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[36852] 【チラシの裏から】リリカルなのは 管理局員奮闘記
Name: お月見◆31209bc4 ID:2a54bc87
Date: 2013/03/21 03:14
 初めまして。アルカディアに投稿するのは初めてになります。お月見です。
 今回は一人称にチャレンジしようと思ったのと、リリカルなのはのアイディアがいくつか浮かんだので投稿したいと思います。
 話はA'sエピローグの頃の話で、オリ主は原作キャラクターと関わりますが、話の流れは変えないつもりです。オリ主・再構成モノと思ってください。(アニメしか見てないのと、その他の情報はネットから探ってるので、矛盾が生じるかもしれません。その点はあしからず)
 


 アルカディアの使い方がイマイチわからないので、読者の皆様にはご迷惑を掛けるかも致しませんが、よろしくお願いします。

3月21日。第二十六話の表現の仕方を間違えたかもしれないですね。結構、ご指摘が来てるので、第二十七話を読んだ上で、まだご指摘が来るようなら変更したいと思います。

3月19日。年齢設定を間違えてた事に気付きました(涙)はやてと主人公の年齢を一個下げました。他の部分も合わせて修正しましたが、おかしな所があったら教えてください。
はやてのエピローグ時。公式設定だと十五歳だけど、誕生日前だから十四じゃなきゃおかしいんですよねぇ(笑)

3月10日。タイトルを一般管理局員奮闘記から管理局員奮闘記に変更。

3月9日。現在、感想での、主人公は一般とは言えないと言う意見を受けて、タイトル変更思案中。いいタイトルが思いついたら変更したいと思います。

3月7日。チラシの裏から移動。



[36852] プロローグ
Name: お月見◆31209bc4 ID:baf67402
Date: 2013/03/07 08:27
 目の前のモニターに映る管理局の青い制服を着た若者が、艦隊司令であるギル・グレアムへアルカンシェルの発射を要請している。
 艦船エスティアは闇の書の暴走により制御を奪われ、若者、エスティア艦長のクライド・ハラオウンを残し、後の乗員は退避している。
 既に時間はない。
 クライドの脱出する時間も、アルカンシェルを発射するか迷う時間も。
 俺は右手で未だに若々しい色を保っている茶髪をくしゃくしゃにし、舌打ちすると、要請を受けたグレアムに声を掛ける。

「グレアム」
「何も言うな。ヨーゼフ・カーター二等空佐。これは命令だ」

 ヨーゼフ・カーター二等空佐。つまり俺はそうグレアムに命令され、そして、その通り押し黙る。
 グレアムの片腕として、若い頃は多くの戦いを共にくぐり抜けて来たし、同時に無二の親友であると自負している。そんなグレアムが敢えて命令の形を取った。その意味が分からないほど落ちぶれてはいない。
 十年前からミッドチルダにいる妻子の為に地上勤務をしていたが、今回の闇の書の守護騎士への対抗戦力として、グレアムに呼ばれ、周りの反感を買いながらもここまで来た。
 なのに結果はこれだ。
 俺の目にアルカンシェルの発射を決めたグレアムの背中と、これからの管理局を支える筈だった若き艦長の敬礼が映る。
 発射されたアルカンシェルがエスティアを飲み込み、闇の書も破壊する。
 同時に俺は理解した。俺とグレアム、そして時空管理局がまたもや失敗し、悲劇を先送りにした事を。






 それから数日後。俺は時空管理局を辞職した旨をグレアムに伝える為、本局のグレアムの部屋に来ていた。

「俺は引退だ。もう自分より若い奴が死ぬ所なんか見たくねぇからな。お前も第一線から引くんだろ?」
「ああ。責任も取らねばならないしな。だが、お前のように引退する訳にはいかない。後継者にする筈だった男を死なせてしまったからな」

 グレアムは自嘲気味に笑う。
 そんなグレアムに何か声を掛けようとして、俺は口を開き、しかし、音を発する前に閉じる。
 引退と言う逃げの一手を真っ先に打った自分に何が言える。
 そう心の中で呟き、そして俺とグレアムの間に重苦しい沈黙が流れる。
 そんな空気を破ったのはグレアムへの通信だった。

「何かな?」
「はっ! リンディ・ハラオウンが面会を求めています」

 若い青年がモニター越しにグレアムにそう告げる。
 俺は了解した。とだけ言い、通信を切ったグレアムの顔に映った色濃い苦悩を感じ取る。

「奥さんか」
「子供が生まれたばかりだった……。これからの筈だった。私の責任だ……」
「お前は良くやった。少なくとも、過去の闇の書の事件と比べれば、被害は小さかった」
「お前が守護騎士達を上手く押さえてくれたからな……。感謝している。無理を言って済まなかった」

 俺の気休めにそう返したグレアムは、椅子から立ち上がり、俺に右手を差し出す。
 俺はそれに応え、グレアムの右手を握る。

「長い間ありがとう。お前は……良きライバルであり、良き同僚であり、最高の親友だった」
「そんな褒めんな。それにライバルってのは違う。俺はいつだって前線で走り回ってただけだ。お前が上に行って、俺達みたいな下っ端が動きやすいようにしてくれた。お前のライバルなんて、俺には到底務まりやしねぇよ。俺にとって、お前は最高の上官だった」

 俺はそう言って、グレアムの手を離すと、管理局に入って数十年。今までで一番綺麗な敬礼でグレアムに別れを告げた。






 俺はこの時、気づくべきだった。グレアムの目に宿っていた負の感情に。
 俺はこの時、逃げるべきじゃなかった。先送りにしたと自覚したならば、次こそはと思うべきだった。
 そう、せめて管理局に残っていれば、年端も行かない幼い少女にすべての責任を背負わせる事なんてしなかった。
 けれど、それは結局ただの後悔で。



◆◆◆



 十一年後。
 闇の書の事件が奇跡的な展開で解決された時、俺はミッドチルダの北西部にある小さな街の小さな家で、一人寂しく暮らしていた。
 嫁に先立たれ、娘も結婚して家を出た。
 まだまだ体は動くしボケちゃいないが、人生の楽しみが減ったのは感じていた。
 事件の詳細はグレアム本人から聞いた。
 話が始まり、途中何度も殴ってやろうかと思ったが、俺にはそんな資格が無い事を思い出して堪えた。
 久々の親友との会話だったが、全く楽しくなく、むしろ苛立ちだけが込み上げてきた。
 なにより一番頭にきたのが。

「責任を感じての償いだぁ? 十歳の子供にそんな事を言わせたのか!?」
「ああ。守護騎士たちを止められなかった責任だと。おそらくそれ以外の責任も背負う気なのだろう……」
「なのだろうじゃねぇ!! そのはやてって子は、これまでの闇の書の事件の責任にも背負うって言ってんだぞ? 分かってんのか!? 遺族の悲しみも怨みも受け止めるって言ってんだ! 子供がそんなもんに晒されてまともでいられか!!」
「本人の意思だ……。私の部下たちや友人たちに彼女の事は頼んである」

 俺はグレアムの服の襟を掴むが、グレアムは抵抗せず、悲しげにそう呟くだけだった。

「お前が守れ。お前なら守れる」
「私は道を誤った。私には彼女を守れない……!」
「管理局の英雄、ギル・グレアムが子供一人守れないだと!? 笑わせるな!」
「ヨーゼフ……。許してくれ。私は彼女を直視出来ないんだ……」

 静かに涙を流すグレアムに、俺は唇を噛み締める。
 罪の意識に苛まれる姿は、痛々しく、今まで見たことのないものだった。
 こいつと居ればどんな事件だって解決できる。
 こいつと俺が組めば、だれだって救える。
 そう思ってた。
 けど違った。それに気づいて、俺は時空管理局を辞めた。
 そんな俺が、一人苦しんでいた親友を見捨てた俺が、何を言える。
 俺はゆっくりグレアムの服を離す。
 既に俺は管理局員では無い。そしてグレアムもすぐに引退する身だ。
 無力感が俺に襲いかかる。
 何も出来ない。幾つもの世界を守ってきた実績のある二人が、今、一人の少女に何もしてやれない。
 時代は変わる。既に俺たちは現役じゃない。
 グレアムの部下や友人たちなら、上手く八神はやてを守るだろう。
 だが、そいつらにだって防げないものもある。
 言葉にならない悪意や、刃のような言葉は防げやしない。
 せめて、現役だったなら。
 威光でもなんでも使って、助けてやれるのに。
 そう思った時に、俺はグレアムの言葉を思い出した。
 後継者。
 グレアムにとってのクライドやクライドの息子。
 そんな後継者が、俺にも居れば。

「おいグレアム。俺は弟子を探すぞ」
「いきなりどうした? ヨーゼフ」
「俺の後継者を探す。馬鹿でも弱くても良い、ただ、俺に似てる奴を探す。俺に似てる奴なら、八神はやてが困った時には放っておかないはずだからな!」



[36852] 《第一部》 第一話
Name: お月見◆31209bc4 ID:7b97628d
Date: 2013/03/19 11:31
 色とりどりの魔力弾が飛び交う中、市街地のビルの屋上にオレは居た。
 空戦適正が無い身としては、あまり高い所に長居したくはないが、下に居れば狙い撃ちされるので上に居るしかない。

「ヴァリアント。今の状況は?」
『相棒。聞かなくてもわかる事は聞くなよ。まぁ強いて言うならお前の班はお前以外全員天に召されてる』
「言い方を考えろよ……」

 ネックレスの先にある菱形の赤い宝石、インテリジェスデバイスのヴァリアントがそうやって、オレのやる気を削ぐ。
 オレが所属する陸士110部隊が最新型のシミュレーターのテストを受け持つ事を告げられたのは三日前。
 当初は特別手当も出る上に、お偉いさんたちからありがたいお言葉を貰って有頂天になっていた俺たちだが、現場に来て、告げられた内容に全員が特別手当とありがたい言葉を掛けられた意味を理解した。
 シミュレーターの耐久テストの為、教導隊との模擬戦。
 エースクラスの魔導師以外所属していない教導隊との模擬戦だ。俺も含め、選ばれた八人、二個分隊は顔を青くさせて、おそらく他の部隊からこの役目を押し付けられた部隊長に呪いの言葉を一斉に送りつけた。
 とは言え、こっちも現役の管理局員だ。仕事は仕事。
 教導隊のエースたちが相手と言えど、簡単には負けはしないと意気込んで見たのだが。

「僅か一分半でほぼ全滅とは、嘆かわしいねぇ」
『現実逃避をしてる暇があったら逃げる事をオススメするぜ、相棒。残りは相棒一人で、向こうさんは……エース・オブ・エースだ』

 瞬間。オレはビルの屋上から飛び降りる。
 同時にヴァリアントをセットアップする。

「ヴァリアント。セットアップ!」
『オーライ』

 オレの体が一瞬赤い光に包まれ、陸の制服である茶色の制服から、青を基調としジャケットと同色のズボン。そして黒いコートで構成されたオレのバリアジャケットに服装が切り替わる。
 それから一瞬遅れて。
 オレがさきほど居た屋上に桜色の砲撃が突き刺さった。
 オレは見てしまった極太の砲撃に戦慄しつつ、絶賛落下中の身をどうにかする為に、近くのビルに向かって右手を向ける。

「ワイヤー・バインド!」

 胸部に固定されたヴァリアントが煌めく。
 オレの右手の先に円形の中に二つの四角形が存在する魔法陣。ミッドチルダ式の魔法陣が出現し、そこから魔力で出来た蒼い色のワイヤーが出現する。
 隣のビルに巻き付いたワイヤーを支点に、オレは空中で進路を変える。
 しかし、このままでは勢いよくビルに激突してしまうので、オレは右手のバインドへの魔力供給を切断し、バインドを切り離す。
 そして、今度は左手からワイヤーを出すと、違うビルに巻きつけ、また空中で進路を変更する。
 それを何度か繰り返し、十分速度が落ち、高度も低くなったのを確認し、オレは着地の体勢に入る。
 着地するのは大通り。確実に良い的として狙い撃ちされるが、細い道に着地して逃げ場がないよりマシだ。

『ヤバイぞ! 誘導弾だ! それも四つや五つじゃない!』

 胸にあるヴァリアントからの警告に、オレは着地と同時に基本的な強化魔法で身体能力を底上げし、大通りを走り始める。
 ヴァリアントの警告通り、十個ほどの桜色の誘導弾が上空から迫ってくる。

「誘導弾!?」

 オレはそんな叫びを上げながら、直射弾と間違いかねないスピードで迫ってきた一つを走るスピードを緩めずに横にステップして躱す。
 オレの真横を通り過ぎた誘導弾がすぐさまオレを追いかけてくる。
 屈辱的な事に、オレが走るスピードより僅かに誘導弾の方が早い。
 左右と後ろの三つに挟み込まれる。残りの七つは前方や上で待機している。
 おそらく考えられる回避方法の先に、それらは配置されている。
 回避は不可能。かと言って防御して足を止めれば、全ての誘導弾が襲いかかってくる。
 ならば。
 オレは腰のフォルダーに付いている棒状のデバイスを右手で引き抜く。
 それがアクショントリガーとなり、棒の先端部分が左右に分かれ、中央から蒼色の魔力の刃が出現する。
 形成されたのは長さ一メートルほどの魔力の剣。
 オレはそれを振るって自分に迫る誘導弾を叩き切る。
 三つの誘導弾がほぼ同時に暴発した。
 どれだけ魔力をこめれば誘導弾でこれだけの暴発が起きるのか。
 そんな疑問が浮かぶほどの爆発で発生した爆風により、オレは吹き飛ばされる。
 道路を転がり、瞬時に立ち上がる。
 辺りは未だに煙に包まれている。
 オレはチャンスと思い、この煙に乗じて逃げようとする。
 だが。

「へっ?」

 知らぬ間に体に桜色のバインドが巻きついている。
 オレはそのバインドを破壊しようとしたが、しかし、異常な内部構造のせいで破壊できなかった。
 オレは嫌な予感がしてバインドから視線を外して、上空を見る。
 白いバリアジャケットを着たツインテールの少女がそこに居た。
 年は確か十五歳でオレと同じ。
 ツインテールの栗色の綺麗な髪、大きな瞳やすっきり通った鼻筋などその可愛らしい容姿からは想像できないが。

「エース・オブ・エース……高町なのは……!」

 管理局では知らぬ者がいない不屈のエース。
 オレと同年代で既に英雄となりつつある三人の少女の一人だ。

「降参でいいかな?」

 身動きの取れないオレの周りに誘導弾が集まる。
 教導ではない為、降参を受け入れてくれるらしい。
 オレは心底安堵しながら呟く。

「陸士110部隊第二分隊、カイト・リアナード陸曹。降参します」

 同年代の少女に降参する事に一切躊躇いのない辺りどうなんだと思いつつ、けれど自分の身とちょっとしたプライドならプライドを捨てる事はしょうがないんだとオレは自分に言い訳する。
 すぐ後。
 魔力ダメージでノックダウンされている同僚を見て、オレはその判断が正しかった事を思い知った。



◆◆◆



 新暦71年5月23日。
 教導隊とのまさかの模擬戦から三日後。休憩中の陸士110部隊の第二分隊のメンバー四人が一つの丸テーブルに集まり、他愛ない話で盛り上がっていた。

「高町二尉の強さは異常だったな」
「ああ。あの砲撃を食らうなんて二度とゴメンだ」

 先日の模擬戦で偶然戦う機会を得たエース・オブ・エースの砲撃を思い出し、オレも含めたその場に居る四人が身を固くする。
 しかし、トラウマから抜け出した黒髪の分隊長が一言呟く。

「しかし、後二、三年後はめちゃくちゃ美人になるんだろうな。あの子」

 第二分隊の隊長は二十二歳と若いがこの中では最年長だ。他のメンバーも十代後半から二十代で、最年少のオレも含めて、盛り上がる話は決まっている。

「そうっすね。でも、俺はテスタロッサ執務官の方が気になりますけどね」

 そう言って、デバイスを操作したのは長身で茶色の長髪が特徴的なマッシュと言う優男だ。
 年は十九で、何かとオレの世話を焼き、そして色々と教えなくても良い事を教えてくる先輩だ。
 マッシュはデバイスから三枚の画像を映し出す。
 一枚は高町なのはがデバイスである長い杖を構えている画像。
 もう一枚は金髪紅眼の少女の写真。着ている服は黒い制服で、それが執務官の制服である事はこの場に居る全員が把握している。少女の名前はフェイト・テスタロッサ・ハラオウン。高町なのはの親友で、同じくらいの有名人だ。

「来たよ! 分かってんな。マッシュ。やっぱりフェイトちゃんでしょ」

 マッシュに同調したのはこの中で唯一オレよりも背が低いスキンヘッドのアウル。年はちょうど二十歳。
 バリバリの武闘派で、総合訓練の後に更に自主訓練を行うストイックな先輩だが、女が絡むととそのストイックさが霞むほど痛いレベルまで下がってくる。

「お前らは本当に胸が好きだなぁ」
「この歳でこのボリュームはやばいでしょ! 将来は期待大っす」
「そうそう。間違いなく巨乳になるね」

 分隊長の言葉にマッシュとアウルが答える。
 そして三人が意地悪な笑みを浮かべてオレを見る。

「な、なんすか……?」
「お前は誰だ?」

 代表して分隊長がオレに向かって聞いてくる。
 オレは三人のニヤケ顔を見て、この話題から逃れられない事を悟る。
 そうと決まれば話には乗るに限る。

「高町さんもテスタロッサさんも……確かに良いです。美人で強い! けれど、オレは最後の一人、八神さんを推させてもらいます!」
「ほほう。明確な理由があるんだろうな?」

 分隊長が自信あり気なオレの言葉にテーブルに身を乗り出して聞いてくる。
 左右の先輩たちも身を乗り出す。
 オレもそれにならって、身を乗り出し、かなり近い距離で呟く。

「この人ならもしかすればハーレムの可能性も!」
「出た……妄想が先行する奴っすよ」
「自分の顔と相談してこいよ。フツメン」

 オレの言葉にそう言った二人の先輩はテーブルから身を引き、呆れたように背もたれに寄りかかる。
 オレは唯一テーブルに残っている分隊長にすがりつく。

「た、隊長なら分かってくれますよね!」
「カイト。お前には言っておかなければならないな……」

 分隊長は大真面目な顔でそう断ると、次の瞬間キメ顔をオレに向けて言い放った。

「男足る者、愛する人は一人のみ!!」
「浮気ばっかで彼女に逃げられまくってる人が言うと、言い知れぬオーラがあるな」
「流石隊長っす。説得力が違いますねぇ」

 オレは主にキメ顔にドン引きしつつ、テーブルの上に展開されている最後の一枚を見る。
 肩の辺りで切りそろえられた茶色の髪の小柄な少女が写っている。
 少女の名前は八神はやて。
 一度も会った事はないが、管理局に入る前も、入った後も、色々な話を聞く少女だ。
 話の大部分はいい話ではない。
 けど、オレにはその話が嘘だと確信できた。
 理由は彼女の笑顔だった。
 これだけ優しげに笑える人が、悪い人な訳がない。そんな理由にもならない、一種の勘で、オレはこの人の事が気に入っていた。



[36852] 第二話
Name: お月見◆31209bc4 ID:7b97628d
Date: 2013/03/19 11:32
第一管理世界ミッドチルダ。首都クラナガン。



 新暦71年5月30日。

 臨海空港における大規模火災から一ヶ月が経ち、市民の警戒が幾分か緩んだ頃。
 オレはと言えば、非番だった筈なのに絶賛部隊長室に呼び出されていた。
 部隊長のデスクの前に立たされたオレは、直立不動で質問に答える。

「呼ばれた理由はわかるかね?」
「いいえ」

 実際、呼ばれるような事をした覚えはない。
 過去にいくつか管理局員としての品位を問われる行為に加担した覚えはあるが、それならば実行犯である二人の先輩が居ないのはおかしい。
 オレはあれこれ考えつつ、最近頭が非常に寂しくなってきた部隊長を真っ直ぐ見る。
 有能ではないが無能ではない。それが110部隊の部隊長の周りの部隊からの評判だ。
 しかし、110部隊内ではその評判は少し違う。
 本人は無能だが、部隊長としては有能。それが110部隊内での部隊長への評価だった。
 基本的に個人の能力は平凡以下だ。
 デスクワークは遅く、自分がやらなければいけない仕事は常にギリギリであり、交渉もあまり上手くないため、毎回貧乏クジを引かされる。
 ただ、この部隊長は二つ長所がある。
 一つは他人を使うのが上手い事。相手によって頼み方を変え、その後のアフターケアもしっかりする。そう言う気の使い方は滅法上手い。
 もう一つは人材を見つける能力。訓練学校での成績は問わず、自分の目で見て、その人間が使えるかどうか判断する。そうやって部隊長が連れてきた人間に外れはここ十年無いらしい。
 自分の能力が無いのは分かっている為、緊急時に指示は滅多に出さず、優秀な部隊幹部に任せるし、自分がやらなければならない仕事はキチンと全力で終わらせる。
 個人として全力を出して何とか平均。部隊長としてはかなり優秀。それが今、オレの目の前に居る禿げかけた小太りの眼鏡を掛けたおっさん。ランディ三等陸佐だ。
 ランディ部隊長は小さくため息を吐き、そしてオレを見て、また小さくため息を吐く。
 その仕草は知っている。
 頼みにくい事を頼む時の仕草だ。
 オレは先手を打って聞く。

「面倒事ですか?」
「私は君の魔導師としての個人の力や分隊での連携能力も買ってはいる。けれど、私が一番君の能力の中で買っているのは」
「対人コミュニケーション能力だ。毎回同じ事を言って、オレを揉め事が起きた場所に放り込みますが、今度は一体どこですか?」

 ランディ部隊長はオレにセリフを取られて口をパクパクと上下させた後、眼鏡を外して眼鏡拭きでレンズを拭く。

「今回は……接待だ」
「お断りします。自分でやってください」
「待ってくれ! 話を聞いてからでも良いだろう! 君以外にはとても頼めないんだ! 品行的に!」

 デスクから身を乗り出して、踵を返そうとしたオレの制服を掴んだ部隊長は、オレが立ち止まった事にホッと息をつき、背もたれに体重を掛けて言う。

「ウチの隊に特別捜査官が来る」
「断ってください。ウチはそう言う大きな事件を担当する部隊じゃありません」
「……決まった事なんだ」
「また押し付けられたんですか……。特別捜査官に施設を貸すんですか?」

 ここ最近の面倒事押し付けられ率は尋常じゃない。
 とは言え、面倒事を押し付けられてもどうにか出来てしまってるのがそもそも部隊の保有戦力的に問題なんだが。

「それは勿論だ。特別捜査官へのバックアップは義務だからね。ただ、特別捜査官からの要望で、パートナーとして一人、魔導師を借りたいそうなんだ。できれば近接系の。それが他の部隊は嫌らしくてねぇ。ウチに回ってきたんだ」
「自分たちにも余裕はありませんってどうして断らないんですか?」
「一人ぐらいならどうにかなるかと思ってしまってねぇ」

 顔に出してしまい、押し切られた。結局いつものパターンか。
 オレはため息を吐いて諦める。

「わかりましたよ。やりますよ。で? 品行的にってどういう意味ですか?」
「ああ。特別捜査官は女性でね。君以外だと危険だ。主に不祥事の後の私の首が」

 ウチの隊にいる近接系の魔導師を思い出し、ああ。確かに。と思わず小さな声で呟いてしまった。
 だからと言って、オレが適役と言う訳でもない。

「自慢じゃないですが、女性のエスコートなんてしたことないです。まだ十四ですし」
「そうだね。それは全く自慢にならないよ。十四歳でも。まぁ安心したまえ。向こうも十四歳だから」

 そこでオレは硬直する。
 聞き間違いじゃなければ十五歳と言った。
 十四歳の特別捜査官は、オレの知る限り一人しか居ない。

「まさか……!」
「うん。噂の八神一等陸尉なんだよ。なんでも臨海空港での火災の原因になったモノを追ってるらしくてねぇ。いつもは彼女の騎士たちが一緒なんだが、今回は一人らしい」
「あ、えっと。詳しいですね……?」
「私の元部下が教えてくれたよ。ご丁寧に、気をつけるようにって言う忠告付きでね」
「……護衛が居ない?」
「キナ臭いねぇ。多分、だから他の部隊長は嫌がったんだろうねぇ。私としてもできる限りバックアップするつもりだけど、まぁ責任は私が取るから、いざとなったら構わない。逃げなさい」

 部下を心配しての言葉だろう事は分かったが、それはつまり、何か不測の事態が起きたら、八神はやてを見捨てろと言う事だ。
 そんな事はお断りだ。
 そう言ってやりたかったが、部隊長の気持ちも解らんでもない。何だかんだで部下を大切にする人だ。
 オレは小さく頷き、言葉を続けます。

「オーバーSランクの魔導師がどうにも出来ない状況になったら、言われるまでもなく逃げさせていただきます」
「そんな事態が起きて欲しくはないけれどね」



◆◆◆



 新暦71年6月2日。

 部隊長からの指示で分隊を離れ、特別捜査官のサポートに付く事になったオレは、待ち合わせ場所である空港の入口でいつまで経ってもこない八神はやてを待っていた。
 時刻はそろそろ昼頃。既に約束の時間を三十分ほど過ぎている。
 空港に居る事は間違いないだろうが、空港内で何かしているのだろうか。
 オレは暇つぶしがてら、ヴァリアントに話しかける。

「ヴァリアント」
『どうした相棒? 女のエスコートの仕方なんて聞くなよ? 前の相棒、つまり相棒の師匠も女にはモテなかった』
「オレもモテないみたいな言い方止めてくれる? フツメン以上だって自他共に認めてるんだから」
『でもイケメンとは言われないだろ? 女は普通には惹かれない。せめてブサイクだったらチャンスはあったのになぁ』

 デバイスのくせに真理をついてきたヴァリアントに対して言い返す事も出来ず、オレは鏡に映る自分を見る。
 身長は165センチ。体重は54キロ。
 顔は童顔で、淡褐色の目は大きい二重の垂れ目。言われるのはいつも頼りなさそう。
 その印象を払拭するために暗い金色の髪は常に短髪にして、男らしさを全面に出している。
 のだけれど。

「ヤバイ。お前のせいで自分の顔が普通じゃない気がしてきた」
『良かったじゃないか。普通じゃないならチャンスはあるぞ』

 全く良くない事を平気で言ったヴァリアントをどうしてくれようかと悩んでいると、オレは自分が視線を集めている事に気づく。
 ここでイケメンだからと思えたら人生が楽しいんだろうが、そういうポジティブさは持ち合わせていない。
 まだ臨海空港の火災から一ヶ月しか経っていない。
 空港に管理局の制服を着た人間が立っていれば、皆が訝しげに見るのは当然だろう。
 オレは深いため息を吐く。
 現在の状況に対してじゃない。これからに対してだ。
 オレはある意味、自分の役割をこなしていると言えなくもないが、それは師匠がオレに対して願った役割で、オレ自身が望んだ役割じゃない。
 同年代で活躍している人間には憧れる。おまけに可愛い女の子なら尚更だ。けれど重すぎる。
 自分とは関係ないなら幾らでも、何とでも言えるが、いざ自分が関わる立場になると、非常に重い。
 なにせ八神はやては。
 思考の海に潜っていたオレはヴァリアントに呼び戻される。

『相棒。あれじゃないか? 今、エスカレーターに乗ってる制服』
「どれどれ?」

 オレはエスカレーターを見て、すぐに目当ての人間を見つける。
 小柄だが、目立つ。
 あれがオーバーSランクが纏う気かと思うくらい、言い知れぬ迫力を纏っている。そんな気がした。
 そう思っているだけで、ちょっと魔力の大きさにビビっただけとも言えるが。
 オレは気を取り直して、顔を引き締める。
 今は仕事で、内容は接待も兼ねたサポートだ。
 更に言えば、前から気になっていた女の子との初対面だ。
 諸事情を全て考慮しなければ、オレ的にはとてもおいしい状況だ。
 オレはできるだけ真剣な顔を作って、大きなバッグを持って周りをキョロキョロと見渡している八神はやてに近づく。

「八神特別捜査官」

 そうオレが声を掛けると、八神はやてがオレを見る。
 大きな目をきょとんとさせた後、何度か大きく瞬きをする。
 反応が鈍い為、オレは不安に駆られてもう一度声を掛ける。

「八神特別捜査官……ですよね?」
「あっ! そうです。八神特別捜査官です」

 ようやく返ってきた反応にオレはホッとしつつ、敬礼をして挨拶する。

「陸士110部隊のカイト・リアナード陸曹です。お迎えにあがりました」
「八神はやて特別捜査官です。お待たせして申し訳ありません」

 返礼した後、八神捜査官はオレにそう言った。
 基本的に上官が三十分程度遅れたくらいで謝罪するのは珍しい。少なくとも、今回のように階級が上の人間を迎えに行って、杜撰な対応をされた事は多々ある。

「いえ、お気になさらず。何かトラブルでも?」
「あ~、えーと、リアナード陸曹。リアナード陸曹は……温厚?」
「……上官に怒る事は滅多にありません。内容によりますが」

 そう言いつつ、一体どんな事をしてたのか非常に気になった。
 八神捜査官は気まずそうに一回目を逸らした後、軽く笑いながら話始める。

「いやなぁ。迷子に泣きつかれてもうて。一緒にお母さん探しとったんよぉ。本当は約束の三十分前には来てたんやけど……」

 オレは唖然としたまま八神捜査官を見る。
 目の前にいるのはオーバーSランクの魔導師で、つい最近も臨海空港の大火災で大活躍した英雄だ。
 救った人命も捕まえた犯罪者も数知れないほど居る人間だ。
 そんな人間が、迷子の母親を探すために貴重な時間を割くとは。
 オレは思わず出そうになったため息を飲み込み、八神捜査官に聞く。

「職員に預けると言う案はどう言う理由で却下されたんですか……?」
「それは考えたんやけど……。服を掴んで離さへんし、私を頼ってくれたのに誰かに託すのもあれやし。まぁその皺寄せは陸曹にいったんやけど……」

 恐る恐るこちらの様子を伺う姿に、先程まで感じていた迫力は無い。
 オレは肩を竦めて答える。

「平気です。おかげであなたがお人好しだと言うのが分かりました。そろそろ移動しましょう。場所も場所ですし」

 オレはそう言うと、八神捜査官が持っているバッグを持とうとして遮られる。

「ああ、ええよぉ。これから迷惑掛ける身やし、荷物くらい自分で持たなぁ」
「残念ながら、あなたのサポートがオレの仕事なんです。いやでも雑用はやらしていただきます」

 遠慮する八神捜査官から笑顔でバッグを奪い取ると、オレはさっさと歩き出す。
 置いてけぼりを食らった八神捜査官は慌ててオレの後をついてくる。
 歩いていると自然と笑顔がこぼれてくる。
 理由は簡単だ。会ってみたら、話してみたら、全然特別な感じがなかったからだ。
 お人好しな女の子。それがオレの八神はやてへの第一印象だった。



[36852] 第三話
Name: お月見◆31209bc4 ID:44850666
Date: 2013/03/19 11:23
 首都クラナガン。廃倉庫。

 オレと八神捜査官はクラナガンの廃棄された倉庫に来ていた。
 ここまで来るのにオレは八神はやてと言う人間の能力が想像以上に高い事を見せつけられたのだが、ここで更に見せ付けられる。

「移動してから……二日ってとかやなぁ」

 何も無い廃倉庫を見て、どうしてそんな具体的な日数が出てくるのか。
 魔法を使った様子も無ければ、デバイスで調べた様子もない。
 八神捜査官は、横に居るオレの困惑した表情をみると、説明し出す。

「ロストロギア、通称レリックは扱いの難しい高エネルギー結晶体や。せやから研究しよう思うたら大規模な装置や高濃度の魔力を発生させなあかん。倉庫には何も残っとらんけど、まだ魔力の残滓や幾つかの装置を移動させた痕跡がある。まぁその情報と私の経験を踏まえて、二日って思うたんよ。実際、そんなにズレも無いと思うで」

 オレは隣に居る少女が特別捜査官などと言う大層な肩書きを背負っている理由がようやく分かった。
 優秀なのだ。魔導師ランクや魔力量を抜きにしても。
 オレは隣に居る八神捜査官から廃工場へと視線を移す。
 確かに地面には重たい物を動かした痕跡はある。
 しかし。

「全然分からん。ヴァリアント」
『微量だが濃い魔力を観測できる。ここで数日以内に何かがされていたのは間違いないな』
「サンキュー。それでどうしますか? 八神捜査官」

 オレは自分の能力の無さを改めて思い知らされる形になった為、多少落ち込んだ口調で八神捜査官に聞く。
 八神捜査官はそんなオレに苦笑しつつ、時計を見る。

「もう一時過ぎやね。リアナード陸曹はお昼食べたん?」
「いいえ。待ち合わせの一時間前には立ってましたから」
「やっぱり怒っとるやろう? それに三十分は私のせいやけど、時間前の一時間は私のせいとちゃうよ」
「だから怒ってないって言ってるじゃないです。事実を述べて、食べてませんと言っただけです。そう言う八神捜査官もまだですよね?」
「せや。ここら辺で美味しいお店知っとる?」

 言われたオレはこの辺りの行きつけの店を脳内でリストアップし、すぐに消去する。どれも安くて量は多いが味の方は大した事の無い店ばかりだ。仮にも一尉を連れて行く店じゃない。
 オレは頭の中で尉官を連れて行っても大丈夫そうな店を探す。
 一つあった。けれど、連れて行くのはとても抵抗がある。

「何かご希望がありますか?」
「せやねぇ。お肉言う気分でもないし、麺系がええかな」
「えーと、パスタやサラダ、とりあえずメニューに書いてある料理の味は百パーセント保証しますが、そこのマスターが一癖も二癖もある店を知ってます。行きますか?」
「なんや? 面白そうなお店やね。陸曹がええなら、私もええよ」

 はい、決まってしまった。
 オレは心の中で盛大なため息を吐きつつ、美味しいモノを食べたくなったら必ず行く店のルートを頭の中で思い浮かべた。






 二十分ほど掛けて移動したオレと八神捜査官は市街地の外れにある古い小さな店の前に来ていた。
 店の名前はオライオン。
 クラナガンの隠れた名店と言えば、三番目以内に必ず出てくる知る人ぞ知る名店だ。おそらく味以上にマスターが有名だが。
 オレはそのオライオンの前で深呼吸をし、自分の身なりが変じゃないか確かめる。おかしいところが無い事を確認し、店のドアを開けようとして、一度手を放して、八神捜査官と共に横へズレる。

「どないしたん?」
「見てればわかります」

 言った瞬間、店の中から一人の身なりの良い男が勢いよく駆け出してくる。
 男は顔に恐怖を貼り付けたまま、店を振り返り、大きな声で言う。

「二度と来るか!!」

 男はそれだけ言うと、全速力で走り去った。
 オレとしては見慣れた光景だが、八神捜査官は目を丸くしている。

「やっぱり止めます?」
「注意事項とかあったら教えといてくれへん……」
「料理は美味しく食べる。料理に対して文句をいわない。したり顔で料理の批評をしない。マスターへのお礼を忘れない……それくらいですかね。普通にしてればあんな風になる事はないですよ。多分、おそらく、そうだといいなぁ」
「めっちゃ自信ないやん!」
「大丈夫です。基本的には優しい人ですから」

 オレはそう言って、店のドアを軽く開いた。
 何かがオレの顔の僅か数センチ横を掠めて、ドアの木の部分に突き刺さった。
 恐る恐るみれば、フォークが突き刺さっていた。

「何だ? クソガキか。さっきの野郎がまた来たのかと思ったじゃねぇか。胸糞悪い事を思い出させるな。馬鹿野郎」

 何故だろう。間違いなくオレは何もしてないのに責められた。
 しかもフォークを投げつけられたのに謝罪も無い。
 オライオンのマスター。身長は180センチ超の長身だが、体はスラリとしている。
 黒いサングラスに頭にはバンダナ。シェフ服に黒いエプロンと言ういつもの格好で腕組みしながらマスターはオレを見続ける。とんでもない威圧感だ。
 行動、言動、すべて法的にアウトな気もするが、誰も逮捕はしない。
 気に入らない奴にはフォークを投げつけるが、本人曰く当てた事は無いらしい。毎回ギリギリだが。

「マスター……入ってもいいですか……?」
「あん? なに入口で立ち止まってんだ? 飯食いに来たんじゃねぇのか? それ以外なら帰れ」
「いえ、入ります。お邪魔します……」

 声と体が震えるのを止められない。
 全く反応出来なかったフォークがいつ飛んでくるか分からないのだ。致し方ない筈だ。
 オレに続いて恐る恐る入ってきた八神捜査官を見て、マスターは口元を歪めながら言う。

「これか?」
「勘弁してください! 上官です!」

 右手の小指を立てたマスターに向かってオレは全速力でそう言い返す。
 やはりここを選んだのは失敗だったか。

「上官? お前この前、陸曹になっただろう? じゃあ曹長か? うん?」
「い、いえ」

 マスターは八神捜査官が着ている緑の制服の肩口に付いている階級章を見て、口笛を吹く。

「一尉かよ。見たとこクソガキと変わらなそうなのに、大したモンだ。いや、お前が使えないって言う可能性もあんのか」
「比べる相手が酷すぎます! オレの年で陸曹なら十分でしょ!」
「はっ。何年管理局に居るんだ。魔導師の出世は早い。陸曹で満足してるようじゃ、上には行けないぜ」
「結構です。出世に興味はありませんから」

 オレはそう言うと、マスターの前、カウンター席の木の椅子を引いて座る。
 八神捜査官もそれにならって、オレの横の椅子を引く。
 すっかりいつもの調子で座ったオレに対して、マスターは水を差し出しながら言う。

「おい。クソガキ。仮にも上官なら、お前が先に座るのは拙いんじゃねぇか?」
「失礼しました!」
「あ、ええよ。気にせんといて。直属の上官言う訳やないし、ご飯の時まで気を使わんでええよ」

 顔を青くして立ち上がったオレに対して、八神捜査官はそう言い、苦笑しながら椅子に座る。
 オレはホッと息を吐きながら、もう一度椅子に座り、素早くメニュー二つ取り、一つを八神捜査官に手渡す。

「メニューを開いて渡して、自分のオススメはこれです。ぐらい言えないのかクソガキ。気が微妙に利かないから使えないって言われんだよ」
「お、オレが言うよりマスターに聞いた方がいいかと思って。マスター。今日のオススメは?」
「ほう。珍しく上手い返しをしたじゃないか。お嬢さん。何か食べたいものあるかい?」
「そうですね。パスタに凄くそそられとるんですよ」

 八神捜査官はメニューに書いてある幾つものパスタの名前を見た後に、マスターを見ながら言う。
 マスターはニヤリと笑うと、オレの顔を一度見た後、八神捜査官に視線を移して言う。

「今日のオススメはスパゲッティのカルボナーラだ。まぁ勧めなくても横のクソガキはそれしか頼まないが」
「好きなんだからいいじゃないですか」
「悪いとは言ってない。が、たまには違うのも良いもんだぞ」
「カルボナーラ。じゃあそれをお願いします」

 独特のイントネーションで頼んだ八神捜査官の後、オレも同じものを頼む。
 マスターが調理に掛かり始めると、暇な為、オレはどのような話題を振ろうか考え、しかし、先を越される。

「リアナード陸曹はよくこのお店に来るん?」
「あ、はい。美味しいモノを食べたくなったら来ます」
「普段は量さえ食えれば味なんてどうでもいい奴だからな。人生の半分を損してんだよ」

 調理に掛かっていたマスターがそう言って横槍を入れてくる。
 オレはそんなマスターの言葉に反論出来ず、明後日の方向へ視線を移す。

「それは確かに損しとるなぁ。美味しいモノを食べるんは大切やで?」
「いや、その……」
「こいつは基本的に同じ部隊のクソ野郎共と行動するから、味を楽しむより雰囲気を楽しむ事を覚えちまってんだよ」
「もう、一々余計です! オレが残念な奴みたいじゃないですか!」
「事実、残念だ」

 マスターにそう返され、心の中で号泣しながら、オレは隣に居る八神捜査官が笑っている事に気づく。
 オレはジト目で八神捜査官を見ながら言う。

「そんなに面白いですか?」
「ごめんなぁ。めっちゃおもろい。いやぁ助かったわぁ。リアナード陸曹がサポート役で。全然気を使わんで済むし、おもろいし」
「面白い事をした覚えはないですけどね。でも、何故、八神捜査官が気を使うんですか?」

 オレは疑問に思った事を口にすると、八神捜査官は苦笑した。
 そんなオレの質問に、八神捜査官の代わりにマスターが答える。

「年上の部下ってのはやりにくいんだろうよ。お前んトコの部隊長は気が利くからな。それもあっての人選だろ」
「ああ。なるほど。確かにやりにくいかもしれませんね。オレはそんな経験無いですけど」
「いつもは誰かを借りるなんてことせえへんのやけどな。今回は事情があって人手不足なんよ。ほんまにビックリしたわ。空港で声かけられた時」

 オレはそう言えば、空港で反応が鈍かった事を思い出す。あれは驚いてたのか。
 なるほど。と呟き、オレは言葉を続ける。

「同い年の人間が来て、予想を裏切られたと」
「そうそう。って同い年?」
「はい。オレも十四ですから」
「せやね。けど、私は後二日で誕生日やから、私の方がお姉さんや」
「えっ! 近いですね。ってかオレも九月が誕生日ですから、大して変わりませんよっ」

 オレがそう言って八神捜査官との会話を弾ませていると、マスターが白い皿を二枚、オレと八神捜査官の前に差し出す。

「待たせたな。カルボナーラだ」
「待ってました!」

 オレはそう言って、好物と言っても良いマスターのカルボナーラを食べようとして、思いとどまる。
 先程の二の舞になるところだった。
 オレは八神捜査官が食べ始めるのを待ってから、ようやくフォークに手をつける。

「美味しいです。卵とチーズはスパゲッティによく絡んどるし。この黒胡椒がアクセントになって」

 オレは口の前まで持ってきたフォークをゆっくり下げて、鏡でみればドン引きするほど青いであろう表情でマスターを見る。
 マスターは意外そうな顔をしていた。そんなマスターの様子をオレは意外そうに見る。
 料理についてコメントされるのをマスターは嫌う。コメントが正しければ別だが。

「わかるか? その黒胡椒が大切でな。いや、クソガキが黒胡椒の良さがわかる客を連れてくるなんてな。クソガキには勿体無い」
「なんでいつもオレを貶めるんですか!?」

 マスターはニヤリと笑ってオレを見た後、店を出るまで八神捜査官と料理について話を咲かせていた。オレには全く理解できない話で、何とかついて行こうとしたが、確実に専門用語が混じっていたので、途中で諦め、二人の話をただただ聞いている事しか出来なかった。



[36852] 第四話
Name: お月見◆31209bc4 ID:1d77ea61
Date: 2013/03/09 20:02
 オライオンで昼食を取った後、オレは八神捜査官のサポート要員として、あちこちについて回った。
 おそらくクラナガンに来る前に事前に下調べとアポイントは取ってあったのだろう。驚くほどスムーズに情報を手に入れ、八神捜査官はレリックを追っていく。
 レリックは扱いが難しい上に、下手に扱えばすぐに大規模な爆発に繋がる危険性も秘めている為、まだ、クラナガンから持ち出されてはいないと言うのが八神捜査官の見解だった。

「ま、正直な所。クラナガンから早う出て行って欲しいんやけどな」
「危険だからですか?」
「せや。まぁクラナガンに入ったのにわざわざ出て行く犯罪者もおらんとおもうけどなぁ」

 八神捜査官はそう言うと、すっかり暗くなった空を見る。
 驚く程手際よく情報を集めた八神捜査官でも、未だにレリックは特定出来ていない。それどころか、もしかしたらレリックではなく、別のロストロギアではないかと言う可能性も出てきた、

「八神捜査官。聞いてもいいですか?」
「ええよ。何が聞きたいん?」

 空を見上げていた八神捜査官は、隣を歩くオレに視線を移す。
 大きな瞳がオレの姿を捉えるのを感じながら、オレは兼ねてからの疑問を口にする。

「今回の事件……不自然ではないですか?」
「どこら辺がや?」

 八神捜査官の目が僅かに細められる。
 オレは言い知れぬ圧迫感を感じつつ、しかし、しっかりと言葉を発した。

「あなたが追っているレリックと言うロストロギアがクラナガンに持ち込まれたと言う事がです。一体どこからの情報ですか?」
「……案外、色々見えとるんやね」

 驚きに目を見開き、そして八神捜査官は困ったような笑顔をオレに向けた。
 その言葉を意味するのは。

「少々、都合が良すぎる気がしていますし、疑問もあります。クラナガンに持ち込まれたロストロギア、レリック……一ヶ月前の事件で混乱した際に持ち込まれたとされています。けれど、それはつまり一ヶ月間、わざわざクラナガンに入った犯罪者は何もしなかったと言う事です。それが第一の疑問」

 オレはそう言って、八神捜査官を見る。
 オレの言葉を聞いた八神捜査官はため息を吐いて、言う。

「せやね。規模で言えばかなりの少数か個人や。何の為にクラナガンに入ったんかなぁ。私は取引やないかと思っとるけど。第一の疑問は取引をするためってのはどうや?」
「では第二の疑問。そんな厄介なモノがあるはずなのに、オレ達現場の陸士部隊には何も通達は来てません」
「犯人を警戒させんために少数による調査が必要って上層部が決めたかもしれへん。次の疑問は?」

 二つの疑問に最もらしい答えを提示した八神捜査官は、オレを試すようにそう聞いてくる。
 見極めようとしているのか、はたまた違う意図か。
 敢えて聞いてくる意味は分からなかったが、オレは八神捜査官に最大の疑問を言う。

「あなたの騎士達がついて来なかったのは、あなたの誕生日に予定を開けるためでしょう? そんな時期に見計らったかのようにマークしていたレリックの情報がもたらされた事。第三の疑問です」
「せやなぁ。それは偶然と言えるんちゃう? 敢えて理由をつけるなら、情報を貰ったのは私だけやない。ある程度フリーやった特別捜査官には全員、伝えられて、そして調査要請が掛かった」

 八神捜査官はそう言うと、オレから目を離して、すこし先に見える自身が泊まる高級ホテルを見る。
 管理局の上級職員や企業の重役が利用するホテルで、知り合いが手配してくれた。と言っていた八神捜査官の言葉を信じるならば、彼女の知り合いは、八神捜査官が通常のホテルや部隊の隊舎を使う事を良しとしなかった事になる。

「ここでええよ。リアナード陸曹」
「逆では?」
「陸曹?」
「最初の二つの疑問が偶然で、最後の疑問が意図的なのでは? あなたなら来る。そう予測できたなら、これはあなたを誘き出す罠として成立する」

 オレはそう言うと、手に持っていた八神捜査官のバッグを手渡す。
 八神捜査官は何も言わない。全てが憶測だからだ。そして、ここで何を話しても意味はない。
 オレは八神捜査官に敬礼すると、彼女に背を向ける。

「リアナード陸曹。もしも私を誘き出す罠やとしたら……理由は何や?」

 背中に掛けられた声は震えていた。
 喋り過ぎた。
 オレは心の中で呟く。
 闇の書の事件。それは一般職員では詳細を知る事はできない。
 一般職員が知る事ができるのは噂話程度だ。
 闇の書の主、八神はやては自分の命惜しさに魔力を蒐集した。
 管理局の上級職員の間ではそう言う噂が流れているし、事実、そうなのだろうと言う雰囲気すらある。
 それだってオレが知ってるのはおかしい。八神はやてや彼女の守護騎士についても、レアスキル保持者共通の措置として、特秘事項として扱われている。
 わかるのは、闇の書の事件に関わったと言うだけだ。
 総じて言えば、オレの態度はおかしい。
 八神はやてを案じるのは、基本的に表に出ない闇の書の事件の詳細を知っている者だけだ。

「答えられへん? それとも答えたくないん……?」

 確実に疑っている声でそう問いかけてくる。
 オレが闇の書の事件の事を知っている理由を話した所で、別に問題はないが、今の状況で信じてくれるとは思えない。
 なにせ、おそらく、八神捜査官は、オレの事を。

「闇の書の事件の被害者、または遺族……そう思っていますか?」

 闇の書の事件の被害者や遺族の対応は大きく二つ。
 現在の主であり、守護騎士達を存続させている八神はやてへ負の感情をぶつけるもの達。大部分はそう言う者たちだ。
 そしてもう一つ。八神はやてに同情する者たち。
 数は非常に少ないが、それでも八神はやても被害者だとして、過去と折り合いをつけている者たちは居る。

「違うん? そうやないなら……どうして君は私を心配するん……?」

 オレはゆっくり振り向く。恐る恐ると言っても良いかもしれない。
 視界に入ってきたのは不安げで、何かに怯えてるような表情だった。
 この人でもこんな顔をするのか。
 思わずそう思ってしまった。オレからすれば、オーバーSランクの魔導師が不安を感じるなど無いと思っていた。
 強く、優秀なのだと思っていた。
 それは間違いないが、だからと言って、怖いモノがないわけじゃない。どんな事も平気な訳じゃない。

「管理局に入る前、オレは魔導師としての基礎をある人から叩き込まれました。その人に聞いたんです。これではダメですか?」
「その人は誰や……? 教えてや! 君は一体、どこまで知っとるん……?」

 オレは迷う。
 この地上で名前を出すのはかなり問題のある人だからだ。
 おそらく、その人物の弟子だと知れば、上層部の多くの人間はこぞってオレを潰しに来るだろう。
 どこから洩れるかは分からない。管理局に居たいならば、例え目の前の少女にも言うべきではない。
 けれど、言わなければ、目の前の少女は怯えた表情を消しはしないだろう。

「決して口外しないでください。そう約束してくれるなら」
「……する。誰にも言わへん」
「オレの師匠の名前はヨーゼフ・カーター。管理局地上の英雄にして裏切り者。ギル・グレアム氏の親友だった人です」
「グレアムおじさんの……親友……? その人に聞いたん……?」

 オレは八神捜査官の言葉に頷く。
 八神捜査官は小さく息を吐き、せやったんか。と安心したように呟く。
 オレはそんな八神捜査官に釘を差す。

「他言無用でお願いしますね。あなたの事も、闇の書の事件の事も、かなり深い所まで知っています。ただ、特秘事項漏洩なので。バレると師匠と、おそらく、既に退役していた師匠に話したグレアム氏も罪に問われてしまいます。オレは辺境惑星に左遷されるかするんじゃないでしょうか」

 実際はどうなるかはわからないが、オレが左遷されるのは間違いないだろう。特秘事項漏洩以上に、ヨーゼフ・カーターの弟子とバレるのが拙い。
 人生を壊しかねない秘密を口にしたオレは、ゆっくり息を吐き、そして空を見上げる。

「本当は自慢したいんですけどね。師匠、海から陸に来て、最後は海に協力しちゃいましたから。陸の上層部からは嫌われてるんです」
「あ、そ、そんなつもりやなかったや! その……心配してくれる理由が知りたかっただけで……そんな秘密を聞き出そうとか、そんなつもりは!」

 焦った口調で八神捜査官がそう言った。
 まぁ慌ててもらわなければ困る。オレの人生が掛かっている秘密だ。
 オレはそう思いつつ、泣き出しそうな八神捜査官に笑顔を見せる。

「気にせずに。オレも八神捜査官の秘密を知っていますから。お互い様です」
「ごめんなぁ……。そないな隠し事やと思わなかったんや……」
「大丈夫です。黙っていてくれれば、何の問題もありませんから」

 オレはそう言うと、高級ホテルを指差しておどけた様に続ける。

「まぁこの話は二人だけの秘密と言う事で。早くホテルに行かないと、さっきからホテルの人らしき人が待ってますし」

 八神捜査官はそう言われてホテルを見る。
 ホテルの豪華の入口の前には、スーツ姿の男性がこちらをじっと見つめて立っていた。おそらく八神捜査官の出迎えだろう。

「せや……。ここ時間になると出迎えがあるんやった……」
「明日は九時に迎えに来ます。遅れないでくださいね?」
「あ、うん。了解や」

 オレの言葉に慌てて答える八神捜査官を尻目に、オレは踵を返す。
 そんなオレに八神捜査官は声を掛ける。

「えっと、ありがとうな! カイト君!」

 初めて名前で、しかも階級を付けずに呼ばれた事にオレは結構驚いた。
 同年代にカイトと呼ばれるのは久々だったのもあるし、なによりあの八神はやてがオレを名前で呼んだのだ。
 一つ自慢が出来たと思いつつ、オレは顔だけ振り返り、別れの挨拶をする。

「どういたしまして。はやてさん。おやすみなさい」

 よく親しみやすいと言われる笑顔を向け、オレはそう言って今度こそ、帰路についた。






 一度、110部隊の隊舎に寄らなければいけなかったオレは、廊下で部隊長とばったり遭遇した。
 オレは隊舎にまだ部隊長が残っていた事に驚愕する。

「部隊長!? ……まだノルマが終わらないんですか?」
「ああ、リアナード陸曹。お疲れ様。ノルマは終わった所だよ」

 満足気に部隊長は片手に持っている束をオレに見せつけるが、オレから言わせれば、片手で持てる程度の書類に一体何時間掛かったんだという所だ。
 憐れみを込めた視線を送っていると、部隊長がずり落ちた眼鏡を押し上げる。

「先ほど連絡があってねぇ。守護騎士は六月四日に地上に降りてくるそうだ」
「なるほど。じゃあオレの役目は六月四日までですね」

 予想通り、守護騎士たちは八神捜査官の誕生日の為に動き回っていたらしい。
 明日乗り切れば肩の荷が降りる。そう思ったオレに部隊長が冷たく言い放つ。

「わからないかい? 八神捜査官の周りが手薄になるのは明日しかないんだ」

 言われた言葉の意味をオレは理解して、微かに顔を青ざめさせる。
 どうして言われた時に気づかなかったのだろうか。
 八神捜査官に罠だと言ったのはオレなのに。

「ですけど……本当に彼女に何かしようなんて奴が居るんですかね……?」
「さぁね。そこまではわからないよ。ただ、彼女の周りに守護騎士が誰も居ないなんて状況を、彼女を心良く思ってない人間が見逃すとは思えない」
「でも、彼女はオーバーSランクの魔導師ですよ?」
「魔導師ランクは直接的な強さには直結しない。誰にでも得て不得手がある。君自身、それを証明しているだろ?」

 言われた言葉に何か返そうとして、けれど言葉が見当たらない。
 言葉の一つ一つに、部隊長の確信が感じられる。
 明日、襲撃が来る。
 そう部隊長は確信している。

「本人に聞いてみましたが……はぐらかしていましたし、そこまで深刻には捉えていないようでしたが」
「彼女も気付いているさ。まぁ受けて立つと思っているだろうがね。それは彼女の問題だ。君を巻き込む気はないんだろう」

 そう言われて思う。
 何故、わざわざ近接系の魔導師をパートナーに要求したのか。
 答えは簡単だ。前衛が必要だからだ。
 なのに巻き込む気はないと言うのはおかしい。

「では、何の為にオレは彼女のパートナーに選ばれたんですか?」
「……君の事が気に入ったんだろう。極力危険に晒したくはないと思ったんじゃないかな。まぁ彼女がそう思ってくれるなら好都合だ。出来る限り逃げなさい。巻き込まれても、自分の事だけ考えなさい」

 出来の悪い生徒に語りかけるように部隊長はそう言うと、オレの返事も聞かずに横を通り抜けて行ってしまう。
 言っている事は正しい。
 オレでは足でまといになる可能性すらある。
 上手く逃げ、自分の身だけ守る事は、ひいては八神捜査官の為にもなる。
 そうやって自分を納得させようとオレはそれからしばらくその場から動かなかった。



[36852] 第五話
Name: お月見◆31209bc4 ID:d33d20cb
Date: 2013/03/09 19:42
 クラナガンの高級ホテルに入った私は、用意された無駄に豪華な部屋に辟易しつつ、上着をハンガーに掛けて、ベッドに腰掛ける。
 何となくため息が出た。今日は失敗ばかりやった。
 めちゃめちゃ気を張って来てみたら、一緒に行動するのが同年代やったのがまず最初の失敗。
 浮かれてもうた。
 その同年代の男の子の反応や返す言葉が面白くて、色々喋り過ぎたのが二つ目の失敗。
 気に入ってもうた。
 最後の失敗はホテルの前での事。
 深入りしてもうた。
 最後のはホンマに失敗やった。好奇心と不安感から聞いたら、予想外に大きな秘密を聞かされてもうた。

「ヨーゼフ・カーター……」

 私はヨーゼフ・カーターを調べるために情報端末を開き、しかし、その前に一件入っていた着信履歴を見る。
 名前は高町なのは。
 親友から連絡が来ていた事に首を傾げつつ、私はなのはちゃんに連絡を取る。
 私の顔の前。宙空にモニターが出現して、応答待ちの状態になる。
 数秒後、教導官の服に身を包んだサイドポニーの女の子。なのはちゃんが画面に映る。

「こんばんは。なのはちゃん。連絡くれたみたいやけど?」
『はやてちゃん。こんばんは。うん。無事ついたかどうかと、一人で大丈夫かなーって』
「なんや、なのはちゃん。いつから私の保護者になったんや? フェイトちゃんの過保護が移ったんと違う?」

 ここには居ないもう一人の親友の名前を出すと、なのはちゃんは苦笑して首を横に振る。

『大丈夫ならいいんだよ。それで捜査は順調?』
「まぁぼちぼちや。でも、私の誕生日にはシグナムたちが合流するから、実際、それからやろうね」
『そっか。フェイトちゃんも何とか予定空けたいって言ってたし、四日の夜は誕生日会だよ! だから、気をつけてね』

 最後の言葉の意味をしっかり理解して、私は頷く。
 なのはちゃんはまだ心配そうな顔をしとるけど、私は話を変える。

「そういえば、なのはちゃんはヨーゼフ・カーターって人を知っとる?」
『ヨーゼフ・カーター二佐? 名前だけだけど知ってるよ。でもはやてちゃんの口から聞くとは思わなかったなぁ』
「その人、グレアムおじさんの友達やったらしいんやけど……」
『グレアムさんの? あ~なら納得かも』

 一人で納得したなのはちゃんは、私の困惑した表情を見て、小さく頷いて説明する。

『その人、地上本部の人に凄く嫌われてるの。それこそ名前を言っただけで怒り出すくらいに。理由は地上の英雄だったのに、本局の作戦に加わって、そのまま管理局を辞めたかららしくて、当時のその人を知ってる人たちはみんな裏切り者って呼んでるんだ』
「本局の作戦……グレアムおじさんに協力したんやろうか?」
『うん。多分そうじゃないかな。でも、凄く優秀な人だよ。教導隊が採用している対近接戦の戦術には殆ど名前が載ってるし、裏切り者って言うのも、その人が偉大だったからって教導隊の古参の人は言ってたよ』
「なるほどなぁ。なのはちゃんが知っとったのはそう言う訳なんやなぁ」
『でも、いきなりどうして? 誰かに聞いたの?』

 言われて私は言葉を発せずに頷くだけに留める。
 何か言うとボロを出しかねない。
 なにより目の前にいるなのはちゃんは隠し事には鋭い。

『そっか。あっ! 長話しすぎちゃった。また連絡して!』
「うん。ありがとうなぁ。おやすみなさいや」
『うん。おやすみ』

 そう言ってモニターからなのはちゃんの顔が消える。
 口には出さないが、私の誕生日に予定を空ける為に今日、明日で色々終わらせるつもりなんやろう。
 私はそう思い、ベッドに横になる。

「ヨーゼフ・カーター……グレアムおじさんの親友……」

 頭がごちゃごちゃする。
 事件の事も、それ以外の事も。
 色々ありすぎて考えなければならない事が一杯ある。
 なにより。

「えらい事聞いてもうたなぁ」

 本人が言っていた通り、随分な秘密。おそらくこの秘密さえあれば、容易に彼を排除出来る。しようとは思わんけども。
 笑顔で話していたが、内心はどうだったのかは分からない。
 夜天の書が関わってくると、すぐに周りが見えなくなってしまう。
 仕方なく話したのか、それとも信用して話したのか。
 どっちにしろ、話して欲しいと頼んだのは自分や。
 私は盛大にため息を吐いて、右手で額を押さえる。

「明日どない顔して会えばいいんやろ……」

 自分に迫る危機よりも、追っているレリックよりも、今の私にとってはその事の方が重要やった。



◆◆◆



 新暦71年6月3日。

 朝。ホテルの前に八神捜査官を迎えに来たオレの目に、息を荒げてホテルから飛び出してくる八神捜査官の姿が入ってくる。
 オレは左手の時計を見る。
 時刻は朝の八時。予定より一時間は早い。
 オレは時間を伝え間違えたかを心配になりつつ、八神捜査官に挨拶する。

「おはようございます。八神捜査官。予定より早いですが?」
「はぁはぁ。おはようさん。私の方が早かったで……」

 返ってきた答えにオレは固まる。
 確かに遅れないでと言ったが、まさかオレより早くと言う意味で捉えるとは。

「いや、九時に遅れないでと言う意味で、何もオレより早く来なくても……」
「ええんよ……。はぁはぁ、早起きは三文の得や……」

 調査を始める前から疲れきってる八神捜査官を見ていると、とても早起きが得とは思えない。
 なにより。

「何故そんなに疲れてるんですか?」
「途中で歩いてるリアナード陸曹見えたから、階段を使ったんよ……」
「なるほど……」

 申し訳ないが面白い返答は勿論、真面目な返答も思いつかない。
 途中でオレの姿が見えたなら、せいぜい数分の差しかない。
 何をそこまでする必要があったのか。
 八神捜査官以外なら馬鹿と言ってしまいそうな行動だが、目の前に居るのはエリート中のエリートだ。おいそれと馬鹿などと言えない。

「リアナード陸曹はご飯食べたん?」
「軽くパンを食べた程度ですけど」
「私まだ何よ。朝食付き合ってくれへん?」
「分かりました。そうですね。ここから歩いて十分くらいのところに美味しい軽食屋がありますけど」
「決まりや! ほな行こか」

 八神捜査官は笑顔でそう言うと、オレの腕をとって歩き始めた。
 どうにも、今日の八神捜査官は機嫌が良いと言うか、テンションが高いと言うか。
 まぁ悪い事ではないし、隣に居る分には楽しいし。
 オレはそう思いつつ、ペースを上げて、八神捜査官の前に行き、軽食屋まで先導した。






 
 朝食を済ませて、昨日と同じくロストロギアの行方を探すために情報収集に取り掛かっていたオレと八神捜査官に地上本部から緊急通信が入った。
 内容は。

「クラナガン港湾地区で謎の円錐型機動兵器を確認……!?」
「ガジェット・ドローンや!」

 八神捜査官が港湾地区方向へ走り出す。
 オレはそれに追従しながら説明を聞く。

「知ってるんですか!?」
「一度戦った事があるねん! AMFを発生させる事ができる兵器や!!」
「アンチマギリンクフィールドを!? AAAランクの高位防御魔法じゃないですか!?」
「せや! やり方次第でどうとでもなるけど、並みの魔導師の手には余る!」

 そう言って八神捜査官はオレを見る。
 ついてくるなと言わんばかりの目だ。
 かなりプライドが傷ついた。
 オレはニヤリと笑って答える。

「ご心配なく。あなたのサポートに選ばれる魔導師が並みだと思いますか?」

 正直、嘘だ。
 並みも並みのBランクだ。
 まぁランクは「規定の課題行動を達成する能力」の証明であって、直接的強さには繋がらないし、ランク昇格試験は基本的に汎用性に優れた魔法を持っている奴に有利だ。
 オレみたいに特化型の魔導師には不利な制度と言えなくもない。

「危なくなったら逃げるって約束してや」
「低ランクの魔導師は最初に逃げる事を教わります。ご心配なく。敵わない相手とは戦いませんから」
「……わかった。私は先に行くから、後から合流してや!」

 八神捜査官はそう言うと、瞬時にセットアップをして港湾地区の方向へ飛んでいってしまう。僅かな時間で、飛行魔法使用許可を取ったらしい。手際の良い事だ。
 八神捜査官は飛行魔法で黒い羽を飛び散らせながら、どんどん遠くへ行く。
 空戦適正を持った友人の飛行を何度も見ているが、これほどの加速は見た事がない。

「おいおい。陸尉だろ?」

 オレはそう言いながら、港湾地区方向へ走り出す。
 障害物の無い空ならまだしも、市街地で加速魔法を使っても危険なだけなので、人通りが少ない場所へ行くまでは自力で走っていくしかない。

「ヴァリアント」
『はいよ。最短ルートだ。しかし、いいのかい? 部隊長からは逃げるように言われてんだろ?』
「まぁな。ここで別れれば、例え八神捜査官に何があっても、オレの責任にはならない。んでもってオレが危険に晒される事もない」
『理性的な判断をオススメするぜ?』
「嫌だね。ここでついてかないで何かあったら一生後悔する! 弱い事は逃げる理由になりはしない!」

 オレはそう言うと、目の前に表示された最短ルートに沿って街中を走り抜ける。
 途中、何度か人にぶつかりそうになったが、構ってられない。
 既に八神捜査官は現場に居る筈だからだ。
 十分ほどで、人の数が減り始める。港湾地区に近づき始めたからだ。
 港湾地区は倉庫が多数ある為、市街地に比べれば人の数は少なくなる。あくまで市街地と比べてだが。

「ヴァリアント! セットアップ!」
『オーライ』

 オレの服装が青いジャケットに同色のズボン。そして黒いコートに切り替わる。
 同時に、オレは身体能力を強化して、走るスピードを上げる。
 屋根を飛び移って行きたいが、ここには管理局の倉庫以外に企業が所有する倉庫や個人所有の倉庫もあり、権利や保証の問題もある為、それはできない。
 オレは上空を見る。
 未だに航空武装隊の魔導師の姿は見えない。
 管理局はその巨大さ故に、出動手続きや関係各所への通達が複雑で、初動は非常に遅い。
 フリーで動ける特別捜査官である八神捜査官がクラナガンに居た事は不幸中の幸いと言えなくもないが、それすら見越した行動だとするなら。

「かなりヤバイか?」

 呟いたオレの前方、倉庫の影で何かが光った。
 とっさに横に転がり、それが地面を焼いた時に、熱線だと気づく。
 訂正。ヤバイのはオレの命だ。
 気づけば、円錐型の機動兵器、見る限りでは三体に囲まれていた。
 おそらく八神捜査官がガジェット・ドローンと言った兵器で間違いないだろう。
 問題なのはさっきの熱線。魔力の反応がなかった所を見れば、魔力は用いてないのだろう。
 咄嗟に回避できるのだから、注意していれば問題ない攻撃だが、地面を抉った威力を見る限り、楽観は出来ない。

「そんでもってAMFか。……逃げたほうが良かったかなぁ」
『だから言っただろ? 理性的な判断をオススメするぜって』

 胸元のヴァリアントがそうやってオレを茶化す。
 そうやって軽口を言える程度には余裕がある。虚勢を張っていると言えなくもないが。

「男は意地を張ってなんぼって師匠も言ってた!」
『それは悪い教えだ。命が幾つあっても足りないぜ? 相棒』

 ヴァリアントの言葉が終わると同時に、三方向から熱線が飛んできた。



[36852] 第六話
Name: お月見◆31209bc4 ID:2a54bc87
Date: 2013/03/07 08:12
 クラナガン港湾地区。

 倉庫と倉庫の間を駆け抜けながら、オレは大型の倉庫の上に向かってワイヤー・バインドを放った。

「ワイヤー・バインド!」

 右手から蒼の細長いバインドが伸びる。
 それは倉庫の屋根にある突起物に巻き付く。
 このまま、屋根に登る。そう思った矢先、バインドがいきなり消失する。
 左をみれば、ガジェット・ドローンがオレに向かって接近してきていた。
 これで三度目だ。
 AMFの効果は思った以上に広く、また、三体でオレを囲っているため、どうしてもオレはAMFの範囲から抜け出せないでいた。
 AMF下での戦闘はオレには厳しい。
 出来れば、一度離脱し、そこで魔法を構築したい所だが。

「それは流石に許してはくれないよなー」
『さっさと斬ればいいだろ? それしか出来ないポンコツ魔導師なんだから』
「やかましい! こんな魔力の結合を徹底的に邪魔されてる場所で戦闘なんかしたら、すぐにへばっちまう!」
『出し惜しみしてられる身分か? このままじゃジリ貧だぞ? せめて一体は破壊しないと、AMFの効果範囲からは抜け出せないと思うぜ?』

 言われて、オレは三方向に居るガジェット・ドローンの位置を瞬時に把握する。
 トライアングルの隊形で一体、一体がそれぞれ死角を補完し合っている為、AMFに隙がないのだ。
 ヴァリアントの言う通り、一体を破壊しなければどうにもならない。
 オレは舌打ちをする。
 これも師匠の悪い癖を引き継いだ結果だ。状況に息詰まるとすぐに舌打ちが出てしまう。これから何が起きるかわからない以上、できれば魔力は温存しておきたい。
 三体のガジェット・ドローンの内の一体がオレに向かって近づいてきた。これまでに分かった攻撃手段は熱線か太いケーブルによる殴打。
 熱線もそこまで射程距離はない為、こいつらが攻撃する場合は、オレを取り囲んでいる隊列を崩す必要がある。
 先ほどまではその隙を突いて、AMFの範囲から脱出を試みていたが。

「しょうがない!」

 オレは腰のフォルダーから棒状のデバイスを取り出す。
 オレの切り札にして、唯一の武器。
 変則ストレージデバイス【カーテナ】。
 このデバイスで使える魔法は一つだけ。
 フォルダーから取り出した事がアクショントリガーとなり、棒の先端が二つに割れて鍔となる。
 そして割れた中央部から蒼い魔力刃が出現する。長さは一メートルほど。
 斬撃魔法ガラティーン。
 通常の魔力刃は刃を構成するだけだが、ガラティーンは徹底的に魔力を圧縮して、刃の形状を構成する。
 当然、魔力密度は普通の魔力刃より遥かに高く、例えAMF下だろうと、消失したりはしない。形状を保つ為に異常なスピードで魔力が持っていかれるが。
 近接系の斬撃魔法は大なり小なり圧縮技術を用いるが、このガラティーンの魔力圧縮率は群を抜いている。
 当然使用するには高度な圧縮技術が必要だが、オレはヴァリアントのサポートがあっても魔力のロスが多く、数分で魔力が尽きてしまう。
 その為、ガラティーンを使う為の専用デバイス【カーテナ】を師匠に作ってもらい、オレは接近戦では破格の威力を誇る剣を手に入れた。
 ガラティーンは込めた魔力を圧縮するため、理論上、魔力を込めれば込めるほど切れ味は増す。
 カーテナとヴァリアントに圧縮を任せている為、オレがする事は魔力を送り込むだけ。つまり、あるだけ魔力を注ぎ込めば、おそらく強固で有名な高町なのはのシールドだって斬れる筈だ。
 そんな剣にもデメリットはある。当然だ。メリットが大きければデメリットも大きいの世の常だ。
 カーテナとヴァリアントに圧縮処理を任せている状態では、オレは移動魔法と最も得意なワイヤー・バインドしか使えない。言い換えれば射撃魔法全般が使えない。
 つまり、ガラティーンを発動させたオレに出来る事はただ一つ。

「はぁ!!」

 熱線を躱し、ケーブルの射程に入る。
 ガジェット・ドローンは複数のケーブルを振り回すが、敵の懐に潜り込む事を最優先に訓練しているオレには大した驚異じゃない。
 左右のステップでケーブルを誘導し、本体への道を作り出す。
 身体能力を強化している魔法も効果は減衰しているが、まだ残っている為、全く強化がない時よりは幾分か早く動ける。
 ガジェット・ドローンは見事に誘導に引っかかり、オレを追いすぎたがために、本体とオレとの間にケーブルが無くなった。
 空中に浮いているガジェット・ドローンに対してオレは地面を蹴って下段から斬り上げる。
 ケーブルが間に入ってくるが、オレは構わずガラティーンを振り上げる。
 一瞬後。斜めにガジェットドローンが割れた。
 オレは勢いそのまま二つに割れたガジェット・ドローンの横を通り過ぎる。
 後ろでガジェット・ドローンが爆発し、爆風がオレを押すが、好都合とばかりにオレは勢いよく走り出す。
 残りは二体。
 魔力の消費を抑える為、オレはカーテナをフォルダーに戻し、二体の位置を確かめる。
 左右から挟み込むように迫ってきている。
 トライアングルが崩壊した以上、二体で攻めるのが良しと判断したのだろう。
 悪くない判断だ。ぶっちゃければ二対一で勝てる気はしない。
 魔法の性質もそうだが、オレ自身、マルチタスクは得意じゃないし、気を散らしながら戦えるほど器用じゃない。
 どうにか一対一に持ち込めないかとオレが考えていると。

「は?」

 空から無数の赤黒い、血の色のような短剣が降ってきた。
 比喩じゃない。本当に短剣が降ってきた。尋常じゃないスピードで。局所的に。
 具体的に言うならガジェット・ドローンの真上に。
 オレの目の前で、オレが自分の最高魔法を使ってようやく倒したガジェット・ドローンが短剣に貫かれ、一瞬で爆散した。
 爆風がオレの頬を撫でる。
 それと同時に心に虚しさが広がる。
 呆然としているオレの上から、独特のイントネーションを持つ人物が声を掛けてくる。

「リアナード陸曹! 大丈夫やったか!?」
「ええ。大丈夫です」
「そない泣きそうな顔で大丈夫言われても……」

 オレの斜め上で停止して、宙に浮きながら、八神捜査官は戸惑ったように苦笑いを浮かべる。
 オレは心の中で号泣している影響か、顔が今にも泣き出しそうな顔になっていた。
 正直ダメージはでかい。
 ここに来るまでは童話に出てくるベルカの騎士の気分だった。
 実際、夜天の王を助けにきたのだ。間違ってはいない。
 ただ、自分が騎士としては腕に非常に難があることと、守るべき王が異常に強いと言う事を同時に見せつけられたので、気分は崩壊したし、余波で涙腺も決壊しそうだ。
 そんなオレの様子がおかしい事は分かっても、理由までは分からない八神捜査官は困惑した表情を浮かべ続けていたが、一つの通信で真剣な表情に戻る。

『八神一尉! 機動兵器が市街地に向かってます! 市民の避難まで時間を稼いで頂けませんか!』
「了解! すぐに向かいます」

 オレ達以外に駆けつけてきた局員だろう。部隊規模で即時行動できる部隊は、今のクラナガンにはない。
 真っ先に駆けつけなければならない航空部隊も到着していない。
 初動の遅れは致命的だ。

「どこの部隊も遅すぎる! せめて到着までの時間は稼がないと!」
「せやね。早う行かな。ここに駆けつけた局員の数じゃ避難誘導にも時間が掛かるしな」

 その言葉にオレは少し疑問を抱く。
 まるで、駆けつけて来た局員の数や動きを把握しているような言い方だ。
 まさか。

「八神捜査官? もしかしなくても、現場の局員に指示を出しました?」
「当たり前やろ? 私がこの現場で一番階級上やし。これでも指揮官希望なんよ? この前まで研修で、また来月には他の部隊で研修や」
「どこまでマルチなんすか……」

 個人として優秀なのは分かっていたが、他人を率いる事にも優れているとは思わなかった。
 フリーであちこちを助っ人として駆け回る特別捜査官が指揮官とは。求められるモノが違いすぎるし、必要なスキルも才能も全く逆方向だ。
 万能。そんな言葉がオレの頭に過ぎる。
 この人に苦手なものってあるんだろうか。あったら見てみたい。
 そんな訳の分からん事を考えてたオレは、ヴァリアントの言葉で一気に戦闘モードに戻る。

『相棒! 魔導師がこっちに近づいてくるぞ! しかも魔力量が半端じゃない!』
「!?」

 言われて気づいたオレと、おそらく言われる前に気づいた八神捜査官とで、決定的な差が出た。
 オレが警戒体勢に入った時。
 八神捜査官は魔法の詠唱に入っていた。
 経験の差がもろに出た。どれだけ他愛ない話をしてても、八神捜査官は気を抜かず、サーチャーを飛ばしていたのだろう。
 魔力の総量が少ないオレにとって、サーチャーは魔力を捨てる事に繋がる為、サーチャーを飛ばしておくと言う手段は取れなかったが、警戒の仕方は幾らでもある。
 後悔と反省が思考を巡るが、今はそれどころじゃない。
 管理局の魔導師ならばすぐにわかる。義務として現場に近づいた時点で通信を行い、現場介入の許可を求めるからだ。
 それが無いと言う事は、管理局の魔道士では無いと言う事。
 そしてこのタイミングで仕掛けてくるのは、間違いなく犯罪者だろう。
 問題は狙いだ。
 最悪のパターンは八神捜査官を狙いに来た。と言うのだが、これはかなり可能性が高い。
 現場の混乱や港湾地区の倉庫が狙いと言うのもありえるが、わざわざオーバーSランク魔導師が居る所に向かってくるとは思えない。
 現場を混乱させるのに八神捜査官を狙うのは最善だが、まずもって勝てる自信が無ければ来ないだろう。
 八神捜査官自体が狙いなら尚更だ。
 結局、状況から読み取れるのは。

「敵が強いって事だけか……」

 オレは右腰のフォルダーに入れてあるカーテナに手をかけながら、そう呟いた。



[36852] 第七話
Name: お月見◆31209bc4 ID:2a54bc87
Date: 2013/03/07 01:33
 オレと八神捜査官から十メートル先ほどに黒い鎧を着た二十くらいの若い男が着地する。
 髪も目も黒い。ほぼ全身真っ黒だが、腰に差してある剣は銀色だ。おそらくアームドデバイスだろう。着ているのも騎士甲冑と見るべきか。
 これだけ材料が揃うと、オレと八神捜査官の前に居るのがどんな魔導師なのかは見当がつく。目的は分からないが、目の前の男はベルカ式魔法を使う騎士だ。
 八神捜査官は先が十字の剣になっている杖を男に向けて問う。

「聖王教会の騎士やないな?」

 当たり前だ。聖王教会の騎士だったら犯罪者よりもタチが悪い。地上本部の一部の高官は聖王教会を嫌っているのだから。
 仮に聖王教会の騎士だとして、事前連絡も無しに事件現場に入ってきたならば、即刻逮捕でもおかしくはない。聖王教会に幾ら力があろうと、要請も連絡も無しに管理局の管轄下に入れば関係ない。
 とは言え。それは無意味な考えだろう。
 詠唱は既に完了し、後は放つだけと言う状態の八神捜査官の杖を向けられているにも関わらず、男は笑って答える。

「違う。ベルカの王など崇める気にならん。当然、貴様もな」

 男はそう言うと、腰に差してある剣を抜く。
 銀の鞘から出てきたのは、負けず劣らず輝く銀色の刃だった。剣の形状は両刃の長剣。鍔の部分にリボルバー式のカートリッジシステムが見える。
 男は無造作にその剣を八神捜査官に向けて言う。

「捕まって貰うぞ?」
「お断りや。投降する気がないなら、実力行使をさせてもらうで?」
「出来るか? 騎士の居ない王など大した事はない!」

 男が地面を蹴る。
 消えたと思うようなスピードだが、次の瞬間、男が居た場所に先ほどの血色の短剣が突き刺さる。
 魔法がよけられたと見るや、八神捜査官が一気に上昇する。男もそれを追って上昇する。
 二人は一気に空戦に突入した。

『リアナード陸曹。こいつは私が引き受ける。ガジェット・ドローンを頼むで!』

 八神捜査官から念話が届く。この状況じゃ仕方ない。
 出来れば臨時指揮官の八神捜査官をガジェットに向かわせたいが、生憎、空戦適正の無いオレにとって、空は範囲外だ。ここに居たって見上げている事しか出来ない。
 市街地方向に向かっているガジェット・ドローンを足止めするため、オレは走り出す。

『分かりました……。お気を付けて。マズイと思ったら離脱してくださいね!』
『それはこっちのセリフやけども。心配してくれてありがとうな。……カイト君も気をつけるんやで!』
『分かってますよ! はやてさん!』

 念話をそこで切る。
 出来ることなら、これからの指示や指揮の引き継ぎを誰にするかなどをして欲しい所だが、高ランクの騎士を相手にするのだ。そこまで頼り切る訳にはいかない。
 オレは全力で走りつつ、ヴァリアントに指示を出す。

「ヴァリアント。現場の局員に現状を通達。その後、この場で一番階級の高い人間に繋いでくれ」
『はいよ。現場の局員への通達は問題ないが、一番階級の高いってのは問題だ』
「なにぃ?」
『八神一尉のサポートに回ってた三尉が負傷したらしい。この場で一番階級が高いのは陸曹の相棒だ』
「マジか!?」

 オレはそう言いつつ、そう遠くない所で起きた爆発に目をやる。
 おそらくガジェット・ドローンだろう。一体、どれほどの数が居るのか見当もつかない。
 奴らを相手に一人で立ち向かわなければいけないのに、現場の最上位がオレとは。

「悪夢だ……」
『そうとも言えないぜ? かなり頼りないが、援軍だ』

 ヴァリアントはそう言うと、オレの目の前にモニターを展開させる。
 すぐに見慣れた顔が映った。

「部隊長……」
『隊舎に戻る途中だったのだけど……』
「巻き込まれたんですね……。まぁ居ないよりマシです。オレは敵を抑えます。局員への指示をお願いします」
『君はストレートだね。僕の出来る範囲で頑張るよ。……後、五分もすれば第二分隊が来る。持ちこたえてくれ』
「了解!」

 オレはそう言うと、意識をガジェット・ドローンに向ける。
 市街地に向かっているガジェット・ドローンを止めるなら、行先に回り込むのが定石だが、オレの能力では複数のガジェット・ドローンを同時に止める事は出来ない。
 ならば。

「並走して叩く! ヴァリアント!」
『はいよ。あの玩具の位置だ。市街地に向かっては居るが、広がっちゃいない。ある程度、数を減らしたら遅滞戦も可能だ』
「必ず、五分は稼ぐ!」

 オレはそう言うと、倉庫と倉庫の間を駆け抜け、ヴァリアントが割り出した位置情報を頼りに、一番近くのガジェット・ドローンへ向かった。



◆◆◆



 倉庫と倉庫の間。勢いよく飛び出してきたガジェット・ドローンをひと振りで斬り捨てる。
 AMF下に入る前に対応出来れば、それほど苦労する相手じゃない。魔力の消費が激しくて、長期戦は不可能だが。
 既に四体のガジェット・ドローンを破壊しているが、目の前に映し出されたマップの赤い点はまだ十はある。赤い点は当然ながらガジェット・ドローンだ。
 ヴァリアントが索敵して位置を測定している為、優位に戦えている。その代わり、カーテナは基本的にフォルダーに収め、斬りかかる時だけ取り出すと言う戦法を取っている為、不意打ちが来れば対応しきれない。
 そんな個人的問題もさることながら、戦い始めてまだ二分ほどしか経っていない。もうすぐ港湾地区を出てしまう。
 十体を相手になど出来ない。出来ないが、やるしかない。

「ヴァリアント! 時間を稼ぐ!」
『はいよ。回り込んで前に出れば、敵さんも相棒に構わずにはいられないだろうさ』

 目の前のマップにルートが表示される。
 オレはそのルートを辿る。数十メートル先にガジェット・ドローンの姿が見えたが、無視する。
 もう一体一体に構ってはいられない。
 とにかく全速力で走る。とにかく市街地へと向かうガジェット・ドローンの行く手を阻まねばならない。
 AMF下ではない為、強化魔法で強化した身体能力をフルに使い、オレは港湾地区の最外部。小さな倉庫の密集地帯へたどり着く。
 ガジェット・ドローンよりはギリギリ早く着いた。
 見れば、十体のガジェット・ドローンが一定のスピードでこちらに向かってくる。確実に殲滅しなければならないならば、カーテナを手に突っ込むが、今回は時間稼ぎだ。
 オレはその場を動かず、ガジェット・ドローンが来るまで待つ。大した時間じゃないが、オレ自身、休む時間が欲しかった。
 オレの姿を認めた一番前のガジェット・ドローンが僅かにスピードを上げ、射程に入った瞬間、熱線を放つ。
 オレはその熱線を避け、しかし、すぐに離脱はしない。
 十体のガジェット・ドローンを確実に引き付けるならば、方法は一つしかない。
 この身を囮にして、この場にガジェット・ドローンを釘付ける。
 隙が見えても、敢えて突かず、オレは避けに徹する。
 カーテナを抜いていないため、ヴァリアントのサポートはフルに受けられる。その為、防御魔法も使えるのだが、ここはAMF下だ。発動できても役に立たない貧弱な防壁では意味がない。
 ケーブルが四方から襲いかかってくる。しかし、この攻撃に関してはあまり問題じゃない。集中さえ切らさなければ避け切れる。
 問題は。

「ちっ!」

 ケーブルを避けきって、囲みから脱出したオレに向かって複数の熱線が襲いかかってくる。
 タイミング的に避けるのは不可能。
 オレはカーテナを引き抜き、熱線を受け止め、弾く。
 只でさえ消費してた魔力が減っていく。そして、それを防ぎきる頃には囲まれている。
 時間稼ぎは成功しているが、このままだと時間と引き換えに命を落としかねない。
 そんな考えが頭に過ぎった時、オレの動きが鈍る。集中を切ってしまった。
 しまった。と思った時には遅かった。太いケーブルがオレを横へ弾き飛ばす。
 三、四メートルの距離を吹き飛ばされる。
 バリアジャケットでも吸収しきれない衝撃がオレを襲う。ケーブルを食らった腹部と叩きつけられた痛みで一瞬、思考が痛みに支配される。
 ダメージはそこまで深くはなかったが、行動が遅れたのは致命的だった。
 完全にオレを囲んだガジェット・ドローンから熱線が放たれる。
 十の熱線だ。避けるのも受け止めるのも弾くのも不可能だった。
 せめてダメージを抑えようと、両手で顔を庇う。しかし、いつまで経っても熱線は来ない。
 見れば半透明の防壁がオレを覆っていた。

「プロテクション!?」

 オレの知る限り、AMF下で尚確かな防御力を誇る全方位のプロテクションを張れるのは。

「無茶してんなぁ」
「分隊長!」

 倒れていた状態から立ち上がり、オレは後ろを見る。
 黒いロングジャケットに同色のズボンと言うバリアジャケットを装備した陸士110部隊第二分隊の分隊長がそこに居た。
 その後ろから二人の人物が現れる。

「いやぁ。しかしだな。部隊長から現場に居るから助けに来てくれ。なんて通信が入った時は心配したぜ。部隊長が他の部隊の足引っ張ってないか」
「そうそう。それだけが心配だったんすよね」
「何で、オレの心配はしてくれないんですか!」

 分隊長の後ろから現れたのは茶色の制服を着たアウル先輩とマッシュ先輩。
 心配の対象にオレが入ってない事に思わず突っ込む。

「お前の心配? ここ二日、女とイチャついてた奴の心配なんてするかっ!」

 アウル先輩が普段から目つきの悪い目を更に悪い方向へ変化させ、右手の人差し指でオレを指差す。下手な犯罪者より犯罪者っぽい怒り顔だが、理由が下らなすぎる。
 そんなアウル先輩の横でマッシュ先輩も大きく頷いている。
 そんな二人の様子に呆れたようにため息を吐き、分隊長が言葉を発する。

「僻むな。お前たち二人は日頃の行いが悪いから外されたんだ」
「今の発言にドン引きっす……」
「本人に自覚無しだな」

 分隊長の仲裁の言葉に対して、それぞれ反応を見せる二人だが、周囲を取り巻くガジェット・ドローンへの警戒は緩めない。当然、分隊長も警戒を怠ってはいない。
 わいわい騒いでいても、この第二班は部隊長が直接スカウトしてきた四人で組まれているのだ。そこらへんは抜け目ない。オレは結構抜けてるが。
 マッシュ先輩とアウル先輩は魔導師ランクは陸戦B。分隊長は陸戦A。分隊の戦力としては標準の域を出ない。
 けれど、三人とも技術と経験はずば抜けてるし、直接的な戦闘能力で言えば、この三人は本局の魔導師にだって引けは取らない筈だ。
 頼もしげに三人を見ていたオレに、分隊長が一言声を掛ける。

「行けるか?」

 込められた意味は分かっている。
 体は痛むし、疲労は溜まってる。何よりかなり魔力を失っているが、それでもまだ戦える。

「大丈夫です!」
「そうか。なら、アウル! マッシュ! 準備しろ!」
「了解!!」
「はいっす!」

 分隊長の言葉に応えた後、マッシュ先輩とアウル先輩がセットアップする。
 マッシュ先輩は灰色のジャケットと同色のカーゴパンツに、アウル先輩は赤いジャケットに黒いカーゴパンツに、服装を変える。

「110部隊第二分隊はこれより……機動兵器の殲滅に当たる! 航空隊や避難を待つ必要はない! 俺たちで終わらせるぞ!」

 分隊長が言うと同時に、まずアウル先輩が非常に楽しそうな顔でガジェット・ドローンに突っ込んでいった。



[36852] 第八話
Name: お月見◆31209bc4 ID:2a54bc87
Date: 2013/03/05 19:01
 陸士110部隊第二分隊の構成は、まず最前線に立つフロントアタッカーであるアウル先輩。
 アウル先輩は敵に突っ込んでいき、相手の陣形を崩し、狙いを自分に向けるスタンダードなフロントアタッカーだ。デタラメだが。
 アウル先輩のデバイスは先が円柱型になっているメイス。長さは一メートル超で、オレよりも背の小さいアウル先輩には見た目的に不釣合いなアームドデバイスだ。あくまで見た目であって、魔法の処理やサポートより頑丈さを求めた筋金入りの武器は、アウル先輩の性格をよく表している。
 アウル先輩はガジェット・ドローンに突っ込むや否や、迫り来るケーブルを両手で持ったメイスのひと振りで弾き飛ばす。弾き飛ばされたケーブルで無事なモノは無い。よくて破損、悪ければ引きちぎれている。
 アウル先輩は敵の中央で、メイスをひたすら振り続ける。メイスが間に合わない攻撃は、シールド系の魔法で受け止める。
 オレのガラティーンでも、砲撃魔法級の魔力を込めなければならないほど強固なシールドだ。例えAMF下だろうと、ガジェット・ドローンの攻撃程度なら完全に防げる防御力を持っている。
 とは言え、シールドは一方向。全方位をカバー出来るタイプのプロテクションを使えればベストだが、全方位で防御力を維持したまま使用できるのは、この第二班じゃ分隊長だけだ。
 シールドを掻い潜り、アウル先輩に複数のケーブルが襲いかかる。
 しかし、すべてのケーブルが飛んできた魔力弾に弾かれる。
 魔力弾を放ったのはマッシュ先輩。この班のセンターガードだ。
 マッシュ先輩のデバイスは紫色の杖型のストレージデバイスで、アウル先輩のデバイスのような外見的特徴は一切ない。管理局の魔導師が一番よく使う魔導師の杖だ。
 しかし、中身はかなり弄られてるらしく、かなり処理速度が早い。その理由は、マッシュ先輩が異常に射撃魔法の連射が早いからだ。そのスピードに見合うように調整された杖から放たれる魔法弾は精密かつ早い。
 先程の魔力弾も、数発を同じ機動で連射し、最初の魔力弾が消されてる間にAMFを突破させると言う擬似的に多重弾殻射撃魔法を再現した離れ業で、ある意味、多重弾殻射撃魔法よりも難しいかもしれない。
 前線のアウル先輩をマッシュ先輩が援護しているが、流石の二人でも十体のガジェット・ドローンの相手は難しい。
 オレは右腰のフォルダーに入れてあるカーテナに触れる。
 魔力の消費が激しい為、ガラティーンの常時展開は厳しい。AMF下では本当にオレの行動は狭められる。
 だからといって、後ろで見ている訳にもいかない。
 そう思ったオレに、分隊長が指示を出す。

「一番遠くに居る二体を縛る。あんまり長くはもたないから手早く斬れよ!」
「了解!」

 オレは言われた通り、位置的に一番遠くに居る二体に向かって走り出す。
 AMFの影響と蓄積されたダメージや疲労でスピードは出ないが、今回に関してはスピードは要らない。オレに求められているのは近づいて、確実に破壊する事だ。
 狙いを定めた二体がオレに接近するが、その動きは途中で止まる。
 二体は複数の緑色の鎖に拘束されていた。分隊長のチェーン・バインドだ。
 分隊長もマッシュ先輩と同じく基本的な杖型のストレージデバイスを使うが、分隊長は射撃魔法よりバインドやプロテクションを多様するため、それ用にカスタムされている。
 AMF下であっても、分隊長のバインドはしっかりとガジェット・ドローンを縛り付けている。
 オレはそれらが完全に効力を失う前に、カーテナを抜き、ガラティーンを発動させる。そして、走る勢いを止めずに一体を袈裟斬りで、もう一体を横に薙ぎ払う事で破壊する。
 特化型のオレとアウル先輩、射撃魔法には秀でているけれど、指揮官タイプではないマッシュ先輩。このメンバーで班を組めているのも、フルバックのポジションに何でもできる分隊長が居るからだ。
 この隊のバランサーである分隊長は指示を出し、機を見計らってバインドで拘束し、味方が危なければプロテクションを、優勢ならば砲撃魔法でカタを付ける事ができる。
 そして、オレはウィングガード。
 求められるのは回避能力と移動能力。そして、マッシュ先輩や分隊長に近づく相手を一撃で落とせる攻撃力。
 条件は満たしているが、オレがウィングガードの役割を担っているのは消去法だ。
 他の三人は固定で、空いていたのがウィングガードと言うのもあるが、三人に比べて技術的にも、経験的にも、なにより単純な実力でも劣っているから、オレは空いているウィングガードに居る。
 足手まといではないつもりだが、戦力的にプラスかと言われると疑問だ。
 なにせ、オレが110部隊に入る前は、三人は変則三人分隊で動いていた。そして、自分達より高ランクな魔導師である犯罪者を幾人も逮捕している。
 ここ最近、短時間での勝負に持ち込めば、一対一なら勝てるかもとか思っていたが、おそらく勝てない。というか、オレの得意な戦法には持っていけない。
 三人は自分の得意な戦法での戦い方を心得ているが、それ以上に、相手の得意な戦法に持ち込ませない、入らないと言う事を徹底している。
 まだまだ及ばない。
 そう思いつつ、オレは分隊長の次の指示に従って動いた。



◆◆◆



 十体のガジェット・ドローンを掃討したオレ達、陸士110部隊第二分隊は、後ろに居る部隊長から未だに市民の避難誘導が終わっていないのと、港湾地区の別の場所にガジェット・ドローンが現れた事を聞かされた。
 四人全員が渋い顔をする。
 後ろの動きが遅いのは職員の数や質的にしょうがないが、そろそろ航空魔導師は来てもいい頃だ。
 遅すぎる。
 スクランブルはとうの昔に掛かっている筈だ。
 流石に初動が遅いでは片付けられない。何かあったとしか思えない。
 しかし、例え何かあったとしても、それはここでオレ達が考えても仕方ない事だ。
 別の場所にガジェット・ドローンが現れたのなら、止めに行くしかない。来ない人間、居ない人間をあてにしてもどうしようもないし、何より、現状、止められるのはオレ達しかいない。
 それはこの分隊、四人全員が分かっていた。
 デバイスで位置情報を確認し、ガジェット・ドローンの新手を食い止める為に移動しようとした時、大きな爆発と瞬間的な光が少し離れた所の空中で起きた。
 その爆発は見覚えがあった。高威力の砲撃魔法と砲撃魔法が衝突する起きるモノだ。ここまで大きいモノは見た事はないが。
 その場所は少し前までオレが居た場所だ。そして、今も八神捜査官が戦っている場所だ。
 心の何処かで、八神捜査官なら苦戦しないと思っていた。心配する等、八神捜査官を軽く見る事に繋がると思っていた。
 けれど。

「威力が互角だったんだろうな。そうじゃなきゃあんな中途半端な所で爆発は起きない」

 分隊長の言葉がオレの不安を煽る。
 相手は騎士の筈。
 大規模、高威力の魔法を得意とする八神捜査官と互角の砲撃魔法かそれに準じる魔法を放てるのだろうか。
 八神捜査官の守護騎士、古代ベルカの騎士であるヴォルケンリッターならば可能だろう。それ以外の騎士となると厳しい気がする。元々、騎士は近、中距離が得意な距離だ。
 並みの騎士では不可能だ。
 となると、考えられるのは二つ。
 八神捜査官がヴォルケンリッター級の騎士と戦っているか、それとも。

「増援……」

 ベルカの騎士に、八神捜査官と撃ち合えるほどの魔導師。
 最悪だ。
 どっちにしろ最悪だ。
 オレはヴァリアントが示したガジェット・ドローンの新手の位置を見る。
 八神捜査官が居る位置とは離れすぎている。
 ガジェット・ドローンを相手にした後、八神捜査官を援護しに行くのでは、かなり時間が掛かる。
 もしも押されている状況ならば、その時間は致命的になりかねない。
 再度、先ほどのような爆発が起きる。
 分隊長は既に、ガジェット・ドローンの方へ向かおうとしている。
 分隊長について行くべきなのは分かっている。
 幾ら、オレが他の三人より弱いといっても、ガジェット・ドローンとの連戦をオレ無しで行うのはきつい筈。
 八神捜査官も心配だが、そうは言っても、彼女は管理局にひと握りしか居ないオーバーSランクの魔導師だ。優先すべきは分隊だ。実力的に見てもそうだし、ガジェット・ドローンが市街地に入る可能性を考えれば、大局的に見ても、分隊を優先すべきだ。
 そんな事は分かっている。分かっているが。

「分隊長……オレは……八神捜査官の援護に向かいます」

 オレは口から出る言葉を止められなかった。
 知っているのだ。オレは。
 八神はやてと言う少女が、年相応に表情を変化させる事を。
 オレは知ってしまっている。
 八神はやては、オレと同い年の少女なのだと。
 特別捜査官。一等陸尉。オーバーSランク。夜天の王。
 その全てである前に、オレの秘密を聞いてしまっただけで泣き出しそうになる少女なのだ。

「許可すると思うか?」
「許可はいりません。オレの任務は八神捜査官のサポートです。その任務内容には護衛も含まれていますし、なにより」

 オレは言葉を切る。
 これを言ってしまうと、後々、問題を抱え込む事になってしまう。
 分隊行動を妨げたと言えなくもないからだ。
 だが、それでも。

「分隊から独立しての個別任務は継続中です。オレは元の任務に戻らせて頂きます」

 オレは、はやてさんが危険な可能性があるなら、見捨ててはおけない。
 オレは敬礼をすると、分隊長やマッシュ先輩の引き止めも聞かずに走り出す。
 後ろからアウル先輩が苛立った声を掛けてくる。

「カイト! 無茶してもいいが、死ぬな! 目覚めが悪くなる!」

 あの人なりに心配してくれてるらしい。
 オレは走りながら笑みを浮かべ、振り返らずに右手を上げる事で、アウル先輩に応えた。



[36852] 第九話
Name: お月見◆31209bc4 ID:2a54bc87
Date: 2013/03/07 01:03
 ガジェット・ドローンとオレの戦闘により破壊された倉庫や、ガジェット・ドローンの残骸が視界に入ってくる。
 ここからならば後数分走り続ければ、八神捜査官と合流できる。
 ただ、空戦を行っている八神捜査官と敵がかなり移動している可能性もある為、実際の所は何とも言えない。

「ヴァリアント」
『はいよ。今、敵さんをサーチ中だ。空はちょっと時間が掛かる。それはそうと、勢い良く飛び出してきたが、相手は空だぜ? 何か策はあるのか?』
「分かっているだろ? 航空魔導師相手に戦うのはキツイけど、あれを使えばなんとかなる」
『相棒。出来れば使って欲しくないんだが』
「無理だ。何より、使うのが本来のスタイルだ」

 オレはそう言うと、ガジェット・ドローンの熱線のせいで、道にできた大きめの穴をスピードを緩めずに飛び越える。
 地上で戦ったせいもあるが、オレとガジェット・ドローンとの戦闘でさえ、かなりの被害が建物に出ている。
 八神捜査官と騎士との戦いの被害はどれほどになるのか。
 少なくとも地上に大規模な魔法が直撃した振動は無い為、建物が消し飛んでいる等という事はないだろうが、先程の爆発を見れば、空中での余波ですら侮り難い。
 そんな事を考えたオレにヴァリアントがサーチの結果を知らせる。

『相棒。残念なお知らせだ。さっきの騎士の他にもう一人、増えてやがる。後、ここら一帯に念話妨害と幻覚作用がある結界が張られてる。さっき遠目から見てたのは全部幻覚だ。近づけば幻覚は消えるから、気をつけろ。衝撃的な光景だ』






 ヴァリアントの警告の後。ほんの数秒で、オレの目の前の光景がガラリと変わった。
 今までは、多少破損はあれど、形のある倉庫が並んでいた。けれど、今、オレの目の前には形を保っている倉庫は一つもない。
 よくて半壊、それも僅かで、殆どが土台部分を残して消し飛んでいる。まるで戦争でもしたかのような光景だ。
 しかし、その光景にばかり目を奪われている訳にはいかない。
 オレは上を見る。
 ここまで地上の建物に被害があると言う事は、地上近くで戦っていた筈だ。
 幻覚が切れたならば、飛んでいる八神捜査官がどこかに居る筈。
 しかし、視界に入ってくるのは、地上の光景とは正反対に平和さを感じさせる雲と青い空だけだった。
 どこかに移動したにしても、結界が張られていた以上、そこまで遠くには行ってはいない。
 そう判断したオレは、ヴァリアントへ八神捜査官を探すように指示する。

「ヴァリアント。八神捜査官を探してくれ」
「あの子なら海上に移動したよ」
「!?」

 オレはすぐに声がした方向を見る。
 崩れた倉庫の跡。大きめの瓦礫に座って、そいつは居た。
 背がオレと同じくらいの少年だ。年も大して変わらないだろう。
 長めの赤い髪に琥珀色の瞳。雑誌に登場しそうなほど整った容姿をしているが、浮かべている薄笑いがそれを打ち消している。
 こちらを見る目は完全に見下している。
 この場に居る時点で一般人ではないだろう。黒い上下の服の上に赤いマントを羽織っており、腰には細長い剣。
 おそらくアームドデバイス。
 問題は敵か味方、はたまた中立か。
 予想はできるが、管理局員として聞く。

「君は?」
「説明いるかい? 丁寧に説明してあげてもいいけど。まぁ必要はないか」

 オレが目を細め、自然に身構えたのを見て、そいつは笑いながらそう言った。
 そいつはこちらを警戒していないのか、瓦礫から腰を上げると、服についた埃を払いながら、オレに向かって自己紹介を始める。

「僕の名前はアラミス。アラミス・バザン。傭兵さ」
「傭兵?」
「そっ! お金で雇われるから、今は君たち管理局の敵かな。味方になんてなった事ないけど」

 アラミスと名乗ったそいつは、何がおかしいのか笑い始める。
 おそらく、味方になった事ないと言う発言がおかしいのだろうが、それは当たり前だ。
 管理局は次元世界を取り締まる組織だ。一度でも敵対すれば、そいつは犯罪者とされる。この場で敵ならば、この先も敵だという事だ。

「あの黒い騎士の仲間って訳か」
「黒い騎士? ポルトス兄さんの事か。うん。そうだよ。今は海上で、ターゲットと戦ってる。あの子、はやてだっけ? かなり強いからさ。航空隊のかく乱に回ってたアトス兄さんと二人掛りでだけど」
「航空隊が来なかったのはお前らの仕業か……!」

 オレがゆっくりカーテナに手を伸ばすのを見ながら、アラミスはニヤニヤと笑う。
 その笑い方が何かしらの意味を持っているようで、オレはヴァリアントに周囲のサーチを念話で指示し、一度動きを止めて、時間を稼ぐ。

「何がおかしい?」
「別に。ああ。大丈夫だよ。罠とかないから心配しないで。それに僕は戦う気ないし」
「戦う気がない? なら大人しく捕まるか?」
「君が何もしなければって話だよ。僕らの目的はあの子を捕まえる事。それは多分、時間の問題だしね。無駄な戦いはしないよ」

 アラミスはそう言うと酷薄な笑みをオレに向ける。
 その笑みには、結果が見えているとでも言わんばかりのオレへの嘲りが見て取れた。
 結果は見えているとでも伝えたいのだろう。
 それは裏を返せば油断とも言える。
 自分と兄と呼ぶ二人に余程自信があるのか、アラミスは自分から動いたりはしない。
 ヴァリアントのサーチで、ここら辺にトラップの類は無い事は分かっている。
 二対一と分かった以上、今すぐにも八神捜査官の所で駆けつけたいが、海上では手が出せない。
 空戦適正がある魔導師が優遇される理由がよく分かる。空に飛ばれ、足場の無い所に行かれれば、空戦適正の無いオレ達には何も出来ない。
 僅かな苛立ちを抱えつつ、オレはアラミスを見る。
 アラミスも加わり、三人で八神捜査官と戦った方が有利なのは間違いない。なのに、こいつはここに居る。
 考えられるのは二つ。
 こいつに空戦適正が無いか、加われない理由があるかだ。
 空戦適正が無いならば、こいつはオレと同じく置いてけぼり組だ。戦う、戦わないは別として、八神捜査官への危険度は低い。
 問題は加われない理由がある場合。

「無駄な戦いねぇ。兄貴たちに置いてかれたんだろ? ここで戦っておかないとまずいんじゃないか? 評価的に」
「僕を挑発してどうするのさ? 大体、置いて行かれたわけじゃないし、僕の評価は下がらないよ」
「なるほど。お前は保険か。ウチの分隊が来た時の」

 カマかけ以外の何者ではないが、そうだろうと言う確信があった。
 ここら辺で増援に来れるのはウチの分隊だけだ。まぁ海上に逃げられたらどうしようもないが、こいつらも分隊全員の能力は把握出来てないんだろう。オレの実力は知ってるみたいだが。
 アラミスの目が微かに開かれ、そしてアラミスはすぐに笑みを浮かべる。

「正解。君の分隊は他の隊より強いらしいし、何より、アトス兄さんが警戒してた。君の所の部隊長を、ね」
「買いかぶりじゃないか? 大した人じゃないぜ?」
「僕もそう思うよ。ただ、君の分隊は優秀なのは事実だし、それは昨日、襲撃を諦めた時に分かってる」
「昨日……?」

 オレはアラミスの言葉を聞いて、そう呟く。
 昨日、こいつらがウチの分隊と接触していたのなら、オレに連絡が来る筈だ。なにより、昨日、護衛に付いていたのはオレだけで、他の三人は通常業務だった。

「あれ? 知らないの? ああ。確かに食わせものだね。君の所の部隊長は」
「どういう意味だ?」
「そのままさ。昨日、護衛に付いていたのは君だけじゃない。他の三人も護衛についていた。その護衛を突破するのが難しいとアトス兄さんが判断したから、昨日は諦めたし、今日はあちこちで騒ぎを起こして分散させたんだ。敵を騙すには味方からって事なのかもね。まぁ護衛の存在は僕らにバレたし、この状況からすれば、僕らの方が一枚上手だったって事だけどね」

 アラミスは面白げに笑う。
 今のオレの顔はさぞ愉快な顔だろう。
 敵から味方の秘匿情報を教えられるとは。
 しかし、少し考えれば分かる事だ。部隊長は襲撃は半ば確信していた。それなのにオレを一人で護衛に付かせるとは考えにくい。
 オレに逃げろと言った時は、まるで八神捜査官を見捨てたような言い方だったが、そうじゃない。既に手を打ってあったから、オレに危なくなったら逃げろと言ったのだ。
 とは言え、そんな部隊長の作戦も既に崩れている。
 護衛は引き離され、増援は勝手をしたオレだけ。
 秘密裏に護衛をしていた先輩たちなら、こちらを助けに来てくれるだろうが、それもガジェット・ドローンを倒してからだ。
 知らぬ間に作戦は進められ、知らぬ間に打ち破られた。除け者にされた事も、信用を勝ち取れなかった事も、かなりに癪だが、それよりも、自分に力が無い事の方が余程、オレの苛立ちを増幅させる。
 しかし手は無い。せめて海上で無ければ手はあるのに。
 そう思っていたオレに対して、ヴァリアントが警告の声を上げる

『相棒! 近づいてくるぞ!』






 オレはとっさにアラミスと距離を取り、海上の方を見る。
 瞬間。尋常じゃない魔力を込められた魔法が放たれ、海上の方から押し寄せた白い光で視界が埋められた。
 白い光が止んだ後、オレの目に上からひらひらと落ちてきた黒い羽が映った。
 目を見開いたオレは慌てて上を見る。
 一人の少女が、ぐったりとしながら落ちてきていた。

「はやてさん!?」

 オレはそう叫んで、落下位置を予測して走り出す。背中をしたに向け、手や足に力は無い。とても意識があるとは思えない落ち方だ。
 オレははやてさんが地面に衝突する前に何とか下に回り込むと、両手ではやてさんの小柄な体を受け止める。
 衝撃が両手を通して体に響く。何とか衝撃を逃がすために肘や膝、足先まで使って、体勢を保つ。
 重いとかの問題じゃない。魔法の強化とバリアジャケットが無ければ、オレも無事では済まない衝撃だ。
 一体、どれほどの高さから減速もせずに落下したのか。
 そう考えつつ、はやてさんの顔を覗き込む。
 目を閉じており、顔色は悪いが、息はしている。
 バリアジャケットはボロボロで、あちこち破れて肌が見えているが、見た限りでは外傷もない。
 どうにか無事であることにホッとするが、ここを切り抜けなければ意味はない。
 オレはアラミスが居た位置を見る。
 未だにアラミスはそこに居り、そして、その横に並ぶように二人の人物が降りてきた。
 一人は黒い騎士。名前はおそらくポルトス。
 ポルトスは随分疲弊しているようで、肩で息をし、地面に剣型のデバイスを突き刺して、ようやく立っていられる状態だ。騎士甲冑もボロボロで、間違いなくはやてさんにやられたのだろう。
 もう一人は、アトスと言う男だろう。
 肩に掛かる長さの茶色の髪に青い瞳。バリアジャケットは黒いレザージャケットに、同色のズボン。ほっそりとしているが背は高くと、百八十は間違いなくあるポルトスと並んでも遜色はない。年齢は二十代前半か半ば。ポルトスよりは上だろう。表情は無表情で冷たささえ感じる。
 そんなアトスは青い目で冷静にこちらを見ている。
 アラミスやポルトスとは違い、このアトスと言う男の雰囲気は不思議だった。
 とにかく希薄なのだ。視線の強さも、発している気配も。
 魔力も抑えているのかそこまで感じられず、全く強さが感じられない。
 そして、それをオレは警戒する。
 アラミスの話が本当ならば、アトスは途中から参戦した。時間の差があれど、ポルトスがあれだけダメージと疲れを感じているのに、アトスは疲れても居らず、そしてダメージも無い。
 言い知れぬ恐怖がこみ上げてくる。
 そんなオレの内心を知ってか知らずか。アトスがオレに声を掛ける。

「カイト・リアナード君」

 静かだが、よく通る声だ。
 無表情のままアトスは言葉を続ける。

「あの機械との戦いの一部始終を見ていたから、君の実力は知っている。助けがあったとは言え、食い止めた事。そしてそのままここに来た事。賞賛に値する」
「犯罪者に褒められても嬉しくなんてないんだが……」
「私たちのも事情がある。法を破っている事も認めるが、私は一人の人間として賞賛したのだ。受け取り給え。それに管理局とてさして大差はない」
「犯罪者に大差ないと言われる筋合いはない!」

 アトスはオレの言葉に僅かに目を細め、そしてゆっくり目を閉じて頷く。
 オレはどうにかはやてさんを連れて逃げる方法を模索しながら、時間を稼ぐためにアトスの言葉にも耳を傾ける。

「君に言った訳じゃない。管理局全体に言ったのだ。私たちの仕事の半数以上は管理局からの依頼だ。今回は違うがね」

 傾けなければ良かった。
 嘘かもしれないが、アトスの言葉にその雰囲気は無い。ただ、事実を淡々と述べているような感じだ。
 だからと言って、はやてさんを渡す訳にはいかないが。

「なるほど。大差ないかもな。けど、問題は今、お前らがはやてさんを連れていこうとしている。それだけだ。一体、何が目的だ? お前たちは何だ?」
「言葉には耳を貸さないか。意外に冷静だな。質問には答えよう。私たちは傭兵。ある人物に八神はやてを攫ってこいと依頼された。私たち自身、その子に何かしらの感情を抱いているわけではない。依頼者の前に連れて行った後は知らない。だが、おそらく……相当苦しめられた後に殺されるんじゃないかと思っている。闇の書の事件の恨みは、深く、重い。到底一人で背負えるものではないのでね」

 アトスは淡々と語り、そして青い目でオレを見る。
 いや、オレじゃない。オレの腕の中に居るはやてさんを見ている。

「それを聞いちゃ渡せない……!」
「私も気乗りはしていない。だが、仕事でね」

 その言葉と同時に、アラミスが腰の細剣を抜いて突っ込んできた。 



[36852] 第十話
Name: お月見◆31209bc4 ID:2a54bc87
Date: 2013/03/09 20:01
 オレははやてさんを左手だけで支えると、右腰のフォルダーからカーテナを引き抜き、蒼い魔力刃でアラミスの細剣による突きを受け止める。
 

「レイピアか……!」
「正解! その剣で追いつける?」

 アラミスはそう言うと、連続の突きを放ち始める。器用にもはやてさんには当たらない軌道で、尚且つオレの急所を狙って。
 打ち合う事は厳しいと判断し、オレは魔力刃で受け止めると、アラミスの細剣を力いっぱい弾く。
 アラミスが体勢を崩したのを見て、オレは後ろに思いっきり飛び、アラミスとの距離を離す。
 開いた距離は三メートルほど。オレはカーテナを右腰のフォルダーに仕舞い、はやてさんを両手で抱えなおすと、オレは背を向けて逃げに徹する。
 当然、アラミスは追ってくるが、アトスとポルトスは動かない。
 ポルトスは疲弊しているからだろうが、アトスはわからない。アラミス一人で十分と判断したのか、目に見えないダメージを負っているのか。はたまた、全く違う理由があるのか。
 その理由がどうであれ、三人が一斉に来ないのは助かる。一人でも危ういが、三人なら勝ち目はない。
 オレはこのまま結界の外へ逃げる為に加速しようとし、ヴァリアントに止められる。

『止まれ、相棒! 結界だ! しかも、デカイ!』

 オレは足を止め、後ろを振り返る。
 アラミスも立ち止まり、ニヤニヤとオレを見ている。
 アラミスではない。直感的に分かった。
 視線を移す。
 距離の離れた場所に居るアトス。
 その手には魔道書が握られており、その魔道書が結界の発生源である事は、オレでも分かった。

「諦めなよ。その子さえ渡せば、僕らは君に何もしない」

 アラミスが右手に持った細剣の先をくるくると回しながら、オレに言う。
 同時に、ヴァリアントが無慈悲な報告を告げる。

『相棒。ベルカ式の結界魔法だ。超高度な結界破壊の魔法か、Sランク砲撃でもなきゃ出るのは無理だ』
「そんなのを一瞬で……!?」
「アトス兄さんは何でもできるからね。早いとこ諦めてくれない? 簡単でしょ? その子を僕に渡せばいいだけさ。命の危険を心配してるなら、無用だよ。君には用は無いし。あれなら君だけ結界から出してあげてもいいよ。ちょっと時間が掛かるけど、君を結界からはじき出す事もできるしね」

