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[3690] リリカル in wonder 無印五話 挿絵追加
Name: 角煮(挿絵:由家)◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2009/04/14 12:06
この作品は、いわゆる憑依物というものです。

時間軸は無印前から、段々と原作に入ってゆく形となります。

なるべく設定に矛盾がないように努力いたしますが、致命的なものがあった場合は、ご指摘下さい。

もし感想やご意見が頂けたら幸いです。よろしくお願いします。

追記:現在、更新は次スレ。
http://mai-net.ath.cx/bbs/sst/sst.php?act=dump&cate=toraha&all=7038&n=0&count=1
で行っています。あちらでもよろしくお願いします。

挿絵:由家さん






[3690] 一話
Name: 角煮◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2008/08/02 22:00
『助けて――』

『誰か、助けて――』

『どうか、私たちを助けてください――』

『どこかにいる誰か。どうか――』

寝に入る前、そんな、誰かの声を聞いた気がした。

















リリカル IN WORLD
















さて……と。

まずなんでこんな場所にいるのか、から考えてみよう。

周囲を見渡して真っ先に目が行ったのは非常灯。

光源はそれのみで、薄く照らされるここはどうにも居心地が悪い。

……いやまぁ、居心地の悪さは暗いってのが理由だけじゃないんですよ。

まず匂い。こう、なんつーの? 異臭がするわけですよ異臭が。

夏場に三日ほど放置した鍋物の匂い。やっべぇやべえ。思わず吐き気が込み上げてしまう。

いや、実際目を覚ましてからリバースしちゃったわけなんですが――

はて、なんで俺は胃液しか出してないんだろうねぇ。

おかしいなぁ。晩酌のつもりでスタ丼食べたぞ。

まあ良い。

取り敢えず立ち上がってみる。

脚に力を込めてみると、何か――皮が剥がれるような違和感があった。

視線を落としてみれば、そこには――

……俺は何も見ていない。

思いっきり頭を振って今見たものを忘れると、歩き出した。

突発的に上がりはじめて鼓動をなんとか押さえつつ、あたふたと非常灯の方へと急ぐ。

そうしている内に気付いたが、我様、全裸である。

なんでやねん。起きたら知らないところにいて、なんで全裸やねん。

と、セルフ突っ込みをしつつ、ようやく非常灯のところへと辿り着いた。

忙しなく上下する胸。息を吸い込む毎に、いやーな匂いが鼻を突く――が慣れた。我慢だ我慢。

非常灯の下にある壁に手を這わせる。

ドアじゃないんですかこれー。取っ手がどこにもないんですけどー。

ぺちぺち、と冷たい感触を返す壁に呆れたため息。

ちなみに、そのぺちぺちと壁を叩く僕の手は超ちいさーい。

えーマジー? きゃははははは!

「いい加減にしろや! 早くここから出せよ馬鹿ー!」

思わず叫んでしまった。しかし、反応が返ってくることはなく、天井の見えない暗闇に俺の怒声が木霊する。

落ち着け。

落ち着け。

落ち着け。

ああもう。取り敢えず状況整理だ。

まずここは知らない場所。

んでもってここは、どうやら――ロクデモナイものを遺棄する場所。

そこで目覚めた俺は、なんでか知らないが子供の身体になっていること!

しかも見た感じ五歳児かそれ以下だよ!

どうなってんだこれ。マジ頭痛くなってきたんですけどー。

……俺、何か悪いことしたかなぁ。

身に覚えがあるのはテキ屋の型抜きでズルしたことぐらいなんだけど……。

ああ、そういえばバイト中に仲間と店の食材で料理作ったりもしてたなぁ……。

でもこんな場所に連れてこられるほど悪いことした覚えはないんだけどなぁ……。

一気に脱力してしまい、その場に尻を着く。ケツが冷たいです。

どうしよう。こりゃーまずいっすよ。

このままだと――俺もここの連中と同じ末路っすよ。

目を凝らしてみれば、今の俺と同じように物言わぬ幼児がそこら辺に転がっている。

ピクリとも動かず吐息一つ聞こえないことから、キルゼムオールって感じか。

人道的にどうよこの光景。

騒いだってどうにもならないから、慣れちゃったけどさぁ。

流石に年齢が年齢だから泣き叫んだりはしないけど。いや、中の人がね。

けど、さすがに薄気味悪いし胸くそ悪い。

一体どうしろって――

と、壁に背を預けた瞬間だ。

空気の抜けるような音が聞こえ、俺の背中を優しく支えてくれるはずだった壁の存在がロスト。後頭部は地面と優しくキッス。

気分的に、目から火花が散った。

「ぐっおおおおおお?!」

何事だよ畜生!

何? 突然壁が開いたの? それよりも今はこの痛みだよ畜生!

階段があったらしく、その角にジャストミート。

マジ痛い。俺涙目。

が、そんなことを気にしている暇はなかったり。

頭上を見上げれば、そこには甲冑ロボ。

うむ、なんだねこれは。

踏み潰されないように身を捩りつつ、ロボの動きを見る。

何かを担いでいるらしく、甲冑ロボはそれを投げ捨てた。

それで使命を果たしたのだろうか。踵を返し、再びこちらへ。

えーっと、どうしよう。

このまま外に出るか、この掃き溜めにいるか。

――よし。

逡巡は一瞬だった。

ごめん、と心の中で謝罪しつつ、遺体をくるんでいたシールを剥ぎ取って、マントのように首から下を隠す。

んでもって行動開始。

甲冑ロボよりも一足早く外へと出ると、壁に背を預けてその場をやり過ごした。

しっかし……。

動きづらいなぁ、この身体。

灯りの下に出て分かったが、この身体、予想以上に小さい。

んでもって更に気付いたことが一つ。

何故かこの身体、金髪。顔を俯けてみると、何かで汚れた金髪が見えたりするのだ。

あー、マジで俺の身体じゃないのねこれ。汚れているけど肌も日本人ばなれしたレベルで白いし。

しっかし、この身体って髪の毛長いなー。頭を傾げれば肩にかかるぜー。

……えっと。

おそるおそる、とマントの中を覗き込む。

良かった……っ。俺、男のまま……っ!

言葉に出来ない喜びを噛み締めつつ、天を仰ぐ。

……そんなことしている場合じゃないっつーの。

取り敢えずここがどこなのか知らないとね。

ついでに、自分の身に何があったのか知らないとだし。

いやー、信じられないことが連発しているんで、驚きとかそういう感情が麻痺しちゃってますよアチシ。

なんか甲冑ロボとかいるしさー。

……しっかし、あの甲冑ロボ、どっかで見た覚えが。

首を傾げつつ通路を歩いていると、カラン、と音がして立ち止まった。

見てみると、そこには金色の光を放つ宝石が。

綺麗にカットしてあり、宝石っつーより宝玉だぁね。

ん、このシーツにくるまれていた子のが持っていたのか、はたまた一緒に捨てられたのか。

拾い上げてみる。

宝玉 を 手に入れた!

拾ったって今の俺には価値がないぜ……。

などと考えて先を急ごうとした瞬間だ。

『Please call my name 』

ふと、どこかくぐもった声が脳裏に響いた。

しかも英語だこれ。

どうする俺。英語はまずいぞ。

『Please call my name 』

「あ、アイキャントノットスピークイングリッシュ」

うお、間違っている感じがプンプンだ。

駄目なんですよ英語。マジ駄目なんですよー!

『master.Please call my name 』

「……すみません。日本語でお願いします本当に」

『……これで宜しいですか?』

「はいすみません」

酷くガッカリ気分で壁に背を預ける。

ああ良かった。日本語がなぜか通じた。

しっかし、なんだよもう。見知らぬところに運び込まれてガキの身体になって、こんどはデバイスっすか。

……え、デバイス?

ちょっと待てちょっと待て。

吹き上がった疑問を払拭すべく、俺は宝玉――スタンバイ状態のデバイスコアを覗き込んだ。

「悪い。ここってどこなんだ? 教えてくれないかな」

『該当データなし。お答えできません』

「そっか……」

『申し訳ありません』

「いや、良いよ。気にしないで」

言いつつ、はて、と首を傾げる。

あの甲冑ロボ、見覚えがある。

何が、って聞かれれば、まあ――プレシアテスタロッサのお城っすよね。

あそこでなのはとフェイトにボッコボコにされた甲冑ロボの皆さん。そこがある場所ってーと、やっぱプレシアのいる城じゃないかな。

……はっはっは。ちょっと待ってくださいよー。もしかして今更ですけど、これってば憑依って現象ですかー?

しっかもその器となったのって……。

「……もしかして俺ってば、フェイトと兄妹だったりするのかしらん?」

デバイスコアを鏡として見たら、瞳の色は真っ赤でした。更に髪の毛はさっきもいったように金。

わはー。しかも女顔じゃないっすかー。

……ああはい、そういうことね。俺はF計画の失敗作ってわけね。

だって男を作るわけないもんねー。

『お気を確かに』

「ああうん。ありがと」

さて困った。

馬鹿らしいし信じたくもないが、どうやら困ったことに憑依しちゃったらしいのである。

取り敢えずはお腹空いた。あと服が欲しい。ついでに風呂にも入りたい。

だってさっきまでF計画の失敗作の遺棄プールっぽいところにいたんですよ僕。

自分の匂いで気絶しちゃいそう。

『……あの、ご主人様』

「なんでござんしょ」

『もうそろそろ、私の名前を呼んでいただけますか?』

と、申し訳なさそうにデバイスコアがいってくる。

まーいいんだけど、この身体って魔力あるのかしら。

いや、あるのか。F計画って人造魔導師を生み出す計画だった気がするしね。

「名前……名前ねぇ」

ふと、脳内にデバイスの皆様の名前を羅列してみる。

ふーむ。どうしようかな。

「……ザサエさん?」

『……ご、ご主人様がそれで良いのならば』

「すみません嘘です」

ちゃんと考えます。

しかし、いざ名前を付けてって言われても困りますよ。

何が良いのかねぇ。

こういうときは自分の身の回りから持ってくるのが良いんじゃないかしら。

好きなカクテル:アップルジンジャー。

乙女チックです。没。

好きな日本酒:八海山。

デバイスの名前じゃないよね。没。

好きなロボット:ブラックサレナ。

……外装パージしたら真の姿になるのかな、このデバイス。保留。

そこまで考え、お、と声を上げた。

「Lark。君の名前はLarkだ」

『雲雀……ですか。ありがとうございます、ご主人様』

うむ。

まあ、スモーカーだったのだよ僕は。

「ね、Lark。君、ここからどうやって出るのか知ってる? っていうか、単独でこの城から出れるの?」

『先程も申したように、私はここの詳細データを持ち合わせておりません』

「……そっか。じゃあ、次の質問。君の知っていることって、何?」

『インテリジェントデバイスとして当たり前のことだけを。私は作られてからなんのデータ入力も行われずに廃棄されたので』

「そっか……ごめん、悪いこと聞いたね」

『いえ。力になれず、申し訳ありません』

さて、どうしよう。

っつーか、Larkも俺と同じ廃棄品か。そりゃ当たり前なんだろうけど。

この失敗作タッグで何が出来るのかしら。

妥当なところで転移魔法を使う、ってとこなんだろうけど。

俺は俺で魔法なんぞ使ったことも学んだこともないし、Larkだってデータ蓄積ゼロらしい。

ん? ってことは……。

「ねえLark。君って祈祷型?」

『はい。よくご存じですね』

「いや、当てずっぽうだったんだけど……ねえ、俺が何か願ったとして、君は魔法を発動できるの?」

『先程も申したように、ご主人様が名前をくださった以外に、私にはなんのデータも入力されておりません。
 それ故に、私は祈祷型のデバイスとしては役立たずとなっています。
 ……本当に申し訳ありません』

Larkの謝罪に、思わず溜息を吐いてしまう。

まー、そりゃそうか。

この世界の魔法はプログラム。正しい術式の流れを組まなければ、魔法を使うことはできない。

んで、そのプログラミングデータを一つも持っていないLarkにいくら願ったとしても、魔法は発動できない、ってわけだ。

ううむ。Larkはただの話し相手ってだけか。

「いや、Larkがいてくれて助かったんだ、俺は」

『ご主人様?』

「あんなクソ暗い場所で生きている人間は俺一人。……正直、気が狂うところだった」

『……ご主人様』

「だからさ。話し相手になってくれただけでも充分だよ」

うむ。だから良いんだ。

と、思っていたら、どこかムキになったような声がLarkから上がった。

『ご主人様。今の私でもバリアジャケットの作成は可能です。そんな布一枚では身体が冷えてしまいます』

「……あ、うん」

『セットアップを、お願いします』

「りょーかい」

なんでムキになってるんでしょーか、Larkは。

ま、取り敢えず……。

「Lark、セットアップ」

『……ご主人様。呪文を詠唱してください』

「は?」

『呪文を詠唱していただかないと、セットアップを行うことはできません』

……思わず半目となってLarkを見下ろすと、この野郎はキラリと光ったり。

「……どうしても?」

『ええ』

「わかりましたよー」

『デバイス名利に尽きます』

なんか嵌められた気がしないでもない。

あーもう、どうしろってんだよー。

「……即興で考えたから、出来は期待しないでよ」

『かまいません。私のための呪文を、紡いでください』

しゃーあんめぇ。

息を吸い込み、手の平にあるLarkを天に掲げる。

む……どことなく顔が熱い。

知るか! とっとといってセットアップだ!!

「顕現せよ。
 紅き雲雀の杖。
 構築せよ。
 我が求める装甲を。
 降臨せよ。
 ――我が力!
 Lark、セットアップ!」

一語一句紡ぐ毎に顔が熱くなった。

もう二度といいません。

『了解しました、ご主人様。――思い描いてください、あなたが身に付ける鎧を』

「え? んなこと急にいわれたって――」

タイムタイム、といおうとして、バリアジャケットかー、とも考える。

……げ?!

『形成完了しました』

「ちょっと待てー!」

身体を見下ろしてみれば、そこには――

うん。日本UCATの装甲服があるんだ。すまない。

胸を覆うアーマーに、外套。首から下がっているネクタイ。

色は無論、白である。

『お似合いです、ご主人様』

「……もうちょっと考える時間が欲しかったよ」

いいつつ、手に握ったLarkに視線を向ける。

彼女の姿はレイジングハート――というよりは、管理局のデバイスと同じ形状となっていた。

もしかしたら、無改造のデバイスってこれがデフォルトスタンダートなのかも。

まあ良いや。取り敢えず散策続行だ。

取り敢えずは食料かな――。

と思った瞬間だ。

『魔力を感知。侵入者を発見しました』

と、アラートが鳴り始めた。

……え?

















甲冑ロボに拘束され、運ばれた我様。

いや、抵抗とかマジ無理っすよ。バリアジャケットを形成がたった一つの魔法ですよ僕の。

あー、どこへ運ばれるんだろうか。殺すならひと思いに殺して欲しいなー。

などと思いつつ、甲冑ロボに掴まれたまま廊下を進む。

『……申し訳ありません、ご主人様』

「良いって。どうせいつかは見付かっていただろうし。それに、プレシアになんとか取り入ればご飯ぐらいは食べさせて貰えるかもー」

……なんとも小さいな俺。

しっかし、どうするか。

いや、これでもリリカルなのはをちゃんと見ていた俺にとって、先の出来事をいうのは容易いんですが……。

うむ、知っているだけで、根拠がない。ただの狂言としかとってもらえないだろう。

そうすると、俺のポッケの中にはなんにも入ってないようなもんだ。

強いていうならば、フェイトはアリシアの代わりにはなり得ないっすよ、ってレベル。

……いやー、逆鱗に触れるんじゃねぇの、それ。

っつーか、今の時代がアニメスタート時なのか、それとも前なのか後なのか。それすらも分からない状態だから、未来を知っている、っていうアテにならないカードを切って良いのか悪いのか分からない。

どうすんべー。

などと考えていると、甲冑ロボに投げ飛ばされた。

バリアジャケットのお陰で痛みと衝撃はほぼゼロ。

便利なもんだ、と思いつつ立ち上がると――

そこには、なんとも形容しがたい格好をした女がいた。

妖艶というべきなのかどうなのか、判断に苦しむ。

それがまるで彼女の迷走具合を表しているかのような、といった感じだ。

「……初めまして」

とりあえず、人間関係は挨拶からだ。

と思って口を開いたんだが――

「……気に入らない顔」

そういいつつ、人差し指をこっちに向け――

ちょ、おま?!

「フォトンランサー」

トリガーワードと同時、胸に衝撃が飛んできた。

バリアジャケットの胸アーマーが吹っ飛び、勢いそのままに床を転がる。

ああ、こりゃ駄目だ。交渉とか以前の問題。

ギシギシと痛む胸を押さえ、なんとか立ち上がる。

しっかし、魔法って速いのな。

ディバインバスターとか喰らっている奴見て、避けろよ、とか思っていたけど、こりゃ無理だ。

……さーて、どうしようかねぇ。

今ので分かった。

とりあえずプレシアさんは俺を単なるアリシアの出来損ないとしか思ってないみたいだ。

お互いに最悪の顔合わせだね。

殺されはしない……と思いたいけど、どうかな。

娘と同じ顔をしているから殺せないか。それとも、娘と同じ顔をしていることが許せず、殺すか。

完全に立ち上がると、再び俺に向けられるフォトンランサー。

うわ、痛いのは嫌なんだけど……。

なんとかならないもんか、ねぇ。

『フォトンランサー』

「――っ?!」

胸から何かが少しだけ減ったような感覚の後、Larkから金――いや、どこか暖かみのあるサンライトイエローの閃光が射出された。

それはプレシアの放ったフォトンランサーとぶつかり合い、消滅。

粉塵が舞う。

そして煙の合間から覗いたプレシアの顔を見て――

俺は神様にお祈りをした。

いや、俺、どの神様も信じてないんですけどー。

だってマジ怖いもの。

鬼婆って表現がピッタリくる!

「そう……私に反抗するのね」

「い、いやー、そんなつもりでやったわけじゃ……そ、そう! Larkが悪い!」

『酷いですご主人様』

「……リニスめ」

舌打ちするプレシア。

あー、Larkってリニスさんが廃棄したやつだったのね。

ってそんなこと考えてる場合じゃねー!

バチバチと魔力の迸る音と共に、数多のフォトンランサーが宙に浮く。

……フォトンランサー・ファランクスシフト?

いやいや、冗談だろ。

そんなもの室内でぶっ放すな――つーか、あれくらったら間違いなく死ぬ。

だって多分殺傷設定だもの。さっきくらったフォトンランサーで、胸に傷ができてるし。

『ご主人様。あの術式、記録しました』

『いやいやLark。そんなことしている状況じゃないでしょうに』

マイペースなLarkの念話に念話を返す。

どこかに――

「死になさい、出来損ない」

ファイア、とトリガーが引かれ、光の矢が殺到する。

やべ、死んだ。

短かったな、俺の憑依人生……。

などと思いつつ目を瞑り――

「ラウンドシールド!」

そんな能登ヴォイスが聞こえ、爆音が耳を焼いた。

――え?

またもや、記録しました、といってくるLarkは無視。

振り返ってみれば、そこにはプレシアの使い魔、リニスがいた。

彼女は手の平をこちらに向けて目を細めている。

九死に一生とはこのことか。

思わずその場にへたれ込む俺。

「……何をしているのですか」

「出来損ないを処分していただけよ。あなたこそ、余計なことをしてくれたわね」

「そんな――出来損ないって、殺すことはないでしょう!」

プレシアに詰め寄るリニス。

それを眺めつつ、カチカチとどこかで音が鳴った。

なんだろ、と思えば、それは俺の歯の根が合わない音で……。

はは、ビビってるのか俺。

そりゃそうだよな、とLarkを抱き寄せた。

何事かを言い争っている二人を見つつ、強く目を瞑る。

なんで俺がこんな目に遭ってるんだよ。

目が覚めれば周りは死体だらけで、ようやく話し相手ができたと思ったら、今度は殺されそうになっている。

もう嫌だ。なんでこんなことになっているんだ。

今すぐ帰りたい。

そうだ、帰ろう。

こんなところにいる義理はない。

帰る。俺は帰る!

目を開き、力の入らない腰を恨めしく思いながら地面を這った。

どこでも良い。どこか安全な――少なくとも、命を狙われない場所に行くんだ。

一心不乱に腕の力だけで全身する俺。

なんとも不様に見えるだろうが、知ったことじゃない。

逃げる。こんなところにいてたまるか――

――その時、不意に、俺の真下に魔法陣が生まれた。

「プレシア!」

「……五月蠅いわね。殺さなければ良いんでしょう?」

リニスの叫びと、プレシアのなんとも面倒くさそうな声。

一体何が起こるのか。

魔法陣が強い光を放ち――

俺の意識は解けた。




[3690] 二話
Name: 角煮◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2008/08/02 22:03
『ご主人様』

誰かが俺を呼ぶ声で、意識が浮上した。

ふと視線を声の方に向けてみれば、そこには2Pカラーのレイジングハート。

……ああ、夢じゃなかったのね。

意識を失う前の事柄をすべて思い出し、俺は身を起こした。

バリアジャケットは解除されておらず、砕けた胸のアーマーも修復されている。

周りを見回してみれば、森。

とにかく森である。

光源は月明かりと、申し訳程度に輝いているLarkの灯りだけだ。

「……ここどこよ?」

『分かりません。転送魔法で飛ばされたことだけは間違いありませんが』

「マジか……ったく、子供をなんだと思ってるんだろうね、あの鬼婆は」

殺しはしない。けど目障りだから捨てる、ってところか。

くそ、本当、なんだってんだよ。

取り敢えず立ち上がる。

流石に手当をしないせいか、胸が酷く痛んだ。

さて、どうすんべ。

「Lark。お腹空いた」

『……申し訳ありませんが、私にはどうにも』

ですよねー。

こう、ぱぱーっとご飯だして欲しい気分だ。魔法で。

いや、この世界の魔法はそんなに便利じゃないっては知ってるけどさぁ。

「取り敢えず人いないかなぁ。子供が路頭に迷っていたら無条件でご飯ぐらいくれるでしょ普通」

『厚かましい子供ですね』

「五月蠅いですの。そんぐらい頼んだってバチ当たらないっつーの」

そうとも。このボディに入ってからロクなことがない。

しっかし、見た感じ人のいる気配は微塵もないんだよなぁ……。

生えている木々はどれもこれもが二十メートルアッパーの立派な針葉樹林。

見渡してみても、人工の灯りは一つもない。

あー、ったく。

「取り敢えずSOS発信だ」

『……はあ』

「何をいってるか分からない、って反応をしないで欲しいね」

いいつつ、Larkの石突きを地面に突き立てる。

そして埃を被った記憶を引っ張り出し――

「――フォトンランサー・ファランクスシフト、スタンバイ。プレシアのあれ、ラーニングしたっしょ?」

『ご主人様?』

「空に向けてぶっ放す。運が良ければ様子を見にくる人がいるでしょうよ。」

管理局とかな。

まあ、この世界が管理局の管理下に入ってなかったらそれも無意味なんだけどさー。

ま、無駄じゃない。しかもこれしか手がないしな。

なんせLarkは真っ新な状態。飛行魔法で空から周囲を確認したくとも、そのプログラムがないのだ。

まあそもそも飛行魔法は才能の有無に左右されるわけだが。

……飛行とかよりも先に必殺技とか、なんなんだろうね。

「撃てるかな、この魔法」

『いけません、ご主人様。ご主人様のリンカーコアは成長しきっていません。運が悪ければオーバーロードで――』

「そうはいってもさ。打つべき手を打たなきゃ餓死しちゃうよ。さすがにそれは嫌だぜ」

『分かりました』

しぶしぶ、といった感じでLarkは認めてくれる。

いやー、悪いね。

「んで、撃てそう?」

『……お任せ下さい。ぺイロードには余裕が――
 というより、未だに私は真っ新なデバイスのようなもの。リソースを全て制御に回せば、あるいは』

「ん。んじゃ、頼むぜ!」

いいつつ、願う。

それをLarkが汲み取り、プレシアが編んだものと同じ魔法陣が展開。

急速に何かが胸の中――リンカーコアから魔力が流れ落ちてゆくのを感じながら、俺は口を開いた。

「アルカス・クルタス・エイギアス。疾風なりし天神よ、今導きのもと撃ちかかれ」

『補助コード確認。詠唱を続けてください』

「バルエル・ザルエル・ブラウゼル」

『術式安定。トリガーワードを』

「フォトンランサー・ファランクスシフト――」

そこまで紡ぎ、再び息を吸って、

「――打ち砕け、ファイア!」

サンライトイエローの魔力光が夜空に向かって撒き散らされた。

……あー、今気付いたけど、俺の魔力光ってフェイトのに近いな。

些細な違いは、性別の違いのせいだろうか。

魔力がごっそりともっていかれた感覚を最後に、貧血のような感覚で、俺は再び意識の手綱を手放した。
















リリカル IN WORLD















ふと、目を覚ます。

これで気絶するのは二回目か。なんとも早いペースだぜ。

まあ、取り敢えずは――

「……知らない天井だ」

若干いうのが遅かったかもしれないが、まあお約束はお約束。

んで、身を起こしてみる。

視線を落とせば、未だに俺はバリアジャケットを着ていた。

ん、魔力が尽きたと思っていたけど、そうでもなかったのね。

いやー、バリアジャケット脱ぐと今の俺はフルヌード。

いや、本当に魔法様々ですよ。

『――Lark』

『起きられたのですね、ご主人様』

念話を送ってみれば、すぐに返答がきた。

部屋の中――小屋か何かなのだろう――を見渡せば、壁に立て掛けられたLarkがあった。

うん、どうやら悪い人に拾われたわけじゃないらしいね。

『Lark、俺が気絶してから何があった?』

『はい。ご主人様が気絶してから三十七分後、四人の成人男性が捜索に赴き、保護されました』

『ふむ。ちなみに、その人らがどんな感じか分かる?』

『……抽象的すぎです、ご主人様』

ですよねー。

『ええっと、何かしらの特徴がなかったかな、って。どこかの研究員っぽかったりとか、バリアジャケットを着ていたりとか』

『はい。特徴的なバリアジャケットを身につけていました。全員が共通したデザインをしていたことから、どこかの部族だと考えられます』

『――へぇ』

さて、と。

どこかの部族か。

運が良ければアニメに関係のあった部族。

運が悪ければまったく知らない蛮族。

ただまあ、今の状態を見れば分かるとおり、それなりに文化的な生活はしているようだ。

取り敢えず外に出てみよう――

そう思い立ち上がろうとした瞬間だ。

不意にドアが開かれ、差し込んだ逆光で目を細める。

「おお、起きたのかい」

どこか好々爺とした口調。

なんとか眩しさを堪えて彼を見て――

良かったのか悪かったのか、と俺は溜息を吐いた。

民族衣装じみたバリアジャケット。

それは――ユーノ・スクライアの着ていたものと、良く似ていた。


















目を覚ましてから、俺は彼らに事情を説明した。

八割の真実と二割の嘘を交えて、だが。

筋書きはなんとも単純だ。

デバイスを持たせられ、捨てられた。

昨晩放った魔法は、誰かに見つけて欲しかったから。

それに若干の脚色を加えて話したら、辛かっただろう、とスクライアの長老様は慰めてくれたり。

……うわぁ、騙しているようですげぇ申し訳ないのですが。

んで、その後、リンカーコアが成長しきってない状態であんな大規模魔法を使うなと怒られたり。

やっぱり無茶だったのか、あれ。

まあ、こうしている今も胸の奥がじくじく痛むし、けっこうな負担が掛かったんだろうね。

んで、俺の扱いだが、どうやらスクライアの者として面倒を見てくれるらしい。

スクライアが捨て子を拾うのは珍しくないらしい。

申し訳ないと思うが、有り難い。

正確な年齢は分からないが、今の俺は小学生にも届かないガキだ。

誰かの庇護下でなければ生きていけない。

で、一通りの話が終わって、

「……君の名前は?」

「……えっと」

思わず口ごもってしまう。

前の身体の名前を口にしようと思ったが――違う。

あれは、あの身体と中身が揃って、始めて意味を成すのだ。

この身体は、違う。

決してあれと同じじゃない。

同じだなんて、思いたくない。

それ故に少しだけ考え――

「……エスティマ、です」

そう答えた。

そうして俺ことエスティマは、スクライア――エスティマ・スクライアとして、一族に迎え入れられたのである。




[3690] 三話
Name: 角煮◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2008/08/02 22:06
「だーらっしゃー!」

と、掛け声と共にボールを蹴っ飛ばすと、エスティマの馬鹿ー! と悲鳴が上がった。

『……ご主人様。大人げないです』

「いやいやLark。僕はお子様ですよお子様」

『……そうですね』

俺がスクライア一族に引き取られてから、今日で一月が経った。

その間したとこといえば、どうもエスティマといいますよろしく、と挨拶回りをしただけである。

……まあ、もう一つした――っつーかやらされた、っつーかいつの間にか、っつーか。

「エスティマくん、おままごとしよー!」

「エスティマ、ボール拾ってきたぞー!」

……何故か年少組と仲良くなってしまった次第。

いや、調子に乗って遊んでたらいつの間にかこんなことになっていたんですよ。

嗚呼、今日も空が青い……。

『今日は曇りです、ご主人様』

考えを読むなよLark。

腕まくりをしつつ、ボール遊びに再び参加。

んでもってその後はおままごとかー。

子供って遊ぶのは仕事、ってのはどこも変わらないのねー。
















リリカル IN WORLD














泥の付いた部族服を脱ぎ、新しいのを身に付ける。んで、Larkを首に付けて洗濯物を籠へと放り込む。

さて、着替え終了。

次は晩飯の手伝いかー。

と、飯場へと脚を運ぼうとした時、書庫――スクライア一族って、場所を移動するとき建物ごと転送するのよね――の窓に見慣れた姿を見つけた。

またあの野郎は引き籠もってるな。

溜息一つ吐き、書庫へと脚を向ける。

「おいユーノ。もう夕方なんだから電気ぐらい点けろよなー」

「……ん、エスティ?」

と、渾名で俺を呼ぶのはみんなご存じのユーノ・スクライア。

いずれは無限書庫の司書長となる人物である。

三歳のくせして文字の読み書きを覚えているこのお子様は、外で遊ばず日がな一日書庫へ籠もっていることが多い。

今日も目を離した隙に消えてたから、ずっとここにいたんだろう。

「飯の時間が近いから、手伝いに行こうぜー」

「ん、待って。もう少しでこれ読み終わるから」

いいつつ、ユーノは床に届かない脚をぶらぶらさせつつ本――内容は魔法理論――に視線を戻す。

本の虫め。

俺も本棚から一冊抜き出して、字面を追うことにする。

高度に体系化された魔法。プログラムで任意の現象を起こす技術。

なんとも興味深い、と、魔法理論系のものに触れる度に思う。

魔法と一口にいっても色々ある。

アニメを見ていて戦闘用のものばかりに目が行ったが、日常生活にも応用――というよりは先にそっちから生まれたのだろうが――される魔法もたくさんある。

シールドで洗濯槽を構築して洗濯機の代わりとか。赤外線を照射して電子レンジの代わりとか。

本当、色々あるよなぁ。

ああ、そうそう。

書庫に何度かくる内に、俺に無断でLarkは魔法プログラムをインストールしやがった。

おかげで容量に余裕がなくなり、ファランクスシフトは俺自身の技量が上がらないと撃てなくなりましたよ。

畜生。

『撃つ必要がないではありませんか』

だから思考を読むなっちゅーに。

「ん、終わった。……って、エスティ、まだいたの?」

「いちゃ悪いかよー」

「そんなことないけど……」

いいつつ、ユーノは俯き加減となってしまう。

ちょこんと椅子に座って申し訳なさそうにする様子は萌え――るわけないだろうが。

『私は可愛らしいと思いますが』

黙らっしゃい。

「ほら、行こうぜー」

「う、うん」

手を引き、俺たちは書庫を出る。

五十メートルほど歩けばそこには飯場が。

発掘現場に潜っていた皆さんも夕食の時間が近いからか、勢揃いだ。

あー、もう支度終わっちゃったかもなー。

「ちょ、ちょっと待ってよエスティ!」

「んー?」

「手、手を離してってば!」

いわれ、手を離す。

……なんか今の様子をお姉さんがたに笑われた気がしたが、気のせいだ。

「歩くの早いよ、エスティ」

「お前さんがひ弱なだけだっつーに」

「な、なんだよ! 弟なんだからもう少し兄を敬うべきだって、エスティは!」

「……いつ聞いてもおかしいと思うんだよなぁ、それ」

そうなのである。

いやぁ、年齢不詳な我様、背格好からだいたいユーノと同じぐらいだろう、ってことで三歳ということに。

で、年齢同じでも俺の方が後に来たんで、ユーノの弟、と。

……理不尽を感じる。

「どう考えてもユーノの方が弟だよなぁ」

「違うよ! 僕がお兄さんだよ!!」

「じゃあ小遣い寄越せよ兄貴」

「エスティが不良になったー!」

と、泣きべそをかきはじめユーノ。

ああもう、なんつー駄目兄貴。

「別に気にしなくて良いじゃんかそれぐらい」

「た、大切なことだよこれは! 長老様から、エスティのお兄さんとして――」

「面倒見てるのは俺の方な気が……」

『引き籠もりのユーノさんがどうやってご主人様の面倒を見るのでしょうか』

「Larkまで! っていうか引き籠もりって……!」

その場で地団駄を踏むユーノ。

いやぁ、大変ですねぇ兄貴も。

などとやっていると、

「あれ、ユーノじゃん」

ふと、聞き覚えがあるようなないような、といった声を耳にした。

そちらの方を見てみれば、俺たちよりも二歳ほど年上のガキが。

そしてそいつらを見ると、ユーノは俺の背中に隠れたり。

……おい兄貴。

「なんだ、書庫から出てきたのかよ」

「まー夕ご飯の時間ですからー」

「……お前には聞いてないだろ、エスティマ」

割り込むと、なんとも不機嫌そうな顔をするガキ大将。

まったく、鬱陶しいのに引っ掛かったもんだ。

「食器並べだけでも手伝いたいんで、行かせてもらいますよー。行くぜ、ユーノ」

「う、うん……」

「待てよ!」

と、ガキ大将がユーノの手を掴もうとしてきたので――

「Lark」

『プロテクション』

障壁にぶつかったガキ大将は、忌々しそうに顔を歪ませる。

感情を躊躇せずに出すのは、子供の長所であり短所だよね。

「なんだよエスティマ!」

「別に」

「デバイスなんて……拾われっ子のくせに!」

その叫びに、いつの間にか服の裾を掴んでいたユーノがびくりと震えた。

……ああもう、鬱陶しいなぁ。

魔法使っただけでも長老に怒られるっつーのに。

「Lark、セットア――」

と、その時だ。

Larkを握り締めた手を、ユーノが押さえた。

思わず顔を見てみれば、震えながらもデバイス起動を止めさせるべく視線を向けてくるユーノが。

……分かりましたよー。

舌打ち一つし、プロテクションを解除。

んで、脱兎の如く走り去る。

「ま、待てよ!」

待ちませーん。

そこら辺にある荷物を障害物にして逃げる逃げる。

そうしている内にガキ大将の姿は見えなくなり、ようやく俺たちは脚を止めた。

……拾われっ子、ね。

ミニマムな次元の話なのだが、ガキの間にも派閥ってもんがある。

両親のいる子供と、いない子供、だ。

まあ、派閥っていってもいがみ合っているわけじゃない。

ただ、仲良くなるのはそういった共通点のある子供同士、ってだけだ。

しかし、ユーノの場合――俺も含まれているかもしれないけど気にしない――は少しだけ違う。

この歳から読み書きが出来たりなど、ユーノは、そう、同年代の子供よりも優秀だったりする。

そして、両親のいないユーノはそのことをみんなに褒められたりして――ちょっと風当たりが強かったりするのだ。

主に両親を持っている子供から。

きっと、なんで自分よりユーノが、といったところだろう。

まあ、俺もデバイス持っているのを僻まれたりしますがー。

「まったく、たったこれだけで息をあげるなよなー」

「……うん、ごめん」

肩を上下しているユーノに冗談めかしていってみるも、反応は暗め。

ううむ。

どうしたもんかねぇ……。

などと思っていると、ユーノは俯きながらも顔を上げた。

「……ごめんね。エスティ」

「謝ってばかりいるなって」

「うん。けど……」

そういって再び泣きべそをかきはじめるユーノ。

ああもう、コイツって結構泣き虫なのな。

アニメじゃこんなんじゃなかっただろうに。

ハンカチを取り出して、嫌がるユーノの涙を拭き取る。

そしておでこにデコピン。

「い、痛いよ!」

「あんな馬鹿共のいってることなんか気にするなって」

「違うよ! 僕を庇ってエスティが……」

おやおや。そんなことを気にしていましたか、このお子様は。

「いや、あのプロテクションはLarkが勝手にやったことだし」

『いえ、念話で指示がありました』

「おま?! 空気読めよ!」

『だからといって私のせいにしないでください』

「っていうか俺が指示したのはバインドだっただろうに! また俺に内緒で魔法をインストールしただろお前!!」

『はい。ユーノさんが手伝ってくれました』

「お前かぁああああ!」

「うわあ、ごめん!」

ぜーはーと息を吐く。

ったく、なんだよもう。

「まあいい……ほれ、行くぞ。早くしないと飯が冷める」

「あ、うん」

手を差しのばすと、それを取るユーノ。

小さく頷き、二人揃って飯場へと――今度こそ向かう。

「……ねぇ、エスティ」

「んー?」

「ありがとう」
















「ユーノ、エスティ。お前たち、ミッドチルダの魔法学校へ行くつもりはないか?」

ある日、そんなことを長老様にいわれた。

俺たちはその場で返答することができずに、答えを保留に。

どうやらスクライアでは、素質のある者をミッドの学校へ行かせる風習があるらしい。

まー当たり前だわなぁ。

ロストロギアの発掘を生業としているスクライア。その中には、自然と荒事も含まれる。

怪我をして発掘現場から運ばれてくる大人を見たことがあるのも一度や二度ではない。

それに機械技術が向こう――俺が住んでいた世界――よりも進んでいないため自然と探索などはエリアサーチといった魔法に頼ることになってしまう。

魔法の素質がない者もいるため強制ではないが、ある者には必須か。

……スクライアとして養って貰っているのだから、俺は行くつもり。

もしあの森でスクライアに拾われなかったならば、絶対に餓死していた。

そうでなければ、見たこともない生物に喰われていたりとかな。

恩には報いるべき。それに、これからもここで生活して行くならば必要だろうよ。

それに魔法とか興味あるしね!

……あ、いや、最後のはついでですよついで。

決して本心じゃないっすよ。

砲撃やってみたいとか、考えてないよ。

「……エスティ」

ふと、ユーノに呼ばれて隣に座っている自称兄貴に顔を向ける。

ユーノはどこか真剣な表情で、視線を向けてきた。

「君はミッドに行くの?」

「そのつもり。魔法には興味があるしさー」

「そっか……」

再び口を紡ぐユーノ。

さて、どうしたのだろうか。

「ユーノはどうすんのー?」

「僕は……どうしよう」

……あれ?

ユーノさん、ミッドの学校に行って飛び級で卒業するんじゃないんですか?

などと疑問符を浮かべる我。

「……このままスクライアとして生きていていいのかなって、最近考えるんだ。
 みんなと仲良くできないし、そのせいで長老様には心配掛けてるし。
 ……本当の両親にも捨てられた僕は、誰かに迷惑をかけることしかできないんじゃないかって」

ユーノは俯くと、膝に顔を埋めてしまった。

……あー。

なんて慰めていいのやら、だ。

俺は溜息一つ吐き、首に下げたLarkを握り締めた。

「あのな、ユーノ。子供なんか迷惑掛けてなんぼだよ。
 駄目な子ほど可愛いっていうだろ?」

と、いってはみるも、反応はない。

ううむ。

「……しょうがないじゃん。今の俺たちは迷惑をかけた上で生きるしかない。
 俺だってそうだよ。勝手に生み出されて、勝手に捨てられて」

終いには殺されそうになったしな。

あ、なんかいいたいのか、Larkがピコピコ光ってる。

黙ってなさい。

「ならさ。少しでも力を付けて、迷惑掛けた分だけ恩返しをすれば良いじゃん。
 それでおあいこ。ガキのくせに難しいこと考えるんじゃないっつーの」

そういい、ユーノの髪の毛をガシガシと撫で回す。

「わ、ちょっと、エスティ?!」

「手の掛かる兄貴め。んで、どうする?
 ミッドに行くか?」

「……エスティは行くんだよね」

「行きますよー」

「うん。……じゃあ、僕も行く」

「よっしゃ!」

と、今度は背中を叩いたり。

「痛いよもう!」

「はっはっは。ようやく元気になったな駄目兄貴。
 ほら、長老様のところに行くぞ」

「あ――うん」

まだどこかスッキリしない様子のユーノを、無理矢理立ち上がらせる。

しっかし、何が納得できないんだろうねぇ。


















んで、旅立ちの朝なわけですが。

荷物を持った俺とユーノ。それに長老様は、転送魔法のサークルに立っている。

それを見送るのはスクライアフルメンバー。

なんつーか、壮観だね。

頑張ってねー、などと声を掛けられ、それに応えてゆく。

そうしている内に時間が迫ってきたのか、長老様は俺とユーノの肩に手を置いた。

「それじゃあ行こうか、ユーノ、エスティマ」

「はい」

「……はい」

どこかしょっんぼりした調子のユーノ。

ううむ。あの夜からこんな調子が続いてるぜ。

一体なんなんでござんしょ。

などと思っていると――

「ユーノ! エスティ!」

ボーイッシュな女の子――ガキ大将が飛び出してきた。

何故か顔を真っ赤にして、きつく手を握り締めている。

なんだろう。

彼女は転送魔法のサークル近くまでくると、脚を止めた。

何かいおうとしているのか、口を開けては、力なく閉じる。

それの繰り返し。

そうしている内にサークルの放つ輝きが強くなり――

「お……お土産忘れるなよ!」

最後にそんな叫びを聞き、俺たちはミッドへと飛んだ。

……ははーん。

『純情だねぇ』

『お土産が、ですか?』

『いや、違うから』

的外れなカウンターをしてきたLarkにげっそりしつつ、ユーノに視線を向ける。

奴は首を傾げていた。さっきのことを思い出しているのだろうか。

ちなみに長老様は微笑ましい、といった様子で頬を緩めている。

「どうしたユーノ」

「いや……最後の、なんだったんだろう、って」

「……ふーん。流石に分からないか」

「……? エスティは分かるの?」

「ま、ね」

「そっか……でも、結局最後まで仲直りできなかったな」

「……は?」

「うん。それが心残りで……」

ユーノは表情に陰りを浮かべると、視線を下へと落とした。

ああもう、コイツめ。

「そもそも最初から仲なんて悪くないだろ、お前たち」

「……え?」

「お土産買ってこいってことは――帰ってこいってこと。
 んで、いつもお前にちょっかい出してたのは、不器用なだけだって。
 ねぇ、長老様」

「さぁて、どうだろう」

ニヤニヤと笑う俺と長老様。

それに挟まれ、ユーノはハテナマークを頭上に浮かべていた。









[3690] 四話
Name: 角煮◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2008/08/02 22:11
『ご主人様。朝です、起きてください』

「ぎゃああああああ?!」

念話で届いたボリュームは、頭が割れるかのような、文字通り頭のおかしいサウンド。

一発で目が覚めたが、起きれば良いってもんじゃねーぞ!

恨めしく目を向ければ、そこには壁に掛けられたLarkが。

『おはよう御座います、ご主人様』

「ああ、おはようLark。今日もご機嫌な目覚ましだったね」

『そうでしょうね。手を代え品を代え、毎日工夫しておりますので』

「そんな工夫いらない……!」

思わず枕を全力で叩き付けてしまう。

そうしている内に、二段ベッドの上からもぞりを身を起こす影が。

「……朝からうるさいよ、エスティ。僕は徹夜明けなんだから。
 この間だって隣の部屋の生徒から苦情がきてたよ?」

いいつつ梯子から下りてきたユーノ。

おはよう、とLarkに挨拶すると、目を擦りつつ溜息を吐いた。

「……君も昨日はズタボロになるまで叩かれたのに、元気だね」

「まーね。毎日のことだから」

「元気そうで何よりだよ」

「ユーノも朝から辛気くさい顔してるなー。何時まで起きてたんさー」

「四時かな」

睡眠時間二時間かい。

頑張るねぇ。














リリカル IN WORLD











時間の流れは早いもので、俺とユーノがミッドの学校に入学してから時間が経った。

入学してから色々と学んだり。

俺の場合は主に戦闘用魔法を。その中でも基礎を重点的に。

ユーノはユーノで、実戦よりも理論を重点的に学んでいた。

ちなみにあの野郎、現時点で最高学年だったりする。

なんかおかしいだろこれ。いやまあ、俺も俺で飛び級してるけどさぁ。

朝食を食べ終えると、食堂を後にして、別々の教室へと向かう。

馬鹿みたいに広い教室の中には、制服に身を包んだ生徒が並んでいる。

それを横目で眺めつつ、鞄を机に引っ掛けると、更衣室へ。

そこで運動着に着替えると、校庭へと向かった。

この魔法学校は、魔法を学ぶ施設、という以外にももう一つの役割があったり。

それは、軍学校としての側面だ。

管理局で職に就いている者の子供が通っている学校もあるが、ここはここでそういうコースが存在する。

んー、なんつーかキャリア組を出しているって感じかな、向こうの学校。

きっとクロノとかが通っているんだろう。

管理局へエスカレーター式に入局することになるため、傭兵とかになるつもりの生徒はこっちの学校へきたりする。

まあ施設のグレードは落ちるが、その代わり選択肢の幅は広がるのさ。

研究職としてはこっちの学校の方が上のランクなんだけどね。

さて、話は変わって、俺のこと。

きちんとした魔法を覚えて分かったのだが――流石はFの遺産。この身体、並の魔導師よりも高スペックなのである。

流石になのは、フェイトほどじゃないけどさ。

フェイトの試作機だったのか、俺の素質は彼女に良く似ていた。

近・中・遠、と活躍でき、その上速度という武器を持つフェイト。

俺の場合は近・中距離の魔法しかマトモな威力を発揮できないわけだが――その代わり、レアスキルを所持している。

そのレアスキルってのがまた酷い。本当にフェイトの試作機ってのを実感させられますよこの身体。

そんなことを考えている内に校庭へと到着。

二組に分かれているクラス――近代ベルカとミッド――俺はミッドチルダ式の方に行くと、列に並んだ。

「お、きたなエスティマ」

「おはようございます、ヴァイスさん」

『おはようございます』

「おはようさん」

屈託のない笑みを浮かべるヴァイス・グランセニック。

驚いたことに、この人とユーノって同じ学校だったのね。

まあ、コースが違うから顔を合わすこともないんだろうが。

「今日は射撃魔法か。いやー、この時だけだな、実技が楽しいと思えるのは」

「どうなんだろうそれ。ヴァイスさん、武装隊志望っしょ? 射撃だけってのはどうかと思うなぁ……」

いやまあ、この人それだけでも充分強かったけどさぁ。

などと口にせず、口をへの字に曲げる。

「うるせ。なんでもできるお前と一緒にするな!」

「いや、俺だってエリアサーチがすげえ下手ですよ。あと広範囲攻撃」

「俺だって苦手だよそんなの」

いや、威張られたって困るのですが。

Larkの補助があっても俺は広範囲攻撃は撃てない。

どうにもマルチロックが下手なのだ。

ユーノ曰く、瞬間的な魔力放出は上手いけど、長時間の術式維持は下手だよね、とのこと。

故にバインドとかも一般人の域を出ません。

ああもう。フェイトだって使ってたじゃんかよ広範囲攻撃。

エコ贔屓だっ。

そうしている内に授業は始まったり。

今日はクロスファイアかー。

誘導弾の制御は案の定苦手なヴァイスさん。

そんな彼を横目で見つつ、四つの球体を出す。

「Lark、邪魔するなよー」

『……手伝いが邪魔とは、どういうことですか』

「デバイスなしで練習した方がためになるっしょ」

『私がいるのですから、デバイスありきで練習をするべきです』

実戦ならともなく、練習なんですから。

それにアンタ、今は壊れているでしょうに。

浮かべた光球がいつの間にか消えていたので、再び形成。

んで、人差し指を空を飛んでる的へと向けつつ――

「シュート」

形成から刹那の間を置いて、サンライトイエローの弾丸は大気を引き裂き、的へと肉薄する。

ヴァイスさん曰く、クイックドロウ、だ。

発生とほぼ同時に撃ち出された光球は、左右から挟み込むように接近し――あ、一発スカった。

「おー、ミスったな」

「……そういうヴァイスさんは?」

「クロスファイア、シュート!」

「直射じゃねえか今の! クロスファイアじゃないよ!!」

「しょうがねーだろ、誘導弾には適正がないんだから。けどま、直射なら――」

どごん、と爆音が聞こえる。

そちらの方へと目を向ければ、近代ベルカを教わっている連中の的が粉砕されていた。

ちなみに破砕された破片が近くの教師に突き刺さったぞ。

「――この通り。狙撃には自信があるぜ」

「グランセニックー!」

「……ヤベ」

ヴァイスさんのファミリーネームを叫んだのは、禿頭の近代ベルカを教えている教師。

まあ、あんな狙撃ができるのはこの人だけだしなぁ。

と思ったら、

「おいおいエスティマ。誘導弾の制御ぐらいしておけよ」

「ちょ、アンタ何いってるの?!」

「お前かスクライアー!」

うわ、土煙上げてこっちに走ってくるんですけど?!

「Lark、どうしよう」

『邪魔はしません』

「何拗ねてんの?!」

とやっている内に禿頭がすぐそこまで伸びてきた。

……わーい、なんか拳を構えたおっさんが近付いてくるよー。

「死ねぇええええ!」

「――ガッ?!」

突撃の威力を生かしたラリアット。

その一撃は――見事にヴァイスさんの首へと叩き込まれた。

そしてゴミのように舞い上がるヴァイスさん。

いやー、飛んだなぁ。

と、盾にした本人がいってみるテスト。

「先生先生。的を壊したのは僕の魔力光じゃなかったでしょう? 犯人はヴァイスさんですよ」

「む……そうか。すまなかったな」

「い、いや……謝る相手が違うんじゃ……」

何か屍がのたまっている。

仕方がないのでヴァイスさんを助け起こしつつ、その後も授業を続行。

二コマ目も実技なのだが――今度は近代ベルカの方へと行き、授業を受ける。

いや、レアスキルのせいで俺の素質は接近戦向きなんですよ。

ポジション的にはガードウィングかなぁ、俺。
















実技の他に俺が受けているのは一般教養と、あとはデバイスマイスターの資格を取るための講義だ。

なんでまたこんなことを、と思われるかもしれないが、Larkをなんとかしないと駄目だったのである。

なんの問題もないように起動していたLarkであるが、流石に廃棄処分をされたというべきか、欠陥があった。

学校に通うようになり、実技中にちょっとした事故が起こったのである。

長時間ラウンドシールドを張る練習を繰り返したら、突然システムダウンしたのだ。

おかげで制御中だった魔力が暴走しちょっとしたメルトダウン。その場で爆発が起きた。

原因は排熱機構のエラー。んで、熱にやられてメモリー以外の機能にも障害が出た。

もともと排熱機構に不備があり、いつこの事故が起こっても無理はなかったんだそうな。

んで、しょうがないからLarkを修理に出そうと思ったんだが――

値段を見て目が飛び出た。

無理無理。絶対無理。いくらなんでも長老様にこんな負担をかけるわけにはいかねーっす。

そういうわけで、俺は自力でLarkを直すことにした。

どうやらパソコンと同じで、デバイスの修理費はその半分が手間賃らしい。

酷い暴利もあったもんだ。

まあ、とにかく。

俺はマイスターの資格を取って、Larkを直す。

そのせいで卒業に時間がかかりそうだが、その分の学費は出世払いってことで許してください。

プレシアの元から生きて逃げられたのもコイツのお陰みたいなもんだしね。

だからきっちり直すさ。

まあ、直すついでに――

『魔改造はしないでくださいね』

何故分かった。






















マイスターの講義を受け、実技を受け。

そんなことを繰り返している内に、卒業シーズンとなった。

俺とユーノはめでたく同時卒業。

うん。俺はマイスターの資格獲得に時間が。ユーノは実技に引っ掛かってました。

それでお互い一年延長。お陰でもう八歳ですよ。

時の流れは早い。

しっかし、憑依しているのにユーノと同じ歳に卒業ってどうなの。

これでも記憶の仕方とか、同年代の子供よりもずっと上手いつもりなんだけど。

こりゃー生まれ持った才能とかじゃないのかねぇ。

まあ、とにかく。

「……すっごいなー。首席卒業か」

「そんな……大したことじゃないよ」

そういい、はにかむユーノ。

いや、大したもんだろ。

この野郎、卒業証書を渡されるまで主席卒業ってことを黙っていたのだ。

サプライズのつもりか、こやつめ。

「でも、本当にあっという間だったね」

「うん。けど、これでようやく胸を張って帰ることができるなー」

「そうだね」

そういい、ユーノはレイジングハートを起動させた。

手に握られるのはお馴染み――いずれはなのはの物となるバトンの形をしたデバイス。

「それじゃあ、長距離転送――」

ミッド式の魔法陣が、足元を照らす。

……ん?

ふと見回してみると、いつの間にか見送りがきていた。

まだ魔法学校に在籍しているスクライアの者と――ヴァイスさんか。

見送りはいいっていったのに。

彼らに別れを告げ、俺とユーノはスクライアのみんなが発掘作業を行っている次元へと、飛んだ。




[3690] 五話
Name: 角煮◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2009/04/14 12:05
十二の光球を浮かばせ、

「クロスファイア!」

『――照準固定』

「シュート!」

叫びと共に、六つの光球が傀儡兵へと殺到する。

残る六つはLarkの先端に集束し、弧を描き、一つの光球へと集まり――

――集束系は得意じゃないが、仕方ない!

『リロード』

「シュート!」

サンライトイエローの光条が、レーザーカッターのように傀儡兵を薙ぎ払った。

息を弾ませ、回転式弾倉をスライド。薬莢を地面へと落とす。

二つの弾倉から、計十二発分の空薬莢が地面へと落ちる。

ったく、どうなってやがる……!

バリアジャケットのポケットからクイックローダーを取り出し、装填。

弾倉を戻すと、地面へと着地した。

『ご主人様。カートリッジの使用はもう控えるべきです。お体に触ります』

「……そういうわけにもいかないっしょ」

「エスティ!」

名を呼ばれ、振り向く。

そこには青い顔をしたユーノが、駆け寄っていた。

ユーノは近寄ってくると、息を弾ませながらも治癒魔法を発動する。

それでじくじくと蓄積していた疲労が取れ、少しだけ肩の荷が下りた。

「……で、首尾はどうよ」

「ん、この遺跡のロストロギアは外に運び出したよ。
 ごめんね、殿を任せて」

「良いってことよ。そのための存在だしな、俺」

いいつつ、俺は再びデバイスを構えた。

遺跡の奥からは、まだ傀儡兵が湧いてくる。

取り敢えずは遺跡の近くからキャンプが撤退するまで、だな。

「ユーノ。転送魔法の準備頼むわ。
 みんなの退避が終わったら、一気に飛ぶぜ」

「分かった。あと少しだけ、頑張って」

おう、と応え、一歩踏み出す。

ったく、遺跡発掘業も楽じゃないねぇ。

「ところでユーノ。ここのロストロギアって結局なんだったんだ?」

推測ならば何度も聞いたが、実際どうだったのかは知らない。

少しだけ期待して聞いてみたのだが――

「うん。詳しく調査してみないと断言はできないけど、十中八九、分かってる」

「そうなんだ」

「うん。ジュエルシードっていってさ――」

……え?

















リリカル IN WORLD















ジュエルシードを発掘してから、一週間が経った。

あの後、なんとか遺跡から撤退。

最終的には遺跡の入り口を崩落させて脱出、という、考古学を愛する人間にあるまじき手段で傀儡兵を振り切りました。

だってしょうがないじゃない。傀儡兵強いんだもの。

命あっての物種ですよ。

んで、現在俺は次元輸送艇の中でまったりしてます。

輸送艇ってことは何かを運んでいるわけで――無論、それはジュエルシード。

輸送先はミッドチルダだ。

スクライアの一族は、発掘したロストロギアを売却することで生計を立てている。

売却先は管理局だったりオークションだったりと幅広く、ときには個人の依頼で発掘なんかもやっている。

んで、今ミッドへと輸送している理由は、単純にジュエルシードが手に負えないから。

本物のジュエルシードなのかどうかをミッドの研究施設で確かめ、本物ならば管理局へ売却、といった流れとなる。

いや、でも本物だろうよこれ。

遺跡で傀儡兵と戦った俺からしてみれば、偽物だったらあのダンジョンを作った馬鹿の頭を、ちょっと冷やしたくなる。

いやー、冗談で実装したダブル弾倉がフルに使われたのなんて、一年間スクライアの戦闘要員として戦って初めてだったぞ。

お陰でリンカーコアがじくじく痛いのなんのって……。

――しっかし、ジュエルシードか。

ふと、最近は思い出していなかった原作のことが脳裏を過ぎる。

スクライア一族に加わり、その上ユーノと仲良くなったから可能性は――とは思っていたけど、まさかジャストミートするとはなぁ。

……うむ。分かっております。

つまりはこの輸送艇、原因不明の事故に遭うのですね。

……だ、大丈夫なのかなぁ。

いや、正直俺は着いてきたくなかったんだけど、「エスティマが一緒なら大丈夫じゃろ」とか長老様がいうからさぁ……。

などと考えていたら、首に下げている、最初よりもサイズが1.5倍ほどとなったLarkが点滅した。

『ご主人様。魔力反応は周囲にありません』

「……ん、お疲れ。引き続きサーチをお願い」

『かしこまりました。……しかし、こんなことをする必要があるのですか?
 この輸送艇を襲うなど、簡単にはできないと思いますが』

「んー、嫌な予感がするんだよね」

そうやって適当に誤魔化す。

うーむ。しかし、エリアサーチ苦手だから魔力を喰うぜ。

もうそろっとカートリッジ使おうかなー。

などと考えていると、飲み物を両手に持ったユーノがやってきた。

「お疲れ様、エスティ。……怪我はもう良いの?」

ユーノがいっているのは、カートリッジの反動のことだ。

目に見えない怪我だから、怪我といって良いのか分からないけど。

「なんとかねー」

いいつつ、ありがと、と飲み物を受け取る。

「……まったく、確かにあの時は助かったけど、あんまりカートリッジを使っちゃ駄目だよ?
 成長期の身体には負担が大きいって説明されたじゃないか」

「いやいや、使わないとあの場を切り抜けることはできなかったじゃん。
 それに楽しいんだよね、カートリッジロード。
 こう、ガションガションって」

「……エスティ?」

『いつもの狂言です。お気になさらず』

いや、酷くないっすかLarkさん。

「まあ、冗談だとしても、スクライアには戦闘要員が少ないんだ。
 だったら、俺が盾にならないと駄目じゃないか」

「そうかもしれないけどさ……。僕たちだって最低限の防御魔法は会得しているんだ。
 あんまりエスティが無茶する必要はないと思うけど」

「何をいってるんだ。俺の魔導師ランクをなんだと思っているのさ」

「……AA」

「そのとーり。まあ、管理局の正規試験を受けたわけじゃないけどさ」

向こうでいうなら、英検を受けたようなもんだが。そのせいか認定がやや甘めなんだよね。

ちなみにレアスキルが脚を引っ張ってくれたのか助けてくれたのか、B+~S-と判定された。その真ん中を取って、AA。

ムラっ気があるんだよね。場合によっちゃあユーノ以下ですの。

ま、とにかく、だ。

「お前の恩返しが発掘の監督ならば、俺は発掘班の護衛。
 守りだけでもお前達を戦闘に参加させたら、護衛の名折れだよ」

「……この意地っ張りめ」

『いつものことです』

『That degree is not absurd』

「えっと……Lark?」

『あれぐらい無茶には入りませんよ、だそうです』

「お、レイハさん分かってるー!」

……あれ? なんで呆れたように沈黙しますかLarkさん。そしてユーノ。

そう、ユーノの首もとには紅い宝玉――レイジングハートが下がっている。

初めてのおつかいよろしく送り出されたユーノにお守りとして長老様が持たせた物だ。

ユーノは砲撃苦手なのにね。親心とかそこら辺か。

……しっかし、すごいですよレイジングハート。

一つ一つのパーツが最高級品。見た目が管理局の汎用デバイスと一緒だけど、その汎用デバイスと同じシリーズのパーツの中で高価なのを組み合わせて出来ている。

しかもその上、機能拡張性まであるとかどうなってんだ。

良いなぁ……。

『浮気は駄目です、ご主人様』

いやいや何をいっているんですかLarkさん。

今のは美人に見惚れたようなもんですよ。

『……明日の目覚ましを楽しみにしていて下さい』

八つ当たりは良くないですよ?!

そんな風に焦る俺を見たユーノは苦笑したり。

そんなこんなで時間が過ぎてゆく。

そして、あと三十分でミッドへと到着する、という時だ。

良い感じに緊張感がなくなった瞬間――

カーゴが、爆発した。

狂ったように鳴り始める警報。

真っ赤に染まる輸送艇の照明。

くそ、と叫びを上げ、俺はジュエルシードを保管してあるカーゴへと急いだ。

保管庫への扉は爆発で歪んでいる。

……こじ開けるしかないな。

「……Lark」

『はい、ご主人様』

いつも通りの返答。

よし、と俺は頷き、

「顕現せよ。
 紅き雲雀の杖。
 構築せよ。
 我が求める装甲を。
 降臨せよ。
 ――我が力!
 Lark、セットアップ!」

金色の宝玉が鮮烈は光を放ち、コアはパーツを生成。

それらをドッキングさせ、ユニットとなる。

現れた姿は、以前の形態と欠片も似ていない。

ボディの色は紅。シルエットだけ見れば、形状はハルバード。

しかし、武器のハルバードとは違う部位が、Larkには存在している。

それは斧と穂先に挟まれた部分――そこには、回転式弾倉が縦に二つ並んでいる。

その下には銀色に輝く四つの放熱器。

肥大化したデバイスコアは、魔力制御の補助としてストレージデバイスのコアを移植したせいだ。

新生Lark――Lark・クリムゾン。

それが、このデバイスの名。形状はバルディッシュを参考にさせてもらったが――まあ、兄妹なんて許して欲しい。

六年前と同じ日本UCATの装甲服型バリアジャケットを装着し、勢いを付けてLarkを構える。

「Lark」

『魔力刃形成』

Larkの応答と共に、斧の部分に刃が生まれた。

それを大上段から叩き付け、ドアを粉砕。

そして現れた光景に、息を呑む。

カーゴの壁は破壊し尽くされ、ぽっかりと空いた穴からは次々と荷物は吐き出されている。

魔法にしちゃあまりにお粗末な壊し方だが――

くっそ、爆発物か。ミッドは質量兵器って禁止じゃなかったのかよ!

悪態を吐きつつ、飛行魔法を発動させてカーゴの中へ。

外へと吐き出されないように注意しながら、ジュエルシードの収められている場所へと急ぐ。

「……あった!」

ベルトに固定されたジュエルシードのトランク――今にも吹き飛ばされそうだ――は、なんとか原型を留めていた。

魔力刃を壁に打ち付けて身体を固定すると、トランクケースへと手を伸ばす。

あと少し。あと少しで――

その瞬間だ。

ガクン、と輸送艇が揺れ、カーゴ内部が大きく傾いた。

「――っ?! しま……!」

衝撃で跳ねたトランクを掴み損なう。

まずい――

Larkを引き抜いて後を追おうとした瞬間、カーゴの入り口から見慣れた影が飛び出した。

それを目にして、思わず奥歯を噛み締める。

「馬鹿ユーノ……!」

そう、ユーノだ。

アイツは身を投げ出してトランクケースを抱きかかえると、そのまま外へと吐き出された。

「Lark!」

『了解』

アクセルフィンが両肩に形成され、俺も後を追って外へ――時空間へと、飛び出した。

サイケデリックな光景に吐き気がするが、なんとかユーノを見つけ、速度を上げる。

『ユーノ! バインドで俺を拾え!!』

『駄目だよ! このままじゃどこに飛ぶかなんて分からないんだ!! エスティを巻き込むわけには――』

『輸送艇だって沈んだんだ! このまま戻っても意味ないだろ?!』

僅かに逡巡するよう、ユーノは俯いた。

しかしすぐに顔を上げると、緑色の魔力光を帯びた鎖――チェーンバインドが俺の腕へと伸び、ユーノに引っ張られる形となる。

そして俺たちはそのままどこぞへと流され――

視界が明滅したと思った瞬間、眼下には街灯りが広がった。

……嗚呼。

思わず、その光景に見惚れてしまう。

雲すら見下ろす高度から眺めたその世界は、決して自分のいた場所ではないが、近い匂いがある。

ああ……望郷なんて、らしくもないだろ。

苦笑し、頭を振る。

今はそんなことよりも――

「うわああ!」

耳に突き刺さったのは、ユーノの悲鳴と爆音。

何事かと視線を向ければ、頭を下にして落下するユーノの姿があった。

「ジュエルシードは――?!」

『駄目です。トランクが破壊され、散らばっています』

思わず歯噛みする。

ならば、今優先すべきはユーノの救出だ。

アクセルフィンに魔力を回し、地面へと向かうユーノへと――

『……エスティ』

『ユーノ?! 待ってろ、今助ける!』

『いや、僕は良いから、ジュエルシードを、お願い。僕を撃墜した魔導師がいるはずだから、あの人から、ジュエルシードを……』

『馬鹿、んなことよりお前だお前! 早く飛行魔法を発動しろよ!』

念話を送っていうこの間も、俺はユーノへと接近している。

しかし、

『……頼むよ、エスティ』

どこか苦笑すら思わせる言葉を聞き、俺は落下を止めた。

……くそ。

『ご主人様、よろしいのですか?』

「……あの馬鹿なら大丈夫。白い悪魔の卵に拾われるさ」

いいつつ、ギチリと、Larkを握り締める。

『……ご主人様』

「……あいつの頼みだ。自身すら顧みずの、な。それを蹴ったら――」

いいつつ、カートリッジを一発ロードし、

「――友人の名が廃るだろ!」

今度は天へと昇る。

魔力刃を形成したままのLarkを構え、目指すはジュエルシードを追う金色の魔力光。

俺と同じ、F計画の落とし子、フェイト=テスタロッサへと。

雄叫びを上げ、全速力で魔力刃を叩き付ける。

しかし、空振り。彼女はバックステップを踏むように後退すると、サイズフォームのバルディッシュを構えて対峙する。

ジュエルシードは今の一閃で弾かれ、夜空に舞い上がっている。

俺とフェイトは、同時にそれを睨み――

「……Lark」

『――Phase Shift』

――稀少技能を、部分発動させた。

瞬間、世界が全ての動きを遅くした。

雲の流れも、対峙するフェイトも、肌を撫でる大気すらも遅い。

その中で、俺だけは通常と同じ速度で移動する。

カートリッジロードで強化したバリアジャケットが、大気との摩擦で悲鳴を上げる。

そしてジュエルシードを握り締め――時間切れとなる。

見れば、飛び込もうとしていたフェイトが、驚きをありありと浮かべて動きを止めていた。

――稀少技能『加速』。

感覚、魔力放出に一時的なブーストを掛けて、初速から音速の壁を突破する頭の悪い能力。

フェイトの速度という武器を更に尖らせた、狂気的なスキルだ。

バリアジャケットを強化した状態で使わなければ大気との摩擦で一瞬で挽肉となる。それを防ぐため、カートリッジを使用して防護性能を水増ししなければならい。

まあ、結局は反動が馬鹿にならないわけだが――

「ジュエルシード、シリアルⅢ、封印」

今は感謝すべきか。

デバイスコアにジュエルシードを格納し、眼下のフェイトを見据える。

さて、と。

「お嬢さん、ご機嫌麗しゅう」

「……ジュエルシードを、渡して」

「それはできない相談だぜ。今の所有者はスクライアだ。強盗にしたってやり口が乱暴だって、こんなの」

「それは、ごめんなさい。けど、私にはどうしても――」

そこまでいい、フェイトは俺の顔を見て言葉を止めた。

ん? なんか顔をまじまじと見られているような……。

「……私?」

「ああ、そっか」

そういやそっくりさん――もとい、遺伝子提供者が同じクローンでしたね。

うむ、そりゃあ世界にはそっくりさんが数人いるって話だが、いざ目の前にしてみると驚くよねぇ。

http://www.exblog.jp/blog_logo.asp?slt=1&imgsrc=200904/13/23/f0200523_2126357.jpg

納得している我と、未だに混乱しているフェイト。

……よし、今の内に逃げよう。

いや、ランクが一つ違うと勝てませんよ、と先生に酸っぱく教えられたものでね。

確かフェイトって現時点でAAAクラスだったよな。

Phase Shiftを使えば良いとこ互角だろうが、アルフがきたらジリ貧だ。

二人を相手にして勝つ手段もあるが――

――ま、ここで切り札を使うつもりもない。カートリッジだって補給手段がないしね。

「クロスファイア」

『照準固定』

浮かび上がる六つの光球。それをフェイトに向け、

「シュート!」

発射と同時に、尻尾を巻く。

俺が逃げに回ったのを察したのかフェイトも後を追ってくるが、時間差で襲い掛かってくる誘導弾にまとわりつかれたらどうにも出来ないだろう。

はっは――あばよーとっつあーん。

などと思っていたら、

「サンダー……」

……え? もしかして……。

「――レイジ!」

ちょっと待って! 俺一人に広範囲攻撃魔法使うか?!

『プロテクション』

咄嗟にLarkが防御魔法を発動するが、間に合っただけだ。

魔力もロクに込められていない防御を抜き、雷は俺の身体へと突き刺さった。

バリアジャケットが焦げる匂いを嗅ぎながら、意識がブラックアウトへと向かう。

最後の力で、スクライア直伝の変身魔法を発動し――

全てをLarkに任せ、俺は意識の手綱を手放した。




[3690] 六話
Name: 角煮◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2008/08/05 19:55
……知らない天井だ。

目を開ければ、綺麗なようでイマイチ手入れの行き届いていない天井が目に映った。

身を起こしてみれば……うっお、身体の節々が痛ぇ!

と、その衝撃で昨夜のことを思い出した。

くっそ、我が妹め……背中を見せる敵にサンダーレイジとはやってくれる……!

次に相まみえたときにはバリアジャケットのスカート部分を千切る、と決意しつつ、前足で顔を掻いた。

……うん、そうなんだ。

今現在のあちし、フェレットモード。

いやースクライアって遺跡発掘とかするじゃん? だから狭い隙間とかを抜けて哨戒とか良くやっていたのよ。

魔法を使えるスクライアの必須技能ですねこれは。

後ろ足で立ち上がってみると……む、身体に包帯が。

誰かに拾われたのは分かったが、手当までしてくれるとは。

良い人に助けてもらったみたいだ。

クッキーの入れ物を使ったベッドから抜け出し、机の上に出る。

そこにあった鏡を覗いてみれば、金の毛並みに紅い瞳をしたフェレットが。

……うん。自分でも分かっているけど、これってフェレットじゃないよね。

屋台のカラーヒヨコっていうか、さ……。

『ご主人様、お目覚めですか?』

『あ、良かった。いたのかLark。はぐれていたらどうしようかと思ってたんだ』

『はい。私がご主人様の側を離れるわけがありません』

嬉しいこといってくれるねぇ。

『状況は?』

『変身魔法を使用したお陰で、敵魔導師はご主人様をロストしたようです。
 あの後地上に降りて、ヒーリングを実行しました』

『その割には怪我が治ってない気がするけど』

『ご主人様は治癒魔法が下手ですから』

……ソウデスネ。

くそう。良いじゃんかよう。そういうのはユーノの担当なんだから。

『んで、どうなってる? なんでも良いから、状況を説明して』

『はい。ご主人様が撃墜されてから、二日が経ちました。その間に、ジュエルシードの反応が一回。
 どうやら誰かが封印を行ったようです』

ふむ、原作に沿うならばなのはかな。

しっかし、二日か。

早く合流して協力してやらないと。

原作の流をねじ曲げるのはアレだが、それはそれ。

スクライアの人間になって結構経つんだ。介入恐れて不義理をするつもりはない。

『さて、助けてくれた人には悪いけど、出ようか』

『人間モードになる場合は注意してください。
 サンダーレイジがバリアジャケットを貫通して、衣服が焦げ付いています』

マジか。どんな威力だったんだよサンダーレイジ。

発射されたらPhase Shiftを使っても避けられないしな、あれ。光速には反応できないわ。

ある意味俺のジョーカーを殺すスペードの3か。……やけに強いスペードの3だな。

取り敢えずLarkを見つけて……と、ガサ入れを決行しようと思い立ち――

「あ、良かったぁ! 元気になったんか?!」

ドアを開いて現れた八神はやてと、対面した。

……あ、あれ?

















リリカル IN WORLD
















鼻歌を口ずさみつつ昼食を作るはやて。

そんな彼女の膝の上で丸まりながら、どうするよ、と自問自答してみる。

首にはLarkがさげられている。今すぐここを出ようと思えば出られるんだけど――

「ん、どうしたん? もうすぐご飯ができるから、待っててなー」

満面のスマイルを受けて、俺は再び丸くなった。

無理。無理やって。

一回外に出ようとしたら、酷く寂しそうな顔されたんだもん。

くそう。人の良心を刺激しおってからに。

取り敢えず行動を起こすのは、はやてが寝てからにした。

……しょうがないじゃんかよう。

『……ご主人様』

『なんでしょう』

『ユーノさんは今頃頑張っているでしょうに』

『お、俺だって頑張ってますよ?! 主に怪我の治療とか!』

しかし、はやての前では治癒魔法を使えないため、自然治癒ですが。

……せっかくだしバラしちゃおっかなー。

どうせヴォルケンリッターの時に魔法のこと知るんだし。

などと考えている内に、ご飯ができた。

ペット――ではない。獣に人間のご飯をあげるのってどうなの? とは思ったものの、美味しかったので忘れることにした。

んで、午後。

どうやら病院には既に行ったらしく、はやては読書をしつつ時間を過ごしていた。

その間、何度も話し掛けられたり。

「お客さん、ご飯は口に合いましたー?」

「怪我の具合はどうでっか?」

「んふー、やっぱり推理小説は苦手や。君はどう?」

「やっぱり動物病院に連れて行った方がええかなぁ」

等々。

それに対する反応としてはジェスチャーを返したのだが、喜んでくれたようで何より。

「……ん、ところで君は名前あるんか? なんて――いえるわけないなぁ」

と、不意にはやてが聞いてきた。

ふむ。

開いてある本を覗き込み、前足で指してみる。

「え?」

「す?」

「て?」

「ぃ?」

「ま?」

そうそう。繋げて繋げて。

「エスティマくんか?」

こくりこくり。

「そっかー。しかしなんや、車の名前みたいやな」

そういい、ころころと笑うはやて。

いや、車の名前ってーのはずばりなんですがね。

「しっかしエスティマくんは本当に賢いなぁ。人の言葉が分かる動物ってのも、初めて見たわー」

そりゃそうでしょうよ。

俺だってそんなのがいたら驚きますもの。

笑みを浮かべているはやて。

しかし、そこで一転し、彼女は急に表情を曇らせる。

「……エスティマくんにはやっぱりご主人様がいるんやろうか。立派な首飾りをしてるし」

……む。

「やっぱり、ご主人様を捜した方がええよね」

それに対し、首を横に振る。

『ご主人様』

『なんでせう』

『……なんでもありません』

なんだろう。

……いや、だって一人は寂しいじゃないか。

俺にはLarkがいたが、ヴォルケンリッターがいない今、はやては独りぼっちなんだ。

同情ぐらい、許して欲しい。

……うーむ。我ながら甘い、か。

スクライアの仕事と天秤にかける時点で間違っている気がするし。

まあ良い、と、再びはやてへと意識を向ける。

彼女は俺の動作に目を見開いていた。

瞳には、涙さえ浮かんでいるように思える。

「……ええの?」

こくり、と、肯定。

まあ、主人を捜す必要はない。

……それだけですよ、それだけ。

などと思っていると――

「ありがとう!」

はやては、飛びつくように俺を手に取ると、そのまま抱き締めた。

薄い胸に押し付けられ、まあこれも役得――

じゃねええええ!!

埴輪原人め死ねぇよろしく、ジーグブリーガーされる我。

ちょ……ひ弱なフェレットにその情熱的な抱擁はキツすぎるっすよ……!




















