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[36153] 【SOS】毎日変な夢をみる件について【誰か助けて】(チラ裏より)
Name: 矢柄◆c8fd9cb6 ID:022f668f
Date: 2014/08/01 21:14
マブラヴオルタネイティヴの二次創作です。
オリ主が出ます。技術チートです。現実っぽい世界←→MUV-LUV世界ものです。
原作には登場しない技術が登場します。電脳化とか純粋水爆とか。
基本的にはゆっくり更新です。作者、メカ本とか資料集を持っていないので設定に矛盾が生じる可能性があります。
かなり久しぶりに二次創作に手を出すので火傷しないか心配です。リハビリ兼ねているので生温かく見守ってください。

※この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。

8/2 015~017話改定。018~019話投稿

2014/8/1 少し改訂。



[36153] 001
Name: 矢柄◆c8fd9cb6 ID:022f668f
Date: 2014/08/01 21:14
怪物たちが溢れている。見回せば僚機は無く、戦車級が操縦する戦術機に齧りつく。曰く絶体絶命のピンチという奴なのだが、心はむしろ冷たい程に落ち着いている。

通信機から流れてくるのは僚友たちの怒号や悲鳴といったものばかりで、まあ、阿鼻叫喚という奴だ。今更それが俺の心を騒がす事は無いのだけれど。

俺は同じ部隊や友軍を巻き込まないように戦術機を動かす。

ガリガリと戦車級が齧りつく音がうるさい。そんなに焦らなくてももっとイイモノを喰らわせてやるから少しは我慢しろ。

周囲にはクソッタレな地球外からわざわざおいでなすった怪物どもが溢れている。まあ、今回はそれなりに保った方だろう。そして俺はS-11の起爆を行い…





いつからだろう、こんなワケの分からない夢を見るようになったのは。


「……朝か」


いつもどおり目覚めは最悪だ。最初の頃は起きるたびに悲鳴を上げて飛び起きて、家族を心配させていたものだが、今ではそういうこともなくなった。

ようは慣れだ。こう何百回何千回と繰り返せば人間なにごとにも慣れてしまうモノなのである。まあ、家族への配慮でもあるわけだが。

カーテンを開けて太陽の光を取り入れる。眩いその光だけは何処にいても変わらない。小鳥がさえずり、ベランダ越しに街並が見える。

さて、これは夢だろうか現実だろうか、陽の光を浴びてもなおいまだ定かにならない。胡蝶の夢というには鉄と油にまみれ過ぎていて、風情というものが無いのだけれど。

今日は何月何日何曜日だったか、平日だったか、休日だったか。そもそも今が西暦何年なのかも定かではない。まるで記憶喪失だ。

カレンダーを見れば今日は2007年7月10日の火曜日の平日らしい。カレンダーには油性マーカーによってつけられたバツ印が並んでいて、7月の1日から9日までバッテンがなされている。

10日には赤マルがされていて、はてこれは何だろうと考える。上手く思い出せない。ならば重要ではないのだろう。その余分を思考から排除する。

俺の記憶が正しいのなら、この身体は14歳のクソガキの身体に違いない。小学生の身体でも、壮年の大人の身体でも無い。

天然素材の寝巻を着ているところからして、ここは元の世界に違いない。いや、元の世界などという表現もおかしいのだけれども。

部屋には特に目立つものは置いていない。音楽にも興味は無いし、ゲームもあまりしない。本は比較的良く読むようになったので、本棚には統一感のない表題の書籍が雑多に並ぶ。

俺の部屋にはパソコンとその周辺機器、デスクとベッドと件の本棚ぐらいしか置かれていない。本棚に並ぶ雑多な書籍は学校の先輩に勧められた小説や、あるいは物理・化学・工学系の専門書。

残念ながらエロ本は無い。この肉体的はいまだ性欲も強くなく、それにそういった品物を買うようなバイタリティも俺には無い。

欠伸を噛み殺し部屋を出て洗面台で顔を洗う。そうすると母親が現れた。あまりの懐かしさに涙が出てきた。いつもの事だ。

おはようと言った後、涙を隠すためにもう一度顔を洗う。出来るだけ不自然さを見せないようにする。彼女にとってこの再会は昨日の今日であり、時間にして7時間ぐらいの時間経過でしかないのだから。

日課とか習慣というものはなかなか身体から抜けないもので、俺はいつものようにジャージに着替えると、筋トレを一通りこなし、早朝のランニングを行う。

時間的な制約によりあまり長くは走れないので、10kmほどで切り上げ、家に戻ってシャワーを浴びる。

そして再び部屋に戻り着替えを済ませてデスクの上におかれている日記を読み返す。これは俺にとってとても重要な作業で『毎日』欠かせない重要な作業だ。

担当医に勧められるままに始めてから、7年近く継続するこの習慣のおかげで、俺はかなりのレベルで日常に溶け込めるようになった。

日記を読み返した後、リビングへと向かう。そこには新聞を広げて顔の見えない父親の姿があり、いつのまにかキッチンに戻っている母親がいる。

俺は父さんにおはようと言ってテーブルにつく。また涙があふれそうになるが我慢する。人間らしい感情はまだ残っているらしい。

嗅覚をくすぐるのは香ばしい卵とベーコンが焼けた臭いだ。主観においてまともな食事にありつけなかった俺の脳は現金に反応して胃袋を鳴らせる。

対面式キッチンから母親が身を乗り出すようにして、目玉焼きと焼いたベーコンがのった皿をカウンターに置く。計四枚。俺は自然に配膳を手伝うためにキッチンへと足を向ける。


「おはよう京平、鈴はまだ?」

「みたいだ。起こしてこようか?」

「頼まれてくれる?」

「了解」


俺は母にそう答えると妹の部屋に向かう。我が家はマンションで、それ程広い間取りでは無いので、俺でも迷うような事は無い。

妹の鈴の部屋のドアには可愛らしい木製のプレートが飾られていて、平仮名で《すずの部屋》と下手な字で書かれている。

ノックをするのにも心の準備が必要だ。

馬鹿らしいと他者は思うかもしれないが、彼女とは何度も死に別れている。彼女にとっては毎日の事でも、俺にとってはそうじゃない。俺は心を落ち着かせて、妹の部屋のドアをノックした。


「おい、鈴、起きてるか? 朝だぞ」


数回のノック、呼びかけにも反応は無し。

我が妹はいまだに甘い夢の中にいるものとして、俺は無理やり彼女をこの世界に呼び戻すべく彼女の了解を得ないで部屋へと押し入ることにする。

案の定、扉を開けると妹と思われる物体がベッドの上、布団を被ってうごめいているのが確認できた。いつものことだ。それが無性に懐かしい。


「さて…」


また泣きかけた俺は目を擦り、そして気合を入れる。俺は彼女を保護していただろう布団をひっぺがし、その本体を露わにさせる。

鈴はそうすることでようやくむにゃむにゃ言いながら身体を起こす。いまだ脳が覚醒していないようなので、俺は軽く鈴の頭にチョップをくれてやった。


「ふにゃっ!? ふぁれ?」

「起きたか?」

「ん…、あ、お兄ちゃん?」

「朝だぞ。さっさと起きてこい」

「ふぁーい」


なんとも頼りになる返事をして妹はベッドから起き上がった。二度寝などする場合は母さんによる正式な制裁が加えられるだろうが、それは俺には何の関係もない。

鈴が這うようにして洗面台に向かうのを見送り、リビングに戻ると、父さんは既に朝食を食べ始めていた。俺の忍耐強さの足りない胃袋が補給を切に求めるので、俺は妹を待たずにテーブルにつく。

トーストにマーガリンを塗る。本当は白米が希望なのだけれども、ウチは昔から朝はパン食と決まっている。

半熟に焼かれた目玉焼きをトーストに乗せて齧りつく。天然の食材で作られた朝食はとても美味しくて、まあ家族には理解できないだろうが、俺は貪るようにそれを食う。

そうしている内に中学の制服に着替えた鈴がリビングに現れた。貪るようにパンに齧りつく俺を見て若干彼女は顔をしかめるが、これは毎日の事なので彼女はテーブル、俺の隣についた。

すると母さんもテーブルについて食事を取り始める。いつものように母さんが鈴に小言を言い、鈴がそれを適当に聞き流す日常。しばらく女二人の会話が続いたが、ふと母さんが俺の方を向いた。


「京平、今日は病院の日でしょ」

「ん、ああ、日記で確認した」

「そう…」


母さんは躊躇するように、腫物を触る様な表情を浮かべ、そして意を決して問うてきた。


「京平、その、まだ…、あの夢をみているの?」

「……ああ」


俺はいつもの夢を思い出し、少しばかり憂鬱になりながらその問いに答えた。俺の返事に母は「そう…」と呟き、そしてそれ以上は何も言わなくなった。

家族がなにか痛ましいモノを見るかのように俺の顔を見る。出来うる限り家族には迷惑をかけないようにしているが、これも全て夢のせいだ。


夢を見る。夢を見るのだ。長い長い悪夢を、地獄のような悪夢を。







学校での友人は少ない。

数少ない話し相手によるならば、雰囲気が、目が怖いのだと言う。なるほど、彼らは平和な日本という国に生まれた幸運な子供たちだ。

彼らは戦争なんて知らないし、宇宙人と戦うなんて言うバカげた事もしていない。他にも理由はあるが、まあイジメをうけていないだけマシといったところだ。

だから俺は周囲とは馴染めなくて、小難しい物理や工学の専門書、小説などを読むか、あるいは日記を書いたり、論文を書いたりして大半を過ごす。

ちょっとした理由で、俺は授業に出る事を免除されている。まあ、悪目立ちしたくないので、あからさまにさぼったりはしないけれども。

学校側も俺にいくらか配慮しているらしく、そのことは教諭たちにある程度知らされている。

彼らは俺の問題についてほとんどを知らされていないが、それでも前日の記憶がほとんどないというぐらいの認識は共有されている。

彼らは俺が特殊な記憶障害に類する病気を患っていると考えているらしい。面倒なのでクラスメイトたちにも同じように説明している。

そうして今日も粛々と授業が行われる。教師が時折生徒に問いを出し答えさせる。生徒は「分かりません」などと答えたり、間違った答えを口にしたり、あるいは正答を答える。

とはいえ、俺には当てられない。学校側が配慮しているのだ。記憶の連続性が無い以上、授業を受ける意味はほとんどない。

今日何度目かのチャイムが鳴り響き、教室がざわつき出し、数人の男子学生が教室から足早に出ていく。昼休みである。幾らかの学生同様に、学校で一番何が楽しみなのかと問われれば、俺は昼食と答えるだろう。

生徒は購買で何かを買うか、弁当を持参するかで別れるが、俺は母さんの作ってくれる弁当を食べる派である。冷めているが、本物の食材で作られた料理たちだ。俺は無心にそれを食う。

昼が終われば、また同じ繰り返しだ。ただし、体育などは肉体の運用に齟齬をきたすので失敗が多い。そうして午後の授業が終わったところで生徒たちの大半は部活動に勤しむ事になる。

この学校では生徒はいずれかの部活あるいは同好会に参加しなければならないという事で、俺もまた部活動に参加している。

野球などの運動系の部活には入らない。記憶の連続性が無い以上、いくら打ち込もうが上達するはずがない。

なので、俺は文芸部なるものに入っている。具体的な活動は本を読む事、文章を書くことなので俺には適していると言えるだろう。

もっとも俺は幽霊部員で、そして顧問の先生も俺の事を知っているので、あまり口を出してこない。

しかし、まあそれだけでは何なので、文芸部が月に一回発刊する文集に短編小説のようなものを一度だけ投稿した事もある。

その内容が何か部長の琴線に触れたのか、俺は部長のお気に入りになることになった。部長というのは3年生の女生徒で、艶のある長い黒髪の、ある種の鋭さを感じさせる美人だ。

美人であるが、どこか変わった雰囲気を持っており、口調も女らしい言葉遣いとは言えず、しかしそれが逆に人気があるのだと言う。主に女性に。


「やぁ、天才君。珍しいね、君がここにいるのは」

「ああ、部長。今日は用事があって大学にはいかないんです。あと、天才君ってやめてください」

「ああ、悪かった高島君。しかし、ここで会えたのも縁だろう。頼みたい事があってね。今度の学園祭に出す文集に君の小説を載せたいんだけれど」

「短編ですか?」

「そう。前、君が書いた短編は結構人気があってね。私もファンになってしまったよ」

「まあ、覚えていたら」

「ああ、そうか。まあ、毎日言い続ければ記憶の片隅にでも残るかもしれないね」

「…日記にでも書いておきます」

「そうか、助かる」

「いえ」

「しかし君は…、うん、なんというか危うい空気を纏っているね」

「そうですか?」

「ああ、なんとも危うい。そうでもなければ、あんなモノを書けるわけないだろうからね」


なんとも勘の鋭い先輩である。

危ういというのなら、そうなのだろう。俺はきっと半死人のようなものなのだから。それこそ何度も死んでいる。死んで、生き返って、眠って、また死んで、また生き返る。

どれぐらい繰り返しただろう。自殺を試みた事もある。大怪我を負って、妹に泣きつかれて、結局、今も生きているのだけれど。


「部長」

「なんだね?」

「実は病院の予約がありまして、少し早めに帰らなければならないんです」

「ああ、それが用事か。分かった」


そういうことで俺は帰るための仕度を始める。雑誌を鞄につめるだけだ。そうして立ち上がり、皆に一礼して文芸部の部屋を出ようとした時、部長が後ろから声をかけてきた。


「しかし、君のそれは本当に病気なのかい?」







病院、心療内科・精神科・神経内科を含む俺の通っている病院、ようは精神病院という奴で、うつ病だとかそういうのを視てくれる病院に俺は通っている。

初めてこの病院に訪れたのは小学1年生の頃だっただろうか。当時は俺もこのわけの分からない状況に混乱していたので良くは覚えていないが。

診察券と保険証を受付に出して、俺は順番を待つ。待合室は12畳ほどの広さで、ソファが配置され、雑誌などが置かれている。

俺は置かれている雑誌には目もくれず、持ち込んだ工学系の雑誌を読む。今日中に読んでおきたい論文が載っているからだ。

そうしている内に俺の順番が回ってきて、いつもの壮年の男の医師、名前は…岡本だったか? のいる部屋に入る。

彼は小学生のころからの付き合いで、その頃からずっと俺のことを視てくれている人だ。このヒトには夢の内容についても話しており、内容をまとめてくれている。


「こんにちは岡本先生」

「こんにちは高島君。2週間ぶりかな。ああ、それと、僕は岡崎だよ。で、調子はどうかな?」

「変わりないです。いつもどおり、何も変わりません」

「そうか。昨日はどこまで保ったんだい?」

「そうですね。2013年の6月の中頃ぐらいだったんで…、23年ぐらいですかね」

「今回はどうしたんだい」

「基本的には技術畑に進んだんですけど、衛士…ロボットのパイロットの腕があったんで途中からは部隊率いてましたね」


そして最後には自爆である。まあ、痛みが伴わないだけマシというもので、戦車級のディナーになったり、光線級に丸焼きにされるよりは遥かに幸福な死に方である。

自分の衛士としての腕は一級と考えているが、何分、戦術機の稼働率も下がり、人員も減る中、相手は雲霞のごとく増えるのでやってられないというのが本音だ。

そんな感じでこの2週間で試した事、向こうで学んだ事の概略を伝える。

基本的に個人で出来る事は少なく、そして巨大な組織や大きな流れを思うように動かす事は難しい。やれる事は技術発展の促進ぐらいで、しかし多少の技術的革新が圧倒的物量に対抗できるかといえば、また別問題である。


「ああ、それと高島君。君が4年前に書いた論文が学会で話題になっている。iPS細胞とは全く異なる視点からの擬似生体技術だったね。他の大学でも追試が行われて、動物実験でその有用性が確認されたらしい」

「こっちの世界でも使えましたか。まあ既存の技術なんですけどね」

「いや、こちらでは世界初だ。数学の分野でもいくつか論文を発表しているだろう。それにも注目が集まっている。今、君の書く論文に脚光が集まっている」

「俺としては、さっさとこの状況から抜け出したいんですけど」


いくつかの科学分野で夢の世界のそれは現実のそれを上回っている。夢の世界というには語弊がありそうだが、それ以外の表現を思いつくことは出来ない。

とはいえ、戦争が技術発展を促すのだとしたら、40年近く宇宙人なんてものと戦争をしている世界の技術はさぞ発展しているだろう。

専門は戦術機とか呼ばれる二足歩行の有人兵器開発なので、二足歩行の巨大ロボットの設計をしろと言われればいますぐ出来る。

とはいえ、結局のところ、他者から見ればそれは夢の中の話だ。どれだけ苦しくとも、それを他人と共有することは出来ない。

だから、俺にとってそれがどれだけリアルで、俺の人生においてどれだけの比重を持とうが、俺以外の人間にとってみれば、俺の言う事は全て夢の中の話で戯言に過ぎない。

だが、ここに科学技術という存在が紛れ込めば話は別だ。

俺の夢の中に出てくるSFじみた科学技術の全てがこの現実世界でも再現可能だとすれば、俺の話を夢だと一笑に付す事はできなくなる。

俺の夢の中の世界に現実ではまだ研究開発されていない先進科学が用いられていて、それらが現実世界において無視できなくなるなら、俺の夢もまた戯言だと言えなくなる。

そして、それは俺自身があの地獄のような世界で過ごした体験と経験の証明でもある。自分が狂人で、この苦しみには意味など無いという虚無を否定してくれる。

だから俺はそれを証明するために、夢の中の世界で戦い続けている。藁をもつかむ思いで学び、研究し、探求し、そして最後には戦って死ぬ。

そうすれば、多くの人が、誰かがきっと、俺の夢に興味を持ってくれるはずだ。そしてこの夢を、この夢の秘密を暴いてくれるヒトが出てくるかもしれない。


「今日、学校で書き終えた論文です」

「そうか。受け取ろう」


数学についての論文だ。他にも擬似生体やマグネシウム電池や電磁伸縮炭素帯、スーパーカーボン等各種の新素材などもあるが、それらは大学の研究室で好き勝手にやっている。

炭素系素材は工学分野に、擬似生体は再生医療に、他の研究も様々な方面で革命をもたらすだろう。名前が売る事が目標だから、社会的インパクトの大きい擬似生体技術をメインに置いているが。


「それで話の続きだが、いくつかの海外の大学が君に興味を持っている。そろそろ良い頃合になって来たんじゃないかい?」

「そうですね。数学や擬似生体技術の論文が認められて、俺の名前が広く露見すればその事も発表しようとおもいます」

「そうか。なら僕の役割ももう終わりに近づいているようだね」

「いえ、そんな事は…」


岡崎先生は俺にとって恩師とでも呼ぶべき存在だろう。

俺が6歳の頃、1999年の8月6日から俺が見始めた夢は俺の全てを根底から覆した。全てが変わったのだ。

気がつけば俺は何故か9年前の世界、1990年8月7日に目覚めた。そこは同じ日本でも日本帝国と呼ばれる国で、ニュースによるならBETAとかいう宇宙人と戦っている世界だった。

冗談のような話だったけれども、それ以外の要素は変わらず、俺は当時6歳の小学1年生で、事の重大性など欠片も理解していなかった。

それが最初だ。

横浜に住む俺はそのまま成長していった。周囲の日本人としてのメンタリティの違いにも、子供だった俺はすぐに適応して、1年もしない内に誰も、俺自身も違和感を持つことはなくなった。

しかし大陸の戦線は押され始め、日本にもBETAの直接的な脅威が差し迫って来た、そんな頃であった。俺は中学生で、周りでは学徒動員などがなされていているのも耳にしていて、しかし現実感は無かった。

そして1998年、横浜はBETAによって蹂躙され、俺は死んだ。

そして気がつけば1999年の8月7日の朝だった。俺の身体は再び6歳の頃に戻っていて、両親も妹の鈴も生きていて、横浜の街はちゃんと存在していた。

俺は混乱した。兵士級に生きながらにして食い殺された事もあり、俺は深刻なPTSDを発症していて、錯乱状態になって病院に運ばれた。

鎮静剤を打たれて眠らされ、次に起きた時には1990年8月6日だった。精神を病んだ俺はその世界の病院で治療を受けてある程度の回復をみた。

しかし、周りの大人たちは俺の話す事をまったく信じてくれず、そのまま精神病棟に軟禁されるようになる。そして1998年、BETAは再び日本を蹂躙し、横浜に住んでいた家族は全滅した。

幸運かどうか知らないが、俺はその災禍を免れた。しかし、俺の予言じみた発言がなんらかの研究機関の注目をうけたのか、転院させられた。

その後、様々なわけのわからない人体実験に供され、そして最終的にはロボットのパイロット、夢の世界では衛士と呼ばれる操縦者として戦場に放り出され、大した活躍もなく初陣で死んだ。

そして次に目覚めると、世界は宇宙人の侵略に遭っていない1999年の8月7日の世界、病院のベッドの上だった。

20年近い時間を経た俺の精神は6歳の身体には全く相応しくないものになっていて、俺の身に起きている事がなんとなくだが察するようになったが、俺は強迫観念に駆られたかのようにそれを否定した。

その日は医者の質問に正直に答え、藁にもすがる思いで医者に尋ねた。


「もう、こんな夢みないですよね!?」と。俺は医者に俺が経験した事を話し、助けを求めた。もうあんな世界に行きたくなかった。

すると、俺の担当医は別の人に変わった。彼は俺の言葉を妄言だと思っていたようで、いくつかの検査と試験をやった後、何かの薬を出してくれて、それで終わった。

そして夜が来て、俺は怖くて眠れなくて、その日から俺は恐怖から眠れなくなってしまった。死ぬのが怖かった。あの怪物どもが怖かった。誰にも頼れなくて怖かった。何もかもが怖かった。

そうして眠れない日々が続いて、医師に眠薬を投与され、気がつけば1990年8月7日だった。

そんなことを俺は繰り返した。

夢の世界で俺は生き残る方法を求めて様々な手段を取った。現実と夢が逆転した。

俺にとって夢の世界で死なないことこそが重要となり、現実の世界ではただぼーっと一日を過ごす、あるいは向こうで生き残る術を考えるだけの日々が続いた。

そうして二カ月ほど経って、俺は相変わらず何も変わらなかった。理解したのは、人間はBETAに敗北する、それだけだった。

生き残る手段など始めから存在しなかったのだ。俺は絶望し自殺を試みた。車道に身を投げうって車に撥ねられたのだ。重傷だった。でも、死ななかった。俺は精神病棟に拘束されるようになった。

現実世界では投薬とカウンセリングが繰り返された。俺は既に摩耗していて彼らも匙を投げていた事だろう。月日がたつにつれて俺の現実の時間と、夢の中の時間は齟齬をきたす様になった。

当然だ。10年以上もの長い期間を夢の世界で過ごすくせに、現実世界では8時間程度しか経っていない。俺にとっての10年が他の人にとっての8時間でしかない。

10年もあれば、多くの事を忘れてしまう。俺は現実世界での過去の記憶について曖昧になり始め、それを医者たちは記憶障害として捉えるようになった。

そうして、俺は現実世界の物事に注意を払わなくなっていった

夢の世界では俺は進んで衛士になった。自暴自棄でもあったが、それを繰り返すごとに俺は衛士として強くなり、生存率も高くなっていった。

皮肉にも、衛士となることで俺は夢の世界の家族より長生きするようになった。それに、BETAをぶっ殺す事にある種の快感を覚えるようになった。

もし、それがもう少し長く続いていたら、きっと俺は壊れてしまったかもしれない。

現実世界で六カ月が過ぎた頃だろうか。俺は岡崎先生と出会った。彼は本当の意味で俺の話を真剣に聞いてくれた。

俺が7歳の子供にもかかわらず、高等な数学や物理科学を理解しているらしいということが彼の耳に入ったからだそうだ。何日も何日も、彼は俺の話や悩みを聞いてくれた。

そして彼は別の可能性を俺に示してくれた。

彼は言う。

君の言う事が本当だとすれば、人型のロボット兵器が活躍する世界の科学技術はこの世界のそれを凌駕している可能性がある。

もし君がその事を証明できれば、つまり夢の世界の技術がこの現実でも再現できるならば、君の言う事を信じる者は増えるだろうと。

また、それが証明されれば、学者たちは君の夢に強い興味を持つに違いない。そうすれば、学者たちは君の夢を解明しようとするだろう。

そうすれば、君が夢から解放される方法を見つけられるかもしれない。だから君は、夢の世界で科学者や技術者になってみないかと。彼は俺に言った。

それがきっかけだった。俺は夢の世界で猛勉強をしはじめた。なに、何度も繰り返せるのだから時間だけは腐るほどある。

俺は様々なことを貪欲に学び、戦術機については乗り手の気持ちが良く分かる分、最初はその戦術機開発の分野に足を踏み入れた。研究に研究を重ねた。多くを学んだ。

そして俺は現実世界において一本の数学の論文を書いた。それは現実世界ではまだ証明されていない数学の問題に関するもので、いくつかの変遷を経てそれが正しい事が認められた。

一時は新聞にさえ名前が載ったほどだ。そしてそれが俺の現実世界での精神状態に良い影響を与えた。

俺は再び現実世界に光を見出した。俺の精神状態は劇的に良好になり、俺は退院することさえ出来るようになった。

記憶障害については日記をつけることで対応することにし、俺は現実世界でも勉学に励んだり、身体を鍛えることを始めるようになった。

数学の論文が認められたことで、俺は私立の学校に特待生として迎えられるようになった。記憶障害も多くの人間が天才ゆえの欠点として前向きにとらえてくれるようになった。

家族にも迎え入れてもらえた。久しぶりに話す家族は愛おしくて、夢の世界では何度も見捨ててしまった事を心の中で謝罪しながら再び家族を始める事が出来るようになった。

そうして俺は今に至る。


「次からはどうするんだい?」

「変わりませんよ。ただ少し面白そうな研究がされていたって情報がありまして」

「面白い?」

「なんでも超能力に関する研究らしくて」

「超能力?」

「はい。テレパシーに類するESPだそうです。BETAへの諜報や和平交渉を行うために研究されていたとか。今度はそっちの方を探ってみようかなと」


そうして俺は定期の通院を終えて家路に戻る。もうすぐ一日が終わるのだ。

そうすれば、また夢の世界へと俺は行くだろう。あの救いようのない、クソったれな世界へ。

今度のターゲットはESPだ。きっとえぐい人体実験をやっているのだろう。あの世界に神様なんていないのだ。







「ただいま」

「京平? おかえりなさい」


母さんが出迎えてくれる。家族は俺の特殊な事情を、全てではないが受け入れてくれている。

もっとも、夢の世界の話は両親を心配させてしまうのでしていない。何度も弔った家族だから、だからこそ俺はこの人たちを大切にしたい。

そうして夕食、一家団欒の時間が始まる。基本的に聞き手にまわることが多いが、我が家の雰囲気は温かいものだと思う。

妹が思春期真っ盛りなので、少しばかり心配していたが、それほど強烈な反抗期は来ていない。親父殿には合掌するが。

家族の俺に対する評価は定まっている。若くして数学や物理・化学・生物学に通じる天才。そしてその才能の代償として特殊な記憶障害を背負う事になった、そんなところだ。

両親は俺を一度見捨てたという負い目があるようだが、その事については仕方がないと判っているし許している。だから誰も過去を掘り返そうとはしない。

食後、妹が英文の翻訳に戸惑っているので手伝ってほしい、ていうか手伝えという要請を受けて、一緒に英文を翻訳する。

英語なんてもうネイティヴとほとんど変わらないぐらい出来るようになっているので、英文については頭の中で和訳しないでも意味が見て取れる。簡単なお仕事である。

そして妹の相手も終わり自室に戻る。パソコンに電源を入れてニュースなどを目にすると、とある巨大電子掲示板のことが話題になっていた。

そういうことにはとんと疎く、インターネットも論文を見たりすることにしか使っていなかったが、しかしと思う。俺に起こっているこの現象は、俺だけに起きている事なのだろうかと。

巨大な電子掲示板には一種のコミュニティに近いものが形成されている。もしかしたら、俺と同じような症状で苦しんでいる人がいるかもしれない。そんな、ちょっとした思考実験めいた遊びの感覚。

だから、俺はなんとなしにその電子掲示板を利用する事にした。

スレッドのタイトルは【SOS】毎日変な夢をみる件について【誰か助けて】。安直過ぎるがこんなところか。そして俺は電子掲示板に書き込みを行う。

なに、ちょっとした戯れだ。馬鹿だと罵られて終わる確率が高いだろう。






[36153] 002
Name: 矢柄◆c8fd9cb6 ID:022f668f
Date: 2014/08/01 21:15
1 名前:名無しさん 投稿日:2007/07/10(火) 22:13:45 ID: %○#×△$◇&
初めて書き込みをする者です。実は毎日奇妙な悪夢を見て困っています。精神科にかかっても解決しません。
その夢は私が1999年8月6日から見始めたもので、その夢の世界では年号は1990年で私は6歳になっています。この夢の始まり方だけは何年たっても変わりません。
夢の世界では現実の様に意識がはっきりしていて、何年も夢の中で過ごす事になります。そして夢の中の世界で何らかの理由で死ぬと夢が覚めて目覚めます。
起きた時も夢の中での記憶をしっかりと覚えていています。そのせいで、現実世界の事を忘れてしまい、精神科では記憶障害と診断されています。
SFのような話ですが、本当にSF小説のようにループしているようで、始まりはいつも1990年の8月7日で私は6歳。終わりは10年後~20年後経った頃で、たいてい殺されて目覚めます。
同じような症状で苦しんでいる方がいればと思い、このスレッドを立てさせてもらいました。

2 名前:名無しさん 投稿日:2007/07/10(火) 22:15:23 ID: %○#×△$◇&
それって無限ループ? なにそれ怖い。

3 名前:名無しさん 投稿日:2007/07/10(火) 22:16:45 ID: %○#×△$◇&
たいてい殺されるとか、何に殺されてんの?

4 名前:名無しさん 投稿日:2007/07/10(火) 22:20:24 ID: %○#×△$◇&
1999年から8年とか。精神年齢どんだけなんだよ。

5 名前:名無しさん 投稿日:2007/07/10(火) 22:22:51 ID: %○#×△$◇&
これって釣り?

6 名前:名無しさん 投稿日:2007/07/10(火) 22:25:18 ID: %○#×△$◇&
>>2
>>3
>>4
>>5
1です。書きこみありがとうございます。
>2
今のところ無限ループと言えると思います。毎晩その夢の世界に行くので。
>3
殺されるのは、その世界では戦争をしているからです。その世界には地球外由来の怪物がいて、その怪物に地球は侵略を受けています。
しかも、怪物は恐ろしく数が多く、人間側はその物量に押されジリジリと追いつめられています。私も怪物との戦いに参加しますが、最後には殺されてしまいます。
>4
精神年齢については正直自分でも分かりません。
>5
釣りってなんですか?

7 名前:名無しさん 投稿日:2007/07/10(火) 22:37:09 ID: %○#×△$◇&
はい、釣り釣り。解散解散。

8 名前:名無しさん 投稿日:2007/07/10(火) 22:38:29 ID: %○#×△$◇&
インベーダーかよ

9 名前:名無しさん 投稿日:2007/07/10(火) 22:39:39 ID: %○#×△$◇&
その宇宙人ってどんなの?

10 名前:名無しさん 投稿日:2007/07/10(火) 22:43:20 ID: %○#×△$◇&
>8怪物は数種類います。中には強力なレーザーを放つ種がいて、人間の航空戦力は無力化されています。夢の世界の人々はその怪物をBETAと呼んでいます。

11 名前:名無しさん 投稿日:2007/07/10(火) 22:45:40 ID: %○#×△$◇&
マブラヴじゃねえか

12 名前:名無しさん 投稿日:2007/07/10(火) 22:46:20 ID: %○#×△$◇&
ゲーム脳乙

13 名前:名無しさん 投稿日:2007/07/10(火) 22:49:31 ID: %○#×△$◇&
やっぱり釣りか





掲示板の書き込みを凝視する。心の問題について語る掲示板を選んで書き込んだのだが、その後の返答にも一つの単語が連続して書き込まれていた。

『マブラヴ』

俺はその言葉の意味をインターネットで検索してみる。かなり多くのサイトが検索エンジンに拾い上げられたが、この単語が意味する内容は一つだった。

『Muv-Luv』とは成年向けのゲームの名前である。主人公とヒロインとなる少女たちの交流を主軸としたアドベンチャーと呼ばれるジャンルの恋愛ゲームだった。

問題はこのゲームの世界観にある。ゲームは『EXTRA』編と『UNLIMITED』編の2本立てのストーリーとなっており、『UNLIMITED』編では物語の内容、世界観が大きく変わるらしい。

主人公はある日目覚めると、平和な世界から一変、BETAと呼ばれる地球外起源種との戦争により荒廃した世界にいた。彼は戦術機と呼ばれる人型ロボット兵器のパイロットになるべく訓練を受ける。

問題はその主人公の名前だった。


「白銀…武だと……?」


その名を俺は知っている。日本帝国近衛軍の衛士。大海崩後の世界において、最高位の腕前を持つ戦術機乗りとしてその名を俺は知っている。

若年ながらも卓越した戦闘技術。常識に囚われない空中機動制御。天才と呼ぶにふさわしいその鮮烈な印象を俺は脳裏から掬い上げた。

これは何かの偶然なのだろうか。俺は一心不乱に仮想空間から情報を拾い上げる。ディスプレイに映る文字、グラフィックに目を通すと共に吐き気を催す。俺は眩暈すら覚えながらサイトを読み進める。

ゲームは続編の『Muv-Luv Alternative』に受け継がれる。主人公が体験するループ現象、登場する人物・兵器、社会制度、国際関係。BETAに関する記述、明星作戦について。

夢の中で見知った人々の名前も羅列されている。帝国軍士官の神宮司まりも、国連事務次官である珠瀬玄丞齋、内閣総理大臣の榊是親。そして政威大将軍たる煌武院悠陽。

あらゆる情報の全てが一致していた。夢でも見ているのか。あるいはこのゲームを作った人間達の中に俺と同じような夢を見る人間がいるのだろうか。

俺はとにかく色々な事を考えて、多くのサイトを回り、その内容を最重要の情報として日記に記していく。眼が冴えて眠れずに、徹夜する形で内容を日記に纏めた。





「眠ったのか…。まあ、徹夜だったからな」


翌日の学校を休んでまで情報収集を行い、情報の整理と記憶しなければならない事項の暗記を行い、そしてベッドに横になった所で夢の世界での朝を迎えた。

1990年8月7日、日本帝国神奈川県横浜市。この世界では俺の年齢は6歳であり、ただの何処にでもいる小学生でしかない。何もしなければこの8年後、この横浜の町はBETAの上陸を許すことになる。

やらなければならない事は多いがこの身体はいまだ6歳だ。いくらでも時間はある。俺は『Muv-Luv』という作品に触れ、いくつもの無視できない情報を手に入れた。

鍵となるのはオルタネイティヴ計画、因果律量子論。そしてそれに関わる人間たち。特に香月夕呼博士と白銀武が重要となる。

この夢の世界が『Muv-Luv』という作品の描く世界と関係があるのならば、香月夕呼博士が提唱する因果律量子論こそが、俺がこの夢の世界に来訪した原因と密接に結びついている可能性が高いからだ。

この理論はいわゆる平行世界の概念を含んでおり、事実、白銀武は物語において、この理論に基づいてループを重ねるという設定になっている。

これは俺の境遇に極めて似ている。物語の中で白銀武は因果導体と呼ばれる存在となってループを繰り返しており、それは俺が置かれている状況に酷似しているためだ。

もしこの理論を理解し研究する事ができれば、あるいは俺自身を白銀武のようにこの世界から解放することが出来るかもしれない。

目標は定まった。ならば、香月夕呼博士がいつオルタネイティヴ計画に組み込まれるかが問題になる。彼女が計画に組み込まれれば接触は困難になるだろう。

オルタネイティヴ4が形になるのは2001年だ。だが、俺の経験しているいままでのこの世界の経過ではバビロン作戦、オルタネイティヴ5が常に発動している。

これは物語が『Muv-Luv Alternative』に到達していないことを示している。つまり、白銀武がループ現象を認識していないことを示していると考えられた。

とはいえ、あの作品の描写を全て鵜呑みにすることは出来ない。あれは創作物であってノンフィクションやドキュメンタリーではないのだ。

香月夕呼が不在である可能性、そもそもオルタネイティヴ計画が存在していない可能性を考慮に入れる必要がある。そもそも因果律量子論の実在すら今は確定していない。

全てを疑えばきりがないが、何もしないという訳にはいかない。『Muv-Luv』という作品の内容はそれだけあの世界と酷似しており、幾らかの人々は実際に存在するからだ。

とても自分の置かれている状況と無関係とは到底思えない。完全に一致する事は無いにしても、夢から解放される重要な情報を得られる可能性は高い。

ならば一つずつ検証していけば良いだろう。まずは自分の足元を固める事に集中すべきだ。ある程度の肩書や名声、人脈がなければ何もできない。

なに、俺は最新の科学技術を知る最先端だ。少なくともこの世界の10年先の最先端に触れている。そもそも、今までのループを含めれば3万年弱の月日をこの夢の世界で過ごしている。

そしてその年月は俺が科学者として研究を行った時間と同義なのだ。常に最先端を走り、そしてループによってそれを過去に持ち越す。反則だが、そうしなければならなかった理由はある。

科学者として重要な直観や天才性が俺にあるわけではないが、数千数万年をかけて研究し続けたその蓄積はこの世界において追随を許さない。

それらを最大限に利用して、科学者としての地位や人脈を得る。そして情報を集めよう。キーワードは分かっている。死ねばどうせやり直しなのだからある程度大胆な行動もできるはずだ。


「京平、ご飯よ」

「今行く」


まあ、焦っても仕方がないのだけれども。





今回のループを始めてから1年がたった。俺は図書館などに通い詰め、そしてこの時期においては証明がなされていない、いくつかの数学的における問題関する論文を書いた。

家族などは急に豹変して勉学に打ち込む俺を少々気味悪がったが、勉学に打ち込むこと自体は悪い事ではないと見逃されていた。

そして俺がいくつかの論文を色々な大学の教授、以前のループにおいて実際に出会い信用できると判断した専門家たちに郵送する。

多くは無視されたが、それでも数人から返答があった。本当に君が書いたのかなどと問われれば、その場で別の仮説などを立ててみて証明して見せる。

俺は天才少年、神童などと呼ばれるようになる。過去に何度も使った手である。いまさら抵抗は無いが、ズルをしている感覚はある。

そうして俺はそうした伝手を頼って帝都へと赴き、帝国大学の研究室に自由に出入りできる権利を得た。計画通りである。

通常ではありえない程の蓄積を重ねた俺には色々と引き出しがあり、その過程で得た知識、俺の持越しによる研究結果が原因となる刺激で他の研究者が発見した研究結果も多々ある。

それに加えて偶然の産物、セレンディピティ的な発見を含めれば俺の持つ知識の蓄積は膨大な量に上った。それは正直、俺単独では覚えきれない程の量。

例えばG元素を用いない常温超電導物質やスーパーカーボンを上回る強度を持つ素材。その効率的な生産手段。実用的な核融合炉や熱核ロケットエンジン、人工知能、無人兵器などを研究した実績もある。

あるいは第3.5世代戦術機の設計に携わった経験、日本の領土が奪われた場合への保険としての巨大人工浮島の設計に関わった事もあった

関係無い所では藻類由来の炭化水素燃料や、自然食材と同レベルの質を持つ食材を合成食品と変わらないコストで量産する手段なども研究していた事がある。

動植物本体を育てるのではなく、可食部分のみを培養するという手段で、最終的には魚肉にまで研究は及んだ。現実世界で運用すれば食糧危機とか解決するんじゃないだろうか。


まあ、何をどれだけやろうがバビロン作戦で全ておじゃんになるのだが。


そうして1991年を迎え、俺は研究発表を重ねていく。いくつかの特許を申請したり、何故か日本の国産戦術機である不知火の設計に関わるなどしたりしながら、この世界について調査を進める。

作品世界がこの世界とどの程度一致しているのか。横浜市に帝国軍白陵基地が存在することは確認した。また、香月夕呼の存在も確認している。

どうやらこの世界でも香月夕呼は天才であるらしく、大学で彼女の発表する論文のいくつかを拝見する事が出来た。だから、彼女が間違いなく作品の描写と同様の無二の鬼才に違いないことが理解できる。

彼女が本当に因果律量子論を提唱するのかは不明だったが、しかし、発表される論文の革新的な視点は目を見開かされた。

俺が万年の蓄積を持つだけの偽物なら、香月夕呼は叡智の神に愛された本物と言えるだろう。天才香月夕呼は間違いなく存在する。

前回までのループでは外国に渡る事が多く、国内の研究者にはあまり注意を払わなかったが、このような天才がいた事を見逃していたのは大きな損失だった。

それは、ある意味において彼女が異端であり、また作品通りに展開するならば機密計画に関わる事で、外部の人間の耳に彼女に関する情報が伝わりにくくなったためかもしれない。

どちらにせよ、あとは彼女が因果律量子論を提唱するか否かで俺の運命も変わってくるだろう。もしかしたら自力でこの悪夢から醒める事が出来るかもしれない。

そして、その時は急に訪れる。


「坊主、火を入れるぞ」

「はい、お願いします」


俺はその日の午前中、新型の反応炉、電磁場共鳴型核融合炉の公開実験を行っていた。今回の実験は帝国技術廠による追試であり、俺は反応炉製造についての設計や監督を行った。

この帝国の迅速な動きには感服するモノがあるが、エネルギーの大部分を米国に依存するこの国の事情というものが絡んでいるのだろう。

この新しい形式は外見上はトカマク型に似ているものの、既存のいかなる形式とも異なり、また他二つよりも格段に構造が簡単で小型化も可能というなんとも都合のよい反応炉だ。

さらに、この形式はCNOサイクルを再現することで、軽水素を核融合燃料として利用可能という最大のメリットを持つ。

さらに高速中性子があまり発生しないため構造材へのダメージが小さい。事実上、水さえあれば無尽蔵にエネルギーを取り出す事が出来、非常に効率が良い。

とはいえ、核融合炉の宿命としてガンマ線が嫌というほど発生するので、そのための遮蔽を行わなければならないが、従来の核分裂型の反応炉よりははるかに小型化が可能だった。

この形式の発見は多くの偶然の賜物であり、特異な電磁場を形成することで水素原子核を一定空間内に閉じ込めたまま亜光速にまで加速し、原子核同士の衝突による核融合を実現するというものだ。

まあ、それはいい。俺にとっては既に通過した道であり、向こうの現実世界でもこれを再現する事ができれば、現実世界の多くの問題を解決することになるだろう。


「電磁場形成…異常無し」

「臨界5秒前、4、3、2、1、反応開始しました!」

「発電筒内にプラズマ流入します。発電開始されました!」


核融合によって得られるエネルギーは超音速のプラズマとなって発電機の中を流れる。そこからMHD(電磁流体発電)によって電力が得られる。

周囲では立ち会う他の大学や軍の研究者たちが驚きの声を発する。この融合炉が普及すれば帝国のエネルギー事情は劇的に変化するだろう。そして俺の名前も売れる。


「すばらしい! 高島君だったね。いや、本当にどう表現すればいいのか分からないが、これは帝国、いや人類にとって偉大な成果となるだろう」

「いえ、これも多くの人たちの協力があってこその成果です。自分一人では到底なしえなかったでしょう」


事実、最初の実験炉の部品は町工場などにオーダーメイドしてもらったもので、彼らの協力が得られなかったらここまで来る事は出来なかっただろう。

さて、公開実験の成功もあって上機嫌で帝国大学に帰還した俺は、いつものように大学内の研究室をはしごする途中、応用量子物理研究棟を覗いた。

高性能AI開発のため量子コンピューターの開発を行う予定なので何度か立ち寄っているのだが、そこに学生服を身に纏う、見慣れぬ若い女性の姿を見た。

誰だろうと様子をうかがっていると懇意にしている教授が俺をめざとく見つける。


「ああ、高島君じゃないか。反応炉の公開実験はどうだったかね?」

「ええ、成功でした」

「流石だな。この分なら世界最年少の博士号が与えられるという話も眉唾では無くなってきたな」

「いえいえ、言葉にするととらぬ狸の何とやらとなりそうで」

「つまり、なる自信はあるわけだ」

「傲慢ではないつもりなのですが」

「いや、君の場合は正当な評価だろう。若い才能というのは怖いものだな。私の様な老人がまるで時代外れの無用の長物になっていく気がする」

「そんなことありませんよ教授。そうでなければ、研究室を任される事などないですから」

「ふむ…、ところで…そうだな。年若い天才同士だ。何か通じるものもあるだろう。香月君、来なさい。彼を紹介しよう」


香月。俺はまさかと思い見慣れぬ女性に視線を向ける。学生服からして、おそらくはまだ高校生なのだろう。

彼女は笑顔で俺を見てくる。二次元のグラフィックではさして興味を持たなかった彼女は、実際に目にすると予想以上に美人だった。

整った目鼻立ちとプロプポーションは日本人離れしており、強い意志を感じさせる瞳は笑顔の中にも挑戦的なものを感じる。


「教授、この子は?」

「ああ、彼は高島京平君といってね。君と同じ天才という奴だよ。彼の場合はさらに早熟だがね」

「よろしくおねがいします」


俺の差し出した右手を彼女は握り返し、互いに笑顔を張り付けながらもお互いを観察しあうように互いの瞳を直視する。


「いえ、こちらこそ。ああ、思い出しましたわ。なんでも弱冠7歳の不世出の天才が帝大にいるとか」

「ああ、それが彼だ。彼は多才でね。数学だけではなく物理や工学にも通じている。今日は実用レベルの核融合発電炉の公開実験を帝国技術廠で行ってきたところだ」

「核融合炉ですか?」

「はい。電磁場共鳴式核融合炉と名付けましたが。貴女は?」

「私は香月夕呼よ。ねぇ貴方、もう少しその核融合炉について教えてくれないかしら?」

「いいですよ香月さん」


そんな感じで俺は香月夕呼とのファーストコンタクトを行った。彼女は専門ではないだろう分野の専門用語にも対応してくれて、話が乗った。

一通り説明を行うと、彼女からいくつかの質問があり、俺はそれに答えて行く。正直、こんなにスムーズに話が出来る相手は初めてだった。

俺は長年のループのせいでいくつかの専門知識について、相手が既に知っているものとして話す癖があり、そのせいで齟齬を生むことがあるのだけれど、彼女はそれに難なくついてきてしまう。


「そう、そんな方法があったのね…」

「香月さんは何を研究されているんですか?」

「夕呼でいいわ。あと、敬語も無しで。かたっ苦しいのは好きじゃないの」

「はい、夕呼さん」

「私は…これよ。量子物理学が専門なんだけど」


そう言って彼女は紙の束、論文を俺に手渡した。速読を獲得している俺はパラパラとその論文をめくり、そして目を見開いた。

『因果律量子論』それが俺の目の前にあった。俺は驚愕を悟られないように感情を抑え込み、その論文を紙に穴があくほど読み込んだ。


「どうかしら?」

「おもしろい説だと思います。しかし、この説が正しいなら幸運ですら始めから決められているようなものですよね」

「あら、分かるの?」

「はい、おぼろげにですが。しかし、これはどうやって証明するのですか?」


今度は逆に俺が質問していく。平行世界の概念、しかしその世界群を背後から支配する因果、より良い因果を掴みとる資質。

今日は考える事が多そうである。まあ、この理論を理解したところで、俺がこの夢から解放される方法が分かるとは限らないのだが。

この論文の示唆するところから言えば、俺は世界間の情報をやり取りする要素になったと考えるべきだろう。

しかし、何が俺をそんな厄介なものにしたのかとんと予測がつかない。作品ではヒロインの執着ともいえる想いと、五次元効果爆弾の相互作用によって主人公が因果導体となったとあるが。

とはいえ、俺が因果導体になったとして説明できない事がいくつもある。まず、因果導体はより重い因果を繋がった平行世界に垂れ流す点だ。

ゲームにおける描写では主人公の恩師がそれによって死に、ヒロインもまた重傷を負った。しかし、それが正しいのなら現実世界の両親や妹はこちらでBETAに殺された様に死ぬはずである。

いままでの夢の世界でのループではそういった、家族が死ぬ事は毎回のように起きていた。しかし、それが現実世界において起こらない。

すなわち、因果の遣り取りが起こっていないのだ。不明な点は多い。もう少しこの理論についての検証が必要だ。


「すごく興味深い説だと思います。しかし、すごいですね。こんなことを思いつくなんて」

「そう。まあでも、貴方も大したものじゃない?」


とまあ、こんな出会いが何かのきっかけとなったのか、俺は夕呼さんと結構な頻度で会う事になり、頻繁に意見交換を行うようになった。

彼女曰く、自分と同じ土俵で話せる相手が俺しかいないとかそんな理由だそうだ。過大評価にもほどがある。

量子物理学については量子コンピューター開発に関わった事があるため話についていけている。特に量子コンピューターのためのアルゴリズムについては結構難航した記憶がある。

とはいえ、香月夕呼との意見交換の場は俺にとってもすばらしく有意義だった。俺は夕呼さん相手に因果律量子論に基づく思考実験ともいうべき問題をだしたりして、討論を行った。

俺はその思考実験の中に因果導体に関するものを混ぜて試してみた。彼女はさらさらと満足する答えを引き出してくれる。

まあ、因果導体の存在自体が因果律量子論から導き出される予想でしかないので、あくまでも純粋な思考実験でしかない。

そもそも因果導体を生み出す方法自体も確立していない。そもそも、並列世界に干渉する方法そのものがまだ考案されていないからだ。

この時代の彼女は第四計画に関わってはおらず、このため五次元効果爆弾、G弾という最終兵器についての情報も持ってはいない。

つまり異なる次元世界への干渉法を彼女は知らず、そもそも彼女の提唱する理論自体、いまだ検証途中の段階でしかない。

さてここで、俺の症状、つまり、俺の夢を見るごとにこの世界を繰り返すというループ現象について彼女に話すべきだろうか?

今ならば、世界を、BETA大戦における趨勢を左右する極秘計画の責任者としての香月夕呼博士ではなく、純粋な学問的研究を行う研究者としての彼女に話をする事が可能だ。

俺は某日、意を決して彼女を喫茶店に呼び出した。


「貴方から私を呼び出すなんて珍しいわね。用は何なのかしら? 一応言っておくけど、私年下に興味ないから」

「来年、1992年に中国領敦煌とソ連領クラスノヤルスクにハイヴが建設されます。何事もなければ1993年には重慶に建設されることになるでしょう」

「ちょっ?」

「1998年にはBETAによる日本本土に上陸し、わずか一週間で中国地方、四国に侵攻、この時点で帝国の人口の3割3600万人が喪われ、その後一か月に及ぶ防衛線を経て京都は陥落。帝都は東京に移されるますが、BETAの東進は止まらず佐渡島にハイヴが建設され、最終的には多摩川を挟んで膠着状態となり、横浜にハイヴ建設を許すでしょう」

「な、何を言っているの?」

「1999年に本州奪還作戦『明星作戦』が発動され、米国は帝国に事前通告なしに新型爆弾、BETA由来の人類未発見元素を使用する五次元効果爆弾を2発使用し、人類初のハイヴ攻略がなされることになります。2004年2月23日、ユーラシア大陸に存在する全てのハイヴに対して五次元効果爆弾、G弾を使用する人類の大反攻作戦『バビロン作戦』が発動します。結果として地上に存在する全てのハイヴの地上構造物が一掃され、人類はBETAに勝利したものと考えられました」

「……それで?」

「しかしG弾には最終兵器として無視できない欠陥があります。それが使用された場所に半永久的に重力異常が発生するという欠陥。ユーラシア大陸において行われたG弾の大量同時運用は地球に大規模な重力偏差をもたらしました。結果、海水の大移動、大海崩が引き起こされ、未曾有の災害が地球を襲います。ユーラシア大陸は海に没し、海底が剥き出しになった大洋は干上がり塩の砂漠と化します。大気圧の激変は後背地だった米国を含めたいくつもの国を壊滅させ、重力異常により人工衛星網は壊滅、電離層の異常により無線通信は分断されます」

「……」

「そして、そこまでの犠牲を払ってなお人類はBETAを駆逐する事が出来ませんでした。最終的には対宇宙全周防衛拠点兵器群『SHADOW』の稼働が止まり、BETAの着陸ユニットが再び地球に降下します。俺が今まで経験したのはそのぐらいでしょうかね。まあ上手く生き残れば、十年は保ちます。運が良ければバビロン作戦と並行して製造されていた60光年先の系外惑星への移民船に乗れるかもしれませんが。あれが無事に辿りつけるか、辿りついた先にBETAがいないかはまた別の話ですが」

「で? 貴方の妄想はそれで終わり?」

「妄想かどうかは来年、敦煌にハイヴが完成するかどうかで判断していただければ。本題はただの思考実験と変わりません。問題は俺の精神がもともとこの世界の住人のものではないことです。俺の純粋な主観から言えば、俺はこの世界で生きるという夢を見ています。この世界で死ねば、俺はBETAのいない平和な日本で夢から目覚め、一日を終えて再び眠りにつけば俺はこの世界の1990年の8月7日に目を覚まし、死ぬまでこの世界に留まる。これを延々と繰り返します。普通ならば米国に渡ってどこかの研究所で働くんですけど、偶然面白い研究をしているヒトがいることを知りまして。そのヒトは平行世界の概念を含む特殊な理論を研究しているらしいんです」


一息置く。


「俺が直面する状況は因果律量子論においてその存在が予想される因果導体のそれに近いのではないか、と考えました。ただし、因果のやり取りは俺自身の記憶に限定される。俺が因果導体として世界間を行き来しているなら、俺に関わる人間の記憶の流出等が、因果のやり取りでどちらかの世界で現れなければならない。が、俺の知る限りにおいてそれが起こったことを観測できていない。原因となったのはおそらくは五次元効果爆弾による副次的な作用。俺もアレの原理については理解しているとはいえないんですけどね。…純粋な思考実験として考えて欲しいんですが、俺のような事象を因果律量子論で説明する事は可能ですか?」


俺は香月夕呼という存在に対し、この先起こりうるおおよそ全てを知っていることを、ただ『MUV-LUV』という物語を知る事以外を話した。

あの作品は話をややこしくするだけだから、今は黙っておく。社霞が来ればバレることだが、そもそも物語の筋書き通りに世界が動くかは分からないし、今の彼女には関係の無い話だ。


「仮定として問うわ。一つ、貴方の言う現実世界において、貴方が眠ってから目を覚ますまで、貴方の身体はその世界にあるのかしら?」

「あります。向こうの病院で検査してもらってましたから」

「二つ、この世界の1990年の8月7日まで貴方は生存している? それまでに死亡していない?」

「8月6日までは生きている事が親兄弟の話から確認されてます。眠ってから翌日の間に死んでいる可能性は否定できなませんが、特に病弱であるとか持病を持っているなど健康面での異常は見られなかったようですね」

「三つ、貴方の言う現実世界において、貴方はいつからその現象に遭遇するようになったの?」

「1999年8月6日の夜に眠ってから…と考えます」

「四つ、その日に何らかの意味はある?」

「現実世界にはありませんが、こちらの世界では1999年8月6日に横浜上空でG弾が炸裂する…ぐらいでしょうか」

「五つ、貴方がこの世界において1999年8月6日に死亡する可能性は?」

「分かりません。しかし、何もしなければ1998年に俺は横浜でBETAによって殺害される可能性が高いというぐらいでしょうか?」

「実家は横浜?」

「ええ」

「そう、もういいわ」


そこまで俺に質問して、夕呼さんは考え込む。

彼女にも即答できない事があるのかと思ったが、まあ、物語では00ユニットを完成させるための理論を完成させる事が出来なかったことを思い出し、そのような可能性もあるのだろうと思いなおす。


「仮定の話として、貴方が因果導体の亜種である可能性はあるわ。夢という領域において並列世界と記憶の遣り取りをすることも説明可能。いえ、貴方は夢のみにおいて軽い記憶という因果をやり取りする限定的な因果導体と言う方がいいかしら」

「そんなもの存在し得るんですか?」

「完全な因果導体なら記憶以外の因果をやり取りできるでしょう。けれど、貴方はこの世界と向こうの世界に別個の個体として存在するわ。これでは完全な因果導体になり得ない、それは何故か」

「両方ともに生きているから?」

「可能性の一つとしてありえるわ。問題は誰が貴方を因果導体にしたのか。因果律量子論において重要な意味を持つのは意思よ。一個人を因果導体とするには誰かの意思が必要になる。その誰かさんは貴方の存在を極めて重要なものと考えている。そして、その思いは極めて強いと言える。ただ重要と思うだけでいちいちそんなことが起きたら何千人もの因果導体が発生するもの。G弾は事前の警告なしで撃たれたのでしょう。たくさんの人間がそれに巻き込まれたはずよ」

「俺を極めて重要と思っている人間の意思…、家族とか恋人とか?」

「それなら、貴方は1999年以降に因果導体として再構成されるでしょう。そうでなければまた死ぬもの。違うわ、貴方を因果導体に変えたのは貴方自身、厳密にはこの世界のオリジナルの貴方の意思よ」

「馬鹿な、何もしなければ俺は1998年に死ぬ。…いや、まさか、捕虜にされたのか?」


物語のストーリーではヒロインはBETAの捕虜にされ、陰惨な拷問じみた人体実験をされ、最終的には脳髄のみとされた。

では、例えばこの世界のオリジナルの俺が恐ろしく生き汚くて、BETAに捕虜にされた後、拷問じみた人体実験を乗り越え、そしてG弾が落とされるまで生きていた、生き延びようとしていたら?


