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[36625] 【習作】おいでませ、メディアさん!  (Fate/Zero オリ主 原作知識あり 【完結】
Name: 瞬間ダッシュ◆7c356c1e ID:515a890d
Date: 2014/01/02 18:20
8月13日 最終話更新前に、誤字の修正や文章の整理。



第1話  僕の願い 




「閉じよ(満たせ)。閉じよ(満たせ)。閉じよ(満たせ)。閉じよ(満たせ)。閉じよ(満たせ)。
繰り返す都度に5度、ただ満たされるときを破却する」

やあ、はじめまして。僕の名前は土御門恭介、京都在住の男子高校生です。
もっとも、これは今生での名前と身分だけどね。
前世での名前も名乗ったほうがいいのかも知れないけど省略するよ。
それなりに愛着もあったけど、過去は過去と割り切るのが賢い選択ってやつだと思わない?
…………え? 冒頭の呪文(笑)は何だって?
ふふふ、よくぞ聞いてくれました! これ本当は内緒なんだけどね、実は僕『魔術師』なんだ!
又の名を根源に至る為なら悪逆非道どんとこいなド腐れ外道さ。
この時点で勘のいい人なら分かるだろう。
そう、僕が転生を果たしたのはFateの世界、それもZeroの方。
本当は一般人として第二の人生を送りたかったんだけれど、魔術師の家系に生まれてしまったがために聖杯戦争に参加するハメになったんだ。

「誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者。我は常世総ての悪を敷く者」

元々僕のご先祖は京都を中心に活躍していた陰陽師で、関西じゃあブイブイ言わせてたんだって。
でも、徳川幕府が江戸に成立したあたりから衰えはじめて、時代が明治に至ると西洋文化の流入に伴いほぼ虫の息。
かくして由緒正しい陰陽師は、今じゃ地元で神社の神主や巫女さんをやってたり、昼間は普通にサラリーマンを兼業していたりするんだ。時代の流れってヤツさ。
だけど僕のひいじいさんは明治時代の荒波に反逆して海外に渡航。そして現地で死霊魔術とやらを習得して帰国したそうな。
かくして僕の家は既存の陰陽道に魔術を組み込んで、魔術師として再出発を果たしたのだ。
もっとも、それが原因かどうかは要調査対象だけれど、何故か魔力回路の本数が代を得るごとに衰え始め、次代を担うべき僕の所有する回路はわずか10本。
そんな悪しき流れを断ち切るために僕の父親(京都ローカル鉄道社員)が、僕に冬木で行われる聖杯戦争に参加して聖杯を持ち帰り、名を上げてどこぞの名門の娘を嫁に貰って来いと命令したんだ。
現在は聖杯戦争に参加するべく、絶賛サーヴァントを召還中さ。

「―――抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!」









最後の一文を高らかに、ありったけの意志を込めて言葉を吐きだす。気力も魔力の高まりも最高値だ。失敗は許されない。なによりも右手に令呪が宿ったその瞬間から僕の運命は決定されていた。
かの『魔術師殺し』なら、例え協会に保護を申し出ても容赦なく僕を殺しに来る。一度でもマスターに選ばれたならば、それだけで抹殺対象だ。命乞いなどする暇さえ与えられない。
ならば当然、この戦争に勝利する以外に僕の生きる道はない。しかし、下手に原作の流れを変えてしまえば唯一の強みを失ってしまう。もしも三騎士なんて呼ぼうものなら間違いなく原作は崩壊する。そうなったら僕は僕の力だけでこの弱者にはとことん優しくない戦争を戦い抜かなければならなくなる。
ゆえに狙うべきサーヴァントはズバリ、『キャスター』だ。
原作でも人攫いばっかりにうつつを抜かし、セイバーのエクスカリバーの一撃を受けるぐらいしか見せ場が無い。
問題はキャスターが七騎中アサシンに次ぐ貧弱サーヴァントであることなのだが――策(原作知識)ならある。
明らかにハズレくじであるキャスターで勝ち抜くための秘策を胸に、僕は黒海の南沿岸に位置するグルジアへと飛んだ。
英雄ゆかりの品の一つや二つ手に入れられたのならば良かったのだが、土御門本家と違い、触媒が手に入るような縁もコネも我が家にはない。
命が掛っているのだから、聖遺物なしで僕に相性がいい英霊を~などと言っている場合でもない。
ゆえに、英霊との縁を結ぶのは、土地及びせめてもの願いを込めて地元市場で買ったお土産のみ。泣きたくなってくるが、これに全てをかけざるを得ない。







召還の余波で生じた煙が、海辺に吹く風で一気に洗い流される。
そこに立っているのは、紫のローブを頭から被った妖艶な女性であった。

「あなたが、私を召還した魔術師かしら?」

声の質は聞き覚えがあるもの。
その瞬間、僕は賭けに勝利したことを悟り、続いて歓喜した。
この残酷な世界で生き残るための最低条件を、今手に入れたのだ。
実際、この召喚には運の要素が高かった。
この場所は目当ての英霊が生まれた国であり、そして神話にも登場するゆかりの品のレプリカを用意した。だが、間違ってセイバーやらランサーを呼んでしまう可能性すらあった。
しかし、そういった困難を乗り越えて、僕は引き当てたのだ。

「その通りです。僕が貴方をこの世界に招きました。偉大なる魔術師、コルキスの王女メディアさん」

最高の魔術師の英霊を、穢れた聖杯を正常に機能させられるだけの能力を備えた神代の魔女を。


















「あ、これ僕の故郷の銘菓で生八橋っていいます。お茶と一緒にどうぞ」
「………」

あらためましてこんにちは、土御門恭介です。
現在僕は成田エクスプレスで東京に向かっているところです。
ちなみにメディアさんは隣の席で生八橋(チョコ味)を食べてもらっていますが、ニコリとも笑ってくれません。
無表情な美女の隣とか、彼女いない歴=年齢な僕にはキツすぎます。
世のイケメンたちはこういう場合でも軽快なトークで相手の心を解きほぐし、相手の趣味趣向をこっそり把握してそれに沿った行動をするんだろう。だがしかし、レディの扱いなんて知らないし、唯一知ってる女の子は昔近所に住んでいた幼馴染だけで、どうしたらいいのか分からない。
こちとら幼稚園以来、女子とは手すら握ったことないんだぞ!
――――って、いやいや落ち着け僕。もう戦いは始まっているんだ。おちゃらけてる場合でも、女の子の扱いに悩むなんて贅沢な悩みに現を抜かしている暇はない。意識を切り替えるんだ。
僕はゆっくりと思考を、魔術師用の冷静なものに切り替えた。


現在の時点でグルジアでの召還から既に48時間以上経過している。
原作ではセイバー・アーチャー・ライダー・バーサーカー陣営の召還から二日遅れてキャスターが召還され、その少し後アサシン・アーチャーの自作自演の戦闘が行われていた。
しかし僕の場合は聖杯戦争の令呪が宿ったのが聖杯戦争開幕の約一年前(これは令呪が現れてから急いで冬木にむかい、そこでいまだ健康そうな雁夜おじさんを発見したことより推察)であり、それから可能な限り冬木で準備を行ってから飛行機に飛び乗ったので、先ほどの4陣営の召還に出遅れてはいないはず。
僕の予想が正しければ今夜、もしくは明日の夜に例の茶番が行われる。
それが実質的な聖杯戦争のゴングだ。


これから始まる死闘に向けて早急にサーヴァントとの友好的な関係を築くべくこうしてメディアさんのご機嫌をとっているのだが効果はいまひとつ。
生八橋でもダメとなると、次は伊勢名物の赤福だろうか?
カバンを探りながら隣の席に座るメディアさんを見やる。
そこには帽子を目深に被り、流行の服を着こなしている美女がいた。
その溢れる気品と華やかな雰囲気は、さすが王族出身とでも言うべきか。
彼女が身にまとっている清楚な服装とマッチして、どこぞのお嬢様がお忍びで東京観光に来ているように見える。
そんな彼女に甲斐甲斐しく世話をする僕は、さしずめ使用人Aといった役柄だろう。
これで黒服のSPがいれば完璧だったが、そんなことをすれば余計な注目を浴びること必至。これでいい。
霊体ではなく実体で移動してもらっているのは、僕がサーヴァントを単なる戦いの駒として見ている訳ではないことの意思表示であり、接待を受けてもらうためだ。
別途の航空チケット代(もちろんファースト)はいうなれば必要経費。泣きたくなるほどの出費だが惜しむわけにはいかない。
原作でのメディアさんは、最初のマスターを殺している。
絶対に怒らせてはいけないし、無能だと見限られてもいけない。
魔術師としては三流、もしくは二流の僕が生き残るためには、どうしてもメディアさんの積極的な助力が必要不可欠。仲違いやセイバーと切嗣のような関係になれば、僕の命は聖剣の鞘がない士郎並みに危うい。
金で協力が得られるならば安いものだ。


東京駅で下車した後、予約していたビジネスホテルで作戦会議を行うことになった。
ちなみに、僕が用意したお菓子類や駅弁といった食品類は不発。パリで買った洋服も不発。奮発したファーストクラスの飛行機だけはまずまずの反応を得られたが、掛った費用に比べれば散々な結果だった。
一応最後の抵抗として駅で購入した東京バナナをホテルの一室で出してみる。
が、一口食べてあとはフォークを置いてしまった。

「―――お菓子はもういいわ。それよりも今後の作戦のことを聞かせてもらいましょうか。坊や?」

その口調はまるで、「ある程度は考えてあるでしょう? お手並み拝見といきましょうか」
と言外に語っているようだ。呼び名が坊やだし。
が、もちろん既に基本戦略は作成済みである。
といっても、原作でメディアさんがやったことを大規模かつ穏便にやるというだけだが、僕なりのアレンジを加えてあるので単なる二番煎じではない。と信じたい。

「はい。まずこの地図を見てください」

ホテルの壁に3枚の地図を張る。一つ目は日本全土が収まっているもの、二つ目は冬木市のもの、そして最後は東京都の地図だ。

「まず日本の首都であるこの地に大規模な結界の起点を打ち込み、内部にいる人間からいくらかの量の生命力を強制徴収します。魔術協会は魔術の秘匿さえ守っていれば文句は言ってきませんし、被害者らしい被害者さえ出さなければ世間的な騒動はおきません。ちょうどこの土地は魔術的な要素を多分に含んでいるので、結界には最適です」

生命力を強制的に徴収というところで、メディアさんのエルフ耳がピコリと反応し、目つきが若干鋭くなった。内容自体は原作でメディアさんがやってた事だが、メディアさんにとっては苦肉の策であり、不本意なものだったのだろう。
この作業を主体になってやるのは俺とはいえ、やはり汚れ仕事の片棒を担がせるのには変わりない。が、僕たちの陣営にはどうしても必要なことだ。
なんだったら聖杯はアインツベルンにでも売り払って、儲けたお金で医療財団でも設立して罪滅ぼしをしてもいい。

「ふ~ん、それはこれのことかしら?」

メディアさんが壁の地図に貼ってある東京都の、具体的には皇居周辺を指でなぞりながら訪ねてくる。
それは、JR山手線の路線だった。
東京には皇居を中心とした歪ながら円形の鉄道が敷かれている。
いったい誰が敷いたのかは知らないが、ほつれがいくつも見られるものの守護の結界が発動している。
一応本職から手ほどきを受けた僕の見立てでは、近年中にメンテナンスは行われていない。
このことから察するに、この陣はこの地の魔術的管理人たるセカンドオーナーによるものではない。更にほったらかしにしていることから周辺の魔術師もたいした興味を払っていないと見える。
ちょこちょこっと細工を施せば、指先ひとつで一瞬の内に守護の結界を搾取の結界に属性変換させられるぐらい構成がガタガタだ。
人間の数は昼間の千代田区だけで約80万。夜間はぐっと減ってしまうがそれを差し引いてもさぞかし大量の魔力がとれることだろう。
なにより、冬木で集めるより目立たなくて済む。敵対サーヴァントと正面から殴り合うなんてできない僕たちにとって、隠密性はアサシン並みに必要なことだ。

「それでもここから冬木までは距離がありすぎるわね。そこまでのラインはどうする気?」
「間にある都市や山に中継点の敷設をしようかと思います。これでも結界とそれに付随する技術にだけは自信があります。そこにメディアさんの助力が加われば十分可能です」

問題は得られた膨大な魔力を、どう冬木まで運び込むかだ。
生半可なラインではロスが大きすぎるが、途中には霊峰富士や名古屋、大阪、そして古都京都がある。
そこを通過するようにすれば失った分以上の魔力を得られる。
都合がいいことに鉄道という鋼鉄の道で日本中が繋がれているから、それに被せるように隠匿した魔力の通り道を形成すればいい。
真っ当な魔術師ならば鉄道などという近代機械文明の代表格みたいなものには大した意識を割かないだろう。
入念に調べれば分かるだろうが、はたして誰がそこまでの労力を割くだろうか。
唯一の懸念は衛宮切嗣だが、メディアさんに隠蔽を手伝ってもらえば安心だ。

「まあいいわ。それで、貯蔵する場所は?」
「すでに見つけて下準備は済ませています。場所も広いですから陣地としても申し分ないですよ」

場所は龍之介+ジルドレさんのアジトになっていた貯水槽、というか外郭放水路だ。広いからキャスターに与えられている陣地作成のスキルを十分に生かせるだろう。

「そんな感じに魔力を大量にため込んで、後はひたすら敵の脱落や疲弊を待って一気に攻め潰します」
「魔力をため込んで引き籠るって作戦自体はまあいいわ。セオリーみたいなものだし、その方法と準備を済ませてあるのも関心よ。でも、肝心の魔力の運用の方を考えていないのはお粗末」
「あ、あとは高度の柔軟性を保ちつつ臨機応変に対応するしかないかな~と………」

具体的には原作知識を元にもっとも最適な場所で介入する。
といっても僕が龍之介の代わりに参加することで一体どんなバタフライ効果があるか分からないから、ギリギリまで見極める必要がある。
正直言って、万全とはいえないがこれが現時点での精いっぱいだ。高度の柔軟性を保ちつつ臨機応変に対応、というのも決して誤魔化してるわけじゃない、つもりだ僕的には。

「ま、及第点でしょう。これからよろしくお願いします。マスター」

まるで学生のプレゼンに対する教授のよう質問を重ねてきたメディアさんはそう言って、ほんの少しだけほほ笑んでくれた。
やっぱり本物のお姫様は違う。
その笑顔は美しいの一言で、言われた瞬間僕の心は圧倒的な幸福感に満ち溢れた。
男が恋する乙女に無償の愛を誓うかのようにピュアな感情が精神を支配する。
今なら世界中の宝石と花束を携えて、彼女の膝下に跪くことすら抵抗はない。むしろ義務感すらある。

『それでマスター。あと一つだけ聞きたいことがあるのだけれど、いいでしょうか』

東京バナナを切り分けながら訪ねてくる僕のサーヴァント。いや、むしろ僕が下僕か?

「ん? 何々? もちろんOKだよメディアさん、なんでも聞いて」

ああ、頭がぼぉっしてきた。まるで熱があるみたいに。

『あなたは聖杯に何を願うの? 根源への道?』
「まさか………僕としては生き残れるだけで………根源なんてどうでもいいし………聖杯にもあんまり興味ない………し」
『それにしては随分と積極的ね。生き残る以外にもなにか―――そう、望みがあるのではなくて? 貴方の願望を、心に秘めた願いを教えて』

僕の中で茹であがった頭が俄かに回転する。
僕の望み―――か。
正直、Fateの世界に転生した事を知った僕は、確かに絶望した。
なにが悲しくて人の命がポケットテッシュ並みに軽い世界に生きなければならないのかと。
あいにくとチートな能力も得られず、ほとんど一般人といっても等しいような弱小一族に生まれおちて、魔術回路の数もギリギリ2桁で、でもそれでも、原作に近づかなければ問題ないとタカをくくっていたら聖杯にロックオンされた。
聖杯は自らにかなえたい願いがあるものに挑戦権を与える。
つまり、僕にはあるのだ。聖杯に託したい云々の問題ではなく成就を欲するような願望が、祈りが。確かにこの胸に埋もれているのだ。

それはいったい何か?
――――ああ、なんだ。
考えてみれば簡単なことだ。
僕の前世、まだFateという物語を物語として楽しんでいた頃を思い出せばいいのだ。
Fateルートの王道的ストーリーに少年時代を思い出させるような興奮を覚え、UBWルートでは切なくも深い愛と熱い男達の生きざまに涙を流し、HFルートでは白い少女が見せた最後の笑顔が哀しくて仕方なかった。
Fate/Zeroではなぜこうなるのかと、心のすれ違いに気付かずに傷を負っていく父と子に救いを求めた。

「はい………それは―――」
『それは、何?』

そうだ、あのときの僕は願ったのだ。
強く、激しく、狂おしいほどに。

「キャスタールートとイリヤルートの復活を………」
『は?』
「メディアさんも、イリヤたんも幸せになるべきなんだ。あとほんの少し歯車が違っていれば、それで全部うまくいったんだ! いつだった、あのときだってっ! 救いを求めたって―――いいじゃないですかぁっ! メディアさんの若妻姿に興奮した! ピクピク動くエルフ耳とかチョーラブリー! イリヤたんとかマジ天使! 純真で小悪魔で、なのにさびしがり屋とかホントたまんない! それを潰した神(原作者)にぃっ! 僕は反逆する! この僕の手で!」
「……………………」


僕の魂の慟哭が一室に響く。
ああ、なんというか僕の本音というのはこうも熱いものだったんだな。
もしも、リメイク版で開発中ボツになったキャスタールートとイリヤルートが復活していれば、僕は戦争なんかに参加することなんてなかっただろう。
全国のメディアファンとイリヤファンが悲しみの涙を流すこともなかっただろう。
つまり、これはきっと僕に天命が下されたんだ。
二人の哀れな少女と幼女を救えと、だからぼくはZeroの世界にいる。
今からならば、救えるんだ。二人を、ヒロインを殺す修羅の道から。
僕はそのために、転生したんだ!

僕は自らの運命に出会った。新たな生命を得てから16年、いまやっと生まれた意味を知った。
そう、それに比べれば万事小さな事さ。あ、これメディアさんに暗示掛けられてたな、とか。対策とってたのにあっさり破られるとか僕の対魔力ってカスですか? とかもうこの際どうでもいい。
メディアさんの靴にへばりついたガムを見るような、もしくはジメジメとした石の下で蠢く蟲を見つめるような眼さえ気になるものかっ! なるものかっ!……なるものか…………。






あとがき

はじめまして瞬間ダッシュです。
習作で色々と拙い部分もあるでしょうが、御指導・御鞭撻のほどお願いします。

1月25日 誤字修正および手直し 誤字の報告に感謝します。

追記 文字数が少ないという指摘を複数の方から受けましたの追加しました。
   普段読んでいるのと投稿するのでは大違いだと、分かってはいましたがなかなか   うまくいかないものですね。が、完結目指して頑張って行きたいと思います。
   誤字とか注意してるんですけどポロポロと出てくるのが・・・。
   



[36625] 開幕
Name: 瞬間ダッシュ◆7c356c1e ID:515a890d
Date: 2013/08/13 01:22
第二話  開幕




ビジネスホテルでの作戦会議を終えた僕たちは、ひとまず東京の霊的中心地である皇居に行くことになりました。
冬の東京は底冷えし、空は灰色の雲が覆っています。万人が思っていることでしょうが、冬季のコンクリートジャングルで曇り空とかテンションだだ下がりです。
しかし何よりも、僕の後方1メートルをキープして歩く無言のメディアさんの方が、僕としては何よりも気分を圧迫させる原因でした。

「キョースケまだ? いい加減人が多くてうんざりよ」

……はい、みなさん聞きました? 呼び方がまたまた変わりました。マスターから格落ちで、キョースケになりました。

「もうすぐ、もうすぐです。具体的にはあと一分ですからお願いします! ああ、人払いの結界とかやめてください!」

平日朝の桜田門駅で魔術発動のそぶりを見せるメディアさんをとりなしつつ、地下鉄の構内から階段を上って地上へと出る。
ここまでの日本名物満員電車でぶち切れ寸前のお姫様。そしてそれに慌てる下僕が一人。
はい、僕たちの関係を端的に表していますね。なぜこうなったのか――――







願望という名の煩悩を炸裂させてしまうという失敗を犯してしまったので、僕は僕の犯した失態をリカバリーするべく土下座で弁解した。
といっても、あの時調子に乗ってベラベラとしゃべった原作知識に基づく発言はせいぜい「メディアルート」と「イリヤルート」だけであったのでそれに関するフォロー、というか誤魔化しを行うことで何とかなった。

僕は陰陽師という東洋独自の魔術体系を習得していて占いにも精通しているから、メディアさんを占ってみた。結果僕以外のマスターを得た場合は決して助からないし、幸せを得てもすぐに失う。
ルートという言葉は日本の若者言葉で、途中はつらいことがあっても最後には報われる運命の道筋という意味があり、イリヤというのは参加マスターの一人娘で、その子もまた決して助からず、ただこれから先の未来はあまりにも救いが無いので、出来れば助けてあげたいという事を真摯に話した。
嘘は言っていない。
事実、修行の一環で占星術の習得のために原作キャラを手当たり次第に占ったことがあるのだ。
本名に基づいて(生年月日不明の為)調べてみたが、二人の結果は最悪。
Fate世界の理不尽を濃縮したような内容で、間桐慎二ことワカメの運勢すらよく見えるほどだ。
ちなみに冬木の虎ことタイガーは、結婚関係以外は羨ましいぐらいの幸運を誇っていた。運気を少し寄こせと言いたい。

正直、自分が現実世界だか並行世界からの転生を成し遂げた存在であり、未来が多少なりとも分かるので、それに基づいて動けば聖杯戦争なんて楽勝だよ。と言ってしまえば楽になったのかもしれない。
事前に陰陽道流の対策を施しておいたにもかかわらず、あっさり精神干渉を許してしまったことから、メディアさんの前での僕は丸裸も同然。今後「あなたは未来が分かるのか? なぜ分かるのか?」という質問をされれば一発でバレる。
が、それでも可能な限り誤魔化したい。もっと信頼関係を結べていれば話は別だが、今の段階でそんなことを言えば、情報と魔力だけ抜き取られる木偶人形にされる可能性が大である。

僕の懸命の言い訳が功を奏した結果、この件については保留となった。そう、あくまで保留なのだが、少なくともこの場で即人形化は避けられた。僕がこの先なにかヘマをやったら容赦なく尋問タイムとなること請け合いだが、いったん流して貰えた。
最悪の展開としては命と自由を確保するために、白紙のセルフギアススクロールを渡す位の誠意は見せなくちゃならないかなと思っていただけに僕は安堵した。
メディアさんに僕が少なくとも裏切るような真似をする人間でないと信用してもらったのか、それともいつでもどのようにでも料理できると踏んであえて見逃されているのかどうか推察の域を出ないが、少なくとも僕はまだ聖杯戦争に臨むマスターの一人であり続けている。

ただし、僕のメディアさんの若妻姿に興奮、エルフ耳萌え~と叫んだ一件だけは未だに尾を引いていて、1メートルキープと相成っている。
あれだ、エロ本を学校に持ち込んでいることが露見して、女子から汚物扱いされているときの心境に似ている。翌日学校に来たら座席が離されていたときとか死にたくなったもん。「別に僕のじゃねーし、○○のだし」とか言い訳したっけ……
まあ、あのときよりは大分マシなんですけどね!
これがギャルゲーならば、凛々しい系の美少女(別名ツンデレ委員長キャラ)は男に口説かれる機会が無いから、こういう風に面と向かってかわいいと言われるとテレ隠しからついキツく当たっちゃうけど、実は褒められることに慣れてないだけで内心は「どうして素直になれないんだろう。本当は嬉しいのに」とか()付きで表示されるんだろうな。ギャルゲーでは。大事なことなのでry

うーん、一応エロゲが元なのだから確かめてみるか……

「メディアさんって美人ですよね」
「あっそう、ありがとう」
「あなたの美しい瞳はまるで宝石だ。流れるような水色の髪が僕を狂わせるんだ」
「そう、本当に狂ってみる?」
「……すみません」


はい! 終了! ツンデレ委員長キャラ説はなし!
顔色一つ変わりませんでした!


すごいよメディアさん、歯牙にもかけないをこうも見事に表現するとかビックリだよ。
神話でのメディアさんって諸説あるけど、イアソン(最初の夫)に熱烈に口説かれて恋に落ちたって説もあるんだよね。ヴィーナスの神はイアソンに助力するために、 息子のキューピッド に命じてメディアさんに愛の矢を射込ませてイアソンに惚れさせるって話でも将来妻になる相手なんだから、イアソン自らの言葉で口説き文句の一つや二つは必ず言ってるだろうし、お姫様時代からもきっとこういうのは聞き飽きているんだろう。

むしろ褒め言葉をポンポン吐くようなチャラい男に良い感情は向けていないのかも。
原作の葛木先生にベタ惚れなのも、寡黙な所と誠実さに惚れたからと考えれば妥当だ。









皇居を視界に収めた僕は、さっそく準備に取り掛かる。
東京はまさに魔術都市と言っていいほどその手のことに事書かない。
霊峰富士山から放出される魔力を高尾山が中継し、中央線に乗ってこの皇居に流れ込む仕組みを作るとは、明治政府の上層部には確実に風水系の術師かその知識を持った人間がいた。
そもそも海からも良質な魔力が流れ込む地である以上、うまく作用していれば教科書に載せたくなるほどの鉄壁都市となっていたことだろう。

「メディアさん、すみませんがこれに認識を阻害する魔術をかけてくれませんか?」

そう言って取り出したのは四枚の呪札。
さすがにこういう真剣な場面では僕に対する視線も緩まるし、近くに寄ってくれる。
そういう純粋な少女としての面と、クールな面のギャップが彼女の魅力だ。まさに魔性の女だ、二つの意味で。
おっと、僕も真剣にならないとだめだよね。

「四枚だけでいいのかしら?」

とメディアさんが質問してくる。
初めてみるだろう呪札に興味があるようだ。後で説明しよう。

「はい、元々既にある結界を乗っ取るだけなのでこんなものでいいんです。後は起動時にワンタッチで、ここら一帯は僕たちの支配下に入ります」

これを皇居の東西南北に張り付けるんだけど、見るからに怪しい札をそのまま張ってたら、一日とおかず警察に剥がされてしまう。
それに、東京在住の魔術師対策の為にも、ここは神代仕込みの魔術でガチガチに防備したい。

「例え結界自体がバレてしまっても起点であるこの札を破壊しない限り破られることはありません」

もちろん通常なら、そんな大規模結界を作動させようとしたら生半可な準備では足りない。今、この状態の東京だからこその手だ。


九段下の靖国神社を中心にして、四角形を作るように四つの霊園,谷中霊園・雑司ヶ谷霊園・青山霊園そして築地本願寺が存在する。
死者の霊(日本の為に散った戦没者たちを中心にして)によって形成された結界は、死霊術もたしなむ僕にとっては最高に価値が高い。
そんなものが既にあるのだから利用しない手はない。
唯一の欠点は築地本願寺の墓所が関東大震災を機に移転してしまっていることだが、逆にいえば完璧な状態でないからこそ乗っ取れるのだから文句は言えない。
基本的に、形成されていたはずの東京大結界(便宜上命名)は、山手線や霊園での結界による多重防衛壁であったけれども、震災や戦災、戦後の復興作業や高度経済発展に伴う公共事業で虫食いだらけになっている。
結局、ここでも陰陽師や日本古来の術者の没落が見て取れる。


陰陽師の終焉はいつだったのかと問われると、実は結構難しい。
平安時代中期以降には怨霊を恐れた多くの貴族がこぞって官職についていない陰陽師(フリーランスな連中)に頼り、天皇・皇族・公家諸家の私生活にまで入り込むことで時の政権の裏側で暗躍していた。
今日はどこどこの方角が悪いからそっちには行かないように。何? 仕事場がそっちの方向にあるだと? じゃあ休んだ方がいいんじゃない? とか平気でやって受け入れられるぐらい浸透していた。
このころから政敵の呪殺を行う陰陽師が生まれ、かつては閉じられた世界だけで独占されていた日本の陰陽道が民間に拡散されていった。
その後、豊臣秀吉による陰陽師弾圧によって由緒正しいい官人としての陰陽師は没落し、陰陽道は一気に民間へと流出した。
勢力としての陰陽師は天文方を始めとして江戸時代でも生き残り、明治初期まで続いている。が、魔術的な意味での終焉の始まりは豊臣秀吉が陰陽師を弾圧した瞬間からだろう。
実際、江戸幕府の時代にはすっかり陰陽道は広まっており、拡散された神秘に意味などない。
一方、朝廷に仕えた時点で終わりは始まっていたという意見もあるが、そもそも中国から陰陽五行思想を積極的に輸入したのは推古天皇なのだから、それこそどうしようもない話だ。


築地本願寺に赴いて四角型結界へ介入する仕込みを終えたころには正午を過ぎ、特急列車に飛び乗って一番面倒くさい富士山近辺での龍脈への調整を終えたころにはすっかり日が暮れていた。
東京の結界は皇居が中心であり、富士山由来の魔力の流れをそのまま使いたいなら、いったん東京に流した後に再び西に向かわせなくてはならない。これは非常に面倒なことだが、さすがに富士山は魔術的な管理がなされていたので、大々的なことは出来なかったからだ。
今回やったのはせいぜい、小さな小さな支流のひとつを利用する程度だ。
というか、東京は適当なのにこっちは手を入れてるとかなんなの? 訳がわからないよ。
あ、京都はしっかり管理してるから安心して旅行に来てね。



僕たちが新幹線と在来線を乗り継いで冬木入りした時には、既に午前0時前になっていた。
ここから先は僕たち魔に属する者たちの時間だ。事実、メディアさんも霊体化して警戒している。
さっきまで電車に座りすぎてお尻が痛いとか言ってたのに、今じゃそんな素振りさえ見せない。でも、お尻痛いのに実体化をあえて解かなかったのはあれだね、他の乗客がいるとか以上に、僕が平気なのに自分がそんなことしたら負けとか思ったんだろうね。
まったく、可愛い人だ。


ま、今からはシリアスモードになろう。いまこうしている間にも、事態の進展があるかもしれない。
僕は魔術回路を励起させて遠坂邸に残した使い魔(フクロウの死体型)と視覚を共有する。
陰陽師としてならば、ここは古式ゆかしい紙の人形でも使うべきなんだろうが、そんなものを西洋式の魔術師たちが跋扈する聖杯戦争の地で使ったら目立ってしょうがない。
分身アサシンがキャスターのマスターである僕を血眼になって探している以上、使い方には注意が必要だ。
その為にも僕は死霊術師として対外的には振る舞う。フクロウなんて目立つ素材を使うのもその布石。

ちなみに、僕は結局のところ陰陽師なのか魔術師なのかという質問は、正直答えようがない。
国に仕え、国家の守護の任から外れたノラ陰陽師が陰陽師を名乗っていいのか微妙だし、かといって魔術師といえば、根源に対する意識はない。せいぜい魔術使いとか言われて不愉快な思いをしない程度のふるまいを心がけている程度だ。
まあ、あえて名乗るなら秘術士 (笑)かな? 

ま、僕の認識は置いておくとして、いよいよ僕の目にフクロウが見ている風景が映し出される。さすが夜行性の鳥類、クリアな視界だ。
風景は平穏そのもの。侵入者の形跡なし。ぐるりと旋回しながら変わったことがないか、誰か不審な人物――――具体的には後の外道神父を探す。
お、ネズミ発見。おそらくどこかの陣営から出された使い魔だろう――――っておい待て、食うなバカっ!やめ……ああ、食べちゃった。
死霊魔術は遺体に魂を入れることで死者の情報を得る。
今回使ったフクロウはたまたま死にかけのフクロウを見つけたので、死んだあとに魂を入れ直して使役用の魔術で行動を縛っているが、放置しすぎてその辺りの束縛が緩んでいたようだ。生前の本能で、目の前のネズミに襲いかかってしまった。
――げえっ! 今度はコウモリに襲いかかってる!?
ヤ、やめて! それ以上目立たないで! ヤーメーテー!!
僕の制止を振り切って、ゾンビフクロウは目の前の木陰に潜んでいたコウモリに猛然と突っ込み捕食。
視覚しか共有してないはずなのに、なんだか満ち足りた感情まで流れ込んでくるようだ。

なんなんだよ……そりゃあ死体だと思って基本エサを与えてなかったけど、だからと言って見境なく襲うことないだろ……これでどこかの陣営への宣戦布告とかにならなければいいけど、まあ大丈夫……かな。ネズミとコウモリをつかう陣営って……どこだっけ? 間桐は蟲だろうし――――まあいいか。

「キョースケ、大丈夫?」
「ん、なにがですか? 問題なし、ノープロブレムですよ」

とっさに誤魔化す僕。暴走する使い魔とか、これ以上僕の失点を増やすわけにはいかない。
んんっ! 遠坂の庭に人影がっ! あ、あれはザイードことアサシンAだ! とうとう出たな!
僕の目の前で髑髏仮面の怪しい男が、ガサガサと茂みから出てきて、奇怪な踊りをしながら庭の中央に向かってゆく。
生のアサシンダンスだ! うわ、これはなかなか……
ビシビシと石つぶてを指先から弾きながらクネクネと歩を進めるピッチリスーツの変た――――いや、アサシンAは順調に結界を突破していく。そして――――


『地を這う虫けら風情が、誰の許しを得て面を上げる?』


キタっ! ヤツだ、俺の嫁の心臓をぶち抜いた超絶イケメン!
フクロウ越しの視点であるが、それでもなお強烈な威圧感放つ黄金のサーヴァント!
見間違うハズがないっ!苦しみもがくアサシンAが視界に隅に移るが、それでも眩いばかりの光に目が離せない!


『貴様は我を見るにあたわぬ。虫けらは虫けららしく、地だけを眺めながら、死ね』


放射される宝具の連弾によって蹂躙されるアサシン。その粉塵と轟音に驚いたフクロウが猛スビードで離脱を開始するが、僕は放心していた。
あ、あれは反則だ。魔術を収めたからこそ分かる規格外。山を遠くに見てた時と、近づいてから見るのとでは受ける山の印象が大違いであるように、それなりの力を得た今だから分かる。あれは……ない。
サーヴァント3体分とはよく言ったものだ。もう、泣きたくなってくる。


あ、あんなの呼び出しやがって! あんの優雅(笑)野郎!














あとがき

次回から聖杯戦争に入りますが、途中までは基本原作沿いです。
ヘタレな主人公では、先が見えない展開だとガクブルですぐ死んでしまいそうですので。ちなみに、東京の結界とかは都市伝説を参考にしたので本気にしないでくださいね。


名前だけ書いた白紙のセルフギアススクロールは、金額が描かれていない小切手のごとし。
「そこに好きなだけ書き込みたまえ」ってやつです。これをセルフギアススクロールでやったら軽く死ねますね。

2月18日 修正



[36625] 幕間 とある2陣営
Name: 瞬間ダッシュ◆7c356c1e ID:f7722bc2
Date: 2013/08/13 20:44
幕間 とある2陣営


遠坂時臣は自宅の庭園から聞こえる轟音を、僅かな苛立ちを覚えながらも最後まで聞き届けた。
他所から見れば、彼のサーヴァントであるアーチャーは侵入者たるアサシンを歯牙にもかけぬ圧倒的武力で以って完封し、殲滅して見せた。
だというのになぜ苛立つ必要があるのか?
それは絶対の自信を持っている屋敷の警護を、英霊とはいえ簡単に突破されたことに対するものである――――訳ではない。
というのもアサシンのマスターたる言峰綺礼は遠坂時臣の弟子であり、表向きは敵対関係にありながらも裏では結託し、今夜の襲撃も事前に計画されていたものであった。

此度の聖杯戦争で呼ばれたアサシンは、宝具――妄想幻像(ザバーニーヤ)――によって複数の個体に分裂するという能力を持っていた。
分裂体のうち一体をわざと衆人環視の状況で殺して見せることで、他のマスターにアサシンは脱落したと思わせ、その後の戦いを有利に進める――そのように目論んでいたのだ。
しかし、思わぬ誤算が入った。
いざアサシンが突入する段になって、屋敷周辺を監視していたどこかの陣営の使い魔が他の陣営の使い魔2体を襲撃したのだ。
遠坂時臣が気付いた時には既に手遅れであり、そのまま実行せざるを得なかったのだが
いきなりのアクシデントに幸先の悪さは否めない。
現在、時臣が把握している参加者は5人。時臣本人、弟子の綺礼、アインツベルン、間桐、時計塔のロード・エルメロイだ。
元々事前調査で分からなかった残り2人の情報を得ることに、アサシンは大いに活躍を見込まれていた。
だというのに、土壇場での僅かな狂い。
術者が慎重なタイプで控えの使い魔を用意していればと、時臣が他人任せな思考をしていたその時、薄暗い部屋が俄かに黄金で照らされる。

「下らん三文劇に我を煩わせておいて、なんとも間の抜けたものであったな。時臣」

サーヴァントでありながら、尊大な物言いで自らのマスターに接するアーチャーがあらわれた。傲岸不遜の権化のようなこの英霊は、何の憚りもなく不満を言い放つ。

「申し訳ございません、英雄王ギルガメッシュよ。どうやら今宵の演目の客席に、手癖の悪い者が混じっていたようで」

対して、マスターでありながらも己がサーヴァントに一礼しつつ答える時臣。
この二人の関係は端的にいってしまえば王と臣下、この一言であろう。
これが彼らの間にある関係性であり、その内心はどうであろうとも、まるで映画のワンシーンのように映えるものではあった。が、当然のことながら、彼らの間に信頼関係は無い。

「ふん、まあ良かろう。我はこれより散策にて無聊を慰める。委細は任せたぞ」
「お任せを」

言葉も少なく一方的に自らのマスターにそう言いつけた後、アーチャーは黄金の魔力光を放ちながら霊体化し、闇へ溶けてゆく。

「……やれやれ。まさかギルガメッシュがアーチャークラスで現界するとは」

アーチャークラスには、クラス別スキルとして単独行動スキルが与えられ、これによってマスターに頼ることなくある程度の自立行動が可能となる。
そしてギルガメッシュに与えられた単独行動スキルはAランク相当であるため、現界はもちろん戦闘ですらマスターの補助なしでこなすことができる。
高い独立性をいいことに、アーチャーは召還されてから毎日のように夜歩きを繰り返し、現代を満喫していた。
英雄王曰く、度し難いほどに醜悪なれど、愛でようはある。 とのこと。
最強と思われる能力を携えたサーヴァントが、マスターに対する依存度が低いという現状がひどく時臣の心労を誘う。今回の茶番も、セッティングするのに一苦労どころではない労力を払った。だというのにこの結果では、常に余裕を持って優雅たれを身上としている時臣にとってもいささか堪えた。
が、気にすべきことは今宵の演目の邪魔をした使い魔のことだ。
手掛かりを得ようにも、件の使い魔は必要な情報を得るなりさっさと離脱してしまったために手掛かりが少なすぎる。
最悪の展開は、こちらの思惑がすべて筒抜けであり、今回一杯食わされた陣営以外の参加者達が同盟を組んでいるというものだ。
この場合、聖杯戦争に対する戦略を一から組み直す必要が出てくる。
時臣はそう仮説を立ててみるも、まだまだ憶測の域を出ない。
もうひとつ、最もこちらに都合がいいものは、単に敵マスターのうち一人が使い魔の使役すら満足に行えない三流であるというものであるが、さすがにそこまで自分に都合がいい話はないだろうと、切って捨てる。

「まあ、当面のところは綺礼にまかせる他あるまい……」

言いながら、遠坂時臣は手ずからグラスに注いだワインを舐める。
安楽椅子に腰かけ、これからの展開を憂慮する魔術師が下した結論は、様子見であった。













「うわぁ!!」


とある一室で、聖杯戦争参加マスターの一人であるウェイバー・ベルベットは突拍子もなく叫びながら、ベッドの上でひっくり返る。
もしも何も知らない一般人が彼の奇行を見れば、彼の脳みそに重大な欠陥があるのかと疑うところかもしれない。が、ネタを明かせばなんてことはない。
彼も魔術師であり、さきほどまで使い魔の鼠の視界を借りてここではない場所、すなわち投坂邸を眺めていたのだ。
その鼠が遠坂邸に突入しようとする黒い人影を発見し、もっとよく見ようとした矢先に何か――恐らくは鳥の類――に襲われ、その拍子にびっくりしただけという何とも絞まらないオチであった。
彼は聖杯戦争に参戦するに当たって、手始めに御三家のうち遠坂邸と間桐邸を使い魔を使って監視していた。
しかし待てど暮らせど変化はなく、いっそどこかの誰かが殴りこんでくれればという淡い期待を胸に、むなしい個人作業を続けていた。
そしてついに、その願い通りにどこかの誰かが殴りこんでくれたのだ。ただし、それが自らの使い魔に対してであった訳だが。

「ぅう……ライダー! お前も遊んでないで何か手伝えよ! 鼠だって仕事してるんだぞ、この鼠以下!」

とりあえず、近くに放っていた別の鼠を代わりに派遣しながら、そんな憎まれ口を自らが呼び出したサーヴァント、ライダーに吐きだす。
この発言には情けない声を出してしまった自分の醜態を誤魔化したいという意図も含まれていたが、半分は確実に言葉通りの意味でもある。

「…………」
「無視するなよ!!」

ほとんど怒鳴るような彼の声を、無言の返事で返す筋骨隆々の大男が一人寝そべっていた。
彼こそが古代マケドニアに君臨し、世界に覇を唱えた覇王。
征服王イスカンダルその人であった。
マスターの声を軽く流したかの大王、さぞかし重要なことに取り掛かっているのだろうと予想されるだろうが……じつは何もしていない。
ウェイバーが金欠ゆえに暗示で転がり込んだ見ず知らずの老夫婦宅の一室で、彼は日がな一日テレビ画面の前で食っちゃ寝を繰り返していた。
今見ている内容は『実録・世界の航空戦力4』というミリオタ御用達の一品で、紹介される兵器を見ては関心したように唸っているのだ。
ちなみに、実体化したままこんなことをするものだから、余分な魔力を支払っているウェイバーにはたまらない。彼はどこぞの自称秘術士(笑)と違い、自らのサーヴァントに過度な接待をするつもりなどみじんもないのだ。

「む! 坊主、コレだ! このB2とかいうのを10機ほど購入したいのだがどうか?」
「…………それ一機で船が一隻買えるぞ。いっそでっかい戦艦でも買えばいいんじゃないか?」

仕事はしない、無駄な魔力を消費させる、こちらからの言葉は無視する、さらに延々と軍事資料的な映像を一日中横で流されていた腹いせに、ウェイバーは適当な事をライダーに言ってみる。
ちなみにB2はギネス記録に乗るほど高価で、イージス艦一隻と同等という色んな意味でぶっ飛んでいるステルス戦略爆撃機のことである。

「ハハ、坊主――――大艦巨砲主義は終わったのだぞ。知らんのか?」
「――――」

そのしたり顔にイラッとしたウェイバーだったが、ライダーがこちらを向いて「ところで……」と、真剣な表情で向き直って来る。

「何か見えたのか? 色々と探らせておったのだろう?」
「あ、ああ……えっと、良くは見えなかったんだけど……黒い人影と――鳥?」

瞬間、ウェイバーの額に強烈な物理的衝撃が加わった。あまりの痛さに涙目になりながらもその正体を探ると、それはライダーのド太い指から放たれたデコピンであった。

「魔術師ならもちっとあるだろう、ホレ!」
「ちょ、待て待て! 考えるからちょっと待て!?」

脅すように再びデコビンの準備をする大男。
再びやられてはかなわないと両手で額を守りながら、ウェイバーは必死になって考える。夜中に魔術師の邸宅へ侵入できる一般人なんているハズがない。となれば、あの人影はコチラ側の人間だ。そして、仮にも名門一族が築き上げた居城に侵入するほどの腕前がある魔術師がこんな極東にホイホイいる可能性を考えるよりも、もっともそれを出来そうな者が今この冬木には存在する。

「あ、え、と。こんな時に忍び込むってことは、その人影は恐らくアサシン!」
「ほう」

そして思案顔になるライダーをしり目に、急行した使い魔から現場の状況が見えた。

「そしてアサシンはその後……殺られてる!?」

そこに映っていたのは、庭に出来たクーレターと共にズタボロになって横たわる髑髏仮面の男だった。

「アサシンは殺られたと。で、次は鳥とか言ってたな。そりゃなんだ?」
「あ、うん。アサシンの影を見て、もっとよく見ようと近寄ったらいきなり鳥みたいなものにボクの使い魔が襲われたんだ」
「なるほど、だからアサシンを撃退した瞬間も存在も見逃した、という訳だな」
「あっ!!」

そう、ウェイバーが見ることが出来たのはアサシンの侵入直後と、後は凄惨な死体のみ。
だからアサシンを倒した存在――十中八九遠坂陣営のサーヴァント――を見ていないのだ。
そして、庭を抉るような破壊を成すだけのナニカも見ることが出来ていないのだ。

「ボクは出し抜かれた!? 一体誰に!?」

第一候補は遠坂だろう。しかし、情報を独占したい他の参加者という線も捨てきれない。
まだ結論を出すだけの材料が足りない、足りなさすぎる。結局のところ、現時点において確定していることは、ライダー陣営は情報戦において他陣営に一歩リードされている事実だけだ。
アサシンが脱落して、これで背後を気にしなくて済むと言って喜んでいる場合ではない。

「ふん、まあ良いわ。敵の正体なんぞ、互いに剣を交えれば知れたこと」
「おい!? そんなんでいいのかよ!?」
「良い良い! まだ見ぬ敵というのも心が躍る!」

聖杯戦争序盤は、いうなれば互いの手の内を覗き合う情報戦だ。
戦い方、使用宝具、真名。これらの重要な要素を先に制したものが戦いを有利に進めることが出来る。それだというのに、まだ見ぬ敵に心が躍ると言い放つ己がサーヴァントに、ウェイバーは驚愕し、呆れた。

「トオサカの居城を見張っていたのは貴様だけではあるまい。となれば、アサシンの死を知って今まで動きあぐねていた連中が一斉に動き出す」
「おい、どうしたんだよ?」

のそりと立ち上がったライダーにウェイバーはぽかんとした表情で尋ねる。

「出陣だ。坊主。支度せい」
「はあ!?」
「行き場所は……まあ適当にその辺りでもぶらつくのが良かろう」
「ちょ、ふざけるなよ!?」

あまりにも行き当たりばったりな提案に、さすがに抗議の声を上げる。
しかし言われた当の本人は、ノコノコ出てきた連中を見つけた端から狩ってゆけば手間が無いと言って取り合わない。

「フン。案外、例の鳥使いが出てくるやもしれぬぞ?」

最終的にウェイバーはライダーに引きずられる形で、宝具――神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)――に乗せられて、夜の魔窟に飛び出していった。












あとがき

ごめんなさい! 本当はランサーVSセイバー戦を安全なところでニヤニヤ見ながら観戦する主人公一行と、王たちの宴に向けての仕込みを書こうかなと思っていたんですけど、やっぱりこの2陣営は今やっとかないとな~、と思ってしまったものでして……



[36625] 戦いません、勝つまでは
Name: 瞬間ダッシュ◆7c356c1e ID:caffb20b
Date: 2013/08/13 21:47
「――はい、それを樽で一つ……ええ、親戚の引っ越し祝いなんですよ。はい、それじゃあ、お願いします。ハーイ失礼します」

どうもみなさんこんにちは。聖杯戦争参加中の土御門恭介です。本日はここ、冬木市にある貯水槽に失礼しております。
遠坂邸での一戦から一晩明けて、僕たちは本拠地である未遠川流域から入り込んだ貯水槽で着々と準備を整えています。
海外に行く前に一度ここにきて、地鎮祭を行って周囲の魔力を安定させていたおかげで速やかにメディアさんの工房(というか神殿)構築が行えています。
しかし、ここって本当に広いですね。広大な空間に巨大な円柱状のコンクリートの柱が立ち並ぶ様子は、地下宮殿の趣があります。
とは言っても、暗いし、ジメジメしてるし、なんか臭うという女性には優しくない場所ですが、僕の相方であるメディアさんはせっせと自らの陣地作成に勤しんでくれています。
その間僕は携帯電話片手に物資の調達をしたり、手駒として使うために鼠の死体を回収しております。
この回収作業というのがまた曲者でして、悪臭で非常に気が滅入る作業なんですよ。
仕方ないので近くのホームセンターで白衣を買ってみました。
死臭を漂わせる白衣を着た男……これで自前のメガネと合わせるとキャラ付けとしてはなかなかでしょ?




さて、どうしてこうまでして鼠の死体なんかを集めているのかというと、前回用いたフクロウの使い魔とはまた別の、防衛的な使い魔を作ろうと思ったからです。
作り方は極めて簡単。まず死んでそこそこの時間が経過している動物の死骸を用意します。
後は死体にこびり付いている残留思念を加工し、魔力という動力で動かせるようにした死体に組み込む。そして最後に使役の術をかけて、完成となります。
要するにハード(肉体)を無理やり動かせるようにした上で、自分の制御化においたソフト(残留思想)を突っ込んだ、という訳です。
フクロウの方は拡散しきる前の魂を加工して封入しているので、その分より高度な命令を実行する能力があるのですが、いかんせん前回のように予期せぬ行動をとることがあるので自重しました。
ただこちらの方にも問題がありまして、死ぬ直前に抱いていた想いがすごく表面化してしまうという特性があったりします。
もしも用意した鼠の死体が生前に交尾をしている途中で外敵に襲われて死んでいた場合、
性欲を持て余した個体が出来てしまいます。
基本的に僕の命令は守っても、それ以外の時はひたすら交尾しようと奔走しているような使い魔が出来てしまうのです。
まあ、その程度なら別にいいっちゃあ良いんですがね?
ただこの特性をうまく利用すると、非常に戦闘能力が高い個体を生みだすことが出来ます。例えば餌を求めて餓死した鼠の死体を利用した場合、獲物を求めてやたらめったら襲いかかるようになります。
こういった個体は門番役にすると、きっといい仕事をしてくれます。
侵入者に容赦なく襲いかかり、骨まで残らないでしょうから。


「メディアさーん、完成は何時ごろですか?」
「そうねぇ……キョースケの注文通り、という意味なら後二日もあれば完成するわ」

僕は携帯電話をポケットにねじ込みつつ、作業中のメディアさんに話しかける。
メディアさんはいつもの魔女ルックのローブを頭からかぶり、壁や床、空間に向かってぶつぶつと呪文を唱えていたけど、僕の呼び掛けには答えてくれた。
うんうん。仕事が早くて大変助かります。
僕は工房に設置する機能に関して、事前に計画表を出していた。
まず貯水槽に至る通路、原作では海魔がぎっしり詰まっているだけであっさりライダーの宝具で突破されていたが、ここはあえて僕自身が全面的に警備を担当した。
イワシの頭や柊の葉を用いた破邪の結界を通路全体に蔽って、飢えたげっ歯類ソンビを大量に配備する。
町の不良や一般人向けに人払いの結界を入口にかけてあるので、ここを通るのは魔術師かサーヴァントとなる。
たいして準備をしていない魔術師相手ならば、僕のこの結界を突破することはまず無理だろう。
この破邪の結界は、僕以外の魔力の発散を促進させ、術を発動させにくくする効果を持っています。具体例を挙げれば、火の玉を作って投げつけられても、僕の所に来る間に見る見る小さくなってしまいます。
ゆえに通路内では敵の実力は制限され、対して僕自身の魔力によって行動する使い魔は十分に実力を発揮できるのだから、必殺の陣足り得る。
しかし当然ながら、英霊相手では足止めにもならない。
各英霊の対魔力が実際問題どの程度の性能なのか分からないので何とも言えないが、多分この結界の中もサーヴァントにとってはちょっと空気が重い程度にしか感じられないと思う。
分裂したアサシン一体すら仕留められない――そう予想している。
だが、それが僕の思惑だ。僕たちが拠点を知られるというヘマをしない限り、ここに突っ込んでくる最有力候補は情報収集を主任務としているアサシン連中だ。
ここで最初から強力な妨害をしていては、マスターと視覚を共有している個体がすぐさま来てしまう。何かの拍子に僕の姿を見られるのは非常にまずい。
しかし、キャスターの工房にしては弱すぎる工房とくれば、報告の前にもう少し様子を探ろうと単独で突っ込んでくることだろう。
そして、貯水槽に辿りついた瞬間、高火力魔力砲台十数基による一斉砲撃が待っている。
苦痛を感じる暇すら与えず蒸発、例え生き残れたとしてもそこは紛れもなく神代の時代にすら魔女と呼ばれ恐れられた魔術師の陣地。東京から送られてくる魔力をふんだんに利用したある意味贅沢な処刑場からは、決して生きて返さない。
一応魔力漏れなんてしないよう気を付けてもらっているが、調査に出向いたアサシンが返ってこないとなってはどのみち勘づかれてしまう。が、勘難攻不落の要塞という印象を与えておけば、そのうちに地下下水道を通り、逃げ延びて別の工房を作ることも可能。
行方を掴ませず、移動する陣地にこもって敵が疲弊するのを待つ――これ以上に有効な作戦があるだろうか?
僕たちを倒すには、それこそ冬木全体を吹き飛ばすくらいの気概が必要になる。
さすがに、それは出来ないだろうけどね。


工房の新着状況は順調なので、こちらの方もいよいよ最後の工程へと進む。
懐から半紙の束を取り出し床に置いて、地元京都から持って来た霊水入りのガラス瓶を取り出して、水を口に含む。
禹歩(うほ)と呼ばれる独特なステップを踏む。踏み終わったら半紙に描かれていた不定形の霊の絵に霊水を口から吹きかける。
水気を帯びた紙の中から浮き上がるように這い出てきたそれは、ヒゲの配管工兄弟が囚われのお姫様を救出するゲームに出てくる白くて丸い幽霊だった。
どこか愛嬌があるソレは用意していた鼠の死体に蔽いかぶさるように溶け込み、死体特有の濁った瞳を向けてくる。

「いいか、お前はここにいる鼠ゾンビを統括して侵入者に対処するんだ。基本的にお前以外の使い魔はバカだから、勝手に自滅しないように注意しろ。分かった?」
「チュウ」

通路防衛用の使い魔軍団は、前述のように単純な命令しか理解できない。
「侵入者を排除せよ」と命じてもその間に、共食い等の命令外の行動は縛ることが出来ないのだ。そこで現場監督的な使い魔を一匹置くことにした。

絵が実体をもった存在になるという話は、有名なものだと「画竜点睛を欠く」という言葉の語源になった逸話が最もなじみ深いと思う。
これは、あまりにも精巧な竜の絵が魂を得てしまって飛び立っていってしまい、困った絵描きはワザと目を描かないことにして、絵がどこかに行かないようにしたという内容だ。
他にもアニメや漫画でも、絵に描いたものを具現化するなんて能力が出てくることが多いいが、これらは今僕が行った剪紙成兵術、陰陽道の元となった道教由来の技だ。
この術によって不確かな霊体を描き、実体化させた上で実体に憑依させたのだ。
なぜこんな二度手間をしたのか。最初から普通に鼠を描けばいいだろうと思うだろうが、これこそが陰陽道と死霊術との混合技、「死霊尖兵術」のミソだ。
死霊尖兵術によって生み出された使い魔は、普通の陰陽師が使う式神や、魔術師が用いる
使い魔とは一味違う。
高コストと発動に手間が掛るというデメリットはあるものの、高い隠密性で通常の使い魔との区別は付かず、人間レベルの知能を有しているので複雑な作戦においても安心して使用でき、事前に多くの魔力を込めることで完全スタンドアローンが可能。
絶対に裏切らない助手のような存在を生み出せ、例え肉体を破壊されようが霊体として行動できるというメリットもある。
使い捨て前提のフクロウの使い魔とは違い、まさに僕にとっての主戦力足り得る術なのだ。
これを使い魔防衛隊の指揮官に置いたところで、僕が出来る準備は終了した。









時間が経過して、時刻は夜の八時前。町はすっかり夜の帳が下りている。
メディアさんの工房作成もひと段落し、遅めの夕食でも取ろうかとコンビニ弁当を取りだした。
かつての貯水槽の面影はなく、周りは古代の厳粛な神殿へと変わっていた。
何というビフォー&アフター。匠の技が光る仕上がりだ。



「すごいですメディアさん! いよ、匠!」
「ふう、まあ時間と使える材料を考えればまずまずの出来栄えね」

クールにキメるているが、その顔には一仕事終えた後の職人のような晴れ晴れとした汗がキラリと光っていたような気がした。
何かをクリエイトするというのは、それだけで気持ちがいい。
ディナーはコンビニ弁当で周囲の雰囲気とは完全にミスマッチだけれども、2人で楽しく食事をしようとしたところ、港の倉庫街に放っていたフクロウの使い魔から連絡があった。
自発的な連絡が出来る所が、鼠ゾンビとの違いだね。あいつらだと見張ってろと言ったら本当に見張るだけだからさ。


いよいよ来たかと思って視界を共有すれば、案の定である。
英霊たちの戦いが一体どんなものであるのか、聖杯戦争に参加したライバル達の実力をはかろうと、僕とメディアさんは煮込みハンバーグ弁当をパクつきながら水晶を共に覗きこむ。
そこに映し出されているのは、一人の美男子。
黒子なんてなくても普通に女の子を虜にしてしまいそうなイケメン――槍の英霊、ランサーがいた。
もしも完全に原作どおりに進むという仮定ならば、最終決戦の場である市民会館に忍び込み、戦闘中の衛宮切嗣と言峰綺礼をメディアさんの魔術で吹っ飛ばし、そのまま聖杯を手に入れられただろうけど、残念ながら原作キャラであるの雨竜龍之介が既に戦争から外れている以上原作通りなんてありえず、近い内に必ず原作は破綻する。その前にチェックメイトが理想だが、最初のチャンスはこれから起きるだろう、海浜倉庫街でのセイバー対ランサー戦だ。
ここには待っていればセイバー・ランサー・ライダー・バーサーカーのマスターが一堂に集まってくる。さらにアーチャーまでもがいるので、ここをうまく立ち回れば、一気に数陣営を陥落させることが出来る。
好機があればそういう思い切った手を打つこともやぶさかではない。
原作のシナリオは僕の唯一のアドバンテージであるが、乱用できるようなものではなく、時間が経過するごとに価値を失う生ものでもある。
使うのならば、慎重かつ大胆な運用を心がけなくてはならないが、さてさて。



『よくぞ来た。今日一日町を練り歩いて歩いてみたものの、どいつもこいつも穴倉を決め込んで出てこない。誘いに応じた猛者はお前だけだ。その清澄な闘気から察するに――セイバーとお見受けしたが、如何に?』
『その通り。そういうお前はランサーだな?』

互いに相まみえたセイバーとランサー、流石は古の騎士様とでも言うべきなのだろうか?
これからお互いに殺し合いを演じるというのに、それを気負った様子も見せずに極めて自然体だ。ケルトの英雄は、気心が通じ合えば例え明日殺し殺される間柄であったとしても酒を酌み交わすというが、そういった気風はブリテンにも通ずるものなのかもしれない。
衛宮切嗣はこういう騎士道を嫌悪感と共に見るだろうが、それでもこういう作法を何となく美しいと思い憧れるのは時代が変わっても不変だと思う。それともそれは所詮、戦場に出たことも見たことも無い童貞野郎の戯言なのだろうか。

「この男……確かランサーだったわね。女性を魅了する類の呪いが掛けられているわ。――――不快ね、殺してやりたくなるほど」

さすがはメディアさん! ランサーの右目の下にある泣き黒子の能力を一瞬で看破するなんて! でも凄まじい殺気を放つのはやめてください。ちびりそうですので。
しっかし、あの泣き黒子とか色っぽいな。あれが天然のニコポってヤツだろう。




ランサーこと真名ディルムッド・オディナに対するサーヴァント、その後方に視線を移す。
そこには戦場を見守るアイリスフィール・フォン・アインツベルン。
聖杯の担い手であることから、いずれ身柄を押さえる必要がある重要人物だ。
生前からメディアさんとイリヤたんは俺の嫁と言っていた僕としては、ここはアイリスフィールさんをお義母さんと呼んだ方がいいのだろう。が、今は敵対する陣営の一人であるので、必要以上の手心を加える気はない。
一度戦端が開かれてしまえば、そこから先は息をつく暇さえ与えられぬ程の、圧倒的なまでの戦いが繰り広げられた。長槍と短槍を使い分け、巧みな攻撃を繰り出すランサーに、それを惚れ惚れする技量で捌くセイバー。こうしてみると、どちらも甲乙付けがたいほどのツワモノだ。

「ふふ、セイバー可愛い――是非とも手に入れて私のお人形にしてしまいたいわ……」

メディアさんがセイバーをガン見している。
セイバーが可愛いというのには同感だが、この獅子のごとき戦いっぷりをみても不遜な発言が出来るとは……さすがは英霊。
セイバーの凛々しく、勇ましく、可憐で、小っちゃく、そして食いしん坊という魅力は強力だ。
しかもこれで後悔の涙を流して許しを乞う姿は、多くのセイバーファンの胸を締め付けさせたさせたことだろう。
でもゴメン! 俺にはメディアさんとイリヤたんがいるから!

「セイバーを手に入れるって……マスターからの強奪はリスクが高すぎますよ」

ここで一応クギを刺しておく。
原作のようにルールブレイカーでのサーヴァント強奪は、サーヴァントかマスターに手の届く範囲まで近づく必要がある。セイバーに接近してルールブレイカーをぶっ刺すなんて試す価値すらない暴挙、人質をとる戦法は切嗣相手には通じないだろうし、唯一の狙い目であるアイリさんは聖杯の担い手であるから手が出せない。結果、サーヴァントの強奪で戦力アップ作戦はかなり早い段階でお蔵入りしている。

「あら、別にマスターを殺してしまえばいいじゃない。そしてその後、セイバーに可愛い衣装を着せながら、目の前で跪かせて許しを乞わせるの。ああ、あの凛々しい騎士様が堕ちていく姿を想像するだけで――」

恍惚とした表情で想像に夢を膨らませるキャスターさん。その時の衣装は是非とも純白のウェディングドレスでお願いします。
あ、でもメディアさんのウェディングドレス姿もみたいな……

「別に可愛い衣装ならメディアさん自身が着ればいいのに……というか僕がお金出すんで着てくれませんか? まずは軽いジャブとして白いワンピースに麦わら帽子で高原辺りを歩いてみてはどうでしょう」
「私が着ても似合わないわ」
「そんなことないですよ。きっとすんごく可愛いですよ」
「キョースケのクセに色気付くんじゃないわよ。気持ち悪い」
「……」

ひでぇ! 








水晶玉の中での戦いは、一進一退の攻防を続けている。
設定的にはセイバー有利の筈なのに未だ決着が付かないのは、やはり様子見という意味合いがあるからかな?
しかし、どうにもこの戦いには違和感を感じる。こう、なにか足りないというか……



『流石だなセイバー。出来ればこのまま一晩中でも刃を重ね合わせていたいものだ――――だが、この身は今生のマスターに聖杯を捧げると誓いを立てた身。そろそろ決めさせてもらう』
『ほお、決着をつけようと言うのか、ランサー。だが、そう簡単にこの首を獲れるとは思わないことだ』

朱色の長槍――ゲイジャルグに巻かれていた封印の布が解かれていく。

『我が主からは相手を確実に討ち取るという条件付きで宝具の使用を許可されている。
セイバー、覚悟!」

……! そうか、ケイネス・エルメロイ・アーチボルトがいないんだ!

