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[36294] こんなNARUTOは嫌だ
Name: さば◆cc5fc49e ID:f15c353b
Date: 2013/02/24 01:08
 その少年には、両親というものがいなかった。
 少年が持つ金髪蒼眼の風貌は、両親のどちらかから受け継いだものなのだが、知る由は無かった。
 物心がついた頃には、少年は自身が周囲の大人たちから疎まれている事を知る。しかし少年には、なぜ自身が疎まれるのか、その理由はわからなかった。陰口を叩かれたり、後ろ指を指されたりするのはまだ可愛い方で、ひどい時には暴力を振るわれるようにもなっていた。『化け物め!』という、罵声とともに。

 最初は自身の風貌が大人達をそうさせているのかと思ったが、里には金髪なんてざらにいるし、自分より妙な見てくれの人間だってたくさんいる。ある時、来る日も来る日も続く差別の毎日に我慢の限界を超えた少年は、泣きじゃくりながら大人達に理由を聞いた。しかし、少年が理由を聞くと大人達は途端に罵っていた口を閉ざしてしまう。少年はいわれのない暴力の理由を知ることはできなかった。
 大人達がこのような具合なので、周りの子供達も同じようになってしまう。子供は思っている以上に人を見ているのだ。木の葉隠れという少年の故郷に、彼の居場所は無くなりつつあった。

 他の子供達と同じように遊んだり、大人に甘えてみたいと少年は夢を見ていた。少年は白い目で見てくる大人達に媚びたりへつらったり、時には悪戯をしたりと、『構ってもらうため』の努力を続けたが、少年の望む結果を得る事はできなかった。
 そんな絶望的な毎日が続くなか、少年は日頃から意地悪をしてくる大人達を黙らせる事ができる方法を知る。
 それは、『金』であった。
 少年が『金』を持って里の商店にいけば、大人達は嫌悪感を出しながらも一応の対応はしてくれた。大好きなラーメンを食べる事だってできた。その事を知って以来、少年が『金』に対して異常な執着を持つようになったのは、言うまでもない。
 誹謗中傷と暴力の日々の中に『金』という希望を見つけてしまった少年、うずまきナルト。生来は明朗で活発であったはずのナルトの精神が崩壊するのは、簡単であった。



 金に異常な執着を示す少年ナルトは、相変わらず続く里での差別の日々をしぶとく生き抜き、他の子供達と同じようにアカデミーへ入学する年を向かえた。『金』を唯一の拠り所とするナルトにとって、アカデミーで学ぶ忍術は眼中になく、入学してもお金の事ばかり考えていたので一年は落第してしまった。里での差別に耐え抜いたナルトの精神は予想以上に逞しくなってしまい、周囲からは『落ちこぼれ』と目されようと気にもとめず、相変わらずお金の事ばかりを考えていた。
 ナルトは『効率良くお金を得るには、他人を出し抜く必要がある』という、自論をもっていた。これは、幼少より虐げられてきたナルトの歪みきった精神がはじき出した、危うい答えである。正解かどうかは別として、ナルトは他人を出し抜く為、先生や同級生達の前では悪戯や失敗を繰り返し『ドジでマヌケな落ちこぼれ』を演じ続けていた。しかし、その内面は『蛇』であった。

 ナルトの留年が無事に決まった頃、木の葉隠れの里は新しい春の季節を迎えた。森では小鳥達が自慢の喉をここぞとばかりに披露しあい、表では盛りのついた猫達がけたたましい鳴き声を方々であげている。この春に新入生となる子供達は、アカデミーでの新しい生活に期待と不安の心を躍らせていた。

 そしてナルトは、里の外れで数人の子供達を前に、腕を組んで立っている。

「……お前ら、ちょっとジャンプしてみろってばよ」

「…………」

 つい先刻、ナルトは『アカデミー入学前の子供に対するカツアゲ』という、道徳的に最低とされる荒業をやってのけたばかりであった。そして今、ナルトは子供達が隠し持つ小遣いを、更に巻き上げようとしている最中である。ナルトの前に整列させられている子供達のなかには、目に涙を浮かべている子もいた。

「ジャンプしろって言ってんだってば!」

「……!」

 ナルトの怒号が響く。怯えきった子供達は言われるがまま、一斉にその場でジャンプした。

「あれぇ~?今、チャリンって音がしたぞぉ~?」

 研ぎ澄まされたナルトの聴覚が、子供達のポケットの中から鳴ったごくごく小さな金属音を捕える。ナルトは獲物を見つけた蛇のように、舌なめずりをしながら音が鳴った方向へと向かっていく。

「おっかしいなぁ~、さっきお前、『もう持ってないぞコレ』とか言ってなかったっけぇ~?」

 ナルトが近づいた子供は、五代目火影の孫に当たる人物、木の葉丸であった。子供達がナルトにカツアゲされるきっかけになったのは、木の葉丸が里では落ちこぼれ忍者と有名だったナルトを見かけ、侮辱した事に始まる。ナルトは、最初は他愛のないガキ同士のケンカのように木の葉丸達を追い駆け回し、里の外れの方へとうまく誘導していた。そして、人気のないところで木の葉丸達を捕獲すると、態度を豹変させてカツアゲを敢行していたのである。

「持ってないのに持ってる……どういう事なんだってばぁ?コレェ!?」

 ナルトは木の葉丸の髪を掴むと、前後に激しく揺さぶった。
 木の葉丸は火影の孫という事で、周囲の大人達からは箸も持たせないような扱いを受けてきた。年端もいかない木の葉丸に媚び、へつらってきたのは、いつも大人達の方であった。ナルトとは対照的な人生を送ってきた木の葉丸は、生まれて初めて媚びへつらわない人間に遭遇した。それどころか、恐喝されている。木の葉丸は激しく揺さぶられながら、人生で初めてとなる年上からの恐怖というものを味わっていた。

「つまりぃ~、この金は『お前の物じゃあ無い』って事なんだってば?……なら俺がありがたく貰っとくんだってばよ!」

 ナルトは揺さぶっていた木の葉丸を突き飛ばすと、辺りに落ちた小銭を素早く回収して懐へと収めた。そして、カツアゲした子供達の前からそそくさと姿を消す。その後ろ姿は子悪党と呼ぶにふさわしい小さな背中だったが、木の葉丸の目には何故だか異様に大きく見えていた。 
 火影の孫という事で、何かしらの恩を売って将来の利益に繋げようとするのが普通だが、目先の小利にこだわるのがこのナルトであった。

 金の為なら魂すら売り得る『金の亡者』
 うずまきナルト

 木の葉の里に、一人の化け物が産れた。
 ……いや、化け物はもう一人。 



[36294] こんなNARUTOは嫌だ2~もう一人の化け物~
Name: さば◆cc5fc49e ID:f15c353b
Date: 2012/12/27 04:07
 木の葉隠れの名門、うちは一族。血で血を洗う壮絶な歴史を持つこの一族のなかに、うちはサスケは産れた。
 サスケは名門の血を引くというだけあって、幼い頃から随所にその片鱗をのぞかせてはいたが、数多く存在した木の葉の英雄達と比べれば、ごく普通の少年と言えた。ただ一つ、人一倍性欲が強かった事を除いて。
 しかし、年若く幼い少年サスケが自身の異常な性欲に気づくのは、まだまだ先の話であった。

 厳格な父と優しい母、そして強く優しい自慢の兄に囲まれ、サスケは木の葉隠れですくすくと育った。何不自由無い、誰もが羨むような環境であったが、その恵まれた環境での生活は、突然の終わりを遂げる事となる。
 あの、忌まわしい事件をきっかけに……

 その事件とは、実の兄であるうちはイタチが、うちは一族を皆殺しにするという凶行に及んだのだ。
 どういう訳か兄の凶刃から逃され、一族でたった一人生き延びたサスケは、実の兄の手によって愛する両親、親戚、友人知人の全てをを失い、文字通り一人ぼっちとなってしまう。
 この時にまだ年端もいかない少年だったサスケが受けた心の傷は、いかばかりであろうか。

 全てを失ってしまったサスケは、事件から直後は抜け殻のようになてしまい、誰とも喋ろうともせず、誰もいなくなってしまったうちはの集落をただただ遠い目をしながら眺め続けるという毎日を送っていた。
 そんなある日、うちは一族と多少関わりがあった里の大人が、サスケを川釣りに誘う。生きているのに死人のような生活を続けるサスケを心配し、気晴らしにでもなればとサスケに声をかけたのだ。

 そして、サスケが生まれて初めて性的な興奮を覚えたのは、この川釣りに出かけた時の事であった。
 里に流れる川沿いに腰を下ろし、言われるがまま針に餌を付け、釣り糸を垂れる。当の本人に釣る気が全くないため、釣れる訳がなかった。ただ時間だけが過ぎていき、サスケは遠い目をしたままウキをじいっと眺めていた。
 一向に釣れる気配のないサスケのウキは、アタリを掴む事はなく時折吹く風に揺られてフラフラと川面に漂っている。春の心地よい風がサスケの頬をなでた。風に流されるように、サスケはずっと見つめていたウキから眼を離し、後方の土手沿いに顔を向けた。
 春ののどかな日差しの中、乳母車に赤ん坊を乗せた女性が土手沿いを散歩している。
 年の頃は二十代後半といったところだろうか、その女性は里のくのいちであると思われ、忍び装束を身に纏っている。
 いつものような、木の葉隠れの平和な風景の一部。

 くのいちの衣装は数多くの種類があり、木の葉隠れの里内においても様々なブランドが存在し、消費者のニーズに答えている。その中には、昨今の流行なども取り入れ、機動性を重視してか肌の露出が比較的高くなっているものもある。土手沿いを赤ん坊と散歩している女性の服装は、まさにそれであった。
 
 サスケが腰を下ろしている川沿いと、人妻が散歩している土手沿いは、絶好の角度をなしていた。
 歩くたびにゆらゆらと揺れる人妻の下腹部に、サスケの眼差しは釘づけとなった。
 人妻が乳母車を押しながらゆっくりと歩を進めると、露出の高い下半身から覗いている女性の下着が、見えそうで見えない。
  『逆光』というやつであろうか。
 春の日差しが仇となり、人妻の下着の色まではサスケが一族から受け継いだ無駄に良い眼を持ってしても、捉える事はできなかった。
 しかし、鍛えられたくのいちの美しい足のラインと無駄な肉の無い尻の形は、日差しの影から鮮明にサスケの目に映し出されていた。

 釣る気のなかったサスケのウキが、水中に引き込まれる。かなりの大物なのか、竿を握るサスケの手にも振動が伝わってきたが、サスケは人妻の尻から目を離す事はなかった。
 一族を失い、絶望の淵に立たされ、死んだ目をしていたサスケの目に、みるみるうちに生気が蘇ってくる。
 人妻の下半身を土手下から覗いたサスケは、全身が雷でうたれた後に熱湯を浴びせられたかのような衝撃を痛感していた。

 「オイッ!サスケ!引いてる、引いてるぞっ!どこ見てんだお前!」

 猛烈な引きに、サスケを釣りに誘ってくれた男が気づく。たまらずサスケに声をかけるが、、サスケの目がウキに戻る事は無かった。

「……すみません。用事を思い出しました……今日は、帰ります!」

「待てサスケ!こいつはでかいぞかなりっ!おい、待て!どこに行くっ!」

 男の必死の呼び止めも聞かず、サスケは握っていた竿から手を放すと一目散に駆けだした。
 人妻の方ではなく、誰もいなくなったうちはの集落を目指して。

 無我夢中で駆けている最中、サスケは自身の下腹部に違和感を感じていた。人生で初の、性的な興奮である。
 かなりの前傾姿勢をとりながら、里内を駆け抜けた。

 「おっサスケ君、修行かい?負けるんじゃないよ」

 気の良い里の人間が、必死に走るサスケの姿を見て声をかける。
 忍者は前傾姿勢で走る事が多い。生理的な問題により前傾姿勢で走らざるをえなくなっているサスケの姿を見ても、誰も不振がる事は無かった。
『理由はよく分からないが、うちはの坊っちゃんが少し元気になったみたいだ』という印象を、すれ違う里の人々に残しつつ。

 前傾姿勢を保ちつつ全力疾走していたサスケは、瞬く間にうちはの集落へと入り、自宅へと到着した。
 誰もいなくなってしまった、うちはの集落。今はサスケ、ただ一人。
 サスケは乱れた呼吸を整えることなく、家の中に入ると真っ直ぐに自室へと向かった。
 やる事は、ひとつだった。



 

 サスケは川で生まれて初めての性的興奮を知って以来、何かに取りつかれたかのように自慰に耽るようになってしまった。
 愛する者を失ってぽっかりと空いてしまい、抜け殻となっていたサスケの心を埋めたのは、まさしく自慰という行為であった。
 兄への復讐と一族の再興を誓うはずだった少年の精神が、性欲という生物の繁殖本能により『一族の再興』の一点にのみ、傾倒してしまった瞬間である。
 一般的に自慰を覚えた少年は罪悪感も感じるというが、サスケに罪悪感は全く残らなかった。
 サスケにとっての自慰とは、一族を再興するための修行のようなものであり、事をした後のサスケに残ったのは圧倒的な快感と開放感だけだった。