「捕虜? そういうことってあるの?」

「聞いた話では、横浜のハイヴが攻略された際に、無数のシリンダーに浮かぶ人間の脳髄たちが見つかったそうです」

「そう…。よって、意思だけではオリジナルは脳髄のまま。しかし、そこに五次元効果爆弾なんていうイレギュラーが落ちてきた。無意識下で彼は過去に戻ることで現状から生き延びることを模索した。だって未来には望みは無く、ただの脳髄なんですもの。しかし、何らかの理由で並列世界から人格を含めた記憶を取得することを求められた。これは何故か」

「脳髄だけの存在にされる過程で精神崩壊を起こしたから?」

「可能性としては。全てがこぼれ落ちた中で、生き残る意思だけがオリジナルの貴方を生かした。しかし、それで過去に逃げたところで壊れたモノが元に戻ることは出来ない。壊れたモノを過去に送っても生き残ることは出来ない。そこでオリジナルは無意識により良い因果を選びとった」

「それが向こうの、並列世界の俺の人格を取得すること…か」

「そして、その行動こそが中途半端な因果導体の形成に至らせた。まあ、思考実験とも言えないお遊びみたいなものね」


自分ではどうにもならないから、関係の無い並列世界の俺を巻き込んだ。過去に送ったのは生き残るために必要な時間を稼ぐため。そして失敗すればまた最初からやり直す。延々と。

ならば、俺はもしかしたらこの世界で天寿を迎えれば夢から解放されるのだろうか?


「この先、俺がBETA大戦で生き残ればこの繰り返しから解放されますか?」

「そんなわけないでしょ。だって、オリジナルの望みはおそらくは生き延びること。死は厭うべきもの。なら、どんな死に方であれ貴方は繰り返すわ。BETAに殺されようが、人間に殺されようが、病気で死のうが、老衰で死のうが、貴方は貴方のいう現実世界で死なない限り、ここからは解放されない。いえ、現実世界で死んでも解放されない可能性が高いわね。向こうで死ねば、また貴方の現実世界の1999年8月7日からやり直しなんじゃない? すごいじゃない、歴史上の多くが求めた文字通りの不死ね」

「…解放される方法は?」

「現状有効な手段は思いつかないわね。この世界にいただろうオリジナルはもう存在しない。確率分岐世界の一つとして干渉できなくなっているもの。そうね、オリジナルのいる確率分岐世界と貴方の世界を結ぶ穴の様なものを穿てれば、因果導体としての関係は崩壊するんじゃないかしら」

「それは可能ですか?」

「だから言ったでしょう、現状有効な手段は思いつかないって」


だいたい、この説だってとってつけた様なものだしねーと香月夕呼は笑った。







商業用核融合炉の設計が一段落したのは1991年の年末だった。一時期はふさぎ込んでいたが、でもまあ、そんな絶望なんて何度も繰り返していたので立ち直るのも早かった。

まあ、伊達に3万年もループしているわけではないのだ。これ以上の絶望なんて、嫌ほど体験している。

そもそも、俺の出来そこないの頭脳では無理でも、他の誰かが方法を思いつくかもしれない。実際、香月夕呼という天才もいるのだ。現状思いつかなくても、いつかは思いつく可能性もある。

現実世界にもそれに匹敵する鬼才が潜んでいるかもしれない。全てを自分だけで解決する気など最初からないのだから。

商業用核融合炉の仕事に一区切りをつけた俺は久しぶりに帰省し、家族や親戚たちが集まった場所でパンダにされていた。

一族の誉れだとか、神童だとかそんな風にもてはやされているわけである。まあ、自重を止めた時点で大抵のループで同じような扱いを受けているので慣れている。

俺が実用的な核融合炉の開発に成功した事は既に報道されており、記者会見なんていうのもこなしていたので、俺が何をしたのかは親戚全員が知っている。

まあ、これまでのパターンだと、その内聞いた事も見た事もない親戚が増えて行くのだが、それはそれで滑稽だ。


「お兄ちゃん、私もお兄ちゃんみたいに学者さんになるー」

「そうか鈴、じゃあ今から勉強頑張らないとな。いくつか本を貸してやろう」


今の俺にとっての癒しは妹の鈴ぐらいだ。現実世界では素直じゃなくなった彼女も、この世界の今は6歳の幼女だ。

彼女が学者を目指すというのは良い兆候である。まあ、大成はしないが、そこそこの研究者にはなるので、兵役から免除される事を考えれば悪くない。

鈴の純粋な笑顔は、気味の悪い下卑た目をしている親戚連中とは異なる。金の匂いをかぎ取ったハゲワシかハイエナのようなものである。

でもまあ、連中を無視し続けるのも逆に面倒事になるので、いくらか適当な、金になりそうなネタを提供しておく。こちらの世界の民生品の水準はそれほど高くないから、少しのアイデアでも特許に繋がる。

大人たちが酒を飲んで騒ぎだした頃、俺は内心冷めた目で彼らの饗宴をみていた。何度も見捨てたヒトたちだ。BATAの日本侵攻は止められない。

俺が政治ではなく科学技術のみにしか干渉しなかったせいもあるが、彼らの多くは1998年に命を散らす。

まあ、それに生き残ったとしても数年の命だ。バビロン作戦、G弾の集中運用によって引き起こされる大災害で生き残った彼らも死ぬだろう。

生きるのは最優先に守られた才能と能力を持つ人材や利権に守られた特権階級の命だけだ。両親も最後には死ぬ。鈴については衛士になる場合があり、ごくたまに命を長らえることがある程度だ。

俺は宴会の席を離れて外に出る。もてはやされるのには飽きたというか、疲れた。縁側で冴えた月を見ながら頭を冷やす。

彼らを救う事にどんな意味はあるのか。何度も挑戦した課題だが、やろうと思えば家族の命を長らえさせることもできる。それにどれほどの意味があるのかは分からない。

どうせ、死ねばやり直す事になるのだ。全ては無駄に終わる。理性はこの夢の終わりだけを目指せばいいと耳元で囁く。

感情はそれでも、たとえ無為になるにだとしても家族を守りたいと訴える。何度も考えて答えの出なかった議論だ。そんな風にしていると、背後からヒトの気配がした。


「風邪ひくわよ」

「母さんか…、うん、ちょっと宴会の雰囲気にあてられただけだよ。すぐ戻る」

「今でも信じられないわ。京平がこんな風になるなんて」

「そうだね。色々と偶然が重なったんだよ」

「…前から、いえ、去年からずっと聞きたい事があったのよ。でも怖くて言いだせなかった」

「何?」

「ねぇ、貴方は本当に京平なの?」


その言葉に俺は母さんのいる後ろに振り返る。母さんはどこか不安げな表情で俺を見ていた。その表情を見て俺は心臓が張り裂けそうになる。

生き残るとか、死ぬとかそれ以前の話。俺は母さんを不安がらせてしまった。悩ませてしまった。こんな問いを発するようになるまで。


「俺は俺だよ」

「去年の夏まで、貴方は自分の事を俺なんて呼ばなかったわ」

「そっか、そんな事も忘れていたのか」

「貴方は何なの?」

「高島京平。どこまでも俺は高島京平だよ。でも、いろいろな事があって、普通ではいられなくなったんだ。理由は分からない。憑き物ならまだ救いがあったのかもしれないけれどね」

「いろいろな事?」

「うん。母さんは俺が何歳に見える? 7歳の子供に見える?」

「…見えないわ」

「そっか。うん、正解だ。やっぱり、女っていうのは鋭いよね。…来年、敦煌にBETAの巣、ハイヴが建設される。俺が何もしなければ翌年には重慶に。1998年にはBETAが日本に上陸する。BETAはそのまま東進して、帝都が陥ちて、そして横浜は壊滅する。本来ならそこで母さんも父さんも鈴も死ぬ事になる」

「何を言って…?」

「でも何かの偶然が起きて、多分、米国の新型爆弾のせいなんだろうけど、死んだはずの俺は1990年8月7日からやりなおすんだ。それからなんどもやり直しをさせられた。死ぬと戻るんだ。1990年の夏のあの日に」

「じゃあ…貴方は…」

「だから俺は科学者のなったんだ。この地獄みたいな繰り返しから逃れる方法を探すために。たくさん勉強をしたんだ。たくさん研究をしたんだ。その下積みのおかげで、俺は皆に神童とか天才なんて呼ばれてる。メッキみたいなものだけど、これだけ分厚くなれば本物と見分けがつかなくなる」


母さんが俺を後ろから抱き締める。泣き声を押し殺しながら俺の身体に手を回す。


「だけど、あまりにも分厚くなり過ぎて、鈍感になってしまったみたいだ。手段と目的が入れ替わるなんて本末転倒もいいところだ。日常を取り戻したかったのに、日常をないがしろにしてしまった。母さんや鈴の事さえ盤上の駒のように扱ってしまった。駄目だな。こんなに愛しているのに、そんなことも忘れていた」


夢と現の見分けがつかなくなって、俺は現実世界の家族と夢の世界の家族を分けて考える事が出来なくなった。どちらの家族も等しく愛するようになった。

でも、何万年もの時間はそんな大切な感情を地層深くに閉じ込めてしまって、このループを終わらせる事だけを目標にしてしまった。


「母さんたちは俺が守るよ。どれぐらいの事が出来るのか分からないけれど」


無限とも思える繰り返しのせいで、死ぬ事さえ手段にすぎなくなってしまった。いつのまにか、今この時を、ただの通過地点に貶めてしまった。

でも、例え滅びるしかない世界でも、どうせやり直す事になったとしても、俺が今この世界に生きているという事実を覆す事は出来ない。

なら、今この時を生き抜こう。『UNLIMITED』だか『Alternative』など知った事か。白銀武が何者だろうが関係ない。

第五計画をぶっ潰して、ついでにBETAも駆逐してやろう。そうして全てを得たうえで、この夢を終わらせる方法を見つけて見せよう。





そうして3年の月日が流れる。夕呼さんは俺がハイヴの建設場所を的中させた事で、例の話を半分ほど信じてくれた。

またその間、俺は量子コンピューターを内包する高性能人工知性の研究を形にすることに成功し、また核物理学の方面では純粋水爆の実用化にこぎつけた。

戦術機開発については、電子機器および耐熱合金、生産性、部品数の圧縮などの改良に加え、作品に描写されていたOSの改修にも手を加え、不知火のロールアウトに立ち会った。

またこれに合わせて旧式の撃震の改修計画に参加していた。そこで俺が提案したのは無人戦術歩行戦闘機である。

AIによりある程度自律制御された撃震改修機を囮に用いたり、敵陣のど真ん中に進出させて水爆あるいはS-11を起爆させたりといった兵器として提案した。

空を飛ぶミサイルが撃ち落とされるのなら、歩かせればいいじゃない的な発想で。

当初は無人兵器ということで懐疑的に見られていたが、中国戦線に試作機が投入され、実際にそれなりの戦果をあげると、徐々に評価されるようになっていく。

これらの功績が認められ、俺はいくつかの分野での博士号をとると共に、帝国技術廠における少佐と同等の地位を得る事になった。

そして1995年。合成食品と変わらないコストで生産できるのに自然食品に勝るとも劣らない食味をもつ培養食品の生産工場を稼働させる事に成功した頃、第四計画が日本に招致された。

第四計画はゲームでの情報の通りに香月夕呼博士の案が採用され、彼女が総責任者に就任した。

そして俺はその計画に組み込まれる事になった。これは俺が量子コンピューターと人工知能開発の第一人者となっていたからであり、俺は計画のNo.2の地位を戴くことになる。

こうして俺は物語の中核へと足を踏み入れた。







[36153] 003
Name: 矢柄◆c8fd9cb6 ID:022f668f
Date: 2014/08/01 21:16
1995年、香月夕呼が提案する第四計画が始動し、俺もそれに組み込まれたことでいくらか周囲の環境が変化した。

研究施設自体は急な決定のため帝大の応用量子物理研究棟からは変わらなかったが、セキュリティーが格段に強化され、そしていくらかの専門家や技師が招聘された。

そしてそれに伴い、第三計画の接収も行われる。多くの研究データと共に、《成果物》が第四計画の研究室に持ち込まれる。


「なるほど、予想していましたが、なかなかに人道的な実験が行われていたようですね」

「私達も同じ道を歩むことになるわ」

「で、その集大成がこの子か」


外見年齢は6歳ぐらいだろうか。資料には8歳とある。

俺と夕呼さんの前には第三計画が生み出した《成果物》たる第六世代人工ESP発現体。その名をトリースタ・シェスチナ。第六世代300番の名を持つ少女である。

愛らしい銀髪の少女であるが、その顔には一切の表情を見受ける事が出来ない。何を考えているか分からないというのが印象であろうか。


「…ESPか。興味深いですね」


今回のループにおける研究対象は元々彼女の様な超能力者についてだった。例の作品の情報によって色々とぶれてしまったが、やはり好奇心は抑えきれない。

それが人道的に許されない方法を繰り返して製造された存在だとしてもだ。


「貴方は怖くないのかしら?」

「さて。ですが、俺たちが作るのは彼女以上の化け物なんでしょう?」

「言い得て妙だわ」


そして彼らにとってみれば俺は不死すら生ぬるいタイムリーパー。しかもこの世界を俯瞰する爆弾を持ち合わせている。

作品における知識で彼女の能力は知っていたし、第四計画に関わる以上彼女との接触は避けられない。まあ、なので、俺の事が彼女に知られようが、それを通じて夕呼さんに知られようがどうでもよいのだ。

覚悟はある。

それに作品における記述によれば、彼女は頭脳も明晰だという。その描写は主人公・白銀武が考案した新型OSを組み上げたことから見てとれる。

そういう意味においても興味深い人材だ。作品内では事実上、夕呼さんと彼女が第四計画の中核にいるように描かれていた。そういえばまだ名前が社霞ではない。


「トリースタ・シェスチナ…か」

「?」

「人間を番号で呼ぶのは少々趣味に合わないな」

「??」

「そうだな…、これからは社 霞と、そう名乗るといい」

「???」

「京平、この子の名前がアレなのはわかるけれど、どうして社霞なの?」

「ジンクスというか、まあ、願掛けみたいなものです」

「????」

「今は分からなくてもいいさ。君にはこの名前が良く似合うと、そう思っただけだ」

「?????」

「わけがわからないわ」


首をかしげる超能力者。そして何故か俺の手を取る少女。日本語がまだ出来ないようだが、リーディングは言語を読むのではなく、色やイメージを読み取るものらしいから通じたのだろう。

それが11歳の俺と8歳の彼女のファーストコンタクトだった。ちなみに社霞という名は後に正式なものとなる。

さて、第四計画の骨子は00ユニット、量子電導脳を搭載した非炭素系擬似生命体による諜報員の創造が目的であるが、その基礎研究自体は1984年より日本帝国が極秘に行ってきたものである。

そして実用的な量子コンピューターについては俺が開発済みなので一見残る障害は少ないように見える。ただし、これは見えるだけで問題は山積みだったりする。

そもそも、量子電導脳はただの量子コンピューターではない。ただの量子コンピューターには得手不得手があり、ただそれだけでノイマン型コンピューターの性能を全てにおいて凌駕するわけではない。

本質的に量子コンピューターは極めて優れた並列コンピューターというだけのもので、そもそもノイマン型コンピューターに出来ない事は量子コンピューターには出来ないのだ。

しかし、量子電導脳はそれだけで既存の世界のコンピューターを相手取るだけの処理能力を有する。ノイマン型には到底不可能な事を可能にする。それは量子コンピューターとは似て非なるものだ。

具体的には量子コンピューターが量子ビットの重ね合わせを利用して並列処理を行うのに対し、量子電導脳は全ての確率分岐世界に存在する量子電導脳を並列化させて処理を行う。

結果として量子コンピューターは単一の手法を用いた処理を並列化するが、量子電導脳はありとあらゆる手法を同時無限に試行する。

処理能力は段違いであるし、製作者側が想定していない様な可能性をも検証することが可能となる。その意味で、00ユニットは完成当初から人類を完全に凌駕する化物なのだ。

そして、このあたりの障害が突破できなくて、ゲーム内の設定ではあの天才たる夕呼さんをもってしても挫折するのである。

曰く、150億個の半導体を手の平サイズにするとのことだが、実際はそんなレベルではない。

その解決には別の並列世界における香月夕呼の思いつきによる発見、すなわち数式の入手が不可欠となる。それを可能とするのは因果導体たる白銀武のみ。

ただし、それが即時に人類の勝利に繋がるわけではない。作品の描写を信じるなら夕呼さんは人類の寿命が30年延びたという表現を使っている。

つまり彼女の予想では人類がBETAを圧倒できたわけではないことが示唆されている。作品の描写を全て信じるわけではないが、今のところ歴史は同じように時を刻んでおり、矛盾点はない。





「…霞、リーディングばかりに頼っていたら考える力が衰えないか?」

「でも、そうじゃないと勝てません」

「勝ち負けなんて二の次だろう。これは遊びなんだからな」


月日が流れ、明晰な頭脳を持つ社霞は専門的な会話が可能な水準で日本語を習得した。ただし、口下手な彼女はあまり話さないが。

今、俺は彼女と将棋などをやっている。この世界の娯楽は酷く少ないが、ないわけではない。アメリカなんかには様々なボードゲームやテーブルトークRPGなどが発売されている。

ただし、ああいうのは4人ぐらいでやらないとつまらない。夕呼さんを入れれば3人になるが、他の連中、社霞の素生を知る者たちは彼女にすすんで関わりを持とうとしない。

さて、将棋であるが、始めの頃は俺が勝っていたのだが、途中から連敗するようになった。霞さんリーディング使ってませんかと聞いたら、素直に肯定されてしまった。

まあ、将棋ぐらい複雑なゲームになれば、単にリーディングされただけじゃ負けはしないのだが、この兎、頭も良いので始末に負えない。

というか、霞はリーディング使わなくても十分強いんじゃないかと偶に思う。


「だいたい、リーディングって結構精神力削るんだろう。娯楽なんてのは脳とかのリフレッシュのためにやるんだから、意味の無いところで疲れる事するな」

「…これが私の普通、です」

「ふうん、お前がいいって言うなら、まあいいけど」


彼女にとってのコミュニケーションにおいてリーディングは不可欠な要素なのだろう。何しろそうなるように調整を受けたのだから。

それもまた、人類の業という奴か。この世界には神様はいなそうだが、地獄だけはあるらしい。むしろBETAの創造主が神さまなんていうジョークもあるかもしれない。


「高島博士は辛くないんですか?」

「ん、何が?」

「何度も繰り返す事が」

「ん、読まれたか。そうだな、守りたいと思ったものが、砂みたいに手から毀れ落ちていくのを毎回見せつけられるのは辛いな。でも、まあ、あの馬鹿娘を見ていると、時々そういうのもどうでも良くなって、今も正気でいられる。ただ、大切な事を忘れがちになる」

「大切な事?」

「生きる事が作業になってしまうんだ。今を生きているのには変わらないのに、今も俺の事を大切に思ってくれているヒトがいるのに。全てを次のための作業にしてしまう。今だって無意識にそうしているかもしれない。そう思えば楽になるからな」


この繰り返しの世界を作業として見なしてしまうのは難しくない。過去何度もそうしていたし、今もそうなってしまう。

だけれども、単調な作業となった人生の中では、俺以外の全ての人間を軽く見てしまう。どうせ次の繰り返しに入れば、全ての関係がリセットされるのだから。

でも、そこには信頼も愛情もない。それはきっと不幸な事なのだ。


「それだと、ちゃんと目の前に生きるヒトと向き合っていることにならない。それはきっと大きな損をしていると思う」

「高島博士は…不思議なヒトです」

「どのあたりが?」

「私をヒトとして見てくれています。とても温かい色です」

「ん、まあ、信頼できそうな子だったからかな」

「物語ですか?」


物語。

この世界の背景を浮き彫りにする、「あいとゆうきのおとぎばなし」。社霞はその物語の中核に位置する人物だ。

もし全てがあのゲームと同じように動いたとしても、未来を事実上観測する者が二人もいれば、それはバタフライ効果で物語の形を大きく変えるだろう。


「それ、どこまで読んだ?」

「全部…です。すみません」

「謝ることはない。んで、霞、お前はそれを知ってどうしたい?」

「…わかりません」

「そうか。まあ、知ることと体験する事は別だからな。霞の好きにすればいい。夕呼さんに話しても構わない」


まあ、それに、横浜にハイヴが作られるかは未知数だ。基本、いままで俺は帝国の科学技術力をここまで底上げした事はなかった。

いままでのループでは、俺はより良い研究環境を求めて米国に渡ることが多かったし、第四計画以外の研究機関については断然アメリカの方が進んでいたからだ。

しかし、今回俺はその研究結果を帝国で使用した。

これまでの本土防衛戦においては、カナダのように放射能汚染の心配がある核兵器の使用を行わなかった帝国も、純粋水爆やそれを投射する手段を有した以上、その使用を厭わないだろう。

不知火の生産性や性能を向上させた事、撃震の改修にもかかわった事も何らかの影響として現出する可能性がある。

そういえば、水爆の投射手段となっている無人戦術機だが、色々と面白い事になっているようだ。

元々高度なCPUと人工知能にて運用しているためBETAを比較的強く誘因する傾向があると報告されていたが、最近では真っ先に狙われるようになったらしい。

本来は出来るだけ上手く敵陣の奥深くに浸透するような機動をとるように組んでいたのだが、逆に敵から逃げるような機動をとるなど数通りの行動パターンを選べるようにしたところ、予想以上の結果を出した。

この歩行無人戦術機はハーメルンの笛吹きのようにBETAを引き連れながら移動する。

これに大きな円を描くように運動させると、BETAもまたそれに引きずられて、最後には渦を描くようにBETAが無人戦術機を包囲する。

ここでドカンと自爆させると数千規模のBETAを吹き飛ばす事が出来るらしい。他にも現場では囮としてなどさまざまな運用がなされており、中国戦線を保たせているらしい。

あだ名に笛吹きとかBETAトレインだとか名付けられているそうだ。この分だと1998年にBETAが日本に上陸するという未来まであやふやになりそうだ。もはや未来はまったく不透明なのだ。


「王手です」

「……降参だ」


結局。霞は俺の事を夕呼さんに話さなかった。





そうして3年が過ぎる。第四計画はいまだ目的を達していない。物語と同じく、量子電導脳が完成しない。俺も夕呼さんと一緒に理論を検証するが、何が間違っているのか分からないでいた。

とはいえ3年間何もしていなかったわけではなく、その間に俺は無人兵器の研究を推し進めていた。

以前開発した無人戦術機の囮効果を参考にして、最新の高性能コンピューターを用いた高レベルの人工知性を持つ無人兵器開発を行うというものだ。

そもそも人間が操縦するわけでもないので、人型に拘る必要はない。どちらかといえば蜘蛛の類に近い形状の多脚戦車を製作してみた。大型と小型のものを設計し、97年には試作機が完成した。

大型は戦術機と連携を取り、時には囮になることで人員の損耗を防ぎ、戦果を拡大する。小型は歩兵に随伴しつつ、BETA小型種を駆逐するタイプだ。

これらは中国戦線に送られて試験運用がなされた。

人間には不可能な機動を可能とする自律無人兵器だが、高性能なノイマン型コンピューターと量子コンピューターを搭載したこの機体は予想通り異常にBETAを誘因する現象を起こした。

そして、この無人兵器と戦術機を組み合わせると極めて高い戦果が得られる事を証明した。とはいえ消耗も早く、前線からは補充の要請がひっきりなしに届いたそうだ。

事業としては第四計画とは異なるが、メガフロート製造計画を立ち上げてみた。国土を失った国家は多く、また国土を失うかもしれない国も多い。

しかしメガフロートなら飛べも泳げもしないBETAは手出しできない。エネルギーなら核融合炉がある。材料は難燃性マグネシウム合金や炭素素材、発泡スチロールなどの樹脂を用いている。

母体となるフロートを作れば自動的に面積を広げてゆき、フロートを増殖させていくというシステムを設計し各国に提示したところ、難民問題に頭を抱える国や前線国家に評価されることとなった。

造船業界が後押ししたというのも加わって製造が始まった。海水に含まれるCO2やリン・カリウムを利用して食糧生産も可能であり、もしかしたら人間に残された最後の領土になるかもしれない。

また97年にはA-01連隊が発足した。00ユニットの候補者たちである彼らは極めて優秀な衛士であり、本来ならばあまり損耗して欲しくはないが、過酷な任務に次々と投入されていく。

他にも色々と開発しているが、無人機は本土防衛には間に合わないだろうが、明星作戦には試験的に投入できるだろう。

最近はナノマシンとか超能力の研究を行っている。また具体的な成果物としては荷電粒子狙撃砲と荷電粒子砲軌道歪曲システムを帝国技術廠と共同で作成した事か。

いわゆる曲がるビームである。荷電粒子砲のための小型円形粒子加速器については米国での開発経験があり、米国も古くから開発研究の蓄積があったために、ある程度の完成系を示すことは出来た。

この荷電粒子狙撃砲は水平線の向こう側から高度に集束された荷電粒子ビームを撃ち、その射線の中間地点で磁場による歪曲によって、水平線の向こう側にビームを到達させるというものだ。

光線級が狙撃できない水平線の向こう側から重粒子ビーム束を目標に到達させるために、BETAに対する迎撃不能のアウトレンジ攻撃を可能とする。

速度に限界がある実体弾とは違い光線級による迎撃を受けないため、確実に対象に打撃を与える事が出来るだろう…というものなのだけれど、

ただ、なんとなくBETAに対応されやすいんじゃないかという不安もある。磁場で曲げられるなら、連中も曲げるだろう。

そうして運命の1998年が訪れる。

1998年は帝国に取って激動の年となるはずだった。まず、『夏』に朝鮮半島撤退支援作戦“光洲作戦”が実施された。

いくらかのトラブルが起こったようだが、無人戦術機による囮戦術と自爆戦術が高い効果を示し、BETAを上手く誘導・遅滞させる事ができたようだ。

作品では国連軍に大損害が出たらしいが、この世界の戦いでは損害は想定された範囲内に収まっているらしい。

そして翌年の春、重慶ハイヴから東進した軍団規模のBETAが北九州を中心に中国地方など日本海沿岸に上陸する。





「HQより、トランペッター01待機モードより起動、誘因行動に入ります」


地平を埋め尽くすかのようなBETAの一群が、防衛線の手前でパイドパイパー01に強く誘引されて、本来の進撃ルートから外れだす。

誘引するのは96式無人戦術機。中国戦線における戦果から帝国はわざわざ米国からF-4を購入してまでこれに改造しているらしい。

その誘因行動はBETAを付かず離れずの絶妙な距離をおいて誘いながら大地を疾走する。これにより軍団規模のBETAが防衛戦に対して横腹をさらすような状態となり、その密度も減じる。そして、


「HQより、トランペッター02、03、04、05、06待機モードより起動、浸透モードで突撃に入ります」


HQからの電波による操作によって、休眠状態に入っていた96式無人戦術機たちが目覚める。そしてそのまま低空を飛行しつつ、一気に横腹を晒していたBETA群に突入し、浸透を開始する。

隊列を乱し密度を減じたBETA群はこれの浸透を許し、最優先でこれを攻撃しつつも、一機の無人戦術機がBETA群の奥深くまでに到達した。


「HQより、トランペッター04、起爆します」


次の瞬間、搭載されていた水爆がBETA群のど中心付近で起爆。巨大な火球がBETAを巻き込む。爆風が突撃級や要撃級を吹き飛ばし、戦車級などの小型種を巻き込んで壊滅的な被害をもたらす。

旅団規模相当のBETAを消滅させ、特に小型種は爆風や吹き飛ばされた大型種に巻き込まれ、相当数を撃破してしまう。これにより防衛線に到達するBETAの圧力を目に分かるぐらいに減じさせた。

そしてそれらを不知火や陽炎などがこれを駆逐しつつ足止めし、機甲部隊や自走式ロケット砲が砲撃を開始し、殲滅を行う。水爆が上手く光線級を減じさせたのか、その殲滅効率は通常よりも高くなった。


「トランペッター07待機モードより起動、誘因行動に入ります」

「面白いように誘引しますな、無人戦術機は」

「BETAにとっては誘引されると分かっていても、無視する事が出来ないのでしょう」

「不知火の性能もまた隔絶している」

「肩部スラスターには疑問がありましたが、新OSと組み合わせるとすさまじい機動を見せますね。まさか光線級のレーザーを回避してみせるとは」


不知火は消費電力の少ない部品、肩部スラスターが実装されプロミネンス計画の不知火弐型を思わせるが、小型大出力のジェネレーター、低燃費超高速巡航を実現する跳躍ユニットはF-22Aを彷彿とさせる。

これは高島京平が以前までのループでは主に米国で活動をしていたことによる影響である。本人曰く、「ステルスも出来るけどBETA相手には意味ないよね」とのこと。


「住民の避難は?」

「順調です。晴天に恵まれたおかげで海も穏やかですから」

「そうか。これ侵攻がもし昨年の大型台風と重なっていたらと思うと背筋がゾっとするな」

「BETAは気象を考慮に入れませんから」


晴天に恵まれたため、戦艦なども獅子奮迅の働きを見せている。特にAL弾頭にまぎれて放たれる熱核弾頭が対地制圧に極めて高い効果を示した。純粋水爆が発明されなければなければ使用できなかったものだ。

それでも大軍団のBETAの侵攻を抑えきることはできず、九州戦線では熊本から大分まで侵攻を許し、中国地方では山口県を放棄せざるをえなかった。それが上陸より3週間の状況だった。


「核融合炉異常なし。正常に発電しています」

「加速器異常なし」

「軌道歪曲システム正常に稼働中」

「鉛原子核の速度、光速の99%を突破。いつでもいけます」

「荷電粒子狙撃砲発射5秒前、4、3、2、1、発射」


その瞬間、光の奔流が細長い砲身より放たれる。多数の核融合発電機と太いケーブルによって接続される円形加速器に長大な砲身が接続されたそれは、帝国軍秘蔵の荷電粒子狙撃砲である。

鉛原子核を亜光速に加速したものを収束したビームとして射出する。その長大な射程は中途に軌道歪曲システムを挟むことで100kmにおよび、レーザーによる迎撃不可能なそれは主に光線級の排除に用いられる。

光の奔流は水平線を目指して直進するが、その先にあるのは何もない虚空である。しかしその中途、軌道歪曲システムが発生させる電磁場に捕まった瞬間、光の奔流が水平線を目指す様に射線を矯正される。

その連続をもってリレーのように中継されながら、重原子核の奔流は光の洪水となって目標に降り注いだ。

鉛原子核がBETAに降り注いだ瞬間、彼らを構成する炭素系の素材の原子と衝突し、原子核が破壊され、莫大なエネルギーが解放される。

そしてそれは群れを作っていた光線級たちや他種のBETAたちを巻き込み蒸発させ、そして直径百mにもなる巨大なクレーターを大地に穿つ。

しかし、光の奔流はそれに留まらない。照射はさらに数秒続き、軌道歪曲システムにより射線がBETAを薙ぎ払うように変化する。

これによりまるで砂場を指でなぞって跡をつけるように、幅百メートルの巨大な直線状の穴が穿たれた。


「も、目標消滅! 撃破数およそ3000!」

「おおっ」「やったぞ!」「信じられん威力だ…」

「エネルギー再充填開始します」


この荷電粒子砲による光線級の駆逐は目覚ましい戦果をあげ、艦砲や機甲部隊の攻撃効率を飛躍的に高めた。

しかし、試作機であるため2門しか用意されなかったたこと、連射が不可能だったことにより大勢にはさして影響を与えはしない。

しかしながら光線級への人類側の一つの解答として各国にその有用性が示される結果となった。欠点は原子核が破壊されることで放射能が発生することか。





新型戦術機『不知火』と効果的な誘因を行う無人戦術機、艦砲射撃や水爆の大量運用により結果として帝国軍はBETAのそれ以上の前進を許さず、そのまま膠着状態に持ち込む事が出来た。

また好天に恵まれた事もあり住民の避難を迅速に避難させる事が出来たという。無数の船舶がピストン輸送によって人々を近畿などに輸送し、多数の命を救うことに成功した。

そして最終的にはBETAの大規模侵攻を撥ね退け、海に追い落とす事に成功する。それでも死者は100万人を超え避難民は1000万人にも上った。

帝国軍は新兵器や水爆を上手く運用して、稀にみるほどの少ない損害で大戦果を得たが、しかしそれでも日本が被った損害は甚大だった。

BETAの侵攻は日本人を、特に西日本に住む者たちの心胆を寒からしめ、メガフロート建設加速の希望が相次ぎ、建設が加速されることになる。


「……」

「どうしたの辛気臭い顔して? 例の予言の内容が変わったのよ?」

「いえ、まあ、特に何も」

「そう? まあいいわ。横浜じゃなかったけれども、来年、鉄原ハイヴ攻略作戦をやるから。ハイヴを手に入れるわよ」


夕呼さんは怪訝な表情をしたがすぐに元に戻る。しかし、うん、どうやら前回のループとも物語の内容からだいぶん乖離し始めたようだ。

確か日本帝国はこの戦いに大敗するはずだった。BETAの大規模侵攻は本来なら昨年の夏に行われ、これが超大型台風と重なったことで海路を使ったインフラが途絶。最悪の撤退戦を演じる事になるはずだった。

しかし、今回はその翌年の春にやって来た。つまり中国戦線においてBETAがいつもより多くの損害を受けたために、侵攻が遅滞したのだ。

様々な新兵器を運用したが、今回の結果は天候によるものが大きいだろう。結果として横浜は蹂躙されなかった。佐渡島も無事だった。

横浜ハイヴも佐渡島ハイヴも作られなかったのである。少々複雑だが、まあ死者は格段に減った。

そして同時に、この確率分岐世界では平行世界の記憶を持つ主人公も眠り姫も登場しなくなるだろう。彼らは今も横浜で無事に生きている。

「あいとゆうきのおとぎばなし」は始まらない。

まあ、後悔はない。家族を守ると約束したのだから。それに、鑑純夏がいなくなったわけではない。彼女は健在で、そして00ユニットに適合する者である事に変わりはないのだ。

それはいい。歴史の変化により、いままでのループで行われていた明星作戦は、錬鉄作戦(オペレーション・スレッジハンマー)などという名に代わって実行されようとしている。

目標は鉄原ハイヴ。規模はフェイズ3、予測されるBETAの総数は20万以上。目的はBETA由来施設の確保。

そしてここでG弾によるBATA排除を推進する米国はG弾を用いる可能性が高い。G弾のお披露目と実戦証明といったところだろう。


「…H20。フェイズ3だが陥とせるのか?」

「できなければ、現状の兵器によるハイヴ攻略は不可能ということになるでしょうね」


フェイズ3のハイヴの攻略は1978年にミンスクハイヴに対して行われたパレオロゴス作戦以来である。

当時はヴォールク連隊の戦術機甲部隊27個小隊、戦闘車両240台、機械化歩兵500名、歩兵1800名、工兵2300名がハイヴに突入し、およそ3時間半で全滅。

生還したのはデータを運び出した衛士14名のみだった。そのデータこそが後にヴォールク・データと呼ばれるものだ。


「A-01を潜らせるのですか? 装備は間に合うかもしれませんが、例の戦術は実戦証明がなされていませんよ?」

「ハイヴ攻略戦術…ね。戦線を構築するのではなく、BETAを置き去りにして電撃的に反応炉へ到達、これを破壊する」


まあ、これも物語からの知識である。いちいちBETAを相手にせず、電撃的に侵攻する作戦であるが、欠点とすれば反応炉へ続くルートが分からなければ、その成功率が格段に下がるという点だ。

しかも相手は横浜ハイヴのフェイズ2ではなくフェイズ3であり、反応炉の存在する震度は-700mにもなる。これはフェイズ2の倍の震度だ。


「一応、方法は考案しましたが、確実ではないです」

「BETA相手に確実なんてありえないわ」


無人戦術機。これを使ってひたすらハイヴ内部のBETAを誘い出すというものだ。出てこなければドカンと一発くれてやればいい。

モニュメントは核にも耐えるらしいがが、ハイヴの地下茎ぐらいなら内部からならいくらでも吹き飛ばせられる。しかしそれには20万以上のBETAを殺しきる体力が必要だが。


「でも、あの無人戦術機? 存外役に立ってるわね」

「まあ所詮はツールですけどね。創意工夫で色々できる分、意外な傑作になりました。あと心配なのは第五計画の連中なんですが、俺の覚えている限りでは明星作戦において帝国・大東亜連合軍に対して事前通告なしにG弾が使用されています。今回も同じ経過を辿る可能性が高いかと。G弾の動向、チェックしておいたほうがいいんじゃないですか?」

「もうやってるわ」


錬鉄作戦にはA-01連隊も参加するだろう。多くが喪われるかもしれない。そして夕呼さんはこれをもってより良い因果を引き当てる存在、00ユニットに適合する者を選別しようと考えるのだろうか?

だとしても俺が何か言う事は無い。彼女が背負うと決めたのだから。







[36153] 004
Name: 矢柄◆c8fd9cb6 ID:022f668f
Date: 2014/08/01 21:17
1999年8月5日。昨年より準備がなされていた錬鉄作戦が発動した。

目標は朝鮮半島中部、鉄原ハイヴ。日米・大東亜連合そして国連軍が参加するパレオロゴス作戦に次ぐ大規模反攻作戦である。

日本帝国に取ってみれば、この作戦は本土侵攻に対する報復という一面もあるが、大東亜連合から見れば国土の奪還そのものであるから、軍の士気は高く、特に朝鮮半島出身者の士気は高い。

俺は夕呼さんと一緒に作戦旗艦『最上』に乗っている。こういう、HQに足を踏み入れるのは初めてだ。艦長は小沢という名前らしい。

ちなみに霞は連れてきていない。特に名前が知られているわけでもなく、彼女の能力も特別ここでは必要性もないから研究室で留守番だ。

作戦の第一段階は黄海と日本海からの艦砲射撃によって始まる。少しばかり改良を加えた量産型の荷電粒子狙撃砲7門も用意され、これは民間のコンテナ船を改造したものに乗せてある。

荷電粒子砲は円形加速器と発電のための核融合炉が巨大で、小さな船舶では運用することが難しい。しかしながら、ビームを歪曲させるシステムの方はある程度の小型化が可能である。

現在は戦術機が運用できるような大きさではないが、最終的には数機の戦術機、あるいは列車やトラックによって即時展開可能なレベルにまでサイズをダウンさせる計画となっていた。


「戦艦の斉射っていうのは派手ですね」

「高島博士が造った荷電粒子狙撃砲よりは地味だがね」

「あれは見た目だけですよ艦長。音とか振動なんかはそっちの方が派手じゃないですか?」


軽口がたたけるぐらいに経過は良好。海岸近くに展開していたBETAを駆逐し、そこに部隊を上陸させる。

上陸地点は仁川、現実世界では国際空港がある大きな街だ。今はBETAに蹂躙され、さらに荷電粒子砲と艦砲射撃によって破壊され瓦礫しか残っていないが。

橋頭保が確保され、部隊が上陸を始めていく。戦線をじりじりと前に進めていく。水爆や艦砲が戦術機甲部隊の前進を支援する。

そして4時間ほどで戦線はハイヴへと到達した。陸地に荷電粒子砲の中継のため歪曲システムが構築され、仁川から荷電粒子砲が放たれるが、何度かの発射の後、恐れていた事態が発生した。

『対応』されたのだ。

ハイヴ周辺に発射された7度目の荷電粒子の奔流がBETAを薙ぎ払おうとした時、そのビームの一部が直前で曲がり、上空へと散らされた。

そして偵察用戦術機から情報がもたらされる。ハイヴから湧きあがるBETAの中の突撃級が一瞬荷電粒子ビームを弾く映像が届けられた。


「電磁場によるシールドのようなものか」

「あら、残念だったわね京平」

「いや、予測はしていました。BETAはなにも大気や磁気圏に守られた環境だけで活動するわけではないですからね。月の様な大気の無い宇宙線や太陽風が吹き荒れる環境でも活動している。いやむしろ、そういう環境にこそ適応している可能性が高いと言えます」

「つまり、最初から保有していた能力を強化しただけということかしら?」

「ええ。本土防衛戦で使用した事で対応されたのでしょう。粒子が重く速度が速い分、完全には防いではいないようですが、多用すればより強力な電磁シールドを獲得するかもしれませんね」


とはいえ、生物進化とは取捨選択。余計なシステムを内包すればするほど、洗練されたシステムからは程遠くなる。

それはBETA重光線級の性質からも予測できた。人類に対してBETAの圧倒的な優位性を保証する重光線級だが、そのバランスの悪さから機動性は他の種に比べ著しく劣る。

また生産コストが嵩む為、BETA群全体に占める割合が低くなっている。これは結局、人類が航空兵器を持つからこそ彼らはコストのかかる重光線級を揃えなくてはならないという論理が成り立っている。

よって、電磁シールドを保有する種の生産は確実に敵BETAの生産力に圧力を与えるはずだ。数%でも生産に打撃を与えられたなら、それは十分に成功と言えるかもしれない。

それはともかく、粒子ビーム系列の攻撃にBETAが対応しうる事がここに確認された。光線級を守る様に配置されたそれらにより、光線級を撃破する効率が当初の予測よりも下回り始める。

次々とハイヴから湧き出すBETA。荷電粒子砲の支援砲砲火の効果が減衰し、砲撃による面制圧の効率も徐々に悪化し始める。

物量と地中侵攻により何度も戦線が危機にさらされ、その度に水爆が使用されて戦線の立て直しが行われる。そして戦闘は翌日も継続される。

予測ではハイヴ内のBATAの個体数は20万程度とされており、おおよそ半数を撃破したと考えられる。そうして8月6日の昼になるとハイヴから這い出てくるBETAの数が目に見えて少なくなってきた。

つまり、ハイヴ内のBETAの個体数がかなりの割合で減じたのだろう。とはいえ、パレオロゴス作戦における事例から未だ予断を許すことは出来ない。

作戦はその後も表向き順調に進行してゆき、いくつかの突入口の確保に至ると、作戦は最終局面へと入った。

中に立てこもるBETAを無人戦術機によって外に誘引し、自爆させることで殲滅する…を繰り返す。そしてそれが終われば本格的なハイヴの制圧が行われることとなる。


「順調ね」

「ですがこちら側も相応の被害をうけています」

「っ!? 北部20km付近に軍団規模のBETAが出現!!」

「ウランバートルからの増援か!?」

「ハイヴからも大規模攻勢が開始されました!!」

「狼狽えるな! 当初から予想されていたケースだ! ハイヴには無人戦術機を向かわせろ! 増援には艦隊による砲撃を! 重金属雲の濃度を切らせるな!」

「なっ、馬鹿な! 米軍が撤退を始めました!」

「何!? 何故だ!」

「増援による戦線崩壊を防ぐため新兵器を投入すると言っています!」

「新兵器っ!? そんなもの聞いていないぞ!」


どうやら来るべきものが来たようだ。通常兵器および水爆の併用による殲滅が上手くいき、G弾を用いずに勝てそうだったのだ。だからこそ彼らは焦ったのだろう。


「全軍に撤退命令を。人員の避難を最優先に!」

「高島博士?」

「米軍が新型爆弾の威力を試そうとしています。このままでは友軍が巻き込まれます!」

「っ! 全軍撤退! 機材・装備は捨てて構わない。全軍速やかに撤退せよ!!」


米軍の撤退が完了した頃、低軌道に突入した米航空宇宙軍の2機のHSSTがG弾を分離した。

投下されたそれはラザフォード場を展開。光線級のレーザーを受け付けずそれは分離からおよそ20分後、鉄原ハイヴ上空で超臨界に達した。

2発のG弾はグレイ11を消費しながら次元境界面を広げ、ハイヴの象徴たるモニュメントを消滅させ、大地に巨大なクレーターを穿った。





「ただいま」

「おかえり…なさい」


結果として鉄原ハイヴは陥落した。まだ数万といただろうBETAはそのことごとくが消滅し、その後、戦術機甲部隊が残存兵力を狩りだして、ハイヴは反応炉もろとも人類の手に落ちたのだ。

しかし、あの戦いはまだ負けていなかった。にもかかわらず米国はあれを使った。G弾の巻き添えになった将兵は8000を超える。それが何の意味もなく消し飛ばされた。

A-01連隊も大きな被害を受けた。壊滅的といってよいほどの被害だ。半数近くが喪われた。BETAによって殺されたのではなく、G弾によって。

知り合いもいた。戦術機の改良について意見を聞く中で親交を深め、たまに軽口をたたきあったり、一緒に食事をしたり、街に繰り出して遊んだ者もいた。

過去何千ものループの中で友人を弔った。BETAに殺された者もいれば、同じ人間に殺された者もいた。そういうのには慣れているが、だからといって怒りを感じないわけではない。

友人たちが後ろから刺されたのだ。ただ兵器の実戦証明をするためだけに、彼らは殺された。


「霞、酷い戦いだった。予想はしていたけれど、順調だったから、あるいはって思ったけれど」

「はい」

「手伝ってくれるか?」

「はい」


彼らに致命的な一撃をくれてやろう。なに、命が狙われるかもしれないが、第四計画に関わっているなら最初からそうだ。

個人的な私怨を込めて、とびっきりのプレゼントをくれてやろう。時期は来年が良い。丁度、G弾についての物議が醸し出された年だからだ。





歴史は歪む。本来第四計画の本拠地になるはずだった国連軍横浜基地に代わり、朝鮮半島の鉄原ハイヴ跡地に国連軍鉄原基地の建設が開始されることとなった。

とはいえ、朝鮮半島の住民たちに故郷への帰還はいまだ許されない。鉄原基地は最前線であり、西の敦煌ハイヴと北のブラゴエスチェンスクハイヴから常に圧力を受けるからだ。

鉄原ハイヴの制圧においていくつかのBETA由来施設が手に入った。まずはゲームにおいて横浜基地にも存在した反応炉、そしてシリンダーに浮く脳髄の群れ。

なお、これらの脳髄には生きている物は無かった。しかしそこで発見されたODLについては00ユニットの量子電導脳の作成に極めて都合のよい性質があることが判明する。

元来、量子計算に利用される量子ビットの異なる重ね合わせ状態は何らかの観測によって収束し、崩壊してしまう。これを不用意な観測から守る事は量子電導脳の製作上必要不可欠なものだ。

ODLと呼ばれる液体は、物理的・化学的・冷熱に対して極めて安定で、しかもこの液体に保護された物質は人類が想定しえるあらゆる観測から隔離される。

ODLは00ユニット製作における理論的な助けにはならなかったが、幾つかクリアすべき技術的課題のブレイクスルーに繋がった。

また、作戦後の国際関係においては日本・大東亜連合とアメリカとの間に強い確執が生まれた。まあ、勝てるかもしれない戦いに、いきなり横合いからG弾を落としたのだから当然である。

また、G弾が用いられた鉄原周辺には半永久的に重力異常が発生する事が確認され、植生も回復しない事が確認された。

翌2000年。太平洋上にギガフロート『秋津洲』が浮かび稼働が開始された。避難民1000万人を収容し、食糧生産工場や西日本のBETAによるリスクを嫌った企業や工場が誘致された。

東南アジア、中東、欧州方面においても同様のメガフロートが浮かぶようになり、造船業界が活況に沸いているらしい。


「ふむ、ここはこうじゃないか?」

「…こうですか?」

「ああ、じゃないと大気への影響のシミュレートがおかしくなる」


社霞は頭脳明晰だ。年若いにもかかわらず専門知識を有しているし、教えた事はスポンジのように吸い込んでいく。プログラミングとか一部の分野では俺を凌駕し始めた。

というわけで、俺は霞といっしょにちょっとしたシミュレーションを製作しているのである。すなわち、G弾を何発、どのように使えば地球環境にどんな影響を与えるかを演算するシミュレーション。

俺はその結果を知っているし、いくつかのループではバビロン作戦後にどうしてこんなことになったのかを検証する研究に参加した事もあるから、おおまかなモデルは頭の中にある。

そして、鉄原周辺における重力異常が各種調査から明らかになっており、爆心地の写真とその各種データをとある国連職員が全世界に暴露してしまった。

世界中でG弾への疑問符が立つ、そんな状況でこのシミュレーションが広まればどうなるだろう?