バタフライ効果――――僕が聖杯戦争に参加したことによる差異が現れた瞬間だった。
だが、ランサー陣営には具体的な介入はまだしていないはず。だというのになぜ、ここでケイネス・エルメロイが出てこない?
彼は自身の婚約者に良いところを見せようという下心と、武勇伝を得たいが為に聖杯戦争に参加している。
だというのにこの場にいない――まさかこの段階で原作が狂い始めるというのは想定していなかった。ここから先の展開は、


① セイバーが左手に不治の傷を負い、エクスカリバーが封じられる。
② ライダー、アーチャー、バーサーカーが現れ、アーチャー対バーサーカー戦が行われる。
③ 令呪によってアーチャー撤退、バーサーカーがセイバーに襲いかかる。
④ ランサー、令呪を使われてバーサーカーと共闘。
⑤ ライダーの乱入で戦いは不発。そして幕引き。


この段階で、④が既にない。ケイネス・エルメロイが意味もなく消費する筈であった令呪が一画だけとはいえ温存される。最終的にランサー陣営の生命線はケイネス・エルメロイの婚約者であるソラウの身柄な訳だから、令呪の数は関係ないと思いたい。
僕は④以外の差異が現れないか心配しながら事態の推移を見守ったが、結局のところ、おおむね原作通りの展開となった。
せいぜいウェイバーくんが、アーチャーの姿と、宝具を雨のように降らせる戦闘スタイスを見たときにやたらと驚いていたくらいだろう。

完全なる原作崩壊が起こらなかっただけでも良しとしよう。
もしも不在がケイネス・エルメロイではなく、アイリさんであったのならば、戦場である倉庫街ごと吹き飛ばすという荒技も場合によっては有りだったかもしれないが、いたしかたあるまい。

なんにせよ、これからが僕の――いや僕たちの聖杯戦争の始まりだ。



[36625] 幕間 とある陣営part2
Name: 瞬間ダッシュ◆7c356c1e ID:caffb20b
Date: 2013/08/13 22:16
未遠川河口にある倉庫街での一幕を人知れず覗いていた者が、キャスター陣営以外にも一人いた。
言峰綺礼、アサシンのマスターとして参戦した彼は初戦で自らのサーヴァントを失い、聖杯戦争から脱落したマスターとして冬木教会に保護されていた。
しかし彼の脱落は全くの虚言。父親である言峰璃正の元で分裂したアサシンを使役し、遠坂時臣の為に情報収集を行っていた。
対魔術師戦のエキスパートたる代行者に任じられたこともある生粋の聖職者が、なぜ魔術師たちの闘争に参加することになったのかも、すべては言峰璃正と遠坂時臣の思惑だというのに、彼は文句も言わずに与えられた任務を全うしていた。

「……ヤツは未だ現れず、か」

アサシンを通して観察した戦場の様子、サーヴァント、マスターに関する情報を、魔術を用いた通信装置で遠く離れた遠坂邸にいる遠坂時臣へ報告を済ませた。だというのに、彼は教会地下の薄暗い一室にじっと佇んだまま瞑目する。
決して、満足のいく情報を得られなかった訳ではない。
先の戦いでセイバー、ランサー、ライダー、バーサーカーの大まかな性能にセイバーとライダーのマスターを視認した。
さらに、遠坂邸で行われた昨夜の謀に茶々を入れた無粋な輩の目星がついたことも大きい。
下手人はキャスター陣営だ。
もちろん、そう判断する根拠もある。
あの場にいたものは、全員アーチャーの規格外な戦闘スタイルに驚愕していた。
この時点で、セイバー、ランサー、ライダー陣営は除外される。
残ったバーサーカー陣営であるが、場を引っ掻き回した挙句大した戦果もなく、自身の宝具らしきものを披露した点から考えるに、情報戦を制するなどという繊細な作戦を取れるとは考えにくい。
となると、消去法でいってキャスター陣営しか残らない。
戦闘に不向きなクラス特性からいっても、妥当なものだろう。
かの陣営は、アサシン達の懸命な捜索活動にも関わらず、一向にその尻尾を掴ませない。
それらしいマスターの情報も得られず、冬木のどこかで拵えられている工房の場所に目星がついていない。
いっそのこと、ライダーの呼び掛けに応じてのこのこと姿を現してくれればと思ったが、さすがにそれは都合の良すぎる妄想であった。そもそも、呼ばれて現れるアーチャーとバーサーカーがおかしいのだ。


このように十分な情報を得られたというのに、言峰綺礼は満足していない。
なぜならば先の戦場に、衛宮切嗣は現れなかったからだ。
それは聖杯戦争とは全く関係のない、個人的な思惑によるものだった。




言峰綺礼は世間が美しいとするものを美しいと思うことが出来ない。
愛情、友情、正義……その他全てである。
それを己の未熟さゆえと断じて苛烈なまでの修行を積み、いつしか周りから一目置かれるほどの人間になったが、相変わらず心の中身は空のまま以前と変わらなかった。
いっそ今までとは真逆のもの、魔術を学べば何かしら得るものがあるかと思い遠坂時臣に師事するも無駄骨に終わった。
ゆえに、彼にとってこの聖杯戦争とは、正直にいってしまえば茶番である。
例え勝ち残ったとしても叶えたい望みも、悲願もないのだから。
そう密かに絶望し、また今までの日々が続くのかと一人悩んでいた。
そこに降って湧いたように現れた男が、衛宮切嗣――――魔術師殺しとして悪名を轟かせ、教会の人間にも名の通った魔術師殺しを専門とする魔術師であった。
狙撃、毒殺、公衆の面前での爆破、標的を旅客機ごと撃墜するなど、最も効率的な手段で以てターゲットを抹殺してきた。
衛宮切嗣を、魔術を使って小遣い稼ぎをする悪辣な卑劣漢としてなじる者もいるが、綺礼は切嗣の軌跡に注目する。
彼は魔術師の暗殺以外にも仕事を請け負っている。
世界中の紛争地域に傭兵として介入していた記録があるのだ。
しかし、その介入した時期というのが、戦局が激化した時と重なっている。
明らかに自滅的な行動原理。虫が火に飛び込むように、死に場所を求めるかのような行い。結論を言えば――――衛宮切嗣の行動はリスクとリターンのバランスが完全に破綻していた。
より具体的に言えば、危険に対して得るものが少なすぎるのだ。
この破滅的で無益な行動の繰り返しには、見覚えがあった。
所属を転々とし、その先々で人の数倍の努力と修練を重ね、あと一歩で極められるところまできたというのにあっさりと他へ乗り換えてきた自分。ただただ、己の心を埋める何かを求め、いままでの努力を無駄にし続けている言峰綺礼と重なるのである。
そんな男が唐突にその活動を終え、あろうことか聖杯戦争の渦中へと飛び込んできたという。
残念ながらこの男はマスターではないようであるが、それでも何かを掴んだ筈なのだと、言峰綺礼はそう思っていた。
それが何なのかを彼は是が非でも問いたい。
自身のような破滅的で無益な行いの果てに、何を見て、そして何を得たのかを。



































聖杯戦争とサーヴァントに対する認識には、それぞれの陣営ごとにズレがある。ランサーのマスターであるケイネス・エルメロイ・アーチボルトにとって聖杯戦争は魔術の競い合いの場であり、サーヴァントもせいぜい高性能な使い魔という認識でしかなかった。

「ランサー、あの戦いは一体どういうつもりだ? 私はお前に言ったはずだ。宝具を使うならば必ず敵を打倒せよ、と」
「返す言葉もございません」

それゆえに、彼は自らのサーヴァントの行いを許せなかった。
切り札である宝具と真名を聖杯戦争序盤で早々に露見させ、だというのに戦果が高々セイバーの左腕を封じただけという結果に憤慨した。

「それだけではない。お前はセイバーに襲いかかるバーサーカーに助力せず、結果セイバーを討ち取る機会をみすみす逃している」
「騎士王は、いずれ必ずこの手で討ち取って見せます。ですから――――」
「お前の決意表明などどうでもいい!」

冬木市内にある高級ホテルの一室で、ケイネスはサーヴァントを一喝する。
幼いころから神童、天才という二つ名を欲しいままにしてきた彼には失敗の二文字など存在しない。
だというのに、そのサーヴァントが不甲斐ない結果しか持ち帰ることが出来なかったという事実が彼には不満であった。
なぜ勝てないのか。なぜ自分の指示通りに出来ないのか。
今まで唯の一度も挫折を味わうことなく、魔術師としての栄光の道を歩き続けるケイネス・エルメロイ・アーチボルトにはそれが理解できなかった。
征服王イスカンダルの聖遺物を教え子に奪われ、放った使い魔は捕食され、臨時に用意した触媒で呼び出したサーヴァントは言いつけすら守れない体たらく。
さらに糾弾の言葉を叩きつけようとしたところで、視界の隅に人影が現れる。

「ケイネス、そのくらいにしたら? ランサーは良くやったわ。セイバーに不治の傷を与えられたんですもの、十分な戦果よ」
「ソラウ……」

彼女の名前はソラウ・ヌァザレ・ソフィアリ。ケイネス・エルメロイ・アーチボルトの許嫁である。
心底惚れている彼女に頭が上がらないケイネスは、先ほどまでの怒りに冷や水を掛けられる形になる。

「そもそも、アサシンを恐れて戦場に行くことさえ尻込みする貴方がランサーを叱る資格なんてあるの?」
「……ソラウ、私はあくまで戦略的な視点で考えているんだ」
「私たちは他の陣営に比べて大きなアドバンテージを持っている。マキリが完成させたサーヴァントシステムに独自のアレンジを加えた変則契約、私がランサーへの魔力供給を行っていることで、あなたは十全に魔術をふるうことが出来る。流石は降霊科随一神童ね。でも、戦いに関しての貴方は後ろで隠れているしかできない臆病な――――」
「そこまでにしていただけませんか。いくらソラウ様でも、これ以上は我が主に対する侮辱です」

椅子に座るケイネスの肩に手を置きながら彼をなじるソラウの発言に、ランサーが待ったをかけた。途端、今まで女帝のように冷徹な顔をしていたソラウの表情が一変する。

「そ、そんなつもりではないんです。……御免なさい、私も言い過ぎたわ」
まるで初な乙女のようにしおらしくなるソラウ。
それを見て、ケイネスは再びランサーに対する苛立ちを覚える。
これだ。自分がランサーを気に入らないなによりの理由だと。
ランサーの正体は、ディルムッド・オディナ。フィアナ騎士団の一員でありながら主君の許嫁を寝とった不忠者として伝説に残っているこの男は、あろうことか再び主の許嫁に色目をつかい、他人の婚約者を誑かそうとしている……そうケイネスは判断していた。
そして、そんな男に満更でもない自らの婚約相手……面白い筈がない。
サーヴァント風情が、魔術によって生かされている化石ごときがと、ケイネスは憤慨する。
本来ならば、ケイネスはソラウを叱りつけるべきであった。
私というものがいながら他の男にうつつを抜かすなど許さぬと、毅然とした態度で臨むべきだった。
しかし彼はそれをしなかった。いや、惚れた弱みであり、恩師の娘ということでどうしても強気に出ることが出来なかった。
ゆえに、行き場所を失った感情のはけ口はランサーへと向かう。が―――

――――――――――ジリリリリリ!

無能な者に対する怒りと、醜い嫉妬に身を焦がす彼の耳に火災報知機のベルの音が届く。



「……なに? 何事?」

ソラウが、喧しくなり続けるベルの音に困惑の声をあげるなか、ケイネスは電話のベルがなると速やかに立ち上がり、受話器を取る。

「――――そうか。分かった」

話を聞き終わって受話器を下ろしたケイネスの瞳には、剣呑な雰囲気が漂っていた。
それは、先ほどまでの惨めな男の目ではなく、魔術師の目であった。

「下の階で火事だ。ボヤ程度だが、他の宿泊客は全員避難するそうだ」
「火事? よりによって今日?」
「まあ間違いなく放火だろう。それも、先の戦いで暴れ足りない輩が押しかけて来たんだろうね。これは、その人払いの為の計らいだ」
「恐らくはセイバーかと。かの騎士王は左手を封じられておりますので、それを解きに来たのかと思われます」


答えるランサーに一瞥し、指示を下す。

「ランサー! 下の階に下りて迎え討て。私も後から向かうのだから、無碍に追い払ってくれるなよ」
「御意」

主人の命令を受けて、ランサーはすぐさま霊体化してその場から戦いの場へと向かった。

「ご客人にはたんまりと、このケイネス・エルメロイの魔術と魔術工房を堪能してもらおう。フロアひとつ借り切った完璧な工房だ。結界24層、魔力炉3基、猟犬代わりの悪霊、魍魎数十体、無数のトラップ、廊下の一部は異界化させている空間もある。私が後ろで隠れていることしか出来ない臆病者という評価、すぐに撤回してもらうことになるよ」
「そう。貴方も今回は出向くというのね」


出陣の為の身だしなみを整えながら、余裕の表情のケイネス・エルメロイ・アーチボルト。
彼は自身の魔術工房の防衛能力に絶対の自信を持っている。
そしてなりより、自身の腕前を信じて疑わない。

「ところで、ねえケイネス。ひとつお願いがあるの」

いよいよ戦場へと赴こうとしたケイネスを、やけに穏やかな声音でソラウが呼びとめる。
お願いという言葉に、ケイネスは一瞬困惑する。
彼女がお願いするというのは非常に珍しい。これまでほとんどの場合、お願いと言っておいて言外に命令のニュアンスを含めてこちらの承知を強制してきたのだ。
だがしかし、その内容を聞いてケイネスの困惑は一気に吹き飛んだ。

「私に令呪の一画を預けてくれないかしら?」
「――――な、なにを言っているんだソラウ!?」
「ランサーの為の魔力は私が負担しているのよ? そのぐらい、あなた自身から言い出していいくらいなことなのに、貴方は令呪を独占している。不公平だとは思わない?」
「その件に関しては私も感謝している。だが、しかしだな……」

いい淀むケイネス。有体に言ってしまえば、彼はランサーを信用していないし、最悪裏切ると思っている。
ランサーは召還の後、こう言っていた。自分には聖杯に託す望みはない。ただ、生前果たせなかった主君への忠義の道を全うしたいのだ、と。
それをケイネスは、マスターに言えないような秘め事を抱えていることへの誤魔化しであると判断していた。
だから、ランサーに対して甘いソラウをこれ以上近づけたくなかったのだ。


「まあ、まずは目の前の敵に対処して。でも終わったら、ね?」
「……分かった。その件はまた後日きちんと話し合おう」



苦悩するケイネス。
だが今はせめて、臆病者の誹りを払拭せんと気合を入れる。
ランサー以上の活躍で、ソラウの目を引こうと、彼は健気にも心の中で決意する。
ちょうど工房の番犬代わりにしていた怨霊の中に、群を抜いて強力な霊が一体いた。
あれを主軸にして、敵マスターを駆逐しようと、ケイネスの頭脳が着々と作戦を構築していった。

(あの怨霊は……この国のオチムシャとかいう存在だったか? 所詮敗者だというのに、やけに手厚く扱われていたな。名前は確か――――)

作戦のことを考えながらドアノブを握った時、どこからか爆発音が響いた。
それは、冬木ハイアットホテルが爆薬によって工房ごと破壊された瞬間だった。



2月24日 微修正しました。



[36625] そして歯車は狂いだす 上
Name: 瞬間ダッシュ◆7c356c1e ID:caffb20b
Date: 2013/08/14 01:06

――――こんな夢を見た。

仲の良い姉弟が、小さな庭園で遊んでいる。
姉の笑顔は太陽のように輝き、周りに咲き誇る花々に負けないくらい美しいものだった。
あどけない少女はまだ見ぬ明日が幸せなものであると信じて疑わず、弟の手を取りながら今晩の夕食について話し合う。
そこにいたのは、幸せな毎日が不変のものであると根拠のない確信を抱いていた、とある国の、とある王女。
そんな愚かしくも愛すべきお姫さまの人生は、海を越えて訪れたとある英雄を発端に、まるで坂を転がり落ちるように一変する。
一体彼女にどんな罪があったのか。
一体何が悪かったのか。
神の都合によって植えつけられた恋心によって、王女は英雄の為に祖国を裏切り、故郷を捨て、幼い弟を八つ裂きにした。
その後も王女は英雄の為に、その手を汚していく。
汚して、殺して――そして最後には彼女自身が裏切られて。
たった一人の男の為へ全てを捧げ、結果すべてを失った。

――――そんな哀しい夢を見た。


木製の台上に備え付けられた寝袋の中で、先ほどまで見ていた夢を反芻する。
上半身だけ起き上ったまま、未だ覚醒しきれずに暫くまどろむ。
悲しみの涙を流して慟哭する、美しい王女の姿が頭から離れないのだ。
因果応報という言葉があるが、これを彼女にあてはめることは出来ない。
英雄の方にも都合はあるだろうが、それは全く彼女には関係のない話であって、理不尽に幸せを奪われていい理由にはならない。
英雄イアソンが悪い。
もしくはイアソンに肩入れする女神が悪い。
無垢で可憐な少女を、血みどろの修羅道にたたきこむ原因を作ったこいつらこそが悪。
――――でも、こいつらと自分にどんな違いがあるんだろう?
結局のところ、僕自身もサーヴァントとしてメディアさんを使役して聖杯戦争に参加し、こうして協力させている。今後、場合によっては汚れ仕事を頼むようなことになるかもしれない。
それじゃあ、僕が怒る資格なんて最初から――――

「あら起きたの?」
「――――っ」


急に声を掛けられて、息が詰まった。
メディアさんの姿をじっと見つめる。
瞬間、夢の中で見た少女の泣き顔と重なった。
それは、僕の胸を締め付け、どうしようもない罪悪感を芽生えさせる。

「すいませんでした!!」
「……は?」

不可抗力であるとはいえ、人に触れられたくない過去を覗き見したことには変わりないのだ。
気が付くと、僕は頭を下げて謝罪していた。
一体何のことだと不思議そうな顔のメディアさんに、僕は今朝見た夢のことを正直に話した。イアソンと自分、客観的に見ればどちらも大して変わらない。五十歩百歩だ。
僕は確かにメディアさんの幸せを願っている。でも同時に、聖杯を得るための戦力――――駒としても見ているのだ。事実、それは客観的事実でもある。
愛を語る詐欺師みたいな真似をしていることに、今更ながら自己嫌悪する。

「別に、キョースケが謝るようなことじゃないわ。それに、もう終わったこと」
「……悔しくは、ないんですか」
「……」
「あんなことをされて、どうしてそんな平気そうな顔ができるんですか! 僕は……僕は悔しくてたまらないのに!」

いつの間にか、涙を流してメディアさんに詰問する自分がいた。
自己嫌悪は先の夢の内容を思い出すにつれて理不尽への憤慨に変わる。そして激しい憤りは出口を求め、何でもないかのように平然としているメディアさんにぶつけていた。
自分でもそれがどうしようもなく筋違いで、みっともなく情けないとは分かっているのに止まらない。感情の爆発は、理性の抑圧を振り切って暴走していた。

「――――口を慎みなさい! あなたに何が分かるというの!!」

激昂したメディアさんに頬を思い切り叩かれて、そこでようやく頭が冷えた。
そして自分の暴言を、言ってはいけない類の言葉を吐いてしまったことに思い至る。
再び自己嫌悪から死にたくなるような衝動に駆られ、今度は土下座した。
ビチャリと額が濡れ、膝が湿るが気にしなかった。
勝手に感じた義憤から傷口を抉る真似をして、僕は一体何がしたかったのか。

「キョースケ、あなたの発言は許せるようなことじゃない。私に対する最大限の侮辱よ」
「……はい」


殺されるのだろうか? 僕の聖杯戦争はこれで終わるのか? 結局何も出来ず、パートナーに喧嘩を売ってこれで終了か? なんとも絞まらない結末だ。
僕は神妙な顔つきで判決を待つ。良くて死、悪くて木偶人形。令呪を使おうという気すら起きない。そもそも、ブースト以外での使い道なんて最初からない。強制をした時点で詰みと同義なのだから。
おもむろに口を開いたメディアさんの言葉を、僕は半ば悟ったような境地で待つ。

「でも……特別に許してあげる」
「……え?」
「私はしばらく奥で休むから」
「は、はい。お休みなさい?」

このときの僕の顔は、さぞ間抜けだったろう。
なんせ、もう死んだと思ったのに、今もこうして生きているのだから。
背を向けて奥へと向かうメディアさんに、ここはお礼を言うべきだろうかと悩んでいるとメディアさんは、ああそうだと取ってつけたような前置きを置いた後ポツリと――――

「――――キョースケ、ありがとう」

と言った。






「……ありがとう、か」

自販機で買った缶コーヒー(微糖)を歩きながら飲みつつ、深山町の閑静な住宅街を歩く僕。
そして歩きながら、去り際のメディアさんのセリフをリプレイする。

「フフ……ムフフ――――」

道路脇のカーブミラーに映るにやけ顔は、正午過ぎの町では完全に浮いていたが気にしない。


頭を冷やす為に貯水槽から外に出て一時間。
今朝の夢の残滓を振り払い、気分を切り替えるのにさらに一時間かけたおかげで、すっかり以前の調子を取り戻せたようだ。
そして元に戻った僕の精神が語りかけるのだ。
張り手を頬に食らい、死の恐怖を味わったというのにあの一言はそのすべて帳消しにしてお釣りがくるほどだった、と。
う~ん、思った以上に僕の精神は腐っているのかもしれない。
事実、自分でもキモッ! と思うような顔をしていると自覚しているにもかかわらず、どうしても真顔が出来ない。どうしてもフツフツと、胸の奥底から草冠に明るいと欠くアレがわき出すのだ。 

「ありがとう、と君が初めて言ったから、今日はデレ記念日――――なんちゃって!」

主婦が、小さな子供が、僕の脇を通り過ぎる時に必要以上に距離をあけてくることにも気にしない。
今ならコミケで買った痛い紙袋をそのままに、帰りの電車に乗れる人の神経が分かるかもしれない。何というか、こう、異常なまでの高揚感に身体が包まれているのだ。

「『ありがとう』だよ? これはもうフラグ立ったでしょ。 つうかそうでしょ常識的に考えて! もうキャスタールート入ってる? そして今現在の好感度何ポイントだヒャッホー!」

ビクッと身を震わせた猫が逃げていく。
逃げた猫は近くの家のブロック塀を乗り越え、そのまま姿を消した。
僕はその様子を、ぬこ! ぬこのお尻かわええ! と思って見送り続けていたけど、そのあとすぐに聞こえたテレビ音声に足がぴたりと止まる。



『昨夜発生した冬木ハイアットホテルの崩落は、警察関係者の話からテロによる可能性が濃厚であり、市民の皆様には十分な注意を――――』

塀の奥の民家から聞こえてくる男性アナウンサーの焦ったような声に、浮かれて昂ぶっていた精神が急激に冷えていくのを感じる。

――――いや待て。何をやっているんだ僕は。そもそもこの世界は普通のエロゲとは訳が違うんだ。チョロイ女の子ゲームのように、とりあえず目当ての女の子にお百度参りしていれば自然と落せてハッピーエンドになるような生半可なものじゃあ断じてない。選択肢を一つ間違えただけでバッドエンド直行の鬼畜ゲームが原作なんだ。龍之介くんのように、調子に乗っているところをズドンなんてことが余裕であるんだ、バカか僕は!


手に持っていたコーヒーを一気に煽り、思考をまとめる。


そもそも僕がわざわざ危険を承知で外に出てきたのは、今後の為の布石を打つためだ。
今後の展開――――すでに原作から外れ始めたおかげで、今後どのように戦局が推移するか予断を許さない。
それこそ、セイバー陣営の脱落なんていうトンデモ展開になってしまう可能性もあるんだ。
今までのように状況をただ観察しているだけでは、もはやまずい状況なのかもしれないと僕は思い始めている。
小さな歪があっと言う間に大きくなり、気づいた時には手遅れだった――なんてことになったら目も当てられない。
そういった事情と状況を歩きながら考え、まとめた結果――――僕は今夜大きなカケに出ることを検討するに至った
それは率直に言ってしまえば、「どうせこれから先どんどん訳ワカラン展開になるんだったら、ここらで一発ドカンと決めて、一気に戦いの主導権を握ってそのままゴール」という内容だ。
うん、自分でも大雑把だと思うけど許してほしい。


まだ原作知識が有効だとすれば、今夜の流れはこんな感じだ。


① ケイネス・エルメロイとランサーが、アインツベルンの森に突入する。
② アサシンと言峰綺礼、遅れて突入。
③ ランサーVSセイバー ケイネス・エルメロイVS衛宮切嗣
④ 言峰綺礼VS・アイリスフィール&久宇舞弥
⑤ 起源弾炸裂、ケイネス・エルメロイ瀕死
⑥ ランサー陣営、アサシン陣営撤退


ケイネス・エルメロイがアインツベルンの森に踏み込んだのはそもそも原作キャスターを追跡した結果だった。だが、あのプライドが服を着ているような人のことだから、ほぼ確実にお礼参りの為に殴り込みをかける。セイバーのマスターが下手人の第一候補なのだから、まっすぐ突入するはずだ。
そうなった場合、衛宮切嗣ならサーヴァント同士が戦っている間に敵マスターを駆逐せんと動くはずだから、キャスターがいなくてもおおむねこの通りに動くだろう。
もしもセイバーがランサーを打倒してもこの際構わないが、仮にこの通りに推移した場合、介入するポイントは⑥だ。
瀕死のケイネス・エルメロイと、それを抱えているから霊体となることも出来ないランサー。
仕留めるならここが最大の好機だ。

……よし、やっぱりここらで勝負に出よう。
僕たちは今夜アインツベルンの森に忍び込み、逃走中のランサー陣営を殺る。
そこから先、聖杯問答が行われるかは未定。
未遠川での海魔戦はわざわざ周りに目を付けられるのを覚悟で再現するメリットもないのでパス。
この時点でアサシンと原作キャスターの脱落が無くなるので、原作は既に破綻したと見た方がいいだろう。
ゆえに、僕たちの手でランサー陣営を討ち取ったのならば、そこから先は先手先手の戦いを展開し、そのまま勝利する。
ならば、考えていた他の陣営に対しる対策も、一気に行動に移すべきだ。


ライダー陣営には、マッケンジー夫妻に暗示をかけて、食事に毒を盛らせてウェイバー・ベルベットを始末。
唯一の懸念はライダーが毒に気づくという可能性だが、ライダー用の策を一つ打ってある。昨日アルコール度数がやたらと高いのに美味い日本酒の銘柄を樽で、とある店に注文し、今朝届けられている。僕はこれからその銘柄の日本酒を一瓶もってマッケンジー宅へ行ってこう言う。「来月引っ越してくる土御門です。これはお近づきの印です」と。
すると酒付きのライダーはその酒を飲む。そしてそのうまさに触発されて、その酒を売っている酒屋に向かう。そこにはなんと樽であるわけだ。
ほくほく顔で略奪を決めたライダーはすぐさま家に帰り、浴びるほど飲んでいるなか、フリーになったマスターに毒が決まる――――というシナリオだ。
これでライダー陣営は堕ちる。


次に間桐雁夜に接触し一時的な同盟を組んで、魔力の提供を申し出る。その後すぐに冬木教会を襲撃させて言峰綺礼を抹殺、そのまま遠坂邸に突撃してもらう。
あらかじめ膨大な魔力をキャスターさん経由で供給しておけば、魔力切れを起こすこともないだろう。それに、有り余る魔力でランスロットのもう一つの宝具、無毀なる湖光(アロンダイト)を振るえば、勝てないまでもアーチャーを疲弊させることが出来る……はず。
ちなみに、サーヴァントを強奪しないのは聖堂教会から狙われないようにするためだ。
リスクは間桐雁夜のみに背負わせ、そのまま死んでもらおう。


その次は衛宮切嗣に接触し、聖剣の鞘をセイバーに返させてアーチャーと戦わせる。この時、僕の令呪を譲渡してでも絶対に勝たせる。
その辺りは、プロに任せておけばいいだろう。かの魔術師殺しならば、きっと必勝の策を見出してくれることだろう。凛と桜を人質にとる……とか。
最後、キャスターなら聖杯を正常に機能させることが出来ると衛宮切嗣を説得して、この型月世界をDOG DAYS並みの緩い世界に改編させる。


希望的観測も混じっているが、大きな穴は無いはずだ。諸々の説得にはセルフギアススクロールを使い、説得力を持たせる。
全てが終われば、メディアさんも受肉してもらい、幸せに暮らして貰う。イリヤスフィールも聖杯が完成したことで役目から解放されて父と娘で暮らせるようになる。
ついでに、桜ちゃんも救われる。
型月世界をDOG DAYS的世界観にする、これが出来れば万事問題ない。
死亡確定の攻撃を受けても猫玉になるだけで無傷、戦争が一種のスポーツと化して対戦国同士がお祭りのように騒ぐ。キャラの死亡などという鬱展開もない優しい世界観になるのだ。
あれ? そうなると衛宮切嗣が目指した理想郷はフロニャルドみたいな世界か……
猫耳、犬耳、兎耳に混じる死んだ目のおっさん――――うん、無いな。

「イケるぞ、うん。最初聖杯戦争に参加することになったときはガクガク震えていたけど、こうしてうまくいっている。うん、自分の才能が怖いね」

僕は神様からチート能力など貰わずとも勝利することが可能であることを証明して見せよう。その為のお膳立ても済んである。だからあえて言わせてもらおう! 
この戦い、僕たちの勝利だ!!
















あれ、このセリフどっかで聞いたことがあるような?



[36625] そして歯車は狂いだす 下
Name: 瞬間ダッシュ◆7c356c1e ID:caffb20b
Date: 2013/08/14 01:42


みなさんこんにちは。昼過ぎの街中で盛大にシャウトをかましてしまった土御門恭介です。
一時のテンションに身をゆだねるべきではありません。
子供のころに撮られたビデオの観賞会を親戚一同でやられた時に匹敵する恥ずかしさが襲いかかって来るとは……現在進行形で黒歴史は作られるということですね。
さて、あの後僕はお酒を買いに行き、メディアさんと合流した後速やかにマッケンジー宅へと行きました。
しかし僕にとっては予期せぬ出来事があり、それをご報告いたしたいと思います。

もうすぐ日差しが夕暮れのそれに変わりつつあった時間、僕たちはマッケンジー宅に引っ越しの挨拶(もちろん嘘)に赴きました。
その時マッケンジー夫人に、僕とメディアさんの関係を聞かれたんですよ。
「僕たち新婚です!」と答える気満々で、その言葉も準備していました。だってねえ、若い男女が引っ越して来るんですよ? 同棲が家持ちとか怪しいじゃないですか~、だからいっそ夫婦ってことにしてしまえばいいんじゃね? と考えた訳ですよ。でも、答えるまでの一瞬の隙をついて、先にメディアさんが答えてしまったんですよ。
そう、「姉弟です」と……。

一切の気負いも、照れもなく言い切られました。
フラグが立ったと思ったのに。それとも好感度が足りなかったとでも言うのでしょうか?
でもあんなはっきりと姉弟って……そりゃないですよメディアさん!

え、暗示の件はどうなったって? ああ、それは成功しましたよ。だってやったのメディアさんですし、成功しない方が変ですよ。唯一の懸念であったウェイバーくんもライダーも下に降りてきていませんでしたし、僕たちがここにいるってことが悟られないように気配遮断の護符(メディアさん手作り)とかも作ってもらってましたんで完璧でした。
あって良かった道具作成スキル!
ちゃんと酒瓶を店の名前(コペンハーゲンっていう名前)が書かれている包装紙に包んでも貰ったから、雄牛に引かれた戦車でもって、今晩にでも件の酒屋に突撃することでしょう。是非とも僕からのお酒を堪能してくださいな、征服王。それが最後の美酒となるでしょうから。





そんなこんなで現在はガックリきた精神も立て直し、アインツベルンの森に展開されている結界の外、ギリギリの場所で日暮れを待っているところです。
ケイネス先生の殴り込みが具体的な時間が分からないので、使い魔に監視させつつ待機中という訳なのです。
というか、日光の入らない鬱蒼とした森って言うだけでおっかないのに、魔術師の森って……無茶苦茶不気味です。これで完全に日が暮れたら、マジ心霊スポットです。
いや~、幽霊とか見慣れているハズなんですけどねぇ。こういう雰囲気ってのは、どうにも単体で苦手みたいです。


冬の夜は非常に寒い。だからもってきた登山用のガスバーナーにコッフェルでコーヒーを入れてみる。ついでにインスタントラーメンをズルズルすすりながら、寒さを凌ぎます。


「あなたも魔術師なら、火くらい自分で起こしなさいな」
「え~、でもこれの方が便利ですよ。ほら」


登山用のガスバーナーは、一言でいえば小さなコンロだ。ガス缶とライター1つ用意すれば子供でも簡単に火が起こせる。コッフェルに水を張って火をかければ、すぐにお湯も沸かせるし、ちょっとした炒め物も作れる。
僕も修行時代に大変お世話になった三種の神器のひとつです。
原作でウェイバーくんがポケットカイロを見たときに、その値段の安さに驚愕していたけれど、実際魔術はこういうところで使い勝手が悪い。
いわんや僕のしょぼい魔術では安定した火力を一定時間以上得ようと思ったらそれ相応の準備が必要になるし、魔力の消費もバカに出来ない。結果こうして文明の利器に頼るのが、一番都合がいいのです。

「はあ……キョースケが特別に変なの? それともこの時代の魔術師がおかしいのかしら」
「そもそも僕は魔術師って言えるほど魔術師してないですよ。いや、対外的にはそういうことにしてますけど」
「はあ?」
「元々僕の家系はこの国特有の術者だったんです。でも時代の流れとともに衰退して、今は西洋の魔術を取り入れているってだけです。だから、そういう気構えとか心構えとかは本当のところは大して重要視してないんです」
「それじゃあ、魔術使いってこと?」
「それもおかしいですね。だって僕は魔術も使いますけど陰陽道の技も使います。厳密にいえば魔術を道具にしている訳だからそう言ってもいいかもしれませんけど、それでもシックリ来ませんし。それに僕にとっては、魔術もその手の類も使い勝手が悪いって印象しかないですし」

この世界に転生を果たし、そして世界に魔術やそれに類する特別な技があるということを知った時、正直に言えば僕はむちゃくちゃ興奮したよ。
生前ではおとぎ話にすぎなかった技術が実在することを知り、しかもそれを操ることが出来るとなれば、男の子としてそりゃあもうテンションが上がるのも仕方がないと思う。
でも、蓋を開けてみればガッカリした。
歩き方や呼吸法も一から矯正させられ日常それそのものが修行の場として機能し、幼少期から山籠り、冬の滝に打たれ、刃物一本と習得した秘術で熊を狩ってこいと言われ、何度も死線を潜った。
いつかきっと、RPGに登場するようなド派手な魔法(当時は型月世界であることを知らなかった故)を習得できると信じていたんだ。
しかし、そんな決死の思いで得たものは登山用ガスバーナーにも劣るしょっぱさ。
父親にも「ああ、やっぱり才能ないな……」と言われ慰められる始末で、一体今までの努力はなんだったのだと思わざるを得ない。

「まあ、結局僕みたいに才能がない人間は、こういうところで割り切らないといけないんですよ」

一から十まで魔術で代用するなんて出来ないんだから、仕方がない。
経済的にも、技術的にも。

「才能が無い……ね。それでも、あなたの結界はそこそこだったわよ」
「え、ちょ――――もしかして僕にも優れた才能があるってことですかメディアさん!?」

結界はそこそこ→結界の才能がある→固有結界キターーーという図式が一瞬頭の中で閃いた。
固有結界ですよ固有結界! 心象世界の具現化なんてチート技がこの身に宿っているというのか!? そうだよ、やっぱり転生なんてぶっ飛んだことしたんだからこれぐらいの特典はあってしかるべきなんだよ。さあ、メディアさん。どうか僕の隠された才能を引っ張り出してください!!

「いえ、言うほどの才能は無いわね。というか、それだけは人並みに習得できるってだけの話よ」
「……固有結界とか――――」
「無理ね。私が断言してあげる」
「……」
「キョースケが寝ている間にいろいろ調べたけど、それ以外の分野だと半人前より少し良いぐらいね。感謝しなさい、この私が直々に調べてあげたんだから」
「――――ありがとうございます、あまりの嬉しさに泣きたくなってきたました」




その時のコーヒーの味は、いつにもまして苦かった。







メディアさんはカップ麺が気に入ったらしく二つも召し上がっていたが、コーヒーは泥水と大差ないとプリプリ怒っていました。その様子は大変可愛いものでしたが、そろそろ時間も時間なので、僕たちは作戦を話し合うことになった。


「では、メディアさん。作戦の確認をしましょう。ここはアインツベルンの森、セイバー陣営の根城です。僕たちはここで待機して、森に攻め入って来る連中を逆に襲います」
「私ならこのまま敵の工房を破壊することも出来るでしょうけど、わざわざ魔術師の陣地に飛び込もうとするバカなんているのかしら?」
「います。具体的にはランサーのマスター、ケイネス・エルメロイは今晩にでもしかけてくるでしょう。そして、そのサーヴァントも」
「なぜ、ランサー陣営だと?」
「昨晩、ケイネス・エルメロイの宿泊するホテルが爆破されました。やったのはランサーの呪いを早く解きたいセイバー陣営だと思われます。そして、ケイネス・エルメロイは非常に高慢な性格であるようなので、それが本当ならばさっそく今晩にでも御礼参りにくる筈です」

ケイネス・エルメロイ。時計塔の一流講師であり、本人自身も優れた魔術師だ。
目立つ人物ゆえに少し探りを入れれば、噂話の類はザクザク出てきた。
所詮は魔術師達の噂話だから嫉妬なんかを考慮して考えたが、それでも彼を一言で表せば、有能だけれど鼻に付く、これだ。
わけても時計塔所属の学生には、人間的な面で評判があまりよろしくない。
まあ、生徒の論文を公然とこけ下ろすくらいだから仕方がない。
これは、原作知識の裏付けとして行った調査で改めて確認した事実だ。

「ただ、セイバー陣営には『魔術師殺しの衛宮』がいます。対して、ケイネス・エルメロイはあくまで研究肌の魔術師。戦闘経験も浅く、サーヴァント同士を比べてもセイバーに軍配が上がりますので、ランサー達の勝率は低いでしょう」

一応、現段階ではセイバーのマスターはアイリさんということになっているのでそう言っておく。

「だから僕たちもこの森の中に侵入して敵の本拠地付近で潜伏。逃げ出すランサーのマスターを奇襲します。うまく立ち回れば、この場で一つの陣営が消えます」

二人のマスターの性格上から考えて主従のタッグ戦は無いだろうから、ここは原作通り城の中でマスター同士の戦いが、セイバーとランサーは一対一で戦う。
衛宮切嗣ならセイバーに城からランサーを引き離すように指示するだろうから、城周辺は逆に安全。言峰綺礼はアイリさんと舞耶さんが相手してくれるから、僕たちはフリーとなる。

「ここなら人目も無いですので思う存分、ド派手で強力な魔術を――――ッ!」

そのとき、偵察に出していたフクロウの使い魔の視界に人影が映る。
来た! ケイネス・エルメロイとランサーだ! あのマスターの性格からいって必ず森を正面突破するだろうと踏んでいたが、その通りになった!
僕だったら結界を気付かれずに抜こうとして、もろい部分を探して迂回したりするだろう。けど、公式で4次最強のマスターと言われることだけって奇襲なんてする必要がないとばかりにそのまま冬木市から最短距離で突入していった。

「それじゃあ、行きましょう!!」

手早く荷物を片づけ、僕たちはケイネス達の気配を追いながら追跡を開始した。



ケイネス・エルメロイの後を追い、彼がアインツベルンの城に正面から押し入ってから約5分が経過している。
アインツベルンの森……それは冬木市深山町の西側郊外に広がる森のことであり、名門魔術師アインツベルン一門が管理する魔境。森全体に結界が施されているために、対策無く侵入すればすぐにでも探知されてしまう敵の陣地な訳だ。
だがしかし、対策を立ててさえいれば侵入は可能である。
僕はメディアさんに作成してもらった魔力、視覚、熱を遮断する護符を身につけ、森の木立に身を隠していた。

ケイネス・エルメロイとランサーが撤退時にとるであろう逃走経路上に待ち伏せしつつ、周囲の状況を探る。さすがにこの状況で使い魔の索敵を行うことは出来ないが、反響するように響く戦闘音から察して、セイバーとランサーの戦闘はこの場所から離れたところで行われている。その事実に胸を安堵させながら、遠目で城を観察する。
いくつかの破壊音から、未だに城内部の戦いは決着が付いていない。
しかし、僕は知っている。
この戦いは衛宮切嗣の起源弾によってケイネス・エルメロイは再起不能になる、と。
元々死んでいないのが不思議なくらいの損傷を与えられているならば、妨害して治療を遅らせるだけで、ケイネス・エルメロイは死ぬ。それはすなわち、ランサー陣営の敗北に他ならない。

一際大きな発砲音が夜の木立に反射する。
重火器に詳しくない僕でも、この状況でなら銃の種類を特定できる。
これは……トンプソン・コンテンダーの一発目以外にありえない。
霊体化しているメディアさんと僕の周囲を方円陣で布陣していた竜牙兵――この森に徘徊するアサシン達への防衛策――が殺気立つ。
彼らもいまの音が尋常なものでないと察しているのかもしれない。
神代の魔術によって高度な隠ぺいを施されてはいるが、それでも動けば微小な気配は漏れる。だがそれでも、これは必要な処置と思って割り切っている。


メディアさんは円陣の一部を担っていた竜牙兵の一団が僕たちの前に密集しつつ展開される。
正直、この指示は早すぎじゃないかなと思ったが、遅れるよりはマシであるし、いつまでも円陣を組んでいる訳にもいかない。
理想を言えば、ランサーがマスターを抱えて飛び降りる窓を特定出来れば、その真下に罠を張ることが出来た。しかし、それが分からない以上、高確率で通るであろう場所にこうして待ち構えているしかない。前進させた一団は、いわば対ランサー用の盾だ。

緊張でバクバクいっている心臓を落ち着かせようと、僕は腰にある愛用の鉈を握る。
幼少期から繰り返し教え込まれた呼吸のリズムを取り戻す為の僕にとっての合図が、この緩やかな曲線を描く肉厚の刃物を握ること。
それだけで肉体は条件反射のように戦闘用へとシフトしていく。
冷静に考えれば、子供の時に行った熊狩りの時と今とを比べれば、ほぼ同じ状況だった。
熊が出没するルートを割り出し、待ち伏せる。
今回のターゲットは熊とは別格のサーヴァントだが、要領は同じ。
そして二度目のトンプソン・コンテンダーの銃声を聞いた瞬間、僕の緊張はピークに達した。



城の窓から飛び降り、重体のケイネス・エルメロイを担ぐランサーがこちらに向けて猛スピードで走って来る。
流石は最速のサーヴァント、城からこの場所までそれなりに距離があるというのに、もうすぐそこまで迫ってきている。だが、これはもちろん織り込み済み。
この道を逃走経路として選んだ時点で、半分こちらの策は成った。
事実、隣のメディアさんからは何の焦りも感じられない。


「――――なにっ!?」



メディアさんによって僕には聞き取れない詠唱が、高速神言によって紡がれる。
ランサーが発した驚愕の声と表情を見届けて、僕は策の成就を確信した。


メディアさんが用いた魔術は攻撃の為の魔術――――などではない。
なぜなら、ランサーの対魔力のランクはB。その身を盾にしてマスターを庇い、逃げおおせてしまう可能性が高いのだ。
だから、まずはそれを封じる。死に体のマスターと、高い対魔力を誇るサーヴァントの為の魔術、それは――――


「転移だと!? キャスターか!!」


――――そう、転移魔術だ。

逃走中の二人に掛けられた転移魔術は、区別なく二人を対象にしている。
しかし、ランサーはその対魔力ゆえに魔術を無効化したが、マスターはそれが出来なかった。ゆえに、ランサーはその場に残り、マスターは僕の眼前に転移を果たした。


「キャスタァァァァーッ!!」


己が策謀にかかり、マスターが敵の手中に落ちたことを察したランサーが、美貌を崩して奮怒の表情で迫る。だが、甘い!
あらかじめ展開していた盾役の竜牙兵が、待ってましたと言わんばかりに槍を手に突撃していく!

「邪魔だ! そこをどけ!!」

ランサーは二本の槍を使って、押し寄せる兵隊を文字通り吹き飛ばしながら前進するがそうはいかない。
再びの高速神言で、破壊の力を秘めた光弾がマシンガンのようにランサーに殺到する。
木々と竜牙兵ごと吹き飛ばしたそれは、ランサーに直撃し、周囲の音を一瞬と言わず数秒の間奪った。
土埃から抜け出したランサーは、顔に煤を付けた状態でこちらを睨みながら、再度突撃を敢行する。

「あらあら、せっかくのお顔が台なしねランサー」
「おのれキャスターめ! よくもこのような卑怯な真似を!」
「ふん、キャスターが策を用いて何が悪い」
「ぬかせ魔女!」
「――――ッ! 私を魔女と言ったわね!!」

何処からかわき出した竜牙兵が再びランサーへ突撃し、より苛烈な魔術を浴びせ始めるメディアさん。
罵りあいながらも、隙を見せず攻撃の手を緩めない二人は周囲に甚大な破壊を伴いながら戦闘を続行する。
肉薄しようと攻めるランサーに、竜牙兵はそれをさせまいと密集して襲いかかる。
そして、それでもある程度進めば次にメディアさんの極大の魔術が襲いかかり最初の位置へと戻る千日手。
迂回しようにも、既に包囲網は完成されているので出来ない。
だが、僕はそれ以上戦いを見届けることはない。
ランサーは見事に足止めされているのなら、僕は僕の仕事をするまでだ。


腰に付けていた鉈を取り、手に握る。
目の前には、ピクリとも反応を返さないケイネス・エルメロイ。
転移で乱暴に放り出されても生きているならば、それを有効活用するべきだ。
僕は彼の手の甲を確認し、令呪(2画)がある右手を鉈で一刀の元に切り落とした。

「――――――――――ッ」

骨を断つ抵抗感と、一層大きくなる血臭に吐き気を催す。
辺り一面に広がる濃厚な鉄錆の臭いは僕の神経を苛むみ、これから行う行為への忌避感を刺激する。だが、僕がここで仏心や罪悪感を感じている暇なんてないし、遠坂凛に言わせればそんなものは心の贅肉でしかない。僕はこの手に令呪が宿った瞬間から、こうなることを覚悟して、この聖杯戦争に参加した。いざというときに動けない人間ほど使えないものはない。そういう人間はチャンスをみすみす逃し、自身や周囲の仲間を危険に晒す。
悲しいけれど、これは戦争なんだ。
僕はそのまま鉈をケイネス・エルメロイの首へと振り下ろした。


「ケ、ケイネス殿おおおおおおおおおっ!」


ランサーの絶叫が、森に木霊した。











「……無念」
徐々に存在感を失っていくランサーは、ついに戦闘を継続するだけの魔力を使い切り、膝を屈した。やはり、依り代がなければいくら魔力を注いでも、底に穴がある器に水を注ぎ込むようなものなのだろう。
ランサーの表情は痛恨の極みを示し、後悔の念を浮き彫りにしていた。
彼は策に嵌り、そして負けた。だが、最後まで戦い抜いた彼に僕は拍手を送った。

「……お前は、キャスターのマスターか。何のつもりだ」

俺をバカにするのかと、その目つきは鋭い。当然だ、見ようによっては侮辱でしかない行為を僕はしているのだから。

「いえ、忠義を尽くしたランサーに敬意を表しようと思いまして」
「忠義?」
「はい、マスターと分断された時点で勝負はほぼ決していました。あなたはマスターを見捨てて、新たなマスターを探すために逃走しても良かった。しかしあなたはそれをせず、最後まで戦い抜いた。これを忠義と言わずなんと言いましょう」
「だがそれでも、俺は聖杯を手に入れることはできなかった」
「ええ。でも、あなたは最後まで戦い抜いた」
「……セイバーにこう伝えておいてくれ、決着をつけられず申し訳ない、と」
「分かりました。誇り高き戦士、ディルムッド・オディナ殿」

そう返答すると、ふっとランサーの気配が完全に消滅した。
なぜ、ランサーにあのような言葉をかけたのか。それは、原作では怨霊に堕ちてしまった彼に、せめて美しい幕切れと共に逝って欲しかったからだ。ただ、所詮は僕の自己満足でしかない上に、マスターを直接手に掛けた僕が言うセリフではないことは十分分かっている。
でも、それでも最後の最後に花を持たせてやっても減るものじゃないとも思うのだ。
それで彼が救われるなら、リップサービスの一つや二つ惜しむつもりはない。

「あんな男、そのまま私のサーヴァントにして死ぬよりも辛い目にあわせてやりたかったわ」
「えぇ~あの様子じゃ絶対どこかで裏切りますよ? イヤですよ、寝首をかかれるの」
「その令呪を使えばいいじゃない。ランサーのマスターから奪ったのでしょう?」

僕の足元には、ケイネス・エルメロイの腕が一本丸々落ちている。
その手の甲には未使用の令呪が2画、残されていた。
令呪は聖杯戦争における切り札足り得る。
戦闘能力に掛けるキャスタークラスにとって、令呪によるブーストは是が非でも欲しいところなので、こうして敵の手を切り落としてでも強奪したのだ。
これで他サーヴァントを新たに手駒にすることは出来る。合計五つの令呪、例え反旗を翻されても2画も使えば自害させることが出来るからだ。
しかし、心理面での問題がクリア出来ない。
所詮は元敵サーヴァントだ。メディアさんとの相性の関係もあるし、内に憂いを抱えて戦いたくはない。ゆえに、予備令呪の数は関係ないのだ。

「ええ、その通りです。でも、内憂は抱え込まない主義なので。あと、すみませんがメディアさん、これを僕の手に移植してください」

僕は撤退準備の為にケイネス・エルメロイの死体を焼き払い、ケイネス・エルメロイの呪礼をその手に移植してもらった。
これで、現段階で最も令呪を取得しているのは僕になる。
新たに宿った赤い刻印は、形をそのままに僕の左手に刻み込まれた。
ケイネスが一体何に令呪を使用したのかは知らないが、そのサーヴァントも消滅した以上もはや関係ない。
多少のイレギュラーはあったものの、ここまでは順調だ。この後は、ライダーのマスターを毒殺しそのまま間桐邸へと使いを出す。明日にでも聖杯戦争終了のお知らせが出せるかもしれない。

「それじゃあ、帰りま――――」
「――――キョースケ、下がって!」
「どうしたんですか?」

突然、メディアさんが空を睨みつけながら、険しい声で警告を発した。

「――――この気配、ライダーが来るわ!」
「ちょっ、はあ!?」


その時、空に雷光が走った。
憚ることなく騒音を響かせて空を疾走するその影が、僕の目にも映る。
そんな、どうしてこんな時に限って!?
すぐさま撤退を開始したが、ライダー達は森の結界を強引に突き破り、僕達の眼前で戦車は停止した。















あとがき
遅れて申し訳ありませんでした。
いよいよ主人公は自らの意志と手でもって原作ブレイクに着手しました。
次回は、みんな大好き聖杯問答回を予定しております。

三月七日誤字修正



[36625] 聖杯問答回 統合修正版
Name: 瞬間ダッシュ◆7c356c1e ID:caffb20b
Date: 2013/08/14 17:05
~~まえがき~~




3月10日 スクロールしないと全部見れない、区切る部分がおかしいという意見をいただいたので、前者を修正し、後者は次の更新分と統合した上で更新することにいたしました。ついでに、誤字修正を行いました。御迷惑おかけして申し訳ございませんでした。




追記2 3月13日 下に当たる部分を上と統合しました。














「ぎゃあああああああああああああああああ死ぬ死ぬ降ろしてお願いすいません許して御免なさいぎゃああああああああああああ!!!!!」

はい、突然だがここで質問を一つ。
ここに時速100キロを超えるスピードで走る自動車があったとする。
なんのことはない、渋滞と料金所でもない限り高速道路では当たり前の光景だ。
しかし、その速度を維持したまま森に突っ込んで行ったらどうなるだろう?
まず間違いなく車は大破し、せいぜい樹木を1、2本道ずれにして終わりだ。
だがもしもだ。もしも、木々を薙ぎ倒しつつも猛然と疾走を続ける車があったとして、それに運悪く乗り合わせた人間がいたとしたら、その人間はどうなるだろうか?
答えは自明、冒頭の僕の絶叫が答えになります。

大人が腕を広げて抱えられる分以上の太さがある樹木を薙ぎ倒し、大きな窪みを盛大に踏み越え、巨石を粉砕しながら突っ走る戦車は、乗り合わせた場所からアインツベルン城までの僅かな距離を瞬く間に踏破した。そんな様子を力場で守られているとはいえ、眼前で見せつけられたのだ。障害物が高速で迫って来る光景が、多大な精神的被害を僕に与えたことは言うまでもない。
マジありえねぇ、陸上自衛隊配備の戦車でも、森をまっすぐぶち抜くような走法なんて聞いたことがない。それどこの教習所で教わるの!? というかそんな暴走戦車に乗ってしまった自分の不運が一番ありえない!! 
そう、僕はライダーの宝具である神威の車輪に乗せられ死ぬ思いをした。
なぜそんなことになったのか、それはライダー達が僕達の前に現れたところまで遡る。




ランサー主従を撃破した僕達の前にライダー達が現れたことで、戦勝感はいっきに吹き飛んだ。なぜここにライダーが登場するのかという疑問で頭がいっぱいになる以前に、切迫した事態に戦々恐々としながら、僕はメディアさんに庇われる形で事態の推移を見守った。
後ろ姿からでも、メディアさんの緊張がうかがい知れる。そう、今のこの状態は絶体絶命。
さりとて、メディアさんも迂闊に手が出せない。
それは、もしそのまま戦闘にもつれこんでしまった場合の結果が、火を見るより明らかだからだ。直接的な戦闘能力が欠けているメディアさんが、強力な騎乗宝具に搭乗しているライダーと近間かつ遭遇戦で競り合うことなど不可能。大量の竜牙兵を嗾けたところで、雷で焼き払われるか車輪で僕達ごと踏みつぶされて終了だ。先の戦いでも用いた戦法は、対軍宝具を持たないランサーだからこそ通用した単なる物量作戦で、極めて限定的な戦法だったのだ。
では逃げるか? メディアさんの魔術なら二人同時の転移も可能だろう。しかしここはアインツベルンの結界内で、結界の影響下で安全に転移できるか否かは不安が残る。もしも地面の中に転移してしまったら、メディアさんならいざ知らず、いしのなかにいる、は僕にとっては即死を意味する。
なら令呪を使ってブーストするか? まさに愚策、そんなことをすれば発動前に踏みつぶされるのがオチだ。

つまりライダー達と遭遇してしまった時点で、こちらの切れるカードは唯一つ。
相手の出方をうかがい、そこから幸運を見出すのみ。
幸か不幸か、少なくともライダー側から即座に戦闘を開始する気配はない。
しかしここで予期せぬ言葉がライダーから発せられた。
あるか無いか分からない隙を探す運頼りの戦いを覚悟していた僕達に、なんとライダーは酒宴に誘ってきたのだ。
そう、ライダー達がここに訪れたのはFate/Zeroの名場面の一つである聖杯問答を行う為だったのだ。
落ち着いてみれば、ライダーの服装は例のTシャツ姿だった。

本来なら一日早い宴、かつ原作キャスターの変態工房を見た胸糞悪さの解消を切っ掛けとしたこの酒宴が、なお開かれることに僕は当然いぶかしんだ。しかし先の誘いの答えに僕はすぐさま是と答えた。これは誘いを拒否し、そのまま戦いになることを恐れた僕の小心からだった。
でも、決して間違っていたとは思わない。
そもそもこちらが圧倒的不利な状態で、あちらの誘いに乗る以外に手は無かったのだ。そして、せっかくだからと乗せられた雄牛が引く戦車は、僕の度肝を抜き、あらゆるものを蹂躙しつつアインツベルン城へ入城を果たしたのだ。
このとき、誘いにはのっても神威の車輪には乗るべきではなかったと激しく後悔したのは言うまでもない。




「いよぉ、セイバー! 城を構えていると聞いてな、こうして来てやったぞ。なんでもこの国の風習では、引っ越し祝いなるものがあるらしい。そこでホレ! こうして酒を持ってきたのだ!」

僕の視界の隅で、ライダーが酒樽を担いでいる。どうやらその樽は日本酒のものらしく――――って、あれ僕が注文していた酒じゃないか!? つーことはなに? もしかしてコペンハーゲン突撃後、そのまま引っ越し祝いの名目でこうして来たっていうのか!?
なんじゃそりゃ! つーか引っ越し祝い先に戦車で突撃していく風習なんて我が国にないわ!!

「オマエ、大丈夫か?」
「あ~~なんとか……」

城に乱入したライダーと、セイバー陣営がひと悶着起こしている間、僕はウェイバーくんに看病されていた。毒殺する予定の相手にこう心配されると、なんだか複雑な気分だ。しかし、彼も僕同様に神威の車輪被害者のひとりだと思うと、なぜだか親近感が沸いてしまう。

「というか、なんでキャスターのマスターがあんなところにいたんだよ。普通、自分の工房に隠れてるもんじゃないのか?」
「いや~、色々ありまして……」

心配の視線から一変、疑惑の目を向けてくるウェイバー少年の追及をやんわりとかわしていると、彼は僕の右手に握っているものを見て仰天した。

「って! それ人間の手じゃないか!?」
「へ?――――あっヤベ」

僕の右手に握られているもの――――それはケイネス・エルメロイの手だ。令呪を移し替えた直後にライダー達に拉致られたから、ついそのまま持ってきてしまったのだ。
そして何より、彼は僕の左手と右手にそれぞれある合計五つの令呪を続けて発見し、一気にこちらを警戒して距離をとった。
基本、僕は町に出るときは手袋に長袖で令呪を隠していたが、戦闘中は外していた。
ここまでのゴタゴタで隠す暇が無く、そしてそれに気がつくことが出来なかった僕の失態だ。

「……それ、他のマスターから奪ったのか?」
「ま、まあ」

あーもう、どうやって誤魔化そう。別に言っても害はないと思うけど、いざこう尋問されると答えちゃいけない気がするんだよな。ここは交換条件を提示して何か情報を得るべきかな?

「――――そこにいるのはキャスターのマスターですね? あなたに一つ問いたいことがある」

と、僕が考えをまとめているときに、横合いから鈴のように美しい声でお呼びがかかった。
これは、セイバーだ。振り返れば、そこには酒樽を担いだライダーとセイバーがこちらを見ていた。

「はい、なんでしょう?」
「ランサーは、どんな最後でしたか?」

――――ッ! なんでバレた!? そんなこと一言も言ってないのに! まさか直感Aの仕業か!? いやこれはそういうものじゃないか。ではどうして?

「な、なんでそれを……」
「あなたの服に付いた返り血と、その切り落とされた腕の状態からそう察しただけで確信はありませんでしたが、その様子では当たりのようですね」

あぁ、逃げ出した敵と入れ違えるようにやってきた相手が血に汚れて、真新しい人間の腕を持っていたらそう考えるか……。
言われた通り、僕の白衣にはベットリと血が付着していた。こういう風に汚れてもいいように白衣を着ていたが、さっさと脱ぐべきだったか。

「待てよ……ってことは、やられたのはケイネスか!?」

そしてウェイバーくんも、どうやら自力で答えにたどり着いたようだ。
それにしても、ランサーのマスターが誰なのかを知っているってことは、彼も彼なりに情報収集をしていたってことか。

「えーと、ランサーは最後までマスターの為に戦い、立派に散っていきましたよ。それと、セイバーとの決着を付けられなくて申し訳ないと言ってました」

しょうがないので、このままランサーからの伝言を伝えてしまおう。
ああ、なんだか今日は踏んだり蹴ったりが続くな。

「そうですか……私も残念に思います。かの騎士とは、尋常に決着を付けたかった」
「……」

セイバーは僅かな不快感を見せたが、それも一瞬で消えた。
僕が言うのも非常に不遜だけど、彼女も伊達に戦場を経験しているという訳でもないらしく、その辺りは弁えているらしい。
ウェイバーくんには、畏怖と敵意がまぜこぜになった眼で見つめられる。
双方の視線をそれとなく逸らしているけどいたたまれないな。

僕は手持無沙汰になり、処理し忘れていたケイネス・エルメロイの腕を焼くことにした。
彼の腕は灰になり、瓦礫で散乱しているアインツベルン城の入り口へと向かうと、夜の森に散っていく。
その様子を、ウェイバーくんは複雑な表情で見ていた。
自分を散々バカにしてきた魔術師が、ちょっと見ないうちに腕だけになっていたんだ。その心中は複雑だろう。

「おーい、セイバーが酒盛りにふさわしい場所へ案内するようだ。ついてこい!」
「――ああ、うん」

そうライダーが一声発し、それに触発されたのか、彼はもろもろの思いを振り切るように頭を左右に振って歩きだした。

「さて、僕達も行きましょうか」
「あんな筋肉達磨の主催する宴に出ずに、このまま逃げてしまった方がいいんじゃないかしら?」
「ま、ここまできたら逃げるより情報収集に徹したほうがいいと思いますよ」

後付けだが、現段階での原作からのズレを確認する意味でも、この宴に出る意味はある。
少なくとも、恩師の仇とか言いながら襲われる可能性はないと思うけど、僕が令呪を五つ所持していることはウェイバーくんにバレているのだ。この上逃げて、ライダーからの心象を悪くされて追撃なんてされたら目も当てられない。
結局僕は危険であることを承知の上で、彼らを追うように歩くことにした。








中庭にある美しい花壇の中央にてライダーとセイバー、そしてメディアさんが酒樽を中央に挟んで車座に座っている。
血で汚れた服を着替える為に一旦別行動をしていたアイリさんも戻ってきている。
確か外道神父に通り魔よろしくブスリとやられたんだよな。そうでなくてもランサーの魂が入ってきているのだから、いっそ休んでも良かったのに。それでもこうして出席する豪胆さはすごいな。
ただ、あれよあれよという間に僕達マスター連中もこの場に座して参加しているけど、萎縮しているマスター陣明らかに空気です。

「――なんでも、聖杯は相応しき者の手に渡る定めにあるという」

ライダーはそう呟きながら酒樽の蓋を拳で打ち破り、おもむろに取り出した一升枡で樽の中の日本酒を豪快に掬い、一気飲み。ついでに升まで盗んで来るとは、抜け目のない。

「その担い手を見定める儀式がここ冬木で行われる闘争らしいが――見極めるだけでよいのなら血を流す必要などない。英霊同士、互いの格に納得がいったのならば答えはおのずと出よう」
 
ずいっと差し出された新しい升をセイバーは躊躇い無く受け取り、美少女の日本酒一気飲みというレアな光景が展開される。

「それでまずは私と、そう言いたいのだな、ライダー?」
「然り。余もおぬしも譲れぬとあれば捨て置けまい? いわばこれは聖杯戦争ならぬ聖杯問答。聖杯の主に相応しいのは誰か? お互い王を名乗るならば、酒杯に問えばつまびらかになるというものよ」
「私は王でもなんでもないのだけれど?」

メディアさんがそう言ってライダーに一瞥をくれる。
この宴に出席すること自体遺憾であると如実に語るその目は鋭い。
ちなみに、メディアさんの座る位置は明らかセイバーよりだったりします。

「とは言うものの、その気品に立ち居振る舞い、唯の庶人とは一線を画す。となれば、その出自もおのずと知れようというもの。高貴な出で、なおかつ魔術師となると――――はてさて」

と、得意げにライダー鼻を鳴らす。まだ酒を飲み始めてすぐというのに、もうメディアさんの正体をおぼろげながら掴んでいる……本当に恐ろしい相手だ。ライダーの言は事実で、メディアさんは本物のお姫様。王ではなくともれっきとした王族だ。
さすがにこれだけで真名までは分からないだろうが……。

僕の心配を他所に、メディアさんは特に気負った風もなくライダーから酒を受け取り、ちびりちびりと酒を飲む。歴史に散々と輝く功績を残した騎士王と征服王を前にしても、メディアさんはその王達の気迫に飲まれる気配はない。それぞれのサーヴァントのすぐ後ろで丸くなっているマスター連中を見るに、メディアさんの元王族としての度量は明らかだ。

そもそも、この場に居合わせるだけで既に凡人にはキツイものがある。
ここだけ重力が十倍になっているかのように息苦しいのだ。それでもなお僕がメディアさんのすぐ背後に控え、おもにセイバーとライダーが繰り広げる無言の鍔迫り合いに晒されても後方に下がらないのは、ズバリどこかに潜んでいるであろう衛宮切嗣が怖いからだ。三体のサーヴァントが集う場でマスターを狙った狙撃をしてくるかは未知数だけど、用心に越したことは無い。僕のこの行動をアイリさんとウェイバーくんがどう判断したのかは知らないが、僕と同じようにそれぞれのサーヴァントのすぐ後方に控え、同じように升を片手に座っている。
一升枡を見るのは初めてらしく、木製で釘も接着剤もないのに中身を漏らさない様に感心している。とは言っても、マスター達に渡された升の中身は空だ。ライダーにせっかくだからとそれぞれ渡されたが、酒を飲もうとすればどうしても中央にある樽まで行かなければならなくなる。サーヴァント達が目で火花を散らす場所へ突っ込んでいけるほど、空気が読めない人間は僕を含めてこの場にはいなかった。

「おぉっと、そういえば他にも己を王と言い張る輩がもう一人ばかりおったな?」
「――――ふん、戯れはそこまでにしておけ雑種。それになんだこれは? 今宵は王の宴と聞いていたのだが?」

空中に投げたライダーの言葉に返答するように、黄金の光が出現した。その声と纏う魔力の色に居合わせた面々が驚愕し、戦慄した。しかし無理もない。現れたアーチャーは僕達の存在を見とがめると、すぐに虫を見下すような目で見てきたのだから。

「アーチャーが何故ここに……」
「いや、な。 街の方でこいつの姿を見かけたんで誘うだけ誘っておいたのだ。おう、遅かったではないか金ピカ。ま、余と違って徒歩なのだから無理もないか」

ほれ、駆けつけ一杯と、ライダーは笑みを浮かべながら、酒を並々とついだ升をアーチャーに差し出した。
手渡されたアーチャーは苦い顔を一瞬浮かべたが、躊躇なくそれを飲み干した。

「……まあ良い。おい雑種共、せいぜい我を煩わせるなよ」
 
そう言ってアーチャーは嫌悪を浮かべ吐き捨てる。

「まあそうかっかするな。それよりこいつはかなりの一品だと思わぬか?」
「ハッ! そう思うのは貴様が真に美味い酒を知らぬからだ。雑種が」

アーチャーの背後が歪み、そこから揃いの酒器が現れた。ギルガメッシュが至宝のひとつ、神代の酒である。

「見るがいい。そして思い知れ。これが真の王の酒だ」
「おお、こいつは重畳」

 アーチャーの不遜な言葉など気にも留めず、ライダーは黄金の瓶を手に取り中の酒を升に汲み入れる。
明らかに文化圏が違う酒を升で飲む様子ってどうなんだろう? と思ったが、当の王たちは気にしないようだ。良くも悪くも大雑把だな。

「むほォ、 美味い!」
「――――!」
「まあ美味しい」

 一口飲んだだけでライダーは手放しに賞賛し、セイバーも言葉にはしなかったがその美味さに顔を綻ばせ、メディアさんは素直に感心している。
そして僕は、何気にセイバーの表情が一瞬年頃の女の子のそれになったのを目ざとく見つけ、萌えていた。いや、浮気じゃないんですよ?

