「ありがとうございました」
「ああ。月に一度の検診、忘れるなよ。本局の窓口に行けば、ここへ転送してくれるはずだ」
「はい」
フィアットさんに見送られつつ、俺は転送ポートに立っている。
……こんな馬鹿デカイ機材を運び込まなくても、言ってくれれば自分の足で歩いて行ったのに。
目が覚めてから三日目。
ようやく退院の許可が下りて、俺は海の本局へ行けることに。
しっかし、この三日でフィアットさんには随分と世話になったなぁ。
……外の情報がまったく入ってこない場所では、ヴォルケンズがどうなっているのか知ることができない。
間違いなく事態は悪化しているだろう。そんな状況なのに何もできない自分。
きっと、一人でいたら気を紛らわすこともできなかった。
ただ話し相手になってくれただけだが、それでも彼女には感謝している。
ピンクのナース服――いい加減見慣れたから違和感がなくなった――に身を包んだ彼女に軽く頭を下げ、苦笑する。
「それじゃあまた。今度、飯でも奢らせてください。世話になりっぱなしで申し訳ない」
「……分かった。期待しておこう」
それじゃあ、と言い合って、視界が徐々に霞んでゆく。
……さて、休養はこれで終わり。
今度こそミスをせず、ハッピーエンドにしてやる。
首元に下がったデバイスコアを握り締め、そんなことを思う。
漆黒の宝玉。これは試作品のデバイスらしい。この研究所で作った物だとか。
AAAクラス魔導師にモニターになってもらえるのは滅多にない機会だから、とかで押し付けられた。
……まぁ、世話になりっぱなしだから断ることも出来なかったのだ。
それは兎も角として。
「……取り敢えずはLarkを回収しないとなぁ」
やっぱり相棒がいないと寂しいのだ。
リリカル in wonder
海鳴に帰った翌日。
なのはは、再び海の本局へと足を運んでいた。
顔見知りの人に挨拶をして、デバイスの工作室を目指す。
目的地にたどり着くと、ドアを開くことに少しだけ躊躇しながら、彼女は扉を開く。
薄暗い、機械音の響く部屋。
中央にあるメンテナンスベッドに寝かされたレイジングハートを見て、彼女は踏み留まる。
……レイジングハート。
自分の相棒。前回の戦闘で力及ばずに壊してしまった、大切な友達。
合わせる顔がないと、ずっとここに放置していたことに気後れして、彼女は近寄って良いものか考えてしまう。
そうしていると――
『Master』
不意に、彼女の方から声をかけてきた。
『For a long time』
「うん、久し振り、レイジングハート。ごめんね、ずっと一人にしちゃって」
『No problem』
淡々と声を返す彼女に苦笑してしまう。
なのはは、そっとメンテナンスベッドに近付くと、視線を向ける。
真っ二つにされ、ひび割れていたボディは完全に治っている。
以前とどことなくフォルムが違う印象を受けるが、それでも基本的な形は変わっていない。
新品同様の機体は暗い照明を反射して、鈍く光っていた。
……私、またレイジングハートを握っても良いのかな。
あの夜のことを思い出してしまう。
力を手にしても、更なる力に叩き潰され、言葉も届かなかった。
友人を守ることもできず、止めることもできず。
酷く無力な自分。そんな自分が、また戦う力を手にしても良いのだろうか。
「ねぇ、レイジングハート。私、どうしたら良いのか分からないんだ」
『What?』
「レイジングハートを壊しちゃって、フェイトちゃんにも嫌われて……けど、お姉ちゃんにはそのままで良いって言われて。
私は、何をしたら良いのかな。
きっと、戦うだけじゃ駄目なんだ。何かやるべきことを決めて戦わないといけないんだ。
けど……私には、それがなんなのか分からないよ」
『……』
レイジングハートは、ただ黙って主人の言葉を聞く。
チカチカとデバイスコアを光らせ、先を促すように。
「お話をしたいって思っても、あの人にそのつもりがなかったら駄目。
戦うとしたって……私は、怖い。
力及ばず、今度こそ殺されちゃうんじゃないかって、怖くて怖くて仕方がないんだ。
……どうすれば良いのかな、レイジングハート」
『I do not know』
「……そっか」
『But――』
落胆するように顔を俯けたなのは。
それを止めるように、レイジングハートは言葉を続ける。
『Master said.
