぜ!
 状態異常のメンバーは普通パーティから外せないんだが、死亡者だけはそれが出来る不思議に目眩したよなー。
 とまぁ少々脱線したけど、どうやら塩を使う場面は今後も無さそうだ。
 全滅したら必要かもしれんが、そうならないよう注意したい。
「塔の入り口は開いてたぞ。と言うか、入り口に扉が無かった」
 足の屈伸をしていたら、隊長が歩いてきてそうみなへ告げた。
 俺への説教の間、ユーギンと隊長とで塔の周囲を偵察しに行ってたそうだ。
 ドラゴンが繋がれてたことから、それをおこなった相手が居るはずなんだけど、これまで誰も見なかったとのこと。
 俺は話を聞き、塔中へ突入しておこうと提案した。
 だって、ドラゴンの操り手が急に襲ってくるかもしれないだろう?
 どこから来るか分からないこんな開けた場所よりは、むしろ塔中のほうが対処しやすいんじゃないかなと思うんだ。
 あと、ドラゴンがまた出てきたら困るのもある。
 ゲームでは一箇所以外塔中にドラゴンが出なかったし、目前の塔も外見からするとあんな大きさは入らないよう思えるから、安全な方で考えたいよね。
「まぁ、雨も降りそうだしな。その方が良いだろう」
 隊長の言葉でふと空を見ると、西側が曇ってきてた。
 ここ三日ほどは天気が良かったけど、こればかりは人の手に負えないからなぁ。
 話をしてる間に足のしびれも治ったんで、そろって塔の入り口まで歩いて行く。
 当たり前だけど、誰でも歓迎とは書いてない。
 反対に望みを捨てよとも書いてないが、ぽっかりと開いた高さ二メートルほどの入り口は薄暗いまま何も変化がない。
 これなら大丈夫かもと思ったけど、残り数メートルまで近付いたらその暗闇から何かが向かってきた。
 少し光が見えることからすると、やはりあいつらだろう。
「俺たちのドラゴンを殺したのは誰じゃあああ!」
 塔外へ出るなりそう叫んだのはダークナイト。しかも三人いやがった。
 中の一人が俺たちを見付けて剣を構えようとする。
 だがしかし、ドラゴンが死んだのを知ってるなら何で警戒態勢を取っておかなかったんだろうか?
 もちろん俺は相手を見付けてすぐに走り出してたから、相手が武器を構えないままでも容赦なく剣を振ってやる。
「ぎゃああああ!」
 寸前で動かれたものの、反射的に突き出された一人の右腕を奪うことに成功した。
 俺と同様に走ってきたシルヴィアもまた、別な相手へ斬りかかっている。
 先ほどドラゴンを相手したばかりなのを微塵も感じさせないその体裁きで、そいつの頭をはね飛ばす!
 テランナとユーギンは体格のせいで少し遅れたが、隊長も最後の一人へ剣を突き出した。
 こいつだけは剣を構え、ぎりぎりだが初撃をかわすと横に飛んでから俺たちを見据える。距離は十メートルほどにもなった。
 隊長も追撃はしなかった。
 俺が最初の一人へトドメ刺すのとのとユーギンたちが追い着くのを待って話し掛ける。
「貴様がここの責任者か?」
 何これ、隊長が主人公じゃねーの?
 そう思えるほど格好良い台詞だ。
 対する相手も、眼光鋭く睨みつつ返答する。
「正確にはその中の一人だな。残念ながらサンバーとムーはやられてしまったが……そう言うお前が勇者だな!」
 俺じゃなくて隊長へ憎しみの目を向けるダークナイト。
 俺としてはそんな目を向けられたくないんでそのままにしておきたかったが、残念なことに隊長は俺をさしてこう告げる。
「俺は勇者にならなかった男! 本物はあちらだぞ!」
「なにぃ! 一週間待たなくても本物の勇者に会えると言うのか!!」
「ちょっと待てぇい!」
 真剣な声なのに、凄く突っ込みどころ満載の内容だよ。
 隊長は俺に勇者を押し付けた張本人じゃないか!
 会うのに一週間待つって何で必要なの!
 シリアスな場面なんだが、俺は目眩を堪えるのに必死だ。
 逃げ出したくもなるけど、ダークナイトだけは倒さないとラスボス暗黒皇子が殺せなくなるから駄目なんだよねぇ。
 仕方なく俺は一歩前に出て声を上げた。
「俺が勇者だ。ダークナイトよ、倒させてもらう!」
 それを聞き、ヤツも名乗りを上げる。
「俺の名はダークナイトのクー! いつもクールだからな」
 こいつらの名前は誰が考えてるんだろう。
 クールって言葉は自称じゃ言わねーよっ! 熱しやすいならニッキとでも名乗っておけっ!!
 発言が相手のやる気をそぐ作戦なのだとしたら恐ろしいが、こいつらのそれは素らしいんだよなぁ。
 ラスボスの分身なのに何で馬鹿なのか、本当に不思議だわ。
 それはともかく、クーは俺を認識してキリリと構えた。
 上段の構えで、一気に俺へ突撃するつもりらしい。
 対する俺は中段の構え。他の仲間はクーの周囲を囲んだけど、焦って先に手出しはしない。
 神聖剣が当たればやつの鎧は切り裂ける。
 それはさっきの戦闘でも証明されていたが、だから攻撃優先の上段構えなのか?
 確か構えについてそんな説明を受けたような覚えがある。この世界では剣道が無いけど、心の有り様は同じなんだろう。
 それに対し、キノコ無しの状態だが俺の心も落ち着いている。
 さっきの落下に比べれば、やつの刃なんて怖くねーぜっ!
 そして静寂が訪れた後、クーが腹の底から大声を上げた。
「きええええええっ!」
 走り寄ってくるヤツへ、俺は斜めに合わせようとした。
 正直に当たるなんてご免だ。俺は死にたくねーからなっ!
 今の俺の仕事は攻撃をかわすこと。それだけを念頭に相手の手元を見やる。
 近付き、振り下ろされる剣先。体裁きでは逃げられないと見て神聖剣で受け止めるべく動く俺。
 ギンと硬質な音がして、俺の手が強い衝撃を受ける。
 なにこれ強いんですけど!
 一瞬マズイと思ったけど、俺の手が下がりきる前にシルヴィアが剣を振るってくれた。
「がぼっ! ……う、うう」
 そして盛大に吐血したクーが、手から剣を落とし、膝をつく。
 ユーギンの剣も背中を思い切り傷つけたので、これでこいつも終わりだろう。
 でも今までのダークナイト同様消滅するまで少し時間があるようで、クーは俺を見たまま口を開いた。
「……まさか、ドラゴンごと始末されるとは思わなかったぞ。さすが勇者だ」
「いや、トドメ刺したの俺じゃねーし」
「このまま暗黒皇子様へたどり着いてみよ! それがお前の大事な女性が奪われる時だっ!」
 こいつが言うのはシルヴィアとテランナのことか?
「安心しろ。俺が嫁たちを守るからな!」
 さっきの突っ込みは無視されたけど、この返答は無視できまい。
 そう思った通り、クーはもう一度だけ声を発した。
「予言で目を付けたのは我らが先……だ……」
 言うなり消滅してしまったが、こいつも予言の話かよと少しだけ溜め息が出そうになる。
 俺の到来やシルヴィアの存在が予言になるってなんでよ。
 以前シルヴィアへはダークナイト一号から見初めた旨発言があったし、クーの発言も同じような内容だ。
 となれば、暗黒皇子はシルヴィアを迎えたがってると考えるのが自然だろう。
 俺がシルヴィアを暗黒皇子の前へ連れてったら、そこで俺が殺されるから暗黒皇子の利益になるってことなのかな。
 ますます暗黒皇子変態説が濃厚になるな!
 俺はそうやって今の話を内心で切り捨てた。
 悩んでも仕方がない。シルヴィアが居なければこの魔神界へ来られないし、きたるべき暗黒皇子戦でも彼女は俺より役立つだろうから、メンバーから外すことは考えられないんだ。
 俺に出来ることは、強くなってやつを倒すこと。
 他人の嫁へちょっかい掛けられないよう、キツくお仕置きしないとなっ!
 取りあえず、少し休んでからこの水の塔を攻略することにしようか。
 今しがたダークナイトを三人も始末出来たから、塔の入り口で休んでも大丈夫だろう。
 そうこうしているうちに、雨が降ってきてしまった。
 久しぶりの雨を塔中からぼおっと見ていたら、すいとテランナからカップが渡される。
「今回リュージさんが一番大変でしたからねー。少しお酒を入れときました」
「ありがとう」
 こういった気遣いが非常に助かるんだよなぁ。いつもの謎発言が無ければと思う。本当に惜しい。
「まさか人妻へ手を出す発言がまた出るとは思ってませんでしたからねー。夫としては複雑でしょう?」
「それはもういーからっ!」
 なのに、何でまたこんなこと言うんだよ。お前は本当に俺の嫁なのか!?
 からかって遊んでるだけなのかもと考えちまうぞ。
 俺が睨んだのを受けて、一転して彼女は真面目な顔をしてきた。
「まぁ一番大変だった場面は、ドラゴンへの攻撃でしたですけど。まさかリュージさんが……」
「俺が?」
「恋へ落ちるようにドラゴンへ落ちていったのを見たら邪推しちゃうじゃないですか! 責任取ってくださーい」
「何だよそれ。俺は落ちてねーぞっ!」
 俺は自分で飛んでたから落ちてないはずだっ!!
 そう主張したけど、話を聞いてたみんなからも駄目だし食らってしまった。
 自分でもあの速度は無かったなと思うから、仕方ないのかなー。
 でも、あのお陰でダークナイトを三人もおびき寄せられたし、結果は良かったんじゃないかとも思う。二度はしないけどなっ!
 ダークナイトは全部で十人だから、残りは三人だけとなった。
 番号付けについては誰の趣味だか分からんが今回の三人、サンバーは三でムーは六か? クーは九だろう。
 あとは七、八、十か。
 そいつらがどんな名前だろうとも俺は動揺したりしないぞとは思うけど、本当に何でこんな名前なんだか。
 疑問の溜め息が少し白くなって外へ流れていく。
 雨はまだ止まない―― 



[36066] その32
Name: 凍幻◆786b687b ID:86a11131
Date: 2014/02/23 19:14
 雨で水の補給が出来たことから、気を取り直して水の塔攻略を始めることにした。
 とは言え、扉もなければ鍵が掛かってるところも無い。がらんとした一階の端には地味に急勾配な螺旋階段があるだけだ。
 ゲーム時は迷宮になってたはずだが、簡略化なんだろうか。
 こんな階段で敵に襲われたら大変だぞと思ったものの、耳を澄ませても何も聞こえないので慎重に登っていくことにする。
 二階も三階も一階同様に広間だけだったが、直通階段は四階で終わり、その広間中央には小部屋があった。
 何が居るか分からないのでじりじりと近付いていく俺たち。そこで不意にテランナが声を出した。
「あのー。ここって男女別のあれでは?」
 言われてみるとなるほど。確かにあれでした……トイレだよトイレっ!
 なんでダンジョンにこんなのあるんだよっ!
 理解しがたいけど、それらしいマークが付いてるので、もうそれとしか見えない。
 一気に緊張が解けたので、モンスターが居ないことを確認した上で順番に利用しとくこととした。
 きちんとした施設があるなら入っておいた方がいーじゃん。女性特有の身だしなみとかあるしね。
 もしかしたら、さっきのダークナイトはここへ入ってたんだろうか……だから出てくるのが遅かったのかも。
 見張りくらい残せよっ!
 いくら四階にあって来るのが面倒だとしても、連れ立ってくることないじゃんかよ。
 つーか、ここの後処理はどうなってるんだろう。そっちの方が気になるな。
 水の塔だからか水洗だったしねぇ。おじさん、もうびっくりとしか言いようがない。
 みんな微妙な顔になってしまってたけど、全員揃ったところで空気を読まないユーギンが退屈そうに声を出した。
「もしかして、モンスターは打ち止めかの。上階にも居なさそうじゃな」
 確かに広間の反対側にあった、上へ繋がる階段からは何の気配も感じられない。
 ゲームでは、中ボスは居なかったけど色々モンスターが居座ってたはずなんだけどなぁ。あの強敵サイクロップスもここで再会するんだっけ?
 それにしても、四階まで直通階段ってあのゲームみたいじゃんか。必須アイテムが青の石だとか、まさかだよね。
 そんな変なことを考えたものの、この階では何も出来ないので次の階段を使い上階へ歩いて行く。
 五階も空間のみ。そして六階まで来たら、そこには普通に扉があった。
「何か書いてある。えーと、『営業時間は日の出から日の入りまで』……?」
 あれか、あれなのか? まさかの中ボスが居るのか!?
 確かに無視できる四階層分を除くと同じ六階になるけど、そこまで同じにしなくたっていーでしょうがっ!!
 外でダークナイトが三人も居たことからするとこれ以上の敵は居ないはずだが、みなへ目線を送って慎重に扉を開けることにする。
「さん、にー、いち、今だ!」
 タイミングを取って乗り込んだけど、そこには誰も居なかった。良かったと思うとともに、潜んでるやつが居ないかを慎重に探す。
 机の下、紙の山の後ろ、肘掛け椅子の向こう側……うん、居ないようだ。
「ふむ。ここは事務室のようだな」
 隊長がそう確認するけど、俺もそうとしか思えない部屋だった。
 机は三卓? 三台? 数詞があやふやだけど計三つある。
 もしかしたら、ここは下で戦ったダークナイトたちの事務室だったのかな。
 壁にはこの魔神界の地図も貼ってある。ゲームのそれとほぼ同じだったから、すぐ分かった。
 しかし、そこに書いてある標語はいただけない。
『目指せ! 百万匹大侵攻ノルマ達成!!』
 お前らは何を目指してるんだっ!
 しかもその下に小さく書いてある言葉が、また哀れを誘う。
『随時嫁さん募集中』
 お前らみたいなブラック会社員が結婚出来るわけねーだろう。ダークだけにブラックと決まってるだろうがっ!
 更に言えば『嫁さん』のところは『部下』の二文字を見え消しで追記したものだし、もう涙が出そうだよ。
「さっきのダークナイトは男性ってことでいーんですかねー?」
 さすがのテランナも言い難い顔をして俺に確認してくる。
「たぶん、そうじゃないかなー」
 が、俺としても投げやりな答えしか返せない。
 ラスボス暗黒皇子の正体はバラの目玉だから性別ないはずなんだけどなー。 
 そいつからシルヴィアを『見初めた』発言があったとすれば、その分身であるダークナイトも性別あるのかもしれん。
 溜め息しか出ない風景だけど、敵が居なくて拍子抜けしてたユーギンが最初に気付いた。
「それで、肝心の精霊はどこじゃ?」
 言われて確認すると、最奥にもう一つ扉がある。
 さすがに鍵が掛かってたけど、ユーギンの技能で開けることが出来た。
「リュージ様。青の石の準備は出来てます」
 シルヴィアもそう言ってくれる。
 この世界において、石関係の話を知ってる人は誰も居なかった。ゲームではシルヴィアとシー村の幾人かが話してくれたんだが、ここでは一切不明のままだったんだよ。
 なのに魔神界へ来る際シルヴィアが石へ呪文を唱えられた理由。
 それは、サルア城の書庫を見たのち神聖神へ伺いを立ててたからだ。
 古い書物ならそれらしいのが書いてあるかもと思い、ペガサスの羽の到着を待ってた間に調べたんだが、ほとんど何も記されてはいなかった。
 一つだけ、黒の石は異世界のモンスターから出来ているらしいことが判明しただけだ。
 ゲームにおいては普通に宝箱へ仕舞われてたそれだが、異世界への鍵となるのは、その世界との繋がりがあるためのようだ。
 なるほどと思ったけど、すると残り三つについても魔神界と繋がりがあるのかと疑問が湧く。
「分からないのならば、神聖神へ伺いを立てればいいのです」
 行き詰まったら、あっさりシルヴィアがそんなことをのたまった。
 お前ら、そんなことで神様に軽く話しをするなよ!
 サルア王家の人々と神官の一部しか伺いは立てられないけど、その分色々答えてくれると彼女は言う。
 そう言えば、子供の話まで返答があったな……
 ちょっと気安すぎるのではとは思うが、日本においても様々なことを神託で決めてた時代があったそうだし、この世界はこれでいーのかとも思う。
 何と言っても、神様が実存する世界だしね。
 まぁそれで、『素直に渡すが吉』と回答あったわけだ。
 誰が渡しても大丈夫なのかなと思ったけど、俺はあえてシルヴィアに持っててくれとお願いした。
「相手が言葉を話せるとは限らないから、精霊語も聞けるシルヴィアが窓口になってほしい」
 石を渡す先は、精霊たちだ。緑の石だけは違ったような記憶もあるけど定かじゃない。
 ダークナイトが日本語を喋ってるのを聞けば今更ではあるものの、精霊たちが独自の言語しか話せない可能性もあるんだよね。
 以前サルア王から「サルア王族は精霊の話を聞ける」と言われてたのを、すっかり忘れてたよ。ははは。
 最近、全部日本語で通じてるから異世界との認識もあやふやになってるんだわ。
 元の世界って美味しい?
 そう聞かれるのが今はちょっとツラい。俺がオタクでなければ、あっさりと諦め付くものを……
 ともかく、石の用意が出来たので扉を開ける。
 先ほどよりは小さい部屋だった。中央の存在を見て一瞬だけ目眩がしたけど、諦めと共に小さく息を吐く。
 それからリーダーの俺が反応起こさないとマズいかと思って声を何とか出した。
「貴方が水の精霊でしょうか?」
 その言葉で、眠ってるかのように動かなかった相手が目を開けた。
「ん……そう、そうだ」
 ほっとしたことに、耳に届いた返事は日本語だった。安心して話を続ける。
「そうですか……で、その姿は?」
「これが封印なんだが」
「はぁ」
 助けるより先に姿を聞いた理由。それは、想像してたのと姿がずいぶん違ってたからだ。
 俺がやってたハチハチ版ではグラフィックが無かったけど、別版ではローブ姿の男性らしきものになってたと聞いている。古代ローマ人が着てたとか言うあれね。
 でもこいつは、よりにもよってこいつは……『ロープで縛られた姿の男性』だったんだよっ!
 ローブとロープじゃ全然違ぇーよっ! 男のそれなんか見たくねーよっ!!
「これが封印ならば、切ればいーんですかー?」
 なんか耐性があるらしく、そんな姿を見たのにテランナの口調は変わらなかった。
「ああ、よろしく頼む。そろそろ快感に変わりそうで大変なんだよ」
 そして精霊さんは……変態だったー!!
 なんだよこれ。俺は真面目なゲームとしか記憶にないんだが、どこでどーなったんだ!?
 目に涙を浮かべながらカラダに巻き付くロープをナイフで切り落としてやる。
 さすがにシルヴィアは目を背けていたが、テランナは手伝ってくれた。器用にも、あちこちの結び目を解いたりもしている。
「こんなの基本のうちですからねー」
 後で聞いた話によれば、ロープ結索・結紮あたりはこの世界におけるメイドの基本技術なんだと。
 結紮なんて手術するわけでなしと思ったけど、血止めには欠かせないから必須技能らしい。
 みんな僧侶呪文を唱えられる訳でないから、そうなのかも。
 あと、裁縫技術にも応用効くようだが仮縫いに結紮って必要なのかな? 詳しくは分からん。
 ロープ結索を覚えるのも大変なようだ。なんでも十種類以上覚えねばならないんだとさ。
 現代日本のように便利な道具がないからなー。そう言えば洗濯物を干す際、紐結びは毎回テランナがやってくれてたっけ。なるほど。
 それで、するする解いてたテランナだったんだけど、最後の一個だけは上手くいかないようだった。
「それが封印だよ。いまいましい」
「なるほどー。リュージさん、どうにかなりませんかねー」
「俺に聞かれてもその、困るぞ」
 ロープで封印ってなんだよと思ったが、背中の結び目は確かに解き方が分からない。
 さほど大きくはないんだけど、そこから伸びる紐だけはやけに頑丈なんだ。ナイフでは全然歯が立たない。
 ダークナイトは頭悪そうなのに、こんなとこだけ難しくするなよっ!
 知識を総動員しても解法は何も思い付かない。でも、俺はとあることを思い出した。
 絶対に解けない結び目ってどこかで聞いたことがあるな。確か『ゴルディアスの結び目』ってやつだっけか。
「だからこその神聖剣か!」
 ラスボス退治に必須とされてた神聖剣。
 俺は今まで単に強い剣としか思ってなかったが、封印解除に必要となれば話は別だ。
「何を思い付いたのでしょうか?」
 俺が手を打ったのを見て、シルヴィアが怪訝そうな顔をする。
 彼女も手仕事は一通り学んでいたけど、結果が今イチだったので手助けは出来なかったんだ。
 俺は剣を取り出しながら短く答えた。
「解けないなら、こーすれば良かったはずだな、と」
 手を少し動かせば、ドシュァッとでかい音がする。
 単なる紐の音にしては妙なそれだったけど、封印だったからなんだろう。
 そう、俺は神聖剣で結び目を切り裂いたんだよ。
 先の話に戻るけど、これがゴルディアスの結び目なら単純な話になる。その昔話によれば、解けなくても目を切れば良いんだ。
 この結び目は封印らしくナイフじゃ切れなかったけど、何でも切れる神聖剣なら大丈夫だったって訳だ。
 お陰で自由になった精霊さんが立ち上がるとどこからか布を出してくる。今度は正しくローブ姿になった彼が話し出した。
「いやぁ助かった。最初は手足だけを縛ってたんだがな、効果が薄いと見て追加してったんだよ。苦しかったのなんのって」
 あんた、さっき変なことを言ってたような……気のせいですよねー。
 体調は悪くなさそうなので、気になってたことを尋ねてみる。
「何で封印されたんでしょうか?」
 それへ、彼はたぶんと前置きしてから答えてくれた。
「私が暗黒皇子軍への水補給を断ったのが原因だろう。生き物は水なしでは生きられないからね」
 俺たちも水分補給には苦労している。
 この世界にはパンを無限に入れられる袋があるくせして、水のそれは無いんだよ。
 人間界とエルフ界ではあちこちの人里で補給出来たけど、この魔神界では持ち歩かねばならないから大変だ。
 雨水を利用してカラダを拭いたりしてるけど、いい加減風呂に入りてーよ。
 男の俺でさえそうなんだから、女であるシルヴィアとテランナの不快感は相当だろう。
「すいませんが、水の精霊なら水を出せはしませんか」
「本来なら容易いことだが、チカラの源を奪われていてね。唇を湿らす程度しか出せないよ」
「なるほど」
 そう言えばそうだった。ロープ封印なんてどっきりがあったせいで忘れてたけど、ゲーム本来の流れで言えば石を差し出して解放するんだった。
「もしかしたら、この青の石がそうでしょうか?」
 普通に目を向けられるようになったためシルヴィアがそれを差し出すと、精霊さんは目を輝かせた。
「そう、それだ。私に返してくれないか」
「ええ、どうぞ」
 呪文を唱えることなくシルヴィアが普通に渡せば、受け取った彼はそれを飲み込んだ!
 手のひらサイズのそれを一口って、なんてでかい口だ!!
 驚きのあまり俺の口も開いてしまったが、飲み下した精霊は二秒ほどじっとして、それからさわやかに言った。
「馴染む。馴染むよぉー! これだよ、これっ。私、ふっかーつっ!」
 言霊使いの呪文とか必要なかったのかよ……
 少しだけ溜め息が出たが、それはゲームの流れを知ってるからだ。
 面倒なこと無しで精霊が助けられたなら、そのほうが良いよね。うん。
「本当にありがとう。私に出来ることあれば助けようじゃないか。石のチカラは少し放出されちゃったようで完全復活とはいかなかったけど、これはどこに隠されてたのかな?」
「海底の、船らしきものの中ですね」
 未だあれを船と言い切ることが出来ない俺だが、精霊さんはそれで納得したようだ。
「ああ、海の中で放出してたのか。へたに開放すると大洪水になっちゃうけど、それで大丈夫だったんだな」
 へぇ、そんな話になるのか。
 石をどこに隠したのか意味なんて無いと思ってたけど、少しは考えがあるんだな。
 お互い納得したので、俺は本来の話を続けようと試みた。
「水を操って、この世界からそれを全て消し去ることは出来るんでしょうか?」
 ゲームではいきなりそんな話になったんだが、その必要性に付いてはどこにも詳しい話が無かった。
 せいぜい、次に行くこととなる『火の塔』の周囲が水で囲まれているからそうなんだろう程度の話だ。
 このリアル世界での必要性が不明なため一応提案してみたものの、それには首を振られてしまった。
「出来るわけがない。私は一介の精霊で、神様じゃないからね。普通の生き物も居るから出来てもやらないよ」
 ですよねー。それをすると俺たちも水分補給が出来なくなるから本来なら不必要な話だ。
 となると、精霊解放は意味ある行為だったんだろうか?
 俺が眉をひそめたのを見たのか、精霊は慌てて口を開いた。
「いや、君たちへの手助けはするよ。小さいけどチカラの欠片を持って行ってくれ。百人が一年間使うくらいの水を籠めるから役に立つだろう」
 ゲームには無いマジックアイテムきたー!
 そんな便利なものがあるなら旅の最初で入手したかったけど、それは仕方ない。
 これで魔神界でも風呂に入り放題だぜとも思ったが、風呂にするなら枠組みをきちんとしなければ泥だらけになってしまうことにも気付いてしまった。
 まあ、人里のない魔神界で風呂なんて夢の話だったから少しは我慢しよう。
 水が供給出来るなら荷物を軽くできるしね。凄くありがたい。
 ちらちらとシルヴィアから混浴の誘いが漂ってきてるけど、それは無視したい。
 ゲームとは違う展開だがこれは良い方向だとほくほくしてたら、すまなさそうに精霊が言ってきた。
「少し周囲を探ったら、火の精霊が水の中に閉じ込められてるらしい。出来ればこっちも助けてやってくれないか」
 水の精霊だけあって、遠くにある水のありかも分かるようだ。
 火の精霊の具体的状況まで分かるのは不思議だけど、精霊同士の繋がりがあるんだろうか。
「もちろんそちらも助けたいです。でも、水の中から助けるってどうやるんですか?」
「それは、さっきの欠片をかざして精霊語で呪文を唱えれば水を吸い込むことが出来るから、それで頼む」
 あっちの封印は水か。なるほど、こうやって順番が決められてくのね。
「では、その呪文を教えてください」
 精霊語を話せるシルヴィアが呪文を尋ねる。
 その姿を見て、ゲーム時必須メンバーだった彼女がこの世界でもそうであることを強く納得した。
 今のパーティで役割的に入れ替え可能なメンバーは、戦闘専門のユーギンくらいだ。
 視界拡大呪文以外では役に立ってないようなテランナも復活呪文まで駆使できるならメンバー入り決定だし、隊長も今後また河川が出てくるかもと考えたら外せない。
 つうか、みんな必要なんだよねー。俺以外は。今更な話だけど、ちょっとだけ悲しいわ。
 そんなことを思ってたら、隊長が不審な目を向けてきた。
「何を考えてるか知らんが、姫様から貴様を離すことは無いからな」
 お目付役からのありがたい言葉で涙が出そうになる。
 そうそう。さっきの部屋とか下にあったトイレの話をしたら、精霊さんは憤慨して片付けると言いだしました。
「水回り工事を勝手にやるなど、建物の価値を低くするようで論外だっ!」
 現代日本では水回りが無いと建物の価値は低いんだが、水を自在に操れる精霊にとっては逆のようだ。
 ところで人間が居ないこの魔神界なのに建物の価値は必要なのか?
 そんな疑問にも彼は答えてくれたが、精霊自身には無いものの、この界における目印になるから建物はあった方が良いとのこと。
 その程度だから、中身は無い方が価値高いとか……そうなの?
 ますます混乱する内容だったんで、それはそれとしておこう。
 重要なのは、水の精霊を正しく解放できたってことだ。残りの精霊も頑張ろう!
 案件が一つ片付いたことでほっとした俺へ、精霊は少し待ちたまえと告げてきた。
「汚れを洗ってやろう。その、少し臭うんでな」
 意識してみると、かすかに臭う。駄目だしされるほどなのか?
 でも仕方ないじゃん。持ち歩ける水資源は限りがあるんだからさ。
 その言葉で、塔の中にて洗濯させてもらえるのかと思ったんだが、途中の階でそれをしようと続きを言われた。
 なんだろうかと疑問なものの、悪いようにはしないからと念押しされて階段を下りることにする。
 トイレのあった四階は何となく嫌だったんで、みんなでがらんとした二階の中央へ行ったら、突然周囲が水で遮断された!
「何をするっ!」
 円柱状のそれを剣で切り裂こうとしたものの、外側の精霊さんから「だから少し待ってくれ」とも言われて待つこと数分。
 最初は気のせいかと思ったんだが、足下からそれが……
「水っ!?」
 俺たちを窒息させるつもりなのか?
 慌てて水壁に剣を走らせたが、水は切れてもすぐに元通りとなる。しかも、水の流れが強い。
「うおおおお!」
 回るっ。回ってるよっ! まるで渦だ。殺す気だろっ!!
 体感的に数分にもなるそれが終わり、水が引いていく。ぜいはぁしながら今起こったことをようやっと理解出来た。
「馬鹿野郎! 人様を洗濯機に入れてんじゃねーよっ!!」
 水流でかき回したのは汚れを落とすためなんだろう。布だけならともかく、人間みたいな固りを入れても意味ねーだろっ!
 しかも洗剤さえ無いんだよ。『汚れ』と聞いた時点で辞退すべきだった。
「うう、あんまりですー。温泉入れるかと思ってたのに……」
「今の魔神界では無理。火の精霊と大地の神を解放すれば温泉も作れるから、それまで待ってね」
「なら、仕方ないですー」
「ちょっと待てやっ!」
 テランナと水の精霊との会話を聞いたら頭が痛くなってきた。
 テランナはそれで了承できるのか? 温泉作るのに大地の神様って必要なのかっ!?
 凄く納得いかないが、水の精霊はこともなげに答えてきた。
「温泉って、水だけじゃないでしょう? 人間が入れる温度まで暖めるには火の精霊の協力が必要だし、大地の成分が無ければただのお湯でしょうに」
 言われればそうだが、それって精霊が居なければ温泉出来ないってことなのかな。
「この世界ではね。まだ暗黒皇子の支配下だから、勝手なことはあまり出来ないんだ」
 俺以外のみんながそれで納得してるようなので、それ以上は突っ込めなかった。
 さっきの渦にしても、確かに服の汚れは落ちてるようなので悪気はないんだろう。
 水も特殊なようで、あっという間に乾いていく。
 その様子を見ながら精霊が呟いた。
「一度やってみたかったんだよね。他の精霊には出来なかったんで、ちょうど良かった」
「それでやるなよっ!!」
 つーか、この発想をどこから得たんだ?
