第二話 開幕
ビジネスホテルでの作戦会議を終えた僕たちは、ひとまず東京の霊的中心地である皇居に行くことになりました。
冬の東京は底冷えし、空は灰色の雲が覆っています。万人が思っていることでしょうが、冬季のコンクリートジャングルで曇り空とかテンションだだ下がりです。
しかし何よりも、僕の後方1メートルをキープして歩く無言のメディアさんの方が、僕としては何よりも気分を圧迫させる原因でした。
「キョースケまだ? いい加減人が多くてうんざりよ」
……はい、みなさん聞きました? 呼び方がまたまた変わりました。マスターから格落ちで、キョースケになりました。
「もうすぐ、もうすぐです。具体的にはあと一分ですからお願いします! ああ、人払いの結界とかやめてください!」
平日朝の桜田門駅で魔術発動のそぶりを見せるメディアさんをとりなしつつ、地下鉄の構内から階段を上って地上へと出る。
ここまでの日本名物満員電車でぶち切れ寸前のお姫様。そしてそれに慌てる下僕が一人。
はい、僕たちの関係を端的に表していますね。なぜこうなったのか――――
願望という名の煩悩を炸裂させてしまうという失敗を犯してしまったので、僕は僕の犯した失態をリカバリーするべく土下座で弁解した。
といっても、あの時調子に乗ってベラベラとしゃべった原作知識に基づく発言はせいぜい「メディアルート」と「イリヤルート」だけであったのでそれに関するフォロー、というか誤魔化しを行うことで何とかなった。
僕は陰陽師という東洋独自の魔術体系を習得していて占いにも精通しているから、メディアさんを占ってみた。結果僕以外のマスターを得た場合は決して助からないし、幸せを得てもすぐに失う。
ルートという言葉は日本の若者言葉で、途中はつらいことがあっても最後には報われる運命の道筋という意味があり、イリヤというのは参加マスターの一人娘で、その子もまた決して助からず、ただこれから先の未来はあまりにも救いが無いので、出来れば助けてあげたいという事を真摯に話した。
嘘は言っていない。
事実、修行の一環で占星術の習得のために原作キャラを手当たり次第に占ったことがあるのだ。
本名に基づいて(生年月日不明の為)調べてみたが、二人の結果は最悪。
Fate世界の理不尽を濃縮したような内容で、間桐慎二ことワカメの運勢すらよく見えるほどだ。
ちなみに冬木の虎ことタイガーは、結婚関係以外は羨ましいぐらいの幸運を誇っていた。運気を少し寄こせと言いたい。
正直、自分が現実世界だか並行世界からの転生を成し遂げた存在であり、未来が多少なりとも分かるので、それに基づいて動けば聖杯戦争なんて楽勝だよ。と言ってしまえば楽になったのかもしれない。
事前に陰陽道流の対策を施しておいたにもかかわらず、あっさり精神干渉を許してしまったことから、メディアさんの前での僕は丸裸も同然。今後「あなたは未来が分かるのか? なぜ分かるのか?」という質問をされれば一発でバレる。
が、それでも可能な限り誤魔化したい。もっと信頼関係を結べていれば話は別だが、今の段階でそんなことを言えば、情報と魔力だけ抜き取られる木偶人形にされる可能性が大である。
僕の懸命の言い訳が功を奏した結果、この件については保留となった。そう、あくまで保留なのだが、少なくともこの場で即人形化は避けられた。僕がこの先なにかヘマをやったら容赦なく尋問タイムとなること請け合いだが、いったん流して貰えた。
最悪の展開としては命と自由を確保するために、白紙のセルフギアススクロールを渡す位の誠意は見せなくちゃならないかなと思っていただけに僕は安堵した。
メディアさんに僕が少なくとも裏切るような真似をする人間でないと信用してもらったのか、それともいつでもどのようにでも料理できると踏んであえて見逃されているのかどうか推察の域を出ないが、少なくとも僕はまだ聖杯戦争に臨むマスターの一人であり続けている。
ただし、僕のメディアさんの若妻姿に興奮、エルフ耳萌え~と叫んだ一件だけは未だに尾を引いていて、1メートルキープと相成っている。
あれだ、エロ本を学校に持ち込んでいることが露見して、女子から汚物扱いされているときの心境に似ている。翌日学校に来たら座席が離されていたときとか死にたくなったもん。「別に僕のじゃねーし、○○のだし」とか言い訳したっけ……
まあ、あのときよりは大分マシなんですけどね!