 父親譲りの生真面目な性格が災いしてか、あの事件によりサスケの心に残された『一族の再興』という信念が、サスケの性欲に拍車をかけている。それこそナニを覚えたての猿のように、サスケの性的欲求は止まる事を知らず、死人のようだった生活は一変して自慰に耽る日々を過ごすようになった。

 サスケに近い周囲の大人達は、以前よりサスケの目に生気が蘇った事を素直に喜んでいた。日増しに頬の肉が削げ、目の下にクマができるようになっていくサスケの様子を心配する声もあったが、『何か重大な目的を果たすために、凄い修行でもしているんだろう』という結論に落ち着いた。



 そんなある日、自慰に耽る日々を送っていたサスケに転機が訪れる。ちょうど、アカデミー内のクノイチはあらかた制覇し、そろそろ部外に目を向けようかという頃であった。

「お前、昨日、抜いただろ!」

「ばかっ!やってねぇよぶっ殺すぞてめぇ!」

「手がイカくせぇんだよ!」

 一日の授業が終わった後のアカデミーの教室内、年頃を迎えた男子生徒の数人がその手の話で盛り上がっている。
 サスケは盛り上がっている男子を遠巻きに、椅子に座って頬杖をついた姿勢で窓の外を見つめている。大きな声では言えないが、性鬼と化したサスケはこの時間帯にはいつもこうして下校していくクノイチを観察し、今夜のおかずを物色していたのだ。
 目は窓の外に向けながらも、聞き耳はしっかりと立てている。

「お前、知ってっか?あんまり抜きすぎるとどうなるか」

「ど、どうなるんだよ……」

「普通はさ、白いのが出てくるだろ?」

「うん」

「調子こいて抜きまくってるとな、赤い玉が出てくんだってよ!」

「…………ホントかよぉ、ソレ」

「ホントだって!兄ちゃんが言ってたから間違いねぇ!」

「で、どうなんの?その赤玉が出ちゃうと」

「赤玉が出たらな、『打ち止め』って事らしい……なんでもその赤玉が出ちゃったら、二度と子供とかつくれねえんだと」

「……!!!」
 
「うおっ!どうしたサスケ、急に立ち上がって」

 男子生徒が熱心に話していた『赤玉』の話は、医学的な根拠は何も無い里伝説と言われる類のよくある話であった。
 しかし、一族の再興を信念とし、自慰を生きがいとしていたサスケにトラウマともなる衝撃を与えるには、充分であった。

 サスケは焦った。果たして己の限界はいつなのだろうか、残弾は残されているのだろうか、と。
 そして、これまでの自身の軽率な行動を、心底悔やんだ。子供が作れなくなってしまったら、一族の再興という夢は途絶えてしまう。

 (……これ以上、無駄にする訳にはいかない)

 サスケは一族の再興のため、禁欲の生活に入る事を誓う。しかしそれは、サスケにとって並大抵の事ではなかった。

 時間と場所を選ばない己の下半身を如何にして鎮めるか。問題の焦点はそこに尽きた。
 そしてサスケは自身の股間が要求を訴えるたびに、厳しい修行を課すという解決策を導き出す。
 それからというもの、サスケは股間が隆起するたびに肉体を苛め、チャクラを練った。
 時と場所を選ばないため、授業中はもちろん、登下校時や帰宅後、気が付けば二十四時間の大半をサスケは修行して過ごすようになり、里のあちらこちらでは黙々と修行に励むサスケの姿があった。


 行動が変われば、当然周囲の評価も変わってくる。
 サスケに対し『影のあるクールなイケメン』であった同級生達の評価は『修行好きな人』又は『ドM』へと変化し、周囲の大人達やアカデミーの教師は以前より遥かにサスケの目が生気に満ちてきた事と、優れなかった顔色が良くなってきた事を素直に喜んだ。しかし、過酷な修行に励むあまり、いつもボロボロとなっているサスケを心配する声もあったが、結局『何か重大な目的を果たすために、凄い修行をするのだろう』という結論に落ち着いた。



 性的興奮を覚えるたびに、少年は自らの肉体と精神を苛め、鍛えた。すべては、一族の再興のために。
 人一倍の性欲を持った少年が、その性欲を努力という形に昇華させたらどうなるであろうか。
 波のように押し寄せる生理的な欲望を、ただ修行する事によってのみ押さえつけたとしたら。
 見ているだけで気が狂いそうになる過酷な修行を、幾日も幾日も続けていったとしたら。
 それは、まぎれもない『天才』の誕生であった。
 


 木の葉が産んだ、もう一人の化け物
 『性欲の塊』改め『狂気の天才』

 うちはサスケ



[36294] こんなNARUTOは嫌だ3
Name: さば◆cc5fc49e ID:f15c353b
Date: 2013/01/01 22:00
 木の葉を照らしていた太陽が赤い夕日へと変わり、里を囲んでいる山の中へと吸い込まれていく。数羽の烏の鳴き声とアカデミーの鐘の音が、木の葉の一日がもうすぐ終わろうとしている事を知らせている。
 アカデミーの生徒達は授業を終えると、それぞれの家族が待つ家へと帰り始める。気心の知れた者同士で集まっては道草をしたり、おしゃべりをしたりと、忍者という過酷な道に進む前の生徒たちはまだ甘える事の許される学生生活を送っていた。

 誰もいなくなった教室の中に、ナルトは一人残って窓の外を眺めていた。
 窓の外には楽しげに語らいながら帰宅していく生徒達の姿がみえる。彼らを待っているのは、暖かい家庭だ。きっと、きょう一日の出来事を家族に話し、母の美味しい手料理を食べ、家庭のぬくもりのなか暖かい布団で眠り、一日を終えるのだろう。

 ナルトの目は自然と落ちていく夕日へと向かう。
 しかし、ナルトは自分よりはるかに恵まれた環境にいる同級生達を羨んだり、落ちていく夕日に孤独となった我が身を重ね合わせてセンチメンタルな気分に浸る、なんて事は全くなかった。
 ただ、落ちていく夕日を凝視しながら、誰もいない教室のなかで静かに一人言をつぶやく。

「……あの夕日…………うちは煎餅に似てるんだってばよ」

 うちは煎餅とは、その名の通りうちは一族が専売していた焼き菓子の名称である。里の米と水、秘伝のタレ、そしてうちは一族伝統の火を使って焼き上げた、里の名物にもなった美味しい焼き菓子である。
 その声名は近隣諸国にも広まり、お歳暮時には数多くの発注が舞い込んできたらしい。
 しかし、あの事件をきっかけにうちは煎餅を作る者はいなくなってしまった。

「……もったいないってばよ……ここで終わらせるには、あまりにも」

 沈んでいく夕日を銘菓うちは煎餅になぞらえながら、ナルトの独白は続く。

 (作る者はいなくなってしまったが、うちはの集落にはまだ秘伝のタレや煎餅のレシピが残されているはずだ)

 金こそが正義であるナルトにとっては、作る者がいなくなったうちは煎餅の利権を見過ごせる訳がなかった。
 一族伝統の火はこの世から消えてしまい、味は数段落ちるかもしれないが、うちは煎餅の消失を悲しむ声も多いはず。タレやそのレシピさえ手に入れる事ができれば、うちは煎餅にはまだまだ充分な収益を得る可能性が含まれていた。

 ナルトの脳裏に、アカデミーで同じクラスの、ある同級生の顔がよぎる。里全体が大騒ぎとなった、あの事件により一族でただ一人の生き残りとなった少年。
 事件直後は生き残った自らも死んだかのようになり、しばらくすると周囲の者が心配になるほど日に日にやつれ始め、最近は狂ったかのように時と場所を選ばず修行を始めるようになった奇妙な同級生、うちはサスケ。

 この奇妙な同級生であるサスケに対し、ナルトはある種の恐怖感を抱いていた。
 サスケが普段何気なくナルトを見る目には、里に住む多くの者がナルトを見ているのと同じく、偏見が含まれた目でみていたかもしれない。しかし、ナルトは産れた時よりこの偏見と差別に晒されて生きてきたので、別に気にするような事はなかった。かといって、サスケから日常的な迫害を加えられた訳でもない。
 何に対して恐怖していたのかというと、ナルトはサスケの日頃の無表情さに、強い警戒心とともに恐怖していたのだ。

 ナルトはアカデミーの内外で、よく悪戯や失敗を演じる。皆、ナルトの悪戯や失敗に対しては、笑ったり、怒ったり、侮辱したりと、ナルトの望む反応を示した。
 しかし、サスケという奇妙な少年だけは、ナルトのいかなる道化に対しても、全くの無反応なのであった。
 多くの里の人間を道化によって欺いてきたナルトにとって、いかなる手を尽くしても道化が通じなかったサスケという少年は、自らが演じてきた道化そのものを見透かされているような気がしてならなかった。

 アカデミーで徴収される教材代等の学費が無くなったり備品が紛失した際、まっさきに疑われるのはナルトであった。実際、ナルトは大事にならない程度を見てアカデミーから様々な物を盗んではいた。
 そういった場合、ナルトは持ち前の道化を演じる事により、『馬鹿だけどそんな事をする少年ではない』という印象を一部の生徒や教師たちに印象づけ、ナルト自身の不幸な境遇というのも彼に有利に働き、いくつもの無罪を勝ち取ってきたのだ。
 そういった道化が全く通じていなさそうなサスケは、ナルトにとっては、いつ自身の道化が皆の前で糾弾されてもおかしくない存在であった。もし、そんな事が大勢に知れ渡れば、ナルトが今日まで築き上げてきたものが、一気に崩壊してしまう事を意味する。
 道化を演じるたびに自尊心や誇りといったものを少しづつ失っていき、日々の屈辱に耐えながら形成してきたものが、サスケの告発により水の泡となってしまう可能性があるのだ。その可能性に怯えながら、ナルトは道化を演じなければいけなかった。
 
 サスケ本人はナルトの本性を知っている訳でもなく、ナルトが道化を演じている間は、何か別の事を考えていただけなのであった。
 しかし、ナルトにとってはサスケのこの無反応という反応が、道化を演じた時に見せる暗く遠いサスケの目が、己の道化を見透かされている気がしてならず、アカデミーにおける唯一の恐怖となっていた。


 ナルトは長く見つめていた夕日から、校庭へと視線をずらす。その片隅では、一人の生徒がしきりに上下運動している姿があった。
 その生徒は、ナルトが先ほどから夕日を見ながら思いを巡らせていたていた少年、サスケだった。
 サスケはうちは一族の黒い装束を上下に揺らし、腕立て伏せをしている様子であった。

「……腹、くくっていくしかねえってばよ」

 ナルトにとってサスケの存在は、不気味そのものであったが、目の前に転がりそうなうちは煎餅の利権を無視する事もできなかった。
 うちは煎餅を狙う者にとって、唯一の生き残りであるうちはサスケは、避けては通れない道である。
 
(本性は見透かされているかもしれないが、うまくやれば、奴を籠絡できる可能性もある。そうすれば、俺の一抹の不安も、少しは解消される訳だってばよ)

 道化の通じない相手ならば、その存在に怯えたまま道化を演じるよりも、いっそのこと本性を曝け出して付き合った方が楽な事もある。もしもサスケが真実を優先するようなら、金で解決するしかない。
 金こそが正義と考える少年は、酷く打算的な考えを巡らせると、教室の窓からうちはの末裔を見下ろし、そのの口角が醜く歪めた。。

「……ナルト、君か?」

 後方からの突然の声に、ナルトは慌てて本性である醜い顔から、良く言えば純真な少年の顔に、真実を言えば呆けた道化の顔へと瞬時に切り替える。

「あっ!ミズキ先生!」

 声の主はミズキという、アカデミーの教師であった。
 いつも生徒に対しては笑顔を絶やさないミズキという教師は、教え方も優しく、生徒の中では非常に人気のある教師であった。ナルトの道化に欺かれている教師でもある。

「どうしたんだい、教室に残って……また、イタズラでもしようと考えてたのかい」

「そんな事、ないんだってばよ!」

 ミズキはいつものように優しげな笑みを浮かべながら、窓際に立っていたナルトへと近づいてくる。
 これからうちはの末裔と接触し、『交渉』しようとしていたナルトは、心の中で舌打ちをしつつミズキに向き合った。