はやての家にきてから数日が経った。

ジュエルシードの反応があったことはあったのだが、いかんせん昼間なのではやての元から離れるわけにもいかなかった。

うーむ……い、いや、なのはが回収してくれるから良いじゃんか。

あー、でも、巨大ぬこの時はフェイトに奪われたか。

けどしゃーない。

決してサボリではないんです。

はやての膝が居心地良いとか、そういうわけでもないんです。

――なんてことを考えていたら、だ。

『ご主人様。ジュエルシードの反応がありました』

『ようやく、か』

はやてが一般人よりも早めの就寝をしてくれて助かったよ。

夜――ってことは、温泉か。

缶ベッドから起き上がり、つい、とはやての方に視線を送ってみる。

うむ、良く寝ている。

しっかし、ここからの脱出はちょっとしたスニーキングミッション。

彼女を起こさず、かつ、双子の猫姉妹に見付かるわけにもいかないなんてなぁ。

魔法でドアを開き、そのまま玄関へ。

敷地から外に出ると、俺は変身魔法を解除した。

――って、

「……うっわ、服ボロボロじゃん」

怪我は大体治ったが、スクライアの部族服は見事に焼き切れていた。

……ちくせう。

『ワイルドですね』

「優しい意見、どうもありがとう」

明日、玉乗りの土台にしてやるからな。

Larkを起動してバリアジャケットに身を包むと、空へと上がる。

そしてジュエルシードの反応がある方角を目指し、一気に加速した。

目的地が近付くにつれて、魔力光が視認できるようになってくる。

フェイトとアルフ、どっちに割り込むべきか――

ってあ、なのはがぶっ飛ばされた。

ふむん。しょうがない。

「クロスファイア」

『目標設定』

「シュート!」

俺に並列して現れた光球は加速すると、そのままフェイトへと一直線に飛んでいった。

それを眺めつつLarkの穂先をフェイトに向け、更に、

「クロスファイア」

『集束』

「シュート!」

サンライトイエローの光条が、殺到する。

誘導弾は四方からフェイトに襲い掛かり、逃げ道を塞ぐように集束した魔力光が突き刺さった。

爆音。速度を維持して、擦れ違い様にジュエルシードを握り締める。

さすがに不意打ちだったのか、爆煙が晴れた中、呆気に取られた顔でなのはとフェイトは上空にいる俺を見上げていた。

ふむ、AAAクラスが二人――幼い顔からは信じられないな。

ま、俺と同い年っちゃあそうなんだけどさ。

「乱入して悪いな。ジュエルシードは、元々俺たちの物なんだ」

「あ……生き、てた」

と、そんな――呟く声が聞こえ、フェイトの方に視線を落とす。

彼女はどこか安堵したような――しかし、すぐに無表情へと戻り、バルディッシュを構える。

それに倣って、俺もLarkを構える。

「……バルディッシュ」

『Photon Lancer』

バチバチ、と電気の爆ぜる音を立てつつ、フェイトの周囲に金色のフォトンスフィアが浮かび上がる。

かちゃ、とバルディッシュの音を立てて、彼女は真っ直ぐな視線を送ってきた。

「それは、あの子との勝負で勝ったから……だから、私の物」

「さて、ねぇ」

『アクセルフィン』

彼女に対する解答は、アクセルフィンの発動。

まあ、逃げられたくなかったら倒してみろ、だ。

フェイトは眉根を寄せ、俺に人差し指を向ける。

あとは彼女のトリガーが紡がれるだけで――

「あ、あの……待って! 話を聞いて欲しいの!!」

発射される。

さて……射撃戦は不利、かな。

距離を取られれば取られるほど俺が劣勢に追い込まれることになる。

ここはやっぱり、お互いの得意分野で――

「ねえ、お話しよう?! フェイトちゃんも、君も、落ち着いてよ!」

勝負といこうか。

斧の部分に魔力刃を形成。

フェイトはLarkのシルエットを見て、再び目を見開いていた。

何から何までそっくり、ってか。

しかし残念。こっちの方が中身も武装も男チックに改造されているぜ。

「話を――」

「……ああもう、いい加減に――」

なんだかずっと話し掛けてくるなのはに視線を向け、

「――げげぇ?!」

なんて、リアルでいうとは思っていませんでした。

「――聞いてってばぁー!」

後は伝える必要もないだろう。

桜色の魔力光に貫かれ、墜落しました。




















「ご、ごめんなさい!」

「……いや、良いから。君を無視した俺も悪かったから」

ユーノに治療魔法をかけてもらいつつ、頭を下げ続けるなのはを宥め賺す。

どうやら本人、人に対してディバインバスターがどんだけ威力があるのかを知らなかったらしいですよ。

うん、俺学習したよ。

話を聞いて→無視、というコンボをすると、ディバインバスターが飛んでくるんですね。

「……でも、無事で良かったよ」

「お前もねー。しかも協力者まで見つけて」

「あ、うん。この子は、高町なのは。事情を聞いて、僕に協力してくれてるんだ」

「はい、高町なのはです。君は?」

「俺はエスティマ・スクライア。ユーノの兄貴分だよ」

「エスティ?! お兄さんは僕だってば!」

「ふえ? ユーノくんとエスティマちゃん、姉弟なの?」

慌てるフェレットユーノと、首を傾げるなのは。

落ち着きなさい。

なのははまじまじと俺の顔を見ると、傾げた首を更に傾げる。

……なんでしょう。

「あの子……フェイトちゃんとエスティマちゃん、似てるの」

「……んー、偶然じゃない?」

だって兄妹だもの。とはいわなかった。

無駄に混乱させることは口にしなくても良いだろう。

「んー、綺麗な顔に、白い肌。並んだら、きっと双子の姉妹みたいに見えると思うの」

「……え? 姉妹?」

「ああ、なのは……」

ぷくく、と笑いを堪えるユーノ。

嗚呼……嫌なことが思い起こされる。

あっはっは。そうですよねー。

アリシアの失敗クローンだから、女顔なんですよね僕ー。

おかげでミッドの学校じゃあ……。

思わず、ガッ、ガッ、と地面に拳を叩き付ける。

「うわぁ?! エスティマさん、どうしたの?!」

「なんでもない……なんでもないから……」

落ち着け、KOOLだ。KOOLになれ。

それ煙草! COOLだよ!!

ふう、と溜息を吐く。

よし、落ち着いた。

「なのはさん」

「は、はい」

「私は男でございます」

「はい、ごめんなさいなの」

「性別を間違えるのはどうかと思うのです」

「はい、もう間違えないの」

「いや、でもエスティは実際……」

「……クロスファイア」

『頭を冷やしてください』

「シュート」

どごお、とぶっ飛ぶユーノ。

うわぁユーノくん、と慌てるなのはを尻目に、どうすっかなーと夜空を仰ぎ見た。




[3690] 七話
Name: 角煮◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2008/08/21 04:16
ユーノたちと別れると、俺はどこぞのビルの屋上で作業をしていた。

それにしてもねぇ……。

あの後、なのはにユーノは人間ですよ、とチクったら、一瞬であの場の雰囲気が悪くなった。

え、俺悪いことしてないよ?!

むしろ人なのに淫獣として生きてたユーノが悪いよ!

まあ、暗くなるっつーか、恥ずかしくて雰囲気悪くなる、って感じだったからまあ良いか。

……温泉の後だったしなぁ。

その後、適当に事情とかを話して解散。

最後まで俺とフェイトが何かしら関係あるんじゃないのか、って不思議がってたなぁ。

むう、いずれは教えてあげないとだろう。

事件が終わったら+管理局には内緒、って条件でだが。

流石に知り合ってしまえばオワタだしなぁ。ユーノ経由でこれからも何かしら付き合いがあるだろうし。

まあ事件に巻き込まれない距離感を維持しつつなんとかやっていこうか。

などと考えていたら、

『ご主人様。手が止まっています』

と、Larkから苦情が。

「ああ、ごめんごめん」

視線を手元に落とす。

膝の上にはノートパソコン型のストレージデバイス。電源スイッチが置いてある場所には、黄色の宝玉――Larkのコアが鎮座している。

これはメンテナンス用デバイス、『トイボックス』。

俺用にマイナーチェンジしたLark――にしては魔改造が過ぎてるからマイナーチェンジといえないやも――を最高の状態で使うには持ち運びが必須ともいえる代物だ。

小型化、高性能化が叫ばれるのはどの技術でも当たり前の傾向。

それはデバイスにもいえることである。

俺がLarkにやらかした改造は、その流れに逆らったタイプである。

移植したストレージデバイスのコアをパーツと見立ててLark本来の機能を補助。

まあ、これは主にカートリッジ使用で掛かる負荷を回しているだけに近いのだが。

それによって今の時代でもカートリッジが使える。なんとか、といった具合だが。

しかし、大型化なんてすれば熱も溜まるので放熱器の数は一般の二倍。

更に、二つのデバイスを動かしているようなもんだから消費魔力も多いので、それを補うためにCVK792-の弾倉は二つ。

そして負荷の掛かる部分も多いから、こまめなメンテナンスは必須。激戦があった後はオーバーホールも必要。

おそらく真っ当な技術者に見られたら失笑もんの改造だ。

――燃費と維持費は悪いが馬力はすごいぞ! という、エコ精神を真っ向から否定したアホデバイスである。

……マッハキャリバーとかと同じ傾向なのかなこれ。いや、もっとおぞましい何かだ。

まあ良い。

Larkのデフラグを行いつつ、RAMに記録されたフェイトやなのはの魔法を選別。

使えそうなのを残して、惜しいのをトイボックスの記憶域へ。不要なのは躊躇なく削除。

ううむ。ディバインバスターの術式が不鮮明だ。なのはに頼んでレイジングハートの中身を見せてもらおうかな。

射撃ならばともかく俺の砲撃はごくごく一般のレベルだが……まあ、折角原作キャラと知り合ったんだし使ってみたいじゃない?

次にLarkのパーツを喚び出し、拭き掃除、油差し、トイボックスに収めておいた消耗パーツを交換。

魔法でリカバリーするのも手だが、本体に負荷が掛かるので最終手段だ。

カートリッジの残りは、まあ、余裕があるにはあるかな。

事件に巻き込まれるのを想定してたから予備パーツを多めに持ってきているのですよ。

……あー、あんまり長くここに居座りたくないなぁ。管理局経由でパーツを買うと、経費で落とさせてくれないんだよね。

以前発掘現場の護衛を管理局と合同でやった時、そうなったのである。

いやー、なかなか手に入らないパーツを買えたから良いっちゃあ良いんだけどさぁ。

ううむ。アースラがきたらデバイス用メンテナンスベッドを貸してもらおう。

今の整備環境はちょっと悪すぎる。

……うう、懐が寒くなりそうな予感がビンビンですよ。管理局所属じゃないからパーツとか無料でくれないだろうし。

――などとやっている内に朝日が昇り始めた。

「……あー、もう朝?」

『早く戻りませんと、はやてさんがご主人様の不在を悲しみますよ?』

「分かってるってば。あーもう、外に出るのも帰るのも面倒なんだよねー」

あの家監視されてるから、距離を置いてフェレットに戻ってから帰宅しないとだし。

……まあでも、帰るさ。















リリカル IN WORLD














「エスティマくん、湯加減はどうでっかー?」

それに対する返答は、ぐてー、と洗面器の中で伸びることでアピール。

そんな仕草にはやては笑みを浮かべたり。

ああ、違うよ。俺ユーノと違うよ。

ちゃんと、はやては服を着てるよ!

人間形態で汚れたため――Larkの整備の油汚れ、なのはのディバインバスターで池へ墜落――それがフェレット姿にも反映されたのだ。

起きて早々それに気付いたはやては、朝食をとるとすぐに俺をミニマムお風呂へと叩き込みました。

汚いのはあかん、らしい。

まあ、そりゃそうだが。

ボディーソープのついた手で体中撫でられるのは新手のプレイだ。

……俺、もう、はやての前で人間になれないんじゃねーの?

思わず前足で頭を抱えると、はやての頭を撫でられた。

「痒いん? 擦ってあげるー」

ああどうも。

「それにしてもエスティマくん、なんの種類のフェレットなんやろうなー。図書館で図鑑を見ても載ってなかったわ」

そりゃそうっすよ。

「白い蛇とかと一緒で、珍しい代物なんやろか」

……あれと一緒にされるのは遺憾なのですが。

「むむ! だったらエスティマくんを拾ったあたしは幸運ってことや!! エスティマくんは幸運の金色フェレットだったんやね?!」

……突っ込まんぞ。

「むふー、金運とかはいらないから、健康に運を回して欲しいなぁ」

自虐ネタをしたって突っ込まんぞ……!

突っ込まんぞー!!

――と思っていたんだけど、てい、と頭を撫で続けていた指に、思わず突っ込みをしてしまった。

「あはは、エスティマくん、突っ込み遅いでー! それじゃあ芸人として三流や!!」

いいつつ、はやては俺を洗面器から持ち上げた。

そしてタオルでごしごしとお湯を拭ってくれたり。

そして今度はドライヤーを――

ってらめえええええ! ドライヤーはらめえええ!!

強熱風はやめてえええええ!!!























ごめんなー、と謝られたあと、はやては病院へと行った。

流石に動物を持ち込んじゃいけないっていう常識はあったらしい。

んで、お留守番を任された俺なわけだが――

『ご主人様。反応、ありました』

「ん、お疲れ」

顔を上げ、闇の――いや、夜天の書に視線を向ける。

ダミーも何もなし。隠してあるんじゃ、と思ったけど、本棚に飾ってあるのが本物に間違いなし、ね。

……さて、と。

『ご主人様。このデバイスをご存じなのですか? どうやら、封印処理が施されているようですが』

「ん、長老様に聞いたことがあってさ、こういうの」

まあ嘘だが。

ふむ。

今の俺にはこれをどうにかする術がないわけだが。

PT事件が原作通りに終わり、予定通りにヴォルケンズが覚醒して、予定通りにスーパーフルボッコタイムが始まればすべては丸く収まる。

しかし、俺というイレギュラーが入り込んでしまって……原作の通りに進むかどうか。

原作の流れを狂わせたくないのならば、話は簡単だ。

これ以上なのはとフェイトの諍いにしゃしゃり出ず、俺がF計画の落とし子だってことを黙り通し、フェイトの裁判に参加しないでスクライアの集落へと帰れば良い。

しかし――

「……今の俺はスクライアの人間だからなぁ」

いくつかのジュエルシードを道連れにして姿を消したプレシア。

管理局からすれば回収できないんだから諦めよう。なのはたちからすれば関係ない。

しかし、俺からしてみれば、九つのジュエルシードが消えるのはどうにも。

本来ならば売却する代物だぞ、あれは。

賠償請求をしようにもプレシアは消えるのだから無理。管理局に求めるのはお門違い。

ユーノ辺りは甘いから、責任は自分が、とかいって終わらせそうだが……さて。

手元にあるシリアルナンバーⅢはそもそも、フェイトもなのはも封印しない物だから勘定に入らないし。

これ以上フェイトにジュエルシードを渡さないのがベター。

最後の最後でプレシアから全て奪い返すのがベスト。

そこまで考え、ふと、憑依したばかりの時に相対したあ奴を思い出し。

……うっお、背筋がブルってなった!

「……Lark」

『なんでしょうか』

「今の俺でプレシアに勝てると思う?」

『完全な状態で、その上で不意打ち、という前提条件ならば勝率は五分です』

「あれ? そんなに高いの?」

『一割を切ってますが?』

……ああ、そっちの五分っすか。

いやー、それでもまた高い気がするよ。

『ただ』

「ん?」

『リスクを無視すれば、あるいは』

「……はいはい。戦いませんよー」

『分かりました』

くそう。

溜息を吐きつつ、夜天の書に再び目を向ける。

……これ、叩き壊したらどうなるんだろうね。

いや、ロストギアを手荒に扱うな、ってのは日常的にいわれていることなんだけどさ。

俺は夜天の書に尻尾を向けると、マイベッドに潜り込んだ。



















その日の深夜。

八神家を抜けて離れ、変身解除を行ってユーノの元へ。

いや、ディバインバスターの術式をコピーしたいんですよ。

と思って空に上がったのは良いんだけど――

「……君の持っているジュエルシード、渡して」

なんか待ち伏せをされていたらしく、アルフとフェイトが立ち塞がった。

……おいおい。

「……本当にフェイトそっくりなんだね」

どこか呆れたようにそういい、まあいい、とアルフは舌打ちする。

「ほら、アンタ、最低でも一つ持っているんだろ? それをさっさと出しなよ」

剣呑な様子で言葉を向けられ、思わずLarkを構えた。

うわぁ、一対二はアンフェアだろうよ。

『ご主人様。私を入れれば二対二です』

『バルディッシュ含めれば二対三だけどな』

さて、どうするかねぇ。

俺は逃げるつもりまんまんだが、あちらさんは問答無用っぽい。

念話でユーノにSOSを送り、俺はアクセルフィンを発動させた。




[3690] 八話
Name: 角煮◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2008/08/21 04:26


『Photon Lancer Multishot』

金色の光に彩られた槍が四つ、夜空を薙ぐ。

弾速は早いが直射。発光に合わせて俺は微かに身を捩らせ、全てを回避する。

「クロスファイア」

『目標補足』

「シュート!」

トリガーワードと共に放たれた四つのサンライトイエロー。

フェイトは上昇しつつ速度を跳ね上げ、誘導弾から逃げ惑う。

彼女に追い打ちをかけるべくアクセルフィンに魔力を送り――

『ご主人様!』

死角から伸びてきた橙色の鎖を切り払った。

次いで飛んでくるのは拳だ。

雄叫びと共に炸裂するそれを斜めに発生させたシールドで受け流し、擦れ違い様にLarkの石突きを背中へと叩き付けた。

まずい、フェイトは――

『Photon Lancer』

『プロテクション』

頭上から降り注ぐ、三連射。

Larkのお陰でなんとかなっ――

「はああああっ!」

「――ぐうっ!」

――弱ったプロテクションを突き破り、フェイトのサイズスラッシュを辛うじてLarkで受け止める。

鍔迫り合い。

キチキチとお互いのデバイスが鳴き声を上げるのを聞きつつ、俺はLarkに込める力を抜いて、右脚を跳ね上げる。

狙ったのはバルディッシュの石突き。

不意の方向から力を掛けられ、黒の処刑鎌は持ち主の意志に反して振り被られた。

やるなら今――

『フォトンランサー』

至近距離での射撃。俺の場合は炸裂効果付加だ。

「フェイト?!」

爆煙と衝撃に俺とフェイトは弾け飛び、同じ顔を苦痛に歪めつつデバイスを一閃。

煙が晴れ――

「サンダー……」

「クロスファイア」

『集束』

サイズフォームからデバイスフォームに戻したフェイト。

放たれるのは砲撃魔法。対する俺は射撃だが、射程はそれほど空いてない。

俺は魔力刃を発生させたままLarkの穂先をフェイトへと向ける。

問題は威力か。いつもより多めの、六つの魔力弾を一つに集束する。

展開するミッド式の魔法陣が一層光りを濃くすると同時、これまた同時にトリガーが紡がれた。

「――スマッシャー!」

「シュート!」

光の奔流が、衝突する。

何かが焼き焦げる音と共に光が爆ぜ、人気のない街は花火にでも照らされたようだ。

――金色がサンライトイエローを押す。

今のままでは押し切られる。サンダーレイジと違ってバリアジャケットを貫通することはないだろうが、手負いとなるのは間違いない。

――妹に二度も負けられるかよ。

「Lark!」

『カートリッジロード』

二回の炸裂音。

サンライトイエローの灯りはそれでより力強さを増し――

真っ向から、金色の雷を打ち砕いた。

……しかし、手応えなし。

ならば、

「カートリッジロード」

『――Phase Shift』

瞬間、世界が遅くなる。

下にはチェーンバインドを伸ばしてくるアルフ。

そして頭上には、サイズフォームとなったバルディッシュを振りかぶったフェイト。

植物の蔦か何かのように這ってくる橙色の鎖を無視し、上昇。

フェイトの背後へと回り込み、魔力刃を頭上ギリギリのところで止めた。

そして、全てが、正常な動きを取り戻す。

「――え? あっ?!」

「勝負あったね」

摩擦で剥げ落ちたバリアジャケットの破片が舞い散り、バチバチと音が上がる。

音速超過での移動を行ったため、衝撃波が吹き荒れた。

言葉はそれに飲み込まれたが、状況はフェイトに伝わっただろう。

フェイトはバリアジャケットのマントを揺らし、顔を俯かせる。

注意していなければ分からないほど僅かに、彼女は唇を噛む。

バルディッシュをデバイスフォームに戻すと、音を立てて刃を下げた。

残念だったね。

まあ、俺が持っているのは元々勘定に入らないやつだし許して欲しい。

「さ、賭は俺の勝ち。君のジュエルシードをもらおうか」

そう。

この戦いが始まる前、フェイトは賭けだといって勝負を仕掛けてきた。

なのはの時と一緒だ。

しかし残念なことに発展途上な彼女と違って、俺はちゃんとした教育を受けた上に実戦経験がある。

まあ、すぐに追い抜かれるのは分かっているが、今のなのはと俺を一緒にして欲しくはない。

……べ、別にカートリッジとレアスキルに頼って戦ったわけじゃないんだからね!

ほら、一対二だったし!!

……軽くヘコむ。

そんな俺を余所にしてフェイトは、

「……持って、ない」

「……は?」

「今、ジュエルシードは手元にない」

「一つも?」

応えは首肯。

なんてこったい。全部プレシアの元かよ。

フェイトが持ってるんじゃなかったのー?

……ん、いや。そうか。

フェイトが持ち出したのは、全てのジュエルシードを誰かが所持している状態だったからか。

はぁ……これまた面倒な。

っていうか嬢ちゃん。元手がないのにギャンブルはいかんぜよ。

思っくそ溜息を吐いてLarkを肩に掛ける。

どうすっかねー。

カートリッジ三発無駄にしたよ。補給手段がないっつーのに。

ユーノに無理いって貰って作ってもらおうかな。

などと考えていると、

「フェイト!」

と、アルフの声が聞こえた。

見れば、彼女の足元には魔法陣が展開している。

あれは――転送?

俺にかまうこともなく、二人は魔法陣ごと姿を消した。

まったく、忙しいねぇ。

「……ん?」

『ご主人様。ジュエルシードの反応です』

そっか、と呟いて、俺はアクセルフィンへと魔力を送り込む。

まあ、今度のは俺が奪うか。















と、意気込んで現場へ急行してみると――

光のドームが広がっていました。

そして虚空へ向け、青白い光柱が打ち上げられる。

あっちゃー、遅かったかー。

っていうか、この戦いって夜の八時頃じゃなかったっけ?

まあ、俺と戦ったり、プラスアルファで遅れたんだろうが……。

レイハさんの修復手伝ってやった方が良いかなー、などと思いつつ接近。

ビルの合間から覗く広場には、小さめのクレーターを挟んで二人の少女が対峙していた。

デバイスが中破しているから封印はできない、か……。

『俺が封印をするから、離れて』

『エスティ?!』

『エスティマくん?!』

『……っ!』

その場の全員に念話を行い、応えは三者三様。

特に最後のは念話だったのかも怪しいが。

Larkの穂先をジュエルシードへ向け、魔力を送り込む。

りん、と涼しげな音と共にミッド式魔法陣が展開し――

「ちょ、フェイト何やってんの?!」

バルディッシュを格納した彼女は、ジュエルシードに向けて走り出した。

その後は原作の通り。

フェイトがバリアジャケット一つでジュエルシードの封印を行い、沈黙。

……呆れた。まー、俺にやらせたらジュエルシードは手に入らないけどさぁ。

アルフに抱き留められるフェイトを横目で眺めつつ、着地。

レイジングハートに目をやってみると、案の定罅だらけになっていた。

関与しなくても半日で直るが、やっぱなんとかしないとねぇ。

なのはの精神衛生上よろしくないし。

などと思っていると、

「……アルフ、離して」

「……フェイト?」

アルフの手を押しのけて、フェイトが俺の方へと近付いてきた。

「……さっきは、ごめんなさい」

そういい、彼女は手を差し出した。

掌に乗っているのはジュエルシード。

俺は視線をフェイトの顔とジュエルシードを二往復ほどさせる。

「いいの?」

「約束だから」

「フェイト、そんなことしなくたって良い! そんなことしたらまた――」

「良いの」

半ば押し付けるように、フェイトはジュエルシードを俺に握らせた。

それで力尽きたのか。彼女は糸が切れたように姿勢を崩し、アルフが抱き留める。

……居心地悪いぜ。

至近距離でガン睨みしてくるアルフさんが怖いです。

「……いや、俺も後味悪いけどさ、こんなの」

「次はアンタの持っているジュエルシード、全部奪い取ってやるからね……!」

言葉に怒りが混じっている割には、今すぐ奪おうとしない。

……主想いの使い魔だよ、本当。

そうして、アルフはフェイトを抱きかかえて飛び去った。

……本当、後味悪い。

俺はカートリッジの空薬莢を排出すると、Larkをコアの状態に戻して、なのはたちの方へと脚を向ける。

ユーノはともかく、なのはは憔悴しきった感じだ。

そりゃー至近距離であんな爆発受ければ当たり前かもしれないが。

「お疲れ様」

「え、エスティマくん、何があったの?! どうしてフェイトちゃんがジュエルシードを渡してくれたの?!」

「賭の勝負をして俺が勝った。けど、彼女はジュエルシードを持ってなかったから後払い、となった。こんなとこ」

「……あう」

頭を抱えるなのは。

「不公平だよー! 私がいくらいってもお話を聞いてくれなかったのに!!」

「いや、なのはさん? いってることが無茶苦茶ですよ?」



頬を膨らます彼女をどう扱って良いのやら。

ユーノの方を見たら、そっぽを向きやがった。


あの野郎。

うぎぎ……。

「そ、それよりレイジングハートは大丈夫?」

「あ……レイジングハート」

今にも崩壊しそうなレイジングハートを、なのははすぐにスタンバイモードへと戻す。

しかし、コア状態でも罅は消えない。

それを両手で握り締め、彼女は顔を俯けた。

「……エスティ」

「分かってる。分かってるよ、ったくもう」

懇願するような、責めるような声を出すなってば。

「なのは、レイジングハートを貸して」

「え?」

「直してあげる。自己修復じゃあ、システム面は直せないだろうしね」

「あ、うん……レイジングハートを、お願いします」

ぺこりと頭をさげられ、請け負う。

今日は徹夜かねー。

などと思って踵を返そうとすると、

「え、エスティマくん!」

「んー?」

「ありがとう!」

まだ直してもいないっていうのに、満面の笑みで礼をいわれた。

……。

徹夜がなんぼのもんじゃーい!

……あ、いや、決してロリコンじゃないっすよ僕。

幼女の笑顔が可愛いのは万国共通っすよ。

「……エスティ」

「な、なんでせう」

若干驚きながら振り向くと、今度はユーノがふくれっ面になっていた。

ユーノはさっき俺が排出した薬莢を持ち上げ、

「またカートリッジ使って! さっきの封印だって君は砲撃が得意じゃないから、更に使うつもりだったでしょ!! ちゃんと休んでるの?!」

「大丈夫だって。昼間はフェレット状態だから全休みたいなもんだし」

「カートリッジに頼りっきりは駄目だって、君もいってただろ?! なのに――」

そっからガミガミとスーパーお説教タイム。

いや、AAAクラス相手で、しかも使い魔のオプションありですよ? 仕方ないじゃない。

などと反論したら、更にヒートアップした。

若干なのはが引いてるぞ。

「だからいっつもいってるじゃないか! 君はどうしてそう向こう見ずなことばっかりするの?!」

「はいすみませんもうしないよう努力します」

「君の場合はその努力が薄いじゃないか!」

「あ、あの、ユーノくん? エスティマくんも反省しているみたいだし、もう良いと思うの」

「……分かった」

あ、この野郎。

まだ言い足りないのか、ユーノは鼻を鳴らしたり。

あーもう、心配性だなコイツ。

っていうかコイツもコイツで結構なワーカーホリックのくせに。人のこといえるのかよぅ。

現場監督していたときだって、やたらと根を詰めていたし。

しかし、今怒られているのは俺なのであった。

膝を抱えて部屋の片隅で震えるぞこの野郎。

……あれ?

なんかなのはさんがこっちを興味深そうに見ているんですけど。

「なんでしょう」

「……ねえ、エスティマくん。カートリッジってなんなのかな?」

















現在、昨日と同じ屋上でレイジングハートの修理をしております。

あの後カートリッジシステムに興味津々のなのはをユーノと一緒に宥め賺して誤魔化して、解散した。

いやぁ、変に挑発したら事故が前倒しになりそうじゃないか。

カートリッジシステムは少し先までお預けです。

んで、レイハさんですが。

破壊されたのはほとんどがパーツだけで、コアのシステムは破損していなかった。

後一歩でやばかったけどねー。

運が良かったなぁ、なのはもフェイトも。

ああ、ちなみにディバインバスターの術式をコピーして、がっつりヘコんだ。

馬鹿な魔力値のなのはが撃つんだから、そりゃー燃費が良いわけがありませんよ。

俺の場合カートリッジを三発使わないと、なのはレベルの威力が出せないことに気付いて愕然とした。

魔力の集束がそれほど得意じゃないから、ロスする分の魔力を補填しないとならんのですよ。

おいおい。後のなのはさんは、エクセリオンモードでカートリッジ使ってディバインバスター撃つんだぜ?

いやまぁ、カートリッジなしでも俺だって撃つだけなら出来るけどさぁ。

安西先生……大出力砲撃がしたいです……。

ってあ、そっかー。俺も砲撃用のフルドライブモード作ればいいんだー。

『……ご主人様』

「な、なんでしょう」

『不穏な気配がしました』

「気のせいですよ」

『これ以上の魔改造はしないでくださいね』

「はい」

頭が上がらねぇ。

『……カートリッジシステムだけでも、ご主人様の負担になっているのです』

「……ん。分かってるよ」

それだけ応え、作業に戻る。

ふむ。レイジングハートには基本的な術式しか入ってない、か。

よし。クロスファイアをぶち込んでおこう。なのはだったら十個ぐらい魔力弾を出して、それを順次発射ぐらいは出来るだろうし。

威力が欲しい時には集束して射撃を行えば良いしね。

そんな感じで魔法を入力したりして、空が白み始めた頃になって、ようやく作業が終わった。

あとはレイジングハートが交換したパーツに馴染めば終わりだね。

さて、と。

流石にバリアジャケット姿でいるには怪しい時間。俺は高町家の近くまで着くとフェレットに変身した。

ずっと起きていたユーノにレイジングハートを渡すと、今度は八神家へと脚を向ける。

うおー、フェレットだと全然距離が進まねぇ。

疲れない程度に走り続け、さて帰宅――

と思ったら、だ。

行く手を遮るように二つの人影が現れた。

思わずそれを見上げ――

……あ、あれ?

「話がある。着いてこい」

勇者王ヴォイスの青年に拉致られました。
















公園。早朝の散歩を行っている人がちらほらといる場所で、俺は――まあ中身は十中八九猫姉妹のどっちか――青年に連れ出された。

流石に着ている服は管理局の制服ではないし、仮面も着けていない。

しかしそれ故に、露わになっている眼光を直接見てしまい、どうにも居心地が悪くなった。

こちらを値踏みするような、非難するような瞳。

おそらく、イレギュラーな俺のことが心底邪魔なのだろう。

しかし、はて。

俺は何かやっただろうか。

いや、はやてのすぐ近くにいるってだけで計画を狂わせるかもしれないから、予想外の事態を排除すべく動いたのかもしれないけど。

それにしたって遅い。

まさか、ジュエルシードの回収に手を貸してくれるわけがないだろうし。

俺が八神家に居着いてから、それなりに時間が経つのに。

「あなたは、管理局の方ですか?」

「そうだ。君は――」

「申し遅れました。僕はスクライア一族の遺跡発掘・調査隊の護衛を行っている、エスティマ=スクライアと言います。
 ロストギアの輸送中に事故が発生し、この世界に散らばってしまったため、今はその回収を行うために滞在しています。
 管理局の方と連絡が取れて助かりました。
 申し訳ありませんが、ロストギアの捜索に手を貸していただけませんか?」

「……分かった。連絡をしておこう」

「助かりました。では、これで――」

「待て」

なんとか話を切り上げようとしたが、やっぱりそれは無理らしい。

青年――雰囲気が落ち着いているから、アリアの方かな?――は、小さく溜息を吐く。

「君をここへ連れ出したのは、他に理由がある。あの少女――八神はやてのことだ」

だろうなぁ。

「……はやてが、何か?」

すっとぼけつつ、相手の言葉を待つ。

ここで迂闊なことを言ったら、妙なことになりそうだ。

「……あの少女は、ある理由があって時空管理局の下で監視されている。余計な接触は、今後控えてもらいたい」

……ここで食らい付くべきか否か。

いや、食らい付いたらロクなことにならないことは良く分かっているんだが――

「はぁ、なんでまた、そんなことを」

どうにも、ねぇ。

ふと、楽しげに笑うはやての笑顔が脳裏を過ぎった。

自惚れるわけじゃないが、俺がいなくなったら、あの屈託のない笑みが曇るんじゃないだろうか。

……そう、たった一人で、誰かに頼ろうともせず過ごす、前の生活に戻ってしまう。

そんなのは、あまりにも寂しいじゃないか。

「……君には関係のないことだ」

深入りするな、という、分かり易い警告。

確かにそうだ。

夜天の書の騒動は、確かに俺には関係がない。

しかし、だ。

そんな風に割り切れるほど、俺は理不尽に慣れちゃいない。

涙を流さず泣いている子を放っておけるような、出来た人間じゃ、ない。

考えろ。

ずっとはやてと居るというベストが駄目ならば、ベターはなんだ。

ユーノほど巡りの良くない頭をフル回転させ――

「分かりました。すぐに、八神家から出て行きます」

「それで良い」

「……あの」

「なんだ」

「二つ……頼み事を聞いてもらえませんか?」

「何を――」

「その代わり――闇の書のことは、口外しません」

息を呑む気配。

闇の書を知っている、というジョーカーを切り、覚悟を決める。

相手の良心に賭けるしかない綱渡りなんて馬鹿げたことを、俺は始めた。




[3690] 九話
Name: 角煮◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2008/09/03 12:19

目を覚ましたはやてが最初に行ったことは、クッキー缶に寝ているエスティマの顔を見ることだった。

寝ぼけ眼を擦りながら、彼女は車椅子に座ると、机へと近付く。

寝床には、いつものように金色のフェレットが眠っていた。

その様子に微笑みを浮かべ、彼女は小さく頷く。

「さー、今日も一日楽しく過ごそうかー」

言いつつ、彼女は自室を後にして、台所へと向かった。

一人と一匹分の朝食を用意して、彼女はテレビの電源を付ける。

画面に映し出されたニュースは、今日もいつもと代わり映えのしない内容を放送していた。

それをぼーっと眺めながら、彼女は時計を見て首を傾げる。

もうそろっと、エスティマくんも起きるころなんやけどなー。

「なんや、今日は寝ぼすけさんやね」

起こしてあげよう、と車椅子を動かし、ドアから入ってきた影を見て、彼女は頬を綻ばせる。

ああ、やっと起きてきてくれた。

「もー、寝ぼすけさんやで、エスティマくん」

それにぺこりを頭を下げ、フェレットは餌皿に向かっていった。

はやてが、いただきます、と言うと同時に、二人は朝食を食べ始める。

その後、家事を行うはやて。

いつものようにフェレットを膝に乗せて行うのだが――

……今日はエスティマくん、元気ないなぁ。

いつもだったら、はやての鼻歌に合わせて頭を動かすぐらいはするのだが、今日はずっと丸くなったままだ。

どういうことだろうか。

もしや食あたり? やっぱりフェレットに人間の食べ物を与えるのは駄目だったのだろうか。

いや、前にフェレット用の餌をあげたら異様に嫌がっていたし……。

本当、どうしたのだろう。

などと考えていたら、だ。

「……ちょお、エスティマくん?!」

不意にインターフォンが鳴り、それと同時にフェレットは頭を上げて、玄関へと駆け出した。

慌ててその後を追い、はやては首を傾げる。

かりかりと前足でドアを引っ掻き続けるフェレット。外に出たいのだろうか?

今開けますー、とはやては玄関のドアを開き――

「……初めまして」

そこにいた少年の姿を見て、再び首を傾げた。

そして、あ、と目を見開いて、

「外人さん?! わ、わたし英語しゃべれませーん!」

「いや、変なイントネーションで言っても駄目だから。しかも日本語喋ってるよ俺」

突っ込まれた。















リリカル IN WORLD













「……またなー、エスティマくん」

どこか寂しそうに、しかし、それでも笑みを浮かべ、はやては俺たちを見送ってくれる。

頭を下げて八神家を後にすると、そのまま人気のない通りへと向かう。

そうして腕に抱いたフェレットを開放し――

光に包まれ、フェレットは青年の姿となった。

一瞬の内にもう一回変身魔法使ったのかこの使い魔。

流石に高スペックだ。

青年は調子を確かめるように手を開け閉めすると、俺の方を向く。

「……これで良いんだな」

「はい。それともう一つ、俺からの手紙はちゃんと彼女に届けて下さいね。その逆も、お願いします」

「……中身は確認させてもらうからな」

「どうぞご自由に」

言いつつ、俺は苦笑した。

夜天の書の存在を黙っている条件。

それは、こうやって『飼い主の俺』が『エスティマ』を迎えに行く芝居に付き合ってくれること。

そして、はやてと手紙のやりとりを許してもらうこと。これは中身の確認を許す、という条件付き。

この二つだ。

このぐらいしか、あの状況で思い付く手はなかった。

相手の要求を呑みつつ、こちらの要求を突き付ける。

後ろ暗いことをやり、かつ、誰にも知られたくないならば呑むだろうと思ったのだ。

こちらの要求も、はやてに罪悪感を抱いていれば通してくれそうなもの。

はやてとエスティマの繋がりを完全に絶たず、寂しさを少しでも紛らわす手段しか俺には考えつかなかった。

もしかしたら八神家に居座り続ける方法が、あったのかもしれないが――

まあ、しょうがない。俺にはこれが精一杯だ。

「私は約束は果たした。次は君の番だ」

「分かっています。今後はやてに近付かず、闇の書の存在や、それに関する発言をしない」

「ああ。……これを」

言い、青年は手を差し出してくる。

掌に乗っているのは一つの指輪。

銀の、なんの装飾も施されていない、質素な代物だ。

「これは?」

「呪いの付加された指輪だ。約束を破った場合、手が吹き飛ぶと思え」

「……物騒な物を」

慎重というか必死というか。

質量兵器……じゃあないんだろうなぁ。禁止ワードか行動を取った場合、殺傷設定の炸裂効果付加魔法が発動とかかね。

半ば呆れつつ、俺は指輪を右の中指に通す。

若干サイズが大きかったのだが――根本まではめた瞬間、ピッタリフィット。

どうやって外すんだよこれ。

まあ、外せないように出来てるんだろうけどさー。

「……アースラがここへ向かっている。だが、彼らには私のことを伝えるな」

「それもこの指輪の誓約に入っているんですか?」

「勿論だ」

わーい。うっかり口を滑らせたら大変なことになるぞー。

「……ま、長い人生を片手で過ごしたくないんで黙ってますよ」

「そうしておけ。私も、これ以上誰かを苦しめたいとは思っていない」

……どの口が。

思わず嘲笑しそうになるのを必死に堪え、あははー、と笑い声を上げる。

「まあ、なんにせよ助かりました。ミッドの銀行から金も引き出してもらって、しかも換金まで。
 これでしばらく過ごしていけます」

「気にするな。……では」

それだけ言って、青年は解けるように姿を消した。

完全に気配が消えたのを見計らい、俺は思いっきり溜息を吐く。

あー、もう。俺は交渉ごととかには向いてないねーまったく。

佐山の真似事なんて金輪際しないぞ。

いや、佐山なら譲歩せずにより良い状況に持って行くだろうけどさ。

「……さて、これからどうしよう」

取り敢えず街を出歩くか。

服も新調したし、ぶらぶらしても問題ないっしょー。

いやいや、猫姉妹に用意してもらったんですよ。センスも……多分、悪くない。

半袖のカットシャツに黒のネクタイ。青のジーンズにジャケット。

……若干ませた子供みたいな格好だなこれ。

外見も手伝ってマジそんな感じだろう……。

『お似合いですよ』

黙らっしゃい。

まあ良い。

さーて、手始めにコンビニで立ち読みでもしますかー。

と思って出発し、一時間後。

補導されました。




















ふっざけんなファック! 俺はミッドの学校卒業してるっつーの!! 日本の高校も!!

しかしそんな理屈が通じるわけもなく、しかも身分証を持っていない俺は公僕様の前では酷く無力でした。

いや、持っているには持っているけど、ミッドチルダで発行したやつだから無意味なんですよ。

結局、人目を盗んでフェレットモードへ移行。なんとか脱出。

現在、人気のない公園のベンチで黄昏れています。

ユーノがフェレットのまんまで生活していた理由が分かった気がする。

多分あっちの方が過ごし易いよ、畜生。

あー、これからどうしよう。

時刻はお昼のちょっと過ぎ。

どっかの店に入ると、また捕まりそうだしなぁ。

財布を取り出し、中身を見てみる。

五万円弱。アースラが来るまでビジネスホテルにでも泊まろうと思っていたけど、そもそも子供一人じゃ泊めてくれないっつーの。

金はあるが身分はない。

どうしろっちゅーねん。

『泊まるところがなければ野宿ですね』

「ダンボールハウスは嫌だー!」

思わず叫ぶ。

しかし救いの手が差し伸べられるわけもなく、二回ほど舌打ちした。

こうなったらフェレットモードになって動物病院で寝泊まりしてやろうか。

などと、尊厳を捨て去るような思考すら湧いてくる。

『ユーノさんのところに行けば良いではありませんか』

「いや、あの馬鹿はフェレットライフを満喫しているだろうから、邪魔は悪いだろう」

いや、正直なところ邪魔したくてしょうがないんだけど。

むしろご相伴に……いやいやいや。俺に幼女趣味はねーっすよ!

閑話休題。

そういえば、コンビニで立ち読みしていて、いくつか気付いたことがある。

やはりここは俺がもといた世界ではなく、多分平行――いや、並列世界かなんからしい、ということだ。

打ち切りだったはずの漫画が連載していたり、連載されていた漫画が打ち切りだったり、妙な雑誌が置いてあったり。

コンビニの商品に見慣れない物があったり、携帯電話雑誌に見慣れない機種があったり、など。

新聞を見てみたら、年号は平成ではあったのだが。

パラレルワールド、と言いたいところだが、いくつも世界があるってのが前提だからなぁ……。

難しいぜ、と首を傾げつつ、立ち上がる。SFは苦手だ。

時刻は一時半。小学校なら、もうそろそろ一年生が遊び始める時間か。

これなら出歩いても大丈夫でしょう。

「Lark、これから何しようか」

『ジュエルシードを探せば良いではありませんか』

「次のは夕方――夜近くまで活動を始めないよ。多分、だけどね」

『曖昧ですね』

まあ、ねぇ。

……いや、待て待て。昨日はジュエルシードの発動時間が変わっていたのだから、今度も一緒ってわけじゃないっしょ。

などと考えていたら――

『結界の発動を確認しました。同時に、ジュエルシードも』

「げぇ?! マジかよ!」

こんな真っ昼間に空飛ぶわけにもいかないんだぞ?!

徹夜で若干疲れた身体に鞭打って、駆け出す。

くそう、マズイ。なんとかクロノが現れる場面に居合わせないと、厄介だ。

民間協力者としてユーノとなのはが協力するだろうが、そこに『スクライア』として噛まないと、まずい。

あのお人好しだったら事件を収拾してくれる管理局に感謝だけして、ジュエルシードを無条件で渡しそうだ。

せめて俺の持っている分でも売却せねば、長老様に顔向け出来ない。

『ユーノ! 聞こえるか、ユーノ!!』

『あ、うん。どうしたのエスティ』

『ジュエルシードだよ! なのはは学校か?!』

『うん。エスティ、今回のはお願い出来る?』

『お前人に仕事を放り投げるなよこちとら徹夜で疲れてるんだぞ畜生ー!』

一息に念話をぶっ飛ばし、駆ける足に力を込める。

『……頭がぐらぐらする。叫ばないでよ、もう』

『なんでお前様はそんなに落ち着いていますか?!』

『いやだって……信頼してるし?』

『何故疑問系?! そして、この状況で言われても嬉しくない……!』

『素直に喜ぶべきです、ご主人様』

『そうだよねぇ。まぁ、エスティは照れ屋だから』

『ほのぼのしてんなー!』

ぜーはー、と息を吐き、ようやく目的の公園へと到着。

結界が張ってあるために、中で何が起こっているのかは分からない。

さて。

「行くぞ、Lark」

『はい、ご主人様』

『頑張って、エスティ。僕もなのはと合流してすぐ向かうから』

『頼んだ』

そう念話で呟き、胸元のLarkを握り締める。

そして息を整え、

「顕現せよ。
 紅き雲雀の杖。
 構築せよ。
 我が求める装甲を。
 降臨せよ。
 ――我が力!
 Lark、セットアップ!」

頭上に掲げたコアに、紅と銀のパーツが組み合わさってゆく。

斧、矛、ピックを形成。二つの回転式弾倉が現れ、合致する。

それを頭上で振り回し、横一文字に一閃。

真紅のハルバードを構え、斧の部分に魔力刃を形成すると、俺は結界へと叩き付けた。

確かな手応えと共に結界が割れ、その隙間から入り込む。

公園の中央では怪樹と化した木立と戦う、フェイトの姿があった。

俺の方を一瞥し、彼女はすぐに怪樹へと視線を戻す。

今度こそは、と思っているのか。

さて、俺も――

「させないよ!」

『プロテクション』

不意の方向から拳。

咄嗟にLarkの張ってくれたバリアの向こうには、拳を叩き付けてくるアルフの姿が。

……また一対二の状況か。

舌打ちしつつバックステップ。そこから飛行へと繋ぎ、Larkの穂先をアルフへと向ける。

彼女の瞳には怒りがありありと浮かんでいた。

剥き出しにされた犬歯は、俺を噛み殺そうとしているかのよう。

いや、事実、そうしたいのだろう。

なんせ――

「……アンタのせいで――アンタのせいで、フェイトがどんな目に遭ったか――!」

咆吼。

まあ、俺がフェイト本来の取り分を二つ奪っているんだからプレシアの怒りもその分増しているだろう。

分かってはいる。同情だってするし、出来ることなら助けたいとも思っている。

しかし、それとこれとは別だ。俺には俺の事情がある。はいそうですか、とジュエルシードを見逃すつもりはない。

彼女は再び拳を構え、突撃してくる。

怒りを露わにした突撃。俺との距離は刹那の内に埋まり、再び拳がバリアへと突き刺さる。

バリアブレイクを実行しているのか、ミキミキとプロテクションが悲鳴を上げる。

Larkのコアが絶え間なく明滅し、アルフの術式介入を押し留めているのが分かった。

ちら、とフェイトの方に視線をやれば、彼女は魔力刃で襲い掛かる根や枝を切り裂いている。

……まだ回収まで時間があるか。

なら――

「Lark!」

――速攻だ。

『カートリッジロード、プロテクションパワード。続いて――』

Larkが俺の意志を酌む。カートリッジの炸裂音に続き、障壁に魔力が注ぎ込まれる。

アルフはそれに目を見開くが、叩き付けた拳を引く様子はない。

しかし、バリアブレイクの術式介入を行っていたために気付いたのだろう。

咄嗟に彼女は身を引こうとして――

『――バリアバースト』

破裂した魔力の奔流に呑まれ、アルフは地面へと叩き付けられる。

その彼女を視線に収めつつ、斧の魔力刃を維持したままで、もう一つの魔力刃――ピックの部分に、サンライトイエローの鎌を生み出す。

それを振り被り、

「引き裂け……!」

『アークセイバー』

刃を飛ばした。

次いで、クロスファイアを発動。

四つの魔力弾を生み出し、それを集束。

アークセイバーの着弾と同時に、クロスファイアを撃ち込んだ。

倒れ込んだままの状態でアルフは障壁を展開するが、無駄だ。

魔力刃は基本的にバリア貫通能力を付加されている。そうでなければ容易に防御されてしまうのだかから当たり前だが。

アークセイバーが命中し、アルフの障壁に罅が入る。駄目押しで集束したクロスファイアが命中し、障壁を完全粉砕し、貫通する。

爆発と共に煙が舞い上がり、俺は小さく頷いた。

あれで倒したとは思えない。だが、時間稼ぎにはなるはず。

アクセルフィンを発動し、Larkを振り被って怪樹へと向かう。

根が殺到するが、遅い。

防御や射撃、砲撃とフェイトに劣る俺だが――フェイズシフトを使わずとも、速度だけなら、ソニックフォームを使われない限り彼女の上を行っている自信はある。

何度も経験してきたように、擦れ違い様に障害物を切り裂いて肉薄する。

手始めに丸ハゲにしてやるぜ、などと思っていると、真横に影が生まれた。

ちら、と視線を送ってみれば、フェイトも俺と同じようにサイズフォームのバルディッシュを構えて併走している。

……しゃーあんめぇ。

「せいの、でやるぞ」

「……うん」

頷き、フェイトはバルディッシュを一閃。

襲い掛かる根を一掃し、残るは本体のみとなった。

俺は上。フェイトは根本へと向かい、

「……せーのっ!」

「……っ!」

『アックスブレイク』

『Scythe Slash』

サンライトイエローと金色の二閃により、怪樹は三分割にされた。

耳障りな断末魔が轟き、悪足掻きとばかりに怪樹が暴れる。

って、あー! こっちに倒れてくるなー!!

振り切ったLarkを返そうとするが、果たしてあの質量をなんとか出来るか。

そんな不安が頭を過ぎった瞬間、

『エスティマくん!』

『Divine Buster』

桜色の砲撃が怪樹の残骸を貫き、爆砕した。

……その爆風で吹っ飛ばされるわけだが。

ごろごろと地面を転がり、すぐに顔を上げる。

頭上に浮かぶなのはさんは、にっこりと笑顔を浮かべていたり。

……は、ははは。

「危なかったね、エスティマくん」

「あ、うん。助かったよ」

砲撃の腕に自信があったのか、ついうっかり撃っちゃったのか。

怖くて聞けねぇ。

などと思いつつ、立ち上がる。

無惨なほどに粉微塵となった怪樹からは、ジュエルシードが吐き出された。

それを見詰める五つの視線。

いや、四つか。アルフからの突き刺さるような視線が痛い。

アルフが俺を止めようとしているのならば、さて。

『ユーノ、いるか?』

『うん』

『フェイトにバインド。頼めるか?』

『任せて』

ざり、と誰かの足裏が砂を噛んだ。

それを合図とするように、なのはとフェイトがそれぞれのデバイスを構える。

「ジュエルシード、シリアルⅦ」

「……封印」

二つのシーリングモードデバイスがジュエルシードの沈静化を行い、漂っていた濃密な魔力が霧散する。

さて、後は――

「そこまでだ」

と、全員が動き出そうとしたその時。

不意に現れた人物――いや、どう考えても一人しかいないんだけど――の声が、響き渡った。

視線を向ければ、そこには黒ずくめのバリアジャケットを身に纏った少年が一人。

三人目のAAAクラス。AA(仮)の俺じゃあ肩身が狭いぜ。

若干――本当に少しだけ登場が早かったのは、やはり猫姉妹に通報を頼んだからか。

「時空管理局執務官、クロノ=ハラオウンだ。
 事情は聞いている。この場での戦闘は危険だ。双方武器を引いて――」

「フェイト!」

「分かってる」

時空管理局、という単語を聞いた瞬間、二人は動き始めた。

フェイトはジュエルシードへ。アルフは転送魔法陣を展開。

良いコンビネーションだ。

しかし――

時空管理局の執務官を、嘗めてはいけない。

クロノは振り下ろされるバルディッシュをS2Uで受け止めると、回し蹴りでフェイトを蹴り飛ばした。

そして空いている左手でジュエルシードを掴み、S2Uに格納。

フェイトとアルフが悔しげに表情を歪めるも、クロノは眉一つ動かさない。

しかも、その間に彼は更なる魔法を組み立てている。

S2Uをアルフに向け、

『Stinger Ray』

つい、とS2Uの先をフェイトに向け、

『Stinger Ray』

一瞬の内に両者を無力化した。

……冗談じゃねぇ。なんだこれは。管理局の執務官は化け物か。

そんな俺とは違い、きっとなのは単純に混乱して、ユーノは時空管理局の登場に、戸惑っているのだろう。

撃墜されたフェイトもアルフも、なんとか身を起こしてクロノを睨み付ける。

……俺としては、なんとかここで二人をプレシアから解放したいんだがなぁ。

まあ、プレシアの奴隷と管理局の犬、どっちが良い? と言われたら困るが。

「抵抗するなら容赦はしない。大人しくこちらの指示に従ってもらおうか」

恐らく脅しのつもりなのだろうが――クロノの足元に、アイスブルーの魔法陣が展開する。

あれは……。

『Lark?』

『あれは砲撃魔法、ブレイズキャノンです』

『ラーニングは出来る?』

『いえ、術式が偽装されているため、不可能です』

『なんてこったい。……まあ、執務官だしそんぐらいのプロテクトは施してるか』

などと術式をパクろうとしている俺を余所に、空気はピリピリとし始めていた。

アルフも姿を見せているから不意打ちは不可能だろう。

残るはプレシアだが――ファーストコンタクトだ。管理局の監視だって甘くはないはず。

無闇に跳躍砲撃なんぞ撃ったら、出所を探られるんじゃないだろうか。

さて、どう動く?

「……分かった、投降するよ」

アルフは両手を挙げて溜息を吐き、

「……なんて言うと思ったかい?!」

瞬間的にフォトンランサーを発動。狙いも付けず、無差別に掃射した。

俺はアクセルフィンに魔力を送って上昇し、ユーノはなのはを庇ってラウンドシールドを展開。

舌打ち一つし、クロノは迷いなくブレイズキャノンをぶっ放す。

しかし、それも遅い。既に逃げる気満々のアルフはフェイトを抱きかかえると、跳躍。去り際にもう一度フォトンランサーをばら撒いて、姿を消した。

……なんつーか、度胸あるなアルフ。軽くないダメージを負っていただろうに。

やれやれ、と頭を振りつつ、俺は地上へと降りた。

なのはは未だ目を白黒させたままで、ユーノはそんな彼女に声を掛けている。

ふむ、クロノの相手は俺か。

「あの、執務官の方」

「……ん、ああ。君は?」

アルフの去った方を見ていたクロノは、気が付いたように俺へと顔を向ける。

「初めまして。僕はエスティマ=スクライアと言います」

「スクライア……そうか、ジュエルシード――あ、いや、すまない。
 僕は時空管理局執務官、クロノ=ハラオウンだ。今まで何があったのかを確認したい。同行してもらえるか?」

「勿論。ああ、あそこの二人も一緒に連れて行きます。関係者なので」

と、話を振ると、二人は慌てた様子で頭を下げた。

どうしたんだろう。

『ふえー、エスティマくん、なんだか雰囲気が違うの』

『猫被っているだけだよ、なのは』

『……おいお前ら。念話するなら聞こえないように喋れ』

こっちにチャンネル向けるなよ。

『ごめんごめん。……でも、なんで時空管理局が』

『昨日の戦闘で爆発起きただろ? あれ、次元震だったんじゃないかな』

『……うわぁ、そうだよね。うっかりしてた』

猫姉妹に通報を頼んだことをすっとぼけて返答する。

しかし、そのうっかりは命取りじゃないのかユーノ。

『ねえねえ、エスティマくん』

『なんぞ』

『じげんしん、って何?』

『んー、分かり易く言うと、世界規模の地震、ってとこかなぁ。昨日のは震度三ぐらい』

『じゃあ大したことないね』

いや、大したことありますよ。説明のし方ミスった。

などとやっていると、

「……会議は終わったか?」

どこか呆れた様子のクロノが溜息を吐いた。





















場所を移してアースラへ。

なのはは初めて見る時空航行艦に興味津々なご様子で、声を上げながら周囲を見回している。

その横にいるユーノは人間形態で、なのはに色々と説明をしていたり。

んで、クロノの相手は俺。

「……それにしても流石は執務官ですね。技の出が早い」

「あれぐらいなら、訓練次第で誰でも出来る。自慢出来る程じゃないさ」

いや、無理っすから。

あれは努力が大部分を占めるけど、それでも才能がないと不可能な芸当ですから。

「しかし、君だって充分に有名だぞ?」

「……あれ、そうなんですか?」

「ああ。スクライアに若干九歳で、正式ではないがAAクラス相当の――」

あー話題になっていたのかー。

「――可愛い女の子がいるとか」

ピタリ、と脚を止める。

同時に、後ろの二人も止まった。そんな気がした。

……。

…………。

………………。

取り敢えず人差し指をクロノに向ける。

「だ、駄目だよエスティ! 押さえて押さえて!!」

「エスティマくん、駄目ー!」

『ご主人様。相手は執務官です』

「ええい離せ! 粛正だ!! 粛正が必要なのだ、世界には!!!」

しばらくして。

ぜーはーと息を吐きつつ、なのはとユーノに羽交い締めされた俺は止まった。

くそう。なんだこれ。噂とか大嫌い。

ふと、クロノの方を見てみれば、彼はドン引きしていた。

「ど、どうしたんだ」

「ハラオウン執務官」

「な、何かな」

「俺は男です。完膚無きまでに男です。誰がなんと言おうと、男です」

「そ、そうか。それは済まなかった」

分かればよろしい。

「ったくよー、なんなんだよ一体。噂の出所見つけたらディバインバスター撃ち込んでやるからなー」

思わず言葉遣いが荒っぽくなる。

それに対してユーノは苦笑い。なのはは首を傾げている。

「エスティマくん。お仕置きに魔法を使うのは良くないけど――ディバインバスター、そんなに強くないよ?」

「認識の齟齬があるようだね」

「本当にな」

再び首を傾げるなのは。

そんなこんなで、俺たちはアースラの艦長室へと向かっていた。

通された部屋は和風……というか、なんちゃって和風? な部屋。

盆山がところ狭しとならんでいる、なんつーか、形容しがたい何か、だ。

その中央で、正座しながら待っていた緑髪の女性が、ぱっと顔を輝かせる。

「お疲れ様。三人ともどうぞどうぞ、楽にして」

そんな感じに勧められ、正座。

こんなに和風なのに懐かしい感じがしないのはなんでだ。まあ、度を過ぎてSF和風になっているせいだろうけど。

あ、でも羊羹美味い。

そして、そこから事情説明。アースラがここへと辿り着いたのは、次元震と匿名の通報があったから、だとか。

そして、話のきも――俺にとっての、だが――に差し掛かる。

「これより、ロストロギア――ジュエルシードの回収については、時空管理局が全権を持ちます」

「君たちは今回のことは忘れて、それぞれの世界に戻って、元通りに暮らすと良い」

「……え、でもっ!」

「……それなのですが」

話に割り込み、リンディさんとクロノの視線が向けられる。若干クロノに向けられるのが痛い。

気にせず、俺は先を続けた。

「民間協力者として、ジュエルシードの回収を手伝わせて頂けませんでしょうか?
 スクライアとしても、管理局の人だけにお手を煩わせるのも申し訳ないです」

「……そうねぇ」

スクライアの名を出した瞬間、クロノは忌々しそうに、リンディさんは面白げに表情を変えた。

『……ちょっとエスティ』

『何さ』

『失礼だよ。まるで管理局の手腕を疑うような言い方じゃないか、そんなの』

『あのな、ユーノ。どんな形であれ最後までジュエルシードの回収に関わっておかないと、最悪、持ち逃げに近い形でジュエルシードの所有権を持って行かれるぞ。
 お前はそれで良いのか?』

『……そりゃ、僕だってそんなのは嫌だけど』

『だったら話を合わせなさい』

気分を仕切り直し、咳払いを一つ。

「どうでしょうか? 僕もユーノも、戦闘で脚を引っ張ることはないと思います。
 戦闘経験はありますし、誰かの指示下で動くことも初めてではありません。
 悪い話ではないと思いますが」

「それに、僕はジュエルシードについてそれなりの知識を持っています。
 不測の事態が起こっても、アドバイスが出来るでしょう」

「駄目だ! ロストロギアは君たちが思っているほど――」

「クロノ。彼らは私たちと同じか、それ以上にロストロギアの危険性を知っているわよ。
 ……そうね。悪い話では、ないわね」

リンディさんから真っ直ぐに向けられる視線を直視し、思わず頬が引き攣った。

うわぁ……なんつーか、見透かすような視線、ってのはこれのことを言うんだろうなぁ。

たっぷり十秒ほど見詰め合うと、彼女は笑みを浮かべる。

「良いでしょう。エスティマ=スクライアくん、ユーノ=スクライアくん。
 ジュエルシードの回収、手伝ってもらえるかしら?」

「はい。よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

「あ、あの!」

不意に声を上げたなのはに、全員の視線が集中する。

なのはは居心地悪そうに身を捩らせるが、それでも胸の前で両手をきつく握り締める。

「私も、民間協力者としてお手伝いします!」

……おや、早い決断ですね。

一日のインターバルを置くと思っていたけど、そうじゃないのか。

まー、目の前でこんなやりとりをされたら、引くに引けないわな。

「あのな、君! だからロストロギアは――」

「あら、良いじゃない。強力な魔導師は多いに越したことはないわ」

「そんな……提督!」

「そういうわけだから――よろしくね、高町なのはさん」

にっこりと、リンディさんとなのはは微笑み合う。

うわぁ……絶対あの笑みには管理局に引き込みたいとかそういうのが含まれてるよ。





[3690] 十話
Name: 角煮◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2008/09/03 12:20
強化ガラスの向こう――訓練室では、二つの白いバリアジャケットが踊っていた。

接近しては離れ、二つの間を光条が交差し――再び、乱舞を始める。

その光景を見ながら、ほう、とクロノ=ハラオウンは感心したように声を上げた。

「なかなかやるじゃないか、彼」

「ええ。エスティはスクライアの主力ですから」

視線の先で模擬戦を行っているエスティマとなのはを、どこか眩しそうに見ながら、彼は目を弓の形にする。

管理局の協力者としてジュエルシードの回収を始めてから、十日が経った。

アースラの戦力になのは、そして本来ならば有り得ないはずのエスティマが加わり、ジュエルシードの確保は進んでいる。

回収した数はこちらが上。向こうは全部で四つ。残る六つもほとんどが管理局の元に集まるだろう、とユーノは思っている。

……まあ、当たり前だよね。エスティとなのはが協力しているんだし。

なのははすごい、と、彼女とこなした戦闘を思い出す。

理論ばかりで、実技を疎かにしていた自分が少しアドバイスをしただけで、フェイトと互角に戦っている。

まさに、戦う度に強くなる、というヤツだ。

莫大な魔力の保有量も、変換効率も人並み外れている。それに加え、誘導弾や集束系魔法の扱いには天性のものがあるだろう。

もし正規の訓練を受けたらどうなるか――そう考え、怖いような、楽しみなような気分になる。

そして、そんな彼女と相対している彼。

エスティマもエスティマで、空戦魔導師として並外れた素質を持っていた。

「……ん? 誘導弾をばら撒いて――機雷のつもりか?」

「いえ、そんなものじゃありませんよ」

視線の先では、なのはの誘導弾から逃げ惑い、クロスファイアの光弾を生み出しているエスティマの姿があった。

こぼれ落ちるように、次々と生み出される魔力弾。

なのはは、気付いているだろうか。

あの魔力弾が、自分を囲んでいるということを。

機雷、と言ったクロノも気付いているのだろう。あの数の誘導弾を一斉に操るなんてことはAAクラスといえど難しい。

それに特化した者なら可能だろうが、エスティマは――と。

エスティマが動いた。

手元に残った三つの魔力弾を集束し、射撃をなのはへと撃ち込む。

彼女はそれをラウンドシールドで受け――

エスティマの口元が、嫌らしく歪んだ。

「ああ、始まりますね」

「……そういうことか」

なのはを取り囲んでいた魔力弾が、四つで一組となり集束する。

それがまず背後から。レイジングハートがそれを察知してプロテクションを展開するが、足りない。

真横から。右上。左下。時間差で再び真後ろ。それらが少しの間を置いて一斉に突き刺さり、なのはを覆っていた桜色の障壁が弾ける。

「……まあ、基本だな」

「基本ですね」

だが、その基本は、高等戦術の基本だ。

さて、クロノは気付いているだろうか。

今の攻撃――おそらく、なのはだったら、少し練習するだけで使えるようになるということを。

出撃の合間に行われる模擬戦は、全てエスティマがなのはを鍛えるために行っていることだ。

事実、彼はなのはに出来ることしか見せてない。お得意のフェイズシフトも、模擬戦の時は一度も使っていない。

……まあ、それだけは使うまい、という意地のようなものだとユーノは察しているが。

「……負けず嫌いだなぁ」

「何がだ?」

「いえ、独り言です」

苦笑し、視線をなのはたちに戻す。

着弾の煙が晴れたそこには、リングバインドに縛られたなのはの姿があった。

そして、その頭上では、

「あれはなのはの……」

「ディバインバスター、か」

サンライトイエローの光が溢れ、集まり、放たれる。

その下では驚きに目を見開いたなのはが、為す術もなく光に押し潰されようとしていた。

「……なんだ。集束系は苦手、と言っていたのに、結構いけるじゃないか」

「ああ、それですか」

呆れたように溜息を吐くクロノに、そういえば、とユーノは顔を上げる。

「エスティの『苦手』は、得意じゃない、ってだけの意味ですよ」

基本的に平均以上。

そのくせ負けず嫌いなのだ、彼は。





















リリカル IN WORLD



















ひゃっほう、勝った勝った。

『ご主人様。流石にその喜びようは、大人げないと思います』

なんだかセメントなLarkさん。

いやだって仕方ないじゃん。未来のエースオブエースをフルボッコにしてるんですよ自分。

……ちっちぇえなぁ。

なんか未来王の嘲笑が聞こえた気がした。

気にせず、俺のディバインバスターに撃墜されたなのはの元へと降りる。

彼女は咳き込みながらも立ち上がり、俺の顔を見るなり頬を膨らませてきた。

なんぞ。

「もー、エスティマくんずるいよ! ディバインバスターは私の魔法だって、いつも言ってるの!!」

「いやー、ごめんごめん。これ使うと気分が良くなるんだよ」

「それを私に使うー?! なんの嫌がらせなの?!」

「だからごめんって」

いや、威力が三分の一ちょっとしか出てないんだから、デッドコピーっすよ。

シールドの上からでも削るなんて芸当、俺にはカートリッジ使わないと無理っす。

まだ膨れているなのはを宥めすかして、今の戦闘の反省会。

「さて、なのは。今回の戦闘で悪かったと思うところを上げてみて」

「んと……エスティマくんが魔力弾をたくさん出したのに、それを放っておいたせいだと思うの」

「うむ。最低でも、警戒ぐらいはしておいた方が良かったね。ワイドエリアプロテクション、使えるでしょ?
 持ってなかったら術式あげるけど」

「ううん、持ってるよ。ありがとう」

「ん。で、だ。あの場合は真上に逃げる方が良かったかな。空戦は上を取った方が有利だし。
 一斉に襲われても、一方向からの攻撃だったらラウンドシールドで防げる。
 君にとっちゃあ豆鉄砲みたいなもんだしね、アレ。
 ……まあとにかく、誘導弾の制御をしつつ、動きを止めない。基本的なことだから覚えておいてね」

「うん! 次こそは、エスティマくんに勝つんだから!!」

「その意気だ。俺もまだまだ未熟だし、一緒に頑張ろうか」

「あ……うん! 一緒にね!!」

そう言い、輝かんばかりの笑みを浮かべるなのは。

はっはっは。まだ負けませんよ。

……なんて。

基本的にこの実戦形式の訓練は、引き分けが多い。四回に一回ぐらいの割合で俺が勝っているが、最近はその勝率も怪しかったり。

なのはは気付いてないみたいだけど、この子、室内だからって砲撃を遠慮してるんだよね。

いやまあ、カモられないように俺が移動し続けてるってのもあるんだろうけど。

ネタを見破られたら危ないっつーの。ただでさえ俺は紙装甲なんだから。

しっかし、なのはもここ十日で成長したなぁ。

ユーノに座学を教えてもらい、術式の粗が減ったり。

無謀な接近戦を挑まなくなったとか。

相手が距離を詰めてきたら逃げるのを覚えたとか。

フラッシュムーブを緊急回避用の魔法として使い方を固定したりとか。

バインド→砲撃の悪魔コンボを覚えたりとか。

ああ、うん。そうなんだ。使われたことがあるんだ。運良く残っていたクロスファイアでなのはを強襲させたらバインド解けて助かったけど。

それにしてもスポンジが水を吸い込むように、ってのを目にすると自信が揺らぐぜ。

こうなったら早いとこなのはを強くして、面倒事を押し付けよう。

……まあ、負担にならない範囲で。

「さて、シャワー浴びたらご飯にしようか」

「えー。まだ頑張れるよ」

「駄目。休むのも修行の内ですよ。……それとも、接近戦から逃げる練習、始める?」

「休みます休みます!」

ガクブルし始めるなのは。

……変なトラウマでも植え付けちゃったか。

いや、変なことしてないですよ。ただ、逃げ惑うなのはを魔力刃でガリガリ削っただけで。

刷り込みって大事。

訓練室を出ると、ユーノとクロノに鉢合わせした。

お疲れ、と声を掛けられて、片手を上げて応える。

「どうだった、エスティ」

「あのお嬢さんは基本的に上出来ですよ。もし次にフェイトとやり合っても、勝てるんじゃないかな?
 ま、一対一ってのが前提だけど」

基本的にプレシアの虐待があるフェイトは、日が進む毎に体力が落ちる。

そりゃあ、徐々になのはが優勢になって行くでしょうよ。

そこに基礎とはいえ訓練を投下すれば――結果は見なくても分かるぜ。

「しかし、君も君で悪くない動きだったな。
 ……正式に、管理局のランク認定を受けてみないか?」

さりげなーくそんなことを言ってくるクロノ。

ママンから引っこ抜いてこいとでも言われているのかしらん?

「やとめく。スクライアで働くなら、今のままでも充分だしね」

「そうか」

大して落胆した様子もなく引き下がる様子は流石か。

「……しかし、君の身柄は、現在時空管理局が預かっている。
 実力が未知数では、こちらとしても動かし辛いのだが」

……この野郎。諦めてなかったんかい。

「い、いやー、それにしたってランク認定試験を今すぐやるわけにも……」

「僕が見よう。暫定、という扱いになるが、構うまい」

あ、卑怯! 卑怯だぞそれ!!