これがギャルゲーならば、凛々しい系の美少女(別名ツンデレ委員長キャラ)は男に口説かれる機会が無いから、こういう風に面と向かってかわいいと言われるとテレ隠しからついキツく当たっちゃうけど、実は褒められることに慣れてないだけで内心は「どうして素直になれないんだろう。本当は嬉しいのに」とか()付きで表示されるんだろうな。ギャルゲーでは。大事なことなのでry
うーん、一応エロゲが元なのだから確かめてみるか……
「メディアさんって美人ですよね」
「あっそう、ありがとう」
「あなたの美しい瞳はまるで宝石だ。流れるような水色の髪が僕を狂わせるんだ」
「そう、本当に狂ってみる?」
「……すみません」
はい! 終了! ツンデレ委員長キャラ説はなし!
顔色一つ変わりませんでした!
すごいよメディアさん、歯牙にもかけないをこうも見事に表現するとかビックリだよ。
神話でのメディアさんって諸説あるけど、イアソン(最初の夫)に熱烈に口説かれて恋に落ちたって説もあるんだよね。ヴィーナスの神はイアソンに助力するために、 息子のキューピッド に命じてメディアさんに愛の矢を射込ませてイアソンに惚れさせるって話でも将来妻になる相手なんだから、イアソン自らの言葉で口説き文句の一つや二つは必ず言ってるだろうし、お姫様時代からもきっとこういうのは聞き飽きているんだろう。
むしろ褒め言葉をポンポン吐くようなチャラい男に良い感情は向けていないのかも。
原作の葛木先生にベタ惚れなのも、寡黙な所と誠実さに惚れたからと考えれば妥当だ。
皇居を視界に収めた僕は、さっそく準備に取り掛かる。
東京はまさに魔術都市と言っていいほどその手のことに事書かない。
霊峰富士山から放出される魔力を高尾山が中継し、中央線に乗ってこの皇居に流れ込む仕組みを作るとは、明治政府の上層部には確実に風水系の術師かその知識を持った人間がいた。
そもそも海からも良質な魔力が流れ込む地である以上、うまく作用していれば教科書に載せたくなるほどの鉄壁都市となっていたことだろう。
「メディアさん、すみませんがこれに認識を阻害する魔術をかけてくれませんか?」
そう言って取り出したのは四枚の呪札。
さすがにこういう真剣な場面では僕に対する視線も緩まるし、近くに寄ってくれる。
そういう純粋な少女としての面と、クールな面のギャップが彼女の魅力だ。まさに魔性の女だ、二つの意味で。
おっと、僕も真剣にならないとだめだよね。
「四枚だけでいいのかしら?」
とメディアさんが質問してくる。
初めてみるだろう呪札に興味があるようだ。後で説明しよう。
「はい、元々既にある結界を乗っ取るだけなのでこんなものでいいんです。後は起動時にワンタッチで、ここら一帯は僕たちの支配下に入ります」
これを皇居の東西南北に張り付けるんだけど、見るからに怪しい札をそのまま張ってたら、一日とおかず警察に剥がされてしまう。
それに、東京在住の魔術師対策の為にも、ここは神代仕込みの魔術でガチガチに防備したい。
「例え結界自体がバレてしまっても起点であるこの札を破壊しない限り破られることはありません」
もちろん通常なら、そんな大規模結界を作動させようとしたら生半可な準備では足りない。今、この状態の東京だからこその手だ。
九段下の靖国神社を中心にして、四角形を作るように四つの霊園,谷中霊園・雑司ヶ谷霊園・青山霊園そして築地本願寺が存在する。
死者の霊(日本の為に散った戦没者たちを中心にして)によって形成された結界は、死霊術もたしなむ僕にとっては最高に価値が高い。
そんなものが既にあるのだから利用しない手はない。
唯一の欠点は築地本願寺の墓所が関東大震災を機に移転してしまっていることだが、逆にいえば完璧な状態でないからこそ乗っ取れるのだから文句は言えない。
