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[36088] 【習作】箱入り娘とヒモ男【H×H】
Name: 百円◆a7158118 ID:5ce254c8
Date: 2012/12/09 03:59
あらすじもどき

特殊な家庭環境によりほんの少しばかり強い普通の女の子ヒノメは、ある日行き倒れの少年ヤマトを拾う。戸籍も、一般常識も、戦闘能力もないヤマトをヒノメは放っておけず面倒を見ていたのだが、ある時ヤマトが口にした何気ない一言に心を奪われたヒノメはヤマトを一生面倒見ることを決める。だが、ヤマトは弱いくせにハンター試験やゾルディック、流星街と危険なところばかりに関わりたがり・・・?

これは愛に飢えた弱くて強い女の子と、原作知識を持つトリッパーな男の子の話。

※注意
女主人公
主人公強キャラ
気まぐれ更新
等の地雷要素が含まれます。ご注意ください。



[36088] 序章上
Name: 百円◆a7158118 ID:5ce254c8
Date: 2012/12/15 00:44
 ――それは、二人の男女の狂った愛から始まった。

 カルロス=ストロングが天空闘技場に魅せられたのは10歳の時の話だ。
 当時格闘技などには全く興味がなく、寧ろ家で本などを読む方が好きだったカルロスは、父に半ば無理やり連れていかれた天空闘技場で、人の戦い、というものに魅了された。
 闘争心剥き出しの男たち。本当に同じ人間なのかと思うほどに隆起する筋肉。影でしか追いきれないほど早い動き。
 人間という存在に対する固定観念が根底から破壊されたような気分だった。
 それから、カルロスの闘技場通いが始まった。
 少ない小遣いをかき集めては、闘技場に通う日々。
 最初は月一回ほどだったが、賭けをやるようになってからは毎日いけるようになった。
 別にカルロスは特別博才があったわけではないが、カルロスは眼が良かった。あるいは鼻が効くといってもいい。長く選手たちを見ているうちに、カルロスにはなんとなくどちらが強いかがわかるようになっていた。
 そうして、毎日のように闘技場に通っていると、これは、と思う選手が何人か出てくる。
 そして、そういった選手は、190階までを駆け抜けるように上り詰めて行き、あっという間に200階へといってしまう。
 カルロスの興味が、200階に向かうのは半ば必然と言えた。

 12歳の時、カルロスは初めて200階クラスの戦いを眼にする。
 そこは、まさしく次元が違った。
 魔法なのか超能力なのか良くわからない摩訶不思議な力を自在に操り戦う選手たち。
 カルロスは、そこで初めてこの世には自分が知らない未知の力があることを知った。
 カルロスは、200クラスの選手達が使う不思議な力について周りの大人たちに聞いて回った。
 だが、大半の大人たちは『200階以上の選手は不思議な力を身に付ける』という時点で思考停止しており、何か知っている素振りの大人たちも思わせ振りな表情を浮かべて黙秘するだけだった。
 カルロスが“燃”という概念に行き着いたのは、それから一年後の話だ。
 200階クラスの選手たちを注意深く観察し続けた結果、極一部の選手には不思議な力の師匠が存在することに気づいた。
 当時怖いもの知らずだったカルロスは、その師匠の1人へと特攻をかました。
 最初は軽くあしらわれるだけだったカルロスだったが、毎日毎日毎日毎日その師匠の元へと通ううちに、その師匠はついに根負けしてカルロスに燃を教えてくれたのだ。
 心を燃やす技術。すなわち意志を強く鍛える業。
 燃は、「点」「舌」「錬」「発」の四大行で構築されており、「点」で心を一点に集中。自己を見つめ、目標を定める。「舌」でその思いを言葉にし、「錬」で意志を高めて、「発」で行動する。その一連の心の動きを鍛える修行らしい。
 これを聞いたカルロスは、それをあっさりと信じた。200階クラスの力は明らかに肉体の鍛練で得られる範疇を越えており、もし介在する余地があるとするならば、心。精神的な力を肉体に影響させるぐらいしかないのではないかと思っていたからだ。
 燃を教えてもらったカルロスは、その師匠へと何度も礼をし、自宅に帰った。その師匠が、カルロスが礼を言う度に複雑そうな顔をしていたのに、カルロスは当時全く気付かなかった。
 そして、カルロスの燃の修行の日々が始まる。ここでカルロスが普通とちょっと違っていたのは、燃の力を得て自分も戦ってみたいと思うのではなく、燃の力を得ることでより深く200階クラスの戦いを楽しみたいと思っていたことだった。
 カルロスにとって、燃とは強くなる方法ではなくあくまでも観戦を楽しむための手段の一つに過ぎなかったのだ。
 そんなカルロスの一途な念が項をそうしたのかも知れない。カルロスの燃は、日に日に上達していった。
 カルロスは、観戦をし、その師匠へと燃をさらに深く教わり、自宅に帰ると燃の修行を行うという日々を繰り返す。
 毎日師匠の元に通ううち、最初は部外者扱いでぞんざいな扱いを受けていたカルロスも、やがて少しずつ身内として受け入れられていく。
 その師匠が女性で、面食いであり、時が経つにつれカルロスが精悍なイケメンになっていったのも大きいかも知れない。
 師匠の名を知ったのもこの頃だ。師匠は、ビスケット=クルーガーと言い、若くしてシングルハンターの才女であった。

 転機が訪れたのは、カルロスが16歳になった頃。燃の修行を始めて三年も経ったころだ。
 その日も最前列で200階クラスの観戦をしていたカルロスは、ある時選手同士の戦いの流れ弾を受けた。
 不思議な力をその身に受けたカルロスは一発で昏倒し、眼が覚めた時、彼は不思議なもやが体を包んでいるのに気づいた。
 カルロスは、気づいた。これが、200階クラスの不思議な力の正体なのだと。
 カルロスは、すぐさまビスケの元に行き、ついに燃を完全に身につけたことを報告した。
 カルロスの肉体を包むもやを見たビスケは、額に手を当て嘆息した後、カルロスに真実を語った。
 それは、不思議な力の真実。燃ではなく念という真の姿の話だった。
 カルロスは、自分が今まで騙されていたことをようやく知ったが、不思議と恨む気持ちは沸かなかった。
 念の力を知るカルロスはこの力が世に出回れば世界の危険ランクがはねあがることを良く理解していたし、それなりに長いビスケとの付き合いで彼女が意味のない嘘を吐かないタイプと知っていたからだ。
 ビスケはカルロスに問いかけた。カルロスが望むなら、念を教えてもいい。だが、念を身につけたその先でカルロスは何がしたいのかと。
 カルロスはこの問いに嘘偽りなく答えた。自分はただ、より深く200階クラスの戦いを楽しみたいのだと。
 これを聞いたビスケは、呆気に取られ、やがて呆れたように苦笑しながら、本当に変わった奴だわさと小さく呟いた。
 そして、それからカルロスの念の修行が始まった。
 念の基礎たる纏、練、絶、発の四大行を初め、凝、堅、流、周、円、隠、硬等の応用技を学ぶ日々。
 超効率的かつ、スパルタなビスケの扱きに血ヘドを吐きながらもカルロスは闘技場に通い続けた。

 そんな日々の中、カルロスは1人の女性と出会う。
 輝く金髪と、美しい鳶色の瞳を持った美少女――名をエリナと言った。
 カルロスとエリナは、初対面にもかかわらず、磁石の両極のように惹かれあった。
 エリナはカルロスと同じように人の戦いを見るのが大好きだったのだ。
 やがて、二人は恋仲となり、カルロスはビスケに秘密で彼女に念を教え始める。
 それは、自分と同じようにより深く200階クラスの戦いを楽しめるように、というものもあったし、時に観客席にも攻撃が飛んでくる200階クラスで、安全に楽しめるようにという配慮でもあった。
 エリナに念を教えていくうち、カルロスは彼女の念の才能にすぐに気づいた。
 瞑想を始めて一週間で纏を身に付け、練を1ヶ月で習得。絶は初めから使えており、スポンジが水を吸い込むように応用技も身に付けた。
 何百万という選手たちを見続けたカルロスは、彼女の才能を的確に見抜いた。
 これは100万人に1人の才能の持ち主だと。
 それからも二人は会瀬を重ね、そしてエリナはどんどん強くなった。
 数年遅れで念を覚えたにもかかわらず、エリナの総オーラ量はカルロスを遥かに凌駕し、技術においてもカルロスに並んだ。
 それでも、エリナはその力を戦いに使うことはなかった。
 ただただ純粋に、力を磨き続けたが、それは戦う為の力ではなかった。
 ある時、カルロスはエリナに問いかけたことがある。自分の強さを試したくならないのかと。
 そんなカルロスに、エリナは言った。
 自分が強くなることに興味はない。私はただ、強い存在が好きなの、と。
 そして彼女は続ける。いつか私の子供が最強になる。それが私の夢なの。
 そのエリナの輝く笑顔を見た日から、カルロスの夢も自分の子供が最強になることになった。
 そんな二人の間に子供ができるまで、そう時間はかからなかった。
 いわゆる出来ちゃった結婚ではあったが、カルロスとエリナが数年来の付き合いであることは周知の事実であったので、周囲は良いきっかけだ、程度にしか思わなかった。
 子供が出来たことがわかると、エリナが自室に籠り切りになり、全オーラを子供に注ぎ続けるようになった。
 カルロスはエリナが何をしているのかは具体的には知らなかったが、強化系のエリナの事だ、何らかの形で我が子を強化しているのだろうと思っていた。
 ある時、エリナはカルロスに言った。
 この子が産まれた時、私はきっと命を落とす。私は命を賭けてこの子を産み落とす。だから……この子が産まれた後はお願いね?
 それを聞いたカルロスは、エリナを安心させる為、初めて発を作った。
 【夢を叶える小さな小部屋/トレーニングルーム】と名付けられたそれは、生まれてきた我が子を育てる。ただそれ一点に特化した能力だった。無論、我が子以外の何人足りとも使用はできない。
 その発を見たエリナは、心底安心したように笑った。カルロスは、その笑みを生涯忘れることはなかった。
 そしてエリナが懐妊してから10ヶ月が経ち、11ヶ月が経ち、一年が経過してもエリナが出産することはなかった。
 周囲は病院に行くことを進めたが、二人は断固として病院に行くことはなかった。
 ある日、ビスケが二人のお見舞いに来た。ビスケは無言でエリナとカルロスを観察するように見つめると、悲しげな、そしてどこか怒った顔でカルロスを見、言った。

 ――本当に、アンタはどうしようもないアホだわさ。

 そして、ビスケがカルロスの前に現れることは二度となかった。

 エリナの妊娠が2年を越えると、さすがに二人も周囲を誤魔化すことが難しくなり、二人は逃げるように引っ越した。
 その後も3ヶ月ごとに引っ越しを重ね、そしてそれから5年後、ついにエリナの出産の時が来た。
 出産は、エリナのたっての希望で、誰も知らない無人島にて行われた。
 妊娠が長引くに連れ、エリナは我が子を奪われることを酷く恐れるようになっていた。
 まるで我が子の力を知れば誰もが我が子を欲しがると思っているようだった。
 何の医学知識もないカルロスでは出産の際母体に凄まじい負担がかかることは容易に予想がついたが、カルロスは何も言わずにエリナの希望に従った。
 例えカルロスが熟練の産婦人医だとしてもエリナが出産の際死ぬことは明らかだったからだ。
 エリナが死ぬ。それはカルロスにとって耐え難いことだった。しかし、カルロスはそれを受け入れた。エリナを愛していないわけではない。愛しているから、受け入れたのだ。
 そしてその日は訪れた。
 カルロスが、川で水を汲んでいると、無人島全体を凄まじいオーラが覆った。
 カルロスがいる無人島は小さなものだが、それでも5アールはあるものだ。
 それをすべて覆い尽くすようなオーラ……。カルロスは、我が子が産まれたことを悟った。
 カルロスは、全力で堅をすると小屋へと向かう。
 一刻も早くエリナの元に向かいたかったが、嵐の中を突き進むように一歩一歩しか前に進めない。
 だが、オーラは突然波が引くように引いていった。
 カルロスはすぐに、纏だと気付いた。今までのオーラは垂れ流しになっていただけのものであり、そして我が子は産まれてすぐに纏を本能的に習得したのだろうと。
 自由に動けるようになったカルロスは、すぐさま小屋へと駆け込み、そしてエリナの変わり果てた姿を眼にした。
 美しかったエリナは、まるでミイラのように渇き縮んでいた。
 これが全生命力を絞り出した代償なのか……。カルロスはしばし絶句した。
 そんなカルロスを我に返らせたのは、他ならなぬ我が子の産声であった。
 我が子は、未だ最愛の妻と臍の緒で繋がりながら、カルロスを爛々と光る緋色の瞳で見つめていた。
 カルロスは力無い足取りで我が子に近づくと、我が子を抱き上げそして一筋の涙を流した。

 ――こうして、カルロスが憎んで止まない最愛の娘、ヒノメ=ストロングはこの世に産まれ落ちたのである。





 八畳ほどの白い小部屋。無骨なトレーニング器具と、簡素なベッドのみの殺風景な部屋にその少女は居た。
 齢10歳ほどの可憐な少女だ。整った容姿に、肩ほどで切り揃えられた金髪。そして緋色に輝く、この世の物とは思えぬほど美しい瞳と相まって、まるで人形のような印象を見る者に与えた。
 だがそんな少女が来ている服はビスクドールのそれのようなゴスロリ服ではなく、まるで防弾チョッキのようなベスト、ボーリングの玉ほどもある腕輪に足輪とまるで囚人のような出で立ちであった。
 幼い少女にはあまりにも酷な装いではあったが、少女はまるで錘が存在しないかのように正拳突きや回し蹴りといった武道の型を繰り返している。
 傍目から見れば異常な光景ではあったが、少女にとっては日常の一部だ。このベストも錘も、赤ん坊のガラガラよりも先に与えられた、いわば少女にとってのおしゃぶりのようなものなのだから。
 そんな少女の名を、ヒノメ=ストロングと言った。

 ヒノメは物心ついた頃にはすでにこの部屋で修行をしていた。この部屋を出るときは食事とトイレ、後は入浴の際のみであり、睡眠すらもこの部屋で行われる。他者との交流はきわめて希薄であり、その扱いはあたかも精神患者のそれだ。すなわち、隔離。
 当然、外出することも滅多になく、家から出たのも生まれてから数えるほどしかない。
 明らかに異常な日常。しかし、それに対してヒノメが止めたいと思ったことも反抗を覚えたこともなかった。ヒノメにとって、それが生まれた頃からの当たり前だったからだ。ヒノメにとって日常とは修行で、修行は修行ではなかった。
 なぜ、ヒノメが修行をしているのか。それはヒノメにはわからない。ただ、漠然と死んだ母に関係することなのだろうな、とは思っていた。
 ヒノメは母の顔を知らない。ヒノメを生んだ時死んだからだ。それを、寂しいと思ったことはない。
 ヒノメには大好きな父がいるからだ。父が二人分愛してくれるから、ヒノメが片親であることに不満を感じたことはなかった。ただ、命を落としてまで自分を生んでくれた母には深い感謝の念を抱いていた。

 そんな、ヒノメの日常は、目覚め、瞑想をすることから始まる。燃の修行だ。点、一時間。錬、一時間。計二時間の瞑想を終えると、朝食をとり午前の修行が始まる。
 午前の修行は、筋トレだ。両手、両足、上半身、下半身に合計1トンの錘をつけ筋トレを始める。
 腕立て伏せ、背筋、腹筋、スクワット。それぞれを1000回づつ繰り返すと、今度はマラソンだ。念がこめられ強化され、壊れにくくなったランニングマシーンの上で、10キロの全力疾走。それが終われば正拳突きや回し蹴りといった武道の型を1000回づつ。
 これらが一セットで、これを起きてから昼食までの6時間。延々と繰り返す。その間、オーラはすべて絶の状態で行われ、常に純粋な身体能力を求められ続ける。
 食事を取れば、今度は念の修行。基礎的な四大行はほぼ極めているので、修行内容は応用技がほとんどとなる。オーラが枯渇するまで応用技を鍛錬すると一時間ほどの睡眠をとり、オーラを回復させ今度は系統修行。それが終われば晩飯。晩飯が終わると風呂を済まし、オーラが尽きるまで堅。それが終われば泥のように疲れ果てて眠りにつく。そしてその睡眠時間もやはり一時間であり、起床と同時に次の日の修行が始まる。
 これが、ヒノメの日常であり、睡眠二時間とその他もろもろ二時間のほかはすべて修行に費やされている。
 人間の構造的にありえないハードスケジュールであり、これを可能としているのが、ヒノメの父カルロスの念であった。
 【夢を叶える小さな小部屋/トレーニングルーム】という名のそれは、ヒノメを育てる、ただそれだけのために生み出された念である。
 主な能力は、空間内の重力操作。オーラ操作の阻害。オーラ消費量の増加。そして回復促進。
 重力操作により、通常では考えられないほどの負荷をヒノメに与えることができる。今現在も、この部屋には20倍もの重力がかかっており、ヒノメの着けた錘は20トンにも及ぶ負荷となっていた。
 そうした負荷によりダメージを負った筋肉を回復させるのが、回復促進の効能である。一時間の睡眠で8時間熟睡と同じ休息が得られさらには超回復の効果もあるためもはや進化とも言えるレベルで超重力下に適応していくことができるのである。
 そして、オーラ操作の阻害は、文字通りオーラの操作の難易度を上げる効果がある。一見何のメリットもないように見えるが、オーラの扱いが難しくなるということは、この空間でも流麗にオーラを扱えるようになれば外の空間に出れば100倍の巧さで扱えるようになるということでもあり、オーラ消費量の増加もヒノメの膨大なオーラを短時間で枯渇させ、オーラの絶対量を増やすには必須の仕掛けである。
 ヒノメの戦闘力の源は、本人の資質だけではなくこのどこか脅威を感じさせるまでにヒノメの育成を目的としたトレーニングルームの存在があった。
 ただ、この【夢を叶える小さな小部屋/トレーニングルーム】という念からは持ち主であるカルロスのヒノメに対するひとつの姿勢が伺える。
 それはどこまでもヒノメの意思や感情といったものを無視し、効率性だけを求めていることだ。
 ヒノメが一人の感情を持った人間ということを考慮せず、ただただ強さだけを求める機械と見做す。
 それが、この無機質で冷たい空間からは感じられるのだ。そして、それにヒノメは気づかない。



 ヒノメが黙々と筋トレをしていると、ふとピピッという音が響いた。
 食事の合図である。

「……ごはんの時間」

 ヒノメはうっすらと、ほとんど無表情に近い笑みを浮かべそう小さく呟くと、部屋を出た。
 そして、一気に軽くなった身体にホッと一息つく。
 二十倍の重力から開放され、軽くなった身体はヒノメの心まで軽くしてくれる気がした。
 ヒノメの着けているこの錘も、今でこそ総量1トンといったところだが、異空間の中では20トンにも及ぶ重さになるのだ。その重さは、着用するだけで人を殺すには十分だ。
 だが、そんな常人なら入った瞬間に圧死確定の空間で何時間も鍛練をし続けたにもかかわらずヒノメは汗一つ掻いてはいない。それは、ヒノメが二十倍の重力下にもすでに適応していることを表していた。
 ヒノメはそのままトコトコ……いや、錘のせいでドスドスと足音をたてながらリビングへと向かっていく。
 そこには、まるでこれからパーティーでも行うのかというほどの大量の料理が並んだテーブルと、すでに椅子に着いた少女の父、カルロスがいた。
 カルロスは、リビングに入ってきた少女に眼を向けると眉を潜める。

「……ちゃんと言われた通りの修行をしたのか?」

 その目には、数時間鍛錬していたにもかかわらず、汗一つ掻いていない涼しい顔のヒノメへの疑惑の色が浮かんでいた。

「うん」

「絶でしなければ意味がないぞ?」

「絶でやった」

「そうか……そろそろ20倍では軽すぎるか? ……どのくらいならいける?」

 この問いにヒノメは少し考え込んだ後、言った。

「……倍?」

「そうか。では次から50倍にしておく。午後からは念の修行だ。早く席につけ」

「うん」

 ヒノメの申告よりもさらに十倍多く重力を増やすという父に、しかしヒノメはあっさりと頷く。父がそういうということはヒノメにとって必要ということであり、そしてヒノメにとって父の言葉は絶対だからだ。
 ヒノメは席に着くと食事を取り始める。しかし、対面の父は箸をつける気配はない。すでに自分の分は食べているのだ。
 以前は一緒に食事をとっていたが、ヒノメが彼の分まで食べてしまうので、先に自分の分を確保するようになっていた。
 ヒノメはそれを少し寂しいなと思っていたが、それを口に出すことはなかった。ヒノメは、父に不平や不満といったことを言ったことはない。それは何かわがままをいって嫌われたくないという思いからで、そしてそれは裏返せばちょっとしたわがままで父に嫌われるかもしれないと恐れているという証だった。それはヒノメが本能的に父が自分を愛していないことに気づいているということに他ならず、それにヒノメは気づいていなかった。

 食事を取り終わると、ヒノメは黙って小部屋へと戻る。
 小部屋は、午前中とは違い、少女に重力の負荷は掛けない。だが、それは別の方向に向いているだけだ。
 ヒノメは、部屋に入るなりオーラを解放し、念における応用技の一つ、堅を取る。
 すると、ヒノメは自身のオーラが凄まじい勢いで消耗されていくのを感じた。
 【夢を叶える小さな小部屋/トレーニングルーム】の効果だ。重力が解除され変わりにオーラ消費量の増加と操作妨害の能力が働いているのだ。
 現在、この異空間内では、オーラは通常の100倍の速さで消耗され、またオーラの扱いも100倍難しくなっている。
 ヒノメはすでにこの空間で、超高速とは言わずともそこそこの速度でオーラを操れるようになっていた。
 目標はこの空間でも超高速のオーラ移動を身につけることであり、そうなれば外に出て、錘を外した状態の自身の動きにもオーラを対応させる事ができるだろう。

(そうなればきっと父さんも誉めてくれる。名前を呼んでくれる)

 ヒノメは、産まれてから一度も父に誉められたことも、名前を呼んで貰ったこともなかった。
 ヒノメ=ストロングという名前こそ、文字の勉強の中で知ったが、父がヒノメをそう呼んだことはない。
 一時期は、自分はもしかして愛されていないのだろうかと悩んだこともあった。だが、今はそんな風に悩むことはない。
 なぜなら、この小部屋こそヒノメが父に愛されている証拠だからだ。
 ヒノメの、ヒノメのためだけの、父による小部屋。父の全メモリを注ぎ込み、ヒノメの育成ただそれ一点に向けられたこの小部屋。これこそが、ヒノメに対する父の愛に他ならない。そう、ヒノメは確信していた。
 それに、父は毎日美味しいごはんを三食作ってくれる。とにかく食べる量が尋常じゃないヒノメの為に、ヒノメが修行している間父はずっと料理の下ごしらえをしているのだ。
 料理は愛情と、以前読んだ本に書いてあった。つまり、父の料理が美味しいのはヒノメに対する愛が詰まっているからであり、ゆえにヒノメは食事の時間が何よりも楽しみだった。
 料理に念能力。何処の世界に、愛していない子供にこれだけ尽くす親がいるだろうか。
 日々の修行は辛く苦しいものだったが、これも父の愛だと思えばヒノメは耐えられた。

(きっと、この修行が父さんの合格ラインを越えれば、父さんは褒めてくれる。名前で呼んでくれる)

 それだけを目標に、ヒノメはひたすらに己の技を磨き続けた。

 やがて、父に決められたメニューをこなす頃には、莫大なヒノメのオーラも底を尽き初めていた。
 恐らく、あと30分も堅をし続ければ、オーラは枯渇することだろう。
 つまり、その30分間は唯一の自由時間、ということになる。
 ヒノメは、心なしかいそいそといた足取りでベッドまで行くと、ベッドの下に隠した一冊の本を取り出した。
 タイトルは「ハートハンター ~彼にハントされた私の心~」。極普通の恋愛小説だ。
 一年に一度、ヒノメは休日が与えられる。母であるエリナの命日でありヒノメの誕生日。その日だけ、ヒノメの修行は無くなる。
 この本は、その際数年前公園で拾ったものだ。ベンチにブックカバーがついたまま放置されていたので忘れ物だったのだろう。
 ヒノメはそれを持ち帰り、幾度となく読み返した。
 小説は、一般的な恋愛小説であり、地味な少女がふとしたことからイケメンのプロハンターと出会い、そこから細々とした交流の果てに結ばれるというものだ。
 かつてプロハンターに捕らえられた犯罪者が少女を狙って拉致したり、それをプロハンターが助けたりと、実に王道なストーリー。
 別にベストセラーな小説という訳ではなく、凡百の小説の一つだろう。大抵の人は一回読めばもう読むことはあるまい。
 だが、ヒノメはそれを何回も、何十回も、何百回も読み返していた。
 カルロスは、ヒノメに様々な本を教育に与えていたが、それらは一般教養の参考書だったり、サバイバル知識等の学術書、実用書がメインで小説の類いを与えたことはなかった。
 そんなヒノメに与えられたこの小説は、その中身に関わらずヒノメに大きな影響を与えた。
 ヒノメに与えた影響、それは恋だ。
 小説の中の少女に感情移入し、少女のプロハンターへの恋心に共鳴し胸を高鳴らせ、少しばかり官能的なシーンでは頬を赤らめる。
 そして読み終わる度にヒノメは思うのだ。いつか自分もこんな恋がしてみたいと。
 そう、ヒノメは恋に恋する少女となっていた。
 もしも、カルロスがこの姿を見れば驚愕したことだろう。
 何せ、今まで人形のように無表情で言われた事を黙々とこなす機械のようだった娘が、極一般的な少女のように頬を赤らめ恋愛小説を読んでいるのだ。
 この姿を見れば、カルロスもヒノメに対する認識を大幅に改めただろう。
 だが、カルロスがヒノメの真実の姿を目にすることは生涯なかった。
 そう、一生、なかったのだ。


 ――ヒノメ=ストロングの最大の不幸は、その異常なスペック、ポテンシャルに比べ、その精神があまりに普通のものだったことだ。
 彼女は、才能、環境共に非常に恵まれ、かつ本人も努力を怠らなかったため、世界的に見ても頂点の力を手に入れた。
 だが、その精神は、いやその感情は人間のものだ。
 親の愛を欲し、ただ名前を呼んで、よくやったと褒めてもらう、それだけを目標に頑張る一途な娘。
 恋愛小説を好み、恋に恋する普通の少女。
 それが、人外の戦闘能力を持ち、そして極普通の人間の感情を持つヒノメ=ストロングの真の姿だった。
 もし、カルロスが真実娘を見れば、娘と向き合ったなら、ヒノメの運命は変わっただろう。
 今からでも学校に通い、そしてその能力を発揮することなく、普通に恋をして結婚し、その生涯を終えたかもしれない。
 それを不幸と取るか、幸せととるかは人によって違うだろう。
 だが、ヒノメにとっては幸せな一生になることだろう。
 ただひたすらに自分を磨きあげ、父の、いや両親のエゴを愛と勘違いし、ありもしない愛を支えに努力を続ける一生に比べれば、なんと幸せなことか。
 それでも、今はいい。ヒノメが、この小さな小部屋に収まるうちは。
 父のエゴを愛と思い込んだままこの小さな小部屋に閉じ込められているうちはヒノメは愛を感じていられるだろう。
 だが、ヒノメは成長を続ける。ヒノメの存在はどんどん膨らみ、この小部屋には納まらなくなりつつある。
 そしていつかヒノメをこの小部屋で縛りつけることができなくなる日が来る。
 それが、この生活の終わりの時だ。
 そしてその時は意外に早く迎えた。
 ヒノメが11歳の誕生日。
 ヒノメの小さな世界は崩壊した。


念能力紹介

【人工的な生まれつきの天才/カスタムチルドレン】:強化系

本人のDNAからすべての祖先の情報を読み取り、その中から優れた形質のみを抜き出し、凝縮し、強化した子供を作り出す念。また、生まれるまでにオーラを注ぎ続けることにより、生まれてくる子供のオーラの絶対量を水増しすることができる。ただし、代償として母体は必ず死ぬ。


【夢を叶える小さな小部屋/トレーニングルーム】:具現化系

ヒノメを育てる、ただそれだけのために生み出された念。八畳ほどの異空間を具現化する。
主な能力は、
空間内の重力操作。オーラ操作の阻害。オーラ消費量の増加。そして回復促進。
重力操作により、通常では考えられない修行を可能にする。また、回復促進により超回復の効果もあり筋力量が上がりやすく、原作のビスケのマッサージのような修行が可能になり効率的な訓練が可能となる。

制約と誓約は、ヒノメ以外の人間に使わせないこと。もし彼女以外の人間がこの部屋に入った瞬間、カルロスの命は失われる。






[36088] 序章下
Name: 百円◆a7158118 ID:5ce254c8
Date: 2012/12/15 00:45
 ――その3人が来たのは、ヒノメが11歳の誕生日を迎えた時のことだった。

 ヒノメが、カルロスの【夢を叶える小さな小部屋/トレーニングルーム】の能力の限界を越えたのは、11歳の誕生日を迎える一月ほど前のことだった。
 重力100倍下の状態で重さ1トンの錘をつけて半日鍛練しても汗一つ掻かず、100倍の速さでオーラが消耗される中で1日中堅をし続けられる。流の速さは神速を超え、部屋の外でならかつてみたネテロ会長の百式観音にも並ぶだろう。系統修行も、全系統を極めたとまではいかないが、強化、変化、放出、操作については極めたといって良い。ヒノメ自身の系統は特質系ではあるが、全系統を100%で使えるのは本当に行幸だった。

(そろそろ頃合いだな……)

 カルロスは、自室で静かに思う。
 これ以上は、自分の元で束縛してもヒノメは育つことはない。
 基本的な修行はこれでもかと叩き込んだ。今の彼女は、まさに完璧な戦闘マシーンであり、エリナと自分の最高傑作だ。
 後足りないのは経験のみであり、それを補うことで彼女は最強として完成する。
 彼女は自分という檻から解き放たれ、世界へと旅立ってゆく時が来たのだ。
 カルロスはしばしデスクの上に飾られたエリナの写真を見つめた後、電話を掛けた。

『はい、こちらゾルディック』

 2コールの速さで電話が取られ、使用人であろう男が応対した。

「……紹介屋のエルヴィスに紹介してもらったカルロスという。依頼を頼みたいのだが」

『……はい、カルロス様ですね。お話は伺っております。前金で1億、後金で依頼の困難さに応じた料金をいただきますがよろしいですか?』

「ああ」

『後金が払われなかった場合、しかるべき報復をさせていただきますが、よろしいですね』

「構わない」

 使用人の男の脅しを含んだ声にカルロスはあっさり頷いた。

『それではターゲットと希望の日時を』

「日時は11月11日。ターゲットは……」

 ――俺の娘だ。

 カルロスは感情の見えない瞳で、そう言った。

 
 
 その日、ヒノメは最高に機嫌が良かった。
 今まで誕生日はカルロスが一人母の墓参りに行く為ヒノメは用意された食事を一人寂しく食べるだけだったのだが、今日はなんとカルロスが家にいるのだ。
 それはつまりカルロスがヒノメの誕生日を祝ってくれる、ということだった。
 今までにないカルロスの対応。それにヒノメは心当たりがあった。
 修行の終わりである。
 最近ヒノメは修行の終わりを感じていた。これまでは渡されたメニューの段階が一定ラインを超えれば次のメニューを渡されたのに、次のメニューは渡されなくなった。重力の件も、100倍に適応したことを報告してもカルロスが重力をあげることはなかった。
 次の修行が指示されない、つまりそれはヒノメが父の求める領域に至ったことを意味していた。
 それからというもの、ヒノメはカルロスに誉められるのを今か今かと待っていたのだが、一向にその気配はない。いい加減ヒノメが焦れ始めた頃、この誕生日だ。
 ヒノメが期待するな、というのは無理な話だった。

(修行が終わったら、何をしよう……)

 今まではなかなか言い出せなかったが、実は父におねだりしたいことが山ほどあった。
 まず、学校というものに行ってみたい。普通、ヒノメ位の子供は、学校に行き友人を作っていろいろ遊んだりするものだ。ずっと今まで一人で修行してきたが故に、友達という存在には人一倍の興味がある。それに、学校と言えば恋愛だ。ほんの些細なきっかけから恋心が芽生え、自分にも恋人ができたりするかもしれない……。ヒノメはうっすらと頬を赤らめながらそう思う。
 それに、遊園地という場所にも連れていって貰いたいし、本もたくさん欲しい。あぁ、それにそうだ。誕生日ケーキ。誕生日ケーキというものを食べてみたい。
 ヒノメは、今まで一度も誕生日ケーキというものを食べたことがない。ヒノメの誕生日は母の命日でもあり、父にとっては喜ばしくも辛い日でもあるのだろう。
 故にヒノメはこれまで誕生日ケーキをねだることはなかった。だが、今日はヒノメが合格ラインに達した特別な日。今日くらいは誕生日ケーキを食べてもいいだろう。
 いや、それどころか、もしかしたらすでに父は誕生日ケーキを用意して待っていてくれているかもしれない。
 なんせ今日は特別な日なのだから。
 ヒノメは期待に高鳴る胸を沈めながらリビングに向かい、そして眉を潜めた。

(……一人……いや、三人? 誰?)

 絶を使って気配を消しているのだろう、非常に存在感が薄いが確かにリビングに父以外に三人の人間がいる。
 ……凄まじいレベルの絶の使い手だ。ここが慣れ親しんだ我が家だからこそ微かな違和感に気づいたが、野外であったら気づくことはできなかったに違いない。
 ヒノメの中の危機感が警報を鳴らしている。この先にいるのは強敵だと。
 だが、ヒノメの理性はそれを捩じ伏せた。何故ならば、父が無事でその三人の側にいるからだ。三人がヒノメの敵ならば、父が無事であるはずがない。
 そうして、ともすれば戦闘体制に入ろうとする肉体をヒノメは抑え込むと、リビングの扉を開けた。
 リビングに入ったヒノメが真っ先に視線を送ったのは、テーブル。もしかしたら、ケーキがあるかもしれない。そんなわずかな期待からの行動だった。
 しかし。

(……やっぱり、ないか)

 八割型は予想通り、しかし若干の落胆を胸に抱えながらも、ヒノメはそれを顔に出すことはなかった。
 そして、次にリビング全体に視線を回すが、いるのはカルロスと長い黒髪の男だけだ。まるで生きた人形にガラス玉を嵌め込んだような不気味な眼をした男。仲良くなれそうにないな、とヒノメは一目で男が嫌いになった。
 しかし、入る前は確かに4人の気配がしたのに、見渡す限りでは父と黒髪の男しかいない。

(…………不意を突くために隠れてる? あり得ない。なら父さんが言わないわけがない)

 チラリ、と父を見るも、父は極めて普段と同じ様子であり、黒髪の男に脅されている気配はない。
 杞憂だ。父が何も言わないのだから、自分が心配する必要などどこにもない。
 ヒノメはそう自分に言い聞かせつつも、しかしヒノメは何故か無意識に自身の念能力の一つを作動させていた。

 【気休め程度の制限解除/リミテッドリラックス】。
 操作系の能力であり、能力は自身の肉体のリミッターを1%だけ外すという些細なもの。制約と誓約も存在せず、またメモリも極めて小さいため気軽に使える。ほとんど内に等しい能力だが、重要なのはこれで自分の肉体は自分に操作されている状態になる、ということだ。操作系は、早い者勝ち。既に操作されているものを操作することはできないという原則を利用した対操作系用の念である。
 理性は安全だと判断しているにもかかわらず、無意識のうちに警戒せざるを得ない自分にヒノメは戸惑いながらも、ヒノメは父に問いかけた。

「……父さん、その人は?」

「……ヒノメ、何歳になった?」

 カルロスは、ヒノメの問いに答えず、逆にそう問い返す。
 ヒノメは少しばかりそれに戸惑いつつも、父に逆らうという考えはそもそもなく素直に答えた。

「今日で、11……」

 暗に今日が誕生日だということを言外に示しながら、ヒノメは言う。
 “この期に及んで”おめでとうという言葉が父の口から出てくることを望んでの事だった。

「そうか……もう11年か。――――お前が■■■■■■■から」

(……………………………え?)