"Garden of time," fought in, whether you are happy.
Master, I also knew what to do?』
言われて、思い出す。
フェイトを止めたあの戦いで、自分は何をするべきか理解して戦っていたのか。
……いいや、違う。
本当ならば自分は戦いに出るべきではなかった。それを無理を言って戦場に出たのは――
何かを『するべき』と思ったのではなく、『したい』と思ったからなのだ。
……そうだった。
自分は正しいことをやっているんじゃない。損得勘定や義務を抜きにして、助けたいと思ったから嘱託魔導師になったのだ。
――手にした力は魔法の力。それは、誰かに強要された力じゃない。自ら掴み取り、育て上げた力。
それを振るうのは正義なんかじゃない。思えば、最初から自分は泣いている誰かを救いたかっただけだった。
ユーノに力を貸したのもそう。フェイトと友達になりたいと思ったのもそう。
そしてあの夜、戦場に出たのは――
「……ありがとう、レイジングハート」
『I am glad of useful for you』
「ううん。本当にありがとう」
言いつつゆっくりと手を伸ばし、レイジングハートを握り締める。
きっと自分一人の力じゃ何もできない。
けど、自分にはレイジングハートがいる。やりたいと思うことがある。
――ただ助けたいと、そう願い、彼女は不屈の心を再びキツく締める。
「私は、みんなの笑顔を取り戻したいの。
力を貸してくれる? レイジングハート」
『Is of course the master』
レイジングハートの言葉に薄く笑みを浮かべ、小さく頷く。
何をしたら良いのか、まだ分からない。
ただ、やりたいことは見付かった。思い出すことができた。
もう立ち止まっているのは止めだ。自分の力でどこまでやれるのか分からないけれど、手遅れになって泣くのはうんざりだ。
だから、今は――
「私、できることをやろうと思う。またみんなで一緒に遊びたいし、笑いたいから」
電話のコール音が鳴り響いている。
それを無視しながら、ユーノは湯気の立つマグカップを口に運ぶ。
コーヒーを口に含み、その味にユーノは顔を顰める。
眠気が覚めると思ってブラックにしてみたが、どうにも駄目だ。
なんだかんだ言っても子供な自分の舌には、合わない。酸味がキツすぎる。
匂いもムッとして鼻を突くし、これだったらミルクと砂糖を入れた方が数倍美味しいだろう。
「……よくエスティはこんなのを飲めたなぁ」
コーヒーはブラックだろう、と言っていた弟の表情を思い出して笑い、すぐにそれを沈める。
彼のことを思い出して、連鎖的に八神はやてという少女のことを思い出したからだ。
彼女の素性を調べることはあまり難しいことではなかった。
フェイトの面倒を見るのと引き替えにアルフに調査を頼んでみれば、近所の話好きな女性からある程度の情報を得ることはできた。
両親と生き別れ、天涯孤独の身。おまけに障害持ち。今は後見人の人が遺産を管理してくれており、それを食い潰して生きている。
別にそれが気に食わないわけじゃない。色眼鏡を通さなければ、充分に同情できる境遇だろう。
ただ問題は、ここ半年に八神家に現れた四人組。それが怪しすぎる。
聞いてみれば、その中の一人がヴォルケンリッターと似ていた。騎士甲冑や剣を持っていたわけではないし、口頭で外見を聞いただけなので同一人物と判断するのは早計だろうが。
しかし、その剣士に似ている女は、エスティマが殺された日――話を聞かせてくれた女性の物覚えがイマイチだったので完全に一致しているかどうか怪しいが――に、姿を消しているという。
決め付けるべきか、まだ調べるべきか。
『ユーノさん』
「何? Lark」
『さっきから電話が鳴っています』
「分かってるよ。……またクロノかな」
心底嫌そうに、ユーノは溜息を吐く。
闇の書事件が始まってから、クロノはユーノに無限書庫での調べ物を依頼してきた。
過去にあった闇の書の事件から何か解決のヒントを、というのがクロノの考えなのだろう。それは間違っていない、とユーノは思う。
しかし、局員でもない何故自分がそんなことをしなければならないのだろうか。
早まったことをしないよう、首輪を付けるつもりか?