「あっ!ミズキ先生、ちょっと見てほしいものがあるんだってばよ!」

 無邪気な生徒を演じるナルトは、変化の印を結ぶ。すると、煙とともにナルトの姿は金髪全裸の美女へと姿を変えた。

 『お色気の術』
 人間の欲望は、金へと直結する。アカデミーへ入学しても忍術というものに興味を示さなかったナルトが、唯一『金になりそうだから』と、忍術の基本として習う変化の術を応用させて編み出した術である。
 この術はナルトが道化に徹する際にも有用な、彼にしてみれば使い勝手の良い術であった。
 ミズキに対してこの術を発動させたのは、いつもの道化を演じるためであり、また、ナルトの本来の性質といえる悪戯好きの気持ちも少しはあったのかもしれない。

 金髪全裸の美女へと姿を変えたナルトは、新聞のピンク欄や成人向け雑誌の表紙によくありがちの、卑猥なポージングをとった。

「じゃ~ん!お色気の術なんだってばよ!」

「…………ナルト君」

 ミズキは金髪全裸を目の当たりにし、深いため息をつくと顔をしかめた。

「そんな悪戯ばっかりやってると、また留年しちゃうぞ……それに、その手の術は、法で禁じられているじゃないか。そもそも未成年なんだし……留年どころか下手をすると逮捕されてしまうよ」

 ミズキのいう事は、もっともな事であった。

 変化の術というものは、大変便利な術であり、ナルトのような半端な忍者でも容易に習得できる術でもある。この手の術を使ってナルトのような小悪党が術を悪用できないよう、木の葉の法によって縛られているのだ。
 何気なく金髪全裸の美女に変化したナルトであったが、木の葉の法に照らし合わせてみれば、まず『未成年忍者におけるナンタラカンタラ』という条例にひっかかり、公然猥褻罪にも当てはまる。変化を使って風俗でもしようものなら、待ってましたとばかりに風営法がやってくるのだ。里の警備を取り仕切っていたうちは一族がいなくなったとはいえ、忍者大国木の葉の警察力を侮ってはいけない。
 一昔前ならば、男が女に変化してこっそりサービスするという行為が闇で行われていたが、もともとそういった趣味がない人の被害が多くなってしまい、社会問題にもなった。そして、忍者の変化に対しては消費者の警戒感が高まり、法の規制も強化され、『違法風俗』は近年ではさっぱり息をひそめている状態にある。
 いずれにせよ、忍者が跋扈するこの世界で、術をネタとする商売は非常にやりずらくなっているのだ。

「……ちぇっ、ミズキ先生は引っかかんないなぁ……イルカ先生なら一発なのに」

「フフ、イルカ先生は純粋だからね」

 ナルトは術を解くと、ミズキもいつもの笑顔に戻る。そあいてその手をナルトの頭へと置いた。

「もう日が暮れてしまうから、早く帰りなさい」

 そう静かに言うと、ミズキは教室を後にした。
 ナルトは『はぁ~い』という気の抜けた返事をしつつ、ミズキが完全に教室から出ていくまで目で追った。その顔は徐々に元の醜悪なものへと変貌していく。

 教室を出て、廊下を歩いていく音が聞こえる。ナルトは心の中で大きく舌打ちをすると、すぐさまその視線を校庭の片隅へと移した。
 サスケはいまだに校庭の片隅で、上下運動を繰り返している。

(しめたっ、まだ居る!)

 サスケの姿を確認すると、ナルトは急いで教室を出た。うちはの末裔と交渉をするために。
 その顔には、再び邪悪な笑みが浮かびあがっていた。






「クッ…………グ……」

 誰もいなくなった校庭の片隅から、苦しそうな声が定期的なリズムをもってこぼれている。アカデミーの授業が終わってから今に至るまで、サスケはこの場所においてひたすら修行に励んでいた。
 行っているのは腕立て伏せという、至ってシンプルなトレーニングではあるが、体重を支えている両手の指を回数を重ねるごとに減らしていき、今は親指と人差指を残すだけとなっている。まだ成長途中である指の関節や筋肉が負荷に耐えきれず悲鳴をあげているが、『痛くなければ、鎮まらぬ』というサスケ独自の理論に基づき、苦痛に耐えながら腕立て伏せをしているのだった。

「クソッ……忌々しい夕日め」

 汗を滴らせながら、落ちていく夕日を睨む。
 下校途中に見かけた美しい赤い夕日が、サスケには女性の叩かれた尻のように見えてしまい、あえなく発情してしまっていたのだ。夕日は次第に落ちていき、その半分は山の影へと隠れたが、サスケにとってはいまだ半ケツの状態であった。
 夕日を見て発情してから、サスケはかなりの回数の指立て伏せをこなしたが、その下半身は一向に治まる気配を見せない。事態が長丁場になる事を覚悟しつつ、己の体重を支えている指を更にもう一本減らそうとしているとき

「……サスケ」

 と、名を呼ぶ声が聞こえた。

「……ナルト、か」

 不意に名前を呼んだのは、先ほどからサスケを教室から監視していたナルト。サスケは指立て伏せの姿勢を崩さず、声の主のナルトを見上げた。
 
 校庭にカラスの鳴き声が響く。風が冷たくなってきたのは、もうすぐ日が完全に沈む事を教えていた。両者は互いの名前を呼んだきりで、何もしゃべらぬままとなってしまった。
 サスケにしてみればまともに話した事がないナルトが急に現れたのが疑問であり、ナルトはサスケが腕立て伏せではなく指立て伏せをしていた事と、地面に滴り落ちている汗の量が尋常ではないことを見て、『何故こんな修行をしているのだろう』と改めて疑問に思ったからだった。
 長く続くと思われた両者の見合いは、一塵の風が巻き起こした木々のざわめきをきっかけに終わった。

「……何のようだ」

 両者の沈黙を破ったのはサスケだった。相変わらずの姿勢を崩さぬまま、逆光により真っ黒な影となっているナルトを睨む。

「いい話があるんだってば……まあ、聞いてくれ」

 ナルトはサスケの前にかがみこむようにして座ると、さっそく交渉にとりかかった。

 うちは煎餅までなくしてしまうのは、もったいない。
 集落には煎餅の作り方が残っている、それを譲ってほしい。
 今すぐにとは言わないが、いずれうちは煎餅で一儲けするつもりだ。
 もちろん、分け前はある。俺が六でお前が四でどうだ。
 他の連中に勝手に手をつけられるより、こっちの方がマシだろう。

 周囲の同級生達と同じように、ナルトに対して『落ちこぼれ』という認識であったサスケは、馬鹿が戯言を言い始めたと相手にしないつもりでいたが、ナルトの話し方が普段のものとは全く異なっており、何より異様だったのはドス黒い雰囲気をその身に漂わせていた。。聞くつもりのなかった耳も、ナルトのその異様な雰囲気にのまれ、サスケは知らず知らずのうちに耳を傾けていた。
 しかし、その内容はあの『落ちこぼれのナルト』が話している事とは思えず、また、一族の生き残りとして許しがたいものであった。
 四だ六だという、金の問題ではない。一族が残したものを商売にしようとするナルトの精神が、情欲のなかほんのわずかに残されていた一族の誇りを傷つけられたような気がしたのだ。
 ナルトの交渉の内容は、あまりにも酷いものであり、聞いていたサスケの血をみるみる引かせていった。そうやってようやく血が別のところに回り始めた少年は、一族を侮辱された怒りを露わにする。

「ふざけるな……聞かなかった事にしてやる。消え失せろ」

 立ち上がりナルトを睨むのは、性欲の塊ではなく、一族の末裔うちはサスケだった。その眼は情欲の炎ではなく、一族を侮辱された事に対する怒りで燃えていた。

「悪い悪い、そう怒んなってば」

 ナルトはものすごい剣幕で睨みつけてくるサスケに、なだめるように手で遮る。怒りの眼差しをそらそうとしないサスケに

「六四は言い過ぎたってばよ、五分五分で、どうだ」

「てめぇ!」

 この期に及んでも金で決着をつけようとするナルトに、サスケの怒りはピークに達する。
 ナルトの胸倉をつかみ、問答無用の一発を顔面に入れようとした、まさにその時だった。

「待ちなさいっ!」

 女性の鋭い声が校庭に響く。その声は非常に通った声であり、気迫がこめられた声であった。
 サスケの拳がナルトの顔面の目前でぴたりと止まる。

「何をやってるの二人とも!」

「あ……紅先生」

 煙とともに二人の前に姿を現したのは、アカデミーの女教師夕日紅であった。
 まさに女盛りを迎えたこの女性は、アカデミーではくのいちクラスを担当しており、忍者としても上忍の位につく、才色兼備という言葉がふさわしい才女であった。

「なんで喧嘩になったのか、先生に教えてちょうだい」

 紅は腰に手をあてると、二人の顔を覗き込むように前かがみの姿勢となる。
 サスケは掴んでいたナルトの胸倉から手を放すと、視線をそらすように首を垂れた。ナルトは頭の後ろに手を組んでそっぽを向いている。

「もう……黙ってたらわかんないでしょ」

 紅の手がサスケの顎へと伸び、そのまま上へと持ち上げられる。今にも泣き出しそうなサスケの顔が、紅の前に晒された。
 そして、先ほどと打って変ったサスケの様子の変化を、ナルトは蛇が獲物を捉えるように敏感に察知した。

「サスケに『お色気の術』を教えてやろうとしたんだってばよ。でも、断ってきたから、それで……」

「ま……お色気……」

 ナルトは小さい声で、しかし充分に聴きとれる程度の音量を持ってつぶやくように言った。サスケは向けられていた視線から解放される。
 喧嘩の理由がどうでもよさそうな事であると知り、紅は

「ケンカは両成敗、もうケンカしちゃダメよ」

 と、二人のおでこを軽くこずいた。
 サスケの脳裏に、一族を滅ぼした兄の顔がよぎり、懐かしい映像が再生される。しかし、彼の中で沸き起こるまったく別の感情により、その映像は瞬時にしてかき消された。

「さ、仲直りの握手をして……ね」

 紅の優しい言葉に導かれ、ナルトは印を作った手をしぶしぶと前に出す。サスケもその指に、ぎこちなく自身の指を重ねた。
 辺りを赤く照らしていた夕日はすっかり沈み、反対に月の頭が山際からのぞかせている。虫を寄せ付けてはやまない電燈が、校庭に残された三人を照らしていた。

「せっかくの同級生なんだから、仲良くしなきゃ」

「はぁ~い」

「…………」

「それと、ナルト君、今日の事はしっかりイルカ先生に伝えておきますからね!」

「えぇ~」

「えぇ~、じゃないでしょ、まったく……捕まるわよそのうち」

 ぶつぶつと小言を言い残しながら、紅は煙とともに闇の中へと姿を消した。くのいち特有の、いい匂いを周囲に残して。
 二人っきりとなった少年達は、誰もいなくなってしまった校庭を見たまま、しばらく立ち尽くす。耳障りな虫の羽音と犬塚家の遠吠えが、二人の耳に鳴り響いている。

「ナルト……」

 沈黙を先に破ったのは、またしてもサスケの方だった。声の調子から、激昂はしていないようだった。

「……お前の言っていた、うちは煎餅、くれてやる」

「えっ!ホント!?」

 思わぬサスケの言葉に、ナルトは喜びを隠しきれず声を高くした。

「煎餅は集落の角の煎餅屋が作っていた。どうせだれも居ない……あとは好きにしろ」

「やった!六四だな?六四でいいって事だな!?後悔しても知らねえってばよ!」

 ふっかけたつもりで提案していた六四が成立し、ナルトは夢でも見ているのではという気持ちになっていた。

「好きにしろと言った……その代わり、ナルト……頼みがある」

「な、何だよ」

 浮かれてはいたナルトだが、人に頼みごとをするような人間ではないサスケが、頼みごとと深刻な顔をしているので思わず身構えた。うちは煎餅の利権を譲ってもらったてまえ、何としてでもサスケの頼みごとを聞いてやらねばいかぬ。
 ナルトは生唾を飲んで、サスケの言葉をまった。

「……ナルト……俺を…………殴ってくれ」

「はぁ!?」

 ナルトは我が耳を疑った。変わった奴だとは思ってはいたが、ここまで変わっているとは思わなかったからだ。

「ソレ、ホントに言ってんのかよ!?」

「本当だ……!早く、やれ!」

 サスケはナルトに向き直ると、早く殴れと言わんばかりに背筋を伸ばした。冗談を言っている様子は微塵もうかがえず、表情は真剣そのものだった。
 サスケの妙な依頼に、ナルトは躊躇する。しかし、取引先の要望を反故にする訳にもいかない。疑心暗鬼のままに拳を握りしめ、依頼を果たす準備を整えた。

「そ、それじゃあ、ご希望のように今から殴ってやるけどよ……煎餅は俺の物だし、分け前は六四で決まりだからな!後になって四の五の言うなよ!」

 ナルトは言質をとるように念を押し、交渉の内容を確認した。
 サスケは何も言わぬまま、ナルトの言葉に対してうなずいている。。
 妙な気分になりながらもナルトは拳に力を込め、サスケの腹をめがけて殴った。