 その時、確かにヒノメの世界は止まった。視界が灰色になり、聴覚にノイズが走った。
 別に体調自体は良好だ。不調なのは精神。著しくバランスを崩した精神が、肉体に影響を及ぼした故の結果だ。
 聞き間違いだ。そうだ。そうに決まってる。父さんがそんなことを言うわけがない。あぁそうか、今きっと父さんはお前が生まれてきてからって言ったんだ。うん、きっとそうだ。
 ヒノメは、鉄面皮のような無表情の下、ぐるぐると回る視界に吐き気を催しながらも、必死に自分に言い聞かせた。
 だがそんなヒノメを追い討ちをかけるよう、カルロスの無情な言葉は続く。

「今でも思い出す。エリナが死んだ日を。全身のオーラを貴様に吸い付くされ、ミイラのように干からびて死んだ我妻を。美しかった最愛の妻の……変わり果てた姿を」

「…………」

 ぐらぐらと、地面が揺れているのを感じた。地震かと思ったが、地面特有の家具の揺れの音はしない。ならば答えは一つ。揺れているのはヒノメの精神だ。
 母が、自分を生んだ時に死んだというのは聞いていた。自分はそれを、命懸けで自分を生んでくれたと自分に都合の良いように解釈していた。だが、違った。真実はもっとおぞましく、真相は自分が母の生命を吸いとって生まれ落ちた。それだけだった。

「あの日から俺は貴様を殺すために生きてきた。だが、貴様は生まれつき強大なオーラを有しており、俺の手では殺すことはできなかった。故に、常人なら圧死確実の我が念空間に叩き込んだ。しかし貴様はそれにすら対応した。……化け物だよ」

 冷静に考えれば、カルロスの言葉は矛盾だらけだ。もしヒノメを殺すために重量ルームを用意したなら、ヒノメが適応できるギリギリのラインに重量調整したりはしないし、赤子の時に飯を与えなければヒノメは普通に餓死していたことだろう。
 だが、いまのヒノメにはそういった矛盾に気づく余裕はなかった。

「ついには俺の能力の限界を超え、完全なる化け物となったお前を俺は自分の手で殺すことを諦めた。……ここにいるのは、かのゾルディック家の暗殺者だ。低脳の貴様でも知っているだろう?」

 ゾルディック。世界最高の暗殺一家だ。歴史の教科書に出てくるほどのビッグネームであり、依頼料は極めて高額な反面、暗殺成功率はほぼ100%という暗殺者の頂点。
 そんな彼らを雇うという事実に、父の冷たい殺意をヒノメは感じた。
 それでも、ヒノメがすがり付いたのは、今までの暖かいご飯。父が1日のほとんどの時間を費やして作り続けてくれた、ご飯の味だ。
 それが唯一、ヒノメの中の父の愛の証明になりうる。
 そんな一握りの愛にすがり付くようにヒノメは父に語りかけた。

「……父さん」

 やっとの思いで絞り出した声は、ひどく無機質なものとなった。それでも、カルロスがヒノメと真実向き合っていたならば、その声の中に今にも幼子が泣き出しそうなものに似た色を感じとることができただろう。
 しかしそんな、ヒノメなりの泣き声に対するカルロスの対応は。

「エリナと同じ顔で父と呼ぶなぁッ! この緋の眼の悪魔がぁッ!」

 罵倒だった。
 緋の眼の悪魔。それは、ヒノメに自身の名前すら憎しみの証と気づかせるには十分だった。
 もはや声もなく無表情に俯くヒノメに、カルロスと黒髪の男は言葉をかわす。

「もはやアイツの顔など一秒足りとも見たくない。早く始末してくれ」

「ん? もういいの? じゃあ殺すね」

(これは……夢だ。夢だ。夢だ。夢だ。きっと起きたら誕生日で、きっと父さんは今までよくやったって誉めてくれる)

 父と暗殺者の冷たい会話を聞きながら、ヒノメは自分にそう言い聞かせる。
 そんなヒノメに黒髪の暗殺者は無造作に歩みより、長い長い針をトスンとヒノメの胸へと突き刺した。
 そしてその鋭い痛みは、ヒノメにこれが夢ではないことを気づかせるのに十分だった。

(夢じゃなかったんだ……)

 ――私は、誰にも愛されていなかった。

「……意外にあっさりだな。オーラの質からもっと手こずると思ったけど」

 ――それはとても悲しく辛いことで。

「……ふむ。念のため隠れておったが、これは必要なかったかもしれんのぉ」

「まぁいいや。一応心臓盗っとこ」

 ――だからヒノメは少し八つ当たりすることにした。

「――――え?」


 黒髪の男が、驚きの声をあげる。
 当然だ。確かに自分の針で“操作”し、傀儡としたはずのヒノメが自分の腕を右手で掴んでいるのだから。
 彼が、呆気に取られていた瞬間は時間にして0.1秒もなかっただろう。
 だが、それはあまりに致命的な隙だった。
 彼が我に返った時には既にヒノメの小さな拳は振りかぶられており、次の瞬間彼は轟音と共に殴り飛ばされていた。

((――――――!!))

 様子を見守っていた彼の祖父と父が驚きと共に戦闘体制を取るのと。

「ア゛ア゛ア゛ア゛アアアアァ―――――――ッ!!」

 どこか幼子の泣き声にも似た咆哮と共に膨大なオーラがヒノメの体から溢れでたのはほぼ同時のことだった。

 ――そして殺し合いは始まる。





 咆哮と共に放出された莫大なオーラは、一瞬で島全体を包み込むと、急速に縮小を開始。
 最終的に半径3メートルほどまでに凝縮されたオーラは、シルバとゼノにこの先の死闘を予想させるのに十分だった。

(……こりゃ、どちらか死ぬことを覚悟せんとならんの)

 ため息と共に死の覚悟を決めたゼノは、全力での堅を纏う。数十年の歳月と共に蓄えられ磨き上げられたオーラは針のごとく研磨され、大気を震わすが、それでも量に任せそれを圧縮したヒノメのオーラに比べると力不足を否めなかった。

(さながら、全身が硬といったところかの……)

 金属をノコギリでひいたような不快な音を奏でるヒノメのオーラを見たゼノはそうヒノメを批評し、全く割に合わない仕事だと嘆息した。
 そして、次の瞬間にはゼノは消えた。

「リャッ!」

 一瞬でヒノメの死角へと周り込んだゼノは、気合いの声と共に硬を用いて抜き手を放つ。
 初手から硬はリスクが高い手だが、そうでもなければヒノメの硬の防御力を貫くことはできない。
 戦闘経験の薄いヒノメは、一拍遅れてゼノの動きを把握したにもかかわらず、間一髪でゼノの抜き手を屈んでかわす。
 それはヒノメの反射神経と動作がゼノを超えていることを意味しており、ゼノはぬぅと内心で呻いた。
 だが、ゼノは一人ではない。今となっては純粋な戦闘能力なら自分を超えた息子も、この場にいるのだ。
 ゼノの抜き手を交わしたヒノメを待ち受けるように、シルバの蹴りがヒノメに炸裂する。
 経験の無さ故に、動作を次の動作に繋げるということができないヒノメは、もろにシルバの蹴りを喰らい、優に十数メートル吹き飛ぶ。
 だが。

「…………………………」

 シルバの剛脚、それも硬を顔面に受けたにもかかわらず、ヒノメに目立ったダメージは無く鼻血すら流れていない。
 爛々と光る緋色の瞳に、シルバとゼノは驚嘆せざるを得なかった。
 経験も無く体術も未熟。しかし人間の域を遥かに超えた肉体に、底の見えない膨大なオーラ。

(まるで“素質”だけを徹底的に磨き上げたようじゃ)

 そう、ゼノはヒノメを批評する。
 これで経験を積み、体術も積んだなら、どれほどの化け物となるか。
 ゼノはこの歪な少女の完成形を思い浮かべ、苦笑した。

「ぐっ……」

 そこに、満身創痍といったイルミが場に戻ってくる。
 イルミの服は、腹の部分がはぜており、覗く地肌は紫色に変色しており、肋骨が全損していることが簡単に見て取れた。

「……生きとったか」

「ギリギリで硬が間に合った。それでもただの纏で殴られてこの様だけど」

 そういってイルミはヒノメへと眼を向ける。

「……一応、0.1ミリグラムでクジラが即死する毒を盛っておいたんだけどな」

 イルミの針の尻には、猛毒や痺れ薬等の薬品が詰められており、対象に刺さった瞬間その薬品が流れ込むことになっている。
 今回イルミが用いたものも、致死量の100倍の猛毒を詰めたものだったのだが、ヒノメが毒に苦しんでいる様子は見受けられなかった。
 そんな彼らに、カルロスが言う。

「……奴には、生まれた頃から毒を仕込んだ飯を食わせ続けている。既存の毒で奴に効くものは存在しない」

「お前はうち(ゾルディック)か」

 ゼノは吐き捨てるようにカルロスに突っ込む。
 そして、ヒノメに眼を向けたゼノは眉を潜めた。
 なぜか、ヒノメがカルロスの発言に酷く動揺しているのだ。
 あの強大だったオーラも揺らぎ、感じる圧力も弱々しくなっている。
 一瞬でアイコンタクトを取った三人は、動揺しているヒノメの隙を見逃さずに特攻していった。

 
 
 ――奴には、生まれた頃から毒を仕込んだ飯を食わせ続けている。
 そのカルロスの発言は、ヒノメから少ない余裕を剥ぎ取るのは十分だった。
 ヒノメが最後にすがり付いた父の手料理も、自分を毒殺するためだけのものだった。

(……私は本当に愛されていなかった?)

 ぐらり、と視界が揺れる。そしてその隙を、敵たちは見逃しはしなかった。
 ゼノが、手に硬でオーラを集めた抜き手を放つ。
 それを交わしたヒノメだったが、刹那ゼノの抜き手からオーラが分離するように離れると、龍の形を作り、ヒノメの左手に食らいつく。

「カァッ」

 そのままゼノは龍頭戯画でヒノメの左手を引寄せ、ヒノメのバランスを崩す。
 ヒノメは、それに反射的に脚にオーラを集めて踏ん張り、そしてそこをシルバへと突かれた。
 脚にオーラを集めた分薄くなった堅。なんとか腕のガードは間に合ったものの、シルバの硬での蹴りにメキメキと腕が軋むのを感じた。
 折れはしなかったものの、この戦闘で初めてのダメージはヒノメにイラつきを与えずにはいられなかった。

(……こいつらさえ来なければ!)

 そしてそのイラつきは、何の理屈にもなっていない根拠不明の怒りと結び付き、ヒノメの精神のバランスを崩していく。

(このっ!)

 ヒノメは、最も目障りなゼノへと拳を振りかぶるが、ゼノは素早く龍頭戯画を解除。全オーラを手に集め、ヒノメの腕を弾き、さらに神速のオーラ移動術で脚にオーラを移し回転することで完全にヒノメの攻撃を受け流した。
 そして、ゼノを攻撃するために無意識にオーラを腕に集めてしまっていたヒノメは、またも薄くなった部位をシルバへと突かれ、小さく、少しずつ、僅かに、しかし確実にダメージを蓄積させていく。

(……なんで! 私より、弱いのに!)

 動きも、オーラの絶対量も、オーラの移動速度もヒノメが勝っている。相手が勝っているのは、数とこれまでの経験くらい。
 たったそれだけなのに、ヒノメはこうも一方的にやられている。
 鍛え上げられた肉体と、圧倒的なオーラ量の差故にダメージこそ少ないが、確実に積み上げられていくダメージはヒノメの芯に鈍い痛みを残すようになっていた。
 だが、それでもヒノメが冷静になればヒノメの勝利は揺るがないだろう。
 オーラ量の差は絶対的であり、ゼノとシルバは全顕在オーラを注ぎ込んだ硬で無くてはヒノメに満足なダメージを与えることはできない。
 それは裏返せばオーラの消耗量が激しいということに他ならず、持久戦に持ち込めば、いずれは彼らのオーラは枯渇しヒノメにダメージを与えられなくなるのだ。
 それまでは、ヒノメは流すら使わずただ堅で身を守っていればいい。
 それだけで、ヒノメは勝つことができる。それほどまでに、彼らとヒノメではスペックに差があるのだ。
 にもかかわらず、ヒノメは彼らに反撃せざるを得ない。
 当たれば一撃で殺せるのに、そのすべてを受け流されては反撃を喰らう。
 その気になればあたる瞬間にオーラ移動をしてリスクを最小限にできる技量があるにもかかわらず、最初から拳にオーラを集めて攻撃してしまう。
 なまじ、オーラを操る技術が高いが故に、無意識にオーラを攻撃する部位に集めてしまうのだ。
 そしてそれを彼らは見逃さず、ダメージを募らせていく。
 ダメージはさらにヒノメの冷静さを失わせ、攻撃は雑に、大振りなものへとなっていく。
 完全な負の連鎖。
 一言で言えば、戦い方が下手なのだ。
 センスはある。今は下手だが、ポテンシャル自体は高い。現に、少しずつであるがヒノメの動きからは無駄が消えていき、隙が少なくなっている。
 だが、いまのヒノメにそれを生かせというのは無理な話だった。
 信じていた父から告げられた認めがたい現実。今まで端麗のみで、模擬戦の一つすらして来なかったが故の真っ白な経験。そして初戦の相手がよりによって世界最高峰のゾルディック。しかも3人係り。
 いまの負の連鎖もまたゼノが作り出したものであり、細かなフェイントを交えることでヒノメから冷静さを奪っている。
 そしてそれにヒノメは気付かず。
 結果。

「アアアァァァ――――!」

「ぬっ」

 業を煮やしたヒノメが、ゼノが受け流せぬよう点によるピンポイント攻撃ではなく、オーラの放出による範囲攻撃をする。
 特大の念弾の直撃を喰らったゼノは、そのまま吹きとばされていき。
 そしてシルバはそれを見逃さなかった。

「かふっ」

 ヒノメが、吐血する。

(え……?)

 視線を下に向けたヒノメは、その光景に呆然とした。
 シルバの腕が、ヒノメの脇腹を貫通していた。
 シルバは腕を引き抜くと、さらに追撃。
 未だ呆然としているヒノメへと蹴りを叩き込む。

「ぁ、が……!」

 メキメキと、肋骨をへし折られながらヒノメが吹き飛ばされる。
 サッカーボールのように蹴り飛ばされたヒノメは十数メートル転がった後、ようやく停止した。

「がはっ」

 ビシャビシャと鮮血と吐瀉物の混じったものを吐き出す。
 その内心は、その嘔吐物のように混沌としたものだった。

(イタイ痛いイタイイタイ痛いイタイ痛い痛いイタイ……なんで? どうして? 私の方が強いのに……)

 抉れた脇腹を抑えながら、ヒノメは混乱する。
 生まれて初めての激痛に、何がなんだかわからぬままに始まった今の状況。
 いくら素質に恵まれたと言えど11になったばかりの少女にはこの状況はいささか酷過ぎた。
 ともすれば浮かんできそうな涙をこらえながらも、追い詰められたヒノメがすがったのは……自らを切り捨てたはずの父だった。
 そして、ヒノメは見た。
 カルロスの、自分に対する失望の眼を。

 その瞬間、ヒノメの心を憤怒が埋め尽くした。

 ――ふざけるな。

 ヒノメから、膨大なオーラが吹き出す。

 ――私がこんな目にあってるのは誰のせいだと思ってる。

 抉れた脇腹が急速に肉で埋められ、完治する。折れた肋骨も、瞬く間に治癒した。

 ――なのになんだ、その眼は。

 緋の眼の輝きが一層増し、只でさえ膨大だったヒノメのオーラが倍増する。

 ――信じてたのに。

 憤怒によって染められたヒノメのオーラは、先ほどまであった脆弱な精神ゆえの隙は見当たらず、踏み込めば死ぬとシルバとイルミに確信させるには十分だった。

 ――――許せない。

 そして、ヒノメは生まれて初めて父へと殺意を抱いた。

 ヒュッ、とシルバですら視認できないほどのスピードでヒノメが消える。
 そして次の瞬間にはカルロスの目の前に立っていたヒノメは、ただ己の感情の赴くままに。
 その抜き手をカルロスへと突き刺した。

(―――――――――――――――――ぁ)

 取り返しのつかないことをした。
 とヒノメが気づいた時には、すでにカルロスの心臓はヒノメの右手により貫かれていた。
 カタカタと、ヒノメの体が震える。

(ち、違……こ、こんな筈じゃ。ただ、私は父さんに誉めて欲しくて)

 ヒノメは、呆然とカルロスを見上げる。
 カルロスは、自分の胸とヒノメの腕を見比べると、ふっと微笑した。

(……え?)

 そして、呆気にとられるヒノメへと、掠れた声で言った。

「よく、やった。ヒノメ。これで、お前は……卒業だ」

 その言葉は、ヒノメが生まれてからずっと何よりも欲しかった言葉。
 だが、こんなシチュエーション。あまりにも、酷い……。
 くしゃり、とヒノメの顔が歪む。それまでの鉄面皮が嘘のような泣き顔。
 それにカルロスは驚いた顔をし、

「お前……そんな顔が出来たのか」

 そう言って、死んだ。

「ぁ………あ……」

 ガチガチと、ヒノメが震える。
 殺してしまった。この世で一番好きだった人を。この手で。
 纏すら纏えぬほどにヒノメは動揺する。

「あぁ……あぁあ……ああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

 少女の慟哭が、島中に響き渡った。

 
 

 ……あれからどれほどの時間が経っただろうか。
 気づけば日は疾うに沈み、雨がしとしとと降り注いでいる。
 ヒノメは、ただ息絶えた父の前で呆然と座り込んでいた。
 暗殺者たちは、いつの間にか消えていた。依頼者であるカルロスが死んだためだろう。
 ヒノメとしては、殺してもらっても構わなかったが、彼らにも彼らなりの誇りがあるということか。タダの殺しは真っ平ごめんということなのだろう。
 心底どうでもいい話だった。
 ヒノメはすべての感情が死んだような眼で、カルロスの死体を見つめていた。
 これから先どうしていけばいいかわからない。
 今まで、父の言うがままに修行だけして生きてきた。
 修行が終わればやりたいことがたくさんあったが、それらはすべて「父とやりたいこと」ばかりだった。
 そう、ヒノメにとって父とは世界に等しかったのだ。
 それが、突然1人この世界に放り出され、ヒノメは途方にくれていた。
 ふと、ヒノメは自分の腕に黒い腕輪と白い腕輪がついているのに気づいた。
 ヒノメは、何気なく黒い腕輪に触れた。
 次の瞬間、ヒノメの脳裏にカルロスの念が流れ込んでいた。

 ――【最初で最後の誕生日プレゼント/ハッピーバースデー】

 それが、この腕輪の名前。カルロスの死者の念が、腕輪となった姿。
 気づけば、ヒノメの眼からは涙が止めどなく溢れてきていた。
 カルロスの死者の念からは、ヒノメに対する恨みなど感じられず、あるのはただヒノメを強くしたいという念だけだった。
 この腕輪の能力は、ヒノメの能力の抑制だ。
 ヒノメの顕在オーラを、敵対者の最大顕在オーラとほぼ同じ量まで抑制させることにより、常に対等の敵と戦わせ続けることによってヒノメにより多くの経験を積ませる為の能力。
 また着けているだけで修行の効果があり、24時間着けっぱなしにすることによって、最大顕在オーラ、最大潜在オーラ共に1%づつ上昇させる効果もある。
 着脱はヒノメの自由意志であり、カルロスで腕輪の装着。エリナで腕輪の解除をすることができる。
 そんな、どこまでもヒノメを成長させることだけを目的とした念。
 そこにカルロスの口にしたエリナを殺したことに対する恨みも、娘としてへの愛も存在しない。
 もはや、ヒノメにはすべてがわからなかった。
 結局、自分はカルロスに恨まれていたのか、愛されていたのか。愛とは一体なんなのか。自分が愛を知らないから愛がわからないだけなのか。
 頬を伝う液体が、雨なのか涙なのかすらヒノメにはもうわからない。
 そんなヒノメの視界の端で、見覚えのあるものが見えた。
 半壊した我が家の下敷きになっている。小さな長方形のそれ。
 それは、ヒノメが何百回と読み返した例の恋愛小説だった。

(――――そうだ)

 見つけにいこう。とヒノメは思った。
 愛を。自分だけを愛してくれる人を、探しにいこう。
 世界は広い。
 この世界のどこかには、ヒノメを受け入れて愛してくれる人がきっといる。
 こんな、母を殺し、父を殺した血塗られた自分でも、愛していると言ってくれるひとがいる筈だ。

 嗚呼、まだ見ぬ最愛の人よ。
 なんでもします。だから私を受け入れてください。私もあなたのすべてを受け入れます。
 だから、私を愛してください――。

 かくして、少女の小さな世界は崩壊し、少女は世界へと旅立つ。
 愛に餓えた小さな少女が、異世界からの迷子を拾うのはまだもう少し先の話。
 この時、少女はまだ自分の男運の無さを知らない――。


念能力紹介

【気休め程度の制限解除/リミテッドリラックス】:操作系
自身を操作し、肉体のリミッターを1%ほど外す。
その能力の小ささゆえに制約と誓約なしでもメモリ消費は極めて少なく、その本質は「すでに自身を操作対象とすることで他者の操作を防ぐ」という点にある。




[36088] 原作前1
Name: 百円◆a7158118 ID:5ce254c8
Date: 2012/12/16 02:17
 ヒノメが父をこの手で殺めてしまってから3ヵ月が経った。
 この3ヵ月で、ヒノメは少しばかり有名人となっていた。
 それはもちろんその美貌と強さから…………ではなくフードファイターとしてだ。
 生まれ故郷の無人島を旅立ったヒノメが最初に直面した問題。それは金銭問題だった。
 衣服と小説だけ持って着のみ着のまま旅立ったヒノメは、当然のように一文無しだった。
 実のところ、カルロスは預金に5億。現金で500万の金をヒノメに用意していたのだが、ヒノメはそれに気づかず旅立ってしまっていた。
 そしてヒノメは自他共に認める大食い少女である。
 飯を食わねば3日で餓死、しかし飯を食う金はない。
 そんなヒノメが眼をつけたのが、大食い懸賞の店である。
 常人ではとても食いきれないような量の飯を出し、〇〇分以内に食い終われたら1万ジェニーというあれだ。
 たらふく食えて、金まで貰える。フードファイターは、ヒノメの天職と言えた。
 ヒノメは最初の街で、大人3人係りでも喰いきれない巨大パスタを5回もおかわりして賞金を稼ぐと旅支度を整えて旅立った。
 多少広い街ならば、大食い懸賞の店が一つはあるものだ。
 そうやってヒノメは食い繋ぎながら、自分の脚で世界中を歩き回っていた。
 そんなヒノメは、あっという間に電脳ページ上で有名となった。
 きっかけは、最初の街で「めちゃくちゃ大食いの美少女がいた」と自分のブログでヒノメの写真をアップしたものがいたことからだ。
 そして、次の街でも同じようにヒノメをブログに紹介するものが現れた。
 次も、その次も、そのまた次も大食いをする度にヒノメはブログで取り上げられていく。
 すると、かつて自分のブログでヒノメを取り上げたものが、「あの大食い美少女が他のブログでも取り上げられてたwww」とまた話題にする。
 そして、そうしてブログで度々話題になるとAチャンネルという総合掲示板で、「美少女フードファイターを追い掛けるスレ」というものが立つようになった。
 そうして多くの人の眼に触れるようになると、次に注目されるようになるのはヒノメの眼についてだ。
 ある時、ヒノメの写真を見た博識な者が、「あれ、これもしかして緋の眼じゃね?」とコメントした。
 すると「緋の眼ってクルタ族の特殊体質だったよな」というコメントが出て、「クルタ族って3年位前に幻影旅団に皆殺しにされてなかったっけ?」ということに皆気付く。
 そこからヒノメのストーリーが勝手に作られるのにそう時間はかからなかった。
 ヒノメは、今は滅んだクルタ族の生き残りである。幻影旅団によって集落を襲われた彼女だったが、命からがら逃げ出すことに成功する。しかし、なんとか生き残ったものの、両親はもちろん知人もすべて拷問され眼を抉られて死亡。この時のショックから、通常は感情が高ぶった時のみしか発現しない緋の眼が常時発現するようになる。こうして天涯孤独となってしまったヒノメは、同じ生き残りを探すために世界中を旅しながら食う為にフードファイターをしているのだ。
 というストーリーだ。
 このストーリーに、全「おまいら」(いつもAチャンネルに住み着いているようなAちゃん愛好家のこと)が泣いた。
 無論本気で同情しているわけではなく、面白半分のお祭り騒ぎである。
 ヒノメは、その緋の眼からヒノメと名付けられ――偶然にも本名となった――ヒノメ支援スレが乱立するようになる。
 とまぁこうして本人も知らぬ間に悲劇のヒロインの偶像を仕立てあげられていたヒノメだったが、有名税というものか、ヒノメが有名になるにつれ厄介な輩も出始めた。
 ヒノメから、懸賞金を巻き上げようとするチンピラを始めとして美少女であるヒノメをレイプしようとする屑。今となっては貴重となった緋の眼を確保しようとする人体収集家や人身売買組織の手下。
 前者は取るに足らない雑魚なので、目の前でコンクリートを握りつぶすだけで逃げていったが、後者は念能力者を仕向けてくることもあり、なかなかに厄介だった。
 この日も、ヒノメはそういった厄介に狙われていた。
 いつものように大食いで店主を泣かしたヒノメは、店を出てすぐにその気配に気づいた。

(……今日は8人か)

 円を使わずともわかる未熟な絶に、ヒノメは嘆息する。

(前回は4人だったし、来る度に倍々になったりして……)

 ヒノメは、例え相手がどれほどの屑でも殺さないことにしていた。モラルの問題ではなく、父を殺したことを否応なしに思い出させるからだ。
 だが、この不殺の主義が相手方を調子尽かせることにもなっていた。
 なんせ、殺さないということは貴重な念能力者の配下が減らない、ということだ。ならば、試しに送ってみて、しかるのちにより可能性の高い配下を送ればいい、という思考になるのは当然のことだった。
 現に、回を増すごとに刺客はより強く、より多くなっている。
 だが、ヒノメの嘆息はそれについてではない。

(弱すぎ……もう少し強くないと経験値にならない)

 刺客のあまりのレベルの低さにだ。
 ヒノメは、チンピラやこういった刺客に狙われるのは嫌いじゃない。こういったあからさまな悪役は、小説やマンガに付き物であり、こういった存在に狙われると自分が小説の主人公になったような気分になるからだ。
 しかも、彼らを撃退し財布を慰謝料に貰えば臨時収入にもなる。それを考えれば、むしろ毎日来てもらってもかまないくらいだ。
 だが、それでも欲を言うならばもう少し歯ごたえのある敵の方がいい。
 こんな、絶も完璧に出来ないような相手では念の錬度もたかが知れているというものであり、せっかく作った発の練習台にもならない。
 そんなことを考えながらも、ヒノメは人気のないところへと進んでいく。
 そして、建築途中に廃棄されたのだろう廃ビルへと入ると振り返り、言った。

「そろそろ出てきたら? 気配、バレバレ」

 このヒノメの発言に暗闇から一人の男が出てくる。

「……ほう、俺たちに気づいていたのか」

 ヒノメが人気のないところに向かっている時点で自分たちに気づいていることに気づいても良さそうなものだが、男は関心したように言う。

「だが、人気のないところに来たのは失敗だったな。……大人しくするのなら手荒な真似はしない。ボスからはできれば生かして連れてくるように言われているからな。だが、抵抗するようなら命の保証はしない」

「それはこちらのセリフ。今すぐ有り金すべて置いてくなら見逃してあげる」

 ヒノメの、善意からの忠告に男は額に青筋を浮かべる。

「……状況はわかっていないようだな。こっちはお前の眼さえ無事なら後はどうやってもいいんだぞ?」

「…………3回目」

「あん?」

「そういってやられるのはあなたたちで3回目。やられ役のマニュアルでもあるの?」

 もしそんなものがあるならば、面白そうだ。是非読んでみたい。
 そんなことを考えるヒノメを余所に、男たちは完全にぶちギレていた。

「ぶっ殺す!」

 そういって、男と暗闇からさらに5人の男が飛びかかってくる。後の二人は伏兵のつもりなのか絶で気配を消している。最も、こんな絶では伏兵にもなりはしないが。
 そんな彼らを見据えながら、ヒノメが堅をする。
 対象が複数の場合【最初で最後の誕生日プレゼント】は、相手の中で最も顕在オーラの多いものを対象とする。
 故にヒノメのオーラは相手方の最もオーラ量の多いものと同じのはずなのだが……。

(意外に多い? もっと低いと思ったのだけど)

 相手方の質からして、堅5分程度のオーラもあれば上等と思っていたのだが、なかなかどうして。堅30分ほどのオーラがある。
 しかし。

「ッッ! なんてオーラだ」

 男たちはヒノメのオーラ量に驚愕したように驚いている。
 これが指し示す事実は……。

(あぁ、手練れの本当の伏兵がいるんだ)

 ヒノメは内心ほくそ笑みながら、伏兵を表に引き摺り出すべく男たちを片っ端から沈めていく。
 そもそも身体能力が違い過ぎ、念無しですら余裕の雑魚どもだ。
 彼らの発すら使う暇なく叩き伏せられていく。
 こういう時小説などでは手刀で格好良く気絶させていくのだが、ヒノメにそういった技量はなく一度試して首をへしゃげてしまって以来、蠅を叩き落とすようにして気絶させるようにしていた。
 10秒とかからずに6日の男を叩きのめすと、二人の伏兵へとオーラを放出。手加減されたそれは、しかし絶(もどき)をしていた為防御力を落としていた彼らをあっさりと昏倒させる。
 すべての(見える)敵を倒したヒノメは、そこでふぅと一息吐き堅を解く。
 戦闘終了と思ったが故の油断。それを最後の敵は見逃しはしなかった。
 ヒノメの上空から、天井に張り付くようにしていた男が奇襲。ヒノメを覆い尽くすように布が具現化され、ヒノメをあっさりと閉じ込めると縮小。ヒノメは指で摘まめるほどのおひねりとなった。
 そしてヒノメを襲った男は、おひねりとなったヒノメをつまみ上げると言う。

「堅を見た時はちょっと警戒したが所詮はガキだな」

 男の名は梟。無論、偽名であり、男の属する組織陰獣でのコードネームだ。本名は、梟の名を与えられた時に捨てた。
 能力名は【不思議で便利な大風呂敷/ファンファンクロス】。布を具現化し、布に包んだものをおひねりサイズまで縮小する能力だ。物資の持ち運びに、敵の捕獲と汎用性の高い能力であり、陰獣の中でも比較的重宝されている。
 今回陰獣である梟が遣わされたのも、ヒノメの容姿を気に入った十老頭の一人がヒノメを欲しがった為。捕獲能力に優れた梟を刺客としたのだ。
 結果はこの通り成功。無事無傷で対象を捕獲することができた。
 梟は、すべて自分の目論見通りにいったことにうっすらと笑みを浮かべる。
 まず、適当な雑魚を差し向け撃退させる。もう一度、今度は数を増やした雑魚を差し向け、これも撃退させる。こうして、刺客を撃退させることに“慣れ”を生じさせ、そして三度目、8人もの雑魚を差し向ける。
 相手はこれも撃退するだろうが、それも計算通り。一度目二度目で伏兵がなかったことにより、戦闘後の油断はより大きいものになる。しかも刺客は絶が不完全なものを選ぶことで、デコイの伏兵も発見させることで“伏兵はすべて片付けた”という固定観念を対象に刷り込ませる。
 そこを、一流の使い手である自分が奇襲。二重の伏兵により、完璧な成功を修めた。
 すべてが梟の思い通りだった――――相手がヒノメでなければ。

「――へぇ。相手を手のひらサイズのおひねりにする能力かぁ。なかなか便利そうだね」

「なっ――!?」

 驚愕と共に梟は振り返る。そこにいたのは、確かに今自分のファンファンクロスで捕獲した少女ヒノメ。
 ヒノメは梟にすら気づかせなかった完璧な絶を解くと上機嫌に言う。

「凄く便利な能力。私、そういう能力ずっと欲しいなぁって思ってたの。良ければ仲間にならない?」

「…………どうやって俺のファンファンクロスから抜け出した?」

 梟はヒノメの問いには答えず、そう問いかける。

「秘密。……それより返答は?」

「お断りだよ、ガキがッ!」

 梟はヒノメへと飛び掛かり、ファンファンクロスを発動する。
 ファンファンクロスは今度こそヒノメに覆い被さり、ヒノメを閉じ込める。

(よしッ、今回は確実に捕獲したッ)

 対象が小さく縮んでいく姿も確認した。仮に一度目は超スピードで逃れたのだとしても、今回は確実に捕獲に成功した。
 だが。

「残念。でももう“写し取れた”し別にいいんだけどね」

「!?」

 背後を振り返ればそこには変わらぬ姿のヒノメ。その姿に梟は反射的にファンファンクロスを解除して中身を確認する。
 そして。

「バア」

 中から現れたのは、30代ほどのファンキーな格好をした男。
 禍々しいほどに美しい緋色の瞳のその男は――梟自身だった。


(なん―――……)

 驚きに思考の停止した梟にもう一人の梟が手を翳し、そして――――。


「……ふふ」

 誰も居なくなった廃ビルで、緋の眼少女だけが小さく微笑んだ。




[36088] 原作前2
Name: 百円◆a7158118 ID:5ce254c8
Date: 2012/12/13 03:12

 廃ビルでの戦闘から数十分後、ヒノメは人里離れた山奥で、夜営の準備をしていた。
 基本的にヒノメは安めのシャワー付きインターネットカフェやカプセルホテルなどに泊まることが多いが、近くに街がなかった場合、あるいは襲撃のあった日は用心も兼ねて夜営をすることもある。
 今回は、後者に当たった。
 ふと、誰かの囁き声のようなものが聞こえたヒノメは辺りを見回した後、ようやく声の主に気付き今日の収穫をポケットから取り出した。
 手のひらサイズのおひねりからは、囁き声程度の罵声が常に聞こえており、それを聞いたヒノメはうっすらと笑みを浮かべた。