下手に正式認定されたら、管理局に引っこ抜かれてしまう可能性がっ。

などと焦っていたら、クロノは溜息を吐いた。

「……まあ良い。それより、呼び出しだ。艦長室でリンディ提督が待っている。
 何か話があるらしい」

「俺に?……分かった、すぐに向かう――ってことで、ユーノ、なのはと飯でも食べててくれ」

「あ、うん。分かった」

















場所を移して艦長室。

以前と同じように正座させられ、向かいのリンディさんは呑気に抹茶もどきを飲んでいたり。

いやー、角砂糖はどうなんですかねー、と誰でも思いそうなことを考えてみる。

「あの、提督。お話とはなんでしょうか」

「そんなに固くならなくて良いわよー。あなたは、私の部下ってわけじゃないんだし」

「……はぁ」

なんだろう。この人が有能ってことを考えると、この呑気そうな雰囲気も猫の皮に見えてくるのですが。

はて。

「それにしてもエスティマくんになのはさん……すっごく優秀だわ。
 ね、管理局に入る気はない? 収入は安定してるわよ」

「子供に対する誘い文句じゃないと思うのですが」

「ごめんなさいね。君はどうにもしっかりしているから」

苦笑された。

まあ、中身は二十歳アッパーだしな。

などと思っていたら、不意にリンディさんが表情を引き締めた。

本題か。

「やはりどうしても気になってしまうのだけど……君は、あのフェイトさんとは本当になんの関係もないのかしら?」

「前にも言ったとおり、彼女とはこの世界にきて初めて顔を合わせました。知りませんよ」

そう、前に言われたように、応える。

アースラに乗り込んでから真っ先に聞かれたことがこれだ。

瓜二つの容姿。似た魔力光。

全世界では自分とそっくりな人間が十人はいる――世界が増えたから数も増えたのだ――なんて言われているが、魔力光が近いのはどうにも怪しいだろう。

武装隊の皆さんからは、生き別れの姉妹なんじゃねーの、とか言われたり。

……無論クロスファイアぶっ放しましたが。

まあ、そう思ってしまうほど、俺とフェイトの類似点は多いわけで。

ああ、ちなみに、スクライアに拾われる前のことは何も覚えてない、と答えました。

三歳の頃の記憶なんて、曖昧にもなるだろうよ。

まあ、城みたいな場所にいた、と少しだけ真実を混ぜたけど。

「悪いとは思ったけれど、君の出生に関して少し調べさせてもらったわ」

「あれ、何か分かったんですか?」

「いえ……辺境世界でスクライアに拾われたこと以外は、何も。
 けど、だからこそ聞きたいのよ。テスタロッサ、というファミリーネームに、覚えはない?」

「それ、フェイトの名前ですよね?」

「ええ。けど、そうじゃなくて」

「いや、それ以外だと聞いたことありませんけど」

嘘言ってないよ。プレシアの城にいたとき、テスタロッサなんて単語は耳にしてないよ。

目を逸らして口笛を吹きたい衝動に駆られながらも、必死に我慢する。

「……あのね、エスティマくん。もしかしたら、だけど――」

「はい」

「フェイトさんは、君の妹さんか、お姉さんかもしれないの。何かしら血の繋がりがあるはずなのよ。
 現場にあった血痕を調べて、あなたのものとパターンが酷似しているの」

「……そうなんですか?」

そりゃそーだ。性別が違うだけのクローンなんだから。

なんてことは口に出さず、神妙な顔を作って、首を傾げる。

「ええ。……ねぇ、エスティマくん。君とフェイトさんに血の繋がりがある、と仮定した場合――
 君はあの子を捕まえるようなことが、出来る?」

問われ、ふむ、と内心で頷く。

フェイトを捕まえる、か。

まあ、順当に行けばそうなるわけだが。

「……問題ありません。俺の家族はスクライアの皆です。
 もしあの子を法の下で裁くとしても、自分で選んだことですよ、それは。
 黙って見過ごすほど、俺は間抜けじゃない」

「……そう」

「ええ。だから――もし本当に兄妹なんだとしたら、罪を償って真っ当な人生を歩んで欲しい。
 そうなったら管理局の下で働くことになるでしょうが、仕方ないでしょう。
 とっととジュエルシードを回収して、事件を終わらせる。
 ……俺に出来ることなんてそんなもんです」

そこまで言い切り、一息。

ふとリンディさんの顔を見てみると、彼女はなんとも形容しがたい表情をしていた。

「……変な子ね、君は」

「うわぁ、地味に酷くないですかそれ」

「褒めてるわよ、これでも」

そうなのかなぁ。

なんだか納得いかない気分である。

その時だ。

スピーカーからけたたましい音が鳴り響く。

アラート。

タイミング的には、多分――















ブリッジへ移動してモニターを見ると、そこには案の定、海上でジュエルシードを叩き起こそうとしているフェイトとアルフの姿があった。

荒れ狂う海上で、ランダムに踊り狂う竜巻と稲妻を相手にバルディッシュを振るう彼女。

……もうそろそろだとは思っていたが、今とはね。

「あの、私急いで現場にっ!」

「その必要はないよ。放っておけばあの子は、自滅する。それを待つんだ」

「でも!」

クロノに食ってかかるなのは。

まぁ、クロノは職業軍人として正しいだろうし、なのはも一般人の倫理観から見れば正しいだろう。

リンディさんたちが言葉を交わしているのを傍目に、俺は腕を組みつつ天井を見上げる。

中立な俺としては黙秘を貫きたいわけだが――

『……エスティ』

『なんだよユーノ』

『なんとか、してあげられないかな』

まあ、こうなるんだろうなぁ。

ユーノの方に視線を向けると、アイツはばつが悪そうに――しかし、真摯な顔をしていた。

むむむ。

俺としてはプレシアの魔法が発射されるタイミングで割って入りたいのだが、さて。

そもそも助けるならばもっと前のタイミングでやれば良い、って話だが、そこら辺は俺の事情。

未来を知っているというアドバンテージを失わないためにも、なるべく終盤で決定的な手を打ちたかったのだ。

……そのためにはフェイトに耐えて貰うしかなく、お陰でアルフには恨まれただろうが。

思考を切り替え、小さく頷く。

『ユーノ、お前はどうしたい?』

『どうしたい、って……僕は、なのはの力に――』

『そういうことじゃない。俺に問題を丸投げするなっつーの。
ほら、プランを言ってみろ。それに乗ってやるから』

『……ありがとう!』

満面の笑みを浮かべ、ユーノは転送ポートとなのはを交互に見る。

そして小さく頷き、

『なのはを転送ポートで、エスティを僕が地上に転送する。
 二人が封印体勢に入るまでの時間稼ぎを頼めるかな?』

『オッケー。で、なのはと到着のタイムラグはどうするつもりだよ』

『エスティの速度なら間に合うでしょ?』

……信頼されているのか、コキ使われているのか。

やれやれ、と首を振りつつ、俺は首元に下がっているLarkを握り締めた。

『Lark』

『はい、ご主人様』

『ユーノが俺を地上に転送する。到着と同時にセットアップ。
 次いでフルドライブでジュエルシードを鎮圧する』

『お言葉ですが、ご主人様。フルドライブモードは――』

『分かってるって。開放は五秒。リミット過ぎたらモードリリースを頼むぜ』

『……了解しました。全力を尽くします』

『ああ』

Larkの了承を得て、ユーノへと準備完了の念話を飛ばす。

それと同時になのはが駆け出し――

「ごめんなさい! 高町なのは、指示を無視して勝手な行動をとります!」

「あ、こら! 君たち!!」

クロノの怒号を無視し、ユーノがミッド式の魔法陣を展開する。

転送ポートの助けを借りてなのはは一瞬で。

そして、次に俺の足元に魔法陣が現れるが――

「止めるんだ!」

呆然としていたブリッジクルーは、クロノの一喝で動き出す。

それを横目に、俺は念話を飛ばしたり。

『エイミィさんエイミィさん。この戦い、跳躍砲撃が飛んでくるかもしれないので、監視を厳重にお願いします。
 あと、アースラも防御しておいた方が良いかも』

「オッケー任せて!……って、あれ?」

元気にサムズアップするも、彼女は首を傾げる。

そりゃそうだろうよ。まあ、注意しておいても、それが果たされる確率は酷く低いわけですが。

根拠もないアドバイスに神経回すほど組織人はお人好しじゃないだろうよ。

そうしている間にも武装隊員がセットアップを完了させ、距離を詰め――

なのはに続き、俺の身体はアースラから海の上へと飛ばされた。

――閃光に次いで現れたのは、雲の切れ目から見える一面の青だ。

眼下には桜色の魔力光が尾を引いて降りていく光景。

さて、俺も急ぐとするかね。

「Lark、装甲服と武器を」

『スタンバイレディ』

詠唱を短縮し、そのお陰で通常よりも多めの魔力を消費し、バリアジャケットが展開される。

そして頭を下に向け、アクセルフィンを展開。全力で蒼穹からのダイブを敢行し――

『クリムゾンギア、ドライブイグニッション』

降下の途中で、Larkはフルドライブモードへの変形を開始する。

上下のカートリッジが二回炸裂。計四発のチャージを行い、Larkが変形を開始する。

頂点にある矛が消失し、バルディッシュのシーリングモードと同じように斧の部分が百八十度スライドする。

そしてピックの部分が上に向けて倒れ、斧のスリットに填り込みロックされた。

柄の部分はスライドし、カバーが跳ね上がってサブの放熱器が起動。キィィィ……という甲高い音と共に、排熱を開始。

バルディッシュだったらそこから金色の羽が展開されるが、Larkは違う。

例えるならば――不可視の二枚翼か。排出される熱によって大気が歪み、陽炎によってそのようにも取れるだろう。

最後にどこぞから出てきた砲身と矛が一体化したパーツが展開した斧の部分に合致し、銃槍――ガン・ランスとでも言うべき形態が完成。

これでLarkの変形が終了する。

「行くぞ]

『リミットを五秒に設定』

Larkの返事と共に、バチバチとバリアジャケットが悲鳴を上げ、発光し、

『――Zero Shift』

稀少技能が、完全開放される。

視界の全てが遅い。

雲の流れも、潮の流れも、耳に届く雷鳴さえも。

そんな中で動けるのは俺と――

『四秒』

――Larkだけだ。

Zero shiftとPhase Shiftの最大の違いはこれだ。

俺の知覚速度や移動速度を底上げするこの技能。しかし、単体で使うには問題がいくつかある。

その一つが、フェイズシフト中の魔法の行使。フェイズシフトは加速という絶大な力を与えてくれるが、それは、俺のみに与えるだけだ。

その対象にLarkは入っておらず、そのお陰で加速中の俺に出来ることと言えば魔力刃の維持程度。

単純な話、大半のタスクをバリアジャケットの維持と戦闘機動の制御に回しているため、余裕がないのだ。

『三秒』

しかし、その加速対象にLarkを入れればどうなるか。

その答えは簡単だ。

『二秒』

「疾く、彼方を貫け」

下降を行いながら魔法の行使。

そう、加速中にも魔法が使える、というチートが始まる。

構築するのは砲撃魔法。

威力は俺が使うディバインバスターよりも弱く、ゼロシフトなしならば速度だってそれほどじゃない。

ただ射程と連射速度だけが売りの、弱小魔砲。

だが――

『一秒』

「ラピッドファイア」

バレルが展開し、サンライトイエローの光が満ちる。

この加速された状態で魔法を発射した場合、どうなるか。

それは、客観視点からならば、初速は軽く音速を突破する魔弾と化す。

そして狂気的な速度を得た砲撃が、弱いわけがない。

Larkが火を噴き、不可視の翼が大きく羽ばたく。

術の名に恥じないよう、一瞬の内に瞬くマズルフラッシュ。計十発の光条が吐き出され――

『リミット。フルドライブモード、解除します』

視界が通常の速度を取り戻すと同時、サンライトイエローの流星群は竜巻を撃ち貫き、吹き飛ばした。

『うわぁ! 一体なんなの!?』

「……俺からのプレゼント。ほら、早く封印体勢に入りな」

『あ、うん。ありがとう、エスティマくん!』

元気良く返事をするなのはに苦笑しつつ、思わず胸元を押さえる。

万力にでも締め付けられるように、きりきりと痛む。

重い息を吐くも、気が紛れるわけがない。

気を張り詰めていなければバリアジャケットだって解除されそうだ。

……んー、まあ、これがゼロシフトの反動。

いくら加速というレアスキルを持って生まれた身体だとしても、急速な――それこそ通常では有り得ない速度で――リンカーコアからの魔力の喪失は、流石に堪える。

未成熟な身体には些かキツイぜ。

稀少技能を使うことになれたら平気なのかもしれないが、今の俺は戦闘要員としてはまだ一年も経っていない新米。

こんな風に身体を虐めることに、慣れているわけがないわけで。

リンカーコアが正常に動き始めるまで、飛行とバリアジャケットの装備以外の魔法は使えないようなもの。

それ以外を行おうとすれば、酷い精度に涙が出てくる羽目になるのである。

「……こんな技能使っていたら、なのはよりも早く駄目になりそうだ」

『冗談でもそんなことを言わないでください、ご主人様』

「悪い悪い。……さあて、と」

視線を下に戻せば、そこには俺が撃ち漏らした竜巻を縛っているユーノとアルフの姿があった。

そして、そこに撃ち込まれる二つの砲撃魔法。

その魔力の渦巻く中心部へと、文句を上げる身体を押して進む。

額に浮かぶ汗を手の甲で拭い、なんとか到着。

うあー、キツイぜ。使うんじゃなかったなぁ、ゼロシフト。

なのはがフェイトと対面しているのを尻目に、俺は宙に浮かんでいるジュエルシードへ。

最後の六つ。その内三つは俺が砲撃で吹っ飛ばしたため、なのはの元にはなかった。

これを確保し、この場でフェイトを捕まえれば事件は収拾するだろう。

クロノがいれば、弱体化しているプレシアならなんとか出来るだろうしね。

後はプレシアがフェイトの正体を暴露する場所に居合わせなければそれで良い。

まー、知らないことが幸せってこともあるだろうよ。

などと考えつつLarkをジュエルシードに寄せると、

「待ちな」

背後からハスキーボイスが届き、振り向いた。

そこにいたのはアルフ。彼女はこの間とは違う、怪訝な――それでも怒りは含まれているが――表情を向けてくる。

むう。まずいな。

『ユーノ、ユーノ』

『何?』

『この目の前にいる人をなんとかしてくれない? ゼロシフト使ったから、攻撃されたら抵抗できない』

『なんで使ってるのさ! また君は向こう見ずなことをして!』

『ああもう、ごめんごめん。お説教は後で聞くから、なんとかしてー』

『……仕方がないなぁ』

言いつつ、ユーノは音を立てずにアルフの背後へと降りてきた。

アルフが何かしようものなら、バインドで拘束するつもりか。

なんとかなるかも、と溜息を吐き、俺はアルフと目を合わせる。

「ええっと……なんでしょうか」

「鬼婆からアンタのことを聞いたよ。……一体、なんのつもりだい」

げー、マジかよ。てっきり忘れていると思っていたのに。

まあ良い。ここはしらばっくれよう。下手に口を滑らせたらマズイかもしれない。アルフがどこまで俺のことを知っているのか分からないのだし。

「なんのつもり? 俺は、スクライアの者です。そして、ジュエルシードはスクライアの所有物。
 ……強奪されたロストロギアを回収して、何か問題でも?」

「そういうことじゃない! アンタ――フェイトの兄貴なんだろ?!
 それなのに、どうしてあの子に敵対するのさ!
 鬼婆はあんななんだ……せめて、アンタぐらいはあの子に優しくしてあげたって、良いじゃないか!」

「兄貴って……エスティ?」

ぎゃー! しらばっくれたのが裏目に出たー!!

ユーノから向けられる視線が痛い。んでもっていつの間にか現れてたクロノからの視線が怖い!

……くそう。こうなれば白を切り通してやる。

驚いた、といった表情をなんとか作ってみる。

「……俺とあの子が、兄妹?」

「そうだよ! あの鬼婆は忘れていたとか……いや、あんなのはどうでも良い!」

いや、あんなのは酷くないですかね。

まあ仕方ないんだけど。

一人ヒートアップするアルフに申し訳ないと思いつつも、どうやって言い逃れようかと頭を回す。

「とにかく、アンタ、フェイトに謝りな。
 それで、近くにいてやってよ。……頼むから」

……むぅ。

『ご主人様。いい加減、その下手な演技は止めた方がよろしいかと』

『何を言ってるんですかLarkさん』

『これ以上は、流石に人としてどうかと』

ですよねー。

けど、もう少し待って欲しい。プレシアの魔法をなんとか防ぎ切ったら、償いってわけじゃないが、フェイトのことはなんとかする。

だから、それまでは――

『うわ、本当に来た! 次元干渉――みんな、魔力攻撃来ます。防御態勢に入って!』

不意に、悲鳴じみたエイミィの通信が入る。

ああくそ、こんなタイミングで!

「Lark!」

『ジュエルシード、格納』

すぐ近くにあったジュエルシード、三つ全てを格納して、顔を上げる。

その瞬間なのはから、『駄目だよエスティマくん、三人できっちり三等分ー!』と怒声が聞こえてきたが無視。

空は相変わらずの曇天。しかし、雲の切れ目からは紫の雷が垣間見える。

ようやく痛みと痺れが引いた身体に鞭打って、ラウンドシールドを展開。

これで――

「って、馬鹿……!」

『カートリッジロード』

アースラ組は全員が防御態勢に入っている。アルフも何かが起こると察したのか、ミッド式の魔法陣を展開している。それは良い。

だが、フェイトは――彼女は、呆然と天を見上げるだけで、指一つ動かそうとしていない。

『――Phase Shift』

考えるよりも先に身体が動いてしまった。

開始された加速と、ぶり返してきた胸の痛みに顔を歪めつつ、俺はフェイトの元へと突撃する。

そして彼女の目の前で静止すると同時、稀少技能をキャンセル。

ワイドエリアプロテクションを起動。更にカートリッジを四連発。

急激に失われた魔力を無理矢理に補填した結果、視界がブラックアウトし――

「……こなくそぉ!」

ただ障壁を維持することに、全神経を傾けた。

雷鳴とプロテクションがひび割れる音。歯を噛み締め、更にリロード二発。

『……!……!!』

――ああ、Larkが何かを言っている。

しかし、今にも焼け付きそうな頭では、彼女の声を知覚することだって出来やしない。

……もう駄目かも、と意識が遠のく。

だがそれでも、こんなところで諦めてやるものか。

……そうとも。

結局、はやてを救ってやることは出来なかった。手遅れってわけじゃない。だが、最善を尽くしたかと問われれば否と答えるしかない。

後手というよりは、自分の浅はかさのせいでチャンスを駄目にした。

元より自分の頭が良いなんて思っちゃいないが、それでも何か出来たはずだったのだ。

それなのに、俺は――

左手を伸ばす。

Larkを握り締めようとして滑り、しかし、諦めずに掴み取る。

奥歯を噛み締めて、磨り消えそうな神経で魔力を制御。

……はやてを救うことが出来なかったのならば、せめて。

せめて、フェイトぐらいは――この子だけは、少しでも辛い思いをしないで欲しい。

だから――だから、この一撃だけは、絶対に防いでみせる。

……絶対にだ!

『了解です、ご主人様』

酷くクリアに、Larkの声が脳裏に響いた。

力が湧く。俺一人でこの魔法に抵抗出来なかったとしても、Larkとならば――

『私はご主人様の剣であり盾』

『武器とは、振るう主人を支える者』

『あなたが望むのならば、私は助力を惜しみません』

『勝ちましょうご主人様』

念話で、そんな言葉が一気に届く。

そうだ。負けない。これ以上、手の届く場所で、一人でいる子を放ってなどおけるか。

手が届かないなど、一度だけで充分だ!

感覚の鈍い腕でLarkを一閃し、それでプレシアの雷撃を弾き飛ばす。

それで終わりだ。

追撃が振ってくる様子はなく、荒い息を吐きながら、俺はLarkへと視線を落とした。

「ありがとな」

『いえ。当然のことをしたまでです』

当たり前のように言うLarkに苦笑し、俺は力のこもっていた肩を下げる。

まだ視界がぼやけているが、これでなんとか騒動は――

「ああああああ!」

「アルフ……!」

背後から息を呑みつつ放たれた声――フェイトの悲鳴につられ、頭を動かす。

そこには、クロノを弾き飛ばしているアルフの姿があり、

「……っ、バインド!?」

瞬時に、俺の身体は橙色のリングで締め付けられた。

フープバインド。まずい。バインドを解除する余力なんて、今の俺にはないぞ。

などと思っている内にアルフが接近。そして俺の襟首をフェイトが掴み――

「ちょ、何やってんのフェイト!?」

「ごめん。でも、一緒に来て欲しいから」

「げぇー!? 離せ離せ! 俺はそっちに行くつもりなんて微塵も……アーッ!」

「エスティ!」

今度は翠のチェーンバインドが足に絡みつく。

マジ身体が千切れそうなんですけど!

などと思っていたら、フェイトがバルディッシュでそれを切断。

抵抗虚しく、俺はアルフとフェイトに拉致された。

……結局俺の企みはご破算ですか。

くそが。




[3690] 十一話
Name: 角煮◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2008/09/03 20:26

僕のせいだ。

アースラへと戻ったユーノの脳裏は、その言葉で埋め尽くされていた。

エスティマが転移する直前、自分がやったことと言えばチェーンバインドを飛ばしたことのみ。

それ以外は、ただ彼の行動を見ていることしかできなかった。

……金髪の少女――フェイト=テスタロッサと血の繋がりがある、と聞き、どこかで気後れした。

言っていることが嘘か本当かなんて知らない。否――彼女とエスティマはあまりにも似ている。似すぎている。十中八九、本当なのかもしれない。

だからこそ、ユーノはあの場で硬直し、ただ見ていることしか出来なかった。

エスティマがフェイトをシールドで守っている時に手を貸せば、みすみすバインドに捕らわれるほど彼が消耗することもなかったかもしれない。

それより先に、彼の頼みである使い魔の捕縛を実行していれば、そもそもこんなことにはならなかった。

……だというのに、僕は。

妙な気後れ――自分でも形容出来ない、気持ちの悪いものが騒いで、たったそれだけの理由で、自分は。

こんな辺境世界まで自分に着いてきてくれた幼馴染みを、敵に奪われてしまった。

本当にどうしようもなく愚かで、度し難い。

自分を信頼して作戦――そんな単語で表現出来ないほど稚拙だったが――を請け負ってくれたというのに、その責任も果たせず、自分だけはアースラへと戻ってきている。

出来ることなら、今すぐにでも敵の拠点に乗り込んでエスティマを救い出したい。

だが、しかし、自分は非力な結界魔導師だ。乗り込むだけなら出来るだろうが、エスティマを助け出すことは不可能だろう。

そんな自分に腹が立つ。

手を握り締め、唇を噛み締め、それでいくら皮膚が破れようとも満足など出来ない。

自分の無力がこんなにも歯がゆいだなんて、初めてだ――!

「……ユーノくん」

名を呼ばれ、ユーノはいつの間にか俯いていた顔を上げる。

声を掛けてきた彼女――なのはは、固く握りしめられたユーノの手を包み、薄く微笑んだ。

「大丈夫だよ。エスティマくん、強いもん。私たちが助けに行くまで、絶対元気でいるってば」

「……そう、だね」

そんなわけがない、とユーノは喚き散らしたかった。

しかし、辛うじて残った理性で、それをぐっと堪える。

海上での戦闘中、エスティマはゼロシフトを使用した、と言っていた。

あれがどれだけ彼の身体に負担を強いるのか、彼女は知らない。だからこそ、そんな笑顔が浮かべられるのだ。

リンカーコアに負荷を強いて、常軌を逸した速度で魔法を連発する反則技。

しかし、それは確実にエスティマの身体を蝕む両刃の剣。背水の陣。

……少し考えれば、エスティマがゼロシフトを使用することは分かっただろう。

なのはやフェイトほど砲撃魔法が得意でない、速度という分野以外は平均を少し上回る程度の彼が、ジュエルシードの暴走を押さえる手段など、ユーノは片手で数える程度しか知らない。

だというのに、自分は遠回しで彼にそれを強要した。

戦うことしか出来ない、と冗談めかして言う彼は、ユーノを参謀役として、学校を卒業してからの一年間、信頼してくれていたというのに。

そんな罪の意識があるからこそ、ユーノはこの場で怒鳴り散らさずに済んだ。

そうだね、と小さく応えて、ユーノとなのははブリッジへと辿り着く。

ブリッジでは、戦闘の事後処理で緊迫した雰囲気が漂っていた。

どうやら敵方のおおまかな転移先を掴んだようで、武装局員を送り込むための詳細設定に忙しいようだ。

そして、その慌ただしい状況で、ユーノとなのはの前に立つ人影が二つ。

アースラの艦長であるリンディと、クロノだ。

クロノは顔にありありと怒りを浮かべ、腕組みをしながらこちらを見据えている。

そちらは良い。だが、もう一方――

リンディは、怒りを瞳に宿したまま、無表情に二人を見下ろしていた。

正直、直視したくない。

なのはも同じ感想を抱いているのか、デバイスフォームのレイジングハートを抱き締めて、後退った。

「……高町なのはさん。ユーノ=スクライアくん」

「は、はい」

「命令無視。独断専行。それがどんな結果を招いてしまったのか――分かっているわね」

「君たちは民間協力者として管理局に従う時、約束したはずだ。決してこちらの指示を蔑ろにしないと」

「……はい」

目を逸らしたい心地となりながらも、ユーノはクロノとリンディを視界の中心に据える。

「処罰を――と言いたいところだけど、今はエスティマくんの救出とプレシア=テスタロッサの拠点を割り出すために忙しいわ。
 二人とも、部屋に戻って休んでなさい。あなたたちへの対応は、追って伝えます」

「……あ、あの!」

「なんだ」

なのはの上げた声に、まだ何かあるのか、とクロノが聞き返す。

それに気圧されながらも、彼女は小さく頷くと、胸を張って声を出した。

「エスティマくんを、助けないと」

「心配はいらない。彼の身柄は、僕たち管理局が絶対に保護する」

絶対、と言い切る辺りは、こちらへの気遣いだろうか。

だが――

聞き逃せない一言に、ユーノは目を見開いた。

「……僕、たち?」

「ええ。これ以上民間人を危険な目に遭わせるわけにはいかないわ」

「……現場を混乱させるような者を、戦力として扱うわけにはいかない」

リンディに続いてクロノが言葉を続ける。

ユーノは、知らないうちに身体が震え始めたことに気付くも、その先を求めてしまう。

「……つ、つまり?」

「君たちはただの民間人だ。もう、協力は必要ない」




















リリカル IN WORLD


















『助けて――』

『誰か、助けて――』

『どうか、私たちを助けてください――』

『そこにいる貴方。どうか――』





ふと、目が覚める。

ここはどこだろうか。

誰かに呼ばれたような気がしたが、周囲に人影はない。

取り敢えず、周りを見回してみる。

いやに薄暗く、んでもって足元には円状にライトアップされた床がある。

なんか手首が痛いなー、と思って視線を上げてみれば、十字架貼り付けよろしく、俺の両腕はチェーンバインドに引っ張られ、空中に固定されていた。

なんぞ……って、ああ、そうか。

俺、アルフとフェイトに拉致されたのか。

バインドブレイク――と意識を這わせた瞬間、胸に鋭い痛みが走ったため中断。

そして、今になって体中が微かに痙攣している感覚に気付く。

……これはマズイ。この症状には覚えがあるぞ。

リンカーコアが枯渇した魔力を補充するため、絶賛全力稼働中。外に魔力を出そうとした瞬間、身体が拒否反応を起こすのだ。

……そりゃそうだ。よくよく考えてみれば、ゼロシフトにラピッドファイア。おまけに天元突破のワイドエリアプロテクションまで使ったのだから。

いくらカートリッジを使用したと言っても、限界以上の魔力を使用したことに代わりはない。

体中が悲鳴を上げている。

もし地面に下ろされても、歩けないんじゃないだろうかー。

むむ。取り敢えず状況把握だ。

魔力充填中のリンカーコアに少し無理を言って、念話を飛ばしてみる。

『Lark。どこにいる?』

『後ろです、ご主人様』

「あら、そうなんだ」

念話使う必要なかったじゃん。

「ええと、Lark。あれからどうなったのかな。転送されてから意識がなかったっぽいんだけど」

『はい。あの後、ご主人様はこちらに運び込まれました。
 あれから既に二時間が経過しております。今のところ、管理局がここに辿り着いた様子はありません』

「そっか。……他には?」

『はい。……申し訳ないのですが』

む。なんだろう。クールビューティーなLarkが声を沈めたぞ。

『ジュエルシードを、明け渡してしまいました。
 それと、カートリッジも全て奪われています』

「……ジュエルシードは当然として、カートリッジもかよ。
 なんであんなもんまで盗んだんだ。
 Lark、プレシアはなんかそれっぽいこと言ってた?」

『……面白い物を見つけた、と。そう言っていました』

「……嫌な予感しかしねー」

本当にな。

カートリッジ使って転移したばっかの局員を殲滅するとか。

カートリッジ使ってアースラを強襲するとか。

プレシアほどの魔導師ならば、炸裂機構なしでもカートリッジが使えるんじゃないだろうか。

……まあ、更に悪趣味な可能性がもう一つあるわけだが。

なんせこちとらにはLarkっていうサンプルがあったわけで。

やばいんじゃない? と、焦燥じみた考えが脳裏に浮かんでは消えてゆく。

何か手はないかなぁ、などと考えつつ、ふと手元を見て違和感を覚えた。

あれれ?

「Lark。なんか指輪がなくなってるっぽいんだけど」

あの忌々しい猫姉妹にもらったやつ。

『はい。どうやら発信器か何かだと思われたらしく、プレシアが外していました』

「流石技術者。……ま、まあ、ある意味では発信器だったからねアレ」

予想の斜め上を行く朗報。

しかし、ここから脱出しなければそのグッドニュースも意味を成さないわけで。

本当、どうしよっかなー。

などと悩んでいると、不意に扉が開かれた。

逆光に目を細めつつシルエットを確認する。

ツインテと犬耳尻尾。言うまでもなくフェイトとアルフか。

二人はどこか申し訳なさそうな表情をしながら近付いてくると、俺の眼前で脚を止めた。

ちなみに俺、脚が微妙に届かない程度の高さで縛られてます。なんという窮屈。精神的に苦痛だぞこれ。

「……やあどうもお二人さん。素敵なお城に招待してくれて、ありがとう」

「……ごめんなさい」

「悪かったよ」

と、言いながら二人は目を伏せる。

どういうこっちゃねん。

なんとも不思議な感じだったので、アルフに念話を送ってみる。

『アルフさん。なんで俺はここに連れてこられたんでしょうか』

『あの鬼婆が会いたいって言ってたんだよ。
 あたしはどうせこんなことになるんじゃないか、って思っていたんだけど、フェイトがさ……』

『だろうなぁ……』

たまには厳しく意見するもの忠犬の役目だと思うよ俺。

なんとも従順なアルフに溜息吐きたい気分になりつつも、我慢する。

なんとかコミュニケーションを取って、バインドを解除してもらわないと。

「……俺と君、兄妹なんだってな」

「うん。……その、本当にごめんなさい、エスティマさん。
 母さんも、誤解が解けたら解放するって言ってるから、それまで我慢して」

「……誤解?」

「……母さんがエスティマさんを捨てたのには、何か理由があるらしいの。
 それを分かって貰うまでは、って。……ごめんなさい」

……あの鬼婆。またフェイトのこと騙してるんかい。

六年前のファランクスシフトぶっ放された怒りが再燃しそうだ。

しかし、堪えろ。まだ堪えろ。

二人がいなくなったら、いくらでも喚ける。

「そっか……俺を捨てた理由って、なんなんだろうね」

「きっと、どうしょうもない理由があったんだと思う。
 母さんは優しい人だから。……意味もなく、そんなことはしないから」

……耐えろ。耐えろ俺。

頬が引き攣るのが自分でも自覚出来たが、我慢だ。

『アルフさんアルフさん』

『……なんだい? なんとなく言いたいことは予想出来るけど』

『……フェイトって健気だねぇ』

『分厚いオブラート、どうもありがとう』

あ、鼻で笑われた。

くそう。

まあ良い。

「……あのさ、フェイト」

「何? エスティマさん」

「それそれ。兄妹だって分かったのなら、遠慮した呼び方なんてしなくても良いよ」

「……でも」

「さー、遠慮せずに言ってごらん。お兄ちゃん、と」

言われ、フェイトは微かに顔を赤らめた。

そして顔を俯けると、口をパクパクとする。

そして数秒の間を置き、

「お……お兄、ちゃん」

トリガーヴォイスが紡がれた。

……。

…………。

………………。

いや、これは魔法の一種ですよ?

ええ、そりゃあもう。はっはっは。

いやー、一見薄暗いこの城も、良く見れば悪い物じゃないんじゃないかなぁ。

静謐漂い、ゆったりとした時間が流れる庭園。

そこら中を歩き回る甲冑ロボも、アンティークだと思えばね。

ああー、天国って割と近い場所にあったんだなぁ。

「ど、どうしたのお兄ちゃん」

「ああうん。なんでもないよ我が妹。はっはっはっ」

『随分とご機嫌ですね。お兄ちゃんご主人様』

……すみません調子に乗ってました。

Larkに精神的な冷水を浴びせかけられ、ようやく素面に戻る。

あ、我に返ったら気付いたけど、アルフがジト目でこっち見てる。うわぁ、居心地悪いなぁ。

「うん、フェイト。お兄ちゃんは危険だ。兄さん、にしておきなさい」

「え? あ、うん。おに……兄さん」

首を傾げつつも、そんなことを言うフェイト。

純真無垢な子って大事。

……なんてことしてる場合じゃないっつーの。

「ところで、プレ……母さんは今何をしているのかな?」

「あの女は研究室に籠もってるよ。何やら大事なことらしくて、私たちも早々に追い出されたんだ」

……まずいな。

そう。大変マズイ。

俺が持っていたジュエルシードは合計七つ。十日間で二つと、その前に二つ。そしてさっきの戦闘で三つだ。

そして考えてみれば、今プレシアの手元にあるジュエルシードの数は最大で十四個。少なくとも十一。

原作よりも多い。それならば、プレシアがアルハザードを目指そうとしてもおかしくないぞ。

『アルフ。君はさっきの戦闘で、いくつのジュエルシードを手に入れた?』

『ん?……ええと、二つだ』

マジかい。何やってんだよクロノ。

まあ、クロノからしてみれば、ジュエルシードごと捕まった俺の方が駄目駄目だろうが。

今度こそ溜息を吐いてしまう。それを見たフェイトは目を伏せ、アルフは咎めるような視線を送ってきた。

悪いかよ。

「……ねえ二人とも。悪いんだけどさ、食べ物あるかな。
 どうにもお腹が空いてね」

「そうかい。……ねぇフェイト。悪いんだけど、取りに行ってやってくれないかい?
 私は、ちょいとばかりコイツと話があるんだ」

「分かった。兄さんと仲良くね、アルフ」

「ああ。分かっているよフェイト」

にっこりと微笑みを浮かべ、フェイトは部屋から出て行く。

完全に彼女の姿が見えなくなると、アルフと俺は同時に溜息を吐いた。

俺は心労から。アルフもきっと似たようなもんだろう。

「……んで、アルフさん。さっきからやけに優しいね」

「言うじゃないかいエスティマ。
 ま、アタシとしちゃあ一発ぶん殴りたいところだからね。それぐらい察したかい?」

「そりゃー顔合わせる毎に怒鳴られてたからなぁ。そんぐらいは。
 で、どういう心境の変化なのさ」

俺の言葉に、アルフは唇を尖らせつつ腕を組んだ。

胸が持ち上がって乳乳乳と漢字一文字が浮かんだりしたが、無視だ。俺は慎ましやかな美乳を揉みしだき隊の隊員である。

「……本当に殴ってやりたいのは変わってないんだよ。
 けど、あの時アンタはフェイトを守ってくれた。
 だから、少しは信用してやろうと思っているのさ」

「……まあ、兄貴だからね」

「……そういう理屈抜きの愛情が、あの子には必要なんだよ。
 だから、あのことだけは本当に感謝している。
 ありがとうね、エスティマ」

真剣な声色でそう言うと、アルフは頭を下げた。

いや、正直なところ条件反射で動いたようなもんだから、感謝される必要はないんだけどなぁ。

……まあ良い。ここからが本題だ。

「なぁ、アルフ。かなり重要な内緒話があるんだが、聞いてくれるか?」

「なんだい?」

「あのな――」

「お待たせ、兄さん!」

不意に扉が開かれ、バリアジャケットから私服へと着替えたフェイトが姿を現した。

手にもったトレイには、湯気の立ったシチューと三切れのフランスパン。

あ、匂いからして美味そう。

ここ十日間はアースラの大量生産品だったからなぁ。手の込んだ料理は八神家以来な気がするよ。

『アルフ、時間がない。念話で』

『分かったよ』

「へぇ、私服に着替えたんだ。似合ってるね」

「……ありがとう、兄さん。これ、アルフが選んでくれたの」

「似合ってるのは当然さ。なんてったって、このアタシがコーディネートしたんだからね!」

などと他愛ない会話をしつつ、念話。

『ジュエルシードがある程度揃った今、プレシアの目的ははっきりしている。
 二人を追い出すようにしたのがいい証拠だ』

『……前から気になっていたんだけど、あの鬼婆、何を始めるつもりなんだい?』

などと酷く真面目な会話をする一方。

「はい、兄さん。……あーんして」

「ちょ、いきなり難易度高すぎだろうそれは!」

「……駄目なの?」

「だからって泣きそうな顔をするなー!」

ひくひくとアルフが青筋を浮かべているが無視。

『ううむ、そうだなぁ。アルフたちに関係あることだけ上げるなら……。
 プレシアは、フェイトを残して次元を渡ろうとしている』

『念話しながら……器用だねアンタ。って、ちょっと待ちな!?
 つまりあの鬼婆、フェイトを捨てるつもりなのかい!?』

「うっわ、熱い!
 ぎゃー、やめてそんな奥までスプーンをアガーッ!」

「ご、ごめんなさい!」

「あーもう、貸しなよフェイト。アタシがやるから」

……喉の奥がひりひりします。

涙を呑んで念話を続行。

『端的に言ってそうなる。アルフとしては、それはどうよ?』

『有り難い半分、迷惑半分、ってところだね。
 アタシは良いんだけど、フェイトがねぇ……。
 というか良く知ってるねアンタ』

『ま、まあ、それを知ったから捨てられたもんでね』

はい、真っ赤な嘘です。

ちなみに、

「ちょ、アルフやめて! シチュー流し込むのは止めて!
 俺の口腔が真っ赤な誓いになる!」

「なんだい、全部食べないともったいないじゃないか」

「アルフ……兄さん、苦しんでるよ?」

「コイツは喜んでるだけだって、フェイト」

「どこをどう見たらそうなる! って、ギャー!!」

『熱いぞアルフ』

『知ったことかい。
 で、アンタは何か考えがあるのかい?
 フェイトを悲しませないような、何かが。
 だからアタシに事情を説明してるんだろう?』

『あるには、ある。んで、それには君の協力が必要不可欠だからね。
 今のところ、フェイトは母親の仕事を――それが非合法でもかまわないと思いつつ、手伝っている。
 そういうつもりでいる。
 そして多分だが、これからフェイトは、プレシアが次元を渡るまでの時間稼ぎに使われるだろう。
 その際、近くにいてやって欲しい。通信も、念話すらも届かないジャミング結界を張りつつ、ね』

フェイトの出生秘話。それを決戦前に話すなんて、有り得ない。

あのプレシアが決戦前にフェイトの士気を下げるようなことはしないだろう。

道具は道具としてきっちり使う。

原作とは違い、あの子にはまだ利用価値があるんだ。

きっとボロ雑巾になるまで使うつもりだろうよ。

……俺のカートリッジを持って行ったのが良い例だ、くそったれ。

『……分かった。勿論、フェイトの知らないうちに鬼婆が消えたことへのフォローはするつもりなんだろうね?』

『当然。あれは危険な旅だった。プレシアは君を傷付けたくなかった。だから残したんだ。
 俺を連れ戻したのは、フェイトを一人っきりにしないためだったんだ。
 ……理由はそこら辺で充分じゃないかな? 必要だったらもう一言二言付け加えるけど』

『……アンタが兄貴で良かったのか、少し疑問に思えてきたよ』

『世の中知らない方が幸せってことも多いんですよ』

『まあ、そうかもしれないけどさ。
 ……なぁ、最後に一つ聞いて良いかい?』

『何さ』

『……信じて、良いんだね』

言われ、どうだろうか、と自問する。

……はやての時に一度失敗した俺だ。今回も失敗する、という可能性だって、充分にある。

だが――どうだ。成功失敗云々以前に、俺はフェイトを救うつもりはあるのか。

……愚問だ。

あの時、再確認した。考える余裕もない状況で浮かんできた言葉は、きっと俺の真実だ。

だから――

『当たり前だって。可愛い妹のためだ。
 フェイトには、もっと世界が優しいんだってことを教えてやりたい』

『分かった。アンタを信じるよ』

そこで念話を切って、同時に食事を食べ尽くす。

……地味に辛い作業でしたよ?

ええ、本当に。

「……ごちそうさま」

「お粗末様。なんだい、顔色が良くなったじゃないか」

「いやいやアルフ。腹が空いてはなんとやら、だよ」

「それもそうだね!」

あっはっは、と笑う俺とアルフ。

その様子に、フェイトはただ首を傾げるばかりだ。

「……二人とも、仲が良かったんだ」

「ああ! アタシとコイツはソウルメイトさ!」

「……イエーイ、ロックンロール」

腕が自由だったら肩でも組みそうな勢いですねアルフさん。

なんだこれは。フェイトファンクラブ二号会員おめでとうとかそんな感じの祝福か。

なんてことをやっていると――

不意に、ビクリ、とフェイトが身を竦ませた。

どうしたんだい、とアルフが声を掛け、無理矢理な笑みを浮かべながら、彼女は顔を上げる。

「ごめんなさい。母さんが呼んでるから……行くね」

……成る程。これ以上の危険は侵さず、十三個での転移を決定したわけか。

「そっか。頑張ってね」

「あ……うん、兄さん」

フェイトを見送りつつ、笑みを浮かべる。

そして、アルフへと念話を。

『頼んだ』

『任せな』

アルフは去り際、バインドを一撫でして行った。

それで紫の鎖には罅が入り、それは徐々に広がってゆく。

……頼む前にやってくれるとは、本当に信じてくれているんだな。

あるいは、俺を放置しておいたらフェイトが泣く、とかね。

……そうだ。

「フェイト!」

「何?」

「……バルディッシュ、今手元にあるか?」

最後に一つだけ。これだけ聞いて、行動を起こそう。

俺の質問にフェイトは、嬉しそうに――まるで花が咲くように、笑みを浮かべた。

「ううん。今、母さんがバルディッシュを調整してくれてるの」

それは、母が自分を少しでもかまってくれたからなのか。

……そんな些細なことで、この子は。

思わず手を握り締め、しかし、それを知られないよう笑みを浮かべる。

「そっか……良かったね」

「うん。……じゃあ、また後でね、兄さん」

それを最後に、二人は部屋を後にした。

そして、たっぷり三十秒ほど経った頃、我慢が限界を迎える。

「――あんの野郎おおおおおおおおおお!」

八つ当たりのようにバインドへ魔力を叩き込み、引き千切る。

それでようやく地面に足が着き、次いで地鳴りが轟く。

部屋の入り口へと視線を向ければ、そこには砲撃型傀儡兵が。

おそらく、バインドの解除をトリガーに現れる仕組みにでもなっていたのだろう。

俺はLarkを拾い上げつつ、回転式弾倉に視線を送る。無論、Larkの言っていたように空だ。

バリアジャケットのポケットに、予備のカートリッジはない。ご丁寧にもクイックローダーまで奪っていやがる。

――奪われたカートリッジ。

――道具としてのフェイト。

――バルディッシュと同型のデバイス。

――専門分野ではないのだろうが、プレシアは技術者。

――そして、これが最後の戦い。故に、何が壊れようと関係がない。フェイトも、バルディッシュも。

これだけの条件が揃えば、プレシアがフェイトに何を持たせるかなんて決まっている。

「Lark。なんか久し振りに、頭に来ていますよ?」

『同感ですご主人様。ご主人様をこんなところに幽閉した事実、許せません』

そんな応えをLarkらしいと思いつつ、斧に魔力刃を形成。

カートリッジはない。疲労も抜けきっていない。胸は今も軋みを上げている。

しかし。しかし、だ。

「だからって、引く理由にはならないよなぁ……」

『勿論です、ご主人様』

俺の元にLarkを残したその慢心。獅子身中の虫であるアルフを残していたその傲慢、打ち砕いてやる。

Larkを横倒しに構え、両肩にアクセルフィンを形成。

雄叫び一つ。

地面を蹴り付け、飛翔した。












『助けて――』

『誰か、助けて――』

『どうか、私たちを助けてください――』

『そこにいる貴方。どうか――』



























アースラでの待機を命じられたユーノとなのはが出来ることは、ブリッジで戦況を見守ることぐらいだった。

これでも無理を言って許して貰ったのだ。また飛び出すかもしれない二人は、部屋で待機しているように厳命されていた。

しかし、それを覆せたのは――幼さ故の熱意か。

モニターに映し出される映像を、二人は食い入るように見詰めている。

先遣隊はプレシアに全滅させられた。

残りのクロノを含んだ武装隊は、真正面から城の内部へと突入しようとしていた。

だが、それを遮る勢力がある。

それは傀儡兵。一体がAランク魔導師に匹敵すると言われている、機械の兵士。

そして――

「フェイトちゃん! アルフさん!」

現れたその姿に、なのはは悲鳴にも似た声を上げる。

傀儡兵の群れに混じって、その二人の姿があった。

フェイトは上空に。シーリングモードのバルディッシュを構え、眼下の武装隊を睨み付けている。

そして彼女の使い魔、アルフの足元には――

「――っ!? ジャミング結界! それも、こんなに強力だなんて!」

艦橋上部にいるエイミィが苛立たしげに叫びを上げ、けたたましい音と共にキーボードを打つ。

しばらくの間砂嵐にも似たノイズがモニターに走ったが、間を置いてそれは止む。

それでも映像の画質は一気に落ち、クロノたちの姿はどこかぼやけて見えた。

「……もしかして、あれは」

隣から上がった声に、なのは彼の顔を覗き込む。

緊迫感を孕んだ声から、とても普段の彼からは想像できない様子だった。

どうしたの、と問うと、ユーノは、いや、と首を振りながらも応える。

「画像が荒いから見間違いかもしれないけど――」

「けど?」

「カートリッジシステム。……CVK792-R。
 エスティのLarkに使われているパーツ。あれが、見えた気がしたんだ」

「え、でも、それって……」

「うん。術者にもデバイスにも負担が掛かる機構だよ。
 ……だから、エスティはあの子に捕まった」

「……うん」

エスティマと模擬戦をしていたなのはは、カートリッジシステムの強さ、そして恐ろしさを良く知っていた。

模擬戦中にエスティマがカートリッジを使った場合、しばらくの間、彼の手は震えていた。

訓練が終わった後も、それが続いているのを見ている。

なのはがジュースを手渡した時に取り落としたのだって一度や二度じゃない。目に見えるだけでも、それだけの負荷があるのだ。

それなのに――

「……フェイトちゃん、なんでそんなのを」

「そんなの、僕にだって分からないよ」

それで会話が途切れ、アースラの中には駆動音とくぐもった通信だけが響く。

そして――

傀儡兵が地上を蹂躙し、アルフがクロノを押さえる中、上空にいるフェイトはカートリッジを二度、炸裂。

画面を焼き尽くさんばかりの雷光が、地面に突き刺さった。








[3690] 十二話
Name: 角煮◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2008/09/04 21:56

眼下の光景に、思わずフェイトは口を開けたまま硬直してしまった。

いつものように、ただサンダーレイジを放っただけだというのに――管理局の武装隊が展開したバリアを貫き、金色の雷は大打撃を与えていた。

やはり、これは母さんがくれた――

『バルディッシュ・カスタム』のコアの真下にある、回転式弾倉に視線を向ける。

物は試しと二度の炸裂を行い、その破壊力に、すごい、とフェイトは内心で呟く。

サンダーレイジを撃ち放ったあとだというのに、疲労感は大して残っていない。

いや、僅かな倦怠感がのし掛かってはいるが、それでも魔力が減った時特有の消耗は感じていない。

……これなら。

「バルディッシュ」

「……s――ir」

どこかノイズ混じりの相棒の声に表情を沈ませるも、一瞬で振り切り、フェイトは再び広域魔法の準備に入る。

『ごめんなさいね。時間がなかったの。でも、壊れるようなことはないから安心して』

そう言っていた母の言葉を信じ、術式を構築する。

バルディッシュからの補助がいつもより鈍い。

デバイスコアも明滅を繰り返しているが、それは活発に動いているというよりは、消え入る蝋燭のように感じてしまう。

だが、それも手を抜く理由にはならない。

……母さんは大丈夫だって言った。

そして、これが終わったら家族みんなで幸せになろうって言った。

「……だから」

キリ、と奥歯を噛み締め、カートリッジを二度炸裂。

フェイトはシーリングモードのバルディッシュを振りかぶると、

「サンダー……レイジー!」

以前よりも強大な魔力を伴って、雷撃を撃ち込む。

全ては母のため。アルフのため。兄のため。

だから――だから、ここは絶対に守り通してみせる。





















リリカル IN WORLD




















『ぐ――、各隊、損害は!?』

『直撃を受けました。アースラへの回収を――』

『――』

『辛うじて広域魔法は――くそ、なんだこの傀儡兵!』

『負傷二名、くそ、あれ殺傷設定か!?』

次々と舞い込んでくる念話に、クロノは顔を歪める。

たった一撃。それだけでこんな醜態を――

頭上を見上げ、再び広域魔法を放とうとする少女を睨み付ける。

記録ではAAAランク相当だったはずなのに――威力だけならば、今のはSランクに相当しているんじゃないか。

このたった三時間の間に何があった。それとも、実力を隠していたのか?

アースラへ解析を頼もうにも、忌々しいほどに強固なジャミング結界のせいでそれも出来ない。

通信はノイズ混じりで、まともな解答を期待できず、結界を破るために脚を止めれば傀儡兵の餌食となる。

フェイトの広域魔法が放たれる度に大量の傀儡兵が巻き添えを喰らって破壊されるが、それを補う速度で城からは機械兵士がわき出てくる。

傀儡兵に、士気の崩壊もクソもない。どれだけ仲間が壊されようと、感情のない機械が怯えることも、竦むこともない。

反吐が出るほど粗末な力押し。馬鹿げた殲滅戦。

だが、それ以上に嫌気が差すのは――

『Stinger Snipe』

S2Uをフェイトへ向け、魔法を構築。

彼女さえ倒せば、局面を一気に書き換えることは可能だ。

AAA+クラスの魔導師であるクロノにとって、傀儡兵など有象無象に過ぎない。

固定砲台さえ落とせば――

「させないよ!」

舌打ち一つ。

フェイトへ向けていたスティンガースナイプをアルフへと向け、発射。

しかしそれが彼女を打ち抜くことはない。盾のように射線に割り込んだ傀儡兵が盾となり、爆炎の影から橙色のチェーンバインドが伸びてくる。

バックステップでそれを回避し、広がった魔力光弾を集束、操作。

それで――

「――くそっ!」

右横に魔力反応。

見れば、他のよりも一回り大きい傀儡兵――砲撃型が、双肩の砲口をこちらへと向けていた。

スティンガーの操作をキャンセルし、飛行魔法を――

「逃がすかい!」

フープバインド、そして地面に縫いつけるかのようなチェーンバインド。

クロノは一瞬でそれらを破壊するが、その隙に傀儡兵のチャージは終了している。

くそ、と歯噛みしつつ、クロノは膝を曲げて上体を下げる。

そして閃光と同時、

『Flash Move』

高速移動。背中を魔力砲撃が焦がすのを自覚しながら、彼は一気に傀儡兵との距離を詰め、S2Uを胴体へと叩き付ける。

そして、

『Break Impulse』

粉砕する。

成る程、と頷き、クロノは武装隊へと念話を飛ばす。

『砲撃型傀儡兵は、砲撃の最中、バリアを展開していない。各員、それを狙え』

『了解!』

微かに見えた勝機。

だが――

再び、雷光が頭上から降り注ぐ。

どうする、と分割した思考の中で考えを巡らせ、クロノは身体を動かす。

打倒しなくても良い。せめて、使い魔かあの少女を足止め出来る者がいれば――

そこまで考え、なのはとユーノの顔が浮かび、クロノは表情を歪める。

彼らに頼ってたまるか。この事件は、時空管理局が決着を付ける。

そのための存在なのだ、自分たちは。

民間協力者の助力など必要ない。

ただ戦い、時空世界の平和を守るために、自分たちは研鑽を重ねてきたのだ。

だから、必要ない。

そう――こんなクソの掃き溜めのような場所で罵り合うのなど、自分たちだけで充分だ。

守るべき対象に助力を乞い、力及ばず、悲しませるなど、一度きりで充分だ――!

『聞け、武装隊各員!』

『……はい』

『まったくもってこの事件は馬鹿げている。
 発掘屋の尻ぬぐいから、いつの間にか我々は大規模次元心を引き起こそうとしている犯罪者の確保に任務が変わっているのだからな!
 最低で最悪だ。敵と比べれば戦力は僅か。しかもあんな子供が、良いように我々をいたぶっている。
 本当に馬鹿げている。何かの悪夢と思いたいが――こんなのはいつものことだ。
 そうだろう!?』

『はい』

『よろしい。ならば――粉砕しろ。
 そして後悔させてやれ。
 自分たちが誰を敵に回したのかを、炸裂する魔力弾で理解させろ!
 だが殺すな! 我々は心優しい時空の管理者だ!
 温情を見せ付けてやれ。屈服させろ。二度と我々に歯向かわないよう、教育してやる。
 時空を引っかき回すのは我々だけの特権だということを、頭の足りない連中に思い知らせてやれ!』

『はい……!』

『進撃せよ! まず手始めに眼前の敵から叩き潰せ!
 進撃、進撃、進撃せよ、だ!』

『了解……!』

血走った目で念話を送るクロノに、武装隊が同調する。

近接戦の得意な武装局員が前面に出て、それを射撃に自信のある局員が援護する。

その背後からは砲戦魔導師が一斉に魔砲を放ち――

クロノのスティンガースナイプが、戦場に大輪の花を咲かせる。

爆炎と咆吼の中、バリアジャケットを身につけた者達が、阿鼻叫喚へと身を投げる。

























「エイミィさん!」

「駄目。出撃前に約束したよね。なのはちゃんたちは、あそこに行けない。
 ううん、行かせない」

「けど!」

モニターとエイミィの間を忙しなく視線を行き来させ、なのははエイミィへと叫びを上げていた。

アースラのモニターに映る様子は、戦場というものを見たことがない彼女からしてみれば、質の悪い冗談にしか見えなかった。

雷光によって蹴散らされ、傀儡兵によって蹂躙される光景。

凄惨さ極まる映像。それに拍車を掛けるように、映し出される武装隊の中には、哄笑を上げながら砲撃を放っている者の姿もあった。

九歳の少女が見るには、あまりにもショッキングだ。

目にするだけで身は竦み、あんな場所に行こうとしていたのかと、行ってもいないのに、後悔してしまいそうになる。

だが――

「……私もユーノくんも、力になりたいんです!」

それが、高町なのはの強さか。

怖かろうとなんだろうと、目の前で大勢の人間が傷付くのを黙ってみていることは出来ない。

なまじ力があるからこそ――彼女は、ホロコーストが始まってから、ずっとエイミィに出撃させて欲しいと訴えていた。

だが、なのはに対する解答は、否の一点張り。

……無論エイミィも、なのはが戦闘に参加するればどれだけクロノたちが楽になるかなど知っている。

だが――それを簡単に許してはいけないのだ。

組織としての面子や体面――それもある。

だがそれ以上に、アースラのスタッフは、民間協力者をみすみす犯罪者に奪われてしまったことを許せないでいた。

怒っていると言っても良い。

これだけの武装を揃え、税金泥棒と陰口を叩かれながらも良かれと思って行動し――この様だ。

まるっきり無能の証明――それは、自分たちへ好意を向けてくれる、少なくない数の、どこかの誰かを裏切っていることになる。

……それを、少しでも挽回しなければならない。

管理局が独力でこの事件を解決する――それには、大きな意義がある。

価値はなくとも、大きな意味が。

だからこそ、なのはとユーノを決して出撃させるわけにはいかない。

分かってくれとは思わない。きっと、こんな意地など管理局の局員にしか分からないだろう。

懇願するなのはの言葉を聞き逃しながら、エイミィはキーボードを叩き、視線をモニターに向ける。

その時、ふと、ユーノの姿が視線の隅に入った。

「……あと十二発」

今の言葉はなんだろうか。

どんな意味を持っている?

問おうかと躊躇し、微かに唇を噛み締めながら、エイミィはユーノへと声をかける。

「どうしたの、ユーノくん」

「……カートリッジを使用する度、微かに炸裂する魔力光はエスティのものです。
 もしあれがエスティの持っていたカートリッジを使っているのだとしたら、あと十二発。
 現時点で六発。だから、残り十二発、です。
 ……全て使い果たすよりも早く、自滅すると思いますが。あの子はカートリッジを使い慣れてないはずですし」

「……分かった」

だが、それが分かったところでクロノに正確な情報を伝えることは出来ない。

未だに、アルフの展開したジャミング結界を無力化することは出来ていないのだ。

残りのカートリッジの弾数を教えるだけでも、少しは助けになるだろうに――

「エイミィさん!」

「だから、駄目なんだってばなのはちゃん」

「けど、だからって! 私はクロノくんやフェイトちゃんが戦っているのを黙って見ていることなんて出来ない!
 エスティマくんがどうなってるか分からないまま、ここにいるなんて、嫌なの!」

「なのは……」

血を吐くように叫びを上げるなのはに、ユーノは目を見開く。

芯の強い子だとは分かっていた。

だが、あんな光景を見てもまだ進もうと思えるだなんて。

それと同じように、エイミィも眉根を寄せる。

誰かが口を開けば破裂しそうな沈黙が訪れ――

「……分かりました」

そう、小さな言葉をなのはは紡いだ。

「民間協力者として戦うことが駄目なら、私は――」


























「これでラストォオオオオオオオ!」

小型の傀儡兵の頭部を鷲掴みしたまま壁へと叩き付け、引き剥がし、最後の一体へと投げ飛ばす。

甲高い音を立てて甲冑同士がぶつかり、しかし、擦過音を上げながらも傀儡兵は倒れない。

だが、それは想定の範囲中。

「Lark!」

『A.C.S、スタンバイ』

Larkの言葉と共に両肩のアクセルフィンが大きく羽ばたき、未だ行動を起こさない二体の傀儡兵へと特攻する。

そして、Larkの穂先が突き刺さると同時、

「ディバイィィィィィン――!」

『バスター』

内側から炸裂した砲撃魔法で、二体まとめて葬り去る。

サンライトイエローに混じって粉塵が舞い上がり、爆発の余波で吹き飛ばされる。

……痛ってぇ。

背中から地面に叩き付けられ、一瞬だけ息が詰まった。

だが、そんなことにかまっていられない。

Larkを支えにして立ち上がり、なんとか息を整える。

たたらを踏むも、歯を食いしばって耐えた。

……存外消耗しているな。

最初の砲撃型を倒したのは良い。問題はそこからだった。

部屋から出てみれば、そこら中の通路には小型の傀儡兵がうろうろとしていやがり、エンカウントする度に戦う羽目となったのである。

人間サイズの通路なら襲われないと思ったのは、流石に甘かったかねぇ。

「……まあ良い。さあ、行こうかLark」

『待ってくださいご主人様。五分で良いので、休養を』

「駄目だ。こうしている内にもプレシアが何かやらかすかもしれないんだから――」

言いつつ一歩踏み出し、

『助けて――』

『助けてください――』

『どうか、私たちを助けてください――』

『そこにいる貴方。どうか――』

「くそ、またか!」

どこかから届いた念話に、思わず舌打ちする。

最初は気のせいだと思っていたが、どうにも違うらしい。

戦闘中に聞こえないのは助かるが、それでも子蠅のようにまとわりつく念話にはいい加減うんざりしてきた。

溜息一つ吐き、手の甲で額を拭う。

ふと視線を落とせば、そこには汗ではなく血が。

うわ、いつの間にか切ってたのか。

可能性があるとすると、さっきの爆発か。至近距離で喰らったから、破片で切ったのかも。

「Lark、バリアジャケットを追加構成。鉢巻き」

『了解』

魔力を消費して出した鉢巻きをキツめに額に巻き、頭を振る。

これで血が目に入るようなことはない……と思いたい。

ああもう、きっと髪の毛黒にしたら今の俺は飛場だなこりゃあ。

取り敢えず、プレシアの部屋だ。

動力部はクロノたちに丸投げして、なんとか鬼婆のところに行かないと。

カートリッジはないが、残りの魔力を全力全開で突っ込めばフェイズシフトの一回ぐらいは行ける。

プレシアを倒すのは無理だが、アルハザードへの回廊を開いた瞬間を狙えば、奪われたジュエルシード全てを奪還出来るだろう。

あの鬼婆がどこへ消えようと、知ったことじゃない。フェイトに妙なことを吹き込まず、ジュエルシードを奪い返せればそれで良い。

そのためには、なるべく戦闘を避けなきゃいけないんだが……。

「……まあ、そこら辺は気合いで」

『お願いですからご主人様、休んでください。
 先程のA.C.Sで、魔力以上に肉体が消耗しています。
 例えプレシアからジュエルシードを奪還したとしても、帰還できなければ意味はありません』

デバイスらしくない、感情のこもった言葉。

そうだな、と同意する自分がいる一方、だから? と鼻で笑う自分もいる。

確かにLarkの言っていることは正しいだろう。

休養すれば僅かだが魔力も回復するし、疲労だって子供だまし程度には抜けるかもしれない。

ギリギリの極限状態なのだから、その僅かばかりの回復を行うことは重要だろう。

だが――

「駄目だ、Lark。引けない。ここで引いたら、計画がご破算になる可能性だってある。
 アルフとフェイトが出張ってクロノやユーノたちの足止めをしている以上、動ける俺が全てをこなさなければならない」

『……無礼を承知で言わせていただきます、ご主人様。
 ご主人様がそこまでする義理が、あの娘にあるのですか?』

「……ない、かな」

ああ、そうだ。多分ないだろう。

フェイトを助ける義理など、おそらくは微塵もない。

思い返してみれば初対面のサンダーレイジとか、消費したカートリッジの数だとか――

むしろ、迷惑ばかり被っている気がする。

だが。

だが、だ。

「義理はなくても意地はある。ある意味、願掛けだろうねこれは」

『……願掛けですか?』

「ああ」

まあ、割と馬鹿げているわけだが。

……この事件を上手く収めるだけの力が自分にあるとするならば、きっと俺は、闇の書事件も上手くやれる。

そんな根拠もない馬鹿馬鹿しい代物だが――

しかし、それでも。

俺は自分自身に賭けたい。何も出来ない無力な人間なのだと、思い込みたくはない。

だから俺は、何がなんでもこの事件を終わらせてやる。

そしてフェイトを救い、はやてだって救ってやる。

『……あなたは馬鹿です、ご主人様』

「だろうね。愛想尽かした?」

『いえ。……そんなあなただからこそ、私は必要なのだと』

「悪いな、Lark」

『気にしないでください。私は、ご主人様と共に』

それで会話を終わらせ、足に力を込める。

飛びたいのは山々だが、今は少しでも魔力の消費をセーブしないと――

『……そこを右に』

「――っ、なんだ?」

思わず片手で耳を押さえる。

念話には関係ないのだが、なんとなく。

今までの囁く程度とは違い、まるで殴られるような出力で念話が飛んできた。

くそ、一体なんだってんだよ。声からしてプレシアじゃないし、アルフでもない。

フェイトに似ているが、それ以上に無機質な声だ。

『ご主人様、敵です』

左の通路を見れば、そこには小型の傀儡兵がいた。

再び舌打ち。

右に行くしかないってことかよ。

通路を進んでいると、また念話が飛んできた。

心底不本意だが、念話で指示された方向には敵がいないため、半ば強制されるように俺は通路を進む。

そして駆け足で五分ほど経った頃、行き止まりへと辿り着いた。

念話は止み、その沈黙が先に進むことを示しているようだ。

……そう、そこは正しく行き止まりなのだが――

「……見覚えがあるのは気のせいか? Lark」

『いえ……ここは、六年前に、私とご主人様が出会った場所です』

そう、厳重に封印された隔壁。

しかし、その不気味な感じが、忘れかけていた記憶を掘り起こす。

……ええい、こんな場所にかまっていられるか!

と、踵を返そうとした瞬間、

『待って!』

ガツン、と、体験したことがないほどの指向性で念話が飛んできた。

意識が酩酊しそうなのを必死で堪え、封鎖された扉を睨み付ける。

ったく、なんだってんだよ。

憤懣やるかたない気分となりながら、物理破壊設定で魔力刃を形成。

もったいない、と思いながらも、俺はLarkで扉を叩き割った。

瞬間、流れ込んでくる腐臭。

非常灯の明かりのみに照らされたそこは――

「……まるで地獄。いや、まさしく地獄ってか」

おそらく、フェイトが完成してからこの場所は完全に封鎖されていたのだろう。

ホルマリンなのかなんなのか――液体に浸かっている死体は、辛うじて原型を留めている。

だが、溢れ出したものはそうではない。

白骨化し、それにこびり付いた肉片からは耐え難い悪臭が上がっている。

完全に閉鎖されていたためか、虫が湧いていないのが唯一の救い。

それ以外は、どんな言葉でも形容が出来ないほどの惨状だくそったれ!

漂ってくる臭いに思わず咳き込み、一歩後退る。

こんな場所に呼び出して、一体何をするつもりだってんだ。

「俺をここに呼びだした奴。聞いているか?
 いい加減姿を現せ!」

遺棄プールに声が反響し、応えとして城の駆動音のみが返ってくる。

誘導トラップかなんかだったのか、と今度こそここから離れようとし――

『……待ってたよ。ずっと、この時を』

ふと、フェイトに良く似た声が聞こえ、俺は目を見開いた。

遺棄プールの中央。

そこには、金色の宝玉――デバイスコアが浮かび上がっており、

『どうか、私たちを助けてください』

瞬時にそれは形態を変え、人の形を取った。

フェイト――否、アリシア=テスタロッサ。

もういないはずの彼女がそこにいた。




[3690] 十三話
Name: 角煮◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2008/09/04 23:29
この戦いが終わったら――

戦闘が始まる前、自分の主人であるフェイトは夢物語を語っていた。

瞼を閉じなくとも思い出せる。本当に幸せそうに――今まで失っていた時間を取り戻したいと、彼女は言っていた。

そして、それは本気の願いだ。

この戦いを切り抜けることが出来たら、と、フェイトは限界を突破する勢いで魔法を使い続けている。

その必死さは、彼女と精神リンクを行っているアルフだからこそ、誰よりも理解できた。

……そんな主人に、顔向けなどできるわけがない。

自分はある意味――いや、真性の意味でフェイトを裏切っているのだろう。

プレシアが消えようとしていることを伝えず、フェイトには内緒でエスティマの計画に荷担している自分。

きっと使い魔としては失格だ。

主人の望みではなく、自分がより良いと思う未来を選ぶなど、彼女に生み出して貰った命として最低の行いだ。

けど、だからこそ――そこまで堕ちたからこそ、絶対に失敗は許されない。

今はエスティマを信じる。兄が妹を助ける――そんな盲目にも似た絶対の信頼だけを糧に、アルフは戦場を駆け抜ける。

あと少し。この戦いを抜ければ、フェイトには幸せが待っている。

だから――

「フェイトの邪魔を、すんなああああああ!」

バリアごと管理局の武装隊員を殴り飛ばして、バインドで拘束。簀巻きにして蹴り飛ばす。

ここは通さない。これ以上フェイトを悲しませない。

それだけを胸に、アルフは拳を振るう。






















リリカル IN WORLD



















『ハラオウン執務官!』

スティンガースナイプで傀儡兵を討ち滅ぼしていると、悲鳴にも似た声色で念話が飛んできた。

クロノは手を止めずにそれに応えると、被害状況の報告の後、どこか苦笑した様子で、

『自分たちが傀儡兵と使い魔を抑えます。
 どうか、その隙に空の魔導師を』

『無茶だ! 君たちだって消耗し尽くしているだろう!?』

『まあ、そうなんですが……』

再び苦笑。

『傀儡兵五体ぐらいなら、三十秒はいけます』

『あの使い魔は、俺だと二十秒ですかねぇ』

『ダサいなお前ら。俺は両方を十秒だ』

『大差ないだろ。……俺は道を空けますよ、執務官』

『はいはーい。全員にブーストアップを掛けるので、プラス十秒です』

「……君たちは」

くく、と笑い声を堪え、クロノはブレイズキャノンで傀儡兵を三体、焼き飛ばす。

嗚呼、まったく――度し難い馬鹿共だ。

ちら、と視線を向けてみれば、皆一様に不敵な笑みを浮かべていた。

……人数は突入時と比べて半分になり、中には破損したデバイスを振り回している者までいるというのに。

それでも尚戦おうと言うのか、君たちは。

……良いだろう。

『分かった。頼めるか?
 僕はあの子を叩く。なんとか保たせてくれ』

『了解!』

一斉に念話が届き、次いで、クロノの両脇から四つの光条が飛び出した。

A.C.Sドライバー。瓦礫を弾き飛ばし、四人の武装隊員が傀儡兵に突撃する。

攻勢のチャンスを逃さないため、突撃した武装隊員の射線上にいた傀儡兵はバインドされ、粉砕される。

それで体勢を崩した機械の兵士に、砲撃が突き刺さった。

それで傀儡兵の砲撃が止む。

総力を挙げた時間稼ぎ。

このチャンスを逃さないとばかりに、クロノは大きく跳躍する。

だが、クロノの行動を阻止すべく橙色のチェーンバインドが伸び、

「使い魔ー! 一目惚れしたー! 縛ってくれー!!」

割り込んだ局員が代わりに捕縛される。

……何か嫌な言葉を聞いた気がしたが気にせず、クロノは加速した。

彼を迎撃すべくフェイトからフォトンランサーが撃ち込まれるが、クロノはその悉くを回避。

杖を支点にするようにバレルロール。スティンガーレイを放って彼女が体勢を崩した瞬間、

『Flash Move』

一気に距離を詰める。

振りかぶった杖を叩き付ける。甲高い金属同士がぶつかる音が響き渡り、鍔迫り合いの最中にフェイトを蹴り飛ばす。

腹に一撃もらった彼女は錐揉みしながら吹き飛び、それを見ながらクロノはS2Uを構える。

二つの術式を同時に組み上げ、先に完成したスティンガーレイを発射。

それに対するフェイトの行動は、切り払い。瞬時にバルディッシュをサイズフォームに戻し、アイスブルーの魔力弾を弾く。

だが、あくまでそれは囮。本命は――

……これで終わりだ。

『Stinger Blade Execution Shift』

「……え!?」

フェイトを囲むように、百を超える本数で光の剣が展開される。

「……いくら君といえど、これはかわせまい?」

ニィ……と頬が吊り上がるのを自覚しながらも、クロノはS2Uを振り下ろす。

『――Execution』

安全装置が解除され、アイスブルーの処刑剣はフェイトに殺到する。

非殺傷設定だとしても、この一撃ならば、しばらくは立ち上がれないだろう――

空を割く音。

爆発。

一斉に突き刺さったスティンガーブレイドから逃れる術などない。

どんな移動速度を持っていようと、避けようがない――

撒き散らされた爆炎を見据えつつ、クロノはブレイズキャノンの術式を構成する。

もし、まだ戦えるのだとしたら、これがトドメだ。

そう思い――煙が晴れると同時に現れたフェイトの姿に、目を見開いた。

バリアジャケットは裂け、髪を結んでいたリボンは解け、纏っていたマントは襤褸と化している。

露出している腕や足には生まれたばかりの痣ができ、元の白い肌は見る影もない。

だが――

瞳。紅く染まった彼女の瞳には、まだ戦う意志が残っていた。

「バル……ディッシュ」

『……si――r』

「まだ行ける、よね?」

それに応えるよう、デバイスコアが明滅する。

良い子、とフェイトはバルディッシュを一撫でし、カートリッジを二度、炸裂。

たまらずクロノはブレイズキャノンを発射したが、金色のディフェンサーに阻まれ、砲撃はキャンセルされる。

「時間はかけられないっていうのに……!」

「ううん、かけてもらう。母さんの用事が終わるまで、ここは通さない――!」

「――ッ、押し通る!」

「させない!」

クロノはバインドを、フェイトは高度を上げて砲撃の準備を。

ここが戦場でなければ華麗とも思えるだろう軌跡を描き、フェイトはクロノのバインドを避け、デバイスをシーリングモードに。

クロノがフラッシュムーヴを発動して距離を詰めようとするが、

「打ち抜け、轟雷……!」

金色の雷が迸る。

今にも放たれようとしている砲撃魔法の射線に、クロノはバリアを展開しつつ割り込もうとし――

――真横から飛んできた桜色の魔力光が、雷を殴り飛ばした。

その場にいた誰もが、サンダースマッシャーを防いだ彼女へと視線を向ける。

桜色の魔力光を纏い、バスターモードのデバイスを構えた、白いバリアジャケット姿。

「……時空管理局嘱託(仮)。高町なのは」

『……(仮)?』

思わず全員が口に出す。

それでなのはは居心地を悪そうにするも、レイジングハートを強く握り締める。

「試験は後で受けます! だから、高町なのは、戦います!
 クロノくん、フェイトちゃんは任せて!」

『……母さん!』

おそらくこれを許したであろう上司に、クロノは念話を飛ばす。

思わず素の方で呼んでしまうが、返ってきたのは咎める声ではなく、嘆息だった。

『……嘱託にまでなって戦いたいと、あの子は言ったのよ。
 まあ、後のことを考えれば悪いことじゃないんじゃない?』

心底呆れている。珍しいと、思いつつも、クロノは眼下に視線を投げる。

……戦線の維持は限界か。

「……なのは。任せて良いんだな」

「大丈夫!」

それだけ聞いて、クロノは一気に降下した。

倒せなくとも、抑えてくれるだけで楽にはなる。

背後で砲撃を撃ち合う轟音が聞こえるが、下に被害が及ぶことはない。

……今の内に。

S2Uを強く握り締め、クロノは死闘を繰り広げている武装隊の救援に向かった。


























「……誰だよお前」

『うん。私は人格形成特化型デバイス、『アリシア』。
 母さんに作られた、アリシアの模造品。
 それが私だよ』

いきなり現れた人型のデバイスに、Larkを構えつつ対峙する。

ユニゾンデバイス? いや、そんなものがこんな墓場にあるわけがない。

だとしたら、あれはなんだ。

あれを操っている術者はどこだ。

クロスファイアの術式を構築しながら、俺は眼前の少女を見据える。

しかしそんな俺と違い、アリシアと似た外見のデバイス――否、アリシアなのか――は、うっすらと笑みを浮かべた。

「どうなってやがる。術者はどこだ」

『いないよ。思考リミッターを外された私は、人と同じように考え、行動することが可能なの。
 ……アリシアを模倣させるために生まれ、そのせいで母さんに捨てられたデバイス。
 F計画よりも早い段階で潰えた、夢の名残』

……成る程ね。

プレシアはF計画を始める前は、デバイスにアリシアの真似事をさせようとしたわけか。

……まあ、あの鬼婆がそんな代用品で満足するはずないわな。

フェイトでさえあそこまで憎んでいるのだから。

『待ってたの、あなたを』

「へぇ……悪いけど、こんな場所に待ち人を残した覚えはないんだがね」

『だよね。私とあなたが顔を合わすのは、これが初めてだから。
 けど――私は、誰よりも早く、あなたと同じ時間を共有していたんだよ?』

どういうことだ。

……とっとと回れ右して探索を続行した方が良いと分かっていても、デバイスの言っていることが気になって足が動かない。

舌打ち一つ。

ったく、こんなのにかまっている暇はないというのに。

「話が見えない。俺に分かるように説明しろ。
 こっちには時間がないんだ。何故俺をここに呼びだした」

『それは――私たちを弔って貰うために』

私たち。弔う。

その二つの単語で、ピンと来た。

……来たには来たが、何故だ?

そんなことを頼まれるような立場じゃないぞ、俺は。

「分からないな。俺が弔うって? ここにいる――F計画のなれの果てを」

『うん。その為に、私たちはあなたをここへと――この世界へと、呼び出したから』

「ああそう。――クロスファイア・集束」

『シュート』

問答無用とばかりに、射撃を撃ち込む。

設定がドアを壊した時のままだったので、クロスファイアは遺棄プールの壁を粉砕した。

……あのデバイスを、擦り抜けて。

実体がないのか?

まあ、なんにしたって関係がない。

狂言を吐くような輩は、プレシアだけで充分だ。

「Lark、道草をくっちまった。急ぐぞ」

『……はい、ご主人様』

『待って! お願い、私たちを助けて!!』

踵を返して通路の先を見据える。切実な訴えちっくなのが届くが、かまってられるか。

「知るか! こっちは今忙しいんだ! お前の話なんか聞いてやるかよ!」

『……それは、怖いから?』

ピタリ、と足を止める。

振り返れば、アリシアと酷似しているデバイスは、相変わらずの無表情。

それが苛立ちを助長して、俺はLarkを握る手に力を込めた。

「……何故そう思う?」

『さっき私に魔法を撃ち込んだのは何故?
 それは、呼び出された、という単語に反応したからでしょう?』

「……続けろよ」

『あなたが考えているとおり――エスティマという個体を生み出した切っ掛けを、私は担っている。
 ううん、私があなたをその身体へと入れ、この世界の住人としたの』

「ああ――そうだったのか」

思わずLarkにカートリッジロードを命じ、カチン、という空回りの音で我に返る。

――かまうか。

『ご主人様。魔力の無駄遣いは控えてください。
 目的の達成が困難になります』

「分かってるよ、そんなことは……!」

ディバインバスターの術式を構築し始めた俺を、Larkが諫める。

だがそれでも、苛立ちが消えるわけがない。

……あのデバイスはなんて言った?

この世界に俺を呼び、この身体に入れたと――そう言ったのか?

ぐるぐると頭の中を思考が駆け巡る。

嫌な予感しかせず、冗談めかした口調で、俺はそれを口に出した。

「はは――俺をこの世界に呼んだのはお前だって?
 もしかしてその目的は――ここにいるF計画の失敗作を、弔って欲しいから、なんてことじゃないよな?
 それだけじゃないよな? もっと他に、理由があるんだよな?」

『いいえ。私たちは、それ以外の何も望んでいません』

弔って欲しい。たったそれだけの理由で、俺をここに呼び出しただと?

そんな――

そんなことだけで――

「ふ――ざけんなああああああ!
 そんなことで、俺をこの世界に放り込んだって言うのかよ、お前は!
 ――六年だぞ。その間、俺がどれだけ苦労をしたのか分かっているのか?
 自分勝手な願い事一つで、俺の人生を台無しにしたってのかよ! 
 知らない世界の生活に慣れて、知らない文字を覚えて、話の合う奴なんてユーノしかいないような状況で――。
 どれだけ元の世界に戻りたいと願い――最近になってようやく此方側も良いかと思っていたのに、今更出てきてそんなことを言うのか!」

『……そうなる、かな』

「そうなります? 自分がどれだけのことを言ってるのか分かってるのか?!」

『抑えてくださいご主人様。あんな輩にはかまわず――』

「黙ってろ!」

叫び、ディバインバスターを放つ。

激情に駆られるまま吐き出された砲撃は、アリシアを飲み込んで、先程のクロスファイアよりも派手に対面の壁を粉砕した。

爆風で遺棄プールの腐臭をもろに吸い込み、激しく咳き込む。

たまらずその場に片膝を付き、奥歯を噛み締めた。

……こんなところに来るんじゃなかった。

やるべき事や、たった今耳にしたこと。

いつの間にか忘れていた――否、忘れるようにしてきた元の世界へと戻りたいという気持ちが、ぐちゃぐちゃになってまともな思考ができない。

一体、どうすれば――

『……帰りたい?』

……そんな声が聞こえ、俺は顔を上げる。

そこには、全身にノイズを走らせながら俺を見下ろしているアリシアの姿があった。

『辛いことを全て投げ出して、帰りたい?』

思わず息を呑む。

……そんなことが、出来るのか?

『私たちを弔ってくれるのならば、元の世界に、元の時間に戻るその方法を教えてあげる。
 私が手助けをして、あなたを平穏な生活に戻すよ』

『――ッ、ご主人様! あなたは、フェイト=テスタロッサを――八神はやてを救うのではないですか? ご主人様!』

Larkの叫びが聞こえるが、耳を素通りしてしまう。

尚もLarkが叫びを上げているが、そのどれもが届かない。

嗚呼、酷く甘美な誘惑だ、それは。

この消耗しまくった身体を捨てて、魔力も底を着きそうな状況を捨てて、元の平穏な生活に戻る。

ぶっ倒れた方が楽だというのにそれを選べない状況を捨て去ることができる。

それが叶うのならなんだってしたい。

それは、この六年間、ふとした拍子に何度も浮かんできた欲求だった。

……そんな、ずっと追い求め、手がかりすら掴めなかった手段があるというのか。

切実な願いが、叶うというのか。

……叶う。

…………叶って。

「………………叶って、たまるか」

『……え?』

『……ご主人様』

そうだ。

そんなことをしてたまるか。

……自分の幸せを考えるならば、俺は元の世界に帰るべきだろう。

平凡な大学生に戻って、適当に就職して、綺麗な嫁さんもらって一生を終わらせる。

魔法なんて出鱈目な代物が出回っている世界に迷い込んでしまったからこそ、そんな願いが酷く綺麗で儚いものだと分かっている。

――だが。

俺がそれを選んだとき、どれだけの人が悲しむだろうか。

既に運命の歯車は俺が壊してしまった。

このままじゃPT事件は大量のジュエルシードを喪失し、フェイトは原作よりも重い罪を被り終結。

はやては折角出来た文通友達を失い、下手をしたら闇の書事件にフェイトが関与できず、大惨事となって終わる可能性すらある。

それを阻止するには、俺がこの世界に居続けなければならない。

幸せを手にするには、あまりにも重すぎる条件だ。

果たして、彼女たちを見捨てて、俺は幸せに浸ることが出来るのだろうか。

――否だ。

後味が悪い。それは大変よろしくない。

たったそれだけの理念で動き続けてきた俺からしたら、幸せになるだなんて不可能だ。

「……全部遅すぎたんだよ。
 なんでこんなタイミングで出てきたんだ、お前」

『……ごめんなさい』

……良いさ。

あまりにも早い決断だが――

どうやら、俺は、存外この世界が好きらしい。

この先にどれだけ面倒事が待っているかも知っているというのに、舞台に立ち続けたいらしい。

我ながら難儀な性格だが――

「ま、仕方ない。俺は元の世界に帰らないよ。
 捨てるには、あまりに重すぎるものを背負っちまった。
 ……ついでだ。お前らも葬ってやる」

言いつつ、俺はLarkを構える。

武器としてではなく――魔状として、横一文字に。

「言っておくが魔力はないぞ。そこら辺どうするんだ。
 どうにもならないならこのまま帰る」

『貸し与えます』

言い、アリシアは俺に向けて手を翳した。

『ディバイドエナジー』

瞬間、物言わぬ骸となっていたF計画の子供たちから、金色に近い様々な魔力光が集まり始める。

それらがLarkのデバイスコアへ集まり、カートリッジシステムに搭載されている仮想魔力槽へ、魔力が満ちた。

ゲージを確認すれば、チャージはマックス。

……いける、かな。

記憶の片隅に眠っていた、ミッドの学生時代に覚えた魔法。

あれなら、ここにいる骸を全て葬ることは可能だろう。

遺棄プールの広さは大体二十五メートルほど。

ギリギリだが、なんとかなる。

「――これより儀式魔法を開始する」

『クリムゾンギア、ドライブイグニッション』

鈍い音を上げて、Larkが変形を開始する。

デバイスフォームからフルドライブへ。変形で消費した魔力は、続けられているディバイドエナジーですぐに補填される。

ガンランスの形態をとったLarkを握る手に力を込め、目を細める。

――やるか。

「アルタス・クルタス・エイギアス。迷い子よ、虚空に潰えよ。テトラクテュス・グラマトン」

『包囲陣、形成』

遺棄プールの底と、その天井にサンライトイエローの魔法陣が展開する。

形成された魔法陣は、そのまま右回転と左回転を開始。

その合間をサンライトイエローの光が行き来し、薄暗い閉鎖区画に光が満ちた。

――これから行おうとしているのは、戦闘じゃまず使えない魔法。

術式発動まで時間はかかるし、射程も短い。そのせいで広域攻撃魔法ではなく、儀式魔法のカテゴリーに放り込まれた成功した失敗作。

その癖範囲はこれが精一杯で、必要とされる魔力量は馬鹿みたいに多い――まあ、それは借りているから問題はないが。

汎用性を求めるミッドチルダ式で異端の烙印を押され、悪い例の儀式魔法として学生への見本となっている代物。

……なんでそんなものを覚えたかと言われれば、技名に惹かれただけだが。

そりゃもう、趣味全開で。

「バルエル・ザルエル・ブラウゼル。回れ、無限の試験管」

『内圧正常。魔力、集束』

完成しようとしている儀式魔法を目にして、『アリシア』はスタンバイフォームへと戻り、遺棄プールの中へ。

……逝くなら一緒に、ってか。

不意に、Larkへとデータが転送されてくる。

どうやらそれは、俺を『召還』した方法と、『送還』する方法。

……使い道なんて、一つもないというのに。

『ありがとう』

「こっちの勝手だ。……俺に恨まれて消え去れ」

そう、彼女の感謝を切って捨て、

「――――放て、無限光」

『――――アイン・ソフ・オウル』

トリガーワード。

そしてLarkの自動詠唱を最後に、上下の魔法陣から光が放たれる。

設定は物理――いや、殺傷設定だ。

これで、跡形もなく消え去るだろう。

重い音を伴い、光が物言わぬ骸を押し潰す。

上下から放たれる、右回転と左回転の光。それらが工作機械のように、オーバーキルを繰り返す。

骨の砕ける音。肉の潰れる水音。独特の、タンパク質が焦げる臭い。

――これが彼らの断末魔なのだろうか。

轟音と共に消滅した彼らを流し見て、溜息一つ。

俺は、踵を返した。

いつまでもこんな場所にいるわけにはいかない。

……そう、俺には、やるべきことが残っているのだから。

Larkをデバイスフォームへと戻し、振り切るように駆け出した。

……胸が軋む。無駄撃ちしたせいで、魔力も心許ない。

だが、それがどうした。

向こう側へと戻る協力者を失った今、もう退路はないんだ。

ただ前だけを見据え、俺は足を動かす。




[3690] 十四話
Name: 角煮◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2008/09/08 17:15
「フェイトちゃん!」

迫り来るフォトンランサーを防ぎ、なのははこちらを睨み付けてくる少女に叫びを上げる。

バリアジャケットは既にボロボロ。

バルディッシュはどういうことかデバイスコアを中心に罅が走り、綺麗だと思えた肌も髪も、煤で汚れている。

……なんでそんなになってまで戦うの?