 アラミスはそう言って細剣を鞘に収めて、オレに笑顔を向ける。
 意味は分かっている。これは最後通告だ。ここで応じなければ、こいつらはオレを実力で排除して、はやてさんを連れて行く。
 オレは体から力が抜けるのを感じる。
 膝が地面につく。思わず腕の中をはやてさんまで落としそうになって、慌ててバランスを取る。
 オレははやてさんの顔を見る。まだ意識は戻ってない。多分、魔力の使用しすぎと魔力ダメージによるブラックアウトダメージだ。
 幾ら個人による戦闘が向いていないとは言え、確実にオレよりは強いはやてさんがこんな状態になるまで追い詰められたのだ。
 勝ち目なんて万に一つ無い。
 そう思ってしまうと、思考が流される。
 勝てない。負ける。殺される。
 マイナスへ思考は加速していく。
 彼我の差くらいは分かる。三人の内の誰か一人にだって、オレは勝てやしない。
 はやてさんを渡せば、オレは無事だ。
 渡さなければ、殺されて、はやてさんは攫われる。結果は変わらない。
 もしも、はやてさんがここで攫われても、救出の可能性は残っている。目の前の三人は依頼を受けただけで、はやてさんには何もしない筈だ。依頼者にはやてさんの身柄を渡すまで、時間がある。
 はやてさんの守護騎士が、親友が、関係者が、黙っていない筈だ。
 管理局屈指の救出部隊が結成される。救出は間違いない。
 救出された時、オレが死んでたら、はやてさんは自分のせいだと責めるだろう。僅かな付き合いだけど、そう言う人だと分かる。
 それなら、今、はやてさんを渡して、オレが生き残る事ははやてさんの為と言える。
 部隊長だって逃げろと言っていた。命令違反でもない。
 救出される可能性は高い。なら、ここでの抵抗は無意味だ。戦略的な一時撤退と言えなくもない。
 オレは弱いのだから、ここではやてさんを渡しても、誰も、はやてさんも責めやしない。
 オーバーSランクのエースが負けたんだ。Bランクのオレが逃げたって恥ずかしい事じゃない。
 仕方ない。しょうがない。
 なのに。
 オレの決断を一つの言葉が邪魔をする。
 頭に思い浮かぶ言い訳が、逃げ道が、その言葉に潰されていく。
 教えられた事だ。ずっと思ってきた事だ。
 魔導師としての基礎を学ぶ前、魔力の使い方すら分からなかった頃。今より弱かった頃。オレは諦めなかった。
 知っていたからだ。そしてそれが間違っていないのだと教えられた。
 はやてさんの顔を見る。
 こうしてみれば、同年代の女の子だと思える。
 一尉の階級章を持ち、捜査する姿。杖を持ち、空を飛ぶ姿。圧倒的な魔法を使う姿。
 全部知っているけれど、オレの腕の中に居る少女が同い年と言うのは変わらない。くぐり抜けて来たモノも、取り巻く環境も違ったかもしれない。
 でも、変わらない。
 オレははやてさんを地面に下ろし、一歩下がる。
 アラミスを見て、ポルトスを見て、最後にアトスを見る。
 アトスが目を見開く。気づいたようだ。やっぱり只者じゃない。
 アラミスは気づかずに無用心に近づいてくる。

「アラミス! 離れろ!!」
「えっ?」

 はやてさんに近づいたアラミスに向かって、オレは右腰のフォルダーに収めているカーテナを振り上げる。
 アラミスは咄嗟に細剣を抜くが間に合わない。
 高圧縮された魔力の刃であるガラティーンは、例え非殺傷設定であっても怪我は免れない。急所は狙わず、左の横腹から右肩までを切り裂く。
 バリアジャケットに妨げられ、思った以上に深いダメージは与えられなかった。
 アラミスは右手で傷を押さえながら飛び退る。
 その目に怒りと驚きの感情が半々に浮かんでいた。

「正気かい? 結果は変わらない。選択は君は死ぬか、死なないかだったんだぞ!」
「分かってる。けどな。譲れないんだ……」
「命より大切かい? その子が。僅か一日ちょっとの付き合いだ! 幾千、幾万の恨みを抱える女だぞ!!」
「知ってる……。だけど、そんな事は関係ない!」

 オレはそう言って、ヴァリアントに施してある一つのリミッターを解除しに掛かる。

『相棒。馬鹿は師匠譲りだな』
「まぁな。ヴァリアント! リミッター解除申請!」
『了解。解除パスワードを』
「パスワード『弱い事は理由になりはしない』。承認を」
『了承。行ったれ。相棒!』

 ヴァリアントの言葉に従い、オレは一つの魔法を準備する。
 リミッターが掛かっていたのはたったひとつの魔法。
 それは最後のピースで、師匠がくれたもの。

「一体、どんな切り札を隠してたか知らないが、Bランクの一般局員が調子に乗るな!!」

 アラミスが細剣をオレに向ける。
 何かしらの魔法を使う気だろう。
 オレの近くにははやてさんが居るが、怒りで冷静さを失っているから関係なしに撃ってくるだろう。
 オレはアラミスが魔法を唱えるよりも早く、発動に必要なトリガーである魔法名を呟く。

「ミーティア!」

 オレの体が蒼い魔力光に包まれる。オレはそれを確認し、アラミスへ近づく為に前へ出る。
 オレが一歩踏み出した時には、オレはアラミスの視界から消えていた。
 そして次の瞬間。オレはアラミスの横に居た。
 アラミスには転移に見えただろうが、実際は速く移動しただけだ。
 加速魔法『ミーティア』によって。
 アラミスは驚きつつも、オレが振りおろした魔力刃を細剣で受け止める。
 このスピードについてこれると言う事は、何かしらの加速魔法を使ったのだろうか。いや、接近戦を得意とするベルカの騎士は基本的に魔力の運用に優れている。瞬間的な反応ならばこのスピードについてこれてもおかしくはない。
 このスピードにならだが。
 アラミスは瞬間的にスピードを上げた。間違いなく加速魔法だ。
 けれど、オレはその速さも超えて、アラミスの後ろに回る。
 今度は反応が間に合わない。オレの蒼い魔力刃がアラミスの体を捉える。
 しかし、突如発生した赤い魔力光に阻まれる。

「防御魔法か!?」
『装身型のバリアだ。効果は長くない!』
「調子に乗るなぁ!!」

 アラミスは後ろのオレに向かって細剣を突き出す。
 オレはそれを体をズラす事で避ける。
 細剣の先から何かが発射され、オレの後ろにある倉庫の瓦礫を粉々にする。

『一種の射撃魔法だ。当たればひとたまりもないぞ!』
「当たればな!」

 オレはアラミスの横に移動し、カーテナを振り上げる。
 アラミスはそれをギリギリのタイミングで避けると、体勢が崩れているのも構わずこちらに突きを連続で繰り出す。
 その全てを避けるが、このまま避け続けていると、地面に寝かせているはやてさんが危ない。
 まだ距離はあるが、安心できる距離でもない。
 オレはカーテナを両手で握り締め、アラミスの突きを受け止める。
 圧縮魔力刃とおそらく射程を犠牲にして高圧縮射撃魔法がぶつかり合い、激しくせめぎ合う。
 結果はアラミスの射撃魔法が消える形になったが、アラミスはすぐに次の突きを放つ。
 手数に物をいわせた攻撃を、オレは受け止め続ける。
 反撃の隙を与えない連撃だが、決定打も与えられない。
 アラミスもそれが分かったのだろう。先ほどより腕の引きが大きくなる。おそらく射撃魔法の威力も上がる。
 けれど、オレはそれを待っていた。
 その細剣が突き出される前にオレはアラミスを蹴り飛ばす。
 連撃で主導権を握ったつもりだったかもしれないが、元々、スピードで圧倒しているのはこっちだ。遅い方が溜めの大きい攻撃をするのは、接近戦じゃ致命的だ。
 蹴り飛ばされたアラミスは地面を転がり、腹部を押さえながらよろよろと立ち上がる。
 さっき斬った傷は深くもないが浅くもない。高速戦闘に、加速された蹴りを喰らえばダメージは広がる。
 それが分かったのだろう。アラミスとオレの間にアトスが立ちふさがった。右手には魔道書。左手には四十センチほどの両刃の短剣。大きなガードが付いているあれは。

「マインゴーシュか」
「そうだ。私は接近戦が、不得手でね」

 オレが言葉の途中でいきなり斬りかかるのを、難なくそれで受け止めながらアトスは喋る。
 負傷したアラミスにはポルトスが駆け寄っている。せっかく一人を追い詰めたのに、これでは期を逃してしまう。こっちには時間がないのに。
 オレはアトスに対して連続で斬撃を繰り出す。
 上、下、横、斜め、突き。
 その全てを涼しい顔で受け止めたアトスの青い目を見て、オレは一度距離を取る。
 まだミーティアを使用してから一分ほどだが息が上がる。
 荒い息をつくオレに対して、アトスはやはり。と呟く。

「君には過ぎた魔法だ。加速魔法・ミーティア。使用者の体を一切顧みずに開発された速さを追い求めた魔法。安全に使うには相当な魔力をバリアジャケットに注ぎ込まなければならないだろう? あと数分で魔力が尽きる筈。数分では私もポルトスも倒せんよ。諦めたまえ」
「うる、さい!!」

 オレはアトスの背中に回り込み、首を狙う。
 今まで避けていた急所の攻撃だが、こいつにはそんなのは無用だ。間違いなく数段上だ。魔力も技術も経験も。
 オレの剣を受け止めるのに、アトスは加速魔法を使ってはいない。身体能力の強化はしただろうが、それだけで、あとは先読みで止められた。
 それに本人の言葉を信じるなら、こいつは接近戦は得意じゃない。大規模結界を張ったり、魔道書を使っているのを見れば、おそらく砲撃系か広域系の遠距離が得意な筈だ。
 オレは一切迷わず、最高速度で右手のカーテナを振り抜く。
 アトスは背中に回ったオレへ左手のマインゴーシュを突き出す。
 防御の筈の剣を攻撃に使ってきた。
 オレは驚くが、更に驚く光景を見せられる。
 首と魔力刃の間に十個以上の小型のシールドが展開されていた。
 高圧縮の魔力刃はそれらを破っていくが、全てを破る事は出来ず、途中で止められる。
 そして、オレは腹部に鋭い痛みを感じて、アトスから離れる。
 ミーティアを使用するために強化していたバリアジャケットを突き破られ、オレはマインゴーシュに腹部を貫かれていた。
 横腹で臓器に傷は付いてないが、深い。危うく貫通する所まで刺された。
 左手で傷を押さえる。出血も今の所はそうでもない。
 だが。

「その傷で加速すれば悪化してしまう。わざと急所を外したのは分かるだろ? 諦めるんだ。君にはその戦術、対ベルカの騎士戦術・ドレッドノートは使いこなせない」
「なっ!?」

 どうしてそれを。と言う言葉が出かけるが、腹部の痛みに邪魔される。
 アトスはそんなオレの様子を見て、マインゴーシュを鞘に収めると、はやてさんを寝かせてある方向へ歩き始めた。



[36852] 第十一話
Name: お月見◆31209bc4 ID:2a54bc87
Date: 2013/03/07 23:37
 オレは痛みを無視して、アトスとはやてさんの間に移動する。
 加速のせいで、腹部からの出血が増す。

『相棒! この傷じゃ無理だ!』
「うるさい! 無理でも無茶でもやるんだ!」
「それを無謀と呼ぶのだよ。人は」

 アトスはそう言うと嘆息して足を止める。
 オレはゆっくり空気を吸い込むと、それを同じくゆっくり吐き出して気持ちを落ち着かせる。

「ドレッドノート。開発者はヨーゼフ・カーターとギル・グレアム。中、近距離戦で爆発的な力を発揮する騎士を抑える為に、ミッド式の特徴である距離と汎用性を捨て、ミーティアと高威力の近接系魔法に限定した、ミッド版の騎士の戦術とでも言えるモノ。魔力、体力を大きく消耗する代わり性質上、短時間ならベルカの騎士も圧倒できるが、開発者であり、一番の使い手であるヨーゼフ・カーターですら、後ろに信頼できる魔導師が居る時にしか使用しなかった戦術でもある」
「詳しいな……」

 オレはそう言いつつ、バリアジャケットの防御力を上げる。
 最高加速による全力でアトスを倒し、油断しているポルトスに奇襲する。
 完全な奥の手をオレは使う。魔力と体力は底をつくが、ここからはやてさんを攫う事さえ諦めさせられればいい。ならば手傷を負わせるだけで充分だ。
 今のオレにできるのはそれだけだ。

「対ベルカの騎士のエキスパートであるヨーゼフ・カーターの戦術だからな。我々には天敵以外の何者でもない。まぁ君の実力では天敵には成りえないがね。ドレッドノートの真骨頂はミーティアによる最高加速の連続。それで仕留められれば良し。仕留められないならば、後ろの魔導師に仕留めさせる。君の実力では最高加速の連続は厳しいようだし、そもそも剣の腕、体の捌き方、経験、そう言う君個人の技術が魔法と戦術に追いついていない」
「弱いとでも言いたいか?」
「違う。未熟を知れと言っている。ドレッドノートはその危険性とヨーゼフ・カーターの無茶な戦い方と掛けて、ドレッドノート(恐れ知らず)と名づけられた。確かに今の君は恐れを知らず、ドレッドノートを体現しているように見えるが……それは勘違いだ。無謀な特攻に」
「はぁぁぁぁ!!」

 オレはアトスの言葉が終わる前にアトスに最高加速による突撃を仕掛けた。
 僅かな助走でオレが出せる最高速度に到達する。これならアトスのマインゴーシュが鞘から抜かれる前にたどり着ける。
 ガラティーンにもできる限りの魔力を込めた。先程の多重シールドだって斬る事はできる。
 狙いは胴体。
 右下から首を狙う軌道で行きつつ、肩口で無理矢理、体を左へ捻り、両手で持っていたカーテナから左手を離して、半ば回転するようにして、軌道を左下へ移す。
 このまま肩から横腹までを切り裂かれれば、この男も表情を変えるだろう。
 オレは右手一本でカーテナを振り下ろし、自分の勝利を確信した。

「大したモノだ。だが、私の前でミーティアの加速を見せすぎたな」

 アトスの魔道書が光りを放ち、オレの右手にバインドが掛かる。
 超加速をいきなり止められたオレの右腕は、強化していたバリアジャケットの許容も超えて、尋常じゃないダメージを受けた。

「っ!?」
「最高速度で突っ込んでくる事は予想できた。数度見れば最高速度の予想もできる。後はトラップ式のバインドを仕掛けておけば、君が勝手に自滅する」

 右腕が焼けるような感覚がある。痛いよりも熱いと言うのが先行した。感覚が無く、カーテナを手放してしまう。
 アトスの言葉は殆ど耳に入ってこなかったが、オレは気にせずに何とか左手を動かす。

「覚えておきたまえ。切り札は最後に取っておくものだ」
「ああ。わかってるよ!!」

 オレは左の腰にあるフォルダーからもう一本のカーテナを引き抜く。
 ありったけの魔力を込めた蒼い魔力刃がアトスの腹部に突き刺さる。

「オレは二刀流だ。滅多に使わないがな」

 アトスの口から血が溢れ出る。
 とっさとは言え、急所を外した。死にはしないだろう。
 オレは左手を引き、アトスから魔力刃を引き抜く。
 後、一人。

「なるほど。君の戦い方に違和感を感じたのは、魔力の消費を抑える為に、二本を一本にしていたからか」

 オレの後ろから声が聞こえる。
 有り得ない声だ。今、オレが魔力刃を突き刺したアトスの声だ。
 オレは目の前の口から血を流しているアトスを見る。
 徐々にそのアトスは消えていく。

「幻……術……?」
「切り札は最後まで取っておくものだ」
『相棒!!』

 オレの左肩に激痛が走る。
 見れば、マインゴーシュの刃が飛び出ている。
 刺された。左肩を。
 右が使えない状況なのに左まで負傷させられた。

「これでもう戦えないだろう。殺しはしない。教訓にすることだ」

 アトスはそう言うとマインゴーシュを引き抜く。
 オレの左手からカーテナが滑り落ちる。両の膝が落ちる。
 横腹、右手、左肩。
 あちこちの痛みで意識が遠のいていく。

「信頼できるパートナーがいない時にはドレッドノートは力を発揮しない。これからは一人で戦わないことだ」
「一人やない!!」

 聞こえた声が遠のく意識を引き戻す。
 意識と共に各所の激痛も戻ってくるが、どうにか首を動かして声のした方を見る。
 杖をアトスに向けているはやてさんがそこには居た。

「ブラックアウトダメージから短時間で復活するとは、流石と言うべきか」
「カイト君から離れるんや!」
「止めておけ。今の君に彼を巻き込まずに私を攻撃する事は出来ない。ユニゾンデバイスがいなければ、魔法の精密運用は難しいのだろ?」

 はやてさんは答えなかったが、すぐに魔法を撃たなかった事をみれば、それは間違っていないんだろう。
 まさか最後の最後で足手まといになるとは。
 もう魔力も体力も残っていない。ミーティアで離脱する事はおろか、走ってアトスから距離を取る事すら出来ない。
 意識はあるが、体が言う事を聞かない。

「八神はやて。君を守る為にボロボロになったこの少年をこれ以上、傷つけたくないのなら、杖を置き、私たちと一緒に来い」

 人質。
 管理局の人間が人質にされるなんて。
 普通の上官なら応じたりしないが、はやてさんはどうだろう。
 はやてさんとオレの目と目が合う。
 オレはゆっくり首を振る。
 ここではやてさんに杖を置かれれば、何の為にボロボロになったのかわからないし、なにより、後ろに居るアトスはオレを殺す気はない。
 おそらくはやてさんを傷つけるのにも乗る気じゃない。
 できるだけ傷つけないように、被害が少ないようにしている。
 それがどんな理由によるモノかは知らないけれど、アトスはそういう風に動いている。
 けれど、はやてさんは一瞬迷う。瞳が揺れている。
 杖を置く。そんな気がした。だから声を出そうとしたのに、声は出ない。
 腹部の傷が思ったより悪化してる。もしかしたら臓器もやられたかもしれない。
 もう少し余裕のある戦い方をするべきだった。
 今更、幾つもの後悔が襲ってくる。

「諦めろ。どう足掻こうと、君は闇の書の事件の憎しみからは逃げきれない。そういう運命だ」
『相棒!! 結界が!』

 オレのボロボロになった体をなんとか安定させる為に、体に残った微々たる量の魔力でバリアジャケットを保つ事に集中していたヴァリアントがそう声を上げる。
 結界の外から、尋常じゃない速度の光の矢が入ってくる。
 その後。すぐに結界がボロボロと崩れ去っていく。オレを足止めする為に張られたとは言え、相当な手練でなければ壊せない結界がだ。
 アトスもこれには微かに驚いている。

「ボーゲンフォルム……」

 はやてさんが呟く。そして、その言葉のすぐ後。上から炎を纏った一人の騎士が降りてきた。はやてさんの傍へ。

「その運命、避けられないならば、私が斬り捨てるのみ」

 来たのだ。はやてさんの本当の騎士が。
 オレのように気分だけじゃない。はやてさんの為に剣を振るい、傍に仕える古代ベルカの騎士。
 夜天を害する者を阻む雲。
 その騎士たちの将。

「烈火の将……シグナム……」
「シグナム!」
「遅れて申し訳ありません。主はやて」

 烈火の将ははやてさんを背中に庇うと、自らの剣をアトスに向ける。
 一方、剣を向けられたアトスは未だに無表情で、しかし、声には微かな驚きを含ませながら呟く。

「どういう事だ? 明日まではだれもクラナガンには来れないように仕向けた筈だが」
「まぁ。八神一尉の協力者には優秀な人間が居るってことだろうねぇ。守護騎士の肩代わりができるくらい」

 オレはこの場に不釣合いな声を聞いて、思わず痛みによる幻聴かと思った。
 しかし、アトスの言葉で幻聴ではない事が証明される。

「ランディ・ハルバートン。烈火の将も貴様の差金か?」
「まさか。僕の手は全て君に躱されたよ。来るだろうとは予想していたが、こんなに早いとは。嬉しい誤算だよ。これで君たちを捕まえられる」

 アトスは一瞬、オレを見た後、はやてさん達から距離を取る為に、アラミスとポルトスが居る所まで移動する。
 そして三人は離脱を図ろうとするが。

「おいおい。ウチの後輩を随分と虐めてくれたのに、挨拶も無しに帰る気か?」

 それを第二分隊の三人が囲み込む事によって阻止する。
 ガジェット・ドローンを叩いた後にすぐに来てくれたのだろう。三人とも肩で息をしているが、目は死んでいない。と言うか殺気立っている。
 先輩たちも来てくれた。そう思ったオレだが、実際はそれだけじゃないらしい。

『相棒。上を見ろ』
「? 頼もしい人が来たなぁ……」

 一つの分隊が空からやってきていた。
 四人編成の分隊だが、その先頭には見覚えのあるバリアジャケットを来た魔導師が居た。

「エースオブエース!? アトス兄さん、ヤバイよ! 戦技教導隊だ!」
「八神はやてを罠にハメたつもりで、罠にハマったのは私達だったか……」
「まぁ悪いようにはしないよ。君たちが依頼主について吐いてくれればね」

 後半の言葉は本当に部隊長なのかと思うくらい冷たい声だった。
 怒っている。
 どんな表情をしているか気になったが、オレにはそんな余裕はなかった。
 守護騎士も来た。先輩たちも来た。更にエースオブエースと戦技教導隊も来た。
 安心したせいか、どうにかつなぎ止めていた意識が離れていく。
 オレは離れていく意識を繋ぎ止めようとはしなかった。
 これだけの人間が居るのだ。次に目が覚めた時は病院のベッドの上で、事件も終わっている筈だ。
 オレはそう思いつつ、意識を失い、地面へと前のめりに倒れた。



[36852] 第十二話
Name: お月見◆31209bc4 ID:2a54bc87
Date: 2013/03/10 07:20
 目を覚ましたオレの視界に一番初めに入ってきたのは白い清潔そうな天井だった。
 寝ているのは同じく白で統一されているベッド。よほど疲れているのか、それともベッドが上質なのか、柔らかさが今までにない程心地良い。
 体には重度のだるさと微かな痛みが残っており、起き上がる気が起きない。その為、体を起こして場所を確認はしていない。
 だが。
 部屋には微かな薬品の臭いがする。独特な臭いと、静かなこの場所は。

「病院か……」
『正解だ。相棒。ちなみに今日は六月四日。時刻は午後の三時半だ。丸一日は寝てたな』

 合っているらしい。しかも丸一日も寝てたのか。
 オレはヴァリアントの声がしたので、首だけ動かして右を見る。
 カーテンの掛かった窓の下。棚の上に赤い菱形の宝石姿のヴァリアントが点滅しながら言う。

「はぁ……生きてんだな……」
『ああ。流石に駄目かと思ったが、相棒もなかなか運が良いな』
「みたいだな……」

 オレは全身から力を抜く。
 ヴァリアントと話した事で安心したからだ。力を抜いても受け止めてくれるベッドの柔らかさが非常に気持ちいい。
 このままもう一眠り行きたい所だが、幾つか聞かなきゃいけない事がある。

「あいつらはどうなった……? 依頼主について吐いたか……?」

 あいつらとは当然、アトス達の事だ。
 気絶したオレはその後の事を知らない。奴らが依頼主について吐けば、はやてさんを狙った人間について一気に調査できる。
 とは言え、守護騎士をはやてさんから引き離したとアトスが言っていたから、相当、管理局に影響を持っている人間の可能性が高い。あいつらの証言だけで逮捕できるかは分からないが、大体の的を絞れれば、徹底的に調査すればいいだけだ。
 そう思っていたのだが。

『相棒。冷静になって聞けよ。動くと体に悪いからな』
「何だよ……?」
『あの三人組は……逃げた』
「はぁ!? 痛って!!」
『だから冷静に聞けって言っただろ』

 思わず体を起こしたせいで、体のあちこちが痛む。特に横腹と包帯によってぐるぐる巻きにされた右腕の痛みはきつい。
 しかし、ヴァリアントはそう言うが、落ち着ける話じゃない。起き上がってみれば、ここが割と広めな個室だと気づいたが、それはどうでもいい。
 あの場に居たのは名の知れた面子だ。
 第二分隊だって陸士隊じゃ十分強い分隊だし、消耗していたとは言えオーバーSランク魔導師のはやてさんも居た。それに加えて、援軍として守護騎士とエースオブエースとまで呼ばれる高町なのは二尉率いる戦技教導隊の分隊まで来ていた。
 それから逃げる事ができる人間など、管理局にだって殆ど居ない筈だ。

「一体、どうやってだ!? 長距離転移でもしたのか……? いや、発動前に化物砲撃が来て終わりだ……本当にどうやって……」
『余程、エースオブエースの砲撃が恐ろしいと思ってるんだな。間違っちゃいないが。まぁ逃げられた理由は幻術だ』
「幻術!? あれだけの人間達を騙したってのか……!?」
『それが問題でな。今、色々と調べてるらしい。ちょっと間抜けに聞こえるかもしれないが、高町二尉が気づいた時には既に幻術だった。まぁあのアトスって奴がやったんだろう』

 言われたオレは唇を噛み締める。
 確かにアトスの幻術はまるで実物と変わりない。刺したにも関わらずオレは気づかなかった。まぁ血を流すなんて細かい所まで再現できる奴なら、エース級を欺いてもおかしくはないが。

『そう悔しそうな顔しなさんな。結果オーライではある。けが人は肋骨が折れた三尉と相棒だけだし、八神一尉は無事だ。まぁ、あの戦力で取り逃がした事に地上本部のお偉いさんはかなり怒ってるらしいが、部隊長のおっさんは、最優先事項の八神一尉の救出は達成出来たって、のらりくらりと躱してるみたいだぜ。あのおっさん。多分もう出世無理だろうがな』
「元々、部隊長は出世に興味はないさ。上に行けば行くだけデスクワークは増えるしな」

 そう言いつつ、オレは視線をヴァリアントから逸らす。
 まさか逃げていたとは思わなかった。
 強いとは思っていたが、アトスの底は知れない。
 とんでもない奴に挑んだものだが、そこより重要なのは。

「首謀者は分からずじまいか……」
『相棒……。自分が無事だった事を喜ぶべきだぜ? あのアトスってのはやべぇ。俺も前の相棒と色んな奴と戦ったが、奴はその中でも上位に入る強者だ。他の二人もまともに戦えば、相棒が全力でやったって間違いなく負ける相手だ』
「分かってる……。運が良かった。オレがここに居るのはそれに尽きる……」

 オレはそう言って俯く。
 アトスは勿論、アラミスだって不意打ちの傷が無ければミーティアを発動させた状態でも負けてた筈だ。それにオレのミーティアの発動限界は魔力が全開の時で五分。あの実力者たちなら、五分程度を凌ぐのは訳ないだろう。

「ヴァリアント。オレの戦闘時間は何分だ?」
『最初からなら三十分弱だ。それも移動時間を含めればだがね。あの三人組と接触してたのは七分強。喋ってた時間を含めなければ、実質戦ってたのは三分弱だ』
「三分弱か……」

 それはつまり、全力で三分しか戦えなかった事を示す。ミーティアを使えたのは一分強と言う所か。そして三十分という短い戦闘時間でオレは全ての魔力を使い切った。
 それらは由々しき問題だが、オレにとって最も問題なのは。

「三分しか守れなかったのか……」

 その三分にどんな意味があったのだろうか。
 あれだけの面子を揃えていたんだ。部隊長は端からクラナガンから逃がす気はなかったんだろう。
 奴らは逃げるにしても結界から出なければ行けない。
 オレがはやてさんを渡さないと決めて戦った時間は一分強。
 その一分があったから、烈火の将もエースオブエースも間に合ったし、先輩たちも来てくれたと捉えられるが、その一分強程度で奴らに何ができたかと考えると、非常に無意味に思える。
 その一分強で長距離転移の魔法を発動したとしても、自分と第三者を移動させるのは非常に時間が掛かる。奴ら三人ともが使えたとしても、はやてさんを連れて行かなきゃいかないから、一分強で転移できるかはかなり怪しい。
 オレが戦おうが、戦うまいが、結果は変わらなかった。オレの戦いは、オレの自己満足で、オレの傷は自業自得だ。
 まぁ喋ったりして七分の時間を稼いでいるのを考えれば、時間稼ぎは成功したんだろう。戦う必要はなかったが。
 オレは部隊長の言葉を思い出す。

「だから逃げろと言ったのか……」
「わかったようで何よりだよ」

 オレは聞こえた声の方向。病室のドアの方向を見る。
 いつの間にか部隊長が立っていた。考えすぎでドアの開く音が聞こえなかったらしい。

「ノックしたのだけど返事がなかったから入らせてもらったよ」
「あ、すみません……」
「気にしなくていいさ。傷は痛むかい?」

 部隊長に聞かれ、オレはいいえ。と答える。
 正直な所、ずっと痛みを感じているが、素直に痛みますと言うのはプライドが邪魔した。
 それを感じ取ったのか、部隊長は苦笑して言う。

「痛まない筈ないんだけどねぇ。ここの設備でも全治三週間らしいし」
「ここは?」
「聖王医療院さ。八神一尉のコネで入れてもらったんだ。彼女も昨日はここに居たんだが、今日は安静にすることを条件にミッドの自宅に戻っているよ」
「今日は誕生日らしいですからね……。親しい人と一緒に居たいんじゃないんでしょうか」

 言っていて何となく気持ちが落ち込む。理由は簡単。彼女の親しい人にオレが入っていないからだ。
 忸怩たる思いとはこんな感じだろうか。
 それとも嫉妬だろうか。
 微かに思ってしまった。命を掛けて守ったのに。と。
 すぐに自分の小ささを自覚する。
 なにより守れてはいない。オレは彼女の騎士のような気分で居ただけだ。
 はやてさんを守ったのは彼女の騎士と親友だ。オレじゃない。

「悔しそうだね……。そんなに何が悔しいんだい?」
「何が悔しいか……ですか?」
「うん。だって、八神一尉は無事じゃないか。君が必死に守った人が無事なんだ。これ以上、何を望むんだい? 僕はかなりいい結果だと思っているけれど」

 部隊長はベッドの横にある椅子に座りながら、満足気にそう言う。
 そりゃあ部隊長は満足だろう。
 色々、策を巡らしていたようだし、はやてさんを助ける事が第一に置いていたようにも思えた。それなら、部隊長の策は成功し、自分の目的を果たしたと言える。
 そこまで考えて、オレは自分がどうして悔しいのか分かった。
 結果的にはやてさんは助かった。その事には満足するべきだ。
 けれど。

「オレは……役に立てなかったので……」
「そうだね。元々、君を選んだのは八神一尉への配慮だ。同年代の方がなにかと気が楽だろうと思ってね。襲撃があれば逃げろと言ったのも、君の一人では一尉を襲撃する相手には敵わないと思ったからだ」
「……はい。その通りでした……」
「本当は君を一時離脱させた後、第二分隊の三人で足止め、君には後詰の部隊と共に救援に向かわせる予定だった。まぁそれは上手く行かなくて、第二分隊は護衛から引き剥がされたけどね。僕の策はそこまで。結果オーライになったのは本局のリンディ・ハラオウンが守護騎士と戦技教導隊を派遣してくれたからだ」

 部隊長は、やはり本局の人はすごいねぇ。と呟き、オレを見る。
 その顔はいつものとても頼りない顔の筈なのに、この人の実力の一端を見た後だと、実力を隠す仮面にしか見えない。
 オレが考えた事を分かったのか、部隊長は薄い髪を撫でながら言う。

「僕は臨機応変に対応するのが苦手でね。熟考し、これと決めた策を仕掛けるのは得意なんだけど、破られた時に対応できないんだ。だから極力リスクを削っていく。自分の部隊で実行か可能か検討して、行けると思ったら、周りの部隊への根回しから始める。そして、部下にギリギリの役目は与えない。僕は部下や市民を危険に晒さない事を最優先に置いてるからね。だから、今回は失敗とも言える。君に怪我をさせてしまった」
「オレが……部隊長の命令を聞かなかったからです……逃げなかったからです」
「それが失敗だったんだ。分かっていた筈なんだが、失念していたよ。君が諦めない事に関しては部隊一だと言うのをね」

 部隊長はため息を吐いてそう言った。
 そのため息は部隊長が自分に呆れて吐いたモノだとは分かっているが、あまり気持ちの良いものではなかった。
 表情に出てしまったが、部隊長は気にしないで話を続ける。

「君が少しでも親しくした人を置いて逃げる事を許容出来ない事は考えれば分かる筈だった。気が回らなかったのと、僕自身が諦めやすいからちょっと気付かなかったんだ。諦めない人間は、結果だけでは判断しないのだと。君は分かっているだろうけど、君が戦わずとも、八神一尉は助けられた。だから君が逃げたとしても変わりはなかった。でも君は良しとしなかった。例え一度でも彼女が敵の手に渡る事を、彼女を一時でも見捨てる事を、戦わず敵に背を向ける事を、君は許容出来なかった。だから悔しいんだろう?」

 部隊長はそう言って、優しげに笑うとオレの頭を撫でる。
 オレは当然の行動に戸惑うが、振り払う気にもなれなかった。

「君は彼女を守り、助けたかった。だからこそ戦った。それが無意味のような気がして、諦めないと、強く心に刻んで戦った事が無駄だったような気がして、強く強く思っていた分、悔しいんだろう?」
「……はい。悔しいです……! 大事な役目を任せてもらえなかった事も、信頼を勝ち取れなかった事も、全力を出して負けたことも、悔しいです! けど! あの時戦ったオレの決意が結果的に無意味で無駄だった事が悔しい!! そんな結果になってしまった自分の無力が、守ろうとした人も守れない自分の弱さが……憎らしいです……」

 涙が溢れてくるのを止められなかった。
 人の前で無くのはいつぶりだろうか。
 泣くほど悔しいと思ったのはいつぶりだろうか。
 強くなったつもりだったのに。これほど差を見せつけられたのはいつぶりだろうか。
 泣くオレの頭を撫でながら、部隊長は言う。

「そうだね。君は弱い。無茶や無理をすれば危険だ無謀だろ言われるほどに。でも、今回、君のその無謀な行いでも救われた人を僕は一人知っている」
「誰ですか……?」
「八神一尉だ。勿論、彼女の命を救ったのが君だと言うつもりはないし、君の行動は危険なモノだった。それは八神一尉も分かっている筈だが、彼女はここに運ばれるまで、目を覚まさない君の手を握りながら、何度もごめんとありがとうを繰り返し言っていた」

 それは初耳だ。自分も一度ブラックアウトダメージで意識を失ったと言うのに、オレにそんな事を言っていたのか。
 まずは自分の無事を喜ぶべきだろうに。

「彼女は闇の書に置ける全責任を背負うつもりでいる。それは一人で背負えるモノじゃない。だから、彼女を支える人達が居る。でも、それは親しい人たちだ。君のようにあったばかりの人の優しさは、慣れてない分、とても嬉しかったようだよ」

 部隊長はそう言うと、オレの頭から手を離す。オレの涙が止まっていたからだろう。
 オレは誰かに無駄じゃなかったと言って欲しかっただけだ。子供のように自分がやった事を評価して欲しかっただけなんだ。
 それに気づくと、何だか無性に恥ずかしくなる。
 そんなオレを気にせず、部隊長は胸のポケットから情報端末を取り出すと、椅子から立ち上がり、ヴァリアントの方へ歩いていく。

「ヴァリアント。これを読み取ってくれないかい?」
『はいよ。ん? 通信回線の番号か?』
「ああ。八神一尉の番号だ。君が目を覚ましたら渡して欲しいと頼まれてね。連絡してあげなさい。心配していては誕生日を楽しめない」

 部隊長はそう言うと病室から出ていこうとする。
 それをオレは思わず呼び止める。

「ぶ、部隊長!」
「ん? なんだい?」
「その、オレは……強くなれますか? 今よりも……ずっと強く……エースを守れるくらいに!」

 この人の見る目は確かだ。そうやって訓練校から引き抜いた魔導師たちはあちこちで活躍している。
 この人の目にはオレはどう映っているんだろうか。
 それがとても気になった。

「どうかなぁ。今の君の強さは、何年も君の師匠と共に駆け抜けてきた経験を持つ優秀なデバイス、師匠が使っていた魔法、そして師匠が開発した戦術。すべて師匠譲りだ。特にデバイスの補助は大きい。君自身の力は同年代の魔導師と大してかわらないと僕は思っている」
「それは……」
「君の強さはまだ借り物だという事だよ。ヨーゼフ先輩のね。まぁ君を引き抜いたのは先輩の弟子だからじゃない。見えたからだ」

 部隊長が師匠を先輩と言っているのは初めて知った。
 知り合いでオレと師匠の事を知っている事は告げられていたが、先輩と後輩だったのか。
 それよりも、大切なのは部隊長の見えたと言う言葉だ。

「それは強くなれる可能性がですか……?」
「違うよ。私は素質を見ている訳じゃない。見ているのは強くなる意思があるかだ。君にはあった。ただ、一つ言えるのは、君はエースにはなれないと思うよ」
「その域には届かないと……?」
「エースと言うのは遥か高みにいる人間への敬称だよ。それは実力以上のモノで所属している部隊、積み重ねた実績、称号。そう言う付加的なもので築かれる強き偶像がエースだ。だから、君がエースと呼ばれるようになるには今からかなりの時間が必要だろうね」
「なるほど……。オレは強さを象徴する称号だとずっと思ってました」
「間違ってないけどね。意味も通じるし。まぁ言葉の説明なんて仕方ないね。君が強くなれるかどうかは君次第だよ。今の僕にはこれしか言えないかなぁ」
「そうですか……。分かりました。ありがとうございます」
「気にしないでいいよ。とりあえずヨーゼフ先輩のモノを自分のモノにする事から始めなさい」

 部隊長はそう言うとオレに背を向けて病室のドアの方へ歩いていく。
 求めた答えを貰えたわけじゃないが、それを答えられる人はよく考えればいない。努力次第でどうにかなる。
 オレはそう前向きに捉えた。
 別にエースを守るのにエースである必要はない。

「……ああ! それと、君にはエースより似合う称号があるよ」

 部隊長はドアの前で思い出したように振り向き、オレにそう言う。
 オレは思わず身を乗り出して聞く。ちょっと傷が痛んだが気にしない。

「どんな称号ですか!?」
「君は知らないかい? その人が居れば困難な状況でも大丈夫と思える信頼を置かれた人間へ与えられる称号だ。エースが強い偶像なら、それは等身大の実像。その人の努力、行動を見た人たちが、確かな確証を持って信頼を預けられる。その人の諦めない姿に感化されて、自分も諦めないと思える。憧れじゃない。心強い戦友として、人はそう言う人はストライカーと呼ぶんだ。かつて、君の師匠もそう呼ばれていた。無茶で無謀な行動も、あの人がやれば勇気づけられた。それは信頼していたからだ。君もそれくらいになって欲しいと思っているよ。まぁあんまり無理も無茶もして欲しくないけどね」

 最後にそう付け足して、部隊長は笑顔で病室から出て行った。
 残されたオレにヴァリアントが声を掛ける。

『連絡するかい? あんまり遅いと向こうも迷惑だろ?』
「待った。ちょっと待ってくれ!」
『ああ。さっきまで泣いてましたって顔じゃまずいか。どうする? 痛みを我慢して顔洗うか? それともその顔で行くか?』
「……顔を洗う」
『やめといた方がいんじゃないか? 洗って戻ってくるまでに涙目だぜ?』
「うるさい!!」



[36852] 第十三話
Name: お月見◆31209bc4 ID:2a54bc87
Date: 2013/03/08 23:46
 結局、顔を洗うだけで二十分近くも掛かってしまい、その後も痛みでぐったりとしていたら、時刻は午後の六時に迫っていた。
 もしかしたらもう、誕生日会は始まっているかもしれない。流石に誕生日会の最中に連絡を入れるのは気まずい。だからと言って時間が経つのも気まずい。
 どうしようかとベッドにうつ伏せになって考えているとヴァリアントが声を掛けてくる。

『なぁ相棒。悪いんだが、もう時間も遅いから……』
「それが拙いんだろ。誕生日会の真っ最中だったら気まずいだろ」
『悪い。相棒。そうじゃなくてだな……』
「お前、主役が誕生日会そっちのけで通信してたら誕生日会盛り上がらないし、多分周りの人もいい気がしないだろ? ヤバイでしょ。あのメンツに睨まれるって」

 オレは布団を上から被ってガクガクと震える。
 大切な主の大切な日に、無粋な輩が連絡しようものなら、守護騎士たちは怒るに違いない。
 ダメだ。やっぱり連絡するのはやめよう。

『いや、相棒。とりあえず、こっちを向け。それが相棒の為だ』
「体が痛いから無理。それにあそこには多分、高町二尉がいるんだぜ? イラっときてここまで飛んできて砲撃されたらどうすんだよ。オレは無理だぜ。あんな砲撃食らったら生きてらんないよ。屋上に突き刺さるあれを見たとき、マジで管理局側で良かったと思ったもん。犯罪者だったらあれを喰らうんだぜ? 非殺傷でも死ぬっての」

 それを言い終わると、何故かヴァリアントが押し黙る。
 オレは枕に埋めていた顔を上げると、布団を剥いでゆっくりヴァリアントの方を向こうとして、聞こえてきた声に固まる。

『あかん!! なのはちゃん! 待つんや!! レイジングハート置いて!! 早まったらあかんって!』
『離して! はやてちゃん! これを許したらエースオブエースの名が泣くの!』
『めっちゃ小さっ!? それこそその名が泣くで!?』
『はやてちゃん。教導官は舐められたら御終いなの! きっちり力関係を最初に教えておくのが上手い教導のコツなんだよ!』
『今からするのは教導やのうて粛清や! そんな事やっとるから怖がられるんやで!』

 オレは耳に入ってきた声を両方知っていた。片方は一日半ほどパートナーだった今日誕生日の女の子だ。
 もう一人は恐怖と共に声が耳に残っていたから知っている。
 言葉のキャッチボールは一度。
 向こうは降伏勧告。こっちは了承と言う最初の会話としては恐ろしいモノだが、それ故、オレはその声を知っている。
 見たくない。けど見ないとおそらく、直接こっちに来る。彼女ならすぐに来るだろう。飛行許可が降りればだが。
 オレは恐る恐るヴァリアントの方を見る。
 画面が宙空に表示され、上には通信中のマークが。
 画面に映っているのは、焦った表情のはやてさんと杖を持ち、どこかへ行こうとする女の子の後ろ姿。

『悪いな。もう遅いから勝手に繋げてみたら、八神一尉がすぐに出ちまって……あれだ。相棒を一人にはしないぜ?』
「お前はバカか!! なんて事を! こんなボロボロの状態じゃ逃げられない……。終わった。短い人生だった。後、隣の病室の人ごめんなさい……」
『カイト君!? 布団に包まっとらんで弁解せな! このままじゃ、ホンマにそっちに行ってまうで!?』

 無理。声と言っている事が怖すぎてとてもじゃないけどそっちを見れない。
 思わず涙が出てきそうになる。何となく犯罪者の気持ちがわかった。毎日、こうやって怯えているんだろう。

『大丈夫だよ、はやてちゃん。隣に被害は及ばないように砲撃は拡散させずに集中させるから!』
『そう言う問題ちゃうわ! それに威力を上げてどないすんねん!? とりあえず杖をしまいや。まずは話し合いや!』
『うん。だからこれからお話してくるよ! 多分、終わったら私の事わかってくれる思うの!』

 絶対に分からない。話し合いに杖を持ってくる人の事なんて分かりたくはない。
 分かりたくはないが、だからと言ってこのまま分かり合えないままだとあの砲撃を食らう事になってしまう。
 部隊長も言っていたじゃないか。オレのコミュニケーション能力を買っていると。ここが力の見せ所だ。
 オレは震える体をどうにか布団から出し、画面の向こうにいる二人の少女を見る。
 オレは深呼吸をして、はやてさんの腕を振り払おうとしている微かに顔の赤い高町二尉を見る。
 もう完全に目が危ない人だ。いや、顔の赤さを見るに、どっちかって言うと。

「酔っ払い……?」
『ごめんなぁ。アルコールを間違えて飲んでから色々過剰反応気味なんよ……』

 はやてさんがオレの言葉を拾ってそう答える。
 管理局員なのに未成年飲酒はいいのかと思わんでもないが、間違えらしいし、まぁ良いだろう。
 それより、過剰反応しているだけなら手はある。神はオレを見捨てていなかった。いや、本当に殺られるなんて思っていなかったけど、教導隊スペシャルコースくらいなら有り得る気がしたから怯えてた。後、目が怖いから。

「高町二尉。よろしいでしょうか」
『何かな? リアナード陸曹。お話したいなら今からそっち行くから待っててね』
「いえ、さきほどの言葉、非殺傷でも死ぬと言う言葉ですが」

 はやてさんの顔が見る見る青くなり、高町二尉の笑みが更に濃くなる。おそらくどうやってオレに砲撃しようか考えているんだろう。多分、バインドからの砲撃だろうな。恐怖を味あわせる為に。
 しかし、それは実行されないことだろう。

「続きがあります。それは、そう思う程の威力がありながら、決して怪我をさせない高町二尉の技術の高さは流石! と言う事モノです。教導でも誰にも怪我をさせずに、しっかり威力を調節する優しさをみせる! まさに教導官の鏡だと自分は思っています!」

 過剰反応中なら褒めてやればどうにかなる筈。オレだったら褒め言葉としては受け取らないけど、多分この人なら。

『や、優しい? 教導官の鏡? 嫌だなぁ。リアナード陸曹。褒めすぎだよぉ。そんなに凄くないよ。私』
「いえ、ご謙遜なさらずに! 昨日も素晴らしいタイミングでの登場! 今日も友人の為に予定を空けたのでしょう? なかなかできる事じゃありません。味方として頼りがいがあり、尚且つ人間的に尊敬できる貴女は、まさに!」
『エースオブエース!! そうなの!! 私はエースオブエースなの!!』

 高町二尉はそう言うと、腕を掴んでいたはやてさんを振りほどいてどこかに行ってしまう。今の様子でこっちに来る事はないと思うが。

『あ~、そっちには行かんと思うから、安心してや』
「生き残った……すげー、オレ。交渉部隊に転属しようかなぁ……」
『あかんあかん。あれは酔っ払ったなのはちゃんやから成功したんや。普通なら怒っとるで?』
「冗談ですよ。オレはバカですから。交渉役なんて務まりません」
『せやな。自分で突入してまうんやろ?』
「そうですね。多分、そうしちゃうかもしれません」

 オレがそう言うと、はやてさんは顔を俯かせる。
 それがオレの言葉が原因だとは分かっているけれど、何て声を掛ければいいのか分からず、オレははやてさんが何か言うのを待つ。
 はやてさんは顔を上げずに小さな声で聞いてくる。

『傷……痛むん?』
「まぁ痛いですね。全治三週間らしいです。リハビリ合わせるともうちょいかかるんじゃないですか?」
『そうやろうな。血、めっちゃ出とったもん……。わかっとるん? 死にかけたんやで?』
「無謀だったと部隊長に言われました。オレもそうだったと思っています。ただ」
『ただ……?』
「はやてさんを渡さずに、戦った事は後悔してません。無駄だったとしても、無謀だったとしても、オレは守りたいと思った人を守ろうと思って、行動できた。だから、気にしないでください」

 オレが笑いながらそう言うと、はやてさんが顔を上げた。大きな目に一杯の涙が溜まっている。
 そんなはやてさんは何度か大きく息を吸って、自分を落ち着かせてから言葉を発する。

『気にするで……。カイト君が倒れた時、何度呼んでも起きへんから……私、カイト君が死んでまうんやないか思うて……! 怖かった! 私は誰かの犠牲の上でまで助かりたいなんて思わへん! それが私を心配してくれた人なら尚更や!!』
「はやてさん……」
『二度とせんで……。お願いや……』

 はやてさんの頬をゆっくり静かに涙が伝っていく。
 その涙を止めるのは簡単だ。頷き、分かりましたと言えばいい。
 けれど。

「約束はできません。オレは弱いですから。無茶も無理もしないと救えない。守れないんです。オレは目の前の誰かから目を逸らす事も、諦める事も出来ません……」
『分かる……分かるけど……』
「だから、強くなる事を約束します。怪我をしないくらい、はやてさんが見ていて心配じゃないくらい強くなります。なら、安心でしょ?」

 正直、そのレベルの強さが手に入るのはいつになるのか分からない。
 この人が心配せずに見ていられるレベルとはどれほどなのかも分からない。
 先輩達くらいか。それともはやてさんの守護騎士ほどなのか。はたまた高町二尉のレベルか。
 分からないけれど、努力する事だけは必ず約束しよう。その意思だけは。
 目に込めた強さを感じ取ったのか、はやてさんは何も言わず、肩を震わせながら静かに涙を流している。
 しばらくすると、はやてさんは手で涙を拭う素振りを見せる。

『約束やで……。強くなるって……』
「はい。約束です。強くなります。今回の事件で自分が弱いって事は十分分かりましたし、とても悔しかったですから。次はあいつらを必ず逮捕します」

 それは当面の目標としてはかなり高い目標だが、奴らを野放しにする訳にはいかない。
 今回の事件の黒幕もこのままでは終わらないだろう。そう言う意味では、まだこの事件は終わってない。
 オレが心の中で決意を固めていると、はやてさんが先ほどの震えていた声とは違う、明るい声で聞いてくる。

『カイト君。私、指揮官研修する言うたやろ? あれな。ミッドの104部隊なんよ』
「北部の? クラナガンからはそんな遠くないですね」
『せや。まぁ四月に居た部隊に出戻りなんやけどね。今回の事件で、研修予定だった部隊じゃ何かあった時にクラナガンから遠すぎる言われてもうてな。条件に見合う部隊が見つかるまでは私は104部隊や』
「でも異動が掛かってもクラナガンからはそんなに離れないんですよね? なら、また会えますね」
『せやねん! なのはちゃんもフェイトちゃんも最近忙しそうやから遊びにも誘い辛いし、近場に同年代が居るんはめっちゃ大切なんよ!』

 嬉しそうに言うはやてさんだが、それはオレを遊びに誘うと言う事だろうか。一対一は恥ずかしいから止めて欲しいけど、だからと言って、はやてさんの知り合いが来るのも困る。何となく有名人な気がする。
 いや、守護騎士たちが総出で来るかもしれない。美人に囲まれても全然嬉しくない気がする。寧ろ、胃が痛くなる気が。ハーレムなんてバカな事を言っていた時期があったなぁ。

「一ヶ月に一度、いや、二ヶ月に一度くらいにしてください。胃が……」
『なんでや!? ってかどないしたん!? いきなりお腹押さえて。顔色悪いで?』
「いえ、ちょっと想像したら胃が……」
『一体何を想像したねん!? まぁええわ。でも、休みが合わんかもしれんし、会えるのは二ヶ月に一回ってとこかも知らんなぁ』
「まぁ同じ事件を担当でもしない限り……いや、部隊長なら平気で出向させそうだな。どうしようかなぁ。出向って結果残さないと肩身狭いんだよな……」

 オレは色々先々を予想し、胃を撫でる。今は傷より胃の方が痛い。想像でこれだ。実際になったら胃に穴が空いてしまうかもしれない。

『大丈夫や。何かしてもフォローしたるから』
「何かする前提なのは何でですか? あ!」

 オレは会話に夢中で気付かなかったが、重要な事を忘れていた事に気が付いた。
 失敗だった。真っ先に言うべきだった。

『どないしたん?』
「いえ。その……お誕生日、おめでとうございます」
『ああ。ありがとうな。同い年の男の子に祝われるのはいつぶりやろか? 小学校の頃以来? いや、どうやろうか?』
「嬉しそうにしてくれるのは良いんですが。何も渡せませんよ?」
『物やないよ。気持ちや気持ち。あっ、でも、一つお願い聞いてもろうてもええか?』
「オレにできる事でお願いしますよ……?」

 オレはイタズラを思いついた子供のような表情を見せるはやてさんの様子にちょっと嫌な予感がして、若干引き気味で答える。
 はやてさんは笑いながら、めっちゃ簡単や。と言う。

『敬語とさん付け禁止や』
「いや、年上になったのにその要求ですか?」
『いやならええよ。カイト君の誕生日にプレゼントとしてその権利を送るだけやから』
「マジか……」

 この人を呼び捨てにしてタメ口にするのは抵抗がある。
 上官でもあるし、どうしても遠い人と言う印象がある。まぁそれが嫌だからこんな要求をしてきたんだろうが。
 ここで断っても、どうせ九月にはプレゼントとして送られるなら、たかが三ヶ月伸ばす事になんの意味があるのか。この人ならあれこれ理由を付けて押し切られそうだし。
 逃げる事は不可能。
 オレはそう判断し、分かりました。と呟く。

「敬語もさんも無しにし……するよ。はやて」
『せやせや。素直はええ事やで』

 危うく敬語を使いそうになって、途中で言い直す。改めて名前を呼ぶとちょっと恥ずかしい。しかし、はやてはそんな様子は無く、満足そうにして満面の笑みを浮かべている。

『あかん! ちょっとお喋りしすぎてもうたなぁ』

 オレは棚の上にある時計を見る。
 もうすぐ六時半になろうとしている。何だかんだで三十分ほど喋ってしまった。
 これ以上、誕生日の主役をオレが独占する訳には行かない。主にオレ自身の為に。

「じゃあ、切るよ? よい誕生日を」
『ありがとうな。カイト君。これからよろしゅうな!』

 はやては満面の笑みを浮かべてそう言った。



[36852] 第十四話
Name: お月見◆31209bc4 ID:2a54bc87
Date: 2013/03/10 13:10
 時空管理局・本局

 新暦71年6月10日。

 時空管理局の提督執務室。
 艦長として色々仕事が入ってきているが、この要件は外せない。
 三日に起きたはやての襲撃事件。
 本局を離れていた為、状況を把握出来ず、指示された通りにしか動けなかったが、一つ間違えばはやては攫われ、おそらく命を落としていた。
 それもこれもこの執務室の主のせいだ。
 僕は心でそう呟くと、インターホンを押して、自分の名前と所属を告げる。

「艦船アースラ艦長。クロノ・ハラオウンです」
「クロノ? いいわよ。入って」

 わざわざ役職を告げて真剣さを伝えたにも関わらず、暢気な声が返ってくる。僕が来た要件は分かっているだろうに。
 僕はため息を吐くと、ドアの開閉ボタンを押す。

「失礼します。リンディ・ハラオウン提督。クロノ・ハラオウン艦長入ります」

 敬礼をする僕に対して、緑の髪をポニーテールにした女性、僕の母であるリンディ・ハラオウンは、僕に対して敬礼を返すべきなのだが。

「久しぶりの親子の再会なのに無粋よ。クロノ」
「僕の記憶が正しければ、ここは管理局本局の執務室で、あなたは仕事中の筈ですが」
「私の執務室だもの。私が何をしようと勝手よ。久々に会った息子に敬礼だなんて、そんなの嫌よ」

 いじけたように唇を尖らす母さんに僕の苛立ちが増すが、僕はそれを必死に抑えた。
 ここでいつものように母さんのペースに乗せられると、大事な事が聞けなくなる。

「ではご自由に。今日は聞きたい事があって来ました」
「冷たい子ね。はやてさんの事よね? フェイトも私の所へ来たわ」
「なるほど。それでフェイトは納得しましたか?」
「ええ。いきなり来てごめんなさいって言って帰って行ったわよ」

 まんまと丸め込まれたか、妹よ。
 僕は母さんの笑顔を見ながらそう察する。フェイトは優秀だが、この人の裏を読むには経験が足りない。多分、事実を告げられ、それを納得させられたに違いない。
 だが、僕が知りたいのは真実だ。

「フェイトには何と? あの子も執務官です。ただ事実を述べて、納得した訳じゃないでしょ?」
「そうね。最終的な決め手は、私が戦技教導隊とシグナムさんを向かわせた事かしら。信じてくれたわよ? 私が意図してあの事件を起こしたわけじゃないって」
「僕はそこまで言うつもりはありません。ただ、何故、はやてを止めなかったんですか?」

 特別捜査官は本局地上部隊の所属であり、事件の情報を受けた時に本局に居たはやてを止める事は、顔の広い母さんなら出来た筈。

「フェイトには、直属の部下じゃないはやてさんを止める為の根回しする前にはやてさんが地上に降りたって言ったのだけど」
「僕がそれを信じると? 確かに特別捜査官は独立色の強い役職ですが、あなたなら止められた。言葉で止められないなら、圧力でも何でもできた筈です」
「まぁ否定はしないわ。止めようと思えば止められたのは事実。ただ、止めてどうすると言うの?」

 僕は母さんが口にした言葉の意図に気づいた。
 なるほど。と思う。確かに、今回止めた所で意味はない。

「ヴォルケンリッターをはやてさんから引き離したのは、はやてさんを恨んでいる人たちじゃないわ。彼らは普通の管理局員。ヴォルケンリッターの力が必要な事件が起きたから、力を借りただけ。それはつまり、ある場所で一定規模の事件が起きれば、ヴォルケンリッターがはやてさんから離れざるおえないと知っていたと言う事、それは、当時の本局に居る魔導師を把握していたと言う事」
「内部を知っている人間が関わっていると?」
「間違いないわ。だから止めなかったの。私が今回力づくではやてさんを止めれば、今度は私もはやてさんの傍から引き剥がされるわ。後手後手なのは分かっていたけれど、だから止めずに、次善策としてシグナムさんの所に、本局へ帰港中のあなたのアースラを向かわせ、シグナムさんを任務から外して、任務帰りで待機中だった戦技教導隊のなのはさんとその分隊と一緒に向かわせたの」

 言い終わった母さんは疲れたように座っている椅子の背もたれに体重を預ける。 確かに筋が通っている気がするけれど、何となく都合が良すぎる気もする。何より母さんが後手に回ったと言うのが怪しい。この人がヴォルケンリッターを引き離す動きに気づかないなんて。

「ヴォルケンリッターに出動要請が掛かった時点で気付かなかったんですか? 本局に全員が揃っている事なんて中々無い事です。把握していてもおかしくはないでしょ?」
「フェイトは最初にそれを指摘してきたけれど。私は常に本局全体の動きを把握している訳じゃないわ。最初に第18管理世界の市街地に巨大な魔法生物が接近の報が入って、ヴィータさんとリインフォースⅡさんが出動。次に第37管理世界で大規模な火災が起きた発生して、シャマルさんとザフィーラさんに救援要請が掛かったわ。最後に執務官が追い詰めていた次元犯罪者がガジェット・ドローンを引き連れて、執務官と交戦したと言う情報が入って、高ランク魔導師に出動要請が掛かったわ。あの時、本局に居たSランクははやてさんだけ。そのはやてさんもま地上からの研修上がりで、所属は地上だったから手続きに時間が掛かってた。だからニアSのシグナムさんが向かったわ。この時点で、本局の全員が、はやてさんと一緒にシグナムさん達も本局に居た事にホッとしてたわ。最後にクラナガンでレリックらしきロストロギアの報。レリックが臨海空港の原因だって言うのはロストロギアを扱う特別捜査官は知っていたから、だれも行きたがらなかった。まぁ気持ちはわかるけど。そうしてはやてさんは一人で地上に降りたの。私が気づいたのはシグナムさんが出動した辺りだったかしら。貴方ならどうしてた?」

 問われて返しに困る。
 模範的な回答を求められている訳じゃない。どうするのが最善だったかを問われてる。僕なら。

「……母さんと同じようにするよ」
「あら。随分物分りが良いのね? 婚約した影響かしら?」
「そ、それは関係ないだろう!」

 からかわれているのは分かっていても反応せずには居られず、僕は顔を赤くしながらそう言う。
 既にペースは握られた。もう真剣な話は出来ない。

「話はおしまい? なら、後でフェイトとエイミィさんも呼んで食事をしましょう。私は幾つか案件を片付けるだけだけど、クロノは?」
「僕も大丈夫です」
「なら、片付いたら連絡して頂戴。あと、フェイトにも連絡をしておいて」

 母さんはそう言うと、無駄に張り切って机の端に置いてあった書類に取り掛かる。
 僕はそれを見て、そう言えばエイミィが幾つか書類を机に置いていた事を思い出す。あれは帰港の手続きの書類だ。すぐに終わらせないとまずい書類だ。

「では、失礼します。お忙しい所すみませんでした」
「あら? 別にまだ居ていいわよ? 話なら幾らでもあるし、そうだ。緑茶飲む?」
「失礼します!!」

 僕は一気にドアまで走って行く。
 ここにいてはあの味覚破壊の飲み物を飲まされてしまう。






 クロノが部屋を出てからすぐ、私は待機状態にしていた秘匿通信を再度開く。

「すみません。息子だったものですから」
『構いませんが、音声もオフして貰えると、凄く心臓に優しかったんですけどねぇ。息子さんも中々鋭いですなぁ』

 画面に映ったのは、小太りで頭皮も薄く、いまいちパッとしない眼鏡を掛けている男性。全くやり手には見えないが、この前のはやてさんの襲撃の際には、地上に降りたなのはさんやシグナムさんを速やかに現場へ誘導し、自身の部隊と共に犯人を後一歩まで追い詰めた人物。管理局地上本部で、レジアス・ゲイズが台頭する以前から現場で指揮を取っている古株。

「そうですね。特に今回ははやてさんが関わっていますから。あの子は三人の妹分には過保護なんですよ。ハルバートン三佐」
『あまり姓で呼ばないでくださると助かります。厳格そうなその姓が似合わないのは自分がよく知ってますから』

 ハルバートン三佐はそう言うと、照れたように薄くなった髪を撫でる。
 私はそれに対して笑顔で、分かりました。と言うと、若干真剣味を帯びた顔で聞いてくる。この人には私の笑顔は通用しないらしい。まだまだ昔と変わらないつもりなのだけど。

『息子さんにまで嘘をつく必要がありましたか?』

 目は中々に鋭い。
 英雄の後輩なだけあって、いろいろと修羅場をくぐり抜けてきたのかしら。後方の指揮官の筈なのに、数多の危機をくぐり抜けたような目をしている。

「嘘はついていないでしょ? 実際、気づいたのはシグナムさんが出動した辺りでしたし」
『確かに嘘はついていませんね。ただ、一つ事実を告げていない。前々から、反夜天派の行動が怪しい事を貴女は知っていた。当然、今回の事件も予想していて、幾つか対策も練っていた』

 言われた言葉に私は肩を竦める。
 敵の作戦が決行された日に気づいたのはシグナムさんが出動した時で間違いないけれど、それで抱いた感想は、罠にハメられた。ではなく、動いたか。である事は間違いない。もっと言えば、敵を罠にハメた気分であった。
 一体、どこから情報を持ってくるのか。
 私が反夜天派の動きを察知していた事は僅かな人間しか知らない筈なのに。

「広い情報網をお持ちのようで」
『ただの予測です。貴女の反応を見る限りでは当たっていたようですが』

 してやられた。
 そう思い、私は思わず苦笑する。
 はやてさんが地上に居る以上、バックアップは必要と思い、今回の事件で実力を示したこの人に秘匿回線で繋いで見たけれど。
 最初は上手く扱えるかと思っていたのに、中々どうして食えない人。
 レジアス・ゲイズに睨まれないように、無能を装いながら地上で色々やっているだけあって、この手の話も得意なようね。

「ええ。正解です。どうしてお分かりに?」
『あの事件が起きた時、あなたと繋がりのあるグレアム提督の教え子や友人、あなたの個人的な知り合いである高町二尉や戦技教導隊の隊長、そしてあなたの息子さん。中々揃うもんじゃない人間が偶然揃っていた。怪しみますよ。まぁおかげで部下を死なせずに済みましたが』

 全て正解ね。
 本局に残っていたのは、はやてさんに好意的な人間ばかり。そしてなのはさんを上手く任務帰りで待機させるように仕向けていたのも事実。
 クロノのアースラの帰港タイミングを合わせたのも間違いじゃない。かなり偶然ではあるけれど。
 私は最後の言葉に対してだけ答える。

「はやてさんのサポートについていた陸曹の事でしたら、謝罪致します。巻き込んでしまって申し訳ありませんでした」
『気になさらず。あの子が八神はやてと出会ったのは運命なのかもしれませんし。それは置いておいて、この後どうするおつもりで? 流石の貴女もあの戦力で逃げられるとは思わなかったのでは?』
「そうですね。相手の作戦を利用したつもりでしたが……まぁすぐには行動出来ないでしょう。雇っていた傭兵の行動を探れば絞れますし、今は時間を掛けます」
『なるほど。それでしたら、私は八神一尉のバックアップに回る役目をお受けいたします。ただ、二度と囮にするような真似はしないで頂きたいですな』
「分かっています。それでは、また」

 私はそう言いながら通信を切る。
 最後の言葉は脅しね。次は無いと言う事かしら。
 確かに囮のように使ったのは事実。
 私としても危険に晒すつもりはなかったのだけど、敵も中々優秀で、思った通りにはいかなかった。なにより、あの一回で一網打尽にするつもりだった。

「クライド……あの子を守るのは大変そうよ」

 今は亡き夫に対して、そう呟く。
 夫の死は闇の書による事は間違いないけれど、はやてさんが主となったからこそ、これからも続く筈だった悲劇は回避された。だから彼女は守ると誓っているし、何があっても守る。
 けれど。

「私は関われたから良いけれど……他の人たちはどう折り合いをつけるべきなのかしらね」

 私には分からない。
 はやてさんも被害者ではある。けれど、彼女はヴォルケンリッターを残してしまっている。ヴォルケンリッターに大切な人を殺された人たちだっている。そう言う人たちほど、反夜天派に属している。
 幼い少女に責任を負わせる事は間違っているとは分かっていても、それでも憎しみのはけ口は必要だった。なにせ、もう闇の書が暴走する事はないのだから。
 いっそうのこと、闇の書が未だに暴走していれば、彼らもこのような事は起こさなかっただろうに。
 闇の書の暴走が終わり、夜天の書として新たになったからこそ、今、新たな犯罪者が現れた。今まで被害者だった者たちだ。
 彼らを捕まえたとして、どう気持ちに折り合いをつけろといえばいいのだろうか。犯罪者として裁くのは簡単だが。

「家族としてヴォルケンリッターを受け入れる代わりに、闇の書事件の全てを受け止める……子供に言わせた時点で私たち大人の負けかしら」

 ヴォルケンリッターについて裁判の時にはやてさんが言った言葉。決して軽い気持ちで言った訳じゃない筈。
 例え主の命令であっても犯罪は犯罪。だから管理局に所属し、世界への貢献を義務付けられた。それは高ランクの魔導師を手に入れたい管理局の方便ではあるが。

「後は再び敵に回られたら厄介と言う事よね」

 ヴォルケンリッターと魔導師として覚醒した時点でSランククラスの魔力と強さを誇っていたはやてさんが敵に回れば、管理局は精鋭を送り込まなければならなくなる。
 だからこそ、受け入れられた。そしてそれを受け入れられない人も居る。
 私たちの敵はその受け入れられない人たち。そしてその人たちの憎しみ。
 気持ちは分かる。更に厄介なのは、犯罪は犯罪と言う言葉を使えば、向こうも同じ事を言ってくる事だ。
 捕まえて終わりではない。捕まえた犯罪者に納得を与えるのも仕事の内だ。

「私も表立って動かなきゃかしらね」

 とりあえず、今は目の前の仕事を終わらせて、可愛い息子と義理の娘、そしてこれから娘になる予定の子たちと食事を楽しむ事を考えましょう。
 私はそうして仕事に取り掛かった。



[36852] 《第二部》第十五話
Name: お月見◆31209bc4 ID:2a54bc87
Date: 2013/03/10 13:38
 新暦71年9月3日。

 首都クラナガン。北地区。

 首都に配属される陸士隊は、陸士隊の中ではエリートと思われているようだが、実際は違う。
 地上本部のお膝元であるクラナガンでは、レジアス・ゲイズ中将の徹底戦略による犯罪撲滅が叫ばれており、当たり前だが、部隊の管轄区域での犯罪減少率と検挙率がそのまま部隊の評価へ繋がる。その為、どの部隊も犯罪を減らす為に見回りを増やしたり、実働要員の自由待機を増やしたりしていて、首都配備の陸士に休暇らしい休暇は事実上無い。
 そう今のオレみたいに。

「こちら陸士110部隊第二分隊のカイト・リアナード陸曹です! 状況を!」
『こちら陸士203部隊司令部。こちらの管轄区域で発生した強盗事件の犯人がそちらに向かっています。そちらの管轄区域に入った後に確保を』
「了解! 情報をこちらの司令部へ転送してください!」

 オレはそう言うと、上は白の七分丈のカットソーにベスト、下はベージュのパンツと言う私服姿で全速力で走りつつ、声を大きくならないように文句を言う。

「管轄、管轄ってうるさいんだよ! クラナガン全体が管轄だろ!」
『相棒。気持ちは分かるがなぁ。みんなラクしたいのさ。お前さん所の部隊みたいに、あちこちに応援回したり、こうやって他の部隊の尻ぬがいを率先してやる方が珍しいのさ』
「そのせいで便利屋扱いだ! 他の部隊は逃げ足が早かったり、ランクが高そうな犯人はウチに誘導してるって噂だぞ?」
『まぁあの部隊長の方針だしな。おかげで常に実戦経験豊富な練度の高い部隊になってるし、日頃の借りがあるから、大きな事件の時には周りの部隊は断れない。良い事だと思うぜ?』

 オレはそれには答えない。確かにヴァリアントの言葉は正しい。更に言えば、その方針にはオレも賛成しているし、いつもなら文句は言わない。
 けれど。

「今日ははやてが来るって言うから休みにしてたのに!!」

 オレは苛立ちを込めつつ、そう吐き捨てるように言うと、司令部から送られてきたデータにため息を吐く。

「魔導師でも無い人間に逃げられるってどう言う事だよ……」
『管轄区域ギリギリの宝石店だったのと、下手に怪我させたら問題ってのもあるか。これは完璧に押し付けられたな』
「気楽に言うな! くっそぉ、魔導師なら苛立ちと共に一発殴って終わらせようと思ってたのに!」
『危ない発言だな。おっ! 見えたぞ。どうする? 手加減して殴るか?』
「バカか! 怪我されても……困る! ヴァリアント! セットアップ!」
『オーライ』

 オレの体が光りに包まれ、青を基調としたのジャケットにズボン。そして黒いコートと言う服装に切り替わる。
 市街地で人通りの多い中、いきなり服装を、しかも目立つモノへと変えたオレに道行く人々がギョッとした顔をするが関係ない。
 前を走る白のタンクトップを着た男へオレは一度警告する。

「時空管理局だ! 前を走るタンクトップの男! 止まりなさい! 止まらない場合は実力行使に出る!」

 数秒待っても止まらない為、オレは内心でため息を吐きつつ、右手を男へ向ける。

「ワイヤーバインド」

 魔法陣が展開され、蒼いバインドが出現する。
 男の胴体に巻き付いたバインドを、オレは軽く引っ張る。
 軽くとは言え、魔力で強化されている為、男が体勢を崩す。このまま倒れれば逮捕で終わりだが、怪我をされても困る。
 オレはスピードを上げて、男が仰向けに倒れる前に肩を押さえて、一言呟く。

「強盗の罪により逮捕するっと。詳しい話はこれか担当が来るからそれに話をしてくれよ」

 後半部分は男が手に持っていた袋を開けながら言う。
 中には金や銀の宝石類が入っていた。宝石店から奪ったモノだろう。しっかり調査しなければ分からないが、男の項垂れた様子を見れば、それは間違いないだろう。
 オレは短く息を吐き、担当者が来るまでの間、この犯人と何を喋ろうかと考えた。






 
 はやてが襲撃された事件から凡そ三ヶ月が経った。
 はやての新しい研修先は陸士108部隊に決まり、指揮官研修の傍ら、密輸品のルート搜索が得意な108部隊の捜査官たちレリックを追っている。多忙なせいでクラナガンには中々戻ってこれず、現在は108部隊の宿舎で暮らしてる。
 クラナガンにある自宅には守護騎士たちが住んでおり、何人かは、はやての地上勤務に合わせてクラナガンやその近辺の部隊へ転属になっている。
 せっかく家族で暮らす為に買ったのにと、週に二、三回来る連絡の度に愚痴られるが、それをオレに愚痴られても仕方ない為、毎度毎度、オレは対応に困らされている。
 あの事件からオレと会うのは二度目。一度目はオレの退院日。
 リハビリも兼ねていた為、退院には一ヶ月近く掛かった。それでも割と早いらしく、主治医には回復が早くても無理をしない事と散々言われた。
 その時は時間もなくて、会ってお互いの現状とこれからを話しただけ。
 つまり、友人らしい事をするのは今日が初めてなのだが。

「待たか……」
『デジャヴだな』

 強盗事件の後、はやてに連絡を入れたオレは、クラナガンの北地区。つまり、110部隊の管轄からあまり離れていない所で会いたいと言い、有名な喫茶店で待ち合わせたのだが。

「予定じゃ十一時には着く筈なのに……」
『また迷子の相手でもしてんじゃねぇか? 前と違って飲み物も飲めるし、食べる事もできる。いいじゃねぇか』
「この喫茶店で一人って言うのが気まずいんだ」

 前は確かに任務だった為、常に出口を張っていなければならなかった為、飲み物も食べ物も食べれなかった。所詮一時間半程度だった為、飲み物にも食べ物を食べたいと強く思う事は無かったが。。
 今回はそれに比べれば、美味しい飲み物もあるし、美味しいデザートや軽食もある。しかし周りの視線が痛い。
 オープンテラスの席を取ったのが間違いだった。
 時刻は既に十二時半。席についたのが十時半だったので凡そ二時間。
 クラナガンでも有名な為、カップルもよく来るこの喫茶店のオープンテラスで二時間。一人でコーヒーを飲んでいるのは流石に人目を引く。
 仕事をしててもこの店では人目を引くが、何もしてないのは更に人目を引く。周りからは待ち合わせと映るし、待っている時間を知っている人間からは、完全にデートをすっぽかされた男にしか見えないだろう。
 特にカップルの男からの目線がウザイ。その勝ち誇った顔は何だ。
 苛立ちが増すが、それは決して表情には出さない。はやてが来た時に明らかにイラついてる顔は拙い。

「ヴァリアント。まだ連絡はつかないのか?」
『何度コールしてもダメだ。まぁ何か事件に巻き込まれたって事はないだろ。今日はユニゾンデバイスと一緒だって言ってたしな』
「それもそうか。ユニゾンすれば高町二尉にだって負けないって言ってたし、分断されなきゃ無敵に近いか」
『まぁあのちびっ子がヘマしなきゃだがな』
「でもあれでオレと階級一緒だぜ? いや、空曹だし、部隊での重要度で言えばオレより上だ。精神年齢はかなり幼いけど、ヘマはしないだろ」

 オレはそう言いつつテーブルに置いてあるコーヒーカップを持ち上げようとして、止めた。
 何となく聞き覚えのある声が聞こえたからだ。でも直接聞いた事のある声じゃない。通信越しでだ。勘違いの可能性もある。もしかしたら似ている声かもしれない。
 本当に嫌な予感が湧いてくる。しかも声が殆ど泣き声だ。

『おい。相棒』
「言うな。多分どこかの子が迷子になってるだけだ。オレは関係ない」
『こっち来てるぞ』
「なに!?」

 オレはそこで泣き声がやけに近い事、そして結構な速さで近づいている事に気づく。
 拙いと思って、泣き声の方向を見ようとしたが、それは無理だった。
 左から来た何かが側頭部に直撃した。それの勢いがありすぎて、座っている椅子の左側が浮く。当然、オレの頭も結構右側に流された。

「リアナード陸曹ぉ! 大変です~! はやてちゃんが! はやてちゃんが!!」

 頭に抱きついている小さいのが周りを気にせず泣き喚くので、周りの目が痛いしウザイ。
 特にカップルの男の方の、待ち合わせ相手、それ?と言う目はかなりウザイ。今に見てろ。
 しかも喚いてる内容的に相手をしなくちゃいけない。

「はやてがどうした? リインフォース」
「はやてちゃんが迷子になったです~!!」

 オレの側頭部に抱きついている身長約三十センチの青い髪の女の子。はやてのユニゾンデバイスで、管理局員としては空曹の地位を持ち、はやての補佐を務める女の子。リインフォースはそう言った。
 事実なら驚愕だが、おそらく違うだろう。迷子になったのはリインフォースの方だ。
 迷子はお前だと言ってやりたいが、それを言えばうるさく否定するのは目に見えてるので我慢する。
 オレはリインフォースを頭から剥がすと、テーブルの上に置く。
 リインフォースはオレが見下ろすのが気に入らないらしく、テーブルの上から浮かび上がってオレと同じ目線で留まる。
 これも視線を集めるが、気にしない。

「連絡は取れないのか?」
「それが……」

 リインフォースは背中に背負ってたいたある物をオレに見せる。
 それは剣十字のペンダント。はやてのデバイスであるシュベルト・クロイツと夜天の書の待機状態の姿だ。杖であるシュベルト・クロイツには魔法を発射すると言う杖以外の機能はないが、もう一つの夜天の書にはデバイスとしては基本的な通信機能が備えられている為、このペンダントさえあれば連絡は取れる。と言うか、連絡は全てこのペンダントを介して行われている。
 それをリインフォースが持っている。リインフォースは小人の姿であってもあくまでデバイスなので、これを持っている事になんの意味もない。
 だが、はやてがこれを持っていないのは拙い。なぜならセットアップ出来ない。砲身である杖がない。そしてはやての特徴の一つである多彩な魔法が記憶されている魔道書がない。
 はやては現在ほとんど丸腰だ。はやてが覚えている魔法を使う分には何も無くても使えるだろうが、効率は悪く、効果も普段より格段に落ちる。
 これは拙い。非常に拙い。
 近くまで来れば念話と言う手もあるが、オレははやてがどこに居るかわからない。どこに居るかわからない相手に念話を飛ばすには、まずサーチャーを飛ばす所から始めなければいけないし、遠くに飛ばすには魔力も居る。なによりオレはサーチャーを飛ばすのが得意じゃない。はやてならデバイス無しでもオレを特定して念話を飛ばせるだろうが、オレには厳しい。ここは人が多すぎる。不特定に聞こえる念話をばら蒔けば、すぐに同僚に捕まる。
 まぁそれは最後の手段で、今ははやてからの連絡待ちしかない。ここを動けば余計に混乱する。
 とりあえず。

「何でお前がそれを持ってるんだ?」
「気づいたら持ってたです~……」

 どう言う状況だ。
 魔導師が常に持ってる筈のデバイスを気づいたら持ってたって。幾らユニゾンデバイスでも有り得ないだろ。
 オレはリインフォースの話をあまり信用しないようにしようと決意して、他の事を聞く。

「どうしてはやては迷子になった?」
「気づいたら居なかったです~……」

 それは迷子がよく言う言葉だ。やっぱり迷子はこいつだ。
 はやてを心配するリインフォースだが、オレからすれば、こいつの将来とこいつで空曹が務まる管理局の方が心配だ。
 オレはため息を吐くと、ヴァリアントを呼ぶ。

「ヴァリアント」
『なんだ? このポンコツの扱いならわかんないぜ? 八神一尉に聞け』
「ポンコツじゃないです~!!」
「聞きたいのは山々だが、連絡が」
『カイト君。今、大丈夫かぁ?』

 かなりナイスなタイミングではやてから念話が飛んできた。
 オレはヴァリアントにリインフォースの扱いを任せると、念話に集中する。リインフォースにマルチタスクを使うのは馬鹿らしいしな。

『大丈夫じゃない。小さな空曹の相手で手一杯だ』
『やっぱり一緒なんやな。堪忍な。今から行くから待っててくれへん?』
『了解。じゃあ後で』
『うん』

 そう言ってはやてが念話を切る。
 オレはヴァリアントに言いように言われて若干涙ぐんでいるリインフォースに告げる。

「はやてから念話が来た。こっちに来るってよ」
「本当ですか!? 良かったです~」
『ポンコツに心配されるほど一尉は落ちぶれてねぇよ』
「なっ! またポンコツって言ったですね~!? リインはポンコツなんかじゃないです~!!」
「ヴァリアント。あんまりからかうなよ」
『はいよ。だとよ。悪いがポンコツ、お前さんの相手はここまでだ。後は相棒と喋ってろ』

 ヴァリアントはそう言うと黙り込む。
 リインフォースは何か言おうとするが、オレがメニューを差し出して遮る。

「リインフォース。何か飲むか? それともケーキでも食べるか?」
「飲むです~」

 リインフォースはそう言って、オレがテーブルの上に置いたメニューをじっくり見始める。
 オレはゆっくり深く息を吐くと、椅子の背もたれに体重を預けて、リインフォースに聞こえないように呟く。

「まるで子守だ……」
『子供だからな』

 音を絞ると言う器用な事をしながら、ヴァリアントがオレの呟きに答える。
 リインフォースが未だにメニューを見ている所を見れば、聞こえていないんだろう。

「どれくらい掛かるか聞くべきだったな」
『近いから言わなかったんじゃないか?』
「ヴァリアント、正解や」
「はやてちゃん!」
「リイン。もう、探したで~」

 オレは後ろから聞こえてきた独特のイントネーションを持つ女性の声に、背もたれに寄りかかったまま首だけ振り向く。
 そこには黒色の七分丈のパンツにピンク色の半袖のシャツと言う私服姿のはやてが居た。近寄ってきたリインフォースに抱きつかれて、笑顔を見せている。
 まだまだ気温も高いので季節感的には問題ないが。

「久しぶり。しかし、随分おしゃれだな?」
「お久しぶりや。そうやろうか? 別に普通やと思うんやけど」

 そう言うはやては自分の服装を見直しながら言う。手に持ってるカバンは前に言ってたリインフォース専用移動寝室、通称おでかけカバンだろう。
 オレには間違いなく気合が入ってるように見えるが、本人的にはそうでもないらしい。
 素材が良いからそう思っただけか。はたまた、オレとはやてのファッションセンスに差があるか。
 何となく後者な気がする。勿論、オレが下ではやてが上だが。
 多分、前者も含んでいるだろう。周りの視線が集まるのが分かる。
 さっきまでの可哀想な奴への視線じゃない。嫉妬やら羨望の視線だ。何と言う優越感。
 はやてがオレとは向かい側の椅子に座ると、その視線が強まる。先ほどウザイ視線を送ってきた男たちが一様に落ち込んでいる。
 勝った。
 全くオレの実力では無いが、間違いなく周りの男どもに敗北感を味あわせてやった。先程までの疲れも消えた。今なら幾らリインフォースが騒ごうが気にしない。

「ごめんなぁ。あっちこっち探し回っとったらこんな時間になってもうた」
「はやてちゃん。どうしていきなり居なくなったですか~?」

 全くしょうがないとでも言うようなリインフォースの様子にはやては苦笑しながら答える。

「ごめんなぁ。リイン」
『うっかりおでかけカバンをレジに置き忘れてもうてな。お店出る前に気づいたんやけど、リインとすれ違ってもうたんや』
『なるほど。カバンにデバイスを入れてたのか?』
「本当です~。リインははやてちゃんが居なくなったから必死で探したですよ~」
『せやねん。ネックレスを試着しよう思うて、外して入れといたらリインに引っかかってもうたみたいや』
「ほんま堪忍なぁ」

 マルチタスクで、リインフォースと喋りつつ、オレと念話で会話していたはやては、最後にそう言う。勿論、オレとリインに向けてだ。意味は違うが。
 時計を見ればもうすぐ一時になってしまう。

「昼食どうする?」
「せやなぁ。オライオンに行きたいんやけど……」

 距離的にはギリギリと言う所だ。基本的には完全休暇なので、どこに行こうが問題ないが、今日はマッシュ先輩も完全休暇で遊びに行ってるから、110部隊の戦力は低下している。
 まぁ分隊長とアウル先輩の手に余る事件が起こるとも思えないし、いいか。

「距離を気にしてんなら、別に構わないぞ……ああ、なるほど」

 はやての視線がリインフォースに向いたので、はやてが言い淀んだ理由がはっきりした。
 リインフォースを伴って、オライオンに行っても大丈夫かと言う事か。

「問題ないと思う。子供には優しい人だし」
「ホンマか!? ほな早速行こか!!」

 はやてはそう言うと嬉しそうに椅子から立ち上がった。



[36852] 第十六話
Name: お月見◆31209bc4 ID:2a54bc87
Date: 2013/03/12 11:05
 オライオンのドアを開けたらナイフが飛んできた。ナイフと気づいたのはオレの頭の横、二センチほど離れた所に刺さった時だ。今日はフォークじゃないらしい。
 全く見えなかった。毎回毎回、心臓に悪すぎる。オレが一体、何をした。

「何だ? クソガキか。マッシュの野郎かと思って投げちまったじゃねぇか。お前も含めて、ロクなのがいねぇな、第二分隊は」

 また謝罪がない。そして罵倒された。オレは何もしてないのに。
 二度目だから慣れたのか、はやては青ざめているリインフォースを肩に乗せながら店の中に入る。

「こんにちわ~」
「お! いつぞやの一尉じゃねぇか。今日はまた可愛らしい人形を持ってきたなぁ」

 はやての登場で、マスターの機嫌がすぐに良くなった。
 口元は笑っているし、声も弾んでいる。まぁそれでもサングラスとスキンヘッドのせいで威圧感は和らいでないが。
 人形と言われたリインフォースは否定をしない。そして全く動かない。こいつなら人形じゃないと騒ぐ筈だが。いや、人形ならば攻撃されないと思っているのか。
 だが、それもはやての一言で台無しになる。

「人形違いますよ~。なぁ? リイン」
「は、はやてちゃん!? リインの完璧な計画が……!」
「なんだ? 喋れるのか。一尉の使い魔か?」
「ち、違うですよ~。リインはユニゾンデバイスです~」
「ユニゾンデバイス? デバイスなのか? まぁ関係ねぇや。俺の店に来た以上は客だ。座んな。おい。クソガキ。お前もだ」

 言われたオレは、マスターの前の席にはやてより先に座る。

「今日は任務じゃねぇのか?」
「違います。だから先に座っても大丈夫なんですよ」

 からかうように言ってきたマスターは、オレの返しを聞くと、ニヤリと笑ってはやてへ視線を移す。
 はやてに視線を移した為、はやての肩に座っていたリインフォースが体をビクつかせるが、マスターは気にせず話をする。

「この前、雑誌で一尉を見たぜ。管理局若手三エースって特集でな」
「あ~。あれめっちゃ恥ずかしかったわ~。時たま広報から来てまうんですよ。任務扱いで」
「それで、だ。クソガキ。どうしてお前はそんな有名人と任務でもないのにお出かけしてるんだ?」

 オレはとっさになんと言えば被害が少ないかを考える。
 はやてと友人となった事は先輩たちにも話してない。と言うか一番知られたら拙い。どうするべきか。
 デートに誘われまして。冗談っぽく言えば行けるか。いや、はやての反応次第じゃめちゃめちゃ傷ついてしまうから止めよう。
 この前、友達になったんです。ちょっとストレートすぎるか。
 この前の任務の打ち上げです。これは間違いないだろ。嘘も言ってない。
 オレは任務の打ち上げと言おうとして、しかし、はやてに先を越される。

「この前の任務で友達になったんです」

 マスターの笑みが深まった。
 拙い。からかわれる。いや、それぐらいなら良いが、同僚に知れ渡るのは拙い。何とかこの場で終わらせなければ。

「おい。クソガキ。それ。奴らは知ってんのか?」

 声の調子が間違いなく面白がってる。
 奴らと言えば、間違いなく第二分隊のメンバーだ。
 知ってると言って、暴露されても困る。しょうがない。

「い、いえ。その……間違いなく制裁が来るので」
「間違いないだろうな。まぁ安心しろ。覚えてたら黙っておいてやる」
「しっかり覚えておいてください! はやてと友人って知られたら、間違いなく部隊内で広められるんですから!」
「なんや。ちょっと私と友達なのが嫌って聞こえるで?」

 はやてまで参加してきた。拙い。どうしよう。
 オレはマスターに向いてた体を横のはやてに向けると、真剣な表情で告げる。

「はやてと友達なのはすごく嬉しい。けど、はやては有名人なんだ。分かる? オレがその友達と知れたら、嫉妬やら不満で、オレはいろいろ大変になるんだ」

 あまりの必死さにはやては大きく目を瞬かせる。
 マスターはそんなオレをニヤニヤと見ながら茶化す。

「必死だな。クソガキ」
「当たり前でしょ!! あの部隊には常識人が少ないんです!」
「冗談やよ。そない本気で言わんでも……」

 はやてが苦笑しながらオレに言う。
 オレはそれを聞いて、疲れたとばかりにテーブルに突っ伏す。
 マスターをオレとはやてにコップに入った水を差しだすと、注文を聞いてくる。

「今日はどうすんだ? クソガキはカルボナーラだが、一尉とそこのユニデバはどうすんだ?」
「ユニゾンデバイスを略す人、初めて見たかも」

 オレはそう呟くが、すぐにユニゾンデバイスなんて見る事はないから当たり前かと思いなおす。
 古代ベルカの希少なユニゾンデバイスはそれ自体も珍しいが、それ以上に使い手であるはやての方が珍しい。ユニゾンデバイスには融合事故と呼ばれる危険性があるからだ。
 オレははやてを見る。
 それだけでも珍しいが、はやては古代ベルカ式の使い手であり、レアスキル持ちであり、おまけに夜天の王でもある。私有戦力であるヴォルケンリッターには絶対の忠誠を誓われ、現存する僅かなベルカの王として、聖王教会からも、管理局からも特別視されている存在だ。
 良くも悪くも有名。オレが知らないだけでいろいろと苦労もある筈だ。
 オレなんかが気安く名前を呼んでいいのかと若干思い悩んでいると、はやてが料理を選んだ。どうやらリインフォースははやてと一緒に食べるようだ。

「お! 漁師風のパエリアか。見る目が違うねぇ。どうしていつもクソガキとマッシュで連れてくる女のレベルがここまで違うんだ?」
「……オレに聞かないでください。ってか、マッシュ先輩がどうたらって言ってましたけど……?」
「ああ。あいつ。女を連れてきて、俺は常連だからなんて訳わかんない事を言いやがってなぁ。それは良いんだが、女の方が目も当てられないくらいセンスが無いんだ。言う事全部があんまりにも的外れだから怒る気にもなれなくてな。とりあえず最後に会計を済ませたマッシュにナイフを投げつけたんだよ。そのすぐ後、お前さんらが来た」

 相変わらず女の趣味が悪い奴だ。とマスターは呟いた後、料理に取りかかる。
 マスターは全く意図してないかもしれないが、さっきの言葉に爆弾が仕込まれていた。
 いつも、連れてくる女。この二つは拙い。繋がるとヤバい。
 どうか気づきませんように。そう思っていたオレにはやてが質問してくる。

「いつも女の人と来るん?」

 目の前でマスターが一瞬硬直した。この人でもしまったと思う事はあるらしい。全く救いにはならないが。
 こう言う時に嘘を言うのはいただけない。信用を失いかねない。なにより隠すほどの事でもない。
 だから、正直に言う事にした。

「陸士訓練校で同期だった奴とたまに……」
「ふ~ん。そうなんや」

 目を合わせてくれなかった。
 そしてリインフォースと会話を始めてしまった。
 オレはマスターを見る。マスターは口だけ動かす。
 すまん。
 悪いとは思ってるのか。
 しかし、勘弁してくれ。ちょっとしたジョークであって欲しい。オレの慌てる様子を楽しんでるだけであって欲しい。
 とてもじゃないが、この状況じゃ食事を楽しめない。






 楽しめなかった。
 大好きなカルボナーラも、一緒に食べる人の様子によっては味が分からなくなるという新発見があったが、知りたくはなかった。
 店を出る際に、マスターがオレの首に腕を回して、アドバイスをしてきた。

「あの服やら付けてるアクセサリーやら、確実に今日は気合を入れてるぞ」
「オシャレって言ったら、そうでもないって言ってましたよ?」
「今日、気合入れてますって宣言する女がどこに居る。とりあえず、他の女が気に入らんのは、ある意味、脈ありと言える。とにかく今は機嫌を直す所から始めろ。機嫌が直ったら褒めろ。だが自然にだ。外見も内面も気づいたら自然に褒めろ」
「めちゃくちゃ難しいですよ……」
「いいからやれ。とにかく機嫌を直すんだ。それが最優先だ」

 そう言ってマスターはオレの首から腕を離して、半ば追い出すように店の外へ追いやる。
 オレとしてはまず、機嫌を直す方法を教えてほしかったが、仕方ない。
 ここはオレの腕の見せ所か。
 とりあえず、最初に用意してあったプランは崩れたから、これからどうするかだ。

「はやて。これからどうする?」
「どないしようかな? 家に帰ろうか。リイン」
「はいです~」

 マジか。
 とりつく島がないとはこの事か。いや、本気で帰ろうなんて思ってる筈はない。久しぶりの休暇で遊びたいとも言っていた。
 さてどうするか。
 そう思ったオレに予想外の声が掛かる。

『相棒。通信だ』
「なに!? 誰だよ……」
『すまないねぇ』

 オレの顔の前に浮かび上がったモニターに部隊長の顔が映る。
 申し訳なさそうな顔を見ると、呼び出しだろう。

「事件ですか?」
『詳細は来てからかな。とりあえず前線の実働要員には強制招集を掛けてる。意味がわかるね?』

 強制招集は滅多に掛からない。それはつまり、休暇中、自由待機中の局員が必要になった。それだけの事件が起きたという訳だ。
 タイミングは最悪だ。個人的にだが。
 オレは了解。と敬礼して答えると、通信を切って、はやてへ告げる。

「悪いけど……家に帰るって案が採用かな」
「っ!?」

 オレの言葉を聞いたはやては目を見開いて、動揺を見せるが、こればかりはどうしようもない。
 オレも残念ではあるし、かなり驚いてはいる。正直、予定外だ。ただ、予想外ではない。
 クラナガンは数年に一度、部隊配置が変わる事がある。
 首都の犯罪を無くす為に、他の場所で優秀な結果を残した部隊が引っ張られてくるからだ。その為、首都に配備されている部隊の番号はバラバラだ。
 その中にあって、110部隊は八年前にクラナガンに配備されてから、ずっとクラナガンの担当からは外れていない。
 そんな部隊でも、相手が高ランク魔道士や大きな事件の時は部隊の総力を挙げなければいけない。それが地上の部隊の現状だ。
 地上の戦力はいつだってギリギリだ。いや、管理局の戦力はいつだってギリギリと言うべきか。
 組織がどうこう以前に、守るべきモノがありすぎる。
 限られた魔道師を主戦力として、広大な次元世界とその地上を管理し、守る。それが管理局の在り方。
 そして、その限られた魔道師である以上、文句もわがままも言えない。資質が無くて、前線で戦えない事を悔しく思っている奴らを何人も知っている。
 できればはやてにも来てほしいが、ここはクラナガン。縄張り意識とエリート意識の高い部隊が多く存在している。
 110部隊によその部隊に所属している高ランク魔道師が協力するのはさすがに拙い。なにより部隊長からの要請はなかった。
 それは110部隊で対処するという事だ。

「オレは行く。悪いけど、今日はここまでだ。時間が空いたら連絡するから!」

 オレは早口でそう言うと、走り出す。はやても管理局の人間だ。引きとめる事はしない。当たり前か。オレより管理局に居る年数は長い。

「カイト君! 気を付けてや!!」

 後ろから聞こえてきたその言葉に、オレは右手を上げる事で答えた。



[36852] 第十七話
Name: お月見◆31209bc4 ID:2a54bc87
Date: 2013/03/12 11:05
 最悪や。よりにもよって、こんなタイミングでカイト君が招集されるなんて。
 私はオライオンの近くにある公園のベンチに腰掛けながら、後悔の嵐に襲われとった。
 なによりも後悔してるのはオライオンでの態度。
 まさか女の子を誘って、あのお店に行ってるなんて思わんかったから、面白うなくて、めちゃめちゃ面倒な態度を取ってもうた。
 お店を出ても帰ろうだなんて、心にも無い事言うて、まさか本当にそうなる事になるなんて。

「口は災いの元や……」

 ため息が出てまう。
 リインはお出かけカバンで寝とるから、気にする相手は側には居らんけど、それはそれで寂しい。
 久しぶりの休暇。家族の誰かと予定が会えばと思うたけど、シグナムのヴィータも部隊が忙しいから戻ってこれへんかったし、シャマルは災害が起きた世界へ派遣。ザフィーラはシャマルの護衛。
 リインのんびりするのはええけど、遊びたい思うとったら、カイト君が。

「せや……わざわざ、予定合わせてくれんたやん……」

 ため息がまた出る。おまけに後悔の度合いが強うなった。
 せっかく休みを合わせてくれたのに、自分が楽しむ事しか考えとらんかった。
 時間にはめっちゃ遅れるし。

「服もオシャレ言うてくれたんに……」

 今日は気合を入れてた。フェイトちゃんとこの前、遊び行った時に買ったお気に入りの服や靴、アクセサリーで完全装備やった。
 あの時、せやねん。とでも言うとれば、褒めてもくれたんやろうに。そうでもない。なんて言うから微妙な反応されてまうし。
 あんまり楽しみにしてたのを表に出すのはよう無いって何かの本に書いてあったから実践してみたらこれや。全部、空回りや。一体、何がしたかったんやろ。

「せっかくの休み……潰してもうたな……」

 私のやない。カイト君の休みや。
 強制招集が掛かった時には代わりの休みが貰えるけども、それがいつになるかは事件の解決具合による。
 地上の、特にクラナガンの部隊は完全休暇は滅多に取れへん。窮屈なそれを嫌って、他に転属する局員も居るくらいや。次のカイト君の休みは一体いつになるか。
 そもそも、今回のカイト君の休みは、リハビリ明けからずっと休みが無いから言うて貰った休みや。当然、しっかり休むべき日を私に付き合ってくれたんに。

「もう~、あかん! 思考が悪い方へ行ってまう……」

 ベンチで一人呟く。公園には誰も居らんからええけども、他の人から見たら、完全に可笑しな人や。
 ここに来て、三度目のため息が出る。
 リハビリ明けのカイト君にしっかり休んでもらうって何で考えれんかったんやろ。そもそも、何で私が楽しむ事が前提やねん。
 いつも愚痴ばっか聞かせとるんに。今日はお礼くらいの気持ちでもええはずやったのに。

「何やっとるんやろか……」

 大きな事件が起きた事は確実。またカイト君が無茶する可能性もある。
 私の脳裏に血だらけのカイト君の姿が蘇る。頭を振っても消えへん。
 あの時のお礼も十分にしとらん。任務だったからと言って、何も受け取ってくれへんかった。
 また、無茶して入院するんやろうか。

「しそうや……」

 強くなると約束したけど、それには時間が掛かる。
 また、怪我をして、今度は目を覚まさなかったら。
 最悪の事態が起きたら。
 無いとは言えない。一度は死にかけてる。
 そしたら。

「最後があれ……?」

 カイト君との最後があんなモノなんて嫌や。
 カイト君が最後に思い出す私があんな私なんて嫌や。
 嫌やけど。
 もう遅い。要請が無ければ事件には関われへん。今はカイト君が無事で事件が終わる事を願うしかない。
 まだ、始まったばかりや。カイト君が前線に出ると決まった訳やない。そもそも、この前とは違う。あんな事が頻繁に起こるなんてありえへん。

「とりあえず……家、帰ろか……」

 前向きとは言えないけれど、どうにか悪い方向の未来を否定した私はおでかけカバンを手に持って、近場にあるレールウェイ乗り場に向かった。






 首都クラナガン、陸士110部隊隊舎。

 宿舎で急いで制服に着替えたオレは、隊舎の入口でマッシュ先輩とばったり合流し、二人並んで会議室へ走っていた。

「強制招集なんて珍しいですよね」
「それはそうっすよ。ウチの保有戦力は他の部隊と変わらないけど、それはランクの話だし。基本的に第一と第二のどっちかの分隊が居れば事足りるし」
「それで事足りないから、強制招集ですか?」
「そうとも言えないのが難しいとこっすね~。質より量が必要な事件もあるし」

 オレとマッシュ先輩は全部隊員が入れる大会議室のドアの前に着くと、一度、服の乱れを整えて、ドアの横にあるインターホンを押す。
 中から、どうぞ。と言う声が返ってくる。
 オレとマッシュ先輩は、背筋を伸ばし、ドアが開くと、一歩前に出て、それぞれ敬礼する。

「マッシュ・フェルニア陸曹長。入ります」
「カイト・リアナード陸曹。入ります」

 既に、後ろに行くにつれて高くなっている大会議室は人で埋まっていた。おそらく、オレとマッシュ先輩が最後だろう。
 そう思いつつ、背筋を伸ばす。オレとマッシュ先輩はしっかり背筋を伸ばしてるのは、緊急事態と言うのもあるが、ある人物が居るのが原因だ。
 部隊長の横。制服を見本のように着こなしており、背中まである長い青色の髪を後ろで束ねている長身の男性。ローファス・クライアン二等陸尉だ。
 綺麗と形容される容姿とその冷たさすら感じる落ち着きで、女性局員に人気のある人で、実務能力が皆無な部隊長の補佐官であり、実質的な部隊のリーダーでもある。
 年は今年で二十五。魔導師の才能を見抜くのが上手いとされていた部隊長が、新人の才能を見抜くのが上手いと呼ばれるようになったのは、このローファス補佐官が才能を発揮しだしてかららしい。
 その実力は折り紙付きで、緊急時の後方からの部隊指揮、通常時の部隊運営、予算獲得、部隊長が本来やる筈の仕事など、基本的に何でもやってしまう。クラナガンの他の部隊長は、ローファス補佐官が部隊長になるのを心底恐れていると言う噂だが、おそらく本当だろう。
 ローファス補佐官の青み掛かった黒い目が、オレとマッシュ先輩を見る。
 この人の目は鋭すぎて、毎回、毎回、見られると必要以上に背筋が伸びてしまう。

「今から事件の詳細を話します。すぐに席についてください」
「二人とも休暇を潰してごめんね。来てくれてありがとう」
「重要事件が起きた時の強制招集に応えるのは局員の義務です。給料を貰い、管理局の制服を着ている以上、一般市民の為に苦労を厭わないのは、当たり前です」
「ローファス君は厳しいねぇ」

 ローファス補佐官に言われても、全く頭に来ない。知っているからだ。この隊で一番、それを実践しているのがローファス補佐官だと。
 部隊長不在時にはローファス補佐官は休みだろうが、療養中だろうが呼び出される。部隊長が居る時でも、部隊長の実務能力の無さをフォローしつつ、自分の仕事を終わらせ、尚且つプラスアルファ、部隊内の不満の解決や本部の講習に出たりしている。そして、それをする上で、特別手当は貰っていない。当たり前だ。部隊長がする筈の仕事しているのだから。
 部隊長は当然、一般的な部隊長と同じ給料を貰っている。一方、ローファス補佐官は一般的な部隊長補佐では有り得ない責任を背負ったり、考えられない激務を毎日こなしているにも関わらず、給料は普通の補佐官と変わらない。
 不条理とはこの事だ。だから、ローファス補佐官をみんな尊敬している。
 不思議な事に、そんなローファス補佐官が部隊長を悪く言ってるのを聞いた事はない。仕事が終わってない時のスパルタぶりは半端ないが。
 師弟愛と言うべきか。
 そんな事を考えながら、第二分隊が座っている席につくと、分隊長が話しかけてくる。

「休暇中に災難だな」
「しょうがないですよ。運が悪かっただけです」
「そう思えない奴が一人居るけどな」

 分隊長は顎で後ろに居るマッシュ先輩の方を示す。
 後ろを見れば、隣に居るアウル先輩にマッシュ先輩が半泣きで愚痴をこぼしている。そう言えば、オライオンに女の人を連れてきたって言ってたな。マスターの口ぶりじゃ、また外見に惚れたんだろうけど。
 アウル先輩も適当にあしらっているし、気にしたら負けだ。
 オレは気持ちを切り替えて、ローファス補佐官の説明に集中した。

「先ほども言いましたが、今回の強制招集はミッドチルダ指名手配犯・デイビス・バッツがクラナガンの、我々の管轄区域で目撃された為、発動されました」
「デイビス・バッツ? 指名手配犯なら頭に入ってる筈なのに……」

 オレは覚えのない名前に首を捻る。それを聞いて、横の分隊長が小声で教えてくれた。

「お前が知らなくても無理はないさ。十二年前を最後に目撃情報はない」
「なるほど。リストの下の方ですね。そこまでは把握してないです」
「死んだんじゃないかとまで言われてた奴だ。指名手配を受けたのも十二年前。俺が陸士訓練校に入る前だ」

 随分、昔の奴が出てきたものだ。一体、どんな事件を起こしたのか。
 十年以上前の指名手配犯が現れただけでは、強制招集はかからない。せいぜい、警戒レベルが上がるだけだ。

「デイビスはAランク相当の魔導師ですが、特別、戦闘技能が高い訳ではありません。彼は転移魔法に特化した魔導師で、魔力量の関係で回数は限られてきますが、おそらく範囲はミッドチルダ全体。そして厄介なのはその発動の速さです」

 Aランク魔導師で転移魔法が得意ならば、ミッドチルダ全体はそこまで広い訳じゃない。ただ、その早さが問題なんだろう。

「彼が最も速く転移魔法を使ったのは十二年前。AAランクの管理局員に発見された時です。時間にしておよそ五秒。それだけの時間で、彼はクラナガンからミッドチルダ北部まで転移しました」

 僅か五秒での転移魔法発動。しかも長距離だ。
 無限書庫の司書長もかなり速いらしいが、それにしたって長距離転移を五秒じゃ行えないだろう。いや、可能かも。はやてが幼馴染みたいなモノって言ってたし。ってことはエース級三人の幼馴染と言うことだ。それくらいやりかねない。
 とは言え、その逃げ足の速さは厄介だが、一体、何をしたかだ。
 高度な転移魔法が使えるから犯罪なわけじゃない。何かをしたのだ。

「デイビスの罪状は殺人。十二年前、彼はこのクラナガンで十八人もの人間は殺害しました。その内、十六人が十代の女性。残りの二人は彼を捕まえようとした男性局員です。管理局地上本部の威信に掛けて行われた捜査と追跡により後一歩と言う所まで追い詰めましたが、転移により逃げられました」

 重苦しい空気が大会議室に流れる。
 事件を知らなかった若手は事件の重さに、事件を知っているベテランは当時を思い出して、黙り込む。
 説明を終えたローファス補佐官が一歩下がる。
 重苦しい空気の中、部隊長が口を開いた。

「これから捜査を始めるけど、相手は転移のエキスパートだ。慎重に行かなければならないし、厄介な事に、管理局地上本部は逃がさないために市民への警告をしないようだ。犠牲を出さずに捕まえろ。それが僕らに来た命令だ」

 明らかに士気が下がる事を言ってくれる。
 この場の全員の顔が暗くなる。
 ただ、ローファス補佐官は顔色を変えない。いつもクールで顔色なんて変えないが、部隊長が拙い事を僅かに顔に険を見せるし、何よりさりげなく止める。それがないと言う事は。

「本部は十二年前に傷つけられた威信を取り戻したいようだ。けれど、それは僕らには関係ないことだ。僕らがするべきことは市民の安全を守る事。法を犯した者を捕まえる事だ」

 そこで部隊長が言葉を切り、立ち上がる。当然ながら、この場に居る全員の視線は部隊長に集まっている。

「本部に言われるまでもない。当然、犠牲を出さずに捕まえる。被害者の無念を晴らす。各員、肝に命じるように。これは管理局の威信の為の捜査ではない。被害者の無念を晴らす為、これから起きるかも知れない悲劇を止める為の捜査だ。捜査開始!」

 その場に居る全員が立ち上がって敬礼した。
 勿論、オレもだ。

「了解!」

 こうして陸士110部隊の捜査が開始された。



[36852] 第十八話
Name: お月見◆31209bc4 ID:2a54bc87
Date: 2013/03/14 05:11
 捜査は開始された。開始はされたが、オレたち第二分隊にはやることがない。
 通常の捜査ならいざ知らず、隠密捜査をするのに、オレたちを使う訳にはいかないからだ。
 オレたちの仕事はデイビスが見つかってからだ。それまではやる事がない。
 そんなオレたちとは打って変わって、やることばかりなのは第一分隊だ。
 第二分隊は戦闘時の能力に重きを置いた編成なのに対して、第一分隊は捜査能力に重きを置いている。
 第一分隊の隊長と副隊長は捜査官であるし、他の二名も捜査官の補佐だ。
 敢えて、分隊の能力を偏らせる事で明確な役割分担をしているのが110部隊の特徴だが、第二分隊は捜査時には全く役に立たない。
 分隊長なら手伝えるだろうが、分隊に隊長がいないと、今度は緊急時に困る。なにより副隊長のアウル先輩に指揮能力は期待できない。指示は出せるには出せるが、後ろに居られても役立たずと言うのが、マッシュ先輩の評価だ。
 そう言う事情でオレたちに命じられたのは待機だった。
 訓練をしたい所だが、もしもがある為、許可が下りず、常に緊急出動に備えて、隊舎に居なければならない。オレにとって、一番、つらい時だ。
 先輩たちは経験から気の抜き方を知っているようだが、聞いても人それぞれとしか答えてはくれない。実際、その通りなのだろうが。
 隊舎にある待機室には今はオレしかいない。当たり前と言えば当たり前で、捜査が始まって、まだ三時間しか経ってない。いきなり見つかる訳もないし、見つかってもすぐに逮捕するかは分からない。
 できればAMFを使って追い込みたい所だが、AMFを展開出来る魔道師はなかなか居ない。あのガジェット・ドローンが欲しい所だ。
 あれこれ考えてはいるが、結局の所、何か考えてないと落ち着かないのだ。
 オレは座っている椅子の背もたれから背中を離し、両手を膝の上に置いて、ため息を吐いた。

『相棒。気を張っても仕方ないぜ?』
「分かってる。分かってるけど……」

 気を抜くなんて、とてもじゃないが出来ない。
 今も部隊の仲間が動いている。今も過去に殺人を犯した犯罪者がクラナガンに居る。
 もしかしたら、すぐ後に出動命令が掛かるかもしれない。
 もしかしたら、今、この時、誰かが被害に遭ってるかもしれない。
 それを考えれば、どうしても気が抜けない。

『相棒。相棒の心理状態は理解出来てる。そんな状態で悪いんだが、八神一尉から連絡だ。出るか?』

 待機中でも通信はしてもかまわない。だから、出れるには出れる。
 だが、あまり出たくはない。こんな不安定な自分は見せたくないし、思っても無い事を言ってしまいそうで怖い。

『出た方がいいと思うぜ。八神一尉は相棒が心配なんだろうよ』
「だから嫌なんだ。心配してくれてるのに、感謝出来そうにない」
『まぁ、相棒に任せるがね』

 通信モニターが浮かび上がり、コールが掛かっている事を知らせている。
 通話を押すべきか押さないべきか。
 先ほどまでの機嫌のあんまり良くないはやてだったら、間違いなく苛立ちをぶつける。それくらい神経質になっている。
 できれば諦めて欲しいが、いつまで経っても切れない。
 しょうがない。
 はやての機嫌が直っていますように。
 オレはそう祈りながら、通話を押した。
 画面にはやての顔が映る。

『あ! よかったぁ。今、あかんのかと思った』
「まぁ待機中だから、そんなに長く喋るのは拙いけど。どうかした?」

 はやては最初はビックリしたような顔をしたが、すぐに笑顔になる。
 とりあえず、機嫌はそんなに悪くないようだ。
 内心、ほっとしていると、はやてが気まずそうに話を切り出す。

『私な。明日の朝戻るんやけど……』
「うん。ごめん。休日潰しちゃって……」
『違うんよ! その……謝るのは私の方なんよ。せっかく予定合わせてくれたんに……変な態度取ってごめんなさい』

 モニターの向こうではやてが頭を下げる。
 この展開は予想外だ。
 いや、考えれば当たり前か。はやては基本的に周りに迷惑を掛けるのを嫌ってる。
 周りに気を遣い、嫌われないよう、良い人で居ようとするタイプの人間だ。愚痴を聞く度にそう思う。

「いや、そんな……・別に気にしてないし……」
『私が気にしとるんよ……。それでな? 今日良かったら、私の家で夕飯食べへん?』

 オレはその提案に思わず頷きそうになり、途中で止める。
 強制招集が掛かった以上、外出は出来ない。出動が無ければ、オレたち第二分隊はずっと隊舎で待機だ。

「悪い。オレ、隊舎から出れないんだ」
『あ! せや……強制招集やもんな。前線のフォワードは四十八時間の待機やな……』

 はやては肩を落として落ち込む。
 思いつきだったのか、それともど忘れしていたのか。どちらにしてもはやてにしては珍しい。
 はやては他の案を探しているのか、うーんと顎に指を当てて唸っている。
 忙しいはやてにまた今度という訳にはいかない。今度はおそらく数カ月先になるだろう。はやてには休みを合わせる家族が大勢居る。優先順位としては、オレは下の方だ。
 ここは気持ちだけ受け取る事にするべきか。
 オレがそう言おうとした時、はやてが両手を叩く。顔を見る限り、何か思いついたようだ。

『私、お弁当持ってくで!』
「はやて。よく考えてくれ。オレに強制招集が掛かったって事は、ウチの隊の管轄区域でそれだけの事が起きたって事だ。って言うまでもないだろう!?」
『私の所には詳細はまだ来てないんやけど、まぁ大丈夫やろ。夜にはシャマルとザフィーラも帰ってくるし、巻き込まれた形なら捜査に協力しても問題あらへんし』
「それが狙いか……」

 オレは呆れてそれ以外、何も言えなかった。
 確かに守護騎士の護衛付きなら、よほどの事が無い限り安心だが。
 だからと言って、自分から危険に飛び込むような事をさせる訳にはいかない。

「はやて」
『心配は嬉しいけど、心配し過ぎや。それに、私よりカイト君の方が心配やで? そんな張りつめた表情で待機しとったら持たないんちゃう?』

 流石にばれるか。
 オレなんかが心配していいレベルの相手じゃないのは分かっているし、向こうがオレを心配するのも分かる。
 それは局員としての積み重ねた経験、魔道師としての明確な実力が示している。
 そうは言っても気持ちは別だ。

「来るのも、弁当を届けるのも良い。ただし、帰る時はオレが送る。はやての護衛なら、部隊長も頷くと思うし。それが条件」
『なんや。保護者みたいやで。了解や。帰りは送ってもらう。それならええんやろ? じゃあ、張り切ってお弁当作るわ!』

 はやてはそう言うと、こっちに小さく手を振って通信を切った。
 通信が切れると、何故か疲れがどっと押し寄せてきた。理由は分かってる。はやてと喋ったせいで張りつめてた緊張の糸が切れたのだ。

『出てよかったろ? ここじゃ体も休まらない。どっかに行こうぜ』
「はぁ。気を使われたか……」

 はやての苦笑がよみがえる。自分で一杯一杯な男が他人を心配する姿は、なかなかに無様だった筈だ。
 何をやっているのか。強くなると約束したのに。

「先は長いか……」

 今回の事件も、はやてに心配されないくらい強くなるのも。
 オレはそう呟くと、椅子から立ち上がり、飲み物を買うために待機室から出た。



◆◆◆



 その日の夜。
 入念な捜査にも関わらず、デイビス・バッツの行方は未だに掴めていなかった。
 第一の被害者が出る前に、デイビスを捕まえるのが方針なため、現在、他の部隊とも連動して、目撃情報や過去のデータをもう一度見直している。
 ウチの部隊の管轄区域から出た可能性もあるが、転移魔法が発動された形跡は無い。徒歩で他の区域に行くのを見逃す訳もなく、未だに110部隊の管轄区域からは出ていないと言う前提で部隊は動いている。
 そして問題となっているのは、デイビスが動かずに管理局の警戒が解けるのを待っている可能性がある。と言う事だ。
 ばれないようにはしていたが、ばれている可能性がある。そして、この警戒態勢は長続きしない。
 管理局の局員も人だ。
 張りつめた緊張を永遠には続ける事は出来ない。休養が必要なのだ。
 この警戒態勢は最大で四十八時間。それ以上は持たない。
 この警戒態勢が解かれた隙を突かれかねない。それ故、意見を出し合う為に、第二分隊は部隊長室に呼ばれていた。

「いいか? 鳴らすぞ」

 部隊長室の前で、分隊長がインターホンを鳴らす。中からどうぞ。と言う声が聞こえてくる。
 ドアが開き、最初に分隊長が入って、後ろにアウル先輩、マッシュ先輩、オレが続く。

「ローグ・クライアンツ三等陸尉以下三名。入ります」
「御苦労さま、ローグ三尉。皆、楽にしていいよ」

 部隊長の言葉に従って、オレたちは敬礼していた右手を下ろす。背筋は伸ばしたままだが。

「分かっていると思いますが、時間がありません。強制招集から始まった警戒態勢は二日間しか持ちません。十四時に招集され、今は二十一時。七時間が経過して、未だに成果はありません。局員の疲れを考えれば、早めに行動に出たい所です」