(今日は本当についてた)

 ずっと欲しいなと思っていた能力を、こんなにもあっさりと手に入れることができた。これでこれからの“収集”も捗るというものだ。
 本当に、この梟という男には感謝しても仕切れない。
 だが、この口の悪さはいただけない。これから長い――恐らくは梟が死ぬまでずっと――付き合いになるのだ、まずは口の聞き方から教えなければ。

(……教育)

 ヒノメは、おひねりを握りしめると、自身ができる最大の速さでシェイクした。振る手が消えるほどの速さで一分ほど振り続けると、おひねりからの罵声はすっかりなくなった。代わりに何やら嘔吐するような声が聞こえてくる。
 それにヒノメは満足するように頷くと、寝そべり夜空の星々を眺めながら自身の発へと思案を巡らせた。
 ヒノメの発、【鏡写しのIt/ドッペルゲンガー】は、自らの分身を作り出す能力だ。
 分身は、ヒノメと思考と潜在オーラを同期しており、半自動的に行動する。分身が消えた場合は、それまでの分身の経験(痛みの記憶を含め)が本体に合流してしまうという制約があるが、反面危険地帯への侵入、相手の見極めに用いるということができた。
 ダブルの能力は、強化系が覚えた場合、ダブルを出す具現化系とダブルを操作する為の操作系と離れる為使い物にならない。具現化系が覚えた場合も、操作系とダブルを強化する為の強化系と離れる。操作系が覚えた場合も同様だ。
 例外として特質系が覚えた場合はレベルの高いダブルが出せるが、やはり強化系と最も遠いせいで使い物にならない。
 そんな、微妙な能力。
 だが、ヒノメの場合は違う。全系統を100%の精度で使うことが出来、具現化系以外のほぼ全ての系統を極めている。少しばかり錬度の落ちる具現化系であっても自分の肉体という熟知したものならば問題なく具現化出来た。
 つまり、ヒノメはダブルの能力を使えば単純に戦闘力を倍増できるのだ。
 そしてヒノメはこれに特質系の能力を付与した。
 それが、【鏡写し/ドッペルミラー】である。
 ドッペルミラーは、対象の姿形、思考、そして発をコピーすることができる。これだけ聞くとお手軽かつ強力な能力に聞こえるが、勿論それなりの制約が存在する。
 まず、前提条件として【最初で最後の誕生日プレゼント】を着用時という制約がつく。自らの能力を極端に落とすことにより制約としたのだ。さらに、対象は10メートル以内に存在せねばならず、また一度実際に相手の能力を見て、体験する必要がある。写し取った相手の発も、再現度は相手の発のレベルではなくヒノメのその系統の熟練度に依存する。
 キツイ制約ではあるが、相手の能力を体験するのはドッペルゲンガーでも良く、実質的な制約は【最初で最後の誕生日プレゼント】が大きく占めるだろう。
 【最初で最後の誕生日プレゼント】を解除さえすれば、大抵の敵はそのオーラと身体能力で圧倒することができるのに、なぜわざわざこんな敵に合わせたような戦い方をするのか。
 それは、“ドッペルゲンガーを消した瞬間の経験の流入”の為だ。
 鏡写しをしたドッペルゲンガーは、対象の思考までもコピーする。記憶までは読み取れないが、戦闘中の思考はトレースすることができる。
 これにより、敵の能力の効率的な使い方、そして敵の戦闘経験の一部を学習することができる。
 自身の発の詳細と思考パターンの読み取り。能力者がこれほど恐れる能力はあるだろうか。
 そして何よりも恐ろしいのは、経験以外の全てが揃ったヒノメが、コピー対象の戦闘眼を吸収することによって急速に成長していくことだった。
 ……とまぁそんな恐ろしい能力を産み出したヒノメだったが、本人はそこまで深く考えてこの能力を産み出したわけではない。
 単純に、相手が複数になった時、自分がたくさんいれば便利だなぁと思って作り出した能力であるし、ドッペルミラーの能力も相手の能力を使えたら便利だなぁとという思いから生まれたものだ。
 制約も、できれば父からのプレゼントである【最初で最後の誕生日プレゼント】は外したくないなという思いからだし、経験の流入という制約も強く自身をイメージし過ぎた為の副産物だ。
 つまり、この能力は一から十までの全てがヒノメの本能から作り出された念能力。
 いわば、世の中に存在する天然の念能力者たちの無意識の念能力に近い。
 それがこれだけ高性能に纏まったのは一重にすでにヒノメの全系統が高錬度に纏まっていたからに他ならない。
 そして、無意識の念能力というのは本人の本能から産み出されたものであるから故に、意識的に産み出された能力に比べ非常に強力な物が多い。
 意識的なものは、どうしても自分の能力を制限的(常識的に考えて、これだけ強い能力ならこれだけの制約が必要等の思い込み)に見てしまい、自身の潜在能力をフルに活用できない。しかし無意識の念は自身の本能から生まれるもの故に本人の持ちうる全てから産み出される。
 故に強力。故に個性的。
 特にそれが他に類を見ない特殊なオーラである特質系から生まれたものであるならば、その念は唯一無二のものとなる。
 念能力者の間では、しばしばレアと呼ばれる能力である。
 そんな、ヒノメの能力だが、非常に相性の良い能力がある。
 捕獲系の能力だ。
 気に入った能力者を捕獲しコレクションしておけばいつでもそのドッペルゲンガーを作り出すことができる。欠点は、捕獲系の能力を持ったドッペルゲンガーを必ず一体は常に具現化し続けなければならないが、ドッペルゲンガーは“残り潜在オーラ÷その時の最大顕在オーラ”分出すことができる。敵が弱ければ弱いほどドッペルゲンガーは多く出せるし、敵が居なくても5体は出せる。そしてドッペルゲンガーの維持は堅の消耗オーラと同様なのでヒノメの莫大なオーラならばずっと出し続けることができる。
 最も、あまりに長期間出していると消した際のフィードバックが大きくなりすぎるので定期的消す必要があるが。

(時間ができたらピーちゃんの為の“鳥籠”を買おっと)

 そんなことを考えながら、ぼーっと星を眺めていたヒノメは、ふと自身の円に何者かが入ってきたことを察知した。
 ヒノメは、こうして野営をするときは出来る限り円をすることにしている。それは、外敵を察知する為でもあるし、夜食のための獲物を捕らえるためでもあった。
 そして、今回は後者。獣である。
 大きさからして、乗用車ほどの猪だろう。そして、その猪は何かを追いかけていた。

(…………迷い混んだ一般人?)

 猪が追いかけているのは、人間の男だった。しかも、オーラは垂れ流しにされており、オーラの質から考えても完全な一般人。
 彼は必死に、しかし猪から見ればよちよち歩きのようなスピードで逃げ回っている。
 猪が、彼をいたぶって遊んでいるのは明らかだった。
 ヒノメはすぐさま立ち上がると、彼の元へと向かう。
 別に彼を助けようと思ったわけではない。単純に、猪鍋の気分だったのだ。
 猪との距離はおよそ600メートル。途中の木々が障害物になろうと数秒でたどり着ける距離だった。
 そしてヒノメがそこにたどり着いた時、彼は全身に切り傷を作り満身創痍という様だった。
 辺りには微かに血の香りが充満し、その匂いに興奮したのか猪は彼をいたぶるのをやめ止めを刺さんとしているところだった。
 それを見たヒノメは跳躍する。月明かりを背に猪の頭上に現れたヒノメは、くるりと空中で一回転し、オーラを変化させる。3メートルほどの刃を生み出すと一閃。猪は自身が死んだことも気づかずに、死んだ。
 ドサッという重い音を立てて猪の首が落ち、一瞬遅れヒノメが音もなく着地。そして漸く、ドォォォンッという音と共に猪が倒れた。

「………………………………ぁ?」

 彼は、何が起こったかわからないのだろう。力なくへたりこみながら、ポカンと口を開けヒノメを見ている。
 そんな彼に振り向くと、ヒノメは言った。

「…………猪、食べる?」

 
 
 
 

 一体何がなんだかわからない。
 それがその時の安藤 大和の偽りない感情だった。
 部活帰りに突然目の前が真っ暗になったと思ったらいつの間に辺りは夜になっており、深い森の中にいた。
 混乱して喚いていたら乗用車ほどの大きさの猪が現れた。
 一瞬もののけ姫の世界に迷い混んだのかと思ったほどだ。
 大和が「も、もしかしておっことぬしさま?」と問いかけたら猪はまるで猪のように吠え、猪のように大和を追い立て始めたのだ。
 あまりに非現実的な光景に、夢であることを疑った大和だったが、猪の鋭い牙に腕を抉られてからはそんな考えは捨てて必死で逃げ惑った。
 腕から響く激痛が、大和がこれは現実だと物語っていた。仮にこれが夢でも死ねばショック死は免れないと思うほどに。
 必死に、死に物狂いで逃げた大和だったが猪と人間では身体能力が違い過ぎる。
 それでも大和が生き延びていたのはこの猪が大和をいたぶって遊んでいたからである。
 だがそれも長くは続かない。大和の血の匂いに興奮したのだろう猪が、大和で遊ぶことを諦めたからだ。
 もはやこれまでか。
 なぜ、どうしてこんなことに。俺が一体何をしたっていうんだ。
 大和があまりの理不尽さに神を呪ったその時だ。
 目の前の少女が現れたのは。

 突如現れたその少女は、この数十センチ先も見えないような暗闇の中でも明るく輝いて見えた。
 月明かりを背に、空中で反転する少女はこの世のものとは思えないほど美しく、幻想的で。
 大和はやはりこれは夢なのかもしれないと思った。
 少女は、無手であるにもかかわらず、腕を一降りするだけで巨大猪の首を跳ねた。
 常識では考えられない現象だ。
 そして今も彼女は、車ほどもある猪をまるで枕かなにかのように軽々と担いでいた。箸も持てるのだろうかと疑うような細腕でだ。

(…………やっぱ俺、異世界かなにかにでも迷い混んじまったのかなぁ)

 痛む身体を引き釣りながら、大和は嘆息する。
 見たことないほど巨大な猪。突然夜になり森と化した周囲。あっさりと猪を殺し、軽々と猪を担いで歩く少女。
 とても地球上で起こっている光景とは思えない。ならば、自分が地球外のどこかに迷い混んでしまったと考えた方がしっくりきた。
 最も、納得できるかといえばそんなことはあり得ないのだが。
 しばし暗闇を歩くと、小さく拓けた場所へと出た。
 中心には焚き火がしてあり、傍らにはテントが張ってある。少女はテントを漁ると、大和へ向かって小さな白い箱を取り出した。

「とりあえず、これで」

 大和が渡された箱を開けてみると中身は救急箱のようだった。

「……ぁー、気持ちはありがたいんだけど、できれば救急車を呼んでもらった方が……」

 そこで大和はハッと思い至った。

(ってバカか俺は。この世界に病院や救急車があるかもわからねぇのに)

 だが、少女の反応は大和の予想外のものだった。

「ごめん。携帯持ってないから」

「……あ、ああ」

(あるんだ、携帯……)

 どうやらここはなかなかに現代チックな異世界らしい。となると当然気になるのは戸籍であり、少女が携帯を持っていなかったのはむしろ幸運だったかもしれない。
 仕方ない。自分で応急手当てをするとしよう。
 そうして救急箱に手を伸ばした大和は、ふと手を止めた。

「あ、あのさ。これ、どう使えばいいんだ?」

 極普通に日本に暮らしていたものならば、救急箱を使うことはそうそうない。使う場合も擦り傷の消毒に絆創膏、ガーゼを張るくらいであり、それ以上は病院に行き縫ってもらうのが普通だ。
 そして大和の怪我は病院に行くレベルのものであり、とても救急箱で済むようなものではない。そして救急箱で無理やり済ませようとしても、大和は包帯の巻き方一つ知らないのだ。
 だが、それはなんとこの少女も同じだったらしい。大和に問いかけられた少女はこてんと首を傾げると言った。

「そういえば、私も使ったことない」

「……………マジか」

 まぁ確かに、あの巨大猪をあっさり倒してしまうのだ。怪我をする機会などなかなかないのかもしれない。
 仕方ないと大和は自分で手当てをしようとまずは消毒液を使おうとして、そして再び止まった。

「あー、どれが消毒液かな?」

 救急箱の薬品はすべて知らない言語で書かれており、大和にはどれが消毒液かもわからなかった。
 この質問に、少女はその無表情をかすかに、本当にかすかに怪訝そうに歪めた気がした。

「…………ハンター文字も読めないの? 世界共通言語なのに」

「……ハンター文字?」

 じわり、と大和の背中を冷たいものが流れた。
 大和は、手に持った薬品の文字を見る。
 その文字は、かすかに見覚えのあるものだった。
 大和はかつて、中学生時代授業中、その文字を使って教師の悪口を書いては友達と回していたことがある。
 とあるマンガで使われていたその文字は、知っている者でないと解読不可能であり、万が一教師に見つかった場合も安全なのだ。
 大和は、三年ほどまえの記憶を掘り出し、薬品の解読をする。

(え、た、の、ー、る……………………嘘、だろ?)

 サーッと血の気が引いていく。
 大和は藁にもすがる想いで少女に問いかけた。

「……プロハンターって知ってるか?」

「……子供でも知ってると思うけど」

「じゃあ念……って知ってるか?」

 この質問に、少女は初めて大きく表情を動かした。

「どこで、それを……?」

 少女の質問には答えず、大和は天を扇いだ。

(なんてこった……ここはハンターハンターの世界かよ)

 そして、そんな挙動不審な少年を見ながら、少女は助けるんじゃなかったかも、と思うのだった。




[36088] 原作前3
Name: 百円◆a7158118 ID:5ce254c8
Date: 2012/12/15 00:43

 5回。それが一晩でこのヤマトと名乗る少年を助けたことをヒノメが後悔した回数だった。
 最初は、意味不明な質問をして挙動不審になった時。世界共通言語のハンター文字すら読めないのに、なぜか念能力を知っており、明らかに不審だった。
 次に、自分に念を教えてくれと執拗に頼み込んできた時。無論、赤の他人にいきなり念を教えるわけがなく、これ以上しつこいようなら叩き出すというとようやく引き下がった。
 三回目は、せっかく作ってやった猪鍋に渋い顔をした時。ヒノメは、自分でも自覚しているが料理はあまり上手くない。この猪鍋も適当に煮込んで適当に味付けした、腹さえ膨らめばいいという代物だ。だが、それでもあからさまに美味しくなさそうな顔をされれば面白いわけがなかった。
 四回目が、夜中傷の痛みに魘されたヤマトが五月蝿くて眠れなかった時。仕方がないので、ヤマトの治癒力を強化し、少しだけ傷を癒してやった。そしたらまた念を教えてくれと言い出したので、ヒノメはうんざりだった。
 そして五回目。それが、今こうしてヤマトに付きまとわれている時だった。

「…………なんで、ついてくるの?」

 山を降りて歩き続け三時間。地図と磁石を上げたにもかかわらず未だ自分についてくるヤマトに痺れを切らしたヒノメは、若干顔をしかめながら振り返った。

「そんなこと言わずにさ、頼むよ。俺、この世界で頼れる人間いないんだよ」

 ヤマトは、心底情けない顔をしながら頭を下げる。
 そんなヤマトの微妙に引っ掛かる言い回しにヒノメは怪訝そうな顔をした。
 この世界に頼れる人間はいない、ということはヤマトは天涯孤独か両親に捨てられたかのどちらかだろう。
 だが、ヤマトは一見育ちが良さそうに見える。とても孤児だとか、育児放棄されたような人間には見えない。来ている服も、確かスクールに通う際の制服というものだ。
 ヒノメは、改めてヤマトを観察する。
 身長は約180センチほど。血色は良く、今は多少貧血気味だろうが肌の調子は良さそうだ。筋肉も程よくついており、スポーツマンといった印象。髪型も、街中の看板でモデルがしているような髪型であり、ファッションにも気を使っているのだろう。若干垂れ目がちの二重瞼は、甘いマスクといった感じであり、ぶっちゃけ甘やかされて育ちましたと顔に書いてあった。
 やはり、悲壮な過去を背負っているようには見えない。
 だから、ヒノメはストレートに問いかけた。

「頼れる人間はいないって、両親は? 私より、知人を頼った方がいいと思う」

「親は、いるけど今は会えない。知人も……。っていうか故郷が遠いところで、簡単には帰れないんだ」

 そういうヤマトの眼には、嘘は感じられない。
 ヒノメは少し考えこむと、言った。

「……じゃあ最寄りの街で旅費を稼いで帰ればいい。そこまでは案内してあげる」

「いやいやいやいや。そう簡単に帰れる場所じゃないんだ、本当に。っていうか、俺をある程度鍛えてくれたら自力で帰る方法探すからさ。頼むよ、念を教えてくれないか?」

 あり得ないほど厚かましいお願いだった。
 念は一石一鳥で身に付くようなものじゃない。念を教えろ、というのはそれまでの間ヒノメに面倒を見てくださいといっているに等しかった。

「……旅費を貯めた方が近道だと思う。どこで念を知ったかは知らないけど、そう簡単に覚えられるものじゃない」

「だから金でなんとかなる問題じゃないんだよ。それに働こうとしても戸籍がないから無理だ」

 この発言にはヒノメもはっきりと表情を変えた。
 戸籍がない人間など、流星街を覗けば密林の奥地の原住民くらいしか存在しない。不審、ここに極まれりだった。
 もはや、彼は一秒足りとも一緒に居たくない人物だった。厄介の匂いしかしない。
 多少のトラブルなら解決できる自信があるが、そこに彼の面倒が付属するならまっぴらごめんだった。

「悪いけど、そこまでする理由ないから」

 くるりと反転し、早足で歩き出すとヤマトは必死に追い縋った。

「わぁーっ、待った待った待った! なんでもするからっ、マジでなんでもする! あ、なんなら靴をお舐めしましょうか?」

「いらない」

「頼む! マジでアンタしか頼れる人間がいないんだ! 今見捨てられたら俺の垂れ死ぬしかないんだよ」

(死ねば?)

 口には出さず、心の中で呟きながらヒノメは歩き続ける。
 ヒノメにとっては多少早足なくらいだが、ヤマトにとっては全力疾走に近く、早くも喘ぎ始めていた。

「ハッハッハッ、そ、そうだッ! ハッハッ、俺、料理得意だぜ! ハッハッハッ、修行見てもらう間、ハッハッ、俺が家事全部担当するよ!」

 この言葉に、ヒノメはピクッと反応する。若干、歩く速度が緩やかになった。
 それに脈ありと見たのか、ヤマトが一気に畳み掛ける。

「うち、両親が料理人! ガキの頃から手伝ってたから、ある程度作れるぜ!」

(…………………ん)

 ついにヒノメの足が止まる。ヒノメは顎に手をやると、真剣に考え始めた。
 正直、彼の話のメリットは夜営の際しかない。基本大食いか食べ放題のバイキングで食いつなぐヒノメにとって、あまりメリットのない丁寧だ。活用の機会は週に一回あるかないかだろう。
 だが、こう見えて自称グルメのヒノメにとっては、そのメリットは非常に大きかった。
 ヒノメは考える。彼を拾った場合、払う労力に比べ得られるメリットは微々たるものだろう。だが、こう考えたらどうだろう。ヒノメが、彼から料理を習う間だけ彼の面倒を見るのだと。
 ある程度料理を覚えたら、彼を捨ててしまえばいい。それまでは、適当に修行と称して雑用を押し付けたらどうだろうか。

(……名案かも)

 ヒノメは内心ほくそ笑むと、キラキラと眼を輝かせてこちらを見るヤマトに振り返った。

「私の言うことには絶対服従」

「おう!」

「料理を作る時、私にも分かりやすく教えること」

「ああ」

「……寝てる間に変なことしたら、殺す」

「そんなことしないって」

「…………………………」

 やけにあっさりとウンウンと頷くヤマトを見つめながら、ヒノメはこっそりと嘆息する。

(まぁ最悪おひねりにコレクションしてドッペルゲンガーでコピーすればいいか)

 そんな、本人が聞けば青ざめるようなことを考えながら、ヒノメは手を差し出した。

「……………ん」

「ありがとう! よろしくな、師匠」

(師匠……悪くないかも)

 ヒノメは、満面の笑みのヤマトを前に、こっそりとそう思うのだった。

 
 
 
 と、思ったのも今は昔。

(この男……あり得ない)

 ヒノメは、そう心の中で吐き捨てた。
 今、ヒノメは自分の荷物に加え、ヤマトを背負い歩いていた。
 ヤマトは、と言えば6歳も年下の少女に背負ってもらいながらすぴーすぴーと気持ち良さそうに寝息を立てている。
 それを聞いたヒノメは、ビキビキと青筋を立てるも、ヤマトを捨てたりはせず黙々と歩き続けた。
 修行と称してヤマトにどんな仕返しをしてやろうかと考えながら。

 どうしてこんな状況になっているのか。それは数時間前にさかのぼる。
 師弟契約を結んだヒノメとヤマトだったが、ヒノメは早速ヤマトに修行を科した。
 それは、ヒノメの荷物持ちである。
 夜営準備一式が入ったヒノメのバッグは、50キロ近い重さがあり、ヒノメの二倍近く膨らんでいる。
 ヒノメにとって重さは大したことはないが、とにかく大きいので嵩張るのも事実だった。
 それを修行という名目でヤマトに押し付けたのである。
 荷物を受け取ったヤマトはその重さに驚き、そして原作の修行を思いだし、なるほど、これも修行かと頷いた。
 ちゃんとヒノメが修行をしてくれることに安心したほどである。
 だが、そんな余裕も長くは続かなかった。
 常識的に考えて、平凡な高校生が50キロもの荷物を抱えていつまでも歩けるわけがない。
 10キロほど歩いた時点で、ヤマトはつぶれてしまった。
 むしろ、10キロも良く頑張ったというべきだろう。
 これに驚いたのはヒノメだった。
 まさか高々50キロ程度の荷物を抱えて、10キロ歩くだけで潰れるとは思わなかったのだ。
 最初はふざけているのかと思った。だがヤマトの困憊状態は相当なもので、もしこれが演技なら役者になった方がいいだろう。
 このままヤマトに合わせて休憩を取りながら行ったら、時間がいくらあっても足りない。
 仕方がないので、ヒノメがヤマトを背負い街へ向かうことになった。まさに文字通りのお荷物である。
 しかも男としてのプライドが邪魔するのか、ヤマトは恥ずかしがってヒノメの背中で暴れた。
 それも、恥ずかしいのは体力の無さの方というとヤマトはぐうの音も出なかったが。
 そうしてヤマトを背負って歩いていると、よほど乗り心地がよかったのだろう。ヤマトは10分もしないうちにすやすやと眠り始めた。
 比較的温厚なヒノメでも、青筋を浮かべるのも無理はなかった。
 故に、街についたヒノメがヤマトを放り投げたのも誰にも責めることはできないだろう。

「…………えい」

「……ッ!? ぐぇぇ……!」

 背中の荷物と、硬い地面に挟まれたヤマトは、カエルが潰れたような声を出す。

「な、なんだぁ……?」

 ヤマトが荷物に押し潰されたまま混乱したうめき声を上げる。
 そして、氷のように冷たい眼をしたヒノメと目があった。

「良く眠れた?」

「…………あ、あはは。おかげさまで、なんつって」

「そう」

(…………な、なんて冷たい眼だ。まるで賞味期限切れのスーパーの豚肉を見るような冷酷な眼をしてやがる。これが同じ人間に向けられる眼なのか?)

「いつまでそうしてるの?」

「え、えーと、できればこの荷物どかして欲しいかな、なんて~。俺の細腕だと起き上がれないっていうか」

(死ねば?)

 そう言いたいところをぐっとこらえ、ヒノメはヤマトをぐいっと引き起こす。

「うぉっ。やっぱすげぇ怪力だな」

「死ねば?」

 今度は我慢することは出来なかった。
 ヒノメはそれっきりヤマトを無視するとスタスタと歩き始める。
 もはや、この失礼男に構っている時間は一秒足りとも惜しい。この街にある大食い懸賞の店は、後二時間でしまってしまうのだ。さしものヒノメも、三回おかわりしようと思ったら二時間はギリギリの範囲だった。

「まっ、待ってくれって」

 後ろにヤマトの情けない声を聞きながらヒノメは早足で店へと向かうのだった。




 ざわっ。
 ヒノメが店内に入ると、ヒノメを目にした客がわずかにざわめいた。
 ここ最近、ヒノメが店に入るとよくある反応だった。
 最初は気になったが、特に害があるわけでもなしで最近は気にしないようになっていた。
 だが、ヤマトには気になるらしい。彼は首を傾げてヒノメに問いかけた。

「もしかしてこの店で有名なのか?」

「ここには初めて来たけど」

 そういうヒノメにさらに首を傾げながら、ヤマトはヒノメと同じ席に着く。
 すると、ヤマトの耳に客のざわめきが聞こえてきた。

‘おい、ヒノメ様だぜ。生で見れるとは、毎日張り込んでて良かった’

‘マジで緋の眼なのな。クルタ族の生き残りってマジなのか’

‘めちゃくちゃ可愛いな~。あの容姿でクルタ族って、ヤバい奴らに狙われるんじゃね?’

‘つか隣の奴だれよ。クルタ族のお仲間?’

‘氏ね氏ね氏ね氏ね氏ね。ボクのヒノメちゃんに近づく奴は皆死ね’

(…………やっぱ有名人なんじゃん。つか最後の奴怖っ。なんでこれで平然としてるんだよ。っていうか緋の眼って、やっぱりクルタ族なのか? 名前もヒノメだし。タダのチュートリアル的なモブキャラじゃないのか?)

 ヤマトは、思考を巡らしながらヒノメを見つめるが、彼女は視線に気づいていないのか無視しているのか、メニュー片手に店員を呼んだ。

「大食い山盛り巨大パスタとドリンクバーを」

 ヤマトはその注文に手元のメニューに視線を落とした。
 そこには‘30分以内に完食したら賞金1万ジェニー。出来なかったら3万ジェニー’という見出しが載っていた。

(へぇ。大食いか。賞金も出るみたいだし、俺もこれにしよ)

 現在、ヤマトは一文無しだ。ある程度強くなれば天空闘技場で稼げるようになるだろうが、それまでに小遣い稼ぎをしてもいいだろう。
 そう考えたヤマトは、店員に同じものを注文した。

「俺も同じので」

 そういうと、観客たちはざわめき、ヒノメはじと目でヤマトを見た。

「ヤマト、ちゃんと食べられるの?」

「余裕余裕」

(腹減ってるし、こんな小さな子でも食えるんだから大丈夫でしょ)

 ヤマトは昨夜ヒノメが巨大猪を丸々平らげたことをすっかり失念し軽い調子で答える。

「そう……」

 その姿に逆に説得力を感じたヒノメは、引き下がった。
 そして。

「うぷっ。も、もう無理……」

『えぇー……………』

 あっさりと半分近く残したヤマトにヒノメ含めた観客は呆れる。
「だから言ったのに……」

 そう言うヒノメの前には綺麗に完食されたパスタの皿があった。

「完食おめでとうございまーす。こちらが賞金の一万ジェニーになります。そしてチャレンジ失敗残念でした。お代は三万と400ジェニーになります」

「あ、わり。俺金持ってねぇや」

「ちょ」

 ヒノメは頬をひきつらせる。

「や、非常に心苦しいんだけどさ、立て替えといてくれないかな。いつか10倍にして返すからさ」

(天空闘技場に行けば億単位の金が入るしな)

 口には出さずそう考えるヤマトを見て、周りの人々は思った。

(ヒモだ、こいつ)

(ヒモ……)

(返ってこないな、これ)

(それ、ヒモの常套句……)

 10倍にして返すから。こういって元金すら返したことのある人間はほとんどいない。
 そして、薄々、本当に薄々この展開を予想していたヒノメは、はぁー、と深いため息をつき店員に言った。

「山盛りパスタ、2人前お願いします」

 なんとも男気溢れるこの発言に、店内はおぉ! という感嘆の声が漏れる。
 そして見事追加でパスタを完食したヒノメは、ヤマトを引き摺るようにして店を出ていったのだった。

 この日の出来事はしっかりとAちゃんねるのヒノメスレにて報告され、ヤマト氏ねスレが生まれることになるのは言うまでもない。


あとがき
序章部分を大幅加筆修正(特に序章2)し、序章上下にまとめました。




[36088] 原作前4
Name: 百円◆a7158118 ID:5ce254c8
Date: 2012/12/16 09:43

 ヤマトを拾ってから、早一月が経過した。
 この一月で、ヤマトは大分成長した、とヒノメは思う。
 50キロの荷物を持って15キロ歩けるようになったし、腕立て伏せも100回できるようになった。
 燃の修行も、最初は10分もやれば気がそぞろになり、30分もやれば居眠りし始めていたのに、30分は集中してできるようになった。最近は、強制的に起こしてとも言わなくなった。……最も、これはヒノメが細かな手加減は苦手といいながら大きな岩を念弾で粉々に砕いたのが効いているのだが。
 ……これを、成長したと思ってしまうくらいヒノメはヤマトに毒されつつあった。
 初日にヤマトのダメっぷりを嫌というほど思い知ったからだろう。多少の欠点は眼を瞑れるようになったし、少しでも成長すればかなり成長したように思えた。
 それに、ヤマトを拾ったメリットもある。
 予想以上に、ヤマトの料理の腕は中々のものだったのだ。
 その料理の腕が披露される機会は少なかったが、とても野外で作られたものとは思えぬほど手の込んだものであり、ともすれば量だけに拘った大食い店より美味しかった。
 ヤマトからすれば、飯が不味ければまず間違いなく捨てられるので彼も必死である。この甲斐あってヤマトはなんとか捨てられずに済んでいた。
 それに、ヒノメ自身は気づいていなかったが、彼女は自分でも気づかないうちに手料理というものに飢えていた。
 飲食店で出される食事と家庭で出される食事というものは、その質を全く異ならせる。
 ヒノメは、その境遇からは料理から愛を見いだす性質があった。
 飲食店での食事は、確かに腹を満たしてはくれたが、ヒノメの心までは満たしてはくれなかった。
 その点、ヤマトの手料理は手作り故の愛が感じられるようにヒノメには思えた。
 愛、というと語弊があるが、言い替えれば思いやりである。
 その一点において、ヒノメはヤマトを非常に評価していた。
 それに加え、生涯のほとんどを一人で過ごしていたヒノメにとって、例え相手がヤマトであろうと常に誰かがいるというのは新鮮な環境だった。
 道中一人黙々と歩くのではなく、他愛ない話をしながら移動する。寝る前にはお休みという挨拶があり、起きればおはようという挨拶がある。
 それは、徐々に徐々にヒノメの孤独を癒し、彼女は少しずつヤマトに心を開きつつあった。
 最も、それは恋愛感情というものにはほど遠く、今はまだ友情にも届かないほどの物ではあったが。
 確かにヒノメはヤマトに好意を抱きつつあった。

 
 
 
 さて、一方そんなヤマトは、と言えば。

「………98、99、100! あー、もう無理!」

 腕立て伏せ100回を終えたヤマトは、仰向けになると荒い息を吐く。
 腕立て伏せ、腹筋背筋、スクワット。それぞれ各100回を一セットとし、これで3セット目。
 一応は運動部だったヤマトだが、さほど熱心だったわけでもなくすでにヤマトの腕はプルプルと震え始めていた。

(H×Hの世界に来たから何らかの“特典”があるかと思ってたけど、そんな感じはしねぇよなぁ)

 ヤマトが日本にいた頃読んだ二次創作の先輩方は極普通の一般人だったにもかかわらず、みるみるうちに人外の身体能力を身につけていたものだ。
 一トリッパーとなったヤマトも、空気にプロテインといわれるハンター世界。すぐに原作クラスの怪力を手に入れられると鷹をくくっていたのだが、未だ元の世界の限界すら越えられそうになかった。

(ま、念さえ覚えちまえば身体能力はあんま重要じゃねぇんだけどな)

 念の存在が出てからの、原作での身体能力、体術の冷遇っぷりはかなりのものだ。
 3の門まで開けられ、幼少の頃から鍛え上げられ続けたキルアが念能力者としてはさほどの腕前でもないズシを殺しきれないほどだ。
 もちろん、殺そうと思えば殺せるだろうが、圧倒的弱者のズシがキルアの攻撃に耐えられるだけの防御力を手に入れられたのも事実。
 ならば必然念>肉体という方程式が成り立つ。
 ヤマトは、キメラアントの弱兵ラモットがゴンの一撃を食らっても死ななかったことをすっかり忘れ、そう考える。
 それは、遅々として進まない肉体改造からの逃避であった。

(でもなぁ、その肝心の念がなぁ)

 ヤマトは命の恩人でもあり自身の師匠でもある少女を頭に思い浮かべる。
 ヤマトはヒノメに命を救われたことを感謝していた。彼女がいなければ猪に殺されてしまっていただろうし、何とか猪から逃れても彼女がいなければヤマトはの垂れ死んでいただろう。
 故に、ヤマトはヒノメに感謝している。感謝してはいるのだが、念の師匠として見ると彼女にはどうしても不満を抱かずにはいられなかった。
 当初のヤマトの予定としては、速攻で念を強制的に起こしてもらい、纏と練を覚えたら他の技は放置しひたすら練の持続時間を増やすつもりだった。
 なんせ、練の持続時間は10分伸ばすのに一月かかるという。後半からはオーラ量=強さという感じになっており、一分でも長く堅の持続時間を伸ばす必要があった。
 計画としては、常に重りを体に身につけて、肉体改造と平行しながら昼間は燃や纏の修行。寝る前に練をして、就寝。
 絶や発などの残りの四大行、凝を初めとした応用技は、とりあえず堅の持続時間が一時間を越えてからでいい。オーラ量がある程度あってからの方が応用技を覚えやすいだろう。なんせ、オーラ量があればあるほどたくさん練習できるのだから。
 だが、そんなヤマトの計画は初っぱなから躓いてしまった。
 それは、ヒノメが強制的に起こすことを頑として首を縦に降らなかったからだ。
 どんなに頼んでも頷かないヒノメに、ヤマトは一つの疑念を抱いた。
 もしかして、強制的に起こせないんじゃねぇの? と。
 原作でウィングも言っていた。
 これは邪法と言われる方法だ。未熟な者や悪意のあるものが行えば死ぬこともあると。
 ヒノメは、見も知らぬ他人のヤマトを拾ってくれるほどだ。悪人ではないだろう。後者は当てはまらない。ということは、彼女は未熟者ということになる。
 このヤマトの懸念は当たった。
 あまりにしつこいヤマトに根負けしたヒノメはついに真実を教えてくれた。曰く、私は手加減が苦手なの、と。
 そういって彼女の指先から放たれた念弾は、ヤマトが椅子に使っていた岩を粉々に砕いた。
 それ以来、ヤマトはヒノメに強制的に起こしてもらうのを諦めた。
 念は覚えたいが五体不満足になるつもりはなかったからだ。
 最も、この件でヒノメを責めるつもりはヤマトには全くない。
 ヒノメは、見たところ11~14歳の間といったところだろう。年齢幅が広いのは、身長的には11歳くらいにもかかわらず、その胸元は身長に見合わず意外に豊かだからだ。目測でCかDカップほどはあり、外国人は発育がいいことを考慮しても14歳くらいに見えた。
 要は原作のゴンたちとそう変わらない歳ということであり、原作主人公たちは人類トップクラスの才能ということを考慮して、ヒノメの力量はズシよりマシ程度とヤマトは考えていた。
 それで他人を教えているのだからよく頑張っているとは思うが、物足りないのも事実だった。
 実のところ手加減が苦手云々は、ヒノメがヤマトをあしらうための嘘であり、ヤマトを思いやってのことだった。
 カルロス譲りの鑑定眼を持つヒノメから見て、ヤマトの念の才能は街中で適当に石を投げ当たった奴を連れてきた方がマシなレベルだ。
 念は努力さえすれば誰でも身につけることができるが、その時間は才能がものを言う。ヤマトが自身の才能を思い知りやる気をなくさないようにとの配慮だった。
 それに、ヤマトの身体能力はヒノメからするとあり得ないほど低く、今は念なんぞより肉体作りの方が先と考えていた。
 なぜなら、オーラとは生命エネルギーであり、生命エネルギーは肉体が生み出すのだから。
 故に、ヒノメはヤマトを強制的に起こしたりはしなかったのである。
 最も最大の理由はヒノメがヤマトに念までは教えるつもりがないというのが最大の理由だったが。
 しかしそんなヒノメの思いやりを知らないヤマトは、

(このペースじゃ原作開始に間に合わねぇよ……。あーぁ、同じロリはロリでもビスケの近くにトリップしてたらなぁ)

 などと恩知らずなことを考えていた。
 ヤマトの計画では、原作開始までに念を覚え、念を教えることで原作主人公たちと仲良くなるつもりであった。
 だが、その最初の段階で躓いてはその計画もおじゃんだ。
 これがもし、自分を拾ってくれたのがビスケなら今頃自分は念を習得していたかもしれない。とヤマトは思う。
 ビスケは、原作最高の指導者として描かれており、その念、マジカルエステは育成に非常に適した能力だ。
 念の腕前もトップクラスであり強制的に起こすなど造作もないだろう。
 ヤマトは、ビスケの性格や念の秘匿性などを全く考慮せずそんな都合の良いことを考えた。

(今が3月でハンター試験が新年からだからあと9ヵ月以内……。それまでに念を習得して肉体作り、間に合うか?)