「う~む、こりゃ人間の手による醸造じゃあるまい。神代の代物と見た」

上々の表情を見せるサーヴァント達に、アーチャーは当然だと笑みを浮かべる。
コレクションをほめられた収集家の顔をしている。

「当然であろう。酒も剣も、我の宝物庫に在るのは至高の財以外にあり得ない。……これで王の格付けは決まったようなものだろう」
「ふざけるなよアーチャー。酒蔵自慢で語る王道なぞ聞いて呆れる」
「さもしいな。宴席に酒すら伴えぬ輩こそ王から遠いのではないか?」

ライダーの持ってきた酒はそもそも僕が用意したものだけど、そんなことは言えない雰囲気だから言わない。ちなみにメディアさんは話には加わらず、ギルガメッシュ提供の酒を手酌で楽しんでいる。

「あの、メディアさん。あんなこと言ってますがいいんですか?」
「言わせておけば? 私はこれだけ飲めれば文句ないわ。それに、こんな言い合いをしたところで利なんてないし」
「はあ……ブレないですね」

合コンでひたすらタダ飯だけ食べて帰る女の子を幻視したのは内緒だ。
ここで、そのへんにしとけと、ライダーが苦笑を浮かべつつ場の空気を入れ替える。

「アーチャーよ。貴様の酒はまさしく至高。しかしこれは聖杯を掴む正当さを問う聖杯問答よ。まずは貴様がどれほどの大望を聖杯に託すのか聞かせて貰わねば始まらん。さて、アーチャーよ。まずは我ら三人の英雄を魅せるだけの大言を吐いてもらおう」
 
その後、アーチャーとライダーはメディアさんとセイバーそっちのけで激論を交わし、ウェイバーくんがデコピンで宙を舞い、原作の通りアーチャーはライダーをライバル認定し、自らの手で裁きを下すと宣言した。
そして、二人が語る王道にセイバーが難色を示し始めたところで、メディアさんに話が振られる。

「さて、では次にキャスターよ。――――おぬしは聖杯に何を託すのだ?」
「何も」
 
一言。あっさりと返答し、手元の杯を口に持っていく。
ふう、と悩ましげな吐息が漏れる。
そういえば、僕はまだメディアさんの願いをちゃんと聞いていない。

「むぅ……。どういうことだキャスターよ?」
「言葉通りの意味よ。聖杯に託す願いなんてないわ」
「それはおかしい。ならばなぜ召喚を受け入れ、この場にいる」
 
セイバーの言葉に、軽く考えるとメディアさんは口を開く。僕は耳を澄ませて、後の言葉を待つ。メディアさんはゆっくりと口を開いた。

「そうね……私のような女を呼びだした物好きを見てみたかったから、かしらね」
「うっ……」

ふと、僕を見つめてくるメディアさん。酒気で僅かに朱がさした頬は、男を勘違いさせること請け合いだ。かく言う僕は、その色っぽさに顔が熱くなる。飲んでもいないのに酒に酔ったような感じだ。

「それでもあえて願いがあるとするならば、前世で叶わなかった平凡な幸せでも探しに行こうかしら」
「魔女め……よもやその程度の理由で我の財を欲するのか?」
「そうよ。女は何時だってささやかな幸せを求めるものよ」

その余りにもあんまりな物言いにアーチャーとライダーから笑みすら零れる。対してセイバーは、キャスターの願いに思うところがあるようで、複雑な表情を浮かべている。

「さて、最後は貴様だセイバー。いまここで己が大望を語ってもらおう」
「――――私は故郷の救済を願う。万能の願望機を持って、ブリテンを滅びの運命から救う」
「……」
「……」

ああ、アーチャーとライダーが呆然としている……。対してメディアさんは、セイバーのことだから多少の興味はあるようだが、そこまではっきりとした態度は示していない。
一気に白けた場の空気に、セイバーは困惑している。
今何か、自分は変な事を言ったのだろうか? いや、なんら可笑しいことは言っていない――――そんな顔付きだ。
セイバー、君は王様なのに、結構感情が顔に出るね。

「待て騎士王。騎士の王よ。まさか貴様は……自らの軌跡を否定するというのか?」
「そうだ。たとえ奇跡を持ってしても叶わぬ願いだろうと、聖杯が真に万能ならば――」
「あの~、少しいいですか?」

ここで、僕は片手を上げつつセイバーの言葉を遮る。
いや、正直この後の展開は流石にセイバーが可哀そうかな~とおもったので、今にも爆笑しそうなアーチャーの先を取る意味でも手を上げたのだ。
アイリさんとウェイバーくん、ついでにメディアさんが眼で「バカやめろなにやってんだ」と語っているが、まあせっかく命を危険に晒して参加しているんだし一言ぐらい何か言ってもいいんじゃないと思ったので、こうして手を上げながら話に混ざってみることにした。
いや、危険だとは思うんだけど、なにも今すぐここで戦闘になるわけじゃないだろうし。

「む。キャスターのマスターよ、今はわたしが――――」
「よい。発言を許可する、雑種。申してみよ」

と、ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべながらこちらの発言を促すアーチャー。
またしても会話を強引に遮られた形のセイバーだが、しぶしぶと僕の発言を聞く気になったようだ。多分、自分が語る王道に絶対の自信があるんだろうな。
それよりも、せっかくお墨付きが貰えたんだから、ここでささやかな原作ブレイクといきますか。

「あの、やり直す必要なんてないじゃないんですか? アーサー王はベストを尽くしたと思うんですよ」

まずは軽いジャブを一つ。

「確かに私はその場その場で最良の行動をしてきたつもりです。しかし我がブリテンは滅んだ。それを救おうとすることをなぜ、あなたは不必要と断じるのですか?」
「それは現代において、アーサー王が騎士の鏡と褒め称えられているからです。ブリテンは滅びましたけど、あなたが暗愚な王であったとは伝えられていない。それはすなわち、後世の人間があなたの王としての在り方を是としたからです。それでもなお国が滅んだということは、それはもう時代の流れというか、運命としか言えないです。そもそも、どうやって救うつもりなんですか?」
「…………あなたがそう言ってくれることは嬉しい。だが、あなたは血と亡骸に溢れたカムランの丘を見てないからそのようなことが言えるのだ。私は王として、王の選定をやり直す。そして私よりも王にふさわしい者を見つけることで祖国を救済する」

セイバーの責任感の強さは僕個人としては好ましいが、あまりにも痛々しいと思ったのもまた事実。それに、彼女を王として祭り上げたのだから、その責任は臣下はもちろん民草も王と一緒に背負うべきものだとも思う。彼女一人で全てを背おうことなんてない、と僕は思った。でもそれを言うと、「家臣や民衆が死んだのはある意味自己責任だから気にすんな!」ということになるので、わざわざセイバーの逆鱗に触れそうなことは避け、別の切り口でいってみた。

「そのふさわしい者が現れなかったから、アーサー王が誕生したんではないですか? もしも聖杯でやり直しが出来たとしても、あなた以上の人間が現れる保証なんてないですし、いつまでも王が決まらず、そのまま滅びるなんて可能性もあります。それに、貴方は一生懸命、国に尽くしてきたのでしょう? だったら、もうただ自分の幸せを願ってもいいと思います。なんならライダーのように受肉して、この世界で今度は一人の女の子としての幸せを――――」

ノリノリで偉そうなことを語っていた僕の言葉がしかし、ここで乱入を招くことになる。

「クククッ――――」
「ッ! なにがおかしい、アーチャー!!」

押し殺すような笑声に、つい僕は言葉を止めてしまったのだ。
そして、セイバーの怒声を切っ掛けにするように、はじけるような嘲笑が飛んできた。

「――――自ら王を名乗り――――皆に王と認められた騎士王が――――唯の雑種に慰められるだと? ハッ! これを嗤わずに居られるか!? 」

 息も絶え絶えに言いきったアーチャーは、腹が苦しいと言わんばかりに嗤う嗤う。
悔しげに顔を歪めるセイバーと、それをつまらなそうに見つめるライダー。
先ほどまでの弛緩した空気は、またもや険悪なものに変わってしまった。

「雑種。なかなかに哂わせてもらったぞ。これでつまらん戯言を述べるようであれば、その首即刻跳ね飛ばすつもりであったが――――いや、道化としてはなかなかによかったぞ」

深紅の瞳はこちらの心奥深くまで見通すようで、僕の背筋が凍る。
でも、自分は随分と危ない橋を渡っていたのだということを自覚した分も含まれていると思う。酒盛りの場が自分の処刑場になりえた可能性がありえていたのだから。というか、発言を許すって、本当にしゃべるのを許すだけで、つまらない内容でも許す訳じゃないってことなのか。矛盾は無いけど釈然としないな。

「さて、唯の庶人がかの騎士王に道を説いたのだ、酒の席での芸とはいえど褒美を与えよう。この場で酌をする権利を与える。光栄に思え」
「は、はい!」

褒美っていうのそれ? というツッコミはもちろんしなかった。というか、そんな命知らずな真似は出来ず、ほとんど反射的に受け入れてしまった。
こういう、えらい立場の人が何かを言ったら、良く考えずに脊髄反射的にYESといってしまうのは日本人特有の現象だろうか? それとも僕だけ?

「……失礼します」

しかし、うだうだ言ったところで、かの英雄王ギルガメッシュ直々に酌をせよと言われた以上、それはもう権利ではなく義務だ。という訳で、速やかに黄金色に輝く酒瓶を手にとって、アーチャー、ライダー、セイバー、そしてメディアさんに注いでゆく。
今までの人類の歴史において、これだけ豪華な面々の酌をした人間は僕だけだろう。
なんだか少し嬉しく思うミーハーな僕。例え将来、総理大臣と会食して酌をしたとしても、今以上のお得感はしないだろうな。将来子供が出来たら自慢しよう。
それぞれに酒を注ぎ終わり、このままの流れで僕自身の升に注いだら流石にヤバイかな~と思っていたところで、今まで保っていた沈黙が破られた。

「……キャスターのマスターよ。滅びは必然であり、それを受け入れろとの言葉。その真意を問いたい」

藪から棒に、そう僕に質問を投げ掛けたのは、ずっと渋い顔をしていたライダーだった。ああ、僕が偉そうに語った言葉の真意っていっても、特に大した意味なんてないんだけどなぁ。でも真剣な表情でそう尋ねられたら、答えざるを得ない。だから僕は、僕なりの考えを述べることにした。

「えっと、この国には昔、陰陽師と呼ばれる集団がいたんです。彼らは魔術的な側面での国家の守護を任され、それを全うしてきました。でも時代は移り変わり、時の権力者にその存在を否定され、没落して行きました。
でも、彼らはそれを受け入れました。なぜなら、彼ら自身が、もう怪しげな術で国を守っていく段階ではないと悟っていたからです。いつまでも古い時代の技で持って、未来を生きる国の頭を押さえつけることは逆に不利益だ、と」

ぱっと見れば理不尽な話だと思う。なにせ、陰陽師は陰陽師が守り続けた国家によってその存在を否定されたからだ。今までの忠を無為にされたに等しい。
それこそ復讐にかられて天下の簒奪をしてもよかっただろうに、それをせずに破滅を受け入れたのは彼らなりの矜持、国家の守護という大義をあくまでも守り抜いたからだ。それは今の世でも同じことで、あくまで今と未来を生きる現代の人たちの成長を阻害しない程度の霊的守護を誰に言われずとも行っている。
僕はこの聖杯戦争に参加しているが、無用な被害は出さないように心がけているつもりだ。
少し言い訳がましいが、東京の人々から魔力は貰っている件についても、人死には出さないように気を使っている。

「要するに、彼らが滅ぶことで新しい世に国は導かれて行ったんです。だからその滅びは運命であり、必然でした。そして結果、国は益々栄えました。だからアーサー王、あなたがたどった結末も、未来へ向かう為に必要なものだった――――あなたの苦しみも、嘆きも、決して無駄なんかじゃなかった、そう言えないことも無いんじゃないでしょうか?」

そういって、僕は口を閉ざした。
なんというか、転生して初めて行ったオリ主っぽい行動がSEKKYOになるとは……。
これしない代わりに、せめて才能を多めに貰いたかったな、ちきしょう。

「――――キャスターのマスターよ。あなたの言いたいことは分かった。しかしここで受け入れてしまっては、かつて私と私に尽くしてくれた臣民はすべて生贄だったということになる。それは断じて受け入れるべきことではない」

セイバーは少し考えたそぶりは見せたものの、やっぱり考えを改めることはなかった。
そもそも、幸せな再出発なんて言っても、僕は彼女の為に負けてやるつもりは毛頭ない。それでもなお、ああ言ったのは、どうせ互いに命を掛けて戦うのだったらせめて未来を目指した願いの為の方が、僕的に『美しい』と思うからだ。
ま、そもそも僕程度の言葉で意見が変わるわけなんて、それこそあり得ないんだけどね。

「ふん――――セイバーの語る王道には色々言いたいこともあったが、この場は勘弁しておいてやるわい。セイバー、アーチャー、それにキャスターよ! 我ら英霊に対して臆せず物を言うこの男に敬意を表し、それを持ってこの宴の終焉とする!」
「我も余興程度には楽しめたぞ、征服王。ゆえにその申し出を受けてやろう、感謝しろ」
「マスターがまたバカなことを言っただけだけど、まあ、そういうことにしておいてあげる」

ライダーそう言って升を持ち上げ、それにセイバー、アーチャー、そしてメディアさんが応じ、同様に升を持ち上げて、一気に煽った。
セイバーは一人納得がいっていない顔であったが、空気を読んで周りに合わせた。
ウェイバーくんとアイリさんは、何が何やらという顔つきで、ただ茫然と見守るだけだ。
しかし、あっけない幕切れだったな。そもそも原作と比べて全体的に穏やかに事態は推移している。最も人的被害を出した原作キャスターがいないからそれは仕方ないが、とはいうものの原作キャスターがいないおかげで、ほとんど全ての陣営が体力を温存することになる。セイバーに至っては左手の呪いがすでに完治している。

まあそれはそれとして、聖杯問答も終わりそうだし、いい加減アサシン達の襲撃があるはずだ。
これでライダーの最終宝具、王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)が見られる。
そう、リアル王の軍勢だ!
Fateファン垂涎のあの光景を、是が非でもこの目で見たい!
そして王の軍勢の「然り! 然り! 然り!」にこっそり混ざってやろう。
さあ! かかってこいやアサシン!!
………………………………
……………………
…………
……
あれ?
ちょっと! どうしたのこれ!? まさかのスルー!?
よりにもよって、ここでバタフライ効果かよ!? これからもアサシンを警戒しないといけないのか!!

焦る僕の眼前で、場は完全にお開きムードに包まれた。
アーチャーがセイバーに、しとねで花を散らされる処女がうんぬんかんぬん等のいらぬ冷やかしを入れたりと、最後の最後まで英雄王は英雄王だったという事実を目で追いながらも、僕は一人で頭を抱えていたりしていた。
こうして、非常に残念な結果になったが、聖杯問答はつつがなく終了し、各々が今日は互いに戦わぬと協定を結び、解散となった。
その後、僕達はアインツベルンの森を抜けた段階で転移を複数回行いながら、アジトへと戻って行ったが、明日の夕方にもう一度このメンバーで顔を合わせることになるとは、思いもしていなかった。
今思えば、これが聖杯戦争最後の、穏やかな時間になったのだ。




あとがき
Fate/Zeroの名場面の一つ、聖杯問答の回でした。
それぞれの掲げる大義を語り合おうという場面でしたが、どうだったでしょうか?
ここがおかしい、それはない、等の苦情はぜひとも感想板までお寄せください。
可能な限り修正し、より「らしい」ものにしたいと思いますので、ご協力くださいませ。



[36625] 幕間 とある陣営part3
Name: 瞬間ダッシュ◆7c356c1e ID:caffb20b
Date: 2013/08/14 17:19
アイリスフィールとその護衛に痛打を与えた言峰綺礼が、天上を駆け抜ける騎影と稲光を見たのは、ちょうど森の結界を抜けたときであった。
そして同時に、対アインツベルン用に森の中に残してきたアサシンから、キャスターとそのマスターを発見したという一報が入った。
この段階で綺礼は、キャスター陣営に張り付いてその行動を監視していたアサシンの一体と視覚を共有しながら帰路を急ぎ、教会に帰還を果たした。だが事態は綺礼の予想を超える方向へと進行し、地下にある魔導通信機を通して遠坂時臣に連絡が付いた時には、セイバー、アーチャー、ライダーそしてキャスターを交えた酒宴が開かれていたという、何とも言えない様相を呈していた。
まさか互いに殺し合うはずのサーヴァントが、一つ所に留まって酒を飲み交わすなどと想定していなかった時臣と綺礼であったが、それでも目の前の状況を何とか自陣に有利なように利用しようと必死に頭をひねる。
このとき最優先で情報を得たいのは、ライダーに神威の車輪以上の切り札があるか否か。
そして、ライダーと比べてひどく大雑把だが、キャスターに関する情報だ。

『アサシン共を全てぶつけてみるというのは、どうでしょう?』

遠坂邸の一室で、時臣は魔導通信機越しの綺礼の言葉に耳を傾け、時に言葉を発する。そんな中で話題に上ったのは、現存するアサシンをすべて動員し、酒盛りの場に強襲を掛けるというものだった。
如何に強力なサーヴァントであろうとも、お荷物とでも言うべきマスターを守りながらの戦いとなれば、どうしても限界が生じる。
例えセイバーという白兵戦最良の騎士であったとしても、複数で押し寄せられれば討ち漏らしは必ず出てくる。守る対象があるならば、数というのは時として質を凌駕する。
ゆえに、提示された作戦は考慮に値するものだった。
各々のサーヴァントが捌ける以上の数のアサシンで取り囲めば、マスターの安全を確保するために切り札を出す、そう思われたのだが、検討の結果は否であった。
それは、情報を得たいサーヴァントがライダーとキャスターの二体であったからだ。
これでは片方が切り札を切って危機を乗り越えてしまって、もう片方の情報が手に入らない。

「キャスターとそのマスターの姿を確認できただけでも十分な収穫とみていいだろう。綺礼、アサシンをここで使い潰すわけにはいかない」

それゆえに却下であった。
切り札を切ったのがキャスターであったならば、まだ救いがあるかもしれない。だが、もしライダーであったならば、謀略を基本戦術とするキャスターの情報をアサシンなしで入手しなくてはならなくなる。それは今後を考えればあまりにも痛いのだ。
ここで半々の博打を打てるほど、時臣には余裕がない。
連日に及ぶギルガメッシュの自由奔放な行動に頭を悩ませ、最強のサーヴァントを手に入れたという余裕はすでに完膚なきまでに吹き飛んでいた。

「ところで綺礼、ロード・エルメロイは確かに脱落したのか?」
『はい。その場に居合わせたアサシンの情報によれば、キャスター陣営によって討たれたと。ただ――――』
「ただ?」
『キャスターのマスターはロード・エルメロイの令呪を奪い、死体を燃やしたとのことです。真っ当な魔術師ならば、かのロード・エルメロイの魔術刻印に興味を示さない筈はありません。そのことから考えて、キャスターのマスターは私のように本来魔術師ではない人間なのか、あるいはアサシンの存在を意識して痕跡を残したくなかった、と考えられます』

それは、聖杯戦争当初に行われた茶番での失敗が、ここにも影響を現しているかもしれないという話であった。
キャスター陣営が使い魔を殺されることで情報を得られなかった、というならばまだいい。
だが懸念通りキャスター陣営こそが遠坂時臣と言峰綺礼が巡らせた策に水を差したフクロウの主であり、こちらの思惑をすべて看破していたとなれば、それはこの聖杯戦争において、最大の敵がキャスター陣営ということになる。

もし仮にそうだった場合、現状でキャスターの真名も宝具も、工房の位置も把握できていないというのはまずい。
今の時点で分かっているキャスターの情報は、事の直前までアサシンに悟られないだけの気配遮断の手段を持ち、大魔術を一呼吸の内に連発し、大量の使い魔を用いてランサーを完封したということだけだ。
そして、そんな相手が追加の令呪を二つ得ているのだ。

「これからは、ライダー以上にキャスターの情報収集が欲しい。綺礼、もう一度始めからだ。どんな些細なことでも構わない、キャスター陣営のことを話してくれ」
『はい。最初にキャスター陣営を捕捉したのは、ランサーに張り付いていたアサシンでした。このアサシンは当初、アインツベルン城の窓を破って敗走するランサーとそのマスターを追っていましたが、ランサー陣営は突然、転移の魔術で分断され、キャスターが操る大量の使い魔と、連続して放たれる攻撃魔術によってランサーは足止めを余儀なくされました。その間にキャスターのマスターは所持していた鉈でロード・エルメロイの手と首を断ち切り、ランサー陣営は脱落しました』
「ふむ……鉈――――か」
『はい、なんの変哲もない――――魔術的処置が一切なされていないものでした』
「ならばキャスターのマスター自身の戦闘能力は、それほどでもないということか」
『恐らくは。マスターの外見は中肉中背の、15歳前後の少年です。アサシン曰く、キャスターさえいなければ目を閉じていても仕留めることが可能だと豪語していました』
「なるほど――――とは言うものの、まだまだ慎重に行動をする必要があるな。キャスターが堂々と名乗りを上げるような英霊であったのならば、ここまで苦労はしなかったのだろうが」
「…………」

時臣の脳裏に、敵サーヴァントに対して自らの真名を憚ることなく言い放った豪放磊落なライダーの姿が目に浮かぶが、全く詮ないことだと思い直す。

「いや、今度の聖杯戦争では真名の価値がどうにも低くなってしまっているが、これが異常なのだ。そうそう簡単に知れるものではないな」
「…………はい、我が師よ」

綺礼の返答が少々遅れて伝わったことに通信機の不具合を疑った時臣だが、それを心の片隅に追いやり、現時点での朗報に意識を向ける。
キャスターのマスターは魔術師としては恐れるほどの存在ではない――――その情報に、時臣は僅かばかりの安堵を得た。
つまりは、キャスターのマスターが如何に知略に長けていようとも、一度分断するように仕向けることが出来れば、どうとでも料理できる……ということだ。
時臣自身でキャスターのマスターと一対一の勝負を挑めば負けることはあり得ない。だがしかし、今の今まで尻尾すら掴ませなかったキャスター陣営だ。そうそうこちらの思惑通りに動いてくれる保証はない。
もう一方の要調査対象であるであるライダー陣営の切り札に関する事も疎かに出来ない。
なおかつ、ランサーの呪いから解き放たれたセイバーの存在も無視できない。
むしろ現段階で放置してかまわないのは、マスターの消耗が激しく、自滅を待てばよいバーサーカーのみで、現状はなおも予断を許さない。

「第二局面に移るのはまだ先になるな。綺礼、これからも頼むよ」
『お任せください、我が師よ』
綺礼の即答に、満足そうにうなずく時臣であった。









同時刻、冬木市を東西に分断する未遠川の川沿いにある一軒家にて、密かに進行する事態があった。
長らく空き家が続いたその民家はついに昨日、買い手が見つかり、とある外国人夫妻が購入した。しかし、その室内はベッドといった最低限の家具以外は搬入されておらず、生活感の欠片のない室内はいっそ、空家であった頃よりも寒々しい印象を人に与える。
引っ越してきた外国人夫妻のうちの一人、妻であるソラウは真っ赤に充血した瞳をそのままに、膝を抱え、誰に憚ることなく泣き続けていた。

「あぁ、ランサー……どうして……どうして?」

それはつい先ほど、己が夫のサーヴァントへと供給していた魔力の流れが途絶えたことに由来する。
ソラウの夫であるケイネス・エルメロイ・アーチボルトは聖杯戦争に参加する際に至って、自身のサーヴァントへの少なくない量の供給魔力をソラウに肩代わりさせる変則的契約をサーヴァントと結んでいた。
そのおかげで他のマスターと比べ、自身で自由に使える魔力量を多く用意することが出来た。
本来ならばその為だけに結ばれた契約であったのだが、ここで予期せぬ効果があった。

「――――どうして私を置いて逝ってしまったの? ディルムッドぉ!」

ソラウはランサーへの魔力供給が行われなくなったことで、ランサーが討ち取られたという事実を察することが出来た。それが幸か不幸かはさておき、ランサー消滅を討ち取った当事者を除き、事態をいち早く把握することが出来ていたのだ。
だがしかし、彼女はその情報を手に入れた当初ひどく取り乱し、子供のように大きな声で泣き叫んだ。そしていくばくかの時間が経過した今でも、シクシクと啜り声をあげるばかりで、行動を起こす気配がない。
ソラウにとって、ランサーであるディルムッド・オディナはそれだけ特別な存在であったのだ。いや、端的に言えば恋していたのだ。
ゆえにソラウは、自身の許嫁であるケイネスの心配などは二の次にして、ひたすらランサーを偲んで悲しみに暮れていたのだ。
元々、彼女はケイネスに愛情を抱いてはおらず、ただ政略結婚の相手という認識しかしていなかったからだ。
しかし、泣くことにも体力は必要であり、涙を流せば喉も渇く。
ソラウは瞳にたまった涙を細い指で拭いながら、冷蔵庫へと向かう途中ではたと立ち止まる。自身の手の甲に宿る、一画の令呪が目にとまったのだ。
そして彼女は気付くのだ。まだ『自分』の聖杯戦争が終わってなどいないという事実に。

(そうよ、まだ全てが終わったわけじゃない。聖杯が真に万能であるというならば、彼を再びこの世に呼び戻すことも可能なハズ)

彼、というのが夫であるケイネス・エルメロイではなく、ディルムッド・オディナであることは説明する必要な無いだろう。
彼女は聖杯戦争に、今度は自分自身がマスターとして参戦することを考え始めた。
参加資格は敵マスターの誰かが脱落し、契約に逸れたサーヴァントと再契約することで得られるが、それを気長に待つという選択肢を選べるほど彼女は気が長くなかった。
ならば、彼女自身が敵マスターを脱落させるために、積極的に討って出る必要が出てくる。
ただそうすると、英霊という最強の使い魔を従えたマスターを討ち取れるのかという問題に直面するが、ソラウはその解決方法に心当たりがあった。

ソラウは、夫がどこからか調達してきた怨霊を目で探す。
それはちょうど部屋の片隅に浮遊しながら、緩慢にその霧のような外見をくねらせていた。
ケイネスが「強力である」と評価したその怨霊であるならば、心強い戦力になるのではないかと、ソラウは当たりを付けたのだ。

(ありったけの魔力を注いで強化すれば……いえ、それだと私に制御できるかどうか分からないわ。でも、この令呪を使って擬似的なサーヴァントにすることが出来ればもしかしたら――――)

かつて彼女の夫であるケイネス・エルメロイは、始まりの御三家がひとつ、マキリが考案したサーヴァントシステムの解析に成功し、独自のアレンジを加えた際に、ソラウにその概要を語っていた。
それは彼自身の能力の高さを示すことで、懸想している女性の気を引こうといういじらしい努力の発露であった。
ソラウはそれを適当に聞いていたが、それが今彼女の背を押した。

ソラウの計画をまとめると、サーヴァントシステムに干渉し、唯の怨霊をサーヴァントとして契約する。その上で魔力を注ぎ強化して、手近なマスターを襲撃しサーヴァントを奪う、というものだった。

(これで、また彼に会える! その為だったら、何だってして見せる!!)

恋の炎に身を焦がす彼女は、いい知れない万能感にも似た高揚に突き動かされるように準備に取り掛かった。
幸運だったのは、ソラウ自身が名門魔術師の出身であり、優れた素養と基礎的な魔術を習得していたこと。
そして、ケイネスが用意した強力な駒と、サーヴァントシステムに関しての知識があったことだ。

(さっそく準備しなくちゃ。明日の夜までには終わるかしら?)

不幸だったのは、聞きかじりの知識と基礎レベルの腕前で何とかなるほどマキリのサーヴァントシステムは甘くないということと、使い捨ての駒として見ていた怨霊の正体に、ついにソラウが気付くことがなかったことだ。
ケイネスだけはその存在の恐ろしさに直感的に気付き、防衛目的以外の活用を控えていた。ランサーと共に運用出来るだけの魔力を与えれば、令呪で縛らない限り制御しきれないと察していたからだ。
だがそれを知らないソラウは、名案が浮かんだとばかりに、嬉々として契約の準備を始めた。

聞きかじりの知識と、基礎レベルの腕前で結ばれた契約が真っ当に機能するハズなど無い。
そして、怨霊だと見くびっていたそれは、ソラウごときが御せる相手ではなかった。
外国人である彼女には知る由もない。
その相手は、日本人なら誰でも知る歴史上の人物であった。
その名は――平将門公――といった。



[36625] 第一次怨霊大戦 上
Name: 瞬間ダッシュ◆7c356c1e ID:caffb20b
Date: 2013/08/14 21:38
「…………ッ!」

聖杯問答から一夜明け、遅ればせながら雁夜おじさん用のセルフギアススクロールの文言を考えている丁度その時、工房の外からとてつもなく巨大な魔力の波動を感じ取った。
脈動するように、僕の魔術回路が疼き、熱を持ったようにそれがヒリヒリとする。
僕は最初、いよいよ他のサーヴァントが攻めて来たのかと思ったが、どうにも様子がおかしい。一向に僕が展開している使い魔達からの連絡が入ってこないのだ。
そもそも侵入してくるとしたら第一候補はアサシンなのだが、アサシンがこれほど巨大な魔力を発するものなのか?
それとも、運が悪いことに他のサーヴァントか?
だとしても攻めてくる気配がないというのは解せないな。


「という訳で、ちょっと外の様子を探って貰えませんか?」

結局、いくら工房内に引き籠って唸っていても埒が明かないと、白紙のセルフギアススクロールを懐に、ペンを白衣の胸ポケットに差しながらメディアさんに相談してみる。
こういう、恐らくサーヴァントが関わっているであろう異常事態には、メディアさんに頼るのが吉だ。
下手の考え休むに似たりとは良く言ったもので、こんなあからさまに危険な臭いが漂っているならば、僕が出る幕ではない。
ただなんというか――――戦いとかそういうものとは全く別の、魂に直接作用するような焦燥感がある。
縋るような思いで、隣で実体化したメディアさんの顔を何気なく見てみたのだが、その表情は血の気が失せて、すっかり青ざめていた。

「ちょ、どうしたんですか?」
「――――どこの誰だか知らないけど、やってくれたわね……」
「え?――――っあ!」

外に向かって駆けだしていくメディアさんの後を、僕も駆け足で追いかける。
僕のゾンビ使い魔が防衛を担当している地下水道を通り、外に出た僕達が見たのは、辺り一面に霧のように浮遊する霊の大群と、その奥に屹立する巨大な人影だった。
人影は白いモヤで出来ているように曖昧であるが、ソレを見た瞬間、僕の頭の中に閃いたのは、原作における海魔の姿だった。
海魔とは明らかに形が違うのにそう思ってしまったのだ。
手や足、胴体と思われるシルエットが、霧の向こうからでもはっきりと分かる。
だからあれは海魔では無い。だがそうなると、あれは一体何なのか?

少しでも良く見ようと、見通しが良い土手に登る。
そこで僕が川の中央に存在する巨大な影を見ていると、自動車のブレーキ音が、太陽が沈んだ薄闇を切り裂くように響いた。僕達がいる土手から約100メートルほど離れた位置に一台の白い車が車体を滑らせるように停車し、カモメの翼のように開いたドアから、一人の黒スーツ姿の人物が飛び出してきた。
その人物――――セイバーは僕達と同じように、川の異常事態を一目見て立ち尽くしていた。

「とりあえず、セイバー達と合流しますか?」
「――――これはもう聖杯戦争どころじゃないわね。そうしましょう」

手短に相談を終え、僕達はセイバー達に合流することにした。
声を掛けながら走り寄る僕達に、セイバーは驚きながらも即座に鎧を展開し、剣の切っ先をメディアさんに向けながら口を開く。
常時気配遮断の御守りを身につけているから、今の僕達は自分から誰かに知覚されるように仕向けるか、攻撃しようとしない限り、そうそう見破られることは無い。だから、セイバーにとっては急に現れたように見えたのだろう。

「キャスター。これはあなたの仕業ですか?」
「いいえ。違うわ」

うん、どうも僕達がこの異常事態を引き起こした犯人だと思われていたようだ。
しかしセイバーはメディアさんの言葉に納得がいったのか、鎧姿はそのままだけど、構えていた剣を降ろしてくれた。いや、あの口調から察するに、一応確認をとった感じだ。
それはそうだ。僕達が本当に犯人だったら、わざわざこんなところに姿を見せて、セイバーに近づくはずなんてないだろうから。
そうこうしているうちに、アイリさんが急ぎ足で土手に上がって来る。
だが、その僅かな間にも、事態はますます悪化していった。
海に突然空いた孔が、周りの海水を音を立てて飲みこむような強引さで、それは周囲の魔力を飲みこんでいくのだ。
白いモヤだったソレは、明確な形をとり始めている。多分、アレは何かになろうとして魔力をため込んでいるのだろう。さしずめ、完全体になろうとしているように。


「うぉおーーい! セイバー! それにキャスターよ!」


と、そこで空から野太い声が轟く。もうこれは昨日聞き飽きるほどに聞いた、ライダーの声であるとすぐに分かった。そして案の定、神威の車輪に騎乗したライダーとそのマスターであるウェイバーくんが、天から僕達の前に滑るような着陸をしてくる。
ライダーは「よお!」と僕達に挨拶を交わして来るが、セイバーとメディアさんの表情は硬い。言外に、まさかこの状態で戦うなんて言い出さないだろうな? と目線で語っている、というか牽制している。
それに気が付いたライダーは、流石にこの状況で戦いを仕掛けるほどバカではないと、自ら休戦を申し出て来た。一瞬、休戦? と思ったが、一応僕達はバトルロワイヤルの真っ最中なのだ。昨日酒盛りを主催した人物が発する言葉とは思えない、と言いたげなセイバーの呆れ顔と、鬱陶しそうにライダーから距離を取るメディアさんの件は一先ず置いておくことにして、良くも悪くも常識的で小心なウェイバーくん、アイリさん、そして僕が主体になって、こののっぴきならない事態に対する話し合いの音頭をとった。

「まず最初に確認したいのだけれど、アレは貴方達の仕業じゃないわよね?」

と、アイリさんが念を押すように確認を取って来る。
当然、僕達はもちろんライダー陣営もそろって無言でうなずく。
当たり前だが、犯人だったらこんなところで油を売ってなどいない。
そうなると、必然的にこの場にいない人間が容疑者に浮上する。
遠坂……は仮にも冬木の管理人なのだからあんな魔術の秘匿に真っ向から喧嘩を売るような真似をするわけがない。となると最有力候補は言峰綺礼となるが、あれはまだ、外道に目覚めていないハズ――――とは言い切れないな。
なんせ、ここまで原作の流れが狂っているのだ。
早々に綺礼が時臣を殺し、この事態を引き起こしていることだって十分あり得る話だ。
アレが暴れまわれば町一つくらいは余裕で壊滅するし、国さえ滅ぼしかねない。
それはさぞかし、あの外道神父好みの終末的光景だろう。

「なあキャスター、アレは一体なんなんだ?」

と、ウェイバーくんがライダーの戦車の中から単刀直入に聞く。
この場で最上位の魔術師はメディアさんなので、手っ取り早く事態を把握するつもりみたいだ。その判断にはもちろん僕も賛成だ。だが――――みんな、なんとなく気が付いていると思うんだよ、アレの正体に。それにも関らずあえて聞くってことは、やっぱり認めたくないって感情が働いているんだよな。

「怨霊よ」

キッパリと、そんな感情なんて気にしないとばかりに、聞かれた当の本人はズバリと答える。
この場にいても気が滅入るほどの怨嗟の念、そして魔術師としての経験と知識がアレの正体を教えてくれる。だから、それは正答なのだ。だがそれを、みな一様に受け入れがたいといった顔をして戸惑っている。
これは例えだが、象ほどの大きさがあるニワトリがいたとして、それをニワトリと言うようなものだ。
通常、そんなニワトリはいないし、仮にいたとしてもそれは既にニワトリ以外のナニカだ。
でも、大きさ以外の全ての要素がニワトリならば、それはニワトリと答えるしかない。自分でも何を言っているのか分からないが、つまりそれくらい訳のわからない存在なのだ。

「――――それにしたってあんな強大な魔力をもつ霊体なんて、それこそサーヴァントくらいだろう……」

ウェイバーくんは戸惑いの言葉を吐く。
要するに、唯の怨霊がサーヴァントと同格の、完全にその定義から逸脱するほどの『格』を備えているのだ、川にいる怨霊は。
ウェイバーくんのそれに同調するように、メディアさん以外の者もどうしたものかと会話がそれっきり止まってしまう。

「……あん?」
「どうしたんだよ、ライダー?」
「いやな、アレ――――サーヴァントじゃないか?」
「はあ?」

だがそんな空気を打ち破ったのは、初戦から色々規格外な様を遺憾なく見せつけてきたサーヴァントとそのマスターであった。

「……確かに、アレからはサーヴァントの気配がします」

それに賛同するセイバーの言葉で、僕とウェイバーくん、そしてアイリさんが改めてアレに目を向ける。見ると、ますます輪郭がハッキリしてきている。まだ色調は白いままだが恐らく、もう少し時間が経過すれば、完全体になりそうな勢いだ。だが、それよりも何よりも驚くことは、なんとサーヴァントを見ることで発揮されるマスターとしての能力が発動されたのだ。

「――――ステータス? でも、何も書かれていない?」

影に目を合わせると、先ほどまでは見えなかったステータス表が視界に出現する。だが、筋力だの俊敏だの、その『項目』があるだけで、肝心のランクが現れない。
唯一表示されているのはクラス名――ゴーストの文字のみ。
まるでゲームのバグだ。
通常あり得ない方法でキャラを作成したり、裏技でキャラのレベルを上げるとこういった弊害が発生したりする。
そういったキャラには、技のコマンドが文字化けしている、行動を選択すると意味不明な挙動をするといった異常事態が引き起こるのだ。
だが、ここで誰かが第8のサーヴァントを召還したと仮定すると、それはもう、ケイネス・エルメロイがやった変則契約云々のレベルをはるかに超えた、聖杯戦争事態への大幅な違反行為になる。そんな大それたことは、原作でアサシンを呼び出して使役していたメディアさんでも無理だろう。
じゃあもう一つの方か?


「恐らく、どこかの誰かがサーヴァントシステムを活用した上で、既存の使い魔――この場合は怨霊を強化しようとしたようね。実際、アレは吸収している魔力量は膨大だけど、その為の術式が単純すぎる。そのおかげで効率が悪いけど、どうもそれを量で補おうとしているみたいね」

メディアさんが追加の解説をしてくれる。
つまり、普通の使い魔相手に、サーヴァントと同様の契約を結んだってことか。
そりゃあ理屈の上じゃ、やって出来なくはないだろうけど、そんなことしたってせいぜい対象に令呪が使えるようになるくらいしかメリットが――――って、それが目的か! 確かにあれだけ強大な霊体を使役しようと思ったら、令呪でコントロールしようとするしかない。 

「……つまり、令呪で制御するつもりなのね。アレの主人は」

アイリさんがポツリとつぶやく。どうやら、同じ結論に至ったようで、それに反論する人はいない。
しかし、その主人は大丈夫なのだろうか? そんな無茶苦茶な真似をしてタダで済むとはどうしても思えない。
――――既にマスターが死んでいるから、ゴーストは自前で魔力を調達しようとこんな大規模な魂喰い染みた真似をしてるって訳じゃないだろうな……

「ちょ、ちょっと待てよ! あれがサーヴァントもどきの怨霊ってことは分かった! でもそれにしたってあそこまで魔力を溜め込める霊体なんてそれこそ英霊位だろ!? この国には英霊クラスの霊がその辺りに漂ってるのかよ!?」

ウェイバーくんが、それでも納得がいっていないように叫ぶ。
通常、いくら魔力を注ぎ込んだとしても、それを受け入れる器が無くては意味がない。
コップにダム一杯分の水を注ぎ込んでも、溜まるのはコップ一杯分だけだし、どんなに質の高い燃料を入れたとしてもその対象が軽自動車なら、決してF1カーの性能には及ばない。
でも……いるのだ、この国には英霊クラスの怨霊が。

「――――平将門公」

『新皇』を名乗って時の朝廷に反逆し、関東にて独立を企てた謀反人。
重税を課せられていた東国の民草を救わんと立った英雄。
時代や歴史家によってさまざまな評価が与えられるがしかし、唯一つ例外なく語られるものがある。それは日本三大怨霊の一角であり、現代の世においてもその存在感は陰りがなく、今なお祟りを恐れられる強大な怨霊としての評価だ。
それが、現代に蘇ったのだ。

思いがけず飛び出したその一言が、自分でも驚くほどにその場へ染み込んでいく
おぼろげだった人影の輪郭は確かに、錆が浮いた鎧武者のそれになっていた。
未遠川から流れてくる東京からの魔力流を強引に巻き込み、潤沢な魔力を容赦なく吸い上げる。そして腰に佩いた刀を振りかぶり、咆哮をあげた。

「オオオォォォォォォオォォッォォオオオーーーー」

それは理性を欠落させ、かつ仇なす者全てに呪いあれと願うような狂気を感じさせるものだった。
それを聞いた瞬間、その場にいた全ての人間が理解した。
もはやゴーストのマスターにあれを制御する気などサラサラないか、もしくは既にそれを出来る状態ではないと。
それはつまり、どうあっても平和的な解決が不可能になったということだ。
後者であれば、例えマスターを殺しても止らない!!

「……ここにいる全員でゴーストを止めましょう。なんとしてでも」

アイリさんの提案は抵抗なく受け入れられた。
今ここに、対ゴースト同盟が結ばれた。
――――ただ僕はこの状態に、いい知れない不安を感じていた。
聖杯問答の件、そしてこの未遠川の件――――前者は僕が遠因になってはいるが、後者は完全に起きるハズがなかったものだ。
だというのに、原作の重要イベントが形や対象を変えて再現されている。
ならばこのまま、あの冬木の大災害も…………いや、何をバカな事を! どんなに類似していても、既に原作からは乖離を始めている!
なら、このままいけばあの大惨事も回避できるはずだ!
そしてその回避された結末が、僕達の勝利としてみせる!!




この頃になると、周りの民家から飛び出してきた人々が思い思いの場所で川の様子を眺めている。そして轟くような重低音の唸り声がその巨大な人影から発せられていると周囲の人達が理解した時、どこからか悲鳴が漏れた。
一度漏れた叫び声は瞬く間に伝播し、未遠川周辺は混沌と化した。
数多くの浮遊霊を、霧を纏うがごとく従えたかの御霊は、ゆっくりと岸辺を目指して前進を始めた。
――――夜は、始まったばかりだ。








****
あとがき


という訳で、ソラウさんファンの方には申し訳ありませんが、彼女には歴史の修正力(?)の犠牲となっていただきました。新たなサーヴァントを得て大活躍のソラウさんという展開を希望していた方には申し訳ありませんが、こうなってしまいました。
どうしても彼女が活躍する光景が浮かばなかったんです。
それにそうすると、対抗するために他の三大怨霊の方々を引っ張って来るという、日本終了のお知らせということになってしまいますので……


え~、そんなこんなで、丁度アニメの第一期の最後まで行きました。
展開が早過ぎる、もっと他の陣営視点での話を増やせ、等の感想をお持ちの方もいるでしょうが、テンポがいい、という解釈をしていただければ幸いです。
それと、現時点で作者に祟り等は無いみたいです。
首塚にお参りした効果でしょうか?

なにはともあれ、このSSも丁度折り返し地点に来ることが出来ました。
サーヴァントにべったり依存の戦法をとり続け、地味で自ら戦おうとしないオリ主らしからぬ主人公ですが、これからもよろしくお願いいたします。
なぜ巷にチート転生者が溢れるかの原因の一端を見た気がします……はい。

感想、アドバイス、苦情等バンバンお寄せください。
次回の更新はアニメ同様少し間が空くと思いますが、多分生きているでしょうから心配しないでください。
それと、こんなSSに登場させてしまった平将門公に謝意と、そして敬意を示したいと思います。
それでは、また次回お会いしましょう。




PS
いまさらですが、姉にするならメディアさん、妹にするならイリヤ。
嫁にするなら……両方どちらでもアリなのが作者です。
しかし、二人とも子供って産めるんだろうか……
四月九日修正



[36625] 第一次怨霊大戦 中
Name: 瞬間ダッシュ◆7c356c1e ID:caffb20b
Date: 2013/08/14 21:56
上陸しようと動きだした平将門公のサーヴァント――ゴーストに対して、ライダーとセイバー、そしてメディアさんがそれを阻止すべく攻撃を開始した。
何処の誰のどういった思惑かは分からないが、ゴーストが聖杯戦争を瓦解させてしまう『敵』である以上、究明は後でゆっくりするとして、まずは討伐してしまおうとライダーが主張したのだ。それをセイバーとメディアさんが同意し、対ゴースト戦の戦端が開かれた。

ゴーストの外見は、青錆だらけの甲冑を着た鎧武者だ。面具から覗き見える相貌は鬼火のように妖しく光り、右手には吊るし紐から解き放たれた太刀を握り、二足歩行で陸地を目指している。まず最初に切り込んでいったのはセイバーだった。湖の乙女の祝福を受けたセイバーは、水上であろうとも陸であるかのように走ることが出来る。上半身を低く倒しながら疾走し、その勢いを剣に乗せる。不可視の剣は、ゴーストの右足を外へ刈るように叩きこまれる。刃は脛当てに阻まれたものの、その衝撃までは殺すことは出来ず、ゴーストの身体は右に傾いた。だが、その巨体に見合わぬ軽快な足さばきで上体を安定させ、さらにカウンター気味にセイバーへと太刀が振り下ろされる。セイバーはバックステップで避けると思いきや、ゴーストの股下をくぐり抜けることで斬撃を回避し、背後を取る。そこに神威の車輪で空を駆ってきたライダーが雷をゴーストの眼前に迸らせ、ついでとばかりにキュプリオトの剣で面具の隙間から顔を切りつけていく。
ライダーを掴もうとしてくる大きな左手からは、急上昇することで危なげなく回避する。左目と右足にダメージを負い、その動きに大きな隙が生まれた。そこを見逃さず、僕達の上空に浮遊しているメディアさんが、大規模魔術を一息で発動する。大きな魔法陣がゴーストの背中に現れ、その身体を縛りつける。そして身動きが取れなくなった巨体にいくつもの光の筋が吸い込まれるように走り、爆音が響いた。


「うわ眩しい!」
「クッ! これが英霊の戦い……! やっぱり慣れないわね……」 


灰すらも残らないであろう高火力の連続攻撃に、閃光が僕達の目を焼く。僕達が陣取る土手にも、戦いの余波は容赦なく押し寄せてくる。何気に本格的な戦闘を見るのはこれが初めてだ。ランサーを討ち取った時は、依り代を無くしたサーヴァント相手に物量で押し潰すような消耗戦を強いたようなもので、戦いと言うよりは作業だった。
それに比べ、いま目の前で繰り広げられているのは掛け値なしの激戦だ。力と力を遺憾なくぶつけ合う、全力全壊(誤字にあらず)の戦いが展開されている。
それにしても、メディアさんのあの技はエグいな。縛って身動きが出来なくした上で、必殺技を叩きこむ……か。主人公らしからぬ戦法だね! いや、勝てればそれでいいんだけどさ。僕だって出来るならやるし、誰だってすると思う。
惜しむらくはメディアさんが魔法少女でなかったことだが……いや、止めておこう。
戦闘倫理やリリカル云々についてはどうでもいいので割愛するとして、今のところ戦線の方は問題ないみたいだ。もしも英霊達があっさり負けてしまった場合どうしようかと思ったが、最悪の展開は避けられたようだ。今の内になにかしらの手を講じたいところだけど……

「あっちの方はしばらく大丈夫そうですけど……僕達はどうしましょう?」
「そうだなぁ……セオリー通りなら、ゴーストのマスターを探し出すべきなんだろうけど」
「見つかるかしらね……」

既に川の両岸含め、いたるところに野次馬が集まってきている。もしも敵マスターがこの群衆に紛れていたとして、それを見つけだすことが出来るのだろうか? いや、衛宮切嗣なら原作でも見事スナイプして見せていたけど、僕達にはそれが出来る装備なんてないし、そもそもどこかの拠点に引き込まれていたらどうしようもない。運任せに手分けして探すっていう最終プランがあるが、それは本当に最後の手段だ。というか、本当に誰だ? こんな真似をやらかすのは!

結局のところ、僕達はマスターを探しに行くことはせずに、この場に留まって戦局を見守ることにした。令呪のバックアップが必要になった時にどこかに行っていて不在となったらまずいという判断で、少なくとも砂浜に落ちた塩粒を探すような行為をするよりは有意義だったからだ。




「凄ぇ……マジ凄ぇ! もう退屈なんてサヨナラだ! 手間暇かけて人を殺す必要もない!
これからは世界中、至る所で人間が焼かれて、切り刻まれて、すり潰されて……死んで死んで死にまくる! ああァッ、主はいませり! 主はいませりぃ!」



……遠くの方で明らかに周りとは全く違う意味で騒いでいる青年がいる。
一人で大きく天を仰ぎながら、絶賛絶叫中だ。
あれが何らかの不条理で召還したとか……偶々先祖が聖杯戦争に参加した魔術師で、その事を偶々記録に残し、偶々それを冬木の地で子孫が実践し、偶々サーヴァントを呼び出したというミラクルを起こしたある意味、奇跡の男だからあり得ないと言いきれないところが恐ろしい。


「とりあえずあれ、捕まえときます?」
「……明らかに怪しいし、いいんじゃないか?」
「……そうね」


大した手間でもないし、一応の意味で捕まえることにした。
マスターじゃなかったら、自白の暗示でもかけて警察に突き出しておくか。





明るくて陽気な快楽殺人気こと雨生龍之介、確保。後にマスターでないと判明したので、とりあえず眠らせておくことにした。凛ちゃんの同級生が無事ならいいんだけどなぁ……あれはキャスターがいたからこその被害だと思うことにしよう。僕の精神衛生上の為にも。寝息を立てる雨生龍之介をしり目に、川へ目を向ける。
先ほどの繰り返しのように、ライダーの神威の車輪がイカヅチを振り撒き、セイバーの剛剣が鎧の隙間からその肉を裂き、メディアさんの極大魔術が炸裂する光景が映し出されていた。火炎の魔術による爆発で発生した煙が晴れた後に見えたのは、傷を負ったゴーストの姿。苦悶の唸り声を洩らしながら、ゴーストは決して膝を屈しようとはしない。飛び回る蚊や蠅を払いのけようと、右手の刀を剛力でもって振り抜き、セイバーとライダーを牽制する。セイバーとライダーは一度距離を置くが、その隙を突くようメディアさんが大きな光球をばら撒く。だが、ゴーストは左手の籠手をうまく盾にして、自身に直撃するものだけを選別し、弾いていく。戦いはゴースト側がやや不利。何らかの切り札があるかと疑ったが、どうにもそんな気配がない。う~ん、三体のサーヴァントを相手にして戦いは拮抗しているものの、大怨霊と恐れられ、膨大な魔力の波動を振りまく存在としては、あまりにも『弱い』と評価せざるを得ないな。あくまで人型である以上、攻撃手段が限定されているというのもあるだろう。それとも、無理やりなサーヴァント契約で実力が制限されているのか、マスターの力量が足を引っ張っているのか。
真相は不明だが、弱い分にはなんの問題もない。そして現段階の戦いを見る限り、ゴーストは決して勝てない相手という程ではない。
実際、見るからに消耗している。
これは案外、このまま押し切ってしまうかもしれな――――

「――ゲエッ!?」
「か、回復した!?」
「そんな!?」

弛緩した空気が、一気に吹き飛んだ。傷だらけで、もう一息というところでゴーストは周囲に浮遊する霊を強引に吸収することですぐさま完全回復してしまったのだ。
それがクラス別スキルによる恩恵なのか、ゴーストの宝具なのかは分からないが、再生能力……ボスキャラにあるまじき能力を備えているというのか!

三騎のサーヴァントのおかげでゴーストはいまだ最初の位置から大した距離を移動しておらず、完全に足止めを食らっている。戦力はこちらが上だが、相手の再生能力のおかげで戦いは振り出しに戻ってしまった。今の現状はつまり、千日手状態だ。
案の定、その後も傷を与えては回復の繰り返しが続いた。
根競べの様相を呈してきてはいるが、時間の経過とともに野次馬は増えていく。
可及的速やかにゴーストを何とかしなければ、冗談なく聖杯戦争は瓦解する。
なによりも、相手は地脈や周囲の魔力を強引に吸収し、その身を維持している。
燃料の備蓄は向こうに利があるので、こちらは短期決戦を挑まざるを得ないのだ。
ならば、『勝てないけれど負けは無い』は実質的な敗北に他ならない。

それからしばらくして、原作海魔のような再生能力を持つ第八のサーヴァントは如何ともし難く、ライダー達は最後に一度強烈な一撃を見舞った後に一時撤退してきた。




「いくら切っても焼いても埒があかん! こちらがいくら手傷を負わせてもその場で回復されては打つ手がないな」
「キャスターよ、なんとかなりませんか?」
「……浮遊霊の分だけ回復するならば、全て丸ごと吹き飛ばすしかないわね」


ライダーとセイバー、上空からゆっくりと僕達の元へ舞い戻って来たメディアさん悔しそうに話し合う。つまり、原作海魔と同様の対処方――この場合はセイバーのエクスカリバーによる一掃がベストということだ。それは僕も思ったし、なんとか遠まわしに使うよう提案するつもりだった。むしろ、いざとなったらセイバーが自発的に使うだろうとも思っていた。だがしかし、そうはいかないのだ。

「でも、失敗したら町もタダではすまないだろうな……」

ウェイバーくんが向こう岸を見ながらやんわりとその案に待ったをかける。
ゴーストの立ち位置は、丁度川が大きくカーブしている部分に当たる。
東西南北どちらの方向からエクスカリバーを撃っても、余波によって岸にある民家に被害が及ぶ。これは原作のように何か盾になるものを用意出来れば良いだろうが……人型だけに避けられたりしたら、クルーザー如きでは大した威力の緩衝にならずに大惨事となる。そうそう安易な行動はできない。

「おいキャスターのマスター! なにか良い手は無いのかよ!?」

そう言ってウェイバーくんが悲鳴じみた声で聞いてくるが――――なぜ僕に言う?
そんなの僕が知りないくらいだ!
都合よく案なんて浮かな――――
そう言い返そうとした時、上空からジェットエンジンの噴出音が響く。
あれは……空自の戦闘機だ!
銀翼が引く軌跡を眺めていると、もう一つの浮遊物体を見つける。
アーチャーの宝具のひとつである飛行宝具、ヴィマーナ……だったかな?
アーチャーとセイバー……この二人の協力を得られれば、何とかなるかもしれない――でも、あの英雄王をどうやって説得するのか? そもそも説得出来ているならば、遠坂時臣がとっくにやっているし、こんな事態にはなっていない。ということは、アーチャーが協力を拒否しているんだ。非協力的なサーヴァントを律するならば、それは令呪に頼るしかないが、それの使用を時臣が渋っていると見た。なら…………

その時、突然軽快な電子音が響く。
緊迫した場に似合わない気の抜けた音はアイリさんから聞こえて来る。
わたわたと突然の事に焦るアイリさんが懐から取り出されたのはやはり、携帯電話だった。

「こ、これ――――どうすればいいのかしら?」

アイリさん……あなたも僕に聞くんですね。

「あ、じゃあちょっと貸してください」

僕は通話ボタンを押し、それを耳に持っていく。

『――――アイリか?』
「いえ、違います」
『?……ああ、キャスターのマスターか。まあいい――――今は未遠川にいるな? その携帯電話の持ち主にこう伝えてくれ。セイバーに対城宝具使わせろ、と』
「――――良いですけど、その前に僕の考えた策を聞いてください」
『…………なんだ?』
「アーチャー……あれだけの宝具を所持しているなら、対城宝具を1つ位持っているはずです。それをセイバーの対城宝具と相殺するように撃ち合えば、被害のリスクは最低限に抑えられます」
「んん? ならば余の持つもう一つの宝具を使おう。アレならば、ゴーストの足を止められるぞ。挟撃に使うならもってこいだ」

僕達の会話を聞いていたライダーが、突然そんなことを言う。
その声は大きいので、どうやら電話の向こう側にも聞こえたようだ。そして、考え込むように衛宮切嗣は沈黙する。

『……詳しく聞かせろ』

ようやく帰ってきた答えは、少なくとも問答無用でエクスカリバーを使うというものではなく、僕の策を検討する姿勢を見せるものだった。






ライダーと衛宮切嗣、そして僕との相談は纏まった。計画はこうだ。
まず、ライダーの固有結界でゴーストを結界内に閉じ込める。
その間に僕とメディアさんが遠坂時臣の元へ赴き、僕の所持する令呪を譲渡する代わりに、アーチャーに対して強権を発動してもらい、対城宝具(というかエア。威力の方は向こうに合わせてもらおう)を撃たせる。そしてセイバーがそれを相殺するようにエクスカリバーを撃つ――――というものだ。最悪どこかで手違いが生じてしまっても、セイバー単独で宝具を撃つことで切嗣は納得した。だが、被害を考えるならば、成功するに越したことは無い。向こうも、それは百も承知のはずだ。

「それじゃあ、僕達はアーチャーのマスターと交渉してきます。ライダー、貴方の宝具でゴーストの足止めを出来るのは大体15分でいいんですよね?」
「うむ、それ以上は無理だ」

タイムリミットは15分か……原作よりも大幅に延長しているのは、結界内で戦うメンバーにセイバーが加わっていることと、ゴーストが海魔よりも戦う相手として相性が良いということだろうな。どうやら、こちらの方は任せておいて大丈夫だろう。それよりも、時臣の居場所だが……
僕はちらりと、視線を上げる。
この近辺で一番高いビルの屋上を見ると、そこでは焔が燃え盛っていた。
更に、上空で瞬く閃光とジェット噴射の音を確認する。
よし、アーチャーとバーサーカーがドックファイトを繰り広げている。ならばあのビルの屋上に、間桐雁夜と戦う遠坂時臣がいるとみて間違いない。

「それじゃあ皆さん、よろしくお願いします!」

僕はメディアさんを伴って走り出した。背後から乾き切った熱砂の風が吹き抜け、世界が切り取られる。ライダーが発動させた宝具、王の軍勢の効果によりセイバー、ライダー、アイリさん、ウェイバーくん、ついでに龍之介くんはゴーストと共に固有結界内に隔離されたようだ。

あとは……よし、持ってきてるな。
懐に忍ばせたセルフギアススクロールの感触を、足を動かしながら確かめる。
本当は対間桐雁夜用だったが、この際気にしない。これが僕にとっての重要な切り札なのだから。


四月九日修正



[36625] 第一次怨霊大戦 下 そして……  (欠損部復活版)
Name: 瞬間ダッシュ◆7c356c1e ID:caffb20b
Date: 2013/08/16 19:15
「殺シテ――――ヤル……トキオミ……ゾウ…………ケン」


魔術で脚力を強化し、全力で走り、階段を一段飛ばしで駆けあがってたどり着いた先は、とあるビルの屋上へ至る扉前。金属の扉を静かに開いて、隙間から外の様子を覗き見る。するとそこには、肉体を松明のように燃え上がらせながらフェンスを乗り越えて下に落ちていく男――――間桐雁夜の姿があった。
どうやら勝負の行方は、順当に雁夜おじさんが遠坂時臣に負けたようだ。
そもそも、蟲使いが炎使いに真正面から挑むなんて手駒を無駄に消費するだけの愚行だ。もう冷静に作戦を立てるだけの余力がなかったんだろうな。
雁夜おじさんは身を蟲に喰い尽されるように、その精神も摩耗していったのだろう。

「すみません。さっき落ちて行った男なんですが、竜牙兵を使って接触してくれませんか?」
「例え生きていたとしても虫の息よ。止めを刺す必要もないんじゃないかしら」
「いえいえそういう訳ではないです……彼とは良い関係を築けそうじゃないですか?」

ついついニヤリと悪人面をしてしまう。
そして、メモに僕の携帯電話の番号をさらさらっと書いて手渡すと、メディアさんも僕の考えを察したようだ。
懐からガラス製の小瓶を取り出して、近くに控えさせていた竜牙兵に渡すと、すぐさま走らせる。多分、回復薬の類だろう。
骨と骨がぶつかり合うような異音を立てながら、走り去る竜牙兵。普通ならあからさまに怪しい液体を飲む人間はいないだろうが、おじさんは飲む。というか、無理矢理飲ませる。

瀕死で死にかけているところを助け、恩を売る。
これで、同盟交渉もスムーズに出来るはずだ。
こういう他の陣営と同盟をする場合、やはり問題はどう接触するかだ。
問答無用に攻撃されることも十分考えられるから、まずは話を聞かせる、これが第一条件になる。
唯でさえ雁夜おじさんは精神的に追い詰められているから、この辺りは慎重にならざるを得ない。
というか、この機会を逃せばもう同盟を組むチャンスは無くなる。
なんせ、こちらは聖杯戦争中のライバルだ。
言峰綺礼のように監督者面で接触する方法は使えない。
だからこういうまどろっこしい手順を踏まなければならない。
ウェイバーくんやアイリさんと違って、本当に面倒くさい人だよ。

まあ、それは置いておくとして、そろそろ本命の要件に取り掛かろう。
扉を勢いよく開き、一歩を踏み出す。
あちらも屋上に憚りなく現れた僕達にすぐに気が付いたようだ。
僕とメディアさんを見とがめると、顔を強張らせる。
アーチャーは未だバーサーカーとドッグファイトを続けているから、隙を突かれたと思って焦っているんだろう。
大きなルビーを付けたステッキを向けながら、じりじりと後退していく。
多分こちらが攻撃体制を取れば、すぐさま令呪を使う腹だ。
一瞬このままこの場で遠坂時臣を殺るべきか? と思ったが、この段階でそれをしてしまうと、ギルガメッシュに令呪を使う役がいなくなってしまう。
よって当初の予定通り、交渉に入ることにした。

「僕達に交戦の意思はありません。あなたは冬木のセカンドオーナー、遠坂時臣氏ですね?」
「……いかにも。私が遠坂時臣だ」

ワザとらしく両手を上げながら、無害をアピールしたものの、向こうは不審と警戒を露骨に表した目線を向け、僕の行動をつぶさに観察している。
だが、少なくともいきなり攻撃してくる様子は無いし、令呪を使用する素振りもない。

「事は一刻を争いますので、駆け引きは一切なしでいこうと思います。遠坂さん、未遠川に現れたサーヴァントは現在、ライダーの宝具によって一時的に結界内に隔離されています。しかし、それも後数分で解除され、再びあの巨体が衆目の目に晒されます。そこで……」

僕はケイネス・エルメロイから奪った二つの令呪を見えるようにかざす。
そして、もう片方の手にセルフギアススクロールを開いた状態で、彼の眼前に吊るした。

「令呪を一画、譲渡します。ですから、アーチャーにゴーストの討伐を命令してください」
「……正気かね?」
「心外ですね。このまま聖杯戦争が破綻してしまうことを望む人間はいないでしょう、僕もそうです。現にセイバー、ライダー陣営とも話が付いています。何でも、セイバーには強力な対城宝具があるようです。そこにアーチャーが所持しているであろう対城宝具を互いに相殺するように開放すれば、万事丸く収まるかと思いますが?」
「……なるほど。たしかにそうだ」

アーチャーの対城宝具、というか乖離剣エアについては僕が知っているはずはない事柄だが、「倉庫街であれだけの宝具を所持しているんだから、対城宝具もあるだろうと思った」ということにしておく。
だから「所持しているであろう」と言ったのだが、遠坂時臣は僕の発言に反論しない。
それはつまり、アーチャーが対城宝具を所持しているということを認めたことを意味する。
ここで「どうしてお前がアーチャーの所持宝具について知っているんだ?」と言われてしまったら、拗れるところだったからな。今にして思えば、あの倉庫街の戦いもあって良かった。

僕はさらにセルフギアススクロールを、竜牙兵を介して先方に確認してもらう。
ここでカッコ良く、気流を操作して飛ばしたかったが、焦って失敗したらみっともないのでやらない。そんな僕の事情を知らない遠坂時臣は、伝令役の竜牙兵に関心を示しつつも、ギアスの内容を何度も何度も読み、吟味している。

ちなみに、内容はこうだ。


束縛術式:対象――――土御門恭介 遠坂時臣
土御門、遠坂の血脈を持って命ず:下記条件の成就を前提とし;誓約は戒律となりて例外なく対象を縛るもの也:
:誓約:
土御門三代継承者、恭一郎の息子たる恭介に対し、令呪の一画を遠坂時臣に譲渡する。
:条件;
 遠坂時臣は令呪を持ってそのサーヴァントに対して、ゴーストの討伐を強制する。
:補足;
1 令呪の譲渡は明日の正午、冬木教会にて行う。
2 冬木教会から半径100メートル内には一切の戦力の持ち込みを双方に対して禁じる。
3侵入者(他陣営のマスター、及びサーヴァント含め、土御門恭介、遠坂時臣以外のあらゆるものを対象とする)ある時は、各々が全力を持って排除する義務を負う。
4 上記の範囲内では、戦闘行動を禁止する。
5 期間は明日の日没までとする。

短い時間で急いで考えた文面だけに、どこか穴が無いかと内心ソワソワしている。
この場合、最も警戒すべきは令呪の受け渡しの場でそのまま殺されることだが、それを禁止する文面も書き加えている。ここに本来ならば監督役の立会いを求めたいが、この騒ぎでは事件の揉み消しで忙しそうだからあえてスル―する。
しかし、この文面では言峰綺礼が独断でアサシンを教会内で嗾けて来ることまでは阻止できない。そこは、困った時のメディえもんよろしく、何か有用なアイテムを作ってもらおう。要するにアサシンの初撃だけ防げれば、遠坂時臣にアサシンの対処を丸投げ出来る。その為の項目3だ。

これは原作で登場したセルフギアススクロールとは少し違っているが、対象を縛るという効果は大して変わらない。違いがあるとすれば形式で、契約者を縛るのは魔術刻印ではなくその血であり、補則事項によってギアスの効力範囲を拡大させ、そして同意した相手にも血の署名を要求する点だ。ちなみに、魔術刻印を用いないのは単純に僕が受け継いでいないからだ。何度も言うが、僕の家系は魔術を取り入れているだけで、研究とか根源には興味なんてない。よって、魔術刻印なんて大層なものを僕は持っていないし、そもそも、持っているかどうかすら疑わしい。


「……冬木の管理人として、私は君の要請を受けよう」
「賢明な判断に感謝します」

目を皿のようにして文章を眺めた後、納得するように頷いてから、自らの血を吸いこませたペンでしっかりと署名した。
そして気流操作の魔術を用いて、僕にセルフギアススクロールを飛ばしてくる。
一切の無駄がなく、不必要な魔力は欠片も出さない技術の高さに舌を巻く。
内心であんたも十分才能あるよ、と愚痴りながら紙を受け取り確認する。
うん、確かに遠坂時臣と署名してある。
セルフギアススクロールも、脈動を開始しているようだ。

正直に言って、この交渉は十中八九成功すると思っていた。
それは遠坂時臣という人物が、「正統的な魔術師」であり、「冬木の管理人」という肩書を持つ「貴族らしい貴族」だからだ。
こうして直接会って直訴すれば、彼はノブレス・オブリージュを全うせざるを得なくなる、そう僕は当たりをつけたのだ。
そして、事実そうなった。
ちなみに、「セカンドオーナーならさっさと何とかしろよ!」などとオリ主らしい説教から入りつもりはない。だって、何よりも面倒で益にならないからだ。

何はともあれ、これでアーチャーにゴーストの討伐を命じてもらえば、僕達の間にセルフギアススクロールを起点にした容赦のない束縛魔術が発動する。
よしよし、計画通りだ。

「それで、タイミングはどうするんだね?」
「結界が解除された瞬間にお願いします。セイバーには南側から宝具を開放してもらいますので、アーチャーには北側から撃たせてください。そこまでお膳立てされていれば、英雄同士の阿吽の呼吸で何とかなるでしょう…………と言う訳で、伝令お願いします。あと、限界までゴーストの足止めをして下さい」

僕の背後で霊体化していたヘタイロイがひとり、ミトリネスさんに伝える。彼はライダーが伝令役として僕に付けてくれた親衛隊の一人だ。
ミトリネスさんは、相分かったと頷き、消えていった。腕時計で確認すると、あれから既に13分経過している。当初の予定通りなら後2分といったところだ。

「今のサーヴァントは一体……」
「気にしないでください。それよりもアーチャーの方ですが……」

追及をバッサリ切る。向こうも今は事が事だけに、しつこく食い下がるようなこともしなかった。極めて紳士的対応で、まさに優雅な人だと思った。
まあ、後でアサシンを使って情報収集をするつもりだろうけど。

僕はアーチャーを目で探すように、空へと目線を上げる。
すると案の定、今も上空でバーサーカー相手の格闘戦が繰り広げられていた。
放出されたアーチャーの宝具が光を振りまき、音を置き去りにするような高速軌道で動き回る両者はほとんど光の線になって空中に曲線を描く。
戦闘機を乗っ取ったバーサーカーも負けじと喰らい付いてはいるが、どう贔屓目に見ても分が悪い。
そしてとうとう、背後を取られたバーサーカーの機体に、数本の光の筋が吸い込まれるように収束し、爆発した。
バラバラと部品を振りまきながら墜落して行ったF−15Jは紙飛行機のように滑空しながら深山町へと落ちて行く。
そして、いくつもの住宅を巻き込みながらその活動を停止した。
戦闘機が民家へ墜落……明日はこれで蜂の巣をつついたような大騒ぎになるだろう。この場合、防衛大臣の首が飛ぶか?