このモデルで、バビロン作戦によって起こる地球環境の変化をシミュレートすると得られる結果は惨憺たるものになる。

大規模な重力偏差の発生、それにより海水の異常な移動が起こりユーラシア大陸は水没し、大洋は不毛な塩の砂漠へと変わる。

地球の重力分布の乱れは、衛星軌道の乱れと電離層の崩壊を招き、電波を用いた長距離通信のほとんどが途絶することとなる。

他にも海水と同じように大気が移動し、各地の大気圧の大幅な変動するだろう。大気の循環は大いに乱れ、異常気象など生易しい気候変動が発生。多くの穀倉地帯が壊滅する。

そんな、とても楽しそうな未来を弾きだしてくれる。そしてこのシミュレーションは暴露されたデータと照らし合わせても妥当なものなのであることを多くの専門家たちは理解する。

G弾推進派は難癖をつけるだろうが、事実に基づくこのモデルには隙がない。どんなに検証しても、それが正しいと認めざるをえず、日和見を貫いている者たちは一気に懐疑派に傾くはずだ。

第五計画の系外惑星への移民計画までは無くならないが、各国はG弾使用を協力に拒絶するだろうし、米国自身もG弾を集中運用する戦略に大きな疑問を持つ事になる。

G弾による戦略を指示していた人間達もその自信を失うだろう。確度の高い可能性だけを示してやればいい。彼らがもしかしたらと疑念を抱くことが重要になる。

皆が皆自殺願望を持っているわけではないのだ。G弾推進派とて一枚岩とはいえない。疑念を持った瞬間に内部分裂を開始するだろう。


「…こんな感じかね」

「これが…未来ですか?」

「さてね。物語によれば君は移民船に乗ることになっているから、この惨状を目にする事はなかったんじゃないかな? さて、夕呼さんに粗がないか見てもらおう」


ということで、試作したシミュレーションプログラムを夕呼さんに見せてみる事にした。面白いものつくったから、息抜きがてらに見に来ないかと誘ったのだ。

で、実際に見せたら盛大にふき出した。美人がもったいない顔になってますよ夕呼さん。


「これは間違いないの?」

「おおよそ。仕様とプログラム見ますか?」

「ええ」

「……どんな感じです? 間違いがあれば指摘して欲しい」

「ふっ…、あはははっ!! やるじゃない! あのいけ好かない連中の顔が真っ青になるのが目に浮かぶわ!」


何故か夕呼さんにキスの嵐を貰ってしまった。その後、夕呼さんも加わりシミュレーションを大方完成させる。

シミュレーションモデルはどこからどうみても妥当と言わざるを得ない仕上がりになり、夕呼さんの手によって国連、そして各国に第四計画の成果物として提出された。

その後、少し身の回りのセキュリティが強くなった。

なお、G弾推進派関係者はこのシミュレーションを検証するや顔を青くし、以降は組織を維持するのにも苦労するようになったらしい。

ただし、これにより移民船の切符は希少性が高くなった。誰もG弾で地獄と化すかもしれない地球になんか残りたくないのである。

とはいえ、G弾推進派の信用が失墜する中、しかし第四計画はその本来の目的である成果を出せずにいた。ゲームとは異なる確率分岐世界においても夕呼さんは量子電導脳の完成に至っていない。

各国ではオルタネイティヴ計画そのものに疑問を呈するようになった。米国では反オルタネイティヴ派勢力がその権勢を失墜させ、G弾を主軸とした反攻計画が凍結されたという噂を聞くようになる。

同時に本来は副案でしかなかった第五計画における外惑星への移民計画が重要度を増し始め、移民船団の拡充を決定したらしい。

物語では第五計画に移行した後、夕呼さんと霞は船に乗るらしいが、俺にはその気は無い。そこで生きながらえる事に興味を覚えないからだ。

俺のこの繰り返しの夢の世界において、初めてバビロン作戦の発動を阻止できるかもしれない。だが、と思う。

この世界において人間に残された時間は10年ぐらいなのだという。BETAは資源を採取するための炭素系ロボットでしかないことが物語に描かれているが、それを全て信用できるかどうかは別の問題だ。

物語におけるBETAの役割が真であるなら、人類にはまだ生き残る目がある。メガフロートなどの浮島を作り、そこで生活する分にはBETAは人類を襲わないだろう。

アレは人類を襲っているのではなく希少な資源を回収しているだけに過ぎず、人類による攻撃は単なる災害程度にしか認識していないからだ。

だが、逆に人類に対して悪意をもっているならば話は変わる。メガフロートなどの浮島に逃げてもBETAはこれを攻撃するために水中を泳ぐ種を生み出す可能性がある。

バビロン作戦を阻止したとしても、人類の生存を少しだけ延命する程度にしかならないだろう。人類は未来にいまだ希望を抱けずにいる。





2000年も終わり、2001年が訪れる。この年の10月22日からあの物語が始まるのだが、もはやそれは起こり得ないものだ。

量子電導脳の完成を目にしたかったが、3000万人以上の人間と引き換えに得たいかと言われると頭をひねる。

さて、俺はというと光線級の研究を行っていた。BETAのレーザーは興味深い。あれだけの身体の体積にも関わらず、大威力の、しかも大気による減衰もほとんど期待できないレーザーを照射できるのには何か特別なカラクリがあるはずだ。

俺はA-01に依頼し、光線級の捕獲をしてもらった。多少傷者にはなっているがサンプルが複数あれば構わない。

光線級からは微量のG元素の使用が確認されているが、そのレーザーの発振システムについては良く知られていない…とされる。

これを人間の技術で再現する事が出来ればと考えたのだが、このレーザー、G-6等を用いて物質を縮退させ、それによって発生するエネルギーを用いていることが判明する。

何それ怖い。しかし、多少大型化しても良いから同様のレーザーを再現してみたいものだ。出来うるならG元素を用いない手段で。

移民船団に用いられるGS機関も重力勾配航法もG元素を用いた特殊な技術だ。それが悪いとは言わないが、純粋に人間だけの技術でそれを再現したい。

またODLについての研究も並行して行う。作品において、ODLが原因となって人類側の情報がBETAに漏えいした事もあり、00ユニットを安全に運用する上でも反応炉を用いないODLの浄化法を開発する必要がある。

このことは夕呼さんにも警告しており、いくらか手伝ってもらっている。これはある程度の進展を見せたが、完全に浄化するにはいまだ反応炉に頼らざるをえない。

ナノマシン研究はその前段階のマイクロマシン完成をもたらした。いくつかのブレイクスルーが重なり完成したもので、現在は医療用マイクロマシンの動物実験を行っている。

また、この技術は00ユニットの自動修復機能として流用される予定となっている。これは現実の世界でも役立ちそうだ。

また、高性能AI搭載の無人兵器の配備が順調に進みだす。当初は強力なBETA誘因効果を持ったそれらの兵器も、戦術機を上回る数が投入されるにつれ、BETAによる攻撃優先順位が下がった。

しかし、成長するAIとして開発されたそれはデータの共有により馬鹿に出来ない戦力となり、衛士の数と練度の維持に苦しむ各国の軍において重宝されるようになる。

しかし第四計画は拠点を鉄原ハイヴに移すも停滞する。第五計画もまた同じく停滞し、それに代わって欧州奪還作戦が提案され承認される。

目標はリヨンハイヴ。フェイズ5。その規模は人類が挑んだどのハイヴよりも巨大であったが、欧州奪還という旗頭は故郷を奪われたヨーロッパの人々を奮い立たせた。





「…今度の味はどうですか?」

「まだまだ本物には届かないわね。まあ、合成コーヒーとは比較にならないけれど」

「そうですか。まあ、コーヒー豆には気温の変化とか培養液の成分とかが細かく色々関わって来るんで、シードプラントでも再現が難しいんですよね。ブドウも難しいですけど」

「茶葉はどうなの?」

「日本じゃ鹿児島と静岡が無事だったんで緑茶には不足しません。改良はイギリスに任せてます。ていうか、コーヒー豆ってそんなに生産量落ち込んでましたっけ? ベトナムはやられましたけどアフリカと南アメリカ無事じゃないですか」


キリマンジャロ、コロンビア、ブルーマウンテン、ハワイコナと健在なはずである。何故前線では合成コーヒーを飲む必要があるのか意味が分からない。

まあ、需要が有りそうなので食料生産工場で試作品を製作してみたが、やはり本物には遠く及ばない。


「霞はコーヒーは駄目か?」

「少し、苦いです」


国連鉄原基地に本拠をおいてから、ここのところずっと地下暮らしである。今は医療用マイクロマシンによる癌治療を帝大と提携して行っている他、電脳化技術の開発を始めた。

単純に言えば脳から直接入出力するための技術開発で、表向きは戦術機のより効率的な操縦技術の確立である。動物実験は類人猿を使用する段階にまで入っている。


「そういえば聞いたわよ、貴方のペット、上手くやったみたいじゃない」

「仮想世界の中で腕を上げたぐらいですけどね。あれじゃ、まだまだです」


アフリカから取り寄せたチンパンジーは三匹。仮想空間自体はJIVES、戦術機のシミュレーターにより確立しており、チンパンジーの全筋肉と骨格を再現する事はさほど難しくなかった。

チンパンジーに電脳化マイクロマシンを投与し、脳神経に寄生させ、出入力を行う。去年、マウスでの実験が完了し、現在は類人猿で行うのだがこれが中々難航している。

それは、この研究の裏の目的によるところが大きい。

この計画の本質は脳の複製である。最終的にはマイクロマシンによって脳の神経細胞を全て置き換え、完全な電脳を作成する。電脳はコピー可能であり、同じ記憶同じ人格を持つ存在を量産できる。

これは00ユニット作成に向けた研究であり、無限に複製できるこの電脳を使用すれば、同一人物の00ユニットへの人格移植を無限に行う事ができるはずである。

ただし、因果量子論において複製された存在がオリジナルと同等のよりよい因果を掴みとる能力を持つかは別問題である。が、オリジナルを失ったとしても、存在自体は消え去らない。

電脳は00ユニットと同じ筐体と接続可能なので、蘇生が可能である。いや、存在の記憶を定期的に予備の電脳と同期させることで、オリジナルとまったく性能の変わらない、死なない衛士を生み出す事が出来る。

別に筐体を00ユニットに限る必要はない。擬似生体技術を発展させれば、優秀な衛士を量産することも難しくない。実に非人道的な研究である。


「夕呼さんの研究はどうですか?」

「さっぱりよ。どこが間違っているのか、どこかが間違っているはずなのよ」

「じゃあ、とりあえず他の事してみたらどうです? 気分転換でもすれば、もしかしたら何か思いつくかもしれません」

「そうねぇ」

「ゲームでもしてみませんか?」

「ああ、そういえば花札屋と何か作ってたみたいだけど」

「娯楽は重要ですよ。何もする事がないと、人間というのは余計なことしか考えませんから」

「愚民化政策という奴かしら?」

「人聞きの悪い事を言わないでください」


娯楽が少ないというのは問題である。そして、それを許容しない現在の社会は少々息苦しい。何事にも遊びというものは必要だ。

そういうわけでコンピューターゲームの一種が開発された。JIVES等、仮想空間の構築技術は既に存在するので、あとはそれにゲーム性を持たせればいい。

戦術機の操縦シミュレーションを簡略化すれば、そえだけで戦術機による対戦ゲームやデフォルメされたBETAを駆逐するアクションゲームが完成する。


「専用のコントロールパッドもあるのね」

「本物にする必要はないですけど、キーボードでは操作しにくいですから」

「へぇ、中々凝ってるわね」


そう言いながら夕呼さんはディスプレイにかじりついた。掴みは上場。ユーザーの心を無事に掴んだらしい。そうして10分後には完全にゲームに嵌るダメな大人がそこにいた。それに俺まで付き合わされる。


「ああっ、そう来るわけね! 凝ってるじゃない!」

「始めたのは俺の方が早いんで」

「ここよここ! ちょっとっ、逃げるんじゃないわよ!」


丁度そのころ、欧州ではリヨンハイヴ攻略作戦『聖処女作戦(オペレーション・ジャンヌダルク)』が実施されようとしていた。

参加するのは欧州連合軍、米軍、東欧州社会主義同盟軍、国連軍であり、帝国からは三十基の01式荷電粒子狙撃砲が売却された。

また、本作戦では戦術機甲戦力の約70%が無人機となっており、その多くは米国でライセンス生産された無人多脚戦車が占めている。

作戦は現地時間の0900より開始され、入念な艦砲射撃と荷電粒子砲により地表のBETA4万を排除、後に軌道爆撃が行われ、戦術機甲部隊の上陸が開始される。

無人多脚戦車が先行してハイヴへの突貫が行われ、誘引したBETAもろとも自爆。艦砲射撃と機甲部隊による面制圧が行われ順調にBETAを殲滅。

その後、無人多脚戦車によるハイヴ内部への突撃が行われる。これらを数回続けて後、無人機のみによる侵攻と、軌道爆撃・軌道降下が開始された。

物量戦を得意とするBETAに対して行われた物量に質を伴う戦術が功を奏し、作戦開始より3日後、軌道降下部隊によるハイヴ電撃戦による反応炉の破壊を達成。

遂に人類は世界初のG弾を用いずにハイヴの攻略が成功させた。本作戦においては機材弾薬の消耗は激しかったものの、損害は従来の大規模戦闘の3割程度に抑えられた。

この結果を受け、G弾という切り札の必要性に疑問符を突き付けられた反オルタネイティヴ計画派は無人兵器という新しい玩具を手に勢いづく。

第四計画は予算の削減を受け、第五計画の移民船の第三次拡充は見送られることになる。ここに至り、オルタネイティヴ計画そのものが列強各国から見放され始めていた。





「とまあ、このまま上手くいけばいいんでしょうけど、そうは問屋が卸さないと」

「何やってるのよ京平、さっさと逃げるわよ」

「8000名の将兵を巻き込んで攻略された鉄原ハイブも、あえなく奪還されると。夕呼さん、準備は終わりました。霞も大丈夫か?」

「はい」


人類が満を持して行った欧州奪還作戦はリヨンハイヴとブダペストハイヴの攻略を実現し、長きに渡ったBETA大戦における希望の星となった。

人類はBETAに勝てるかもしれない。そんな幻想を数多くの人々に抱かせた。だがその希望は2006年のBETAによる大規模反攻によって脆くも砕かれた。

それはBETAが新たに採用した3つの戦術によるものであり、ようやく勝てると希望を持った人類を絶望にたたき落とした。

まずはタンクデサントと呼ばれる戦術だ。これは突撃級や要塞級といった大型種の背中に光線級を癒着させて運用するというものである。

つまり移動速度に劣る光線級が突撃級の速度を得たり、要塞級の背中からレーザーを撃ち降ろしたりという戦術が可能になることを意味する。つまり、出会い頭にレーザーによる狙撃を受けるのだ。

そして、さらに最悪なのが過剰飽和突撃戦術と名付けられた大規模侵攻である。これはオリジナルハイブを起点として、複数のハイヴから同時に数百万規模のBETAを同時侵攻させるという恐るべきものだ。

これにより無人機による物量戦術はそれを上回る物量に呑まれてひねりつぶされた。レーザーを主兵装とする津波のような物量は、無人戦術機の接近すら許さない。

止めは軌道高度に対するレーザー迎撃である。今まで見向きもしなかった人類が運用する人工衛星、宇宙船に対する迎撃行動が開始された。

これにより、人類が運用するほとんどの人工衛星が使用不能となり、衛星偵察や軌道爆撃などの手法が完全に封殺されることになった。


「ようやく、人類はBETAが相手にするに足る敵と認識されたんでしょうね」

「それがこの結果というのなら、随分救われないですが」

「舐められた上で、片手間で滅ぼされるよりはマシじゃないかしら?」


持ち直したはずの欧州戦線はこれにより一気に瓦解、イギリス本土への二度目の侵攻を許し、抵抗も空しく一月も保たずに英国が陥落し、マンチェスターにハイヴの建設を許す。

続いてBETAの過剰飽和突撃戦術によりスエズ戦線が瓦解、劇的な侵攻によりスーダンにハイヴ建設を許した後、瓦解した戦線を建て直す間もなく核兵器による焦土作戦が開始される。

そして2007年夏、オリジナルハイブより300万というBETAの大軍団が国連鉄原基地を襲った。抵抗は不可能と即時に判断され、国連鉄原基地は放棄、反応炉の破壊と共に日本への退避が行われた。

そして第二次日本本土防衛戦が始まる。それはあまりにも無謀な戦いであった。

そして俺は横浜の実家にいた。誰もが俯き視線を上げない。何故ならばこれは別れの挨拶だからだ。二度と触れ合う事は出来ないであろう、永遠の別れ。父さんも母さんも何もしゃべらない。

だから、家族が集まる中で俺が切り出す。


「日本はもう保たないだろう。時間もあまりない。鈴、お前は移民船に乗れ」

「ま、待ってくださいお兄様! 私は残ります、地球に!」

「駄目だ。切符は一枚しかない。俺にはメガフロートが人類最後の生存圏足り得るかを確認する義務がある。責任を取らなければならない。それに移民船に乗ることは逃げる事じゃない。あれも無事にバーナード星系に辿りつくとは限らない。俺に残る義務があるように、お前には人類の可能性を引き継ぐ義務がある」

「しかし、私は衛士です!」


彼女は学者になる道を捨て、戦士になることを選んだ。衛士としての才能に秀でるというわけではないが、彼女は既に死の八分を超えた一人前の衛士に育っている。


「誰かが行かねばならないんだ。そして切符は俺に託された。兄らしいことは一度もしてやれなかったが、一生のお願いだ。鈴、お前は生きろ。俺も、父さんも、母さんも海の上で生きるから」


思えばこの世界において、俺は家族というものを軽んじ続けた。それは全て自分の我儘のためで、家族のために何かをしたということは一度もなかったように思える。

鈴が俺の胸で泣く。そういえば、彼女をこんな風に抱きしめた事は無かったっけ。俺は鈴の気が済むまで好きにさせる。

その後、母さんが俺と父さんを部屋から出して二人きりで話をしだした。その内容は結局分からず仕舞いだったけれど、鈴は移民船に乗ることを了承した。

そして俺たち家族は日本の東京と神奈川を合わせたほどの大きさまでに拡大したギガフロートに優先的に移住する。そして最後の時、カウントダウンが始まった。

皮肉にも作戦名は『オペレーション・ルシファー』。失われたはずの作戦名がつけられる。リヨンハイヴとブダペストハイヴを攻略した事で得られた多量のG元素はG弾として運用される。

それはバビロン作戦とは異なり、俺がG弾推進派に打撃を与えるために作成したシミュレーションに基づくG弾大量運用戦略である。

それは極端な重力偏差が起こらないように、簡単に言えばG弾を用いることで崩れるだろう重力偏差のバランスをとろうというものだった。しかし、それだけでは災害が起こらないとは言えない。

それでも『バビロン作戦』よりもマシな結果になるだろうとして、国連で承認を受けた。人類にはもう、地球環境に構っていられるほどの余裕がないからだ。

そして俺は鈴に最後の別れを告げた後、香月夕呼と短い会談をもった。


「アンタは行かないのね」

「浮島を考案した責任がありますから。正直に言えば、夕呼さんが船に乗るのが意外でしたけど。どっちも分の悪い賭けなんですけどね」

「そうね。私は結局…、いいえ、いいわ。そうそう、アンタのループ現象、色々考えてみたけど、解決方法は思いつかなかったわ」

「覚えていてくれたんですか。まあ、今回は諦めます。家族にも生存する目がある。今回はそれで十分です」

「じゃあね、運が良ければ60年後に」

「はい。どうか幸運を」


俺たちはそう言って別れた。そして、星を行く船が旅立つと同時に、作戦は実行された。





オペレーション・ルシファーはそれを計画した人々の望み通りにG弾の威力を見せ付け、全てのハイヴの地表構造物を一掃した。

そして様々なバランスを取るべく地球の各所に使用されたG弾はそのシミュレーションの通りに大規模な海水の移動、大海崩と極端な大気圧の変動を未然に防ぐことには成功する。

だが、重力異常そのものを止めることは叶わず、衛星は軌道をかく乱され全てが失われ、さらに続く電離層の異常は無線通信網を分断した。

さらに重力偏差による海流の変化が異常気象を引き起こし、そして地球は急速に寒冷化を始めた。


「で、霞はなんでこっちに残ったんだ?」

「わかりません」

「そうか」

「ただ…」

「ただ?」

「いえ、なんでも…ないです」


異常気象により北米は凍結した。そして最悪な事に、G弾は期待されたその仕事を全うしなかった。BETAは生き残ったのだ。

G弾は使い切っていたものの、核兵器はまだある。急ぎ、これに対処するための措置が行われたが、間に合わなかった。

ハイヴはその数を大きく減らしたが、再び息を吹き返す様にBETAの勢力範囲は拡大している。

いずれは凍結した北極海を渡ってユーラシアから直接BETAはアメリカ大陸に渡るだろう。現在、そのことを予想して中米に要塞群が建設されているが、それも長くは保たないだろう。

その証拠に、残された後背地域では急ピッチでメガフロートの建設が行われている。いずれ人類は近いうちに自らを育んだ大地を捨て、海へと帰るだろう。


「霞、冷えるから中に入ろう」

「まだ研究を続けるのですか?」

「ああ。俺は科学者だからな」

「次に為にですか?」

「それもある。だが、何もせず無為に死を待つよりかは建設的だろう。電波送り続ければ、その成果がバーナード星系に行った奴らに届くかもしれないしな」


電脳の研究は最終段階に入っている。脳細胞をマイクロマシンで置き換えるところまでは進んでいないが、脳から直接出入力が可能になる技術は目処がついた。

残念だったのは完全なODLの浄化装置が完成しなかったことだろうか。既に切り捨てられた分野だけに、予算や時間をかける事が出来ないのが最大の理由かもしれない。

メガフロートもいつまで安全かは分からない。BETAが陸を支配下においた後、いつまでも連中が我々を見逃してくれるかは未知数だ。

とはいえ、現在はそれ以外の方法もなく、南米やオーストラリアが総力を挙げて資源を確保してメガフロートに避難する準備を整えている。

帝国は新たに海底資源の採掘に望みを繋げ、研究者・技術者を総動員してこれの開発を開始している。海こそが人類に残された最後のフロンティアと喧伝されている。

しかし、果たしてBETAが海底に絶対に目を向けないと言えるのだろうか。酸素を要さないBETAが大深度の水圧に適応するのはさして難しいわけではない。

深海にも生物が存在するように、BETAもまた体内の腔を油か水で満たせばそれだけで水圧に対応してしまうのだ。

もし彼らが大深度の水圧に対する耐性を獲得した場合、我々は再びBETAとの争いを行う事になるだろう。生存戦争が資源戦争という名に代わって。

残された生存圏は宇宙にしかないのかもしれない。小惑星帯にBETAが興味を示さないことから、資源をそこに見出し、ラグランジュ点を新しいフロンティアとすることも考えられる。

未来は分からない。それでも我々は生き続ける。人類にはまだ種を存続させ続ける余地があるのだから。






[36153] 005
Name: 矢柄◆c8fd9cb6 ID:022f668f
Date: 2014/08/01 21:17
「……ちゃん! お兄ちゃん! 早く起きて! もうお昼だよ!」

「……ん」


瞼を開ける。身体が重い。肉体が疲労を訴える。まだ意識がはっきりしないが、胸が酷く痛む。目の前には若干幼い姿の鈴がいて、横になっている俺を揺さぶっている。

俺は鈴の頬に手を伸ばし、軽く撫でた。ああ、鈴が生きている。目の前にいる。また会えた。これほど嬉しい事はない。


「鈴…、会いたかった…」

「なっ、ちょっ、お兄ちゃん!?」

「ん…?」


鈴が顔を真っ赤にして俺を突き飛ばした。耳の先まで赤い。俺は身体を起こし、軽い頭痛に顔をしかめて右手でこめかみのあたりを押さえる。

ここはどこか? 研究室でない事は確かだ。身体が若干縮んでいるようにも思える。ああ、そうか。ここは元の、本来いるべき世界だ。

それならば鈴のこの反応も、彼女が若い少女であることも理解できる。記憶を辿れば高齢になった自分を思い出す。最後まで研究者として生きた。

移民船団が向かったバーナード星系に対して何度も試行された行われた通信実験が成果をもたらさず、失意に陥った事を覚えている。

最後は心筋梗塞かなにかで死んだのだろうか。胸の痛みはひいたが、それが心臓由来の幻の痛みであることは推論出来た。

夢の世界であれだけ長く生きたのは初めてかもしれない。カレンダーを確認すると7月12日木曜日とある。

あまりにも長い期間を向こうの世界で過ごしたため、こちらに関する多くの記憶が擦りきれ、今まで以上に適応が困難になっているようだった。

鈴が心配そうに俺の顔を覗き込む。


「お兄ちゃん大丈夫?」

「…大丈夫だ。心配かけたな」

「べ、別に心配なんかしてないんだからね(棒読み」

「なんだそれ?」

「ツンデレ?」

「………どうリアクションを取ればいいのか分からないんだが」

「笑えばいいと思うよ」


鈴とのこういった軽妙なやり取りに新鮮さを…懐かしさ感じると共に、どこかこそばゆくなる。そして同時に、戻って来たのだという実感を覚えた。

妹には向こうの話をいくらかしている。始めの頃、誰もが俺の言葉を妄言と断定していた頃、俺の話をちゃんと聞いてくれていたのは彼女だけだった。

具体的な夢の世界の内容を伝えているのは岡本…じゃなくて岡崎先生以外では鈴ぐらいだろう。先生に会うまで、摩耗する精神の中で彼女だけが現実における俺にとっての灯だった。

鈴がいなかったら、とっくの昔に心が折れていたかもしれない。


「今日は木曜か…」

「うん。でもさ、昨日はズル休みして何やってたの?」

「ん、ああ、ちょっと待て」


俺は頭痛に頭を抱えながら日記を読み返す。『Muv-Luv』『Muv-Luv Alternative』という2本のゲーム作品についての情報がまとめられていた。

因果律量子論、因果導体、オルタネイティヴ4、オルタネイティヴ5、香月夕呼、白銀武、鑑純夏。さらに、日記に目を通して7月11日までのこちらの世界に関する情報を頭に入れていく。


「なんとも、荒唐無稽の話なんだが…、この《Muv-Luv》っていうゲームの世界観が俺の夢の世界と極めてよく似ているらしいというのをネットで見てな。それを検証していた」


パソコンの電源を入れ、インターネットから《Muv-Luv》に関する事柄を扱うサイトを開いて鈴に見せた。

成人向けゲームにしてはコアなファンが多いのか、概要に留まらず、世界観や作品内の歴史についてもこと細かく書かれ、考察などを述べるサイトがいくつもある。

そして、その内容のほとんどの部分が、俺が8年前から鈴に語っていた夢の世界の話と一致する。戦術機、BETA、日本帝国、征夷大将軍。鈴はそれらを読んで目を見開いた。


「え、BETA…って?」

「そのゲームは…まあ、成人向けの…音声のある漫画みたいな形式のゲームなんだが、そこに出てくる地球外起源の化け物、それの名前がBETAなんだ」

「え、でも、ゲームなんだよね?」

「ああ、このゲームには戦車級やら要塞級やら光線級やらのBETAが登場する。CGで多少アニメチックな表現になっているが、出てくる怪物の姿は俺の夢に出てくるそれとほとんど同じだ」

「このゲームの発売日…は?」

「2006年2月24日。それの前作になるのがコイツは2003年2月28日に発売されたそうだ」


鈴はこのゲームの影響で俺があの夢を見るようになったと思いたかったのだろう。だが、それは不可能だ。

俺が夢をみ出したのは1999年8月6日から。ゲームの発売日と俺が夢をみ出した日時は全く合わない。このゲームは俺とは関係ないところで作られ、そして販売されたのだ。

いままでこの手の娯楽には縁遠かったため、俺は今までこの事を知る事は無かったが。


「これって、どういうことなの?」

「分からない。そのゲームのストーリーを考えた奴が俺と同じ夢をみているという可能性もあるんじゃないか? とはいっても、俺もこの事を知ったのは一昨日だから、本当の所は全く分からないんだけどな」


どちらにせよ、部屋の中では何も分からない。学校については休みを取り、このゲームを手に入れなければならない。

成人向けとはいえ全年齢版が発売されているらしく、未成年の俺でも問題なく購入は可能だ。俺は立ち上がり、鈴の頭にポンと手を乗せる。


「とりあえず、俺は着替えるから、部屋から出ていけ」

「分かった分かった」


俺はそのまま妹を追い出して身支度を行い、洗面台で顔を洗う。そしてそのままリビングへ行くと母さんがいた。母さんは呆れた顔で俺を見るなり近づいてきて、俺にお盆チョップをかましてきた。

お盆の平らな面じゃなくて、縦というのがミソだ。少しばかり涙ぐんで睨むが、母さんは一切動じず、そればかりか溜息をついた。


「まったく、困った子ね。昨日からずっと徹夜して…。いつもみたいに論文書いてたんでしょうけど、ちゃんと睡眠はとりなさい」

「ごめん。でも、どうしても手放せなかったんだ。眠ると、アレだから…」

「そう…ね。朝ごはん出来てるわよ」

「うん」


そうして俺は父さんが卵焼きをつつくのを横目にテーブルにつく。挨拶をすると、気のない返事が返ってきて、ここが日常の延長線上にある事を認識する。

テレビ画面にはいつも通りニュース番組が流れているが、芸能人の話題ばかりで興味は湧かない。日本でもかなり有名な俳優の話がされているようだが、俺はそれを聞き流す。

そもそも芸能人のことを話されても、名前も知らないし、誰かも分からない。まあ、鈴に付き合ってお笑い芸人の漫才を見る時に、使い古されたネタでも笑えるというのは、彼女曰く得らしい。

この世界において、俺の人間関係は酷く希薄だ。事実上、現実の俺の世界において意味のある存在なんて五本の指で数える程度しかない。仕方がない事だが、それはとても寂しいことだとも思う。


「いただきます」

「はい、どうぞ」


母親の作る料理など何年振りだろう。まあ料理といっても、単純に熱を加えただけの簡単な朝食でしかないのだけれども。それでも家族と食卓を囲むというのは特別な事のように感じる。

今回は初めて能動的に世界に干渉した。

いままでは向こうの世界の技術を吸収したり、蓄積にものを言わせて研究成果をあげたりしていただけだが、明確に世界の趨勢に関わる位置についたのは初めてだろう。

まあ、結局は敗北したのだけれども。とはいえ、人類は種として存続することに成功した。単純にBETAが進出しない資源帯や海域、小惑星帯に逃げただけともいえるが。

最終的には恐れていたBETAの海への進出がなされ、海底資源の奪い合いが起きたが、砲もまともに機能しない海底ではBETAの物量作戦に勝てるはずもなく、人類は海底すらもBETAに奪われた。

ただし、奪われたのは海底だけで済んだのは、まあ幸運だったのだろう。ギガフロートは修復を重ねながらも存続した。

とはいえ、BETAは炭素系生命体であり、その身体の材料には炭素が用いられている。石油や石炭を原料にしている可能性もあるが、最悪、二酸化炭素を素材にする可能性があった。

そうなれば、将来、人間とBETAの間で炭素の奪い合いが起きるかもしれない。それは、炭素資源を求めてBETAがメガフロートを襲うという悪夢を人類に想起させた。

遠い将来の話だったが、水中を泳ぐBETAなんてものが生まれたら、メガフロートなぞなんなく破壊されるだろう。

よって、人類はさらなる生存圏を目指して小惑星を目指すこととなったが、さて、どの程度の人類が宇宙へと逃げる事に成功しただろうか?

食事をとり始めると鈴がリビングに入って来た。女子はなんだかんだで身だしなみに時間がかかるものらしく、俺よりも早く用意を始めた彼女が最後にリビングに到着する。


「それで、お兄ちゃんはどうするの?」

「とりあえず、手に入れるしかないだろう」

「ふうん。じゃあ、私も一緒に…」

「お前は大人しく学校に行け」

「なんでよー!」

「俺様は優等生だからな。社会的信用が違うのだよ」

「ぐぬぬ…。おかーさーん、お兄ちゃんが学校サボってゲーム買いに行くんだって!」

「鈴っ、お前なっ!」


子供っぽい鈴の物言いに呆れるが、母さんはというと少し驚いたようにこちらを振り向く。


「ゲーム? 京平がゲームだなんて、珍しいわね」

「そういう反応なんだ…」

「京平が普通の男の子みたいなことに興味を持つなんて、今日は雨かしら。でも、ダメよ京平。ゲームはいいけれど、学校をサボってまでは許しません。ねえ、お父さん」

「ああ」

「…分かった」


母さんの言う事に逆らう気もなく、不愛想に相槌を打つ父親を横目に、しぶしぶ了解する。向かいには鈴が勝ち誇ったように笑みを浮かべていた。

俺はそんな鈴に呆れつつも、なんだかんだで内心苦笑してそれを受け入れる。こんな非効率で馬鹿げた遣り取りも、今ではとても大切な事のように感じた。





授業が終わり、放課後になった瞬間に携帯電話が鳴る。鈴からで、待ち合わせを要求される。どうやら、本当に買い物に付き合う気でいるらしい。

まあ、なんというか、向こうの世界で女性との逢瀬は何度か重ねたが、こういった健全?な妹とのデートというのは数十年ぶりで、少しばかり気恥ずかしい感じがしないわけではない。


「ヘイッ、待っていたかね青少年!」

「言っていて恥ずかしくないか少女よ」

「……じゃ、じゃあ、行こうかお兄ちゃん。出発進行だ野郎ども!」

「野郎は俺しかいないがな」


妙なテンションでタックルと共に現れた鈴を、冷静な一言を告げて黙らせると、鈴は顔を赤くしてそそくさと俺の隣に並んだ。

そのまま俺たちは駅の方角へと向かう。この街にはコンピューターゲームを取り扱う店はない。ネットで購入してしまっても良いのだが、今回はてっとり早く店舗で購入することとする。


「で、どこに売ってるの? 玩具屋さん?」

「玩具屋には売ってないと思うな。まあ、そのあたりはチェックしてるから」

「2本買おう2本。私もするっ」

「余計な出費になるな」

「いいじゃん。お兄ちゃん、お金持ちだし」

「お前が自腹を切れ」

「無理だよ。今月ピンチだし」

「おい待て、今日はまだ12日だぞ」

「女子はお金がかかるのだよ」

「とりあえず母さんに一報入れておくか…」

「やめて! すみませんごめんなさい私が悪かったです反省しています!」


電車に乗り込み最寄りの繁華街へ。電気街のゲームショップやキャラクターグッズなどの販売店を回ると、運よく中古のソフトを手に入れることが出来た。1本だけだが。


「お、おっきいね…」

「予想以上にかさばるな」


パソコンゲームのパッケージの大きさに若干顔を引きつらせる。DVDなのだから、家庭用ゲーム機のソフト程度の大きさと思っていたのだけれど。


「さて、じゃあ何か飲み物でも…」

「あ、お兄ちゃん、あれカワイイ。やっていい?」


ソフトドリンクでも奢ってやろうと思った瞬間、鈴に腕を引っ張られてUFOキャッチャーの前へと連行される。やれやれと思いつつ、俺は鈴に硬貨を手渡した。


「よっしゃっ! 猫ちゃん、私のおウチにおいで!」

「鈴、そこはダメだと思うんだが…」

「ギャー! なんで引っかからないの!?」

「いや、もっとアームの動きと位置を良く見てだな」

「もう一回!! この仔が私に助けて! ここから僕を出して! って訴えかけているの!」

「だから、そこはダメだと……。話を聞け、この馬鹿娘」


そうして機械に硬貨を放り込むだけのお仕事を繰り返した後、涙目になった中学生女子を哀れに思った店員さんが猫のぬいぐるみを取り出して手渡すまでおおよそ30分の時間が費やされた。

その後、腹が減っただの喉が渇いただの駄々をこねる妹をなだめすかし、アイスクリームを奢ってかぶりつきながら電気街を抜けて、古着などを扱う店を連れまわされる。

ゲームを早くプレイしてみたいという気持ちもあるが、そもそも時間はいくらでもある。夢のことは何年も付き合ってきた今更の事で、それよりは今の家族との時間、鈴に付き合う時間を大切にしたかった。


「で、お兄ちゃん、どっちが似合うと思う?」

「女子が男に服を選ばせる時って、だいたい本人の中では決まってるよな。パンツの方だろ?」

「当たり。お兄ちゃん、デリカシー無いよね。モテないよ」


デニムのスカートとパンツを比べるように手に持つ鈴を眺めつつ、なんとなく鈴が気に入ってそうな方を指さす。鈴の方はちょっと不満そうだが、スカートの方を元のラックに戻す。


「金と権力によって来る女はいくらでもいたんだけどな」

「生臭い話だねぇ。心はお金じゃ買えないよ」

「きっかけにはなるがな。歓心は買える」

「大人の世界は汚れてるねぇ」

「必要なもの以外にも色々と余計な物を背負い込んでいくからな」

「お金だけじゃ幸福に離れないよ」

「まあ、宇宙人には賄賂は通じないからな。不幸を寄せ付けないためには幾らか必要なんだが」


愛を育むのに財は必要なくても、愛を維持するのには財が必要なのである。現実はいささか陰惨なので、カタチのないモノなど簡単に押し潰してしまう。おお、生臭い生臭い。


「幾らか? たくさんあればあるだけ良いと思うけど?」

「いっぱいあり過ぎると、逆に余計な厄介事を呼び込むからな。過ぎたるは猶及ばざるが如しってやつだ」

「やっぱり世界を救うのは愛だよ!」

「そういうのを大声で主張するにはお兄さんは歳をとりすぎた」

「何!? 私が痛い子みたいじゃない!」

「微笑ましいのは事実だな」


それでも、現実に立ち向かう為にはカタチあるモノだけでは少しばかり足りないのは事実で、正義とか愛とか友情とか理想とか神様とか、そういうのがないと何のために立ち向かうのかが分からなくなる。

復讐とか憎しみは燃料が必要だし、引火性なので△で。


「世界を救えるかは分からないが、人間を救うのは人間だな」

「愛は偉大だねー」

「忍耐が必要だがな」

「えー」

「愛と平和の維持には不断の努力が必要なのだと日本国憲法にも書いてるだろ?」

「マジ?」

「じっくり読み込んでみろ」

「うん、わかった」


そうしたら、少しだけテストの成績が良くなるかもな。ちなみに憲法には似たような文言があるが、そんな事は一切書いてない。

それはそれとして、お金がなくともコネがあると生きて行けたりする。人脈というのはお金よりも価値のある財産かもしれない。まあ、厄介事もたくさん運んでくるのはこちらも一緒なのだけれど。


「お兄ちゃんは服に拘らないよねー」

「そういうのには、いまいち興味が湧かん」

「素材は良いと思うのに」

「どうだか」


服装にはあまり拘らない性質だ。というより、向こうの世界は事情が事情なので、衣服に関しての贅沢はあまり推奨されておらず、自然と俺もそういった風潮に染まってしまったというのもあるが。


「でもさあ、お兄ちゃんの夢の世界ってこのゲームの世界なんだよね?」

「おそらく…と言うしかないけどな」


衣服を物色しつつ、話題はそちらの方へと移る。この3日ほどの急展開のおかげで、夢の世界に関わる状況は一変した。

今までは変化の乏しいループの繰り返しで、新しい話題など無かったのだが、この作品のおかげで新たな変化が生まれたのだ。


「ゲームの中の登場人物っていうの? 会った?」

「ああ。というか、一緒に仕事をしたな」

「えっ!? 本当にいたんだ?」

「そうだな。というか、ゲーム内の登場人物となら今までのループでも会った事はあるんだけどな」


パーティーなどの催し物に呼ばれ、国連事務次官の珠瀬玄丞齋と顔を合わせた事はある。もちろん親しくはしていないし、知人と呼ぶような間柄にはなっていない。顔を合わせただけだ。

他にも神宮司まりもや白銀武と戦場で出会ったこともある。バビロン作戦後の荒廃した世界で、彼らは人類に残された生存圏を守るために戦っていた。

そして前回のループでは香月夕呼と社霞と行動を共にし、因果律量子論という俺の今おかれている状況に密接にかかわる知識体系に触れる事が出来た。


「ふうん。あ、このジャケット似あうんじゃないかな?」

「若すぎないか?」

「お兄ちゃん、自分の年齢分かってるよね?」

「おお、そうだったな」

「いやだよ。お兄ちゃんがモモヒキとかはき出したら」

「はっはっは。タンスになかったからな」

「はく気あったんだ…。これは修正しないと。妹として、いえ、一人の人間として」

「壮大な展開だな」

「使命感に燃えています」

「そんなことより勉強しろ」

「女子中学生の一分一秒は貴重なんだよ! 青春という名の宝物なんだよ! 勉強なんてつまらないものに消費されてちゃだめなんだよ!」

「それこそ駄目だろ」

「と言う訳で、次は水着見に行こう!」

「話を聞け馬鹿娘」


そうして日が落ちるまで鈴に街を連れまわされ、家への帰宅は結構遅くなってしまう。財布もずいぶん軽くなり、俺の物ではない手荷物はずいぶん重くなったことを追記しておく。





「ねえ、まだー?」

「お前は待つと言う事が出来ないのか?

「女子中学生の一分一秒は貴重なんだよ!」

「はいはい」


ゲームを自室のパソコンにインストールする。何故か部屋には鈴がいて、俺のベッドの上を占拠して、クッションを抱えながらうつ伏せになり、足をバタつかせている。アザラシか何かかお前は。

ゲームがインストールするのは続編である『Muv-Luv Alternative』の方で、『Unlimited』の方はプレイしない。

サイトによれば『Unlimited』編は個人個人の事情や訓練兵の生活に焦点が当てられ、作品世界全体の詳細に触れる部分が少ないからだ。


「というか、このゲーム、相当長いぞ」

「どのくらいかかるの? 6時間ぐらい?」

「ネットには50時間とか書いてたな」

「嘘っ? 普通のRPGでも20時間ぐらいだよ?」

「そうなのか?」

「うわぁ。うーん、それじゃあさ、私、こっちやっていい?」

「それ、最初は学園ラブコメディーらしいぞ?」

「へぇー、オタクのヒトがやるんだよね?」


鈴はそう言うと『extra』『Unlimited』のパッケージを手にして、仰向けになってパッケージを眺め出す。


「思ってたんだけど、カクカクした髪形だよね。実際こんな髪形の人が多いの?」

「いや、基本的には普通だが…」

「赤い髪の人とか、青い髪の人とかは?」

「……」

「いるんだ。すごいね異世界」

「鳥の遺伝子でも交ってるんじゃないかと思った事はある」

「オウムみたいな?」

「生命の神秘だな。すごいね、人体」

「でも、皆、この事知ったら驚くかもね。ゲームの世界に行ってるなんて」

「いや、その事は隠すつもりだ」

「え、なんで?」

「あの世界は軍事技術が異様に発達しているし、何より余計な混乱を呼びたくない」


実は平行世界があって、夢でその世界に行けるんだ。しかも、そこはゲームの中の世界とそっくりなんだよとか言ったら、信用を失うか混乱を呼ぶかどちらかだ。

それに、事実だと理解してもらえたとしても、軍事に突出した向こうの世界の技術に欲を出す者が現れるかもしれない。


「この分だと夢の中の世界についてはそのまま話すわけにはいかない。虚偽を騙るとしても、…綿密な設定が必要だな」

「…そんなに慎重になる必要あるの?」

「お前がさらわれたら、俺は逆らえなくなる」

「え?」

「家族の身にも危険が及ぶかもしれない。慎重にならざるをえない」

「あ、うん…」


なんだか鈴が俯いているが、まあ自分の身にも危険が及ぶ可能性を考えているのだろう。自分の身にこの手の危険が降りかかるなんて想像したこともないだろうから。

しかし、この世界での鈴は変わらない。もう思春期なのだから、俺に嫌悪感を抱いてもおかしくないのに。俺はふっと笑ってしまう。

向こうの、夢の世界での彼女は、ほとんどのループにおいて俺を嫌う。衛士にもならず帝国でその才能を活かさず、裏切り者の米国に渡る俺は売国奴なのだそうだ。

前のループでは帝国で高い評価を受けていたから尊敬のまなざしを向けられていたが、あれはあれで居心地が悪い。

国連の第四計画に属しているのも機密だったので、一族からは帝国を救った英雄とか持ちあげられていた。ていうか、鈴にお兄様とか呼ばれるとかすごい変な気分になる。


「ん? 何?」

「いや、別に。向こうの世界の鈴と今ここにいるお前を比べると、なんだか変な気分になってな」

「向こうの私って、どんなの?」

「ん…。そうだな、基本的には変わらないんだが…。いや、その、前回はお兄様とか呼ばれてた」

「お、お兄様!?」

「すごい変な気分になったぞ。キラキラした目でお兄様とか呼ぶお前とか、違和感しかない」

「何でそうなったのよ?」

「BETAが日本の関東まで侵攻するって話してただろ。あれが俺の影響で歴史が変わってな。俺は救国の英雄様だそうだ。まあ、最終的な結果は変わらなかったがな」


移民船団に乗った鈴の消息は最後まで分からなかった。何らかの通信システムの異常か、あるいは移民船団に何らかのトラブルが起こったのか、真相は分からない。

ただ、メガフロートがある程度において安全と分かったから言えることだが、鈴も地球に残った方が良かったかもしれない。


「難しいんだねー。っていうか、お兄ちゃんが英雄だって。なんかおかしー」

「柄じゃないんだけどな。それでも肩書ってのは馬鹿にできないし」

「それで、『お兄様』、次はどうするの?」

「さあ、どうしようか。前回やって分かったんだが、結局のところ最低でも一度は主人公君に登場してもらわなければならない。数千万人の命を引き換えに。まあ、どうせあの世界を救わなければ億単位の人間がさらに死ぬんだが」


全世界でメガフロートの製造が加速されたが、それでも数億の人間を詰め込むのは不可能だった。人間が住むにはインフラが必要で、ただ浮かぶ筏を作るだけでは意味がないからだ。

公権力が強く、個の権利が比較的小さな日本帝国ではまだ混乱は少なかったが、南北アメリカ大陸やオーストラリア、アフリカでは熾烈な生存権の奪い合いが起きたそうだ。

そのせいで何千万ものヒトが無為に死に、そして生き延びる事を許されなかった大多数の人々はBETAに最後まで抗って、そして滅びた。


「まあ、俺は夢から解放されて、向こうでも家族さえ助けられれば文句は無いんだが…」

「お兄ちゃんは消極的だよー」

「そうか?」


正直、人類の危機を救うとか俺の分を超えている。世界を救う俺とか想像もできない。そういうのは香月夕呼とか白銀武とか、ああいう本当の本物がやるべきで、偽物でしかない俺の仕事じゃない。

第一、俺には謀略の才はないし、英雄の器もない。あるのは研究者としての積み重ねだけだ。そして研究者としての才能も特に高いわけではない。


「夢の世界も救ってさ、そんでもって夢を終わらせようよ。ずばーってさ」

「簡単に言うけどな…。っと、インストールが終わったか」


鈴とのお喋りの合間に、ゲームのインストールが完了する。鈴は興味深げに画面を覗き込んでくる。そして俺はアプリケーションを起動した。







[36153] 006
Name: 矢柄◆c8fd9cb6 ID:022f668f
Date: 2014/08/01 21:18


「…まあ、分かっているんだが、毎回6歳からやり直しって言うのもなんだかな」


1990年8月7日。俺の精神は再び6歳児の身体に宿る。

毎回の事であり、今さらではあるのだが、長年かけて築いた人間関係や信頼関係がたった一日で消え去ると言うのは寂しさや虚しさが混ざるなんとも表現しにくい気分になる。

失敗を取り戻せるという意味で前向きになることも出来なくはないが、しかし、正直に言えばしんどいのである。

さて、昨日、現実世界?にて金曜日と土曜日を丸々ゲームに費やしたあげくに眠りについた結果としての今なのであるが、さてどうするべきか。

基本的な構想、つまりは白銀武が2001年10月22日に出現するというイベントの発生を邪魔しない、というのは決定事項だ。

そのためには日本帝国が力を付けすぎてはならない。つまり、俺の持つ知識に基づいた干渉についてある程度の調整を必要とする。

しかし干渉を小さくし過ぎれば、名声が得られず、オルタネイティヴ計画に関わる事が出来なくなる可能性もある。その匙加減が難しい。


「京ちゃんどうしたの、難しい顔して?」

「ううん、何でもないよ母さん」


それに家族を死なせたくはない。この世界が何であれ、目の前の家族、父さんと母さん、そして鈴は俺の主観では間違いなく実在であり、幻でも人形でもない。間違いなく大切な家族だ。





1991年。俺は帝大に招かれ、前回と同じく多くの論文を発表し、いくつかの特許を申請し、実験用核融合炉の製作などに携わっていた。

前回との違いは帝国の戦力に直結するようなもの、例えば戦術機の開発には関わらなかったことか。純粋水爆の開発も考えているが1998年までに実用化が行わないようにスケジュールを調整する。

他、メガフロートの設計も行っている。前回のループでは海の上が最後の生存圏になった事で、メガフロート建造技術が飛躍的に進歩し、自己増殖型のメガフロートが実用化されていた。

海水に溶け込む無機成分と太陽の光、あるいは核融合からのエネルギーがあれば自動的に面積を増大し、また自己補修をする自律型のシステム。

人類は一応ながら海の上に生存圏を確保することができた。そして数十年もの間、俺が老衰で死ぬまで直接的な侵略を受ける事は無かった。

結局のところ彼らBETAは資源さえ確保できればいいのであって、海の上などに興味を持たなかったのだ。襲われなかったのは結局のところ、人類最後の生存圏に彼らの望む資源が無かったから。それだけの話だ。

しかしながら、BETAが炭素系の生物であることには変わりなく、それは彼らの要する資源の中に炭素が含まれていることは自明だった。

つまり、最終的にはBETAとの炭素の争奪戦に発展し、将来的には大気や海水に溶け込む二酸化炭素がほぼ枯渇すると言う恐るべき未来が予測されていた。

共通の脅威を煽って人類を団結させるというプロパガンダの効果もあったが、人々はBETAに対する恐怖心を失わなかった。最悪の可能性、泳ぐBETAの発生の可能性への警戒は常にもたれていた。

このため、水中戦闘機とも呼べる新しい兵器が開発されるに至った。その過程で電磁推進系統が発展し、足のない戦術機とも言える異形が誕生した。

戦術機関連では、ホウ素と水素を燃料とする小型核融合炉の実現により戦術機にこれを搭載することが可能となったのが大きいかも知れない。

ホウ素と陽子による核融合反応は、質量・体積辺りのエネルギーに劣るものの、高速中性子を発生しないという利点があり、エネルギー密度も化学電池や化学燃料に比べれば比較にならない程大きい。

これにより電磁投射砲やレーザー兵器を運用するための大電力を確保することが可能となり、戦術機の火力を飛躍的に向上させることに成功する。

さらに、跳躍ユニットに搭載可能な熱核ジェットエンジンが開発されると、推進剤の枯渇が無視できるレベルとなった。

それでもBETAの光線級と物量に対する明確な対抗策を得ることは出来ず、どれだけ高性能な戦術機を開発しようが海の上に逃げた人類が戦術機を駆る機会などついぞ訪れる事は無かったのであるが。

宇宙開発計画や周辺技術についても大きな進歩があった。先の熱核ジェットエンジンはそもそもこのために開発されたものだ。

観測と経験則からBETAが一定以下の質量の小惑星、ガス惑星や氷惑星に興味を持たない事は知られており、そこに活路を見いだせないか…という生存圏拡大のための冒険が行われた。

もともと第五計画に伴う移民船団の建造ノウハウが残っており、磁場を用いた銀河宇宙線の遮蔽技術の蓄積を継承していたため、アステロイドベルトや木星圏への有人探査や移民は可能と考えられた。

結局のところ生命はエネルギーと元素さえあれば生存できる。

いくつかの人道的な問題を無視して行われた冒険はある程度実を結び、アステロイドベルトの小惑星内部をコロニーとし、そこに移民する事業が実施されていた。

情報技術では光や磁場を用いたデバイスの発展が挙げられるかもしれない。光やスピンを用いた集積回路やメモリー、光学結晶を用いた記憶装置、超小型NMRを用いた携帯型スキャナーなどが実用化されていった。

発展したのは工学的分野だけでなく、生命科学と脳科学の延長線上として合成生物の生産も行われた。それは虫や動物の形態を模したものから、合成人間とも呼ぶべき存在まで…である。

そもそも1億人を下回った人類は十分な労働力の確保が出来ず、にもかかわらず住む土地も限られているため無理な人口増加政策をとることが出来なかった。

それ故に、人類は過酷な環境に置かれても人間のそれと遜色のない労働を提供する奴隷を要した。人権など考えずに済み、いくらでも使い潰せて、しかも従順な存在。

ロボットはコスト的に見合わない。安価に生産出来て、メンテナンスも簡便で、自己修復も出来る存在が良い。それが合成生命だった。

既存の生物種の遺伝子を参考としながらも、電算機により演算された最適な酵素およびタンパク質を合成する、人為的に組み上げられたDNAによって生じる人工合成生命。

人類に奉仕することを快楽と捉える本能、人類が消化できないような食物繊維や油なども栄養源とする食性、与えられる労働に最適な形態と能力、人類が調整可能な繁殖速度。

ノウハウが蓄積すれば、知性を持ちながらも身体能力や五感において人類を上回るモノを設計する事は十分に可能となる。

姿形が人間で無くとも良く、腕や眼が一対である必要も無い。ここまでくれば、ある意味においてそれは人類が生み出したBETAと同類の存在と言えるようになる。

とはいえ00ユニットの完成しなかった前回においてそんな印象を抱いたのは俺だけだっただろう。

むしろ人類の平均値よりも高い知性、冷静さ、洞察力を備えるようになると、人類の存在価値というか、霊長としてのアイデンティティを脅かす事が危惧され始める。

人工的に合成された合成人間の知性は、一種のバイオコンピューターと捉えられ、これに高速演算と記憶装置としてのノイマン型コンピューターを接続することで人類とは比較にならない能力を示す。

人工知性の進化における特異点。人類以上の知能を持つ人工知性が、より優れた人工知性を生み出そうとすれば、それは最終的に指数的な速度を以て加速するという予測。

まあ、そんな未来を目撃する前に寿命が来たのだけれど、被創造物が創造主の能力を超えた時、社会がどうなるのかは少しばかり興味がある。

それはそれとして、前回の数十年で得られた知識は充実しており、軍事技術とは直接関係のない技術群についても新しい知識や知見を得ることが出来た。

こういった知識を元に、特に基礎研究分野において成果を積み重ね、研究畑で名が知られるように工作をしていく。そうして時がたち、彼女が現れた。


「こんにちは。貴方が香月夕呼さんですか?」

「何? アンタは…、いえ、どこかで見た事があるわね。そう、最近、雑誌で…、確か、高島京平?」

「はい、高島京平です。はじめまして」


帝国技術廠の人間の人となりが分かっていたために無駄が省かれ、実用的な核融合炉の公開実験が早まり、少しばかり出会い方が変わったが、俺は再び彼女と出会った。

前回は失意の内に地球を去った彼女だが、今回はどのような結末が彼女を待っているのだろうか。彼女の言う『ガキ臭い救世主』が現れるのかどうか。まあ、実際に立ち会わなければわからないだろう。


「噂の天才少年に声をかけてもらえるなんて光栄だわ」

「若年で才能を開花させたのは貴方もでしょう。因果律量子論、面白い説だと思いますよ」

「あら、読んでもらえたのかしら」

「ええ。なかなかに野心的な仮説だと思います」


面白いも何も、その理論の証拠となるかもしれない存在が彼女の目の前にいるのだが、あえて今すぐに語る必要はない。ある程度の信用を得てから話せばいいだろう。

というか、彼女は数年前には既にこの理論を完成させていたというのだから天才具合が俺とは違う。まったく新しい理論を提唱するというのは凡俗に出来る事ではない。

こうして香月夕呼が帝大に招かれると、量子コンピューターの作成を行っている俺と彼女の話す機会もだんだんと増えていく。

夕呼さんは俺が多岐に渡る分野で活動している事に興味を持ち、様々な分野での討論を行うようになった。

彼女は量子物理学が専門ではあるが、他の分野についても造詣が深く、彼女の意見により研究効率が上がったこともたびたびあった。


「夕呼さん、人工知性の下す判断にも因果律量子論が適応されると思いますか?」

「常に同じ状況下で同じ判断しか下さないAIには適応されないとおもうけれど。それがどうしたの?」

「いえ、俺の研究テーマの一つですから」

「テーマ? ああ、究極の人工知性を作ることね」


究極の人工知性。すなわち、人間に限りなく近く、しかし人間を凌駕する演算能力を備える知性。00ユニットとは似ているが異なるモノ。

いや、00ユニットさえも問題無く稼働させるだけの究極AIの創造。そしてそれは因果律量子論におけるよりよい因果を引き寄せる力を伴うものでなければならない。


「人間の脳でも解体でもするの?」

「還元的な手法では辿りつけませんよ。人間の知性を知り、それを再現する。まあ、今のところの目標ですけど」

「人間に出来る事を、機械で出来ないはずがないだったかしら?」

「人間は神聖じゃないっていうのが持論ですから。宗教者からすれば冒涜もいいところですけど」

「でも多才ねぇ、最初は核物理学が専門だと思っていたけど。量子物理学だけじゃなくて、建築や新素材、分子生物学にも手を出してるみたいじゃない」

「純粋水爆の研究開発は今もやってますよ。技術廠の人たちもそちらに興味があるようですし。でも、それが作れたとしても人類がBETAに勝てるわけじゃないんですけどね」


核兵器がBETAに対する絶対的な対抗手段になり得ない事は中国軍、ソ連軍がその国土の消失をもって証明している。

戦術核はたいした抑止力にもならず、航空戦力が無効化された今では戦略核を自由に用いる事も出来ない。きれいな核兵器が出来たところで、人類の劣勢に変わりは無いのだ。

まあ、帝国本土を数年ほどは延命させることができたり、いくつかのハイヴを攻略するところまでは行けるのだが、結局のところオリジナルハイヴを陥落させない限りは意味のない行為だ。

そして、地球上の全BETAの思考中枢であるオリジナルハイヴ攻略を優先するための証拠を明確に示すには00ユニットによる諜報が必要となる。


「人類の勝利ね。私にはほど遠い話だわ」

「さあ、どうでしょうね。あるいは貴方が世界の趨勢を左右するようになるかもしれませんよ」

「冗談きついわね」

「事実ですよ。未来はいまだ不確定ですがね」

「?」

「来年、1992年に中国領敦煌とソ連領クラスノヤルスクにハイヴが建設される。何事もなければ1993年には重慶に建設されることになります」


そうして俺は自らの素生を彼女に話す。彼女の成果、そして挫折を。今はまだ戯言だと思ってくれてもいい。

だが、俺の予言は当たるだろう。

今までのループにおいてハイヴの建設地が変化したのは前回のループにおいて俺が積極的な干渉を行った時だけだ。そうして為した成果は、人類にとって少しだけマシな未来を用意したことだけなんだけれども。


「本気みたいね」

「信じるんですか? 俺の話はいまだ証明されていないと言うのに」

「狂人の戯言なら、いままで貴方が為してきた成果もあるはずがないでしょ。貴方の言う前回のループで私が何を為したのか、話してもらいましょうか」

「失敗した理論なんですがね」


こうして、微妙に姿を変えながらも歴史は進む。





「現在、BETAは敦煌にその前線基地であるハイヴの建設を終えています。しかしながらこのBETAの東進に対して中国軍は自国領土を犠牲とした戦術核による焦土作戦以外に有効な抑止を行えず、しかしBETAの侵攻を阻むには至っていません」