 ナルトの右拳がサスケの腹にめり込む。
 殴られたサスケは思いのほかナルトの力が強かったのか、数歩後ろへとよろめく。しかし、すぐ様その足取りをまた前へと戻し、うめくような声で

「まだだ……まだ、足りん…………もう、一発、こい!」

 再びナルトの前に立つと、さらにもう一撃を要求した。

 ナルトの頭の中は、目前の狂人に対する疑問で埋め尽くされていた。
 なぜ、このような要求をしてくるのか。
 一体、何が目的なのか。
 その答えがわからぬまま、目の前の同級生はさらにもう一発と要求してくる。未知のものとは、恐怖となりうる。
 ナルトは何とかして答えの糸口を見つけようと、苦しそうに肩で息する狂人の様子を凝視した。
 頭から首、その息遣い。胸、腕、腹…………ナルトの観察がちょうど腰から下へ移ろうとしたとき、サスケの下腹部に明らかな異変が生じている事がわかった。
 自然に、ナルトは自身の拳をより一層強く握りこむ。

「な、何でお前、勃起してんだってばよぉ!」

 絶叫に近い声でナルトは叫んだ。これは、少しでも恐怖を消し去ろうという、本能の声だった。ナルトの汗は冷や汗へと変わり、総身は悪寒により鳥肌がたっている。

「バ、バカッ!……早く、殴れ!」

「ひぃっ!ば、化け物っ!」

 サスケの言葉に押されるように、ナルトは殴った。渾身の力を持ってして振りぬかれたその拳は、サスケの顔面を的確にとらえていた。
 殴る直前にナルトが発した言葉は、皮肉にも自身が言われ続けていた言葉であった。


 ナルトにとって、サスケは恐怖であった。 



[36294] こんなNARUTOは嫌だ4の1
Name: さば◆cc5fc49e ID:f15c353b
Date: 2013/02/24 01:47
「サスケ……」
「何だウスラトンカチ」

 アカデミーの校舎裏にポツリとたたずむ、古びた倉庫。アカデミーの備品置きとして使われているこの倉庫は、あまり使用されなくなった教材や忍具が乱雑に並べられていて、特に用の無い限りは人の出入りなど滅多にない。その中でサスケとナルトは対峙している。
 アカデミーの一日が終了した後、サスケはナルトから『大事な話があるから』と、この人気のない倉庫に呼ばれていたのだ。しかし、呼び出した本人は一向に話すそぶりを見せない。倉庫の中に入ってからかなりの時間が経つが、何やら顔を赤らめながらもじもじしているだけのナルトに対し、サスケは気味の悪さを覚えるとともに苛立ちを増していくだけであった。

「用がないなら呼ぶなウスラトンカチ。俺は帰るぞ」
「ま、待ってくれってばよ!」

 サスケが出口へと向けて踵を返すと、ナルトが慌てて呼び止める。その声には、ある種の悲鳴に近い必死さが含まれていた。

「見て欲しいもんがあるんだってばよ!」
「いいかげんにしろウスラトン…………えっ?」

 振り返ったサスケを待っていたのは、金髪全裸の美女であった。先ほどまでは間違いなくナルトであったのだが、そこにナルトの姿は無く、金髪全裸の美女となっていた。
 その美女の年の頃は、サスケと同じか若干上。発達した胸に引き締まった腰、女性特有の丸みを帯びた尻。そして美しく伸びた長い金髪が、女性の局部を絶妙に隠している。透き通るような蒼眼と、頬には髭のようなライン。要所要所はナルトの面影を残してはいるが、完全な女となっていた。

「何のマネだ貴様ぁ!」

 里伝説『打ち止めの赤玉』を知って以来、禁欲生活に入っていたサスケは怒声とともに目を覆う。一族再興のため禁欲を誓ったサスケにとって、全裸の娘の姿などもっての外であったのだ。怒り出すサスケに対し、金髪全裸は口元に小悪魔のような笑みを浮かべる。

「変化の術か!」
「……違うってば」

 室内にサスケの声が響く。返ってきたナルトの声は、いつものナルトの声ではなく、美しい女の声であった。

「幻術かぁ!」
「それも違う」

 目の前に居るのは女の姿をしたナルトだ。そうに違いない。
 興奮のあまり理性のたかが外れてしまわぬよう、サスケは自分自身に言い聞かせるように問いただしたが、ナルトは否定するばかり。

ナルトは口元に相変わらずの笑みを浮かべたまま、透き通るような蒼眼でサスケを見つめている。

「じゃあ一体何なんだお前は!」
「これは俺の……いや、私の真の姿なんだってば!」
「はぁ!?」

 激情と理性の狭間で必死にもがくサスケに返ってきた答えは、驚愕のカミングアウトであった。突然訳の分からない事を言い出したナルトに対し、サスケの怒りと焦りは高まっていく。

「ふ、ふふ、ふざけるなウスラトンカチ!」
「ふざけてなんかない。これが本当の私」
「知るか!」
「男の姿は、浮世を忍ぶ仮の姿なんだってば」
「近寄るな!」

 金髪全裸は怯えるサスケに向かい、ゆっくりと歩を進める。理性を失いかけているサスケの頭に、この倉庫からの逃走経路などよぎる事はなかった。笑みを浮かべて歩み寄るナルトによって、サスケは次第に倉庫の隅の方へと追いつめられていく。

「私、サスケの事をよく知っているんだってば」
「何だと!」
「……授業中、サスケは催すといつも空気椅子」
「なっ!」
「クノイチと合同授業なんてもっと酷い。授業そっちのけで筋トレばかり」
「やめろ!」

 サスケの背中に壁が当たる。歩みを止めない金髪全裸により、完全に倉庫の隅へと追いつめられてしまっていた。
 逃げ場をなくしたサスケに構わず、全裸はさらに近づいてくる。
 そして、サスケがひた隠しにしていた秘密を、金髪全裸は次々と言い当てていった。まさに、恐怖であった。

「の、望みは何だ!煎餅ならくれてやっただろう!何が、何が目的なんだっ!」

 体中に大量の冷汗を感じながら、サスケは叫ぶ。もはや目は開いていない。ただ、その皮膚や鼻が、敏感に目前へと迫りくる雌の存在を敏感に察知していた。

「我慢してるサスケ、可哀想なんだってば」
「あ」

 金髪全裸の手が、サスケの股間へと伸びる。恐怖により隆起こそしていなかったが、一族再興の使命を負った少年の理性が崩壊していくきっかけとしては十分であった。
 気が付けば、互いの息が間近で感じ取れるほどに両者は密着している。

「溜めすぎは、良くないんだってば」
「たまには使わないと、いざって時に勃起不全になるんだってば……タマなだけに」
「さ、久々にタマのしわを伸ばしてみるんだってばよ」

 サスケの耳元で悪魔のささやきが続く。その言葉にはまるで幻術がかけられているかのように、サスケの耳を通して脳味噌の中へと深く入っていく。サスケの理性はこの時点で完全に落ちていた。

「怖がらないで、目を開けるんだってばよ」
「…………」

 理性的な思考能力を失ったサスケは、金髪全裸の甘い言葉にいざなわれて閉じていた両目をゆっくりと開ける。小悪魔のようにも見える綺麗な蒼眼を潤ませたナルトの顔が、間近へと迫っていた。サスケはその蒼眼に魅入られて吸い込まれていく。
 倉庫の隅へと追いつめられて身動きができぬサスケ。それを追いつめた、一目で発情しているとわかる金髪全裸。互いの瞳を見つめあったまま、両者の呼吸は次第に近づいていくのだった…………








「………………っ!オエェェッ!」

 朝の光が木の葉隠れの里に優しく差し込んでいる。山と森に囲まれている里内では、朝を告げる鳥のさえずりがあちこちで聞こえる。そして、うちは集落からは悲鳴のような嗚咽が響いていた。
 里の将来を担う、未来の木の葉忍者を養成する忍術アカデミー。休日を迎える朝の訪れは、通学する学生にとってはどこかに遊びに行ったり悠々自適に過ごしたりと、非常に楽しみなものになるはずなのだが、うちはの末裔は最悪な目覚めを迎えていた。

「ハァッ!ハァッ!……意味わかんねぇ…………っ!オエェェェェッ!」

 先ほどの最悪な夢の内容を思い出し、再び吐き気を覚えたサスケは洗面所へと駆け込む。口から溢れ出ていった吐しゃ物は、すべてを忘れて水に流してしまいたいという、サスケの潜在意識なのかもしれない。胃の中の物を全て吐き出したサスケはそのまま洗面所の蛇口をひねり、朝一番の冷たいで顔を洗い流した。冷たい水を浴びて幾分か意識がはっきりとしてきたサスケの脳裏に、夢に出てきた同級生の少年の顔がよぎる。

(クソッ!何であいつなんかとっ)

 金髪蒼眼と、三本髭。忍者らしくない黄色いジャンパーに、変なゴーグル。いつも失敗や悪戯ばかりを繰り返し、皆からは落ちこぼれと目されている男。さきほど見た夢の中では女子に姿を変え、サスケにイタズラをしてきた。つい先日には、うちは煎餅の利権が欲しいとサスケに交渉してきた奇妙な同級生、うずまきナルト。

「……チィィッ!」

 ナルトの容姿を思い出し、胸くそが悪くなってきたサスケは大きな舌打ちとともに唾を吐いた。そして、思い出したかのように自身の股間を確認する。

(良かった。起ってはいない)

 禁欲の生活を誓ってからは、朝立ちの有無を確認するのがサスケの日課となっている。人一倍の性欲を誇るサスケは、朝立ちをしている事が非常に多い。その勃起率はほぼ毎日と言っても過言では無かった。朝立ちを確認したらそれを鎮めるために、その勃起の具合に応じた修行に取り掛かるのが、サスケの普段の日常となっていた。
 人一倍の性欲を持つといっても、それは一族の再興という信念に基づいた生殖本能によるものである。サスケの性癖は至って普通であった。いつになく刺激的な夢を見たサスケではあるが、決してホモセクシャルではないサスケの股間は静かに納まっている。
 朝一番から過酷な修行に励まなくてもよいことを知り、サスケは安堵の溜息をつく。時刻は八時を迎えようとしていた。いつもなら、アカデミーへと出発する時間だ。サスケは少し遅めの朝食をとろうとしたとき、不意に家の呼び鈴がけたたましく鳴り響いた。何やらとてつもなく嫌な予感を胸中に感じながら、サスケは玄関へと向かった。




「……よう、サスケ」

 サスケの嫌な予感は見事に的中していた。呼び鈴を鳴らしたのは、夢に出てきた男、うずまきナルトであった。

「帰れ」
「ちょ、ちょっと待ってくれってば!」

 ナルトの顔を確認した瞬間、サスケは玄関を閉めた。扉を閉めさすまいと、ナルトの手が声とともに伸びる。サスケ宅の玄関先で、両者による扉の引っ張り合いが開始された。

「見て欲しいもんがあるんだってば!」

 半分閉まりかかった扉の向こうで、ナルトが必死に叫んでいる。サスケの脳裏に、今朝見た夢の中の出来事が思い出された。

「事と場合によっては、お前を殺すかもしれんぞウスラトンカチ」

 一瞬『本当に女だったら、子供つくれるかも』と思ってしまったサスケではあったが、相手は落ちこぼれ忍者のナルトである。今日にいたるまで人の目を欺けるほど変化の術に精通している訳ではなく、冷静に考えれば考えるほどナルトは女のはずがなかった。生物学的にも、忍術学的にも、だ。仮に本当であったとしても、お互いに未成年であり、不発に終わる可能性は非常に高い。一発も無駄にすることができないサスケは、殺意を込めた目でナルトを睨む。

「何でお前怒ってんだってば!コレだよ!コレ!」
 
 閉まりかかった扉のわずかな隙間から、ナルトは手に持っていた風呂敷包みを突き出した。

「……何だソレ」

 強く扉を握っていたサスケの手が緩む。その隙を縫って、ナルトはサスケ宅の玄関内へと体を滑り込ませた。

「まぁ、その、何だ……差し入れってやつなんだってば」

 バツの悪そうにナルトは風呂敷包みを差し出す。突然の贈り物を受け取ったサスケは、疑心の念を抱きながら包みを上下に振った。大きさの割には重さの感じられなかった風呂敷包みは、上下に振られるとカサカサと音を立てた。

「インスタントラーメンなんだってば。お前、一人暮らしなんだろ。あっても困るもんじゃねえと思ってよ……あっ!包みは返せよ」

 風呂敷包みを開けると、いくつかのカップラーメンが詰められている。しかし、この突然の贈り物を持ってきたナルトに対するサスケの疑心は消えなかった。あの事件以来、うちは集落のサスケ宅に訪ねてくる者なんていなかったからだ。