なのはは、それが知りたかった。

ジュエルシードを奪い合ってきた時からの疑問。なのはもなのはで無茶をしていたが、フェイトのそれは彼女を上回るほどだった。

あんなに傷付いて、それでも諦めないのは何故?

分からない。目の前にいる金色の少女がそれを教えてくれることはなく、返答の代わりに魔法が飛んでくる。

……これじゃ駄目だ。私、フェイトちゃんのこと何も知らない。

だから――

「ねぇ、フェイトちゃん! 話し合おうよ! こんなことをしなくたって良い方法がきっとある!
 みんなで考えよう? 一人で抱え込むなんて、駄目だよ!」

「……今更、だよ」

「え?」

「もうすぐ終わるんだ。だからもう、立ち止まれない。だから――!」

カートリッジロード。

一度の炸裂を行い、フェイトはデバイスフォームのバルディッシュを向けてくる。

それに対して、なのはもバスターモードのレイジングハートを構える。

「サンダー……」

「ディバイン――」

同時に砲撃魔法のトリガーワードを詠唱し、

「スマッシャー!」

「バスター!」

金色と桜色の魔力光がぶつかり合う。

轟音が大気を震わせ、光が瞬く。

以前ならば打ち勝てたのに、今は互角。これはやはりカートリッジの有無が原因か――

「フェイトちゃん、駄目だよ! カートリッジを使ってたら――」

「う――わああああああ!」

カートリッジロード。

それで金色の砲撃は勢いを増し、ディバインバスターを真っ向から打ち砕く。

常勝無敗の砲撃魔法が破られた――

目を見開くも、なのははカートリッジが使用されたのを見て、ディバインバスターを維持しつつ術式を構築していた。

『Flash Move』

直撃よりも刹那早く、彼女は高速移動で被弾を避ける。

ディバインバスターを打ち破られたショックで呆然としそうになるが、彼女は頭を振って我に返った。

……戦闘中に呆けていたら良いカモだよ。

そんなエスティマの言葉を思い出し、クロスファイアを発動。

計十二個の魔力弾が生み出され、その内四つをフェイトへと向かわせる。

クロスファイアの使い方。

この魔法はディバインシューターと違い、魔力弾を待機状態として維持することが出来る。

それが牽制にもなるから余裕があるときは悪くない手だ、とエスティマが言っていた。

それに従い、なのはは誘導弾が防がれ、もしくは切り払われたら順次待機状態のクロスファイアを発射。

待機状態と言っても魔法を発動しているのだ。汗が、頬を伝う。

……けど、無理をしなきゃ。

レイジングハートを握る手に力を込め、なのははゆっくりとフェイトから距離を取る。

それは通常移動速度と比べたら酷く遅い。

だがそれでも、動きを止めているよりは良いはずだ。

少しでも背伸びをしなければ、今のフェイトに勝つことはできない。

あの子だってカートリッジという背伸びをしているのだから、私だって――

一つ壊されたら発射。それを繰り返している内に、フェイトの動きが目に見えて鈍ってきた。

そして、誘導弾の一発がフェイトを弾き飛ばすと同時、

「お願い、レイジングハート!」

『Convergence』

なのはの希望を汲み取り、レイジングハートが四つの誘導弾を集束する。

……それは、エスティマならば射撃魔法となっていただろう。

だが、この高町なのはならば違う。

集束系魔法に希有な才能を持っている彼女ならば――

集った桜色の魔力光は極太の光柱となり、轟音を伴って発射され、体勢を崩したフェイトを打ちのめす。

ディバインバスターに威力は及ばないが、しかし、並の魔導師では防ぎようのない砲撃だ。

だが――

『……De――fen――sor Pl……』

一度の炸裂音。

ひび割れたような音声と共に、障壁が展開された。

強化されたディフェンサー。だが、それを持ってしても、なのはの砲撃を無力化するには至らない。

威力は殺しても衝撃を緩和することが出来ず、バリアごとフェイトは後ろへと追いやられる。

……距離を取っては駄目。

そう歯噛みし、

「クロスファイア!」

『Convergence』

「シュート!」

なのはの手元に残っていた最後の三つが集束し、放たれる。

駄目押し――!

今度こそディフェンサープラスを砕かれ、フェイトは中空に身を投げ出した。

魔力ダメージが突き刺さり、意識が明滅する。

今にも手綱を手放しそうで、急速に周囲が暗くなってゆく。

手足に痺れにも似た感覚が走り、もう駄目かな、と弱音すら湧いてくる。

……だが。

「……まだ、始まってもいないんだ。
 そうだよね、バルディッシュ」

『――si r』

負けるわけにはいかない。

まだ私の幸せは、始まってもいないのだ。

……だから、まだ戦う。戦える。

そうだ。こんな所で躓くわけにはいかない。いられない。

カートリッジロードを命じ、炸裂音が一回。

上乗せされた魔力を使い、フェイトはソニックムーヴを発動した。

胸が痛い。手はバルディッシュを握るので精一杯で、きっと地面に降りたら立てないぐらい足に力は入っていないだろう。

けど、そんな状態でも出来ることはある。

目の前の少女を足止めするぐらい、こんな私でもできるはずだ。

「ああぁぁぁああああぁ!」

突撃する慣性をそのままに、サイズフォームへと変形させたバルディッシュを叩き付ける。

魔力刃で切り裂くなど、すでに考えていない。

ただ力任せに叩き伏せる。それだけを考えて繰り出された一撃は、確かになのはへと打ち込まれた。

袈裟に走ったそれは、鎖骨の辺りに切っ先を埋め込んでいる。

だが――

「……こ、こんなの、平気だもん」

突き刺さった魔力刃の切っ先を見て、フェイトは目を見開いた。

白いバリアジャケットは血に濡れ――しかし、それは身体からの出血だけではなく、バルディッシュを受け止めた手からも漏れていた。

――白刃取り。なんでそんな馬鹿げたことを。

カタカタとバルディッシュを握る手が震える。

そんなフェイトを見て、なのはは強張る顔に無理矢理の笑みを受かべた。

「何をされたって平気。フェイトちゃんが何をやったって、全部受け止めてみせる」

「――この……!」

反射的に、フェイトはバルディッシュへサイズスラッシュを命じた。

何故そんなことをしたのかなんて、自分には分からない。

……身体を引き裂く魔力刃になのはのバリアジャケットは負荷の限界を悟る。

リアクターパージ。それで、なのはとフェイトは弾き飛ばされた。

巻き上がる桜色のバリアジャケットの破片の中、二人の少女は肩で息をしつつ、対峙する。

どちらの瞳にも強い意志の光が見えており、もはや話合いなどではどうしょうもない。

……話し合いが無理だって言うのなら。

上着をなくし、軽くない傷を負いながらも、なのはは背筋を伸ばす。

「一つだけ聞かせて、フェイトちゃん」

「……何?」

「もしフェイトちゃんが私に勝ったら……フェイトちゃんは、嬉しい?
 クロノくんたちも追い払って、たくさんの人に迷惑をかけて――
 それで満足?」

「……私は、幸せになるんだ」

「……そっか」

自分に言い聞かせるような、答えになっていない声。

その言葉に、なのはは唇を噛み締める。

ふと、いつだったかアルフに言われた言葉が脳裏を過ぎり――

……知ってるよ、フェイトちゃん。

そう、声に出さず、呟く。

「フェイトちゃんが何を悩んでいるのか、私は知らない。
 けど、これだけは言わせて。
 ……泣きそうな顔で戦っているのはなんでなの?
 本当にフェイトちゃんは、幸せになれるの?
 私、そんな風に思えないよ」

「うるさい!」

叫び、フェイトはバルディッシュをシーリングモードに変形させた。

可変させる度に、バルディッシュの外装がボロボロと崩れ落ちる。パキリ、と軽い音が、デバイスコアから上がる。

……これで最後にしよう、バルディッシュ。

もう声すら発さないバルディッシュ。だが彼は、消え入りそうな灯りをコアに灯し、返答する。

満身創痍だというのに未だ諦めないフェイト。

その様子に、なのはも覚悟を決めた。

……なんで、フェイトちゃんは泣きそうな顔をしているんだろう。

辛い、苦しい、悲しい。

そんな気持ちを瞳に浮かばせる彼女。絶対に退けないと戦い続ける彼女。

分からない。

なんでそんな顔をしているのか、どれだけ考えてもなのはには分からない。

ただ――

甘ったれたガキの自分にだって、たった一つだけ、知っていることがある。

……思い出すのは小さな頃、一人でいるときに鏡に映っていた自分の顔。

寂しさを誰にも知られないよう、必死で強がっていた顔。

……あの時の自分と今のフェイトは、良く似ている。

だからこそ――

「レイジングハート!」

『all right』

――自分は彼女と友達になりたいと思ったのだ。

全部を一人で抱え込まないで。何か大事なことがあるのなら、それを教えて。

そして、もし出来るのなら、一緒に頑張ろう?

ただそれだけを伝えたくて、なのははレイジングハートに祈る。

強がっているフェイトに通じる、一撃を――

レイジングハートのコアが明滅し、バスターモードからシーリングモードへと変形する。

対峙する両者の足元にミッドチルダ式の魔法陣が展開され、魔力光が時の庭園を照らす。

先に動いたのはフェイトだった。

彼女はバルディッシュを掴んでいない左手をなのはへと向け、バインドを展開。

ライトニングバインド。間髪入れず、フェイトは次の魔法を構築する。

……バリアジャケットの防護能力は下がっている。ならば――

「アルカス、クルタス、エイギアス。疾風なりし天神よ、今導きのもと撃ちかかれ」

その弱った防御を突く。

「バルエル・ザルエル・ブラウゼル」

ス、と目を細め、フェイトは人差し指をなのはに向ける。

その瞬間――

「――な、バインドブレイク!?」

なのははライトニングバインドを砕き、その場でラウンドシールドを展開した。

両手でレイジングハートを構え、真っ直ぐにフェイトを見詰めている。

……避けず、逃げず、防御に徹するか。

さっきの、全部受け止める、というのは嘘じゃなかったのか。

「……打ち砕け――」

……きっと、魔導師として相対していなかったら……。

「――ファイア!」

頭を振り、フェイトは詠唱を完了。トリガーワードを詠唱した。

瞬間、フォトンスフィアが開放される。

計三十八の球体から、敵を粉砕せんと金色の槍が吐き出される。

――カートリッジロード。

一度の炸裂。それによってフォトンランサーに威力と速度の追加を行う。

「これで、最後……!」

バリアジャケットの胸元を引き裂かんばかりに掴み、フェイトは叫びを上げた。

……だが、手に込められた力は弱い。

フォトンスフィアから絶え間なく射出される度、耳を劈くような音が響き渡る。

その中で、今にも消え入りそうな意識を保ち、フェイトは着弾の集中する地点に視線を向ける。

……いくらあの子でも、これを喰らえば倒れるはず。

そう思うフェイトの視線の先では、まるで質の悪い花火のように爆煙を巻き上げている。

これで――

「……勝った?」

口に出し、微かな期待に胸が躍る。

だが――

『……利か……ない、もん』

不意に鳴り響いた念話に、フェイトは身体を硬直させた。

そんな。あの魔法が駄目ならば――

ゆっくりと煙が晴れてゆく。

そこには、バリアジャケットを纏わず――否、破壊されたのだろう――制服を身に纏ったなのはの姿があった。

その制服も破れ、焼け焦げ、無惨な姿となっている。

だが――

手に持ち、頭上に掲げたデバイス。レイジングハートは傷一つなく存在している。

……魔力が集う。

桜色の流星群とでも形容すべきか。

――カートリッジを使用したフェイトの魔法。死闘を繰り広げた武装隊。

――主人の夢を守るべく獅子奮迅の働きをしたアルフ。

――執務官としての義務を果たそうとして戦い続けるクロノ。

彼らの放った力の残滓が、想いが、なのはの元へと集い始める――!

なのはがどんな魔法を放とうとしているのかなど、フェイトには分からない。

だが、直撃だけはまずい。下手をしたら、あれは防御の上から相手を叩きのめす一撃。

満身創痍の身体に鞭打って、フェイトはソニックムーヴを――

「――うあっ!?」

爆音。衝撃。

見れば、知らぬ間に自分の周囲には桜色の誘導弾がばら撒かれていた。

防御している間に、こんなことを?

「受けてみて、フェイトちゃん。これが私の、全力全開っ……!」

なのはの叫びが耳に届く。

なんとかして逃れようと周りを見ても、退路には全て誘導弾が設置してある。

逃げられ――

「スターライト――」

――そして、レイジングハートが振り下ろされる。

「――ブレイカァァァッ……!」

放出される極限の砲撃。

猛烈な勢いで迫るそれを前に、思わずフェイトは目を瞑った。

次いで、衝撃がやってくる。

身体を打ち抜き、全身の骨が軋みを上げる。

意識を失うなど以ての外だ。絶え間なく襲う激痛が、それすらも許してくれない。

……それで終われば、どれだけ良かっただろう。

「ブレイク――」

なのはの指示に従い、散らばっていた誘導弾が四つで一組となり、集束する。

「――シュ――――ト!」

そして、縦横無尽に交差する桜色の光。

極彩色に囲まれた空間は、眩い魔力光に染め上げられた。





















リリカル in wonder


















時の庭園の奥。研究室の一室で、プレシアは培養槽の中に入った娘を見上げていた。

やせ細り、プレシアの記憶にある元気だった姿からは想像も出来ないほどに弱った娘。

……けど、もうすぐだから。

手を培養槽に貼り付け、プレシアは口元に笑みを浮かべる。

準備は万全だ。残るは、ジュエルシードの魔力を使ってアルハザードへの回廊を生み出すのみ。

……最後にお礼として人形に一言――本当のことを教えてやろうと思ったが、やめた。

存外強力なジャミング結界が展開されている。あれを無視して念話を送るのは、少し骨が折れるだろう。

魔力を無駄遣いする余裕などない。

未だかつて成功した者のいないアルハザードへの旅。それを成功させるには、余力を残しておくべきだ。

……それに、自分の身体も限界を迎えようとしている。

時間がない。急がなければ。

デバイスの中に収めていたジュエルシードを開放し、円を描くように中へと浮かばせる。

それに向けて、魔力を放つ。

刺激によって活性化を始めたジュエルシード。暴力的な力の奔流。

それに指向性を持たせ――

術式を構成しようとした瞬間、プレシアは膝を折った。

激しく咳き込み、手を口元に当てる。

鼻孔に鉄錆の臭い。嫌な粘液の感触を吐き捨て、プレシアは立ち上がるために力を込める。

「……もうすぐ、もうすぐなのよ。これさえ終えれば、アリシアはまた私に微笑んでくれるの」

それだけを胸に、彼女はデバイスを支えにして身を起こす。

ぐらぐらと揺れる視界。心臓の鼓動が五月蠅い。

それでも、私には――

――ドクン。

不意に、自分以外の鼓動が聞こえた。

何か巨大な物が胎動するような――

「あ、ああぁぁぁぁあ……」

嫌な予感と共に顔を上げ、プレシアはその表情を絶望に歪めた。

ほんの一瞬、立ち眩みに意識を手放しそうになったのだけだというのに――

ジュエルシードは、暴走の兆候を現していた。

そんな馬鹿なこと……ここまで全部上手くいっていたというのに……!

怒りが意識を覚醒させ、ジュエルシードを沈静化させるべく封印処置を開始する。

しかし、いくら大魔導師といえど限度があった。

AAAランク魔導師二人がかりですら、六つのジュエルシードが限界なのだ。

今プレシアの手元にある数は十三個。

オーバーSランクの魔導師を数人必要とする作業だろう。

それをたった一人でなど――

「……やってみせるわ!」

文字通りに血を吐きながら、プレシアは必死にジュエルシードを制御するべく魔法を発動する。

だが、一つを沈静化しても、その余波で他のジュエルシードが活性化し、それで再び沈静化したジュエルシードが暴走する。

悪循環のただ中、それでもプレシアは魔法を組み上げる。

……もしプレシアが完全な状態だったならば、部屋を吹き飛ばす勢いで広域攻撃魔法を使っていただろう。

仮にも大魔導師。死に瀕しているとはいえ、いや、だからこそか。

限界を超えた――リミットブレイクを行えば、あるいは、といえたかもしれない。

彼女の不幸は、すぐそこに目を開かない愛娘がいることだった。

こんな場所で強力な魔法を使ってしまったら、アリシアが危ない。

アリシアのためにジュエルシードを集め、そして、彼女のせいで抑えることができない。

――なんという皮肉だろうか。

「――っ、こんなことを許してたまるものですか。
 アルハザードは手の届く場所にあるのよ。
 ずっと夢に見てきた、アリシアが待っている場所が!
 私は、アリシアと失った時間を取り戻すのよ!
 アリシアが目を覚ますのならば、他の何もいらない!
 だから、言うことを聞きなさい、ジュエルシードっ……!」

――ドクン。

再びジュエルシードが脈動する。

青色の宝石が、その身を破裂させんばかりに、眩い光を放ち始める。

……プレシアは覚えているだろうか。

そもそもジュエルシードは、次元震を起こすための代物じゃない。

それは後から付いてきたリスクに過ぎず、本来の用途は――

計十三個。その内八つが、閃光に弾けた。


辛うじてプレシアが封印に成功したのは、その内五つ。

それが、彼女の限界であり、全力だった。

目を見開きながら、プレシアはその場に尻餅をついた。

「……終わりだというの?」

光に呑まれながら、プレシアはそんなことを呟いた。

自分の半生に近い時間をかけた計画は、こんなことで終わってしまうのか――

その時だ。

八つのジュエルシードは培養槽のガラスを透過し、アリシアの胸に吸い込まれた。

プレシアはそれを見ていることしかできない。

もう何が起こったって、終わりには違いないのだから。

……そう思っていた。

だからこそ、プレシアは、目の前で起こった信じられない光景に、血を吐きながらも目を輝かせる。

「ああ、アリシア……!」

瞬間、限界を超えて充満した魔力が破裂する。

攻撃でも防御でもない、指向性を持たない純粋な魔力の雪崩。

それに弾き飛ばされ、プレシアは部屋の壁へと叩き付けられ――有り得ない方向に、首を折り曲げた。

こわれた蛇口のように口からは赤い血を吐き出し、地面に落ちた液体は黒に近付いてゆく。

ゆっくりとずり落ちる背後の壁には、べっとりと血の跡が残った。

しかし、その死に顔は幸福そのもの。

……果たして、彼女は最後に何を見たのだろうか。

それは、プレシア以外に分かるはずもない。



























「……なんだ?」

『ジュエルシードの反応です、ご主人様』

ズリズリとLarkを引き摺りつつ歩く俺は、ようやくプレシアの研究室へとたどり着いていた。

もはや直立することもままならず、Larkを構える力だって惜しい。

折角構成した鉢巻きも意味を成さず、きっと目元は流血で真っ赤になっているだろう。

それを手で拭い、眼前の扉を睨む。

……そうでもして意識を保たないと、今にもぶっ倒れそうだ畜生。

もう魔力だって尽きかけている。フェイズシフトを使うつもりだったが、もう無理だ。

ディバインバスター一発が限界。それで何をしろと言う。

……何度も引き返そうと思ったんだけどなぁ。

まぁ、ジュエルシードを回収するのが無理でも、せめて最後ぐらいは見届けよう。

そう思い、ここまで足を運んできた。

どうやらクロノたちはよっぽど手こずったらしい。

ついさっきまで傀儡兵は元気に時の庭園をかけずり回り、奴らのせいで一杯一杯だよ畜生。

とっとと動力炉を壊してくれれば、少しは楽になったかもしれないのに。

ま、自業自得だろうけどさ。

「Lark。突破するぞ」

『はい。インパクトの瞬間に魔力刃を形成します。
 タイミングはこちらで合わせるので、ご主人様は私を振ってください』

「分かった。悪いな」

言いつつ、肩に引っ掛けるようにLarkを構える。

さーて、ご開帳――

などと思っていたら、だ。

不意に床――いや、時の庭園自体が、か?――が振動し、俺は思わず体勢を崩してしまう。

不様に転がり、それでもなんとかLarkを手放さず、眼前のドアを――

ありゃ? ドアがない。

ガン、と鈍い音が背後から上がる。

見てみれば、そこには歪んだドアが壁に叩き付けられたところであり、部屋の中には、

「……どうなってる?」

その光景に、声を上げてしまった。

研究室の中。それは、酷い有様となっていた。

機材は粉砕され、並んでいた調度品は軒並み吹き飛び、風切り音が耳に痛い。

そして、その中央には――

「良く分からないが、チャンスか?」

言いつつ、風に押し負けないよう踏ん張って立ち上がる。

魔力が吹き荒れているせいで目視すら上手くできない。

ただ、見知ったロストロギア――沈静化されたジュエルシードが、『何か』に吸い寄せられようとしているのだけは見える。

チャンスだ。プレシアの姿は見えない。ならば、あれを手にすることは可能か?

「Lark!」

『……不本意ですが、了解しました』

走らせた術式を感知し、Larkが溜息混じりといった感じで応えてくれる。

……まさか、これを使う日が来るとはな。

斧の部分に魔力刃が形成され、残った力を全て注ぎ込み、俺は投擲体勢に入る。

そして息を吸い込み、

「マジカル・トマホォォォォォォクッ!」

『ブーメラン』

全力でLarkを投げ飛ばした。

縦に回転しながら、Larkはジュエルシードへと向かう。

……武器を投げるというこの愚行。あまりにもな馬鹿技だが、今は考えついた昔の自分に感謝。

吹き荒れる魔力の渦を切り裂き、Larkはジュエルシードへと到達した。

そして、格納。五つのジュエルシードを回収して、Larkは回転を止める。

そしてドアと同じように魔力の渦に飛ばされ、こちらへと――

「って、ぎゃあああああああ!」

速攻でしゃがみ込み、頭上を通過したLarkを避ける。

振り返ればそこには、ビーンという音を立てて壁に突き刺さるLarkが。

……当たったら死んでたんじゃね?

まあとにかく、だ。

これで五つのジュエルシードを回収した。一つだけだが、原作よりも多くの――

『聞こえているか、エスティマ=スクライア!』

『ずぁ……!?』

不意に届いた念話に、思わず顔をしかめる。

声はクロノのもの。なんだからやたらと焦った感じだが、どうしたのだろうか。

『ああクロノ。どうしたのさ』

『今どこにいる! すぐに地上へ避難しろ!』

『なんだってそんな――』

『次元震の――それも、大規模の兆候が観測された! 巻き添えを喰らうぞ!』

それを聞き、Larkを引き抜こうとしていた手が止まる。

……なんですと?

振り返れば、そこには魔力の渦を吐き出し続けている『何か』があり――

……原因はあれか。

『……クロノ。大規模次元震が起こったら、アースラは逃げ切れるの?』

『……難しい。だが、だからこそ急いで逃げろと言っている』

無理、とは言わないか。

だが、それは――

『クロノ。その原因みたいなのが目の前にあるんだ。
 それをどうにかしたら、止まるかもしれない』

『なんだと!? いや、だったら僕が行く。君はアースラに戻るんだ』

『了解』

と言いつつも壁に刺さったLarkを握ったり。

……さて、どうしようか。

なんとかLarkを引き抜こうとするが、血で手が滑り、どうにも。

なんとか体重を掛けて引っこ抜けば、その勢いで倒れ込んだ。

……格好悪いなぁ。

ああ、格好悪い。

「……さて、Lark。もう一働きだ」

『……ご主人様?』

「あれを止めればハッピーエンド、かもしれない。
 止められなかったらバッドエンドだ。
 やるしかないっしょ」

『馬鹿なことを言わないで下さい!
 ご主人様の魔力は尽きかけています。
 先程の一撃で、ディバインバスターすら撃てない状態なのですよ?』

「それでもやらないと……」

『不可能です。奇跡でも起こらない限り、あれを止めることは出来ません』

そんなことを言うLarkに、思わず薄く笑ってしまう。

それは、自分に対する苦笑だ。

……けど、さ。

「……奇跡は起きます。起こしてみせます」

『……は?』

「俺の好きな言葉。それに、手は残っているよLark。
 手元には五つのジュエルシード。
 ……力を望めば、なんとかなるかもしれない」

『嫌です』

「頼む。今のままじゃこの上ない大惨事になる。
 それは間違いないんだ。
 だから、なんとかして止めないと――」

『嫌です。嫌と言ったら嫌なのです!
 あなたがそこまでする必要なんて、どこにもありません、ご主人様……!』

……だよなぁ。

俺がそれをする必要なんてない。

だが、これは俺にしか出来ないことなんだ。

だから――

「まったく、エスティは馬鹿だなぁ」

ふと、そんな声が聞こえ、デバイスを握る手を包まれた。

視線を向けてみれば――

「……ユーノ? どうしてここに」

「別に良いでしょ、そんなことは。はい、これ」

言われ、ユーノに何かを手渡される。

それはカートリッジ。プレシアに奪われ、フェイトに手渡されたはずの物。

……どうして、ユーノが?

「結構あの子が使っちゃってさ。五発しか残ってなかった」

「ああうん。……で、お前さんは何をしに来たのさ」

「何って――決まってるじゃないか。
 君を助けに来たんだよ」

思わずユーノの顔を見て固まってしまう。

……微笑みながらこの馬鹿は何を言っているんだ?

アースラにいるべきこいつは、なんでこんな死地に飛び込んできている?

だんだんと朦朧としてきた頭が、怒りで沸騰しそうだ。

それを抑えつつ、俺はゆっくりと口を開く。

「今の状況を理解していないのか?
 今にも次元震が起こりそうな状況なんだ。お前はすぐにアースラへ戻れ」

「嫌だ」

「馬鹿、お前――!」

「嫌だったら嫌だ!」

ユーノにしては珍しい怒声。

ユーノは歯を噛み締めながら、俺に鋭い視線を向けてくる。

「……エスティ。君が無茶をするのはいつものことさ。
 ああそうだ、いつものことだとも!
 けどね、それを黙って見ていられるほど、僕は呑気じゃない!
 大切な弟が傷付くのを見て指を咥えていられるほど、馬鹿じゃない!
 いい加減にしてよエスティ! 君が無茶をする度にどれだけの人が心配していると思っているのさ!
 僕だって、なのはだって――スクライアの皆だってそうだったんだ!
 だっていうのに、君は後先考えず……。
 心配するだけなんて、もううんざりだ!」

「それは……無茶は、俺の仕事だって……」

「だから何? だから君はたくさんの人に心配されても良いと思っているの?!
 だとしたら、それは傲慢だ。助けが必要な場面で一人でやり、失敗するなんて、馬鹿みたいじゃないか」

「失敗するとは限らないだろ」

「いや、失敗するね。自分一人でなんでも出来ると思っているエスティは、絶対に失敗する」

言い切ったユーノを思わず睨む。

だが、それでもコイツは一歩も譲らず、しかも挑戦的な視線まで向けてくる。

……ったく。

「……しょうがない。
 で、何がご所望だ。
 アースラに戻るか? それとも、ここで賭に出るか」

「多分、もう手遅れだ。エイミィさんやリンディさんの雰囲気で、なんとなく察することが出来た。
 だから、ここを切り抜けるにはアレをなんとかするしかない」

ユーノの言葉で、俺は部屋の中へと視線を向ける。

そこには、相変わらず純粋な魔力の渦を放っている『何か』が鎮座している。

「……方法があるのか?」

「結局、あれもジュエルシードの暴走だよエスティ。やることは一緒さ。
 ……ただ、渦巻いている魔力のせいで、なのはの砲撃ですら威力が減衰するだろう。
 これを突破して、零距離での魔力ダメージでノックアウト。
 ちなみに……」

ユーノは俺の顔を見て、どこか悪戯めいた笑みを浮かべ、

「僕はこれが出来る人間を、一人しか知らない。
 力ずくで力場を突破し、砲撃を打ち込むことが出来る馬鹿なんて、ね」

「……言ってくれるな」

「あはは……まあ、そういうわけだから――」

ユーノが印を結び、俺の足元にミッド式の魔法陣が現れる。

治癒魔法。急激な変化はないが、それでもゆっくりと疲れが取れてゆき、思わず溜息が出る。

「僕が道を造る。Lark、加速に必要な距離は?」

『なんの障害もない空間が十メートルもあれば最高速度に達します』

「分かった。ごめんね、エスティを付き合わせて」

『お気になさらず。……ご主人様を止めてくれると期待した私が馬鹿でした』

そんなLarkの悪態に苦笑し、ユーノはマントをなびかせて前進した。

腕を眼前で交差させ、ラウンドシールドを展開する。

……十メートル。今はその距離を稼ぐのが、どれだけ難しいか。

「ユーノ」

「何?」

「一分。……それで回復したら、突撃するぜ」

「分かった」

もはやユーノの背中を見ずに、俺は受け取ったカートリッジを回転式弾倉に装填する。

……五発。ぎりぎりか。

治癒魔法で魔力が回復するとして、俺の手元の魔力をLark注ぎ込み、変形。

ゼロシフトを発動しつつA.C.S、か……。

分の悪い博打だが、善戦しようと出る手はブタだ。

勝利しか、意味を成さない。

だったら――

回復に専念すべく、俺はゆっくりと目を閉じた。


























荒れ狂う魔力の渦の中、ユーノはシールドを展開して前進していた。

吹き飛ばされた調度品がシールドにぶつかる度、思わず脚を止めてしまう。

だがそれでも脚を止めず、ユーノは道を切り開いてゆく。

……あと、五十秒。

チェーンバインドを飛ばし、それで身体を固定する。進んだ空間を結界で埋め、安定させる。

あと三メートルも進めば、約束の距離が稼げる。

「……まだだ!」

最低でも十メートル。絶対にそれ以上を稼いでみせる。

一歩、二歩と進み、その時、ガクン、と膝に重しがかかった。

なんだ、と見てみれば、シールドに叩き付けられる魔力に色が混じっていた。

それは、蒼。ジュエルシードと同じ色のもの。

近付けばそれだけ抵抗が大きくなるのか。

だったら、尚更距離を――

更に一歩。

……あと、三十秒。

あと少しで十メートル。

そう思ったときだ。

真横から、ユーノの身体ほどある研究機材が飛来し、彼は弾き飛ばされた。

こんな鈍い音がするなんて、と熱を持つ身体にコメントして、チェーンバインドを握り締める。

口の中が痛い。切ったか、と舌打ち。

あと、二十五秒。もう時間がない。

バインドを手繰り、一歩一歩進む。

……自分はこんなところで何をしているのだろうか。

そんな考えが、浮かび上がってきた。

初めて遺跡の監督に任命され、そこでロストロギアを発見して……。

それで、ミッドに運んで、それからも今まで通りにスクライアとして……。

だというのに、こんなところで――

風切り音と立ててシールドにぶつかる機材に、ユーノは身を竦ませる。

痛みに耐性のない少年に、さっきの一撃は利き過ぎていた。

びくびくと小動物を思わせる仕草で頭を下げ、しかし、足は休めない。

……この辺境世界にやってきて、いろんなことがあった。

なのはに拾われて、ジュエルシードの奪い合いをして。

日常なんてあってないようなものだった。フェレット扱いされたり、戦闘なんて慣れてないものをこなしたり。

だが、それでも――

エスティだけは、変わらず側にいてくれた。

唯一の日常は、きっと彼がいたことだけだろう。

……それを失っても良いのか。

ここで痛みを堪えず逃げ出すというのは、そういうことだ。

恐怖がなんだ。痛みがなんだ。

そんなことだけで、エスティマに全てを押し付けることなど、出来るわけがない。

「僕は……」

聞く者が自分しかいない状況で、ユーノは口を開く。

「僕は……!」

ただ自分を鼓舞し、約束を果たすべく、ユーノは足を動かす。

「僕は、エスティのお兄さんだから……!」

だから、こんなもの、苦難でもなんでもない。

弟が出来て、兄が出来ないことなど、何一つない――!

バチバチと結界が悲鳴を上げる。

進めば進むほど、吹き荒れる魔力は濃密となってゆく。

なんとか結界を維持するのも限界だ。

だが、意地でも、ここだけは――




『――ゼロシフト、レディ』




今にも限界を迎えようとしていたユーノ。

その彼の耳に、弟の持つデバイスの声が届いた。




[3690] 十五話
Name: 角煮◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2008/09/08 19:26
『ユーノ=スクライアを行かせた!? エイミィ、何をやっているんだ!』

「えー、えー、私も止めましたよ!?
 けどですねぇ、スクライアの名前を出されたら、拘束なんて私にできるわけないじゃん、クロノくん!」

叱責の声に対して、エイミィはコンソールを殴り付けつつ怒声を返す。

珍しく大声を上げる同僚に、クロノは言葉に詰まった。

――フェイトがなのはに負けた直後、アルフはジャミング結界を解いていた。

フェイトが気を失ったならば、プレシアから何を言われたところで構うまい。

そんな使い魔の考えだった。

それを好機として動いた者がいた。

ユーノ=スクライアである。

彼は結界が解除されるや否や、転送ポートへと身を投げ込んだ。

無論、エイミィはそれを止めたのだが、

「スクライアの者として、ジュエルシードの確保、部下の保護に向かいます。
 それと、調査も。様子をこの目で確かめてきます。
 戦闘は今ので終了したでしょう? かまわないでください」

それだけ言い残し、ユーノはバルディッシュからカートリッジを抜き取って、姿を消した。

……確かに、戦闘は終了していた。

無尽蔵に湧いてくるかのような傀儡兵。本来ならば城の中を防衛するはずだった物まで投入した殲滅戦。

それは、クロノと武装隊の働き――そして、誰も知らないが、城の中で暴れていたエスティマによって駆逐されていた。

だが、それを知っている者は存在せず、そのような状況下ではユーノを止めることが絶対だ。

だというのにユーノを止めることが出来なかったのは、時空管理局がスクライアと協力関係にあることが由来している。

あくまで時空管理局が行うのはロストロギアの確保と保管のみ。

アースラは対ロストロギア災害部隊ではない。詳しい知識を持っている者など皆無で、クロノも執務官として義務づけられている浅い知識程度しか持ち合わせていなかった。

データベースを参照しなければ、どう対処して良いのかすら分からない。

その中、ロストロギアに対して専門知識を持っているのはユーノのみ。

彼はジュエルシードの様子を確かめるという名目で、時の庭園へ向かってしまった。

ユーノ個人には民間協力者としての助力を拒んだが、スクライアに助言を貰うことは拒めない。

歪な、どちらもが相手よりも有利に立とうとしている妙な関係のおかげで、止めることができなかった。

人道的にも、管理局としても止めるべきだとは分かっていたが――

「ロストロギアのプロフェッショナル様なんだもんねユーノくんはっ!
 ああもう、なんでこうも自分勝手な子が多いのよ!」

『落ち着けエイミィ!』

「落ち着いてます!……武装隊回収、急ぎます」

怒りを飲み込み、キーボードに指を走らせる。

ふと、艦長席に視線を向けて、エイミィは顔を俯けた。

……艦長、最後まで次元震を抑えるつもりなのかな。

それでもアースラがここから無事に逃げられるとは思えない。

……ここで沈むのは嫌だな、と思いながら、エイミィは溜息を吐いた。






















リリカル in wonder


















エスティマはどうなったのだろうか。

フープバインドで拘束されながら、アルフは時の庭園に視線を向けた。

武装隊に聞けば、まだ彼は保護されてないという。

戦闘が開始されてから結構な時間が経ったというのに、だ。

自力で脱出は無理だったのだろうか。やはり、フェイトと一緒に連れ出すべきだったのではないか。

いや、むしろ最初から管理局に逃げ込んでいれば――

担架で運ばれる主人を見て、アルフは目を伏せる。

非殺傷設定の一撃といっても、あそこまで一点に集束された砲撃を、アルフは目にしたことがなかった。

あれを前にした直前のフェイトの悔しさは、精神リンクでしっかりと伝わってきている。

その後の苦しみも。

限界を超えて戦い、バルディッシュまでボロボロで――

ここまでする必要は、本当にあったのか。

……そして、これからフェイトはどうなるのだろうか。

自分は良い。何をされたってフェイトが笑ってくれるならば、生きてゆける。

だが、フェイトは――

「何が起こっているのか、分からないけど……」

母親が消え、その事実を前にしてこれからの人生をどうするのだろう。

……分からない。分からないことだらけだ。

だからせめて――

「エスティマ。あんただけは、フェイトの側に帰ってきなよ」





























……五十八。

……五十九。

……六十。

目を開ける。

視界の中央にはユーノ。

荒れ狂う魔力の波は、アイツの結界に防がれ、こちらには届いてこない。

距離は――

『十二メートル。上出来です』

「頑張ったな、アイツ」

くすり、と笑みを浮かべる。

……さて、今度は俺の番だ。

「……Lark」

『クリムゾンギア、ドライブイグニッション。
 ゼロシフトのタイムリミット、無限。
 並びに、ご主人様自身のリミットブレイクを始動。
 よろしいですか?』

「ああ」

瞬間、Larkが変形を開始する。

カートリッジロードを二回。足りない分を俺自身の魔力で補う。

パーツがスライドし、合致を繰り返す。

そして不可視の翼が展開。サブ放熱器を更に開放しての四枚翼。

それが大きく羽ばたき、熱が濁流となって吹き出される。

『――Zero Shift・ディバインバスターA.C.S.、スタンバイ。
 セーフティ・リリースを』

ああ、と内心で応え、術式の最終確認。

両肩にアクセルフィンが形成され、それが巨大化する。

それだけじゃない。手首、足首にソニックセイル。それらも通常では考えられないサイズとなっている。

全ては、俺の技能が速度に特化したものだからであり――

『ストライカーフレーム、展開』

ガン・ランスの刃に、魔力刃が形成される。

――放熱器と砲撃、突撃槍の固まりと化したLarkは、俺を引っ張る形ではなく、押し出される形となって相手に突き刺さる。それが俺流のA.C.Sだ。

……さて、それじゃあ始めようか。

「On your mark――」

舌で唇を湿らせ、

「Get set」

『ゼロシフト、レディ』

「――Go Ahead!!」

幾重にもかけられた安全装置。トリガーワードを紡いだ。

瞬間、世界が動きを変える。

吹き荒れる魔力の渦も、未だゆっくりと進もうとするユーノも、遅い。

飛び回る機材も丁度品も何もかもが遅い。

そんな中で動けるのは、俺とLarkだけだ。

――疾走する。

ユーノの稼いでくれた加速距離を走破し、一気に最高速度へ。

そして、吹き荒れる魔力の渦へと突き進む。

ゆったりとした魔力の層は、まるで水中を切り開いているようだ。

ともすれば押しながらされそうな中を、Larkを握り締めて必死に前進する。

魔力刃がひらすらに道を作り、俺がそれを押す。

そうしている内に、ガギリ、と固い層に突き当たった。

「……通れ」

なけなしの魔力を込め、

「通れ――」

放熱が追い付かず赤熱化し、フレームを溶かし始めるLarkを構わず突き出し、

「――――――――通れ!」

――突破する。

その一撃で、濃密な魔力の層は解けるように霧散した。

残るのは、ジュエルシード。その媒介となっていた者を見て、眉根を寄せる。

……そういうことか。

目は開いている。だが、こんなのは――こんな存在を、プレシアは望んだわけではないだろうに。

もしかしたら生きているのかもしれない。次元震に巻き込まれるその時まで、だろうが。

きっとジュエルシードの沈静化を行えば、再び目を閉じてしまうのだろう。

それに、延命処置を施していたプレシアだっていない。

俺が引き金を引けば、きっと彼女は死んでしまう。

……それ以外に方法を知らないんだ、俺は。

もうどうしようもないところまで来てしまっている。

ここで手を止めて、俺を信じてくれたユーノや、アルフを巻き添えにすることなど、出来やしない――!

「ディバイン――」

トリガーワードに反応し、Larkの魔力刃が消滅する。

代わりに、矛の真上にある砲口。そこへとサンライトイエローの光が灯り、

『カートリッジロード』

最後の三発が、炸裂する。

なのは並――否、俺自身のリミットブレイクを行い、更にゼロシフトを加えた。これは彼女以上の威力を秘めた一撃――!

「バスタアァァァァァッ――――!」

それを、開放する!

自分ですら目にしたことのない砲撃。腕の痺れと急速に襲い掛かってくる脱力感。

山吹色の魔力光は媒介ごとジュエルシードを飲み込み――

零距離で砲撃を放った反動で、俺は弾き飛ばされた。

抵抗のしようもない意識の暗転が迫ってくる。

……果たして、俺の一撃は届いただろうか。

それを最後に、視界はブラックアウトした。




[3690] 十六話
Name: 角煮◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2008/09/13 00:34

次元震の発生源が消滅。同時に、その場所で大規模な爆発な発生。

その報告を受けて、プレシア・テスタロッサの研究室に向けている足に、クロノは一層力を込めた。

時の庭園は崩壊が始まっている。

次元震が起きることはなかったが、それだけだ。

中枢で起きた爆発により、時の庭園の基部は大打撃を受け、フロアごとが切り離されつつある。

クロノの使命は、この場所が完全に崩壊するよりも早く、ユーノ・スクライアとエスティマ・スクライアを保護することにあった。

エイミィのナビゲートに従って進む通路には、稀に傀儡兵の残骸が転がっている。

研究室への直通ルートだけではなく、視界の端に映る路地などにも、だ。

一体何があったのかと考え――まさか、と頭を振る。

脳裏に浮かんだのは、敵に捉えられているはずのエスティマだ。

だが――先程の念話で、彼のいる場所と目的地が一致していることは分かっているし、彼には撤退しろと伝えた。

きっとアースラに戻っているはずだ、と思いながらも、焦りが膨らみ続ける。

頼むから無茶をしないでくれよ、と上がる息を忌々しく思いつつ、クロノは疾駆する。

ブレイズキャノンで壁を破砕し、近道としてダクトを滑空し――クロノは、下降を止めた。

視界の隅に何かが映ったからだ。

横穴を通って、点滅する灯りを忌々しく思い、ハ、と息を呑む。

見間違いではなかった。振動が崩壊を伝える通路に、二人の少年がいたからだ。

金髪の少年、エスティマを背負い、罅だらけの紅いハルバードを脇に抱えて黙々と足を動かすユーノに、クロノは声を掛けた。

「何があった!?」

思いの外大きな声が出たことに、クロノは自分のことながら驚いた。

どうやら自分は本当に焦っているらしい、と。

そんな彼の内心を知ってか知らずか、ユーノはゆっくりと振り向く。

彼は顔に濃い疲労の色を浮かべながらも、背中に背負ったエスティマの腕をしっかりと掴みながら、口を開く。

「……ジュエルシードは全て封印。丸く収まった、かな」

「……彼は?」

「傷が深すぎて、僕だとどうしょうもない。魔力も尽きて……、早くアースラへ――」

「分かった。僕が運ぼう」

言われ、ユーノはゆっくりとエスティマを床に下ろす。

そして、傷が深すぎる、というユーノの言葉を理解する。

治癒魔法は既に掛けたのだろう。絶え間なく傷から血は零れているが、致命的なものはない。

しかし、それだけだ。

何があったというのだろうか。両の掌は酷い水ぶくれが浮かんでおり、重度の火傷ということが一見して分かった。

脇腹には不自然な隆起がいくつかある。肋骨が数本やられているのだろう。

顔には傷らしい傷はない。が、額から流れた血が乾き、死人だと思ってしまうほどに白い肌と赤黒い血が不吉なコントラストを表している。

胸が上下しているのが唯一の救いだろうか。

「……何があったらこうなるんだ」

思わず、呆れて声に出す。

まあ良い。それは後回しだ。

クロノはエスティマを持ち上げず、飛行魔法を彼にかける。

そして首根っこを掴み、引っ張りながら走り出す。

エイミィへと通信を送り、手術室を開けるように指示。

他に出来ることはないかと、ユーノへ視線を送り、首を傾げる。

「デバイス、スタンバイモードにすれば良いだろう」

「本体が全損して、システムダウンしてるんだ。無理かな」

……どこまでもボロボロだ。

一度だけ見たフルドライブモードの状態でLarkは機能を停止している。

刃は半ばで砕け、砲身は根本があるのみで丸ごと吹き飛んでいる。回転式弾倉を支えるシャフトは折れ曲がり、今にも弾倉が落ちそうだ。

その下にある放熱器は完全に熱でやられており、溶けたチョコレートのよう。両手の火傷はこれにやられたのだろうか。

見るも無惨なジャンクといった有様だが、しかし、コアが原型を留めているから、修復は可能だろう。

まったく、何をやったらこうなるんだ。

何があったのか、きっちり聞き出してやる。

呆れと怒りとその他諸々を溜息で吐き出して、クロノは足を動かす速度を上げた。

























リリカル in wonder





















……目を開く。

なんだかいやに電灯の明かりが目に痛い。

というか、猛烈に眠い。

視界は目覚め特有の、ぼやけたもの。

このまま寝ればいい、と考えてしまうが、そうは問屋が卸さない。

なんか、人間の最強欲求である睡魔と互角に格闘する痛みがそこら中から上がっているのですがー?

いや、頑張れば眠れるんだけどさ。

まあ取り敢えず。

「知らない天井……じゃねえ。アースラだここ」

失敗した。

なんて空気を読まないんだろう。誰がだ。

取り敢えず身を起こしてから、と力を入れ――

「ぎゃっぐ、おおおおおおおお……!」

悲鳴を上げようとして失敗。それを噛み殺そうとして失敗。最終的に呻き声へ。

痛い。痛すぎる。

何があったこれファック。

たまりかねてベッドをタップしようとしたら、叩いた瞬間手の平がまるで針にでもさされたかのよう……!

「フヒヒヒ……!」

ついそんな奇声が出た。

いや、しょうがないじゃないですか。

有り得ないってこれ。パねぇ。

しかも右腕はギプスに包まれて動かせないし。

説明を要求する……っ!

などとやっていると、不意に空気の抜けるような音がした。

脂汗をだらだら流しつつそちらを見ると、

「うわぁああ!? 何やってんのエスティ!」

「まだ寝てなきゃ駄目だよエスティマくんー!」

俺の姿を見た瞬間、目の色を変えたいつものコンビがいた。

はぁはぁ息を吐きながら、なんとか平静を装う。

俺が落ち着いたのを見て、なんとか胸を撫で下ろす二人。

「もう、大人しくしていなきゃ駄目だよ? お医者様の話だと、一週間は絶対安静なんだから!」

めっ、と腰に手を当てて怒るなのは。

いや、全然迫力ないんだけどね。

思わず苦笑すると、彼女はほっぺを膨らませたり。

「もうっ、エスティマくん散々私に無茶をするなって言ったのに、自分が死にそうな目に遭うなんてどういうことなの!?」

「無茶?……ああそうか、無茶をやらかしたのか俺」

言われ、ようやくこの様になった理由を思い出す。

暴走したジュエルシードに特攻したんだった。神風も真っ青なレベルで。

なんてったって、突っ込んだあとに主砲発射ですからね。

なとど一人納得している俺を見て、なのはは更に眉を釣り上げる。

「言い出しっぺがこれじゃあ、説得力が全然ないの!」

「まあまあ、なのは。俺は生を噛み締めているだけだから気にしないでもらいたいね。なぁユーノ?」

「自業自得なんだから、反論の余地無しで全部エスティが悪いと思う」

「なんだとこの野郎カートリッジを渡したのはどこの……!」

「えい」

「……っ!…………っっ!!」

脇腹を突かれ、悶絶する俺。

お前似たような目にあったら仕返ししてやるからな!

で、なんとか痛みが引いたところで俺が意識ごとぶっ飛んだあとのことを聞くことに。

零距離ディバインバスターは確かにジュエルシードを打ち抜き、沈静化に成功。

しかしメルトダウン寸前だったジュエルシードは大爆発という土産を残し、吹っ飛ばされた俺は更にぶっ飛び、重傷。

ちなみにプレシアの研究室は区画ごと壊滅。そんな中でユーノが俺を見つけることが出来たのは幸運だったとか。

どうやら、寸前まで構築していた結界のお陰で野郎は無事だったらしい。

その後、ユーノは俺の『トイボックス』にジュエルシードを収納、クロノと合流してアースラに戻ってきた。

で、俺の傷。アースラが本局についたらそのまま入院で、退院まで一週間。全治一ヶ月。

リハビリには更に一月と予想されているとか。そして魔法の使用、二週間の禁止。マジかよ。

軽いんじゃね? と思われるかもしれないが、治癒魔法が発達している管理世界では、かなりの重傷である。

「はー、大変だったんだなぁ」

「え、何その人事っぽい反応。エスティ、君のことだよ?」

「ううむ。イマイチ実感湧かないんだよね。事件が終わった、って言われてもピンとこないんだ。
 最後まで――」

そこまで言い、割と致命的なことを思い出した。

何が致命的って、ここで寝ていることが致命的だよ!

「クロノを呼べ! 奴に話さなきゃならんことがある……!」

「ちょ、エスティ、まだ麻酔が効いてるんだから寝ててよ!」

「暴れちゃ駄目だってばー!」

「ええい離せ離せ、掴まれると――」

そこまで言い、あ、と三人同時に同じ言葉が漏れる。

なんでかっていうと、ぶしゅーと額から血が飛び出たからである。

「うわああ、血、血、ユーノくん、エスティマくんが大変ー!」

「うわわわわわ!?」

目を回す二人。んでもって意識が遠退きそうな俺。

その後、騒ぎを聞きつけてやってきた船医のお姉さんに助けられるまでこれは続いたり。

……猛烈に眠い。ぶっ倒れたい。



















「……で、話とはなんだ。僕も事情を聞きたいのは山々なのだが」

ちら、とクロノが視線を動かす。

その先には、両腕を組んだ船医が。キツイ目でこっちを見てます。

はぁ、と溜息を吐くクロノ。

怪我人に無茶をさせるな、と言われているらしい。

「まず最初に一つ。あれからどれぐらい時間が経った? フェイトとアルフはどうなった?」

「二つ聞いてるじゃないか。……まず一つ目。次元震が収まってから、半日だ。
 フェイト・テスタロッサは現在眠っている。酷く衰弱しているが、傷は君よりずっと浅い。
 彼女の使い魔は、事情は君に聞けと黙り込んでいる」

思わず胸を撫で下ろす。

フェイトより先に目を覚まして良かった。運が悪かったら、口裏を合わすことが出来ないしな。

……あー、アルフもだ。ある程度事情を話しているとはいえ、ね。

さて、どうなることやら。

「さて、次はこちらの番だ。あの時、次元震が発生しようとしている時、君は何をした?
 ユーノ・スクライアからある程度の話を聞いてはいるが、本人の口からも聞かせてくれ」

「ああはい。ジュエルシードの暴走を目にして、撤退しても無意味だと判断。
 暴走を抑えるために、ジュエルシードに魔力攻撃を敢行。沈静化……できたのかな? 生きてるのを見ると」

「ほう……そうかそうか」

そう穏やかに言いつつも、クロノの頬は引き攣っている。

ついでに言うと、こめかみには特大の血管が浮かび上がっていたり。

「なぁ、エスティマ・スクライア。僕は念話で、君になんと言ったかな?」

「『次元震の――それも、大規模の兆候が観測された! 巻き添えを喰らうぞ』。
 いやー、巻き込まれなくて良かったね?」

「違う! 君は僕をおちょくっているのか!」

思わず怒声を上げたクロノに、お静かに、と船医が声をかける。

それにぶすっと黙り込みながらも、話を続けるクロノ。

「撤退しろと言ったはずだが?」

「撤退しても次元震を抑えることはできなかった。ユーノと後で合流したことを考えれば、クロノも間に合わなかっただろうし……。
 そんなに悪い判断じゃないと思っているんだけど」

「ああそうだ。アースラが沈まなかったのも、誰一人として欠けることなく事件を終えられたのも、君がジュエルシードを止めてくれたお陰だろう。
 僕も結果論は大事だと思っている。君には感謝すべきだと、分かっている。
 ……だがな。
 運が悪ければ君はここにいないんだぞ!? それを分かっているのか!」

「助かったんだから良いじゃないか」

言いつつ、あれ、と自分で首を傾げる。

なんだろう。

どうにも、自分の命を軽く見ている言動だなぁ、さっきから。

いや、今までだって無茶はしてきたけど、それは死なない範囲で、って話。

本気で死にそうな目に遭ったのは、あの特攻でリリカル人生二度目の体験なんだけれども。

「……っかしいなぁ」

「何がだ?」

静かな怒りが蓄積された様子なので顔を向けると、そこには茹で蛸のごとく顔を真っ赤にしたクロノが。

まぁ、俺のことは後に回すとして。

「ごめんクロノ。心配かけた」

「……ふん。協力者といっても、君は管理局の守る対象の一つなんだからな。
 死なれちゃ、執務官の名折れだ。今後は今回みたいな馬鹿みたいなことをするな。
 絶対だぞ」

「ああうん」

約束できないなぁ、と思ったので、空返事。闇の書事件もあるし、JS事件もあるし。

すると、言うだけ無駄と思われたのか、呆れたようにクロノは額に手を当てた。

「もう良い。次だ。君が連れ去られてから何があったのか、何をされたのか。
 それを聞かせて貰おうか」

そこから事情聴衆開始。

嘘いつわりなく、時たま、フェイトは優しい良い子だよ、プレシアに使われていただけなんだよ、と交えつつ説明。

ふんふん、と頷いて事情を聞くクロノの顔は執務官のそれ。

きっと頭の中では既に、フェイトの減刑云々を考えているのだろう。

口は悪いが良い奴だ。

で、ある程度事情を話し終えると、

「……話は脱線するが、一つ良いか? 結局、君とフェイト・テスタロッサはどういう関係だったんだ?」

「うん。時の庭園に連れて行かれて色々と思い出した。
 スクライアに拾われる前、確かに俺はあそこで暮らしていた。
 で、捨てられた理由もなんだが、今なら分かる。
 プロジェクトF、って単語に聞き覚えはあるか?」

瞬間、クロノは目を見開いた。

どこまでクロノが知っているのか分からない以上、俺から口は開けない。

そして、野郎が口を開くのを待って、一分ぐらい。

「……プレシアの研究室跡を調査した時、その単語が出てきた。
 ただ、データのサルベージが絶望的でな。辛うじて残っていた紙媒体のも、構想段階のそれだけだ。
 調査は進めているが、どうにも」

「そっか」

クロノにバレないよう、安堵の息を吐く。

流石に研究区画ごとぶっ飛べばどうしようもないか。

……よく生きてたなぁ、俺。

まあ良い。取り敢えず――

「人造魔導師を生み出す計画。それがプロジェクトF。
 俺は、その落とし子ってことらしい」

――そんな嘘を、吐いてみる。

いや、嘘ではない。嘘ではないが、今の言葉には『俺だけ』というニュアンスを混ぜた。

データのサルベージが出来ないのならば、チャンスだ。

フェイトにはアリシアの記憶が焼き付けてある。なんだかんだ俺が吹き込めば、自分がアリシアだと思うことだって可能だろう。

「……そうか」

なにやら、お気の毒、といった感じのクロノ。

よし、今の内に一気に畳み込む。

「なんで作られたのかは不明だけど、ね。
 ……ま、子供の頃、そのプラントに足を踏み込んでダストシュート、って感じ。
 多分、アルフもフェイトもそのことは知らない。
 だから悪いんだけど、このことは秘密にしてもらえないかな」

「……何故だ?」

「妹に変な心配をさせたくないからさ」

「……それが偽りのものだとしても、か?」

「ああ」

沈黙が流れる。

クロノは口を開きづらそうにしているわ、視線をずらしてみれば船医さんは気の毒そうな顔をしているわ。

ああもう。

嘘なんだから、そんな顔されたらこっちが参るっつーの。

「……悪いが、フェイト・テスタロッサを裁判にかける以上、黙っていることはできない。
 遠からず、彼女はこの真実を知るはずだ」

「ですよねー」

「だが、配慮はしよう。せめて、彼女が落ち着くまでは」

「……ありがとう」

「当たり前のことだ。母親が死んだんだ。
 そんな精神が安定しない状態で、更に錯乱させる必要はない。
 そんな死人に鞭を打つようなことをするような――」

「……え、死んだ?」

「ん、ああ」

しまった、とクロノは視線を逸らす。

だが、そんなことにかまわず、俺は思わず身を起こす。

脇腹に痛みが走るが、知ったことか。

「死んだって、あのプレシアが?」

「……ああ。研究所の跡に、プレシア・テスタロッサの遺体が見付かった。
 ……フェイト・テスタロッサの使い魔に身元の確認をしてもらったので、確実だ」

……なんてこったい。

まあ、少し考えれば、そうか。

ジュエルシードを道連れにしてアルハザードへと行くはずだったのに、あの場にあったのはロストロギアだけ。

だったら、不慮の事故があったと見るべき。

……それにしても、死んだのか、アイツ。

俺としては行方不明の方が有り難かったんだけどなぁ。

参った。

フェイトのダメージが洒落にならないぞ。

……くそ、取り敢えずここでもう一回芝居だ。

「……あの人、死んだのか」

「君が殺したわけではあるまい。気にするな」

「……なんだ、言い切れるのか? 捨てられた恨みを込めて俺がやったのかもしれないじゃないか」

「デバイスの記憶を覗かせてもらった。それはないと言い切れる。
 ……無闇に下手な発言をしない方が、身のためだぞ」

「そうだな。悪い」

どっかりと起こしたベッドに倒れ込む。

……ああ、ある程度の事情を話したら、本気で眠くなってきた。

「……おい大丈夫か。顔色が悪いぞ」

「喋らせている本人が一体何を。……ま、他にも聞きたいことがあるし平気」

などと言ったら、船医さんから射殺すような視線が。

すみません。

「すまないけど、疲れた。一眠りして良いかな?」

「ああ。君の意見、参考にさせてもらう。疲れているところ、悪かったな」

「……良い、って」

言葉を発しつつも、睡魔が猛烈な勢いで迫ってきている。

もう駄目やも。

それを最後に、ぷっつりと意識が途切れた。



























それから三日後。

痛み止めを飲めばある程度動けるようになると、フェイト、アルフとの面会が許可された。

駄目、と言い張るクロノに、リンディ艦長が許可を出してくれたのである。

優しい人だ。

それにつけ込むようで悪いが、フェイトにはある程度の口裏合わせをしてもらえるよう、それとなく誘導しよう。

車椅子を押してくれるユーノに断りを入れて、フェイトとアルフがぶち込まれている一室へと入る。

怪我は完治したのか、拘束着を着たフェイトは俺の顔を見て、暗い顔を輝かせた。

アルフはアルフで、そんな様子のフェイトに苦笑している。

が、半分ぐらいミイラになっている俺である。再び顔を暗くし、慌てるフェイト。

「ど、どうしたの兄さん!?」

「あれまぁ……ミイラ男になっちゃって」

「うん、ちょっと無茶しちゃってさ。色々あったんだ」

「……ごめんなさい。私、兄さんを助けに行くことができなかった」

「気にしなくていいから。こんなの、一月もすれば治るし」

言いつつ、力こぶを作る。

ちなみに背中は脂汗びっしょりである。蝶痛い。

だが、その甲斐あってかフェイトは微笑みを浮かべたり。アルフには、無理しちゃって、と笑われた。

くそう。

「……なのはと戦ったって?」

「うん。負けちゃった」

「はは、あの子、強いからね。桜色の砲撃、ちょっとしたトラウマでしょ?」

「ちょっとね」

強張った笑み。どうやらちょっとどころじゃないらしい。

そりゃー視界を覆うほどの桜色なんて目にしたら誰だって夢に見るわ。

「で、アルフは大立ち回りをした末に捕まったとか」

「ふん、捕まってやったのさ。フェイトが倒れた以上、戦う意味なんてなかったからね」

「……まあ、フェイトもアルフも無事で良かった。球のような肌に傷でも残ったら、兄としては由々しき事態ですから」

「もう、何言ってるの」

控え目な笑みが浮かぶ。

どうやら思ったよりも元気なようだ。

それはそれで良いんだが――

「ねぇ、兄さん。母さんはどうなったの?」

やはりそれが気になるか。

どうやって誤魔化すべきかなぁ。

「母さんは……ごめん、分からない」

「……そっか」

先程の笑みから一転して、再び暗い顔。

アルフは、下手なことを言うなと鋭い視線を送ってくる。

……ここで嘘でも吐けば元気にでもなるんだろうが、それだと真実を知った時の反動がヤバいだろう。

今の俺には、グレーな解答をすることしか出来ない。

ちょっと歯噛みしたい気分になりながらも、努めて笑顔を。

一つだけ、どうしてもやらなきゃいけないことがあるんだ。

いくつだって嘘を吐いてやる。

その覚悟を持って、俺はここへ来たんだ。

「……ねぇ、フェイト」

「何?」

「そういえばさ、いつの間に名前を変えたの? 前はアリシアって呼ばれていたよね。
 なぁ、アルフ?」

「いや、私は知らないけど」

「……アリシア?」

「そう。フェイト、ってアルフに呼ばれていたから分からなかった。
 母さんにも妹がいるとは聞いてたけど、違う名前だったからさ」

「…………アリシア」

言葉をかけても反応せず、アリシア、と呟く彼女。

どこか瞳は虚ろで、何かを思い出しているようだが、さて。

……どう転ぶ?

「……私、アリシアって呼ばれてた?」

「俺はそう聞いてたよ」

「そっか。なら……うん。私はアリシアだった。そう呼ばれていた覚えがある」

「……ねぇ、フェイトとアリシア、どっちの名前が良い? 好きな方で呼ぶけど」

内心ドギマギしているが、なんとか顔に出さないよう努力して、言葉を続ける。

なんとも居心地の悪い沈黙が一分ほど。

そしてフェイトは俯いていた顔を上げると、真っ直ぐに俺を見た。

「フェイト。……辛い思い出はたくさんあるけど、こっちの名前の方が思い入れがあるから」

「ん、分かった。じゃあこれからも、フェイトをフェイトって呼ぶよ」

そこからは取り留めもない話をしたり。

初めて顔を合わせた時はお互いにビックリしたとか。

稀少技能は反則だとぼやかれ、こっちこそフェイトの魔力変換資質は卑怯だと言ったりとか。

怪樹戦でアンタに吹っ飛ばされたのは屈辱だったけど、まだ負けてなかったと負け惜しみを言われたりとか。

そんな、当たり前のことを話して、その日は別れた。






















それから更に四日。事件が終了して一週間。

まだ時の庭園には調査隊がいるらしいが、壊滅状態の研究施設からはロクな情報を得ることが出来ていないらしい。

そんなことを、調査に同行したユーノから聞いたり。どうやらロストロギアがあったから意見を聞かせに行ったんだとか。

さて、今のところ俺のメッキは剥がれていないよう。

フェイトもアリシアという名を昔の名前だと思い込んだようだし、アルフは捜査に対して非協力的な態度(ただ黙っているだけである)を取り続けている。

どうやら本人、自分がうっかり口を滑らせるのが怖いらしい。

そりゃあ、自分の発言一つでフェイトの未来が左右されるのならば、迂闊なことは言えまい。

フェイトはフェイトで、割と協力的。

ただ、彼女自身が知らないことが多すぎてどうにもならない。

何故プレシアがジュエルシードを集めていたのか。

何故自分は名前を変えることになったのか。

彼女が口にする発言は、プレシアがフェイトに犯罪を強要していた事実を浮き彫りにするだけだ。

いくら彼女が母親を庇おうと、悪い人じゃないと言おうと、何一つ変わらない。

同情的な視線を送るクロノやリンディさんから見れば、フェイトは犯罪者とはいえ、被害者としか思えないのだろう。

アリシアという名を自分の名前だと思い込んでいる今の彼女に見えてくる真実など、何一つありはしない。

ちなみに、フェイトの身元がはっきりしないことから業を煮やしたクロノは、アリシアの死亡を診断した病院へかっ飛んで行き頭を抱える羽目となった。

隠蔽されていた事実。アリシアの遺体が何者かに持ち去られていたのだ。

これにより、管理局はフェイト・テスタロッサとアリシア・テスタロッサを同一人物と捉えるようになった。

アリシアに魔法の素質がなかったのでは、といくつか疑問が残ってはいるのだが、それ以外の方向に話が逸れないよう、それとなく誘導。

リンディさん辺りは若干気付いている節があるが、何も言ってこない。

きっと何かしら思うところがあるのだろう。これ以上フェイトに知らなくて良い現実を見せなくて良いとか。

きっと彼女一人が感づいていれば伝えていたのだろうが――俺が率先して事実を隠蔽しようとしているからか、彼女は黙っている。

その好意――好意と言えるかどうか微妙だが――に甘える形となって、俺に都合の良いよう、事件は収束に向かっている。

……きっと俺はロクな死に方しないんだろうな、と最近思うようになった。

ああちなみに、遺棄プールの跡地が見付かり、少しだけ騒ぎになったらしい。

何人もの、似た、しかし別物の魔力反応がこびりついた区画。

何か知らないかと問われ、躊躇いなく俺はこの手で吹っ飛ばしたと白状した。

無論苦い顔はされたが、それだけ。

いやまぁ、一時間ほど小言を言われ、今後、管理局と協力する時は勝手な真似をするなと釘を刺された。

そして、ある程度フェイトが落ち着いた頃を見計らって――

彼女に、プレシアの死が伝えられた。

存外、俺が思っていたよりもフェイトの反応は薄かった。

いやまぁ、俺が最悪の場合を想定していただけなのだが。

きっと他の人から見たらフェイトの反応は当たり前で、悲痛なものだっただろう。

泣きじゃくるフェイトをあやし、俺がいるからと宥め賺し、精神リンクでフェイトが悲しんでいるのを知ったアルフに責められ、散々な目にあった。

散々な目に遭ったが、それでようやく気付いたことがある。

それは、俺にしがみついて泣いているフェイトを抱き締めている時に気付いたことなのだが。

どうやら俺は、少しだけ自暴自棄になっていたらしい。

それもそうか、と納得する一方、悪い兆候だ、と苦い気分になる。

……元の世界に帰る方法を自らの手で粉砕して、此方側に残ると決めた。

知らず知らずの内に、そのことが尾を引いていたらしい。

自殺じみたジュエルシードへの特攻。

死地から生きて帰ったのに、イマイチ生きている実感がない現実。

まるで夢の中にでもいるようだ。全身の傷からは悲鳴が上がっているのに。これが現実だと知らされているのに。

そして、そんなしこりがあったからこそ、悲しんでいるフェイトを前にして動揺した。

まるで唯一の拠り所を離すまいとしている彼女に、目を覚まさせられた気分になった。

……思い出すのもあれだが、俺はそのとき、一緒になってフェイトと泣いた。

その時になってようやく、元の世界に戻れないと、本気で理解したのだ。





[3690] 十七話
Name: 角煮◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2008/09/14 00:01
「はーいよい子の皆さん、席には着きましたか?」

「はーい」

「よろしい。では、リンディ先生の特別授業、始めますよ?」

「はーい」

ディスプレイの前には、ブラウスの上からベストを着込み、眼鏡を掛けたリンディさん。

間違ったステレオタイプの女教師ルックである。

そんな彼女の前には、なのはにユーノ、そして俺。

ブリーフィングルームにはお子様メンツが勢揃いである。

そしてこれから何が始まるかと言えば。

「本日の講義内容は、『本当は危険は攻撃魔法』。魔法初心者のなのはさんと、問題児のエスティマくんに優しく教えてあげます」

……何この茶番。家庭の医学かよ。

なんだか楽しみにしている雰囲気満々風味のなのはには悪いが俺としてはどうにも。

そんなのミッドの学校で習ったっちゅーねん。

などと思っていると、

「そこ、エスティマくん。今回の講義は、半分以上君のために開いているようなものなんですからね?」

「いや、別に……」

「大事な話なんですからね?」

「いや、俺は……」

「大事な話なのよ?」

「はいすみません」

先生口調が崩れたので危険を感じ、速攻で謝る俺。

なんだよもう。

「ほらエスティ。折角リンディさんが休憩時間を削ってくれているんだから、ちゃんとしなきゃ駄目だよ」

「……お前この野郎。大事な話だっていうから来てみたらなんだよこれ」

「大事な話には違いないじゃないか」

「どこが……!」

と、声を荒げようとしたら脇腹を突かれた。

思わず悶絶する。

くすぐったいとかそういう次元じゃない。

今の俺には急所のようなもんだぞここ!

ファックファックと机を叩く俺を余所に、講義らしきものが始まる。

「安全でクリーンな技術として広く使われている魔法ですが、これにはいくつか問題があります。
 まず一つ。機械ではなく人の手で使う技術な以上、どうしても使用者にはある程度の技術が求められます。
 身の程を弁えずに背伸びをした結果、自らを傷付けることも珍しくはありません。命を落とす可能性すらあります。
 なのはさん、分かりますね?」

「はい、分かります」

あ、なんだろう。

なんか三つの視線がこっちに向いている気がする。

「制御できない技術は、それそのものが危険極まりないものです。分かり易い例で言えば、ロストロギア。
 力だけに目を向けてリスクを理解していないと、身の破滅を招きます。
 大きな力を使うには、技術という手綱をしっかり握っていなければなりません。
 ……さて、エスティマくん。君が今回やらかしたことですが――」

そこで一回言葉を句切り、リンディ先生はブリーフィングルームを見回す。

「カートリッジの過剰使用。未成熟な身体には危険な稀少技能の完全発動。
 加えて、自身の強制的なリミットブレイク。これがどれだけ身体に負荷を掛けたか、理解していますか?」

「それなりに」

「先生、リミットブレイクってなんですか?」

挙手をして声を上げたのはなのは。

はい、とにっこり笑顔を浮かべて頷くリンディせんせ。

ノリノリだなお前ら。

「まず、デバイスにはフルドライブモードというものが搭載されています。
 なのはさんのレイジングハートだったら、シーリングモード。
 これは、術者とデバイスの能力を完全開放して限界近い能力を発揮する状態。
 元々魔導師にはリミッターが設けられており、力の全てを使うことができません。
 リミッターが存在するのは、術者の身体を守るため。フルドライブモードは、使用者の限界近い能力を発揮する代わりに、負担を強いるものです。
 なのはさん、フェイトさんを行動不能にした砲撃魔法を使ったあと、手足の痙攣などが起きませんでしたか?」

「あ、はい。それに、すごく疲れて……」

「そう。たった一撃でも、自覚できるだけの反動が襲ってきます。
 ……そして、リミットブレイクですが」

……ああ、リンディさんの視線が痛い。

「これは、フルドライブモードを超えた状態。普通のデバイスは搭載されていないはずなんだけど……どういうことかしら、エスティマくん?」

「ば、バグかなんかじゃないですかねぇ?」

「嘘おっしゃい!」

「すみません」

バン、と教卓もとい机を叩かれて一瞬で謝る俺。

早くこの空間から逃げたい。

「自分であんな設定とチューンをしておいてどの口が。
 スクライアの武装隊として登録されてなかったら完全に違法よ!
 というか、ログを遡ってみたら登録される前から搭載してあったわねリミットブレイク機構。
 一体なんのつもりで――!」

と、そこでリンディさんは口を閉じる。

なんでかっていうと、なのはとユーノがガタガタ震え始めたからだ。

ちなみに俺、鬼気の直撃を受けて脂汗がヤバイ。

ちびりそう。

「脱線してごめんなさいね。
 ええと、どこまで話したかしら。
 ……リミットブレイクは、フルドライブを更に超えた状態、ってところまでだったかしら?」

「は、はい」

「うん。……端的に言うと、リミットブレイクは術者とデバイスの命を削ります。
 その例が目の前にいますね?
 エスティマくんはこのように半死半生の状態で。Larkさんは大破。レストア可能なのが奇跡と言える状態。
 ……なのはさんもレイジングハートを大事に思うのなら、絶対にこんなことをしてはいけませんよ?」

なんだこれ。

俺は反面教師か何かか。

俺ばっかり槍玉に挙げられてて、どうにも気分が悪いぞ。

あの場合無茶をするしかなかったじゃないの。

そしてユーノと知り合った時点で無茶は必須と思ったのだから、無茶が利くようにLarkを改造したのだって悪くない。

そう、俺は悪くない。

全ては俺をこのリリカルな世界に引きずり込んだ『アリシア』が悪――

「エスティマくん、何か不満がありそうな顔をしているわね?」

「いいえ、なんでもありません。全部僕が悪いです」

……くそう。

…………畜生。


























リリカル in wonder





















リンディさんにこってり絞られたあと、疲労困憊といった様子で俺はブリーフィングルームを後にした。

何あれ。講義という名の公開リンチじゃないか。

なのはとユーノも一緒になって責めやがってよぅ。

……まあ仕方がないわなぁ。

はぁ、と思わず溜息を吐く。

そりゃー友人が自らの身を顧みずに天元突破すれば怒るわな。

心配させて悪いとは思っているし、できるならばもうしない、と約束したくもある。

……できるなら、ね。

いやー、これでも頭脳は大人。他人が苦しむより自分が苦しんだ方が! なんて青いことは言いませんよ。

残された人間からしたらたまったもんじゃないだろうしね。

本当、使わなければ死ぬ、って状態にならない限りリミットブレイクは使いません。決めました。

……説教されて強要された、とも言う。

まあ良い。

「どうもー」

言いつつ、工作室へと入る。

ぷしゅーと気の抜ける音と共に開いた部屋の中に人の姿はない。

はて、休憩中なのだろうか。

首を傾げつつ、メンテナンスベッドに置かれたLarkの元へ。

数々のコードに繋がれたLarkは、デバイスコアを明滅させながら外装の復旧に勤しんでいる。

フルドライブ用の外装は全損。ついでに、内蔵放熱器も逝って通常稼働は不可能な状態。

これでもかなり直った方。データサルベージして新しい機体に乗せ換えたら? なとど最初は言われていたのだ。

ちなみに修繕費は目を覆わんばかりの額だったのだが、事件の解決に協力してくれたし、とのことで管理局負担になった。やったね!

まぁ、それでもLarkが大破したことに変わりはないんだけどね。

まったく、修復までどれぐらいかかるんだか。

キーボードを叩いて調子を見る。復旧率は五十%。七十に達すれば、フルドライブ以外は使用可能になる。

……ん? なんだこれ。データ流し見ていたら不自然な場所がありましたよ?