 エルダーアイン界でもエルフ界でも、洗濯は手洗いだ。
 さすがに以前の迷い人から教わったのか洗濯板はあったけど、回転式はモーターが無いと作れないから知ってるはずがない。
 そう言ったら、言葉を濁された。
「以前から知ってるよ。それしか言えない」
 何かの禁忌に触れるんだろうか。
 さまよえる塔にも場違いなソーラーパネルがあったけど、あれも古代ドワーフ作なのかは結局不明だったし、創造神絡みで色々あるのかもしれん。
 同じ神聖十五界の中って言っても、続編3で判明したように界によって時間の流れが違うしなー。
 それはともかく、この塔でやることは終わったから俺はおいとまを告げることにした。
「次はさっき言われた『火の塔』へ行きます。場所はこのあたりで間違いないですか?」
 最上階で見付けたこの魔神界の地図を見せて行き先を確認する。火の塔、土の塔ともゲーム通りで間違いないようだ。
「今度きたら、上から下まで水でくるくると流してあげるよ」
 高さ二十メートルのウォータースライダーなんて止めてくださいっ!
 丁重に断ったら、凄く残念そうな顔をされた。
「じゃあ、逆に最上階へは水を噴き上げて運ぼうか」
「圧力に耐えられねーよっ!」
 何が駄目なのか分かってないらしく不思議そうな顔をされたが、諸々を辞退して塔を後にした。
 水の精霊がああだったってことは、残りの二人も同様の可能性があるのか。とほほ。
 気落ちはしたけど、歩く速度は以前より少し上がった。
 水が湧き出すアイテムを貰ったので、少し身軽になれたからね。
 後それで、エルダーアイン界への一時帰還をしないことにも相談して決めた。
 さっきの話が本当なら、火の精霊に会えば風呂を沸かせることが可能になるからだ。一応は綺麗になったし。
 やり方にまだ納得しがたいところはあるが、汚れが落ちたのは間違いないのであれ以上の不満は口にしてない。
 相手は人類じゃ無いから、仕方ないだろう。
 そう言えば、誰が精霊を捕縛したのか聞かなかったな。
 たぶんだけど、ダークナイトじゃなくて、暗黒皇子本人がやったと俺は考えている。
 ゲームマニュアルには、暗黒皇子は闇の神々の一柱からチカラを奪い取った旨記載があったからだ。
 そのチカラを使えば、一界における精霊など容易く捕まえられるんじゃないだろうか。
 ……ん? だとすると、精霊のチカラを完全に奪わなかったのは何でだ?
 水の精霊は助力を断ったのでチカラの源を奪われたと言ってたけど、水の石として今回返却できた。
 赤の石と緑の石も同様にそれぞれチカラの源なんだろうが、暗黒皇子が自分のものとして取り込んでも良かったはずだ。
 封印の実行役が分身であるダークナイトだったから、そこまで出来なかったとか……うーん、分からん。
 まあ、男の身の上を詳しく聞くのは嫌だったし、戻ってまで聞く話じゃないからそのままにしよう。
 火の精霊へ聞いても良いかもしれん。あっちは女性形態だったはずだけど、果たしてこのリアル世界での容姿はどうなってるだろうか。
 攻略サイトで見た精霊のグラフィックを思い起こしていたら、突然シルヴィアが俺の腕を引っ張ってきた。
「なにか不埒なことを考えてるような気がしたのですけれど、最初は私ですよね」
「不埒って……そんなこと考えて無いよ」
 女性の姿を考えてたことは事実なのでどっきりしながらも答えたら、彼女は二秒ほど俺の顔を見てから口を開いた。
「そうでしたか? 発散必要ならすぐ言ってくださいね。いえ、今から戻ってあそこで!」
「いや十分だからっ! 必要ねーからっ!!」
 建物内なら可能と思われることにシルヴィアが気付いてしまった。
 彼女の言葉を遮るように俺のそれを重ねたけど、それで治まってはくれないようだ。
「では、火の塔へ着いてからですね。激しくなりそうで楽しみです」
 燃えさかるようにですか?
 そんなことされたら、俺は干からびてしまいますよっ! キノコ禁止はあんたらも承諾したじゃないすかー!!
 もちろん反論出来るわけもなく、最後には了承させられてしまった。
 塔主人である火の精霊が許せばですけどね……反対されても、シルヴィアとテランナ二人掛かりで言い負かすんだろうなぁ。
 何かおっくうになってきたけど、暗黒皇子退治のためには行かねばならないのがツラいところです。
 ユーギンはドラゴンとダークナイトをそれぞれ三体ずつ相手したので、しばらくはのんびりしても良いかと言ってる。
 隊長の方は、シルヴィアが楽しそうならそれで良いとかぬかしやがった。
 ぐぐぐ。夜の予定を埋められるのは楽しみだけどキツいんだよっ! 俺の年齢を考えてくれっ!!
 そんな戯れ言はさくっと無視されて、俺たちは周囲を警戒しながら歩いて行った。
 ところで、少し浮かれ気味なシルヴィアを見てると何か忘れてるような気がしてならないんだが、はて何だったろう。
 塔でマジックアイテムを貰えたけど、これはゲームに無いアイテムだし、取り損ねた物なんて無いよな?
 あと道中、普通にモンスターは襲ってきてるんだが、今度もドラゴンを見掛けないのはどうしてだろうね。フィールドじゃなくてダンジョン専門なんだろうか。
 そんな疑問を内心に納めつつ、歩くこと十日ほど。
 無事に火の塔へ着いたところ、そこには嫌な予感どおりまたしてもドラゴンが……!



[36066] その33
Name: 凍幻◆786b687b ID:be9ab252
Date: 2014/03/14 15:38
 火の塔周囲は水で囲まれていた。
 ゲームだと湖みたくなってたんだけど、この世界では思ってたよりその幅が小さく、堀のようになってるのが少々不思議だな。
 まぁ、元々は無かったんだろうからこんなものなのかもしれない。
 問題なのはドラゴンが居ることで、しかも二頭居やがった。
 水の塔における戦闘状況から考えると普通に突撃したいところなんだが、堀を越えねばならないのが厄介だな。
 水の精霊が言ってたことを信用すれば貰ったあのアイテムでこの水も全部干せるだろうけど、必要な時間が分からないんだよね。
「ふむ、ここは二頭か。となれば、ダークナイトも二人なのかもしれんな」
 隊長がそんな感想を述べたんで、おやと思った。
「ドラゴンがダークナイト専用の乗り物になってるってことですか?」
 それへ、隊長は目を動かさないまま答えてくれた。
「うむ。この魔神界が領地だとすれば、これほど頼りになる連絡方法は無いだろうからな」
 確かにドラゴンへ騎乗できれば、地面の状態を無視することが可能になる。
 その速さも、他のモンスターとは比べものにならないだろう。
「どうやら見張りは居るようじゃの」
 ユーギンの指さす方向を見れば、そこには確かにダークナイトが居た。
 つうか、見張りがあんたってどう言うことだよっ!
「部下が居ないんじゃないでしょうかー?」
 寂しいことをテランナが口にするけど、そうだとしたらいよいよもって相手の駒が切れてきたことになるんだろうか。
 ドラゴンまで倒せるようになった俺たちなので、それ以上の敵は暗黒皇子本人しか居ないはずだ。
 だからダークナイトがああやってるんだろうけど、一号の時に感じた威圧感が嘘のようだなー。
 こちらの成長と見るか相手の落ちぶれと見るかは立場の違いによるだろうが、ゴールに近付いたのは間違いないところだ。
「タイミング合わせて突撃しよう。ダークナイトは隊長に任せるので、一頭を俺とシルヴィアで、もう一頭をテランナとユーギンで頼む」
 足の速さで揃えたが、みなから了解得られたのでそれで決定する。
 ただ、堀を干してもその上を通れるとは限らないので、アイテムを使うかは難しいところだ。
「それでも、使わないと水中から攻撃を受ける可能性もありますよね」
 少し考えてから、シルヴィアがそんなことを言ってくる。
 そう言えば、別なゲームでは橋の上を通ったらいきなり魚に襲われてゲームオーバーになったこともあったっけ。
 あれもドラゴンが関係してるゲームだったかな?
 タイトルが思い出せないけど、ここでは意味ないので頭を振って考えを打ち切る。
「水を吸い上げてる間にドラゴンが攻撃しかけてくる方が怖いんで、堀はそのままにしよう」
 五人で協議した結果最終的には俺の考えが通り、そのまま攻撃することにした。
 堀の向こうへどうやって行くのかってーと、はい、普通に橋がありました。
 ドラゴンで連絡確保してるなら必要無い代物だけど、周囲に用事でもあるのかね。
 あるいは部下の出入り用なのかもしれんが、あんまり使われてなさそうなそれの正面へ移動し、タイミングを計る。
 キノコ無しでドラゴンへ突っ込もうとしてるのに、あんまり恐怖心が湧いてこないのが不思議だな。
 シルヴィアたちが落ち着いて見えるのが原因なんだろうか?
 相手は確かにでかい。が、倒せる。
 確信と共に、号令を掛けた。
「では。さん、にー、いち、行くぞっ!」
 今度は正面切ってのドラゴン戦だ。頑張るぞっ!!
 走り出したら、もう俺の頭にはキノコのことが浮かんでこなかった。狙い定めた標的に、ただひたすら駆けていく。
 驚いたダークナイトが迎え撃とうとするも、先手を取ったから勝てると信じ走り抜けた。
 ダークナイトよりドラゴンの方が脅威だから、他の相手は無視して集中しないとなっ!
 最初の予定通り、俺はシルヴィアと共に近い方の一頭へ斬りかかった。
 遠い方がユーギンたちで、速めに接敵して相手の攻撃回数を少しでも押さえようとする作戦だ。
 俺たちの相手は五メートルほどの大きさ。この前とほぼ同じ大きさだから、急所になる頭はまだ狙えない。
「でやあああ!」
 気合いと共に右前足へ一撃、二撃。獲物が神聖剣だからか、すぱすぱ切れる。
 こんなに切れ味良いのなら、確かに正面から倒せるよな。
 血しぶき上がるたびドラゴンは吠えるものの、攻撃方法となる前足は俺たちによって傷付けられていくため攻撃がしにくいようだ。
 しかも動きが鈍いので、俺でも余裕でかわせる。
 頭を下げて噛み付こうともしてくるが、残念。それは悪手だ。
「いやああああっ!」
 シルヴィアが左目を狙って切りつけると、素早い一撃は難なく成功した。
 彼女の活躍を合間に横目で見てるが、俺より数段動きが速い。
 その真似は俺には出来そうに無いので、狙いを外しにくいでかい胴体へ剣を向ける。
 足を回避して下部へ潜り込めば、後はチカラを籠めるだけだっ!
 ほとんど抵抗なく剣が刺さるので思いっきり振り抜いたら、頭の上から盛大な悲鳴が聞こえた。
「ギャアアアアオオオオオ!!」
 しかも俺とシルヴィアが交互に攻撃するからか、それが断続的に響き始める。
 こうなったらほぼ大丈夫だろう。
 殺しきるまでは油断出来ないけど、俺がもう一回胴体を横に裂いて少し後退したら、シルヴィアも同時に後ろへ下がった。
 彼女もかなりの手応えを感じたんだろうか。
 仕切り直しで少し息を整えながら相手の様子を見てたが、二秒ほどしたらそのドラゴンは消滅してしまった。
 あれっ、こんなもの?
 確かにかなり気を遣いながら攻撃してたんだけど、相手の攻撃はそれほど激しく感じられなかった。
 ブレスも無かったし、本当にこれはドラゴンで良かったのか?
 ゲーム時は最強の雑魚モンスターで、魔法職だと一撃で半分も体力を削られた記憶があるんだが……
 でも、ゲーム時ドラゴンは一種類しか出てこなかったし、リアル世界のこいつも、どう考えてもドラゴンとしか見えない姿だった。
 たぶん、シルヴィアが一緒だったから強さが感じられなかったのかもしれない。
 俺より断然強いし、噛み付き攻撃もひらりとかわしてたからなー。
 俺はキノコを使ってなかったからいつもより頭は回ったと思うけど、それだけだしね。
 彼女と目が合ったら、にっこりと微笑まれた。
「リュージ様、キノコ無しなのに勇敢でしたですよね。すっかり馴染まれたようで何よりです」
 そうだ! 俺、キノコ無しなのに正面切ってドラゴンと戦ったんだよっ!!
 その事実を再確認して、おぉと自分でも驚く。
 この前キノコを手放すことに悩んでたのが嘘のようだ。
 恐怖を上書きしたお陰かな? 効果が凄いわ。
「あっ、もう一頭も倒さなきゃ!」
 一頭で満足してる場合じゃないと俺は周囲を見たが、もう一頭の方は、ユーギンとテランナで倒したのか姿が全く見えなかった。
 つーか、俺たちより倒すのが早かったらしく、テランナがすぐ側まで来ているじゃないか。
「リュージさーん。ドラゴンを臆せず倒せて良かったですよねー」
 その笑顔につられて、俺も笑顔を見せる。
「いや、まったくだ。ほっとしたよ」
 この前の羽を使っての攻撃に比べたら、全然怖くなかった!
 キノコ無しでやっていけるかまだ不安があったけど、モンスター相手は今後も大丈夫そうだ。
 これが感覚の麻痺なのか?
 ドラゴンを倒した高揚感が少しあるだけで、心の震えは全くない。やってて良かった急降下!
 後はダークナイトを全員始末するだけだな。
 ここの見張りは隊長がもう倒しただろうから、残り二人だ。
 安心してその方向を見たら、なんと相手が一人から二人に増えていた。
「何で……ってか、行かなきゃ!」
 あの隊長が後れを取るとは思ってもみなかっただけに、気付くのが遅れてしまった。
 戦闘馬鹿のユーギンだけは既に向かってたので、後ろから追いかける俺たち三人。
 さすがの隊長も一人で複数を相手どるのは難しいのだろうか。
 いや、情報を取ろうとして全力を出してないだけだろう。
 俺たちが駆け付けたらすぐさま押さえ込むぞっ!
 そんなことを考えながら走っていくと、確かにユーギンが着いた段階で動きがあった。
 なんと相手の一人が背中を向けたんだよ!
「それ、ちょっと待ったぁあああ!!」
 普通なら、逃げ出したモンスターは放置で構わない。ゲームでもモンスターが逃げ出すことはあった。
 つーか、あの強敵サイクロップスでさえ逃げ出すことがあって、当時は呆気に取られたものだ。
 ただ、このダークナイトに限っては見逃すことが出来ない。
 ダークナイトを全員始末しないと、ラスボス暗黒皇子が絶対に倒せなくなってしまうんだよ!
 くそっ、こんなところで逃げだされるとは思わなかったぞ!!
 最初から距離があったせいか、必死に走ってもなかなか追いつけそうにない。
 反対側にあったもう一本の橋から向こう側へまんまと逃げられるかもと覚悟したが、シルヴィアが急に立ち止まって構えた。
 そして、神聖剣を投げつけるっ!
 すぅーと伸びていって、さくっとやつの背中に刺さってしまった。
 あの、剣ってそんなに飛距離が出るもんなんでしょーか?
 見たところ五十メートル以上離れているはず。
 いくらシルヴィアが武闘派王女だって言っても、これは訓練しないと出来ない技だよね。
 驚きで一瞬足が鈍ってしまったものの、トドメを刺すべく俺は慌てて残りの距離を走破した。
「殺さないでっ!」
 側まで近寄ったとき、相手はまだ生きており、不気味なことにか弱い声で泣き叫ばれてしまった。
 あれれ、女なんですかーっ!?
 改めて見ると、これまでのダークナイトとは一線を画す体型の違いが浮き彫りになる。
 確かにカラダは小さい。声も甲高い。しかし、だ……
「顔が思いっきりおじさん顔だろうがっ!!」
 背中に剣を刺したまま後ずさる相手へ怒鳴ると、そいつはびくっとしてまたもや裏声を上げる。
「止めてっ! お約束みたいに乱暴しないでっ!!」
「さっさと死んでくれよっ!」
 なんでこんなのがダークナイトやってるんだよっ! 暗黒皇子の分身体なんだろ? 情けなくて涙が出そうだよっ!!
 微妙な怒りと共に胸部へ剣を突き刺すと、ごぼっと血液を吐き出してからやつは言った。
「せめてダブワンへ告白したかったぁ……ぐすん」
「なんて言ったっ!?」
 その言葉に、俺は予想外の衝撃を受けた。
 あり得ない数字としか言いようがない。まさかの内容で顔から血の気が引いたのが自分でも分かる。
 答えることなく相手が消滅したので剣を取り戻したシルヴィアが不安そうな顔で俺を見てくるが、それを気遣うことさえ出来ない有様だ。
 隊長の相手さえ放置してしばし俺たちは黙って見つめ合っていたが、とうとう彼女はそれを口にしてしまった。
「リュージ様。『だぶわん』って何でしょうか?」
 答えないわけにはいかない。暗黒皇子討伐にも関わってくることなので、俺は自分の考えが間違っていれば良いなと思いながら口を開いた。
「たぶんだけど、『ダブル=ワン』のことだと俺は思った。ダークナイトの個人名だろう。でも、まさかだと思う」
「まさかと言いつつ、なんでそれが重大なことみたいに思われてるのですか?」
 怪訝そうな彼女に俺は説明する。
「それは、『いち』が二つってことを意味するから。つまりダークナイトが十一人以上居るってことなんだよ!」
 俺はダークナイトを全員で十人としか覚えてなかった。
 何故ならゲーム時『魔神は十人のダークナイトに弱点を分散させている』と言われた記憶があるからだ。
 なのにそれ以上のダークナイトが存在するとなれば、そいつらまで見付けなければならなくなってしまう!
 誰だ。誰が多いんだっ!?
 居もしない不審者を捜そうと目が泳いだ俺の頬を、シルヴィアはパンといきなり叩いた。
「なんだっ!?」
 そして、少し怒ったような声で俺を叱る。
「そんなことで冷静さを失わないでください。私はてっきり、リュージ様がその『だぶわん』かと思ってしまったんですよっ!」 「
「えっ、なんで?」
「告白したいほど素敵な人は貴方しか居ないからですっ!」
 聞いた瞬間、俺の青白い顔がボッと赤くなってしまう。
 あっ、あのっ、そんな言葉を面と向かって言われると恥ずかしいんですが……
「いいですか、ダークナイトが何人居ようと構いはしません。全員倒せば問題ないからです。でも、私とテランナ以外から告白を受けるなんて以ての外ですからねっ!!」
 なんかすげー怒ってる。
 でも、俺はその相手じゃないんだよ。変なダークナイトの相手は別なんだよ? そこんところ分かってるよね?
 思わず目をぱちくりさせて「はぁ」と溜め息を吐いたら、言ってることにやっと気付いたのかシルヴィアは自身も顔を赤らめてしまった。
「……すいません。動揺してしまいました」
「いや、こっちこそご免」
 微妙な空気になってしまったが、取りあえず剣を仕舞って隊長のところへ戻ろうと告げる。
「そうですよね。まだ相手が残ってるんでしゅよね」
 どもったー!?
 さっきの怒り方といい、この言葉遣いといい、なんか今日のシルヴィアは妙だな。
 女性特有のあれかと思ったものの、それを言うとまだ妊娠してないと聞こえてしまうので黙って隊長の方へ指をさす。
 彼女もまた口を開くと変になると思ったのか黙って頷き返してくれたので、二人で駆けだした。
 ただ、そんな馬鹿な言い合いをしているうちに向こうも決着が付いたらしく、仲間三人しか姿は見えなかった。
「リュージさん。ずいぶんといちゃついてましたよねー? わたしともそうしてくださいっ!」
「ダークナイトを放置しての話し込みじゃろ? どんな進展があったんかいな」
 テランナとユーギンからそう突っ込みがあるけど、別にいちゃついてた訳じゃないからっ!
 だけど、当のシルヴィアから肯定されてしまった。
「ええ。思わず修羅場になるところでした」
「修羅場じゃねーよっ! 勘違いだよっ!!」
 当然ながら、これまでごとく俺の言葉より彼女のほうが信用されてしまうわけで……
 浮気寸前かと隊長からも怒りの視線が飛んできております。
「リュージよ。まさか敵ごときと情を交わすなど思いもよらなかったぞ!」
「違うからっ! 誤解だあっ!!」
 こう言うときは、あれだ。日本式土下座っ!
「すいませんっ! 俺はダークナイトが思ってたのより多いと聞いて動揺してましたっ! シルヴィアにも勘違いさせてすいませんっ!」
 必死になって頭を下げたら、そこでようやっと怒りが治まってきたのか、隊長が押さえた口調で話しかけてきた。
「ふむ。『ダークナイトが多い』とはどう言うことだ。私が相手したのは『なーななー』とか言ってたな。貴様が追いかけたのは『ジュウラーク』だとか。二人倒したから残りは一人なんだろう? いったい何を聞いたんだ?」
 おいおい、なんだその名乗りは。
 『なーななー』は普通に『七』だろうけど、もはや名前とは思えないレベルだ。
 『ジュウラーク』の方は『十』だろうか? どこぞの旅館かよっ!
 語尾に「よーん」とか付けてなかったのが幸いだな。訴え起こされるレベルになっちまうぜ。
 そんなことを考えて内心冷や汗掻いたのは、俺だけの秘密である。みんなも内緒だよ?
 それはともかく、恐る恐る顔を上げてみると隊長の顔には厳しいながらも話を聞くだけの雰囲気があったので、さっきの考察を話してみることにした。
「むぅ。予言以上のダークナイトが存在するじゃと? 勇者の聞き違いじゃななかろうか」
「いや、シルヴィアもそう聞いているから間違いじゃないと思う。いったいダークナイトが本当は何人だったのか、俺にはもう分からない」
 口を挟んだユーギンの言葉にそう返してから、俺は念のためと記憶を思い起こしてみる。
「十人のダークナイト、十人の……待てよ。幽霊船のヤツは数に入ってたのか?」
 ゲームでの言葉をもう一回よっくと考える。
 十人のダークナイトに弱点を分散したとはあったが、それで全員だとは示されてなかったような気もしてくる。
 そしてゲームでやつらが居たのは、魔神城と幽霊船のみ。幽霊船ではゲーム時一人だったから、残りが全員魔神城だとすれば……
「予言時も、全員で十一名になる……のか?」
 二十年以上前のゲーム内容を事細かに覚えていられるわけもない。
 なので少し話し合った結果、俺が数を間違って覚えてたんだろうとの結論になってしまった。
 疑わしいところはあるものの、耳が間違ってなければ記憶が誤りとなるのは当然だからね。
 せめて魔神城へ乗り込むまでにそれ以上のダークナイトが出現しないことを祈るばかりだ。
 残り二人のうち『八』はこれまでの対戦結果からすると普通の強さだろうけど、問題の『十一』がどれだけ強いかは分からない。
 同じダークナイトが憧れるほどだとすれば、ずいぶん強いんだろうな。
「ところで、隊長が苦戦してたのは何かあったんすか? 隊長なら二人くらい相手しても平気に見えたんですけど」
 強さの確認で、隊長の対戦相手について疑問を呈してみたところ、彼は首をひねりながら答えてくれた。
「ああ、その話か。たいして強くは無かったんだが、どちらも隙あらば逃げだそうとしててな。押さえ込むのに手間取ってしまった。要修行だな」
 なんでも、ユーギンの姿を一瞬目に入れた隙に一人逃げられてしまったとの話だった。
「最初は私を与しやすいと見てか物陰からもう一人も襲い掛かってきたくせに。軟弱だった」
 隊長から見れば俺も軟弱の部類に入るのであまりその意見には賛成できないが、二人とも倒せたし結果良好と言えるだろう。
 これで『火の塔』攻略が始められるわけだな!
 ここの前に行った『水の塔』と同じような構造だとすれば精霊に会うのに時間掛からないだろうと考えて、少しだけ休憩取ってからすぐに塔の内部へ入った。
「へぇー、やっぱり一階は空洞なんですねー」
 がらんとした内部は、水の塔と同じだった。少しだけ違うのは、階段が二つあることだ。
 俺はゲームの記憶を呼び出しながら念のためみなへ告げた。
「この塔は階段の上り下りで少しだけ面倒があると思う。モンスターが居なければ時間掛かるだけなんで、気楽に頑張ろう」
 迷路になってたら厄介だなとは思うけど、ゲームでのマップよりは極端に狭いのでどうにかなるだろう。
 俺たちはそう考えて、取りあえず右手にある階段から登っていった。
 上階は壁で二つに分かれてるらしく、部屋の大きさは塔の半分ほどしか無い。
 二階、三階。普通の階段が続いて最終六階まであっけなくたどり着いてしまった。
「あれ。迷路じゃなかった?」
 拍子抜けしたものの、その最上階はこれまでより狭く、六畳くらいしか大きさがない。
 しかも、その中央には紙が一枚ぶら下がっているだけじゃないか。
「なになに……『はずれ』?」
 こんな手間暇、誰が掛けたんだよっ!
 思わずびりびりと破いてしまったけど、仕方ないよね。これが迷宮なのか……なんてこった。
 思えば迷宮らしいそれはこの世界でほとんど経験したことが無かったな。
 『さまよえる塔』はロボットだったし、『水の塔』はがらんどう。
 『魔法の封じられた洞窟』は迷路だったけど自然洞窟を利用したものに思えたから、悪意を持った迷路はここが初めてになる。
 テランナが「罠を仕掛けるとは酷いですよねー」なんて言ってきたけど、お前も同じようなことしてるだろうとは呟けなかった。
 最近はちょっかい無かったし、今後も少ないと良いな。
 そんなこんなで気を取り直してもう片方の階段を上がってみる。
 しかし、やっぱり最上階は『はずれ』だった……どっかに隠し通路があるなんて聞いてねーぞっ!
 ゲームは平面マップだけだったから、隠し通路は全くなかった。
 例の視界を狭める処理のせいでマップの繋がりを見るのが難しかったものの、つぶさに調べればそれは解けたはずだ。
 うーと唸っても仕方ないので、今度は階段を下りながら壁の向こうを確認して貰うことにした。
 テランナが唱えられるあの視界拡大呪文を使えば扉が分かるだろう。
 そう考えたものの、二階で確かに隠し階段の最初を発見出来たが肝心の行く方法が分からなかった。
「全面壁で扉が無いんですよねー。こちらとは繋がってないような……」
 さんざん世話になってる呪文なだけに、見逃しとかもありえない。
 壁を壊そうかとユーギンが剣を振りかぶったその時、シルヴィアがあっと声を出した。
「もしかしたら、外階段ではないでしょうか?」
 まさかとは思いつつ外に出てみたら、なんと確かに二階へ行ける階段が付いてるじゃねーかっ!
 何で塔の外見を見た際に気付かなかった俺っ!!
「むう。ドワーフはこんな階段は普通作らんからのう」
「確かに建物の外に階段など、普通は作らないな。せいぜい、城の守護防壁で採用するくらいだな」
 風雨にさらされる外付け階段は壊れやすい。
 この世界ではほとんど採用されてないんで、みんなの頭にも考えがなかったようだ。
 シルヴィアが思い付いたのは、実際に使ったことがあるから。
 なんでも、部屋から抜け出す用に作って欲しいとお願いしたことがあったとか無かったとか……おてんばだったんだねぇ。
 俺の方も、ゲーム知識が徒となっていた。
 ゲーム時階段はダンジョンの内部にしかなかったから、このリアル世界でも同様と思い込んでたらしい。
 水の塔でも無かったし、ここで外見チェックが必要とは気付かなかったよ。
 まぁ、階段の位置が分かれば話は早い。みんなでそれを登って最上階まで行くだけだ。
 今度は最上階まで普通に行くことができ、その部屋の真ん中には像が置かれていた。
「これが、水で封印された状態なんでしょうか?」
 水の精霊から『火の精霊は水で封印されている』と聞いていたけど、紐状の水で縛られてたりはしなかった。ちょっと残念。
「いたたたたあっ!」
 そう思った瞬間、シルヴィアから思い切り頬をつねられてしまった。
 なんで考えただけでお仕置きなんだよっ!
 涙目でシルヴィアに抗議したものの、彼女からもテランナからも冷ややかな視線が返ってくるだけだった。
 ユーギンは「若いのう」とか言って頷いてるんで、彼にとってはこれらのやりとりも予想の範囲内なんだろう。少し悔しい。
「それで、リュージはこれをどう解放するか」
 俺をニマニマと見てた隊長が、俺の抗議視線を受けてさらりとそんな発言をする。
 空気読めるなら最初からしてほしいですっ!
 そう思いつつ、一応真面目に答えてみる。
「そうですね。水だって聞いてたし、例のアイテムでさっさと吸い取ればいーんじゃないでしょうか」
「しかし、これが水なんですか? ただの白い塊にしか見えないんですけどー」
 テランナの言う通り、俺以外にはこの像は不審物としか見えないだろう。
 前にも言ったことがあるけど、このリアル世界には冬が無い。
 穏やかで過ごしやすい気候なんだが、だからこそ水がこんな塊になるのは見たことがないはずだ。
「これは『雪』と言うんだ」
「『ユキ』……ですか?」
「そう。水の分子が低温になると結晶化するんだけど、それがくっついてるんだろうと思う」
 像の形は、立ったままの人の形。
 周囲には雪と思わしき白いそれが付いていて中身の判別を困難にしている。
 もちろん、女性体であるかも不明のままだ。これが氷の状態なら、裸が見えたのかもなー。
「いたたたたぁ! なんでまたつねるんだよっ!」
 今度はテランナがつねりやがった。
 二人で破廉恥なことをしてくるくせに、他人には不寛容なのが納得いかんぞ!
「まだ授かってませんからねー。年齢から換算するとおいそれとは無駄に出来ませんしー」
 そんなことを言うのにキノコ禁止なのはどうかと……いえいえ、そうですよねー。
 いつものごとく反論はまるっと無視されて、その上俺たち男性陣は後ろを向かされた。
 本当に女性体だったら、助けても困ることになるかもしれないからだ。
 裸を見たと怒って協力してくれない可能性やら逆に理不尽な要求をしてくる可能性もあるから、そんな事態は出来るだけ避けたい。
 雪が本当に水としてアイテムへ吸い込まれるのか不安はあるけど、分子構造は変わるはず無いから大丈夫と自分に言い聞かせて待つことしばし。
 本当に水で良いのか半信半疑だったシルヴィアが呪文を唱えると、じょわぁと何か蒸発するような音がした。
 どうやら、無事に溶けて吸い込まれてるらしい。
 火の精霊なのに水へ閉じ込められたのは、これが寒すぎたからだと思われる。
 どうやって温度下げたかは分からないが、自身では対処しきれなくなったんだろう。
 だから周囲の雪を取り去ってやれば、また動けるようになるはず。
 事前に布も用意したんで、水分が多少残っても拭き取りはばっちりだ。
 十数分ほど待ってようやく精霊が姿を現したようだけど、女性体だったそうでまた待つことになった。
 こんなに時間掛かるなら、下の階で訓練でもしときゃ良かった。
 男三人暇をもてあましてしまったが、雑談するにしてもたいした話がある訳じゃない。
「そう言えば、ここでのドラゴンにも鎖は繋がってた?」
 ユーギンに気になってたことを尋ねてみると、彼は首を振りながら答えてくれた。
「そうじゃった。材質はあっちのと同じようで、特筆すべき点は無かったぞ。ドワーフの方が品質高いの作れるわい」
 ドラゴンを繋ぐほどの鎖はよっぽど特別なのかと思ってたけど、ユーギンの話では駄目ものらしかった。
 あれで何故ドラゴンを封じられたのか分からんとも言う。
「まあ、荷物を増やすのはしたくないから、その意味では良かったな」
「未知の金属かと思ってたんじゃがなぁ」
 鍛冶命のドワーフとしては残念な結果になってしまったが、まだ旅は続くんで鎖なんて持ち歩かないでほしいです。
 ジャラジャラとうるさいし、そもそも重すぎるだろ!