基本的に、形成されていたはずの東京大結界(便宜上命名)は、山手線や霊園での結界による多重防衛壁であったけれども、震災や戦災、戦後の復興作業や高度経済発展に伴う公共事業で虫食いだらけになっている。
結局、ここでも陰陽師や日本古来の術者の没落が見て取れる。
陰陽師の終焉はいつだったのかと問われると、実は結構難しい。
平安時代中期以降には怨霊を恐れた多くの貴族がこぞって官職についていない陰陽師(フリーランスな連中)に頼り、天皇・皇族・公家諸家の私生活にまで入り込むことで時の政権の裏側で暗躍していた。
今日はどこどこの方角が悪いからそっちには行かないように。何? 仕事場がそっちの方向にあるだと? じゃあ休んだ方がいいんじゃない? とか平気でやって受け入れられるぐらい浸透していた。
このころから政敵の呪殺を行う陰陽師が生まれ、かつては閉じられた世界だけで独占されていた日本の陰陽道が民間に拡散されていった。
その後、豊臣秀吉による陰陽師弾圧によって由緒正しいい官人としての陰陽師は没落し、陰陽道は一気に民間へと流出した。
勢力としての陰陽師は天文方を始めとして江戸時代でも生き残り、明治初期まで続いている。が、魔術的な意味での終焉の始まりは豊臣秀吉が陰陽師を弾圧した瞬間からだろう。
実際、江戸幕府の時代にはすっかり陰陽道は広まっており、拡散された神秘に意味などない。
一方、朝廷に仕えた時点で終わりは始まっていたという意見もあるが、そもそも中国から陰陽五行思想を積極的に輸入したのは推古天皇なのだから、それこそどうしようもない話だ。
築地本願寺に赴いて四角型結界へ介入する仕込みを終えたころには正午を過ぎ、特急列車に飛び乗って一番面倒くさい富士山近辺での龍脈への調整を終えたころにはすっかり日が暮れていた。
東京の結界は皇居が中心であり、富士山由来の魔力の流れをそのまま使いたいなら、いったん東京に流した後に再び西に向かわせなくてはならない。これは非常に面倒なことだが、さすがに富士山は魔術的な管理がなされていたので、大々的なことは出来なかったからだ。
今回やったのはせいぜい、小さな小さな支流のひとつを利用する程度だ。
というか、東京は適当なのにこっちは手を入れてるとかなんなの? 訳がわからないよ。
あ、京都はしっかり管理してるから安心して旅行に来てね。
僕たちが新幹線と在来線を乗り継いで冬木入りした時には、既に午前0時前になっていた。
ここから先は僕たち魔に属する者たちの時間だ。事実、メディアさんも霊体化して警戒している。
さっきまで電車に座りすぎてお尻が痛いとか言ってたのに、今じゃそんな素振りさえ見せない。でも、お尻痛いのに実体化をあえて解かなかったのはあれだね、他の乗客がいるとか以上に、僕が平気なのに自分がそんなことしたら負けとか思ったんだろうね。
まったく、可愛い人だ。
ま、今からはシリアスモードになろう。いまこうしている間にも、事態の進展があるかもしれない。
僕は魔術回路を励起させて遠坂邸に残した使い魔(フクロウの死体型)と視覚を共有する。
陰陽師としてならば、ここは古式ゆかしい紙の人形でも使うべきなんだろうが、そんなものを西洋式の魔術師たちが跋扈する聖杯戦争の地で使ったら目立ってしょうがない。
分身アサシンがキャスターのマスターである僕を血眼になって探している以上、使い方には注意が必要だ。
その為にも僕は死霊術師として対外的には振る舞う。フクロウなんて目立つ素材を使うのもその布石。
ちなみに、僕は結局のところ陰陽師なのか魔術師なのかという質問は、正直答えようがない。
国に仕え、国家の守護の任から外れたノラ陰陽師が陰陽師を名乗っていいのか微妙だし、かといって魔術師といえば、根源に対する意識はない。せいぜい魔術使いとか言われて不愉快な思いをしない程度のふるまいを心がけている程度だ。
まあ、あえて名乗るなら秘術士 (笑)かな?