「……フン、目的は何だ」

 一人暮らしの身に、嬉しくない差し入れは無かった。生来見栄っ張りな性分のあるサスケは、わずかに鼻を鳴らすだけにとどめ、疑心の目をナルトに向ける。

「実は、その、煎餅の事なんだってば……」

 たどたどしくナルトはサスケ宅来訪の目的を語る。

 うちは煎餅の利権を譲ってもらったものの、肝心の現物を押さえていない。煎餅屋の場所は何となくわかったが、誰も居ない住居へ勝手に侵入するのも気が引ける。出来れば、サスケにも一緒について来て欲しい。

 と、ナルトは申し訳なさそうに語ったが、これは道化であった。金の亡者と化したナルトであれば、人の住まない家なんてものは宝箱だらけの洞窟のようなものであり、里内に点在する空き家には実際によく侵入していた。
 サスケから煎餅の利権も譲ってもらったナルトではあるが、それはまだ口約束にしかすぎず、実際にサスケを現場へ同行させてその目前で現物を手にし、煎餅の利権が誰のものなのかを改めて確認するという目的があったのだ。ナルトは煎餅は完全に自身のものであるという認識でいたが、サスケが後になってから四の五の言わないかを心配していた。

「いきなり差し入れだなんて、変だとは思っていた」

 来訪の目的を知り、奇妙な同級生に対するサスケの疑心は張れていった。そして疑心の念が薄れていくとともに、サスケの胃袋は朝食を摂っていない事を訴える。手には差し入れのカップラーメン。今朝の悪夢により性欲から解放されているサスケには、食欲が忍び寄ってきていた。

「…………いいだろう」

 しばしの沈黙の後、サスケはナルトの申し出を受け入れた。目的は何であれ、嬉しい差し入れを貰ったのだ。落ちこぼれと目される同級生に借りを作りたくないという、サスケの少々見栄っ張りな性分が働いたのかもしれない。言葉数は非常に少ないものだったが、彼にしてみれば快諾と言えた。

「朝飯を食っていない。済ませるから待ってろ」

 サスケは手にしたカップラーメンを抱え、家の台所へと向かう。

「上がれよ、そのへん」

 後姿のサスケは、あご先で座敷を指す。ナルトは思わぬ反応に面を食らった。何か声をかけようとした時には、サスケの姿は家の奥へと消えていった。


 一人玄関に残されたナルトは、恐る恐るサスケから示された座敷へとあがる。サスケ以外には誰もいないと知りながらも、盗人のように気配をうかがいながら足を忍ばせた。

「……お邪魔しまーす」

 申し訳なさげに呟くナルトの声は、絶対に家主には聞こえない音量だった。当然返ってくる言葉はなく、ナルトは忍び足のまま座敷へと向かった。
 ナルトが上がった客間と思われる広々とした座敷は、質素な作りではあったが、天井は高く柱や壁も頑丈そうな、立派なものであった。その一つ一つの立派さが、うちは一族の家格を表しているようだ。厳かな文字で書かれた文が、掛け軸によって飾られている。全体的にほこりっぽいのは、サスケが一人暮らしをしているせいだろう。ボロボロの里営住宅に住んでいたナルトにとっては、サスケ宅は家というよりも屋敷といえた。
 ナルトとサスケ以外に、うちは集落には誰もいない。ナルトは豪華な家や屋敷を見ると、決まって物騒な考えが頭の中をよぎるのであったが、不思議とそんな気分にはならなかった。

(やっぱ、変な奴なんだってば)

 そう思いながら、ナルトは誰もいないのを良いことに座敷で寝ころぶ。高い天井をぼんやりと眺めながら、サスケが朝食を済ませるのを待った。
 ナルトにしてみれば同い年の家に上がるのは初めてであり、サスケもまた同じであったが、不思議なことに両者はそのことを意識してはいない。いつものようにと言ったら変だが、自然な事のようにサスケは朝食を摂り始め、ナルトは天井の節を数えて時間を潰していた。
 家の中にカップラーメンの匂いが広がる。サスケはうまそうな音をたてながら、カップラーメンをすすった。差し入れのカップラーメンは賞味期限が完全にきれていたものばかりであったが、あまりそういう事を気にしないサスケは、気づかぬまま豪快にその麺を口へと運んだ。
 台所から漂ってくる美味しそうなラーメンの匂いが、座敷に寝ころぶナルトの鼻孔をつつく。それにより敏感となったナルトの鼻が、柱や畳といった、サスケ宅の様々な匂いを嗅ぎつけた。

(何かこの家、イカ臭え匂いが染みついてんだってば)

と、ふと思ったが、あまりそういう事を気にしないナルトは、節を数えながら懸命に睡魔と闘い、サスケが朝食を食べ終わるのを待った。



[36294] こんなNARUTOは嫌だ4の2
Name: さば◆cc5fc49e ID:f15c353b
Date: 2013/04/07 23:03
 最悪な夢により休日の朝を迎えたサスケ。そのサスケに差し入れを持参して、突然訪れたナルト。その後、朝っぱらからサスケ宅ではその夢の続きが始まり……………なんて事になる訳が無かった。
 朝食のカップラーメンを食べ終えたサスケは、ナルトに頼まれた通り、うちは集落にある老舗の煎餅屋へとナルトを案内した。
 道中の二人は始終無言であった。ナルトは目的地に到着するまでの間、うちは集落のたたずまいが物珍しいのか、しきりにキョロキョロと目を動かせている。サスケも先ほど見た夢の影響か、食欲を満たされた後でも敏感な股間が反応する事は無く、久々に静かな休日の午前中を過ごせていた。
 あの事件により、今のうちは集落にはサスケ以外は誰もいない。普段は性欲に縛られているサスケではあるが、今日に限ってはそんな気になるような事は無かった。通り過ぎていく集落の民家や商店からは、以前に住んでいた一族たちの息遣いが聞こえてくるようであった。その息遣いを思い出していくうちに、サスケはある一人の男の事を思い出す。『うちはイタチ』サスケの実兄にして、あの忌まわしい事件を起こした張本人である。何が目的で、あんな事をしたのだろう。なぜ、俺一人を生き残らせたのか。兄に対しては遠い昔の思い出などは消え失せ、残された感情といったら復讐しかなかった。煩悩から解き離されたサスケが、改めて一族を失ったという孤独を実感し兄への復讐を思い出し始めたころ、二人は目的地である煎餅屋へと到着した。

 到着してからの、ナルトの仕事は早かった。『心細いから一緒に居てくれよ』と、サスケに言うや否や、バタバタと煎餅屋に上がり込んでいき、家中の引き出しを開けたり、扉や襖を開けたりと、ものすごい勢いで目的の物を探し始める。そして、驚くような速さでナルトは目的であった『うちは煎餅製造法』という、一冊の古びれた本を探し当ててしまったのだ。
 誰もいないとはいえ、通帳や権利書にも値する秘伝の書をたちまち発見して見せるというのは、至難の技である。それをごく短時間でやってのけたナルトは、盗人として生まれ持った嗅覚が優れていたか、何回かこういう事をやっていたかのいずれかであろう。いずれにせよ、ナルトは盗人としての天稟を持っていたのだ。
 その一部始終を見せつけられたサスケは、今まで落ちこぼれとばかり思っていた同級生の非常に意外な一面を垣間見て、呆れるとともに感嘆した。自分に無い物を持つというのは、それだけで引き寄せられる事もある。

「これがお目当てのブツなんだってば!」

 古びた書物を手に、ナルトは無邪気に喜ぶ。余程嬉しいのか、埃まみれの書物に息を吹きかけほおずりしている。そして、嬉々としたまま大切そうに懐へといれた。

「サスケ!本当に六四でいいんだよな!」
「…………好きにしろ、と言ったはずだ」
「念のためなんだってば!これに名前書いてくれよ!」

 ナルトは懐から一枚の、何やら文字がびっしりと書かれた紙とペンを取り出した。丁寧にもサスケの名前がうっすらと鉛筆で下書きまでしてある。

「わからない文字とかあったら言ってくれってば!」

 興奮冷めやらぬ、といった表情でナルトはサスケを覗き込んでいる。

「何だこれは」
「契約書みたいなものなんだってば!これに名前書かねえとせっかくの煎餅の売り上げがお前に入らない、なんてことも。俺が売り上げ全部持って行ってもお前は文句言えなくなるんだってば!もちろん俺はそんな外道な事はしないけど、念のためなんだってば!名前さえ書いてくれりゃあ、お前のためになるんだってば!絶対に悪い話じゃないんだってば!楽に考えようぜ!口寄せの契約みたいなもんなんだってば!これで仲間になれるんだってば!」

 サスケが紙に書かれた文章を読もうとすると、耳元でナルトが大声でまくし立ててくる。苛立ちを覚え始めたサスケは乱暴に名前を書くと、ナルトに紙とペンを突き出した。

「ありがとなサスケ!これで俺たち、仲間なんだってば!」
「……フン、金の亡者め」
「褒め言葉なんだってば!」

 ナルトは突き返されたそれを押し戴くように受け取ると、再び大切そうに懐へとしまい込んだ。
 煎餅屋の時計が十二時前を指している。ナルトの早業があったいえど、何だかんだで時間は進んでいた。里の中心街ならば昼食をとりに店に向かう人々で通りが賑わう時間帯なのだが、サスケとナルト以外には誰もいないこの集落は、物音は何一つ聞こえない不気味なほど静かなものであった。

「用が済んだのなら、帰れウスラトンカチ」

 煎餅屋から表へと出ると、サスケはナルトに背を向けて自宅の方へと歩き始めた。未だ性欲を感じないサスケの背中は、いつもよりも寂しそうな雰囲気を背負っている。性欲を感じない分、他の事に気が回ってしまうので、一族の事はもちろん、失った家族や兄の事を考えてしまうのだろう。
 歩き去っていくサスケの哀愁を帯びた背中を見たナルトに、悪戯好きという生来の性分が沸き起こってくる。気づかれぬように印を組み、ナルトが覚えた唯一の術と言ってもいい、変化の術で自身の姿を変えた。変えた姿は、金髪全裸。

「サスケェ!」
「!!!」

 雑誌の表紙や新聞のピンク欄で覚えたポージングをとり、ナルトはサスケの名前を叫ぶ。振り向いたサスケの反応は、早かった。

 人間が感情というものを持つように、筋肉もまた感情を持つのだろうか。
 金髪全裸の姿を見た瞬間、サスケの前身の筋肉は躍動を始め、目の前の金髪全裸へと飛び掛かる。間合いを詰め、体を制し足を払う。雑音を発せぬよう手は口を覆い、馬乗りとなった足は獲物が起き上がることを防ぎ、残された片方の手は自身の下半身へと伸びていた。この一連のまったく無駄の無い動きの中に、サスケの思考は一切入っていない。性的な興奮を覚えるたびに苛められてきた筋肉が、その過程で体に刷り込まれていった技術が、金髪全裸の姿を目撃した瞬間にサスケの思考回路をすっ飛ばして反応していたのだ。まるで、こういう時のために、日々鍛えられていたのだと言わんばかりに。
 すぐに飛びつかなかったあたり、夢の中のサスケの方が現実よりもはるかに理性的であった。

「…………」

 組み敷かれ声を発する事もできないナルトは、覆いかぶさっているサスケを恐怖におびえた目で見る事しかできなかった。サスケの名前を叫び、サスケが振り返った直後、物凄い勢いでサスケが飛び掛かってきて、気が付いたら組み敷かれていたのである。その恐怖により、ナルトの術は解けていた。

「…………チィィィッ!」

 組み敷いた獲物が雌ではなく雄だと認めると、ようやくサスケに理性が戻ってきた。大きな舌打ちのあと、ナルトの上から体を動かした。

「サ、サスケ……お前、目が」
「お前に何が解る!ウスラトンカチ!」

 組み敷かれた時にナルトが見たものは、車輪のような模様をしたサスケの眼であった。その事を指摘され、サスケは怒る。それは奇怪な眼についてなのか、裸体に反応した自身の筋肉についてなのかは、本人にしかわからない。ここはうちは一族の名誉のために、前者という事にしておきたい。