1992年末、俺はいくつかの大学や企業を招いた講演会を行っていた。

前回のループではいくらか経験したものの、やはり研究畑一筋の俺としてはこういう演説は慣れるものではない。

行っている演説は将来的に九州・中国地方へのBETA上陸が十分にあり得る危険性を指摘し、メガフロートへの移住を促すというものだ。


「1985年には英国本土への侵攻があり、地中海での渡洋も確認されている事から、黄海・東シナ海・津軽海峡において海がBETAの侵攻を阻む壁となることは期待できません。帝国軍による決死の防衛がなされるでしょうが、住民避難と戦闘を同時に行う事が困難である事は英国本土侵攻の例からも分かると言うものです」


だが、彼らのどれだけが言葉によって動くだろうか。

今はまだ朝鮮半島も健在であり、中国も戦線を後退させながらも完全には崩壊していない。じきに重慶にハイヴが建設されるだろうが、それでも住民は移住を考えないだろう。

危機感を覚えたとしても、彼らが本気になるのは朝鮮半島が陥落した時。しかし、それでは遅すぎる。


「今回、私が考案したメガフロートは自己増殖修復型の新式のものであり、核融合炉をエネルギー源として無限にその面積を拡大し続けます。これにより設置後10年後の面積は…」


彼らが確かな形でBETAの影に恐れを抱くのはおそらく1997年に朝鮮半島にハイヴが建設される時だろう。

これを端に第二次産業、工場などを移転させる事は可能かもしれない。だが、その土地に生きる人々、農耕や水産業を営む人々は土地を離れないだろう。彼らに俺の言葉が届く事は無い。

多くの人々が死ぬだろう。俺には彼らを生かす手立てがあるにもかかわらず、俺はそれを行わない。

今までのループでさんざんに見捨ててきた人たちだ。なんの縁もゆかりもない人たちだ。いまさら良心の呵責を覚えるのは筋違いかもしれない。だが、それでも彼らは今生きている。

公演が終わる。

多くの企業の関係者たちが俺の周りに集まってくるが、彼らの本題はメガフロートへの移転ではなく、俺が研究している新しい技術への興味と打算的な思考によるものだ。

実際、多くの講演の後に話した事はそういう内容ばかりだった。そうして適当に彼らをあしらい、俺は帰途につく。


「さて、彼らは俺の言葉に耳を貸さなかったことを後悔するのかね。はっ、俺は確実に地獄行きだな。まあ、それまで精神が保ったら煉獄だろうとどこだろうとせいぜい付き合うさ」


BETAの本土侵攻を真面目に考えていた者は当時の日本には少なかったが、それでも俺のメガフロート建設にはGOサインが降りた。

BETAの本土侵攻を阻めたとしても、勝手に増えていく領土と言うのは魅力的だったのだろう。また、このメガフロートは他国、国土を奪われた欧州・中東各国にも受け入れられる。

いやむしろ、そういう国々にこそ歓迎された。

そうして年月が流れる。

従来の半導体の百分の一の規模に千倍の演算能力を可能とする1分子コンピューターの実験室レベルでの製造、実用的な量子コンピューターの実現。

さらには医療用マイクロマシンの開発、核融合エネルギーにより海水中の炭酸を固定し代用石油を生産するプラントの建造といった成果を上げていった。

俺は各分野での博士号を得た。家族や一族からは大変な祝辞を受けた。たまに正月や盆などに実家に帰れば一族総出での祝宴が行われる。

妹の鈴からは気持ちが悪いほどのキラキラした尊敬の目で見られ、母親には訝しがられ、父親は流石俺の息子だだのと自慢して酔いつぶれた。

いつの間にか増殖した親戚たちからはノーベル賞は確実だとか言われたが、肝心のスウェーデンはBETAの腹の中である。

まあ、いくら特許や企業で儲けようがこの世界は末期だし、こんな肩書は第四計画に参加するための布石に過ぎないのだけれども。

そうして1995年を迎える。

夕呼さんの00ユニットを用いた対BETA諜報員育成計画が第四計画として本計画として格上げされ、俺もその計画の一員として参加することとなる。

そして第三計画の接収に伴い、一人の少女が俺たちのもとに届けられた。


「第六世代、300番。まあ、名前ではないですね」

「…そうね」

「?」


首をかしげる銀色の髪の少女。まだ特徴的なあの髪飾りは着けていないが、それでも前ループでは長年連れ添った生涯のパートナーだった。

まあ、そのあたりについては彼女にあまり知られたくないのだが、彼女の能力をもってすれば容易く読みとられてしまうだろう。まあ、今は本人も俺との関係を正確な意味で把握できていないようだが。


「初めましてというべきか…、俺の名は高島京平だ。おそらく最短で9年程度の長い付き合いになる」

「……」

「まあ、まだ日本語も慣れないだろうからリーディングで読みとればいい。おそらく既に読みとっているだろうが、俺が君に会うのは初めてじゃない。いや、この世界においては初めてだな。まあ、そのあたりもおいおい理解してくれたらいい」

「……」

「君の人生はここで大きく変わるだろう」

「?」

「どう変わるかは不確定だ。俺もこの先何が起こるか分からない。だが、少なくとも今までとは違うものになる。あるいは過酷なものになるかもしれない」

「……」

「まあ、それはいい。分からないものを今悩んでみても仕方がない。ただ、君が良いというなら、俺の記憶の中にある君の名を、今の君に受け取って欲しい」


少女は俺の瞳をまっすぐ見つめる。だから俺はその名を口にする。


「社霞、君の新しい名前として受け取ってくれるか?」

「ヤシロ…カスミ?」

「ああ、そうだ。世界は違えど俺にとっての君は今でも霞だから、まあ、独りよがりな考えではあるが。嫌なら断っても良い。名前は大事なものだから」


彼女は首を横に振る。そしてもう一度ヤシロカスミという名前を少しぎこちないアクセントで呟いた。


「受け取ってくれるか?」


少女はコクリと頷いた。この日より彼女はトリースタ・シェスチナではなく社霞と呼ばれるようになる。

祖国では与えられなかったものを、俺たちは再び彼女に与える事が出来るのか。この繰り返しの世界で、それさえも作業になってしまわないか。俺はそんな事を思いながら彼女の小さな手を握った。





「悪くない」

「……以外にこういうのも悪くないわね」

「これが…着物ですか」


さて社霞が来日してよりいくらかの年月が流れた。霞はものすごいスピードで日本語だけでなく、各種専門技術についての知識を習得した。今では夕呼さんや俺の助手を立派に務めている。

とはいえ、仕事だけでは息が詰まるモノ。研究所という狭い空間に押し込められた霞には外に出る機会はほとんどなく、それゆえ日本文化には食以外にはあまり触れていない。

ということで、俺と夕呼さんは霞で…ではなく霞と日本文化で遊ぼうという企画を立てた。まあ単純に白人の霞に和服を着せてみようという類の催しだ。

前回のループでも彼女が和服を着た事は見た事が無かったので、俺自身もどうなるかと興味がなかったわけではない。霞は自らが纏う蒼色が鮮やかな振袖を珍しがって色々なポースを鏡の前でとっている。


「夕呼さんも晴れ着ぐらい持ってるでしょう。美人なんだから似合うと思いますが?」

「いやよ。私かたっくるしいのは嫌いなの。でも、他人…可愛い娘を着飾るって言うのは思った以上に面白いわね」


夕呼さんはそうは言っているが、実家は名家であるので以外に昔からそういうものを着せられていたかもしれない。

まあ、今は年中洋服の上に白衣を羽織っているし、俺もそんな姿の彼女しか見た事は無い。物語では街中でケーキを売る女性が着ている様なサンタクロースのコスチュームに身を包んだ事があるらしいが。


「霞、どうだ気にいったか? 青の他にも赤色のとかも用意している。気にいった物があればプレゼントしよう」

「プレゼント…ですか?」

「あら、えらく気前がいいじゃない」

「金だけは一方的に貯まるんでね。かといって、こんな仕事していたら使い道も見つからない。俺自身金のかかる道楽には興味ないからな。…それに予定では西陣も京友禅も加賀友禅も大打撃をうけるはずだから」


まあ、別に今買いこんでおいて値が張ったら売るなんて言うあこぎなことをするつもりはない。

人類が滅びれば金なんていくら持っていようが意味もないし、財を蓄えたところでBETAに賄賂が通じるわけでもない。道楽なら平和になってから探せばいい。


「とはいえ、将来の事も考えていくらか買っておくのもいいか。霞も大きくなるからな」

「私にはなにかもらえないのかしら?」

「アンタ十分に金持ってるんだから自分で買えや」

「ケチね。アンタ、色々起業に関わって儲けてるんでしょ」

「正当な報酬です。まあ、いいか。霞、カタログがあるから好きな柄を選べ」


俺は織物のカタログを開いて霞に見せる。まあ、なんとも値段の張るモノばかりで、現実世界の親父たちが見れば目玉が飛び出るような桁の数字が並んでいる。

とはいえ、この世界においての俺の財力からすればさほどの問題ではない。この末期の世界で保有する財がどの程度の価値を持つのかは分からないが。


「でも、今の感覚で選ぶ柄と、霞が大人になってから着たいと思う柄って違うんじゃない?」

「ん、それもそうか。夕呼さんも選ぶの手伝ってくれません?」

「アンタが選びなさいよ。その方が喜ぶんじゃない?」

「…霞、どうする?」

「京平さんに…おまかせします」

「そうか」


そうして俺は記憶の中にある成長した彼女、年を経た彼女の姿を思い浮かべ、彼女が好みそうな柄のものを選んでいく。

基本的に彼女は黒を基調とした色を好んだが、まあそれは確かに銀色の髪の彼女の容姿を引きたてるのだが、白や暖色系統だって似合わないわけではない。


「そうだな、洋服も買おうか」

「いいんですか?」

「ああ、霞が望むなら」

「ところで京平」

「なんです夕呼さん?」

「アンタ、霞には随分甘いけど、前回のループでこの子と恋仲だったの?」

「記憶にございません」

「霞、どうなの?」

「結婚…していたそうです」

「ふぅーーん」

「か、霞、お前はもうちょっと恥じらいと言うものをな…」

「ロリコン」

「ぐっ、年齢的に霞とは3歳しか違いませんので」

「精神年齢的には?」

「黙秘します」


生温かい夕呼さん夕呼さんの視線が突き刺さる。霞が頬を赤くする。俺は所在なさげに身を縮こまらせるしかできなかった。まあ、そんな感じで日々は過ぎていく。





そうして1998年が訪れた。

メガフロートは順調に巨大化し。関東を全て含めたほどの大きさに成長した。秋津洲と名付けられたその浮島は千葉と巨大な浮橋で接続されている。

大都市圏との交通の便が良いため1996年以降には関西以西からの向上の移転や移住者の入植が相次いだ。

多くの工業施設が並び、特に食糧生産工場や石油生産工場は米国からのそれの輸入が不要になるほどの生産量を誇るようになっている。

とはいえ、移住者は100万人にも届かず、ギガフロートには空き地が広がっている。だが歴史が物語の通りに時を刻めば、およそ2500万人の難民が生じる事になる。

本来は九州や中国地方の人々を受け入れるはずだった浮島も、その時になれば別の用途に用いられることとなるだろう。まあ、仕方のない事だが。

3年の間、とくに何もしなかったわけではない。

俺は俺で研究を重ねていたし、いくつかの成果も上げていた。まあ、直接的に帝国の戦力になるようなものは発表しなかったか、意図的に公表を遅らした。

とはいえ、前回ループで研究した超小型高精度MRIを用いた戦術機の完全思考制御は、夕呼さんからA-01連隊を用いて実戦証明を行うようにと指示を受け、成功を収めた。

完全思考制御は筋肉などの電位を測定する間接思考制御に比べて明らかに反応性が高くなり、戦術機の動きをまるで人間ようにスムーズに稼働させる。

また、多くの衛士の脳をモニタリングすることで、訓練用の仮想空間において他の衛士が体験した危機的状況の再現や、新任の衛士がベテランの経験をダイレクトに学ぶことが可能となる。

これを導入した事によりA-01の衛士たちは朝鮮半島では死の8分を全員が乗り越えただけでなく、戦闘効率を平均30%以上向上させ、衛士の生存率を3倍にするとの結果を叩きだす事が出来た。

並行して小型加速器を用いた荷電粒子砲については衛星兵器としての建設が開始されている。

鉛原子核を用いた中性ビームとしてのその威力は、計算上はXB-70の荷電粒子砲の威力を遥かに上回るはずであり、佐渡島ハイヴ攻略戦やオリジナルハイヴ攻略作戦などに大きな戦果を生み出すはずである。

まあ、予定でしかないが。

純粋水爆については今年の秋に爆発実験が行われる予定である。ある意味において意図的にその実用化を遅らせたが、それに気付いているのは夕呼さんと霞だけだろう。

無人兵器群の量産体制も秋津洲において1999年より開始される。全ては遅きに失するのだが。

そうして歴史は巡る。

春に行われた朝鮮半島からの撤退を支援する光州作戦は国連軍司令部の陥落による混乱により、国連軍は大きな損害を受ける。その原因となった彩峰中将は死刑となり刑場の露と消えた。

そして、帝国は試練の時を迎える。夏、重慶ハイヴより東進するBETAの大群が朝鮮半島から日本海を横切り、北九州・中国地方日本海側に上陸したのだ。

超大型台風の直撃と重なったこの本土侵攻は、海上戦力の展開が出来なかったこと、避難民の誘導が困難となったこと、それに伴い有効な反撃が行えなかった事により、わずか一週間余りで九州・中国地方・四国の失陥を許してしまう。

そして、そのまま大阪までBETAの侵攻を阻む事はできなかった。


「京平、アンタの言う通り、地獄の釜が開いたみたいね」

「BETAの侵攻は止まらない。東京までその侵攻を許すだろう。それ以西は全てBETAに食い破られる」

「そして、佐渡島と横浜にハイヴが建設される。止めなくてよかったの?」

「無意味な問いです。こんな光景は何度も繰り返して見てきましたから。…俺は家族に仙台に疎開するように言ってきます。何度言っても動いてくれないので」

「そう、気を付けていってらっしゃい」


説得は意味を為さなかった。

仙台への疎開について両親は頑として頷かず、俺はせめて鈴だけでもと頼み込み、それだけは聞き届けてくれた。

鈴は最初は嫌がっていたが、恥ずかしい事に涙ながらの説得をしてしまい、それで彼女は折れてくれた。護衛が運転する車上で彼女は所在なさ気であったが、彼女だけでも確保できたことを喜ぶべきだろう。

そうして帝都たる京都は一カ月の攻防の末に陥落。BETAは東進を続け佐渡島にハイヴの建設を許す。

その後、米軍が安保条約を破棄し撤退、さらにBETAの東進は止まらず西関東がBETAの制圧下におかれ、そして横浜は壊滅した。

2500万人にものぼる難民は秋津洲にて急ピッチで建造されていた仮設住宅に収容された。

第四計画の本拠地移転と共にBETA東進の前に鈴は仙台へと逃す事ができた。その後、横浜にハイヴが建設され、戦線は多摩川を挟んで膠着状況となる。

多くの避難民があふれ出たが、その中に俺の両親は含まれていなかった。彼らは行方不明…実質的には殺されたものと考えて良い。


「そうか…ありがとう」

「お兄様、お父さんやお母さんは…?」

「まだ…、行方不明だそうだ」

「お兄様…、本当の事を…、お兄様はどう思っているのですか!?」

「避難民のほとんどは秋津洲に収容されたか、親戚筋を頼って疎開したそうだ。望みがあるとすれば、病院に収容された意識不明の患者たちだろうが…」


佐渡島ハイヴを建設した後、BETAの侵攻は一時的に止まった。だから多くの人たちは安心してしまったのだろう。特に関東、横浜の住民はまさかここまで来るとは思わなかったのだ。

しかし、関東へのBETAの侵攻は電撃的と表現できるほどの速度で行われた。多くの人々が逃げる暇もなく犠牲になった。その中に両親が含まれている可能性は高かった。最悪、捕虜になっているだろうか?


「お兄様…、私はBETAが憎いです」

「そうか」

「お兄様はそうではないんですか!?」

「不思議と、まだ実感がわかない。何かの拍子に、父さんたちが戻ってくるような気がしてな」


嘘だ。俺はそんなことを思っていないし、悲しんでなどもいない。

何度も家族を失った。しかし、俺は内心で現実世界の家族こそ本物だと思い、この世界での家族をよく似た他人だと思っているのではないだろうか。

そんな風に思ってしまうほど、俺の心は波立たない。それとも、この繰り返しの中でそんな感情すらも失ったのだろうか。


「…私は衛士になります」

「やめろ。俺は鈴まで失いたくない。お前まで守れなかったら、父さんたちに合わす顔がなくなる」

「ですがっ!」

「お前が命をかける必要はない。俺が仇をとってやるさ。どんな衛士よりもたくさんのBETAを殺してやる。だから、お前だけは俺の手元にいろ」


俺は鈴を抱きしめる。俺は鈴の頭を撫でながらも、内心冷めた心で自嘲する。この結果を防ぐことが出来た俺が、鈴と同じように悲しむのはお門違いだろう。

そうして、香月夕呼の提案により明星作戦へのカウントダウンが始まった。

さて、囚われの眠り姫は見つかるだろうか? そして、彼女が待ち焦がれる王子様は現れるのか。未来はまだ不確定の霧の中だ。






[36153] 007
Name: 矢柄◆c8fd9cb6 ID:022f668f
Date: 2014/08/01 21:19
明星作戦をひかえる1999年の早春、仙台において国連軍主催によるイベントが行われようとしていた。

それは俺がA-01において試験的に導入した直接思考制御技術の公開トライアルで、各国の衛士や戦術機の専門家たちが招かれたその場で、システム搭載機の実演、模擬戦、システムについての講演などを行う。

この直接思考制御技術は裏側では第四計画の成果として喧伝されることとなっており、事実、戦術機のメインシステムには第四計画からスピンアウトした高性能コンピューターが用いられている。

実戦証明についてはA-01による試験運用のデータが用いられ、実際に朝鮮半島や本土防衛戦での彼らの活躍は帝国軍・大東亜連合軍・国連軍において噂になっていた。


「人体に何らかの悪影響はないのですか?」

「それについては資料の31ページにあるように、運用実績から見ても衛士への健康上のリスクは無視できるレベルに収まっています」

「発がん性は無いと?」

「コンピューターとソフトウェアの改良により、不均一な磁場を用いての走査が可能となっているため、使用する磁場が医療用NMRよりも弱く、持続的な使用を考慮に入れてもより安全であると考えています」


模擬戦では直接思考制御用の改造を施したF-4ファントムのチームがF-15Eストライクイーグルを破り、TYPE94不知火などに善戦するといった高い性能を見せつける。

その成果は革命的とも評され関係者に衝撃を与え、以降、明星作戦までに限定的に各軍で試験運用されることとなった。

作戦における戦果をもって最終的には戦術機以外の兵科にもその使用が推奨・義務化・標準化される時代が到来するのだが、それはまた別の話である。

また、このトライアルと同時に実用的な小型純粋水爆もお披露目された。クリーンな戦術兵器・戦略兵器はBETAの脅威を直接受ける国々には喉から手が出るほどに求めるものである。

そうして時はたち明星作戦が直前に迫る。


「私はある好機だと考えているのだけれど?」

「だが、A-01の人員を無駄に消耗させるべきではないでしょう。アレが使用されればA-01は壊滅的な被害をこうむる可能性があります。アレを前に運など関係無いですから。全滅などしたら目も当てられない」

「だから事前に知らせると? 反発するわよ、何故自分たちだけなのかって」

「00ユニットへの人格移植の成功率はしょせん確率でしか表せません。良い因果を選ぶ能力もあくまで確率的なもの。どれだけ優れた資質を持とうが、死ぬ時は死ぬ。そうでしょう?」


そもそも、物語における鑑純夏にしたところで、真の意味で彼女により良い因果を掴みとる力があったのなら、BETAの捕虜にすらならなかったはずだ。

彼女のその意思力は確かに強力だが、しかし彼女が本当の意味で望む幸福を手にする事は物語においても叶わなかった。


「それに、選別ならば本土防衛戦において十分できたのでは?」

「ええ、それなりにはね。だけれども、アンタが下駄を履かせたせいで予想以上に損耗率が低かったわ」

「候補者リストを作るだけのデータはとれたでしょう。あの過酷な状況下で奇跡的とも言える判断を下した者が何人かいたはずです。だいたい、肝心の量子電導脳が完成していないのに、選別を焦る必要が何処にあるんです?」

「…まあ、いいわ。好きにしなさい。だけれども、明星作戦にA-01を参加させるのは決定事項よ。そしてアレについて外部に漏れる事も許さないわ」

「分かっています。ですが、俺は彼らを犬死にさせたくない。せめて意味のある死を与えてやりたいんです」

「それが貴方の衛士としての流儀なのかしら?」

「話しましたか?」

「いいえ、でもシミュレーターで実演した機動、まりもが本当に衛士じゃないのか疑っていたもの」

「…流儀じゃなですよ。ただの後悔です。そもそも俺に衛士としての誇りなんてないですから」


死しか待っていない戦いの中に多くの衛士が送り込まれた。そこには誇りはあれど、意味など無かった。人類の敗北は確定的で、きっと何も守れない事を誰もが知っていた。

そんなどうしようもない戦いに部下を率いて飛び込んだ事など何度もある。そして俺自身、物語を知るまでこの世界に何か救いになるようなものがあるとは思った事もなかった。

この世界を救う事なんて考えもしなかった。どう考えても詰んでいたからだ。だから俺にとってこの世界は経験を得るための儀礼でしかなく、それ以上の意味も価値も認めていなかった。

物語を知って初めて、俺はこの世界の人間になれたのかもしれない。だから、いままで意味も価値も認めず、名前も覚える事のなかった者たちの多くの死に、ようやく哀悼の意を覚えた。

そうして俺はA-01連隊の中隊長以上の者達の前に立つ。夕呼さんもこの情報の重要性を認識するからこそ立ち会う。

第五計画の勢力を減ずるにはG弾大量運用の危険性を示す、前回にも使ったシミュレーションプログラムが必要であり、その完成にはG弾の実戦運用のデータが公開される必要性がある。

だからこそ、横浜にはG弾が使用されなければならない。見逃さなければならない。という建前を話す。


「皆そろっているようね。喜びなさい、このお優しい高島博士が今回の作戦に米国が用いる新兵器の情報を貴方達だけに知らせてくれるそうよ。分かっていると思うけど、この話は他言無用だから。家族だろうが恋人だろうが漏らしたら…分かっているわね?」


夕呼さんは相変わらずのフランクな口調で、しかし厳然とした警告をA-01の隊員たちにかける。

そして彼らは夕呼さんのその言葉の意味を正しく理解したようで、つまりそれが例え彼らの愛する者たちが死ぬ可能性があろうとも、それを外部に語ってはならないという命令であることを察した。

そして俺に彼らの視線が集まる。


「これから語ることは極秘情報だ。第四計画の成否にも関わることであるため、他言は許さない。本来なら君たちにも知らされないはずの情報であり、しかしその場合、A-01連隊そのものが壊滅的、最悪の場合文字通りの全滅となる可能性があるため、俺が香月博士を説得した上で君らに知らせる事とした」

「今回の作戦『オペレーション・ルシファー』は第四計画の発案において行われるものであるが、ここに米国がいらぬお節介を焼くらしいことを第四計画独自の情報網が入手した。それによれば米国は帝国軍・大東亜連合軍に一切の通告も行わずに、新型爆弾の実戦証明を行おうとしているらしい。この新型爆弾は核兵器とは一線を画す大威力の爆弾であり、光線級の迎撃すらも無効化する画期的な兵器だ。これが正しくその性能を発揮すればハイヴの攻略すらも容易いだろうと考えられる。だが同時に、この兵器がなんの警告も無しに用いられる事が意味するのは友軍ごとBETAを殲滅することであり、使用に際しては友軍の攻撃により莫大な死者が積み上げられる事になるだろうことは明白だ」

「では何故、我々がそのような情報を保有しているにもかかわらず、それを暴露しないのか。本来ならば人的被害を最小限に抑えつつもBETAおよびハイヴに決定的な攻撃となるこの兵器の運用は戦略面から言えば正しいものだ。しかし、我々はこの兵器が致命的な欠点を有することを予測しており、将来的に、我々第四計画はこの新型爆弾を用いた戦略を否定しなければならない可能性があるためだ。そのためには新型爆弾の実戦運用におけるデータを取ることが必要不可欠であり、今回の新型爆弾の使用を阻害することは却下された」

「各員には思う所もあるだろう。だが、我々の予測が正しければ、この新兵器の大量運用は地球規模の大災害を引き起こす可能性がある。それが引き起こされた場合、BETAを滅ぼしたはいいが、人類は滅亡したなどという笑えない状況を生みかねないと我々は恐れている。もしこの情報が外部に漏れた場合、帝国および大東亜連合は新型爆弾の使用に強く反対し、結果としてこれが使用されなかった場合、我々はこの新兵器を否定するためのデータを入手できなくなる可能性がある」


真っ赤な嘘だ。

米国が改めて帝国と大東亜連合の同意を得てG弾用いるという方向に転換すれば、後のない帝国はこれに同意する可能性が高い。それにここで米国が使わなくても、他の機会で用いる可能性は十分にある。

これは俺の勝手。俺が見捨てる。ただ、眠り姫を起こすための王子様の登場を期待する不確定のために。00ユニットの完成という目的のために、俺は数千人の人間を見殺しにする。

これはもう、西日本に生きていた3600万人の命を見捨てた時から決めていたことだ。今さら引き返す事などできない。A-01連隊の損耗を抑えるのも、00ユニットの素体を出来る限り多く確保するためだ。

鑑純夏がたとえ物語の通りに00ユニットとなっても、彼女は桜花作戦で散る可能性が高い。故に次の候補を作戦の生き残りから抽出する必要がある。数は多い方がいい。


「よって、地上戦において君らは米軍と同様に新型爆弾の使用直前に戦域から離脱してもらう。新型爆弾の破壊半径の予測については資料にある通りだ。その後、各隊はその際の撤退手順についてミーティングしてもらいたい。以上だ。質問はあるか?」


俺が質問を促すとしばらくの間、会議室には静寂が支配する。彼らは互いの顔を見合わせ、そしてしばらくすると男性、大尉の男が手をあげた。


「君は?」

「はっ、川田大尉であります」

「発言を許す」

「はっ。情報を秘匿する理由については理解しました。しかし、何故我々に特別にその情報をお教えいただいたのですか?」

「ふむ、いいだろう。川田大尉、A-01連隊は我々第四計画の特殊任務部隊だ。その事は以前君らに直接思考制御の試験導入と実戦テストを行ってもらったことからも理解しているだろう」


本来A-01連隊は厳しい環境に放り込むことで、因果律量子論に基づくより良い因果を手繰り寄せる力を持つ人材を選別するための部隊だ。

しかしながら、いくつかの新兵器のテストを行わせたために、新兵器のテスト部隊としての意識が若干広まっている部分がある。


「はっ」

「しかし、A-01連隊はただ新装備の試験運用をするためだけの部隊ではないし、第四計画の障害を取り除くためだけの部隊でもない。第四計画の根幹にある特別な任務を行うための人員を抽出するための部隊でもあるのだ。ゆえに、人員の急速な損耗は望まれない。これが君らを温存する理由だ。それ以上でもそれ以下でもない。このような回答で構わないか?」

「特別な任務でありますか?」

「それについては機密事項だ。これ以上の情報は公開できない。君らは今回においては特別扱いされるが、君ら自身が特別な存在であるわけではない。以上だ」


そうしていくらかの質問を答えた後、資料を回収して俺は退席する。彼らは一様に複雑な表情を浮かべていた。

それはそうだろう、彼らは帝国軍の基地で錬成された衛士であり、どちらかと言えば日本人であるという意識が強いはずだ。

なのに、友軍である帝国軍を半ば裏切るような形で撤退して、彼らを見殺しにするというのだから反感を持っても仕方がない。





「ふん、こんなものを用いても用いなくても結果は変わらないが」

「純粋水爆とその運用兵器たる自律思考多脚戦車ねぇ。本当に役に立つの?」

「陽動と力押しには役に立ちます。前回のループではそれなりに使えましたから。ただし、初使用なのでそこまでの陽動効果は期待できませんし、なにより数が足りない」


前回のループではF-4J撃震を改修したタイプが用いられたが、今回用意したのは先行量産型としての99式自律思考多脚戦車『散花』が12機ほどで、あくまでも試験運用の域を出ない。

4脚歩行型で、縦長の胴から4本の脚が生えた様なそんな外観をもち、ホイールを持つ脚は車両としての走行と、歩行を両立させる。

無人兵器故に振動や慣性をある程度許容できるために、有人兵器には不可能な機動を可能とし、大胆な軽量化や省略化を実現している。

基本装備は36mmガトリングモーターカノン1基と120mm砲1門、S-11弾頭ミサイルを4基搭載し、防御兵装にA-10サンターボルトⅡのCIDS-Mk1ジャベリンを装備する。

そして、最大の兵装は胴体部に積載された1kt~1Mt級の可変威力純粋水爆で、敵集団の中心で爆破することで多くのターゲットを消滅せしめるという兵装だ。

数が勝負である対BETA戦において12機というのは心もとなく(純粋水爆の半数以上がミサイルの弾頭として用いられるため)、今回の明星作戦では崩壊しかかった戦線を守るなどといった贅沢な使用法は出来ないかもしれない。

基本的にはここぞという時に侵攻させ、敵陣中心での熱核爆弾の起爆といった方法に用いるといった感じか。どの程度役に立つかも不明だ。A-01に運用を任せてはいるが。


「戦力がある程度揃うのは2001年の中頃ぐらいでしょうね。その頃になれば無人兵器と水爆で力押しができるようになるでしょう。まあ、00ユニットが完成しなければ絵に描いた餅でしかないんですが」

「うっ、アンタ嫌な性格ね」

「別に夕呼さんだけに責任があるわけじゃないですよ。プロジェクトに関わっている全員が何も閃かないんですから、これは機械仕掛けの神にでもご登場願わなければ解決しないかもですね」

「完成できなければ?」

「弱音ですか? 珍しい」

「そんなんじゃないわよ」

「力押しの効果も一時的なものでしかないでしょう。BETA数百万の大軍団による過剰飽和突撃の前では通常戦力は無力ですから。門級と母艦級が増産されれば戦術機でのハイヴ攻略は夢のまた夢。最終的にはG弾の泥縄的な使用で、人類は衰退しましたというのがオチですかね。まあ、00ユニットが完成したところで必ず勝てるわけでもないんですが」

「まあ、そうなのよね…」


00ユニットは諜報用の兵器であり、BETAに対する絶対的な兵器ではない。

XG-70は超兵器ではあるが、燃費が悪い上、オリジナルハイヴを陥とさなければ対応される可能性は高い。

つまり、00ユニットを完成させてBETAの指揮系統を暴いたうえで、オリジナルハイヴ攻略を完遂させなければ詰むのである。

まあ、最後の手段にオリジナルハイヴでML機関を暴走させるという手もあるが。


「そうだと霞はどうなるのかね…」

「霞がどうかしたの?」

「いや。ところで人肉シチュー製造機の接収はどうなっています?」

「ああ、あれね。もうひと押しってところなのよね」

「そうですか。まあアレも画餅の類ですが無いよりはましでしょう。最悪、戦術機の複座型管制ユニットに乗せればいいんですが。というか、今は置き場所がないですよね」

「接収するはずだった基地が無くなっちゃったからねぇ」

「そういえば、夕呼さん、帝国にレールガンの技術を渡したみたいですね」

「ええ、コアはブラックボックスにしてるけどねぇ。それがどうしたのよ?」

「レールガンはアメリカで研究した事があって。まあ、あの国にはG弾戦略があるんで予算は少なめだったんですが…。G元素を使わない一般的な兵器にできないか改造しようと思って」


前回のループで開発した曲がる荷電粒子砲の開発は面白かったが、ある意味において奇をてらい過ぎていたような気がする。

正道で行くなら核を光線級に迎撃されない様な、低高度・超高速で送り込む方が理には適っているだろう。

ただし、連中は地平線のむこうの飛翔体までも捕捉しているようで、その気になれば地平線から顔を出した瞬間に最大照射するという対応もありえる。。


「まあ、好きになさい。でもアンタ、G元素嫌いねぇ」

「色々と使えるのは分かっているんですが、頼り過ぎるのもどうかと思って。負けた気がするというか」


そうしてA-01連隊の練度といくつかの新兵器の視察を終えた後、俺と夕呼さんは研究所へと戻る。

そして俺はそこで在り得ない人物と遭遇する。その人物は何故か霞と対面していて、一歩も引かずに彼女を訝しげに睨みつけている。一体何が起こっているのか?


「貴女がお兄様の恋人?」

「今は…違います」

「今はってことは、いつかってことなんだ」

「わかりません」

「でも、案内してくれた人が言ってたよ。お兄様が貴女のために服をプレゼントしたって。貴女、お兄様のいったいなんなの?」

「高島博士の助手…でしょうか」

「ふうん、助手ねぇ」


対する霞は困惑の表情を浮かべている。俺は唖然とその光景を見つめて一時停止する。その次に、俺は責任者である傍らの人物に振り向いて問い詰める。


「夕呼さん、なんで鈴がここにいる?」

「護衛対象なんだから一纏めにした方が楽でしょう?」

「いや、鈴はどう考えても部外者だろう」

「もう、機密にズブズブね。良かったじゃない、アンタの妹、これで下手に衛士になれなくなったわよ」

「アンタ、時々訳の分からない事しでかすな」

「何よ、これでいちいち会いに行かなくても済むでしょう? このシスコン」

「どこがシスコンなんだ?」

「妹の誕生日にダイヤモンド贈る奴が何を今さら」

「ぐっ、あれはただの髪飾りで…、その、鈴に似合うかと…。って、なんで知っている!?」

「アンタが送る宅配物の中身がチェックされていないわけないでしょ。だいたい、妹が大切だからって、いちいちフラフラ会いに行かれたら護衛する方も困るのよ」

「そんなに頻繁には会ってないはずだが…」


そんなに頻繁でも無く不定期ではあるが、護衛に相談してスケジュールを調整し、OKがもらえれば会いに行っている。無茶は言っていない。

ただ、鈴も両親を失なったばかりで不安定なところがあり、放っておけなかったという理由もある。鈴にも厳重な警備が付いていて、彼女もまたどこか不安な毎日を暮らしていた。


「まあいい。鈴、来てしまったのか」

「あ、お兄様っ、お会いしとうございましたっ」


何故か俺の胸に飛び込んでくる妹。満面の笑みを浮かべて俺を見上げ、俺はため息をついて鈴の頭をなでてやる。しかし、妹の次の行為を俺は見逃さなかった。

鈴は俺に撫でられながら、霞に視線をやってニヤリと笑ったのだ。そして一見無表情の霞(分かり難いが少し怒り気味)の冷ややかな視線が俺を捉える。


「どうしてこうなった」

「お兄様?」

「いや、鈴、ここに来たらもうまともな暮らしはできないぞ」

「いいえ、お父様とお母様がいなくなって、学校のお友達とも離ればなれです。私の日常はもう変わっています。後悔はありません」

「そうか。もう説明を受けていると思うが、俺は今、国連軍の極めて重要な機密を扱う部署にいる。お前にも話せない事がたくさんあるし、お前も見たもの聞いたものを外部に漏らしてはいけない。今お前が会っていた社霞も機密に属する人間だ。だがまあ、ここまで来たなら仕方がない。彼女とも友達になってやってほしい」

「社…霞、外国人のように見えますが?」

「訳あってな。ロシア人だが、今では社霞という名前だ。霞っ、来い。紹介しよう」


そうして霞を呼び寄せて、改めて彼女に妹を紹介する。霞に話す妹の姿は現実世界のそれが多く、あまり思い出作りをしていないこちらの世界の妹の話はあまりしていない。

まあ、根本はどこか似ているのだけれど。どちらにせよ、霞も近い年代の同姓の友人がいないから、良い機会なのかもしれない。

俺の右腕に腕を絡める鈴。何故か対抗して左腕に腕をからめる霞。二人は対面して、鈴は顔に笑顔を張り付けて、霞は無表情。

ふむ、これはいったいどうしたことか。助けを求める視線を泳がすが、目に入ったのはニヤニヤしている夕呼さんだけ。あえて言うならば、なんでやねん。


「霞、なぜ腕を絡める」

「いつも…していました(前回のループで)」

「そうか…。鈴、今日は一段とスキンシップが激しいな」

「お兄様とお久しぶりに会えたので…つい」

「そうか…なら仕方がないの…か?」


女性職員二人が俺たちを見て笑みを浮かべながら通り過ぎていく。

うん、このままではいけない。仕方ないので俺は二人を連れだって私室へと向かったのだった。その後? ああ、少しだけ花札で遊んださ。それだけだ。

後はいつもどおり、俺は研究をまとめ、霞がそれを手伝い、鈴はもってきた小説を読んでいた。それだけだ。





1999年8月5日、明星作戦が発動された。

経過自体は昔衛士を目指していた時とか、研究者として米国に渡っていた時などとほぼ同じだったのだろう。

目標は横浜ハイヴ。戦艦による艦砲射撃により始まった作戦は、帝国軍、大東亜連合軍、そして米軍を主力とする国連軍が参加する。

A-01連隊は地上においてBETAの陽動を行いつつ、機を見ながら99式自律思考多脚戦車『散花』を前進させる。

艦砲射撃で上手くバラけたBETAの間隙を『散花』が浸透し、うまく中央突破した後に1Mt級の純粋水爆を起爆させた。

巨大な火球が光線級を含む多数のBETAを巻き込みながら上空へ昇っていき、そして大きなキノコ雲を作りだす。

しかしそれが周囲にまき散らした強烈な爆風をうけてもハイヴの地表構造物には傷一つつかない。いや、核の直撃を受けたとしても、あのモニュメントは倒れないのだ。

とはいえ、核爆発は味方を巻き込むことなく、上手く大量のBETAを蒸発させ、炭に変えた。まあ、出だしとしては悪くない戦果である。

しかし、生み出したクレーターは地下のスタブ構造を露出させ、そこから再び多くのBETAがはい出してくる。

そして日が落ち夜の帳が下りた頃、10度目の水爆がミサイルによって使用される。かなり苦し紛れに用いられたもので、その爆発にいくらかの友軍が巻き込まれたのを確認した。

戦争においてフレンドリーファイアは仕方のないことだし、巻き込まれた友軍も多くは無かったが、気分の良いものではないだろう。

そうして、戦線はハイヴ間近まで前進し、いまだ艦砲射撃は無視できない威力を見せ、A-01連隊もかなりの戦果をあげている。

そして、軌道飽和爆撃とともに軌道降下が開始される。ハイヴに降下部隊が侵攻し、地上軍がその兵站を支える。オーソドックスな戦術。

そして、時がたち、朝日が再び上る頃、ハイヴに突入した降下部隊が消息を絶った。それでも帝国軍の戦術機甲部隊は果敢にハイヴへと突入していく。

ハイヴ内の状況は正確には分からないが、おそらくは激戦を繰り広げているのだろう。時折、思い出したように巨大な爆発がハイヴからあふれ出た大量のBETAを消失させる。

そして、


「幕切れか」

「そうみたいね」


国連軍に参加していた米軍が突如謎の撤退を開始する。A-01連隊にもこの情報は伝わり、彼らもまた米軍同様に撤退を始めた。

突然、戦線に穴が開いた帝国軍と大東亜連合軍は混乱し、一部の聡い者が離脱を行い始める。そうして、西の方角からそれはやって来た。

重光線級の放つ光芒がそれらを捉えるが、ラザフォード場によりレーザーは曲がり逸らされる。そうして迎撃されないままにそれら二つはハイヴ上空へと到達した。

そしてそれらは高度数百メートルの地点で奇妙な光を放ちながら爆発し、漆黒の球体がハイヴとその周囲を…







「戦死者は12名、再起不能は6名か。予測より少なかったな」

「そう?」

「アレが落ちるまでの各軍の損耗率を考えれば破格ですよ。まあ、帝国軍にはご愁傷さまとしか言いようがないですが」


G弾に巻き込まれて死んだ将兵の数は8000名を超えた。しかし、奇跡的にもA-01連隊はその災禍から逃れる事ができ、逃げ遅れたのは跳躍ユニットが損壊するなどして脱出できなかった5名だけだった。

まあ、死者を数字としてのみ処理することに慣れている自分に少し嫌悪感をもったりするのだが。


「反応炉は無事に確保。さらに『捕虜』の発見もなされた…か」

「アンタの予言もたいしたものね。確かに脳髄のみよ。人間の思考中枢の分析のためだからでしょうけど、BETAの技術力にはお手上げね」

「趣味の悪い連中だ。ああいう死に方はしたくない」

「同意するわ」


G弾の使用後、西日本を勢力下においていたBETAは敗走を開始した。

これに対して戦術機甲部隊による追撃と、艦砲射撃・純粋水爆による面制圧が行われ、人類は対BETA戦始まって以来の大勝利をあげた。

その影で、横浜ハイヴには米軍が突入し、反応炉と捕虜が確認されたのだ。

後に第四計画は横浜ハイヴ跡に国連横浜基地、オルタネイティヴ4の本拠地となる基地の建設を国連に要請、即時に承認され、着工と同時に国連は米軍に即時撤退命令を下した。

そうして、微妙な違いを孕みながらも物語の下地が作られていく。

そうして2000年1月、国連横浜基地オルタネイティヴ4占有区画の稼働開始に伴い、我々の本拠地も帝大研究施設から基地に移設される。

そしてその地下19階にはBETAの捕虜となった者たちの中で唯一の生存者が安置されていた。


「鑑純夏か。白馬の王子様は君に目覚めのキスを与えるだろうか?」


物語と同じように、彼女は、囚われの眠り姫は今ここに眠る。おそるべき執念をもって、ただ一人の男を思って、彼女は未だ生きている。それが因果律量子論における良い因果を手繰り寄せる力によるものだとすれば皮肉なものだ。

いったい、どれだけの人間がこのような状態にされてまで生きたいと思うのか。それは死ぬよりも辛い事ではないのだろうか。


「霞、またやるのか?」

「はい。これが…私の役割ですから」

「そうか」

「会いたいと…それ以外は…」

「あまり無理はするな」


霞は夕呼さんの命令により鑑純夏の脳髄に対してコミュニケーションを行っている。この基地に研究施設もろとも第四計画の本拠地が移動してから、これが彼女の日課となっている。

しかし、成果と言えば白銀武に会いたいという思慕と、黒い情念のみであり、まともな遣り取りなど出来ていないという。


「しかし、地下暮らしとはな。あまり健康的じゃない」

「ここが…嫌いですか?」

「好んで住もうとは思わないな。まあ、研究対象が間近にあるというのは魅力的だが。じゃあ、俺は行く。霞もほどほどにな」


まだ完成していない国連横浜基地に移り、BETA由来施設である反応炉といくらかのG元素を入手して、第四計画はいくらかの進展を遂げた。

収穫は鑑純夏の脳髄とODLというところか。ODLはあらゆる観測を遮断する性質があり、量子電導脳をあらゆる観測からの保護と冷却に用いる事が可能となる。

だが、何故この液体がそのような性質を有しているのかは不明である。

しかし、物語では反応炉を用いてODLの浄化を行う際に情報漏洩が引き起こされていたことを考えるに、この液体がBETAの情報伝達に関わっている可能性がある。

また、ODLは最低でも72時間以内に交換せねばならず、さらに00ユニットに精神的負担がかかると急速に劣化するという記述がある。

劣化は観測を遮断する性質の減少であり、つまり観測を遮断する性質は観測にさらされ続けることにより劣化していくと考えられる。

で、あるならODLは観測によって変質し、その観測を遮断する性質が劣化する。情報の漏洩はODL再生における過程で変質したODLを分析した結果として解析されたという推論が成り立つ。

ではODLはBETAにとって何のために製造されているのだろうか。

① 反応炉には量子電導脳と同質か良く似たコンピューターが搭載されており、それをあらゆる観測からの保護するため使用されている。

② 反応炉はそのエネルギー生産に際して強力な放射線を放つ性質があり、それを外部に漏らさないためにODLが使用されている。

③ ODLは情報を伝達する機能が付随されており、そしてODLはその情報を保護するためにあらゆる観測を遮断する。

④ ODLはそれそのものに情報を受け取り、伝達する媒介としての機能がある。我々が劣化と捉える現象は情報を受け取ったことによる変質であり、反応炉はODLを介して外部の情報を入手したり、BETA各個体と情報交換を行っている。

しかし、①と②では、ではどうしてODLを介して情報が漏えいしたのかについて上手く説明がつかない。①②③については、なぜ簡単に劣化する様なものを使っているのかという疑問が残る。

④ではそもそもどうしてあらゆる観測を遮断するのかを説明していない。だがまあ、ここでは②は無視してかまわないだろう。

では①と④の複合説ではどうだろうか。反応炉の思考中枢はODLによって保護されていると同時に、ODLそのものが思考中枢の情報伝達手段であるという可能性。

これが一番妥当だろうか? まあ、前回のループにおいても反応炉の実態は分からず仕舞いだったのだけれども。

ODLによる情報漏洩の可能性を防ぐために前回にも研究がなされていたが、結局肝心の00ユニットが完成しなかったために、それらの研究結果については検証できなかった。

その方法と言うのは、00ユニットから漏洩した情報を含むODLに対して、より強力な観測、高エネルギー電磁波の照射を行うことで、情報を読み取り不能に出来るかもしれないというのがあった。

単純に、カメラのフィルムに強い光を当てて、写った画像を塗り潰すのと同じような手法、厳密には少し違うが、それに近い方法だ。

ただし、それが本当に効果があるのかは検証されていないし、検証するには反応炉をリーディングできる00ユニットが完成しなければならない。

しかし、00ユニットが完成すれば情報漏洩の可能性は無視できない。ジレンマ的な問題である。

そうして私室に戻ると鈴がいた。基本的には部外者であるにもかかわらず、鈴はそれなりに自由に動ける。

まあ、それでも限定されたものであり、危険な場所や重要機密に属する場所には行けない。俺の秘書じみた事をしながら毎日を過ごしている。


「お兄様、どちらに行かれていたんですか?」

「BETA由来施設の分析に立ち会ってきた。まあ、結果は前回と変わらずだな」


BETAのコミュニケーション手段がまったく分からなかったのと同じように、反応炉の分析も進んでいない。00ユニットには直接関連しないとはいえ、現場の研究者たちは苛立っている。

あるいは第一計画、第二計画に携わった者たちも同じような感情を抱いていたのかもしれない。これはもう、原始人にエンジンを分析させる様なものだろうか? それだけ人類とBETAの技術力は隔絶している。

そうして残酷に、あるいは無為に時は流れる。00ユニット完成の端緒を開けるかどうかはまだ分からない。未来はいまだ不確定の霧の中だ。






[36153] 008
Name: 矢柄◆c8fd9cb6 ID:022f668f
Date: 2014/08/01 21:19

「ロックボルト固定」

「砲身仰角固定」

「電力供給問題ありません」

「冷却材循環系問題無し」

「超電導フライホイールのエネルギー充填率80%」

「第17次投射試験を開始せよ」

「了解。これより00型超水平線電磁投射砲、第17次投射試験を開始します。各員砲身より規定位置まで離れてください」

「カウントダウン開始、60、59、58…」


転車台に載せられているのは全長60mに達する巨大な砲身。

列車砲に分類するにはあまりにも巨大すぎる。1200mmにもなる口径もまた大きく、大人が中に入っていけるほどのトンネルとも言うべきものだ。

砲は油圧式のジャッキ持ち上げられて水平線を睨むもその仰角は限りなく浅い。

砲身は丸い砲口にも関わらず細長い長方体のような形となっているが、これは二本のレールに流れる大出力の電流による電熱と、砲弾を覆う導電性稼働切片とレールに生じる摩擦熱を冷やすための冷却材が流れているためだ。

砲は見る者を圧倒する威容で遥か東を睨み、静かにその時を待つ。


「3、2、1、発射」


次の瞬間、まるで至近に落雷が落ちたかのような轟音が大気を振動させる。

爆風がごとき烈風が吹き荒れ、砲口の周りに光の輪が生まれ、輝くプラズマが一筋の光の条を残す。

莫大な電力によって加速された直径1m20cmの砲弾の初速は秒速10km。第一宇宙速度を超えたそれは、遥か水平線の向こうへと一秒未満で消える。

そうして合計5発の砲弾が放たれた。


「衛星より、砲弾は太平洋上空予定位置にて子弾頭を分離、同じく予定範囲内において起爆に成功。実験は成功です!」

「ほぉ…!」「なんという威力…」「これは…、予想以上ですな高島博士」

「ありがとうございます」


これにより2000年秋に実施された00型超水平線電磁投射砲の最終試験は成功裏に終わる。

この新型兵器はメガフロートに設置された巨大な列車砲であり、その目的は水平線の向こう側からハイヴに直接攻撃を行うという1200mmOTH砲のそれとさほど変わらないコンセプトで建造されたものだ。

ただし、その規模は格段に大きなものになっている。

超低空・極超音速で敵地に侵入する砲弾は内部に500kt級の4個の純粋水爆弾頭を搭載しており、予定位置においてこの子爆弾を分離、ロケットで再加速・軌道修正する熱核弾頭を散布して広大な面積に存在するBETAを殲滅する。

これにより、師団規模のBETAを一撃で殲滅が可能であろうと予測されている。今回用いた砲弾のほとんどは演習用のものだが、一発だけ核搭載の砲弾が試験的に用いられた。

高度5mから放たれる最大10km/sの圧倒的な速度の砲弾は、重光線級の射程内に侵入してから2.4秒でその直上に到達する。

このため、最大出力に達するまで数秒を要する光線属種の性質から、理論上迎撃される前に敵上空に到達、核弾頭を投入することが可能と考えられる。

ただし、その砲身の両脇からカウンターマスとして多量の金属粉をレールガンと同様の作用で逆方向に噴射するため、その速射性は極めて悪く、機材も巨大化する。

列車砲という形態となったのは、このあまりに大きすぎる砲を内陸においても運用するためだ。

この砲は内陸において艦砲射撃を超える面制圧力を期待されて製造されている。また、全ての機材が列車に載せられているため、BETAに接近を許しても速やかに撤退することを可能とする。

俺は耳栓を抜きとってポケットにつっこむ。プラズマにより発生したオゾンの匂いが漂う中、研究員たちや技術者が電磁投射砲に異常が発生していないか走り回って検査している。

そんな中で鈴だけが俺の傍らにいて、無線機を用いてどこかと連絡していた。


「異常は発生したか?」

「いえ、レールの摩耗も既定の範囲内、交換はまだ不要とのことです」

「金がかかっているからな。一度の投射で故障しては話にならん」

「次弾投射試験も見学なさいますか?」

「いや、今日は電磁場に曝される核弾頭が正常に機能するかを見に来ただけだ。それに今日はスケジュールが押している」

「ああ、確かに。しかし時間的に余裕は十分ありますが?」

「俺はあの手の事が苦手なんだ。それなりの準備が必要だ」

「ふふ、そうですか。ではヘリの準備をさせます」

「ああ」


鈴は臨時少尉の階級を貰っており、俺直属の部下として扱われている。

何かとお節介な彼女は夕呼さんの部屋にも出入りしているらしく、夕呼さんの部屋は鈴が来る前とは見違えるほどに綺麗なものになっている。

まあ、それでもあのヒトはすぐに部屋を散らかすのだけれども。夕呼さんらしいといえば夕呼さんらしい。

まあ、そのせいで俺が気を付けているにもかかわらず、鈴は第四計画のかなり深部の情報にまで精通するようになってしまった。

どっぷり浸かると抜け出せなくなると警告していたのだが…。もはや手遅れで、あの脳が浮かぶシリンダーのある部屋で、何かとゲームで霞に勝負をふっかけている。で、だいたい負けている。

リーディングについても知っている癖に、なぜあの馬鹿娘は学ばないのか。

まあ、それでも霞のESPについて知ってもなお彼女に対する態度を変えない鈴の性質は好ましくもある。ああいう何も考えてないような、どこまでも前向きな性格はどちらの世界でも同じということか。

霞にとっても騒がしい居候の登場は刺激になっているようで、無口だった彼女も最近は言葉数が増えているように思える。


「しかし、お兄さ…高島博士、G弾推進派は瓦解しましたが、この砲の威力を他の反オルタネイティヴ派が知れば、今度は彼らが勢いづくのでは?」

「確かに。だがオリジナルハイヴ攻略は至難だ。例の航空機動要塞を用いるか、G弾の集中運用でもしなければ画餅にすぎないな」


国連職員によるG弾の影響の暴露、それに続いて俺が作ったG弾による影響を算出するシミュレーションの発表は米国のG弾推進派に対して深刻な打撃を与え、現在、その戦略は大幅な見直しがなされているらしい。

しかしそれは逆に系外惑星への脱出を唱える第五計画派の勢力を高める結果となった。国連上層部における彼らの影響力は徐々に広まっている。

種の存続を目指すという方策において、彼らの主張はそこまで間違ってはいないだろうが、移民船が何の問題もなくバーナード星系に到着できる可能性はそう高くない。

また、反オルタネイティヴ計画派の中にはオリジナルハイヴさえ攻略出来れば戦況を挽回できると主張する者もいるが、それは事実であっても彼らには具体的な案があるわけではない。


「重光線級にすら迎撃不能とはいえ、これ自体の機動性は低い。最優先目標とされれば、その戦略的価値も減ずる。加えればこいつの超水平線射撃における射程は短い。実質的に300km、オリジナルハイヴには届かんよ」

「確かにいきなりオリジナルハイヴは難しいですね。内陸での運用を考慮に入れているとはいえ、鉄原・重慶を無視して進出することはできませんから」


加えれば、砲弾の投射をなんらかの手段で察知され、予め初期照射を済まされれば、多重照射を受けて砲弾を蒸発させられる可能性もある。

加えて、対抗策として超重光線級なんていう化け物を連中が用意する可能性がある。要塞級の規模を考えれば、それは決して不可能ではないはずだ。

また、秒速10kmという速度で飛翔する砲弾と大気の作用が問題になる。空力加熱による超高温は容赦なく砲弾の断熱耐熱材を削り、最終的にこの熱は内部の核弾頭をも破壊してしまうだろう。

故にこの兵器には射程が弾道ミサイルに比べて短いという欠点がある(とはいえ、砲の仰角をあげて弾道弾の軌道を描くならば地球の裏にも届く)。


「では帰ろうか」

「はい」


久しぶりに海を見れたと鈴は喜んでいたが、砂浜も岩礁もなく、ましてや煉瓦造りの倉庫もないメガフロートの海上基地では風情が無かったが、海鳥の鳴き声や海の香りだけは楽しめた。

まあ、それも試射のせいでオゾン臭へと変わったのだが。そうしてヘリポートにて俺と鈴、そして護衛の数名はヘリコプターに乗り込んだ。UAVが光線級への警戒を行いながら先行する中、ヘリは飛び立つ。