 そんなことを話してたら、ようやく一式終わったとテランナから告げられる。
「初めまして。火の精霊さんですよね、私リュージと申しま……」
「人間よ、ようこそ。助けてくれたことについては感謝しますじゃ。でもわしは、チカラを失ったただの精霊にすぎぬ。どうにもならぬ……」
 深々と頭を下げられ慌てて俺もそうしたが、予想外の姿に正直面食らった。
 だって火の精霊は……おばあさんだったんだよっ!
 背筋は伸びているものの、見た目では米寿を過ぎた女性としか思えないほどしわくちゃだ。
 普通、精霊は若い姿じゃないのかっ?
 攻略ページで見たゲームでの姿は若かったし、水の精霊も性癖はどうあれ普通に若かったぞ。
 そんなことを考えながらも、一応は礼を取って座るように勧める。
 この部屋にも一応椅子があったので、互いに座って話し始めた。
「それで、失ったチカラとは、まさにこの『赤の石』で間違いないでしょうか?」
「おお、それじゃ、それをわしにくだされ」
 一見無害そうなばあさんから懇願されて、誰が断れようか。
 いや、俺の日本帰還にも影響するから流れ的にも断れはしないんだけどね。
 そうしてシルヴィアから渡して貰った赤の石を、このばあさんも一口で飲み込んだ。
 ……精霊はみんな大口なんだろうか?
 馬鹿なことを考える暇もなく、相手の容姿が変化していく。もしや若返りか!?
 期待はしたが、残念なことにおばあさんはやっぱりおばあさんのままだった。具体的に言うと還暦程度まで戻ったくらい。
 これって詐欺になるのかな?
 またもや馬鹿なことを考えてしまったけど、相手は真剣にお礼を言ってきた。
「ありがたや。また火のチカラが使えるようになりましたじゃ。何かお礼を……と、若い衆には必要かもしれんじゃて、一応受け取ってくれんかの」
 この発言もゲームには無かった内容だ。
 だけど、水のアイテム同様素晴らしいものなのかもしれないんで、ありがたくいただくことにする。
 俺の頷きを受けて、座ったまま俺には分からん言語で何か呟く精霊。一分ほどすると、俺の右拳が何故か燃え上がった!?
「ほわちゃー!」
 燃えてるっ、燃えてるよこれっ!!
 慌てて振り回したが、いっこうに消える気配がない。
 でも、全然熱くないぞ、これ?
 シルヴィアが水をアイテムから出そうとしたのを、おばあさんが制して曰く。
「念ずれば消えますじゃ」
 言われたとおり消えろと念じたら、素直に消えてしまった。
 なにこれ、俺は魔法使いになったの?
 みなから少し離れて点くよう念じると、また炎が上がる。また消す、点ける、消す。
 三十路過ぎてから魔法使いって、どこぞの電波かよっ!
 確かに炎が使えれば便利だろうが、まさかとしか思えない。
 ただ、実際に物を燃やせるのか試しに紙を出してみたところ、全然燃えなかった。これも詐欺かよっ!
 疑惑の目を向けると、精霊さんは笑った。
「若いおなごを燃え上がらせる炎じゃて、大事に使いなされ。これがあれば二人の愛はますます燃えさかること間違いなしじゃ!」
「何に使うんだよっ!」
「ほほほ。それを言わせるのかや?」
 突っ込みどころ満載な内容に、少し目眩がしてきた。
 性感が上がるとか心の炎が燃えるとか言われても、その凄く困る内容だよっ!!
「ちなみに、使えば結果も自ずとのう」
 その言葉を聞いて、シルヴィアとテランナの耳がピーンと立った。
「リュージ様。水の塔での約束、まだ覚えてらっしゃいますよね?」
「良かったですよね、リュージさん。これで間違いなしですよっ!」
 お前ら、そんなことで喜ぶなよっ!!
 俺の憤慨もむなしく、二人はやる気まんまんだ。隊長とユーギンは首を振って俺をのけ者にしやがる。
 孤軍奮闘したが、せっかくの炎が威嚇にも使えなかったので、俺は精霊から別室に放り込まれてしまった。
 次いで、シルヴィアとテランナが入ってくる。
 扉の向こうからは、精霊の晴れ晴れとした声が聞こえた。
「これも子孫繁栄のためじゃ。頑張りなされ」
「無茶ゆーなっ!」
 やっぱり精霊はあれな性格が多かったよ……
 二人から襲い掛かられ、払いのけようと手を触れたらなんとまぁ大胆な声が!
 俺の手はどんな手になっちゃったんだよっ!
 炎を受けて欲情した二人からねだられたら、俺も嫌いじゃないから応じざるを得なかった。
 更には持ってきてた例の服まで見せつけられてしまったんで、翌日まで燃えさかっちゃったよ……あああ、どうしようこれ。
 臭い籠もってねーだろうか?
 部屋には色んな体液が飛び散ってしまっていたが、シルヴィアが呪文を唱えたら、あらすっきりした。何で?
「もちろん液体だからですけれど?」
 ないわー。液体くくりで水のアイテム使うシルヴィアさん、それは無いでしょう?
 そう伝えたら、「もちろん吸い取れるのは水だけですよ」と答えられた。
 良かった。混ざり合うことは無かったんだ!
 汚れだけを紙で拭き取れるのって、なんだか凄いわ。
 そうやって掃除をしたら、普通に綺麗になった。普通だったんだ……
 物が燃やせるなら俺の炎にも役目があるんだけどなー。
 そう言えばゲームだと、勇者はレベルが上がると魔法使いの呪文を覚えられたような?
 ぼおっと炎を見てたら、ふとそんなことを思い出した。
 前にも言ったが、このゲームは攻撃魔法がほとんど役に立たない。
 なので使ったことは無いけど、火炎攻撃を勇者は覚えたような気がする。まぁ一番威力の弱いやつだったけどな。
 それに対し、この炎は世界の半分に影響あるところが凄く怖い。
 やだよー。俺は嫁さんは二人だけで充分なんだよー。
 そうは思うが、その二人が気持ちよくなれるならその方が良いかとも思っちゃうしで、本気で要らないとは言い出しにくい。
「大地の神様が土の塔に囚われておるので、助けてくれんかの。土の塔周囲を始めこの界には暗黒皇子の影響で溶岩が噴出しておりますが、それはわしが押さえますんで通行に支障ありませんじゃ」
 翌日になってようやく扉を開けてくれた火の精霊さんにそんなことを言われた俺たちは、そのままずるずると出発することになってしまった。
 休憩させてとも言えなかった。昨夜のは休憩なんだろうよ……ご休憩ですがっ!
 ユーギンと隊長はぐっすり寝たと言ってるし、シルヴィアとテランナもぴんぴんしてます。
 俺だけが疲労してるんだけど、精霊さんの「この若いもんがー」の一言で済まされてしまった。
 不満あるが、応じたのは俺なので納得するしかない。
 それに、水分補給と処理の両輪が体制確立しちゃったもんなー。あははは。どーなんだよこれっ!
 俺がここで貰った能力も、キノコが禁止されている現状では持て余すけど、併用できれば凄く便利なんだろうなぁとも思う。
 いや、乱用するつもりは無いよ? そこだけは高らかに主張しておきたい。何回でも言うけど、嫁さんは二人で充分だからなっ!
 火の精霊さんは良いことをしたと機嫌が良いままだ。
 今後別なことでも世話になるかもしれないから、抗議は諦めて旅を再開することにした。
 次に向かうは『土の塔』。
 果たしてそこにおわします神様は、どんな性格なのか……なんか気が重いなー。
 火と水にて攻められて、肝心なダークナイトのことがすっかり頭から抜け去ってしまった俺なのだった。



[36066] その34
Name: 凍幻◆786b687b ID:be9ab252
Date: 2014/04/22 20:43
 来た。とうとう来てしまった。
 いや、ラスボスの前に到達したんじゃないよ。コないことがキてしまっただけなんだ。
 えーと、これだと意味不明だよな。ハッキリ言うと『月のものが来ないことを聞かされてしまっただけ』なんだっ!
 あれだけヤってたら当然だろうって?
 しかり。でも散々ねだられてたけど、異世界人の俺と本当に子作り可能だなんて驚きだよね?
 タロー氏の前例は聞いてたものの、俺にも適用されるとは正直思ってなかったです。
 その意識はヤリ逃げじゃねーかって言われるとそうかもしれんが、最初からそんな予定じゃねーよっ!
 むしろそうならないよう、旅の最初期は下半身に注意してたんだけどなぁ。はぁ。
 相手の積極性に負けた結果とは言え、本当に駄目だったら拒むことも出来たはずと言われれば返す言葉がない。
 溜め息吐いても仕方ないんで、動揺を抑えて時期を尋ねてみたところ、この前の『火の塔』より前だろうとしか分からない旨を言われた。
 モンスターを相手しながらの旅なので、少し遅れてるくらいにしか思ってなかったらしい。
 それが、例の炎を浴びたのを期に探ってみたら判明したんだと。
 もし日本に帰れたら、孫の姿を俺の親に見せられるのか……オタクな俺なので結婚すら諦められてたんだよね。なので凄く喜んでくれると思う。
 でも俺自身としては、なんか素直に頷けないんだよなぁ。
 だって、妊婦さんにモンスター攻撃とかさせちゃマズいだろうとか、こんな長旅してたら危ないんじゃなかろうかとか色々考えちゃう訳ですよ。
 つまり、時期が悪いってこと。
 あれっ? さっきと悩むことが違ってきたような……気のせいだよね、ははは。
 本人たちは「これまで同様ですよ。むしろ適度な運動は体調によろしいですから」なんて言ってくれてる。
 メイドで僧侶のテランナが体調管理してるんだから、本職の言うことだし間違いはないんだろうよ。
 男でしかも知識不足な俺には口を挟むことが出来ないし、気を遣うにしてもどうしたらいいかサッパリ分からん。
 せめてモンスター相手の負担は軽くなるよう頑張ろうと思うだけだ。
 荷物もちをやれと?
 三人分の荷物を背負って縦横無尽に戦えるのなら、ぜひやってみてくれ。少なくとも俺には無理です。
 彼女らが動きに支障出るまでは少し間があるそうだから、役割分担はこれまで同様で続けている。
 不安材料はまだある。
 いや、その……これでとうとう逃げられなくなったってことだけなんですがっ!
 責任は取りたいと思うんだけど、それがイコールこの世界に残ることを意味するとなると不安になってしまう。
 日本に連れてくことが可能ならばその方が良い。さっきも言った通り、俺の親に子供を見せたいと思うからね。
 でもそれだと、彼女らを生まれ故郷から連れ去ることになるんで少々罪悪感がある。
 サルア王はシルヴィア王女が居なくなっても大丈夫なんだろうか?
 以前尋ねた時には「どこへ行っても創造神がおわします世界だから問題ないぞ」と言われてる。
 遠く日本とも連絡取れると確信してるかのようだった。
 これまで異世界人は、みなエルダーアイン界で一生を終えている。
 でもサルア王は魔神界とエルダーアイン界の通路を作ったことで、日本とも連絡通路が作成可能と踏んでるようだ。
 俺の原作知識からすると、そんなことはありえないはずなんだが……どうなんだろう。
 魔神界とエルダーアイン界は元々繋がりがあったから通路を作れたとしか思えないんだ。
 光の神々と闇の神々が争い神聖十五界をバラバラにしてしまった後、光の神々がようやく繋ぎ合わせたのがたった三界、エルダーアイン界とエルフ界、それに魔神界だけとなる。
 なのでこの三つに付いては通路があっても不思議じゃない。
 でもそれ以外となれば、どうやって繋ぐのか分からないはずだ。
 一応、続編3でエルダーアイン界と主人公の故郷であるカオス界が繋がったけど、理屈は語られてなかったような気がする。
 移動に月の満ち欠けが関わってくるのは、本当に理由不明だったな。
 それと、その後の冒険で元々の次元界全てを繋ぐ役割を果たすことになる神聖剣だが、これは闇の神々が繋いだ次元界の分も手に入れ、更にこっちのと合成加工しなけりゃならないんで、その前では日本とエルダーアイン界を繋ぐのは無理だろうとしか思えない。
 正攻法でないやり方もあって、それが暗黒皇子の『時空の祭壇』を使うことになる。
 モンスターを呼ぶのに使ってるそれを逆作用させて俺を日本へ飛ばすって計画だ。
 思えば、かなり無茶な話だな。普通は逆方向となればモンスターの根拠地へ飛ばされる話になっちまうぞ。
 原作ではそれをどうやって操り主人公の次元界まで繋げたんだろうか。
 と、そこまで考えてふと気付いた。
 操るために、精霊の助力が必要だったような……俺、水も火も精霊さんにお願いしてねえっ!
 すっかり忘れてた。ゲーム時はお願いする文章があるものの、エンディングではチカラ行使する場面無く自動で進むから頭に残ってなかったよ。
 うう、これから引き返そうか?
 そう逡巡したものの、結局それは止めた。暗黒皇子を倒した後なら再度お願いする時間取れるだろうからだ。
 つうか、妊娠分かっちゃった今ではそんな余裕が取れません!
 せめてこれから行く大地の神様には言っておこうと思う。 
 あと、例の祭壇がこのリアル世界でも精霊たちの手で改変可能なのかが分からないのも引き返さない理由の一つだ。
 ゲーム時は、水の精霊の方から助力を言い出したんだったっけか?
 あの変態精霊だとそこまで気が回らないだろうな……現に言わなかったし、なんて面倒な。
 まぁ祭壇の現物見てから考えようか。
 さっきも言ったけど、後戻り出来ない訳だしね!
 そう。いよいよもってラスボス暗黒皇子を倒すのに期限が迫ってきたことになるんだよ。
 シルヴィアが身重で旅を続けられなくなったら、再開は一年後になるからな。
 そこを本人分かってらっしゃるのかな?
 にこやかな顔を見てると、どうにも軽く考えてるような気がするんだよねぇ。
 でも前々から彼女達の願いはそっち方面しか言われてなかったし、今更か。
 考えても、どうにもならないところまで来ちゃったからなぁ。今となっては一刻も早く前に進むだけです。
 具体的には、目前の『土の塔』入り口に居座っているダークナイト一人を倒すことになる。今回はドラゴン込みじゃなくて良かった。
 この前の情報だと残り二人になるんだが……まぁ真魔神城も探索残ってるからそこに最後のが居るんだろうな。お城の中にラスボス一人とか寂しすぎる。
 一応やつらは暗黒皇子の弱点を分散した存在だからどこかに隠れてるかもと考えたことがあるけど、ここまで来たらそれは無いと思えるようになった。
 何故かあんなにも頭悪いやつらだからねぇ。火の塔で逃げだそうとしたヤツは例外だと思うよ。
 当然、ここのヤツも立ち向かってくるはずだと……
「そこのやつっ! いつまでも隠れてねーで早く出てこいっ!!」
 うあ、見付かった?
 様子見をしてたら、向こうから声が掛かってしまった。
 現在俺たちは塔より百メートルほど離れた藪の中から相手を観察してるんだが、それに気付くとは感覚が鋭いらしい。
 ダークナイト全員がこのレベルだったら、これまでのような情けない姿はあり得なかっただろうなぁ。
 それはそれとして、相手の挑発に乗るかは協議しなければならない。
「どうする。静かにしてるか?」
 当てずっぽうの線もあるから静かにそう言ってみると、ユーギンは首を振った。
「いや、打って出るがよかろう。向こうも待ってるようじゃぞ?」
 ユーギンは戦いたいのかそわそわしてるが、テランナはのんびりした様子だ。
「黙ってましょうよー。その方が面白そうですしー」
 そんな理由で良いのかよ。
 いつも通りの呆れた内容にがっくりきていたら、もう一声上がった。
「くそっ。卑怯なり、卑怯なりっ! 俺様は一人なのに五人で不意打ちする気だろう!? 悪人みたいにっ!!」
「いや、正しくあんたは悪人だろうが……」
 侵略者は、された方からすれば悪人だろうと思う。なのでシルヴィアたちには悪で間違いないところだ。
 俺にとってはどうか?
 なし崩し的にエルダーアイン界の勇者になっちゃったから、そっちの肩を持つべきなんだろうな。
 じゃあ、その立場は正義かと問われれば、これは分からない。
 相手側の詳しい事情がさっぱり不明のままだし、判断しようがないよ。
 続編3ではとある神話の神々がその背後にあるとされてたけど、語られてたのはそれだけだもの。次元を超越した話なんて壮大すぎて着いていけない。
 日本へ帰りたい俺の目的からすれば相手は敵、それで良いじゃないか。
 ところで、このダークナイトの台詞で思い出したんだが、昔見てたテレビ番組では悪人一人を正義側が五人掛かりで倒してるのもあったけど、あの人数関係はなんでなんだろうね?
 悪人の方が基本的に強いからああだったんだろうと思うものの、同じようにパーティ組んでる今の俺たちにそれが適用されるかどうか考えると、違う気もしてくる。
 この前のダークナイトも、シルヴィアより弱かったからなぁ。いや、俺も彼女より弱いんですがっ!
 どっちがより弱いかなんて論議は不毛だから、俺は少ししてみなに了承取ってから大声で叫んだ。
「待ってろ! 今そっちへ行って叩きのめしてやるぞ!」
 どのみちヤツは倒さねばならないから、じらしても意味ないだろうよ。
 それを聞き、相手は近付く俺たちを堂々と待っていた。まるで一番最初に会ったダークナイト、一号みたいな風格だな。
 そこから連想して、俺は十メートル程度まで歩み寄ってから話し掛けてみた。
「お前の名前は『ダブワン』なのか?」
 こいつの金色鎧は関節部などが青みがかった銀色となっている。造形的にバランス取れていて格好良いぞ。
 対する俺はと言うと、ずっと使っている『精霊の守り』。袖とかボロボロになっていて見栄えが悪い。
 一見しただけでは、相手側に軍配が上がってしまうだろう。
 俺の目が鎧の検分をしてるのを感じ取ったか、ダークナイトは「俺はヤツじゃない」と前置きしてから続けた。
「毎日手入れしてるからな。ひたすら歩いてる貴様らとは違うのだよ!」
「それって、暇を持て余してると言うんですよねー。左遷ですかー?」
「違うわい! 俺様はダークナイトだから幹部職だっ!! 左遷じゃねー! 左遷じゃねーんだぁっ!!」
 だけどテランナに突っ込みを入れられ、即座に否定したものの涙目になってしまった。
 なんでこいつらの言葉は毎回悲哀漂うのかな?
 そろそろギャグのネタは尽きたはずだよねと思いつつ、もう一回名前を尋ねてみる。
「するとお前は『八』なのか? お前を倒せばいよいよ暗黒皇子が倒せる訳だ」
 少しだけカマを掛けてみると、呆れたことにこれにも引っかかりやがった。
「そうとも。俺を倒さねば暗黒皇子様は絶対に殺されないぞ。どうだ、参ったか!」
 ……こんなに分身体が頭悪いのは、やっぱり暗黒皇子が馬鹿だからだろうか?
 聞いても名前を名乗らず、逆に極秘のはずの情報を勢い込んで話してくるって、社会人じゃありえねーよなぁ。
 俺の社会経験が全て正しいとは限らないけど、少なくとも相手に教育が行き渡ってないのは確かだ。
「参ったと答えたら、大人しく俺に倒されてくれるのか。『ハッチポッチ』さん」
 8にちなんだ名前なんてそうそう無いんで、つぎはぎとかごちゃ混ぜとかの意味を持つ英語を告げたら、相手が顔を赤くして叫びかえしてくる。
「俺の名は『ハードエイド』だぁっ! 堅くて頼りになる、それが俺様だからだっ!」
 こいつの名前は現地改修機のあれかよっ! しかも『エイト』と『エイド』じゃ意味が違ぇーよっ!!
 本当に、どこから名付けるのかさっぱり分からんレベルだな。
 内心呆れてたら、不機嫌な声でヤツが告げてくる。
「もういい。俺様の堅い忍耐力にもヒビが入ってきたようだ。たいそうな武具を持ってるかもしれんが、その性能を生かせぬまま死ぬがいいっ!!」
 それはお前の台詞じゃねーだろと思いつつ、飛び込んできた剣先を避ける。
 あと、二言三言で怒るのって、忍耐力が堅いとは言わないと思う。
 そんなことを口にしたら、顔を赤くしたままヤツは叫んだ。
「そんなのどーでもいいだろうがっ! 全ては暗黒皇子様のためにっ!」
 火の塔でのダークナイトは逃げに入っていたが、こいつは積極的に向かってくる。
 まるで、一人で俺たち全員を倒せると思ってるかのようだ。
 でも俺も少しは成長してるから、相手の剣先を受け流すことが出来た。
 最初のダークナイト対戦時は五人全員で立ち向かっていったのに、今では突っ込み入れる余裕があるなんて嘘みたいだ。
 少なくとも、あの頃の俺ではこいつに絶対敵わなかっただろう。
 それほどこのハードエイドの剣先は鋭かった。
 だけど、メンバーの中で一番弱い俺でさえ今は剣を交えることが出来るレベルに成長してるとなれば、結果は分かってる通りになるはずだ。
 案の定、ユーギンが右横から参戦したら、ヤツは簡単に剣を飛ばされやがった。
「勝った!」
 なのにそんな言葉が相手の口から出てきたのは、果たしてどんな行動があったからなのか。
 それは、飛ばされた剣が真っ直ぐシルヴィアへ飛んでいったからだった。
 俺ならば、かわせなかったかもしれない。
 ユーギンの真横をすり抜けて弾かれた剣は、しかしあっさりと迎撃されてしまった。
「姫様がリュージ以外に気を許すはずないだろうにな」
 隊長が言うとおり、シルヴィアは俺より強いし何より集中力が違う。
 お陰で、夜の戦いでは不覚を取りっぱなしですよ。今後はそっちは少なくなるのかなー。つうか控えてください、障りがありますよ。
 相手の血を見て赤さんのことを連想するなど、ちょっと不謹慎かもしれんが、最終的にはその程度の戦いに終始したってことなんだよね。
 ご自慢の硬いと言ってた鎧は、俺の横薙ぎ一閃でスパッと切り裂かれてしまった。
 普通の剣だったら苦戦してたのかな。相変わらずこの神聖剣は強すぎる。いや、弱かったらそっちの方が問題だから今のままで良いんですが。
 ごぱっと吐血したハードエイドは、何故かシルヴィアの方を向いて悔しそうな顔をしていた。
「せめて娘だけでも思ったが……無念」
「お前らがシルヴィアに拘る理由って何だよ。暗黒皇子が人間に興味を持つなんてあり得ないだろう?」
 まだヤツが消滅しないので、前々から思ってた疑問をぶつけてみる。
 ゲームでは異次元生物だった暗黒皇子なのに、この世界では違うのだろうかとも考えたからだ。
 それに、予言のことがあるならば勇者を目の敵にしてもおかしくは無いんだけど、どうもそっちがなおざりにされてた気がするんだよね。
 まぁ、答えが無くても直接皇子本人に聞けば良いだけの話だったんだが、なんとこいつは答えを返してきた。
「この魔神界に来られる女性は、シルヴィアしか予言されてない……だからそれを待ちわびるのは当然だろうが……」
「女性限定!?」
「我らの姿を見て類推出来ないとはおろか……ぶ……」
「そこまで言って消えるなよっ、こらっ!」
 最後の言葉を聞いた途端、脱力感が俺を襲う。
 やだなー、終盤まで来たのにまだシリアス路線に戻れないんだものなぁ。
 今の発言から考えると、こいつらへの予言では人間が魔神界へ到達することまで述べられてるらしい。
 ただ、そのメンバーのうち女性はシルヴィアだけのようだ。
 確かに俺もゲーム時のメンバーを思い起こすと、女性はシルヴィアしか居なかったような記憶がある。
 このゲーム『夢幻の心臓2』は男女併せて三十人ほどもメンバー入りさせられるのに、以前も言った賃金の関係で仲間とするのは結局ほんの数人に絞られてしまう。
 しかも『黒の石』が使えないと魔神界へ来ることが出来ない関係上、確実にメンバー入りする女性は石を使えるシルヴィアただ一人なんだ。
 ここにはもう一人テランナと言う女性が居るけど、こいつはゲーム時男性だったし、他に無賃金の女性って居たっけか?
 ゲームを進めれば何人かは居たはずだが、どうにも思い出せない。
 最序盤に集められる人たちでゲームクリア出来るから、途中でのメンバー交替は面倒でやらなくなるんだよね。
 考慮しなけりゃならない場面は、シルヴィア入れる段階でフルメンバーになってしまってた場合と、船を出す際に操船技術が必須となる場合くらいかな。
 空を飛ぶ場面はアイテムで代用できるし、魔法は使わなくても大丈夫だしで、つくづく自由なゲームだったと今更ながらに感心する。
 昨今はムービーを見せられたりメンバーが強制変更されたりと、制作者は何を考えてるんだと首をかしげるのも多いからなぁ。
 そんな愚痴はこのくらいにして、こいつらが拘ってるのは結局『彼女が欲しい!』で良いのかな?
 モンスターで我慢しろよと言いたいところだが、このゲームにおける女性体モンスターって居ないんだよ。
 ゴーゴンは女性じゃないかと言われそうだけど、胸が全然無いんだ……つうか胴体から下が蛇だし意味ねーだろう。
 今ならロボットまで女性化されるけど、それと比べれば可哀想と思えないこともない。
 でもねぇ、この憐憫の情は俺が嫁さん貰えたから言えることなんだろうよ。
 どうだ、うらやましいかっ!
 そう声高らかには、実際のところ主張できないんですけど。
 関係が進みすぎ、子供が確定して動揺しちゃったからなっ!
 いくらオタクが人間三大欲求へ関心高いとしても、我が身に降りかかるとなれば話は別だ。
 オタクな俺が人の親になれようとは、まさかのまさかだよなぁ……
 産まれるまで紆余曲折あるかもしれんが、治癒魔法もあるし、悲しみの死産は無いはずだ。
 であれば、後は俺が日本へ帰れるのかだけが焦点になる。
 『時空の祭壇』は、本当に日本へ繋がるのか?
 そもそも、この神聖十五界と日本の関係って、どうなってんだ?
 同じ時間が流れてるなら、日本でも数ヶ月が経過してるはず。親は心配してるだろうなぁ……
 疑問は多いが答えは期待できない。
 神聖十五界の『外』から来たと言う暗黒皇子なら、何か知ってるだろうか。
 創造神もシルヴィアが問えば答えてくれるが、端的すぎて首をかしげることもあるしね。
 つうか子供のことまで答えるのって、仕事のうちなんだろうか?
 俺の沈黙をどう取ったのか、シルヴィアは不意に俺へ声を掛けてきた。
「リュージ様、安心してください。私が貴方から離れることは金輪際ありませんから」
「そうですよー。人妻狙うなんてヤツは、滅殺ですっ!」
 果たして侵略者暗黒皇子が異次元輪廻の存在するこの神聖十五界システムへ組み込まれるかは分からないけど、テランナは輪廻しないよう魂まで殺し尽くすと豪語してる。
 だが意気込んでるのは女性陣だけで、隊長とユーギンはやれやれと言った風だ。
「後は暗黒皇子とダークナイトが一人だけじゃからなぁ。強敵になりそうなのが残ってないんがとても残念じゃ」
「まだ分からんぞ。リュージの息子が反乱起こす可能性もあるしな」
 どんな息子だよそれは! しかも十年以上経ってからなんて考える必要ねーだろうがっ!
 妙なことを言ってたので突っ込み入れたら、ああすまんと即座に謝られた。
「どんなに暴れても姫様ががっちりとだったな」
「そっちでもねーだろうがっ!!」
 いくらダークナイトを倒した後だって言っても、気が緩みすぎじゃねーのか?
 どっと疲れが押し寄せてくる。
 結局、俺が『土の塔』攻略出来るまで立ち直るのに、一時間近くも要したのだった。




 ここの塔入り口は鍵が掛かってなかったので、普通に入れた。
 火の塔での経験を元に外周をぐるりと回ってみたけど、何も気になる点がなかったので唯一の扉を素直に開ける。
 ガラガラと音を立てる引き戸。すぐに一段上がった広間が見えた。右には棚が設置されている。
 張り紙もある。
「えーと、『靴は棚に入れてください』……え?」
「どうやら、エルフ式らしいですね」
 シルヴィアはそう納得して靴を脱いでいくが、ちょっと待て。
 エルフが日本のしきたりを色々取り入れてるのは以前見て知ってるけど、なんで神様が幽閉されてる場所に適用されてんだよっ!
 モンスターが出たらどーすんだよっ!
 俺は不安を覚えたんだが、他のメンバーは何も疑問を感じなかったようだ。
「ほら、リュージさんも早く上がってくださいよー」
 とことこと歩いてったテランナが指さす先には、階段がある。ただ、その角度が思いっきり急だった。
「これは古家屋のあれだよな……」
 木製の階段は手すりすらない狭幅のそれになっており、以前見た日本の古民家を思わせる造りだ。
 これを最上階まで歩いてくのか? 凄く怖いんですが。
 ただ、行かねば話が進まないので、仕方なく恐る恐る足を掛けた。ギシギシ言ってます……
 登る前に敵の気配を探ったけど、何も感じられなかった。
 あと、靴の棚にはダークナイト用の場所が確保されてたんで、ヤツらも靴を脱いでるのかと思えば戦う条件は同じになるんだろう。
 待て、モンスターも靴を履いてるのかっ!? ……なんだか分からない。そんなこんなで俺は考えるのを止めた。
 一番弱い俺が心配することじゃねーかと開き直って慎重に登っていき、無事に六階までたどり着いたときは凄くほっとした。急階段での緊張は、戦闘のそれとはまた違った感じだったよ。
 心臓を落ち着かせると共に周囲を見回す。
 隅に机が一卓あるものの、それは下で会ったダークナイト用だろう。問題はない。
 肝心な大地の神様はと言えば、これも確かに居た。ただし、何故か空中に浮かんで。
 高さ四メートルほどのそこに、彼はふわりと浮かんでいた。
「おお、助けかっ! 早く助けてくれぇ~。チカラの入らないこんな生活は嫌なんだよう~」
 そう言ってじたばたと手足を動かす外見小学生低学年な姿の神様。
 これが少年で、火の精霊がおばあさん。水は青年だったな。助け出す年齢層に幅ありすぎじゃないでしょうか……?
 魔神界を統べる神様たちの外見年齢が異なるのは何故なんだろうと思うものの、それは問うても意味のないこと。
 今の俺たちには彼を助けられるはずの『緑の石』があるんだから、素直に渡しておこう。
「ああ、はい。大地の神様ですよね? 今助けたいんですが、それはあの石を渡せば良いんですか?」
 シルヴィアに出して貰ったその石を見せたら、彼は大喜びだった。
「大地の神で間違いないよっ! むしろ間違えるなんて失敬だな馬鹿っ! 早く早く石を返してぇ~」
 急かされるけど、どうやって渡せばいいんだ?
 ジャンプしても彼の場所へは届かない。肩車しても、ちょっと難しい距離だ。おのれ暗黒皇子め……
「早く渡さないと、お前らなんか助けないんだからぁ~。うわ~ん!」
 いっそうじたばたし始めた神様をなだめるべく、俺は慌てて言った。
「投げますからっ! そっちへ投げるんで上手く掴んでください!」
「うう……ちゃんと投げろよ?」
 そう念を押されたが、はて、どれを投げれば良いんだ?