 意見はありませんか。と部隊長の横に居るローファス補佐官が聞いてくる。一番暇だから呼ばれたんだろうけど、能力が無いから暇なんだと言うのを、この人は忘れてるんじゃないだろうか。
 アウル先輩もマッシュ先輩も考えるそぶりは見せているが、良い案は思いついていないようだ。いや、もしかしたら考えてるふり、全く考えていないかもしれない。
 基本的にオレたちは肉体労働派だ。この分隊で頭脳労働をするのは。

「我々の担当区域に居ると言う前提で、決め打ちするならば、局員による囮作戦が有効かと思いますが」

 流石は我らが分隊長。あっさり意見を出す辺りが出来る男と言う感じだ。まぁその意見が採用される事はないだろうと言うのも分かっているだろう。言っちゃ悪いが、オレも考えた。けれど。

「デイビスが狙う女性は十代の、容姿が整っている人ばかりです。囮役に適した人が我が部隊にはいません」

 この部隊の女性陣はみんな二十代ばかりだ。童顔の人もいるから、誤魔化せる気もしなくもないが、囮捜査に失敗は許されない。囮に被害が出るのもそうだし、囮だとばれるのもそうだ。
 その為、徹底的にリスクは排除される。何より、部隊長はこの手の作戦には慎重だ。

「そうだね。なにより、デイビスは転移魔法の使い手だ。後ろに転移してきた時に反応できないのでは、みすみす殺されにいくようなものだ」

 部隊長の言葉にオレは小さく頷く。
 デイビスの殺人方法は二つ。普通に歩いて近寄り、ナイフで刺すか、転移魔法で後ろに現れてナイフで殺すかだ。
 どちらも犯行後、管理局が来るまではその場に留まり、刺した女性を観察し、管理局が来ると転移魔法で逃げる。
 普通に歩いて近づいてくるならば警戒できるが、転移魔法ではいきなり過ぎて警戒も何もあったもんじゃない。
 魔導師じゃない局員に囮をやらせるのは無謀だ。
 そんな事は分隊長も百も承知だろう。それでも言ったのは、それがこちらから仕掛けられる数少ない手だからだ。
 オレたちから打てる手は本当に少ない。既に管轄区域は隈なく探している。それで見つからない以上、こちらの捜索よりも巧妙に隠れているのだろう。向こうがボロを出さない限り、こちらから今の捜索では見つけられないだろう。
 本部の意向を無視して、大々的に捜索するというのもありだが、それは最後の手段だし、なにより転移魔法を使われれば終わりだ。魔法の残滓を辿って行っても、見つける頃には他の所で言っているだろう。
 やはりデイビスが動くように仕向けないと解決しない。なにより、警戒態勢が解除されてしまえば、対応しきれない。あちこちに監視の目を向けているからこそ、まだ、事件は起こっていないだけなのだから。
 問題はデイビスがどの程度、こちらの動きに気づいているか。
 管理局が自分を探しているのは気付いているだろう。そうでなければ、ここまで見つからないのはおかしい。110部隊が総力を挙げた捜査を、警戒もせずに掻い潜れる奴ならば、それはもうオレたちの手には負えない。本局の執務官に来てもらうしかない。まぁ手配書で警戒していたと言う線もあり得るが、どっちにしたって警戒している事には変わりはない。
 この警戒しているデイビスを動かすにはどうするべきか。
 探し出せないなら出てきてもらうしかない。それは分かっているのだが方法がない。
 結局、良い案が思いつかず、微妙な空気になった時に、部隊長へ通信が入る。部隊長に用がある時は基本的に補佐官に通信を入れるのだが、間違いなくローファス補佐官より部隊長の方が暇だから、皆、部隊長にそのまま通信するのが普通になってしまっている。
 通信してきたのは施設の警備を担当している男性局員。
 待てよ。それは。

「どうかしたかい?」
『お忙しい中失礼します。その、休暇中の八神一尉がリアナード陸曹に会いたいと、隊舎の入口にいらしてます』

 しまった。思わずそう呟きそうになる。
 時間を聞いていなかったから、何も部隊長には伝えてない。何より、このメンバーにはやてがオレに会いに来た事を知られたのは拙い。
 とにかく、適当に理由付けをしないと、お弁当を作ってもらったなんて知られたら。

「要件は?」
『あ~、お弁当を持ってきたと言っておられるんですが……何かの間違いですよね?』

 終わった。この場の全員の視線がオレに向けられるのを感じながら、オレはそう心の中で呟いた。



[36852] 第十九話
Name: お月見◆31209bc4 ID:2a54bc87
Date: 2013/03/19 11:30
「お弁当ねぇ~」

 アウル先輩に睨みつけられたオレは視線を逸らす。
 一番最初に反応したのはやっぱりアウル先輩だった。オレがはやてのサポートとして、一緒に行動してた時も、離れた所から色々言っていたようだし、この中では一番、オレがはやてと仲良くするのを良く思っていない。と言うか、この人には呼び捨てにしている事や、通信を良くする事は言っていない。
 だから、弁解に困る。
 そして、敵はこの人だけじゃない。

「手作りだよなぁ」
「手作りっすね」

 最近彼女と別れた分隊長と、今日の強制招集でデートが台無しになったマッシュ先輩が呟く。二人には通信を良くする事は言ってある。はやてと呼び捨てにしている事は言っていない。この場で知っているのは部隊長だけだ。
 そして、オレがはやてと親しくしているのを全く知らないローファス補佐官。いや、この人は敵にはならないか。
 それでも拙い。敵ばかりだ。今は味方同士で争っている場合じゃないのに。

「そう言えば最近、やたら時間を気にして、定時で上がる事が多くなったなぁ? おい? 誰かと会ったり、通信してんのかと思ってたんだが、まさかとは思うけどよぉ」

 アウル先輩が言葉を切る。恐る恐る見れば、いつの間にか横に立っている。身長がオレより低いから、自然とオレを見上げる形になっているが、その顔と言うか目が恐ろしい。多分、管理局の制服を着てなかったら、連行している目だ。目つきが悪すぎる。声にも凄味を効かせているから、どう見ても性質の悪いチンピラだ。
 既にここが部隊長室で、規律に厳しいローファス補佐官の目の前だと忘れているのか、アウル先輩は更に一歩近づいて、オレに聞く。

「お相手は八神一尉じゃねぇだろうな?」
「どう見てもそうでしょう」
「!?」

 予想外だ。ローファス補佐官が敵に回った。この人はあり得ないと思っていたのに。
 ローファス補佐官が流れに乗った事に気を良くしたのか、分隊長とマッシュ先輩も嫌な笑顔を向けて聞いてくる。

「八神一尉は108部隊に所属してるのに、クラナガンに居るんだな。偶然だな? お前も今日休みだったなぁ」
「そう言えば、俺がオライオン行ったのも知ってたっす。どう言う事かなぁ?」

 ダメだ。行動から全部ばれていく。
 大体、何なんだこの人たちは。お弁当でこんなに変貌するなんて。ここは部隊長室で、さっきまで真剣な話をしてた筈なのに。
 三人から一歩ずつ距離を取ったオレは遂に壁にぶつかってしまう。
 さっきまで犯罪者を追い詰める案を探っていたのに、オレが追い詰められてるのはどうしてだろうか。

「そこまでに。いつまでふざけてるんだ? ローグ」
「分隊内のスキンシップって奴ですよ。ローファスさん」
「他でやる事をお勧めするよ」
「ローファスさんも乗ってたきたじゃないですか」
「事実を言っただけだよ。それに、僕は十も歳の離れた少女に興味はない」

 分隊長とローファス補佐官が親しげに話す。二人は何でもできるせいか、周りの後始末に動く事が多く、よく一緒に行動する為、仲が良い。と言うか、ローファス補佐官が親しげに喋るのは分隊長だけだ。
 そして、ローファス補佐官の言葉に分隊長も頷く。

「俺だってそうですよ。せめてあと、三年経たなきゃ射程範囲外です」

 それもそうだろう。ローファス補佐官は二十六歳で十一歳差。分隊長は八月に誕生日を迎えたから二十三歳で八歳差。いくらはやてが可愛くても恋愛対象外なのは間違いない。二人からすれば子供だ。
 問題は後の二人。
 二十歳のアウル先輩と十九歳のマッシュ先輩。五歳と四歳差。なんとも微妙だ。
 はやてが二十歳前後なら、問答無用でただの嫉妬なのだろうが、今のはやての年齢を考えると、本気にしか見えないこの二人も案外。

「俺は射程範囲内っす」
「俺もだ。あと四年したら十九歳と二十四歳。ぴったりだ。結婚したって良い!」
「そうっす! 後、数年すればお似合い間違いなしって所がミソっす!」

 マジか。
 この二人のおかしな言動の数々には十分、耐性を持っている筈なのに、ちょっと引いた。しかもお似合いなのは年齢だけで、はやてはあと数年後には間違いなく佐官だ。階級は全く釣り合わない。差は開くばかりだろう。オレたち下士官は士官学校を卒業していないから、准尉以上に上がる為には難関な試験を受ける必要がある。しかも、それを受けて尉官になっても、はやてと階級が並ぶ事はないだろう。それはオレも同じだが。
 ヤバいな。そう思うと、オレはこの人たちと変わらないのか。いや、幾らなんでもそれはない。

「まぁ来てくれたのに待たせるのも拙いから、リアナード君は行きなさい」
「あ、はい」
「部隊長。提案があります」
「何かな?」
「八神一尉に助言を求めては如何でしょうか?」

 ローファス補佐官の言葉を聞いた瞬間、部隊長の目が鋭くなった。間違いなく、部屋に流れる空気が重くなった。
 今までふざけていた先輩たちも黙り込んでいる。

「君の考えはわかる。我々だけでは手詰まりだ。けれど、協力要請をしてしまえば、彼女は関わってくるだろう」
「はい。現場の最高責任者からの要請があれば、休暇中、他の部隊など関係なく、部隊行動に加われます。八神一尉はすぐに解決に乗り出すかと」
「それがダメなんだ。むやみに危険に晒す気はない」
「このままでは市民に犠牲が出るのは時間の問題です。管理局員としてご判断ください」

 部隊長が押し黙る。
 オレは部隊長がはやてを危険に巻き込まない為に協力要請を出さなかったのだと初めて気づいた。そして、今、押し黙っている理由にも。

「ローファス補佐官! 賛成できません!」
「八神一尉が十代で容姿の整った女性を犯人が好むと知れば、自分を囮にしてもおかしくはない。そう思うからですか?」
「そうです。それに彼女の安全も!」
「市民の安全が第一です。個人的に親交を深めるのは君の勝手ですが、それをここに持ち込まれては困る」
「そんな! 大体、囮だなんて、彼女の守護騎士たちが許可するわけがない!」

 ローファス補佐官はオレの言葉を聞いて、静かに首を横に振る。
 その目がオレを射抜くように見る。

「彼女が望めば別です。例えば、君が頼めば」
「ローファス補佐官!」

 こんなに大きな声が出せたのかというほど、部隊長が声を出した。
 ローファス補佐官はそれを当たり前のように受け止める。

「失礼しました。過ぎた言葉でした」

 敬礼するローファス補佐官に対して、部隊長がこめかみを右手の指でほぐしながら言う。

「僕が頼む」

 完全に置いてけぼりを食らったオレ達、第二分隊の目の前で陸士110部隊の首脳陣は、はやてへの協力要請を決めてしまった。






 部隊長にローファス補佐官と共にロビーに向かったオレは、椅子に座りながら青い子犬と戯れ、笑顔を浮かべているはやてを見て、ため息を吐きそうになった。
 よりにもよって、あのタイミングで来るとは。通信を入れるなり、念話するなりあっただろうに。
 オレが部隊長たちと共に来たのを見たはやては座っていた椅子から立ち上がって敬礼する。
 オレたちも敬礼を返し、この場で最上位の階級を持っている部隊長がはやての敬礼を制したのを見て、オレとローファス補佐官も敬礼を止める。

「個人的な要件なのにすまないね」
「いえ。何か問題でもありましたか?」

 はやての質問に気まずそうにする部隊長は諦めたように小さく息を吐いて、話を切り出した。

「未だに犯人の居場所を特定できていない。申し訳ないが一尉の力をお借りしたい」
「それは緊急時における協力要請と受け取っても?」
「その通りだ」

 はやてがオレをチラリと見る。オレは盛大に顔を顰める。というか、さきほどからこんな顔だ。
 気に入らない。はやてを捜査に協力させるのは良い。けれど、ローファス補佐官は、はやての能力を買ってではなく、囮として条件を満たしているから協力要請を提案した。
 それが無性に気に食わない。だが、従わない訳にはいかない。
 前回、分隊から離れたのとは違う。今回は市民の命が掛かっている。ローファス補佐官の言っている事は正しい。それはオレも部隊長も分かっている。だから部隊長は自分で頼むと言ったし、オレも気に食わないなりに従っている。
 これではやてが了承しなければ、オレがはやてに頼む事になるだろう。個人的な親交を利用してだ。
 そうなって欲しくはないが、だからと言って、協力要請を受け入れても欲しくはない。大きな矛盾を抱えて、オレはこの場に居た。
 数時間前のオレを殴りたい。こんな展開も読めないなんて。
 そう思ったオレの耳に、はやての声が届く。

「わかりました。八神一尉。協力要請によりこれ以降、陸士110部隊の指揮下に入ります」

 私服で敬礼するはやてを見ながら、オレは思わず天を仰ぎたくなった。仰いだ所で天井しか見えないが。
 分かっていた。と言うか本人が言っていた。巻き込まれれば捜査に加われると。そう思っていたのなら、願ったり叶ったりだろう。オレの気分は最悪だが。
 部隊長ははやての敬礼に対して、敬礼を返すと、オレの方を見て言う。

「リアナード陸曹。八神一尉へ捜査状況や犯人の情報の説明を」
「了解」

 オレが敬礼と共に了承すると部隊長は小さく頷く。

「説明が終わった後、部隊長室へ来て欲しい」
「了解しました」

 はやてへそう告げた部隊長は、ローファス補佐官を伴って、先ほど来た通路を戻る。ローファス補佐官が何か言う前にこの場を去りたかったんだろう。ローファス補佐官の言葉は正論だが、それは感情を抜きにした事だ。あまり気持ちの良いモノじゃない。
 部隊長とローファス補佐官が見えなくなったのを見て、オレは盛大にため息を吐いた。

「ため息を吐くと幸せが逃げるで~」
「誰のせいでため息を吐いてると思ってるんだ……!」

 オレはきつめの口調でそう言うがはやてはそれを笑顔で受け流す。どうやら、反省はしてないらしい。
 はやては椅子に置いてある二つのカバンと子犬のリードを持って、移動する準備を整える。緊張感が全くない。

「はやて。はやてが強いのは知ってる。はやてが優秀なのも知ってる。けど、だからって危険に飛び込んでいい訳じゃないだろ?」
「私より弱いのに、危険に飛び込む人を私は知っとるけど?」

 笑顔でそう返されて、オレは言葉に詰まる。オレが良くてはやてがダメなんて言える訳もないし、なによりそれは強い奴が弱い奴に言う事だ。はやては強い。正面から戦えば、一対一でも敵わないだろう。
 けど。

「今回は……参加して欲しくなかった」
「勘忍なぁ。でも、必要なんよ。地上の、それもクラナガンの部隊に借りを作っておく必要が」
「はやて……」

 はやてが自分の部隊を持つ事を目指している事は聞いている。ただ、本局出身のはやてが地上で部隊を持つのは容易な事じゃない。それもはやてが持ちたい部隊は、どのような事態にも素早く臨機応変に対処できる部隊。それは今の地上には無い部隊だ。つまり、新設するしかない。
 だからコネが必要。それは分かる。夢の為に出来る事をすると言うのも。

「心配し過ぎや。とりあえず、説明してくれへん? 多分、カイト君が心配してくれる理由は、事件の性質が問題やろ?」
「まぁ。そうだけど……」
『説明は任せな。相棒は八神一尉の弁当食ったらどうだ? 何にも食べてないだろ?』

 平行線の会話にヴァリアントが入ってくる。デバイスの癖に、下手な人より気がきくのはなんでだろうか。
 ヴァリアントの言葉を聞いて、はやてが笑顔で持っていた二つのカバンの内、一つからピンク色の包みを取り出す。もう一個はお出かけカバンか。

「説明はヴァリアントに任せて、カイト君はお食事タイムや」
「……弁当で流される自分が情けない」
「誰しも空腹には勝てへんよ」

 はやてはそう言うと、周りを見渡す。ここの隊舎のロビーにテーブルは無い。
 待合用の椅子なら数脚あるが、そもそも、陸士110部隊には滅多に部外者が来ない。来ても来賓室がある為、ロビーにテーブルや多くの椅子を置く必要がないのだ。

「向こうにカフェテリアがある。そこの方が会話もしやすいだろ」
「ホンマ? やっぱりご飯は落ち着いて食べな美味しくないからなぁ」

 そう言って、はやてはオレが示した方へ子犬と共に笑顔で歩いて行く。流石は経験豊富な管理局員と言うべきか、オーバーSランク魔導師と言うべきか。はやてには先ほどから緊張が見えない。集中をするべき時とするべきでない時を分かっているんだろう。
 それは確かにすごい事なのだが、オレから見ると、能天気と言うか、マイペースと言うか。はやてのペースに巻き込まれると、すぐに緊張が切れる。さっきまで割と怒っていた筈なのに。
 結局、そのペースに乗せられ、話を流されてしまったオレは、もう一回ため息を吐くと、どんどん歩いて行ってしまうはやてを小走りで追った。



[36852] 第二十話
Name: お月見◆31209bc4 ID:2a54bc87
Date: 2013/03/15 15:48
 新暦71年9月3日。
 午後21時37分。
 陸士110部隊隊舎・カフェテリア



 オレは目の前のテーブルに広げられたお弁当に開いた口を閉じる事が出来なかった。
 お弁当だ。お弁当の筈なのに、普段、オレが食べる料理より美味そうだ。見た目的にも匂い的にも。
 はやては二種類のポットを持ってきていて、一つはお茶。もう一つはスープで、熱いのか、湯気が器から出ている。
 お弁当は二段。一つは御菜でもう一つはサンドイッチ。

「忙しくてゆっくり出来んかったらあかん思うて、サンドイッチにしたんやけど。これならもうちょっと手間掛けたもんも用意できたんやけど」
「いや、十分すぎる。これ以上すごいのなんて想像できない」
「家族で出かける時はもうちょっと頑張るんやで? でもおおきに。さぁ食べてや」

 料理が得意とは聞いていたが、これほどとは思わなかった。
 料理好きらしく、食べる姿も好きなのだろう。はやてはオレが食べるのを笑顔で待っている。
 ちょっと恥ずかしいが、まぁいいだろう。
 オレはサンドイッチに手を伸ばそうとして、止める。
 はやてが不思議そうに首を傾げる。

「どないしたん? 何か嫌いなもんでも入ってたん?」
「い、いや、そうじゃない。ちょっと、食べるの勿体無いなぁって……」

 オレの言葉にはやては呆れたように笑う。オレもそれに合わせて笑うが、実際はそれどころじゃない。
 視線が痛いのだ。はやてのではない。
 はやての背中側からこっそりこちらを伺っている三人の先輩の視線が、だ。
 特にマッシュ先輩はデバイスを展開している。このまま食べたら、目にも止まらぬ速さの射撃魔法が飛んでくるだろう。あの目は本気でやりかねない。

「勿体無いって、お弁当は食べる為のものやで? お弁当でええなら、また今度会う時も作ったるよ」

 ヤバイ。視線が強くなった。思わず嫌な汗が背中に流れるくらいだ。特にマッシュ先輩のデバイスがこっちに向いているのがヤバイ。いつでも撃てる体勢だ。
 笑顔のはやてには申し訳ないが、このまま食べる訳にはいかない。どうすればいいんだ。

『あそこの三バカも呼べばいいだろうよ。八神一尉の前じゃ下手の事はしないだろうさ』
『流石だ! ヴァリアント!』
『早く相棒がそのお弁当食わねぇと、八神一尉が話を聞いてくれねぇからな』

 念話で助言してきたヴァリアントに感謝しつつ、オレは自然を装う為、まず、サンドイッチに手を伸ばし、何かに気づいたかのように視線をサンドイッチからはやての後ろ、つまり先輩たちの方へへ向ける。

「あっ! 先輩」

 オレの声と視線に釣られてはやてが後ろを振り向く。
 はやてには、はやてとオレをデバイスを展開させながら覗き見てた変人と言う印象を抱かれるだろう。ちょっといい気味だ。
 しかし、オレの思惑は外れる。

「ああ。カイトか。休憩中か?」

 分隊長がいきなり前に出てきてはやての視線を遮ったのだ。
 その間にデバイスを待機状態に戻したマッシュ先輩と、表情を戻したアウル先輩が続いて出てくる。
 三人はオレに声を掛けた後、はやてを見て、さも今気づきましたとばかりに敬礼する。

「これは八神一尉。お久しぶりです」

 分隊長がそう言いながら敬礼する。
 はやては立ち上がり敬礼すると、すぐに右手を下ろして、分隊長に話しかける。

「お久しぶりです。クライアンツ三尉。この前は助けて頂きありがとうございます。お二人は確か」

 はやてが分隊長にお礼を言った後、一歩下がっているアウル先輩とマッシュ先輩に視線を向ける。
 アウル先輩が前に出て敬礼する。

「アウル・ベルファスト陸曹長であります」
「ベルファスト曹長も助けてくれて、ありがとうございます」

 はやてがそう言うと、アウル先輩は柔らかな笑みを浮かべて答える。

「いえ。お礼を言うのはこちらです。あの場に八神一尉が居たからこそ、市民の避難も間に合いました。後、ウチの手の掛かる後輩の面倒を見ていただき、ありがとうございます」

 誰だ。この人は。その柔らかい笑みはどこからだした。
 口調といい、表情といい、いつもとはまるっきり違う。こっちに向けてくる手の掛かると言う気持ちに満ちた笑みが非常に気持ち悪い。あんたの手を煩わせた事は殆どない。
 それを分隊長が笑いを噛み殺しながら見ている。やっぱりこの人の目当てははやてじゃない。はやての前で面白い反応をするだろうアウル先輩とマッシュ先輩を楽しむ為に来たんだ。
 アウル先輩と一通り会話した後、はやてはマッシュ先輩の方へ視線を移す。
 マッシュ先輩はその場で敬礼する。

「マッシュ・フェルニア陸曹長であります」

 めちゃくちゃハキハキしている。その爽やかな笑顔は誰のモノなのだろうか。とりあえず、オレが知ってるマッシュ・フェルニア陸曹長は、軽い口調にヘラヘラとした笑顔が特徴なのだけど。

「フェルニア曹長は病院で何度かすれ違ってますね。あの時は声を掛けずにごめんなさい」
「お気になさらず。あの時は自分もカイトの事で頭が一杯だったので」
「ふふ。皆さん後輩思いなんですね。覚えとります。あの時、何も出来んかった私の代わりにランディ部隊長が指示を出して、皆さんが一生懸命動いてはったのを。ホンマにありがとうございます」

 はやての言葉や本人達の言葉を聞けば、三人がとても良い人に聞こえるが、オレからすればかなり違う。
 まず、アウル先輩はオレがある程度動けるようになるまで見舞いに来なかった。面倒だったのだろう。
 そして動けるようになったら、リハビリを手伝うと言って勤務中に来ておきながら、病院の中を散策していた。勿論、病院のスタッフに可愛い子が居ないかチェックする為だ。
 マッシュ先輩はもっと最低だ。オレの事で頭が一杯だったと言うが、オレの病室に居た時間なんて僅かで、その殆どを病院のスタッフ、患者の中で綺麗、可愛い女性を探す事に当てていた。更に綺麗な病院スタッフが居れば、オレをダシにして病室に呼んだりしていた。極めて最低だ。
 分隊長に至っては、オレの看病と言いながら、病院内で彼女と会っていた。元彼女が病院のスタッフで、修羅場になったが。
 とりあえず、三人とも後輩思いでは無いし、なにより、現場で動いていたのも、はやての目に入る所だけ頑張ったに違いない。そうじゃなければ、はやてに印象に残る訳がない。この三人は基本的には仕事がしたくない人種だ。
 オレはとりあえず、先輩たちがはやての視界内に居る内にサンドイッチを食べようとして、止められる。

「カイト? お前、弁当なんか持ってきてたか?」
「珍しいなぁ。カイトが自分でお弁当を作ってくるなんて」

 アウル先輩の後にマッシュ先輩が続く。とりあえず、絡んでくるのは良いが、その柔らかい笑みと爽やかな笑顔は止めて欲しい。それを向けられるオレは気持ち悪いし、見ている分隊長は笑いの限界まで近づき始めている。
 知っているにも関わらず、オレのとでも言わんばかりに感心する二人は近寄って来て、サンドイッチに手を伸ばす。
 オレは左右から伸びてきた二人の手を瞬時に掴む。

「おいおい。どうした?」
「サンドイッチも食べさせてくれないのか?」

 からかうようにそう言う二人だが、手にはとんでもない力が込められている。
 特にアウル先輩は片手じゃ抑えきれない。
 オレは無理だと判断して、はやてのだと言う事に決める。それでおいそれとは手は出せまい。

「違いますよ。これは」
「まさかお前!? これ、あの可愛い訓練校の同期の子に作ってもらったのか!? またか!?」

 アウル先輩のその言葉で空気が凍った。
 最低だ最低だとは思っていたが、ここまでとは。その情報を売るなんて。
 マッシュ先輩は自分は関係ないとばかりに手を引っ込めた。分隊長は笑いを堪える顔から、一転して近くに居るはやての様子を気にし始めた。
 アウル先輩だけは気づいていない。
 はやての笑顔が若干強ばったのを。

「美味しい美味しいって食べてたからな? また作ってくれって頼んだのか?」

 ニヤニヤと笑うアウル先輩だが、オレはその言葉に曖昧な笑みを浮かべる。とてもじゃないが、今の空気で喋る勇気は無い。
 アウル先輩もようやく場の空気に気づいたのか、手にかけていた力を緩めて、手を引っ込めると、視線をあらぬ方向へ持っていく。そのまま口笛でも吹きそうな勢いだ。やったら容赦なく殴るが。
 とりあえず、この空気をどうにかしなくては。そう思った時にヴァリアントが喋りだす。

『先輩さん達よう。長い事ここに居ちゃ拙いんじゃねぇか? まだ待機は解けてないだろ?』

 ヴァリアントの起死回生の言葉に三人が必死に飛びつく。

「そうだ! カイトがここに居る以上、誰かが待機室に居なきゃだしな」
「そうですね! 休憩はカイトだけだし、俺たちは待機室に行きましょう」
「そ、そうだな! じゃあ、カイト。ゆっくり休めよ」

 分隊長の言葉の言葉にマッシュ先輩が答え、最後にアウル先輩がオレの肩に手を置いて、三人はこの場から逃げるように去った。
 どうでもいいが、最後まで柔らかい笑みと爽やかな笑顔を保った二人には感心せざるおえない。本当にどうでもいいが。
 残ったオレは盛大にため息を吐く。あの三人には申し訳ないが、オレははやてがそこまで機嫌を悪くしてない事を知っていた。
 現に、今、椅子に座り直して笑っている。

「面白い人たちやね」
「完全にはやての機嫌を損ねたと思ってただろうな」

 はやては滅多に怒らない。機嫌が悪くなっても、表面上は笑顔だ。だから表情に出る場合はワザとやって、相手をからかっている時だ。何度もやられたから、見抜き方も分かっている。流石に発している雰囲気は怖かったが。

「だっていつまで経ってもカイト君が食事できへんのやもん」
『全くだぜ。早く食べろ。今は緊急事態で、時間が無いんだぜ?』

 言われたオレは肩を竦める。オレに言わずにあの三人に言って欲しい。
 オレはちょっと冷めたスープを自分の方へ引き寄せながら、サンドイッチを口に入れる。
 空腹だった事を差し引いても、美味い。同じ材料でサンドイッチを作っても、他の人はこうはならないだろうと思うくらい美味い。
 かなりビックリした。何か気の利いた事を言おうかと思ったが、そう言うレベルじゃない。

「美味しい。めちゃくちゃ美味しいよ!」
「ホンマか!? 良かったぁ。口に合わんかったらどないしようかと思ってたんよ」

 オレははやての言葉を聞きつつ、置いてあるフォークを手に取る。多分、前に箸が上手く使えないって言ったからか。こう言う所も気が利いている。
 オレは最初に唐揚げを食べ、次にサラダを食べ、そしてスープを飲んで一言呟く。

「美味い!」
「ゆっくり食べなあかんよ?」
「気をつける」

 言いつつ、オレはサンドイッチを頬張る。サンドイッチも具材がそれぞれ違うようで、テリヤキだったり、野菜だったりとバリエーション豊富だ。
 落ち着いて食うなど到底無理だった。この感動は初めてオライオンのマスターのカルボナーラを食べた時に匹敵する。流石はマスターと料理の話ができるだけある。もう達人と言っても良い。
 完食するまでに五分と掛からなかった。結構量のあったサンドイッチも食べきり、ポットに残っているスープも全部飲みきり、食後のお茶を楽しんだ後、オレははやてがやっていたように両手を合わせてお辞儀する。

「ご馳走様でした」
「はい。お粗末さまでした」

 はやてはそう言うと、ニコニコと笑いながらお弁当の空を片付け始める。オレはそれを見つつ、背もたれに体重を預けて呟く。

「あー、生きてて良かったぁ」
「大げさや。あんまりそう言う事を言うもんやないで?」
『そうだぜ。相棒。これから相棒は仕事なんだしな』

 オレはそう注意されるが、イマイチやる気が湧いてこない。恐るべしはやてのお弁当。緊張をズタズタにされてしまった。
 大体、もう何か行動するにも、時間が遅すぎる。確か、犯人の犯行時間は基本的には二十時から二十一時の帰宅時間だ。既に二十一時を過ぎてる犯人が無理をするとは思えない。

「気を抜き過ぎや。早う。部隊長室行くで」
「ちょっと待った。説明が終わってないけど……」
「念話でもうヴァリアントに説明してもらっとるし、聞きたい事も聞いた。後、作戦もな」

 忘れてた。最近、何だか普通の女の子の部分ばかりが目立っていたが、はやてはやり手の特別捜査官だ。もっと言えば、基本的には何でもできる万能人間だ。オレが弁当を食べてる姿を見ながら、ヴァリアントに事件の説明を受け、作戦を立てるくらいなら平然とやってのけるだろう。この若さで一尉の階級に居るのは、魔導師としての実力よりも、その他の部分が優れているからだ。
 弁当を片付け終えたはやては二つのカバンを持って、足元に居た子犬を連れて、隊舎の部隊長室の方向へ歩いていく。

「どうして部隊長室の方向を知ってる……?」
『聞かれたから教えた』
「さっきまでとのギャップが……」

 そう呟きつつ、オレは慌てて椅子から立ち上がり、またしても先を歩いていくはやてを早足で追いかける事になった。
 



[36852] 第二十一話
Name: お月見◆31209bc4 ID:2a54bc87
Date: 2013/03/16 19:13
 新暦71年9月3日。
 午後21時57分。
 陸士110部隊・部隊長室。



「今から、囮捜査をしましょう」

 部隊長室に入ったはやては、部隊長やローファス補佐官が口を開く前にそう言った。
 ローファス補佐官は説明を求めるようにオレを見るが、オレも唖然としているのだから無理だ。
 部隊長はずり落ちたメガネの位置を右手で直すと、一呼吸置いてから、はやてに言葉の意味を聞く。

「えっとだねぇ。それは犯人を誘き出せるって事かな……?」
「はい。ほぼ間違いなく」
「八神一尉。失礼ですが、リアナード陸曹の説明は不十分でしたか? これから動いて誘き出せるとは思えないのですが」

 ローファス補佐官がオレを一瞥した後、そう言う。
 まぁ当たり前か。状況が理解できてないと思われても仕方ない発言だ。犯人の情報を知っていれば、囮捜査を思いついても、明日の夜に仕掛ける筈だ。
 先ほどのオレ達、第二分隊の話も、基本的には明日の夜にするのが前提だった。はやてがもう少し早く来てれば、また違ったかもしれないが、はやてが来たのは二十一時過ぎ。準備も含めれば、二十二時になる。全員が暗黙の了解で今日は間に合わないと思っていた。
 説明不足を疑われても仕方ない。と言うか、オレはしてないので、サボったとも言える。ヴァリアントが雑な説明をするとは思えないし、はやてがそれで状況を理解した気になるとも思えない。

「犯人の行動時間ではない事は分かっています。ただ、市民が寝静まっている時だからこそ、出来る事もあります」

 はやてはそう言うと、持っていたカバンを僅かに開く。

「リイン」
「はいです~」

 おでかけカバンからリインフォースが飛び出して、はやての前に浮かぶ。
 部隊長のメガネがまた少しずれる。ローファス補佐官に変わりはないが、おそらく驚いているだろう。希少なユニゾンデバイス。そうだと知らなくても、魔法が発達しているミッドチルダでも、こんな童話に出てくる妖精みたいな生き物は居ない。
 部隊長とローファス補佐官、そしてオレを置いてけぼりにして、はやては話を進める。

「陸士110部隊の管轄区域の地図を」
「了解ですよ~」

 リインが目の前に浮かび上がったモニターを操作すると、部隊長とローファス補佐官の目の前に大き目のモニターが浮かび上がり、そこに陸士110部隊の管轄区域が浮かび上がる。
 はやては地図の横に立つと、自分の作戦を説明し始める。

「まず、最優先事項はこの管轄区域から出さない事です。なので、管轄区域の上空に広域探査を展開させ、同時に妨害用のスフィアも配置させます」
「それは八神一尉がなさるんですか?」

 ローファス補佐官がそう聞く。
 ウチの部隊にそんな大規模な魔法を使える魔導師は居ない。むしろ、それが使える魔導師が居れば、手詰まりにはならなかった。
 はやてが言った広域探査も妨害スフィアも優秀な結界魔導師や補助系を得意としている魔導師しか使えない。
 そもそも、クラナガンで結界を張るには複雑な手続きが必要だし、それが市民を巻き込むとなると、滅多に許可が下りない。だから、結界魔導師やそれに準じる魔導師はクラナガンには滅多に居ない。
 はやては結界魔法の許可が下りにくいのを考慮して、上空への妨害スフィアで、転移魔法を阻害する事にしたんだろう。扱いの難しい転移魔法は僅かな誤差でも転移者が危険に晒される。だから、妨害スフィアは最善手だ。
 ただ、下手な結界魔法より妨害スフィアを飛ばす事は難しい。しかも管轄区域全体をカバー出来る量を展開し、広域探査も並行して発動となると、クラナガンで出来る魔導師が居るかどうか。

「いえ、これを担当するのは、本局の医務局に所属している私の騎士、シャマルです」

 なるほど。ヴォルケンリッターを使う訳か。
 所属云々があるだろうが、そもそも、ヴォルケンリッターははやての個人が所有する固有戦力だ。多少の無理は通る。
 そうなると、デイビスの管轄区域外への逃亡は防げる。後は、この区域でどう捕まえるかだが。

「妨害スフィアに気づかずに転移すれば、転移失敗で終わりですが、おそらく気づかないと言う事はないでしょう。デイビス・バッツは隠れている場所が見つかる前に移動する筈です。それに備えて、局員を配置します。徒歩ならば目視とサーチャーで、転移魔法ならば魔力反応で探し出せます」

 地図に複数の青い点と一つの赤い点が浮かび上がる。
 青はオレ達で、赤はデイビスだろう。
 赤い点が移動しても、すぐに青い点が近付く。それを続けていくと。

「デイビスが一体、どれほど転移魔法を使えるのかは曖昧です。逃走中に市民を襲いかねませんから、むやみやたらに追いかけず、ここ。中央の公園に誘導します」

 はやてはモニターの中央部にある公園を指差す。確かに、その公園は管轄区域の中心部だが、いったい、どうやって誘導するればいいんだ。

「外側をサーチャーと局員で時計回りに回ります。これで徐々に中央部に誘いこめます。公園には囮を配置して、デイビスが囮に食いついたら確保。食いつかず、逃げ続けるようなら、デイビスの魔力が尽きるまで追いかけっこです」

 囮に食いつけばそこで終わり。そうでなくても捕まえられるが、デイビスの逃亡が長引けば長引くほど、市民の危険は増える。
 局員が見つけ次第、追いかけるのではなく、じわじわと範囲を狭めて誘い込む事で、デイビスを手の平で泳がせる事が出来る。
 そこまで上手くいくかは、シャマルと言う騎士次第だが、はやての言葉には疑いがない。よほど信頼してるのだろう。
 部隊長とローファス補佐官が黙りこむ。
 はやてに協力要請は出したが、いきなり作戦を立てて、実行しましょうと言うのは流石に無理があるか。二人は勿論、オレも部隊の人間も、作戦の要である騎士シャマルを知らない。
 つまり、連携に必要な信頼がない。
 八神はやてとヴォルケンリッターの噂は聞いていても、いざ、一緒に戦うとなると不安だ。それに問題はそれだけじゃない。
 これは地上の事件だ。それを本局の魔導師の力で解決すれば、気に入らないとする人間も出てくる。はやての作戦では、はやて達の力が大きすぎる。110部隊は良くても、報告書を読む本部の高官たちは良い顔をするわけがない。十二年前はまんまと逃げられ、今回は本局の手を借りましたとなれば、ミッドチルダ地上本部の力が疑われる。
 頭の痛い話だ。現場が上の顔色を窺って捜査を行わなければならないなんて。それは今に始まった話じゃないが。

「作戦としては問題ないかと。我が部隊の練度ならいきなりの連携も問題はないでしょう。騎士シャマルの力は八神一尉を信じるとして、一つ質問が」
「なんでしょうか?」
「囮はどなたが?」
「私ですけど? 他に居ますか?」

 やっぱり。他には居ないけど、だからってそんな当たり前のような顔で言わないでほしい。
 はやてが自分が囮になる事を前提に話しているのは感じてはいたけれど、実際、本人の口から聞くと抵抗がある。オレの言葉には耳を貸さない為、抵抗など無駄だが。
 はやてはローファス補佐官から部隊長へ視線を移す。
 視線を向けられた部隊長は、ため息を吐くとはやてへ質問する。

「他の手はないのかな?」
「今が最初で最後のチャンスです。この管轄区域内に閉じ込めている状況だからこそできる作戦です。これを逃せば、管轄区域からは逃げられ、範囲がクラナガンに広がってしまいます。そうなれば、十二年前と結果は変わらないかと」

 はやての言葉が重く圧し掛かる。
 明晰な頭脳ではじき出した結果だからか、それとも多くの難事件に挑む特別捜査官の言葉だからか、はたまた、オーバーSランク魔導師の言葉だからか。はやての言葉は重い。
 ローファス補佐官は少し考えた後、はやてへ提案する。

「八神一尉。申し訳ないのですが、犯人の確保は、我々で行わせて頂けませんか?」
「構いません。ただ、そちらの対処が遅ければ、私や私の騎士が対処します。その後はそちらにお任せします」
「ありがとうございます。それならば、本部の高官も文句は言えないのでは?」
「……わかった。ローファス君と八神一尉に一任する。二人で細部を詰めてくれ。どんな責任でも僕が取ろう」

 はやてとローファス補佐官が同時に了解の言葉と共に敬礼する。それに遅れてオレも敬礼するが、正直な話、流れを理解していたとは言えない状況だった為、了解と言えなかった。






 陸士110部隊舎。

 午後22時50分。

 その後、はやてとローファス補佐官により細部を詰められた作戦が、部隊員に告げられた。
 オレたち第二分隊は時計回りに回って、デイビスを追い詰める役目を担う事になった。
 オレたちに求められるのは、確実に中央へ追い込む事。つまり外側へ行かせない事。デイビスを発見した時は、必ず公園側へ追い込む事を指示された。
 待機室へ向かいながら、オレは理解できなかった事をヴァリアントに聞く。

「転移魔法でオレたちの後ろ側へ回られた場合はどうなるんだ?」
『回りこませないようにするのが相棒の役目だ。相手の逃げる意識を中央へ向けさせるんだよ』
「もしも回りこまれた場合は?」
『転移魔法は不便でな。術者のイメージが大切だ。長距離は人が居ない、広い場所を指定すればいいが、今回、デイビス・バッツが陥る状況は長距離転移が使えない状況だ。距離が制限され、なお且つ局員が追ってくる。奴の意識は逃げてる方向へ向くだろう。意識が向いてない方向に転移魔法は使えないんだよ。どこでも飛べる便利な魔法じゃないってことさ。だから意識を中央に向けさせる。落ち着かせる暇を与えない。そう言うのが相棒の役目だ』
「つまり、焦っている間にどんどん追い詰めろって事か?」
『そんな所だ。大体、第二分隊の後ろを取られても、その後ろには第一分隊が居る。相棒はそこらへんを気にする必要はないさ』

 ヴァリアントにそう言われ、確かに。と納得する。オレが心配する事じゃない。はやてとローフィス補佐官が完成させた作戦だ。穴は無いだろう。もしも穴があっても、それを修正するのも指揮官の仕事だ。
 オレは与えられた役目をしっかりとこなすだけだ。それがオレのように前線に立つ局員の究極的な仕事だ。
 オレは意識を切り替える。
 先に出動した面々に問題がなければ、出動する時間はあと五分後。待機室に入っても、すぐに出動だ。今から準備しなくては。
 なにより、出動前の待機室で余計な事を考えている余裕はない。
 オレは待機室のドアを開く。
 中では第二分隊の先輩たちが思い思いの事をしながら、待機していた。
 空気が重い。普段は陽気なこの人たちも、出動前にはとんでもなく集中する。
 この人たちの中では待機室での待機時間は集中の時間だ。だから誰も喋ったりしない。入ってきたオレにも何も言わない。
 マッシュ先輩はデバイスを調整しており、アウル先輩はいつでも動けるように床で柔軟中で、分隊長は作戦の最終チェックをしている。
 三人の目が真剣だ。いつ見ても竦み上がる。発している雰囲気がいつもと違いすぎるのだ。それはオレも言えるらしいが。
 椅子に座ったオレは深呼吸をすると目を瞑る。
 一定のリズムでの呼吸を繰り返す。静かに深く吸い込み、静かに深く吐く。
 これがオレの集中法。出動間際に待機室に入った時は毎回、これをやる。
 今は第一分隊が管轄区域を包囲するようにサーチャーを飛ばしている。オレたちは騎士シャマルの準備が出来次第の出動だ。
 今回は分隊での行動ではなく、それぞれ個人での行動だ。範囲が広すぎると言うのと、人手が足りないからだ。
 オレたちは上空に居るリインフォースのサポートでデイビスに接近。中央へ追い込む。途中で確保できるならば確保してもかまわないが、無理をしない事も厳命されている。
 呼吸を繰り返していると、部隊長の声が待機室に響く。
 内容は聞くまでもない。

『準備ができた。第二分隊。出動!』
「了解!」

 それぞれのタイミングで了解を口にし、敬礼すると、オレたち第二分隊は所定のポイントに移動する為に出動した。



[36852] 第二十二話
Name: お月見◆31209bc4 ID:2a54bc87
Date: 2013/03/16 19:13
 陸士110部隊管轄区域。

 午後23時11分。

 隊舎から一番離れた場所を任されたオレは、バリアジャケット姿でビルの屋上に着地する。
 到着し、準備が出来た事を空に居るリインフォースに通信する。

「ハンター04。準備完了」
『了解です。作戦開始まで後四分ほどですから、そのまま待機していてください』
「了解」

 第二分隊で長らく使われているハンターのコールサインを使ったオレに対して、リインフォースはいつもの舌足らずな声ではあるが、真剣さが感じられる声で返す。
 誰もが切り替えている。
 突然の作戦にも混乱せずに、陸士110部隊は対応した。少なくとも、ここまでは上手く行っている。後は、前線メンバーが上手くやるだけだ。
 あちこちに既に第一分隊のサーチャーがばらまかれている。これによる情報とリインフォースがオレたち第二分隊の目だ。
 この管轄区域内ならば、どこに転移しようとすぐに分かる筈だ。それを如何に早く追い詰められるかが鍵だ。
 オレが配置されたポイントは、捜査の結果、一番デイビスが居る可能性の高いポイントだ。そこにオレが配置されたのは、単純に一番速いからだ。
 できれば見つけ次第、捕まえたいが、向こうも長年逃げ続けてきた男だ。簡単には行かないだろう。

「ヴァリアント。ミーティアはいつでも使えるな?」
『ああ。さっき解除したから問題ない。あんまり使うなよ? 相棒への負担は大きいからな』
「敵さんに言ってくれ。はやてに近づく前に捕まえる」

 オレはそう言うと、目を閉じる。夜風がなかなかに気持ちいい。
 作戦の開始まで後、僅か。開始と同時にリインフォースからデイビスの位置が知らされる。
 僅かに頬が緩む。間違いなく、第二分隊の面々は同じ事を思っている筈だ。

「オレの所に居ろよ……」

 同時に通信モニターが開く。
 ローファス補佐官の顔が映し出される。作戦開始の合図を出す為だろう。

『作戦開始五秒前からカウントダウンをします。作戦は事前に説明した通りです。皆さんの奮闘に期待します。カウントダウン……五、四、三、二、一。作戦開始!』

 ローファス補佐官の言葉と共に、上空で複数のスフィアが出現する。あれが妨害スフィアだろう。
 同時に管轄区域を波のようなモノが走り抜ける。広域探査魔法だ。これでデイビス・バッツの固有情報と一致する人間を探し出す。魔力が無い人には全く気づかれない魔法だが、魔力のある人間は違和感を感じる。
 そして、魔導師ならば探査魔法と気づく。これが発動した以上、デイビスもこちらの動きに気づくだろう。

『ハンター04! 三番地の廃墟ビルからデイビス・バッツが出てきました!』

 瞬間。オレはビルの屋上から飛び降りていた。
 三番地の廃墟ビルは一つしかない。
 どうやって隠れていたのか。怪しげな場所は調査されただろうに。
 まぁそれは後か。
 今は奴を追い詰めるだけだ。
 体に走らせた魔力で強化された身体能力で、夜の大通りを走り抜ける。
 報告から既に五秒は経っているが、未だに連絡はないのは、デイビスが転移魔法を使っていないからだろう。

『デイビス。大通りに出ます!』

 三番地の大通りと言えば、今、オレが走っている所しかない。
 自分から来たか。
 オレの視界の向こう。金髪の中年男性が大通りに走って出てくる。それはオレの姿を認めるや、すぐに来た道を戻り始める。奴がデイビスだ。
 オレは視界からデイビスを外さないようにしつつ、しかし、無理をして追いつきもしない。
 奴が中央部より外に行こうとする時は敢えて回り込んで、道を塞ぐ。
 細い一本道にデイビスが入る。
 オレはそれを追うが、走りながら、デイビスが魔法を発動させているのを見る。

「転移か!?」
『間に合わんね。リインフォースには伝えた。後は他の奴任せだ』

 ヴァリアントの言葉の後、デイビスの姿が消える。
 オレはそれに舌打ちした後、隊舎の司令室に指示を仰ぐ。リインフォースは追跡で手が離せない為、基本的に指示はローファス補佐官が居る司令室が出す事になっている。

「ハンター04より司令室。指示を」
『こちら司令室。ターゲットはハンター03と接触。ハンター04はポイント03へ移動せよ』
「ハンター04。了解。移動する」

 おそらくハンター03のマッシュ先輩が中央に誘導しつつ、かなり移動したんだろう。オレはその開いたポイントの穴埋めだ。

「ヴァリアント。地図を」
『はいよ。公園まで追い込むには後、もうちょっと掛かるな』

 地図に表示されている赤い点はまだまだ公園と距離がある。
 追い込むのが作戦だが、出来れば、追い込む前に蹴りをつけたい。オレだけじゃなくて、先輩たちもそう思っているだろう。
 オレは地図に従い、ポイント03へ移動を始めた。






 デイビス・バッツを発見してから十五分。
 第二分隊の追い込みにより、デイビス・バッツは公園の近くまで移動していた。

「逃げ足だけは速い!」
『そろそろ最終ポイントだぜ? チャンスは後一回あれば良い方だ』

 大きめの自然公園の外側を走りながら、オレはヴァリアントの言葉に頷く。
 ここに転移してくれば、デイビスの視界にはやてが入ってしまう。ここまでデイビスを追い込んだのなら、オレたちはデイビスがはやてに気づくのを待つべきなのだが、オレはそれを良しとはしていない。転移直後ならまだ手はある。
 チャンスは後一回。

『ハンター04! そちらに』
「見えてる!」

 オレの視界の端、転移してきたデイビスの姿が映る。
 これが最後だ。
 まだ、デイビスはこちらに気づいていない筈。オレは自身の最高速を出す事に決める。

「ミーティア」

 オレの体を蒼い魔力光が包み込む。
 加速魔法ミーティアで加速されたオレはデイビスに一瞬で迫る。転移直後のデイビスでは、反応しきれまい。
 オレは右腰のフォルダーに入っているカーテナを取り出そうとして、デイビスが全くこちらに反応しない事に気づく。
 デイビスの視線は公園の中。
 青い子犬を散歩している私服姿のはやてが視線の先に居る。
 僅かな悪寒がオレの体に走る。デイビスがはやてを見つけた所で、もう遅い。オレの攻撃からは逃れられない筈なのに。
 カーテナを抜き放ち、ガラティーンを展開させる。
 それの圧縮率を調整し、怪我がしない程度にまで威力を抑えて、オレはデイビスに振り抜いた。
 なのに。
 手応えがなかった。

『相棒! 連続転移だ!』

 ヴァリアントの言葉に、体が反応する。
 公園の中へ走り出す。
 今まで連続での転移をしなかったのは魔力の消費を抑えるためか。出来ないものだと油断してた。
 はやてとの距離はまだある。オレじゃ間に合わない。公園の反対側にはアウル先輩が見えるが、遠い。
 右にはマッシュ先輩、左側には分隊長がいる筈だが、姿が見えない。二人ならアウトレンジでの確保も可能だが、それは望みは薄い。
 オレが突撃したせいで、全員に終わった。と言う一瞬の油断が生まれた。突撃せずに、はやてに食いつくのを待ってれば、備える事もできたのに。
 デイビスの連続転移はとっさ過ぎて、だれもはやてに知らせる事が出来てない。このままじゃ不意打ちを食らう。
 本来なら、デイビスが逃走ではなく、はやてに意識を向けた隙を突く筈だった。それが作戦だった。オレが台無しにした。
 オレのせいで。
 こちらに体を向けているはやての後ろにデイビスが転移した。右手にはナイフが握られている。はやてはまだ気づいてない。
 間に合わない。そう思った時。はやての口が動いた。

「チェックメイトや」

 同時に青い子犬が蒼い大型の狼へと変身する。
 その狼が吠える同時に、はやての後ろに障壁が展開された。
 狼の足元にはベルカ式の魔法陣。障壁はあの狼によるモノだろう。
 デイビスはいきなり展開された堅牢な障壁に弾き飛ばされる。

「時空管理局や。観念しいや」
「くそっ!!」

 はやての言葉を聞いて、デイビスが転移魔法での逃走を図ろうとする。
 はやての傍にいる狼はその場を動かない。このままじゃ逃げられる。
 オレは舌打ちと共にはやての横を通り過ぎて、デイビスに突撃する。
 しかし、その突撃を思わず止めてしまう光景が目に入ってくる。
 デイビスの体から細い手が突き出ていた。下手なホラー映画よりも生々しい。
 デイビスも信じられないようで、目を見開いて、自分の体から突き出している手を見ている。
 手には光り輝く小さな球体があり、デイビスから突き出ている手がそれを握り締めると、デイビスは苦しげに呻く。

「がっ! くっそ……!」

 徐々に球体から光が薄れていく。
 光が最初の何分の一ほどになった頃、手が引き抜かれる。
 デイビスは暗い表情のまま、フラフラと数歩後ずさると、前のめりに倒れる。
 オレは倒れたデイビスを咄嗟に受け止める。
 受け止めたものの、何が起きたかわからない以上、対処が出来ない。

「リンカーコアから魔力を抜かれただけだ。何ら問題はない」

 どうするべきか迷っていたオレに、後ろから低い声がそう教える。
 後ろを振り返れば、先ほどの狼がそこに居た。この狼はおそらく、ヴォルケンリッターの一人。

「これは一体……?」
「シャマルの魔法だ。やりすぎだがな」
「ごめんなさい。やりすぎちゃいました」

 上から緑を基調としたバリアジャケットを着た女性が降りてくる。広域探査と妨害スフィアの展開と言う離れ業をやってのけたはやての騎士であるシャマル医務官だ。
 転移魔法以外には見る所の無いにしても、デイビスはAランク相当に位置づけられる魔導師だ。それを昏倒させたのが医務官だと言うのがオレには信じられなかった。
 申し訳なさそうにしているシャマル医務官を見る限り、そんな芸当ができるとは思えないが。
 オレは先ほどの光景を思い出して、デイビスを地面に寝かした後、自分の胸を撫でる。
 離れた所から他人の体に手を入れる事ができる魔法。そんな魔法は聞いた事ないし、考えただけで恐ろしい。デイビスはリンカーコアだったが、リンカーコア以外でも取り出せるんだろうか。
 オレの顔から血の気が引く。止めよう。精神に悪影響を及ぼす想像だ。

「カイト君、大丈夫か? 救護班を呼んだけど、カイト君も必要ちゃう?」
「いや、大丈夫! すげー元気だから!」

 救護班も何も、ここで気分が悪いなどといえば、はやての横に居る本局の医務官が診察するに決まっている。
 先ほどの光景を作り出した人間に、診察されるのはごめん被る。

「ホンマか? 顔色悪いけど……」
「ちょっと疲れただけ。はやてこそ大丈夫?」
「ザフィーラのおかげで大丈夫やよ。ありがとうな、ザフィーラ」

 はやてはそう言うと、蒼い狼、ザフィーラに視線を向ける。
 ザフィーラは首を微かに横に振って答える。

「主はやてを守る事が私の役目ですから」
「はやてちゃんを守るのはザフィーラだけの役目じゃないのよ? 分かってる?」
「そうだな。我々、ヴォルケンリッターの役目というべきか」

 拗ねたような口調で言ったシャマル医務官に苦笑しつつ、ザフィーラはそう言い直す。
 ヴォルケンリッター。烈火の将といい、この二人といい、一体、どれほどの力を秘めているのか。
 ザフィーラが発動させた、デイビスの攻撃を受け止めた時の障壁。あの障壁はガラティーンでの斬れる気がしない。そんな障壁をほとんど時間を掛けずに発動させてみせた。
 広域探査に妨害スフィア、リインフォースと共にデイビスのマークをしつつ、最後はデイビスを昏倒させたシャマル医務官。
 どちらか一人でも居れば、間違いなく部隊が安定するエース級。
 このレベルが四人。リインフォースを入れれば五人。
 それがヴォルケンリッター。先ほど本人たちが言ったように、はやてを守る事を最優先する騎士たち。
 そして、オレたちが手こずったデイビスをあっさり捕まえてしまった夜天の王たるはやて。
 はやてとヴォルケンリッターが揃えば無敵。
 はやて自身が言っていた言葉だが、こうしてヴォルケンリッターの実力を見せられると、嘘とは思えない。
 不意に胸に寂しさがこみ上げてくる。
 その寂しさの理由はよく知っている。
 無力感だ。
 はやてとヴォルケンリッターで無敵ならば、自分がいらない。そう思った時に湧いてきたどうしようもない無力感が、胸に寂しさとなってきたのだ。
 遠い。はやても、ヴォルケンリッターも。
 オレが目指す何もかもが遠く感じられた。

「カイト君。どないしたん?」

 はやてが思考に沈んでいたオレに声を掛けてくる。
 まさか力の違いに無力感を抱いてましたとは言えない。

「何でもないよ。終わったと思ったら気が抜けただけさ」
 
 オレはそう言って取り繕うようにして笑った。



[36852] 第二十三話
Name: お月見◆31209bc4 ID:2a54bc87
Date: 2013/03/17 20:23
 陸士110部隊本部隊舎・屋上。

 午後23時55分。



 デイビスを捕まえ、隊舎に帰ってくると、隊舎はお祭り騒ぎだった。
 一般局員、魔導師、はては尉官までが盛り上がっていた。当たり前と言えば当たり前で、強制招集による四十八時間もの隊舎入りも無くなり、十二年越しに凶悪指名手配犯を犠牲無しで逮捕したのだ。浮かれるのは無理は無い。
 その立役者であるはやて、シャマル医務官、リインフォースの三人は帰ってきてからあっちこっちに引っ張られて、今はどこに居るかわからない。
 そのおかげと言うのも変だが、オレは今、一人になる事が出来ている。ヴァリアントもメンテナンスの為、久しぶりに本当に一人だ。
 屋上の柵に両手を乗せて、屋上からの夜景を見ていると、オレの頬を夜風が撫でる。ビルの上で浴びた時は心地よいと感じた夜風が、今はとても煩わしく感じる。
 隊舎のカフェテリアには部隊のメンバーがほとんど集まっている。第二分隊の先輩たちが騒ぎまくっているから、当分、あのお祭り騒ぎが終わる事はないだろう。
 いつもなら率先して参加するが、今はそう言う気分じゃない。
 理由は二つ。一つはオレの突撃のせいではやてを無用な危険に晒した事。もう一つはヴォルケンリッターの力を見てしまった事。
 はやてのあの気負いの無さは、自分を守護するヴォルケンリッターが居たからだ。全幅の信頼を置いているんだろう。
 思わずため息が出る。

「ため息を吐くと幸せが逃げるぞ?」

 後ろから聞こえてきた静かで落ち着いている低い声に振り返る。蒼い狼のザフィーラが居た。
 ザフィーラはオレの隣まで歩いてくる。

「それははやてにも言われましたよ……えっと、ザフィーラさん」
「ザフィーラでいい。敬語も必要ない」

 狼にさん付けをするべきか悩んだオレに対して、ザフィーラはそう言う。
 十五歳のBランク魔導師に呼び捨てにされるのは嫌かと思ったが、そうでもないらしい。流石はヴォルケンリッター。器が広い。
 本人が良いと言うなら、オレが拘る必要はない。

「じゃあ遠慮なく。何か用? はやてについてなくいいの?」
「主はやてにはシャマルがついている。ああいう場では私は目立つのでな」

 それもそうかと思う。はやてに近寄る局員達もザフィーラが近くに居たら話し掛けづらいだろう。実力も見てしまっているし。

「なるほど。それでオレの所へ?」
「ああ。ちょうどいいとも思ったのでな」
「ちょうどいい?」

 ザフィーラの言葉にオレは首を傾げる。何がちょうど良いのだろうか。まさか大切な主に近寄るな的な話か。
 よもやこのタイミングで来るとは。弱いから近づくななんて言われたら、頷いてしまいそうな心理状態なのに。
 怖々としているオレに構わず、ザフィーラは話を切りだす。

「礼を言わなければならない。六月の事件の時、主はやてを守ってくれた事。我らヴォルケンリッター一同、心から感謝している」

 ザフィーラはそう言うと頭を下げた。
 まさかその話が出てくるとは思わなかった。リインフォースは何も言っていなかったし、オレはてっきり、主であるはやての言葉で終わりと思っていたのだが。
 頭を下げられると言うのは居心地が悪い。しかも狼だ。
 何より。

「オレは……はやてを守れてない。礼はいらない。オレは無用な不安をはやてに与えただけだ……」
「カイト・リアナード。結果は変わらずとも、過程は大きく違う。お前があの時、諦めなかったおかげで、主はやての身は敵に渡らずに済んだ。そうなっていれば、我らにとって一生の悔みとなっていた。主はやての身だけではなく、我らの誇りも守られた。感謝している。いずれ、会う機会があれば、他の者たちもそう言うだろう」
「……強いんだな。オレはそう思えるほど強くないから、羨ましいよ……」

 オレがそう言うと、ザフィーラは首を横に振る。
 一体、何を否定したのだろうか。
 まさか、強いと言う言葉は否定しないだろう。
 では、何を否定したのか。
 ザフィーラはしばらく黙った後に喋り始める。

「……我らは知っている。強さだけでは救えないモノがある事を。手に入らないモノがある事を。昔、心の底から欲したモノを我々は力で得ようとした。けれど、手に入れられなかった……。六月の時も我らは何もできなかった。強さは関係ない。お前よりも強い筈の我らは何もできず、お前は主はやてを守った。例え、それがどれだけ短い時間だったとしても、お前だけが主はやてを守った」
「偶々だ……偶々傍に居た! 傍に居ながら守れなかったんだ!!」

 思わず大声で怒鳴ってしまった。ザフィーラの冷静な目を見てはっとする。オレは気まずげにザフィーラから視線を逸らして夜の街を見る。
 ザフィーラは気にしていないのか、オレと同じ街へと視線を移す。

「お前は多くの事を知っているようだな」
「何も知らないさ。十五のガキだからな……」
「世の中の事ではない。我らの事だ。主はやては人との距離を急激に縮めたりはしない。いや、できない。その主はやてが僅か二日で随分とお前に重きを置いていた。何も知らぬ人間にはできない。お前は闇の書の事件を知っているな?」
「……知っている。お前たちが守護騎士プログラムだと言う事も、はやての意向をはやての為に無視した事も……」

 ザフィーラはそれを聞くと小さく体を揺らして、その場に膝を曲げて寝そべる。
 答えが返ってこない事に不安を覚える。やはり触れられたくない事だっただろうか。
 オレはそう思い、ザフィーラを見る。

「知っている理由は聞かないのか……?」
「それは主はやてが知っていれば良い事だ。それに、その事実を知っているのなら安心だ。我らの勝手を、主はやては背負ってしまっている。事実とは異なり、多くの人間が主はやてが闇の書の事件を起こしたと思っているのが現状だ。だから、主はやてには心の許せる友人は少ない」
「心の許せる親友と家族が居れば、充分だろ。過去はどうであれ、今は幸せだと思う。それは、望んでも手に入らないモノだ」

 オレはザフィーラにそう言うと、また夜の街に視線を移す。
 心の許せる親友と家族。その両方を持っている人間が、オレの視界に広がる街の中にどれほど居るか。
 いや、持っては居てもその価値に気づいている人間がどれほど居るだろうか。それは失ったり、手放したりしない限り、当たり前のモノ過ぎて気づかない。
 オレは管理局に入り、涙を流す人たちを見て気づいた。当たり前の幸せに。
 昔、当たり前の幸せが無かったはやても、色々あるにしろ、今は当たり前の幸せを手に入れている。友人が少ないのも、周りとの年齢差が一番の原因だ。はやての性格ならだれとでも友人関係は築ける。
 だから。

「主はやては幸せ。そう言いたいか?」

 オレが言おうとした事をザフィーラが言った。
 言葉を取られたオレは黙りこむ。

「幸せなのだろう。家族すら居なかった時に比べれば。ただ、今、ようやく人並みに戻っただけだ。過去を考えれば、まだまだ幸せになっても罰は当たらない。だが、主はやてはそれが行けない事だと思っている節がある。それも我らのせいだがな……」
「幸せになってはいけないか……。はやてが幸せになっちゃいけないなら、誰が幸せになっていいんだろうな」
「私もそう思っている。主はやては幸せになるべきだ。だから、今日は嬉しかった」
「嬉しかった?」

 オレは今日のはやてを思い出す。
 友人と出かけ、お弁当を作るのがザフィーラには嬉しかったのだろうか。親しき友人が増えたと言う意味ではヴォルケンリッターからすれば喜ぶべき事か。

「その様子じゃ気付いていないようだな」
「何の話だ?」
「まぁ無理もないか。主はやてからは口止めされている。表情には出せないと約束できるか?」

 ザフィーラの念押しにオレは頷く。
 一体、はやては何をザフィーラに口止めしたのだろうか。
 全く見当もつかない。
 ザフィーラの口ぶりでは気づかなくてもしょうがないような事のようだけど。

「主はやてはお前と別れた後、すぐに事件の事を調べたようだ。そして、この部隊の事、追っている犯罪者の事を知り、私とシャマルに急いで戻ってくるように頼みこんできた。友達が困っているから助けたい。と。幾ら我らが主でも、すぐに作戦は立てられん。あれは入念にシャマルと主はやてが考えた作戦だ。偶然にしては、シャマルは作戦に適しすぎているとは思わなかったか?」
「な、な……!?」
「我儘と言うのも変だが、我らに頼み込む事は滅多にしない方だ。それも知り合ったばかりの人間のためだと言うから驚いた。けれど、私もシャマルもそう言う友人が出来た事が嬉しかった。そう言う面でも、我らはカイト・リアナードと言う人間に感謝している」

 ザフィーラはそう言うと、ゆっくり立ち上がる。
 驚きのあまり、声が出ない。ある意味ショックで、予想外だ。
 はやてがそれを隠していたからじゃない。それを隠していながら、全くその素振りを見せなかったからだ。狸に化かされた気分とはこんな感じかもしれない。
 優秀だ。万能だ。と思っていたが、まだまだ浅かった。底知れないとはこの事だ。一体、どこから計算でどこからが計算じゃないのか。

「顔にも態度にも出すな。少なくとも、主はやてはお前との関係に打算は持ち込んでいない。隠していたのも、主はやての気遣いだ。お前は主はやてに気を使われたり、心配されたりするのを嫌がるらしいからな」

 ザフィーラはそう言うと、開いているドアへ向かって歩き出す。
 話は終わりなのだろう。ザフィーラが喋っただけの気もするが。と言うか、ドアは閉めた筈。どうして開いているんだ。ザフィーラが開けたのか。
 そんな事を思っていると、ザフィーラが立ち止り、こちらには振り返らずにオレへ言葉を投げかける。

「お前は傍に居ただけと言ったが、傍に居ても何もしない事も選べた。だが、お前はあの時、主はやてにとって、ただ唯一の騎士になる事を選んだ。その選択を称賛していたぞ。我らが将がな」
「烈火の将……騎士シグナムが?」
「ああ。お前は弱い事を気にしているようだが、強さは後からでも身に付く。気にするな。強さの代わりにお前は折れない意志を持っている。それは努力では身に付きにくいモノだ。大切にし、誇れ」

 ザフィーラはそう言うと、ドアの向こうへと消えていく。
 オレの内心はバレバレだったようだ。流石は幾多の戦いを駆け抜けたベルカの騎士と言った所か。
 戦う者としては大先輩にはオレの悩みはお見通しと言う事だ。

「大切にし、誇れか……」

 オレは空を見上げる。雲が多い為、微かにしか夜天は見えない。
 彼らはあの雲のようにずっと主を守ってきたのだろう。そして幾度も失敗してきた。
 守護騎士プログラムとは言え、意志がある存在だ。良く耐えられたモノだ。オレなら耐えられない。はやてを守れなかっただけでこの有様だ。最悪の事態になったら間違いなく耐えられない。
 はやてだけじゃない。親しい人たちの死には耐えられない。だから力を欲した。目の前で誰かが傷つくのが嫌だから、すぐに強くなる事を望んだ。
 分かっている。急激に強くなる為に、オレはデバイスに頼ってきた。ヴァリアントにしろ、カーテナにしろ、高性能のデバイスに頼ったツケが今、来ている。頼りすぎた為に、オレ自身の技術が上がっていないのだ。
 雲の隙間から夜天が覗く。
 強くならなきゃいけない。雲も完璧には空を覆えない。いつか隙間が出来る。
 ヴォルケンリッターもそうだ。完璧じゃない。
 必要がないなんて事はない。ヴォルケンリッターのように強くなくても、隙間を埋められるほどの強さがあればいい。
 今のオレにはその力すらないけれど。無理に高みを目指す必要はない。

「強くなりたいなぁ……」

 今より確実に強くなる方法を知っているだろう人をオレは知っている。
 オレは空から視線を外して大きく息を吐く。
 方針は決まった。とりあえず、今はそれは置いといて。

「はやてを送る時にどうやってばれないようにするかを考えるか」

 送ると言う約束だ。おそらくはやても忘れてないだろう。
 こんな事ならそんな条件を付けなければよかった。オレの御約束。いつもの行動が裏目に出るパターンだ。
 ザフィーラには悪いが、顔を見て平然として居られる自信はない。
 オレは小さくため息を吐くと、ドアに向かって歩き始めた。



[36852] 第二十四話
Name: お月見◆31209bc4 ID:2a54bc87
Date: 2013/03/19 11:25
 ミーティアによる加速を生かして、オレは体を地面スレスレまで伏せた状態で相手の懐に潜り込む。
 相手がこちらを迎撃しようと、体を動かすが、オレはそれより速く体を跳ね上げ、右手に持ったカーテナも同時に振り上げる。
 相手を縦に切り裂く攻撃だが、体を僅かに横にずらしただけで避けられてしまう。
 オレは僅かな時間差で左手のカーテナを突きだす。回避の直後では流石に避けられまい。そう思っていた。
 だが、相手はその場にしゃがみこむ事でオレの左手の突きを避ける。同時に、起き上がる勢いを使って、オレの腹部を殴ってくる。
 拙いと思った時にはとんでもない衝撃が腹部に襲いかかってくる。咄嗟に後ろに飛んだが、威力を殺しきれなかった。
 相手との距離が開く。
 スピードはミーティアがある分、オレの方が上。しかし、攻撃が経験によって読まれ、避けられている。
 単調な攻撃では効かない。次の次を予想して攻撃しなければ当たりはしない。
 オレはそう判断し、先手を打つ為に一歩踏み出す。
 スピードのあるオレは先手の優位がある。それは絶対的なアドバンテージだ。だが、それはいとも簡単に崩された。
 相手が一歩前に踏み込んできたのだ。直線的な突撃に突撃を被せてきた。
 ミーティアの加速を生かした突きを放とうとしていたオレは、予想外の間合いの変化に調整を余儀なくされる。これで先手の優位は消え、オレは相手に合わせる後手に回ってしまった。
 それでも今更止まれない為、オレは右手のカーテナを突きだす。
 相手は余裕を持ってオレの左手側に回りこんでくる。そう仕向けたのだから当然だ。今の突きは敢えて、相手の左手側を狙った。そうすればオレの左側に避けるしか選択肢はないからだ。
 オレは左手のカーテナを真横に振りぬきつつ、突いた右手のカーテナも真横の振る。
 左右からの挟み撃ち。打つ手は二つ。上か下だ。
 下ならば蹴りで、上ならばミーティアによる体当たりを仕掛ける。
 ここまでは思い通りだ。
 だが、次の瞬間、相手はオレの予想を超えた。
 ミーティアの加速には二種類ある。体全体を加速する全体加速と、腕や足など、各部位を加速する部位加速だ。
 今は両腕とも部位加速をしていた。それは圧倒的なスピードを誇り、同時に威力も備えていた。
 相手はその手を掴んでいた。両方だ。
 無手の相手に高圧縮魔力刃を受け止める手段は無いと思っていたオレにはそれは衝撃的な光景だった。確かに手首や塚は魔力刃ではないが、加速魔法で加速している腕を掴むなど、人間業じゃない。

「なっ!?」
「驚いてる暇があるのか?」

 オレは言われて掴まれた腕を振りほどこうとするが、それよりも一瞬だけ早く、相手の蹴りがオレの腹部を捉える。
 バリアジャケット越しでも衝撃が伝わる。ダメージはそこまでじゃないが、肺から空気が逃げていく。
 今すぐ大きく息を吸いたい所だったが、相手はそれを許してなどくれない。
 オレは歯を食いしばって、掴まれた両手を振りほどいて、後ろへ飛ぶ。
 オレが一瞬前に居た位置に蹴りが飛んでくる。
 間一髪。
 だが、今がチャンスでもある。オレは再度地面を蹴って、相手との距離を縮める。
 今度は左右へステップを踏み、相手の目線をかく乱した後に、僅かに出来た相手の死角へ回り込む。
 相手の右腕の下。そこに飛び込んだオレは、迷わずカーテナを振りぬく。
 完璧なタイミングだった筈だが、それはギリギリで避けられる。
 オレは左右のカーテナを横、縦、前後に振っていく。時には緩急を使い、時には蹴りを交えた連続攻撃だったが、そのすべてをギリギリで避けられた。わざとギリギリで避けているんだ。
 こんな筈じゃない。
 そう叫びたかった。実際、もう少し通用すると思っていた。オレの管理局での経験がこうまで通用しないなんて。
 オレは連続攻撃を止めて、大きく後ろへジャンプする。距離を自分から開ける。
 せめて一太刀を入れる。
 既に左右のカーテナとミーティアの併用で魔力は底を尽きかけている。おまけにたびたび食らった打撃のせいで、体力も奪われている。
 これが最後のチャンス。
 オレはそう思い、最高加速で相手の懐へ潜り込むとして、体に悪寒が走るのを感じた。
 ヤバい。そう思ったオレは、咄嗟に両手のカーテナを体の前に持ってくる。
 瞬間。何かが横に走った。
 何が起きたかは見えなかった。けれど理解はできた。
 相手が腰に差してあったデバイスを引きぬいたのだ。
 理解と同時にカーテナから伸びた魔力刃が上下に真っ二つになり、砕けた。
 高圧縮の魔力刃を斬ったのだ。
 もしも防御していなかったらと思うとぞっとする。そして、自慢の剣がいとも簡単に壊された事はかなりショックだった。

「勘が良いじゃねぇか。そこだけは進歩だな。まぁお粗末な戦い方や、最後は特攻って所は変わってないがな」

 呆れたような、嘆くようなため息を吐いて、未だに色を保っている茶色い髪の大柄な老人がそう呟く。
 この人はベルカ自治領の端の山にある小屋に住んでいる元管理局員。
 オレの師匠であるヨーゼフ・カーターだ。



◆◆◆



 新暦71年10月20日。

 クラナガンで起きたデイビス・バッツ出没事件。
 十二年前の再来かとも思われたが、陸士110部隊と休暇中の魔導師の活躍により、犠牲者はゼロで解決。
 陸士110部隊が出した報告書はそんな感じだ。
 休暇中の魔導師を調べれば、はやてだと分かるが、調べなければわからない。つまり、本部は見て見ぬふりをした。
 まぁわざわざ本局から地上に指揮官研修中のエース魔導師の手を借りましたなど、本部の威信を貶める事を掘り起こす馬鹿もいないか。
 とはいえ、これでは全くはやてに旨みが無い。働き損と言える。そうは思ってはいないだろうが。
 だから、はやては、協力の報酬として一つ部隊長に頼み事していた。
 それは、自分が部隊を作る上でのバックアップをしてほしいと言うものだった。
 ようは、反対する声を抑えて欲しいと言うお願いだ。
 既に前払いで協力して貰っている部隊長がそれを断れる訳もなく、我らが部隊長ははやての夢を支援する事を決めた。
 と言っても、それは先の話。少なくともはやてが指揮官研修を終わるまでは実現することはない夢だ。だからオレたちの部隊が特別忙しくなる訳はない。
 そう思っていた。
 どうやら、デイビス・バッツを逮捕した事で本部の高官達は、今更ながら、陸士110部隊がかなり使える部隊だと認識したようで、色々と面倒事を押しつけてきた。
 おかげで、九月につぶれてしまった休暇の申請が通ったのは一カ月以上後の今日になった。
 ちなみに、九月十五日にオレは誕生日を迎え、十五歳になったのだが、本当はその日を休みにする筈だった。事件が立て込みすぎて無理だったが。
 はやてはオレの誕生日に合わせて休みを取る予定だったらしく、オレが休みを取れないと分かると、珍しく怒り気味だった。はやての予定では、ヴォルケンリッターを紹介する予定だったらしい。それはまたいずれ機会がある時にと言って宥めるのに、結構苦労した。
 そんなわけで、一年に一度の誕生日すら仕事だったオレは、全く予定のない日に休暇をもらう事になった。
 いつもならば久しぶりの休日とばかりに遊びに行くか、のんびり過ごすかだが、今回はちょっとばかし違う。
 休日の今日。足を向けたのはミッドチルダのベルカ自治領。
 ここにはオレの師匠であるヨーゼフ・カーターが隠居してる。現役時代、教会騎士、犯罪者問わず、ベルカの関係者を叩き伏せていた男がベルカ自治領で隠居とは、どういう皮肉だと思いつつも、オレは師匠を訪ねてきていた。
 数年間、全く連絡を取ってない。というか取れなかったが、自分の場所だけは移動する度にヴァリアントに知らせていた為、こうして会いに来る事が出来た。
 約五年前に陸士訓練校に入る事を決めたオレは、師匠の教えを最後までは受けていない。その時は前線で早くから戦う事が強くなる事につながると思っていたが、実際は違った。師匠はオレを引きとめる事はしなかったが、それはおそらく、こうやって会いに来る事を予想していたからだろう。
 いつか壁にぶつかるぞ。そう言った師匠にオレは大丈夫ですと自信満々に言ったが、今思えばとても恥ずかしい。消し去りたい記憶だ。
 ため息を吐きながら山道を歩いていると、大きめの山小屋が見えてくる。
 地図を見る限り、あの山小屋がそうだろう。
 そう思ったオレは久しぶりの師匠との再会に胸を弾ませた。
 のだが。
 そんなオレの気持ちを裏切るようにヴァリアントがいきなり喋り出した。

『相棒。気をつけろ。あいつが普通の再会をする筈がない』
「……そう言えばそうだな」
『いつ襲われてもいいように準備しとけ。隠居して暇を持て余してるジジイだ。何してくるか分かんないぞ』
「よく分かってるじゃないか。ヴァリアント。流石は俺の元相棒だな」

 オレは後ろから聞こえてきた覚えのある声に背筋を伸ばす。
 そして、そんな事をしてる場合じゃない事に気づく。

「ヴァリアント!! セットアップ!!」
『はいよ。死ぬなよ。相棒』

 バリアジャケットが装着された瞬間、オレは思いっきり殴られた。



◆◆◆



「で? どの面下げて会いに来た?」

 師匠は山小屋の近くにある大きめの石に腰かけると、オレに向かってそう言った。
 オレは師匠の前で立ったまま答える。

「自分が弱い事を理解しました……。それと」
「強さが必要になったか?」

 オレの言葉を師匠が取る。
 ヴァリアントに自分の居場所を伝えていたのなら、ヴァリアントにオレの現状も聞いているのだろう。
 師匠は石も上で胡坐をかくと、オレに向かって言い放った。

「お前がどうなろうと知った事じゃない。だが、八神はやてが関わっているのなら別だ」
「ええ。オレもはやてが関わってなかったら、師匠には会いに来ません。命が幾つあっても足りませんから」
「何がはやてだ。一丁前に騎士になったつもりか? 馬鹿弟子が」
「……そのつもりでした。師匠に闇の書の事件を聞く度に、オレは心のどこかで可哀そうな夜天の王を助ける騎士なんだ。あなたが守れない代わりにオレが守るんだ。そう……思っていました。けれど違いました。オレにそんな器はない」

 言っていると悲しくなるし、空しくなる。
 地上の英雄、ヨーゼフ・カーターの弟子になった時点で、オレは選ばれたのだと思っていた。
 思いさえあれば、力は師匠がくれるのだと思っていた。強くなると言う意志さえあれば、強くなれるのだと思っていた。
 子供だった。今よりもずっと。
 だから与えられたモノを自分の力だと思った。半端な力を無敵だと思っていた。

「ああ。お前にそんな器はない。いや、この世界にそうあれる人間なんていやしない。夜天の王、八神はやての騎士はヴォルケンリッターのみだ。だが、お前は自分もそうなれる思っていた。その思いが純粋だからお前に力をやった。もしかしたらそうなれるかもと俺も思った。けれど、お前は違った。五年前、お前は八神はやてを守る騎士になる道を捨てて、多くの人間を守る道を選んだ。今日まで俺と修行じていれば、ヴォルケンリッターにも負けない騎士になる可能性もあったというのに」
「すみません……」
「別にいい。俺は元々人に教える柄じゃない。思い通りにならなくても、俺の意志をお前は継いでいる。それだけで良しとするさ。過去を見ても何も戻ってはこないからな。正直、今のお前をヴォルケンリッタークラスまで引き上げるのは難しい。だが、やってみなくちゃわからんのもまた事実だ」

 師匠はそう言うと、腰に差してある大きな棒状のデバイスを取りだす。
 それは良く知っている。オレが持っているカーテナのモデルになったストレージデバイス。

「単一魔法専用ストレージデバイス・ガラティーン。元々、このデバイスは古代魔法の一つ、斬撃魔法ガラティーンを再現する為に俺がグレアムと作ったものだ。使える魔法も一つしかないならば、デバイス名もガラティーンで良いだろうとつけた名だ。安直だがな。それでだ。言いにくいんだが、お前が持っているカーテナはこのガラティーンを再現する為に作ったモノだが、正直、劣化も劣化でな。満足にお前に調整した訳でもないし、俺は練習用くらいにしか思っていなかった」
「……はい?」
「だからだ。とりあえず強くなるとか以前に、そのデバイスをお前用に調整する所から始めるぞって言ってるんだ」

 まさかの新事実だ。カーテナが練習用だったなんて。
 てっきりオレ用にしっかり調整されたデバイスなんだと思っていた。
 部隊のデバイスマスターも構造に驚いていたから、すごいデバイスだと思ってたのに。

「つまり、オレは練習用デバイスで戦っていたと……?」
「まぁそうとも言えるが、正確には自分に向いてないモノで戦ってただな。お前は俺と違って魔力量が少ないし、戦い方も違う。ガラティーンは膨大な魔力を圧縮して防御ごと斬る事を目的とした剣だ。カーテナはそのガラティーンを一応は再現出来ている。ただ、お前用に二本作ったが、魔力の少ないお前への配慮はしてない。つまり、魔力は単純計算で二倍掛かる。修行を続け、ある程度使いこなせるようになったら、デバイスも魔法も改良して、お前用の剣、軽く鋭い双剣を作るつもりでいた」
「何で言ってくれなかったんんですか!? オレがそのせいでどれだけ魔力運用について頭を悩ませたか!」
「だって、お前、管理局入りますって言ってさっさと行っちゃたし。大体、自分でも把握してないような武器で戦おうって言うその心構えが悪いんだよ。魔法もデバイス無しじゃ発動できないモノばかりだし。俺だったらそんな恐ろしい装備で戦場には行かんね」

 このクソジジイ。
 自分で与えておいてなんて口ぶりだ。それを最強の武器だと勘違いしてたオレも悪いが。でもオレは十歳だった。しょうがない。
 大人げないにもほどがある。絶対に修行を途中でやめたのを根に持っていたんだ。じゃなきゃヴァリアントを通して伝える筈だ。

「じゃあ、オレ用のデバイスを作るとしたらどれくらい掛かりますか……?」
「さてねぇ。俺がこいつを作った時はグレアムが一緒だったしな。俺一人だとどんだけ掛かるか分からん。とりあえず設計図はあるが、いかんせん、俺は本職のデバイスマスターじゃないしな。二、三年待て」
「そんなに待てません! また、いつあの三人が襲ってくるかわからないのに! 恥知らずと知っていながら、ここまで来たんです! 師匠なら何とかしてくださいよ!!」
「流石は俺の弟子。言ってる事、無茶苦茶だな。修行をほっぽり出したのはそっちだろうに」

 師匠は呆れたようにそう言うと、よっこらせ。と言って石の上で立ち上がり、そこから軽くジャンプして飛び降りると、小屋へ向かって歩き出す。

「まぁ方法は考えてやる。とりあえず昼飯だ。準備しろ。調達しに行くぞ」
「調達……?」

 オレは首を傾げるが、すぐに理解する。
 ここは基本的に自給自足なんだ。
 オレはそれに気づいて項垂れる。
 昼飯を取りに行く為に会いに来たわけじゃないのに。

『諦めろ。相棒。ペースに飲まれた以上、付き合う以外に道はねぇよ』

 相変わらず、よく自分のパートナーを理解しているデバイスだ。
 オレはため息を吐くと、師匠の背中を追った。



[36852] 第二十五話
Name: お月見◆31209bc4 ID:2a54bc87
Date: 2013/03/20 08:49
 木から木へと飛び移り、森を意気揚々と駆けていく師匠をオレは追いかけていた。下から。
 この森は木と木の間隔が短く、とても走りにくい。師匠のように移動するのが一番早いと思うが、とてもじゃないが、身体強化もせずにあんな事を出来る自信はない。

「化け物ジジイめ……」
『魔力も体力も底を尽きかけてるんだ。しょうがないだろうよ』
「一戦を終えたばかりなのは向こうも一緒だし、何よりもう年だろ!?」
『まぁ伊達に地上の英雄と呼ばれてた訳じゃないって事だろう。身体能力だけ比べれば、相棒とあいつは別の生き物だ』

 師匠と同種と言われるのは嫌だが、だからといって劣っていると言われるのは腹が立つ。
 体が重い。息が続かない。
 疲労もあるが、慣れない道を走ってるのが一番の理由だ。先が見えない。
 必死に師匠の背中を追い掛ける。

『五年前もこんな事ばかりしていたな』
「ああ! 思い出したくない記憶だ!」

 ヴァリアントにそう言いつつ、オレは思い出す。
 師匠に弟子入りした時から、オレはずっと師匠の背中を追い掛けていた。
 弟子入りしたのはちょうど今から五年前。十歳になったばかりの頃だった。
 ミッド北部の街に住んでいたオレは、誕生日の日に交通事故に遭い、父を亡くした。その事故でオレを庇った母は下半身不随になり、病院から一生出れないと言われた。
 親戚の類が居なかったオレは、管理局の施設に入る事以外の選択を選べなかった。当たり前だ。一人で生活する術をオレは持っていなかった。
 父の死や母の状態を思い、悲しみに浸る時間もなく、オレは街にある施設へ移された。
 一か月ほど無気力になっていた。そんな時に師匠に出会った。
 街の外れに住んでいる背の高い老人としか思っていなかったが、朝、偶々、師匠の鍛錬を見てしまった。
 憧れた。師匠が使っているデバイスがどんなものか。師匠が行っている鍛錬がどんなものか。全く理解していなかったが、その圧倒的な存在感に憧れた。
 それから師匠の所に行くのが日課になり、ちょうど弟子を探していた師匠は、練習台程度の気持ちで、オレを弟子にした。
 毎日が充実していた。
 母も喜んでいた。沈んでいたオレが楽しそうだったからだ。
 弟子入りしてから一カ月ほどして、師匠は母に自分の経歴を明かした。それを聞いたオレは興奮した。
 自分は特別なんだと、選ばれたのだと思った。
 弟子入りして半年ほどで、師匠は闇の書の事件と、自分の後悔を話してくれた。
 それが益々、オレの勘違いに拍車を掛けた。
 師匠の代わりに夜天の王を守る。それがモチベーションになった。
 十一歳の誕生日を迎え、オレはヴァリアントとカーテナを受け取った。その時に、それがオレには過ぎた力だと気づく事が出来なかった。
 十一歳の三月の初め。基礎的な修行から、戦い方の修行に移り始めた頃、オレは街で犯罪者を捕まえようとしてた管理局員に協力した。
 その管理局員はオレに陸士訓練校への入学勧めた。そこまでの力があるならば、人の為に使うべきだと。
 それが魔法資質のある子供に言う文句だとは知らずに、オレは浮かれた。認められたのだと思った。思ってしまった。
 この力を人に役立てる為に、管理局の陸士訓練校に入ると言った時、師匠は止めなかった。ただ、いつか壁にぶつかると、強さを求める時が来ると、それでもいいのか。とオレに繰り返し言うだけだった。
 陸士訓練校に入れば強くなれる。早くに現役の管理局員になり、実戦経験を踏む事が強くなる近道で、それがいつかは夜天の王の騎士へと繋がると思っていた。だからオレは耳を貸さずに大丈夫ですと言った。
 その結果が今だ。
 陸士訓練校を一年で卒業し、十二歳で管理局員になった。そして陸士110部隊に入ると、オレは実戦で生き残る為にその場その場の力を重視した。
 剣術も我流になり、いつしかオレの成長は止まっていた。
 気づいたのは大分前だ。けれど認められなかった。
 部隊長も先輩たちも気づいていただろうが、オレには何も言わなかった。自分で気づかなければならない事だった。それに、その時のオレは言われても、間違いなく耳を貸さなかった。
 認めたのはアトスに敗北した時。
 短期決戦ならばどんな相手にだって負けないのだと思っていた。オレがすべきことはいかに魔力を節約し、上手に戦うかだと思っていた。
 実際、オレはその時までに犯罪者を何度も捕まえ、二年強で陸曹までなった。通常の陸士よりは断然早い。それが最後の自信だった。
 その昇進も、事件を多く引き受ける110部隊の性質と先輩たちのフォローのおかげだとは分かっていた。けれど、局内で認められている。その事実しかオレには無かった。
 そして、最後の自信もアトスに砕かれた。その階級が強者には無意味だと教えられた。
 守りたいと思った人さえ守れないほどに自分が弱いんだとようやく認める事ができた。だからここまで来た。
 師匠は過去を見てもしょうがないと言っていた。それは分かる。
 けれど、いつまで経っても追いつけない師匠の背中を見ていると、何故、あのとき、管理局に入る事を選んでしまったのか。そんな後悔がこみ上げてくる。

「縮まらないな……」
『遠いと理解できるようになっただけ進歩だろうよ。昔は追いつけると思っていた。少しは成長してる。あんまり考えるな』
「お前は本当によくできたデバイスだな……」
『英雄のデバイスだからな』

 なるほど。それもそうかと思いつつ、オレはおしゃべりを止めて、足の回転を上げて、スピードを上げる。師匠がスピードを上げたのだ。






 目的地の川に辿りついた瞬間、オレは崩れるように石の上へ座りこんだ。
 師匠はオレより早く到着していた為、すでに釣りを始めている。

『なぁ相棒。毎回思うんだが、あれは釣りか?』
「はぁはぁ……違う……あれは捕獲だ……」

 息を切らしながらオレは少し離れた所に居る師匠を見る。
 師匠は竿を持っていない。今ではなく、少なくとも五年前も釣りが趣味と言いながら持っていなかった。
 その代わりにワイヤー・バインドを発動させている。師匠の釣りは単純明快。ワイヤーバインドで縛って引き上げる。それだけだ。
 言葉にすれば簡単だが、これは相当難しい。なにせ対象が小さい上に水の流れを計算して発動しなければならない。
 そんなに面倒なら普通に竿と餌を使えばいいと思うが、難しいと感じるのはオレであって、師匠ではない。
 師匠が腕を振る度にワイヤー・バインドが川へと入り、魚を縛って連れてくる。
 こんなに簡単に魚を獲れるのに、本人は釣りが趣味だと言い張る。まずもってそれは釣りではないし、魚との駆け引きが一切ないため、楽しみがないと思うのだが、師匠は相手を圧倒する事が大好きな為、これがお気に入りらしい。
 オレが息を整えている数分ですでに陸に上がった魚の数は十を超えている。この人の性格からして、あれはオレの分ではなく保存用だろう。働かざる者食うべからずと言うのが信条だ。自分の分は自分で確保しろと言うに違いない。
 あんまり休んでいると、オレが取るべき分まで取られてしまう。
 オレは昼飯の為に立ち上がると、川を良く見る。
 勘が鈍っていなければ、これで魚の居場所がわかる。五年前はほぼ毎日やっていた。簡単には鈍りはしない。
 微かな違和感を感じる。そこに魚が居る。

「ワイヤー・バインド」

 オレが右腕をゆっくり振る。
 ワイヤー・バインドが先ほどの違和感の場所より僅かに横へ向かう。
 ビンゴ。
 魚がオレの予測通り、ワイヤー・バインドの到達地点に移動する。
 そのままワイヤー・バインドが魚を縛り、その感触を受けて、オレはすぐに引く。
 しっかり確保できた事にほっとする。一尾確保すれば十分だ。なにせ昼飯の前にもう一度走らなければならない。多くは絶対食えない。
 オレは一息つくと、師匠の所へ向かい、いつの間にか師匠が出していた桶へ自分の魚を入れる。

「馬鹿弟子。お前、バインドの使い方が上手くなったな?」
「あー、そうかもしれないですね。街で起こる犯罪にガラティーンを使う訳にもいかないんで、これを使う事が多かったんですよ」

 皮肉なモノだ。強くなると信じて管理局に入ったのに、磨かれたの戦闘能力ではなく、犯人確保に必要だったバインドの扱いとは。
 いや、考えればわかる事か。管理局は大前提として犯人は捕まえる事としている。その組織に入れば、捕縛技術が上がるのは頷ける。というか、ガラティーンは明らかに過剰で、通常の時は使う事が殆どなかった。
 ため息が出る。今の状況と、昔の自分の考えの足らなさにだ。
 そんなオレに師匠がバインドを振りながら聞いてくる。

「ランディから多少聞いてるが、随分と無茶してるらしいじゃねぇか」
「弱さを受けいれる事が出来なかったので、与えられた任務はがむしゃらにこなしました……」
「将来を考えれば、誰かに助けてもらいながらでも、自分の戦い方を変えるべきだったんだがな。大抵の事をどうにか出来る力を俺がやっちまったのがいけなかった」
「力だけを受け取ったオレが悪いんですよ。自業自得です」

 オレの言葉を聞いて、師匠は意外そうな顔をする。

「よく分かってるな。お前の自業自得だ」
「人に言われると腹が立つんですけど……!」

 オレがそう言うと、師匠は豪快に笑ってバインドを消す。既に桶が一杯だから止めたんだろう。
 師匠は魚で一杯になった桶を持つと、来た道を戻り始める。

「まぁ教えた責任ってヤツはとってやる。昼飯食ったら、手を打ってやる」
「手を打つって、何か方法があるんですか!?」
「ああ。あるぞ。デバイスも作れて、お前も強くなれるとっておきがな」

 そう言って師匠はニヤリと不敵な笑みをオレに見せた。



◆◆◆



 地獄のようなマラソンが終了し、焼いた魚を食べたオレと師匠は、師匠の山小屋の中に居た。
 山小屋には簡素なベッドや僅かな生活用品があるだけで、質素の一言に尽きた。
 地上の英雄とまで呼ばれている人の家とは思えない。

「師匠……。お金ありますよね?」
「ああ。めちゃくちゃあるぞ。稼いだ分と退職してから貰った分」
「もうちょっと住みやすい所にしませんか? クラナガンとか」
「嫌だ。あの街はレジアスの小僧が牛耳ってるんだぞ? あいつ俺を見つけたら、夜間徘徊でも監獄にぶち込むだろうよ」

 どれだけ嫌われてるんだ。と言うか絶対に個人的に何かしたんだろう。いくら裏切り者と呼ばれていても、そこまでするのは深い恨みがあるからだろう。

「一体、何をしたんですか……?」
「クラナガンにあるあいつの家を壊した事がある」
「最低ですね。完全に師匠が悪いじゃないです!?」
「犯罪者を追ってる最中で、あいつが後ろで指揮官やってたんだよ。権利の関係で施設に損害が出ると問題だから大規模な攻撃を避けろっていうから、あいつの家の上空に追い込んでぶちのめしたら、壊れた。家が脆いのが悪い」
「それは監獄に入れたくもなりますよ。反省してないですもん」

 可哀そうに。なんだが一気に親近感が湧いてしまった。それでもあの人は好きになれないが。
 そんな事を考えつつ、オレは唯一ある机にいくつも紙が重ねられている事に気づく。

「これは……?」
「お前が高レベルのベルカの騎士と戦った事や、AMFを搭載した機械と戦った事はヴァリアントから送られてきたデータで分かっていた。いずれお前が来るだろうってのもな。だからお前用の剣を考えて置いた。それはその設計図だ」
「これが……オレの剣?」

 設計図には二本の剣が書かれていた。魔法を使用した場合の完成図だろう。
 長さは七十センチほど。オレの身長ならば、二刀流で闘う場合はこのくらいの長さがちょうどいい。
 他にもいろいろあるようだが、どれも見ただけじゃ全貌を把握できない。

「それで、だ。お前は強くなりたいから俺の所に来たんだろうが、ぶっちゃければ、一日で強くなる便利な方法など知らん。お前、長期休暇取れるのか?」
「えーと……多分、無理です」
「だろうな。ランディもお前に成長して貰いたいみたいだが、お前でも戦力と言えば戦力だ。すぐには長期休暇はくれんだろうな」

 今日の休みですら一カ月掛かった。長期休暇など以ての外だ。おそらく長期休暇を取れば、多くの恨みを買う事になる。正確に言えば先輩たちから。
 全く持って計算外。師匠がオレの為にクラナガンまで来てくれるのを期待してたんだが、さっきの話を聞く限り、望みは薄い。
 規格外な師匠でも、流石に無理か。

「だから俺がお前を鍛える事は出来ん。そもそも俺の戦い方を教えるにはお前は癖がつき過ぎてる。既にお前は俺とは路線の違う魔導師だ。スタイルの違う人間じゃ教えきれない事が多い」
「それは理解してます……。自業自得と言われればそこまでですけど。それでも強くなりたいんです! 今までの戦い方も捨てます! 師匠! どうにかできませんか……?」

 オレの必死の訴えを聞き、師匠は大きくため息を吐く。しかたないと言う感じのため息ではない。呆れたと言う感じのため息だ。

「お前はいつまで経っても人の話を聞かんな? 大体、時間が無いと言ったのはお前だろ? 一から鍛えなおしていたら、何年掛かるか」
「それは……そうですけど。じゃあ手があるんですか……?」
「だから言ったろ。とっておきがあるって」

 師匠はそう言うと、上を指差す。
 オレはその指を辿って上を見る。天井しか目に入らない。

「天井……?」
「違う。もっと上だ。と言うか次元の向こうだ」
「はい……?」
「本局の俺の後輩にお前を鍛えて貰えるように頼んでやる。んでもって、本局でデバイスも作ってもらえ」

 オレはそれを聞いて首をかしげる。
 部隊からの申請ならまだしも、個人のデバイス作成の申請が通るのは基本的に無い。幾ら本局でも一々対応をしていられないからだ。
 この机にある設計図に書かれているのはオレ専用のワンオフ型。高級デバイスの類だ。まず間違いなく通らないだろう。

「師匠……。デバイス作成の申請は通せないですよ……」
「ああ。問題ない。試作機扱いにすれば幾らでも作れる部隊だから」

 試作機扱いにすればデバイスを幾らでも作れる部隊。そんな部隊、聞いた事がない。あるとすれば、試作機をテストする部隊だけだ。
 オレはそこで気づく。
 一つだけ心当たりがあった。
 試作機をテストする部隊。それだけをする部隊は無い。
 ただ、装備や戦闘技能のテストや研究を『平時』の業務としている部隊がある。

「まさか……!」
「戦技教導隊。そこの部隊長が俺の後輩だ。しっかり可愛がってもらって来い。教える事のスペシャリストだ。お前が望むように短期間でも強くなれるぞ!」
「ま、待ってください! 師匠が頼んでくれるのは嬉しいです! けど、教導隊に行くのも、師匠の所に行くのも、部隊を空けると言う意味では変わりありませんよ!」
「安心しろ。戦技教導隊内に試作装備を扱える人間が居ない場合、特例でその装備に適正のある人間を教導隊へ出向させる制度がある。代わりに教導隊からその部隊に魔導師が出向するから、部隊の戦力は減らない。と言うか増加だ」

 俺が良く使っていた制度だ。と師匠は豪快に笑いながら言う。
 確かにオレ用に調整されたワンオフ型のデバイスはオレにしか扱えないだろうが、なんて無茶苦茶な制度だ。
 師匠が使っていた制度と言う事は、地上に居る師匠を本局が裏技として使う為に作った制度だ。いまだに残っているなんて。
 オレが引き抜かれて、代わりに教導隊の人間が来るならば、地上本部は文句は言わないだろう。そもそも教導隊は空の所属だ。海じゃない。
 ああ。ダメだ。否定する材料が無い。

「死にはしない!」

 そうやって師匠は笑うが、師匠は知らないのだろう。あそこにとんでもないエースが加わっている事を。
 デバイスのテストであるなら、当然、模擬戦もするだろう。もしも彼女が出てきたら、あの桜色の砲撃を食らう事になってしまう。
 ビルを破壊した砲撃が頭をよぎる。
 分かってる。規格外的な意味じゃ師匠もどっこいどっこいだが、あの砲撃のインパクトは師匠には無い。
 何でもするうつもりの覚悟出来たけど、よもや最悪の場所に行かされるなんて。

「オレに悪魔の巣窟に行けと……?」
『諦めろ。相棒。もう決定だ』

 ああ。終わった。
 心の中で涙を流しながら、オレはそう思った。



[36852] 第二十六話
Name: お月見◆31209bc4 ID:2a54bc87
Date: 2013/03/20 21:05
 新暦71年12月20日。

 クラナガン・陸士110部隊・部隊長室。



「納得できません!!」

 僕のデスクに半ば乗る形でベルファスト君がそう言ってくる。やっぱりこの子の顔は怖い。

「そうっす! 納得できないっす!!」

 フェルニア君もそれに続く。最後の一人、クライアンツ君に目を向ければ、彼は肩を竦める。

「理由を教えてもらえませんか?」
「リアナード君の本局への出向の事かな?」
「そうです! どうしてあいつだけ本局なんですか!?」
「俺らも行きたいっす! 本局に行ってみたいっす!!」

 僕は思わずため息を吐きそうになる。流石に部下に対してため息を吐く訳にもいかないので堪えたけれど。
 そう言えば、行き先を言ってなかった。リアナード君も急な呼び出しで説明している時間が無かったようだし。

「そんなに行きたいのかい? リアナード君が行った場所に」
「行きたいですよ! 俺たち地上部隊所属の人間が本局に行く事なんて滅多にないですし」
「本局部隊に出向となれば、後々、本局へ転属も可能っす!」
「本局に行かないのは、お前らが資格とか取らないからだし、本局部隊から引き抜かれたら、今度は地上に戻ってこれないぞ……。はぁ、何でお前らは馬鹿なんだ?」

 僕の気持ちをクライアンツ君が代弁してくれた。流石は分隊長。こう言う所が二人とは違う所だ。
 さて、そろそろ出て行ってもらうとしようかな。まだ、今日の書類は片付いてないんだ。

「そこまで言うなら手配してあげてもいいけど、君たちはリアナード君が行った所を知ってるかい?」
「知りません!」
「知らないっす!」
「戦技教導隊だよ」

 三人の顔が固まる。そして、徐々に青くなっていく。
 教導隊と模擬戦をさせたのは間違いだったかな。トラウマしか残ってないみたいだ。

「試作デバイスのテスターだよ。だから、教導官との模擬戦もある。行くかい? なんなら今から」
「失礼しました!」
「お忙しとこごめんなさいっす!!」

 二人が勢いよく部隊長室から出ていく。まぁ気持ちは分かるけどね。

「戦技教導隊ですか……。あいつにはレベルが高すぎる気がしますが……」
「色々あってねぇ。それに本人の希望でもある」

 僕は一息入れると、デスクの書類にペンを走らせながらクライアンツ君に言う。

「死にはしないさ。多分、きっと、そうだと信じてる」
「自信はないんですね……」



◆◆◆



 時空管理局本局・戦技教導隊本部・訓練室



「アクセル・シューター!」

 またあれだ。
 あの規格外な中距離誘導弾。
 最大で何発撃てるのか分からないが、今の所は最大同時発動数は十発。
 戦闘が始まってから、一歩も動かずにあの誘導弾だけでこちらを良いように翻弄している。
 ミーティアを使えば切り抜けられない事もないけれど。

「避けた後に地獄が待ってそうなんだよな……」
『教導官と遮蔽物の無い空間で戦ってる事自体が地獄のような気がするがな』

 全くその通りだ。
 来て早々いきなり訓練室に連れてこられて、今から模擬戦をしてもらうと言われた時は、流石は教導隊。戦うのが仕事なだけある。と思ったが、それは間違いだったと、バリアジャケット姿の高町二尉が登場してから分かった。
 この人たちの仕事は相手をとりあえず完膚なきまで相手を叩きのめす事だ。
 一々言葉で説明したりしない。
 部隊のモットーは徹底的に打ちのめせ。言葉で教える訳でもなく、見て学べと言う訳でもない。食らって、やられて覚えなさいの管理局最強の部隊だ。
 今、何が目的で模擬戦が行われているのかは分からないが、間違いなく言えるのは、オレを勝たせる気はないと言う事。
 この誘導弾を攻略すれば、今度は砲撃魔法が飛んでくるかもしれない。
 今はオレに合わせて地面にいるが、おそらく近付けば飛ぶ。近づかせる気もないだろうが。
 空に上がる全ての魔導師の憧れ。誰もが認める無敵のエース。航空戦技教導隊不屈のエース。
 エース・オブ・エースの称号を持つ二等空尉、高町なのは。
 はやての幼馴染にして命の恩人。
 オレは誘導弾から逃げるのを止めて立ち止まる。
 それは、誘導弾をちまちまと一発ずつ斬っていた消極的戦法を切り替える事を意味していた。

「逃げないの?」

 高町二尉が誘導弾でオレを囲みながら聞いてくる。逃がす気もなかっただろうに。なかなか癖の強い人だ。
 オレは両腰のフォルダーに仕舞っているカーテナに手を掛ける。
 本当は、目先の勝負に拘っちゃいけない。それをしていたからオレは強くなれなかった。
 けど。

「あなたから逃げても始まらない。オレは逃げない為にここに来た」

 この人に今の時点で何もできないようなら、例え新しいデバイスを持っても、力をつけても変わらない。
 オレは左右のカーテナを抜き放つ。
 オレには重い魔力刃が形成される。
 オレはここに強くなる為に来た。今のスタイルのままだ。だったら、目の前の相手から目を逸らしちゃいけない。

「ドレッドノートに最も大事な事は……相手に向かっていく勇気だ!」
『相棒、来るぞ!』

 十の誘導弾が不規則な軌道でオレに向かってくる。
 オレはゆっくり息を吸い込む。
 全力は一分。
 それでどこまでいけるか。試す。

「ミーティア!」
『無茶するなよ?』
「それこそ無茶だ!」

 オレは誘導弾を振り払う為に右に走りだす。
 ミーティアの加速に戸惑う素振りも見せずに高町二尉は平然と誘導弾で追撃してくる。
 少しは面喰ってくれるかとも思ったけれど。

「そう言えばめちゃくちゃ速い幼馴染が居たんだっけか」

 オレより速いのに慣れてればそりゃ驚かないか。
 オレは右回りから高町二尉に近付くのを諦める。
 誘導弾を振りきれないのは誘導弾がオレより速いからじゃない。オレの進路を予測して先回りをされているからだ。
 それなら。

「予測できない事をするだけだ」

 オレは右手にあるカーテナに出来るだけ魔力を込めて、ガラティーンが維持できるようにすると、最も高町二尉に近い誘導弾へ投げつける。

「デバイスを投げた……?」

 カーテナは魔力刃を維持したまま誘導弾に向かうが、進路上から誘導弾が移動してしまう。
 まぁ誘導弾に興味はないが。

「ワイヤー・バインド!」

 オレの右手から飛び出した蒼いバインドがカーテナの柄に巻き付く。

「!?」

 オレはそれを思いっきり横に振る。
 カーテナの進路が変わり、高町二尉に向かう。
 未だに誘導弾はオレに向かって来ている。
 お互いに防御か攻撃かを迫られてる。オレとは違い、向こうは両方出来そうだが。
 オレには攻めしかない。
 オレは真っすぐ高町二尉に向かって加速する。
 迫る誘導弾の追撃も追いつかない最高速度での加速だ。
 既にバインドは切っている為、どれだけオレが動こうが投げたカーテナの軌道は変わらない。もう動かせないとも言えるが。
 それでも構わない。長く戦うつもりはない。今、どれだけ通じるかを試すだけだ。
 高町二尉の右からは投げたカーテナ。左前方からは加速したオレの突撃。
 擬似的な挟み撃ち。
 オレはおそらく張られるだろう防御魔法も切り裂くつもりで思いっきり魔力を左手のカーテナに込め、ガラティーンを強化する。
 左下からの斬り上げ。
 今できる最高の攻撃だ。

「レイジング・ハート」
『ラウンド・シールド』

 高町二尉はオレの斬撃に対して、左手を前に出してシールドを張った。
 だが、ガラティーンには魔力をありったけ込めた。左右に意識を散らしたシールドなら斬れる。
 そう思ったオレの視界で高町二尉のデバイスが動く。投げたカーテナの方向へ。

「ショート・バスター」

 デバイスの先端から桜色の砲撃が発射され、カーテナの魔力刃を消し飛ばす。
 早撃ち。
 マッシュ先輩が得意な技術だ。
 それを砲撃でやってのけた。しかも片手間に。
 驚いている場合じゃない。
 左右の攻撃を受け止めるしか高町二尉には選択肢は無いと思っていた。防御が左右に割れれば、突破出来る。そう思ったからこその突撃だ。
 それが覆された。
 とはいえ、今更止まれない。
 オレはカーテナを両手で持って、思いっきり振り上げる。
 シールドと魔力刃が衝突する。

「くっ!」

 シールドはビクともしない。
 破れると思ったにも関わらず、ヒビすら入れられない。
 なんて固さだ。
 そう思ったオレに高町二尉が話しかけてくる。勿論、まだシールドと魔力刃はせめぎ合っている。

「すごいね。加速も斬撃も……予想以上だよ」
「それは……どうも!」

 何とかシールドを斬ろうと魔力を込めて圧縮率を上げるが、全く歯が立たない。
 これがエース・オブ・エース。
 今、会話している間だって、デバイスをオレに向けて砲撃する事も出来るし、未だに浮遊している誘導弾で背後から攻撃する事も出来る。
 教導官が戦闘中に喋るのは何かしらの意味がある。そう思い、オレは耳を傾け、そして耳に響いた冷たい声に背筋を凍らせる。

「なのに、どうして無謀な事するのかな……?」
「えっ……?」

 ヤバい。オレの今まで培ってきた勘が、生存本能がそう言っていた。
 ここに居るのは拙い。なんだか知らないが。
 エース・オブ・エースがキレてる。
 オレは全速力で動こうとして、自分の体が全く動かない事に気づく。
 そう言えば前もあったな。こんな事。
 見れば、両手と両足がバインドで空間に固定されている。空間固定型のバインドは高位魔法で発動にも時間が掛かる筈だが。
 ヴァリアントに念話で解いてくれと頼む。
 すぐに答えは念話で返ってきた。

『相棒、固すぎる。ちょっと時間くれ』
「少し、お話しよっか」
「えっと……」
「君はどうして突撃ばかりするの? そのスピードと斬撃魔法があれば、幾らでも戦法はあるでしょ?」

 冷たい声だ。そして僅かに俯いている為、よく見えない表情がオレの恐怖をあおる。
 怖い。師匠と対峙した時でもこんな恐怖を感じた事はない。

「それで今まで戦って来ました……。今更変えられません……」

 何とか言い返す。ここで会話を止めたら何をされるか分からない。既に左手のカーテナに魔力供給はしていない。ヴァリアントをバインドの解除に集中させる為だ。
 と言うか、誰か止めてくれ。この状態はどう考えてもオレの負けだろ。
 そう思っていると、高町二尉の横に空間モニターが出現する。
 オペレーターの女性が高町二尉の様子に若干ビビりながら言う。

『高町教導官……。データは取れました。模擬戦を終了してください』
「これは模擬戦じゃありません。教導です」
『えっ……? 高町二尉!?』

 高町二尉はそう言うとモニターを切ってしまう。
 やっべぇ。
 心底そう思った。
 この人、完全に暴走してるよ。オペレーターの言葉を信じるなら、これは来たばかりのオレのデータ取り。
 それ以上の意味は無い。
 それは独断で教導って。オレは確かに強くなりに来たが、高町二尉の教導を受けに来た訳じゃない。

『相棒。もうちょっとだ。もう少し話せ』
「高町二尉……? 拙くないですか?」
「いいよ。今は君の方が大事だから」

 すごい発言だな。オレの方が大事って。
 バインドで縛って、オレの方が大事って、どんなシチュエーションだよ。
 もうちょっと違う状況だったら美少女からの愛の告白とも取れるが、そうじゃないし、思えない。これを告白と取れるヤツが居たら、よほどの高町二尉のファンか、脳がいかれてるかだ。

「どうしても変えないの……? その戦い方を」
「変えません。一から新しい戦い方をやってたら」
『相棒!』
「遅いんです!」

 オレを両手のバインドと両足のバインドを同時に力任せに引きちぎる。
 即時発動とオレ相手って事で、構成が甘かったのが幸いした。しっかりやらてたらいつまで経っても脱出できなかった。
 オレは瞬時に高町二尉から離れる。砲撃を受けるにしても、せめて防御ができる距離を稼がないと。あの距離じゃ避ける事も防御もできない。
 そう思い、障害物のない訓練室を走るオレに高町二尉は自然体のまま話しかける。

「遅い? はやてちゃんの為?」
「!? ……そうです! いつ、この前の奴らが来るか分からないから、オレは少しでも強くなりたいんです! 一から戦い方を変えてたんじゃ」
「君は何も分かってないんだね」

 高町二尉はそう言うと、オレに向かってデバイスを向ける。
 しかし、オレに照準を合わせ続けるだけで、何もしてこない。
 そう思ったのは勘違いだった。
 気づいたら誘導弾に進路を塞がれてた。
 進路だけじゃない。全方位を囲まれている。数は間違いなく二十を超えている。

「なっ……!?」
「その戦い方を続けるから」

 高町二尉のデバイスの先端に魔力がチャージされていく。
 最初の時点でオレが知ってる高町二尉の砲撃魔法くらいの魔力がたまっていた筈なのに、それがどんどん高まっていく。

「ちょっ!」
「はやてちゃんがいつも泣きそうな顔をするの! 自分のせいだって自分を責めるの!」

 高町二尉の表情は魔力光の輝きで見えない。それぐらい魔力がたまってる。けれど、声は届いた。
 それは予想していた。
 オレが無茶をするたびにはやては自分を責めるだろう。それは分かっていた。
 オレに無茶をして欲しくないから、九月の時もヴォルケンリッターを連れてきた。
 オレの無茶をはやては嫌ってる。
 そんな事は言われなくても分かってる。だから強くなる為にここに来た。
 無茶を無茶と言われないくらいに強くなれるように。

「あなたに……お前に言われなくても分かってる! それでも助けたい、守りたいと思って行動するのはオレの勝手だろ!!」
「その行動で……私の親友が泣いてるの!!」
『マスター。チャージ完了です』

 オレの視界はすでに桃色の魔力光しか映っていない。完全にそれで埋め尽くされてる。
 それでも、ここで言い負ける訳にはいかない。親友が心配で仕方ないんだろうが、その思いにオレが負けてやる道理はない。
 オレだって同じくらい強い思いを持っている。そしてここに居る。
 強くなると、安心して見ていられるようになると、他でもないはやてに約束した。

「それでも戦い方は変えない! オレはこのまま強くなる!」
「っ!? それなら、それでいいよ。教導官らしく、力で考え方を変えさせてあげる」
『マスター。彼の言葉には一理あります』
「分かってる。分かってるけど! 私はこれ以上、はやてちゃんの重荷を増やしたくない!! だから」
『分かりました。それでは』
「いくよ!! ディバイーン・バスタァァァー!!」
『相棒!!』

 オレは真っすぐ向かってくる桜色の砲撃に対してカーテナを正眼に構えた。
 それが無意味でも、抵抗くらいはしないと癪だ。
 無難に防御魔法と行きたいが、オレ程度の防御魔法じゃあっても無くても変わらない。

「斬る!!」
『相棒!? 馬鹿はよせ!』

 そう言っている間に砲撃がカーテナの魔力刃と衝突する。
 体が思いっきり後ろに持って行かれるが、砲撃は何とか受け止めている。それも時間の問題だが。
 師匠より重い攻撃を受けたのは初めてだ。上には上が居るってことか。それとも高町二尉が本気なのか、師匠が手加減してくれていたのか。
 どれもあっている気がする。とりあえず分かった事がある。
 やっぱりこの人は。

「悪魔めっ……!」
「悪魔でいいよ。私は親友の為なら悪魔で良い!!」

 瞬間。砲撃の威力が増して、オレは桜色の砲撃に飲み込まれた。



[36852] 第二十七話
Name: お月見◆31209bc4 ID:2a54bc87
Date: 2013/03/21 03:11
 目を覚ますと、ベッドの上に居た。
 自分が何で寝てたのか良く思い出せない。
 オレは僅かに体を起こす。
 すると、横から声が掛かる。

「おう。目が覚めたか。カイト・リアナード」

 ベッドの横に見知らぬ男の人が居た。歳は三十くらい。燃えるような赤い髪に黒い目。身長はそこまで高くないと思うが、椅子に座ってる為、はっきりわからない。分かるのは言い知れぬ存在感があると言う事と、青と白の教導隊の制服を着ている為、教導官だと言う事だ。
 教導隊。
 それでオレは思い出した。確か高町二尉にやられたんだ。思いっきり砲撃で。