この後の世間の反応に怖い思いをしているちょうどそのとき、未遠川に再びゴーストの巨体が現れた。ライダーの固有結界が崩壊し、捕えられていたゴーストが再びこの地に舞い戻って来たのだ。
正直、結界内で仕留めてくれれば良かったんだけど、ここから見る限り大した傷は負っていないようだ。王の軍勢でも、ゴーストの回復スピードを超えるほどのダメージは与えられなかったのか。

だがしかし、ゴーストの膝下には無数の槍が刺のように突き刺さっていた。それらはポロポロと回復して盛り上がった肉に押し出されているが、明らかに行動に支障をきたす程度のダメージを受けている。唯の切り傷や火傷よりも、モノが残っている方が回復を遅らせることが出来たようだ。
よし!これでゴーストの動きは封じられた――――ん? 

水しぶきを上げ、水面に着水するその後ろに、僕は黄金の光を見た。
金に光る蛍が舞い集い、光はさらなる光を呼び寄せ大きくなる。

……すごいな。

知識で知っているそれは、エクスカリバーのものであることはすぐに分かった。
だが例え知らなくても、尋常ならざる力を感じざるを得ない。
隣を見れば、メディアさんはもちろん、遠坂時臣までも、その眩しさに言葉がでないようだ。ただただ、その威光に感動しているといった表情だ。
だが何にしても、固有結界が崩壊する前から準備していてくれたのはありがたい。
これでこちらは何の憂いもなく作戦を実行できる!
しかし、あそこまで発動までの溜めが出来ているなら、固有結界内でぶっ放しても良かったかもしれない。でも、エクスカリバーって固有結界ぶち抜きそうだしなぁ……いや、結界の崩壊はエアが対界宝具だからこそか? 何にせよ、より確実な手段を取るに越したことは無い。


「それでは、お願いします!」
「うむ――――令呪を持って奉る。英雄王よ。北方からゴーストへ、エアの開帳を!」

僕の目の前で令呪が輝きながら一画、するりと消えた。
そして、ここよりはるか上空から、セイバーが集めた輝きを吹き飛ばすほどの魔力が逆巻き、周囲の空気を根こそぎ入れ替えるような強引な波動が伝わってきた。
エクスカリバーが黄金ならば、エアは血のような赤を迸らせながら、互いに競うようにその存在感を高めていく。
二つの極光に、ゴースト恐れおののいている。
そして――――乖離剣エアの解放と同時に、セイバーのエクスカリバーが唸りを上げて迸った。
エアによって、星の原初の姿を体現するような情け容赦のない力の津波が押し寄せる。そこに光の断層による究極の斬撃が、辺りを黄金色に染めながら疾走していった。
対するゴーストは、負傷した足がその動きを阻害するおかげで、その射線から逃げるように身をよじるのが精一杯のようだ。
そして、巨大な力と光がぶつかり合う。
ランクEXとランクA++の宝具によって生み出された膨大な魔力の爆発は、情け容赦なく周囲一帯に波及する。
二色が混ざり合った光の爆発は大きく、川を霧のように覆っていた浮遊霊共々、その身を光の中に溶かして跡形もなく消えていった。
エアにやや競り負ける形になっていたが、エクスカリバーは十分に相殺の役目を果たしてくれたようだ。
本気で撃たれたエアであったのならば流石のエクスカリバーも及ばないが、今回は令呪によって強制された一撃ゆえに、威力が丁度良くなったのだろう。
もしも本気でギルガメッシュが撃っていたらどうなっていたんだろうか……背筋が凍る思いだ。
まあ、なんにせよ結果オーライだ。

「それじゃあ、明日の正午に教会で会いましょう」

事が終わったら、さっさと帰るに限る。その内怒りに燃えた英雄王がやってきそうだし、巻き込まれたらたまらない。……遠坂さん、このままアーチャーに殺されたりして。
僕としては最悪それでも構わないけど、彼にはまだ仕事が残っているし、やっぱり少し困るな。

扉を開き、駆け足で立ち去る。
バーサーカーも襲い掛かるならばセイバーになるだろうから、こちらに襲いかかって来る心配はない。
というか、仮にもマスターの危機にサーヴァントが駆け付けないってどうなんだ? 
最悪、いつかマスターごと敵を殺しそうだな。
ああ、バーサーカーなんて呼び出さなくて本当に正解だ。
ある意味、アサシンよりもハズレなんじゃないのか?

なんにせよ、これで今宵の狂宴はお開きとなった。
いや、僕達だけはまだやる事があったな。
















未遠川での騒動から一夜明けた。
早朝のテレビで確認した所、昨晩起こった出来事は、大規模な都市型化学テロによる集団催眠事件として処理されていた。
未遠川に有害な化学薬品が流され、それによって発生した有毒ガスが住民に深刻な幻視と幻聴を引き起こした―――――それが警察からの発表となり、マスコミは連日のテロを未然に防げない警察への批判と、付近の住民へ注意を促すという放送内容になっている。

かくして聖杯戦争は続行されることとなり、揉み消しに走り回った聖堂教会のエージェントへささやかな感謝なんかをしてみたりしたが、一体どんな手を使ったんだろうか? あれだけ野次馬が居たのだから、相当数の人間が写真を撮っていたはずだ。
フィルムを現像する段階でスタッフを潜り込ませて細工したのか……真相は謎だ。
まあ、今年の夏は心霊特集で盛り上がるかもしれないが、それくらいは許容範囲だろう。

ちなみに日本全体で言えば、一地方都市で起こった連日の連続テロ事件よりも、空自の戦闘機が民家に墜落した件の方が大きく取り上げられている。
防衛大臣の記者会見のダイジェスト映像がひっきりなしに流され、各テレビ局で特番が組まれているほどだ。
世間の目をそちらに向ける工作が行われたか、マスコミ関係者独自の報道基準に照らし合わせて、そちらの方を優先させたのかは定かではないが、結果的に言えば神秘の秘匿は守られている。
ただ、この先インターネットが益々盛んになる事を知っている僕は、今の体制ではいずれ破たんする……そう思っている。
そういった意味でも、聖杯戦争はいい加減終わらせるべきなのだ。


「それでは、行ってきます」
「前から思ってたけど、キョースケって危険を冒すことに悦びを覚えるタイプなの? 弱いくせに敵マスターと一対一で対談しようとするなんて」
「いやだなぁ、そんな訳ないじゃないですか~。現にこうして、もしもの時の為の保険も用意してるし、ね?」


僕の白衣の懐には、見るからに怪しげな藁人形が縫い付けられている。
これはいわゆる、深夜の神社で憎いアンチクショウに呪詛をたれながら五寸釘を打ちつけるアレでつかられる人形だ。
とは言っても、別にこれから誰かを呪いに行く訳ではない。
これは他者から僕に与えられた怪我や呪いを移し替える、『身代わり人形』だ。
人形を誰かに見立てて傷つけることで、その誰かに傷を負わせることができるならば、その逆もまた可能、という訳だ。
もちろん、許容範囲以上の攻撃を受けた場合は、身代わり人形の効力を貫通してダメージを与えられてしまう。
現に、初期にメディアさんが軽く仕掛けた魅了の魔術はあっさり僕に届き、防ぎ切れなかった。
これは小さい頃から御守りとして持っていたおかげで、ところどころに僕の代わりに受けてくれた傷が散見する。
だが、これから危険度が増していく聖杯戦争を生き抜くためには、今のままの効力では安心して外に買い物にも行けない。そこで、神代の魔術師であるメディアさん監修の元に改良された結果、致命傷の一発や二発程度なら防いでくれる優れモノとなって僕の元へ帰って来たのだ。
いや、流石に『身代わり人形MARK2』でも、セイバーの一撃は耐えられないだろうが、せいぜいアサシンの投げる短刀ぐらいの傷なら防げる。だから、もしもの時に備えていっそ白衣に縫い付けてしまうことにしたのだ。
くそ、アサシン現存で、余計な神経を割かざるを得ないのが腹立たしい。

「では、手はず通りお願いしますね?」
「はいはい。キョースケも気を付けて行ってきなさいな」
「はい! ……なんか、今のセリフって新婚っぽいですね」
「はぁ……」
ため息をつかれた!? 地味に効くよ!


チクチクとする心を抑えて、改めて歩き出す。
冬木教会を視界に収めながら確認した腕時計は、今がちょうど正午であることを示している。
昨晩のセルフギアススクロールにより約定により、僕は冬木教会から半径100メートル内にメディアさんを連れていくことが出来ない。互いの血で結んだ契約である以上、遠坂時臣側も決してそれを破ることはできない。
だが、それは他者に対してまで有効なものではない。あくまで、僕達が感知している範囲内で、部外者の立ち入りを排除するよう取り決めているだけだ。
よって、建物内に入ってメディアさんの目から離れてしまったら、アサシンが独断でどこからか攻撃を仕掛けてきても、僕はそれを身代わり人形頼りに受ける以外に手段は無い。
だから、まだ屋外でメディアさんに見守られている段階でビビっていては甘いのだ。
ま、それでも怖いものはしょうがないよね!

居るかもしれない暗殺者に冷や汗をかきながら、足を進める。
そしてとうとう教会の正面扉にたどり着き、両手で押し開く。
重厚な音を響かせながら開け放たれたその先の空間は、昼間だというのに薄暗い。
…………アサシンからの攻撃はないな、一応扉は開けっ放しにしておこう。

光を通さない礼拝堂は、神聖な雰囲気とは真逆の位置にある。
日曜日には厳粛なパイプオルガンの音色が響くのだろうが、今この瞬間だけはその面影は欠片もない。それはどこの教会でも共通の事柄なのか、ここ冬木教会の真の顔を知っているからそう思えるのかはさておき……礼拝堂に並んだ一般席のひとつから、人影が立ちあがる。

「待っていたよ。土御門恭介くん」
「……こんにちわ、遠坂さん」

遠坂時臣は両手で開き、まるで客人を歓待する館の主人のような振る舞いで、僕を迎える。
その整えられた髪、手入れが行き届いた髭、シワひとつない真っ赤なスーツに、大きなルビーをあしらったステッキを持つその姿は、昨晩の疲れを感じさせない。


「遠坂さん、昨夜はゴーストの討伐に協力していただき、ありがとうございました」
「礼を言う必要はないよ。私は管理者として当然のことをしたまでだ。それよりも、私欲を廃して魔術師としての義務を全うしようとした君こそ、讃えられるべきだ」

そこまで言うなら、もっと早くに手を打って欲しかった。というか、令呪の消費をケチってたクセに。
しかし、この人よく生きているな。内心、ブチ切れたギルガメッシュに殺されているかもとも思っていた分、遠坂さんにはしたたかさを感じざるを得ない。

「ありがとうございます。それでは早速ですが……」
「そうか。君がそう言うのなら、さあ、手を」

僕と別れた後、一体どういう手段でギルガメッシュの怒りを避けたのかはけっこう気になる所だけど、それよりもさっさと用事を終わらせてしまおう。
僕は素直に、自分の左手の甲を露出する。遠坂時臣は僕の令呪に手を触れ、そっと何事かを呟いた瞬間、まるで紐が解かれるような錯覚を覚えた。
その直後、僅かな発光と共に、令呪の一角が僕から消えた、譲渡は滞りなく終了する。

「……それでは、僕はこれで。ところで、ギアスの内容はちゃんと覚えていますか? この教会から半径100メートル内では、僕達は互いに戦闘行動を起こせません。不意打ちを狙うなら諦めた方がいいですよ」
「心得ているさ。なにせ、魔術師にとってセルフギアススクロールで結ばれた契約は絶対だからね」
「……そうですね」

その言葉を確認した僕は、踵を返して出口へと向かう。

「あ、そうだ遠坂さん。最後に一つだけいいですか?」

いくらか歩いた所で立ち止まり、右ポケットに手を突っこんで偲ばせていた携帯電話を取り出し、操作する。
僅かな空白の時間を経て、呼び出しのコールが掛る

「なにかね?」

3回、4回――――コールが続く。
しかし、その顔つきは頂けないな。令呪を問題なく受け取れてほっとしたのか、隙だらけじゃないか。いや、油断しきっていると言った方がいいかもしれないな。

「いえ、大したことは無いですよ。唯の決意表明と言うか、宣言と言うか」

5回目のコールが始まり、そして終わる。
ああ、これがウッカリの呪いなのか……
遠坂さん、英霊同士の戦いに絶対なんてないんですよ。

「聖杯戦争は僕が勝ちます――――遠坂さん、お疲れさまでした」

ブスリ――そんな気が抜けたような音が、礼拝堂に静かにしみる。
その発生源は目の前の男からだ。
ワインレッドのスーツは、胸元に別種の赤を滲ませている。
遠坂時臣は、自分に一体何が起きたのか理解していないだろう。
多分、異音が自分の近くで発せられ、押されたような衝撃を背後から受けた……分かったとしてもせいぜいこれくらいだ。
事実、呆気にとられたような顔つきをしているのだ。
だが、一歩引いて立ち位置で見れば、ソレに気づく。
遠坂時臣自身がさっきまで持っていたステッキの鋭い先端が、本人の胸から突き出ていること。
そしてその背後に、黒いオーラを纏ったフルプレートの騎士が居ることに。

「さようなら」

――――人が倒れる音が、礼拝堂に響いた。

6/30 欠損していた部分を復活。報告ありがとうございました。原因は以前携帯から編集を行った際に、誤って消去してしまったと考えられます。御迷惑おかけしました。



[36625] 幕間 時間は少し遡り
Name: 瞬間ダッシュ◆7c356c1e ID:caffb20b
Date: 2013/04/21 14:42




間桐雁夜が目を覚ました場所は、汚水の臭いが漂う場所であった。

(ここは――どこだ?)

照明代わり置いてあるらしい蝋燭の光を頼りに、周囲を見回す。
前後にどこまでも続くコンクリート製の通路、そこが地下の下水道であることはすぐに分かった。幸か不幸か、人目に付かないような薄汚い場所に縁があるからこそだった。
サーヴァントであるバーサーカーも、そんな雁夜の傍らに控えている。
半端者の魔術師である間桐雁夜の最強の盾であり、矛であるバーサーカーがすぐそばに控えている、その事実は何よりも心強い。いきなり訳のわからない事態に陥ってもそこそこ冷静でいられるのは、これに依る所が大きい。

雁夜は軽く身体を動かして、具合を見てみる。
大雑把な見立てではあるが、身体は特に問題なく動く。もちろん、口にするのもおぞましい魔術の訓練で負った障害は残っているが。
次いで、なぜ自分がここにいるとかと疑問に思い、直前の記憶を思い出そうとする。

「ああ……そうか。あの時、俺は遠坂時臣に負けて――クソっ!」

そして思い出されたのは、怨敵である遠坂時臣にむざむざとやられ、炎に巻かれて屋上から落ちた記憶であった。
思わず口から飛び出してきた言葉が、更に雁夜の苛立ちを増幅させる。
この手であの気障な男を八つ裂きに出来なかった口惜しさに、足元のコンクリートをこぶしで殴りつける。
当然、殴った方の手に衝撃は跳ね返り、拳骨をきしませる。
だが、そんな痛みすら心中に渦巻く憎悪の疼きを慰めるのにそれなりの効果があったようで、雁夜はようやく、なぜ自分がここにいるのかを改めて考える余裕を手に入れることが出来た。だが、いくら考えたところでその答えは得られない。
遠坂時臣に敗北し、ビルの屋上からフェンスを乗り越えて落ち……そこから先はぷっつりと記憶がない。

散々悩んだ挙句、記憶がない以上は仕方がないと割り切った雁夜は、とりあえず立ちあがって、違和感に気が付く。

「火傷がない?」

雁夜には、確かに自分が炎に焼かれ苦しんだ記憶がある。だが、着用しているパーカーは黒く焼け焦げているというのに、皮膚には火傷の痕が全くないのだ。
目覚めたら入った覚えがない下水道で、不自然な形で残った戦いの痕跡。
雁夜はいよいよ自分の身に起こった不可思議に頭を捻るしかなかった。

「あ、起きましたか?」

すると薄暗い下水道の奥から、若い男の声が響いた。
松明を片手に現れたその男は、血と泥と汚水に汚れた白衣をまとった少年であった。
どこにでもいるような平凡な面構えだ。
やけに存在感が薄いのが気になるが、これで学生服を着こみ、街角を通学かばん片手に歩いていれば、どこまでもありふれた風貌であった。
だがしかし、それがこの場では異常性を引き立てる。

不意を突かれた雁夜は一瞬、言葉を失った。だが、少年は気負った風でもなく言葉を発し続ける。


「ここは冬木市地下にある、使用されていない下水道です。それと、勝手ながら火傷の治療もしています。気分はどうですか?」
「――あ、ああ。問題ない」

突然の異常事態に、脳の処理が追い付かず、何とかそう答えるのが精いっぱいだった。
少年の言葉は、図らずも先の疑問に対する答えを得る形になっていた。だが雁夜は、はいそうですかと素直に納得することは出来なかったのだ。
もし仮に目の前の少年が一般人であったのならば、重度の火傷を負った人間を発見した場合、速やかに救急車を呼んでいるだろう。
決して、人目が付かないような下水道に怪我人を運びこむなどと言う非常識な対応は取らないはずだ。
そこまで考えが至った時、導きだされる答えが自然と口から飛び出した。

「お前……魔術師かっ」

それならば、痕すら残さない治療にも納得がいく。
例えどれだけの名医であろうとも、重度の火傷を痕跡すら残さず完治させることなど出来はしない。ならば、そんなあり得ない事象を引き起こす存在もまた、あり得ない存在でなくてはならない。
間桐雁夜は出奔したが古き魔導の家の生まれであり、即席とはいえ魔術の手ほどきを受けている。ならば、正解を引き当てる程度の事は造作もない。
その証拠に、少年も頷きで肯定を返して来る。

「まあ、そんなようなものです。っと、まず自己紹介ですね。僕は土御門恭介、キャスターのマスターです」
「なにっ!?」

キャスターのマスター、すなわち聖杯を奪い合う敵を名乗った少年に、雁夜は僅かに身体を硬直し、すぐさま敵意を滾らせた。
いつでもバーサーカーに襲わせる算段を立てながら、睨みつける。
ボロボロの身体だが、それは始めからだ。もう一戦、魔術師とはいえ唯の人間を殺す程度なら――そう思い、痛みに耐える心構えを固めた。
だが、そんな覚悟は無駄に終わる。

「――――間桐さん、あなたは遠坂時臣に敗れ、重傷を負った。そして僕達はそんなあなたを治療し、ここで匿っている。なぜだか分かりますか?」
「……」

腰を降ろしながら、少年はゆっくりとした口調で雁夜に語りかける。
その姿には、いささかの敵意も害意もなく、純粋に話し合おうとする意図がありありと示されていた。
雁夜は少年の意図が全く掴めずにいた。
敵を治療し、拘束もせずに気遣う素振りさえ見せるキャスターのマスターに、懐疑の目を向ける。
それを察したのか、少年は結論から言うとですね、と前置きをした上で、切りだした。

「それはね、あなたに同盟を持ちかける為なんです」
「……聖杯は唯の一つだ。同盟なんてありえるものか」
「まあまあそう頭から否定しなくてもいいでしょう……それじゃあとりあえず、アーチャーのマスターを討ち取るまでの仮同盟というのはどうですか?」
「――ッ!」

聖杯戦争は、唯一つの聖杯を奪い合うバトルロワイヤルである。
それゆえに、勝利による利益を分配できない。だからどうしても参加陣営同士の同盟関係は発生しにくい。それは、例え手を結んだとしてもいずれは敵同士に成ることが明白であり、共闘中に自身の情報を相手に盗まれることが懸念されるからだ。
だが、決してありえない、という訳ではない。
単独では撃破困難なサーヴァントを協力して攻める、それぐらいの限定的な協力関係程度ならば十分考慮に値する選択だ。

しかし、未熟な魔術師である雁夜に、海千山千の魔術師を相手取るだけの手腕がない以上、どうしても躊躇してしまう選択だった。
この少年が魔術師としての腕がどの程度か、などと言うのは大した問題ではない。
キャスター、魔術師の英霊相手に、絡めとられていくのが何よりも恐ろしかったのだ。
間桐臓硯の傀儡に甘んじている雁夜には、どうあがいても太刀打ちできないことは目に見えていた。

本来ならば、考えるまでもなく拒否する提案である。だが、そこに飛び出してきた遠坂時臣の名前に、心を大きく揺さぶられることになる。

――憎き相手を殺すまでの仮の同盟。

その言葉は、抗い難いほど甘美な響きとなって、脳髄に染み渡った。
文字通り命を賭して、決死の思いで戦いを挑んだというのに一矢報いることすら出来ず、無様に焼かれた瞬間が、脳裏をかすめる。

あの余裕たっぷりに澄ました顔を、苦痛と絶望で染めてやりたい。
自分が片思いしていた女性を娶ったというのに幸せに出来ず、その娘をよりにもよって間桐の蟲蔵に追いやった人でなしに鉄槌を下したい。
そして、今も蟲に犯され苦しんでいる少女――桜の姿を思い浮かべれば、自身の苦痛も忘却し、戦い抜くことが出来る。

殺意と憎悪が、ふつふつと込み上げる。
自分ひとりで果たせないならば、他人の手を借りればいい。
意図せずとも、その為の手段が用意され、目の前に提示されているのだ。

「……俺に、何をさせるつもりだ?」
「アーチャーのマスター、彼をはめる策があります。ただ人手が足りないので、それを手伝って貰いたいんです。具体的に言えば、油断している背中を刺す役目が」

少年の言葉に、心の中で歓喜する。
それが果たして正しいのか間違っているのかは分からない。だがこの時、確かに雁夜は自身の手で遠坂時臣に引導を渡すその瞬間を幻視した。
後ろ暗い希望を見出した雁夜は、その提案をあっさり承諾した。








★★




「セルフギアススクロール?」
「ええ。簡単に言えば、魔術師同士が結ぶ絶対破ることのできない契約です。契約上、僕達は互いにサーヴァントを連れていくことができません。もしもサーヴァントが独断で割り込んできたとしても、察知した瞬間に令呪を使ってでも排除する義務が僕と遠坂時臣に課せられています」
「そうか。なら、俺は勝手にバーサーカーを突っ込ませればいいのか?」
「確かにギアスの効果範囲はあくまで契約を交わした当人達だけですので、それ以外の人間の行動は縛られません。ですが、協力者に暗殺者の真似ごとをさせればギアスの穴を付けるなんて、恐らくは遠坂側も承知の筈です。ここは慎重に行くべきですね」

間桐雁夜との作戦の打ち合わせは、恭介が想定していた以上にスムーズに進んだ。
それは雁夜のこの作戦に掛ける意気込みが、恭介のそれを上回っている事に起因する。
表面上は落ち着いているが、黙っていても滲みでてくるような鬼気迫る気迫は、確実に周囲を染めていった。
所詮、小説とアニメでしか雁夜の人間性を見てこなかった恭介は、彼の想像以上の心の闇に、この時初めて、言い知れぬ恐怖を抱いた。

目の前にいるのは、他人の妻となった女性を未だ想い続け、あまつさえその娘に父と呼ばれる幻覚を見た男である。
まるで出てくる作品を間違えたかのような昼ドラっぷりに、読者時代の恭介はなかなかに楽しませてもらった覚えがあった。
世界平和や自己の発見などといった目的よりも、横恋慕からの嫉妬という俗っぽい動機の方が、よほど身近で親近感が持てたのだ。
だが、こうして現実として『間桐雁夜』に直接顔を合わせ、言葉を交わす過程で節々に感じる狂気は、そんな生易しいものではないと本能で理解したのだ。

しかし、そんな恐れも飲み干して前に進んでこそ、聖杯を得ることが出来る。
激痛に苛まれようとも決して衰えぬ殺気と憎悪を身に宿した鬼、生きながら悪鬼に身を落とした存在を御しようとする自分は、さしずめ古の陰陽師そのものか、そう恭介は先祖との奇妙な繋がりを感じつつ、説明を続けた。

「狙うは令呪を渡した直後、最も油断しているその時こそ絶好の機会です。その時になったら僕は携帯電話で呼び出しますので、コール5回目にバーサーカーを突入させてください。殺してしまえばギアスうんぬんなんて後の祭りです」
「……そうか。ところで、殺し方は俺に任せてくれるのか?」
「ええ。ご自由にどうぞ。ただ、反撃出来ない様にして下さいね。僕が危険ですから」

――作戦の打ち合わせ。確かに今この時の話し合いのテーマはそれであったが、実際はただ単に『携帯で連絡したらバーサーカーを突っ込ませろ。後はお前の好きなように始末してくれて構わない』である。こんなもの作戦会議でも何でもない、単なる一方的な通達だ。
しかも、恭介は作戦の詳細を意図的に伏せている。
それは原作知識から来る、いわば知っているはずではない知識が絡んでくるためと、キャスターの宝具を秘匿しようという思いからだった。
恭介は、遠坂時臣が未だアサシンのマスターと水面下で共闘している事を知っている。
遠坂時臣と間桐雁夜との確執も知っている。
そして、近い将来高確率で、アーチャーはマスターの鞍替えをすることも知っている。

この作戦は表向きには、脅威となるアーチャー陣営の打倒の為のマスター殺しである。だが、実際はバーサーカー陣営を引き込むための接待が最大の目的だ。
恭介自身には、別段そこまで時臣の固執していない。
確かに遠坂の正統後継者は魔術師としては恐れるべきものだろう。
わざわざ結託して暗殺する必要があるほどの技量があるかもしれない。
だが、聖杯戦争は英霊と言う規格外の駒をどれだけ有効に運用できるかで勝敗が決まるものであり、決してケイネス・エルメロイ・アーチボルトのように、サーヴァントの劣る力量を自身の資質で補うなどという不遜な真似が出来るようなレベルではないのだ。
その意味では、サーヴァントを制御しきれていない遠坂時臣は脅威ではない。

それに第一、放っておいても時臣は言峰綺礼に裏切られて死ぬ。
ならば、雁夜を懐柔する餌とする方が、ただ殺されて下らない三文劇の人形にされるよりは、よっぽど有意義な使い道であろうし、場合によっては言峰綺礼の外道堕ちを遅らせる事が出来るかもしれない。
そういった思惑から、冷徹に人一人の命を奪う計画を立てた。

(殺すだけなら簡単なんだけどな)

恭介は心の内で面倒くさそうにつぶやく。
実際問題、本当にただ殺すだけならば、難しい事などしないで、黙ってバーサーカーを嗾けるだけで済む。
護衛に付いているかもしれないアサシンの1人や2人、それを突破することなど狂戦士なら容易い。
だがバーサーカー越しに時臣を殺しても、雁夜は恐らく本当の意味では満足しないだろう。ならば、雁夜の手で直接時臣を殺させる必要がある。


その時こそが、魔女メディアの持つ宝具、『破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)』の出番だ。
原作では、セイバーと主人公との間の契約を断ち切ったことで日の目をみた宝具だが、恭介はこれを契約の一方的破棄という方法で使用することにしたのだ。
セルフギアススクロールが持つ、絶対に破ることのできない契約という信用性を逆手にとる作戦は、相手が魔術師としての意識が高ければ高いほど効果を発揮する。
そう言った意味で、遠坂時臣は格好の鴨であった。
ギアスが生きていれば、雁夜が止めを刺すために教会内に立ち入っても、恭介がそれを排除する為に動かざるを得なくなる。
それは、好ましくない事態だ。
さらに時臣に渡した令呪の回収もしなくてはならない以上、速やかに腕の切り落としをしなくてはならないので、ここでもギアスが邪魔になってしまうのだ。


だが、当然のことながら、この作戦には重大な危険も潜んでいる。
ギアスの制約で短い間ながら恭介はキャスターと別行動を取らざるを得ない。
その際、令呪の受け渡し後にそのまま潜んでいたアサシンに殺されるという顛末は、決して想像できないような事態ではないのだ。
時臣の差し金か、綺礼の独断となるかは分からないが、その可能性は潰さなければならない。

よって、ルールブレイカーの発動タイミングは、令呪の受け渡しの為の魔術が発動している最中に行う事になった。
これならばギアスが破棄された際のフィードバックを誤魔化せることが期待できるからだ。
そして最悪、初撃を藁人形でやり過ごして出来たその隙に、令呪でキャスターを呼び出すことが出来る。
この辺りは、サーヴァントと知覚の共有をしておけばスムーズに対応できるだろう。
ただしこの場合、雁夜への接待という意味では不完全なものとなってしまうが、それでも歓心は得られるだろうから、無駄にはならない。

もしも受け渡しが完了した後でもアサシンの襲撃がないようならば、予定通り雁夜に合図を送り、バーサーカーに襲わせればいい。
一時の危険で近接戦闘が出来るバーサーカーをマスターごと手に入れることが出来る――直接表に出られないキャスター陣営にとって、貴重な戦力を手に入れられる機会は逃す手はない。

それにバーサーカーというクラスは、第五次聖杯戦争時のイリヤスフィール・フォン・アインツベルンのように、魔力問題さえ解決でき、そのマスターを協力者として扱うならば決してハズレではない。
忘れがちだが、キャスター達は東京から膨大な量の魔力を引っ張って来る事が出来る。
それを水か何かを触媒とした魔力補給飲料に加工して雁夜に渡せば、今までのような生命を削るような戦いをせずとも、安全かつ大胆なバーサーカーの運用が可能となるのだ。

キャスター陣営は潤沢な魔力を、そしてバーサーカー陣営は戦力を与える。
両陣営にとっても、損のない話である。
それに、恭介は近いうちに間桐を滅ぼすつもりでいた。
なんだかんだいって、あの妖怪爺が仕掛けた魔術の影響下にいる者を本当の意味で信頼するわけにはいかないのだ。
だが、遠坂時臣を殺し、間桐を蟲爺ごと潰し、桜を助け出した後ならば、もはや恭介と雁夜は敵対する理由は無くなる。むしろ恩を売ることで、絶対に裏切らない戦力となり、この後の戦いで活躍してくれるだろう。

それにそうしておけば、聖杯を獲得する為の助けになったということで、間桐桜を土御門の家で保護することもできる。
雁夜の方も、暇な時にでもキャスターの治療を受けさせれば完治とまではいかないまでも、そこそこ持ち直すだろう。
そんな風に計算しながら、物語にはないイレギュラーが勝利後の世界を夢想する。
多少の計算違いはあったが、おおむね事は良い方向に進んでいる。そう確信しつつ、決行の時を待つ。

恭介は生前であったならば考えられないような思考――――効率的に殺人を犯す計画を立てる等――――を自分がしていることに気づいていない。
前世を切り捨て、過酷な世界を生きるために適応する過程で手に入れた冷徹な部分がそうさせるのだ。
だがそれでも、キャラクター達に対するファン精神だけは未だに彼の心に根付いている。
必要な時は容赦なく殺すが、そうでないのならば必要以上の苦しみは与えないし、可能ならば助けることもする。
もしかしたらこれが、彼が生前の彼と同一であるということを示す、最後の砦なのかもしれない。





4月21日 誤字修正



[36625] マキリ死すべし
Name: 瞬間ダッシュ◆7c356c1e ID:caffb20b
Date: 2013/04/29 21:34

遠坂時臣がバーサーカーの一撃によって崩れ落ちるように倒れた。
その拍子に抜けたステッキが、カラカラと乾いた音を立てながら床の上を転がっていく。
鈍く光る先端のルビーは、丁度遠坂氏の命のように弱々しい光を反射させている。
それを眼の端で見送りながら、僕は右手を腰の後ろに回し、愛用の鉈を抜き放った。
柄を握った瞬間、僕の思考は切り代わる。
教会で、凶器を持って凶行に至るという或る意味最高に罰当たりな所業を行おうとしていても、なんら呵責を感じない。
必要だから、しょうがないから、そんな考えすら浮かばず、ただやるべきことをやるというシステマチックな思いだけが心を満たす。

「――っぐ、そんな……バカな…………!」

血液を垂れ流しながら苦悶の表情を見せる遠坂氏だが、未だハッキリとした意識と命を保っている。
当人にとって幸か不幸かは知らないが、バーサーカーの一撃は心臓の脇を通り、急所は外していたようだ。しかし、騎士として幾つもの戦場を越えて来た歴戦の戦士が、まさかここで急所を刺し損ねたなどという素人みたいな失敗を犯す筈がない。ならばこれは、マスターの指示で間違いない。
やはり間桐雁夜は、自分の手で始末を付ける腹積もりのようだ。
それは半ば予感していた事だけに、慌てることなく距離を取る。

僕は改めて、胸を貫かれて深紅に染まった遠坂氏を注意深く観察した。
警戒すべきは魔術刻印の使用による一工程の魔術だ。ここで油断してガンドの一撃で刺し違えなんていう展開は願い下げだ。
僕は決して、慢心して誰かに勝てるほど強くなどないし、するつもりもない。ゆえに、少しでも魔力の流れを感知したら、恥も外聞もかなぐり捨ててバーサーカーに対処を丸投げして逃げるつもりだった。
だが、蟲のように蹲りながら脂汗を垂らして苦しむ様を見れば、そんな余裕すらないのは明らかだった。
これはいっそ、このまま介錯してやる事こそが最大の慈悲なのだろう。だが、最後の止めを刺す役目は生憎と僕じゃない。
こんな所で慈悲を持ってしまっては、ここまでした意味がない。
これは自分で巡らした策である。少しの祈りも心の中で捧げることなく、僕は悶え苦しむ遠坂氏にゆっくりと歩み寄る。
反撃の気配がないことを確認した上で、令呪が宿っている方の腕を強引に引っ張り出し、容赦なく鉈を振り下ろした。

――耳をつんざく様な絶叫が、礼拝堂に反響する。

だが僕はそれを無視し、令呪の回収を優先する。
体重で押し切る様にすると、骨と血管と皮を切断する感触が手に伝わって来る。
その結果、前回のケイネス・エルメロイの時とは比べようもないほどの出血量が礼拝堂の床を染め、周囲に鉄錆の臭いを充満させた。
むせかえるような血臭はそれだけで人の気分を悪くする。だが、オペの最中に気絶する外科医が居ない様に、人は慣れるものだ。
自慢ではないが、今まで散々大型獣を魔術の訓練の過程で殺して捌いてきたのだ、今更この程度の出血量で嫌悪してなどいられない。
人間の手首をぶら下げながら、血の滴る刃物を握ろうとも、それが自身の行動を制限するほどの事象足り得なくなっているのだ、今の僕は。


「っ――こんな、ところで……」
「あまり動くと死期を早めますよ、って聞いてないか」

呻きながら、だがそれでも遠坂さんは苦痛に耐えて懸命に片膝をつこうとして――力及ばず倒れ伏す。
哀しいかな、もはやたったそれだけの事をする体力も気力も残されていないらしい。
空気が吸い込むだけの荒い呼吸を必死に続けて生きようとしているが、その顔色は既に死人のそれに近い。
このまま座して待っていても、あと数分で物言わぬ屍になることは確定的に明らかだが、それだけあれば十分だ。

僕はまた距離を取ってただ眺める。
余りにも衰弱が早ければ、死霊術師流の手荒い治療術を掛けて延命するつもりだったが、これは必要ないか。元々僕の治めた治療術は、未熟な上に死体用の『修理』から端を発するものだから、生身の人体に施すようなものではない。
人体を治療する為の魔術を設備と衛生観念が行き渡った現代医学と例えるならば、僕のそれは焼いた刃物で止血して、麻酔なしで縫合するような原始的で手荒いものだ。
ショック死する可能性すらあるから、普段は可能な限りやらないが。

「はあッ――はあ、はあ――」
呼吸が乱れてきている。
バーサーカーの一撃は、確かに心臓は外した。
だが、左の肺は容赦なく破壊されている。
例え魔術刻印を発動させるだけの体力と気力が残されていたとしても、魔力を通した瞬間にバーサーカーの制止が殺さない程度に掛るだろう。もはや今の遠坂家当主、遠坂時臣には魔術を発動させる余力は無く、ただ意識を失っていないだけの無力な人間でしかない。
そこには、常日頃の優雅さなど欠片も残されてはいなかった。


「ははっ、無様だなぁ――遠坂時臣ぃ!!」


鉈に付いた血糊を持参していた古新聞紙で適当に拭って腰に戻していると、僕の背後からひどく愉快そうな声が入って来る。振り返るまでもなく雁夜おじさん――僕の同盟相手の声だ。
思っていたよりも早い到着だ。

「お前は俺を殺したつもりになっていただろうが残念だったな! お前をこの手で殺すためになら、俺は何度だって蘇ってやる!」

動かなくなった足を引きずりながら、痛みで動けない遠坂氏の傍らに近づく雁夜おじさん。当然、憎くて憎くてたまらない怨敵の傷を手当てするなんて心優しい真似をする事は無い。腹の中に溜まっていた鬱憤を今ここで全て吐き出してやると言わんばかりの悪態をドス黒い笑顔でつきながら、蛇のようにジリジリとにじり寄っていく。
すれ違う直前、間桐雁夜の瞳には、燃えたぎるような黒炎が見えた気がした。

僕はそっと礼拝堂に並べられている長椅子に座りながら、事の成り行きを見守る事にした。
正直言って、恨みを抱えている人間と言うものは本当に恐ろしいものだと再認識する。
そしてそんな僕の隣に、雁夜おじさんに続いて入ってきたメディアさんが腰かける。
手にはルールブレイカーによって付き破られた件のセルフギアススクロールが握られていた。

「ありがとうございました」
「まさか宝具をこんな形で活用するとは思わなかったわよ」
「……僕としてはこれ以外の使い道が思いつかないですけどね」


教会内部で遠坂氏とやり取りしていた僕と視覚を共有することによって、メディアさんはタイミングを間違えることなくルールブレイカーを発動してくれた。
ギアスの範囲外での宝具の使用は禁止されていなかったからね。
こうしてギアスは白紙に帰り、バーサーカーとそのマスターの乱入をこうして座して見ることとなっている。まったく、余計な手間を掛けさせてくれたよ。


「あ、そう言えばここって一応神の家って事になっているらしいですよ。入っても良いんですか? こう、心情的に」
「ふん。ならここの主は随分と血がお好みのようね。ひどい臭いよ」
「まあ、人類の歴史で一番戦争を引き起こすのは神様ですからね。ある意味合ってるかもしれません――っと、それじゃあこれの移植をお願いします」
「令呪ね。でも、これで合計6画も集まった訳だけど……傍から見れば立派な令呪コレクターよ、キョースケは」

傍らで起きている昼ドラ展開を完全スルーして軽口を叩きながらも、切り取った遠坂氏の手首から僕の手へと令呪の移植は問題なく完了した。僕は改めてじっと両手をかざし見る。
今現在、僕には三種類の令呪が宿っている。
星型の令呪、元々聖杯から与えられた(押しつけられたとも言う)ものと、ケイネス・エルメロイのものであった鏃型(?)の令呪二画、そして今しがた遠坂さんから奪い取った円状の令呪一画の、三種と合計六画の令呪だ。
さて、問題はどう運用していくか――これに尽きる。
策謀の果てに得た切り札の使い道を考えていると、ついに雁夜おじさんは立ちあがることすら出来ずにいる遠坂さんの元へたどり着いた。ここからでは背中しか見えないが、その表情は簡単に想像できる。
さぞかし良い笑顔なんだろうな。


「お前が凡俗と断じた日々が、あの子にとってどれほど尊いものであったかッ 間桐の蟲に犯され嬲られて、桜ちゃんは人形の様に表情を無くしてしまったッ 全部全部お前のせいだ遠坂時臣ッ!!」

蹲る遠坂時臣に馬乗りになり、その首に手を掛ける雁夜おじさん。そして死ね、死んでしまえと連呼しながら力いっぱいその首を絞め上げる。当然、抗おうにも大量の血を流し過ぎた遠坂氏には何もできず、身体を揺するのが精一杯の抵抗だった。別に加虐趣味もなければ確たる怨恨もない僕はその様子をただ眺めるだけだ。
蟲を使わず、刃物で一気に殺さないのは、それだけ恨みが凝り固まっているのだろう。


「臓硯は桜ちゃんを、次代の間桐の為の胎盤としか思っていないというのにッ お前はそんな所に娘を追いやった人でなしだッ 死んで償えッ!!」

唾を飛ばしながら糾弾の手を休めず、その罪を責め続ける雁夜おじさんは、一際大きな声を上げると同時に全体重を首に掛けるように上体を傾けた。
遠坂氏は大きく身体を痙攣させると、その後全身を弛緩させた。だがそれに気付かない雁夜おじさんは10分間に渡って、満足がいくまで怨敵の死体に責め苦を与え続けていた。










「気は済みましたか?」
「……ああ」

肩で息押しながら、事切れた遠坂氏の亡骸を見下す姿にそろそろ頃合いと声を掛けた。
帰って来た言葉には幾分かの落ち着きが戻っている。これならつっこんだ話をするだけの精神的な余裕があると見ていいだろう。
ここから先はデリケート部分にも踏み込むことになる。だからこうしてわざわざ策を弄して信頼を得ようと画策したのだ。うまくいってくれなければ困ってしまうな。

「どうにも貴方と遠坂時臣との間には御三家という枠組みを超えた――そう、個人的な因縁があるようですね。よければ話してくれませんか?」
「…………あんたには関係ない話だ」
「僕達は同盟関係です。もしかしたら力になれるかも知れませんよ? 話から察するに、桜という女の子が絡んでくるようですが」

桜、という言葉で分かりやすいほどに雁夜おじさんは動揺した。
巣に近づこうとする天敵を威嚇するような親の目をしてくるが、まあまあと治める。
その後、熱中しすぎて自分がいらぬことまで喋っていたことに思い至り、しまったという後悔の表情を浮かべる。
僕はさらに話を続けることにした。

「桜ちゃんというのはそこの遠坂氏の娘で、それがどういう訳だか間桐へ渡った。そしてそこで過酷な魔術的訓練を受けさせられた――こんなところですか?」
「訓練? はッ! あんなものは虐待以外の何物でもないっ!!」

僕の憶測(偽)は、即座にそう吐き捨てられた。いい感じにヒートアップしているようだな。


「桜ちゃんは元々奥手な女の子だったが、あんな絶望に沈んだ顔をした子じゃなかった。それというのも、臓硯が体質を間桐に合わせるとかなんとか言って、桜ちゃんを蟲蔵に放り込んだのが原因だ。そのおかげで、今じゃ髪と瞳の色がすっかり変わってしまって――――ックソ!」
「そうだったんですか……」

もちろん、僕はその辺りの事情は良く分かっていた。
魔導の家系としての間桐は成長が限界に至り、今では没落の一途を辿っている。そしてとうとう次代の間桐を担うはずであった間桐慎二は、魔術回路を持って生まれなかった。
この辺りの事情は、僕の実家である土御門の家が抱えている問題と同種だ。
違いがあるとすれば、間桐には遠坂という盟友がおり、その遠坂には類い稀な資質を持って生まれた姉妹がいた。一子相伝を是とする魔術師の家にとっては、後継ぎは2人もいらない。
そこで間桐は遠坂の姉妹の内、妹の方である遠坂桜を養子として迎え入れることで、家の延命をはかった。
だが当主である間桐臓硯には桜を間桐の後継者として育てるつもりなど最初からなく、ただ次代の間桐を生むための優秀な胎盤としての価値しか見出していなかった。
しかし属性が異なる間桐の魔術に慣らされるために桜は虐待のような体質変化を強要されることとなり、無数の蟲が蠢く蟲蔵に放り込まれることになってしまった。

要するに間桐雁夜という男は、この哀れな少女を助けたいのだ。
その為に雁夜おじさんは当主である臓硯と取引したという、その内容というのが、聖杯戦争に勝ち、聖杯を持ち帰るというものだ。
興奮と僕へのささやかな恩義を感じているであろう雁夜おじさんに、僕はさも同情していますといった風に接し、この辺りの事情を半ば誘導するように引き出した。もちろん、僕は桜という少女に対して同情を禁じ得ない。もしも出来るというならば助けたいし、あの子には幸せな人生を歩んでほしいと思っているから、いかに桜ちゃんが悲惨な目に合っているのかということを悲壮な声で語る雁夜おじさんのおかげで、うっすら涙も流してしまった。

「なるほど……つまり間桐さんが聖杯を求める理由は、なにも聖杯を使って何かを成そうと言う事ではなく、聖杯を実家に持ち帰ることで、桜ちゃんを間桐から解放したい――そういうことですよね?」
「ああそうだ。俺にはお前達魔術師が言うところの根源なんて興味もない。ただ桜ちゃんを母親の元に返してやりたいだけだ」

母親の所に、ねえ。
せめて桜ちゃんが僕並みに平凡な才能だったら話は簡単だったろうに……こういう時だけ、僕にはチンケな才能しか無いない事に感謝してみる。
よくあるテンプレオリ主のように遠坂凛の100倍の魔術回路~だとか、あらゆる属性を持って生まれる~みたいな特典があったら、僕って今頃は標本になっているだろうな。
流石に赤ん坊じゃあ抵抗なんて出来ないし。
居るかどうか分からないけど、僕以外に転生者がいたら、今頃どうなっているんだろう?
でもそんな話は聞かないしなぁ……ま、どうでもいいか。
後で雁夜おじさんには、魔術協会の連中がホルマリンの瓶片手に押しかけて来る可能性を教えておこう。


「では、間桐が没落しようが滅ぼうがどうでもいいと?」
「あたりまえだ! あんな家、早く滅んでしまえばいいッ!」

――ふふ、その一言が聞きたかったんだよね。
間桐雁屋という男は、やはり魔導にも間桐にも、ましてや当主たる臓硯に対しても悪感情しか持っていない。そして特別、聖杯に託す願望も持っていない。
要するに、桜ちゃんを間桐から連れ出せさえすればどうでも、後は野となれ山となれということだろう。
元は横恋慕からの嫉妬から始めた戦いとはいえ、自分の命を燃料にここまで戦い続けたその闘志だけは素直に賞賛すべきだろうな。
しかし、本当にここまで好都合な男が居ていいのだろうか?
ハッキリ言ってしまえば、雁夜おじさんの願いは僕達で叶えられる範疇にある。なんせこちらには、神代の魔女が味方にいるのだ。間桐臓硯が如何に化け物のような存在であろうとも、所詮は近代の魔術師だ。実力を比べれば、その差はだれの目にも明らか。
つまり――――


「そうですか。ではいっそ、間桐を滅ぼしませんか?」

元凶たる間桐臓硯を殺してしまえば、万事問題なし、ノープロブレムだ。



[36625] 蟲の王 上
Name: 瞬間ダッシュ◆7c356c1e ID:caffb20b
Date: 2013/05/05 13:56




冬木教会における凶行から数時間が経過し、天に居座っていた太陽もすっかり西の空にお隠れあそばされている時間帯、みなさんこんばんは。土御門恭介です。

え、トッキーはその後どうしたかって?
彼の死体はその場に放置することになりましたよ。
ケイネス・エルメロイの時のように死体を燃やしてもいいのだけれど、これはあくまで直接の下手人はバーサーカー陣営という事にしておきたいので、ガイシャの死体は残すことにしたからです。
対外的には、取引中に間桐雁夜が乱入して遠坂時臣を殺害。
その場に居合わせた僕は説得の末、命だけは助けられたという事にしたい。
中立地帯である教会で殺人って言うのは後で難癖つけられても面白くないので、罪は全て雁夜おじさんにいってくれたらな~という都合がいい思惑からです。
それに、燃やしてしまっては遠坂凛への魔術刻印が消滅してしまう。まあ、あの子ならそんなものなくても何とかなるだろうけどさ、僕もちょっと負い目みたいなものを感じている訳で。凛ちゃん泣くだろうなぁ……でも、悲しいけどこれって戦争だから。
魔術刻印も僕にはどうせ扱えきれないし、根源も目指してないから遠坂家の刻印なんて金に換えるぐらいしか使い道もないしね。
でもそれで将来目をつかられたらたまらないから、スルーすることにしました。



と、勝手な自己弁護を終えたところで、木に立てかけていたスコップを手に持つ。
地面を掘るというのは予想以上に体力を奪う。
土は意外に重く、腕と腰の疲労は少し休んだところですっきり解消という訳にはいかない。
それでも休憩をはさむことで騙し騙しやっているのだ。

今僕は、冬木市深山町にある雑木林であるものを掘り起こす作業に従事しております。
これは数カ月前に埋めておいた仕込みを取りだすためなのですが、いかんせん時間がたち過ぎて目印にしていたものが無くなってしまい、記憶を頼りにそれらしい場所をせっせとひっくり返しております。

「そういえば、犬は好物や気に入った物を土に埋めて隠したは良いものの、場所を忘れてそれっきりなんて事があるらしいわね」
「犬って無茶苦茶嗅覚がいいんですよ? そんなことあるんですかねぇ……」

傍らで作業中のメディアさんが唐突に僕へ話しかけて来る。
別に疑う訳ではないけど、今のは所謂都市伝説ではないだろうか? ウサギはさびしくなると死んじゃうみたいなヤツと同系統の。

「さあ? でも、人間の癖に隠し場所を忘れた間抜けが居るんだから、そんなバカな犬が居ても不思議じゃないでしょう?」
「そ、そうですねぇ、はは……」

前から思っていたのだけれど、こういう風にチクチク攻めてくるのはなぜでしょう?
僕、なんかしたかな? ――――あったな大分最初の方で。まさかここまでエルフ耳萌えを引っ張るとは予想できなかったよ。

気まずさを隠すために勢いをつけてスコップを振りかざし、土に突き立てる。
メディアさんも僕が頼んでおいた魔術道具の作成の傍ら、時折今みたいな雑談を振って来るのだが、そんなことを延々と一時間以上繰り返している。
いい加減、休憩をはさんでも腕がいたくなり始めた頃……

カチン

「あ、あった」

石とは違った感触を感じ、急いで周辺の土を掘り起こす。するとそこには、大人の腕でようやく抱えられるほどの大きな素焼きの壺が出て来た。
蓋は呪符でしっかり密閉されており、問題は無いようだ。
こんなに苦労してまで掘り起こして使えませんでしたじゃあ、やりきれないしな。
よかったよかった。

「なんなんだそれは?」

僕の作業を地味に手伝っていてくれた雁夜さんがそう尋ねて来た。
ちなみに、バーサーカーにはお手伝いさせてない。 だってぶっ壊しそうじゃん。


「見たところ壺みたいだが」
「ああ、これはそうですね、僕が仕込んでおいた秘密武器です」
「そうか」

こびり付いていた土を手で拭い、中身を揺らして確認する。
中からカサカサとした音が聞こえ、術の成功を確信したのでちょっとドヤ顔で雁夜おじさんの問いに答えてみた。
雁夜さんの反応は微妙だったが、まあそこはスルーすることにした。ヤバイ、ちょっと恥ずかしい。


「――うおほん! えーこれは僕が聖杯戦争前に仕込んでいたものです」
「傍から見る限り、唯の壺にしか見えないがな」
「大事なのは中身ですから。外の壺は実家の倉庫から適当に持ってきた味噌用のやつで、年代物ではありますがね」
「……またキョースケは趣味の悪いものを」
「由緒正しい、最高に悪辣なものヤツですよ?」

メディアさんならこういうのを好んで使用すると思ったんだけどなぁ。
まあ、これで「グッジョブ!」とか言って親指立てられたら、それはそれでアレだからいっか。あ、でもそんなノリノリのメディアさんも見てみたいなーなんて。

「趣味が悪い?」

一人だけ意味が分からないと言った顔の雁夜おじさん。
あんた蟲使いなのにそれってどうなんよ? と思うが、これは東洋の術だから知らないか。つっても職業ライターなら知っててもおかしくないんだけどな、有名だし。
ちなみに、この雑木林は冬木市にある有数の霊場ではないが、それでも一般の土地よりは霊的に優れた場所だ。以外にウェイバーくんがライダーを召還した場所と距離的に近いかも知れないな。
そう言えば、彼は原作では魔力の回復のためにこの場所に寝袋持参で泊ったんだよな。
その場所を探し出して、遠くから一撃を加えるという手もあったのかもしれないな。まあでも、この世界のライダーはまだ、王の軍勢を一度しか使っていない。
魔力はまだ余裕があるはずだから、これはご破算だろう。


「こうして僕の切り札も無事確保したことだし! それじゃあ、僕達は間桐邸へ。雁夜さん達はアインツベルン陣営の隠れ家へ行ってください」
「あ、ああ分かった。だが約束してくれ、絶対に桜ちゃんを助け出すと」
「もちろん」

教会で僕が出した間桐臓硯抹殺の誘いを、雁夜おじさんは二つ返事で承諾した。
だが、雁夜おじさんには屋敷の間取りや桜ちゃんの行動スケジュール等を聞くだけで、一緒に殴り込みを掛けることには待ったをかけた。
これは雁夜おじさんの使役する蟲は元を辿れば臓硯由来のものであるのだから、おじさんの意思にかかわらず、蟲の反乱が懸念される故だ。
当然桜ちゃん心配の雁夜おじさんとしては同行したいとせがんできたが、この辺りの事情を説明して遠慮してもらった。
そうでなくても雁夜おじさんの肉体には刻印蟲とかいう訳の分からないものが巣食っているのだ。裏切り者には容赦がない臓硯相手に正面から喧嘩を売って死んでもらっては困る。
だがそれで工房に引き籠っていてもらっても時間的に無駄だから、おじさんにはアイリスフィールさんの誘拐をお願いした。
この辺りは原作の通りになったが、若干今更感はある。
こんなことに令呪を二画も使う程の価値があるのかと言われたが、雁夜おじさんが何処まで聖杯戦争の裏の事情まで知っているのか分からなかったから、適当にセイバーのマスターを人質にするとか答えておいた。

ちなみに、工房は原作でケイネス・エルメロイが第二の陣地を据えた廃工場地下にある、今はもう使われていない下水道に設置した。
本来は聖杯降臨の儀式が出来る冬木市民会館に作りたかったのだが、流石にそんな如何にもな場所を選んでは、衛宮切嗣に察知されそうなので却下となった。
あくまで仮の場所なのでそこまで厳重な警戒はしていないが、結局出番が無かった僕のゾンビ鼠たちは上の廃工場内で徘徊させている。
これでタイムラグなしでいきなり工房に突撃されることは無い。

「しかし、本当にそんな民家に潜んでいるものなのか?」
「大丈夫ですよ。実際に確認しましたから」
「それにしても武家屋敷とは、アインツベルンも意外に普通なんだな」
「別に観光客気分ということではないと思いますけどね」

衛宮邸はすぐに発見できた、というか土蔵付きの武家屋敷という条件で探せば、即ヒットだったので、アイリスフィールさん達が住みつく前からチェックしておいたのだ。
決して「ここが衛宮邸かぁ、なんか感動」と聖地巡礼気分で冬木入りした当初に見物しに行った訳ではないぞ、うん。
後は近所に使い魔を派遣して、偶然発見したという風を装えば、単に僕が敵の潜伏先を運よく発見したというだけで疑われることは無い。原作知識を出すのも、いちいちこういう風にケアしないといけないのは面倒だが、仕方がない。

「それじゃあ雁夜さん、僕達の工房で集合ということで」
「ああ」

やはり戦力が増えるとこういう作戦の同時進行が出来て助かる。
こうして、僕はメディアさんを連れて、雁夜さんはバーサーカーを連れてそれぞれの方向へ歩き出した。








「と、ここまで来たものの……」

現在地、間桐邸なのだが、さてどうやって入るか。
立ち枯れたような木に、手入れがされていない生垣類。
完全にお化け屋敷みたいな間桐邸の外見に若干引いていたが、困ったことにそれとは別件で僕は立ち往生してしまった。

うーん困ったぞ、どうやってファーストコンタクトを取るかは考えていなかった。
一応、メディアさんに接待攻勢を掛けていたころの銘菓類を持って来たけど、まずは家人に会うところから始めない事にはどうにもならない。
チャイムでも鳴らしてみるか? といってもそれらしい物は見当たらないしな……つーかここ電気通ってるのだろうか……確か通ってなかったような気がするな。
もしも通ってたら、電力会社の人が可哀そうだ。メーターを確認する為に、こんな見るからに呪われそうな敷地内に入って行かないといけないんだから。


「悩んでないで、いきなり踏み込めば?」
「そんな押し込み強盗みたいなこと出来ないですよ」
「じゃあ、このままここで待ちぼうけするの?」
「いや、それは嫌だけど……」

一応、今日僕達がここを訪れたのは、同盟相手である間桐の当主への挨拶な訳だから、いきなり突撃という訳にはいかない。さりとて普通に入って結界の警報を鳴らされても面倒だしな……こういうとき電話とかで呼び出す事が出来たらいいんだけど。




「小僧、そこで何をしておる」
「ふぉ!?」

と、考えあぐねていた僕の背後から唐突に声が!
気配なんて無かったぞ!?