 ヤマトは、現在の日付と原作開始日時を考えタイムリミットを計算する。
 原作の主人公たちがライセンスを取得したのが287期。今年286期があったので、来年の初めにハンター試験があるのは確定的だ。
 ちなみに、どうやって今年286期があったのかを調べたかというと、ネットでである。
 その金はどうしたかというと、ヒノメから貰った小遣いで払わせて貰った。
 ヤマトは、新しい街に行く度に、数百ジェニーのお小遣いをヒノメから貰っていた。
 その金は主に買い物のお釣であり、ヤマトは俺はガキかよと思いつつも貰えるものは有り難くもらっていた。
 そうして貯めたお小遣いでヤマトはネカフェで情報収集したりお菓子を買ったりと色々と活動していたのである。

(1000万人に一人の才能の主人公達がゆっくり目覚めさせて一週間。10万人に一人の才能のズシが3ヵ月……だったか? 仮に俺がズシくらいの才能だとしても念を覚えるだけで3ヵ月じゃ原作開始までには練をギリギリ覚えてるかいないかじゃん……。あー、もういっそ肉体改造に焦点を絞って念は主人公たちと一緒にウィングさんに教えてもらうか? 多分あっちの方が教え方上手いだろうし。でもなぁ、主人公勢に念を教えるのは魅力的だよなぁ)

 原作に介入しない、という選択肢はヤマトにはない。
 この原作開始直前のタイミングでトリップしたのは、原作介入しろという世界の意思に感じられたからだ。
 自分という原作知識をもつ存在をストーリーに介よさせることで、本来のストーリーを何らかの形で変更させる。
 その為に自分は呼ばれたのだと、ヤマトは考えていた。
 それは、突然家族や知人から引き離され、着の身着のまま見知らぬ国どころか異世界に放り出されたヤマトの精神を保つための自己暗示だった。
 何の意味もなく、漫画の世界に迷い混みました、など普通の少年に耐えられることではない。
 もう二度と家族や知人と会えないかも知れず、命が紙より軽いこの世界では、いつ死んでもおかしくない。
 そんな代償を払っているのだから、“見返り”があって当然と、ヤマトは自分では気づいていないがそう思っていた。

「…………何をサボってるの? ちゃんとメニューは終わった?」

  そんな風にヤマトが頭を抱えていると、いつの間にかウサギやら野鳥やらの動物たちを山ほど捕まえて帰ってきたヒノメが側に立っていた。

「ぉ、おかえり~。も、もちろん終わったに決まってるじゃん」

 ちなみに、メニューの内容は5セット。ヤマトは3セット目の始めの腕立て伏せまでしか終わっていない。

 そんなヤマトを見たヒノメは、うっすらと微笑む。

「そう、少し成長した?」

「へ? なんで?」

「いつもより疲れてないみたいだから」

「ぉ、おう。成長期だからな」

(う………なんだかすげぇ悪いことしたような気がしてきた)

 ヤマトがサボっていたなど微塵も疑っていない様子のヒノメに、さすがのヤマトも罪悪感を覚える。

(明日からは絶対最後まで真面目にならないとな)

 そう心に誓うと、ヤマトはいつもより気合いを入れて飯を作り出すのだった。

 
 
 

(美味しい……)

 ヒノメは、自分の頬が緩むのを止めることが出来なかった。
 どうして同じ材料を使っているのに、こうも味に差が出るのだろう。
 ヤマトは、態度も軽薄、頭もあまり良くなく、怠惰なところがあるが、この料理という一点については非の打ち所がなかった。
 ヒノメはさらに一口シチューを啜る。
 シンプルなシチューは、特別な調理法をしたわけでもないのに、体の隅々まで行き渡り身も心暖めてくれる気がした。

(なんだか癒される)

 そう、ヒノメは思った。
 同じ調理法で同じものを作っても、味は同じになっても美味しさは再現できない。
 つまり、この癒しはヤマトが作った時のみの現象だということだ。

(どうしよう。もうこれがないと夜営はできないかも)

 料理を覚えたらヤマトを捨てるつもりだったヒノメだったが、こうも胃袋を掴まれては簡単には捨てられそうになかった。
 しかしなぜこうも美味しいのか。

(やっぱり愛があるから……なんて)

 ヒノメは自分の思いつきに微かに頬を赤くして首を振った。
 自分とヤマトが出会ってまだ一月。ただの知人と言っていい間柄だ。それで愛だのなんだのはさすがにおかしい。

(どうかしてる)

 ヒノメは恥ずかしさを振り払うようお皿の残りをかっこみ、おかわりをよそる。
 そこで、ヤマトの怪訝そうな視線に気付いた。

「…………なに?」

「いや、なんか挙動不審だったから」

 見られてた……。ヒノメは顔が熱くなるのを感じた。それを誤魔化すよう関係のない話題をふる。

「別に。これからどうしようかと思っただけ」

「これから? これからって?」

「深い意味はない。どっちの方向に行こうかってだけ」

「あぁ。行き先の話ね。つか今どこらへんなの?」

「ん………ヨークシンの近く」

 ヒノメは、地図を頭に思い浮かべ言う。すると、ヤマトはキラキラと眼を輝かせ始めた。

「ヨークシン? ヨークシンっつった?」

「どうしたの? 急に」

「どうしたの? じゃねぇって。ヨークシンっつったら天空闘技場に次ぐ金稼ぎポイントじゃん」

(何を言うかと思えば……)

 ヒノメは嘆息する。

「もしかして、オークションをやるつもり?」

「おう! フリーマーケットで掘り出し物を見つけて売れば差額で大儲けさ!」

「…………そのお金はどこから?」

 ヤマトは無言でヒノメを指差す。

「却下」

「そこをなんとか」

「ダメ」

「マジで何倍にもできるんだって」

「あり得ない」

「いやいやいやいや、とりあえず話だけでも聞いて、さ」

「…………はぁ」

(話だけ聞いて、突っぱねよう)

 ヒノメはそう考えながら先を促す。

「で?」

「とりあえず、ヒノメちゃんっていくら金持ってるの?」

「……20万くらい」

 実際は、懸賞金と刺客を返り討ちにした際の臨時収入で100万はあるがヒノメはそう言った。

「20万……うん、ちょい少ないけどいけるな」

「あなたのお金じゃないんだけど……」

 一応釘をさすヒノメに、ヤマトはわかっているのかいないのか。

「もちろんわかってるって。で、作戦っつうのは―――」

 そしてヤマトは、まるで自分が思い付いたかのように嬉々として原作の念でボロ儲け作戦を語った。

「…………なるほど」

 すべてを聞き終わったヒノメは、腕を組み頷く。
 最初はどんな妄想話が飛び出してくるかと思ったが、なかなかなるほど。利にかなかった作戦だ。
 一流の芸術家の中には天然の念能力者も多い。埋もれた彼らの作品を凝で見つけ出し、それを売ることができれば最小限のリスクで利益を得ることができるだろう。
 だが。

「ダメ」

「なしてですかぁっ!?」

「若いうちからあぶく銭を持ったらろくな大人にならない」

「おかんかよ!」

 ヤマトはビシッとツッコンだ後、爪を噛み考える。

(不味い……作戦を説明すりゃ確実に頷くと思ってたんだが)

 ヒノメは予想以上に財布のヒモが硬いようだった。まさか最初のスポンサーを得る段階で躓くとは。
 そんなヤマトを見て、ヒノメはため息を一つつく。

「そもそも、どうして急にお金稼ぎなんて言い出したの?」

(ん……? これだ!)

「実は……」

「実は?」

「ヒノメちゃんにお礼がしたいと思ってさ……」

「えっ」

 予想外のヤマトの理由にヒノメは驚く。

「ほら、俺ヒノメちゃんに命を救われてからもずっとお世話になりっぱなしだろ? そこでなんとか恩返ししたいと思ってたんだよ。これで稼いだ金でプレゼントの一つでも買えたらな、ってさ」

「…………………」

(なんて可愛いことを考えるんだろう……)

 自分への恩返しのため。
 普段のヤマトの態度からは予想もつかない理由に、ヒノメは胸がキュンとするのを感じた。
 それは、母親が子供に初めて渡したお小遣いでカーネーションをプレゼントされた時の感覚に似ていたが、本質はヒモがパチスロで負けた時の「10倍に増やしてお前のプレゼントを買おうと思ってたんだよ。な? わかるだろ?」的な言い訳となんら変わりないことにヒノメは気づかなかった。
 ヒノメは今までにない優しい微笑みを浮かべると、言う。

「ヤマトには、ご飯とかしっかり恩返ししてもらってる。気にしなくていい」

 それを聞いたヤマトは心中で舌打ちする。

(チッ。やはり無理だったか)

「でも」

(ん?)

「そういう心がけは大事だと思う。今回だけ特別に15万だけ貸してあげる」

「マジか!」

「今回だけ」

「わかってる! うわーっ、マジかー! ありがとうヒノメちゃん! ヒノメちゃんマジ天使!」

「……や、やめて」

 誉められなれてないヒノメが頬を赤らめ俯くのを尻目に。

(オシッ! これで一回数百ジェニーのお小遣い生活とはおさらばだ!)

 未だ見ぬ大金の使い道を考えヤマトは顔をニヤケさせるのだった。



[36088] 原作前5
Name: 百円◆a7158118 ID:5ce254c8
Date: 2012/12/18 02:30
「よ、ようやく着いた~!」

 長い長い道のりを経てヨークシンへとたどり着いたヤマトは、思わず万歳して全身で喜びを露にする。

(ヨークシンの近くっつったのに一月かかるってどういうことだよ……)

 ヒノメは、近いといったが、それはあくまでヒノメから考えてのことだった。
 ヒノメが本気で走れば数日の距離ではあったが、ヤマトというお荷物を抱えた徒歩の旅では普通に一月かかったのである。
 だがまぁ、何はともあれこうして無事ヨークシンへとたどり着いた。これから、俺のサクセスストーリーが始まるのだ! とヤマトは軽い興奮状態にあった。
 ヤマトはヒノメに振り返ると眼を輝かせていう。

「さっそく値札競売市に行こうぜ!」

「まずはホテルを探すのが先」

「いいじゃん、そんなの後で」

「この荷物を持ったまま観光するの?」

 そういうヒノメの背には、本来ヤマトが背負うはずの荷物があった。
 だがヤマトに持たせては、1日20キロ以下しか進めないため結局ヒノメが持つことになったのだ。

「あ、あぁ。そうだよな、ごめん。まずはホテルを探そうぜ」

「うん」

 二人は、それから安いホテルを見つけ出すと部屋を借りさっそく値札競売市へと繰り出した。
 ちなみに、部屋は節約のため同じ部屋、同じベッドである。
 年頃の男女としては意識せざるを得ない環境ではあったが、普段同じテントで寝泊まりしていることもあって二人は自然とそうしていた。
 そんな二人を、ホテルの受付が怪訝そうな目で見ていたのは言うまでもないだろう。

「じゃあヒノメちゃん。まず凝で見て、オーラが出てたら教えてくれ」

 ヤマトは値札競売市につくなりそう言う。

「いいけど、その後は?」

「値札競売市は規定時間に最高値を書けば落札できるんだけど、そんなに待つのはダルいから交渉して速攻で手に入れる。ヒノメちゃんは、まぁ適当に後ろで待っててよ」

「……うん」

 ヒノメは、目にオーラを集めるとじろじろと商品を見て回る。
 ヤマトはそんなヒノメの隣を歩きながら、期待の眼差しでヒノメを見ていた。
 そんな風にしばし二人で歩いているうちに、ふとヒノメの頭にこんな考えが過った。

(…………なんだかこれ、デートみたい)

 ヒノメは、自分の考えに頬を赤らめるとヤマトを見る。
 ヤマトは、まるで初めて縁日に来た少年のように眼を輝かせながら並んだ商品を見ている。

(私たち、他人から見たらどんな風に見えるんだろう)

 男女二人で歩いているのだから、やはり恋人だろうか。いや、自分とヤマトでは歳が離れすぎている。恋人というよりも兄妹といった方が納得するだろう。世の中には血の繋がらない兄妹だってたくさんいる。

(ヤマトは私のことどう思っているんだろう)

 恩人……とは思っているだろう。自分でも、他人であるヤマトの面倒を良く見ているとヒノメは思う。だが、彼がヒノメに恋愛感情を抱いているとは思えない。変なことをしたら殺す、と忠告したのはヒノメだが、彼は二月近く共に寝泊まりしていたのにヒノメにそういうことを一切しなかったのだから。
 まぁ、それはヒノメに魅力がないだけだからかもしれないが。
 ヒノメは、自身の肉付きの薄い小柄な体を見下ろす。150にギリギリ届くか届かないかの小柄な背丈。無駄のない、ほっそりとした手足。あんなにも食べているのに、全体的に肉付きが薄く女の子っぽくない。唯一、胸元だけは平均以上に盛り上がっているが、背丈を考えるとなんだかアンバランスだ、とヒノメは思った。
 対し、ヤマトは背も高く、顔立ちも特別美形というわけではないが十分に平均以上。見た目ほど力が有るわけではないが一見すると良く引き締まった身体をしており、スペックに比べ見栄えはなかなかのものだ。
 そんな彼と、ちんちくりんの自身が共に歩いていても、恋人と思う人間はまずいないだろう、とヒノメは落ち込んだ。

(…………って、別にヤマトとどういう関係に見られてもどうでもいいか)

 いつの間にか、ヤマトと自身が恋人だったらという仮定で容姿の差を考えていたヒノメは、ハッと我に帰る。
 別にヒノメとヤマトは恋人関係というわけでもなく、両者ともに恋愛感情を抱いていない、いわば保護者と披保護者の関係だ。
 こんなことを考えること自体が、そもそもとして間違っているのだ。

(…………………………ぁ)

 と、そこでヒノメは並ぶ商品からかすかな違和感を発見した。
 見れば、並ぶ商品の一つから確かにオーラが出ていた。古めかしい、アンティーク調の額縁である。
 これに価値があるとはヒノメにはとても思えないが、オーラが出ている以上才能ある人間の作品なのだろう。
 最も、才能ある人間の作品と言えど正当に評価されるとは限らないのだが……。かのピカソやゴッホが死後評価されるようになったように。
 まぁそれはともかくようやく一つ見つけたのだ。さっそくヤマトに教えてやるとしよう。
 そうして振り返ったヒノメは、そこでようやく気づいた。
 ヤマトが、いない。
 キョロキョロと辺りを見回すも、やはり彼の姿はない。
 間違いなく先ほどまではヒノメの隣を歩いていたのだが。

(まさか……迷子?)

 ヒノメは頬をひきつらせた。
 17にもなって迷子。普通はあり得ない。だが、ヤマトの性格を考えると普通にあり得る事態だった。
 況してやここは都会、ヨークシン。人混みに溢れ、要り組んだ路地は天然の迷路と化す。その上縁日の子供のようにあちこちをキョロキョロ見回していたら迷子にもなるというものだ。

(全く……本当に私がいないとどうしようもない)

 ヒノメは自分が考え事に集中して彼から意識を離してしまったことを棚にあげそんなことを考えた。

(もしかして、今頃泣きべそかいてるかも。早く見つけてあげないと)

 気分は小さな子供を持つ若妻で、ヒノメは円を展開した。
 薄く、広く展開された理想的な円は瞬時にヤマトの姿を見つけ出す。
 あっさりヤマトを見つけ出せたことにヒノメはホッと胸を撫で下ろし、そして次に眉を潜めた。

(…………これは)

 ヒノメは不愉快そうに眉間にしわを寄せると、行き交う人々を素早く交わしながらヤマトの元へと駆け出した。

 
 
 
 

「ォイォイォイォイオーイ! なんてことしちゃってくれてんのー!?」

「ぅっわー! アッちゃんそれ最近買ったブランド物のシャツじゃん!」

「おう、ユニックロの最新物よ」

「げぇ、それ高かったんじゃなかったっけ?」

「当たり前だ。10万ジェニーだぜ?」

「それがこんな風にアイスで汚されちゃって……あーぁ、これじゃもう落ちねぇな」

「どうしてくれんだ? 兄ちゃんよぉ!」

(な、なんという典型的チンピラ……)

 ヤマトは、自身の通り道を塞ぐように立つ二人の柄の悪い男を前に頬をひきつらせる。
 片方の男の服には、べったりと男が食べていたアイスが付着している。

 この男たちは、ヤマトが道を歩いていると突然ヤマトにぶつかって来ていちゃもんをつけ始めたのだ。そいてあれよあれよという間にヤマトを路地裏に連れ込み、この寸劇を開始しだした。
 その一連の流れは非常にスムーズであり、男たちがこの作業をやりなれていることをヤマトに教えてくれた。

(ぶつかってきたのはそっちで、そのシャツもどう考えても安物だろ。どうせこの次のセリフは……)

「こりゃ弁償して貰わねぇとな」

「お気に入りのシャツを汚されたかわいそうな俺への慰謝料もな」

(やっぱりな!)

 ニタニタと笑う男たち。その目的がかつあげなのは明らかだった。
 はぁ、とヤマトは溜め息を一つ吐くと言う。

「あー……俺もアンタたちのアイスで一張羅が汚れたし、ここは一つ痛み分けってことで」

「はぁぁ!? なに言っちゃってんの? 言っちゃってんの?」

「ダメに決まってんだろ、ボケッ! つか決めた。素直に金出すなら許してやろうと思ってたけどもう決めた。コイツぶっ殺す」

「…………はぁ、仕方ない」

 青筋を立てて激怒する男たちに、ヤマトは溜め息をつくと構えた。
 なるべく穏便に済ませたかったがこうなってはしょうがない。早くコイツらを倒しヒノメに追い付くとしよう。
 ヤマトは、この男たちに負けるとは微塵も思っていなかった。
 目の前の男たちは明らかに一般人であり、念能力者というわけでもないただのチンピラだ。
 この世界では、一般人というのはカースト制の最下層に位置しており、ヒソカに試験官ごっこで殺されたり、ウボォーキンに紙のように引きちぎられたり、イルミに針を刺されて頑張り過ぎて死んじゃうくらい働かされる、いわば消耗品のようなものだ。
 コイツらはその中でもハンター志望者というわけですらないただのチンピラ。そんな奴に自分が負けるわけがない、とヤマトは根拠もなく確信していた。

(まずは先手必勝!)

「ハッ!」

「ガッ……!」

 ヤマトは、いまだにポケットに手を突っ込み、完全にこちらを舐めきっているアイスの男の顔面をおもいっきり殴り飛ばす。
 アイスの男を先に倒したのは、こちらの男の方が体格がよく力が良さそうだったからだ。

(まずは一人!)

 ヤマトはアイスの男を殴り飛ばすなり、素早くもう一人の男に振り向く。あのアイスの男はどうせ一撃でKO、この男が混乱から立ち直る前に叩き伏せなければ手こずると思ったからだ。

「なっ、てめっ、ぐっ」

 まさかヤマトが牙を向いてくるとは思わなかったのだろう。驚きに眼を見開いている男に、先制のジャブ。そのままワンツーで沈めてやろうと思ったが、男が反射的に頭を腕でガードしたため倒すことはできなかった。
 仕方なくヤマトは男がガードしていない腹や足などを殴る蹴るなどして攻め立てていく。
 男はそれに亀のように身を丸めて頭をガードし耐え抜くしかない。

(ははっ、楽勝ー!)

 それに気を良くしたヤマトは調子にのりさらに攻め立てる。
 その瞬間、ヤマトの頭に衝撃が走った。

「ガァッ………!」

 まるで鈍器で頭を殴られたような衝撃。完全に目の前の男に意識を集中していたヤマトは、それを無防備に喰らい倒れ込む。
 回る視界で、なんとか後ろを見ると、鼻血の出る鼻を抑え金属バット片手に血走った目でヤマトを睨むアイスの男がいた。
 ヤマトが一撃でKOしたと思い込んでいたアイスの男は気絶していなかったのだ。

「こ、のッ、くそガキがァッ……!」

 もはや怒気を通り越し、明確な殺意を放つアイスの男にヤマトは背筋に冷たいものが走るのを感じた。

「…………ヒッ!」

 アイスの男がバットを振り上げるのを見るとヤマトは頭を抱え踞った。

 もう一人の男も立ち上がり、ヤマトへと追撃を加え始める。

「良くもやってくれたなぁッ、おいッ!」

「好き勝手殴りやがってよぉ! 100倍に利子つけて返してやるッ」

「ぐっ、あがっ、ぐぁっ」

 踞るヤマトに、容赦なくバットを降り下ろし、蹴りを叩き込む男たちに、ヤマトは男たちがケンカ馴れしていることにようやく気づいた。
 普通、平和に暮らしている人間は暴力を忌避するようになり、一定以上のダメージを相手に与えないよう無意識のブレーキをかける。
 バットで頭を殴るなどその最たるものであり、こうしてなんの躊躇もなくヤマトの頭をバットで殴り付けられるのは男がこうして日常的に他者を痛みつけている証拠だった。
 事実、男たちはここらで有名な札付きのコンビであり、マフィアからスカウトが来ているほどだ。強盗、強姦、窃盗。殺人以外のほとんどの犯罪に手を染めたことがある。
 人を殴ることへの罪悪感など、かつて自分たちを更生させようと説教をかましてきたジュニアハイスクールの担任を病院送りにしたときにとうに捨てていた。

「ギァァァァッ……!」

 必死に頭を腕でガードしていたヤマトだったが、ついに腕がボキンッという不快な音を体内に響かせ折れる。
 生まれて初めての骨折にのたうち回るヤマトに、男たちはしかし全く攻撃の手を緩めなかった。
 折れた腕を踏みつけ、頭を踏み潰す。
 その容赦のない攻撃に、ヤマトは意識を朦朧をさせ始め。

「――――何してるの?」

 意識が途絶える寸前、そんな冷たい怒りが籠った声を聞いた気がした。

 
 
 

 瀕死寸前、といった様相で横たわるヤマトを見た時、ヒノメの心に沸き上がってきた感情は、怒りだった。
 ヒノメは、ヤマトが傷つけられている姿に怒りを抱く自分を不思議に思う。
 ほんの二月前、ヤマトと出会った頃のヒノメならば、ヤマトが例え殺されても、「あぁ、死んじゃった」ぐらいしか思わなかっただろう。
 だが、こうして確かに怒りを抱いているのは、ヤマトがヒノメの中でいつの間にか“身内”となっている証拠だった。
 この世界では、強者であればあるほど身内に対して甘くなる傾向がある。ゾルディックしかり、幻影旅団しかり。普段平気で他者の命を奪う彼らは、しかし自分の大切なものが傷つけられると不思議なほど激怒する。冷酷な一面しか知らない人間が、彼らのそんな姿を見て驚くほどに。
 それは、強さ故に孤高となりがちな彼らが真に孤高となってしまわない為の無意識の防衛反応なのかもしれない。とにかく、彼らは身内には甘かった。
 ヒノメもまたその例に漏れず身内には甘い。そしてその分、身内以外には辛かった。
 無意識にオーラと共に殺気が漏れだしていたのだろう。まるでビデオの一時停止が押されたようにバットを振り上げたまま固まった彼らに、ヒノメはゆっくりともう一度言った。

「私は、何を、しているの、と聞いたのだけど」

「ぅあ……」

「ヒイッ……」

 男たちはカランとバットを落とし、ガタガタと体を震わす。
 その姿に、ヒノメはため息をつき、オーラを抑えた。
 そして、圧力が弱まりようやく男たちが喋れるようになる。

「あ、アンタ……いったい」

「質問してるのは、私。私の連れになにしてるの?」

「…………こ、こいつが、お、俺のシャツを汚しやがったから」

 ヒノメはチラリと男のシャツを見る。男の安物のシャツにはアイスが付着していた。

「それだけ?」

「え?」

「それだけ、と私は聞いているの」

「お、俺だって最初はここまでするつもりはなかったッ、本当だ。けどコイツが予想外に反抗するから!」

 その言葉に、ヒノメはスッと眼を細める。

「いくら?」

「へ?」

 察しの悪い男に、ヒノメはチッと舌打ちする。いちいちワンクッション置かないと満足に会話もできないのか、と。

「いくら弁償させるつもりだったの?」

「じゅ、10万ジェニー」

「………そう」

(……………バカ)

 ヒノメは倒れ伏すヤマトを見ると心の中で小さく呟いた。
 ヤマトという少年は、とても弱い。この世界で生き抜くにはあまりに過酷なほどに。
 本人もそれをわかっているのだろう。故に毎日真面目に強くなろうと努力していることをヒノメは知っている。
 そんな自分の強さを弁えている彼が理由もなくこんな危険な真似をするだろうか。答えは否だ。
 ならばなぜ彼は抵抗したのか。簡単だ。ヒノメから借りた15万ジェニーを守るためである。
 ヒノメは、15万ジェニー貸すといった時のヤマトの喜びようを思い出す。
 彼は、あの時出会ってから今までで一番に喜んでいた。自分に恩返しが出来ると。
 ヒノメはギリッと歯を食い縛る。

(許せない)

 ヒノメは、このクズどもはタダでは殺さないと決めた。
 ヒノメは一瞬で男の前に移動すると男の顔面をわしづかみにし、死なない程度に加減をして壁に押し付ける。

「ぐ……ぁっ」

 男は、ミシミシと頭蓋骨を軋ませる激痛に苦悶の声をあげる。そんな男の視界に、緋色の眼を爛々と輝かせ拳を振りかぶるヒノメの姿が映った。

(―――――死)

 男の脳裏に頭を潰され死ぬ自身の姿が過る。高速で自身が生まれてから死ぬまでの映像が流れ、すべての光景がスローモーションになった。
 次の瞬間にはドゴォォォンッ! と人間の拳が立てたとは思えない爆音が男のすぐ隣で響き渡り、男の隣の壁に蜘蛛の巣にも似たクレーターが生まれる。
 男は最初自分は死んだ、と勘違いし、そして次に殴られたのは隣の壁だと気づくと、そこでようやく自分が生きていることを理解した。

(あ、あぁ、ああ、い、生きてる。俺、生きてる!)

 男は生まれて初めて自分が生きていることを感謝した。生きて帰れたら、今まで親不孝ばかりしてきた母親に、生んでくれてありがとうと言おうと思った。
 そんな、一瞬で真人間に更正した元チンピラAに、ヒノメは氷よりもさらに冷たい声で言う。

「次は、あなたの頭にこの拳を叩き込む」

(死んだ。今度こそ、俺、死んだ)

 男は、今の自分が死神の気まぐれだったことを悟り絶望する。
 そして気づけば命乞いを口にしていた。

「た、頼む。い、命だけは」

 涙ながらに懇願する男を、ヒノメは無機物をみるような眼で見据える。

「…………財布」

 そして、ポツリと言った。
 男の行動は素早かった。すぐさま財布を取り出すとヒノメに差し出す。
 これで助かるかもしれない。そんな男の希望は、しかし絶望の擬態だった。
 目の前の恐ろしく、そして美しい少女は、現金には手をつけず、男の保険証を取り出したのだ。
 保険証には、男の住所が書いてあった。男は、この少女が決して見逃すつもりなどないことを悟った。

「か、家族だけは許してくれ……お、お袋は万引き1つしたことないお人好しなんだ。お、俺はどうなってもいいッ! 頼む!」

 自身の命と、家族の危険が天秤に乗った時、わずかに価値が勝ったのは家族の命だった。
 30分前の男なら予想だにしなかっただろう自身の言動。先ほど見た走馬灯が、母の愛を男に思い出させていたのだ。
 そんな男の涙ながらの懇願を耳にしたヒノメの言葉は――

「――――はぁ?」

 ――――とても冷たかった。
 男は顔を歪め訴える。

「お袋は関係ねぇだろ!?」

「ある」

「なぜッ!」

 男の血を吐くような問いかけに、ヒノメはさも当然といった風に答えた。

「あなたの親だもの」

 男はその答えに絶句すると、力無く項垂れた。
 嗚呼、かつあげなんてバカなことをするんじゃなかった。あの生意気な少年が、この悪魔のような少女とどういう関係かは知らない。だが、決してこの少女の怒りには触れてはいけなかったのだ。
 男は心の底から後悔した。

「頼む……俺に出来ることなら何でもするから」

「なんでも?」

「な、なんでもする!」

「……そう」

 ヒノメは一瞬、じゃあ死ね、と言いたいのをぐっとこらえた。
 この言葉を聞くために男を殺してやりたいのを我慢し誘導したのだから。

「1000万」

「……ぁ?」

「一人500万の二人で1000万。ヤマトの慰謝料として、明日までに用意してきたら見逃してあげる」

 これほどの大金、すぐに用意できるものじゃない。まっとうな手段は端から無く、手段は非合法に限られる。
 最も手っ取り早いのは、やはり内臓を担保にした闇金だろう。
 ヒノメは、金にはさほど興味はない。あれば便利程度だ。それをこうして大金を求めたのは一重に憎き彼らを追い詰めるためだった。
 男は顔を一瞬青くしたが、今ここで死ぬよりはマシと判断したのだろう、こくりと頷いた。

「明日のこの時間。ここで待ってる」

「わかった……」

 男が頷くのを確認すると、ヒノメは男を解放しヤマトの元へと向かう。

(……………ん)

 ヤマトはところどころ骨折しているが命に別状は無さそうだった。
 遠目に確認してはいたが、実際にこうして確認したヒノメは胸を撫で下ろした。
 そして、ヤマトを慎重に背負いながら思う。

(ヤマトには、私がついていないと)

 ヤマトは、弱い。ヒノメからすると、同じ生き物なのかと疑うほどに。
 現に、ほんの少し眼を離しただけでこの様だった。
 この弱い生き物は、ヒノメがいないとすぐに死んでしまう儚い存在なのだ。
 ヒノメの中に、ヤマトに対する母性愛にも似た感情が芽生えた瞬間だった。
 
 
 
 少女と少年が立ち去り、二人だけとなると。アイスの男……アレックスはどさりと座り込んだ。
 そんな彼に、連れの男はおそるおそる声をかける。

「アッちゃん、大丈夫?」

「ブライアン……」

 アレックスは、ブライアンがまだそこにいたことに驚いた。
 ブライアンがとっくに逃げたと思っていたからだ。
 ブライアンという人間は、典型的な虎の威を借る狐タイプであり、自身の危機に敏感で、こういった危機には真っ先に逃げるタイプと思っていた。
 少女の意識はほとんどがアレックスに向けられており、ブライアンが逃げ出す機会はいくらでもあっただろう。
 にもかかわらず、ブライアンはアレックスを見捨てることなく、あの悪魔と同じ空間にいることを選択したのだ。
 そんな彼に、アレックスは虚脱感に満ちた声で言う。

「お前はもう家に帰れ。あとは俺がなんとかする」

 幸い、ブライアンの住所は割れてはいない。今ならブライアンは無事で済むだろう。
 そんなアレックスにしかしブライアンは平素と変わりない笑顔で言った。

「何いってるの、アッちゃん。俺たち、ガキの頃からの付き合いじゃない」

 その言葉にアレックスは大きく眼を見開き。

「…………バカが」

「へへ」

 そして二人はマフィアの経営する闇金へと向かった。
 アレックスが先頭を、ブライアンが一歩遅れてついていく。
 それは二人がガキの頃から変わらない、二人の定位置だった。



[36088] 原作前6
Name: 百円◆a7158118 ID:7815b7d7
Date: 2012/12/19 21:39

「……………ぅ」

 ホテルの一室、ベッドの上でヤマトは眼を覚ました。
 一瞬、ここがどこかわからずに首を傾げそして理解した。

(あぁ、そっか。負けたのか、俺……)

 徐々に思い出す。
 倒したと思った敵の一人に、後ろから奇襲され、袋叩きにされたのだ。
 ヤマトは、額に手を当てると自嘲する。

(まさか街のチンピラに負けるなんてな)

 負けるなんて、微塵も思ってなかった。自分は異世界から迷いこんだトリッパーで、“特別”だ。ちゃんと身体も鍛え始めたし、あの程度の奴なら瞬殺だと思っていた。
 だが、結果はこの様だ。さすがのヤマトも落ち込まずにはいられなかった。

「クソッ!」

 ガッとふとんに拳を叩きつける。

(念さえ覚えてりゃあんな奴ら!)