「あなたは……?」
「おいおい。顔も知らずに教わりに来たのか? 戦技教導隊隊長のアーガス・レイブラムだ。まぁ地上で言えば部隊長みたいなモンだ」
「部隊長!? し、失礼しました!」

 オレはそれを聞いて、体をしっかり起して敬礼する。同時に、この人が師匠の言っていた後輩だと察する。師匠の後輩にしては若い気がするが。
 オレがしっかりと体を起して敬礼したのを見て、アーガス隊長は感心したように頷く。

「流石だな」
「えっと……オレがですか?」
「お前じゃない。高町だ。どこも痛くないだろ?」

 オレは言われて、体を見下ろす。外傷は全くない。動かしてみても痛みはない。
 非殺傷設定であっても魔力は削られ、ある程度、体に影響が出る。ブラックアウトダメージで気絶すればなおさらだ。打撲や擦り傷くらいあっても良さそうだが。

「まぁヴァリアントが咄嗟にバリアジャケットの防御力を上げたからってのもあるけどな」
「あの……ヴァリアントは?」
「調整中だ。もうひとつのカーテナってのもな。とりあえず、お前はここで休んでろ。これからどうするか決める為に会議してくるから」
「これからどうするかって……試作デバイスのテストですか?」

 オレがそう言うと、アーガス隊長は肩をすくめて、首を横に振る。
 オレの質問に答えないまま、アーガス隊長は椅子から立ち上がる。

「えっと……」
「会議の内容はな」

 オレが尚も聞こうとしたからか、アーガス隊長は部屋から出る前にこちらに振り向いて言う。

「お前からカーテナを没収するかどうかだ。もっと言えば、お前の戦い方を矯正するかどうかってのを決めてくる」
「はい……?」
「ここは教導隊だぞ? 危険な戦い方が容認される場所だと思ったか?」

 アーガス隊長はそう言うと、部屋から出て行ってしまう。
 残されたオレは口を開いたまま、アーガス隊長の言葉を上手く理解できずにいた。



◆◆◆



 戦技教導隊本部・ミーティングルーム



 ミーティングルームに入った俺を中に居た七名の教導官が、アーガス隊長。と呟き、敬礼で迎え入れる。
 俺もそれに敬礼を返し、自分の席へと座る。
 船員が着席した所で、俺は話を切りだす。

「で、どうだ? データは」
「全員意見は一致しました」
「どれ」

 俺は資料を自分の方へ引き寄せる。
 最初にカイト・リアナードのパーソナルデータがあり、その次に使用魔法やデバイスの機能が書かれている。
 陸士110部隊から送られてきた情報と照らし合わせて、教導隊のスタッフがまとめた報告書だ。
 しかし、これは何ともまぁ。

「バランスの悪い奴だな」
「本人もそうですが、使用魔法が問題です。旧暦の時代の魔法を再現するのに、専用のストレージデバイスを使って、さらにインテリジェントデバイスのサポートを受けるなんて、非効率すぎです」

 ベテランの教導官がそう顔を顰めながら言う。
 特化型魔導師の極みみたいなモノだからその反応は分からんでも無い。

「全員一致って事は、リアナード陸曹からデバイスを取り上げる方向でいいか?」
「それしかないでしょう。専用デバイスさえなければ、ここまで偏った戦い方はしないでしょうし、魔力値は平均ですから、普通のストレージデバイスを渡せば、加速魔法に優れた魔導師に育てられます」
「まぁ一瞬だけ発動させる事さえ教えれば、ミーティアに関しては問題ないか。ただ、この突撃癖が厄介だな……。? 高町。何かあるか?」

 俺は思い悩むように椅子に座っている高町にそう聞く。
 高町は小さく頷き、口を開く。

「デバイスの没収はしなくてもかまわないと思います」
「お前は否定しただろ? 陸曹の戦い方を」
「はい。彼の戦い方はとても危険です。全く防御や後の事を考えていませんから。ただ、それは彼に知識が不足しているだけだと感じました。とても偏っているんです。その、上手くは言えないんですが、彼の戦い方は完成されていない未完成なもので、それを理解できていないから危険なんじゃないかと思うんです」

 流石はエース・オブ・エースの称号を持つ高町なのは。あいつの戦闘スタイル、ドレッドノートが未完成だと気づいたか。まぁあいつが使っているから未完成なんだが。
 まいったな。上手くあいつからデバイスを没収させる為に、高町と戦わせたのが間違いだったか。あの戦法の可能性に気づいちまったよ。
 危険極まりない戦法だから、危険性を教えるのは賛成だが、高町がドレッドノートを知るのは頂けない。

「お前の意見が正しいとして、どうする?」
「確か何十年か前の資料で同じような戦法を見た事があります。無限書庫なら詳しい事も分かると思いますし、私がそれで集めた資料を元に教導メニューを考えます。なので、彼を任せて頂けませんか?」

 仕事大好き人間め。厄介過ぎるな。無限書庫で探せばすぐに分かっちまうだろうし。そうすれば、こいつの事だ。上手く教導するだろう。
 まぁ、それはそれでいいか。いや、そうすると教導隊の教導データにドレッドノートが残っちまう。教導隊のデータベースにあんな戦法を残す訳にはいかない。
 無限書庫で眠らせておきたい戦法の一つだしな。どうするべきか。
 俺はあれこれ悩んだ結果、とりあえず自分がこの案件を預かる事にして、会議を終わらせる。

「最終的判断は俺が下す。とりあえず解散だ。あと、高町は残れ」
「あ、はい」

 俺がそう言うと、高町は大人しく椅子に座ったまま、全員が出て行くのを待っている。
 ようやく全員が居なくなると、俺はもう一度資料を手に取る。

「陸曹の感想を聞きたい。率直なヤツな」
「……折れない。それが私の印象です」
「折れない、か。まぁずっとあのスタイルで我を通してきたんだ。多少やられたくらいじゃ折れないわな。だから感情に訴えてみたか?」
「はい……。ただ、失敗でした。はやてちゃんの……友人の名前を出すべきじゃありませんでした。もっと頑なになってしまった気がします。言葉で訴えるなら、私は私の言葉で訴えるべきでした……」

 高町はそう言うと小さく肩を落とす。
 教導は感情的に行うモノじゃない。けれど、感情的な言葉しか耳に入らない奴もときたま居る。そう言う奴の扱い方は数を重ねる以外に身に着かない。教導官になって数年で、しかもまだ十五の高町には難しい相手だ。
 カーターさんも全くもって、厄介極まりないを頼んでくれたもんだ。俺にも立場があるんだがな。
 俺は高町の頭を何度か叩く。

「気にするな。まぁどっちかにするべきだったな。完膚なきまでに叩きのめすか、話をするか。両方は厳しい。特にあいつは人の話を聞かないタイプだ。そうじゃなきゃ、今頃、スタイルは変えてるさ。それにいきなりすぎだ。まぁ、あんな危険な戦い方を見れば、気持ちはわかるが」
「すみません……。話に聞いてたよりずっと危険だったので。特に、逃げから攻めに転じた時、彼は自分の身を考慮してなかった。模擬戦だったからと言えばそれまでですけど。多分、あの戦い方をずっとしてるんです。私は教導官です……。墜ちない、やられない戦い方を教えるのが私の仕事です。けど、私は……危ないと言う事を伝えきれませんでした」
「相手に伝える筈の言葉にお前の本音が入ってたしな。感情を表に出し過ぎるとセーブできない時が必ずある。だから教導官はいつでも冷静に、熱意は表にだしても、感情は出さないのが基本だ。理論的に説明しようと、打ちのめされようと、意地になって聞かない奴に対してだけ、感情的な言葉を使っていい。自分はこんな風に思っているんだと、な。下手に親友の友人だから、お前は親友の名前を出して、あいつの戦い方を変えようとした。そして、その後の答えにお前は更に感情的になった。それは間違いだ。教導官が相手と同じ高さに立ったらお終いだ。次は気をつけろ。とりあえず、あいつは俺が預かる。いいな?」

 俺がそう言うと、高町は小さく頷く。
 俺は高町の頭から手を離すと、ミーティングルームを出て、あいつが寝てる部屋へ向かう。
 高町はとりあえずは良しとするか。問題は、これからどうやってあいつに分からせるか。教えるべきか。
 デバイスが無くても、それでもドレッドノートを使うのは目に見えてる。デバイスを手放させてる間にドレッドノートの危険性を教えないと、機会を失う。
 危険性を知り、これまで自分がしてきた事を理解した上で、それでもドレッドノートを使いたいと言うなら、教えてやってくれ。そう言われたが、まさかこんなに教えるのが面倒そうな奴だとは思わなかった。
 問題なのは憧れが強すぎて、完璧に自分の師匠と同じようになろうとしている事。多くの事が違うのだから、自分に合わせて改良するべきなのに、あいつは二年間も戦い方に手を加えていない。
 それがいけないと言うのは簡単だが、何故いけない事なのかと理解させる必要がある。高町への返しを聞いた限りじゃ、自分の中で急いで強くなる必要性を見つけてしまってる。ただ、考えが足りない。
 がむしゃらに行動する事が良い時もあれば悪い時もある。今、あいつに必要なのは考える事、知ろうとする事。何も考えずに行動してるだけでは強くはなれない。
 真っすぐなのはいい事だが、視野が狭い。まずは自分の行動が周りにどういった影響を与えるのかを教えないといけない。



◆◆◆



 時間にして三十分ほど。そのぐらいでアーガス隊長は戻ってきた。
 三十分でどうにかオレはどうにか事態を自分なりに整理する事が出来ていた。
 つまり、オレが使用しているドレッドノートと言う戦い方が危険だと言う判断を、教導官が下したと言う事。おそらくこれで間違ってないだろう。
 アーガス隊長はさきほどと同じようにベッドの横にある椅子に座る。

「会議はどうなりましたか……?」
「俺が判断を下すことでまとまった」

 それはアーガス隊長次第という事。
 ちょっと安心した。師匠の後輩であるこの人なら、デバイスを没収したり、ドレッドノートを使うなとは言わないだろう。なにせ、オレを鍛えるように師匠から頼まれている人だ。

「それじゃあ……」
「お前のデバイスは没収だ。試作デバイスのテストもしなくていいから、この一カ月でまともな戦い方を覚えて帰れ」
「なっ!? どうしてですか!?」

 アーガス隊長の言葉にオレは思わず理由を聞く。納得できる理由が無ければ到底、それを良しとはできない。

「どうしてって質問が出る辺りがダメな所だ。分かんないのか?」
「分かりません! ドレッドノートは確かに危険ですけど、それはオレ一人の問題ですし、それに強力な戦術です!」

 オレがそう言うと、アーガス隊長はゆっくり息を吐く。その息の吐き方は知ってる。怒りを鎮めようとしている時の呼吸だ。師匠もときたましていた。
 アーガス隊長は何度か呼吸を繰り返した後、オレを射抜くように見て言う。

「きっちり説明してやる。良く聞け。まず、ドレッドノートを使う事で危険が自分だけの問題だと思っている事が間違いだ。お前の最大行動時間は約三十分。三十分を過ぎれば、お前は役立たずだ。分隊から一人欠ける事の意味は分かるだろ? それに、力を使い果たしたお前はいつもどうしていた? 毎回、仲間が助けてくれただろ? そのたびに仲間が危険と無駄な手間を被っている。強力な戦術と言うのも間違っている。お前の仕事は敵を倒す事じゃない。犯人を捕まえる事だ。民間人を守る事だ。ガラティーンとミーティアを発動させたお前は防御魔法すら満足に使えない。それで民間人が守れるか? 敵を素早く倒す事でお前はそれを解決していたようだが、そのフォローにまた分隊の仲間が回るんだ。お前がドレッドノートを使えば、使うほど、お前の仲間は危険に晒されるんだ。そんな事も分からず使っていたのか?」
「それは……でも、周りからフォローを受ける代わりに、オレは何度も人を助けて、犯人を捕まえています!」
「高町の言葉を聞いてなかったか? それを続ける度に周りはお前を心配する。そして、お前の行動のせいで負担の掛かる仲間たちを心配する。いい加減、認めろ。ドレッドノートを使うお前は危険だ。お前自身も、お前の周りも」

 アーガス隊長の静かな気迫に押されて、オレは僅かに下がる。
 言われてる事は分かる。ただ、今まで全く考えなかった事だけに、頭がついていかない。
 オレが混乱しているのを察したアーガス隊長は自分を落ちつけるように息を吐きだす。

「理由が欲しければ、幾らでもくれてやる。お前は視野が狭すぎて、周りの事を何にも見えてない。ゆっくり自分で考えてみろ。この部屋は自由に使っていい」

 アーガス隊長はそう言うと、椅子から立ち上がり、足早に部屋を出て行ってしまう。また残されたオレは、少し乱れた息を整える。
 整理しようとして、過去を振り返れば、確かに思い当たる節が幾つもある。
 分隊長もそれとなくオレに戦い方を変えるように言った事がある。オレはそれを分隊の足手まといになりたくないからと断った。どれほど周りが見えてなかったのか。どれほど自分の事しか考えて無かったのか。
 オレは唇をかみしめる。近くにヴァリアントが居ないのが苦しい。
 いつも思い悩んだ時はヴァリアントが助言してくれたのに。
 オレはベッドに横になると、深呼吸をして考えるのをひとまず止めた。このまま考え続けていると、最終的に自分を否定しかねない。
 落ち着いてから考えよう。そう思い、オレはゆっくり瞼を下ろした。



[36852] 第二十八話
Name: お月見◆31209bc4 ID:2a54bc87
Date: 2013/03/21 21:34
 新暦71年12月21日。

 時空管理局本局・戦技教導隊本部・隊長室。



 俺は目の前に提出された書類に目を通す。ある人間の教導メニューだ。
 全く持って良くできている。良くできているが。

「あいつについては俺が預かると言った筈だが、高町……?」
「申し訳ありません。ただ、どうしても気になってしまって……」
「高町。無限書庫で調べて、どこまで分かった?」

 俺は椅子の背もたれに体重を預けながら高町に聞く。
 教導メニューを見る限り、あらかた分かっちまったみたいだが。

「リアナード陸曹が使う戦術がドレッドノートと呼ばれるモノと酷似している事。それがヨーゼフ・カーター二佐が得意としていた事。二佐が使用していたデバイスがヴァリアントと言うインテリジェントデバイスである事。分かった事はそれくらいです」
「予想するには充分だな。で? お前はあいつがどう言う人物だと思う?」
「ヨーゼフ・カーター二佐の血縁者、またはその教えを受けた人かと。ただ、それにしては中途半端ですが……」

 俺はため息を吐くと、デスクの引き出しにしまってある一冊の本を取り出す。
 それはカーターさんの魔法やドレッドノートについてまとめられた本。カーターさんから知らせが来た時点で無限書庫から内密に借りたモノだ。

「ドレッドノートに書かれたのはこれだけだと思ったんだがな」
「やはり、リアナード陸曹の戦い方がちゃんとした戦術だと分かっておられたんですね?」
「ああ。試作デバイスを作らせて、あいつを呼んだのも俺だ。ヨーゼフ・カーター二佐の頼みでな」
「それなら何故、デバイスを取り上げたんですか? ちゃんとした戦い方を教えてあげれば」
「それじゃあダメだ。それじゃあ何の解決にもならない。教導は認めんよ」

 俺は高町の言葉を途中で遮って、そう言う。
 あいつ自身、ドレッドノートをしっかり理解しなければ、力をつけても意味はない。むしろ死ぬ可能性を上げるだけだ。

「デバイスを没収して、誰とも会わせないで、一体、何がしたいんですか? これでは彼が可哀そうです! 彼の強くなりたいと言う意志を踏みにじっています!」
「おいおい。最初にあいつを否定したのはお前だろうよ。悪魔とか言われてたし」
「構いません。それが彼の為になるなら、彼が死ぬ確率を下げる事が出来て、周りの人が救われるなら、私は悪魔と言われてもかまいません。あの時、彼の戦い方を否定した以上、私には正しい戦い方を教える義務があります」

 流石は不屈のエース。面倒なほど意志が強い。いつもは大したもんだと思うが、こうやって反対側に回られると厄介極まりない。
 どうやって説得するべきか。今は自分一人で考えさせる時間にしたいんだが。
 手を差し伸べるだけが教導じゃない。
 それを分かっていて、それでも教導をさせろと言っているから性質が悪い。

「それでもダメだ。あいつの事は俺に任せろ。お前はこれ以上、勘違いしたガキに付き合うな」
「勘違い……? 一体、隊長は何を知ってるんですか!?」

 しまった。口が滑った。誤魔化すか。いや、変に鋭いこいつにそう言うのは通じない。
 俺は諦めて、高町に事情を説明して分かってもらう事に決めた。それでも教導したいと言うなら、他の部隊へ教導に行かせるだけだ。

「はぁ、あいつは五年前、カーターさんの弟子になった。そして一年ほど教えを受けた後、修行を放棄して管理局に入った。自分がすでに強いと勘違いしてな。そんでもって二カ月ほど前に思い改め、カーターさんの所に来た。強くなりたいと言って。色々あって、あいつの指導を俺が頼まれた。けれど、ここであいつに力を付けたさした所で、根本的な所を変えなきゃ変化はない。まずは理解させる事。というか考えさせる事。何事も考える事は重要だ。あいつは考え無さ過ぎる」
「教導をしながらではいけないんですか……?」
「普段だって考えないのに、教導を受けながら考えられるかよ。大体、普通の奴なら、自分が使う戦術や魔法を調べる。あいつはそれすらしてないから、ドレッドノートの本質を理解できないんだ」
「ドレッドノートの本質……?」
「ああ。ドレッドノートは元々」

 高町に説明しようとした時、俺に通信が入ってくる。俺は話を中断して、通信に出る。

「どうした?」
『隊長に対して長距離通信です。その……アースケを出せって言えばわかると』
「……分かった。ちょっと待ってろ」

 俺は一度、通信を切ると、不思議そうにしてる高町へ言う。

「個人的な通信だから話はまた後でだ。お前の意見も考えといてやる」
「……わかりました。それでは失礼します」

 高町は納得できない内心を押し殺して敬礼すると、隊長室から出て行く。
 俺はため息を吐くと、さきほどの通信を再度繋ぎ、俺の方へ回せと伝える。

『遅いぞ。アースケ』
「……ロッテ。いい加減、その呼び方は止めろ」

 肩口で薄茶色の髪を切りそろえた猫耳の女性に俺をそう言う。
 俺をそんなあだ名で呼ぶのは世界広しと言えど、一人だけ。
 カーターさんの部下として本局に協力する時に知り合った猫の使い魔。海の英雄、ギル・グレアムの使い魔にして近接戦のエキスパート。
 リーゼロッテ。

『いいじゃないの。それに、この呼び名のおかげで繋がった訳だし』
「はぁ……要件はなんだ? まさかおしゃべりする為に俺に連絡した訳じゃないだろ?」
『うん。父様が会いたいって。今、あんたが預かってる子に』

 まさかの言葉がまさかのタイミングで来た。
 デバイスを取られて、不安定なあいつを会わせるのは危険だ。
 俺はそう判断して首を横に振る。

「絶賛、教導中だ。不安定すぎて会わせたくない」
『うん。父様もそう言ってた。だから、会いたいって』

 承知の上でか。と言うか何故、俺が預かっている事を知っている。そもそも、今まで一切、管理局に関わろうとしなかったのに、何故、あいつにだけ関心を示した。
 疑問しか浮かばない。浮かばないが、グレアム提督ならもしかしたら、上手くあいつを導いてくれるかもしれない。
 時間が無いと焦るあいつを無理やり立ち止らせて考えさせているが、ここでグレアム提督があいつを導けば、時間が短縮できる。
 あまり他人の力には頼りたくないが、ここは妥協するか。

「あいつには色々と突き付けた。進む方向も分かってないだろう。それでも大丈夫か?」
『父様は話がしたいだけ。何かそれで掴むかはその子次第だろうけど、大丈夫。父様を信じて』

 ロッテの答えを聞き、俺はしばし考える。
 親友の弟子だと言う事は間違いなく理由の一つだろうが、グレアム提督の真意が見えない。見えないが、あの人が子供に何かする事はないか。
 俺はロッテに頷き、今から三時間後に向かわせると伝える。ロッテは笑顔でそれに頷いた。



◆◆◆



 部屋を暗くして、ベッドに横になりながらずっと考えていた。
 何故、オレはドレッドノートを使ってたんだろうと。
 教えられたから。それしか知らないから。理由はいくつも浮かんだけれど、どれも違う。
 答えは分かっている。
 オレは師匠に憧れていた。師匠の姿に近づきたかった。
 オレは師匠の代わりなんだと思ってた。だから師匠になろうとしてた。
 だから、オレはそれにばかり集中してた。
 弱くても、負けそうでも逃げなかったのは師匠なら逃げないから。
 オレに合わない魔法や戦術を使っていたのは師匠が使っていたから。
 オレのすべては模倣。

「なら……オレは、誰だ……?」
「お前はお前だ」

 いきなり電気を付けられたせいで目が眩しさにやられる。
 オレは顔を天井から背けながら、薄く開いた目で電気を付けた人間を確かめる。

「アーガス隊長……?」
「ああ。ちょっと準備しろ。お前に会いたいって人が居る」
「オレに……? 誰ですか?」
「会えば分かる」

 そう言うと、アーガス隊長は部屋にある椅子へ乱暴に座る。
 オレは掛けてある陸士隊の制服に手を掛ける。

「ちょっとは考えれたか?」
「……分からないです。ただ、オレが……周りを見てなかった事は理解できました……」
「理解できただけ十分だ。そこから先の答えは……もしかしたら、これから会う人が教えてくれるかもしれない」
「えっ……?」
「早く準備しろ。あんまり時間はない」






 着替えを終えたオレは本局の転移ポートに連れて来られていた。
 誰に会うかくらい教えて貰いたいが、アーガス隊長は聞いても教えてくれない。
 今はだれにも会いたくはないと言うのが本音だ。
 けれど、この答えの出ない状況に答えをくれるなら、会ってみたいとも思っている。
 自分が今、何をすべきなのか。それが分からない。
 強くなる事が必要だと思っていたけれど、そうじゃないと否定されてしまったし、オレもそれを認めつつあった。

「ほれ、早く中央に立て」
「……はい」
「ああ。失礼のないようにな。まぁそんな事はしないと思うが」

 アーガス隊長はそう言うと一歩下がる。
 てっきりアーガス隊長もついてくるかと思っていたオレは首をかしげる。
 それに対して、アーガス隊長は腕を軽く振るだけで答えてはくれない。
 同時に体が引っ張られる感覚がオレを襲う。
 目に飛び込んできたのは木の家だった。
 大きさは平均よりは大きいだろう。ただ、ミッドじゃなかなか見ない作りだ。全部が木で作られているのは珍しい。
 オレがその家を眺めていると、一人の女性がこちらに近づいてくる。
 頭に猫のような耳がある所を見ると、使い魔だろう。どこかで見た事があるような。ダメだ。思いだせない。
 背中まである髪を揺らしながらオレの近くまで来た女性は、オレに喋りかけてくる。

「カイト・リアナード陸曹ね?」
「あ、はい。カイト・リアナード陸曹です」
「敬礼は入らないわ。もう私たちは管理局の関係者じゃないし」

 オレが敬礼をすると、女性は手で制してそう言う。敬礼の制し方が随分様になっている。ある程度の地位に居たんだろう。
 使い魔でそうだとすると、これから会う人はかなり高位の人だろう。
 絶対にこの人を見た事がある。だけど、どこで見たのか思いだせない。
 オレは女性に連れられて、木の家の裏側へ回る。
 そこには二つの木の椅子が用意されており、一つには白髪の老人が座っている。老人の後ろにはオレを連れてきた女性と髪型以外そっくりな女性が居た。
 老人がこちらを見る。髪と同じ色の髭を蓄え、メガネを掛けている。
 オレはその人を知っていた。同時に先ほどの女性が誰であるか、そしてどこで見たのかを思い出した。
 師匠が大切に持っていた一枚の写真に写っていた。
 髪の長いほうがリーゼアリア。短い方がリーゼロッテ。
 師匠がそう言っていた。そして。

「ギル・グレアム提督……」
「元、を忘れてるよ。今はただの老人さ。さぁ、立っていて話もできない。座りなさい」

 優しげな声でそう言うと、グレアム提督は自分の隣にある椅子を勧める。
 敬礼し掛けたオレはどうしていいか分からず、しかし、立ったままでいる訳にも行かず、少し悩んだ後、恐る恐るグレアム提督の横へ座る。

「アリア、ロッテ。飲み物を持って来てくれるかい?」
「はい。父様」
「分かりました。父様」

 リーゼ姉妹は返事をして家へ向かっていく。
 グレアム提督と二人にされてしまったオレはとても居心地の悪さを感じて、落ち着かずに居た。

「ヨーゼフは元気かい?」
「あ、はい。二か月前に会ったきりですけど、元気でした……」
「そこまで畏まらなくていい。君の師匠の友人だ。師匠と同じように接してくれて構わないよ」
「いえ、そんな……。提督にそんな師匠と同じ接し方なんてできません」
「まぁ無理強いはしないけれど。しかし、ヨーゼフの弟子と聞いていたから、もう少し性格的にヨーゼフに似ているかと思ったけれど」

 意外そうにオレを見るグレアム提督にオレは苦笑しながら答える。

「オレは途中で弟子を止めてますし……素質があったから弟子になったわけでもないですから」
「素質? ヨーゼフは素質で弟子など取らないよ。ヨーゼフが見るのは意志だ」
「意志……ですか?」
「何かをしたい。こうでありたい。そういう意志が無ければ、素質などあっても無意味だ。それをヨーゼフは知っている。ヨーゼフは君に昔話をしないかい?」

 オレは少し考える。オレが気づかなかっただけで、そう言う話を師匠はしていたかもしれない。
 けれど、考えても、師匠がそんな話をしていた覚えはない。
 オレは首を横に振って、ありません。と答える。
 グレアム提督はそれに苦笑する。

「なるほど。君も厄介な師を持ったね。そうだな。私の昔話に付き合ってくれないかい?」
「聞かせてくださるんですか……?」
「聞いてくれるならね」
「お願いします!」

 オレがそう言うと、グレアム提督は笑顔で頷く。
 グレアム提督は背もたれに体重を預け、遠くを見ながら喋り始めた。

「ヨーゼフと出会ったのは君くらいの時だ。私は執務官で、あいつは武装隊の隊員だった。接近戦が得意な奴でね。良く一緒にコンビを組んでいた」
「その時は……お二人は」
「リーゼを使い魔にしたのはもう少し後だ。私は典型的な射撃型だったから、単独任務の時には前衛が必要でね。だからヨーゼフはよく貸してもらっていた。ヨーゼフの方も私との任務は前衛に集中できるから楽だと言っていたよ。出会ってから数年して、私は次元航行艦の艦長になってね。私とヨーゼフがコンビを組む機会はめっきり減った。その時くらいに、ヨーゼフがベルカ式を使う犯罪者に深手を負わされた」

 それは、とても信じられない言葉だった。めちゃくちゃに強い師匠が深手を負わされるなんて。
 オレの驚愕の表情を見て、グレアム提督は微笑み、補足を入れた。

「部下を庇って、傷を負ったのさ」
「あ、そうだったんですか……」
「その傷を癒した後、ヨーゼフはある戦術を考案した。高速接近戦に特化した戦術、名はドレッドノート。実戦レベルまでにするのに、私も協力したよ。ただ、危険だという事で、ヨーゼフ以外は使わなかったけれど」

 危険。その言葉にオレは思わず反応する。
 師匠ですら危険だった戦術。それをオレは使っていた。未熟なオレでは扱いきれないのは目に見えていたのに。

「ヨーゼフはドレッドノートを作る上で最重要視したのは速度。そして、その次に一撃の威力。加速魔法が得意だったヨーゼフは古い文献をあさって、旧暦末期の魔法を見つけた。加速魔法ミーティア。そして、それに付随形で斬撃魔法ガラティーンも発見した。ただ、文献に書かれていたのは完璧な特攻用の魔法でね。ミーティアは術者の体を一切考慮せず、ガラティーンも術者の魔力を自動的に吸い上げるモノだった。その二つを改良して、専用のデバイスを用意する事で、ヨーゼフが求めた戦術は完成した」
「ベルカの騎士を圧倒するだけの近接戦闘力ですか……?」
「いや、それは副産物だ。結果的にベルカの騎士に有効だっただけで、ヨーゼフは別に対ベルカの騎士を想定してドレッドノートを作った訳じゃない」

 それは聞いた事がない。というか、師匠はオレに教える時に対ベルカの騎士戦術だと言っていた。
 オレが驚いているのを見て、グレアム提督は笑いだす。

「全く。ヨーゼフは自分の弟子に肝心なことは全く喋っていないんだな」
「多分、オレが途中で修行を止めたからです。そうじゃなかったら、きっと」
「いや、私だったら最初に教える。ドレッドノートの本質をね。君に教えなかったのは、自分の昔話をしなければいけないからだろう。ヨーゼフは弱い頃の自分を話すのが嫌いだからね」
「師匠は弱かったんですか……?」

 オレがそう聞くと、グレアム提督はしばし迷った後、ヨーゼフには内緒にしておいてくれ。とオレに念を押して、話し始めた。

「ヨーゼフが功績を残し始めたのはドレッドノートを完成させてからさ。それまでは本当にただの武装局員だった。けれど、ヨーゼフただの武装局員で、弱いと言う事を言い訳にはしなかった。傷を負わされた時、ヨーゼフは他の敵と戦っていて、危なくなった部下を庇った結果、傷を負った。相手が強敵だった。けれど、ヨーゼフは部下を危険な目に晒した事を悔んだ。ミッド式の魔法はチャージが必要。前線で敵を抑える事が出来れば、後ろに居る魔導師は危険に合わなくて済む。ヨーゼフはそう考え、前線で相手を抑えるのに、自分は何が出来るか考えた」

 グレアム提督は懐かしげに微笑む。
 小さく、苦労していた。と呟く。それは親友への賛辞なのだろう。
 グレアム提督は視線を遠くのどこかからオレに移す。真っすぐ見られて、何となく背筋が伸びる。

「その結果がドレッドノート。仲間の窮地にすぐに駆け付けられるように加速を。仲間が離脱できる時間、仲間が攻撃できる時間を稼ぐために、相手を確実に自分に引き付ける攻撃力。そして、確実に自分も生き抜くために離脱する判断力と速度。ヨーゼフは仲間を、誰かを守る為にドレッドノートを開発した。そして、仲間や守るべき対象が居ない時は使わなかった。ヨーゼフにとって、ドレッドノートは自分じゃない誰かの為に使うモノだった。いつも言っていた。自分の為に命は張れない。と」

 その話が本当なら、オレがしてきた事は何だったのだろう。師匠を真似していた筈なのに。そうじゃない。
 いや、気づくべきだった。師匠がそこまで無謀な事ばかりしていた筈がない。強いからこそ、引き際は心得ていた筈。
 何故、考えなかったんだろう。何故、オレはこのやり方が正しいと思っていたんだろう。何故、周りに聞かなかったんだろう。何故、自分で調べなかったんだろう。
 自分の中の理想像に憧れ、それを追い求める事を師匠の背中を追う事と勘違いしていた。勘違い。そうだ。オレは勘違いしていた。
 グレアム提督は柔らかな笑みを浮かべて、右手でオレの頭を撫でた。
 自然とオレはうつむく。なぜだろう。とても安心した。
 

「君の師匠はそう言う男だ。本人はそうじゃないようにはちゃめちゃに振舞っているが、実際は仲間思いで、自分の命が大事な男だ。だから君も引いてもいいんだ。ヨーゼフだってそうだったのだから」

 目から涙がこぼれてくる。
 今まで抑えていたモノがあふれてきた。

「知らなかったんです……! ずっと……師匠は引かない人だと思ってたんです……! だから!」
「弟子である自分も引いちゃいけないと思っていた。分かるよ。君はヨーゼフが好きなんだね。ヨーゼフの代わりになろうと必死だった」
「けど、オレは勘違いしてた! オレはあの人を見ていなかった! 弱い自分に都合のいい偶像を見てた! だからオレはあの人の弟子にはふさわしくない! オレはあの人のように強くない!!」

 涙で顔がぐちゃぐちゃになる。とても見れた顔じゃないだろう。
 感情が高まりすぎて、恥ずかしいと言う感覚が麻痺してしまった。
 恥も外聞もなく泣くオレにグレアム提督は優しげな声で言う。

「大丈夫だ。こうやって泣ける内は君はまだまだ強くなれる。ヨーゼフも泣いていた。悔しくてね。だから強くなれた」
「……なら、オレは……強くなれますか……?」

 はやてを守れなかった時、まだ、何も知らなかった時に部隊長に聞いた事だ。あのときは分からないと言われた。
 今のオレはグレアム提督にはどう映っているんだろうか。

「なれるさ。君はヨーゼフの意志をしっかり継いでいる。今は少し壁にぶつかっただけ。誰にだってあるものだよ。その壁を超える意志を持っている。それがヨーゼフの意志。君は諦めない事をヨーゼフから学んでる。技術なんかよりよほど大切なことだ」
「けど……オレは……何も理解してなくて……。馬鹿だから、一つの事しか考えられなくて、そのせいで周りに迷惑を掛けて……」
「だれだってそうさ。迷惑を掛けない人間なんていない。謝りに行きなさい。君を心配してくれた人に。大丈夫。君はまだ真っすぐだ。その気持ちは必ず届く」

 グレアム提督はそう言うと、二コリと笑ってオレの頭から手を退けた。
 気づけば、リーゼ姉妹が飲み物を持ってきていた。今更ながらに人前で泣いた恥ずかしさがこみ上げてくる。
 髪の長いアリアが飲み物をオレに渡す。

「泣いているのを見ると、アーガスを思い出すわね」
「そうそう。アースケはいつも泣いてばかりで、カーターさんからいつもそれでも男かって怒られてた」
「こら。アーガス君も立場があるんだ。あまり恥ずかしい話を弟弟子にするのは止めなさい」

 オレはグレアム提督の言葉に首を捻る。今、確かに弟弟子と言った気がした。

「弟弟子……ですか?」
「知らないかい? アーガスはヨーゼフが引退する直前まで副官として彼に鍛えられていたんだ。ドレッドノートは適正的に無理があったけれど、アーガスは君の兄弟子だ」
「アーガス隊長が……!?」

 オレは今日何度目かの驚愕の表情を浮かべる。
 まさかアーガス隊長が兄弟子だなんて。まったく想像できなかった。
 思えば、随分と気に掛けてくれていた気がする。まずもって、教導隊の隊長が頼まれたからと言って、オレに構う事がおかしい。なぜ、そこに違和感を感じなかったのか。

「まぁ、だから安心しなさい。君に多くの事を気づいてほしいから、君から戦う力を取ったんだ。考えがあっての事だ。君がもしも、これからもドレッドノートを使いたいと考えるなら、教導官として、兄弟子として、しっかり面倒を見てくれるさ」

 グレアム提督はそう言ってまた優しげな笑みを浮かべた。



[36852] 第二十九話
Name: お月見◆31209bc4 ID:2a54bc87
Date: 2013/03/22 16:36
 本局・戦技教導隊本部



 グレアム提督の所から本局に戻ってきたオレはアーガス隊長の所へ真っすぐ向かっていた。
 オレを次元転送する時、グレアム提督は申し訳なさそうな顔で、はやての事を謝ってきた。自分のせいだ。そう言っていた。
 それは師匠が時たま見せた苦悩の表情と似ていて、この人も闇の書の事件に深く関わり、深い傷を負った人なんだと、気づいた。
 最後にありがとう。と言っていたのも、はやての事だろう。守れず、危うく更に重荷を背負わせる所だったオレに、それでもあの人はありがとうと言った。
 今は、あの行動が正しいモノだとは信じられない。それでも、正しいから救われる訳じゃない。それが良く分かった。
 多分、はやてを守った時、あの時、あの場面で使うのがドレッドノートの正しい使い方。
 誰かを、何かを、自分以外を守る為の戦術。それをオレはオレの為に使ってきた。模擬戦ですら危険を犯し、命を掛けなくていい場所で命を掛けてきた。
 本当は自分で気づかなきゃいけない事だった。アーガス隊長はその為に、オレに考える時間をくれた。けれど、見かねて、グレアム提督はオレに教えてくれた。どれほど周りに恵まれているのか。ようやく分かった。師匠繋がりの人、そうじゃない人も、オレの事を心配してくれたたくさんの人が居る。
 その人たちに謝らなきゃいけない。約束しなきゃいけない。
 命を粗末にはしないと。
 オレは教導隊の隊長室の前に立つと、ゆっくり深呼吸をしてから、意を決してインターホンを押す。
 中からどうぞ。と言う声が返ってくる。
 オレは失礼します。と言って隊長室に入る。
 デスクに左肘をつき、左手に頭を乗せた格好でオレを迎えたアーガス隊長は不敵な笑みを見せて、オレに問いかける。

「今、何をすべきかは分かったか?」
「はい」

 オレは敬礼を解くと、アーガス隊長の前に立ち、勢いよく頭を下げた。

「ご心配をお掛けした事、多くの迷惑を掛けた事、本当に申し訳ないと思っています。申し訳ありませんでした!」

 オレがそう言うと、アーガス隊長は呆れたようにため息を吐く。
 オレには顔を見えないが、顔も呆れているだろう。

「顔をあげろ」
「はい。っつ!?」

 いきなり本で頭を殴られた。しかも角で。
 痛みで涙が出てくる。けれど、それに構わずオレを殴る為に立ちあがっていたアーガス隊長は立ったまま話し始める。

「俺はそこまで迷惑もかけられてないし、心配もしてない。当たり前だ。昨日、初めて会ったからな。お前にはもっと心配と迷惑を掛けた相手が居るだろ? まずはそっちに謝りに行くのが筋だろうが?」
「で、ですけど、みんなミッドの人達ですし……」
「そうだな。ランディさんやお前の分隊の仲間たち。それはミッドに戻ってからだ。けれど、同じくらい心配を掛けた相手が、今、本局に二名居る」
「えっと……高町二尉でしょうか?」

 アーガス隊長は可哀そうなモノを見る目でオレをじっくり見た後、大きくため息を吐き、椅子に乱暴に座る。

「うぬぼれんな。ウチのエース・オブ・エースがそこまでお前に構うか。言わなきゃダメか? ん? 考えろ。まず、お前が一番心配を掛け、お世話になった奴が居るだろ?」

 オレはそう言われて、考える。お世話になった人は一杯いる。一番、心配と迷惑を掛けた人。
 人。いや、アーガス隊長はわざわざ二名と言った。人じゃない。
 ああ。居た。一番お世話になってる奴が。

「ヴァリアント……」
「おう。あと一人いるぞ。これはちょっとわかんないかもしれんから、ヒントをやる」
「どんな人ですか……?」
「空だ」

 そら。そらって空だろうけど、空。
 名前か。それとも印象か。
 空。空。
 オレはゆっくり上を向く。白い天井しか見えない。大体、ここは次元の狭間だ。見上げた所で空は見えない。
 空が関係してる人。青空。夕焼け。
 夜空。

「はやて……?」
「今、本局に来てる。誰かさんが教導官にやられたって聞いてな」

 オレはそれを聞いて敬礼もせずにドアへ向かって走り出した。
 アーガス隊長は礼儀を欠いたオレの行動を諌めず、ドアから出ようとしてたオレに声を掛ける。

「途中でデバイスルームに寄ってけ。ヴァリアントのメンテナンスが済んでる。ヴァリアントならどこに居るかも分かるだろう」
「あ、はい! ありがとうございます!」

 オレは形だけ敬礼すると、全速力で教導隊のデバイスルームへ向かった。

「若いなぁ。流石はカーターさんの弟子か。気質がそっくりだ」






 デバイスルームに勢いよく駆けこんだオレは、近くに居た若い男性スタッフへ声を掛ける。

「あの……!」
「君は……高町二尉にぼこぼこにやられた陸曹……だよね? なんで平気で歩けてんの?」
「あ、まぁ色々ありまして……あのオレのデバイスは……?」

 男性スタッフはちょっと待っててと言うと、部屋の奥に行ってしまう。
 じれったい。早くして欲しい。
 そう思ったオレは、そうやって勢いで行動するのが拙いと言うのがいけないと慌てて自制する。
 男性スタッフが戻ってきたのは数分後で、手には紐がついた菱形の赤い宝石があった。

『よう。相棒。どうだい調子は?』
「悪くない! ありがとうございます!」

 オレはヴァリアントを受け取り、首に掛けると、お礼を言ってデバイスルームから出ようとして、引きとめられる。

「あ、待って!」
「はい?」
「あのさ……どうやって高町二尉の砲撃を乗り切ったの……?」

 オレは思わず苦笑する。なんて言えばいいんだろう。そもそも乗り切った訳じゃない。高町二尉が上手かっただけだ。
 手加減してくれましたって言えばいいんだろうか。

「えっと……高町二尉が優しかったんです!」
「え……?」

 オレはそれだけ言うと、デバイスルームから勢いよく出る。申し訳ないけど構っていられない。

「高町二尉に砲撃食らうと人格変わるって本当かなぁ。めちゃくちゃ容赦ない砲撃受けて、優しいって」

 オレは後ろから微かに聞こえてきた呟きに思わず笑いそうになる。
 高町二尉も結構苦労してんだな。
 あの人にも謝ってお礼を言わなきゃいけない。
 そう思いつつ、オレは身近な相棒にお礼を言う事にした。

「ヴァリアント。オレ、グレアム提督に会ったよ」
『ほう。感想はどうだい?』
「優しい人だった。もしかしたら、甘い人かもしれない」
『間違っちゃいない。まぁ前線から引いたってのもあるだろうが、理想を追い掛けて、理想を実現しちまう規格外な人間だ。困っている人間は放っておけない男だよ』
「色々教えてくれた。師匠の事。ドレッドノートの事。オレが自分で考えなきゃ、気づかなきゃいけない事を教えてくれた。だから感謝してる。少しでも早く気づかせてくれた事に、大きな過ちを犯す前に」

 オレはそう言いながら、真っすぐな廊下を走り続ける。
 はやてが来てくれたなら、オレが居た部屋に居る筈。そこに居ないならヴァリアントに聞く。

「ヴァリアント。心配と迷惑を掛けた。お前を無謀に付き合わせた。ごめん」
『気にすんな。相棒。お前さんが相棒になった時から無茶も無理も無謀も承知の上だ』
「オレは……もう自分の命を軽くは見ないよ」
『そりゃいい。周りはみんな一安心だ。八神一尉も過剰な心配をしなくて済むな』
「ああ。だからしっかり伝えないと」
『行く先は合ってる。相棒が居た部屋で待ってるって言ってたからな』

 オレはそれに頷き、自分に与えられた部屋へ向かって、さらに走るスピードを上げた。






 オレに与えられた部屋の前。オレはかなりスピードを出していた体に急ブレーキを掛ける。
 止めた足が廊下を滑る。危うく転びかけるが、なんとかドアの前で止まる。
 オレは荒れた息を急いで整えると、ドアを開けて中に入る。
 小さな女性がベッドの横にある椅子に座っている姿が目に入る。

「はやて……」

 オレはそう名前を呼ぶが、はやてはこちらを振り向かない。
 まさかめちゃくちゃ怒っているか。
 あり得る。もしかしたら、心配して来たのではなく、説教のために来たのではないだろうか。
 どうしよう。
 説教をされるのは構わない。それは自分が悪いのだから。
 けれど、説教された後に、これからは自分の命を大切にしますと言うのは、なんか説教を受けたから仕方なく言っている印象を与えてしまう気がする。
 とりあえず、オレはおずおずと、はやてに近付く。
 一向にこちらを見ない。よほど腹が立っているのか、呆れているのか。
 ここに来ている以上、見放された訳ではないだろうが、正直、今までの事を思えば、あいつはダメだと思われても不思議じゃない。

「はやて……さん?」

 オレは思わず禁止されているさん付けをして、はやての顔を軽く覗き込む。
 目を閉じて、一定のリズムの呼吸をしている。
 寝てる。
 一気に体から力が抜けて、オレはうつぶせでベッドに倒れこむ。

「なんだよ……」
『良かったじゃねぇか。無視された訳じゃなくて。で? どうする?』

 そう。それが問題。眠っているのを起こすのは悪い。多分、疲れも溜まっているんだろう。
 聞けば、はやてや高町二尉は故郷である第97管理外世界ではまだ学生で、こっちと向こうの行ったり来たりらしい。
 オレが退院した後、七月、八月とはやてがミッドに居た為、ここ最近、言われるまで知らなかった。
 四月からは完全にミッドの家に引っ越すと言っていたが、今は十二月。まだ行ったり来たりの生活は続いているんだろう。
 ただでさえきつい局員の仕事。そしてはやては指揮官研修中だ。仕事の量や覚えなければいけない事はオレでは想像もつかないくらい多いのだろう。
 そんなはやてに心配を掛けていた。心労と言ってもいいだろう。
 自分が情けなくなる。そんな事で良く、はやてを守りたいなどと言えたものだ。
 オレはそこまで考えて、首を振る。
 そのはやてを守りたいと言うのも、もしかしたら方便だったかもしれない。
 オレは理想の師匠に一歩でも近づく為に、師匠なら守る筈と思っていた節がある。はやてを守りたいと思ったのは嘘ではないが、それが全てかと言うと嘘になる。オレは純粋にはやてを守りたいと言う気持ちで動いていたんじゃない。
 もしも夜天の王がはやてじゃなくても、オレは夜天の王を守ろうとしていた筈だ。オレが守ろうとしていたのははやて個人じゃない。師匠が救えなかった夜天の王。闇の書の最大の加害者にして、最大の被害者だ。つまり、夜天の王ならだれでもよかった事になる。
 恐ろしく最低な事だ。オレは人ではない何かを守る事に必死だった。しかも、それに気づかず、はやてを守りたいと言う気持ちだと勘違いしていた。
 謝らなければならない。
 そう思い、はやての方を見た時、はやてが薄らろ目を開けた。

「カイト……君……?」
「あー、ごめん、起こした……?」

 オレははやてと向き合う形でベッドに座り直し、はやてを見る。
 寝起きの顔を見るのも如何なモノかと思ったが、この場合はうたた寝だろうから、まぁそこまで失礼には値しないだろう。
 はやては寝ぼけ目を擦りながら、ようやく頭が働き始めたのか、現状確認をし始める。

「あれ……? 私、いつ寝たんやっけ……? 何でカイト君が居るん……?」
「いや、一応、ここはオレの部屋だし」
「カイト君の部屋……? せや、私、本局来て……」

 ようやく現状が繋がったのか、はやては不思議そうにオレを上から下まで何度も見る。

「何で……なのはちゃんの砲撃食らって無事なん?」
「教導だったから……かな? あと、高町二尉が傷つくよ?」

 オレが苦笑しながらそう言うと、はやてはゆっくり椅子の背もたれに背中を預ける。
 安心したのか、ホッと息を吐いている。

「ホンマ心配したんやで……? なのはちゃんは砲撃食らわしたやデバイスは没収されてる言うし、挙句の果てにはどっかの次元世界に飛ばされたって聞いて……ホンマに心配した……」
「ごめん……。ただ、砲撃を食らったのもデバイスを没収されたのもオレが原因なんだ。それと……地球に行ってたんだ」
「地球? 何しに行ったん……?」
「グレアム提督に会って、話をしてきたんだ」

 オレはそう言うと、ゆっくり深呼吸をして、自分が伝えたい事、言わなければいけない事を整理する。
 はやてはオレが口にした名前に驚いたようで、小さく呟く。

「グレアムおじさんに……会って、何を話したん……?」
「師匠の事を聞いてきた。それで気づいた事がある」
「何……?」
「オレがたくさんの人に心配と迷惑を掛けた事に気づいた。オレは多くの勘違いをしてた。それで……はやてに心配を掛けてた」

 オレは背筋を伸ばして、しっかりはやてに頭を下げる。

「ごめん! オレの戦い方、間違ってた。オレの考え方、間違ってた。はやてがオレをずっと心配してくれてた理由がよく分かった。ごめん。ずっと負担を掛けた。気づかなくて……ごめんなさい。もう二度と、自分の命を軽く見るような戦い方はしない! だから……おこがましいかもしれないけど許して欲しい。もう一度……チャンスをください」
「カイト君……」

 オレは顔を上げない。はやてはまだ答えを口にしていない。ここで頭を上げる事はできない。
 はやては何も言わない。どんな表情をしてるかも分からない。
 怒っているのか。それとも戸惑っているのか。どんな対応をされても良いように、オレは気持ちを引き締める。
 そうやって時間が過ぎた。
 何秒かもしれないし、何分かもしれない。もしかしたらもっと長かったかもしれない。
 そうして時間が過ぎた後、はやての右手がオレの頬に触れた。

「顔、上げてや」

 オレは言われた通りに顔を上げる。はやての手は顔を上げても頬からは離れない。

「そない張りつめた顔せんでもええよ。許すも何も、悪い事はしとらんやろ。ちょっと頑張ろう言う気持ちが空回りしただけや。その気持ちも私の為やったんやし、私はカイト君には何にも言えへんよ」
「はやて……。オレは……師匠に憧れてた。だから……師匠が関わった夜天の王を守ろうしていたんだ……。だから、オレは……はやてを守ろうとしたんじゃないんだ!」

 はやてはオレの言葉に驚いたように軽く目を開き、しかし、すぐに微笑む。
 はやての両手がオレの両頬を挟んだ。

「ちゃうよ。カイト君がそう思うとるだけや。カイト君のこれまでは知らへん。何があって、師匠さんに憧れたのかも、師匠さんになろう思うたのかも、分からへんよ。けどな。私でも分かる事がある。あの時、六月の事件の時。カイト君は私を守ってくれた。夜天の王やからやない。だって薄らと覚えとるもん。カイト君は私をあの時、夜天の王なんて呼ばんかった。はやてさん。言うてくれとった。私の名前、呼んでたのは……私を夜天の王やのうて八神はやてと思ってくれとったからやろ?」

 はやてはそう言うと、笑みを深めて、オレの目から流れた涙を拭った。
 それでようやく涙を流している事に気づいたオレは慌ててはやての両手を頬から離して、腕で涙を拭う。

「カイト君、泣き虫やね」
「今のは無しだ! ちょっと気分が乗っただけ!」
「そういう事にしとこか」

 はやては笑顔でそう言うと、一旦、目を伏せて、すぐにオレの目を真っすぐ見つめてくる。

「なぁカイト君。ちょっとずるいかもしれんけど……約束してくれへん?」
「どんな……約束?」
「カイト君はもう大丈夫やろうから、私も過剰な心配はせえへん。けど……もしも悩みや辛い事があったら、まずは私に話すって約束してや」

 それは何とも答えにくい約束だ。それを約束してしまうと、何でもあなたに話しますよと言うようなものだ。
 オレが答えあぐねていると、はやてが再度聞く。

「駄目なん……?」

 そうやって上目遣いで見られてもかなり駄目だ。駄目だけど。ここで断るのはもっと駄目な気がする。
 この約束ってどうなんだろう。一生、友達で居ますよって事なのか。っていうか、はやてともし喧嘩した場合はどうなんだろう。
 この一方的な約束は拙い。

「じゃあ、はやても何かあったら、オレに一番に相談するって言うなら……」

 オレの案。どうだろうか。これは流石にはやて的に嫌なんじゃないだろうか。
 それはちょっとと言う流れになれば、かなり断りやすくなる。
 はやてはしばし悩む。
 そして、一回頷いてから言う。

「やっぱり家族が一番は譲れへん。けど、家族絡みの事とか、心配を掛けたくない時とか……そう言う時の相談相手として一番言うんやったらええよ」

 マジか。
 かなり予想外だ。てかそれは二人の幼馴染を差し置いてと言う事だろうか。
 オレは開いた口を閉じれないまま、固まる。
 そんなオレの手を取って、はやては言う。

「交渉成立やね。じゃあ、約束や」

 はやては自分の小指とオレの小指を絡める。

「これは?」
「約束のおまじないや。指きりげんまん嘘ついたら、針千本のーます。指きった!!」

 はやてはオレと繋いだ小指を離す。
 訳が分からずオレは困惑するが、とりあえず、はやての中ではもう決まってしまったらしい。
 まぁいいか。これからも傍に居られるなら、それはそれでいい。
 オレはそう思い、はやてに釣られて、ここ最近全く浮かべてなかった心からの笑顔を浮かべた。



[36852] ≪第三部≫ 第三十話
Name: お月見◆31209bc4 ID:2a54bc87
Date: 2013/03/23 22:34
 新暦72年1月20日。

 時空管理局本局・航空戦技教導隊・特別訓練室。



 大規模シミュレーターを搭載し、高層ビルが並ぶクラナガンの市街地を再現した特別訓練室にオレは居た。
 アーガス隊長にこの一カ月間、マンツーマンで教導を受けてきたが、この不必要なほど広い特別訓練室を使った事は一度もなかった。
 この特別訓練室はエースクラスの魔導師が本気で戦っても大丈夫なように作られた訓練室だからだ。もっと言えば、今、オレの目の前にいる少女が通常の訓練室を壊しまくった為、これから先の事を考えれば、多少予算が掛かっても堅牢な訓練室を作った方が良いと、アーガス隊長が判断し、作られた訓練室でもある。
 それでも年々、砲撃の威力が上がっている為、目の前の少女は割と本気くらいの砲撃しか撃てないらしいが。
 まぁつまり。
 ここでは割と本気な高町なのは二等空尉と戦う事が出来ると言う訳だ。
 何にも嬉しくないのは何故だろう。砲撃を食らった経験からだろうか。それとも資料として高町二尉の模擬戦の数々を見てしまったからだろうか。
 オレは何とも言えずに高町二尉と向き合う。当然、バリアジャケットは装備済みだ。バリアジャケットも色々改良を加えたかったが、時間もないので、今は前のままだ。
 高町二尉もバリアジャケットを装備し、杖の状態のレイジングハートを構えている。
 オレがアーガス隊長の教導を受けている時、高町二尉は三週間の教導予定が入っていた為、教導隊本部には居なかった。
 だから、オレの新装備や戦術の変化は知らない。高町二尉の頭には、一カ月前のオレの戦い方があるのだろう。できれば今すぐ消去して欲しい過去だ。
 そう思っていると、オレと高町二尉の横に空間モニターが出現する。

『準備はいいか?』

 特別訓練室の管制室に居るアーガス隊長がニヤリと笑いながら、オレと高町二尉に声を掛ける。
 オレと高町二尉が頷くと、アーガス隊長はからかうような笑みを浮かべて言う。

『挨拶しなくて大丈夫か? 距離はしっかり測れよ。前見たいに頭ぶつけるぞ』
「それはもういいでしょう!」
「引きずりすぎです!」

 オレと高町二尉は二人でアーガス隊長にそう言った。
 このネタでどれほどいじられている事か。
 はやてと話終えた後、オレは高町二尉に謝罪しに行った。
 はやてとアーガス隊長が見守る中、オレがとりあえず頭を下げた時、何故か高町二尉も頭を下げて、二人の頭が激突した。
 あまりの痛みに二人してしばらく動くことが出来なかったほどだ。
 高町二尉曰く、理由はどうあれ大事な事を否定したからには謝らなきゃいけないと言う事だったが、それはオレが謝罪した後にするべき事で、間違っても同時にするべきことではなかった。そう考える。散々に弄られ続けた事も全て高町二尉のせいと言えなくもない。

「カイト君……目が怖いよ」
「気のせいです。高町二尉」
「なのはで良いって言ってるのに」

 オレは首を横に振る。
 これはオレのなけなしのプライド。

「せめてあなたに一撃入れられるくらいにならないと、名前で呼ぶには不適格でしょ?」
『それじゃあ始めるぞー』
「じゃあ、後数年は高町二尉だね」
「余裕ですね。でも、この模擬戦が終わったら、なのはって呼び捨てです!」
『模擬戦開始!』

 オレは高町二尉から一気にバックステップの連続で距離を取る。
 中距離射撃、遠距離砲撃に目が行きがちだが、高町二尉の一番厄介な所はその防御力と強烈なバインド。下手に近づき、攻撃を受け止められると、一気にバインドからの近距離砲撃でやられかねない。
 高町二尉と戦うならば中距離。とはいえ、向こうには中距離でもかなエグイ魔法を持っているが。

「レイジングハート」
『アクセルシューター』

 開始位置から一歩も動かず、高町二尉は中距離誘導射撃魔法・アクセルシューターを生成する。数は二十。
 オレはいきなり一杯でてきた桃色の誘導弾に顔を引き攣らせる。

『挑発なんかするからだぜ? 相棒』
「やかましい! とりあえず逃げるぞ!」

 オレはヴァリアントにそう返すと、高町二尉に背中を向けて、本格的な逃走に入る。そんなオレを逃がすまいと、誘導弾がオレ目がけて加速してくる。相変わらず誘導弾とは思えない弾速だ。
 オレは曲がり角を曲がって、完全に高町二尉の視界から消える。これで少しは誘導弾の制御は落ちるだろう。直接視界に入っているモノを狙うのと、魔力反応を追うのでは後者の方が圧倒的に難しい。
 オレは制御が甘くなるなる事を少しだけ期待したんだが。

「このぐらいの距離なら見えてても見えて無くても変わんないって訳か」
『流石はエース・オブ・エースだな。どうする相棒?』
「作戦変更は無しだ」

 オレは短くそう言うと、左右からはさみこむように近づいてきた桜色の誘導弾を確認し、両腰のフォルダーにある新デバイスを引きぬく。

「グラディウス!」

 棒状のデバイスの先端が左右に割れ、柄を形成し、中央部から、オレのコマンドと共に七十センチほどの蒼い魔力刃が出現する。
 カーテナを参考にした単一魔法専用ストレージデバイス『グラディウス』。それと同時にガラティーンを参考にしつつ、圧縮率や魔法の構成を大幅に変えて、オレ用に合わせた斬撃魔法。これも『グラディウス』。
 デバイスと魔法が表裏一体な時点で別々の魔法名を付ける必要はないとアーガス隊長に言われ、それで押しきられてしまった。
 まぁオレしか使わないから良いんだが。
 消費魔力の少なさと発動の早さ。そして簡略な魔法構成を重視されており、このグラディウスはヴァリアントの補助を必要とはしない。
 その分、ガラティーンのような絶対的な攻撃力・破壊力は無くなっているが、使いやすさは断然こちらが上だ。
 オレは迫ってきた誘導を左右のグラディウスを使って軌道を逸らして受け流す。
 この数では斬った後の爆発でやられかねない。なにより一個や二個斬った程度じゃ変わりはしない。

「受け流しで防御に徹する。ヴァリアント、位置情報を」
『はいよ。高町二尉は動いてないが、これ以上距離を離すと、砲撃で一気に決めにくるんじゃねぇか?』

 確かに開始位置より大分距離は離れている。これ以上離れると容赦ない砲撃が飛んでくるだろう。
 オレは高町二尉の位置をしっかり頭に入れつつ、角を曲がって高町二尉の後ろへ回りこむ進路を取る。
 微妙なラインだが、おそらくまだ誘導弾での追撃で対応してくるだろう。
 オレは後ろから追ってくる誘導弾から付かず離れずの距離を維持する事が出来ていた。理由は魔力運用の上達のおかげだろう。単純な走るスピードが向上している。前は追いつかれた誘導弾に追いつかれずに済んでいる。高町二尉がセーブしている可能性もあるが。
 誘導弾は加速すれば引き離せるが、この二十個の誘導弾の位置を同時に失うのは拙い。二十の誘導弾で不意打ちされたら対処しきれない。
 そう考えていたオレの死角から誘導弾が一個飛び出してくる。
 追ってきている誘導弾は二十から減っていない。と言う事は、新たに生成した誘導弾か。
 同時に複数の誘導弾がスピードを上げてオレに迫る。
 オレはスピードを上げて迫ってきた誘導弾に対処する為に、死角から飛び出て来た誘導弾を無視する。
 向こうにレイジングハートが居るように、こっちにだって相棒がいる。

『フェンド』

 迫りくる誘導弾に対して斜めに蒼い防壁が展開される。ヴァリアントの自動詠唱で発動した防御魔法・フェンドだ。受け流し専用のその場しのぎだが、一瞬でも時間が稼げるなら十分だ。
 オレは誘導弾を斬り払う。
 誘導弾が爆発し、オレは吹き飛ばされるが気にしない。今、大事なのはこの瞬間を逃さず攻めてくる高町二尉の攻撃をしのぎ切る事。
 オレはグラディウスを左右に広げて、周囲から来る誘導弾に防御の姿勢を取った。



◆◆◆



「ホンマにカイト君なんやろうか。幻術で教導官が成りすましてるとちゃいます?」

 カイトが加速魔法を使わずに防御の姿勢を取ったのを見て、八神一尉が俺に向かってそう言う。
 管制室には通常、教導隊所属の通信スタッフや技術スタッフが入るのだが、教導隊のデータに残さない為に、俺の権限で、ここには俺と八神一尉しかいない。

「そんな事するか。大体、あいつはそこまで特攻思考じゃない」
「そうですか? 相手より速く攻撃すれば問題ないみたいな所ありません?」
「それしか手が無かったからな。戦闘中の思考はそこまで固くない。他に手があればそっちを使う。スタイルを変えない時点で馬鹿は馬鹿だが」

 俺はそう言いつつ、周囲を囲まれた状態で二本の剣を巧みに操り、攻撃を凌いでいるカイトを見る。
 自分に合った武器を与えられ、自分が思った通りに動けている為、今が本来の実力と言える。言えるが、普通の域は出ていない。なにせ高町はまるで本気じゃない。あくまで相手を教え導くレベルの戦い。教導官が教え子にやる戦い方だ。
 だから、カイトが高町の誘導弾を防いだ所で驚きはしない。驚きはしないが、疑問が残る。
 剣の腕は並み。勘がずば抜けてる訳じゃない。戦闘時の判断力もこれと言って、的確でも早い訳でもない。魔法の運用は得意不得意の偏りが激しく、制御も並み以下で、射撃魔法は見れたもんじゃない。魔法の技術も圧縮以外は全然駄目。魔力の展開スピードは速いが雑。構成がお粗末だから並み程度しかない魔力を無駄に使う羽目になる。
 なのになぜここまで生き残ってこれたのか。運では済ませられない。分隊の仲間が幾ら優秀でもフォローしきれない部分があったはず。
 あのカーターさんやランディさんが選んだ理由が何かある筈。そう思って、今日まで教導してきたが、才能も資質もとにかく無い。本人は魔導師ランク以上の実力はあると思っているようだが、ヴァリアントが居なければCランクだって受からないだろう。
 カイト・リアナード。何が優れているのか。それを見る為に、高町と今、戦わせている。高町にもカイトにも何も伝えてない為、二人とも一応は本気だ。全力ではないだろうが。
 俺は両手のグラディウスが追いつかなくなったカイトを見る。
 あの状況ではもうミーティアを使うしかない。
 俺の予想が正しければ、あいつが今まで生き残ってこれたのは。

「あっ! 上手い! ミーティアですり抜けおった!」
「やっぱりか……」
「何がです?」

 八神一尉の問いかけに、俺は八神一尉に顔を向けながら説明する。
 今日まで予感はあったが、それを証明する為に時間が割けなかった。
 ようやく解決した俺の疑問。

「あいつのミーティアの使い方はカーターさんと全く違う。ミーティアは本来、特攻用に作られた使用者を考慮しない一直線での超加速魔法だ。その為、手を加えたとはいえ、カーターさんでもその性質上、一回の移動中に方向転換は一度か多くて二度しかできなかった。けれど、あいつはミーティアで誘導弾をすり抜けた。一体、何度方向転換したのやら」
「それって……完全に制御出来とる言う事ですか?」
「普通、流星が曲がるか? 殆ど方向転換が出来ないのがミーティア本来の姿だ。消費魔力を考えて、ミーティアに三段階のリミットを付けたから、最高加速ではないにしろ、それでも通常の加速魔法とは比較にならんスピードだ。それで小刻みな軌道が出来るのは尋常じゃない。だからあいつはこれまで無茶な戦い方をしても生き残ってこれたんだ」

 俺は八神一尉から視線を外し、カイトへ視線を戻す。
 誘導弾の包囲を抜けたカイトは高町の方へ向かっている。誘導弾を避けられる事を分かった高町が砲撃の準備を始めたからだ。
 とはいえ、ミーティアで自在に動けても、経験不足で動きが単調なのと、ミーティアを常時発動はしていられない以上、ある一定のレベル以上には通用しない。
 徹底的に防御と回避を叩き込んだ為、前よりは上手く立ちまわれてる。グラディウスやミーティアもそれぞれリミットを付けて扱いやすさと魔力効率が増しているから、前よりは行動時間も延びている。
 ドレッドノートの本質である仲間の為に時間を稼ぐ事も出来るようになった。本人の努力もあって、高速機動戦と接近戦の腕も上がった。
 それでもエースには遠く及ばない。
 高町に向かってミーティアで小刻みなフェイントを掛けて近寄っていたカイトが設置型のバインドに捕まる。
 終わった。
 次の瞬間、高町の砲撃がカイトに炸裂した。
 俺はため息を吐くと、隣に居る少女をチラリと見る。
 苦笑をしているが、それは親友への信頼だろう。後は、ここ最近、ようやくまともになったカイトへの信頼か。
 あいつがこの少女を守れるようになるのに一体、どれほどの時間が掛かるのやら。
 本当は一番弟子の俺がしなくちゃいけない事だが、生憎、技術は受け継いでいても信念や諦めの悪さはあんまり受け継いでいないのでふさわしくない。なにより俺は今、自由に動ける立場じゃない。
 教導隊の隊長と言えば聞こえはいいが、それは陸と海に挟まれた立場だ。誰かに加担するには少々動き辛い。おかげでカイトを鍛えるのはかなり極秘でやってる。窮屈な事この上ない。
 ただ、見守り、時には助言する事くらいはできるだろう。あいつが一人前になるくらいまでは時折、鍛えてやってもいいかもしれない。
 ありがたい事にあいつを呼び出す口実は幾らでもある。
 カーターさんが送ってきた設計図には、対AMF用の新装備もあった。勿論、カイトに合わせてのものだが。
 それをネタに呼び寄せれば鍛える事も出来る。なにより対AMF用の新装備は教導隊でもかなり優先度の高い任務だ。カイトも呼べて、新装備のデータも手に入る。
 俺は立ちあがり、八神一尉と共に管制室を出る。目を回して高町に介抱されてるあいつを迎えに行かなくては。
 鍛える楽しみ。成長を見る喜び。これだから教導官は止められないな。



[36852] 第三十一話
Name: お月見◆31209bc4 ID:2a54bc87
Date: 2013/03/24 23:26
 新暦72年3月18日。

 クラナガン・陸士110部隊本部・部隊長室。



 オレは黙々と目の前にある空間モニターに映る映像を見る作業にため息を吐き、隣に居るローファス補佐官を見る。
 ローファス補佐官も似たような作業をしてるが、オレより真剣で、真面目だ。

「ローファス補佐官……」
「なんでしょう?」
「この作業に何の意味が……?」

 空間モニターには模擬戦の様子が映し出されている。かなり練度が低いが。
 それも当たり前。
 これは未だに配属先が決まっていない陸士訓練校の生徒による模擬戦だ。
 何故、こんな事をしてるかと言うと。

「急遽、新人を取る事になったのですから仕方ないでしょう」
「いや、有望株はもう部隊が決まっているかと」
「そう言えば、陸曹に手伝ってもらうのは初めてでしたね。あなたくらいですよ。早めに陸士110部隊に配属が決まったのは。あなたの先輩達は、こうやって所謂、売れ残りから見つけ出した人材です」

 初耳だった。あの人たちが売れ残り組とは。記憶が正しければ、ある程度、魔法の実力があれば進路に困る事はない。どこの部隊もある程度以上の魔導師は欲しいからだ。
 部隊で保有できる魔導師の数には限りがある。そもそも魔導師の数に限りがあるからだ。更に戦力の集中を避ける為のランク制限もあるため、それらと相談しつつ、どの部隊も新人を選ぶ際はかなり本腰を入れる。
 なのにこの部隊はわざわざ売れ残り組に焦点を当てている。良く分からない話だ。
 それが顔に出ていたのか、ローファス補佐官が説明する。

「今まで、陸士110部隊は保有魔導師数を通常の三個分隊から二個分隊に絞ってきました。ただ、今回、戦力を再編成して三個分隊に戻します。去年、クラナガンの部隊のランク上限が上がりましたから」
「それは部隊長から聞いています。ただ、わざわざ、他の部隊が目を付けなかった人材に焦点を絞る必要があるのかな? と思いまして」
「部隊の保有ランクに我々の部隊に余裕があっても、上限が上がった分だけです。二つの分隊の平均はB+。二分隊で他の部隊の三個分隊に相当します。だから、魔力が低い人材が必要なんで
す。新人に求められるのはランクの低さとやる気だけです。魔導師として使えるかどうかは問題ではありません」

 それは拙いんじゃないだろうか。ただでさえ陸士110部隊は九月の事件ではやての助力を受けつつも、指名手配犯を捕まえ、優秀な部隊として色々と事件を押しつけられている。
 新人とはいえ戦力として期待するべきでは。

「ローファス補佐官。二つ疑問が……」
「どうぞ」
「まず、戦力として期待できないのになぜ取るのか。もう一つは何故、去年、分隊を増設しなかったのか」
「一つ目はやる気さえあれば強くする事ができるからです。もう一つは、手の掛かる人間が居なくなったからです」

 何となく視線が痛い。手の掛かる人間はオレの事だろう。
 オレがいつまで経っても迷惑を掛けていたから部隊増設が出来なかったと。
 何とも申し訳ない。

「すみません……」
「気になさらず。三年である程度、戦力にすることを目指していましたから、想定範囲内です。今回の新人もその予定です。さぁ、自分の後輩になる人たちです。真面目に探してください」
「はい!」

 なんか上手く乗せられた気がするが、まぁいいだろう。
 自分の後輩を探すと思うと、映像を見る目にも気合が入る。オレが色々と教えるかも知れない子たちだ。真剣に選ぼう。



◆◆◆



 新暦72年4月7日。



 クラナガン・陸士110部隊寮。



「と言う訳で、明日から先輩になる」
『良かったやん。これで最年少脱出やね』
「ようやくだよ……。ここ数年、新人を取るなんて無かったから、階級が上がっても周りは先輩だしさぁ」
『まだええやん。私なんて、知らん年上の人に命令せなあかん。これめっちゃやり辛いねん』

 部屋に置かれている据え置き型モニターの画面に映っているはやては肩を落とす。
 まぁ、この年で一尉ならそれも仕方ないだろう。出世した代償と言うものだ。

「やっぱはやてでも最初は苦労するの?」
『せやね。何だ、小娘か。みたいな態度は毎度の事や』
「そう言う時はどうすんの? ちょっと参考までに聞いてみたい」
『実力で認めさせる』
「うん。聞いたオレが間違ってた。はやてのじゃ参考になんない」

 えー。とはやてが唇を尖らせるが、実力で黙らせる事が出来ないから舐められるのであって、最初からそれが出来れば全く苦労しない。
 オレはこの話題は流す事にし、部隊長から頼まれてた事を伝える。

「それで、悪いんだけどさ。なのはにウチの部隊長が教導をお願いしたいって言ってたって伝えてくれない?」
『教導? ああ。新人の為やね。ええよ。でも? アーガス一佐に頼んだ方が早いんちゃう?』
「アーガスさんは今、新人教導官を複数受け持ってて、それどころじゃないんだ。頼んだら、本人に言えってさ」

 オレが渋い顔をして肩を竦めると、はやてはコロコロと笑い、それは大変やね。と呟く。

『でや。遂になのはちゃんに一撃入れたん? 名前で呼んでるみたいやけど』
「バリアジャケットに掠らせただけで、正確には一撃じゃないんだけど……めっちゃ喜びながら、これからなのはだね。って言われると断れなくて……」
『あはは。なのはちゃんって教導官やん。だから……名前で呼んでくれる人が殆どおらへんねん……』

 はやてがめちゃくちゃ気まずそうにそう言った。
 まぁ予想はついていた。何故かなのはと呼ばせる事に固執していたし、しかし手は抜かないので、対自分用の戦術を自分で開発してオレに教えると言う意味不明な事をしていた。それを使ったら、しっかりそれの対応も用意していたので、本当に何がしたいのか分からなかった。
 教導官は教え子の同じ目線には立たない。圧倒的上位から技術を教える人間だ。任務を通して、親しくなる人間は少ないだろう。と言うか自分たちを徹底的に扱いたり、トラウマしか残らない砲撃を撃ったりする人間とは親しくなりようがない。

「エース・オブ・エースの高町なのはだしな。何より、あの砲撃を食らった後に仲良くなろうと思う人間は特殊だ」
『じゃあカイト君は特殊やね』
「いやいや。オレは別に仲良くなりたかった訳じゃないから。やられっぱなしは流石に男としてどうなんだって思ってさ」
『それはなのはちゃんに黙っといてな。なのはちゃん、私の事を名前で呼びたいから挑んでくるんだよね。って勘違いしとったから……』
「……訂正しといて」
『絶対、そうやよって言ってもうた』

 画面の向こうではやてが両手を合わせてオレに頭を下げる。なんて事を。とんでもない勘違いだ。
 まぁいい。特に困る事はない。これから近寄らないようにすればいいだけだ。色々と迷惑を掛けたり、良くしてもらったから感謝もしてるが、ディバインバスターを受けた時の恐怖は忘れてない。
 体に寒気が走る。恐ろしや。今、思いだしても寒気が走るとは。

「わかった。これからはできるだけ接触しないようにする」
『完全に恐怖の対象なんやね。大体、教導の話を受けたら、なのはちゃんとは会わなきゃいかんやろ? カイト君はアーガス一佐に呼ばれる事もあるし、関わりを持たないのは不可能やで?』
「そうかぁ。どうしようかな。部隊の誰かを生贄に捧げれば、オレへの関心も薄れるか?」
『別にいいやん。友達になってあげるくらい。なのはちゃんは杖を持たなきゃ普通の女の子やで?』
「考えとく。やっぱり、ここはアウル先輩か? いや、マッシュ先輩か?」
『考える気ゼロやん』

 はやてに突っ込まれつつ、オレはそう言えば。と呟き、話を切り替える。
 これ以上、なのはの話をしていると、はやてに友達になる事を約束させられかねない。
 はやてもオレが無理やり話を変えた事に気づいたようだが、何も言わない。そこまで積極的に友達にさせる気はないらしい。

「ちょっと真面目な話な。地上本部が実績のある捜査官をリストアップしてるみたいだ。本部所属だから、はやては欄外だろうけど」
『実績のある捜査官? 何する気なんやろか?』
「さぁ? オレも知り合いの捜査官がリストアップされたから知っただけだし。ただ、そいつが言うには、大きな事件を解決して、地上本部の力を示すつもりなんじゃないかって」
『それが一番妥当やね。本局はここ最近、地上への介入機会を伺ってるし、それを突っぱねるには地上本部の力を見せつけるのが一番やし』

 オレははやての言葉を聞いて、ため息を吐きそうになる。介入したいならさせればいいだろうに。
 本気で地上の市民の事を考えるならばメンツは捨てて、過去を忘れて、本局と協力するべきだ。簡単な事ではないが、犯罪が増加するよりはマシだ。
 上がメンツにこだわると、割をくうのはオレたち現場だ。

「ままならんなぁ」
『安心しいや。すぐに私が出世して、管理局を変えたる!』
「普通なら無理って言うけど、はやてだしなぁ。まぁ気長に待つよ。オレは現場で動くだけさ。出来るだけオレたち現場に優しい組織にしてくれ」
『そこは市民最優先やろ』
「同じくらい、オレたちを大事にしてくれ」

 オレは冗談ぽくそう言うが、内心、かなり期待していた。
 現場に優しい組織と言うのにじゃない。どうであれ、管理局が変わる事にだ。
 今の管理局には有能な若手が続々と出てきている。いずれ、変革が訪れる。その時に、はやてがどれだけ出世しているかによって、はやてのその後も違ってくる。
 一佐とは言わないが、二佐くらいになっていれば、上層部にある程度の影響力を持つ事も可能だろう。
 口には出さない。それで今以上にやる気を出されて体を壊されても困る。

『考えとくわ。そうや。シグナムがカイト君と模擬戦をしたい言うとるんけど、予定空いてる日ある?』
「何で休暇を模擬戦で潰さなきゃ駄目なんだよ……。断っといてくれ。ヴォルケンリッターとやりあえる実力はオレにはないよ」
『うーん。納得するやろうか? それとな。あんまり言いたくないんやけど』
「じゃあ言わなくていい」
『そう言う訳にもいかんねん。クロノ君。クロノ・ハラオウン提督がカイト君に会いたい言うとるんよ。これはかなり強くお願いされとるから、出来れば会って欲しいんやけど……』

 うわぁ。グレアム提督の最後の弟子かよ。絶対、グレアム提督繋がりでオレの事を調べたんだな。
 クロノ・ハラオウン。本局最年少の提督。有事の際には複数の艦を率いる権限を持つ管理局の重要ポストに僅か二十歳で就いている男だ。本人もAAA+の魔導師ランクを持つ凄腕で、とにかく武勇伝を量産している管理局の若き英雄。
 申し訳なさそうな顔をはやてが浮かべる。
 会うのは構わないが、厄介事を押しつけられたり、ないとは思うが本局に転属させられたりするのは困る。

「お互い師匠繋がりだし、一度会うくらいなら別にいいけど……会うだけって伝えといて」
『うん。分かった。そう伝えとく。ありがとうな』
「いや、いつかは会う日が来るんじゃないかと思ってたし、ちょうどいいよ」

 オレはそう言いつつ、本部が動き出したタイミングで会いたいと言い出したクロノ・ハラオウン提督に対して、僅かな警戒を巡らせた。
 悪いが、本局の都合の良い駒になる気はない。オレは陸士だし。
 はやて関連で協力は惜しまないが、オレは政争や権力争いは好きじゃない。人がやる分には問題ないが、自分が巻き込まれるのは看過できない。
 力の無い陸曹を駒にして、向こうには何のメリットは無いと思う。けれど、相手はオレが知らない所でオレの存在に価値を見出すかもしれない。向こうは管理局のエリートが集まる本局の若手筆頭で、母親はランディ部隊長が関心するほどの手腕を発揮したリンディ・ハラオウン提督だ。気をつけていないと、良いように動かされてしまうかもしれない。
 あのグレアム提督の弟子だ。それだけ信頼には値するし、はやても信頼しているみたいだが、警戒は必要だ。誰かに利用されるのは好きじゃないし、オレの仕事は市民を守る事。仲間を守る事。それ以外はもう少し上の立場の人がやる事だ。
 現場でしか救えないモノを救い、守れないモノを守る。最近のオレの行動理念はそれだった。
 それに反する事は。おそらく。
 はやてが関わらない限りしないだろう。

『もうこんな時間!? ご飯作らな!』
「それじゃまた連絡する。そっちも何かあったら連絡して」

 オレが笑顔でそう言うと、はやても笑顔で、そうする。と言う。はやてが通信を切るのを待ってから、オレは大きく息を吐く。

『クライドの息子だろ? そこまで警戒する事はねぇよ、絶対にお人よしだ』
「そのクライドって人を知らないから何とも言えないけど、まぁそうだな。あんまり気を張らないように努力するよ」

 オレはベッドの上に置いてあるヴァリアントにそう言いつつ、アーガスさんから出されている課題レポートを終わらせるために、椅子から立ち上がった。



[36852] 第三十ニ話
Name: お月見◆31209bc4 ID:2a54bc87
Date: 2013/03/27 19:48
 新暦72年5月20日。

 本局・訓練室。



 何故、こんな事になったんだろう。
 オレは目の前に居る人を見ながらそう思う。場所は訓練室。ただ広いだけで、障害物は何もない。
 なぜ、模擬戦なのか。オレは提督に呼ばれてわざわざ本局に来たのに。
 クロノ提督がオレを呼んだ理由は警告だった。
 レリックに関係する事件でアトスたちが関わっている可能性が強まってきたらしい。それをオレに伝える事。そしてはやてがもしも一人で行動しそうな時は止めて欲しいと頼まれた。
 一応、頼みは受けたが、言葉を掛けて、それでもはやてが自分で考えた行動だと言うなら、それ以上は何もしないだろう。
 大前提として、オレははやてが一人で行動すると言う無謀をするとは思っていない。勿論、はやてが危険なら助けるが、六月の事件の事をはやてが忘れるとは思えない。わざわざ自分から罠に飛び込む真似はしないとオレは思っている。
 信じていると言うのは少々都合の良い気がするが、オレははやてを信頼している。
 それにアトスたちが再度襲撃してくる可能性があるならば、オレがどうこうする前にヴォルケンリッターが止めるだろう。それでも敢えてはやてが飛び出したなら、オレじゃ止められない。止めるくらいならついて行くだろう。それはかなり高い確率で断言できる。
 クロノ提督が心配するのは分かるが、過保護に近い。オレを心配していたはやて並みだ。あれはオレが悪かったが。
 まぁともかく、それで用事は済んだ筈だ。オレはこのままミッドに帰れる筈だ。
 なのに。

「なぜ、模擬戦なんですか?」

 オレは目の前の相手にそう聞く。
 それに対して、目の前の相手、フェイト・テスタロッサ・ハラオウン執務官は不思議そうに聞き返してくる。

「ダメかな?」
「ダメとかじゃなくて、何で模擬戦をやる必要があるんですか……?」

 バリアジャケットとデバイスをスタンバイしてやる気満々なテスタロッサ執務官にオレは呆れたようにそう言う。全く流れが分からない。
 会ってすぐに、カイト。模擬戦だよ。って言ってきた時は本気で頭がおかしいんじゃないかと思った。

「だって、カイトと友達になるには模擬戦しなきゃなんでしょ? なのはがカイトは友達になる為に模擬戦をやるって言ってたよ?」
「なんて勘違いだ……。覚えておけ高町なのはめ……」

 理由は分かった。全てなのはのせいだ。なんて奴だ。自分の勘違いを親友に事実のように伝えるなんて。それをそのまま信じるテスタロッサ執務官もどうかと思うが。
 ていうか、友達になるのに模擬戦って、とても変人じゃないか。止めてくれよ。オレは至って普通の人間なのに。

「でも本気でやって一撃を入れてから友達になるのがカイトの流儀なんだよね。私も本気でやるよ!」

 デバイスを両手で持ち、胸の前まで持ってきて、やる気をアピールするテスタロッサ執務官に思わず、呆れを通りこして苛立ちを覚えてしまう。気づけ。オレが乗り気じゃない事に。

「いや、ちょっと待ってください。友達になるのに模擬戦は」
「なのはもはやても友達なのに、私だけ仲間はずれは酷いよ。でも、私が本気でやったらカイトじゃ攻撃が当たらないと思うし……そうなると私とカイトはずっと友達になれないのかな?」

 天然なんだろうか。とても癇に障る事を言ってくれる。どれだけ下に見ているのか。確かに下だが、近接戦に持ち込めれば、例えオーバーSランクだろうと一撃入れるくらいはできる。
 テスタロッサ執務官は確か高速近接戦が得意だった筈。上手くやればミーティアでスピードを上回り、勝ちにいくことだって出来る筈だ。
 よし。

「ご心配なく。すぐに友達になれますよ。オレが一撃を入れて、模擬戦は終了です。手間は取らせないので」
「何だかいきなりやる気になったね。でも、私も負けないよ!」

 やっぱり変だ。この人。いや、なのはもだが。
 友達になりたいのに、何故、本気を出す。別に模擬戦で友達になる趣味はオレには無いが、そう勘違いしてるなら、ちょっと手を抜くなりすればいいだけなのに。
 やはり類は友を呼ぶんだろうが。なのはと同類なら、友達になった後に距離を置こう。
 オレはそう決意し、ヴァリアントに声を掛ける。

「ヴァリアント、セットアップ」
『オーライ』

 オレの体が光に包まれ、一瞬で陸士の茶色の制服から青いロングジャケットと黒色のズボンへと切り替わる。
 前合わせのロングジャケットはひざ裏下まであり、腰の部分からは左右に流れている。両腰にはその上からフォルダーが付いていて、グラディウスが入っている。
 新作のバリアジャケットははやてのデザインで、ミーティアを頻繁に使用するため、全体的な防御力が高めになっている。
 オレはテスタロッサ執務官を見つつ、ヴァリアントと念話で会話する。

『すぐに決める』
『それは構わんけど、相手は本局有数のスピードスターだろ? 様子見のが良いんじゃないか? 相手も同じ事を考えてたら……速い方じゃなくて、上手いほうが勝つぜ?』
『ご忠告ありがとう。様子見に徹するよ』

 ヴァリアントの忠告でオレは頭を冷やして、頭に描いていた作戦を白紙に戻す。
 相手は閃光とまで言われる人だ。幾らミーティアがあっても、相手の得意なスピード勝負に持ち込むのは拙い。

『まぁ、別に相棒は負けても失うモノはねぇんだし、負けたらどうだ?』
『男の意地の問題だ』
『便利な言葉だな。男の意地。女と模擬戦する時はいつもそれだ』
『出会う同年代の女の子たちがことごとく飛びぬけてるから、いつだって意地を刺激されるんだ』

 オレは少し不機嫌になりながら言う。どうして会う子、会う子、皆、オレより強いのか。男と女の差など魔法には関係ないが、それでも僅かに残っているオレの意地がしょうがないと思う事を許してくれない。

『準備はいいかい? リアナード陸曹』

 管制室に居るクロノ提督がモニター越しに聞いてくる。管制室で落ち着いてないで、妹を止めるくらいはして欲しい。
 オレが返事をすると、クロノ提督は真剣な顔で、それでは開始と行こう。と呟く。
 開始の合図と同時に距離を取る。とりあえず様子見。
 それが拙かった。

『模擬戦開始』

 目視で確認できていたテスタロッサ執務官が消えた。文字通りだ。視界から消えた。何か黄色の魔力光が確認できたが、何かが光った程度にしか分からなかった。
 後ろへミーティアを使わずに下がろうとしていたオレの後ろ。オレは咄嗟にグラディウスを引き抜き、交差させながら振り向く。
 魔力刃と魔力刃が接触する。危なかった。勘に従って動いてなかったら一撃でやられてた。
 テスタロッサ執務官はデバイスの先端から鎌ような形状の魔力刃を展開させている。

「見えてたの?」
「まさか……!」

 テスタロッサ執務官の言葉にオレはそう答えつつ、グラディウスで押し返そうと両手に力を込める。
 だが、グラディウスはビクともしない。それどころか。

「なっ!?」

 テスタロッサ執務官の鎌がグラディウスの魔力刃に食い込んだ。圧縮率を下げたとはいえ、通常の魔力刃とは比べ物にならない圧縮率を誇っている。それに食い込むと言うことは、テスタロッサ執務官の魔力刃の圧縮率の方がかなり高いと言う事だ。
 直接、テスタロッサ執務官の魔力刃と触れていた左手のグラディウスの魔力刃が完全に切り裂かれる。

「ミーティア!」
『ギア・ファスト』

 オレの体が蒼い魔力光に包まれる。
 ギア・ファースト。使い方としては通常加速魔法と変わらない。単発での短時間加速。
 今までのミーティアは常時発動型だった為、オレでは長時間の発動は困難だった。それの解決策としてのギア・ファースト。加速スピードも今までよりは劣っているが、それを補ってあまりある魔力効率を誇っている。
 完全に切り裂かれた左のグラディウスは再生成しなければいけないが、それは後だ。今はテスタロッサ執務官から離れる方が先決だ。
 加速した状態でバックステップし、テスタロッサ執務官から離れる。
 いや、離れたつもりだった。
 引き離せない。移動した距離をしっかりついてこられる。しかも、後追いにも関わらず、遅れないと言う事は、ギア・ファーストより速い。
 テスタロッサ執務官が鎌を振りかぶる。
 さっきの事を考えれば、グラディウス一本じゃ抑えられない。かといって、相手の方が速いのだから躱すのも難しい。
 速さを補う為に必要な様々な経験も向こうのほうが上だ。問題外な事に、オレは自分より速い相手と戦った事が無い。
 ギアを上げれば速さで上回れるが、オレの負担が大きくなる。模擬戦で体に負担を掛ける訳にもいかない。
 だから。

「グラディウス・モード2!」

 グラディウスの圧縮率の限界を一段上げる。これで受け止められなきゃ、後は手は無い。
 右手のグラディウスに魔力を送って、体の前で鎌を受け止める。
 今度は切り裂かれる事は無かったが、一撃を受け止めただけだ。
 距離を取ろうと足を動かしているのに、距離が開かない。
 テスタロッサ執務官による連撃が始める。
 受け止め、はじいた瞬間、違う方向から鎌が向かってくる。左手のグラディウスの魔力刃を再生成してる暇がない。暇がないが、この連撃を抑えるには二本なきゃキツイ。
 一瞬だけでいい。時間があれば。
 完全に受けに回って、テスタロッサ執務官を観察する余裕すら無かった。だから、何を狙っているのかがわからなかった。
 連撃ではキリが無いと分かったテスタロッサ執務官がオレから距離を取る。
 集中力をごっそり持っていかれたが、何とか耐え抜いた。左手のグラディウスの魔力刃を再生成し、オレは奇襲に備える。オレの攻め手はカウンターしかない。
 あのスピードを追うのは不可能だ。軌道も読めない。何より予想とは逆に来る。オレの様子を見て判断し、変えているのだろう。
 スピードに振り回されていない。基本に忠実だ。
 鎌の扱いも速く、正確。そして鋭い。受け止めていた右腕が未だにしびれるほどの威力ももっている。
 それでも接近戦ならまだやりようがある。
 さぁ来いと思って、両手のグラディウスを構えていると、かなり距離が離れた所でテスタロッサ執務官が立ち止っている事に気づく。デバイスを杖型に戻し、回転させている。何か詠唱している気が。

『相棒。儀式を使った大規模魔法だ。諦めろ』

 諦められるか。オーバーSランクの魔導師が儀式を使う魔法なんて避けられないし、防げない。受ければ、そこで終わりだ。オレはこれからミッドに戻って、色々やる事があるのに。

「ちょっ!! 卑怯ですよ!? テスタロッサ執務官!!」
「接近戦で倒せないならアウトレンジ!」
「待ってください! 無理だから!!」

 もうちょっと手段にこだわれ。勝ちにこだわるな。思わず、そう叫びそうになった。そんな時間は無かった。
 思っている間にテスタロッサ執務官の周りに複数の黄色のスフィアが浮かび上がる。

「フォトン!」

 黄色のスフィアがバチバチと放電がはじまって行く。ヤバい。拙い。魔力変換だ。雷だ。変換を入れたにしては発動時間が速すぎる。変換資質か。
 しびれるじゃ済まない気がする。けど、オレに防ぐ手立てはない。あるとしたら発動前に潰す事。発射させない事。しかし、もう遅い。もう発射間際だ。

「ランサー!!」
『ファランクス・シフト』

 すごい速さで複数の射撃魔法が飛んできた。
 左右のグラディウスで切り払うが、単体ですら追いつかないのに複数それも連射だ。とりあえず追いつかない。
 逃げようにもオレに複数の射撃魔法が襲ってきている状況では逃げようがない。オレは飛べないし、何より速すぎる。
 両手のグラディウスが追いつかず、一発、左肩に食らった。体勢が崩される。それが始まりだった。歯を食いしばる暇もなく連射された射撃魔法によって袋叩きにされる。
 射撃魔法の勢いで壁まで追いやられるが、それから数秒間、射撃魔法は止まなかった。
 終わった後、オレは受け身も取れず前のめりに倒れる。倒れる途中、視界にテスタロッサ執務官が茫然としている光景が映る。まさか避けるか防ぐと思ったのか。オレはBランクと先に言ったのに。
 どうして、はやての知り合いは無意識にオレに対してトラウマばかりを植え付けていくのか。模擬戦はあくまで模擬なのに。
 迫る床を見ながら、オレはそう考えつつ、二度とはやての知り合いとは模擬戦はしない事を心に決めた。



[36852] 第三十三話
Name: お月見◆31209bc4 ID:2a54bc87
Date: 2013/03/30 13:49
 新暦72年6月5日。

 クラナガン・陸士110部隊本部隊舎。



 はやての誕生日と言うビッグイベントがようやく終わった。
 何とか休暇を取り、ミッドチルダへ正式に引っ越した八神家の新居で、ヴォルケンリッター、親友のなのはとテスタロッサ執務官が参加したパーティーに参加してきた。男性の少なさも相まって、とても居心地が悪かった。
 ヴォルケンリッターの最後の一人は小さな女の子だった。知っているシャマル医務官とザフィーラに紹介されるまでは、ヴォルケンリッターだとは思わなかった。
 一体、なんの冗談だと思ったが、小さな女の子、ヴィータさんの目がかなり怖かったので、それで信じる事ができた。
 その後、烈火の将、シグナムさんと初めて言葉を交わした。最初ははやてに関する事だったが、最終的に模擬戦をしないかと言われた。丁寧に断ってきた。テスタロッサ執務官に新たなトラウマを植えつけられたオレは、もうはやての周りとは模擬戦はしないと決めたのだ。
 しきりに謝ってくるテスタロッサ執務官と、そんなテスタロッサ執務官にノックダウンしない程度の倒し方がオレと友達になるコツだと、ドヤ顔で語るなのはをスルーして、はやてやヴォルケンリッターとパーティーを楽しんだ。
 とても楽しかった。楽しかった分、今日は憂鬱だ。

「カイト先輩。今日って何があるんですか?」

 会議室に集められた事に不思議と首を傾げる金髪の後輩、ガイ・バーボンドがオレの左隣に座りながら、そう聞いてくる。年齢は十三歳。人懐っこい笑みが特徴の小柄な少年だ。
 今年から入った新人四名はつい最近、ようやく基礎訓練を終了し、正式に分隊に加えられる事になった。第二分隊の四名を二つに分け、その下に新人二名が付いている。
 第二分隊はオレと分隊長が残留。第三分隊にはアウル先輩とマッシュ先輩。分隊長には、先月准尉に昇進したアウル先輩が、尉官への昇進試験をパスする事を前提に就いた。
 このガイは第二分隊に配属された新人で、ポジションはフロントアタッカー。とはいえ、まだまだ使い物にならない為、フロントアタッカーは暫定的にオレがやっている。
 配属されたガイともう一人は魔導師ランクがC-で、魔力量も低い。動きも鈍い。正直、任務に連れていくのは不安で仕方ないが、部隊長が行けると判断してしまった。まぁ、部隊長も不安だから、短期間でドーピングのような効果が得られる、今回の事を企画したんだろうが。

「聞いてなかったか? 教導官が来るんだよ」
「ああ! そう言えば補佐官が言ってました。でも、教導官を招くのに、全員集合してるんですか?」

 こいつはイマイチ、教導官の凄さがわかってないらしい。わざわざ陸の部隊に来てくれるのは非常に珍しい。まぁ今回はオレと部隊長のコネだが。
 コネだとわからないように、今回はなのは個人への依頼ではなく、教導隊への依頼と言う形にした。そうすると誰が来るかわからないのだが、わざわざなのはしか空いていない時を狙って依頼を出したのだから、なのは以外は来ない。
 なのはの教導予定はかなり先まで埋まっていたのだが、丁度、キャンセルが入った為、今日から一週間は空いていた。
 空いていたからなのはを呼んだ。そう言うのは簡単だが、教導官は本局、支局を合わせても百名ほどしか居ない。本局や支局に常駐し、それぞれの武装隊に教導をする教導官が居る事を思えば、各地へ派遣される教導官は更に少ない。
 しかも今回は陸の部隊だ。航空戦技教導隊の教導官が、空戦適正のない魔導師を教えるのだから、ちょっと笑ってしまう。
 それらの理由で、陸士110部隊では盛大な歓迎ムードが出来上がっている。クラナガンの陸士部隊でも教導官が来るのは数年に一度だ。それは歓迎したくもなる。教導を受けるオレとしてはあまり歓迎したくはないが。

「教導官はレアだぞ? 教育隊の教育官とは違う」
「そうなんですか? でもウチの訓練校の校長は教導隊出身だって言ってましたよ?」
「管理局の未来を担う陸士訓練生の育成に力を入れてる証拠だろ。教導官は基本的にはエース級の魔導師だ。この部隊の魔導師全員で戦っても全然勝てないくらいには強い。怒らせるなよ?」

 ガイに釘を差す。頼むから怒らせるな。トラウマが刺激される。そして未来あるガイにもトラウマができてしまう。
 オレがそんな事を言っていると、オレの右隣に分隊長が座る。

「新人を脅すなよ。副隊長」
「脅してませんよ。事実です。分隊長」

 よほど、オレが副隊長になったのが面白いのか、分隊長はニヤニヤとオレを副隊長と呼ぶのを止めない。そろそろ飽きてもいい頃だと思うんだが。

「すみません。遅れました」

 分隊長より僅かに遅れて、新生第二分隊、最後の一人、新人のロイル・バニングが来る。ロイルは黒髪の物静かな少年で、寮ではガイのルームメイトでもある。割と行動派のガイとは良いコンビで、訓練でも良いコンビネーションを見せる。ポジションはセンターガード。まだまだフォローが必要だが、センタガードの性質をよく理解している。頭のいい子だ。

「まだ、始まってない。気にすんな」

 分隊長が謝罪したロイルにフォローを入れた後、オレに顔を近づけ、小声で質問する。

「教導官は誰だ?」
「知らないですよ」
「嘘つけ。お前が本局で教導隊とコネを作って、数ヶ月で教導官派遣だぞ? 今回はコネを使ったんだろ?」
「部隊長からの命令です。もうちょっと経てばわかりますから、楽しみにしててください」

 分隊長はそれである程度予想はついたのか、それ以上、追求はしてこない。大体の人間はオレが関わっている事を察しているだろうから、ここで話しても問題はないだろうが、命令は命令だ。話す訳にはいかない。
 まぁ分隊長は勘が良いから、誰が来るかまでも予想がついただろうが。
 会議室の前にローファス補佐官と部隊長が姿を現す。会議室が静まり返る。

「知っての通り、今日から一週間。我が隊に教導官をお招きします。これからご紹介しますが、くれぐれも失礼のないように」

 ローファス補佐官が敢えて釘を差す。なのはが有名人だからだろう。本人を知らなきゃ、オレもテンションが上がっていたと思う。今は下がる一方だが。
 会議室の扉が開き、教導隊の制服を着たなのはが入ってくる。事前に釘を刺されていたにもかかわらず、部隊の人間たちはどよめく。エースオブエースが来たんだ。無理もないが。
 右隣に座る分隊長がニヤリと笑う。予想通りだったんだろう。
 反対をみれば、ガイが食い入るようになのはを見ている。その隣に居るロイルも表情は普通だが、やはり興奮しているようで、前のめりになってなのはを見ている。

「本日から一週間。前線部隊の教導を担当することになりました。高町なのは二等空尉です。ハードな訓練になると思いますが、どうかついて来てください」

 なのはのその言葉に対して、部隊員全員が席から立ち上がり、敬礼と共に返事をする。

「了解!」

 周りに合わせつつも、オレはこれから一週間、どうやって乗り切ろうかと考えを巡らせていた。



◆◆◆



 
 新暦72年6月7日。

 クラナガン・陸士総合訓練場。



 首都であるクラナガンでは、陸士隊の隊舎には小さな訓練スペースしかない。基礎的な体力作りなら問題ないが、模擬戦や大規模な魔法を使うには狭い。
 そのため、クラナガンにある全部隊共有の総合訓練場で、オレたち陸士110部隊は訓練を受けていた。
 全部隊共有と言っても、屋外にある広い訓練場を使う部隊は居ない。大規模な訓練をしようにも、部隊の戦力を保つために、一個分隊、戦力によっては二個分隊は必ず隊舎にいなければならないからだ。
 そう考えると、やはり陸士110部隊は戦力が充実している。第一分隊が隊舎に居れば、必ず残りの二個分隊はオフシフトに入れるのだから。今回はオフシフトではなく教導シフトだが。これほど仕事がしたいと思ったのは初めてだ。
 初日は全体練習。昨日は第一分隊のみの教導。今日は第二、第三分隊の合同教導だ。朝から新人たちはテンションが高い。

「カイト先輩! あのエースオブエースの教導が受けれるなんて、俺、感激です!」
「落ち着け。ガイ。冷静さを失うな」

 熱くなり始めたガイにオレはそう言いつつ、ロイルの様子を伺う。

「質の高い訓練に、しかもあの高町二尉の教導が受けられるなんて……。僕はこの部隊に入れて良かったです」
「そうか……」

 分隊長がロイルの言葉に微妙な顔で答える。
 分隊長にアウル先輩、マッシュ先輩は、シミュレーターのテストの時に、三人纏めてなのはの砲撃をくらっている。プロテクションを一瞬で破られた分隊長は一時期、自信喪失していた程だ。
 第三分隊を見れば、アウル先輩とマッシュ先輩が微妙な表情を浮かべている。向こうも新人に事実を伝えていないんだろう。

「全員揃ってる?」

 そう言いながら、空からなのはが降りてきた。スカートが短いから、アウル先輩とマッシュ先輩が食い入るように見ていたが、腕にある杖を見て、顔を伏せた。トラウマが再発したな。

「第二、第三分隊、両分隊、全員揃っております!」

 分隊長がそう告げると、オレたちは敬礼する。切り替えなければならない。これから嫌でも教導を受けなければならないんだ。どれだけ被害を少なくできるかがポイントだ。
 オレとしてはアウル先輩かマッシュ先輩に一撃を入れさせる事に全力を尽くしたい。良かったな。なのは。一撃入れられたから、晴れて友達じゃないか。と言えば、笑顔で二人に近づいていくだろう。






 甘かった。
 オレは良いようにやられた第三分隊の姿を見ながら、そう心で呟く。
 息が続かないのか、苦しそうに地面に這いつくばってる。
 なのはが課した教導は至って単純。一人五個の誘導弾から逃げる事。
 回避の練習だろうが、なのはの誘導弾を初見で避けるのは厳しい。新人がすぐに脱落し、マッシュ先輩もその後に脱落。なのはが良しと言うまで残っていたアウル先輩も、体力が底を付いている。
 基礎や基本を大事にしていると聞いていたが、一週間の短い教導ならひたすら模擬戦をやるだろう思っていたのに。

「次、第二分隊」
「はい!」

 一定の距離を離れて、第二分隊が配置につく。

「リアナード陸曹は下がっていてください」
「? はい!」

 オレは首をかしげてつつも、言われた通り、訓練に参加せずに下がる。

『ごめんね。カイト君は五個じゃ訓練にならないでしょ?』
『なるなる。めっちゃなる』
『カイト君はほかの人たちが休憩中に特別メニューだから』

 そう言われて、念話が切れた。オレの顔が徐々に青ざめていく。
 訓練から外されたオレを分隊長が羨ましそうに見ていたが、顔色で何かを察したのか、オレから視線を逸らす。

『相棒。いい機会だ。しっかり一撃入れてやったらどうだ?』
「むちゃくちゃ言うな。教導官が教導中に一撃入れられるヘマをするかよ」
『やってみなくちゃわからんだろ? それに先輩らしい所を見せるいい機会じゃないか? 副隊長』

 オレはからかい混じりのヴァリアントの言葉をスルーする。なのはの事だ。オレだけ誘導弾二倍とかだろう。違う教導メニューをやらせるなんて事は。

「はい! 終了。五分休憩です。リアナード陸曹はその間、私と模擬戦です」

 この女は。
 オレだけ模擬戦だと言いやがった。五分間もなのはの相手をするなんて不可能だ。

『勘弁してくれ』
『駄目。私に一撃当てたらそこで終了だから。私も砲撃は使わないし』
『言ったな! 絶対、砲撃使うなよ!!』

 オレは言質を取ると、バリアジャケットを着て、グラディウスを構える。
 疲れて動けない第二分隊からかなり離れた位置まで来ると、なのはの合図で模擬戦が始まる。
 ふっふっふ。砲撃が使えない魔導師高町なのはなど恐るに足りん。
 望み通り、一撃を食らわしてやろう。今までの恨みも込めて。

「ミーティア!」
『ギア・ファースト』

 オレはミーティアを使い、なのはの懐へ飛び込む。砲撃がないと言う事は、決め手に欠けると言う事だ。なら、接近戦で攻撃を受け止められようと怖くはない。
 オレはグラディウスを左右から振りまくって、なのはのプロテクションを破壊しに掛かる。
 いくらなのはのプロテクションとは言え、グラディウスの連撃を喰らえば、耐えられまい。

「レイジングハート」
『ディバインシューター』

 なのはの周りにアクセルシューターではない魔力弾が生成される。なのはがバックステップをしながら動いているのを見れば、動きながらでも操作できるタイプだろう。
 砲撃魔導師の癖に随分と回避が上手い。今までは動かないで要塞のような戦い方だったのに。流石はエースオブエース。色々と引き出しを持っていらっしゃる。
 とは言え、ここはオレの間合いで地形の理もある。空なら三次元の軌道で加速魔法の使い手からも逃げられるだろうが、ここは地上。二次元でミーティアを使用したオレから逃げられるか。

「甘い!」

 オレはプロテクションで受け止められた右手のグラディウスを手放し、瞬時になのはの後ろへ回り込む。
 左手のグラディウスは完璧なタイミングでなのはの胴を横に薙ぎに入った。
 もらった。そう思ったオレの目の前から、白が消えた。
 馬鹿な。あのタイミングでどこに。

「飛ばないとは言ってないよ?」

 上から聞こえた声に背中に嫌な汗が流れる。
 同時に複数の誘導弾に囲まれた。動こうにもいつの間にかバインドが掛けられていて動けない。

「卑怯だぞ!?」

 そう叫ぶと同時に誘導弾がオレを袋叩きにする。拙い。テスタロッサ執務官に植えつけられたトラウマが。
 どうにか終わった後、オレは地面にうつ伏せで倒れこむ。

「卑怯じゃないよ。私は空の魔導師だもん」
「先に言え……」
「砲撃を使わないって事は、それ以外は使うって事だよ。カイト君。甘いよ」
 
 笑顔でオレにそう告げると、なのはは休憩中のメンバーの所へ歩いていく。
 おのれ、なのはめ。他の人間を使えないから、オレを倒して、自分の実力を示したな。そんな事ばかりしているから友達ができないんだ。
 負け犬の遠吠えのようにそう心で呟くと、オレはフラフラと何とか立ち上がる。
 知らず知らずにオレもたくましくなっているらしい。



[36852] 第三十四話
Name: お月見◆31209bc4 ID:2a54bc87
Date: 2013/04/01 02:29
 新暦72年10月8日。

 クラナガン・主街区



 久々にはやてと休みが合った。これはかなり珍しい。
 と言う訳で、はやてが少し前に三佐に昇進したので、そのお祝いも兼ねて、遊びに行く事になったのだが。

「また遅刻か」
『学習しろよ、相棒。遅れてくるもんだと思うべきだぜ?』
「いやいや。おかしいだろ。毎回毎回、二時間の遅刻って。朝弱いのかと疑うわ」

 オレは既に十一時を示している時計を見ながら、そう呟く。今日はカフェではなく、自然公園だ。周りの視線は痛くないが、自然溢れる中、一人でいると、何だか虚しくなってくる。
 今回は何があったんだろうか。
 急な任務。ない。まず連絡が来る。
 リインが迷子。ない。リインは本局に行くらしい。
 小さな子が迷子。有り得るけど、これも連絡が来る筈。
 誰かと遭遇。これが一番ありえそうだが、何故、連絡がないのか。
 結局、連絡がないのが一番のネックだ。
 一体、何をしてるのやら。そう思っていると、念話が飛んできた。

『カイト君! ちょっと、待ち合わせ場所変更や!』
『いきなりだな。どこにする?』
『オライオン!』

 結構必死らしい。何が起こったのやら。まぁ大した事じゃないだろ。
 とりあえずここからオライオンは結構離れているから、割と急がなきゃならない。
 毎回、毎回、遊びに行く度に何かが起きるのはどうにかならないんだろうか。落ち着きがないにも程がある。

「ヴァリアント。交通状況は?」
『渋滞はない。普通に歩いてけば三十分くらいじゃないか?』
「じゃあのんびり行くか」






 クラナガン・オライオン。



 三十分ほどして、オライオンに到着し、ドアを開けたらナイフとフォークが数本飛んできた。
 こうやって数本飛んでくる時は複数人を追い払う時だ。今回は顔面近くに二本刺さった。流石にヤバイ。動いてたら当たってた。

「何だ。クソガキか。またあいつらかと思ったじゃねぇか。馬鹿野郎!」

 また何もしてないのに罵倒された。そろそろ泣くぞ。なんて理不尽な店だ。
 店の中には客は二人。一人は濃い目のピンク色のパーカーに黒いスカートを着たはやてで、こちらが居るのは不思議ではない。問題はもう一人。

「テスタロッサ執務官? なぜここに?」

 黒いシャツに白いフレアスカートと言う私服姿のテスタロッサ執務官に対して、オレはそう問いかける。
 しかし、テスタロッサ執務官はすぐには答えない。まるで長距離走でもしてきたように荒い息を吐いている。隣に座っているはやてをみれば、はやても似たような状況だ。
 一体、何があったのだろうか。オレは説明を求めるため、マスターに視線を移す。
 マスターは肩を竦めながら答える。

「逃げてきたんだとよ」
「……オーバーSが二人揃って逃げるなんて、よほど恐ろしい相手だったんでしょうね」
「恐ろしいっちゃ恐ろしいわな」

 マスターはカウンターの端にある雑誌を取ると、オレに向かって放り投げる。
 胸元にしっかりコントロールされていたため、取るのには苦労はしない。流石はいつもナイフやフォークを投げている事はある。
 オレはそれの表紙を見て、何となく察しがついた。

「月刊クラナガンの今月号だ。表紙は見ての通り、管理局若手三エース。特集も組まれてる」
「それでファンに追いかけられた、と」

 オレの呟きにはやてとテスタロッサ執務官が同時に首を縦に振る。月刊クラナガンは基本的に政経の話がメインの固い雑誌だ。それに美人が三人も載ってれば、嫌でも目を引く。それに、これに載る前から時たま雑誌に載ったりして、三人は有名だ。まぁこれでファン層は広がっただろうが。
 マスターが言った、あいつらとはファンの連中だろう。哀れな奴らだ。オライオンまで追いかけてくるなんて。
 有名なのも困ったもんだ。
 オレはそう思いつつ、はやての隣に座る。

「しかし、そうなると、クラナガンで出歩くのは厳しいか?」
「変装くらいして来いよ。嬢ちゃんたち」

 マスターの言葉にはやてがコップの水を飲み干した後に答える。

「こないな事になる思ってなかったんです……」

 オレはマスターが差し出したピッチャーを受け取り、はやてのコップに水を注ぐ。奥から、空のコップが差し出される。テスタロッサ執務官のコップだ。
 どれほど追い回されたのやら。オレはコップに水を注ぎつつ、そんな事を考える。おそらくオレの待ち時間的に二時間は追い回されただろう。
 笑えばキツイお説教を食らうので、笑わないが、そこまで追いかけっこが続くと、ギャグとしか思えない。

「ウィンドウショッピングの予定が……」

 何とか喋れるようになったテスタロッサ執務官がそう言う。貴重な休みをファンに台無しにされたか。人にトラウマを植え付けてるから天罰が当たったんだな。

「カイト……今、不謹慎な事考えたでしょ?」
「いいえ。有名なのは有名なりに問題があるんだなぁと思っただけです」

 オレは肩を竦めて誤魔化す。釈然としないテスタロッサ執務官を放っておいて、オレは再度、空になったはやてのコップに水を注ぐ。

「広報に文句言ったる……おかしいと思ったんや、月刊クラナガンの取材なのにやたら写真を撮られたし、質問の内容もちょっとズレとったし……絶対、広報が内容を考えたんや……」

 はやての呟きを聞いて、オレは手の中にある月刊クラナガンを見る。三人がそれぞれの制服姿で並んでる。特集のタイトルは管理局のエースに迫る。安易だが、ちょっと気になったので開く。
 一番、最初のページはなのはだから飛ばそう。いや、敢えて水でもこぼしておくべきか。教導で一週間、ボコボコにされた恨みを晴らさねば。
 ダメだ。それをすれば、残りも読めなくなるから、それは後でだ。
 なのはのページが数ページあり、次はテスタロッサ執務官。一ページがまるごと制服姿のテスタロッサ執務官の全身写真になってる。
 本局所属の敏腕執務官。魔導師としても優秀だが、もっとも評価すべきはその真摯な態度。犯罪者でも更生のチャンスがあるよう取り計らい、公正な裁判になるよういつも心がけている心優しき執務官。
 写真の横にあるコメント欄にはそう書かれており、オレは隣のページのQ&Aを見る。
 好きな食べ物や趣味について聞かれており、それに対して無難な回答をしている。
 しかし、オレは最後の質問に目を見開く。
 スリーサイズについて質問してる。最後の質問だけはっちゃけてる。これまで無難だったのは伏線か。
 オレはゆっくり答えを見る。

 Qスリーサイズは?
 A秘密です。

 やっぱりね。期待はしてなかったよ。期待は。
 そう思いつつ、オレはすぐさま次のページを開く。今度はテスタロッサ執務官の魔導師としての一面を載せている。そんなモノには興味はない。
 もう一ページ開くと、はやての写真が載っていた。
 コメント欄も写真もスルーして、最後の質問を見る。三人とも秘密ですは有り得ない。誰かが犠牲になっている筈。

 Qお付き合いしている男性は?
 A良い人が居ないので……。
 
 ちくしょう。何だかダメージのデカイ質問と答えだった。
 期待した分、ショックもデカイ。しょうがない。なのはのを見てみるか。
 オレは数ページ戻って、なのはの写真があるページに行く。
 最後の質問は。

 Q今、一番欲しいモノは?
 A友達です。

 おいおい。これはクラナガンで一番売れてる雑誌の一つだぞ。それで私、友達居ません宣言は拙いだろ。他の二人は割と踏み込んだ質問だったけど、これは違う方向に踏み込んじゃってるよ。質問した人もビックリだよ。
 オレは次のページを開く。砲撃の特集だった。
 正確には魔導師としてのなのはの特集だが、全部、砲撃中の写真か、砲撃によって破壊された物の写真だ。これはなのはの友達は減る事はあっても増える事は無いな。

「なんや。恥ずかしいからあんま読まんといてぇな」
「いや、はやてとテスタロッサ執務官のはサラッと読んだだけにしといた……」
「ああ。なのはちゃんなぁ……止めるべきやったかな?」
「まぁ……もう時すでに遅しだけどね」

 オレはそう言いつつ、これからどうしようか考える。はやての昇進祝いに何かを買ってあげようと思ったが、それはちょっと難しくなった。はやてはオレの何倍も給料を貰っているけれど、そこは気にしない。

「どうして変装して来なかったの?」
「私たちを何やと思うとるん? アイドルちゃうで?」
「似たようなもんでしょ。はやてたちは時空管理局の有名人だし。知名度の高さじゃ管理世界でもトップクラスでしょ」
「なんや……。喜んでええのか、悪いのかわからん言い方やな」

 頬を膨らますはやてから視線を逸らす。このままだと、ちょっと面白くない展開になりかねない。
 オレはどうするべきかと視線を彷徨わせ、はやての隣に居るテスタロッサ執務官が何やら考え込んでいる為、好都合と思い、声を掛ける。

「テスタロッサ執務官、どうかしました?」
「……ねぇ、はやて」
「どないしたん?」
「どうやって、カイトに負けたの?」

 はやてが苦笑いを浮かべながら小首を傾げる。何を言ってるのか理解出来なかったらしい。
 そんなはやての腕を両手で包んで、テスタロッサ執務官ははやてに必死に訴える。

「教えて! どうやったらカイトに一撃を貰う事ができるの!?」
「クソガキ。何だか知らんが、お前も苦労してるって事はわかった」
「察してくれて何よりです……」

 マスターがなにやら料理を作りながら、オレにそう声を掛けてきた。いつもはオレを貶してくる人だが、今日はとても良い人に見える。
 はやてが助けを求めるようにこちらに目を向けるが、オレにはどうする事も出来ない。
 首を横に振ると、ジト目ではやてはオレを見る。すぐにそれは困惑したモノに変わり、テスタロッサ執務官に向けられる。

「フェイトちゃん。どう言うことなん? 説明してくれへん?」
「えっと……はやてはカイトに一撃もらったから名前で呼ばれてるんじゃないの?」
「一撃入れた相手しか名前呼ばないん? 奇特なルールやな……?」
「そんなルールは持ってない……」