「え、あ!? その……」
「おぬし、聖杯戦争に参加しているマスターだな? 今雁夜のヤツは留守にしておる。日を改めるのだな」
「いえいえ、戦いに来た訳では無くてですね……僕と雁夜さんが同盟を組んだので、その挨拶をしに来たという訳でして、はい」
「同盟、とな?」
「はい、そうです」

乱れた心臓の鼓動を整えて、目の前の人物――間桐臓硯にそう返答した。
不気味な妖気を垂れ流す老人は同盟という言葉がいたく気に入ったのか、同盟、同盟かとぶつぶつ呟き、嗤いだした。
しかし、仮にもサーヴァントを目の前にしてこの余裕はなんだ? この臓硯はフェイク?
それにしたって自分の住処に他陣営の人間がうろついていたというのにこの余裕は不気味だな。

「カッカッカ、あのような出来そこないと手を組む者が現れるとは、流石にこの老骨も予想できなんだったわ」
「それでそのう……」
「なんじゃ? 面通しはもう済んだのであろう? ならば早々に立ち去るが良い」
「いえ、一応雁夜さんに、桜という女の子の様子を見て来るように言われたので、このまま帰るという訳には……」
「なに? 桜にだと?」

その瞬間、臓硯の目が変わった。
鋭く、淀んだ水の底からこちらを睨むような目つきだ。
死に損ないの老人に出来る目つきじゃないぞこれは。

「はい、本当、一目見るだけでいいので。なぜか異様にしつこく言われたので、無視するのも忍びないというか」
「――まあ良かろう。ただし、そこのサーヴァントは連れず、お主一人でならばな。妙な気は起こしてくれるな。さすれば可愛い息子の盟友といえども、物言わぬ屍となってもらわなければならぬからな」

「可愛い息子」ねぇ……。事情を知っている人間にとっては笑いを取りに来ているようにしか思えないな。
臓硯の中での重要度は、桜の方が雁夜と比べて月とすっぽんレベルの差であるのに。
だが僕だけならOKとは、もう完全に見下してるな。
最もその方が僕にとっては都合がいい。


「は、はい! それはもう」
「ならばついてこい」

さも僕が小物である様に振る舞い、臓硯の後を歩く。
いきなり声を掛けられて焦ったが、それもプラスに働いているようだ。
恐らく臓硯にとっては、僕は取るに足らない、サーヴァントのおかげで生き残ることが出来た三下に見えるのだろう。
よし! うまくいったぞ。後は頼みますよメディアさん!
メディアさんにパチリとウィンクをかまして、臓硯の後に続いて、間桐の敷地に足を踏み入れた。



[36625] 蟲の王 下
Name: 瞬間ダッシュ◆7c356c1e ID:caffb20b
Date: 2013/05/18 02:39


案内されたとある一室に、桜ちゃんはいた。
ドアを開いた僕達の方を見ようともせず、ただじっと虚空を見つめて動かない様は、まるで出来のいい人形を見ている気分にさせる。
覇気がない、生気もない、ついでに部屋の明かりさえない。
必要最低限の家具しか置いていない部屋の中で椅子に座ったまま、桜ちゃんは機械的に小さな胸が上下させるばかりだ。

「桜、お前に客だ」

間桐臓硯が声を掛けることで、桜ちゃんはようやく僕らの方へ顔を向ける。
しかし、ただ首を向ける以外の変化を、桜ちゃんは見せてはくれなかった。

「……」
「――――こんにちは。君が桜ちゃん?」
「うん。おじさんは、誰?」
「……僕は恭介って言う名前なんだ、よろしくね。今日は雁夜さんから伝言を頼まれてきたんだよ。しばらく帰らないけど心配しないでって」
「雁夜おじさんから?」
「うん」
「……」
「……」

能面のような表情に耐えきれず、話しかけてみる。
『雁夜さん』という言葉に、僅かに眉が動く。だがそれもすぐに儚く消え失せて、それ以上の会話は続かない。
空いてしまった間を持て余し、苦し紛れに頭をぽりぽり掻きつつ、改めて桜という女の子をじっと見つめる。

やはり印象的なのは、その死んだような眼差しだ。
かつて遠坂であった時ならば、桜の花がよく似合う、とてもかわいらしい女の子だったんだと思う。でも、今の彼女は凍りついたようなかたい表情を浮かべるばかりだ。
簡単な受け答えは出来るし、こちらの話す意図は分かる。でもこうして対面していると、まるで遠坂桜であった頃の習慣を繰り返しているだけのからくり人形を見ている気分になる。
でもそれは、家族と引き離された挙句に、何度も何度も蟲に犯されたという事情を鑑みれば当たり前かもしれない。この子の心は歪むことで崩壊を免れているだけなんだ。
コップに並々と注がれた水が、表面張力によってこぼれていくのをギリギリ踏みとどまっているような危うさは、本来の主人公である衛宮士朗によって救われるまで続くハズだったのだろう。僕はそれが、ひどく不憫でならなかった。

アニメを見ていたときの、「第一話からレイプ目美幼女とかメチャ俺得」とか興奮していたかつての自分が無性に情けなくなる。
若くて瑞々しい肢体を、汚らわしい蟲に嬲られる背徳的なシチュに萌えていた自分は一体なんだったんだろうか……まさに屑人間の所業と言わざるを得ない。

「さて、雁夜への義理立ても済んだことだ。どうじゃ? 茶の一杯程度なら出そう」
「――――え?……あ、はい、頂きます。僕も手土産を持ってきましたし……」

勝手な自己嫌悪に陥っていた僕に、臓硯がそう提案してきた。
言外に面会の時間は終わりだと告げられたような気分だったが、素直に部屋を出る。
最後に軽く手を振って別れの挨拶を桜ちゃんにして見るが、反応はなかった。

「おい、茶を淹れてこい」
「……」

僕達の後ろを嫌そうな顔でついてくる慎二の父親(名前忘れた)へと、臓硯がお茶を入れるように指示を出す。丁度いい機会だったので、僕も持ってきているお土産を手渡した。
本当はこんな連中にはティッシュ一つ渡したくないが、警戒心を緩めるために勤めて友好的な笑顔で渡す。だとというのに、ワカメ父はそれを汚いものを触るような手つきで受け取り、挨拶もなく立ち去ってしまった。その態度に温厚な僕でも舌打ちしたい気分に駆られていると、隣の臓硯が不敵な笑みを浮かべながら口を開く。

「ああ、あれは雁夜の兄だ。弟同様、愚鈍な出来そこないだが、給仕の真似事くらいは出来よう」
「はあ……」

一応自分の血縁だというのに容赦のない言葉で切って捨てる蟲爺。
薄暗い室内も相まって、ここの家庭環境は既に最悪を突破していることを認識するには十分な言葉だった。
沈殿した汚泥に住まう蟲達が、互いに互いを嫌悪し合う環境に幼い少女がいるなど常識的に考えて許容できない。
電気照明が無い廊下を再び歩きながら、僕は決意を新たにする。
もはや間桐の家は、存続させてはいけないのだと。








無言で歩くことしばし、僕はソファがある応接室のような場所に連れてこられ、腰を降ろすように促された。
恐らく、原作で士朗と慎二が話し合っていた部屋だと思う。
さっと横目で観察するが魔術的な気配は見られず、アンティークらしき家具をそろえた立派な部屋でしかなかった。
だがしかし、だ。いくら高級なものをそろえた所で、蝋燭の炎がちらちら揺れ度に臓硯の皺顔が一層不気味に見えるように演出する程度の効果しかない。



「さて……雁夜からは何処まで我ら間桐について聞いておる?」
「特に何も。始まりの御三家で、蟲を良く使うというくらいしか聞いてません。まだ同盟を結んで間がないですから余り詳しいことは聞けなくて……」
「ふむ――――ならば最初に言っておこう。今更だが、儂はおぬしには感謝しておるのだ。出来そこないとはいえ息子の雁夜が死ぬと言うのは忍びない。本来はマスターになどなれぬ実力だというのに、間桐であるという理由だけで聖杯に見染められてしまったあやつを、どうか守ってやってくれぬだろうか?」
「――僕と雁夜さんは同盟を結んだんですから、それは当然です。僕もこの戦いには実家の意向で無理やり参加させられているようなものです。ですから、お互い生き残ることを最優先にしています」

臓硯からの先制パンチに、僕は怒りを堪えるのに必死だった。
感謝? 忍びない? 聖杯に見染められた? こんな大嘘吐き見たことない!!
本音はまるっきり逆のクセによくもまあそんなデタラメを素面で言えるものだ。
憂いの表情をこれ見よがしに見せる臓硯に、無性に腹が立つ。
といっても、それに対して嘘八百で返す僕もよっぽどか。


「うむ。おぬしのような若者が雁夜の味方になってくれたのはありがたい。聖杯は確かに欲しいが、息子の命には代えられん。いやはや、肉親の情とは厄介なものだ」
「それが親心というものです。貴方のような素晴らしい父親を持てた雁夜さんはうらやましい。僕なんて、問答無用でしたから。令呪が現れた日にお金を渡されて発破かけられましたからね」


その後も、いっそ全部ぶち壊してやりたくなるような会話が続いた。
肉親を気遣う振りをした間桐臓硯と、それに感動している演技をする僕という構図は、自分のことながら白々しい。
途中、ワカメの父が湯のみとお茶受けを持ってきたが、案の定挨拶もなしに去って行った。
対して僕も、イライラが募っていた影響で愛想笑いすら浮かべることは出来なかった。
そこでふと、なぜこうも僕は機嫌が悪くなるのだろかという疑問が浮かぶ。
かつて遠坂時臣に虚言を弄していた時には何ともなかった。ただ作戦を淡々と実行していた気分だけだったのに、なぜ今回はこうも心が乱されるのだろう?
作戦の為とはいえ、今まで間桐攻略に着手出来なかったことが悔やまれる。


「ところで、あの桜という娘は雁夜さんにとっての何なんでしょうか? えらい剣幕で頼まれましたよ、伝言を頼むって。あの子もちょっと元気なさそうでしたけど……」

余りにも耐えがたい状況に限界を迎えそうになった僕は、逆に突っ込んだ話を振ることで気を紛らわせることにした。ちなみに、伝言云々は完全な創作だ。
言ってから失敗したかなと少し後悔したが、臓硯は気にした風もなく、僕の問いに答えた。

「うむ。あの子は一番懐いておった雁夜が危険な目にあっていると知って、心労が重なっておるようでの。とはいえ、魔術の訓練はしっかりやっておるようだから余り強くいえなんだ……」
「あの年でもう本格的な訓練を? 流石は名門の間桐ですね」

一体いつまでこんな陳腐な会話を続けなければいけないのだろう。
そう思った丁度その時、令呪経由で届いた合図が僕の皮膚に熱を伝える。
メディアさんから準備完了の知らせが来たのだ。

「――あ、そうそう。間桐とは同盟を組んだことですし、この邸宅に本拠地を構えさせてもらっても良いでしょうか?」
「む? まあ構わぬが……して、おぬしのサーヴァントはキャスターで相違ないか?」

ここで初めて、臓硯の表情に今までとは違う色が浮かびあがった。
それは警戒か、はたまた罠にかかった獲物をどう料理してやろうかとほくそ笑んでいるのか……だが、僕をこの邸宅に入れ、必要な時間を稼ぎきった時点でこちらの勝利は確定していた。

「ええ、僕のサーヴァントはキャスターです。転移魔術すら扱う、魔術師の英霊にふさわしい人です」
「……転移だと?」
「ええ。とは言っても、ここの結界を越えることは出来ないようですが……あ、そういえば令呪を考案したのは間桐らしいですね。改めてお礼を申し上げます」


そして僕は、ついに致命的な言葉を臓硯に叩きつけることにした。
これ以上この悪辣な面を見る必要が無いと実感した瞬間、胸に爽快な風が吹いた気分がした。だが逆に、偽りであったとはいえ和やかだった雰囲気は一変する。
今この場は、剣呑で殺伐とした空気が支配する魔境と化した。

「……」
「金も令呪も、使うべき時に使える者が成功を収める。違いますか?」

僕の考えを察した臓硯は、ひきつったような表情を浮かべ、憎しみを込めた目線で僕を刺してくる。
今の臓硯は息子を慮る父親などではなく、その顔は人の生血をすする妖怪のそれだった。
それに対して、僕も精一杯の侮蔑の視線を注ぐ。

「――――ッ待て。待て待て待て! まさか本当にそのような下らない事に令呪を消費しようと言うのか!? たった3画しか与えられぬ貴重な――」
「令呪を持って命ずる。結界を突破して傍らまで転移せよ」
「――――おのれ小僧ッ!!」

言いきる前に使用された令呪に、臓硯は蟲を嗾けて対抗しようとする。だが、もう遅い!
既に転移を終えたメディアさんの魔術が発動し、飛びかかって来る蟲諸共、眩い光線が臓硯に殺到する。アンティーク調の家具を巻き込んだ閃光は、蟲で出来た肉体を容赦なく吹き飛ばす事となった。そして僕自身も、懐に隠し持っていた黒い物体を取り出し、四散して逃げ出す蟲達に追い打ちを掛けるべく、その物体のトリガーを引く。

「間桐臓硯、自宅に出てくる害虫を一掃する方法を知ってますか? それはね、燻すんですよ。こんな風にね!」

勢いよく煙を吹き出す黒い物体は、害虫を有害な煙でせん滅する為に開発された毒ガス兵器。冷蔵庫の隙間だろうが何処だろうが、煙は何処までも進んでいき、標的を毒殺する。
全国の薬局で普通に売っている平凡なものであったが、メディアさんに魔術的な加工をしてもらったそれは瞬く間に客間を煙で一杯にした。
その色は混沌の黒。対蟲用に極めて有効な毒ガスは、蟲の魂すらドロドロに溶かしこむおぞましき魔術礼装に進化していた。
その効力は一級品で、どれだけ強力な個体であろうとも事前に対策を取っておかなければ数分と持たない狂気の一品だ。
遠坂氏殺害から今までの短い間に作ってもらったが、問題なく作動してくれて助かった。
あちこちで蟲の断末魔が聞こえてくることから察するに効力も十分。先のメディアさんの一撃で臓硯の本体である蟲が浄化されていれば話は早いのだが、あの執念深さから察するにどこかに潜んでいるはずだ。まさかこの程度で死ぬような軟な爺じゃないだろう。


「既にこの屋敷を囲っている結界は僕達の許可なく退去することはできない。諦めて投降してください」

ここで、伏せていたカードをもう一枚。
実はメディアさんが間桐邸へ入ることを拒否されるのは想定していた。そこでメディアさんには敷地を囲う結界を、『バレない様に』かつ『退出不能』にするように、一部機能の支配権を奪ってもらった。ただ、あくまで最終的な権利者は間桐臓硯のままにしてある。
いくらなんでも完全に乗っ取ってしまっては僕達の謀が露見してしまうと思ったからだ。
もちろん、いくら神代の魔術師とはいえ、敵地の防護結界を完全に手中に収めるだけの時間的な余裕もなかったが。

「この結界からの退去は僕のサーヴァントの権限です。手足である蟲を潰された身で悠長に支配権を奪い返している時間などありませんよ」

だが、本来ではあり得ない仕事を、僕が臓硯と下らない茶のみ話しを繰り広げている間にメディアさんは見事やってくれた。
これは原作の衛宮切嗣が行った、遠坂時臣が築いた結界を数時間で突破した偉業を上回る結果だと思う。
それに第一、臓硯が敷地内から逃げ出してしまわない程度の効果があれば十分なのだ。
いまだ間桐の結界が一応生きている以上、転移が妨害されると踏んで令呪を使用したが、まだ丸々『三画』残っているのだから問題ない。

窓の外を見えれば、外は追加で突入してきた竜牙兵がうろついている。
手に黒い円柱状の発煙装置を持って、庭を含めて邸宅中を燻しているのだ。
今、状況は確実に僕達の流れに乗っている。
あとは詰将棋のように、冷静かつ慎重に事を進めるのみ。

「それじゃあ、後は頼んだわよ」
「ええ、ここからは僕に任せてください。桜ちゃんは部屋にいるでしょうからよろしく頼みますよ」

予定通り、メディアさんには霊体化して貰い、桜ちゃんの元へ行って貰った。
この毒ガスは桜ちゃんの部屋へと到達するまで時間差があることは、事前に得ていた屋敷の地図の位置関係から把握していた。
ゆえに、霊体化することでこの場の誰よりも移動速度が速いメディアさんには速やかに桜ちゃんの私室へ直行してもらった。



「桜ちゃんはこれで大丈夫として、後は……」

現在の状況は、臓硯が本体だけになって逃走中。結界は通行禁止で外に逃げられない、かといって待っていればいずれ煙が回ってくる。
この環境下では新たな身体を得ることも不可能。

こんなときどうするか……そんなことは誰だって分かる。
毒から逃げる為に、人間に寄生するのみだ。
今この屋敷にいる人間は3人。僕と桜ちゃんと、あのワカメ父のみ。
もしかしたら家政婦が居るかもしれないが、お茶をワカメ父に淹れさせた事から考えて今はいないと見做していいだろう。
このうち、最有力候補は桜ちゃんだ。
原作のように心臓へ寄生することは、現段階では寄り代の蟲の大きさ的に不可能でも、口から入って命を握っているという脅しを掛けるには十分だ。
これをするだけで、確実に雁夜おじさんは僕達を裏切り、状況は五分以下となってしまう。それを防ぐためにメディアさんに桜ちゃんの守りを任せたけれど、そうすると必然的に狙いは僕へと移る。
大穴でワカメ父という可能性もあるが、その場合は諸共焼き尽くすだけだから問題ない。

そっと、愛用の鉈を握る。
何の魔術的処置も施されていないゆえに見逃されたそれを抜き、腰に構える。
別段剣道に精通している訳でもなんでもないが、この構えこそが最適――だと思う。
何にせよ、ここでしくじれば僕の命は無い。幾度となく味わってきた綱渡りの感覚が、チリチリと首筋を刺激する。
だが、心はそれでも落ち着き始め、ゆっくり静かに息を吸い、吐き出す頃には、そんな緊張すら心地よく感じるようになっていた。
さて、これで心身ともに準備は完了した。後はいよいよ最後の一手。

僕はワザとらしく大声を出して臓硯に警告する素振りで、真一文字に結ばれていた口を大きく開けた。
その時、視界の隅から――煙でさえ入れないソファの隙間あたりから――黒いナニカが猛スピードで接近し、跳ねた。
それに合わせて渾身の力でもって振り抜かれた刃は、遠心力を伴って黒い影に迫る。そして――――

「ッ!」

間桐臓硯の本体を宿した蟲の影を切るだけだった。
それどころか金属の重さに上体が泳ぎ、情けなくもふらふらとバランスを崩してしまう。
そして僕が捕え損ねたそれが卑猥な形をした蟲であると理解した時には、口にするのも憚れるモノが喉を通過した後であった。

『カッカッカ! 詰めが甘かったな小僧! さあ、死にたくなければキャスターを――ぬう!?』

だが、これも想定済み。
というか、あの状況で僕が居合切りよろしく臓硯を切れる訳ないだろう。
試しにバッティングセンターに行って同じような事をバットで挑戦してみれば分かるだろうが、一発で成功なんて無理に決まっている。
だが孫子曰く、『己を知る』を実践した僕は、しっかり本命を用意していた。

唯の蟲の状態ではこの毒ガスには耐えられない。しかし桜ちゃんのそばにはサーヴァントが控えている。この状態で寄生するなら僕以外にない。
ならば、その僕そのものを罠にして待ち構えていれば良いだけだ。

「最初の一撃で死んでいれば苦しまなかったものを。残念でした!」

もし仮に最初のメディアさんの一撃で浄化されていれば、あるいは煙で溶解していれば、使役するべき蟲に喰われることは無かったであろうに。
その執念深さが最後の最後で間桐臓硯を陥れたのだ。

『ウ――ウウウウウウウウウウアアアアアアアアア……!!』

僕の身体を乗っ取り、事態の打開を目論んだ臓硯が苦しみに悶えるように暴れ出した。
現在、僕の身体の中には蟲毒によって生み出された蟲が住み着いている。
蟲毒――それは古代中国より伝わる呪法だ。
小さな壺の中に毒虫を大量に入れ、それを密閉して土の中に埋める。すると飢えた蟲達は互いに共食いを始め、最後に生き残ったそれは蟲の王としての特性を持った強力な怪異となっているというものだ。
冬木の霊脈から魔力を存分に与えられた上で、互いに互いを貪り喰う戦いを制した蟲の王が、縄張りを侵した臓硯に襲いかかったのだ。

この毒蟲を誰かに金品を添えて送りつけることで、相手を呪うという方法がある。
が、今回は蟲のバトルロワイヤルを制覇したという特性を使うために、あえて自身の体内に潜ませておいた。
蟲である以上、その王には逆らえない。それは臓硯も例外ではないようで、最後は人間とは思えない、蟲のような断末魔だけが僕の腹から響いてきた。
それからたっぷり一分待ってみたが、僕の腹は喰い破られることはなかった。









「――――ペッ! あー気持ち悪かった……」

口の中から吐き出された毒蜘蛛が、ヌメヌメとした輝きをもって床を這う。
僕はそれを流れるような動作踏みつけて、息の根を止めた。無いとは思うがこれの中に臓硯が寄り代を変えて忍び込んでいないとも限らない以上、徹底的に危険な芽は摘む。
そうして後始末が付き、ようやく一安心と胸を撫で下ろしていると、桜ちゃんを抱いたメディアさんがドアから入ってきた。

「終わったようね」
「ええ。何百年と生きた魔術師も、最後は呆気なかったですね。桜ちゃんは?」
「眠っているわ。後で説明してあげて」

桜ちゃんは寝息を立てて、メディアさんの腕の中で安らかに眠っている。
ガスを吸い込んだ形跡もなく、一安心だ。
まあ、あくまで主な効果があるのは蟲だけで、人間にはそこまでの害はないんだけどね。

「それじゃあ、とっとと帰りますか」

万事問題なく事が進み、僕は帰還を提案した。
え、ワカメ父はどうするのかって? 放っておいていいんじゃないの、別に。















その後、蟲蔵の中に炎の魔術を叩きこんでいくメディアさんを、桜ちゃんを抱きながら待ってから僕達はそっと間桐邸から抜け出し、路地裏へと飛び込む。
近隣の住民も、もうもうと上がる煙を吐き出すお化け屋敷に騒いでいて僕達には気づかない。ところであの煙なんだけど、実はあれは蟲蔵の炎が住居部分にまで燃え移ってしまったものなんだよね……。要するに火事なんだ。
ま、神秘の秘匿も守られたしいいか。



「最後はちょっとアレでしたけど、これでバーサーカーは完全に僕達のコントロール下に置くことができました。いよいよ聖杯戦争も大詰めですね」
「そうね。まさかここまでキョースケが生き残るとは正直予想外だったわ。なかなかやるのね」
「やるときはやる男ですからね、僕は」
「ええ、ちょっとだけ見直したわよ」


桜ちゃんを背負いながら、少し得意げにそう返した僕に、メディアさんは珍しくそう褒めてくれた。それが嬉しくて、僕はいつも以上に饒舌にしゃべり、メディアさんもそれに答えてくる。そんな些細な何気ないやりとりに充足感を覚えていると、何故か僕は立ち止まって夜空を見上げていた。

そこには地上の街明かりのおかげで弱々しく輝く星がちらほらと。
星に願いを、なんて柄ではない。
だが、どうかこのまま僕達を勝利に導いて欲しい。僕の願いを遂げさせてほしい。
そんな思いを込めて夜天を仰ぐ。
――――思えば、この時の僕は余りにも油断していた。未だ町に潜み続ける脅威に対して、余りにも無防備でありすぎたのだ。

「――――あれ?」

いつの間にか膝をついていた。
背中の桜ちゃんを支えていた両手にも力が入らない。

「――……!――!!」

慌てたように僕へ駆け寄るメディアさんの姿が、なんだかとても新鮮に思え、そこでようやく気づく。
僕の胸に刺さった、アサシンの鋭い刃に。



[36625] 幕間 ~~時は少し遡って、日暮れ時~~
Name: 瞬間ダッシュ◆7c356c1e ID:caffb20b
Date: 2013/05/27 23:47
日暮れ時の冬木教会、言峰璃正神父の心は揺れていた。
彼は日ごろ説法を行うべき立場でありながら、現在は説法を聞くべき者達の席に一人座り、祈りを呟く。
その悩み苦しむ後ろ姿は、彼らの言うところの迷える子羊に重なるものであった。

(父としてか、教会の人間としてか……)

きっかけは、昨晩の未遠川における騒動の火消しが終わり、ようやく一息つけると冬木教会に戻ってきた時の事。
入口の扉を開いた当初、璃正神父はソレが何なのか分からなかった。
だが、鼻を突くような強烈な血臭にすぐさま不穏な気配を感じとった彼は、すぐにソレの正体が、無残な姿となった遠坂時臣氏の亡骸であることを看破した。
ありえない――それは老神父が抱いた率直な思いであった。
監督役である自分と結託し、アサシンを従えた自慢の息子も協力している、更に最強のサーヴァントを使役して戦いに臨んでいる時臣氏の敗北は、老神父にとっては理解の範疇を越えた出来事でしかなかった。

確かに、当初ほど楽観視出来る状況ではないということは、聖杯戦争序盤で既に察してはいた。虚偽の脱落劇には邪魔が入り、アサシン達の諜報活動に探知されぬマスターの存在、極めつけは昨夜の第八のサーヴァントの召喚騒ぎだ。
このような事態が多発している状況下では、楽には勝てないだろう事は覚悟してはいた。
だがしかし、まさか遠坂時臣が死亡するなどという事態までは想定していなかったのだ。

当たり前のことながら、言峰璃正は大いに涙することになった。
共に闘うことを誓った盟友の死に、彼は一人の人間として悲しみ、その早過ぎる死を悼んだ。
だが、事は神父に死者への祈りをたむけている暇を与えてくれるほど優しくない。
今更だが、この老神父は水面下で遠坂時臣に助力していた。
監督役という公平な立場に居ながらのその暴挙は、ひとえに聖杯を正しき所有者に渡らせようと言う思惑からのものだった。

聖杯――死者の擬似的な復活すら実現したその杯は、その正偽を問わず既に途方もない品であることは誰の目にも明らかである。
それが例えば、自らの欲望を満たすことしか頭にない者に渡ってしまったのならば、その後に一体どんな災厄があるか分かった物ではない。
だからこそ、神父は遠坂時臣に勝利して欲しかった。
その使い道を、根源への到達に使うと表明していた時臣ならば、決して世を騒がせるような事はしない。
ゆえに時臣の死亡は、聖杯戦争へおける戦略の大前提が崩れた事を意味する。
このまま聖杯戦争が進み、勝利した優勝者が果たして時臣同様に、良識ある人間であるという保証が何処にあろうか?


遠坂と志を同じくしていたかつての盟友達は、こぞってかつての初心を忘れている。
どこの馬の者とも知れぬ外来の魔術師など論外。
だがだからといって、このままただ勝者がまともな人間性を携えている事を祈るだけというのは余りにも無責任だ。
目の前の切迫した状況に悲観する璃正神父はしかし、すぐに不幸中の幸があることに気づく。それは、聖人と言っても良いほどに善良なマスターが未だ健在しているという一点。
ところがこれが、神父を大いに悩ませる結果となってしまった。


息子である綺礼を、今度は勝利を目指すマスターとして参加させるか、否か。


前者の場合、綺礼はこれまで以上の危機に直面するだろう。
アサシンを切り捨ててアーチャーと契約したとしても、万が一という事は時臣の例を見ても十分に考えられる。
それにもしも表舞台に再び上がることで、何かの拍子にアサシンが存命であった事が露見してしまえばどうなるか。
璃正は監督役の職務上、綺礼を虚偽申告の罪で罰しなくてはならない。
最悪、破門という形での決着もありえる。
それは、息子の将来を叩きつぶす事に他ならない。

後者の場合、一縷の望みを掛けて、新たに肩入れするマスターを選ぶことになる。
候補はアインツベルンか間桐となるが、マスターの人柄を見極めることが出来るかどうか疑問がある。
魔術師殺しを雇ってまで勝利を渇望するアインツベルンに、死にかけのマスターを戦場に向かわせる間桐。
果たして、信用に値するのか?
そもそも、魔術師でありながら教会とも縁がある遠坂家が例外なのであった、むこうがこちらの申し出を信じて承諾するかどうかはかなり怪しい。

(交渉の過程で、かつて遠坂に加担していたことを話す必要も出てくるやもしれん。それは余りのもリスクが高い)

むろん、どちらも相応の危険は伴うが、聖杯を得ることを優先するならば、綺礼を参戦させるべきだ。
アーチャーと再契約すれば、優勝は十分狙える。
だがしかし、父としての情の部分が、その考えに待ったを掛けていた。
自慢の一人息子を、いよいよ死地に送り込むことを良しとするのか、と。
本音を言うならば後者を選び、息子だけでも早々に逃がしてやりたい。
既にこの冬木には安全地帯など存在しないし、自分の身すら危うい。

「主よ。どうか私をお導き下さい……」

決断を下せない自分の不甲斐なさを呪いながら、救いを求め続ける。
だが、彼の祈りに答えたのは背後の、屋外へと続くドアが重々しく開く音であった。









苦悩する父とは対照的に、その息子は実に落ちついていた。
言峰綺礼にとって遠坂時臣は魔術の師に当たる。教えられたものがなんであれ、時臣は彼の恩師に当たるのだから、本来ならば黙祷の一つでも捧げるべきなのだろう。
だが綺礼は教会内部にある私室で椅子に座りながら、自身の所有する葡萄酒を無造作に消費するアーチャーに呆れているだけだった。

「まったく、最後までつまらぬ男であったな」
「それをお前が言うか。仮にも師のサーヴァントでありながら」

英雄王ギルガメッシュは、死んだ己のマスターをそう総括した。
グラスの中に深紅の液体を注ぎ、光に透かし見ているその姿からは、マスターの死を悼む気配は全く感じられない。
その余りにもあんまりな言葉と態度に、流石の綺礼も嗜めようとしたが、アーチャーはどこ吹く風でグラスを傾け続けるのみ。
世間一般の勤め人では決して手の届かない酒を、まるで水を飲むかのように喉に流し込むその姿からは、およそ殊勝な心がけなど期待すべきではない。
だがそれでも、諫言をして誅殺されない程度の信頼性が彼らにはあった。
そうでなくては今頃、教会にもう一つ死体が増産されていたことだろう。

「それで、どこまで見ていたのだ?」
「……どこまで、とは?」
「お前の事だ、どうせアサシンを教会に差し向けていたのだろう? お前が言う師の命令に背いてな」
「……」

黄金のサーヴァントの紅い瞳に見つめられた綺礼は、思わず言葉に詰まる。
そう、かれは土御門恭介と遠坂時臣との会談の場を、独断でアサシンに監視させていた。




言峰綺礼が遠坂時臣から、昨夜のゴースト討伐の代償にキャスターのマスターから令呪を一画、譲り受けると言う内容の契約を結んだという話を聞かされたのは、かなり早い段階であった。
当然、その内容にまで事細かく教えられていた。
それは言外に、受け渡しの場にアサシンを差し向け、時臣に察知されずにキャスターのマスターを殺せと言う指示だと思った言峰だったが、時臣はそれを否定した。
それは余りにも不義であるとして、逆に言峰に手出し無用、アサシンを一人たりとも教会に近づけるなと厳命さえしてきたのだ。
当然、綺礼は危険であると警告した。せめて護衛としてアサシンの一体は向かわせるべきだと。
だが、時臣は承諾しなかった。
自分の身を切り、セルフギアススクロールなどという強力な契約を持って自分に魔術師としての正しい有り様を示して好青年に、疑惑の目を向けるなどあってはならないと言いきったのだ。


それは遠坂時臣流の、けじめであった。
本来、遠坂時臣は可及的速やかにゴーストを討伐しなくてはならなかったにもかかわらず、令呪の使用を渋り、あまつさえ自分よりもはるかに若い魔術師に、私財をなげうたせるような真似をさせてしまったのだ。
当然、それは彼の信奉する所の有り様でない。
ゆえに一切の小細工もなし、身一つで令呪の受け渡しに臨んだ遠坂時臣は――――命を落とした。


遠坂時臣は土御門恭介を信用していたがしかし、言峰綺礼は違った。
不穏な気配をその鋭敏な嗅覚で感じ取った綺礼は、師の命令に背き、冬木教会へと視覚を共有したアサシンを一体だけ向かわせた。
生憎とキャスターが周囲を警戒していたので、教会建物を遠目に観察する程度のことしかが出来なかった。だが、それでも一部始終を見ることが出来た。

キャスターが歪な短剣をセルフギアススクロールに突き立てる様子と、ソレに呼応するかのように突入していくバーサーカー。そして全てが終わった後、連れだって歩くキャスターのマスターと間桐雁夜の姿を。

それは紛れもなく、遠坂時臣が謀られたという事の、決定的な証拠であった。
恐らくはキャスターの持っていた短剣は契約を解除する宝具で、結託したバーサーカーを嗾けた――――そう言峰は結論づけた。
だがその事実を綺礼は、誰にも話そうとは思わなかった。
アサシンにも他言しないよう言い含め、実の父にも秘密とした。
何故なのかは分からなかった。
魔術師としての正しい姿と評価していた者にまんまと欺かれ、無様な死に様を晒したかつての師の末路をなぜ、自身の胸の内にだけ収めたのか。
未だ自分の正体に気づくことのない言峰綺礼の疑問は、その答えを得ることなく胸中で燻ぶっている。



「確かに、私は師の命に背いた。だが、私はアサシンの目を通して、遠目で教会建物とその周辺を見ていただけだ」
「――フン、まあいい。ならば綺礼、お前は時臣を殺した者を知っているか?」
「直接的という意味ならばバーサーカーだ」
「ならば間接的には?」
「キャスターのマスターだ」


ほう、と。これまで話を聞きながらもグラスに口を付けることをやめなかったアーチャーが、ここで初めてグラスを空中で停止させる。
その瞳からは、ささやかな興味の光が浮かんでいた。
――良くない兆候だ。
初めてギルガメッシュと二人きりで会話し、興味を持たれた時に見たものと同種のものを感じ取った言峰は、心の中でそう断言した。
思えば、ギルガメッシュに気に入られたばかりに、色々面倒な事になっていったのだ。

「キャスターのマスター……確かあの宴で我に酌をした雑種であったな。なるほど、やつがこの茶番の筋書きを書いたということか」
「そのようだな。間桐雁夜は、ただ師を殺すという誘いに乗っただけだろう」

恐らくは昨夜。屋上から焼かれながら落ちて行った間桐雁夜にキャスターのマスターが接触し、この計画を持ちかけたのだろう。
キャスターならば、あの重症ともいえる火傷を一晩で回復させたとしても不思議ではない。


「……興味が沸いた。綺礼、キャスターのマスターについてお前が知っている事を全て話せ。お前には、確か課題の残りがあったな」

課題――それはギルガメッシュから言峰綺礼に向けて当たられた宿題だった。
全てのマスターの、聖杯戦争に参加した動機を調べろと言う、ささやかな余興だった。
綺礼はそれをアサシン達に命じ、収集した。
生憎とキャスターのマスターの正体が判明するのが遅かったために保留となっていたが、それでも間諜の英霊が集めた有力な情報から、その動機に見当はついていた。


「キャスターのマスターである土御門恭介は、この国に古くから存在する術者の末裔だ。だが、現在は魔術回路も代を重ねるごとに減り、没落の一途をたどっている。あれは父親から、家の再興を命じられて戦いに臨んだだけの男だ。ギルガメッシュ、お前が気に入るような動機ではない」
「家の再興……か。綺礼、お前はもう少し人を見る目を養った方がいいな」
「……どういうことだ」


随分な言い草である。だが、ギルガメッシュの尊大な態度に慣れてきていた綺礼はそれを受け流し、言葉の真意を問う。そしてその結果帰って来たのは、綺礼の予想を真っ向から否定する言葉であった。

「あの雑種の目は、そんなものを目指すような者の目ではない、ということだ」
「ならば土御門恭介は何を願い、この戦いに臨んだというのだ」
「知らん。我が雑種一人の事情にそこまで思いを馳せると思ったか? だが――」
ギルガメッシュはそこで一旦ワインを一口ほど飲み、綺礼を見ながら自らの考えを楽しそうに開帳する。

「あれは特上の愚者の目だ。身に余る大望を抱き、それを困難ながらも必ず達成できると思いこむ愚か者の目だ。綺礼、人は成長するに従って自らの分を弁え、身の丈に合った考えを持つ。だが稀に、それが出来ぬ人間が現れる」
「それは単に、思考が幼稚であるというだけではないか?」
「いや違う。そのような程度の低い自惚れとは訳が違うぞ。空の高さを知り、決して翼を持ち得ぬというにもかかわらず天を目指す事を夢想する者が、あのような目を持つ。運命や天、あるいは世界に反逆する意思を秘めた、愚かしくも愛おしい大馬鹿者――我が愛でるにふさわしい業の深さだ」

英雄王ギルガメッシュは、そんな言葉を肴にして、更にグラスを傾ける。
対する言峰綺礼は相変わらずのアーチャーの様子に辟易していたが、とりあえずひと癖もふた癖もある敵だという事で、土御門恭介の評価を締めくくった。

「お前の言い分は理解できぬが、排除するべき敵であることに変わりは無い。隙があれば今夜にでも仕留めるよう、アサシン達に通達しておこう」
「理解できぬか……だか綺礼よ、そうそううまくいくかな? ああいった手合いは存分にしぶといぞ。稀にいるのだ、世界に魅入られたような輩がな――ああ、そうそう。我との再契約を望むなら、早めにしておいた方がいいぞ」
「藪から棒に何を言う。お前のその突拍子もない話の転換に付き合わされる身にもなれ」
「お前の父親は、いまお前をこの聖杯戦争から降ろすかどうかで迷っている。決断が遅ければ、お前は永久に自らの心の内を知る事が出来ぬだろうな」
「……」


答えは得られない――そう断言された綺礼は何か言い返そうと口を開いた所で、思わぬ来訪者に待ったを掛けられた。

「綺礼様。セイバー陣営の根城を発見いたしました」

髑髏の仮面を付けた女性――分裂したアサシンの1人が、綺礼の背後に跪きながら出現したのだ。
そのアサシンが報告した内容に反応を示した綺礼は、言いかけていた言葉を飲み込む。そして、ゆっくりと立ち上がった。

「この我が差し出した手を拒むと言うのか? 綺礼よ」
「お前の思惑は知らぬが、この身は未だアサシンのマスターだ。ならば、私は私のやり方で答えを見つける」

恐らく、機会は唯の一度、今をおいて他にはない。
アーチャーの言うとおり、現在父璃正は、息子を降ろす事を視野に入れている。
もしもそのような判断を下されたならば、息子である綺礼はそれに逆らえない。
恐らくは即、国外退去を命じられることだろう。
だが今なら、アサシンというサーヴァントを従え、マスターである今ならばまだ、衛宮切嗣に問う事が出来る。
そして、その為の情報も手に入れた。もはや綺礼には、アーチャーとの雑談に興じている暇などなかった。

「アーチャー、話の続きは後にしてもらう」

そう言った綺礼はアサシンを引き連れて、部屋を出て行った。
後に残されたアーチャーは、そんな綺礼の様子を目線だけで見送りつつ、新しいワインのコルクを抜くと、ゆっくりグラスに注ぐ。
その血のような赤を愛でながら、アーチャーはやれやれといった風にため息を吐き、そしてそっとグラスを掲げた。

「綺礼よ。例え求道の道半ばで倒れようとも、それもまた一興。この我が貴様の有り方を認めよう」

その行為の真に意味するところを知るのは、今この時、原初の王唯一人であった。



[36625] 幕間 
Name: 瞬間ダッシュ◆7c356c1e ID:caffb20b
Date: 2013/06/11 06:10
魔術協会総本部――通称『時計塔』では、血統と積み重ねた歴史が幅を利かせる世界である。名家や貴族が肩で風を切って歩く様は、数世紀前で時が止まっているかのようであった。そんな前時代的価値観が蔓延っている環境下で、歴史の浅い家の出がどういった扱いを受けるかは、推して知るべしであろう。
参加マスターの1人であるウェイバー・ベルベットは、そんな肩身の狭い思いを余儀なくされていた、新興の家の出であった。ウェイバーはそんな旧態依然とした魔術協会に風穴を開け、自身のような歴史の浅い家の者でも、能力さえあれば正当に評価されるべきであると主張していた。そしてついに、彼は『新世紀に問う魔導の道』という論文を数年かけて書き上げた。だがしかし、自身の持論を高々と主張した会心の作は……講師であったケイネス・エルメロイ・アーチボルトに鼻で笑われ、公衆の面前で妄言であると切って捨てられた。自身を不遇の天才であると自称していたウェイバーは、時代遅れの権威主義者によって若い才能が日の目を見ないと言う現状に憤慨し、己の才覚を否が応でも周囲に認めさせることを決意する。それが彼を、聖杯戦争という名の殺し合いに誘うこととなる。
ウェイバーはひょんなことから手に入れたサーヴァント召喚の為の触媒を手に、時計塔を飛び出して極東の地へと渡った。そこで参加資格である令呪も手に入れ、肝心のサーヴァントも無事呼び出す事に成功する。
ここから彼のサクセスストーリーが始まる――――ハズであった。


マスターを連日振り回すサーヴァント、予期せぬ事態の連発に、ウェイバーの自尊心は猛烈な勢いで削られていく。
本当ならば、もっと華麗に、颯爽と戦うハズであった自己の理想像が砕け始め、昨日の未遠川の一件によって、ついに決定的な傷を負ってしまった。
その事実をせめて日中の内だけでも忘れ去ろうとウェイバーがライダーを誘い、繁華街に繰り出したのは、マッケンジー宅で昼食を食べてすぐのことだった。


「こりゃあ、一体どんな風の吹き回しだ?」
「別に。ちょっとした気分転換さ」


冬木新都の駅前に向けて歩く道すがら、当世風の服装をしたサーヴァントに憮然とした態度で答えるウェイバー。だが、そんな様子を一顧だにせず、ライダーは辺りを見回しながら、時折あれは何だとワクワクした様子でウェイバーに尋ねてくる。
そんなライダーの姿が、ウェイバーはたまらなく不快であった。
昨日、未遠川での一戦はウェイバーの精神に対して大きな負担を掛けた。あわや大惨事の危機的な戦いを目の前で繰り広げられ、まともに居られるのはそれこそ英雄や豪傑の類のみであろうから、それは当然と言えば当然であろう。だが、その脅威と直接戦っていた本人に、こうもケロッとした態度を取られてしまうと、器の差をまざまざと見せつけられている気分にどうしてもなってしまうのだ。
そうでなくとも、ウェイバーはついに開帳されたライダーの最終宝具、『王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)』をその眼で見ているのだ。
かつて征服王イスカンダルに仕え、後に其々が其々の伝説を打ち立て、世界に英霊として召し上げられた英雄達を連続召還する超ド級の宝具。固有結界によって顕現した熱砂の大地を駆けぬける精鋭達の雄姿は、一度見れば忘れることは出来ないほどの衝撃的な光景である。
ランクEX宝具持ちのサーヴァント――それは間違いなく、優勝候補の一角だ。ならばこの先、ライダー陣営が聖杯を掴む可能性は十分ある。だが例え、全てのサーヴァントを打倒して聖杯を得たとして、果たしてそれはウェイバーに何かをもたらしてくれるのだろうか? 聖杯戦争において、これまででウェイバーの成した功績はほとんどない。それどころか、サーヴァントに良いように翻弄されるばかりで、マスターとしてやったことと言えば、せいぜい魔力をライダーに供給している以外は他にない。これで優勝したとしても、それはライダー『陣営』の勝利と胸を張って言えるのだろうか? ウェイバー・ベルベットは戦いの果てに聖杯をつかみ取ったと、声をあげて宣言できるのだろうか?
答えは否である。
このままでは、「ウェイバー・ベルベットは盗んだ聖遺物で呼び出した英霊の影に隠れ、聖杯をかすめ取っただけの卑怯者である」との誹りを受けるだけである。
これでは、いままでウェイバーを見下し、軽んじていた者たちを見返すという目的は達成できない。


「おい坊主、見ろ酒屋だ! 少し覗いてみようではないか!」


その事に歯噛みするウェイバーをしり目に、いよいよ駅前の繁華街に入って興奮の度合いをあげたライダーは、先日略奪した酒屋とはまた別の酒屋にご執心であった。
返事も聞かずに暖簾を潜って行くライダーを、それでも騒動を起こされてはたまらないと追っていくウェイバー。入った店は日本酒を専門に扱う専門店であるらしく、ワインやウィスキーの類は無く、ひたすら日本独自の酒が綺麗にディスプレイされていた。
劣化を防ぐために稼働している冷蔵庫のガラス越しに、ライダーは嬉しそうな顔でラベルを吟味していた。


「何だったかなぁ、前に飲んだニホンシュというヤツの名前は……クソ、思い出せん!」
「そんなもんどれだって同じだろう?」


頭を抱えて、真剣に思い出そうとしているライダーに、ウェイバーはそう冷やかしながら冷めた目で辺りを見回す。陳列された一升瓶に張り付いているラベルには、様々な名が書かれている。だが、ウェイバーにとっては、これらはどれも米を使ったアルコール入りの飲み物という評価でしかない。当然、先日マッケンジー宅で出された引っ越し祝いの酒にもウェイバーは興味を払っていないし、アインツベルン城での酒盛りに出されたものに対しても、大して意識していない。だから、酒の銘柄など覚えている筈がない。
だが……不意に回想したワンシーンに、ウェイバーの心を揺さぶる姿があった。
キャスターのマスターである、土御門恭介の姿である。
それは、ウェイバー・ベルベットが信じて疑わなかった自信に傷を入れた一因の1人であった。

土御門恭介とウェイバー・ベルベットの邂逅は、アインツベルンの森の中であった。ライダーが唐突に開いた酒宴に招かれた被害者同士として、彼らは出会うこととなったのだ。
初めて乗せられた神威の車輪に絶叫するその様子に、当初ウェイバーは親近感を覚えていた。年が近いという事もあるが何より、半泣きになって何事かを叫ぶ様子には、ウェイバーにも身に覚えがあったからだ。
だがそれも、因縁深いケイネス・エルメロイが土御門恭介によって討たれたという事実によって、すぐに払しょくされることとなる。
あのロード・エルメロイを、令呪を奪った上で勝利するという偉業にウェイバーは驚愕することになるが、驚きはその後も続いた。
英霊達の宴で堂々と持論を展開する姿に度肝を抜かれ、第八のサーヴァントを打倒する為に、他のマスターと交渉して見事事態を終結させた手腕を見せ付けられた。
キャスターという最弱といって差し支えないサーヴァントでランサー陣営を倒したということは、魔術の腕前も相当と予想出来る。
どれもこれも、かつてウェイバーが夢想した姿に重なっていた。
年も近い筈なのに、この差は一体何なんだ? ウェイバーは忸怩たる思いを抱えざるをえない。
だが、そんなマスターの思いとは裏腹に、ライダーはポツリと恐ろしげな言葉を呟く。


「う~む。ここはやはり全ての酒を略奪するしかないか……」
「って、なに考えてんだよこのバカヤロウッ!」


その言葉で一気に意識を外界へと向けたウェイバーの鋭い突っ込みが、ライダーに入れられる。ウェイバーは、これ以上ライダーに略奪行為を働かれては今後町を歩けないと思い、とっさにポケットに入れていた財布をライダーに押し付けた。


「欲しけりゃ金を払え!金を!!」
「お? いいのか?」
「『いいのか?』じゃない! 現代じゃあ、それが常識なんだよ!」


自分の器というものに色々考えるところが出来始めているウェイバーは、せめてこういった所で器量を示したいと、軍資金のほとんどが入った財布をライダーに持たせる。
こんな事をしたことで、何がどう変化すると言う訳ではないが、それでもやらずには居られなかった。少年とはいえ、男には見栄というものがある。


「クソッ! クソッ! 僕だってなあ、僕だって――!!」


だがそれでも、ウェイバーの矜持を満たす事は無かった。
ここまで来たならば、後は古今東西の男達がやる事を踏襲するまでと、ポケットに入っていた小銭と、小さなカップ酒を手にレジへと急行するウェイバー。
彼が日本酒の度数をナメてぶっ倒れるまであと数分、ライダーに渡した財布の中には、帰りの航空券代が含まれていた事を思い出すまで、あと一時間。
もうどうにでもなれと開き直り、ライダーと一緒に盛り場を練り歩く頃には、黄昏時となっていた。
今宵も、聖杯戦争の幕は上がる――。










★★


住宅街の路地裏で、蠢く一つの人影があった。
それは人目を避けるようにフードで顔を隠し、左足を引きずるように歩く。
そして、時折立ち止まってはペットボトルの水を口の中に流し込む奇妙な姿はしかし、その隣に侍るフルプレートの騎士に比べれば、はるかに平凡な光景であった。
バーサーカーを実体化している程度ならば、大した負荷がかからない事に驚愕した間桐雁夜は、依頼された仕事が完遂出来る確信を得ていた。


(イケる、これならイケるぞ!)


力強い自己肯定を繰り返している間桐雁夜が、正式に同盟を結ぶに至ったキャスター陣営に依頼された内容は、アイリスフィール・フォン・アインツベルンの身柄を確保することと、可能であれば彼らの使用する銃火器を奪取することだった。

銃――およそ魔術師には似つかわしくない名称を恭介が口に出した時、雁夜は何かの聞き間違いかと耳を疑った。
間桐も他の魔術師同様、科学技術に類するものに対してアレルギーがある。
雁夜は早々に出奔した為にそうでもないが、それでも魔術師という人種が一般的に、現代技術に良い感情を持っていないことを知っていた。ゆえに、その疑問はある意味当然ともいえるものだった。

――魔術師が銃を使うのか?――
――使えるものは何であれ使います。僕達には手段を選べるだけの力は無いのです――

思わず飛び出した問いに、年若いマスターはきっぱりと言い切った。勝利のために妥協はしない、プライドなど邪魔でしかない、と。
その迷いのない言葉を聞いた雁夜は、その気構えに対してひどく感心すると同時に、大いに恥じることになった。
過去を鑑みて、果たして自分はそこまで周到に勝利への布石を打てていただろうか?
あらゆる手段を使ってでも勝利を掴もうとする貪欲さが自分にあったのだろうか?
行き当たりばったりと言わざるを得ないサーヴァントの運用、格上相手に無謀な決闘、蟲に固執した戦闘手法、この戦争中に犯した失態は枚挙に暇がない。
事実、そのおかげで自分は一度死にかけているではないか。


(俺はもっと考えるべきだったんだな)


ここまで自分が生き残る事が出来たのは幸運に依るところが多分にあることを、雁夜は同盟相手を通して知った。そして、もう二度と下手は打たないと心に誓う。
キャスターによる治療の効果でマヒしていた左半身にも改善の兆しが見えており、懐に忍ばせた魔力補給用の霊水のおかげで、肉体にかかる負担は大幅に軽減されている。
臓硯に警戒されないために刻印虫は未だ体内に残されているが、動き出す様子は無い。
信頼できる同盟者は、今諸悪の根源である間桐臓硯の首を取らんと、乗り込んでいる最中だろう。その精神的、肉体的余裕が雁夜に冷静な思考能力を呼び戻していた。
そして、歩いては水を飲むを繰り返すこと数度、ついて雁夜は目的の場所に到着し、腰を下ろす。路地裏のゴミに紛れるようにして座るその姿は相も変わらず薄汚いが、初期に比べて血色のいい肌のおかげで、悲壮感だけは軽減されていた。


使い魔から送られてくる視界には、土蔵を備えた一軒の立派な武家屋敷。
雁夜が操る蟲の使い魔は、身は小さく斥候に最適の種類と言える。が、流石に警戒網が敷かれているであろう塀の内側には入り込めない。
そこで、その目立たなさを利用して、近隣の家屋の屋根から様子を窺うことにした。
土蔵の前の門番らしき女が銃を持って警戒に当たっていることから、土蔵がアインツベルン陣営にとって重要な拠点であることを看破した雁夜は突入のタイミングを見計らうために数分観察を続ける。すると、共有した視覚の中で、一人の黒ずくめの男が土蔵から出てくる。


(あれは確か、衛宮切嗣とかいうアインツベルンが雇った傭兵だったか?)


恭介から事前に情報を得ていた雁夜は、いくつかの特徴から即座にその正体を看破する。切嗣をただの傭兵と断定したのは明らかな間違いであったが、それは本来知り得ない知識を喋るわけにはいかないという、恭介による意図的な間違いであった。だが、結論を言えば任務には何の影響もない。雁夜は銃器や火薬の類を駆使して魔術師を追い詰める『魔術師殺し』の動向を、最大限の警戒と共に注視する。何か変わった行動を取るのではないか、こちらの思惑を阻害するような何かをするのではないかと警戒していたが、事態は雁夜の取り越し苦労に終わり、衛宮切嗣は庭に駐車していた外車に乗り込むと、エンジン音を響かせながらどこぞへと走り去って行った。


「――令呪をもって命じる。バーサーカー、宝具を使ってアサシンに変身しろ」


守りが薄くなった今こそ好機であると判断した雁夜は、短くバーサーカーに命令を下す。すると命令を受けたバーサーカーはすぐさま黒い霧上の魔力を鎧の隙間から噴出し、その身を包みこんだ。
それは時間にすればほんの数秒、しかし魔力の繭がほどかれたその場には、髑髏の仮面を付けた痩身の男の姿が。
狂戦士のサーヴァントは、以前の姿とは全く違う暗殺者の姿に一変していたのだ。

これこそがバーサーカー、円卓の騎士として名を馳せたサー・ランスロットの宝具、『己が栄光のためでなく(フォー・サムワンズ・グロウリー)』の効果であった。
その優れた擬態能力に、雁夜は思わず感嘆の声を上げる。
外見上は、かつて遠坂邸でアーチャーに誅殺されたアサシンにそっくりであったからだ。これならば、めったなことでは正体が露見することは無いだろう。

ちなみに、雁夜がアサシンの姿を選んだのは恭介の差し金である。
原作のようにライダーに変身してやらせても良かったのだが、アサシンに変装することでアイリスフィール誘拐容疑を、言峰綺礼になすりつけようとしたのだ。
衛宮切嗣とは話し合いで解決するつもりである土御門恭介は、最大の障害になり得る言峰綺礼を蹴落とすために、あらゆる所で足を引っ張ろうと画策したのだ。

そのような意図があるとは露とも知らず、雁夜は水を一口分だけ飲み干すと、目を閉じた。そして体内に補給した魔力をバーサーカーへと流し、意識を集中する。
ターゲットは銀髪の女と銃、もちろん前者の方が後者よりも圧倒的に優先度が高いことは雁夜とて承知しているが、出来れば銃の方も手に入れておきたい。
それは、一応は社会人であった雁夜のささやかな意地と、何としてでも土御門恭介に聖杯をもたらしてやりたいという思いからだった。



今から数時間ほど前の事、土御門恭介と間桐雁夜は今度についての話し合いの場を持った。そこで恭介が真っ先に話したのは、間桐桜の今後についてのことだった。

――間桐桜は、もはや魔導の加護なしには生きることは出来ません――

恭介はその事実を、真っ向から雁夜に言って聞かせた。
例え母親の元に返しても、待っているのは標本としての未来のみだと、稚拙な雁夜の考えを否定し、代わりに代案を提示した。
それは、聖杯戦争終了後、間桐桜と間桐雁夜を土御門の家で保護すると言うものだった。恭介の実家は、落ちぶれたとはいえ由緒正しい陰陽師の家柄。
少女一人と大人一人を預かり、その身を保護する程度はなんの問題もないのだ。
まして、聖杯を手に入れる過程で尽力した同盟相手からの要請であるならば、断る理由はどこにもないのだと、そう恭介は説いた。


(本音を言ってしまえば、桜ちゃんにはもう魔術に触れて欲しくない。でも、間桐の家に居続けるよりはよっぽど幸せになれるハズだ……)


長くは生きられない。例え助け出せたとしても、桜を見守ることすらできないと覚悟した上で参加した聖杯戦争であったが、桜を間桐から解放し、自身も生きながらえることが出来る可能性が生まれた。
間桐雁夜にとってベストとは言わないが、本来得ることが出来なかった未来が、手の届く範囲にある。


「待っててくれ、葵さん……」


もう一度、あの笑顔をもう一度と、雁夜は改めて決意を固める。
最悪、自身の命を糧にしてでも勝つ。聖杯をキャスター陣営にもたらすことで、あの哀れな母娘、姉妹が救われると言うのならば、是非もない。
臓硯との取引など、もはや雁夜にとっては考慮に値しないものとなり果てていた。


「バーサーカー、銀髪の女を誘拐してこい。銃も出来たらでいい、持ってこい」


戦意を漲らせた雁夜は、いよいよ作戦実行の判断を下した。
力強いマスターの命を受けたサーヴァントは、猟犬のように路地裏から飛び出して行く。その後ろ姿を見送り、間桐雁屋は使い魔との視覚共有を再開し、結果を見届けることにした。

6月11日 誤字修正 バサーヴァントってなんだよ……



[36625] 幕間 ~~衛宮邸の乱~~ 上
Name: 瞬間ダッシュ◆7c356c1e ID:caffb20b
Date: 2013/08/18 06:41
結果を言えば、間桐雁夜によるアイリスフィール拉致作戦は見事成功した。

雁夜の視界の中で、民家の屋根を水切りの石のように跳ねるバーサーカー。
そしてその際の運動エネルギーをそのまま保持した状態で、アサシンに変身したバーサーカーは押し込み強盗よろしく土蔵の扉を蹴り破った。そこから先はまさに早技、護衛の久宇舞耶を一瞬のうちに叩き伏せ、アイリスフィールの身柄と久宇舞弥の装備品であったキャリコM950を強奪した後に速やかに逃亡を開始した。当然、敵サーヴァントであるセイバーの追跡を受けるのだが、限られた視界ではあるものの、使い魔を通して一部始終を見ていた雁夜が呆気にとられるほど簡単に、バーサーカーはセイバーの追撃を振り切った。
大切な令呪を二画も消費した上で得たものであったが、まさに非の打ちどころがないほどの結果であった。聖杯の器を手に入れたことで、終盤の聖杯戦争におけるイニシアチブは、今完全にキャスター陣営の手に渡ったのだ。間桐雁夜はその辺りの事情は知らないが、それでも己がサーヴァントが叩き出した戦果に、現場から少し離れた場所でほくそ笑む。
彼は得られた成果を喜ぶばかりで、その他の事に関してはほとんど意識を割いていない。
割いていたとしてもせいぜい、これでまた一歩桜の救済に近づいたと、手を叩いて喜びの声を上げるのを抑えている程度だろう。
だが、もしもこの場に土御門恭介が居たのならば、余りにもあっけない成功に頭を捻っていたことだろう。
確かに、原作でもバーサーカーは見事アイリスフィールを誘拐して見せた。だがそれは、ライダーによる助力――――ライダー本人は意図していた訳ではないが――――があったからこそだ。
本来の歴史では、バーサーカーはライダーに変身し、これを追っていたセイバーは偶々チャリオットで飛行していた本物のライダーを追跡してしまう。結果、バーサーカーは悠々と逃げおおせるのだが、今回バーサーカーが変身したのはアサシンであり、この時点で原作の様な助勢(重ねて言うが、本人のその意図は無い)は得られないのは自明の事である。
土御門恭介が態々、一時的にとはいえ間桐雁屋に合計5つの令呪を所持させたのも、いざとなれば令呪のブーストを使ってでも逃げきれと言う言外の指示があったからだ。
もちろん、バーサーカーは俊敏A+で、対するセイバーは俊敏Aであるから、順当にいけばセイバーの追跡を振り切ることは十分可能だ。だが、それでも多少の困難はあってしかるべきであり、何らかの突発的な事故によって――それこそ偶々通りがかったライダーに攻撃を仕掛けられるなど――によって追いつかれることも想定できる。だというのに、ここまであっさり成功したのにはもちろん、いや、当然ながらそれ相応の理由がある。早々に使い魔との視界の同調を切断した間桐雁夜は遂に気づかなかったが、現在衛宮邸の庭において、サーヴァント同士の苛烈な戦いが繰り広げられていた。







「ハアッ――!」
「ギ――――っ!