 纏さえ覚えていればあの不意討ちにだってビクともしなかっただろう。練を覚えていれば、あのチンピラを威圧することも出来た。絶が使えたらチンピラに絡まれることすらなかったし、発を使えてたらあのチンピラを瞬殺することが出来た。
 ヤマトの脳内で、凄まじいオーラを纏いながらあのチンピラたちを威圧する自分が想像される。そして、すぐに虚しくなり消した。

(はぁ……念、覚えてぇなぁ)

 ヤマトは、確かに折られたにもかかわらず痛みひとつない右腕を見る。きっと、初めてヒノメと会った日のようにヒノメが癒してくれたのだろう。本当に、彼女には頭が上がらない。

(欲を言えば、ヒノメちゃんが年上でナイスバディの美人のお姉さんだったら尚良かったんだけどね)

 ヤマトは心の中でそう呟く。彼は、年上好きだった。

「……あ、目が覚めた?」

 そして、噂をすれば影。ちょうどヒノメが部屋へと入ってきた。
 シャワーを浴びていたのだろう。彼女は髪をタオルで吹きながらタンクトップにホットパンツという無防備な姿でヤマトの前に現れた。
 ロリコンなら垂涎のシチュエーションだが、年下は守備範囲外のヤマトには豚に真珠である。
 最も、ヒノメが一歩歩くごとに弾むノーブラの胸部には男として目が行くのは避け得なかったが。

「怪我は大丈夫?」

「へ? あ、あぁ、大丈夫」

「そう、良かった」

 ヤマトの返答に、ヒノメは微笑む。その笑みは最近ようやく見せてくれるようになったもので、知り合った当初はニコリともしなかったことをヤマトは思い出した。

(ちょっとは心を開いてくれたってことかね)

 そう考えるヤマトにヒノメは近づくとベッドに腰かけた。シャンプーの香りなのだろう。ヒノメの体臭と混じった甘い匂いがふわりと香った。
 そのまま、ヒノメはじっとヤマトの眼を見つめる。その視線にヤマトは、居心地悪そうに身を捩った。

「な、なに?」

「ヤマトは……」

 ヒノメは一瞬口ごもるように黙り、

「ヤマトはどうして強くなりたいの?」

 そう問いかけた。

「なんでって……」

 ヤマトは一瞬考え。

「故郷に帰るため、かな?」

「嘘」

「ッ」

 一瞬で嘘と断言されヤマトは息を飲むと問いかける。

「なんで、嘘だって思うんだ?」

「だって、ヤマトには必死さを感じられないもの」

 ヒノメは、これまでのヤマトの行動を思い返す。
 これまで、ヤマトは修行こそ真面目にこなしていたが故郷の情報を、帰る方法を探るような動きはなかった。熱心に情報を集めていたのはハンター試験や念についてぐらいだ。最も、後者はさほど進展はなかったようだが。
 そんな確信を抱いた様子のヒノメに、ヤマトははぁとため息をつくと言った。

「あぁ、嘘だ。俺の故郷はマジで遠いところにあって、プロハンターでも無理なところにあるんだ。正直、帰るのは半分諦めてる」

 GIのリーブなど、希望はわずかに残されてはいるが、可能性は低い。なぜなら、GIのスペルカードは一部を覗いてGI内で使用されることは想定されておらず、況してや異世界についてなど想定しているとは思えないからだ。

(現実が外世界の一地方でした、なんて落ちなら話は別だけどね)

 口には出さすそんなことを考えながらヤマトは内心苦笑した。

「そう。やっぱり。じゃあなぜヤマトは強くなりたいの?」

「そりゃあ生きてくためだよ」

「……戸籍がない理由は聞かない。でも、ヤマトの腕なら料理人として生きてくこともできると思う」

 この世界では、確かに戸籍を持っていない人間はほとんどいない。だが、その反面で戸籍がゴミのような価値しかない国もたくさんあるのだ。そんな国なら、ヤマトだって平和に暮らしていけるはずだった。

「ヤマトには、ただ生きてく以上の、何か強い目的があるみたいに見える」

「……………………」

 目的は、確かにある。
 原作に介入し、ハンターライセンスを取得し、強さを手に入れ、大金を稼ぎ悠々自適の余生を過ごすという目的だ。
 ハンターライセンスがあれば身分証には困らないし、強ければ自分の身も守れる。金も簡単に稼げるから、現実に帰れる見込みが少ない以上適当に原作介入(観光)した後は美人の奥さんを貰い、愛人を何人も囲ってハーレムを作るというのがヤマトの原作後の構想だった。
 幸い、蟻は毒で死ぬことが判明しているので世界が滅ぶ危機はなく、ヤマトがそういったどこか保身に走った、しかし夢見勝ちな妄想を抱いても仕方ないだろう。
 だが、それを素直にヒノメに言わない程度の自制心はヤマトにもあった。
 従って、ヤマトは口から出任せでヒノメを煙に撒くことにした。

「目的はないけど、夢ならある、かな」

「夢?」

 コテンとヒノメが小首を傾げるのを余所に、ヤマトは恥ずかしげに頭を掻きながら眼を逸らす。

「なんつーかさ」

「うん」

「普通の幸せが掴みたいんだよ、俺は」

「……どういうこと?」

「ん……。特別美人じゃなくてもいいから優しくて俺だけを愛してくれる奥さんをもらって。普通の一戸建ての家に住んで。庭には犬とかペットを飼って。子供は男女1人づつくらい作って。休日には俺が飯を作って、わぁパパのご飯美味しー、って子供たちに言ってもらうような、そんな普通の幸せ」

「………………………」

「でもこの世界は、酷く物騒だ。そんな普通の幸せも簡単に、理不尽に奪われる。そんな時、自力で家族を守れるくらいの最低限の強さが欲しいんだよ。俺は。まぁ、自分でも夢のない夢だと思うけど」

(嘘だけど)

 ヤマトは内心でそう締めくくる。完全な口から出任せだが、存外にそれっぽいことが言えた。いかにも平凡な男が言いそうな平凡な夢であり、故に説得力があるだろう。
 そんなことを考えながらヒノメを見たヤマトは、ギョッとした。
 彼女が、今まで見たことないほど頬を紅潮させこちらを見ていたからだ。

「それって……」

「ぉ、おう」

「凄く……素敵だと思う」

 そういって、ヒノメはふにゃりと微笑む。
 ヤマトの騙った夢。それはヒノメが思い描く理想の家庭像に酷似していた。
 使い切れないほどの富などいらない。世界最強でなくてもいい。ただ愛する人とその子供。それさえあれば、それが最高の幸せだと、ヒノメは思っていた。
 この時、ヒノメはヤマトの夢に魅せられ、そして、生まれて初めて恋をした。
 願わくは、彼の夢の中で隣に立つ人が自分でありますように、と想いながら。
 それが、彼の適当な嘘とも知らずに。彼の本当の夢が自分の理想とは真逆のものとは知らずに。
 だからヒノメは決めた。

「本当は教えるつもりはなかったんだけど……」

 彼の夢を叶える手伝いをすることを。

「それがヤマトの夢だって言うなら。ヤマトに念を教えてあげる」

「えっ! ま、マジで? っていうか出来んの? 前手加減は苦手って言ってたじゃん」

「あれは嘘」

 あっさりと言うヒノメに、一瞬ヤマトは頬をひきつらせるも、徐々にそれを上回る嬉しさが沸き上がってきた。

「マジで念教えてくれんの?」

「うん」

「それって強制的に起こしてくれるって意味だよね?」

「うん」

「ぅ、うぉぉぉぉっ! ま、マジかぁ! マジかぁッ!」

 ヤマトは歓喜の雄叫びをあげるとガバッとヒノメに抱きついた。

「ありがとうヒノメちゃん! ヒノメちゃん最高! ヒノメちゃん愛してる!」

「えっ? えっ? えっ!?」

 ヤマトの口にした愛してる、この言葉に勿論深い意味はない。これは彼的に言えば「物凄くありがとう」ぐらいのニュアンスであり、現実にいた頃誕生日に男友人たちからゲームソフトをプレゼントして貰った時も愛してると口にしている。
 男友達たちも、それは重々承知しており、故に「きめぇwww」と気軽に流していたが、それは彼らの付き合いが為せた業だった。
 しかし、ヒノメは違う。彼女はヤマトとの付き合いが短く、彼の愛してるの本当の意味を知らない。
 そして何よりヒノメにとって愛とは最も価値のある言葉であり、重い。そんな言葉を軽々しく使うという発想がそもそもなく。
 故に彼女は

(え? え? あ、愛してるって……わ、私に言った、の? で、でもまだ会ってから2ヶ月しか……。あぁでもあの小説でも主人公たちはそれくらいでくっついたけど、これは現実だし、でも好きじゃない相手に愛してるなんて言わない、よね? あれ? でもそれじゃあさっきの夢って……もしかして、プロポーズ? 私とそういう家庭を作りたいってこと? ど、ど、どうしよう)

 その言葉をストレートに受け止めた。
 混乱し、錯乱し、動転し、しかし少しずつヤマトの言葉を咀嚼して“自分の都合の良い”ように彼の言葉を解釈したヒノメは。

「………………」

 おずおずとヤマトに手を伸ばし、抱き返した。
 真っ赤になっているであろう顔と、早鐘のように鳴り響いている胸をヤマトに見られぬよう彼の顔に顔を埋めながらヒノメは誓った。
 この温もりを二度と手放さない。この世のありとあらゆる危機から、自分が彼を守るのだと。
 死が二人を別つ、その日まで――――。

 
 
 
 一方その頃アレックスとブライアンは。

「…………来ないねアッちゃん」

「あぁ」

「もう帰らない?」

「いや、もしかしたら遅れてきて、俺たちがいなかったら家にくるかも知れない」

「でも、もう3時間だよ?」

「……………………」

「もしかして、俺たち忘れ」

「言うな」

「うん……」

 完全に存在を忘れ去られていた。




[36088] 原作前7
Name: 百円◆3afef9b8 ID:5ce254c8
Date: 2012/12/20 23:37


「アハッ、アハハハハハッ」

 その時、ヤマトの機嫌は最高に良かった。
 理由は単純明快。その身から溢れる無尽蔵とも思えるオーラが理由だ。
 とはいっても、未だ念を覚えたばかりで顕在オーラは少なく、また纏も未熟な為オーラもかなり漏れている。
 だが、そんなことは気にならないほどヤマトの機嫌は良かった。

(良かった。やっぱ俺にも“特典”があったのか!)

 “特典”。それは、ヤマトがかつて読んだ二次創作上で、トリッパーや転生者が物語の世界にくることで何らかの特殊な力を得ることを指す。
 ある者は、多作品の力を。ある者は、その世界でも有数の才能を。ある者は、不老の肉体や美貌を。
 そして、ヤマトの特典。それは“使い切れないほどの膨大な潜在オーラ”だった。
 全身の精孔を開き、練モドキをするヤマト。覚えたばかりの纏では、そのオーラを肉体に留まらせることは出来ず、かなりのオーラが浪費されている。
 そんな真似をすれば、あっという間にオーラは枯渇し気絶するだろう。しかし、使えど使えどヤマトのオーラは底をつくことはなく、それどころかそれに限界など無いようにすら思えた。

(やべぇよ、俺! 来てるよ、時代! もしかしたら才能無いんじゃねぇかって不安だったけど、そんなことなかった!)

 ヤマトは、ここ最近不安だった。
 鍛えど鍛えど伸びない身体能力。原作では、一月鍛えるだけで2トンの門を開けられるようになったというのに、自分はと言えば50キロの荷物を背負って歩くだけでへばってしまう。
 念の方も、2ヶ月の間毎日欠かさず瞑想しているというのにオーラの知覚すら儘ならない。原作の主人公たちは一週間とかからずに習得出来ると言われていたのにだ。
 そして挙げ句の果てには街のチンピラにすら負ける始末。
 さすがのヤマトも、自分はオリ主じゃないんじゃないだろうかと疑問に思うようになった。
 自分が特別じゃない。その考えは、ヤマトには到底受け入れられないものだった。
 もし自分がただこの世界に迷い込んでしまっただけの迷い子だったとしたら、代償となった家族や知人との絆はどうなるというのか。
 もしも、もしも自分がただ、“失っただけ”だとしたら……。
 気丈に振る舞ってはいたものの、ヤマトの精神はかなり追い詰められており、もしこれで念の才能すらないとわかればヤマトは発狂していたかもしれない。
 肉体に望みがない以上、最後の望みは念のみだったのだから。
 だが、その想いは報われた。
 ヤマトには、とびっきりの才能が与えられていたのだ。
 それが、この無尽蔵のオーラ量。
 オーラ量=強さとも言えるこの世界で、ヤマトを特別足らしめる“特典”。

「ンッン~~♪ 実に! スガスガしい気分だッ!
歌でもひとつ歌いたいようなイイ気分だ~~フフフフハハハハ!
フッフッフッフッフッ。
これがッ! まさにッ!
最高に『ハイ!』ってやつだアアアアアアハハハハハハハハハハーッ」

 完全にイッちゃってるヤマトを見て、しかしヒノメは微笑ましいようなものを見るような暖かな眼差しだった。
 痘痕もえくぼ、とは良く言ったもので、この今にも時を止めてしまいそうな勢いのヤマトを見ても、なんだか凄く喜んでくれて嬉しいなぁ、ぐらいにしかヒノメは思わなかった。

(ヤマト、凄く喜んでる。良かった……やっぱり“あの能力”を作って本当に正解だった)

 そう心の中でヒノメは考えながら、ヒノメは自身の新たな能力【鏡写しの才能/ドッペルラブ】を思った。
 ヤマトが、“特典”と。自身の才能と信じて疑わない、彼女の新たな能力を。





 ――――時はヤマトが目覚める数時間前に遡る。

 静寂に包まれたホテルの一室。
 時計の音ばかりが妙に響くその部屋で、普段は気にもしないその音が、妙に勘にさわると思いながらヒノメは爪を噛んだ。

(まさか、ここまで……)

 ヒノメが沈痛な眼差しで見つめる先には、昏睡状態で眠りにつくヤマトの姿がある。
 怪我や病によるものではない。極度の疲労によるものだ。すでに、丸一日眠りについている。
 その間、ヒノメは片時も離れずヤマトを見守っていた。
 なぜヤマトが昏睡状態となっているのか。その理由は単純明快である。

(まさかここまで才能が無いなんて……)

 彼は纏の習得に失敗したのだ。
 念を習得するには、大きく分けて2つの方法が存在する。
 一つはゆっくり起こす。もう一つはムリヤリ起こす方法。
 前者は才能が物を言い、早いものは一週間。才能のないものでも数年掛ければ習得できる。
 対して後者は、才能がある無しに関わらず、すぐに習得することができる。
 方法は実に簡単だ。通常はオーラを知覚し、少しずつ全身の精孔を開くという作業を、他者のオーラでムリヤリ抉じ開けるというものだ。これにより、一度に大量のオーラが紛失することでオーラを知覚し、全身の精孔を開くことができる。
 だが、勘違いしないで欲しい。この方法でできるのは、オーラの知覚と精孔を開くことだけである。
 纏ができるようになるかは、本人次第だ。
 最も、ここまでお膳立てされれば大抵の人間は纏を習得することができる。
 しかし、中には才能の無い人間という者もいて、彼らは纏を習得する前にオーラを枯渇させてしまうこともあった。
 そう今のヤマトのように。
 全身の精孔を開く、というのは、いわば自動的に擬似的な練をした状態になる、ということでもある。
 当然、オーラは凄まじい勢いで消耗されていき、それまでに纏を習得出来なければ昏倒する。
 ヤマトが精孔を開いてから、オーラを枯渇させるまでにかかった時間は、わずか10秒。
 これはヤマトという存在の肉体が脆弱で、その身に蓄えられたオーラがあまりに少なかったことに起因する。
 そして、この10秒という時間はヤマトのような才能のない人間にはあまりに短すぎた。
 結果、彼はこうして昏睡状態となったのだ。
 ヒノメは、ベッドに横たわるヤマトを前に、どうしよう、どうしようと必死に考え込んでいた。
 ヤマトがなかなか目を醒まさないことにではない。彼の今の状態は、ただ疲れて眠っているだけなのでオーラが回復すれば自然と目が覚めるだろう。
 ヒノメが悩んでいるのは、この才能が無いという無情な現実をどうヤマトに伝えるか、というものだ。
 ヤマトという人間は、基本的に前向きであり、根拠の無い自信をなぜか持っているように見受けられた。
 今は弱くても努力すれば強くなれると無邪気に思っているようだったし、とりわけ念に関しては自分には特別な才能があると思い込んでいるようだった。
 それが、ムリヤリ起こすという邪法を用いても念を習得できないと知ったならば。

(ヤマト……きっと悲しむ)

 それは、ヤマトを愛するヒノメとしては受け入れがたいことだった。
 好きな人には、いつでも楽しく笑っていて欲しい。と思うのが人情というもの。
 ヤマトが自身の才能の無さに絶望し沈む様を想像するだけでヒノメの小さな胸はギュッと締め付けられた。

(はぁ……せめてもう少しヤマトのオーラがあれば)

 チャレンジ時間が長くなれば、ヤマトでも纏を習得出来る可能性は高くなる。
 だが、彼の才能の無さ故に彼はオーラ量が少なく、オーラ量の少なさ故に纏を習得出来ない。
 まさしく八方塞がりで、ヒノメは必死に、必死に、必死に考え続けた。
 そして、閃いた。

(そうだ。私が、ヤマトにオーラを貸してあげればいいんだ)

 ヤマトが、纏を習得できないのは、オーラの絶対量が少ないせいだ。
 ならば、彼のオーラが無くなる度に自分が注いでやればいい。
 ……いや。
 いっそのこと“水源”を共有してしまおう。
 いちいち彼のオーラが枯渇する度に注いでやるのは面倒だ。
 ならば、彼がオーラを使い果たしたら自動的に彼が自分の潜在オーラからオーラを引っ張ってこれるような仕組みを作ってやればいい。
 ヒノメは、名案だ! と瞳を輝かせた。
 ヒノメのオーラ量は、膨大だ。それはもう、使い切れないほどに。しかも今は【最初で最後の誕生日プレゼント】の効果で蛇口が制限されており、今もなお増え続けている。
 簡単に言えば、ヒノメは自身のオーラをもて余していたのだ。
 しかし、この方法ならヤマトが有り余るヒノメのオーラを有用に活用できる。
 ヤマトの才能は豊かではないが、潜在オーラ量を気にしなくて済むなら、通常潜在オーラ量を増やす分の鍛練を顕在オーラ量を増やす鍛練に回すことで人より多少成長が遅いくらいで済むだろう。
 それに、オーラ消費の激しい応用技の特訓も捗る。
 そして何よりヒノメのオーラがヤマトを守ってくれる、というのが良い。ヒノメは、甘美な痺れにゾクゾクと体を震わせた。
 一度、欲しい、とヒノメが思ったのならば、彼女の才能は一切のメモリの浪費無く必要な能力及び制約と誓約を本能的に設定し能力を作り上げてくれる。
 パズルのピースを組み立てるように新たな念が彼女の中に構築されていき。
 こうして【鏡写しの才能/ドッペルラブ】は生まれた。
 その名の通り、この能力はまるで鏡に写った文字のようにヤマトに本来とは真逆の才能を与えてくれるだろう。
 それは、確かにヤマトの利益になる。簡単に強くなれるのだから。
 だが、長期的に見てそれは本当にヤマトの為になるだろうか。
 潜在オーラのすべてをヒノメ任せにし、それを増やす鍛練を端から除外し。それでもしヒノメが彼に愛想を尽かせる日が来たら?
 彼はすべてを失うだろう。自分の才能に対する自信も。戦闘能力も。これまでの自分に対するすべてを。
 ヒノメは、本当の愛を知らない。これまで彼女が見てきた、触れてきた愛はすべてが独りよがりのものだ。
 母は、我が子に命を掛けて才能を与えたが、それは最強の子供が欲しいという自身のエゴからだ。
 父は、人生を掛けて我が子に最高の教育を施したが、それは妻への愛に報いる為だ。あの世に行って、愛する妻に再開した時、約束は果たしたぞ、と胸を張って言うためにヒノメを育成した。
 両者とも、ヒノメのことは確かに愛していた。彼らのやったことは、すべてがヒノメの利益に繋がることで、自身に対する見返りは求めていない。ある意味で無償の愛であり、愛として最も完結しているといっていいだろう。
 だが、ヒノメ自身のことは考えていない。彼女が本当は何を求めているかを知りもせず、自分の想いだけを押し付けた。
 つまり、独りよがりの愛だ。
 ヒノメの【鏡写しの才能/ドッペルラブ】も、同様である。
 鏡に写っているのは、ヤマトではない。どこまで行っても、ヒノメ自身だ。そのことに、ヒノメは気づかない。
 つまり、結局のところ。
 ヒノメ=ストロングは、どうしようもなく、悲しいまでに、カルロス=ストロングとエリナ=ストロングの娘なのだった。

 
 


 しばしヤマトの喜びようを眺めていたヒノメだったが、そろそろいいだろうと手を叩いた。
 パンパンという音に、吸血鬼ごっこを楽しんでいたヤマトが反応する。

「喜びに浸る気持ちもわかるけど、ヤマトの纏はまだまだ未熟」

「あ、あぁ。そうだな」

 我に帰り先ほどの自分のテンションを省みたヤマトは頬を染めながら頷く。

「纏は、すべての応用技に使われる基本。これを極めることで顕在オーラも増えるし後々楽になってくる」

「うん」

「だから、まずヤマトには寝てる間も纏ができるくらいまで纏の修行をして貰おうと思うんだけど……」

「あぁ、それで俺もいいと思う」

 特典により、潜在オーラの心配がなくなった今、顕在オーラを伸ばすという基本方針に逆らう理由などない。

「良かった。それじゃあ早速点の修行から」

「あ、ちょっとその前にいいかな?」

「え?」

 言葉を遮られたヒノメは、きょとんと首を傾げる。

「修行を始める前に、水見式だけして系統だけでも知っておきたいんだ」

 ヤマトのように現実から来たものにとって自分の系統とは非常に気になるものだ。一刻も早く知りたい類いのものであり、すでに2ヶ月もお預けを食らっているヤマトとしては限界が近かった。
 それにヒノメは少し考えると、あっさりと言った。

「ダメ」

「えぇ!? なんでッ」

「系統を知ったら発を作りたくなるから」

「うっ」

 確かに、自分でも思ってしまったヤマトは言葉を詰まらせる。
 固有の念能力、というのは念を覚えた人間なら誰もが憧れるものだ。
 だが、未熟な段階で発を作るのは非常に危険なことなのだ。
 なぜなら、未熟な段階で作った発は、自身の未熟さを埋めるために必要以上の制約と誓約をつけてしまうからである。
 例えば、放出系の能力者AとBが存在するとする。二人とも固有の念能力はまだ持っていない。それぞれの実力は、Aは放出系を極め、Bは放出系を覚えたばかりとする。
 ここで、二人とも指先から念弾を打ち出すという発を作ったとする。Aは放出系を極めているので、何の制約と誓約も無しに十分な威力を持った念弾が出せる。しかし、Bは未熟なので大した念弾は出せない。基礎能力の差である。
 ここでBは、Aのような威力を自分も出したいと思う。方法は、単純に念弾に大量のオーラを籠めるのが一つ。もう1つは、制約と誓約を課すことで質をあげ威力を上げる方法だ。
 Bがオーラ量をAを上回るならば、前者でいいだろう。だが、そうでないならば制約と誓約を自らに課す可能性が高い。
 念を覚えたばかりのBが放出系を極めたAと同じ威力の念弾をオーラ量で出そうとした時、その制約はとても大きなものになる。
 例えばそう、“念弾は1日5発まで”という制約だ。
 こうしてBは何の修行もせずに放出系を極めたAと同等の威力の念弾を得ることができるわけだが、一見この美味しそうな現象、考えうる限り最悪のケースだ。
 Bはこれから鍛練を積むことで、念弾の威力をあげることができるだろう。その際にネックになってくるのが5発というルールだ。
 雑魚相手にも一発。強敵相手にも一発と、相手に関わらず弾数を制限してしまうこの能力は、念弾の素の威力が高くなるにつれて使い辛くなるのだ。
 結果、格下相手に自らの肉体のみで戦うことになり、放出系にもかかわらず念弾をほとんど使わずに戦う能力者になる。
 一方Aはといえば念弾は自身の素の能力であるので相手がどんな敵であろうと気軽に使える汎用性の高い能力を用いることが出来、しかもメモリにはまだまだ空きがあるので念弾に付加能力をつける余地もあるのだ。
 つまり制約と誓約とは。
 修行も無しに強力な力をすぐさま得られるというメリットがある反面、未来を捨てるという重すぎるデメリットを抱える邪道でもあるのだ。
 故に大した制約も無しに使えるヒソカのバンジーガムは「良く出来てる」と評価され、一方タイマン限定というか制限能力付きみたいなところがあるらしいノブナガは、ウボォーキンの足手まとい評価をされることになる。
 制約と誓約の未来を捨てるというデメリットが極限までいってしまった際の結末は、ゴンさん後のゴンの姿を見ていただければわかるだろう。
 以上の理由から、発とは出来る限り基礎能力を高めてから作るのが望ましく、ヒノメもほとんどの系統を極めるまではカルロスから発を作るのを禁止させられていた。
 そして、ヒノメから見たヤマトという人間は、自身の技量の低さから重い制約と誓約を課してしまう典型的なタイプであり、そして系統を知ったら発をすぐ作りたくなるであろうことは先ほどのテンションから見て明らかだった。
 故に、ヒノメはヤマトが系統を知ることすら禁止したのである。

「……というわけで、ダメ」

 というようなことを、口下手なりに長々と説明したヒノメは、最後にそう締めくくった。

「んー、じゃあ強くなっても障害にならない制約と誓約ならいいんじゃないか?」

 そして、全然わかってない様子のヤマトにがっくりと肩を落とした。

「……基本的に、発の威力なんてものはオーラ量でなんとかなってしまうの。そしてヤマトには、普通では考えられないほどのオーラ量がある」

「うむ」

「なら、顕在オーラをしっかり増やして、基本を固めるだけで十分な発が作れる。発はそれからでいい」

(それにヤマトの才能を考えるとあんまり複雑な能力は……)

 とはさすがに口には出さなかった。

「でも、いつまでも系統を知らないわけにはいかないだろ。いつになったらいいんだ?」

 この言葉にヒノメは少し考えると。

「凝が出来てから、かな?」

 ヤマトの才能を考えるに、凝が出来るようになるまでには数年かかるだろう。
 それまでに、じっくりと基礎能力を上げてあげればヤマトの低いメモリでもそれなりの能力が出来るだろう。

「凝。凝かぁ。確かに、凝は大切だからな。良し、まずは速攻で凝を覚えてやる!」

「ふふ、頑張って」

 熱意を燃やすヤマトを、ヒノメは微笑みながら見守るのだった。

 
 
 

「……お前たち、ここで何してるんだ?」

 目の前のテントと、その中でポーカーをしている若い二人組を見た警官のアパッキオは呆れたように呟いた。

「あーん? ポリ公には関係ねぇよ。ぶっ殺すぞ」

 二人組の背の小さい方、耳は勿論鼻や唇にまでピアスをつけた男がアパッキオに凄む。
 すると、すぐに背の高く体格の良い男の方がピアスの男を止めた。

「止せ、ブライアン。もうそういうのは辞めるって決めただろ」

「アッちゃん……そうだったね、ごめん」

「あぁ。……なぁおまわりさんよ、俺たちは何も悪さをしてるわけじゃあない。別にヤクをここで売り捌いてるわけでも、違法賭博をしてるわけでもない。ただちょっと人を待っているだけなんだ」

(ふむ……)

 チンピラそのもの、といった風体にもかかわらず予想外に落ち着いた口調で話すアッちゃんと呼ばれた男に、アパッキオは少しばかり男たちに興味が生まれるのを感じた。

「人を待っているといったが、もうどれくらい待っているんだ?」

 後ろのテントを見ながらいうアパッキオに、男はあっけらかんと答える。

「2日くらいだな」

「……それは、もうこないと思うぞ」

「ポリ公もそう思うよな?」

 ため息混じりにそういうブライアンに、しかし男は何も動じなかった。

「待ち人が来るかどうかは関係ない。ここで俺たちが待つということに価値があるんだ。来なければ俺たちが許してもらった、という事だし、来たら許してもらうチャンスが来た。それだけのことなんだ」

(…………ほぅ)

 男のその言葉に、アパッキオは内心で感嘆の声を漏らした。

「なぁブライアン。ここは勝負ところだぜ。俺たちが真っ当に戻れるかどうかの。チンピラっつう社会のクズから、表通りを胸を張って生きていける社会人になれっかの、境目に俺たちは立ってる。そう、俺は思ってる」

「アッちゃん……」

「ふむ。話はわかった。しかしここは一般人も通る裏道だ。こうしてテントを張って待つのは公序良俗に反する。そこで、だ」

「?」

「後3日。後3日で俺は見回りのシフトが変わる。その間だけ、俺はこれを見逃してやる。それだけ待てば、お前の誠意もきっと相手に伝わるだろう。……どうだ?」

「わかった。ありがとう。……ふっ」

「どうした?」

「いや、まさか俺が警官に礼を言う日が来るとは思わなくてよ」

「……別に俺も警官として誉められるような真似をしてるわけじゃないんだがな」

 そういってアパッキオは踵を返すとその場を立ち去った。
 3日後に彼らがまだそこにいたならば、警官になることを進めてみよう。そう、考えながら。



[36088] 原作前8
Name: 百円◆3afef9b8 ID:5ce254c8
Date: 2012/12/23 08:26

 この世界には、原作を知るものなら誰しも一度は行ってみたい観光地がいくつかある。
 一つは、序盤の舞台、ハンター試験。マンガの中でしか知り得ない主人公たちを間近で見ることのできる最初のチャンスだ。だが、その危険度足るや。この世界の厳しさを教え込むためのチュートリアルというべきレベルであり、最低でもレオリオクラスの身体能力が必要だろう。ちなみに、このレオリオ。武術を何十年も修行してきたのだろうボトロ氏に格闘能力だけ見るならレオリオ有利とネテロに評価されている。
 二つ目が、ククルーマウンテン。かの有名なゾルディック家の本拠地であり、試しの門が存在する。この試しの門は、まさにこの世界で生き抜いていけるかの試金石となる門だ。この門を最低開けられるようになって初めてこの世界の戦闘者の端くれとなれる。逆に言えば、これすら開けられないようではもう戦闘は諦めた方がいいだろう。念を覚えていても身体能力の差で負ける可能性が高い。
 そして三つ目が、恐らく観光地ランキングがあるならば2位確定となる天空闘技場だ。ちなみに、一位は言わずと知れたグリードアイランド。魔女の若返り薬を始めとしたアイテムの数々は魅力を通り越して魔力を持つほどである。
 話がズレた。
 さて、この天空闘技場。原作をご存知の方なら良くわかると思うが実に素晴らしい場所だ。
 まず、金稼ぎとしての点。200階に到達の時点で2億ものファイトマネーが貰え、トータル賞金約4億円。腕に自信があるのなら宝くじを買うよりよほど確実だ。
 お金を稼いだならいよいよ200階クラス。念を覚えていないなら洗礼というキツイ歓迎を受ける可能性が高いが、正直洗礼を受けるようなヤツは自業自得と言えるだろう。
 なぜなら、200階クラスの観戦は一般客でも可能であり、少し情報収集をすれば200階クラスでは不思議な力が使われていること。そして初めて200階に上がってきた選手のほとんどが肉体に大ダメージを負い何らかの障害を負っていることを知ることができるだろう。
 ここで多少知恵の回るものなら念を教えている存在が何人も闘技場内にいることを予想できるし彼らから師事を受けることを容易に考えつく。
 勿論簡単にはいかないだろうがそこで役立つのがこれまでの何億ものファイトマネーだ。
 闘技場側のマネジメントから見てみれば一戦数億というファイトマネーは法外。これを穿った視点で見てみるならば、回収する方法があるということだ。
 そして最も効率的な回収方法を考えるならば、それは念の師事なのである。
 つまり、この何億ものファイトマネーは闘技場側が選手に用意した念を習うための授業料と見ることができるのである。
 勿論闘技場側はこれを大っぴらに宣伝してはいないだろう。彼らは、自らこの裏事情に気づいたもの、あるいは洗礼を受けた選手のもとへ行き、「見てたぜ。この不思議な力が何なのか知りたくはないか?」とか「いい眼だ。なかなか見所がある。ついてこい」などと言っておだて、巧妙に金を巻き上げていくのだ。
 天空闘技場のサイドビジネスである。恐らくは、ハンター協会会長ですら逆らえぬ理事会とやらがこの天空闘技場の運営母体なのであろうことが推測できる。
 ハンター試験を合格し、裏ハンター試験で念を習得するのが正道ならば、天空闘技場で金で裏から合格するのが裏道なのだ。
 ちなみに、そんなわけなので敢えて負けることで不当にファイトマネーを稼がんとする不届きな輩には、闘技場側から洗礼付きの怖いお仕置き隊が差し向けられることは想像に難くない。よしんばそれを撃退しても、除名は免れないだろう。

 さて、そんなこんなで念を無事……かどうかは当人次第として、身に付けたなら今度は模擬戦の始まりである。
 ヒソカのようなバカ野郎がいない限り、相手はおよそ自分と同じくらいの相手。そこで同じ実力の相手と戦い経験を積み、徐々に念能力者としての実力を積んでいく。
 また90日間のインターバルというのが巧妙だ。90日間という日数は無論休息期間ではなく、相手が使っていた自分の知らない技術を自分も習得するための修行期間なのである。
 洗礼を受け纏を覚えたものは、次の試合で練を使っているものを見て練を習得しようとする。練を習得したら系統を知り、次は発を。やがて隠を使う敵に出会い、凝を学ぶ。
 こうして選手たちは段階を積み強くなっていく。
 最も、こうして順調に強くなれるのは良い師匠に恵まれた一部だけで大抵の選手は白星をあげることに集中して修行を怠るものも出てくる。原作の噛ませ三人組などがその筆頭で、彼らに引導を渡すのが闘技場に雇われたフロアマスターという名のプロハンターなのである。
 ちなみに、順調に強くなった選手にはフロアマスターが試合後まだプロでなかった場合ハンター試験を受けることを進めるのだろう。
 こうした性質から、フロアマスターは協専ハンターである可能性が高く(モラウやナックルといったプロ意識の高いハンターが、自らの能力を晒すような闘技場のような場で戦うことを好むとは考え辛いからだ)、こうして彼らは徐々に協専ハンターという勢力を拡大していくのである。
 なぜ協専ハンターが勢力を拡大する必要があるのかは、…………今は関係ないので機会があれば考察を語らせて頂くとしよう。
 とまぁ途中話が横路にズレてしまったが、要は天空闘技場は“金稼ぎ”“念習得”“対等の相手との実戦”といった理由から念を覚えたばかりの修行場として最適なのである。
 故に。

「なぁなぁ、ヒノメちゃーん。天空闘技場に行こうぜ~。きっと楽しいことが待ってるからさッ」

 このようにヤマトが天空闘技場に行きたがるのは、新しい玩具(念)を試したいというわけでは断じてないのだ。
 まぁだとしてもヒノメの答えは決まっているのだが。

「ダメ」

 ほぼ即答に近いヒノメの返答は、ため息まじりのものだった。
 ヤマトが念を覚えて2ヶ月。ヤマトが天空闘技場を話題に上げてくるのは容易に予想がついた。
 ヤマトが対人戦などヒノメからすれば10年は早く、か弱いヤマトを天空闘技場などという野蛮なところに行かせるのはもっての他だった。
 故に、ヒノメは断固とした意思を籠めてヤマトのおねだりをはね除ける。
 最も、その視線は手元のココアに集中しており、ヤマトの方は決してみようとしなかったが。世界で一番ヤマトに甘いヒノメのことだ。ヤマトの顔を見ながら話したら、ついつい頷いてしまうこと請け合いだった。