 ちょっと引き気味なはやてにそう言った後、オレは気づいてしまった。これからどう誤魔化すべきか。
 ここで違うと言って、なのはに伝わるのは拙い。こんな事なら、テスタロッサ執務官と模擬戦をした理由をはやてに伝えておけばよかった。

「えっ……? でも、なのははカイトは友達になる為に模擬戦をして、名前を呼ぶのに一撃を入れるって言ってたよ……?」
「ああ……誕生日の時の発言はそう言うことやったんね……。なのはちゃんが新しい趣味に目覚めたかと思ってたわ……」

 オレと友達になるにはノックダウンしない程度で倒すのがコツって言う発言か。確かに危ない発言だが、そう思ってたって事はオレも変な人だと思われてたって事か。
 最悪だ。

「はやて……ちょっと、聞きたい事があるんだが……?」
「い、今は誤解を解く事が先決やろ……!?」

 はやてにテスタロッサ執務官に聞こえない程度の声でそう言うと、同じくらいの声ではやてはそう返す。

「誤解を解くのは賛成だけど、なのはの誤解を解くのは拙い。口止めとか信用できないから、なのはの誤解を解かずにテスタロッサ執務官の誤解をどうにかしてくれ」
「無茶や! なんやねん!? 人を便利屋みたいに!」
「親友だろ! このままだと、一生、模擬戦、模擬戦って付きまとわれる!」

 はやては上手い案が考えつかないのか、表情をコロコロと変える。しかし、それが拙かった。案がまだ決まっていないのに、テスタロッサ執務官が待ちきれずに声をはやてに掛けてしまう。

「ねぇ。はやて? もしかして、私、勘違いしてる?」

 ええ。とても。
 そう言えたら、どれだけ楽か。

「実はそうやねん」

 おい。待て。まさか真実を話して、なのはをオレに押し付ける気か。
 オレははやての意図が分からなかったが、いざとなったら、妨害の為にこの月刊クラナガンを音読してやろうと心に決める。

「やっぱり……。ちょっと変だと思ったんだ……」
「そうやねん。カイト君は別に模擬戦で友達になるルールを持ってる訳ちゃうねん」

 オレはゆっくり膝の上で月刊クラナガンのはやてのページを開く。せめてはやても道連れにしなければ。最後の質問ではインパクトに欠ける。どこかにはやてがダメージを受けそうなモノは。

「フェイトちゃん。カイト君は自分が負けた相手を対等に見るのは駄目だと師匠から教わっとってな。でも、それじゃあみんなと対等になれへんから、妥協案として、その人が一番得意な事で一矢報いれたら、その人と友達になって、名前で呼ぼうと決めた訳や。だからなのはちゃんは模擬戦やった。でも、フェイトちゃんが一番、得意な事はちゃうやろ? だから模擬戦にこだわる必要はないねん」

 流石は佐官。かなり無理があるし、オレが面倒な人間に聞こえるが、即興の割にはいい出来だ。月刊クラナガンは閉じさせてもらおう。
 はやてがドヤ顔をオレに向けてくる。オレはそれに親指を立てて答える。
 これで模擬戦に誘われる心配はなくなった。模擬戦以外の勝負事なら幾らでも受けて立とう。結局、勝負する事になるが、模擬戦でトラウマが増えるよりマシだ。

「私、子供と遊んだりするのは自信あるよ!」

 流石は天然。特殊な思考回路をしていらっしゃる。はやてもマスターも黙ってしまった。これは子守勝負をする羽目になるのか。別にいいが、それは子供次第で勝敗が変わるモノだが。いや、テスタロッサ執務官は別に負けてもいいのか。それを言うならオレも負けても構わないんだが。
 あれこれ考えていると、テスタロッサ執務官がいきなり立ち上がる。唐突な人だ。

「私、負けないよ!」

 テスタロッサ執務官はそう言うと、マスターに頭を下げて、店から出ようとする。

「ふぇ、フェイトちゃん……どこ行くん……?」
「保護してる子に会いに行ってくるよ! 私、ウィンドウショッピングしてる暇なんかないって気づいた!」

 さようか。
 思わず、心の中でそう呟いてしまった。

「そうなん……? 気をつけてな……」
「うん。ありがとう、はやて。またね!」

 テスタロッサ執務官はそう言うと、一気に走り去ってしまう。

「ツッコミ所満載だな。まず負けたかったんじゃないのか?」
「それより、休日を子供の為に使うって……自分の休日はいつ取るつもりなんやろか……」
「いや、まずもって、子供と遊ぶ事に自信あるってなんだよ……」

 三人で三者三様のツッコミを入れた後、オライオンに何とも言えない沈黙が流れた。
 もうはやての知り合いと関わる事がトラウマになりそうだ。



[36852] 第三十五話
Name: お月見◆31209bc4 ID:2a54bc87
Date: 2013/04/03 14:52
 新暦73年3月11日。

 クラナガン・地上本部・大会議場。



 胃が痛い。とてつもなく痛い。
 緊張しすぎて死にそうだ。
 大会議場にはクラナガンの陸士部隊や首都防衛隊の部隊長、補佐官、各部隊の隊長格が揃っている。
 せめてもの救いはレジアス中将が居ない事だが、その代わりにオレの嫌いな人間がこの場を纏めている。
 グライアン・コファード一佐。
 役職はクラナガン凶悪犯罪対策課課長。。
 彼がここに居る理由は簡単だ。彼がこのメンバーを招集したからだ。
 コファード一佐は最近では、肩書きがもう一つ増えている。
 ガジェット・ドローン対策本部本部長。それが最近加わった肩書きで、この会議もそれに関わっている。
 ここ最近、あちこちで見かけられるようになったガジェット・ドローン。その対策を練る為にたち上げられたのがガジェット・ドローン対策本部だ。そして、オレがここに居る理由は、オレが直接の戦闘経験があり、撃破をしているからだ。
 そのため、ここに居る人間たちの前に出て、ガジェット・ドローンの説明もしつつ、自分が行った対策を話さなければならない。胃が痛い。こういうのは分隊長の仕事の筈なのに。
 会議はすでに始まっており、巨大なモニターの横。関係者席にオレは座っている。オレ以外は全員佐官だ。胃がもたない。
 そう思っていると、進行を担当している男性からお呼びがかかる。

「では、このガジェットドローンの説明は、実際に対峙し、撃破もしている陸士110部隊のリアナード陸曹に行ってもらいます。リアナード陸曹」
「はっ!」

 オレは立ち上がり、敬礼すると、席を離れる。近くの人にマイクを受け取り、モニターにガジェットドローンが映ったのを見て、説明を始める。

「陸士110部隊のカイト・リアナード陸曹であります。この機動兵器。通称・ガジェットドローンは、自立型、または半自立型の質量兵器であり、その行動目的は不明です。しかし、ロストロギア、通称レリックの情報がある所に現れており、レリックとの関係性は強いモノと思われます」

 オレはそこで一息入れて、モニターの映像が切り替わるのを待つ。
 モニターにガジェットドローンがAMFを発動しているシーンが映し出される。

「このガジェットドローン。最大の特徴はAAAランクの高位防御魔法・AMFを全ての機体が装備している事です。攻撃、防御、移動、全ての魔法の結合が妨害され、正常に発動する事ができなくなります。その効果範囲内で無理矢理発動させると、多くの魔力を消費する事になり、魔力の少ない者は戦闘の継続が困難になってしまいます。攻撃方法は熱線とアームによる打撃で、どちらもバリアジャケットがなければ、致命的な威力を秘めています」

 モニターには、十機のガジェットドローンに追い詰められているオレの姿が映っている。あまり気持ちの良いものじゃない。さっさと次に行くとしよう。

「対策としては、魔力によって物体を加速させるか、魔力を魔力以外のエネルギーに変換させる事です」

 モニターになのはとテスタロッサ執務官が映る。
 テスタロッサ執務官は電気で、なのはは石を加速させて、ガジェットドローンを破壊している。
 会場にいる人間たちの反応は芳しくない。当たり前か。本局のエースが使用する方法では参考にはなりはしない。
 モニターの映像が切り替わる。
 マッシュ先輩とアウル先輩だ。

「その他には、アームドデバイスでの打撃や殴打等の物理的攻撃手段。または、AMF範囲外から行う、射撃魔法の同一射線上連射、または多重弾殻射撃により、AMFをすり抜ける方法があります」

 これも反応が芳しくない。アームドデバイスを使用する魔導師は少ないし、多数を占める典型的な杖を持つミッド式の魔導師は、射撃魔法の連射や多重弾殻射撃はできない。
 そうは言っても、事実、対策がこれくらいしかない。後は。

「リアナード陸曹。君はどうやって撃破した? 君の資料を見る限り、君が口にした手段が使えるとは思えないが」

 最前列に居た三佐がオレに質問する。オレは小さく頷き、モニターが切り替わると同時に話し始める。

「自分は魔力の消費を度外時し、高威力の魔力斬撃でガジェットドローンを破壊しました。ただ、AMF内で発動したのは数機に囲まれ、完全にAMFから逃れられない状況だった一回だけで、それ以外は、AMF外で発動し、すれ違い様に破壊しました」

 オレがガラティーンを発動させて、ガジェットドローンを破壊している様子がモニターに映し出される。一応、これでオレの仕事は終わりだが。
 これで以上ですと言おうとした時、何かを叩く大きな音が響く。
 視線を向ければ、コファード一佐が机に拳を乗っけている。思いっきり叩いたんだろう。

「リアナード陸曹。理解しているかね? 地上の魔導師のレベルを」
「存じています」
「なら、君たち陸士110部隊が特殊だと言う事はわかるだろう! 君たちのレベルで話されては困るのだよ」

 言っている事はわかる。
 説明した対策が一切、役に立たないのだから怒るのもわかる。けれど。

「お言葉ですが、自分たちも苦戦しました。そういうレベルの敵なんです」

 敵は地上の魔導師の平均を大きく上回っている。それを認識させる為に、オレはここに居る。わかってもらわなければ困る。

「我々では対応しきれないと? 対応する為に会議をしているんだ! 無理だと言うだけなら子供でもできる! 君の陸曹の階級は飾りか!!」
「地上の戦力は把握しています。それを踏まえて、事実は事実として受け止めるべきです。対AMFの戦闘法や魔法を覚えるには時間がかかります。今、この時、地上に市民を守る力が無いならば、本局に応援を要請するべきです」
「言葉に気をつけたまえ。下士官の発言ではないぞ」

 コファード一佐ではなく、他の佐官から注意を受ける。オレはすぐに敬礼して謝罪する。

「一佐。陸曹に言っても仕方のない事です。考えるのは我々の仕事。それに陸曹は自分の体験を言葉にしたに過ぎません。それは陸曹が感じた事実です」

 コファード一佐の副官らしき人がそう言う。
 それにコファード一佐は納得したのか、押し黙る。
 副官から目線で座るように促され、オレは敬礼して着席する。
 正直、危なかった。ちょっと言い過ぎた。あのままだったら、左遷されてもおかしくない。
 オレは大きく息を吐いて、自分の行いを反省した。



◆◆◆



 陸士110部隊本部隊舎・部隊長室。



「お前は馬鹿か」

 分隊長の言葉にオレは肩を落とす。

「すみません……」
「一佐への反論でも拙いのに、本局に応援要請を提案するなんて、辺境の無人世界に飛ばされるぞ?」
「まぁ、本部には本局アレルギーの人が多いからね」

 部隊長はそう言うと、以後気を付けるようにと、釘を指す。
 オレはそれに敬礼で答えると、全身から力を抜く。ここに呼ばれた時は、左遷の辞令でも来たかと思っていたから、ひとまず安心だ。

「コファード一佐がいきなり怒り出すから、つい、反論してしまいました……」
「お前はコファード一佐嫌いだしな。まぁ今回は初めてのことばかりだったし、仕方ないか」

 分隊長が呆れた様子でそう言う。
 コファード一佐はあまり良い噂を聞かない。そして、オレが未だに陸士候補生だった頃に、とんでもない発言をしている。

「嫌うのは、四年くらい前の事件が原因かな?」

 部隊長の言葉にオレは頷く。
 四年前、首都航空隊に所属する航空魔導師が逃走していた違法魔導師追跡任務中に交戦し、殉死した事件が発生した。
 その後、別の部隊によって、犯人は逮捕されたが、殉死したその魔導師に向かって上司が、犯人を捕縛できなかった無能と言ったことが大きく話題になった。
 その上司がコファード一佐だ。
 当時、陸士訓練校では退学する人間が出るほど影響があった事件で、それ以来、オレはコファード一佐に良い感情を抱いていない。

「はい。とても良心がある人間の言葉とは思えませんでした」
「確かにな。あれはかなりキツイ言葉だった。俺たちも色々考えさせられた」

 オレと分隊長の言葉に部隊長がため息を吐く。
 それはとても重たいモノだったが、問いかける前に部隊長が言葉を放つ。

「君たちなら構わないか……。よく聞くんだ。コファードは強硬派だし、あまり柔軟ではない。けれど、部下を大事にする男だよ」

 オレと分隊長が顔を見合わせる。それはとても繋がらない言葉だ。
 コファード一佐は殉死した部下を侮辱した人間だ。部下を大事にする人間なら、そんなことは言わない筈だ。

「当時、逃走していた魔導師のランクはAA。追っていたランスター一等空尉はA+。しかもランスター一尉は射撃型で一対一は不利だった。そもそも、スクランブルの際には、最低二人で出ることが義務付けられているが、ランスター一尉は休暇中の部下に気を使い、自分ひとりで犯人逮捕に向かった。それが悲劇を生んだ。市民に気を取られた瞬間に、ランスター一尉はやられてしまった。当時、本部はこの事件に対して、慎重でね。英雄と祭り上げるのは簡単だが、スクランブルの際の決まり事を守らなかった一尉を英雄と祭り上げれば、それに他の人間が憧れることを危惧していた。師匠に憧れていた君のような人間が出る事は目に見えていた」

 言われたオレは視線を逸らす。確かに、任務中に市民を守って殉職と言うのはまるで英雄のような行為だ。そして、それに憧れる人間は出てくるだろう。オレが師匠に憧れて、一人で戦っていたように。

「一人で行動することは別に英雄でもなんでもない。ただの無謀だ。それに、君たち魔導師は貴重だ。それがA+ランクとなれば尚更でね。君たちがこれから守るはずだった人間たちが守れなくなると言う事を考えれば、君たちがしなければいけない事はなんとしても生きて帰ってくる事だ」

 陸士訓練校で口を酸っぱくして教えられる事だ。市民の命と秤に掛ける事は出来ないが、自分たちの命も大切なモノなのだと。生き残る事が、誰かを救う事にもなると教えられた。

「それらを考慮して、本部はランスター一尉に対して、淡白な対応を取る事に決めた。だが、上司だったコファードは、自分に対応を委ねるように要求して、そしてあの発言をした。言葉が辛辣だったのは感情の裏返しだ。部下を守れなかった自分への怒り、賞賛する事もできない怒り、それらを全て封じて、コファードはランスター一尉のような事が起きないようにするために、ことさら厳しく対応した。それは全ての局員への戒めで、彼なりのケジメだった。誹謗中傷されても、コファードは反論しない。自分の部下の事は全て、自分がケジメをつける。それが彼の生き方だ」

 部隊長は大きく息を吐くと、机の上にあるお茶を飲む。
 分隊長が驚いているのを見ると、多くの局員が知らない事実なのだろう。それをオレと分隊長に言った理由は。

「君たちも肝に銘じておきなさい。一人で行動してはいけない。特にリアナード君は一度、前例があるから要注意だ」
「は、はい!」

 はやての襲撃事件の時に分隊から離れた事だろう。あれもはやてが居る事が前提だったとは言え、単独行動だ。
 地上本部が例え、どれだけ高ランクの魔導師にも相棒をつける。それは、一人では局員の生存率を上げる為だと教わった。教わってはいたが。こうして実際の話を聞くと、重みが違う。

「僕に無能だなんて言わせないで欲しいね。君たちなら心配ないだろうけど」

 それはつまり、オレたちが殉職した際は、無能と言うのだろうか。いや、命令に違反したりしない限り、それは言わないだろう。ただ、命令違反や、咎められる部分があれば、その可能性はある。

「ご心配なく。俺がカイトを抑えますし、新人たちはカイトが抑えます」
「信頼されてるんですか? 信頼されてないんですか?」
「新人は任せるって言ってんだ。前よりは信頼してるさ」

 分隊長を軽くにらみつつ、オレは小さく息を吐く。
 前よりは信頼されてる。その実感はあるけれど、いつまで経っても、この人は手の掛かる後輩扱いをやめてはくれない。それなりに強くなったつもりだが、まだまだなんだろう。

「さて、それじゃあ。お話はここまでだよ。新人たちに訓練をつける時間じゃないかい? あんまり話していると、ローファス君に怒られるしね」

 確かに。そろそろお暇しないと、ローファス補佐官に捕まってしまう。
 オレと分隊長は慌てて敬礼すると、部隊長室から退室した。



[36852] 第三十六話
Name: お月見◆31209bc4 ID:2a54bc87
Date: 2013/04/04 01:47
新暦73年5月3日。

 クラナガン・本局・教導隊本部・訓練室



 教導隊の訓練室は全てシミュレーター装備の為、毎回、来るたびに対戦相手には困らない。バリアジャケットを装備した状態で、オレはそう思っていた。
 対ガジェットドローン用の新装備の開発は今日で一通り終わった。師匠が設計図に書いた装備の数々は、実際に教導隊の技術部により制作され、オレをテスターとしてデータ収集が行われた。
 今日はテスターのお礼としてプレゼントされたアームドデバイスのお試しだ。
 プレゼントは最もオレとの相性がよかったアームドデバイスを完全チューンアップしたモノで、オレに渡す事で実践テストも兼ねているらしい。
 とはいえ、実践テストはプレゼントする為の建前だろう。オレにプレゼントされたモノは癖が強く、操作性に難がある。わざわざ、それを実践テストする意味はない。他にいくつも汎用性や操作性に優れたモノはあるのだから。

『カイト。準備はいいか?』

 アーガスさんがモニター越しに聞いてくる。それに頷くと、目の前に三体のガジェットドローンが出現する。
 撃破されたガジェットドローンや戦闘データを元に、完全再現されたガジェットドローンだ。AMFはデバイスに介入する事で再現されるが、その再現率もかなり本物に近い。

『行くぞ? テスト開始!』

 目の前でプカプカと浮かんでいたガジェットドローンが動き出す。
 いつもならグラディウスを抜くところだが、今日の目的は新装備の使い心地を試す事なので、オレはガジェットドローンから距離を取る。

「ヴァリアント」
『どうした?』
「新しいのを試す」

 その言葉でヴァリアントはオレの狙いを察した。
 ミーティアは移動と動作の両方を加速する魔法だが、そのため使用魔力はムダを省いた今でも多い。
 どうにかできないかと考えている時、テスタロッサ執務官の魔法のバリエーションを知る機会があった。彼女は移動の加速と動作の加速を別々の魔法で行なっていた。同時発動も可能なようで、移動加速魔法で相手の死角に回り込み、動作加速魔法で腕や足の動作を加速する戦法をテスタロッサ執務官は得意としている。
 魔法を分離させると、選択が増えてしまう為、判断力が必要になり、僅かなタイムロスが発生する。とは言え、ミーティアの加速に追いつける人間などオレが知る限りではテスタロッサ執務官とアーガスさんしか居ない。多少のタイムロスには目を瞑り、魔力の消費を抑えるべきだと判断し、オレはミーティアから動作加速を分離させた。

『ミーティア・アクション』

 ヴァリアントの自動詠唱でミーティア・アクションが発動する。これで、ミーティア発動中と同じレベルで手や足の動きが加速される。瞬時に相手の死角には回れないが、ガジェットドローンが相手ならば、こちらの方がちょうどいい。

「それにこいつとの相性は抜群だしな」

 両手を左右へ向ける。
 中距離の攻撃手段の無いオレの弱点を埋める新装備。オレはアームドデバイスの名前を叫ぶ。

「シュヴァンツ!」

 手首につけている白いリングが光り、手首の下の部分から細長い白い鎖が飛び出る。鎖の長さは十メートルほど。
 対AMF用アームドデバイス・シュヴァンツ。AMF圏外からの攻撃を想定しており、操作性に難があるものの、威力はテストとした新装備の中では一番高い。
 最大の特徴は多重弾殻にヒントを得た多重構造で、外面と内面にそれぞれ魔力が流れる回路を持っている。例え、AMFが外面の魔力の結合を妨害しても、内面に走っている回路の結合は邪魔されない為、AMF下でも操作と鎖の強化が可能だ。
 欠点としては、二つの回路に魔力を送る為、魔力の消費がやや多い事と、二つも回路に魔力を行き渡させる精密な魔力操作が必要な事だ。
 魔力の消費が多いと言っても、攻撃時だけなので、総合的に見ればそこまで多い訳じゃない。精密な魔力操作については、オレだけでは不可能だが、二つの内、一つをヴァリアントに任せる事で容易にしている。
 常にオレのミーティアやガラティーンの補助をしてきたヴァリアントだからできる芸当で、これが出来たのは教導隊でもなのはとレイジングハートのゴールデンコンビだけだ。
 オレはミーティア・アクションで加速された両手をガジェットドローンに振る。
 腕に僅かに遅れて、シュヴァンツが唸りながら1体のガジェットドローンを挟み込むように迫る。
 AMFが発動するが、外面の結合が妨害されている間にシュヴァンツはガジェットドローンを高速で切り裂く。
 まず一体。
 残りの二体の倒す方法はすでに考えている。

「ヴァリアント! 駆け抜けるぞ!」
『試すか? 壁にぶつかるなよ?』

 距離を稼ぐ為に訓練室の壁ギリギリまで下がる。
 師匠の設計図に書かれていた魔法。おそらくシュヴァンツがオレに一番フィットするのが分かっていたのだろう。
 狙うは二体のガジェットドローンの間。

「ミーティア・ムーヴ」
『ギア・セカンド』

 移動加速のミーティア・ムーヴ。動作加速が無くなっただけで、使い方は基本的にミーティアと変わりはしない。ギア・セカンドは移動距離と加速持続時間のリミッターが緩和されており、速度のリミッターも幾分か和らいでいる。
 これから使う魔法にはギア・セカンドが必須な為、そろそろギア・セカンドにもなれなければいけない。

「さて、行くか」
『テール・オブ・コメット』

 ギア・セカンドの加速により、オレは瞬時にAMFの範囲に入ってしまうが、大きな影響が出る前にガジェットドローンの横を通り抜ける。ガジェットドローンの注意がオレへと向く。それが命取りだが。
 オレに遅れてきたシュヴァンツが二体のガジェットドローンを容易に切り裂く。
 テール・オブ・コメット。シュヴァンツとミーティアの加速があって初めて成立する魔法で、シュヴァンツによる時間差攻撃が決めてだが、両手にグラディウスを持って、オレへの注意を更に高めれば、ガジェット・ドローン以外にも使えるだろう。
 反対側の壁にぶつかりそうになりながら、オレはそう考えつつ、アーガスさんに通信で良好です。と伝えた。



◆◆◆



 新暦73年5月23日。

 クラナガン・陸士110部隊本部隊舎。



 教導隊の技術部からプレゼントされた新装備・シュヴァンツを使いはじめてから、ようやく先輩たちとの模擬戦での勝率が五分五分になり始めた。
 中距離での攻撃手段が増えた事でかなり戦術の幅を広げたのが一つの要因だ。それと、今まで気付かなかったが、中距離の攻撃手段があるだけで、相手にプレッシャを与えられ、動きを制限できるらしい。
 ならば遠距離攻撃手段も一つ持っておくべきかと考えていると、いきなりローファス補佐官に部隊長室に呼ばれた。
 要件は一体、なんだろうか。後輩たちの面倒もしっかり見ているし、教導隊の技術部から頼まれているレポートもしっかり出している筈だが。
 最近、注意されるような事をしただろうか。マッシュ先輩とアウル先輩も後輩たちの手前、前ほどはっちゃけないし、後輩たちも最近では分隊の連携も覚えて、通常任務なら問題はなくなってきている。
 個人でも部隊でも、問題らしい問題はない。そうなると呼ばれる理由は限られてくる。厄介事か良い話かだ。
 厄介事は他の部隊が関連しているだろう。良い話があるとすれば昇進だろう。そろそろ昇進の話が来てもおかしくない。そもそも分隊の副隊長が陸曹では締まらない。やはり曹長くらいでなくては。
 顔が思わずニヤける。拙い拙い。まだ昇進とは決まっていない。けど、昇進すれば給料アップの待遇アップだ。
 来月から給料がアップするのは嬉しい。はやてへのプレゼントを買ってしまった為、今、懐がかなり厳しい。

「失礼します。カイト・リアナード陸曹。入ります」

 部隊長室に入ると、ローファス補佐官しか居なかった。珍しい事もあるものだ。部隊長は離れたくても仕事が終わらないから部隊長室から離れられないのに。
 そんな事を考えていると、いきなりローファス補佐官が紙を両手で持つ。

「部隊長が不在な為、私が通達します」

 通達というからには、上からだろう。
 やはり昇進か。わざわざ、紙を送ってきたと言う事は期待できる。地上本部もたまに粋な事をする。
 オレは直立不動で構える。
 流石に失礼だから、どんだけ嬉しくてもガッツポーズは控えよう。
 前回の会議でのガジェット・ドローンについての報告、説明が評価されたか。それともこれまでの総合評価だろうか。

「カイト・リアナード陸曹へ通達。今日より、ミッド南方を管轄とする陸士399部隊へ出向せよ。以上です」

 ローファス補佐官の冷たい表情を見ながらオレは固まった。
 昇進じゃないだと。
 いや、それだけじゃない。出向だ。しかもミッド南方。かなり遠い。そして今日から。
 理由は一体何なんだ。こんな急な出向の話は聞いた事がない。

「了解しました。ただ、理由を聞かせてください」
「向こうで話してくれます。早く出発してください」

 いやいや。それじゃあ納得できませんよ。
 なんかキナ臭いな。ここで粘らないと拙い気がする。

「ちょっと、待ってく」
「待ちません」
「……枕が変わると」
「寝れないなら徹夜をしてください」
「ルームメイトが変わると」
「フェルニア君で大丈夫なら誰でも大丈夫です」

 ダメだ。全く話を聞いてくれない。こう言う時、部隊長なら楽なのに。
 どうするべきか。

『なぁ相棒。陸士399部隊って、八神三佐が居るところじゃないか?』

 そう言えば、先月、異動になったと言っていた。確かに、陸士399部隊が異動先だった。
 ということは、はやてがオレを呼んだんだろうか。それならそれで連絡があるはずだが。
 ローファス補佐官に目を向けるが、軽く首を横に振られる。

「向こうで説明があります」
「言えないと……。了解です。すぐに出発します」

 オレはそう言って敬礼すると、部隊長室から出て、寮の自分の部屋へ向かい、出向の準備を始める。
 肩に下げるタイプのバッグに必要なものだけ入れる。必要なら服とかは送ってもらえばいい。一体、いつまでの出向かも分からないわけだし。
 しかし、はやてもオレに連絡無しとは、なかなか厄介な事かもしれない。ちょっと気合を入れ直さないとだな。
 バッグを肩に背負い、忘れないように机の上にある財布を手に取った時。オレは気づいてしまった。
 ミッド南方までの移動費は経費で落ちるんだろうか。今月ピンチなのに。



[36852] 第三十七話
Name: お月見◆31209bc4 ID:2a54bc87
Date: 2013/04/05 05:22
 新暦73年5月24日

 ミッド南方・陸士399部隊管轄区域。



 深夜。
 長距離バスを使って、ようやくたどり着いたのに、誰も迎えに来てくれないのはどう言う事だろうか。日付を跨いだのが拙かったか。いや、これ以上、早くは着けなかった。一番早くて、一番高いルートを使ったんだ。おかげでオレの懐は目も当てられない状態に。
 しかし、どうするべきか。399部隊は一つの街をまるまる管轄区域としている。隊舎の場所も分からないし、ここら辺に何があるかも全然わからない。はやてにも連絡つかないし、ここで待機だろうか。

『相棒。ちょっとおかしいぜ。八神三佐だけじゃない。陸士399部隊にも連絡が取れない』

 部隊に連絡が取れないと言う事は、部隊に誰も居ないか、外部からの連絡に答えられる状況じゃないかのどちらかだ。
 夜勤の人間が居ないなんて有り得ない。つまり、非常事態の可能性が高い。とは言え、出向を許可してもらわなければ、部隊の行動に参加できないし、現状を教えて貰わなければ動きも取れない。
 どうにかはやてと連絡を取らないと。
 そう思っていると、ちょうどいいタイミングで通信が来た。
 相手はリインフォースだ。

「こちらリアナード陸曹」
『陸曹! リインですぅ!』
「状況は?」
『街全体に厳重警戒体勢が敷かれています。隊舎の位置を送るので、すぐに来てください!!』

 オレは頷くとモニターを閉じる。
 ヴァリアントがすぐに送られてきた地図を表示する。

「立ち入り禁止区域が多すぎるぞ!? 一体、何が起こってるんだ!?」

 地図は立ち入り禁止を示す赤であちこちが塗りつぶされていた。合わせれば街の五分の一くらいは立ち入り禁止なんじゃないだろうか。

『それだけ非常事態で異常事態なんだろうさ。とりあえず回り道をして中央の隊舎まで行くしかないだろうよ』
「それしかないか……」

 今、なにが起こっているのか分からない以上、隊舎に行って情報を得る事が最優先だ。ここでいちいち驚いたり、考えたりしている暇はない。
 気合を入れてきたつもりだが、それだけじゃちょっと足りないようだ。はやての襲撃事件並みに気合を入れないと、拙いかもしれない。



◆◆◆



 街一つを管轄するだけあって、399部隊の隊舎は110部隊より大きい。
 当然、部隊が保有する魔導師も多いだろうに。何故、あそこまで立ち入り禁止区域が増えたのか。
 とりあえず、説明を受けなければ。
 隊舎内に入ろうとした時、隊舎の屋上にヘリが着陸した。399部隊のヘリだろうか。こんな深夜に本当に何があったのか。

「リアナード陸曹!」

 舌足らずな声がオレを呼ぶ。
 目を向ければ、リインフォースがこちらに飛んできている。随分、急いでいる。

「待ってたですよ!!」
「お前とはやてで手詰まりなら、オレには何もできないぞ?」
「いきなり酷いです~! 頼れるのはリアナード陸曹だけなんですよ!!」
「分かった分かった。とりあえず状況を説明してくれ」

 とりあえず隊舎の中に入りながら、リインフォースに説明を促す。
 時間が無いからわざわざリインフォースがここまで来たんだろう。それをわかってか、ヴァリアントもリインフォースをからかったりしない。

「この街の地下には複数の通路があるですよ。現在、二十四時間体勢で、通路に繋がる場所を封鎖中ですぅ」
「そこが立ち入り禁止区域か。理由は?」
「この街の近くに随分前に管理局の部隊に潰された違法研究施設があるです。その地下がその通路とつながっていたようで、地下で行われていた違法研究の産物が街に侵入してきているようなんです」
「違法研究の産物? 一体なんだ?」

 違法研究施設の地下を放置とは、杜撰な事をする。どこの部隊がやったか知らないが、甘いにも程がある。
 二十四時間で警戒体勢が敷かれる程の違法研究の産物。危険なモノなのは間違いないだろう。侵入と言う事は自立していなければならないし、複数の通路を封鎖しているのだからそれらも複数だろう。

「新型の傀儡兵ですよ」

 なるほど。それなら確かに危険だ。けれど。オレの知っている傀儡兵は操作している魔導師がいなければ成り立たないものだ。操作している魔導師から魔力を供給されることで稼働するから傀儡兵と呼ばれる所以だ。自立稼働していてはもう傀儡ではない。

「自立稼働型か?」
「違うだろうってはやてちゃんが言ってたですぅ。おそらく何処かに大規模な魔力炉があって、そこから魔力を供給されていると考えているみたいです」

 術者不要の傀儡兵か。厄介極まりないな。拠点があるだけで、基本的には自立してるのと変わらない。それに、その魔力炉を止めなきゃ、止まらないだろう。ある程度大型の魔力炉なら相当な魔力を生み出せる。持久戦になれば、先に息が切れるのは生身のこちらだ。

「魔力炉の場所は?」
「まだわからないですぅ。というかですねぇ……人手が足らなすぎて、はやてちゃんも私も街の防衛で手一杯なのが現状ですね」
「他の部隊からの応援は? もう一つの部隊で解決できる規模じゃないんだろ?」

 はやてとリンフォースが居て、街の防衛だけ手一杯と言う事は、二人が居なければ防衛も厳しい状況だったと言う事だ。
 この街には人が住んでいる。未だに退避が開始されないのは水際で防いでいるからだ。防げなければ、この街の住人が他の街へ退避し、重大な混乱が生まれるだろう。それはミッドチルダ全体に影響が出るかもしれない。
 管理局の威信に掛けても、それを起こしてはいけない。防げている今、応援を呼ばなくては手遅れになる。

「それが……」
「応援はカイト君だけやよ……」

 疲れた声が廊下の先から返ってくる。聞きなれた声で、聞きなれた独特のイントネーションだ。けれど、オレの知っている声と比べて力が無い。

「はやて……?」
「堪忍なぁ。いきなり呼び出してもうて……」

 近くではやての見れば、その顔には色濃い疲労が映っている。化粧で誤魔化しているつもりだろうが、誤魔化しきれていない。
 ある程度の余裕を持って、街を防衛出来ていると思っていたが、そうじゃない。はやてとリインフォースが頑張って、ようやく防衛ができているのが現状か。

「そんな事はいいよ。それよりはやて、しっかり休んでないだろ?」
「やっぱりバレてもうたか……。無茶しとるのは分かっとるんやけど、休めないねん……」
「はやてちゃんは昼間から防衛の作戦や人員配置を考えて、夜は防衛の前線指揮をしてるんですぅ……」
「そんな無茶な! ここの部隊長は!?」
「入院中やよ。主だった士官は全員、私が不在中の一週間前に起きた襲撃で負傷しとる……」

 何なんだ一体。何をどうすればそんな状況になるんだ。
 部隊長が不在な時点で大問題なのに、士官が全員負傷してるなんて。
 代わりの応援がすぐに派遣されなければおかしい状況だ。はやての言葉どうりなら一週間、ずっとそんな状況だったと言う事になる。
 一週間、全く連絡が来ないのは、誕生日に休みを取るのに忙しいからだと思っていたが、こんな状況だったからとは。
 一週間ずっとこんな状態だったのだろうか。オレ一人、強くなった事に浮かれてた時に、ずっとはやてはこんな状態だったんだろうか。

「ここじゃあれやし、部屋で話そか……。この部隊に応援が来ない理由も話さなアカンしな……」



◆◆◆



 はやてに案内された部屋は小ぢんまりとした部屋で、士官用の個人部屋ではあるが、佐官が使う部屋ではない。
 はやてのおぼつかない足取りでお茶を準備しようとしたのを見て、オレはとりあえずはやてをベッドに座らせる。
 とてもじゃないが、フラフラなはやてがこれ以上動くのは見ていられない。正直、心が痛むし、いつ倒れるんじゃないかと心臓に悪い。

「お茶は自分で準備するし、説明はリインフォースにしてもらうから、はやては休んで大丈夫だよ」
「でも……」
「でもじゃない。指揮を取れるのははやてだけなんだから、倒れられたら困る。せっかく来たのに、このまま退避は御免だよ」

 はやてはオレの言葉にしばし考えてから、小さく頷く。
 そして、糸の切れた人形のようにベッドに横になると、すぐに寝てしまった。
 早いな。しかも制服のままだし、化粧も落としてない。そういうのが気にならないくらい疲れてたのか。それとも仮眠のつもりなのか。

「リアナード陸曹……」
「おっと、悪い。寝顔を見るつもりはなかったんだ……」

 まじまじとはやての寝顔を見ている自分に気づいて、オレは視線をリインフォースへ向ける。
 大事な主の寝顔を見た男に怒っているだろうと思っていたが、リインフォースは神妙な顔をして、こちらに頭を下げてきた。

「ありがとうですぅ……」
「どうした? いきなり」
「はやてちゃん……私が何度言っても休んでくれなくて……。リアナード陸曹が来てくれなかったら、はやてちゃんは倒れてたかもしれないですよ」
「大げさだぞ。それに、ここに来たのも出向でだ。一週間、連絡ないのに、全く気にしなかった……」

 自嘲気味にオレは笑う。
 さんざんはやてを守るなどと言っておいて、肝心な時にオレは何も出来ていない。出向の話がなければ、はやての苦境にすら気付かなかっただろう。

「……本当はここに来る前から、こうなる事は予想できてたですよ。ただ、はやてちゃんはリアナード陸曹には黙っているって聞かなくて……」
「予想できてた? それに黙ってるって……最初から説明できるか?」

 オレの言葉にリインフォースは頷く。オレははやてを起こさないようにベッドから離れた場所に椅子を持ってきて、リインフォースに話すように促す。

「はやてちゃんが設立を目指してる部隊に反対する人は地上本部にも、本局にもいるですよ……地上本部をどうにかするにはまず、本局を味方に付けなきゃいけないって事で、はやてちゃんはあっちこっちを飛び回ってたです」
「ああ。それは分かってる。それで、どうしてこの部隊に異動になった?」
「本局のはやてちゃんを応援する人たちが頑張って、本局の反対する人たちから譲歩を引き出したですぅ。その譲歩内容ははやてちゃんの二佐への昇進だったですよ」

 なんてむちゃくちゃな条件だ。はやては三佐になってまだ一年経ってないんだぞ。それを二佐だなんて、後、二、三年は不可能だ。

「それを受けたのか……?」
「はいですぅ。はやてちゃんはその為に、敢えて、地上本部からの嫌がらせのような任務を受けたですぅ」
「嫌がらせのような任務?」
「この街はミッドでも辺境ですぅ。はやてちゃんを助ける人たちの手が届かない場所に、地上本部の人たちははやてちゃんを追い込んだですよ……」

 はやての襲撃事件から既に二年近く経っている。はやてに敷かれていた厳重な警護も弱まった。最初はクラナガン近郊に制限されていた移動範囲も、既に無くなっている。
 だから、地上本部もはやてをクラナガンから遠ざける事が出来た。いや、この場合ははやてが敢えて、自分から遠ざかったと言うべきか。

「周りの助けのない任務か……最初の任務内容は?」
「この街の周辺に現れる謎の人型兵器の解明ですぅ。それだけでは済まないのは予想していたですけど、まさか街に侵入してくるなんて思わなかったですよ。だから、応援要請を地上本部に出したです」
「拒否されたのか!?」

 リインフォースが首を横に振る。
 オレはホッと息を吐く。流石に高官の政争のために街が犠牲になる事態にはならないか。
 しかし、リインフォースの顔は曇ったままだ。応援要請が通ったなら応援は必ず来る筈だが。

「オーバーSランクの魔導師が居る部隊にすぐに応援は出せない。応援を送るのには時間が掛かるって返ってきたですぅ……!」
「そんな馬鹿な話が……人の命が掛かっているんだぞ?」
「はやてちゃんが言うには、はやてちゃんが街の防衛に失敗した時点で応援が送られる筈だって……全ての責任をはやてちゃんに押し付けて、はやてちゃんの未来を断つ気なんですよ!」

 任務を受けた以上、失敗すれば確かにはやての責任だ。しかし、応援を遅らせるなんて。
 一体、誰だ。レジアス中将は有り得ない。一人の佐官に構っているほど暇じゃないし、なにより一般市民の命を考える人だ。なら誰だ。誰が応援を遅らせている。いや、考えてもわかる筈はない。オレにわかるなら、ローファス補佐官はオレを急かしてまでこっちに向かわせたりしない。
 状況が危険だったのもあるだろうが、妨害される可能性もあったからオレを急がしたんだ。もしかしたら、もうあったのかもしれない。それを部隊長が防いでいたのなら、あの場に部隊長が居ないのも頷ける。
 人事部を通しての出向命令だったから、応援を遅らせているのは人事部の人間じゃない。ただ、それなり影響力を持っている人間だ。
 オレ以外の応援は期待出来ないか。クラナガンの部隊長たちに期待するのは流石に夢見すぎだしな。はやての協力者なら応援を遅らせている人間を割り出せるだろうが、その大半が本局の人間だろう。ミッドの辺境にまで影響力は持っていない。誰が糸を引いているか分かったところで、どうにもできないなら意味はない。

「どうしてはやてはこんな任務を受けたんだ……?」
「みんなの夢の為だからですぅ……。現場で判断し、臨機応変に動ける部隊。夢の部隊。その為にはやてちゃんは回り道じゃなくて近道を選んだですよ。この案件を解決すれば、はやてちゃんの二佐昇進はグッと近づくです……」
「どうしてオレに相談しなかったんだ……。相談する約束だろ」

 呆れたように呟くと、目の前で浮いていたリインフォースがオレの肩に座って、小さくため息を吐く。

「はやてちゃんは敢えて相談しなかったですよ。危ない任務ですし、何より、相談すればリアナード陸曹は止めるでしょう? それに止めて聞かないなら、一緒に来る筈です」
「当たり前だ。なんの為に強くなったと思ってるんだ……」
「はやてちゃんも心配だったですよ。それに私と二人だけでやれる自信もあったです。結局、リアナード陸曹を呼ぶ事になってしまったですけど……」
「出来れば呼びたくなかったような言い方だな?」

 リインフォースが当たり前と言わんばかりに大きく頷く。何だかちょっと傷ついたぞ。

「リアナード陸曹は分かってないですぅ。リアナード陸曹は唯一、ミッドではやてちゃんをいつでも助けに行ける人間なんですよ?」
「いやいや。なんだ? その評価は? シグナムさんも他のヴォルケンリッターだって、行けるだろ?」
「みんな警戒されてるです。それに……過去の事もありますから、下手に動けば、はやてちゃんや他の人に迷惑を掛けてしまいます。その点、リアナード陸曹はまだ下士官ですし、実力もあるです。だから、はやてちゃんの協力者の中では、リアナード陸曹は保険であり、最後の切り札だったですぅ……けど、今回の事で、リアナード陸曹とはやてちゃんの繋がりがバレたですよ……。多分、この事件が終わった後、リアナード陸曹は私たちの仲間として扱われるです……」

 今まで仲間として扱われてなかったのか。誕生日に呼ばれたりしてれば親しい友人だとはわかる筈だが。まぁ今回のが決定的と言うのは間違いないか。
 とは言え、出向命令だったのでと幾らでも言い訳はできるが。そこらへんははやてなりに考えてくれたんだろう。自分のことだけで手一杯だろうに。

「気にするなよ。まぁオレが警戒されたのは痛いかもしれないが、どうせいつかは交友関係からわかる。ここで失敗したら全部が終わりなら、今が切り札の使い時だって事だろうさ」
「それははやてちゃんに言ってください。喜ぶですよ……。みんなで考えてたです。どうやったら、リアナード陸曹に恩や借りを返せるかって……」
「ヴォルケンリッターでか? やめてくれ。助けられてるのはこっちだ」

 オレがそう言うと、胸元のヴァリアントがそれに賛同する。

『そうだぜ。危ない所を助けられ、事件解決にも協力してもらった。八神三佐繋がりで、相棒の交友関係も広がったしな』
「確かに交友関係が広がったのはデカイよな。はやてもそうだけど、なのはもテスタロッサ執務官も雲の上の人だったし」

 やはり、恩や借りがあるのはオレの方だ。
 オレがはやてに何かしている以上にはやてはオレに何かしてくれているし、ヴォルケンリッターもそれは変わらない。
 コツコツ返す事以外できないが、返せる時に返さなければ溜まっていくばかりだ。
 さっきから外が騒がしい。何か起きたな。

「リインフォース。オレの出向許可ははやてはしたか?」
「許可ですか? はい。したですよ」
「なら、はやてを起こさずに済みそうだな」

 オレは椅子から立ち上がり、ドアへ向かって歩き出す。ドアの向こうから人が走ってくる音が聞こえる。士官の部屋の割には薄い作りだ。
 はやてを呼びに来たんだろうが、ここでインターホンを押されると、間違いなくはやては起きる。
 ドアを開けると、走ってきた少年がびっくりしたように立ち止まる。そりゃあいきなり出れば驚くか。

「八神三佐はお休み中だ。報告か?」
「は、はい! どうやら、凍結していた通路が破られたようで……」
「凍結?」
「はやてちゃんと私で通路を凍結して封じているです。ただ、学習機能もあるようで、最初より短時間で破ってくるです……」

 肩に乗っているリインフォースに説明を受けて、オレは現状を把握する。その対応をはやてに求めに来たか。
 そう言えば、リインフォースはこの前、空曹長に昇進したって言ってたな。

「はやての次に階級が高いのは?」
「私ですぅ」
「なら、あの敵の相手を任してもらっても構わないか? 敵を見ておきたいし、睡眠の邪魔をしたくない」
「私は構わないですけど……。はやてちゃんが居ないなら、私は指揮に回るので、援護はできないですよ?」
「心配ご無用だ。ヘリは出せるか?」

 オレは目の前の少年に聞く。
 少年はオレが誰なのか分からずに困惑しているようだが、制服と階級章で、とりあえずは上官だと判断したようで、敬礼をして答える。

「ヘリパイロットのアスベル・ダイア二等陸士です! いつでも出れます」
「出向してきたカイト・リアナード陸曹だ。安全運転じゃなくていいから、送ってくれ。リインフォース。指示は頼んだぞ?」

 階級が上になったリインフォースにタメ口を聞くのはどうかと思うが、どうにもリインフォースに敬語は使えない。これはさっさと曹長に昇進しなくちゃだな。



[36852] 第三十八話
Name: お月見◆31209bc4 ID:2a54bc87
Date: 2013/04/05 18:57
 ミッド南方・399部隊屋上ヘリポート。



「三佐の下が空曹長とは、部隊幹部は全員病院か?」
「いえ、三尉が二人と二尉が一人、現場に居るです。ただ、怪我をされていて、現場指揮のみに専念してますから、本部隊舎に居るはやてちゃんと私に全体の指揮は一任されているです」

 なるほど。現場での指揮か。まぁ三尉と二尉じゃ全体指揮の経験もないだろうし、ちょうどいいのか。

「情報はヴァリアントに送るです。ヘリの中で見てくださいです」
「了解」
「リアナード陸曹。くれぐれも」
「無茶は禁物だろ? 無理なら下がる。その時は悪いがはやてを起こしてくれ」

 オレの言葉にリインフォースが何度も頷く。
 流石にリインフォースにまで心配されてるとへこむ。まぁそれも仕方ないか。ただ、この状況で無茶をするのは拙い。はやてが起きたらオレがやられてましたなんて事になったら、はやてにとんでもないトラウマを植え付けかねない。

「行ってくる」
「はいですぅ」

 プロペラが回り始めたヘリに向かって歩き出す。
 プロペラが起こした風に逆らいつつ、ヘリの中に入ると、アスベルに向かって声を掛ける。

「いいぞ! 上げろ!!」
「了解です!」

 ヘリが浮上し始める。
 ドアを閉めると、ヴァリアントにデータが送られてくるまでの間、パイロット席に顔を出して、アスベルに話しかける。

「アスベル」
「はい?」
「今、何歳だ?」
「十四です」

 ウチの後輩たちと変わらないか。
 まぁ新人なんてそんなもんだろうが。
 
「最初の襲撃の時、部隊の幹部がやられたと聞いたけど、部隊で一番強かった魔導師のランクは?」
「確かA-だったと思います。その方も入院中ですけど……」
「なるほどな。奮戦したけれどって所か」
「はい。周りを庇ってと聞きましたが……。陸曹。よろしいでしょうか?」

 質問に答えたアスベルが逆にオレに対して質問していいか問いかけてくる。
 頷くと、アスベルは沈んだ声で聞いてくる。

「応援の部隊はいつになったら来るんでしょうか……?」
「オレだけじゃ不満か?」
「い、いえ……」
「冗談だ。まぁもう少し掛かるだろうな。応援部隊の選考、そして、それの穴埋め。本部もギリギリだし、簡単じゃないだろうさ」
「そうですよね……。その、失礼かもしれませんが、陸曹のランクは……?」
「Bだ」

 別になんにも失礼じゃないんだけど。
 いや、期待していたからか。この場でBランクの魔導師が加わった所で大した変化はない。はやてが呼んだ人間だし、もうちょっと高いランクだと期待してたんだろう。
 アスベルがやっぱりとでも言うような表情をする。
 その表情はかなり失礼だ。けれど、アスベルからすれば、オレはようやく来た応援だ。期待していたのも分かる。

「安心しろ。オレは八神三佐がわざわざ呼び出した魔導師だぞ? ランク以上の働きはする」
「陸曹はどちらの部隊から来たんですか……?」
「クラナガン、陸士110部隊だ」
「クラナガン!? 首都の陸士部隊なんですか!?」
「一応な。何度か教導隊にもテスターとしても呼ばれてる。案外、頼もしいだろ?」

 オレが不敵に笑うとアスベルが大きく頷く。
 その顔にはさきほどまでの不安な様子はない。クラナガンの部隊に教導隊って言葉は大したモノだな。
 不安も綺麗さっぱり片付けてしまった。この辺で良いだろう。あんまり期待させすぎて、落ち込まれても困る。

「ヴァリアント。情報を」
『はいよ。傀儡兵の実力はBランク相当で、通路から出てくるのは最大で八体。胸部にある結晶を破壊しないと、ほかを破壊しても動き続けるから注意が必要だ。後は、剣と盾を持った陸戦型しか今の所出てきてないらしいが、これからどうなるかはわからない。警戒していこうぜ』
「分かった。まぁどうにかなるだろう」

 オレはヘリの後部に移動する。
 そろそろ現場に到着する。やはりヘリだと早い。
 場所が分からないのと、魔力の消費を嫌ってヘリを使ったが、元々、ヘリを使うような距離じゃない。早く着いて当たり前か。

「陸曹! 後部ハッチ開きます!」
「了解。オレが降下したら離脱しろよ」
「はい! その……戦ってる同僚たちをお願いします……ストライカー」

 思わず笑いがこみ上げる。まさかそんな風に呼ばれるとは思っていなかった。
 まぁクラナガンの部隊に所属してるのはみんな優秀だと思っているようだし、その勘違いはわからんではないが。

「その呼び名はもうちょっと後に取っておけ。ストライカーは自分が信頼できる人間に使う言葉だ。まだ、オレの実力も見てないのに、使うのは間違ってる」

 首だけ後ろを振り向きながら、苦笑いと共にそう言いつつ、オレは開いた後部ハッチのギリギリまで立つ。

「ヴァリアント。セットアップ」
『オーライ』

 オレのいつもの蒼いバリジャケットが展開される。
 下では今も局員が戦ってる。ゆっくりしてる暇はない。

「アスベル。上から観覧しててもいいぞ?」
「……そうですね。そうさせてもらいます」

 軽口に乗ってきたアスベルに満足しつつ、オレはヘリから飛び降りた。



◆◆◆



 眼下で行われているのは戦闘とは言えないモノだった。
 局員が必死に防御魔法を展開し、赤い鎧の傀儡兵が剣でそれを破ろうとしている。一方的な攻めと受け。疲労や戦力の問題で、局員は攻める事が出来ていない。

『あれだけ部隊長に一人で戦うなって言われたのに、もう一人で来ちまったな』
「おいおい。今、それを言うか?」
『一応な。ま、今の相棒なら一人でも問題ない敵だ。さっさと終わらせて、八神三佐にモーニングコーヒーでもプレゼントしに行こうぜ』
「そりゃあいいな。それで行こう!」

 オレは右手を大きく上に上げる。落下位置の真下に居る傀儡兵をとりあえず倒さなければならない。

『ミーティア・アクション』

 オレの動作が加速される。腕を思い切り振り下ろす。

「シュヴァンツ!!」

 白い鎖が右手から飛び出て、真下の傀儡兵に向かって伸びる。
 対AMF用の多重回路を発動させている。当たれば、どれだけ頑強だろうと、損傷は免れない筈だ。
 上から一直線に走った鎖が傀儡兵を貫く。結晶には当たらなかったようだが、動きを止めれただけ良しとするか。
 オレは二メートル近いの傀儡兵の肩に着地すると、左腰のフォルダーから抜き放ったグラディウスで結晶を貫く。
 爆発に巻き込まれる前に局員たちの方へ退避する。

「クラナガン、陸士110部隊から出向してきたリアナード陸曹です! 現場指揮官は!?」
「指揮を取っていた三尉の怪我が悪化した! 今は指揮できる人間が居ない!」
「分かりました! このまま防御魔法を維持していてください。傀儡兵はオレがやります!」

 オレはそう言うと、傀儡兵の数をかぞえる。
 見えるのは五体。最大八体らしいから、伏兵に気をつけなければならないな。
 当面の脅威をオレと唱えたのか、傀儡兵がオレに向かって近寄ってくる。動きは人間と変わらない。しかし、それは人間以上ではないと言う事でもある。

「そんな遅い動きが……オレに通じるか!!」

 左右からの薙ぎ払いを下にしゃがみこんで避けると、左側の傀儡兵の結晶をグラディウスで突く。結晶を破壊しないと動きが止まらないのは厄介だが、明確な弱点を持っているのはむしろ好都合だ。
 この程度の動きなら、懐に潜り込むのに大した苦労はない。

「ミーティア・ムーヴ」
『ギア・ファースト』

 爆発が起きる前に、先ほど、挟み撃ちを仕掛けてきた傀儡兵の後ろに回り込む。
 右のフォルダーからもう一本のグラディウスを引きぬくと、後ろから胸部の結晶目掛けて、グラディウスを突き刺す。

「ちっ! 外したか!」

 突きが結晶を外した為、傀儡兵が背後のオレに対して、腕を振りかぶってくる。流石は傀儡。人の形はしていても、構造は人より便利らしい。

『右に裂け!』

 ヴァリアントの言葉に考えるより体が先に動く。
 傀儡兵を貫いているグラディウスを右に裂く。
 前が見えない為、結晶の位置は完全に勘だったが、案外、惜しい所まで行っていたらしい。僅かに動かすと、違う感触が手に伝わる。
 結晶の破壊を確認せずに、オレは傀儡兵を蹴って、後ろへ跳躍する。残りは三体。
 着地を狙って三体が僅かに時間差をつけて、攻撃を仕掛けてくる。
 最初は右側、次は左側。動きを確認すると、オレは左右の傀儡兵に向かって両手のシュヴァンツを繰り出す。
 今回は切り裂くのが目的ではなく、捕縛が目的な為、ヴァリアントにシュヴァンツの操作を任せる。
 ぐるぐると巻き付き、シュヴァンツが二体の傀儡兵の動きを完璧に抑える。
 眼前に最後の一体が剣を振りかぶるのが見える。

「ミーティア・ムーヴ」
『ギア・ファースト』

 剣が振り下ろされる前にオレはミーティアで加速して、すれ違い様に傀儡兵の結晶を右手のグラディウスで破壊する。
 五、六メートルを一瞬の加速で移動したため、シュヴァンツに縛られたままだった二体の傀儡兵が空中に浮かび上がる。
 シュヴァンツを思いっきり引っ張ると、自然とこちらに二体の傀儡兵が向かってくる。抵抗できない二体の傀儡兵の結晶を左右のグラディウスで無造作に突き刺すと、オレはその場を離れて、周囲を警戒する。
 最大で八体なら、後、二体出てくる可能性がある。オレだけならどうとでもなるが、疲弊した局の魔導師や負傷している者たちも居る。一瞬の遅れと気の緩みが最悪の事態を招きかねない。

「ヴァリアント」
『周囲に敵は居ないみたいだが、わからん。傀儡兵だからな。反応が掴めなくてもおかしくない』
「警戒はしといてくれ。リインフォース。聞こえるか?」

 空間モニターを開いて、本部隊舎のリインフォースへ繋げる。
 モニタ-に真剣な表情のリインフォースの顔が映る。手元で何かを操作しているのか、しきりに視線が動いている。
 こちらに視線を向けないまま、リインフォースがオレが聞きたい事を答える。

『はいですぅ。今の所、他の場所にも敵影は見えません』
「ここで待機か? それとも一度戻るか?」
『戻ってください。街のあちこちに向かってもらわなきゃ駄目になるとおもいますから、中央の隊舎に居てもらいます』
「了解。さて、アスベルを呼び戻さなきゃか……」

 オレが降りたら離脱しろなどとカッコつけたのに呼び戻すのは少し恥ずかしい。最後の軽口のとおり、上で待機していてくれると嬉しいんだけど。

「アスベル。今、どこだ?」
『上です。ちょっと離れた所に着陸しますから、移動して頂けますか?』
「了解だ。場所を送ってくれ」
『はい。それにしても流石ですね。本当にBランクですか? とてもそうは思えないんですけど』
「魔導師ランクは戦闘能力を表したモノじゃないから、戦闘の際には絶対的に信用できる情報じゃない」
『勉強になりました。データを送りました。近くの公園です』

 オレはヴァリアントに送られてきた地図を展開して、着陸ポイントを確認する。
 このまま走っていこうとしたが、呼び止められる。

「陸曹!」
「……何か?」
「助かりました。ありがとうございます」

 一人の男性局員がそう言うと、その場に居た全員が感謝の言葉を向けてくる。よほど辛い状況だったんだろう。
 その感謝が重い。いつか助けが来るはずと耐えていたんだ。オレはまさにようやく来た援軍。言葉に込められた期待がわかってしまう。
 けれど、申し訳ないがオレではこの状況を終わらせる事は出来ない。あくまでオレができるのは現状維持だけだ。

「お気になさらず。また来ますね」

 笑顔でそう言いつつ、オレはそこから走り去る。
 現状を打破するにははやてを万全の状況に戻して、魔力炉を叩いて貰うしかない。そうなってくると、時間が必要だ。
 はやて抜きで現状維持をどれだけ続けられるかが鍵か。
 忍耐力の勝負になりそうだな。
 オレは小さく強く息を吐いて、走る足に力を込めた。



[36852] 第三十九話
Name: お月見◆31209bc4 ID:2a54bc87
Date: 2013/04/07 06:21
 ミッド南方・陸士399部隊本部隊舎。



 小さい頃の夢は家族を持つ事。
 家族が出来た後は、友達を持つ事。
 色々あって、家族と友達が出来たら、今度は歩いたり、学校に行ったりする事が夢になって。
 最初は一人でなんでも出来て、一人で居られた。その時は家族が居てくれればそれでいいと思ってたのに、家族が出来たら、もっともっとと私の夢は広がった。
 夢の広がりは管理局に入った後も続いて、周りの協力を得ながら、私は今、自分の部隊を持つ事を目指しとる。
 一人の時は周りに迷惑をかけないようにする事だけが私が周りに、世界にできる事やった。けど、力を持った今は違う。
 私のように一人になる子供を一人でも減らせるように、私の家族のように望まぬ戦いをする子を一人でも減らせるように、消えてしまったあの子のような子を一人でも減らせるように。
 誰かの涙を少しでも減らせるようにする為に。私はその為に頑張ると決めた。
 今は辛いけど、みんなが手伝ってくれとる。その思いを無駄にしない為にも、私は頑張る。みんなに迷惑を掛けとる以上、回り道も出来ん。夢への近道があるなら、どれだけ辛くても真っ直ぐ、その道を行くんや。
 辛くても、悲しくても、今は支えてくれる家族が、一緒に笑える友達が居る。それならどんな事でも我慢できる。今がどんなに悲惨でも、いつかは笑える時が来る。夢の部隊が出来れば、そこでみんなと笑える日が来る。
 だから、なんにも心配いらへん。
 例え何があろうと、私は大丈夫。






 目を覚ました時、自分が何で寝ているのか分からんかった。
 今、何日の何時や。
 最初にその疑問が出てきて、すぐに頭が覚醒する。
 あかん。寝すぎてもうたかもしれへん。
 ベッドから体を起こす。服がいつの間にかパジャマになってる。リインやろうか。気は利いとるんやけど、仮眠で一々着替える暇ないんやけど。
 私がしっかりせなあかん。今の状況は最悪やけど、カイト君も来てくれた。打つ手はある。寝とる場合やない。傀儡兵が襲撃してくるのは夜だけや。今、頑張れば、昼間は少し休める。全体の指揮を取りつつ、カイト君とリインと協力すれば、街の防衛には苦労しないはずや。
 考えを纏めた私はベッドから出て、違和感に気づく。
 閉められとるカーテンから明るい光りが漏れとる。今は夜のはずじゃ。
 私は急いでカーテンを開ける。眩しさで思わず手で光を遮る。間違いない。太陽の光や。
 どういう事や。私、何時間寝たねん。
 いや、そんな事よりも、襲撃はどうなったんや。まさか全く無かったんか。それなら昼間に来る可能性もあるし、大規模な攻勢の可能性も。
 考えを巡らせとると、部屋のドアが開く。
 この隊舎で私の部屋に無遠慮に入ってくるのは一人しかおらへん。まぁ寝とる思っとるからやろうけど。

「リイン!」
「はやてちゃん! 起きたですかぁ。おはようございますです」
「おはようさん。どうして私を起こさへんかったん? 襲撃はなかったんか?」

 一度に質問をぶつけるが、リインは柔く笑ってその質問を受け止める。
 リインは私の肩に乗ると、ゆっくり答える。

「襲撃はあったですよ」
「なんやて!? どうやって……」
「合計で七回。その全てをリアナード陸曹が撃退してくれたですぅ。はやてちゃんを起こさないようにと言ったのもリアナード陸曹ですよ。休ませなきゃいけないって」
「カイト君が!?」

 リインは笑うけど、とても笑えへん。
 私はそんな無理をさせる為にカイト君を呼んだわけやない。助けが欲しくて呼んだのは間違いないけれど、こんな形で助けて欲しかったわけやない。

「カイト君は今、どこに居るん?」
「さっきはカフェテリアに居たですよ?」

 聞くと同時に私は走り出した。
 肩に乗ってたリインがびっくりしたように私の服にしがみつく。

「はやてちゃん!?」
「カイト君は一体、どう言うつもりなんや……! 一人で戦うなんて! 無茶せんって約束やんか!」
「リアナード陸曹は強くなってたですよ!? 傀儡兵相手なら、なんの問題もないくらいに!」
「強さの問題ちゃう!」

 どれだけ強くても、一人じゃ不覚を取る時はある。魔導師も人間や。あのなのはちゃんやって、一度、墜ちとる。
 私も一人じゃ拙い思うたから、カイト君を呼んだのに。
 何で、一人で戦ったんや。
 カフェテリアが見えてきた。暗めの金髪の男の子が一人、飲み物を飲んどる。カイト君や。
 周りを見てもカイト君しかおらへん。ちょうどええ。わざわざ場所を変える手間が省けたわ。

「カイト君!」

 名前を呼ぶと、カイト君は首をこちらに向けて、少し驚いたように私の名前を呼んだ。

「はやて? まだ寝てても大丈夫だけど……」
「何が大丈夫や! なんで起こさんかったん!? 何で一人で戦ったん!?」

 私がそう言うとカイト君は目を丸くする。そして、その後にいつものように頼りなさげな笑顔を浮かべて、私に近くの椅子に座るように促す。

「とりあえず……座ったら?」
「はやてちゃん、落ち着いてですよぉ」

 私は大きく息を吐いて、カイト君の前の椅子に座る。
 カイト君はテーブルにあるポッドを手に取ると、コップに注ぐ。コーヒーやな。

「モーニングコーヒー、どう?」
「……飲む」

 コーヒーはとても魅力やったからつい飲む言うてもうた。何か、ペースが崩されとる。いつもは逆やのに。

「さてと、一人で何で戦ったかだけど。理由ははやてを休ませる為だよ。はやてなら分かるだろ? このままじゃ何にも解決しない」

 それは分かっとる。魔力炉を破壊しない限り、この事件は終わらへん。だけど、私とリインだけじゃ街を守るだけで手一杯だから、カイト君を呼んだんや。

「魔力がある内は私は休まんでも、どうにでもなる。カイト君の魔力量じゃ一人で戦ったら……」
「すっからかんだよ。もうヘトヘト」
「そうなるのはわかっとったやろ! 何で」
「魔力があっても、はやてがもう限界だったから、かな? 自分でも気づいてるでしょ?」

 痛い所を突かれてもうた。気づいとる。寝ちゃいけない思うとったのに、朝まで寝てたのは疲労が限界近くまで溜まってたからや。
 ほとんど休みなしで動いとったし、体も精神もまいっとった。せやけど。

「そうであっても、カイト君が一人で戦う理由にはならんやろ!」
「前から聞きたかったんだけど……オレが無茶、無理をするのは駄目って言うはやては無茶も無理もしていいの?」

 カイト君の顔がちょっと怖い。笑っとるんやけど、いつもの笑い方とちゃう。なんやろ、もしかして怒っとるんやろうか。
 私がたじろいだのを見て、カイト君は足を組んで、椅子の背もたれに背中を預ける。そうしつつも、私から視線を離したりはしない。
 あかん、あかん。いつもと違いすぎてペースが握れへん。そもそも、言ってる事は向こうの方が正論や。私は無茶をして、それの帳尻合わせをカイト君がしてくれたんや。カイト君にあれこれ言う資格は私にはない。
 けど。

「私やって、無茶も無理もしたくなんてない! けど、しょうがないやん! 無茶も無理もせんと、あかん時もあるやろ!!」

 どうにもおかしい。やっぱりまだ万全やないんやろうか。こんな風に感情的に言葉をぶつける事なんて、滅多にないのに。
 こんな事言うとる場合じゃあらへん。さっさと謝るなり、後回しにするなりして、魔力炉を探さなあかんのに。せっかくカイト君が頑張って作ってくれた時間やのに。

「……はやてにとって、自分の部隊を持つ夢や傀儡兵に襲われてるこの街が、無茶や無理をするに値するモノだったように、オレにとって、あの時、歩くのもおぼつかなかったはやてを休ませる事は、無茶や無理をするに値する事だったんだよ。それはオレ個人としての気持ちもそうだし、大局的に見てもそうだった。それに、一人で戦ってた訳じゃない。リインフォースはバックアップに回ってくれたし、現場の人たちも協力してくれた。だから決して、オレは一人じゃなかったよ」

 そう言って、カイト君は笑った。笑ってくれた。まだ、言いたい事があるはずやのに、笑ってそれを飲み込んでくれた。
 私はその笑みを見ていられなくて俯く。
 私への文句が無い筈ない。無茶や無理をするなと言いながら、私はそれをやっとるんやから。
 今だって、普通なら私は罵声を浴びせられても仕方ない。カイト君は私の為にしてくれたのに、私はそれを真っ先に否定した。ありがとうすら言うてない。
 約束も破った。なんでも相談する言うたのに、結局、私は相談しとらん。
 それは全部、カイト君を心の底から信頼してた訳やないからや。強くなった、成長したと感じたり、聞いたりしても、まだどこかで出会った頃のカイト君の人物像が私の中にあった。
 私は一体、何しとるんやろ。

「はやて」

 カイト君に名前を呼ばれて、私は恐る恐る顔を上げる。

「オレは心配を掛け続けたからね。すぐに信頼が手に入るなんて思ってないよ。はやてが心配するのはしょうがない。過去に死にかけた前例もあるしね。前はその心配が嫌だったけど、今は、そうじゃないんだ。オレを心配してくれてる事に感謝してる。ありがたい事だって思えるようになったよ。ありがとう、はやて。心配してくれたんだよね」
「……卑怯やで。そう言って、自分優位でこの場を丸くおさめるつもりやろ……?」

 言いつつ、私はまた顔を伏せる。とても、今の顔は見せられへん。
 私が顔を伏せた理由を察しているのか、カイト君が明るい口調で答える。

「バレた? こう言っとけば、色々と有耶無耶にできると思ったんだけどなぁ」
「……バレバレや……。カイト君が一人で戦ったいう事実は消えへんで……」
「はいはい。わかってるよ。けど、はやても無理した事実は消えないよ? ここは両成敗でいかない?」

 カイト君の提案に私は小さく頷く。
 そんな私にカイト君は優しい声色で言葉を投げかけてくる。

「ほら、泣いてないでコーヒー飲んだら? 冷めちゃうよ?」
「泣いとらんもん……」
「そう。なら、早くコーヒー飲んで、魔力炉探そう。オレとはやてとリインフォースの三人でね」
「はいですぅ!」

 リインに続いて、私はその言葉に頷くと、顔を伏せたままコップを持って、少しぬるくなって、飲みやすくなったコーヒーを飲んだ。



◆◆◆



 ミッドチルダのあちこちには、魔力観測機と呼ばれる小さな機器が設置されている。それは地上本部のサーバーから見る事ができるので、そのデータを陸士110部隊経由で見てみると、陸士399部隊が管轄している街から南へ少し行った所に微かな魔力反応が見つかった。
 過去数日の観測データを見てみると、注意して見なければわからない程度の魔力反応が毎日、数回観測されていた。
 微弱すぎて、大まかな場所しか特定出来なかったが、その場所から毎回毎回、魔力反応が観測されていると言う事は、十中八九、そこに魔力炉があるはずだ。
 ただ、問題は正確な位置が分からない事だ。
 あくまで観測機は魔力の反応を観測し記録するモノの為、正確な位置を求めるようには出来ていない。
 その為、陸士399部隊が取る戦法は一つ。

「現場で魔力反応を探るしかあらへんな」
「昼間、攻めてこない理由が魔力炉でチャージしているからとするなら、魔力炉が稼働するのは傀儡兵の侵攻が終わった後。今の時間は午後五時だから、後、約十二時間後くらいか」

 オレがそう言うと、膨大な観測データをまとめていたリインフォースが手を止めずに自分の考えを言う。

「確かに破壊出来なかった傀儡兵は撤退していくですから、その考えは間違ってないでしょうけど、でも、リアナード陸曹。街からの距離を考えると、あの傀儡兵では相当、時間が掛かる気がするですよ」
「それもそうだな。移動時間も考えれば、魔力炉が稼働するのにはもう少し時間が掛かるか」
「せやけど、侵攻した傀儡兵が戻るのと、凍結しとる通路を通れずに戻る傀儡兵じゃ時間はかなりずれ込むで?」

 そうか。そう言えば最初は多くの通路から大量に傀儡兵が出てきたって言ってたな。凍結してあるから数が減っていると考えるなら、他の通路に向かった傀儡兵は諦めて、撤退してると考えられるか。

「やっぱりはやてとリインフォースは街の防衛には参加させられないな。魔力炉がどれだけの時間、稼働するのかわからない以上、稼働する瞬間からその場にいて、探知魔法で特定する必要があるし」
「そうなってまうか。街の防衛に参加したら、タイミングを逃すかもしれへんしな……」
「でもですよ? リアナード陸曹は結局寝てないですよね? 魔力は回復してるようですけど、大丈夫なんですかぁ?」

 リインフォースがそう言うと、はやては視線で問いかけてくる。それについては心配ご無用なんだがな。

「クラナガンの陸士部隊は人手不足でな。一回や二回の徹夜なんて当たり前だ。もう慣れた。流石にもう一回はキツいけど、今日の防衛には問題は出ないだろうさ。だから、一回で決めてくれ」

 陸士110部隊は今は三分隊で回っているが、前は二分隊だった。一人一人の力は周りの部隊の魔導師より上だが、所詮は人間。疲労には勝てない。勝てないが、そうも言ってられず、任務をこなしているうちに、短い睡眠で長時間動ける体質になっていた。
 今日の深夜は来たばかりだった為、体調もバッチリだった。それには及ばないが、今も似たような動きはこなせる。それも今日までだ。明日になれば睡眠が必要だし、疲れも溜まる。せっかくはやてが休息したのに、今度はオレが休む番になってしまう。
 だから明日の朝、魔力炉をはやてが発見して、破壊する事に賭けるしか、今はない。

「せやね。399部隊のみんなももう限界や。街の人たちも不安がってるし、一回で終わらせなあかん」
「そうですね。ただ、全体で指揮が取れる人間が居なくなるですよ? 途中まで私たちが指揮しますか? 飛んでいく私たちの方が間違いなく速いですし」
「いや、途中で指揮が交代すると混乱が生まれる。今回は現場にいる尉官たちに協力してやってもらうしかない」

 リインフォースのバックアップとはやての指揮が無いのは痛いが、そこはどうにかするしかない。
 どうにかなるとは思うが、かなりキツイだろう。言葉にはしないが。
 二人には極力、無駄な力を使わせずに、魔力炉を探す事だけに集中してもらわなければならない。ここは虚勢でも何でも張るしかない。

「作戦言うには簡単やけど、カイト君が中心となって街の防衛。その間に稼働するだろう魔力炉を私とリインで搜索して、見つけ次第破壊。これまで見つけられなかった事からも、魔力炉は容易には見つからへんし、簡単に破壊できる場所にもないだろうけど、確実に見つけて破壊するで。せやから、カイト君は街を頼んだで」
「頼まれた。オレたちの邪魔をしてる誰かさんに目にもの見せてやるとするか」

 オレの言葉にはやてとリインフォースが頷く。
 はやてとリインフォースなら魔力炉を必ず見つけて破壊するだろう。鍵は、オレと陸士399部隊が街を守りきれるかどうかだ。
 傀儡兵が現れるのは十一時過ぎ。このあと、ミーティングをしたりすれば、あっという間だろう。
 気合を入れなくては。



[36852] 第四十話
Name: お月見◆31209bc4 ID:2a54bc87
Date: 2013/04/09 18:20
 陸士399部隊・管轄区域・上空。



「ポイント03で傀儡兵を確認! ポイント01から救援要請!」
「ポイント01に急行する! 03はその後だ!」

 上空で旋回中のヘリの中、アスベルの報告を聞きつつ、オレはすぐに向かう場所を決める。
 当初は連携を取りつつ、全体を管轄していた三人の尉官だったが、自分の持ち場の攻勢が強くなると、後手後手に回り、余裕が無くなって全体の指揮は不可能になっていた。
 唯一、全体を把握できる本部隊舎も指揮できる人間が居ない為、情報の中継地としか役立っていない。
 オレも遊撃としてあちこちに行かなければ行けない為、現在、各防衛ポイントは孤立しつつあった。しかも、各ポイントへの救援はこちらに一任されている。オレが判断を誤るとたちまちポイントが危機に陥る。
 正直、プレッシャーにやられそうだ。毎回、こんなプレッシャーと戦ってるのか、はやては。改めて、尊敬し直した。
 救いと言えるのは、アスベルがしっかりとヘリを操縦しつつ、報告をまとめたり、傀儡兵の侵入状況をチェックしたりとマルチに活躍してくれてる事だ。

「ヴァリアント! 後何時間くらいだ!?」
『今は二時過ぎだから、後三時間くらいだろうな。救援要請の間隔が狭まってる。このままじゃ』
「保たせる! それが今のオレの役割だ!」
「陸曹! ポイント01に到着!」

 アスベルの言葉を聞いたと同時に、オレは後部ハッチを確認する。すぐにハッチが開いて、いつでも行ける体勢になる。
 走ってヘリから飛び降りると、空中でバリアジャケットを展開する。

「ヴァリアント! 一気に片付ける!」
『魔力は節約しろよ。相棒以外に傀儡兵に決定打を当てられる魔導師は居ないんだからな』
「善処するさ!」

 夜の大通りに着地すると、同時に街の中心部に向かおうとしている傀儡兵へ向かって走る。
 魔力の消費を考えれば、ミーティア・ムーヴはできるだけ控えにないと行けない。
 そうなると。

「ヴァリアント!」
『ミーティア・アクション』

 動作加速されている為、ミーティア・アクションの発動中で走ったり、飛んだりするのは普通の身体能力強化より断然速い。
 移動距離も移動の速さもミーティア・ムーヴの方が断然上だが、使い勝手の良さはミーティア・アクションの方が上だ。
 赤い鎧の傀儡兵の剣を掻い潜ると、左右のフォルダーからグラディウスを抜いて、右のグラディウスで結晶を狙う。
 傀儡兵の左手に付いている盾がそれを邪魔するが、それは予想通り。
 右のグラディウスが盾に抑えられている間に、左のグラディウスで結晶を貫く。
 そのまま横を通り過ぎて、他の傀儡兵に向かう。
 399部隊の魔導師たちの消耗は激しく、既に満足に防御魔法を張れなくなっているモノもいる為、防御魔法で進行を完全に止めるのではなく、足止めをながらの遅滞戦に戦術が変更されている。
 その為、傀儡兵が分散していてやりづらい。文句は言ってられないが。
 密集している時は連携をまともに取らせずに倒す事が出来たが。

「ちっ!」

 盾を前面に構えた傀儡兵がオレに突っ込んでくる。視界が盾で塞がれる。
 両手のグラディウスを交差させて盾を受け止めるが、安心は出来ない。このあと、何かを仕掛けて来るはずだ。

『相棒! 上だ!!』

 ヴァリアントの言葉を聞いて、咄嗟に力を抜いて、後ろへ下がる。
 突っ込んできた傀儡兵の後ろから傀儡兵がジャンプして、剣を振り下ろしてきた。ちょうど、盾を構えている傀儡兵を飛び越える形だ。さっきまでオレが居た場所に剣が突き刺さる。
 今のはヤバかった。反応が遅れてたら直撃だったぞ。
 連携を取られる前に各個撃破するつもりだったけど、そう簡単には行かないか。

『残りは六体。囲まれたな。学習してるみたいだぜ』
「共有情報でも持ってるんだろうな。前に使用した事が効きづらくなってる」

 大通りのあちこちに399部隊の魔導師が居るが、援護は期待出来ないし、必要ないと伝えてある。オレを援護する力があるなら、一秒でも傀儡兵を止める事に使ってもらわないと困る。
 姿が見えるのは二体だけだが、近くの建物の陰からは機械独特の駆動音がしている。ヴァリアントの言葉通り、囲まれているらしい。
 どうするべきか。
 いや、考えるまでもないか。魔力は節約しなきゃだが、ここで時間を掛ける訳にはいかない。

「シュヴァンツ!」

 オレは両手を広げて、その場で一回転した。
 手から伸びたシュヴァンツがそれに合わせて周囲を切り裂く。
 オレの目の前に居た二体には飛んで避けられたが、建物の陰に潜んでいた傀儡兵は倒した感触があった。

『二体は倒したが、あとの二体は結晶を破壊出来てないぞ!』

 オレは建物の陰から飛び出して来た二体を迎え撃つ。
 両方共、首から上を失っている。だが、こちらに真っ直ぐ向かってくる。頭部は大して意味のない部位みたいだな。

「首を落としても動くなんて、随分理不尽だな!」
『機械だからな。だから安心して徹底的に破壊しろ!』
「分かってる!」

 左右から振られる剣をグラディウスで受け止める。

「グラディウス・モード2!!」

 グラディウスのリミッターを解除して圧縮率を上げる。
 瞬時に圧縮率の上がった魔力刃は傀儡兵の剣を切り裂く。剣を失った傀儡兵は盾をオレに向かって突き出すが、オレは盾を無視して突く。何体も倒してきたから結晶の位置は把握している。
 盾を貫いた左右のグラディウスは正確に二体の傀儡兵の結晶を破壊する。
 グラディウスを抜くと同時にオレは駆け出す。

『陸曹! ポイント03から救援要請です!』
「すぐに行く!」

 アスベルからの音声通信にそう答えつつ、オレは残りの二体に集中する。
 もう魔力の消費を気にして一体一体、相手をしている暇はない。

「ミーティア・ムーヴ!」
『ギア・セカンド』
「シュヴァンツ!」
『テール・オブ・コメット』

 二体の傀儡兵の間を駆け抜ける。グラディウスを警戒して、盾を構えたまま、オレを追う。
 しかし、本命はそれじゃない。
 横を駆け抜けたオレに盾を向けた為、傀儡兵の後ろはがら空きだ。
 後ろから遅れてきたシュヴァンツが傀儡兵を両断する。しっかり結晶を破壊する軌道に調整している為、結晶の破壊は確認するまでもない。

「アスベル。こっちは終わった。低空飛行で来てくれ。飛び乗る」
『了解です。そのまま大通りに居てください』

 あともう少し、ここが踏ん張りどころで、意地の見せ所だ。

「頼むぞ……できるだけ早めに片付けてくれよ」



◆◆◆



 陸士399部隊管轄区域外・南。



 さっきから探知魔法に全く反応がないのはなんでや。絶対、ここにあるはずやのに。

「全く反応がないなんて……。稼働してないにしてもおかしいですよね?」
「せやね。他の部隊が捜査した時にも見つけられんかった理由が何かあるんやろ……」

 頭を働かせる。手詰まりになった時はまず考える事が大切。
 定石や常識に囚われたらあかん。犯罪者はこっちのそう言う考えの裏を突いてくるんや。
 捜査の定石は探知魔法。私ら魔導師の常識は探知魔法ならどんなモノでも見つけられる。
 けど、その常識が破られていたら。探知魔法が効かない、または欺かれる何かがあったとしたら。
 どうやって探せばいいんや。

「空から見てるのに、何にも見えないですぅ。違法研究施設を破壊した部隊もここは空から探知魔法で探したとありますし、この方法じゃ駄目なんでしょうか」
「空から……?」

 私は下を見る。
 木々が生い茂り、道も通っていない森が広がっている。下に降りるのは困難で、探知魔法を使うのは当然、空からで。
 待ってや。
 何で、ここだけこんなに木が生い茂ってるんや。ミッド南方部は植物が育ちにくい土地柄や。他の場所と比べると、ここは異常や。

「リイン! 下に降りるで!!」
「えっ!? はやてちゃん!?」

 降下するポイントを見つけられへんけど、かまってられへん。
 木の枝に構わず、無理矢理地面に降りる。
 周囲を見渡す。一見、普通の森のように見えるけど。

「地面に立っただけでこれだけ魔力を感じるなんて……理由はこの木やな」
「凄い魔力を感じるですよ! この木が魔力を吸ってる?」
「遺伝子操作で、魔力を栄養として成長する植物を作る事ができるって聞いた事あるけど……まさかそれで魔力反応を漏れないようにするなんて、随分と頭の回る犯罪者が居たもんやな」
「この下が魔力炉ですかね?」

 リインの言葉に頷く。魔力反応の大きさから見て、森の下にあるのは間違いないけど、問題はどれだけ深い位置にあるかやな。余剰魔力だけでも相当ある見たいやけど、それだけじゃ正確な位置はわからへん。

「深ささえ分かれば、ここから魔法で破壊するんやけど……」
「どこかに通路があるかもしれないです。探して」
「その心配は要らんようや」

 地面が大きく震える。
 何かが稼働し始めたんや。ここで何かは考えるまでもないけれど。
 私はすぐに探知魔法を発動させる。感覚で大体の位置は分かっとるけど、確実に位置を特定せなあかん。
 探知の結果はすぐにわかった。ここから百メートル下に魔力炉がある。ご丁寧に魔力バリアまで張ってある。今は好都合やけど。

「リイン! 魔力炉を魔法で破壊する訳には行かんから」
「魔力炉までの障害を除いて、凍らせる作戦で行くですね!」
「せや! 行くで、ユニゾン」
「イン!」

 私とリインがそう言って、掛け声を揃えると、私は光に包まれる。
 その中でリインと私は同化して、私の髪は銀色に変わり、容姿がリインの影響を受ける。
 ユニゾン完了と同時に私は上空へ舞い上がる。迎撃に傀儡兵が出てきたりしたら厄介や。街の状況も気になる。早う終わらせんと。
 ある程度、空に上がると、私は眼下の森にシュベルトクロイツの先を向ける。

「出力は抑え目や。魔力バリアを突破したら、大惨事やしな」
『はいですぅ。コントロールは私に任せてください!』
「頼んだで。ほな、終わらせるで!!」

 私の足元に三角形のベルカ式魔法陣が浮かび上がる。
 威力が調整できて、そこまで効果範囲の広くない魔法となると、私の選択はぐっと狭められる。とは言え、私のレアスキル・蒐集行使があれば、今まで蒐集した魔法は使えるから、そこまで苦労はせんけど。
 高威力の中距離砲撃。
 それで森と地面と魔力バリアを破壊する。遺伝子操作されたとは言え、しっかり育った木には申し訳ないけど、私の行動に多くの人の命が掛かっとる。自然を破壊するのは嫌やなんて言ってる場合やない。
 シュベルトクロイツの先端に魔力が溜まる。

『はやてちゃん!』

 リインからの合図が来る。
 シュベルトクロイツを持つ手に力を込める。

「行くで! バルムンク!!」

 シュベルトクロイツから放たれた直射型の砲撃が森へ向かって走る。
 木を容赦なくなぎ倒して、地面を抉る。
 魔力炉まで一直線に進む。せやけど魔力バリアに阻まれる。少しずつ魔法の威力を上げていく。

『思ったよりバリアが固いです。これ以上、出力を上げると』
「魔力炉に負荷が掛かりすぎる……!」

 魔力炉の規模を考えれば、負荷がかかっての暴走が起きたら、大惨事の可能性もある。
 ここら辺は人が居ない場所やから、人命的には問題はないけど、魔力炉を暴走させて、大規模な爆発を起こせば、その責任は問われる。
 せっかく、色々うまく言っとるのに、付け入る隙を与える訳には行かへん。
 行かへんけど。

「リイン! 出力を上げる! 暴走が始まるかもしれへんけど、氷結魔法でその前に封印や!」
『でも、失敗したら!』
「失敗したらそこまでや! 今、私の行動に、友達の命が、部隊の人たちの命が掛かっとる! 夢も未来も大切やけど、目の前の事がどうにもできひん人間にそんなもん無意味や!!」

 私の言葉にリインが応えてくれる。魔法の出力が上がる。ここからはちょっと博打や。
 掛けるんは私のキャリア局員としての道。みんなが協力してくれる夢。
 安くはないけど、誰かの命を助けたくて、願った夢の為に誰かの命を失う訳には行かへん。
 魔力バリアが崩壊して、砲撃が魔力炉に直撃する。
 一気に魔力炉から発せられる魔力が増大した。暴走や。
 しゃーない。ここからは時間と運の勝負や。

「仄白き雪の王、銀の翼以て、眼下の大地を白銀に染めよ。来よ、氷結の息吹」
『アーテム・デス・アイセス!!』

 どんどん魔力が膨れ上がっている魔力炉に向かって、私は掲げたシュベルトクロイツを振り下ろした。
 私の周りに生成された四個の立方体が、暴走し、今にも爆発しそうな魔力炉に向かって飛んでいった。
 
 



[36852] 第四十一話
Name: お月見◆31209bc4 ID:2a54bc87
Date: 2013/04/10 04:00
 ミッド南方・陸士399部隊本部隊舎。



 ようやく来た応援部隊に後を引き継ぎ、オレは帰り支度を始めていた。
 支度と言っても、大したモノは持ってきてないし、何より荷解きをしていない。
 カバンから出したモノといえば、歯磨きやペンやシャツくらいで、与えられた部屋には一つもモノを置かなかった。そんな余裕が無かっただけだけど。
 出向期間は二日間。来てからずっと動きっぱなしだった為、とても長く感じたが、僅か二日だ。陸士399部隊やはやてからすれば、短い地獄だっただろう。
 陸士399部隊は管理局の基準で言えば、壊滅と判定される被害を受けた。
 六分隊、計二十四人の魔導師の内、半分の十二人は重傷で今日にもクラナガンの病院へ移動される。残りの十二人も軽傷以上の怪我と魔力の限界行使、そして極度の疲労により、街の病院へ入院している。
 魔導師以外の部隊幹部も怪我を負っており、特に無理をして指揮を取っていた三尉は安静を言い渡され、面会謝絶状態だ。
 バックヤードスタッフも疲労が溜まっており、皆、自分の仕事を応援部隊に引き継ぐと、寮や仮眠室へ向かっていた。
 とは言え、全部が悪い訳ではなく、この部隊の部隊長や補佐官は意識を取り戻しており、既に会話が出来るレベルまで回復している。
 はやて不在時に起きた襲撃で、現場指揮官が足りなくなり、止む終えず、現場で防衛指揮を取っていた所をやられたらしい。ウチの部隊では有り得ない事だ。どのような状況だろうと、陸士110部隊の指揮官は前線には出てこない。前には前の、後ろには後ろの役割があることを理解しているからだ。
 まぁ、それはこの部隊の人たちも理解していただろうけど。それでも前線に出て、防衛線を保たなければ、市民に犠牲が出ていた可能性があった。
 指揮官が前に出なければならないと言う事は部隊としては敗北だ。敗北してでも、陸士399部隊は街を守りきった。奇跡的に死者もゼロだ。部隊全員が表彰されてもおかしくない。
 与えられた部屋から出て、オレは一つの部屋を目指して早足で歩く。この部隊を去る前にやって置かなければならない事がある。
 万事うまくいったようで、実はそうでもない。
 問題がいくつか残っている。
 その一つは。

『リインフォース? 今、大丈夫か?』
『大丈夫だと思うです。今は落ち着いてますから……ただ、今はそっとしておいた方がいい気もするですよ?』
『何も言わずにクラナガンに帰ったら、何を言われるか……。そっとしておきたいけど、後が怖いんだ』
『まぁ、私的にはリアナード陸曹がどうにかしてくれるなら、万々歳ですけど』

 それは無理な相談だ。どうにも出来ない事が世の中のはある。
 リインフォースに今から、向かうと念話で伝えると、オレは念話を切る。
 あまり行きたくないが、行かなきゃ、一体、何を言われるかわからない。
 陸士399部隊の大きな隊舎を早足で歩き、たどり着いた士官用の部屋の前にはリインフォースがプカプカと浮かんでいた。

「何をしてるんだ?」
「外に出て欲しいと頼まれたです。それと防音の魔法を掛けているですよ。中で色々とやってしまっているですから」

 リインフォースが困ったような笑みを浮かべるが、全然、笑える事じゃない。
 防音の魔法が必要な色々ってなんだ。どれだけ荒れてるのやら。
 とても部屋に入りたくなくなったが、そうも言ってられない。荒れているなら静めないと、応援部隊の人間がかなり苦労する事になる。応援が遅れたのは上層部の誰かのせいであって、彼らに罪はない。

『はやて? カイトだけど、入って大丈夫?』

 念話でとりあえず聞いてみる。念話が通じなければ、寝ているか、念話に応じる気すらないほど荒れている可能性がある為、これは非常に重要だ。今のはやての状況を理解しないと、痛い目を見かねない。

『カイト君? 入ってええよー』

 随分と明るいというか陽気というか、そんな調子の声が返って来た。
 何となく嫌な予感がしつつ、ドアを開けるとすぐにはやてがそんな調子な理由を察する。

「酒かよ……」
「どこからか持ってきて、いきなり飲み始めちゃったですよ。止める暇もなくて……」
「なるほど……。とりあえず、話が出来る状態か確かめてくる。リインフォースは外で待っててくれるか?」
「はいです」

 オレはリインフォースをドアの前に残す。誰かが来た時に対応できる奴を残しておかなければ、はやての醜態を晒しかねない。オレなら晒してもいいのかと言う疑問が残るが、気心は知れてるし、まぁ大丈夫だろう。
 部屋はかなり悲惨な状況だった。
 部屋中にそれだけ酔いそうなほど濃い酒の匂いが充満しており、まずは換気が必要だった。
 とは言え、部屋を換気する為に換気扇を含めた、部屋の機器を一手に操作できるリモコンを探す所から始めなければならない。普通は目に届く所にあるのだが、今は目に届く所にはない。と言うか見渡す限り、物しかない。
 部屋にははやての衣服や書類、化粧道具やヒビの入った手鏡など、多種多様な物が散乱しており、まさに混沌としていた。どうすれば短時間でここまで汚くなるのか。唯一の救いは見渡す限りじゃ下着類が散らかってないことだ。この下にあるかもしれないが、とりあえず目につくところに無いのは精神上、非常にありがたい。
 さて、この状況、どこから手をつければいいのやら。とにかくリモコンを探さねば。

「はやて。リモコン知らない?」

 掛け布団に包まり、ベッドに寝た状態で、ちびちびとコップに入れたお酒を飲んでいるはやてに聞く。
 まともな答えを期待していなかったオレに、予想外な答えが返ってくる。

「ここにあるで~」

 はやてが右手を包まっていた布団から出して、近くの机を指差す。
 オレはその机にどっさりと置かれた書類を退かす。
 書類の下に確かにリモコンがあった。何事も聞いてみるものだな。
 換気扇のスイッチを押すと、オレはため息を吐いてはやてに聞く。

「もうすぐ十七歳の乙女として、この部屋はどうなの?」
「カイト君、片付けて」

 お酒の影響があまり顔に出ないのか、あまり赤くない顔ではやてはそう言う。言動はいつもじゃ有り得ないが。
 いつもなら他人の部屋でも掃除するはやてが片付けてとは、なかなかの奇跡だ。
 はやてがこんな状態になっている理由は、この事件の結末にある。
 凍結魔法で暴走した魔力炉を封印したはやてだったが、暴走する魔力炉が完全に稼働停止するまでに五度の大規模な凍結魔法を使用する事になってしまった。
 魔力炉の近くには傀儡兵の共有AIの本体もあったようで、はやてがそれも凍結させた為、傀儡兵はその時点で完全に停止した。
 そうして、はやての連絡を受けたオレとアスベルがはやてとリインフォースの下に着いた時にはやては疲労と魔力の消費で、すぐに気絶してしまった。
 そして、それがはやてが今、こんな状態になっている理由だ。
 はやてが気絶している間に、事件が終わった事に気づいた地上本部は応援部隊を送ってきた。
 そして、凍結処理された魔力炉への対応や陸士399部隊からの任務の引き継ぎをしつつ、この事件に関わった人間たちが疲労困憊な事を理由に、応援部隊の隊長が事件の報告書を地上本部に出してしまった。
 はやてとしては、この事件の報告書はしかるべき場所にしかるべき方法で出すつもりであり、意見書や抗議書も付け加えてのカウンターを仕掛ける気でもいたらしく、それを自分が気絶してる間に無にされたと知ったはやての表情は今、思い出しても戦慄するほど恐ろしかった。
 お陰様で今はこの有様だが、しょうがないと言えばしょうがないと言える。
 オレの想像だが、はやては二度とこう言う事が起きないようにするつもりだったのだろう。その根幹にあるのは自分が部隊に居たせいで妨害が起きたと言う自責の念。それこそ、この事件に関わった全ての人間の思いを背負うつもりだった筈だ。
 根元をどうにかしなければ、またはやてを妨害する為にこう言う事は起きる。
 今回で終わらせる気だった。それが自分が気絶したせいでと思っているのだろう。

「はやて。随分強いお酒を飲んだね」

 近くにあるお酒のラベルを見て、オレはそう呟く。
 お酒を飲む習慣があるなんて聞いた事はないし、おそらく人生で片手の指で数えられるほどしか飲んだ事のない人間が飲むには強すぎる酒だ。そもそも未成年で、違法だが。

「飲まなやってられへんよ……」
「でも、思ったほどには酔えてない?」

 全てを忘れたいほど酔いたいからこそ、強い酒を選んだのだろうが、どれだけ強い酒でもちょっとずつしか飲まなければ、深くは酔えない。
 それにはやては元々が理性的だ。理性のタガが外れないようにセーブしてしまってるんだろう。

「一番忘れたい事が忘れられないねん……」

 はやてが小さな、本当に小さな声でぽつりと呟いた。
 オレはベッドの隅に腰掛ける。はやてはその行動に何も言わない。

「何を忘れたかったの?」
「最後の失敗……」

 自分が気絶したことを言っているのだろうが、あれを失敗と言えるのは奇跡だ。
 あの程度の事を失敗と言えるほど、この事件は奇跡的に被害が少なかった。死者はゼロだし、街の機能も失わずに済んだ。
 結果的に多くの事がうまく行ったからこそ、最後にはやてが気絶した事が失敗となってしまっているが、はやて以外ではこの結果にはたどり着けなかっただろう。本人はそうは思っていないようだが。

「でも、街は守れたし、魔力炉の暴走は阻止できた。とりあえずの事はできたんじゃない?」
「駄目や! 私が居たからこんな事になった! だから私が責任を持って、二度とこんな事が起きないようにせなアカンかった! せやのに……」
「じゃあ、はやてはどうしたいの? お酒で忘れても……思い出しちゃうから、何にも解決にはならないよ?」

 その質問にはやてはしばし考える。深く酔っていないとは言え、お酒が回っているのは間違いないからか、いつもより随分と反応が遅い。
 しばらくしてから、はやては首をかしげながら呟く。

「わからへん……自分がどうしたいのか」
「受け止められない? この結果が出来うる限りのベストだったって」
「傷ついた人が居る。辛い思いをした人が居る。その人たちに私はこれが精一杯頑張った結果ですって……胸を張って言えへんよ……」
「そっか……なら、オレが胸を張って言うよ。はやては精一杯頑張りましたって。はやてが自分で言えないなら、オレが言う」

 我ながら捻りの無い言葉だが、そう思ったのだから仕方ない。それにあれこれと考えている人には言葉を捻るより、真っ直ぐ伝えた方がいい。
 そのほうが伝わる。

「カイト君が言うてくれるん……? 私が頑張ったって……」
「ああ。はやては頑張った。倒れそうになるまで頑張って、頑張って、それでようやく手繰り寄せた結果がこれだって、オレが何度だって言うよ」

 誰かと言うよりは、はやてに対してそうオレは言う。
 はやてが納得しなければ、何にも解決しない。
 はやてはキョトンとした顔をした後、柔らかな笑みを浮かべる。

「カイト君がそう言うなら……私は頑張れたんかなぁ」
「なのはでもテスタロッサ執務官でもこの結果はたぐり寄せられなかったよ。はやてが頑張ったからこその結果だ。誇っていい。オレが保証する」

 布団から顔だけ出しているはやての顔を見ながら、オレはそう言う。あまり真剣な状況ではないが、精一杯、真剣に言ったつもりだ。伝わったかどうか別だが。

「うん……ありがとうな。気が楽になったわ……」
「どういたしまして。さてと、オレはもう行くよ」
「もう行くん……? 一日休んでからの方がええんちゃう……?」
「そうしたいのは山々だけど、色々と仕事を残してきてるから」

 オレの答えが不満だったようで、はやてが頬を膨らませて視線を向けてくる。
 オレがその反応に苦笑すると、はやては目を逸らして、シュンとした様子で小さく言ってくる。

「なぁカイト君……行かないでって言ったら、行かないでくれるん……?」

 珍しい事もあるものだ。人に迷惑を掛ける事を嫌いなはやてはワガママを口にする事はそれこそ皆無に近い。少なくともオレの行動を妨げる事を言うのは初めてだ。

「……はやてがそうして欲しいなら、一日くらいなら良いよ……」
「じゃあ、居て。話し相手が欲しい……」
「わかった。けど、珍しいね?」
「……私は周りに迷惑を掛けるの嫌いや。せやけど、カイト君には……色々言いやすいねん」

 それは性格的な意味なのかキャラクター的な意味なのか。よく色んな人から使いやすい、頼みやすいとは言われるけれど。
 まぁはやての周りの人間としては貴重なんだろう。
 一番の親友のなのはとテスタロッサ執務官も色々と責任やら期待を背負っている。そんな二人にワガママは言えないだろう。家族であるヴォルケンリッターははやてが頼めば最優先に何とかしようとしてしまうから、迂闊な事は言えない。
 結局近場にはやてが弱音やらワガママを言える人間は居ない。
 オレを除いて。

「いいよ。話を聞くくらい、ワガママを聞くくらいどうって事ないし、オレは何も背負ってないから、迷惑を掛けてくれるくらいがちょうど良いかなって今、思った」
「何も背負ってない人なんておらへんよ……」
「はやてに比べたら、オレは何も背負ってないものだよ。だから気にせず、何でも言ってくれていいよ。重たくなったら、オレに愚痴でも弱音でも吐けばいい。それでオレが何が出来るわけじゃないけど、それを聞く事はできる」
「……私な。実は色々とカイト君に隠してる事あるんよ……。大事な事は何も言わないけど、都合の良い時に愚痴と弱音を聞かせる事になるで……?」

 それでも良いのかとはやてが目で問いかけてくる。それは聞くまでもない事だとおもうんだけどな。

「いいよ。はやてが話したい事だけ話せばいい。どうせ、任務や極秘事項についてでしょ? そんな事まで話してくれなきゃ嫌だなんて言わないよ。信頼してるから、はやてが話して大丈夫と判断した時に話してくれればいいさ」
「カイト君……お人好しって言われへん?」
「言われないかなぁ。周りにもっとお人好しが居るし」

 オレがはやてを指差すと、はやては、私?と呟く。
 その呟きに首を縦に振って頷くと、はやては苦笑する。

「私はそこまでちゃうよ。なのはちゃんやフェイトちゃんの方がお人好しや」
「似た者同士だから親友なんだなって納得したよ。さてと、とりあえず、もうお酒はいい?」
「もうちょい飲みたい」
「じゃあ飲んでていいけど、ベッドの上に居てね。この部屋、片付けるから」
「……リインと一緒にして。服は恥ずかしい」

 少しは酔いが覚めたみたいだな。多少の恥ずかしさが戻ってきてる。
 肩を竦めると、オレは部屋の前で待ってるリインフォースを呼ぶ。
 いつもは手が掛からないのに、今日は随分と手の掛かる王様だ。



[36852] 第四十二話
Name: お月見◆31209bc4 ID:2a54bc87
Date: 2013/04/13 05:57
 新暦74年1月3日。

 クラナガン近辺・上空。



 複雑な軌道を描く機体の中で、オレは必死に平衡感覚を保とうと努力していた。あまり効果はないが。
 よくもまぁ、こんなじゃじゃ馬を開発したものだ。
 今、乗っているのはTF503型ヘリコプター。種別は多目的ヘリで、偵察から分隊の輸送までを行う。開発されたのは三十年前で、都市で使う事を前提に、加速力や旋回能力、小回りを重視したヘリだったが、運動性能の高さによる操縦性の悪化が原因で、僅か数年で現場から姿を消した機体だ。
 都市で使う事を前提とした為、移動速度や航続距離などの機動性は平均よりやや下の能力で、魔導師の到着が遅れる事や移動に制限がついてしまうのも、現場から姿を消した理由の一つだ。
 そんなヘリに何故、オレが乗っているかと言えば、理由は簡単。このヘリはもうじき陸士110部隊で使われる事になる為、安全に稼働するかどうかのテストだ。
 陸士110部隊のヘリは耐久に問題が発生した為、すぐに新しいヘリが必要だった。そこに二つの要因が重なった為、この機体が陸士110部隊に来た。
 一つ目の要因は定年間近になった陸士110部隊のヘリパイロットの後継者としてスカウトされた新しいパイロットが、この機体を所望した事。
 もう一つは新型のへり開発の為に旧型機としては破格の性能を有しているこの機体がデータ取りの為に再設計されていた事だ。
 そうなると話はとんとん拍子に進み、破棄される予定だったこの機体は陸士110部隊に引き取られる事になった。
 問題はこの機体を新しいヘリパイロットが使いこなせるかどうかだったのだが。

「調子はどうだ? アスベル」
「最高ですよ! 流石は首都の部隊ですね。こんなにあっさり要望が通るなんて思いませんでしたよ」
「ちょっとした偶然だけどな……」

 オレは急な加速に絞り出すようにそう呟く。
 陸士399部隊のヘリパイロットだったアスベル・ダイヤを、オレは部隊長にスカウトするべきだと提案した。
 若いヘリパイロットは必要であったし、何よりアスベルの腕は実戦でしっかり把握していた。こと、へりの細かい制御に関しては、間違いなくオレが会ったへりパイロットの中では一番だ。
 そんなアスベルにとって、TF503型はベストパートナーだろう。もう少し、後ろに乗ってるオレに気を使って欲しいが。
 最大で乗員二名の乗客八名を乗せられるTF503型だが、八人で乗れば、かなり窮屈だ。それで複雑な軌道などされたら堪ったもんじゃない。

「アスベル。実戦じゃ、後ろに気を使ってくれよ……?」
「わかってますよ! どんな敵が追いかけてこようと、振り切ってみせます!」

 後ろの意味が違う。オレは後ろに乗ってる人間に気を使ってほしくて言ったのに、アスベルは後ろに迫る敵を想像したらしい。多目的ヘリだが、用途は輸送が主だ。後ろに敵がつく事がありはしないだろうに。
 オレがそんな事を考えていると、ローファス補佐官からモニター通信が入る。

『リアナード曹長。状況を』

 聞きなれない階級に反応が遅れる。しょうがない。昇進してからまだ一週間ほどだ。
 去年の事件解決への功績が評価され、約半年後の十二月にオレは陸曹から陸曹長へと昇進した。これでリインフォースに敬語を使わずに済む。
 そんな事を考えつつ、敬礼してオレは答える。

「機体、パイロットともに良好です。すぐにでも実戦に使えるかと」
『それは朗報です。申し訳ありませんが、これから緊急任務についてもらいます』

 緊急任務と聞き、オレは思考を任務に切り替える。大抵、予想外な任務は激務だ。ここ最近の傾向がそれを証明している。

『ミッド北部の廃棄都市区画に向かってください。そこで捜査官がガジェットと遭遇しました。その救援が任務です』
「了解しました」
『ダイヤ二等陸士は廃棄都市区画の陸士部隊で補給及び待機です。以上。気をつけて』

 オレが再度、了解と言うと、ローファス補佐官は一度頷き、通信を切る。

「聞いての通りだ。アスベル。廃棄都市区画に向かうぞ!」
「了解です!」

 この機体の航続距離を考えると、往復は補給がなければキツイ。それ以前にテスト飛行で燃料を消費している。はなから補給無しじゃ往復は不可能だ。
 不可能なのだが、できれば首都以外の陸士部隊には行きたくない。陸士部隊はそれぞれの縄張り意識が強い。首都の部隊は、首都を一つの部隊として捉えている為、そうでもないが、他の部隊はよそ者を基本的に嫌う。

「なかなか厄介な事だなぁ」

 そう呟きつつ、オレは廃棄都市の地図をヴァリアントに頼む。
 後の事は後で考えよう。今は今だ。まずは捜査官への救援。それからだ。



◆◆◆



 ミッド北部・廃棄都市区画。



 廃棄都市区画に到着したものの、肝心の捜査官がどこにいるのかが分からないしガジェットも見当たらない。
 信号も感知できず、どうしようか迷っていると、アスベルが申し訳なさそうに言ってくる。

「カイトさん……。すみません。そろそろ燃料が……」
「そう言えばそうだったな。オレは降下するから、近場の部隊に到着したら連絡してくれ」
「了解です。お気を付けて」

 ヘリの横の部分がせり上がる。
 オレは小さく頷くと、そこから廃棄都市区画へ飛び降りる。
 空中でのバリアジャケット展開を終えると、オレは余裕を持って、ビルへと着地する。

「ヴァリアント。反応は?」
『ここら辺には無いな。まずもって、ガジェットは発見しづらい』

 魔力反応が無いから、サーチャーか後方からの広域サーチ以外だと、見つけるには目視か音くらいしかない。
 廃棄都市区画。その名称の通り、ここは廃棄された都市部だ。オレ一人で回るには大きすぎる。
 ローファス補佐官が居場所の詳細なデータを送らなかったのは、行けばわかるからだと思っていたが、ローファス補佐官も詳細な位置を知らなかったのだろうか。

『相棒。地下に魔力反応だ。敵さんも下だろうさ』
「地下? そんなところにどうやって行ったんだよ……」

 そう呟いたオレのすぐ近くで、真紅の砲撃が下から出てきた。文字通り、下からだ。
 地面を破って出てきた魔力の塊を見て、冷や汗を感じつつ、なるほどと呟く。

「穴開けて潜ったのか……」

 ここは廃棄されたとは言え、公共施設だ。それをあっさり砲撃で壊すとは。一体誰だ。

『相棒。懐かしい魔力じゃねぇか?』
「オレも今思ったところだ……」

 魔力光を見てもしやと思ったが、近づいてくる魔力は懐かしい人物の魔力とそっくりだ。

「遅いわよ! 救援要請からどれだけ経ってると思ってるの!?」
「そりゃあ悪かったな。セシリア」

 肩に掛かる程度の真っ赤な髪と灰色の瞳を持った少女が空いた穴から出てくる。
 オレはこちらに文句を言ってきた懐かしき訓練校の同期にそう返した。
 少女の名前はセシリア・バース。オレの代の訓練校の首席にして、最も強かった魔導師だ。そして、優秀な捜査官として地上じゃ割と有名な出世株だ。階級は確か准陸尉。

「カイト!? 救援ってカイトだったの!?」
「見たいだな。まぁ懐かしい話はいくらでもあるけど……」

 オレは顎で空いた穴から出てきた十体のガジェットを差す。

「こいつらを片付けてからね」
「そういう事!」

 オレはそう呟くと、二本のグラディウスをフォルダーから引き抜く。
 セシリアも手に持っている杖型のデバイスを構える。
 久々に一緒に戦うが、役割は訓練校と同じで良いだろう。

「オレが前をやる!」
「前しかできないの間違いじゃないかしら?」

 セシリアはそう言いつつ、複数の魔力弾を一瞬で生成する。
 セシリアの力量なら多重弾殻射撃はできるだろうが、それを敢えてしなかったのは、後方サポートに徹する事に決めたからだろう。

「ヴァリアント!」
『ミーティア・アクション』

 宙空に浮かぶ二体のガジェットへオレは、グラディウスを左右に構えて駆け寄る。
 オレの横を通って、セシリアの魔力弾がガジェットに向かう。当然のようにAMFにかき消されるが、その一瞬はオレには充分な時間だ。
 動きを止めた二体のガジェットをすれ違い様にグラディウスで切り裂く。
 後方で爆発が起きるが、気にせず、オレは右に居る三体のガジェットへ狙いを定める。
 訓練校からの取り決めだ。複数の敵を相手にする時は狙う相手はオレが決める。そして、オレは毎回、近場の敵を狙う。
 大量の魔力弾がガジェットを襲う。幾つもの魔力弾がAMFにかき消されるが、一発の魔力弾はAMFを通り抜けて、一体のガジェットを破壊する。三体の相手はキツイだろうとセシリアは判断したんだろう。正直、ありがたいが。

「舐めてくれるなっ」
『相変わらず気が利く嬢ちゃんだな』
「おかげで、オレのプライドはズタズタだ!」

 オレは確実に一体のガジェットを近づいて貫くと、もう一体へ視線を向ける。
 もう一体が宙空で停止する。AMFの全開稼働の兆候だ。別にAMF下に置かれてもリリーナの援護があれば苦労せずに逃れられるだろうが、無駄な魔力の消費は趣味じゃない。
 左手のグラディウスに魔力を込めて、停止したガジェットへ投げつける。
 手から離れても魔力刃を維持し続けるグラディウスは容易にガジェットを貫く。

「シュヴァンツ!」

 そのまま左手のシュヴァンツを起動させる。
 シュヴァンツで投げたグラディウスの柄を絡め取ると、そのまま体を一回転させる。
 オレを囲み、AMFによる包囲を完成させようとしていた三体のガジェットを、シュヴァンツの先にあるグラディウスが切り裂く。

「あの時ならいざ知らず、今のオレが簡単に包囲されるかよ」

 爆発で視界が埋もれる。
 残り二体のガジェットの位置は把握してるが、向かう必要はないだろう。

「どかないと巻き込むわよ!」


 オレはそう言われて、セシリアの魔力反応を感知して、さきほど確認したガジェットの位置を思い出す。
 今、射線上にオレは居る。
 ヤバイ。

「そこらへんは考慮しろよ!!」

 近場のビルまで走る。もしも予想通りの魔法なら、いくら何でもヤバイ。
 ビルの壁を垂直に駆け上がる。三階建てのビルの屋上に上がり、オレは後ろを振り返る。既に煙は晴れ、セシリアの姿もガジェットの姿も見える。
 セシリアの近くに大きな魔力の槍が二本生成されている。

「スタンバイ!」

 二本の槍の前方に環状魔法陣が浮かび上がる。一つや二つじゃない。槍一つあたり十個の環状魔法陣。合計二十個の環状魔法陣が展開されている。まるで砲身だ。いや、正しく砲身か。あの槍はそこを弾のように通るのだから。
 ガジェットはセシリアに注意を払っていない。ビルに上がったオレを警戒している。データでしか判断できない機械の悲しい所か。確かに複数のガジェットを倒したオレは脅威だろうが。
 恐ろしさはあの魔法の方が数倍上だ。
 あの環状魔法陣は全てが加速発射システムだ。それが十個。単純に十倍の速度じゃない。一度だけ受けた事があるが。
 あれはミーティアの数倍速い。

「レール・ランサー……ファイア!!」

 槍が一瞬で発射され、すぐにガジェットが爆発して、ガジェットの後ろにあった建物にも穴が空く。目視でどうにかできるスピードじゃない。デバイスによる計算と経験による予測がなければよけられない。
 訓練学校に来た元教導隊の教官すら初見はよけられない初見殺しの魔法だ。機械ではよけられない。
 前はもっと準備に時間がかかっていたが、随分と短縮されたもんだ。
 ビルから飛び降り、何度か瓦礫を足場にジャンプを繰り返し、セシリアと同じ建物の上に着地する。

「いつから実戦レベルになったんだよ?」
「それは私のセリフ。いつからそんな省エネ戦闘ができるようになったの?」

 セシリアの近くに歩いて近づきながら質問するが、質問を返されてしまう。
 オレは肩を竦めて、素直に答える。

「二年半くらい前かな?」
「私がクラナガンを離れてすぐね。何があったか教えてくれる?」
「先に質問したのはオレだし、まだここは前線。話はもうちょっと違う所でしない?」

 そう言うと、セシリアは、それもそうね。と呟き、歩き始める。

「私が今、お世話になってる部隊にいきましょう。ここら辺は半分はそこの部隊の管轄だし」
「半分ねぇ」
「嫌そうにしない。もう半分を管轄してる部隊との関係は良好だから、カイトが思ってるような面倒事にはならないわよ」
「それはいい事を聞いた。多分、どっちかにオレの後輩がヘリと一緒に待機してるんでね。ゴタゴタは避けたい」

 セシリアは大きな目を何度か瞬かせてから、絞り出すようにオレに聞く。

「カイト……先輩やれてるの……?」
「どう言う意味だ!」

 オレはそう叫ぶ。直接会うのは一年ぶりくらいだが、本当にこいつは変わってない。
 同じ年なのにいつまで経っても姉のような態度を変えたりはしない。それは基本的なセシリアの性格ではあるけれど、オレ相手になるとより顕著になる。
 まぁ迷惑を掛けていた事は事実だが、もうあの頃とは違うんだ。
 そう思いつつ、オレは盛大にため息を吐く。多分、一生、この態度は変わらないだろうと何故か思えてしまったからだ。



[36852] 第四十三話
Name: お月見◆31209bc4 ID:2a54bc87
Date: 2013/04/14 05:29
 ミッド北部・陸士130部隊本部隊舎。



 セシリアがお世話になっていると言う陸士130部隊に到着したオレは、反対側の部隊に居たアスベルを呼び寄せつつ、セシリアと少しだけ真面目な話をしていた。

「刑事部特別捜査一課?」
「そうよ。私の所属は今はそこ」

 そこと言われても、クラナガンの犯罪捜査を担当する刑事部に特別捜査一課など無かったはずだが。

「作られたのよ。ミッドの捜査官を選抜してね」
「前に言ってた地上の本部を集めてるってのはそれか……!?」

 オレの言葉にセシリアは頷く。大分前の事だが、セシリアから地上本部の動きを聞いていたが、ここに来て動き出したか。

「レジアス中将は本気よ。意地でも地上を地上戦力だけで守るつもりね」
「その為に特別捜査一課を?」
「犯罪が起こってからじゃ……悔しいけど、地上の戦力じゃ対応しきれない。だから」
「犯罪が起こる前に抑えるか……」
「犯罪者の潜伏先、拠点の発見して、先手を取る。それなら戦力を集中して事に当たれる。そうすれば……現場で血が流れる事も少なくなるしね……」

 セシリアは悲しげに目を伏せる。
 記憶が正しければ、セシリアは既に同僚を三人亡くしている。
 だから現場で血が流れる事を極端に嫌うが。

「セシリアが抜けた部隊は大丈夫なのか? クラナガンから離れた所はここ最近、随分と荒れてるって言うけど……」
「補充要員をあててもらったわ。それに特別捜査一課に入るのに条件も付けたしね」
「条件? どんな?」
「クラナガンの治安が落ち着いたら、クラナガンの外にも目を向けろってレジアス中将に言ってやったわ。約束してくれた。まずはクラナガンだけれど、必ずミッド全体に目を向けて行動するって」