セイバーが振るう不可視の剣が、今まさに一体のアサシンの身体を縦に通り抜ける。サーヴァントとはいえ、アサシンの身でセイバーの剛剣に耐えられるはずもなく、切られたアサシンは無様に膝を折り、そのまま地面へ倒れ込む。これが一対一の決闘であったのならばそれまでであったが、今のセイバーには倒れた相手を最後まで見届ける余裕はない。
後ろを向いて、油断なく剣を構え、そして飛翔するダークを弾き飛ばした。

(クッ! 次から次へと――ッ)

屋敷の影、塀の上、茂みの中。ありとあらゆる所から投擲剣を繰り出して来るアサシン――否、宝具によって分裂したアサシン達に悪態を吐きながらも、時に足さばきでかわし、剣で弾く。
そしてそんな隙を狙ったかのように、暗殺者らしからぬ槍を構えたアサシンが突撃を仕掛けてきた
彼は複数ある人格の中でも直接的な戦闘に秀でていた。生前は武人として敵陣営に潜り込む際に使用していた人格で、そういう意味ではアサシン最強と言える存在であった。だが、それすらもセイバーにとっては有象無象の雑兵に過ぎず、その槍を胴体もろとも断たれる。
その時に、援護射撃のように放たれた幾本かのダークが彼女の頬を掠めたが、それすらもセイバーの計算の内であり、許容すべき被害と割り切る。

(せめて向こうから近づいてくれば――っ)

魔力放出によって一気に間合いを詰められたアサシンは、ささやかな抵抗を見せた後、首を刈り取られた。更に一体のアサシンを討ったが、セイバーの表情は硬いままであった。
使い勝手の良い遠距離攻撃手段を持っていないセイバーでは、効率が悪かろうといちいち敵に接近して剣を振るう以外の選択肢は無い。まさか住宅街のど真ん中でエクスカリバーを放つ訳にもいかない以上仕方のないと言わざるを得ない。風王鉄槌による攻撃も、何度も放てばいずれ攻略されてしまう。実際、魔力放出による加速も、だんだんと見切られ始めている。
現状素人目には包囲されてしまったセイバーが劣勢に見えるかも知れない。だが、遠からずセイバーは全てのアサシンを切り捨てるだろう。いくら数を頼りに押し寄せようとも、それだけで討ち取られるほど騎士王の名は安くない。だがしかし、今のセイバーにはその為に要する時間すら絶望的なまでに長い。

今からほんの少し前、ライダーの潜伏先を割り出すために町を歩き回っていたセイバーは、令呪の効力によって土蔵に強制召喚された。全くの予期せぬ命令にも関わらず、セイバーはすぐさまその意図に応じ、隔たれた空間を令呪による奇跡によって跳躍した。そして眼前に展開された光景を見た瞬間に全てを悟ったセイバーは、アイリスフィールを抱えて走り去る人影を見咎めて、剣を携えることなく走り出した。
向かった先は、YAMAHAのV-MAXを主体とした改造バイクが停車してある一角だ。
衛宮切嗣によって与えられた、この機械仕掛けの鉄馬に乗れば、多少の距離の差など問題にならないと考えたセイバーであったが――――残念ながら彼女がバイクに跨ることは出来なかった。あと一歩という所で、突如降り注ぐ投擲剣と共に出現した大量のアサシン達がセイバーの行く手を阻んでしまったのだ。
見えている所にいる分だけでも相当な数のアサシンが、手にした武器を剣呑に光らせて、セイバーを威嚇する。最良と称されるサーヴァントに、最弱と称されるサーヴァントが決戦を挑むと言う構図に疑問を感じる余裕もなく、そのまま戦闘へとなだれ込むセイバーとアサシン達。
アサシンの一体一体はどう贔屓目に見ても騎士王には劣る存在だが、それでも数が揃えば脅威となる。現にセイバーは土蔵前の庭で、複数人を相手にした時間の掛る戦闘を余儀なくされていた。
出来る事ならば、セイバーはすぐさま行く手を阻む敵を退けなければならない。
こうしている間にも、アイリスフィールをさらった下手人は視認する事が出来ないほどの距離を稼いでいるのだから。
ほんの一瞬、このままアサシン達の包囲網を強引に突破してしまうという考えが浮かんだが、それはすぐさま却下される。そんなことすれば、背中に大量の投擲剣が刺さるだけだ――そう理性が訴えかけるのだが、セイバーの心を真夏の日差しのような焦りがジリジリと攻める。

「ギギギ――――さあ、踊れ踊れ……! 死ぬまで付き合おうぞ!」

まるで挑発するような言葉を投げかける一体のアサシン。剣によって返答しようと爆発的な速さで駆けるセイバー。原作、アインツベルンの森における海魔戦よりは容易い戦場ながらも、時間的な意味で苦しい展開がセイバーに与えられる。だが――――実は現状に不本意なのはアサシン達も同じだった。







――ライダー、及びキャスターを監視しているアサシンを除き、全てのアサシンはセイバー陣営の隠れ家に集結せよ――

言峰綺礼から発せられた命令は、速やかに全アサシンに通達された。命令を受け取ったアサシン達はいよいよ勝負の時が近づいている事を察し、各々の心の内で、静かに闘志を燃やす。
衛宮邸を気配を遮断して監視することしばし、彼らはひたすら息をひそめて闇に紛れ続けていた。生前飽くほど行っていた事だけに、弱音を吐く者は誰もいない。
途中、死んだはずのザイードが土蔵に飛び込んで行った時には彼らも動揺したが、その直後に、彼らの精神は真に揺さぶられる。

『令呪をもって命じる。全てのアサシンは、全力を持って眼前の敵を排除せよ』

マスターから令呪による強制と共に、無茶な命令が下されたのだ。そしてその時彼らの目の前にいたのは、誘拐されたアイリスフィールを奪還しようと土蔵から飛び出していたセイバーであった。
アサシン達の誰かが言った。「勝ち目がない」と。
もちろん、全てのアサシンが同じような事を思ったことだろう。
令呪の効果でドーピングされ、数で勝っているが、ステータスの差は歴然としている。
いや、暗殺者である彼らに戦士のような働きをさせること自体がそもそもおかしいのだ。
彼らの主戦場は、あくまで暗闇の中。時に影に潜んで情報を得て、時に標的の背中を刺す。
正面きっての殴り合いなど、極一部を除いてご法度中のご法度と言える。

「ギッギッギ――――……」

一体、また一体と彼らは数を減らしていく。
だがセイバーは、身体に細かい傷を負うだけで、ほぼ戦闘開始時と変わらない姿を保っている。しかしその傷でさえ、アサシン達の奮戦の賜物であるとは、残念ながら言えない。肉を切らせて骨を断つ、多少の手傷を負おうとも、確実にアサシンを倒そうとしたセイバーの作戦であり、逆に言えば、手短に済ませる為になら、この程度のリスクは許容できる相手であるとアサシン達が判断された結果なのだ

(せめて毒の扱いに長けた人格がいれば……)

一体のアサシンが心の中で嘆息を吐き、次の瞬間には袈裟切りにされる。
彼らが持つ複数人の人格の中には、当然ながら毒の扱いに極めて高い能力を示すものが居る。もしもそれがこの場にいるならば、毒塗のダークでかすり傷を負わせれば、セイバーを打倒していた可能性もあった。だが、この場に件のアサシンはいない。キャスター陣営の監視に回ってしまっているのだ。
全滅という避けえない未来に向かって、それでも彼らは戦い続ける。
令呪の効果である以上逃げられないと言うこともあるが、それ以上に彼らにも意地がある。
それに、令呪による命令は、眼前の敵の排除であった。
ならば、他の陣営を監視していたアサシン達も、今頃各々の標的に向かって襲いかかっているハズであった。もしも彼らがマスターの暗殺に成功していれば、残るサーヴァントはセイバーのみ。これさえ討ち果たせば、残るは自滅するのみのバーサーカーと、マスターを失って放っておけば消滅する以外にないアーチャーのみ。そう思えばこそ、彼らは万が一にも勝機がない戦いに身を投じる事が出来る。あり得ないことを成し遂げようとする。結局のところ彼らもまた、一つの時代を駆け抜け、世界に召し上げられた英雄なのだ。






街灯によって照らされた住宅街の一角、電柱に正面から突っ込んだ状態で停止している乗用車のそばで、アサシン、及びセイバーのマスターが対峙していた。
50メートルほど離れた距離から、お互いに互いの行動をつぶさに監視している。
もうもうと煙を吐き出す車の存在など眼中にないとばかりに、衛宮切嗣の神経はただ眼前の「敵」にのみ注がれる。懐に忍ばせたトンプソン・コンテンダーには、もしもの時に備えて、既に彼の魔術礼装である起源弾が装填されている。決まれば文字通りの必殺を備えた凶悪な魔弾は、火が灯る発射の瞬間を待っている。そして、それは衛宮切嗣の精神もまた同様であった。

久宇舞耶からの連絡を受けて土蔵に起こった危機を悟った切嗣は、迷う時間すら惜しいと言わんばかりに令呪を行使し、セイバーを急行させた。その判断にはいささかの問題もないのだが、危機はアイリスフィールのみに降り掛かっていた訳ではなかった。切嗣自身が運転する車が唐突にコントロールを失って、電柱に衝突したのだ。
間一髪のところで脱出を果たした切嗣であったが、50メートルほど前方に、待ち人を待つように屹立する男――言峰綺礼を見とがめたその瞬間、『魔術師殺しの衛宮』の頭脳は氷のように冷め、ただ一つのどうしようもない現実を受け入れた。もはや言峰綺礼との直接対決不可避である、と。

(土蔵に起こった『何か』と、この男の襲撃は十中八九繋がっている。恐らくは全てこの男の差し金だ。だが、それならばなぜ追撃して来ない? 僕が車を降りる絶好の好機を見逃すほど、元代行者の経歴は甘く無いはずだ。なら、他に何か目的が――っ!? なるほど。)

冷静に状況を分析していた切嗣の視界の端、妻であるアイリスフィールを腕に抱えて民家の屋根を疾走するアサシンの姿を目撃したことで、切嗣の脳内で一つの仮説が生み出された。

(アイリはこの男の差し金で拉致された。そしてそれを阻止するべきセイバーの姿が見えないということは、何らかの手段で足止めをされていると見て間違いない。そしてマスターである僕をこの場に釘付けにすることで、アイリを奪還される可能性を潰したということか。それならば、あの殺気も敵意もない眼も理解できるが……)

先ほどから微動だにしない言峰綺礼から眼を離さず、切嗣は現状の全てが言峰綺礼によって引き起こされたと判断した。だが、どうにも引っかかるものを覚える切嗣。
敵の足止めが目的であっても、互いに殺し殺されることが前提の聖杯戦争において、戦意がないということはどうにも腑に落ちない、不条理である。
第一、もしも仮説が正しいのならば、言峰綺礼は可及的速やかに衛宮切嗣を殺さなくてはならない。より具体的に言えば、足止めをしているセイバーが駆け付けて来る前に、である。
だと言うのに、殺意も敵意もなく立ちふさがる不気味な男に、切嗣は知らず冷や汗を流した。人間、理解できないものには恐怖を抱く。戦う意思がない人間が進んで戦場に身を晒しているという不可解な現象を前にして、なんにせよ早急に排除する方が無難であると懐の銃を抜こうとして……それは止められた。

「衛宮切嗣。私はお前に、問うべきことがある」
「……なに?」

銃を抜こうとする手を止めたのは、唐突な問いであった。



[36625] 幕間~~衛宮邸の乱~~ 下
Name: 瞬間ダッシュ◆7c356c1e ID:caffb20b
Date: 2013/10/15 14:51




言峰綺礼は実のところ、間桐雁夜よりも前に、アサシン共々衛宮邸付近に潜伏し、監視体制に入っていた。当然、土蔵を訪れていた衛宮切嗣の事はとうに確認していたし、襲撃事態は何時でも仕掛けられる状態にはあった。だが、綺礼はそれをしなかった。
なぜか? それは言峰綺礼の望みが、衛宮切嗣との邪魔が入らない邂逅であるからだ。
いたずらに出向いたところで、以前のように邪魔が入る。父親によって聖杯戦争から降ろされる瀬戸際にある綺礼には、今夜しかチャンスがない。だから万全を期して、好機が訪れるのを焦れる心でひたすら待っていたのだ。
だがこの好機は、予想外に早く訪れた。
それこそが、アサシンに変身したバーサーカーによるアイリスフィールの拉致である。
死んだはずのザイードが何故かアインツベルン陣営に襲撃を仕掛け、聖杯の守り手を拉致するという怪現象に綺礼も流石に困惑の色を隠せなかったが、機を見るに敏な綺礼は、すぐさまコレを利用することを思いつく。
それが令呪による全アサシンを用いた大動員であった。
大量のアサシンとの戦闘を行わざるを得ないセイバーは、まんまと足止めされている。
昨夜邪魔をしてきた聖杯の守り手はどこぞに連れ去られ、その護衛は重傷を負ったらしく、足を引きずっていることから、何かあってもすぐに駆け付けることは出来そうにない。殺されていれば面倒がなかったのだが、と綺礼は思ったが、こればかりは仕方がない。
そして、その他に綺礼の邪魔をしそうな、もしくは出来るキャスター陣営とライダー陣営に対する牽制としても、令呪を使って見張りのアサシンを嗾けている。特に聖杯戦争序盤から暗躍をしてきたキャスターのマスターは念入りに殺すために、毒の扱いに長けた人格を張りつかせていた。かのアサシンは、加護を受けた英雄すら殺しうる『ヒュドラの毒』を用いた毒薬を作成し、運用できる。かつてギリシアの大英雄すら苦しめ、後に数々の偉業を成し遂げる際の武器となった曰くつきの品が極少量とはいえ、後の世で暗殺集団の頭目の手に渡り、ここぞという時に使用されてきた。刃では歯が立たない英雄・豪傑も、この毒の前には悉くその命を散らしていった。すぐさま最高位の治療をしなければ、確実に死に至る。いや、助かったとしても暫くは戦線復帰はできない。
こうして邪魔になりうる要素を全て潰しきった言峰綺礼は、ついに衛宮切嗣との出会いを果たした。











「衛宮切嗣。私はお前に、問うべきことがある」
「……なに?」
「私は、お前同様に空虚な男だ。何者も愛せず、何物を以ってしても心を満たせない。生まれながらにして歪な存在であるがゆえに、問おう。衛宮切嗣、お前は一体聖杯になにを望む? どのような祈りを託すのだ?」

言峰綺礼は、ようやく邂逅を果たした男に万感の思いを込めて尋ねた。
自分のように確固たる望みも祈りもなく、自分のように無軌道な人生を歩み、自分のように自傷することを省みない苛烈極まる生涯を送ってきた男でありながら、聖杯などという奇跡に縋らんとする男に対して。
問い続けるだけだった人生に、ようやく終止符を打つ時が来た。
言峰綺礼が自身の歪みに初めて気づいた時から、今に至るまで。どれほど求めても得られなかった答えが、もうすぐ得られる。いや、最悪でも何らかのきっかけを得られると綺礼は確信する。
そんな少年のような無垢なる期待に胸を膨らませる言峰綺礼であったが、衛宮切嗣は合点がいかないという顔をするばかり。
質問の意味が理解できないと、言外に言っているのがありありと伝わって来る。
そして同時に、嫌悪感に耐えるような表情でもあった。

「――僕が、お前と同類だと……? 性質の悪い冗談だ」

吐き捨てるように呟いた言葉を、綺礼の耳は拾い上げ……途端に表情を硬くする。
おかしい。何かがおかしい、話がかみ合っていない。お互いの認識に大きな齟齬を感じざるを得ない。
綺礼は自分が何か重大な思い違いをしているのではないだろうかという疑惑を、さながら夏の日の夕立雲が立ち込めるように感じていた。
いや、もしかしたらそれは綺礼の心の内に既に影を作っていたのかもしれない、単に本人が気づかなかったというだけで。
ふいに、アインツベルンの森で戦った2人の女の姿が脳裏を掠めた。特に、聖杯の担い手という極めて重大な立場にあるというのに、わざわざ綺礼を迎え撃つように戦いを挑んだ銀髪の女――アイリスフィールの姿に、綺礼の心は大きく揺さぶられる。

(違う! そんなことはあり得ない!!)
しかし、そのような不吉な予感は杞憂だと気丈に一蹴した。聖杯戦争初期に知った衛宮切嗣の経歴は、まさに常軌を逸していると評価するに、なんら躊躇を必要としないものだった。リスクと利益のバランスが完全に破綻した自滅的行動。自ら地獄に飛び込むような狂気的な行動原理。それら事実が、綺礼の背中を押す。
心の内に浮き上がったシミのような疑惑を払拭する為に、綺礼は改めて問いを投げる。
どうか自分の勘違いであってほしいと願いながら。

「以前アインツベルンの森に赴いた際、聖杯の担い手である白人の女と戦った。あの女は、お前にとって何者だ?」

言峰綺礼が求めても得られず、実感ができない情や愛。
武の心得がない深窓の令嬢然とした女性が、一人の男の為に格上の相手と戦う。その原動力は、すなわち愛であるのではないか? もしも衛宮切嗣が偽りの愛をささやき、彼女がそれに騙された愚かな女であれば何の問題もない。だが、果たしてあれ程の覚悟が、そのような不確かな関係から生まれるものだろうか?
祈るような言峰綺礼の言葉に、衛宮切嗣は一層訳が分からないという表情で、それでも確かに答えを返した。

「彼女は――アイリは、僕の愛する妻だ。それと僕の願いはあらゆる闘争の根絶、真の恒久的世界平和――――僕は断じて、お前のような心に何も宿していない男とは違う。そんなことよりも、アイリは何処に連れて行ったっ!」

懐からトンプソン・コンテンダーを抜いて構えた衛宮切嗣は、銃口を向けて威嚇する。
一方の言峰綺礼は先の答えを耳にして、愕然としていた。むべなるかな、それは期待を完膚なきまでに破壊するには十分すぎる言葉だった。

「――――――あの女の誘拐に関しては、私は一切かかわりがないことだ。そもそも、アレをさらったのは死んだはずのアサシンの一体だ。私も困惑している」
「そんな言葉を、僕が信用すると本当に思っているのか?」
「私は嘘は吐かない。そうだな……ライダーの性格から誘拐などという手段は取らないだろうから、恐らくはキャスターの仕業だろう。かの陣営はバーサーカー陣営と組んでいる。大方、バーサーカーに何らかの変装の魔術を施しているのだろうさ。なんせキャスターの正体はコルキスの魔女だ。この程度の策謀は児戯に等しい」

コルキスの魔女――すなわちキャスターの真名を、言峰綺礼は薄々勘付いていた。
それはアインツベルンの森でのこと。初めてキャスターの姿とその戦い方を報告された時からうっすらとした仮説を立てていたのだ。
追随を許さない腕前の魔女で、骨を用いた使い魔作成の魔術を使う存在、綺礼は心当たりがあったのだ。ただ、それは英霊というには余りにも外れた存在であったために当時は真名に心当たりがあるかと問うてきた遠坂時臣にも、返答できずに伏せていた。その時は不確定な情報とおもっていたが、その後のキャスター陣営がとった一連の行動を観察するに、その正体を確信した綺礼はその考えをいま確かに開帳した。


饒舌に本来秘すべき情報を語る言峰綺礼。だが、もはや当人にとってこのような小事などどうでもよかった。
一度失望に彩られていた綺礼の心は、聖杯戦争などどうでも良くなるほどの怒りを覚えていたのだ。
何のことは無い。衛宮切嗣は決して、言峰綺礼が期待したような男ではなく、まるで子供のような理想を公然と語るような存在だったのだ。
闘争は人間の奥深い部分に属する、極めて本質的なものだ。それを否定するということは、人間を根絶するに等しい愚行である。
それを幼子ではなく、分別があってしかるべき大人が言うなど、許されていいものではない。
それに、この男は聖杯の器を「愛する妻」と称した。だが、衛宮切嗣の願いを遂げるならば、近いうちにその「愛する妻」を生贄に捧げる必要がある。

「それよりも、己が愛する女をそのような愚かな理想に、本気で捧げようというのか?」
「お前には理解できないだろうし、してもらおうとも思わない。それに――――こんなことは今更だ」

今更――――この言葉に綺礼はひどい眩暈に襲われたような気分になった。
つまりこの男は、今までも愛した人間達を下らない夢想の為に犠牲にしてきたというのだ。
今まで切嗣が捨てて来たモノの一欠けらでさえ、言峰綺礼にとっては己が生命の全てを賭してまで守るに値する天上の宝であるというのに、衛宮切嗣は自分から放棄してきたという。
これを許容することが、綺礼にはどうしても出来なかった。
すでに、怒りを覚えていた心は憤怒に燃え、憎しみの感情が次から次へと溢れ出る。
もはや聖杯戦争などどうでもいい。目の前の男諸共にそのふざけた理想を粉砕出来ればと。
その時こそ、皮肉なことに言峰綺礼がこの聖杯戦争中に抱いた、どうしようもないほどの確固たる戦意を得た瞬間だった内からわき出した戦う意味であった。
話は終わりだと黒鍵を抜き放ち駆ける綺礼と、トンプソン・コンテンダーの引き金に当てた指に力を込める切嗣。こうして、どのような歴史を辿ろうとも理解し合えない2人の激突の幕が上がった。










「なあ、これってマズくないか?」
「まあ……良くはないわな」
「くそう、死んだはずのアサシンが襲いかかってきたり、バーサーカーと遭遇したり散々だチクショウ!」


空が闇に染まり、下界の街明かりのみが周囲を明るくする大型百貨店の屋上広場にて、ウェイバーが冷や汗をかきつつ叫んだ。
そんなある意味間の抜けたやりとりをしているライダー陣営に、しかし相対している敵サーヴァント――――バーサーカーは油断なく身構える。左手に抱え直したアイリスフィールがうめき声をあげるが、当然狂戦士は全く顧みない。その隙のなさにいよいよ進退極まったウェイバーだが、泣き出したいのを堪えて正面を見据える。
停止しているとはいえ『神威の車輪』に搭乗しているおかげで幾分か精神的余裕があるものの、それでも状況が楽観視を許さない。なぜ、デパートの屋上でバーサーカーと対峙する事になってしまったのか……。状況が膠着して以来、ウェイバーはそんなことを考え続けている。

数時間前、間違った意地の張り方として日本酒一合を一気飲みしたウェイバー・ベルベット少年は、見事にぶっ倒れた。元々酒を飲まないウェイバーが初一気飲みに挑戦していいほど、彼が飲んだ日本酒はアルコール度数的な意味で甘くは無かったのだ。
本来ならば救急車を呼ぶべきなのだろうが、彼もまた聖杯戦争に挑むマスターであるからして、こんな下らない事でいちいち病院になど担ぎ込まれてはいられない。そんなマスターの意思をくみ取ったのかくみ取らなかったのか定かではないが、すぐそばに控えていたライダーが顔色を悪くしたマスターを担ぎあげ、そのまま何故かここ、大型百貨店の屋上広場に連れてきてしまったのだ。酔って倒れた時は、風の良く当たる場所で寝るのが良いというライダーなりの経験から来る判断であったが、とにかくこれで、不本意な病院送りは避けられた。

その後、ウェイバーがウンウン唸っている間、ライダーはマスターを狙って唐突に現れたアサシン――言峰綺礼の令呪によって嗾けられた――を始末したりと地味に活躍していた。その後、サーヴァントを動員した戦闘の気配が、遠き深山町から発せられた魔力のパルスとして伝わってきた。
今宵の聖杯戦争の開幕を悟ったライダーはウェイバーの体調をしばし観察した上で神威の車輪を呼び出し、ウェイバーを御者台に搭乗させた。昨夜のゴースト討伐時には必要にかられて他陣営とも一時的に轡を並べたとはいえ、基本的に他のサーヴァントは敵同士。昨夜はお預けとなっていた闘争が、今夜、今始まると言うのであれば、例え昨夜の戦いで随分と消耗している身とはいえ、座して静観するという選択肢はライダーには無かった。
だが、いざいよいよ駆けだそうとした矢先、濃厚な黒い魔力を伴ったバーサーカーが唐突に現れた。銃と昨夜知り合ったアインツベルンのマスターを抱えての登場に、ライダーもウェイバーも一瞬とはいえ呆けてしまった。
とはいうものの、バーサーカーの方もこの場でライダーが宝具を発動させて立ちはだかることには想定外だったらしく、結果的に両者共に固ってしまったのだ。


通常なら、サーヴァントは互いに互いの気配を察知できる為、このような遭遇はあり得ない。唯一の例外は気配遮断スキルを持つおかげで探知されにくいアサシンなのだが、今宵のバーサーカーにはそのアサシンに次ぐ気配遮断スキルが与えられている。これはバーサーカーがアサシンに変身しているからという理由ではなく……種を明かせば、かつてキャスターを伴ってアインツベルンの森に侵入した際に土御門恭介が使用していた、気配遮断の護符の効果である。
セイバーからの逃走が困難になるという事を予想していた土御門恭介が与えていたこの護符が、バーサーカーに対して健気にも十分な効力を及ぼした。結果、遠くの魔力パルスに意識を持っていかれていたライダーは、バーサーカーの接近に気づくことが出来なかった。

一方バーサーカーの方はライダーの気配に気づいてはいたのだが、片手に荷物を抱えているという状態と、受けた命令を完遂する為に、あえて無視して脇を通り過ぎようとしていたのだが、まるでタイミングを合わせたかのような神威の車輪の出現に警戒して足を止めて、その剣呑な警戒心を気配として漏らしてしまった。

こうして突発的な偶然が重なりあったことで完成された現状だったが、これらはライダー陣営を危機的な状況としてしまった。
駆動している事でターゲットを破壊する戦車という兵器の特性上、停止状態というのはまさに弱点を晒しているに等しい。
更に、両者の距離はおおよそ100メートルで、敵は正体不明、怪能力のオンパレードというバーサーカー。

(うぅ……どうしてこうなった!?)

不都合な展開が、ウェイバーの精神を直撃して延々と無意味な自問を繰り返させる。だがそれでも答えを出すというならば、ウェイバーが変な意地を張って酒を飲んだのが悪いという事に尽きてしまうが。

「なあ、バーサーカーと戦って勝てるか?」
「そうさなあ――彼奴に余の神威の車輪を凌ぐだけの奥の手があるかないかに尽きるな」

縋るようなウェイバーに、だがライダーはハッキリとした口調で断言した。その迷いのない口調だけが唯一の救いと思うと、なんだかやりきれない思いを抱くが、予想出来ていた答えだけに特に取りみだすことなく、ウェイバーはライダーの言葉を受け止めた。

「賭けか……」
「まあな」

そうつまりはここから先は賭け――ギャンブルだ。
宝具の強奪、ステータスの隠ぺい、狂戦士の名にふさわしくない武練。何を取っても規格外な相手だけに、未だその手の内は見えない。そんな相手に命を掛けた勝負を挑まなければならないと思えば、どうしたって震えが来る。だが、それでもウェイバーは『最後の手段』を取るつもりはさらさらなかった。

「なあ坊主、なんなら令呪を――」
「令呪は使わないっ」

令呪を以て逃走を命じれば、本気になった騎兵のサーヴァントであるライダーに追撃を敢行できる存在はいない。それはこの窮地からの脱出に他ならないが……ウェイバーには、何となく、ここで逃げたらライダーと共に聖杯戦争を戦う資格を失うような気がしたのだ。
命を掛けることなど、本来はとっくに出来ているハズの覚悟である。それなのに臆病風に吹かれて敵前逃亡など、どの面下げてこの巨躯の英霊に命じることが出来ようか。
唯でさえ劣等感に苛まれているウェイバーには、自らの不覚悟を告げるようなことは口が裂けても言えない。
この聖杯戦争中、なんの活躍もしていないウェイバー・ベルベット少年だが、そんな彼にも譲れないものはあるのだ。


「ああ僕は確かに役立たずさ、こと戦いに関しちゃあ、全くの無能だ! でもなあ――――僕はお前のマスターなんだっ お前を信じて、お前と一緒に命を張る位の事は出来るんだ!」

顔を真っ赤にさせて、怒鳴る様に宣言するウェイバー・ベルベット。ただひたすらライダーの戦車に便乗して戦場に『居ただけ』であるというのは、彼自身分かっていた。他のマスターに魔術戦闘を仕掛けて勝利できるなどという妄想を抱くような時期はとっくに過ぎている。それでも彼には確かな、ライダーと共に命を晒して戦場を駆けたという事実があった。
例え役立たずでも、自らのサーヴァントを信じて、命を預けている限り、自分はマスターでいられる。逆に言えばそれが出来なくなった時、例え令呪とサーヴァントが健在でも、全てが終わってしまうという恐怖が、ウェイバーを土壇場で一皮剥かせた。
世に名を馳せた英雄にとってはなんてことは無い、ちっぽけな決意でしかない。だが、そこには確かに、少年ではなく一人の男が今まさに抱かんとしている覇道の兆しがあった。
それを見てしまったライダーは、全てを受け入れるように一つ頷いた。
まだまだ未熟、されど確かな男の決意に言葉は不要。否、あれこれ言うだけ無粋ということを、かの大王は分かっていたのだ。

「ハハッ――それでこそ余のマスターだっ! ならばこれ以上の問答は不要っ!」

ゆえに返答は、今までにないほどに激しい神牛の嘶きと、眩しいほどの雷光。周囲を丸ごと焼き焦がし、粉砕せんと暴れる古の戦車の鼓動が、かの宝具の真なる姿を現す予兆であることをウェイバーは理解し、覚悟を決めた。
もしもこの場で命を落としても、後悔だけはしないようにと。

「彼方にこそ栄えあり(ト・フィロティモ)! さあいざ征かん! 遥かなる蹂躙制覇 (ヴィア・エクスプグナティオ)!」
「いくぞコンチクショウ!!」

ついに行われた真名解放。蹄がコンクリートを砕き、迸る雷光が大気を焦がしながら疾走する様は、蹂躙の名に恥じぬものだった。万物を踏みつぶさんとするその威容と神威は、かつて倉庫街でバーサーカーを轢いた時の比ではない。
だが――だがしかし。
その戦車と対する者もまた、常の理に反する存在。
ライダーが真名解放を行うと同時に、バーサーカーもまた切り札を切っていたのだ。
跳躍。
振りかぶられたバーサーカーの右手には、ひと振りの剣。
彼が彼である事の最大の証たるその剣の銘は、『無毀なる湖光(アロンダイト)』。サー・ランスロットの愛剣にして、『約束された勝利の剣』と起源を同じくする名剣である。
その来歴は語らずとも、効果が剣の格を示す。
ランクA++という最高峰の宝具を遂に携えた件の英霊はその瞬間、全てのパラメーターをワンランク上昇させた。
唯でさえ高いパラメーターにドーピングを加え、ST判定で成功率を2倍に上昇したバーサーカーは、『神威の車輪』が放つイカヅチを突破し、その騎手であるライダーを間合いに収めた。

「!?」

眼前に躍り出ていたバーサーカーに、ライダーは驚愕した。
己が戦車の前において、翼を持たぬ者に待ち受ける運命は、左右に避ける回避運動の末に嬲られるか、素直に踏みつぶされるかの二択であると思っていたライダーは目を見開いた。
そう、バーサーカーはそのどちらも選択せず、跳躍してライダーが自分の剣が届く距離まで近づいてくるのを空中で待っていたのだ。
『神威の車輪』とはいえ、地を這って突き進むのであれば、理論上は跳躍して前方の神牛をやり過ごし、その騎手を直接強襲することは可能だ。
とはいえ、あくまでも理論上の話である。
少しでもタイミングを外せば轢死、若しくは跳ね飛ばされるのみ。
そうでなくても迸るイカヅチが当たらないことを運に任せるしかない。
だが、今のバーサーカーにはその両方をやり遂げるだけの能力が備わっていたのだ。
増加した基礎能力値が刹那のタイミングを看破し、その宝具がイカヅチによる攻撃を避けさせた。

眼前に躍り出たバーサーカーに、今度はライダーが二択を迫られた。
手に握ったキュプリオトの剣で乾坤一擲、バーサーカーと雌雄を決するか、今すぐ『神威の車輪』を飛び降りてその刃圏から逃れるか。
もしもライダー1人ならば、あるいは前者を選んだかもしれない。だが、今の彼のそばにはマスターであるウェイバー・ベルベットが居る。己がマスターの安全を考えてこの場所を定位置としたのが仇になってしまったのだ。
もしもバーサーカーがマスターを真っ直ぐ狙ったのならば、ライダーの剣では抑えられる保証はどこにもない。
結果――

「ふんぬっ!」
「うわあっ!?」

ライダーが選んだのは、離脱であった。
高速移動する戦車から飛び降りたことでかなりのダメージがライダー主従を襲う。
直接のダメージはライダーが肩代わりしたが、それでも生身の人間には酷な衝撃だ。

「ライダー!」
「坊主、下がっていろ!」

それでもすぐさま起き上るライダー。油断なく剣を構え、追撃に備えるその姿は気丈ながらも、強い緊張感が漂っていた。征服王イスカンダルといえど、狂戦士を相手に真っ向からの切り合いでは勝ち目はない。ここから逆転するには、どうしても王の軍勢を発動させる以外に手は無い。だが、その為の時間を敵が与えてくれるとは、どうしても思えなかったのだ。
だが、何とかやるしかない――そうライダーが覚悟を決め、そんなサーヴァントの後ろ姿に何かを感じ取ったウェイバーであったが、終わりは唐突に訪れた。

「あ」
「神威の車輪が!?」

追撃できるはずのバーサーカーが、ライダーが乗り捨てた神威の車輪に跨って、そのまま夜空に消えて行ったのだ。
バーサーカーの手には無垢なる湖光の代わりに手綱が握られていた。
その傍らには、アイリスフィールと強奪した短機関銃。
それは与えられた任務以上の戦果を携えた上での、堂々たる撤退。
これには流石のライダーも唖然として、見送り以外になかった。

「まさか征服王である余から宝を略奪するとはなぁ……敵ながらあっぱれだ」
「んなこと言ってる場合かよ……」

騎士たるものが敵に背を向けた意味は大きいが、今日の短い戦いでライダー陣営とバーサーカー陣営が得たものと失ったものを比べれば、どちらに軍配が上がるかは明らかだろう。
今宵、ライダー陣営は初の敗北を喫したのだった。









「興ざめな幕切れだな」

言峰綺礼は、投げやりに、そして皮肉気に呟いた。だが、その言葉が対する衛宮切嗣に聞こえたのか聞こえなかったのか、何の反応も示さない。切嗣はアスファルトの上で倒れ伏している綺礼に警戒しながら歩み寄る一方、その手は機械のような正確かつ機敏さで、トンプソン・コンテンダーに新たな弾丸を装填する。

衛宮切嗣と言峰綺礼の戦いは、衛宮切嗣の勝利という形で今まさに幕が降りようとしていた。聖剣の鞘によってほぼ不死身の身体となっていた切嗣に対して、予備令呪という切り札を欠いた綺礼であったが、それでも五分と五分の戦いを両者は展開した。
当初は、起源弾によってあっさり言峰綺礼は血を吹いて死ぬ――そう切嗣は思っていた。
だが綺礼は基本、短機関銃の弾幕は防御でしのぎ、トンプソン・コンテンダーの大火力の前では全力で回避する戦法を徹底した。これは、別に綺礼が起源弾の効果を知っていたという訳ではない。原作と違って防御できる方法がなかったからに過ぎなかったのだが、綺礼がそのような戦法を選択した以上、切嗣の切り札は一つ封じられてしまった。
こうして、両者は互いに互いの命を刈り取ろうと、原作以上に激しい死闘を繰り広げた。
手傷を負いながらも果敢に攻める姿勢を崩さない綺礼に、傷は完治しても体力の消耗は免れない切嗣。
本来では持ちうる切り札の数的に言って、言峰綺礼が不利の筈であった。なにせ彼には、予備令呪が与えられていないのだから。だが、標的を罠に嵌め、徹底的に弱らせた後に刈り取る事を是とする「狩人」と、拮抗した実力者であろうが自らより格上との戦いすら容認する「戦闘者」という立場の差が、この差を埋めてより拮抗した戦いを生んだ。
そんな両者の戦いに最終的な決着を迎えたのは、土蔵でアイリスフィールの護衛を務めていた久宇舞耶の介入だった。

バーサーカーが銃を奪うという命令を受けていた影響で原作よりも軽傷だった舞耶は、単身でアイリスフィールの追跡を試み、そしてそれが不可能だと悟ると、彼女は切嗣との合流を試みた。だが、軽傷というのはあくまで比較上の話。彼女は確かに、サーヴァントと相対し、まるで人間が蚊を追い払うように呆気なく排除された。そのとき、バーサーカーにとっては何気ない一撃が、確実に彼女の内臓に重大なダメージを与えてしまった。この状態で無理に動けば、必然傷は悪化する。そしてそれは、一度は逃れた筈の死神の鎌を再び呼び寄せる羽目になってしまった。
急速に悪化する容体でありながら、それでも彼女は切嗣と綺礼が死闘を演じるその場所にまで奇跡的に辿りつく。だが舞耶の限界は、確実に迫っていた。それは彼女が力を振り絞って投げたナイフが、戦闘中であった綺礼の意識を一瞬だけ奪い、その隙を付いて撃たれたコンテンダーの弾丸が綺礼の腹を穿った瞬間に訪れた。

急速に力が抜け、立つことすら出来なくなった肉体を忌々しげに思いながらも、舞耶は満足していた。かつてアイリスフィールに語っていたように、彼女はその命を衛宮切嗣の理想に捧げた。それが有言実行され、ついに聖杯戦争最大の障害である言峰綺礼の排除に彼女の命が貢献したのならば、舞耶には文句も後悔もない。切嗣もそれが分かっているのか、彼女には目も向けず、唯ひたすらに最大の障害を安全かつ確実に処理する為の、最後の仕上げに取りかかっていた。つまりは、止めを刺すということである。


「今、お前の下らない理想の為に一人の女が死のうとしている――――全く愚か過ぎて理解出来んな」

轟音。
吐き捨てるように言った言葉の返答は、トンプソン・コンテンダーの一撃で以て返された。
返したものは弾丸で、返された場所は言峰綺礼の心臓。
この時、決着はついた。
衛宮切嗣が生き、言峰綺礼が死んだ。
この時だけは、それだけが唯一重大な意味を持つ。
だから、切嗣は意図して彼のそばに倒れ伏す女を無視した。
死の直前に吐いた敵の言葉を、切嗣はやはり意図して無視した。
今はそれよりも、今後の展開を考える事の方が重要と、脳内のどこかで泣く自分を徹底的に殺す。

(現在、聖杯はキャスター陣営の手の中にある。状況は間違いなく不利。相手が『裏切りの魔女』であると仮定するならば、交渉を装っての騙し討ちも恐らく出来ない。――いや、むしろこちらがそれをやられない様に用心する必要がある。全く、自分のような相手がこれほど厄介だとはな。敵に回して改めて自分の悪辣さが身にしみた)

自分が嫌われる要因を身を以て体験した切嗣だったが、その間にも頭脳は明確に今後の展開を予想し、それに対する方策を立てていた。
失ってしまった者を考慮に入れて、戦略を練る。
心がどれだけ悲鳴を上げようと、その精神がどれだけ苛まれようとも、彼は歩みを止める訳にはいかなかった。その瞬間、彼が今まで犠牲にしてきた者達が、一瞬のうちに無意味な生贄に変わることを知っていたからだ。
それだけは断じて許されるべきことではないと、切嗣は断固とした覚悟で己を押し殺す
衛宮切嗣は何処までも冷静で冷徹な戦闘機械で在ろうとした。否、在らねばならなかった。




おまたせしてすいません! 瞬間ダッシュです。
これにて主人公不在の幕間は終了となり、次回からは再び主人公視点となります。そして、あとは最終回に向けて一直線、となります。
いよいよこの物語も終わりに近づいてきました。あと数話で完結に持っていく予定ですので、よろしければもう少しだけお付き合いください。
それではまた次回。



8/18
感想欄で指摘していただいた誤字を修正しました。
みなさんありがとうございました。



[36625] 新たなる契約
Name: 瞬間ダッシュ◆7c356c1e ID:caffb20b
Date: 2013/08/27 09:06
薄暗い水の底から、泡が浮き上がる様に意識が浮上する。ああ、これは修行時代に誤って食べた毒草で昏倒し、その後に目覚めた時とよく似ている。僕は懐かしさを抱きながらそれに身を任せた。
僅かなまどろみと、それを上回る虚脱感が全身を支配するが、それらを意思の力で強引にねじ伏せて、すぐさま状況を確認する。
まず肉体面だが、残念ながら好調とは言い難い。手足を動かすのも億劫で、強烈な嘔吐感が断続的に襲いかかって来る。だが、運がいいことに頭はクリアで、思考能力には問題ない。
続いて、軽く目線を投げて辺りの様子を窺う。そこはボロボロのコンクリートと、朽ちた機械が乱雑に放置されている廃墟だった。
ここで少し頭の中を整理して、なぜ自分がここにいるのかを考えてみる。
……………………
………………
…………
……ああ、そうか。僕は間桐邸からの帰りにアサシンに襲われて意識を失った。その後、第二の工房である工場跡地に運ばれたのか。
ん? ということはもしかして……
僕は眩暈を感じながらも苦労して立ち上がり、より高い視点から全方位を眺める。すると案の定、僕のすぐ後ろに、居ると予想していた人物が鈍く光る魔法陣の上で仰臥していた。
より直接的に言えば、聖杯の担い手、いや、聖杯の器そのものであるアイリスフィール・フォン・アインツベルンが苦しそうに身を横たえていたのだ。
うん、どうやら僕の気絶以外は万事滞りなく進んだようだ。

「あら、気が付いたみたいね」

唐突に、ボロボロになったコンクリート柱の向こうから僕に対して言葉が発せられた。
当然、その人物に心当たりがあるので、慌てず騒がず首を向ける。
そこには大方の予想通り、僕のサーヴァントであるメディアさんが、いつものローブを頭から被った姿で立っていた。ただ、立ち姿にどこか疲労感が漂っているような……。

「キョースケはどのあたりまで覚えているの?」
「――――桜ちゃんを連れ出して、帰り道でアサシンに襲われたところまで……ですかね。メディアさんがここまで運んでくれたみたいですが」
「ええその通り。でも、キョースケが思っているよりも大変だったのよ。アサシンが武器に塗っていた毒を抜くために、全身の血をその場で抜き取って、その後蘇生して。私じゃなければ死んでたわよ。なんせ貴方に使われた毒は、ヒュドラの毒を元に作られていたんだから」

ヒュドラの毒といったら、ヘラクレスが使用していた弓矢の矢にも塗ってあったという超一級の猛毒だ。それなら確かに全身の血を抜き取る以外に手は無いな。解毒薬なんて作ってる暇なんてないだろうし。というか、メディアさんは軽く蘇生と言っているけど、そこまで致命的な状況下でもこうして僕の命が助かっているっていうことは、奇跡と言ってもいいくらいだ。それはつまり、メディアさんは治療の魔術の腕も想像を絶するレベルであることを端的に表している事に他ならない。
十分な準備と技術があれば、一時的に人間の血を全部抜き取った後に蘇生させることは現代の魔術師にも出来るだろう。だが、あの場、あの状況で即座にそれだけの治療を行うなんてことは、恐らくロード・エルメロイにも出来ない。
しかし、僕の呪い人形では外傷には対応できても毒には対応出来なかったのか。
聖杯戦争で僕が殺される可能性の中で、毒殺は想定していなかったな。
アサシンはナイフを投げるイメージと、分身して行動するイメージしかなかったのがこのような危機を生んでしまったようだ。そりゃあ、暗殺者なんだから武器に毒ぐらい塗るよな、クソ。
でも、それでもこうして生き永らえたんだから、まあ結果オーライだ。

「ヒュドラの毒ですか……ありがとうございますメディアさん、本当に九死に一生だったみたいで」
「言っておくけれど、決して完治したわけではないわ」
「――――え?」
「すぐに排出したとはいえ、どうしても毒は体内に残ってしまうものよ。時期は分からないけど――それがどんなに微小な量でも徐々に肉体に影響を与え始めて、いずれは……」
「死……ですか」

そっと自分の胸に手を当てる。心臓は今も元気に動き、僕が今ここに生きている事を教えてくれる。かつて僕が永遠に失い、そして何の因果か再び得ることが出来た生命の鼓動。…………正直に言って、僕は未だに死ぬのが怖い。
一般的に、人が死を恐れるのは自分が完全に消滅する事を恐れるからだ。そういった意味では、僕は僕のまま再び生まれ変わることが出来た以上、死など恐れる必要はないハズだ。
だが、今度また死んでも、再び僕が僕もまま生まれ変われる保証はどこにもない。もしかしたら、今度こそ本当の意味での死が僕を待ち受けているのかもしれない。だからこそ、僕は死を恐れる。


「……助かる見込みは無いんですか?」
「まず不可能よ。いくら私でも、一度体内に吸収された毒を完全に抜き取ることはできないわ――――ごめんなさい、私の力不足で……」


死は、怖い。だが、それで足が竦むようではそもそもこの世界では生きていけない。
型月世界の魔術師は、死など恐れない。
そんな連中を向こうに回して戦う以上、最低限、恐怖を飲み込んででも前に進む度胸がなければ本当に死んでしまう。
敵に追われて崖に追い込まれたのならば、へたり込んで殺されるよりは運に任せて飛び降りる勇気こそ必要なのだ。
そういう覚悟を、僕は生まれ変わってから人生で身に付けてきたつもりだ。

だが今は、沈痛な面持ちで言葉を発するメディアさんに、僕の胸はチクリと痛んで仕方なかった
いつも飄々としているメディアさんがこんな顔するなんて……なんだからしくないなと思ってしまった。

「謝らないでください。油断した僕にも責任があります」

――それに、今回の聖杯戦争に呼ばれたアサシンには分身体を作る能力があることを伏せていた僕自身の責任だ。仕方なかったとはいえ、これは僕自身の招いた事態だ。第一、いま僕は戦争をしているのだ。原作知識でうまく立ち回ろうとも、予期せぬ事態はどうしたって起こる。望もうと望むまいと、戦いに身を置く以上はそういうのも覚悟していなければならない。勝手に聖杯戦争に参加させられたことに対する不満もあるが、今ここで不貞腐れてみても、事態は好転しない。
ならばここは、どうせ一度は捨てた命だと、自分自身を騙して聖杯をもぎ取るべきだ。そうでなければ、僕のしてきたことは全て無駄になるのだ。
それに、何も今日明日死ぬわけではない。案外、五十年後六十年後に毒の影響が出て死ぬかもしれないし、それまでに何とかなる可能性だってあるのだ。まだ諦めるには早過ぎる。
――――いや、聖杯を使ってこの世界を改編すれば、こんなシリアスな展開もなかったことになる可能性だってあるのだ。そう、要するに勝てばいいのだ。
勝つことでこそ、扉は開かれる。だったら…………

「ねえメディアさん。実は、今まで内緒にしていた事があったんです。僕自身の、いえ、僕の前世の話なんですが…………」

多分、今こそ僕自身の本当の事を言うべきなんだと思った。ここから先は、いよいよ最終局面だ。そして、必ず勝たなければいけない理由がもう一つ出来てしまった。短い間だったけど、確かに僕とメディアさんは同じ戦場に立って、共に命を賭けて戦ってきた。なら、これ以上適当な言葉で大事な戦友を誤魔化す事は、僕には出来なかった。
僕のような人間を本気で心配してくれている人をこれ以上偽れるほど、どうやら僕の神経は図太くないようだ。
こうして、僕は僕の前世の事を話し始めた――――。


















「並行世界、それも未来からの転生。しかも、今この冬木で行われている戦いが物語として存在する世界……それがキョースケの本当の武器だったってことね」
「はい。こんなことを誰かに喋ったのは両親を含めてメディアさんが初めてです。――――今まで黙っててすいませんでした」
「本当は怒りたいけれど、事情が事情だし、仕方ないと思うわ。でも、これでキョースケの異様なまでの準備の良さの正体が分かったわ」
「はい。単に『知っていた』だけですから、その知識を元にうまく立ち回ってただけです」

結局、僕は今まで隠していた全てを語った。Fateという物語の事。そして各サーヴァントや聖杯戦争の裏側のことまで、僕が知りうる全ての知識をメディアさんに話した。
後悔はなかった。
あるとすれば、今までこんな大事な事を秘匿していた事に対する罪悪感だ。
そして、僕自身の評価が裏返ることへの恐怖。

「軽蔑しましたか? ズルして戦ってた卑怯者だって」

未来の知識があったからここまで戦うことが出来た――そうメディアさんに思われて、軽蔑されることが怖くて仕方なかった。
最終局面まで生き残れたのも、僕自身の力でも何でもなく、カンニングみたいな抜け道でここまで来れたと、そう侮蔑されるのではないかと恐ろしかった。
調子に乗っていた自分が今は恨めしい。
だが、メディアさんはそんな僕の言葉にきょとんとするばかりだった。

「でも、ここまで戦い抜いたのは紛れもなくキョースケ自身の力でしょう? 途中、知識にないこともあったんじゃなくて?」
「――確かに、聖杯戦争が進むごとに知識とのズレが生じてました。僕自身も、アサシンに殺されかけたのは想定外ですし、想定外の最たるものが未遠川でのゴースト騒動です。あんなものは、無かった筈ですから」

それだけではない。小さな事では最初のセイバーとランサーとの戦いの場に、ケイネス・エルメロイが現れなかったこと。ライダーの酒盛りに強引に参加させられたこと。
僕自身が原因でおこった小さな変化に、僕は混乱しながらも、メディアさんの協力でなんとかここまでやってこれた。
だが、それはマスターとしては当たり前のことだ。
通常、他の陣営のマスターには原作知識などないのだから、常に自分の頭で今後の展開を予想し、自分の手腕でその時々の危機を突破するものだ。
だが、メディアさんはそんな僕の考えを否定するような強いまなざしで、キッパリと言った。



「なら、胸を張りなさい。大体、聖杯戦争に参加したマスターの中で、本当の意味で条件が同じ者なんてあり得ないわ。大なり小なりそれぞれに有利な面や不利な面を抱えて、それでも戦っているの。貴方は知識という他のマスターに無い武器をうまく使ってここまで戦い抜いた。キョースケ、貴方は確かに立派なマスターよ。私が認めてあげる」
「メディアさん……」
「それに貴方の話が本当なら、ランサー陣営は変則契約とやらで、実質2人のマスターで聖杯戦争に参加しているし、御三家は大事な情報を秘匿しているわ。貴方が恥に思う必要なんてないわよ」

……………………その言葉に、僕は救われた思いだった。
最初は、木偶人形にされたくないからと、本当の事をメディアさんに隠した。だけど、聖杯戦争を勝ち抜いてメディアさんに認められ始めると、今度は自分でも無意識に、評価を落とされる事が怖くて言い出せなくなったような気がする。
だけど、そんな僕の抱えていた悩みも、その一言で全て解決してしまった。
吹き飛んでしまった。
メディアさんは、こんな僕を認めてくれた。
それが何よりもうれしくて仕方なかった。

「メディアさん、隠しごとをしててごめんさい。そして、ありがとうございます。こんなこと言うのもどうかと思うんですけど……改めて僕のサーヴァントになって下さい」

僕はそっと手の甲を出して、令呪を露わにした。
メディアさんも僕のやろうとしている事を理解したようで、背筋を伸ばす。

「――――汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。 聖杯の寄る辺に従い、この意、この理に従うならば応えよ」
「――――誓いましょう。貴方と共に、聖杯を掴むことを約束します」

本来は、最初でやっておかなければならない大事な儀式。
この時、僕達は本当の意味で、共に聖杯戦争に挑み、共に聖杯を掴まんとするマスターとそのサーヴァント、いや、お互いの命を預け合う相棒になった。
――なることが、出来たのだ。








★★★★★★★★




土御門恭介とメディアが本当の意味でのコンビになったその時、冬木教会でもう一組の新たな主従が生まれようとしていた。


「神父様。いい加減認めてくれませんか? 私が新たなマスターとなって聖杯戦争に参加する事を」
「確かに、貴方の手にあるのが正真正銘の令呪であることは確認しました。ですが、貴女には未遠川に出現したゴーストのマスターであった疑惑が掛けられている。この状態で貴女にサーヴァントを預けていいものかどうか……」

締め切った冬木教会の談話室で、言峰璃正神父とケイネス・エルメロイの婚約者であったソラウ・ヌァザレ・ソフィアリが向き合っていた。そしてそんな二人の話をつまらなそうに聞いているアーチャーが、やれやれといった風にため息をつく。
孤立無援の言峰神父は、この場に息子の綺礼が居てくれたならばと、今ほど思ったことは無かった。

璃正神父が言峰綺礼の訃報を聞いたのは、夜明け前の事だった。市内を巡回していた教会のエージェントが、銃弾によって心臓を撃ち抜かれた言峰綺礼の遺体を回収してきたのだ。
ちょうどその時、自分をマスターとして認め、サーヴァントを寄こせとしつこく交渉していたソラウに神経をすり減らしていた神父には、まさに追い打ちをかけるような事態だった。
息子を失った以上、もはやアーチャーを綺礼に預けて聖杯戦争に参加させる事は出来なくなった。ゆえに訃報を聞いた時点で、神父は速やかにソラウをマスターとして認めても良かった。
だが、教会のエージェントから、どうにもこのソラウ女史こそがあのゴースト騒ぎの首謀者である可能性が濃厚であるという調査結果が、彼に二の足を踏ませていた。

一方、どうしてもマスターに成りたいソラウは神父の疑惑を強引に無視して、とにかく認めろと言って聞かない。
かつて、ソラウ女史はケイネス・エルメロイから半ば強引に令呪の一画を譲り受けていた。
その令呪を利用して、彼女は平将門公を自身のサーヴァントに仕立て上げ、他のマスターからサーヴァントを強奪して、彼女自身が正規のマスターとして聖杯戦争に参加する事を画策したが、結果は散々なものだった。
ゴーストが強引かつ急速にソラウから奪い取って行った魔力の量は膨大で、これによって彼女は令呪を使う暇なく意識を失った。
今こうして彼女が生きているのは、単純にゴーストがより大量の魔力を手に入れる環境――東京からの魔力を貯水槽へと流すために使っていた未遠川――を得たことによって用済みになったからに他ならない。
だが、そんなゴーストも結束したサーヴァント達によって討伐され、彼女の未使用分の令呪も聖杯に回収。ソラウは完全に聖杯戦争から除外された――――ハズであった。
運命のいたずらか、彼女のランサーに対する執念が聖杯に認められてしまったのだ。
遠坂時臣の死亡によって契約に逸れたサーヴァントが発生する段になって、ソラウは今度こそ正規の手順によってサーヴァントを従える手段、つまりは令呪を聖杯から賜った。
正当な手段で手に入れた権利を行使して何が悪いと、ソラウは半ば開き直りで自分自身が引き起こした惨事を知らぬ存ぜぬで押し切る。

「神父様。私は名門魔術師の出です。もちろん、神秘の秘匿に対する認識も弁えています。あのような前代未聞な事態の犯人に疑われるというのは心外です」
「ええ、もちろん承知しています。ですが、貴女が犯人でないという証拠もまた無いのです」
「犯人はキャスター陣営ではないですか? 全ての陣営の中で最も非力なサーヴァントを従えている以上、ああいった暴挙に出ることは容易に想像できます。第一、私にどんな動機があるというのですか?」
「…………」

そして、全ての疑惑をキャスター陣営に押し付けた。
だが、この言葉には璃正神父も即座に切って捨てることが出来なかった。
遠坂時臣の殺害は、残留魔力からバーサーカーの仕業であるという調査結果が上がっていたが、璃正神父には、あの狂戦士と未熟な間桐のマスターにそこまでの作戦を遂行するだけの能力があるとはどうしても思えなかったのだ。神父の勘では、間桐雁夜は繊細な作戦を立てるよりも、とりあえずバーサーカーを嗾けるタイプのように思えてならなかった。
ならば、黒幕がいると思うのが自然。そしてその黒幕は、あの時教会で遠坂時臣と会談していたハズのキャスターのマスター以外にない。

「…………分かりました。貴女を新たなマスターとして認めましょう」
「ありがとうございます、神父様」

結局、折れたのは言峰神父の方だった。結局のところ、証拠がないという点に尽きるのだ。
疑わしきは罰せず。丸一日、時間稼ぎをしても証拠を手に入れられなかった時点で彼の負けだった。

「下らん。見るに堪えんな」

めっきり老けた言峰璃正神父と、花開く様な笑みを浮かべて喜ぶソラウ女史に、いよいよ不機嫌になるアーチャーはそう吐き捨てた。
一目見ただけで、ギルガメッシュにはソラウの内に抱える望みが、彼の眼鏡に適うようなものでないことを看破していた。
事実、ソラウの望みは再びランサーと出会い、そして愛し合いたいという、極めて平凡で、どこまでも普通な、何の面白みもないものだった。
だが、当の本人にはそれが地球上の何よりも重い命題であると信じて疑わない。


「さあ、私が新たなマスターよ! 私に従いなさい!」
「…………」

こうして、ソラウとアーチャーは契約を交わし、2人は聖杯戦争の表舞台に再び上がった。だが、果たして彼女は気付いていただろうか?
ギルガメッシュが、まるで今晩の食卓に並べられる予定の家畜を眺めるよりもなお冷たい目で彼女を見ている事を。
唯の恋慕に身を焦がす程度のありふれた愚か者に、かの英雄王が唯々諾々と従うことなどない事実を。
そして、バーサーカーよりもなお苛烈で容赦のない魔力の供給を要求され、今度こそありったけの魔力を奪われて干からびる彼女自身の未来を。
――――まさに一寸先は闇とは、この事だ。



[36625] 聖杯の器
Name: 瞬間ダッシュ◆7c356c1e ID:caffb20b
Date: 2013/10/26 19:47


夕方間際の廃工場、最終局面を前にして団結した僕とメディアさん。未来予知という名の原作知識まで共有した僕達には、既に死角はないだろう。後は何の憂いもなく、勝ちに行くのみだ。
さて、改めて言う程ではないが、僕達の最終目標はサーヴァントを全て打倒し、聖杯を手に入れること。
ここで重要なのは、何の処置もせずに聖杯を完成させてしまうと、聖杯の中身であるこの世全ての悪(アンリ・マユ)がこの世に誕生し、世界が滅亡してしまうという点。
僕が把握しているだけで現在の脱落者は、ランサーのみ。しかしアイリスフィールさんの状態を見る限り、恐らくアサシンも脱落したものと思われる。
たったの『2騎』、これだけなら何と言うことはないが、これから先も順調に脱落していくサーヴァントがいれば、いずれあの『孔』が冬木上空に出現する。となれば、メディアさんなら汚染された聖杯でも機能させられる云々の前に、最低でもそこから泥が漏れるような事がないように、その対策を取らなければならない。

戦い事態に関しては、バーサーカーとメディアさんがコンビを組んで戦えば、そうそう負ける事は無い。そこにセイバー陣営との協力があれば、勝機は十分ある。
確かにアーチャーは、本気になられると手がつけられない最強キャラだ。だが、アヴァロン装備のセイバーとバーサーカーとの共同戦線で戦えば、打倒可能だ。
唯一の懸念はバーサーカーがセイバーに殴りかかって行く事なのだが……そんな時こそ令呪の出番だろう。

だが、詳細な作戦を組み立てる前にやるべき事がある。
ズバリ、僕が昏倒していた間に起こった出来事を聞くことだ。
僕はメディアさんに丁寧に頼み(このあたりはもう癖みたいなものだ)、話を聞いた。
メディアさんの回想をまとめると、こんな感じだ。

僕の治療を路上で終えた後、メディアさんは僕と桜ちゃんを抱えて工場跡地に移動し、それから桜ちゃんの治療に取りかかったらしい。空を飛ぶ鳥を魚にジョブチェンジするような無茶な調整を受けていた桜ちゃんだったが、メディアさんの手にかかれば、元の身体に戻す事は出来たようだ。もちろん完璧とは言えず、髪や瞳の色の変色といった後遺症は残ってしまうが、概ね問題ないレベルまで治療できたとのことだ。
さて、そんな大規模な治療を行っていると、雁夜おじさんとバーサーカーが帰還。桜ちゃんの治療中だったメディアさんと少し悶着があったようだが、無事にアイリスフィールさんの身柄を預かることに成功した。僕が後に尋問出来るように、わざわざアイリスフィールさんの為の魔法陣もその場で用意してくれたとのことだ。
ここまでは僕の予想通りだったが、ここで少し想定外の事態が発生した。
なんと雁夜おじさんは自分から、自身の令呪とサーヴァントであるバーサーカーをメディアさんに譲渡――つまりは、聖杯戦争からの足抜けを宣言し、桜ちゃんを連れてここから飛び出してしまったのだ。

メディアさんはこの申し出を受け入れ、おじさんは晴れて聖杯戦争から解放されたのだが……これはどうなんだろう?
いやまあ、ここから先は特に汚れ仕事などないから、汚名やら容疑やらを僕の代わりに被ってくれる存在は必要ないのだから別に構わないんだけどさ、間桐雁夜という男はこんなにも潔い人物だっただろうか? てっきり、今度は葵さんに良い所見せようと最後まで付き合うかとも思っていただけに予想外だ。それとも、遠坂時臣を殺し、桜ちゃんを間桐から解放して手元に置いた時点で満足してしまったのか。ぱっと見は幼女誘拐だが、戸籍上は親戚同士だし別にいいか。
まあ雁夜おじさんにどんな心境の変化があったのかは知らないが、この後の作戦に支障はないだろう。サーヴァントと令呪さえ残してくれればおじさんは用済みだし、桜ちゃんもこう言ってはなんだが戦略的価値はない。おじさんには僕の実家の住所を伝えてあるから、放っておいても別に構わないだろう。
メディアさんが私的な戦力を得たことも、この際かまわない。なんせ裏切るつもりなら、僕は今頃ぽっくり毒で死んでいるだろうし。

ここまでが今朝の時点での話だ。それから先は、特に僕が指定していなかったので、メディアさんが独自に動いてくれた。
まずメディアさんが行ったことは、冬木市民会館の魔術的防備を固めたこと。といっても、あくまで最低限のものだ。そもそも市民会館を降霊場所に選んだのは、他の陣営を欺くためで、なにもここで最終決戦を行うつもりなど最初からない。だから、何かの拍子に部外者が侵入してきたりしないようにし、使い魔の目を欺くくらいの結界しか張っていないとのことだが、僕的にはそれで充分だと思う。
その代わり、敵サーヴァントと戦うための場はここから離れた柳洞寺にするつもりで、今まで人知れずその為の準備をしていたらしい。最初にメディアさんが疲れている様子だったのは、これが原因みたいだ。

確か原作では衛宮切嗣が柳洞寺で張り込みをしていたはずだが、もう原作なんて崩壊しただろうから別の場所で別の事をしていることは十分あり得る。残りの要注意人物は言峰綺礼だが、アサシンを嗾けて来た以上、昨日の段階では生きていたと推察できる。何をするか分からない奴だから、なんとか居どころを特定しておきたい。

以上のことから、課題はあるものの差し当たって致命的な事は発生していない。これならいくらでも挽回できるかな。
よし! それじゃあ更なる協力者(手駒)を増やすべく、交渉といきますか!