国連軍横浜基地に帰ったとしても忙しさは変わらない。特に今日は柄でも無い事をさせられる日で、少し憂鬱なのだ。

ああいうのは綺麗どころがやるべきだと考えるのだが、夕呼さんはああいう性格なので向いていないというか、やろうとしない。そして、何故か俺にお鉢が回ってくるのだ。


「…博士は早くから西日本へのBETAの侵攻の危険性を予見され、その疎開先としてギガフロート秋津洲を建設なされました。では、今の帝国の状況は博士の想定の範囲内と考えて良いでしょうか?」

「確かに私は西日本、特に九州や中国地方におけるBETA侵攻を予想していましたが、それは当時の政府も同じでした。実際、96年には政府が九州全域に避難勧告を出しています。しかし、流石の私でもわずか一週間で…」


俺の目の前には女性記者がおり、そして俺たちを映すテレビカメラがある。いわゆる、マスコミの取材という奴だ。

基本的に国連=米国という意識の強い日本において国連軍に対する風当たりは強い。

そんな中で日本政府と国連がそのイメージを改善したいという思惑が重なったことで、この取材が実現したらしく、その広告塔として俺が選ばれてしまったという次第だ。


「これは多くの国民が感じていることなのですが、博士はどうして国連軍に身を置かれているのでしょう? 博士ほどの人物が帝国のために力を貸してくれれば、これ以上頼もしい事はないと考えますが」

「確かに私も日本という国に生まれた以上、帝国のためにその力を振るいたいという思いはあります。しかし、98年のBETA本土上陸において私はその考えを大きく変えざるをえませんでした」


などと答えるが、俺には別にこの日本帝国への愛国心のようなものはほとんど無い。第四計画を成功に導くために数千万の人々を見捨てた俺が、今さら愛国心などというものを語る資格などないのだ。

だがそれでも俺はそれをおくびにも出さずに記者の質問に返答する。

俺が広告塔に選ばれたのは、単純に俺自身の人気が高いからに他ならない。別に自慢する事でも無く、多くの人間を見捨ててなおその評価を得ている時点で引け目すら感じる。

だが、俺の想いとは関係なく、多くの国民にとって俺は幼くして核融合技術を確立、BETA本土上陸を予見して疎開地たる秋津洲を建設、新技術により兵士の死傷を三分の一にした帝国始まって以来の天才にして英雄なのだ。

俺は国連軍、強いては米国の必要性を婉曲的に言及していく。事実、資源にしても戦術機、砲弾の類にしてもアメリカの存在なしではやっていけないことは明白だ。

利害の衝突はあるものの、天上に十数万人を他星系に送り込むだけの移民船を建造する生産力は特筆するに値する。そうして俺は在日国連軍の意義についてテレビカメラの前で語るのだ。


「今日はありがとうございました」

「いえ、私も貴重な体験をさせていただきました」


正直面倒くさいが、それなりに適当な言葉を選んで受け答えし、そしてテレビ局の関係者は去っていった。俺は首を左右に曲げて伸びをし、息を吐く。


「お疲れ様です」

「慣れない事はするべきではないな。科学者はテレビ番組に出た時点で終わっているとは誰の言葉だったか…」

「そんな言葉があるんですか?」

「さあな、記憶違いかもしれん」


そうして俺たちは半ば住処となっている地下19階へと降りる。いくつかの研究を並行して行っているため、スケジュールの管理が大変だ。

一部ナノマシンを用いた発展型電脳の研究は臨床段階に入ろうとしている。A-01連隊に供給するための新戦術機の開発は、帝国技術廠および各企業との提携によって不知火・弐型が試作された。

G元素を用いない99型電磁投射砲・改の開発も順調である。


「ふむ、後で篁中尉に会いに行こうか」

「不知火・弐型は完成したのでは?」

「実戦証明がまだだ。99型電磁投射砲・改のこともある」


今回の不知火・弐型には従来の三倍の収縮力を持つ新型の電磁伸縮炭素帯を開発使用した他、肩部装甲ブロックにスラスターノズルを追加、脚部の伸長と大型化による運動性・機動性の向上がなされている。

他様々な改良を加えた以外に、比較的安価な電波吸収塗料の使用によりF-22Aほどではないにしても、他の第三世代戦術機を上回るステルス性を持つ。

だが、その最大の特徴は主機にある。小型高出力の核融合炉を搭載しており、跳躍ユニットには熱核ジェットエンジンを採用した。

これらの生み出す莫大なエネルギーにより、弐型は信じられないほどの機動性と巡航能力を獲得した。そしてこの主機については完全なブラックボックスとしており、篁中尉とは大きく揉めた部分である。

99型電磁投射砲・改は改良型と銘打ちながらも、その性能はG元素を用いた試製99型電磁投射砲よりも低い。初速はそれほど変わらないが、速射性能が半分以下となってしまっている。

流石に120mm砲弾を800発/分というのは再現できなかったが、G元素を用いないこと、量産性や兵器としての信頼性については試製99型を凌駕し、少なくとも一射毎に完全分解整備などは必要ない。


「もう少し速射性能を上げられないかと唯依姫がご要望でね。俺はドラえもんじゃないんだが」

「ドラえもん?」

「いや、なんでもない」


そうして俺たちは副司令室へと足を踏み入れた。しかしながら電灯は灯っておらず、夕呼さんの影は無い。どうやら留守のようだった。彼女も忙しい身なので仕方がないが。


「鈴、夕呼さんの予定はどうなっている?」

「え、えっと、予定ではこちらに戻っておられると…!?」


その時、鈴は信じられないものを見たかのように目を見開いて、部屋の隅を見つめた。

俺もそれに倣って視線を向けると、そこには帽子を被ったスーツ姿の男が宙に浮く様な形で何かに座っているのが見て取れた。俺はため息を吐いて半眼をその人物に向ける。


「鎧衣課長、香月博士からこの階層には無断で入ってくるなと何度も言われているはずですが?」

「いや、この基地は私には広すぎてね。迷っている内にいつの間にかここにいたという次第なんだが」

「蜂の巣にでもなる趣味がおありで?」

「私と君との仲ではないか」

「アンタとは2、3度しか会ったことがないが?」

「ところで、これは珍しい椅子だな高島博士」

「…ゲスト設定を取り消しても構わないんですけどね?」

「おお、それは怖い」


鎧衣が座っている透明な存在は、俺が開発した小型無人兵器の一つだ。

主に要人護衛用として開発したもので、最大の特徴は電磁メタマテリアルを応用した光学迷彩であり、赤外線・可視光を透過する他、ステルス性も考慮された設計となっている。

BETA相手には何の役にも立たないが、米国ではこの手の技術に関する研究が積極的に行われていて、それを流用したものだ。

横浜基地の重要な個所、特に地下のオルタネイティヴ4占有区画ではコイツがいくつか稼働している。兵装はテーザー、5.56mm機銃・7.62mm機銃およびグレネードランチャーであり、小型種程度ならBETA相手でも戦えるようになっている。

また、対人鎮圧目的ならばゴム弾を用いるなどの兵装の使い分けも可能とする。


「で、何をしに来たんです? 迷子ついでに顔を出してみたというわけではないんでしょう?」

「XG-70の件について香月博士にご報告をと」

「そうか。なら、俺は行きます」

「いや待て天才少年、少しばかりこの私の話し相手になってはくれないかね?」


シチュー鍋の接収は夕呼さんの管轄だ。俺が踵を返そうとすると、鎧衣課長はすぐさま呼びとめる。

報告だけならばここに出向く必要はなく、基本的には何かの情報を得ようとしに来たのだろうが、さて、俺に何の用があるのだろうか? 鎧衣はにやにやと笑みを浮かべながら俺を見る。


「ちなみに土産なら持参している。これはニューギニア島の原住み…」

「いらん」

「話に聞いていたよりつまらない男だな君は」

「初対面じゃないでしょうに。それで、何の用です?」

「まずは、おめでとうと言っておこう。海の上では上手くいったそうじゃないか」

「情報が早いですね」

「仕事柄でね」

「で?」

「いやなに、英雄、救世主などと呼ばれる博士に興味がわいたのですよ」

「柄でもないあだ名ですよ」

「そうですかな? 驚くほどの廉価で各国に売り払われたギガフロートコア、食糧、衣料品、医薬品工場の設立。日本だけではなく、国土を失った者たちにとっても博士は英雄と奉られている」

「売却益、工場からの利益は十分すぎるほど得ていますよ。自称親族らが煩くてね、しかたなくです」

「確かに。しかし、本来ならより多くの利益を得られるはずでは?」

「こんな世界で暴利を貪ったところで利点はないでしょう?」

「なるほど、真にお優しいですな博士は」

「彼ら自身の努力によるものです。俺は研究開発と起業にしか関わっていない」

「しかし難民の物資不足、経済的自立を解決したのは事実上博士ですからな。いやあ、私にはとてもできない」


この追いつめられた世界は様々な歪みを社会の内部に抱えている。

難民問題などがその最たるものだ。その難民たちとキリスト教恭順派が化学反応を起こせば極めて厄介な問題が起きる。

事実、前回のループにおいて人類が海に逃げた際も、いくつかのギガフロートが彼らによるテロ行為によって沈んだこと、研究施設が何度も攻撃を受けたことを覚えている。

ゆえに第四計画に邪魔が入ることは許されない。

ループの繰り返しにより難民を救済しようとしているグループや有能な経営者にはいくらか心当たりがある。

彼らを巻き込んで、経済を回すための軽工業を中心とした企業を行い、難民たちの経済的自立を助けたのは事実だ。

とはいえ、膨大な難民全てを救えるはずはないのだが、それでも俺に対する印象を操作することで、第四計画への妨害をそらすことは可能だろう。


「ところで純粋水爆、自律思考戦車、そして超水平線電磁投射砲。そのどれもが1999年以降に次々に実用化がなされている」

「……」

「何故、本土侵攻に間にあわなかったのか。疑問視する者は後を絶たない」

「どの技術も一朝一夕にはいかないものばかりですよ。純粋水爆などその最たるものでしょう? あの米国ですら一度は開発を諦めた兵器だ」

「だが高島博士、貴方は98年以前には兵器開発の成果をほとんど生まなかった。生み出したのは核融合発電技術、自己増殖型メガフロート、合成細胞医薬品。どれもこれも平和的なものばかり」

「水爆の開発にはそれ以前から関わっていたし、起爆実験のスケジュールは本土侵攻前には決まっていましたよ。何が言いたいんですか鎧衣課長?」

「親を犠牲にしてまで何を求める、高島京平」


鎧衣の鋭い眼光が俺を鋭く射抜く。BETAや屈強の衛士たちとは質の異なる威圧の圧迫感。なるほど、確かにそれは怪しいだろう。

しかし、BETAの行動予測など00ユニット無しでは不可能。故意に本土侵攻まで開発を遅らせた証拠はどこにも無い。

俺は表情を動かさず、あくまでもポーカーフェイスでこれに対峙する。しかし、その均衡は別方向から破られる。


「こ、これ以上のお兄様への侮辱は許しませんよ鎧衣課長!!」

「何やってんのあんた達?」


鈴の激昂が部屋に響き渡る中、夕呼さんが霞を連れて部屋に戻ってきた。目の前の不審人物に対して、霞は夕呼さんの後ろに隠れながら様子をうかがっており、夕呼さんは胡乱気な目で鎧衣を一瞥する。

怒り心頭の鈴が毛を逆立てるように彼を見る中、俺はようやく面倒な人物から解放されると安堵した。


「これはこれは香月博士、今日も相変わらず美しい」

「何当たり前なこと言ってるのよ。私は忙しいの。さっさと出て行ってくれない?」

「これは手厳しい」

「鎧衣課長、俺はここで失礼させてもらいます」

「ふむ、つれないな高島博士」

「妹の機嫌をこれ以上損ねたくないのでね。行くぞ鈴」

「あ、…はい」

「勝手に私に押し付けないでよ」

「すみません、夕呼さん。ですが鎧衣課長は貴女の客ですので。では失礼します」

「ちょ、ちょっと、霞まで行くの!?」

「失礼…します」





「唯依姫、350発毎分ではっ、不満なのか?」

「博士、その呼び方はやめっ、て下さい」

「霞ちゃんいくよ」

「……はい」

「霞、だいぶん上手くなったじゃないかっ」


戦術機改良および新型戦術機装備開発のために帝国近衛軍から派遣されてきた篁唯依は、名家の出のため品が良く凛としており、艶やかな黒髪と美貌から他の研究員やエンジニア達から『唯依姫』というあだ名を戴いている。

俺もそれに感化される形でそう呼んでしまう事がある。シャトルはゆっくり弧を描きながら俺の所まで飛んできて、俺はラケットでそれを篁中尉に向けて打つ。

夕方、篁唯依が弐型の実機テストを終えた所に出くわしたので、休憩と霞の運動不足解消を兼ねてバドミントンが始まった。

バドミントンとはいっても、単なる打ち合いであり、試合形式などではなく、まったりとしたもので霞にもハードルが低い。

ただ、なぜバドミントンが始まったのかはいまいち俺も理解していない。何故かそこに道具がそろっていて、何故かそういう流れになったのだ。

始めは空振りばかりしていた霞も、上達して、今では機敏にシャトルを打ち返す事が出来るようになった。

リーディングをつい用いてしまう霞からすれば、ボードゲームよりもこのような反射的な身体を動かす遊びは珍しく、楽しいものだろう。


「やはり500発毎分ぐらいなければっ、要求された火力を満たさないかと考えます」

「ふむ、だがそれでは砲身への負担が大きくなる。可能ではあるが、量産性に問題が生じるぞ」

「それでも、中途半端な兵器を作るよりは良いでしょう」


この案件自体は帝国の中の問題だったが、A-01連隊向けのオリジナルハイヴ攻略のための新装備を欲していた俺の耳に入った事、もともと俺と帝国軍技術廠との間に太いパイプがあった事から共同開発が始まった。

その結果として、不知火・弐型と99型電磁投射砲は横浜基地主導で開発されることとなったという経緯がある。


「例の元素を用いない技術で再現できるのは650発毎分までだな。武御雷並みに生産性は低くなるし、調達価格も上がるがっ、な」


ただでさえ機密技術が盛り込まれている兵器であり、これに生産性の低下が加われば何のためにG元素を用いない兵器としたのかその意義が無くなってしまう。

A-01連隊向けにするだけならそれで良いが、帝国軍の標準装備とするならば問題が生じる。それに、コストパフォーマンス的にあまりよろしくない。


「それならば、高価なもの1つより、比較的廉価な現在のモノを2つ用意して運用した方が効率的だと思うが?」

「単純に火力だけを考えればそうなります。ですが、99型を装備する戦術機は他の装備を運用する余裕がありません。99型を運用するために、もう一機の戦術機を用意するとなればその効率性も本末転倒となりましょう。いまや衛士の方が不足しているのですから」

「なるほど、機体を揃えても衛士が足りないか。分かった、速射性の向上は出来うる限り考えておこう。High-low mixという考え方もあるからな」


衛士が不足して武器が余るというのは、なんとも末期的な状況である。まるで第二次大戦末期のドイツのようだ。

今開発中のモノが受け入れられれば、そういった状況は大きく変わるかもしれないが、果たして現場の衛士たちはそれをどう受け止めるだろうか?


「霞、かなり上達したが、まだラケットの使い方がなっていないな」

「そう…ですか?」

「ああ、こういう風にラケットを振れば、もう少し速い速度で打ち返せる」

「こう…ですか?」

「もうちょっと、思い切って振り抜けばもっと良い」

「はい…」

「こうやって身体を動かすのも楽しいだろう」

「はい」


霞の手を取ってラケットの振り方を教える。外に出る事が少ない霞は、スポーツというものを知らなかった。

いや、知識の上では知っていたのだろうが、やった事が無かった、やる相手がいなかったというのが正しい表現だろう。

とはいえ、鑑純夏のリーディングという重要な仕事を行っている彼女にもリフレッシュは必要だ。それに、今の内に色々な体験をさせてやりたい。


「お兄様」

「なんだ鈴?」

「私にも、教えていただけますか?」

「お前、別に下手じゃないだろう」

「お・し・え・て・く・だ・さ・い・ま・す・か?」

「……分かった」


そうして、何故か鈴にも同じように教える事になった。なぜこうなった。教えると彼女の感情の色が上機嫌なものに代わる。何がしたいんだろう鈴は。


「社、博士はいつもああなのか?」

「はい」

「うむ…」

「どうか…されましたか?」

「いや、家族とはいいものだと…そう思っただけだ」





そうして月日は過ぎていく。2001年に入ると不知火・弐型がA-01連隊に優先的に配備された他、特別に性能を上げた99型電磁投射砲・改も配備される。

そしてこれと並行して、新しい兵器、人類の絶対的な人的資源の不足を補うべく開発されたモノの試験がA-01連隊にて開始された。


「これより第12次試験演習を行う。碓氷大尉、伊隅大尉、鳴海中尉、速瀬中尉準備は出来ているか?」

「了解」「了解しました」「大丈夫です」「孝之、ミスんじゃないわよ!」


モニターに4機ずつの小隊編成の戦術機が1対、8機の戦術機が表示される。CP将校には涼宮中尉が控え、彼女の号令のもと演習が開始された。

A-01連隊においても腕の立つ彼ら4人は、高い練度を思わせる動き、白兵戦に長けた速瀬中尉を突出させる形で彼女を斥候とし、鳴海中尉が彼女を即座にサポートできる位置を取って進出する。

碓氷大尉および伊隅大尉は後衛として二人に追随し、陣形としてはウェッジワンに近い。突撃前衛として完成された速瀬中尉を生かした陣形といえる。

逆に彼らに対する小隊は3機を先行させ1機を後衛とする形で、陣形としてはハンマーヘッドワンといえるだろう。まあ、小隊編成では陣形も何もないのだが。

そして、すぐさま速瀬機が敵右翼の一機と接敵、牽制としての銃撃の後に一気に間合いを詰めて接近戦を行なおうとするが、敵機は巧みに銃撃によってこれを牽制しながら間合いを維持する。

同時に敵中央の一機が速瀬機を挟み込むように銃撃を加えるが、すぐさま鳴海機がこれに割り込みをかけて、二対一の構図となる事を阻止した。

ここで碓氷機が二人の支援に、伊隅機が残りの敵機に牽制をかけようとするが、それを実現したのは敵機左翼だった。左翼機は驚くことに碓氷機と伊隅機を単独で抑え込むことに成功する。

そうしている間に鳴海機が敵中央と後衛に挟まれ、二対一の構図を作られる。鳴海中尉は生存を優先させて防戦一辺倒となるが、これは速瀬中尉の実力を信じてのものだろう。

ここで戦いは速瀬中尉が白兵戦で敵機を撃破するか、鳴海中尉が先に撃破されるか、あるいは伊隅機・碓氷機が状況を打開するかが焦点となる。

均衡を破ったのは敵機だった。速瀬機を牽制しながら逃げ回っていた敵機がおもむろに放った120mm弾が、なんと鳴海機の動きを牽制してしまう。

それが仇となり、後衛の支援突撃砲38mmが鳴海機の脚部を破壊、そのまま中央機が突撃砲38mmで鳴海機を仕留めてしまう。


「っ…、デリング08大破」

「へぇ、大した動きじゃない。後ろに目でもあるの?」

「別に視界が前方に限定される必要はありませんから」

「なるほど、人間業ではないわね」

「人類という種は適応能力に長けていますが、戦闘能力に特化しているわけではありませんからね」


夕呼さんをも唸らせる神業。だが、伊隅大尉も負けてはいない。支援突撃砲でもないのにかなりの距離から鳴海機を撃破した敵機を狙撃し、右腕をもぎ取る。

即座に均衡を破るために碓氷機が進出。伊隅機の支援を受けながら速瀬機への支援へと向かう。この突貫が功を奏したのか、敵機の連携に僅かな隙を生じさせた。

その隙を逃さず速瀬機が敵機を白兵戦に持ち込むことに成功する。強襲前衛の敵機に突撃砲を放棄させ、激しい接近戦を展開した。こうなればこの二機を支援するのは難しい。

しかしここで再び伊隅大尉の神業が冴える。放たれた120mmが廃墟の一角を破壊し、その倒壊が敵機の動きを制限、速瀬中尉は次の瞬間これを長刀でもって斬り伏せた。

これを成功させたのが碓氷大尉による敵二機への牽制だった。敵を抑え込んだ時間こそ短かったものの、伊隅大尉による砲撃支援の時間を十分に稼ぎ出したのだ。

その後、碓氷機を失いながらも敵機2機を撃破。最後に速瀬機と伊隅機の2機を相手にした残存機が掃討され、演習が終了する。


「演習終了です。各機帰投してください」

「まあ、想定通りですが」

「負け惜しみ?」

「違いますよ。別にこれは最強を目指しているわけではありませんから」


今回の演習、何故か夕呼さんまで見学に来ている。呼んではいないのだが、この『新兵器』に興味があるようで、たまに顔を出してくる。

しばらくすると、演習に参加していた4人が指揮所に現れた。詳しい報告はレポートにまとめてもらうのだが、今感じたばかりの印象も聞き取っておきたい。


「4人ともご苦労だった。さて、今回はどうだった?」

「孝之があそこでやられなけりゃねぇ」

「うっ…、さっきから誤ってるじゃねぇか……」

「いや、あれは仕方がないと思うが。そうですね。あの一撃については《超一流の衛士》のそれでしょう。ですが、突発的な事態にはまだ対応能力が足りないかと」

「ベテランでもそこまでの対応能力は無いと思うけどね。立て直しも十分に早かった」

「速瀬中尉はどう思う? 白兵戦での手ごたえは?」

「大したものですね。まだまだ負ける気はしませんが、あれで生後3ヶ月だって言うんなら、私たちは失業でしょうか?」

「そうか。伊隅大尉、現段階でこいつの実戦投入は可能と考えるか?」

「操縦技術、連携能力共に平均以上の水準でまとまっていると考えます。これらのみの編成ならば戦力化は十分に期待できるでしょう。ただし…」

「人間の衛士との連携が不安か」


《人造衛士計画》と呼称されたプロジェクトにより生み出された新兵器。これは一種の人工知性であり、00ユニットへの転用が可能な知性を人為的に製造するプロジェクトの一環として進められてきたものだ。

単純に言えば、これは人造人間だ。前回のループにおいて開発された合成生命をこの世界において再現したものである。

前回のループでは、この合成生命研究について一から十まで関わったわけではなく、知性の構築に主に携わったぐらいなので再現がこの時期になったが、これでも早いぐらいだと考えている。


「機械知性よりも、人間の衛士よりも安価な人造の衛士ねぇ」

「半導体や量子ビットで構築するとコストがかかりすぎますから」

「整備担当が嫌な顔してたわよ」

「量産型は中身を見えないようにするつもりです」


操縦は電気的な信号を介せばいい。だから手足は不要だ。知覚(入力)も同じだ。だったら、目も耳も鼻も必要ないだろう。頭部や弱点となる頸部も必要ない。

エネルギー補給に人間と同じ食料を用意する必要はない。だったら消化器官も省略できるはずだ。生殖器官なんて必要なはずがない。

皮膚もいらないだろう。骨格は外骨格を採用すればいい。人間の形をする必要も無い。脳や臓器の配置や形状は慣性に耐えるように設計しよう。

結果として、シリンダーの中に脳と臓器が絡まった肉の塊が浮き、そこに電極らしきものが刺さるという奇怪な生物が誕生した。

直視すると間違いなくSUN値が下がる。これを同じ知的生命体として受け入れる人間は、きっと菩薩のような心の持ち主だろう。


「率直に言えば。前回の演習で十分に連携を取る事は可能だと判断しますが、現場の人間が受け入れるかは…」


現場の整備士たちがコレに付けた渾名は《グロ肉》である。なんとも身も蓋もないネーミングだ。まあ、気持ち話わからないでもない。

しかし、その有用性は多くの人間が理解を示す。

まず、培養期間が3ヶ月程度であること。衛士一人を戦場に送り出すのに最低でも半年はかかる事を思えば、十分に短い。

ごく簡単なシリンダー状の容器に合成胚を入れ、栄養素と酸素を送り込みつつ、シリンダー内部において一種の化学物質の濃度分布を調節しながら注入する。

すると、胚は化学物質の濃度分布に従い発生を開始し、おおよそ75日後には成長しきる。ここに発生に関わる化学物質を放出する電極を通して情報を送り込むと、合成胚は学習を開始する。

90日後には衛士として必要な常識・知識・技術を習得し、出荷可能な『製品』として完成する。全行程における費用は量産化されれば350万円にまで圧縮され得るだろう。

そして、第二の利点として恐怖による恐慌を起こさない事が挙げられる。価値判断基準を形成するために感情というべきモノを持つものの、その表現は極めて薄く、多くの場面で理性的な判断を下す。

これは油断や諦観といった部隊を危機に陥れる感情を表に出さないという点でも利点となるが、感情の爆発や生存本能を戦力に転化しえないという意味でもある。

とはいえ、部隊運用においては常に一定のスペックを発揮する方が都合が良いことは確かである。常に精神的な変調をきたさずに運用できるというのは大きな利点だ。

また、個体間に個性を持たず、新たに得た技術や知識を情報共有により平均化するために、個体間における戦力の違いが発生しない。これも部隊運用において都合が良い。

他に、エネルギー源としてメタンなどの炭化水素を利用する事。その他必要な微量栄養素は酵母エキスによって補給できることなど、兵站面においても強みがある。

量産化も容易だ。少なくとも人間のクローンを量産化するよりは倫理に縛られることなく、クリーンルームとした大規模な工場でいくらでも培養できる。

そして、衛士としての性能はベテランのそれと十分に張り合えるほど。それなりの実力を持ち、安定した性能を発揮する衛士を安価に大量に量産できる。死んでも誰も悲しまず、遺族年金も発生しない。

戦術機側も管制ユニットにおける衛士の生命維持装置に多くの資本や資源を投入せずに済むこととなる。少なくとも緊急脱出のための機構も機械化歩兵装甲も、そして強化装備も要さない。

ただし、グロ肉だが。


「これ、00ユニットに使えるの?」

「平均化した個体間に生存率の偏りが生まれれば、それは因果律量子論における検証対象となりえると考えます」

「まあ、何事も試行錯誤よね。第四計画存続のための餌ならコレと無人兵器だけで十分よ。それにとんでもないオモチャも作ったみたいだしねぇ」

「どっちです?」

「有用な方。無用な方も面白いけど」


ODLによる情報漏洩を防ぐための研究が思わぬものを生み出したせいで、俺はとんでもない機密を抱える事になってしまった。

結果としてはODLの完全浄化装置を完成させたと言えるのだが、これが予想以上の大発明とも言えるものになってしまった。今のところ公表を夕呼さんに厳禁された物理学に喧嘩を売るシロモノである。

原理は因果律量子論を応用したものだった。

ODLに含まれる情報をいかに消すかを考えた結果、観測される前の確率の霧の状態に戻し、再構成させればどうなるかを実験したのだ。

必要な電力は核融合炉があり、超電導コイルも用意できる。この機械でODLを処理したところ、劣化しきったODLの再生に成功する事ができたのだ。

ただし、望外の結果をおまけとして。

要は確率の霧から元に戻した時、多世界解釈的にODLが劣化していない場合、劣化している場合、そもそもODLが別の物質である場合にバラバラに収縮したのである。

そしてこの混合物を精製し、劣化していないODLを分離した後の残物を再び機械で処理する…を繰り返すことで99.99%の劣化していないODLに再生する事が出来るというわけだ。

問題はODLが別の物質である場合に収縮したことだ。作品の描写ではとある少女が猫に変換されたが、結果としてはあれによく似ている。

この装置において人間が猫に変身した後の質量の変化、その分のエネルギーが何処にいったなどという議論は無意味だ。その分のエネルギーが存在しないという確率も存在するのだから。

で、この機械を使えば、本来自然界では見つからない元素や素粒子を生み出してしまうことが偶然にも発見された。

で、話は戻る。

この機械、観測前確率還元装置とでも名付ければいいか、を様々に調整し、様々な物質を処理したところ、いくつかの未発見元素や素粒子を作成することに成功した。

その一つが『モノポール』である。現在モノポールを用いたいくつかのシステム、反応炉や電子デバイスの研究開発が始まっている。


「G元素の生成はできたの?」

「いいえ、グルーボールやら超対称性粒子やらは確認しましたが。G-9やG-11に相当するモノはまだ作れていませんね」


水素を試料とした場合、最も簡単に生み出せるのは核スピンの方向が異なる状態であり、次に単独の水素原子として存在する状態、準安定状態で維持される金属水素などが得られるようになる。

より条件を限定してゆくと、ある程度の確率で陽電子や反陽子が得られる。これは大統一理論レベルにまで還元された結果であり、ある意味においてはC対称性の鏡像が得られるともいえる。

その先となれば、単純に光に崩壊したり、中間子なんかが形成されたりする。確率的に低いのがフェルミオンとボソンが反転する超対称性粒子で、さらに稀少なのがモノポールとなる。

ここまでは我々の宇宙で起こり得る可能性であるが、そうでないモノポールについてはより厳しい条件を設定しなければならない。

それは電荷と磁荷が反転する創世レベルの還元となるためで、電荷を担う電子の代わりに磁荷を担うモノポールが物質を形作る宇宙である可能性を再現するからだ。

そういう意味においては、G元素はこの世界において現実に存在するため、理論上はモノポールよりも容易に作れそうなものなのだが、実現していない。

それは、この方法では生成物の大半が不純物となり、精製という段階で躓くので実現できないという致命的な問題が立ちはだかるからだ。


「そう。で、役に立たない方はどうなってるの?」

「00ユニットの代わりにはなりえません。そもそもリーディングが再現できない」

「まあ、そうでしょうね。でなきゃ私が悩むはずないもの。でも、欺瞞には使えるかもね」

「そうですか。見に来ます?」

「ええ、どの程度の出来かみてみましょう」


一応、あれも俺の持てる知識・技術の総力を結集して作った高価なおもちゃであり、かかったコストは不知火・弐型1機分という途方もないものであったが、結局は失敗作になった。

量産化すればコストは格段に下がり、もしかしたら有用といえるものになる可能性は捨てきれないが。そんな時、


「博士」

「何、ピアティフ中尉?」

「不審者が基地ゲート前に現れたと」

「それがどうしたのよ?」

「何故か腕章の無い衛士訓練兵の制服を着ているらしく…」

「……そうか、今日か」


2001年10月22日。ものがたりは始まる。






[36153] 009
Name: 矢柄◆c8fd9cb6 ID:022f668f
Date: 2014/08/01 21:20


訳の分からない事ばかりだ。目覚めたら街が廃墟になっていて、純夏の家を上半身だけの巨大ロボが押しつぶしていた。

学校に行けば変なレーダーがあって、良く分からない内に捕まっちまった。その後、変なおっさんに尋問されるは、牢屋にぶち込まれるはで最悪だ。

夢にしては酷過ぎる。いや、夢なのか? 昨日の夕呼先生の態度、あれも夢? 窓がなくて時間の感覚があやふやだ。というか、何回メシ喰ったっけ?


「ん?」


そんな風に困惑していると、牢屋越しの向こうから夕呼先生がやってきた。


「白銀武」

「……」

「あら、ご機嫌ナナメ?」

「……」


夢じゃない? こう思っている俺そのものは夢の俺? それとも現実の俺? 何をどうすりゃその確信が得られるんだ?


「ここから出たい?」

「……」

「条件次第で出してあげてもいいわよ」

「…条件?」


夕呼先生の態度はいつものそれと良く似ているが、しかしそれは他人に対する応対の仕方だ。普段ならもっと自分が面白いと感じるように場を引っかき回してくるはずなのだから。

そして先生は有無を言わさない言葉を口にする。


「あなたはあたしの言うことに無条件で従う。返事はふたつにひとつ。イエスかノーか」

「……」


まるで獲物を見定める様な目つき。いつもの先生らしいといえばらしいが、そうじゃないどこか威圧感のある目。だが、これ以上何をしても状況は好転しそうにはなく、俺は仕方なくその条件を飲んだ。

牢屋からだされて連れてこられたのは、エレベーターで降りた地下の施設。B19とあるので地下19階だろうか。丈夫そうな壁に囲まれた通路の先、無機質な自動ドアを抜けると、ひときわ大きな部屋があった。

正面奥の壁には盾の中に丸い地球とUNの文字が大きく書かれた旗が張り付けてあり、その前に大きな事務用の机と椅子、机の上にはモニターとパソコン、それに分厚い本が重ねられて置いてある。

部屋の左右には金属製のロッカーと木製の本棚があって、そこにも分厚い本や書類が入っているだろう段ボールの箱が並んでいる。夕呼先生は椅子に腰をかけ、俺を興味深そうに見ている。

そして先生の傍らには俺に対して身体を横に向けながら無表情で俺を見る、夕呼先生の着る青と黒の服に似た衣服と白衣を見に纏う、両手を白衣のポケットに入れた髪はボサボサで細身の背の高い見知らぬ男がいた。


「取り調べの結果によれば…白銀武、2001年現在柊町在住、白陵大付属柊学園3年B組在籍、両親健在、兄弟姉妹なし…」

「今さら分かり切ったことでしょ?」

「そう憮然とされてもねぇ…」

「したくもなりますよ、こんなんじゃ」


SF映画にでも出てきそうな、まるで研究所のような施設。一体ここはどこなのか、俺はなんなのか?

一つでもあればいい。何か、おいおいって笑えるアイテムが一つありゃ。そうすれば夢だって一発で分かるのに。


「まあ、こっちは質問にさえ答えてもらえればいいわ」

「……」

「話聞いてる?」

「あ、はい」





目の前の少年は、ごくごく普通の、元の世界の何処にでもいそうな少年だった。まあ、顔の造形は悪くないが特別良くもない。

これが白銀武かと、俺は特に感慨もなく目の前の青年を見つめる。彼は夕呼さんの言葉に翻弄され、現実を認めようとせずに意地をはっている。

まあ、それは同情できる。俺だって最初の2、3回は訳も分からず死ぬしかなかったし、己の置かれた現状を呪い嘆くしかなかった。

いくつかの偶然が重ならなければ、心が壊れていたかもしれない。だから、彼の困惑も孤独も分かるつもりだ。

しかし、予測していなかったわけではないが、どうやら彼はUNLIMITEDシナリオに相当する、なんの軍経験も意思もないまっさらな白銀武だ。

彼がループして辿りつくAlternativeシナリオの、この世界を救いたいという強い意志を彼が持たない他、様々な理由により量子電導脳を完成させるための数式を入手させるのが難しくなるかもしれない。

そうして話は進んでいく。困惑する彼は宇宙人と戦っているというこの世界の事情を呆れた表情で受け取る青年。

まあ、元の世界、彼の世界においてもそんなのは映画や漫画の中だけの話だろうし、実感なんて出来ないだろう。だからこそ、元の世界で妹以外誰も俺の話をまともに取り合わなかったのだから。

しかし、戦術機の話になると白銀武は話に食いついてくる。二足歩行のロボット兵器。元の世界でそんな兵器の概念を提唱したら笑われるだけだろうが、この世界では切実にそれが求められている。

事情を知らない青年は、日本人らしく巨大ロボットという子供らしい夢にいたく興味を抱いたらしい。訓練兵になることを承諾する。そうして話が終わるころに、俺は一つ問いかけてみる。


「白銀武」

「え、あんた誰?」

「俺の事は今はどうでもいい。一つ君に聞きたい事がある」

「?」

「君は…『鑑純夏』という名に心当たりはないか?」

「あ、え? 純夏? なんでアイツのことを…?」


とぼけた顔で白銀武が返答する。そして夕呼さんはその名前を聞いた瞬間、厳しい表情になって白銀武を睨んだ。

まあ、それはそうだろう。00ユニットの最有力候補、その人物が求めてやまない『タケルちゃん』と思われる人物が現れ、そしてその人物自身もまた彼女の事を知っているのだから。


「もう一つ、『鑑純夏』は君の恋人か何かか?」

「は? 違う違う、あいつはただの幼馴染ですよ」

「そうか、まあいい。俺は高島京平だ。君には俺の研究にも関わってもらうかもしれんから、よろしく頼む」

「あ、はい」


彼が鑑純夏がいないと思いこむ世界に、俺は無理やりその存在を導入する。これ以降、白銀武は否応にも鑑純夏という少女を意識せざるをえないだろう。

その後、夕呼さんが彼に、この世界の住人でない事を秘密にすること、知り合いに出会ったとしても初対面であるように装うことなどの注意をする。そして、


「次に、『鑑純夏』については私と京平、それと私が許した人間以外には誰にも話さない事」

「は? なんでですか?」

「なんでもよ。ここは軍事基地なのよ? 表に出せない機密なんて山ほどあるわ」

「あいつが機密ぅ? そんな馬鹿な」

「戦術機に乗りたくないの?」

「っ! あ、はい、分かりました」


そして話が戻る。

ここが彼の認識する学園ではなく、国連軍横浜基地であること、セキュリティーパスのことなどについて説明し、そして彼を連れて部屋を出ていく。

俺はそれを見送った後、私室に戻る。

物語の大まかな流れについては、ノートにまとめている。他の人間からは自作の詩集にしか見えないものであるが、キーワードを散りばめることで記憶を蘇らせる仕組みの暗号のような形態だ。


「さて、どうするか」


白銀武は因果導体であるが、それ単体では何の役にも立たないし、特に戦略的価値もない。卓越した戦術機乗りになれる素養を持つが、それは戦術的な価値でしかない。

重要なのは彼が量子電導脳についての新理論を元の世界の香月夕呼教諭が完成させたことを思い出し、そして向こうの世界との行き来が可能であることを見出さなければならないという事だ。

既に布石は一つ打った。ならば、後は実験と称して彼を誘導していけばいい。

すると、ドアをノックする音、扉を開けると霞がいた。


「霞か。どうした?」

「始まるのですか?」

「そうだ。霞には負担をかけることになる。すまないな」

「いえ…。本当は、私達の世界のためですから。でも、戻れると…いいですね」

「いつかはな。今はまだ何も見えないが…いつかは。まあ、気にするな。繰り返してきた事だ。あと何回繰り返そうとも、俺は大丈夫だから」


そうして、無駄な作り笑いをして俺は霞の頭を撫でた。





この世界の日本や世界の歩みは少し特殊だ。

確かに江戸時代末期に大政奉還がなされて、その権力は皇帝に集まった。天皇ではなく皇帝というのがまず違うが、それは置いておこう。

最大の違いは武士が存続していること。幕府は開いていないが、皇帝より任命される国事全権総代としての政威大将軍が存在する。

将軍は皇帝の直下、帝国議会の上位執政機関として元枢府(摂政職のようなもの)の長であり、そしてその権威は元の世界の天皇同等に大きく尊敬を集めている。

俺や白銀武の知る日本の歴史とのもう一つの大きな違いが、第二次大戦後も国体、帝国としての日本が存続している点だ。

確かに第二次世界大戦、大東亜戦争において日本帝国は大陸などを侵略し、結果として史実同様にアメリカ合衆国に敗北した。

ただし、その敗北はあくまでも条件付き降伏であり、広島・長崎に核爆弾は投下されなかった。代わりに核兵器はドイツに用いられたという違いがある。

この結果、政威大将軍はアメリカ民主主義の導入とともに名誉職となった。とはいえ、条件付き降伏であるため、日本人としての意識は俺の世界のそれとは大きく違う。

同じなのは第二次大戦後、日本帝国は冷戦構造に組み込まれ、アメリカの同盟国として急速な復興を遂げたことだろうか。

また、首都は京都であり、これは鎌倉時代以降かわらない。確かに首都機能が鎌倉や江戸に移された事もあったが、名目上の首都は京都であり、大政奉還後は名実ともに京都は首都となる。

一方の東京は経済の中心となり栄えたが、首都とはならなかった。しかし、BETAの本土侵攻と共に京都が陥落したのを受け、首都は東京に移された。

では世界の動向はどうか。

この世界の技術力はある分野において俺の世界、白銀武の元の世界に比べて突出したものがあり、その代表例に航空宇宙技術がある。

1950年代には月への有人飛行が実現し、大型軌道ステーション、恒久月面基地などが1950年代から1960年代にかけて完成をみている。

そして、1958年、アメリカの無人探査機ヴァイキング1号を火星地表面に送り込むことに成功している。これは俺の世界のそれよりも18年先行したことになる。

本来ならこの探査機は火星の地質と大気を調査し、火星地表面の写真などを地球に送って4年近くの活動を行うはずだったが、この世界ではある画像を送った直後にその通信を途絶した。

だが、その画像はこの世界の科学者たちを大いに驚かせた。画像の隅には何か生物らしきものが写っていたのだ。

その画像こそが人類とBETAの初めての接触を示すものであり、火星軌道を周回する衛星から火星全域に生物が存在する事が確認された。当初その生物は火星起源種と考えらた。

世界の人々は火星に生命があるという発見に驚き、そして喜び、同じ太陽系の同胞という意識と共に火星有人探査に多くの夢を見た。

が、それが大きな間違いであった事を人類は付きつけられることになる。

ファーストコンタクトは惨劇となった。1967年、国際恒久月面基地『プラトー1』の地質調査隊が火星起源種と同種の存在を確認、その直後消息を絶つ。

これが『サクロボスコ事件』であり、BETA大戦の狼煙となった。以降、その存在は月において思うがままに版図を拡大し、軽装備のみで抵抗する人類をことごとく排除した。

ここに、この存在が火星起源種とは異なるのではないかという説が現実味を帯びる。

その存在は火星や月という生物に厳しい環境をものともしない強靭な生命力と圧倒的物量を持って月を席巻。人類に敵対的な異星起源種、国連呼称でBETA(Beings of the Extra Terrestrial origin which is Adversary of human race)が定義された瞬間である。

そして遂に1973年4月19日、中華人民共和国新疆ウイグル自治区喀什(カシュガル)にBETAの降着ユニットが落下した。

降着ユニットにはBETAが大量に積載されており、すぐさま侵略を開始したが、人類は地球上での戦闘においては絶対の自信を持っていた。

よって当事国である中国軍は国連軍の受け入れを拒否。当初、単独での防衛を選択する。これはBETAに航空兵器に対する迎撃能力を持たなかったことから、国益を追求する立場として当然の選択と言えた。

中国軍は当初航空優勢を維持し、戦線を押し上げ、戦況を優位に推移させる。月の過酷な環境や、月までの細い兵站線という束縛が無ければ、人類の兵器と戦術はBETAに対し圧倒的な威力を示した。

しかし、強力な生体発振レーザー器官を有する新種、光線級の出現により航空兵器が無力化されると、瞬く間に中国軍はBETAの物量に抗しきれず戦線は瓦解することとなる。

その後、ソ連に救援を求め中ソ連合軍が結成され、共同でBETAとの戦闘を行うも抗しきれず、戦術核による焦土作戦を展開するが、中央アジアはまたたく間にBETAの手の中に落ちた。

BETAの地球侵略により人類は月面基地プラトー1を破棄。しかし翌年、7月6日、カナダ、サスカチュアン州アサバスカに新たに降着ユニットが落下する。

喀什での教訓を生かし、アメリカはこれを戦略核の集中運用によりかろうじて撃破。しかし、その代償としてカナダの国土の50%が高濃度の放射能汚染により死の荒野と化した。

危機感を抱いた人類は各国軍の指令系統を国連の下に再編、戦闘機に代わる対BETA主力兵器・戦術歩行戦闘機を開発し配備し反撃に打って出るとともに、並行して国際秘密計画『オルタネイティヴ計画』によるBETA研究と和平の模索を開始した。

しかし、戦況は改善せず英国以外のヨーロッパは陥落、1985年にはソ連国家機関機能のアラスカへの移転、1994年にはインド亜大陸陥落、1997年には台湾に中国共産党政府が逃れた。

そして1998年には日本本土侵攻を許す。日本本土戦においてはわずか1週間で九州・四国・中国地方を失陥、そのまま関東までその侵攻を許し、3600万人の犠牲者を出した。

そしてBETAはユーラシア各地にその前線基地である国連呼称『ハイヴ』を建設する。日本帝国内にはH21佐渡島ハイヴ、H22横浜ハイヴが建設され、本土陥落は目前となった。

これを阻止するため、起死回生の策として1999年8月5日より開始された明星作戦によりH22横浜ハイヴの攻略に成功。その跡地に国連軍横浜基地が建設された。

これが大まかなこの世界の歴史である。

目の前ではこれよりも簡略化した歴史を夕呼さんが白銀武に語り聞かせた。白銀武はこんなふざけた世界を認めないと喚いたが。俺はもう何の感慨も浮かばない。

彼の反応が平和な日本の人間の正常な反応なのだろうが、そんな感覚はもう麻痺している。そうして白銀武は部屋を出ていった。


「あいつの世界、アンタの世界と同じじゃないの?」

「昨日、彼が話した彼の世界の歴史は俺のそれとほぼ同一です。ですから、可能性は高いと思いますが、俺の知る限り横浜に柊町といった街はありません。俺がただ知らないという可能性もあるんですが」

「ふうん、でもアンタの研究には役に立つんじゃない? おそらくあいつ、完全な因果導体よ」

「全くとんでもない理論ですね。死人が歩くなんてホラーそのものだ」

「タイムリーパーのアンタはSFそのものだけどね」

「だが、興味深いサンプルです。白銀武の研究、俺に一任してもらえますか?」

「報告は密にしてちょうだい。あたしも興味あるもの」


白銀武そのものは夕呼さんにとっても極めて興味深いものだろう。だが、目下彼女の目標は量子電導脳の完成であり、因果導体の研究ではない。

逆に俺にとって量子電導脳の開発は手段の一つであり、目標ではない。同じ因果導体を検査する事は俺にとっても有意義といえる。





11月1日、白銀武は訓練の終了とともに地下19階の香月夕呼博士の部屋を目指していた。それは単純に向こうの世界では男だったはずの鎧衣尊人が美琴という少女に代わっていたことを問うためであった。

しかし、夕呼は部屋にはおらず、隣の奇妙な扉を開けて夕呼を探す。そして、出会った。


「!!!」


ボイラーのような低温が響く部屋、その中心には青く輝く大きなカプセルのようなもの、そしてそこに浮く脳髄。そして、カタリという物音がして、


「う、うわぁぁ~~!?」

「何故ここにいる白銀訓練兵」

「……」

「え、女の…子?」


大きく息を吐いて安堵する。

そこには夕呼先生やまりもちゃんがこの世界で着ている様な黒地に青をあしらった制服を着たボブカットの黒い髪の少女と、それをアレンジした様なドレスを着たウサミミみたいな髪飾りを付けた銀髪の少女がいた。

ボブカットの少女は不審そうな眼で俺を見て、銀髪の少女を庇うように前に出てきた。なんだか俺が不審者扱いされているようで少し腹が立つ。


「もう一度問うぞ白銀訓練兵、何故ここにいる?」

「いや、夕呼せんせ…香月博士を探していて…」

「香月博士はここにはいない。しかし…」


ボブカットの少女が俺に近づき、観察するように俺を頭から足まで見る。顔はけっこう可愛い娘だなと思いつつ、お返しとばかりに少女らを見ると、彼女たちの腕には俺たちと同じエムブレムがついていた。

YOKOHAMA BASEではなく『ALTERNATIVE Ⅳ』と書かれている。どういうことだろうか。


「えっと、君は?」

「私は高島鈴、臨時少尉の階級を戴いている。この娘は社霞だ」


高島鈴に社霞ね。

俺の世界では出会った事もない少女たちだ。まあ、門番してた人たちも知らない人たちだったし、そういう人間も当然いるはずだけど。

というか、何故この少女はこんなに偉そうなのか。そして何故、彼女は俺の名前を知っているのだろうか。


「俺の事知ってるのか?」

「書類上で、あとお兄様から聞かされている。…しかし、お前の何が特別なの? 見た所、兵役にもついたことはなさそうだし、研究員でもなさそうだし」

「お兄様?」

「高島京平博士のことだ。お前も日本人なら知らないわけではないだろう。私は博士と血を分けた兄妹だ。ふふん」


何故か偉そうにふんぞり返る少女。高島京平。そういえば、いつも夕呼先生の隣で立っている奴がそういう名前だったはずだ。どうやら彼女はアイツの妹らしい。あんまり似てないな。


「で、この部屋なんなんだ? 君らこんな部屋で何してるんだ?」

「お前、上官に対して気安すぎるぞ…。まあいい、この部屋については機密なので明かせない。私達は特殊な任務の途中だ。その内容も明かせない。お前はさっさと出ていけ」

「それが特殊な任務なのか?」


俺は床に構築されつつあるものを指差した。そこにはトランプがあり、そしてそれらは三角形を組み上げて立体構造を形成していた。つまり、ピラミッドを作る途中。

どう考えても任務とは思えなかった。そして社霞と呼ばれた少女は今まさにピラミッドの頂上を作ろうとしている途中だった。


「う、うるさい! 早く出ていきなさい!」

「お、おい、押すな!」


俺は高島鈴と名乗る少女に両手で押されて部屋の外に追い出されていく。そうして二枚の扉を押し戻されて追いだされた所、


「あら、白銀じゃない」

「ん、白銀武に…鈴か」

「あ、先生」

「お、お兄様っ」


夕呼先生と鉢合わせした。その後ろには高島京平と、その後ろにまた見た事のない青みがかった白髪の少女がいた。


「良かった。会いに行ったんですけど、先生、部屋にいなくて」

「何か用?」

「ちょっと聞きたい事があって…」

「いいわよ。アンタに伝える事もあったし、部屋、行きましょうか」





「それがこっちの世界ってことでしょ」


白銀武は友人であった鎧衣尊人が、女性になったことに驚いて夕呼さんに会いに来たらしい。そして同時に、鑑純夏がいない事にも疑問を抱いているようだ。

まあ、この世界は彼の世界と違い歴史自体も大きく変わっているのでその位の変化はあって当たり前なのだが。そして話は隣の部屋にいた霞などに移っていく。そして、彼の世界での夕呼さんの話。


「あ、それと、アンタの事はこれからは京平に一任したから」

「は? 京平?」

「俺の事だ」


白銀武は俺に視線を移す。


「あんた、何?」

「白銀、他人の前でそんな事言ったら正気疑われるわよ? 高島京平。若干11歳にして各分野の博士号を取った天才よ。実質的にはこの基地のNo.3」

「は?」

「高島博士とでも呼べば問題ない。以降、君についての扱いは俺が引き継ぐことになった。今後、君には特殊任務を与えることになるから、呼ばれれば訓練中でも来てもらうことになる」


白銀武は呆けた顔をして俺の話を聞いている。ちゃんと聞いているのか若干不安になる反応だが、まあ構わないだろう。

説明は歩きながらでも問題はない。俺は白銀武からの印象を良好にするため、少しだけサービスしてやることにする。


「ところで白銀君、君は戦術機に興味があるようだな」

「え、あ、はい」

「そんなに乗りたいのか?」

「もちろんすよ! だってリアルロボなんすよ!」


まあ、平和な時代の人間とはいえ、日本人の男子なら人型ロボット兵器に憧れる者は少なくないだろう。俺にはもうそういう感覚は残っていないが。


「見てみたいか?」

「え?」

「見てみたいかと言っている」

「見たい、見たいです!」

「夕呼さん、いいですか?」

「勝手にしなさい」


というわけで俺は白銀武と、何故か一緒についてきた鈴と一緒にハンガーへと向かう。その途中で、俺は白銀武に戦術機についていくらかの説明をしていく。

戦術機が開発された経緯、そして役割、その構造などについて簡単にだが話をする。

BETA光線級の登場により無力化された航空兵力の穴を埋めるために、そしてハイヴ攻略を目指して考案された戦術機は、月面で活動するための有人軌道ユニットMMUを土台として作られた。

しかし、その兵器特性、三次元機動と柔軟な任務適応能力、高い運動性や兵装の汎用性により、対BETA戦闘における正面戦力となった。

戦術機は二足歩行型の人型兵器であり、その全高は18~30m超と機種により差異がある。

動力は本体と跳躍ユニットの二系統に分けられ、本体は電磁伸縮炭素帯(カーボニック・アクチュエーター)を中心とし、そのエネルギー源は蓄電池とマグネシウム電池で賄っている。

跳躍ユニットはジェット燃料を推進剤とし、跳躍ユニット内部と主脚内部に存在する。

現在は第1~第3までの世代が存在し、第1世代は高防御力、第2世代は機動性の強化、第3世代は反応性の向上と情報共有と、段階を分けた特徴と発展がなされている。

しかしながら、前線国家では機体の更新が間に合わず、第1世代機をマイナーチェンジしたものがいまだ現役で使用され続けている。

これから彼に見せるのはそういった機体の1つであり、世界で初めて実戦配備された、アメリカ企業マクダエル社の戦術機F-4ファントムの国産モデルだ。

第1世代に分類されるものの絶えず改良がなされてきたために、現在のブロック214は第2世代に迫る能力を持つに至っている。

とはいえ、戦術機のネーミングが元の世界の戦闘機の名前と同一というのは中々に面白い一致だ。F-4ファントム、F-15イーグル、F-16ファイティング・ファルコンはその代表でもある。


「ところで、その人誰ですか?」

「ん、アステルのことか?」


途中、白銀武が俺のすぐ後ろを歩く存在を指差して問う。それは青みがかった膝まで届く白髪の、国連軍の軍服を着た女性に見える。

事実、白銀武はそれを女性と認識したし、最初は鈴もそう認識した。しかし、


「アステルはロボットだ」

「は?」

「アステル、白銀に挨拶を」

「了解しましたマスター、遅くなりましたが初めまして白銀武様。私はHAI-01AL4 CAPEL2001アステルです。よろしくお願いします」

「こ、こちらこそ…、って、え、マジでロボットなんですか!?」

「はい、その通りです」

「彼女の瞳を良く見ろ、カメラになっているのが分かるはずだ」

「え、あ、ほんとだ…。すげぇ、ほとんど人間にしかみえねぇ」


驚く白銀武。すると鈴が胸を張って不敵な笑みを浮かべる。


「すごいだろう」

「なんでお前が偉そうなんだよ」

「私のお兄様がアステルを作ったからだ」

「マジ?」

「まじってどういう意味よ。変な言葉遣いだなお前」


物珍しそうに白銀武はアステルに近づいて、前から横からと観察する。アステルには俺の機械的人工知能研究の結果と、00ユニットの技術流用によって完成させた人型人工知性体の試作型だ。

並行して行われた分子生物学的なアプローチで人工知性を目指した人造人間に比べると、コスト的に非常に割に合わない部分が多々あるものの、思考速度においては人造人間のそれを遥かに上回る。

電脳として光学素子を用いたノイマン型コンピューターを中核とし、これに量子ビットによるプロセッサーをサブエンジンとして搭載する。

00ユニットの代替案として俺が中心となって開発完成させた人工知性の最終型ともいえるもので、皮膚の触感、表情筋などの動きは人間のそれと見紛うばかりである。

とはいえ、完全に人間とする必要もないので、瞳や発声器官などのいくつかの部分については機械的であるし、肺などのいくつかの臓器に相当する器官はそもそも必要ない。

とはいえリーディング機能を取り入れるため、様々な改良が繰り返されたが、どうしてもイメージを機械的な人工知能に理解可能なデータとして変換する事が出来ず、こちらの計画は頓挫した。

既存のコンピューターの延長線上にあるAIではリーディングやプロジェクションは難しいようで、そちらは人造人間に付加し、これに機械的なサブエンジンを搭載することで対応できないか検討中である。