 サスケの眼に現れたものは『写輪眼』という、うちは一族につたわる瞳術であった。三大瞳術の一つに数えられる写輪眼は、忍術や体術といったものを瞬時に見切ったり、動体視力が飛躍的に向上したりという、うちは一族の代名詞ともいえるものであった。
 感情によって影響を受けるこの瞳術をサスケが開眼したのは、恐らく家族が死んでしまったあの事件の時であろう。しかし、開眼はしたものの、サスケ本人が自覚したのはこの時では無かった。自身に特別な瞳力があると知ったのは、サスケが性に目覚めてからしばらく経った時である。
 土手沿いを歩く人妻の尻によって性的な興奮を覚えてから、サスケは自慰に狂うようになっていた。その回数は、一晩で二十や三十という、常人では考えられない回数をこなしていた。アカデミーを卒業していないまだ年端もいかぬ少年が、だ。
 度重なる射精によって脳への刺激が異常になると、ホルモンバランスが大きく崩れてしまい命の危機となる事もある。俗に言う、テクノブレイクという現象である。
 連日連夜に及ぶ自慰を繰り返していたサスケの体に、ある日異変が起きる。いつものように射精をして、その開放感に酔いしれていた時であった。体が重く感じたサスケは、その場に横たわる。そのまま天井をぼんやり眺めていると、次第に視界が狭くなっていき天井の模様がぐるぐると回り始めた。早打ちしている心臓の鼓動が体に伝わり、明らかな異常を教えている。意識も遠くなっていったサスケは、このままでは死んでしまうと何とか起き上がろうとしたが、重い体が言う事を聞かない。早打ちしていた心臓の鼓動が弱くなっていき、視界も更に狭くなっていく。サスケは下半身を露出した状態で『死』というものが身近に迫っている事をその身をもって実感していた。
 サスケの体に奇跡が起きたのは、その時であった。
 サスケが意識を手放そうとしたその瞬間、後頭部を何者かに叩かれたような感じがした。その衝撃により、重くのしかかっていた瞼が解き放され、はっきりと見開けるようになった。さっきまでは狭くなっていた視界が広くなり、ぐるぐる回っていた天井の模様は鮮明に映し出されている。心臓の鼓動も、いつも通りに戻っていた。
 体が正常に戻ったので、性欲に憑りつかれているサスケは懲りずに手元にある成人向け雑誌のページをめくる。素人撮影コーナーの撮り下ろし写真を目にした時、サスケは自身の目にある異変が生じている事を知った。
 いつもなら美しく見える女性達の写真が、醜く、いや、鮮明に見えすぎているのだ。丸みを帯びているはずの尻や乳房が、よく見えすぎているためか点の重なり合いのように見えてしまう。写輪眼により視力が劇的に向上したサスケの目には、画素の荒い投稿写真などはドットの集まりのように映ってしまうのだ。
 目をこすったり目薬をさしてみても見え方は変わらず、おかしいと思って洗面所の鏡を覗き込んだとき、サスケは自身の瞳に車輪のような紋様が浮かび上がっているのを確認した。
 一族伝統である写輪眼の存在を知らないこの少年は

(このままだとエロ本読みづれえな)
 
 としか思っていなかったが、時間が経てば自然と消えるようだったので、あまり気にする事はなかった。
 そして、この日を境にしてサスケは己の精子によって生死の狭間を彷徨うたび、写輪眼を発動させていた。何回かそういう経験すると、ある程度なら自由に写輪眼を操れるようになっていたのだが、エロ本が読みづらくなるので普段の生活において発動させる事は無かった。
 サスケが禁欲の道に入ってからは、この瞳の状態になるとチャクラの消費が多くなるという事に気付き、並の修行では性欲が鎮まりきらない場合、ちょこちょこ発動させている。
 写輪眼を知らないが故に、サスケは使い方を完全に間違えていた。しかし、うちは一族の天才は、そうやって知らず知らずのうちに牙を磨き続けていたのである。

「俺はあの事件のせいで一族を失った」

 理性を取り戻したサスケは地べたへと座り込み、奇怪な写輪の模様を浮かべた目を押さえながら呟いた。体を解放されたナルトはすぐさま距離をおき、サスケの様子を伺っている。

「何としてでも一族を再興させなきゃならねえんだ……一人でも多くを、な…………一族を失った事ののないお前に、俺の気持ちが解るかナルト!」
「……全然わかんねえってば」

 股間を押さえながら睨みつけてくるサスケに対し、ナルトは怯えた調子で答える。サスケはフンと鼻を鳴らすと、股間と目を押さえたままその場でうなだれた。
 住人がいないうちは集落は、非常に閑静なものとなっている。時折集落で耳にする小鳥のさえずりや発情期をむかえた猫の鳴き声は、今となっては亡き一族に対する読経のように聞こえる。
 ナルトとサスケは互いに沈黙したまま、集落の道に座り込む影となっていた。






「かいつまんで言うと、子供をたくさんつくらなきゃいけねえって事?」
「まあ、そう……かな」
「で、一発も無駄にはできないから修行して抑え込んでるってわけか」
「…………」

 太陽が里の真上に差し掛かった頃、無言で座り込む影となっていた二人はうちは集落の通りをとぼとぼと歩いている。
 物言わぬまま座り込んでしまったサスケに対し、ナルトはいっそのこと置き去りにして逃げてしまおうかと思っていた。しかし、そうはさせなかったのは、サスケがうちは煎餅の保有者であったからである。煎餅の製造法を手に入れたナルトは、サスケが後になってから四の五の言ってくる事を懸念していた。契約書は先ほどサスケに署名させたものの、真の保有者が誰かと問われれば誰の目から見ても一族の末裔であるサスケがそうである。つまり、後から言い出しても大義名分はサスケにあり、世論はサスケに同情する可能性があるのだ。
 煎餅で一山当てようと目論むナルトにとってサスケはお得意様であり、契約書を書かせた時にも言ったように実質的な仲間ともなっていた。座り込んでしまったサスケにこのままへそを曲げられてはまずいと思い、あれからナルトはサスケを落ち着かせ、なだめ、時には褒めたりしながら必死に機嫌をとっていたのだ。
 その努力が実を結んだのかサスケは冷静さを取り戻していき、ナルトに誘われて煎餅屋から帰宅の途についていたのである。その道中、ナルトは絶えずお得意様に語り掛け続け、一族を失った苦悩や性的な悩みなどを聞くに至っていた。

「でも、サスケの夢はここじゃあ難しいかもなあ」
「……どういう事だ」

 気が付けば、サスケ宅の前へと足は進んでいる。そこでナルトに夢を否定され、サスケの足は止まった。ふつふつと激情が煮えたぎっているのが伝わってくるが、ナルトの口はそこでは止まらなかった。

「だってホラ、一夫多妻制とかじゃないだろ、ここ」
「一夫多妻制、だと」
「一人の女に子供を産ませようにも限界ってもんがあるんだってば。よそで女と子供つくっても、認知できねえから一族とはみなされないんじゃないのかなって」

 ただ相手の言い分に対し肯定しているだけでは、真の信頼を得る事はできない。幼少より蔑まされ、金に魂を売ったナルトが、人を騙して生きていく為に培った人生哲学であった。一か八かではあったが、会話に乗ってきたサスケを見て邪悪にほくそ笑むと、続けて畳みかけていく。

「ここで女を囲うってのも大変なんだってばよ。経済的にも、世間体的にも。木の葉って親戚とか多いじゃん」
「………」

 一理ある。
 ナルトの言に、サスケはそう思った。
 法治国家火の国においていかに忍者といえど重婚など許される訳がない。ひそかに愛人を作った政治家や芸能人が、誹謗中傷の目に晒されて哀れな末路を辿り没落していった様を、サスケはワイドショーなどを通じて知っていた。
 ではどうすればいいのだろうか。真の意味で一族の再興を果たすためには。
 考え込むサスケの様子を見て、ナルトの口角は邪悪に歪む。

「南の方の国は、そういうのおおらかだって聞いた事あるような」
「どういう意味だ」
「一族の再興……その夢を成し遂げるには、一夫多妻制の国に行くしかねえんだってば」
「里抜け、か」

 忍者にとって禁忌とされる里抜けであるが、今のサスケにとっては希望に満ちた魅惑的な響きを持っていた。
 あの事件により一族を失ってしまった訳であるが、果たして里は何をしてくれると言うのだろうか。国のため里のためと、戦乱が起きるたびに一族達は少なくない命を散らしていった。一族は少なからず貢献してきたはずだ。しかし、そんな一族を失った今、周りは同情の目を持って見てくるだけで、具体的な再興についての行動など何一つ無い。上の連中は厄介者が減って良かったとでも思っているんじゃあないのか。
 一夫多妻制という現実を前に、サスケの中に里に対する疑心の念が浮かび上がってくる。
 そして、疑心暗鬼となっているサスケに対し、ナルトはここぞとばかりに言葉を続ける。

「里抜け里抜けっていうけど、もうそんな時代なんじゃないんだってば」
「何だと」
「忍者は自分の実力に見合った環境に身を置くべきなんだってば。そこに古びれた里の掟なんて関係ない。一昔前の忍者はみんなそうだったんだってば。損得勘定をはかりにかけて合理的に行動するのが本当の忍者なんだってば。そうは思わないかね、サスケ君」
「…………」

 ナルトの手前勝手な言葉は、夢に出てきた金髪全裸の悪魔の囁きのようにサスケの心を揺さぶってくる。一族再興という野望を抱いているサスケにとって、一族の再興と里の掟をはかりかけた場合、傾くのは当然前者の方であった。

「今はまだその時じゃ無いけど、俺もいずれは里を抜けてやるんだってば」
「…………何」
「俺の夢は金持ちになる事。落ちこぼれっていわれている俺がこのまま真面目に忍者になったとしても、一生下忍の日銭暮らしで終わるだけなんだってばよ……いつかこの里を抜けて、大金持ちになって、俺の事を馬鹿にしてきた奴らを見返してやるのが俺の夢なんだってば」
「……ナルト」

 手前味噌な事を言い終えたナルトの心境は『我が策、ここに成れり』といった感じであった。
 いずれは里を抜けると言い放ったものの、それはナルトの本心ではなく、疑心を抱いているサスケに擦り寄るための方便であったのだ。形は違えど同じ志を抱く者として、サスケの心に刷り込ませるのが目的である。今までとは少し違う目でサスケが自身を見ているのを
察知すると、ナルトの邪悪な笑みは更に醜悪なものとなる。

 全く違う過酷な運命を背負った二人の少年が、誰もいないうちは集落において、それぞれの思惑は別として夢を語り合った結果となった。
 ナルトは念願の煎餅製造法を手にし、サスケは一族の再興へと向かう道をそそのかされた。
 サスケがこれから辿っていく道は、原作からは大きくかけ離れたものであるのかもしれないし、そうでないのかもしれない。迷える一族の末裔にとって『里抜け』という道は、決して避ける事のできない大きな壁となっている。正義感溢れる原作のナルトにとっても、一歩間違えていればそうであったであろう。

 二人がサスケ宅の玄関先に着いてから、しばらくが経った。互いに沈黙したままであるが、先ほどのような空気の重苦しさは無い。サスケの脳裏には、一族の再興とナルトに言われた里抜けの事が駆け巡っている。一方のナルトは、サスケを愚策に陥れた事に満足し、帰るタイミングを見計らっていた。

「サスケ、一つだけ聞きたい事がある」

 黙り込んだサスケにたまりかね、ナルトが口を開いた。聞きたいことなど特に有りはしないのだが、何かきっかけになればと単純に気になっていた事を聞くつもりである。

「赤玉が出るのをを防ぐために頑張ってるみたいだけど、どうしても出ちゃう時とかあるだろ?」
「どういう意味だ」
「え~と、アレだよアレ!朝起きたら出ちゃってるやつ!夢精、って言うんだっけか」

 全力で射精を阻止しているサスケに対し、ナルトがふと抱いた疑問であった。覚醒時なら催してもそれ以上の負荷を体にかければ、勃起は納まる。この原理は理解できた。しかし、人間が寝ている時、意識の無い状態では手の施しようがない。手を施さなくても、出るときは無意識に出てしまうからだ。
 一族再興のためにストイックに生きるサスケが、この問題に対していかなる手段を持って立ち向かっているのか。ナルトの疑問はそこであった。

「ああ、アレか」

 押し黙っていたサスケの口が開く。ナルトは軽い気持ちで尋ねた事であったが、聞いてみるとかえって気になってくる。耳を研ぎ澄まし、サスケの言葉を待った。

「…………ノーカン」
「えっ?」
「アレは、ノーカンだ」

 返ってきたサスケの言葉は、耳を疑いたくなるようなものであった。『ノーカン』つまり、無かった事にする。ナルトは思った。こんなに都合の良い言葉を聞いたのは、どれくらいぶりだったろうと。ましてやその言を発したのは、生理的な欲望と日々闘っているうちはサスケである。当の本人は、自身の言ったことは信じて疑わないという、強い意志を持った真顔だ。

「故意じゃないなら、罪には問えないだろ」
「……………………サスケが言うなら……間違いないんだってば」

 理解に苦しむサスケの発言に、ナルトはただ同調するしかなかった。急な頭痛を覚えたナルトは、言葉少なにサスケへと礼を述べると、ふらふらと帰宅の途についていくのであった。



[36294] こんなNARUTOは嫌だ5
Name: さば◆cc5fc49e ID:f15c353b
Date: 2014/03/28 03:58
「いくら……出せます?」