「……リミットブレイク機構、凍結? ゼロシフトも?
 誰だよこんな設定にしたの。解除しちゃる……って、パス付き?
 持ち主に無断でなんてことを……!」

『何をしてますか、ご主人様』

声をかけられ、思わずメンテナンスベッドに視線を送る。

そこには、修復を中断したLarkが。

「いやー、なんか機能制限がされてたから、ちょこっとプロテクトを破ってやろうかと」

『余計なことをしないで下さい。それは、私がお願いしたことです』

「あー、そうなんだ。……って、え?」

『当然のことです。何を言っても私の言葉を無視して身体を酷使するのですから。
 ですので、第三者の手によって機能制限を行いました』

「……ちなみにその第三者は?」

『設定を行ったのはユーノさんです。
 フルドライブにはご主人様の上司に当たる方の承認が必要です』

「あいつらー!」

あ、モニターをスクロールしていたら画像データが出てきたぞ。

開いてみると、そこにはデフォルメされた怒り顔なのはのイラストが。

『使っちゃ駄目!』ですかそうですか。

……あ、あれー? しかもなんか新しい形態まで搭載されてますよー?

「Lark。これは何さ」

『アイドリングフォームですが』

「そうじゃねー! 何これ!? カートリッジシステムを封印て!
 こっちも開放に条件付きとか!
 余計な形態増やしたせいで処理速度遅くなってるじゃん!」

『御心配には及びません。管理局のデバイスマイスターが機体構造を簡略化してくれたため、性能自体は向上しています。
 処理速度は五%。耐久性は七%。魔力消費量は以前と比べて一割の減少です。
 使用にはなんの問題もありません』

「人のデバイスを勝手に弄るなー!」

バンバンバンとコンソールをぶっ叩く。

『落ち着いてください。凍結と言っても条件次第では許可なしでも解除可能なのですから』

「……例えば?」

『大まかなものならば……フルドライブの場合ならば二ランク差のある魔導師との対峙などです。カートリッジの封印解除は、一ランク。管理局からの通達があると思うので、細かい部分はそちらを参照してください』

「ちなみにそのランク差は誰が判断するのさ」

『私です』

「……そうですか」

なんだかなぁ。

まぁ、きっと馬鹿なことをしないように、っていう配慮なんだろうけど。

……だとしても納得出来ない。

『ご主人様、アイドリングフォームを導入したので他の形態にも名前を付けるべきかと。
 日本びいきなご主人様ですから、それっぽいのが』

「……第一形態、第二形態、最終形態で良いよもう」

『やる気がありませんね。了解しました』

がっくりと肩を落とす。

あーもう、余計なことしやがって。

思わずガリガリと頭を掻きむしる。

んで、考え無しにそんなことをしたもんだから、頭の瘡蓋が剥がれて痛い。

……ちくせう。

『……ご主人様?』

「なんだよLark」

『寝取られたわけではありませんよ?』

「……うっさい」

『機嫌を直してください』

「別に怒ってなんかないやい」

『では、拗ねないでください』

「拗ねてもいない!」

ぐぬぬぬ……!

どいつもこいつも俺をコケにしよってからに。

「相棒が知らぬ間に改造されてたら、誰だって嫌な気分になるだろ」

『申し訳ありません。ですが、これもご主人様のためなのです。
 理解してください』

「してるよ。……ったく、あーあ。
 第一形態でも稀少技能を使えるようにしないとなぁ。
 部分発動を更に部分発動。ミッドじゃ無理だから……近代ベルカ苦手なのになぁ」

思わず愚痴る。

練度が低いから使わないようにしてきた技、鍛えないといけないじゃないか。

魔法使用のドクターストップが解除されるまでの五日間、術式の構築に時間かけるか。

よし、ユーノの野郎も巻き込んでやろう。能力制限したのはアイツなんだから責任とらせてやる。

他にLarkの仕様に変更点がないかを調べる。

そして、Larkも話しかけることはなく、黙々と作業を行い十分ほど経ったときだ。

『ご主人様』

「何?」

『私は、いくつかご主人様に黙っていたことがあります』

どこか申し訳なさそうな響きで、Larkが声を上げた。

『私の出自に関してです』

「……ああ、そういえば気にしたこともなかったな」

『はい。聞かれても私は誤魔化していたでしょう。
 ですが、全てが終わった今、私はあなたに知って欲しい』

そこから始まったのは、ちょっとした昔話。

Larkはリニスのやっていたインテリジェントデバイス作成のテスト過程で作られ、しかし、不完全な部分が多い欠陥デバイスとして生を受けた。

テストにすら耐えられない出来。故に、リニスはLarkの破棄を決定しプレシアがLarkを処分。

傀儡兵に失敗作の処分ついでに遺棄プールへと捨てるように指示し、Larkは誰からも忘れ去られた。

……だが、そんな彼女を拾う者が現れる。

それが『アリシア』だ。

物言わぬ妹たちに囲まれていた『アリシア』は、Larkの存在を話し相手として受け入れた。

Larkという友人を得た『アリシア』だが――困ったことに、Larkとの接触が彼女に欲というものを教えてしまう。

寂しさ。そこから生まれたのは、もっと友達が欲しいという欲求。

だが、そんなことを夢見ても、遺棄プールに運ばれてくるのは死体か、形すら整っていない妹たちだけだ。

そんなものを目にし続けて――彼女は、次第に絶望というものを覚え始めた。

最大の不幸は、『アリシア』がデバイスの身に人間と同じ思考と感情を搭載されたことだったのだろうか。

頼れる者はLarkのみで、しかし、Larkは真っ新なデバイス。

何かをしようとしても、何か行動を起こそうとしても、死の淵にいる妹たちから吐き出した魔力を糧にして生き続けている彼女にできることはない。

ただ生きながらえるだけが精一杯の生き地獄。

そんな場所に居続けて――次第に、彼女は死ぬことを考え始めたのだという。

だが、それは許されない。攻撃魔法を放ってもヒューマンフォームの――人の姿をとっている状態――『アリシア』は自害すらできず、ただ存在し続けることを強要される。

だから彼女は、Larkに補助を頼み、自分を殺してくれる誰かを召還したのだという。

そして、珍しく完全な状態で捨てられたF計画の素体を見て、『アリシア』は思い付いた。

質量を持つ者を召還するのに莫大な魔力が必要ならば、実体を持たないものを呼べばいい。

そうして呼び出されたのが、俺こそエスティマ・スクライアの中の人。

魂なんてオカルトに縋った『アリシア』の賭けは成功し、俺の魂はこの身体にどういうことか定着。

我流の召還魔法は、宝くじ以上の低確率で、しかし、絶対に誰かを呼び出す博打に勝ったのだ。

Larkは俺のお目付役。ちゃんと『アリシア』たちを葬ってくれるよう、誘導する存在として俺に与えられたのだという。

ちなみに俺を呼び出した時、『アリシア』はなけなしの魔力を使い果たしてシステムダウン。彼女の再起動を待たずに俺が外へと出てしまったのが、最初の間違いだったとか。

話を聞き終わり、ふと、俺はLarkに疑問をぶつけることにする。

「……なぁ、Lark」

『はい』

「話は分かった。けど……だからこそ分からないことがある。
 君は、何故俺を時の庭園へと連れて行かなかった? 事件が起こるまで。
 いや、もしこの事件で俺が時の庭園へと向かわなかったら、君は俺をあそこに連れて行こうとしたのか?
 ……どうにも、そうは思えないんだ。
 君は俺の武器として、ずっと一緒にいてくれた。
 俺に意見をすることはあっても、行動を強要することはなかった。
 それは何故だ?」

『それは――』

そこで一度Larkは言葉を句切り、チカチカとデバイスコアを光らせる。

考え事でもしているのか。

『私がアリシアを裏切ったからです』

「裏切った?」

『はい。私は保険としてあなたのデバイスとなりましたが、側に居続ける内に、気付いたことがあった。
 ……アリシアが殺して欲しいと願うように、あなたにも、何か願いがあったはずだ、と。
 アリシアは――いえ、私たちは、それを一方的に無視してご主人様をこの世界へと呼び込んでしまった。
 それは罪です。知らぬ間に、私たちは、私たちを捨てた者と同じことをしていた。
 それに気付いた瞬間から……罪を償おうと、私は思うようになったのです。
 この世界にいるあなたを支え続けること。それが、唯一できる私の罪滅ぼしだと。
 ……だからこそ、私はご主人様を時の庭園に行かせたくはなかった。
 この世界に呼び出された意味に気付くことなく、第二の生を謳歌して欲しかった。
 だからこそ私は、今このときまで、ご主人様に隠し事を続けていました』

「……そっか」

Larkの内心はどんなものだろうか。

友人を裏切り、一人で罪滅ぼしを続けた彼女。

終いには俺自身が元の世界に帰ることを否定する。

……あーもう。

「気にすることないよ。ここに呼び出されたのは未だに納得できないけど、Larkには感謝している。
 原因の片棒を担いでいるとしても、俺がここまで生きてこられたのは君のお陰だ。
 それだけは、間違えないつもりだから」

『……ありがとうございます、ご主人様』

「良いって」





























事件が終了してから二週間が経った。

ようやく魔法の使用許可が下りて――それでも船医さんからはキツイお灸を据えられたのだが――気分は上々。

車椅子からも開放されて、残すは右腕のギプスのみ。

存外腕が動かせないことは不快だが、もう少しの我慢だ。

そして、それ以上に、良いことがいくつか。

どうやら、フェイトへの刑罰が原作よりも軽くなりそうなのである。

武装隊に甚大な被害、それこそアースラが作戦行動不可能な状態までに追い込んだのは事実だが、いくつか変わったこともある。

ジュエルシードは全て確保できたためスクライアから文句が出ることはなく、そして、事件最大の問題とも言える次元震の発生を、身内の俺が止めたということ。

この二つが追い風となって、早い内に裁判が始まる。クロノが言うには、無罪に近い判決が下されるだろう、とのこと。

……まぁ、そうなるにはいくつか条件があったんだけどさー。

一つが、フェイトと俺を嘱託魔導師として登録すること。

どういうこっちゃと思わず叫びたくなったが、まあ、しょうがない。

ことの発端は、助けて僕のスーパーピンチ、もとい長老様にユーノが泣き付いたのが原因でした。

エスティの妹が見付かったんですけど、このままだと大変なことになるんですとかなんとかチクりやがった。

まあ、心配してくれた故の行動なんだろうけど。

それを聞いた長老様はスクライアの誇る最高のネゴシエーター(ちなみにスクライアには一人しか交渉人がいないため、自動的に最高となる)を派遣。

次元震が起きなかったために、時空転移に問題はなかったのだ。

余談だが、彼の名前はロジャー・スクライア。悪趣味な黒ずくめの格好をした、ゴーレム召還魔導師である。存在自体が冗談だ。

まぁとにかく、俺が嘱託になることを条件にして――正規の取引じゃあないわけだが――フェイトの減刑を加速させた。

……妹の責任ぐらい自分でとれ、ということらしい。

その代わり、フェイトはスクライア一族として迎え入れるとのこと。

本人もそれを望んでいるので、問題はない。

……なんつーか、何から何まで申し訳ない。保護者ってのは偉大だ。

ある程度の指針が決まり、フェイトも部屋を移って今は普通の船室に。

とは言っても、船内をうろつくことは禁止されているが。

そんな妹の部屋へ、今日も顔を見せに――

「やっほー、フェイ……」

「兄さん!」

「おお、元気……って、ぎゃあああああ!」

顔を見た瞬間に飛び込んでくるフェイト。

ジーグブリーガーをやられ、悲鳴を上げる俺の身体。

ちょ、まだ怪我が完治してないんですけど!

「あ、あれ!? 兄さん、兄さん!」

「ちょっとフェイト! エスティマ、泡吹いてるよ!」

フッ……と意識が飛びそうになった瞬間、ようやくフェイトが離してくれた。

あぶねぇ。川の向こうで知らない誰かがおいでおいでしてたぞ。

「ごめんなさい」

「いや、元気なのは良いことだよ、うん。死ぬかと思ったけど」

「うん。……本当に大丈夫?」

「大丈夫だってば」

あはは、と笑うも、フェイトの表情は心配げ。

……ううむ。どうにもフェイト、プレシアの死を知らされてから俺にべったりなのである。

困った。アルフの白い目が痛すぎる。

ベッドに座らせてもらうと、その隣、十センチも離れてないところに腰を下ろすフェイト。

……むう。

「怪我はどう? まだ痛むの?」

「いや、痛み止めを飲めば、歩き回るのに支障はない程度には回復したよ。
 流石にさっきのは効いたけど」

「……ごめんなさい」

「あーもう、今のは冗談だってば。なんでも真に受けちゃ駄目だって!」

良い意味でも悪い意味でも純真だ、この子は。少しはアルフの大雑把な性格を見習って貰いたい。

あう、と困った声を上げるフェイトに、こっちも困る。

「あ、あの、兄さん。……今日はユーノさんと一緒じゃないんだね」

「ああ、アイツね」

そういえば、とアルフも声を上げる。

基本フェイトたちの元にはユーノと一緒に足を運ぶのだが、今日は違う。

今日からアイツはなのはに魔法の座学を教えるために海鳴へと出向いている。

なんでもなのは、嘱託になるんだとか。

随分と早い歪み……っつーか、予想していなかったことだ、これは。

これからの展開が若干狂う気配を感じながらも、俺は黙ってなのはとユーノを見送った。

講師としてなのはに教えることが出来る者はクロノなどがいるのだが、執務官は暇じゃない。

そこで白羽の矢が立ったのがユーノ。あの野郎、知らぬ間に教員免許をとっていやがった。

といっても、家庭教師に近い扱いなのだが。

ユーノがなのはに嘱託試験の勉強を教える役になったのは、アイツ個人が転送魔法を使えるってのも大きいか。

帰るときは自分で帰れば良いしね。

まあ、それはともかく。

「ユーノが気になるの?」

「あの、そうじゃなくて……いつも一緒にいる感じだったから、珍しいなって」

「あー、そうかも」

俺の毎日はデバイス工作室とベッドの往復、アルフのフェイトの様子見しかないから、ユーノと一緒にいることが多い。

まぁ、アイツと一緒だと会話の種に尽きないから楽しいし。

「兄さん、ユーノさんと仲が良いよね……」

「……フェイト?」

「まぁ、小さい頃から一緒だったし」

あ、あれ?

なんかフェイトが不機嫌そうにしてるんですけど。

心持ちほっぺたが膨らんでるし。

なんでだ。

「そ、そうそう。バルディッシュ、もうそろっと直るよ」

「本当!?」

咄嗟に話を逸らすと、食い付いてくれた。

よし、このまま話題をウォッシュアウトだ。

「ああ。メインフレームを新調することになったけど、壊れてない。
 容量にも余裕があったから、ちょこっと改造したりもしたよ。
 残るは交換したフレームの補強だけかな」

「え……何したの、兄さん」

あ、あれ? なんかジト目で見られてるんだけど。

「はっはっは、嫌だなぁ妹よ。……なんでそんな視線を?」

「ユーノが、『エスティはロクでもない改造をデバイスにするんだ』って言ってた」

「ロクでもないことを吹き込みおって!」

失敬な! 今のところは原作と同じことしかしてないぞ!

「シーリングモードを撤廃して、代わりのフルドライブモードを用意しただけだって。
 それと、カートリッジシステムが安定するようシステムを弄っただけ」

「……なら、良いけど。あ、ごめんなさい。兄さんを疑ったわけじゃなくて、えと、これは……」

「……ああうん、分かってる。分かってるから」

なんだろう。兄としての威厳が一気に減っている気がする。

ふと天井を見上げると、青空バックにフェレットユーノがサムズアップしてた。

……まずいな。幻覚が見えてる。

「に、兄さん、なんで泣いてるの!?」

「分からない。分からないよ僕には……」

俺のイメージってどうなっているんだろう。


























「……で、エスティ。なんで訓練室なんかに呼びだしたのさ」

「今日から魔法の訓練を再開しようと思ってね。誰かさんがいらない形態を組み込んだせいで、新しい魔法が必要になったんだ」

「それは大変だね」

「ふっざけんな! お前のせいだろ!」

「いや、元を正せば自業自得じゃ……」

「ぐぬぬぬ……!」

思わず歯軋り。

まあ良い。

「……傷が開いたら治癒魔法お願い」

「了解。無理はしないでね」

「分かってるよ」

言いつつ、飛行魔法を発動。

Larkなしだと神経使うが、その方が練習になるな。

んで、ミッド式の魔法陣を展開して――

「あ、あれ? エスティ、この術式は?」

「まぁ見てろ」

言いつつ、防御魔法の亜種を展開する。

……術式の構成まで一秒、発動に一秒かけて。

「イナーシャルキャンセラー」

トリガーワード。

翳した左手の前面に、慣性を無効化するフィールドが発生する。

……発生したのは拳大だけの広さだけだがな。

しかも発動まで時間掛かるなぁ。

キャンセルして、もう一度展開。それを五回繰り返し、違う術式を組み上げる。

今度はラウンドシールドを組み上げて、五回。その繰り返しを四セット。

で、次は近代ベルカ式。それで稀少技能を発動させようとするが、どうにも。

ううむ。こっちはLarkがいないと発動すら出来ないか。

「慣性制御?」

「良く分かったな」

閃いた、といった様子でユーノが声を上げる。

まぁ、まんま名前の通りだけど。

……ふぅ。

ちょっと休憩。

飛行魔法を中断して、地面に足を下ろす。

そうすると、ポタポタと足元に汗が落ちた。

「よく使えるね。ディストーションシールドとかの類は、難しいはずだけど」

「向き不向きだよ。飛行魔法が得意な連中は、基本的にできる。
 高速で動き回るから、知らず知らずの内に使うんだよなぁ。
 まー、意識してこれを単品で使うのは神経磨り減らすけど。
 っていうか、ラウンドシールドにも衝撃緩和のために少しだけ組み込まれてるぜこれ」

「うん。だから僕も分かったんだけど」

けど、なんでそんなものを、とユーノは続ける。

まー、ユーノには分からないだろうなぁ。

近い内に実体剣を振り回す連中とやり合う羽目になるわけだが、取り敢えず黙っておこう。

「誰かさんのせいで気軽にフェイズシフトが使えなくなったから、慣性制御を鍛えて機動力アップするのさ」

「……しつこいよ?」

「そんだけ気に入らないんだよ」

ちなみに慣性制御が上手くなると、ゲッターもとい魅惑のジグザグUFO的なマニューバが可能です。

練習、続行。

「そういえば、なのはの様子はどうだ?」

「うん。刑法とかに手こずっているけど、理論の理解は早いよ」

「やっぱなー。魔導師は基本的に理数が得意だからね。
 お前はその極みだけど」

「そうかなぁ」

「……よし、お前にはイナーシャルキャンセラーの術式をブラッシュアップしてもらおうか」

「ちょ、運動エネルギーの計算なんて面倒なのを押し付けないでよ!」

「ええい黙れ!」

などとやり合いつつ訓練。

そうして一時間ほど。良い感じに魔力が切れそうになったきたので、今日はここまで。

息を吐くと、何故か困り顔でユーノは笑みを浮かべる。

「しかし頑張るね、エスティも」

「そう?」

「うん。魔法の使用許可が下りたって言っても、まだ休んでても良いのに。
 普通の人だったら、まだベッドの上じゃないかな」

「日々精進だって。魔法はともかく運動は未だに許可が下りてないから、せめてこれぐらいはねー」

などと言い合っていると、

「……ん? スクライア姉弟か」

「…………」

「エスティ、読みだけなら間違ったこと言ってないから人差し指向けるのは駄目だって!」

訓練室に現れたクロノに人差し指を向けたら、抑えられた。

いや、間違いなくあの野郎は姉弟って言ったぞ? 兄弟じゃなくて姉弟っつったぞ?

「まったく、君は忍耐というものが足りない。ただの冗談じゃないか」

「おま、その冗談で傷付く人だっているんだぞう!」

叫ぶも一笑に付された。

ああああああああ! この野郎!

フェイトの処遇関係で良い奴だと思った評価は大暴落だ!

「あーもう頭きた! とっととシャワー浴びて寝る!」

「エスティ、短気は駄目だったら」

「まぁ待ちたまえ、スクライア姉弟」

「また言いやがったな!」

「……面白い反応するからからかわれるんだと思うんだ」

ユーノの呟きは無視。

やれやれ、と肩を竦めるユーノにイライラしつつも、なんとか怒りを飲み込む。

……へっへっへ。ここで怒っちゃ大人げないぜ。

そう、俺は精神年齢二十歳アッパー。

こんなチビ執務官に――

「ところでエスティマ・スクライア。髪の毛が長くなってきたな」

「てめえええええ! 言外に何を言いたいのか一瞬で察してやったぞ!」

「ああもう、あとで僕が切ってあげるから落ち着いてってば。
 ……クロノ、エスティをあんまり刺激しないで。
 また額から血を噴き出す」

「すまない。面白くて、つい」

「つい!? ついでお前様は俺のコンプレックス刺激しやがりますか!?」

「まあ落ち着け。本題に入る」

くっ……!

「嘱託に関してのことだ。試験だが……フェイトはともかく、君のは免除されることになった。
 それでも、ランク認定試験は受けてもらうが」

「そりゃまた、どういう風の吹き回しで」

「君がミッドチルダの学校を卒業しているということもあるが……稀少技能保持者に、管理局は甘いんだ。
 僕もどうかと思うけどね」

忌々しい、とクロノは吐き捨てるように続けた。

執務官としてその発言はどうよ。

「それでだな。ランク認定だが、AAAクラスのもので良いか?
 魔導師検定ではAAとなっているが、戦闘の様子を見る限りAAAで問題ないだろう」

魔導師検定とは、管理局の正式なランク認定と違って民間の行っている判定。

それで俺はAA相当となっているんだが、はて。

「と、言うと?」

「戦闘中に計測した君の魔力値が、馬鹿みたいに高くてな。リンディ艦長もAAAを受けることを推してる。
 通常時で100万と少し。普段は、なのは達以下なのだが――最大発揮時はその六倍。……まったく、どうなっているのやら」

「六倍!?」

呆れたようにクロノは溜息を吐き、ユーノは目を見開いて驚きを露わにする。

けど、そりゃ仕方ないだろうよ。

ゼロシフト中に砲撃を使えば、瞬間発揮はそんぐらい叩き出す。

カートリッジも使ってたし、言ってみれば計測器のエラーみたいなもんだよ。

リミットブレイクすればもっと行くけど……ここで言ったら、また説教されそうだなぁ。

「……んー、まあ分かった。受けるだけ受けてみるよ。
 駄目だった時用に、AAの準備もしておいてもらえると助かる」

「勿論だ。怪我が治り次第、受けてもらおう。期待しているぞ」

それだけ言って、クロノは踵を返した。

……なんだかなぁ。

「ほら、期待してるってさ」

「そりゃ、手駒増えれば管理局としては嬉しいだろうさ」

「……素直じゃないなぁ」

呆れたユーノを伴って、訓練室を出る。

あーもう、無駄話をしたから汗が冷えて寒い。

とっととシャワー浴びよう。

で、シャワー室の前に辿り着いたわけですが……。

「……やぁアルフ」

「辛気くさい顔してるね、エスティマ」

「ああうん。いくつか疑問に思うことがあってね」

「へぇ、そりゃ大変だ。例えば?」

「君が手に持ってるのは何かな?」

「入浴セットだけど?」

「ちなみにここは?」

「男湯」

「断言するならとっとと女湯へ行け!」

と、突っ込みしたら思わず右手を動かしてしまった。

痛い……! まだ繋がってない骨が痛い……!!

「あ、あの、アルフ? なんでここにいるの?」

「フェイトに怪我したエスティマの世話をしてやれって言われてねぇ。
 それだったら外を出歩いても良いって執務官の坊やにも許可を貰えたし。
 フェイトの頼みも聞けるし、外の空気は吸えるし、一石二鳥ってわけさ」

「おおー! クロノにしては冴えてる!」

などと、蹲った俺を余所に盛り上がる二人。

……まずい。色んな危機を感じる。

何が危ないってフェレット的な何かだよ。

スニーキングでこの場から撤退すべく飛行魔法を使用して――

「さー、エスティマ! 隅から隅まで、ピカピカに磨き上げてやるからね。
 フェイトに言われたんだ。アタシは頑張るよ!」

「ちょ、待てアルフ。お前自分が何言ってるのか分かって……!」

「なんだいなんだい。一丁前に照れてんの? マセてるねぇ!」

あっはっは、と笑いながら俺を引き摺ってシャワー室へ進むアルフ。

ちょ、やめて、この子供の身体を見られるのは色々と屈辱!

屈辱なんですよ!?

「ユーノ、笑ってないで助けろ!」

「……一緒に入って良い?」

「てめー今の本音だな!? 目的が透けて見えるぞこのフェレット野郎ー!」

あああああああああ!

……抵抗虚しく、アルフに隅々まで綺麗にされた。

辱められた。

もうお婿に行けない気分。
























アースラは本局へと帰ることとなった。

時の庭園の調査を打ち切り――残ったフロアも完全崩壊を始めて、まともな情報を得ることが出来なくなったから――これから海の総本山へ。

それと同時に、フェイトの処遇も決まった。ほぼ無罪。ここは原作と同じだが、事情聴衆も裁判もほぼ形だけになると、ロジャーさんから聞いている。

二ヶ月もしない内に裁判は終わり、その後はスクライアへ、という流になるようだ。

俺は入院にリハビリ、嘱託としての訓練も兼ねて、しばらくはフェイトと一緒に過ごすことになる。

……変な気を回されたなぁ。まぁ、有り難いんだけどさ。

まぁ、そんなことより、だ。

本局に異動となる。そして、原作と同じようにフェイトはリンディさんに一つの申し出をした。

それは――

「フェイトちゃーん!」

我が妹の名前を叫びながら、アスファルトを蹴って走り寄る姿ががある。

高町なのは。その肩には、ユーノ。

海辺の公園に転送してきた俺、クロノ、アルフ、フェイトは彼女が来るのをずっと待っていた。

……そう。フェイトは、なのはと会うことを望んだ。

俺が介入したせいで絆が薄くなったんじゃないかと危惧していたのだが、杞憂だったようだ。

どこか気まずそうに、だが嬉しそうに微笑み合う二人を残して、お邪魔虫の俺たちは距離を取る。

さて、どんなことを話しているんでしょうね。




















エスティマたちが離れた後、二人は話を始めた。

ずっとお話がしたかったけど、何を話そうとしていたのか忘れちゃった、と言うなのはに、フェイトは苦笑する。

……だが、それは自分も一緒だ。

ただ一つ言いたいことだけは覚えているが、それ以外はまったく頭に浮かんでこない。

いや、違うか。

そう、フェイトは苦笑する。

返事をして、それに対してどんな答えが返ってくるのか怖い。

同時に、期待もしている。

そんな気持ちに早く決着をつけたくて、他のことが浮かんでこない。

どこか盗み見るように、フェイトは俯けた顔でなのはに視線を送る。

……こんなもどかしい気持ちで、はっきりしない態度は変な風に見えるのかな?

恐がりの子供がそうするように、フェイトはゆっくりと視線を動かし――

小さく、頷いた。

「……友達」

「うん」

「こんな私でも良いのかな、って思っちゃうけど……」

「うん」

「友達になって、何をしたら良いのか分からないけど……」

「うん」

びくびくと一歩を踏み出そうとしているフェイト。

それを暖かく見守るように、なのはは相槌を打つ。

「友達に、なってくれる?」

「うん!」

「こんな私の友達に、なってくれる?」

「うん、うん!」

不意に、海風に冷やされていた手が温かいものに包まれる。

視線を落とせば白磁のように白い手を、なのはが柔らかく握り締めていて――


「フェイトちゃん、名前を呼んで?
 私はなのは。高町なのはだよ」


それから二人はお互いの名前を呼び合い、悲しくないのに涙を流す。

確かにこれから別れてしまうのは悲しい。

けど、それ以上に、話をしたいと望んでいた人と手を取り合うことができたのは、決して悲しくなんてない。

しゃくり上げるせいで言葉は言葉とならず、なのはとフェイトはただ抱きしめ合った。



――こうして、些細な違いはあっても、PT事件は完全な終わりを迎えた。






[3690] 閑話1
Name: 角煮◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2008/09/18 22:30
「兄さん……ちょっと、熱いね」

「ね、フェイト。言ったとおりだったろ? コイツ、けっこう逞しいんだよ」

後ろでにやにやと笑っているアルフ。

彼女の視線は、タオル越しに俺の敏感なところをさすっているフェイトへと向けられていた。

ほっそりとした、けれど、バルディッシュを振るい続けてきたせいでやや固い彼女の手。

それが上下する度に、思わず呻き声を上げてしまう。

「……うくっ」

「ご、ごめんなさい」

「いや、良いよ。続けて。気持ち良いから……」

「うん、兄さん」

やはり慣れていないのだろう。無自覚になのか、んしょ、とフェイトは声を上げる。

俯き加減に、ただ手を動かす。俯き加減となっているせいで、目元は良く見えない。

幼いとはいえ男の身体。それを目にして、照れているのかもしれない。

けれど、仄かに赤らんだ顔は真剣そのもの。

あどけなさの残る――否、年相応の幼さの中に混じった必死さは、なんとも微笑ましい。

……そんな彼女に、俺は何をさせているんだ。

罪悪感と共に申し訳なさが沸き上がってくるが、それを努めて表情に出さないように。

彼女から申し出てくれたのだ。変な顔をするわけにはいかない。

思わず、はぁ……、と、やけに艶めかしい吐息が漏れる。

「私にはこれぐらいしか、してあげられないから」

だから頑張ると、フェイトは手に力を込め、上下するスピードが上がる。

急に押し寄せてきた刺激に、我慢が限界近くへと達する。

以前ならば兎も角、今の身体は酷く敏感だ。

こんな刺激に、慣れているわけがない。

「くっ……フェイト、もう」

「え……もうなの?」

心持ち残念そうな表情で、しかし、達成感で誇らしげにする彼女。

そうして小さく頷くと、



「はい、アルフ。兄さんの身体、拭き終わったよ」



タオルをアルフに手渡して、フェイトは満面の笑みを浮かべた。

それを手に取り、アルフはお湯の張った洗面器にタオルを漬ける。

あー、さっぱりした。

いやー、一応シャワーは浴びれるんだけど、ギプスに固められている右腕とか額の傷とかは、お湯に濡らしちゃいけないんだよね。

だからタオルで汚れを落とすしかないんだけど、今日はどういうわけだかフェイトがそれを名乗り出てくれたのだ。

ありがたや。

……それだけですよ?

まだ怪我が完治してないから、敏感なんだよね。傷も熱を持ってるし。

スクライアといっても戦闘がメインの俺だから、それなりに身体を鍛えている。遺跡内だと飛行しないことも多いし。

だからなのか、筋肉質な俺の身体を見てアルフとフェイトは驚いていた。

いやまぁ、グラップラーレベルの筋肉じゃねーけどさ。

身体を拭いてもらうのは、前はユーノ、最近はアルフに頼みっぱなしだったけど、今日はフェイトがやってくれた。

やっぱ汚れてるところを綺麗にすると気分が良いなぁ。

…………それだけですよ?





















リリカル in wonder


















治癒魔法での治療を受けて、病室を後にする。

既に俺の服装は普段着――スクライアの部族服の上から、ジャケットを羽織ったもの――である。

色は黒。フェイトとお揃い、とのことでアルフにコーディネートされました。

……くそう。服ぐらい自由に着させてくれよ。

溜息一つ吐き、右腕を持ち上げる。

ようやくギプスが取れた。額の包帯はまだだが、これで運動しても問題ない。

傷の深い患部から治しているようで、比較的浅い頭の方は後回しにされた。

……綺麗な顔は念入りにね☆ とか言っていた女医さんの意向じゃないと信じたい。

まあ良い。これでようやく運動の許可も下りた。

見たらギプスで固まってた右腕も筋肉が減ってるし、頑張らないとなぁ。

前のレベルまで持って行かないと、思うままにLarkを振り回せないからね。

などと考えていると、

「兄さん!」

通路の奥から我が妹が登場。

小走りで近付いてくる彼女。金のツーテールが元気に跳ねています。

……あっれー? 原作でこんなに明るかったっけ?

まあ良い。

「フェイト。ここは医療区画なんだから、大声出しちゃ駄目だってば」

「……ごめんなさい」

しゅん。

心底申し訳なさそうに表情を曇らす。

そんな様子に苦笑して、ここ一月で半ば癖となった頭撫でを発動。

ぐりぐりと撫でてやると、彼女は気持ちよさげに目を細めた。

「アルフは?」

「部屋で詰めオセロやってる。はまってるみたい」

「……またか」

脳裏に雑誌片手にオセロ板を睨んでいるアルフの姿が浮かんでくる。

凝り性なんだろうか。最初は暇潰しのつもりだったようだが、最近はガチっぽいぞ。

「ね、兄さん。これから何をするの?」

「訓練室に行って身体を動かすつもり。体力作りと筋トレをやり直さないとなぁ」

「熱心なんだね」

「いや、だってなぁ。怪我が完治したら試験受けろってクロノが五月蠅いし」

そうなのだ。

あの野郎、本気で弱体化した俺をどう見ているのか知らないが、いやに熱心なのである。

ううむ。いや、今のままでも速度ならフェイトより上だけど、それだけだぞ?

あとはイロモノ魔法を覚えているぐらい。

「フェイトはこれから何をするの?」

「兄さんが訓練するなら、私もする」

いや、どうなんですかそれ。

もうちょっと自由意志を――

「……駄目?」

「はっはっは。そんなことあるわけないだろう? さあ、行こうかフェイト」

「うん!」

上目遣いで問うのは卑怯。

で、歩き出したら、今度はジャケットの裾を引っ張られる感触。

なんぞ、と見てみたら、少し恥ずかしげに彼女は俯いている。

……ああもう。

「ほら」

手を差し出すと、途端にフェイトは表情を輝かせた。

そして、手を繋ぎながら訓練室を目指す兄妹。

……向かっている途中、なんでか局員の皆様から微笑みを向けられた。

和む、とか視線が語っていた気がする。

何故だ。

























「……フェイトって体力ないんだね」

「じ、自分でもこんなにないとは思わなかった……」

息も絶え絶えといった様子のフェイト。

俺と同じペースでランニングマシーンを走っていたら、ギャグマンガよろしく後ろに滑っていきましたよ彼女。

俺に合わせる必要なんてないだろうに。

しかし、ふむ。

「魔力値は俺より高いのにすぐヘバるのって、体力ないからじゃない?」

「……そうかも」

魔法の行使には集中力がいる。

で、長時間集中を維持するのは、やっぱり体力が必要なわけで。

……本当、最低限の体力がないと戦えないとか、ファンタジーの魔法使いにあるまじき姿だろうよ。

しかもフェイトと俺は、あと紙一重でアームドデバイスなバルディッシュとLarkをぶん回す。

体力なかったらキツイっすよ。

まぁ、俺の場合は長時間の作戦行動が要求されるから平均以上に鍛えているってこともあるけどさ。

「……大丈夫?」

「だ、大丈夫。まだ兄さんに着いていける」

なんだか一杯一杯なフェイトさん。

けどそれでも食らい付いてくる辺り流石というかなんというか。

既に精神が肉体を凌駕しておる、と地でやっているキャラなだけはある。

まぁ良い。

「じゃあ次は魔法の練習をやろうか。――Lark、セットアップ」

「バルディッシュ」

声をかけた瞬間、二つのデバイスコアが武器へと姿を変える。

漆黒のバトルアックス。真紅のハルバード。

お互いそれを一閃すると、俺はLarkを肩に掛ける。

バルディッシュのコアの真下には、黒い回転式弾倉。バルディッシュ・アサルトとなっている。

今日は、ようやく安定したお互いのデバイスの調子を見るのだ。

……と、言いたいところなんだけど。

「Lark、第二形態」

『条件を満たしていません。不可能です』

「……稼働テストだぞ?」

『それならば既に行われておりますが』

「俺が自分の手でやらなきゃ意味ないだろうに!」

『ご自愛を。怪我が完治するまで控えてください』

「ぐぬぬ……!」

チカチカとデバイスコアを光らせるLarkが恨めしい。

などとやっていると、ガシャン、と炸裂音が響いた。

視線を向けてみれば、そこにはカートリッジロードを行ったフェイトの姿が。

「うん、バルディッシュは大丈夫みたい」

「ああ、良かった。……あと三回ロードして、フルドライブをやってみて」

「分かった、兄さん」

続けて、三連続。

充分な魔力が供給され、バルディッシュが姿を変える。

斧が稼働し、二つに分かれ、その間から金色の刃。それを覆うように、大剣が形成される。

「よし。出来たね、ザンバーフォーム」

「うん」

満面の笑みを一変させ、不意にフェイトは表情を引き締める。

一閃、二閃、三閃。

流石にフェイトとサイズが不釣り合いなせいか、取り回しが悪いようだ。

けど、それも空に浮かべば若干改善されるだろう。

体重移動なんかは地上でやるのと別物だし。

しっかし、小さな女の子が超重武器を振り回すのは良いものですなぁ。

なんてことを考えていたら、

「雷光一閃、プラズマザンバー――」

「ちょっと待てえええええええ!」

「……え?」

きょとん、とするフェイト。

「屋内でそんな危険な代物を使っちゃいけません!」

「……でも、威力が分からないと使えないし」

「充分に分かってるから! 非殺傷じゃないと人が消し飛ぶぞそれ!」

と、必死に言葉を重ねるも、本人は分かっていないご様子。

不満げな様子を隠しもせず、頬を膨らませる。

「バルディッシュのテストなのに……」

「最大出力の測定は今しなくてよろしい。通常稼働に支障はないかどうかだけで、ね」

「でも……」

「駄目なものは駄目」

「……はい」

肩を落として、フェイトはバルディッシュをデバイスフォームに戻す。

しょんぼりとした様子のフェイトを励まして、なんとかチェック続行。

しかし、どこか暗い様子が消えない様子なので、思わず溜息を吐いてしまう。

……どんな理由でも、暗い顔は似合わないなぁ。

「フェイト」

「兄さん?」

「クロスシフト、組んでみない? コンビネーションアタックのことなんだけどさ」

「え……うん、組みたい」

お、乗ってきた。

コンビネーション、と聞いた途端、フェイトは即答した。

興味津々なのか、尻尾があれば引き千切れんばかりの食い付きよう。

ふむ、よろしい。

ならば――

「T・B・Sか、ランページゴースト。もしくは、アルフを交えたフォーメーションRとか――」

アインス、ツヴァイ、ドライ、やら。

これが俺たちのジョーカーだ、やら。

掛け声を上げつつ訓練を重ねる我ら。

そんなことをしていたら、訓練室に顔を出したクロノに変な顔をされた。

直撃したら誰でもノックアウトなハメ技を楽しそうな顔で試すな、と。

いや、ユーノとじゃあ試せなかったから楽しいんですよ。

























「……で、二人して魔力切れなのかい」

「面目ない」

「ごめん、アルフ」

「いや、仲が良いのに越したことはないけどさぁ」

次はアタシも誘ってくれ、などとぼやきながら世話をしてくれるアルフ。

俺は俺でダルいぐらいだけど、フェイトは足腰立たないぐらいに疲れ果ててます。

……いや、フェイトの手元が狂って何度か被弾したりしたけど。

アルト役はヤバイ。味方の砲撃で死にそうになるとかなんだ。

Lark突き刺し→かち上げからプラズマスマッシャーぶち当てへのタイミングが難しすぎる。

いや、そもそも射線が交差するようなコンビネーションすんなって話だけど。

まぁ、大人しくツインバードしてます。

……ん?

なんだか寝息っぽいのが聞こえたと思えば、フェイトがソファーで横になりつつ目を閉じていた。

流石に疲れたか。

「しっかし、フェイトもアルフ誘えば良かったのに。
 一日中オセロやってたの? お前」

「まぁねぇ。いや、面白いんだよ? これ」

と言いつつオセロ雑誌をひらひらとするアルフ。

っつーかオセロ雑誌ってなんだ。

「まぁ、フェイトも甘えたい盛りだからね。
 なんだかんだ言っても、まだ九歳だし」

「……いや、俺も九歳だけど?」

「アンタは兄貴だろ? しっかりしなよ、お兄ちゃん」

……むぅ。

思わず言葉に詰まると、にやにや笑いを開始するアルフ。

なんだかこんな風に笑われているのが最近多い気がする。

「……フェイトが起きてたらこんなこと言えないけど、安心したよ。
 ようやく年相応に笑ってくれるようになった」

「……そっか。なぁアルフ、時の庭園にいた時、どんな生活をしてたんだ?」

「鬼婆が魔法の練習しろって五月蠅くって、そればっかりさ。
 海鳴に行ったのだって、久々の外出だったんだ」

まったく、と苛立たしげに彼女は鼻を鳴らす。

しかし、そこまで酷かったのか。

いや、予想はしていたけど、本当に遊びとかそういうものが一切混じってないのね。

「……まぁ、だったら今の状況も悪くないのかな。
 上手いこと兄貴やってるかどうか知らないけどさ」

俺の出来ることと言ったら、精々が遊んでやるぐらい。

面倒を見るって言ったって、フェイトは女の子なんだからどうしてもアルフに頼りっきりになる部分も多いし。

……どうなんだろうね、実際。

俺がいたからプレシア死亡のダメージを軽減できたのだろうけど、それ以外だったらやっぱり、なのはを近くにいさせてやった方が良かったのかも。

「……難しいこと考えてる顔してるね、アンタ」

「分かる?」

「ああ。……ま、フェイトの前でそんな顔をしないのは良いけどさ。
 で、何考えてたんだい?」

「うーん。俺、ちゃんと兄貴してるかなって。
 面倒見るのはユーノで慣れてるけど、流石に同じ感覚でやって良いのか分からなくてさ。
 ほら、何か不満があってもフェイトは口に出さないだろうから。
 ……だから、余計にこれで良いのかなって」

「なんだ、そんなことかい」

む……人が真面目に悩んでいるというのに。

俺の悩みを一蹴しておきながら、アルフは呑気な笑みを浮かべてフェイトに膝枕。

「ちょっとこっちに来な」

誘われるままにアルフの隣に腰を下ろすと、彼女は小さく頷いた。

そして視線をフェイトに向け、

「寝顔。前はいつも張り詰めている感じだったけど、アンタが来てから穏やかになったんだ。
 ……これだけの成果じゃ不満かい? エスティマ」

ま、フェイトはどんな顔してても可愛いけどさ、とアルフは冗談めかす。

……気を遣われた、かな。

思わず苦笑し、ソファーの背もたれに体重をかける。

そうすると、

「ほら、アンタも」

無理矢理頭を掴まれて膝枕をされた。

握力強いよアルフ。

……まぁ、良いか。

すやすやと横で上がるフェイトの寝息を聞きながら、そんなことを思った。

「少しずつ慣れていけば良いよ。フェイトだって甘え方を知らないから、今のが精一杯なのさ。
 魔法しか接点がないのは、少し悲しいけどね」

「……まぁ、これから長い付き合いだし、繋がりなんていくらでも作っていける。
 そう考えれば、良いのかな」

「まったく、アンタはガキの癖に難しいことを考えるねぇ」

一緒にいるだけで良いんだよ、とアルフは微笑む。

あー、存外膝枕って良いもんなんだなぁ。

そんなことを考えている内に、意識が沈んでいった。




[3690] 閑話2
Name: 角煮◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2008/09/18 22:31
フェイト・T・スクライア、魔導師ランク空戦AAA+

エスティマ・スクライア、魔導師ランク空戦AAA-

ランク認定を受けた結果、こんな感じに。

ちなみに試験官はクロノだった。バインド地獄を見た気がする。

終始劣勢だったんだが、まー、最終的にフェイズシフトで一撃でした。稀少技能万歳。

ただそのせいか、稀少技能なしだと空戦A+程度しかないと判断され、カートリッジシステム周りの規制が緩くはなった。

ランク差ではなく、使用弾数制限。一日八発。用法用量をよく守り使いなさい、と説教されたり。

そんなこと言われなくても分かってるっちゅーねん。

まぁ、フルドライブとリミットブレイクは依然としてそのままだが。

……しっかし、アレだな。俺の稀少技能は四ランクを埋めるほどの価値があるのですか。

『――身体は稀少技能で出来ている』。……割と冗談じゃ済まないぞ。

まぁ、そんなこんなで、俺はランク認定を、フェイトは嘱託試験とランク認定を終え、スクライアの集落へと帰ることに。

フェイトは未だ見たことのない場所へ行くことに緊張しているのか、俺の影に隠れっぱなしで服の裾を掴んでいます。

……ううむ。人見知りするのかなぁ、この子。

などとやっている内に、視界が開ける。

本局の転送ポートから飛び、辺境世界へ。

確か今はどっかの滅んだ文明の調査だったはず。

急に天井へと姿を現した陽光に目を細めつつ、視界を埋める景色に吐息を漏らす。

そこら中に転がっている廃墟やスクラップなどはあるが、それらは濃い緑に覆われて眠っていた。

向こう側で言うならば、緑に染まった世界遺産、といった感じ。ただし、木々に埋もれている遺跡はあまりにメタリックではあるが。

「エスティ、フェイト! アルフ!」

名を呼ばれ、三人でそちらを振り向く。

そこには手を挙げながらこちらに歩いてくるユーノの姿があり、その後ろには見慣れた部族のみんなが。

「……みんな、同じ服着てる」

「そりゃ、スクライア一族ですから」

当たり前のことに驚いているフェイトに苦笑しつつ突っ込み、未だ俺の影に隠れているフェイトを前に押し出す。

え、え、と戸惑っている様子だけど、第一印象は大事ですよ?

「ただいま、みんな」

そう声を出すと、おかえり、お疲れ、などの労う声が。

ああ、なんか帰ってきた気がするなぁ。

などとしみじみ思いつつ、フェイトへと視線を向ける。

俺の言いたいことを察してくれたのか、小さく頷く彼女。

「……初めまして。フェイト・テスタロッサと言います。
 こっちは私の使い魔のアルフ。
 その、あの、私は……」

兄さんの妹で、と説明になってない説明が続き、みんな一様に苦笑した。

しかし、フェイトは暖かみがあったとしても笑われたことに対し、顔を赤くして黙り込んでしまう。

……しゃーない。

「事情は長老様から聞いているのかな? 今日から家族の仲間入りをする俺の妹です。
 よろしくお願いします!」

声を張り上げて頭を下げる。

その様子にフェイトとアルフは驚いていたが、続いて頭を下げた。

それに対する反応は――

「よろしくフェイトちゃん」

「アルフさんもー」

「そんな畏まらなくて良いから」

割と友好的なようだ。

……などと思っていると。

『Standby Ready』

ガシャン、と重い音が一斉に上がった。

なんぞ、と思って視線を向けてみれば、そこにはスクライア護衛隊の、同僚の皆様がいたりして。

「……デバイス起動させて、何やってんですか」

「いや、なんか無性に腹が立ってな。お前、一ヶ月も美人さんと可愛い妹に挟まれていたんだろう?」

「理不尽を感じる」

「端的に言って死ねよ」

「思い残すことは何もないだろう?」

「ひどー!? 特に最後の、あんまりだ!」

と、俺の叫びは無視され、各々の足元にはミッド式。近代ベルカがちらほらと。

何コレ。帰還祝いパーティーにしちゃあ冗談が過ぎてない?

「……AAAに昇格したんだろう? まずはどの程度腕を上げたのか見せて貰おうか」

「AAA-だって! 一ランク差は大きいよ!
 ちょ、ま、砲撃チャージしないで!
 飽和射撃はやめてー!」

























リリカル in wonder




















帰省早々にボロボロにされた我。

怪我はユーノに治して貰ったんだけど、なんだろう。言葉に出来ないこの虚しさは。

怪我しても魔法で治せば良いよとか、マジどっか狂ってる。だからって怪我させて良いわけじゃないんだぞ!

などという俺の叫びは無視されて、集落へと連行された。

まず最初にやったのは挨拶回り。

長老様と世話になったロジャーさん。その他諸々。

大人は拾われっ子が来ることに対して慣れているから文句も何もないけど、同年代はどうなんだろうねー。

ま、それは時間が経ってみないと分かりませんが。

……アイツ、どんな反応すんのかなぁ。元ガキ大将、現在ツン七割の生けるツンデレ。

まぁ、あの野郎は今ミッドの学校に行ってるから問題ない。

どうでも良いさ、と思いつつ、最後の場所――護衛隊の詰め所へと。

スクライアに来てもフェイトのやることは嘱託と変わりがない。

AAAクラスの魔導師を遊ばせておけるほどスクライアに余裕はないのです。

まぁ、対象を守ることにフェイトは不慣れだろうけど、それは経験積めば良いさ。

などと考えつつ詰め所に入ると――

「……げ」

「人の顔見て第一声がそれ? エスティマ」

噂をすればというかなんというか、いやがりましたよ。

「ははは、嫌だなぁ。つい口が滑っただけですよ、シエナさん。
 ……っていうかなんでここにいるの? 学校は?」

「今長期休暇なの。……一年経っただけで忘れちゃった? 空っぽの頭蓋に魔力が満ちてるんじゃない?」

「はいはいそうですか……っと、フェイト。こいつ、シエナ・スクライア。
 現在学生。将来は護衛隊志望。ヤンキーですよ」

「それが人を紹介する内容!?」

「え、えと……よろしくお願いします、シエナさん」

「よろしくね、フェイト。
 ……あの馬鹿の言ったことは、気にしなくて良いから」

「……兄さんは、馬鹿じゃない」

どこか怒ったように、フェイトはそう呟いた。

呟いた、と言ってもバッチリ聞こえているわけですが。

それを聞いて、俺とクソアマは顔を見合わせる。

そりゃ勿論、原因はフェイトの口にした言葉であり……。

「く――く、あっはっは!
 ごめんごめん。別に馬鹿にしたわけじゃないの。ただの冗談だから気にしないで!」

「……え?」

「エスティ、この子面白いから借りてくね。みんなにも紹介しないと!」

「ちょ、待って……兄さん!」

助けを求めるようにこっちを見てくるが、俺は顔を逸らして口笛を吹いたり。

まぁ、友達を作る良い機会なんじゃないかなぁ。

兄さーん! と声をドップラー効果を伴いながらシエナに引き摺られていくフェイト。

それを見送り、俺は自分のロッカーへと足を運ぶ。

開けてみれば、そこはユーノの護衛として着いていく前と同じ光景。

……正直、汚い。デバイス整備用の工具とかが散乱してる。

見なかったことにして扉を閉じる。

『ご主人様、あとで掃除をしましょうね。埃が酷いことになってました』

「気のせい気のせい。さて、護衛隊の皆様はどこに行ったのかなー」

俺の配備されている第二班は、出迎えに来ていなかった。

多分現場に出ているんだろうけど、さて。

顔見せぐらいして行くか。

もし手が足りないんだったらそのまま現場に出ても良いしね。

意気揚々と詰め所を後にして、飛行魔法を発動。

置いてあった地図に従い、集落から少し離れた孤島へと。

大気を切り裂いて飛んでいる内に、徐々に空が曇ってきた。

振り返ってみれば、集落の方は晴れている。

一雨きそうだ。バリアジャケットを着ていれば気にならないけど、発掘隊の皆は悪態を吐くだろう。

海を越えて孤島へと降り立つ。

ここへと向かっている俺の姿を見た人がいたのか、何人かがこちらへと視線を向けてきた。

それと、近付いてくる人物。

……って、あれ?

「ユーノ。お前、さっきまで集落にいなかった?」

「いたよ。で、すぐにこっちに転移してきた」

そりゃそうか。転移って便利だ。

「今、手は空いてる?」

「うん。一段落したところだから」

「そっか。発掘はどんな具合? もう随分と解析は進んでいるらしいじゃん」

「そうなんだよね。……そうそう、聞いてよ!
 昨日分かったことなんだけど、この遺跡ってアルハザードと交流があったみたいなんだ!
 久々の大発見だって、これ!」

普段のユーノからは想像出来ないぐらい、興奮した様子で説明してくる。

目をキラキラさせているのは年相応なんだけど、それにマッドな輝きが宿っているのは気のせいだろうか。

「ほーう。で、収穫は? 売りさばけそうなのは見付かった?」

「うん。それなりのが。……ねぇ、エスティ。帰ってきて早々に悪いんだけど、僕の護衛を頼めない?
 気になる横穴を見つけたんだ」

「良いけど……俺一人で大丈夫か?」

「ん、そんなに広くないから、むしろ大人数で行った方が危ないかな」

それならしょうがないか。

良いよ、と返事をして、俺はユーノの後について行く。

孤島がまるごと遺跡となっているのか、中は随分と広い。

遺跡発掘、というよりは、ダンジョン探索に近いな今回。

通路を照らすライトが、時たま妙な模様の壁画を浮かび上がらせる。

……なんだろう。真っ当じゃないだろここ。キャンプのある平原にはビルの残骸っぽいのがあったのに、どうしてここはこんなにもアレなんだ。

機械文明が発達していたのだろうに、いやに原始的。

神殿か何かだったのだろうか、ここは。

「ここだよ」

そう言い、ユーノは壁を指さす。

一見ただの壁に見えるが、他と比べてやけに朽ちている感じがする。

ぶっ壊せ、と。考古学者としてどうなんだそれ。

まぁ、今回のは探索に近いからしょうがないのかなぁ。

「Lark、セットアップ」

『スタンバイ、レディ』

握り締めた宝玉が真紅のハルバードとなる。

無論、第一形態。

最初はこれを苦々しく思っていたんだが、使ってみれば悪くない。

重量も処理速度も軽いのだ。心持ち、だが。

斧に魔力刃を形成し、それで壁を粉砕。

案の定向こう側には通路があり、先は闇で塗り潰されている。

随分と長いな。

ユーノを背中に隠すようにして、俺が通路を先行する。

一歩一歩ゆっくりと踏み締めていると、気を紛らわすようにユーノから話が振られる。

「そうだ。AAA-昇格、おめでとう」

「あんまり嬉しくないんだけどね。高ランクになると激戦区に投入されるし」

「給料が増えたんだから良いじゃないか」

「責任もね……まぁ、俺よりフェイトの方がランク高いんだけどさ。兄貴としてそれはどうよ、と」

「そんなこと言ったら僕だってそうだよ。魔導師検定で総合A。管理局の試験でどこまで行けるか分からないってば」

「そう卑下すんなよ。俺はお前に背中を守って貰えると気が楽で有り難いし……っと、そういえばここの遺跡ってどんななんだ?」

「うん。神殿、かな? 海の神様を奉る類の。魔法にしてはいやに原始的な印象だけど。
 ベルカと同じか、それ以上に古いかも。いや……もしかしたら、全盛期ベルカの移民地の一つだったのかな?
 まぁ、推測なんて発掘屋の仕事じゃない。
 事実だけを並べると、ここの文明が滅んだ理由は天災。生き残った人たちは別の世界に移民した。
 人が住めないぐらいに破壊し尽くされたか、科学技術による汚染があったのか。
 それはともかくとして、今この星には人がいないか、いても酷く少ないと思う。
 まぁ、管理局の手が借りられないから断言出来ないんだけどさ」

人手と機材が足りないことに対して遠回しに文句を言いながらも、ユーノは先を続ける。

「で、だ。文化とかを調べるには調査が足りないんだけど、海の神様を奉るのは自然な方向だと思う。
 この星、南半休の一部に大陸が集中していて海が大半を占めているんだよね。
 だから、海に対する信仰があったんだと思う。
 海に生息する魔獣を崇めているぐらいだし」

「へぇ、そうなんだ。しっかし、よくそこまで分かったな」

「うん。壊れた本型ユニゾンデバイスがあって、それに記されてたんだ。
 名前を『ルルイエ異本』っていってさー。
 遺跡は見付かるし、ユニゾンデバイスは見付かるし、今度の取引相手は聖王教会か――」

「……なんだって?」

思わず脚を止める。

そして、嫌な汗がダラダラと背中を伝い始める。

why?

『ご主人様。心拍数が跳ね上がっていますが』

「そりゃそうだよ! っていうかなんだそれ畜生!
 ロジャーさんのビッグ0といい、どこまでも狂ってやがる!」

思わず叫びを上げたら、ユーノに首を傾げられた。

そりゃそうだろうよ!

あー、嫌な予感がビンビンしてきた。今すぐ帰りたい。

っていうか発掘チームを撤退させた方が良いんじゃない?

このままだと――

と、そこで思考が止まった。

思わず足も止まる。

「な、なぁユーノ。なんか目の前に変な結晶体があるんだけど気のせいだよな?
 なんか七本の支柱に支えられた赤い結晶体が見えるんだけど、気のせいだよな?」

「何言ってるの、エスティ。……ロストロギアかなぁ」

と、言いながらユーノはしゃがみ込むと、結晶体を支えている支柱、それが取り付けられている金属製の小箱に視線を向ける。

なんだろう、と頭を悩ませている野郎を余所に、どうやって逃げよう、と背中が焦げそう。

周囲の真っ暗な闇が怖いんですけど。

マジ怖いんですけど!

「ん……ねぇ、エスティ。なんだかこれ、デバイスの拡張パーツみたい。
 解析してくれない?」

「良いけどさぁ……」

もはや諦めムードで『トイボックス』を起動させ、コードを引っ張り出して先端に着いているスキャナーを向ける。

それで単純な構造を知ることが出来るのだが、目にした瞬間、俺とユーノは同時に顔を顰めた。

「……管理局が喜びそうな仕様だなぁ」

「デバイスを接触兵器化して、触れた対象を虚数空間に叩き落とす? 明らかにロストロギアだねこれ。
 ……でもエスティ、こういうの好きじゃなかった?」

「それ以上に危なすぎるっつーの! パーツ名を見てみろ!」

「古代ベルカ文字に近いかな? ええと、『光り輝く――』」

そこまでユーノが口にした瞬間、ずどん、と振動が部屋を揺らした。

パラパラと砂が天井から落ちてきたり。随分と大きな揺れだが――

『魔獣が出現しました。発掘班はすぐに集落へ転移を。
 護衛隊はその時間を稼いでください』

「うわ、大変だ! エスティ、急がないと……!」

「うん、分かってた。分かってたよこうなるの……」

慌てるユーノを余所に半ば悟りを開きつつ、飛行魔法を開始。

ユーノも分かっているのか、同じように飛行魔法を展開して、転送魔法陣を展開する。

そして翠色の光が弾け、視界が変異すると同時――

再び、ああやっぱり、と内心で嘆息した。

波打ち際で暴れているのはタコだかなんだか良く分からない巨大な化け物。

そして、地上にいる護衛隊はバリアを展開しつつ押し寄せてくる魚人を防いでいたり。

わーい。なんだかもう突っ込む意欲すらなくなってきたぞー。

まあ良い、とスイッチを切り替え、

「――ユーノ。お前は転送の補助を。俺は上空から馬鹿どもを吹っ飛ばす」

「分かった。気を付けてね」

ユーノが離れたのを見送ってから、俺はLarkの穂先を真下に。

護衛隊は大半が陸戦魔導師だ。空からの爆撃は、俺を含めた数名しか出来ない。

射撃、砲撃は得意じゃないんだが――まぁ、今は適材適所と行きましょうか。

「Lark!」

『はい、ご主人様』

瞬間、俺の周囲に六つの誘導弾が浮かび上がる。

うむ、と小さく頷いて、

「クロスファイア!」

『シュート』

六つの魔力弾が正確に獲物を撃ち貫き、次のを装填。

知性の欠如が忍ばれる魚人は回避行動を取ろうとしないため、鴨撃ちだ。永遠を生きなベイビー。

俺らしからぬ射撃戦を展開しながら、ちら、と避難を進めている武装隊へと視線を向けた。

『撤退の進行状況はどうなっています?』

『エスティマか!? すまない、助かる。
 十分ほどでこの場からは撤退できる。遺跡内にも護衛隊を向かわせたから、ここを放棄するのに時間はかからない。
 それまでの足止めを頼めるか?』

『了解』

隊長から指示を受け、クロスファイアからフォトンランサーへと射撃魔法をシフトする。

誘導弾なんて不要だ。炸裂効果付加のでぶっ飛ばした方が効率が良い。

余計に爆撃然とし始めた俺を余所に、撤退は進んでいく。

というか、俺が一方的に蹂躙を始めてから魚人の進行が進まなくなったのだ。

現代戦闘は航空戦が要、とは良く言ったもんだねぇ。

撤退中の皆様はともかくとして、俺は一人で勝利ムード。

最後にディバインバスターで蹴散らしてやろうか、などと考えていると――

『ご主人様!』

「――っ!?」

不意にきた横殴りの一撃。

Larkの展開してくれたオートガードのお陰で直撃は免れたが、それでも衝撃は酷い。

吹き飛ばされ、姿勢制御を行いながら敵へと視線を送る。

そこにいたのは、波打ち際でもぞもぞしていたはずの巨大魚介類。至近で見るとその大きさに呆然としそうだ。

大体、四十ーメートルほど。触手を含めたら軽く百メートルを超えるんじゃないだろうか。

それを目にした瞬間、俺はソニックムーヴを発動。

真後ろへと高速移動しつつ、ディバインバスターを構築。

そして穂先を魚介類へと向け――

「ディバイン――!」

『バスター』

サンライトイエローの砲撃が化け物へと突き刺さり、痛みに対して耳を壊さんばかりの絶叫が上がる。

……うるせぇ。こんなだったら、ゴジラとかの近くにいたくないな。

「Lark、第二形態を使うべきかなこれ」

『必要ないでしょう。第一形態で倒すことは不可能ですが、足止めだけなら充分です』

「だよな」

そうだ。

倒すのが無理だとしても、俺の役目はただの足止め。

斧の部分に魔力刃を形成すると、周囲に気を配りながら突撃した。

「クロスファイア!」

『シュート』

最寄りの触手に六発の魔力弾を当て、

『アックスブレイク』

動きが止まった瞬間、魔力刃で断砕する。

サイズスラッシュと違って、アックスブレイクは切断能力上昇の他に切断面の炸裂を付加してある。

効果を二つ付けたために切断力は鎌の魔力刃に劣るが、破壊力はこちらが上だ。

魔力の炸裂と共に肉片が舞い散り、絶叫が木霊する。

耳障りな声に顔を顰めつつ、返す刀でLarkの穂先を迫ってきた触手に叩き付け、ディバインバスター。

内側からの砲撃によって盛大に血飛沫を上げながら、曇り空に咆吼を木霊させる。

よし、なんとかいける。

常に三百六十度に意識を向けながら、Larkを構えつつ高度を上げ、クロスファイアを発動。

いつでも誘導弾を撃ち出せるようにようにしながら、撤退状況の確認。

外の発掘隊は全て去り、残るは内部。

俺も撤退して良いよう指示を受けるも、この場に残ることを選んだ。

……こんな巨体が遺跡にのし掛かったら、間違いなく崩れるだろう。

内部の劣化具合を思い出しつつ判断すると、両肩にアクセルフィンを形成。

Larkを強く握り締めると、小さく頷いた。

「弾幕はテクニック。力任せに触手振り回しているようじゃ、俺には当てられないな」

『力任せが出来ない、とも言えます』

「……フルドライブが使えないからね」

なんだか切ない気持ちになりつつも、曇天に身を躍らせる。

触手を避け、擦れ違い様に断砕。避けきれないと判断したらソニックムーヴで上空に退避し、集束したクロスファイアを打ち込む。

そうしている内に撤退は完全に終了。

さて、俺も――

「っておい、なんの冗談だ!」

思わず叫びを上げる。

何故かって、そりゃあ海面に二つの巨大な影が現れたからですよ!

『一対三ですね』

「……ま、まぁ、こっちは空飛んでるし逃げ切れるだろう」

『だと良いのですが……ご主人様!』

警告。

続いて轟音が響き、真下から――地面を貫いて、極太の触手が迫ってくる。

舌打ち一つ。咄嗟にソニックムーヴを発動して距離を取るが、単純計算で三倍となった触手を前にして攻撃する余裕すら失う。

高度を上げようとするが、それも叶わない。檻のように展開される触手の間をかいくぐっても触手。触手。触手。

正直見ていて気分の悪い光景だが、今はそんなことを言ってられない。

……もしかしてヤバイ?

「Lark、第二形態!」

『了解。プログラム、ドライブイグニッション』

掛け声と共に虚空から現れた回転式弾倉がLarkに合致する。

ボルトが填り込み、Larkは第二形態へと――

「――っ、しまった!」

触手に掠った。くそ、変形中の攻撃はルール違反だろ!

落下したLarkを追って急降下。なんとか握り締めることは出来たが、高度は一気に下がる。

くそ、フェイズシフトで一気に離脱するしかないか。

苦々しい気分になりながらもLarkにカートリッジロードを命じ、

「サンダー……」

ここ一月で聞き慣れた声を耳にして、俺は顔を上げた。

そして退避。ラウンドシールドを張りながら。

「レイジー!」

天に張った雲から雷が落ち、三体の巨大魚介類が悲鳴を上げる。

焼き魚特有の臭いと塩臭さが上がるのはご愛敬か。

いや、死んでも食べたくないけどさ、あれ。

アクセルフィンに魔力を注ぎ込んで一気に高度を上げると、そこにはフェイト。

……そして何故だかアルフにまたがったロジャーさんが。

おいおい。誰だよこの、スクライアの秘密にしておきたかった秘密兵器を派遣したのは。

……うん。自分で言っておいてなんだけど、妙にしっくりくるなこの表現。

どこぞのブレードハッピーと似たような人だ。

「苦戦していたようだね、エスティマくん」

「ああどうもロジャーさん。……聞くのは野暮だと思いますけど、どうしてここに?」

「君の妹さんに引っ張られてね。ははは、可愛らしい子じゃないか」

そう言われ、フェイトは顔を真っ赤にする。

……ああ、心配かけたのか。

申し訳ないと思いつつ、俺はフェイトへと近付いた。

「助かったよ。ありがとう」

「ううん。兄さん、怪我はない?」

「うむ。ちょっとヤバかったけど、少し前は押せ押せで勝利ムードでしたよ?」

「……もう」

困ったような笑みを浮かべ、フェイトは肩の力を抜く。

俺はLarkを肩に担ぐと、溜息を吐いた。

何に対して溜息を吐いたかと言えば、まあ、これから始まる茶番に対してだ。

「ありがとう、アルフくん。ここから先は私に任せてもらおうか」

そう言い、ロジャーさんはサングラスを取ると、腕時計型デバイスを口元へ近付けた。

そしてジャンプし、

……出る。

「ビッグ・0(ゼロ)、ショウターイム!」

ロジャーさんは飛行魔法に適正がないので空を飛べない。アルフから落ちたらそのまま自由落下である。

落下先には触手の群れ。正直18禁な光景だが、ロジャーさんがそこへ吸い込まれることはなかった。

そう。

あれは。

あの姿は……!

「メガデウス……!」

お約束を叫んでみるが、無論フェイトにそんなことは通じない。

彼女は呆然と眼下を見ている。

「兄さん、なんなのあれ……?!」

地面を突き破り現れた一体の巨人。

鉄の巨体。神の名の下に建造された断罪の剣。

その名は――

「ビッグ・0(ゼロ)、アクション!」

平手の両手を構え、ロジャーさんがゴーレムの内部に入り込み、吠える。

……ここから先は特に記さなくても良いだろう。

「に、兄さん! あれって質量兵器じゃないの?!」

「ああ大丈夫。ビッグ・0(ゼロ)は次元航行炉に似た『何か』で動いているから。
 名目上は遺跡発掘用重機だから」

「うわ、胸から何か……今度こそ質量兵器だよね!?」

「いやいや。あれはただの発破ですよ」

「に、兄さん、肘が動いたらタコが跡形もなく吹き飛んだよ!?」

「岩盤粉砕用のパイルバンカーですよ」

フェイトの反応を、懐かしいなぁ、とか思いながらリアルにロボットが動き回る光景を見下ろす。

俺も始めてビッグ・0(ゼロ)を見たときはこんな感じだったし。

なんていうか、シュールだ。アルフも狼形態のまま口をあんぐりと開けている。

ま、信じられない光景だよね。冗談通り越して悪夢だ。

「に、兄さん! 質量保存の法則を無視して、胸から何か出してるよビッグ・0(ゼロ)!」

「……あれはヤバイ。逃げるよフェイト! アルフも!」

「あ、ああうん。分かったよエスティマ」

なんていうか描写するのが面倒。

って、ちょっと待て。射線上に遺跡があるぞロジャーさん!

『ロジャーさん落ち着いて!』

『HAHAHA! ビッグ・0(ゼロ)、ファイナルステージ!』

返ってきた念話は酷くアッパー気味なもの。

なんかもう突っ込むのもあれだから止めるだけ無駄だ。

迫り来る触手をバリアで防ぎ、光が集束、加速する。

そして臨界を迎えると同時、溜まりに溜まったSF(凄い不思議)武装は火を噴く。

魚介類の咆吼が生易しいほどの轟音。大気が焼かれる異臭を伴って、ファイナルステージは遺跡ごと魚介類を消し飛ばした。

……勝った。

勝ったけど、多分ユーノは泣くだろうなぁ。

そんなことを思いながら、フェイトとアルフを伴って俺は集落に帰還することにした。























「貴重な空白期の遺跡が……! ユニゾンデバイスが……!!」

机を叩きながら泣き崩れるユーノを横目に、思わず溜息。

あの後フェイトと一緒に集落へと戻ってロジャーさんがやらかしたことを伝えると、発掘班の皆様は揃って顔を青くした。

若干名いた赤くした人は無論激怒しているわけで、ツルハシ持ってどこかへ消えたけど俺は知らない。

身内でスプラッタとか勘弁。

……まぁ、調べるべきことは遺跡以外にも残っている。

この世界から引き上げるのはもう少し先になるだろう。

俺とフェイトは嘱託の仕事があるからそういうわけでもないが。

しっかし、今回の発掘作業は今までの中でも一等カオスだったなぁ。

フェイトが発掘作業をどう思うか心配だ。

などと思った次の日。

護衛隊に組み込まれたフェイトの格好を見て、思わず半目となったり。

「……何その格好」

「え? だって、遺跡の発掘は何があるか分からないし……」

そう言うフェイトの姿は完全武装。初っぱなからザンバーフォーム。

いや、そんな物騒じゃないから遺跡発掘の護衛。

そりゃたまに同業他社の嫌がらせとかあるけどさ。

ああいうのは稀だから……。

間違ったフェイトの認識を正すのに一時間かかった。

疲れる。





















定期的に届く俺への手紙。

その中に、一枚の写真が入っていた。

幸せそうに微笑むはやてを囲んで、穏やかな笑みを浮かべているヴォルケンリッター。

……いや、違った。ヴィータだけはこっちに向かってあっかんべーしてる。

何故だ。っていうかグレアムに届く写真ってこんなだったっけ?

まあ良いけどさ、と俺はペンを取る。

こっちの家族の写真も入れた方が良いのかどうか。

修学旅行の集合写真を超えるヴォリュームになるが。

……ユーノにフェイト、アルフに俺で撮るか。

双子猫に握りつぶされる可能性もあるけど、ね。まぁ、家族の写真ぐらいセーフだろう。

はやての症状が悪化する前に此方から話し掛ければ、ヴォルケンリッターだって敵対はすまい。

一度きりだろうが、俺は双子猫の裏をかくことが出来る。誓約の指輪はプレシアに破壊されたからね。

そして、万が一俺が倒れても、フェイトたちと顔見知り程度になっておけば、最悪話ぐらいは聞いてくれるんじゃないかな。

最初から魔獣を狩って魔力を集めるのならば問題ないし、そうやって少ない犠牲だけで魔力を集め切れば管理局も最後のフルボッコに協力してくれるだろう。

遺族関係の問題は頭が痛い限りだが、そこら辺は追々。

……しかし、そうか。

もうそろそろだろう、と思っていたが、いざ始まってみると早いもんだな。

これからの行動を予定立てながら、俺は文章の内容に気を付けながらペンを走らせた。





[3690] 閑話3
Name: 角煮◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2008/09/19 01:56
アースラの訓練室。

空いた時間でフェイトと高速近接戦闘の練習をやっていると、緊張感が解けた際に、不意に彼女が口を開いた。

「ねぇ、兄さん」

「ん、何?」

「お願いがあるんだけど、良い?」

どこか申し訳なさそうに肩をすぼめながら、フェイトは俺の手元に視線を送ってくる。

なんぞ。

釣られて俺も視線を向けてみるが、そこにはLarkを握っている手があるだけなんだけど。

「大抵のことは聞いてあげよう。……で、なんなのさ。
 ほらほら、遠慮せずに言ってみなさい」

「うん。ありがとう」

まだ了承もしていないのに礼を言うフェイトに思わず苦笑。

……やっぱり駄目、とか言いたい衝動を堪えるのが割と辛い。

「……Lark、どんな感じなのかな」

「使ってみたいの?」

応えは首肯。

ふーむ。

俺が俺用にカスタマイズしたデバイスなのだから、誰が使っても使いづらいと思うけど、どうなんだろう。

前にユーノが使ったときは、何この紙装甲バリアジャケット、マジヘボーい、みたいなことを言ってLarkの逆鱗に触れたしなぁ。

それっきりLarkは誰かに握られるのを酷く嫌がっているのですが。

「Lark、良いかな?」

『良いですよ』

お、Larkさん、気前が良いですね。

『フェイトさんならば、いつかの無礼者のようなことを言わないでしょう』

……根に持っていたんですね。

まあ良い。

ちょっと待って、とフェイトに断りを入れて、俺は『トイボックス』を起動。

Larkを接続して、使用者名義の二番欄に……あ、ユーノが登録されたままだ。消そう。

代わりにフェイトを記録して準備完了。

俺が使った起動データをバックアップにとって、癖の反映を可能な限り消す。

よし。

「はい、フェイト。術式発動までが普通よりも若干遅いと思うけど、完成してからの展開は早いよ」

「分かった」

なんだか妙に気合いの入った調子で、フェイトはLarkを受け取る。

と、

『バリアジャケット、セットアップ』

「わぁ!」

黒いスク水もといレオタード型のバリアジャケットが解除され、俺が使っている日本UCAT型の装甲服が展開される。

どこで知ったのか知らないけど、新庄型。あの肩が盛り上がっているヤツ。

下半身が大変なことになっているけれど、元々フェイトのバリアジャケットだって似たようなもんだし気にしてない様子。

っていうか、なんか頬を赤らめてぷるぷる震えてるんですけど妹君。

「兄さんと同じバリアジャケットだ……!」

『お気に召して貰えたようで光栄です、セカンドマスター』

「うん、ありがとうLark」

「……いや、感動するところなの? そこ」

などという俺の呟きは無視されて、フェイトはLarkを振り回し始める。

なんか気に入ったみたい。

……おや。

床に放り投げられたバルディッシュが寂しそうにコアをチカチカと光らせているのですが、気のせいでしょうか。

……ふむん。

「フェイト、バルディッシュ使ってみても良い?」

「うん。良いよね? バルディッシュ」

『……sir』

なんか酷く黄昏れた風に聞こえたんだけど。っていうか許可出してからバルディッシュに聞くのは地味に酷いよフェイト。

黒い紳士の性格を考えれば断るわけがないだろうに。

まぁ、それは置いといて。

許可が下りたのでバルディッシュをLarkと同じように設定変更。

……改修した時にも見たけど、やっぱ良いよなぁバルディッシュ。ワンオフを地でやってる。

流石、予算を考えずに建造されただけはあるぜ。

カートリッジ搭載されてスペック上がってるしね。

……あ、忘れるところだった。言語、日本語ベーシック、と。

「遊びに付き合わせて悪いね、バルディッシュ」

『いえ、エスティマ様。お気になさらず』

うお、声が渋い。執事って感じ。

取り敢えずセットア……。

待て待て。

待機状態のバルディッシュを握り締めつつ、ちょっと待てと自制する。

……俺がフェイトのバリアジャケットを着るのか?

マジで?

い、いや、あれはLarkが気を利かせただけだから、大丈夫だろう。

「だ、大丈夫だよねバルディッシュ?」

『お任せ下さい』

……うわぁ、全然大丈夫に聞こえないよ。

『黒は良い色です。黒いというだけで、格好良さが三割り増しになります。
 さあ、セットアップを。エスティマ様のバリアジャケットを黒に染め上げましょう』

え、何コレ。

なんでバルディッシュ、こんなに饒舌なの?