「そ、即答……? よろしければ理由を聞かせてもらっても?」

「……危ないから」

「心配しなくても大丈夫だって。念も覚えてない一般人に負けやしないって」

 まさか俺が負けるとでも? といいたげなヤマトにヒノメは思わず頷きそうになり慌て首の動きを止めた。

「……そうは、思わないけど」

 念を覚えて以来というもの、妙に自分に自信を持ち始めたヤマトに歯痒い思いをしながらもヒノメはそう言う。

(うぅ……やっぱりオーラ共有は失敗だったのかな? でもヤマトが悲しむ顔を見たくないし……)

 だがその力のせいでヤマトが危険なところに首を突っ込むようになるのなら逆効果だ、とヒノメは悩む。

「ならいいだろ?」

「……でもヤマトはまだ、纏も完璧じゃないもの。寝てる間もできるようになった?」

 ヒノメがそう言うとヤマトはうっ、と詰まる。

「寝てる間も纏ができるようになるって奴か。いやぁ、それはさすがにまだだけど起きてる間はずっとできるようになったぜ」

 ヒノメは、ヤマトに一つの課題を出していた。それが、纏が寝てる間もできるようになるというものだ。寝てる間も纏ができるようになったなら、練の修行も始めるとヤマトには言っていた。
 ヤマトもこれに最初は納得していた。原作でも纏は念能力の基本であり、寝てる間も纏をしてられるのは普通といった感じであった。故にヤマトも当初は頷いていたのだが。

(寝てる間に纏ってマジムズいんだよなぁ)

 纏は原作でも自転車に例えられている。実際感覚は似たものがあり、一度体が覚えたら忘れないし練習すればするほど上手くなる。だが、それが寝てる間にもできるか、と言われると首を傾げざるを得ない。この世界の念能力者は出来ているのだから出来るのだろうが、ヤマトには未だきっかけも掴めていなかった。
 一応、ヒノメからはコツを聞いてはいる。曰く、「寝てる間も頭の一部だけを起こしている感覚」。ヤマトからすれば、はぁ? である。それを見たヒノメは、いろいろ本を読んだりしてヤマトにも分かりやすい説明を考えついた。それが、「電車で寝てしまっても、目的地についたらハッと目覚めるのと同じ原理」というものだ。
 一見眠っていても、脳の一部は起きている為目的地の名前がアナウンスされると目覚めることができる。この説明は、ヤマトにも分かりやすく受け入れられた。
 最も、それで習得できるようになるかは別の話なのだが……。
 なぜ、ヒノメは寝てる間も纏ができるようになることをひとまずの合格としたのか。それは、戦闘中の纏の維持に関連してくる。
 戦闘中は、相手の様々な攻撃により集中が乱される。正確に言うと、集中のほとんどが敵の攻撃に振り分けられる。そんな状態で激しい痛みなどを食らえば、未熟な者は纏が解けてしまう。そうなれば防御力はほぼ0となりあの世へまっしぐらだ。
 だが、寝てる間も纏ができるようになれば戦闘中も常に脳の一部が纏の維持に振り分けられることになる。つまり、戦闘の度合いに関わらず纏がキープされる。これは脳震盪になったり気絶しても変わりはない。何しろ、寝てる間もできるようになっているのだから。
 故に、ヒノメはヤマトに寝てる間も纏ができるように、と課題を課したのだ。例え不意を突かれ気絶しても最低限の防御を保てるように、と。
 そしてこのヒノメの愛情は、このヤマトの様子を見る限りでは残念ながら伝わってはいないようだった。

「……うーん、でも俺どうしても天空闘技場に行ってみたいんだよ」

 いつになくしつこいヤマトのおねだり。
 どうも自分の力を試したいというだけではなさそうだ、とヒノメは思った。

「どうしてそんなに行きたいの?」

「そりゃ当然観光として一度見てみたいだろ? それに……」

 遊ぶ金も欲しいしな。
 うっかりそのまま素直に言ってしまいそうになったヤマトは、そこでハッと抑える。
 こんな理由ではますます断られるだけだ。
 そこでヤマトが咄嗟に言ったのが。

「ひ、ヒノメちゃんのカッコいいところも見たいしな~、なんて……」

「えっ!?」

 予想外のヤマトの言葉に、ヒノメは思わずココアからヤマトへと視線を移動させた。

「わ、私の戦ってるところが、見たいの……?」

「う、うん」

 ヒノメの食い付きぶりにヤマトは少し戸惑いながらも頷く。
 それを見たヒノメは少し俯いた。

(そういえば、私ヤマトの前で戦ったことないかも)

 唯一ヤマトの前で戦う姿を見せたのは猪を倒した時ぐらいだろうか。
 つまり、ヤマトはヒノメの強さを知らないのだ。
 今さらながらにそれに思い至ったヒノメは、うっすらと口元に笑みを浮かべた。

(私がカッコ良く勝つところを見せたらヤマト、もっと私のことを好きになるかも……)

 もっとも何もヤマトはそもそもヒノメに恋してなどいないのだが、それを知る由もないヒノメは自分を絶賛するヤマトの姿を脳裏に浮かべて頬を赤らめた。

「……そう言うことなら、行こう」

「へ? ま、マジで?」

 突然180度意見の変わったヒノメに、ヤマトは驚く。
 そんなヤマトにヒノメは先ほどまでの態度が嘘かのようにあっさりと頷いた。

「うん。そろそろ、旅費も厳しくなって来たし」

 ヤマトの修行に専念する為、ここ最近はワンウィークマンションという、週単位で借りられるマンションで生活していた。その為、ヒノメの貯蓄が凄まじい勢いで目減りしていたのだ。
 最近は襲撃もとんと減り、臨時収入のなくなったヒノメはどうしたものかと悩んでいたことも、今回の件を後押ししていた。

 そんなヒノメを見て、ようやく現実を受け止めたのか、ヤマトは喜色満面となりガッツポーズをする。

「よっしゃ! んじゃ、早速準備しようぜ!」

「うん」

 こうして、ヒノメとヤマトは天空闘技場に向かうことになった。

(……これでもっとヤマトは私に)

(ふへへ、これで遊ぶ金ゲットだ。何かワクテカしてきた!)

 両者の間に凄まじい心理的食い違いを残しながら。

 
 
 
 

「はぁ……」

 警察署からの帰り道。アレックスは思わずため息をつかずにはいられなかった。
 その理由は、先ほどアパッキオと交わした会話にあった。
 二月ほど前に知り合った警官のアパッキオ。彼との不思議な付き合いは、その後も細々と続いていた。
 そんな彼から進められた警官という道は、それまでのアレックスの人生とは真逆のものであり、故にその道はアレックスを強く惹き付けた。
 今まで散々街の人間に迷惑を掛けてきた自分が、その罪滅ぼしに犯罪者を取り締まる。それが実に素晴らしいことにアレックスには思えたのだ。
 だが、そんなアレックスの前に立ち塞がった壁。それは過去のアレックス自身だった。
 警察のデータベースに残ったアレックスの様々な前科。ほとんどが軽犯罪によるものだったが、その数はなかなかのものでどうして服役していないのかが不思議なほどであった。
 警官、というのはとりわけそれまでの経歴が重視される仕事だ。
 前科が一つあるだけでも厳しいのに、これほどの数になると……。
 アレックスに警官という道を薦めたアパッキオも頭を抱えずにはいられないほどだった。

「はぁ……簡単に帳消しには出来ねぇよなぁ、過去の報いってやつはよ」

 アレックスは重いため息をつきながら自宅のドアを開ける。
 すると出迎えたのは母親ではなくブライアンだった。

「あ、アッちゃんおかえり。どうだった?」

「おう、駄目だった」

「あちゃー、やっぱり」

 そう言うブライアンの前には、警察学校の入試問題の過去問があった。
 最近アレックスとブライアンはこうしてアレックスの家で勉強会を開いていたのだ。
 だが、もはや二人がどれほど勉強しても警官になるという道は途絶えているのだ。
 アレックスは、複雑な表情で問題集を見つめた。
 そんなアレックスに、ブライアンは冗談混じりに言う。

「アッちゃんくらい箔がついちゃうとさ、ブラックリストハンターになる方が早いんじゃない?」

「!!!!!」

 その一言は、まさに目から鱗だった。

「それだよ……」

「へ?」

「それだ! ブライアン!」

「な、なにが?」

「ハンターライセンスだよ! ハンターにさえなっちまえば、殺人ならともかく軽犯罪の前科なんざ帳消し。警官にだってなれるようになる!」

「ま、マジで言ってんの?」

 眼を爛々と輝かせるアレックスに、ブライアンは頬をひきつらせる。

「大マジだ! ブライアンッ、俺はプロハンターになるぞォ!」

 そういって吠えるアレックスに、ブライアンはアレックスの性格を思い出した。
 アレックスの性格は簡単に言えば単純一途。こうと思い込んだら一直線で、そしてその際の情熱と集中力は凄まじいものがあった。
 この分なら、アレックスは決して諦めずに何年でもハンター試験に挑み続けるだろう。
 ブライアンははぁとため息をついた後、苦笑した。

(しゃーない、もう少し付き合ってやりますかね)

 自分がいなけりゃ、誰がアレックスのブレーキ役をやるというのか。

「行くぞ、ブライアン! まずはランニング50キロからだッ」

「ええ!?」

 でもさっそく少しだけ心が折れかけるブライアンなのだった。



あとがき

天空闘技場に関する云々は、もはや考察ではなく作者のほぼ想像です。
深く考えずに、この作品ではファイトマネー目当ての登り降りは出来ませんよ、くらいに受け止めてください。



[36088] 原作前9
Name: 百円◆3afef9b8 ID:9edd4c5b
Date: 2012/12/25 20:14

 天空闘技場。地上251階建て、高さ991メートルを誇る世界第4位の建造物。

(すげぇよなぁ、ちょうど東京タワーとスカイツリーを足したくらいか……これで世界第4位だもんな。やっぱスケールが違うわ)

 てっぺんが見えないほど高いタワーを、ヤマトは口をポカーンと開けたどこか間抜けな姿で見上げた。

「ヤマト」

 背後からの声にヤマトが振り返ると、そこには二十人分のピザとコーラを持ったヒノメが立っていた。
 長い長い行列を並ぶうち、小腹の空いた二人は、片方を行列に並ばせ、片方が昼食を買いに行っていたのだ。
 ちなみに、人数は誤字ではない。

「おぉ、サンキュー」

 ヤマトは、自分の分のピザを受け取り、食べながら辺りの様子を伺う。
 辺りには腕自慢の参加希望者が長蛇の列を組み、最後尾は3時間待ちとなっているほど。
 だがやはりというかなんというか念能力者らしきものはパッと見る限りでは存在せず、これなら楽勝だなとヤマトは内心笑みを浮かべた。
 最も、眼の精孔は開いたとはいえ凝の使えないヤマトには念能力者か否かの正確な判断はできないのだが……。
 それでもヒノメのような念能力者と一般人では明らかに何かが違うと言えるものがあり、それを判断基準としてヤマトは念能力者はいないと判断していた。

(しかし……やっぱ注目されてんなぁ)

 ヤマトは、隣のヒノメをチラリと見る。
 輝くプラチナブロンドの髪。人形のように整った容姿に、宝石の如く輝く緋色の眼。これに、ロリ巨乳という一部のものには垂涎の属性が加わるならば、注目されないわけがない。……が、今はそれ以上に注目される要因が存在した。
 そう、大量のピザである。
 ヒノメが大量のピザを抱えて帰る頃から少し周りの眼を集めてはいたが、ヒノメがピザを食い始めるとざわめきが列に並ぶ人間の間でするようになった。
 ヤマトがピザを一つ食い終わる間にヒノメがピザを10人前平らげればそれも当然だろう。
 「バカな……明らかに食った量が胃の容量を越えている!」だとか「あれ? 天空闘技場ってフードファイト部門ってあったっけ?」とか「あ、あの娘俺知ってる」とか聞こえてくるのに、ヤマトは眉間に皺を寄せて考え込んだ。

(前々から思ってたけど、ヒノメちゃんって微妙に有名人なんだよな。誰もが知るって感じじゃないんだけど、街中を歩いてると一人は反応する、みたいな)

 ヤマトは、チラリとヒノメを……正確にはその眼を見る。

(やっぱ、これ……緋の眼なんだろうなぁ。ってことはヒノメちゃんはクルタ族っつうことで。ならクラピカと原作で絡んでもおかしくないよな)

 考えられる線は、ヒノメが原作とは全く関係ないモブという可能性。
 追憶編から考えるに、クラピカの部族はほぼ皆殺しにされたのだろうが、クラピカのように襲撃前に部族を出奔した者。あるいはクラピカの部族とは違うクルタ族が存在する可能性もある。その場合気になるのは、ヒノメの部族はどれほどの数がいて、そしてそれをクラピカに教えることでどの程度の恩が売れるのか、ということだ。
 ……最も、クルタ族はクラピカの部族が唯一で、クルタ族はクラピカを最後に滅亡した、みたいな描写だから他のクルタ部族という線は薄いだろう。その場合、ヒノメは両親のどちらかがクルタ族、もしくは先祖返りの可能性がある。
 次の可能性が、ヒノメが“これから”原作に出てくるキャラクターという線。コミックスか映画か。どちらかは知らないが原作にこれから出てくるキャラクターだとしたら緋の眼の存在も頷ける。常時緋の眼状態の謎もそこでわかるだろう。最も、その場合そこまで読んでいないヤマトにはお手上げとなるのだが。
 いずれにせよ、ヤマトがヒノメ関連でする行動方針は決まっていた。
 ヒノメをクラピカと引き合わせ、縁を作る。クラピカは、ようやく見つけたクルタ族との縁を切らさないようにヒノメとコンタクトを取りたがるだろうし、そしてヒノメと共にヤマトが行動を共にし続ければ自然とヤマトと主人公組も縁が深まっていく。

(最低でもGIまでは主人公組と行動を共にしときたいよな。あそこのカードは美味しすぎる)

 ヤマトは“観光”はGIまでと決めていた。
 ヤマトのプランはこうだ。
 まず主人公組と仲良くなり、最低でもレオリオくらいのレギュラーキャラクターとなる。そして、ククルーマウンテン後は天空闘技場、ヨークシン編を経て、GIをプレイする。GIクリア後は、最愛の恋人が亡くなることによりバッテラはすべての希望を失って無気力になってしまうので、クリア報酬としてGIを一機もらい受ける。
 後は蟻編などいくら身体があっても持たないので、天空闘技場で稼いだ金で優雅な生活を送りながらGIを時折プレイしてはそのカードの恩恵に授かる、と。
 そのような計画をヤマトは立てていた。万が一、万が一だが蟻討伐をネテロが失敗しても(例えば王が東ゴルドーではなくヨークシンなどの都会に向かってしまい“薔薇”を使用できなかったケース)、GIならゲームマスターがカードで撃退してくれる。GI内なら仮に蟻が正規の手段で入って来てもスペルカードでの逃走が可能。いざとなれば地下核シェルターに配置したゲーム機にリープで逃げることで二重三重の逃走手段があった。
 最も、ヤマトは蟻の件はアルカという壊れ設定が出てからはさほど心配はしていない。いざとなればアルカの力で、はい、解決とできるからだ。
 正直、アルカのことはキルアはイルミの針で忘れていたとして、どうしてそれでカイトを治せる可能性があることをゴンに伝えなかったのか、ヤマトには不思議でならなかった。

(まぁ、途中で設定が変わるのは週刊マンガではよくあることだけど)

 ナルトとかナルトとかナルトとか。
 ヤマトは欠伸混じりにそう考えながら、今も一心不乱にピザ…………ではなくいつの間にか差し入れられていた大量の食い物――なぜか妙にフランクフルトやアメリカンドックといった棒状の物が多い――を食べるヒノメを見る。

(なんにせよ、これからの俺の幸せライフにはヒノメちゃんの存在は欠かせないな)

 なんだか小さな子供を自分の都合でいいように利用するようで気が引けるが、安全で快適な将来を掴むには背に腹は変えられない。

(観光が終わったらそれまでの恩返しをしないとな……世界一週グルメツアーとか)
 
 そんなことを考えるヤマトは、気づかない。それが言い訳であることに。
 本当に恩返しをしようと考えているなら、わざわざ危険なハンター試験やGIにヒノメを――しかもクラピカとの縁作りの為だけに――付き合わせこれ以上迷惑を掛けようなどとは思わないし、そして恩返ししようと思うなら今すぐにでも行動を起こすことはできる。
 それをしようとしないのは、ヤマトが本心から恩返しをしようと思っているのではなく、恩人を自分の為に利用する罪悪感を、恩返しという言い訳で薄めるためだけなのだとヤマトは気づかない。
 彼は気づかない。
 現実に帰れないという絶望から逃避する為の“オリ主”という現実逃避が、いつしかその形を変えていることに。
 この世界の未来を知るが故に、主人公組やヒノメ、この世界に生きる人々を自分の思い通りに動かせるかのように錯覚し始めていることを。
 そして、今まで自分を助け養ってくれていたヒノメすら、“奴に立つ道具”として見始めていることに。
 彼はまだ気づかない。
 安藤 大和という善良な一般人の精神は、この残酷で命が軽い世界で少しずつ、そして確実に変調を来しつつあった。

 
 
 
 

「うへっ。ようやく俺たちの番かよ~。マジ長かったぁ」

「…………ん」

 ただ立って並んでいただけなのに、ぐったりとした様子のヤマトにヒノメはコクりと頷く。
 最も、ヒノメはこの三時間ずっと食い続けていたのでヤマトほど待ちくたびれてはいなかったのだが。

「お次にお待ちの方、6番の窓口にお越しください」

 窓口のお姉さんの指示に従い窓口に並ぶと二枚の用紙が渡された。
 それを受けとるなり嬉々として記入を始めるヤマトに、ヒノメは怪訝そうな顔をする。

「どうしてヤマトも書いてるの?」

「え?」

「え?」

 互いに首を傾げるヤマトとヒノメ。
 しばしフリーズし、先に再起動したのはヤマトの方だった。

「えっと……もしかして、戦う予定なのってヒノメちゃんだけなの?」

「うん」

 当然、とばかりに頷くヒノメに、ヤマトが情けなくすがり付いた。

「そんなぁ~。ここまで並んでそりゃないぜ。俺も戦わせてくれよ」

「ダメ」

「なんでだよぉ」

 眉をハの字にするヤマトに、ヒノメは不審な顔をする。

「……どうしてヤマトも戦うの? ここに来たかったのは観光と私が戦うところが見たかったからって言ってた」

「うっ」

 この言葉にはヤマトも詰まった。確かにこの方便で来た以上、ヤマトが戦う必要はない。
 今さらそれは嘘です、というわけにもいかずヤマトがまごついているうちにヒノメはちゃっちゃと用紙を記入すると窓口の受付嬢へと渡してしまった。

「あ~……」

「……あの、お連れ様の分はよろしいのですか?」

「いや俺も「いい」……………………」

 ヤマトを遮るように、はっきりと断言するヒノメに、ヤマトも食い下がれないものを感じ黙った。
 そして受付嬢が書類を受理するのを指をくわえて見ながらヒノメに引き連られて行くのだった。

 
 

「あーぁ、俺も戦いたかったなぁ」

「……まだ言ってるの?」

 あれから20分も経ったのに未だぐだぐだとしているヤマトにヒノメは呆れたように言う。

「だってさぁ」

「何度も言ったけど、纏が完璧になるまでヤマトは戦っちゃダメ。念能力者は、最低でも凝ができるようになるまで。わかった?」

「…………」

「ヤマト」

「……わかったよ。ヒノメちゃんって心配性だよなぁ」

 一応、本当にしぶしぶといった感じで頷くヤマトに、ヒノメは少し不安を感じさらに言い募ろうつしたその時、ヒノメを呼ぶアナウンスが聞こえた。

「ほら、呼ばれてるぜ」

「……本当に、ダメだから」

「わかってるって。師匠の言うことには逆らわないよ」

 苦笑するヤマトにようやくほっとしたのか、リングに向かうヒノメを見送り、そしてふと背後に気配を感じたヤマトは振り返った。
 そこに立っていたのは、20代後半程に見える黒髪の青年。眼鏡を掛けた柔和そうな顔立ちは、なかなかに整っているが跳ねた髪やだらしなく出たシャツが青年の評価を一段階下げていた。
 青年はニコリと笑うとヤマトに言う。

「隣、よろしいですか?」

「…………………………」

 そんな青年に、しかしヤマトは呆気に取られたように呆けていた。

(え……これ、ウイングさん、だよな?)

「あの……私の顔に何か?」

「あ、いやすいません。隣、どうぞ」

「ありがとうございます」

(な、なんでウイングさんが? つか何気に初原作キャラじゃん! ヤベ、なんか興奮してきた!)

 なぜか芸能人に喫茶店で相席してしまった時ののように内心テンションが上がるヤマトに、ウイングは笑顔で、しかしどこか探るような目で問いかける。

「先ほど隣にいたお嬢さん、可愛いですね。妹さんですか?」

「へ? あ、いや、違います。山で猪に襲われてるところを助けてもらって、それから。一応、師匠、かな?」

「なるほど。良ければお名前を伺っても?」

「あ、ヤマトって言います」

「貴方の師匠は?」

「ヒノメです」

「ヒノメ……、良ければフルネームを伺っても?」

「フルネーム? ……確かヒノメ=ストロングだったような」

(な、なんだ? なんか妙にヒノメちゃんのことばっか聞いてくんな……)

 ヤマトのことはついで、と言わんばかりにヒノメのことを聞いてくるウイングに、ヤマトは不審を抱く。そしてハッと気づいた。

(ま、まさか……ウイングさんってロリコン、なのか?)

 ヤマトは脳裏にウイングを関わった人間をリストアップする。
 師匠ビスケ(ロリババア)、弟子ズシ(ショタ)、弟子ゴン(ショタ)、弟子キルア(ショタ)。

(見事にロリとショタしかいねぇじゃねぇか!)

 ヤマトの脳内でウイングロリショタコン疑惑が浮上してるとは露知らず、ウイングは口元を手で抑えぶつぶつと呟いている。

「ストロング……やはりカルロスさんの? だが、カルロスさんの娘さんなら今は18位のはず。偶然? いやしかしエリナさんにそっくりだ。そうか……妹、という可能性もあるか」

 ヤマトにも聞こえない、口の中で呟くようなウイングにヤマトは頬をひきつらせる。

(や、やべぇよウイングさん。予想以上に変人だよ。原作じゃ少年紙だからフィルター掛かってたのか?)

 一度、変態という視点で見てしまうと彼はもう好青年ではなく、小声でぶつぶつと独り言を呟くオタクファッションの怪しい男にしか見えなかった。

「あの……」

「ひっ……なにか?」

 ビクつくヤマトにウイングは内心首を傾げながらも手帳から紙を切り取りそこに何かをサラサラと書くとヤマトに渡した。
 見れば、そこにはウイングの泊まっているのであろうホテルの部屋が書いてあった。

「貴方の師匠、……ヒノメさんでしたか? 彼女が戻ってきたらこれを渡してください。是非、二人きりで話したいことがあると」

 では、よろしくお願いします。
 そういって立ち去るウイングを見送ると、ヤマトはこめかみに冷や汗を浮かべながら手元の紙を見た。
 念願の原作キャラの連絡先。30分前なら喜んだであろうそれも、変態の連絡先と思えば汚ならしくすら感じられた。

(二人きりで話したいことがあるって……ナニする気だよ。ホテルで、10代前半の女の子と、二人きり……)

 ヤマトの脳裏に、その裏の意味など全く想像もせず差し入れのフランクフルトやアメリカンドッグといった棒状のものを美味しそうに頬張っていたヒノメの姿が過った。
 それはすぐさまウイングのズボンから出たフランクフルトを頬張るヒノメの姿に変わり……。

「おまたせ、……ヤマト、どうしたの? それ」

「これ? ただのゴミ」

 ヤマトはそれをあっさりと握り潰すとポイッと投げ捨てた。
 ヒノメは一瞬それを目で追ったが。

「いや、さすがヒノメちゃん! チョー強ぇー! チョーカッコ良かった!」

 ヤマトのヨイショにすぐさま意識から消えた。

「そ、そう?」

 誉め殺しに弱いヒノメは、テレテレと指をもじもじさせる。

「うんうん、この調子ならすぐ200階行けるんじゃない?」

「そ、そうかな?」

「行ける行ける」

 そんなことを言いながらヤマトとヒノメはその場を立ち去り。
 そしてその場には丸められ捨てられたウイングの連絡先だけが残ったのだった。



「……あ、そうそう。あんまり知らない人から貰った食べないようにね。何が入ってるかわかんないから。……特にフランクフルトとか、さ」

「? うん、わかった」




[36088] 原作前10
Name: 百円◆3afef9b8 ID:5ce254c8
Date: 2012/12/27 18:52


「おぉ、結構いい部屋だなぁ。ちょっとしたビジネスホテル位なんじゃないか?」

 部屋に入ったヤマトは、開口一番そう言った。
 天空闘技場では、100階以上の選手には専用の個室が与えられる。
 4日目にして100階に到達したヒノメもまた、こうして個室を与えられていた。そして当然のようにヤマトもその部屋で寝泊まりすることになった。
 はしゃぐヤマトを余所にヒノメは、部屋を見回す。
 部屋の広さはなかなか。風呂とトイレ、それに簡素だがキッチンもついており、不自由はないように配慮されている。冷蔵庫やテレビ、エアコンといった設備も充実しており下手なホテルより快適そうだ。さすがにベッドは一つしかないので二人で一つのベッドで眠らなければならないが、むしろ好都合である。
 これで多額のファイトマネーも貰えるのだから、厚待遇過ぎて疑ってしまいそうだった。

(あ、そうだ)

 多額のファイトマネーで思い出したヒノメは、懐から一枚のカードを取り出す。

「ヤマト、これ」

「うん? なんだこれ」

「クレジットカード」

「えっ!」

 驚きヒノメを見るヤマトにヒノメは言う。

「ヤマトも、そろそろ欲しいものとか出てくると思うから」

 ヤマトと出逢い4ヶ月。その間ヒノメはヤマトに会計のおつりの小銭を渡す程度で纏まった金を渡したことはない。
 彼も年頃の男の子だ、欲しいものも色々あるだろう。にもかかわらず特におねだりなどをしてこなかった彼に、そろそろご褒美をやろうとヒノメは思ったのだ。
 ……最も、何のご褒美か、と言われるとヒノメ自身も困るのだが。

「ま、マジで? マジで俺が持ってていいの?」

 恐る恐るといった感じにカードな手を伸ばすヤマトに、ヒノメはあっさりと頷く。

「一応、月々5万ジェニーに制限を掛けてるけど、あんまり無駄遣いしないように」

「ぅ、うぉぉぉッ! やった! マジありがとう、ヒノメちゃん! ヒノメちゃん最高! 愛してる!」

(…………!)

 ヤマトの愛してるという言葉に、ヒノメはカッと頬を赤らめる。
 ヤマトに愛してると言われたのは念を教えると言った時以来だ。
 あれからヒノメはまたヤマトに愛してると言ってもらえないかなぁ、と今か今かと待っていたのだが、お預けを食らっていた。
 そして、ようやく今日、2ヶ月越しにヒノメは愛してるの言葉を貰うことが出来た。
 ヒノメは体の芯に、ポッと火が灯りじわじわと心が暖かくなっていくのを感じた。
 ヒノメは、父を殺して以来、常にどこか肌寒いような感覚を気温に関わらず感じていた。
 それは、ヤマトと旅をするようになって以来少しはマシになってはいたがしかし消えはしなかった。
 それが消えたのは、一度だけ。ヤマトに愛してると言われた日だけだ。
 常にヒノメを苛んでいた寒気を掻き消し、暖かさを与えてくれたその言葉に、ヒノメは麻薬にも似た中毒性を感じていた。それほどまでに、その謎の寒気はヒノメを苦しめていたのだ。
 もう一度、もう一度言って貰いたい。ヒノメは心の底からそう思う。だが、きっとおねだりをしてこの言葉を言ってもらっても、この感覚は味わえないだろう、ともヒノメは理解していた。
 ヤマトが自発的に本心から言ってくれて初めて心身共に満たされるのだ、と。
 故に、ヒノメは特にヤマトにおねだりをすることもなく、しかし虎視眈々とチャンスを狙っていた。
 そして今日、ようやくその努力が報われたのだった。
 ヒノメは胸を満たす快楽にも似た暖かみを噛みしめながら、脳内のメモ帳に決して忘れないよう刻み付ける。
 ヤマトが喜んだケースを、すべて記録しまた愛してると言って貰えるように。

(……クレジットカードを、自由なお金を渡したら“愛してる”と言ってくれた。前は念を教えると言った時。……ヤマトが凄く欲しいものをあげた時、愛してるって言ってくれるのかな?)

 今度、色々ヤマトが欲しがりそうなものをプレゼントしてみよう、とヒノメは思った。
 幸い、これから金には困らない。聞いた話、200階まで行けば数億の金が手に入るらしい。その金で色々とプレゼントしていけば、ヤマトの好みを把握することもできるだろう。
 数億程度の金、愛してるといって貰えるなら安いものだ。
 ヒノメはヤマトをうっとりと見ながらそう思った。

 
 
 


『さあ、皆様ッ、お待たせいたしましたァ!! 』

 数多の観客の歓声でざわめく闘技場で、滑舌の良い声が響き渡る。

『次の試合は、200階クラスにも決して劣らぬ注目の試合ッ。
片やここ数日で瞬く間にここ100階まで駆け上がってきた謎の美少女闘士ヒノメ選手! なんと齢は11歳ッ。その華奢な細腕から想像できない豪腕で、どんな巨体もハエを叩き落とすように叩き伏せてきた強者! その名も緋の眼のヒノメ! うーん、語呂が悪い! このネーミングセンスの欠片もない二つ名は誰がつけたのか!』

 やかましい、ボケー! という声と笑い声が観客席から響く。

『対するは、常連の皆様ならご存知なのではないでしょうか! 2年の修行を経てこの男が帰ってきたッ! かつては200階クラスで活躍し、残念ながら4敗し失格となってしまいましたが、その実力は折り紙付き! その名も片足のロバート! 本来なら即190階でもおかしくない最強の選手が可憐な少女に襲いかかる! おーい、試合組んだ奴出てこーい!』

 明らかにヒノメ方に偏った実況に、男……ロバートは苦笑した。
 確かに、かつて200階クラスで戦っていた自分が、1階で190階を打診されたにもかかわらず、こうして10階づつ登り、あまつさえ人気選手となるだろう目の前の少女と当たれば闘技場側としては面白くないだろう。
 一から登り始めたのは、初心に返るという意思表示だったのだが、それも金欲しさだと思われているのだろう。実況からは、決して“洗礼”などせず普通に勝てという闘技場側の意向をひしひしと感じた。
 だが、とロバートは目の前の相手を見つめた。
 まだ10歳をわずかに越えたばかりといった感じの幼い少女。こんな大観衆の注目の下にいるにもかかわらずその表情は涼しげな無表情。舞台慣れしている、というわけではなく他人などどうでも良いと思っているのだろう。そんな無関心を、ロバートは少女からは感じた。
 最も、ロバートにとって少女の様子などどうでもいい。重要なのは、少女のまるで芸術品かのように磨きあげられたそのオーラ。ただの纏だというのに、硬のごとき力強さと、大河の流れのような静けさを感じる。あのオーラの流れを読むのは、自分には不可能。ロバートは、そう結論付けた。

(全く……200階前にこんな強敵と当たるとはな)

 4敗を機に天空闘技場を降り、それまで独学だった念をしっかりとした師範の元で学び始めた。幸い、具現化系であったことから失われた左足を再び得ることが出来、その実力は2年前とは比べ物にならないほど飛躍した。
 記憶にある200階クラスのライバル達など、鎧袖一触。今度こそ10勝し、フロアマスターになるのだと意気揚々とここに舞い戻り――そして200階に至る前にこのような難敵と出会ってしまった。
 思えば、くじ運は子供の頃から悪かった。実況は試合を組んだものを批難しているが、彼女以上にロバートが文句を言いたいところだ。

(だがまぁ、ついている)

 強者と戦うは何よりも勝る修行。こうして、いずれは必ず200階で当たるだろう彼女に、戦績が響かない200階以下で出逢えた幸運にロバートは感謝したいところだった。

『それでは試合開始ッ!』

 VTRやら倍率発表やらと言った、少女を評価するには糞ほどの価値もない実況が終わり、試合開始のベルが鳴る。
 そのベルの音が観客席に届くか届かないかと言ったその瞬間には、ロバートはオーラを脚に集め一瞬で少女に肉薄。軸足の下のコンクリートが陥没するほどの力で少女に蹴りを放っていた。
 ドゴンッ……! と、まるで交通事故のような効果音を立てて叩きつけられた右足は、しかし少女の片腕に事も無げに受け止められていた。
 その事実に、ロバートは眼を大きく見開き驚愕する。蹴りが受け止められたことにではない。そんなことは初めから予想がついていた。ロバートが驚いたのは。

(なんという高速の流……!)

 ロバートは、少女の流の速さを見極めんと眼を凝らしそのオーラの動きを注視していたはずだった。しかし、にもかかわらずロバートそのオーラの動きどころか蹴りを受け止められてようやくその手にオーラが集まっているのを自覚する始末。
 それが指し示すは、少女とロバートとの圧倒的な実力さ。自分の半分以下の歳の少女に、半分以下の実力すらないというその残酷な事実に。

「堪らねぇな……!」

 思わずロバートは好戦的に笑っていた。

『な、なんという高速の先制攻撃! 恥ずかしながら私、ロバート選手の攻撃が全く見えませんでした! これが200階クラスの実力ッ! 素晴らしい、そして大人げな―――いッ。11歳の少女に開幕早々全力で蹴りを放つ28歳ッ。それでいいのか28歳ッ! そしてそれをあっさり受け止める11歳もいろいろおかし――い!』

 実況の女が、何やら囀ずっているが、すでに戦闘モードに入ったロバートの耳には届かない。断じて、聞こえない。ただ、試合が終わったらあの実況のことは選手アンケートに書き込んでやろうとロバートは思った。

「……ふ、その歳で大したものだ」

 距離を取り、構え直したロバートはそう少女に語りかける。
 返事は期待していなかったが、少女は意外にも言葉を返してきた。

「その脚……」

「うん?」

「使わないの? 基礎格闘ではあなたに勝ち目はないと思うけど」

 実にストレートな少女の言葉に、ロバートは思わず苦笑した。
 普通なら傲慢極まりない言葉だが、ここまで実力差があると逆に素直に受け入れられる。

(そこまで言うなら見せてやろう。俺の【装填脚/バレットアーツ】をな)

 少女は、しずかにロバートが仕掛けてくるのを待っている。一撃、ロバートが発を発動させるのを待っているのだろう。
 強者の傲慢。今こそ打ち砕く。
 そうロバートは決意し、強く踏み込んだ。

「シャッ」

 ロバートは、少女の正面に踏み込むとその細い腹部へと向かい前蹴りを放つ。それは当然のように少女にガードされるが、その瞬間ロバートは己の発を発動させた。
 ――【装填脚/バレットアーツ】

 カシャンッ、という微かな音をロバートの右足が立てたかと思うと、ロバートの右足のオーラが倍増。その威力は少女のガードを弾き飛ばしその腹部へとロバートの爪先がめり込んだ。

「ッ!?」

 驚きの声を漏らしたのは果たしてどちらか。
 少女は予想外の威力にだろう、初めてその表情を変え、そしてロバートは少女の華奢な外見からは想像もつかない腹筋の感触に驚愕した。

(なんという鋼鉄の腹筋。主食に砂鉄でも喰ってやがるのかッ!?)