 ミズキは目の前で暗く佇んでいるアカデミー生の思いもよらぬ発言に、校庭の片隅で言葉を失っていた。

 木の葉の里は新しい春を迎え、そこらじゅうに生えている新芽の数々が、その息吹を知らせている。
 里のアカデミーも例外なく春を迎え、新入生の入学と在学生の卒業の時期となった。目出度く卒業となったアカデミー生達は、卒業とともに木の葉の下忍となり、学生時代とは決別してこの春から新しい人生を歩んでいく事となる。
 アカデミーの校庭では、卒業生達やその親族が集い、それぞれが祝いの言葉を交わしたり、別れの涙を流していたりしている。春の風物詩とも言える、この時期特有のアカデミーの情景だ。
 そんな中、校庭の片隅では、情景にそぐわない異質な二つの影があった。

「里の巻物を盗めって事ですよね……そんな危険な仕事なら、それなりの見返りがあってもいいはず…………いくら、出せるんですか?ねえ、ミズキ先生」

 ミズキの内心は激しく揺さぶられていた。まさかアカデミー生に、それもアカデミーを卒業する事さえできない落ちこぼれと目していた学生に、金を要求される事になろうとは、と。教師という立場の手前、必死に冷静を装いはしているが、背中を伝っている冷や汗がミズキの焦燥を表している。
 ミズキに金銭を要求している少年、うずまきナルトは、春の陽気さとは程遠い陰湿な空気を身に纏いながら、うつむき加減にミズキと対峙している。

「ナ、ナルト君!何か勘違いしているようだね。先生はただ、ナルト君が下忍になれるよう……」
「下忍なんて、どうでもいいんです」

 苦し紛れに取り繕おうとしたミズキの言葉は、ナルトの一言で遮られる。

 ミズキは里の中忍であり、アカデミーの教師として後輩の育成に努めている。
 アカデミーでは笑顔を絶やさない良き教師として仕事をしているが、実際は腹に一物をかかえている人物である。実力はあるものの、なかなか出世できないのは、その性格に問題があると上層部から判断されているからであった。その実情を知らぬ本人は、現在の自身への評価は至極不当なものであるという考えに至り、やがては逆恨みとも言える里への反意を募らせていく。
 そして考えは、行動へと至る。ミズキは他里の忍者と秘密裏に連絡を取り合うようになっていた。そうしていくうちに、ミズキは里の秘密である術の巻物を手土産に里抜けする計画を密かに企てていた。
 しかし、平和ボケといっても、さすがは忍者大国火の国。里の秘密などそう簡単には手に入らない。そこで、ミズキは自身が巻物を盗むのではなく、誰か違う人間をそそのかして巻物を手に入れようとする。白羽の矢が立ったのが、里の問題児うずまきナルトだった。
 卒業試験の分身の術では見るも無残な結果に終わり、校庭で意気消沈している様子のナルトに声をかけ、『下忍になれる』とそそのかし、落ちこぼれ忍者であるナルトは計画通りに行動をする。はずであった。

「ドライにいきましょうやミズキ先生。いくら出せます?」

 陥れるはずの落ちこぼれ忍者から返ってきた言葉は、意外すぎるものであった。
 忍術はもとより学力等も人より劣り、他愛のない悪戯を繰り返しては周囲の反応を楽しんでいるだけの少年、うずまきナルト。素行も良いとは言えず、敬語なんかとは程遠い。そのナルトが敬語でミズキに返してきたのだ。いつもなら人と話すときは目を見て喋る少年が、目を伏せている。声の調子も普段とは打って変わり、感情のこもっていない随分と冷徹な声であった。その普段のナルトとは全く違う不自然さが、より一層のある種の不気味さとなり、話している内容も相まってミズキを戦慄させた。

「………………」

 こいつは本当にあのナルトなのか。なぜ落ちこぼれに金銭を要求されているんだ。まるで恐喝ではないか。まさかこいつは、俺が里を抜けようとしている事を知っているのか。
 焦りとともに、そんな考えがミズキの頭に駆け巡る。返す言葉なぞ出てくるはずが無かった。
 ナルトの要求を最後に、二人は沈黙したままとなる。すると突然

「おーい!イルカ先生ぇーっ!」
「!!」

 ナルトが叫ぶ。
 卒業の余韻を味わっていた生徒達は、その大半は親族とともに帰路へと着いている。校庭には仕事を済ませて校舎へと戻るイルカという教師の姿があった。
 イルカはミズキと同じくアカデミーの教師であり、その人柄の良さから生徒の信頼も厚い忍者である。

「俺は絶っ対あきらめないんだってばよー!」

 校庭を歩くイルカの姿を遠巻きに見ながら、ナルトは勢いよく手を振っている。その表情はいつもの無邪気な落ちこぼれ忍者に戻っていた。
 しかし、この行為は『いつでもタレこむぞ』という明確な意思を含めた、ミズキに対する牽制であった。

「わかった!ナルト!…………払う」

 ナルトに声をかけてからは驚きの連続で頭が回らないミズキは、慌ててナルトの言動を遮る。その顔は普段の笑みを忘れ、冷や汗とともに若干引きつっている。待ってましたとばかりに、ナルトの口角が醜く歪んだ。

「いくらです」
「…………これで、どうだ」

 両の手の指を広げてナルトの前に突き出す。内容が内容なだけに、子供のお使いなどではないのでかなりの金額となる。少しの間をおいて、ナルトの首が数回うなずいた。交渉成立であった。

「では、今日の夜に例のブツを示された森まで持っていきます。現ナマでお願いしますよ」

 冷徹なナルトの声に、ミズキはしかめっ面と舌打ちで返すのがやっとであった。願わくば一刻でも早くこの場所から、目前の金の亡者から姿を消したい。というかナルトを消したい。そうミズキが思った時に、ナルトの掌が無造作に差し出された。

「…………何だ、その手は」

 ミズキは差し出された掌を見て、汚物でも見ているかのような眼をした。ナルトを嫌う里の人間たちと同じ眼であった。

「……前金」
「チィッ!」

 この時点でミズキの顔は、完全に心優しい教師の顔ではなくなっている。こめかみには青筋が浮かび、目は充血さえしている。かろうじてミズキが理性を保てているのは、日がまだ明るいという事と、場所が校庭であったからであろう。
 ミズキは乱暴に自身のポケットに手を突っ込むと、くしゃくしゃになったお札をナルトに握らせた。

「これで何かうまいもんでも食えっ!」

 間抜けな捨て台詞であった。しかし、何か言わないと気が済まない。そう思ったミズキは既にギリギリの状態である自身の理性と誇りを守るべく、捨て台詞を吐きつけてその場を後にする。
 早々に立ち去ったミズキの後姿を見ながら、ナルトは持たされた札を握りしめると邪悪にほくそ笑む。

「でっけえヤマなんだってば」

 小声でそう呟いた。ミズキとの交渉の結果、成立した金額は果たして妥当なのか、割高なのか。ナルトにはわかっていない。なぜなら、こんな交渉を試みたのは初めてだからだ。ただ、舞い込んできた話に金の匂いを嗅ぎつけただけである。どのような金額が提示されたとしても、ナルトは受けるつもりであった。目前にぶらさがった『金』のために。多めに提示してしまったミズキは、完全にナルトに呑まれていたともいえる。
 札を握りしめた少年は、これからやるべき仕事の内容を頭に反芻させる。秘伝とされる巻物の奪取。向かう先は、目的のブツが眠る火影邸であった。

 そして、ナルトとミズキの一連のやりとりを、一人の少年が誰にも気づかれることなく始終監視していた。天才うちはサスケ。
 試験にも合格して無事に卒業できたサスケは、校庭に集う同級生達の姉や母親といった親族に欲情してしまい、ナルト達とはちょうど逆サイドの校庭で一人黙々と筋トレをしていたのだ。一族から受け継いだ無駄に良い眼を持って、ナルトが札を握らされる現場の一部始終を目撃する。
 春特有の発情と闘う少年の心理が、好奇心へと変化する。サスケの眼は、校庭を去っていくナルトの姿を追った。



「仕事なんてのは、こんなもんなんだってば」

 目的である巻物を手中に入れると、ナルトは警戒の気を緩めることなく火影邸からの脱出へと取り掛かる。その顔は普段の落ちこぼれ忍者の顔ではなく、その道のプロの貌であった。
 ナルトの仕事は驚くほど迅速で、確実で、一切の無駄が無かった。
 うっかり三代目火影に見つかってしまいお色気の術で撃退するなんて事は無く、里の上忍の眼をも完全に欺けるほどの完璧な侵入、盗難、脱出であった。
 ナルトはもともと優秀な忍者の血を受け継いでいる。金への執着がナルトの集中力を研ぎ澄まし、細胞に眠る溢れんばかりの忍びの才を、存分に奮わせた。誰に倣うというわけでもなく他人の気配を敏感に伺い、己の気配を消すという忍者としての基本的な行動が自然とできた。やっている本人はお金の事しか考えていなかったのだが、ナルトは忍者としても盗人としても高い天稟を持っていたのだ。

 例のブツを懐に収め、火影邸を出た足は足早に受け渡し場所である、依頼人のミズキが待つ森へと進む。まだ見ぬ大金に胸をふくらまし、ナルトは里を駆け抜けた。




 ナルトは受け渡し場所に到着すると、近くの適当な切り株に腰を下ろす。森の合間からは綺麗な満月が怪しく光り、木々の騒めきとともに時折フクロウの声がこだましている。
 懐に手を当てて巻物を確認すると、割と大きめな安堵の溜息をついた。

「これを元手に、一儲けできるんだってば……」

 手にした巻物を弄びながら、頭上で怪しげに光る月を見つめる。その光はこれからのナルトの道を明るく照らし、祝福してくれているかのよに思えた。
 依頼人の姿は、まだ無い。しかし、ナルトは絶対に来るという確信を持っていた。もしも来なかったら、タレこむだけなのだから。
 待っている間、『見たって減るもんじゃないんだってば』という安易な考えが頭によぎり、ナルトは巻物を開く。その巻物には術の原理や印の結び方などが記されている。忍術には興味が無いナルトであったが、この巻物がもうすぐ大金に替わると思うと眺めているだけで楽しい気持ちになれた。
 暇つぶしがてらに印の手遊びを交えながら、ナルトは月明かりを頼りに巻物を読んで時間を潰した。

「…………ナルト」
「ミズキ先生!」

 どれくらい待っただろうか。ナルトが巻物をあらかた読み終える頃、依頼人の声がナルトを呼んだ。ナルトは手にした巻物を手早くまとめると、嬉々として声のした方向に振り向く。
 そこには依頼人であるミズキが、いつもの笑みを浮かべ静かに立っていた。その手にはお金が入っていると思われる布袋を持っている。思わず、ナルトの口が厭らしく歪む。

「巻物は、持ってきたかい」

 笑みを浮かべたミズキの顔は、ナルトにはお金にしかみえなかったのであろう。ミズキは何も持っていない方の手を、静かに差しのべた。ナルトは疑うことなく巻物をその手に差し出す。そして、同時にミズキの腕が鋭く動き、布袋でナルトの顔面を振りぬいた。

 声にもならない短い悲鳴をあげ、ナルトは吹っ飛ぶようにして倒れる。布袋の中身は金ではなく、大量に詰められた石であった。ナルトは打たれた顔面を両手で覆い、痛みに耐えかねて身をよじらせ転げまわる。ミズキは相変わらず笑みを浮かべたまま、転げまわるナルトに歩み寄った。

「この化け物がっ!お前にやる金なんざビタ一文ねえんだよっ!」

 ミズキの攻撃が続く。わざと急所を外しているのか、手に持った布袋でナルトの体の至るところを打ち据えていく。ナルトはそのたびに短い悲鳴をあげ、身を亀のように丸くして守ってはいるが、ミズキの執拗な攻撃から逃げる事はできなかった。

「冥途の土産に教えてやる! お前が里から嫌われてんのはなあ…………」

 攻撃を加えながらミズキが叫ぶ。しかし、ナルトの耳には届かなかった。痛みによって聴覚がマヒしているのではない。金を払わないミズキへの憎しみが、そうさせていたた。

(なんでっ!何で払ってくれない!こいつ、払うって言ったのに……何で!何で!)