そこはかとなく不安。

「……せ、セットアップ」

『ドライブ・イグニッション』

瞬間、俺のバリアジャケットが展開される。

良かった。普段のやつと一緒だ。

……黒いけど。

しかし、ネクタイだけは白い。なんちゃって喪服か何かかコレは。

「……兄さん」

「なんだね?」

「なんで白くないの?」

どこか拗ねた様子で聞いてくるフェイト。

っていうか、手に握ったLarkがバチバチと帯電してるんですけど。

『黒一色とは趣味が悪い。ジャケットに走っている白いラインが完全に浮いてます。
 趣味を疑いますね』

『そちらこそ。白を基調にして、幼さが増しています。
 お二人の容姿を考えれば、黒の方が魅力が引き立つ』

うわぁ……デバイスが喧嘩始めてる。

初めて見たぞこんなの。

いがみ合う二機をなんとか宥め賺して俺とフェイトは交換したデバイスをそれぞれ振るう。

ふむ。パーツがLarkより少ないから心持ち軽いし重心も違うけど、基本は同じか。

やっぱり若干のスペック違いはあるけど、俺とフェイトも似たような傾向の魔導師だしなぁ。

他人のデバイスと言っても使うことは可能か。使いこなすのは無理そうだけど。

「ハーケンフォーム」

『畏まりました』

瞬間、バルディッシュが変形してサンライトイエローの鎌が生み出される。

おお、鎌がデカイ。

……っと、なんか違和感。必要以上に魔力を持って行かれている感じが。

ああ、そっか。フェイト用に最適化してあるから、魔力を電気変換しようとしているのか。

一応魔力変換の基礎はミッドの学校で習ったからなぁ。バルディッシュは専用の補助道具みたいなものだし、やってみますか。

集中し、魔力を電気に変換するプロセスを構築。

そうすると、魔力刃に稲光が走った。

『お上手です』

「ありがと。……よし、ちょっとやってみるか」

少しわくわくしてきた気分を落ち着けつつ、ハーケンフォームを解除して術式を構築。

いくぜ、イロモノ魔法!

「パルマフィオキーナ!」

『魔力、変換』

平手のまま左手を突き出すと、刹那の内に掌から電流が迸った。

射程はほぼゼロ。それでも威力は馬鹿高くて対象のバリアジャケットを貫通必須という、使い道を考えなければならないミッドの異端近接魔法である。

Larkだったら俺の技量が上がらないと不可能な技だけど、バルディッシュなら出来るんだなぁ。

……なんて俺が馬鹿やっていたら、フェイトもフェイトで似たようなことしていた。

「……Lark」

『カートリッジロード』

「フェイズシフト」

『流石にそれは不可能です』

「なんで!?」

いや、稀少技能なんだよあれ。

……あれ? まだ説明していなかったかなぁ。




















リリカル in wonder



















管理局の嘱託魔導師となってから三ヶ月目に突入。

その間にこなした任務は七回。大体、週一回のペースで依頼が来るか来ないか、といったところ。

そして、今日は今月初の仕事である。

現在俺とフェイトは次元航行艦へと乗り込み、目的の世界へと移動中。アルフはスクライアの仕事があるからお留守番だ。

乗っている船はアースラ。

これは別に偶然でもなんでもない。

嘱託と言ってもまだ子供。半ば駄々をこねて、俺は仕事に慣れるまでの最初の半年だけはアースラで仕事をさせてくれと頼み込んだ。

……まぁ、慣れ不慣れ以前に俺には目的があってそんな頼み事をしたわけだが。

ちなみに、フェイトも一緒。彼女の要望で、大抵が俺とセット運用されたり。

モチベーションが違うんだそうだ。リンディさんもそんなことを言っていた。

そのお陰でAAAクラス二人を必要とする面倒事に引っ張り出されるわけですが。

……まだ子供だし、別に良いよね。半年経ったらフェイトと別々に仕事をする予定になっているし。

訓練室から出た俺たちはシャワーを浴びると、そのままブリーフィングルームへ。

どうやらもう一人の嘱託が合流に遅れているらしく、その時間を使ってお遊び、もといレクリエーションを行っていたのだ。

兄妹のスキンシップを取るのって大事。

……で、そのスキンシップなんだけど、俺が稀少技能持ちだと本気でフェイトは知らなかったらしく、ご機嫌斜め。

なんでもっと早く教えてくれなかったの、と睨まれた。

Larkを握り締めて、むー、と眉間に皺を寄せているフェイトに説明したら真っ赤な顔で怒られたのである。

いや、知ってると思ったんですよ。

「フェイト、機嫌直してよ」

「……怒ってない」

「いや、どう見ても……」

「怒ってません」

つーん、とそっぽを向くフェイト。

……困った。

ん、なんかエイミィさんに笑われてる。その隣にいるクロノはこれ見よがしに溜息吐きやがった。

どうしたもんかねぇ……。

などと思っていると、不意にドアが開く。

そちらに視線を向けると、

「お、久し振り」

「あ……フェイトちゃん、エスティマくん!」

姿を現したのはなのは。実に三ヶ月ぶりの再会だ。

もう一人の嘱託ってなのはだったのか。

AAAクラスがもう一人来るとは聞いていたが。

ふーむ。フェイトのビデオレターを見たりしていたから、あんまり久し振りって感じはしないなぁ。

しかしそんな俺とは違うのか、なのははフェイトに駆け寄ると、久し振りー、と手を握り合う。

微笑ましい光景である。

『ご主人様』

「なんだよ」

『混ざらないのですか?』

「男の俺があんなことをしてもねぇ」

『見た目は映えます』

「お前までそんなことを言うか!?」

『いえ、美少年、と褒めたのですが』

「中性的な、が付くだろうが!」

「……あー、君たち。そろそろ良いか?」

イライラが限界に達したのか、クロノが声を上げる。

俺を含めた三人が申し訳なさそうに上を見上げると、咳払いをして野郎は話を始める。

「今回の任務は、第六管理世界で行われる。
 詳細は頭に入っているな? 僕たちが行うべきことは――」

そこからクロノの説明と確認が始まる。

第六管理世界。

皆さんご存じの通り、キャロの出身世界である。

今回俺たちが行うことは、その世界の害獣駆除。

いや、駆除といっても殺すわけではないのだが。

というか、殺せないと言うべきか。殺してはならないと言うべきか。

アルザス地方では最近、竜が過去に類を見ないほどの繁殖を始めているらしい。

と言っても結局は食物連鎖の一環なのだから放っておけば数はその内減る。生態系は変動するだろうけど。

ただ、それをよろしく思わない生物――まぁ、人間の都合で、俺たちはここにいる。

獲物が減った場合、竜が人を襲うことも珍しくないのだそうな。

しかし、流石にそれは拙い。管理局は第六管理世界の要請を受けて、武力介入を決断。

武力によって平和を維持するなど、存在から矛盾しているぞ管理局。……ごめん、一回言ってみたかっただけです。

俺たちが今回すべきことは、気性の荒い種の竜を捕獲して、他の世界へと一時的に移動させること。

環境保護団体が五月蠅いとか説明中にクロノが愚痴っていたが、嘱託の俺にそんなことは知ったことじゃないのである。

「――説明は以上だ。君たちは指示に従って、目標を無力化してくれ。転送はこちらでやる。
 くれぐれも殺すんじゃないぞ? 戦闘は非殺傷設定で行うように」

『はい』

俺たちを含めた武装隊の返事が重なり、クロノは頷く。

……さて、お仕事の時間だ。





























「ブッ潰れよォオオオオオッ……!」

竜の延髄にLarkを叩き付ける。魔力刃のダメージに物理ダメージが追加されただろうけど、許して欲しい。

そして、すぐさま回避行動。

一瞬前まで俺がいた空間は、紅蓮の炎で薙ぎ払われる。

危ない危ない、と胸を撫で下ろしつつ、全方位に視線を配った。

目標の竜種は武装隊と俺を威嚇しつつ、空を旋回している。

今、フェイトと俺、なのははバラバラに散って竜を狩っている。

AAA三人を一纏めで動かして戦力集中させるわけにもいかないだろうから当たり前と言えば当たり前なのだが。

しっかし、それぞれが武装隊と協力して行っているのだが、流石に手強い。

まずデカイ。そしてブレスが制圧兵器じみた範囲攻撃なので避けづらい。いや、紙装甲なんで必死で被弾を避けていますがね。

最後にタフ。急所に一撃ぶち当てないと、なかなかダウンしてくれない。

動きはそれほど早くないけど……まぁ、これは俺主観の感想だ。

並の魔導師ならば充分に驚異だろう。

『ごめんなさい、兄さん! 一匹そっちに逃げた!』

『了解』

フェイトの念話に応えつつ、武装隊の皆様に頷きを送る。

彼らは射撃魔法で旋回する竜を牽制しつつ、俺の道を空けてくれた。

さて、フェイトの逃がしたヤツは……。

「って、デカ」

『今日一番でしょうか』

「かもね。……クロスファイア!」

『目標補足』

「シュート!」

六つの誘導弾を放ち、次いで俺自身もアクセルフィンに魔力を送りつつ加速する。

誘導弾を目にした竜は板野サーカスばりの機動で上昇、インメルマンターンからバレルロールに繋いで華麗に避けやがる。

だが、それで振り切れるほど誘導弾は甘くない。

直角の軌道を描きながらサンライトイエローの弾丸は竜に追従し、苛立たしげに咆吼を上げ、竜は加速する。

……その進行方向へ回り込み、

「Lark、第二形態」

『プロテクト解除。いけます』

虚空から現れた真紅の回転式弾倉が二つ、Larkへと合致する。

その間、俺は誘導弾の操作に神経を集中。

そしてLarkの変形が終わると同時に、

「Lark!」

『カートリッジロード』

ガシャン、と一度の炸裂を行い、

『――Phase Shift』

稀少技能を、発動する。

空を蹂躙するかのように飛翔する竜も、その後ろについて回る誘導弾も、遅い。

緑の匂いを運ぶ風も、空を泳ぐ雲も、何もかもが。

その中で動けるのは、俺だけだ。

竜との距離を一気に埋める。バチバチと悲鳴を上げてバリアジャケットが剥げ落ち、サンライトイエローの破片が宙に溶ける。

向こうが接近に気付いた様子はなく、遅々として進まない飛翔を続けるばかり。

俺はLarkを振りかぶりつつ、竜の背中へと降り立つ。

そして穂先を延髄へと向けて、時間が来た。

全てが元の時間を取り戻すと同時、俺は術式を展開。

「ディバイン――!」

『バスター』

山吹色の砲撃は竜の後頭部を撃ち抜き、断末魔のような悲鳴を上げて、竜の身体からはだらりと力が抜けた。

そして駄目押しで後を追っていた誘導弾が全て命中。大きく痙攣して、竜の身体は傾く。

……このまま落とすのは大変拙い。打ち所が悪かったら竜でも死ぬんじゃないだろうか。

慣れないバインドを行い、巨体をなんとか空中に固定。

武装隊の人が転送してくれるまで拘束を維持して、ほっと一息。

それからも数匹、指定された竜を無力化して俺らの分担は終了。

通信ウィンドウを開き、アースラへと通信を送る。

「大体片付いたかな。どう? クロノ」

『ああ。他の地域を回っている部隊からも、任務終了と報告を受けている。
 お疲れ様』

「あいあい。なのはたちはどんな感じ?」

『君と同じく、終わったそうだ。
 ただ、現地の協力者から妙な話を聞いてな』

「……なんか嫌な予感がするパターンだけど、どうぞ」

『ル・ルシエという部族の者達なんだが……』

「アルザスの竜召還師一族じゃないか」

『良く知ってるな』

どこか驚いた様子で、クロノは眉を持ち上げた。

まぁ、原作に関係した一族だしね。まだキャロは生まれてないだろうけど。

『なんでも、最も忌むべき存在はまだ捕まっていない、と言っていてな。
 確認のために僕はこれからそちらに向かう。君たちは撤収しても――』

そこまでクロノが言葉を発した瞬間、不意に、耳を汚す甲高い声が響き渡った。

思わず耳を押さえて振り向き――ぽかん、と口を開けてしまう。

「はっはっは……なんだいありゃあ」

『説明を受けていない種類の竜ですね』

「うん、そうだね。……って違ぇー!」

咆吼を上げて森から飛び立った影。

全長は二十メートルちょっとか。いつぞやのタコよりもずっと小さいだろう。

しかし、しかしだ。

そんなものはなんの慰めにもならない。

黒の身体。鎧のように並んだ鱗。刺々しいシルエット。血のように赤い瞳。

そして、いやに禍々しい二本角。

なんかどっかで見たことのある外見なのですが……っ。

「Lark!」

『ソニックムーヴ』

咄嗟に高速移動を発動し、上昇する。

そして俺の判断は間違っちゃいなかった。

マップ兵器の如き勢いで、紅眼黒竜の口から炎が吐き出される。

火球は俺のいた空間を押し潰し、その下にあった森を焼き尽くす。

ズドン、と轟音が上がり、瞬時に火柱が上がった。

……わぁい。

笑いたくなるぐらいの威力。直撃受けたら骨も残らないんじゃねーの?

そりゃ、ヴォルテールの殲滅砲撃よりマシだろうけどさぁ……!

『何があった!?』

「報告を受けてない、なんか黒い竜が出てきたんだけど」

『くっ……分かった。
 エスティマ、それに武装隊、すぐに撤退しろ!』

クロノの指示を受け、武装隊の皆様は戸惑ったご様子。

指示に困っている、と言うよりも、転送中に攻撃されるんじゃねーの? と、途方に暮れている感じだ。

「……しゃーあんめぇ」

『ご主人様?』

武装隊の皆様に念話。

俺が食い止めるからその隙に撤退を、と。

まぁ高い給料もらっているんだし、こんな時に動かなくて何がAAAランクだ。

クロスファイアを発動し、俺の指示に従って誘導弾は竜へと迫る。

しかし魔力弾は黒の装甲に阻まれて、光の残滓を残して消える。その消え方が、申し訳ない、とでも言っているようだ。

だが、意味はあった。

黒竜は目標を俺へと定めたのか、黒光りする翼を広げて身体を持ち上げる。

その隙に、

「ディバイン――!」

『バスター』

飛翔した直後の黒竜への魔力砲撃。

頭に直撃し、苛立たしげな咆吼が上がる。

うわぁ……もしかして効いてない?

まあ良い。だったらフェイズシフトで遠慮なし、音速超過の一撃を与えてやる。

「Lark!」

『――Phase Shift』

カートリッジが炸裂。

そして、稀少技能を発動。

距離は刹那の内に埋まり、俺は振りかぶったLarkを鼻先へと叩き付ける。

人間相手にこんなことをやったら一発で肉塊になるのだが、今は別。

手加減なんてしてらんない。

Larkをフルスイングすると加速が切れ、時間が元の流れに戻る。

吹き飛んだ鼻先の鎧は爆ぜ、血飛沫が上がった。

だが――

「――っ!」

仕返しとでも言わんばかりに顎が開かれ、間一髪でそれを避ける。

すぐ目の前でガッチリと噛み合わさる顎は精神衛生上よろしくない。

ソニックムーヴを発動して上空へと退避し、クロスファイアを発動。

削り取った傷口にお見舞いしてやろう!

指で敵を指し示し、サンライトイエローの誘導弾が踊る。

眼球、鼻先、口腔狙いで誘導弾は迫り、だが、視界を埋め尽くさんばかりの黒炎で一斉に薙ぎ払われる。

舌打ち一つ。

ソニックムーヴを発動して真横に避け、しかし、それでもバリアジャケットが少し焼き切れた。

ああもう、なんつー威力と熱だ。やっこさんの動きが遅いのが唯一の救いだぞ。

「って、ヤバ……!?」

移動して目に付いたのは、こちらに向けて炎弾を吐き出そうとしている黒竜。

少し距離があるから、炎は広域に振りまかれる。

下手したら火傷じゃ済まないかも。

などと考えていると、

「ディバイン――!」

『Buster』

「プラズマスマッシャー!」

二条の魔力光が黒竜の横っ面を殴り飛ばし、集束されていた炎は霧散した。

……あっぶねぇ。

『ありがとう、二人とも。助かった』

『ううん。遅れてごめんね、エスティマくん』

『兄さん、怪我はない!?』

やけに慌てた様子のフェイトに思わず苦笑。

……よし。

俺一人だったらフルドライブでも使わなきゃ駄目だったろう。

だが、この二人がきたなら大丈夫。

これで勝てる。余裕だ。

魔法少女二人組がどんだけ強いか、原作見ていた俺は良く知っているのだから。

視線を逸らせば、黒竜は身体を震わせながら身を起こしていた。

ふむ、魔力攻撃は有効か。俺じゃあ大した威力も出ないが、あの二つの砲撃は別物。まさに次元違いってヤツだ。

しかし、アレでも決定打には至らない。

ならば更なる火力で、とも思うが、フルドライブは拙い。

この歳で使えばどれだけ負担がかかるのかなんて、俺自身が身に染みて分かっている。

フェイトは自制が効くから良いとして、なのはに使わせるわけにもいかないだろう。

この状況で魔力攻撃での最大威力を叩き出す方法――

……よし。敵は巨体。足止めはフェイトに任せる。この条件なら、可能か。

『フェイト。牽制してあの竜を止めてくれ。
 それと、なのは』

『何?』

『レイジングハートをバスターモードのままで、こっちに来て』

『うん、分かった!』

フェイトは指示通りに上空を飛翔しながらプラズマスマッシャーを放って黒竜の足止めをしている。

それを視界の隅に収めつつ、俺はなのはと合流。

どこか不思議そうななのはに笑いかけると、小さく頷いた。

「これから俺の指示通りに動いて。クロスシフトで竜を叩く」

「クロスシフト? ええと、コンビネーションアタックのことだよね」

嘱託の勉強をやっていた時に知ったのか、確かめるように言ったなのははどこか誇らしげ。

「その通り。俺は突っ込むから、なのはは弾幕張って。その後、後ろに回り込んで射撃。
 次は真上で待機。良いね?」

「……そんなことしなくても、エスティマくんとフェイトちゃんが脚を止めてくれたら、スターライトブレイカーで」

「駄目。仲間を頼らずに戦うなんて、嘱託としては二流ですよ」

と言うと、納得していない様子だが頷いてくれた。

よしよし。

これが背負い込み癖改善の第一歩になってくれたら良いんだが――

「なのは、仕掛けるぞ」

「うん!」

まぁ、今は目先の障害をなんとかしないとね。

見れば、フェイトの動きが鈍り始めている。

流石に高速移動しつつの砲撃戦は辛いか。

「クロスファイア!」

『All right』

なのはの指示に従い、レイジングハートが桜色の誘導弾を生み出す。

その数、実に二十と少し。反則だ。

「弾幕行きます、シュート!」

トリガーワードが紡がれ、三つで一つの割合で誘導弾が集束。七本の砲撃が一斉に発射される。

俺はそれに紛れて一気に距離を詰める。

っていうか怖い……! やっぱりこれ怖い! 弾幕濃いよ何やってんの!

けど、始めちゃったんだしなんとかしないと。

「……読み通りだ!」

砲撃で脚を止めた黒竜に、振りかぶった鎌の魔力刃を袈裟に斬りつける。

そして、斧の魔力刃で切り上げ、

『アックスブレイク』

「なのは、行ったぞ!」

炸裂した魔力により、黒竜はその身体を浮かばせる。

苦悶の咆吼が上がるが、それに躊躇する人間は一人もいない。

『Flash Move』

「もう、人使い荒すぎなの! ディバイン――!」

『Buster』

真後ろからの容赦なし砲撃。ここら辺で黒竜が泡を吹いた。

まぁでも、途中で止めるわけにもいかない。

「まだだ!」

『ラピッドファイア』

サンライトイエローがLarkの穂先に集束する。

そして放たれる技は砲撃。

連射速度、射程だけが売りの魔法だが、動きを止めるのならば充分だ。

一瞬の内に十発のマズルフラッシュ。

放たれた砲撃は全て黒竜へと吸い込まれ、こちらに吹き飛んできた巨体を押しとどめる。

それを確認して、俺はソニックムーヴを発動。

黒竜の頭。その下顎の下へと潜り込み、Larkの穂先を首筋に当てる。

「なのは、ここへ撃ち込め!」

「だから、そんなに早く動けないんだってばー!」

『Flash Move』

文句を言いつつも所定位置に動いているのは流石か。

彼女はレイジングハートを真下に向け、ミッド式の魔法陣を展開。

加速用のリングが展開し――

「ディバイィィン、バスター!」

『Full Power』

「ちょ……!?」

ディバインバスターの威力を減衰させないために俺が下から押さえ付けているわけだが、なんだこれ!

重い! 思いの外重い! ギャグ言ってる場合じゃない、ブッ潰される!

「Lark!」

『カートリッジロード』

ガシャン、ガシャン、ガシャン、と炸裂音が三回。

過剰とも言える魔力が供給され、アクセルフィンに魔力を送って姿勢制御。

そして術式を構築し、

「ディバイン――!」

『バスター』

なのは並……と言っても、今のフルパワーには遠く及ばないが、それでも前進しつつの砲撃でノックバックを中和する。

そのまま押し込み、限界を超えて叩き込まれた魔力の奔流が膨れあがり、破裂した。

爆発、轟音。

辛うじてそれから離脱。

余波に巻き込まれないよう、這々の体で上空へと離脱した。

『これがご主人様たちの』

『It is a joker』

……ノリノリですねお二人とも。

視線を落とせば、あんだけ頑強だった黒竜も泡吹いてダウンしている。

そりゃそうだ。

あんなもん喰らって無事でいれるヤツを見てみたい。

……まぁ、とにかく。

これにてお仕事終了、かな?

「……兄さん」

「ん? どうしたのフェイト」

「ランページゴースト、私と練習したのに……」

「え……?」

「なんで、なのはとやってるの?」

ちゃき、とバルディッシュを構えるフェイト。

え、ちょっと待って。

俺としては純粋な魔力砲撃が強い方を選んだだけなんだけど……。

『ご主人様』

『なんだよLark』

『選択ミスでしたね』

もう手遅れなの!?

それっきりLarkからの念話が切れた。見捨てられたのか俺は。

どうしろっちゅーねん。

「兄さんの……」

震えた声でバルディッシュを振りかぶり、

「兄さんの馬鹿ー!」

「ぎゃああああ!」

電気の散った一撃をもらいました。

結局フェイトの機嫌を直すのに散財したり時間かけたり。

……畜生。




























「……って、ことがあってさ」

「兄も大変だな」

フェイトの機嫌が直ってなのはと遊びに行った後、俺はクロノと食事タイム。

任務中にあった出来事を世間話程度に流していたり。

報告は別にきちんとやったので問題ないです。

「しかし、良くもまぁ、クロスシフトなんて出来たな」

「まぁ、対象は巨体だったから、ぶっちゃけると魔法を撃ち込むだけだったし。
 タイミングは速度に優れる俺が合わせれば良かったから」

「役回りまで兄貴然としているな」

「……しょうがないだろう」

思わず溜息。

そんな俺にクロノは苦笑する。

「……それでどうだ、フェイトの様子は。
 スクライアには馴染んでいるか?」

「まぁまぁ、かな。友達も出来たみたいだし。……フェイトよりもアルフの方が馴染んでいるんだけどね、実際」

言いつつ、口の端を吊り上げる。

「気にしてくれてありがとう。なのはの言っていた通り、優しいねぇ」

「な、何を言っているんだ君は!
 僕が彼女を保護したんだから、気にするのは当たり前だろう!」

「そうだね。当たり前だね」

「ぐ……まぁ、僕としても君たち姉妹の仲が良いのならば、それに越したことはないさ」

「今姉妹って言いやがったな!」

「気のせいだ」

この野郎……!

まあ良い。落ち着け。

今日はこんなことを話に来たわけじゃない。

一つのことを確かめにきたのだ、俺は。

「そういえばさ、クロノ」

「なんだ」

「スクライアで仕事をしている最中、ユニゾンデバイスって存在を知ったんだけど。
 それって、今も残っているの?」

聞いた瞬間、クロノの表情が目に見えて曇った。

だが、すぐにクロノは冷静を顔に貼り付ける。

それは執務官の仮面。そうまでして触れて貰いたくない話題か、やはり。

申し訳ない気分になりながらも、俺は話を続けようとする。

「結局見つけたユニゾンデバイスはロストしちゃったんだけどね。
 もし稼働状態のがあるのなら、一度見てみたいと思ってさ」

「……いや、ない。真っ当に稼働しているのは、一つも存在しない」

「真っ当に?」

「ああ。少し調べれば分かると思うが、闇の書、というユニゾンデバイスがあるんだ。
 宿主に取り付き、融合事故を起こして多大な被害を周囲に撒き散らすロストロギア」

「そうなんだ。それは今、管理局が保管しているの?」

「いや……発見次第に確保するように言われているんだが、未だに、な。
 融合事故が起きた場合、アルカンシェルで吹き飛ばすしか対処法がない」

「ちょっと待って。吹き飛ばしたなら、もう存在しないんじゃないの?
 その、闇の書ってのは」

「闇の書の厄介なところは、それなんだ。
 転生機能によって、宿主が消滅すると同時に次へと移る。
 無限再生機能のせいで単純に破壊することも不可能」

「だからアルカンシェルで吹き飛ばす、か」

「そうだ」

「面倒なロストロギアだね、本当」

「ああ。しかし、知らなかったのは意外だな。
 闇の書の事件は見付かる度に大事件となるんだぞ?」

「……へぇ」

よし。一番聞きたいことを言ってくれた。

「報道とか、されるんだ」

「アルカンシェルまで使うのだから、隠すことは無理だ。
 長い間未解決となっている事件でもあるし……。
 それに、遺族からも闇の書が見付かる度に連絡を寄越せと言われていてな」

ふむ。

マスコミにも闇の書の存在が割れているのならば話は早い。

……自分でもどうかと思うが、それを使わない手はない。

そこで話を打ち切り、会話を別のにシフトする。

そしてその中で、クロノの父親、クライドの命日が近いと聞き出した。

一応データで知ってはいたんだが、確認のためだ。

遺族が死んだその日を命日にするかどうかなんて、分からないしね。

……さて、命日ってことは、墓参りぐらいするだろう。

クロノはしなかったとしても、他の人はどうだ?

リンディさん、グレアム。

そして双子猫。

海鳴からアースラが遠退いてくれて、かつ、監視がいなくなれば最高。

だが、そんな贅沢は言ってられないだろう。

どれか一つの要素だけで良いんだ。

それだけで、ずっと俺は動きやすくなる。

食事を終えてクロノと別れると、俺は手紙を送った。

二通。

双子猫経由の一通と、なのは当ての物。

なのは当ての方は、封筒の中にはやて当ての手紙とポストに投函して欲しいというメモが入っている。

さて、どう動くか。




[3690] 閑話4
Name: 角煮◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2008/10/10 01:25


むっすーと膨れたフェイト。

いやまぁ、原因は今日の嘱託のお仕事なんだけどさ。

クロノから色々と聞きたい話があるのだけれど、アイツもアイツで忙しいらしく夜に、という話になった。

で、それまでの時間をどうやって潰すかって話なんだが――

「ねぇフェイト。もうそろっと機嫌を直してくれたら、兄さん嬉しいなーとか思うわけですよ」

「機嫌、悪くない」

つーんとそっぽを向いたまま、フェイトは不機嫌そうにそんなことを言う。

いや、どう見ても機嫌が悪いよ。

ああもう。

……いや、俺が悪いってのは分かっているけどさ。

そりゃあ散々練習したあげく、土壇場で違う人とコンビネーションを組まれたら誰だって不機嫌になるか。

でもしょうがなかったんですよ。あの場ではああするしか……。

「……あのね、フェイト」

「何? 兄さん」

「どうやったら機嫌を直してくれる?」

「機嫌なんて悪くない」

……はいすみません。

土下座したい心地となりつつも、本局の廊下でそんなことをしようものなら変人扱いだ。

うむむ。

……よし。

「よし、フェイト」

「何?」

「デートしよう」

「……え?」

さっきまでの不機嫌な表情を崩し、呆気にとられたように彼女はぽかんと口を開く。

呆けた彼女の手を取って、転送ポートへ。

ご機嫌取りの定番といえばショッピングですよ。

「クラナガンで良いかな?」

「あ……うん。行きたい」

心持ち、フェイトが俺の手を握り替えしてくれた気がした。

脈ありか。よし、このまま機嫌を直して貰いましょう。
























リリカル in wonder



















ミッドチルダの首都、クラナガン。

まだ日が傾いてない時間。人通りは多く、大通りを進む人々はビジネスマンだったり学生だったり主婦だったりと、雑多だ。

そんな光景を目にして、きょろきょろと忙しなく周囲を見回しているフェイト。

どうやらここへくるのは初めてらしく、物珍しいみたい。

うむうむ。お上りさんっぽさがたまりませんな。

……そういう俺も、クラナガンにくるのは七回目だったか八回目だったか。

それでもまぁ、きたことないよりはマシっしょう。

いずれ六課が建つであろう湾岸地区とか本局は見に行ったことがあるので、今日は市街地で遊ぼうか。

何より、それが目的だしね。

「さて、どこか行きたいところはある? 色々あるよー。カラオケとか」

「……私、あまり歌とか知らないから」

……ですよねー。聞きたかったんだけど。

っていうか今気付いた。

子供の身分で会員カードって作れるのかよ。

没。

ううむ。っていうか、フェイトに聞くなって話。

俺がエスコートしないとだからなぁ。

動物園……は若干遠いか。だとすると、買い物?

悪くはない。任務が終わったばかりだから金が入る予定もあるし。

けど、フェイトのことだから遠慮しそうだしなぁ。

「ね、フェイト。行きたいところはある?」

「ううん。兄さんに任せるよ」

マジか。責任重大じゃないか。

じゃあ――

「水族館とか、どう?」

「……行ってみたい」

返ってきた声は雑踏から上がる音に掻き消されるぐらい小さかったが、それでも届いた。

なんとも楽しみにしているというか、そんな雰囲気を表情から察することができる。

やっぱりこの子は笑っているのが一番だと思うよ。

じゃあ決定、とはぐれないように手を取る。

興奮しているのか、慣れない場所に緊張しているのか。

フェイトの掌にはじっとりと汗が浮かんでいた。

……ちゃんと楽しませてやらないとな。

そのままモノレールに乗り海辺に近い駅へ。

しっかし規模が大きいよなぁ。多摩モノレールに乗ったことあるけど、駅はもっとしょぼかったぞ。

なんてことを考えつつ、乗り込むと、異様に込んでいた。

あれれ、今日は休日ってわけじゃなかったと思うけど。

帰宅ラッシュにしては早いしなぁ。

窓際の場所に押し付けられるようにして、なんとか入り込む。

しかし、なんという窮屈! 不快度指数は急上昇だ! エクソダスしたい!

などと思っていたら、不意に腕を掴まれた。

なんぞ、と思ってみてみれば、犯人はフェイトさんでしたよ?

「どうしたの?」

「その……はぐれそうで」

言いつつ、フェイトは腕を絡めてきた。ぎゅうぎゅう詰めなので、自然と身体も密着する。

……なんだろう。胸とか当たっても微塵も色気を感じない。これが妹フィルターか。

いや、まだ九歳なんだから当たり前ですが。

俺はロリコンじゃない!

断じて!

「……兄さん」

などと思っていたら、急にゾクっとした。

至近距離まで近付いたフェイトの吐息が首筋にかかったのだ。

他の乗客に押し込まれているからか、はぁ……っ、と苦しそうな声が。

耳元に。

耳元に。

「いた、痛い。兄さん……ちょっとキツイよ」

耳元に……!

「もう少しだから、我慢できるか?」

「うん、大丈夫。大丈夫、だから」

「……っ、もうスペースが空いてないかな」

「ん、行き止まりだね。奥まで……入ってる」

「ごめんな。せっかく……」

「良い、よ。苦しいけど、それ以上に……嬉しいから」

水族館にいけるのがですね。ええ。

「……しっかし、本当にキツイな。少し動いたら――」

「え、待って兄さん。苦しいから、そんな……」

「駄目だ。もう我慢できない」

「駄目、動いちゃうと……!」

悲鳴じみた声が上がる。

しかし、それでも溜まりに溜まった(ここから出たいという)欲望は止まらない。

フェイトはそんな俺の胸元に手を這わせ(あくまで服を掴むために)しがみついてくる。

そうしていると、じわじわと(主にモノレール内の)熱気が押し寄せ、頬を汗が伝う。

もう限界が近い。フェイトの頬は段々と上気し、匂いで(他の乗客の香水か何か)で頭がくらくらしてきた。

こんな……フェイトにとっての(モノレールに乗る)初体験で良いのだろうか。

もっと楽してやれる方法だって(タクシー使うとか)あっただろうに。

「うぁ……もうすぐ」

「ん……頑張って」

時間の流れが遅いような早いような。

フェイトと身体を重ねているせいで、彼女の熱が伝わってくる。

視線を下げれば、もう一杯一杯といった様子の顔を変えて、辛いだろうに笑みを浮かべてくれた。

そして不意に、ガクンと足腰が痺れる。

訪れる開放感。目の前が急に開かれるような、そんな錯覚を――

……錯覚じゃねぇよ。

駅に着きました。

押されて、吐き出されるようにホームへと降り立つ。

そうして溜息を吐くと、こきこきと首を鳴らした。

「どの世界でも満員電車は最悪だよなぁ」

「……こんなに酷いとは思わなかった」

「……ごめんなさい」

「良いよ。これも貴重な経験」

そう言って楽しそうに笑みを浮かべると、フェイトは絡めたままの腕を引っ張って改札口へと俺を引っ張った。

「ね、行こう兄さん」

「そうだね」




























「兄さん。これって魚なの?」

フェイトが指さした先にいるのは、『インドアフィッシュ』と名の付いた魚。

魚ではある。

しかし水槽の中にいるだけで、そこに水は張ってない。食い残された肉がなんとも無惨。

……見なかったことにしよう。

控え目な照明に照らされた館内は、家族連れだったりカップルだったりとそんな人たちが闊歩している。

カップル許すまじ……! お子様ボディに入っている俺は彼女の一人も作れないというのに……!

けっ、と吐き捨てつつ、お嬢様をエスコート。

どう見ても念魚です本当にありがとうございました、といった水槽から離れると、次の場所へ。

お、案内板がある。

『羽クジラ』

『七つの海のシャチ』

『アトランティス亀』

『五色鮫』

……見なかったことにしよう。

俺は何も見ていない。

「ふぇ、フェイト。ちょーっと向こうは危険な香りがビンビンするから、熱帯魚の方に行こうか」

「あ、うん」

シャチ……と残念そうにしているフェイトには申し訳ないが、なんとか熱帯魚エリアに引っ張っていくことに成功。

ふぅ……常考的に考えてヤバイだろう。なんて風に重複してしまうぐらいヤバイ。

ふと、フェイトの方に視線を向けてみる。

水槽にべったりと張り付いて、目をきらきらさせながら魚を眺めている彼女はなんとも年相応。

普段は落ち着いているけれど、やっぱり子供っぽさはあるよなぁ。

声を上げてはしゃいだりしないけど、表情は豊かだ。

……連れてこられて良かった、かな。

ご機嫌取り以上に、彼女の笑顔が見れるのは嬉しいよ。

……っと、

「兄さん兄さん。次はあっちに行こう! イルカが見たい!」

どうやら声を上げないと思っていたけど、そうでもないっぽい。

苦笑し、手を繋いでやると目的の場所へ。

その後はまぁ、普通に――危険生物のいるエリアを避けて――なんとか一周し、入り口へと戻ってきた。

んで、お約束のように売店にきたわけですが。

……ふむ。

「フェイト。何か欲しい物ある? 記念に何か買ってあげるよ」

「え、でも……」

「良いから。嘱託とスクライアでの給料で、割と資金は潤沢なのですよ」

『散財は控えるべきです』

そうですねLarkさん。

しかし可愛い妹のためなのだ。

『あまり甘やかすのはどうかと思います』

『そう?』

『ええ。兄離れが遅れることを考えると、フェイトさんの将来が』

それは由々しき事態……なのか?

いやいや。そうでもありませんよ。

『たまには良いじゃない。悪いことじゃないんだしさ』

『……ご主人様がそこまで言うのなら』

ぷっつりとLarkからの念話が途絶える。

まぁ、甘えて良いのは子供の特権。

可愛がってやらねば。

「……んと」

棚の間をふらふらしているフェイトは、ぬいぐるみコーナーに行き着いた。

デフォルメされた海洋生物に目移りしているようだけど、それが一点で止まる。

ふむ。

「イルカが良いの?」

「うん……あ、その」

反射的に頷いた後、否定するように手を振るが遅い。

ふははは!

「じゃあこれを」

「おっきいよ兄さん!」

棚の一番上の方にあった、俺の身長ほどもあるぬいぐるみを引きずり下ろす。

おっきいぬいぐるみって置き場所に困るけど、フェイトの部屋は割と殺風景だから大丈夫だろう。

「店員さん、これください」

「ちょ、待って、兄さん! 値段が!」

「気にしない気にしない」

慌てるフェイトをやり過ごしつつレジに持ってゆく。

そんな様子を売店のおねーさんに苦笑されながらビッグイルカを購入。

それをフェイトに手渡すと、どこか躊躇いながらも、彼女は受け取るとそれをぎゅっと抱き締めた。

「ありがとう、兄さん」

「お気になさらず。……機嫌は直った?」

「……もう。別に不機嫌なんかじゃなかったの!」

あらら。

またそっぽを向かれた。

なんとも難しいもんです。

後日。

イルカぬいぐるみと水族館に行ったことををなのはに自慢したのか、やたらと彼女に連れて行ってと強請られたり。

今度は映画が見たいとフェイトに言われたり。

そしてデジカメを買ったばかりのアルフに何故置いていったと理不尽に怒られ、ユーノは苦笑するだけで助けてくれなかった。

……なんでだよ。




[3690] 閑話からA,sへ
Name: 角煮◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2008/09/19 00:17
海の空気も、たまに吸うのなら悪くない。

いや、いつぞやの狂った世界を思い出すから少しだけブルーになるんだけど。

久々に降り立った海鳴の空気を吸いつつ、そんなことを考える。

場所は以前と同じ海浜公園。人気のない場所へと転送されたのだ。

腕時計に視線を落とすと、時刻は午後の三時。

……今頃、双子猫、グレアム、ハラオウン家族は墓参りへと出向いている。

クロノから聞き出したから確実だ。

もし感づかれたとしても、クロノの前で行動を起こしはしないだろう。

そして、この世界にすぐ転移してくることも不可能。ミッドからはそれなりに離れている。

今からの数時間だけは、好き勝手に行動させてもらおう。

今日は八神家へ行くことになっている。来訪は、なのは経由で送った手紙で知らせてある。

この世界へと赴いた表向きの理由はレイジングハートの整備だが、それは後回しだ。

今はただヴォルケンリッターとの顔合わせだけを考えよう。

一歩を踏み出す。

さて、良い方に事件が転がってくれれば良いんだけどな。

住宅街の方を目指し、海浜公園を出る。

はやて及びヴォルケンリッターだが、なんの権力も持たない俺が出来ることと言えば魔力蒐集の手伝いとフォローぐらい。

そのフォローの方は、未だに自分でも納得していないが、仕方ない。

……闇の書の存在をミッドのマスコミにリークして、カメラの前ではやてが如何に可哀想な境遇か、そして管理局職員が秘密裏にやっていた事件の隠匿を暴露する。

オマケで、はやてがヴォルケンリッターしか身内と呼べる存在がいないこと。

彼らは昔と違って感情らしい感情があること。

無論反発もあるだろうが、そこら辺ははやて本人に任せよう。

流石に家族を貶められて黙ってはいないだろうし、ね。

ロジャーさん辺りとかに力を借りないといけないし、クロノにも睨まれるだろうが、仕方ない。

特にはやてには……嫌われたってしょうがないだろうさ。

どこまで上手くいくかやってみなければ分からないが、俺に出来る限界はこんなところだろう。

などと考えている内に到着。

少しだけ躊躇しながらインターフォンを押すと、柚木ヴォイスがスピーカー越しに聞こえてきた。






















リリカル in wonder


















「エスティマくん、お久し振りー。『エスティマ』くんは元気でっか?」

「元気すぎて困るぐらい。はやても、元気みたいで安心したよ」

フェレットのことを聞いてくるはやてに笑い返し、それとなく視線を逸らす。

ソファーに座ったはやての足元にはザフィーラ。その隣にはヴィータ。

シグナムは腕組みしつつ目を瞑り、部屋の隅っこ。シャマルは、はやての作ったお菓子を盛りつけている最中である。

……わーい。何ここ。マジ怖い。

しかもヴィータからは敵意がビンビンだ。

なんでだよ。

「そうそう、この前送って貰った写真、見たよ。エスティマくんとそっくりやね、妹さん。
 めっちゃ可愛いわー」

「ありがと。フェイトって言ってさ。ついこないだようやく会えたんだ――って、これ、手紙に書いたよね」

「ううん。こうやって直接聞くとやっぱり違うわ。良かったやん」

まるで自分のことのように祝福してくれるはやて。

若干ヘビーな内容でも普通にスルーだ。

ちなみに、最近生き別れの妹が見付かったって設定です俺。

まぁ、嘘ではない。

などとやっていたら、シャマルが台所から出てきた。

「はい、どうぞ。これ、はやてちゃんが作ったんですよ」

「あ、どうも。いただきます――」

と、クッキーに手を伸ばしたら、横から目標をかっ攫われた。

……気を取り直してもう一度。

そして再び消えるクッキー。

「……ヴィ、ヴィータちゃん、何をするのかな?」

「ふん。おめーがちんたらやってるからだろ」

何コレ。

なんで俺、そんなに嫌われてるの。

「こら、ヴィータ。意地悪はあかん。ごめんなエスティマくん。
 この子、人見知りするんや。エスティマくんが来るって聞いてから、ずっとそわそわしてて」

「な……んなことねーよ!」

「あらあら。そうだったかしら、シグナム?」

「ヴィータの様子を見れば一目瞭然だな」

「おめーら!」

ガー、と吠えるヴィータ。

その隙にクッキー頂きます。

あ、美味しい。お菓子作りもいけるのね、はやて。

……ふと、視線を感じた。

視線を向けてみれば、そこにはザフィーラが。

ふむ、なんだろうね。

今のところボロは出してないと思うんだけ――

『エスティマ・スクライア』

不意に飛んできた念話。

送り主はシグナムだ。

彼女の方に視線を向けず、はやてと会話を続けながら、俺は念話に応える。

『なんでしょうか』

『お前は、ミッドチルダの者だな?』

『……良く分かりましたね』

内心の驚きを隠しつつ、なんとか応える。

シグナムも俺と同じようになんでもない風を装いながら、念話を続行。

『我らの中には鼻が利く者がいてな』

『ああ、そうか。守護獣の鼻を誤魔化すことは出来ないですねやっぱり』

『……お前』

それとなくプレッシャーが向けられる。

居心地の悪さを感じながらも、

「ヴィータちゃん。そんなに嫌わなくても良いと思うんだけど」

「うるせー。っていうか、ちゃんって付けるなよな」

「……はいはい」

なんとか会話も続行。

『シグナムさん。俺のことははやてから、どんな風に聞いてます?』

『以前拾ったフェレットの飼い主で……大切な友人だ、と』

『そうですか。……はい、そうですね。友人と思われているのなら、隠し事は良くないか』

『お前は何を隠している? 管理局の者だというのなら――』

『違います。嘱託ではありますが、管理局の犬になった覚えはない。
 今日ここに来たのは、友人に会うためと、確認に』

『確認?』

『はい』

さて、いよいよ本題に入ろうか。

なんてことを考えつつ、

「ねぇ、はやて。この前手紙に書いてあったけどさ」

「なぁなぁ、はやて!」

「……なんで俺が話をしようとすると横槍を入れるのかな? ヴィータ」

「偶然だろ」

……誰かなんとかして。

『まず最初に。あなたたちは、ヴォルケンリッターですね?』

『……そうだ』

『やっぱり。俺はスクライアという一族で……ロストロギアに関してはそれなりの知識があります。
 だからこそ、はやてのことが気になった。彼女の持っている闇の書……いえ、夜天の書に』

『……待て。今、なんと言った?』

『夜天の書、と』

視線をヴィータたちから逸らし、シグナムへ。

彼女は目を見開きつつ、虚空を、呆、と見詰めていた。

「シグナム、どうしたん?」

「い、いえ……少し、用事を思い出しまして。
 外に出ます。申し訳ありません」

「ええよ。気ぃつけてな」

「はい」

『すまない。念話を続けよう』

『はい』

ドアが開き、閉じられる音。

どうやら妙な様子をはやてに見せたくないらしい。

『待たせた』

『いえ、気にしないでください』

『では、続きを話そう。
 ……我々の存在を知っているなら話は早い。お前は何を望んでいる。
 主の友人を名乗り、魔導師という身分を隠し、何をするつもりだ』

『はやてを救うつもりです』

『主は充分に今を幸せだと言ってくれている。
 我々も、これ以上を望むつもりはない。それなのに――』

『その幸せに時間制限があるとしても?』

そこで、ピタリ、とシグナムから念話が止まる。

それはそうだろう。

正に寝耳に水といったことなんだから。

『シャマルさんに調べて貰もらえば分かります。
 リンカーコアが未発達なはやてに夜天の書が取り付いた所為で、神経系への浸食が始まっている。
 原因を取り除かない限り、治ることのない死に至る病。
 ……はやてのリンカーコアが育ちきるよりも早く、夜天の書は宿主を殺しますよ』

『なんだと!? 貴様、冗談でも言って良いことと悪いことがあるぞ!』

『落ち着いてください。俺ははやてのことに関して嘘を言うつもりはない』

『……正体を主に黙っている者が言えた義理か?』

『……すみません。
 けど、それなら今この場で明かしてもかまわない。
 時間がないんです、シグナムさん。あと半年もすれば、はやての麻痺は心臓に及ぶ。
 それまでに俺は彼女を救いたい』

『……分かった。主の死期が近付いていると、仮定しよう。
 それでお前はどうするつもりなのだ? どうやって救う? 手段があるならば言ってみろ!』

『……それは』

どこまで喋って良いのかと、考える。

……結局、ヴォルケンズにも黙ることはあるな。

全ての考えを喋って決別されたら助けられるものも助けられない。

苦々しく思いつつも、それがどうした、と叫ぶ何かに突き動かされ、俺は念話を送る。

フェイトだって騙しているんだ。今更何を躊躇う必要がある。

『魔力の蒐集を終わらせ、ユニゾンが始まった時点で、はやての管理者権限による防衛プログラムと無限再生機構の切り離しを行うつもりです。
 それなら――』

『夢物語だ。ユニゾンが始まった時点で主に意識が残っているという保証はない。
 そんな危険な賭に主を付き合わせられるわけがないだろう』

『シグナムさん!』

『黙れ!
 ……分かってはいる。闇……いや、夜天の書のことをそこまで知っているお前が言うならば、その方法には可能性があるのだろう。
 だがそれでも、主を危険に曝すわけにはいかないのだ』

『そうでなければ、はやての命が危ないんですよ!?』

『……分かってはいるさ』

苦虫を噛み潰したような思念。

もし対面していたのなら、歯軋りの音でも聞こえてきそうなほど。

『だが、それでも――』






























「エスティマくん、次にこっちに来るのはいつなん?」

「んー、半年後ぐらい、かな? もしかしたらこっちで暮らすことになるかもしれないから、その時はよろしく」

「ほんま!?」

「ほんまほんま。まぁ、どうなるかは親の都合なんだけどさ」

言いつつ、はやての車椅子を押しているシグナムさんに視線を向ける。

……結局、俺が魔力の蒐集を手伝うという申し出は却下された。

同時に、防衛プログラムを破壊する案も却下だ。

……くそ。

「エスティマくん、またお手紙書くな?」

「……ん、ああ。俺も書くよ。っていうか、今度はビデオレターとかにしようか。
 そっちの方が、雰囲気出たりして良いでしょ?」

「おー、その手があったか。流石はエスティマくん」

まぁ、なのはのパクリなんだけど。

「あー、でも、私あんまりパソコンとかに詳しくない。
 こっちは今まで通りお手紙書くわ。
 ……そっちはビデオレターでええよ? エスティマくんの声聞くの、好きやから」

はやては、どこか照れたように言って顔を俯けた。

そんな様子に思わず微笑んでしまう。

「ん、ありがとう。また、来るよ。……必ず」

そっと彼女の頭を一撫でして、じゃあね、と声を上げる。

不意に頭をあげたはやての表情は、どこか俺を引き留めるような――しかし、それを必死に我慢している顔。

……くそ。

内心の悪態を顔に出さないよう努め、ゆっくりとはやてから遠離る。

……この後はなのはの家に行かないと。

そう考えつつ、これからどうしようと考え、

「主。彼はここの地理に詳しくないでしょう。私が、駅まで送り届けます」

「あ、私も」

「ん……ありがとな、シグナム、シャマル。お願いするわ」

二人が来るまで、脚を止めた。

二人が追い付くと、はやてに手を振って高町家へと向かう。

先程の念話が尾を引いているのか、俺もシグナムさんも口を開かない。

そのせいか、シャマルさんも居心地が悪そう。

まぁ、取り敢えず、だ。

「シグナムさん。俺はまだこの街に用事がありますから、駅まで来なくても良いですよ」

「あれは嘘だ。お前とは、まだ話したいことがある」

「不誠実な騎士ですね」

「本当にな」

くく、と笑い合う。

本当、俺は嘘ばっか吐いている駄目人間だ。はやてに黙って蒐集を行ったヴォルケンズを上回るぐらいに。

絶対にロクな死に方しない。

こっちだ、とシグナムさんに案内された場所は海浜公園。

人気のない場所へと案内され、その先にはベンチが見えた。

あそこで話し合いでもするのか――

「……すまないな」

「クラールヴィント」

『Gefangnis der Magie』

――瞬間、世界が音を失った。

空高く響いていた車の騒音も、遊んでいる子供の声も。

人の上げる音らしい音が全て消え、人気が失せる。

これは……封鎖領域。

「……シグナムさん? シャマルさん?」

首に下げたLarkを握り締めつつ、振り返る。

視線の先には、いつの間にか騎士甲冑を身につけた二人の姿。

シャマルさんは夜天の書を脇に抱えながら、申し訳なさそうな表情で地面に視線を落としている。

……待て。一体どういうことだ。

なんでこんな状況になっている……!

「主の危機、防衛プログラムを切り離す方法、そして、忘れていた夜天の書の名。それを教えてくれたことは感謝する。
 ……だが、だからこそ、お前を逃すわけにはいかない」

「ごめんなさい。例えあなたが誰にも喋らなかったとしても、夜天の書がどこにあるか知っている人を逃すつもりはありません」

だから、と続け、シグナムは炎の魔剣、レヴァンテインを俺へと向ける。

「……我らの勝手を許してくれ。お前の口は、ここで封じさせてもらう」

「だからって……!」

『Panzergeist』

応えはレヴァンテインの展開した魔法。

完全に向こうはやる気か。

振りかぶった拳を収めるような人じゃないことは、理解している。

けど……。

違う。俺は、こんなことになるのを防ぐために……。

それなのに、なんで……!

「――っ、Lark!」

『はい、ご主人様』

一瞬の内にセットアップを完了する。

真紅のハルバードに装甲服。

それを構え、シグナムと真っ向から視線を合わせた。

ランクはsts時点でS-だったはず。故にフルドライブは可能。

だが、俺は――

「こんなの馬鹿げてる。本当にはやてを主だと思って、助けたいのなら、こんなことをしてる場合じゃないだろう!?」

「……かもしれないな」

「けど、あなたほど私たちは管理局を信じてもいないし、甘いとも思っていない。
 ……はやてちゃんのことを思うからこそ、不安の芽はここで摘ませてもらいます」

『Explosion』

『……カートリッジロード』

レヴァンテインに呼応して、Larkが勝手にカートリッジを炸裂させる。

そうかよ。

どうあっても話を聞いて貰えないのなら……!

ギリ、と奥歯を噛み締め、

「この、分からず屋が……!」

俺は術式を構築した。





























嫌な胸騒ぎがする。

それは、魔法と出会ったあの夜と同じ感覚。

エスティマが来ると言っていた時間までまだ間があったが、大人しくしていることが出来ず、なのはは家を飛び出した。

夕日に染まった街並みは平穏そのもの。

道を行く人々だっていつもと変わらず、息を弾ませて走っている自分が馬鹿みたいだ。

だが、

『To detect against evil. Seaside Park』

海浜公園に結界、というレイジングハートの声を聞いて、なのはは足に込める力を増した。

出来ることなら今すぐにでも飛んで行きたい。

そう思ってしまうほどの焦燥に身を焦がしながら、彼女は海浜公園を目指す。

そうしてようやく目的地に辿り着いたのだが、その直前に結界は消え去っていた。

そこにあるのは、帰ろうとしている同年代の子供の姿か、散歩をしている人。

まるで胸騒ぎが無駄だったと思えるような光景だが――

『To detect distress signal. Lark, as well』

「……救難信号?」

『Yes』

「――っ、エスティマくん!」

念話を送ろうとして思わず声に出してしまう。

その後も念話を送ってみるが、反応はない。

レイジングハートの誘導に従って、なのはは救難信号の発信されている場所を目指す。

そして――

『Over there』

「……………………え?」

木陰に隠れたところ。

茂みから覗く白い肌を見て、なのはは脚を止めた。

べったりと塗りたくられたような血。それが引き摺られるように、木陰へと続いている。

知らない内に息が詰まり、膝がガクガクと笑い出した。

それでもなんとか自身を鼓舞して、彼女は進む。

むっとする慣れない臭いを堪えながら、ゆっくりと――嫌な予感を否定して欲しいと願いながら、彼女は茂みを掻き分ける。

そして現れたのは、紅。

銀と紅で構築されたLarkは赤黒い何かで染め上げられ、全身に罅を入れている。

そして、そのマスター。

ユーノが魔法の先生ならば、師匠と言える少年は。

「エス、ティマ……くん?」

応えはない。

カチカチと歯が噛み合わず、手足が震える。

ドクドクと心臓が早鐘を打ち、落ち着こうとしても息が上がる。

じわじわと涙が込み上げてくるが、それも当然だ。

だって――

「エスティマくん!」

フェイトとお揃いの黒いジャケットは重く血を吸い、四肢は大量の血を撒き散らした地面にだらりと投げ出されている。

下に着ているカットシャツはあまり血に濡れている部分がない。

だがそれは、布の面積が酷く減っているからだ。

胸から下。そこから先は、破り取られたようになくなり、ネクタイは半ばで千切れている。

その代わりに見えるのは、肌ではなく、滾々と血を流す大口の傷。

目にしたこともない、見たくもないモノを前にして、なのはは逆流してくる胃液を必死に堪えた。

「嘘だよこんなの……嘘だよね?」

『Master, Please stay calm』

「違う、こんなの、違うよ……!
 嫌ぁぁぁぁぁぁあああああああ……っ!」





[3690] 一話
Name: 角煮◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2008/09/23 13:49

緑黄色の照明に照らされた中で、キーボードを叩く男がいる。

キーを叩く指の動きは軽快で、心底その作業を楽しんでいるようだ。

無造作に伸ばされた髪の毛やくたびれた白衣。口元に薄っすらと浮かんだ笑みは、いくつもの要素が絡み合って狂気的にすら見える。

部屋の壁には培養槽が並んでいた。

中に入っているものは人であり、そのどれもが顔色に精彩を欠いている。

ともすれば人形に見えそうなものだが――微かに上下している胸が、それを否定していた。

男は、鼻歌交じりにキーを叩く。

ふんふん、と流れるメロディーに同調してキーが叩かれ、関係がないはずだというのに一つの旋律となる。

才能の無駄遣いというべきものだが、行っている本人は満足そのもののようだ。

そんな作業を飽きずにずっと続けていると――不意に、彼の目の前に通信ウィンドウが現れた。

『ドクター』

「……ん、なんだい? 定期報告まではまだ間があると思うんだがねぇ」

どこかのんびりした口調で話す彼だが、キーを叩く速度はまったく落ちない。

だが、それもいつもの光景なのか。

ウィンドウの向こうに移っている女は気にした風もなく、先を続ける。

『レリックウェポン計画の件です。少し興味のある情報を掴みました』

「ほおぅ。聞かせてくれたまえ」

『PT事件の際に発見されたプロジェクトFの成功作なのですが――死亡した、と』

「ふむ」

『博士がサンプルとして大変興味を抱いていたようなので、一応の報告を。
 いかがいたしますか?』

「確保してくれると有難いが、可能かね? もうそろそろ試作機の製作を開始したいと思っていたところなのだよ」

『分かりました。サンプルの詳細情報をデータ転送します』

一拍置いて、男の正面にウィンドウが展開した。

そこには、エスティマ・スクライアと名前があり、彼の出生から魔導師ランクまで、およそテキスト化が可能なことが網羅されている。

添付された画像データの中には、一般には出回っていないはずの、海鳴で行った戦闘の場面なども。

男はその中の一点――稀少技能、という文字を見て、愉しげに目を細める。

口元は下品に広がり、おお、と言葉が漏れた。

「やはり悪くないじゃないか、これは」

瞬間、男の頭の中でこの魅力的なサンプルをどうするか、と思考が駆け巡る。

レリックウェポン計画は検証の段階でまだ完全とは言えない。そんな段階で果たしてこのサンプルを完成させることは出来るのか。

死亡したというのならば拒絶反応を無視して如何様にでもデザインできるし、人造魔導師なのだからレリックとの融合率も期待できるが、さて。

データ収集のために使い潰すには余りにも惜しい稀少技能。いずれ始まる決起の時には、間違いなく戦力となってくれるだろう。

……だが、それまでこれをどう運用するかだが――

「スクライア、か……」

呟き、よろしい、と繋げて、彼はウィンドウの向こうにいる女へと声をかけた。

大仰に両腕を広げて。

「ふむ、彼をこのラボに招待したまえ、我が娘! もてなしは丁重に、典雅さが欠けぬように!」

『了解しました、博士。
 方法は如何いたしますか? いつもどおりに――』

秘密裏に、と続けようとした女を、チチチ、と男が人差し指を立てて遮る。

「今回は少し趣向を凝らそうじゃないか。偽装の七番。あれで、頼めないかい?
 もし遺族が同意してくれるのならば、スクライアがレリックを発見した場合、最優先でこちらへと回してもらえる条件で……」

ははは、と男は笑い、

「蘇らせてあげよう、エスティマ・スクライアくん!
 君に二度目の生を与えよう、盲目の生贄としての!
 さあ、我が娘よ、現在時刻を記録せよ!」

喝采せよ! 喝采せよ!



















リリカルin wonder

















息が弾む。

それもそのはずだ。ここまで休まず、ずっと走ってきたのだから。

曲がり角の向こうに見えたのは、赤いランプの点灯した手術室。

ドアの前には、いくつもの見知った顔がある。

しかし、人数自体は少ない。

自分も早く着いたほうなのだろうと――そう、フェイトは結論付けると、真っ先に目に留まった友人へと駆け寄った。

「あ……フェイ――」

「なのはぁっ!」

別に彼女が憎いわけでもなかったが、フェイトはなのはの胸倉を両手で掴むと、倒れこむようにして壁へと叩き付けた。

……だが、フェイトは気付くべきだっただろう。

なのはの瞳に浮かんでいるのは怯えであり、それはフェイトがくるずっと前から宿っていたことを。

「兄さんは!? 兄さんはどうなったの!? なのは……!」

「あ……あの、その……」

「早く答えて! 兄さんが危篤って、どうなって――!」

「フェイト、ちゃん。わた、私は……」

「止めるんだフェイト!」

曲がり角から二つの影が姿を現す。

一つはユーノ・スクライア。そしてもう一つはフェイトの使い魔であるアルフだ。

ユーノはなのはからフェイトを引き剥がすと、そのままアルフへと引き渡す。

離して、と尚も叫び続けるが、アルフが抑えているせいで身動きが取れない。

……フェイトを羽交い絞めにしているアルフの表情も、悲壮なものだった。

気遣いや憐憫に混じり、仄かに燻った怒りが滲んでいる。

だが彼女はそれを表に出さず、ただ主を落ち着けようと言葉をかけていた。

それを横目で確認するとユーノは、なのはに笑いかける。

どこかぎこちない笑みだが、ここ数時間誰も浮かべなかった表情。

それを目にして、じわり、と彼女の瞳に涙が浮かんだ。

「ユーノ、くん」

「うん、なのは。何があったの? ゆっくりとで良いから、教えて」

年齢に不釣合いな柔らかな声で、ユーノはなのはを宥めるようにして声をかける。

なのははぎゅっと目を瞑って小さく頷くと、おずおずと口を開いた。

「あの……私、嫌な予感がして、ジュエルシードのときみたいで、怖くなって……だから、エスティマくんを探しに出て」

「うん」

「そうしたら、公園で――変なことろなんて何もなかったのに、血がいっぱい出てて……」

それでエスティマくんが、となのはは嗚咽を漏らした。

うん、とユーノは彼女の頭を撫でつつ、脳内で話を繋げてみる。

……だが、それで分かることなど何もない。

なのはは単純にエスティマを発見しただけだ。それ以外の何も分からない。

しかし、ここまでなのはが動揺したのだ。それだけのことがあったに違いない。

彼女の芯がどれだけ強いのか、ユーノは誰よりも知っているつもりだった。

ずっと側で見てきたのだ。それ故に、ここまで追い詰められたなのはの様子から、尋常じゃないことがあったのだと予想できる。

……一先ずは、エスティが無事かどうかが、一番大事だよね。

何も出来ないようなものじゃないか、と嫌になるが、自分に出来ることなんて何もない。

そんな自分に腹が立つ。

奥歯を噛みしめ、しかし、努めて平静を装いながら、ユーノはなのはをソファーに座らせた。

「……ユーノ」

「なんだい、フェイト」

「兄さんは?」

「まだ分からないよ。今は手術中」

「大丈夫だよね? 兄さん、なんともないよね?」

頼むから、とフェイトは言葉を続ける。

だが――

「分からない。危篤って話だから」

「――っ、なんで!? なんで、大丈夫って言ってくれないの!」

アルフから刺す様な視線が向けられ、睨み返したい衝動に駆られながらも、ユーノは必死で自制する。

この場で取り乱してはいけない。せめて自分ぐらいは、と。

……取り乱してエスティが五体満足でいてくれるなら、いくらでも取り乱してやる。

けど、そういうわけにもいかない。

エスティがいない今こそ、自分は頑張らなければならない。

自分は、エスティとフェイトのお兄さんなのだから。

だから、この程度のことで慌てるわけには。

そのとき、不意に手術室のランプが消えた。

手術室前にいた者たちは一斉にそちらに視線を送り、フェイトが真っ先に飛び出そうとする。

『……アルフ、お願い』

『あいよ』

心底不満げながらも、アルフはユーノの念話に従ってフェイトを押さえつける。

それを視界の隅で捉えながら、ユーノはゆっくりと一歩を踏み出した。

「あの、僕、エスティ……エスティマ・スクライアの親族です」

いやに乾いた声が出たことに、自分でも驚いた。

それでもかまわず、ユーノは先を続ける。

「……僕の、弟は?」

「……残念ながら。ここへ搬送された時点で、既に心停止状態でした。その上、出血が――」

医師の言葉が耳を素通りする。

いけない、と思いつつも、しっかりしないと、とぐらぐらと頭が揺れる。

膝から下が力を失い、今にも崩れ落ちそう。

風景がじわじわと歪み、色んなものが決壊し――

「……嘘だ」

感情の一切が込められてない声を聞き、正気に戻った。

振り返れば、そこには抵抗を止めて、アルフに抱きとめられているフェイトの姿がある。

誰かに支えてもらっていなければ、倒れ込んでしまいそう。

……見てられない。違う、見てないといけない。

ここで自分がしっかりしていないと、いけないのだ。

しかし、

「嘘だよね? ねぇ、アルフ、嘘だよね?
 なのは、ユーノ。兄さんが死んだなんて、何かの悪い冗談で――
 そ、そう、そうだ。なのはが他の人と間違っちゃって……!」

「……フェイト、ちゃん」

堪え切れなくなったのか、なのはがフェイトに手を伸ばす。

そっと頬に触れられるが、それでもフェイトは反応せずに笑みを浮かべる。

引き攣った、決壊一歩手前のものを。

「なのはぁ……ねぇ、兄さんはどこ? どこに――」

「鎮静剤を打ちますから、こちらへ来ていただけますか?」

「あ、はい。フェイト、行くよ?」

「やめてアルフ! 兄さんが、違う、兄さんのところに行かないといけないの!
 兄さんが……!」

「うん、そうだね。ほら、行こう、フェイト」

駄々っ子をあやすような口調でフェイトをあやし、アルフは主人を連れてゆく。

それを見送り、なのはと二人っきりとなった時――ようやく、ユーノは膝を折った。

そのまま背中を壁へと打ちつけ、呆、と視線を天井の蛍光灯へと向ける。

……なんでエスティが。

……誰がこんなことを。

そんなことを考え、

「……ユーノくん」

声を掛けてくれたなのはを見て。

もっと早く彼女が見付けてくれたら……!

不意に湧き上がってきた衝動が、噴出しそうになる。

だが、それだけは口に出してはいけないと、千切れんばかりにユーノは唇を噛みしめた。

ぬるりとした感触に鉄錆の味。

熱さや痛みが滲んでくるが、どうにも遠いもののように感じられた。

自分の身体だというのに、現実感がない。

いや、いっそ現実じゃないのなら有難い。

「……何かの悪い夢かな、これは。
 いや、ごめん。うん。そっか。……エスティが、死んだのか」

「ユーノくん、ほら、立って」

「うん……ごめん、ありがとう」

握った彼女の手は、何故か冷たかった。

見てみれば、握り締めていたのか皮膚からは血の気が抜けている。

……そうだ。耐えているのは自分だけじゃないんだ。

他の人がそうしているから、という根拠の無い義務感だけを頼りに、ユーノはなんとか立ち上がる。

それでも、壁に背中を預けたままだったのだが。

「殺しても死なないって、思ってた。どんなに無茶をしたって、きっとエスティなら大丈夫だって、どこかで思ってた。
 だからかな。きっと今回のも悪い冗談だと思うけど……違うんだよなぁ」

「うん、そうだね。エスティマくん……強かったもん」

「そうだね」

「……それなのに、さ」

手を額に当てて俯く。

エスティは一体何をされたのだろう。

どんなことを思って死んだのだろう。

どんどんと感情が沈んでいくのを自覚しながら、ユーノはこれからのことを考える。

僕は――

「失礼。エスティマ・スクライアさんのご家族の方ですか?」

不意に掛けられた声に、ユーノは顔を上げる。

そこにいたのは見知らぬ女。

管理局の制服を着ているのが特徴らしい特徴。

「失礼。申し遅れました。私、こういった者です」

彼女はにっこりと、友好的で事務的な笑みを浮かべると、名刺を差し出す。

そこに書いてあったのは、彼女が管理局の医療研究機関に所属していること。

その程度だが、はて。

何故彼女がこんな場所に来ているんだ?

「エスティマさんのことは大変残念でした」

「いえ。……それで、なんでしょうか? 管理局が僕になんの用です?
 回りくどい言い方をするなら帰れ。そんなのを聞いてる余裕なんてないんだ」

行き場を失っていた怒りが矛先を求めて暴走する。

もし、なのはがもっと早く――

もっと管理局がしっかりしていたら――

誰も悪くない。それは分かっているというのに、目の前の女が悪意を持ってここへ来たのだと錯覚してしまいそう。

下手に堪えるせいで、ユーノの心は軋みを上げていた。

そんな彼を見て、その場の誰にも気付かれないほど僅かに、女は微笑みを浮かべた。

しかし、すぐにそれを打ち消すと、神妙な顔で言葉を紡ぐ。

「では、単刀直入に。
 エスティマさんがまだ助かるとしたら……どうしますか?」

「……なんだって?」

唐突にもたらされた一縷の望みに目を見開くと同時、ユーノは悪寒を感じた。

死亡、とされたエスティマを助ける手段がある。それは、この場にいる誰もが望んでいることかもしれない。

だが――何故この女はそんなことを口にする? そんなことを口にできる?

「私達の部署は、クローニングを使っての医療技術を研究しておりまして……。
 それを使えば、あるいは、と」

「……そんな人たちがなんでエスティを助けるんです? 何を望んでいるのですか?」

「話が早くて助かります。実は、我々は一つのロストロギアを集めておりまして」

瞬間、ユーノの目の前にウィンドウが開く。

そこに映っているのは赤紫色に輝く宝石。それを目にして、そういうことか、とユーノは納得する。

「スクライアがこのロストロギア――『レリック』を発見した場合、我々に最優先で提供してもらえるならば、エスティマさんを助けるのに力をお貸ししましょう。亡くなってから時間の経っていない今ならば、蘇生は可能かもしれませんよ?
 ああ、もちろん、レリックはそれなりの値段で買い取らせていただきます。……どうでしょうか」

そちらにも悪くない話だと思いますが、と終わらせ、ユーノに視線を送ってくる。

ユーノとしては今すぐにでも飛びつきたい話なのだが……。

「こうしている間にも、徐々にエスティマさんが助かる確率は減ってゆきますよ?」

『――っ! ユーノくん、なんで返事をしないの!?』

『分かってるよ! けど……こんなこと、僕が返事を出来るわけがないじゃないか』

そうだ。

価値も分からないロストロギア。それをいかにも怪しい集団に売却するなど――運が悪ければスクライアが管理局に目をつけられる。

同じ管理局内の研究機関と言っても、正規の手続きを踏まなければ売却することは出来ない。

そんな取り決めを一人で行うなど、今の自分に出来ることではない。

自分一人が面倒を背負い込むのならば良い。

だが、一族全体を巻き込むとなると、簡単に返事をするわけには――

「その交渉、少し待ってもらえないかね?」

柔らかな、しかし、強い意志を感じさせる声が響いた。

ユーノになのは、女が一斉にそちらへ振り向くと、一人の男がいる。

彼の服装は病院だと異様に縁起が悪い。だというのに気にした風もなく、男――ロジャー・スクライアはサングラス越しの視線を女へと向けていた。

「……あなたは?」

「スクライア専属の交渉人、ロジャー・スクライアと申します、お嬢さん」

よろしく、とサングラスを外し、ロジャーは握手を求める。

女はそれに応じると、ああ、と思い出したように声を上げた。

「『あの』有名なロジャーさんでしたか」

「ええ。『あの』有名なロジャーです。
 ……では早速、交渉といきましょう」

女と共にロジャーがその場から立ち去る。

その去り際、ロジャーからの念話がユーノに届いた。

『安心したまえ。長老様から、救えることなら救え、と指示を受けている。
 彼を見捨てることがないよう、話を進めるさ』

『ありがとうございます!』

『はっはっは、気にしなくて良いよ、ユーノくん。
 しかしアレだね。もし生き返っても馬車馬の如く働かされるんじゃないかなエスティマくんは。
 ひょっとしたら生き返らないほうが良いのかもしれないね』

……この人って、最低だ。

ふと、そんな言葉がユーノの脳裏に浮かんだ。























エスティマが助かるかもしれない。

その希望が見えただけで、ユーノとなのはの心は随分と救われただろう。

しかし……。

フェイトが寝かされている病室に辿り着き、控えめなノックをする。

中から聞こえてきたのはアルフの返事。

そっとドアを開くと、カーテン越しの街灯り以外、光源は存在しなかった。

そんな暗闇の中、ギリリ、と何かを噛み鳴らす音が響く。

なんだろう、とユーノが電灯のスイッチへと手を伸ばし、

「点けるな、ユーノ」

深く沈んだアルフの声に止められた。

なのはに小さく頷き、二人とも病室へと入る。

まだ暗闇に慣れていないため良く見えないが、ベッドには確かにフェイトが眠っているようだ。

その側にいるアルフは、パイプ椅子に座り、肘を膝についた状態で深く腰を下ろしている。

「あのさ、アルフ……」

「なんだい」

「ひょっとしたら、なんだけど……エスティ、助かるかもしれない」

「……本当かい?」

俯いたままだった顔が上がる。

うっすらとしか浮かび上がらない薄闇の中でも分かるほどに、アルフの目は爛々と輝いていた。

それは先ほどまで沈んでいた感情の残滓だろうか。

とても真っ当な感情とは言えないそれに、思わずユーノは後退った。

「アイツ、死んでなかったのかい?」

「……ううん。けど、助かるかもしれないって」

「なら――!」

「待って、アルフ」

フェイトに知らせないと、といきり立つアルフを、ユーノは制止する。

「まだ助かるって決まったわけじゃない。可能性があるだけなんだ。
 ……だから、フェイトには」

「だからどうしたっていうんだい」

フェイトを起こさないよな音量で、しかし、しっかりとした意志のこもった声が届く。

思わず口ごもりそうになりながらも、ユーノは先を続けた。

「盲目の希望なんて、下手な絶望より質が悪い。
 だったら、完全にエスティが助かると分かるまで、黙っていた方が良いと思うんだ」

「関係ないね。助からなかったら使い魔でもなんでも作れば良い。
 ソイツをあの馬鹿に変身させれば充分さ」

「……アルフ。自分が何を言っているのか、分かっているの?」

それは、自分の存在すら否定しそうな一言だった。

しかし、それでもかまわないと、アルフは鼻を鳴らす。

「エスティマはフェイトを幸せにするってアタシと約束した。
 だっていうのに――これはなんだい?
 またフェイトは傷付いて、責任取らずに勝手に逝って……」

ギチリ、とグローブが悲鳴をあげるほどに握り締め、

「だから、死んでも責任を取るべきだ。嘘を吐き続けるべきだ、アイツは」

それならば、例え自分と同じ使い魔がエスティマという存在を引き継いでも良い。

「どいつもこいつも勝手なんだよ。
 なんでフェイトばっかりこんな目に遭わないといけないんだい……!
 絶対、絶対に見つけ出して殺してやる。
 くそ、なんなんだい、もう!
 エスティマだって、殺されるようなことなんか、一つもしてないじゃないか……!」

搾り出された最後の言葉。

それがアルフが始めて口にした、主人の兄に対する怒り以外の感情だった。

そして、

「フェイトが屈託なく笑うようになったのも、明日を楽しみにするようになったのも。
 全部アイツのお陰だったのに……!
 まだフェイトは誰かに支えてもらえなきゃ一人で歩けないんだ。
 けど、それはアタシじゃ駄目で、あの馬鹿以外の誰も出来ないことだったのに……!」

嗚咽交じりに、血を吐くように。

アルフは肩を震わせた。

薄ぼんやりとした光のない部屋なので、彼女の表情を見ることはできない。

だが、分かる。この場にいる、眠ってるフェイトだって、同じ感情を抱いているだろう。

服の裾を掴まれた感触に、ユーノは視線を落とす。

隣に立っているなのはは、ただフェイトを見詰めながら、無言で訴えかけてくる。

……どうしてこうなっちゃったのかな?