 それはまた随分と恐ろしい事をやるな。
 長年地上を守ってきた英雄にそんな事を言うなんて。オレなら無理だ。

「わかっては居るんだ……。クラナガンに優秀な人材を回すのはクラナガンの犯罪が凶悪だからって、レジアス中将は少ない戦力で頑張っているんだって、でも、クラナガンの外でもガジェットが出始めたりして、もう追いつかないんだ……」

 地上の戦力は常にギリギリだ。クラナガンの犯罪は確かに凶悪だが、常に地上では優秀な部隊が担当しているから、そこまでの大事にはならない。それに、いざとなれば、レジアス中将の首都防衛隊航空魔導師が来る。
 クラナガンには戦力が足りてはいる。首都だからだ。だが、ほかはそうはいかない。

「前に居た部隊の平均ランクは……?」
「私を入れないでCかな? 入れればBになるかもしれない」
「そうか……。やっぱりクラナガンは充実してるんだな……」
「でも、業務の激しさはクラナガンの方が上よ。ミッド辺境じゃ、起こる犯罪の規模も小さいしね」

 セシリアは沈んだオレに対してそうやってフォローするが、オレが落ち込んだのはそれが原因じゃない。
 同じ事が本局と地上にも言えるからだ。
 クラナガンの外とクラナガンでは事件の規模が違う。
 陸と海では事件の規模が違う。
 だから規模が大きい方へ戦力は集中する。
 地上が戦力を求めるのは間違っているのだろうか。規模を理由にクラナガン以外をないがしろにするなら、オレたちは本局の事を何も言えない。

「カイト? どうしたの?」
「いや……ちょっと、色々考えてた。どうやれば、全てを守れるんだろうって……」
「それを考えるのは私たちの仕事じゃないわよ? まぁそれをずっと考えてるんでしょうけど、レジアス中将は」

 こんな答えの出ない事をずっと考えているのか。
 オレなら考える事を放棄してしまいそうになるな。
 ミッドの守護者は伊達じゃないか。

『相棒。アスベルが着いたぜ。後、帰還命令も来てる』
「そうか……。セシリア。今度、またオライオンに行かないか? あそこならゆっくり話せるし」
「そうね。久しぶりにマスターにも会いたいし、時間が出来たら連絡するわ」

 セシリアとそう約束すると、オレはこの部隊の屋上に向かって歩き出した。



◆◆◆



 新暦74年3月23日。



 クラナガン・陸士110部隊本部隊舎。



 隊舎を歩いていると、どこからともなく現れたマッシュ先輩とアウル先輩に拘束された。文字通り拘束だ。
 首にはマッシュ先輩の腕が回され、左手はアウル先輩に決められた。

「ちょっ!? 痛い痛い!!」
「うるさいっす! カイトなんてこうっす! こう!」
「やかましい! お前なんてこうだ! こう!」

 力が徐々に入れられていく為、痛みが増していく。目に涙が溢れてくる頃に救いの手が差し伸べられる。

「そのくらいにしとけよ。マッシュ、アウル」

 分隊長が来て二人を注意する。しかし、二人は注意されてもオレを離さない。

「嫌っす! 今日という今日は許さないっす!!」
「そうだ! こいつだけは許しておけない!!」
「やめろって言ってんだろうがっ!」

 分隊長が二人の頭をひっぱたいて無理矢理オレから引き剥がす。
 酷い目にあった。
 全く状況が理解できないが、どうせロクな理由じゃないだろう。

「おい、カイト。お前に客だ」
「誰ですか?」
「あの訓練校の同期の子だ」

 なるほど。セシリアが来たのか。二人が暴走する訳だ。
 昔とは違う。セシリアはとても魅力的な女性になった。二人じゃなくても嫉妬を受けてもおかしくないほどに。

「わかりました。どこに居ますか?」
「もう来てるわよ」

 後ろから聞こえた声にオレは振り向く。
 陸士部隊の茶色の制服を着たセシリアが居た。
 セシリアはいつまで来なかったオレにご立腹のようで、腰に手を当てて眉を潜めてる。

「随分待ったわよ?」
「ごめん。それで用は何? それほど暇じゃないだろ?」

 オレの言葉を聞いて、セシリアはオレの後ろに居る先輩たちをチラリと見る。
 聞かれたくない話か聞かれたら拙い話か。
 振り返って、小さく手を合わせる。
 それだけで分隊長は察して、マッシュ先輩とアウル先輩を連れて、ここから離れる。オレたちが動けば良い話だが、セシリアを連れて動くと目立つ。幸い、ここら辺に人影はない。

「それで? どうしたよ?」
「カイト。あなた、本局に肩入れしてるって本当?」

 セシリアの鋭い目が真っ直ぐオレに向けられる。
 本局にはお世話になっているが、肩入れなんてした覚えはない。

「どういう意味だ? オレが本局に何か協力してると?」
「八神はやてと個人的に親しいって聞いたわ。しかも、彼女の地上部隊設立を黙認してるって話じゃない!」
「待てよ。はやてと個人的に親しいのは確かだけど、部隊設立の黙認って何だ? 親しいと止めなくちゃなのか?」

 少しイラついた声で返す。
 はやての部隊設立は完全に軌道に乗って、今は部隊設立の準備中だ。まだ噂すら広まって無いはずだが、だれから聞いたのか。
 セシリアは少し温度の下がった声で答える。

「当たり前でしょ? 本局が地上に干渉する為に作る部隊よ?」
「本局主導で話が進んでるとは聞いてるけど、それは本局の戦力を地上が使えるって事にも繋がるだろ? 何が悪いんだ?」
「本局が地上に干渉する事よ! 今まで何もしてこなかった本局が今更、我が物顔で高ランク魔導師を送り込んでくるのよ!?」

 確かに本局は再三に渡る地上への戦力配備を断ってきたが、それは本局も余裕がなかったからだ。別に地上が憎くてやってるわけじゃない。向こうにも守らなければならない人たちがたくさん居る。どちらが悪い話じゃない。
 それに戦力を求めたのは地上だ。時期は遅れたが、自分たちが要請した戦力が降りてくるんだ。何を怒る必要があるのか。

「待ち望んだ援軍だろ?」
「本局の意向で動く部隊よ!? 私たちの味方じゃないわ!」
「本局は味方だ! 同じ管理局だぞ!?」

 思わずセシリアの正気を疑ってしまう。どれだけいがみ合っていても、同じ管理局である事に変わりない。
 それに、はやての話じゃ地上がAMF対策を断ったが為、本局が地上で動ける部隊を求めたと言う事だ。本局上層部と二佐に昇進したはやての夢が一致して、部隊設立は超加速した。
 本局側のはやての言葉だけ聞くのは間違ってるかもしれない。だが、オレからすれば、本局のAMF対策を棄却したレジアス中将を信じる事はできないと言うのが本音だ。
 総合戦力の底上げを求めたらしいが、それが出来ないからこその部分的強化の筈だって事はオレだってわかる。
 AMFの対策は急務だ。今、最もミッドで危険な兵器であるガジェットへの対応を疎かにするなんて、とてもじゃないが正気とは思えない。ここは長年の不仲を水に流して協力するべき時の筈なのに。

「敵も一緒でしょ! 戦力は渡さない! こちらの救援要請には応えない! 地上を蔑ろにしてるのよ!?」
「セシリア……守りたいのは地上の誇りか?」
「そうよ! 私たちには私たちだけで地上を守ってきた誇りがあるの!」
「……帰れ。少し頭を冷やしてこいよ」

 オレはそう言うとセシリアに背を向ける。
 しかし、セシリアに肩を掴まれる。

「まだ話は終わってないわよ!」
「終わりだ! 守るべきが誇りだって? 守るべきは一般市民だろ!? そのためなら誇りなんて捨てろよ! 自分達だけで守ってきたって言う誇りにこだわって、誰かが傷ついてしまったら、本末転倒だろうがっ!!」
「カイト……本当に本局側の人間なのね……?」
「オレは時空管理局の人間だ! 本局だとか地上だとか、勝手に分けるな!!」

 そう言うとオレはセシリアの手を払う。
 一体、セシリアに何があったのか。こんな奴じゃなかった。少なくとも、本局が敵だなんて言う奴じゃなかった。

「カイト……利用されてるだけよ」
「言ってろ。それはオレが判断する」
「どうして……? カイトだって地上の厳しさを知ってるでしょ……? 知らない筈ないわよね!?」
「知っているさ! いつだって厳しい状況だ! それを何とかしようと、はやては動いてくれてる! オレたち現場の人間が動きやすいように、オレたち低ランク魔導師が危ない時に、すぐに高ランクの魔導師が助けに行けるように! 色々なモノと戦ってるんだ!」

 その言葉が決定的だった。
 セシリアの目がぞっとするほど冷たくなった。このまま襲われてもおかしくないほどだ。
 身の危険を感じたオレはセシリアから距離を取る。
 その行動にショックを受けたのか、セシリアの目が大きく見開かれる。

「そう……カイト。なら教えて上げるわ。レジアス中将がどれだけ地上の事を」
「セシリア・バース准陸尉」

 セシリアの言葉を遮る形でオレの後ろから部隊長が現れて、セシリアの名前と階級を呼ぶ。

「部隊長?」
「オーリス三佐から連絡が来たよ。すぐに地上本部に戻るようにと言う命令だ」
「オーリス三佐が? カイト。覚えておきなさい。本局に組みしても良い事なんてないわよ」

 そう言うとセシリアは踵を返して、隊舎の出口へ向かう。

「部隊長。彼女を追跡しますか?」
「いいよ。下手に動いてレジアス中将に睨まれるのも拙いからね」

 部隊長の後ろに控えていたローファス補佐官の提案を部隊長はそう言って、却下する。

「セシリアはあんなんじゃなかったんです……」
「知ってるよ。何かあったんだろうね。もしくは何かされたか……いや、考え過ぎかな?」

 とぼけたように部隊長がそう言うが、それがオレへの気遣いだと分かった。この人は何かを感づいている。もしかしたら確信してるのかもしれない。
 オレは何も言わずに敬礼して、その場を後にする。
 レジアス・ゲイズ中将には黒い噂が絶えない。その噂を調べる必要があるかもしれない。

「ヴァリアント。何かデータを取ってたか?」
『色々あるぜ? ちょっと洗ってみるか?』
「そうしてくれ。オレははやてに連絡する」

 隊舎の窓から超高層ビルが見えた。地上本部だ。
 あの上の方にレジアス中将がいるだろう。

「ミッドの守護者がまさか犯罪に手を染めてないですよね……?」

 オレはそうつぶやいて、地上本部から目を逸らした。



[36852] 第四十四話
Name: お月見◆31209bc4 ID:2a54bc87
Date: 2013/04/14 19:10
 新暦74年6月5日。



 クラナガン・中央区。



 はやての誕生日に休みを取れなかった事を詫びる為に、誕生日プレゼントを買って、八神邸に向かっている途中。
 歩道を歩いている時にオレはある人間とすれ違った。
 肩に掛かる程度の茶色の髪に青い瞳を持った二十代の長身の男だ。

「アトス!?」

 すれ違った瞬間、オレは臨戦体勢で振り向くが、それはアトスによって遮られる。

「リアナード君。ここでの戦闘は市民を巻き込む。今日は争いに来た訳じゃない」
「犯罪者の言葉を信じろと?」
「夜天の王を狙う過程でなら君と戦うが、わざわざ君を狙う理由は私にはない」

 思慮深い目を向けてオレを諭しに来る。
 変わらない男だ。外見ではない。その雰囲気がだ。
 希薄。何を考えているかも読めない。
 周りには市民がいる以上、アトスの言う通り、ここで戦う訳にはいかない。

「何しに来た……?」
「忠告をしに来た」
「忠告? はやてを狙ったお前の忠告なんて必要ない……!」

 怒りと声を抑えて、静かにそう告げるが、アトスは首を横に振って否定する。
 こいつは一体、何を企んでる。捜査のかく乱か。それともここにオレをクギ付けにする事が狙いか。

「私も色々と縛られている身でね。今日も僅かな時間しか自由ではない。素直に聞いてもらわないと困るのだよ」
「何……? 縛られてる身? 自由じゃない?」
「傭兵である以上、雇い主が存在する。私たちはそれの依頼で八神はやてを狙っている。私たちの感情は抜きにしてね」

 はやてを狙った時も乗り気じゃないと言っていたが、それは依頼だからと思っていた。そうじゃないのか。アトスの言葉では無理矢理従わされているような印象を受ける。

「お前たちは一体……?」
「レジアス・ゲイズの周りを探れ。そうすれば私たちの雇い主にも繋がる」
「地上の人間なのか!? いや、何故教える!?」
「私たちは傭兵だ。大切なモノ以外の為には戦わない。その大切なモノを握られたとしたら? 戦わざるおえないだろ? 急ぐことだ。君が間に合わないなら、私たちは全力で八神はやてを攫いに行く」

 そう言うと、アトスの体がボヤける。
 これは。

「幻術!? ヴァリアント!」
『ダメだ! 追跡できねぇ……』

 流石と言うべきか。シグナムさんやなのはを撒いただけはある。全く気配がなかった。

「大切なモノを握られたとしたら……か」
『人質でも取られてるのかもな。それなら、相棒に色々教えたのも理解できる』
「どうにかできなきゃはやてを攫うって言う脅し付きだったけどな」

 大きく息を吐く。体から一瞬で力が抜ける。
 強くなった自信はあった。アトスともう一度戦う機会があれば善戦できると思っていた。けれど違った。
 少しだけ強くなったからわかる。

「Sランククラスか……?」
『どうだろうな。ただ、戦闘技術じゃテスタロッサ執務官や高町一尉とさして変わらんだろうさ』

 善戦なんてできる訳が無い。前は全く本気じゃなかっただけだ。
 アトスがその気になればオレなど一瞬でやられるだろう。
 譲れないのはこちらも一緒だが、力の差がありすぎる。アトスと戦うのは現実的じゃない。アトスだけじゃない。アラミスやポルトスもいる。あの二人だってAAランク以上の力は持っている筈。
 どうにかアトスの雇い主を見つけなければ。

「はやての所に急ぐぞ」
『そうした方がいいな』



◆◆◆



 クラナガン・八神邸。



 誕生日から三日の連休を取っているはやては家にいる筈だが。
 家の前まで来て、念話で確認すればよかったと後悔したが、今更遅い。
 家のインターホンを押すと、はーいと言う声と共にシャマルさんが出てくる。
 とりあえずホッと息を吐く。

「いらっしゃーい。カイト君。あら? 何かあったの?」
「中で話します。みんな居ますか?」
「ええ。はやてちゃんはカイト君が来たら出かけるつもりみたいだけど?」
「まぁ、オレの話の後ですかね」

 そう言うと、はやてとヴォルケンリッターの家へと入る。
 リビングに入ると、はやてとヴォルケンリッターがおもいおもいにくつろいでいた。久々の一家団欒に邪魔しては悪いが、事態は色々と深刻だ。

「リアナード陸曹。いらっしゃいませです~」
「お邪魔します。そしてもう曹長だし、今は任務じゃないんだけど?」
「あはは。リインはいつもリアナード陸曹やからね。いらっしゃい。お昼ご飯食べた? まだなら一緒にどこかに食べに行かへん?」
「まだだよ。けど、その前にちょっと話をしていいかな?」

 オレの言葉の真剣さを読み取って、この場に居た全員が耳を傾けてくれる。
 正直、こういう切り替えの早さは助かる。

「さっき、アトスと接触した」

 アトスと言う単語にシグナムさんが目に見えて殺気立つ。

「落ち着け、シグナム。あたしらはそいつを知らねーけど、確かはやてを狙った奴だよな?」

 落ち着けと言ってる割にヴィータさんの声も随分と怒りを含んだ声だ。
 いや、この場の全員が落ち着いてはいない。最愛の主を襲った敵だ。次に会えば自分の手で捕まえると皆が思っているのだろう。

「ええ。そのアトスです。市街地だったので戦闘には発展しませんでしたが、奴からいくつか情報を得ました」
「どんな情報だ?」

 狼形態のザフィーラがオレのすぐ傍まで歩いてきて聞く。
 皆もそれが知りたいらしく、頷いている。
 その頷きにオレも頷いて返して答える。

「一つ目。レジアス中将を探れば自分の雇い主に繋がると言う情報。二つ目。アトスたちも弱みを握られて従っていると言う事。三つ目。どれだけ気が乗らなくても、命令されればはやてを攫う気であること」
「なるほど。と言う事は、アトスも雇い主を疎ましくは思っているのだな」

 シグナムさんの言葉にオレは頷き、シャマルさんを見る。こう言う時の意見のまとめ役はシャマルさんだ。

「じゃあその雇い主を見つけなきゃね。戦わなくて済むならそれに越した事はないし」
「せやね。無理矢理戦わされとるなら助けてあげなあかんしな」

 ソファーに座っているはやてに全員が呆れた視線を向ける。
 全員を代表してリインフォースがはやてに聞く。

「はやてちゃん。狙われてる自覚あるですか?」
「あ、あるで。めっちゃあるで? ほんまやよ?」
「他者に優しさを向けられるのは主はやての良き所ですが、まずは自分を一番に考えてください」
「自覚はある言うとるのに……。でも、ホンマに嫌な戦いをしとるなら、私は見捨てる訳にはいかへん」

 その言葉は重い。
 過去のヴォルケンリッターの話と被ったからか。
 無理矢理戦わされる。それは意思を無視される事だし、管理局が定めた法はそれを許してはいない。
 とは言え、どんな理由があろうと、他者を容認はできない。

「その為にレジアス中将を探るしかないけど、それはオレに任せてもらえない?」
「訓練校の同期の子も気になる?」
「ああ。それに、このメンバーで動けるのはオレしか居ない。はやてたちは部隊設立で忙しいし、地上じゃ風当たりも強い」
「せやね。まぁ詳しい事は後にせん? 私、お腹すいてもうたよ」

 はやてがお腹を押さえて空腹を訴える。確かに時間はお昼だし、せっかくみんなで集まっている休日の時にするには随分と場違いな話か。

「確かに。じゃあ、どこに食べに行く?」
「オライオンに行かへん? しばらく行っとらんし、みんなで一緒に行くの初めてやし」

 はやての提案に全員が笑顔で了承する。
 オライオンか。
 セシリアと約束してから半年が経ったのに、結局行っていないな。
 訓練校でのセシリアは気さくで、周りに影響を与える人間だった。オレも随分と影響された。
 その反面、自分は自分と言う強さを持っていたから、周りに影響されることはなかった。だから、違和感がある。どれだけレジアス中将が素晴らしい人でも、あんな狂信的になる奴じゃなかった。
 ヴァリアントが取っていたデータには異常なバイタルが幾つも観測されていた。調べた結果、そのバイタルに一番近い状態は夢遊病の患者の状態だった。
 それだけで普通の状態では無い事がわかる。データを理由に強制的に検査させようかとも考えたが、向こうは捜査官だ。拒否され、データを取った事をプライベートの侵害と言われたら、目も当てられない。
 はやての部隊のこともある。オレも下手には動けない。直接関わっている訳じゃないが、付け入る隙はない方が良いに決まっている。

「カイト君? どないしたん?」

 出かける準備をしたはやてがオレの顔を覗き込みながら聞いてくる。
 それに驚いて、オレは反射的に一歩下がる。

「びっくりしたぁー」
「なんやねん。何度名前呼んでも反応せんからやろ?」

 少しだけ唇を尖らせて、はやてはそう言う。
 オレは、ごめんと言いつつ、先ほどまでの思考を一度仕舞う。
 今、考えても仕方ないことだ。あまり張り詰めすぎて、普段の仕事に支障が出ても困る。
 休日は休まなければ。

「あっ。そうだ。ごめん。言い忘れてた。誕生日おめでとう。これ、誕生日プレゼント。ごめんね。昨日、休めなくて」
「ホンマに!? 全然ええのに」

 そう言いながら手に持っていた袋をはやてに渡すと、はやてはすぐに袋から箱を取り出す。
 はやての顔がすぐに明るくなり、ありがとうな。と言いながら箱をまじまじと見る。

「今回はなんやろか?」
「大したモノじゃないよ」

 二佐に昇進したはやてに高価な品物は贈り辛い。オレにとって高価でもはやてにとってはそうでもない可能性が高いからだ。
 と言う訳で。

「コップ?」
「家族でお揃いだったコップが割れちゃったって言ってたから。八神家六人分のコップ。名前も彫ってあるから分かりやすいでしょ?」

 六色のコップが収められた箱を見ながらはやてが押し黙る。
 おや。お気に召さなかっただろうか。まさか買ってしまったとか、買いに行く予定だったとかじゃ。

「き、気に入らなかった?」
「あっ! ちゃうんよ。めっちゃ嬉しいんやけど……なんでカイト君のがないんやろうって」
「オレはたまにしか来ないし、何より、それは八神家のお揃いのコップだよ? オレの分を入れるのは拙いでしょ」
「いつもカイト君来ると出すコップに迷うんよ」

 そう言われても。
 はやてへの贈り物にオレのを入れとくなんてできる訳ないし。

「じゃあ、今度、自分の持ってくるよ」
「うーん、まぁそれで良しとしたる。カイト君。ありがとうな」

 笑顔で感謝の言葉を口にしたはやてに笑顔を返す。
 この笑顔が消えないようにしなければならない。
 もしもアトスたちと戦う事になったとしても。
 これからどれだけ巨大な敵が現れたとしても。



[36852] 第四十五話
Name: お月見◆31209bc4 ID:2a54bc87
Date: 2013/04/15 05:21
 新暦74年11月7日。

 時空管理局本局・提督執務室。



「アトスのことは聞いたよ。君は本当だと思っているようだけど?」
「はい。ミスリード狙いの可能性もありますけど……。わざわざオレに伝えても、捜査に影響を与える事はできないと思うので」
「確かに、それを考えるとあながち嘘とは言えない。が、君はこうして捜査の指揮に関係している僕に話す事が出来ている。自分の影響力を少し見誤っているよ」

 クロノさんにそう言われて、オレはソファーの上で首を傾げる。知り合いではあるが、そうそう会える仲と言う訳じゃない。
 提督の階級章が付いた黒い制服を着たクロノさんは苦笑して、テーブルのカップに手を伸ばし、紅茶を一口飲むと、オレの交友関係を口にする。

「時空管理局地上本部の陸曹長。しかし、君はその階級には不釣合いな交友関係を有している。まずもって師匠があのヨーゼフ・カーターさんで、僕の師匠であるグレアム提督とも話をした事がある。それに管理局が誇る三エース、はやて、フェイト、なのはの三人とも個人的に親しい。はやて繋がりでヴォルケンリッターとも知り合いであるし、自分で言うのも何だが、本局じゃ名前が知られている提督である僕ともこうしてお茶を飲んで、話をしている。一介の下士官なら、だれか一人でも知り合いが居ればラッキーと言うレベルだと思うんだが?」
「はぁ、そうですね。はやてと知り合うまでは皆さん雲の上の人だったのは確かですけど……」

 どうにも実感が湧かない。
 周りが凄いと言うのは分かってる。ただ、オレは知り合いであっても、知り合い以上ではない。

「オレは……周りに影響を与えられるほど凄くはないですから。とても凄い人たちと知り合いであるのは自覚してますけど、その人たちを肩を並べてる訳じゃないので……」
「まぁ、そう言う考え方もあるか。でも、なのはやフェイトがそうであっても、はやては違う。君への恩や引け目は相当感じてるようだし、君が思っている以上に君の影響を受けているよ」
「そうでしょうか? その、恩はともかく、引け目は感じてるんだろうなと思うんですが、影響を受ける程とは思えないんですけど……?」

 テーブルの上にあるカップを持って、紅茶を飲む。甘すぎず、かなり飲みやすくて美味しい。味わいながら紅茶を飲んでいると、クロノさんが語りだす。

「はやては、生き急いでいるように見えるんだ」
「……そうですね。色々抱えてるから、しょうがない気もしますけど……。そうやって動いていないと押しつぶされてしまいそうで、怖いんじゃないかなってオレは思いますけど」
「奇遇だね。僕もそう思ってる。ただ、それが不憫でもある。過去が暗かった分、今や未来は明るくあって欲しい。楽しむ権利、幸せになる権利がある筈なのに、はやてはそれを良しとしない。全てを贖罪と捉えてる節がある。今回の部隊設立もその気持ちが大きいだろう」

 クロノさんはそう言うと、からになったカップを置く。オレはポットを手にとって、クロノさんのカップへ新たに紅茶を注ぐ。

「ありがとう。だから、立ち止まって、周りをゆっくり見渡して、今を楽しんでほしいと思ってる。それはなのはやフェイトにも言える事なんだが、なのはは仕事が命だし、フェイトは保護した子供たちの面倒を見る事に夢中だし」
「頭が痛い問題ですね。私たちのお兄さんってはやては言ってましたけど、本当ですね」
「組織の中で若い時に高い階級に居ると色々大変なのは知ってるしね。そうじゃなくても三人とも危なっかしくて見てられないんだ。はやては親類と呼べるのはヴォルケンリッターとグレアム提督だけだし、グレアム提督は既に隠居してる。ヴォルケンリッターも過去の事があって、肩身が狭い。なのはは自分の出身世界に親や兄妹が居るとは言え、こちらには親類はいない。フェイトは僕や母が居るけれど、本局の任務上、いつでも会える訳じゃない。だから、せめて年長の僕が気を使わないとって思っているんだが」

 クロノさんがため息を吐いて空間モニターを開く。
 オレはその行動に首を傾げる。

「どうしたんですか?」
「こっちに居すぎて、子供と会えないんだ……」
「……なるほど……」

 まだまだ幼い双子の写真を見せながら呟いたクロノさんになんて言葉を掛ければ良いのか分からず、とりあえずそう返す。
 今が一番可愛い頃だろうに、可哀想な事だ。とは言え、本局の文字通り要である提督の称号を持っている以上、そうそう休みは取れないだろう。今だって、部下からの報告待ちの時間だ。
 若くして結婚して、子供が生まれ、そして若くして出世してしまったツケだろうか。順風満帆のようで、こういう所で落とし穴にはまってたんだな。この人も。

「奥様は何と……?」
「妻も時空管理局の局員だから理解はあるんだ。けれど、子供に帰る度にいらっしゃいと言われると……」

 完全に他人扱いだな。そりゃあ確かにたまにしか会わない人はこのくらいの子供たちからすれば他人だろうが、惨い事をするもんだ。子供は残酷と言うがその通りだな。

「長距離通信とかでお話はされるんですか?」
「それはしてる。してるんだが、どうにも空いた時間にしても子供が寝てたり、向こうが用事だったりで上手くいかないんだ……」
「それは……それじゃあ誕生日とかは?」

 間が悪いのか、運が悪いのか分からないが、特別な日に帰ったり、プレゼントを渡せば、子供心に印象に残るだろう。

「帰るようにはしているんだが、帰れない時はフェイトにプレゼントを渡してくれと頼むんだが」
「だが?」
「毎回毎回、どんなに頑張ってプレゼントを選んでも、フェイトのプレゼントの方が喜ばれるんだ……」

 あの天然め。全力で子供が喜ぶプレゼントを選んでるな。
 子供の扱いに関しては、クロノさんじゃ勝てないだろう。向こうは何人もの子供の後見人なっている強者だし、クロノさんと比べれば時間がある。子供へのリサーチも完璧だろう。

「今度……それとなく話を振って、釘をさしときます……」
「そうしてくれ。僕から言うのは何と言うか……負けた気分になるんだ」

 自分のプレゼントより子供が喜ぶプレゼントを渡さないくれと義妹に言うって言うのは確かに敗北だが、それ以前に子供が喜ぶプレゼントを実力で渡せない時点で負けてる気がする。言わないけど。

「なんとも言えないですねぇ。子供に妹に幼馴染にって、色々ありすぎですよ」
「そうなんだよ。守るものがありすぎでね」
「まるで」
「管理局みたい、かい?」
「よく分かりましたね?」

 言おうとした例えを先回りされたのにビックリして、オレはそう聞き返す。
 クロノさんは苦笑して答える。

「ちょっと前に母に同じ事を言われたのさ」
「リンディ・ハラオウン統括官がですか?」

 意外だった。管理局本局の重鎮がそんな事を言うなんて。
 オレの驚いた顔を見て、クロノさんが笑う。

「母は本局の上層に居る人間だが、現実は見えてるよ。数に限りがある魔導師を主力としている時空管理局では、広い次元世界を完璧に守りぬく事は出来ない。そのことには気づいてる」
「上層部にそう言う人が居るのはありがたいですね。地上の戦力不足というか、それから来るもろもろの感情が今は凄いですから……」
「地上の事は本当に済まないと思ってる。出来る事ならすぐに援軍を送りたいんだが……時空管理局は拡大政策を止めたくても止められないんだ……」

 初めて聞く話だ。はやてからもそんな話を聞いた事はない。いや、前に拡大政策に聞いた時に言葉を濁していたから、それだろうか。

「どう言う事ですか?」
「言葉にしたら簡単な話なんだ。魔力資質のある人間には限りがある。なら、新しい世界を管理世界に加えれば、その世界の魔力資質の持ち主は管理局に入れやすくなる。その分、守る世界も増えるが、残念な事に、過去にある管理外世界からとんでもない魔導師が二名出ているから、その事例さえ起きれば、上層部はお釣りが来ると思っている」
「なのはとはやて……!?」

 クロノさんが頷く。
 確かになのはとはやてクラスの魔導師が出現するなら、管理世界を広げてもお釣りが来るが。

「二人だけではないけれどね。そうやって僅かな高ランク魔導師を求めて続いた拡大政策は既に止められない。新たに加わるだろう世界の魔力資質のある人間をあてにしてしまってるのが現状だ」

 クロノさんが心底落ち込んだ声でそう呟く。
 はやてが言葉を濁したのはこの為か。確かに聞いて気持ちの良い話じゃない。
 なのはとはやては成功例と言った所か。そうそう上手く行くとは思えないが、管理局の規模で行えば、そこまで分の悪い賭けじゃないのかもしれない。

「立ち止まれないか……」
「いつかは止める。誰も止めないなら僕が止める。けれど、まだ、その力は僕にはない。今は力を付ける時間だと割り切るしかない。どれだけ正しいと思っても、その思いだけじゃ何もできない。力が必要になってくる。正しい事がしたいから、僕は偉くなる道を選んだ。それまでの間は管理局の皺寄せが地上の魔導師に行ってしまうが……」
「はやてが言ってくれました。現場が動きやすいようにするって、低ランクの魔導師を、力の無い市民をすぐに助けられる部隊を作るって」

 それがはやての夢の部隊。臨機応変に動ける部隊。機動六課。まさかこんなに早く実現させるとは思わなかったけれど、実験部隊であるこの部隊が結果を残せば、管理局は変わる。
 対応の遅さが改善されれば、すぐにオレたちは動ける。そして対応が早くなれば、低ランク魔導師が少数で動く事も少なくなる。
 地上の戦力不足が根本的に解決しなければ、現場の危険は変わらないが、はやての部隊の結果次第で、危険の度合いを下げる事はできる。

「ああ。組織の大きさによる対応の遅さは致命的だからね。そして、結局は君たち現場の魔導師が危険に晒される……」
「だから、はやては頑張ってくれてます。だから、オレははやてを信じてます。それはクロノさんも一緒です。はやてが部隊で結果を出して、クロノさんが組織を変えてくれるなら心配はないじゃないですか」
「その為には時間がいる。申し訳ないけれど……すぐには無理だ」

 クロノさんがそう言って顔を伏せる。オレはそれに対して首を振る。

「大丈夫です。組織を変えてくれようとしてくれるクロノさんが上に、本局に居るなら、オレは安心して地上に居れます。現場は任せてください。必要ならどんな命令でも受けます。あなたやはやての命令なら、オレはいくらでも聞きますよ」

 いつだったか師匠が言っていた。
 グレアム提督は現場で師匠が動きやすいように、積極的に動いてくれたと。だから組織の為に、ひいてはグレアム提督の為に自分は動いたと。
 あの人のように強くはないし、階級も全然違うけれど、親友だった二人の弟子であるオレとクロノさんがこうして居るのは何かの縁だろう。

「プレッシャーを掛けてくれるな……」
「糧にしてください。お互いの師匠と関係は似てますし、お互い、自分の範囲で頑張りましょう。ちょっと偉そうですみません」
「いや、気にしないでくれ。そうだな。君が下に、地上に居るなら、僕も安心して上に上がれる。いきなりで悪いけれど、組織のしがらみで、はやて達の力にはあまりなれない。任せて良いかい?」
「お任せくださいと言えないのは悲しい所ですけど……全力を尽くします」

 オレがソファーから立ち上がり、敬礼すると、クロノさんも立ち上がって敬礼で返してくれる。

「頼んだ。カイト。君も気をつけるんだ」
「わかってます。できるだけ」

 そうやって断る。これだけは言っておかなければならない。オレの覚悟の証明だ。

「命はかけません。ただ、命のかけ時と判断した時は迷うつもりもありません」
「カイト……」
「まぁ、あのメンバーが揃って、何かが起きる事もないでしょうけどね」

 そう言って笑顔を見せつつ、オレは退出するために、失礼します。と言って、もう一度敬礼した。



[36852] 《第四部》 第四十六話
Name: お月見◆31209bc4 ID:2a54bc87
Date: 2013/04/16 01:49
 新暦75年3月4日。



 ミッドチルダ・中央区画・湾岸地区。



 車を駐車場に停めた後、オレは周りを見渡す。

「南駐屯地内A73区画か。良い所だけど、通勤とかだとちょっと大変だな」
『その代わりヘリが入りやすいって利点もあるけどな。早いとこ行かないと、機嫌を損ねるぞ?』

 それもそうだ。
 上官をあまり待たせる訳には行かない。
 湾岸地区なだけあって、横には海があるし、敷地も広い。訓練に重点を置くなら良い環境かもしれない。
 周囲を見ながらそんな事を考えてると、視界にコートを羽織った一人の女性が入ってくる。

「八神二佐!」

 冗談でそう呼んでみると、はやてがオレの方を向いて苦笑した後、何かをつぶやいて、リインフォースを伴ってこちらに歩いてくる。

「今日の運転手でええか?」

 はやてがいたずらっぽくそう聞いてくる。リインフォースが黙ってる所を見ると何か打ち合わせをしてのだろう。なので、オレもそれに乗っかる。

「はっ! 陸士110部隊所属のカイト・リアナード陸曹長であります! クラナガンまでの八神二佐の護衛も務めさせていただきます!」
「八神二佐。了解しました。今日はよろしく」

 二人で真面目な顔で敬礼した後、ほぼ同時に吹き出す。

「あかん、あかん! おもろすぎる!」
「真面目にこういうやり取りする事ないしね。でも、部隊長になったら、なのはやテスタロッサ執務官とこういうやり取りしなきゃだろ?」

 オレがそう言うと、腹を抱えて目に涙まで浮かべて笑っていたはやては、目元を拭った後に言う。

「なのはちゃんやフェイトちゃんは大丈夫やよ。和むだけや。カイト君はあかん。真面目な顔がおもろすぎる」
「それって褒めてないだろ? まぁいいけど。顔がおかしいのは今に始まった事じゃないし」
「堪忍、堪忍。そんないじけんといてぇなぁ。カイト君の真面目な顔なんて滅多に見んから面白かっただけやん。ギャップやギャップ」
「オレはいつだって真面目なんだけど?」
「それは嘘や」

 笑顔で軽口をかわしつつ、オレとはやては駐車場に停めてある黒い車へ向かう。
 車高は低く、スポーティーなスタイリングを醸し出してるその車を見たはやてが首を傾げながら呟く。

「誰の車なん? 高級車やんな?」
「雑誌で見た事があるですよ~」
「ローファス補佐官。部隊の車を使おうとしたら、こっちを使ってくださいって頼まれた。部隊の車で部隊長を本部に連れてくんだとさ」

 はやてとリインフォースにそう言いつつ、遠隔操作でドアを開ける。
 上へ開閉したドアの様子を見たはやては困惑したように言う。

「あの人がこれに乗るん? 全然、想像できひんわ」
「顔が良いから、似合うっちゃ似合うよ。イメージと違うけど」
「せやろうな。カイト君は……まぁ車に乗られてる感があるんなぁ」

 運転席に座ったオレを外から見ながら呟いたはやてに対して、オレは無言でドアを閉めると言う抗議に出る。

「嘘や嘘!」
「私は何も言ってないですぅ!」
「やかましい。マイスターとユニゾンデバイスは一蓮托生だろ?」

 窓を少し開けながらそう言うと、その隙間からあっさりリインフォースが入ってきてしまう。
 しまった。リインフォースの小ささを見誤った。
 一人残されたはやてはショックを受けたように立ち尽くしている。

「侵入成功ですぅ」

 助手席のシートに座り、ご満悦なリインフォースを見つつ、オレは面白いので窓を閉めてみた。

「リイン!?」
「はっ!? 閉じ込められたですぅ!?」
「発車しまーす」

 そう言って車を進ませる。
 とりあえずこの駐車場の入口まで行ってみるか。

「はやてちゃぁぁん!!??」
「待って! 待って! 謝る! 謝るから置いてかんといて!」

 割と本気で追いかけてきたはやての様子に笑いつつ、オレは駐車場の入口で車をとめて、ドアを開ける。

「はぁ、はぁ……あんまりや!」
「まぁまぁ、軽いジョークだろ?」
「はやてちゃぁぁん! リインは誘拐未遂にあったですぅ!」
「すげー誤解を生みそうな事を言うの止めてもらえるか?」
「なのはちゃんに言いつけたるから覚悟しいや!」

 助手席に素早く乗り込んだ後にはやてはそう言う。
 リインフォースははやての肩に乗って、はやてに縋り付いて、泣いた真似をしている。
 中々イラつく事を言ってくれる。

「言いたきゃ言えば? オレ、なのはと模擬戦とかしないし」
「ふっふっふ。言うたな? 後悔しても遅いで!」

 はやては運転中のオレが何も出来ない事を良い事にそう言って、空間モニターを展開させ。
 なのはに繋いだ。

「おい!?」
「なのはちゃん! 聞いてや! カイト君がリインを誘拐しようとしたんや!」
『えっ!? 嘘!? カイト君ってそんな趣味があったの!?』
「待て待て! なのは! 冗談だからな? はやてのいつもの冗談だからまともに相手をしないでくれ!」

 本当に連絡しやがった。何て事を。
 オレは横から声を大きくして言うが、はやてがすぐに邪魔をする。

「今回は本当やねん! なぁリイン?」
「そうです! 車に閉じ込められたです!」
『カイト君!? 本当にどうしちゃったの!? 悩みかな? ストレス? 話相手にはなるよ!?』

 本気で心配された。くそ。最悪だ。
 何が楽しくてなのはに心配されなくちゃいけないのか。しかもこんな事で。

「マジでただの冗談だから! 大丈夫! 悩みもストレスもないから!」
『本当に? 隠したりしなくていいんだよ? 私、別に特殊な趣味を持ってても軽蔑しないよ? でも、そういう人と接する事って初めてだから、そっちに行くまでに周りに相談しておくね! カイト君。私、精一杯応援するよ!』

 通信が切れた。
 オレは思わずハンドルから手を離しそうになる。
 周りって言うと、最初に耳にするのはテスタロッサ執務官かアーガスさんだろう。下手に信じているから、向こうも本当なのだろうかと勘違いしかねない。

「あはは……堪忍なぁ」
「なのはさん。信じちゃったですね……」
「……オレ、新部隊には顔出さないから」
「えー!? せっかく作った部隊なんよ!? 見に来てや!」
「なのはが居るから嫌だ! 絶対、広めるもん! あいつの誤解を解かなきゃいかない!」

 はやてにそう言うと、オレは速度規制が緩い道を敢えて選択し、その道に入った瞬間、アクセルを踏み込んで車を加速させる。

「ちょっ!? 速い! 速い!」
「規制には引っかかりません」
「怖いです! 怖いです!」

 急なカーブをスピードを緩めずに曲がったり、速度規制が無い所では、車の最高速度を出してみたりする。
 加速魔法が得意なオレからすれば、この程度はなんて事ないが、滅多に速い動きをする事のないはやてからすれば、未知の領域だろう。

「あかん!? ぶつかる! ぶつかる!」
「ぶつかりませーん」

 カーブをギリギリのところでハンドルを切って急激に曲がる。
 結構、楽しいかもしれない。
 そう思っていると、ヴァリアントから忠告が入る。

『そろそろお遊び区間は終わりだぜ? 首都だ』
「なんだ。もう終わりか?」
『あれだけ飛ばせばすぐに着くに決まってるだろ?』

 確かに。最初はロリコン疑惑を流したはやてとリインフォースへの仕返しのつもりだったが、途中からは完全に楽しんでいた。 
 横の助手席を見れば、はやてがぐったりしてシートに体を預けている。
 リインフォースははやての肩にしがみついていて、オレが速度を落とすと同時にずるずると落ちて行って、はやてのコートのポケットに入ってしまう。

「リアナード曹長の車は怖いです……」
「同感や……」
「忙しい二佐の為に急いでみました。感想は?」

 オレがそうやって聞くとはやてはこちらを半目で睨みながら言う。

「後でヒドイで~」
「おあいこだろ? そっちが先にやってきたし」
「軽いお茶目やんか……。頭くらくらする。私、こういうの苦手やねん」
「それは良い弱点を見つけた。これでたまには仕返しができる。言葉でも実力でも敵わないからね」

 オレがニヤリと笑うと、はやては体をできるだけオレから遠ざけて、華奢な体を縮めて言う。

「女の子をいじめて楽しいんか!?」
「常に主導権を握って、余裕な態度を崩さない女の子に仕返しするのは、楽しい」

 いじめるとは心外だ。いつだって立場が弱いのはオレで、毎度毎度口で言い負かされて、酷い目を見るのもオレだ。
 これは正当な仕返しだ。

「もう絶対、カイト君が運転する車には乗らへん! 車降りたら、覚えとれ!」
「怖い怖い。じゃあ、ここからは安全運転で行きますよ」

 ここら辺が頃合と見て、オレは肩を竦めてそう言う。
 あんまりやりすぎて、はやての恨みを買うと、本当に酷い目にあってしまう。真剣に拗ねる前に引いとけば、はやてもそこまで過激な仕返しはしてこない。

「最初からそうしてや……。不思議なもんやなぁ」
「何が?」

 いきなりそう呟いたはやてに顔を向けずにオレは聞く。
 既にクラナガンの市街地に入っている為、交通量が徐々に増えてきている。しっかり前を向いて運転しないと万が一があり得る。

「カイト君とここまで長い付き合いになったのがや。繋がりは色々あるけど、やっぱ不思議や」
「それはオレのセリフだけどね。管理局が誇る三エースの一角、八神はやてはオレにとっちゃ画像やら噂の中の人だった。あの時の任務がなきゃ、今もそれは変わらなかったよ」
「……なぁカイト君」
「ん?」

 あの時の任務と聞いて、はやてが少し間を置いた後に呟く。
 何が言いたいかは大体、わかる。

「アトスたちは……あの時も無理矢理、戦わされとったんかなぁ?
「……乗り気じゃなかったのは確かだよ。どうだろうね。もしかしたら、そうかもしれない」
「……どうにかできへんかなぁ?」
「自分から捕まるなんて言ったら……怒るよ?」

 顔は見えないが、はやてが僅かに息を飲む音が聞こえた。
 考えてたな。
 まぁそう言う作戦もありと言えばありだが、管理局のメリットがなさすぎる。下手をすればはやてを、そしてヴォルケンリッターを失う事になる。
 なにより、オレの心情がそれを容認できはしない。

「アカンよね……。けど、私の存在が関係ないだれかを巻き込んどるのは……しんどい……」
「アトスの言葉を信じて、レジアス中将を探るしかないさ。少し時間を頂戴。なるべく早めに成果を出すから」

 オレがそう言うとはやては押し黙る。
 この件に関しては、機動六課に関わってないオレにクロノさんが任せてくれた。流石にオレ一人でレジアス中将を探るのは厳しいから、部隊長やローファス補佐官にも手伝ってもらうが。
 レジアス中将は九月の公開陳述会で忙しいから、狙い目は今だろう。
 アトスはレジアス中将を調べれば、依頼主にたどり着くと言った。つまり、レジアス中将本人は依頼主ではないと言う事だ。
 だが、関係はしてるんだろう。
 最近増え始めた、不可解な噂も気になる。

「最近、レジアス中将にあまり好意的じゃなかった人間たちが続々とレジアス中将のシンパになっているって噂がある。実際、シンパになった人の中にオレの訓練校の同期もいる。アトスの言葉がなくてもレジアス中将については調べるつもりだった。今ははやてにとっても部隊にとっても大事な時期だし、部隊の事だけ考えるようにしたら?」

 そう言ってはやてを横目で確認する。小さく頷いたのが見えた。
 どうであれ頷いたなら問題ないだろう。今は部隊の事以外は考えさせないようして欲しいとクロノさんにも言われてる。
 何でもかんでも自分の内に仕舞込んで考える癖があるはやてに、考えさせようにするというのはとても難しいんだが、本人の意識も部隊に向いているから、今はまだ大丈夫だろう。
 問題は部隊が安定し始めた頃だ。その時は気を付けないと。はやてにも余裕が生まれて、色々考えてしまうだろう。
 ベストはそれまでにケリをつけることだが。
 目的地である陸士110部隊の隊舎が見えてくる。これからはやてはローファス補佐官と打ち合わせだ。

「はやて。打ち合わせの後は時間空いてる?」
「う~ん、空けようと思えば」
「オライオンに行かない? ちょっと昼ごはんには遅いけど」
「せやね! 私も何も食べとらんし、マスターに会いたいしな!」

 はやてが笑顔を見せた事にほっとする。
 話をするたびに顔を曇らされては堪らない。そんな顔がみたい訳じゃない。
 できるならいつだって笑顔で居て欲しい。それは無理な事だけれど。ずっと笑顔でいられる幸せな人間など居ない。
 でも、無理なら無理で、できるだけ笑顔を増やしてあげなければ。気を楽にさせてあげなければならない。
 今はそれがオレにできる唯一の手助けなのだから。



[36852] 第四十七話
Name: お月見◆31209bc4 ID:2a54bc87
Date: 2013/04/16 19:03
 新暦75年4月20日。



 クラナガン・陸士110部隊本部隊舎。



 車を駐車場に停めて、ドアを開けて外に出る。今日は部隊に配備されている白いパトロール車だ。
 後ろからついてきた黒いスポーツカーから出てきた金髪の女性が笑顔でこちらに礼を言う。

「道案内ありがとう。カイト」
「いいえ。気になさらずテスタロッサ執務官」

 後ろからついてきた車に乗っていたのはテスタロッサ執務官だ。これからある用事の前にここの捜査データを見たいと言う事なので、道案内がてら、パトロール中だったオレについてきたもらったのだ。
 他人行儀な言い方にテスタロッサ執務官がシュンした様子で呟く。

「名前で読んでくれないんだね……」
「負けましたから。勝負で」

 案の定というか、何と言うか。休日に無理矢理連れて行かれた孤児院で子供たちと遊び、どちらが好きか子供たちに聞くと言う勝負をして、満場一致でオレは負けた。
 結構本気で子供の相手をしたつもりだったが、流石は多くの子供たちの後見人をしてるだけあって、テスタロッサ執務官は子供との接し方がとても上手かった。
 結果に喜んだのも束の間、じゃあ、このままテスタロッサ執務官で、と言った時の顔は傑作だった。間違いなくそのことを忘れてた顔だった。

「うー、カイトのルールじゃ私は名前で呼ばせる事できないよ……」

 そう言うテスタロッサ執務官には申し訳ないが、オレにテスタロッサ執務官を名前で呼ぶ気はない。
 はやて、なのは、テスタロッサ執務官の中で、一番、男性に人気があるのはテスタロッサ執務官だ。はやては階級が高すぎるし、なのははまず近づき難い。だが、テスタロッサ執務官は捜査の指揮を取りつつも、現場にいる事が多いので、三人の中じゃ一番親しみやすい。物腰も柔らかだし、なにより美人だ。
 だから名前で呼ぶなんて事は絶対に出来ない。特に今日、そう思った。
 ターミナルでの視線の集まり方は尋常じゃなかった。はやてを名前で呼んでるだけでも先輩たちはかなり面倒なのに、それに加えて、そんな人気なテスタロッサ執務官を名前で呼んだら、とても生きては行けない。
 救いと言えば、なのはを名前で呼んでも、まったく嫉妬を受けない事か。それどころか可哀想な生き物を見る目で見られる。
 これは陸士110部隊の魔導師全員に共通する。それだけ普段受けない教導官の教導は衝撃的だったんだろう。しばらく後輩たちが女性恐怖症になった時は流石にビビったが、美人にコテンパンにやられればしょうがないとローファス補佐官が言った事にもビビった。
 ある意味、伝説を作ったなのはだが、最近は友達ではなく後輩が増えて、前ほど鬱陶しさが減っている気がする。

「そう言えば、カイト。なのはから聞いたんだけど、その……カイトは小さな女の子が好きなの……?」

 凄く距離を取られて聞かれた。忘れてた。あの一件を。
 そういえば誤解をといてない。

「違います。断じて違います」
「でも……リインを力づくで車に乗せて、攫おうとしたって」

 尾ひれが付いてる。しかも話が間違ってる。
 リインフォースが入ってきて、車を発進させたが正解だ。それはそれで聞くだけならアウトな気がするけど、なのはの話はもっとヤバイ。

「なのはめ……!」
「凄く心配してたよ……? それでなんだけど……ロリコンにはどうやって接すればいいの? 私、わからなくて」
「オレはロリコンじゃない! そのなのはの話を鵜呑みにするのもう止めませんか!?」

 そうやって話をしていると、ローファス補佐官と廊下で会う。
 ちょうどいいので車のキーを返すと、もうはやてと部隊長は屋上らしい。
 オレとテスタロッサ執務官は隊舎の階段を上って、ヘリポートである屋上へ向かう。

「いつもいつもすみません」

 隊舎の屋上に出ると、はやてと部隊長が話しており、はやてが部隊長に本当に申し訳なさそうな顔をして、そう言っていた。

「気にしないでいいよ。協力は惜しまないし、これも余らせておくのは勿体無いしね」

 部隊長がそう言って、屋上に着陸している白いヘリを見上げる。
 管理局地上部隊に多数配備されている軽輸送ヘリ・OH500だ。
 運転席は一つで、最大運搬人数もパイロットを除けば四人と少ないが、静粛性や安全性は折り紙付きの機体だ。
 信用性の欠けるTF503型ヘリコプターが使えない時の保険に用意された機体だが、任務外での使用頻度はかなり高い。

「失礼します。リアナード陸曹長。テスタロッサ・ハラオウン執務官をお連れしました」
「ああ。すまないね。パトロール中に呼び戻したりして」
「いえ、パトロールと言っても、最近はここら辺は平和なものですから」

 オレが肩を竦めると、はやてがここから見える地上本部を見ながら言う。

「特別捜査一課やね。かなり成果を出しとるみたいやけど?」
「そうだね。けれど、ミッド各地から優秀な捜査官を集めれば、そうなるさ。おかげで各地の検挙率は一気に落ちてしまった」
「クラナガンへの捜査官集中。本局の方でも話題になってました。私たちへの対抗かとも思っていたんですけど」

 テスタロッサ執務官の言葉に部隊長が首を振る。
 地上本部をほとんど睨みつけながら呟く。

「違う。それとは別だよ。あの中で何かが起こってる。今の地上本部は灰色だ。誰が味方で、誰が敵なのかも僕も分からない。本部に近い者は疑うべきだろうね」
「探りは入れてますし、いざとなれば信用できる査察官と連携を取る事もできますし、今はそんな事より」

 オレは右手でヘリを示す。

「そろそろ時間では?」
「せや!? リインの様子も見なあかんし、ごめんな! フェイトちゃん。先行くで!」
「う、うん!」
「ランディ部隊長、色々ありがとうございます。カイト君もな!」

 はやてはそう言って、部隊長に頭を下げて、オレに手を小さく振る。それに手を上げて答えると、通信をヘリに繋ぐ。

「さて、頼むぞ。アスベル」
『任せてください! 八神二佐が美人なので、ちょっと手に汗かいてますけど』
「軽口が言えれば大丈夫だな。後は任せた」
『了解しました!』

 そう言って通信を切ると、メインローターが回りだす。
 はやても乗り込んだし、もう大丈夫だろう。

「すまないね。つい、本部の話をしてしまったよ」
「いえ。それで、これから本部に行かれるんですか?」
「そのつもりだよ。クライアンツ君を護衛で連れて行くから、第二分隊は君が指揮する事になってしまうけど……」
「大丈夫ですよ。ガイもロイルもしっかりもう戦力です。大抵の事には対処できます」
「君も成長したね。頼もしいよ」

 部隊長にそう言われて、オレは照れ隠しに笑った。
 部隊長に頼もしいと言われたのは初めてだった。

「ではテスタロッサ執務官。捜査主任を紹介します。それで、時間は大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ。はやてはリインとの打ち合わせがあるからちょっと早めに行かなきゃだけど、私は見るだけだし。それに私の車、速いし」

 車だけじゃなくて本人も速いけど。
 ちょっとそんなことを思ってしまったが、敢えて口には出さない。間違いなく魔法で移動するテスタロッサ執務官の方が、車やヘリより数倍速い。
 前に似たような事を言った時には何故か傷ついてしまったので、極力そういう事は言わないようにしている。
 扱い難い人だ。



◆◆◆



 クラナガン・陸士110部隊本部隊舎・深夜



『今日の試験を受けた二人は入隊はほぼ決定やね。残る二人も今日、合流したし、万事上手く行っとるよ』
「それは良い事だけどさ。この時期まで新人のフォワードが決まらないってどうなの?」

 誰も居ない待機室で本部からの帰路についている部隊長と分隊長に渡す報告書を作成しつつ、そう言うと、空間モニター越しにいるはやては、傷ついたように肩を落とす。

『色々障害があったねん。私かて、こんなギリギリになると思わんかったんよ……』
「はいはい。お疲れ様。じゃあ今日はもう仕事はないの?」
『せや。もうやることは終わったし、後はみんなと合流して』

 そうはやてが呟いた瞬間、陸士110部隊の隊舎内にアラートが鳴り響いた。

「何だ!?」
『相棒! ガジェットだ!』
『こっちでも確認したで! 出現場所は二箇所。一箇所にはヴィータたちが向かった! そっちはもう一つや!』
「なるほどな!」

 そう言った同時にローファス補佐官から通信が入る。

『リアナード曹長。状況は把握してますか?』
「ガジェットですよね? ガイとロイルを連れて出ます! 許可を!」
『三人で大丈夫ですか?』
「分隊長の到着は待ってられません。ガジェット数体なら問題ありませんし、ガイもロイルも使えます!」

 ローファス補佐官はしばし悩んだ後、頷き、出撃を許可します。とオレに許可を出す。
 同時にガイとロイルが待機室に入ってくる。

「遅れてすみません!」
「申し訳ありません!」
「出撃許可が出た。第二分隊、出るぞ!」

 二人が了解と敬礼して答える。
 ガジェットとの戦闘は二人とも初めてだが、シミュレーションで何度も対戦してる。実戦と訓練ではまた別物だが。
 この二人なら問題はないだろう。

待機室の奥にある扉を開け、階段を上って、屋上へ出る。
 既にアスベルがヘリを準備していた。
 駆け足でTF503型に乗り込む。

「すぐ出れます!」
「日に何度も悪いな! 出してくれ!」

 ドアが閉まり、TF503型特有の揺れがオレたち第二分隊を襲う。

「敵はガジェット。正確な数は不明だが、十は行かないだろう。お前たちはガジェットとの戦闘は初めてだが、行けるな?」
「問題ないです! 散々、訓練してきましたから!」
「シミュレーションで何度も対戦した相手です。足は引っ張りません」

 二人の言葉にオレは頷く。ガイの調子の良い声が少し心配だが、ガチガチに緊張されるよりはいいか。

「もうすぐ現場です!」
「オレとガイは降下。ロイルはヘリから援護射撃だ。アスベル。情報整理を頼めるか?」
「任せてください!」

 まだ陸士110部隊の司令室は完全稼働していない。おそらくローファス補佐官の指揮ですぐに稼働するだろうが、それまではアスベルに情報を集めて、整理してもらう必要がある。
 オレがやっても大丈夫だが、現場での指揮があるし、ロイルにやらせると射撃の精度が落ちる。ガイはその手の事は論外だ。そうなるとアスベルしか居ない。

「状況に変化があれば逐一、アスベルに伝えろ。アスベルは司令室から連絡が来たら、その情報を送れ!」
「了解!」

 大きく息を吐く。実力的には問題ないとは言え、二人の後輩の命を預かっている。
 いつぞやの傀儡兵との戦いよりはマシだが、中々、プレッシャーだ。
 しかし、それは顔には出さない。

「現場到着!」
「ヴァリアント! セットアップ!」
「オーライ」

 オレの体に蒼いロングジャケットとジャケットと同色のズボンが装着される。
 ガイとロイルもバリアジャケットを展開している。
 二人とも細部は違えど、オレのバリアジャケットと似ているし、同じ色をしている。当たり前か。オレのを参考に作ったんだから。

「行くぞ! ガイ!」
「はい!」

 オレの合図でほぼ同時にヘリから飛び降りる。
 ビルに着地した同時に広範囲の結界が張られる。シャマルさんだろう。
 出現場所は随分と離れていたが、こちらに誘導したのだろうか。どうであれ、この結界内なら民間人の被害は心配しなくて大丈夫だ。

「おもいっきり暴れていいぞ! ガイ!」
「了解です!」

 オレの視界に三体のガジェットが入る。
 ガイがその三体に突撃する。後ろにオレが居るからの判断だろう。悪くない。
 ガイの特徴は防御魔法の硬さだ。硬さだけなら部隊一で、魔法のほとんどが防御魔法や移動系だ。
 完全に個人戦を捨てているが、魔力も少なく、これといって特徴のないガイは、仲間を活かす事に自分のあり方を見出した。すくなくとも、オレよりは利口だ。
 スタンダードな杖型のデバイスで発動させた防御魔法で三体のガジェットの熱線を防ぐ。
 オレはガイの後ろにぴったりと張り付く。セシリアの時は完璧に近い援護が期待できたが、今は違う。突っ込んでいけば簡単に包囲される。
 ガイが防御魔法で熱線、そしてアームケーブルを防いだところで、オレは一番、近いところに居るガジェットに向かう。

『ミーティア・アクション』

 ガイの後ろから突然飛び出したオレへの対応が遅れる。ガイに攻撃を集中していたのだから当然だ。アームケーブルを引き戻す前にすれ違い様に右のフォルダーから引き抜いたグラディウスで切り裂く。

「まず一体!」
『撃破確認!』

 アスベルに報告したと同時に新手のガジェットがオレに向かってくる。数は二体。これで、この場には四体居る事になる。
 四体に全力でAMFを発動させられるのは拙い。
 そう思って、新手に対処しようとしたら、緑の誘導弾が三つ。新手のガジェットへ向かって飛んでいった。
 ロイルだ。
 だが、あいつは多重弾殻射撃に時間が掛かる。
 どうするつもりかと、動きながら考えていると、すぐに狙いが分かった。

『誘導弾でガジェットの気を引いたな』
「AMFの範囲をギリギリで避けてるな。頭が良いあいつらしいな」

 ガジェットの周りを飛ぶ誘導弾がガジェットの動きを妨害し、AMFの範囲が広がるとすかさず誘導弾は離れる。精密誘導が得意なロイルならではだが、長くは持たないだろう。
 オレはガイが受け止めている二体に向かって両手を向ける。

「シュヴァンツ!」

 両手首についている白いリングから白い鎖が飛び出し、勢いよくガジェットへ向かう。
 二重構造を発動させているシュヴァンツはAMFを容易に抜けて二体のガジェットを貫く。
 そのまま両手を下に振って、地面へとガジェットを叩きつける。
 魔力がどんどん持っていかれるが、しょうがない。シュヴァンツが一番効果的な攻撃だ。分隊長が居ればまた違った戦い方もあるが、今は、唯一の決定打がオレだ。

「二体破壊! ガイ! 新手の二体を抑えろ! ロイル! 多重弾殻を準備!」
「了解!」
『了解』

 ガイがロイルが抑えている二体に向かっていく。同時にロイルの誘導弾が消滅し、代わりに上空で魔力が増大する。

『相棒! 更に二体来るぞ! 左だ』

 ヴァリアントの警告に左を振り向く。
 このままじゃ囲まれる。重度のAMF下じゃガイは行動できない。
 仕方ない。

「ミーティア・ムーヴ!」
『ギア・ファースト』

 向かってきた二体の目の前に加速移動する。
 突如現れたオレに二体が攻撃を仕掛けて来るが、ワンテンポ遅い。
 ミーティア・アクションで加速された身体能力で、地面を蹴って、ガジェットの死角。上へ飛ぶ。
 熱線が今までオレが居たところを焼くが、そんな事に一々、ビビってる場合じゃない。
 左のフォルダーからのグラディウスを引き抜き、落下中に二体を切り裂く。

「二体破壊!」
『こっちも二体、破壊しました』

 ロイルからの念話にホッと息を吐く。しかし、すぐに気を引き締める。十未満と言うのはあくまで予想で、もしかしたらそれ以上いるかもしれない。油断はできない。

『カイト君?』

 長距離の念話がシャマルさんから届く。向こうは終わったか。

『はい』
『こっちは終わったわ。結界内に敵の反応はないわ。目視で何か確認できる?』

 言われて、オレは高めにビルへ登って、辺りを見渡す。
 見渡す限りではガジェットは見当たらない。

『確認できません』
『なら戦闘終了ね。お疲れ様』
『そっちもお疲れ様です。こちらは合計七体でした。そちらは?』
『二十体よ。ヴィータちゃんとザフィーラが頑張ってくれたわ』

 二十ものガジェットをこの短時間で片付けるとは大したものだ。流石はヴォルケンリッターか。とは言え、部隊のランク規制でヴィータさんにはリミッターが掛かる。
 それでも強いだろうが、ここまで圧倒的な力は見れなくなるか。

『了解です。オレたちは戻ります』
『ええ。ありがとう』

 念話が途切れると、オレはアスベルに降下するよう要請する。司令室にも戦闘終了を告げる。

「機動六課か……」
『八神の嬢ちゃんが何か隠してるのは分かってるだろ? 聞かないのか?』
「はやてが話してくれるまで待つさ」
『根気強いな』
「信頼してるのさ」



[36852] 第四十八話
Name: お月見◆31209bc4 ID:2a54bc87
Date: 2013/04/16 18:55
 新暦75年4月29日。



 ミッドチルダ・中央区画・機動六課本部隊舎。



 部隊長から渡された部隊設立祝いを持っていくように言われたオレはたまたま目に入った演習にクギ付けになっていた。
 わざわざサーチャーを飛ばして、しっかり見てしまうほどに。

「これが長くて入局一年程度の新人の動きか……?」
『よくもまぁこれだけの逸材を引っ張ってきたもんだな』

 モニターの中で全員が良く動いている。
 そして驚愕するべき点は。

「四人が四人とも考えて動いてる。ただがむしゃらなだけじゃない。次はどうすればいいか考えてる」
『あの射撃型魔導師。お互いにスキルも大して知らないだろうに、指示を出してるぜ』
「指揮官型か。あの青い髪の子はフロントアタッカーか? まだまだ荒いけど粘り強いな」
『小さいのが二人居るな。見覚えがないか?』

 言われて気づく。
 テスタロッサ執務官が写真で見せてくれた保護してる子供だ。入局してたのか。
 それにしても、あの赤い髪の男の子。

「年は十くらいか? 速いし、似てる」
『テスタロッサ執務官にな。速さもそうだが、攻撃の性質も似てる』
「あのブーストしてる子の近くに居るのは竜か? とんでもないのを出してきたな」
『竜を使役する魔導師か。特殊だな。どいつもこいつも』

 ヴァリアントの言葉に頷く。
 この四人の内、誰か一人でも居れば、その年は当たり年と言えるかもしれない。

「我が主が見つけてきた新人だからな」

 後ろから聞こえてきた声に振り向く。
 狼形態のザフィーラが居た。

「それにしたって、飛び抜けすぎだ。新人の動きじゃないぞ?」
「今日が初めての教導だ。今、四人が見せているのは、今の時点で四人が持っている初期能力だ」
「初期能力って……」

 モニターでは赤い髪の子がカートリッジをロードしている。

「あんな年でカートリッジまで使わせてるのか?」
「弾数制限を設けてだがな。すでにカートリッジは安全なシステムだ」
「体への負担はデカイし、魔力制御ができなければ、暴発の可能性もある。だから管理局地上の魔導師にとっては……使いたくても使えないシステムだ」

 自分の限界魔力以上を短時間とは言え扱う事はリスクを伴う。カートリッジシステムは万能なシステムではない。
 魔力の少ない者がその弱点を補う事ができるシステムではあるが、その分、コントロールが求められる。そして、残念ながらミッド地上の平均的魔導師にそこまでの魔力コントロールは出来ない。

「安定化したのはここ最近だからな。初めから慣れ親しんでいる新しい世代なのだ。新人たちはな」
「世代か。まだ二十にもなってないのに、次の世代を感じるなんて……嫌な時代だな」

 青い髪の少女が力技でガジェットを破る。膨大な魔力と確かな格闘技術がなければできない事だ。
 赤い髪の少年といい、この子といい、どう言う運動神経をしてるのか。初めて対峙するガジェットにこうまで対応するなんて。

「嫌な時代と言うのは認めよう。だが、それが現実だ。その現実を少しでも良くできるように、この部隊はある」
『小さな子供が戦わない世界を作る為に小さな子供を戦力とするか。矛盾だな』
「はやての前では言うなよ。ヴァリアント」
『わかっているさ』

 竜を使役している少女が無機物召喚で、複数の鎖を召喚する。
 確かにAMFは実体は無効化は出来ない。多彩な魔法を持っている子だ。補助に召喚に竜の使役か。この中じゃ一番特殊な子だな。

「射撃?」
『腕は悪くないが、魔力不足だな』

 ヴァリアントの言葉に間違いはない。あの射撃型魔導師の女の子の射撃じゃAMFは抜けない。
 女の子が足を止めて、カートリッジをロードする。
 砲撃か。いや、これは。

「まさか多重弾殻射撃か!?」
『構成がバラバラだ! デバイスの補助もない! これは完全に今の思いつきでやってるぞ!?』

 思いつきで多重弾殻射撃が出来てたまるか。マッシュ先輩がマンツーマンで教えて、ロイルが最近、ようやくデバイスの補助ありで使えるようになった技術だぞ。
 ミッドの首都を任されている陸士110部隊の人間が数年掛かった事を、今、その場でやるのか。

「安定した!?」

 完全に魔力弾が外殻に覆われた。なんてデタラメな。どう言う感覚をしてるんだ。
 少女の放った多重弾殻魔力弾がガジェットを二体破壊する。生成だけでなくコントロールまでしてしまった。
 二体を倒した所を見れば、精密誘導で二体目の時は外殻が残っている部分をAMFと接触させたんだろう。

「こんな子がミッドの地上部隊に居たのか……」

 オレがそう呟くと、ザフィーラが誇らしげに言う。

「お前の部隊の部隊長は新人の素質を見抜くのに長けていると言われているらしいが……我が主もなかなかのモノだろう?」
「なかなかねぇ」

 ザフィーラの自慢は最もだ。すでにこの新人たちは初期能力だけで地上局員の平均を上回ってる。そして、それに加えて伸び代がある。

「レリックを集めるにはガジェットと当たる回数が増える。生半可な人間じゃ確かに持たないのはわかるが、これだけの人間を集めて、何をする気なんだか」
「いずれ主はやてがご自身でお前に話す。その時まで待ってくれ」
「ん? ああ。分かってるよ。しかし、この面々をなのはが鍛えるとなると、オレもうかうかはしてられないな」
「冗談はよせ。今のお前のレベルに新人たちが追いつけるのなら苦労はしない」

 ザフィーラが呆れたようにオレに言うが、正直、冗談でもなんでもない。
 自分の実力は良く分かってる。
 まだ一対一なら負けないだろうが、あの中の二人が相手なら負けるかもしれない。オレの実力はその程度だ。

「オレのレベルならあっという間だろうさ。なのはが教えるんだ。それは間違いない」



◆◆◆



 新人たちの訓練を終えたなのはに部隊長からのお祝い品を渡す。

「お疲れ様」
「うん。ありがとう。サーチャーまで飛ばして見た感想は?」
「自信を無くしました」
「あはは」

 並んで歩きつつ素直な感想を口にすると、なのはそうやって笑う。
 どうぞ笑ってくれ。昔ならいざ知らず、今は元々の素質が違いすぎる相手には、張り合う気すら起きない。

「青い髪の子はフロントアタッカーだろ? 赤い髪の子はガードウィングで、竜使いの子はフルバック。そんで」
「ティアナはセンターガード。視野も広いし、判断力もある。魔力の操作も的確だし、技術は今のままでも十分あるよね! みんなそうだけど、基礎的な部分をしっかり鍛えて上げれば強くなれる!」

 興奮した様子で話すなのはに苦笑いを浮かべる。
 随分と気に入ったみたいだな。可哀想に。シゴかれるぞ。怪我しない程度に絶妙にコントロールされた教導メニューで。
 まぁ気持ちが入って当然か。今までは教導と言えば短期間で、いつも不完全燃焼状態だったしな。

「大事に育てるつもり?」
「うん。私の大事な教え子だもん。大事に、それでもって、それぞれに力を渡してあげるつもり」
「大事にし過ぎは禁物だぞ?」
「分かってるよ。でも当分は基礎的な練習かな。あんまりいきなり強い力や応用に入るとカイト君みたいになっちゃうし」

 痛い所をついてきたな。過去をそうやって出されると何とも言えない。
 消し去りたい過去だが、消す訳にはいかない過去だ。一生、付き合っていくしかない。

「はいはい。その節はご迷惑をおかけしました」
「うん。私が担当した人じゃ五本の指に入るくらい厄介だったよ」
「オレの担当はアーガスさんだろ?」
「私も担当したようなものだよ。だから私は第三の師匠?」
「やめろよ。絶対、やだ」

 オレはそう言って心底嫌そうに顔をしかめるが、なのははどこ吹く風の様子で気にはしない。

「教えた事実は変わらないよ? カイト君は私のお弟子さん!」
「勘弁してくれ……。オレに構わなくても、今は新しい弟子が四人も居るだろ!?」
「それはそれ、これはこれだよ。もうちょっとしたら兄弟子として教導を手伝ってね」
「オレを成長の度合いを確かめる測りにするつもりだな!? 絶対嫌だ!!」
「師匠命令だよ!」
「い・や・だ!」
「あ~あ、悪魔って言われて傷ついたなぁ」

 らしくもなく落ち込んだ様子でなのはが言う。
 しまった。そういう弱みも握られてた。

「女の子に悪魔って言う人ってどう思うって、みんなに聞いちゃおうかなー」
「話し合いの余地はあるぞ?」
「うん。じゃあ決定ね」
「待て! 話し合いは!?」
「決定は決定! 頑張れ兄弟子! 負けるな兄弟子! だよ」

 スキップでもしそうな勢いなのはが固まったオレを置いていく。最悪だ。なのはが鍛えたあの新人たちと模擬戦をしてやられるなんて絶対に嫌だ。

「置いてくよー?」
「いや、もうオレは帰る」
「隊舎にはリインも居るよ? 会ってかないの?」

 このままここを離れて、話を有耶無耶にしようとしたのだが、なのはの一言で、オレは思い出す。
 そうだ。
 誤解をとかなければならない。

「なのは。一つ言っておく事がある」
「なにー?」
「はやての話を信じるな」
「ロリコンさんの話は信じていいの?」

 こいつめ。分かってやってるな。
 流石にはやての話は嘘だとわかったか。いや、そうすると。

「わざとテスタロッサ執務官に言いやがったな……?」
「何の事かなぁ?」
「おい! 幾らなんでもあんまりだぞ!?」
「カイト君が悪いんだよ! 私が遊ぼうって言っても遊んでくれないし! はやてちゃんと休みがあってもはやてちゃんはカイト君と遊んじゃうし!」

 逆恨みだ。
 そんなしょうもない理由でオレがロリコンだと広めたのか。なんて器の狭いエースだ。エースオブエースと聞いて呆れる。

「そんなん知るか!? 他の奴と遊んでればいいだろう!?」
「教導隊の後輩とは遊び難いの! イメージが壊れちゃうから!」
「教導隊以外の友人居ないのか!?」
「接点がないんだもん! 本局の知り合いは大体、次元航行部隊だし、地上の人だとカイト君くらいしか接点ないもん!」
「友達作るの下手くそか!?」

 オレがそういうと露骨にショックを受けたようになのはが一歩下がる。
 そんなにショックを受けられても。事実だし。

「わ、私……地球だったら友達いっぱいいるもん!」
「ここはミッドです」
「はやてちゃんとフェイトちゃんって言う代え難い親友が二人もいるもん! フェイトちゃんとは一つのベッドで一緒に寝るんだから!」

 どん引きとはこの事だろうか。
 一つのベッドで一緒に寝るって何事だよ。ルームメイトで、同じ部屋ならまだしも、同じベッドって。
 これはどう対応すればいいんだろうか。オレ、そっちの趣味の人への対応はわからないんだけど。

「そ、そっか……。応援してるよ……」
「うん!」
「じゃ、じゃあ……オレ帰るわ」
「もう帰るの? はやてちゃんもフェイトちゃんももうすぐ帰ってくると思うよ?」
「いや、部隊に仕事残してきてるし、正常な対応ができるか不安だし、帰る」
「う、うん? じゃあまたね」
「ああ」

 オレは急いでその場を離れる。
 とりあえず先輩たちに対応を聞かなくては。
 流石は高町なのは。恐ろしや。



[36852] 第四十九話
Name: お月見◆31209bc4 ID:2a54bc87
Date: 2013/04/17 06:37
 新暦75年5月13日。



 クラナガン・湾岸地区。



 陸士110部隊の管轄区域にある湾岸地区の空き倉庫で不自然なほどに厳重に結界で封印された倉庫が発見された。
 明らかに様子がおかしいため、第一分隊が倉庫の持ち主を調べれば架空の人物であることが判明した。
 そして架空の人物による登録を理由に倉庫を分隊員が開けようとしたのだが、開ける事ができず、隊舎で待機していたオレが呼ばれる事になった。

「すまないな」
「気にしないでください。結界を壊せばいいんですか?」
「いや、鍵を中心に魔法が組まれているから、鍵を壊してくれ」

 そう言った第一分隊の隊員が指差したのは今時のクラナガンでは珍しい古いタイプの鍵だった。

「ヴァリアント。どれくらいで壊せる?」
『グラディウスのモード2じゃ怪しいな。モード3を使うべきだ』
「そんなにか……」

 そう呟きつつ、オレは倉庫に取り付けられている鍵の前に立つ。
 右のフォルダーから引き抜いたグラディウスを正眼に構えると、精神を集中する。モード3の魔力消費は激しい。安定させるにはかなり集中力がいる。

「グラディウス・モード3!!」

 グラディウスの蒼い魔力刃が一瞬で爆発的に膨れ上がる。
 魔力が急激に持っていかれるが、歯を食いしばって耐える。
 すぐに膨れ上がり、拡散してしまいそうな魔力を徐々に圧縮していく。
 ある程度魔力刃が安定させた所でグラディウスを大きく上へ振りかぶってから思いっきり振り下ろす。

「くっ!!」

 結界と魔力刃が衝突し合ってかなり眩しい光を発する。
 時間にして五秒ほど。
 それだけの時間がかかってようやく鍵を破壊する事ができた。
 結界を破壊した後は拍子抜けするほどあっさり開いた倉庫に肩透かしをくらっていたが、中を覗いて、その考えは吹っ飛ぶ。

「人が居る!」

 オレはすぐに薄暗い部屋の中に入る。
 中では三人の人間が縄で縛られており、暴行を受けた後もあった。
 そしてなにより驚いたのが。

「管理局の制服……」

 三人とも地上部隊の茶色の制服を着ていた。
 二人は意識が無かったが、一人は意識があった。

「り、陸士156部隊……ロナルド陸曹……です……」
「陸士110部隊のリアナード陸曹長です。何があったんですか?」
「さ、三人で休暇中にクラナガンに来ている所を襲われました……。陸曹長……あいつらは私たちに幻術で変身しています……。私は見ました……。あの青い目の男が魔法で私に変身したんです……」

 青い目の男、幻術。この二つのキーワードに当てはまる男をオレは一人知っている。

「局員IDを。照合します」

 陸曹が切れ切れながら、局員IDを呟く。
 ヴァリアントにすぐに照合させる。その間に第一分隊の隊員がオレの所までくる。

「特別捜査一課が来た。本部の命令でこの場を預かるそうだ……」
「ここはオレたち110部隊の管轄ですよ!? どう言うつもりなんだ……?」
『相棒。照合完了だ。ここに居る陸曹は本人で間違いない。それでだ。現在、その陸曹は普通に任務についてる』

 そいつが偽物か。
 局員への成りすましとはやってくれる。アトスかどうかはわからないが、すぐに知らせなければ。
 ここを第一分隊の隊員に任せると、オレは倉庫の外へ出る。
 倉庫の外では壮年の男性、第一分隊の分隊長と。

「セシリア……?」

 後ろに数人の部下を引き連れたセシリアが言い争いをしていた。どちらかと言えば、第一分隊の分隊長が怒鳴っているだけにも見えるが。

「どうかしましたか?」
「リアナード曹長か。こいつらがこの現場の指揮権とこの場に居る全員の身柄を預かると言っているんだ!」

 分隊長がセシリアをきつく睨む。
 セシリアはどれを全く意に介さず、いくつかのデータを分隊長に示す。

「本部直属の命令書です。局員への成りすましの可能性が疑われる以上、この場の人間を全員調べます。当然、外部への連絡も禁止させていただきます」
「ちょっと待て! 倉庫に居た局員のIDを照合したら、本人だった。そして、そいつと全く同じ奴がそいつの部隊に居る。どちらかが偽物だ。せめてその部隊への連絡を許可してくれ」
「駄目です。これは決定事項です。もしも無断で連絡するような事をした場合、連絡を受けた人間も命令違反と見なすので、判断は慎重に。リアナード陸曹長」

 一体何なんだ。
 特別捜査一課が出てくる意味も、この場で情報を遮断する意味も理解できない。しかもセシリアは地上本部の直属の命令書まで持っている。
 局員へのなりすましは重罪だ。素早く手を打たなければ管理局の汚点となりかねない。

「ここに居る人間を足止めして何を企んでいる?」
「心外ね。私は命令に従っているだけよ。カイト」

 セシリアに小声でそう聞くが、きっぱりと返されてしまう。
 取り付く島がない。
 仕方なしにオレはセシリアから離れる。

『相棒。ちょっとヤバイぞ。機動六課が出動してる』
「なに? どこにだ?」
『陸士156部隊の管轄区域だ』

 細い糸がつながった気がした。
 機動六課か、それに関連する何かの為に、アトスが動いた。そして、情報をここで遮断する為にアトスの雇い主が特別捜査一課を動かした。
 色々穴だらけだが、そうであれば繋がる。
 最初の任務で失敗すれば機動六課への風当たりも強くなるだろう。
 幾らアトスたちとは言え、あれだけのメンツが揃っている状況じゃはやてには手を出せない。できるだけ早めに解散させたいはずだ。

「アトスが動き出したなら……時間切れと言う事か」
『かもな。向こうは動いた。相棒はどうする?』
「どうするたって……外部に連絡が取れない以上、アスベルも呼べないし……しょうがない、少し風に当たろう」

 オレはそう言って湾岸地区の端へ歩いていく。
 途中で特別捜査一課の人間に呼び止められるが、風に当たるだけだと言って無理を通す。
 階級がオレの方が上だから無理が通ったが、すぐにセシリアが来るだろう。
 目の前には海がある。

「海か……。ヴァリアント」
『今日はやけに頭が回るな。ひとつだけ無理なくアスベルを呼べる方法がある。アスベルさえ来れば、後はどうにでもなるだろうよ』
「しかし、どうであれ減給は免れないだろうな」
『しょうがないだろうさ。いざとなったら部隊長たちが守ってくれる。相棒は今、信じる最善をするべきだ』

 ヴァリアントに背中を押されて、オレは苦笑しつつ、周りに誰もいないのを確認して海へと飛び込む。
 そして、海の中でバリアジャケットを装備して、すぐにミーティア・ムーヴを使用する。
 バリアジャケットの強度をいつもより高めて、水の抵抗に何とか耐える。
 何度かムーヴで移動してからはアクションへと切り替え、高速で泳ぐ。
 ある程度進み、岸からかなり離れた所でオレはヴァリアントに110部隊の本部隊舎に救難信号を出させる。
 これですぐにアスベルが来るだろう。なにせ、隊舎でいつでも出動できるように待機しているのだから。バリアジャケットを解除して、海に漂いながらオレは今か今かと空を見上げて、アスベルが来るのを待った。






 それから数分で救難信号を辿ってきたアスベルが操縦するヘリが来る。
 海面近くまで下がってきた機体に自力で這い上がる。

「一体、何をしたいんですか? カイトさん?」
『アスベル! 魔力が乱れてる! 各種バイタルも異常だ!』

 ヴァリアントの言葉にアスベルがパイロット席から顔を出しながらポカンとしている。
 今、自力でヘリに這い上がってきたオレは見る限りじゃ全く異常はない。見ればだが。

『どうしたアスベル! 見てわからないのか!?』

 オレがジェスチャーで合わせるように伝えると、アスベルははっとした様子で頷く。

「司令室。リアナード陸曹長の容態が悪化。繰り返す、リアナード陸曹長の容態が悪化! すぐに病院へ搬送する!」
『普通の病院じゃ駄目だ! 聖王医療院へ向かえ!』
「了解! これよりデバイスの判断を尊重し、聖王医療院へリアナード陸曹長を搬送します!」

 そう言ってアスベルはヘリの高度を上げて、聖王医療院へ向かって飛ぶ。
 首都を離れた辺りでオレは大きく息を吐いて、アスベルへ礼を言う。

「悪いな。アスベル」
「いえ。一体、どうしたんです?」
「何も聞くな。とりあえず、進路上にリニアレールの線路があるな? そこでオレを下ろせ」
「……了解しました。部隊長や補佐官にはなんと?」
「悪い癖が出たと言っておけ」
「了解です」

 オレの言葉にアスベルが笑いながら答える。これでアスベルは最悪な事にはならないだろう。
 いざとなったら責任をオレにかぶせる事ができる筈だ。
 水に濡れたせいで制服がかなり重いし、体もだるい。
 とは言え、そうも言ってられない。
 既に命令違反と言われて反論できないことをしてしまっている。
 行動した以上、結果を出さなければならない。
 例えどんな理由が向こうにあろうと、オレにだって譲れないモノがある。
 せっかくスタートしたはやての、なのはの、テスタロッサ執務官の、みんなの夢の部隊だ。こんな所で終わらせる訳にはいかない。



◆◆◆



「線路を進んでいけば機動六課の現場にすぐ着きます。先ほどリニアレールは停止したそうで、残存敵戦力もないようです。今は現地の部隊へ引き継ぎを行う段階です」
「わかった。それだけわかれば十分だ。上空で待機しててくれ。事が終わったら聖王医療院に行かなくちゃだからな」
「そうですね……。カイトさん。お気を付けて」
「ああ」

 短くそう答えてオレはヘリから飛び降りる。
 バリアジャケットを装備して、濡れた制服とはおさらばする。

「さて行くか」
『無理するなよ? 怪我すると本当に聖王医療院行きは嘘じゃなくなるぞ?』
「分かってるさ」

 着地した線路の上でそう呟き、思考を完全に切り替える。
 もしも幻術で変身しているのがアトスだとしたら、本気でやらなければならない。

「ミーティア・ムーヴ!」
『ギア・セカンド』

 ギア・セカンドで線路の上を駆け抜ける。
 ここから通信で教えてやりたいが、セシリアの言葉が本当なら、機動六課に無用な隙を与えかねない。
 最善は偽物が何かする前に見つける事だがベストだが。

「そうそう上手くは行かないよなぁ……」
『アトスじゃないなら高町の嬢ちゃんが居るんだ。相棒が行く必要はないが、もしも本当にアトスなら、能力限定を掛けられてちゃ高町の嬢ちゃんでも分が悪い。それに』
「アトスの幻術は見抜けない。不意を突かれたらなのはでもヤバイ」

 目的がわからない以上、何とも言えない。
 言えないが、オレの中の何かが警笛を鳴らしてる。
 視界に止まっている車両の後部が入ってくる。

『ミーティア・アクション』

 ミーティア・ムーヴを解除して、ミーティア・アクションへ切り替える。
 線路を蹴って車両の上へ登る。
 どこだ。
 見渡しても車両には誰もいない。

『相棒! 下だ!』

 下。
 言われて崖の下を見れば、局員たちが動き回っている。

「ヴァリアント! さっきの陸曹を探せ!」
『やってる!』

 オレも必死に下を見る。しかし、いかんせん距離がありすぎる。
 サーチャーを飛ばせばバレてしまうだろう。ここまで来て逃げられれば、オレがただ命令違反をしただけになってしまう。
 機動六課に実害は無いが、陸士110部隊が機動六課に肩入れしづらくなってしまう。やはりベストは捕まえる事。

『居たぞ! あのヘリに乗ろうとしている奴だ!』

 見つけた。
 青い髪の女の子とツインテールの女の子、そしてなのはと一緒にヘリに乗り込もうとしている奴は、クラナガンで見た陸曹と同じ顔だ。
 ヘリの近くには意識が無かった残りの二人と同じ顔の奴も居る。
 三人、先程までクラナガンの倉庫に捕まっていた局員と同じ顔の人間が居る。

『ヘリの中で襲撃されたら高町の嬢ちゃんでもヤバイぞ! 急げ! 相棒!』
「全開だ! ヴァリアント! ミーティア・ムーヴ!!」
『ギア・サード』

 車両から飛び降りると同時にギア・サードを発動させる。
 昔、使っていたミーティアと同程度の性能を発揮できるのがギア・サードだ。完全にリミッターを外した状態で、オレの最速の状態だ。
 途中でせり出た大きめの岩を蹴って、ヘリに向かって方向を変える。
 ヘリの前でなのはがオレに気づいたのか立ち止まる。同時にケースを持っている青い髪の女の子とツインテールの女の子も不思議そうに動きを止める。
 しかし、気づいたのはなのは達だけじゃない。
 だが、完全加速状態のミーティアならこんな距離はないに等しい。
 陸曹と同じ顔を持った男がケースに向かって手を伸ばす。
 同時にヘリの近くに居た二人も動き出す。
 二人の幻術が解けて、数年を経て変わっているが見覚えがある二人の顔が浮かび上がる。

「アラミス! ポルトス!」

 しかし、二人よりもオレの方が速い。
 ケースに手を伸ばしている男に向かって、オレは迷わず左右のフォルダーから引き抜いたグラディウスで斬りかかる。

「アトス!!」

 ミーティアの加速スピードに男は反応し、オレの左右のグラディウスを受け止めて見せた。
 魔道書とマインゴーシュで。

「君はいつもいつも私にとって悪いタイミングで登場するな?」
「それはオレにとって良いタイミングだ!」
「なのはさん!?」

 青い髪の女の子の声が上がる。
 おそらくアラミスとポルトスがなのはに攻撃したのだろう。
 確認はしたいが、今、アトスから目を離すのは自殺行為だ。

「確認しないのかね? 友人なのだろう?」
「エースオブエースを舐めるな。オレの心配なんか必要な奴じゃない!!」

 グラディウスで左右からの連撃を繰り出す。
 アトスとの戦いで気を付けなければいけないのは、主導権を渡さない事。
 そして幻術に注意する事。
 言葉や行動で巧みに誘導され、いつの間にかあの時は幻術と入れ替わられていた。

「グラディウス・モード2!!」
『ミーティア・アクション』

 マインゴーシュと魔道書に力負けして弾かれる為、グラディウスのモードを上げ、更にアクションを加える。
 モード2にしたグラディウスの攻撃も難なくアトスは受け止めるが、今度は弾かれない。これなら。

「強くなったな。リアナード君」
「お前に負けたからな!」

 隙を見て放った右のグラディウスによる突きをアトスは寸前で避ける。
 剣の腕が上がったからこそわかる。
 こいつは魔法がなくても強い。
 速度で上回っているのに全く当たらない。フェイントは見透かされ、気づけばこちらが誘導されている。
 アトスの背後に移動して斬りかかる。
 アトスが何かを呟くと、背後に何重ものシールドが生まれる。
 あの時はこの多重シールドを破ろうとして失敗した。

「同じ手を食らうか!」

 オレは斬りかかる動作を止めて、バックステップでアトスから距離を取る。
 予想外の動きにアトスが僅かに隙を見せる。
 あの時には無かった中距離攻撃法が今のオレにはある。

「シュヴァンツ!」

 左手から飛び出した白い鎖がアトスに巻き付く。
 捕まえた。
 オレは右手のグラディウスだけモード3へ移行させる。
 ミーティア・ムーヴ・ギアサードとグラディウスモード3。今できる最高の攻撃だ。
 これで。
 シュヴァンツで縛っている以上、幻術でも逃げられないだろう。
 アトスの肩から腹部に掛けて、グラディウスの魔力刃が切り裂くのを見て、オレは歯を食いしばる。
 腹部に熱が走る。
 やはりシュヴァンツで縛ったアトスで幻術か。質量を持った幻術なんて聞いた事はないが、今はそんなことは関係ない。
 マインゴーシュは実体だ。腹部の痛みがそうだと教えてくれる。

「……捕まえたぞ」
「なっ!?」

 マインゴーシュが引き抜かれる前に左手のグラディウスを後ろへ突き出す。
 確かに肉を裂いた感触がオレの腕に伝わる。だが。
 浅い。しかも貫く気だったのに裂いた感触が伝わってきた。
 つまり。

『避けた!?』

 オレの腹部からマインゴーシュが引き抜かれる。
 血が喉を通って口にあふれてくる。臓器を傷つけられたか。
 足から力が抜けて膝が地面につく。

「相変わらずどう言う精神をしているのか疑いたくなるな、君は」

 後ろを振り向けばアトスが横腹を手で押さえて顔を顰めている。
 血は赤い。こいつもやはり人間か。幻術で躱されすぎて、実は人間ではないんじゃないかと疑っていたが、どうやらそれはないらしい。

「お前も人間なんだな……」
「何を今更……」
「血が通った人間なら、不死身じゃないなら……倒せないって事はないだろ?」

 ふらつきながら膝を地面から離して立ち上がる。
 視界の端になのはが戦っているのが映る。流石になのはでも能力限定を受けた状態でアラミスとポルトスの相手はキツイか。
 多分、テスタロッサ執務官も居る筈だ。少しの時間でいい。
 アトスを食い止めれば状況は変わる。

「その傷で動くか……。変わらないな」
「……人間、それほど簡単には変わらないさ……」
「なるほど。随分と成長していた驚いたよ。正直予想外だ。なので今日は失礼させてもらおう」

 アトスはそう言うと、魔道書をオレに向ける。
 その先に魔法陣が浮かび上がる。
 これは砲撃か。それとも違うなにかか。

「……砲撃でオレを仕留めても、逃げられないぞ?」
「君じゃない」

 そう言うとアトスはそう言うといきなり魔道書を青い髪の女の子とツインテールの女の子へと向けた。
 しまった。
 そう思い、動こうとするが、傷のせいで上手くミーティア・ムーヴが発動できない。
 視界の先、なのはが空から急速で降りてくる。アラミスやポルトスが追わない所を見れば、なのはをクギ付けにするための砲撃か。
 アトスの魔道書から灰色の砲撃が放たれる。
 なのはがそれをシールドで受け止めた為、光でアトスたちの姿が隠れる。

「ヴァリアント……分析!」
『追跡じゃなくてか!? 幻術!? 結界!?』

 ヴァリアントが急いでアトスが発動する魔法を分析に掛かる。
 もうアトスを捕まえる事は不可能だ。なら、次の一手に活かせる事をしなければ。
 謎の逃走手段を解明しなくては、奴らは捕まえられない。
 砲撃が止んだ時にはアトスたちはその場には居なかった。

「逃げられたか……」
「カイト!」

 後ろからテスタロッサ執務官の声が聞こえる。ちょっと遅い。いや、しょうがないか。部下や近くに居た局員の混乱をどうにかしてから来たんだろう。
 また血が喉をせり上がってくる。我慢できずに吐き出す。
 今回は容赦がなかったな。

「大丈夫!?」
「何とか……。腹を刺されただけです……」
「それは大丈夫じゃないよ!」

 テスタロッサ執務官がオレの傷を応急処置をしていく。
 痛みで意識が遠のきそうになるが、何とか堪える。
 ここで意識を失う訳にはいかない。

「ヴァリアント……どうだった……?」
『調べて見なきゃわからんが。幻術と結界を発動させたのはわかった』
「……やっぱりアトスの幻術が鍵か……」
「喋らないで!」

 テスタロッサ執務官に注意されてオレは押し黙る。喋ってないと意識が飛びそうなんだが。

「カイト君……」
「……新人は無事……?」
「うん……。ありがとう……」
「……そっか。……それなら来た甲斐があったな……」

 近寄ってきたなのはそう言った後、薄れる意識をつなぎ止められず、オレの意識はゆっくり暗闇に降りていった。



[36852] 第五十話
Name: お月見◆31209bc4 ID:2a54bc87
Date: 2013/04/20 18:56
 新暦75年5月14日。



 ミッドチルダ・聖王医療院。



 まさか本当に入院する羽目になるとは。
 アトスに刺された腹の傷は骨と骨の間を見事に抜けて傷つけていた。臓器自体の傷は浅かったのはアトスがオレを殺すつもりがなかったからだろう。
 とは言え、応急処置が優秀だった為、全治二週間の診断を受けた。今の二週間は精神的に痛いが。
 暇はしてない。断続的に各方面から説教を受けているからだ。今日は部隊長とローファス補佐官のお叱りと半年の減給を告げられた。
 そして。

『ちゃんと聞いとるん?』
「……はい。聞いてます……」

 今ははやてから説教を受けている。
 ベッドから体を起こしていると傷が痛むんだが、はやての目が怖すぎて言い出せない。

『全く、一体、何を考えとるんや? 事前の連絡無しで現場に現れたせいで現場は大いに混乱したんやで?』
「……すみません……。外部に連絡したら、受けた人間も命令違反とすると言われたので……」
『命令違反でこっちに来るなら、何でそれだけは律儀に守るんや? 成果で命令違反が帳消しになる思って来たんやろ?』
「その……。付け入る隙を与えたら拙いかと……」

 オレの顔の前に浮かんでいる空間モニターの向こうに居るはやてが盛大に溜息を吐く。かなりイラついている。

『そんな隙と現場の危険、そしてアトスたちの確保を天秤に掛けるなんてどうかしとるで?』
「気が動転してて……」
『あの現場には新人が居った。新人だけでも退避出来れば、なのはちゃんとフェイトちゃんでアトス達をどうとでもできた。それにアトス達やなくても局員になりすました犯罪者を捕まえられた。カイト君の命令違反も、連絡を受けた六課もお咎めなしや』

 全くその通りだ。あの時、自分だけで何かしようとしてたオレがどうかしてたんだ。
 冷静さを失って、自分がやらなければならないなんて思う悪い癖が出てしまった。アトスに人はそんなに変われないと言ったが、その通りだ。オレは変わっていない。

「……全てオレの責任です……」
『私はカイト君の上司やないから、そう言われても罰なんて与えられへんよ。反省しいや。もうちょい周りを信用せな』
「……了解……」

 全く覇気の感じられない落ち込んだ声がオレの口から発せられる。自分でも驚くくらい沈んだ声だ。

『まぁ、二週間は反省期間や。しっかり自分の行動を見直して、反省するんやで?』
「……うん。ありがとう。心配かけてごめん……」
『ええよ。それじゃあまた連絡するな』

 はやてがそう言って通信を切る。空間モニターが消失したのを見て、オレは腹の傷に極力負担が掛からないようにベッドに横になる。

『色々大変だな』
「仕方ないさ。今回はオレの失態だ」
『相棒も成長してるんだな。昔なら、オレは周りの為を思ってやったのにって叫んでたぜ?』
「昔だ……」

 こいつは。過去を引っ張り出しやがって。
 ヴァリアントは現場ではオレの判断や行動を尊重し、アドバイスをくれて協力してくれるが、その結果が見えていながら協力している節がある。
 例えオレが間違っていても、その間違い、失敗がオレを成長する事だと思うならヴァリアントはオレを止めない。おそらくそれは師匠の差金だ。
 結局、まだまだ師匠の保護下からも抜け出せない半人前だということだろう。
 少しだけ、成長して強くなっただけで、オレは満足しかけてた。失敗がなかったからだ。
 自分の事とはいえ、中々厄介な性格だ。
 うまく行っているときは調子に乗り、うまく行かないときは視野が縮まってしまう。難儀なことに治そうと努力はしてるのに治らない。抑えていても、ふとした時に出てしまう。
 自分で自分に溜息を吐くと、通信の知らせが来る。

『高町の嬢ちゃんだな』
「また説教かぁ……。はい、こちらカイト」

 空間モニターが開いてなのはの顔が映る。制服を着ている様子だからまだ勤務中か、小休止中だろう。

『あっ、カイト君。怪我は大丈夫?』
「全治二週間の診断を受けました」
『どうして敬語なの……?』

 びっくりした様子のなのはに怪訝な表情を浮かべてしまうが、すぐにそれを引っ込めて、真面目な顔で答える。

「反省の色を示そうかと」

 なのははそれを聞いて、不思議そうに首を傾げた後、顎に人差し指を当てて考え始める。
 しばらくして答えが出たのか、笑いながら言う。

『あはは。大丈夫だよ。私は怒ったりしないよ』
「……何で……?」
『私もミスした側だもん』

 今度はオレが考える番になった。
 なのはがミスしたなんて聞いてない。オレが来る前だろうか、それともオレが意識を失った後だろうか。

「ミス? どんな?」
『気付けなかった。あれだけ近くにいたのに、私は幻術を見破れなかったんだよ』

 それは。
 確かにミスと言えなくもないが、アトスの幻術は今の所、だれも見破れていない。まるで反応がなく、あの時の幻術での変身も元となった人間を知っていたから見破れただけで、ただ見ただけじゃ見破れない。
 それをミスと言うなら観測や探知を行なっていた司令部もだし、あの場に居た全員がそうなる。

「しょうがない……って納得できる訳ないか……」
『うん。しょうがないって言葉は使いたくないんだ』
「そう言われてもなぁ。次は頑張ろうって切り替えるしかないだろう」
『うんうん。そうだよね。ならカイト君もそうやって切り替えてね』

 笑顔でオレに言ってくるなのはを見て、オレはなのはが連絡してきた理由を察する。
 励ましか。
 かなり気を使わせたな。

「……そうするよ。それが狙い?」
『うーん、ちょっと違うかな? 誰も怒ってくれないし注意もしてくれないから、カイト君なら何か言ってくれるかなって』
「言えるかよ……。オレは大失敗したばかりなんだぞ……?」
『それでも、私に遠慮なく言ってくる人って少ないから。前はアーガス隊長だったんだけど、今は居ないし、なら弟子であるカイト君かなって』
「弟子で代用するなよ……。大体、そう言うのは上官の仕事だろ? オレは階級低いし、はやてに頼んだら?」

 かなりシュールな絵になるだろうが。
 私を怒ってくださいって。はやてがパニックになってもおかしくない。

『もう半年間の減給を願い出たよ。やっぱりケジメはつけなきゃだし』
「さようか……。それならそれで納得するしかないんじゃないか?」
『うん、そうなんだけど……。ちょっと切り替えができないんだ……。あの時、新人の子たちがもしも怪我とかしてたらって思ったら……怖いんだ』
「……新人を現場に出す時はどんな奴だってそうだ。特に、初めての経験だろ?」

 なのはの居た教導隊はエースの集まりだ。
 一緒に現場に出るのもエース、またはそれに準じる実力を持っている人間たちだ。他の部隊に応援に行く時だって、自分より弱い人間の命を預かる事はあっても。
 長期間共に行動する人間の命を預かる事はない。

『そうだよ……。重いね。ちょっと押しつぶされそうだよ』
「エースオブエースがオレに泣き言言うなよ……。かなり自分がいたたまれなくなるし、オレは誰に言えばいいかわからなくなる」
『我慢してよ。はやてちゃんにもフェイトちゃんにも心配掛けるから言えないんだもん』
「勘弁してよ……。まずもって、新人をすぐに現場に出すなんて、オレも経験したことないし」
『そうやってわざわざ答えを考えなくもいいよ。答えは自分で探すから』

 軽く笑みを浮かべてなのはがそう言う。
 ようは話を聞いてくれれば良いという事なんだろうが、とても軽く見られた気がする。

「オレに答えが出せないと思ってるな?」
『違うよ。私の事だし、話も聞いてもらって、色々考えてもらうのは悪いと思ったの。どうしていつも穿った捉え方するかなぁ』
「それが侮ってるっていうんだ。ヴァリアント、レイジングハートにアトスとの戦闘データを全て送ってくれ」

 アトスとの戦闘データは全て保管してある。いつか再戦の機会があれば、オレが意地でも捕まえるために何度も見た過去のデータと、昨日の戦闘データ。
 できればアトスはオレの手で捕まえたい。いや、オレ一人の手で捕まえたい。でもそれはオレの自己満足だ。アトスだってポルトスとアラミスの二人に協力してもらっている。昨日の結果で分かった。オレ一人じゃ捕まえられない。そろそろ意地を捨てなければならない頃合だ。

『これは……?』
「昨日の最後の分析データを見てくれ」
『うん。えっと、幻術と結界?』
「ああ。アトスが逃走した時に使った魔法の波長を分析した結果だ。アトスは最後にその系統の魔法を使った」
『転移魔法か移動魔法だと思ったけど、そうじゃないんだね』
「魔力反応も微かだがあった。いきなり消えてる訳じゃない。何らかのトリックがあって、それで奴らは見事にこちらを出し抜いてる。それを調べれば、アトスの完璧に近い幻術も破れるかもしれない」

 なのはは戦闘データを熱心に見ながら何度も頷く。どうやらこのデータはお気に召せたらしい。最後の足掻きとばかりにヴァリアントに指示して正解だな。
 あの場に居た人間たち、そして機動六課の司令部も追跡に意識が行った筈。消えてしまう僅かな時間の記録では魔法の種類は特定出来ないはずだから、このオレのデータがあの逃走を見破る鍵になる。

『うんうん。すごいね。怪我しながらこんな事してたんだ』
「せめて次に繋げようと思ってな」

 あの現場に居たなのはとレイジングハートならデータもしっかり取っているだろう。オレだけじゃ全く分からないが、なのはならあるいは。

『でもいいの? 私がこれを貰っちゃって』
「どういう意味だよ? 情報の共有は別に悪い事じゃないだろ?」
『うん。だから、このデータはカイト君が頑張って取ったある意味戦果でしょ? これであの幻術への対策を見つければ、今回の失敗は帳消しだよ?』
「オレじゃ無理だから渡したの。いくらデータがあっても、アトスが次に現れる時に全く対策を立てられないなら宝の持ち腐れだ。なのはがそれで対策を立ててくれれば、オレのデータが役立ったってオレもお得だし」

 そう言って肩を竦めるとなのはクスクスと笑い始める。
 それは次第に大きくなり終いには腹を抱えて笑いだした。

「何がそんなにおかしいんだよ?」
『だって、カイト君がそんな事を私に言うなんておかしくて……』
「なんだよ。別に変な事は言ってないだろう? 戦技教導官にデータを渡して、対策を立てて貰う。やっぱり笑う所じゃないだろ?」
『いつもなら、もうちょっと偉そうに言ってくるよ。オレがアトスを倒すから、ちょっと対策考えろとか。それなのに今回は随分と丸くなった頼み方だなって』
「そんな事言わないし」
『言うよ』
「言わないって」
『絶対言う』

 何だよ。まるでオレがダメな奴みたいじゃないか。似たようなもんだけど。
 憮然としてると、ようやくなのはも笑いが収まったのか、笑顔を浮かべたまま言う。

『戦技教導官にとって新しい戦略や対策は本来の仕事の一つだからね。しっかり見つけるよ』
「頼む。正直、三度目はない」
『だよね。私も結構ショックだよ。フェイトちゃんやヴィータちゃん以来かも。二度も逃げられたの』
「今の発言は聞かなかった事にしとく。なのはの過去は知らないし、今の発言で知りたくもなくなった」
『えー? 話さなかったっけ? あのね』
「いいから! 聞きたくない!」

 オレはそう言って両手でバツ印を作って、なのはの話を拒絶する。
 なのはもそこまで本気で話す気はなかったようで、冗談だよ。と呟き笑う。

「はぁ……。しっかり対策見つけてくれよ? 頼りにしてるからな?」
『うーん。普段の私への対応の改善を要求しようかな?』
「データ渡したのになんでそっちが要求してくるんだよ!?」
『これも冗談。今のままでいいよ。気が楽だから。しっかり対策は見つけるから、カイト君は怪我を治してね』

 なのはは最後に少しだけ真剣な顔を覗かした後、笑顔で通信を切った。
 オレはまた腹の傷に負担を掛けないように横になる。起きたり寝たりしてるから結構キツイ。

『高町の嬢ちゃん。前から思ってたんだが、相棒とのやり取りでストレス発散してないか?』
「知ってる。オレもなのはとのやり取りでストレス発散してるからおあいこだけど」
『なるほどな。それで何だが』
「どうした?」
『最後の一人からも通信だ』

 最後の一人。
 ああ、テスタロッサ執務官か。これはさすがに説教か。
 また体を起こす。腹筋を使うと痛みが走る為、腕の力だけでできるだけ起き上がる。

「はい。こちらカイトです」
『あっ、カイト。ごめんね。今、大丈夫?』
「大丈夫です」
『ちょっと話があるんだ』

 真剣な表情のテスタロッサ執務官を見て、こちらも真剣な表情を作る。
 そう言えばこの人と真面目な話をした覚えはないな。
 怒らせたら一番怖いと言うのがなのはとはやての話だったが。

『さっきなのはが通信してるのを見たんだ。カイトの名前も出てたし、相手はカイトだよね?』
「は、はい」
『どんな話をしたの? 事件の話?』

 なのはがどう言う感じの話をしたかによって注意する所を変えるつもりか。さて、怒られはいないし、どう答えるべきか。
 とりあえず当たり障りのない答えでいってみるか。

「はい。それと切り替えが大事だと言う話をしました」
『うん。そっか。そんな話をしたんだ……。あのね、カイト』

 来るか。そう思い、オレは体を緊張させる。腹に力が入って痛むが、そうも言っていられない。はやてが怒ったときはかなり怖くて萎縮しっぱなしだった、それより怖いんだ。腹に力を入れてないと。

『凄くなのはは楽しそうだったんだよ』
「……はい?」
『だからなのはは凄く楽しそうだったんだよ。切り替えは確かに大事だけど、そんな話であんなに楽しそうになるのかなって。通信切った後もなんか凄く充実した顔だったし、それでね、私、考えたんだ』
「……何をですか……?」
『やっぱり名前で呼びあってるから楽しんだよ!!』
「すみません。ちょっと頭が痛いんで、通信切りますね。また今度連絡します」
『頭!? どうしたの? 傷はお腹だよね?』
「色々あるんです。失礼します」

 そう言ってオレは通信を切り、空間モニターが消失したのを確認して、ベッドにのろのろと横になる。

『本局きっての敏腕執務官ねぇ』
「言うな……」
『優秀なハズなんだが』
「言わないでくれ……」
『ズレてるというか天然というか。相棒も大変だな』
「言うなよ……。悲しくなるだろ」

 オレはそう言って、盛大に溜息を吐いた。そのせいで腹の傷が痛んだ。テスタロッサ執務官はオレにゆっくり治させる気はないな。



[36852] 第五十一話
Name: お月見◆31209bc4 ID:2a54bc87
Date: 2013/04/20 18:57
 新暦75年5月22日。



 ミッドチルダ・聖王医療院。



 腹部の傷の経過は順調で、どうにか歩けるようになった。
 体が鈍っているが、早く治したければ無理をするなと釘を刺されているため、魔法を使って多少の痛みを誤魔化して体を動かすわけにもいかない。
 暇な事を入院二日目にアーガスさんに告げたら、戦技教導官による模擬戦が詰まった動画集を送ってくれた為、それを見るのが最近の日課になりつつある。
 何度も見直しているが、視点を変える度に新たな発見があって面白い。
 全体を見ているだけでは分からないが、戦っている一方に視線を集中すると、実は色々とやっている事がわかった。
 魔法を事前に準備していたり、わざわざサーチャーを飛ばして、相手の奇襲を潰したりと、人それぞれ、実に多彩な事を行っている。
 やはり基礎的な事が出来ている人間たちの対応力は凄まじいものがある。奇抜なアイディアも裏打ちされた基礎があるから成り立っている。
 大規模な砲撃も基礎的な射撃魔法が洗練されているから効果を発揮する。近接系の魔法も基本的な動きがしっかりしていて、相手の動きに惑わされずに近づけるからこそ効果を発揮する。
 こうして熟練者の動きを見るとよくわかる。オレは圧倒的に基礎的な部分が足りてない。やはり地道な鍛錬が一番効果的か。
 そう判断して、今度からはどれだけ地味でももっと真剣にやろうと決意したと同時に通信が来た。

『高町の嬢ちゃんからだ』
「はいはい。こちらカイト」

 通信を繋げると空間モニターになのはの顔が映る。
 制服を着ているから勤務中だろうが、背景になぜか森がある。

『ごめんね。ちょっといいかな?』
「どうした? 外か?」
『うん。任務後だよ。それでね。聞きたい事があるの』

 なのはがオレに聞きたい事とはなんだろうか。またろくでもない事を聞いてくるんだろうか。
 オレが身構えたのを見て、なのはが少し目を細めて言う。

『先に言っておくけど真面目な話だからね? ふざけないでね?』
「了解、真面目に聞く」
『全く、すぐにふざけようとするんだから……。それでね。今日の任務中に新人の子がミスショットをしちゃったの』
「ミスショット? そんな事が起きる状態に陥ったのか?」

 聞くと、なのは表情を僅かに曇らせて首をゆっくり振る。
 それもそうか。あれだけ戦力が揃っている機動六課が新人にそこまで頼るわけがない。

『実力的に問題ない程度の敵を任せたんだけど、ちょっと焦っちゃったみたいで』
「なるほど。それで何を聞きたいんだ?」
『うん。そう言う時ってどう言う風に声を掛けたらいいかなって』

 そう言えば、なのはは長期での訓練は初めてだし、教導した相手と現場に出るのも初めてか。
 一週間、二週間の教導は集中的なもので、その過程で教導中の人間が任務に出る事は滅多にない。地上の陸士部隊、つまり陸士110部隊の場合は特殊なローテーションを取っていたが、なのはの話を聞く限り、地上の陸士部隊を担当したのは数回しかないらしい。
 そうなると教導受けて、任務に向かい失敗からのまた教導と言う流れに直面するのは初めてか。
 そうは言っても聞く相手を間違ってる。

「そんな事を聞かれても……。オレは常にミスして怒られてる側だし」

 陸士110部隊は新人をすぐに任務に向かわせる事はない。ほぼ一年ほど訓練付けにして、分隊レベルの連携は叩き込んでから現場デビューとなる。
 分隊内に欠員が居たオレでも半年は現場には出なかった。訓練中は連携ミスや模擬戦で勝手をする度に怒られた。現場でも結果を出しても怒られる事は度々あった。その殆どを聞いてもあまり改めなかったが。あの時は誰かを助けられればそれでよかった。人から感謝されることに酔っていた。
 視線は常に前で、後ろで先輩たちがどれほど動き回っていたかを気にすらしなかった。それも現場デビューから一年ほどで、ようやく任務のレベルが低いときは目立たなくなった。相手が強いと、オレがと思ってしまって駄目だったが。
 そんなオレにフォローの仕方を聞くなんて究極の人選ミスと言ってもいい。

『でも、アーガス隊長から教導を受けた後はそんな事はなくなったんでしょ?』
「あの後にあったら最悪だ。周りの印象を変えたり、失った信用を取り戻すのは大変でね。ようやく最近、どうにか認めてもらえるようになった所だよ」
『後輩が入ってきたんだよね? 後輩がミスした時は?』
「メンタルケアはオレの仕事じゃなくて分隊長の仕事だし、役割はオレが叱って、分隊長がフォローするのが常だし」

 オレに聞いても答えなんて出るわけないのに聞いてくるのは他に聞く人が居ないからか。頼みのアーガスさんはかなり遠い世界の部隊に教導をしに行っていて、当分帰ってこない。通信もいくつも中継を使わなければいけない為、手続きの関係上、すぐには出来ない。
 だからと言って六課の誰かに聞こうにも、はやてもフェイトは今までの管理局でのキャリアでは、基本的に親しい数人と行動するのが主で、その数人が優秀だから、経験的にはなのはと変わらないだろう。
 聞けそうなのはヴォルケンリッターの面々だが、シャマルさんからは優しすぎる答えが返ってきそうだし、他の三人からは厳しすぎる答えが返ってくる気がする。古代ベルカの騎士だし、厳しい戦場を何度も超えた面々の答えは新人にはキツイだろう。
 ダメだ。相談出来る人間が居ないな。

「これも経験だし、自分が思ったようにやればいいんじゃないか? 講習とかでそう言うのはあるだろう?」
『あるけど、ダメだよ。そんないい加減にはできないよ。大事な教え子がこの部隊で初めてミスしたんだよ? 間違ったフォローを入れたら、可能性を消しちゃうかもしれないんだよ?』
「そうは言っても、ミスした直後のフォローが一番大事だし、近場にそう言う相談が出来る人も居ないだろ? とりあえず叱るのは他の人に任せて、なのははミスを引きずらないようにしたら?」
『その場でヴィータちゃんが叱ったらしいから、私はやっぱりフォローだよね。実は私とは別行動で現場に私は居なかったんだよね……』

 落ち込むなのはにどう声を掛けていいかわからない。少なくともその場に居なかったのは配置の関係上だろうし、それはなのはが決める事じゃない。後ろに居る人間、はやてや司令部が考える事だ。それで一々落ち込んでいたらキリがない。

『大事な時期だから、できるだけ一緒に任務に当たってあげたかったんだけど、結局、こうなっちゃった』
「もうミスをしちゃったんだから仕方ないだろ? それは後で聞くから、今はどう言う言葉を掛けるかだろ? 参考までに聞けよ? オレが一番ミスして辛かったのは、味方も自分を責める敵に見えたことだ」
『私もみんなも味方なんだって、言ってあげればいいかな?』
「それの判断はなのはがしろ。オレはミスした子を知らないし、その子が抱えるモノも知らない。オレはそうだったけど、その子がなのはの言葉を受けて、どう感じるかは、その子次第だ」

 なのはの言葉に顔を顰め、首を振って言うと、なのはがそうだよね。と呟く。
 罪悪感が胸に広がるが、ここでオレにあてはめても仕方ない。ミスした子とオレは違う。オレがオレの意見をなのはに押し付けてしまう訳にはいかない。
 そこまで考えて、なのはが時間だからと通信を切る。

「しまったなぁ……。言わなきゃよかったか?」
『聞いてきたのは高町の嬢ちゃんだし、高町の嬢ちゃんは他人のせいにはしない』
「まるでオレのせいで何か起こるみたいな言い方だな?」
『起こらなかった事あるか? あの三人に関わって、何かが』

 言われて色々思い出す。確かに色々と何かが起こってる。
 起こってはいるが、今回は直接、オレに関係あることじゃない。無難に解決する可能性だってある。

「大丈夫だろう。一つのミスで潰れるような人材は六課にはいない……筈だ」
『自分の責任になるのが嫌なんだろう? そう思うなら最初からきっぱり断れよ』
「責任が嫌だとは言ってないだろう!」
『いくつも予防線を張っておいてよく言うぜ。放っておけないけど、だからと言って責任を取るほど気持ちは向いてないってのが心境だろう? そろそろ気づけよ。いつも失敗するときは気持ちが中途半端な時だぜ?』

 何だか行動するたびに説教されてる気がする。
 オレはどうかなのはが上手くいきますようにと祈りながら、溜息を吐いた。



◆◆◆



 新暦75年5月28日。



 ミッドチルダ・機動六課本部隊舎・カフェテリア。



 あれから六日が経って、昨日の夜、ようやく退院できた。経過的にはかなり良く、すぐに訓練に入っても問題ないそうだ。
 入院中に小まめになのはが新人の話をしてきた。
 ミスをした子も随分とやる気満々らしい。そんでもって、今日は前から決まってた模擬戦の日らしく、時間があるなら見に来てほしいと言われた為、早朝からこうして六課まで出てきた。