 少女はそのまま遥か後方の闘技場の壁へ激突。壁に蜘蛛の巣状のクレーターを作った後、観客席へと落下する。
 その有り様に、観客たちは少女の無惨な死を想像したのだろう。悲鳴のような声が会場に響き、そしてすぐにそれは驚きに変わった。
 少女が何事もなかったかのように立ち上がり、跳躍すると舞台に帰ってきたからだ。
 その少女のまるでダメージを負っていない様子に、さしものロバートも眉をしかめた。
 ロバートの装填脚は、事前にオーラを籠めた弾を脚に装填しておくことで、好きなタイミングでそのオーラを爆発させ威力を水増しする発だ。最大装填数は5。単純な威力なら硬の蹴りの二倍はあるまさに必殺技にふさわしい発だ。
 だが、それでダメージが与えられないとなると……。

(これは、念無しでも負けるかもな……)

 圧倒的なまでの肉体の差。ロバートの肉体が100とし、オーラを100。そこに発を絡めて300だとしても、少女の肉体だけでそれを遥かに上回っているのだろう。そこに念が加わるとなれば……。

(だとしてもすべてをぶつけるのみだッ)

 ロバートは果敢に少女に挑みかかると、出し惜しみ無しで装填脚を発動させていく。右回し蹴りで一発。後ろ回し蹴りで一発。前蹴りで一発。そして踵落としで一発。そしてそのすべてを真っ正面から受け止められた。
 そして少女が言う。

「……ん、最大装填数は5なのかな?」

「…………」

「もう、終わり? それじゃあもう終わらすから」

「ッ!!」

 その瞬間、ロバートがガード出来たのは断じて本人の才能故ではなく、積み重ねてきた鍛練と経験故だった。反射的に跳ね上がった右足は、少女の豪腕と激突。ギシギシとロバートの肉体を軋ませる。
 凄まじい威力。具現化された右足でなければ部位が消しとんでいただろう。その余波ですらロバートの肉体を軋ませ、気絶を抑えるので精一杯。
 だがそれがいい。

(か、かった!!)

 そしてその瞬間、ロバートの奥の手が発動する。【空薬莢/ラストバレット】。5発すべて放った際にのみ出せる発であり、敵の攻撃を右足で受け止めることにより一発だけ装填できる。
 ロバートは、空中で器用に回転すると少女に踵落としを放つ。少女はそれを最後の足掻きと判断したのだろう。片腕でそれを受け止めようとし。

「!!!!!!」

 自らの拳の威力を知るはめになった。
 闘技場の舞台が原型を留めぬほど粉砕され、少女の身体が楔のように打ち込まれる。
 爆音と観客の悲鳴が響き渡り、そして少女の苦悶の声がロバートにだけ聞こえた。

「くっ、ァァァァ……!」

 ロバートを憎々しげに睨む少女の肩は、一目でわかるほどに脱臼しており、それを見たロバートは自分が一矢報いたことを知りニヤリと笑みを浮かべた。
 そしてそこで限界を迎えたロバートは、気絶し地面へとべチャリと落下したのだった。

 
 

『凄まじい攻防戦ッ、なんという死闘! 闘技場は半ば粉砕され、壁にはクレーター! 激闘を越えた激闘を征したのは誰が予想したことでしょう、なんと幼い少女! 200階クラス、いやフロアマスター級の闘いを魅せてくれた彼女に、皆様拍手を!』

 会場中の観客から割れんばかりの拍手を貰いながら、しかしヒノメの心中は穏やかなものてはなかった。
 理由は、目の前の遥かに格下の男。今まで戦ってきた相手の中では、梟クラスの相手ではあったが、まだまだ格下。
 試しに発を味見し、気に入ればコレクションしてやろう、ぐらいの気持ちだったがまさかここまで手傷を負わされるとは。
 ある程度ダメージを負うことは計算内だったとはいえ、複雑なものがあった。
 いや、言い訳は止めよう。
 ヒノメが苛ついている理由、それは相手にではない。最後の瞬間、相手が装填数をすべて撃ち終わったと思い込み、油断してしまったことに対してだった。
 発を用いていない、通常の攻撃では硬を用いるまでもなく堅で十分。そう判断したヒノメはどこか緩い気持ちでガードをし、……この様だった。

(もう二度と同じミスはしない)

 ヒノメは、舞台から立ち去りながらそう思う。
 そして、人気が無くなると“分身”であるそのヒノメは忽然と姿を消した。
 その戒めと脱臼の痛みだけはしっかりと本体へと還元しながら。
 その様子を、もう一人の分身使いだけが見ていた。




[36088] 原作前11
Name: 百円◆3afef9b8 ID:5ce254c8
Date: 2013/01/01 09:25
『……さぁて、いよいよ次の試合は150階でバトルオリンピア級の闘いを魅せてくれた注目選手! 先日の試合でファンになった方も多いのではないでしょうか! 果たして彼女は200階に上がれることができるのか! 可憐な容姿に見合わぬ豪腕ッ。ヒノメ選手の登場だぁッ!』

 実況の耳障りの良い声をぼんやりと聞きながらヒノメはぐるりと観客席を見渡した。

(今日もいない、か)

 ヒノメは、少し、ほんの少しだけ肩を落とす。
 クレジットカードを渡してからというもの、ヤマトは毎日どこかへふらふらと遊びに行くことが多く、ヒノメの試合を見に来ることは少なくなっていた。
 それは、ヤマトにカッコいいところを見せるということが目的の一つのヒノメにとっては少し寂しいものがあった。
 最も、ヤマトがあまり試合にを見に来ないというのも悪いことばかりではない。先日の150階のような闘いを見られないということだからだ。
 ヒノメは、ヤマトに彼に才能が無いことをなるべく隠そうとしていた。最も、最近はドッペルラブのおかげか技の覚えが悪いのもさして気にする様子もないようだったが、それでも先日のような明らかにレベルの違う闘いを見れば凹んでしまうかもしれない。
 それを考えれば、ヤマトがあまり試合を見に来ない方が幸いかもしれなかった。
 カッコいいところは見せたい。だがヤマトの凹むところは見たくない。そんなジレンマをヒノメは抱えながら戦っていた。

「よぉ、お嬢ちゃん、アンタ最近結構有名らしいな」

 そんなことをヒノメが考えていると、対戦相手の男が話し掛けてきた。
 身長190近い、筋肉隆々の大男だ。頭部はスキンヘッドにしており、複雑な刺青を彫っている。あれでは、一生髪はもう生えてこないだろう。
 今はいいだろうが、刺青というのは一生残る。中年になっても、老人になっても、男の頭部の刺青はずっと残るのだ。いつかは絶対に似合わなくなり、刺青を彫ったことを後悔することになると思うのだが、それをどう思っているのだろうか、とヒノメは刺青をしている人を見るたびに思っていた。

「今までのお嬢ちゃんの相手は見掛けに騙されて手加減してきたんだろうが、俺は違う」

 男はくくく、と笑いながら言う。

「むしろ俺は生粋のサディストでね。お嬢ちゃんみたいな華奢な女を殴るのが最高に楽しいんだ」

 恍惚とした表情でゾクゾクと身体を震わす男に、ヒノメはしかし何も感じなかった。精々が、今まで蝿だと思っていたのが、実はゴキブリだった。そんな感じだ。やることは代わりない。叩き潰す。それだけだ。
 ただ。

「降参しろとは言わねぇ。むしろ、俺がある程度楽しめるまでギブアップだけはしてくれるなよ?」

 叩き潰す力はちょっとだけ大きくなるだろうな、とヒノメは思った。

 
 そして。

 あっさりと相手をニュース番組で言う“全身を強く打った”状態にしたヒノメは、ファイトマネーを指定の口座に振り込む手続きを終えるとその足で200階クラスの受付へと向かった。
 チーンッ、という音と共に200階へと来たヒノメが最初に感じたのは無数の視線だ。
 とはいっても、見当たるところに人影はいない。離れたところからヒノメを伺っているのだろう。最も。

(これじゃ至近距離で見てるのと代わりないけど)

 ヒノメは無数の視線をすべて取るに足らない雑魚と下すと何もないかのように受付へと歩いて行く。
 受付の女性は、ヒノメに気づくと快活で可愛らしい笑みを浮かべた。黒髪の、やや童顔だが整った顔立ちの美人だ。恐らくだが、ヤマトと同じ民族なのだろう。顔立ちの特徴が似ている。
 遠い異国の地で出会った同郷の男女。お互いに若く、そして容姿に優れている、となればいかにも恋愛小説が始まりそうだった。
 恋愛小説は大好きなヒノメだが、それが自分の想い人と見知らぬ女のものでは楽しめそうにない。ヒノメは、ヤマトにこの人は会わせないようにしようと思った。

「ようこそ200階クラスへ。ヒノメ様でよろしいですか?」

「うん」

「それではまず、200階クラスの基本的な説明をさせていただきます。まず、恐らく選手の方にとっては最も重要なファイトマネーについてではありますが、この階からファイトマネーは一切無くなり名誉のみの闘いとなります。ご了承ください」

 これに、ヒノメは眉をしかめた。

「ファイトマネーがない? じゃあどうして皆戦うの?」

 これは当然の質問だったのだろう。今まで何千万、何億というファイトマネーをもらっていたのに、いきなりタダだ。到底納得できることではない。受付嬢はニコリと微笑み返すと言った。

「それは、この階で10勝すればフロアマスターに挑戦することができるからです。フロアマスターに挑戦し、そして晴れて勝つことができれば、その日から貴女もフロアマスターというわけです」

「フロアマスターって?」

「フロアマスターとは21名の最高位闘士のことです。彼らは、230階から250階までの各フロアをそれぞれ占有しています。その豪華さ足るや、どんな富豪であろうとも住むことはできない選ばれしものだけの住居なのです!」

「…………それだけ?」

「まさか! フロアマスターになればなんと! 2年に一度最上階で開かれる格闘家の祭典! バトルオリンピアに出場する権利が与えられるのです!」

 どうだ! と言わんばかりの女性の顔に、しかしヒノメの反応は疑問だった。

「バトルオリンピアって?」

「えぇッ!?」

 まさかの質問に、女性は素で驚いていた。

「なんで知らないのよ! 世界で一番有名な祭典じゃない! バトルオリンピアの視聴率は毎年先進国なら70%を超えるし、チケットは一枚100万ジェニー。ネット上で転売された時は1億ジェニーも珍しくないわ! 最も、ほとんどの人は売りはしないけどね! アンタ今まで大晦日は何見てたわけ!?」

「そ、そんなこと言われても……」

 ヒノメは、生まれて初めて他人に圧倒されていた。今まで生きてきて出会ったことのないタイプである。

「その、バトルオリンピアで優勝するとなんなの?」

「よくぞ聞いてくれました! バトルオリンピアで優勝すればなんと! 最上階が優勝者の家になるの。世界で最も高い私邸と呼ばれ最高の名誉! それに加え複賞として毎回超希少なお宝がいくつも贈呈されるわ」

(それだけ……?)

 とヒノメは思ったが、口には出さなかった。もし口に出せば女性がまた怒涛の口撃をしてくるに違いないからだ。わずか数分で、ヒノメはこの女性に苦手意識のようなものすら覚えていた。
 しかし、とヒノメは思う。ヒノメは凄い名誉らしい最上階にも希少なお宝とやらにも興味はないが、ヤマトは最上階に住みたがるかもしれないし、お宝も欲しがるかもしれない。もしヤマトが欲しがるなら、そのバトルオリンピアとやらに出てみるのも悪くはないだろう、と。
 そんな考え込んでいるヒノメを見てどう思ったのか、受付嬢は声のトーンを落とし話しかけてくる。

「もしお金の心配をしてるなら大丈夫よ。200階クラスの選手には3星ホテルのロイヤルスイートホテルクラスの個室が用意されるし、天空闘技場内の飲食店ならフリーパス。無料で飲み食いできるわ。その中には予約が半年入ってる有名店がいくつもあるし、選手ならいつ行ってもすぐ食べられるわよ」

 その受付嬢の言葉は、バトルオリンピアやらお宝やらよりよほどヒノメの琴線に触れた。タダで食べ放題、有名料理店だろうがフリーパス。それは、ここをヒノメの人生の活動拠点に任命するには充分過ぎた。

「それにフロアマスターになれば講演を開くだけで一回に数千万の大金が入ってくるし、無条件の新流派設立なども許されるから一生安泰。金には困らないわ」

 なるほど、とヒノメは頷く。名誉名誉というからタダ働きの印象ばかりがあったが、要は名誉に金は付き物というわけだ。ヒノメはちょっと汚い大人の社会を知った気がした。

「安心した? それじゃあこの登録用紙に必要事項を書いてくれるかな?」

 もはや受付嬢はヒノメに敬語を使うことなく、まるで親戚の子供に接するかのような態度。受付嬢としては完全に失格な態度だが、敬語の使えないヒノメとしてはさして気になるポイントではなかった。
 用紙に書き込んでいくヒノメに、受付嬢はいろいろと200階クラスの説明をしていく。ヒノメはそれをふんふんと真面目に聞くフリをしながら聞き流すと、最後希望指定日にいつでもOKとチェックを入れると差し出した。

「はい、確かに。……あ、そうだ」

「?」

 もうこれでおしまいだと新しい部屋の鍵を受け取るなり立ち去ろうとしていたヒノメは、受付嬢に呼び止められる。

「私の名前、カナっていうの。何かわからないことがあったら遠慮なく聞きにきてね」

「わかった」

(たぶん、そんな日はこないと思うけど)

 ヒノメは、適当に頷き返すと今度こそその場を立ち去ったのだってた。

 そして。

「で、何のよう?」

 受付からある程度離れた通路で、ヒノメは立ち止まるとそう問い掛けた。
 すると、闇から溶け出すかのように一人の男が現れる。
 髪を背中まで伸ばした貴公子然とした美青年だ。かといってなよなよした雰囲気は無く、むしろ目には確かな自負が感じられた。

「気付いていたのか。さすがだ」

 微笑みながらの男の称賛に、しかしヒノメの視線は冷たい。
 初めてこの男の視線に気づいたのは、150階での戦いの後。
 初めは完璧な絶故になかなか気付かなかったが、長時間尾行されればさすがに気づく。
 それでも近くに寄ってきたりヤマトに危害を加える様子もなかったので放っておいたのだが……。

「……そんなに警戒しなくてもいい。私は君に敵意を持っていない。むしろその逆だ」

「逆?」

「そう………」

 男は頷き、そしてフッと消えた。
 ヒノメはそれに動じることなく、キッと鋭い眼で後方を見やる。

「同じ“分身”使いとしての、ね」

「………………………」

(この男……同じタイプの)

 ここまで来ればヒノメにもわかる。
 この男は、先日の試合でヒノメの分身に気付き、そして注目していたのだろう。
 同じタイプの能力者が現れたのなら、気になるのが人の性だ。
 だが、それが好意とどう繋がるのだろうとヒノメは首を傾げた。

「見ての通り、私もまた君と同じダブル使いだ。そこで提案なんだが……」

「?」

 疑問符を浮かべるヒノメに、男はニコッと爽やかな笑みを浮かべると。

「良ければ、私の弟子にならないか? 君に、ダブルの真髄を教授しよう」

 そう言ったのだった。




 クラピカがそのスレを見つけたのは、完全な偶然だった。
 ある時、仲間たちの眼の手がかりがないかと電脳ページ上の検索エンジンで“クルタ族”と検索した。
 すると、そのスレがトップに出てきたのだ。
 クラピカの記憶にある限り、クルタ族と検索した際にトップにくるのはあの大虐殺のことだ。クラピカはそれを時折見ることで、胸のうちに燃える憎しみの炎を風化させないようにしていた。
 だが、それが見知らぬスレに置き換わっている。これはどうしたことだと、クラピカはそのスレをクリックした。
 そうして出てきたのが“悲劇のフードファイターヒノメ様を追い掛けるスレ part 164”というものである。
 そこで、初めてクラピカは自分以外のクルタ族の生き残りがいる事を知った。
 クラピカは、part1からそのスレを追い掛け始めた。
 そうして知ったのが、Aちゃんねる上で作られたストーリーである。
 クラピカは思考する。クルタ族には、クラピカの他にも幾人かの子供が当然存在した。同年代こそクラピカが集落を旅立つ理由となった彼しかいなかったが、年下には何人も子供たちおり、そしてそのすべてが顔見知りだ。
 クラピカはアップされたヒノメの写真から、該当者を検索する。
 結果、該当者は0。顔見知りの遺体はすべて確認済みであり、生き残りが存在するなどあり得ない。少なくとも、クラピカの知る限りでは。
 だが、このヒノメという少女の緋の眼は間違いなく本物だ。
 となれば可能性は一つ。クラピカより前に集落を出、しかし集落に帰ってこなかったものがいるのだ。そして、彼女はその子孫なのだろう。
 常時緋の眼状態であるのは気になるが、クラピカには目薬という心当たりがあった。あの目薬を少女の親が点したとは考え辛いが、似た成分の目薬が世の中にはないとは言い切れず、またスレの住人が言うように何か悲劇的なトラウマの末緋の眼状態で固定されてしまったのかもしれない。
 いや、正直に言えばクラピカにはそんなことはどうでも良かった。
 例え少女にどんな背景があろうとも緋の眼を持っている以上はクルタ族であり、そして彼女はクラピカの同胞なのだ。
 クラピカは、画面に映ったヒノメの写真を前に涙を流す。
 それは喜びの涙。感謝の涙。
 生きてくれていて良かったと。生きてくれていてありがとうと。クラピカは心の底から感謝していた。
 そして、クラピカは決意した。この少女を守り抜くと。
 それは、過去の一つ嘘からクルタ族を滅ぼしてしまったクラピカの罪滅ぼしだった。
 クルタ族滅亡の原因、それは幻影旅団による襲撃で間違いない。では、なぜ突然幻影旅団はクルタ族を襲ったのか。
 それは、今まで隠れ潜み世間に出てこなかったクルタ族の情報が露出したからに他ならない。
 そして、クラピカはそれに心当たりがあった。
 クラピカが外の世界に出ることを許された試験。決して緋の眼になってはならぬと言われたその試験でクラピカは緋の眼になり、そしてそれを偽った。
 それがクルタ族を幻影旅団が見つけたきっかけになったのか、幻影旅団ではないクラピカにはわからない。
 ただ、事実としてその試験からわずか6週間後に襲撃が起こり、クルタ族が虐殺された。このタイミング。この絶妙なタイミングが、クラピカに虐殺=自分の嘘のせいという図式を作るには十分だった。
 クラピカは自分を責め立てた。そして、決めた。死んだ皆が帰ってこない以上それを償うことは無理だとしても、最低限仲間の眼を取り戻し幻影旅団を皆殺しにするのが自分の使命なのだと。
 そうやって、クラピカは今まで生きてきたのだ。
 そして今日、クラピカに新たな使命が加わった。それが、このクルタ族の同胞の少女を救うこと。
 復讐と、どちらが重い使命かと問われれば、クラピカはどちらもというだろう。
 復讐は遂げる。少女は守る。どちも必ず遂行する。そうクラピカは決めた。
 となればクラピカの行動は早い。電脳ページ上で少女の情報を集め始めた。
 クルタ族を狙う輩は非常に多い。それが生きた、しかも見目麗しい少女ともなれば人体コレクターからすれば垂涎物だろう。
 そうして情報を集め始めたクラピカが、ヒノメスレとは切っても切れない関係にあるそのスレを見つけたのは必然だった。


【寄生虫】ヤマトについて語るスレ part231

1:名無しの暗殺者 [sage] 1999/6/20(火) xx:xx:xx.xx ID:xxxxxxxxx

ここはヒノメ様を追いかけるスレの隔離スレです

■本スレでヤマトの名前は荒れる原因となるので出すのは止めましょう
■本スレでヤマトに憤る人を見かけたらここに誘導しましょう
■ヤマトに怒るのは人として当然の感情です
■一見荒らしに見えてもそれは胸に幼女を愛する心を持った同士なので、決して喧嘩腰にならず紳士的にこのスレに誘導してあげましょう

次スレは
>>900を踏んだ人が立てる事
誤って踏んだのなら、スレ立て出来ない場合は素直に謝って誰かにお願いしましょう

■前スレ
ヤマトについて語るスレ part230


■関連スレ
ヒノメ様を追いかけるスレ
我が街にも大食い懸賞を! ヒノメ様を影から支援するスレ
【天空闘技場】闘士ヒノメ様について語るスレ


2:名無しの暗殺者 [sage] 1999/6/20(火) xx:xx:xx.x ID:xxxxxxxxx

これまでのヤマトの武勇伝
・街から街までの移動はヒノメ様のおんぶ
・大食い懸賞で食いきれず、罰金をヒノメ様に払わせた
・会計はすべてヒノメ様持ち
・会計のおつりをお小遣いとしてもらっている
・宿泊の際は同じ部屋、同じベットで寝泊り
・なぜか戸籍が洗えない……流星街の出身?


3:名無しの暗殺者 [sage] 1999/6/20(火) xx:xx:xx.x ID:xxxxxxxxx
>>1乙
褒美にヤマトをぶっ殺していいぞ

4:名無しの暗殺者 [sage] 1999/6/20(火) xx:xx:xx.x ID:xxxxxxxxx
>>1乙
だがヤマトを殺すのは俺

5:名無しの暗殺者 [sage] 1999/6/20(火) xx:xx:xx.x ID:xxxxxxxxx
>>1乙
ヤマト死ね


6:名無しの暗殺者 [sage] 1999/6/20(火) xx:xx:xx.xx ID:xxxxxxxxx
>>1乙
しかし改めてみると武勇伝すげえな
戸籍洗えないってマジなん?


7:名無しの暗殺者 [sage] 1999/6/20(火) xx:xx:xx.xx ID:xxxxxxxxx
>>6
それは間違いないらしい
ライセンス持ちの情報屋曰く国際人民データに載ってないらしい


8:名無しの暗殺者 [sage] 1999/6/20(火) xx:xx:xx.xx ID:xxxxxxxxx
>>7
なにそれ、ガチじゃん
つまり戸籍もない得体の知れないヒモ野郎が11歳の少女に寄生してるってことでFA?

9:名無しの暗殺者 [sage] 1999/6/20(火) xx:xx:xx.xx ID:xxxxxxxxx
つかなんでこんな奴が美少女のヒモができて俺はかーちゃんの寄生虫が精々なわけ?
世の中間違ってる

10:名無しの暗殺者 [sage] 1999/6/20(火) xx:xx:xx.xx ID:xxxxxxxx
間違ってるのはお前もな
働け

11:名無しの暗殺者 [sage] 1999/6/20(火) xx:xx:xx.xx ID:xxxxxxxxx
ヤマト死ね

12:名無しの暗殺者 [sage] 1999/6/20(火) xx:xx:xx.xx ID:xxxxxxxxx
つーかいまさらだけどなんでヒノメちゃんって様付けなん?

13:名無しの暗殺者 [sage] 1999/6/20(火) xx:xx:xx.xx ID:xxxxxxxxx
>>12
ちゃん付けとか馴れ馴れしいんですけど、コイツ

14:名無しの暗殺者 [sage] 1999/6/20(火) xx:xx:xx.xx ID:xxxxxxxxx
>>12
当初はちゃん付けだったんだが>>13みたいな奴が大量に出始めたのと
ヤマトみたいなクズ野郎を養ってあげるなんてヒノメちゃんって実は人間じゃなくて女神なんじゃね?

ヒノメちゃんマジ女神

ヒノメちゃん女神様

ヒノ女神様

ヒノメ様

って流れからヒノメ様が定着した
っていうか半年ROMっとけ

15:名無しの暗殺者 [sage] 1999/6/20(火) xx:xx:xx.xx ID:xxxxxxxxx
>>14
把握
サンクス

















561:名無しのレジ打ち [sage] 1999/6/21(火) xx:xx:xx.xx ID:xxxxxxxxx
皆聞いてくれ、今日俺は新たな武勇伝に遭遇してしまったかも知れん


562:名無しの暗殺者 [sage] 1999/6/21(火) xx:xx:xx.xx ID:xxxxxxxxx
ヤマト死……どうした?

563:名無しの暗殺者 [sage] 1999/6/21(火) xx:xx:xx.xx ID:xxxxxxxxx
>>561
なんかオラ嫌な予感がぷんぷんしてきたぞ

564:名無しの暗殺者 [sage] 1999/6/21(火) xx:xx:xx.xx ID:xxxxxxxxx
>>561
聞く前から悪いがすでに頭にき始めている俺がいる

565:名無しの暗殺者 [sage] 1999/6/21(火) xx:xx:xx.xx ID:xxxxxxxxx
>>564
俺もだわ

566:名無しの暗殺者 [sage] 1999/6/21(火) xx:xx:xx.xx ID:xxxxxxxxx
>>564
俺も

567:名無しの暗殺者 [sage] 1999/6/21(火) xx:xx:xx.xx ID:xxxxxxxxx
先に言っておく、ヤマト死ね

568:名無しの暗殺者 [sage] 1999/6/21(火) xx:xx:xx.xx ID:xxxxxxxxx
>>567
別に聞き終わってからもう一度言ってもいいのよ?

569:名無しのレジ打ち [sage] 1999/6/21(火) xx:xx:xx.xx ID:xxxxxxxxx
皆、難しいとは思うが落ち着いて聞いてくれ
俺はとある服屋でレジをやってるんだが、今日ヤマトらしき奴が店に着たんだ

570:名無しの暗殺者 [sage] 1999/6/21(火) xx:xx:xx.xx ID:xxxxxxxxx
>>569
それは一人で?

571:名無しのレジ打ち [sage] 1999/6/21(火) xx:xx:xx.xx ID:xxxxxxxxx
一人だ
ヒノメ様の姿はなかった
いつもこのスレを見てたからな
すぐにヤマトだと気づいたよ
奴は店内を1、2時間ほど回ると生意気にも小洒落た服を何点か持ってレジに来たんだ
俺は嫌悪感を顔に出さないよう必死だったよ
そしてすべての服を点検するとちょうど5万くらいで、ヒモの分際でと思いながら値段を告げたんだ
そしたら奴はこういったんだ
カードでお願いします、ってな

572:名無しの暗殺者 [sage] 1999/6/21(火) xx:xx:xx.xx ID:xxxxxxxxx
>>571
ちょ、ちょっと待ってくれ
少し情報を整理させてくれ
カードで、ってことはクレジットカードだよな?
おかしくないか?

573:名無しの暗殺者 [sage] 1999/6/21(火) xx:xx:xx.xx ID:xxxxxxxxx
>>572
なんでだよ、ヒモだってカードくらい持ってるだろ


574:名無しの暗殺者 [sage] 1999/6/21(火) xx:xx:xx.xx ID:xxxxxxxxx
>>573
普通のヒモならな
でも奴は戸籍がないんだぜ?

575:名無しの暗殺者 [sage] 1999/6/21(火) xx:xx:xx.xx ID:xxxxxxxxx
あぁ、なるほど
そういう、ことか……

576:名無しの暗殺者 [sage] 1999/6/21(火) xx:xx:xx.xx ID:xxxxxxxxx
ちょ、ちょっと待ってくれ
皆の言ってる意味がわからない
いや、言葉の意味は理解してるんだがそれを脳が拒否するというか……

577:名無しの暗殺者 [sage] 1999/6/21(火) xx:xx:xx.xx ID:xxxxxxxxx
>>576
気持ちはわかる、俺もだ


578:名無しの暗殺者 [sage] 1999/6/21(火) xx:xx:xx.xx ID:xxxxxxxxx
流れを整理しよう
ある日ヤマトがレジ打ちのやってる店に来た
ヤマトは5万ほどの品を手に取るとレジにやってきた
そして支払いはカードでと言った
しかし奴には戸籍がなく、必然口座なんてものは作れない
よって奴がカードを持てるはずがない

つまりこれが意味するのは……

奴は無一文で買い物に来たんだよ!


579:名無しのレジ打ち [sage] 1999/6/21(火) xx:xx:xx.xx ID:xxxxxxxxx
>>578

ナ、ナンダッテー!!!

って現実から目をそらすのは止せよ
お前だってホントはもうわかってるんだろ?
そのカードが誰のかってな…

580:名無しの暗殺者 [sage] 1999/6/21(火) xx:xx:xx.xx ID:xxxxxxxxx
あぁ…やっぱそういうことなんだ

581:名無しの暗殺者 [sage] 1999/6/21(火) xx:xx:xx.xx ID:xxxxxxxxx
マジで?
それはいままでの武勇伝の中でも最悪レベルだろ……

582:名無しのレジ打ち [sage] 1999/6/21(火) xx:xx:xx.xx ID:xxxxxxxxx

俺だって目を疑ったさ
でもクレジットカードの所有者名は確かにヤマトじゃなくヒノメ様のものだったのさ……

583:名無しの暗殺者 [sage] 1999/6/21(火) xx:xx:xx.xx ID:xxxxxxxxx
うわぁ……
なんか俺、もう胸が痛いんだけど…………

584:名無しの暗殺者 [sage] 1999/6/21(火) xx:xx:xx.xx ID:xxxxxxxxx

じゃああいつヒノメ様のカードで勝手に買い物してるってこと?
それって同意か隠れてかによってだいぶ話が違ってこないか?
いや、どちらにしろヤマト死ねなんだけどさ


585:名無しのレジ打ち [sage] 1999/6/21(火) xx:xx:xx.xx ID:xxxxxxxxx

カードには5万の限度額が設定されていた

……後はわかるな?

586:名無しの暗殺者 [sage] 1999/6/21(火) xx:xx:xx.xx ID:xxxxxxxxx

お小遣い、か……

587:名無しの暗殺者 [sage] 1999/6/21(火) xx:xx:xx.xx ID:xxxxxxxxx

なんかダメだろそれって……ダメだろ、それ

588:名無しの暗殺者 [sage] 1999/6/21(火) xx:xx:xx.xx ID:xxxxxxxxx
ヒノメ様もなまじ小金持ちになっちまったからなぁ……

589:名無しの暗殺者 [sage] 1999/6/21(火) xx:xx:xx.xx ID:xxxxxxxxx
>>588
小金持ちどころか闘技場200階クラスなら億万長者だけどな
確か190階のファイトマネーが2億だったはず

590:名無しの暗殺者 [sage] 1999/6/21(火) xx:xx:xx.xx ID:xxxxxxxxx
>>589
なにそれ
天空闘技場ってそんなに儲かるのかよ
俺も養ってもらえないかな?

591:名無しの暗殺者 [sage] 1999/6/21(火) xx:xx:xx.xx ID:xxxxxxxxx
>>590
お前死ね
ヤマトも死ね

592:名無しの暗殺者 [sage] 1999/6/21(火) xx:xx:xx.xx ID:xxxxxxxxx
>>589
11の小娘がそんな大金手にしていいのか?
ろくな大人にならねぇな

593:名無しの暗殺者 [sage] 1999/6/21(火) xx:xx:xx.xx ID:xxxxxxxxx
>>590
っていうかもしかしなくてもヒノメ様が天空闘技場に来たのってヤマトのためだよね
大食いの懸賞金だけじゃヤマトに貢ぐ金が足りなくなったんでしょ

594:名無しの暗殺者 [sage] 1999/6/21(火) xx:xx:xx.xx ID:xxxxxxxxx
>>593
やめろ
やめろ……

595:名無しの暗殺者 [sage] 1999/6/21(火) xx:xx:xx.xx ID:xxxxxxxxx
つまりヤマトは自分の小遣いのために11歳の幼女を年間何百人も死傷者が出る天空闘技場で戦わす糞野郎、と

596:名無しの暗殺者 [sage] 1999/6/21(火) xx:xx:xx.xx ID:xxxxxxxxx
ヤマト死ね

597:名無しの暗殺者 [sage] 1999/6/21(火) xx:xx:xx.xx ID:xxxxxxxxx
ヤマト死ね

598:名無しの暗殺者 [sage] 1999/6/21(火) xx:xx:xx.xx ID:xxxxxxxxx
ヤマト死ね

599:名無しの暗殺者 [sage] 1999/6/21(火) xx:xx:xx.xx ID:xxxxxxxxx
ヤマト死ね

560:名無しの暗殺者 [sage] 1999/6/21(火) xx:xx:xx.xx ID:xxxxxxxxx
ヤマト死ね

561:名無しの暗殺者 [sage] 1999/6/21(火) xx:xx:xx.xx ID:xxxxxxxxx
ヤマト死ね



「なんだ……これは」

 クラピカは呆然と呟いた。
 本スレから誘導される形で飛ばされたヤマトスレ。
 そこで目にしたのは、同胞を食い物にする寄生虫の存在だった。

(このヤマトという男は一体なんなのだ?)