そう思った彼は、検索魔法の術式を押し付けてスクライアに引き籠もった。
そして、自分ではそれが正解だったと思っている。
管理局は目先の驚異――ヴォルケンリッター――の排除だけに目が行き、主を捜し出そうという気がまるでないように見える。
高ランク魔導師が連続して襲われているのだから、彼らを損失するのを最も恐れ、警戒するのは当たり前だろう。
だが、それとこれとは話が別だ。
きっと管理局はヴォルケンリッターを捕まえて主の存在を聞き出せば良いと考えているのだろうが、ユーノからすれば甘すぎる。
何故そんな後手に回る必要があるのだ。主のことを考えてヴォルケンリッターが動いているならば、逆に、主を抑えれば彼らの行動を止めることだって出来るだろう。
表立って動いているヴォルケンリッターは一人。残りの三人は主の護衛か。
おそらく管理局は、その残り三人と捜査員がぶつかり、魔導師が失われることを恐れているのだろう。
馬鹿げている、とユーノは断ずる。
ロストロギアの危険から管理世界を守る存在が、犯罪者を相手に尻込みしてどうするというのだ。
局員だって人間だ。死にたくないのは当たり前だろう。
しかし、それを理由にして防げたはずの被害を出すなんてことは馬鹿げている。
……これ以上、エスティと同じ目に遭う人を増やしてたまるものか。
それは代償行為なのだろう。そう、ユーノは自覚している。
弟を助けることが出来なかったからこそ、せめて自分の手で闇の書の主を見つけ出し、この事件を止める。
弟を自分の手から奪い、妹を悲しませた存在に罪を償わせる。一生を賭けて、自分と同じ事件の遺族に呪われろ。
どんな風に闇の書の主が一生を過ごすのか想像し、暗い笑みが浮かび――
『ユーノさん。コールが良い感じに耳障りです』
「ああもう……これで、っと」
通話ボタンを押し、連打。速攻で通話が切れる。
これで静かに――
「……しつこい」
『というか、何故出ないのですか』
ピルピルと音を上げ続ける電話。
液晶画面に目をやれば、相手が公衆電話からかけていることが分かる。
誰が相手かも分からないのに、時間を割くのは気分が乗らない。
しかし、このまま放置していても止む気配はない。
仕方がないなぁ、とユーノはコーヒーを口に運びつつボタンを押して――
『よおユーノ。元気してる?』
「ブーッ!」
彼は盛大にコーヒーをウィンドウに吹き出した。
浮かび上がった画面を擦り抜けて壁が真っ黒になるが、それにかまわずユーノは目を白黒させる。
「え、え、え、エスティ……?」
『……出会い頭にコーヒーぶっかけるとは随分な挨拶だな兄貴』
「あ、うん。ぶっかけるのは牛乳かワックスだよね――って違う!
なんで!?」
『えらく抽象的な質問すぎてどう答えて良いのか分からないよ』
「聞きたいことが多すぎてそうとしか言えないよ! 怪我は!? 今どこにいるの!? っていうか、なんでそんなに元気そうなの!?