「それで? どんな感じなの?」

 隣に居るはやてに聞く。
 はやては仕事があったらしく、ザフィーラと一緒に早めに出勤していた為、こうしてオレと観戦している。仕事は思ったより早く終わったらしい。相変わらず、仕事が早い事だ。

「せやなぁ。気合は入っとるんちゃう?」
「はやての部隊だろ?」
「私は少ししか訓練を見とられへんし、基本的になのはちゃんの報告を聞くだけなんよ」
「まぁ部隊長はそんなもんか。やることは沢山あるしな」
「せやせや」

 はやてはそう言いながらカップに入ったコーヒーを飲む。
 やっぱりウチの部隊長がおかしいんだよな。いや、ローファス補佐官が優秀すぎるのか。

「しかし、気がかりもある」

 ザフィーラがオレの足元でそう呟く。低い声と寡黙なザフィーラが自分から切り出した事なだけに言葉が重い。

「ミスをした子の事だろ?」
「そうだ。随分とやる気を出しているらしい。だが、ミスをした人間は総じて、すぐに結果を求める」

 的確な意見だ。オレもそうだった。
 結果を求め、その為に目に見える形のはっきりした力が欲しくて、がむしゃらに練習したり、色々と新しい事を試したりした。

「まさにその通り。そんでもって、落ち着くのに時間が掛かる」
「経験者は語るって所やね?」
「茶化すなよ。まぁ経験者だから見に来たんだけど」
「アドバイスの為に?」

 はやてに聞かれて首を横に振る。
 それはかなり考えた。ミスをした子にもなのはにも、オレでも何か言える事があるんじゃないかと。
 けれど、入院中のベッドで出た答えは、なのはに任せると言うものだった。
 なのはの教導官としての資質や実力に申し分がないことはオレはよく知ってる。だから、下手に関わっては場を混乱させてしまうだけだと判断した。
 責任を取りたくないからだろと言われればそこまでだが、責任が取れないと分かりきっているのに関わる訳には行かない。オレはオレの言葉のせいで、なのはの教え子がオレと似たようになっても責任は取れない。

「ここに見に来たのはどんな子なのか気になったからさ」
「どんな子? ティアナがか?」
「そう。その子。なのはが随分気に入ってたようだから」

 初めて長期で担当する教え子だ。気持ちが入ってもおかしくない。
 おかしくはないが、間違いなくなのはは気に入ったんだろう。話を聞いていればわかる。

「はじまったようだぞ」

 ザフィーラに指摘されて、オレとはやては展開されている空間モニターを見る。
 サーチャーを通して送られてくる映像を見つつ、オレはザフィーラの意見を念話で聞く。

『ちょっと気になる事があるんだけど、様子がおかしくないか?』
『ああ。少しな』

 ザフィーラの同意を得られた為、自信を持って、隣の椅子に座っているはやてに聞く。

「いつもこんな模擬戦な訳ないよね?」
「ちゃう。報告で見る模擬戦はもっと、訓練的な模擬戦や。これじゃまるで」
「実戦だよね? 確実になのはを倒しに行ってる」
「と言うよりは対なのはちゃん用に動いとるように見えるで」

 青い髪の女の子が無理矢理なのはに突っ込んでいく。
 危ない機動だ。新しい事を試す、挑戦するのは訓練だからこそ出来ることだから、悪い事じゃない。だけど、危険な事をするのはまた違う。オレの機動や行動はあれの比じゃなかったから何も言えないけど。
 なのはに何か注意されてるみたいだが、何か反省してる感じじゃない。
 模擬戦が続行される。

「ミスしたのはあの射撃型の子だよね?」
「そうや。弾を制御出来ひんかったって聞いとるよ」

 前に見た時は中距離からの精密弾に目を見張るモノがあった。得意な事で失敗したんだ。自信を失っても仕方ないが、次の日からすぐにやる気を出したらしい。多分、ミスを振り切って、新しい目的、目標を見つけたんだろう。ただ、その目的、目標がどんな所に向いているかが問題だ。
 オレは分隊の先輩たちを倒すことを密かに目標にして、随分と無茶をして、その時ばかりは分隊長に尋常じゃない怒られ方をしたが。
 ティアナと言う子は指揮も出来、幻術も使えるらしく、頭の良い子だと思ってたから、オレと同じような事は考えないと思っていたが。
 なのはが青い髪の子に気を取られてる間にティアナは移動してた。

「砲撃? 自分の得意な距離から離れたのか?」
「ちゃう! 幻術や!」

 はやての言葉にオレは咄嗟に中距離のポジションに目を向ける。ここで中距離からの精密誘導射撃が来れば、なのはも対処するのに苦労するだろう。その間に青い髪の子が攻撃すれば。

「近接戦か……」
「あっ……」

 ザフィーラの呟きとはやての声が重なる。
 青い髪の子が作った足場を通って、ティアナは魔力刃をなのはに向けた。
 同時に青い髪の子もなのはに攻撃する。
 爆発が起きて、煙のせいでなのはと新人二人の様子がわからなくなる。

「なのはちゃん……」
「オレはそっちの心配より、新人二人の方が心配だけど」
『この静寂はデジャヴだな』

 ここぞとばかりにヴァリアントがそう言ってくる。年齢換算すればオレの二倍以上になるヴァリアントからすれば、この手の事は大した事じゃないんだろう。
 よくある新人の暴走。それで片付けてしまうのだろうが、オレはそうは行かない。

「なのは、素手で受け止めたのか?」
「ダガーを受け止めた手からは出血しているな」
「シャマルに連絡せなあかんな」
「最大で三人分の治療って伝えといて。あの子は……止まらない」

 魔力刃を消したティアナがなのはから距離をとり。
 デバイスを向けた。はやてが息を飲む。模擬戦中とはいえ、既に終わっているというかなのはが終わらせようとしている状況だ。これでティアナが魔法を放ってしまえば厳罰は免れないだろう。
 モニターの向こうの人間たちははやてが見ている事を知らない。そして見てしまえば、はやては部隊長として処罰を下さなくちゃいけなくなる。
 ティアナが魔法を放つ前になのはが魔法をティアナに放つ。衝撃弾だったのか、なのはの魔法を食らったのにティアナは立っている。

「もう一発だな」

 ザフィーラの言葉の通り、なのはは今度は先程の魔法の別バージョンをティアナに放つ。
 青い髪の子にもバインドが掛けられており、撃墜されたティアナは動かない。

「なのはちゃんとティアナの治療が必要やね……」
「治療だけじゃなくて、メンタルケアもね。青い髪の子はなのはを睨んでたし、落とされたティアナもすぐに納得はできないだろうし」
「これは部隊長として出るべきやろうか?」
「オレは部隊長じゃないから聞かないでよ。ただ、オレは何もしない」

 足元に居るザフィーラが何も言わずにどこかへ歩いていく。

「ザフィーラ? どこ行くん?」
「シグナムの所へ。カイトがもしもしゃしゃり出るような事があれば、止めようかと思っていたのですが、必要無かったようです」
「だからオレの足元に居たのか……。心配してくれてありがとう。けど、オレは高町なのは教導官の力を認めてるし、信じてるから、余計な事はしないよ」

 ザフィーラに顔を向けながらそう言うと、ザフィーラは微かに頷いて、カフェテリアを去る。

「私はちょい対応は保留やな。なのはちゃんに少し任せてみるわ」
「お好きに。この部隊ははやての部隊だ。はやてが自分で判断すればいいさ」
「なんや? ちょっと投げやりちゃう?」
「オレもあんな風に無茶な突撃を繰り返してたんだと思ったら、なんだか一気に体から力が抜けた。ちょっと気持ちも悪くなってきた……」
「訂正しとくけど、あれより酷かったで? いつ死ぬんやろうかと思ったんもん」

 言われて、オレは顔をしかめる。
 砲撃で叩きのめされる訳だ。部隊に帰ったらもう一度、部隊長たちに謝ろう。いや、その前に。

「たくさん心配掛けました。本当にごめんなさい……」
「いいえ。私はその事について、そこまでカイト君に言える立場やないし、気にせんでええよ」

 そう言われても気持ちは晴れない。こうして張本人ではなくなると、周りの辛さがわかる。部隊長もはやてのように困惑した表情を浮かべてたのだろうか。分隊長や先輩たちもなのはのように悩みながらオレの事を考えてくれてたのだろうか。
 今の六課は戦力が充実してても、人手が足りない状況だ。だからティアナへの扱いは非常に神経を使う事になるだろう。それはオレが入隊した時の陸士110部隊の状況に似てる。いや、陸士110部隊はもっと深刻だったか。
 陸士110部隊は地上じゃ優秀な部隊だったが、人手が足りなくて、結局、オレを上手く矯正する前に現場に投入するしかなかった。そして、精神的に不安定だったオレへの扱いは色々と苦労していたようだ。地上に居る貴重な魔導師を失う訳には行かず、そしてオレに潰れられる訳にも行かず、先輩たちは毎日尻拭いに奔走し、部隊長やローファス補佐官は扱いに頭を悩ませたらしい。
 らしいとしか言えない。聞いた話で、その時は全く気付かなかった。あの時は自分の事しか、いや、自分の事も満足に見れていない状況だった。
 病院で入院してる母に心配を掛ける訳にも行かず、誰にも相談出来ず、見えない壁に当たる日々だった。

「しまった……」
「なんや?」
「あのティアナって子に相談できる相手は居た? 友達とかじゃなくて。オレは母親に相談するわけに行かないから、凄く辛かった。それをなのはに伝えるべきだった……」
『もう遅いがな。ここからは高町の嬢ちゃんの役割だ。高町の嬢ちゃんもひと段落するまで相棒には何も聞かないさ』

 ヴァリアントにそう言われてオレは溜息を吐く。
 言わなくて良い事を言って、言わなくちゃいけない事を言わない。一体、オレは何をやってるんだろうか。
 思考がどんどんネガティブに、ブルーになっていく。
 まぁオレより余程、なのはの方が気持ち的にブルーだろうけど。
 オレはそう考えて、悪い方向への考えを断ち切る。ここでブルーになっててもしょうがない。

「一度、部隊に戻るよ。ここに居ても邪魔だろうし」
「そうやね。何かあったら連絡する」
「うん。そうして」

 頷いて、オレは席から立ち上がった。



[36852] 第五十二話
Name: お月見◆31209bc4 ID:2a54bc87
Date: 2013/07/21 11:10
 新暦75年5月28日



 クラナガン・陸士110部隊本部隊舎・屋上。



 夜。
 はやてから通信が来たため、オレは部屋を抜け出して、隊舎の屋上に来ていた。安眠を妨げられ、その理由が女性、しかもはやてとの会話だと知れば、マッシュ先輩がキレる事は目に見えていたからだ。

「その様子じゃどうにかなったみたいだね」
『うん。ティアナもなのはちゃんの事を分かったみたいやし、なのはちゃんも上手くティアナの信頼を勝ち取ったみたいや。まぁ、部隊の世話焼きの子がちょいお節介したみたいやけど』

 もう流石に仕事中じゃないのか、ラフな服装になって、ベッドに座っているはやてが柔らかい笑みを浮かべながら、オレへそう報告してきた。

「お節介?」

 ちょっと気になる事をはやてが言ったので、聞き返すと、はやてはニヤリと笑う。そう言う笑みを浮かべる時はこちらをからかう時だ。

『せや。誰かさんと違って、上手く事態を好転させたで?』
「はいはい。凄い凄い」

 そうやってあしらうと、はやては頬を膨らませる。

『なんやねん。反応おもろないで』
「悔しがって欲しかった? 悪いけど、今回はかなり他人事だからそんなに反応できないよ」
『ええ格好しぃやのに珍しいやん?』
「どう言う意味だよ……」

 オレが半眼で睨むと、ようやくこちらの反応が得られたはやては笑みを深めて答えを返す。

『まんまやよ。いつもなら、首を突っ込んでくるんに、今回は珍しいやん』
「そんなに首を突っ込みたがりじゃないつもりだけどね。まぁなのは相手に力を貸そうとかは思うのは流石に恐れ多いって事かな」
『信頼? 恐怖?』
「信頼」

 即答すると、はやては一瞬驚いた顔を見せるが、すぐにイタズラを思いついた子供のように笑う。

『なら、本人に言うなら?』
「恐怖」

 これにも即答すると、はやてがモニターで腹を抱えて大笑いする。
 これは収まるまでちょっと時間が掛かるかもな。
 モニターの向こうではやてがベッドの上で足をばたつかせているのが映る。
 何がそんなに面白いんだか。はやての笑いのツボは未だに理解できない。

「そろそろ収まりましたかー?」
『もうちょい待って……腹筋が……』

 笑いすぎて力尽きつつあるのか、足は動きを止めて、ピクピクと震えてる。
 追い打ちでも掛けてみるか。

「ねぇはやて」
『もうちょい待って……』
「最近、ローファス補佐官の車の助手席にさー」
『ちょっ!? 待って、待って! 後で聞く』
「この人が乗ってるんだよねー」

 はやての方に画像データを送る。隊舎の近くでバーを開いているニューハーフのママの顔写真だ。どうにもローファス補佐官が気に入ったらしく、ローファス補佐官の帰り道である道路に三日に一度のペースで、倒れてるらしい。
 放ってもおけないので車の助手席に乗せて送って行くらしいからまた凄い。
 それを聞いて分隊長や先輩たちと爆笑したのはつい最近の事だ。

『っっっ!!!!????』

 見た瞬間、はやてが声にならない声を上げて、腹を抱える。笑いのラインが下がっている状況で、ニューハーフのママを見て、ローファス補佐官とのツーショットを想像するのはヤバイだろう。
 完全にノックアウトしてしまった。
 ベッドでぐったりしてるはやてを見ながら、そんなどうでも良い事を思う。まぁ笑いが大好きな人間だ。幸せだろう。

「ねぇはやて、今、幸せ?」

 それだけでまたはやては笑い出す。もう何を言っても笑うだろうな。しばらく放っておこう。これではいつまで経ってもオレが寝れない。
 しばらくすると、ベッドで横になってたはやてがむくりと体を起こす。

「復活した?」
『一応。やるやんか』
「はやてが自滅しただけでしょ。それで? 何か用があったんじゃないの?」
『用ってほどやないよ。ただ、ちょっと聞きたい事があったんよ』

 はやてが近くにあった枕を引き寄せて抱えながらそう言う。
 聞きたい事ねぇ。ティアナがあんな状況だったんだ。それ繋がりで聞きたい事となれば、限られてくる。

「オレはどうだったかって事?」
『……うん。相談できなくて辛かったって言ってたやん? どうやったん?』

 珍しく踏み込んで聞いてくるな。話しても楽しい事なんて何もない話なんだけど。辛かったのも結局は自業自得だし。
 まぁたまにはいいか。

「……師匠から離れたオレは強くなる事にこだわっていた。訓練校じゃ、ミーティアとガラティーンのおかげで成績も良かったし、周りと合わせるのは別に苦労しなかったから対人関係に困る事はなかった。勝ち越せなかったのも一人だけだったしね。けど、陸士110部隊に入ったら違った。訓練はキツくて、周りはオレより格上ばかりで、どうして周りに勝てないのか、どうしてオレは強くなれないのかって思いながら過ごしてた」
『新人の頃からそんな事思ってたん?』
「新人は関係ないよ。誰よりも強くなりたいって思ってた。周りの……自分より強い人は全てライバル。周りと自分を比べてばかりいた。師匠の弟子であるオレが他人に劣る事は許されない事だと思ってたんだ」

 周りの助けは借りたくなくて、周りより強い事を証明したくて、何度言われてもオレはオレのスタイルを崩さなかった。まぁミーティアとガラティーンを使っていた以上、あのスタイル以外に方法は無かったんだけど。ミーティアとガラティーンは手放せなかった。それが強みだったから。
 地上の部隊に所属する魔導師になんて負けてちゃいけない。オレはヨーゼフ・カーターの弟子なのだから。毎回毎回、そう心の中で呟き、周りからの指摘を力任せに結果を出して跳ね返してた。それが強さとは遠いものだと気付かなかった。

『プレッシャーやったんやな。カーターさんの弟子っていうんが』
「うん。大きかったよ。けど、オレの性格も結構あったかな。周りと比べて、周りに嫉妬して、結局、他人を容認できない小ささが招いたことだよ」
『自己分析できる程度にはマシになったん? 今は?』

 聞いてくるはやてにオレは苦笑する。即答はできない。これに関しては元々の性格だから、一生治らないだろう。

「今は方向性を変えた……かな?」
『どういうこと?』
「嫉妬や周りとの比較を向上心に変えるように努力してる。嫉妬するのも周りと比較するのも治らないなら、それを抱いて、よし、頑張ろって思えるようになれるようにしようって思ってる」
『そないなこと思ってたん?……聞いとらんで?』
「話す事のほどじゃないし、考え方が変わっただけでいちいち報告する?」

 オレが逆に聞き返すとはやてはうーんと考え始める。
 まぁこういう考え方になったのは大分前だけど。口に出したら薄っぺらいものになってしまいそうでずっと言わなかった。
 何より、はやてにすら嫉妬した自分が嫌で、考えて、そこから発生した考え方だ。はやてに話したら、そう思った理由も聞かれてしまうから、話したくなかった。

『私は言わへんけど、カイト君からしたら、これってかなり重要な事と違う?』

 重要な事だろう。かなり大規模な進路変更だ。
 さて、どうやって誤魔化すかな。
 正直に話すのはちょっと恥ずかしいし。

「話す機会が無かったし、はやては忙しそうだったから」
『取って付けたような理由やな?』

 ジト目ではやてがオレを見つめてくる。
 安易過ぎたか。
 どうしようかな。
 答えが出ないまま曖昧な笑みを浮かべて、色々と考えていると、予想外にはやてが引いた。

『まぁええわ。話したくないことは聞かへんよ』
「本当に? 珍しいね?」
『やっぱり言わなかった理由は話したくない事なんやな?』

 しまった。カマを掛けられた。
 見事に引っかかってしまった。

「いつか話すよ……」
『それを信じるとしよか。代わりに聞きたい事があんねん』
「なに?」

 妥協したはやてが神妙な顔で聞いてくる。
 他に聞かれて困る事は。
 そう思って、考える。
 うん。ちょっとしかないから大丈夫だろう。

『相談できる相手が居らんかったって言ってたやろ? 家族にも相談出来なかったって。なら、どうやって辛いのを乗り切ったん? カイト君。私と会った時は周りの指示に従ったり、戦闘の時も分隊での連携は出来てたやろ? どうやって、そこまで持ち直したん?』

 そう言えば話してなかった。
 いつか紹介しようと思ってたから、わざと話さなかった。結局、未だに紹介は出来てないけど。

「訓練校の同期に……やたら気が利く奴が居てさ。訓練校から色々お世話になってて、違う部隊に配属された後も同じクラナガンの部隊だから、気にかけてもらってた。叱ってくれたり、気分転換に遊びに連れ出してくれたり、部隊に遊びに来てくれたり、本当にお世話になった。そいつは一般市民の事を凄く考えてて、それに影響されて、オレも市民第一に行動するようになった。そうしたら、無茶で無謀で、やり方を変えない馬鹿だったけど……周りが受け入れてくれるようになった。色々と言われるのは変わらなかったけど……少しは打ち解けられた」

 だから、久々に会った時にはお礼が言いたくて、オライオンに誘った。だけど、まだその約束は果たされてない。
 何が起きているかはわからないけど、何かが起きてるのは確かだ。
 今度はオレが助ける番だ。
 屋上から見える、夜でも明るさを失わない地上本部を睨みながらオレはそう心の中で呟く。

『その人のおかげやったんやな。不思議やったんよ。ずっと。けど、そういう所もティアナに似てるんやな』
「オレとあの子が似てる?」
『ティアナもスバル、あの青い髪の子が親友でな。結局、今回は一緒に暴走してもうたけど、大分助かってた筈や』
「一緒に暴走してちゃ仕方ないだろ……。そのティアナって子、どうして、あんな風になったんだ?」

 オレがそう聞くと、はやてが目を細めてオレを見てくる。
 その目にはあまりいい感情が映っていない。
 一番大きいのは軽蔑だろうか。

『私の部隊の子やで? 個人の情報を私がペラペラ喋ると思うたん? しかも女の子やで? デリカシーの欠片もない男やな?』
「わかった、わかったよ! もう聞かない! オレがデリカシーに欠けてました!」

 連続で投げかけられる言葉に負けて謝罪する。ふと思っただけなのに。
 凄く気まずい。まだはやてがオレに軽蔑のこもった目を向けてくる。
 何だよ。自分はオレのプライバシーは無いかのように振舞うのに。

『失礼な事考えたやろ?』
「考えてない、考えてない! えっと、そのティアナ」
『いきなり名前で呼び捨てってどうなん?』
「苗字を知らないんだもん……」

 そう呟いて肩を落とすと、はやては満足したように表情を笑顔に変える。相変わらずコロコロ変わる表情だ。

『そう言えばしっかり紹介しとらんかったな。えっとな、オレンジ色の髪の子、今回、色々あったけど、新人のまとめ役兼指揮官、ティアナ・ランスター。で、ティアナの親友で、荒いけど爆発力のあるスバル・ナカジマ。この二人がなのはちゃんの分隊の子でな……? どないしたん?』
「ランスター……? 親戚に局員が居なかった? 名前は」
『ティーダ・ランスター? お兄さんやよ……』

 妹が居たのか。
 オレの様子にはやてが首を傾げるが、今はそれどころじゃない。
 ティーダ・ランスターは両親を事故で亡くしてる筈。事故で亡くしてから、一層、任務に力が入ったってプロフィールに書いてあったはずだ。
 それのせいで天涯孤独だと思ってたけど、妹が居たなんて。
 ティアナは唯一の肉親を、あんな形で亡くしたのか。
 何となくティアナが暴走した理由にも察しがついた。お兄さんの死が関わっているのは間違いないだろう。

『何か知っとるん? ランスター一等空尉の事件には違和感があるんよ』

 教えるべきか。はやてにだけじゃない。ティアナにも、お兄さんの死の後の事について。
 オレが言うべきなのだろうか。部隊長の口ぶりからすれば、真相を知ってる人間は少ない。ここで真相を知っているオレと親族とが出会ったのは幸運と捉えるべきなのだろうか。
 視界に地上本部の威容が目に入る。
 違う。伝える資格を持っているのは、オレなんかじゃない。その場に居た訳じゃないオレが伝えるべき事じゃない。
 事件の当事者があそこに居る。

「いや、又聞きだし、オレが話して良い事じゃない」
『結構、深刻な話みたいやね?』
「深刻だよ……。でも、ちょうどいいよ。本部には用事があったしね……」
『どういう意味なん?』
「明日は早いよって事。早く寝よう。夜ふかしは美容の天敵でしょ?」
『誤魔化したなぁ……。今度でええから話してな?』

 オレが頷くとはやては笑顔を浮かべて、おやすみ。と言って通信を切る。
 空間モニターが消えて、視界にしっかりと地上本部の全容が入ってくる。

『コファード一佐に会うつもりか? 余計じゃないか?』
「妹が居た事を知ってる筈だ。六課での事は外に伝わってないから、知らないだろう。今のティアナの状況を伝えた方がいいでしょう。別に真相を話せって言うつもりはないよ」
『なるほどな。しかし、嫌いな人だったんだろ?』
「今は微妙。話してみなきゃ分からないかな。噂はあてにならないってこの人で知ったしね」

 そう言って、一つあくびをする。
 地上本部には事情聴取で朝から呼ばれている。
 早めに寝なければ。明日はやることが沢山ある。



[36852] 第五十三話
Name: お月見◆31209bc4 ID:2a54bc87
Date: 2013/04/22 05:19
 新暦75年5月29日



 クラナガン・地上本部・刑事部特別捜査一課



 管理局地上本部にある刑事部特別捜査一課の一室に案内されたオレは一課の課長から形式的な質問を受けていた。

「こちらの捜査官であるセシリア・バースはそんな高圧的な命令をした覚えはないと言っているが?」

 セシリアの命令があまりにも状況とかけ離れた命令だったため、命令を無視したと伝えたら、そう返された。
 そんな手ありか。
 言ってませんなんて卑怯すぎるだろ。

「記録には残っていないと?」
「記録には現場待機を命じた事が記録されているが、君が言った命令はどこにもない」

 情報改竄。それは立派な犯罪だ。
 ヴァリアントに音声記録を取っておかせればよかった。こうなってしまえば、第一分隊の分隊長の証言があってもセシリアへの追求は厳しいだろう。

「そうなるとだ。君の命令違反が残るんだが? セシリアもあの場の人間を確認後、すぐに連絡を取るつもりだったと言っている」

 追求が始まる。
 それから逃げる方法はいくらでもある。そちらの命令は正しかった。少し命令をきき間違えた。
 ようは特別捜査一課に非がない事を認めてしまえばいい。そうすれば、こんな所で拘束されないで済む。ただし、この一件で特別捜査一課を突く事はできなくなるが。
 さて、どうすべきか。部隊長からはなるべく粘るように言われているが、情報改竄してくるのは予想外だ。ここは認めて、さっさと解放してもらうのが一番か。
 そう思い、口を開こうとした時、ドアが開いて局員の制服を着た男が入ってくる。

「取り調べ中だぞ?」
「申し訳ありません。それが……」

 男が課長に耳打ちする。
 不機嫌そうだった課長の表情が徐々に焦ったものへと変わる。
 何かが起きたな。事件か、それとも不祥事か。なんにしろ、動揺したなら好都合だ。ちょっと突いてみるか。

「課長。自分は間違いなくバース准尉の命令を聞きました。記録に残っていないと言うのはどういう事でしょうか?」

 課長が尋常じゃない勢いで睨んでくる。
 さっきまで余裕だったのに、随分な変化だな。
 そう思っていると、課長がゆっくり立ち上がる。

「取り調べは以上だ。君は今すぐ中央タワーの展望室へ向かいたまえ」
「こちらの質問に答えて頂いてませんが?」
「本部長からの命令だ! 今すぐ行きたまえ!!」

 予想外の役職が出てきて、今度はオレが混乱する。
 本部長。つまり地上本部の本部長だ。その人がわざわざ下士官のオレに命令するなんて普通じゃ有り得ない話だ。

「復唱はどうした!?」
「はっ! カイト・リアナード陸曹長。これより中央タワーの展望室へ向かいます」

 殆ど八つ当たり気味に怒鳴られるが、オレはそんな事を気にしていられない。地上本部の本部長とオレじゃ接点が無さすぎる。
 どういうことなのだろう。
 不思議に思いつつ、警戒しながら、オレは中央タワーの展望室へ向かった。






 中央タワーの展望室には滅多に人が来ない。というか、かなり階級の高い人間が使う事が多いため、一般局員では入室の許可すら降りない。
 中央タワーの上層に来たのも初めてなのに、まさかいきなり展望室に来る事になるとは。
 連絡が通っていたのか、IDチェックだけですんなりと展望室に入れた。
 入口付近には誰も居ない。
 見渡しても誰もいない。一体、どういう理由で呼んだのか。会うためだろうか。何かを伝えるためだろうか。
 そんな事を考えつつ、クラナガンを一望できる機会な為、ゆっくり窓へと近づく。
 一面に広がるクラナガンの近代的な街並みを見渡す。

「どうかな? それが君が守っている街だよ」

 オレは後ろから声を掛けられて、すぐさま振り向いて敬礼する。

「失礼致しました!」
「失礼も何も、ここは展望室だよ? 街並みを見るのは当然さ」

 後ろに居たのはオレと同じくらいの背丈で、眼鏡を掛けた老人だった。ニコリと笑う表情は少年のように快活だ。白衣を着ているため、技術系か医療系の人だろう。後ろで結っている髪は白くなっていが、豊かで、背中に届くほどだ。
 分かる事は、少なくともこの人は本部長ではない。
 だが、見たことがない。ここに入れるという事はかなりの権限を持っている筈だが。

「おっと、失礼。自己紹介がまだだったね。時空管理局地上本部顧問官。レイ・ホールトンだよ」
「顧問官!? し、失礼致しました!」

 顧問官は過去に管理局で多大な実績を残した者しか就けないアドバイザー的な役職だ。
 地上本部に顧問官が居たなんて初めて知った。しかし、この人の事は全く知らない。名前を聞いてもわからない。

「そうだ。はい。ヴァリアントのメンテナンスをしておいたよ」
『お疲れさんだな、相棒。暇だったからレイにメンテナンスをしといてもらったぜ』
「ヴァリアント……」

 ホールトン顧問官が白衣のポケットから待機状態のヴァリアントを取り出して、オレの手に握らせる。
 ヴァリアントが名前を呼んだりする場合にはルールがある。
 相棒と認めた使用者が名前で呼んでいない場合は、呼ばない。これは殆ど例外がない。
 しかし、オレはこのホールトン顧問官を知らない。それなのに随分と親しげだ。こういうのは前にもあった。
 師匠の知り合いと会うときは大体、こんな感じだ。

「ホールトン顧問官……。その、お伺いしたいことがあります」
「私と君の師匠との関係かな? 色々あるよ。私が被害者であいつが加害者。私が研究者であいつが被験者。私が財布担当であいつが出費担当」
「ご友人なんですね……わかりました……」
「うんうん。そうとも言うね。腐れ縁とも言うし、悪友とも言うね……。でも親友が一番しっくりくるね」

 何度も頷きながら笑うホールトン顧問官は最後にそう締めくくる。
 この人も師匠と共に管理局を支えた人。

『レイは俺の開発者でもあるんだぜ? デバイス開発の第一人者だ』
「ヴァリアントの!? では、今もデバイスを?」

 オレの質問にホールトン顧問官は悲しげな表情を浮かべて首を横に振る。

「私はもうデバイスを作らない。アドバイスはするけれど、自分の手で作る事はこの先もないとおもうよ」
「何故ですか? お言葉ですが、優秀なデバイスは魔導師の力を飛躍的に向上させます。ヴァリアントほどのインテリジェントデバイスを作れるなら……」
「私のデバイス作りは十年前に終わっているんだよ。最高傑作を作ってしまってね」

 最高傑作を作ったと言う割には全く嬉しそうじゃない。それどころか逆に後悔しているような雰囲気がある。
 
「しまった?」
「十年前。私はグレアムの要請で一つのストレージデバイスを作る事に協力した。名は氷結の杖デュランダル。グレアムは何も話さなかったが、私には分かっていた。これで闇の書の主を封印するつもりなのだと。分かっていながら、私は協力した。私も親しい者を闇の書の暴走で失っていたし、一人の犠牲で、どうにかできるなら、それで良いと思っていた」
「それがデバイスを作らない理由ですか……?」
「その後が理由だよ。事件が奇跡的な結果に終わり、その時はじめて、私は闇の書の主がまだ九歳の女の子と知った。それから私はデバイスを作らない事を決めたんだ。まぁ私の昔話はこのくらいにしよう。つまらないし、今は関係ないしね」

 ホールトン顧問官は照れたように笑うと、外の景色へ視線を向ける。
 それに釣られて、オレも外の景色を見る。

「今は、この街を守る事を考えないとだからね」
「そう言えば、オレは本部長に呼び出された筈なんですが……?」

 オレがそう聞くと、ホールトン顧問官は何やら笑い始める。
 多分、ここにホールトン顧問官がいると言う事は、ホールトン顧問官が手を回してくれた筈なんだが。

「いや、すまないね。君をこちらに来させるように言ったのは私なんだが、流石に私が直接言うのは問題でね。だから本部長を動かしたんだ。いや、本部長の地位にいるのに先輩には逆らえない男だから、不憫でね」

 だから笑ってしまったと。
 確かに地上本部のトップのはずなのに傀儡化されてるのは哀れとしか言い様がないが。

「レジアス中将の後輩でもあるとか?」
「そうだよ。首都防衛隊のね。しかし、少しキナ臭いのも事実だ」
「どう言う事ですか?」
「最近、傀儡だった本部長がいろいろとやっているんだよ。特別捜査一課の設立も本部長の案で、今も管轄は本部長の直轄に近い。本部で何かが起きてるのは確かだよ。ってランディ君に伝えてくれるかな?」

 なるほど、この人が動いたのは部隊長の頼みからか。
 しかし、特別捜査一課は本部長絡みなのか。管理局地上の形式上はトップなのに。
 オレが敬礼して、伝言を復唱すると、ホールトン顧問官が小さく笑い、この後の事を聞いてくる。

「この後に予定は? 無いなら食事でもどうかな?」
「その……会いたい人がいるんです……」
「会いたい? 誰にだい?」
「コファード一佐です。アポイントも取ってあります」
「凶悪犯罪対策課のコファード君か……。彼に会いたいと言う人間の用件は大抵一緒だから、彼の補佐官が先に対応して殆どを断っているのを知ってるかい?」

 それは初めて聞いた。オレはゆっくり首を横へ振る。
 何て事だ。よりによって会えないなんて。
 会っても話を聞いてもらえない可能性はあったが、まさか会えないだなんて。

「まぁ君を信頼してみようか。会わせてあげるよ」

 そう言うと、ホールトン顧問官は白衣を翻してさっさとエレベーターの方向へ向かっていく。
 はっとして、オレは慌ててホールトン顧問官を追った。



◆◆◆



 地上本部・凶悪犯罪対策課。



 凶悪犯罪対策課はクラナガンで起こる陸士部隊の捜査では対処しきれない事件を担当する課で、特別捜査一課ができるまではクラナガン最高の捜査担当だった。
 とはいえ、特別捜査一課ができたからここが仕事に困ると言う事はない。
 怒号のように各局員が書類やデータを持って動き回り、どんどん室内に出ては入ってきている。
 入るのすら躊躇いそうになる状況を見ても、気にした様子もなく、ホールトン顧問官はすいすいと局員の間を縫って、進んでしまう。
 置いてかれないように後を追うが、何度か大柄な局員や鬼気迫る表情の局員とぶつかり、睨まれてしまう。
 ここは恐ろしい所だ。
 どうにか局員の密集地帯を抜けた後、未だにバクバクとうるさい胸を右手で押さえながら、そう心の底から思った。

「大丈夫かい? 少し忙しそうだし、早く済ましてしまおう」

 ホールトン顧問官は今、少しと言った。これでか。
 なんて場所だ。
 いや、当たり前か。彼らの管轄はクラナガン全体だ。陸士110部隊のように限定された管轄区域を持っている訳じゃない。クラナガンで起こる事は凶悪犯罪は彼らの担当なのだ。

「こんにちは。コファード一佐」
「これは顧問官。何か御用ですか? 見ての通りの状況なのですが?」

 大きめのデスクに座っている壮年の男性、コファード一佐が顎で室内の様子を示しながら顧問官へそう返す。
 明らかに邪魔と言っている態度だが、ホールトンは全く気にしてないのか笑顔で話を進める。

「すぐに終わる筈だよ。とりあえず、デバイスの強化案は私が推薦しておくよ」
「それはありがたいですな。それで? その代わりに何をしろと?」
「彼の話を聞いてあげて欲しい。君にどうしても聞いて欲しい事があるそうだよ」

 そういうとホールトン顧問官はこの場から離れてしまう。大きめのデスクを挟んで、オレはコファード一佐と向き合う。
 強面の顔が少し険しくなる。オレなんかに関わっている暇をないと言った所だろうか。実際、その通りだろうが、ここでティアナの話を耳に入れとかないと、この人はティアナに真実を話す機会を逸してしまうかもしれない。

「陸士110部隊所属のカイト・リアナード陸曹長であります」
「知っている。ガジェットへの対策の時に話をしていたな。それで? 顧問官まで引っ張り出して何のようだ?」

 鋭い眼光に思わず萎縮しそうになるが、腹に力を入れて視線を合わせる。
 今は時間がないから、一々ホールトン顧問官について説明している暇はない。必要な事をしっかり伝える。

「ティアナ・ランスターと言う局員をご存知でしょうか?」
「……これからの発言に気をつけろ。陸曹長」

 鋭い眼光に威圧感が増す。
 これだから古参の局員の人と話すのはキツイ。いくつも死線を潜ってるせいか、異様に目に力がある。

「はっ! そのティアナ・ランスターは現在、本局所属の機動六課に居り、先日、模擬戦で問題行動を起こしています」
「それがどうした?」
「兄の死の影響で、随分と追い詰められていたようです。今は問題も解消されて、精神的に落ち着いています。六課の情報は本部には来ないので、お耳に入っていないかと思い、お伝えしました」
「貴様は何故、機動六課の情報が本部に来ないか分かっているのか?」
「本局が地上本部に突つかれないように情報を遮断しているからです」

 オレが正直にそう答えるとコファード一佐の目から威圧感が無くなる。
 コファード一佐は溜息を吐くと、デスクの上にあるお茶を一口飲む。

「私がそれを地上本部に広めれば、六課の不安材料になるかもしれんぞ?」
「ガジェットへの対策を受け持つ一佐が、地上に置けるガジェット対策の有効手段である六課に不利になることはしないと判断しました」
「それだけでは薄いな。本命はなんだ?」

 こちらを見透かすように目を向けてくるコファード一佐に内心、焦りつつ、表面上は冷静にオレは本命の理由を告げる。

「ランディ部隊長が信頼している方なら信頼できると思いました。それに……部下を大事にすると言ってもおられたので」
「ハルバートンめ。話をもらしたのは奴か。部下を大事にする男だから、部下の親類も大事にするとでも思ったか?」
「では、どなたが親類の居ないティアナ・ランスターを支援していたのでしょうか?」
「さぁな。私が知る訳ないだろ? まぁいい。話は終わりだ。私は忙しい」

 コファード一佐はそういうと手を振ってオレを追い払う。
 それに敬礼で答えつつ、オレは踵を返す。

「リアナード陸曹長」
「はい?」
「ティアナ・ランスターは元気か?」
「友人や先輩と仲良くやっているようです」
「そうか。では行け」

 呼び止められた後、全く興味なさ気な感じでコファード一佐が聞いてきた。
 デスクの書類に視線を落としているし、本当に興味がない可能性もあるが。

『素直じゃねぇ男だな』
「どうだか。まぁ六課の事は言わないだろうし、ティアナの事もこれで考えてくれるんじゃないか?」
『そうだな。成長してるって分かっただろうしな。しかし、どうしてこんな性急に動いたんだ?』
「ティアナは執務官志望らしいから。本局に行ったら話す機会がなくなるだろ? おそらく六課が解散するまでが最後のチャンスだ」

 オレはそう言うと凶悪犯罪対策課から出て、ホールトン顧問官を探す。
 少し離れた所にある自販機の前に居たホールトン顧問官がこちらに笑みを向ける。

「上手く行ったかい?」
「まぁまぁです」
「そうかい。それじゃあ食事と行こう。オライオンと言う美味しい店を知っていてね」
「それは楽しみです」

 上機嫌なホールトン顧問官の言葉に笑いを噛み殺しながら、オレはそう答えた。



[36852] 第五十四話
Name: お月見◆31209bc4 ID:2a54bc87
Date: 2013/04/23 06:50
 新暦75年6月4日。



 クラナガン・陸士110部隊本部隊舎。



 はやての誕生日は機動六課の隊舎で祝う事になった為、今回もオレは出席できない。
 去年も出てないので、今年はと思っていたが、残念ながら、陸士110部隊の隊舎と機動六課の隊舎では距離が離れすぎてるため、出席はできない。

「はぁ……」
「溜息を吐くなっす! こっちが悲しくなるっす!!」

 カフェテリアで久々に元第二分隊の四人で座っている時に溜息を吐いたら、マッシュ先輩がそう叫ぶ。

「この悲しみを分かってくれるんですか?」
「違うっす! この四人で唯一予定が無かった自分が悲しくなるんっす!!」

 そうやって今にも泣きそうなマッシュ先輩に呆れつつ、オレはアウル先輩と分隊長を見る。
 元々、今日は第三分隊の担当の日だった。しかし、第三分隊の隊員の二人が本局に資格試験を受けに向かった為、公平なクジ引きで第二分隊からオレと分隊長が穴埋めに選ばれてしまった。
 分隊長は最近付き合い始めた彼女との初デートだったらしく、車を整備し、服を新調し、高級レストランと高級ホテルに予約まで入れていたのに、この様だ。目が死んだ魚のようになっている。レストランとホテルのキャンセル料を取られるだろうし、彼女の印象は最悪だし、哀れとしか言い様がない。
 ガイとロイルもそれぞれ予定があったようで、泣いて頼む分隊長を見ても必死に首を横に振っていた。まぁ突然だったし、しょうがないとしか言えない。
 アウル先輩はアウル先輩で、今回の分隊編成が狂った責任として、夜勤の日を増やされたせいで、とんでもなく落ち込んでいる。
 夜勤を入れられた日は他の部隊の女の子と合コンの日だったらしく、前から楽しみにしていたので、これはこれで哀れだ。

「やかましいぞ。マッシュ。泣きたいのは責任だけ取らされた俺だ……」
「そうだ……。煽りを食らった俺だ……」

 久々に四人揃ったのに全く会話が弾まない。オレも結構ダメージはデカイが、この二人ほどじゃない。それはおそらく本番の誕生日会は後日だからだろう。今日は普通に機動六課は通常稼働だ。それを考えれば、誕生日会もささやかなもので、後日、親しい者でまたやるだろう。
 それを思えば、分隊長とアウル先輩はその日限りを潰された訳だからショックは半端じゃないだろう。

「マッシュ先輩」
「どうしたっすか?」
「面白い事いってください」
「この空気で!? ハードル高いっす!!」

 確かにこの空気で何か言うのは厳しいか。ちょっとフザけた空気にしなければ。
 そう言えば、なのはとテスタロッサ執務官が同じベッドで寝てるって話を結局、マッシュ先輩とアウル先輩にはしてなかったな。

「マッシュ先輩とアウル先輩には言ってなかったですよね? なのはとテスタロッサ執務官が同じベッドで寝てるって」
「なにぃ!?」
「マジっすか!?」
「それは……本当か……?」

 何故か分隊長まで反応した。アウル先輩は驚きすぎて、固まっている。
 まぁマッシュ先輩の反応は予想通りだけど、アウル先輩はもうちょっとノリの良い反応が来るかと思ったのに。

「何で分隊長が反応するんですか……。言いましたよね?」
「忙しすぎてすっかり忘れてた。これは真剣に論議しなくてはいけない問題だ」
「間違いありません……。これは重要な話し合いですね」
「そうっす! やっぱり第二分隊はこう言うノリじゃなきゃダメっす」

 盛り上がる話題が問題な気がする。自分で振っといて何だけど。
 とりあえず、始めるか。

「では、高町なのは、フェイト・テスタロッサ・ハラオウン、両名が同じベッドで寝てる事について、論議してみたいと思います」

 オレが開会宣言をすると、先輩たちが重々しく頷く。
 とんでもなくどうでもいい事にどうして、この人たちは真剣になれるんだろう。多分、任務より、今の方が真剣だ。

「まずは……何が問題なのかから始めましょう」
「問題なんてない!」
「美人が二人で同じベッド……」
「最高っす!」

 ああ、駄目な人たちだ。知ってたけど。
 もう完全に自分の趣味に走ってる。そりゃあ、美人が一緒に寝てれば絵になるが、別に覗くわけでもあるまいし、給料良いんだからベッド、二つ使えよって突っ込む所じゃないんだろうか。
 一つ溜息を吐いて、オレは意見をまとめる。

「つまり、同じベッドで寝てる事については問題ないと?」
「仲がよくてよろしい!」
「想像するだけで素晴らしい……!」
「最高っす!!」
「はい。じゃあ次いきまーす」

 もうどうにでもなれと思いつつ、話を進める。
 親友同士だし、美人なので一緒のベッドで寝てて問題ない。と言う事なら。

「では、今後、両者に会った時の対応はどうすべきでしょうか」
「応援するべきだ!」
「そうっす! 是非とも関係を進めて欲しいっす!」

 一瞬、マッシュ先輩に対して引いてしまったが、分隊長とがっちり握手をしてる所を見ると、この場じゃオレがちょっと違う人らしい。管理局の隊舎のはずなんだけどな。
 アウル先輩が両肘をテーブルについて、組んだ両手を額に当てて、深刻に考え込んでいるので、一応、司会・進行役として話を振る。

「アウル先輩は二人に賛成ですか?」
「賛成したい……。しかし! あれだけの美人、それも二人が、男に見向きもしないなんて……男として悲しすぎる!!」
「……確かに……」
「かなりショックっす……!」

 オレはあなた達の変わらなさ加減にショックです。
 思わず言葉に出してしまいそうになるが、そうするとせっかく盛り上がったのに場が冷めてしまう為、オレは次の議題に進める。

「では、その問題はどうやったら解消できるでしょうか?」

 この答えは予想できる。
 どうせ彼氏をと言う話になり、自分がと言う話になるんだ。その時に無理です。や顔と相談してください。とツッコミを入れれば、オチがつく。
 自分の進行に満足して、会話の流れを探っていたオレの耳にとんでもない言葉が飛び込んでくる。

「そのベッドに忍び込めばいい!」

 アウル先輩の言葉に固まってしまう。
 忍び込む。それはもう犯罪だ。そして、忍び込んだ後を全く考えてない。

「フェイトちゃんとなのはちゃんに挟まれて寝るっす!!」

 まだ時間は十一時だ。眠さで頭がやられるには早い。つまり、地でこれを言ってる事になる。
 逮捕するべきかな。クラナガン、ひいてはミッドのために。

「お前ら! それは間違いなく犯罪だぞ!」

 流石は分隊長。そこらへんは心得てる。ちょっと感動してしまった。こうやって分隊長がブレーキをかけてくれるからオレたちは分隊としてやっていけてたんだ。

「ちょっと忍び込むだけにしとけ!」

 訂正。この人もやっぱダメだ。
 それも犯罪だし。本人たちが居ないなら良いと言う理論にはなりはしない。それが成り立ってしまったらクラナガンは犯罪者だらけになってしまう。

「そうですね。忍びこんで、ベッドを見て……そして」
「匂いだけで我慢っす!!」
「どれもこれも犯罪です!! そんな事したら、なのはだけじゃなくてテスタロッサ執務官もキレますよ!?」

 とんでもない言葉の数々に思わず立ち上がってツッコミを入れてしまう。
 ベッドの匂いって、一体、どういう思考回路をしてるのか。犯罪者を捕まえる管理局員が犯罪者予備軍とか全く笑えない。
 そんな事をしたら、いくら知り合いでも完全終わる。おそらくオレも相当ヤバイ目に遭うだろう。

「それは……ヤバイな……」
「また砲撃か……。テスタロッサ執務官は電気だしな……。怪我じゃすまない可能性もある……」
「まぁ……あれっす。六課に行く事なんてないっすから、落ち着くっす」

 マッシュ先輩に言われて、オレは椅子に座り直しながら確かにと思う。
 このメンツで六課に行く事なんてまずない。流石に一人で何かする人たちじゃない。三人で集まると行動力が半端ないけど。
 そう思って、オレは別の話題を探して、天井を見上げた。
 そのせいで、三人が浮かべた笑顔に気付かなかった。



◆◆◆



 新暦75年6月14日。

 陸士110部隊本部隊舎・部隊長室。



「機動六課に行ってきなさい」

 部隊長に呼び出されたオレはその言葉の意味が理解できずに、敬礼と復唱を忘れて、聞き返す。

「六課にですか……?」
「うん。八神二佐からの直々の要請だよ。前々から決まっていた模擬戦を今日、やりたいそうだ。お昼前にやりたいそうだから、今から向かってもらう事になるね」
「前々から決まっていた模擬戦……? 聞いていませんが?」
「聞いてない? おかしいな。フェルニア君にみんなに伝えておくように言ったのに」

 それは人選ミスだ。同じルームメイトなのにオレに伝え忘れるなんて、あの人は本当にお気楽な人だ。
 はやてが呼んだのは新人の模擬戦の相手をさせる為だろう。たまには違う相手と戦わないと、自分の成長や欠点がわからない時もある。

「了解しました。六課へ向かいます。メンバーは?」
「第二、第三分隊の隊長、副隊長。つまり、元第二分隊で行ってもらうよ。立場上、負ける訳にはいかないからね」
「連携を考えたらベストメンバーですね。新人に負ける事はないと思いますけど、もし負けた場合は?」
「全員減給だよ。三人にも伝えておいてね。三人とも別々で六課に向かうから、君は一人で向かってね。それと、コファードから連絡があったよ」

 敬礼しつつ、これは負けられないと気合を入れた後に、部隊長がそう呟く。拙い。部隊長から話を聞いた事は言ってしまっている。

「怒られたよ……。口が軽いって……」
「申し訳ありません……」
「まぁ、君の話で彼なりに思う所もあったようだよ。ところで、僕は六課のゴタゴタを聞いていないんだけど?」
「八神二佐からは何もなかったんですか?」

 驚いた。はやての事だ。こういう時の対処法としててっきり部隊長には相談がてら、詳細を説明してるかと思ってた。

「ないね。まぁ部隊内のゴタゴタだし、協力してても僕は地上本部に近い人間だしね。そういう所で判断したのかもね」
「なるほど。後日、報告書を出します」
「いや、口で説明してくれるだけでいいよ。報告書だと形に残ってしまうからね。さて、僕も仕事に取り掛かる。君も六課でお仕事に行ってきなさい」

 部隊長の言葉に頷いた後、敬礼して、オレは部隊長室を立ち去った。






 部隊の車を飛ばして、予定よりかなり早めに六課の駐車場に着く。
 お昼まではまだ時間があるため、もう少しのんびり来てもよかったのだが、やはり何かと早めに来た方がお得だ。六課のあの訓練場を使えるかもしれないし、やる気のないだろう先輩たちを遅刻と言って煽る事もできるかもしれない。こっちには減給が掛かっているんだ。負けられない。
 そう思ってた時期があった。

「遅刻だぞ」
「遅刻だ。馬鹿野郎」
「遅刻っす!」

 やたら張り切ってる三人が汗だくでオレにそう言った。普段ですらこんなに汗かくまで訓練しない人たちなのに、今日はどういう風の吹き回しだろうか。

「どうしたんですか……? 一体……」
「どうしたもこうしたもあるか。模擬戦の為の準備だよ」
「いや、それにしたって、どうしてそんな気合入ってるんですか?」

 オレがそう言うとアウル先輩が呆れたように溜息を吐く。なんだか馬鹿にされた気分だ。

「分かってねぇな。俺たちはこれでもクラナガンを任されてる部隊の分隊長、副隊長だぜ? それが本局所属の部隊とは言え、新人に負けてみろ」
「メンツ丸つぶれの責任を取らされて減給は間違いないっす」
「よくお分かりで……。負けたら減給と部隊長が言ってました」

 なるほど。この人たちからすれば、予想できてた展開と言う訳か。減給は確かに嫌だ。しかし、この人たちが本気になったなら負ける事はないだろう。

「カイト。気を引き締めろ。俺たちは首都を守ってきた自信がある。それは守らなきゃいけない自信だ。例え高町教導官が鍛え上げた新人たちであっても、負けはもちろん許されない。そして内容も問われる。俺たちが模擬戦する事は多くの地上部隊の関係者が知っている。これは単なる模擬戦じゃない。陸と海との戦いだ」
「そんな大げさな……。確かに負けられないってのはそうでしょうけど……」
「甘いっす! 陸士110部隊は名前の知られた部隊っす。その分隊が負けただけでも拙いのに、今回は……最強メンバーで望んでるっす」
「負けられねぇんだよ。新人にはな」
「それに記録更新も掛かってるしな」

 記録更新と言われて、オレは首を傾げる。一体、なんの記録だろうか。
 オレの様子に三人が同時に溜息を吐く。

「アトスたちを逃して以降、俺たち第二分隊が揃って負けた事はない」
「犯人も全員確保してるっす!」
「だから今回も勝って記録更新だ! いいな!?」
「は、はい!」

 分隊長に気合を入れられる形になったオレは、背筋を伸ばして敬礼した。本当にどうしたんだろうか。メンツとか誇りとかにこだわる人たちじゃない筈なんだけど。
 三人のやる気が何故か不安だ。
 とは言え、負けられないのは事実だし、言ってる事は間違ってない。
 オレは快晴の青空を見上げながら、自分に気合を入れた。



[36852] 第五十五話
Name: お月見◆31209bc4 ID:2a54bc87
Date: 2013/04/27 02:11
 機動六課・訓練場。



 廃棄都市が再現された訓練場を真剣な顔で分隊長が見渡す。

「ほぼ本物と見ていいな。戦い方はどうする?」
「そうですね。向こうもこっちも大規模な砲撃魔導師が居ない以上、戦いやすさは変わらないと見て、いつも通り、積極的に行くのもありじゃないですか?」
「そうは言っても向こうはこれで訓練してるっすよ? 地の利は向こうにあると見るべきっす。それに加えて、カイトが多少知ってるとは言え、知らなすぎる相手っす。ここはどっしり構えて様子を見るべきっす」

 アウル先輩とマッシュ先輩がそれぞれ自分の考えを言う。
 どちらも間違ってはいない。新人の経験不足を違った形で突こうとしているだけだ。
 アウル先輩は積極的に攻めて、後手後手に回らせて、焦らせるのが目的で、マッシュ先輩は持久戦での判断ミスや連携ミスなど、相手のミスを誘うのが目的だ。
 どちらもこちらが上である事が前提で、実際、単純比較じゃこっちが上である事は間違いない。一ヶ月後はどうだか知らないけれど。

「カイトはまた別の意見らしいな?」

 分隊長に話を振られて、頷く。
 積極的に攻めての短期戦。守勢に回っての持久戦。どちらも一長一短だ。だが、どちらもオレたちがやれば優勢に回れる事は間違いない。
 アウル先輩の案ならアウル先輩とオレを軸に、マッシュ先輩の案ならマッシュ先輩と分隊長を軸にして、いくらでも戦術の幅を広げる事が出来る。四人全員がそれぞれ判断でき、それぞれ、攻守の軸になれる。それがオレたちの強み。
 だが。

「一人、厄介な新人が居ます。その子をどうにかしないと、短期戦なら上手く凌がれ、持久戦ならこちらが後手から抜け出せなくなる可能性があります」
「名前は?」
「ティアナ・ランスター。向こうの指揮官で、センターガードです。精密射撃での前衛援護から、幻術を使ったかく乱、奇襲。加えて、頭脳戦も得意で、現状把握、対策、戦術考案と色々引き出しを持っています」
「新人ねぇ……。どこから拾ってきたんだか。ウチの部隊長も真っ青だな」

 分隊長が顔を顰めながらそう呟く。全く同意見だ。
 アウル先輩とマッシュ先輩が頭を捻る。
 どうするべきか考えているんだろうが、この場合、正しい選択と言うのはない。警戒くらいが唯一の手の気がするが。

「よし。じゃあ、その子を四人で速攻で倒すぞ」
「内容が求められるんじゃ……」
「要注意はさっさと潰す。カイトを軸にした電撃戦。最優先目標はティアナ・ランスター。これがプランAだ」

 プランAってことはBもあるんだろう。
 次善策を用意するって事は。

「読まれてると?」

 アウル先輩が分隊長へ聞く。分隊長はニヤリと笑いながら頷く。

「高町教導官の教え子だぞ? 用心はしとくべきだ。それに新人の指令役なら、自分の重要性は教えられてるだろうし、分かってるだろう」
「確かに、指令役を潰されたら、他の奴が指令役って訳には行かないでしょうからね」
「そうっすね。向こうは陸士。元々、人に指示を出す階級じゃないっすし」

 アウル先輩とマッシュ先輩がそれぞれ頷きながら、分隊長の意見に賛同する。当然だが、オレに異論はない。
 問題は。

「プランBはどういう作戦ですか?」
「狙われるのが分かっていれば、おそらく幻術で俺たちを躱して、逆に俺たちの誰かを集中攻撃するだろう。まぁ防御が薄そうなカイトかマッシュだろうな。俺やアウルだと防がれる可能性が高すぎる。カイトは間違いなく情報が漏れてるから気を付けろ」
「分かりました。それでどうしますか?」
「力技で数秒間押さえ込め。その間に竜召喚の子をアウルが潰せ。アウルに攻撃が来たらカイトが行け。集中攻撃じゃない場合もカイトだ。一瞬で黙らせろ。これがプランB。成功すれば最大火力の竜を防げる。相手の決定打を一つ潰せれば、策じゃどうにもできない差が出来る。防がれた場合は、今度はプランCに移行。相性のミスマッチを起こして、各個撃破する。赤い髪の子は俺。竜召喚の子はアウルかカイトの向かった方だ。空いてる方がランスターで、マッシュはあの青い髪の子だ」
「それも読まれて、こっちがやり辛い相手が来たらどうするっすか?」

 その可能性は十分に有り得る。基礎をしっかりこなして、最近の出動じゃ上手く相手を出し抜いたらしいティアナだ。こちらの経験に基づいた策も持ち前の頭脳でどうにかしかねない。
 相手はなのはが付きっきりで教えているセンターガードだ。警戒しておくに越した事はない。

「そうなったら頭脳戦、策の掛け合いは終わりだ。連携させないように周りから距離を離させて、力で倒せ」
「了解っす!」
「分かりました! 新人に目にもの見してやりましょう!」
「了解です」

 分隊長の言葉にオレを含めた三人が三人なりの返答を返す。
 しかし、どうにも嫌な予感が拭えない。
 新人たちの成長を知っているからと言うのもあるが、一番はなのはの教え子たちと言う所だ。
 個人の能力、分隊での連携までは予想がつく。短い間だったのを考えれば、この二つに絞って練習してるはずだ。オレが指導役だったらそうする。しかし、機動六課の指導役は高町なのはだ。そして、なのはだけじゃなくテスタロッサ執務官やヴォルケンリッターも教導に参加しており、挙げ句の果てにははやてまでもが訓練の様子を第三者視点から見てアドバイスをしているらしい。
 それらを考えれば。

「ちょっと拙いか……?」

 先輩たちに聞こえないようにオレはそう呟いた。



◆◆◆



『じゃあ双方準備はいいかな?』

 なのはが空間モニターを開いて、そう聞いてくる。こちらに返す人間はいないが。既に意識は戦闘モードだ。いつ掛け声が掛かっても走り出せるように準備している。

『うん。じゃあ、陸士110部隊対機動六課フォワード陣の模擬戦を始めたいと思います。レディー』

 体に緊張が走る。模擬戦とは言え、こっちも向こうも本気だ。力もほぼ全力近くまで出すだろう。
 気は抜けない。

『ゴー!!』

 声と同時にオレたちは走り出す。
 先頭はオレで、先輩たち三人はサーチャーを飛ばして、索敵に入ってる。

「居たぞ! 南方向! 向こうも近づいてる!」
「了解! ヴァリアント!」
『接敵までは一分って所だ』
「どう攻めます?」

 オレのすぐ後ろにいるアウル先輩が、サーチャーの情報を見ている分隊長に聞く。
 待ち伏せと言うのは厳しい。向こうにもこちらの位置がバレてる。

「カイトは先行してこの先のビルの上から強襲。マッシュとオレは射撃と砲撃で向こうをバラかす。アウルは正面から狙え!」
「了解!」

 先行を命じられたオレは一足先に進む。
 向こうより早く、そして悟られずにポイントに向かわなければいけない。

「少し遠回りするぞ」
『ミーティア・アクション』

 この辺じゃ一番高い高層ビルに対して、回り込むような道を選択する。

『残り三十秒』

 思った以上に時間がない。向こうも何かを狙ってたか。
 高層ビルよち低いビルの屋上に上がると、それよりも大きいビルへと飛び移り、ある程度の高さまで来たら、高層ビルの壁に接近して、そのまま壁を駆け上がる。
 あと少しと言う所で壁から足が離れる。

『残り十秒。もう向こう側にいるぞ!』
「ちっ! シュヴァンツ!!」

 右手のシュヴァンツを起動させて、屋上の貯水庫に巻きつける。
 そのままシュヴァンツを巻き上げ、屋上に無事着地すると同時にビルの反対側に向かって駆け出す。

『残り五秒』

 反対側から飛び降りる。
 自然落下じゃ間に合わない。

「ミーティア・ムーヴ!」
『ギア・ファースト』

 ここまで来れば大きな魔力反応で探知されても問題ない。
 ビルの壁を蹴る。
 下では分隊長とマッシュ先輩の砲撃と射撃で、新人たちがバラけて、ティアナの周りにはキャロがいるが、エリオとスバルは居ない。竜の攻撃には時間が掛かるキャロはこの場合、脅威じゃない。
 アウル先輩がティアナに突撃していく。アウル先輩の突進に気づいたティアナが身構える。

「身構える?」

 おかしい。ティアナは射撃型の魔導師だ。アウル先輩の突進に対して身構える暇があれば、魔力弾を撃つ筈だ。
 キャロがこちらに気づいて、こちらも身構えた。
 有り得ない。どうするつもりだ。

『相棒! ちょっと拙いぞ!』
『止まれ! カイト!! 幻術だ!』

 ヴァリアントの警告と分隊長の静止のすぐ後、キャロの足元に魔法陣が浮かび上がり、こちらに向かってデバイスを構えた。
 構えたのは槍だ。同時にキャロがエリオに変わる。いや、戻る。
 
「はぁぁぁぁ!!!!」
『スピーアアングリフ』

 自然落下に加えて、ミーティアによる一直線の加速中のオレに向かって、エリオを直線加速の突撃技を仕掛けてきた。

「しまった!?」

 両腰のフォルダーからグラディウスを引き抜くと、体の前で交差する。このタイミングじゃよけられない。
 ティアナの姿がいつの間にかスバルへと変わっている。
 やられた。完璧に罠に嵌められた。こちらが仕掛ければ後手に回ると思っていたが、あらかじめ先手を打ってくるなんて。
 エリオのデバイスの先端とグラディウスの魔力刃が衝突する。
 オレは勢いが付いているが、目標だった場所とは微妙に違うポイントからエリオが攻めてきた為、全く勢いが生かせない。
 体が押される。
 このままじゃ不利と判断して、自分からビルに突っ込んで、無理矢理エリオの突進技から離れる。
 体にちょっとした痛みが走るが、気にしてられない。向こうも空戦は出来ないが、オレのミーティアより応用が利く移動手段を持っている筈だ。なにせテスタロッサ執務官と同タイプだ。教えない訳が無い。

『ソニックムーヴ』

 オレが無理矢理ビルに突っ込んだ時に空いた穴を通って、ビルの内部にエリオが入ってくる。

「一つ聞いていいか?」
「なんでしょうか?」

 槍型のデバイスを油断なく構え、オレと対峙しているエリオに問いかける。

「ここまで上手く嵌められると、少しばかり第三者の存在を疑いたくなる。誰にオレたちの特徴を聞いた?」
「リアナード陸曹長と対峙したら、必ず聞かれるからと、伝言を受け取ってます。負けたくないんやもんっとのことです」

 なるほど。そういうことか。
 なりふり構わず勝ちに来たか。
 流石は部隊長。やはり機動六課の名は大事か。こっちには正々堂々戦おうなんてフザけたこと言っておいて、これとは、後で覚えてろ。

「よくわかった。分隊長の作戦傾向やこっちの作戦の幅まで読まれてるなら、後はパターン化して対応するだけだからな。それぞれに苦手な相手をぶつけて、勝つのが作戦か」
「だいたい、そんな感じです」

 オレにはエリオ、アウル先輩にはスバル。
 オレは速さ勝負になるが、こういう時は小回りの利く方が有利だ。
 アウル先輩はガチガチの殴り合いだろうが、一点突破が通用しない以上、確実に消耗戦だろう。
 マッシュ先輩にはキャロと竜だろう。一撃一撃が軽いマッシュ先輩にとって、竜を相手にするのは最も避けたい事態だっただろうに。
 分隊長も対人戦以外は苦手だから、キャロをぶつける可能性もあるが、ティアナと分隊長がやりあえば、お互い頭脳戦で奇策が通じず、硬直する筈。
 向こうの軸はエリオとキャロ。オレかマッシュ先輩がやられるのを他の二人が待つパターンだろう。

「舐められたもんだな……」
「全力でいきます!」

 エリオはそういうと、槍を中段に構える。
 先輩たちは心配ないだろう。全力でやるかは別だが、割と本気の筈だ。
 多少、相性が悪かろうが、あの人たちなら問題ない。

『ブリッツアクション』

 エリオの動作が加速されて、一気にオレとの距離をつめてくる。
 速い。直線的な動きだが、スピードだけならテスタロッサ執務官並みだ。オレと戦った時のテスタロッサ執務官のだが。あれはまるで全力じゃ無かっただろうし、結構前の話だ。今は更にレベルアップしてるだろう。

「はっ!」

 気合と共に突き出された槍を二本のグラディウスを交差させて受け止める。
 そして、動きの止まったエリオに対して、蹴りを見舞う。

「くっ!」

 直撃じゃないが掠った。
 反応も速いな。正直、スピードに振り回されてると思っていたが、そうでもないらしい。天性の素質かはたまた訓練でのレベルアップか。

「ヴァリアント。割と全力で行くぞ」
『まぁ先にやってきたのは八神の嬢ちゃんだ。自業自得と言った所か。口さえ出さなきゃ良い勝負だったろうに』
「ミーティア・ムーヴ」
『ギア・セカンド』
「グラディウス・モード2」

 消費魔力が一気に増大する。
 最近じゃギア・セカンドとモード2を併用することが増えている。
 魔力運用に慣れたせいか、この併用状態でも十分な時間戦えるようになったのも一つの理由だが、確実に敵が強くなっているからというのが一番の理由だ。
 アーガスさんから送られてくる訓練メニューをこなしつつも、あまり自分が強くなった自覚はない。
 今日は少し試させてもらおう。

「行くぞ? エリオ。スピード勝負だ!!」
「望む所です!!」

 オレの蹴りで再び開いていた距離が一瞬で縮まる。
 グラディウスの魔力刃でエリオの槍を受け止める。
 エリオの攻撃は鋭い。そして苛烈だ。一度攻められると、中々反撃の糸口が見当たらないほどに。
 ミーティア・ムーヴとアクションを同時併用して、ビルの中という閉鎖空間でエリオと相手の死角に回り込むための移動を繰り返す。
 エリオの攻撃は二本のグラディウスで完璧に捌ききる。攻撃は時たま行うが、今は防御に集中する。
 エリオには悪いが、エリオ程度の攻撃を裁けないようじゃ、アトスたちには手も足も出ない。
 何度か見えた隙をわざと見逃す。求めているのは確実な一撃で、無駄な攻めをする気はない。
 一撃で倒す。
 エリオの攻撃も移動も素直で癖がない。それは基本に忠実で、それだからこそあのスピードを御しきれるのだろうが、それ故に読みやすい。
 加えて、緩急がなく、全てトップスピードの為、慣れてしまえば、そのスピードへの脅威が無くなる。

「自分と同レベルで動ける相手との経験が足りないぞ。シグナムさんかテスタロッサ執務官にもっと相手をしてもらえ」
「お二人とも忙しいんです!」
「なら、代わりに教えてやる」

 近づく僅かな時間で会話しつつ、オレはエリオの弱点を教えるために、敢えて、足を止める。
 エリオもそれに合わせて動きを止める。
 エリオがカートリッジをロードして、爆発的に魔力を上げる。全力の一撃だろう。
 その全力が仇だ。

「はぁぁぁぁぁ!!!!」

 瞬間移動のような速さでエリオが突撃してくる。エリオの頭では、こちらも全力で何かすると思っているだろうが。
 全力ばかりが全てじゃない。

「一撃一撃全力なのは構わないが、躱された時の事も考えろ」
『ギア・サード』

 ギア・サードを使って一瞬でエリオの突撃を躱して、後ろに回り込む。

『ギア・ファースト』

 後ろに回り込んだ以上、ギア・サードは不要。セカンドも距離を考えれば不要。状況的にはファーストで事足りる。
 エリオが咄嗟に振り向く。

「シュヴァンツ!!」

 とはいえ、振り向くだろう事は予想範囲内。エリオの射程距離にわざわざ入るような事はしない。
 右手のシュヴァンツでエリオを縛り上げる。これに関してはエリオの魔力を警戒して、二重回路を使用して、シュヴァンツの強度を上げる。

「こちらハンター2。敵を捕獲」
『遅いぞ。こっちはもう終わった』

 分隊長に念話で連絡すると、そう返って来た。
 幾らなんでも早すぎる。一体、何があったのか。

『竜の砲撃でやられて、確保されたから、後頼むっす』
『悪いな。カイト』

 マッシュ先輩とアウル先輩からも念話が来る。
 今、この人たちは何と言った。
 砲撃にやられて確保されたと言わなかったか。

『相棒。完全に囲まれた』
「ちっ!」

 舌打ちと同時にエリオを新たに生成したバインドで固定して、オレはビルの外を目指す。
 外を見れば、スバルの魔法で作られた通路を使って、ティアナがこちらを補足しながら追いかけてきている。
 幾つもの射撃魔法がビルの壁や窓を突き破って、オレを襲う。
 直撃コースの魔力弾をグラディウスで弾き、窓を突き破ってビルの外に飛び出る。
 待っていたのは砲撃を準備していたキャロの竜だった。

『万事休すだな』
「言ってる場合か!?」
「フリード! ブラストレイ!!」

 落下中のオレに竜が砲撃を照準する。
 ヤバイ。下か上に。
 そう思ってみて、周りが全て、スバルの通路で塞がれた事に気づく。下からはスバルが、上からはティアナがそれぞれの魔法で狙っている。

「クロスファイア」
「ディバイーン」

 これは終わったな。あの先輩たちを破るなんて、この子らは一体、どんな手を使ったのだろうか。

「シュート!!」
「バスター!!」

 竜の砲撃、ティアナの魔力弾、そしてスバルのバスター。三方向からの魔法に顔を引きつらせつつ、どれが一番痛くないかなぁと考えてる間に、オレは全てを食らった。

『そこまで! 模擬戦終了。機動六課フォワードチームの勝利!』

 妙に生き生きしてるなのはの声を聞きながら、オレは意識を失った。



[36852] 第五十六話
Name: お月見◆31209bc4 ID:2a54bc87
Date: 2013/04/29 11:25
 機動六課・隊舎寮。



「計画通りっす! 流石は分隊長っす!」
「そんなに褒めるな」

 俺に対して、マッシュがそうやって賞賛する。
 まぁこれだけ計画通りに事が運べば、誰でも賞賛してしまうだろう。

「邪魔なカイトは医務室で、テスタロッサ執務官や高町教導官は新人について居て、八神二佐はカイトの付き添い。これで心おきなく本来の任務に戻れる」

 アウルの言葉に俺とマッシュは大きく頷く。
 本来の任務。つまり、高町教導官とテスタロッサ執務官の部屋を見る事。
 俺としては本当にベッドが一つなのか気になるから、ベッドが一つだったらすぐに帰る。アウルとマッシュはその先にも踏み込みたいようだが、それは流石に犯罪だから止めるが。

「じゃあ行くぞ」

 俺はアウルとマッシュを引き連れて、六課の寮へと入る。何か言われたら迷ってしまって、と言うつもりだ。
 女性の寮で、誰かに見つかった瞬間、そう言って、すぐに立ち去れば問題ない。
 寮母の人も居るらしいし、ここは慎重に、かつ迅速に行かなければ。
 一階を見て回るが、高町教導官とテスタロッサ執務官の名前はない。

「上の階か」

 そう言って二人を連れて、俺は階段を上がる。
 やはり士官クラスの部屋は上の方の部屋だろう。
 真ん中の階を抜かして、一番上の階にさっさと上がる。

「あれですかね?」

 アウルが階段を上がって、すぐにそう言う。
 視線の先には高町とテスタロッサと書かれた札がある。
 見つけた。

「あそこだな。行くぞ」

 まずもって簡単にはドアを開けられないだろうが、そこは知恵と技術でどうにかする。それで時間を大分持っていかれるだろうが、俺の目的であるベッドの数は分かる。
 マッシュとアウルの目的はよくわからないが、まぁ時間切れと言えば諦めるだろう。

「いいか? 時間が勝負だ」
「何をしているんだ?」

 俺の後ろから低い声がかけられる。
 後ろを振り向けば、蒼い狼が居た。
 ザフィーラがそこに居た。任務で一緒して以来だが、全く変わってないな。

「ザフィーラ? 久しぶりだな? そっちこそ何をしてるんだ?」
「久しいな。私か? 私は部屋に戻りに来ただけだ」

 ザフィーラが視線で部屋を示す。
 そこには高町とテスタロッサと言う字が書いてある。
 俺はもちろん、マッシュとアウルもが一歩引いた。
 八神二佐の守護獣と言う立場を利用して一体何を。

「勘違いしているようだから言っておくが、護衛任務だ」
「あー、なるほど。……うん? 誰を護衛するんだ?」

 当然の疑問だ。この部屋の主は二人とも今は仕事をしている。ザフィーラの護衛が必要な人間がこの部屋に居るとは思えない。

「ああ、それはだな」

 ザフィーラが何かを説明しようとした時、部屋のドアが開いた。
 何故ドアが開く。まさか高町教導官やテスタロッサ執務官が知らぬ間に部屋に居たのか。いや、それとも寮母の人だろうか。それは拙いが、見方によってはザフィーラに助けられた形か。
 俺は反射的に敬礼する。
 ドアが開く。しかし、ドアが開いても敬礼対象が現れない。
 おかしいと思いつつ、視線を下に向ければ、ぬいぐるみを持ったパジャマ姿の小さな女の子が居た。思わず固まってしまった。

「ザフィーぁ……ママはぁ~?」

 寝ぼけているのか、ザフィーラのラの部分を言えてない。加えていれば、俺たちに気づいても居ない。
 しかし、そんな少女はとんでもない事を言った。
 ママと。
 ママとは一体誰だ。
 ここは高町教導官とテスタロッサ執務官の部屋で、そこから出てきた少女がママと言った。つまり。

『ぐずられても困る。声を出すな』
『この子は?』
「ザフィーァ……なのはママとフェイトママはぁ……?」

 確かに見知らぬ男が三人も居れば泣きかねないが、しかし、そんな事に気を使ってはいられない。
 今、この子は何と言った。

『……なのはママにフェイトママ……?』

 アウルが顔面蒼白になりながら呟く。
 ザフィーラは俺たちが混乱している間に小さな少女を手早く部屋の中に戻す。手馴れてる。喋らないのは怖がらせない為か。
 見たところ少女はどんなに低くても四、五歳くらいと言ったところだ。実際はもう少し年齢は高いかもしれない。
 その子がなのはママとフェイトママと言った。ここから来る答えは一つ。

「二人の子供っす……か?」
「両方ママなんだな……」

 アウルが意味不明なツッコミを入れる。もっと色々ツッコミを入れなきゃいけない場所はある。しかし、確かにそうだ。どっちかがパパじゃなきゃ成立しないはずだが。

「すまん。それで? あの子の事だったな。二人の子供と言って差支えはない」

 ザフィーラが部屋から出てきてそう言った。
 それを聞いた瞬間、アウルがあまりのショックにフラフラと膝をつく。俺も足から力が抜けそうだ。
 ミッドの技術はそこまで進んだか。いや、そうじゃない。技術うんむんより、二人がそういう関係だったと言う事だ。
 ダブルママとは恐れ入った。今日一番のダメージだ。

「そ、そうか……。俺たちは道に迷っただけだから気にしないでくれ……。自分たちで帰るから……」
「大丈夫か? 三人とも顔が青いぞ? まぁここを離れられんから、自力で戻ってくれるなら助かるが」
「そういうことで、俺たちは戻る……。じゃあな。ザフィーラも大変だな……」

 そう言って、俺とマッシュとアウルはフラフラとおぼつかない足取りで寮の階段を降り始めた。



◆◆◆



 機動六課・医務室。



 目が覚めたらはやての顔が視界に飛び込んできた。
 いつもと違い、すぐに状況を把握できたのは、大した時間を気絶していないからか、それともダメージが少ないからか。

「おはようさん。新人に気絶させられた気分はどないや? カイト君」

 はやてが勝ち誇った笑みを浮かべながらそう聞いてくる。
 半眼でにらみつつ、はやてに対して言う。

「それが自分の部隊の人間が気絶させてしまった人間に言う言葉?」
「気絶させられる方が悪いねん」

 すぐさま笑顔でそう返された。それを言われると何も言えない。
 
「……ヴァリアントは?」
「デバイスルームや。助けを求めても無駄やで?」 
 
 ここで何を言っても言い訳だ。そして口じゃはやてには勝てない。
 そう判断して、小さく溜息を吐いてから体を起こす。

「落ち込んでもうた? それともへこんでもうた?」
「両方意味は変わらないだろ……。正直、驚いてる」
「どっちに? 味方に相手に?」
「もちろん味方だよ」

 間違いなく負ける相手じゃなかった。手加減しても負ける筈はない。
 負けたのはあの人たちがわざと負けたからだ。

「新人のみんなは喜んどったよ。まぐれでも勝てたって。それだけ上手く負けたんやし、最初から狙ってたんやろうな」
「言ってくれればいいのに……。妙にやる気出してて、地上のメンツとか言うからかなり本気でやったのに」
「カイト君は演技下手やからやし、上手く負けるには実力が足りひんやろ? 圧倒的に勝つのより、ある程度実力の離れてる相手に違和感なく勝たせるほうが難しいんやで?」

 はやてにそう言われて、もう一度溜息を吐く。
 実際、はやての言葉は正しい。それは理解してる。
 しかし、納得いかない。何故負ける必要があったのか。

「なんでわざと負けたんだろう?」
「せやねぇ。私たちとしては嬉しい限りやけど、そっちにはあんまりメリットはないから、私も不思議や」
「本部からうるさく言われるだろうし、減給も……」

 自分で言って気が付く。
 そうだ。減給があったんだ。
 すっかり忘れてた。この前の命令違反でも減給食らってるのにその上、更に減給だ。

「うーん、やっぱり六課に恩を売りに来たんやろうか? これで評判は改善されるやろうし、評価も上がる。まぐれ勝ちに見せた事で自分達の評価ダウンは最低限やし」
「そんな理由で……」
「そんな理由って言っても、私としてはランディ部隊長からのお願いを断り辛くなってしもうたんよ? そうやって周りの部隊に恩を売るのが陸士110部隊やろ?」

 それはそうだが、そういう時は部隊長の指示がある。
 今回は部隊長が勝てと言ってきた模擬戦だ。それはつまり部隊長からの指示じゃなくて、先輩たちの独断と言う事だ。

「オレを巻き添えにされても困る……。まぁそう思うなら、一人で四人倒すべきだったんだけど」
「それはちょっと厳しいよ。リミッターがあったら私も厳しいもん」

 声の方を見たら執務官の黒い制服姿のテスタロッサ執務官が居た。横には陸士の制服のエリオが居る。

「フェイトちゃん? どないしたん? まだミーティング中やろ?」
「うん、今はそれぞれ隊長、副隊長が個別に注意点を教えてて、私はエリオを教えてたんだけど」
「僕がリアナード陸曹長とお話したいと無理を言ったんです」

 テスタロッサ執務官がこちらに視線を向けて、意味深に目に力を入れる。
 変な事を言うな、教えるなと言う所か。過保護モードに移行したな。

「お話をして頂いても問題ありませんか?」
「オレは大丈夫だ。なんなら今から訓練場に行って、色々やるか?」
「駄目や」
「ダメだよ」

 ベッドから立ち上がろうとして二人に止められる。

「カイト。エリオは模擬戦を終えたばかりだし、過度な訓練は体に悪いんだから、そんな事言ったらダメだよ」
「私はカイト君は安静中やからって言おう思ったんやで? カイト君を心配したんよ? 本当やで」
「気にしなくていいよ……。もう慣れた」

 そう言いつつ、心の中で溜息を吐く。
 そろそろこの人も、過度な訓練ならぬ過度な愛情が色々問題だって事に気づかないかな。
 まぁ九歳の子供に対する愛情と言えば、そこまで過度とは言えないけれど。ただ、エリオは大人過ぎる。本人の精神レベルにあった対応をしてあげないと、困惑するだけだろう。

「えっと、リアナード陸曹長。僕の改善点を教えて貰えませんか?」
「対人戦の経験が足りない。テスタロッサ執務官やシグナムさんにもっと相手をして貰え。以上」

 戦いながら思った事をかなり簡潔にして伝える。頭の良い子だし、一から十まで教えるよりは、一、二を教えて、自分で考えさせる方がいいだろう。
 しかし、オレの言葉を聞いて、エリオは困った表情をする。

「その……お二人はお忙しいので……」

 オレはテスタロッサ執務官を見る。とても申し訳なさそうな顔でエリオを見ている。自分の分隊員を相手に出来ないのは問題だが、執務官であるなら仕方ないのか。捜査主任だし。

「じゃあ、誰か居るか?」
「高機動戦を得意としてる人は中々居らへんよ。なのはちゃんもそこらへん悩んでるみたいやし、カイト君。どうや? たまにこっち来てくれへん?」

 はやての思わぬ提案にしばし考える。
 どうしても六課の位置がネックになる。オフシフトの時にはこれない。完全休暇の時しか無理だ。

「休暇の日ならいいけど、中々休暇が取れないから頻繁には無理だ。はやての方から部隊長に聞いてみてくれる? オレじゃ決められない」
「って事は、カイト君自身は良い訳やな?」
「まぁ、似たタイプとの訓練はオレも本局に行かなきゃ無いし、好都合と言えば好都合だよ」
「本当ですか!? ありがとうございます!!」

 エリオが思いっきり頭を下げる。
 その様子を複雑そうな顔でテスタロッサ執務官が見つめる。

『どうかしましたか? テスタロッサ執務官』
『カイト……。エリオを取らないでね……?』
『取るもなにも、時たま訓練を一緒にするだけですよ』
『でも、私が時間を作れないからカイトに頼る事になったんだよ? それって負けたって事だよね……?』

 マルチタスクを使用し、念話で話しているのに、何故かテスタロッサ執務官の顔が半泣きに変わる。どれだけ動揺してるんだ。

『フェイトちゃん。ここはポジティブに考えるんや』
『はやて? どう考えればいいの?』
『フェイトちゃんお得意の子供との触れ合いでカイト君が勝った言う事は、明日からカイト君はフェイトちゃんの事を名前で読んでくれるで! これでしっかり友達や!』

 そんな単純な考え方をテスタロッサ執務官がするわけないだろう。
 何より、テスタロッサ執務官は名前で読んでもらう事に何らかの思い入れがあるようだが、だからと言って、オレが名前を呼ぶ事はそこまでの効果はない。

『そうだね! これでカイトから名前を読んでもらえるよ!!』

 いいのかよ。相変わらずよくわからない人だ。それは天然な人に共通してはいるけれど。
 はやてがドヤ顔をオレに向けてくるが、これならずっと落ち込んでくれてた方がマシだ。

「カイト、カイト」

 オレの名前を呼ぶテスタロッサ執務官を見て、エリオが不思議そうに首を傾げる。
 そりゃあいきなり目を輝かせて、オレの名前を呼べば不思議だろう。さて、どうするべきか。

『カイト……? 起きてるか?』
『起きてますよ。アウル先輩』

 アウル先輩から突如として念話が飛んできた。かなり疲れてるようだが、何かあったのだろうか。

『俺たちはもう帰る……。お前はゆっくり帰ってこい……』
『了解です。どうしたんですか? 疲れてるみたいですけど?』
『現実の悲惨さに打ちのめされて、人生に疲れた……』
『一体、何があったんですか?』
『色々な……。執務官と教導官に頑張ってくださいと伝えてくれ……』

 そう言って、アウル先輩は一方的に念話を切った。
 結局、何があったか分からなかった。

「はやて。分隊長たちにオレが寝てる間に何かあった?」
「さぁ? 知らへんよ? ザフィーラが、三人が道に迷ってるって言ってたけど」
「それだけ? 何か執務官と教導官に頑張ってくださいって伝えろって言ってたけど」
「フェイトちゃんとなのはちゃんの事やな? 頑張ってください? 何を応援するんやろうか? 仕事は前からやし、最近の事やろうか?」
「あっ! もしかしてヴィヴィオの事かも!」

 テスタロッサ執務官が両手を合わせてそう言う。
 良い傾向だ。この調子で、さっきまでの流れは忘れてくれ。

「あー! そうかもしれへんな!」
「ヴィヴィオって誰だ?」
「なのはさんとフェイトさんが保護してる女の子ですよ」
「書類上は私となのははその子のママみたいなものなんだ。フェイトママって呼んでくれるんだよ」

 嬉しそうにテスタロッサ執務官が笑う。
 なるほど。二人のママか。現実の悲惨さってのはそれの事か。頑張ってくださいも違う意味で頑張れって事だろう。
 まぁそれならそう勘違いさせとくか。オレとしてはその方が助かるし。

「そうか。なのはもフェイトも大変だな」
「えらく素直やな? 今日まで張ってた意地はどこ行ったん?」
「最大の障害が排除されたから問題ない」

 軽く笑いながら、そう言うと、エリオも含めて、三人が首を傾げる。
 そりゃあわからんだろうな。こっちの話だし。
 そんな様子にまた、オレは笑った。



[36852] 第五十七話
Name: お月見◆31209bc4 ID:2a54bc87
Date: 2013/05/01 12:10
 新暦75年6月27日。



 機動六課・訓練場。



 左右のグラディウスでエリオの槍の先を捌く。
 下から来る攻撃は思っていたよりもやりにくい。いつもはオレが下の立場だが、今回はそうではない。
 平均身長より低いオレだが、流石に九歳の子供とは身長にかなりの差がある。それが思った以上にオレの感覚を狂わせる。
 そしてもう一つ、オレを手こずらせる要素がある。

「はっ!!」

 気合と共に突き出された槍を後ろに下がって避けようとするが、思った以上に伸びてきてグラディウスで受け止める羽目になる。体勢が崩れる。
 エリオのリーチはオレより短いが、槍を伸ばした時はオレよりもリーチが長くなる。この間合いの極端な変化がオレにやりにくさを覚えさせていた。
 こういう場合はミーティア・ムーヴかミーティア・アクションで距離を取るべきなのだが、その二つは禁止されているし。

「二人とも! もっと距離を詰めて!」

 近場でプカプカと浮いている空のエースに距離を詰めた戦いに限定されている為、距離はとれない。
 なのはの近くにはアクセルシューターが浮いている。一体、何に使う気なのか想像もしたくない。そんなもの出さなくてもルールは破らないって。
 エリオが真っ直ぐ体重を乗せた突きを繰り出す。
 それを左手のグラディウスで、オレの右側に流すと、そのまま少しだけ前に出る。
 エリオの右側に入り込んだオレはがら空きの横腹に右のグラディウスを振る。
 グラディウスとエリオの槍には、この訓練をやる前に厳重に出力リミッターをかけられているため、軽く叩かれた程度の出力しか出せない。どれだけ魔力を込めてもだ。
 そのせいで繊細な魔力コントロールを求められ、オレの精神的負担は半端じゃない。しかもエリオと何度か模擬戦をした後の為、体力も空に近い。一方、エリオはなのはのギリギリな訓練を毎日課せられてるだけあって、まだ余裕そうな顔している。
 そのため、この攻撃で決めなきゃいけない。
 いけないのだが、エリオは咄嗟に前に飛び込むようにジャンプする。
 どういう反応速度をしているのか。見事に背後に回られてしまった。
 振り返っている暇はない。すでにエリオは攻撃動作に移っているだろう。
 左手のグラディウスを逆手で後ろへ突き出す。かなり運任せの攻撃だ。当たればラッキーだし、当たっても何にも嬉しくないが、それ以上にエリオにまだ負ける訳にはいかない。
 背中に軽い衝撃と左手に僅かな手応えが来る。

「そこまで! 引き分けだね。カイト君の攻撃はかなりマグレだけど」
「分かってるから言うなよ……。こっちは疲れてるんだよ」
「それはエリオも一緒だよ。ね? エリオ」

 地面に情けなく座り込んだオレの傍に降りてきたなのはがエリオに問いかける。
 それに対して、焦ったようにエリオは手をばたつかせて言葉を発する。

「い、いえ! 僕はカイトさんと訓練する時は軽いメニューにしてもらってますし……」

 エリオ。それは全くフォローになってないぞ。僕はまだ疲れてませんって言ってるの変わらない。オレはこんなに疲れてるのに。

「エリオは疲れてないみたいだよ?」
「オレは疲れたの。それでだ。例の件はどうなってる?」
「話題を変えたね? まぁいいけど。大体、謎は解けたよ。この後、休憩したら説明するね」
「オーケー。それじゃさっさと戻るか」

 そう言って立ち上がる。
 この訓練はなのはが監督してるとは言え、自主訓練に近い。オレが疲れて上がる素振りを見せれば自然解散の流れになる。

「じゃあ訓練は終わりだね」
「はい! じゃあ、僕は寮に戻りますね」
「うん。しっかり体をほぐして、休むんだよ?」
「はい! カイトさん、なのはさん。ありがとうございました」

 オレとなのはに頭を下げた後、エリオは笑顔で寮の方向へ走って行く。
 元気なものだ。今すぐ寝たいくらいにオレは疲れているのに。

「素直だね。誰かさんと違って」
「純粋だな。誰かさんの本性を知らないから」

 なのははエリオに向けた笑顔を顔に張り付かせたまま固まる。
 売り言葉に買い言葉だが、先にやってきたのはなのはだ。オレは何も悪くない。

「カイト君? もう一回くらい模擬戦できるよね?」
『マスター。それでは思う壺です』
「良く分かってるな? レイジングハート。そして、本性を見せたな?」

 オレがニヤリと笑って言うと、なのはが頬を膨らませる。
 手に杖に変形したレイジングハートがなければ可愛らしいと言えなくもないが、今はギャップが逆に怖い。

『止めとけ、相棒。また怪我するぜ? それにあんまりやると高町の嬢ちゃんが泣くぜ?』
「なのはは人生で一度も泣いた事のない超人だから大丈夫」
「泣いた事あるもん! 涙が一杯な色濃い人生送ってるもん!!」

 両手を振り回しながら抗議してくるなのはに構わず、隊舎に向かって歩き出す。
 きっちり後ろについてきて、何やらなのはが涙エピソードを語り始める。
 涙の色濃い人生って、涙の質によっては問題なんじゃないだろうか。
 なのはの語るエピソードを聞き流しつつ、オレはそんな事を考えた。
 なのはの口からはやてやフェイトの名前が出てくる。
 涙の質。悲しい、悔しい、怒り、そんな負の感情によって流れる涙が多ければ、人は不幸と言うだろう。
 オレは随分と挫折や回り道な人生を送ってる気がするが、それはオレ自身の行動による所が大きい。
 はやてのように自分じゃどうしようもない事で人生が変わった訳じゃない。
 自分じゃどうしようもない事に涙した経験なんて、父が死んだ時だけだ。けれど、はやては違うだろう。いつだって自分のせいじゃない事、自分が生まれる前に起こった事の責任を問われている。
 それは不幸だろう。そして、フェイトもなのはもそう言えるのかもしれない。フェイトは随分と重い過去を背負っているようだし、なのはも生まれつきあった強大な魔法の才能のせいで、魔法を使う以上、管理局に入る以外の選択肢は無かった筈だ。それはなのはの目的に合致していたかもしれないが、生まれる前から人のために魔法を使う事を宿命付けられていたとも言えなくもない。

「カイト君? どうしたの?」
「うん? ちょっと考え事」
「どんな事考えてたの? 聞かせて」

 斜め後ろに居たなのはが隣に並んできて、笑顔でそうやって聞いてくる。
 思わず溜息が出そうになる。なのははこうやって人の内側にスルリと入ってくる事がある。
 油断していると話したくない事も話してしまう。まぁ今の考え事は別に隠したい事じゃないから問題ないが。

「はやてもフェイト、もちろんなのはも、自分じゃどうしようもない事を色々経験してるだろう? それに比べて、オレは自分で決められた筈なのに、その判断を間違えて、自分から辛い思いや悲しい思いをしてる。どうしようもない馬鹿だなって」
「そうやって周りと比べるのはカイト君の悪い癖だと思うんだけど」
「自覚はしてるよ。自分に自信がないからかな?」

 溜息を吐いてそう言うと、なのはが首を横に振る。

「違うと思うよ。多分、周りを見すぎなんだよ。だから周りの事がよく分かるけど、分かってしまうから自分と比べちゃうの」
「オレが周りを見てる? 周りが見えてないって評判の男だぞ?」
「自分に余裕が無い時、どんな人も周りは見れなくなるよ。それどころか自分の事もわからなくなる。だから今までは余裕が無かっただけ。余裕がある時のカイト君はよく周りを見てるよ。ただ、その長所もすぐに余裕が無くなるって短所のせいで台無しだけど」
「褒めるか、貶すかのどっちかにしろよ」
「褒めてるよ。余裕があっても周りを見れない人は一杯いるしね。だから、カイト君は凄いんだよって言いたいの」
「じゃあ、余裕が無くなるのが短所ってのはいらないだろ」

 顔を顰めながら、なのはから視線を逸らす。
 そんなオレに対して、ごめんごめんと謝りつつ、なのはオレとは別方向に行こうとする。

「隊舎じゃないのか?」
「報告書の書類を部屋に取り行かなきゃなの。カイト君とエリオの訓練も報告書書かなきゃだから結構忙しいんだよ?」
「それは悪い事してるな。無理して体壊すなよ?」
「それはこっちのセリフだよ? 通常業務をして、空いた時間で六課に移動してきて、エリオと訓練するのって、負担でしょ? はやてちゃんの頼みだからあっさり引き受けたらしいけど、駄目だよ。無理な時はしっかり言わなきゃ」
「大丈夫、大丈夫。私の体が頑丈なの知ってるでしょ? はい。誰の真似でしょうか?」
「……真面目に言ってるのに」

 フェイトから聞いたなのはの決まり文句を言ってみると、なのはが唇を尖らせる。
 しかし、なのはにだけは無理するな。や、無茶は駄目。と言われたくない。それはなのはも同じようだが。

「悪かった。しっかり休むよ。それで? 説明はどうする?」
「うーん、デバイスルームで説明したいから。そうだなぁ。一時間後にデバイスルームまで来て。私もキリが良い所で切り上げるから」
「疲れて寝てるかもしれないから、迎え来てくれ」
「忙しいって言ったよ?」
「誰かを使えばいいだろう?」
「個人的な用事には階級を使いたくないの」
「それでも一尉かよ」
「そうだよ。だから手間を掛けさせないように。陸曹長」
「使ってんじゃねぇか。まぁいいや。一時間後にデバイスルームな」

 そう言って、オレはそのままなのはと別れて、六課の隊舎に向かった。



◆◆◆



 機動六課・デバイスルーム。



 なのはとの約束通りに一時間経ってから、デバイスルームへ行くと、眼鏡の女の子がオレを出迎えてくれた。

「お久しぶりです。リアナード陸曹長」
「……すまないけど、どこかで会った事あるかい?」
「お忘れですか? シャリオ・フィニーノです」
『相棒。テスタロッサの嬢ちゃんの副官だ』

 ああ。思い出した。確か。


「ファランクスシフトを受けた後の後始末をしてくれた子か。あの時の事は忘れようとしてるから、すぐに出てこなかったよ」
「あれは大変でしたよー。フェイトさんは半泣きだし、陸士110部隊から問い合わせが来るしで、てんてこ舞いでした」
「だろうね。悲惨な出来事だった。今もトラウマの一つだよ」

 深刻そうにオレが言った時にドアが開いてなのはが入ってくる。
 オレの深刻そうな顔を見て、なのはは溜息を吐く。

「またどうでもいい話をしてるの?」
「どうでもよくないわ! トラウマの一つの話だ!!」
「フェイトさんのファランクスシフトを受けた時の話です」

 それを聞いてなのはがガラリと態度を変える。

「フェイトちゃんと模擬戦した時? ファランクスシフトを出したんだ。あれって本当に速いからトラウマになるよね……」
「まさかなのはも受けたのか……?」

 なのはがコクりと頷く。まさかなのはとこの手の事で意見が合うとは。かなり珍しい事だ。
 そうなのだ。恐ろしく速い魔力弾が飛んでくるから怖いのだ。

「映像ありますよー」
「映像? 見せて」
「ならシャーリーって呼んでください」
「? 別にいいけど」
「カイト君!? 私やフェイトちゃんは中々名前で呼んでくれなかったのに!」

 シャーリーが、やったー。と言いながら何やら機器を操作し始める。
 オレの後ろでなのはが騒いでいるが、気にしない。一介の局員を名前で呼ぶのと、エースを名前で呼ぶのは訳が違う。どうもフェイトもなのはも自分が有名人と言う認識が足りないようだ。はやては多少マシだが、それだってまだまだ甘い。
 三人を名前で呼んでいる男性一般局員が居たら、局内で瞬く間に噂が広がるだろう。だから今はバレる訳にはいかないし、呼ぶまでにかなり迷ったんだ。

「出ましたよー」

 シャーリーの声で、オレは出現したモニターを見る。
 幼いなのはとフェイトが戦っている。
 一体、何歳だろうか。いや、それよりこんな頃から常識離れな戦いをしてたのか。

「ここですね」

 シャーリーがそう言うと、なのはがバインドで固定されて、フェイトがオレの時より大分時間を掛けながら、ファランクスシフトを完成させて放つ。

「これでフェイトの勝ちか」
「いえ、まだです」

 シャーリーの言葉を聞いて耳を疑い、そしてモニターに映ったなのはを見て、目を疑う。
 ほぼ無傷。所々バリアジャケットの損害は酷いが、バリアジャケットの防御を上げるだけで耐えてしまっている。
 魔力は持って行かれたようだが、それでもオレのようにブラックアウトダメージで気絶はしてない。

「ここからはなのはさんの番ですよー」

 シャーリーが実況のように声に力を乗せる。
 なのはも番も何も、フェイトはかなり疲弊してるようだし、なのはも魔力を持って行かれてる。これじゃあ泥試合以外の展開は。

『魔力集束だな。ここまで集めるには最初から使うつもりで魔力を加工でもしてなきゃ難しいだろう』
『その通りです。魔力を集束しやすいように加工する事で戦闘が長引けば長引くほど威力の高い砲撃になります』
「待て待て……」

 どんどんレイジングハートの先に魔力は集まってくる。
 しかし、これだけ発射時間が長ければ、フェイトには簡単によけられてしまうだろう。

「時間が掛かり過ぎだろう」

 思った事を口にした瞬間、フェイトの両手と両足がバインドによって縛られる。
 あのフェイトが簡単には抜けられないのだから、相当強固なバインドだろう。オレに何度か掛けたものより更に強力なものに違いない。

『備えは万全です』

 左様か。随分とノリノリで喋るのは自慢のマスターの活躍映像だからだろうが、映像が進む事にオレがどんどん引いてることに気づけ。
 暴発寸前まで高まった魔力をなのはが砲撃として放つ。
 集束砲撃。しかもこんな大規模なものは見たことがない。何だ、あの太い砲撃は。
 バインドで拘束されたフェイトはなすすべなく食らって墜ちる。
 そこでシャーリーが映像を終わらせる。

「やっぱり凄いですねー」
「うん。フェイトちゃんのファランクスシフトは凄かったね」
「違ぇよ! 凄かったけど違ぇよ! 大体、耐え切ってんじゃねぇか!?」

 オレがなのはの頭にチョップを入れる。何てズレた事を言う奴だ。今のは瞬間最大風速的な意味で言えば、フェイトを超えるズレた発言だ。

「痛い!? 何するの!? 魔力を最大規模でバリアジャケットに回してようやく耐えたんだよ!? 気を抜いてたらやられたんだよ!?」
「そんな事はどうでもいいわ! 何だ、あの集束砲撃は!? よっぽどあれの方がトラウマだ! なんてモノを見せてくれたんだ!? 見ただけで一生もののトラウマだ!!」
「なっ!? 私の一番の砲撃を見た感想がそれなの!? 一生懸命頑張って覚えたんだんよ!?」
「やかましいわ!! お前、謝ってこい! フェイトに!」

 オレがドアを指差して真面目な顔でそう言うと、なのはが頬を膨らませて抗議する。

「あの後、謝ったもん!」
「足りない! 絶対に足りない! 今も夜に悪夢として蘇ってる筈だ! もう一度気持ちを込めて謝ってこい! 集束砲撃してごめんなさいって!」
「譲れない戦いだったの! 大体、フェイトちゃんのファランクスシフトを食らった私に対する心配はないの!?」
「だから耐え切ってんじゃねぇか!?」
「でも何発も食らったもん!」
「数の問題じゃねぇよ!? どういう理論だよ!? お前の一発の方が遥かにデカイんだよ!! 気づけ!」

 二人で息を荒げながら意見をぶつけていると、シャーリーが笑顔で手を上げる。

「お二人共ー。本題に入ってもいいですかー?」
「本題? ああ。それよりもこいつをフェイトに謝りに行かせる方が大切な気がしてるんだが」
『落ち着け相棒。確実にそんな事はないから安心しろ』
「レイジングハート。私が間違ってるのかなぁ?」
『判断しかねます。ただ、あの時のスターライトブレイカーはナイスシュートでした』
「そうだよね! ありがとう! レイジングハート」
『どういたしまして』

 ダメだ。この一人と一機はダメ過ぎる。
 信頼関係が出来てるけど、思考が同じ過ぎる。似た者同士がくっつくと、二倍じゃなくて二乗だ。何となくだが、なのはの戦果が飛び抜けてる理由が分かった。
 レイジングハートがなのはにブレーキを掛けないからだ。

「シャーリー、話を進めてくれ。オレはもう相手をし続ける自信がない」
「はーい。それじゃあ、まず調査していたものの説明から入りますね」

 先ほどまでなのはとフェイトの戦闘が映っていたモニターにアトスが映し出される。

「騎士アトス。幻術、結界から短剣による接近戦もこなす推定Sランク相当のベルカ式を使用する犯罪者です。問題だったのはこのアトスが使用する超高度な幻術と忽然と姿を消す逃亡手段です」

 なのはですら気付かなかった幻術や気づいたときには逃亡を許してた時の映像が流れる。
 こうして映像で見ても何が起きてるのかわからない。

「まずは超高度な幻術の秘密です」

 映像が停止して、オレが手傷を負わせたアトスがクローズアップされる。そして更にアトスの頭上に視点が移っていき、一枚の紙のようなモノを捉えて止まる。

「この紙はアトスが所持している魔道書の紙片で、これ一枚一枚が幻術効果があるようです。アトスは他人に化けてる時にはこれを体中に纏っていて、これのせいでなのはさんでも気付けなかったんです」

 モニターは切り替わり、オレに刺された筈のアトスへと切り替わる。

「実体と見間違えるほどなのもこの紙片で、リアナード陸曹長が刺してるのは実際には紙片で出来たアトスです。厄介なのはアトスの意思で魔力へと変換出来るようで、確認できたのは先ほどのアトスの頭上に僅かに残ったモノです。おそらくリアナード陸曹長の攻撃を受けたせいで処理が遅れたんでしょう」
『よかったな。相棒。無駄じゃなかったみたいだぜ?』
「それも捕まえられればだけどな」
「これの対策は今も調べてますが、無限書庫の調査では、酷似しているロストロギアがあるようですから、おそらくは」
「ロストロギアか……。まぁ幻術の秘密は分かった。それで? 逃走手段はわかったのか?」

 思考を切り替える。今は相手が何をしているのか理解する方が先だ。対策はまた後で考えれば良い。一度に幾つもの事は出来ない。
 なら、出来る事から手を付けていかなければ、先に進めない。

「まだ断言はできませんが」

 そう断ってから、シャーリーはモニターの映像を切り替える。
 次の映像はホール状の通路のようなモノだった。いくつか補足が言葉で入っているが、それを読む前にシャーリーが説明する。

「古代ベルカの結界魔法・封鎖領域。それを改良して、結界による通路を作っているんだと思います。もちろん、先ほどの幻術でカモフラージュした上で。簡単に言えば、結界内に逃げ込んでいるんです。言うほど簡単な事じゃないですけどね」
「シャマルさんに聞いたか?」

 ヴォルケンリッターの中でバックアップを担当するシャマルさんは結界や治療などの補助のエキスパートだ。この六課内でも最も優秀な結界を張れる魔導師だろう。

「理論的には可能らしいですが、シャマルさんでも出来ないそうです。これをやるには、少なくとも結界を徐々に消滅させながら、新たに生成する必要があるそうです」
「道を消しながら、自分の進行方向に道を作ってるって感じだよ。カイト君の後ろに回り込んだのもこれらしいし」
「分かりやすい説明ありがとう。それで? なのはは対策思いついたか?」

 オレは試しになのはに聞いてみる。
 何となくだが、答えが予想できる。

「逃げの一手を打つ前に砲撃くらいしか思いつかないかなぁ」

 だろうな。なのはならそう言うと思った。自分の得意な距離で倒してしまう。それは間違ってないが、毎度毎度、アトスと対峙した時になのはが居る訳じゃない。

「オレがどうにかできる対策を考えてくれないか?」
「難しいよね。結局の所、幻術を破らないと勝てないだろうし」

 なのはの言葉を聞いて、オレはモニターに映るアトスの魔道書を見る。
 魔道書タイプのロストロギアでベルカ式の使い手。はやてと共通点がある男がはやてを狙うのだから、何とも言えない。

『どうする? 相棒』
「これから考える。とりあえず、アトスがとんでもない奴だって事だけはわかったよ」

 そう言って、オレは溜息を吐いた。



[36852] 第五十八話
Name: お月見◆31209bc4 ID:2a54bc87
Date: 2013/05/07 17:51
 新暦75年7月15日。



 クラナガン・地上本部前。



 地上本部に多くの局員が入っていき、同時に多くの人が出て行く。
 その中で、特定の人物を探すのは普通なら困難な筈だが、探し人が普通ではない為、思ったより早く見つかった。
 周りの局員の反応を見ていれば分かる。明らかに驚いたような反応やそわそわした反応が見受けられれば、基本的にはビンゴだ。

「八神二佐」

 声を掛けると、はやてが驚いたように大きな目を更に大きくする。
 本部への迎えはシグナムさんがやる予定だったが、急な任務な為、代わりにオレが来た。

「シグナムが来れへんから、誰が来るんやろうって思うとったけど、カイト君が来るんは予想外や」
「一番近くに居たのが自分でしたので。車でお送りします」

 親しげなはやての対応に思わずいつも通りに返してしまいそうになったが、上手く仕事モードで乗り切る。地上本部の入口ではやてと親しくしていたら、どんな噂が立つかわかりやしない。
 はやてはオレの対応が不満だったのか、少しだけ面白くなさそうに目を細める。
 駐車場まで案内しつつ、どうやって機嫌を治させるべきか考えていると、はやてに通信が入る。

『主はやて』
「どないしたん? シグナム」
『ガジェットが私とテスタロッサが向かった方向以外にも出現しました。フォワード陣が出撃しましたが、六課の戦力が分散してしまいました』
「それはしゃあない。ザフィーラもシャマルも居るし、そこらへんの調整は私がするから、任務に集中してや」
『……わかりました。道中はお気を付けてください』
「カイト君が居るから大丈夫やよ」

 はやてはそう言うと、通信を切る。
 話でも振ろうかと思った時、今度はオレへ通信が来る。部隊長からだ。

『リアナード君』
「はい。何かありましたか?」
『傀儡兵が確認されて、第二分隊はその援護へ向かった。第三分隊は有事に備えなければ行けなくなったから、そちらには戦力を避けない。言っている意味はわかるね?』
「……なるほど。了解しました。八神二佐と対策を立てます」

 そう言って、部隊長からの通信を切ると、オレとはやては目を合わせる。

「なんや、あれやなぁ。懐かしい展開やなぁ」
「暢気な事で。確かにデジャヴだけど、出来れば思い出したくない類のモノだよ」

 あまり緊張感の無いはやての様子に溜息を吐きつつ、状況を整理する。
 完全再現とはいかないが、はやてと初めて会った時と状況は似ている。いや、なのはや分隊長たちが任務に拘束されている以上、状況は悪いかもしれない

「六課の戦力は文字通り分断されて、110部隊は増援を出せる状態じゃなくなった」
「つまり、私たちは盤上で孤立した駒やな」
「勘弁してくれ。取られたら最後の王様を守るのがオレだけなんて、プレッシャーでどうにかなりそうだよ」
「今より弱い頃にできたんや。今回もどうにかなるやろう。さてと、移動しよか」

 はやてが駐車場へ向かおうとするのをオレは慌てて止める。
 一体、何を言ってるんだ。

「ちょ、ちょっと待って! 移動する? ここに居るべきでしょ!? 幾らアトスたちでも本部までは侵入できない」
「本部の堅牢さは知っとるし、信頼もしてる。けど、本部の人たちを信頼しとらんよ。私は」
「そうは言うけど、地上本部の人間があからさまにはやてに何かをするとは思えない」
「何かする必要なんてあらへんよ。地上本部に居る以上、私は命令には逆らえへん。現場に向かえと言われて御終いや。それなら、カイト君と離れへんように移動した方が何倍も安全や」

 そう言われてしまうと、止める事はできない。
 本部に留まるのは危険ではあるけれど、ここから移動するのは、同じくらい危険だ。
 オレへの信頼があるのは嬉しいが、正直、アトスたちが襲撃してきた際に守りきれる自信がない。

「そう言えばカイト君。アトスたちと戦う気ある?」
「来たら戦うよ……」
「勝てる気せえへんって感じやね」
「正直ね。せめて、六課の誰かをこっちに向かわせる事はできないの?」
「距離も離れとるし、任務中や。我が身可愛さに呼ぶ事は出来へん。それに、前よりはマシや」
「オレには前の方がマシに思えるけど……」
「前はアトスたちは正体不明の襲撃者やった。けど、今はちゃう。しっかり言葉が通じて、事情がある事が分かっとる。説得の可能性があるやん」

 不思議とはやてにそう言われると何だかできそうに感じる。もちろん、状況は厳しい。ここでアトスたちが襲撃してくれば、ほぼ向こうの勝ちは決まってしまう。
 けれど。
 それを何とか出来れば、逆にこちらのチャンスだ。向こうが決めに掛かってきたのは間違いないだろう。それを防げれば、一筋の光が差す。

「やるだけやろっか?」
「せやせや。やる前から諦めるのはカイト君らしくないで」

 そう言って、はやては駐車場で歩き出す。気持ちが前を向いた以上、後は行動するだけだ。少しでも早めに動けば、向こうの対応もずさんになる。
 行動の早さが今は最重要だ。

「六課に向かうけど、それで大丈夫?」
「せやね。ザフィーラとシャマルが六課に居るし、襲撃があれば二人ならすぐ駆けつけてくるはずや」
「できるだけ六課の近くへって事か」
「せや。まぁ簡単には行かせてくれへんと思うけど」

 はやての言葉にオレは頷く。少なくとも、はやての守りが薄いのは事実だ。ここを狙わない事はないだろう。
 任務で動けない六課メンバーと第二分隊。管轄を守るために動けない第三分隊。
 部隊長の事だから、第一分隊も集めてるだろうが、それも時間が掛かる。増援はしばらく来ないと割り切るべきか。

「どういう道で行く?」
「市街地は避けなアカンし、人の通りが激しい所もアカン。そうなると」
「廃棄都市区画を通る事になるよ?」
「襲ってください言うような道やな。でも、しゃーない。一般人を巻き込む訳にはいかんし、廃棄都市ならこっちも周りを気にする必要もあらへん」
「頼もしいけど、あんまり張り切りすぎて、前に出てこないでね?」
「それはカイト君次第やね」
「善処するよ」

 そう言って、オレは車を発進させた。



◆◆◆



 ミッドチルダ・廃棄都市区画。



 廃棄都市区画の近場になっても襲撃は無い。
 これはこちらが警戒し過ぎただけだろうか。

「油断したらあかん。まぁ気になる事はあるけど」
「傀儡兵の事?」
「せや。アトスたちは前回、ガジェットと連動しとった。少なくともガジェットの動きをある程度分かっていた筈やから、今更、ガジェットの動きに乗じるのは不思議やない。けど、傀儡兵は予想外や」
「傀儡兵がアトスたち絡みだとすると、今回は意図された事だけど、そうじゃないなら、また別の要素が入ってくる。そう言う事?」

 オレの言葉にはやてが首を縦に振る。
 傀儡兵とガジェット。そしてアトスたち。一体、どんな繋がりがあるのか。

『相棒。お出ましだぜ』
「本人たちに聞くとするか」

 ヴァリアントの言葉を聞いて、車を停める。
 はやてが無造作に車から降りるので、オレも慌てて車から降りる。
 もう少し警戒して欲しい。こっちの心臓が持たない。
 オレとはやてから十メートルほど離れた所。
 上空から騎士甲冑を纏ったアトスが降りてくる。アラミスとポルトスが居ないのは隠れているからか、それとも前の時のように他の足止めに向かっているからか。

「こっちは楽しいドライブだったんだが?」
「それは済まない事をしたね。帰りは一人で楽しんでくれたまえ」

 こっちの軽口にアトスがそう返す。
 簡単な挑発だが、こっちの神経を上手く逆なでしてくる。
 今にも飛びかかりそうな程、殺気だったオレをはやてが諌める。

「落ち着きや。話は私がするから下がってて」
「話をしても、アトスはブレないよ?」
「話がしたいんよ。アトス。こうして話をするのは初めてやね」

 はやてが少しだけ前に出て、アトスに声を掛ける。
 オレはいつでも反応できるように緊張を保つ。最悪、幻術で近寄ってくる可能性もあるから、距離があっても油断はできない。

「五年前は話す暇も与えずに攻撃したからな。確かに言葉を交わすのは初めてと言う事になるか」
「カイト君から色々聞いとるよ。そっちにも事情があるみたいやな?」
「君が捕まってくれれば解決するんだが?」

 アトスが会話を切りに来た。
 話をしながらの時間稼ぎをさせる気はないらしい。
 はやてが断れば話は終了だ。
 集中力を最大限に高める。アトスの動きを一つも逃さない程に集中したオレの耳に信じられない言葉が飛び込んでくる。

「事情次第じゃかまへんよ」
「なに……?」
「はやて!?」
「自分の意思じゃない戦いは辛いやろ? 話によっては協力する」

 自分の意思じゃない戦い。
 昔、はやてより前の主の下で、ヴォルケンリッターはそういう戦いを何度もしてきたらしい。それに重ねたか。
 とは言え、強制的に戦わされたヴォルケンリッターと、何かしらを握られて、それのために自分の意思で戦うアトスたちは違う。
 どれだけ苦渋の決断であっても、自意識があり、犯罪行為だと分かった上で行動する人間を、この次元世界の法律は容認しない。

「時空管理局の人間は基本的に信用していないのだよ」
「私は例外として扱ってくれへんかなぁ。今なら分かる。昔、私の騎士となって、私のために戦ったヴォルケンリッターのみんなと、あなたは同じ目をしてる」
「だからどうした? 何が言いたい?」
「人質を取られとるんとちゃう? 大事な人を。それこそ、騎士の誇りを捨てるくらい大事な人を……」

 その瞬間、アトスが動いた。
 はやてに接近するアトスを食い止める為に、オレは一瞬ではやてとアトスの間に入り込む。
 バリアジャケットを纏ったオレは左右の腰にあるグラディウスを引き抜いて、アトスのマインゴーシュによる突きを受け止める。

「お前にも感情があるんだな……?」
「捨てたつもりで居たのだがね……。誇りと共に!」

 既にグラディウスはモード3で展開している。それをアトスは力任せに押してくる。
 冷静沈着なイメージのアトスがここまで変わるなんて、一体、はやての言葉にどれほど力があったのか。

「図星なんやね? 協力する! だから!」
「君を連れて行けばそれで終わるのだよ! 昔のように家族で暮らせるのだ!」

 アトスの目の色が変わる。
 表情が一つも変化しない時は不気味だったが、今はただ恐ろしい。明確な殺気を放っている。
 邪魔をするなら、今度はオレに容赦する事はないだろう。

「ちっ! ミーティア・ムーヴ!」
『ギア・サード』

 このままでは押し負けると判断して、はやてを抱えてアトスから距離を取る。
 アトスが追撃の体勢を見せる。

「カイト君! 話をさせて!」
「もう無理だ! あいつの目を見ただろう!?」
「あの人は誰かの為に戦っとる! あの目はシグナムたちと一緒や!」

 アトスが勢いよく駆け寄ってくる。
 はやてを抱えている為、最高速度は出せてないが、それにしたって速すぎる。こいつは一体、どれほど力を隠しているのか。

「どきたまえ。君は気に入っているが……私に後は無いのだよ!」
「なるほどな。黒幕に次はないって言われたか……!」
「譲りたまえ」

 アトスがマインゴーシュを首に向かって突き出してくる。
 フザケたことを言ってくるもんだ。
 左のグラディウスでマインゴーシュを受け止める。
 右手に抱えていたはやてを突き飛ばすと、そのままア右手のグラディウスを展開させる。