ただし、人類を遥かに上回るその高い処理能力は様々な状況に即時対応可能であり、現在は俺の助手かA-01連隊におけるCP将校としての運用などを行っている。

白銀がしきりにアステルに質問をしながら、俺たちはハンガーへと向かう。そうしている内にハンガーに着き、電灯をつけると、いくつもの戦術機が並ぶ光景が目の前に広がる。


「着いたぞ。これがF-4J撃震だ」

「すげぇ! マジ本物のロボットだ!」

「まるで子供ですね」


白銀武は子供のようにはしゃぎながら戦術機の近くへ駆け寄る。彼は戦術機を見上げながら、横から見たりと忙しく動き回る。鈴は白銀武のその反応に呆れ、俺は苦笑しながら彼の元へと歩み寄った。

鈴は階段の上におり、俺と彼との会話は聞こえていないだろう。だから、白銀武の秘密について話す事とする。


「君の世界には戦術機は無いそうだな」

「あ、はい」

「まあ、BETAのいない世界では当然か。クローキングや光学迷彩が地上兵器に実用化されれば状況は変わるのだろうが」

「高島博士…でいいのか?」

「ああ。俺は一応、技術大佐相当の階級を持っている。鈴は臨時少尉だな。軍組織だから人前では気をつけたほうがいい。神宮司軍曹をまりもちゃんと呼ぶと叱責が飛ぶだろう?」


現代日本人にとってみれば軍の組織や階級による社会構造は馴染みのないものであるが、軍事が何よりも優先されるこの世界では当たり前の感覚だ。

6歳からこの世界に放り込まれた俺はそれなりに対応できたが、17、8歳で放り込まれた彼にすれば、少し理不尽に思うこともあるだろう。


「あ、はい。聞きたい事があるんですけど」

「なんだ?」

「この世界に純夏は…鑑純夏はいるんですか? 確か、前に会った時、高島博士は『鑑純夏』を知っているかって聞きましたよね?」


それは彼にとって重要な情報だろう。物語において鍵となる鑑純夏も、207分隊の面々も、神宮司軍曹、夕呼さんも彼にとってみればごく親しい人物たちだ。

その中で特に幼馴染として関係が深かった鑑純夏だけがいないというのは気味の悪い、あるいは落ち着かないのだろう。いや、むしろ寂しいという感情か。


「夕呼さん、香月博士からこの世界の人口は十数億しかいないと聞いたな?」

「…あ、はい」

「白銀君、君の世界の人口はどれぐらいだ?」

「60億人ぐらいだった…かな」

「君の世界の、お前の周りの人間と、この世界の人間模様は極めて似ているらしいな」

「えっと…はい」

「だが、実際にはそれだけの人口の差がある。君の世界では生きているはずの人間が、この世界では死んでいたとしても不思議ではない。君自身のようにな」

「へ?」


白銀武が呆けたように俺を見ている。だが、それは当然の事なのだ。日本人さえその3割以上の人口を失っている以上、彼の世界の人間と、この世界の人間には大きな違いがあるはずだ。

そして、白銀武と鑑純夏という二人の少年少女もまたその過酷な運命の前に翻弄された。


「安心しろ。死んだのはこの世界の白銀武と言う名の少年だ。君ではない」

「そ、それって、同姓同名の?」

「さあな。1998年のBETA本土侵攻によって今この基地がある近辺もBETAによって占領された。逃げ遅れた住民も多くいる。その中に、かつての柊町に住んでいた白銀武という少年がいたというだけだ」

「…じゃ、じゃあ純夏は!?」

「これ以上は機密に属する。今の君には公開できないレベルの情報だ。だが、死んでいるならこういう言い方はしない。そこから察しろ」

「ちょっ、待てよ、そこまで言っておいて秘密かよ!」

「一介の訓練兵が知ってはならないレベルの情報だ。真実を知りたければ対価を払え。重要な情報というものほど簡単には手に入らないのはどこの世界でも同じだと思うが?」


詰め寄ってくる白銀武にそう答える。この世界を認めていない彼に真実を話しても逆効果になりそうだからだ。

…どうやら上にいる鈴には、白銀が俺にくってかかっているように見えたようで、駆け足で階段を下りてくるのが見えた。血相を変えて大変お怒りの様子。


「白銀訓練兵! お兄様に何をやっている!」

「鈴、他の人間がいる場では博士と呼べと言っているだろう」

「あ、はい、すみませんお兄さ…高島博士」

「別に彼の前では構わないがな。さて、白銀武、真実が知りたいか?」

「ああ。でも対価ってなんだ? 金なんて持ってないぞ俺」

「そんなものは要求しない。俺が求めるのは成果だ。夕呼さんにお前を俺に一任すると聞いただろう。俺は君を研究し、君は俺の研究に協力する。それに、悪夢から醒めたいんだろう?」

「そ、そうだ。俺はこんな世界、絶対に認めない!」

「認めない…か。で、君にはその悪夢から醒めるためのあてがあるのか?」

「それはっ…」

「あるのか?」

「くっ、いつか、見つけ出してみせる!」

「ふむ、ではヒントだ」

「ヒント?」

「『鑑純夏』が君にとっての鍵になる」

「純夏が?」

「今日はここまでだ。訓練の疲れもあるだろう? 部屋に戻って休め」

「ちょ、おい!」


俺はそう言い放つと踵を返して階段に向かった。

時間はあまり多くとれない。彼のこの世界への執着、特に207分隊の誰かと特別な関係になれば、彼は元の世界への興味を急速に失うことになる。その前に、事を為さなければならない。





「今日は何なんですか?」

「ちょっとした心理実験だ」


翌日、白銀武が訓練を終えて夕食を終えた後、俺は白銀武を呼び出した。俺の横には霞とアステルがおり、そして神宮司軍曹がいる。彼女らには今回の実験の助手をしてもらうこととした。

今回の実験は白銀武には少しばかり厳しいものになるかもしれないが、その分、いくらかの成果が見込めると思われる。俺は白銀武を戦術機シミュレーターに呼び出した。


「白銀君は人類の敵、BETAについてどこまで知っている?」

「あー、座学で少しだけって感じですかね」

「そうか。少しばかり説明をしておこう」


BETAはその分類上3つに区別される。

まずはレーザー属種、眼球から高出力のレーザーを照射する能力を有し、380km離れた高度1万mの飛翔体を正確に捕捉する。次に戦術機の脅威となる大型種、そして小型種と言う風に分類される。

レーザー属種はさらに2つに分類でき、光線級ルクスと重光線級マグヌス・ルクスに分類される。光線級は全高3mほどで有効射程距離30kmの射程を持つ。

重光線級は全高21mで高度500mで低空飛行する飛翔体に対しても100km以上の有効射程距離を誇る。人類の航空戦力を無力化したのがこの種属だ。

大型種には要撃級メデューム、突撃級ルイタウラ、要塞級グラヴィスが確認されている。

要撃級は頑強な二対の前腕を武器とする全長19mの多足歩行種であり、その前腕はモース硬度15以上、ダイアモンドよりも固く、しかもカルボナードを凌駕する靭性を誇る。

突撃級は前面に頑強な装甲殻を持ち、最大の防御力を誇る一方で、最大速度170kmに達する前進速度による衝角突撃を戦術とする。

要塞級は既知のBETA種族における最大種であり、全高は66mにも達する。動きは緩慢であるが、攻撃力・防御力・耐久力のいずれも高く、10本の足による攻撃は要撃級の前腕にも劣らない。

さらに尾節には全長50mにもなる触手が収められており、その先端の鉤爪状の衝角はモース硬度15以上であり、激突した際に戦術機さえも溶かしてしまう強酸性溶解液を分泌する。

小型種には戦車級エウクス・ペディス、闘士級バルルス・ナリス、兵士級ヴェナトルが確認されている。

特に戦車級はBETA群中最大の個体数を誇る多足歩行種であり、全高2.8m、時速80kmの機動性の高さ、そして戦術機の装甲すら噛み砕く強靭な顎を持ち、大破した、あるいは多数の戦車級に取りつかれて動けなくなった戦術機が衛士もろとも『喰われる』。衛士を最もたくさん殺したBETAとも言われる。

闘士級は全高2.5mほどの二足歩行種であり、俊敏な動きをし、象の鼻のような腕は人間の頭を容易に引く抜くほどの力を持つ。

兵士級は全長2.3mの最小種であり、人間の数倍する腕力と、強化装備を食い破るほどの顎の力を持つ。この二種は拳銃でも対処可能であり、主に歩兵によって対処され、戦術機の敵ではない。


「君にはこれからBETAの映像を見てもらう」

「BETAって宇宙人の?」

「ああ、なかなかにグロテスクだから、平和な世界出身の君には辛いかもしれないな。嫌なら辞めていいぞ」

「構わねぇよ。グロにはそれなりに耐性あるんだぜ」

「君の世界にもそういうものがあるのか?」

「いや、ゲームとか映画で」

「なるほど」


知っているさ。アメリカの映画で特殊メイクやCGで作られた作り物の化け物を嫌ほど見ているだろうから。


「これは?」

「網膜投影ディスプレイだ。今起動させた。視界の中央に文字が見えるだろう?」

「あ、すげぇ」


白銀武にはあらかじめ強化服を着せている。物語において白銀武は本物のBETAを見たとき冷静さを失った。

それは急性のトラウマによるものだったが、それは別のループに由来するものだったはずだ。同じ反応が見られれば、彼も何かを思い出すかもしれない。


「そういえば、今日の朝、霞が君の所に行ったらしいな」

「あー、えっと、起こしてもらいました」


俺の中の物語における記憶、そして鑑純夏の脳髄をリーディングする作用によって霞はかなりの影響を受けている。

朝の彼女の行動は、それに影響された義務感めいたものらしい。俺の知識の影響もあるかもしれない。当の白銀がどう考えるかは別だが。


「そうか。BETAについての詳しい情報は訓練兵には伏せられているが、君は特別だ。一応警告しておくが、これから見せる映像はBETAに殺されかけた衛士の戦術機から抽出したデータだ」

「あー、はい」

「では、始めるぞ」


映像が始まる。当初は順調にBETAを倒す衛士。しかし、突撃級の突進に足を取られて小破してしまう。さらに要撃級による前腕の攻撃を何度も受けて戦術機がひしゃげていく。

そして戦車級が群がりだして、と簡単に表現すればそんな映像である。元の世界で映画などでそういう化け物を見た事がある白銀武なら本来はそこまで恐怖する映像ではないはずだ。しかし、


「うわあああああああっ!?」


白銀武は喚きだした。興奮剤無しでも反応したか。


「この野郎! 殺してやる! 殺してやる! てめえらのせいで!! てめえらのせいで!! 殺してやる!!」


レバーをガチャガチャと鳴らせながら白銀武の興奮は収まらない。俺は霞にリーディングによるモニターを続けさせて、同時に映像を撮り、その様子を見守る。

彼が何をしようが映像の内容は変わらない。戦術機は動きを止め、要撃級に殴られ始める。


「どうしたくそっ! 動け! 動くんだよ! 死んじまうだろ! 動け! 動くんだよ!!」


そして戦術機のモニターは死に、シミュレーター内部は赤色灯に照らされる。そして、戦術機が殴られてひしゃげる音だけが彼を支配する。


「いやだぁぁぁっ! 死にたくないぃぃぃ、いやだいやだいやだ……」

「高島博士っ! これ以上は!!」

「分かった、止めろ」


神宮司軍曹の言葉を受け、ここで映像も音も止める。白銀武は恥も外聞もなく涙や鼻水、涎を垂らし、小便を漏らしていた。控えていた衛生兵たちに後の処置を任せる。鎮静剤などが打たれたのだろう。

白銀武は担架で運び出され、別室で休憩をとらせる。その間、俺はデータを編集しておく。案の定面白いデータが抽出されてくる。

しばらくすると、衛生兵から連絡があり、白銀武が平静を取り戻した事を知って、俺は神宮司軍曹と白銀を二人きりにさせる。


「で、彼の症状は?」

「PTSDによるものかと。おそらくは大きな心的外傷によるものだとは思いますが、彼はBETAに襲われた経験でもあるのですか?」

「君の知る所ではない。所見は分かった。下がりたまえ」

「はっ」


衛生兵の報告を聞き、俺は彼女を下がらせた。そしてシミュレーター室には俺と霞だけが残された。神宮司軍曹には、白銀が結果の報告が可能になり次第、連絡をよこす様に伝えている。


「予想以上の反応だった。彼には悪いが、衛士を目指す以上、いずれは通らなければならない道だ」

「……」

「俺を酷い奴だと思うか?」

「いいえ」


彼女は首を振る。俺はそうかとだけ呟いて、データの編集に集中する。そうしてしばらくすると、神宮司軍曹から連絡が届いた。

俺は別室に移された白銀に会いに行く。部屋に入ると、神宮司軍曹が俺に敬礼をした。


「軍曹、ご苦労だった」

「いえ。博士、差し支えなければ質問をお許し願えませんでしょうか?」

「構わない」

「今回の実験の意図はどこにあるのですか?」

「このデータを見てどう思う?」

「……これはっ?」

「彼が『特別』であることの一端だ。これ以上は香月博士の許可がなければ話せない」

「……分かりました」

「では、軍曹、下がりたまえ」

「は、失礼します」


神宮司まりもが部屋から出ていく。白銀は少し名残惜しそうな表情をしたが、まあ、あれだけ錯乱した後だから仕方がないだろう。

俺は白銀のバイタルデータをアステルに監視させながら、彼と話す事とする。


「さて、白銀君、『初めて』見たBETAはどうだった?」

「なんなんだよ…あれ……」

「あれがBETAだ」

「何で俺…あんな風に……」

「白銀君、君はああいうものを極端に恐怖する性質か?」

「違う…、だけど何だかどうしようもなくアイツらが許せなくて…、クソっ」


憔悴しながらも忌々しそうな表情を浮かべる白銀。この蓄積された怒りと後悔が、俺の記憶にある戦場における彼の戦闘力の原動力の一つだったのだろうか?


「君はBETAを知っているな」

「そう、そうだ…。俺はアイツらを知っている。でもなんでだ? なんで知っている? クソっ、思い出せねぇ」

「君はBETAに殺された」

「ぐっ、思い出せねぇ…、でも、確か…」

「話は変わるが、因果律量子論という言葉に聞きおぼえがあるだろう」

「え、ああ、えーと、夕呼先生の…」

「そうだ。俺も長くあの理論と関わっているが…、そこから導き出される予想に因果導体という存在がある。まあ、今は聞き流すだけでいい。重要なのは予測するに、君にとってこの世界は初めて体験するものではないということだ」

「…どういうことだ?」

「これを見ろ」


俺は白銀武に、彼が錯乱中に何をしていたかを記録した映像を見える。そこには取り乱しながらも『正確に』戦術機の操作を行なおうとする彼の姿が映し出された。


「君はBETAに襲われ機関が停止した戦術機を動かそうと必死に操縦桿やペダルを操作していた。君の操作はデータから解析するに十分に訓練を受けた衛士のそれだった。君は乗った事もないはずの戦術機を正しく動かそうとしていた。無意識にな」

「…?」


乗った事も乗り方を教授されたこともないヒト型ロボットを、まるで現役の衛士のごとく操ろうとした。そんなのはまずあり得ない。白銀武は会得したような表情となる。


「そして、衛生兵の所見から、君はBETAに対して大きな心的外傷を負っており、PTSDを発症していると報告がなされた。見た事もない怪物に動揺してパニックを起こした。普通でない反応で」

「えっと、それって?」

「君に分かりやすく説明するなら、君はこの世界をループしている可能性が高い。故に君は戦術機の動かし方を知っているし、BETAを見た事もある。ただ、その記憶の多くが抜け落ちているらしい。理由は仮説であるが提示は可能だ」

「それがさっきの話とどう繋がるんだよ…」

「君が因果導体であると仮定すれば、それらの事象に説明がつくということだ。君は何らかの理由で因果導体となり、同じ時間を繰り返している」

「そんなバカな話…」

「なら、お前の怒り、お前の恐怖はどこから湧いてきた? 思いだせないならまた画像を再生してやろうか?」


白銀武は黙り込む。まあ、今回の実験は彼が本当にループ状態にあるかを確認するためのもので、彼に信用されるのは二の次なのだから、ここで彼が納得しないのも可能性としては小さくない。


「……何となくだけど覚えてるんだ。確かに、初めてじゃないってことを。多分、確か、あれだ…、何かのせいで人間は負けたんだ」

「オルタネイティヴ5」

「そう、そうだ。そいつが発動して、夕呼先生のオルタネイティヴ4が失敗したんだ…」


そうして白銀武の記憶、失われていたループにおける多くの記憶が芋づる式に彼の脳で蘇っていく。

それらの多くは断片的で、不完全ながら、12月24日に第五計画が発動された事などの情報が呼び出されていく。


「これは…、夢じゃ…ないのか?」

「俺は少なくとも現実と考えている」

「何で…こんなことに…?」

「ヒントは出したはずだが?」

「純夏…、純夏がいったい何なんだよ!?」

「それはまだ答えられない。…今日の実験は終わりだ。が、君の睡眠時の脳波を測定したい。後でアステルと霞を寄こす」


そう言い残して俺は部屋に白銀を残してアステルと共に退出した。






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Name: 矢柄◆c8fd9cb6 ID:022f668f
Date: 2014/08/01 21:21

「つまり、夢の中ではアイツの精神は別世界、アイツにとっての『元の世界』に行っている可能性が高いってこと?」

「ええ。霞のリーディング、脳波の測定結果から見ればそう結論付けても良いでしょう」


夕呼さんに白銀に行った一連の実験結果について報告する。睡眠時における世界間移動、BETAに対するPTSD、乗った事もないはずの戦術機を操縦して見せた事など。

いくつかのデータをまとめた知見を夕呼さんに渡した。なお、白銀武のBETAに対する錯乱はあれ以降見られなくなった。神宮司軍曹にケアを任せたのは正解だったのだろう。


「で、ループしている可能性よね。確かに白銀の座学、射撃等の成績が飛躍的に伸びたのは確かの様ね。体力がついていってないようだけど」

「アステルに栄養管理と効率的なトレーニングのアシストをさせてますが、まあ体力面での成果が表れるのはもっと後でしょう」


白銀武は何か心境の変化があったのか、訓練により集中して務めるようになった。

どうやら数年間の軍役の経験をおぼろげながら思いだしたようで、今の身体の体力のなさを嘆いているそうだ。

なので、スポーツ医学に基づいたトレーニングやマッサージなどのケアをアステルにさせている。二週間やそこらでどこまで効果が出るかは分からないが。


「で、この情報は使えるの?」

「さてどうでしょうね。俺もループしてはいますが、厳密に日付を記憶してはいません。11月11日、佐渡島ハイヴに端を発するBETA群が新潟に上陸し、防衛線を抜く…か。帝国との約定では00型超水平線電磁投射砲をスクランブルで運用できるはず。アレの実戦証明に使えるかもしれないですね」


帝国にとっても極めて強力な戦略兵器となり得る00型超水平線電磁投射砲は、その実戦証明の優先により新潟と九州に配備がなされている。

BETAの侵攻があれば優先的にこれを用いた攻撃が為される予定であり、効果があれば、最終的には佐渡島ハイヴ攻略に運用されることとなるだろう。


「実際に来ればの話だけどねぇ。看過できないのは12月24日に第四計画が破棄されることね」

「第五計画には無視できない打撃を与えたはずです。むしろ警戒すべきは反オルタネイティヴ勢力だと考えて良いのでは?」

「第四計画も本来の目的にかなう実績は上げられていないし…、最悪、アンタのお人形をブラフに使うわよ」

「了解です。引き続き、あれにリーディング機能を付与できないか研究を続けましょう」

「期待はしていないわ」


とはいえ、本命は白銀武の情報だ。

どのタイミングでそれを思い出させるかが問題になるが、ODLの問題が解決していること、確率の霧に戻すための機材が既にあることを考えれば、スケジュールよりも大幅にそれを早めても構わないだろう。





そして11月11日、早朝0620に佐渡島ハイヴより旅団規模のBETA群が南下することが確認され、帝国第12師団が新潟に展開を開始する。

同時に新潟県長岡のトンネルより00型超水平線電磁投射砲が列車に牽引されて展開、BETAの上陸を待ち構えた。

そして0710、上陸したBETA群への00型超水平線電磁投射砲による制圧核攻撃が開始される。

重光線級の数が極端に少なかった事が幸いし、核弾頭は予定位置にて炸裂。旅団級BETAの9割を殲滅することに成功する。

その後、帝国第12師団による残敵の掃討が開始され0850にはこれを全滅させることに成功した。


「なんか、俺の記憶とは少し違う様なかんじなんですけど」

「だが、11月11日にBETAの新潟上陸が起こったのは事実だ。お前の記憶の正しさが立証されたわけだ」


白銀武にはあの後、数回かBETAを体験させる実験を行ったが、最初の実験の様な顕著な錯乱を起こす事は無くなり、最終的には耐性を持ってしまった。

ただし、全てが無駄だというわけではなく、彼自身がループしているという自覚を持つことで、いくらかの追加した情報も得られた。同時に彼が207分隊との交流時にふと何かを思い出す事もあったらしい。

それらの記憶は207分隊の少女たちとの印象的な思い出であったり、彼の元の世界での記憶であったりした。

ただし、12月24日以降の記憶については極めて曖昧で、ほとんど具体的な記憶は覚えておらず、ただ人類が敗北したことのみをなんとなく記憶しているに過ぎなかった。


「なんでか、高島博士とか妹さんについては思いだせないんですけど…」

「それについては俺にも分からん」


彼が関わった確率分岐世界においては俺の登場はイレギュラーということだろうか。確率分岐世界全体に占める割合が少なすぎて、取得できない程に情報が希薄になった可能性が示唆される。

とはいえ、数学的には俺が初めて白銀に会ったと認識する世界は無限にあるのだから、彼が俺を思い出してもおかしくは無いはずだ。


「はぁ、霞については思いだせるんですが」

「そうか。まあ、彼女は彼女で印象的だからな」

「最後に…アイツが移民船に送られる時に、『タケルちゃんには分からない!』って言って、あの脳が浮かんでるシリンダーに抱きつきながら行くのを嫌がったんですよ。それがなんか…、純夏に似てるような…」

「その辺りは込み入った事情があってな。例のことながら機密だ。彼女と、あの脳についての情報を知る者はこの基地でも少数でな。すまないが、今の段階では教えてやれない」

「そうですか…」

「そう気を落とすな。君が関わっている第四計画はそもそも極秘計画の性質を持つ。尉官程度では触れられない情報ばかりだ。第五計画しかりな」


白銀は少し残念そうな表情を浮かべる。が、すぐに気を取り直して、違う事を問うてきた。


「あ、あの、夕呼先生の研究は進んでいるんですか?」

「…どういうものか知っているのか?」

「たしか…150億個の半導体を手の平サイズにする研究だって…。世界を救うための研究だとか…」

「君の記憶の中では今までのループでは完成しなかったんだな?」

「はい」

「そうか…」


これは機会かも知れない。簡単な説明なら機密にもならないし、第三計画も知らず、専門家でもない白銀武ではその目的にも辿りつけないだろう。

チャンスは一度きりだ。俺はホワイトボードの前に白銀を座らして、図を交えた理論の説明をすることとした。


「150億個の半導体と言う話は比喩だ。実際には人間と同様の思考を持つ究極の並列コンピューターを完成させることを目的としている。並列コンピューターは複数個の半導体により情報を処理、それを統合して結果を算出する。人間の脳の働きはこれと同様のモノで、つまり並列コンピューターを突き詰めていけば、いずれは人間と同じ思考能力を持つコンピューターが完成するはずだ。つまり……」

「はぁ…、あれ…? この図って?」

「アステルは量子コンピューターをサブエンジンとして使用しているが、大まかにはこれと同じ原理で作りだした人工知能だ。しかしこれ自体は学習型AIを基盤としているため、人間の思考とは全く異なる過程を経て結論を演算する。ソフトウェアに頼った部分が大きく、これでは人間と同様の思考能力を持っているとは言えない。ならば遺伝子設計によって、自己組織化による人工知能の…」

「あのっ」

「ん、なんだ?」


白銀武が俺の説明を途中で遮る。ホワイトボードには大量の数式や記号が書かれており、少し興に乗り過ぎた感がある。

かなり機密情報を明かしてしまっていて、見る者が見れば色々と情報が漏えいしてしまう事間違いなしなので、大いに反省する。それはそれとして、俺は白銀に発言を許す。


「いや、あの、その図なんですけど、元の、BETAのいない世界の夕呼先生が…いきなり教室で説明しだして……黒板に書きだして……」

「ふむ」

「でも…夕呼先生はこの式、結局ダメなんだって言って…バッテンつけてました……」


白銀武はホワイトボードに近づき、図をみると、その知覚を指でさした。俺は白銀武のその反応に内心ガッツポーズをとって、白銀武にさせるがままにする。

確率はそこまで高くないと思ってはいたが、ここでこのような反応を得られたのは大変な幸運だ。


「うん、やっぱりそうだ。それで、ちょうどこの辺に…、何やら新しい式を書き始めたんですよ」

「もう少し詳しく思い出せるか?」

「なんか、ゲームをやってる時にいきなり閃いたとか言ってて…、これは全然ダメだって、新しい理論がどうこう言って……」


俺は急いで白銀の言葉をメモに取る。


「その数式は覚えているか?」

「いや、その時はわけ分からなくて、それに2年以上前のことですし…」

「夕呼さんは他にどんな事を言っていた?」

「え、えっと、『これはボツ!! こんな考え方は古い!!』…だったかな?」

「他には?」

「人間の脳みそなんて、所詮1個だって……」

「どういう意味だ?」

「分かりませんよ」

「まあ、いい、それから夕呼さんはどうした?」

「…それで、変な式書き始めて、論文にまとめるべきね…って教室出ていっちゃいました」

「白銀君、今の記憶のイメージを逃すな!」


俺は急いで夕呼さんに連絡を取る。

同時に霞を夕呼さんの部屋に呼ぶように指示し、俺は急いで白銀を夕呼さんの部屋へと連れていく。白銀武は目を白黒させていたが、俺は含み笑いをしながら彼の手を引っ張っていく。

運命は廻り出した。







「…つまり、向こうのあたしはもうその理論を完成させている!?」

「可能性は高いでしょうね」

「白銀! 何とかして思いだしなさい!! 一部でもいいわっ! 何とかしなさいよっ!!」


夕呼さんが白銀に鬼気迫る表情で詰め寄る。胸ぐらをつかむ彼女の剣幕に、白銀はたじろいで当惑して、助けを求めるように俺を見る。


「夕呼さん、白銀君が覚えていなくても、霞なら読みとれる可能性があります」

「っ!! そうね。白銀! その時の光景を心の中で思い浮かべなさい!」

「え?」

「さっさと、すみやかに!!」

「は、はい!」

「霞、できるか?」

「……やってみます」


そうして霞のリーディングが開始される。その光景が心に残っているならば、黒板に書かれた数式などを画像として記憶している可能性がある。

それを霞がイメージとして読みとることができれば、それで解決だ。確率の霧に戻す実験は危険性を伴うために、できるだけ人間を直接用いる事は避けたい。

そうしてしばらく霞は集中に入るが、しばらくすると申し訳なさそうな顔で首を横に振った。


「無理だったか」

「すみません」


その横では白銀の胸ぐらをつかんだ夕呼さんがガクガクと彼を揺さぶっており、白銀が助けて欲しいという目を俺に向けている。

ああいう取り乱した夕呼さんと言うのは中々お目にかかれないが、好んで観察する様なものでもないので、手早く解答を示すことにする。俺は夕呼さんの肩を掴んで、暴力を止めさせる。


「落ち着け夕呼さん、彼が覚えていないなら、直接彼の世界の夕呼さんに聞きに行かせればいいでしょう」

「は? 聞きに行く…? そう、そうね、その方法があったわね。京平、あんたの観測前確率還元装置、使えるの?」

「人体実験を行っている4号機なら問題はないでしょう。多少の調整は必要ですが」

「いいわ、それを使いましょう」

「観測者には霞を使いたい。ある程度の関連付けは必要だと思いますが?」

「そうね…。いいわ白銀、今日からあんた社と生活してもらうから」

「は? え、どういうことですか?」

「そのままの意味よ。あんた、今日から社と寝食共にしてもらうから」


突然の事態に狼狽する白銀。

俺は霞に大丈夫かと問いかけ、YESの解答を得る。年頃の男女を狭い訓練兵の部屋に一緒にするのは公序良俗に反するような気もするが、それも大事の前の小事だ。

彼らの絆が構築されないばかりに白銀が確立分岐世界の迷子になったら目も当てられないのだから。まあ、もし事が起こってしまったら、数式回収が済んだ後に修正してやるが。

そうして、この日から白銀武と社霞の共同生活が始まり、そして俺と夕呼さんを始めとしたスタッフ達の機械の徹夜での調整作業が始まるのである。





巨大な機材に四方が囲まれた、低い重低音が響く部屋。そこに白銀武は招かれた。

部屋には俺と夕呼さん、そして白銀と一緒に来た霞がいるが、他にも機材の調整に複数のスタッフが関わっている。

4号機は動物実験、最終的には人間を確率の霧に戻して、別の可能性の存在に集束させることを目的とする研究機材だ。

最終的には望む才能を持つ人間、具体的には00ユニットの素体となりうる人材を生み出すための装置となる予定である。

初期はマウスから犬や家畜を用いた実験が繰り返され、この世のものとは思えない冒涜的な形態をした生物が数多く生み出されていた。

が、今ではそれなりに安定した稼働を見せており、非合法ながら死刑囚を用いた人体実験も行っており、それなりの蓄積データを得ている。

やはり、意思の力というのが重要のようで、洗脳を行った死刑囚を用いて、いくらかの成果、性別反転や人格・人相の改変をある程度コントロールできることが確認できている。


「社、用意して。京平は機材の最終テストを」

「はい」

「了解」


そして夕呼さんはこの実験についての説明を白銀に始める。

その内に中央にあるカプセルの様なベッドに一人の拘束服を着た男が銃を突きつけられて向かわされ、そのカプセルの中に入らされた。

彼は機器に危険がないかを最終チェックするための検体であり連続強姦殺人の容疑で有罪判決を受けた死刑囚だ。実験のためにオーストラリアから空輸されてきた一人である。

白銀武は因果導体である。

G弾と反応炉、そして一人の少女の執着が彼を平和なとある世界から呼び寄せ、この世界に召喚してしまった事で起きた奇跡である。

だが、それ故に不安定な存在で、特に睡眠時などの彼の意識レベルが低下している時、彼と縁のある人間が睡眠状態となって観測が弱まった時に、ふとしたきっかけで精神だけが元の世界に戻ってしまうほどに不安定だ。

彼をこの世界に留めるのは彼の意思と、周囲の人間の観測となる。ヒトは自分自身の意思と他者からの観測によってその存在を確定する。

しかし、それが弱まった時に世界を移動してしまうような現象が起こり得る。だが、もちろん身体がそのまま移動するような事態はほとんど起きえない。それが因果導体であってもだ。

しかし、方法はある。それが観測される前の『確率の霧』に戻すということだ。今から彼にかかる力は3つ。


① 自身の意思によりどの世界にいたいか。

② 彼を観測する周囲の認識により彼を引きとめる力。

③ 彼を失った事で不安定になった元の世界が、彼を取り戻そうとする力。


この内、白銀武自身に制御可能なのは①のみ。だが、この機械を用いることで観測される前の『確率の霧』に戻し、②の力をゼロにする。

これにより、全ての力の総和を元の世界に戻す方向に変化させることで、白銀武を元の世界に戻すというのがこの実験の本旨だ。

原理的には未来から過去に流れる先行波という電磁波を物質と干渉させるというものだ。


「最終テストを開始する。カウントダウンを」

「了解。カウントダウン開始。60、59、58、57…」


夕呼先生の説明が行われている中、最終テストが開始される。特異な装置の音が鳴り響き、そして検体が光に包まれる。

そうして実験が終わると、スタッフ達の中には吐き気にも似た症状を訴える者が現れるが、繰り返された実験なので仕方がない。

そうして検体をカプセルの外に出すと、そこには先ほどまでいた死刑囚ではなく、一人の少女がいた。


「最終テスト終了」

「検体を検査しろ」

「はい」


防護服を纏ったスタッフが集まり検体を袋に入れ変えて別室に連れていく。滅菌処理、問診やCTスキャンが行われ、検体の状態を事細かに検査していく。

同時にカプセル内部も滅菌処理が行われる。そして結果は成功。56歳の神父だった男は、無垢な少女へと生まれ変わった。いくらかの健康診断を経れば孤児院に預けられる予定となっている。


「え、今の、うぐ…、すごい気持ち悪いんですけど…、じゃなくて、あの子供は?」

「元死刑囚よ。子供ばかりを襲った連続強姦殺人犯のなれの果て」

「え?」

「意思が重要だといったでしょう。薬と洗脳によって自分自身を少女だと思いこませたのよ。その上で確率の霧に変えたの。結果としてコイツは自分自身が少女である確率分岐世界と同期して、今のこの姿になった。それだけよ」

「いや、それだけって…」


作業は機械的に。白銀は今目の前で起きた現象と、それをさも当たり前の如く受け入れる周囲の反応に目を白黒させる。


「装置は安定しています。これなら理論上は9割の成功率が見込めるはず。世界間移動など初めてですがね」

「相変わらず気分が悪いわね、これ」

「仕方がないでしょう。一時的に全ての人間の記憶から消去されたはずの人間が、再び記憶の中に入り込むんです。気持ちの良いものではない事は想定内。…さて、準備は出来た。霞の準備は?」

「大丈夫です」

「それじゃ、始めましょうか。白銀、そこのカプセルの中で横になりなさい」

「……ああ、もう、わかりました」


さも当たり前のように、人一人を殺すかもしれない装置に夕呼さんが入れと促す。そして周囲もさも当たり前のようにそれを受け入れる。

白銀はそんな周囲の雰囲気に諦観を抱いたのか、あるいは夕呼さんの我がままに付き合い慣れているのか、渋々カプセルに入っていく。


「目を瞑った方がいいわよ」

「はい」

「『元の世界』のことを強くイメージしなさい」

「が、頑張ります」

「それでは、因果導体世界間移動実験を開始する」

「了解。カウントダウン開始。60、59、58、57…」


緊張した空気が張り詰める。今までは失敗が許されていたが、今回は失敗できない。そして光があふれ―



光が収まり白銀武が再び現れる。その間、10秒にも満たなかっただろう。

霞は観測を行った負担からかふらふらと倒れ、俺の腕の中でぐったりとなっている。俺は霞を用意していたソファに横にさせると、夕呼さんが白銀武に結果を確認した。


「で、どうだったのかしら?」

「せ、先生すごいよ! 行きましたよ『元の世界』へっ!!」


しかし、白銀の話を聞くと、向こうの世界へ行く事が出来たが、鑑純夏に殴られて戻って来たらしい。彼の頬に赤い跡が残っている。

実体化はできたということか。後は、イメージなどの問題となるのかもしれない。


「ふむ、今のところはこれが限界か」

「出力はもっと上げられないの?」

「可能ですが、今日は霞を休ませた方が良くないか?」

「…あまりだらだらと長引かせたくないんだけど」

「霞と白銀の関係性の底上げが必要でしょう」

「なに、ヤらせるの?」

「同衾で十分です」


何故このヒトはそういう発想に持っていくのだろうかと思いつつ、白銀を見ると、何やら自分の身体に異常をきたしているのか、しきりに身体を気にしている。何かあっただろうか?


「白銀、どうした?」

「え、いや、なんか急に筋肉がついたような…」

「ふむ、副作用か。どうやら、他のループの記憶を思い出した事で、その経験が身体にも及んだのだろうが…、精密検査をした方がいいな」


という事で今回の実験はここで終わる。

そうして実験は数日に及び、そして問題の数式が手に入ったのは5日後の事だった。

この間に白銀がソ連で行われた第三計画、人工ESP発現体の作成と、それによるBETAへの接触実験について知ったが、それはむしろ彼と霞の信頼関係を築くことに一役買った事件であった。

そうして得られた論文に夕呼さんは狂喜し、白銀にキスの嵐をプレゼントした。

それが11月16日である。







「今頃は白銀たち、南の島にいるのよねー」

「行きたかったんですか?」


11月17日、207分隊の総合戦闘技術評価演習が開始された。予定ならば彼らは22日まで帰ってこない。その間、夕呼さんと俺は00ユニット作成に全力を挙げてとりかかっていた。

しかし、ここでいくつか気がかりがある。つまり、鑑純夏を本当に00ユニットとすべきなのかどうかだ。

彼女は不安定で、物語では佐渡島において自閉モードに陥っていたし、最後の決戦においてもいくつかの不安要素がある。


「しかし、本当に彼女を使っていいんですか? 精神異常を起こしている可能性がある」

「何よ今さら。筐体は既に彼女の姿になっているわ。それに…、この娘にはどうせ先なんてないでしょうに」

「……」

「それに、調律役なら確保しているでしょう。彼女の王子様をね」


00ユニットへの人格移植はかなり強引な形で行われる。それは本人の脳そのものを破壊し、殺してしまうほどの強引さだ。

それ故に、人格複製ではなく人格移植となる。と、同時にそれは本人の因果律量子論的特性をそのまま00ユニットに移す事にも繋がるのだが、それは副次的なものだ。

純粋に物理学・脳科学を突き詰めていけば、複製は可能と俺は見ているが、現在の技術ではこれが限界というべきだろう。


そうして、人類初の00ユニットへの人格移植が開始された。しかし、


「さて、この結果をどう受け止めるべきか」

「……」

「それなりの知見は得られたが…、どうする。筐体をさらに用意するか?」

「いえ、いちいち骨格から作り直している暇なんてないわ」

「そうか」


鑑純夏の00ユニットへの人格移植実験は失敗に終わった。彼女の脳は死に、空っぽの鑑純夏に良く似た筐体だけが残った。

本来ならば姿形が変わることは精神衛生上極めて良くないが故に、被験者に似せた形で00ユニットは作られるが、最有力候補を失った今、実験に失敗する確率はむしろ高まってしまった。

これ以降はA-01連隊の人間を素体として使用することになるが、結果はどうなることか。

そうして、人格移植手術は何度も行われるが、いくつかの知見、経験を得たのみに終わることになる。

失敗の連続は研究員たちを憔悴させていく。俺自身も優秀で善良な衛士の命を消費していくことに強い罪悪感とやるせなさを募らせている。

それは夕呼さんだって同じことだろう。あと何回、スタッフたちは正気でいられるだろうか。


「限界ですね…。10人の人間を殺した。少しスタッフたちを休ませてやりたい」

「……」

「まだ時間はあります。それよりもスタッフ達の精神状態が危うい。精神医の診察が必要です。これ以上はこちらが保たない」

「…そうね」


人格移植の連続する失敗は夕呼さんの精神状態にも深いダメージを負わせている。

彼女はそれをものともしないという態度を取り続けるだろうし、弱みなど誰にも見せないが、それでも1日2日の休養は必要だ。

スタッフへの負担も大きく、それがミスに繋がる悪循環を生みだすわけにはいかない。そうして夕呼さんは休養をとることを認めてくれた。

そして俺はかつて鑑純夏が存在していた部屋へと向かう。

そこには社霞がただ何をするわけでもなく、青く光るシリンダーを見上げていた。鈴は何度か霞と話をしようとしたらしいが、どうにも良い返事が返ってこないらしい。

いま、霞は何を思っているのだろうか。全てを奪われた少女と、何も与えられなかった少女の音声を伴わない会話は彼女に何を感じさせたのだろうか。何をもたらしたのだろうか。


「霞…、もう夜も遅い」

「…はい」

「いつまでそうしている?」

「……」

「哀しいか?」

「私は…哀しんでいるのですか?」

「お前が、もし彼女をかけがえのない存在だと思っていたのなら、そう感じると俺は思う」

「私は…どうすれば……いいのですか?」

「普通ならば、泣くのだろうな」

「わかりません」

「そうか、見本をみせてやろう」


俺はリーディングで社霞に感情の色を読みとらせる。

深い悲しみ、虚無感、怒り、いくつもの感情を、擦り切れて埋もれてしまった感情を掘り起こす様に、過去の多くの過ちとその時に抱いた想いを思い出す様に。

そうして、俺の左目から一粒の涙が頬を伝った。


「それが、哀しみですか?」

「ああ」

「それが泣くという事ですか?」

「ああ」


霞は俺の頬に伝った涙に指で触れた。そうして自然と彼女の瞳にも涙があふれた。俺は彼女を抱きしめて、そして彼女は俺の肩で嗚咽を吐いた。

それがついぞ前回の生において聞く事の無かった、そして俺が初めて聞いた彼女の泣き声だった。






[36153] 011
Name: 矢柄◆c8fd9cb6 ID:022f668f
Date: 2014/08/01 21:22
11月23日、207分隊の総合戦闘技術評価演習の合格により白銀武が国連軍横浜基地に帰って来た翌日。俺は現行の人格移植施術における問題点を総ざらいしていた。

A-01連隊の犠牲もあり、相当量のデータが集まったが、それでも完全に上手くいく方法は未だ確立できていなかった。


「理論には問題は無い…。移植施術のノウハウもある程度確立されてきている…、やはりあとは素体の資質の問題か……。だが、A-01からピックアップした高い資質を持つ素体は残り少ない。やはり、死刑囚を用いた人体実験を繰り返してデータを取るべきか?」


素体の資質で成功の可否が決まる時点でも信用の置けない施術であるが、とにかく実験を繰り返すしかないのが現状だ。

第四計画の成否はこの00ユニットの完成によって決まるのであり、今さら立ち止まることは出来ない。そういう意味で最高の資質を持った鑑純夏を失った事は大打撃だった。


「お兄様、根を詰め過ぎです。お休みになってくださいっ」

「すまない…。だが、これ以上の死は看過できないんだ。自らの手を汚すことに今さら躊躇は無いが、だからと言って無駄に屍の山を築いて良いわけがない」


A-01連隊の多くの隊員たちとは新兵器の試験や戦術機シミュレーターにおける演習などで交流があった。

彼らは第四計画について多くを知らなかったが、それが人類にとって重要なものであると信じて俺たちについてきてくれていた。

そんな彼らを、戦場でもない、誇りすらない場所で殺していくことはあまりにも無念すぎる。


「優れた素体…、神宮司軍曹はどうだ? 彼女は中国戦線で生き抜いた軍歴がある…。いや、ならば涼宮茜はどうだ? 彼女は物語において最後まで生き残っている。いや、その前に4号機を…」

「お兄様っ」


鈴が再度俺を強い口調で呼ぶ。はっとして鈴の顔を見ると彼女は涙を流していた。


「俺は疲れているように見えるか?」

「はい」

「そうか。すまない、世話をかけてしまったな」

「いえ、それよりも昨日から一睡もなされていないではないですか。世界広しと言えど、お兄様に代わる者など居りましょうか。どうか、お休みになってください」

「過大な評価だな…。分かった、鈴に心配をかけられないからな。少し休もう」


そうして俺は仕方なく睡眠を取ることにした。寝不足では良い考えも浮かばないだろう。そして横になって見た夢は、また何度も何度も施術を繰り返し、失敗を続けるという悪夢だった。

その夢の中で犠牲になるのは顔見知りばかりで、最後には鈴や夕呼さん、そして霞まで殺してしまうというものだった。


「…ちっ、俺も案外、まだまだ神経が細いということか」


数時間の眠りの後、俺はアステルに食事の用意をさせて部屋に持ってこさせる。

京塚曹長の作る食事に文句があるわけではないが、立場上食堂に通う事も出来ないし、時間も時間なのでアステルに用意させることにしたのだ。

アステルの学習能力は高く、食堂で数日運用したところ、その技をいくらか盗んでしまったほどだ。まあ、彼女にコックを務めさせるなど費用対効果に疑問を抱くが。

そんな馬鹿らしい事を考えつつシャワーを浴びて身なりを整える。

眠りによって肉体の疲労は回復したが、神経の疲労はあまり回復しなかった。霞は今は鈴の部屋に厄介になっている。泣き疲れた彼女を一人にはさせたくないので、鈴に頼んだのだ。

彼女は霞の能力についても、鑑純夏についてもある程度知っているため、すぐに事情を察してくれた。元の世界の彼女には言えないが、良い妹を持ったと思う。

そうして、食事を待っていると来客があった。白銀武。昨日、総戦技演習から帰ってきて、今日はシミュレーターでの訓練を行っていたはずだ。

彼に何を語れば良いだろう。彼が元の世界に戻るための鍵である鑑純夏を殺したなどと、彼に正面を向いて言えるだろうか?


「すみません、高島博士」

「白銀か、どうした?」

「あの、霞はどこにいるのかなって。あの、気味の悪い脳が浮かんでる部屋にもいないし…」

「気味が悪い…か」


たしかに、見た目はあまりよろしくない姿だ。人間の臓器は総じて見た目において嫌悪感をもたらす。だが、その正体が誰であるかを知ったなら、彼は怒るだろう。

その矛先は俺たちに向かうはずだ。あるいは、それを行ったBETAに向かうのだろうか?


「そういえば、あの部屋の脳、どこにいったんですか? さっき見に行ったら無かったんですけど」

「死んだ。それだけだ」

「え、あの脳って生きてたんですか?」

「ああ、明星作戦は知っているか?」

「あ、えーと、一応聞いた事だけは…」

「二発の新型爆弾が用いられたことで攻略された横浜ハイヴにおいて、内部の制圧を行っていた米軍は数百名の捕虜を発見した」

「捕虜? BETAは人間を捕まえていたんですか?」

「ああ、だがそれは研究のためだ。BETAは人間を生命体と認めていないが、おそらくは鉱石でも研究するかのように人間を研究していたようだ。人類がBETAに行ったように、解剖などはあたりまえだっただろうな。捕虜たちは全員その最重要の器官のみを残して、全てを削ぎ落されていた。ふっ、今の人間の技術で人間の脳髄だけを生かしたまま保存するなど不可能だがね」

「ま…まさか…まさか、あの脳って…」

「お前の考えた通りだ。彼女は救出された捕虜だよ。数百名の捕虜の内、生きていたのは彼女だけだった。霞の能力については知っているだろう。霞は彼女と会話をし、コミュニケーションをとっていた。それは一方的なものだったと聞いているがね」

「そうか…霞が……。あれ、でもそれって?」

「マスター、お食事の用意が出来ました」

「アステルか。入れ」

「はい」


白銀と話している間に食事の用意が出来たらしい。運ばれてきた料理はスープ料理で、良い香りが部屋の中を包む。

黄色いスープはサフランからとったもので、そこに多種の魚介類が入ったブイヤベースのような料理だ。パンがそえられており、さらにはサラダといった小鉢がついている。

この身はまだ未成年なのでワインが飲めないのは残念であるが、まあ酒を好む性質ではないので構いはしない。


「今からメシですか?」

「ああ、いろいろと立て込んでいてね」

「あの、俺のとって来た数式は役に立ってるんですよね!?」

「ああ、理論は完成した。あとは実践のみだが、ここで躓いていてな。回数をこなせば解決する問題だが、やはり運任せな部分も多い」


俺はスープを飲みながら白銀の問いに答える。

彼の問いに答える事は、まるで断罪のようだ。本当は彼をループから解放してやりたかったが、その望みは断たれた。いや、俺自身の手で断ったのだ。彼の愛する鑑純夏を俺は殺した。

何も知らない彼にそれを伝えるべきか、いや、俺の心情としては正直に話して、そして彼の怒りを受け入れたかった。少しでも楽になりたいという甘い考えだが。


「そんな事で雪がれる罪などあってたまるか!」

「はい?」

「いや、霞だったな。彼女なら鈴の部屋にいる。アステル、案内してやれ」

「はい、マスター」

「あ、どうも」


白銀がアステルに連れられて部屋を出ていく。俺はパンを噛みちぎり咀嚼しながらそれを見送る。霞は立ち直っただろうか? 

涙には激情を鎮静する作用があるという説があるが、だからといって彼女の哀しみが癒えた事を示さない。

白銀武の手には貝殻が握られていた。総戦技演習の土産だろう。それが少しでも彼女の哀しみを紛らわせてくれればいいのにと、ふと思った。

食事を終えると、片づけをアステルに任せて俺は気晴らしにと走り込みをすることにする。外はもう暗いので、トラックを回るだけになるが、とにかく身体を動かしたいという気分だからだ。

そうして動きやすい装いに着替えて地上に行き、走り込みをする。そこには俺と同様なことをしている女性兵がいた。御剣冥夜だったか。

彼女は俺の事を見知っていたのか、俺の前に立ち止まり敬礼をしてきた。


「御剣訓練兵だったな」

「は。その通りであります。高島博士はいかなる御用で?」

「ただ走りに来ただけだ。邪魔をするつもりはない。俺に構わずに続けろ」

「失礼いたします、高島博士」


彼女は物語においては最終場面まで生き残り、そして白銀の手によって上位存在もろとも荷電粒子砲に飲み込まれて果てた少女だったはずだ。

そして、この世界での立場としては将軍の双子の妹。異なる世界ならば姫君として育てられていたはずだろう彼女も、この世界では人質扱いであり、そして最後には戦いに駆り出される。

あまり親しくした事は無いので、そういった実感は湧かないが。物語の主要人物である。

もし、00ユニットが完成しなければ彼女も使うことになるのだろうか?