それを、知ったことか、と気って捨てられるほどユーノは感情に飲まれていなかった。

今までのように鬱屈としたものを飲み下し、冷静に、と自分自身に言い聞かせる。

……自身のこと故に、彼は気付いていない。

この中で最も険しい目つきをしているのは、自分だということに。



























「……ただいま帰りました」

「おー、お帰り。シグナム、シャマル。
 エスティマくん、ちゃんと帰ることが出来たか?」

「……はい」

背後のシグナムを身体で隠しながら、シャマルはいつもどおりの笑みを主に向ける。

そか、とはやては小さく頷くと、車椅子を操作して台所へと向かった。

後姿はご機嫌そのものだ。

口ずさんでいる鼻歌も、アップテンポなもの。

きっと今日一日は、彼女にとって良い一日だったのだろう。

『……シグナム?』

『すまない、シャマル』

振り返ったシャマルの視線の先には、強張った顔のまま床に視線を落としている、烈火の将の姿があった。

シグナムは申し訳ないと思いながらも、どうしたって顔を上げることが出来ない。

こんな顔をしていては、はやてに何か感付かれるかもしれない。

だというのに、弓を爪弾いた感触は未だ残っている。消すべきだ、忘れるべきだと分かっていても。

『……すまない。少し、外に出てくる』

『遅くならないようにね』

『ああ』

仄かに漂ってくる夕食の香り。

だが、それがシグナムに平常心を取り戻させることはなかった。

鼻の奥には血の匂いがこびり付いている。

もう慣れた筈なのに、何故こうも――

「シグナムー?」

「……なんでしょうか、主」

「ご飯もうすぐ出来るから、はよ帰ってきてなー。
 ほかほかが一番や」

「……はい」

はやての声を聞き、そうか、とようやく思い至る。

主の日常を形作る一つの欠片を、切り捨てたのだ。

危険『かも』しれないというだけで、力を貸すと言ってくれた者を屠った。

……忘れるな、と何かが囁く。

自分の犯した罪を忘れるな。

あれを切欠に動き出す組織があることを忘れるな。

主の友人が教えてくれたことを忘れるな。

……もう自分には、はやての笑みを向けてもらえる資格がないことを、忘れるな。

「……主。少し、帰りは遅くなるかもしれません。
 私の分の夕食は、結構です」

「そうなん? 分かったー!」

台所から聞こえてくる間延びした声に微笑みを浮かべ、シグナムはドアを開く。

自分がいなくなれば主が悲しむ。そう囁く弱さを切り捨て、

『シャマル』

『何?』

『あとのことは、頼んだ』

それっきり。

念話を切り上げ、シグナムは八神家から出て行く。





この日から、シグナムが八神家に姿を現すことはなくなった。








[3690] 二話
Name: 角煮◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2008/09/21 21:15



海浜公園。

現場検証を行うため、管理局の魔導師たちはそこへと赴いていた。

結界を張って人の出入りを禁じ、ここで何があったのかを調べる。

調べた先から血痕を消し去り、飛び散った肉片などを回収し、現場を見てしまった一般人に処置を施す。

時刻は既に夜。

公園にやってくる人は決して多くはないが、零でもない。

それらの人が結界内へと侵入しないよう細心の注意を払いつつ――

「……なんだ?」

違和感。

いや、そんなものではない。

目に見えて現れた異変に、管理局の魔導師は眉根を寄せる。

デバイスを起動し、警戒態勢へ。同僚達へ注意を促し、背中合わせに周囲を見る。

管理局の展開した結界を上書きするように現れたのは、無音の世界。

封鎖領域。

これは、数時間前に少年が殺害された時と同じ種類か。

「失礼する」

不意に響いた声に、魔導師たちは一斉に身構えた。

公園の電灯の下。

まるでスポットライトに照らされた場所へ、一つの影が近づいてくる。

赤紫の髪を一つにまとめ、長剣を片手に持った女。

ベルカ式の甲冑姿。

コイツ、殺害された少年のデバイスのデータに――

魔導師の足元にミッド式の魔法陣が浮かびあがる。

それを目にして、女は剣を構えると、

「お前たちに恨みはないが――」

『Panzergeist』

ガシャン、とカートリッジがロードされ、

「――その魔力、貰い受ける」

戦闘という名の蹂躙が、始まった。


















リリカル in wonder
















「おーい、フェイトー」

誰がが呼ぶ声。

薄っすらとフェイトは目を開くと、そこには兄の姿があった。

あー、兄さんだー、と頬が緩むのを感じつつ、

「ご、ごめんなさい!」

跳ね起きる。

何寝ぼけているのだろうか自分は。

普段は自分がエスティマを起こすはずなのに、逆に起こされるだなんて。

……妹として、屈辱だっ。

そんな風に一人悔しがるフェイトを尻目に、エスティマはただ首をかしげている。

そりゃあ今のフェイトを傍から見たら、単に寝起きが悪い人である。

「フェイトってこんなに寝起き悪かったっけ?」

「……ううん。なんでもない。おはよう、兄さん」

おはよう、と返してもらい、フェイトは笑みを浮かべる。

先に飯場に言ってるよ、と、エスティマは手をひらひらさせて部屋から出て行った。

それを見送ると、うん、と頷き、着替えを始める。

動きやすいように白の短パン。黒のブラウス。

その上からスクライアの部族服を頭から被り、最後になのはからもらったリボンで髪を結んで準備完了。

鏡で外見をチェックすると、フェイトは部屋の外に出た。

それにしても、と思う。

よく兄さんが無事だったものだ。

一時は死んだなんて聞いたけれど、やっぱり兄さんは兄さんだった。

理屈は抜きでも、兄さんは兄さんだから大丈夫なのだ。

廊下を歩いているとスクライアで知り合った友人などと顔を合わせ、挨拶をしたり。

今日も一日頑張ろう、と言い合いながら、飯場を目指す。

おしゃべりをしつつ辿り着いた場所には、いくつも並んだテーブルと列を成している皆の姿。

ご飯をもらうために列に並ぶと、ふと、目の端にエスティマの姿が映った。

彼もフェイトに気付いたのか、手を振ってくる。

『フェイトの分ももらってあるから、早くおいでー』

『ありがとう』

また面倒をかけさせてしまった。

いけないなぁ、と思う反面、甘えさせてくれて嬉しく思う。

エスティマの座っているテーブルには、ユーノとアルフがいた。

いつもの面子だ。

「おはようフェイト。寝坊かい?」

「うん。昨日は少し夜更かししちゃって」

「フェイト、あんまり夜更かししちゃいけないよ?
 綺麗な肌が荒れたりしたら、アタシは悲しいよ」

「ごめんね、アルフ」

席に着く。

自分の分の朝食はまだ湯気が立っており、運んでもらってからそれほど時間が経ってないことが分かる。

スクランブルエッグにベーコン。サラダにライス。

盛られている量は他の人と比べたら若干量が少ないが、それは自分が小食だからだ。

……兄さんが取ってきてくれたみたい。

アルフは大盛り。ユーノは普通。エスティマは小盛り、と、持ってきてくれる人によって盛り付け方が違うのだ。

今日は兄さんにばかり頼りっきりだなぁ、と思いつつ、頬が緩む。

「……やっぱりさぁ。それだけじゃ少ないって、フェイト」

「アルフ。あんまり多くしたって、食べられないものは食べられないって。
 残すのも残されるのもどっちだって嫌な気分になるんだから、これで良いだろ?」

「あのねぇ、エスティマ。食べるもの食べなきゃ、大きくならないだろう?
 フェイトは美人になる要素が詰まりに詰まっているんだから、こう、ねぇ?」

と、話を振られて、それとなくユーノは視線を逸らす。

「……そうだね」

「おいクソ兄貴。その逸らした先がアルフの胸元ってのは人としてどうよ」

「ちょ、朝っぱらから何言ってるんだよエスティ!?」

「あっはっは! 良いんじゃないのかい? 別にさぁ」

と、アルフから流し目を送られてユーノは頭を抱えた。

……いつもの光景だ。

本当に良かった、とフェイトは微笑む。

こんな毎日がずっと続けば良い。

大きな変化などなくても、こうやって穏やかな毎日が続くなら、私はそれで良い、と。




























……夢を見ていた。

ゆっくりと目を開く。

そこに兄の姿があるわけもなく、広がるのは知らない天井と、暗闇。

ぼんやりとした頭で、何があったっけ、と思い出す。

何が――

「う……あ……っ」

両腕で自分の身体を抱きしめる。

ギリ、と二の腕に爪を立て、じわじわと血が溢れ出す。

身体が震える。爪が突き立った傷口が痛い。

いや、違う。痛いのは、そこじゃない。

胸を庇うように身体を折り曲げ、ドクドクと高鳴る鼓動と共に額から汗が、腕からの血がシーツに垂れる。

「ああああ……っ」

目を中心に頭が熱くなる。

鎮静剤を打たれる直前。医者が言っていたことを思い出し、

「ぐっ……うううう……」

堪えようとしても、どうしようもない嗚咽が漏れ出す。

際限なく湧き上がってくる涙に、息が出来ないほどの胸の苦しさ。

しゃくり上げながら、フェイトは爪に一層の力を込める。

薄皮だけではない。その下の肉も剥がし、しかし、それでも足りないとフェイトは抱きしめる力を増す。

「……兄さん――エスティ、マ……」

ぶつん、と鈍い音。

兄の名を呟くと同時に、フェイトの爪はそれぞれの二の腕に五本の線を引いて、皮膚を裂いた。

そして腕を振り上げ、

「あああああああああ……!」

ベッドの落下防止用の柵に、左腕を叩きつける。

意味などない。ただ何かを壊さないといけない、そうしないと自分がどうにかなる、と無意識に思い、フェイトは全力を込める。

金属に肉が打ちつけられる音。喉が枯れようと止まない絶叫。

狭い個室に木霊するその声には数々の感情が混ざりすぎて、既に元がなんなのか分からなくなっている。

いや、これは既に感情の域を超えたものではないだろうか。

「フェイト!?」

それを聞きつけ、アルフが勢い良くドアを開いた。

目を驚愕に見開き、フェイトの恐慌を止めるべく抱きついてくる。

だが、フェイトにとって関係ない。

ただ八つ当たりの対象が増えただけで、拘束から逃れようと必死で暴れる。

たった一人しか残っていない大切な肉親が死んでしまった。

自分に毎日が楽しいと教えてくれた存在が、いなくなってしまった。

……そんなことを認めるわけにはいかない。

こんなのは嘘だ。夢であれ、と、フェイトは闇雲に身じろぎをする。

喉から漏れる叫びが止むことはない。

空気を振るわせる形のない言葉は、そのままフェイトの心境を表しているようだ。

こみ上げてくる衝動を抑えきれることができず、フェイトはただ胸の内で渦を巻いている衝動を吐き出すべく、否定するために――

「――から!」

「……え?」

不意に、偶然に耳が拾った音。

それを聞き返すべく、フェイトは声を上げる。

焦点の合わない瞳には微かにだが正気の輝きが戻り、自分をきつく抱きしめるアルフへと視線を向ける。

「大丈夫だよフェイト。エスティマ、生きてるから。アンタの兄さんは死んじゃいないんだよ」

「……そうなの?」

「そうさ。今はちょっと会えないけど、怪我が治ったらまた一緒に暮らせるから」

だから大丈夫さ、と、アルフはフェイトの髪の毛に顔を埋める。

それでようやくフェイトは動きを止めた。

高鳴っていた鼓動はゆっくりと正常なものに戻り、無意味にこもっていた力が抜けてゆく。

……その様子に、アルフは安心しただろう。

このとき、彼女はフェイトの目を見るべきだった。

なぜならば。

ようやく宿った正気の色は――

刹那の内にどろりと濁ったのだから。

























スクライアの嘱託魔導師が『重症を負った』のを切欠に、管理局はこの事件に取り掛かることとなる。

現場検証を行っていた魔導師が酷くリンカーコアを損傷していたこと。

襲ってきた者が過去の闇の書事件で目撃されたヴォルケンリッターと酷似していること。

この二つをもって、これは『第97管理外世界・闇の書事件』と呼ばれ、対応にはアースラが派遣された。

だが、海鳴に派遣した魔導師が次々と魔力の蒐集を受け、ヴォルケンリッターを捕獲することは叶わず。

アースラの執務官はこれに痺れを切らし、大胆な行動を決断する。

……それが、事件が発生してから半月後の出来事。





[3690] 三話
Name: 角煮◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2008/09/25 00:20
夜空に魔力光の尾を引いて走る者がいる。

赤い、ドレスにしか見えない騎士甲冑。ゲートボールスティックに似たハンマー。

ヴィータは、いるような、いないような、とぶつぶつ呟きながら空をそれほど早くない速度で進んでいた。

彼女がここにいる理由は魔力の蒐集ではなく、姿を消したシグナムと闇の書の捜索だ。

半月前、はやての友人が遊びに来たその日から、シグナムは家に帰ってきていない。

散歩に出るような口ぶりで外に出て、それっきり。

何か事故にあったのでは、とはやては塞ぎこみっぱなしだが、それはない、と残ったヴォルケンリッターは理解している。

烈火の将と名付けられたリーダーの彼女が姿を消す。それには何か理由があるはずなのだ。

だが、それも推測することしか出来ない。

いくら念話で呼びかけてみても返事はなく、どこにいるのかもさっぱり分からない。

……シグナム、闇の書なんてもん持ち出しやがって。

彼女が自分たちを裏切って闇の書を手土産に管理局に駆け込むようなことは有り得ない。

だとしたら、彼女がやっていることは。

簡単に予想が出来る故に、ヴィータは不機嫌そうな顔を一層歪ませる。

はやては闇の書を覚醒させようだなんて思っていない。ただ一緒に暮らしてくれれば良いとだけ言ってくれているというのに、シグナムは何を考えているのだ。

「……まさか、自分だけ手を汚してはやての足を治そうだなんて考えちゃいねーだろうな」

ふざけんな、と悪態を吐く。

主に忠誠を誓った身だというのに、何を勝手なことを考えているのだろうか。

第一、自分を仲間外れにして動いているのが気に入らない。

四人一組で自分たちはヴォルケンリッターと呼ばれているのだ。だというのに、一人で決めて一人で動いているなんて。

はやての元へと転生する前からずっと仲間だと思っていたのに。

「気に入らねぇ。見つけたら一発ぶちかましてやる」

神経を研ぎ澄ませて魔力を感知しながら、海鳴の街を捜索する。

まだ眠っていない街灯りを眺め――

妙に強い魔力を見つけ、目を細めた。

シグナムとは違うが、もし魔力を蒐集したならば一気に十ページはいけそうなほど。それが二つも存在している。

その他にも、それなりの魔導師が何人か。雑魚がたくさん。

管理局かな、とヴィータは内心で独りごちる。

辺境世界でこんな規模の魔導師を投入する連中など、ヴィータはそれしか知らない。

念には念を、と思い、ヴィータは自らのバリアジャケットを――偽装スキンの亜種で――管理局のものへと変えた。

はやての作ってくれた騎士甲冑を隠すのは癪だが、仕方がない。

……シグナムが闇の書に喰わせているなら、獲物を逃すはずはねぇ。

誘蛾灯に誘われるように、ヴィータは魔力反応の飛んでいる場所、人気の減ったビジネス街へと辿り着く。

索敵網に引っ掛かるか否か、といった場所に降り立つと、

「ここら辺だと思うんだけどな……」

アイゼンを肩に担ぎ、溜息を吐く。

網を張っていれば顔を見せる可能性もあるだろ。

手すりに腰をかけつつその時を待つ。

そうして五分ほど経った頃だ。

「あの、すみません」

「……なんだ?」

声をかけられ、いかにも不機嫌です、といった感じでヴィータは振り返る。

そこにいたのは外見年齢だけは自分と近そうな少年。

ハニーブロンドに碧の瞳。どこかの部族服を身に付けているのが特徴か。

彼は警戒した様子でこちらに近付きつつ、こんばんは、と頭を下げる。

「持ち場を離れないでください。ハラオウン執務官が苛立ってますよ」

「ん、ああ。わりーな」

執務官。また面倒な。

シグナムの馬鹿、ドジりやがった、と内心で悪態を吐いてヴィータは足をぶらぶらとさせた。

妙に強い魔力があると思ったらそういうことか。下っ端だけではなく、執務官まで出張っているとは。

自分もそれに誘われた口なので烈火の将を馬鹿にすることは出来ないだろうが、厄介な組織に目をつけられたことに変わりはない。

管理局のやり口は今までの経験で良く知っている。

最初の内は出し抜けるとしても、真綿でじわじわと首を絞められるように、最後は捕まってしまう。

シグナムが捕まったら芋蔓式にはやてまで見つかる可能性だってある。

それは駄目だ。それは非常にいただけない。

そんなことになったらはやては悲しむだろうし、自分たちだって主と離れ離れになりたくないのだ。

……そして何より、はやてをアルカンシェルで吹っ飛ばすことなど許さない。

どうせ最後はそうなるんだから、と諦めに近い憎悪を抱きながら、ヴィータは少年から視線を外した。

「ちょっと息抜きしているだけだって。良いだろ?」

「……早めに持ち場へ戻ってくださいね」

「分かってるよ」

「そうですか」

溜息が聞こえた。

それが酷く呆れた調子だったので、ヴィータの額に青筋が浮かぶ。

だが、我慢だ。

シグナムがこの場に出るかもしれないのだから、ここに居座る価値はある。

見つけたら取り合えず一発ぶん殴って、はやてに土下座。

それで許してやろう。

だから早く出てくれば良い。

もし管理局が帰るのを邪魔するなら、二人で突破してやる。

自分まで管理局に睨まれる様な思考で、ヴィータを手すりから動こうとしなかった。

ふと、振り返ると、少年の姿はなくなっていた。

……変な奴。妙に殺気立ってやがったし。

まあ良い。自分には関係のないことだ。

へっ、と笑い声を上げ、ヴィータは膝に肘をついて頬杖をかいた。

「……シグナム、早く出てこいよ」























リリカル in wonder



















「やっぱり、あの剣士じゃなかったよ。注意はしてきた」

「そうか。すまないな」

ディスプレイに走る文字を高速で追っているクロノはそれだけ言い返すと、再び作業に戻った。

その様子に、やれやれ、と肩をすくめて、ユーノは所定位置へと戻る。

ビジネス街を中心として巨大な円を描くように配置された管理局の武装隊。

その真ん中には、デバイスフォームのバルディッシュを抱きかかえたフェイトの姿がある。

その傍らにはアルフとなのは。

無表情のままで地面に座り込んでいるフェイトを見る二人は、そのどちらも沈んだ表情をしていた。

……半月経っても元には戻らない、か。

当たり前だろうけど、と思いつつ、ユーノは夜空に視線を向ける。

エスティマが死亡――否、重傷を負ってから、PT事件で管理局へと加わったメンツに笑顔が戻ることはなかった。

アルフはかいがいしく主人の世話を焼いているが、フェイトは一向に回復しない。

反応はするのだが、一切口を開こうとしないのだ。

彼女が何を考えているのかユーノにも分からない。

エスティマが死んだ、と知らされた直後よりはマシだと言っても、それだけだ。

むしろ、反応がない分質が悪い。

沈んでいるならば励ませばいいし、悲しんでいるならば宥め賺せばい良い。

しかし、無反応となると、どういった接し方をすれば良いのかすら分からないのだから。

……こんな状態で敵を捕獲することなんて出来るのか。

管理局の魔導師を馬鹿にしているわけではない。だが、向こうはたった一人で管理局に立ち向かっている狂人であり、強敵だ。

フェイトはこんな状態だし、なのはは未だにエスティマの死体を見たショックが抜け切れていない。それこそ、この場に立つという選択をしたことが意外なほどに。

クロノがいるのが唯一の救いとも思えるが、彼も彼で相当に参っているようだ。

視線を向けてみれば、クロノは据わった目でずっとディスプレイを睨んでいる。

……彼はエスティの死を悲しんでくれているのだろうか。

そう考え、いや、と頭を振る。

あまりクロノのことを知っているわけではないが、それでも彼は真っ当な執務官だ。私情をなるべく仕事に挟もうとしないような。

人間味が薄い、と言ってしまえば終わりだが、しかし、仕事をする姿勢としては好ましい。

……そんな彼にエスティマのことを考えているのかどうかと聞くことなど、出来るわけがない。

もし、そんなことを考える余裕など、なんて言われたら、変な確執を抱いてしまいそうだ。

無論、こちらからの一方的なものだが。

……こんな馬鹿げたことは早く終わりにしたい。早くエスティマの仇を捕らえて、元の生活に戻りたい。

日増しに強くなるそれは、鬱屈とした感情を持ち続けていることと相まって、急かすように自分から余裕を奪ってゆく。

こんな状態が続いたら、その内――

『魔力反応! 識別は――』

不意に鳴り響いた通信と、次いでノイズの音。

それにクロノは舌打ちをして、宙に浮かんだディスプレイのキーを叩く。

それで結界が展開され、人の暮らす世界と戦場は隔絶された。

カメラの視点が切り替わり、倒れ伏した局員の胸へ腕を突き刺している女が映る。

……忘れもしない。あれは――

今すぐにでも飛び出したい感情をぐっと堪え、ユーノはフェイトに視線を送る。

彼女は未だに俯いたままだ。

通信が飛び交う中で一人静かに座り込んでいる。

『アルフ。フェイトの守りは任せたよ』

『ああ。下手を打つんじゃないよ、ユーノ』

うん、と頷き、ユーノは飛行魔法を発動する。

見れば、なのはもフライヤーフィンを展開して宙へと身体を浮かばせていた。

行こう、と頷き――

「待て、ユーノ。君はここにいるんだ」

クロノの声に、ユーノは思わず眉根を寄せた。

見れば、彼はS2Uを起動させて飛行を開始している。

「フェイトを守ってやれ。兄だろう、君は」

「それならアルフが――」

「彼女はヴォルケンリッターをおびき寄せる餌としてここにいる。だが、本人が望んだことだとしても、危険に曝すわけにはいかない。
 現在は一人しか動いていないが、敵に仲間がいるのは過去の事例から分かっている。
 武装隊も数人置いてゆく。……もう一度言おう。彼女を守ってやれ、ユーノ。エスティマとフェイトの兄なんだろう、君は」

「……分かってるよ」

そんなことは言われなくたって分かっている。

だが、それを他人に言われたことにより、苛立ちが増す。

適材適所。自分に出来ることは守ること。

……だが、それでも、自分はあの女から聞きたいことがいくつもある。

それを確かめるために、戦場へと赴きたいが――

兄なんだ、僕は。

ぐっと唇を噛み締めて、ここ半月で酷く傷付いた粘膜から再び血を滲ませ、ユーノは地面に降り立った。





























数は質に勝るというのが常識だが、この戦場では、それが覆されていた。

話は単純なことで、敵の質が数を上回っているだけ。

その敵――ヴォルケンリッターのシグナムは、レヴァンテインを振るい、魔力光を纏う甲冑を煌めかせながら、夜のビジネス街を疾駆していた。

局員の射撃魔法をものともせずに突撃し、切り伏せ、強い魔力を持っている者は魔力蒐集の対象とする。

また一人、切り伏せる。

今の敵は手応えがあった。

シグナムはバリアジャケットを切り裂かれ、胸から血を溢している局員の胸へと右手を突き込む。

そうしてえぐり出したのはリンカーコア。

魔力光を放つ光体を掌に収めながら、魔力を奪い、夜天の書に充填される。

一頁、二頁、三頁。怪我を負わせたのだ。これ以上の魔力を奪えば命に係わるが――

……四頁、五頁。

絞りカスすら残さず、ただ貪欲にシグナムは魔力を奪う。

パタン、と音を立てて夜天の書を閉じると、騎士甲冑のポケットへと仕舞い込む。

立ち去るシグナムの表情に迷いはない。

謝罪をすることもなく、振り返ることもなく、彼女は最も強い魔力のある場所へと、脚を向ける。

ただ機械的に、コツコツと、獲物が寄ってくるように足音を立てて進む。

……蒐集対象への謝罪は、最初の三日でしなくなった。

悔しさや虚しさは、五日目で感じなくなった。

十日目にもなれば、向けられる憎悪に関心がなくなった。

現在では、自分がただのプログラムであることに疑問すら抱かなくなっている。

敵を狩り、魔力を奪う魔力で編まれた人形。

それ以外に自分を表す言葉はないだろう、とすら考えている。

不意に、シグナムは脚を止めた。

念話が届いた。ほんの少しの間しか離れていなかったというのに、随分久し振りに感じられる戦友の声。

それに短く念話を返し、シグナムは歩みを再開する。

そして――

「そこまでだ」

頭上から聞こえた声に、彼女は顔を上げる。

「時空管理局執務官、クロノ・ハラオウンだ。今すぐ戦闘行動を――」

『Explosion』

返事はカートリッジロード。

シグナムはレヴァンテインを構え、クロノはなのはを背後に庇いながら、S2Uを突き出す。

言葉は無用、とばかりにシグナムは踏み込んだ。

ダン、と力強い音がビルの合間に響き渡り、彼女は空を疾駆する。

迎え撃つようにスティンガーレイが放たれるも、パンツァーガイストに弾かれて有効打には至らない。

舌打ち一つ。

『なのは、僕が足止めをする!
 君は援護を!』

『……うん』

「お、お願い、レイジングハート」

『all right』

桜色の誘導弾が彼女を中心にして宙に浮かぶ。

半端な攻撃は無意味。故に、なのははクロスファイアの集束を始めようとするが、

「紫電――」

跳躍と共にシグナムはレヴァンテインを振りかぶる。

クロノはシールドを展開して一撃を耐え、動きを止めようと判断するが、

「――、一閃!」

炎を纏った斬撃。インパクトの瞬間、業火が噴き上がる。

斬撃に魔力のブーストと炎熱を追加した一撃。

烈火の如く苛烈な一撃。

それを受けてクロノの展開したシールドは軋みを上げるが、それは一瞬だ。

刹那の内に引き裂かれ、咄嗟に引き寄せたS2Uごと断ち切られる。

クソ、と悪態を吐きながらも、クロノはデバイスの補助なしで魔法を構築。同時に、リカバリーを実行。

修復を開始したS2Uに纏われる魔力光を目眩ましに、バインドが幾重にもシグナムに殺到するが、無駄だ。

パンツァーガイストがアイスブルーの拘束具を弾き、再びカートリッジロード。

『Sturmwinde』

陣風が放たれる。

レヴァンテインを中心に放たれた衝撃波はクロノとその背後にいるなのはを打ちのめし、撃墜。

アスファルトへと叩き付けられ、なのはは咳き込み、クロノは咄嗟に起き上がろうとするも――

『Schlangeform』

瞬間、レヴァンテインが変形を行う。

蛇のように連結刃がのたうち、跳ね、ビルに囲まれた空間を蹂躙する。

「――っ!?」

『クロノくん!』

飛来した刃から咄嗟に身を守ろうとラウンドシールドを展開するが、それは囮。

足元に這い寄った切っ先に足を取られ、宙に持ち上げ、ビルへと叩き付ける。

轟音に一拍遅れて粉塵が巻き上がり、ガラスの破片が月光を反射して煌めく。

なのははクロノへと念話を送るが、返事はない。

直前まで保持していたクロスファイアは動揺で消え失せ、指示を、とレイジングハートから声が上がるも、彼女は動けなかった。

ざり、と靴裏が砂を噛む音。

はっとして顔を上げると、そこにはシグナムの姿があった。

連結刃となっていたレヴァンテインは剣へと戻り、その切っ先は自分へと向けられている。

月明かりに照らされた白刃に、彼女自身が剣であるかのような眼光。

――殺される。

シグナムを前にして、なのはの脳裏にはそんな言葉が沸き上がってきた。

この人はエスティマくんを殺した人。だから、きっと私も殺される。

手の中にあるレイジングハートがカタカタと揺れ、息が上がっているというのに、寒気が襲ってきた。

脳裏に血塗れの友人が再生され、身の震えを我慢できなくなる。

「あ……あ……」

頑張らなくちゃ。口を開かないと。

そう考えるも、身体は一向に言うことを聞いてくれない。

自分がここにいるのは、戦うためなんかじゃない。

何故エスティマを殺したのか。それを聞いて、話し合うために戦場へと出てきたのだ。

なのに、肝心な言葉は出てきてくれない。

喉は引きつり、しゃくり上げるようにしか、吐息が漏れるだけだ。

『master!』

レイジングハートの叫びで、びくり、となのはは身を震わせる。

「あ……あの……」

ようやく形を持った言葉が紡がれた。

……大丈夫。喋れる。

深呼吸して息を整え、なのはは口を開き――

「紫電――、一閃!」

レイジングハートごと、なのははシグナムの斬撃を受けた。

身を庇うよう、咄嗟にレイジングハートを持ち上げるが無意味。クロノのS2Uと同じように断ち切られ、斬撃はバリアジャケットへと到達する。

リアクターパージ。

自らの身を守るために防護服が破裂して、衝撃で吹き飛ばされる。

斬撃を受けるよりはマシかもしれないが、胸を中心に発した衝撃はなのはの胸骨にひびを入れ、息が詰まる。

ゴロゴロと為す術もなくアスファルトを転がり、ようやく停止した時、全身の痺れで立ち上がることができなかった。

話さないと。動かないと。

そう思うも、指一本だって動いてくれない。

視界の隅には中央から二つに切断されたレイジングハートが転がっている。

いつの間に手放してしまったのだろう。

これじゃあ戦えない。自分の身を守ることだって出来ない。

じわり、と視界が歪む。

……私、何もできないのかなぁ。

友達になってくれたフェイトを元気づけることもできず、エスティマが何故殺されたのかも知ることができず。

怯えてクロノの足を引っ張って協力することもできず、殺されてしまうのだろうか。

「……いや」

体中が痺れているにもかかわらず、なのはは地面を這う。

「やだ……そんなの、やだよ」

怖い。

何もできない自分を認めるのが怖い。

魔法という力を手にしたのに、友人を助けることもできずにいる自分が怖い。

これじゃあ一人でいるのと一緒だ。

魔法という繋がりがなくなってしまったら、なんて考えることが怖くて仕方がない。

……こんなところで死んでしまうのが、怖くて怖くて仕方がない。

「レイジングハート……」

手を伸ばす。

なのはの呟きに呼応するように、レイジングハートのコアに弱々しい光が宿った。

戦わないと。

そう、強迫観念じみた思考で、ただ、手を前へ――

だが、その手が届くことはなかった。

硬質な音を上げて、レイジングハートが踏みつけられる。

顔を上げれば、そこには敵の姿。

襟首を掴んで引き摺っていたクロノを無造作に放り投げると、手甲に包まれた腕をなのはに伸ばしてくる。

目を見開き、身を捩って避けようとするが、それは叶わない。

無理矢理に仰向けにされると、シグナムはなのはの胸に手を沈ませた。

身体の中心が鷲掴みにされる感覚。

そして引きずり出されたのは、桜色の輝きを放つ光体だ。

「あ……ああ……」

リンカーコアから徐々に光が失われてゆく。

胸の中から大切な何か――力が略奪されてゆき、思考が解けてゆく。

頬に何かが流れる感触。

……ああ、泣いているんだ、と自覚した瞬間、諦めが重くのし掛かってきた。

それに抗うことなく、なのはは意識の手綱を手放した。




























周りがすごくうるさい。

少しだけ苛立ちを感じながらも、ただフェイトは無感情に顔を膝の合間に埋める。

誰かがずっと話し掛けてくるが、そのどれもが耳を素通りしてしまう。

意味を上手く理解できない。

思考を放棄している彼女は、自分のことすらも考えることができず、座り続ける。

……否、彼女は何も考えていないわけではない。

頭の中にずっとあるのは、兄はまだ迎えに来てくれないのだろうか、という疑問だけだ。

生きているのは嬉しかったけど、でも、どうして姿を見せてくれないのだろう。

最初の内は我慢できたが、もう限界が近い。

寂しくて寂しくてどうにかなってしまいそう。

……早くきてくれないかなぁ。

そう思い、

ぐい、といきなり腕を掴まれた。

顔を上げれば、アルフが何かを叫んでいる。

また違うところに行くのかな、どうでも良い、とすぐに思考を打ち消し――

フェイトは目を見開いた。

偶然、視界の隅に留まったウィンドウ。

そこに映っている『敵』の姿を見て、停止しかけていた頭が回り始める。

――許せない。

――許さない。

――許しはしない。

焦点を失っていた瞳に烈火が宿り、瞬時に燃え上がって業火となる。

瞬間、世界が音を取り戻し――

「……見つけた」

「どうしたんだい? ほら、行こう、フェイト」

「邪魔しないで!」

腕を掴んでいたアルフをはね除け、バルディッシュを掴む手に力を込める。

グローブがぎちりと悲鳴を上げ、しかし、それでも力を緩めない。

「………………兄さん」

『Get set』

「……兄さん」

『Load Cartridge』

バルディッシュは主人の意志を酌み、カートリッジを炸裂させる。

回数は六回。

一度に全弾を使い果たし、フェイトはすぐに排莢してクイックローダーで装填を行う。

「兄さん……!」

『Zamber form』

「兄さんが……!」

『Sonic form』

マントが消失し、防護服が意味を失う。

金色の大剣を構え、前傾姿勢で、リアクターフィンに魔力を送り込む。

血が頭を巡り、思考が焼け付く。

ああ、そうだ。

何故気付かなかっただろう。

兄さんが迎えにこれないのは、

「……殺してやる」

『kill mode』

きっと、アイツがいるからだ。

アレを倒せば絶対に兄さんは帰ってくる。

だから殺す。

殺して、兄さんを取り戻す。

「アハハ……!」

『Sonic drive.
 Ignition』

「アハハハハ……!」

瞬間、フェイトの姿が掻き消える。

哄笑だけをその場に残して、彼女は愛する兄を奪った仇へと肉薄した。





[3690] 四話
Name: 角煮◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2008/09/25 00:19
なのはから魔力を奪い取ると、シグナムはレヴァンテインにカートリッジを補充した。

ガシャン、とカバーを下ろして納刀すると、次の獲物を目指すべく顔を上げる。

ふと、魔力反応が増大したことに気付いた。

先程までは大人しかったのに、一体何があったのか。

撤退の時間稼ぎをするための砲撃か何かかと当たりをつけ――

「あああ……!」

「――っ!?」

『Panzergeist』

反射的に鞘に収まったままのレヴァンテインを頭上に掲げ、次いで、酷く重い一撃がくる。

何事かと、足に力を込め、シグナムは目を見開く。

……この顔は。

「雷光一閃、プラズマザンバァァァアアアアッ!」

六連続のカートリッジロード。

血を吐くような叫び。

金色の雷光が周囲のアスファルトを打ち砕き、拡大し、集束する。

シグナムは咄嗟にカートリッジを炸裂させてパンツァーガイストの出力を上げるが、

「ブレイカアァァァァ――!」

トリガーワード。

雷撃はザンバーの刀身を延長するように、仇を押し潰すように、出力を増す。

シグナムの足場となっているアスファルトは重圧に耐えきれず砕け、雷に焼かれた大気が嫌な臭いを発する。

そして、遂に防御が限界を迎える。

殺意の滲む声と共に発動した砲撃は、纏った甲冑ごとシグナムを飲み込んだ。






















リリカル in wonder




















……何があった。

零距離で放たれた砲撃で、道路は原形を留めず粉砕されている。

炎はそこら中のビルに燃え移っており、夜だというのにビジネス街は異様な灯りを放っていた。

身に積もった瓦礫を落としながら、彼女は身体を起こす。

遠退きそうな意識を必死に繋ぎ止め、シグナムはレヴァンテインを支えにしてなんとか立ち上がった。

はやてに貰った騎士甲冑は無惨に焼け焦げ、レヴァンテインの鞘は攻撃を受け止めた部分から完全に砕けている。

一閃し、破片を飛ばす。

刀身は無事だが、戦力低下は否めない。鞘も自分にとっては重要な武器なのだから。

「ぐ……」

全身に刻まれた火傷。炎ではなく雷撃によるものだ。

きっと今の自分は酷い姿をしているだろう、と考え、彼女は苦笑した。

自分の姿を気にする者など、一人も残っていないというのに。

シグナムは騎士甲冑のポケットから夜天の書を取り出すと、おもむろに本を開く。

その内の一頁に手を触れると、

「烈火の将、シグナムが命じる。癒せ、夜天の書」

『Restaurierung』

傷付いていたシグナムの身体が急速に修復される。

レヴァンテインも喪失した鞘を修復され、傷付いた本体も元通りとなった。

……その代わりに使用した頁は五。

今回の戦闘で差し引きプラスだが、無駄をしてしまった。

夜天の書をポケットへと戻すと、シグナムはレヴァンテインを構えて周囲に視線を向ける。

炎の中に人の姿はない。

先程自分に奇襲をしかけてきた少女はどうなったのだろうか。

零距離での砲撃は、実行した者にも強烈な反動を叩き込む。

あれで倒れてくれるならば良いのだが――

ざり、と地を踏み締める音に、シグナムは視線を向けた。

炎の向こう。

赫炎のカーテンに、一つの影が浮かび上がる。

両手で握った大剣。腕と足を剥き出しにしたバリアジャケット。

炎に照らされて輝くツーテールの金髪。

どこかで見たような、と考え、そうか、と思い至る。

半月前、この手で殺めた一人の少年。彼に、少女は良く似ている。

いつだったか主に見せて貰ったエスティマの写真には、兄と妹が写っていた。

その妹の方。無表情と濁った瞳が少年と全く似ていない印象を抱かせるが、顔の造形は殆ど一緒だ。

「……そうか。そうだな」

復讐か。

あの目をした人間を、シグナムは長い騎士としての経験で知っていた。

略奪された側の目。数々の感情が混ざり合って、上手く表現できない激情。

それを証明するように、全身に火傷を負いながらも、少女はゆっくりとこちらに歩いてくる。

いや、あの速度が精一杯なのだろう。

取り回しの悪い武器を構えながらこちらへ向かってくる足取りは、おぼつかない。

それでも真っ直ぐにこちらを睨みつける眼光には、迷いや恐れを感じない。

妥協や挫折の一切を自分自身が許せない。

故に、彼女は傷を負いながらも再び姿を現したのだろう。

両手でレヴァンテインを握り締め、シグナムは膝を曲げる。

対して金髪の少女は、デバイスを振りかぶると、不意に視界から姿を消した。

転移?

否、違う、これは――

耳に地を蹴る音が届く。

勘と経験だけを頼りに、シグナムはレヴァンテインを一閃。

真後ろへ向けて横薙ぎに振るうと、重い感触が返ってきた。

「……兄と同じく、高速機動戦闘を仕掛けてくるか」

「……だまれ」

鍔迫り合いとなっていた拮抗は少女の側から破られた。

バックステップで離れ、次いで大上段からの一撃。

元は美しい声色だろうに、吐かれるのは激情と呪詛が混じったもの。

シグナムは半身を引くだけでそれを避け、跳躍。ビルを背後に置きながらカートリッジロード。

『Schlangeform』

変形する。

剣が蛇腹の切れ目を入れて、分離。

元の形状からでは有り得ない変化をして、分裂した刃がビルの合間、その空間を制圧する。

ギリギリとアスファルトが削り取られ、粉塵が巻き上がる。

崩壊したビルの残骸が崩落し、石の雨が降り注ぐ。

だが、

「その程度で……!」

気にせず、金髪の少女が跳躍した。

連結刃の軌道を読み、真っ直ぐこちらへと肉薄してくる。

移動時に押しのけられる粉塵の行く先で彼女の軌道を読むと、シグナムは隠すように持っていた鞘を取り出した。

そして、打撃を行う。

顔面狙いの殺意に溢れた一撃を、頭を傾げることで避け、カウンターの要領でシグナムは鞘を脇腹へと叩き付ける。

バリアジャケットを貫通して肋骨をへし折る感触。

……まるで紙だな、これは。

防御を捨てたか。そうまでして、と思い、当然か、とすぐに納得する。

躊躇せずに鞘を振り切ると、金髪の少女は鈍い声を上げながら弾き飛ばされた。

荒れ果てた道路をゴロゴロと転がり、ようやく止まると、今度は堰と共に吐血。

シグナムの放った一撃と、自らの生み出した速度。その二つが重なった打撃は、彼女から戦闘能力を奪い去る。

普段ならば間違いなく動けなくなる一撃。

それは彼女だけではなく、並の魔導師ならば誰でも立ち上がることを諦める怪我だ。

しかし、

「こんな程度で……!」

壊れたような音を立てて息をしながら、彼女は立ち上がる。

変わらず瞳に憎悪を燃やしながら、彼女は金色の大剣を持ち上げる。

その姿を目にして、シグナムは僅かにだが、唇を噛み締めた。

だが、逡巡は一瞬だ。

連結刃を剣に戻して、シグナムは重傷を負った少女に切っ先を向ける。

……今ここで、自分は脚を止めるわけにはいかない。

あの少女から兄を奪っていたとしても、自分にはやらなければいけないことがある。

だから、今できることは――

「引導を渡してやろう、エスティマ・スクライアの妹。名を、なんと――」

「うるさい、黙れ! 兄さんの名をその口で呼ぶな!」

カートリッジロード。二度の炸裂。

それで金色の大剣は一層輝きを増し、シグナムは警戒をする。

だが、持ち主である少女の足取りは弱々しく、腕にも力がこもっていないように思える。

しかし、それでも尚、彼女は諦めていない。

誰が見ても勝敗は明らかだというのに、少女は敗北から目を逸らしている。

ただ一点、シグナムを殺すことのみを見据えている。

きっと、手を止めるなど考えてもいない。

「お前さえいなくなれば、兄さんは……!」

血を吐きながら少女は大剣を肩に担ぐ。

持ち上げるだけの力も残っていないのか。

ガクガクと震える膝は、今にも折れてしまいそうだ。

「……レヴァンテイン」

『Bogenform』

……せめてトドメを刺してやるべきだろう。

自分にできることはそれぐらい。

彼女を修羅道に落とした原因を作り出したのが自分で、もう彼女に兄を返してやることができないのならば。

矢をつがえる。

足元に展開した古代ベルカ式の魔法陣から炎が噴き上がり、

「翔けよ、隼……」

照準を合わせ、弦を限界まで引き――

「撃ち抜け……雷神!」

『Jet Zamber』

刃が振るわれるよりも早く、矢を――

――瞬間、ずぶり、と少女の胸から腕が突き出た。

少女は驚愕に目を見開き、信じられないものを見るようにして唇をわななかせる。

「あ……あぁ……!」

デバイスから金色の光が消え失せ、カラン、と軽い音と共に地面に落ちる。

腕が抜き出したのは金色の光体。リンカーコア。

こんなことが出来るのは、

『……なんのつもりだ、シャマル』

念話を送るも、返事はない。

シグナムは騎士甲冑のポケットを探るが、そこに夜天の書は存在しなかった。

少女のリンカーコアが徐々にだが小さくなってゆく。

魔力の蒐集。力の源を奪われ、しかしそれでも、少女の瞳から力が失われることはなかった。

最後の抵抗と言わんばかりに、彼女はシグナムに呪い殺すような視線を送ってくる。

……それからシグナムは目を逸らすと、レヴァンテインを納刀した。

魔力の蒐集が終わり、力なく倒れ込む少女を一瞥すると、踵を返す。

「待て……! 待てぇ……!」

怨嗟の声が耳に届くが、シグナムは足を止めなかった。

パチパチと火が爆ぜる音。咆吼。

まるでそれから逃げるように、シグナムは飛行魔法を発動する。


























海鳴の外れにある廃屋。

今の住み処であるそこにシグナムが帰ってくると、既に先客がいた。

赤いドレス型の騎士甲冑を身につけた、鉄槌の騎士ヴィータ。

彼女はグラーフアイゼンを起動させた状態で、帰ってきたシグナムを睨んでいる。

……シグナムが局員との戦闘中に念話を送ってきたのは彼女だった。

理由は後で話すから手出しをするな、とその場限りの誤魔化しをするつもりだったが、彼女を振り切ることは出来なかったようだ。

しかし、気にした風もなくシグナムはボロボロのソファーに座り込むと、疲れを滲ませた口調で言葉を放った。

「どうした、ヴィータ」

「それはこっちの台詞だ! シグナム、自分が何をやってんのか分かってるのか!?
 はやてとの約束を破って、なんのつもりだよ!」

「……さて、な。お前に言うことなど何もないが」

「うるせぇ! アタシが納得できる理由を吐け! もし、しょうもない理由だったら殺すかんな!」

「理由などあってないようなものだ、ヴィータ。それでも聞くか?」

「あったり前だ! アタシたちは、はやての騎士なんだぞ!?
 それなのにテメーがやってることはなんだよ! はやての命令が聞けないってのか!?」

「その通りだ」

な、とヴィータが息を呑む。

それを目にして、満足そうな笑みを作り上げると、シグナムは先を続ける。

「私たちはなんのための存在だ、ヴィータ。家族ごっこをするためではあるまい?
 もう我慢も限界だ。日常に埋もれたままでは、剣の腕が鈍る」

「……そんな理由か? それだけで、テメーははやてを悲しませるのか?
 違うって言えよ、シグナム。
 はやて、お前がいなくなってから寂しがってんだぞ? それなのに、お前は――」

「お前は精々家族ごっこを楽しんでいれば良い。
 私などいなくとも、可能だろう?」

所詮ままごとだ、とシグナムは続け、

「――っ、アイゼン!」

『Jawohl』

その言葉に、ヴィータのボルテージが振り切れた。

「テートリヒ、シュラーク!」

咄嗟にシグナムはパンツァーガイストを発動。魔力を頭部に集中する。

紙一重で間に合ったが、それでもヴィータの一撃を防ぐには足りない。

こめかみ狙いの鉄槌を受け、けたたましい音と共に、年季の入った壁へと叩き付けられた。

鈍い音と共に木製の壁を粉砕。隣の部屋まで殴り飛ばされ、ようやく停止する。

殴られた箇所を手で押さえながら、シグナムは身を起こす。

視線を上げれば、そこにはヴィータが立っていた。

「……こんなもんかよ」

彼女は舌打ちして、目に涙を浮かべ、アイゼンをきつく握り締める。

「はやてを裏切ってまで戦って、あの程度も避けられないのかよ!
 ……二度とアタシたちの前に出てくんな。
 はやてに免じて、今だけは殺さねー。
 けど、次にその顔を見せたら、何があろうと叩き潰してやる!」

踵を返す。

シグナムは切った唇を舐めながら後ろ姿を見送り、ヴィータの姿が見えなくなると、ようやく立ち上がった。

……なんて不様。

これで烈火の将と呼ばれていたなどと、誰も信じまい。

「なぁ、シャマル」

「あら、気付いていたの?」

暗闇から、緑の騎士甲冑をまとった女が姿を現す。

彼女は苦笑しつつ手を腰に回すと、夜天の書を取り出した。

そしてもう一度。

今度はカートリッジの収められた箱だ。

眉根を寄せるシグナムにかまわず、その二つをシャマルは押し付ける。

「……余計なことを」

「そうね。けど、私だけはあなたを無視することができないから」

共犯者だもの、と、どこか悪戯っぽく、再び彼女は苦笑した。

「すごいわね。もう二百頁近く。どんな無茶をしたのかしら」

「別に。ただ戦って魔力を蒐集しただけだ」

「限界まで、ね」

魔力の蒐集。対象の力を奪うそれは、度を過ぎて行えば死の可能性すらも与える。

もしはやてのためを思っているならば、全てを奪うなどやってはならないだろう。

だが、これは自分の勝手だ。

戦いたくて戦っている。戦い続けるために夜天の書を使っている。

そうあるべきなのだ、自分は。

なのに――

「シャマル。何故、あの時邪魔をした。お前の手を借りずとも、エスティマの妹を討つことは出来た」

「ええ。多分、殺しちゃってたわね」

言外に責めている口調。

シグナムはそれで言葉を失い、黙り込んでしまう。

そんな様子にシャマルは微笑み、

「高ランク魔導師を魔力蒐集する前に殺してしまうなんて、言語道断。
 それに、殺すならその後でいくらでも出来たじゃない。
 殺さなかったのは私じゃなくて、あなたよ、シグナム。
 烈火の将らしくないわ」

「……今の私はただの凶刃だ。まともな思考など、求めるな」

「それもそっか」

「何を笑っているシャマル。今後、一切手を出すなよ。
 戦うのは私一人で充分だ。
 お前まで管理局に追われる身になったら、主が――」

「無理よ、シグナム」

どこか諦めたように、シャマルは断言する。

「だって、私はあなたの共犯者じゃない。目の届く範囲であんなに騒がれたら、大人しくしていられないわよ」

「……そうだな」

次は違う世界を中心に狩りを行うか。

言葉に出さず、シグナムはそう決める。

……彼女は気付いていなかったが、八神家を離れてもこの街にいるのは、管理局の魔導師が格好の的になるからではなかった。

彼女の弱さ。

未だ、未練が断ち切れていないのだ。





























宙に浮かせたクロノとなのはを引っ張りながら炎を掻き分け、ユーノはフェイトの元へと辿り着く。

誰もが予想できなかった、突然の行動。

撤退準備を始めている中で飛び出したフェイトを追うことが出来たのは、ユーノだけだった。

フェイトの覚えている最大級の砲撃から気絶したなのはとクロノを守ったのも彼。

殺傷設定での一撃。もし誰も二人を守らなかったら、余波で怪我では済まない状態となっていただろう。

ユーノは倒れ伏したフェイトの近くに膝を下ろすと、治癒魔法を発動する。

それで全身にできた火傷は癒されるが、骨折まではどうしようもない。

申し訳ないな、と思いつつ、ユーノは同時に別のことを考える。

やはり動いている敵は二人と考えるべきだ。

それとも、ヴォルケンリッター四人全員がこの戦場にいたのかもしれない。

戦うのは一人だけで、残りは奇襲要員?

もしそうだったら、あまりにも馬鹿げている。

否、管理局を警戒しているから、全戦力を投入していないのか?

分からない。

まぁ、取り敢えず――

「騎士の方はフェイトに任せて……」

自分は主人を討つ。

誰かは知らないが、ソイツは罪を償うべきだ。

フェイトが出撃するならば、可能な限り付き添おう。

だが、それ以外の時間は、主人の探索に注ぐべき。

自分は弱い。だから、出来ることと言えば同じように奥に引っ込んで姿を現さない奴を焙り出すぐらい。

……必ず見つけ出して、社会的に抹殺してやる。

奥歯を噛み締めつつ、ユーノは首に下げた黄色の宝玉に視線を落とす。

「Lark。エスティを殺したのは、あの剣士とフェイトから魔力を奪った奴で間違いないんだね?」

『はい』

「分かった。……ねぇ、君は本当にヴォルケンリッターの主人に心当たりはないの?
 エスティが狙われたのには、なんの理由もないの?」

『知りません』

「……そう」

いやに機械的だ。まるで、なのはの手に渡る前のレイジングハートのよう。

デバイスに表情はないため分からないが、Larkもエスティマの死に気を病んでいるのか。

……また一つ、ユーノは鬱屈としたものを飲み下す。

その苛立ちをぶつけるように治癒魔法へと魔力を注ぎ込み、ユーノは神経を尖らせてフェイトの治療を続けた。





[3690] 五話
Name: 角煮◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2008/09/25 00:21

ディスプレイに浮かんだデータ。

あの日のエスティマのスケジュール。

それを睨み付け、ユーノは腕を組む。

転送ポートの履歴と、彼がなのはの家に行く予定となっていた時間にはかなりの差がある。

その間、彼は果たして何をしていたのか。

ずっと調べてきたことだった。

それこそ寝る間を惜しみ、気がささくれて、投げやりともなればフェイトの面倒すら見ようと思えなくなるぐらいに。

エスティマのデバイスであるLarkは、海鳴に着いてからシャットダウンされていたと言っている。

事実なのだろう。多分。

彼女のメモリーを覗かせてもらったが、確かに、海浜公園へと転送されてからの記録は残っていなかった。

転送されてから、殺害されるまでの空白。

その間に何があったのか――

ずっと調べ、ようやく解明の糸口が見えた気がする。

机の上には、色とりどりの、ファンシーな便箋が散らばっている。

エスティマの机の引き出しから失敬した物だ。

差し出し名は八神はやて。手紙の内容に前回の返答のようなものが書いてあったことから、文通をしていたのだろう、とユーノは当たりをつけていた。

住所は海鳴。知り合いだろうか。PT事件のとき、現地の者と会っているような余裕は――

否、あった。

彼が日中どこで暮らしていたのか、ユーノは知らない。

その時に別次元の者と交流を持っていたとしてもおかしくないだろう。

自分だってなのはと友人になっていたのだから。

「……鍵は彼女、か」

ふぅ、と息を吐き出す。

今度は当たりだろうか。

エスティマがヴォルケンリッターに襲われてから、今日で丁度一ヶ月。

前回の戦闘から半月だ。

重傷を負ったなのはとクロノ、フェイトはようやく回復した。

フェイトの怪我はその中で最も酷かったのだが、早期にユーノが治療をしたため、退院が早くなったのだ。

もっとも、フェイト自身が寝ているだけの生活を酷く嫌がったというのもあるが。

ともかく、一月。

この間、ユーノはいくつもの可能性を調べ、何度も回り道をしていた。

海鳴へ行く前にエスティマは違う世界に行っていたのか。それを調べるだけでも時間がかかったし、スクライアが高ランク魔導師を抱き込んでいる状況を良く思っていない管理局の俗物が原因か、とも考えた。

しかし、どちらも空振り。

そして今日、一度初心に戻って、と思いエスティマの部屋を掃除がてらに手がかりを調べ、あまりにも単純な見落としにユーノは頭を抱えた。

海鳴にはなのは以外にもエスティマも知り合いがいる。相手の返信しか読むことはできないが、それでも、酷く親しい仲だということは分かる。

「ここまで親しげな文章を書いておいて、もしエスティを騙しているだけだったのだとしたら――」

許しはしない。

手紙に視線を落とし、それを握り潰したい衝動に駆られながらも、自制する。

まだこの子が犯人だと決まったわけじゃないんだから。

海鳴に飛んでいって事実を確かめたい衝動に駆られながらも、ユーノは頭を振って我慢する。

相手のことを何も知らない状況で飛び込んでどうする。

自分には力がない。フェイトのような速さも、なのはのような砲撃も、クロノのような完成度もない。

だからこそ、実力行使で訴えられない部分。

そこで勝負するしかないのだ。


























リリカル in wonder






















目が覚めた。

頭が呆けて、電灯の明かりが目に痛い。

フェイトは目元を擦りながら身を起こすと、そうか、と思い出す。

また倒れたのだ、自分は。

現在彼女がいるのは、時空管理局の海の本局。その医務室。

最後の記憶は、訓練室で新たな技を練習していた場面。

限界を突破しようと無理を続け、そこで記憶が途絶えている。

「……いつものこと」

そう。

兄の敵を殺せなかったあの日から、半月が経った。

自分の全力を注ぎ込んで、しかし、傷らしい傷をつけることも出来ずに自分は負けた。

全力のプラズマザンバーブレイカーも直撃させたというのに、無傷だった敵。

どんな手品を使われたのかは知らないが、それでも、自分の力が及ばなかった事実は変わらない。

……もっと速く。もっと鋭く。

心を苛む言葉が浮かび上がってくる。

力も速度も足りなかった。だが、足りないのならば足せばいい。

魔力が足りないのならカートリッジを使えば良いし、速度が足りないのならソニックフォームを改良すれば良い。

そうすれば、今度こそ。

今度こそ兄の敵を討てる。

ギリ、と奥歯を噛み締め、フェイトはベッドから身を起こした。

疲労が重くのしかかってくるが、知ったことではない。

ガクガクと震える足に力を込めて無理矢理歩き出すと、ベッドサイドにあったバルディッシュを握り締める。

「バルディッシュ。行くよ」

『sir』

淀みなく、バルディッシュは主人に応える。

それに少しだけ微笑みを浮かべると、フェイトは医務室から――

「あ……フェイト、ちゃん」

「なのは」

ドアが開いた向こう側にいた少女。なのはを目にして、短く、名前だけを口に出した。

なのはは弱々しく笑みを浮かべると、床へと視線を落とす。

その様子に、フェイトは表情に出さない程度の苛立ちを感じた。

兄の仇に負けた後から、なのはの様子はずっとこんな感じだ。

以前の活発さは成りを潜め、珍しく周りの人に励まされている。

フェイトはあとで聞いたのだが、なのはとクロノは手酷くヴォルケンリッターにやられたらしい。

この変貌具合を、最初は敗北らしい敗北を味わったせいだとフェイトは思っていたのだが、違うようだ。

怪我が完治しても調子が戻ることはなく、むしろ一層沈んだように見える。

……戦う気がないのかな。

そう思い、フェイトは自覚しない内に目を細めていた。

「どうしたの、なのは」

「あ、うん。その……フェイトちゃん」

「何?」

「あんまり身体を虐めるのは、良くないよ。
 ……お医者さんもそう言ってるし」

「ふうん、そう」

そういうことか、とフェイトは肩を落とす。

なのはが口にした注意は、ここ最近、耳にたこができるほど聞いていた。

アルフは口に出さないが気を遣ってくれているし、クロノが苦い顔をするのは毎日のこととなっている。

そして、医師に説得されるのも。

だが、なのはにこんなことを言われるのは初めてのことであり――

……なのはがそれを言うんだ。

フェイトは、酷く裏切られた気分になった。

自分のときはあんなに食らい付いてきたのに、外から見ても無謀だと分かる勝負を何度も仕掛けてきたというのに、そんなことを口にする。

エスティマがやられたというのに、そんなことを口にする。

なのはにとって兄とは、その程度だったのか。

殆どがフェイトの思い込みだが、彼女はそう受け止めてしまう。

強くなってあの剣士を殺さなければならないのに、そうしなければ兄は戻ってこないのに、なのはは自分を止めようとするのか。

……なら、どうでも良い。

なのはなんて、どうでも良い。

「邪魔だから、退いて」

「フェイトちゃん?」

「私は、強くならないといけないの。アイツを殺さないと、兄さんが帰ってきてくれないから――」

「……何言ってるの? それに、殺すって、そんなの駄目だよフェイトちゃ――」

「うるさい!」

瞬間、フェイトが唐突に感情を爆発させる。

なのはの胸倉を掴み上げると、そのまま壁へと叩き付ける。

何を言っているのか分からないのは、こっちの台詞だ。

……仇を殺さなければ兄さんは帰ってこないのに、なのははそんなことも分からないの?

握り締めた衣服がギリギリと締め上げられ、なのはは苦しそうに息を吐く。

彼女は一瞬だけフェイトと目を合わせると、すぐに視線を逸らした。

そして、フェイトの瞳を見ずに、逃げるような口調で言葉を放つ。

「駄目だよ、フェイトちゃん。フェイトちゃんが人を殺したりなんかしたら、きっとエスティマくんが悲しむよ?
 だから、そんな悲しいこと――」

「……なのは。なのはにとって兄さんは、その程度だったの?」

「……え?」

「兄さんを殺したんだよ、アイツは。どうしたらあんなのを許せるの?
 兄さんだけじゃない。たくさんの人を殺して回っているような殺人鬼を、どうして殺しちゃいけないなんて言えるの?」

「そ、それは――」

「ガッカリした。さよなら」

それっきり。

フェイトは興味が失せたようになのはから手を離すと、踵を返す。

背中に声がかけられることはない。

反論など聞く気もなかったが、フェイトはそのことに少しだけ落胆した。




























執務室。

時空管理局の提督であるグレアムは、シグナムの出している被害の報告を見て頭を抱えていた。

魔力の蒐集によって死亡した人間は、今日で二桁に入ってしまった。

死亡した人間のどれもが、AAAランクか、それに近い魔導師。

オーバーSの魔導師は未だやられてはいなかったが、それも時間の問題か。

おそらく、実力が近い分手加減をすることができなかったのだろう。

戦闘で致命傷を負わせた後に魔力を蒐集されれば、間違いなく命を落とす。

確かに魔力を蒐集するのならば高ランク魔導師を狙うだろうが、それにしたって――

「……まずいな」

雑兵がいくらやられようと問題ない。時空管理局はそういう場所だ。遺族は黙っていないだろうが、上層部からしてみれば数少ない高ランク魔導師を失う以上の痛手はない。

それ故に、まだ低ランク魔導師が蒐集されるまでは良かったのだが、それも終わりに近付いている。

これ以上の高ランク魔導師を失わないためにも、管理局は本腰を入れてこの事件の捜査を始めるだろう。

腐った仕組みだと彼も分かってはいたが、それまでがグレアムの猶予期間だったのだ。

もし闇の書の覚醒よりも早く八神はやてが見付かってしまえば、計画が泡と消える。

もう二度と悲劇を繰り返さないために積み上げてきた努力が、水泡と化す。

どうするか。ロッテとアリアを仕事から引き上げさせて、八神家のガードに回すか。

それとも、管理局の手が届かない場所に八神はやてを保護するか。

いくつもの考えが脳裏に浮かんでは消え、その度にグレアムは溜息を吐く。

現在、どの程度頁が集まっているのか知ることができるだけでも、気が楽になるのだが。

急転する事態に飲み込まれないよう気を付けながら、グレアムは双子の使い魔へと連絡を繋ぐ。




























静かな足音を立てて遠離るフェイトの背中を見て、なのはは愕然としていた。

口を開こうとしても、言葉が出てこない。

『……なのはにとって、兄さんはその程度だったの?』

先程の言葉が脳裏でリフレインする。

そんなわけないと叫びたかった。

大切な友達を傷付けられて平気でいられるわけがない。

殺意が微塵もないと言ったら嘘になる。

だが――

「……こんな私が何を言ったって、説得力ないよね」

そうだ。

血塗れのエスティマ。向けられた切っ先。踏みつけられたレイジングハート。

少し気を抜けば、それらの光景がフラッシュバックしてなのはの手は震え始める。

怖い。

戦うことが怖い。もう一度戦って、今度も役に立てなかったら、きっと自分は魔法を失ってしまう。

魔法を使う資格がなくなってしまう。

誰かを助けるために、助けたいから魔法という力を手にしたというのに、自分ができたことなど何一つない。

エスティマを助けることもできず、今のフェイトにかける言葉も見付からず、力も弱い。

……痛いよ、エスティマくん。

心の中でそう呟き、なのはは自分の身体を抱き締める。

リンカーコアを引き抜かれた時の痛み。その幻痛が身を苛む。

助けてくれる人はいない。

ユーノはスクライアの集落に帰ってしまったし、フェイトには見限られてしまった。

クロノは仕事が忙しくてなのはに構っている暇などないだろう。アルフだって、フェイトのことで精一杯だ。

……そして、自分の少し先を歩いて手を差し伸べてくれていた少年は、自分が間に合わなかったせいで殺してしまった。

グス、と鼻を啜る。

気付かぬ内に、涙が頬を濡らしていた。






[3690] 六話
Name: 角煮◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2008/09/25 00:44
「この、分からず屋が……!」

術式を展開する。

発動させるのはアクセルフィン。

刹那の内に両肩に光翼が発現したのを確認すると、バックステップ。

すぐにクロスファイアを発動し、

「クロスファイア!」

『集束』

「シュート!」

サンライトイエローの誘導弾が集束し、シグナムさんへと殺到した。

彼女の展開するパンツァーガイスト。それを撃ち抜くには、足りない一撃だろう。

それに――

「守って、クラールヴィント!」

『ja』

防御は本業ではないが、向こうにはサポート専門の騎士がいる。

牽制以外の何ものにもならない一撃。有効打など、そう簡単に通らない。

しかもダメージを入れたとしたって、すぐに回復される。

半端な威力、速度では簡単に防がれてしまうだろう。

故に、

「Lark!」

『敵対魔導師、AAAランク以上を二名と判断。総合してランク差を二。
 フルドライブ、凍結解除されました。
 クリムゾンギア、ドライブイグニッション』

カートリッジロード。四度の炸裂。

封鎖領域の天井まで一瞬で駆け上がると、Larkは変形を開始する。

変形する紅と銀のフレーム。廻る真紅の歯車。

刃と砲口が合致し、不可視の二枚翼が展開する。

完成した姿はガン・ランス。その砲口を真下へと向け――

「はあぁぁぁっ!」

「――っ!?」

弾丸の如く突撃してきたシグナムさんの一閃を回避。

擦れ違い様に刃の一撃を脇腹へと叩き込むが、甲冑とバリアに防がれて無意味。

舌打ち一つ。

期待はしていなかったが、やはり駄目か。

ガン・ランスの刃に魔力刃を生み出しつつ、俺は動きを止めない。

もし停止でもしたらリンカーコアを引き抜かれる。そうなれば、シグナムさんの剣戟を止める余裕などなくなるだろう。

僅かな隙が命取りだ。

どちらを先に行動不能にするか考えながら、近付こうとするシグナムさんとの距離を開ける。

速度はこちらが上。移動し続けている限り、追い付かれることはない。

ならば、先に――

「Lark!」

『残りカートリッジ数、三。
 ディバインバスターは推奨できません。
 防御を打ち抜けない可能性もあります』

「それなら!」

『――Zero Shift』

瞬間、世界が遅くなる。

風の流れも、後ろを追ってくるシグナムさんも、こちらを見据えているシャマルさんも、遅い。

そんな中で動けるのは、俺とLarkだけだ。

バチバチとバリアジャケットが爆ぜ、前進を開始すると共に、光の残滓を残して宙に熔ける。

魔力刃の出力を上げ、シャマルさんへと一気に肉薄する。

ガン・ランスを前に突き出し、切っ先を胸へと――

『――リミット。
 ――ッ、ご主人様!』

気付いたときにはもう遅い。

目を凝らせば、周囲にはライトグリーンの糸が幾重にも張られており、

「ぐぅ……!」

魔力刃が貫いたのは胸ではなく肩。

探知した瞬間、咄嗟に回避行動へと移ったのか。

刃を引き抜こうとするも、駄目だ。

何かで固められたように魔力刃は動かず、背後からは異様なプレッシャー。

「シグナム、今よ!」

「レヴァンテイン!」

『Schlangeform』

「Lark!」

『ブレードバースト』

魔力刃が消失した代わりに、集束していた魔力がシャマルさんの体内で爆ぜる。

爆音。次いで、金切り音。

咄嗟に真横へ跳躍し、ついさっきまでいた地面は連結刃によって切り刻まれた。

くそ、今ので一人だけでも片付けたかったが……!

シャマルさんは苦痛に顔を歪め、だらりと右腕を垂らしながらも、戦う姿勢を崩していない。

まずいな。ゼロシフトの特性を一発で見切られるとは思わないが、だとしたって何か勘付かれたはず。

こっちはカートリッジだって心許ないっつーのに!

連結刃が届かない場所まで移動すると、術式を構築。

選ぶ魔法はラピッドファイア。

次いで、

「ディバイン――!」

『バスター』

サンライトイエローの砲弾が十発。次いで、デカイ一撃。

これに対してシャマルさんが選んだのは防御。

傷付いているので当たり前だが。

……読み通り。

『ソニックムーヴ』

一気に距離を詰めて背後へ。

Larkを振りかぶり、

「読み通りよ」

シグナム、と微笑みの浮かんだ口元が動く。

咄嗟にLarkを頭上へと掲げるが、そこには既に迫っているレヴァンテイン。

甲高い音と共に斬撃が到達し、

「紫電――!」

「カートリッジロード!」

『――Phase Shift』

弾き飛ばす。しかし、力と力のぶつかり合いで、Larkの刃に罅が入る。

レヴァンテインにいくら体重を乗せていたとしても、フェイズシフトを発動すれば、俺は刹那の押し合いを勝利できる。

蹴りをシグナムさんの腹に入れ、同時に加速が切れる。

狂気的な速度をもって繰り出された一撃は彼女の甲冑を貫通して吹き飛ばし、同時に、俺の右脚が馬鹿になる。

骨の砕ける嫌な感触と激痛に顔を顰めながらも、少しだけ高度を上げて、シグナムさんに追従を――

「閉じ込めて、クラールヴィント」

『ja』

クラールヴィントの応えと共に、俺はライトグリーンの障壁に取り囲まれた。

結界でもなんでもない、ただの防御魔法。

だが、こんな風に展開されては――!

咄嗟にLarkへカートリッジロードを命じる。

炸裂する回数は三。

力ずくでこれを突破しなければ、何をされるか分かったもんじゃない。

次いで、稀少技能を――

『――Zero Shi』

『Sturmfalken』

――発動できず。

ライトグリーンの障壁を突き破り、Larkの自動詠唱の完了を待たずに姿を現したのは隼の矢。

音速を超えた一撃に反応することは出来ず、矢は俺の腹を貫通する。

熱と衝撃。

熱いと思ったのは僅かで、それ以上に、一人の人間を殺すにしては過剰といえる威力が体内で荒れ狂い、意識を無理矢理に刈り取ろうとする。

『……ご主人様? ご主人様!』

なるべく下を見ないようにして、Larkを落とさないよう、なけなしの力を込める。

絶え間なく腹からは血が溢れ出し、勢い良く流れ落ちる。

「こんなところで、死んで――」

たまるか、と続く言葉は吐けなかった。

ぞぶり、と胸から腕が突き出て、形を持とうとしていた意識が打ち砕かれる。

抜き出されたのはリンカーコア。

それはシャマルさんの掌に乗り、徐々に光を失ってゆく。

血が抜ける。魔力が消える。

視界は生彩を欠き、音が消失を始める。

このままでは――

「まだ……だ……!」

『――Zero Shift』

絞り尽くしたのか、シャマルさんの手がリンカーコアを手放した。

それを見計らい、使用されなかったカートリッジの魔力で稀少技能を発動。

シュツルムファルケンで破壊された隙間から障壁を抜け出し、逃げ出した。

視界が暗い。

息が上がる。

末端から力が抜け、Larkを握る感触がない。

頭には、ただ生きなければならない、という考えしか残っていない。

走馬燈のように、フェイトやユーノ、アルフやなのはの顔が浮かび――























リリカル in wonder




















跳ね起きた。

全身には脂汗がびっしょりと浮かんでおり、息も荒い。

……悪夢っちゃあ、悪夢だけどさ。

掌で額の汗を拭うと、思わず嘆息した。

……負けたのか、俺。

そうだ、と脳内で誰かが返答したりして、軽く凹む。

……あの一戦だけは、負けるわけにはいかなかったんだけどな。

力ずくでもなんでも良いから、あの二人には話を聞いて欲しかった。

本気で焦り始める前の、なんとか冷静を保っている状態ならば平気だと思ったけど、やっぱり甘かったか。

ま、そりゃそうだよなぁ。おもっクソ怪しいガキが厄介なことを知っていたら、まぁ、こうなってもおかしくない。

他の状況になる可能性だってあっただろうけど、今回は俺の運が悪かったのだろう。

なんてったって、腹をぶち抜かれて――

「……あれ?」

なんで俺、生きているんだろう。

間違いなく出血は致死量に達していた。助かるわけがないのだけれど。

少しおっかなビックリしながら腹をさすってみると、穴が空いていたりはしなかった。

……夢オチ?

と思って髪の毛を見てみたら、金髪でした。

まだガキですか、僕。

「ううむ。……まあ良い。助かったと仮定して、だ」

ここはどこだろう。

本局の病室ではないのは確かなんだけど。

いや、お世話になったから知っているのですよ。

ううむ。あそこ以上に魔導師を治すことへ情熱を注いでいる場所は知らないのですが。

あんなのを治せるなんて、本局以外にあるようには思えないし。

……はっ!? もしや、死んだのを良いことにサイボーグにされたとか!

やめろーショッカー!

ゴルゴムの仕業か!


「なんて冗談は置いといて」

さて、取り敢えずは、シグナムさんに負けてからどれだけ時間が経ったか確かめないと。

身体の調子は悪くないし、筋力も衰えた感じはしないから、それほど間が空いてるとは思わないんだけど――

などと考えていると、プシュー、と聞き慣れた音と共にドアが開いた。

目を向けて、そこにいた人に思わず目を丸くする。

白に近い灰色の毛髪に、黄色の瞳。

やや濃い目の眉毛が特徴的で、なんだか人形のように整った顔立ち。可愛らしい、と言ってもいいでしょう。

……ただ、着ている服。

一言で言えば、ロリナース。

身長はきっと俺と同じぐらい。

それなのに身に付けているのは、ナース服。

しかも色が白じゃなくてピンクな辺り、酷い。いろんな意味で酷い。

彼女は一瞬だけ目を見開くも、すぐに真顔となって口を開いた。

「起きたか」

「ええはい。……ええっと、どなたでしょうか」

「む……君専属の看護婦とでも思ってくれれば良い」

看護士じゃなくて看護婦ですかそうですか。

いや、俺もそっちの方が響きが好きだけどさぁ。

……じゃなくて。

「すみません。ここはどこでしょうか。看護婦ってことは、ここって医療施設ですか?」

「そうだ」

「左様で」

どうやら無駄なことは言わない人っぽい。

すぐに会話が切れてしまう。

どうしたもんか、と思いつつも、最低限の情報を知るために、俺は言葉を続ける。

「すみません。ここへ入院してから、どれぐらい時間が経ったのでしょうか」

「一月だ」

「一月!?」

マジかよ!

その間に何が起こっただろうか。

まず間違いなくヴォルケンズは行動を開始しているはずだし、原作どおりに動き始めているならなんとかして介入しないと。

必要もなかったのに、俺から魔力を蒐集するぐらいだ。管理局とも戦闘を始めているだろう。

……なんとかして、止めないと。

「すみません、用事があるので失礼します。治療、ありがとうございましたっ!」

「まあ待て」

病室から飛び出そうとしたら襟首を掴まれた。

っていうか力が強い! 息が止まったよ!

「君にはもうしばらくここで過ごしてもらう。
 検査もしなければならないしな」

「いや、申し訳ないのですが、そんなことをしている暇ないんですよ。
 野暮用があるんで」

「ふむ。しかし、こちらの都合もある。申し訳ないが、それは許可できない」

都合?

どういうこっちゃ。

「君の身体を完全に治すと、そう契約していてな。それまではここから出すわけにはいかない」

「契約ですか?」

「そうだ」

そこから事情説明。

どうやら俺、致命傷を受けたというのは間違っていなかったらしい。

というか、死んだとか。

それでもこうやって生きているのは、スクライアが俺の蘇生を持ちかけてきた管理局の医療研究期間と交渉をしたから。

……どんな交渉内容かは教えてくれなかったが、俺の怪我――蘇生って怪我って言うのかな――を治すことは絶対だとか。

厄介な。

……それにしたって、マズイ。

生き返ったと言っても、俺が死んだことには違いない。ヴォルケンズの責任、原作より上がっているんじゃない?