僕は思考を切り替えて、目的の人物が横たわる場所までワザと遠回りする。ゆっくりと全身を動かすように歩くが、別段影響は無いようだ。まあ、魔術戦は控えるべきだろうけど。
ヒュドラの毒の影響が分からない以上、自重する他ない。
さて――

「こんにちは。気分はいかがですか?」
「…………ぁ」

魔法陣の中で苦しそうに寝ていたアイリスフィールさんに声を掛ける。
寝起きだからだろうか? アイリさんはしばし呆けた顔で辺りを見回していた。ゆっくりと上体を持ち上げながら小さな吐息を漏らす様子は、なかなかに可愛らしいものだった。だが、僕の存在に気付くとすぐに厳しい表情となり、キッ、と睨んでくる。

「キャスターの……そう、これはあなたの差し金だったのね……」
「聖杯の器を確保した以上、現時点で最も優勝に近いのは僕達です。アインツベルンの悲願はどうやら極東の半端な魔術師によって遂げられるようですよ。まあ、我慢してくださいな。それとも、婿養子にしてまでマスターに仕立てた衛宮切嗣以外に勝たれるのは不満ですか?」

『聖杯の器』『婿養子のマスター』『衛宮切嗣』というキーワードをあえて混ぜることで、僕達が全て知った上で拉致を行ったのだと言う事を言外にアピールする。
アイリスフィールさんは一瞬だけ苦々しいという風に顔をそむけたが、すぐに目に力を込めて視線で僕を射抜く。

「そこまで分かっているなら答える必要はないわね。私達が……いえ、私が聖杯を捧げたいのは唯一人、夫以外にいない。夫は必ずあなたを倒し、聖杯を手に入れるでしょう。覚悟することね」

額に苦悶の汗を浮かべながら、アイリさんは堂々と言い放った。
誘拐された身であるという圧倒的に弱い立場で在りながら、まるで女帝のように鋭利で威圧的な雰囲気だ。「恐ろしい女性」……彼女の事を一切知らない人間だったら、そう評価して尻込みするだろう。だが、こちらはそうではない。
僕はアイリスフィールさんのプレッシャーを押し返し、強気な姿勢で相対する。

「残念ですけど、貴方達では聖杯を手に入れられません」
「随分な自信ね。たかが私を抑えたくらいで」

フン、と、僕と彼女の立場が逆であるかのように不遜に嗤うアイリスフィールさんだった。
よほど夫を信用しているのだろう。衛宮切嗣が勝利する未来しかあり得ない、そんな感じだ。
でもまあ、別にそんな事は些細な事だから隅に置いておいて、そろそろ本題に入ろう。
多分そっちの方が、アイリさん的にも好都合だろう。だって、明らかにつらそうだし。


「そちらの夫婦愛の深さについては又の機会ということにして…………アイリスフィールさん。僕達と手を組みませんか? そうすれば、貴女の望みも僕が叶えます。もちろん、セイバーのマスターである衛宮切嗣の願いも」
「面白い冗談ね。それに勘違いを訂正してあげる。彼の願いと私の願いは同じモノよ」
「いいえ。違いますね」

僕の断定口調にむっとするアイリスフィールさんだったが、ここからが僕のターンだ。
手心を加えず、一気に攻める。

「あなたにはイリヤスフィールという8歳の娘がいますね。」
「――――っ」

黙秘である。だが、動揺は抑えきれない。
親にとって、子は最大の弱点に成りえる。想像してほしい、敵対関係にある相手の口から、唐突に自分の子供の名前が飛び出て来るのだ。
誘拐等の嫌な想像が駆けまわることだろう。まあ、そんなことしてないし出来ないが、「もしも」を考えてしてしまうことは避けられない。
さて、ではアイリスフィールさんの心に出来た揺らぎを攻め立てますか。

「もし今回の儀式が失敗に終われば、第五次聖杯戦争に器として捧げられるのはあなたの大事な1人娘です。ええ、母としては是が非でも聖杯戦争はここで完結させたいところでしょうね。つまり、突き詰めて言えば別に聖杯が完成するなら、誰が勝者になっても構わないんですよあなたは」
「そんなことは――!」
「違うと言いきれますか? あなたは本当に、心の底から、本心で恒久的世界平和なんて望んでいるんですか? 夫と娘と冬の城……これがあなたにとっての世界の全てでは?
アイリスフィール・フォン・アインツベルンと衛宮切嗣とでは、方向性は同じでも見ているものは違うんですよ」
「――――」
「例え話をしましょう。ここに見ず知らずの他人3人と、貴方と娘のイリヤスフ――イリヤちゃんがそれぞれ定員が三名の小船に、別々に乗って大海原を漂流していたとします。この二つの船の船底に、同時に致命的な穴が空いた。船を修理する技術を持つのは衛宮切嗣のみだった場合、彼はどういう決断を下すでしょう?」

聖杯に取り込まれた衛宮切嗣が問われた例え話を元に、僕なりのアレンジを加えた話をアイリさんに尋ねてみる。

「答えはあなた達2人を見殺しにして、赤の他人3人を助けます。これが彼の正義です。
彼にとっては愛する妻も娘も、天秤の皿の外には居ないんです。世界を救う為なら、彼はあなた達を生贄に捧げます。丁度今のようにね」

老若男女、貴賎を問わず出来るだけ多くの人命を助ける――これが『正義の味方』である衛宮切嗣のやり方だ。一人でも多くの者を救うためなら、『正義の味方』は天秤の軽い方に乗っている者を例外なく殺す。例え切り捨てられる方に、自分の大切な人がいようともだ。

「自分はともかく、娘まで犠牲にされるのは我慢できない――違いますか?」
「…………」

ついにアイリさんは今までの気丈な仮面を維持し切れず、泣きそうな顔で俯いてしまった。夫のやり方を知っていたからこそ、他者から指摘されることで、自分自身でも気づいていない事に気づかされてしまった、それがショックでたまらないという感じだ。
作中においてもアイリスフィールという女性は、衛宮切嗣の正義を本当の意味で理解していたようには見えない。事実、彼女の殻を被った存在は、世界の為に娘を撃ち殺した衛宮切嗣を糾弾し、呪っていた。
だからこその僕は思ったのだ。彼女にとっての世界は、親子3人という極めて小さい世界で完結していると。
アイリさんの表情を見る限り、どうやらそれは正解だったようだ。

「それに、残念ながら聖杯は穢れています。今の聖杯は願いを暴力という形でしか実現できない欠陥品ですので、世界平和なんて願ったって、人類が絶滅するというオチしかつかないでしょうね」
「何を言って――――」
「第三次聖杯戦争で、アインツベルンは重大なルール違反を犯した。英霊ではなく、この世全ての悪(アンリ・マユ)なんていう悪魔を呼びだすというね。もっとも、呼び出されたものの早々に敗退したそうですけど」

さんざんに打ちのめされて弱っているアイリさんに、彼女も知らない事実を次々にぶつけた。
聖杯の汚染にこの世全ての悪(アンリ・マユ)――――今の彼女には、反論するだけの気力などないと踏んで、一気にラストスパートをかける。

「ただその後が不味かった。この世全ての悪(アンリ・マユ)は英雄でも何でもなく、大昔に民衆の不満の捌け口にされていた、哀れで無力な青年に過ぎない。悪であれという周囲の願望が生み出した架空の悪魔がこの世全ての悪(アンリ・マユ)の正体です。ただこの願望が、願望機である聖杯に誤作動を起こさせ、本来は無色透明なハズだった聖杯の魔力は、呪いに犯されてしまいました。事実として今回の聖杯戦争では、召喚されてもいない怨霊が何の因果か一時的にサーヴァントとして扱われるという珍事が起きています。そう、未遠川のゴーストのことですよ」
「っ!」
「でも、僕のサーヴァントなら、そんな汚染された聖杯でも使いこなす事が出来ます。むしろ、現段階で聖杯を正しく使えるのはキャスター以外に存在しません。幸か不幸か、僕の望みは『優しい世界の実現』で、あなたと衛宮切嗣の願いと方向が同じです。僕に任せて貰えば、うまくまとまるんですよ」

溺れる者は藁をも掴む。
揺さぶり、不安を煽り、解決策を示す――詐欺師の常套手段だ。
僕は半ば成功を確信していた。
アイリスフィールさんを口説き落とせば、衛宮切嗣との交渉もスムーズに進めることが出来る。最低でも、彼女があらかじめ話を通しておいてくれるだけで、大分違うだろう。
セイバーとの協力関係が築ければ、アーチャーを打倒できる――僕の脳内で今後の展開がシュミレートされる。だが――



「…………お断りよ」
「――――――なんですと?」

僕の提案は、真っ向から拒絶された。
正直、ここまで即決されるとは思っていなかった。せいぜい多少渋られる程度だと踏んでいただけに、これは予想外だ。
すぐさま状況を立て直そうとするが、アイリさんの迷いのない目を見て――僕の敗北が決定してしまったことを悟った。
迷っている人間の背中を押して、考えを誘導することは出来る。だが、確固たる決意をされてしまうと、これはもうよほどの事がない限り、考えを覆させることはできない。


「確かに私は、あの人の理想を完全には理解できていないのかもしれない。親子3人と冬の城が私にとっての世界ということも、否定しきれないわ――――でもお生憎様。なんの裏付けもなく敵の言葉を信用するほど、私は愚かではないわ。もちろん夫もね」
「…………」

当たり前のことを、当たり前のように返されてしまった。
一応、セルフギアススクロールを付ける事も考えたが……それにはリスクが発生する。
僕が彼女に期待するのは、あくまで衛宮切嗣への中継のみだ。もしもそれを相手に悟られ、中継を行う代償に何かを求められたら、逆に僕達が騙される隙を作ることに成りかねない。相手は『魔術師殺し』だ。終始こちらが主導権を握るような交渉でなければ、足元をすくわれる!

「……残念です」

発動中の魔法陣を乱し、アイリスフィールさんの意識を刈り取る。
結局僕は、彼女との交渉を断念せざるを得なかった。
交渉を継続する事の危険性を、僕が許容し切れなかったからだ。
でもまあいいさ。本命は衛宮切嗣である以上、アイリスフィールさんを口説くのは絶対の条件ではない。
悔しいが、ここは僕の負けだ。

糸が切れたように倒れ伏すアイリスフィールさんを尻目に、改めて僕達は作戦を立てるべく相談をした。
その途中、メディアさんでも現在生き残っているのは誰と誰なのか把握できていないと言う事実に気づく。
予想としてはセイバー、アーチャー、ライダー。そしてそのマスターとして、衛宮切嗣、言峰綺礼、ウェイバー・ベルベットだが……それほど信頼出来る予想ではない。
アーチャーは脱落していたら、アイリスフィールさんは今頃聖杯になっていることから、ほぼ確実に残っている。だとすると、セイバーとライダーが不確定だ。
う~ん……よし、ここは手駒候補のセイバーが主人公補正で生き残っている事を祈りつつ、言峰綺礼の手法をパクろう。

「メディアさん、決戦の地は柳洞寺にするんですよね?」
「ええ」
「そこには、メディアさんも行くんですよね?」
「そうね。急いで準備したとはいえ、あそこは私の工房ですもの」
「なら……色違いの4と7の光を冬木全域から見えるように打ち上げてくれませんか?」
「『達成』と『勝利』つまり、挑発ってことね」
「はい。これで残った全ての陣営が柳洞寺に押しかけてきます」

そして、全陣営の目が柳洞寺に集まっている隙に、僕は僕で冬木市民会館に飛び込み、聖杯を降臨させる。一見、僕達がで柳洞寺儀式を行うと見せかける作戦だ。これで邪魔するものはいないだろう。

「あとは、集まってきたサーヴァント同士で争わせ、最後の一騎をメディアさんとバーサーカーで仕留めて、この戦いは終わりです」

戦いに成れば、生き残るのはアーチャーとセイバーになる公算が高い。アーチャーとセイバーが相討ちになれば最良、セイバーが生き残るならば良、アーチャーが生き残れば最悪だ。

「多分セイバーとアーチャーが残ると思いますけど、その時はセイバーと協力してでもアーチャーを潰してください。セイバー陣営とは交渉の席で謀殺できますが、アーチャーは話し合いの余地もないでしょうから」
「セイバー達には、聖杯の穢れの事を?」
「はい。この聖杯戦争で降臨する聖杯は穢れています。ですが……」
「私ならそんな聖杯でも正しく機能させられる、と。その事をセイバーのマスター吹き込んで、セイバーを自害させるつもりね」

最終決戦でセイバーが残れば、正直僕達の勝利は目前だ。型月世界の世界観を犬日々のソレに改編すれば、メディアさんもイリヤたんもこれ以上不幸になることは無い。そして、この世界を覆う数多の悲劇も無くなるし、僕も助かるかもしれない。
これは、衛宮切嗣の願いとも共存できる。
アイリさんには袖にされたが、衛宮切嗣にこの辺りの事を吹き込んで、セルフギアススクロールでもなんでも使ってとりあえずセイバーさえ自害させられれば、後はどうとでもなる。最悪、破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)で全部なしにしてしまっても構わない。どちらにしても僕達には何の損もないのだ。

「じゃあそろそろ始めるけど、良いかしら?」
「はい。僕がセイバーのマスターとお話して、説得しますから」

始めると言うのは、聖杯の器の摘出のことだ。
非情なことだけど、交渉が失敗した以上彼女を生かしておく理由は無い。
だから僕は、アイリさんから失敬した携帯電話をメディアさんに見せながら、是と答える。
生憎とここでは圏外だが、市民会館周辺なら繋がるだろう。






聖杯の器を摘出と、大聖杯との接続を断つ作業はメディアさんによってつつがなく終了した。大聖杯との接続を断つ……これは現時点での脱落者を把握できていない僕が保険の意味で打った手だ。
そもそも聖杯の器には現在英霊の魂由来の、無色透明の魔力しかない。これが汚染されるのは、後天的なものだ。
なら、最初からその接続が出来ないようにしてしまえば、それでもう汚染されることはない、という寸法だ。まあこれをやっちゃうと、他の陣営でも小聖杯の使用が可能になるんだけど……聖杯の器を確保している僕達が言わなきゃバレることはない。
原作を見る限り、外殻であるアイリスフィールさんの肉体が健在であるうちは、聖杯も汚染されていない。

僕に手渡される金色の杯。かつて1人の女性の人格を被っていた聖杯の器を僕に預けると、メディアさんは霊体化して去って行った。戦の地であるへ柳洞寺向かったのだろう。
では、僕も僕の仕事に取りかかろう。
僕は冬木の街を覆う夜空を見上げながら、狼煙が上がるのを待つ。
に柳洞寺全ての目を向けさせた上で、僕は冬木市民会館に赴いて、誰にも邪魔されずに聖杯降臨の儀式を行う。
柳洞寺の戦いによっては決着が後日になることもあり得るが……

「多分、今夜で全てが終わる」

なんとなく僕は察していた。多分、いや確実に聖杯戦争は後数時間で決着すると。



[36625] 幕間~~聖杯は誰がために~~
Name: 瞬間ダッシュ◆7c356c1e ID:caffb20b
Date: 2013/10/26 19:48
聖杯戦争は、終盤においては陣取り合戦の様相を呈してくる。
それは聖杯を降ろせる場所が、限定されているために起こる必然的な戦いでもある。
もしも真に聖杯を欲するならば、降臨の為の儀式を特定の土地で執り行わなければならない。
この儀式を行い、冬木に聖杯を降臨させるだけの霊格を備えた土地は4か所ほど存在する。
第一位は柳洞寺がある円蔵山、第二位の冬木教会、第三位の遠坂邸、そして第四位の冬木市民会館である。
第四位は後天的に霊地となった場所で、第三次聖杯戦争から候補地の一つとしてマークされるようになったという歴史を持つ土地であるため、特にどこかの陣営の手に落ちているという訳ではない。

こうして見れば、儀式の場を事前に確保できている遠坂家の優位さが窺えることだろう。
もっとも、アインツベルンが用意する器を入手しなければならないという条件はあるが、それでも外来のマスターよりはよほど有利な状況であったと言える。

さて、本来は御三家のアドバンテージとして確保していた聖杯の器を奪われてしまった衛宮切嗣は、何としてでも土御門恭介が聖杯降臨の儀式を執り行う場所を特定し、乗り込まなければならない。
今の状態が一時的なものなのか、それともこのままアインツベルンが四度目の失敗を迎えるのかは全て切嗣の双肩にかかっている。
問題は、何処で土御門恭介が儀式を執り行おうとしているのかだが……

(ヤツは工房に籠って防衛戦をするつもりは一切ない。そう考えれば、工房の位置を特定できなかった事も頷ける)

切嗣は冬木教会を監視できる位置にある、とある民家の二階角部屋に陣取って、スコープを通して教会へと至る道を監視しながら考えた。
切嗣の言う通り、キャスターのマスターは聖杯戦争序盤から今に至るまで、自陣営の工房を秘匿し続けることに成功していた。
定石ならば、キャスターは冬木の中でも優れた霊地に陣を構え、敵を迎え撃つ防衛戦を主体とするはずだ。ならばこそ、切嗣は工房に適した土地を徹底的にマークし、網を張ったのだ。仮にも昔堅気の魔術師ならば、上質の工房を用意しないではいられないと踏んでいた切嗣の誤算であった。

だが、待てど暮らせどそれに引っかからないということはつまり、キャスター達は工房の防衛力よりも、敵に発覚されることを避けたということに暗に示している。
戦うことを避け、影に徹する敵ならば、あからさまに目立つに柳洞寺籠ることはない――そう切嗣は判断し、真っ先に敵が現れる候補地から柳洞寺を外した。

(戦うことを極力避ける姿勢でありながら、一方で遠坂時臣と身を晒して交渉する度胸――これはキャスターのマスターが、臆病さと大胆さを併せ持っている事を示唆している)

柳洞寺を除いた残り3か所の内、アーチャーが陣取る遠坂邸はリスクの面から実質的に除外される。ならば、敵は冬木教会か冬木市民会館に現れる筈だ。
冬木教会は魔術師の天敵である聖堂教会の拠点、市民会館はまっさらな土地ゆえに魔術的な防衛能力は低いが故に、どちらも陣地とするには適さない。
未だ遠坂時臣の死亡を知らない衛宮切嗣はここで遠坂邸をマークの対象から外してしまうが、幸か不幸かこの失敗は失敗に成らなかった。というのも、遠坂邸はあらゆる陣営から警戒されている為に、隠れ蓑としては適さないとして早々に見切りをつけられていたからだ。
もしもここで土御門恭介が遠坂邸で聖杯降臨の儀式を行っていたならば、あるいは歴史も変わっていたかもしれない……が、これは少し未来の話で詮ないことであろう。

(陣地にするには不適格――だからこそ、ヤツはいずれかに現れる。僕達マスターの裏をかくために)

こうして切嗣は4か所の内2か所まで絞り込み、単身冬木教会に張り込んだ。
夜の帳が下りる教会を、魔術で強化した視力と特製のスコープで監視しつつ、使い魔を使役して市民会館の方も警戒する。
今ならば、猫一匹とて見逃さないだろう。
だが、それでも市民会館の方の警戒は、どうしても甘くなってしまっている。
こんな時に舞耶が居てくれれば……今となってはなんの意味もない考えを浮かべつつ、片手で切嗣はコンビニで買った安っぽいハンバーガーをかじって栄養を補給する。

アイリスフィールが拉致されたあの夜から数えて、もうすぐ1日が経過しようとしていた。
あの後直ぐにこの家を確保して監視体制を整えたものだから、切嗣は約24時間一睡もせずに、こうして狙撃銃のスコープを覗いている事になる。せめて食事で栄養でも取らなければ、十分な戦闘能力を保持できない。
切嗣の脳内では、既にアイリスフィールの生存はあり得ないとされており、敵を見つけ次第、聖杯の器を破壊しない限りのあらゆる戦闘手段を駆使するつもりで準備を進めていたのだ。
その為にも、万全とは言えずとも肉体の状態はある程度保ってなければならない。

家人には東京で独立した息子が帰省してきたという設定で暗示を掛け、今日は1日部屋で寝ているという風に信じ込ませているので、邪魔が入る心配はない。既に準備は完全に整っている。
それでも、ノイズのように余計な思考が混じることがある。

(また、1人になったな……)

完全にセイバーの事を忘却する衛宮切嗣。
だが家の前を一台の車両が通過したちょうどその時、夜陰を切り裂く様な魔力の波動が、冬木の町に響いた。もちろんそれは常人には感知できない様な代物であったが、魔術師かつ神経を尖らせていた切嗣は問題なく、その信号が意味するところを受け取った。
特定の色彩を伴った魔力光の発生源は円蔵山の柳洞寺で、内容は『達成』と『勝利』――あからさまな挑発行為であった。
それを見届けた切嗣は、手早く装備を整えて、部屋を出た。黒いくたびれたコートの内に凶悪な銃器を隠し持ちながら、彼は階段を下りて行く。
予想は外れたが、悔しがっている暇は彼にはないのだ。

「起きたのか。どこへ行く?」
「ちょっとそこまで出かけてくるよ」
「夕食を準備しておく。早く帰って来るんだぞ」

リビングから顔を出した老人が、ぶっきらぼうに、しかし確かな愛情を感じさせる僅かな笑顔と共に語りかけて来たので、切嗣は無難な対応で返した。
妻に先立たれ、一人息子はめったに帰ってこないというこの寂しい老人は、目の前の男が自分とは縁もゆかりもない人物であるということに気が付く気配は全く無い。
しかし、その向けられる温かい感情は確かに本物で、それが僅かながら切嗣の心にも影響を与えた。

「それじゃあ行ってくるよ。……父さん」

2度と会うことは無いと知りながらも、ついついそんな言葉を言い残してしまった切嗣は、靴を履いて玄関から外へ出た。
かつて少年時代を過ごした南の島。初恋の女性と共に父と三人で食事を取った風景。
もしかしたらあり得たかも知れない、何の変哲もない日常の欠片――衛宮切嗣が正義の名の元に、自ら断ち切った可能性の残滓を振り切って、切嗣は夜の街へと歩き出す。
その顔には、既に冷徹さしか窺う事は出来ない。

(敵の性格から考えて柳洞寺の挑発はブラフ。恐らくは全ての陣営をあの場に集結させて共食いをしている隙に、別の場所で聖杯降臨の儀式を執り行う腹だな。そしてその場所は――冬木市民会館)

遠坂邸、冬木教会では流石に攻め入る際に目立ってしまう。ならば、もっとも抵抗なく陣を構えられる場所は、冬木市民会館以外になかったが故の判断だった。そしてそれは、見事的中する。
闇夜に浮かぶその大きな建造物の影を見た時、切嗣は今度こそ自らの読みが当たったことを確信した。
市民会館に張り巡らされた真新しい隠ぺいと人払いの結界――それは間違いなく、いまこの場に敵魔術師がいる証である。
切嗣は、懐から取り出したトンプソン・コンテンダーの銃把を握りながら、堂々と正面玄関から侵入していく。

新築特有の匂い、反響する小さな物音――新品同然の廊下を踏みしめながら、時々感じる小さな使い魔の存在に神経を尖らせていると、不意に懐の携帯電話が鳴った。
初期設定のままの着信音をうるさいぐらい鳴らすそれを、切嗣は周囲に警戒の目を向けたまま通話ボタンを押して耳に当てる。
こんな時に電話を掛けて来る相手など、一人しかいない。

『お久しぶりです。こうして電話越しに話すのは二回目ですね』
「……何の用だ」

果たしてその相手は、予想通りの人物であった。
土御門恭介、今戦争のダークホース。
キャスターという貧弱なサーヴァントを率いながらも騎士王、征服王、英雄王を前にして、ついに最終決戦までこぎ着けた油断ならない危険な敵。
その上、どんな手を使ったのかバーサーカーとまで同盟している、要注意人物だ。

『交渉をしようと思いまして、まあ有体に言えば同盟のお誘いです』
「……」

同盟の為の交渉――――その言葉を聞いて一気に警戒の度合いを強める。
敵サーヴァントがあの「裏切りの魔女」であるならば、これほど信用ならない相手はいないだろう。
聖杯戦争の同盟とは即ち、裏切りすら織り込み済みの共闘である。だが、裏切りの二つ名を持っている相手とする者は、よほど特殊な事情があるか、出しぬける自信がある者以外は皆無だろう。

『僕が聖杯に望むのは、「誰にも優しい世界」 これはあなたの理想と合致しているハズです。僕達が組めば、アーチャーとて打倒できるでしょう。どうでしょうか?』

対アーチャー同盟。確かにそれは考慮に値するものかもしれない。いずれは絡め手でアーチャー陣営を陥落させる予定であった切嗣だが、保険として直接戦闘でも打倒できる目を用意できるのならば、それに越したことは無い。もっとも、それは相手が信用できる場合に限るが。
しかし今は、それ以上に聞き逃せない事があった。

(なぜ、僕の願いを?) 

自分の心を他人に見透かされる――それは不快である以上に、狩人にとっては最大限警戒すべき事柄だ。
なにせ、手札を覗かれているに等しいのだ。

『ああ、ちなみに聖杯は汚染されているので、僕のサーヴァントでないと願いは正しく叶えられないですよ。これというのもそもそも――――――』

その後も恭介は、切嗣が黙っているのをいいことに、次々と原作知識を織り交ぜつつ勧誘の攻勢を強めた。それはまるで腕利きの訪問販売員のようであった。
もしもキャスター陣営に関する情報が衛宮切嗣に不足していたら、少なくとも検討ぐらいはしてやろう、ぐらいのことは思っていただろう。だが――


『もしも不安でしたらセルフギアススクロールで――――』
「断る」
『……はい?』

相手の長台詞に被せるように一言、完全なる拒絶の言葉を返す切嗣。
その意味を理解できなかったのか、呆けた声が電話越しに聞こえてくる。

「お前と同盟するつもりも、ましてやお前の言葉を信じるつもりなどない。『裏切りの魔女』など信用できるか」
『…………』

キャスターのマスターからの誘いをバッサリと切り捨てる。その上サーヴァントの真名にまで言及して断りの理由とした切嗣に、電話の向こう側にいる『敵』は沈黙を保っている。
その時間は果たして1秒だったか10秒だったか。切嗣は相手の出方を探るために、こちらからは通話を切らず、しかし足は動かし続けた。
そして、沈黙は破られた。

『なら死ね』

これ以上は無い、疑いの余地のない宣戦布告が叩きつけられるように返って来た。
切嗣は特に慌てた様子もなく、携帯を懐に仕舞う。
こうして、2人が手を取り合い、世界平和を実現すると言う未来は、完全に失われた。
後は、自らの望みを叶えるために、相対する者を打倒するのみ。
2人の戦いが、静かに始まった。



★★



同時刻、間桐雁夜は禅城の家――遠坂葵の実家――の門扉前に立っていた。
今宵、雁夜は最終の新幹線で土御門の家に保護を申し出る為に冬木から離れる。その前に、せめて間桐桜に関する報告と出立の挨拶をする為に、こうして雁夜はこの場に現れた。
キャスターの治療によって人間らしい顔を取り戻し始めているが、それでもフードを外し、真昼間の町を出歩けるほどではない為に、夜になるのを待っていたのだ。
おかげで、雁夜は比較的スムーズにこの場に来ることが出来た。

アイリスフィール誘拐後の事。
サーヴァントも令呪も捨てて自由の身となった雁夜は間桐桜を連れて、まず隣町のビジネスホテルに掛け込み、夜になるとその場に桜を残して、雁夜は禅城の家に向かった。
本来ならばそのまま桜を連れて、新幹線でも飛行機にでも飛び乗って高跳びするのが最も安全なのだろうが、今も娘の事を想って心を痛めている遠坂葵に、せめて我が子が無事に間桐の呪縛から解放されたことを伝えたい為の行動――少なくとも、自らの行動を雁夜はそう信じ、納得していた。

(桜ちゃんも連れてきたかったけど……葵さんにあの髪と瞳を見せる訳にはいかない)

聞きようによっては、極めて真っ当な考え。
変わり果てた娘を見て、葵が卒倒しかねないと判断したための決断ともいえる。
間桐による虐待の証であるそれを、母親の前で見せることに対する抵抗がこの単独での訪問となったが、もしもこの時、雁夜が間桐桜を連れていたのならば……あるいは雁夜の運命も変わっていたのかもしれない。
最も……彼の想いが成就する事は万に一つもあり得ないが。

「……雁夜くん?」
「雁夜おじさん?」

さて、どうやって呼び出そうかと逡巡していた雁夜の背後から、聞きなれた女性の声が聞こえた。遠坂葵と、その娘である凛であった。

「葵さんと凛ちゃん――――? どうしたの、こんな時間に? あと、なんだか疲れているようだけど……」
「……」
「……」

夜、小学生の凛を連れてこの聡明なる母が今の時間まで何処で何をしていたのかを理解せよというのは、流石に無理があるだろう。だが、それを雁夜が仮に知った所で既に手遅れである。
それは、雁夜自身の手で成し遂げられた事が原因となっているのだから。

「教会に行っていたの。…………あの人に会うために」
「…………」
「あの人?」

遠坂凛は、葵の服の裾を掴んだまま、じっとアスファルトの地面に目を向けるのみ。
夜の闇と相まって、その表情を直接うかがい知ることは出来ない。
だが、その身にまとった沈鬱な空気が、けっして喜ばしい事でないことは、恐らくどんな鈍感な人間にも理解できる事だろう。
特に、普段の利発な凛を知っている雁夜はすぐさまその異常を察知するが、同時に「あの人」という言葉に強く反応した。

あの人という単語が遠坂時臣の事を指していると理解すると、途端に雁夜は渋い顔をする。
蓋をあけてしまえば、彼女達は冬木教会で、遠坂時臣の遺体に会いに行っていたのだ。
魔術師の遺体に対する処置には、色々と手間が掛る。その上、彼の死によって発生したゴタゴタの処理に時間が掛り、今日ようやく彼女達は夫、もしくは父との再会が叶ったのだ。
胸の傷は塞ぎ、発見当時のような痛々しい姿ではないものの――その変わり果てた姿に、葵と凛は大いに動揺し、そして大いに泣いた。
そして明日の事もあるので一旦家に帰ろうとしたところで、母子は実家の前で間桐雁夜と再会した。
あまりにも、夫と父を亡くしたばかりの2人にはあまりにも過酷なタイミングであったといえよう。
だが、その辺りの事情を理解していない――あるいは理解しようとしない――雁夜は、なにやら仕事をやり遂げたような笑顔で、自分が殺した男の妻と娘に語りかける。

「葵さん、もう大丈夫だ! 遠坂時臣は俺が殺した! これでもう――――」
「――っ! …………これで聖杯は間桐に渡ったようなものね。これで満足?」
「葵さん――?」

返ってきたのは、氷のように冷たい、初恋の相手の視線と言葉だった。
一瞬で硬直する雁夜だったが、その一方、今自分の身に降り掛かっている事を理解できずに困惑していた。
なぜ、いま自分は遠坂葵にこのような態度で接されているのか? 雁夜には分からなかったのだ。
遠坂時臣を殺し、土御門恭介の周到さに触れ、治療によって心に余裕が生まれて改善の兆候を見せていた雁夜だったが、どうやらその病巣はかなり根深いものであったようだ。

「ねえ、そんなに遠坂が憎いの? 私たちから桜だけじゃなくあの人まで奪って、こんなところにまで来て……答えてよ! 間桐雁夜!!」
「あ、あいつさえいなければ! 桜ちゃんも凛ちゃんも、葵さんだって――そ、そうだ! 桜ちゃんは今――――」
「フザケナイでよ!! あんたなんか、誰かを好きになったことさえ無いクセにッ!!」


矛盾し、破綻しかけていたにもかかわらず気づかなかったその罪が今、断罪された。
その瞬間、間桐雁夜の中で、何かが壊れて――砕け散った。
そこから先は、まさに坂を転げ落ちるようであった。

獣のような咆哮を挙げて葵の首を絞めに行く雁夜と、それを弾き飛ばすように全力で体当たりをする凛。
母子に敵意の目を向けられた雁夜は、転びそうになりながら逃走し――大通りに出たところで車に轢かれた。
たちまち騒然とする道路に、暫くして遠くから聞こえてくるパトカーと救急車のサイレン音。
雁夜を轢いた車の運転手が、大きな声で自分の無罪を警察官に主張し、野次馬が遠巻きにその様子を眺める。
暗闇が赤い光に照らされて、雁夜は救急車によって病院に運ばれていった。

――――数十分後、間桐雁夜は病院で死亡した。
そこにあったのは何のドラマ性もない、極々ありふれた、日本国内でいつもある交通事故による被害者が死亡したという現実のみ。
近しい者の誰一人にも見送られずに、自己矛盾と初恋を拗らせた男の戦いはこうして、ひどく呆気なく幕を下ろした。
――――あるいは、それこそが罰であるかのように――――


★★




地下一階。舞台直下の道具倉庫で、ついに衛宮切嗣は直接の対面を果たす。
血と泥で汚れた白衣を着た、まだ年若い少年が切嗣の目の前に無防備に立ちはだかる。
もしも彼が年相応の少年でしかなかったのならば、切嗣の敵ではない。まるで赤子の手を捻るよりも容易く、その命を刈り取れることだろう。
だが、土御門恭介の、その紅く染まった瞳と禍々しい魔力の波動を見た瞬間、それは甘い幻想でしかない事に気付かない者はいない。

「怪異?」

人ならざる者の総称を意味する言葉――それが、戦いの始まりを告げる。
なんの予備動作なく、土御門恭介は切嗣に向かって真っすぐ走りだす。
対する切嗣も、銃口を向ける。
間違いなく、聖杯戦争の決着となるべき戦いが今始まった。














あとがき

昔妄想したこと

ある日主人公が交通事故に合い、病院で輸血を受ける。
その中に、能力者の血が混ざっていて、主人公は後天的に能力を得る


まあ、これをやるとその能力者が献血ルームで血を抜いているというシュールな事になるので、そうそう使える設定ではなかったのでそのままお蔵入りしていたのですが、この作品で復活させてみました。
でも、死と理性の喪失をリスクにパワーアップって燃えません?



[36625] そして
Name: 瞬間ダッシュ◆7c356c1e ID:caffb20b
Date: 2013/11/14 10:55




円蔵山に狼煙が上がったのを確認した後、僕はすぐさま偵察用の使い魔を派遣しつつ、冬木市民会館へと向かった。
ここから市民会館までは決して近くは無いが、別にそこまで急ぐ必要はない。
なぜなら僕は、他陣営が一つ所に留まって殺し合いをしている隙に市民会館に忍び込んで、そのまま潜んでいればそれだけでいいのだ。あえて注意するならば、不用心に動いて円蔵山へ移動中の敵にバッタリ遭遇しないようにする程度。
むしろ意表を突いて、あえて丸腰でゆっくり徒歩で行くというのも手段の一つとして考慮する価値があると思う。
とは言うものの、実際問題としてはサーヴァントと魔術師が蠢く夜の冬木を単独で移動というのは理屈抜きで怖い。
現段階で何組残っているのかは分からないが、セイバーと切嗣+アーチャーと綺礼コンビが遭遇戦をやらかしているところにうっかり迷い込んだら、巻き込まれて死ぬかもしれない。だから、僕は暗示で用意したタクシーに、工房の防衛用に使役していた多数のゾンビネズミと便乗して儀式の場である冬木市民会館に極めて常識的なスピードで向かうことにした。

「冬木市民会館まで。急がなくていいんで、安全運転でよろしく」
「分かりました」

ちなみにこのタクシーの運転手は、ここに工房を設置したときからスタンバッてもらっている。当然、個人タクシーを選んでいる。そうじゃないと、会社から警察へ捜索願が出されてしまい、面倒な事になるからだ。その点、会社所属でないならば、一日二日この場所に張り付かせていても問題ない。まあ、家族からのというのは防げないが、どうやらこの運転手は1人暮らしらしいので、その点も問題ない。あ、でも組合とか入ってるかも……ここまできたらもういいか。最悪警官に暗示掛ければ済むし。

連日の怪奇現象で出歩くものが極端に少なくなった冬木の街を、眺めるゆとりがある程度の速度で移動する。足元で腐ったネズミがうろちょろしている以外は、極めてありふれた光景だろう。だが、少し視線を変えれば、未だ魔窟での戦いの最中であることをまざまざと思い知らされる。
本来ならば夜でも人の生活感にあふれている街。だというのにウィンドガラスから見える風景は、まるで全ての住人が死に絶えたかのような静寂に包まれているのだ。
暗い路地を照らす街灯の光さえ、鬼火と見間違える――そんな雰囲気だった。



『――キョースケ、聞こえる?』
「メディアさん?」

唐突に、メディアさんからの念話が届く。直接脳内に声が届くというマンガでお馴染みの現象は、実際問題として何度体験してもなれない。不快という程ではないが、それでも決して気持ちがいいものではない。多分、初めて電話を利用した人も、こんな感じだったんだろう。何と言うか、違和感がありまくりなのだ。

「どうしたんですか? 何か問題でも?」
『別に。敵が来るのにはまだ時間がかかりそうだから、ちょっとおしゃべりでもしようと思ったのよ』
「はあ……」

どうしたんだろう? 確かに敵はまだ来てないようだけど、だからって無駄話をするほど暇って訳じゃないだろうし。
僕は少し怪訝に思いながら、メディアさんの話に耳を傾ける。そして、衝撃的な事をカミングアウトされた。


「正直言うと、最初の方では割と本気で、何かあったらあなたの事を殺そうと思っていたのよ」
「……ま、マジですか?」
「そりゃそうよ。いきなり不自然なまでの接待を受ければ、誰だって善からぬ事を企んでるって思うものよ」

「今晩はカレーよ」レベルの気軽さでとんでもないことを……ガチで聖杯戦争が始まる前に僕の命運が尽きる可能性があったってことか! あっぶねー! やっぱり過剰な接待攻勢は不信感を煽るだけだったのか。ただ、言い訳はさせてほしい。メディアさんって王族だから、控え目な接待じゃ絶対に接待って気付かないって思ったんだよ! まあ、それが逆効果だったってんじゃ、どうしようもない限りだけど。


「まあ、直ぐにあなたがそんな大それた事を出来るような器じゃないって分かったけれども」
「あ、ありがとうございます……?」

うぅ……「エルフ耳萌えうんぬん」発言の事か……。あのめちゃくちゃやっちまった感漂うセリフも、こうしてなんやかんやでメディアさんの信頼(?)を得るに至ったんだったら、結果オーライだ。いや、そう言うことにしておこう。

「ところで、本当にどうしたんですか?」


ただ、やっぱりこれ以上この話をしていると余計な傷を負いそうなので、話題転換を図る。が、実際どうしたんだろう。このままじゃあただ僕の失敗を抉るだけだ。
……まさかそれが目的?

「だから別にどうってことないわよ。暇だったから、いままで言ってなかった事を言おうと思っただけよ。今までの事を振り返ると――――まあ、短い時間だったけどなかなか楽しかったわよ」

と思ってたら、死亡フラグを立て始めた!? 
まずいってこれ! 最終決戦の前に遺言みたいな事を!

「ちょ、それ以上は――」
「あと、これは真面目な話」
「はい?」
「詳しいことは戦いが終わった後に言うけど、いい? …………もしも敵と会っても、逃げなさい。絶対に戦おうとしちゃあ駄目よ」
「?」

そうして、念話は一方的に切られた。僕から念話を繋げる技術は無いので、話は実質これで終了だ。なんだかよく分からなかったけど、あれはなんだったんだろう? 敵と戦っちゃだめ……?

胸にモヤモヤを抱えていても、車は勝手に目的地へと向かう。
そうして、事故も敵との遭遇もなく、僕を乗せたタクシーはすんなりと冬木市民会館に到着した。と同時に、断続的に送られてくる使い魔の視界が柳洞寺の俯瞰風景に変わっている事に気づく。使い魔に与えていた命令は、「円蔵山付近にいる人影を視界に入れろ」なので、こちらから黙っていても、まるで監視カメラのように脳内へと遠く離れた場所の風景が送信されてくる。今のところ静寂そのものであるが、戦いが始まれば否応なく気づく。しばらくは放置でいいだろう。
そうして一時使い魔から送られてくる視界を無視しつつ、僕は車ごと地下駐車場から侵入を果たす。

「お疲れ様」

そう言いながら、僕は運転手の肩を二回叩く。これが暗示を解除する鍵となり、一分もすれば、彼は正気に戻る。
本当はそれなりのお金を握らせておくべきなのだろうけど、僕が実家から渡されていた軍資金が底を付き始めたので、それはちょっと難しい。人一人分の食費にも気を使うくらいだ。だからせめて、廃工場跡地からここまでの運賃を助手席に置いて、立ち去ることにした。
身勝手ながら、感謝の気持ちを込めて。


施錠を強引に破壊して、建物内部に侵入する。何やら力が強くなっている気がするが、まあ気のせいだろう。
ところどころに内装業者の物と思える道具が散見する通路を通っていると、大きな案内板が見つかった。ありがたいことに、ここからすぐのところに、原作でも登場した大きなコンサートホールがあるようだ。
地図の案内通り歩くと、直ぐに儀式の場である、ぶち抜きのコンサートホールへ到着した。
舞台後方のドアから入って客席の間を通り、僕は聖杯の器を壇上の上にゆっくりと置く。
言峰綺礼が市民会館の中でもこの場所を儀式の場に選んだのかは分からないが、僕個人としては、聖杯はここにこそ相応しいと思う。
いずれ万雷の拍手で満たされる大ホールで、聖なる杯が降臨する――なんとも絵になる。実際、なにやら厳かな雰囲気が漂っているし、多分綺礼もそう思ってこの場所を選んだんだろう。あれでも一応は聖職者なわけだし。

照明を反射させて黄金に輝く杯を、何となく指でなぞる。
そうして改めて聖杯の器を目の前にしてみれば、どうしたって頭の中に浮かび上がる事がある。目を逸らしたいけど、逸らしようがない。
つい先ほどまでこれは、1人女性であり妻であり――――そして、イリヤスフィールという少女の母親だったのだ。
そしてそれを僕が…………殺した。

「…………ハア」

言い訳をさせてもらえるならば、あれは仕方がなかった。
もともとアイリスフィールという女性は聖杯の包装紙みたいなものでしかなく、その人格と肉体は外殻でしかない。
つまり、聖杯を聖杯として使おうとする以上、必ずどこかで外殻を剥ぐ必要があった。
あるいは聖杯だけを抜き取り、アイリさんを生かす道もあったのかも知れない。
だが、彼女は僕の手を拒んだ。僕の敵であり続けると宣言してしまった。
ここ一番の大勝負をしようという時に、敵対する人間を内に抱える事は出来ない。
なら、殺す以外に一体どんな手があったというのか。
と、こんな風に僕は自分の行動を、さも理性的な思考の果てであったという風に後付けしている。
ああそうだ、確かに合理的な判断だったと思う。でもあの時、アイリさんを殺したあの瞬間の僕は、本当にそこまで考えていたのか?
何となくだが、彼女を敵と認識した瞬間に、「敵は殺せ」という言葉にただ命令されて機械的に実行に移しただけのような気がするのだ。
それが気のせいなのか、それとも僕は気付かないうちに、精神的に変調をきたしているのかは、僕自身には判断が付かない。
しかし、イリヤという少女が母の死を知った時に知るだろう悲しみを、僕が一切想像していなかったという事実だけは確かにあって、僕は僕自身が分からなくなっていた。
自分は、「こんな人間だった」だろうか?
それとも、二度目の死の危機に、いよいよ気がおかしくなり始めているのか……。

しばし自問自答で時間を浪費しつつ聖杯の器を眺めていると、いままで意識の隅に置いていた映像に、眩しいくらいの閃光が走ったのを確認した。
そう、円蔵山でいよいよ聖杯戦争最後のサーヴァント戦が始まったのだ。
まず最初に姿を確認できたのは、アーチャー。いつものように黄金色の光を辺りにばら撒きながら、寺の屋根に乗って辺りを睥睨している。そして次に姿を現したのは、堂々境内へと乗り込んできたライダーとそのマスターであるウェイバー・ベルベット。
2人は失った戦車の代わりに、ライダーが生前乗っていた愛馬に跨っているが、威風堂々とした佇まいには、決して宝具を失った悲壮感はない。

アーチャー、ライダー、ウェイバー・ベルベットは生存っと。

その後、アーチャーとライダーはある意味予定調和のように酒を飲み交わす。
いくらか言葉を交わしているようだが、どうせ和平なんてことはない。ここまで来たら、2人は戦うだけだ。
王同士で酒を飲んでいると、セイバーがいつもの甲冑姿で掛け込んでくる。手には不可視の剣を構えているようで、すぐさま戦闘に移る気満々といった感じだったが、アーチャーとライダーの様子に面喰う。まあそりゃそうだ、分かるよその気持ち。

サイバー生存っと。

そしてセイバーがアーチャーとライダーに呆れ顔で文句を言っている光景がしばらく続くと、空から神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)に搭乗したバーサーカーとメディアさんが現れた。
バーサーカーがセイバーに切り込んでいかない事から、令呪を使用されているのだろう。
バーサーカーは鎖に繋がれた狂犬のように、セイバーを睨むのみ。
さて、流石にイカヅチを絶えず周囲に放つ神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)には、味方とはいえこちらの使い魔を近づける訳にはいかないのでさっさと逃げる。
綺麗に清められていた境内が瞬く間に蹂躙されていく…………柳洞寺の関係者は本当にご愁傷さまだ。

こうして、なにはともあれ役者は揃った。予期せぬ脱落者は存在せず、サーヴァントの欠員は無かった。
メディアさんがその場にいる全員に何か語りかける。反応はまちまち。
アーチャーは我関せずで、セイバーは不満顔。ライダーは何故か笑顔になり、ライダーの反応にイラつくメディアさん。
そして、その場の全員がライダーの固有結界内に消えて行った。その時の影響で多少使い魔が煽られて視界が揺れたが、問題は無い。むしろ、この時の予期せぬ挙動のおかげで、円蔵山の麓の物陰に隠れていた人影を捉える事が出来た。その人物は、赤い髪が特徴的な女性だった。というか――

「ソラウじゃん!?」

ケイネス先生の許嫁、サーヴァントのランサーにベタ惚れだったあのソラウ・ヌァザレ・ソフィアリだった。
原作では舞耶にボコられ、切嗣に狙撃されると言う悲惨な末路を辿ったはずの彼女が、なぜか未だ生存し、よりにもよって聖杯戦争の最終局面に潜りこんでいるのだ。これには流石の僕もしばし呆けてしまう。いや、これは予想できんでしょう!?
どうあっても噛ませ臭しかしないキャラが生き残ると言う、まさにバタフライ効果のお手本を見た気がした。
というかもしかして――――

僕は危険を承知で、ソラウに使い魔を接近させる。すると、あってほしくないものがその手の甲に確認できた。そう、聖杯戦争に参加しているマスターであることを証明する令呪だ。まさかこの場に契約からハグレたサーヴァントを探しに来たなんて事があるわけない以上、彼女は十中八九サーヴァントのマスターだ。
問題は契約したサーヴァントが誰であるのかだが……まあ暫く様子を見て、消去法から考えよう。

さて、現段階でまだ姿を見せていないサーヴァントはアサシンだが……こいつは生きていても隠れているだろうから、正直分からん。まあ、一応生きていると仮定しておこう。

アサシン生存(仮)。

あとはセイバーのマスターである切嗣と、アサシン(暫定生存)のマスターである綺礼が見つかれば調査は粗方終了なのだが、何処を探しても気配すらない。
行動が読みやすいようで読みにくい2人だからな。どこか別の所で因縁の戦いを繰り広げている可能性もあるが……。
だが、ここで問題になるのはソラウのサーヴァントが誰であるかということだ。


仮説1 ソラウはセイバーと契約した。
あり得ない。もしそうなら、サーヴァントと行動しているハズである。アーチャーとラーダーが居る場所のすぐ近くに、単身で潜んでいるなんて真似出来るわけがない。

仮説2 ソラウはアサシン(生存?)と契約した。
これもあり得ない。理由は仮説1と同じ。

仮説3 ソラウはアーチャーと契約した。
ギルガメッシュの性格上あり得ないが、これが最も筋が通っている。これなら仮説1の件も説明できるし、時臣が死んだ事によって契約を解除されたアーチャーが、何らかの理由で令呪を得たソラウと契約をしたと考えれば辻褄が合う。
だが、どうしてギルガメッシュは明らかに俗物っぽいソラウと契約した? とても英雄王が愉悦を感じるような素材には見えない。
単独行動スキルを持つ以上、現界に不安を感じて仕方なくということは無いだろう。
だからどう考えても、綺礼と天秤にかけてソラウが勝つなど不自然だ。
あるとすればそれこそ綺礼との契約が不可能になったとかだ、そう例えば……すでに言峰綺礼は死んだとか――――。
…………つまりまとめると、こういうことになるのか。

セイバー 衛宮切嗣
アーチャー ソラウ
ライダー ウェイバー
アサシン(?) 不明

アサシンはまあ、背後さえ気を付けていればいいとして…………あれ、これって大チャンス? アーチャーは綺礼と組むからこそ手がつけられなくなるのであって、あんな「戦いなんてしたことありません」みたいな面して隙だらけなソラウだったら、簡単に捻れる気がする。

まさにチャンス到来!

幸い、偵察用とはいえ使い魔が一匹いる訳だから、ここからありったけの魔力を注ぎ込んで強化、そして奇襲をかければ一撃でソラウ女史の喉を破って殺せる!
アーチャーも何を思ってマスターをあんな無防備な姿で放って置いているのは知らないが、この隙は遠慮なく突かせてもらう!
メディアさんは戦うなと言っていたけど、別にこれくらいなら危険はないし問題ないだろう。
僕は魔術回路をフル回転させて魔力を生成しようとして――――膝を付いた。
極端に言えば、僕は予想を大きく超える魔力量と激痛に気を失いかけたのだ。
まるで湯水のように湧き出る魔力で全身が覆われる。
自前の魔術回路か生み出した魔力を余裕で上回る量があふれ出る。
その増加分の魔力がどういう理屈で生成されているのか特定できず、そうこうしている内に、意識は益々薄くなり、酒に酔ったように頭の働きが緩くなっていった。

そんな時、衛宮切嗣の来襲を、使い魔を通して察知した。

クソッ! よりにもよってこのタイミングで!?

どうやら、僕の考えは読まれていたらしい。
そうか、言峰綺礼が死んでいるならば、切嗣を止められる者はいない。だからこそ、切嗣は僕の策を看破した後、こうして簡単にここまでたどり着くことが出来たのだ。

チッ、コンディションは悪いが仕方がない!
僕は多少体調の回復を待ってから、同盟の勧誘を僕は行うことにした。



アイリスフィールさんから盗み出した携帯電話で、衛宮切嗣に連絡を取る。
その時の僕は、多少持ち直したとはいえ立っているのもつらい状態だった。
だから正直口が勝手にペラペラ喋っているだけで、何を言ったのかもう一度言ってみろ言われても、覚えていないくらい記憶があいまいだ。
だが――――切嗣の敵対宣言を聞いた瞬間の事だけは覚えている。
その言葉を着た瞬間、頭が沸騰し――――強烈な殺意と敵害心が爆発したからだ。

「痛い痛い痛い痛い痛いっ!!」

激痛はいよいよ耐えられないくらい強烈なものになってくる。意識も、朦朧と、してくる。
…………あ、マズ……イ、これは――ちょっ、と――――


あ…………


あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああzasxdcfrvgtbhynujmk,lo…………――――」














中身不明な大型段ボール箱がところどころに置いてあるコンサートホール下の地下倉庫で、ボクは大いに反省していた。
内容は、今さっきまでのボク自信の言動だ。
ああ、まったく我ながらボケボケ過ぎて恥ずかしい。
一体今まで、何を甘っちょろいことを言っていたのか、てね。

だってさ、そもそも聖杯戦争はバトルロワイヤル、つまりは自分以外みんな敵でぶっ殺せっていう大前提から始まっている訳じゃん? で、遠坂時臣とケイネス・エルメロイは完璧に敵な訳だから、まあこれは殺して当然、つーか殺さなきゃダメな訳だ。
そんで、アイリスフィールは僕と手を組むのを拒んだ――つまりは隙あればボクの命を狙うって宣言してるも同然な訳でさ、これは完全にギルティー。疑う余地もなく、問答無用で有罪判決&即日死刑執行に相当じゃん。そんな相手を殺す事って…………別に悪い事じゃなくね?
それをさっきまでのボクはグチグチグチグチあーだこーだと言い訳ばかりして、なんかボクが悪いことしたみたいにさあ……もうアホすぎ! バカなの? 死ぬの!?
 
戦争では敵を殺すもので、アイリスフィールは僕の敵となった、だから息の根を止めた。
これってそんなにおかしい? 
そりゃあ最初はイリヤたんの母親だからって多少は気を使ってたけどさ、命狙います宣言しちゃったらさあ、殺る以外にする事ないじゃん。あるならむしろ教えて欲しいくらいだね。
つまり僕は、空気を吸うように、食事を取る様に当然な事をしたまでだ。
ライオンがサバンナで草食動物を襲って喰ったところで、だから何って話じゃん?
それとも可愛そうって言う? アホらしい。
この場合ライオンはボクで、獲物はアイリスフィールさん。ボクの行動は、自然の摂理、宇宙の真理に従ったまでの事で、罪じゃないし罪悪感を感じるような事でもない。
つまりは、さっきのボクの宇治金時並に甘い考えは、まったくもって時間の無駄って訳だ。
で、失敗したらもう繰り返さないのが賢い人間ってもんだよね?
じゃあ衛宮切嗣――今さっき僕の敵になった――を、果たしてどうするのが正解なのでしょうか? 答えは簡単、完膚なきまでに、徹底的に、可及的速やかに抹殺するのみさ。

――――――お?

そうこうするうちに、ボクの差し出す手を払った愚かな男が地下倉庫に入って来る。
それじゃあ今度こそ時間を無駄にすることなく、「やるべき事」をしますかね。
来た、見た、殺った――これこそが今のボクのジャスティスさ!!









あとがき

おおよそ一年の連載を続けてきたこのSSも、残すところあと2話となりました。
年内までの完結を目指して、頑張りたいと思いますので、皆さんもう少しだけお付き合いください。
また、感想の方も逐一チェックしています。物語の都合上返信できない場合もありますが、キチンと見ていますのでご了承ください。



[36625] 幕間 敗北は血と共に
Name: 瞬間ダッシュ◆7c356c1e ID:caffb20b
Date: 2013/12/29 18:52

予備動作はない、態勢も無茶苦茶――しかし十分な魔力量によって強引に強化された脚力は、オリンピック級のスプリンターすら軽く凌駕する加速を産んだ。巨大なハンマーで背中を殴りつけられたような力強さで、土御門恭介の身体は前方へ押し出され、一気に間合いを詰める。

(この魔力量、最高だぜ!)

土御門恭介は、自分が今手にしている力が何なのかすら知らず、そんな感想を抱いていた。
ヒュドラの血――その出自を遡れば、多くの人間はそれが単なる毒薬であるとしか認識しないだろう。確かに、ヘラクレスが用いたように毒として使うのが最も効率的なのであるが、その本質は少々異なり、どちらかというと間桐臓現が所有していた刻印虫と近しいのである。
刻印虫は擬似魔術回路として、宿主の血肉を喰うことで魔力を生成し、与える。
同様に、ヒュウドラの血も宿主からある(・・)もの(・・)を奪う代わりに、莫大な魔力を供給してくれる。

さて、ここで思い出していただきたいのは、そもそもの所有者であるヒュドラという怪物がどんな魔物であったということだ。曰く、巨大な胴体と9つの首を持つ。曰く、不死性を持つ。曰く、一本の首を切り落としても、すぐに新しい首が生えてくる程の再生能力。
ヒュドラのあり得ない程の再生能力を支えたのが、体内に流れる血――もはやそれ自体が霊薬とでも呼ぶべき様な代物――であったのだ。
無限にわき出る魔力で以って、蘇生魔法の重掛けとでも言うべき荒技を意図せず行う怪物が、ヒュウドラの正体だ。
そして、ヒュウドの血が宿主から奪うものとはズバリ寿命、生命そのものである。ヒュドラ自身は不死である為、全く問題ないのであるが……これを他者が摂取した場合、激しい拒絶反応を起こしながらも、普段通りの効果を発揮してしまい、高々100年程度の寿命ならば数秒の内に喰いつぶしてしまうのだ。
本来の使い道の通りならば、アサシンに襲われた時点で命は無かった。だが、そもそもアサシンが投げたダークに塗った血の量が少なかったこと、経年劣化が激しかったこと、キャスターによってその場で大部分が排出されたこと等の影響で適度に効果が薄まり、結果、それなりの時間的余裕が生まれたのだ。
しかし、それだけではあくまでそれなりの猶予しかない。時間で言えば、約一時間の延命できる程度だろう。だが、神代の魔女であるメディアの手によって、ヒュウドラの血の活動を最低限のレベルにまで抑制することで、恭介は昏睡中に死ぬことなく、今日このときまで生き延びる事が出来た。しかしその抑制も死の危機に陥れば――有体に言えば戦闘行為――、死を逃れようとする野生の本能によって、強引にメディアの魔術による抑制を振り切ってしまうのだ。
つまり、今の土御門恭介は文字通り、自らの生命を燃料として戦っているということになる。
だが、それを本人は気付かない。元々が怪物の血である為に、逃げや様子見といった考えよりも、とにかく危険は排除すべきであるという攻撃的な思考が強くなっているのだ。
いわゆる精神汚染、だからこそアイリスフィールを――それでもその時は大分抑制されていたのだが――あっさり殺す事が出来たのだ。
近しい者すら殺しかねない……その恐怖こそ、かつてヘラクレスが自らの命を断つことを決断するに至った最大の原因であった。


「死ねぇええ!」

大きく咆え、足を踏み込み、肉薄せんとする。
だが、如何に超人的な速度とはいえ、所詮は単純な直線運動。敵である衛宮切嗣は苦もなく銃の照準を標的に合わせた。レーザー光のように指向性を持った殺気は、ほぼ反射的に、胸から首までの急所を腕でガードするよう事を恭介に強制する。
間髪入れず、発射される銃弾。
耳をつんざくような轟音と共に飛来する凶弾だが、恭介の目はその軌跡をハッキリ捉えてえていた。
確かに、唯の人間がこれを受ければ唯では済まない。頭に受ければ、熟れたトマトをアスファルトの地面に叩きつけられたように脳みそを四散させる羽目になる。
だが、超常の存在たる魔術師を相手に、所詮は拳銃の銃弾に何が出来ると言うのか。そう言わんばかりに、ガードの姿勢のまま恭介は突っ込む。
そして迫りくる銃弾を腕で弾き返そうとして――――

(――――なんちゃって)

ギリギリまで引き付けた後、恭介は右半身を急速に捻ることであっさりと起源弾を回避する。
起源弾という名の魔術殺しの弾は、標的の右肩の白衣を千切り飛ばしながら、後方へ流れて行った。

「っ!」

その様に息をのむ衛宮切嗣。そして、それが敵に付け入る隙を生んだ。
恭介はそんな隙を見逃さない。
無茶な挙動の反動を回転する事で逃がし、再び敵に向かって地面を蹴った。
この時既に彼我の差は大分縮まっており、一歩大きく踏み込むだけでお互いの身体へと手が届くほど肉薄する。
そして、土御門恭介は可能な限りの魔力を込めて強化した右ストレートを敵のこめかみに向けて放つ。
プロボクサーのパンチは人を殺し得る――ならば魔術によって強化された拳は正真正銘掛け値なしの一撃必殺。それが例え素人丸出しのフォームであろうと、だ。
事実、当たれば確実に唯では済まないであろう唸り声を挙げながら、その鉄拳は切嗣に迫る。
間合いも十分、ガードする余裕すらないこの状況下ならば、すぐに脳が破裂する様が目の前で展開されるハズだった。

切嗣の身体がブレ、渾身のストレートは宙を切る。
残像が残るような、敵の高速の回避運動に追いつかなかったのだ。

(チッ やっぱりやりにくいな、倍速で動かれるのは)

拳による一撃は不発。衛宮切嗣の十八番、固有時制御が発動したのだ。
固有結界を体内限定で展開することで、自己の時間経過速度のみを倍速させる。しかも、その発動はたった二小節の詠唱で可能という使い勝手の良さは、使われる方としては戦いにくいことこの上ない。
おかげで恭介の攻撃はあっさり回避され、せっかく詰めた間合いも再び広げられてしまう。それも、短機関銃による牽制のおまけつきで。

続々と吐きだされる9ミリパラベラム弾を、恭介は急加速急停止、及びジグザク走行で回避する。
小刻みなステップで大道具倉庫を駆けまわり、一先ず短機関銃の弾切れを待つ。トンプソン・コンテンダーは単発式なので見切れば回避は可能だが、こちらはそういう訳にもいかない。
確かに起源弾ではないので、当たった所でたかが知れている。だが、防弾装備がない以上決して軽視していいようなものではない。
しかし、距離を開ければ開けるほど、それは敵に利となるということも当然の事として理解していた。故に、確実に短機関銃の弾を避けられるギリギリの距離をキープしつつ避け続ける。
そして、再び攻撃に転ずる機会はすぐに訪れた。

「疾っ!」

脚力にモノを言わせたダッシュ。
切嗣は再び固有時制御を発動する。弾が切れた短機関銃を放り投げ、例の凶弾をコンテンダーへと再装填。が、それまでに掛った時間は一秒以下の高速。固有時制御の三倍速の賜物だった。
恭介はそれを見て愛用の鉈を腰から抜き、左手に持つ。本来の利き手である右を自由にして。

(初撃の奇襲が失敗した以上、コッチが起源弾の効果を知っている事は知られていしまっている。なら、一気に勝負に出る!)

僅かではあるが、土御門恭介には衛宮切嗣に対するアドバンテージ――――罠を仕掛けるだけの時間的猶予が存在した。それは通常の工房ならば鼻で笑われるようなお粗末なものではあるが、今この時に限って言えば、十分敵を殺しうるだけの威力を秘めていた。

『疾く、律の如く事を成せ!』

短く、呪文を紡ぐ。土御門恭介は己が魔術回路を最大限励起し、自らの機能を極限まで絞り込む。
ただただ、魔術を行使するだけの装置になれと、自己を規定する。
そしてそれは成功し、まるで呼応するように肉体の何処からか規定以上の魔力が供給され、その罠が発動した。

……………
…………
……

当然の事だが、衛宮切嗣は焦っていた。
必殺を確信していた起源弾は防がれ、武装の一つであるキャリコM950は弾を全て撃ち尽くし、今は床に転がっている。その上、敵はどんな手を使ったのか怪異と化しており、今までの調査(という程調べられている訳でもないが)が全く当てにならないほどの強化に成功している。唯一の朗報は、敵は肉体的スペック頼りで、技術的な面では素人に毛が生えたような練度しかない。要するに、先日戦った言峰綺礼よりは、よほど与しやすいという事だ。
しかし、現実に切嗣は追い詰められている。
なぜ起源弾の効力を知っているのか?
あの怪異化の効果は、単純な『強化』だけなのか?
全く底が見えない不気味な敵を前にして、切嗣は次に打つべき最適解を選べない。
とりあえずはトンプソン・コンテンダーへの再装填は済んだ、照準も合わせている。次は外しようがないほどの至近距離で打てばいいと分かっているが、そこまで接近されてしまえば、攻撃を外せば切嗣の死あるのみ。
いかにアヴァロンの加護があったとしても、脳を破壊されればどうしようもならない。起源弾の事を知られているならば、アヴァロンの事も知られていると仮定する方が賢明で安全である。
現に、敵は先ほど脳を直接破壊するような攻撃を仕掛けて来たのだ。
だが、そこまでの逆境であろうと、衛宮切嗣は恐れない。
戦闘機械にそのような感情は不要だと言わんばかりに。
何処までも精神を戦闘に集中させ、必中の距離を計り、土御門恭介を引き付ける。
それは、まさにそんな時だった。

『疾く、律の如く事を成せ!』

土御門恭介が仕掛けた策が発動した。

「っなに!?」

切嗣は戦慄する。なぜなら、大道具倉庫の入り口付近に散乱していた無数の段ボール――、切嗣の立ち位置は入口付近――から、一斉にとネズミ型の使い魔が飛び出してきたのだ。

(これは――しまった!)

濁った目を魔力によって真っ赤に充血させ、腐臭を漂わせながらゾンビネズミの群れが切嗣に次から次へと飛びかかって行く。もしもこれが大型の使い魔一匹だったのならば、対処のしようもある。だが、対象はネズミの群れ。唯一面制圧出来る武器は既に弾が切れ、手元にない。
さらに悪い事に、切嗣が動揺したその僅かな隙を盗み、土御門恭介は右手で銃――久宇舞耶が所持していたキャリコM950――を懐から抜き、その銃口を切嗣に向けていたのだ。
てっきり左手の鉈で攻撃してくると思い込んでいた切嗣は、間合いを完全に読み違えた結果となった。起源弾を確実に当てるための距離まで引き付けていては、逆にこちらが先に撃たれる。
この時、切嗣は敵の狙いを理解する。先ほどの回避運動は、この一手に対する布石でもあったのだ。

切嗣は高速で打開策を模索する。使える手札は、装填済みのトンプソン・コンテンダー。アヴァロン。固有時制御。そして――――

(……これしか手は無い!!)

衛宮切嗣もまた、全てを賭けて勝負に打って出る。
切嗣は、刹那のタイミングを計るべく、さらに神経を研ぎ澄ませた。

……………
…………
……



発射される起源弾。それを鉈で叩き落とした瞬間、土御門恭介はほくそ笑んだ。
既に、今更4倍速で動かれようとも捕捉出来る距離。
敵の周囲は使い魔であるゾンビネズミに囲まれ、今にも切嗣は呑み込まれようとしている。今から全てのネズミを駆逐し、なおかつ至近距離からの一撃を防ぐ手立てはあるまい――そう考えての事だった。
例えトチ狂って起源弾をネズミに撃ちこんでも、一匹分のダメージなど覚悟しておけば無視して切り込める。
左手の鉈は.30-06スプリングフィールド弾を受けた事によって根元が折れ、既に使い物にならなくなっていたが、右手の短機関銃は真っ直ぐ切嗣の脳天に向けてその銃口を伸ばしている状態だ。
安全装置は既に外れて、後は引き金を引くだけ。
吐きだされる銃弾の一発でも頭部に命中すればそれまで。仮に蘇生できるのであろうとも、今度は死ぬまで切り刻み続ければいいだけだ。

(殺った!!)