全ての人間を消費して、00ユニットが完成しないとすればどうなるのだろうか。夕呼さんや霞まで素体として使用するのか。

いや、止めておけ、これ以上のネガティヴな想像は精神衛生に良くない。次で成功しなければならない。そのために、夕呼さんに休息を申請したのだから。

10kmほど走った後、俺はトラック横にあるベンチに座る。既に御剣冥夜はおらず、俺一人がグランドにいた。いや、もう一人、俺に近づく影をみた。

女、衛士、見た事がある顔。伊隅みちる大尉。A-01連隊において隊員が女性ばかりの中隊を率いる、物語にも登場した女性だ。その生存性の高さから素体のリストにあげられている。


「失礼いたします、高島博士」

「どうした?」

「どうしても伺いたい事がありまして」

「言ってみろ」

「は、この数日、連隊の隊員が香月博士に特殊任務を受け、そして死亡するということが相次いでいます。このことについて、隊員が不安を訴えており士気が低下しております」

「そうか」

「極めて重要な任務であることは認識しておりますが、この状況はいつまで続くのでしょうか?」

「問題が発生したため、特殊任務は一度中断がなされている。だが年内はこのような事が起きる事を覚悟して欲しい。A-01連隊はこの任務のために錬成されたことを再認識させろ」

「は」

「君らの隊規は知っている。彼らの死が決して無駄ではない事は保障する」


どの口がそんな事を言うのだろうか。ギャンブルめいた実験に供されてお前たちの仲間は死んでいくのだと、そんなことが言えるだろうか。

彼らは施術の直前に真実を知らされ、そしてなおそれが人類、戦友たちのためになることを信じて自らの身を差し出し、そして俺が殺した。

彼らの決意が無駄になった事を知っている。そして俺は彼女にそれを告げる事が出来ない。


Achieve your mission with all your might.(死力を尽くして任務にあたれ)

Despair not till your last breath.(生ある限り最善を尽くせ)

Make your death count.(決して犬死にするな)


その誇り高い彼らの誓いに報いることは出来るのだろうか。未来は未だ不確定の霧の中にある。

と、その時、一人の少女が駆け寄って来た。血相を変えた彼女は俺にぶつかるようにして止まり、そして叫ぶように声を上げた。


「お兄様!」

「鈴か。どうした?」

「白銀訓練兵が香月博士の部屋に!」

「落ち着け、何が起こっているっ?」

「霞がっ、とにかく来てください!」

「伊隅大尉!」

「お供します!」


何があったのか、俺たちはエレベーターに飛び乗り地下19階を目指す。その途中で鈴からのある程度の説明を受ける。

白銀武は最初は例の貝殻を霞にプレゼントするために鈴の部屋を訪れたらしい。霞も最初は平静を装っていて、事は何の問題もなく終わるはずだった。

だが、最後になって白銀があの部屋に浮かんでいた脳髄、鑑純夏の脳に言及してしまったことが引き金になった。

何も知らない白銀武はあの脳が死んだことに特になんの感慨も抱いていなかったようだが、それが逆に霞の感情を昂ぶらせたらしい。霞は取り乱し泣きだしたのだそうだ。

そうして、白銀はあの脳髄こそが鑑純夏であること、彼女が夕呼さんの提唱する00ユニットの素体に用いられて、そして結果的には殺されたことを知ったのだという。

彼はそのまま部屋を飛び出した。霞は血相を変えてその後を追った。

白銀は夕呼さんに詰め寄り、その緊迫した状況に鈴が俺を呼びに来たというのが一連の流れだ。一部伊隅大尉には聞かせてはならない情報もあったが仕方がない。

エレベーターが地下19階に到着する。俺たちは駆け足で夕呼さんの部屋に向かい、部屋の中になだれ込む。

そこには夕呼さんに向かって銃口を向ける白銀武と、笑みを浮かべる夕呼さん、夕呼さんを庇うように両手を広げる霞の姿があった。


「香月博士っ!!」


伊隅みちるが白銀に飛びかかる。引き金は引かれず、伊隅によって白銀は無力化される。霞は床に崩れ落ちるように座り、夕呼さんは泰然と取り押さえられた白銀を見下ろしていた。

鈴は霞に駆け寄り大丈夫かと声をかけている。俺はゆっくりと部屋の中に入り、白銀を一瞥すると、夕呼さんに向き合った。


「何故、白銀君に銃を手渡した?」

「別に白銀なら素手でもあたしを殺せるでしょ。それに…第四計画はもう私がいなくても発動するわ。あんたがいればね」

「贖罪ですか?」

「馬鹿なこと言わないでよ。ただ、あいつにはそうする権利があった。それだけよ。震えるだけで撃てなかったのはがっかりだけど」

「彼にはまだ覚悟は無いさ。別存在とはいえ、恩師を殺す事はできないだろう」

「そう…。まあ、それが本来あるべき人間の姿なのかもね」

「そうだろうな。彼と俺たちは違う。だが、彼にも覚悟が必要になる時が来るだろう」

「いつもの予言?」

「さてね」


そして俺は白銀の方を見る。伊隅によって銃を奪われ、床に押し付けられている彼は泣いていた。


「伊隅大尉、放してやれ」

「は、しかし…」

「彼に撃つ覚悟などありはしないさ。次暴れれば、撃って無力化しろ。射殺は禁止する」

「…はい」


解放された白銀はしかし立ち上がらない。ただ、泣いていた。それは最も近しい少女の死を悲しむ心か、この世界の理不尽を嘆く嗚咽か。


「白銀君、何か質問があるなら答えよう」

「聞きたい事は……夕呼先生から聞いています」

「そうか」

「純夏は……あんなに近くにいたんですね…」

「そうだ。彼女の望みは、ただお前に会いたいというものだけだった。それだけの想いで、彼女は地獄の様な世界を生き抜いていた」

「なんで、純夏なんですか!?」

「月並みな表現で言うなら、それが運命だったのだろう。運命などという言葉で済まされるとしたら、こんな理不尽な話は無いだろうがな。俺はお前が彼女を救うという結末を描いていたが、世界はそこまで優しく出来ていなかったらしい」


どこかそうなることを望んでいたのは確かだ。

全てを奪われた鑑純夏を、白銀武が今一度彼女に人間性と愛を取り戻させる。そんなお伽噺を、どこか当たり前のように信じていた。

だがそれは叶わなくて、ただ無為に多くの衛士を消費する悪循環に陥った。


「俺が…純夏を?」

「俺の予測が正しければ、それが君の答えになるはずだったが…。彼女は00ユニットになれなかった。彼女は今一度、君に会う事が出来なかった」

「00ユニットは完成したんですか?」

「いや、最有力候補だった彼女が失敗した以上、素体候補を集めた第四計画直属部隊A-01連隊から抽出しているが、今のところは全員が失敗している」

「失敗するとどうなるんですか?」

「死ぬ。成功しても死ぬ。人格が00ユニットに移植されるだけで、生物学的にはどちらにしても死は免れない」

「俺の取って来た数式のせいでその人たちは殺されているんですね?」

「それは違う。殺すと決めたのは俺たちだ。君のせいじゃない」

「どう違うって言うんですか! 俺は何も知らずに……」

「00ユニットの完成はオルタネイティヴ4の中核だ。君が何を思おうが今さら止める事は出来ない。成功しなければ、君の同期の訓練兵だろうが使う。俺たちには後がないからな」

「冥夜たちをっ!? なんであいつらがっ?」

「207訓練分隊はA-01連隊、00ユニットの素体候補を育成するための存在だ。彼女らが正規兵に昇格すれば、全員がA-01連隊に配属される」

「……そんな」

「他に質問は無いか?」

「………」

「伊隅大尉、白銀を部屋に連れて行け。処分は保留とする」

「は」


伊隅みちるが座り込んでいた白銀武を引き起こす。

何を間違えたのか、どこで間違えたのか。お伽噺は無残に引き裂かれて、救いはどこにもありはしない。俺はこれから何人もの罪なき人間を殺し、そして00ユニットを完成させる。

絶望的な道程はしかし、見殺しにした多くの人たちのためにも踏破しなければならない。だが、それを何も知らない彼に負わせるのは筋違いだ。だというのに、


「待てよ…」

「?」

「素体が必要なら俺を使えよ!」

「何を言っている?」

「俺が取って来た数式で人が死んでいくんだろうっ。んで、冥夜や委員長たちがそれで殺されるかもしれない。だったら、まず俺がやるのが筋だろうが!」

「意味が分からないな白銀武。君が素体となったところで、失敗すれば他の候補が使われる。結局は何も変わらないぞ」

「違うっ、夕呼先生は意思の力で良い未来を掴みとる人間を研究してるんだろっ? 俺は絶対に00ユニットになる。他の奴は殺させない!!」

「論理的ではない。君は一時的な感情に押し流されているだけだ。俺たちは常に最善を尽くして、そしてリストアップした最善の素体を使用して施術を行っている。君の出る幕などない」


そもそも、物語ではこの世界は鑑純夏の意思によって、白銀の発生とその死によって再構成され続けているはずだ。彼が死ねばこの世界は再び再構成され、消失するだろう。

それでは00ユニット作成のノウハウを得る事は出来ないし、今までの死を無駄にしてしまう。いや、鑑純夏が死んだ時点でそれは決まっているのか。だとすれば…


「いいんじゃない、白銀を使いましょう」

「夕呼さんっ!?」

「本人が希望してるのよ。これは決定よ京平」


突然、夕呼さんがそう言って勝手に白銀を素体とする事を決めてしまう。俺は次の瞬間から、無意識に白銀武の素体への適性を無意識に計算し始めていた。

今までのループで途中で再構成が行われることは無かった。これは白銀武が俺よりも長く生存しているからと捉える事も可能だ。

だとすれば、彼の素体としての適性は、あるいは鑑純夏に匹敵するかもしれない。いや、何を考えている。


「しかし夕呼さんっ」

「これは決定だと言っているでしょ、京平」

「……分かりました。しかし、条件があります」


そうして、この時、白銀武の運命が決まった。







「最低、この数式だけでも覚えればいい」

「か、簡単に言わないでくださいよ」

「泣き言はいい。君はループしている可能性が高い。なら、次のループのために君自身が取って来た数式を覚えておけば、次のためになる。語呂合わせでもなんでもいいから頭にたたき入れろ」

「ひぃぃぃ」


白銀が素体となるにおいて、俺は一つの条件を付けた。それは、白銀武がループする存在である事を認識したうえで、彼に完成した理論を記憶させるということ。

何、そもそも彼は戦術機訓練などとうに卒業して尉官となった男だ。いまさら訓練に付き合う必要もないだろう。


「霞、あとは任せる」

「はい」


教師役には霞を当てている。この事について、鈴が白銀が変な事をしないようにと監視の任を自ら申し出ており、妙な授業風景になっているが、まあ仕方がない。

俺と夕呼さんは施術の問題点を解決すべく研究を行っているが、マイクロマシン等を用いる様な新しい施術法を導入するわけにもいかないので、その方法は小手先の改善にとどまっている。

それでも、数%は成功率が挙がると考えられた。


「さて、鬼が出るか蛇がでるか」


そうして日々は過ぎていく。スタッフの休息時間、白銀への詰め込み教育。それらを並行して行い、施術が行われる日にちは近づいていく。

途中、11月28日に珠瀬国連事務次官が来訪した際、爆薬を満載したHSSTが落下して来るという物語に準拠した事件が発生したが、メガフロートにおいて運用試験が行われていた00型超水平線電磁投射砲による核迎撃により事なきを得たということもあった。

そうして、11月30日、白銀武を用いた00ユニットへの人格移植施術が行われる。


「遺書は書いたか?」

「ああ」

「そうか。もし成功したとしても、人間としての白銀武に戻ることは出来なくなるだろう。00ユニットは第四計画が運用する兵器として扱われるからな。表向きの地位は与えられるが、それは覚悟しろ」

「そんなことは前にも聞いたぜ」

「そうか。では始めようか」


そうして施術が行われた。

結果は成功。彼は00ユニットとして新生し、そして世界は再構成されなかった。世界は、彼女は彼を生きていると認識し、そして第四計画はその目的を達する。


「う、あ…」

「起きたか。霞、状態はどうだ?」

「すごくたくさんの……記憶が流れ込んでいるみたいです」

「…いままで行ったループについての記憶が流れ込んでいるのか?」

「ODLが急速に劣化しています!」

「あ……」

「自閉モードに切り替わったわね」


00ユニットとなった白銀武はそのまま眠るように意識を閉ざす。その間、俺たちはODLの浄化を行いつつ、00ユニットに異常がないかを精査していた。

そして数時間後、彼は再び意識を取り戻した。夕呼さんと俺、そして霞がそれに立ち会う。


「っ…、頭が痛い」

「何が起きた?」

「色々な記憶が…、多分、今まで体験したループの記憶が流れ込んだんだと思います。その、いろいろな…」

「ん? そうか。今まで思いだせなかった記憶群だな。それらはどのような特徴がある? これはお前がこのループから抜け出すためのヒントになる」

「なんていうか、冥夜とか、委員長とか、たまとかいろんな奴と…その、恋人になったっていうか…」

「そうか。他には?」

「あの後、12月24日以降の記憶が蘇りました。…G弾が使われる前にBETAにやられたり、G弾が世界中で使われた後、すごい災害が起こって…、でもBETAが生き残っていて、それと戦ってた記憶があったり、します」


彼が受け取った記憶の多くが鑑純夏以外の女性と結ばれたというものなのだろう。そして、物語が確かならばそれらは鑑純夏によって消去されたはずの記憶群だ。

そして、大海崩以降の記憶を残しているなら、かなりの実戦経験を積んでいる可能性がある。


「リーディングおよびプロジェクションは使えるか?」

「えっと…、はい。なんで使い方知ってるんでしょう?」

「あらかじめ入力してあったからな」

「そうですか。…あれ?」

「どうした?」

「あんたも…高島博士も俺と同じだったんですね」

「少しばかり違いはあるがな」


00ユニットには霞と同程度のリーディング能力、プロジェクション能力が付与されている。なるほど、俺の記憶を読み取ったか。であるなら、


「俺をこの世界に呼び込んだのは純夏だったのか…」

「彼女の事が憎いか?」

「いや、アンタの記憶を読んだら、そんな思いは抱けねぇよ。俺は、あいつを救いたい」

「そうか」

「んで、夕呼先生、高島博士、聞きたい事があるんですけど」

「なあに?」「なんだ?」



「なんで、俺の姿が…『純夏』になってるんですか?」



そう、今の白銀武は『鑑純夏』の肉体を持った姿になっている。顔も性別も彼女そのまま。胸のサイズは少しばかり夕呼先生の独断で『盛った』らしいが、それはどうでも良い。

大事なのは白銀武が鑑純夏の身体に入っている事だけだ。今の彼は、どこから見ても一人の少女にしか見えない。


「ふむ、それについては事情があってな。リーディングができるのだから、口に出さなくても分かるだろう?」


本命の鑑純夏の施術が失敗した後、次の被験者に合わせて00ユニットを作りなおすか議論が起こった。

しかしながら、失敗する確率の高いこの施術においていちいち筐体を作りなおしている暇は無い。そのような考え方が現場を支配し、そして鑑純夏の筐体はそのまま運用され続けた。


つまり、ごらんの有様だよ!


「時間をかければあたらしい筐体に移しかえることも不可能ではないが、今はその姿で我慢して欲しい。…いや、君にとってはその姿でいた方が都合がいいのか?」


夕呼さんが部屋の隅で笑いをこらえきれずに息絶え絶えになっているのはいいとして、白銀の問題である。白銀武を元の姿に戻せば、当然彼を慕う多くの女性が彼に寄ってくるだろう。

そして彼が情に流されて、その女性と関係を持ってしまった場合、彼は次のループに記憶を残す事が出来ないのではないだろうか。そうなれば、彼がこのループで得た知識経験は全て無駄になってしまう。


「ふむ…、となると、お前はこのままの方が…」

「いや待て、話せば分かる。いや、分かってください」

「だが、お前の経験上、ほとんどのループで誰かしらと結ばれているのだろう?」

「いや、そうだけど! そうじゃない時もあったから!」

「だが、最終的には誰かと結ばれた。ふむ、夕呼さんどう思います?」

「京平…、ぷっ…、いいわ、その線で行きましょう。大丈夫よ白銀、不都合な部分はいくらか改造して誤魔化してあげるから」

「霞っ、お前は助けてくれるよな!?」

「……えっちなのはいけないと思います」

「ぐはっ…。くそ…、なんでこんなことに…」

「だが、その姿でいれば、お前は鑑純夏を忘れる事は無いだろう」

「ぐっ、だけどですねぇ」

「大丈夫よ安心しなさい。大事な部分も完璧に再現してあるから」

「マジっすか!? じゃなくて!」

「間違いがあっては遅いだろう。お前も鑑純夏を救いたくないのか?」

「いや、まあ……そう…ですけど。はぁ、わかりました。分かりましたよっ。好きにしてください!」

「なら、今日からお前は『鑑純夏』だ」

「へいへい」


そうして、この日、新生『鑑純夏』が誕生した。

とはいえ、このまま表に出すのは拙いと思われ、それなりの準備が必要となるだろう。白銀武は内心がどうであろうが、鑑純夏を装ってこれから活動していかなければならないのだから。


「女性としての扱いや悩みを相談で切る人間が必要だろう。俺は神宮寺軍曹を推すが?」

「そうね。まりもなら大丈夫でしょう」

「どういうことですか?」

「女の体ともなれば下着の着方から色々と男とは違うでしょ。口調は軍隊基準でも構わないけれど」

「どうしてこうなった…」


白銀武はうなだれて動かなくなった。





[36153] 012
Name: 矢柄◆c8fd9cb6 ID:022f668f
Date: 2014/08/01 21:22
「違う、たかが純夏の胸ごときにっ、純夏のくせに!! 俺はっ、俺はっ!」

「たかがブラジャーごときに何をむきになってるのよ?」

「うが~~」

「白銀、いや、鑑、言葉遣いがまた変になってるわよ。…まあでも、あなたも大変ね」

「そうなんですよ。分かってくれるのはまりもちゃんだけなんです!」

「だからその呼び方はやめなさい」


施術後、白銀…、現在は『鑑』だが、彼の…彼女の部屋は地下19階の一室をあてがわれ、彼女は歩く機密として活動する事となった。

神宮司まりも軍曹にはかなりのレベルの機密が開示され、今は鈴や霞とともに白銀の再教育を行っている。まあ、どういう再教育かはあえて言うまい。ご愁傷さまとでも言っておこう。

白銀が00ユニットになったことで、彼の消されていたはずの多くの記憶が蘇り、彼の経験に反映されたようで、彼は一夜にしてA-01連隊のどの衛士よりも上手く戦術機を運用し、さらに指揮官としての才能まで見せた。

どうやら、彼の記憶の中での最高のキャリアで大隊を率いていた事もあったようだ。よって、まだ公式ではないが、鑑には大尉の地位が与えられることになるらしい。

とはいえ、白銀が乗るべき機体はXG-70シリーズであり、代役を生み出すまでは彼女を消耗の激しい戦術機に乗せるわけにはいかない。

よて、白銀の戦術機機動についてはA-01連隊の練度を上げるための要素になりこそすれ、現実にそれをBETAに直接ぶつける機会はほとんど訪れないはずだ。

特殊任務による白銀の死亡が伝えられた207分隊の動揺は激しかったが、神宮司軍曹の叱責によりそれなりに持ち直したらしい。

まあ、彼女らの戦術機操縦の腕は評価できるが、個々の衛士の能力で戦争の趨勢が変わるわけではない。

A-01連隊はいまだ2つの大隊と一個中隊を残存しており、戦力が整った無人兵器群とXG-70シリーズが加われば、桜花作戦までは保つと考えている。

00ユニットの完成は第四計画の事実上の本格的な発動を意味し、米国もまたこの流れには逆らえなかったのかXG-70シリーズの明け渡しに前向きになっている。

近く、XG-70は横浜基地に移され、装備の換装を行うだろう。そうなれば、佐渡島ハイヴ戦で口火を切り、一気にオリジナルハイヴ攻略へと持っていくことが可能だ。


「白銀がここまで使えるとは思わなかったわ」

「これで第四計画も安泰か。ですが、予備がないのが不安要素ですね」

「分かっているわ。今回の成功で人格移植についてのかなりの知見が得られたわ。特に被験者側からの情報が得られたのは大きいもの。早急に施術法の改良を行うべきね」

「新施術法の考案も並行してシミュレートします。最初は動物実験でしょうがね」

「お願い。00ユニットの運用評価試験も近く行うから忙しくなるわ」

「佐渡島ハイヴですか。できるなら施設の確保を行いたいところですが」

「そうね。その前にちょっとしたゴタゴタがあるみたいだけど」

「クーデターですか。面倒な事です」


帝国の国民の生活はそこまで困窮しているわけではない。

巨大人工浮島秋津洲の経済活動が軌道に乗った事で、国民生産は大幅に回復・改善し、食糧自給率については100%前後にまで上昇している。

人口こそ大幅に減ったものの、逆にそれは養う国民の数が減ったことを意味し、喰うに困る着るものに困るという事態は回避できている。

まあ、政治家というモノの多くは往々に無能に見えると言うのは理解できる。それは元の世界でも、こちらの世界でも、戦前戦後でも変わりない。

総論において一致したとしても各論で一致せず、保身と派閥抗争に明け暮れ、この危機的状況においてなお既得権益を守る事ばかり考える。

まあ、今に始まった事でもないだろう。少なくとも最悪の恐怖政治に至らないだけまだマシ程度といったところだ。

だからといって、近視眼的な思考にしがみ付いて、暴力でもって現状変更を迫ると言うのも考え物である。

そうして、12月5日、帝都守備隊を中核としたクーデター軍が決起し、政府・首都主要機関を制圧した。





「…ラダビノッド司令、それはどういうことですかな?」

「これは日本帝国の国内問題です。我々国連が帝国政府の要請も無しに干渉することでは…」

「最早一刻の猶予もすでに許されないはずです。この機を逃しては、後悔することになりますぞ」


中央作戦司令室においてラダビノッド基地司令と珠瀬国連事務次官が口論を繰り広げている。

先に発生したクーデターの鎮圧のために、国連軍横浜基地にアメリカ海軍第七艦隊を受け入れることを要請する国連事務次官と、帝国政府の要請なしに受け入れる事が出来ないとする基地司令が対峙する図だ。

クーデター自体はCIAが周到に準備を進めた計画であったが、G弾の致命的欠陥の発覚によって彼らの勢力は急激に減衰した。

同時に国連上層部の第五計画派はその力を増し、系外惑星への移民船の拡大が行われるようになっている。だが、それも第四計画の事実上の進展により一気に追いつめられたというのが現状だったはずだ。

が、一度種をまいてしまったそれは見事に芽吹いてしまい、ではこの機にと第五計画派と米国が再び手を組み、第四計画の接収を行おうというのが彼らの意図らしい。

だが、残念ながら彼らの思い通りには事は進まないだろう。

そもそも、国連軍横浜基地はすでにクーデター軍を単独で制圧できるだけの戦力を整えている。無人兵器群は既に秋津洲において量産され、一部は横浜基地に配備されていた。

しかし、警報に踊らされてこんな所に迷い込んできたバカ(元・白銀)が一人。


「で、中央作戦司令室に何の用だ」

「え、いや、突然警報が鳴って…。もしかしたら第五計画がって」

「違う。帝都でクーデターが発生しただけだ」

「あ、ああ、そうでしたね。確か、『物語』でもそんなことが…って!? 委員長の親父さん、総理大臣なんですよねっ? まさか?」

「場所を考えて発言しろ。ここには機密を知らない人間も、それを嗅ぎ回る犬もいる」

「犬とは随分な言い回しですな、高島博士」


唐突に現れる鎧衣課長。

夕呼さんとは利害が一致しており、それなりの関係を維持しているようだが、彼に白銀の、00ユニットが誰であるかを知られたくはない。表向き、00ユニットはアステルということで誤魔化しているのだから。

元・白銀、現・鑑純夏の髪は大きな黄色いリボンで纏められており、リボンに織り込まれたバッフワイト素子によるリーディングの阻害により、以心伝心の意思疎通は出来ない。

が、鎧衣課長からリーディングで情報を引き出したのだろう。榊首相以下の閣僚たちが無事であることを読みとったのか、すぐに落ち着いた物腰になる。

無人兵器、特にステルス能力と光学迷彩を取り入れた特殊作戦機が秘密裏に帝国に貸与されており、要人警護に用いられている。

首相以下の閣僚たち全員は現在その無人兵器の緊急避難スペースに入り込んで、帝都からこの基地に南下している。

いくつかの欺瞞やUCAV(無人戦闘攻撃機)を用いた妨害によって追撃を振り払っており、レーザー通信をUAVに中継させることで、彼らの無事は確認している。

まもなく彼らは湾内に待機している潜水艦に拾われるはずだ。


「要人護衛用無人戦闘機械…、存外頼りになりましたな。いや、あんなものが出来るとは、私もお払い箱にされそうですよ」

「あんなものは所詮ツールですよ。それより、用があるのは俺じゃないでしょう鎧衣課長」


数センチ程度の大きさで、光学迷彩を取り入れた昆虫にも似た特殊な情報収集端末は実際に完成している。

だが、情報は収拾するだけでは意味がない。大量の情報を取捨選択し、活かす事の出来る専門家チームがいてこそ、諜報という部門は意味を為す。

まあ、そんなことより、彼の目的は夕呼さんにあるはずだ。彼が手を加えた脚本はすでに動き出している。


「おや、つれないですな。そこの美しいお嬢さんをご紹介してはいただけないのですかな?」

「ただの女性仕官に興味を持つとは、情報省のキレ者も色ボケしましたか」

「キレ者とは過大評価ですよ。それより、ただの1仕官が首相の危機という重要情報を知っているとは思えませんが?」

「新しい俺の副官です。多少の機密には精通していますよ」

「ところで白銀武が死んだそうですな」

「それが?」

「いやはや、白銀武の死と00ユニットの完成。一見して何も関係なさそうですが……」


こういう人材は自分の味方である内は心強いが、敵に回すと厄介極まりない。

まあ、白銀武という彼ですらその正体を見破れなかった謎の存在がタイミング良くいなくなったことを考えれば、それを00ユニット完成と結び付けるのは自然かもしれない。


「あんたたち、何やってるの?」

「おや、香月博士ではないですか。奇遇ですな」

「では鎧衣課長、自分は失礼します。鑑、行くぞ」


夕呼さんが来たのを良い事に俺は白銀を連れて中央作戦司令室から離脱する。鎧衣課長の相手は俺には荷が重すぎるのだ。指令室から研究室に戻る途中、白銀は先の話の続きをしてくる。


「あの、自分も出撃するんですか?」

「いや、それは許されない。鑑純夏、君は地下で守られる側だ。だから、まあ運用評価試験がお前の初陣になるわけだ」

「純夏って呼ばれるの、いまだに慣れないんですよね…」

「そういえば、一人称は『自分』にしたのか。さすがに『私』は恥ずかしかったか?」

「いや、まあ…、じゃなくてっ、殿下はどうなるんですか?」

「A-01から二人ほど出向させる。一つは不知火・弐型の複座型で、御剣冥夜と同サイズの99式衛士強化装備を運ばせる予定だ。まあ、実際に将軍が現れるかどうかは未知数だが」


複座の弐型はCP将校をハイヴ内で活動させるために作られた、電子装備を充実させた機体だ。今回はそれを流用する形となる。


「そうですか…」

「しかし、鑑はいざとなれば撃てるのか?」

「え?」

「いや、俺から物語を読み取ったのなら、その結末も知っているだろう。君は撃てるのか、もしその状況になった時、御剣冥夜を?」

「それは…」

「不安要素は他にもある。分かっているだろうが、鑑純夏はBETAに凄惨な凌辱を受けた。君がハイヴなどをリーディングした際にそのイメージを読みとった場合、怒りによってお前の量子電導脳を保護するODLが急速に劣化する可能性は拭いきれない」

「………」

「今は良い。だが、君らの行く末は過酷だ。今すぐにとは言わないがな。だから、強くなれ白銀武。鑑純夏はお前にしか救えない」


そして物語は展開していく。

伊隅みちると速瀬水月の2名を07訓練分隊および第19独立警護小隊に同行する形で派遣。彼女らは南西、芦ノ湖南東岸へ搭ヶ島城の警備が任された。

伊隅大尉が搭乗するのは複座型の不知火・弐型の特殊機体。加えて水陸両用無人戦闘機械群が相模湾から上陸できるように手筈が整っている。

無駄骨に終わる可能性もあるが、夕呼さんは目があると読んでいるようだ。





「…博士の予測通りか。そこの二人、止まれ」


伊隅みちるは速瀬水月と共に将来A-01に編入されるだろう訓練兵たち、そして恩師たる神宮司まりも軍曹、近衛から出向している第19独立警護小隊の総勢12名の中隊編成により、搭ヶ島城の警備任務を命ぜられた。

ただし、警備はあくまでも表向きの理由であり、真の目的は政威大将軍の保護であるという。日本人としては、そのような栄誉に与ることは大変な名誉であるが、同時に畏れ多い事でもある。

そうして、搭ヶ島城での警護中、伊隅みちるは暗視モニターにより二人の身元不明者を発見、これに接近してその一人の正体を照合した。

煌武院悠陽、間違いなく政威大将軍殿下その人である。侍従の女性と一悶着ありつつも、鎧衣課長のとりなしにより場は落ち着く。


「この場所に君たちがいるとは…、香月博士の指示かね?」

「は」

「そうか。君がいるという事は、搭乗機は不知火・弐型…」

「複座仕様です。何故か御剣訓練兵と同サイズの99式衛士強化装備を持ち合わせていますが」

「そうかそうか。なるほど、いやはや、さすがは香月博士というべきか…」

「私には詳細は分かりかねますが」

「となるとHQは?」

「小田原西インターチェンジ跡です。近く突破されるかと」

「なるほど、CPは?」

「旧関所跡です」

「ふむ、畏れながら殿下、この者と御一緒下さい。多少窮屈ではございましょうが、緊急事態故ご容赦の程を…」

「わかりました。そなた、名をなんと申す?」

「国連軍横浜基地司令部直轄A-01連隊所属、伊隅みちる大尉と申します。ご尊顔を拝謁する栄誉に浴しましたる事、 身に余る光栄に存じます」


そうして、殿下に強化装備を装着してもらう。そのサイズはほとんどぴったりであり、殿下自身も驚いていた。

しかし、強化装備があるとはいえ、フィードバックデータが無い以上、ある程度の負担は避けられない。みちるは悠陽に酔い止めであるスコポラミンを服用していただく。

状況としては殿下が離城へと退避する際に、幾組かの囮を同時に関東圏の各鎮守府および城郭へと送り、30分前その情報をリーク、帝都での戦闘行動を抑止させた。

これに伴い決起部隊が各地へと部隊を移動。これに伴いこの地にも部隊が迫ってきている。

10分前には帝国厚木基地、小田原西インターチェンジ跡のHQが沈黙。明神ヶ岳山中において追っ手部隊と帝国軍が戦闘に入っている。

そこで神宮司軍曹は熱海新道跡から伊豆スカイライン跡に入り南下、敵が唯一我々を捕捉できる冷川料金所跡を抜ければ作戦はほぼ成功、そのまま白浜にて横浜基地所属の第11艦隊と合流する事が目的となる。

殿下は戦術機操縦の経験があるため、それなりの速度で巡航する事が出来る。ただし、武御雷はともかく不知火や吹雪では弐型の速度についていけない。

それでも撃震程度ならば引き離す事は十分に可能だろう。部隊は殿下の乗るこの機体を守るように南下、途中、米国の第66戦術機甲大隊と合流し、さらに南下する。

その間、横浜基地所属の無人機部隊が伊豆半島東岸より上陸。冷川料金所跡を確保したらしい。現在、上空をUCAVが制空権を確保しており、追っ手である決起部隊に米軍とともに攻撃を行っている。

途中、富士教導隊が冷川料金所跡に接近するが、無人戦闘機械群と米軍174戦術機甲大隊により押さえこまれ、進撃を停止。そのまま膠着状態とした。我々はそのまま冷川料金所跡を突破し、白浜へと向かう。

さらに途中、帝国軍671航空輸送隊の接近があったが、横浜基地より発進した増援のUCAVと衝突した。輸送機が36mm電磁投射砲を搭載するUCAVを前にして相手になるはずもなく、空挺作戦を目論んでいたらしい彼らの包囲網は不完全なものに終わる。

結果として決起部隊の増援はアメリカ軍第66戦術機甲大隊と正面衝突し、その間に我々の部隊は無事に第11艦隊との合流に成功した。

速瀬中尉などは暴れられなかったことに不満を漏らしていたが、まあ結果的には部隊から欠員もなく、無事に殿下を基地に送り届ける事が出来たので良しとするべきだ。





「虎の子のステルスUCAVを出さなくてすんだか」

「そんなモノまであるなんてばれたら、米国が発狂するものね」

「ステルス機自体は向こうも既に持っているでしょう。まあ、BETA相手には何の役にも立たない兵器ですが」


とはいえ、この先、人類がBETA大戦を挽回すれば、再び人間同士の争いが発生する可能性が高い。

UCAVは本来、対BETA戦の最終局面に用いられる予定であるが、その一部にステルス・光学迷彩を実装したものを開発している。

その姿は現実世界のX-47Bを若干鋭角にした形態をしており、今回は非ステルス型のもの32機がクーデター軍を相手に実戦証明を行った。

そうして将軍は無事に国連軍横浜基地に到着。先に脱出していた閣僚とともに電波を通して決起軍への即時戦闘中止の命がだされた。

その後の流れは物語のそれと同じである。大権は将軍へと返され、多くの間諜が摘発されたことにより帝国内における米国の影響は一気に減ずることになる。

まあ、重要なのは基地内の親米追随派やスパイなどを更迭できた事なのだが。

そして、207分隊の少女たちは先のクーデターにおける将軍の護送という重要な役割を果たした事で任官を果たした。

これに鑑純夏となった白銀が加わり、A-01連隊は00ユニット施術により失われた衛士を数の上である程度の補強が出来たことになる。とはいえ白銀は守られる側となるので、数には含められないが。

彼女らは現在、戦術機による訓練を行っている。A-01連隊には優先的に不知火・弐型が供給されており、その性能は実質的には第3.5、あるいは第4世代機と呼んでもおかしくは無い代物だ。

衛士の消耗と関節などの疲労を除けば事実上無制限に活動できるこの機体は、99型電磁投射砲を組み合わせる事で圧倒的な戦闘能力を発揮する。その目的はハイヴの攻略ただ一つだ。

XG-70シリーズは近く搬入される予定だ。そして、スケジュールが全て噛みあえば12月24日、物語よりも若干速く、第四計画による本格的な反攻作戦、甲21号作戦が開始される。


「甲21号作戦では極力XG-70の威力を見せないっていうのは本気なの? ロックウィードあたりがうるさそうなんだけど」

「00型電磁投射砲が効果を示している間は、切り札をBETAに見せたくない。XG-70が航空兵力の二の舞になることは出来うる限り避けたいですから」

「ふうん。まあいいけど。アレの次の目標はオリジナルハイヴだしね」

「ええ。あそこは他のハイヴとはわけが違う。BETA側が何を用意しているか分からない以上、オリジナルハイヴ攻略戦の要であるXG-70をBETAに知られたくない」

「まあいいわ。それより、あんたもあたしの代わりに接待受けなさいよ。帝国のお偉方、あんたのステルス技術と光学迷彩に興味津々よ?」

「帝国の戦術機とF-22Aとのキルレシオが7対1であれば当然でしょうね。しかし接待ですか。残念だが、俺は酒が飲めないので」

「嘘つきなさい、この間あたしとつきあったでしょ?」

「舐める程度にはな。ですが、酩酊するのは好ましくないんです」

「なんで?」

「元の世界の俺に悪影響が及ぶ可能性がありますから」







12月5日のクーデターが終息し、横浜基地国連軍、帝国軍が次の大反攻作戦に向けて本格的に動き出した。目標は佐渡島ハイヴ。

今回の甲21号作戦には世界初とも言うべき、大量の無人兵器と純粋水爆を大量投入するハイヴ攻略戦となる。

まあ、俺としては馴染みのある作戦でもあり、前のループではこの作戦により事実上、フェイズ5のハイヴの完全制圧を達成している。

その前に、旧『白銀』、現『鑑純夏』をA-01連隊におけるXG-70の直援、伊隅ヴァルキリーズ中隊を中心とした2個中隊に紹介する必要がある。

伊隅大尉が真実を知っているが故の配置だが、奇しくもそれは物語と同じ流れになっている。白銀の同期や、涼宮茜の分隊が配属されている事も同じ。

相違点はA-01連隊の戦死者が格段に少ないという事か。いまだ連隊規模を維持できていることは奇跡と呼ぶべきであろう。

A-01連隊は無人戦闘機械の実戦運用を既に行っており、その規模は既に師団と表現すべきものになっている。そこにXG-70が加われば、A-01単独でのハイヴ破壊すら夢物語ではない。

XG-70シリーズは初歩的な重力制御技術であるムアコック・レヒテ機関を搭載した航空機動要塞だ。全長130mの大重量物体が空を飛ぶと言うのは非現実的ですらある。

その最大の能力は、周囲10mに重力場であるラザフォードフィールドを発生させ、これによっては電磁波である光線属種のレーザー照射を完全に遮蔽することが可能である点だ。

さらに、重力制御によってもたらされる莫大な余剰電力は単独での荷電粒子砲の運用をも可能とする。その破壊力は一撃でハイヴ地表構造物を粉砕するほどである。

しかし、コンピューターの処理能力不足から従来はその運用に問題をきたしており、事実、有人試験の最中、荷電粒子砲を発射した際に生まれた多重重力場の影響で、12人のテストパイロットがコクピットの中でシチューになったという凄惨な事故を起こしている。

だが、00ユニットによる高度な情報処理能力が完全な重力制御を可能とする事により、その諸問題は解決された。

そして、サブジェネレーターとしての核融合炉と120mm電磁投射砲、36mm電磁投射砲の実装により、荷電粒子砲発射時に生まれる前面ラザフォードフィールドの消失という隙や、近接防御の充実を図ることができた。


「以上が凄乃皇弐型の性能だ。このXG-70シリーズの実戦配備を可能とした特殊なコンピューターは第四計画の精華であり、直援である君らはこれを死守することが最大の目的と考えてもらって構わない。では、これより君らの新しい仲間を紹介しよう。鑑純夏大尉だ。挨拶を」

「は。鑑純夏であります。新参者ですがよろしくお願いいたします」


一部、白銀の同期だった5人の少女が驚いた様な表情をしている。白銀から幼馴染の鑑純夏の名前を聞いた事があるのだろうか?

物語の細かいところは覚えてはいないが、彼女らも衛士となったのだから、問題となる行動は起こさないだろう。


「彼女はXG-70シリーズおよび第四計画が生み出した最新鋭のコンピューターを扱うべく養成された衛士だ。彼女はこの分野においては特に高い適性を持つため、XG-70シリーズの専任衛士となった。また、戦術機の操縦技術もずば抜けて高い。ただ、特殊任務につく事もあるため、たびたび香月博士や俺に呼び出されることがある。そのあたりを考慮して上手く付き合ってやってほしい。以上だ。伊隅大尉、鑑大尉を皆に紹介してやれ」

「は」


伊隅大尉が二個中隊の面々に鑑純夏となった白銀を紹介していく。神宮司軍曹たちの再教育の効果のおかげか、白銀は多少ボーイッシュな雰囲気を持つ少女に化けて、挨拶してく。

大尉というそれなりの地位が与えられているものの、夕呼さんの影響か、普通の部隊よりはくだけたかんじで挨拶が進んでいった。

速瀬水月などは、俺が戦術機の操縦技術も高い事を伝えたため、礼儀はわきまえど、どことなく好戦的な態度を取っている。そうして最後には白銀の同期への挨拶となった。

大尉という地位に緊張しているようだが、どこか釈然としない、そんな雰囲気が見て取れる。そうして顔見せが終わった後、合同のシミュレーター訓練が開始された。

その結果は、ほぼ確実にハイヴを制圧するという目覚ましいもの。今すぐにでもハイヴ攻略が可能ではないかと思わせるほどの結果だった。

評価としては、確かにXG-70の圧倒的な火力と防御力は確かにすばらしいものだったが、むしろ鑑純夏(元・白銀)の卓越した状況判断能力と戦術立案能力が印象に残る。


「どうだった、久しぶりの仲間たちとの時間は?」

「なんだか、騙してるみたいで気がひけます」

「そうか。だが、真実を告げるわけにはいかないからな。相談なら伊隅大尉か神宮司軍曹にしておけ」

「はい」

「訓練の内容は素晴らしいものだった。今度は戦術機で連中を揉んでやるのもいいだろう」

「バレませんかね?」

「特殊任務で盗んだとでも言っておけ。まあ、納得はしないだろうが、それ以上は突っ込むこともできんだろう。それに、白銀武が鑑純夏になったなどという荒唐無稽を信じる者はどこにもいないさ」


そうして、12月24日はゆっくりと近づいていた。







2001年12月24日、『甲21号作戦』は発動した。目標はH21佐渡島ハイヴ。

日本のやわらかい横腹に突き刺さった鋭いナイフともいうべきこのハイヴの排除は日本帝国の悲願でもあり、このため帝国からも多くの戦力が抽出されている。

俺は夕呼さんと一緒に作戦旗艦『最上』に乗っている。

こういう、HQに足を踏み入れるのは二度目。小沢艦長とも二度目の出会いであるが、彼にとっては初見だ。あいも変わらず赤色の燃えるような瞳をしている。

彼ら船乗りたちにとって、佐渡島は屈辱の地であるから、その感情は分からないでもない。だが、彼らの役目は後方支援という、戦艦乗りにはあまり面白くない役目である。

作戦の第一段階は00型超水平線電磁投射砲による核による面制圧だ。

新潟県に3基、海上メガフロートに2基という5門の1200mm水平線電磁投射砲から投擲される弾頭には500kt級の純粋水爆が4つ格納されている。

重光線級の迎撃が適わない速度で投射される核弾頭は、何の妨害も受けずにその威力を解放するだろう。とはいえ、迎撃を最小とするために戦艦による艦砲射撃がまず開始される。

そうして、


「00型超水平線電磁投射砲、斉射開始します」


矢は放たれた。

圧倒的な速度で地を這うように侵入する弾頭に、重光線級のレーザーが集まるが、その出力が十分でないまま砲弾は分離、四つの核弾頭はロケットにより再加速して敵陣の奥深くに侵入する。

そして、核弾頭はそのエネルギーを解放する。眩いばかりの閃光、そして巨大な火球が形成され、地表面にいるBETAたちを問答無用で蒸発させていく。


「これは…、なんという威力……。これが第四計画が誇る最新鋭兵器、00型超水平線電磁投射砲ですか。まさに神の鉄鎚と呼ぶべき一撃ですな」

「あくまでも人間が持つ技術の延長線上にある兵器です。それに、これとてBETAに対応されないとは言い切れません」


5門の砲が吐き出した、20の核弾頭は無事に作動し、巨大なキノコ雲をいくつも形成する。前日までの慎重な整備が実を結んだ結果だが、これから発射し続ける中で不具合が発生する事もあるだろう。

この時点で佐渡島の地表に存在するほぼすべてのBETAが消滅した事になる。10分の間隔をおいて次弾が装填され、地下や海底からBETAが湧きあがってくるのを待つ。

その間、衛星による情報から、撃ち漏らしたBETA群に対して佐渡島周辺に展開した帝国連合艦隊第二戦隊が、艦砲およびロケットによる長距離攻撃を開始した。

既に小型種のほとんどは熱線と爆風によって壊滅しており、防御の堅い突撃級や要塞級、そして重光線級の一部が残るのみだ。

そして、散発的な迎撃では砲撃を迎撃すること適わず、効果的に艦砲射撃は敵を粉砕していく。


「粟島沖の第五戦略砲撃大隊より徹甲弾の使用許可が申請されています」

「副司令、どういたします?」

「やらせましょう」

「副司令、徹甲弾とは?」

「ふふ、見ていればすぐに分かりますわ」


そうして、00型超水平線電磁投射砲による第二次斉射が開始される。その内の、佐渡島北東の海上に浮くメガフロートには国連軍第五戦略砲撃大隊が配備されており、今彼らが為そうとしているのは徹甲弾の使用。

そして、再び矢は放たれる。

猛スピードで突入する砲弾は、そのまま旧金北山に建設されたハイヴ地表構造物、モニュメントへと吸い込まれていく。

そして、徹甲弾の名を違わず、その砲弾はモニュメントの基部に容赦なく突き刺さった。そして遅れる事コンマ数秒、内部の8Mt級純粋水爆がその内包するエネルギーを咆哮するように解放する。

次の瞬間、モニュメントはその基部を破壊され、無残にも崩壊していく。


「おおっ……、モニュメントが崩れていく…」


地表構造物の倒壊。それを見た者たちは皆声を失い、そして我に返ってからは驚嘆と歓喜の声を喉が壊れるほどに叫んだ。

周囲から歓声が鳴り響く。それは人間が初めて明確にBETAに対しての反撃の狼煙を上げた瞬間でもあり、作戦が第二段階へ移行する合図でもあった。

作戦第二段階、信濃、美濃、加賀の戦艦三隻を基幹とした帝国連合艦隊第二戦隊が真野湾へ突入。同時に帝国海軍第17戦術機甲戦隊と一個師団規模の国連軍水陸両用無人戦闘機械群が雪の高浜へ強襲上陸し、砲撃による支援の下、橋頭保の確保がなされる。

続いて帝国軍機甲4個師団および戦術機甲10連隊および、国連軍無人化機甲12連隊からなる『ウィスキー部隊』を順次揚陸。ハイヴからの増援を誘引する。

ハイヴから誘引されたBETA群に対し、国連軍第四戦略砲撃大隊による00型超水平線電磁投射砲が砲撃を行った。

これにより増援である師団級BETAを封殺。海底から這い上がるBETAを撃破しつつ、増援を引き出し続ける。そして、作戦は弾三段階へ移行する。

両津湾に展開するアイオワ、ニュージャージー、ミズーリ、イリノイ、ケンタッキーの5隻を基幹とする国連太平洋艦隊と、大和・武蔵の2隻を中心とする帝国連合艦隊第三戦隊が制圧砲撃を開始。

同時に帝国海軍第4戦術機甲戦隊が旧大野を確保する。続いて国連軍3個機甲連隊と戦術機甲5連隊および、国連軍無人化機甲12連隊からなる『エコー部隊』が順次揚陸を開始した。

エコー主力部隊は北上、旧羽吉からタダラ峰跡を経由して旧鷲崎を目指す。これにより、BETAの増援は南北に引き裂かれると共に、両津市から『甲21号目標』の存在する金北山まで、敵は殆ど存在しなくなる。

この段階で、撃破したBETAの数は8万を数えた。さらに、ウィスキー部隊、エコー部隊共に損耗率は1%を下回るという奇跡的状況を生み出している。

そして、第四段階、軌道上を周回中の国連宇宙総軍艦隊より投下された、第6軌道降下兵団が再突入を開始。

軌道降下により強引にハイヴ内への進入路を確保した後、ハイヴへの突入が敢行される。同時にウィスキー部隊の一部も順次ハイヴへの突入を開始した。


「順調ですな」

「…恐ろしいほどに、ですが」

「第6軌道降下兵団、ウィスキー隊と合流しました」

「そうか」

「何故、降下兵団を先行させなかったのですかな?」

「それは無人兵器を運用する新しい戦術のためですわ艦長。無人兵器を盾にして、有人兵器の生命を出来うる限り守る。突発的事態に遭遇する事の多いハイヴ内での戦闘を考慮に入れてのものです」


自律思考型多脚戦車を先行させてのハイヴ侵攻は、しばらくは順調に進む。しかし、突如、地下からまっすぐに、まるで地面を垂直に掘り進むように、軍団級のBETAが這い上がる音紋が各部隊の報告から上がってきた。

各部隊は無人兵器を盾にこれに対抗するも、各所から無視できない被害が発生しだす。これにより、ハイヴ突入部隊は撤退を強いられる。まあ、予想通りの流れだ。


「馬鹿な、どこにこれだけのBETAが!?」

「落ち着いてください艦長。この事態は想定内です。ハイヴの地下に相当数のBETAが温存されている可能性は予測されていたことですわ」

「ハイヴへの突入と撤退を繰り返して、内部のBETAを全て誘引するのがプランBです」


そして突入部隊がハイヴから命からがら逃げ出し、BETA増援から距離を離す。そして残っていた無人戦闘機械部隊が合図を受け取ると、温存されていた無人兵器が1Mt級の純粋水爆のエネルギーを解放した。

これにより地下からはい出してきた4万以上のBETAを文字通り消滅させる。以降、同様の作戦が繰り返され、翌日25日までに総数20万近いBETAが葬り去られた。

しかし、同時に地下侵攻などの戦術によって核による制圧が使えない状況が生まれるなどし、各部隊にそれなりの損害が発生する。

しかし、その被害は当初想定された損耗率を大きく下回っていた。そうしてBETAの誘因がこれ以上出来ない状況に至り、作戦は第五段階へ移行する。


「BETAの積極的攻勢がなくなりましたな」

「もはや、守備隊といえるものしか残っていないのでしょう。ここからは掃討戦に入るのみです。副司令、A-02は今はどこに?」

「もうすぐ新潟県沖にでるわ」

「っ!? 今まで持ち場を離れなかったBETA群が突如上昇を始めました!!」

「…やはり、誘引されたか」

「そういうことね」


A-02の名を冠する凄乃皇弐型がハイヴへ接近したとたん、BETAの活動が活性化する。

構築された戦線を突破して、最後の軍団規模のBETAが地上にはい出してきた。兵站線への直撃により、一時的に戦線は瓦解寸前となり、BETAは凄乃皇弐型が近づく南岸へと押し寄せる。

しかし、それとて00型超水平線電磁投射砲の牙から逃れられるわけではない。

まるで笛にでも引き寄せられたかのように、一直線にBETAの群れが凄乃皇弐型へと直進するが、撃ち込まれた極超音速の砲弾が彼らの直上にて太陽の複製を生み出した。

そして最後のキノコ雲が上った後、もはやBETAの組織的な抵抗は以降見られる事はなかった。A-01連隊と凄乃皇弐型は堂々とハイヴの中へ侵入し、情報収集活動を開始する。

BETA残存勢力による散発的な抵抗を何度か受けたが、それにしたとして、新兵の実戦経験を養う程度で済んだのだから結果は良好だろう。

そうして12月25日1430、佐渡島ハイヴの制圧が宣言された。






[36153] 013
Name: 矢柄◆c8fd9cb6 ID:595e31b0
Date: 2014/08/01 21:23
H21佐渡島ハイヴ攻略。このニュースは2通りの意味を持って世界に衝撃を与えた。

まずは表向きにおいて、G弾を用いずにハイヴの攻略を可能とした事。しかも、最前線の戦術機甲の損耗率を2割に低減しての成果。

これは米国のG弾戦略に致命的な一撃を与えたと共に、第五計画の存在意義を揺るがした。世界はこの結界に希望の光を見て、日本帝国は歴史的大勝利に喝采に包まれた。

この戦略を可能とした00型超水平線電磁投射砲は、その大威力と迎撃不能という圧倒的な性能が注目を集め、世界各国がこの兵器を欲するという状況を生み出した。

また、戦線を支えた無人兵器にも注目が集まる。高度なAIによる戦術機の完全無人化とも言うべき可能性すら囁かれ始めていた。まあ、現実にアステルがいる以上可能なのだが。

もう一つの衝撃はオルタネイティヴ4の成果、00ユニットのリーディングデータが得られたという事実だ。

全ハイヴのスタブ構造と戦力配置、司令系統が明らかになったという事実は衝撃となって受け止められたと同時に、反オルタネイティヴ派を黙らせるに十分な威力をもたらした。

現在、オルタネイティヴ4を阻害する要素は00ユニット脅威論を唱えるごく一部の勢力に留まっている。

反応炉を用いないODL浄化法が確立している今、人類側の情報が不用意にBETA側に漏れる事もなく、また佐渡島ハイヴを破壊ではなく制圧という形で占領した事は、物語にあった横浜基地への奇襲の可能性を大いに減じさせた。

だが、決して警戒していないわけではなく、メガフロートによって運用する00型超水平線電磁投射砲1門を横浜沖に呼び戻している。

また、佐渡島での戦いが完全に終結したわけではない。

海底に待機していた軍団規模のBETA群、そして大深度地下から日本本土に伸びたスタブに潜んでいたBETA群が波状攻撃のごとく占領後の佐渡島ハイヴを襲撃し続けた。

それはハイヴ攻略戦以上の激戦となったが、水爆の大量運用、無人兵器の使用により、駐留軍は持ちこたえた。現在、佐渡島ハイヴは帝国軍による要塞化が始められている。

回収できたG元素の総量は極めて少なかった。G-11にして100kg程度であり、まあそれでも凄乃皇を運用するには十分すぎる貴重な資源だ。


「やはりG元素生成施設は見つかりませんでしたね」

「衛星からの情報でも分かっていた事だけどね」

「そして…、これがA-01連隊が発見したBETA製造プラントですか」

「母艦級BETAのインパクトが大きいみたいね。甲21号作戦の時のハイヴ内での地下侵攻に、こいつが関わっているんじゃないかって話よ」


白銀によるリーディングデータの解析が戦力で行われる中、俺と夕呼さんは確保したBETA由来施設の第一次調査結果のレポートと画像を見ていた。

これにより繁殖器官を持たないBETAがどのように増殖しているのかが判明した事になる。

それは、一種のクローニングであり、ODLに満たされた子宮型のBETAによって極めて早い速度でのBETA生産が行われている事が判明した。

これに伴い、未発見種のBETAのいくつかが同定に至っている。中でも関係者を驚かせたのは母艦級BETAの存在だ。

全長1800m、直径176mにもなるシールドマシン型のこの種が巨大な人工子宮で生成されている所を目撃した衛士は酷く狼狽したという。

その形態から、おそらく地下を掘削してハイヴの拡大に貢献していることや、ハイヴの株分け、大深度地下侵攻に関わっていると考えられている。


「ところで、白銀の…今は鑑か。あいつの恋愛原子核としての性質を考察してみたんだけど」

「アンタ時々わけの分からんことするな」

「いわば電荷の反転によって女を引きよせなくなった代わりに、今度は逆の電荷を持つ…、つまり男を引き寄せる可能性があるのよ!!」

「なるほど。その話を白銀にしたら、多分泣くから止めてあげてください」

「真面目な話をすれば、白銀が死んだ時点でこの世界が再構成される可能性が高いのよね。だからといって手は抜かないけれど、傍迷惑な話だわ」

「しかし、彼らがいなければこの世界は救われない運命だったとも言えますね。救世主の降臨と、彼が聖女と結ばれて、初めてこの世界が救われる。なんともロマンティックな話です」

「まあ、その話は全てが終わった後でもよさそうね。00ユニットも安定しているし、XG-70dの主機も安定しているわ。反応炉の搭載で出力にも不安は無し。実機でのA-01連隊との演習も滞りなく。ただのハイヴなら単独での攻略すらできそうね」

「G-11の無駄ですがね。まあ、あの元素自体、平和利用の目処も立ってませんが」


とはいえ、抗重力反応は重力制御に関わるために、遠い将来における外宇宙への航路を切り開く原動力になるかもしれない。

実際に移民船に用いられている重力傾斜による推進システムはその代表例ではあるが、どちらにせよ元素自体が稀少過ぎておいそれと用いる事はできない。


「で、あんたの切り札の方はどうなってるの?」

「既にテストは済んでいます。突発的な故障でもなければ問題はないでしょう」


衛星軌道上に4基建設した、超大型荷電粒子砲。

鉛原子核と電子を亜光速で発射し、XG-70を遥かに上回る長射程と破壊力を実現する兵器だ。既に試射はサハラ砂漠において済んでおり、あとは作戦を待つばかりとなっている。

この兵器によるBETAの間引きこそがオリジナルハイヴ攻略の要となる。





「鈴、今日のオリジナルハイヴ攻略シミュレーション結果はどうなった?」

「は、やはり凄乃皇四型は圧倒的です。『あ号目標の破壊』および『い号』の確保まで、成功率は100%となっています」

「ふむ、損耗率はこれ以上は低くならないか」

「流石に地上陽動が無いという要素は大きいですね。無人機および人造衛士を先に投入するとはいえ、オリジナルハイヴに存在するBETAの数は数千万に上ると推定されていますし」

「連中がその数割を攻勢に用いれば人類の防衛線は一撃で粉砕される。舐められているといえば、そうなのだろう。だからこそ、今勝機があるのだが」


既に佐渡島を陥落させた以上、彼らがいつその戦略を取ってくるかは分からない。1000万のBETAが戦場を埋め尽くすなど、悪夢にも等しい数の暴力だ。

それを00型電磁投射砲や衛星砲で撥ね退けたとしても、それに対する対策でも取られれば一瞬で踏みつぶされるだろう。

G弾によるオリジナルハイヴ攻略も怪しい。事実、大海崩の後もBETAは生き残っていた。この事実から彼らBETAがG弾に対して何らかの防御策を持っていると考えるのは妥当なところだ。

ラザフォードフィールドを貫通した触手から考えれば、あるいは特異的に『あ号目標』のみがそうした性質を持ち合せている可能性もある。

と、ドアをノックする音が。


「高島博士、ちょっといいですか?」

「……鑑か。構わない、入れ」


一応、公では白銀は鑑なので、今はもう『鑑』と呼んでいる。白銀武という『男』は星になったのである。惜しい男を無くした。


「何の用だ?」

「いえ、クーデターの前の話で…、覚えてますか? 自分に冥夜が撃てるかって聞いたじゃないですか」

「ああ、そんなこともあったな」

「作戦が近づくにつれて、ちょっと、気になりだしちゃいまして」


今までの経過からすれば、『あ号目標』が物語のそれと同等の性能を持っている可能性は高い。だとすれば、直援にあたる戦術機が『あ号目標』に囚われて浸食される可能性は捨てられない。

そしてそれが彼にとっても重要な人間だとすれば、物語と同じ道筋を辿ってもおかしくはない。

しかし、00ユニットとして温存された白銀はクーデターや佐渡島での劇的な出会いや別れを体験しておらず、例え別の確率時空で大隊を統率した経験があるといっても、そこまでの精神的成長を経ていないと思われる。

なら、彼が不安がるのも仕方がない事なのかもしれない。


「そういうことなら、神宮司軍曹や伊隅大尉に聞いた方がいいんじゃないか?」

「いえ、聞きたかったのは高島博士の事です。高島博士は……その……」


白銀がしきりに鈴の事を気にしている。俺は鈴に部屋から出て行くように指示をした。最初は渋っていたが、最高機密にあたる事だと嘘をついて厄介払いした。

まあ、ドアの向こうで聞き耳立てようとしたりしていて、追い出すのにも一苦労といったところだ。


「ありがとうございます」

「いや。俺の事を真実知っているのは霞と君ぐらいだからな」

「そうですか…。じゃあ、続けます。高島博士はその……わざとたくさんの人が死んだり、不幸になるのを見逃しましたよね」

「そうだ。全力を傾ければ、日本本土侵攻の被害を最小限に抑える事も出来た。鑑純夏が捕虜になることも無かったし、凄惨な拷問を受ける事もなかっただろう」

「それで、純夏だけじゃなくて、A-01の人たちを実験で殺しましたね。それは夕呼先生も同じですけど」

「ああ、そうだ。君には俺に復讐する正当な理由がある。俺が憎いか?」

「はい。でも、理屈では分かるんです。自分は00ユニットだから、00ユニットと凄乃皇四型がなければオリジナルハイヴ攻略は非現実的だって」

「G弾の大量運用という手もあるぞ?」


事実、今回の桜花作戦が失敗した暁にはトライデント作戦、オリジナルハイヴが沈黙すると確認できるまでG弾を叩き込み続ける、作戦が発動する。

第四計画がもたらした、オリジナルハイヴの司令塔を破壊すれば、BETAの人類の戦術への対処能力が消失する戦略情報はそれほどまでに重要視されている。


「それにしたって、オリジナルハイヴが特別だってことを証明できなければ、米国が許可するはずないじゃないですか。第一、オリジナルハイヴがG弾に対する耐性を持っている可能性だって博士は考えている」

「だが、何か方法があるかもしれない。何度も繰り返せば方法が見つかるかもしれない」

「だとしても、それは本末転倒です。3600万人と純夏を救ったために、数億の人間を守れなくなるってことを繰り返すんじゃ意味が無いじゃないですか。そう、理屈では分かるんです。高島博士が自分たちの物語が本当に起こりえるかに希望を抱いた事は、決して間違いじゃない。だけど、やっぱり自分の感情は許せないんです。特に……純夏を見捨てた事が、殺した事が」

「かまわない。その感情を忘れる必要も無い。一度、その一線を妥協したら、あとはなし崩しになる。俺は何度もこの世界で守るべきモノを見失ったし、目的のために他者を不幸にする事も厭わなくなった。
今では最小限守りたいと思うモノもできたがな」


この世界を作業をこなす様にして生きた数万年があった。妹もなにもかも、全て見捨てて、この世界に生きてはいなかった。そんな俺が彼に語るべき言葉などありはしないのだろう。


