4月9日
俺、片霧秀は8年間過ごしてきた街と別れて、新しい街で生活することになった。
それは突然のことで、母が仕事の都合上アメリカで二年間住み込みで働くことになって、俺も一緒にアメリカの学校に転校するのかと思った。
が、母が自分の息子をいきなり海外の学校へ行かせるのも抵抗があるので、俺は四歳年上の従姉妹が働いているところでお世話になることに。
―――いや、俺がアイツをお世話する感じになるとおもうのだが。
いきなりの転校で驚きはしたが、別に前の街に特別な思い入れがあるわけでもないので、辛い思いをしないで前の街と別れた。
俺がこれから住む稲羽市は、最寄りの都市から電車で乗り継いでも三時間という土地柄で、通勤圏からも産業地としても外円にあり、大型の道路網も国道の市の南部に300メートルかすめる程度・・・と、ネットで事前に調べた知識がこれだ。
実際、八年前、前にいた街に住む前にワケがあって母と一緒に従姉弟の家で二ヶ月間住んだことがあるが、本当になにもない場所だと感じた。
たしか、当時の俺はなにもなくて退屈だったから家で伯母さんの手伝いをしていたんだっけ。
多分、今の俺もここになにもなくて退屈だと感じるだろう。
やがて電車が八十稲羽駅に止まり、俺は電車から降りた。
長いこと電車に揺られていたせいか若干気持ちが悪い。
しかし、電車から降りると、都会の濁った空気とは全然違う田舎特有の澄み切った空気を感じ、すぐに立ち直ることができた。
四月なので普通に温かいというわけでもなく、涼しげな風が吹いている。
駅のホームをぬけて改札口へ行くと、駅の内装・・・いや建物自体が変わったことに気づく。
―――そういえば、俺が稲羽市をでてから駅が改装されたって言っていたな。
外にでると八年前と変わった場所があって少し驚いた。
バスターミナルができていたのだ。
そして振り向いていたら、面影は残っているが八年前とは違う駅の外見がそこにあった。
「八年もすれば変わるもんなんだな」
ふいにそんなガラでもないことを口から漏らしてしまう。
なに、ジジババみたいなこと言ってんだよ俺は。
駅についたら従姉弟の布袋結菜が待っているはずだが、どうせアイツのことだし遅刻してくるだろう。
それまでベンチに座ってウォークマンで好きな音楽を聞くことにした。
―――しばらく会っていなくてもヤツは人を待たせるのが得意らしい。
ベンチに座ってから一時間も経った。
最初は10~20分は待つと覚悟をしていたが、ここまで待たせるのか!?
何もすることがなく、ベンチに座ってほおけていると見知らぬ他人に声をかけられた。
「キミ、さっきからずっとそこに座っているけど誰か待っているんですか?」
「待っていちゃ悪いのか?」
「いや、そんなことはないですよ」
どこか頼りなさそうな雰囲気を出している男だ。
でも、俺はこの男の顔をどこかで見たような気がする。
「私は生田目といって、この稲羽市の市長です」
「ああ、そういうこと」
俺は自分だけ納得してそんな声を漏らしていた。
見覚えがあると思ったら、ここの市長だったのか。
おおよそ、結菜の家に住んでたときのニュースやなんかで見たんだろう。
でも、なんでこんな場所に市長がいるんだ?
俺はその疑問をそのまま口にして彼に聞いてみた。
すると彼はこう答えた。
「ああ、ここは私の大切な場所なんです。市長になる前によくここで演説をしていました。それで、こうして考えが行き詰った時によくここにくるんですよ。まあ、駅は当時と全然違う形になりましたけどね」
「大切な場所・・・・・・ね」
「そういえば、見かけない制服ですね。もしかして、どこかの街から転校してきたんですか?」
「ん、ああ」
生田目という男は俺の隣に座る。
そして、そのまま俺にいろいろ質問してきた。
他人に自分のことを話す義理もないので、確信に触れた答えは言わなかった。
といっても、質問してくる内容はこの街に来ての感想とか、そういう街の事に関しての内容ばかりだった。
さすが市長というべきなのか、街のことだけ考えている単純バカというべきなのか。
「やはり、都会と違って田舎はなにもないですよね」
「まあ、たしかにな。でも、都会にはなくて田舎だったらあるものとかあるだろ?」
「例えば?」
「・・・・・・知らねぇよ」
「まあ、ここに来たばかりだから仕方ありませんね」
言われて、少し自分が言ったことに後悔してしまう。
この男は、年下に対しても言葉遣いが丁寧語だったり、なんか弱々しい雰囲気といい
どうも一緒にいると調子がくるう。
まあ、市長という役職だからそうなったかもしれないけど。
やがて、生田目は立ち上がって俺に浅く一礼をした。
「私は仕事にもどるよ。こんな長い話に付き合っていてありがとう」
「いや、俺も暇だから。いい時間つぶしになった」
「それじゃ、また会えたら。早く新しい友達を作ったほうがいいですよ」
そう言って生田目は立ち去ろうとするが、一回振り返って・・・・・・
「言い忘れていたよ・・・・・・この街にようこそ」
そんなことを言い残していった。
やがて、生田目の姿が見えなくなると俺は空を見上げた。
―――友達ね。
別れる際に発せられた生田目の言葉が脳裏によぎる。
転校する前の住んでいた街にそう自信を持って呼べる人物はいなかったし、つくる気にもならなかった。
友達なんかいらない。といえば、中学二年生の気持ちを捨てられないヤツらと同じに聞こえてしまうだろう。
だが、それでも俺はそういう存在はいらないと感じている。
大抵のことは俺が一人で片付けてしまうし、一人でいても寂しいという感情は芽生えない。むしろ充実感を感じるくらいだ。
そのことを喋ればメンドくさいことが起きるから、心の中に本心を締まってるだけ。
やがて、待っていた人物が車に乗って現れた。
一時間半の遅刻。
本当にどういう神経しているんだ。あの女は・・・
「ごっめーん、待たせた?」
「おい」
俺はできるだけイラついているアピールしながら彼女を睨んだ。
だが楽天的な彼女はマイペースで言い訳をする。
「そんな怖い顔で睨まないでよ。急な呼び出しだし仕方ないじゃん!」
「・・・・・・まあいい。さっさと行くぞ」
まあ、そこまで怒る内容じゃないし。
仕事が理由なのにいつまでもイラついているというのは、なんか大人気ないから彼女を許すことにした。
「その上から目線、まだ治ってないんだね」
―――余計なお世話だ。
この大声で五月蝿い女が従姉弟の布袋結菜。
沖奈市にある服屋【CROCO*FUR】という場所でバイトしながら、たまにモデルや俳優の衣装をデザインしたりしている。
正直、彼女がデザインする衣装は万人受けするし、従姉弟の立場である俺でもセンスがあると思える。
人を褒めるのは柄でもないけどな。
俺は彼女の車の助手席に乗った。
結菜は楽しげな表情を浮かべて車を発進させた。