「誰が譲るか! お前だけが何かを抱えてる訳じゃないんだ!!」

 右手のグラディウスによる斬撃をアトスは一歩下がって避ける。
 アトスと視線が交差する。

「そうだったな。君も……譲れないのだったな」
「ああ。はやては渡さない……」
「どちらも譲れないなら、戦うしかないが……私は手加減する気はない。邪魔をするなら殺す」

 圧倒的な殺気が向けられる。
 目だけで人が殺せるのではないかと思える程、アトスの目には意思が宿っている。
 足が震える。
 なのはやフェイトとは違う。こいつは強いが、力を使う方向が違う。
 それでも。

「手加減なんて必要無い。お前に勝って、はやてを狙っている黒幕を捕まえる。その過程で人質も助ける」
「君には無理だ」
「それはお前が決める事じゃない。……騎士アトス。騒乱罪、傷害罪他、複数の容疑で逮捕する」
「君は騎士だと思っていたが、そうではないのだな。君は時空管理局の局員か」

 何を当たり前の事を。
 今も昔もオレは管理局員だ。それだけはブレた事はない。
 左右の腕を広げる。

「シュヴァンツ」

 両手首から白の鎖が出現する。
 鎖を垂らしながら、オレはヴァリアントに念話を繋げる。

『ヴァリアント。頼んだぞ』
『あいよ。シュヴァンツの操作は任せろ』

 そのままはやてにも念話を繋げる。

『はやて』
『アカン。戦ったらアカンよ……』
『オレは君をここで渡す気はない』
『それもアカン……。一人で戦ったらカイト君は……』
『どっちかだぜ。八神の嬢ちゃん。相棒かアトスか。どちらも譲る気はないし、何もしなけれりゃ十中八九、相棒が負ける』

 アトスから視線を逸らせない為、はやての顔は見れないが、随分と苦しんでるだろう。
 アトスがここで失敗すれば、人質は用無しになる可能性が高い。しかし、ここではやてが連れて行かれれば、はやてをもう一度取り戻す事は厳しい。連鎖的に六課は部隊長不在になり、はやてが命を失えば、ヴォルケンリッターの面々も命を失う。
 普通なら考えるまでもない。アトスは赤の他人で、命を狙ってきた敵だ。
 それでも、切り捨てられない。

『なぁカイト君……? 選ばなアカンの……? どっちも解決する方法ないん?』
『アトスはもう後がないって言ってたし、そうじゃなくても、向こうからすれば、これ以上のチャンスはもう無いだろうから……ここでのアトスの失敗はアトスたち三人と人質の終わりだと、思う』
『私が捕まる! それなら!』
『それは出来ない。残された六課は? ヴォルケンリッターは? はやてに関わっている人たちは? どちらかなんて選択は絞りたくないけど、選べてる内に選ばないと、選べなくなる』

 アトスもオレとはやてが念話で会話しているのを知っているのか、攻撃をしてこない。
 せめて話し合いの時間はくれるらしい。まぁこいつとしては、はやてが参戦しようが、しまいが、オレを殺して無理矢理はやてを連れて行く気だろうから、この会話はせめてもの情けと言った所か。
 アトス一人に対して二対一でも危うい。それなのに向こうはアラミスとポルトスが居る。戦力的には向こうが上。
 こっちにはオーバーSランク魔導師がいるって言うのに、戦力的に負けるとは。
 最悪だ。
 前と何も変わっていない。オレは無力だ。
 オレがもっと強ければ、はやてに違う選択を与えられたのに。

「そろそろいいかね?」
「まだ答えは出てない」
「それなら時間切れだ」

 アトスが無造作に右手の魔道書を頭上に掲げる。
 無限書庫の本にあったロストロギアと酷似している魔道書。
 アトスの幻術・結界の能力はあの魔道書に依存しているらしい。あの魔道書さえどうにか出来れば。

「朧月の書。セットアップ」

 アトスがそう言うと、魔道書がアトスの頭上でページを開き始め、一度最後のページまで行き、真ん中あたりでもう一度開く。

「古代ベルカのロストロギアでね。我が家に伝わる家宝だよ」

 そう言うアトスの右手には、甘美な装飾がなされたレイピアがあった。
 左手にはもちろんマインゴーシュもある。

「私は元々二刀流でね」
「オレと同じか……」
「君を気に入っていた理由の一つだ」

 アトスが無造作に一歩前に出てくる。
 しかし、気づいたときにはアトスは目の前に居た。
 右手のレイピアが下から振り上げられる。
 咄嗟に後ろに下がったオレのバリアジャケットを容易に切り裂く所を見れば、あのレイピアも相当な威力を持っている。

「朧月の書はセットアップしない時は一々発動させなければいけないが、この状態なら」

 朧月の書が紙片を散らして、アトスの姿を覆う。
 紙片に遮られている間にアトスは十人に分身していた。

「いつでも幻術を使える」
「なるほど……。話す必要があるか? 前は教訓にしろと言っていたが、今回は殺す気だろ?」
「それもそうか」

 後ろから聞こえてきた声に思わず振り返りそうになるが、敢えて反応しない。
 幻術への対応はヴァリアントに一任してる。
 シュヴァンツがヴァリアントの操作で動き出して、オレの後ろにアトスではなく、十人の真ん中に居るアトスへ向かう。

「なに!?」

 シュヴァンツを受け止めたアトスはそう叫ぶ。
 必勝の幻術が見抜かれたのだから当たり前か。
 とは言え、オレも簡単に見抜いている訳じゃない。と言うよりは、オレは見抜いてない。
 ヴァリアントに完全に解析を任せているだけだ。その分、全く補助は期待できないが、オレとヴァリアントだからこそできるアトスの幻術破りだ。
 通常の魔導師は大なり小なりデバイスのサポートを受けているが、オレは魔法の発動から戦闘までを、一応はヴァリアント無しでもできる。これはなのはだって出来ない事だ。まぁなのはの場合は魔法の発動媒体としてのレイジングハートが無いと、戦力が落ちると言うだけで、レイジングハートがなくてもオレより強いだろうが。
 その為、オレは今、ヴァリアントのサポートを切って、ヴァリアントの全性能を幻術解析に回している。
 地力じゃアトスが上であるのは間違いない。ヴァリアントのサポートがなければ押されるだろうが、幻術をどうにかしなければ簡単に押し切られてしまう。

「あの少年がここまでになったか……」
「強いお前に負けたからな……!!」

 そう言って、オレは幻術ではないアトスに向かって加速した。



[36852] 第五十九話
Name: お月見◆31209bc4 ID:2a54bc87
Date: 2013/06/24 05:12
 アトスの真髄は防御だ。
 攻めも強いが、相手の攻撃を受け、そして隙を見せたら必殺の一撃を加える。そう言う戦法だった。それが成り立っていたのは、相手の攻撃を受けきる事が出来る剣の腕があったからだ。
 そのアトスの映像を見て、元々、攻めに意識が行き過ぎなオレにアーガスさんは徹底的に防御を教えてくれた。
 オレも防御に専念すれば、長期戦になると判断したからだ。
 それは間違っていない。
 その時の防御の訓練があったから、オレの首は今、つながっている。

「ふんっ!」
「ちっ!」

 左から首を狙いに来たマインゴーシュの突きを、首を捻る事で間一髪避ける。
 そのまま地面を蹴って、アトスと距離を開ける。
 開いた距離は僅かだが、息を整える。
 ヴァリアントの補助が無いため、ミーティア・ムーヴとミーティア・アクションの併用は出来ない。先ほどから使っているのはアクションの方だ。
 ムーヴで近寄っても、アクションに切り替える間が出来てしまうし、なにより、アクションで動作を加速してなければ、アトスの攻撃に反応しきれない。
 距離をアトスが詰める。
 今までとは違って、アトスは攻撃的だ。その要因は。

「君もあきらめが悪いな!」

 アトスがそう言って右手のレイピアを突き出してくる。
 このレイピアがあるせいで、アトスの攻撃手段が増えたのと。

「やかましい!!」

 レイピアを右手のグラディウスで受け止めつつ、左手のグラディウスを上へ跳ね上げる。体に迫っていたマインゴーシュがグラディウスに弾かれる。
 しかし、その間に右手のグラディウスがレイピアに押し込まれる。
 体勢が後ろへ崩れるが、それを利用して、アトスの腹を右足で蹴る。
 倒れながらの不格好な蹴りだったが、アトスを一瞬止める事には成功する。その間に体勢を立て直す。

「はぁはぁ」

 息が切れる。
 厄介なことにレイピアが加わった事によって手数が圧倒的に増えている。二倍ではなく二乗だ。そして、それによってアトスの戦術パターンも何倍にもなっている。ここまで同じ攻撃は一つもない。
 後手後手で対処するのが精一杯で、反撃の糸口が掴めない。

「私の幻術を潰すために君は得意の加速を捨てた。それはお互いの長所を潰しあった結果になったが、それは互いの実力が顕著に出ると言う事だ」
「それで? また君は私には勝てないか? 聞き飽きたぞ……」

 アトスが無造作とも言えるほどに剣を下ろしたまま喋るのを見つつ、そう言う。
 ヴァリアントの触覚代わりに使っているシュヴァンツが全く反応が無い為、喋っているのはアトス本人だろうが、こいつの前では油断は出来ない。

「君は……何故戦う?」
「どういう問いかけだ? 自分から襲っておいて」
「君を襲いに来た訳じゃない。私は八神はやてを襲いに来た。君が八神はやてを守るのは何故だ?」

 ふざけた質問だ。
 誰かを守るのに理由を考えた事なんかない。自分がやらなければ駄目だったから、咄嗟に体が動いていたから、その時によって理由は違うが、守っている時に理由を考えた事なんてない。
 強いて言うなら。

「オレが守りたいと思ったからだ」
「自分が追い詰められている時に何もしない人間をかね?」

 なるほど。
 はやてを揺さぶりに来たか。
 ちらりとはやてを見れば、明らかに動揺している。

「本当に誇りを捨てたんだな……。はやてがどうして動かないか分かっているだろう?」
「勿論だ。私が取られている人質を見捨てられないからだろう?」
「分かっているのなら!」
「君は良いのかね? 私の人質を思ってくれるのは感謝している。だが、君は私の人質と天秤に掛けられているのだよ? 何度も命を掛けて守ったのに、君はそんなに軽く扱われているのだ」

 アトスの視線が真っ直ぐオレを貫く。
 こいつは今、揺さぶりに来てる訳じゃない。
 本心からオレに聞いている。

「良いのかね? 私と戦っていたのが彼女の騎士たちなら、彼女は迷わず騎士たちを選んだ筈だ。だが、君は違う。君の成長は目を見張る程だ。それは彼女のためだろう? その努力を知りながら、それでも君を選ばないのだぞ?」
「簡潔に言え……。言葉の裏を読むほど頭は良くないんだ」
「……例え、ここを切り抜けても、今ここで君を選ばない彼女はいずれ、騎士と君を秤に掛けるだろう。良いのかい?」
「家族を選ぶことがそんなに悪い事か? 友人と家族なら、多くの人間が家族を選ぶだろう。何故、はやてが家族を選ぶ事がいけない事のように言われなくちゃいけない……?」
「そうやって彼女の為に怒り、彼女の為に努力してきた君は……彼女に何を貰った? 君は何を得られた?」
「何かが欲しくて守ってる訳じゃない!」
「答えが見つからないからそう言うだけだろう? 考えたまえ」

 アトスが向けてくる視線が哀れみに変わる。
 そんなにオレは道化に見えるのだろうか。
 そんなにオレがはやてを守る事は変なのだろうか。
 そうやって少しだけ思考が流れた所でハッとする。
 馬鹿かオレは。
 アトスの前で考えこと何て。

「答えは出たかい?」

 アトスは先ほどと変わらぬ体勢でそう聞いてくる。
 わざと攻撃してこなかったな。
 いつでも攻撃できるから攻撃するまでもないと思ったのか。それとも、オレの答えが気になったのか。
 しかし、よくよく考えれば、オレははやてに何かする事ばかり考えていて、自分が何かしてもらおうなんて考えた事は無かった。

「オレは……」

 いつだって無茶をしてきた。
 それははやては関係ない。はやてと出会う前からそうだった。
 そうだ。馬鹿な特攻野郎で、英雄に憧れてただけだったオレが変わったのは、はやてと出会ったあの日からだ。
 それだけで十分だ。そこから変わった全てははやてがくれたモノだ。

「オレははやてに多くのモノを貰ってる! 馬鹿なオレを見捨てないで居てくれる友人が出来た! 気遣ってくれる友人が出来た! 目標となる人たちに出会えた! なにより、はやては傍にいてくれた! 連れて行かせたりしない! もう当たり前なんだ! 傍で笑っているのが!!」
「それが答えか……。あの日から君が出した」
「そうだ! あの日、お前に負けた後に誓った! 必ず守ると! 守れるだけ強くなると!!」

 左右の腕を広げる。
 実力で及ばない相手には策を使うのが定石だが、アトスに策は通じない。
 それなら。
 得意な事で勝つだけだ。

「ミーティア・ムーヴ! ギア・サード!!」

 アトスへ細かいフェイントを入れながら加速する。
 直線の加速なら読まれる可能性もあるが、いくらアトスでもフェイントを入れたギア・サードは掴みきれない。なのはですら掴みきれずで、フェイトすら追いつくので精一杯な魔法だ。
 得意な間合い、得意な戦法ならエースだって苦戦する程度には、オレは成長してる。
 少しは自分を信じてみるか。

「はぁぁぁぁぁぁ!!」
「なに!?」

 アトスがオレの行動に驚く。
 当然か。
 オレは今、超加速中なのにも関わらず、アトスに左手のグラディウスを突き出した。
 ミーティア・アクションは加速動作から自分の体を守るために強化魔法を追加で体に掛けている。だが、ムーヴはそもそもアクションとの併用での攻撃しか想定していないのと、消費魔力が多すぎる為もあって。
 体の強化は行っていない。
 当然、体を加速から守るためにバリアジャケットはかなり強化されているが、加速中に攻撃を加える事を想定していない。
 師匠に教えて貰ったミーティアの時ですら、攻撃の際は減速していた。それも今はしていない。
 威力は間違いなくこちらの方が上だ。

「くっ!」
「ちっ!」

 アトスは咄嗟にマインゴーシュで受け止める。
 オレは小さく舌打ちする。
 左手の感覚が一瞬で殆どなくなって、今は熱さしか感じない。
 ギリギリ、グラディウスを握っているが、後一回と言った所だろう。
 アトスが瞬時に距離を取って、幻術を使う。
 しかし、ヴァリアントがシュヴァンツを操作して、アトス本人を探し出して、攻撃する。
 先ほどとは違う。アトスの防御をオレは貫ける。この攻撃さえ通す事が出来れば、オレは勝てる。
 それを分かっているからアトスは幻術を使ったのだろうが、それは既に封じている。

「切り札は最後まで取っておくって言うのはお前の言葉だったか?」
「言うようになったな!」

 ギア・サードは切っていない。魔力の消費は半端じゃないが、いちいち切り替えていたらチャンスを逃す。
 今、目の前に居るアトスをどうにかしなければ、後はない。
 今のオレに後を考える余裕なんてありはしない。
 アトスへ向かって加速する。
 アトスは避けようと動こうとするが、遅い。オレがフェイントを入れてくると思って、身構えていたから反応が遅れたのだ。
 左手のグラディウスですれ違い様にアトスの胴を薙ぐ。
 アトスのマインゴーシュに受け止められる。後、少し。
 左手からグラディウスがこぼれ落ちる。左手を確認してる暇はない。左腕全体が熱を持っているから、左手は更に酷いだろう。
 腕くらいならくれてやるつもりじゃなきゃ、アトスには勝てない。
 加速に急制動を掛けて、すぐにアトスの背中に向かって加速する。
 意識が飛びそうだ。全く自分に遠慮しないミーティアの加速とはこれほどだったのか。初めて知った。
 残るは右手。左手の感じから言って、後二回だろう。
 右手のグラディウスをためらわずに突く。このスピードでの突きを躊躇った所で意味はない。
 アトスは後ろを見ずに、体を左にズラす。
 魔力刃がアトスの腹部を僅かに切り裂く。
 後一回。

「終わりだぁぁぁぁぁ!!」

 体勢が崩れたアトスへ半ば体当たりするようにオレは突きを放った。
 正しく特攻だ。脳裏に、ランスター一等空尉の話を聞いた時に部隊長が言った言葉が蘇る。

 僕に無能と言わせないでくれ。

 これでアトスを倒せなければ、オレは殺されて、部隊長はそう言うのだろうか。
 まぁ部隊長になら、そう言われても別にいいかと思える。
 アトスの心臓目掛けていた突きを腹部に向ける。
 部隊長を思い出したら、ついでに思い出したオレは管理局員だ。犯人は殺さない。
 それを見て、アトスの目が大きく見開かれる。

「舐めるなぁぁぁぁぁ!!」

 アトスの頭上にある朧月の書が瞬時にページをめくり出す。
 何をしようと間に合わない。
 グラディウスが深々とアトスの腹部を貫く。
 アトスの口から血が吹き出るが、アトスは血に構わず叫ぶ。

「ポラール……」
「!? カイト君! 逃げて!!」
「なに……?」
「ナハト!!」

 朧月の書が白く発光する。それが魔力だと気づいた時には遅かった。
 オレは白い光りに包まれて、そして体中に痛みを感じながら意識を失った。


◆◆◆



 気づいた時には魔法が発動した後やった。
 あれは五年前。私がブラックアウトダメージで墜とされた時の魔法や。
 カイト君が勢いよくビルの壁にぶつかり、力なくズルズルと滑り落ちて、倒れる。
 そんな様子を私は呆然と見ていた。

「……人の成長とは……侮りがたいな……」

 アトスの声を聞いて、アトスを見れば、腹部からとんでもない量の血が出とる。
 とてもこれから私を相手に出来る傷やない。

「アトス……」
「君のそれは優しさじゃない……。選べないだけだ……。だから、大切なモノを失う……」

 アトスがフラフラと私に近寄ってくる。早く魔法でアトスを拘束して、カイト君を助けなアカンのに、体が動かへん。
 アトスの言葉が頭から離れへん。
 私は結局見ていただけ。戦える力があったのに、見ていた。
 それは、カイト君を見捨てたのと同じで、カイト君とアトスの人質を秤に掛けて、アトスの人質を選んだと言う事。

「私は……」
「……君が悪い訳じゃない……。済まない。一緒に来てもらう……」

 アトスの頭上で朧月の書が光る。
 私は連れて行かれる。カイト君はどうなるんやろう。
 せめて、手当てだけでも。

「アトス……カイト君を手当てさせてや……」
「悪いが……私にそんな余裕はない……。アラミスもポルトスも機動六課の足止めに回っている……。こちらもギリギリなのだよ……。それに、君はリアナード君を見捨ててる。今更、手当てをしても……事実は消えない」

 アトスの言葉が私の心に突き刺さる。
 せや、もう、カイト君に何かしても。
 カイト君の傍には居られへん。
 オーバーSランクを持ちながら戦わないなんて、それ以前に管理局の魔導師として有り得へん。
 アトスが撤退すれば、すぐにシャマルが来る筈やし、私が何かする必要はあらへんか。
 そう思って、顔を上げたら、いつの間にかアラミスとポルトスが来ていた。

「アトス兄さん! 傷が!」
「気にするな……。追っ手はないな?」
「しっかり撒いた。問題ない」
「そうか。ようやく、終わる」

 アトスはそう言って、掠れた声で詠唱を始める。
 それが終われば、私は私を憎む人の前に連れて行かれる。
 どないしようか。死ぬ訳にはいかへん。あの子たちも消えてまう。
 けど、どうしたらいいんやろうか。
 カイト君を見捨てて、私は連れていかれようとしとる。アトスの人質は助かる筈やけど、私は間違いなく死ぬ。
 これが選んだ道。
 頬に涙が伝う。
 これが選べなかった結果。
 得られるモノは少なく、失うモノはとても大きい。

「どうして……私は……いつも……こんな事に……」
「それは君が夜天の王だからだよ」

 アラミスが私の呟きに答える。
 夜天の王やから、毎回、選択せなアカンのやろうか。
 大切なモノを守る為に何度も辛い選択をしなきゃアカンのやろうか。

「……違う……」

 小さく聞こえた声に振り向く。
 カイト君が血だらけで立っていた。

「カイト君!!」

 立ち上がって駆け寄ろうとしたら、ポルトスに腕を掴まれる。

「離してや!!」
「動くな。動けば、奴を殺さなきゃダメになる」

 ポルトスがアラミスを見る。
 アラミスは細剣のデバイスをカイト君に向けとった。
 私が駆け寄れば、本当に魔法を撃つんやろう。

「……何が違うのかな……?」
「……夜天の王だから選択しなきゃ駄目なんじゃない……。いつだって理不尽な選択を突きつけてくる奴が居るからはやては選ばなきゃいけないんだ……」
「それは夜天の王だからだ……」
「違う……。それが原因じゃない……。その称号は……はやてとヴォルケンリッターを家族として繋ぐモノだ……。決して、それのせいじゃない……」

 カイト君はフラフラと覚束無い足取りでこちらに向かって歩いてくる。
 手はだらんと力が入らずに垂れていて、体のあちこちから血が出ている。
 グラディウスも持っておらんし、胸の中央にあるヴァリアントも微かに点滅しているだけで、反応もあるのか怪しい。
 とても戦える状態じゃない。ひと目でわかる。

「来たらアカン!」
「行くよ……。約束したんだ……。シグナムさんたちと……また一緒にはやてのご飯を食べようって……はやてが居なきゃ……駄目なんだ……」
「アラミスやれ! 奴の目は死んでない!!」
「アカン! 止めて!」

 アラミスの細剣の先に魔力が集まる。
 アラミスは苦々しげに呟く。

「そこまでこだわるなよ……。たかが女一人だろ!?」
「……自分の命より大切な女だ……。絶対に渡さない……」
「そうか! なら死になよ! 君の命を掛けた所で救えやしない!!」

 アラミスがカイト君に向かってデバイスを突き出す。
 デバイスの先から放たれた魔力弾がカイト君に向かう。
 カイト君は全く動くことが出来ずにその魔力弾を食らってしまう。

「い、いやぁぁぁぁ!!」
「アラミス……本気でやったのか……?」
「勿論だよ。アトス兄さん」
「そうか……。その割には爆発が小さいな……」

 アトスがそう言うと、アラミスは信じられないように未だに煙が立ち込めている場所を見る。

「あの状態から防ぐなんて……有り得ない……」
「彼じゃない……」

 煙が晴れるとカイト君は無事やった。
 カイト君を支えるように肩に手を置いて、治療を行っているシャマルとその前に立っているザフィーラが居った。

「馬鹿な!? しっかり撒いた筈!」
「我らは夜天の主の下に集いし騎士」

 空から勢いよくシグナムが降りてくる。
 一本道の片方を塞ぐ形で仁王立ちする。

「主ある限り我らの魂尽きることなし」
「この身に命在る限り我らは御身の下に在り」

 アトスがシグナムとは反対方向を向く。

「我らが主、夜天の王、八神はやての名の下に」

 ヴィータが目を釣り上げながらゆっくりと歩いてくる。
 アトスが腹部を押さえながら笑う。

「なるほど……。アラミスとポルトスではなく、主の魔力を辿ってきたか……」
「敢えて結界を張らなかったのは失敗だったな」
「はやてちゃんの居場所を見つけるのは、私たちにとっては何よりも簡単な事よ」

 シャマルはそう言うとカイト君をそっと地面に寝かす。
 カイト君は意識を失ってるようで、先ほどから動かない。

「ポルトス……。その手を切り落とされなかったら、主はやてから手を離せ……!」

 シグナムが静かな声でそう言う。間違いなく怒っとる。
 ポルトスが微かに体を震わす。

「お前ら二人もだ。はやてから離れろ!」

 ヴィータの言葉が引き金に、みんながそれぞれ戦闘体勢に入る。
 完全に戦う気や。

「アトス……もう終わりや……」
「そのようだ……」
「アトス兄さん!?」
「兄貴!?」
「私がこの状態では逃げられまい……。それなら次善策だ……。八神はやて……。情報を渡す。その代わり」
「人質を救出すること……やね?」

 アトスが疲れた顔で頷く。
 アトスも随分な重傷や。すぐに処置をせんと。
 そう思った私はシグナムの方へ歩き出す。
 ポルトスは既に私から手を離しとるから、拘束するもんはありはせえへん。
 アトスたちに背を向けた瞬間、シグナムが猛然と私に向かって走ってきた。

「主はやて!!」
「シグナム?」

 近づくとすぐに抱えられる。
 シグナムはそのまま空に上がる。
 シグナムの鬼気迫る顔を見て、はっとして私はアトスたちを確認する。

「なっ……!?」

 アトスたち三人は血を流しながら倒れ取った。
 それをしたであろう一体の傀儡兵はゆっくり私とシグナムを見た後、いきなり姿を消した。

「消えた!?」
「ステルスかアトスと同系統の移動法でしょう。おそらく口封じ……」
「そんな……! シャマル! 応急処置や! すぐに六課と110部隊に連絡して!」

 こないな所で終わったらアカン。このままじゃ、私はカイト君を見捨てて、アトスの人質も救えない、ただの駄目な人間になってまう。
 そんなんは嫌や。



[36852] 第六十話
Name: お月見◆31209bc4 ID:2a54bc87
Date: 2013/06/24 05:11
 暗闇の中で、オレは浮いていた。自分が寝てるのか立ってるのかもわからない。
 けれど。
 熱い。
 そんな中でそれだけは感じた。
 体のあちこち、特に両腕は酷い。
 マグマに腕を突っ込んでるような感覚だ。
 その熱さは徐々に痛みを伴いはじめて、感覚の殆どを失って、精神的に追い込まれてるオレに追い討ちをかけてくる。
 痛みは徐々に増して行き、やがて、熱さを上回り、体中が痛みに支配される。
 苦しい、辛い、そんな事を思う前に痛い。
 痛みで頭がどうにかなりそうになった時。
 オレは目覚めた。
 薄らと開けた目にぼやけた女性の顔が映る。

「……はや……て……?」
「残念ね。愛しの彼女じゃないわよ」

 聞き慣れた、しかし、最近は直接聞く事がなかった声が耳に届く。
 からかいが混じった口調は変わっていない。
 視界が鮮明になる。
 茶色の髪を肩口で切り揃えた中年の女性がイヤミのない笑みを浮かべて、オレを覗き込んでいた。

「……かあさん……?」
「あら? 残念そうね? 目覚めて最初に見るのが私じゃ嫌? 子供の頃は私を見る度にきゃっきゃっ言ってたのに」
「……覚えて……ないよ……」

 喋るのが辛い。
 いや、それだけじゃなくて目を開けてるのも辛い。
 頭が混乱して、まとまらない。
 何で、オレは寝ていて、傍に母さんが居るのか。

「混乱してるわね。まぁ二週間ぶりに目を開けたんだから仕方ないかしらね」

 母さんの一言に愕然とする。
 今、確かに母さんは二週間ぶりと言った。
 二週間も何で、オレは寝ていた。

「覚えてないの? カイト、あんたは任務中に重傷を負って、一時は生死を彷徨ってたんだよ? 容態が安定してから、私が入院してるこの病院に移されたの」

 母さんはそう説明する。
 任務。
 そう任務中だった。
 オレははやてを。
 護衛してた。

「は、やて……は……?」

 オレが必死に絞り出した言葉を聞いて、母さんは溜息を吐く。

「無事って聞いてるわよ。怪我一つないってヨーゼフさんは言ってたから、あんたは自分の事をまず考えなさいな」
「……よかっ……た……」

 オレはそう言うと、抗い難い眠気の波にのまれて、静かに目を閉じた。



◆◆◆



 新暦75年7月29日。



 ミッドチルダ北部・私立病院。



「目を覚ましたみたいだな?」
「ええ。さっき少しだけ。自分の事をそっちのけで、はやてって子を心配してましたよ」

 病院の屋上で広がる自然を眺めていた私の後ろから、老いても衰えを知らない老人、ヨーゼフ・カーターが声を掛けてくる。
 動かぬ足の代わりをしている車椅子をスティックで操作して、百八十度向きを変える。
 向き合う形になったヨーゼフさんの顔を見つつ、この老人との不思議な縁に私は感謝した。
 管理局地上の英雄。
 地上本部のストライカー。
 幼い頃、何度か画面の向こうで見た管理局の局員が、まさか息子の師匠となるとは、あの時は想像すらしなかった。

「あの馬鹿弟子が心配か……。自分勝手な話だな」
「そうですね。二週間も眠り続けて、起きたら女の子の心配だなんて。随分な話です」

 表面上は溜息を吐いて、呆れつつも、心の中では安心が大部分を占めていた。
 ヨーゼフさんに弟子入りし、訓練校に入り、管理局に入局し、多くの事件や人に出会ったおかげで、カイトは成長した。それこそ、赤ん坊が言葉を話せるようになるくらい、劇的な成長を見せた。
 自分の身よりも大切な誰かを、何かを持っている人はとても少ない。
 成長し、自分よりも大切な誰かを見つけられた。それだけで、あの日、入局に反対しなくてよかったと思える。
 違う。それがなければ、とてもよかったなどと肯定的には捉えれない。
 入院の報告を聞く度に心はざわついていたけれど、入院している姿を見ると、私はとんでもない過ちをしてしまったのではないかと思ってしまう。
 人々を守る管理局の局員。
 その一員となったからには、一人の対等な人間と扱おうと決めて、カイトの生き方には一切、口を挟まなかった。そのツケが今になって来てる気がした。

「馬鹿弟子の体のダメージはそこまで深くはない。どんな理由があるかは知らんが、戦闘記録を見る限り、敵は力をセーブしていたようだしな」
「それは朗報ですね」
「それがそうでもない。あいつの両腕は思った以上に深刻だ。治るまでには時間が必要だろうさ」
「どれくらいですか?」
「長くて数年。早くて、これは俺の場合だが、数ヶ月。俺が似たような状況になった時よりは軽い症状だから、まぁ動く分には動けるだろうがな」

 あまり嬉しくない情報だ。
 動ければ、動くはず。あの子の性格からして、待っている事は出来ない。
 この病院はリハビリにとても力を入れてる病院だから、もしかしたら、すぐに動けるようになってしまうかもしれない。
 無茶や無理する姿は見たくはない。

「無茶をさせないようにしてくれませんか?」
「まぁ、その為に来たようなものだしな。少なくとも、同じ事を繰り返させないように、扱い方を教える必要がある」
「確か……ミーティアでしたか?」

 ヨーゼフさんは小さく頷くと、病院の屋上から周囲を見渡しながら説明を始める。

「バリエーションの一つと言うべきか、本来の使い方と言うべきか。ミーティアは元々、旧暦の時代に考案された特攻用の魔法だ。本来なら使えば数分と持たずに体が限界を迎える。それにリミッターを付けたり、反動への防御をあげたりする事で使用可能レベルにしている。馬鹿弟子はそれを無意識に超えてしまって、体への反動を度外視した本来のミーティアを使ってしまった。時間や回数の関係で腕だけで済んだが、使い方がわからないまま乱発すれば死を招く」
「ヨーゼフさんはそれを安全に使えるんですか?」
「俺も自由自在に使える訳じゃない。だが、効果を限定して、回数制限付きの魔法として使う事には成功した。俺の切り札だった魔法だ」

 つまり、カイトは教わっていないものを無意識に使ってしまったと。
 この常識離れした老人ですら教えなかった魔法だ。言葉の通り、死の危険性が高いのだろう。
 ヨーゼフさんですら切り札としておく魔法と言う事は威力も相当なモノのはず。
 そんなモノをカイトが扱えるようになってしまったら。

「また無茶をするはず……」
「だが、教えない訳にはいかん。一度使えば、あの馬鹿弟子の事だ。追い詰められれば、もう一度と思うだろう。次は今回のように命が助かる保証はない。それに」
「分かってますよ。あの子は力を必要としている。昔のようにあなたへの憧れと言う漠然としたものの為ではなく、守りたい人の為に」

 カイトは変わった。
 子供の頃からの憧れであるヨーゼフ・カーターと言う遠くに浮かぶ英雄から、もっと自分に近い像を見て、近づこうとし始めた。
 それは明確な目的が見つかったから。

「夜天の王にして闇の書の事件の当事者、八神はやて。俺が望んだ通りにあいつは距離を縮め、守ろうとしている」
「それは違いますよ。はじまりはあなたかもしれませんが、今、カイトがそのはやてと言う子を守りたいと言うのは、あの子自身の意思のはず。そこにあなたの思いは関係ない。あなたの後継者として守りたいと思ってる訳じゃない。あの子が、カイトが守りたいと思っているから、守っているんです」

 私の言葉にヨーゼフさんは微かに目を見開き、静かに閉じる。
 ヨーゼフさんからカイトを弟子にした理由やヨーゼフさん自身の思いは聞いている。
 そして、カイトはとてもヨーゼフさんに影響を受けている。その力、考え方、生き方、思い。
 それらは確かにカイトに引き継がれているけれど、それはヨーゼフ・カーターの代わりとして引き継いでいる訳じゃない。カイトがカイトとして、その内にヨーゼフ・カーターの多くを取り込んでいるだけ。

「カイトは確かにあなたの後継者かもしれないですが、あなたの代わりじゃない。なにせ、ヨーゼフ・カーターの弟子ですから。しっかり、自分の意思を持っていますよ」
「そうか……。そうだな。しかし、流石は母親。息子の事はよく分かっているな?」
「ええ。母親ですから。ですけど……一つだけ予想外が」

 私の言葉にヨーゼフさんが首を傾げる。
 小さく溜息を吐き、頬に右手を添えながら言う。

「まさか古代ベルカの王を好きになるなんて。母親としてはもう少し身の丈にあった女の子を選んで欲しい所です」



◆◆◆



 同日。



 機動六課・本部隊舎・部隊長室。



 私の襲撃事件から二週間。
 事件の担当は特別捜査一課になってしまい、謎の傀儡兵に襲撃されたアトスたちは隔離された病院へ搬入され、事情聴取の許可は容態が安定しない事を理由にいつまで経ってもおりて来いひん。
 カイト君は母親からの希望もあって、ミッド北部の私立病院に移された。
 二週間。
 機動六課の仕事に忙殺され続けてもうた。
 そう考えて、小さく首を振る。
 忙殺されたなんて嘘や。自分から仕事を抱え込んだ癖に。
 仕事が終わって、手が空くとどうしても思考の海に沈んでまう。
 どうしてあの時動けなかったのか。どうしてもっと上手く対策を立てられなかったのか。どうして、最後の最後で傀儡兵の襲撃を許してしまったのか。
 アトスたちからは未だに情報を得られない。
 私は黒幕に近づく千載一遇のチャンスをふいにしてもうた。
 何も残せへんかった。
 カイト君の助けには入らず、アトスたちからは情報を得られず、私は何がしたかったんやろうか。
 残ったのは重傷のカイト君とアトスたち。
 事件の担当は特別捜査一課である以上、機動六課としては動けない。なにより、機動六課にはそこまでの余裕はあらへん。
 協力関係にある110部隊もカイト君を欠いたせいで、前よりも余裕を失ってしもうた。スムーズな捜査は期待出来ひん。
 アトス達という手がかりをモノにできなかった時点で、捜査は振り出しに戻ってしもうとる。それもこれも。

「私のせいや……」

 あの時。カイト君と一緒にアトスたちと戦っとったら、また違った展開があったはずやのに。
 どうしてあそこで家の子たちとアトスたちを重ねたのか。
 どうして目の前でカイトが血を流すのを見てるだけやったのか。
 後悔ばかりが頭をよぎる。
 あかんと思っても、気持ちがネガティブになるのを止められへん。
 いつもならこう言う時はカイト君と話をしとったのに。
 今はそのカイト君は居らへん。

「結構……頼っとったんやなぁ……」

 なのはちゃんやフェイトちゃんとはまた違った意味で、居なくちゃ駄目な人やった。分かってるつもりやった。けど、自分で思ってたより、カイト君の存在は大きかった。
 居なくなって、どれだけ頼ってたかわかる。
 そんな人を私は見捨ててもうた。
 私の命を狙った犯罪者と天秤に掛けてもうた。
 裏切りと言ってもええ。
 自分のした事が今になっても信じられへん。
 何であの時動かんかったのか。
 何であの時魔法を撃たなかったのか。
 選択肢は幾らでもあったはずやなのに。助ける手段は幾らでもあったはずやのに。
 それを選ばなかった。自分の意思で。
 助けられなかったんと違う。助けなかったんや。
 何度も助けてくれた人を。何度も励ましてくれた人を。
 私は見捨てた。
 それだけでも許されないのに、今、私はカイト君に会いたがっとる。
 話がしたい。それだけでええ。
 ただ話ができればええ。いつもみたいに。
 目が覚めたカイト君が私にどんな感情を抱いて、どんな言葉を投げかけてくるか分からへん。それは考えたくない。
 そういう事は置いておいて、今、話がしたい。声が聞きたい。
 随分と遠くの病院におるから、今どんな状態なのかもわからへん。目が覚めたのか。それともまだ眠ったままなのか。
 知りたい。会いたい。話したい。

「……都合の良い時だけ頼りたがるなんて……最低やな……」

 そもそもカイト君が私を許すはずがない。
 幾らなんでも見過ごせる事やない。
 カイト君が許してくれても、私が私を許せない。少なくとも、私は私を許す気はあらへん。
 ゆっくり息を吐いてから目を瞑る。
 リセットせんと。頭の中を空にせんと。
 十秒ほどで自分を落ち着かせた後、私は気を紛らわす為に部屋から出る事を決めて、部隊長室を後にした。



[36852] 第六十一話
Name: お月見◆31209bc4 ID:13055473
Date: 2013/07/01 01:22
 新暦75年8月5日。



 意識が回復し、ようやく体を起こせるようになったオレに待っていたのは、自分が負ったダメージの深刻さについての話と、アトスたちが襲撃を受け、隔離病院に搬送され、結局、はやてを狙っていた黒幕が掴めなかったと言う報告書だった。

「動けるようになるまで、どれくらい掛かりますか?」
「腕以外の完治は二週間ほどかと。ただ、腕に関しては全く見当もつかないと言うのが正直な所です。何せ、リアナードさんの腕の状態は今まで見たこともない状態ですから……」

 重傷を負い、それでも現場に向かいたいと思い、リハビリをする管理局の局員を大勢見てきた医師が言うのだから、相当ヤバイ状態なんだろう。
 まぁ見た目からして真っ黒らしいし。今はギブスと包帯で真っ白だが。
 腕に関しては今は考えても仕方ない。
 いや。考えたくないが正解か。
 そうは言っても、考えた所でどうにもならない。
 オレへの話を終えて、病室から出て行く医師に礼を言いつつ、先ほどまで目を通していた報告書を再度、見る。
病室に備え付けられているモニターに映された報告書に纏められているのは、大きく分けて二つ。
分かっている事と分かっていない事だ。
恐らく、報告書を纏めたのは分隊長だろう。簡潔に、そしてわかりやすい。
分かっている事は、はやてを狙う黒幕の指示で動いていたであろう重要参考人。つまり、アトス、ポルトス、アラミスの三人が襲撃を受けて、管理局直属の隔離病院に居ると言う事と、事件の担当が特別捜査一課になったと言う事。
そして、特別捜査一課からの情報提供が一切なく、機動六課、陸士110部隊が保有していた捜査資料は全て特別捜査一課に移動させられたと言う事。
ここまでは確定事項。
次に分かっていない事だ。
まず、アトスたちを襲撃した傀儡兵。
便宜上、傀儡兵と言っているが、傀儡兵なのか全身を武装した騎士なのかは分かっていない。ただ、消耗していたとは言え、アトスたち三人を瞬時に切り伏せる力を持っており、アトスと類似の移動手段で逃走を図った事などから、アトスたちのデータを元に作られた特殊な傀儡兵かもしれないと、陸士110部隊の技術班は考えてるらしい。
その傀儡兵のシルエットは鎧を着た男性の騎士のような型で、背丈は190センチ程度。
全身が真っ黒で、人が全身に鎧を装着していると言われれば、信じてしまいそうなほど、滑らかに動く。殆ど人間と変わりはない。
最近多発している傀儡兵とも武装や一部の形状に類似する部分もあるため、はやてを狙っている黒幕は、傀儡兵を操っている黒幕と同一人物か、または協力関係にあるという可能性も有り得る。
分からない事はまだある。
なぜ特別捜査一課が事件の担当になるのか。
クラナガンで起きる難解な事件を特別捜査一課が担当する事はおかしくはない。しかし、機動六課と陸士110部隊という、優秀な捜査班を抱える部隊の事件をわざわざ担当するのはおかしい。特別捜査一課も暇では無いはずだ。彼らはクラナガン全体の難解事件を多数抱えているのだから。
前回、アトスたちが現れた時も不自然なまでに特別捜査一課はこちらに干渉してきた。
それにこちらの捜査資料も持って行ってしまった。
これをどうみるべきか。
偶然とするべきか。それとも、偶然ではないとするべきか。
それ次第でこちらの動きは色々と変わってくる。
とりあえず、陸士110部隊の第一分隊は特別捜査一課を探ってみる事に決めたらしい。
部隊長の事だ。色々と考えを張り巡らせながら動くだろうけど、あの人の得意技は繋がりを使う事だ。誰が信頼出来るか分からない状況で、どうするのか。
そんな事を考えていると、病室のドアが開いた。
こちらに伺いもたてずに入ってくるのはこの病院には二人しか居ない。
師匠と母さんだ。

「あら? 元気そうね……」
「息子が元気になったのに、残念そうにするの止めてくれないかなぁ……」

 ベッドの上で体を起こしていたオレを見て、車椅子に乗った母さんは、頬に手を当てて残念そうに呟く。
 母さんの車椅子を押してきた師匠は、母さんをベッドの右まで送ると、自分は肩を何度か回しながら、ベッドの左にある椅子へ向かう。

「最近、肩がこるって事を初めて体験してなぁ。意外と辛いもんだ。俺も年を取ったもんだなぁ」
「その年で初めて肩をこったんですか!? 今まで一度もなかったんですか!?」
「あるわけないだろう」
「夜勤明けでも!? 任務明けでも!?」
「ない。何だ? お前はあるのか?」

 驚くオレに対して、師匠は聞いてくる。
 肩をこる程度なら何度もある。というか、割とハードな任務明けはかなり肩がカチカチだ。

「ありますよ……」
「若いのに情けない。だから馬鹿弟子なんだ」
「私もあんまりないわねぇ。ねぇ、カイト。肩揉んであげましょうか?」
「いいよ、今はこってないし……あと、師匠。オレがおかしいみたいに言ってますけど、管理局の激務で肩がこらない師匠の方がおかしいんですよ?」

 オレがそう指摘をすると師匠は鼻で笑い、椅子の背もたれに体重を預けると、こちらを馬鹿にしたように言う。

「あーです、こーですとうるさいぞ。馬鹿弟子。だから、負けるんだ」

 まったく言い返せない。
 今の話の流れで何で、オレが負けた話に繋がるのかわからないけど、とりあえずそこにツッコミを入れても、手痛いしっぺ返しを食らうだけだから止めておこう。

「でもなかなか善戦したんでしょ?」
「違うよ。管理局員に求められるのは結果。善戦した所で、結果を出せなければ、市民は納得しない。オレたちはそれが仕事で、やって当たり前だから」
「ならカイトは目的を果たせてるし、結果を出してると取れるんじゃないですか?」

 オレは首を捻る。
 はて、結果を出した覚えはないけれど。

「守れたんでしょ? そのはやてちゃんって女の子を。なら、いいじゃないの」
「オレは守れてない。オレは……」
「結果が求められるんでしょ? なら結果は出てるじゃない。狙われた子は無事なら、守ってた側の勝利でしょ? 悪いけど、私たち市民は管理局のカイト・リアナードって言う個人に何かして欲しい訳じゃないわ。誰もあんたが負けた事なんて気にしないわよ」
「オレが気にするんだよ……」

 母さんは励ましてるつもりかもしれないけど、全く励みにならない。逆に落ち込んでしまうから止めて欲しい。
 回復までどれほど掛かるか分からない怪我をして、オレが得たものは何もない。

「随分とわがままになったものね。自分の納得まで求めて。一番大切な人が無事なら、後はどうでもいいってくらいじゃないと、その一番大切な人を失うわよ?」

 呆れたような口調で母さんがそう言う。
 それは確かにその通りだ。オレ程度の実力で多くを求めれば、本末転倒な事態になりかねない。
 それは分かってる。分かっているけれど。

「迷いは何れ足を引っ張る。また戦うつもりなら、今の内に考えておくことだな。まぁ今のお前に出来る事なんて、考える事しか出来ないか」
「……未熟ですから」
「未熟者は自分を未熟とは言わん。お前のそれはただの甘えだ」

 怒るわけでも叱るわけでもなく、師匠はそう指摘して、椅子から立ち上がる。
 オレはそんな師匠にあることを聞く。
 ずっと気になってた事だ。

「師匠!」
「何だ?」
「あの……ヴァリアントは……」
「今は本局で改修中だ」
「改修中?」
「正確には元に戻してるだがな」

 全く話が読めない。
 本局の設備を使って、元に戻してるってどういう事だ。
 考えが纏まらない内に、師匠が告げる。

「つまり、俺が現役の時代に使ってた仕様にしてる」
「……どういう事ですか……?」
「俺がヴァリアントを使う可能性もあるって事だ」

 それはつまり、師匠が直接、前に出てくる可能性があると言う事だ。
 今日までどれだけはやてが危険になっても自分から動く事はしなかった師匠が、可能性とは言え、動く事を示唆するなんて。

「オレが……動けないからですか……?」
「違う。相手が悪いからだ」
「!? 相手!? 師匠! まさか! はやてを狙っている人間を知っているんですか!?」

 オレの呼びかけに師匠は首を静かに横に振る。

「知ってる訳じゃない。勘だ。まだ何も確証はない」
「一体、誰ですか!?」
「お前に話す訳にはいかない。バレるからな」

 そう言うと、師匠は病室から出て行ってしまう。
 バレる。
 それはオレと近い存在と言う事なのだろうか。
 いや、そうとは言い切れない。だが、少なくとも、オレを見ている事が出来る人間だろう。
 だが、近しい人間でもオレの行動を把握出来る人間でも、オレの全ては把握は出来ない筈だ。と言う事は、オレは監視されているんだろうか。だから、師匠はオレには言わないのだろうか。
 思考が絡まった糸のようにこんがらがってくる。

「考えてないで調べてみたらどうなの?」
「調べるって何を? どこに手をつければ良いのかだってわからないんだよ?」
「馬鹿ねぇ。管理局とは距離を置いてるヨーゼフさんが、今回の事件を聞いただけで何かを感じたのよ? それは多分、ヨーゼフさんに近しい人か、関係のある人が関わっているからじゃないの?」
「それは安易じゃないかなぁ。師匠も勘だって言ってたし」
「勘って言うのは今までの経験から導き出される予想よ。調べてみなさい。ヨーゼフさんとヨーゼフさんに関わりのある人たちについて」

 母さんはそう自信満々に言うと、手馴れた様子で車椅子を操作して、病室から出て言ってしまう。
 残されたオレは溜息を吐く。
 そうは言われても、この病院からアクセスできるデータなんて、たかが知れてる。
 機動六課に連絡しようにも、はやて達は忙しいのか、オレが送ったメッセージに反応がない。
 と言って、陸士110部隊に連絡して、師匠が勘で犯人だと思っている人間が居たら問題だ。
 さて、どうしたものか。
 師匠の事を調べるにしても、しっかりと調べる事に適した環境じゃなきゃ調べる事はできない。
 そして問題なのは、オレはこの場を動けないと言う事だ。よって、誰かに頼まなければいけない。
 急いでいる訳じゃないが、何か手がかりが掴めそうな時には動くべきだ。未だにオレは師匠について調べる事に意味があるかについては半信半疑だが。
 それでも、このベッドから動く事の出来ないからと言って、何もしないと言うのは性格上、不可能だ。
 誰か居ないだろうか。オレと関わりが薄く、調べ物に適した人。
 流石に居ないか。まず、師匠クラスの人を調べる事が出来るなんて無限書庫くらいだ。それにしたって、すぐに見つかるのは過去の事件の報告書くらいだろうから、詳細には調べられるかは、調べる人次第になってくる。

「うん?」

 今、とても重要な事を考えた気がする。
 そうだ。そうだ。
居る。
オレと関わりが薄くて、調べ物のスペシャリストで、しかもおそらくオレの事を知っているであろう人間が。

「無限書庫の司書長!」

 そう大きめの声で言うと、オレはすぐに本局へ通信する為の準備に取り掛かった。



[36852] 第六十二話
Name: お月見◆31209bc4 ID:9bb7632f
Date: 2013/07/07 04:12
 新暦75年8月6日。



 まさか昨日の今日で連絡が取れるとは。
 オレは通信モニターに映る緑の瞳を持つ青年の行動に、正直なところ、驚いていた。
 無限書庫の司書長。考古学会の若き天才。
 知名度で言えば、なのは達には及ばないが、実績や能力の高さで言えば、なのは達に匹敵する人間だ。
 特に無限書庫を運用可能レベルまで押し上げたのは、有名な話で、その後の無限書庫の活躍を考えれば、もう少ししたら訓練校の教科書に載ってもおかしくはない。
 魔導師ランクは総合Aだが、防御や補助に優れているらしく、なのはの魔法の師でもあるらしい。
 そんな青年、ユーノ・スクライアは柔和な笑みをモニター越しに浮かべながら、オレに自己紹介を始める。

『はじめまして。無限書庫司書長のユーノ・スクライアです』
「お忙しいところ、時間を取っていただき、ありがとうございます。カイト・リアナード陸曹長です」

 本局の中でも独立した部門である無限書庫の司書長は階級に当てはめるには些か特異な存在だが、間違いなく下士官よりは与えられる権限や責任は上だ。
 上官に対する対応で間違いはないだろうが、腕が動かないため、敬礼が出来ない。せめて言葉使いだけはしっかりとしよう。

『そんなに畏まらないでください。僕としては、なのはたちの友人と話をしてるつもりなので……』
「そう言われても……」
『まぁそれは置いておきましょう。目が覚めたようで何よりです。なのはたちも心配していましたから』

 オレはスクライア司書長の言葉に首を傾げる。
 目が覚めた事はメッセージとして送った筈だが。
 あの三人が三人ともメッセージを見落とすなんて、あるとは思えないが。

「スクライア司書長。なのは達にはメッセージを送ったと筈なんですが……」
『メッセージ? おかしいなぁ。連絡が一切取れないって言ってたのに……』

 スクライア司書長は右手で頬を掻く。
 それはつまり。

「オレのメッセージが届いてない……?」

 どういう事だ。確かに送れた筈だけど。
 三人にも、陸士110部隊にも送った。三人が連絡がつかないって言っているなら、恐らく陸士110部隊にも届いてない。

『理由は後で考えよう。とにかく、無事である事は僕の方から伝えておくよ。それで、個人的に話がしたいって話だけど』

 そうだ。とりあえず、今はスクライア司書長に頼みごとをしなくちゃだ。

「はい。実はお願いしたい事があります」
『僕にお願いって事は調べ物だよね? 何を調べればいいの?』
「ヨーゼフ・カーターについて、それと、現役中に起きた闇の書の事件について、調べられるだけ、調べて頂けませんか?」
『ヨーゼフ・カーター? 確かに調べるには無限書庫が一番だろうけど、色々と依頼が立て込んでるから、すぐには無理だよ?』
「構いません。出来る時で良いので」

 ここで急いでと言うわがままを言う訳にはいかない。
 仕事の依頼ではない。個人的な依頼だ。受けてくれるだけありがたい。

『まぁ似たような依頼をはやてにもされてるから受けたんだけどね。はやてはもう少し広いけど』
「はやてが? どんなですか?」
『はやてたちが終わらせた闇の書の事件。その前に起きたそれぞれの闇の書の事件に関わった現役の局員のデータが欲しいみたいんだ』
「それは……名前だけって事ですか?」
『何人か詳細に調べて欲しい人間の名前はリストとして渡されてる。その中にはヨーゼフ・カーターの名前もあったよ。リストの多くはヨーゼフ・カーターやグレアム提督が活躍した前後の時代の人、つまり、現在の管理局の幹部達だよ。まぁ、そう言う訳で、二人の依頼は被ってるんだよ』

 スクライア司書長は苦笑しながらそう言った。
しかし、はやても動いてたのか。
問題は、何ではやてが師匠たちが活躍した時代の闇の書の事件に興味を持ったかだ。
こればかりは本人に聞くしかないか。

「分かりました。はやてが依頼したモノの結果が出たら、オレにも教えてください。スクライア司書長。もう一つ頼んでも構いませんか?」
『分かりました。出来るだけすぐに調べます。どうぞ』

 スクライア司書長は笑顔で答える。
 この人が管理局最大のデータベースを任されてる理由が分かった。
 究極に人が良いんだ。この人は無限書庫の情報を悪用したり、売ったりとかは、まずもって考えたりしないだろう。

「はやてにすぐに会いたいと伝えてもらえませんか?」

 とりあえず、今回はその人の良さに甘えて、伝言役になってもらうとしよう。



◆◆◆



 新暦75年8月7日。



 ミッドチルダ・北部・私立病院。



 ユーノ君から連絡が来て、カイト君が目を覚ました事、私やなのはちゃん、フェイトちゃんにメッセージを送った事を聞いた。
 すぐに履歴を見たけれど、カイト君からは何にも来てへん。
 カイト君の勘違いやないなら、カイト君と私たちとの連絡が取れへんように工作された言う事や。
 ユーノ君からの伝言で、カイト君が私と会いたいと思っとるのは分かったけど、六課の部隊長として、この時期に隊を離れるのは拙い。
そう思って、どうすればいいかをなのはちゃんとフェイトちゃんと相談して、部隊を二人に任せる事で、どうにかカイト君が入院してる病院に来たまではええけど。

「どないな顔して会えばええんやろう……」

 正直な話、カイト君が私に怒りをぶつけてくるとは思ってない。そうやって考えてる自分に対して無性に腹が立つ。
 怒っていないのは分かっとる。問題はそこやない。私が私を許せてへん言う事や。
 思考が悪い方へと傾きそうになった時、私の視界の端に車椅子の女性が映る。
 その女性は地面に落ちてしまった飲み物を取ろうと必死で地面に手を伸ばしていた。
 その姿にかつての私を重ねる。
 ああいう時に車椅子は本当に不便や。いや、ああいう時やなくても、今考えれば、車椅子での生活は不便や。
 私は車椅子の女性の近くまで歩いていくと、しゃがみこんで、地面にある飲み物を拾う。

「どうぞ」
「あら? ご親切にどうも。助かったわ~。お礼をしなくちゃね」

 飲み物を渡すと、女性は目を丸くした後、親しみのある笑顔を浮かべて、そう言った。

「いえ、気にせんといてください」
「そう言われても、何か……あら? もしかして管理局の方?」

 私が着てる制服を見て、車椅子の女性は驚いたように目を丸くする。
 ここはリハビリ関係で管理局の局員が利用する事が多いと言っても、制服姿の管理局員はやっぱり珍しいんやろう。
 そう考えて、私は出来る限り柔和な感じを心がけて笑みを浮かべる。

「はい。友達のお見舞いに来たんです」
「優しいのね。お友達は局員の人?」
「あ、はい」
「なら病室は一番上ね。私も最上階に用があるのだけど。一緒に行ってもいいかしら?」

 いきなり同行を申し出てきた車椅子の女性に私は面食らう。
 随分と人懐っこいというか、遠慮のない人や。私はあんまり人の事を言えへんけど。

「かまいません。ちょっと、道がわからんくて困ってたところですから。私の方からお願いします」
「本当? 嬉しいわぁ」

 女性はそう言うと、車椅子のスティックを操作して、向きを変えると、ついてきて。と言って進んでいってしまう。
 随分とフットワークの軽い人やなぁ。
 そう思いつつ、私は車椅子の女性の後を追う。
 後ろから車椅子を押そうとしたら断られてもうた。
 その代わり、横に並んで歩いて欲しい。言われたから、私は車椅子の女性の横に並ぶ。

「そう言えば自己紹介をしてなかったわね。私はエリザ。あなたは?」
「はやてといいます。八神はやてです」
「はやて? そう。いい名前ね。あなたに似合っているわ」
「似合ってる……ですか? 確かに気に入ってはいますけど。そう言われた事はないですね」
「感覚的にと言うか、纏ってる雰囲気というか……まぁ似合ってるのよ。もしかしたら響き的なものかもしれないし、名前に込められた意味かもしれないけれど。とりあえず、私は似合ってるって思ったわ。本当に誰にも言われなかった?」
「ありがとうございます。そうですねー。言われた記憶はないですね。いい名前とは言われますけど」
「あら。駄目な子ね」

 エリザさんは何か小さな声で呟く。
 私が、何か言いましたか?と聞くと、なんでもないわ。独り言よ。と笑顔で返して、エレベーターの前で止まり、最上階である五階のボタンを押す。
 何やったんやろうか。

「はやてさんはお友達と言ったけど、お見舞いに来るくらい仲が良いの? それとも様子見かしら?」

 満面の笑みで聞いてくるエリザさんに圧されて、私は正直に喋ってしまう。

「仲の良い友達です。多分、世界で五番目に」
「五番? 微妙ね。一番じゃないの?」
「そうですね。同率一位が四人も居るので。でも、男の子っていう括りなら、断トツで一番仲良いですね」
「あらあら。男の子のお見舞いだったの? 大変でしょう。男の子って面倒だから」

 笑いながらいうエリザさんに私は釣られて笑いそうになって、止める。
 すぐに笑みを顔に貼り付けるが、エリザさんにはバレてしまったようで、エリザさんは優しい声色で尋ねてくる。

「どうしたの? 笑顔がぎこちないわよ?」
「えっと……入院したのは私のせいなんです。私が失敗したから、彼は入院してしもうたんです」
「そう。でも、友人なんでしょ? 持ちつ持たれつが普通じゃないかしら?」

 降りてきたエレベーターに乗り込みながら、エリザさんはそう言う。
 そうかもしれへん。普通なら。
 けど、私とカイト君は普通の関係やない。私はカイト君に頼ってるけど、カイト君は私を頼ってはいない。

「持ちつ持たれつやないんです。私が一方的に頼ってるだけなんです……。私は何も返せてない……」
「頼る事は悪い事じゃないと思うけど? 今まで一度もその子に頼られた事はないの? 一度も協力した事はないの? 全てその子がしてくれたの?」
「それは……極端すぎやしまへんか……?」

 私がそう返すと、大きめのエレベーターの中でエリザさんはニヤリと笑って断言する。

「男は頼られたがりなのよ。彼氏、友人、親、兄妹。どんな関係でもね。いつもは問題だけど、大事な時にはばんばん頼ってしまいなさい。それで折れるようならあなたには相応しくないわ」

 エリザさんはそれだけ言うと、エレベーターのドアが開き切るのを待ってからスティックを操作する。

「それじゃあ、私は悪女になってまいます……。それにそんな事してたら友人が居なくなってまいます……」
「いいじゃない。大事な時に頼れない友人なんて捨ててしまいなさい。大事な時に友人を助けたいって思って、行動してくれるだけで、話を聞いてくれるだけで、頼った側は楽になるわ。そんな事すら出来ないなら、思えないなら、そいつは友人なんかじゃないわ。友人の条件は、こちらの事を考えてくれている事よ。勿論、こっちも向こうの事を考えてあげなきゃ行けないけれど。これは私の友人論よ」

 エリザさんはそう言って、左を指差す。
 エリザさんの友人論について考えていた私は不思議そうに左を見る。

「病室の場所。知らないで来たでしょ? ここを真っ直ぐ行ったところの突き当たりの病室よ」
「えっ……?」
「あの子は無茶な事ばかりして迷惑や心配ばかり掛けるけど、それは必死だからなの。周りに認めて欲しくて、頼られたくて、期待に応えたくて、無茶をするの。許してあげてとは言わないけれど……はやてさんは認めてあげて、あの子の必死さを」

 エリザさんは私の目を真っ直ぐ見て真剣な顔で言うと、すぐにニコリと満面の笑みを浮かべて、こう言った。

「馬鹿な息子だけどよろしくね。八神はやてさん」



[36852] 第六十三話
Name: お月見◆31209bc4 ID:9bb7632f
Date: 2013/07/18 03:57
 ドアがノックされた事で、オレは来客が来た事を知った。
 この病院で、オレの部屋に入る時にノックするのは病院関係者くらいで、その病院関係者も決まった時間以外に来る時は予め連絡をくれる。
 それを考えれば、このノックの主は外部からの来客という可能性が高い。
 外部との連絡が何者かに妨害されているオレを訪ねてくる可能性のある人物。
 十中八九、機動六課の隊長陣の誰かだろう。
 はやてに会いたいと伝えて欲しいとは言ったが、はやての忙しさと立場を考えれば、はやての代わりにフェイトやなのはが来る事も有り得る。
 できれば、心情的にはやてが一番だが、オレが今、抱えてる問題の多くを解決するのに、はやてじゃなければいけないと言う事はない。
 ただ、はやてとオレの間にある問題は、一対一で話し合わなければならないと思うが。
 オレがどうぞと言うと、ドアが開く。
 見知った顔を見て、オレは安堵の息を吐く。

「いらっしゃい。はやて」

 師匠からは無事である事を聞いていたが、聞くのと、こうして自分の目で無事な姿を見るのとでは安心感が違う。
 しかし、その安心感も、はやての困惑した表情にかき消されてしまう。

「どうしたの……?」
「……さっき……お母さんに会った……」

 困惑というよりは驚いているような表情で言ったはやての言葉を理解するのに、オレはしばしの時間を要した。
 はやてのお母さんと言うのは有り得ない。はやてが幼い頃に亡くなっているし、そもそも、ここははやてが住んでいた管理外世界・地球ではない。
 では誰のお母さんか。
 考えるまでもないけれど。

「オレの……?」
「うん……」

 何をしてるんだ。あの人は。
 移動が困難な人用のフロアに入院している母さんは、基本的にそこから抜け出す必要はない。あまり移動しなくてもいいように、大体の物をそのフロアで揃うし、頼めば、病院側が揃えてくれるからだ。
 はやてと会ったと言う事は、このフロアか、一階かだろう。
 この時間帯は診療の時間帯な為、普通は母さんは病室に居る。
 それを踏まえれば、母さんがはやてに会う為にわざわざ移動したと言う事だ。
 確かに、はやてを間接的に呼んだ事は、師匠と母さんに通信が遮断されている事を告げた時に一緒に話した。
 だからと言って、いつ来るかもわからない人間を次の日から探すなんて、相変わらず変わった人だ。

「そっか……。感想は……?」
「自分を持っとる人やと思って、凄い人やなぁって思ってたら、息子によろしく。なんて言うから、めちゃくちゃビビったわ……」
「まぁ師匠と友達になれるくらいだからね。かなりぶっ飛んでるよ。でも……いつも大事なことを気付かせてくれる、いい母親だけどね」
「私も、カイト君のお母さんと話してみて、少し思った事があるんよ。私は少し勘違いしとったんやないかなぁって」

 勘違いと言う言葉を使ったはやては、ゆっくり目を閉じる。
 はやてはおそらく、アトスとの戦いの時に、自分が動けなかった事を悔やんでる。そして、今現在でもあの時、何が正しく選択で、何が正しくない選択だったのかを決めきれてない。
 正しい、正しくないなんて言うのは、所詮は自分が決める事だ。
 あの時、はやてがオレに加勢して、アトスたちを捕らえる事が出来ても、あのアトスたちへの襲撃を防げたかどうかは分からない。
 それとは別にしても、オレ個人であの時、アトスに勝てる可能性はほぼゼロだった。
 師匠の話を聞く限り、またオレはアトスに手加減されたらしい。手傷を負わせる事は出来たが、結局、手加減されながら、オレが出来たのは時間稼ぎだけだった。
 あの時は間違いなくヴォルケンリッターが来ると思っていたし、実際、彼女らは来た。
 結局の所、あの時、はやてがオレに加勢しようがしまいが、アトスたちは口封じ目的の攻撃を受けただろう。
 終わっているから言える事ではあるけれど、あの時、はやてがどう行動しようと結果はおそらくほとんど変わらなかった。
 だから問題なのははやてがどう、あの時の自分に折り合いを付けるかになってくる。

「どんな勘違い?」
「今まで、私は自分を犠牲にしてでも……闇の書の事件の罪を償わきゃいかん思っとったんよ」
「それが勘違い?」

 オレの言葉にはやてはゆっくり首を横に振る。
 当たり前か。母さんと話をしただけで、はやてがこれまでの生き方を否定したり、変えたりするはずはない。そんなに闇の書の罪を背負い、償う事を決めたはやての決断は軽くはない筈だ。

「間違ってるとか思った事はないんよ……。今の生き方。ただ、もっと違うやり方があるんやないかと思ったんよ……」
「そっか。どんなやり方を思いついたの?」
「……ずっと、私が犠牲になってでも……償うんやって思ってた。けど、それじゃあ、周りは幸せになったりせへぇん。私は家族と一緒に居て、みんなが幸せならいいけど……多分、周りのみんなは私の幸せを願っとる……!」
「……うん。ヴォルケンリッターも、なのはも、フェイトも、勿論オレも。みんなはやての幸せを願ってるよ。ただ、笑ってくれてれば……そう思ってる」

 はやての表情が微かに歪む。
 それがどんな感情から出たものかはオレにはわからないけれど、多分、そんなに嫌な感情じゃ無い筈だ。

「……せやなぁ。だから……私の犠牲の上に成り立つ幸せは……みんな受け入れへんって気づいたんよ……」
「どうして……今になって? 母さんと話したから?」

 はやてが何かを堪えるように俯きながら首を横に振る。
 それじゃあ何が原因だろうか。
 少し考えたオレにはやてが答えを教えてくれた。

「カイト君が……カイト君が傷ついて、倒れて……それで私が助かっても……私は何も嬉しくなかった! だから、わかったんよ……。誰かの犠牲で助かっても、許されても、救われても……幸せになんかなれへん!! 嬉しくなんてあらへん!!」
「はやて……」

 はやての言葉を聞いて、オレは、オレ自身が思いもよらぬ所ではやてを傷つけていた事に気づいた。
 はやてを守れればいいと思いつつ、はやてが無事でいるなら良いと思いつつ、この手で守る事にオレはこだわっていた。
 その結果が今のはやてだ。
 涙を静かに流しながら、はやてはオレを見ている。

「……私は……誰かと共に居たい! 家族と、友達と! 大切な人たちと一緒に居たい! 一人は嫌や! だから、だから……次からは……私も一緒に戦うから……」
「……」

 押し黙るオレに向かって、はやてはゆっくり歩いてくる。
 ベッドの傍までくると、包帯が巻かれたオレの動かない右腕に触れる。
 薬で痛みすら感じない右腕に微かに熱が伝わる。

「ちゃうんよ……。こんな事を言いたかったわけやない……。まず謝って、それから話し合って……」
「大丈夫だよ。色々と伝わったから。だから泣かないで。はやての泣き顔は苦手だから」
「ごめんなぁ、ごめんなぁ……。私のせいやなのに……意味わからん事いうてもうた……。カイト君の顔みたら、頭がこんがらがってもうた……」

 震えた声ではやてはそう言った。
 言いたいことがまとまらずに混乱しているはやてを安心させるために、できるだけ優しい声色で、はやてに答える。

「でも、それでも伝わったよ。約束するよ。オレはもうはやての為に一人じゃ戦わない。一緒に戦おう。だから、はやてももう、自分を犠牲にしないで」

 オレの言葉にはやては小さく頷き、オレの右手を握ったままベッドに顔をうずめた。

「カイト君……ごめんなぁ……」
「気にしないで。お互い様だよ」



◆◆◆



 泣き疲れたのか、寝てしまったはやての寝顔をみていると、ノックもなしにドアが開いた。
 この病院にノックも無しで入ってくる人間は二人しか居ない。

「ノックは礼儀だと思いますよ? オレだけじゃありませんし」
「弟子に礼儀が必要か? それに女の寝顔を凝視してる方が礼儀がないと思うが?」
「動けないんですよ……」

 オレが小さく溜息を吐くと、はやてが小さく身じろぎする。
 起こしたかとも思ったが、すぐに静かな寝息をたて始める。
 疲れていたのか、そもそも寝ていなかったのか。無理を始めれば、とことん無理をするはやてだ。
今回の事で思いつめて、不眠で働いていてもおかしくはない。

「無理も無茶も、オレの十八番のはずなんだけどなぁ……」
「周りに無理や無茶な奴だと認識されている時点で、お前が未熟だという証拠だ」
「分かってますから、そう痛いところを突かないでください……」

 はやてとは反対側、オレの左側に回った師匠は安心しきった顔で寝ているはやてを見て、ため息を吐く。

「無用心な子だ。お前の横で寝るとは」
「どういう意味ですか……?」
「そのままの意味だ。それと無用心なのはそこだけじゃない」
「その意味が分からないから聞いたんですけどね……。他に何か問題が?」

 師匠は病室にある窓から日が落ち始めた空を見上げて、疲れたように小さくため息を吐く。
 師匠が呆れた時以外でため息を吐くのは珍しい。

「何かありましたか?」
「一人で来たのは流石に無用心だった。せめてヴォルケンリッターの誰かを連れてくる筈と思っていたがな」
「ヴォルケンリッターは六課の中核ですからね。敵ですか?」
「魔導師が二人、病院を見張っている。来た時に何もしなかったのは様子見か、監視だからだろう。運がよかったが、このままと言う訳にもいかんだろう」

師匠はそう言うと、外を見るのを止める。
しかし、はやてを狙うなり、見張るなりするのは、かなりリスクがある行為だ。
 多くの人間を敵に回しかねない。

「管理局でしょうか?」
「だろうな。問題は、俺がどう動くかだ。今は色々とキナ臭い。地上本部が何かしようとしてるのか、それとも誰かが地上本部に何かをさせようとしているのか。どちらにしろ、俺には動いて欲しくはない筈だ。はやてに手を出さなかったのもそれが理由だろう」
「なるほど。確かに師匠に第三勢力として動かれるのは厄介ですね。一つ聞いてもいいですか?」
「何だ?」

 オレは色々と考えを巡らしつつ、前々から気になってた事をいい機会だから聞く事にした。

「オレを聖王医療院から移動させた理由を聞きたいんです」
「あそこは管理局の目が強すぎる。俺が動くに動けん」

 師匠のその言葉で、オレは一つの事を察する。
 師匠は静観する気はない。
 確実に動く気でいるんだろう。どういう形であれ。

「それはオレの代わりにと言う意味ですか?」
「馬鹿弟子が。お前の代わりに動く気なら、わざわざ手間を掛けて、お前をここまで移動させたりはしない。老兵はただ退くのみ。表に立ち続けたり、表に戻れば、グレアムのようになるのがオチだ」

 老いれば思考は硬直し、考えは変わらなくなる。その状態で権力なり、影響力を持ち続ければ、やがて、老いた者は害になる。
 昔、師匠がそう言っていたのを思い出す。
 こんな状況で、オレがこんな状態でも、そのスタンスを崩す気はないようだ。

「なら、今まで通りと言う事ですか?」
「その予定だ」

 今まで何があっても表には出てこなかった師匠。その師匠の代わりにオレがはやてを守る為に動いていた。
 別に話しあって決めた事じゃない。そもそも師匠の下を去った後は、はやてと出会うまで連絡を取っていないし、その後も直接会う以外の方法で連絡を取った事はない。
 師匠の後継者としては些か実力不足ではあるけれど、はやての近くで自由に動けるのは、はやての友人や師匠の知り合いを含めて、オレ以上の適任者はいない。
 これまで上手くいったり、いかなかったりだったが、どうであれはやては無事だった。
 今回の件で、オレには任せておけないと考えを改め、師匠が出てくる事も考えたが、そう言う事はないらしい。
 そうなれば、師匠が動く方向性は一つ。

「師匠は昔、今のオレと似たような状態になった事があると聞きました」
「ああ。俺も全く同じ状態になった」
「では聞きます。どう治したんですか?」
「それはまだ戦う意思があると言う事か? おそらく、最後の分かれ道だぞ? これから八神はやてと言う人間に関わり続ければ、お前は何度も窮地に立つ。ここでもう一度、関われば、これから先、ずっと関わり続ける事になる。それでもいいのか?」
「さっきも言いました。今まで通りです。オレははやてを守りたい。それはこれから変わる事はありません。教えてください。どうやって治したんですか!? オレはもう一度、はやての横に立ちたいんです!」

 オレの言葉を聞いて、腕を組んだまま、師匠はゆっくり目を瞑り、そのまま押し黙る。
 それから数分ほど、師匠は何も喋れず、存在が希薄になるほど微動だにせずに熟考した。
 師匠が答えを出すまで何時間でも待つつもりでいたオレは、数分で目を開けた師匠に拍子抜けする。

「お前には謝らなければいけない事が沢山ある」
「師匠……?」
「俺がしなければならない事。俺がしたい事。それをお前にさせるために多くの事を教え、しかし、大事な事はいつも後になってから教えた。だからお前は傷つき、時には倒れた」
「オレが未熟だっただけです。それに、多くの事は自分で気づかなきゃいけない事でしたから……」
「お前が移送されてきた時のエリザの表情を……俺は忘れられん。未熟と知りながら、自分の目的の為にお前を手元から離した俺の責任だ。師匠らしい事を一切してこなかった俺の為だと言うなら……気を遣う必要はない」

 そう言った師匠の顔はひどく疲れて見えた。
 師匠は師匠で色々と抱えてきたんだろう。
 母さんと平然と接しているように見えても、内心は多くのモノを感じていた筈だ。

「師匠……。オレはあなたの弟子です」
「知っている。似なくていい部分ばかりがそっくりだからな」
「それは生まれつきですよ。オレは師匠の弟子ですが、それに縛られるつもりはありません。もう、地上の英雄・ヨーゼフ・カーターに憧れる子供は卒業したつもりです。今は、師匠の事とか、夜天の書を抜きにしても、オレははやてを守りたいと願ってる。これはオレ自身の意思です。だから、遠慮せず。オレが望んでいる事です。どんなにつらくても乗り越えてみせます」
「……そうか。詳しい方法ははやてが帰ってから話す」

 師匠は短くそう告げると、ドアに向かって歩き出す。
 師匠を見送ろうと思って、視線で追っていると、師匠がドアの手前で立ち止まる。

「カイト」

 珍しく名前で呼ばれた。
 管理局に入る前はずっと名前で呼ばれていたが、最近はめっきり呼ばれなくなっていた。

「はい」
「……すまんな」
「……気にしないでください。オレがしたい事です。それにオレは師匠に感謝してます。師匠はオレに力をくれました。今こうして、はやての傍に入れるのは師匠のおかげです。だから……もう一度、力を下さい」
「わかった。オレの全力をお前にやる。今日はせいぜい、惚れた女の寝顔でも楽しんでおけ」
「そうですね。そうします」

 ドアから出て行く師匠の後ろ姿を見送った後、オレははやての寝顔に視線を移す。
 気持ちよさそうに寝ているため、まだ起こさなくてもいいか。と小さく笑いながら呟き、オレはしばしの間、役得を楽しむ事にした。



[36852] 《第五部》 第六十四話
Name: お月見◆31209bc4 ID:9bb7632f
Date: 2013/07/21 11:08
 新暦75年8月14日。



 はやてが来てから一週間が経った。
 その日の夜にはシグナムさんが迎えに来て、何事もなく帰っていたはやてを見送り、オレの腕の治療が始まった。
 緊張していたオレに伝えられた治療法は至って簡単なモノだった。
 治療用の器具をずっと付ける事。
 その治療用の器具は二つで一対の篭手で、今もオレの両腕に付いている。
 その篭手の効果は装着者の魔力を吸い取り、装着部分を回復させると言うもので、師匠が発掘した危険度の低いロストロギアだった。
 師匠の話では、おそらく旧暦の時代に作られた鎧の一部分で、篭手と同様の効果のある鎧で全身を固めて、負傷兵でも戦えるようにしていた。と言う事らしい。
 オレの腕の状態は随分と悪いらしく、それに応じて、吸い取られる魔力の量も半端ではない。
 毎日毎日、限界ギリギリまで魔力を吸い取られる為、篭手を付ける前以上にベッドから動けない日々が続いていた。
 ただ、一週間付け続けた事で、指が微かに動く程度には回復しており、この病院の担当医も心底驚いていた。
 オレの腕は内部で相当グチャグチャになっていたらしく、通常の治療魔法では気休めにもならないと言われていたから、オレ自身も驚きだ。
 まぁ師匠がこの状態になった時は更に酷かったらしく、師匠の膨大な魔力を限界ギリギリまで使ってすら、かなりの月日を必要としたらしい。
 それに比べれば、オレはまだまだ軽傷で、このまま行けば一ヶ月くらいで完全に回復できるスピードで、傷は癒え始めている。
 とはいえ、未だに動ける状態ではない為、今日まではただベッドで寝ていただけだった。
 しかし、限られた時間は有効活用しなければいけない為、今日からは師匠と座学をする事になっていた。

「まず最初に、どうしてお前の腕がそうなったかについて説明してやろう」

 ベッドの左側に置いてある椅子に深く腰を掛け、腕組をしながら師匠はそう切り出した。
 それはずっと気になっていた事だ。
 間違いないのはムーヴの最中に減速と強化魔法を使わずに攻撃した事が原因である事。
 それだけは間違いないと断言できる。できるが、それだけが理由だとは思えない。
 今までも、減速が間に合わなかったり、強化が不十分だった時はあった。更に、何度かアクションとムーヴのスピード差を埋める為に、アクションを使わずにムーヴによる突撃攻撃を練習した事もある。
 その時は負担が大きい為、使えないとは思ったが、それでも腕がしびれる程度で、反動は十分、バリアジャケットで吸収できた。
 けれど、今回は違う。
 バリアジャケットでは反動を吸収しきれず、両腕はボロボロになった。
 本気で全力の実戦の最中に底力を発揮したとしても、練習の時とでは威力や反動が違いすぎた。
 それくらい、あの時のミーティアは速かった。本気のアトスが追いつけないほどに。

「まぁ自分でもある程度わかってるかもしれないが……カイト。お前はミーティアのリミッターを外しちまったんだ」
「ミーティアのリミッター……」
「そうだ。元々、ミーティアは旧暦の時代に使われていた特攻用の魔法だ。使用者の体なんて考えられてない。それにリミッターやら減速機能やらを付けて、実用可能レベルまでしたのが、俺やお前のミーティアだ。そのミーティアも、加速魔法に耐性のある奴じゃなければ使えないがな。まぁそれは置いておいてだ。お前はその実用可能レベルのミーティアの、言うならば安全装置を切っちまったんだ。おかげでもっとも負荷の掛かった腕はその有様だ」

 師匠は顎でオレの腕を示しながらそう言った。
 実用可能レベルのミーティアの安全装置を切った。つまり限界を超えた。
 あの時、オレが使ったミーティアは。

「特攻用のミーティア……」
「違う」

 オレの呟きを師匠は否定する。
 オレが意外そうな顔をすると、師匠はため息を吐いて説明し始める。

「お前は特攻用のミーティア。つまり、旧暦の時代に使われた魔法を甘く見すぎだ。一度、使えば数分で体が耐え切れずに死に至るのが本来のミーティアだ。お前は足先が少しだけ境界線を超えたに過ぎない」
「オレが使ったのは序の口だったと言う事ですか……?」
「その通りだ。ミーティア本来の威力と速度が出ていれば、相手は死んでいるし、お前も死んでいる」

 師匠はそう言った後に深く息を吐く。
 師匠の話を総括すれば、限界を超えて、オレは随分と物騒で危険な魔法を使ったらしい。
 相手がアトスだったのは運がよかったと言えるのだろうか。いや、それ以前にアトスでもなければ、オレがあそこまで限界を超える事はなかったか。
 ある意味、必然と言える。

「お前が強敵と出会うまではまだまだ時間が掛かると思っていた」
「……アトスと出会ったのは五年も前です」
「あれは偶発的なモノで、高ランクの騎士や魔導師と本格的に戦うのはもっと先で、それまではランディにお前を預けていても大丈夫だと思っていた。完全に予想とは真逆になったがな」
「はやての傍にいましたから……」

 あまりこう言う事は言いたくはないが、実際問題、はやてを狙う人間が強敵だからこそ、オレはこうして強敵と戦う機会が増えている。
 そこらへんも踏まえて、守ると決めたし、傍に居るとも言った。それに嘘はないが、オレが強敵と戦っている理由の説明に関して言えば、はやての傍に居るからとしか言えない。

「こうも早くにお前がはやての傍に居続けるとは思わなかった。地上と言うはやてにとって、敵が多い場所で、はやてが狙われた時だけ動く。そんな程度の関係を想定してたんだが」
「すみません……」
「責めてる訳じゃない。結果的にお前が近くに居る事で、はやては守られているし、多くの事で救われた筈だ。余計な心労も増えただろうが」

 師匠は最後の言葉の後、小さく呆れまじりのため息を吐く。
上げて落とされるとはこの事だ。
 最後の言葉でオレの良い気分は台無しだ。

「迷惑を掛けた自覚はあります。ですから、それを事あるごとに突くのは止めてください……」
「他人に掛けた迷惑に気付けるようになっただけ、成長している証拠だ。こうやって、そこを突くのは、お前が分かっているからだ」
「成長と言うんでしょうか……。ようやく人並みレベルになっただけの気もしますが……」
「始まりが底辺だから十分成長と言えるだろうよ。さて、話が逸れたが、お前が今の状態になった理由は分かったな?」

 椅子に座り直した師匠が、両膝に両肘をつけて、前かがみの状態になりながら聞いてくる。
 勿論、自分の状態についてはある程度の予想をしていた為、話を聞いても混乱する事なく受け入れられている。
 はい。と言って頷くと、師匠は椅子から立ち上がる。

「どちらへ?」
「ゲストが来ていてな。呼んでくる」
「ゲストですか……?」

 オレの言葉に、そうだ。と返して、師匠はそのまま大股で病室から出ていってしまう。
 相変わらず突飛な人だ。と思いつつ、ゲストとは誰だろうかと、少しを考えを巡らす。
 はやては無いだろう。今は無闇に動くのはよくないと、師匠が前回、注意をしていた。なのはやフェイトと言う線も、機動六課が回らなくなる為、ないだろう。
 そうなってくると、後はグレアム提督繋がりでクロノさんか、大穴のアーガスさんか。まぁ有り得ないだろうけど、友人ってことでグレアム提督やホールトン顧問官って言うビッグネームも一応、候補にはあがる。
 陸士110部隊のランディ部隊長や先輩たちと言う可能性も無きにしもあらずと言うところだが、師匠がゲストと言うくらいだから、ある程度、階級が上か実績のある人間だろう。勿論、師匠基準の階級やら実績だ。提督やらエースくらいでないと、師匠はゲストとは言わないだろう。
色々と考えたが、結局思いつかない。まぁいい。お楽しみと言う事にしよう。
そう切り替えたオレは、一人では何も出来ない為、窓から見える景色を楽しむ事にした。



◆◆◆



 しばらくして、師匠が戻って来た。
 母さんを連れて。

「ゲストって母さんですか……?」

 自分でもわかるくらい冷めた目を向けて、オレはそう言った。

「そうよ!」
「違う」

 母さんが満面の笑みを浮かべながらテンション高めの声で答えるが、瞬時に車椅子を押していた師匠が否定する。
 だよな。
 流石に予想の斜め下にもほどがある。
 クラナガンに居る時ならいざ知らず、今は毎日会っている。

「あら? 私、ゲストじゃないの?」
「自分から来る人間をゲストとは言わん。それに、ゲストはインパクトがなければならんしな」

 師匠はそう言って、紐のついた正十二面体の赤い宝石を手の平に乗せて、オレに見せる。
 オレはそれを見て、はっとなる。
その輝きは多少、形が変わっても間違える筈がない。

「ヴァリアント!?」
『よぉ相棒。ちょっくら衣装直しをしてきたぜ』
「衣装直しって……随分とカクカクになったな……」
『バージョンアップしたついでにイカしたデザインにしてくれって教導隊の技術班に言ってみたらこうなったぜ。流石教導隊。正十二面体とは、やることが違うぜ』
「教導隊の技術班? ってことは教導隊本部で修理を受けてたのか?」

 ヴァリアントを受け取った後に、オレがそう驚いたような声を上げると、師匠が呆れたように言う。

「当たり前だろう。本局で俺の言う事を聞くのはアーガスくらいだ」
「いえ、もうちょっと居る気がしますけど……。それにしても本局にヴァリアントを送ったと聞いた時から気になっては居たんですけど……」

 ずっと気になっていた事がある。
 本局のデバイス関連の設備や技術班は確かに管理局ではトップクラスだろう。更にその中でも教導隊の技術班なら尚更だ。
 しかし、わざわざ本局にヴァリアントを送るのは相当手間だった筈だ。距離もあるし、セキュリティも厳重だ。現にヴァリアント本体には致命的な破損がなかったにも関わらず、時間がかなり掛かっている。
 そう言う点を踏まえれば。

「地上本部のレイ・ホールトン顧問官に修理を依頼すればよかったんじゃないでしょうか? ご友人だと聞きましたけど」
「……レイか。まぁ今は地上本部全体がキナ臭いし、あいつにデバイスの事で頼むのはちょっとなぁ……」

 珍しく師匠が歯切れの悪い言い方をする。
 もしかしたら、ホールトン顧問官と何かあったのだろうか。
 グレアム提督が頻繁に話に出てくるのに、ホールトン顧問官は全く話に上らなかった。
 オレを解放してくれたり、師匠の弟子である事を知っていたから、それなりに親しい仲のはずだけれど。
 もしも、両者の間に何かあるなら、闇の書の事件の事だろう。
 師匠はそれで管理局を辞め、ホールトン顧問官はグレアム提督が何をするつもりか分かっていながら、デュランダルの製作に力を貸し、デバイス製作の第一線から退いた。

「何かあったんですか……?」
「……俺やグレアム、そしてレイはそれぞれ立場や役目も異なっていたが、妙にウマが合った。だが、グレアムや俺は管理局から身を引いた。グレアムが事を起こした時に、レイにも身を引く事を勧めたが、あいつはやる事があるといって、地上本部の顧問官を辞めなかった。それもあってだなぁ。俺ははやてを狙っているのはレイなんじゃないかと……疑っている」
『おいおい。それは突飛な話だぜ? 元相棒。レイははやての嬢ちゃんが無罪になるように色々手を尽くしたり、相棒を助けたりしてるんだぜ?』

 ヴォリアントがオレの手のひらの上でそうホールトン顧問官を弁護する。
 確かに、はやてを狙っているにしては協力的過ぎるし、あの人ならはやてを護衛無しで呼び出す事も可能な筈だ。

「オレもあの人がはやてに何かする人とは思えませんでしたけど……」
「……レイははやてに恨みなんて持っていない。おそらく何かしらの感情を抱えている対象はヴォルケンリッターにだ」
『元相棒よ。深く考えすぎじゃないか? 確かにレイはヴォルケンリッターと因縁があるが、そう言う奴は沢山居る。それにレイは恨みやら怒りやらを抱える人間ではないぜ?』

 ヴァリアントはあくまでホールトン顧問官側らしい。
 どうにも話について行けないが、とりあえず、師匠が何でホールトン顧問官を頼らなかったのかは分かった。
 探しても見つからない黒幕があの人だとしたらゾッとするが、地上本部の顧問官の地位に居る人が犯罪に手を染めるとは思えない。

「グレアムもそうだった。年月は人を変える。だから老いた人間はいつまでも力を持ち続けちゃいかん。もしもレイが黒幕じゃないにしろ、管理局地上本部の上層部が一枚噛んでるのは間違いない。結局の所は地上本部は頼れん」
『まぁ考えを巡らすのは元相棒の自由だが、すぐに行動には移さんでくれよ? 相棒に迷惑が掛かるからな』
「それくらい分かっている。人を馬鹿みたいに言うな」

 ようやく話が一区切りついた所で、今まで黙って動かずにいた母さんがおもむろに病室に置いてある棚の近くに移動し始める。

「話がひと段落したなら、果物剥いてもいいかしら?」
「そう言えばどうして母さんのお見舞い品の果物がオレの部屋にあるの?」
「私が人気者だからよ」

 あまり答えになってない答えが返って来た為、オレはそれ以上、その理由を聞くのを諦める。

「カイト」
「はい?」

 師匠が母さんに聞こえない程度の声で話しかけてくる。
 オレもその意味を察して、声のボリュームを下げる。

「どうしてお前の通信が届かなかったかが分かったぞ。俺はその手の細かい事が苦手だから、さっきまでヴァリアントに解析を頼んでたんだが」
『聞いて驚け。この部屋限定で特殊な結界が張ってある。感知はしづらいし、外から来た通信も中から送った通信も、どこか別の場所に送られるようになってる』
「通信の行き先が変えられてるって事か?」
『その通り』
「結界があるのは気づいていたが、壊せば感づかれるだろうと思ってな。放っておいたが、思ったより厄介だな。しばらくはこの結界を張った人間を辿るのもやらなきゃいかんだろうな」

 ヴァリアントが来て、これから色々始まると思ったが、まさかいきなり自分のストーカー探しをする事になるとは。
 誰だか知らんが、人のやる気に水を差してくれる奴だ。

「オレを見張る事に意味はない気がするけどなぁ」
『相棒じゃなくて、元相棒の動向を探ろうとしてるんじゃないか? 元相棒を見張るより、動けない相棒の通信を傍受した方が楽だしな』
「確かに一理あるな。まぁそうだとしても、俺やカイトの動きを知りたい奴らなんざ、かなりの数が居るがな」

 師匠はそう言うが、そのかなりの数の大部分は師匠の動きが知りたい人たちで、オレの動きを知りたい人たちなんてのは、居るのかどうかも怪しいと言う事に気付いて欲しい。
 そう思いつつ、オレは小さくため息を吐いた。



[36852] 第六十五話
Name: お月見◆31209bc4 ID:9bb7632f
Date: 2013/07/27 04:18
 新暦75年8月24日。



 ヴァリアントがオレのところに戻ってから十日が過ぎた。
 両腕の篭手に魔力が吸い取られる事にも慣れ、腕以外の傷は大分治った為、既にベッドの上からは卒業出来ていた。
 肝心の両腕は握力や腕力は全く無いが、篭手さえ付けていればと言う制限付きだが、とりあえず動かす事は出来るようになっていた。
 そんな腕で適度なリハビリを行いつつ、通信妨害の結界を張った人間、または組織をオレたちは追っていた。
 この十日で幾つか分かったのは、本局との通信のような、中継を使わなければならない遠方への通信は問題なく使える事。そして、通信の行き先が変えられるのはクラナガン周辺から来る通信とクラナガン周辺へ送るものだけだと言う事だ。
 オレの知り合いやら協力者やらはクラナガンに集中している。
 クラナガンとの連絡を絶たれるのはオレにとっては非常に痛い。痛いが、連絡が取れた所でオレに出来る事は少ない為、機動六課や陸士110部隊にとっては大した痛手じゃない。
 そうなると機動六課や陸士110部隊の戦力ダウンや妨害を狙ったものじゃない。
 そこで、オレや師匠が出した結論は、オレの体の治り具合が知りたいのではないかと言うモノだった。
 オレの体が治れば師匠も病院を離れるだろうし、オレも戦線へ復帰する。
 その時期が知りたいのではないか。もしくは計算したいのではないか。
 ようは来ると分かっていれば対処も出来ると言う事だろう。それなりにはオレを、そしてオレの動向次第では動くであろう師匠をとても警戒していると言う事だ。
 とは言え、それがどこの誰なのかはわかってない。

「しかし……全くわからん」

 椅子に座り、腕の屈伸運動を続けながら、オレは机に広げた教導隊の教本に目を通しつつ、そう呟く。
 その呟きに対して、オレの横の宙空。そこで小さく上下動をしながら浮いているヴァリアントが答える。

『そりゃあそうだろうよ。その教本は教導官が読む教本だ。相棒に理解できるレベルで書かれてたら、それこそ問題だ』
「さらっと貶すのは止めてくれ……」
『事実だろ? とはいえだ。元相棒が読めって言ってたページの内容は難しすぎる。分からないのはしょうがない気もするけどな』

 ヴァリアントにそう言われて、そうだよなぁ。と思った瞬間、後ろから思いっきり殴られた。
 久々だが、昔、よく食らった攻撃だ。

「妥協するのはお前の悪い癖だぞ」
「……すみません。師匠……」

 まさか何も言ってないのに察せられるとは思わなかった。
 流石は師匠。オレの師匠なだけあって、オレの思考パターンはお見通しらしい。
 しかもいつ病室に入ってきたやら。全く気付かなかった。

『しかしよぉ。元相棒。相棒にはこりゃ難しいぜ。飛躍しすぎだ』
「別に高度な魔法を覚えろと言ってる訳じゃない。ただ、戦術を理解しろと言ってるだけだ」
「ですけど……これって上級士官の戦術ですよね? 広い視野で戦場を見渡しつつ、目の前の敵とどう戦うかって感じの事が書いてありますし……」
『複数の分隊に指示を出せる指揮官って言うのが前提だ。相棒はその階級には居ないぜ?』

 ヴァリアントの言葉に師匠は頷く。
 それが分かっていて、何故、オレにそれを読ませて、理解しろって言うんだろうか。

「カイト。共に戦う為に必要なモノは何だ?」
「共に戦う為に必要なモノ……ですか? そうですね……。相手との信頼関係ですか?」
「間違ってはいない。けれど、最低限、その場限りでも共闘するのに必要なモノは、相手のデータだ。どんなスタイルで戦うのか。どんな魔法が使えるのか。そして、どんな戦術を使うのか」

 そこまで言われてようやくオレは気づく。
 師匠は初めから、オレ視点で喋っていた訳じゃない。
 師匠ははやての目線に立っていたんだ。

『なるほどな。八神の嬢ちゃんが取るであろう戦術を頭に入れておけって事か』
「戦場では現場の視点と指揮官の視点がある。大局を見る指揮官は多くのモノを取捨選択する。それが自分が敵に迫られてる時でもな。部隊を率いるはやては近くの分隊の動きや、勝敗によって色々と行動を変える筈だ。その時にお前に説明している時間はないだろう」
「だから今、理解しろと……?」
「戦場で一番、指揮官が困るのは部下が作戦通りに動かない事だ。だから部下は駒になる事を求められる。だが、お前ははやての隣に立って、共に戦うと言った。だったら駒になるな。はやてが指示を出す前に動けるくらいにはなっておけ。まぁはやてが敵に迫られたり、前線に出てきた時点で部隊としては敗北だがな」

 師匠はそう言うと、机に一冊の本を置く。
 そこまで厚い本ではないが、今度は一体、どんな内容の本だろうか。

「今度のも戦術ですか?」
「ああ。これはお前用だ。お前の戦術には決定的な穴があるからな」

 穴があると言われて、オレは思わず開いた口が塞がらなかった。
 オレの戦術はドレッドノートだ。それに穴があると言う事は、オレのこれまでも、師匠のこれまでも否定する事になってしまう。
 確かにドレッドノートは一人で使用する時点で穴のある戦術ではあるけれど。

「どうした?」
「……オレはまだドレッドノートを完璧に使いこなせていないんでしょうか……?」
「ドレッドノートは後ろに居る相棒によって性質を変える。お前のドレッドノートはお前のものだ。俺のとは違うから比べられんが、まぁそこそこ使いこなせているんじゃないか?」

 それはつまり、オレの実力的な問題ではなく、構造とか性質といった、もっと根本的な問題だと言う事だろうか。
 ある種のショックを受けたオレに対して、ヴァリアントが否定の言葉を言う。

『相棒。何を考えてるかはよく分かるが、元相棒は俺すげーの人間だぜ? 自分の考えた戦術は最強だと考えてる男だ。否定なんてするはずがないぜ』
「確かに……」
「戦術と言っても色々と意味がある。予め選択肢を狭めて、その範囲で戦うドレッドノートは戦術の幅は狭い。それでもドレッドノートを行いつつも、使える戦術と言うのは沢山ある」

 師匠はそう言うと、ヴァリアントに向かって、なんでも良いからカイトの戦いの映像を出せ。と言う。
 ヴァリアントは、はいよ。と言って、一番新しいアトスとの戦闘映像を空間モニターに出す。

「カイト。お前とこのアトスと言う騎士の違いは何だか分かるか?」
「……戦術の幅でしょうか……?」
「確かにアトスは引き出しをいくつも持っているようだが、そうじゃない。お前との最大の違いは、相手を誘導出来ているかどうかだ」
「相手を誘導?」

 そう言われてもピンと来ない。
 誘導と言われても、この時のオレはアトスにやられこそしたが、罠に嵌ったり、地形的に不利な場所に誘い込まれたりはしなかったはずだが。

「誘導は心理的な誘導や、間合いの誘導、そして勿論、戦術の誘導と色々ある。今回、お前はアトスと戦う事になった訳だが、それはアトスに誘導されてのものだ」
「一度は逃げようとしました。けど、アトスが速かったので」
「逃げきれない。そう思ったか? それが既に心理的な誘導だ。はやてに全力でバリアジャケットに魔力を込めさせれば、お前は全速力で逃げられた。アトスにとって、それは一番やられたら困る事だった。だから、最初にその選択肢を潰しにきた」

 確かに、あの時ははやてを抱えては全速力が出せないと思ったが、オレのバリアジャケットでも加速に耐え切れるんだから、膨大な魔力を持つはやてに、自分の体を防御する事に専念してもらえば、逃げる事も可能だったか。

「カイト。あの時、アトスは何と戦っていたと思う?」

 師匠がそう言って、意味深な問いをオレに投げかける。
 わざわざ聞いてくる以上、オレと戦っていた。と言うような単純なものじゃないはずだ。
 しばらく黙って考えた後、オレは一言呟く。

「……多数の敵でしょうか……?」
「そうだ。もっと言えば、多数の敵と相対しない為に、時間と戦っていた」
「時間……」

 言われて、オレはこの時のアトスが確かに、今までより無理な攻めをしてきた事を思い出す。
 けれど。

「師匠。あの時、アトスはオレと無駄な話をしていますが?」
「無駄じゃない。少なくとも、アトスはそう思っていたはずだ。限りある時間を割くほどに、アトスはお前を警戒していたんだろう」
「どういう事ですか?」

 ちょっと意味がわからない。
 アトスがオレを警戒していたとしても、わざわざ話をする事に意味があったとは思えない。

「よくわからんって顔だな」
「……はい」
「アトスは幾つも誘導を行っていたが、状況を決定するほど大きな誘導は三つだ。最初に斬りかかった時に、お前を戦いに誘導したのが一つ。もう一つは魔力を節約する為と、お前に考える時間を与えない為に、露骨なまでに自分の本気を示して、お前を接近戦に誘導した。そして、三つ目がはやてへの揺さぶりだ。これは俺の考えだが、力押しでは容易くは勝てないと考えたアトスが、お前から冷静さを奪う為に仕掛けたものだと思う。結果的にこれは裏目に出たがな」

 これはあくまで師匠がオレとアトスの戦闘を見て、感じた事だ。その全てが正しいとは限らない。
 限らないが、オレとは比べ物にならない経験を持っている師匠の言っている事が大きく的を外しているとも思えない。
 そして、なにより、オレ自身、言われて思い返せば、確かにアトスはオレの選択肢を削り、誘導していたように思える。

「師匠。もしも、それら全てが本当にアトスがしようとしてした事だと仮定して……なぜ、アトスは最初から大規模な魔法を使わなかったんでしょうか?」
「さっきも言っただろ? 魔力を節約する必要があったからだ」
「その理由がわかりません……」
「少しは考えろ。戦ったお前は分かっている筈だ。アトスは切れ者。いくつも先を見ていた。恐らく、はやてを攫った後もな」

 そこまで言われて、オレの中で何かが繋がった。
 アトスはしきりに後がないと言っていた。そして、オレを相手にする時には魔力を温存しようとした。
 答えは簡単だ。
 はやてを攫う事に成功した後でも、戦う可能性があったからだ。

「口封じから逃れる為ですか?」
「人質を救出するつもりだったかもしれんし、はたまた追っ手と戦うつもりだったかもしれん。いずれにせよ、アトスはお前と戦うだけじゃ終わらんと思っていたんだろう」

 師匠はそう言うと、机の上に置いていた本を開く。
 その本のとあるページで師匠の手が止まる。
 ページの内容は、如何にして相手の弱点を攻めるか。と言うものだった。

「とまぁ、色々と話したが、お前の弱点は、相手に合わせて戦術を変えられない事だ。いつだって自分の得意な戦術、技で勝負している」
「そこに持っていく事が強さだと思うんですけど……」
「それは相手よりその部分で上回っている場合だ。お前は剣の腕でアトスに優っていたか? アトスと勝負するなら、お前が取るべき戦術は中距離からのヒットアンドアウェイか、遠距離からの奇襲だ。あの時ならヒットアンドアウェイで時間稼ぎに徹するのが最良の選択だった」
「アトス相手にそれが通用するとは思えないんですけど……」

 自分で言うのも何だが、オレは不器用だ。
 いつもと違う事をやれば、必ずどこかでミスをしてしまう気がする。
 だからこそ、自分が自信のある事に頼る傾向があるのも承知している。

「通用する。お前の速さなら、大抵の戦術は通用する。自分の速さには自信を持て」
「その速さを存分に活かせるのは接近戦だと、師匠が教えてくれました」
「ああ。だが、時と場合と相手によってはそうじゃない時もある。お前にそれを教える事が出来なかったからな。本命のついでにお前に戦術も教えてやる」

 師匠はそう言うとニヤリと笑う。
 本命のついでと言うからには、他にももっと大切な事があるんだろうが、ここまでの話を聞く限り、今のオレに必要なのは戦術への理解な気する。

「オレの引き出しを多くするには、どうすればいいんでしょうか?」
「多くの敵と戦うしかない。引き出しは経験だ。様々な状況、様々な敵、それらを経験していく中で培われる経験がなければ、引き出しとは言わん。知っているだけではダメだ。使えんと意味はない」

 知識だけでは駄目と言う事だろうが、それではオレはどうやって引き出しを増やせばいいのだろうか。
 いつまたはやてが狙われるか分からないのに、オレは強くなれないのだろうか。
 気持ちが沈み掛けた時、師匠が言葉を続ける。

「まぁ、お前は最低でもあと二つは引き出しを増やせるがな」
「……どんなものですか?」
「自分より速い敵を相手にする時の戦術、そして、自分より頭の良い敵を相手にのする時の戦術。この二つは間違いなくお前の少ない引き出しに加えてやる」

 それを聞いて、オレは自分より頭の良い敵がアトスである事は察せれた。
 アトスとの戦いを振り返り、何度も見返せば、確かに多くのモノが得られるだろう。
 それはそうとして、自分より速い敵と言うのが思い浮かばない。
 困惑していたオレに対して、ヴァリアントが正解を教えてくれる。

『よかったな。相棒。元相棒が本気で相手をしてくれるらしいぞ』

 ヴァリアントに言われて、ようやく気づく。
 師匠がオレより速い事に。



[36852] 第六十六話
Name: お月見◆31209bc4 ID:9bb7632f
Date: 2013/08/05 14:38
 新暦75年9月6日。



 ミッドチルダ北部・病院近くの森。



 師匠に連れられてやってきたのは、子供の頃、よく師匠に稽古をつけてもらった場所に似ていた。
 森の中にある開けた場所。
 そこでよく、オレは師匠と模擬戦のような事をしていたのを覚えている。
子供の頃だったから、師匠は全く本気じゃなく、オレの攻撃を受け、流し、たまに隙を見せると反撃が来る。当時は弾き飛ばされる度に、もっと手加減して欲しいなどと思っていたが、今思えば、師匠はとても手加減してくれていたんだろう。
目の前で高く振り上げられたガラティーンを見ながら、オレはそんな事を思った。
咄嗟に左へジャンプする。
ミーティアのギアサード。つまり、オレの最速を以てしても、ギリギリのタイミングでしか避けれない。まさに紙一重だ。
そして、そうやって攻撃を避けるのに一々、集中力を持っていかれるから、いつまで経っても主導権を握れない。
体勢を立て直して、グラディウスを構えた時にはすでに師匠は次の攻撃に移っている。
今までは何とかガラティーンによる攻撃を避けれていたが、今回はタイミングが際どすぎる。
避けるのは無理だと判断して、左右のグラディウスを交差させてガラティーンを受け止める。
師匠の右からの切り払いを受け止めたグラディウスの魔力刃に一瞬でヒビが入る。
お互いに圧縮魔力刃を使っているとは言え、こっちはオレの魔力に合わせた、いわば劣化版。対して、師匠のは膨大な魔力を必要とする、旧暦の時代の圧縮魔力刃。
込められた魔力が違いすぎる。
受け止めただけでこっちの魔力刃は一瞬で崩壊してしまう。
咄嗟に後ろへ飛ぶ事が出来た為、体には当たらなかったが、グラディウスの圧縮魔力刃は子供のおもちゃのようにいとも簡単に砕けた。
開いた距離を師匠はすぐには詰めてこなかった。
体勢は崩れていたし、圧縮魔力刃も無い。今、詰められれば終わりだった。詰めてこなかったのは、これが修行だからだろう。

「どうした? 今まで通りやっていたんじゃ、俺には一太刀も入れられんぞ?」
「それは重々承知してますよ……」
「ならさっさとアーガスからの贈り物を使え。飾りにしてちゃ心意気が無駄になるぞ?」

そう言って、師匠は顎でグラディウスを示す。
オレが今使っているグラディウスは今まで使っていたものより大型化し、フォルムも多少変わっている。
それはグラディウスに新機能が搭載されたからだ。
それは教導隊が開発した試作型のリボルバー式カートリッジシステム。もっと言えば、それに付随するカートリッジが試作型だ。
魔力を充填し、必要な時にそれを使う事で、魔力総量や威力の底上げをするのがカートリッジシステムだ。
しかし、扱い辛さと使用者への負担の大きさから、魔力の扱いに優れた者や膨大な魔力と言う素質に恵まれた者と言った風に、十年前よりは技術が進歩しても、未だに使い手を選ぶシステムである事は変わらない。
 今まで使っていなかった事から分かるように、オレは魔力の扱いや魔力総量が優れている訳ではない為、使用を見送っていた。
 だが、アーガスさんはグラディウスにそれを搭載した。オレでも使えると判断しての事だ。
 アーガスさんはミーティアやガラティーンなど、高威力の魔法を一般の魔導師でも使えるようにする事に殊更力を入れている。
 この試作型のカートリッジシステムもその過程で製作されたものだ。
 従来のカートリッジシステムとの最大の違いは、カートリッジにタイプが存在する事。
 魔法は魔力を用いるが、その魔法に合わせて、魔力に調整を加えなければならない。今回、グラディウスに搭載されたカートリッジシステムは、幾つかのタイプのカートリッジを選択して使用できるものだ。
 アーガスさんが用意したカートリッジは二つ。
 加速魔法用に調整されたカートリッジⅠと魔力刃用に調整されたカートリッジⅡ。
 使う魔法が限られているオレにとっては正にピッタリのシステムだ。
更にカートリッジの小型化と充填する魔力量を減らす事で、扱いやすさも従来のカートリッジシステムより増している。
オレ向きと言うよりは、ドレッドノートを使う魔導師向けのシステムだ。
ドレッドノートに強い思い入れのあるアーガスさんが開発に携わったのだから当たり前だが、そのシステムにオレは戸惑っていた。
今まで使った事のないカートリッジシステムと言うのもあるが、それ以前に恐怖が頭から離れないのが一番の原因だ。
 カートリッジシステムを使うと言う事は、今より上の速度を出すと言う事だ。
 アトスとの一戦でリミッターを超えた加速からの一撃を放ったが、その時の感覚は今でも忘れていない。あの自分の思い通りにならない加速は初めてだった。
 操作が出来ない車に乗っている気分だった。ただ真っ直ぐにしかいかない。
 そして気づいた時にはそのスピードに自分もやられていた。
 操作が効かない速さへの恐怖。そして、それによってもたらされる痛みへの恐怖。
 それがオレにカートリッジを使わせなかった。
 師匠が距離を敢えて詰めなかったのは、オレにカートリッジを使わせる為だろうが、オレは使わない。いや、使えない。
躊躇うオレを見て、師匠はため息を吐く。

「壁に当たった人間は、その壁を超えない限り先には進めない……。カイト。お前はその恐怖を克服しなければ、これから先、何も出来はしない」

 暗にはやてを守れないと言ってきた師匠に対して、オレは何も言えずにただ押し黙る。
 分かっている。今のままじゃ戦う事なんて出来やしない。それは一番、オレが分かっている。
 けれど、体が動かない。

『相棒。前とは違う。あの時は防御が不完全だったのと、威力を腕に集中し過ぎた。加速移動だけなら問題はない』
「分かってる……。けど」
「体が動かないか……。カイト。人が一番、動ける時はどんな時だと思う?」

 師匠の唐突な質問にオレは咄嗟に考える。
 一瞬の後。
 後ろから正解が告げられた。

「身の危険を感じた時だ」

横から来た衝撃の後、真横に吹き飛ばされた。
状況が飲み込めなかったが、とにかく攻撃を食らったのは分かった。
一体、誰に。と考えるまでもなかった。前後の会話に、周囲の状況もそうだが、もっと明確にオレに攻撃した人間が誰なのかを示す事があった。
かなりの距離を吹き飛ばされ、どうにか四つん這いになって勢いを殺した後、顔を上げたら、目の前にガラティーンを振り上げている師匠が居た。
 先ほどまでとはガラティーンに込められている魔力が違いすぎる。
 受け止めたら拙い。
 そう咄嗟に判断し、真横に転がる。
 その判断が正しかったとすぐわかった。
 今までオレが居た場所はガラティーンのひと振りで地面が抉られ、十数メートル先まで余波で木々が薙ぎ払われていた。
 拙い。師匠は本気だ。
 止まってたらやられる。
 そう思った時にはミーティアで距離を取っていたが、オレと師匠の距離は変わらない。
 引き離せない。

「シュヴァンツ!」

 右手を師匠に向かって振る。
 しっかり二重機構を発動させて、強度を上げたシュヴァンツが師匠に襲いかかる。
 だが。

「こんなモノが俺に効くと思っているのか?」

 高速で向かっていくシュヴァンツを師匠は左手で掴むと、何の躊躇いもなくガラティーンで断ち切った。
 試作品のシュヴァンツの修理は難しい。それは師匠だって知っている筈なのに。

「戦う為の武器を壊されたくらいでショックを受けるな」

 後ろから聞こえた声に咄嗟にグラディウスを頭上へ上げ、防御の体勢を取る。
 体の芯まで響く衝撃がグラディウスから伝わってくる。
 重い。
 衝撃で体が麻痺するが、それを理由に師匠は待ってはくれない。
 腹部に来た衝撃によって、オレは数メートルほど吹き飛ばされる。
 蹴られたと言う事に吹き飛ばされてから気づいた。

「……はぁはぁ……」
「まさか俺が手加減するとは思ってないよな? いつはやてが襲われるかわからん状況だって分かってるのか? 加速への恐怖で太刀筋も判断も鈍りすぎだ。そのままじゃ死ぬぞ?」

 師匠はそう言いながら、しゃがみこんで呼吸を整えようとしているオレに近づいてくる。
 決して優しく手を差し伸べる為じゃない。オレに追撃する為だ。
今、自分で恐怖を乗り越えないと、戦場に出る前にこの人に殺されかねない。

「お前は自分とはやてだったらどっちが大事なんだ?」

 ガラティーンが振り上げられる。
 体がまだ上手く動かない。
 ここで師匠にやられれば、はやての事は師匠が守るだろう。
 もう自分の手で守る事に拘らないと決めた。はやてさえ無事ならいい。
 そう思っているのに、はやてとの約束が頭に過ぎる。
 一緒に戦おう。
 そう約束した。
 その約束を破る訳にはいかない。

「ヴァリアント……カートリッジⅡロード」
『オーライ』

 柄にあるリボルバーが回転し、カートリッジをロードする。
 瞬間。体に魔力が溢れて、グラディウスの魔力刃が強化される。
 そのまま強化されたグラディウスを頭上に交差して掲げる。
 ガラティーンとグラディウスの魔力刃が接触する。
 今までは力負けしていたが、今回はしっかりと受け止める事に成功した。

「オレは……はやての隣に居ると決めた……」
「それには力が必要だ。今のお前にあるか?」

 師匠の言葉に対してオレは言葉ではなく行動で応じる。
 しゃがみこんだ状態から立ち上がる勢いを使って、ガラティーンを一瞬押し返すと、その隙に後方へミーティアで下がる。
 ムーヴとアクションを併用した最大加速だ。
 当然、師匠は追撃してくる。
 徐々に距離が詰まる。師匠はオレより速い。カートリッジを使ってもまだ及ばないかもしれない。
 だが、それならそれでいい。
 師匠の速さまでならとりあえずは問題ないと言う事だ。

「ヴァリアント! カートリッジⅠロード!」
『オーライ』

 体が一気に加速する。そんなオレを師匠は更に加速して追ってくる。
 今までより速い。
 慣れないスピードに思考と感覚が追いつかない。
 けれど。

「気にしても仕方ない!」

 自分より速い相手と戦う時に一番やってはいけない事は直線的に動く事だ。
 直線はもっともスピードがモノを言う。
 相手の有利な土俵では戦わない。
 オレは木々の間を抜けながら、変則的な機動を開始する。
 ジグザグに動き、時には木を蹴って方向を変更しつつ、師匠との距離を引き離す事に専念する。

『流石に元相棒には生半可な奇策は通じないな』

 苦もなく追ってくる師匠に対して、ヴァリアントがそう言う。
 経験が違い過ぎる。
 先ほどから後ろに回り込む機動に切り替えているが、全く隙がない。
 それでも。

「力を見せなきゃ納得してはくれない」
『勝負に出るか?』
「師匠の出方次第だ」

 考えても師匠を上回っているモノなんて一つもない。
 けれど、一つだけ師匠に対して優位に立っているモノがオレにはある。
 それは。

『速度が上がった!? 決めに来るぞ!』
「それは……」

 後ろから猛然と迫ってきている師匠の姿は予想出来る。
 オレは目の前にある大木に両足を付ける。
 オレが師匠に対して優位に立てる点は、オレが師匠の弟子であると言う事だ。
 師匠がオレの考えを読めるように、オレも師匠の考えを読める。もっと言えば、ほぼ完成され、現役を引退している師匠に成長はないが、オレはまだ成長している。
 師匠の中ではオレの動き、考えは自分の手元に居た時からの成長を予想したものだろうが。

「読んでいる!!」

 オレの成長は師匠の想像を超える。
 大木を蹴って、師匠に向かって加速する。
 必ず突撃で仕留めに来ると思っていた。
 その突撃にカウンターを仕掛ける。
 すれ違い様にやられない為に、師匠はオレを迎撃しようとするが、この超加速状態で一瞬の遅れは致命的だ。
 ガラティーンはその大きさから小回りはそこまで効かない。
 一方、グラディウスは小回りと消費魔力の低さから来る生成の速さが売りだ。
 右から来るガラティーンのなぎ払いを右手のグラディウスで受ける。
 カートリッジで強化していない為、グラディウスにヒビが入るが、それは問題じゃない。
 既にオレは師匠の懐に入っている。
 グラディウスの魔力刃を破壊したガラティーンがオレに迫るが、下へしゃがみこむ事でそれを躱し、オレは左手のグラディウスを師匠へ突き出す。
 瞬時に引き戻されたガラティーンの根元がグラディウスを受け止めるが、瞬時に生成し直した右のグラディウスを突き出す。

「ちっ!」

 師匠は舌打ちしつつ、防御魔法で右手のグラディウスも受け止める。
 だが。

「ヴァリアント!」
『カートリッジⅡロード!』

 カートリッジがロードされ、魔力刃が強化される。
 防御魔法にヒビが入る。
 しかし、その僅かな時間の間に師匠はガラティーンを構え直す。
 グラディウスの魔力刃が防御魔法を貫くと、師匠のガラティーンが振り下ろすのはほぼ同時で、オレのグラディウスは師匠の首元で、師匠のガラティーンはオレの目の前で止まった。

「……まぁ合格としてやろう」
「……ありがとうございます」

 オレは力なく地面に崩れながら何とかその言葉だけは絞り出した。


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