死にそうだったんじゃないの!? っていうか一回死んだよね!」
一気に捲し立てられ、どうしたものか、といった表情をする画面越しのエスティマ。
彼は腕を組んで首を傾げると、まあ落ち着け、と言った。
「怪我は完治。目が覚めたのは三日前。経過は良好、と医者のお墨付き。
……人をアンデッドみたいに言うなよな」
「あ、うん。ごめん」
『お久し振りです、ご主人様』
『おお、Lark。ユーノのところにいたのか。これから探そうと思っていたんだよ』
『そうですか。擦れ違いにならず、良かった。早く迎えに来ていただけると嬉しいです』
「ちょっと、何二人して和んでるのさ! Larkも少しぐらい驚こうよ!」
「ごめんなさい」
『私はご主人様が無事に帰ってくると信じてましたから』
従順すぎだよ、とユーノは悪態を吐く。
「……まぁ、とにかく、無事で良かった。早くフェイトにも顔を見せてあげてよ。
あの子、随分と参っているから」
『ん、分かった。フェイトは今、スクライアにいるのか?』
「僕だけ。フェイトは本局だよ」
『了解。んじゃ、この後会いに行くよ。……それでさ、ユーノ。
いくつか聞きたいことがあるんだけど』
「何?」
『俺がくたばってる間、何があった?』
それから、ユーノはエスティマがいない間に起こったことを淡々と伝えた。
フェイトがどれだけ参っているのか。そんな状態でヴォルケンリッターと戦闘をして、アースラ組が惨敗したこと。
エスティマを殺した剣士が次々と高ランク魔導師を襲い、死傷者が二桁の大台にのり、ようやく管理局が本腰を入れて事件に対応し始めたこと。
多分にユーノの主観が混じった説明だったからだろうか。
画面越しのエスティマは、話を聞いてゆく内に、表情を消していった。
「……こんなところ。何か質問は?」
『……動いているヴォルケンリッターは一人なのか?』
「主に、ね。稀に結界魔導師が補助に入ることがある。こっちの方は姿を確認できていないから、なんとも言えないけど」
『……そうか』
「けど、安心して良いよ。もうすぐ事件も終わると思うし」
『え?』
訝しげに自分を見てくるエスティマに、にっこりとユーノは笑みを浮かべる。
「闇の書の主には目星が付いている。十中八九、合っているとは思うよ。
あとはそれをどうするかだけど――ねぇ、エスティ。君はどんな目に遭わせたい?」
『……お前は、何を言っているんだ?』
「あー、そっか。いきなりこんなことを言われても困るよね。
向こうにはヴォルケンリッターがいるだろうし、どうしょうもないって思われても仕方がないか。
……ごめん、エスティ。君はあいつらに酷い目に遭わせられたっていうのに」
心底申し訳なさそうに、ユーノは眉尻を下げる。
そしてエスティマを安心させるように微笑むと、先を続けた。
「大丈夫。もうエスティが危険なことをする必要はないから。
全部任せてくれれば良いよ。お兄さんだからね、僕は」
『違う……そうじゃない!』
ガン、と鈍い音が上がる。
エスティマが公衆電話を殴り付けたのだろうか。
なんでそんなことを、と思いつつ、ユーノは画面に映る彼の顔をじっと見詰めた。
怒っているような、悲しんでいるような――なんとも形容しがたい表情。
どうしてそんな顔をするのだろうか。
「ねぇ、エスティ。どうしたの?」
彼が何を考えているのか分からず、ユーノは首を傾げた。
……そういうことかよ。
ユーノとの通話を切ると、エスティマは備え付けのベンチに腰を下ろして項垂れた。
押し殺した怒りと、燻った悪意。
闇の書事件の詳細を説明している時から感じていた違和感は、その後に続いた会話で、ユーノが何を望んでいるのかを俺に理解させた。
……復讐したいのだ、アイツは。
俺を傷付けた相手を微塵も許すつもりがなく、とことん追い詰めて破滅させようとしている。
あのユーノの顔は一度だけ見たことがある。