ま、僕の認識は置いておくとして、いよいよ僕の目にフクロウが見ている風景が映し出される。さすが夜行性の鳥類、クリアな視界だ。
風景は平穏そのもの。侵入者の形跡なし。ぐるりと旋回しながら変わったことがないか、誰か不審な人物――――具体的には後の外道神父を探す。
お、ネズミ発見。おそらくどこかの陣営から出された使い魔だろう――――っておい待て、食うなバカっ!やめ……ああ、食べちゃった。
死霊魔術は遺体に魂を入れることで死者の情報を得る。
今回使ったフクロウはたまたま死にかけのフクロウを見つけたので、死んだあとに魂を入れ直して使役用の魔術で行動を縛っているが、放置しすぎてその辺りの束縛が緩んでいたようだ。生前の本能で、目の前のネズミに襲いかかってしまった。
――げえっ! 今度はコウモリに襲いかかってる!?
ヤ、やめて! それ以上目立たないで! ヤーメーテー!!
僕の制止を振り切って、ゾンビフクロウは目の前の木陰に潜んでいたコウモリに猛然と突っ込み捕食。
視覚しか共有してないはずなのに、なんだか満ち足りた感情まで流れ込んでくるようだ。
なんなんだよ……そりゃあ死体だと思って基本エサを与えてなかったけど、だからと言って見境なく襲うことないだろ……これでどこかの陣営への宣戦布告とかにならなければいいけど、まあ大丈夫……かな。ネズミとコウモリをつかう陣営って……どこだっけ? 間桐は蟲だろうし――――まあいいか。
「キョースケ、大丈夫?」
「ん、なにがですか? 問題なし、ノープロブレムですよ」
とっさに誤魔化す僕。暴走する使い魔とか、これ以上僕の失点を増やすわけにはいかない。
んんっ! 遠坂の庭に人影がっ! あ、あれはザイードことアサシンAだ! とうとう出たな!
僕の目の前で髑髏仮面の怪しい男が、ガサガサと茂みから出てきて、奇怪な踊りをしながら庭の中央に向かってゆく。
生のアサシンダンスだ! うわ、これはなかなか……
ビシビシと石つぶてを指先から弾きながらクネクネと歩を進めるピッチリスーツの変た――――いや、アサシンAは順調に結界を突破していく。そして――――
『地を這う虫けら風情が、誰の許しを得て面を上げる?』
キタっ! ヤツだ、俺の嫁の心臓をぶち抜いた超絶イケメン!
フクロウ越しの視点であるが、それでもなお強烈な威圧感放つ黄金のサーヴァント!
見間違うハズがないっ!苦しみもがくアサシンAが視界に隅に移るが、それでも眩いばかりの光に目が離せない!
『貴様は我を見るにあたわぬ。虫けらは虫けららしく、地だけを眺めながら、死ね』
放射される宝具の連弾によって蹂躙されるアサシン。その粉塵と轟音に驚いたフクロウが猛スビードで離脱を開始するが、僕は放心していた。
あ、あれは反則だ。魔術を収めたからこそ分かる規格外。山を遠くに見てた時と、近づいてから見るのとでは受ける山の印象が大違いであるように、それなりの力を得た今だから分かる。あれは……ない。
サーヴァント3体分とはよく言ったものだ。もう、泣きたくなってくる。
あ、あんなの呼び出しやがって! あんの優雅(笑)野郎!
あとがき
次回から聖杯戦争に入りますが、途中までは基本原作沿いです。
ヘタレな主人公では、先が見えない展開だとガクブルですぐ死んでしまいそうですので。ちなみに、東京の結界とかは都市伝説を参考にしたので本気にしないでくださいね。
名前だけ書いた白紙のセルフギアススクロールは、金額が描かれていない小切手のごとし。
「そこに好きなだけ書き込みたまえ」ってやつです。これをセルフギアススクロールでやったら軽く死ねますね。
2月18日 修正