 俺はここになって、緑の石が複数あったことを思い出した。
 トロール城で見付けた石は、全部で二十個。俺たちには見分けが付かなかったんで、持ち主に鑑定して貰おうと思ってたんだっけ。
 全部取り出したら、いっそう彼は大声を出した。
「全部だっ! 全部僕のものなんだぁ~!! 石が僕のものと言うことに全部っ!」
 最後の台詞は意味不明だが、どこかで聞いたような……クイズ番組だったかな?
 取りあえず、全部渡せば良いらしい。
 赤い目になってしまった彼へ、シルヴィアが一個目の石を放り投げてみる。
 火の塔にて素晴らしい投擲を見せた彼女なので、きちんと彼の胸元へ届いた。
 しかし、掴めなかった!
 コーンと石が床に落ちる音が聞こえてしまう。
 俺は間抜けにも口を開けてしまったが、その意味を理解して落下先へすっ飛んでった。
「もう一回やりますからっ!」
「うわ~ん。早くはやくぅ~!」
 いやあんた、泣いてちゃ石が見えなくなるだろうに。
 じたばたと手を上下に振るが、それが許されるのは普通一桁年齢までだろうと思う。
 この魔神界が出来てからどれだけの歳月が過ぎたか分からないけど、まさか三十路な俺より年下ってことは無いはずだ。それが、この様。
 今の外見とは精神年齢が合ってるようだけど、チカラを奪われて精神に異常でもきたしたのかね。
 軽く溜め息を吐いてから、今度はそっと投げてもらうようシルヴィアへお願いする。が、失敗。
 もう一回、更に一回。六回目にもなると、彼は不機嫌な顔でこちらを睨んできた。
「お前ら、僕に意地悪してるんだろう……」
「そんなことないです。もう一回投げますから!」
 俺の返答を、彼は無視してしまった。
「ふ~んだ。いいもん、お前らなんか助けないんだからなっ!」
 自分が掴かめないだけなのに、他人のせいにしスネるとは格好悪いな。本当に神様なのかよ。
 少々呆れるが、でもこいつに緑の石を渡して真魔神城を出現させてもらわねばならないんだよねぇ。面倒くさい。
「こっち向いてくださいよー」
 そう声を掛けてもツーンとそっぽを向いたままな彼を見てるうち、なんかムカついてきた。
 なので俺は、おろおろしてるシルヴィアから石の一つを奪い取ってチカラ一杯投げつけてやった!
「うぼぁっ!」
 よし、うまく当たった!
「おいリュージよ! 八つ当たりとはらしくないぞ!」
 隊長が驚いて制しようとしたが、テランナがそれに気付いて先に声を出す。
「あの、落ちてきませんね……」
「え?」
 腹の辺りに当たったはずの石がどこにも見当たらない。
 落ちれば先ほどのように音を立てるはずなんだが全く聞こえないし、よそ見をしてた彼が受け取れるはずもない。
 まさか、めり込んだ……?
 いくら俺のチカラが強くなったからと言って、人様の身体を破壊するほどになってしまったのかとビビったら、いきなり神様が大声を出した。
「ちょっとチカラが戻ったっ! やっぱり意地悪してたんだなっ、ちくしょー!!」
 おいおい、まさか直接吸収したのか?
 思わずシルヴィアと顔を見合わせたら、彼女もこう言ってきた。
「あの、もしかしたら掴めなくても構わないのではないでしょうか……?」
 疑問系なのは当然だろう。これまでの二人が口から飲み込んでたのを見れば、こいつもそうだろうと思うよね。まさかぶつけても大丈夫だとは思わなかった。
 ただ、「よーし、どんどんぶつけちゃうぞー」とは思えないよなぁ。さっきはついやってしまったとは言え、相手は神様なんだからさ。
 次以降をどうしたら良いかと考えてたら、当の本人がこう告げてくる。
「構わね~から、早く投げてこ~いっ! 僕にチカラを戻せっ! 返せっ!!」
 他人にさせるのは忍びないんで、仕方なくリーダーである俺が石を投げてやった。仕方なくだからね?
 それにしても、当たるたび「うぼぁ」とか声を出されると凄く申し訳ない気がする。小学生に向かって石を投げる大人って、極悪人だよねぇ。
 なので「やめますか」と途中でつい言ってしまったら、こう返された。
「常人には無理でも僕は体内吸引するぞっ!」
 どこぞの鉄球と同じ扱いですか……
 一つ吸収するたび、その身体がほんの少し伸びていくようで、これは火の精霊さんの逆バージョンなんだと分かる。
 二十個全部吸収したその姿は、最終的に外見年齢中学生程度まで成長していた。ちっちゃ!
 まだ空中に浮かんでいたものの、彼があちこちを確かめるかのように手を大きく広げる。
「右、よし! 左、よし! 僕に、よしっっ!」
 だから最後のはなんなんだよっ!!
 幸いにも規制掛かるほどは続かなかった。せっかくの全年齢なのにマズいだろそれはっ!! ……今更だったかな?
 俺が一人で冷や汗ぬぐってる間に、とんと軽やかに降り立った神様は、ここでようやくニッと笑った。
「良くやった、ほめてやろう! 偉い、偉かったね~」
 立場はともかく、外見は逆だろうがっ!
 そうは思うが、俺へ向かってのそれをさすがに無視は出来なかったので一応頷いておく。
「あっ、ありがとうございます」
「でも、痛かったからなっ! ふふふ、お礼をしてもいいよね?」
 一気に邪悪な笑みへ変わった彼の顔を見て、俺は一歩下がって頭を下げた。
「すいませんでしたぁ!」
「何で謝ってるのかなぁ? お礼を痛いだけなんだけど~」
 ちょっと、『痛い』って言っちゃってるよ!
 言い間違いでないのなら、ここはもう、これしかない。必殺の土下座!
 神妙に頭を下げると、神様は近付いてきて俺の頭をぱこんと叩いてから、そこをなでた……?
「チカラ取り戻せたから、これで勘弁してやる。いいか、お礼なんだからなっ!」
 言わなくても分かってますですよ、はい。
 横目で見たらシルヴィアがその態度に眉をひそめてたものの、俺としてはこれで幕を引きたいところだ。
 何と言おうとも相手は神様なんだし、いくら囚われのところを解放したからとしてもこちらが助力を受ける身なんだからね。
 一回叩いてスッキリしたのか、神様は俺に顔を上げるよう言ってきた。
「それで君たちのお願いは、例の魔神城対応でいいのかな? 言われなくてもあんなのは地面から引っこ抜いてやるけどさっ!」
「地上に出すだけで充分ですっ! 放り投げないでくださいっ!」
「そうなの? 僕がやられたように、地上から浮かせてやろうと思ってたのに」
 何でも、大地の神様は足を地に付けてなければならないらしく、チカラ奪われた状態では宙に浮かばされると何も出来なかったとのこと。中国拳法みたいなもんなのかな?
 疑問はともかく、今現在地中に埋まっている魔神城は、神様がチカラを行使したことで地面に出たと言われた。
「実際に行けば分かるから!」
 そう言われれば、納得するしかない。
 ゲーム時も脈絡無く『魔神城が姿を現した』とか言われて、それどこよってなったっけな。
 神様と意思疎通が出来る分、このリアル世界はまだマシなんだろうよ。
 それと、これまで不都合無かったか神様に尋ねたら、もちろんあったと返答された。
「ちくちくと、思い出した頃に小さなカユミが城から走るんだよね。凄くいらいらした。暴れられれば地震で潰せたのにっ!」
 大地の神だけあって、地震起こせるのか。やっぱり怒らせてはならんようだ。
 これからはしないでくださいとお願いしたところで、不意に疑問が湧いた。それだけのチカラがあったのに、何で封じられたんだろう?
 素朴な疑問をぶつけてみたら、ぷいと目をそらされた。
「そっ、それは……押さえ込まれたんだよ……」
「暗黒皇子は驚きの少年趣味もあったのかっ!?」
「違うってばっ! 物理的にだよっ!」
 俺の反応に慌てて否定したが、物理的にってその方向じゃないのか……
「だから違うんだ~!」
 詳しく聞くと、当時魔神界――当時は別な名だったが――の地面が多量の土砂で埋め尽くされそうになったんだそうな。
 どうにか跳ね返したものの、隙を突いて城が埋め込まれ、次いで神としてのチカラも奪われたんだとか。
 土砂となれば確かに物理的だが、その言い方じゃ誤解招くだろ?
 水と火の精霊も同様にされたかと思ったら、身震いしてしまった。いかん、早く忘れよう。
 頭を振ってから、じたばたする神様へさらりとおいとまを告げる。
「じゃあ、何ともないようなら魔神城へ行きますね。暗黒皇子を倒す必要があるんで」
 そそくさと逃げたのは、突っ込みを一つ回避するためだ。
 さっき、実は石を投げつける必要なかったんだよね。だって『ペガサスの羽』が残ってたんだから。あはは。
 テランナからニヤニヤされたのは無視しておこう……
 と言うことで、いよいよ真魔人城へ乗り込むこととなった。
 残りの強敵は、ダークナイト一人とラスボス暗黒皇子自身のみだ。
 ドラゴンは雑魚敵なためまだ出現する可能性があるけど、きちんと倒せてたし今となってはあまり恐怖を感じない。
 最後のダークナイトを倒せば全ての仕掛けが解けるので、とうとうここまで来たかと少々感慨深いが、最後の最後で殺されたら洒落にならん。
 いっそう気を引き締めねば。そう決意して、真魔神城へと進んで行く。
 あそこへは一回行ってるから、だいたいの地形は分かる。
 行程途中でダークナイトやドラゴンが襲ってくることもなく、俺たちは数日後無事に城へたどり着いた。
 以前は雑魚敵で溢れかえってたその地面は盛大に凹み、その中央部分だけが盛り上がって城を支えてる。
 つうか、あれは城で良いのか?
 日本のそれとも西洋のそれとも違うし、絶対に城とは呼びたくない。
 だってそれは……まるで『円盤形宇宙船』だったんだよっ!!
 なんでここでエスエフになるんだよっ! 続編3まで待ってくれるはずだろうがっ!!
 いや、『空の彼方から来た』と聞いて宇宙船を想像するのはありだろう。ゲーム時は『流星と共にやって来た』と書かれてたんだっけか?
 あと、根拠地が円盤だから幽霊船も円盤タライだったんだろうか……
 あの時も驚いたが、デザインに共通性あることに目眩してきたよ。
 心を落ち着かせるべく、深呼吸を数回する。
 ところで、あそこから逃げ出されたりはしないよな?
 飛べるならその可能性あるが、よっくと見たら上部に土が付いているようだ。つうか、土で出来た紐に縛られてるよう見える。
 そして、そこまで伸びている一本の道。
 こそこそ忍び込むのは恥ずかしいが、こうやって堂々と乗り込むのも少し恥ずかしいな。
 と言うか、道が開けてるんで相手から襲撃受けちゃうんじゃねーのか?
 そう不安を告げたら、ユーギンが豪快に笑った。
「何を今更。勇者は堂々としてこそ勇者じゃ! お主も親になるなら開き直ることを覚えるんじゃな」
「そうとも。今こそ姫様に恥じることなき勇者となれ!」
 ユーギンと隊長が無茶ゆーてます。
 シルヴィアとテランナは何も言ってないけど、目が輝いてるからその方向なんだろうよ。
 つうかお腹さすりながらの眼差しは止めてください。なんかこっちが悪人な気分になってくるじゃないかっ!
 みなから期待され、しかも敵が襲ってこないもんだから、俺は渋々頷いた。
「やればいーんだろ、やれば……キノコ服用勇者リュージっ、推して参るっ!!」
 最近使ってないけど俺がここまで戦えたのはキノコのお陰だから、そう言うしかないよね。
 生き残れたら絶対後世に残るだろう名乗りだけど、恥ずかしくはな……やっぱり恥ずかしいよっ!!
「キノコ勇者に続きますよー!」
「勇者と共にじゃっ!」
「姫様とリュージに捧ぐ!」
 次々に仲間も声を上げる。
 最後にシルヴィアが、剣を掲げて叫んだ。
「愛するリュージ様のため、暗黒皇子を成敗しますっ!」
 おおっ、すげーかっけーっ!
 もうシルヴィアが勇者でいーじゃんって思えてじっと顔を見てたら、彼女は顔を赤らめてそっぽ向いてしまった。
「もうっ。今度はリュージ様が私たちのためにって言ってください!」
 何故にそう続くの?
 そう思ったが、テランナも彼女の意見に賛成してくる。
「ですよねー。やっぱりそれくらいは言ってほしーですー。お腹の子供のためにもですね、生きて帰るとぜひっ!」
 言われて気付いたが、散々『日本に帰る』とは言ってたけど『生きて帰る』とは言ったことなかったな。
 心の中では旅の途中で死ぬかもしれないことを受け入れてたんだろうか?
 思えばこの世界に来てから最初に見た生き物がドラゴンで、その時の俺はただ見つからないようにと祈るしかなかったものだ。
 その後キノコの存在を知って、もしかしたら帰れるかもしれないと淡い期待を抱いたものの、どこか他人事のように思ってたのかもしれない。
 死んだら、夢となって帰れるかもしれないと――
 これまでの俺は、胡蝶の夢だ。日本とエルダーアイン界、二つの世界をうろうろしようとする役立たず。
 嫁さんを得ても、まるで夢のようなと形容詞が付いていた。
 だけど、それじゃ駄目だ。
 新たな生命の誕生に俺が関わるのなら、その役目を全うしたい。
 その為に、俺は生きる!
「シルヴィア、テランナ、俺の嫁さんになってくれてありがとう。隊長、ユーギン、旅に着いて来てくれてありがとう。生まれいずる子供達のため、俺は生きて帰りたい……みなで暗黒皇子を倒し、生き残るぞっ!」
「おおっ!」
 ヤツに届けと叫ぶ。
 そして俺達は、まっすぐ最後の場所へと歩いていったのだった。
 あっ、大地の神様にも祭壇関連頼むの忘れてた……もういいや、はぁ。



[36066] その35
Name: 凍幻◆786b687b ID:be9ab252
Date: 2014/05/22 19:24
 真魔神城あらため円盤への道のりは、緩やかな傾斜になっていた。
 途中でモンスターが襲ってくる心配あったけど、それは幸い無さそうだ。見渡す限りには居なさそうに見える。
 大地に大幅な変動があったせいで全滅したんだろうか?
 それならありがたいけど、そもそもモンスターは暗黒皇子が召喚している設定なのでしばらくしたらまた湧き出すだろうと思われる。
 今のうちに、さっさと決着つけないとな。
 いよいよここまで来たかと俺の心臓は早鐘を打っている。
 それを押さえるため途中で立ち止まってもらい、水筒から水を飲んだらテランナが不意に笑った。
「あらリュージさん。私の『聖水』は飲まなくても大丈夫なんですかー?」
「んぷぅうううっ!」
 こんなところで、なっ、なんてことを言うんだお前はっ!
 含んでた水を思い切り吐き出しちゃったじゃないか、責任取れっ!!
 赤い顔で睨んだものの、当の彼女は澄ました顔だ。
「えーっ、僧侶が作れる狂乱対策の『聖なる水』のことなのに、何を勘違いしてるんですかねー」
 ああ、そんなアイテムもあったなぁ……
 そう言われた俺はがっくりと肩を落とした。勘違いした俺が悪いから振り上げた拳の行き場所がねぇよ。
 彼女の言う『聖水』はゲームにも登場したアイテムで、キノコによるバーサーク状態を治す効果がある。
 ただ、そうなっても一回戦闘を終えれば勝手に治るし、治すよりバーサーク状態で戦った方が良かったしで、俺はゲーム時使ったことが無い。
 更にこの世界に来てからはずっとキノコの世話になってたんで、すっかり存在を忘れてたよ。
 ちなみに他のゲームで良くある対アンデッド効果は全く無いから、効果の内容を知らないプレイヤーも居るんじゃなかろうか。
 キノコ以外じゃ狂乱状態にならないしね。俺みたいな特殊状況とは普通無縁だろう。
「それにしても、それをここで言うのか? ちょっと不謹慎じゃないだろうか」
 女性から聖水って言われたら普通は勘違いするだろうがっ!
 ここが最後と気合いを入れようとしてるのに、そこでからかうなんてシーはやっぱり良く分からん精神構造をしてるな。
 俺の呆れ顔をじっと観察したテランナは、ふぅと溜め息を吐いてからこう告げてくる。
「不謹慎どころか、大真面目な内容ですー。リュージさん、最後だからとキノコを使おうとしてはいませんか? もしそうなら、対抗手段がありますよと言ってるだけですからー」
 凄く真面目な内容だった!
 また変なこと言ってるのかと思ったさっきの俺を殴りたい。つーか、殴っておけば良かろう。
 俺は自分で頭に一発入れ、キリリと向き合った。
「確かに俺は最後だからキノコを使いたいと思ってた。でも、テランナはそれに反対するんだな」
「はい。戦闘途中で吐血したら、何があるか分かりませんしー。敵の親玉なんですから、慎重を期するのは重要だと思うんですよう」
「そう言われても、俺は一個も持ってないよ?」
 この前シルヴィアに腰袋を渡したのは彼女も見てるはずだ。しかしテランナは首を振った。
「嘘おっしゃいませー。左手の裾に粉末隠してるのはバレバレなんですからねー」
 その言葉で、隊長がすっと動いて俺の左手裾を検分する。
 ああっ、せっかく隠してたのにぃ……
 これはダークナイト一号との戦闘後に仕込むようになってたヤツだ。
 会話でキノコ服用するタイミングを失した経験から、即服用を可能にしようと考えた結果だったりする。
 まだ右手分があるぜと密かに思ったものの、それもすぐに見付かり、結果パシーンと頭を叩かれてしまう。
「命の危険を顧みないとは阿呆だな。もう卒業だと言ったではないか!」
「いやしかし、万が一を考えるとどうしても……」
「万が一? リュージ様は万が一なんてことを考えてるんですか!」
 俺の言い訳にシルヴィアが怒った。
「先ほど生き残るって誓ったのに、そんなことを考えてるなんて不謹慎です。テランナの言う通り、釘を刺して正解でした」
 あのっ、キノコ服用って死亡フラグじゃないよね?
 吐血以前は普通に使ってたもんだから、何で今になってこんなに怒られるのか俺には理解出来なかった。
 それで反応が鈍ったので、ユーギンからもこう言われてしまう。
「だから勇者は髭が伸びんのよ。そもそもバーサーク状態とはいかなる状態か、もう一回思い出せい」
 言われなくとも理解してるってば。キノコで戦闘好きになるんだよな。相手に向かって行くことしか考えないと……あれ?
「もしかして、バーサーク状態で俺がみんなにも襲い掛かる可能性を考えてるのか? そんなこと無いんじゃないのか」
「私たちだけなら良かったんですけどねー。お腹の子供を考えるとそっちの万が一も考えませんとー」
 これまで数ヶ月に渡って使用してたバーサークキノコだが、副作用は俺の胃潰瘍だけしか無かった。
 その胃潰瘍こそが実に面倒だった訳なんだが、このゲーム以外では確かにバーサーク状態は厄介な状態として扱われてたことをようやく思い出す。
 ゲーム時とこの世界では敵側にしか向かっていかない戦意が、他世界では味方にも及ぶんだ。
 つうか敵味方関係無しだからこそ『狂乱状態』と言われるんであって、敵にしか向かわないのは誰が確認したんだって話になる。
 ゲーム時はと考えたが、使うときは全員一緒で、しかもメッセージが高速で流れるもんだから誰が誰を攻撃したかほとんど分からなかった記憶がよみがえってきた。
 この世界では、最初の都市『ナガッセ』の薬売りが味方には影響ないって言ってたんだっけか。
 あの時突っ込み入れて良かったはずなのに、俺はキノコの存在で『この世界イコール夢幻の心臓世界』と知って愕然としたから何も言えなかったんだよな。
 その後はパーティを組んでもみんな何も言わなかったんで、仲間を攻撃しないのが仕様だと思ってた。でも、そうじゃなかったのかっ!
 今更ながらにショックを受け、俺はあんぐりと口を開けた。
 それを見て俺の内心を察したか、シルヴィアもまた溜め息を吐いた。
「知らなくて使ってたんですか……まあ、異世界人『でした』し、仕方ないかもしれませんね」
 それを聞き馬鹿にされたとは感じなかったが、妙な強調があったよう感じたんで確認をしてみる。
「あの、何か俺はもう帰れないみたいな響きが今の言葉にあったよう聞こえたんだけど、まさかだよね?」
 シルヴィアは俺が日本へ帰る際着いてきてくれると言ってた。
 だから今のニュアンスはそれに反するよう感じたんだけど、みんな一斉に頷きやがった。
「リュージ様は、もうエルダーアインの人間ですよ。子供まで作っておいて、まさかはありませんでしょう?」
「俺が日本出身なのは一生変わんねーはずだろう? それなら異世界人なのも変わんねーじゃんか」
 出生地が後から変わるってありえねーだろう。なのに否定されるのって何でよ。
 疑問を呈したが、一番事情に詳しそうなシルヴィアは「何も問題ありませんよ」と言うだけだった。
 次に詳しいだろうテランナも「まずは暗黒皇子を倒すのが先決ですよねー」とか言う始末。
 確かに暗黒皇子を倒さねば『時空の祭壇』が使えないからそれは正しい判断なんだが……釈然としない。
 もしかして、俺が精霊たちへ日本への帰還に向け助力を申し込まなかったのが悪かったのか?
 そこは俺のミスと言えるだろう。だけど、その問題は誰にも言ってないはずだ。
 祭壇を使うとは言ってたものの、どうやったらそれが行えるのかゲームではほとんど示されてなかったんで、俺も言及を避けてたんだよ。
 助力を忘れたことでうっかり愚痴を零したかもしれんが、それでもさっきの発言には繋がらないはずだ。
 ……分からない。
 嫁たちの考えが読めず困惑が深くなるけど、今ここで追求しなけりゃならない問題かと言われれば、そうじゃないとも思う。
 俺以外のみんなが納得してるんだから、俺も頷けば問題ないんだろうな。
 つーか、敵の根拠地前でこんな話をしてることの方が問題だよ。さっさと歩きだそう。
 実に日本人的な考えで「分かった、後にしよう」と言えば、みんなスッキリした顔になった。
「では、暗黒皇子をぶっ倒すんじゃー! 突撃じゃぞうー!」
 有無を言わせぬユーギンの叫び声が響き、俺たちは気を引き締めなおした。
 結局、聖水は飲んでない。飲まずにいられるかは分からんが、今は目前の円盤へ突入するのみ!
 油断無く周囲を警戒する隊長の目が円盤を見据えたんで俺もそっちを見ると、そこには一人の金色戦士が居た。最後のダークナイトだろう。
 何でダークナイトの名なのに色が金色なのか、あいつに聞けなかったら後は無理だろうな。
 不意にそんなことを考えてしまうほど眩しく太陽光を反射する相手に向かい、俺たちはゆっくりを足を近づけたのだった。




「問おう。お前らが予言されたパーティだな?」
 十数メートルまで近付いたとこで、そんなことをダークナイトが言い出した。
 でも相手側の予言がどんなだか聞いてないんで、答える内容はこうなる。
「俺たちは、創造神によって集まった仲間たちだ。目的は暗黒皇子を倒すため」
 ここで『日本に帰るため』とか言い出しても通じないだろう。暗黒皇子を倒した後の話など、理解不能のはずだ。
 返答を受け、相手は重々しく頷いた。
「既に我以外のダークナイトは倒されてしまった。暗黒皇子様――主様から予言されてた内容ではあるが、実際にそうなると辛いものだ。既に城も暴かれ、これ以上の軍勢も役には立つまい。せめて主様の目的だけは叶えたいものの、それは許されるか?」
「目的って、私たちを拉致監禁するつもりでしょー? そんなの口にしただけで許されざる内容ですよっ!」
 テランナが挑発しようとしてかそんなことを言ったら、何故か相手は憤慨した。
「拉致監禁とはなんて破廉恥な内容だっ! そんなことを言ったのは誰だっ!」
「えっ、あんたらが言ったんだよっ!」
 俺の言葉を聞いて相手はますます怒った。
「嘘だっ! 我々が命令されたのは『女性を城に連れてこい』だから拉致などありえん!! ……まあ、拉致出来るほど我々の頭は良くないのだがな」
 何でこいつらは落ちを勝手につけるんだよっ!
 反論しておきながら一人で納得するこのダークナイトに目眩がする。
 つうか、自分で頭悪いとか言うのって、ちょっと情けなくないか? 仮にも幹部職だろうに……
 俺の哀れんだ視線を理解したか、当の本人は肩をすくめた。
「仕方あるまい。それが元で叱られたことはざっと数万回にも及ぶのだから。だが、理解出来ないことはいくら説明受けても理解出来ないのだよ。我々ダークナイトは、みなそうなのだ、残念ながらな」
 頭の善し悪しは、ある程度しか補正できない。勉強に力入れている日本においても、それは時に顕著だった。
 むろん、世の中には「ウォーター!」とかの数少ない成功例もあるけど、みんながみんなそうならテスト結果は常に百点しかありえないわけで。そうじゃない事実だけでみんなも仕方なしにだが納得いただけるだろうと思う。
 さて、このダークナイト――個人名はダブワンだったか――の言い方では、彼ら全員が頭悪いのは暗黒皇子も諦めてるようだ。そこで疑問が湧く。
「お前らって、暗黒皇子の分身なんだろ? なのに頭悪いのって変だよな。クローンとかなら同程度のはずだろうが」
 原作で分身とされていたダークナイトだ……あれ? 分身で良いんだよな。自信なくなってきたぞ……
 相手を馬鹿には出来ねーよなと内心唸っていたら、ダブワンがスラスラと答えてくれた。
「分身……まあ、分身なのだろうな。我々自身は『暗黒皇子様の息子』と称しているのだが、脳細胞の一部を受け継いでいるし、その方が実態に近いだろう」
 やべー! 俺の原作知識に誤りがあったっ!?
 だって、弱点を移せるほどの存在だなんて、分身なんだろうと思っちゃうじゃねーか。
 慌ててたら、もう少し詳しい説明をされた。
「我々は、確かに培養液にて作り出された存在――主様の細胞から産まれた存在だ。しかし脳細胞は、別途培養されてるのだよ。分かるかっ!? 我々のために脳細胞を半分も失って、それでも話し相手を求めたその気高さをっ!!」
 それって、ひとりぼっちとか言うんじゃ……
「なのに我々は、ただの一人も主様の考えを理解しきれる者となれなかった。ふがいないが、どうしようもないのだ。しかし、お世継ぎであればっ! クローンではなく実のお子様ならば問題は解決するのだっ!! 途中経過として相手方が必要になることは言うまでもなかろう。なので女性をどうしてもここに連れてきたかったことは理解していただきたい」
 強引にそっちの方向へ話を持ってったなー。
 でもやっぱり嫁さん欲しいの話かよ。異世界侵略の原因なんだからもうちょっと壮大な話かと思ってた。
 まぁ世の中には女性一人を強奪したいがために戦争引き起こした実例があることだし、本人に取ってみれば切実な問題なんだろう。
 ところでお相手は、メスじゃなくて女性なのか? 疑問なので、この際とばかりに口にしとくことにした。
「今の話の中で聞きたいことがある」
「何かね?」
「暗黒皇子って、本当に人間男性なのか?」
 ゲーム時は、暗黒皇子は最初人間の姿なんだけど、目玉の化け物に変化しちまうんだよ。正体が人間じゃないと思って当然だろ?
 だがしかし、その問いにダブワンは首をかしげるだけだった。
「我々が人間の姿をしているのに、その親である主様が人間でないなど、何故そう言うのか理解に苦しむ。我々が化け物に見えるのか?」
「いや、そうじゃないけど、お前らの言う女性の範囲が良く分からなくて……」
 しどろもどろ言い掛けた俺に、ダブワンが力説する。
「人間もしくはエルフの女性! ドワーフは体型があれなので却下。シーは見た目が条例に引っかかりそうなんでこれも却下だ。だが一番はと言われれば、せっかくこの世界に来られたそちらのお嬢さんたちが第一候補だな。何より見目が麗しい」
 条例ってどこのやつだよっ! 確かにシーは背丈が低いが、それだけじゃないか。
 ドワーフは、この世界だと女性も太い体型だからそれでなのかな。物語によっては背が低いだけで見目良い場合もあるんだが、仮にそちらでも条例に引っ掛かるんだろうか。つうか異世界で条例言うなっ!
 言いたいことは山ほどあるけど、俺の口から飛び出たのはこんな台詞だった。
「二人へ美人の判断を下してくれるのはありがたいが、片方は問題のシーだぞ?」
 だって嫁さん褒められたら嬉しいじゃんか。だからの発言なんだよ。決して嫁を差し出したいからじゃないよっ!
 自分と嫁二人に内心で言い訳してたら、俺の言葉を聞いたダブワンはたいそう驚いてからこう言ってきた。
「では、シーでも逮捕は無いのだな。良かった……」
「だから誰に逮捕されるんだよっ。お前の大事な暗黒皇子様がこの魔神界の支配者だろうがっ!」
「なるほど、そうだったっ!」
 こいつらダークナイトは馬鹿だと思ってたが、これほどになると頭痛がしてしまう。上司である暗黒皇子にちょっぴりだが同情しないでもない。
 だが、最重要なことを声高らかに言っておかねばならないぞ。
「あとだな」
「む、何かね?」
「この二人は双方とも俺の嫁さんたちだからっ! 暗黒皇子に差し出すなんて絶対無理だぞっ!!」
 俺から嫁を奪おうなどとは片腹痛いわっ!
 わざわざ人妻に手を出そうとはさすがに思わないよね?
 ふふんとふんぞり返ったら、納得いかないとダブワンが言い出してきた。 
「嫁さん『たち』とはどういうことだ。普通は嫁とは一人じゃないか!」
 そこに突っ込むのかよ!
 いや、俺もこの世界に来るまではそう思ってましたよ。なんで創造神が重婚認めてるのか実は分かんねーんだよなぁ。
 日本での論理観から、うっと言葉に詰まったところ、シルヴィアとテランナが代わって反論してくれた。
「創造神が認めたことを反故にするつもりはありません! 勝手なことを言わないでください!!」
「そうですよー! 見もしない方への縁談なんて、呪われますよっ!」
 当の女性からの文句が出てダブワンは少しひるんだものの、すぐに代案を口にする。
「今現在勇者の妻でも支障はない。要は夫が亡くなればいいのだろう?」
「勝手に殺すなっ!」
「ふむ……では、重婚が認められるのならば、主様ともそのまま結婚することに何の問題があろうか、いや無いっ! 多夫多妻でどうだっ!!」
「馬鹿言うなぁっ!!」
 多夫多妻なんて、どんな論理観だよっ! 
 それを良しとする世界も話には聞いたことあるが、許されるのはフィクションだけだからっ! このリアル世界では許されるはずがない。そうだろう?
 それと、この世界は元がゲーム世界だろうとの突っ込みは無しにしてほしい。異世界なのかゲーム世界なのかは未だ分かんないんだ。
 俺たち関係者から全員駄目だし食らったダブワンは、呆然となっていた。
「馬鹿な。この完璧な理論に反論されるなど納得いかん。しかし、これ以上の話になると我の頭では思い付かないぞ……」
「言っておくけど、暗黒皇子が嫁さん募集してること自体が誤りだからな」
 ゲーム知識では、暗黒皇子の正体はさっきも言った通り目玉の化け物だ。人間の嫁を求めても生殖行為なんて行えるはずがない。
 つうか、生殖行為を必要とするのかも分からない。
 続編3では某神話のキャラが敵側に居たけど、あれらも不必要だったはずだし、そもそもこの暗黒皇子の出身がそれと同じかも実は分かってなかったりするんだよね。
 暗黒皇子の正体は、何者なんだろうか?