ミッドの学校にいた時、やたらとスペックの高い俺を妬んで難癖を付け、集団でボコりにきた上級生。あれと相対した時と似ている。
……いや、似ているが、違う。完全にあれの上位互換。あの時でさえ止めるのに苦労したのだ。きっと、今回は無理な次元に突入している。
忘れていた。ヴォルケンリッターが暴走をしている以外にも、イレギュラーはあったのだ。
それは俺の存在。
原作の主要キャラと関係を持ってしまったせいで、歯車が噛み合っていない。
いや、一月前まではなんの障害もなく廻っていた。しかし、俺がいなくなってせいで、完全に運命が崩壊したのだ。
……どうすれば良い。もう、ただの魔導師でしかない俺が何かをしたところで、手の施しようのない領域に突入しているぞ。
いくら力があったところで、動き続ける世界を相手取るなんてことは不可能だ。
的確に要点で出張るしかなかったというのに、最初の一手で最悪なのを指してしまった。
それで目を覚ましてみれば、この有様。
シグナムを原作通りに救うのは、多分、もう不可能。
他のヴォルケンリッターたちが手を汚していないのかはっきりとはしていないが、それにしたって……。
「……くそ。なんでこんなことになってるんだよ」
いや、分かっている。これは俺のせいだ。
俺が救うしかなかったのに、ヘマをやらかしたせいで全てを台無しにした。
原作の通りに大団円なんて、夢のまた夢。
たった一人の人間にできることなんて、あるはずがない。
ベストと言える結果は、既に手の届く範囲にない。
ベターと言えるものだって、原作を知っている俺からしてみれば最悪と言っても良い。
……こんなことなら、執務官にでもなっておくんだった。
AAAランクがなんだ。ただ力の強いだけのガキじゃないか。
権力も何もない一人の人間がはやてを救うことなど、そもそも最初から不可能なことだったんじゃないのか。
ただのガキ。それが、こんなにも――
「……ただのガキ。ベター、か」
ふと、一つの考えが浮かんでくる。
それはとてもじゃないがベストとは言えない、しかし、ベターとも言えないもの。
はやてを救うためにヴォルケンリッター全員を切り捨てることになるかもしれない、そんな考えだ。
……それしかないんだってんなら、良いだろう。
悪役にでもなんにでもなってやる。
はやてにいくら恨まれたって、甘んじて受けよう。
彼女の願う幸せを今与えることができずとも、いずれ、それが幸せに繋がるのなら――
「……あの、すみません」
ふと、声をかけられ、項垂れていた顔を上げる。
そこにいたのは、俺からしてみればあまり懐かしい顔じゃないのだが……。
「エスティマくんだぁ……!」
「うわ!?」
彼女――なのはは目に涙を溜めて、いきなり抱き付いてきた。
ぐすぐすと鼻を鳴らし、犬か猫のように顔を押し付けてくる。
なんだこれ。
今にも大声で泣き出しそうな、なのはの背中をさすりつつ、どうしたもんか、と思案する。
ユーノだってあれだけ慌てたんだし、まぁ、こうなるか。
泣かれるとは思わなかったけど。
それから五分ぐらいずっと抱き付かれ、ようやく彼女は離れてくれた。
顔を真っ赤にし、目を泣きはらした状態で、ごめんなさいと謝ってくる姿には少しだけキュンときたり。
そんなことはどうでも良いです。
「落ち着いた?」
「うん。……あの、服、ごめんね」
「洗えば落ちるし、別に気にしなくても良いよ。
しかし、どうしたのさ、なのは。そんなに取り乱して」
「どうしたの、って……当たり前なの!
エスティマくん、死ぬかもしれなかったんだよ!」
申し訳なさそうな顔から瞬時に怒り顔――俺が無茶した時特有の、腰に手を当てたポーズ――となり、ピコピコと髪の毛を動かすなのは。
「それなのに本人は平然としていて、なんだか損した気分だよ!
私の涙を返して欲しいの!」
「いや、そんなこと言われても困るんだけど」
「困るのはこっちだよー!