戦いの幕を降ろすべき一撃。もはや約束された勝利はしかし――

「……!」

土御門恭介の手を零れ落ちて行った。
突如、目の前に小さな金属の物体が出現する。急速に身体が後ろに倒される。何が起きているのか理解した時には、既に遅かった。

「これは手榴だ――」

回避する暇もなく、ソレは目の前で炸裂した。
種を明かせば、何と言うことではない。土御門恭介が必殺と確信した策は、衛宮切嗣の手札がトンプソン・コンテンダーとナイフ、そして4倍速(・・・)までの固有時制御のみとした上で構築されたものだった。だが、衛宮切嗣のコートの懐には手榴弾が。そして固有時制御5(・)倍速(・・)があった。
究極的には、一瞬だけならば例え5倍速でも実用可能――と、言峰綺礼との戦闘が切嗣にアヴァロンの効果を教えた結果であった。
そうして5倍の速度で動くことが可能になった切嗣は懐の手榴弾の安全ピンを口で抜き、直ぐ目の前に放り投げる。
通常では、手榴弾が爆発するまでは数秒掛るのだが、切嗣は固有時制御の運用を前提とした、爆発までの時間を短縮した物を一つ用意していたのだ。
これもまた、バタフライ効果によって生み出された差異。
そして自分は土御門恭介の背後に周り、敵の身体を引き倒して盾にすることで、手榴弾がまき散らす鉄片の猛威から逃れつつ敵の使い魔を殲滅してみせた。
そして、その手には引き抜かれたナイフがある。
あとは振り返り、バランスが崩れた敵の身体に刺し込むのみ。それだけで、勝負は決する。しかし――勝利の女神は簡単にはほほ笑む事は無かった。
5倍速の急速な揺り戻しによる痛みが、ほんの一瞬だけ、切嗣の意識を奪う。
その隙に態勢を立て直した恭介が、振り返り再度短機関銃の銃口を向ける。
肉に鉄の欠片が喰い込む痛みに耐えるその顔は、壮絶そのもの。
意識を取り戻した切嗣は半ば反射的にナイフを突きだす。
強烈な副作用に耐えた切嗣の顔も、また壮絶。
手を伸ばせば触れ合う至近距離。
ひりつく様な、永遠にも思える一瞬が2人の間に流れた。
だが、何事にも終わりはある。
戦いの結果は直ぐに現れた。

片手で、しかも射撃の訓練を受けていない土御門恭介が放った銃弾は、当たりはしたものの切嗣の頭骸骨を割ることは無く、対して衛宮切嗣の突きだしたナイフは、見事恭介の心臓を貫いた。

「ぁ――――血?」

吹きだす血の奔流。床に倒れる土御門恭介の肉体。
こうして、2人の戦いに一先ずの決着を迎えた。












一方、柳洞寺での戦いも大詰めを迎えていた。
当初、最強のサーヴァントであるギルガメッシュに対抗すべく、柳洞寺に集まったキャスターとバーサーカー、ライダー、セイバーとの間に、対アーチャー同盟が結ばれ、同盟はライダーの固有結界で召喚された王の軍勢と共に、英雄王に対して勝負を挑んだ。
一見すれば絶望的な戦力差に、それでもアーチャーは余裕の表情を崩さなかった。

兵たちの咆哮が轟く中、アーチャーは澄ました表情で背後に宝具の武器を出現させ、その数は増え続けた。10が100になり、1000になり……そうしていつしか、数えるのも馬鹿らしくなるほどの宝具の群れが出来あがった。
それら原初の武器達を従えたアーチャーは、指揮者のように腕を挙げ、厳かに振り下ろし――――王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)による宝具の一斉掃射が、挑戦者たちに降り注いだ。

伝説に残る英雄達が所持していた武器達の原典である剣が、槍が、斧が、槌が次々と飛来する。

まず最初に、ライダー麾下の英霊達が吹き飛んだ。
懸命に走る王の軍勢も、ついに黄金の王の元に辿りつくことは叶わなかった。
滝のように浴びせられる物量は、既に対軍宝具、対城宝具の領域。

次に、対空砲火のような宝具の連射が、頭上から接近しようとしたバーサーカーを神威の車輪(ゴルディアスホイール)ごと叩き落とす。
地に堕ちたバーサーカーは、飛来する宝具を次々と持ちかえながら迫るが、その圧倒的な数の前に徐々に身体を削られ――――ついに一本の聖剣がバーサーカーの胸を貫いた。
皮肉にも、その剣はどこかエクスカリバーに似ていたと言う。

この時点で、アーチャー以外の全ての英霊が改めてギルガメッシュの力に戦慄し、息をのんだ。そして、自分達の末路を幻視した。

起死回生を狙ったセイバーの約束された勝利の剣(エクスカリバー)は、発動する前に潰された。
愛馬に跨り、部下達が作り上げた僅かなチャンスを生かさんと、渾身の攻撃を仕掛けたライダーは、天の鎖に囚われ、乖離剣(エア)によって胸を抉られた。

――――そうして、挑みかかって来る全てのサーヴァントを、ギルガメッシュはエアの真名解放もなしで叩き伏せてしまったのだ。
それは、まさに圧倒的。
後方で援護に徹していたことで無傷であったメディアは、眼前の光景をそう評することしかできなかった。
そして同時に、時間がなかったとはいえ、自身のマスターから得られた情報を活用できなかった自分を恥じた。
だが、例え十分な時間があったとしても、アレを防ぐことは出来なかっただろう。
湖の騎士ランスロットも、征服王イスカンダルも一矢報いることすら出来ずに果てた。
この英雄の前では前座にもならない。
十分な時間と物資を用いて造った工房で、他のサーヴァントと念密な計画の元に挑んでいたのならば……そう思うメディアだったが、現実はそうはいかなかったのだ。
そもそも、前衛であるバーサーカーが居る時点で、本来ならば望むべくもないほどの
好条件なのだ。

ライダーが果てたことで固有結界は解け、残っていたキャスターとセイバー(それと、ウェイバー・ベルベット)が外の世界に放り出された。



「理解できたか?」

アーチャーはゆっくりと、噛んで含んだように語りかけた。
英雄だ何だと持ち上げられたところで、真の王である自分には決して叶わない。お前らは永遠に挑戦者でしかない――――さも当然の常識を、理解が悪い幼子に分からせるような口調だった。

「っく! まだ勝負は終わっていない、アーチャー!」

セイバーが、己に入りこもうとしてくる弱気を跳ねのけるように咆えた。当然、騎士として戦場を駆けて来たセイバーには、勝ち目が薄いことなどもはや自明のことだった。だがしかし、無様に怯え、戦意を喪失するような真似はしなかった。
勝利とは、最後の最後まで戦う意思を持ち続けて来た者の所にこそ訪れる――否、掴み取れるものであると信じているからこそだった。
その在り様は、美しき至宝と表現するにふさわしい高潔さだった。

「……セイバーよ、やはりお前という女は美しい。――――決めたぞ。セイバー、我の妻となり我のモノとなれ! もう聖杯による奇跡など求めるな、これより先は我のみを求め、我の色に染まれ。おまえにはそれだけの価値がある」

だからこそ、アーチャーはセイバーに対してそう宣言した。英雄王が、アルトリアという少女の価値を認め、自らの傍に存在することを許したのだ。
それはギルガメッシュ本人にとって、自分に認められるこれ以上の名誉など無いと言う風に認識していたからこその発言だったのだが、セイバーにとってはそうではなかった。

「ふざけるな!!」

セイバーはアーチャーの求婚を躊躇いもなく切って捨てた。
袖にされたアーチャーはしかし、ショックを受けたような気配は微塵もなかった。
むしろ残酷な笑みを浮かべながら一言「面白い」と呟く様子には、目の前の気が強い娘を如何に屈服させ、目の前に膝付かせるのかを考え、それ自体にすら愉しみを見出しているようであった。

(セイバーには悪いけど、これは引くしかないわね……)

一方、二人のやりとりに取り残される形となっているキャスターは、既に逃げる算段を立てていた。
圧倒的火力を見せ付けたアーチャーには、もはや正面からの攻略は不可能と判断し、既にセイバーをおとりにして如何に逃げるかばかり考える。
原初の王は余りにも強大過ぎた、結局はそういうことだったのだ。
しかし、だからといってそのままおめおめと尻尾を巻いて逃げるような女であったのであれば、魔女と呼ばれることもなかっただろう。正攻法で勝てないならば、絡み手で勝てばいい、いやむしろ、この正攻法こそが魔女メディアにとっては保険でしかないのだ。

(確かに、あなたは強いわアーチャー。でも、いまのあなたは突きつめて考えれば唯のサーヴァントでしかない)

メディアはここではないどこかの光景を、竜牙兵を介して覗きつつひっそりと嗤った。そこにいたのは、地に伏せ、胸をかきむしりながら悶える苦しむ赤髪の女だった。
その手に令呪がある事から考えて、この女がマスター、それも状況的に考えてアーチャーのマスターである可能性が高い。そんなサーヴァントにとって生命線のような存在が、無防備になっているのだ。
恐らくはアーチャーによって無駄に過度な魔力供給を要求され、枯渇しかかっているのだろう。そう、かつて間桐雁夜がバーサーカーにそうされたように。
だが……それはメディアにとって考慮に値するものではない。
いま大事なのは、狼煙に招かれてやって来た敵サーヴァントのマスターを不意打ちする為に引いていた竜牙兵の警戒網にその女――ソラウ・ヌァザレ・ソフィアが手の届く所にいると言う事実のみだ。
だから、メディアは淡々と竜牙兵に命令を下した。
アーチャーの関心がセイバーに向いている今の内に――――

「いいだろうセイバー。どうやら徹底的なまでの敗北を味合わなければ納得しないと見える。だがその前に――――そこの薄汚い魔術師、早々に失せろ」

だが、そうはいかなかった。
唐突に向けられるアーチャーからの殺気。そして、それに呼応するかのように宝具が発射され、キャスターに殺到した。



一体、何が起こっているのか……ソラウは薄れかかっている意識で、懸命に考えていた。
何故、自分はこんなに苦しいのかと、何度も何度も考える。そうする内に、はたと気がつくのだ。そう、自分には誰よりも大切な想い人が居たことを。
ああそうだ、その事を考えればどんなことにも耐えて見せる。あの人が私の傍で私に笑いかけてくれさえするならば、他には何もいらない。だから戻ってきて、私の騎士……!

「あぁ……また会えたわね、ディルムッド――――」

そうして、ソラウは遂に愛しい人と再会する。アーチャーを手に入れたソラウはマスターとして遂に聖杯を掴んだ。ここまでどんな痛みにも耐えて来た彼女が望む願いは唯一つ、ランサーの復活のみ。そしてそれは叶えられたのだ。
黒子の呪いなど関係ない、私はあなたを愛している。この気持ちに嘘偽りなどない。この想いに殉じることができるなら、後悔なんてある訳がない。
こうして2人は旅に出る。誰にも邪魔されることのないハネムーン、2人だけの時間だ。
まずはあなたの故郷へ行きましょう、その後は私の故郷へ。その後は気ままに。貴方とさえいれば私は幸せだもの。そう、あなたもそう思ってくれるのね。
ああディルムッド、私の愛する人…………


焦点が合っていない虚ろな目で、ソラウは力なく笑った。一体の竜牙兵が、そんな彼女に抱きしめられていた。
生気が抜け落ちた頬笑みは、彼女が既に正気でないことなど誰の目にも明らかだった。彼女はうわごとのようにランサーの真名と、愛を現す言葉を呟く。そうして、いつまでも何事かを呟くのだが、竜牙兵はゆっくりと、持っていた剣でソラウの腹を刺した。
しかしソラウは滴り落ちる血も厭わずに、なお強く強く抱きしめる。そうする内に剣は益々深くソラウの腹部に突き刺さって行くが、当の本人はその事に気がつかないようで、ひたすらに笑うだけだった。

マスターの危機だと言うのに、アーチャーが助けに来ないのは、ひとえに彼女が既に見放されているからだ。ギルガメッシュにとってソラウはマスターに値しない――そう判断され、ただ魔力のみを吸い出された挙句見捨てられた。ゆえに後に残るのは、ありったけの魔力を奪われ、多量の出血によって絶命した女の遺体だけだった。彼女は遂に自らが幸福な夢の中に囚われていた事を認識できなかった。だからこそ、彼女の死に顔は、とても幸せであった。




柳洞寺、そして冬木市民会の地下倉庫にて行われていた戦いとは全く関係ないことだが――――今先ほどまで土御門恭介と衛宮切嗣の戦闘が行われていた大道具倉庫には、小道具倉庫が隣接して存在していた。
衛宮切嗣の襲来を知った恭介は、黄金に輝く聖杯をどこかに隠そうと思い立ち、偶然見つけたこの小道具倉庫の一つに大量のバリケードと共に隠したのだ。
それは、出来るだけ目の届く範囲に置いておきたいという思いと、戦闘に巻き込まれて破壊されないようにしようと言う配慮がせめぎ合い、妥協した結果であった。
ここならば、聖杯が壊される事は無く、切嗣に発見されて奪われる事は無いと判断し、事実一発の銃弾もこの小部屋には撃ちこまれることもなく、聖杯はその場に在り続けた。そういう意味では、恭介の判断は間違っていなかったと言えるだろう。
そして、その聖杯に今、さらにもう2体分の英霊の魂――ライダーとバーサーカーの分――が収められた。
本来ならば、ここで大聖杯からにじみ出た泥によって小聖杯は汚染されるハズであったが、恭介が既に手をまわし、大聖杯との接続を切ってある以上それはあり得ないことだった。
そう、あり得ないハズであったのだ。

土御門恭介とメディアは遂に気づくことは無かったが、この聖杯は残念ながら処置を施した時点で既に汚染されていた。それは強烈な意志と確固たる人格を保有し、聖杯に取り込まれた瞬間からじっと息をひそめ、ついに己が存在を露見させる事もなく、排除されることを免れた。
そしてある程度の魔力を得たそれは、ついに動き始めた。
――ただ、望まれれば直ぐに答えられるように――
ゆっくりと、聖杯から青錆のような色をした瘴気が沸き出し、小道具倉庫を満たす。
それは周囲のコンクリートの壁を溶かし、大道具倉庫へと至る扉を侵食し始めた。
徐々に部屋の中の圧力が増していく。まるで限界まで空気を入れた風船のようになる。
そして、腐食と圧力に耐えられなくなった扉が吹き飛んだ。
吹き飛ばされる小道具倉庫の扉と、それによって急激に流入してくる瘴気の波は、容赦なく2人に襲いかかる。
そしてそれは、敗者である土御門恭介も、勝者であるはずの衛宮切嗣も飲み込んでいった。




あとがき


みなさん一ヵ月ぶりです、最近めっきり寒くなって寝起きがつらい瞬間ダッシュでございます。
いよいよ今年も残す所後わずか、同時にこの物語も次回で最終回となります。
次の投稿は恐らく大晦日か元日になるかと思われます。もしよろしければ、土御門恭介が辿る終着を見届けていただければ幸いです。なお、一部大人気の原作キャラがあっさりと脱落したのに、噛ませ犬っぽいのがいい感じの最後(?)を迎えたのは、まあ、二次創作の場でぐらいそれなりの見せ場を作ってやりたいと言う心憎い演出ということで納得してください。いや、本当、ライダーファンの方には申し訳ないと思っています、はい。ただ、ああいうキャラってなんだか虐めたくなるんですよ……
では、あとがきもこれくらいにして――皆さん少々早いですが、よいお年を。

追伸 
感想に関する返答は、ネタバレ防止のため最終話まで待ってください。ただ、全部の感想には目を通し、作品に反映するように努力していますので、ご安心を。






次回最終話  『物語はゼロ(始まり)に至る』
年越し~年明けに公開予定。



[36625] 物語はゼロに至る
Name: 瞬間ダッシュ◆7c356c1e ID:caffb20b
Date: 2013/12/31 20:10
強欲色欲暴食憤怒怠惰嫉妬傲慢――――この世の悪を叫ぶ存在があった。
証人等威迫罪騒乱罪現住建造物等放火罪延焼罪失火罪現住建造物等浸害罪水利妨害罪往来妨害罪汽車転覆致死罪住居侵入罪不退去罪秘密漏示罪偽造通貨行使罪通貨偽造罪通貨変造罪公文書偽造罪御名不正使用罪国璽不正使用罪偽証罪虚偽鑑定罪虚偽通訳罪虚偽申告罪強姦罪強姦致死罪強姦致傷罪重婚罪賭博罪常習賭博罪不敬罪死体遺棄罪収賄罪贈賄罪殺人罪危険運転致死罪致傷罪堕胎罪遺棄罪逮捕罪監禁罪逮捕致死罪強要罪侮辱罪強盗罪恐喝罪横領罪信書隠匿罪――――この世の罪を声高に主張する存在があった。

有史以前から、人類は多くの罪悪を生みだし、それと同時に罰という概念をも生みだした。
悪人には裁きを、罪人には償いを。こうして罪と罰は不可分な存在となった。だが、何処の世界にも法で裁けぬ悪があり、犯した罪に対して罰が軽いと言う事もある。そんな時、人は神に、あるいは天に、もしくはそれ以外の存在に願うのだ。人に代わって天の裁きを、不条理に制裁を、どうしても許せない罪人に祟りを、と。
本来ならば、決して叶う事がない奇跡だった。だが、そんな人々の暗い願望、社会では果たせぬやりきれない感情を、肯定し、実行しようとする存在が今この時、産声を上げようとしていた。
――――悪は悉く、完膚なきまでに駆逐されるべきであるから、と。

1人の男が、強盗殺人を犯した。警察の必死の捜査にも関わらず、男は国外逃亡に成功した。だが、男は潜伏中に原因不明の奇病を患い、誰に看取られることなく果てた。
1人の若い女が不義の末、望まぬ赤子を身ごもった。女は周囲に事が露見する事を恐れ、人知れずお腹の子を始末した。女は再び日常が戻って来た事に喜んだが、その数日後、階段から足を踏み外し、首の骨を折って死んだ。
1人の少女が、出来心から窃盗を行った。友人宅で誰も見ていないことをいいことに、放置されていた財布を盗んだのだ。少女は罪悪感を感じながらも素知らぬ顔で家路につき、その帰り道に大型トラックに轢かれ、搬送先の病院で息を引き取った。
1人の少年が空き缶を道に放り捨てた。少年にとっては取るに足らない悪事で在り、特別罰せられるような事ではないと高をくくっていたのだ。だが、少年は家に入ると急に発狂し、母親の制止を振り切って、包丁で自分の腹を刺して自殺した。

大きな悪も小さな悪も、決して許されない社会がそこにあった。悪には情状酌量の余地なく須らく死を以て罰する以外になしと、その存在は主張し、事実そのようにした。そこは、真の善人以外に存在する事を許されない、あらゆる罪悪が駆逐された清浄なる世界だった。そう、例え人類が死滅した世界であっても、それは清らかな世界だ。世界平和を成し遂げたこの世界が、理想郷でなくて何なのか――その存在は、堂々と言い放つ。
だが、それに否と答える男が、無人となった世界に在った。男は死んだ魚のような目でありながら、声を上げて叫ぶ。こんな世界は認められないと、慟哭しながら懸命に訴える。こんな世界を望んだ訳ではないと男は叫び声を上げながら、否定し、拒絶する。
――――そうして、世界は泡沫の夢に消えた。


「――――ぁ」

唐突に、まるで泡がはじけるように眠りから覚めた。最初に目に入ったのは、血に染まった床。……目覚めとしては最低の部類だ。
血錆に軽い吐き気を感じながら、僕は素直にそう思った。
だが、相変わらずの痛みが無理やり意識を叩き直す。
その後、目を擦りながら周囲の状況を確認してみる。
今の場所は、冬木市民会館の地下にある大道具倉庫で、何やら不穏な魔力の残滓が周囲に溢れている。
そして自分自身も少し、というかかなり異常な状態だ。なんせ胸の服はナイフで刺されたかのように綺麗に破れ、地肌が垣間見える。そしてその周囲は特に血塗れだ。さらに、服は焦げ、髪の毛も少し焼けたのか悪臭を漂わせている。
………………何があったんだ?
いや、状況的に考えて戦闘後なんだけれど、身に覚えがないのだ。というか記憶が不連続で、衛宮切嗣と電話で話していた後の記憶がない。
あ、でも夢は見てたんだよね。
その夢の中では、僕は切嗣とガチバトルを展開し、結構いい所まで悪名高き『魔術師殺し』を追い詰めるんだ。夢の中の僕は何故かパワーアップしていて、イケイケドンドンな感じだったんだけど、最終的にはやられてしまう。現実では無理でも、せめて夢の中で活躍したいと言う自分の願望を中途半端に叶えたような内容だ。
その後、今度は唐突に、軽犯罪だろうが重犯罪だろうが全部死刑という「それなんてディストピア?」みたいな夢にシフトして、「こんな世界は認めない」みたいな台詞を切嗣が叫んで終わると言う、これまた良く分からないものだった。フロイト先生もビックリだね。

「……実は現実でした、なんてオチだったりして」

ははは、と乾燥した笑い声が出て来る。いやいや無い無い、臆病者の僕が? ガチバトル? それどこの主人公だよ。あ、そうだそう言えば夢の中の僕は聖杯を大道具倉庫に隣接している小道具倉庫に隠してあるんだ。
まあ隣接といっても、大道具倉庫内にある小部屋って感じだけど。
硬い床で眠っていたせいで身体の節々が痛むので、軽く伸びをしながら小道具倉庫に足を向ける。何故か扉が盛大に吹っ飛んでいるが、無理やり気にしない事にして、雑多な物で構成されているバリケードっぽいのを強引に取っ払う。この時点で、かなり嫌な汗が流れているが、やっぱり気にしない気にしない。
そして床下収納スペースを開く取っ手に手をかける。
これでブツが無かったら単なる夢確定。そして今の僕の状況は敵(誰かは知らん)によって演出された幻術という可能性が急浮上。
そしておもむろに床下の収納スペースを開けて覗けば……そこには黄金に輝く聖杯。

「ぎゃああああああマジかよチクショウっ!」

全部現実でした! どうもありがとうございます! いや知ってたよ、実は何となく最初から理解してたよ! でも現実逃避したかったんだよ!
あ、でもじゃあ夢の後半のディストピアは何だったんだろう?

「あーもう、何やってんだよ僕は……あれ?」

いや、そんなことよりなんで僕生きてんだろう? 心臓刺され、床に流れてる血の量も完全に致死量なのに。そもそもなんで僕、あの時あんなパワーアップしてたんだろう?
疑問は尽きない。何やらとんでもない不条理が働いているような気がする。まあ、とりあえずさっさと逃げないと――――
とその時、唐突に目の前の空間が大きくゆがむ。それは、かつて間桐邸で見たメディアさんの転移の兆候だった。

「あ、やっぱりメディアさんだ。どうしたんですか?」

そして案の定、現れたのは僕のサーヴァントであり相棒のメディアさんだった。
でも、転移までしてどうしたんだろう?
確か、今は柳洞寺でサーヴァント戦を繰り広げているハズなのに。それとも、マスターのピンチに駆け付けたってことだろうか? 若干遅いけど。
でも、事態はそんなのんきな状況ではなかった。

「ごめんなさい、負けたわ。バーサーカーもアーチャーにやられて、もういない。私も工房にあらかじめ脱出用の準備をしておいたからギリギリ逃げられただけで、向こうはアーチャーの独壇場だった……セイバーが今戦っているけど、負けるのは時間の問題ね」
「……え?」

……負けた? バーサーカーも脱落? もう打てる手なんてないこの状況下で?……これって大ピンチじゃん!?

「あ、でもアーチャーの新しいマスターはキッチリ殺しておいたから、時間さえ稼げばまだチャンスはある。だからそこまで悲観するような状況では無いわね」
「――――メディアさん超愛してる!」
「まだ私たちが勝った訳じゃないのよまったく……」

よっしゃ! 首の皮が繋がった!
えーと、現在生き残っているサーヴァントはメディアさんとアーチャーとセイバーで、今はセイバーとアーチャーが交戦中。で、アヴァロンがないセイバーではアーチャーに勝てないから、十中八九セイバーは脱落する。そんで、残ったアーチャーはマスターが居ないから、放っておけば勝手に消滅。まさか今の冬木に、アーチャーのマスターになれるだけの素質を持った魔術師なんていないだろうし、第一、既に聖杯は僕の手の中。セイバーが脱落した時点までの魔力量だけでも、僕の願いは叶えられる――かもしれない。いや、どの道これ以上戦うことはできない。切嗣との交渉は決裂した訳だから、叶えられるならもう勝手に聖杯に願いを伝えて、さっさとこの聖杯戦争を終わらせてしまおう。
あーあ、セイバーとコンビを組んでアーチャーを脱落させることができれば確実だったのに。

「じゃあメディアさん、セイバーが脱落するまでどこかで高みの見物でも――――」

僕はメディアさんを伴って小道具倉庫を出ながら、そう話しかけた。でも、言葉を最後まで言いきることは出来なかった。

「――――あ」
「なるほど、そんな所にあったのか」
「あれは、聖杯っ!?」

そこには、大道具倉庫の入り口で僕達を邪魔するように立つ、衛宮切嗣とセイバーがいたからだ。







――――状況を整理しよう。今僕達が居るのは、小道具倉庫を丁度出たあたりの付近。切嗣達が立っているのは、大道具倉庫の入り口で、ほぼ端と端の位置関係だ。距離は結構あるが、それでもそれは人間にとってはというだけで、サーヴァントにとっては十分以上に射程距離内だ。
後、これはあくまで僕の推測だけど、切嗣は僕を倒した後に聖杯を探そうとしたんだ。だけど発見する前に僕が回復している事に気付いた。だから僕自身に聖杯を取りださせて、その後始末させるつもり……というところだろう。
何故アーチャーと戦っている筈のセイバーがこんな所にいるのかという疑問は、まあ令呪で強制転移でもさせたんだろう。戦闘中に急に呼び出され、1人取り残されたアーチャーが随分シュールな事になっているだろうが、そんな事はどうでもいい。

(メディアさん、ぶっちゃけ勝てますか?)
(……セイバーを単独で相手するなんて、正気の沙汰ではないわね)
(僕もそう思います。じゃあ、転移で逃げると言うのは?)
(転移する前に間合いを詰められて切られるのがオチよ。それに、私自身の魔力量も転移を発動させるだけの余裕なんてないし)
(東京からの魔力はどうしたんですか? かなり溜めこんでいたでしょう?)
(あんなもの、バーサーカーの運用と工房の敷設でとっくにスッカラカンになったわ)

バーサーカーよ、お前は魔力を喰い尽しただけなのか。
魔力によるゴリ押しは無理。転移による逃亡も不可……あれこれって詰みじゃん。
何かないか? 今この状況を覆せるだけの案を考えろ考えろ! まだ何か手がある筈だ。
令呪――――そうだ! こっちには聖杯があるんだから、最悪これを人質ならぬ物質にして稼いだ時間で令呪を使って強制転移すれば――

「行きます! そして聖杯を私たちの手に!」

と考えている間に、セイバーが剣を構えて突っ込む姿勢を取った! 問答無用ってかチクショウ!

「待ったセイバー、それ以上動けば聖杯を――――」

――――破壊するぞ。僕はそう言おうとした。
現状、これ以外に僕達が切れる手札は存在しない、いやひょっとしたら在るかもしれないけど思いつかない。だが、自分でもこんなの悪手以外の何物でもないと言うことは気がついていた。だって、聖杯を欲しがっているのは僕達も同じなんだから、聖杯を破壊するなんてこと出来る訳がないのだ。当然、そんなことはセイバーにも直ぐに看破されるだろう。だが、その一瞬の隙さえ僕達には必要だったんだ。
あくまでほんの少しの時間稼ぎをする為の悪あがき。でも、そうそんな悪手さえ僕は打つ事が出来なかった。

――衛宮切嗣の名の下に、令呪を以て命ずる。セイバー、宝具にて聖杯を破壊せよ――

そんな言葉が、僕の耳に届いた。
…………
え? なんで……? どうして聖杯を破壊するなんて?
僕の頭の中で、そんな疑問がグルグルと巡る。そんな、この聖杯は汚染されていないんだ。その前にちゃんと処置をしたから、無害なんだ。それなのにどうして?
理解できない。意味不明。
そしてそれはその場にいる切嗣以外の全員がそうだった。

「そんな、どうして?!」

セイバーは特にひどく混乱していた。それはそうだろう。会話は無くとも聖杯を手に入れるという目的だけは一致していたと思っていたパートナーに、土壇場でその共通の目的すらひっくり返されたのだから。
だがそんなセイバー自身の意思とは関係なく、令呪の効力は聖剣が纏っていた風の鞘を開放させ、真名解放の為の予備動作をセイバーに強制する。
再び現れた黄金の輝き。未遠川で見たものと寸分違わぬハズなのに、いまはそれに見とれる事が出来ない。
セイバーは令呪に必死に抗う。だが、そんなセイバーの抵抗も遂に終わる時が来た。

「セイバー、その聖杯は偽物だ。それに誰かの願いを叶えるなんてことは出来ない」

切嗣によるダメ押しによって、ギリギリ踏みとどまっていたセイバーの自制が決壊したのだ。

「やめろおおおおおおおおおおぉ!!」

それが僕の言葉だったのか、それともセイバーのものだったのか、あるいは両者のものだったのか……
そんなことが分からないほど、僕の頭はぐちゃぐちゃだった。
今まさに僕に向かって放たれようとしているエクスカリバ―の光を、呆然と眺めていた。
だが、そんな僕を呼び、正気に戻す声があった。

「キョウスケっ!」

メディアさんだ。
メディアさんは聖杯を僕から奪うと、明後日の方向に走り出した。

「ちょっ!どうしたんですか?!」
「いいからそこにいなさい!」

聖杯が動いたことで、セイバーの照準も自然とメディアさんへと向けられる。
切嗣が何かに気がついたように、こちらに向かって銃の照準を合わせて来る。
そして、ようやく僕もメディアさんのやろうとしている事に気がついた。
同時に、顔が歪む。
だが、気付いた時には既に何もかもが手遅れだった。
エクスカリバーは発動され、光の洪水がメディアさんに向かって走った。だが、メディアさんは自分にそれが当たる直前、聖杯を僕に向かって放り投げたのだ。
それを確認すると同時に、右肩に衝撃が走って、僕自身のバランスを大きく崩してしまう。
撃たれたのだ。
僕が受け取り損ねた聖杯は床に転がり、甲高い音を立てる。が、僕の目線は今まさに光に飲み込まれていこうとするメディアさんに注がれていた。
メディアさんも僕を見る。その顔は、今まさに消滅しようとしているのに、なぜか穏やかなものだった。そして、僕に向かって何事かを呟く。
聞こえる筈がないのに、言葉が耳に染み込んできた。

――あなたと一緒にいた数日間、とても楽しかったわ――
いやだ。
――もしもアプシュルトスが生きていたら、きっとこんな感じだったのでしょうね。一緒に悪戯を考えて――
そんな遺言みたいな言葉聞きたくない。
――ありがとう――

「あああああああああああああああああああああああっ!!」

そして、メディアさんは僕の目の前で光に解けていった。











――――だが、それはこれから始まる惨劇の序章でしかなかった事に、この時の土御門恭介は気付けなかった。床に転がった聖杯は、全魔力を出し切ったことによって現界する事が出来なくなったセイバーと、エクスカリバーに飲まれたキャスターの魂を回収した。そして、かつて未遠川で暴れた第八のサーヴァントであるゴーストの分を合わせて、この時丁度七騎分の魂の回収を果たしたのだ。
こうして完成を迎えた聖杯は、ついにその牙を剥いた。
聖杯から放出された魔力は質量を伴い、怒涛の勢いで天へと昇り、地下から冬木市民会館の屋上を一気に突き破った。
瓦礫が降る中、土御門恭介はキャスターを失った事を嘆く暇も与えられず呆然と天を見上げ、衛宮切嗣は目の前の現状を緊張した面持ちで見守った。
2人とも、一体何が起きているのかを正しく認識出来なかったのだ。
正解を言えば、聖杯は確かに七騎分の魂を回収し、真の意味で完成した。そう、それは正しい。だが、ほんの少しだが、聖杯に収まりきらなかった余剰魔力というものが存在した。その余剰魔力が、器から零れ落ちるのは自明である。
そして、その魔力には既に『色』が付いていた。
人類の悪を許さず、その全てを祟らんとする、大怨霊の意思という色が。
切嗣が犯した唯一のミスは、聖杯を完成させてしまったことだ。せめてセイバーだけでも現界させておけば、器に入りきらなかった余剰魔力など発生しなかったのだ。だが、そんなことは所詮、結果から逆算した模範回答で、未来を見通せない人間にそんなことは出来ない。
天へと昇った魔力は、高度四万メートルにまで到達し、その後は物理法則に従って降下を始めた。途中気流によって拡散された魔力は、日本全土へと霧雨のように降り注ぐ。
ある魔力は日本の地下にあるプレートを刺激し、ある魔力は火山を刺激し、在る魔力は大気を刺激した。
そんな中、特に多くの魔力が降り注いだ冬木市には、より具体的な火災という災害が齎される。
――――こうして日本は一晩であらゆる天災に見舞われることになり、日本史上最悪の一夜が幕を上げた。



★★



焼けた街を、僕は歩いた。
倒壊しようとする冬木市民会館から命がけで脱出した僕の目の前に広がっていたのは、雨のように降る魔力によって至るところから火の手が上がっている冬木市の姿だった。そんな街を、1人で歩く。
切嗣は、いつの間にかいなくなっていた。多分、生存者を捜しに行ったんだろう。床に転がっていた聖杯を見向きもしないで、彼は人命救助に向かったのだ。
対して僕は、彼が無視した聖杯を回収して、建物を脱出していた。
ちなみに、切嗣に撃たれた右肩の傷は、今も着々と再生している。
ひょっとしたら、これがメディアさんが言っていたヒュドラの毒の影響なのだろうか?
魔力を供給する以外にもこんな効果があったなんて、ちょっと驚きだ。
――――まあなんにしても、今はありがたい。
聖杯を左手に下げながら、僕はちらりと目線をそれに向ける。
今となってはもう、これが汚染されているということはとっくに判明している。メディアさんが居ない今、これはもう使えない。多分現状から考えて、願いを暴力的な方向でしか叶えられない、原作の聖杯と同種のものになり下がっているだろう。だが、それでも聖杯は聖杯で、ちゃんと使い道がある。
メディアさんを失った今の僕には、せめてそれだけでも成し遂げなければ、ここまで戦ってきた意味がないのだ。それが終われば、あとはもうどうでもいい。目的を果たして、その後運よく生き残ったら、とりあえず生きてみようと思う。もしもダメでも、その時はその時で諦めよう。

「あ、雨……」

火災を避けながら歩いていると、頬に水滴が付着した。どうやら、ようやく雨が降って来たようだ。すると、炎が煙を上げながら徐々に勢いを無くしていった。そんな様子を横目に見ながら、切嗣を探した。
そして、雨に濡れても熱を持っている瓦礫の向こう側で、彼を見つけた。1人の少年を抱き上げている切嗣は、しきりに「ありがとう」と泣きながら呟いている。
――ああ、僕もうれしいよ。生き残りが居たんだ。これだけの地獄で――いや、僕が引き起こしてしまった地獄で、助けられた人が居たんだ。
その事が嬉しくって、僕まで泣いてしまう。雨に紛れた涙は頬を伝い、地面に吸い込まれていく。次から次へと、零れて行く。
ゆっくりと近づき、声をかける。声がかすれないように注意しながら。

「――病院に連れて行くなら早めにした方がいいですよ」
「……生きていたのか」

それっきり、会話は途切れた。まあ、一度殺し合いをした相手だから、それ以上の言葉なんて不要で、必要なのは警戒だけ――――という事以上に、今の僕には掛ける言葉が特にないのかもしれない。
多分、僕の目も生気を失っている事だろう。事実、こうして切嗣に会えた事で僕の目的は達成できたんだから、生きることへの執着心は無い。

「これを、渡しに来ました。僕には必要がないので」

そう言って、僕は左手に持っていた聖杯を近くの瓦礫の上に置いた。

「何のつもりだ?」
「これはもう、誰かの願いを叶えることなんてできない。でも、アインツベルンにとってはそれでも求めていた聖杯。何かを願わなければ基本これは無害でしょうし、現に状態は安定しています。それにこれさえあれば、あなたの雇い主は喜んであなたを迎え入れてくれるでしょう。
「――――何故、お前がそれを気にする?」
「少なくとも、これを破壊しない事で助かる女の子が一人いるハズです」
「――――」
「もう、今となってはそれしか僕にできる事は無いんです」

僕にとっては使えない聖杯。でも、アインツベルンはそんな聖杯でも構わないのだ。
アンリマユではなく怨霊で汚染されてしまった聖杯だが、どうやらこの怨霊は、こちらからアクションをしなければ特に何もしないらしい。触らぬ神に祟りない、という訳だ。
そして、かの一族が聖杯を手に入れればもう再び聖杯戦争は起こらない。そうなれば、いまも冬の城で1人健気に留守番をしている女の子が、聖杯の器にされる事もない。
メディアさんは救えなかった。だけど、あの子だけは救える。
切嗣が何かを言いかけたが、僕はそれを待たずに歩き出した。
さて、これからどうしようか? 
ふと、上空の雨雲を見上げながら、そんな事を考えた。

「…………とりあえず、雨をしのげる場所を探そうかな?」

なんだか生き残りそうだったから、せっかくだしもう少しだけ生きてみようと思い始めた僕は、そんな独り言をつぶやいていた。
再び歩き始める
――――こうして、僕の聖杯戦争は幕を下ろした。多くの犠牲を生みだして――――






エピローグに続く



[36625] エピローグ
Name: 瞬間ダッシュ◆7c356c1e ID:caffb20b
Date: 2014/01/02 18:23
半年後

あの大火災から半年が経過した。あの日、日本全土で同時多発的に発生した地震や竜巻、噴火等々の災害によって、一時日本は大パニックに陥った。新聞やテレビ、ラジオでは終末論がまことしやかに囁かれ、日経平均株価も大暴落。まさに国家存亡の危機であった。
だが、そんな混乱も半年もたてば収束し、今は復興という事でささやかな特需が日本の市場を潤している。失ったものの方が大きいが、新しい需要が出来ると言うのは経済的にはうれしいらしい。また、火災によって焼失した街をいい機会だから区画整理する、なんていう自治体もあったりと、なんやかんやで日本人は逞しく復興を行っている。
みな明日に向かって歩き出している。それはここ冬木市でも同様だ。
――――が、今この時この場所では、そんな希望に満ちて立ちあがろうというような、前向きな気配はない。みな、一様に故人との思い出を口にするばかり。
空は雨模様で、それが一層場の空気を重くする。
ここは、とある墓場にして葬儀場。今、僕は遠坂時臣氏の葬儀に参列している――――。

「あの、少しよろしいでしょうか?」
「はい?」
「なにかね?」

棺が大地に葬られ、参列者が全て去った後を見計らって、僕は喪主である遠坂葵さんと実際に葬儀を執り行っていた言峰璃正神父に話しかけた。
葵さんは純粋に、こんな人時臣さんの知り合いにいただろうか?という表情で、僕の事を必死に記憶の底から取り出そうとしているようだが、当然彼女は僕と面識などない。
璃正神父の方も同様だが、何となく見当がついている、という感じだ。その表情は、僕がどこに所属して、どういった意図をもって話しかけてきているのかを推察しようとしているように見える。
まあ、魔術師の葬儀に来る人間なんて、だいたいそっちの関係者ばかりだろう。
そして、じっと僕を母親の後ろから観察している凛という少女の視線に気付く。ひょっとしたら、彼女は僕が父の仇であるという事を何となく感じ取っているのかもしれない――と僕は感じていたが、多分僕の勘違いだ。しかし、後ろめたい気持ちがあればそう思ってしまうのだ、人というのは。
確かに、傍から見れば悪趣味だろう。
自分が策に嵌めて殺した人間の葬儀に参加するなんて、鬼畜の所業だ。だが、それでも知らんぷりしている事など出来なかった。罵られ、殴られようとも、それでも僕はやるべき事があったのだ。

「あの、失礼ですが時臣とはどういった……?」
「聖杯戦争で戦った間柄です」


その瞬間、葵さんが身を固くした。凛ちゃんもまた、息をのむ。璃正神父は……ポーカーフェイスで表情が読めない。どうやらここにきて、完全に警戒されているようだ。

「僕の名前は土御門恭介。そして、貴女の夫を殺した黒幕です」
「――――っ!」

色んな台詞を考えた。出来るだけ遠まわしに言う事も候補に挙げていたが、止めた。
そして、僕は思い切って、より直接的な言葉を言うことにした。

「一体、何の用ですか?」

当然、葵さんが僕に向ける感情は、一気に冷え込む。当然だ。誰だってそうなるだろうし、むしろ激昂して殴りかかってこないだけ理性的だろう。ああ、本当によく出来た母であり妻であったんだろうな。しかも美人。こういうのを世間一般では、理想の女性像というのだろう。

「今日は、桜ちゃんの事についてお話があってきました。現在桜ちゃんは、こちらの保護下にあります。知っての通り、間桐は先の戦いで実質的当主が死亡。その後継者は現在行方不明です。そして、貴女の知り合いでもある間桐雁夜さんも、あの日に交通事故で死亡しています。……あぁ別に誘拐したとかそういう訳ではないので睨まないでください。桜ちゃんはどうやら雁夜さんと一緒に行動していたようでして。で、僕と雁夜さんは同盟関係だったので、その伝手で桜ちゃんの方から連絡してきたんです」

あの日、何の因果か生き残ってしまった日の翌日のことだ。近所の小学校で非常食を食べつつ、そう言えば実家への報告をしなきゃならないなと思っていた時、携帯電話が鳴ったのだ。まだ携帯が使えるんだと妙に感心したものだ。
知らない番号だったから無視しようと思ったけれど、暇でしょうがなかった僕はその電話にでた。その相手が桜ちゃんだった。
なんでも、今は隣町のビジネスホテルにいるが、雁夜さんがどこかに出かけたっきり帰ってこない。それで仕方なく置いていった荷物をあさると、僕の電話番号が書かれたメモがあったのだという。
そう言えばそんな物をゴースト騒ぎがあった日に雁夜さんの懐に忍ばせておいたなぁと思いつつ、僕は急遽彼女を迎えに行く事になった。
災害で混乱している中を行くのはかなり難儀したが、どうにかこうにか辿りつく事が出来た。桜ちゃんと合流した後は、共通の知人が居ないと言う状況でかなり気まずかった。
はやく帰ってこないかなーと思いながら待つが、いつまでたっても戻ってこない。これはいよいよおかしいなと思っていた時、ホテルのフロントからの連絡で、雁夜さんが交通事故で死亡していたと言う一報を聞いた。
その時の僕の表情は、「何が何だか分からない」というのを真っ直ぐに表現したものだっただろう。事実、暫く呆けていた。

ちなみに、死亡情報が届くのに時間が掛ったのは、間違いなく前日の災害のせいだろ。むしろ、あれだけの状況下で迅速な対応だったというべきだ。
まあとにかく、小さな女の子をこれ以上1人にしておく訳にはいかなかったので、僕は宿泊代を払った後、桜ちゃん共々小学校に戻った。
その後、状況が落ち着くまで避難所で待ち、新幹線が復旧すると魔術を使って順番を強引に誤魔化して乗り込み、一気に京都へ。一族への報告会とあいなった。
聖杯は勝ちとったが、欲しがっていたアインツベルンに譲って貸しを作ってあるという内容を延々と語り、親類一同の「ほんとに勝ったのかよ」的な冷ややかな視線を強引に逸らした僕は、そこで桜ちゃんを紹介し、保護を求めた。
……桜ちゃんの魔術の才能を知った爺連中が、その場で僕の査問会議を打ち切ったのは笑い話の一つに出来るだろう。まあ、外道ではないのでそこまでひどい事にはならないだろうし。なんだかんだで可愛い女の子には弱いエロ爺どもなのだ。
そんなこんなで僕の実家関連の雑事はつつがなく済み、結果、桜ちゃんは我が家門に正式に迎えられる事になった。……何を以て正式なのかは、まあ魔術師たちにとってはという意味で、小さな女の子の法的な扱い云々は、完全に無視しているが気にしてはいけない。多分、訴えられたら誘拐で一発だろう。
そう、結局今日僕が遠坂葵さんに接触したのは「もう桜ちゃんはこっちで保護してるから。あとでガタガタ文句言わないでよね」という事後承諾をとる為に来たのだ。

そう言った事情を僕は葵さんに、誇張もなしに正確に語る。一応、桜ちゃんは将来的には我が一族の嫁という事になるので、その実の母とは何時でも自由に会えるように取り計らうというのも伝えて。
今から娘、妹の嫁入りが確定してしまったという事実に、葵さんと凛ちゃんは唖然としていた。
その後、変態だのロリコンだのペド野郎だのという散々な罵声を浴びる事になったのは言うまでもないだろう。
が、最終的には身柄を押えた僕達の要求を飲むしかなく、葵さんはしぶしぶ矛を収めた。というか、桜ちゃんの魔術特性を考えて、いまから適切な魔道の一族に養子縁組をやり直すなんてこと、葵さんにはできないだろう。結局、彼女は受け入れるしかないのだ。まあ、凛ちゃんは最後まで僕を罵っていたけど。
一応名誉のために言っていく、桜ちゃんが誰と結婚するかは完全に未定で、その候補の中に僕は入っていない。
これは実家に帰ってから分かった事なのだが、どうやら僕の寿命が尋常でないほどに削られているらしく、それは現在も進行しているとのこと。
要するに、ヒュウドラの毒の副作用で、僕の寿命はあと5年もつかもたないか、というレベルなのだと。
魔術は等価交換、そうそう都合がいいばかりの力などないということだ。

「さて、では僕はこれで失礼します。桜ちゃんに会いたい時は、いつでも連絡してください。これ、連絡先が書いたメモです」
「……お気づかいどうも」

憮然として、葵さんは返答する。まあ覚悟の上だから、しょうがない。

「――――待ちたまえ。君は、どうして聖杯をアインツベルンに譲ったのかね?」

とここで、いままで沈黙を守っていた璃正神父が僕にそんなことを尋ねて来た。どうやら、アインツベルンが聖杯を手に入れた経緯はすでに把握しているようだ。まさか僕の名前が聖堂協会に知られているとは……うわ、物騒だな。
しかし、僕の顔までは把握していないと言う事は、そこまでマークされていると言う訳ではないのかな?

「簡単ですよ。汚染されている聖杯なんて危なっかしくて使えないからですよ。なら、聖杯そのものを欲しがっているアインツベルンに渡せば、それでもう聖杯戦争は未来永劫おこらない……そう思ったからです。遠坂は、どうにかして根源に至る孔を開こうとして聖杯を使おうとするでしょうし、間桐は壊滅状態。なら、選択肢はないじゃないですか」
「なるほど」

完全に納得した訳ではないが筋は通っている――――そんな顔で、璃正神父の質問は終わった。しかし、この人もこれから大変だろう。
大事な一人息子は死亡、残された葵さんと凛ちゃんの面倒も見るのだろうから、その心労はなかなかのものだろう。だがまあ、彼がいれば遠坂家の資産はキチンと次代の当主へと受け継がれる事だろう。……息子の場合と違って。
まあ、魔術刻印の方は知らないけど。

――――さて、ここからは僕個人の用事だ。
僕は凛ちゃんに目線を向ける。凛ちゃんは常に僕を睨みつけていたから、ばっちり目が合った。

「――――なによ」
「魔術の世界なんてこんなもんだ。魔術師になるなんて止めちまえ」
「っ」
「わざわざこんな腐った世界に飛び込んで来なくたって、幸せにやっていけるさ。それに、魔術師なんかになって争いに巻き込まれれば、今度は母親まで亡くすぞ?」

そう言って僕は、踵を返す。
凛ちゃんは、最後まで僕を睨んでいた。目を真っ赤にさせて、涙をこらえながら睨んでいた。そんな彼女に、今の言葉は最悪な挑発だ。傷を抉るようなものだろう。だが、僕はそれでも忠告しておかなければ気が済まなかった。これで諦めるぐらいなら、魔術師なんかにならない方がいいのだ。魔術なんか覚えるぐらいなら、スワヒリ語でも習得した方がよっぽどましだ。そう思っていると――――

「守ってやるわよ!! お母様も、桜も! みんな私が守って――――やるわよ!! あんたも、絶対、いつか、やっつけてやるん、だから!!」

振り返る。そこには、涙をこぼしながら叫ぶ凛ちゃんが居た。後半は、涙で声がかすれてたけど、それでも、その硬い意思は確かに伝わって来た。
ああ、やっぱりこうなっちゃうか……

「なら、やってみせろ! 遠坂凛!! しっかり修行してかかってこい!!」

だから僕は最後まで不遜な態度で彼女に言葉を贈る。あの気高い少女には、そういう言葉こそが為になると思ったから。
既に第五次聖杯戦争が起こらないこの世界で、彼女にどんな試練が待ち受けているのか分からない。だけど――――

「何とかしちゃうんだろうなぁ」

と、僕は帰路に就きながら呟いた。心なしか、気が軽くなっていた。



凛ちゃんへの宣戦布告(?)が終わったその翌日、今度は、深山町の新居に荷物を運び込むために訪れていた。――――ちなみに、なんとマッケンジー夫妻宅のすぐ近所だった。いや、偶然だよ? ついでだからあの時の偽・引っ越しの挨拶をそのまま流用しようとかそういう考えじゃないからね?
――――まあそんなこんなで、ついでだからウェイバーくんの様子でも見に行こうかなと思い立ち、マッケンジー夫妻のご自宅を訪問した。訪問したらなんと、いきなりお目当ての人物が出て来た。

「ゲェ!? お前、キャスターのマスター!? 生きてたのか……っていうか何しに来たんだよ、もう聖杯戦争が終わって半年だぞ!?」

ゲェって……彼の中の僕のキャラが知りたい。

「何って、今度近所に引っ越す事になったから、その挨拶だよ。ああ、君がここに住んでいる事は既に知ってたけど」
「なんでこの家のこと知ってるんだよ……お前本当に何者だよ……」
「別に、なんかしようなんて思ってないって。あれだよ、同窓会的なアレ。アインツベルンの森で一緒に酒盛りをした仲じゃないか」
「いや、酒なんて飲んでないから。お互いに」

あれ、そうだっけ? 

「まあいいや。昼飯はもう食べたでしょ? 新都でケーキがおいしい喫茶店を見つけたから色々話そうじゃないか。知りたいでしょ? あの日何があったのか」
「……教えてくれるのか?」
「等価交換だよ。そっちも教えてくれればね」
「分かった――――おばあさーん、ちょっと出かけて来るよ」

そう言って、ウェイバーくんは奥に一言掛けてから、僕と連れだって歩きだした。
今日の冬木は真っ白い入道雲が映える綺麗な青空。夏真っ盛りだ。




「そうか、あの時のゴーストが原因だったのか……確かに、あれだけの怨念があればアレぐらいの事は可能か」
「まあね。そう言う訳で、僕はサーヴァントをセイバーにやられて脱落。セイバーもエクスカリバーを放った反動で現界を保つだけの魔力を失って脱落。半ば共倒れ的に僕の負けってことだね」

新都にある喫茶店で、僕とウェイバーくんはケーキを食べながら、あの日それぞれが体験した聖杯戦争の一幕を互いに語った。ウェイバーくんはほぼ原作通りに、自分の不甲斐なさを痛感し、令呪を全てライダーへと消費した上で決戦に臨んだのだと言う。
だが結果はアーチャーの前に敗北。本人はセイバーがアーチャーと戦っている間に命からがら脱出したのだと言う。ウェイバーくんはその時の様子を、まるで虫けらのように無様だったといっていたが、生き残っただけでも立派だと思う。いや、本当に。

「征服王、英雄王、騎士王……本当、すごいメンツが集まった戦いだったな。よく生き残れたよ。それで、結局聖杯はどうしたんだよ?」
「ああ、あの聖杯はアインツベルン陣営に譲ったよ。どうせ使い物にならないし、だったらアインツベルンに渡して、もう二度と聖杯戦争なんて発生させない方がいいでしょ?」
「そりゃそうだけど、もったいないとは思わなかったのか? それもって時計塔に来れば――――」
「やだよ、あんな魔窟に飛び込むのは。出る杭は打たれる、僕みたいなのがあんな所に行ったって難癖付けられてテムズ川に死体になって浮かぶだけさ。それに――――僕だけの力で獲った訳じゃないしさ」
「……そうか」

少し、しんみりとした空気が流れる。僕もあの日の事を可能な限り語った。切嗣と真っ向きっての戦闘に負け、追い詰められ――――やられたとおもったらメディアさんに助けられるんだけど、聖杯から大量の魔力が吹きだして後はあの大災害になったと言う事を出来るだけ時系列に沿って語った。
だから、僕がどれだけ無様であるかという事と、メディアさんの力があったからこそこうしていま生きていられると言う事もウェイバーくんは理解しているのだ。
多分、彼なら今の僕の心を理解してくれると思う。
誰かの力で手に入れた物を、さも自力で獲得したと言う風に思うには、メディアさんの存在は僕の中で尊すぎたのだ。

「あっ!そういえば、バーサーカーと同盟を組んでたって事は、まさかライダーの宝具を盗んだのはお前の差し金か!?」
「ん? 違うけど? まあ、バーサーカーがライダーから盗んできたのは把握してたけど」

本当だ。だって、その時は僕昏睡状態だったもん。
にしてもバーサーカーか……やっぱり、自分で持つサーヴァントじゃなかったな。燃費が悪すぎる。結局、僕達の貯蓄を喰いつぶしただけだったし。

「本当か~? というか、バーサーカーの真名ってなんだったんだ?」
「ああ、湖の騎士ランスロットだよ。楡の木の枝で敵を倒したって言う逸話が具現化した宝具で、手に持った物を自分の宝具として扱えるっていう能力だったんだよ、あれは」
「ほんっとうに、聖杯戦争は化け物ぞろいだな。なんだよその反則的な宝具は」
「……あ、そういえばさあ、バーサーカーはライダーの宝具ってちゃんと使えこなせてた?」
「? どういう意味だよ?」
「いやさ、神威の車輪って、結局引っ張るのは神牛な訳だからさ……宝具としては奪えても、いざ乗りこなそうとしたら牛にそっぽを向かれるんじゃないかなーと思って」
「そういえば、真名解放はしてなかったな。もしかしたら、出来なかったのかも」


『騎士は徒手にて死せず』の宝具としてのランクはA++。対する『神威の車輪』はA+。神秘はより強い神秘に負けると言うし、もしかしたらその辺りが騎乗スキルとの落とし所だったのかもな。まあ、今となってはどっちでもいいか。

「――――っで、結局誰が勝ったんだろうな。あの戦いは」
「聖杯を最終的に手に入れたのはアインツベルンだけど、戦いでは確実にアーチャーだね。マスターは殺せたんだけど、アーチャーのクラスなら、その後も余裕で現界してられるし。そうなると、最後まで生き残ったサーヴァントは英雄王ギルガメッシュってことになる」

でもマスターは死んでる訳だから……うーん、分からん。

「……なあ、お前、その後アーチャーがどうなったか知ってるか?」
「いや、多分限界ぎりぎりまで現世で遊んで、笑いながら消えて行ったんじゃない?」
「この前、やたらと目立つ金髪の子供を見かけたんだ。その子供を中心に、人の輪が出来てた」
「……ん?」
「なんと言うか、雰囲気は違うけど外見的特徴がアーチャーにそっくりだったような気がして……」
「受肉して、その後若返ったとか?」
「まさかね!」
「「はははははっ」」

その後、和やかな雰囲気のまま帰路に就いたのだが、途中でゲーセンを見つけたので試しに入ってみる事にした。ウェイバーくんは「こんな低俗な遊戯」といっていたが、なんだかんだで100円硬貨を入れて遊び始めた。僕はぶらぶらとクレーンゲームの景品なんかをみていたんだけど、偶然店の奥で懐かしい筺体を見つけてしまった。
50円で安かったので、ウェイバーくんも誘ってやったのだが……ついつい調子に乗って、かの悪名高き戦法を使用してしまった。結果、ウェイバーくんの日本嫌いが悪化してしまったのは、僕痛恨のミスで在ったと潔く認める所である――――「待ちガイル」に乾杯。


追伸。せっかくなのでその後もそこのゲーセンに通っていると、金髪の子供が他の子供たち相手に格ゲー無双しているところを見かけた。いやな予感がしたのでよくよく観察してみると、赤い瞳である事を確認。瞬間、脱兎のごとき逃げ出した事をここに記述する。あれ、絶対子ギルだ。

1年後

なんだか最近視力が落ちてきている気がする。これでも一応、半月に一回は治療を専門とする魔術師に診察してもらいつつ、痛み止めと感情を抑制する薬を処方してもらっているのだが、案の定根本的な解決にはなっていない。痛み止めは、まあそのまんまなのだが、感情を抑制するのは、ズバリヒュドラの血が活発化しないようにするための処置だ。どうにもヒュドラの血は、僕が興奮したりすると、「戦闘か? まかせろやコラ」といった具合に余計な仕事をして僕の残り少ない寿命を勝手に魔力に変換してしまうようなのだ。唯でさえ維持費とばかりに寿命を削られているのに、これはたまらない。
あと、怪我もしないようにしている。出来るだけヒュドラの血が活躍する場を与えないことこそが、今の僕にできる精一杯なのだと。
某人形師にでも頼もうかなとも思ったけど、対価がねぇ……
まあ最後までこの身体で、生きてみようと思う。

「サークーラー、あーそびーましょー!!」

っと、この声はイリヤちゃんか……もうそんな時間か。
半年と少し経った頃、切嗣とイリヤちゃんは、例の武家屋敷に移り住んできたのだ。なぜこんなに時間がかかったのかは、多分イリヤちゃんを俗世に出す準備に手間取ったのだろう。
その時に挨拶に行った時から、イリヤちゃんと桜は友達になって、度々お互いの家に出入りしている。そしてその伝手で弟の士郎くんとも。

「こんにちはイリヤちゃん、もうちょっと待っててね」
「うん、キョースケもこんにちは! キリツグもそんなカッコウするようになったけど、どうして?」
「楽だからかな……年取るとね、色々大変なるから今の内に準備しようと思って」
「ふーん」

今の僕は、着流し姿がデフォになっている。これは、今はそうでもないけど、近いうちに手足の方にまで衰えが来る事を見越して、今からそれ用の生活に切り替えようと言う僕なりの考えだ。
しかし、切嗣さんもとなると……それはやっぱり趣味とかそういうのではなく――――

「あ、桜。ハンカチとティッシュ持った? ちゃんと日が暮れる前に帰って来るんだよ」
「うん。兄さん、行ってきます」

そうこうしている内に、桜がちょっとした手荷物を持って玄関の方へやって来たので、僕は手早く新・護身のミニ藁人形を洋服の裏に張り付けると、彼女を送り出した。

――――深山町の一軒家で僕と桜が2人で暮らし初めて、半年が経った。
その間、僕達の関係も変化した事は、お互いの呼び方で察しがついただろう。
簡単に言えば――――僕と桜は兄妹になったのだ。
それはつまり、桜は僕が死んだあとに僕の家の跡取りになるということだ。
これは、僕が聖杯戦争に実質的に勝利したことで海外の名門魔術師からの縁談があったことで舞い上がった爺さん連中が、功績ある僕の家へ与えた褒美だ。そして、僕自身の褒美として、僕は「桜を僕が死ぬまで冬木市で暮らさせる」と要求し、結果それは通った。
ただでさえ過酷な毎日を送って来た桜だ、ここでまったく新しい環境に放り出して良い影響がある訳がない。魔術の訓練も、僕が担当している。
それに、ここでなら葵さんや凛ちゃんとも気軽に会えるし。
ただ、ちょいちょい凛ちゃんが魔術戦を挑んでくるのはちょっと困ったことだけど、今のところは軽く捻っている。いくら才能があっても、その運用方法は拙いので、余裕で裁けるのだ。
ちなみに、桜はイリヤちゃんと今日は衛宮邸で遊ぶのだと言う。士郎くんと一緒になって――――って今気付いたけどこれハーレムじゃんか。さすが主人公子供の時からフラグをたてるとかマジパネエ。
うーん、間違いがないように監視に行った方がいいんだろうか……男の家に女の子を1人でいかせるなんて不味いかなあやっぱり。これが世のお父さんの気持ちかっ!
でも僕が行くと切嗣さんすっごい不機嫌になるんだよなぁ……ったく、いくらイリヤちゃんが僕に懐いてるからってそんなに焼き餅焼かなくてもいいのにね全く。
……実際それだけじゃあないだろうけどさ。
イリヤちゃんが無邪気に笑顔を向けるたび、僕が殺してしまったアイリスフィールさんの顔が、今も離れないのだ。

「……はあ、晩御飯の用意でもしようかな」
罪悪感を感じつつ、僕は今日もご飯を作る。桜には、せめてこれからの人生が幸せになる事を祈りつつ、美味しい食事を作ってあげよう。償いようのない事はあるけれど、それでも僕が今できる事は、その程度のモノだ。









5年後

先月、切嗣さんが逝った。十中八九聖杯のせいだろうが、結局彼は息子と娘の成長を最後まで見届けぬまま果てたのだ。そして、それは僕も同様の様だ。
5年が経過して、桜は本格的な魔術の修行を始めるために、週一回のペースで京都に行って、今日は帰ってこない。
だから、良い機会なので衛宮邸で一晩中、切嗣の遺影相手に酒でも飲もうかなと思う。最近は桜が我が家の台所を担うようになって、酒が飲みにくくなった。この前なんか「飲んだら絶対許しませんからね!」なんて叱られたっけ。
が、今日ばかりは思う存分飲み明かそうと思う。といっても、買うのは安い缶ビールだけど。いや、お小遣いが少ないんですよ、桜に管理されててさ。

「そういう訳で、夜分遅くに失礼しまーす」
「いや、どういう訳か分からないんだけど。キョースケって昔っから変だよね……」
「気にしない気にしない。今日は切嗣と飲みに来たんだ」
「……うん、こっち」

ああ、ありがとう。そういって、イリヤちゃんは僕の手を取って、玄関に上げてくれる。めっきり足が悪くなって、段差が辛いのだ。今日だって、健康な時だったら何でもないような距離なのに、わざわざタクシーを使ったくらいだ。

「ここよ、キリツグに会いに来てくれてありがとう」
「ああ、気にしないでよ。僕が会いに来たかっただけだからさ」

そうして、切嗣の遺影が飾られた場所に連れてきてもらった。彼らしく、小さな台の上に、写真しかない様な質素さだった。
でも、それでいいのだ。誰かに看取られ、こうして弔って貰えるだけで、僕達のような人間にはそれで何よりも報われるのだ。
――こんにちは切嗣さん、こっちは相変わらずだよ。士郎くんもイリヤちゃんもしっかりやってるよ。なんだか難しい事は藤村組がいろいろやってくれてるから、心配はいらないさ。
家の桜も、もう僕なんか必要ないくらいしっかり者になっちゃって。最初のころは1人じゃ寝られないで、気が付いたら僕の布団の中で震えてたのに。今では完全小遣い制で、缶ビールがせいぜいさ。
ほら、飲みなよ。発泡酒じゃないよ?

プシャっと缶ビールのプルタブを開けて、遺影の前に置く。僕も缶ビールを開けて飲む。うーん、久々のアルコールは美味しい。
……え、もっといい酒を持って来いって? そうだなあ……それは僕がそっちに逝った時にってことで勘弁して下さいよ。
……………………僕ももうすぐだからさ。

「確か、切嗣さんを看取ったのは士郎くんだっけ?」
「うん。シロウ、キリツグの後を継ぐって」
「そっか……」

この5年で、僕は何となく分かった事がある。
それは、運命を覆して誰かを救うには、それ相応の対価が要求されるという事。そして、この『世界』の意思が、在る一人の存在の誕生――すなわち、衛宮士郎を望んでいるということだ。そうでなければ、原作以上の大災害を、士郎くんが運よく生き残れた理由が考え付かない。
「正義の味方・衛宮士郎は絶対に生みだす。それ以外は、相応の対価を支払うのならば見逃してやる」と、言う風にだ。
結局のところ、僕はこのルールを打ち破る事が出来なかったからこそ、あの大災害が発生したのだ。桜とイリヤちゃんを救ったから、それ以外にしわ寄せをいったという考えはあるが……それは全て僕自身に責任があり、彼女たちにはなんの罪も無い。


「僕は昔、ある人達の為だけの正義の味方になろうとした」
「え?」

冬の満月の光が障子を通して部屋に入り込む。しんしんと冷えた空気が、今の僕には何よりも心地よかった。今だけは、手足のしびれを自覚しなくて済むから。
そんな中、気が付いたら言葉が口から出ていた。誰かに向けた訳でもない、あえて言うならば自分に語る言葉だった。


「でもダメだった。救えた人が居て、救えなかった人が居て……しかも、ある人は救えても、そのある人の大切な人は救えなかった」
「……そっか」

僕の懺悔ともつかない独り言は、いつしかひとりごとではなくイリヤちゃんへ語りかける形へとなっていた。
そうだな、いっそ聞いておいて貰いたい。僕が犯した失敗を。

「イリヤちゃんも桜も幸せになってほしい。それで、できるだけでいいからさ、もしいつか大切な人が出来たら――――」
「――――うん、決めた。私、シロウもその周りもまとめて守ってあげる」
「……」

そう、イリヤちゃんは決意に満ちた目で僕を見て来た。驚いた。かつてメディアさんに出会った時の僕も、ひょっとしたらこんな目をしていたのかもしれない。戦う意思と、未来に突き進む覚悟をもった目を。
でも、それは辛い道だ。人の手は二つしかないから、どうしたって零れ落ちて行ってしまうものもある。そう言うのも含めて「できるだけ」なのだ。完璧を求めれば、いつかきっと破綻する。僕は大切な人の大切な人ひとり救えなかったのだから。

「いいの?」
「だって私は、シロウのお姉ちゃんなんだから」
「そっか……」

でも、もしかしたら……全てを救おうとする正義の味方を、彼女が救おうとするならば…………本当に全てを救えるのかもしれない。
ああ、切嗣さん。あなたの夢は……本当に……形になるかも…………しれませんよ――


「キョースケ?」
――――


こうして、ある一人の男の物語は終りを迎えた。
『運命』に反逆し、多くの犠牲と引き換えに守り抜いたものを大切に抱きながら――




                      おいでませ、メディアさん! 完















あとがき
みなさんあけましておめでとうございます、瞬間ダッシュでございます。
このたびは完結まで本作品にお付き合いいただきありがとうございました。この作品はいわゆる処女作であり、一年かけて完結出来た事にホッとしております。
それではまたいつかどこかでお会いしましょう。



ちょこっと誤字修正。報告に感謝いたします。
さらに誤字修正 よりにもよって原作主人公の名前の漢字を間違えるとは……報告感謝します。


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