 まぁ実際に会えば分かることだろうから、今はこの求婚話をさっさと終わらせるのが正しい方向だよな。
 俺の言葉を聞いてダブワンは、少し考え込んでいた。
「重婚がありなのに、多夫多妻が駄目なのは何故なんだ? 女性が少ないなら重婚そのものが認められるわけないし、うちの主様に問題があるとも思えないが……ハッ! まさか、勇者ハーレムしか認められないと言うのかっ!? それなら勇者になれば大丈夫だな。さっそく進言しなければ」
「ちょっと待てや、こらっ!」
「む、何かね。まだケチをつけるのか。いい加減にして欲しいな」
 不機嫌そうな声を出されたので、俺も同様に不機嫌な声を出しておく。
「あんたの主様である暗黒皇子は世界の侵略者だろうがっ! 勇者に立候補できる訳ねーだろっ! そこまでして嫁さん欲しいなら、侵略やめて一住民として仲良くなればいつか縁談来るかもしれねーだろうがっっっっ!! 出てくることもせず部下まかせで嫁さん欲しいだなんて勝手なこと言うなっ!」
 一気に言って、少し息が切れた。
 いくら相手が幹部職だとは言え、何で俺はこんな口論をしてるんだ?
 相手が襲ってこないので油断してるのかと思いきや、またもや彼は剣じゃなく言葉を出した。
「侵略してて何が悪いのか分からない。主様からの命令は絶対だからな。逆にそこまで我の案に反対する理由が分からんぞ。婚活の邪魔をするなっ!」
「婚活なら人妻なんて誘うなっ! ルール違反だろうがっ!」
「ならば、この世界に女性を連れてこいっ! これまで女性は誰一人としてこの世界に来ないのだからな。だから……だな。すいません、うちの主様にぜひ二人を会わせてやってください。バツ付いてても構わないのでお願いしますっ! 二千年も女性に会ってない主様ですから、顔だけでも是非。我が居て邪魔なら引っ込みますんでお目通りをお願いします! 子供の話は抜きで構いません。て言うか誰ですかこの人たちを醜女とか言ってたの。報告と全然違うじゃんか」
 強気から一転して頭を下げたこいつを見て、ああ駄目だこりゃと思った。
 これまでのダークナイトも変人だったが、輪を掛けて変に見える。
 こんなのが幹部職だなんて、相手側は組織として成り立ってなかったんだなとつくづく感じてしまうよ。
 二千年前の侵略時はどうやって組織運用してたんだろうか。モンスター召喚後はばらまいただけなのかなー。
 溜め息を吐いたら、少しして顔を上げたダブワンが悲しそうな顔をして続きを言ってくる。
「会わせてもやれないのは納得いかん。主様はこの城から出られないので、出向いてもらうしかないのだ。なにとぞ是非にっ!」
「なぁリュージよ。こんなこと言われてるが、夫の立場としてはどうなんだ?」
 呆れた声で隊長が俺に声を掛けてきた。
 シルヴィアとの婚姻を主導したのは隊長なのに、それでも俺に話を振ってくるとはどう言うことだ。
 見ると、堂々巡りの話し合いに疲れたのか、俺以外のみんなは座り込んでいた。緊張感が全然ねぇよっ!
 相手も今や土下座になってるし、俺が悪者みたいじゃんか。納得いかんけど、俺が何か言わねばこのままになるだろう。
 俺はもう一回息を吐いて、それから結論を口にした。
「会うとすれば、敵としてだな。あんたを倒し、時空の祭壇を使うための最後の障壁として暗黒皇子にまみえる。それで構わないなら了承しよう」
 これは正論のはずなんだが、なんか間違ったこと言ってる感じが否めない。
 仲間たちはそれを言うならさっさと言っておけよと無言で告げているが、肝心のダブワンは顔をパッと明るくした。
「そうか、我と戦った後なら会ってくれるか! そうなると中を案内できないかもしれないが、案内表示はあるので迷いはしな……あれ、何で我が居なくなること前提なんだ? 訳が分からない……」
「意味分からねーのはこっちだよっ! 何でそれで頷くんだよ。いいか、俺たちはお前を倒して先に進むって言ってるんだっ! さっさと戦えよ、こんちきしょー!」
 ダブワンは、罵倒されても首をかしげながら返答した。
「ならばお相手するが……会うのに戦う意味は無いはず……ハッ! これが噂に聞く『ツンデレ』なのかっ!! 戦って相手を褒め称える、そのための儀式だな。ならば、さぁやろうではないか。勝っても負けても主様とのお見合いの言質は取ったからなっ!!」
 言うなりパッと距離を取って、腰の剣を二本取り出したダブワン。
 二刀流かよ! これまでと勝手が違うんで、厳しい戦いになるか……?
 戦いの雰囲気になったことで気持ちをいち早く切り替えたユーギンが、俺たちを守るように前へ出た。
「言い忘れてたが、俺の名はダブワン。三人目じゃなくて最後のシ者だっ! いくぞ勇者っ! お見合い権はいただいたぞっ!!」
 だから何でそんな理由で勝手に盛り上がってんだよっ!!
 つーか三人目って、二進法での呼び名ですかっ!!
 混乱してるうちに、これまでで一番理不尽な意味合いを持った剣が襲ってくる。
 ユーギンの牽制のお陰でどうにか姿勢を整えた隊長が右手から斬り掛かったが、それを軽くいなして逆に一歩踏み込んだ相手の右剣がテランナへ降ってきた。
 神聖剣でガシッと受け止めた彼女は、しかし少し押され気味になってしまう。 
「離れろっ!」
 言葉と共に真正面から俺は剣を振るったが、テランナを押さえつけていたはずの右剣で弾かれてしまった。切り替えが速いな。
 今度は慎重に後ろへ回っていたシルヴィアが無言で忍び寄ったけれど、これも事前に察知されてしまう。
 ユーギンとテランナの波状攻撃、俺と隊長の同時攻撃にも対処したダブワンは、さすが幹部職だと言わざるを得ない。これまでの馬鹿さが嘘のようだ。
 考え無しに力任せで剣を振ってくるのかと思いきや、きちんと周囲を見据えて戦ってるよう感じる。
 ことさら後ろを気にしたりはしないものの、俺たちの誰かが視界から外れてもそれをしっかり把握してるようだ。
 ダークナイトは全員同じ強さなのかと思ってたが、こいつはちょっと違う。
「暗黒皇子には会ってやるから、大人しく倒されろっ!」
 そう言ってやっても、納得した気配は無い。
「それで臆する我では無いわっ!」
 むしろいっそう剣が鋭くなった。なんだよこれ、ちょっとマズイんじゃねーのか。
 五人掛かりで押さえ込めないなど、最初のダークナイト以来だ。
 あれからずいぶん強くなったはずなんだが、ダブワン以外のダークナイトが予想外に弱かったので、いつの間にか慢心してたんだろうか。
 焦燥に駆られ、俺は無意識のうちに腰へ手を伸ばしていた。それを見て、テランナが声を掛けてくる。
「駄目です、リュージさん。キノコはありませんよー!」
 言われてハッとするが、それを実際に確認しようと目が腰へ向かってしまう。
 その隙を突き、ダブワンが俺へ剣を走らせてきた。
「駄目ですっ!!」
 シルヴィアが攻撃を阻止せんと剣を振り上げるが間に合いそうにない。俺自身も即座に目を戻したが、腕が着いていかないんだ。
 ああ、これは切られたな。
 不思議と負けた悔しさは無く、俺はただ呆けながらそれを見てるだけだった。
 ギャッキィーンッ!!
 しかし、そのカラダに痛みは無く、吹き出るはずの血飛沫音の代わりに耳障りな金属音が周囲へ響き渡った。
 ……シルヴィアの剣が、ダブワンの剣を折った?
 間に合うはずのない彼女の剣が、やつの左剣を途中から切り飛ばしている。
 そして、一回死んだと認識したことでかようやく俺の腕も動き始め、相手の右剣へと伸びていく。
 ダブワンは素早く両手で右剣を持とうとしたが、俺の方が一瞬だけ速かった。
 俺の剣とやつの右剣がぶつかり合って火花を散らす。若干だが、相手が片手の分だけ俺の方が優勢だ。
 この状態は長くは持たないだろうが、それで構わない。仲間が居るからなっ!
 俺たちの動きが止まったところで、ユーギンが渾身籠めて剣を横へ薙いだ。狙い過たず、ダブワンの胴体へ吸い込まれていく。
 相手の血飛沫が舞い、それで俺が更にチカラを籠めると、こっちは相手の左肩をぶった切った。
 手から剣を離したダブワンが、どうと倒れる。
 勝った……のか?
 為しておきながら、それが信じられない思いで一杯だ。
 さっき、何故シルヴィアの剣が間に合った? 今の俺は脳内麻薬で夢を見てるんじゃないのか?
 なかなか剣を仕舞えない俺の横で、すっと近付いてきたシルヴィアがこう話し掛けてくる。
「私と目が合った瞬間、何かに気付いたのか動揺が伝わってきました。それで剣速が鈍ったようです」
 さすが俺の嫁! そんなことも分かるのか。
 俺には理由が推測できないんで、本人が話せれば一番いいんだが……
 用心深く近付いて頭を蹴飛ばしてやると、それで相手は呻いた。
「じょせ……を……連れて行くはずの、女性を……切るところだった……一回だけなら誤斬ですんだのに……ぐすん」
「お前は何を言ってるんだよっ!」
「しか、し……約束のお見合いは果たしてもら……」
 そう言い掛けたところでダブワンは消えた。
 つまりあいつは紹介相手となるはずの女性を切り掛けて慌てたってことなのか? なるほど……じゃねーよっ!
 だいたい、お前は殺し合いの相手だろうがっ! さっき未亡人にしてまで俺の嫁を奪おうとしてただろうがっ! 嫁さんが二人なのに驚いたんだから、お見合いも普通は一人ずつだろうがっ! 敵に一方的な約束の履行なんて求めるなよっ! 何だか分からんが、とにかく腹立つなぁもうっ!!
 死を免れた安堵など、もはや俺の頭には欠片も残ってない。
 もちろん、ダークナイトの鎧が金色な理由を聞けなかったこともすっかり忘れてしまってた。
 噴飯やるせなくヤツが消えた場所の土をげしげしと剣で刺してたら、隊長が止めに入った。
「それくらいにしとけ。剣が痛むぞ」
 そりゃそーだ。いくら神聖剣でも限度はあるだろう。
 俺が落ち着いたのを見計らって、今度はテランナが声を掛けてくる。
「敵とのお見合いなんて、狂気の沙汰ですよねー。そうそう。婚姻届は持ってませんから、安心してくださいねー」
「それは良かっ……じゃねーよ、お見合いでも婚姻届必要なんかよっ!」
 俺の突っ込みがいつも通りなのに安心してか、彼女は満面の笑みを浮かべた。
「そうですよー。正直、多夫多妻なんて邪法を持ち出すとは思いませんでしたが、反故に出来そうで何よりです-」
 邪法って何だよと言いたいが、創造神によらない誤った法律であれば邪法でも間違いじゃないのか……?
 このまま突っ込むともっと怪しい内容になりそうだったんで、別な話をもう一人の女性であるシルヴィアへ振ってみた。
「ところで、シルヴィアはあいつの話をどう思った? 予言の件だけどさ」
 ダークナイトの全滅まで予言されておきながら、それを回避しようとしないのが分からない。
 本当に勝ちたかったなら、ダークナイト全員を一箇所に集めて俺たちと対峙させれば良いはずだ。
 俺の頭はゲーム時の話に縛られパーティを五人までにしてたんで、いっぺんに十人から襲い掛かられたらこっちが負けていた。
 なのに実際は、数人ごとの対応。ドラゴンとの連携は考えられていたようだが、それだけだ。
 重要アイテムの在処もゲーム同様で勇者対策してなかったし、それは何故なのか? 本当は予言じゃないのか?
 未だ謎がたくさんあるけど、ここまで来たんだから暗黒皇子に聞けば良いんだよな……素直に答えてくれるかは分からんが。
 シルヴィアへの問い掛けも確認程度の感覚だったんだが、ありがたくも彼女は素直に答えてくれた。
「もしかすると、自身が私たちに倒されることまで含まれてるのかもしれませんね。その後、何があるか分かりませんので用心しませんと」
「この魔神界を含めての自爆か!? いや、まさか」
 そう言いつつも、ゲーム知識を思い出すと怪しげな点があった。
「続編3だと、魔神界が消え去ってしまってたような……であれば、それが最後の置き土産か? でも故郷に帰った主人公以外のメンバーは続編にも出演してたから普通に帰れたはず。魔神界の消滅はいつだ?」
 主人公である勇者が居なくても、ゲームのパーティはエルダーアイン界へ帰還出来た。
 それは、何回も言ってるが界移動の際必須となるアイテム『黒の石』を使えるのが主人公じゃなく言霊使いのシルヴィアだからだ。
 この世界でも彼女とその家族しか扱えないんで、俺が日本に帰っても支障は無い……はず? じゃねーよっ!
 シルヴィアとテランナは俺が日本に帰るなら着いてくって言ってるから、残った隊長とユーギンが帰れなくなるじゃねーか。
 むむむ。これは暗黒皇子を倒した後、一旦エルダーアイン界へ帰還し、それから改めて『時空の祭壇』使用のため出向くしかないのか。凄く面倒です。
 いっそのこと、彼らもまとめて日本へ連れてく方が良いかも?
 でもそんなことしたら、絶対トラブル出そうだよなぁ。隊長はともかく、ドワーフのユーギンが人目に触れたら何かと騒がれそうだ。
 サラリーマンには戻れないだろうけど、嫁さん二人とだけなら静かな生活が送れるのにっ!
 その前に、暗黒皇子を倒さないとなー。こいつに殺されたら大変だ。
 さっき危ない場面があったように、苦戦は覚悟しておこう。
 もし死んだらテランナが復活呪文唱えてくれる手はずになってるけど、実際問題それの世話になることは無いだろう。
 何故ならば、誰か一人でも死んだ場合、呪文唱えるための撤退は出来ないだろうと思われるからだ。
 ここまで来た俺たちを倒すほどの使い手なら、逃がすなんてことはさせないだろうよ。
 まぁ悩んでも仕方ない。実際に戦ってみないことには始まらないからな。
 うじうじ悩むのは俺の悪い癖なので、切り替えのため頭を振ってからみなへ告げた。
「考え込んでてご免。最後の敵、暗黒皇子を倒しに行こうか」
「ようやくか。今回は少し長かったな」
 嫌みを隊長から言われたが、甘んじて受けるしかない。
「面倒ごとは、倒した後で考えますよ」
 そんなことを話している間に、とうとう円盤の下部までたどり着いた。
 外見はいわゆるアダムスキー型じゃなくて、楽器のシンバルを重ねたような形になってる。見たことある形なんだけど、名称は忘れた。
 その直径は百メートルほどで、色は金属色だがどんな金属かは分からない。
 俺の知ってる物理学では飛行できそうにない物体なんだが、何故かそれを宇宙船だと判別しちゃうんだから妄想激しいと思われても仕方ないだろう。
 みなは『宇宙船』との言葉を聞いてもピンときてないようだが、空を飛ぶものなことには頷いて貰えた。
 何故かロボットになってた『さまよえる塔』の実例もあったんで、たぶんそうなのだろう程度の理解なんだろうな。
 それで、入り口を探そうとしたところ、いきなりガチャと機械音がしたと思ったら外壁の一部が下へ開いてきた。
「リュージ様。これが入り口でよろしいのでしょうか?」
 シルヴィアの声には少々不安が混ざってるようだが、ここまで来て引き返すのは無いから俺は頷いて先頭に立つとそこへ足を掛けた。
 ゲーム時は城だったことを考えればかなり狭い場所になるけど、ここが最後の場所のはずだ。
 俺が求める『時空の祭壇』も、きっとこの中にあるはず?
 ファンタジーとは異なってきてしまったんで一抹の不安が忍び寄ってくるものの、それは俺だけの事情。
 他のみんなは暗黒皇子討伐だけが目的なんだからと、黙って中へ入る。
 すぐ内側はすっきりした通路で、俺たち全員が入ったことを確認してか扉が閉まる。が、罠とは思わない。
 敵の根拠地なんだから、扉の遠隔操作くらいは当然だろうよ。
 みな平然とした顔だし、むしろ俺が一番不安がってるんじゃなかろうか。頑張れ俺!
 なんだか分からない計器類が、時折光ったり音を立てたりする。
 ことさら誘導はされなかったものの、通路をゆっくりと歩いてたぶん中心部分になるだろう部分へと足を踏み入れれば、そこにはまさしく暗黒皇子と思わしき人物が居た。
 背丈は高いが、巨人ほどじゃない。黒い鎧に赤マント。一振りの剣を柄頭で支え、目を見開いて俺たちに告げてくる。
「来たか。とうとう来たか、我が嫁よっ!」
「はっ?」
「苦節二千年。リアル女性きたー! これで勝つるっ!!」
 おいおい、本当に嫁さん募集だったんかい……
 さっきダークナイトのダブワンから少し聞いてたけど、それで世界征服とか今時の小説でもありえないだろうよ。
 まぁ話は出来そうなので、どんな考えなのか一応聞いとくのも良いだろう。
 時空の祭壇の在処とか、こんな異世界機械の中じゃ判別出来ないかもしれないしな。
 相手も話をしたそうにじっと立ってるので、俺と仲間たちは少しずつ歩み寄って行った。最後の戦いが始まるまで、あと少し――



[36066] その36
Name: 凍幻◆786b687b ID:be9ab252
Date: 2014/06/01 21:36
「案内ご苦労さん。女性以外は帰っていいよ。つーか帰れ」
 近寄ったところで、暗黒皇子はいきなりそんなことをニコヤカに言い出した。
 何を考えてるんだこいつは。二人は俺の嫁だっつーの! お前なんかには渡せねーよっ!!
 俺は激高寸前まで頭に血が上ってしまったけど、シルヴィアが俺の手をぎゅっと握ってくれたことで何とか治めることが出来た。
 爆発したら、意味無いどころか不利になるかもしれん。相手は腐っても敵の親玉なんだから、冷静にならねばと思い直す。
 鼻で深呼吸をすること数回。ようやく落ち着いたので、俺は口を開いた。
「お前が暗黒皇子だな。次元越えての侵略戦争を仕掛けた張本人。この世界の平和のため、何より俺の目的のため、お前には死んで貰いたい」
 そこでようやく俺が去っていかないことに疑問を持ったか、相手が怪訝そうな顔をする。
「僕が暗黒皇子で、何の問題が? いいから男は去ってくれよ、邪魔だ。女性の方々はこっちへどうぞ」
 そんな対応をされて喜ぶ嫁たちではない。各々、こんな言葉を発してくれた。
「夫以外の方から手を差し出されて喜ぶふしだらな女性と思われては困ります。不要ですよ」
「人妻に手ぇ出す不届きものは、邪悪の一言ですよねー。夫が、リュージさんが成敗しますからっ!」
 それを聞いてもヤツは笑っていた。
「人妻ぁ? ここの法は僕で、そんな概念は一切ここに無いよ。婚姻の法無くして人妻無しっ! だからこの世界に来た女は全員僕のものだっツ!!」
 凄ぇこと言ってるなぁ……清々しいほど自分に都合良いことしか述べてないよ。
 ある意味感心するが、俺も夫として反論しておかねばならん。
「お前が現在この魔神界の法律だとしても、ここを含んだ神聖十五界は創造神がおわします世界だ。より上位の神から認められた俺たちの結婚には不貞要素など存在しない! よってお前の訴えは却下だっ!!」
 俺の言葉を聞き、ピクッと彼の眉が上がる。
「『そうぞうしん』って何だ? ここに神様が居るなら、僕を助けてくれなかったのは何でだ? この『暗黒世界』に女が居ないのは何でなんだぁ!?」
 そして、予想外の言葉が飛び出てきた。
 俺は相手を外宇宙からの侵略者だと思ってたんだが、今の内容はまるで被害者であるかのようだ。
 しかも、続きの内容が凄いことになった。
「つーか、この暗黒世界には人間いなかったじゃんか。ダークナイトに他世界から女を連れてこいって命令くだしたけどヤツらはみんな殺されちゃったし、僕はこの円盤から出られないしで、出会いを求めて二千年も相手を探させたのが神の意向なら酷いじゃんか……なんで僕を拉致したんだっ!」
「拉致だって!? するとなんだ、お前は騙されてこの場に居るのか?」
 暗黒皇子が黒幕じゃないなんて、ゲームと違うじゃねーか!
 しかも出会い求めたとなると、こいつはやっぱり人間なのか?
 ダークナイトダブワンが、自分は人間のクローンであるかのような発言をしてたけど、あの時は正直疑わしいと思ってた。
 だって、二千年前時の侵略仕掛けた張本人なんだろ? その時から生きてるんであれば、人間じゃないはずだよなぁ。
 俺の常識ではそうだったんだが、こいつは別の世界で言う『人間』なんだろうか?
 しかも雇われどころか拉致強制だって? そんな馬鹿なと言いたいところをぐっと押さえて相手の出方を待ってみる。
「拉致と言うのなら、別な場所から来たはずだよな。元々はどこに居て、そしてお前は誰なんだ?」
 敵側の言語が日本語なのも、偶然では無いと言うのか。まさかと思いながら、もう一言いってみた。
「日本……人なのか?」
「なんでそれを知ってるんだっ!?」
 でかい反応があった。合って欲しくない想像だっただけに、俺の顔が凍り付いてしまう。
「もしかして、あんたも日本人なんだな。そこの樽はともかく、女もみんな日本人で僕を騙してるんじゃないだろうな?」
 樽はともかくって、酷いこと言ってるなぁおい。
 まぁ実際にドワーフのユーギンは日本人じゃないから、間違ってはいない。
 俺は興奮を抑えきれない様子の彼へ、静かに告げた。
「俺は日本人だけど、他のみんなは神聖十五界の住人だ。キミがどうやってこの世界に来たかは分からないが、俺は気が付いたらここに来てたな」
 そして、今の俺は相手――目前の暗黒皇子――を倒すためこの魔神界へ来たことを告げる。
 向こうは自分が暗黒皇子で間違いないことを認めた上で、殺されるつもり無いけどと答え、次いでここから日本へは帰れないよとも言ってきた。
「だって帰れるなら、僕は魔神なんて称しなくていーじゃん」
 魔神とは、暗黒皇子の別称だ。ゲームでは他にも呼び名があったよう覚えてるけど、詳しくは忘れた。
 しかし、世界の名前を『魔神界』としておきながら、別称の『暗黒皇子』をゲームサブタイトルにするとはこれいかに。
 まぁ『暗黒皇子界』だと長すぎたんだろうな。それなら敵の名前も魔神のままで良かったような……
 思考が横道に逸れたけど、ゲームではまるっきり出てこなかった相手側の情報が得られるなら聞いとくことに越したことはない。
 つうか、本当にこいつが日本人ならば、今の非道なことをスパッと止めさせて日本に連れ帰れたりは出来ないだろうか。
 さっき「ここからは帰れない」と言われたことも気になる。ここに『時空の祭壇』は無いのか?
 聞きたいことは山ほどあるが、質問を繰り返すより一気に喋って貰った方が早いだろう。
 そう判断して、事情を述べてくれと促した。相手も頷き、椅子を勧められる。
 俺たちみんなが座ったところで、相手の長々とした事情が語られ始めた――




 僕もさぁ、出来ることなら平和に暮らしたかったんすよ。
 ゲームしたり携帯で友達とメールったりな日本の高校生だったんだよね、以前は。
 今はこんな円盤に住んでるけど、親と一緒に一軒家へ住んでたよ。その親はどうなったかなぁ。まぁ死んでんだろうね、二千年くらい前のことだから。
 で、学生時は漫画なんかで勇者とか魔王とか異世界転生とかに憧れてた只の人だったんだけど、拉致くらっちまったんだよね、これが。
 学校帰りにふわりと宙に浮かされて、おおっ物語の主人公になっちゃうのかよって思った当時の僕を殴りたい。あの時逃げられたら……まあいいや。
 そのまま引きずり込まれたのがこの円盤で、今時円盤ってなんの冗談だよとののしったんだけどさ、相手がいねーでやんの。無人機だったんだ。
 普通、宇宙人がアブダクションとかの展開じゃねーのかよ。
 なんかのビームで拘束されて、強制的に日本とおさらばです。離れてく地球を見て、なんで僕がと暴れたっけ。
 その後、アナウンスが聞こえて『貴方は選ばれました』とか言われても納得できねーよ。
 でも暴れても傷が付かねーし、またビーム拘束されて動けなくなっちまうでやんの。
 食いもん無いのが辛かったなー。この暗黒世界に着くまで栄養液だけで、すげー腹減った。
 長命効果があるって言われたけど、その時は半信半疑だったよ。今も生きてるから事実だったんだけど、ひでーよね。
 アナウンスは、コンピュータからだった。こいつを作った種族は今もわかんねー。発音が聞き取れなかったんだ。
 なにやら『トテム』とか『テテプ』って聞こえたけど、そんな異世界の名前言われてもこっちに知識ないんでどうしようもねぇ。
 なのに僕への指示が日本語ってどーいうことだよ。こんなとこだけ都合良くても駄目じゃんか。詐欺だよこれ。
 円盤の作成者曰く『円盤やるから他世界で王様になってみろ』ってことらしかったけど、どこの世界なんだよ。つーか、そんなの学生にやらせるなよっ!
 今になってもここがどこかは分かんねー。一応聞いたけど発音できねーから、ここを僕は『暗黒世界』って名付けた。
 あとさ、物語の主人公なら、奴隷制でウハウハだったりチート能力あったりするだろ?
 それが全然ねーんだよ。絶望したっ!
 円盤の能力もほとんどあてに出来なかった。僕のものって言っときながら、なんとマニュアルねーんだよ。
 僕はゲームやるけどマニュアル見る派なんだっ! 攻略本全部見ないと気が済まない派なんだっつーのっ!!
 コンピュータは対話型で、ある程度は会話出来たんだ。でも、僕が言わねーと基本何もしてくれないんで最初の一週間がつらかったなー。
 つまりあんたもこう言いたいんだよね。『トイレはどこだ』って。
 食いもんねーのに、なんでトイレだけはしっかりあるんだよっ! 台所ねーのになにしろってんだっつーの!
 しかも、ここに着いた途端攻撃受けて、なんかあちこち故障してやんの。
 取りあえず反撃命じたら、しばらくして静かになったけど、それは円盤が地下に潜ったからって言われた。
 おい、敵がいるのに王様やれって何の無理ゲー?
 反撃の結果、敵の総大将らしき各種精霊を捕まえたってのは聞いた。
 なので、いつまでも地下に籠もってらんねーから外に出ようとしたら、無理ですって答えられた。何事よそれ。
 ここで無慈悲なアナウンス、『種族エラーで機能が使えません』だとよ。円盤は僕のなのに機能使えねーってなんでだよっ!
 じゃあ食いもんどーすんだよって聞いたら、クローン作ればそいつは地上での狩猟が可能だって言われた。
 もはや物々交換でも無くて狩猟って、どこの原始人だっつーの。
 そんで、いい加減腹減ってたし、部下も欲しかったからクローン作ったんだけど、これが大失敗。
 さっきの栄養液で育つって聞いたけど、学習機能が『種族エラー』起こすってどーゆーことだっ!
 僕の脳細胞提供すれば会話可能になるって対処方法示されたものの、承諾したら半分も削り取りやがったっ!!
 おかげで馬鹿になったよ。比較的テストの点数良かったんだけどなー。ちくしょう。痴呆までいかなかったのがわずかな救いだったな。
 なのに大事なクローンたちも結局は馬鹿ばっかだったし、途方に暮れたっけなぁ。
 さっき言ったとおりクローンなら転送装置で地上に出られるんで、この世界を探索させたけど、結果は散々だった。
 まずは食いもんだけど、恐竜の肉しか提供してくれなかったんだ。最初に食べたときは死を覚悟したね。毒的な意味で。
 円盤の機械もクローンがいじったら少しは機能してくれたんで、それでギリギリ生活が可能になったのは良かったな。
 排泄物にまみれた生活なんて嫌すぎるよ。まぁそんな感じで生活を始めたわけ。
 栄養液の長命効果を信じて自殺だけは思いとどまった。実際はしようとしたけど、クローンに止められて出来なかったんだけどなー。はぁ。
 あと、王様稼業って言われたけど、探索進めたら意外な事実が判明した。この世界には定番のエルフどころか人間種族が誰も居なかったんだ。
 じゃあ誰を統治するのかっつーと、召喚モンスターだってよ。そんなのいらねーよっ!
 でもさ、食いもん届けたり地上探索させたりで必要になるから結局召喚しちゃった。
 モンスターって、マジで凄ぇおっかねーのな。見た瞬間、思わず笑っちゃったぜ。
 さっきのクローンを直接部下として睨みきかせなかったら、反乱おこされてたかもなー。
 それと、モンスターにクローンって言っても分かんねーだろうってことで、こいつらには『ダークナイト』って名付けてみた。
 ついでに僕自身も『暗黒皇子』って呼ばせるようにした。その方が格好良いから!
 王様っつーことは、世界征服でしょ? ならば黒色が似合うよねって理由。闇の眷属とか憧れるじゃん。
 ネーミングを馬鹿にするなよ。僕は当時高校生だったんだっつーの! もう今更変えらんねーから黙って続きを聞けや。
 後ろ半分も、キングよりプリンスのほうがいーじゃんって理由だったっけ。言われてた王様より皇子の方が若いし。
 ちなみに『皇子』ね。日本人なら『王子』よりそっちのほうが格好良いじゃんか。当然だろ。
 あと、世界の名前も黒にちなんで『暗黒世界』って名付けたのはさっき言ったっけ? 絶望とのダブルミーニングだぜ。
 そういや、単純な黒だと嫌なんで『漆黒』と『暗黒』どっちがいいか当時悩んだなぁ。相談相手居ねーんで、最終的に自分で決めるしかなかったけどさ。
 それで期待はしなかったけど、軽くダークナイトにも意見求めてみたら、これが本当に大失敗だった。
 『漆黒』はどうかって聞いたら、ダークナイトの一人が「では主様は『お漆黒さ……ま』となるんですか?」とか言っちまったんだ!
 なんで排尿みたくなるんだよっ! すげー響き悪かったから、かなりへこんだ。その夜は一晩中泣いたよ。
 それ以来、僕のことは『暗黒皇子様』で通している。幾人かは『主様』になったけど、このへんは仕方ねぇ。あいつら頭悪いし。
 僕自身とダークナイトには、名前通り最初は黒い鎧を作らせた。
 僕が円盤いじるのは出来ねーのに、なんでクローンのダークナイトが円盤の機械動かせるかのは不明。王様は直接作業しないってことなのか。
 納得いかねーけどまあいいかって静観してたら、いつの間にかダークナイトが鎧を金色へ塗り始めたのにはびっくりしたな。
 それじゃゴールドナイトになっちまうって反対したんだけど、召喚モンスターから黒色だと見づらいって苦情があったんだと。
 モンスターはみんな鳥目なんかよ! 創造主の意見無視って反乱かよ!