 そう思いpart1から閲覧してみるが、詳細は不明。ある時を境にヒノメと共に行動をし始め、後は武勇伝の通りの行動をしているらしい。
 Aちゃんねるは基本嘘ばかりで、それを鵜呑みにするようなものでは使用は厳しい。しかし、このスレに限ってはソースが豊富であり画像が添付されていたりとヤマトの行動が真実である可能性が非常に高かった。
 もし、このスレの内容が真実でこのヤマトという存在が彼女を食い物にしているとしたら……。
 ぐしゃり。クラピカは、マウスを握り潰す音でハッと我に返った。

(落ち着け……電脳ページ、特にAちゃんねるの情報を鵜呑みにするのは危険だ)

 そう、一見ただの寄生虫のヒモに見えても何らかの事情(例えばそう、彼は重い障害を背負っていて働こうにも働けないのかもしれない)があるのかもしれない。
 内容を知らず、外観だけで物事を判断するのは危険だ。一方的な先入観だけでこの男に敵意を持って接した場合、最悪彼女の信用を失い兼ねない。
 だが。

(流星街……)

 この単語が、非常にクラピカの不安を煽る。クルタ族虐殺の現場に残されたメッセージ。それは、流星街を象徴するメッセージとしてあまりに有名だ。
 もしこのスレの内容が真実だとして、彼に戸籍がなく流星街の出身だとするならば……。
 クラピカの心中は穏やかならざるものとなる。

(とにもかくにも、まずは彼女と会わないことには始まらないな)

 幸い、彼女は今天空闘技場にいるらしい。どうやら彼女はかなりの達人らしく簡単に暴漢にやられる心配はなさそうだが、それでも彼女の手に負えない敵が現れない可能性も0ではない。例えばそう、あの幻影旅団のような……。
 まずは彼女と接触する。そして、

(ヤマトとやらがどのような人間なのかを見極めないとな)

 彼女たちの間に、まことしやかな絆があるならば、いい。
 だが彼が彼女を自分の都合の為だけに利用しているならば。
 その時は……。
 クラピカは、その眼をうっすらと緋色に変えながら天空闘技場へと旅立ったのだった。




[36088] 原作前12
Name: 百円◆3afef9b8 ID:5ce254c8
Date: 2012/12/30 22:35

 割れんばかりの大歓声。無数の観客達の好奇の視線。当たるスポットライト。

(いつ来てもここは慣れそうにない)

 リングの中心、対戦相手と向き合ったヒノメはぼんやりとそう思った。
 ヒノメの研ぎ澄まされた五感は、会場中のどんな些細な音も捉え、無数の視線を肌で感じてしまう。
 それは、本来ヒノメが欲しがる情報に無数のデコイを混ぜる結果となり、少なからずヒノメを苛立たせた。
 最も、いざ戦闘が始まれば自然と情報は取捨選択され会場のことなど忘れてしまうのだが。
 それでも戦闘前のこの情報に翻弄されるような感覚は好きに慣れそうにない。ヒノメは同様の理由で、あまり人混みの多いところも好きではなかった。

『さぁてお次はいよいよ本日のメインイベント! ここ天空闘技場に来て以来連日連勝! 常勝無敗ッ! 破竹の勢いで200階まで勝ち上がってきたヒノメ選手とォ!』

 パッとヒノメから対戦相手へとスポットライトが移る。

『ここまでの戦績は3勝1敗! 三連勝中で波に乗っている武闘家カストロ選手ッ! 果たしてヒノメ選手は“200階クラスは初戦は負ける”というジンクスを破れるのか、それともカストロ選手がまた一歩フロアマスターへと駒を進めるのかァ――! それでは試合開始です!』

 試合開始のベルが鳴り、審判がファイトの宣言をする。
 すると、カストロが爽やかな微笑を浮かべた。

「……どうやら逃げずに来たようだね」

「? どうして逃げる必要があるの?」

「ふっ、相変わらず強気だね。それじゃあまぁ、せっかく来てもらったんだ。こちらも約束通り教授しよう」

 ――ダブルの真髄を、ね。

 そう口の中で呟き構えるカストロを見て、ヒノメはぼんやりと昨日のことを思い出した。




「――ダブルの真髄?」

 ヒノメは、このカストロと名乗る男の言葉にコテンと首を傾げた。
 目の前で自信に満ちた様子でヒノメを見やる男はどう見てもヒノメより格下としか見えなかった。
 それは纏うオーラの質や、纏の練度などの様々な挙動からもわかる。何より致命的なのが、隠で隠したヒノメの分身がカストロの背後に陣取っていることに気づいていないことだ。
 それは、カストロが凝が出来ない、あるいは凝が戦闘レベルに達していないことを表している。
 恐らく、カストロは念を覚えてからそう日が経っていないのではないだろうか、とヒノメはアタリを付けた。
 そんな存在から何を学ぶというのか。
 そう疑問に思うヒノメを余所に、カストロは言う。

「まぁ突然こんなことを言われても戸惑うだろうね。私達は同じバトルオリンピアを目指すライバルでもあるのだから」

(別に目指してないけど……)

 と内心で呟くヒノメ。
 ヒノメの天空闘技場へのスタンスは、成り行きに任せて戦い、その結果貰えるものがあるなら貰うというもの。何がなんでも欲しいものがあるから戦うといった感じではなかった。

「それに加え、こうして向き合うだけでも分かる隙の無さ。その歳でかなりの使い手だ。既に念も修めている。素晴らしい。だが……」

 カストロは不敵に笑い。

「ダブルの扱いには私に一日の長があるようだ」

 ピクリとヒノメの眉がはねあがる。

(ダブルの扱い?)

 ヒノメはやや俯くと考え込む。
 そうだ。先ほど彼はなんといった? ダブルの真髄を教えようと言ったのではないだろうか。決して、念を教えようといったのではない。あくまで彼が言ったのはダブルの扱い方だ。
 念自体の力量はヒノメの方が勝っているのは疑いようのない事実だ。しかし、ことダブル限ってはヒノメがカストロのダブルをまだ目にしていない以上彼の方が優れているという可能性があった。
 ヒノメのダブルの使い方は、至ってシンプル。ダブルを出し、戦わせる。ただそれだけだ。それは剣で言うなら、降り下ろす。銃で言うなら引き金を引くといった基本的な使い方。
 だが剣もまたただ降り下ろすだけではなく、無数の流派が生まれるほどの多彩な戦い方がある。
 この男がダブルについてそういった戦術的なことを言っているのなら……。
 ダブルの真髄、そう表現したことにも頷けた。
 ヒノメの思考はさらに加速する。
 そう、考えてみればこの男はヒノメがダブルを使えることを知っている。それはつまりヒノメがダブルを使って戦うところを見ていたということ。
 ヒノメのダブルを見て、カストロが自分の方がダブルを使うのが上手い、とそう判断したに違いないのだ。
 まさか、彼が自分は世界で一番のダブルの使い手だ、などと傲慢な思い込みをしているはずが無いのだから。

「……とはいえ、だ」

 そのカストロの言葉に、ヒノメはハッと我に返る。

「君にも武道家としての誇りというものがあるだろう。簡単に他の者に頭を下げるのは抵抗がある筈だ。そこで、だ」

 カストロはどこか演技掛かった動作で告げる。

「明日、君との試合を組ませて貰った。そこで私のダブルの使い方をその目で見、有益だと考えたのならこの話、前向きに考えて見てくれ。……どうだい?」

 ニコリと微笑みそう言うカストロに、ヒノメはしばし考えた後コクりと頷いたのだった。

 
 
 

「……仕掛けてこないようならこちらから行くぞッ」

 ぼんやりと回想中だったヒノメをどう思ったのか、痺れを切らしたカストロが先制攻撃を仕掛けてくる。
 ヒノメは、それを一歩も動くことなく悠然と構え迎え打った。
 そんなヒノメに、カストロは猛烈な勢いでラッシュを放つ。

(ん、体術はなかなか)

 かなり鍛えてあるのだろう。そこら辺の念能力者ならば纏のみで倒せるレベル。最も、そのようなレベルではヒノメにかすり傷一つつけることはできないのだが。
 ヒノメはラッシュの一つ一つを見切りいなし、交わしていく。
 幾度か反撃出来そうな機会はあったが、ヒノメは敢えてそれを見逃しカストロがダブルを仕掛けてくるのを待った。
 そして。

「ッ!?」

 不意に、全く予期せぬ方向からの攻撃がヒノメを襲う。
 諸に受けたヒノメは、地面に叩きつけられるとそのまま吹き飛ばされ転がって行った。

「クリーンヒット! 1ポイントカストロ!」

『おぉっと! カストロ選手の猛烈なラッシュラッシュラーッシュ! それをいなし切れなくなったのかぁ? ヒノメ選手今試合初めてのクリーンヒット!』

 審判と、実況、そしてファンのものなのだろう悲鳴を聞きながらヒノメは思う。
 なるほど、上手い、と。
 あの一見動き辛そうなヒラヒラとした服は、相手の死角を作りやすくしそこにダブルを具現化するためなのだろう。
 ヒノメはダブルを使うという事前情報を知っていた為カラクリがわかるが、初見では達人であっても見抜くのは至難。
 上手く考えている、とヒノメはまずカストロを称賛した。ダブルを活かす為に最大限の努力をしている。
 だが、これではっきりした。このカストロという男は。

「どうかな? 私の腕は」

「……失敗例」

「……なに?」

 ぽつり、とヒノメの漏らした一言に、カストロの顔色が変わった。

「どういうことだ?」

「貴方、強化系?」

 ヒノメは、カストロの問いには答えずパンパンと埃を払いながら問う。

「……だとしたら、なんだ?」

「やっぱり」

 ヒノメはこっそりと嘆息する。
 このカストロという男は、典型的な失敗例だ。
 能力者の発、というものは必ずしも本人の趣向と才能が一致するとは限らない。
 絵の才能がないのに画家を目指す者がいるように。音楽の才能がないのにミュージシャンを目指す者がいるように。
 念能力者の世界にも、そういった才能と趣向が一致しない者がたくさんいる。むしろ、一致しない者の方が多いのではないだろうか。
 カストロもまた、そういった不幸なタイプの一人だった。それだけのことだ。
 ヒノメはカストロをどこか哀れみを含んだ目で見る。

「負け惜しみにしては……面白くないな」

 それが彼の癇に障ったのだろう。涼しげな表情はどこへやら、カストロは全身から怒気を放つ。そんなカストロにヒノメはわずかに思案する。

(まぁ、少しだけレクチャーしてあげようかな)

「貴方のそのヒラヒラした服」

「……」

「なかなかいいアイデアだと思うけど、それ、裏を返せば貴方の能力への自信の無さとも取れるよね?」

 ピクリとカストロの眉がはねあがる。

「貴方、もしかして素早い能力の発動が出来ないんじゃない?」

 カストロのように、具現化系から離れた系統の能力者が何かを素早く具現化するのはとても大変だ。その困難さは、強化系がオーラを変化させるのの比ではない。
 どんなに具現化系を自身のできる範囲で極めたとしてもその具現化には多大な集中力を要するだろう。今のカストロでは、最短でも数秒の時間を要する。
 その時間をカストロはラッシュで稼ぐなどしていたのだろうが……。

「何かを集中しながらのラッシュでは当然その動きは単調なものになる。貴方のラッシュ、とても隙だらけだった」

 それでも曲がりなりにもちゃんとした攻撃になっていたのは、カストロの肉体に染み付いたこれまでの武錬の賜物と生来の強化系という系統の恩恵だろう。
 それだけに惜しい。彼がその有り余る才能を生来の系統に注いだなら、有数の使い手になれただろうに。
 ……最も、彼が強化系というのは不幸中の幸いでもあるのだが。

「でもまぁ、参考になった。ありがとう。それじゃあお休み」

 そう言って悠然と間合いを詰めていくヒノメに、何かを感じ取ったのだろう、カストロはじりっと一歩後退する。

「ッ……舐めるなぁァァァ!」

 そして、そんな自分が許せぬように咆哮するとヒノメへと向かっていった。
 その瞬間、カストロの顔面を見えない衝撃が襲った。

「!?!?!?」

 顎を打たれ、カストロの視界がグニャリと歪む。そんな歪む世界の中で、しかしヒノメの声だけはどこまでもカストロの耳に鮮明に届いた。

「見えた? ……その様子じゃ見えなかったかな。今、一瞬だけ具現化して殴って、消してみたの」

(バカ、な)

 全く、見えなかった。カストロは、あまりのレベルの差に愕然とする。

「じゃあもう一度やってあげるから、防いでみて。……無理だと思うけど」

(そ、そうだ。だ、ダブルを…………ッ、だ、せないッ!?)

 カストロは集中しダブルを出そうとするが一向にダブルが出る気配はない。そんなカストロの鳩尾や肩、太ももなどを次々に衝撃が撃ち抜いていく。カストロはボキンボキンと骨が折れる音が体内に響くのを聞いた。

「ただでさえ能力を出すのに集中を要する貴方が、精神の乱れた非常時に能力を出せるわけがない。……まぁそういう訓練を積めば話は別だけど」

 カストロのように具現化系から離れた能力者が、非常時にも素早い具現化を可能にするには方法は二つ。
 一つは如何なる状態でも心を乱さぬ不動の精神を身に付けること。もう一つは、寝ている間でも具現化し続けられるほど具現化に慣れること。
 ヒノメは後者を、しかしカストロはそのどちらも取得できていない。

「あぁ、それに能力の操作もまだまだ。貴方、凄く単純な動きしか出来ないでしょう? あれじゃあ使い物にならない」

 ヒノメの言葉一つ一つがカストロの胸を穿ち、そのプライドを打ち砕いていく。
 だが、なぜだろう。それに屈辱を覚えないのは。
 カストロは、子供の頃、道場で虎咬拳を習い始めた頃のことをなぜか思い出していた。
 痛みと共に、体に教訓を叩き込む実践式の指導。才能に溢れたカストロは、すぐに師範を追い越し習うことなどなくなってしまったのだが、そうだ、あの頃もこうして殴られながら骨を叩き込まれたものだ。
 それがなぜだか酷く懐かしい。

「……とりあえず全治半年位にしておくから、その間ずっと能力を消さずに自分の世話をさせ続けてみて。そうすれば少しはマシになると思うから」

 脳が揺れ、思考が真っ白になっているからなのか。
 ヒノメの言葉が、彫刻刀でゴリゴリと削られるようにカストロの脳裏に刻み付けられていく。

「それじゃあ、お休み」


(押忍……)

 カストロは、心の中でそう呟くと気絶したのだった。
 




『見事にジンクスを破り、初戦を華々しい勝利で飾ったヒノメ選手へ皆さん拍手をッ!』

 観客達の盛大な拍手と歓声を背に、ヒノメは舞台を立ち去る。
 人気のない選手専用の通路を歩きながら、ヒノメは今日の戦闘を回想した。
 あのカストロという選手は、念技術も未熟、ダブルも未完成ではあったが、その戦い方自体は面白かった。
 彼はその未熟さ故、ダブルを最大限に活用出来なかったようだがダブルを極めたヒノメならより幅広い戦略を取れることにヒノメは気づいたのだ。
 例えば、カストロ戦で出したように一瞬ダブルを具現化し直ぐに消す戦法。これは、相手が超一流であれば微かに攻撃を察知できるかもしれないが、初見でそのからくりを見抜くのは不可能だ。
 これを利用し、さらに死角から攻撃したらどうだろうか。
 例えば戦闘中、一瞬脚を引っ張りバランスを崩させる。別の部位に意識を手中させてから顎や後頭部、金玉などの急所を狙い打つ。敢えて本体で硬の攻撃をすることで相手に流の防御をさせオーラの薄い部分を穿つ、等々。選択肢は無数。
 ヒノメは、今までドッペルゲンガーは“自分が出来ることしか出来ない”能力だと思っていた。単純に数的有利を作り出すだけの能力だと。故に、そこに選択肢を加えるためドッペルミラーを作り出した。
 だが、違った。ドッペルゲンガーは、“自分が出来ることなら何でもできる”能力だったのだ。そして、そこに相手に変身できるドッペルミラーが加われば選択肢は無限に広がる。
 今さらながら、ヒノメは能力とは使い方次第なのだと気づいたのだ。

(あのカストロという男……)

 彼は、実に良い教材だった。
 一つは反面教師として。強化系にもかかわらず、具現化、操作の能力を身につけてしまった彼はヤマトに自分の系統に合わない能力を身につけてしまった場合どうなるかの良い例になる。
 それでも、カストロはまだ幸運だ。なぜなら、彼は特に複雑な発を必要としない強化系なのだから。纏と練を極めていけばそれが必殺技と呼べるほどになる強化系にとって、よほど複雑な発にならない限りメモリだなんだという話とは無縁だ。その点、カストロはそのメモリをダブルにすべて注ぎ込んではしまったが、特殊な付加能力を与えようとさえしなければ充分強化系の能力は使える。何せ、生まれもった系統なのだから。
 これが変化系なのに操作系に執着してしまったものの末路や、放出系にもかかわらず具現化系を覚えてしまったものの悲惨さ足るや。どれほど基礎技術を極めてもそこそこの能力者が精々となる。
 そういった意味で、カストロは非常に幸運だった。
 そして、もう1つはヒノメにとってのダブルの教材だ。彼は、弱い。ヒノメに比べてあまりに不完全なダブルは、否応なしに彼にその不完全さを埋めようと努力させるだろう。その結果生まれるのが、非常に柔軟性に富んだダブルを用いた戦術の数々である。多少の不便が進歩の栄養剤となるのは人類の歴史が証明している。必要に駆られたものが、それ以外のものより有益なものを生み出すのは道理。ことダブルにいたってはヒノメよりカストロの方が洗練された戦術を生み出してくれることだろう。
 ヒノメは、それを見て面白いと思ったものを自分に取り入れて行けばいい。カストロが苦労と思案の末に切り開いていった、いわばダブル流というものにヒノメはタダ乗りできるのだ。
 故に、ヒノメは決めた。

(あのカストロって人、本人が頼んで来たら少しだけ念を教えてあげよっと)

 カストロを、ヤマトの片手間ではあるが鍛えることを。
 今のカストロのダブルではあまりにできることが少ない。それではヒノメが参考にできることなど少なく、旨味がない。ならば、参考にできるそこそこの範囲までヒノメが鍛え上げてやればいい。
 当然、素質が無い分彼は苦労することになるだろうが、まぁそこは“死ぬ気”で頑張って貰おう。……ヒノメがより成長する為に。
 と、100%自分の利益しか考えていない、しかしカストロにとっては二重の意味で涙が出るほど有難い育成プランを考えながらヒノメが歩いていると、ふと前方に人の気配を感じた。

 その人間が放つ洗練されたオーラに、ヒノメはわずかに身構える。

(かなり、強い……)

 この天空闘技場では破格の強さだ。腕輪が作動しないところを見ると、どうやら敵意を持ってはいないようだが……。
 そんな風に立ち止まるヒノメに、相手はしかし無造作に歩みよってくる。まるで隙だらけな挙動。それは私は敵意なんて持っていませんよ、と語りかけてくるかのようだった。
 やがて、暗闇から一つの男が姿を現す。
 大体、見た目は20代後半くらいだろうか。ボサボサに跳ねた頭にだらしなくズボンからはみ出たシャツ。メガネを掛けた柔和な顔立ちは、警戒心を失わせるような朗らかな笑みを浮かべている。
 男はパチパチと拍手をしながらヒノメに語り掛けてくる。

「いや、先ほどの試合、実にお見事でした。その歳であれほどのダブルを一瞬で出したり消したりできるとは」

 その言葉に、ヒノメは男への警戒心をより高めた。

(コイツ、あれだけで見抜いたのか)

 確かに、カストロにアピールする為連続で出したり消したりはした。しかしそれでも凡百の使い手に見破られるスピードではないはずだし、それをダブルを見抜けるということは男が念能力に深い造形を持っているという証拠だった。
 ヒノメは、僅かに、ほんの僅かに腰を落とし戦闘体制を作る。
 だが、そんなヒノメの警戒は次の男の一言で根こそぎ吹き飛んだ。

「さすが、カルロス先輩の娘さんだ。いや、才能を見るにエリナさん似なのかな?」

「ッ!?」

 男が知るはずもないヒノメの両親の名前。それにヒノメはハッと息を飲む。

「父さんと母さんを知ってる、の?」

「ええ、良く知っています」

(最も、理解していた、とは今となっては口が裂けても言えませんが……)

 とは口に出さず男はヒノメに手を差し出すと言った。

「申し遅れました。私、カルロス先輩の弟弟子のウイング、と申します」

「弟弟子……」

「良ければ、これからお時間はありますか? あなたに会いたがっている人たちがいるんです」

「誰……?」

 そう問いかけるヒノメに、ウイングはニコリと笑い。

「カルロス先輩のご両親……あなたのお祖父さんとお祖母さんですよ」

 そう言ったのだった。




[36088] 原作前13
Name: 百円◆3afef9b8 ID:5ce254c8
Date: 2013/01/01 09:25

 正直に言って、ウイングは驚いていた。
 今、こうして隣を歩く少女の第一印象と実際に話した時の印象の差に。

「ね、ねぇ……おじいちゃんとおばあちゃんってどういう人?」

 ヒノメが、おずおずとウイングに問いかける。
 ウイングはそれにニコリと笑みを浮かべながら答えた。

「良識のある優しい方々ですよ」

「そ、そう……」

 カルロス先輩のご両親とは思えないほどに、とは口に出さずそういうと、ヒノメはひとまず安心したようにホッと息をつく。
 そしてまたしばらくすると、落ち着かなさ気に指をもじもじと絡めそわそわとし出す。
 それは、まるで迷子の子供を思わせる仕草であり、遠目に見たヒノメの印象とはかけ離れたものだった。
 ウイングのヒノメの第一印象は、彼の師匠風に言うならば、ルビーだ。それも、最高級クラスのレッドスタールビーをこれ以上ないほど磨き上げた一品。一部の隙もなく完璧にカッティングされたそれは、如何なる角度から見ても眩く輝き、見るものを魅了する。
 反面、見るものがどこか触れることを躊躇うほどの冷たさと、しかし踏み込めば骨の髄まで焼き付くされるような情熱を内に秘めているように感じられる。
 それは他者を寄せ付けない、まさしく鑑賞用の、宝石としてなら相応しい孤独を見るものに与えた。
 だが今こうして隣を歩く少女はどうだ。先ほどまでの印象とは打って代わり、まるで雨の日に震えて凍える子犬のようだ。同じ孤独を連想させても、宝石の触れがたい他者を拒絶したものではなく、近寄り暖めてやりたい、そんな感情を抱かせる。
 それはウイングに否応なしにカルロスと彼女の生活を想像させ、一体先輩はどんな育て方をしたんだ、と彼は心中で嘆息した。

「ね、ねぇ……おじいちゃんとおばあちゃんは私のことなんて言ってた?」

 少女は、先ほどからこうしてしきりにウイングに祖父母のことを問いかけてきていた。
 不安、緊張、恐れ、そして期待。自分の祖父母と会うというのに少女からそんな感情が伺えた。
 ウイングはそんな彼女の負の感情を払拭しようと慎重に言葉を選びながら答える。

「そうですね。とても喜んでいましたよ」

「よ、喜ぶ?」

「ようやく息子夫婦と可愛い孫の手がかりを掴んだと」

「…………ぁ」

 ヒノメは、可愛い孫のところでパッと顔を輝かせた後、すぐにその表情を暗い物へ変えた。

「どうしました?」

「……ぁ、あの、父さんは……その……」

 紙のように真っ白なそのヒノメの顔色に、なんとなく事情を察したウイングは敢えて強い様子で断言した。

「大丈夫ですよ」

「え?」

「大丈夫です。だって、貴女のお祖父さんとお祖母さんなんですから」

「……………………………………うん」

 ヒノメは、しばし無言だったが、やがてコクりと頷くとウイングの手をギュッと握った。
 そして、それから二人は口を開くことなくヒノメの祖父母が待つ部屋へと向かったのだった。



「あら、あらあらあら、まぁ! エリナさんにそっくり!」

 ヒノメを出迎えたのは、70代ほどの老夫婦だった。祖父だろう男性は、老いて尚体格の良いどことなく父カルロスに似た厳格そうな男性であり、祖母だろう女性は小柄で柔和な顔立ちをした恰幅のよい体型をしていた。
 女性はヒノメに気づくとすぐさまヒノメに近づいてきてあちこちをペタペタと触りながらそう言った。

「あ、あの……」

 ヒノメがおずおずと言うと女性はハッと我に返り詫びた。

「あらごめんなさいね。私がわかる? 貴女のおばあちゃん。エレンおばあちゃんって呼んでね。で、あっちにいるのがバレットおじいちゃん。貴女のお名前も教えてくれるかしら?」

「……ヒノメ」

 ヒノメがポツリとそう言うと、エレンは一瞬ヒノメの眼を見た後ニコリと笑った。

「そう、いい名前ね。さ、こっちに座ってお話しましょう」

 そう祖母に促されるままヒノメが椅子に着くと、その間にエレンはウイングに向き直ると深々と頭を下げていた。

「ウイングさん、今回は本当にありがとうございました」

「いえ、先輩の行方を探していたのはこちらも同じでしたから」

「……で、あのバカはどこだ?」

 それまで無言だったバレットが、そう重く静かに言った。

「あ、いや、それが……」

 ウイングが口ごもりヒノメが俯くとバレットは事も無げに言った。

「死んだか」

 ウイングが絶句していると、バレットはうっすら苦笑する。

「……十数年も音沙汰無しだ。なんとなく予想は着く。こうして孫に会えただけでも驚きというものだ」

 そう言うと、バレットはじっとヒノメを見つめる。

「……容姿は母親似だな。将来美人になるだろう。……愛想が無くて無口なのはアイツに似たか」

「カルロスは貴方に似たんですよ」

 エレンがそう突っ込むとバレットはわずかに顔をしかめる。

「む……そんなことはない。アイツは……うちの家系でも変わり者だったからな」

「まぁ確かに。先輩はかなり変わってましたね」

 ウイングがしみじみと頷くのに、バレットは少し呆れたように言う。

「ワシらから言わせればハンターなんぞという人間は皆変わり者だがね」

 それにウイングが苦笑していると、エレンが言った。

「さぁ、そろそろ主役を放っておくのはやめましょう」

 そしてヒノメに向き直ると微笑み。

「じゃあヒノメちゃん。今までヒノメちゃんがどんな風に暮らしてたかおばあちゃんたちに教えてくれるかしら?」

 それにヒノメはこくりと頷くのだった。




 200階以上の闘士のみが宿泊を許される専用個室。
 高校の教室以上の広さを持ち、ふかふかの絨毯や天幕つきのベッドを始めとした豪華な装飾品に彩られたロイヤルスイートルーム。
 その中心に置かれたソファーに身を預けながら、ヤマトは神経を集中させていた。
 その手に持つのは、葉っぱの浮いた水のグラスだ。
 ヤマトは静かに深呼吸を数回した後、カッと眼を開けると練ったオーラを放出。それを纏で留める。
 練。四大行の一つであり、大量のオーラを生み出す為の念の基礎。
 最も、ヤマトのそれはまだまだ練と呼べるものではない。体内でのオーラの練りが甘いそれは、ただ全身の精孔を限界まで開きオーラ量を増やしただけのものだ。
 だが、今はそれでもいい。
 わずか、ほんのわずかでもオーラがグラスに与える影響が増えるのなら、未熟な練でも構いはしなかった。
 額に汗を浮かべグラスを見つめるヤマトの視線の先で、しかしグラスは何の変化もない。
 それからしばしヤマトはそれを維持し続けていたが、やがて練もどきを解くと脱力しソファーにもたれ掛かった。
 そして葉っぱをグラスから退かすと、グラスの水を一口、口に含む。

(少し……甘い、かな?)

 ヤマトは自分の記憶の中と結果を照らし合わせ。

「変化系……かぁ」

 深々と嘆息した。
 ヤマトは、今ヒノメに禁じられた水見式をしているところだった。
 本来ならば、凝ができるようになるまでと止められていた水見式。
 だが、目の前に誕生日プレゼントの箱を置かれたままでそれを開けてはいけないとお預けされ続けるのは、ヤマトのように好奇心旺盛な少年にはあまりに酷過ぎた。
 これが、水見式や系統の存在を知らなければ素直にヤマトも指導に従っていただろう。
 しかし、ヤマトはそれらの存在を知ってしまっている。知ってしまっている以上、好奇心に蓋をするのは困難であり、おそらく原作主人公たちであっても我慢はできないのではないだろうか。
 と、ヤマトは己に言い訳して単独水見式に踏み切ったのだった。
 とはいえ、水見式は本来練などの増幅されたオーラでようやく計測されるれっきとした発の一つ。
 未だ練も使えないヤマトではグラスに変化すら起こせない。故にヤマトはここ連日独学で練もどきを習得しようとヒノメに隠れて頑張り、さらには本来手をグラスから離して行う水見式を手で掴んだままやるなどの涙ぐましい小細工も労してみたりしていた。
 最も、そうした努力とは裏腹に結果はヤマトにとってあまり喜ばしいものではなかったのだが。
 変化系。
 それは、オーラの性質を変えることを得意とした系統。
 原作では、ゴムとガムの性質を持たせたヒソカ、電気の性質を持たせたキルア、爆弾へと変えるボマーなどのそうそうたる顔ぶれが存在する。
 ではなぜヤマトは複雑な表情をしているのか。
 それは変化系の習得のし辛さに起因する。
 原作で、キルアがオーラを電気に変えた時驚かれたよう、オーラの変化は一朝一夕で身に付くものではない。オーラを刃状に変える、などならまだしもオーラを炎や電気に変えようとした場合、強力な電気を何年も浴びるなどキチガイ染みた修行をする必要がある。
 つまり、具現化系が具現化したいものを延々と研究し続けるように、変化系は変化させたいものの性質をオーラが覚えるくらいに理解する必要があるのだ。
 それに加え、これはヤマトの偏見が多分に含まれているのだが、変化系はショボいというイメージがあった。
 他の系統が、“オーラを貸して破産させ強制絶にする”“本人にそっくりなゴリラを出す”“異次元マンションを具現化する”“ゴンさん”などとインパクトがあり付加能力が色々ついているのに比べ、オーラが伸びたり縮んだりして相手にくっつく、などというのは些か迫力が欠けた。
 実際に戦闘になったのなら、バンジーガムはそれはそれはイヤらしいのだろうが、キメラアント編を経た今となっては「ふーん、で、それ王直属護衛軍にも効くの?」という感じは否めなかった。……少なくとも、ヤマトの中では。
 そんなヤマトの中での系統ランキングでは1位:特質、2位:強化、次点に具現化や操作が来て、変化は断トツのビリである。
 少なくとも、変化系はキルアの電気のように特異なものでなければ強者とは戦えないというイメージがヤマトの中にはあった。

(どーすっかなぁ……やっぱいっそのこと戦闘系はスパッと諦めちまうか?)

 最近、さすがのヤマトも薄々気付き始めてはいたのだ。、どうも自分には才能とやらがあまりないらしい、と。
 恐らくは、この膨大過ぎる潜在オーラの代償なのだろう。いくら使ってもそこの見えないこのオーラを得た代償に、自分は念に関してのセンスが致命的に欠けていることに気付いたのだ。
 纏がなかなか成長せず、顕在オーラが伸びない。練もなかなか習得できない。あまりに原作キャラたちとは違い過ぎるこの成長速度に、疑問に思わない方がおかしい。
 最も、それでもヤマトがあまり落ち込んでいないのは、やはりこの膨大な潜在オーラがあってこそ。これすらなかったら、今頃自分は相当やさぐれていたことだろう、とヤマトは思った。

(んー、どんな能力にしようかねぇ。ビスケのマジカルエステみたいな能力だったら、観光後も便利そうだよな)

 そこで、ヤマトは思い至る。
 そもそも、ヤマトは生粋の戦闘者になるつもりはない。適当に金を稼いだら、あとはライセンスの御利益で悠々自適の余生を暮らすのがヤマトの目的だ。ならば、能力も観光後を見越した有益なものにすべきだ。

(となると俺に合った能力かつ、平和に利用できるものだな)

 ヤマトの脳内で、割りと平時に活用出来そうな能力がリストアップされていく。その中で筆頭に上がったのは、やはりビスケのマジカルエステだ。
 オーラを特別なローションに変化させ肌に塗ることで若返り、美肌の効果。さらにマッサージも合わせれば30分で8時間睡眠などのすばらしい付加能力があり、マッサージ店を開くだけで一生安泰。ヤマトの理想に一番近い能力だ。何より、オーラをローションに、というのが非常にイメージしやすい。

(オーラをローション……ローション、マッサージ……エッチなマッサージ……媚薬ローション……? …………………………………………………………………………………いやいやいやいやいやいやいやいやいやいや、いやいや、……ねぇ?)

 それはダメだろう、さすがに。
 ここは確かにシビアで過酷な冨樫ワールド。しかしそれでもここは少年誌の世界なのだ。そんな、オーラを媚薬効果のあるローションに変化など……。

「……………………………………………………………………………………」

(いやいや、落ち着け俺。そんな能力にしたらもう、ヒモをやるぐらいしか選択肢はないぞ)

 媚薬ローションの能力など、お金持ちのお嬢様をこますとか、あるいは沢山の風俗嬢を虜にして貢がせるくらいしか使い道が思い浮かばない。
 前者はそういうローションを使う段階まで持っていくのが大変そうだし、後者は童貞のヤマトでは性病が恐い。

(あぁ、でもローションに性病予防の特殊効果を加えれば……。強化系の複合能力で行けそうだな。それに前者の方もそのまま使うんじゃなくて飲み物にいれるとか。水見式の応用で甘い飲み物として出すか? 無味無臭って方法もあるな……)

 オーラを発情効果のあるローションに変化。さらに強化系の複合能力で快楽神経を強化かつ免疫力を高めることで性病を予防。ローションの中には極微小の具現化物質が含まれており、体内に取り込まれたあと血流の流れに乗り脳へ到達し残留する。具現化物質は、対象に麻薬にも似た強い依存性を持たせ、定期的にローションを欲せずにはいられなくなる。
 一度どんな女も虜にする能力……その名も【大和魂/sneg】!!
そこでヤマトはハッと我に返った。

(やべぇ、いつの間にかかなり具体的に考えちまってた! なんかこういう系の才能はあんのか? 俺)

 ヤマトは首を振り、邪な考えを振り払う。
 この能力は駄目だ。一見かなり美味しそうなルートに見えるが、その先に待ってるのはいい感じのボートに乗ってるエンドな気がする。
 もっと平和的かつ、後腐れのないものにしよう、とヤマトは自分を戒めた。
 自分の趣味嗜好にあっていて、かつそこそこ才能があり、系統と合致するもの。

(料理……とかどうだ?)

 自慢じゃないが、自分の料理の腕はこの歳にしてはなかなかだろう。オーラを調味料に変え、どんな食材にも合う万能の調味料というのはどうだろうか。
 それだけでは面白くなさそうだから、某奇妙な物語のイタリア人シェフの能力のように食べた人の悪いところを治すスタ……発というのはどうだろうか。

(うん! これけっこういいんじゃないか? 有名高級レストランとか話題になれば一生安泰だし、プロハンターの経営する、食べた人の体調が良くなるレストラン……けっこうマスコミ受けするんじゃないか?)

 これはいい、とヤマトは眼を輝かせる。
 何がいいって、この能力ならばヒノメに対しての恩返しもこれで返せるというところがいい。
 あの食いしん坊かつグルメなヒノメのことだ。例えどんなに予約で一杯だったとしても常にヒノメ用に一席空けて置けばとても喜ぶことだろう。
 ヤマトは、想像の中のヒノメの美味しそうに自分の料理を頬張る顔を見て、スッと胸が軽くなるのを感じた。
 ヤマトは自分では気づいていなかったが、彼はこの環境に少なからずストレスを感じていた。
 ヤマトのストレスの正体、それはプライドである。
 17歳の自分が、11歳の少女に衣食住その他諸々、すべてを頼らざるを得ない現状。
 それは極一般的な感覚を持っていた彼にとってプライドを傷つけられる現実であった。
 彼の理想としては、か弱い美少女を強く逞しい自分が助け養うというものなのに対し、現実は肉体的にも社会的にも脆弱な自分が、肉体的にも社会的にも磐石な美少女に助けられ養われているという真逆の状況。
 これに、彼も自覚はしていなかったが実はプライドの高かった彼の精神は苦痛を感じ初めていたのだ。
 だが、これからは違う。この発ならば、ヒノメにも満足のいく恩返しができるだろう。
 命を救われたことがある以上、借りを返すとまではいかなくとも、負い目を感じずに彼女と接することができるはずだと。
 ヤマトはそう心の中で喜んでいた。

(さっそく、系統の修行をしないとな)

 遅くても、GIが終わるころまでにこの発を形にする。
 そう目標を定め、ヤマトが立ち上がる。
 ピンポーン、と呼び鈴がなったのは、その瞬間のことだった。
 それに、ヤマトは怪訝そうに眉をしかめる。

(…………誰だ?)

 ヒノメ、ではない。彼女は鍵を持っているのでいつも黙って入ってくる。呼び鈴を鳴らすことはない。
 だが、知人。という可能性もまた同様に少ない。なぜなら彼女はこの部屋には昨日引っ越してきたばかりであり、そも彼女に知り合いがいるのかすら疑問だからだ。
 そんな疑問を抱えながらドアを開けたヤマトが目にしたのは。

(―――――――な、んで、コイツが、ここに?)

 彼が一方的によく知る人物。

 ――原作キャラの姿だった。




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