もう身体は大丈夫なの? どこか、苦しいところとかある?」
「いや、ないよ。元気そのもの」
言いつつ、両手を広げて元気をアピール。
ううむ。俺一人がいなくなったぐらいで大袈裟な。
なのはとかクロノ辺りは、割と毅然としているイメージがあったんだけどなぁ。
「むう。助かったんだし良いじゃないか。
それよりなのは。お前、無茶してない? カートリッジとか、使いまくってないだろうな」
「え? なんで私がカートリッジを使うの?」
……あれれ?
もしかしてレイハさん、カートリッジシステムを搭載してない?
『レイハさん。強化プランは?』
『Has been executed.
I know』
返ってきた念話は肯定。
……強化はされているのに、カートリッジは搭載されてない?
どうなってるんだ。ヴィータとぶつかって、惨敗しなかったのか?
もしかして、アースラ組はシグナム一人に惨敗したのか? 有り得ない。そんなに弱くないぞ、こいつら。
シグナムがいくら強いって言っても、多人数でかかれば早々負けることはないだろうに。
本当、何が起こっているんだよ。
……くそ、気にはなるが、今は気にかけている場合じゃない。
ヴォルケンズ戦の様子は、あとでクロノにでも報告書を見せて貰えば良い。
ここでなのはに聞いたところで、二度手間になるだけだ。
「無茶してないのは何より。
悪いけど、これからやらないといけないことがあるんだ。
またな」
「あ……ちょっと待って、エスティマくん!」
立ち上がり、踵を返そうとすると呼び止められた。
振り返れば、神妙な顔をしたなのはが。
「聞いて欲しいことがあるんだ」
「何?」
「私ね、自分が何をしたら良いのか分からなかったの。
けど、もう決めた。みんながバラバラになっちゃっている今の状況が、すごく嫌なの。
だから頑張る。この事件を終わらせて、みんなの笑顔を取り戻すんだ」
「……そっか」
ずっと眠っていた俺には、彼女に何があったのか知らない。
だが、きっと大変なことがあったのだろう。そう察することが出来るほどの決意を浮かべた表情で、なのはは俺を見詰めてくる。
「エスティマくんがいなくなって、私は自分が何をやりたいのか思い出せた。
だから、ね。私と約束してくれないかな」
言いつつ、彼女は小指を立てた手を伸ばしてくる。
「……これは、私のワガママ。
けど、お願い。頑張ろうって約束しよう?
やることって……エスティマくん、きっとフェイトちゃんの時みたいに頑張るんだよね。
何をするかは、分からないけど……」
どこか寂しそうに笑みを浮かべ、しかし、それでも決意を浮かべたまま、彼女は言葉を続ける。
「だから、約束。前に言ってくれたよね? 一緒に頑張ろうって。
その約束をもう一度して欲しいんだ。それと、もう無茶はしないこと!」
「なのはに言われてもなぁ……」
溜息を吐きながら、俺も小指を立てた手を持ち上げる。
指切りげんまん。お互いに頑張って、けれども無茶をしないこと。
そんな約束。
嘘吐いたら針千本、で切ると、二人して笑う。
そして今度こそフェイトの元へ向かおうとして、不意に声をかけられた。
「あ、忘れてた。エスティマくん」
「なに?」
「本当にもう、怪我は大丈夫なの?」
「うん。元気元気」
「……余裕ありそう。それなのに、連絡もせず急に顔を出したの?」
「い、いや、驚かせようと思って……」
咄嗟にそんな言葉が出てきた。
いや、慌てててそこまで気が回らなかったし、連絡が取れない状況だったのだけども。
言い訳にしかならないよなぁ。
などと思うも、
「そっか――」
と、なのはがにっこりと微笑んだ瞬間、頬に衝撃がきた。
パン、という小気味の良い音。
なんぞ、と見てみれば、手を振り切ったなのはの姿が。
「みんなを心配させた分。これで許してあげる。じゃあね!」
してやったり、といった顔をして、彼女は走り去った。
……頬がじんじんとする。
「……敵わないなぁ」
思わずそんな言葉が漏れた。
なんとも眩しいよ、あの子は。