 なもんで命の危険を考えて、円盤内常駐用ダークナイトをもう一人だけ作って配置した。
 脳細胞差し出すと更に馬鹿っちまうからやりたくなかったんだけど、背に腹は代えられねえ。くそお、許すまじ拉致。
 そんなこんなで、暗黒世界の支配がこうして始まったんだ。
 この世界分だけなら順調に推移したなー。つーか人間居ないから当然だけどね。
 円盤を地上に出すことは出来なかったけど、精霊捕縛の関係で暗黒世界の地理を好き勝手出来るようになったのも良かった。
 精霊自体はコンピュータが封印しちゃったんで、この世界のことを聞けねーのは地味に痛かったけどなー。まぁ仕方ねぇ。解放して面倒ごともヤだし。
 そうやって生活が軌道に乗って、ある時ハタと気付いた。
 世界の支配者なら、女ほしーじゃんかっ! ダークナイト以外の人間いねーんで寂しいんだよっ!
 まぁそれで円盤まで女連れてこいって命令したんだけど、この世界には女が居なかったんだ……つか人間が全然居ないから当然でした。
 これで王様とか嫌がらせかよって、こん時も泣いたなー。
 女性型モンスター召喚も考えたことあるけど、ここでも『種族エラー』が出てさ。機械使わせないのは嫌みかよ!
 何が何でも人間が居る他世界まで征服させようと僕の拉致実行者は考えたらしいな。
 でも円盤から出られねーから、どうやっても相手をここに連れてくるしかない。無理ゲーだっつーの。
 百年位してから、実際に他世界へのゲートを発見したときは狂喜乱舞したさ。これで勝つるってね。
 そん時はまだモンスターがゲート通れなかったんで、ダークナイトに調べさせたら、期待通りそっちには女が居るじゃないか!
 種族は人間のほか、エルフにドワーフ、シーが居ると分かった。
 でもドワーフの女性は太ってそうでヤだし、シーって何だよ。他の物語じゃ聞いたことねーんだけど。可愛いか分からんからそっちも却下した。
 エルフなら最高なんだが、ダークナイトは戦闘は出来るけど誘拐の概念を理解できねーって知って、愕然としたっけ。脳細胞が足りねーんかよ!
 誘拐も拉致も出来ないなら、どーすんだってコンピュータに相談したら、『それなら戦争で捕虜はどうでしょう』って回答があった。
 なるほどと僕は思ったね。あいつら馬鹿だけど戦闘能力は何でか高くなってるし、召喚モンスターも居るしで、戦争は楽勝と思ってました。甘かったけど。
 いやさ、最初ん時はモンスターを通らせようとしたら出来無くって、そうこうしてるうちに反撃でゲート封鎖されちまったんだよ。あはは。
 向こう側は『エルダーアイン界』と『エルフ界』だったっけ?
 二つのゲートを再開させるのに、こないだまで掛かったんだよな。モンスター通させるのにも苦労したから、もうちょっと前だったかな。まあいいけど。
 まずエルフ界に、そしてエルダーアイン界へこうやって攻め込んだんだ。
 こっちとしては美人いそうなエルフ界だけで良かったんだけど、二つの世界は繋がってるらしくて応援来ちまうから二つとも征服対象になった。
 二面作戦なんて愚の骨頂だよな。でも仕方なかったんだ。地味に面倒です。
 ダークナイトは数少ないから、召喚モンスターにも捕虜を取るよう命令したんだけど、何故かみんな食っちまうんだよね。呪いでもあるんかっつーの。
 特に一番人気のエルフについては、モンスターの中でもトロールたちが「戦いは俺らに任せろー」とか言って他のモンスターを戦闘に参加させねーでやんの。
 エルフに恨みでもあんのかよ!
 暗黒世界からエルフ界への直通路についても、このトロールが占拠しちまってなぁ。ダークナイトすら邪険にするし、もうなんなのあいつら。
 でもモンスター召喚すると、その中に必ずトロールが含まれるんだ。頭痛ぇ。
 他モンスターと比較すれば頭いいんだけど、あれでエルフに執着しなけりゃなぁ。
 あいつら自身はうまくやってるらしく、エルフの活用はほとんど無いようだったな。トロールはメスが居るんだって。
 それ待てよ、全然見分けつかねーじゃんか。つうかトロールに欲情できねえよっ!
 なのでつくづく思うわけ、やっぱり女ほしーじゃんって。娯楽とか伴侶とか処理とか色々と!!
 娯楽って言えば、円盤には娯楽が一つだけ積まれてた。異世界言語のゲームだけど……なんで日本語じゃねーんだよ!
 しかも、ソフトはそれ一本のみだった。暇つぶしくらいまともにさせろや。
 それと設定をいじると言われる『ハウメニファイルズ』とか『シンタックスエラー』ってのはなんだよ。聞いたことねーよ。
 ともかく、その名前も知らないゲームは僕の大切な娯楽になった。
 最終的にゲームクリアもしたよ。だいたい五十年くらいかかったっけな。異世界言語で苦しかったけど他に娯楽なかったんだ……
 なんだか、最終的に魔王みたいなの倒して主人公がどっかに帰る絵が出てくるんだけど、タイトルさえ未だにわかんねーんだよね。
 色々参考にしたなー。精霊から取り出したアイテムの隠し場所とか僕の鎧の形とか。僕だけで考えてもさっぱりだったし。
 ……今考えたら、暗黒世界とゲームの地図が似てたかも? もしそうだったら、世界征服早められたんだけどなー。なんかがっかりだ。
 精霊の力も僕には『種族エラー』で使えなかったし、すげぇがっかりしたっけ。チートさせてくれよっ! 女召喚してーんだよっ!!
 円盤から出られねーんで、相手を連れてくるしかねーんだよっ!!
 さっきも言ったけど、ダークナイトが拉致の意味を理解出来ねーし、その部下も同様。
 二回だけ奇跡的に女を捕まえたことあるけど、閉じ込めただけだった……僕は連れてこいって言ったんだ!
 その先まで命令実行してくれよ。もうやだ。しかも奪回されたし、ちきしょう。
 いっそのこと、殺した後で蘇生させようかとも考えたっけ。栄養液には、そんな効用もあるらしい。結局使えてないけど。
 死体でもいいって言ったら、好みのタイプがどうとかでダークナイトが全員喧嘩し始めたんだよ。笑っちまうだろ?
 全員僕の脳細胞から出来たのに、何で好みが違うんだよっ!
 その後もいがみ合いが続いたんで、最終的にダークナイトはグループ分けして仕事させることにした。
 これにも苦労したっけ。管理職ってすげぇ面倒。
 さっきの捕虜についても、連れてこなかった言い訳を整理すると、僕の好みなのかダークナイト内で意見が分かれたからなんだって。
 だからえり好みしてねーで連れてきてください!
 いっそのこと精霊開放して円盤飛ばそうとしたこともあるんだけどね、種族エラーの他にエネルギー不足もあるんだって。
 宇宙飛べるからさぞかし高級なエネルギーなんだろうと思うだろ?
 聞いて驚け、なんと『女性から分泌される液体』がエネルギー源だってよっ!
 しかもトロールのメスから提供受け調べたところ、母乳が一番だってことも分かった。
 いや、言いてぇことは分かる。トロールのそんなの調べたくないってことだろ? じゃあどーすんだよ。ここには女がいねーんだよっ!!
 エネルギー不足に種族エラーに、部下が馬鹿なこと。こんなんでどうやって世界征服可能なのか分かんねーよ。
 でも、もうそんなのどーでもいいや。
 幸い、目の前に女が来てくれたことだし、僕の子供を孕んで母乳出して貰うよ!
 そして日本に帰る。もう世界征服しなくていーよ。ダークナイトが全員殺されたこと分かってるから、身軽だしね。
 何でか知らんけど円盤が地上に出られたからエネルギーあれば飛べるだろうし、女確保したらおさらばですよ。
 と言うわけで、僕は女を求めて二千年も生きてきたんだ! 大人しく女たちを置いて死んでね!!




 にこやかに言い切った暗黒皇子は、勝ち誇ったかのようにじっと俺の顔を見た。
 しかし、俺のカラダは動かない。口は動くけど、溜め息と唸り声しか出ないよ。
 何でエネルギー源がそれなんだよっ! 女性が必要でも、世界征服じゃなくて話し合いで連れてきてもいーだろうがっ!
 トロールには実際にメスが居るんかよっ! それで代替可能なら間に合わせとけよっっっっつ!!
 突っ込みどころが満載で、目眩すらする。
 それと、重要アイテム隠し場所など相手の行動が異世界ゲーム由来ってのも謎すぎる。
 この神聖十五界のことがゲームになったんじゃなくて、ゲームがあったからこの世界の話になった……?
 ラスボスから相手側予言の真相が語られるかもと期待してたんだが、謎がより深まっただけだった。
 こっち側のもそっち側のも、結局は予言がゲームでなされたってことかよ!
 じゃあそのゲームは誰が作ったんだ? 創造神以上の神様が居たとしても、そんな存在はゲームなんか作らないよね?
 メビウスの輪みたいに、互いのことがねじれながら伝わってるのかな……訳が分からん。
 しかも、こいつが倒すべき相手に該当するかさえも分からなくなってしまった。
 こいつも俺と同じ日本人だと言う。更には拉致で連れてこられたから、日本に帰りたいそうだ。
 エネルギーの関係で円盤が飛ばないそうだけど、それを提供したら大人しく帰ってくれるだろうか?
 ただ、こいつの主観では二千年経過してるんだよな……二千年前の人間が高校生だったってどう言うことだろう。
 ゲームでもこの世界でも暗黒皇子の前回侵略は二千年前で、そことの整合性はあるが地球時間との整合性は無いよう思える。時間経過が違うのかもしれん。
 あと、この円盤内に『時空の祭壇』が無い可能性も出てきてしまった。
 俺の求める祭壇での日本帰還が出来ないことになるけど、この円盤を見た後ではさもありなんだよなぁ。
 ゲームでのファンタジー然とした祭壇がこの異世界機械の中に鎮座されてたら、それこそ大笑いだ。
 それと厄介なのは、こいつは日本に帰りたいと言いつつも、それを望んでない節が見えること。
 童貞時代が長すぎた結果か、女性しか見えてないようだ。
 俺も日本人だと言ったんだぞ。なのにそっちへ話を振らないって頭悪いなぁ。脳細胞取られたせいなのかな……不憫な。
 念のため、確認を取ってみる。
「もし、エネルギーを提供できるなら、それで大人しく日本に帰ってくれるか?」
 質問の内容を予想してたのか、彼は即座に首を横に振った。
「帰るだけじゃ、連れて来られた分だけ損するじゃんか。僕にも女よこせよ。その二人でいーからさ」
「いや、この二人は俺の嫁だから無理。他の女性紹介ではどうだろうか」
「だから僕はこの円盤から出られねーんだっつーの。今更チェンジは無しだろうが。お前死んでくれない? 夫なんて関係ねぇよ」
 シルヴィアとテランナを狙い始めたこいつは、邪魔な俺を抹殺するつもりらしい。
 おいおい、婚姻法を無視するなんて日本人らしくないなぁ。しかも何でそんなに攻撃的なんだよ。まさか自称日本人だとか!?
「お前は馬鹿かっ。僕は生まれも育ちも日本人だっ! 勇者以上に魔王に憧れた、ただの高校生だっつーの!!」」
 恐る恐る尋ねてみたら、罵倒が返ってきた。
 そこにも突っ込みどころがあるのが、悲しいところだな。
「……いくら魔王に憧れても、それで世界征服は無いと思うよ」
「勇者じゃ論理に縛られて出来ないこととかあるじゃん。自称勇者のあんたも、色々縛られてんじゃねーの?」
 馬鹿にした口調で相手が喋ってくるけど、ここは反論しづらい内容だったんで少し返答に詰まった。
 だって、俺は確かに勇者の肩書きへ縛られてるからだ。
 具体的には、それが縁でお相手しちゃったシルヴィアとテランナの夫の立場、更にはその子の父親の立場へ縛られてる訳ですが。
 そう言えば『勇者は勇者論に縛られた存在』と告げられたこともあったっけな。
 その話にはパーティのみんなが協力して反論してくれたけど、あれが無かったらどうなってたことやら……
 エルフ娘からの嫌な目を思い出した俺は、ぶるっと震えた。
 それで何か勘違いしたらしく、彼が笑う。
「今更死ぬのが怖いなんて、大人らしくないなー。老い先短い人間は、さっさと若いもんに譲ってよ。色々とさ」
「キミは譲られて、それで満足出来る人間とは思えなくなってきた。本当は奪い取りたいんだろ?」
 怒りをぐっと我慢してそう言えば、また笑われる。
「ひゃっひゃっひゃ。モンスター相手に二千年も過ごせば、あんたもこうなるよ。ダークナイトを倒してきたあんただ、『人間殺したくありませーん』とか今更だよね」
 ダークナイトがこいつのクローンだとすれば、俺は人間を殺してきたことになるのか。確かに今更だな。
 知らなかったとの言い訳は出来ない。
 俺は日本に帰るため戦ってきた。その結果なので、否定はこれまでの旅そのものを無かったことにする内容だからだ。
 日本に帰ると思わなければ、戦うことは無かった。思わなければ、それで良かったのか……?
 少し疑念が忍び寄ってきたけど、そんな俺を隊長が叱咤する。
「馬鹿なことを考えてるようだが、そもそもの切っ掛けを思い出せ。侵略してきたのはどちらかを。リュージは抗ったにすぎないんだぞ!」
「それこそ馬鹿な話だよね。僕だって日本に帰るべく動いただけだよ。さすが『勇者たち』は我が儘だなぁ。人の話をちゃんと聞いてねーんじゃないの?」
 こいつの話にも同情すべき点が無いとは言えない。俺が同じ立場なら、同じ行動を取ってしまう可能性もある。
 でも、今の俺ならキッパリハッキリ違うと言える。迷いを振り切り相手の目をキッと見据え、俺は話しだした。
「俺は嫁さんが欲しくて勇者をやってきたんじゃない。むしろ不要派だった。でも今は勇者をやり嫁さんを貰って良かったと言える。嫁さんが来てくれたからだけじゃないよ。そうじゃなくて、人の親になれるからだっ! 自分の子供が居るのに、その未来を潰したい親だったなら、俺はそいつを笑うだろう。憎むだろう。子供を善き道へ進ませるのが親の勤めで、キミはそれを真っ向から否定する立場を取った。子供ごとその母親を渡せだって? それこそがモンスターの思考だっ! 普通の日本人じゃないぞっ!! シルヴィアが捕虜になったことあったけど、助け出せて実に幸いだったな。今のキミは、まさしく『暗黒皇子』と呼ばれるに相応しい存在だよ。俺は子供の未来のため、この魔神界を解放する。そのためキミを倒すっ!!」
 格好つけすぎたとは思うけど、ここは許していただきたい。少しは見栄があるんだよっ!
 いやぁ、親の立場ってキツイよね。でもそれが納得できるのは、旅で俺も少しは成長したからだろう。
 反対に二千年生きながらも一人ぼっちで成長できなかったのが、この暗黒皇子だろう。
 少し可哀想ではあるが、元日本人の立場は倒すことには全く関係無いと断言出来る。
 拉致は聞かなかったこととするには重い内容だけど、それで引いたら子供とその母親を守れないじゃないかっ!
 今現在本当に子供が宿ってるかは、時期が早すぎて俺には確認出来てないけど、仮に違っててもいずれはそうなるしなぁ。
 俺の右手が真っ赤に燃えれば、結果は確実と言われてる。なのに否定とかあり得ないよね? つーかこれまでがあれだからなぁ、あはは。
 今の口上を聞き、暗黒皇子はあからさまにムッとした。
「この女たちが妊婦なら、その方が都合いいじゃん。母乳絞ってエネルギーの足しに出来るよ! プレイも出来るし譲れ。つーか寝取りきたこれ! いや、くだんの捕虜の一人だったんなら、取り返しになるじゃんか。ますます気に入った! 凄ぇ美人だし、何で反対意見が出たんだかさっぱり分からんぜ」
「馬鹿野郎! 母乳は与えるもので絞るものじゃない。しかもプレイだなんて、お前は赤ん坊にも劣る存在なのかっ!!」
「私はリュージ様相手なら気にしませんけれど……」
「ともかくだっ! 世界のためなんて高尚な理由が無くても、キミは俺の敵だ。シルヴィアとテランナのため、そして子供のため、未練無くぶった切ってやる。改心するなら話は別だけど、無理だろ?」
 何か言い掛けたシルヴィアを遮り、大声でそう続ける。
 だが、俺の言葉で素直に改心するならば、そもそも彼は暗黒皇子などとは名乗らないだろう。
 日本に居た時なら違ったのかもしれないが、今のこいつは女性を『モノ』扱いする、自分勝手そのものの『悪』だ。
 モンスターを派遣して人間を殺す、悪の大魔王だっ!
 俺の事情に引っ掛からなければ、あるいは見逃すことが出来ただろうか?
 ふとそんなことを思ったが、答えは『否』だ。
 俺が嫁さん貰えないまま異世界でさ迷ってたとしても、同じ日本人としてこいつの凶行を見過ごすことは出来ない。
 俺は元社会人で、こいつは元高校生。俺の方が正しいと言い切ることは絶対出来ないけど、それでも社会通念上の過ちを教えることは出来るはず。
 それが、最終的にこいつを殺すことになっても――だ。
 腹を決めてすっと立ち上がる。相手はもう顔を真っ赤にして立ち上がっていた。
「殺す、殺す、殺すっ! 僕は主人公だ。じゃなければ円盤拉致などされないはず。それを覆すヤツは殺してやるっ! 女を奪い取ってやるっ! お前は勇者だって? ふん、それに仇なす存在が魔神だ。暗黒皇子様だっ! 僕が選ばれし存在だと言うことを思い知らせてやるっ!!」
 すらりと長剣を抜き取った暗黒皇子は、カランと鞘を捨てた。
 顔は怒りに歪んでいるが、カラダはあくまで自然体。この円盤から出たことがないと言ってたが、剣術は学んでいたようだ。
「僕を侮らない方がいいよ。モンスター相手なら無敵だからさ。コンピューターも太鼓判押してくれたし、勇者とは言え只の人間が相手になるはずねーよっ!」
 そんな前口上を聞き、俺もゆっくりと答えた。
「悲しいけど、これ戦いなんだよね」
「何言ってんだよお前っ!」
「だから、キミを倒す。童貞には分からないだろうが、子供のためなら鬼となる。それが正しい親のあり方だっ!」
 もはや日本に帰れるかは二の次だ。こいつを倒さねば、世の女性たちが危ない。
 いや、シルヴィアとテランナ以外の女性で普通の恋愛ならば少しは応援できたかもしれんが、もはやそんなことはあり得ないだろう。
 こいつは嫉妬でか怒り狂っており、要求対象である嫁たちと子供を俺は手放す気が無いんだ。
 主張が平行線で、相手が殺す気でくるならば、俺も相応の覚悟で立ち向かおう。親の覚悟で。
 静かに俺たちの間合いが近付いていく。
「ウオオオオオオオッ!!」
 そんな相手の叫び声を切っ掛けに、童貞と非童貞の戦いが切って落とされたのだった。



[36066] その37
Name: 凍幻◆786b687b ID:be9ab252
Date: 2014/06/21 14:32
 暗黒皇子の剣が振り下ろされる。
 決して速くはないが、かわすのも危険な気がして剣を振りかぶるとガキンとでかい音がした。しかも、ずいぶん重いぞ。
 ダークナイトとは違い、速度ではなく一撃の重さを修練してたようだ。
 俺と相手がつばぜり合いしてる間に、隊長が横薙ぎを仕掛ける。
 案の定、すっと引いてこれに合わせられる。そこにテランナが右から振り下ろし。が、かわされる。
 シルヴィアとユーギンが前後に仕掛けるも、前方へ動いてタイミングをずらし、それから一歩引いて後ろに剣を合わせる。
 なるほど。言うだけあってなかなかに強い。
 だがその剣は、ダークナイトが主な相手だったはず。実際の殺し合いには慣れてないんじゃないか?
 しかも俺には仲間が居る。先のダークナイトダブワンほど速くないなら、お前が手数にイラつく番だっ!
 交互どころか同時攻撃をしばらく続けてやると、次第に相手の剣が軽くなっていく。
 最初は必殺だったはずの剣が、傷つける程度にまで薄っぺらい剣になっていく。
 稽古と実戦ではスタミナの消耗度合いが全然違う。
 もちろん日々の修練があってこそ実戦に赴けるわけだが、俺たちは数時間にも及ぶ長丁場の実戦も経験してるんで暗黒皇子よりはスタミナがあるらしい。
 ほら、グールの道でのあれとかね。 
 思えば、ずいぶんとスパルタな修練方法だと思ってたが、最後の最後でこうやって頑張れるのはああ言った戦いを積み重ねてきたからこそ。
 俺たちはぞんぶんに剣を振るった。
 逆に押され始めた暗黒皇子が、現状を認めまいと吠える。
「くそっ、くそっ、くそっツ! 負け無しの僕が、なんでこんなヤツにっ! ハーレム作る極悪非道な浮気男に殺されるなんてヤだあっ!」
「諦めろ。円盤から出ないお前が俺たち以上の修練を積めるはずないだろうがっ!」
 俺は剣を取ってからまだ数ヶ月しか経ってない。
 なのに、千年以上稽古してるはずの暗黒皇子がその俺に押されているのは何故なんだろうか。
 覚悟の違いか、場慣れなのか、それとも才能なのか。さっき言ったスタミナなのか?
 少なくともダークナイトダブワンは俺たちの誰よりも強かった。そいつに剣を学んでいながらこんなに弱いのが凄く納得いかん。
 でも敵が弱いのは相手として助かるのも事実。
 嫁を奪おうとした憎き暗黒皇子を倒そうと、俺は邪念を振り払い剣を横に薙いだ。
 それを慌ててかわした暗黒皇子は、少し距離を取った。
「どうやら、奥の手を使わないといけないようだな……」
 俺たちを見据えながら、腰に手をやり何かを取り出す。
「見よ、狂戦士キノコの破壊力をっ!!」
「なっ!?」
 まさかバーサークキノコなのかっ!?
 どこで手に入れたとか何で作用を知ってるんだとか突っ込みたいが、もし本物なら一大事だ。
 その危険性は、少し前まで愛用してた俺にはよく分かる。
 仲間たちもそれを感じヤツの手からはたき落とそうとしてくれたが、相手は少しだけ早かった。
「これで僕も一流の戦士だっ!」
 今までは一流じゃなかったのかよ!
 いちいちピントのズれた発言されるけど、本人は至って正気なんだろう。
 ただ、それはこの二千年で醸されたモンスター寄りの正気と言う意味だが。
 汗が背中を一筋濡らす。相手側がキノコを使うことを想定してなかっただけに、その対処法が思い付かない。
 俺もキノコを残しておけば良かったか……?
 取り上げられたのを残念に思う。しかも相手はまだ変身をも残してるんだ。
 以前言ったことあるが、ゲームでは最後の敵とは二段構えの戦いになる。
 ラスボスである人型の敵『暗黒皇子』を倒すと、そいつは目玉の化け物『ビッグアイ』へと身を変えるんだ。
 バラの花びらみたいなカラダに、一つの目玉。どうやって攻撃するのかはゲームじゃ全然分からない。
 外見が似てる敵は別ゲームに居るものの、そいつは念動力を使ってるから物理攻撃と魔法が攻撃手段なこのゲーム『夢幻の心臓2』には当てはまらないんだ。
 それ以前に、こいつをどうにかしなければ。
 バーサーク状態な俺との訓練はしてなかったから、仲間も相手のチカラを計りかねて警戒してる。
 ここは俺が率先して相手しなければと考えたが、どうにもヤツの様子がおかしい。
 バーサーク状態ならさっさと剣をぶんまわしてきて良さそうなんだけど、立ち止まったまま動かないんだよ。
「リュージさんと様子が違いますよね……」
 その声でテランナを見ると、もしもの場合を考えてか聖水を取り出していた。
 あれだけ検査したのにまだ俺を疑ってたんですかっ?
 少し涙目で睨んでやると、その彼女はテへと笑った。
「だって、愛しの旦那様をこれ以上乱れさせるのはちょっと……」
「どんな乱れ方だよっ!」
 『狂乱』の後ろ後半は確かにそうだけどさ、ここに至るまでさんざん見てたでしょーが。もうっ。
 後でたっぷりお仕置きしてやると思いながら目を戻せば、ヤツはなんと苦しみ始めてるじゃないか!!
「えっ、なんで……?」
 訳が分からない。あれがバーサークキノコなら、強くなるんだろ? なのにあの状態って、何でだ?
 喉を押さえ、床に寝転がってもだえる暗黒皇子。
 演技とは思えないその様子に俺たちが一歩引いてしまうと、ヤツは苦しげながらも声を上げた。
「このっ、馬鹿やろっ! まさか毒を仕込むとか卑怯だっ! 報告受けてたっ、からっ、同じの用意させたのにっ、毒キノコなんて卑怯だっ!!」
「……どうやら、キノコの見分けを間違ったみたいですね」
 シルヴィアがぼそっと呟く。俺もそうとしか思えなくなってきた。
 このキノコは、ゲームではモンスター側は使ってこない。そもそもモンスターは一切アイテムを持ってないんだ。
 だからこそ、キノコと聞いて動揺したし警戒もしたんだけど、こんなあっけない結果で大丈夫なのか?
 まさかの毒殺で、しかも自爆だなんて、これまで全く考えて無かっただけに拍子抜けする。
 まぁでも、自分の手を汚さずに済んだと言うべきなんだろうな。
 こいつが元日本人と聞いて、倒すことに少し後ろめたさがあったのは事実。
 嫁を守るためと決意したのは良いが、腕が鈍らないかとひやひやしてた。
 せめてトドメを刺してやるべく近付こうとしたところ、隊長が止めに入った。
「たかが毒キノコでこうなるのは異常だ。少し待て」
 たかがって、隊長なら色々経験してるからそう言えるだろうけど、俺には無理な言葉だなぁ。
 でも言われたとおり様子を見ると、数分経つのにまだ悶えてるじゃないか。
 暗黒皇子は血を吐きじたばたしてるけど、確かに考えてみれば毒キノコの経口採取なら吐き出せば少しは治まるはずだ。
 まるで斬られたかのような量の血が床に流れてるのに、まだ苦しむとはただ事じゃない。
 憎くは思ったが、こんなに苦しめようとは思ってなかったはずなんだけど……
 少し罪悪感を感じながら見守ること、もう数分。
 次第に痙攣の度合いが低くなっていき、憎しみの声もかすれていく。
 相手は人間なので、これで終わりかと思ったその時だった。
 いきなりヤツが大声を出した。
「よくもカラダを殺してくれたな! せっかくの宿主がパーだっ! このやろうがっ!!」
 カラダって何だと思う暇もなくヤツの鎧、その背中部分にヒビが入る。
 一直線に裂けたその割れ目からどろりとした血液が流れ出す。先に出ていた量と合わせると、十リットル以上あるだろうか。
 確か、成人男性の血液量は四リットルだったっけ?
 ありえない量が出たことになるが、その血は何故か暗黒皇子の体に再度集まると一つの形を成していった。
 丸く、大きく、紅く。
 背中のヒビが大きくなって、中から白と黒の模様が現れていく。
 あれは……目玉、なのか?
 これがゲーム最後の敵、ビッグアイなのか!?
 暗黒皇子は元日本人だろう? 何でこいつが出てくるんだ!?
 混乱している俺たちへ、ヤツが黒目部分の少し下を開いて声を出した。
「我々は不定形存在トテプ。宿主を中から操って宇宙征服をさせていたが、こんな馬鹿な方法で宿主を殺されるとは思いも寄らなかったぞ! 毒には栄養液も効かぬ。それを見越してのことなら、敵ながらあっぱれと言うべきなのだろうな。礼の代わりに貴様らを一人残らず殺してやる! 我々が最強形態を取るからには負けは無いのだからなっ! ふはははは」
 紅い球体の中央、目玉の直径は二メートルくらいあるだろうか。
 中央の黒い部分だけが暗黒皇子だった頃の名残を示している。
 それで今の説明台詞から考えると、液体状生物が暗黒皇子を内側から支配してたってことなんだろうか。
 人体を強制的に変身させるためにどれだけのチカラが必要なのか分からないが、あっさりやってのけたところが怖い。
 それと、宿主と聞いてどうやって寄生したんだと疑問に思ったが、すぐに気が付いた。
「強制的に飲まされたと言う栄養液か!?」
 暗黒皇子はこの地に来るまで栄養液しか飲まされなかったと言っていた。
 それがこの生物で、体中の液体をそれに置き換えさせられていたとなれば、この状況になる……のか?
 少し呆けていたところへ、何かが飛んできた。
「危険じゃぞ!」
 ユーギンがすんでの所で切り落としてくれたが、それは、紅い紐だった。
 よく見ると、ヤツのあちこちから紐が出ている。これは触手みたいだな。と言うか植物本体ならツルなのかも。
 なるほど、球体然とした最後の敵がどうやって攻撃してるのかゲームでは謎だったが、こうなってる訳か。
 納得するが、それと勝敗は別だっ!
 今一度気持ちを切り替えて剣を握り直せば、他の四人も構え直してくれている。
 と言うか、俺の反応が頭一つ遅いんだよね。この場に至っても、俺がパーティ中最弱のままでした。
 暗黒皇子の台詞じゃないが、もうちょっと主人公らしくなれれば良かったのにと思いつつ、剣を振るう。
 相手が液体ではあまり効果が無いかもと思ったが、この状態では固体に近いらしく、普通に攻撃が通った。
 ただ、それはツルのみだった。
「いやーん。剣が刺さりませんですー」
 機を見て近付いたテランナの声に、隊長の報告が重なる。
「むう、剣が弾き返されるとは……おうっ」
 隊長の剣が効かないってどれだけ堅いんだよっ!
 しかも、あの隊長が隙を突かれてツルで弾き飛ばされてしまった。
 受け身は取ったようだが、ダークナイト戦でも無かった出来事にびっくりする。
 俺も剣を叩きつけたが、歯が立たない。
 おいおい、最強の神聖剣なのに斬れないって何でだよっ! 宇宙最強の剣だろうがっ!!
「高価格で高品質な材料に、我々がたっぷり含まれたこの形。球体なので接線も僅かで済むよ。なお、はみ出しポロリはありません」
「たゆんたゆんじゃねーじゃんかっ!!」
「失敬だな。見よ、この黄金律を。ぷりちーだろうが?」
 ヤツが合間合間に話し掛けてくるのは、このバラ目玉がいかに美しいかとの内容だ。
 確かに極まった形には美しさが宿ると言う。だが、それは邪悪な意志がないこと前提だからっ!
 あと剣が通らないのは、その堅さの他に、当たる瞬間微妙にカラダを後ろにズらして衝撃を来にくくしてるからのようだ。
 ならば、それをしにくいのはどこだ?