 ミズキから痛めつけられるたびに、ナルトは心の中で叫んだ。ただただ、悔しかった。金を払わないミズキが憎く、どうする事もできない自身の無力が悔しかった。悔しさのあまり、その眼からは涙が溢れ出た。
 いかにナルトが頑丈な体を持っていたとしても、いかんせん子供である。ミズキからこうも執拗に体を殴打され続けると、さすがに限界というものがやってくる。急所は外されてはいるものの、その痛みによりナルトの意識は段々と遠のいていった。

『……小僧ォォォ』

 ナルトの耳に、誰かの声が聞こえた。いや、耳ではなく、脳内に直接語り掛けられているといった方が正確なのかもしれない。その声は、とても人間の発するような声色ではなく、何か別のおどろおどろしい物騒な声であった。

『小僧ォォォォッ!』

 ミズキの容赦ない一撃が、ナルトの首元に入る。
 再びナルトの意識が飛びそうになった時、その声はまたもナルトの中で響いた。さっきよりも明確な声になっている。どうやらその声は、ナルトの腹の中から聞こえてくるようだった。

『憎かろう……約束を反故にされ、一方的に痛ぶられ……殺してしまいたいほど憎かろう』

 ナルトに語り掛けられたその声は、なんとも禍々しい声色ではあったが、ナルトは飛びそうになっている意識の中で耳にした。喚き続けているミズキの叫び声は一向に耳に入ってこないが、不思議な事にこの禍々しい声は鮮明であった。現実とは違う、別の世界の中で聞いているような感覚であった。

『小僧、わしを解き放て……力を貸してやる』

 日常生活の中でならば、耳を塞いでしまいたくなるような声。だが、今のナルトはその声を自然と受け入れる事ができた。どこかその声に懐かしさのようなものすら感じていた。

「誰だ、てめえは」
『眼を開けて、よおく見てみろ』

 ナルトの問いかけに、声の主は目を開けろという。ミズキの執拗な攻撃により、ナルトの眼は重く塞がったままであった。言われた通りに重い眼を見開くと、見えてきたのはとてつもなく大きい檻。その檻の中に、声の主と思われる化け物の姿があった。パッと見は狐のようないでたちだが、その体躯は通常の狐をはるかに超えていた。巨大な九本の尾を怪しく動かしながら赤黒い眼で檻の中からナルトを見据え、凶暴な牙の間からは涎を滴らせている。異形という言葉では片づけられない、まさに化け物であった。

『見えたか小僧……わしはいつもお前を見てきた。お前は周りの人間から蔑まれ、恨まれ、迫害され続けてきた。現に今のお前の中は、憎しみで溢れかえらんばかりであろう』

 化け物がナルトに語りかける。その迫力に押されてか、真実を言い当てられてか、ナルトは震えながらうなずくだけであった。

『もう一度言うぞ小僧……わしを解き放て……ここの人間どもを思い知らせてやろう…………わしを解き放て!』

 化け物が叫ぶ。この世の全てを恨んでいるかのような咆哮であった。

「……い、いくら、出せる?」
『…………はぁ?』

 恐怖に怯え、引きつった表情をしている少年が発した意外な言葉に、異形の狐は面をくらった。

「そ、その檻から出てぇんだろ!いくら出せるんだってばよ!化け狐ぇっ!」

 奥歯の音が聞こえそうなほどに震えている少年は、声を上ずらせながらそう叫ぶ。

『いくらって……いくらもあるけど』
「現ナマだっ!出してほしけりゃ現ナマで持ってきやがれ化け狐ぇっ!」
『……………………』

 異形の狐は考えた。今までこれほどまでに醜い、いや、己の欲望に忠実な人間がいたのだろうかと。
 人間は、醜い。夢だ、希望だ、勇気だと崇高に謳いながらも、その行動の原理は人間の持つ欲望によってである。欲によって動きながら、理想を掲げてひた隠し、そして隠しきれない欲が見え隠れするという人間の姿に、狐は憎悪していた。
 しかし、目の前で震えるこの少年はどうだろう。恐怖により顔面は蒼白し、芯から体を震わせているこの少年は。命乞いしてでもおかしくない状況であるにもかかわらず、圧倒的な力の差を目の当たりにしながら一歩も引かず、金銭を要求している。対峙している少年の姿は、恐怖に打ち勝つ欲望の姿であった!
 そして、狐の口角が緩む。

『……気に入ったぞ、小僧』

 檻の外、ナルトの足元に大量の札束が煙とともに現れる。狐がその妖力により産みだした『現ナマ』の姿。

『持っていけ、小僧。はした金だがくれてやる……儂は今まで多くの人間を見てきた………しかし、貴様ほど欲にちゅ』
「前金なんだってば化け狐っ!」

 言葉の終わりも待たず、ナルトは現ナマの山から一握りの札束を掴むと姿を消した。残されたのは、檻の中の狐と、札束の山。それ以外には何も無い。

『……………………』

 異形の狐は残された札束の山を見ながら再び考える。札束を握りしめて姿を消した少年の事を。今までこれほどまでに醜い、いや、己の欲望に純粋な人間がいたのだろうかと。
 そして、狐は嗤った。

『カカカカカ……気に入った!ますます気に入ったぞ小僧!貴様なら、儂が出ずとも楽しいものがみれそうじゃ。ちいとばかり、儂の力をかしてやろう!カカカカカ』
 
 何も無い空間の中、狐の高笑いが不気味にこだました。


 ミズキの執拗な攻撃を受け続ける中、ナルトは一瞬失っていた意識を再び取り戻す。相変わらず攻撃されているようだが、不思議と痛みは感じていない。朦朧としていた意識も、鮮明になっている。何もない空間で、一匹の巨大な狐と話をしていた。今までに味わった事の無いような恐怖を感じたが、一つだけはっきりと覚えているのは、この手には札束が握られているという事。
 欲望が神経を凌駕した。痛みを感じぬナルトは、『現ナマ』を確認するために握りしめた拳を開く。しかし、そこにあったのは、握りしめていたはずの札束ではなく、ひとひらの落ち葉であった。

(ちくしょう!ちくしょう!ちくしょう!ちくしょう……)

 ナルトの頬に涙が伝う。血が出るほど落ち葉を握りしめ、怒りで肩を震わせた。欲望を果たせなかったナルトの激情は、チャクラとなって体全身から溢れだしていた。ナルトの中に住む狐のテコ入れもあり、その禍々しいチャクラはナルトの体から狐の尾のようにうなりをあげている。その異様な姿に、ミズキの攻撃の手が一瞬止まった。

「ちくしょう……どいつもこいつもよぉ!」

 凶暴なチャクラをまとったナルトが、ミズキに襲い掛かる。ひるんでいたミズキに躱せる術はなかった。力任せに振りぬいただけのナルトの拳は、ミズキの顔面へと吸い込まれる。まともにくらったミズキは大きく吹っ飛ぶ。森の木と衝突する事によってようやくその勢いを止めた。俗に言う、ワンパン。勢いを止めた木の根元には、気を失いうなだれているミズキの姿があった。

「やってやる……やってやる……やってやる」

 一撃のもとにミズキを沈めたナルトだが、それで怒りが収まるナルトではなかった。自己暗示をかけるかのように同じセリフを繰り返し、その眼は完全に常軌を逸していた。ナルトはゆっくりと、気を失っているミズキに近づいていく。

「やってやる……やってやる……」

 口から洩れる言葉は、同じだった。ミズキの目前へと迫ると、近くに転がっていた人の頭大の石を両手に持ち、ゆっくりと頭上に振りかざす。

「やってやる」

 ミズキの後頭部へと、両手を振り落した。




「クソッ!間に合わねえ、ウスラトンカチッ!」

 アカデミーの卒業式も無事に終わり、明日からはいよいよ下忍となる。少し昔ならば、一族総出でこのめでたき日を祝うのが習わしであった。しかし、今はサスケ一人。おとなしく家に帰っても、やることは発情と修行の繰り返し。そんな日常に飽き飽きしていた天才サスケは、日中校庭で見たナルトとミズキの怪しい会合を目撃し、好奇心からナルトの後をつけていた。息をひそめて尾行する事により、発情を未然に防ごうとしたわけである。盗人として天才的な能力を発揮したナルトが火影邸へ忍び込んだときも、ナルトに気付かれることなく尾行できたのは、サスケもまたたゆまぬ日々の努力により実力を身につけていった結果である。
 森の中に入り、ナルトがミズキから一方的に打ちのめされている時に止めに入らなかったのは、『このまま消えてくれれば、もうアイツからたかられる事は無い。悪く思うなウスラトンカチ』という思いがあったかどうかは別として、ここは一つ『単純に見ていなかった』という事にしていただきたい。彼が持つ無駄に良い眼は、このときばかりはナルトとミズキではなく、森の中で密会している男女の姿か、はたまた春の色香に発情した獣の交尾であったのか。何を見ていたかは、彼しか知らない。
 今までに感じたことの無いような禍々しいチャクラをサスケが察知し、ナルトの方へと目を転じた時には、石が振り上げられている頃だった。理由は何にせよ、凶行に及ぼうとしている同級生を止めようと急ぎ駆けつけたが、もはや手遅れとなっていた。

「やっちまったな……ウスラトンカチ」
「…………サ、サスケ」

 見るも無残な姿となったミズキを前に、ナルトはうつむき加減に立ちすくんでいる。正気へと戻ったナルトは、己のしでかした事の重大さに気づき、その身を震わせていた。サスケの問いかけに、心ここにあらずといった状態で、力なく返答する。
 サスケは身をかがめ、固まっているミズキの鼻筋に手をあてると、首を左右に振った。

「どうすんだよ……これ」
「こ、こいつが……払わねえって……金払わねえなんて言うから!……俺……俺ッ」
「落ち着け!ナルト」

 動揺を隠しきれないナルトは、わなわなと震えるばかり。そんなナルトと足下で固まっているミズキを見て、サスケの脳裏に彼ならではのあるひらめきが産れる。
 春の夜風が森の木々を揺らしている。遠くからはどこからか、遠吠えなのか、喘ぎ声なのか、獣の声が耳に入る。

「ナルト……これは、俺がやった事にしてやる。お前は里に帰れ」
「…………えっ」

 サスケの思わぬ発言に、ナルトは我が耳を疑った。

「俺は、今日より里を抜ける」
「な、何を言ってんだお前」

 理解できないでいるナルトを前に、サスケは続けた。

「いつか、里を抜ける日が来ると思ってたんだ……俺の……俺自身の、野望の為に………」

 空には月が出ていた。木々の間から、二人を照らしている。獣の声は、相変わらずだ。

「ナルト……これは、お前が教えてくれたことでもあるんだ」
「…………え」
「この国は、一夫多妻じゃねえからな!」

 決して、サスケはかっこいい事をいっているのではない。しかし、このときばかりのサスケは、森から差し込む月の光と相まってか、かはたから見れば一見かっこよさげに佇んで見えた。

「ナルト、早く帰って報告しろ。木の葉も馬鹿じゃない。じきに追手がかかるぞ」

 そう言い終えると、サスケは踵を返して歩き出した。里とは真逆の方向へ。その足取りは力強く、迷いは感じられなかった。

「ま、待ってくれ!サスケッ!」

 歩み去っていくサスケを、ナルトが呼び止める。その声は、身を切られているかのような悲痛な叫びであった。

「俺も……俺も一緒に連れてってくれ!」
「な、何を言ってんだお前」

 止まる事はないと思われたサスケの足が止まった。

「このまま里に帰ったとしても、俺はどうせ日陰者」
「下忍になれたとしても、一生日銭暮らしなのは目に見えてるんだってば」
「ならいっそ、俺も、俺も里を抜けて、でけえヤマあててやる……!」
「だからサスケッ!俺も里を抜けるっ!」

 決してかっこいい事は言っていないと解りきっている。しかし、二人の頭上で輝く月が、草木をざわつかせる春の風が、ナルトの姿を強い意志を持った漢の姿へと変貌させている。

「……フン、勝手にしろ、ウスラトンカチ」
「サスケ……」

 しばらく対峙しあう二人。二人の間に静かな時間が流れる。静寂を打ち破ったのは、言葉ではなく動作であった。互いの利き腕の、二本の指を交差させる、木の葉に伝わる決まりごと。どちらからともなく、月明かりの下で互いの指が交差される。印を結んだこの森は、奇しくも決別の地とは真逆の方向であった。

『ナルトォ!どこだ、出でこいナルトォ!』

 遠くの方から、声が聞こえる。ナルトを呼ぶ声だ。

「チッ!追手か……!思ったより早いな」
「この声は、イルカ先生だ!」
「イルカ……あのAV女優みたいな名前の教師かっ!」

 うみのイルカ。常に生徒の事を思う、アカデミーの良き教師である。

「グズグズすんな、行くぞっ!ウスラトンカチッ!」
「わかってるってばよ!」

 暗闇の森の中、二つの影が風を切り駆けていく。里から逃げるように、いや、新しい目的地へと向かうように。吹き続けていた春の風は、追い風のように二人の背中を押した。

「抜けるのはいいけど、どこに行くんだってば!」
「……南だ…………南しかねえ!」
「何で南なんだよ」
「…………緩そうだからだ……!」

 欲望に悩まされながらも、欲望に従う道を選んだ二人の少年。里を飛び出し、向こう側へと駆けていく。運命とも言うべき道から大きくそれた二人の少年が、少年から青年、そして中年壮年へと年を重ねていったとしたら、その眼には何が写っているのだろうか。今よりも素晴らしい世界なのか、どん底の絶望なのか、市井の一角なのか。これ以上先の事は、知ったこっちゃあ無いのです。

こんなNARUTOは嫌だ 完
すんませんでした


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