「どうして、そこまでして歩けるんですか?」

「ん?」

「3万年…、自分は記憶を虚数空間とやらに放出しているから、毎回、記憶を失って、同じ事を繰り返してきましたけど。貴方は3万年も、ブれずにここまでやってきた。普通なら発狂してもおかしくないはずなのに。なんで、そんなに哀しみばかり背負ったまま、前に歩けるんですか?」

「哀しみか……。俺は哀しんでいたか?」

「はい。貴方はループを繰り返す毎に、悔んでいたし、深く哀しんでいた。俺にはそれが読めました。だから聞きたいんです」

「現実世界にも、妹がいてな。鈴のことだ。分かってくれる人間がいるから、頑張れたんだと思う。……まあ、それが身近な理由というところか。何度もの繰り返しの中で、努力すればいくらかの人の命を長らえさせることも出来る事が分かっていた。だが、それをしたところで、その人を死なないようにはできなかった。そういう事が出来るようになったのは、第四計画の存在を知った前のループからだからな」


理解者がいてくれる事が唯一の救いだった。世界を救おうなんて考えもしなかった。どうあがいてもG弾が使われることは避けられないし、G弾があろうが無かろうが人類は敗北すると思いこんでいたからだ。

この世界を諦めていたというのが正しいだろう。それに、ある程度の哀しみや後悔は、時間が経つにつれてその印象が薄くなっていく。十年というのは十分な時間だった。だけれども、


「今まで多くの人たちの屍を積み上げて、多くの知識を得た。今さらその人たちに謝ることもできないし、そんなことは意味が無い。今さら築き上げた屍を顧みる事なんて許されないし、立ち止まることも許されない。そんな事をしたら、今まで見捨てた人たちに申し訳が立たない。だから、俺は俺の目的のために、手を汚す事を厭わない。まあ、言い訳だけどな。本音は作業として割り切っているだけなのかもしれない。ああ、だから白銀武、君には俺に復讐する権利があるさ」

「………」

「どうする、俺を殺したいか? 拳銃なら貸すが」

「自分が貴方を撃ったところで、次も同じ事を繰り返すんでしょう?」

「ああ。必要ならば、鑑純夏でもなんでも使う。それが俺の目的に適うなら」

「銃は要りません。貴方がいなければ、自分はきっと今回も何も気付くことなく、何もできずに終わっていたんですから」

「そうか……。鑑純夏を救い、そしてこの世界を救いたいんだな?」

「はい」

「俺の覚悟などこんなものだ。世界を救うなんてのは俺にとっては過程でしかない。数世紀単位で先進しているだろうBETAの技術の鹵獲、研究、そして俺は俺を捕えたこの運命から逃れるために全力を尽くすだけだ」


そのためには、俺一人じゃどうにもならない。数十年単位の継続した研究環境が必要になる。世界を救わなければ、それに見合う研究環境は得られない。

そして、余裕がなければ協力してくれる研究員の確保もままならない。凡人の俺一人で研究したところで結果はたかが知れているのだから。


「で、何か参考にはなったか?」

「いえ、あんまり」

「はは、そうか」

「でも、高島博士の事にも協力したいとは思っていますよ。分かりますから。高島博士が口では憎まれ口を叩いても、俺の事を心配してくれていた事とか、純夏の事を真剣に救いたいって本当は思っていてくれた事とか」







桜花作戦は1月29日をもって開始された。

この作戦はオルタネイティヴ4が獲得した戦略情報に基づき、国連安全保障理事会の承認を得て発動する。目標はオリジナルハイヴのコアの破壊。

このために、全世界の軍と国連軍が参加する人類史上最大の反攻作戦が行われる。

00ユニットによって明かされたBETAの指揮系統は従来の常識を覆すものだった。

BETAの指揮系統はオリジナルハイヴのコアを頂点として、他全てのハイヴの反応炉がその直下にて従属するだけの箒型構造であること。

反応炉はエネルギー生成機関であるだけでなく、通信システムやコンピューターの役割を持つシームレスなハイブリッドシステムである事が明らかになった。

そして、オリジナルハイヴ以外のハイヴの間に繋がりはなく、故にオリジナルハイヴのコアを破壊すれば、全てのハイヴの相互情報交換が不可能になるだけでなく、これ以上の人類の戦術・兵器に対する対応能力が消失する。

オリジナルハイヴ攻略がBETA大戦の趨勢を左右する事が明らかになったために、本作戦は理事会の承認を得、そして世界中の政府や軍がこれに積極的な協力を申し出た。


「始まりますね」

「ええ」


ラダビノッド司令の演説の後、国連軍横浜基地からは第一滑走路からは電磁カタパルトによって戦術機を後背に背負うHSSTが順次飛び立っていく。打ち上げ施設からも同様だ。

戦術機甲連隊を軌道上に打ち上げるには大量のHSSTが必要になる。今回は内陸部故に戦力の展開は軌道降下のみに頼らざるを得ず、故に無人兵器の大量運用も、00型超水平線電磁投射砲も使えない。


だが、その代替を担うのが衛星軌道上に建設された4基の超大型荷電粒子砲である。巨大な円形粒子加速器により鉛原子核と電子を光速の99.99%にまで加速し、その混合ビームを地上に向けて放射する。

光線級による迎撃が不能な一撃を連続して叩き込み、これをもって地上に展開する重光線級を駆逐するのだ。

そして作戦は開始される。


「国連総軍司令部より、シリウス1から4、全基粒子加速度光速の99.99%を維持。これより荷電粒子爆撃が開始されます」


そして、オリジナルハイヴ直上400kmより莫大なエネルギーを秘めた光の鉄鎚が振り下ろされた。

シリウス1のビームの集束率は『それほど』高いものではない。しかし、放射する粒子の重さは凄乃皇四型のものの207倍。そして速度はそれ以上。

世界を焼き尽くすかのような光の洪水が青白い光を纏いながらオリジナルハイヴを中心とする直径10kmの範囲に降り注ぐ。

荷電粒子砲のビーム照射時間は数秒にすぎない。しかし、その間に射軸は素早く動き回り、オリジナルハイヴ勢力圏のことごとくを焼き払う。

亜光速で突入した鉛原子核はBETAの体組織内部に浸透、電離作用を引き起こしながら彼らの組織を傷つけ、そして彼の細胞を構成する元素の原子核に衝突する。

瞬間、鉛原子核とその構成原子核は衝突し、衝撃により破砕。莫大なエネルギーを解放しながら爆散する。

第一次砲撃が完了した後、オリジナルハイヴの周囲は二千度超に熱せられ、全てのBETAが炎上を始め、死骸を晒す。大地の表面は溶解し、赤色に光を放つ。

そしておよそ20分後、次なるシリウス2がオリジナルハイヴを射程にとらえた。これよりシリウス1は荷電粒子の再加速に入る。

そして第二射。シリウス2はその光の奔流を一か所、降下部隊の突入経路を作るべくそのエネルギーを解き放った。

シリウス2と3の高度に集束された荷電粒子砲は突入経路を深く掘り下げ、深さ1kmの巨大クレーターを形成する。そしてシリウス4が拡散型の荷電粒子砲を放ち、再びハイヴ周囲に現れたBETAの大軍団を焼き殺す。

その直後、国連宇宙総軍低軌道艦隊による軌道爆撃が行われた。既に光線級の存在しない状況下であるため、弾頭は核を使用。80を数える核弾頭がオリジナルハイヴに降り注ぎ、地上を吹き飛ばす。

この核攻撃には荷電粒子砲によって超高温と化した大地を吹き飛ばす意味も含まれており、これに間髪いれずに凄乃皇四型を含めた軌道降下兵団が投入された。

投入された兵力はA-01連隊と人造衛士を登場させた戦術機甲連隊4個、師団規模の無人戦闘機械、そして米軍戦略軌道軍2個大隊。

彼らはそのまま荷電粒子砲が開いた巨大なクレーターに形成された無数の突入口の一つへと侵入していく。


「荷電粒子砲だけでオリジナルハイヴ攻略は可能ではないのかね?」

「かもしれないし、そうではないかもしれません。重光線級を衛星迎撃兵器に転用する事はさして難しい判断とは思えなかったので」


オリジナルハイヴのコアがラザフォードフィールドを無効化するなどの手段を持っていたことを考えれば、あれの戦術対応能力を舐めてかかるにはいかない。

オリジナルハイヴを陥としたけれど、世界中の衛星が迎撃されるようになりましたでは困るのだ。

その後、低軌道荷電粒子砲衛星シリウスは他の戦線へと移動した。各地では陽動として軌道爆撃や艦砲射撃などによる全面攻勢が行われており、それに刺激されて増援として現れた大規模なBETA軍に対する支援攻撃が行われる。

そんな戦いが繰り広げられる中、基地司令部はただ『あ号目標』の破壊の成功を祈るしかなかった。

物語のそれよりも遥かに潤沢な戦力が投入された。XG-70dは所定の能力を十全に示す事が出来る。無人兵器は数で押せるというほどの量ではないが、自爆戦術を運用することで戦術の幅は広がっているはずだ。

そんな安心材料を数えながら、時間が過ぎてゆき、そして、司令室がにわかに騒然としだした。


「オリジナルハイヴよりBETAが……溢れだしています!!」

「どういうことだ!?」

「移動目標出ました! H02マシュハドハイヴ、H06エキバストゥズハイヴ、H13ボパールハイヴ、H14敦煌ハイヴ!」

「これは…敗走!?」

「連中やったのか!?」

「オリジナルハイヴベントより信号弾上がりました!! 『『あ号目標』の破壊および調査完了せり、これより『い号目標』の確保を行う』」


オペレーターやスタッフ達が歓声を上げて抱き合ったり、雄叫びを上げる。夕呼さんは柔らかく笑みを浮かべ、俺は肩から力を抜くように息を吐いた。

鈴は霞に抱きついていて、霞はうっとおしそうにしながらも笑っていた。

そして、掃討作戦が始まる。

地上に展開していたBETAからして百万という規模であったものが、数千万という未曽有の規模のBETAが各地へと散ろうとしているのだ。

これらが大規模なBETAの反攻という形で各地に圧力をかける可能性は低くない。

このことを予測し、低軌道荷電粒子砲衛星シリウスは攻撃軌道に入り、重粒子の加速を終えているし、国連軌道艦隊はAL弾と核弾頭の再搭載を済ませている。そして容赦のない掃討戦が開始された。





「興味深いデータがとれましたね」

「まさか、向こう側からコミュニケーションをとってくるとわね……」


現在、白銀はODLの洗浄を行っており眠りについている。だが、航行記録において白銀と『あ号目標』、すなわち上位存在との対話がなされたという興味深いデータが得られた。

もちろん、凄乃皇四型が支配されたのではなく、人造衛士が搭乗する不知火・弐型うちの一機が浸食された結果であるが。凄乃皇四型の電磁投射砲は十分にあの触手を迎撃したのだ。

対話の中では、物語にある通りの事も述べられていた。

彼らが資源採掘のために作られたロボットの様なものでしかない事、彼らの創造主が珪素系生命体であること、炭素系生命体を生命と見なしていない事、上位存在が10の37乗個存在する事などがそれである。

新事実としては、彼らが超光速航行技術を所有しているらしい事や、彼らの創造主が存在するのが地球から観測可能な宇宙の遥か外側にある事が分かったことぐらいだ。

そして予め炭素系生命体が存在しうる証明とも言うべき仮説を白銀に学習させておいたので、そのことを上位存在に伝えたところ、手厳しい反論をされたようだ。

まあ、生命の起源については人間自身も全て解明できているわけではない。しかしながら、白銀の懸命の交渉の結果として、上位存在は創造主へのコンタクトを白銀に約束したという。

まあ、このあたりで交渉が決裂したらしいのだが。

上位存在は創造主からの解答が得られるまでの期間、人間との和平を提案した。条件は現状維持。ユーラシアはこのまま彼らが占拠するが、資源の採掘は和平の間これを行わない。

白銀はその期間について上位存在に質問したところ、笑えることに500年という解答が得られたらしい。どうやら、彼らの持つ超光速通信技術では母星との通信の往復にそれぐらいかかるらしい。

まあ、それで納得するほど白銀は悠長でも甘くもない。500年というのはあまりにも長すぎるし、それに人間はBETAに対して優勢となりつつあるのだ。

ユーラシアと月を明け渡すぐらいの条件でなければ割に合わないと考えた白銀と上位存在の交渉は最終的には決裂。上位存在はあえなく凄乃皇四型の荷電粒子砲によって抹消されたらしい。

そこに私情が無かったといえば嘘になるだろうが。

その後、A-01連隊は、何故か迷った挙句に母艦級の奇襲を受けて壊滅した米軍戦術機甲戦隊の代わりに『い号目標』を確保。G元素精製施設「アトリエ」と総量600tに上るG元素を接収。

さらには、射出体と我々が呼ぶフェイズ5以上の規模のハイヴが外宇宙に打ち出す射出体のサンプルすらも接収することができた。これらは凄乃皇四型によってピストン輸送され、横浜へと送られた。

数百機に上る不知火・弐型は重量になるため荷電粒子砲によって蒸発処分されたものの、いくらかの死傷者を出しながらもA-01連隊はその大半を残して無事に横浜基地に帰還した。

そして現在、情報部が『あ号目標』のリーディングデータを全力で解析しており、BETAとの対話の結果の裏付けも行われるだろう。また、研究チームはアトリエのサンプルと睨みあっている。

オルタネイティヴ第4計画はその全ての役割を達成した。







超水平線電磁投射砲についてはいくつかの対応策がとられるも、戦術次第ではまだまだ有効に働く事。BETAが低軌道荷電粒子砲衛星シリウスの前には無力である事が確定してからの対BETA戦は消化試合でしかなかった。

兵器のメンテナンスなどから年に数個程度のハイヴ攻略しか出来ないものの、10年以内には地球上から全てのハイヴが排除されることが確定する。15年もすれば月だって奪還できるかもしれない。

それは人類に大きな希望をもたらした代わりに、余裕をも与えてしまう。結果として様々な国家や民族の思惑が入り乱れることになった。

第四計画発案者である夕呼さんは即時に第四計画をオルタネイティヴ6に格上げする事を提案した。

彼女の提案する00ユニットによるBETA創造主とのコンタクトを主軸とする計画案は、遥かに強力な軍用BETAの存在が示唆されたことにより、BETAの報復を恐れる各国から理解を得る。

もはや、異星人の侵略を受けるというのはこの世界においてはSFの世界の話ではなく、十分にあり得る危機的状況であるという認識は少なくとも共有されていた。

しかし、ここでどの国が第六計画を招致するかで国連が揺れる。

宇宙での戦闘を考慮に入れる第六計画は、第五計画の移民船だけではなく、軍用BETAに対して効果が期待できるG弾の製造技術をも接収すると考えられるからだ。

さらに第六計画は軍用BETAに対抗するための兵器・戦術の研究、BETA由来技術の解析を行う事が決定的である。アメリカを始め、各国が黙っているはずがない。

このため、各国が自国への招致のためのロビー活動を展開する。

強引な米国の招致、第四計画を成功に導いた日本の業績、捲土重来を企むソ連とEU、足並みが乱れる統一中華戦線、宗教・民族問題を内部に抱える中東連合、独自の存在感を示そうとする大東亜連合とオーストラリア。

国際情勢は混沌の渦中に放り込まれた。


「ということで、鑑は夕呼さんに巻き込まれて、いろいろとやっているらしい」


権謀術数の大好きな夕呼さんは、00ユニットという反則を引き連れて各国との交渉に臨んでいるらしい。アステルも一緒に連れて行かれた。00ユニットのダミーだそうだ。

ということで、今は鈴と霞とで横浜基地の留守番を行っているという感じだ。具体的にはオリジナルハイヴから持ち帰った数多くのサンプルの調査というお仕事であるが。


「そう…ですか」

「お兄様はどうお考えになっているのですか?」

「基本的には、研究を引き継ぎたいというぐらいだな。戦争の大勢は半ば決している。アメリカが覇権を目指そうが、どうしようが構わないという所だが……」


ソ連は無いだろう。アメリカもEUも日本もそれを許さない。共産党とソ連、中華民国とアメリカが組む事は大いに考えられるが、その場合の安保理事会はどうなるのだろうか。

イギリスとフランスを含むEUは何を考えるか。国力的にも業績的にも弱いEU主体の計画とするには根拠が薄い。

なら彼らはアメリカと日本のどちらを選ぶだろう? 中東はアメリカ支持で統一されるだろうか?


「フルハウス…です」

「くそ、俺はブタだ」

「私は2ペアです……。霞、リーディングつかってないよね?」


霞はフルフルと首を振る。まあ、運がモノを言うフォルド無しの単純なルールのポーカーなので、リーディング出来ようが出来まいが関係ない勝負なのだけれども。

だいたい、賭けているのがお菓子の時点で本気の勝負ではないのである。ただし、そのルールでも霞は異様に強いのだけれど。俺は霞にお菓子を渡し、カードを切り、そして再び配っていく。


「私は帝国が引き続き行うのが良いと思うのですが」

「どうしてだ?」

「現在、ハイヴを占領下においている国は帝国しかありません。BETAの重要施設を確保する帝国で第六計画の研究がなされるべきではないかと」

「だが、アメリカがそれを許すかな? それに日本だって財政的にも苦しいだろう。鉄原ハイヴを取り除けば、西日本の復興を考えねばならないだろうしな」


加えて、第四計画がオリジナルハイヴから獲得したG元素精製機関の情報も喉から手が出るほど欲しているだろう。

彼らはG元素の独占を持って覇権をとなえるつもりだが、今やG元素を最も保有しているのは国連横浜基地、強いては日本帝国という事になっている。すると、霞がふと上の方を見た。


「……帰って来ました」

「予定より早いな」


夕呼さんを乗せたHSSTの帰還である。第四計画の成功は彼女の価値を大きく押し上げた。第六計画の総責任者に就く事は確実と言われており、この事は米国ですら覆せない状況となっている。

事実、因果律量子論を真に正確に把握しているのは香月夕呼博士ただ一人であり、00ユニットの根幹をなす理論も彼女のものだ。


「あら、何遊んでるのよ京平」

「休憩中です。で、第六計画はどうなりそうですか?」

「米国を排除するのは難しいわね。おそらく日本帝国とアメリカ合衆国の共同研究ということになるんじゃないかしら」

「帝国も入るのか」

「ええ、国連横浜基地の反応炉とあ号から接収したサンプル、佐渡島ハイヴのBETA由来施設が研究対象になるから、米国本土に誘致できないのが理由ね。とはいえ、航空宇宙技術についてはアメリカが主軸になるでしょうし、共同研究を謳う理由としては否定は難しいわね」

「最高責任者は夕呼さんのままみたいですね?」

「ええ、他の奴にはやらせないわ。少なくとも私の眼の黒いうちはね」


そうして第四計画は第五計画すらも取り込んで肥大化し、国連軍横浜基地は対BETA戦略および研究の中心地となる。

様々な思惑の元、米国から研究者が派遣され、研究区画は拡大の一途をたどる。潤沢な資金と人的資源、そしてオリジナルハイヴや佐渡島ハイヴから接収したBETA由来施設のサンプル、『あ号目標(重頭脳級)』からのリーディングデータからBETA研究は加速度的に進んでいく。

白銀は00ユニットの性能を活かして、それらの研究に協力するようになった。その容姿から霞と共にマスコットキャラクター的な扱いを受けるが、その高い能力は次第に研究者から評価を受けるようになる。

白銀は『次』のために、出来うる限りの知識を得るつもりらしい。

そして俺は、因果律量子論の検証を夕呼さんと一緒に行うほか、00ユニットへの人格移植法の改善や、観測前確率還元装置の改良、BETA技術の研究などいくつかのプロジェクトを掛け持ちしつつ、この夢を終わらす手段を模索していた。

それはとても困難で、なんのとっかかりもない、手探りの様な作業だったが、今回は十分な環境で継続して研究が可能だったのでいくつかの成果を生む事には成功した。

そして数十年の時が経つこととなる。






[36153] 白銀武の憂鬱01
Name: 矢柄◆c8fd9cb6 ID:595e31b0
Date: 2013/02/18 20:26

「………」


瞳を開ける。ここはどこだろう。視線の先には古めかしいエアーコンディショナーがあり、見慣れない天井、しかしどこか郷愁を誘う様な光景。どうやらベッドの上に寝ているようで、上体だけを起こして周囲を見渡す。どこかで見たようなポスター、アルミサッシの窓枠、木製の扉。


「ここは……自分の部屋!?」


立ちあがって見回す。簡素な学生机に、古めかしいラジカセ、マンガに教科書。それらはまるで、遠い遠い元の世界の自分の部屋を思わせる。いや、帰って来たのか? それともいままでの事は全て夢だったのか? いや、そんなはずはない。だって今、自分は……っ!?


「って、え、嘘、あれ?」


胸がある。それはいい。人間ならば胸の一つぐらいあるだろう。だが、膨らんでいる。いや、まあ、もう千年以上見慣れているから、どうでもいいといえばどうでもいいが、しかし、この場合どうなんだろうか。クレアボヤンスによる観測と、最後の記憶からして自分は再び2001年10月22日に再構成されたはずだ。だというのに、おっぱい…があります。声もそのままです。だから思わず窓を開け放って自分は叫んだ。


「なんでっ、なんで純夏のままなんですかーーー!!?」



『白銀武の憂鬱01 聖女(笑)の帰還』



「くっ、落ち着くのです自分。記憶を引き継げなかったとかよりマシじゃないですか。うん、マシだと信じたいです」


思いっきり窓を開けて一通り叫んだおかげで冷静になれた。そうだ、帰って来たのだ。自分の真の目的を、幼馴染を、鑑純夏を救うために自分はもう一度帰ってこれた。それでいいじゃないか。ストレートの長い髪をかきあげる。純夏と自分を同一視しないためにリボンを外したのはいつだったか。自分を白銀と最後まで呼んでくれたのは二人しかいなかった。癖っ毛だけはどうしても治らなかった。


「そうだ……制服をって、男子用の制服しかないですか……」


今の自分の身体は00ユニット、しかも最新型の第六世代の筐体だ。第三世代と呼ばれるものに改造された自分は、自ら死を選ぶことすら出来なくなった。300人委員会が世界を再構成させないために自殺行為を禁じるシステムを自分に導入したのがそれだ。そして第二次BETA大戦の終盤には第六世代00ユニットとして改造された。

戦略的撤退という名のオリタネイティヴ7の後、最終的には自滅という形で人類は滅び、その時にこの世界を再構成するために彼が、高島博士が俺を殺してくれた。1600年に渡った自分のあの人生は一度そこで終止符を打たれ、そして今ここに帰って来た。あの歴史を繰り返すわけにはいかない。俺は固くそんな決意をして、因果導体である事の証拠品であるゲームガイ手に取り、そして気がついた。


「ああ、こんなのは必要ないのですね。でもまあ、持っていきますか」


さて、それにしても服が問題である。今着ているのはオルタネイティヴ7の最後に着せられた戦闘用強化装備で、この時代のものとは大きく異なり、白を基調として腕や胸などに朱色を配したライダースーツのような形態をしており、目を守るバイザーを着けた状態である。私物は霞が編んでくれた白いマフラーだけだ。

この格好では少し不味いと思い、装いを変えることを思いつく。サブメモリーからこの時代の国連軍の軍服のイメージを取り出し、そして手の平を服に当てた。この手の平にはレプリケーターが内蔵されている。これは質量を材料にして、任意の物質や分子構造をもった物体を自由に複製するというものだ。自分の着ていたスーツは瞬時に分解して光の粒になった後、再構成されてC型軍装へと変化する。

単独戦力で軍用BETAをも圧倒するという目的の元作られた第六世代は、このレプリケーターによって適当な質量があれば宇宙戦艦すらも建造できるという破格の性能を持つ。まあ、それだけの技術を持ちながらも戦争に負けたのだからどうしようもないのだけれど。


「あー、襟章どうしましょうか。少尉じゃあんまり発言権なさそうですし、大佐じゃこの頃の先生と同じですか…」


ちなみに、軍人としての最高階級は大佐だった。その後、聖女とか訳の分からないモノにされて、軍人ではなくなってしまったけれど。うんそうだ、少佐ぐらいにしておこう。そういうわけで、襟章に触れると、即席の国連軍少佐が出来あがった。後はデータベースを適当にいじって、夕呼先生に何とかしてもらおう。流石に紙媒体のデータには手が出せない。


「というか、名前をどうしましょう? 白銀武じゃ通じないでしょうし、この身体。……ん、白銀の姓は捨てたくないですね。純夏、武……ああ、もう……、高島博士の娘さんの名前でいいですか。桜でいいです。白銀桜。……アイデンティティがクライシスしそうです」


そんな感じで懊悩しながら、外に出ると上半身だけの撃震が純夏の家を押しつぶしていた。自分の家もボロボロで、そして周囲も廃墟だ。廃墟になった柊町の街を歩いて国連軍横浜基地を目指す。大戦の後、国力に余裕が出てきた日本帝国は、この街を戦死者を弔うためのメモリアルパークにした。そしてオルタネイティヴ6が世界の実権を握った後は、この土地は聖地となって、記念碑などが立てられ、綺麗に整備されたのを覚えている。

衛士訓練学校のゲートに続く坂道と桜並木。こればかりは最後まで撤去されなかった。A-01連隊の戦死者の墓標でもあるこの桜並木は神聖な場所とされたのだ。確かにこの場所は大切だし、残してもらった事はありがたかったが、神聖なんていう言葉で宗教に利用されるのはあまり良い気分じゃなかった。まあ、そんな意見が言える立場でも無かったが。

だが、今はそんな感傷に浸っている場合では無い。やるべきことがあるのだ。純夏と再び出会い、彼女を救いだす。そして、人類を勝利……いや、生存の道筋を描く。そのために自分はこの時代に、この場所に戻って来たのだから。もう一度意思を強く持って足を踏み出す。

そして国連太平洋方面第11軍横浜基地が見えてきた。途中で立ち止まり、思考波によって夕呼先生と霞にコンタクトをとる。どうやら、高島博士はいないらしい。最後の会話で、もう二度と会う事はないだろうと言っていたが、それは真実になりそうだ。

第二世代以降の00ユニットのプロジェクションは出力も精度も段違いであり、能力を発言していない者とでさえ十分に会話が成り立つほどだ。そして、この距離で夕呼先生へのリーディングを同時に行い、先生と会話を行う。夕呼先生は天才というだけに、すぐにこのコミュニケーションに順応して機敏な応答をしてくる。懐かしい、とても懐かしい感覚に襲われて、涙が出そうになった。

地面に手を当てて許可証などを偽造する。データベースは既にハッキングしているので、証拠は出てこない。そうして、門兵の前に出た。そういえば、前は殴られてそのまま営倉行きだったっけなどと、ふと思い出し可笑しくなる。階級を見た門兵の二人は自分に対して敬礼をしてくる。自分も敬礼で返し、そして許可証と認識票を見せた。


「ご苦労さまです少佐殿!」

「いえ、貴方達も頑張ってください」

「おおっ」


っと、不味い。いつもの営業スマイルが出てしまった。門兵たちがびっくりしている。聖女なんて変なものを押し付けられたせいで、相手にスマイル0円を贈るのが癖になってしまっている。なんだか、色々女性化してないだろうか自分。元に戻った時大丈夫だろうか。そしてふと、恐ろしい想像をしてしまう。元の世界でも純夏のまま……、やめておこう。

そうしている内に、一人の女性、金髪の懐かしいヒト。確かイリーナ・ピアティフという名前のポーランド人の技術仕官で、夕呼先生の秘書をしていたヒトだったはずだ。


「白銀少佐ですね」

「御苦労です、ピアティフ中尉」

「申し訳ありませんが身体検査をするようにと香月博士より命令がありまして」

「わかりました。お願いします」


しまった、またスマイルしてしまった。まあ、そうして、4時間ほどの身体検査をされる。まあ、ナノマシン集合体というバカげたコンセプトの元に生み出された第六世代00ユニットの性能をこんな検査で理解する事はできないだろう。10世紀以上先の技術の粋が集められて作られているのだから。そうして、夕呼先生の執務室、なんだか酷く散らかっている部屋に通された。ああ、高島少尉がいないから片づける人がいないのか。

それでも、何といえばいいのか、ひどく懐かしい。かつてのあの日々は、いろいろと大変だったけれども、とても充実していたように思える。そうして、ようやく夕呼先生に会う事が出来た。まだ、若い頃の先生の姿だ。2001年に帰って来た事を強く意識する。


「さすがに疲れたかしら?」

「いえ、そうでもありません。前はもっと待たされましたから」

「そう」

「はい」

「貴女は……因果導体、シロガネタケルでいい……のよね?」

「そうです。本当は、ただの因果導体の白銀武として再構成されるはずだったんですけど。どうやら、前回のループで過ごした1600年という因果が思った以上に重かったみたいです」

「ナノマシン集合体として設計された第六世代00ユニット……ね。まあ、あのプロジェクションを見せられれば信じざるをえないという所かしら。異なる確率分岐世界の私が辿りついた理論は、確かに完璧だわ」

「話が早くて何よりです。鑑純夏……、純夏はこの世界にもいるんですよね」

「ええ、あの状態をいると表現できればの話だけれど」

「構いません。なぜならば!! 自分は、純夏に会いに来たんですから」

「ふうん、でも、ねぇ、どこからどう見ても、貴女、鑑純夏にしか見えないわ。背は172cmあるし、少しだけ筐体より年上に見えるけれど」

「高島博士……、友人のはからいでそういう風にしてもらいました。あんまり似すぎていると、いざ会った時に問題があるかもしれませんから。設定としては24歳ぐらいの鑑純夏でしょうか」

「元の白銀武の姿には戻れないの?」

「それが……その、何から話せばいいのか、全部話すと話が長くなるんですけど。一言で言えば、そうなれないように改造されたんです」

「なんでよ?」

「えとですね…」


そうして夕呼先生に全体の流れを説明していく。オルタネイティヴ4によりBETAの正体が判明した事、軍用BETAやBETA創造主との接触に対応するためのオルタネイティヴ6が発動した事。エリートや特権階級たちが00ユニットになり、次第に彼らが第六計画の実権を握り始めた事。人類同士の不和が積み重なって第三次世界大戦が勃発し、最終的にオルタネイティヴ6が世界を支配することになったこと。

そして、夕呼先生を聖母とする宗教がオルタネイティヴ6幹部たちによって広められた事、自分がその宗教における聖女なんていう役割を担わされた事。自分が死ぬと世界が再構成されることがバレたこと。これにより、オルタネイティヴ6最高意思決定機関300人委員会により、自殺できない機能、そして聖女として相応しい姿を維持するため、男に戻れない機能を無理やり植えつけられた事。


「笑えるんだか笑えないんだか分からない話ね……」

「笑えませんよ……。あ、あと、純夏を00ユニットにするなら手伝います。第四世代00ユニットまでなら、自分でも出来ますので」

「ところで、第六世代00ユニットっていうのは、どんな事が出来るのかしら」

「そうですね。じゃあ、00ユニットの発展に合わせて説明していきます」


第一世代00ユニットは言わずもがなである。第二世代になると、仮想臓器を利用した脳機能の維持が考案され、実際に擬似的な生体器官を用いずとも脳髄の機能を維持できるようになった。これにより多くの擬似内臓器官を別の機械に代替する事が可能になる。まず手始めとして、小型モノポール炉とODL完全浄化システム、そしてマイクロマシン製造プラントが搭載された。

この結果、第二世代00ユニットは補給・メンテナンス無しでの稼働時間が飛躍的に高まり、宇宙での活動すら可能になった事から、事実上、人間を完全に超えた存在になる。人工ODLの生成が可能となった事、そして人格移植技術の向上に伴い、第二世代00ユニットの実用化はただの人間が自らの肉体を捨て去る契機となった。

第三世代00ユニットには新たにPSIドライヴとよばれる特殊な装置と機能が搭載された。このPSIは超能力、ESP(超感覚的知覚)とPK(サイコキネシス)を複合した機能であり、大規模な人類の超能力についての調査によって明らかになったリーディングやプロジェクション以外の様々な能力を研究し、応用・強化したものだ。

この大規模な調査を可能にしたのは、第三次世界大戦の後に00ユニットによる人類支配が確立し、旧人類の人権が踏みにじられたことに起因する。たくさんの人々が人体実験の犠牲となり、そこには観測前確率還元装置、人間を観測される前の確率の霧に戻した後に、超能力を持つ可能性のある人間に変化させるといった実験も数多く行われた。

これにより、念力、電磁気力操作、重力操作、慣性操作、空間操作、熱分子力学操作、千里眼、透視、サイコメトリー、量子論的瞬間移動、物質透過、心理操作、他者の知覚能力操作、因果律量子論的未来視、過去視などの様々な能力が開発された。これらの能力を量子電導脳や様々な装置で再現したものを総称してPSIドライヴと呼ぶ。

そして、ナノマシン技術の発展により完全にメンテナンスフリーとなった第四世代00ユニットが登場する。ここで、ほぼ00ユニットとしての進化は完成に至る。00ユニットにこれ以上の能力を付与する必要性はなかったからだ。

だが、第二次BETA大戦の激化と共に、00ユニットそのものを量産化する必要に迫られる。そしてここに、擬似人格AI搭載型の00ユニットが考案された。これは高島博士の長年の研究を応用したもので、人間からの人格移植の必要無しに、従来の人間の人格パターンをランダムに組み合わせる事で、自由自在に無限の完全AIを生みだすシステムである。これにより、オリジナルの人間を要さずに00ユニットを製造することが可能になった。

この、完全AI00ユニットをもって第五世代と呼ぶ。第五世代00ユニットは第四世代の一つ格下の階級におかれ、BETA大戦の主力として投入されることになった。しかし、BETAの天文学的圧倒的な物量差の前に人類は徐々に苦境に立たされるようになる。

そして最後に、第六世代00ユニットが考案される。そのコンセプトはワンマンアーミー。単独で軍用BETAの軍団に対抗しうる能力を持った00ユニットというのがコンセプトだ。その両手には、あらゆる質量とエネルギーを別の物質やエネルギー形態に自在に変化させる事が可能な第五世代レプリケーターが搭載され、小惑星一つを最新型の宇宙戦艦の艦隊に再構成することすら可能となっている。

さらに、超光速航行機能をも搭載している他、全身がナノマシンで形成されているため、ある程度の形態変化が可能となっている。自分もそれに改造を受けたが、最後には戦うことなく殺してもらった。あの後、世界は再構成されたのだろう。高島博士は無事に元の世界へと帰れただろうか。


「まあ、こんな感じです」

「とんでもないわね……。でも、それだけの技術力がありながら、BETAには負けたのね」

「それは仕方ありませんよ。物量が違いましたから。人類の最終的な最大の版図が銀河系止まりでしたが、相手は人間が観測可能な宇宙の広さの何倍もの広さを支配してるんです。一つ一つの軍用BETAには負けませんが、結局最後までBETAの脅威はその量だったということですね。天の川銀河を埋め尽くすだけの物量には流石に敵いませんでした。でも、最大の間違いは、300人委員会がタカ派に傾いたことでしょうね」


銀河系の中心部に巣くっていた軍用BETAの排除が適った時、300人委員会の右翼会派が変な自信をつけてしまったのだ。つまり、BETAだけではなく、BETA創造主にすらも勝てるかもしれないという幻想だ。そして彼らは独自の研究を行い、そして恐るべき計画を立ててしまう。すなわち、BETA創造主の母星系の破壊である。

周到に計画された本秘密計画は、対軍用BETA兵器開発計画『RX計画』をも取り込んで、量子爆弾による星系破壊を目論んだ。そうして天の川銀河系奪還の後に完成した決戦戦闘機R-09A『アローヘッド』は量子爆弾を搭載してBETA創造主の母星系へと侵入、見事にその役割を全うした。そしてこれが終わる事の無い第二次BETA大戦の幕開けとなったのである。


「最後には負けて、オルタネイティヴ5にあやかって銀河系から逃げ出す計画が立てられました。自分はその前に死にましたが」

「壮大な馬鹿な話ね。私はなんで止めなかったのかしら?」

「いえ、先生は00ユニットにはなりませんでしたので」


生にしがみ付く愚かな人間達を嘲笑って、先生は真っ先に死んでしまった。でもそれは、結果としては正しかったのだろう。人類の二度目の黄昏を見なくて済んだのを思えば。


「あっそう。で、あんたはどうしたいの?」

「当面はオルタネイティヴ5の阻止と、オルタネイティヴ4の完遂ですね。後はまあ、BETA創造主とは平和的共存ができればと。そして、最後は純夏を幸せにしてやりたいです」

「いいわ。利害は一致している。というか、あんたがいれば、第四計画はもう成功しているって言っても過言じゃないし。それに、あんたって単独で地球上のBETA殲滅出来るでしょ?」

「あ、はい。地球だけじゃなくて、太陽系のBETAなら全部大丈夫です。でも、あんまり目立ちたくないんですよね。……色々とそういう目で見られることになりますから。それと、純夏の事なんですけど……」

「分かってるわ。手伝ってもらうから、用意しておいてね」

「はい。あの、会いに行ってもいいですか?」

「……いいけど、どうするの?」

「話をします。ESPで仮想空間ぐらいは作れるので」


夕呼先生に隣の部屋に通される。薄暗い無機質な部屋の中央には、円筒形の台に乗せられ、いくつものチューブに繋がれた青白く光るカプセル型の透明な容器があり、その中には確かに生きた意識を持っている脳髄が浮いている。そしてその傍には銀髪の兎の様な黒い耳飾りをつけた、黒い軍装を身につけた少女がいる。


「久しぶりです、いえ、初めまして…ですね」

「………」


霞は不思議そうな眼で自分を見る。自分の姿が純夏そっくりなのが理由なのかもしれない。彼女とは前回のループでは長い付き合いになった。彼女は高島博士と同様に00ユニットとなる道を選んだ。その頃の姿は今よりも大きくなっていて、もう少ししゃべるようにはなっていたが、やはり快活というよりは物静かな性格だった。最後まで自分を白銀と呼んでくれた数少ない友人だった。


「自分は白銀武です。名前を教えてもらえませんか?」

「………」

「ん……、ああ、イメージが違いすぎましたね。長い間この身体でいたので(というより霞とかに調教されきって)、昔の喋り方を忘れていました。……純夏と話す時にこれでは不味いですね。ん……、えっと、俺は白銀武だ。君の名前を、いや、知っているけど、君の声で教えて欲しい。人間関係ってのはそれではじまるんだからな」

「……霞…社霞です」

「そっか、ありがとう」


しまった、またスマイル0円をしてしまった。これはもう癖だな。しかし、この世界の霞は俺が前回会った霞よりもおとなしい、他のループで出会った霞に近い。表情や言葉が少ないというか、感情の起伏が乏しいというか、そんな感じだ。やはり、高島博士の影響はそれなりに大きかったのだろう。前回はすごく世話になった人だ。だから、高島博士の分まで今回は出来る限りの恩返しをしたい。

そして、次に脳髄を直視する。シリンダーに手を触れて、ゆっくりと彼女を見た。自分の脳髄を見られるのは純夏も望まないだろうが、今までのループで抱いた不快感はない。いままで気付いてやれなかった自責、ようやく会えた事の喜びが同時に湧きあがる。ようやく、この日を迎える事が出来た。

ESP能力を拡大する。リーディングとプロジェクションに加えいくつかの知覚操作といった能力を複合し、PSIドライヴ搭載型00ユニットの能力を最大限活用する。構築するのは純夏の肉体全て。仮想の肉体を純夏は手に入れると共に、仮想の世界をも構築する。それは校舎裏の丘。一本の木があり、瑞々しい草が覆う緑の、街を一望できるあの丘だ。

そしてその世界に自分を潜り込ませる。かつての自分の姿、本来の白銀武の肉体だ。この身体のデータはメモリに残してあるが、現実ではこの姿にはなれないので、久しぶりのこの肉体にいくらか戸惑う。そうして肉体を動かして体を慣らし、そして純夏へと近づいた。純夏はただ座ってぼーっとしており、その瞳には何も映っていないようで、視線は虚空をさまよっている。


「純夏」

「………」

「黙ってないで、なんとか言ったらどうだ?」

「………」

「俺だ、武だ。わかるだろ?」

「あ……?」

「純夏、俺の目を良く見ろ」

「う……?」


純夏の虚ろな瞳が自分を映す。同時に純夏の記憶にアクセスを開始し、彼女すら意識して思いだせない階層を展開していく。そこには、この世界における白銀武と鑑純夏の記憶が眠っている。学校の教育が変化しているので細かい性格などに多少の違いがはあるが、基本的な関係性は変わらない。幼馴染で、お節介焼き。いつも自分についてまわって、誰よりも近しい、そんな関係。

薄れた記憶の多く、断片となった記憶。これらを自分の記憶と類推で補いながら、純夏が認識できるレベルの記憶として、白昼夢を見せるように純夏に追体験、知覚させていく。そうすると、純夏が一筋の涙を流した。そして、両手で自分肩を抱きしめるようにして震え、嗚咽する。


「やだ……、やだ、タケルちゃんを取らないで……、止めて…止めてぇぇぇぇ!!!」

「純夏! 俺はここにいるから!」


純夏を抱きしめる。そして同時に隠された彼女の、BETAから受けた悪夢の様な凌辱の体験を閲覧する。その余りのおぞましさに戦慄し、BETAに対する憎しみが湧きだす。同時に彼女を守れなかった白銀武の無念さと後悔が生まれた。そして、いつのまにか純夏と一緒に自分も一緒に涙を流していた。ただ純夏を抱きしめ、彼女の名前を呼び続ける。そんな作業。

そうしていくらかの時間がたち、純夏の疲労を確認すると、少しでもいい夢を見れるように仕掛けをして、彼女を眠りへと導いた。仮想空間を解除する。目を開けると、そこには青白いシリンダーの中に浮く脳髄。自分はそのシリンダーを右手で撫でて、そしていつの間にか自分が泣いているのに気付いて、人工の涙をぬぐった。


「せめて今だけは良い夢を……。霞、いままで純夏をありがとう」

「……いえ…、初めてです。純夏さんの……温かい色は」

「ただの夢です。でもいずれは、本当の純夏に戻れるようにしてみせます。……ああ、そうだ。霞、ちょっと手伝ってもらえませんか?」

「?」


思いつく。純夏の精神的なケアは並行に行うとして、人類の戦力の底上げも同時に行わなければならない。この世界には高島博士がいないので、彼が関わったいくつかの先進技術が実用化されていない。物語では自分は新型OSの開発に携わったらしいので、それをやってみるのも良いかもしれない。


「じゃあ、夕呼先生の所に行こうか」

「……はい」


やれる事はたくさんあるだろう。タイムリミットは近いが、オルタネイティヴ4の完遂だけなら自分だけで十分に可能だ。凄乃皇弐型や四型は今の自分から見れば頼りにはならないが、それでもこの星のBETAを殲滅するだけならたいした労力にはならない。G-11と同じ性質を持つ物質もレプリケーターを用いれば生成可能であるため、燃料にも不都合はない。

もし不都合があれば凄乃皇よりも強力な兵器を作成すれば良いだけだ。まあ、あまり自分の名前が表に出ない程度に技術革新を促して行こう。そんな事を考えながら、自分は霞を連れて夕呼先生の執務室に戻った。


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仮称は桜じゃなくてノノの方が良かったですかね?


※ 『カガミ・スミカ』
分類:第六世代00ユニット
所属:オルタネイティヴ6
頭頂高:172cm(アホ毛を含めて180cm)
重量:不明
最高速度:光速以上(ワープ時)
主機:質量-エネルギー変換炉
推進機関:脚部跳躍ユニット×2/ミサイルサイロ裏ブースター×24
武装:第五世代レプリケーター/量子砲/量子ミサイル/PSIドライヴ/余剰次元格納庫
必殺技:どりるみるきぃぱんち/ふぁんとむ

・第五世代レプリケーター
観測前確率還元装置の発展型と、異なる確率分岐世界を観測する人間の脳の能力の解明によって生み出された、自在に質量を任意のエネルギー形態や物質、物体に変化させることができる装置の五世代目。
物質を観測される前の確率の霧の状態に戻し、そして無限に分岐する確率分岐世界から任意の可能性を引き当てて、任意の結果を得るというもの。
第一世代は特定の物質しか生み出せなかったが、第五世代になれば大質量を自在に操ることができるだけでなく、エネルギーそのものにも干渉する事が可能になっている。マーズゼロは死ぬ。

・量子砲
よくわからない原理で発生するエネルギービーム兵器。多分、フェイザーとかゼロポイントエネルギーとかそういうの。
惑星すら貫く威力を持ち、巡洋艦級BETAすらも一撃で屠る威力を持つ。マーズゼロは死ぬ。

・量子ミサイル
よくわからない原理で爆発するミサイル。多分、ゼロポイントエネルギーとか縮退エネルギーとかそういうの。
00ユニットが装備するのは超小型のミサイルのため、(亜光速でぶつかる500gの質量物体が持つエネルギーの威力が少ないと表現できるなら)比較的威力は少ない。
00ユニットの脚部に3重六連装8基のミサイルサイロが搭載されている。ミサイルの速度は光速の99%で誘導弾、発射速度はサイロ1つ当たり5発毎秒。マーズゼロは死ぬ。

・PSIドライヴ(サイ・ドライヴ)
00ユニットの量子電導脳に付与された超能力を運用するための機能。第六世代の彼女ならば超臨界を迎えたG弾を斥力場の中に封じ込めたり、惑星すら割ったり自在に動かす事が可能なサイコキネシスをも実現する。
マーズゼロは死ぬ。

・余剰次元格納庫
重力・空間制御技術により、余剰空間にむけて三次元空間を拡大する事で、大量の体積を00ユニットの小さな体の中に格納する事が可能になる。
カガミ・スミカは銀河系で彷徨っていた浮遊惑星(海王星相当の質量)を丸々一つオスミウムに変換して格納しており、レプリケーターを通して量子ミサイルの原材料やエネルギー源など様々に利用している。
マーズゼロは死ぬ。

・どりるみるきぃぱんち
推進機関を全開にして繰り出す必殺のぱんち。その衝撃により対象を構成する物質はシュバルツシルト半径の内側まで圧縮され、マイクロブラックホールとなり即座にホーキング放射により蒸発する。
反動はPSIドライヴによってそらしている模様。マーズゼロは死ぬ。

・ふぁんとむ
封印されし幻の左。詳細不明。余波として発生する重力波により周囲の物質は原子レベルで分解されるらしい。マーズゼロは死ぬ。

・アホ毛(アドミラル・ホーン)
第六世代00ユニットに従う無人艦隊群を指揮するためのアンテナのようなもの。現在は率いるべき軍隊がいないため、ただのアホ毛でしかない。マーズゼロは死ぬ。



※ マーズゼロ
火星のエリシウム高原にあるBETAのおっきなお家。フェイズ9。



[36153] no data
Name: 矢柄◆c8fd9cb6 ID:595e31b0
Date: 2014/08/01 21:40
改訂中。お目汚しすみません。削除すると面倒な事になるみたいなので。

いつ改定するのかと聞かれても、分からないとしか答えられないヘタレです。申し訳ないです。


<駄文>

スーパーカーボンに関する考察。
ロンズデーライトとかグラフェンの類ではないと考えた場合、電子的な共有結合だけではなく、スピントロニクスのように磁気的な要素を取り入れた素材か?
スピン関係で電子デバイス以外の、構造材に用いる応用例とかは聞いたことがないし、それで安定性が増すとかも知らないので無責任な考察だけども。




[36153] no data
Name: 矢柄◆c8fd9cb6 ID:595e31b0
Date: 2014/08/01 21:42
改訂中。



<戦術機の部隊編成>
・分隊(エレメント)…2機
戦術機が行動する際の最小単位。中尉~先任少尉が指揮を執る。例外的な状況が発生しない限り、戦術機は2機1組で任務を遂行する。

・小隊(フライト)…4機
2個分隊から編成される。中尉~先任少尉が指揮を執る。突撃前衛や迎撃後衛などのポジションは小隊単位で指定されることが多い。

・中隊(スコードロン)…12機
3個小隊から編成される。大尉~少佐級の将校が指揮を執る。戦闘陣形が効果を発揮する最少機体数のため、戦術機部隊を投入する際は中隊単位で行動することが多い。

・大隊(グループ)…36機
3個中隊から編成される。少佐~中佐級の将校が指揮を執る。大隊がひとまとまりになって行動することは少なく、それぞれの中隊が相互支援可能な距離を保って行動することがほとんどである。

・連隊(ウィング)…108機
3個大隊から編成され、中佐~大佐級の将校が指揮を執る。戦術機のみで編成される部隊としては最大の単位。戦術機甲連隊を中核に、更に戦車機甲部隊、砲撃部隊などの他部隊を固有編成することで戦術機甲師団と呼ばれる戦略単位になる。



[36153] no data
Name: 矢柄◆c8fd9cb6 ID:595e31b0
Date: 2014/08/01 21:42
改訂中。


<BETAの規模>
軍団:3万~
師団:1万~2万
旅団:3000~5000
連隊:2000~3000
大隊:300~1000
中隊:60~250
小隊:30~60

<旅団規模BETA群の構成比率>
要塞級・光線級・重光線級:1%前後
突撃級:7%
要撃級・闘士級・兵士級:15%
戦車級:45%



[36153] no data
Name: 矢柄◆c8fd9cb6 ID:595e31b0
Date: 2014/08/01 22:07
改訂中。



重光線級射程圏(小学生編。目安にはなる程度。)

地球半径r(km):6378.137
重光線級の高さh1(m):40
重光線級から見える水平線までの距離L1(km)=((r+h1/1000)^2-r^2)^(1/2)=22.58877
飛翔体Xの高度h2(m):500
この時の重光線級の射程圏L2(km)=((r+h2/1000)^2-r^2)^(1/2)+L1=102.4536
飛翔体Xの速度v(km/h):1225×2.5=3062.5 (マッハ2.5の概算)
飛翔体Xが重光線級の射程圏外縁から直上まで到達するために要する時間T(秒)=L2/(v/3600)=120.4352 (直線距離での概算なので正確ではない。)



[36153] no data
Name: 矢柄◆c8fd9cb6 ID:595e31b0
Date: 2014/08/01 22:24
改訂中。


重光線級射程圏その2(エクセルを使う頭の悪い方法)

地球の半径r(m):6378137
重光線級の高さh1(m):40
飛翔体Xの高度h2(m):500
射程圏L1(m)=((r+h1)^2-r^2)^(1/2)+((r+h2)^2-r^2)^(1/2)=102453.5752
飛翔体Xと重光線直上までの距離L2(m)=(r+h2)×ASIN((((r+h2)^2-(((r+h1)^2+(r+h2)^2-L^2)/(2×(r+h1)))^2)^(1/2))/(r+h2))=102457.3384
飛翔体Xの速度v(m/s)=340×2.5=850
到達時間t(s)=L2/v=120.538

あってるのか? 誰かもっとスマートに弾きだしてください。



[36153] no data
Name: 矢柄◆c8fd9cb6 ID:595e31b0
Date: 2014/08/01 22:44
改訂中。




レーザーに関するどうでもいい計算。レーザーの射程の簡易計算的な。
波長λ(nm):800
焦点距離L(km):1
ビーム径r(mm):10
スポット径(mm)=(4/pi)×λ×L/r=101.859



[36153] no data
Name: 矢柄◆c8fd9cb6 ID:595e31b0
Date: 2014/08/01 23:49
改訂中。




弾道計算

速度v(m/s):2500
射出角度a:45°
射出高度h(m):100
質量m(kg):100
地球の半径r(m):6378137
地球の質量M(kg):5.9736×10^24
万有引力定数G:6.67384×10^(-11)

角運動量L=v×m×(r+h)
エネルギーE=(1/2)×m×v^2-m×G×M/(r+h)
長径r_max=((-1)×m×G×M-(((m×G×M)^2+4×E×L^2/(2×m))^(1/2)))/(2×E)
短径r_min=((-1)×m×G×M+(((m×G×M)^2+4×E×L^2/(2×m))^(1/2)))/(2×E)
θ1=ARCTAN(r_min×SIN(180-2×a)/(r+h-COS(180-2×a)))
焦点間の距離2c=(r+h)×COSθ1-((r_max+r_min-r-h)^2-((r+h)×SINθ1)^2)^(1/2)
θ2=ARCCOS((r^2-(r_max+r_min-r)^2+2c^2)/(2×2c×r))

到達高度(m)=h+(v×SINa)^2/(2×G×M/r^2)=159539.4487
着地速度(m/s)=((E+m×G×M/r)×2/m)^(1/2)=2500.391961
飛距離(km)=(θ1×(r+h)+θ2×r)×2×Pi/(1000×360)=670.83


合ってるかはしらん。






[36153] no data
Name: 矢柄◆c8fd9cb6 ID:595e31b0
Date: 2014/08/02 00:11
改訂中。


フライホイール型蓄電システムについて

ホイールの半径r(m):0.5
密度ρ(kg/m^3)=2500
回転速度v(m/s)=100
Pi=3.14159265

回転速度ω(rad/s)=v/r

回転エネルギーE(kJ)=4×Pi×ρ×(ω^2)×(r^5)/(15×1000)=2618




[36153] no data
Name: 矢柄◆c8fd9cb6 ID:595e31b0
Date: 2014/08/02 00:33
改訂中。

<帝国近衛軍>
紫(将軍)・青(五 摂家)・赤(五摂家に近い有力武家)・山吹(譜代武家)・白(武家)・黒(武家以外の一般衛士 )


<白銀武を元の世界に戻す装置の概要らしきもの>
超電導物質によって作られたコイルに莫大な電流を流すと、未来から過去に流れる特殊な電波(先進波)が発生する。
通常この電波は微弱なためすぐに消滅するが、複数同時に発生させて共鳴させれば増幅が可能になる。この増幅された電波に触れた物質は波動関数…


<G-11の量>
横浜ハイヴで回収された量が400kg、米軍が降着ユニットから接収したのが2t


<星の珊瑚(オリジナル設定あるいは旧オリジナル設定)>
原作では『珪素を基質とし、自己増殖、自己保存する散逸構造』と表現されるケイ素系生命体。
本SSでは神経ネットワークを持つサンゴのような多孔質の形態のキロメートル単位の大きさを持つ巨大な知的生命体としている。
多孔質の体内に寄生する様々な生物の遺伝子を組み替えて、自らの手足として利用する生態を持ち、これにより人類とは異なった文明を築くに至った。
BETA創造主である。

<淘汰圧(オリジナル設定あるいは旧オリジナル設定)>
G弾の影響を受け、世界を超えて影響力を持つに至った無数の確率分岐世界のBETA被害者たちの意識が混濁したもの。集合体。鑑純夏の成れの果て。
BETAに対する憎しみのみが先鋭化し、あらゆる確率分岐世界のBETA創造主を滅ぼす淘汰圧として機能するに至った。
極めて間接的な手法により、緩慢かつ不可避の滅びをBETA創造主にもたらすが、BETA創造主はこれに抗うため、生き残りをかけて形振り構わない全宇宙における資源回収事業を開始する。
どちらが先でどちらが後かなどの議論は無意味と化し、BETA創造主は人類を滅ぼし続け、淘汰圧はBETA創造主を滅ぼし続ける。

主人公が目的を達するにはこの淘汰圧をどうにかしなければならない。





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