 みんなと共に剣を振りながら必死に考える。
 馬鹿にしようと考えたのか、ビッグアイがまたもや話し掛けてきた。
「諦めろ。そして暗黒皇子に費やしたこの二千年の喪失をあがなえ! カラダの予備としていたクローンのダークナイトたちをも全員倒してくれたから、もうこの本体しか残ってなかったのに、なんて酷いヤツだ!!」
 ゲームでは『弱点をダークナイトに移した』となっており、ダークナイトを事前に全員倒しておかねば暗黒皇子は何回でも復活した。
 ここでの暗黒皇子は元日本人だったのでそう言った話は無かったのかと思ったんだが、どうやらここでもダークナイトを全員倒していて正解だったらしい。
 火の塔で逃げだそうとした個体が居たことを思い出す。もし逃げられてたらと考えたらゾッとする。
 しかし、実際はそうで無かったんだから、俺は目前の敵に向かって叫び返してやった。
「酷いのはお前だっ! 日本人操って何のメリットがあったって言うんだ。人をさらってモンスター変化させるヤツになんか頭下げる謂われはねーよっ!!」
「仕方ないだろう。成熟直前の高等生物が一番思考誘導しやすいのだ。更に言えば、貴様らで言うオスの方が良い。我々の快楽にすぐ屈してくれる」
 この液体状生物は、メスなのか!?
 快楽と聞いてそっちだと認識しちゃう俺も阿呆だが、それを誇らしげに言うこいつもたいがいだな。
「すると、モンスターにメスが少ないのは、その方が都合良いからか?」
「そうだが? 我々が居るのに必要ないだろうよ」
 その答えを聞いた途端、脳裏でこれまでのことが一気に繋がった。
 こいつの性別、堅さの由来、与えられた能力、貰ったアイテム、そして俺のこのチカラっ!
 俺は即座にシルヴィアへ伝えた。
「シルヴィアっ! 水を吸い取れっ! こいつが液体状生物なら水を含んでいるはずだっ!!」
 どんな物質でも液体状態はあるが、俺たちが生存しているこの温度で液体となるのは水が最適解だろう。
 そう思って叫んだんだところ、彼女もすぐ理解してくれたようだ。
「はい。『シルヴィアが願う。水よ、我が手に来たれ』!」
 水の精霊から貰った、水を閉じ込められるあのアイテム。対象を問わないなら、敵モンスターからも奪えるはずだっ!
 シルヴィアが精霊語で願うと、最初は何の変化も無かったが、次第にヤツの表面に何か滴が浮かんできた。
 やはり水だったか!
 宇宙生物に水が不可欠かは分からないが、少なくとも暗黒皇子を生存させていた事実から判断してその身体に水があるのは間違ってなかったようだ。
 一気に蒸散させることは出来ないようだけど、それでもアイテムに水分を奪われ、ヤツの外見にヒビが出てき始める。
「何のつもりだ。濃縮還元百パーセントになるだけだぞ?」
 確かにこれだけでは意味がほとんど無い。でも俺にはこれがあるっ!
 シルヴィアが対処していた間に準備してた行動のうち、一つを解き放つ。
「いでよ炎っ! 神聖剣に纏わり付けっっ!!」
 言葉と共に、あざ笑う相手の口めがけて剣先を突っ込む。炎が絡まったそれを、強引にねじり込んだ。
「グオオオオオッ! な、なんだこの炎はっ! 消せぬ、消せぬぅっ!!」
 俺が出現させたのは、火の精霊に授けられたあの炎。女性に効果があると言われたけど、ビッグアイがメスならこいつの効果はどうだぁっ!
 普通なら生物を、特に液体状生物を直接燃やすなんてことは出来るはずがない。
 ただ、直前に水分を幾分なりとも奪ったせいでか、口から体内に炎が燃え広がったようだ。
 精霊さんからは『若いおなごを燃え上がらせる炎』って言われてたけど、無事に燃え上がったってことは、こいつは生物学的に若いのか……?
 つーかこんなの普通思い付かないだろうがっ!
 シルヴィアとテランナに使った時は心だけだったろうがっ! 物理的にだなんてどこから思い付いたんだっつーの!!
 メスモンスターに使うなんて発想は、直前まで思い付いてなかった。これは誓っても良い。
 ならば何で実行したと聞かれても、思い付いたからとしか言いようがねぇよ。これが若さか……!
 何故かジト目でテランナから睨まれるが、他人に使うことは考えて無いからっ!!
 シルヴィアさんも、また使ってあげるから心配しないでよね?
 敵の状態より横の嫁二人の方が気になって仕方ないけど、今は戦いの最中だ。
 痛い視線を我慢してビッグアイを睨み直せば、目玉の表面にも焦げ目が確認出来た。
「よくもやってくれたなっ! 痛みの代償はきっちり支払って貰うぞっ!!」
 そんな台詞を叫ばれるが、相手は炎が回って痛々しく見える状態だ。
 この状態でも神聖剣は通りにくいだろうが、それは通常ならば、だ。俺には、これが残っている。
「バーサークキノコっ! こいつを使ってぶった切るぜっ!!」
 隊長もユーギンも全員が驚いた顔になる。
 そう、俺が持ってた分は確かに取り上げたはずなのだから当然だろう。
「こいつは、暗黒皇子が持ってた分だ。毒キノコは選別済み。長期間使ってきた俺には簡単に見分けが付いたぞっ!!」
「リュージ様っ!」
 ある意味悲痛な叫びを耳にしながら、俺は一気に飲み干した。久々に感じる高揚感。腕に、足に、チカラがみなぎってくる。
 こうなったら俺を止められる者は居ない。叫び声を上げ、神聖剣を両手で抱え一直線にビッグアイへと飛び込んでいった。
「ウオオオオオオッ!!」
「舐めるな、小童っ!!」
 まだ残ってたツルが俺に向かって伸びてくるけど、水分取られてボロボロな状態では威力は半減以下だっ!
 いくつかのツルを斬り飛ばし、いくつかをカラダに直撃させたまま目標とする相手のその口へもう一度剣を差し込む!!
「いでよ炎。爆炎となれっっ!!」
 そして、精神力のあらん限りを籠めて、もう一回炎を現出させる。効果は絶大のはずだっ!
 阻止せんとツルが狂ったように飛んでくるが、それはシルヴィアが、テランナが、みんなが切り取ってくれた。
 いくつかは刺さったままだが、痛みを我慢して剣をねじり込み、それから上方へ振り上げる。
「死にやがれっ、この悪魔っ!!」
 果たして剣は通った!
 口から目玉部分を左右に割り、天頂部分を抜けて剣が再出現する。
「ギャアアアアアッ!」
 ヤツが悲鳴を上げるが、それが心地いいぜっ!
 俺に続いて、ユーギンが横から薙ぐ。普通の肌もそれでぐずぐずになってることが分かった。後はトドメを刺すだけだ。
 とは言え俺たちのパーティに魔法使いは居ないから、剣で細切れにするかさっきの炎頼りになる。
 爆薬とか用意しとけよだって? このファンタジー世界にそれを望むのは無理だろ。
 しかもゲームじゃラスボスまで物理攻撃で済んだんだし、異世界機械や液体状生物が出てくるなんて想定外だよ。
 いくつかに飛び散ったヤツの体液が不気味にうごめく。分離しても動けるようだが、その速度は遅い。
 炎が効いたのか水分奪取が効いたのかは分からんが、相当なダメージのようだ。
 俺は、その一つ一つにさっきの炎を向けてやった。
 同時に、シルヴィアもアイテムで水分を吸い取ろうとする。
 すると、干からびた紅い痕跡を残し、ビッグアイの本体である液体が蒸発していった。
 俺はへとへとになりながらも炎を使い、最後に残った本体にもそれを向けた。
 炎が次第に弱火となっていくので最後まで燃やせるか少し心配だったが、無事に炎が燃え広がったのでホッとする。
 燃えやすいよう剣で再分割すると消滅するスピードが速まったんで、それでしばらく作業していると、最後とばかりに断末魔が俺たちの頭に直接響いた。
「覚えていろっ! 例え意識だけになっても貴様たちに復讐してやる! ノロウィルスって……いやノロい殺してやる! 覚えていろ!!」
「馬鹿ですねー。呪いも祝いも創造神の管轄ですよー」
 神に仕える僧侶だけあってテランナがそう返したが、ヤツに届いたかは分からない。
 最後にひときわ大きく燃えさかった炎が消滅すると、痕跡だけを残してヤツは消えていた。
 こうして俺たちは、敵の一味を滅ぼしたのだった。
 俺はと言うと、敵が痕跡しか見当たらないことを確認した後、床に座り込んでしまった。
「疲れた……」
 それしか言いようがない。
 ラスボスの変身は覚悟してたが、その前にあった暗黒皇子の告白がツラかった。
 俺は結局、日本人殺しをしてしまったんだと後悔が忍び寄ってくる。
 でも、ビッグアイの話を加味すると、暗黒皇子はとっくの昔に人間から異形へ変容してしまってたようにも思われる。
 確かめるすべは無い。でも、とうとう本名を名乗れなかった彼の墓だけはどこかに作ってやろうと心の中でそう決めた。
 あと、例の炎があんな風に使えるだなんて全然思ってなかったぞ。
 あれで精神力をずいぶんと使ったから、それで余計に疲れた気がする。
 そんなこんなで口を半開きにしてへばっていたら、シルヴィアがすっと隣に座ってきた。
「あのですね、リュージ様。キノコを使ったことは問題でしたけど……」
「ごめん! あれしか打開策を思い付かなかったっ! すいません!」
 すぐに彼女へ頭を下げた。ヤツのことより嫁への謝罪が先だ。キノコ禁止されてたけど、チカラ不足だったので勘弁してくださいと土下座する。
 そうしたら、彼女は顔を上げてくださいと優しく告げてきた。
「正直なところ、キノコ使用は不本意です。許せそうにありません」
 やっぱりかー。でもあれしかなかったよなぁ。
 がっかりしてるところに追撃が襲ってくる。
「でもですね、それ以上に言いたいことがあります」
 キノコの件より重大事項だって? やだよ……今さら離婚とか言われるのは嫌だよう!
 何を言われるのかと泣きべそみたくなってた俺の頬へそっと手を触れ、一瞬だけ睨んでからの一言。
「本当にありがとうございました」
「えっ……何を?」
「私を救ってくれたお礼です」
「……それは世界のためだとか言いたいんだろ? 『勇者』の勤めを果たして感謝してるって」
 一瞬だけ呆けた後、俺はそれへ皮肉っぽく返してしまった。
 どう言いつくろうが、勇者とは世界のためになる人物だ。敵を倒し、平和を勝ち取るための一兵卒。
 暗黒皇子を倒して勇者の存在意義が無くなったから、お礼言って離婚なのかと悲観的な考えが浮かんできてしまう。
 シルヴィアは俺でいいって言ってくれてたけど、結婚のために俺を勇者に仕立て上げた張本人でもある。
 勇者不要になったらイコール俺不要の図式が浮かんじゃうんだよ。熟年離婚の言葉は聞いたことあるけど、勇者不要離婚は聞いたことねーよう……
 シルヴィアがとてもとても優しい顔付きになってるのが、逆に怖い。
 俺の返答が意味不明だったのか、シルヴィアは少し考えてから口を開いた。
「いいえリュージ様。私を救ってくれて感謝してるのです」
「……?」
「サイクロップスに囚われ、あのような暗黒皇子に差し出されずに済みました。愛するリュージ様との子供も守れましたし、リュージ様自身も救えました。私と、私の属する世界に取って最良の結果が得られてホッとしたんですよ」
 そう言ってニッコリ笑ってくれるが、今の俺には微笑み返すことが出来ない。
 俺、捨てられずに済むの……?
「キノコ使用は許せませんが、謝罪したいと言うのならば、一生そばに居ることを条件に許してあげますからね」
 ようやく彼女の言葉が飲み込めた。
 そうか、俺たち一緒に居られるんだ! 殺される覚悟とか必要無くなったんだっ!!
 徐々に勝利の実感が湧いてきた。ゆっくり周囲を見回すと、みな笑顔になってる。
「リュージよ。これで結婚式が挙げられるな」
「勇者はキノコ漬けじゃったからなぁ。まぁ今後は夜だけにしとくんじゃな」
「姫様だけズルいですー。私も一緒ですからねー」
 そうだよな。テランナとも結婚してるし、子供が産まれたら平等に育てなければならない。まぁ、無事に産まれる環境を確保せねばならないんだが。
 そこまで考えて、ハッとした。
「そうだ! 祭壇はあるのか!?」
 円盤に『時空の祭壇』があるのか確認しなけりゃならない。
 でも、慌てて立ち上がったら少し目眩がした。
「駄目ですよ、リュージさん。まだ治ってませんからー」
 そうテランナが俺に告げる。
 さすがにこの戦いではいくつも傷を作ってしまっていた。テランナが呪文で治してくれるが、この呪文は全快まで何回も唱える必要がある。
 彼女の豊富な精神力を使い切ってもまだ痕跡が残ってしまうほど俺には傷があったようだ。最後のツル攻撃無視はちょっと無謀だったかも。
 でも僧侶はテランナしか居ないので、これ以上の負担を掛けまいと俺はねぎらいの言葉を口にした。
「少しくらいはいいよ。名誉の負傷だ」
 それを聞き、彼女はごめんなさいと言いつつも笑顔になってくれた。
「申し訳ないですー。後で傷をペロペロしてあげますからねー」
「しなくていーよっ!!」
 シリアスな雰囲気が一気に吹き飛んだな。ったく、これを狙ってたのか?
 横目で彼女を睨んだが、にこっと微笑み返されるだけだった。
 そして少し静かになったところで、シルヴィアがもう一度口を開いた。
「もう一度お礼を申し上げます。リュージ様、本当にありがとうございました。世界のため、民のため、何より私たち妻のために戦ってくださりありがとうございました」
「お礼はいいよ。俺は祭壇のために戦っただけだから」
 さっき、嫁のために決意して戦ったんだが、それを言うのが恥ずかしく素っ気なく答えれば、彼女は俺の手を取り、それから今度はキスをしてきた。
「『祭壇』じゃなくて、『妻子』のためですよね。分かってますから」
 シルヴィアが終わったすぐ後に、テランナも仕掛けてくる。
「妻子の他『せいし』の有無も重要でしたよねー。もちろん私たちのお腹にあるあれのことですが」
「だからテランナはそのおちゃらけを止めろって! 普通に出来ねーのかよ」
「えー、これがシーの普通ですよー。大丈夫ですよ、慣れますから」
 いや、どう考えても慣れるのは難しいだろうよ。俺だけ帰ることになるかもしれんし。
 俺が少し眉をひそめてたら、不意に周囲が暗くなった。
『主不在時間が規定時間を越えました。これにより自爆コード入ります。各員爆発に備えてください。カウントダウンいっきまーす』
 無茶ゆーなっ!!
 アナウンスを聞いてみなで慌てて入り口に向かい、扉の操作を試みる。
「開かないぞ?」
「神聖剣で切り裂くぞ!」
 ビッグアイの方が堅かったのは不思議だが、扉と周囲を剣で切り飛ばし脱出する。
 全力疾走して二百メートルほど離れたところで後ろから爆風が吹き荒れた。
「うおっ!」
 前のめりに数回転した後、何とか地面にへばりつく。体重の軽いテランナは、一番重いユーギンが助けてくれた。
 円盤の規模にしてみればずいぶんと小さい爆発だったんだんだけど、それでも危なかったことに変わりは無い。
 そうして風が収まった後、くだんの円盤はと見ればやっぱり跡形もなく消えてしまっていた。
「祭壇が無くなったのか……」
 凝視しても何も見えない。
 俺はがっくりと膝をつき、かすれた声でそう呟いた。
 この世界から日本に帰る手段、『時空の祭壇』はゲーム時真魔神城にあった。
 ラスボスである暗黒皇子、その化身ビッグアイを倒すと城から出られなくなり、否が応でも祭壇に行かされるんだ。
 この世界は、ゲームに似ているとは言え全てがゲームと一緒ではなかった。ラスボスの正体も、ゲームと同様じゃなかった。
 だとしたら、祭壇が無くとも不思議じゃない。
「はっ、ははっ……」
 乾いた笑いしか出てこない。俺のこの数ヶ月は無駄骨だったのか? 日本には帰れないのかっ!? もう親には会えないのかっ!?
 俺が落ち込んでるのを見て、みんなも黙ってくれている。俺の目的を以前から知ってるしね。
 色々言われてはいたが、それは祭壇が使用可能との前提で話されていたものだ。
 さすがに祭壇が吹き飛ぶことまでは予想してなかったよ……
 号泣したいが、あまりのことに涙さえ出てこない。
 そうやって呆然としている俺たちの前に、一人の男が姿を現した。



[36066] その38(最終回)
Name: 凍幻◆786b687b ID:be9ab252
Date: 2014/06/25 12:42
「キミが勇者か? 初めまして」
「あ、ああ……そうです。リュージと言いますが、貴方は?」
 背の丈は俺と同じくらいか。少し小さいが引き締まったカラダの男性は、俺に一礼してから名乗ってくる。
「名前はゴーホートと言う。しがない闇神だよ。聞いたことないだろうけど、私もあの暗黒皇子に囚われてた身でね。ヤツが死んだことで解放されたんだ」
 へぇ、そんなヤツが居たとは知らなかった……と、あれっ!?
 名前に聞いたことがあるような気がして、突然ですけどと前置きしてから俺は尋ねてみた。
「もしかして、暗黒王子にチカラを半分奪われたゴーホート神ですか!? おかげで半神になって散々いじめられたって言う」
「いじめは無かったぞ。と言うか囚われの身には自由など無かったから、いじめられるはずが無い」
 それへゴーホート神は、幾分か不機嫌そうにしながらもきちんと答えてくれた。かなり不躾な質問だったので申し訳ないとすぐに謝罪したよ。
 でも、このやりとりでハッキリした。この人がゴーホート神か!
 名前だけは前から知っている。ゲームマニュアルにさっきのようなことが書かれており、この神聖十五界に居る光と闇の神々の中で只一柱その名前が判明してる神様だ。
 チカラ奪った相手が消滅したから、復活して姿を現すことも可能になったのか。なるほど。
 俺はうんうん頷いていたが、その横でテランナがすいぶんと驚愕していた。
「あの『お間抜け神』なんですかっ! 破壊神なのに破戒されそうになって慌てたって言うあの!」
「『ハカイ』ちゃうわっ!! くぅっ、これがチカラを奪われた代償なのかっ! あまりにも酷い内容が伝わってしまってるよ……」
 テランナの毒舌は、神様にも容赦ないのね。大物だなーと感心するが、フォローもしとかねばなならん。
「いえ、人類を創造くださった神々の一柱としてきちんと話し継がれてますよ。暗黒皇子のことは……猫に噛まれたとでも考えててください」
「猫よりタチが悪かったけどねぇ」
 ゴーホート神は、俺の冗談に少し笑ってくれた。
 なお、この神聖十五界において、人類を創造したのが闇の神々と言うことはあまり知られてない。
 何故なら、ゲームマニュアルにそう書いてあるからだっ!
 まぁそれはともかく、このリアル世界では対立状態にある闇神と光神は双方とも無視されており創造神が直接あがめられてるんで、闇神のことをきちんと認識してる人間がどれだけ居るのかは全然分からない。
 実際、僧侶のテランナはこの神様の名前を知ってたけど、他のみなは知らないようだ。
 しかし、ここでその神様が顔を出す必要性はあるのか。
 ゲーム時は、ビッグアイを倒すと精霊たちや神々が出てきて治療や祝福をしてくれたんだけど、ここではどんな会話になるのやら。
 救出の礼を言いたいのかもしれんが、少し後にしてほしいなんて不謹慎にも思ってしまったよ。
 なにせ、祭壇消滅でチカラ貸してもらう予定がまるっきり無くなったからなぁ……
 溜め息吐きそうになってしまったものの、ぐっと抑えて少し静かにしてたら、相手は雰囲気を読んですぐに話し出してくれた。
「ずばり聞きたい。勇者であるリュージくんは、まだ地球に帰りたいと思ってるかな?」
 いきなり核心きたっ!?
 それも、神様に『地球』ってきちんと言われるのは何で!?
 これまでの人は『ちきう』と発音が若干違ってたんだが、正確な発音が出来るこの神様は地球の存在を知ってるのか?
 声が出ない俺に向かい、ゴーホート神は話を続けた。
「驚くことはないよ。地球も神聖十五界の一つだから知ってるのは当然じゃないか」
「ええええっ!?」
 何でっ!? ゲームマニュアルにはそんなの書いてなかったぞ!
 神聖十五界のうち、ここ魔人界含めた光三界とゲーム主人公の出身地カオス界含めた闇三界以外の九界は、みな『夢幻界』としか紹介されてない。
 そして、『夢幻界は大地が毒にまみれモンスターが跋扈する世界だ』とも記されてるから、人間が普通に生活出来てた地球は全く関係無いと思ってて当然じゃないか。
 突然の発言に呆然としてたら、テランナも疑問を呈してきた。
「『ちきう』の名前は神聖十五界の一つとして伝えられてませんですー。失われた夢幻界の中であれば納得いきますが、それだと創造神の加護が無いことになりますよねー? それに、ちきうにはモンスターが居ないって聞いてましたけどー」
 それを聞き、なんでもないようにゴーホート神が答える。
「モンスターが居たのは地球界に人間が住み着くようになる前だから、知られてないだろうさ。まだ生き残っているのも居るけど、数は少ない。それと、今は創造神様の加護が戻っているから安心してほしい。西暦で言うと三千年代くらいになってからだけどね」
「はあっ? 三千年代って、俺が生きてた時から千年もあとの話じゃねーか。なんでそんなに時間が経ってるんだよっ!」
 俺がこの世界に来てからまだ数ヶ月。一年も経っていない。暗黒皇子は二千年過ごしたと言ってたけど、それとも数字が合わない。何かの間違いじゃないのか?
 驚きの連続で俺の頭は混乱してる。その様子を見て、ゴーホート神は色々と説明してくれた。
「神聖十五界は、界ごとに少しずつ時間経過が違う。特に夢幻九界については神剣が壊れた後、他とは時間がまるっきり連動しなくなってるんだ。時々『ヒズミ』の関係で他世界へ飛ばされる人間が居るけど、どの界のどの時代に行き着くかは全然分からなくてね。この光三界にも他世界人が来てるけど、ヒズミで飛ばされる人と場所に関連性は確認出来てない。それに、普通は加護の無い夢幻九界との行き来は出来ないんだが、地球界だけはヒズミが大きいらしくけっこうな人数が飛ばされて来てる。界を繋ぐ通路が無いのに不思議だね。何故かは我々にも分からないよ。あとそうだね、地球人の中でもかなり特殊だったのは……『さまよえる塔』作成に携わった地球人は『銀河系開拓事業団』の一人と名乗ってたな。宇宙暦? 銀河暦? そんな感じの暦を言ってたよ」
「さっ、さまよえる塔の作成者って、地球人だったんですかっ!?」
「設計はね。さすがに一人であれを作れはしないよ。ドワーフが実務に当たったけど、基礎を知らずによくぞ作り上げたものだ」
 何で塔がロボットなんだよと思ってたんだが、未来の地球人が携わってたのか。俺の時代でも太陽光発電までは出来てたから、それより未来となればずいぶん技術が進歩してたんだろうなぁ。
 でも、その後はどうなったんだ? そんな人が居たなら、このエルダーアイン界はずいぶんと機械が多くなってたはずだけど。
 そう尋ねたら、あっけらかんと答えられた。
「ほどなくモンスターに殺されて、作品は塔以外残らなかったよ。それに、たった一人でどれだけのことが出来ると思う? 地道な進歩が必要なのさ」
 まるで殺されたのが当然みたいに言われてしまった。若干、不愉快な響きも混じってた気がする。
 さっき界ごとに時間経過が違うと話があったけど、他世界からいきなりオーバーテクノロジ-を持ち込まれたら神様たちの思惑が狂うのかもしれん。
 シルヴィアも、銃機はこの世界に相応しくない旨の発言をしてたし、色々あるんだろうな。
「そもそも、十五界全てを平等に発展させたいなら十五に分けず一つで済ませるはずだしね」
 そうゴーホート神が締めくくる。
 なるほど。いくつも世界があるのは、別々な発展をさせたいそれなりの理由があるのか。それでも疑問は残る。
「……だとすると、俺が呼ばれたのは何でだ? 俺じゃなくても、地球人じゃなくてもいいはずじゃないかっ!!」
 夢では今回の事態に備え啓示をおこなったとなっていた。それに応えられたのが俺だけだとも。
 しかし同じ神聖十五界の中への啓示なら、他世界人へおこなっても良かったはずだと思う。
 特に地球は夢幻九界の一つなんだろ? 啓示おこなった後、どうやって連れてくるつもりだったんだよっ!
 ゲームでは夢幻界からの脱出はアイテム『夢幻の心臓』を手にしなければ出来なかった。だからこそシリーズ一作目で主人公が大いに苦労するんだ。
 なのに俺を連れてこられるなら、返すことだって出来るはずじゃないのか!?
 でもまだそれらしい啓示はなされていない――お役ご免だとすればずいぶんと片手落ちだぞっ!!
 それに神聖十五界全部を啓示対象としたならば、俺よりもっと勇者に相応しい人物が必ずや居たはず。
 この世界で勇者にならねば俺はシルヴィアと結ばれずじまいになっただろうが、それでもと考えてしまう。
 そもそも啓示作成の時系列が分からない。
 俺も暗黒皇子も啓示であるゲームを一種の目安に使ったが、その大元は誰が作成した内容だったのか。
 俺のが創造神製だとして、ヤツのはトテプ製か? 同じ話を考える存在が複数居たとは思われないから、どちらかが、あるいは第三者がシナリオを考えた?
 以前考えたように、神聖十五界より高位世界から与えられた可能性もある。
 いや、いくら啓示があっても、俺が取った行動はゲームとほぼ同じ推移になりすぎた。もしかしたら俺の行動を元にゲームが作られて、それがあちこちに配布されたとか……?
 この光三界が日本語ベースなのも謎のままだ。
 地球界が夢幻界の一つであれば、エルダーアイン界に日本語を輸入出来る訳が無い。逆もしかり。
 迷い人から伝えられたとしても、それで全員が言葉を変えるはず無いだろうよ。かと言って別個に同じ言葉が発展したと考えるのも無理がありすぎる。
 あぁもう。因果律が複雑すぎて、俺の頭では理解しきれないぞっ!
 俺が大声を出しても、相手は涼しい顔のままだった。
「きみが来た理由はヒズミの可能性もあるから分からないままだろう。創造神様の思し召しも考えられるけど、私には伝えられてない。そもそも私はこの二千年虜囚だったんだ。答えられるわけ無いよ。言語についても、普通の人類よりは長生きしてるけど産まれた時からこうだったとしか言いようがないな」
「そうだった……」
 この神様から虜囚期間のことについて説明聞けるはずねーじゃん。
 それに、闇神と言っても創造神に創られた存在なんだから、それ以上の話は無理だよね。天の考えを知るもの無し、かぁ。
 がっくりきた俺の肩をゴーホート神が叩く。
「でも、最適な人材だったんじゃないかな。こうして暗黒皇子を粉砕したんだし、子供作ってこの地に根付く気満々なようだし、もう元の世界は忘れて構わないんじゃないのかと思うよ」
「ちょっと待った! 俺まだ地球に帰りたい気持ちがあるんですけどっ!」
 何か手段があるかのような物言いに聞こえたんで、俺は大声でそう訴えた。
 神様なら祭壇以外の手段を持ってたりするのかと期待して答えを待ったけど、ゴーホート神は逆に口ごもってしまった。どうも言いたくない感じだ。
 だが、ここで引き下がる気は無いっ!
 即座に否定しないってことは、知ってることを意味するからだ。
 そうやってしばし相手の発言を待ってると、横からいきなり別な声が飛んできた。
「ようやってくれた! わしの炎も役立ったようで何よりですじゃ。めでたい、めでたいのう」
 あんたは火の精霊さん!?
 そうか、ゲームエンディング時集まる精霊さんにこの人も含まれてたのか。
 ニコニコしてる彼女にも聞きたいことがあったんで、無言のままなゴーホート神をひとまず置いといて、こう言い出してみる。
「暗黒皇子に憑依してた液体状生物にあの炎が効いたのは何で? 恋の炎とか言ってたじゃんか!」
 本当にあの生物がメスだったのかは分からない。そもそも、液体なのに性別あるってどう言う状態だよっ!?
 プランクトンの集合体なのか、はたまたゲル状細胞の集まりだったのか、今となっては確認のしようが無い。
 本当に思いつきだけで炎を使ったんだけど、石油みたいに燃えたとなれば引火性物質だったのかもしれん。
 それでも精神に作用する炎でああなっちゃうとは普通思わねーよっ!!
 炎を授けた張本人である彼女に問い詰めると、ニヤニヤ笑いながら答えられた。
「『生涯伴侶』に対してと『障害排除』に対してでは役目が違いますじゃて、何の不思議もござらん。後ろの役目は生命の危機の際にしか発動しませんじゃて、あの時は説明しなかったのですがの」
「発音似てるけど、全然まるっきり違ぇーよっ!!」
 すると何だ。授かった際、紙を燃やせなかったのは安全だからだったのか? 危険な場面では相手を燃やしちゃったり出来るのか!? 凄くやべーよっ!!
「刺されたりしないよう、注意するのじゃな。ほっほっほっ」
 修羅場なんか体験したくねーよ。俺の嫁さんは二人で十分なんだっ!
 あおるような発言を聞き身震いすると、相手はちょっとだけ真面目な顔になってくれた。
「それと、実際見てないので詳しくは分からんのじゃが、そやつは精神体の一種であった可能性もあるの。何しろ一番激しく反応するのは女心じゃからのう」
「女心って……いえいえ、そうかもですねー。まぁでも、精神体の可能性かぁ。『よくもカラダを殺してくれたな』とか言ってたけど、寄生となればその可能性もあるんだな。すると、神聖剣が最初弾かれたのは物質じゃなかったから? 炎でガードが弱まった? あぁもう、何だか分かんねーっ!」
 結局、ヤツに炎が効果あった理由も分からずじまいだった。
 創造神に聞いても答えは返ってこないだろう。何せビッグアイもといトテプは神聖十五界の『外側』から来たんだしね。体質など知りようが無い。
 ……ん? そうなると、ヤツはわざわざ夢幻九界の一つである地球から日本人を一人だけさらってこの魔人界へ連れてきたことになるぞ。
 界の『内側』に来られたなら、ひ弱な日本人など相手せず他世界から生け贄選んでも良かったはずだよね。複数人選んでも良かったはずだが何でだろう?
 夢幻九界から魔神界へどうやって移動したかも不明だが、円盤にその機能があったのかとも推測される。界の外側から来たのなら楽勝だっただろう。
 くそっ。円盤が自爆したのは、俺に移動手段を与えないためかっ!?
 エネルギー源が変なことになってたけど、それさえ入手出来たならあるいは……
 自爆したのが本当に悔やまれる。ある意味ロマンとは言え情け容赦無しだろうがっ! こんちきしょーっ!!
 はたして自爆の概念をどこから持ってきたのかも気になるところだ。日本から取り入れたんだったら凄く笑うところだぞ。
 あと、今頃思い出したけどトテプの本名は『暗黒神ニャルラ・トテプ』だと思われる。
 続編3での黒幕なんだが、既に二作目で出てたのか。それに、暗黒皇子の名もそこから来てるんだろうな。
 皇子は自分で名付けたと言ってたが、そこの時点で既に思考誘導されてたんだろう。名付けすら自分で出来ないなんて、とてもとても残念だ。
 考えれば考えるほど思考の泥沼にはまっていく気がして冗談っぽくそれらの考えをみなへも聞かせたら、ユーギンがこんなことを言い出した。
「トテプは暗黒皇子に一目惚れしたんじゃなかろうか」
「それかっ!!」
 若くて健康な男子高校生を他の女性が居ない空間に二千年も閉じ込め欲求不満にさせる。自分は独占状態でウハウハ。体内だから密着してる状態だしね。更に煩悩を操って侵略戦争を仕掛けたと。
 なるほど。それならモンスターにメスがほとんど居ないこと、それと女性の捕虜を捕まえる命令がモンスターに徹底できなかったことも説明でき……んなわけねーだろっ!!
 いや、でも、もうそれとしか考えられなくなってきた。
 部下があんな馬鹿しか出来なかったのも、下手に頭良くすると下克上起きる可能性を考えたのかも。
 いや、クローンは本体の予備だと言ってたな。予備なら教育に力入れるはず無いよなぁ。暗黒皇子が寂しくないよう話出来る程度までにしたんだろうか。
 なのに組織としては一応成り立ってたのが凄く不思議だ。普通なら破綻する代物だけど、裏方事務はトテプ自身がやってたとも考えられるな。
 あるいは最初から組織を作る気が無かった? 暗黒皇子を王様として据えただけで、自分がひたすら周囲に指示を出す……なんか黒幕っつーか秘書とか恋女房みたいにも思えてきた。
 それらを纏めるとこうなる。
「好いた男のために千年王国を作り上げようとした、かぁ。まるで夢物語だな」
 そう呟くと、シルヴィアがそれに反応した。
「あら、それはどんな女性でも一度は思う夢ですよ。規模は違いますけれど、私も願ってますから」
「ほー。どんな規模?」
 冗談だろうと思い茶化した言い方をしたところ、ふふと笑われた。
「愛する人の子供を育てて幸せな家族を築くことだけです。当然じゃないですか」
「あれっ? 俺を王様にして千年王国を作ろうってことじゃないの?」
 シルヴィアはサルア王家の第一子だ。このまま日本に帰れなかったら、彼女と結婚した俺との子供がいずれ王家を継ぐことになるだろう。
 俺自身が王様に就かされる可能性もある。まぁ暗黒皇子みたいには長生き出来ねーから千年王国は無理だけどね。
 俺の疑問を彼女は一蹴した。
「国の話はまだ先ですよ。国は家庭の積み上げで出来てますので、その経営は家庭経営の延長線上にあるとも考えられます。ですから、まずはリュージ様との家庭をしっかり築くことが最優先ではないかと思いますよ」
 うーん。分かるような、分からないような……
「じゃあ、俺は王様にならなくても大丈夫?」
 再度尋ねる。俺の頭では、家庭を持つことと王国経営が結びつかないんだ。
 もし彼女が絶対俺を王様にすると考えてるなら、遠慮申し上げたい。能力的にも、ただのオタクサラリーマンには勤まんねーよっ!
「それでは、リュージ様が王様にならなかった場合のことをお教えします」
「はい」
 シルヴィアが改まって言ってきたので、俺も少し背筋を伸ばして相対する。
「まず、毎日違う女性が押しかけてきてキノコの消費量が凄いことになります」
「ええっ!?」
 なのに聞こえてきた言葉は変な方向だった。何でそっちに話が飛ぶんだ?
 俺の疑問をよそに、彼女の台詞が続く。
「逃げ出しても、その先々に待ち構えますよ。なんと言っても創造神に選ばれた勇者なので、子宝を授かるのは確実ですから」
「そんなことしたら、シルヴィアたちと色々出来ないじゃんか。その、それでも良いの? っつーか王様との関連は?」
「よろしくはありませんが、そうなるのはほぼ確実です。だって、王様にならなかったら浪人ですよ? どこも雇ってくれませんよ? なので、暇を持て余してるだろうと邪推されてしまうのです」
 暇だからそっちとは俺にはなかなか考えられないが、この世界には娯楽が少ないんだろう。
 でも、平和になったこの世界において、王様以外の職業は確かに考えたこと無かった。ほら、祭壇で日本に帰れること前提だったからね。
 それではと考えても、剣術教師は弱いから無理だし、技術職も無理だ。事務職なら務まるかもしれないけど、需要が分からない。
 ここでふと戦闘能力を確認しようとしたら、自分のレベルが見られなくなっていた。
 役目を果たしたからなんだろうけど、結局これの意味も不明なままだったな。他人のを見られないから、ゲーム時との比較程度にしかならなかったよ。
 最終的な戦闘能力もシルヴィアに負ける程度のしか持てなかったんで、傭兵稼業は無理だろうなぁ。
 他に優れるところもそうそうは思い付かないから、王様にならねば俺は就職浪人になってしまうのかもしれない……
 親となるのに無職ってマズいじゃんかっ!
 そもそも、王族と婚姻しながらも在野に下るのって、王制を敷いてる世界では不可能な気がする。
 エルフの王様にも俺たちの結婚は宣言しちゃってるしなぁ。今更取り消しなんて言ったら殺されるかも。いや、二人と別れる気は全然無いんですけど!!
 あと今のシルヴィアの発言によれば、未だ俺には勇者の肩書きが残ってるから以前言われた子孫繁栄のあれも適用継続になるのか。
 王様にならなければ無職、つまり暇になる。すると持てはやされるのがそっちの特殊技能……とほほほ。
 普通の男性なら喜ばしいことなのかもしれん。キノコもあるし、夜の勤めを最初の頃は無難にこなせるだろう。
 しかし心の通わないカラダだけの行為が続けば嫌になっちまうだろうよ。それじゃモンスターと変わらないじゃんか。
 暗黒王子がいい例だ。思考制御があったようだけど、日本に帰ることより女を求める悲しいヤツに成り下がってしまっていた。
 キノコの副作用にも気を付けねばならん。さっき久々に使った時は幸いにも胃痛が起きなかったけど、今後使う時は胃腸薬併用だろうな。まだ薬無いけどさ。
 こんな風にあちこち脱線しながらたどり着いた答えは、俺は王様稼業をせねばならんってことだった。
 日本に帰るあてはもう残ってない。『時空の祭壇』だけが最初で最後の望みだった。何やらゴーホート神が知ってそうな雰囲気だけど、口を閉ざされたら無理だよ。俺は神様へ何かを命令出来る立場じゃ無いからね。
 俺の他に来てたと言う日本人たちも全員帰れなかったそうだし、諦めるしかないんだろうよ……
 話し合いが終わったと判断したのか、ここで急にゴーホート神が話し掛けてきた。
「もし……もしもリュージくんが地球界に帰りたいなら。帰るだけなら可能かもしれない」
「それ本当ですかっ!?」
 何でこんなタイミングで言い出すか分からんが、これはぜひに聞いておかねばならん!
 目の色を変えた俺へ、諭すかのように彼が続ける。
「さっきも言ったけど、夢幻九界の一つである地球界とここは時間経過が違う。なので、どの時代へ帰還するかは行ってみないと分からない。光三界と闇三界なら私の名に掛けてある程度自由に飛ばせるんだけど、それ以外では確約出来ないよ」
「確約出来ないのは納得します。ところで、名前にどんな意味が? 由来があったりするんですか」
 ゲームマニュアルには、この神様の名前について特段意味など書いてなかった。
 なので強調してたのが少し気になったんだが、それへ彼は一瞬だけ顔をゆがめて答えてきた。
「ええとね。私の名前はもう一つあるんだ。そちらが移動にチカラある言葉なんだけど、地球人には不評なんであまり言いたくはないな」
 不評な方の名前を唱えなければチカラが発動しないので、それで言うのをためらってたらしい。
 しかし、どんなだろう? まさかダークナイト以上の馬鹿な名前は出てこないだろうと思い、促してみる。
「聞いてみないことには何とも。それに、使う際には聞こえるんですよね? 先に教えてください」
 帰る帰らないの選択をするにはどうしても必要だ。そう押し切って、渋々だがゴーホート神に言って貰った。
「問題の名前は……『ゴーホーム』と言うんだ」
「ぶふぉあっ!」
 聞いた瞬間、失礼だが思わず吹き出してしまった。言いにくそうだったのが凄く納得いく。この神様は、帰宅を司ってたのかっ!!
 ビッグアイが、いやトテプがゴーホート神のチカラを奪ったのは、暗黒皇子を帰さないためだったんだろう。
 第一次帰還手段になる円盤は自ら抑えておき、他の手段をも潰した訳か。
 そして、帰還の反対は召喚に繋がる。モンスター関係に使ってたチカラはこの神由来のそれだってゲームマニュアルにもあったなぁ。なるほど。
 それにしてもこの名前、『名は体を表す』なのかもしれんが、いくら神でもあんまりだよね。
「今回もやっぱりかぁ……はぁ」
「あの、リュージ様。ちきう人には、そんなにも酷い響きに聞こえるのでしょうか?」
 日本語ベースのこの世界では、英語由来の言葉はほとんど活用されていない。なので吹き出したのも俺だけになる。
「いやそんなことないです。動揺してすいません。謝罪します」
 シルヴィアの言葉で俺がすぐ申し訳ない旨頭を下げると、ゴーホート神は寛容にもそれを許した。
「覚悟してたからもういいよ。それで、元の時間にはたどり着けないかもしれないけど、それでも帰りたいかい? 夢幻九界の一つである地球界へ送るのはかなり難しいけど、暗黒皇子から救ってくれたお礼に頑張ってみよう。ただし一人のみ。複数人は絶対に保証出来ない」
 更に、俺にだけそのチカラを使ってくれるとも言う。元より日本への帰還を願ってた俺には大変に魅力的な提案だ。
 さっきトテプの円盤が消滅したんで、本当にこれが最後の手段なんだろう。
 落としてから持ち上げるのは物語の常套手段だが、それを受け俺の心があっさり揺れ動き始めてる。
 日本に帰れる。オタクな生活が取り戻せるかもしれない。一人だと嫁さんが来てくれない。子供はどうなるか。未来ならともかく、過去に戻ったりしたら……
 様々な考えが押し寄せては消える。
 ふと周囲を見ると、誰もが俺がどう答えるか固唾をのんで見守っていた。特にシルヴィアとテランナは、泣きそうな顔で見つめてくる――
 それを見て俺はようやく考えを固め、一つ息を吐いてから言い出した。
「一人で帰れる時期は、とうに過ぎてしまったなぁ。妻子のため戦ったのに、今後離ればなれじゃその意味が無くなっちゃうじゃんか。元の時間に帰れないかもしれないなら尚更そうだ。俺はこの世界に留まる。いや、帰るべき場所をこの世界で作り上げるって言えば良いのかな。ゴーホート神の異名である『ゴーホーム』には『家へ帰る』って意味があるけど、俺はこの世界で、帰るべき場所である家庭をシルヴィアとテランナとの三人で築きたいんだ」
「すると、援助は不要ってことでいいのかな?」
「心配してるだろうもう一家族、地球の親へ手紙を届けられませんかね。内容は、日本に帰れないので失踪届を出して欲しいこと、会社へ連絡して欲しいこと、そして……暖かい家族を得たことを」
「約束は出来ないが努力しよう」
 ゴーホート神の返答を聞いてから笑みを浮かべ、一人ずつ決意を込めて握手をする。これが数ヶ月に及ぶ旅の終わりだ。
「リュージ様。あの、すいません。ご両親に申し訳ありません」
 シルヴィアの謝罪へはキッパリ違うと返した。
「さっきも言っただろ。これからは帰るのがシルヴィアたちのところになるってことだけだから」
「ありがとうございます。そして、これからもよろしくお願いしますね」
 テランナにも、同じくよろしくと言う。
「子供には毒舌仕込まないでくれよ」
「それじゃあ、代わりに私と貴方の甘い台詞を教え込みますかねー」
「いや、それも勘弁!」
「えー? つまんないですぅ……」
 取りあえず承伏させて、今度は隊長だ。
「特訓にはお世話になりました。あと、奥さんにもようやく隊長を返せますね」
「思ってたより早く済んだからそれほどでも無いな。まぁ、リュージも最初のころから考えればずいぶんとマシになったものだ」
「それは言わない約束ですよ」
 俺の苦笑を見て、ユーギンが笑った。
「思えば、勇者が剣について熱く語ってくれたのが最初じゃったな。剣の有用性が示された今、勇者のことを勇者と言えなくなるのがつくづく残念じゃて。まだそう呼んでも構わんか?」
「あれは勘違いだったけど、もう俺は勇者の肩書きから逃げられないから大丈夫」
「それじゃぁ、今後ともよろしく頼むでな。勇者どの」
 そう言えばユーギンに最初会った時、ドワーフが剣でも俺は構わないって言ったんだっけな。
 あれで呼び名が勇者で固定されてしまったのは、はたして良かったと納得すべきことなんだろうか?
 盛大な勘違いだったけど、おかげで嫁と、更には子供まで得られたんだから大団円になるんだろう。ただ日本に帰れないだけさ。
 オタク生活へついに戻れなくなったことを少々寂しく思いながら、重要提案をしてくれたゴーホート神にも握手する。
「解放されたからって、どこかへ行方不明にならないでくださいね。後で手紙をお願いするんですから」
「もちろんだとも。連絡取れるようにしておくと約束しよう」
 最後に火の精霊さんだ。
「あの炎、もうちょっと性能落とせませんかね。俺は嫁さん二人で充分なんですから」
「何をおっしゃるのか。一度授けた炎は消せませんぞ。ですが物質燃やすほど激しく使ったとなれば限りがあるじゃて、今後はほとんど使えなくなるじゃろうな」
「それならありがたい」
 最後、炎が弱まったのは使用限界が来てたからか。これで他人に使う危険性は減ったな。
 まぁ使う予定は二人だけになるんだから、弱くても関係無いよね!
 話が終わりこれで解散するかとなったところで、別な人たちも顔を見せた。
「間に合ったか。さっそく礼をするぞ」
 これは水の精霊さん。
「火のは温度お願いねー。僕は成分調整するからっ!」
 こっちは大地の神様だ。なんで大地だけ神様なのかは結局謎のままだったな。
 それはともかく、この人らが集まって何をするのかと尋ねたら、声を揃えて言われてしまった。
「とっくに決まってるよ。温泉だよ、温泉っ!!」
「この魔神城跡地に一大温泉地を作り上げようと計画を話してたのですじゃ。勇者一行は無料にしますが、他は有料ですぞ?」
「精霊しか居ないんでは、また侵略されたとき大変だからねぇ。人間族を呼び込むために色々考えたってことさ。取りあえず簡易なのを今作るんで、入ってってくれないか」
 なるほど。エルダーアイン界もエルフ界も人間族が居たので対抗出来ていた。
 この魔神界は無人なので、人口増やす策を考えるのは理に適ってる。でも、何故に集客で温泉なんだ?
 それを尋ねたら、水の精霊からこう返された。
「この地に来たならば、清潔にして欲しいからね。それに、温泉とは快楽なんだろう? 勇者は好き者と聞いてたんだが違ったかな」
「そんな意味無いからっ! いや、温泉には体調に影響するほかにも娯楽としての意味合いもあるけど、俺のはなんか違うからっ!」
「そうか? まぁ、以前に勇者たちから温泉話があったので、他の人間も好きだろうと思ったのさ」
「はぁ」
 そう言えば、温泉の話は確かに水の精霊としてた。火の精霊と大地の神が合流すれば温泉作れるとの話だったから、疲れてる今入れるのはありがたい。
 それに、水の精霊と最初に会った際、臭うとか言われましたっけね……温泉も匂いするけど大丈夫なのかな?
 まぁそれは俺の考えることじゃないか。でも好き者と言われたことについては全力で否定するぞっ!
 なのに俺の発言を聞いたテランナはニヤニヤ笑った。
「あれだけ激しいのに否定出来るはずないですよねー。あと、温泉は大賛成です。ずっと無料なら、いっそこの地に家を構えるってこと出来ませんかね」
「無茶ゆーなっ。サルア王の後任ならエルダーアイン界に住むしかないだろうが」
「それならば、直行通路を作成すれば解決ですよっ! 子供を健康に産んであげるのが今の急務ですしー」
 日本にも安産の湯とかあったことを思い出す。それを考えると、通路作成に反対する理由は無い。でも、そんな簡単に通路は作れるのか?
「さぁ? 現サルア王に相談ですねー」
 なるほど。魔神界とエルダーアイン界の通路作成実績があるから、帰ってから相談すれば良いか。
 話はそこまでにして、取りあえず五メートル四方程度の湯船を二つ作って入ることにした。取りあえずと言いながらかなりでかいぞ。
 でも、狭いよりは良いので、みんな満足したようだ。もちろん男湯と女湯に分けましたよ。
 ……だったら良かったんだが、振り分けは俺とシルヴィア、テランナが一緒。残りのうち火の精霊を除くみながもう片方になってしまった。火の精霊さんは念のため見張りだってさ。
 更に、十メートルほどもある大きな衝立も作られてしまう。
 これはあれか。励めと、そう言うことなのか……? 既に授かってるから不必要なんだけどなー。
 そう思ったものの、嫁たちの裸を他人に見せるのは嫌なのでそれらの指示へ素直に従ったよ。
 そして湯船に入った瞬間、俺の口から安堵の声が出てしまう。
「癒されるぅ~」
 汗がすぐに噴き出す。それと共に、なんか今になって涙も出てきてしまった。
 日本に帰れないから。元日本人を殺しちゃったから。嫁と子供を授かったから。そして、旅が終わってしまったから。
 目をつむれば、汗と共に流れていくそれ。
 今だけは、今だけは泣いても構わないはずだ。汗に紛れて分からないだろうから――
 向こう側はずいぶんと賑やかそうだけど、幸いにも嫁二人は黙っていてくれた。
 感謝と申し訳なさを交互に感じながら、俺たちは長い間温泉に浸かっていたのだった。




 そして、あれから二年ほど過ぎた。
 無事にエルダーアイン界へ戻りサルア王家の一員となった俺は、王様として書類整理に追われている。
 結婚式は、あの二ヶ月後にキチンとやったよ。
 準備と連絡に時間が掛かるほか、母体の安定を待ってからになったんだ。
 二人とも口では平気ですと言ってたんだが、やはり旅は最後の方ちょいとキツかったらしい。
 それでも温泉に入り浸り可能となったんで、疲労回復はずいぶんと早まったとのこと。やっぱり温泉は違うなぁ。
 ちなみに温泉の名称は、未だに決まってない。
 俺の名を取って『温泉旅館リュージ湯』になったと言われたんだが、そんな恥ずかしい名前承諾出来るはずねーだろうがっ!
 でも、俺の前では口にしないだけで、既に民へはそれで周知されてるんだとか。
 俺の家族専用風呂を作って貰ってるしなぁ。名称くらいは我慢しなけりゃならないかも。
 なお、専用風呂の対象にはシルヴィアの妹たちは入ってないはず。あたりまえだよね?
 なのに気が付いたら妹さんたち二人とも対象になってると聞いてびっくりしたよ。
「えっ、リュージ様は施設の有効利用にご不満ですか?」
 シルヴィアにそう返されたんで、表だって嫌とは言いづらかったです。でも納得出来ねーよっ!
 この話は後でもう一回話題にするから、その前に結婚式の話をしとこうか。
 式には、エルダーアイン界とエルフ界の両界からたくさんの人が来てくれた。
 ただ、結婚式の場所についてはサルア城の広間では全員入らないことが判明したんで、別な会場を急遽建設することになってしまったんだ。
 猶予が二ヶ月しかないのでさほどの建物にはならないと思ってたんだが、たくさんの人員が出て立派なそれがきっちり完成する。
 それがくだんの温泉旅館だっ! はぁ……
 どうやって魔神界に人が来られるようになったのかと大地の神様に聞いたところ、暗黒皇子が死んだので呪いが解けたと返された。
 元々魔神界は神聖十五界の一つ。黒の石を使わねば行き来できなかったのは、邪悪なチカラが働いてたからだそうな。
 でも、ずっと無人だったからか、まだ住む人の数は少ない。
 現在は温泉を中心に色々建物が出来始めてるけど、他にも町が出来るのはずっと先のことだろうな。
 一つ不安なのは、ゲーム続編だと何故か魔神界が消滅しちゃうこと。
 消滅原因はゲーム中で語られてないけど、思い付いたことがあったんでゴーホート神にあらかじめ問題の処理を依頼しておいた。
 続編3のゲームストーリーはこうだ。
 主人公の生まれ故郷であるカオス界含めた闇三界もここ光三界同様侵略を受けてるのが判明し、それを撃退することなんだが――3の作中では完全解決とならないんだけど――その中で一番問題なのが『次元砲』なる界の一部を吹き飛ばす無茶苦茶な兵器が出てくること。
 これが無いとアイテム『夢幻の心臓』が作れないので重要兵器と言えるものの、世界が消滅したら元も子もないじゃん!
 魔神界が消滅するのはこの関係なのかと俺は考えたんで、神様経由で製作阻止すれば良いだろうと思った訳だ。
 実際のところ、今後どうなるのかは全然分からない。ゴーホート神も闇三界のことは詳しく語ってくれないしね。
 でも、この世界においても心臓の勇者伝承があったからには、心臓作成原因となる続編3の出来事が今後起こりうるかもしれないんだよなぁ。
 備えをしたいとは思うんだけど……この光三界では基本的に何も出来ないのが頭痛いところだ。
 次元修復の関係で神聖剣を使うものの、それ以外はほとんど続編のストーリーに関わってこないんだよ。
 と言うことは、光三界は今後平和になったと考えても良いのかな?
 そうは思うけど、続編3でも中ボス戦がエルフ界にてあったんで、その点をエルフ王に話しておこう。
 ビッグアイであるトテプを倒した俺たちが居るんだから、いざとなったら出陣しても良いしね。
 その俺たちが倒したトテプは、不定形だったことと『我々』が一人称だったことを鑑みると、続編3で語られるのが本体だった可能性もある。
 そっちが本体だとすれば、ほんの一部が暗黒皇子を見初めて離脱し、あげく今回の光三界侵略を試みたと――なかなか壮大な恋物語だな、おい。
 それで被害を受けるこっちはたまったもんじゃないが、ロマンスとしてはありなのかもしれん。でも、そんなロマンス知りたく無かったよ!
 最後に「ノロってやる」とも言われたしなぁ。あの台詞自体はゲームでも同様に言われたやつだが、こっちのがもし恋破れた悲しみからの発言だとすれば、本体が恋愛に興味無いことを祈る。
 恋の復讐で再侵略とか無いよね? 何回でも言うけどそんな修羅場は経験したくねーよっ!!
 ……幸せなことに話を戻そう。
 そうそう、結婚式のことを話してたんだったよな。あの時は温泉旅館の大広間で式を行い、三人での生涯を創造神に誓いますとやらされたんだ。
 婚姻届の意味合いを大勢の前で説明された時は、凄く恥ずかしかったなぁ。
 逃げられないぞと言われてるようで、つい勘弁してくださいとも思ってしまったよ。
 まぁ実際逃げられない――つうか逃げたくなる要素は皆無だから、今もこうやって日々平和な時間を過ごしてる訳です。
 新婚旅行も無事済ませた。
 エルフ界はだいたい回ってたんでエルダーアイン界中心になったけど、一種の挨拶回りだったな、あれは。
 魔神界は現在回る必要無いんだが、いずれ必要になるのかな。
 そう言えば、まだ魔神界の新しい名前が決まってないんだよ。
 縁起悪い派と忘却させじ派が対立してるんだとさ。いっそ俺が決めようかとまで考えてしまう。へたれだからまだ提案出来てないけどね。
 それと、エルフの王族アデュアさんにも新婚旅行で寄ったエルフ城にて再会したよ。
 結婚式には忙しいとの理由で来れなかったんだよね、この人。でも王族同士の挨拶とあって、久しぶりに話が出来たんだ。
 あの後彼女は例の魔法剣制作に深く関わったらしく、ドワーフとも仲良く出来るようになったと聞いた。
 でも逆に仲良くなりすぎて、ドワーフ鍛冶士の一人と結婚話が出てしまったらしい。相手は誰とまだ言えないが、みな分かるよね?
 不本意だとか言いつつ本人も満更ではないようだし、俺の顔を奇妙だとか言ってたのが嘘のようだな。
 なので素直に祝福したよ。今後俺に纏わり付かないだろうことも実にありがたい。
 あと、これを機にきちんと謝罪されたので、俺もそれを受け入れた。わだかまりは解けたと思う。引きずってても良いことは無いし、俺もホッとした。
 ただ一点だけ、あの時隊長が何をやらかしたか未だ聞けてないのが気になるんだけど、それは永遠に秘密のままなんだろうな。
 そうして旅を終えて、子供が産まれて、戦闘しか出来ない俺は手持ちぶさたになるんじゃないかと思ってたんだが、それは良い意味で裏切られた。
 他世界からの物品について、この世界でも生産可能か問い合わせがあったんだ。
 いくら社会人だったとは言え俺は生産方法を知らないんで無理だと断ったものの、その代わり各地で眠ってる元日本人の持ち物についての解説を引き受けることにした。
 これまでこの世界に来た地球人は、ほとんどがすぐに殺されてる。
 例外は何回も名前の挙がるタロー氏くらいなんだけど、彼も色々記憶を失ってしまってたことから使い方さえほとんど伝わってないんだよ。
 俺が生きてた時代より後年の制作物もあり、全てを説明出来た訳じゃない。今後要研究だろう。
 焼け焦げた義眼を見た時は、接続コードが付いてたこともあり最初何だか分からなかったなぁ。
 未来ではサイボーグとか一般的なのかね。もう確かめるすべ無いんで、ちょっとだけ寂しい。
 俺以外の日本人は今居ないけど、ゴーホート神によると「ヒズミがある限り渡ってくる人は今後も居るだろう」とのこと。
 せめてその人たちがモンスターに殺されずに済むよう、色々頑張らないとな。
 これまで亡くなった人たちについては合同の墓を新たに建てた。無記名だから暗黒皇子も誓った通りこっそりそこに入れたよ。せめてもの償いだ。
 大多数の死亡原因であるモンスターに対しては各地で討伐を進めたけど、トロールだけはまだ一大勢力を誇っていたりする。
 あいつらはメス居るのが痛いんだよ。魔法剣の配備は順調だから、こっちの優位に傾いてるのは確実なんだけどね。
 トロールが占拠してた、エルフ界と魔神界の通路を奪取したとも聞いた。
 これで光三界が相互往来可能になったから、今後は例の温泉へのエルフ客も多くなるのかな。エルフは色々と和風だし、きっと気に入ってくれると思う。
 その温泉旅館での専用風呂のことなんだけど……シルヴィアの妹たちが使ってる理由は予定の前倒しなんだとか。
 それって、俺の嫁になるってことなのかっ!?
 確かにサルア王からボーナスの話があったけど、その方向だったなんて思ってなかったぞ!!
 俺は嫁二人だけで満足してるし、だいたい年齢離れてるだろうがと固辞したものの、シルヴィアがあっさり裏切りやがった。
「可愛い妹を託せる人間は少ないのです」
 そんなことを言ってるけど、夜の負担純減を狙ってるのが見え見えですよっ!
 おかげさまで夜の生活について俺は満足してます。キノコ服用前提だけどね。決まってるじゃないすか、ははは。
 とは言え、それが相手の負担になってしまうのは問題だよなぁ。子供の世話もあるし、少しは控えた方が良いんだろうか?
 相手を増やすのは俺が拒否してるんで、これは継続して話し合わねばならないだろう。避妊具開発しても意味無いし。
 ちなみにその材料となるゴム、そしてプラスチックの製造をこっそり依頼してますです。
 ゴムの木は無いけど石油は見付かってるから、いつかは作れるだろう。ただ、今のところ見通しは立ってないんだよなぁ。
 俺、石油からプラスチックが出来たらロボット玩具作るんだ……!
 オタクらしく今もそんな夢を見てたりするよ。木材で作れよと言われそうだけど、俺の技術じゃ作れねーんだよっ!! 悔しい。
 地球界から色々輸入出来れば良いんだが、そうもいかなくてねぇ。
 ゴーホート神は地球界との荷物やり取りを頑張ってくれたけど、夢幻九界の狙った場所にヒズミを作るのは凄く難しくかったんだ。
 実は神聖十五界においてのヒズミ作成は、それだけなら専用の僧侶呪文があるんで簡単だったりする。行き先指定出来ないから戦闘以外では活用されないが。
 ゴーホート神の使ってるそれは上位呪文らしく界や時間場所を指定出来るんだけど、それでも駄目だったと。
 神剣の欠片で繋がれてる光と闇の六界とは違い、あっちは創造神の加護が行き届いてないからなぁ。
 地球界は未来で加護が戻るとも以前言われたけど、俺がやり取りしたいのは加護無し時代の地球だからどうしようもない。
 それでも頼み込んで一年ほど頑張ってもらった結果、俺の手紙は何とか一回だけ届けられたそうだ。
 ただ、返事を受け取れないから親の反応は全く分からない。安心してくれたなら良いなと思うばかりだ。
 二回目があるならば今度は子供の絵を送ってやりたいけど、奇跡を二度望むのは無理だろうよ。
 そうそう。その子供たちなんだけど、すげぇ可愛いんだぜ! うらやましかろう!!
 シルヴィアが男の子、テランナが女の子を産んでくれたけど、名前は秘密だ。教えてなんかやるものかっ! ふふふん。
 無事に出産済んだから色々としてるものの、それぞれ二人目の話はもう少し経ってからになると思う。
 さっきちょっと言ったけど、二人の負担が厳しそうなんだよ。二人とも将来的に応えてくれる気満々なものの、基本的に授かりものだからなぁ。
 だからと言って、他の人たちを嫁に迎える気は無いよ。無いっつったら無いんだよっ!
 色々考えてたら疲れてしまった。
 なのでお茶をお願いしたところ、俺の手が空くのを待ってたのか嫁さん二人がそれぞれ子供を連れてきてくれた。
 おお! 子供たちの顔を見れば疲れが吹き飛んじゃうぜっ!!
 しばし手を休めて子供たちとその母親を見やれば、じわっと幸福感が湧き出してくる。
 最近では胃腸炎の回数も減った。薬用茶開発が上手くいって、胃腸への負担が減ったんだ。
 キノコだけはさっき言った通り愛用続けてるから問題視されちゃうけど、それがこの光景に繋がるのであれば今後も使いたいと思う。
 ただ、俺の異名が『キノコ服用勇者』から『キノコ王』へ移行しつつあるのがちょっと頭痛いところだ。
 地球人が来たら馬鹿にされるかもしれないんで勘弁願いたいよなぁ。
 意味合いを変えるために、キノコ状のお菓子でも開発しようか?
 それなら子供にも意味を説明出来るよね。併せて地球人にも納得いただけることだろうと思う。
 今後の予定を色々考えながら、にぱぁと笑う子供の顔をもう一回見て、それからシルヴィアたちに話し掛ける。
「ありがとう。幸せだよね」
「はい」
「ですよねー」
 一介のオタクサラリーマンがゲームのお陰で世界を救う。
 まるで冗談みたいな話だけど、この幸せはまぎれもなく本物だ。
 元の世界である日本にはもう戻れないけど、それを補って有り余る幸せがここにはあるんだ。
 ちょっとだけ、本当にちょっとだけオタクに未練あるが、仕方ないよね?
 それを横に置き、嫁たちに向かってもう一回お礼を口にする。
「本当にありがとう。みんなのお陰だよ」
 願わくば、今後のキノコ服用が昼間にも及ばないようにっ!
 含みのある考えかもしれないけど、そう思いながら目前の四人を微笑んで見やったのだった。




 ―完―


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