ユーノやフェイトにも心配かけただろうし、長老様にも迷惑が……。

……頭、痛い。

あーもう、余計にここから出ないといけなくなったじゃないか。

「……退院まで、どれぐらいかかりそうですか?」

「検査で異常が見付からなかったら、スクライアへ戻ることは可能だろう。
 見付かったら、しばらくここに居座る羽目になると思うが」

「止めてよ、本当」

頭を抱えて悪態を吐くと、くすくすと笑われた。

あ……存外、可愛い。

真顔で通していたから、そのギャップだろうか。

「君が起きたことを、ドクターに報告してこよう。
 ちゃんと待っているんだぞ?」

「……歳が大して変わらない気がするのに、なんで年上目線な発言をされにゃならんのだ」

「子供っぽくて悪かったな!」

「なんで唐突にキレるの!?」




























「ほう、そうか。彼は目を覚ましたか」

「はい、ドクター」

白衣の男の側には、ナース服を着たナンバーズ5。チンクが立っている。

彼女は黄色の瞳を男に向けながら、それで、と言葉を続けた。

「彼はここから出たがっているようです。如何致しますか?」

「うん。生命維持に異常がないようだったら、データ収集を行った後、行かせてあげよう。
 このお土産も持たせてね」

男の掌には、黒色の宝玉が乗っていた。

デバイスコア。彼はそれをコロコロと転がしながら、空いたもう片方の手でキーボードを叩いている。

「意識もしっかりしているようだし、あとはレリックウェポンとしてどの程度戦えるのかが重要だ。
 何分、初めて使った技術だから不安な部分も多い。
 サンプルとして役立って貰わないと」

甲高い音を立ててキーを叩くと、ディスプレイに『レリックウェポン・プロト』のデータが浮かぶ。

行った強化は単純だ。生命力強化と魔力増幅。

まずはこれだけ。

平時は生命力強化にレリックを回しているが、戦闘時はレリックとリンカーコアを融合させて魔力を増幅させる。

単純だが、重要なデータ。

まずはこれが、野望の第一歩。強化案は第二、第三まで上がっている。

喝采はない。喝采はない。今はまだ。

やるとするならば、盲目の生け贄が歩み始めたその時だ。

何も知らず、自分がロストロギアを使った生体兵器だと気付くこともなく、欲望の糧となる彼。

「……エスティマ・スクライアくん。
 君には期待してるよ。
 闇の書は動き始めた。君はどうするのかな?
 自分を殺した相手に復讐か? それとも、スクライアとして部族に戻るか。
 どちらでも良い。私を楽しませてくれるのなら」

言い、男は大仰に両腕を広げ、

「我が娘よ、現在時刻を記録せよ!」

楽しげに笑い声を上げた。




[3690] 七話
Name: 角煮◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2008/10/03 02:55
目が覚めてから今日で二日目。

その間やったことと言えば、検査、検査、検査、だ。

血液を採られたり、レントゲンっぽいのを撮られたり、魔法の行使に問題がないか調べたり。

フィアット・エチェントさん――俺専属のピンクロリ看護婦――が言うには、なんの問題もないとか。

そうなのかなぁ。俺としては心持ち、なんだか魔力の制御が上手くできなかったんだけど。

まぁ、それは鈍っているとかそこら辺なのだろう。なんだかんだ言って、一月もの間眠っていたのだし。

……一月も眠っていれば筋力が落ちてもおかしくないはずなのになぁ。魔力の制御以外は以前となんら変わらないってのはなんだか妙な気が。

まぁ良い。今の俺にとって、リハビリに時間を取られないことは悪いことじゃない。

早くここから出たいね。

などと思っていると、不意に病室の扉が開いた。

姿を現したのはフィアットさん。どこをどう見ても俺と同い年ぐらいにしか見えないが、立派な社会人らしい。

胡散臭いなぁ。

彼女は今日も使い道の分からない機材を運び込んでくると、にっこりと笑みを浮かべる。

「おはよう、エスティマ」

「おはようございます、フィアットさん。
 今日は何をするのでしょうか」

「うん。昨日、魔力の制御に違和感があると言っていただろう?
 その原因がなんなのか、調べるんだ」

「あー、単純に腕が鈍っているだけ、って可能性もあるので気にしない方が」

「駄目だ。身体に問題がある状態で、君を外に出すわけにはいかない」

彼女はボタンを押して機材を起動させると、体温計を差し出してくる。

脇の下にはさみ、一瞬で結果が出たり。

無駄にすごいよなぁ、こういうの。元の世界じゃ数分はじっとしてないといけなかったのに。

「三十六度五分。平熱ですよ」

「分かった。……朝食はちゃんと食べたか?」

「ええまぁ」

「まったく。ちゃんと食べろと言っているのに、なんで君は。
 不摂生な生活をしていたら、背が伸びないぞ」

「明日は食べます。努力しますよ」

「ふん」

ボードに何やら書き綴り、小さく頷くフィアットさん。

いや、ここのご飯、異様に不味いんですよ。

しっかしこの人、外見とかから考えると、どうにもごっこ遊びをしているようにしか見えないのはご愛敬か。

それにしても、二日で大分慣れたなぁ。

初日に注射を打たれた時、針を三本折ったとは考えられない。

……心臓が止まるかと思いましたよ、本当。この人、不器用な上に無駄に力が強い。

「……何か不穏なことを考えてないか?」

「いえ、別に」

「そうか。また人の外見的特徴を指摘するつもりなのかと思ったぞ」

「いや、自分でそういうこと言うからからかわれるんじゃ……」

「背が低くて悪かったな!」

「いや、背が高ければ良いってもんじゃ……」

「子供っぽくなどない!」

はい、すみません。

けど、先回りして自分で言うのはどうかと思う。

つーん、とそっぽを向くフィアットさん。

外見を気にするなら、まず服装とかどうにかするべきだと思うんだよなぁ。

色をピンクから白に変えるべきだよ。

取り敢えず、検査を終わらせると、いつものようにフィアットさんとお喋りを開始する。

ここは娯楽がないのだ。ついでに、俺は病室から出ることを禁止されている。

なんでも研究施設の内部を見せるわけにはいかないからだとか。

暇潰しの相手を買って出てくれる辺り、なんとも面倒見が良いよ、この人。

























リリカル in wonder





















高町なのはは、海鳴へと戻ってきていた。

ここ最近、ヴォルケンリッターの活動は海鳴に固定されているわけではない。

少し前まではなのはの身の安全のために家に帰ることを禁止されていたが、それもようやく解禁された。

海浜公園に降り立ち、風に流される髪の毛を抑える。

……久し振りだなぁ。

内心で呟き、彼女は家へと脚を向ける。

目に入る街並みはほぼ一月振りだというのに、変わり映えはしない。

当たり前か。

一月で彼女を取り巻く状況が変わったとしても、それと関係のないことがほとんどだ。

友人がバラバラになってしまったとしても、自分以外の者にとって大した変化じゃないはずだ。

そのことに少しだけ気を沈ませながら、なのはは携帯電話を取り出す。

メールボックスには、こちらの友達であるアリサやすずかからのメールがいくつも溜まっていた。

彼女たちには、到着が一日遅れるように伝えてある。

今日だけは、一人になりたかった。

本局にいる間に充分休んだとしても、疲れが抜けた感じがしない。

気の休む暇がなかったからだろうか。

バラバラになってゆく友人たちにそれとなく声をかけても、みんな自分のことで精一杯で、周りが見えていないようだった。

……それは私も同じかも。

少女に似合わない自嘲を浮かべ、彼女はゆっくりと足を進める。

一歩一歩、踏み締めるように。

そうしている内に、彼女は自宅へとたどり着く。

武家屋敷、と言っても良い外観のそこに踏み込むと、鍵を差し入れる。

しかし、鍵は開けられている。誰か帰ってきているのだろうか。

「ただいま」

「……あれ? あー! おかえり、なのは!」

リビングから顔を出したのは姉だった。

なのはは家に上がると、姉に誘われるままリビングへ向かう。

自分が嘱託魔導師として出て行ったその時のまま。なんの変化もない風景に、彼女は少し不思議な気分となる。

美由希の出してくれた紅茶を飲みつつ、なのはは自分がいなかった間にあったことを聞く。

そのどれもが、戦闘などと無縁の穏やかな内容。

そういえば、こういうのが普通なんだったな、となのはは思い出す。

そうしていると――

「……なのは、何かあったの?」

「え?」

「なんか元気がないよね」

「そ、そんなことないよ」

咄嗟に口に出したことだが、自分でも分かるぐらいに動揺した声だった。

……怒られる。

そんなことはありはしないというのに、何故かなのははそんな風に思ってしまった。

まるで自信がない。何か間違ったことをしたら怒られてしまう。

自然と、そんなことが頭に浮かび――

「……ね、話してみない? 私は魔法なんて使えないから、なのはの悩みを聞いてあげることしかできないけど。
 それでも誰かに愚痴れば、楽になるかもしれないよ?」

美由希の言葉に、目を見開いた。

なのはの家族は、彼女が時空管理局の嘱託をして働いていることを知っている。

父は最後まで良い顔をしなかったが、それでも兄や姉、母は、誰かを助けたいという自分の夢を後押ししてくれた。

美由希が今浮かべている表情は、背中を押してくれた時と同じ柔らかなものだ。

「あ……」

それに気付いた瞬間、なのはは目頭に熱を感じた。

泣いちゃ駄目だと我慢をして、顔を俯ける。

「ほら。なのはがそんな顔をしていると、みんな心配するよ?
 何か悩んでいることがあるなら、聞かせて」

「……うん」

顔を俯けたまま、なのははゆっくりと言葉を紡ぐ。

どう説明したら良いだろうか、と考えながら。

「あのね、お姉ちゃん。その、エスティマくんが、すごい怪我をしちゃって……」

「うん」

「それで、その怪我は、ひょっとしたら死んでもおかしくないぐらいで――
 彼のお兄さんとフェイトちゃんが、すごい怒ってて……」

要領を得ない話し方だ、と思っていても、なのはは言葉を続ける。

美由希は相づちを打つだけで、話を止めようとはしない。

頑張らないと、と思う。

「でも私、エスティマくんに怪我をさせた人にだって何か理由があるはずだからって、そう思って。
 だから話し合った方が良いって思ったのに……フェイトちゃんに、怒られたの」

「どうして?」

「兄さんを傷付けた人をなんで庇うの。なのはは兄さんのことがどうでも良いの……って。
 そんなつもりは全然なかったのに、私、フェイトちゃんに嫌われちゃって……!」

不意に、涙が決壊する。

しゃくり上げ、流れる涙を手で拭うも、次々と流れてくるそれを止めることはできない。

美由希はなのはが泣き止むまで待つと、彼女が落ち着いたのを見計らって、うん、と頷いた。

「……そうだね。フェイトちゃんの気持ちは、良く分かるよ」

「……え?」

「私も、もしなのはが誰かに大怪我を負わされたら、絶対に怒ると思う。
 それこそ、その人を庇う人がいたら苛立つぐらいに」

けど、と繋ぎ、

「それはきっと、私がなのはの近い場所にいるからだよ。
 私は、なのはのお姉ちゃんだから。
 そして、フェイトちゃんはエスティマくんの妹なんでしょう?
 だったら、うん。視点が違うのは仕方がないよ。
 冷たい言い方かもしれないけど、なのははそれで良いと思う。
 怒るのはフェイトちゃんやお兄さんに任せて、なのはは自分が正しいと思うことをやっても良いんじゃないかな」

「でも、私だってエスティマくんが大切で、だったら怒るべきなんじゃないのかな……って。
 分からないよお姉ちゃん。 
 ……私、冷たいのかなぁ」

「ううん。なのはは、優しいよ。
 だって、大切な友達を傷付けた人を、許そうとしているじゃない。
 確かに、フェイトちゃんから見たら冷たく見えるんだと思う。
 だけど……。
 フェイトちゃんが周りを見る余裕がないのなら、なのはがその代わりになってあげよう?
 ……大切な、友達なんでしょう?」

「うん」

それで良いのだろうか。

まだ納得は出来ない。

美由希が背中を押してくれても、あの日、フェイトに投げ付けられた言葉は深く心に突き刺さっている。

エスティマが大事ならば、怒るべきだ。

確かにそうだろう。

思考を切り替え、ずっと考えないように、思い出さないようにしてきたこと。

……あの日、エスティマの姿を見付けて、錯乱から復帰したあとに考えたことは一つ。

誰がこんなことを、と。

困惑は確かにあった。

しかし、あの時の自分は、確かに怒っていたのだ。

そして、それを飲み込んで話し合いをするべく戦場に出たら、経験したこともないほどの敗北を味わった。

分からない。何が正しいのか、何が間違っているのか。

誰も教えててはくれない。背中を押したり、助言はしてくれても、何が正しいと言ってはくれない。

……自分は、何がしたのだろうか。





























『……分かったわ』

シグナムからの念話に頷きを返すと、彼女は溜息を吐いた。

遂に夜天の書に溜まった頁数は四百を超えた。

ほんの一月と少し。

異常とも言えるその速度に、シグナムの必死さが透けて見える。

……もう後ろを振り返る余裕なんてないわね。

彼女は虚空から夜天の書を取り出す。

シグナムから送られてきたそれを開くと、頁は四百十二まで埋まっていた。

それらの全てに偽装スキンを張り、シャマルは部屋を出る。

階段を一段ずつ降りて、リビングへ。

広々とした空間には、三つの影がある。

ヴィータははやてと寄り添いながらテレビを見て、狼姿のザフィーラはその脇で横たわっていた。

リビングにはただテレビからの音が響くだけで、笑い声は一切ない。

……シグナムが消えてからしばらくして、ずっとこの調子だ。

笑いが絶えたわけではない。

しかし、以前の穏やかな雰囲気は徐々に失われており、こうして空々しい雰囲気が満ちることが、最近では珍しくなくなってしまった。

エスティマからの手紙が届かないこともあるだろう。

一週間に一回のペースでやりとりをしていた手紙が途絶えてから、はやては配達員がポストに手紙を入れる際、毎回落胆している。

また違ったわ、と寂しそうに笑う彼女の姿は、酷く痛々しい。

愛想尽かされたのかもなぁ、と自嘲するあの子の姿など、見ていられない。

……ごめんなさい。

胸中で小さく謝り、唇を噛み締める。

自分とシグナムは、主から大切な友人を奪ってしまった。それはきっと、取り返しのない罪だ。

はやてが傷付く、という以上に、どんな言葉を投げ付けられるのかが怖くて、殺したことを告白することが出来ない。

……私もシグナムのことを責められないわね。

自嘲する。その表情を一瞬で掻き消して、シャマルははやてへと念話を送った。

『はやてちゃん。少し大切な話があるので、二人っきりになってもらえませんか?』

『ん、ええよ? ちょっと待ってな』

ごめんなー、と断りを入れ、はやてはヴィータとザフィーラから離れて、シャマルと共に二階へ向かう。

そして彼女の部屋に入ると、シャマルは話を始めた。

「はやてちゃん。大切なことを話し忘れていたので、聞いてもらえませんか?」

「ええよ。なんや、そないな怖い顔して。シャマルには似合わんでー」

「あ、あはは……そうですか?」

顔に出ていたか、と後悔しつつ、シャマルは笑顔を作るように努める。

そうして彼女は夜天の書をはやてに差し出すと、全力で柔らかな笑みを浮かべた。

「多分、ヴィータちゃんもザフィーラも覚えてないと思うのですけど……。
 この闇の書にも、意志があるんです」

「え? どういうこと?」

「見た目は本ですが、この子も生きているんですよ」

「……そうだったんか」

ごめんなー、とはやて夜天の書を抱き締める。

本の形状となっている夜天の書の外観に変わりはないが、どこか照れて、嬉しそうにシャマルには見えた。

夜天の書、というキーワード。

それを切っ掛けにして、シャマルとシグナムは忘れていた数々のことを思い出していた。

その一つがこれ。

夜天の書の管制人格の存在。

意志があるのはなんとなく覚えていた。しかし、以前ならば主と夜天の書に余計な関係を持たせようとは思わなかったはず。

故に、おぼろげな記憶を頼りにして夜天の書を起こそうなどとは思わなかったが――

「はやてちゃん、その子を起こしてあげてください。闇の書の管理者として、命令を」

「えっと……どうすればいいん?」

「ただ声をかけてあげてください。それだけで良いですよ」

「分かった、シャマル。……闇の書よ――って、なんか変やな。
 意志があるなら、やっぱ名前もあるべきやし。
 ……ん、そうね」

考え込むように顔を俯かせ、そして、パッと上げた彼女の表情は、楽しげに輝いていた。

「名前をあげる。リインフォース。私の家族。
 寝坊助さん、はよう起きて」

『――闇の書、管理者の承認により人格起動を行います。
 おはようございます、主はやて』

「わぁ……!」

年相応の笑み。

愛くるしいとも言えるそれを浮かべながら、彼女は夜天の書をきつく抱き締める。

その光景に、シャマルは笑みを浮かべつつ――

『夜天の書――いえ、リインフォース。
 ちょっと聞きたいことがあるのだけれど』

可能なことと不可能なこと。

それらをはっきりさせるべく、湖の騎士は最後のヴォルケンリッターに念話を送った。





[3690] 八話
Name: 角煮◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2008/10/03 03:07
「ありがとうございました」

「ああ。月に一度の検診、忘れるなよ。本局の窓口に行けば、ここへ転送してくれるはずだ」

「はい」

フィアットさんに見送られつつ、俺は転送ポートに立っている。

……こんな馬鹿デカイ機材を運び込まなくても、言ってくれれば自分の足で歩いて行ったのに。

目が覚めてから三日目。

ようやく退院の許可が下りて、俺は海の本局へ行けることに。

しっかし、この三日でフィアットさんには随分と世話になったなぁ。

……外の情報がまったく入ってこない場所では、ヴォルケンズがどうなっているのか知ることができない。

間違いなく事態は悪化しているだろう。そんな状況なのに何もできない自分。

きっと、一人でいたら気を紛らわすこともできなかった。

ただ話し相手になってくれただけだが、それでも彼女には感謝している。

ピンクのナース服――いい加減見慣れたから違和感がなくなった――に身を包んだ彼女に軽く頭を下げ、苦笑する。

「それじゃあまた。今度、飯でも奢らせてください。世話になりっぱなしで申し訳ない」

「……分かった。期待しておこう」

それじゃあ、と言い合って、視界が徐々に霞んでゆく。

……さて、休養はこれで終わり。

今度こそミスをせず、ハッピーエンドにしてやる。

首元に下がったデバイスコアを握り締め、そんなことを思う。

漆黒の宝玉。これは試作品のデバイスらしい。この研究所で作った物だとか。

AAAクラス魔導師にモニターになってもらえるのは滅多にない機会だから、とかで押し付けられた。

……まぁ、世話になりっぱなしだから断ることも出来なかったのだ。

それは兎も角として。

「……取り敢えずはLarkを回収しないとなぁ」

やっぱり相棒がいないと寂しいのだ。
























リリカル in wonder



















海鳴に帰った翌日。

なのはは、再び海の本局へと足を運んでいた。

顔見知りの人に挨拶をして、デバイスの工作室を目指す。

目的地にたどり着くと、ドアを開くことに少しだけ躊躇しながら、彼女は扉を開く。

薄暗い、機械音の響く部屋。

中央にあるメンテナンスベッドに寝かされたレイジングハートを見て、彼女は踏み留まる。

……レイジングハート。

自分の相棒。前回の戦闘で力及ばずに壊してしまった、大切な友達。

合わせる顔がないと、ずっとここに放置していたことに気後れして、彼女は近寄って良いものか考えてしまう。

そうしていると――

『Master』

不意に、彼女の方から声をかけてきた。

『For a long time』

「うん、久し振り、レイジングハート。ごめんね、ずっと一人にしちゃって」

『No problem』

淡々と声を返す彼女に苦笑してしまう。

なのはは、そっとメンテナンスベッドに近付くと、視線を向ける。

真っ二つにされ、ひび割れていたボディは完全に治っている。

以前とどことなくフォルムが違う印象を受けるが、それでも基本的な形は変わっていない。

新品同様の機体は暗い照明を反射して、鈍く光っていた。

……私、またレイジングハートを握っても良いのかな。

あの夜のことを思い出してしまう。

力を手にしても、更なる力に叩き潰され、言葉も届かなかった。

友人を守ることもできず、止めることもできず。

酷く無力な自分。そんな自分が、また戦う力を手にしても良いのだろうか。

「ねぇ、レイジングハート。私、どうしたら良いのか分からないんだ」

『What?』

「レイジングハートを壊しちゃって、フェイトちゃんにも嫌われて……けど、お姉ちゃんにはそのままで良いって言われて。
 私は、何をしたら良いのかな。
 きっと、戦うだけじゃ駄目なんだ。何かやるべきことを決めて戦わないといけないんだ。
 けど……私には、それがなんなのか分からないよ」

『……』

レイジングハートは、ただ黙って主人の言葉を聞く。

チカチカとデバイスコアを光らせ、先を促すように。

「お話をしたいって思っても、あの人にそのつもりがなかったら駄目。
 戦うとしたって……私は、怖い。
 力及ばず、今度こそ殺されちゃうんじゃないかって、怖くて怖くて仕方がないんだ。
 ……どうすれば良いのかな、レイジングハート」

『I do not know』

「……そっか」

『But――』

落胆するように顔を俯けたなのは。

それを止めるように、レイジングハートは言葉を続ける。

『Master said.
 "Garden of time," fought in, whether you are happy.
 Master, I also knew what to do?』

言われて、思い出す。

フェイトを止めたあの戦いで、自分は何をするべきか理解して戦っていたのか。

……いいや、違う。

本当ならば自分は戦いに出るべきではなかった。それを無理を言って戦場に出たのは――

何かを『するべき』と思ったのではなく、『したい』と思ったからなのだ。

……そうだった。

自分は正しいことをやっているんじゃない。損得勘定や義務を抜きにして、助けたいと思ったから嘱託魔導師になったのだ。

――手にした力は魔法の力。それは、誰かに強要された力じゃない。自ら掴み取り、育て上げた力。

それを振るうのは正義なんかじゃない。思えば、最初から自分は泣いている誰かを救いたかっただけだった。

ユーノに力を貸したのもそう。フェイトと友達になりたいと思ったのもそう。

そしてあの夜、戦場に出たのは――

「……ありがとう、レイジングハート」

『I am glad of useful for you』

「ううん。本当にありがとう」

言いつつゆっくりと手を伸ばし、レイジングハートを握り締める。

きっと自分一人の力じゃ何もできない。

けど、自分にはレイジングハートがいる。やりたいと思うことがある。

――ただ助けたいと、そう願い、彼女は不屈の心を再びキツく締める。

「私は、みんなの笑顔を取り戻したいの。
 力を貸してくれる? レイジングハート」

『Is of course the master』

レイジングハートの言葉に薄く笑みを浮かべ、小さく頷く。

何をしたら良いのか、まだ分からない。

ただ、やりたいことは見付かった。思い出すことができた。

もう立ち止まっているのは止めだ。自分の力でどこまでやれるのか分からないけれど、手遅れになって泣くのはうんざりだ。

だから、今は――

「私、できることをやろうと思う。またみんなで一緒に遊びたいし、笑いたいから」




























電話のコール音が鳴り響いている。

それを無視しながら、ユーノは湯気の立つマグカップを口に運ぶ。

コーヒーを口に含み、その味にユーノは顔を顰める。

眠気が覚めると思ってブラックにしてみたが、どうにも駄目だ。

なんだかんだ言っても子供な自分の舌には、合わない。酸味がキツすぎる。

匂いもムッとして鼻を突くし、これだったらミルクと砂糖を入れた方が数倍美味しいだろう。

「……よくエスティはこんなのを飲めたなぁ」

コーヒーはブラックだろう、と言っていた弟の表情を思い出して笑い、すぐにそれを沈める。

彼のことを思い出して、連鎖的に八神はやてという少女のことを思い出したからだ。

彼女の素性を調べることはあまり難しいことではなかった。

フェイトの面倒を見るのと引き替えにアルフに調査を頼んでみれば、近所の話好きな女性からある程度の情報を得ることはできた。

両親と生き別れ、天涯孤独の身。おまけに障害持ち。今は後見人の人が遺産を管理してくれており、それを食い潰して生きている。

別にそれが気に食わないわけじゃない。色眼鏡を通さなければ、充分に同情できる境遇だろう。

ただ問題は、ここ半年に八神家に現れた四人組。それが怪しすぎる。

聞いてみれば、その中の一人がヴォルケンリッターと似ていた。騎士甲冑や剣を持っていたわけではないし、口頭で外見を聞いただけなので同一人物と判断するのは早計だろうが。

しかし、その剣士に似ている女は、エスティマが殺された日――話を聞かせてくれた女性の物覚えがイマイチだったので完全に一致しているかどうか怪しいが――に、姿を消しているという。

決め付けるべきか、まだ調べるべきか。

『ユーノさん』

「何? Lark」

『さっきから電話が鳴っています』

「分かってるよ。……またクロノかな」

心底嫌そうに、ユーノは溜息を吐く。

闇の書事件が始まってから、クロノはユーノに無限書庫での調べ物を依頼してきた。

過去にあった闇の書の事件から何か解決のヒントを、というのがクロノの考えなのだろう。それは間違っていない、とユーノは思う。

しかし、局員でもない何故自分がそんなことをしなければならないのだろうか。

早まったことをしないよう、首輪を付けるつもりか?

そう思った彼は、検索魔法の術式を押し付けてスクライアに引き籠もった。

そして、自分ではそれが正解だったと思っている。

管理局は目先の驚異――ヴォルケンリッター――の排除だけに目が行き、主を捜し出そうという気がまるでないように見える。

高ランク魔導師が連続して襲われているのだから、彼らを損失するのを最も恐れ、警戒するのは当たり前だろう。

だが、それとこれとは話が別だ。

きっと管理局はヴォルケンリッターを捕まえて主の存在を聞き出せば良いと考えているのだろうが、ユーノからすれば甘すぎる。

何故そんな後手に回る必要があるのだ。主のことを考えてヴォルケンリッターが動いているならば、逆に、主を抑えれば彼らの行動を止めることだって出来るだろう。

表立って動いているヴォルケンリッターは一人。残りの三人は主の護衛か。

おそらく管理局は、その残り三人と捜査員がぶつかり、魔導師が失われることを恐れているのだろう。

馬鹿げている、とユーノは断ずる。

ロストロギアの危険から管理世界を守る存在が、犯罪者を相手に尻込みしてどうするというのだ。

局員だって人間だ。死にたくないのは当たり前だろう。

しかし、それを理由にして防げたはずの被害を出すなんてことは馬鹿げている。

……これ以上、エスティと同じ目に遭う人を増やしてたまるものか。

それは代償行為なのだろう。そう、ユーノは自覚している。

弟を助けることが出来なかったからこそ、せめて自分の手で闇の書の主を見つけ出し、この事件を止める。

弟を自分の手から奪い、妹を悲しませた存在に罪を償わせる。一生を賭けて、自分と同じ事件の遺族に呪われろ。

どんな風に闇の書の主が一生を過ごすのか想像し、暗い笑みが浮かび――

『ユーノさん。コールが良い感じに耳障りです』

「ああもう……これで、っと」

通話ボタンを押し、連打。速攻で通話が切れる。

これで静かに――

「……しつこい」

『というか、何故出ないのですか』

ピルピルと音を上げ続ける電話。

液晶画面に目をやれば、相手が公衆電話からかけていることが分かる。

誰が相手かも分からないのに、時間を割くのは気分が乗らない。

しかし、このまま放置していても止む気配はない。

仕方がないなぁ、とユーノはコーヒーを口に運びつつボタンを押して――

『よおユーノ。元気してる?』

「ブーッ!」

彼は盛大にコーヒーをウィンドウに吹き出した。

浮かび上がった画面を擦り抜けて壁が真っ黒になるが、それにかまわずユーノは目を白黒させる。

「え、え、え、エスティ……?」

『……出会い頭にコーヒーぶっかけるとは随分な挨拶だな兄貴』

「あ、うん。ぶっかけるのは牛乳かワックスだよね――って違う!
 なんで!?」

『えらく抽象的な質問すぎてどう答えて良いのか分からないよ』

「聞きたいことが多すぎてそうとしか言えないよ! 怪我は!? 今どこにいるの!? っていうか、なんでそんなに元気そうなの!?
 死にそうだったんじゃないの!? っていうか一回死んだよね!」

一気に捲し立てられ、どうしたものか、といった表情をする画面越しのエスティマ。

彼は腕を組んで首を傾げると、まあ落ち着け、と言った。

「怪我は完治。目が覚めたのは三日前。経過は良好、と医者のお墨付き。
 ……人をアンデッドみたいに言うなよな」

「あ、うん。ごめん」

『お久し振りです、ご主人様』

『おお、Lark。ユーノのところにいたのか。これから探そうと思っていたんだよ』

『そうですか。擦れ違いにならず、良かった。早く迎えに来ていただけると嬉しいです』

「ちょっと、何二人して和んでるのさ! Larkも少しぐらい驚こうよ!」

「ごめんなさい」

『私はご主人様が無事に帰ってくると信じてましたから』

従順すぎだよ、とユーノは悪態を吐く。

「……まぁ、とにかく、無事で良かった。早くフェイトにも顔を見せてあげてよ。
 あの子、随分と参っているから」

『ん、分かった。フェイトは今、スクライアにいるのか?』

「僕だけ。フェイトは本局だよ」

『了解。んじゃ、この後会いに行くよ。……それでさ、ユーノ。
 いくつか聞きたいことがあるんだけど』

「何?」

『俺がくたばってる間、何があった?』

それから、ユーノはエスティマがいない間に起こったことを淡々と伝えた。

フェイトがどれだけ参っているのか。そんな状態でヴォルケンリッターと戦闘をして、アースラ組が惨敗したこと。

エスティマを殺した剣士が次々と高ランク魔導師を襲い、死傷者が二桁の大台にのり、ようやく管理局が本腰を入れて事件に対応し始めたこと。

多分にユーノの主観が混じった説明だったからだろうか。

画面越しのエスティマは、話を聞いてゆく内に、表情を消していった。

「……こんなところ。何か質問は?」

『……動いているヴォルケンリッターは一人なのか?』

「主に、ね。稀に結界魔導師が補助に入ることがある。こっちの方は姿を確認できていないから、なんとも言えないけど」

『……そうか』

「けど、安心して良いよ。もうすぐ事件も終わると思うし」

『え?』

訝しげに自分を見てくるエスティマに、にっこりとユーノは笑みを浮かべる。

「闇の書の主には目星が付いている。十中八九、合っているとは思うよ。
 あとはそれをどうするかだけど――ねぇ、エスティ。君はどんな目に遭わせたい?」

『……お前は、何を言っているんだ?』

「あー、そっか。いきなりこんなことを言われても困るよね。
 向こうにはヴォルケンリッターがいるだろうし、どうしょうもないって思われても仕方がないか。
 ……ごめん、エスティ。君はあいつらに酷い目に遭わせられたっていうのに」

心底申し訳なさそうに、ユーノは眉尻を下げる。

そしてエスティマを安心させるように微笑むと、先を続けた。

「大丈夫。もうエスティが危険なことをする必要はないから。
 全部任せてくれれば良いよ。お兄さんだからね、僕は」

『違う……そうじゃない!』

ガン、と鈍い音が上がる。

エスティマが公衆電話を殴り付けたのだろうか。

なんでそんなことを、と思いつつ、ユーノは画面に映る彼の顔をじっと見詰めた。

怒っているような、悲しんでいるような――なんとも形容しがたい表情。

どうしてそんな顔をするのだろうか。

「ねぇ、エスティ。どうしたの?」

彼が何を考えているのか分からず、ユーノは首を傾げた。
































……そういうことかよ。

ユーノとの通話を切ると、エスティマは備え付けのベンチに腰を下ろして項垂れた。

押し殺した怒りと、燻った悪意。

闇の書事件の詳細を説明している時から感じていた違和感は、その後に続いた会話で、ユーノが何を望んでいるのかを俺に理解させた。

……復讐したいのだ、アイツは。

俺を傷付けた相手を微塵も許すつもりがなく、とことん追い詰めて破滅させようとしている。

あのユーノの顔は一度だけ見たことがある。

ミッドの学校にいた時、やたらとスペックの高い俺を妬んで難癖を付け、集団でボコりにきた上級生。あれと相対した時と似ている。

……いや、似ているが、違う。完全にあれの上位互換。あの時でさえ止めるのに苦労したのだ。きっと、今回は無理な次元に突入している。

忘れていた。ヴォルケンリッターが暴走をしている以外にも、イレギュラーはあったのだ。

それは俺の存在。

原作の主要キャラと関係を持ってしまったせいで、歯車が噛み合っていない。

いや、一月前まではなんの障害もなく廻っていた。しかし、俺がいなくなってせいで、完全に運命が崩壊したのだ。

……どうすれば良い。もう、ただの魔導師でしかない俺が何かをしたところで、手の施しようのない領域に突入しているぞ。

いくら力があったところで、動き続ける世界を相手取るなんてことは不可能だ。

的確に要点で出張るしかなかったというのに、最初の一手で最悪なのを指してしまった。

それで目を覚ましてみれば、この有様。

シグナムを原作通りに救うのは、多分、もう不可能。

他のヴォルケンリッターたちが手を汚していないのかはっきりとはしていないが、それにしたって……。

「……くそ。なんでこんなことになってるんだよ」

いや、分かっている。これは俺のせいだ。

俺が救うしかなかったのに、ヘマをやらかしたせいで全てを台無しにした。

原作の通りに大団円なんて、夢のまた夢。

たった一人の人間にできることなんて、あるはずがない。

ベストと言える結果は、既に手の届く範囲にない。

ベターと言えるものだって、原作を知っている俺からしてみれば最悪と言っても良い。

……こんなことなら、執務官にでもなっておくんだった。

AAAランクがなんだ。ただ力の強いだけのガキじゃないか。

権力も何もない一人の人間がはやてを救うことなど、そもそも最初から不可能なことだったんじゃないのか。

ただのガキ。それが、こんなにも――

「……ただのガキ。ベター、か」

ふと、一つの考えが浮かんでくる。

それはとてもじゃないがベストとは言えない、しかし、ベターとも言えないもの。

はやてを救うためにヴォルケンリッター全員を切り捨てることになるかもしれない、そんな考えだ。

……それしかないんだってんなら、良いだろう。

悪役にでもなんにでもなってやる。

はやてにいくら恨まれたって、甘んじて受けよう。

彼女の願う幸せを今与えることができずとも、いずれ、それが幸せに繋がるのなら――

「……あの、すみません」

ふと、声をかけられ、項垂れていた顔を上げる。

そこにいたのは、俺からしてみればあまり懐かしい顔じゃないのだが……。

「エスティマくんだぁ……!」

「うわ!?」

彼女――なのはは目に涙を溜めて、いきなり抱き付いてきた。

ぐすぐすと鼻を鳴らし、犬か猫のように顔を押し付けてくる。

なんだこれ。

今にも大声で泣き出しそうな、なのはの背中をさすりつつ、どうしたもんか、と思案する。

ユーノだってあれだけ慌てたんだし、まぁ、こうなるか。

泣かれるとは思わなかったけど。

それから五分ぐらいずっと抱き付かれ、ようやく彼女は離れてくれた。

顔を真っ赤にし、目を泣きはらした状態で、ごめんなさいと謝ってくる姿には少しだけキュンときたり。

そんなことはどうでも良いです。

「落ち着いた?」

「うん。……あの、服、ごめんね」

「洗えば落ちるし、別に気にしなくても良いよ。
 しかし、どうしたのさ、なのは。そんなに取り乱して」

「どうしたの、って……当たり前なの!
 エスティマくん、死ぬかもしれなかったんだよ!」

申し訳なさそうな顔から瞬時に怒り顔――俺が無茶した時特有の、腰に手を当てたポーズ――となり、ピコピコと髪の毛を動かすなのは。

「それなのに本人は平然としていて、なんだか損した気分だよ!
 私の涙を返して欲しいの!」

「いや、そんなこと言われても困るんだけど」

「困るのはこっちだよー!
 もう身体は大丈夫なの? どこか、苦しいところとかある?」

「いや、ないよ。元気そのもの」

言いつつ、両手を広げて元気をアピール。

ううむ。俺一人がいなくなったぐらいで大袈裟な。

なのはとかクロノ辺りは、割と毅然としているイメージがあったんだけどなぁ。

「むう。助かったんだし良いじゃないか。
 それよりなのは。お前、無茶してない? カートリッジとか、使いまくってないだろうな」

「え? なんで私がカートリッジを使うの?」

……あれれ?

もしかしてレイハさん、カートリッジシステムを搭載してない?

『レイハさん。強化プランは?』

『Has been executed.
 I know』

返ってきた念話は肯定。

……強化はされているのに、カートリッジは搭載されてない?

どうなってるんだ。ヴィータとぶつかって、惨敗しなかったのか?

もしかして、アースラ組はシグナム一人に惨敗したのか? 有り得ない。そんなに弱くないぞ、こいつら。

シグナムがいくら強いって言っても、多人数でかかれば早々負けることはないだろうに。

本当、何が起こっているんだよ。

……くそ、気にはなるが、今は気にかけている場合じゃない。

ヴォルケンズ戦の様子は、あとでクロノにでも報告書を見せて貰えば良い。

ここでなのはに聞いたところで、二度手間になるだけだ。

「無茶してないのは何より。
 悪いけど、これからやらないといけないことがあるんだ。
 またな」

「あ……ちょっと待って、エスティマくん!」

立ち上がり、踵を返そうとすると呼び止められた。

振り返れば、神妙な顔をしたなのはが。

「聞いて欲しいことがあるんだ」

「何?」

「私ね、自分が何をしたら良いのか分からなかったの。
 けど、もう決めた。みんながバラバラになっちゃっている今の状況が、すごく嫌なの。
 だから頑張る。この事件を終わらせて、みんなの笑顔を取り戻すんだ」

「……そっか」

ずっと眠っていた俺には、彼女に何があったのか知らない。

だが、きっと大変なことがあったのだろう。そう察することが出来るほどの決意を浮かべた表情で、なのはは俺を見詰めてくる。

「エスティマくんがいなくなって、私は自分が何をやりたいのか思い出せた。
 だから、ね。私と約束してくれないかな」

言いつつ、彼女は小指を立てた手を伸ばしてくる。

「……これは、私のワガママ。
 けど、お願い。頑張ろうって約束しよう?
 やることって……エスティマくん、きっとフェイトちゃんの時みたいに頑張るんだよね。
 何をするかは、分からないけど……」

どこか寂しそうに笑みを浮かべ、しかし、それでも決意を浮かべたまま、彼女は言葉を続ける。

「だから、約束。前に言ってくれたよね? 一緒に頑張ろうって。
 その約束をもう一度して欲しいんだ。それと、もう無茶はしないこと!」

「なのはに言われてもなぁ……」

溜息を吐きながら、俺も小指を立てた手を持ち上げる。

指切りげんまん。お互いに頑張って、けれども無茶をしないこと。

そんな約束。

嘘吐いたら針千本、で切ると、二人して笑う。

そして今度こそフェイトの元へ向かおうとして、不意に声をかけられた。

「あ、忘れてた。エスティマくん」

「なに?」

「本当にもう、怪我は大丈夫なの?」

「うん。元気元気」

「……余裕ありそう。それなのに、連絡もせず急に顔を出したの?」

「い、いや、驚かせようと思って……」

咄嗟にそんな言葉が出てきた。

いや、慌てててそこまで気が回らなかったし、連絡が取れない状況だったのだけども。

言い訳にしかならないよなぁ。

などと思うも、

「そっか――」

と、なのはがにっこりと微笑んだ瞬間、頬に衝撃がきた。

パン、という小気味の良い音。

なんぞ、と見てみれば、手を振り切ったなのはの姿が。

「みんなを心配させた分。これで許してあげる。じゃあね!」

してやったり、といった顔をして、彼女は走り去った。

……頬がじんじんとする。

「……敵わないなぁ」

思わずそんな言葉が漏れた。

なんとも眩しいよ、あの子は。





[3690] 九話
Name: 角煮◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2008/10/07 01:02
人気の少ない訓練室。

そこにある人影は三つ。

クロノとアルフ、そしてフェイトだ。

二人は、荒く息を上げ、軋みの上がる身体を酷使してドローンを破壊して回るフェイトを見ていた。

気迫を通り越し、鬼気と言ってもいい代物を纏っているフェイトの姿に、クロノは気付かぬ内に手を握り締める。

……こんなはずじゃないことばかりだ。

PT事件が終わり、以前と比べれば穏やかと言っても良い生活をしていたフェイトがこんなことをしているのは、闇の書事件にエスティマが巻き込まれたせい。

自分と同じ境遇の人間が増えた。決して自分のせいではないが、また救えなかった、とクロノは自責の念に駆られてしまう。

今まで執務官として働き、救えなかった者はいくらでもいる。

しかし今回は、一度は救ったはずの少女が自分とまったく同じ状況になってしまっているのだ。

そのことを誰も責めない。責める必要はない。全てを救えるほど執務官は万能ではないのだから。

だからこそ、クロノは闇の書事件を終わらすために躍起となっている。

だが、それは未だに実を結んでいない。

ヴォルケンリッターが大人しくなる様子は微塵もなく、憎悪は募る一方。

それを目に見える形でクロノに届けているのは、フェイトの姿だ。

……ああいった状態の人を見たのは、一度や二度じゃない。

彼女にはいくら言葉を尽くしても無駄だろう。最も近しい者を失った彼女を止められる者など、いない。

使い魔であるアルフは結局のところフェイトを肯定するしかないし、ユーノはフェイトと同じ側の人間。

なのはは……どうなのだろうか。今のフェイトを止めることが、彼女に出来るのだろうか。

分からないな、とクロノは頭を振る。

恨むぞ、と彼は呟いた。

それは、ここにいないエスティマに対しての言葉だ。

勝手にフェイトの面倒を見ると言い、勝手にいなくなった少年。

自分が中心となってPT事件を終わらせたという自覚が彼にはないのだろうか。

あの事件の最中に育んだ絆の中心に自分がいたのだと、分かっていたのだろうか。

核となっていた者がいなくなれば、空中分解するなど誰でも分かるだろうに。

本当に――

「お邪魔します」

不意に、背後のドアが開いた。

それと同時に届いた声に、クロノとアルフは身体を強張らせる。

まさか、と思いつつも、錆び付いたように顔を向け――

「化けて出たか!?」

「なんでアンタがここにいるのさ!?」

「いきなり失礼だな!」

何故だか右頬を腫れ上げさせたエスティマ・スクライアの姿がそこにあった。

彼は憮然とした表情で腕を組むと、首を傾げる。

「ユーノといい、なのはといい、この態度はなんなんだ一体」

「それはこっちの台詞だ! そんな平然とされたらこっちが慌てるぞ! どうしてそんなに元気そうなんだ君は!」

「フェイト! フェイト! ちょっとこっちにきな!」

軽い恐慌状態。

アルフはフェイトに向けて声を張り上げているし、クロノは今にも掴み掛からんばかりの剣幕で詰め寄る。

エスティマは引き攣った笑みを浮かべながら、あはは、と乾いた笑いを上げた。

「怪我はもう治りました。エスティマ・スクライア、復帰します」

「ほう……そうか、そうか。言いたいことと聞きたいことは山ほどあるが、取り敢えずは先にあっちだ」

がし、とエスティマの肩を掴むと、クロノはフェイトの方にエスティマを押し出す。

心の準備が、とエスティマが文句を上げるが、無視だ。

どれだけ人に心配をさせたのか、まずはフェイトと会って実感して貰わないと――

「あ、兄さん?」

――そう思い、エスティマを突き出したのだが。

酷く穏やかな声が聞こえ、クロノは思わず目を見開く。

視線を向けてみれば、フェイトの隣に立つアルフも似たような表情をしていた。

彼女、フェイト・T・スクライアは、所々に巻いた包帯を汗で濡らしながら、乱れた髪を直そうともせず、笑みを浮かべている。

「……フェイト?」

「うん。待っててね、兄さん。次はちゃんと終わらせるから」

「いや、フェイト、何言ってるの?」

「大丈夫。もうすぐ会えるから。だから、待ってて」

「いや、会えるって……フェイト?」

エスティマが聞き返すも、彼女はにこにこと笑みを浮かべたままだ。

近寄ろうともしない。

ただ兄と距離をとったまま、ここ最近では見られなかった笑顔を浮かべている。

……可愛い、と言っても良いだろう。そのはずだ。

しかし、クロノは言葉に出来ない不安を感じ、素直にそう受け止めることができなかった。

「……どうしたんだ?」

言いつつ、エスティマはフェイトに歩み寄る。

手を伸ばし、頬に触れるが、フェイトはなんの反応もしない。

ただにこにこと笑っているだけで。

目の焦点は兄に向いているのだが、どこか別のモノを見ているようで――

「――ッ、エスティマ!」

クロノは声を上げ、エスティマの襟首を掴むと出口へと向かった。

いきなり何を、と彼が声を上げるが知ったことじゃない。

後は任せる、とアルフに念話を送り、クロノはそのまま訓練室を後にした。



























リリカル in wonder























……一体、どういうことだよ。

クロノに無理矢理連れてこられた先は、休憩所。

自販機とベンチの並ぶ一画にくると、ようやく野郎は俺の襟から手を離した。

それとなく文句を込めた視線を送るが、本人はどこ吹く風。

こんなところで油売っている余裕はないっつーのに。フェイトの様子もなんかおかしかったし。

……仕方ない。順序が逆になるけど、クロノからも俺がいない最中にあったことを――

「……退院おめでとう、とまずは言わせてもらおうか」

「ああうん。どうも」

「そして、筋違いだとしても一つだけ文句を言わせてくれ。
 ……何故、君はフェイトを一人にした!」

「……それは」

唐突に叩きつけられた怒声。

それに対し、思わず口ごもってしまう。

どんな言葉を返して良いのか分からない。

それを察したのか、違うのか。クロノは俺が応えるのを待たずに、先を続けた。

「ああ、君は悪くないだろうさ。悪いのはヴォルケンリッターであり、魔力の蒐集を命じた闇の書の主だ。
 だが、それでも、君がいなくなって、どれだけのバランスが壊れたと思っている!
 君はいなくなるべきじゃなかった。その証拠に彼女はあんな様子で、誰もが参っているんだぞ!」

「……ごめん。迷惑掛けた」

「いや、良い。……僕も大人げなかった。すまない」

軽く頭を下げ、クロノは溜息を吐く。

……しかし、そうか。

ここまでクロノを怒らせるとは思ってなかった。

それぐらいに心配させてたってわけで、だとしたら軽薄だったよな、俺の態度。

……いや、まぁ、どんな顔して会えばいいのか分からなかったのだけど。

それにしたって、って感じか。

「……フェイトのことだが」

「ん、ああ」

「あの子は、随分と参っている。多分、だが……君がここにいることを、分かっていない」

「は?」

「さっきの様子から、なんとなく分かった。
 最近、彼女は君と話していると言っていてな。夢か何かだとアルフと話していたんだが……」

……待て。どれだけフェイトは追い詰められているんだ?

というか、どうなったらそうなるんだ。

それに、なんでそんな状態で訓練室なんかに出入りしている!

「……まさかクロノ。あんな状態のフェイトを戦闘に参加させていないよな?」

「……すまない」

「ふざけんな! どう見たって普通じゃないだろ、今のフェイトは!」

「分かっている。あそこまで酷いなんて、誰も知らなかったんだ。
 ……あんな姿を見た以上、彼女を戦わせようと思っていない。
 ただ……」

「ただ、なんだよ」

「フェイトはそれでも戦いたがるだろう。君を取り戻すために。
 彼女にとってのエスティマ・スクライアは、ヴォルケンリッターに奪われたままだからな」

そう言い、クロノは俺に真っ直ぐな視線を向けてきた。

「彼女を止めることは君にしかできない。他の誰にもできないことだ、これは」

「分かってるよ。くそ、なんで……」

いや、分かっている。

俺はフェイトについていてやるべきだ。

しかし、そうするとかなり行動が制限させる。

……はやてを取るか、フェイトを取るか。そういう選択になるのだろうか、これは。

はやてを救うためにはフェイトを誰かに任せて動き回るしかないが、フェイトを安心させるには――たとえ彼女が俺のことを正しく認識できないのだとしても、側にいてやるしかない。

どちらかを選ぶしかないのだろうか。

天秤にかけること自体が不可能な二つの事柄。

取捨選択を行うしかないのか?

だとしたら……。

だとしたら、俺は――

「……クロノ」

「なんだ?」

「フェイトのこと頼めないか?」

「……君は僕の話を聞いていたのか?」

射殺すような視線を向けられる。

分かっている。クロノの怒りを買うのは当然だ。

……けど、今は。今だけは、はやてを選ばせて欲しい。

フェイトのことは絶対に見捨てない。だから、今だけは。

「頼む、クロノ。俺はやらないといけないことがあるんだ」

「それはなんだ。フェイトを見捨てるだけの価値があるのか、それは」

「……今は、言えない。けど、必ずあとで話すから。
 フェイトのことだって見捨てない。だから、頼む」

言い切ると同時に頭を下げる。

口を開き辛い沈黙。突き刺さる視線で脳天がちりつくような錯覚を受けそう。

そうして一分ほどが経った後、クロノが口を開いた。

「……絶対だぞ。もし納得のできない理由だったら、僕の部下としてコキ使ってやる」

舌打ち交じりに言われたこと。

一応、納得はしてくれたのだろうか。一応、だろうが。

頭を上げ、ありがとう、と言うと、奴は呆れたように溜息を吐いた。

……分かってるよ。充分な外道だ、俺は。

案の定ロクな死に方しなかったし、いずれは地獄に落ちるだろうよ。

ヴォルケンズを暴走させた切っ掛けは俺だし、みんなに迷惑を撒き散らしている。充分に諸悪の根源といえる存在だよ。

けど、だからこそ、責任を取らなければならない。

はやてたちを救わなければならない。

フェイトやユーノをこれ以上悲しませたくないし、なのはやクロノにも迷惑をかけることはできない。

手の届く限りの人を、少なくとも、俺がいるせいで幸せを逃そうとしている人を助けなければならない。

……それがきっと、この世界に残ることを選択した俺の責任だ。

俺は、みんなを、助けなければならない。

周りが全て敵になろうと、俺だけははやての味方になってやらなければならない。

……はは、矛盾してら。

はやてに肩を入れれば、憎悪をたぎらせているユーノやフェイトとぶつかることになるかもしれないのに。

そんなことになれば、もう、大団円なんて不可能に近いだろう。

……だから俺は、はやてを管理局側から助けきゃならないんだ。

「……なぁ、クロノ」

「なんだ。まだ何かあるのか」

「例え話だ。聞き流してくれれば良い。ちゃんと答えてくれたら嬉しいけど」

「器用なことを要求するな、君は。それで?」

「もし。もし、の話だ。
 闇の書の主が魔力の蒐集を望んでいなくて、勝手にヴォルケンリッターが暴れまわっている場合、どうなる?
 闇の書の主は罰せられるのか?」

「……なんのつもりかは知らないが、例え話なんだな?
 ヴォルケンリッターがプログラムだとしても、一個の人格を持っているということは調べてある。
 そういうこともあるだろう。
 もし闇の書の主が魔力の蒐集を望んでいなかった場合、担当した執務官次第だが、罰らしい罰は与えられないはずだ。
 闇の書の転生はあくまで偶然。悪意をもって闇の書の力を使っていないのならば、主は被害者でしかない」

「そして、もう一つ。
 先に謝らせてくれ。ちょっと古傷を抉る。ごめん」

「……今更なんだ。闇の書の話をしているだけで充分なのだが?」

どこか不敵にクロノは笑う。

それが、俺に気にするなといっているようで、少し救われた。

「あくまで例えなんだけどさ」

「ああ。例え話だな」

「お前は闇の書の主を逮捕したとき、復讐に走るか?
 私怨を晴らすために、救えるはずの手を打たないか?
 言葉を尽くして、闇の書の主が非力な存在だと、遺族にアピールすることは出来るか?」

「……あのな、エスティマ。何故、闇の書の主が非力な存在になる。
 闇の書の転生先となるだけで、魔法の素質は折り紙付きと言われているようなものだぞ?」

「あー、それは……」

「まあ良い。例え話、なんだろう?」

そう言い、クロノは話を元の方向に戻す。

……ほんっとうに悪い。俺は一生コイツに頭が上がらないんじゃないだろうか。

「……僕は、時空管理局の執務官だ。
 そうやって生きてきたし、これからもそうするだろう。
 権力を振りかざして犯罪者の事情を無視して捕らえ、遺族の怨嗟を無視しながら弁護をする者だ。
 そうあるべきだと思っているし、それ以外の姿はあってはならないとも思っている。
 そこに私情を挟むつもりは、毛頭ない」

「……悪役だなぁ」

「そうとも。何を今更」

くく、と笑い合う。

……執務官、ね。

きっと俺は、こうはなれないんじゃないだろうか。

私情挟みまくりの人間が、こうも格好良くなれるはずがない。

「……最後に一つ」

「ああ」

「私怨で闇の書をその主ごと葬ろうとしている馬鹿がいたら――お前はそれをどうする?」

「裁く。犯罪者は捕まり、罪を償うべきだ。どんな事情があろうと、殺人を許そうとは思わない」

「そっか」

……今の言葉は、きっとシグナムとシャマルにも適応されるんだろうな。

どんなに手を尽くそうと、犯してしまった罪を消すことはできない。

彼女たちには、それ相応の報いがある、か。

……それは俺もだ。

誰も俺を裁かないのならば、自分自身で贖罪を行わなければならない。

だから、俺は――





























夜の八神家。

住人が眠りについた中で、一人動いてる者がいた。

それは闇の書。夜天の書。今はリインフォースと呼ばれている存在だ。

彼女は主と、鉄槌の騎士、盾の守護獣の意識にアクセスする。

操作するのはシグナムとシャマルから伝わる精神リンク。

彼女たちが何を行っているのか。何を考えているのか。それらの一切を、八神家に残っている者たちから忘れさせる。

……主はやて。申し訳ありません。

彼女たちはあなたを救おうとしています。そしてあの二人は、もう立ち止まることができない。

自らを犠牲にして、闇の書の呪縛からあなたを救おうとしています。

『きっと、あなたは悲しまれる』

夢の中、白い世界で眠る主の頬に、リインフォースは手を伸ばす。

全てを主が知れば、きっと修復不可能な傷跡が心に残るだろう。

戦うだけの存在である自分たちを家族と言ってくれた少女。

それは甘さか優しさか。見るものによっては違うだろうが――

しかし、少なくともヴィータとザフィーラは救われている。平穏の中で暮らすことが当然だと思うぐらいには。

自分にも名前を与え、人の姿を取れないというのに家族として扱ってくれる。

それは甘さかもしれない。近しい人がいない少女が寂しさを埋めたいだけなのかもしれない。

だが、それでも。

それで自分達は救われている。

一時でも、戦うだけの存在じゃないと思えることができた。

たとえ目を開いて現実を目にすれば消え去るような、儚い夢のようなものだとしても。

『あと少し。あなたの身体を蝕む私は、罪と共に消えます。
 だからどうか、それまでは、優しい夢を見ていてください』

そう呟き、リインフォースは作業を続行する。

シグナムたちとの精神リンク切断の他に、夜天の書からのデータ移動。

ヴィータとザフィーラを維持する術式をはやての中に、負荷のかからない範囲で、ゆっくりと移す。

……もしシグナムたちの計画が上手くいけば、自分たちは消滅する。

その際、何も知らないヴィータたちを巻き込むべきではない。

過去は全て自分たちが連れてゆく。

故に、未来は残った騎士に託そう。

つつ……、と頬に一筋の涙を流しながら、リインフォースは作業を続ける。

泣いているというのに、彼女の顔には笑みが浮かんでいる。

それは、どこか幸福そうだった。





[3690] 十話
Name: 角煮◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2008/10/03 03:15
クロノにヴォルケンズ――話を聞く限り戦っていたのはシグナムさんとシャマルさんだけらしいが――とアースラの武装隊がぶつかった戦闘の話を聞き、ぶっ殺された日の事情聴衆を追えると、俺は荷物搬入用の転送ポートへと足を向けた。

忙しなく動き回っている局員や業者の人を横目に区画を進み、目的の場所へ。

係員に挨拶をしつつサインを行うと、荷物を受け取った。

中身は俺の着替えと――

『ご主人様、その頬はどうなされたのですか?』

「……まぁ、色々」

Larkだ。

ちなみにLarkが指摘したほっぺた、両方とも腫れています。

片方はなのはのビンタ。

もう片方はアルフによるもの。グーでした。マジ痛いです。

フェイトの側にいてやれない、と言ったら、本当に身体は大丈夫なんだねと念を押されてから殴られるという。

……まぁ、殴られるだけで許してもらえるなら、安いものか。

『治療を行いますか?』

「ん、いや、これは――」

このままで良い、といいかけ、首を振る。

「頼めるか、Lark。みっともない面じゃ、ここから先の行動によろしくない」

『分かりました』

リィン、と涼しげな音の後、治癒魔法が展開する。

あんまり治癒魔法は得意じゃないから、時間が――

『……ご主人様、何があったのですか?』

「どうしたの?」

『治療、完了しました』

は? どうして!?

魔力の制御が上手くいかないって状態で治癒魔法なんて使ったから、結果は期待してなかったのに。

「原因は何? 上手くいっといて原因って言うのもなんか変だけど」

『はい。私自身のスペックアップ……一月前に中破し、その修復の際に処理速度の向上を行ったので以前よりも治療が早いのは当然なのですが……。
 傷が浅いということもありますが、治癒魔法が一瞬で怪我を治した理由は、魔力の増大です』

「……俺の?」

『はい。魔力量が以前よりも増えています。通常時でも、なのはさんやフェイトさんを超えているでしょう』

……どうなっているんだ?

シャマルにリンカーコアを引っこ抜かれて、何か突然変異でも起こったのか?

もしくは、死んで巫力が上がった?

いや、俄かには信じられないんだけど。

……ううむ。

「魔力量が上がったせいで、制御のコツが変わったのか……なるほど」

タンクの中の水量が変わったから、蛇口をどの程度捻って良いのか分からないようなもんだ。

まだ成長期だから魔力量が上がる、ってのはクロノにも言われたことがあるけど、急に三十万以上も増えるもんなのかねぇ。

「まぁ良い、Lark。これから――」

『ところでご主人様』

「なんでしょう」

『……浮気をしましたね?』

……はい?

何を言っているのですか、この人、もといデバイスは。

『なんですか、この隣にいるデバイスは。
 聞いてませんよ、このような存在は』

「……いや、あのね? 断るに断れなくて、試作品のモニターになってくれって頼まれて――」

『黙り込んでないで何か言いなさい、黒いデバイス。
 私はLark。ご主人様のデバイスです』

今にも爆発しそうな勢いでチカチカと点滅するLark。

それに対して、いやに機械的な反応がある。

『はい。私の名前は"Seven Stars"。
 先日より、マスターのデバイスとして配備されました』

『……どうやら、生まれて間もないようですね。
 良いでしょう。しっかりとご主人様のデバイスに相応しいよう、教育してあげます。
 私のことはお姉さまと。ご主人様のことは旦那様とお呼びなさい』

『了解しました、お姉さま。
 では、改めて。よろしくお願いします、旦那様』

『よろしい』

「……あー、うん」

妙にヒートアップしたLark、いやにシュールな光景である。

うん。Seven Stars――略してセッター、一回起動させて見たカラーリングで、簡単に決めたんだよね。

まぁ、試作品ってことだから、ある程度データが出揃ったら回収されるだろうし。

だからそれまでの付き合いだろうけど――

『ご主人様』

「なんでしょうか」

『彼女の出番はありません。これからも末永く、私をお使いください』

「いや、Larkさん? デバイスのモニターを頼まれたのですが、僕」

『お好きなように、旦那様。私はただの道具なので』

『……Seven Stars。自己主張が控え目なのですね』

『必要がありませんから』

おいおい、それで良いのかよ。性能を試してもらうために俺のことろにきたのだろうに。

……まぁ、良い。

これから始まる戦いは、そもそもLarkたちの出番がないわけだし。

……いや、あるか。俺の動きを気に入らない猫が二匹ほど。

あの二匹を相手にするなら、性能を把握していないセッターより、使い慣れているLarkを使ったほうが良いだろう。

性能を試すような時間がないのだ。仕方がない。

「んじゃ、まぁ……」

荷物の納まっている鞄の中に、クロノに調べてもらった事柄の書いてあるプリントを入れる。

さて、始めようか。

高ランク魔導師ではなく、一人の人間として。






















リリカル in wonder






















「こんなもので良いかな」

ふう、と息を吐きながら、ユーノは額の汗を手の甲で拭う。

荒廃とした大地の中、彼は一人で立っていた。

鮮烈なほどに青い空が広がり、その下には赤褐色の渓谷。

グランドキャニオンに良く似た場所に、彼はいる。

目の前には、山と形容しても良いサイズの岩石。

それを目にして何度も頷きながら、彼は術式を組み始める。

一歩一歩確かめるように岩石の周りを歩き、杭を打ち込んでゆく。

「サイズはこれで……術式始動までは……どれだけ世界が離れているか、次第だなぁ。
 それよりも重要なのは魔力か。ギリギリ足りるか足りないか……」

ぶつぶつと呟きながら、ユーノは淡々と杭を打ち込んでゆく。

それと同時に織り込んでいるのは、転送魔法の術式だ。

地面を焦がす熱気の中、機械的に手足を動かし、作業を進める。

そんなことをやり始めて三時間。

ようやく作業が終わると、ユーノは腰に手を当てて、パン、と岩石を叩いた。

「まったく、結界魔導師ってのも不便だ。
 ……けど、これで切り札になりうる物は手に入った」

早く次の作業に移らなきゃ、と呟き、ユーノは転移魔法を発動する。

目指す先はスクライア。

仕事の合間を縫って作業をするのも、楽ではない。

明日はなのはの世界に行かないと、と呟き、翠の光を残して、彼の姿は掻き消えた。
































エスティマが単独行動を始めて、二日目。

その頃、グレアムはディスプレイに映る知人の顔を前にして、額に汗を浮かべていた。

「……どういうことかね?」

視線の先には、目を細め、静かな怒りを漂わせた中年の男がいる。

唐突に繋がった通信。その第一声に対して彼は、どういうことだと、そのままの台詞を言うことしかできなかった。

『グレアム提督。あなたは、私を騙していたのですか?』

「なんのことを言っているのか。騙していたなどと――」

『闇の書の主。それが十歳にも満たない少女などとは、聞いていない。
 どういうことです。魔法も何も関係ない世界で――被害者みたいなものじゃないか、その子は!』

何故それを、とグレアムは苦い顔をする。

しかし、彼はすぐに柔和な笑みを浮かべると、自分の焦りを抑えるように、口を開いた。

「誰がそんなことを言っていたのかな? 確かにそれは事実かもしれないが、闇の書の封印は……」

『誰がそんなことを? 今、保身に走ったな、アンタ。
 ……そうか。ならば、良いだろう。こっちにも考えがある』

「待って欲しい! 闇の書の封印は、君の悲願でもあったはずだ!
 亡くされた奥さんの仇を討ちたいと、力を貸してくれたのに、何故!」

引き留めるようにグレアムは口調を荒げる。

……ディスプレイに映る男は、前回の闇の書事件で妻を失っていた。

それ故に、自分の計画に力を貸してくれていたのに――

男の考えていることが分からず、手が届くならば縋りそうになりながら、グレアムは視線を向ける。

だが、それに対するものは冷たい視線であり、

『あなたは私を馬鹿にしているのか。確かに妻の仇を討ちたいとは思っていた。
 だがそれ以上に――娘と同じ、親を失って悲しむ子供を救いたいと言ったはずだ!
 それなのにアンタのやったことはなんだ!? 子供を見殺しにするなど、大人のすることか!』

彼の言葉が突き刺さる。

守るべき対象の未来を奪う。殺しはしないだけで、永久に封印することに大差はない。

……だが、そんな葛藤は、とうの昔に終わらせた。

だというのに、この男は――

「……今更じゃあないか。子供でなくとも、君だって、誰か一人が永久凍結されることを知って、手を貸してくれたはずだ」

『そうだ。誰か一人の犠牲で大勢が救われると、酔っていた。
 だが、目が覚めましたよ。子供を踏み台にしてまで、夢を見ようとは思わない。
 尽くせる手が残っている状態で、ね』

「……どういうことかな?」

尽くせる手。

闇の書の永久凍結封印が、最も被害を抑えることのできる方法だ。

それ以外の手が残っているはずがない。

ベストと言える手は、自分の考えついた手のはずだ。

「被害を最小限に抑えるためには――」

『今も誰かが傷付き、死んでいるかもしれない状況で、最小限?
 笑わせないでください、グレアム提督。
 ……今、ようやく気付きました。あなたは傍観者に過ぎないのですね』

「言葉が過ぎるぞ、君。
 傍観者? 私がどれだけ――」

『足元の見えていない人が何を言っても説得力がありません。
 では、これで。『アレ』は違う人間に託しましょう。
 相応しい人間が、いるらしい』

「待ちたまえ!」

叫びも虚しく、通信は切れる。

震える手でこちらからコールするも、着信が拒否されているようだった。

なんてことだ、と机を叩き、グレアムは整った髪の毛を掻きむしる。

どうするか、と思考が動き、明後日の方向へと傾いて――

「誰が余計なことを……!」

怒りが噴き出した。

長い年月をかけて積み重ねてきた計画の要が、手を離れようとしている。

それを許すわけにはいかない。全てが整っても、男に頼んだ物がなければ、計画自体が頓挫する。

許してはいけない。これ以上、闇の書による犠牲を増やさないためにも。

「アリア! ロッテ!」

「……はい、父様」

グレアムの怒声に反応し、二つの人影が現れる。

管理局の制服を身に纏い、猫耳と尻尾を生やした双子の少女。

「話は聞いていたか?」

「はい」

「面倒なことになった。何者かが私たちの邪魔をしているらしい。
 ……計画の要を失うわけにはいかない。今すぐ彼の元へ行き、デュランダルを回収するのだ」

そう。

先程の男にグレアムが協力を頼んでいたのは、氷結補助に特化したデバイスの作成。

彼の執念とも言える傑作。最高の性能と言っても過言ではない、ストレージデバイス。それの完成は間近だったというのに――

「分かりました、父様。
 ……一つ、よろしいでしょうか」

「なんだ、アリア」

「闇の書の主の身の上……それを吹聴している者に、心当たりがあります。
 如何致しますか?」

「……何?」

「以前報告した少年です。父様が仕事でここを空けている最中、今と似たような通信がきていました。
 偶然で闇の書の主が誰なのかを知ることはできないでしょう。原因はおそらく、彼です」

「そうか」

言いつつ、グレアムは椅子に身を沈ませる。

ヴォルケンリッターに襲われ、瀕死の重傷と聞いていたが……。

「アリア、ロッテ。その少年を捕らえろ。
 このままでは計画が破綻する。それだけは、絶対に許してはならない」

「はい、父様」

「任せて!」

「頼んだぞ」

アリアが転移魔法を発動し、二人の姿が消える。

アリアの魔力光の残滓を見ながら、グレアムは表情に疲労の色を濃くした。

あの少年――アリアの報告に聞いた、スクライアの子供は何を考えているのか。

彼と闇の書の主が友人だということは知っている。自分に送られてきた手紙にも、そういうことが書いてあった。

……友人を助けたい、か。

純粋な願いだ。薄汚れた自分には、眩しく思えてしまうほど。

しかし――

「子供だよ、エスティマ・スクライアくん。君は友人一人のために、大勢の人を切り捨てるのかね?」

それは正しくない。

長い間管理局に勤めてきたグレアムだからこそ、断言できる。

平穏とは、少数の不穏分子を隔離することでもたらされる。

それを理解せず、目先の犠牲に囚われて無謀を冒すなど、愚かとしか言いようがない。

もう二度と悲劇を繰り返さないためにも、自分は――






[3690] 十一話
Name: 角煮◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2008/10/10 01:29
砂塵が舞い、空から降り注ぐ陽光によって焦げ付くような熱気が上がっている。

辺境世界。

魔獣の住み処となっている惑星に、魔力光が飛び交っていた。

統一設定をなされた、管理局の水色。それと敵対するラベンダー。

計、十発の砲撃が一斉にシグナムへと叩き込まれるが、彼女はそれらの全てを防ぐ。

パンツァーガイスト。身に纏われる魔力光が色を濃くして、飛沫のように光が爆ぜる。

爆音、それと同時に砂塵。

「どんな装甲してやがる……!」

局員の一人は、確実に当てたというのに無傷で立っているシグナムに悪態を吐く。

ヴォルケンリッター討伐に派遣された、海・本局の局員。

構成されている武装局員の全員がAランクオーバーという豪勢なものだが、こうして相対してみると、それですらも生温い、と思ってしまう。

強固な守り。少しでも近付けば一撃で叩き落とされる打撃力。

それが空を飛んで、速いと言える速度で接近してくるのだからたまったものではない。

『散開だ!』

隊長――AA+魔導師の号令で、一斉に魔導師たちは空に身を踊らせる。

――それを薙ぎ払うように放たれた連結刃。

回避が間に合わず一人の局員が叩き落とされる。

バリアジャケットを突き破り、鮮血を散らす。その光景に奥歯を噛み締めながら、彼は魔法を構築する。

構築するのはラピッドファイア。ポピュラーな砲撃魔法。威力は期待できないが、脚を止めるだけならば。

デバイスの矛先をヴォルケンリッターへと向け、次いで、ミッド式の魔法陣が展開する。

魔力が集束し、マズルフラッシュに次いで十発の砲撃。

次々と放たれる砲撃音に、鼓膜が震える。

その内三発は連結刃に弾かれ、二発は外れるが、残りの五発は命中し、

『隊長!』

『よし……砲撃準備! バリア出力に余裕のある者は壁になってくれ!』

『了解!』

男は後ろに下がり、再び砲撃魔法の準備を。

三名の魔導師が前へと出て、バリアが展開され――

『限界まで溜めろ。半端な威力じゃ――!?』

『Sturmfalken』

チャージなどさせるものか、とばかりに、壁を撃ち抜いて一撃が飛来する。

それは矢。

目視の不可能な速度でバリアを展開していた局員を貫き、その背後にいた隊長の肩を貫く。

次いで、衝撃波が暴れて局員たちは隊列を崩す。

男は右腕で顔を庇いつつ隊長へと視線を向け――

「あ……!」

「……ドジを踏んだな」

それだけ言って、隊長は肩口へと治癒魔法をかける。

そう、肩口だ。

蛇口から血が溢れるように、隊長の腕があった場所からは滾々と血が流れ落ちる。

否、流れ落ちるなど生易しいものではない。魔法で止血をしても、際限なく噴き出している勢いは止まる様子がない。

「ぐ……馬鹿野郎! 脚を止めるな、散開しろ!
 フルバック! 貫かれた局員の手当を急げ!」

唾を飛ばし、目を血走らせながら、隊長は檄を飛ばす。

それで正気に戻った局員の反応は様々だった。

この部隊へ新たに編入された者は見るからに戦意を失い、元から彼に付いてきていた部下たちは目に殺意を浮かばせてデバイスを構える。

そして、男は後者。

彼は雄叫びを上げながらデバイスを構え、突撃姿勢でヴォルケンリッターへと一気に距離を詰める。

再び形状を変えた相手のデバイス。連結刃の壁を擦り抜け、加速し、戦術機動を駆使しながら接近する。

『お前は注意を引け。砲撃で貫けないなら近接だ!
 連結刃からモードチェンジさせるなよ!』

『任せろ!』

同僚の指示に応えを返し、男は動き回りながらラピッドファイアを構築。

それに対して蠅を落とすかのように迫る刃を回避しつ続け、

『Flash Move』

『Flash Move』

二つの高速移動魔法。

水色の尾を引いて接近する影が二つ。

彼らはそれぞれ、一人が足、一人が頭を狙っての斬撃を繰り出して――

無駄だとでも言うように、攻撃は擦り抜けた。

幻影。

こんな技能を持っているなんて、聞いていなかったが――

『上だ!』

フルバックからの念話が届き、三人は同時に顔を上げる。

上空には、連結刃を片腕で操っているヴォルケンリッターの姿があり、もう片方の手には――

「闇の書よ。烈火の将、シグナムが命じる」

『散れ!』

「アルタス・クルタス・エイギアス。疾風なりし天神よ、今導きのもと撃ちかかれ」

『フォトンランサー!? そんなもので!』

『止せ、突っ込むな!』

シグナムに斬撃を叩き込もうとした局員二人が、距離を詰めるべく急上昇を開始する。

それを目にしながらも、ヴォルケンリッターは焦った様子も見せずに口を動かす。

「バルエル・ザルエル・ブラウゼル。フォトンランサー・ファランクスシフト――」

りん、と涼しげな音と共にヴォルケンリッターの足元にミッド式の魔法陣が展開される。

色はサンライトイエロー。

……待て、今、あの騎士はファランクスシフトと言ったか?

「――ッ!」

同僚を止めるのを諦め、男はその場から離脱する。

次いで、

「打ち砕け、轟炎!」

トリガーワードが紡がれた。

焦りながら、ちら、と背後に視線を送れば天から降り注ぐ魔力弾の雪崩に襲われている同僚の姿があった。

一発一発は弱い射撃魔法だとしても、それを斉射されればどうなるか。

しかも、アレには炎熱が付加されている。

フォトンランサーなんて冗談じゃない。あれは違う何かだ。

断末魔を上げながら、二つの影が撃墜される。

くそ、と呟きながら、男は流れ弾をバリアで防ぎ――

一発、二発、三発、四発――

そして間を置かずに叩き付けられた五発目で障壁を突き破られ、魔力弾の雨に曝された。

あの二人よりも少ない数だというのに、こうしている今も意識が刈り取られそう。

……くそが。

そう悪態を吐き、眼前に迫ったフォトンランサーを睨み付け――

轟音と共に現れた人影に、目を見開いた。

「……ギリギリセーフ。なんとか、間に合ったの」

妙に幼い声。

何事だと目を向ければ、そこには白いバリアジャケットを身に纏った少女の姿があった。

「後は任せてください。撤退までの時間は稼ぎます!」

顔を合わせず、背中越しにそれだけ言って、少女はヴォルケンリッターを睨む。

そしてデバイスの矛先を向けると、

「レイジングハート! 逃がさないよ、今日こそ捕まえてみせる!」

『Yes my master』

「アヴァランチ……ドライブ!」

少女――高町なのはが声高に宣言する。

その主の声を聞き、レイジングハートは新規に追加された機能を始動させた。

デバイスコアの真下にある、本来ならば弾倉が刺さっている部分。

今そこには、唸りを上げる似たような形の、しかし、別種のパーツが突き刺さっていた。

マガジンよりも短く、太い。それは外気を取り込み、その中に含まれている魔力の残りカスを集め、これから発動されようとしている魔法に魔力を上乗せする機構。

マギリング・コンバーター。それがレイジングハートに追加されたパーツ。

平時は以前と変わらぬ性能だが、激戦になればなるほど、長期戦になればなるほど力を増す。

カートリッジのような身体を痛めつける機構ではなく、主の不屈の心を助けるための機能。

集束系の技能が優れていなければ使いこなすことのできない代物だが――

『It is possible to do. If it is my master』

そっと、誰にも気付かれないような音量で呟く。主人ならば出来ると、デバイスは信じている。

――レイジングハート・アヴァランチ。それが、強化された魔杖の名。

局員たちが放ち、不発に終わった砲撃魔法。

派手にばらまかれたフォトンランサー。

彼らの無念が、シグナムの執念が、彼女に集う。

それらの魔力が集まり、なのはのバリアジャケットが薄い桜色を纏う。

「時空管理局嘱託、高町なのは。行きます!」


























リリカル in wonder






















「また貴様か、高町!」

「何度だって戦うよ! あなたが、みんなに謝るまで!」

迫るくる連結刃をシールドで防ぎ、アクセルシューターで牽制。

相手の足が止まったら集束したクロスファイア。

それらを回避し、防ぎ、時に切り払いながら、シグナムは眼前の少女を睨み付ける。

これで戦場で会うのは四度目。

最初の一回は戦いにもならなかったというのに、今の彼女は顔を合わす度に強くなっている印象を受ける。

……厄介だ。

内心でそう呟きながら、シグナムは連結刃を戻し、剣を両手で構えながら突撃する。

直撃する誘導弾など豆鉄砲。この程度で抜けるほど、彼女の甲冑は柔ではない。

『Flash Move』

だが、近付いての一撃は果たされない。否、果たせない。

相手が近付くことを許さず、ただ距離を取って削ってくる。

地味だが、魔力量に自信があるならば有効な手だ。

バリア出力も高い。一撃で仕留めるのが理想だというのに、それを許してくれない相手。

「謝るなど……今更だ!」

相手の注意を別の方向に向けるべく、シグナムは声を放つ。

だが、なのはの戦意が削がれることも、会話に気を取られることもなく、戦闘は継続される。

「分かってる。けど、謝っているのと謝ってないのじゃ、別物だよ!
 正しくないことをしている自覚があるなら、傷付けた人に謝って!
 私でも分かる、当たり前のことだよ!」

「謝ったところでどうなる!」

「どうにもならない!
 けど、だからって謝らない理由にはならないよ!」

「子供が偉そうなことを――!」

「全部分かったつもりで諦めてるあなたの方が、よっぽど偉そうだってば!
 レイジングハート!」

『Divine Buster Extension』

マギリング・コンバーターが唸りを上げ、桜色の魔力光が膨れあがる。

その光景に舌打ち。

あれは防御の上からでも削るような砲撃だ。凡百の局員とは、比較にならない威力の。

射線上から離れようとするが、背後からの衝撃で動きを止める。

防御を貫くような砲撃を準備しているのに余裕が……?

視線を周囲に向ければ、そこには三つで一組となっている誘導弾。

……小賢しい!

「レヴァンテイン!」

『Explosion』

カートリッジロード。

次いでレヴァンテインが変形を行い、ボーゲンフォルムと姿を変える。

照準をなのはへと向け、

「翔けよ隼」

『Sturmfalken』

「シュート!」

桜色とラベンダーが交差する。矢を放とうとした瞬間、周囲から砲撃が降り注いで手元が狂う。

狙うのは頭。次々と襲い来る衝撃でぶれる照準を必死で修正しつつ、シュツルムファルケンを射る。

同時に放たれたとしても、速度はシグナムの方が上。

しかし、なのはの放った砲撃の勢いで矢の軌道はズレ、直撃はせず。彼女の髪を留めているリボンを削っただけだ。

対するなのはは、微かに身を捩らせるだけで手元に狂いはなかった。

どんな度胸だ、と再びシグナムは悪態を吐き、桜色の砲撃から逃れるために身を躍らせ――

背中を焦がす魔力の奔流に、冷や汗を流した。

余波だけで騎士甲冑は削れ、機動が乱される。

墜落はしないだろうが、これは――

「逃がさないって言った!」

「くっ……!」

レーザーカッターのように、なのはは砲撃を吐き出し続けているレイジングハートをシグナムへと向ける。

撫で切られるような一撃。それを、剣に戻し、パンツァーガイストを纏わせたレヴァンテインで防ぐ。

だが、防御の甲斐なく、その上から騎士甲冑が悲鳴を上げて剥がれ始めた。

「こんなところで……負けるわけには!」

声と共に魔力を注ぎ込み、耐えきる覚悟を決める。

幸運だったのは、直撃と言っても最初から受けていなかったことだろうか。

照射時間が短かったため、撃墜だけは免れることが出来た。

砲撃が止むと共に軋みを上げるレヴァンテインを一閃し、カートリッジロード。

踊る連結刃が墜とし損ねたことに悔しげな少女へと肉薄し、防がれる。

……だが、それで良い。

連結刃を操る手を止めず、シグナムは長距離転送の準備を始めた。

焦ったように誘導弾が迫るが、間に合わない。

数発の直撃を受けながらもシグナムは転移し、標的を失った誘導弾が虚しく空を切る。

……また、逃がした。

唇を噛み、なのははレイジングハートを握り締める。

だが、彼女はすぐに表情を明るいものに変え、この場に残っている局員へと身体を向けた。

援護は無理でも、治療魔法を使える人は残してくれたのか。

なのははゆっくりと高度を下げながら、彼らの元へと近付いた。
































『エスティマくん、転移反応があった』

……来たか。

壁により掛かっていた身を離し、Larkを起動させる。

真紅のハルバード。

それを握り締め、俺は周囲を見渡した。

ミッドチルダ南部、アルセイム地方。緑が多く残るここは、月光に照らされてなんとも幻想的な風景となっていた。

家庭の灯りは深夜と言うことを差し引いても少なくて、街中ならば目立たない月光が豊かな光源となっている。

その中にある一軒家。住居と研究施設が併設された、心持ち大きな家の前に、俺は立っている。

……さて、案の定釣られたわけだが。

これからここへと来るお客さん、猫二匹のことを考えつつ、魔力をLarkへと送った。

目覚めたその日から俺がやっていること。その中の一つに、デュランダルの確保があった。

原作とは既に違う流れ。今の状況で氷結の杖が正しくクロノの手に渡るかは分からない。

故に、俺はそれを手に入れるためにここへと足を運んでいた。

デュランダルをグレアムが所持したままでは、ロクでもない事態が起こりそうで怖い。

クロノが持つ保証がない以上、俺がアイツに渡すしかないだろう。

……まぁ、それは目的の一つでしかないのだけれど。

そんなことを考えていると、地面を踏み締める音が耳に届いた。

バリアジャケットを装着し、ハルバードの切っ先を地面につける。

視線を向ければ、そこにいたのはいつぞやの青年が一人。仮面は被っていない。

どっちか――補助要員だから、多分アリアか?――の姿が見えないのは不安だが、手は打ってある。

デュランダルのマイスターに指示を送りつつ、俺はにこやかな笑みを浮かべて、猫を出迎える。

「こんばんは。こんな夜更けに、どうしたんですか?」

「……お前は」

俺の顔を見た瞬間、青年は眉尻を持ち上げた。

瞳には怒りが燻っている。隠しているつもりだろうが、嫌悪感が表情にバッチリ表れているから意味がない。

「お客さんが来るとは聞いてないのですが」

「ここの住人に話があるだけだ。退け」

「ああ、そうなんですか。じゃあどうぞ」

言いつつ、バリアジャケットのポケットからカードを取り出し、

「俺は用事があるので。それじゃあ」

もう一度にこやかな笑みを浮かべて、カードを見せ付けながら、飛行魔法を始動させようとした。

瞬間、

「返せ、ガキ!」

青年が飛び掛かってくる。

用意をしていたシールドを展開し、猫――さっきの口調から、多分ロッテ――のシールドブレイクに悲鳴が上がる。

それを潤沢な魔力で押し止めつつ。

「返すって何を?」

「そのデバイスだ! それは、父様に必要な物なんだぞ! 分かっているのか!?」

「はて、父様? 誰のことでしょう。それに、大事な物ですか? これ」

「当たり前だ!」

「じゃあ、はい」

バキ、と。

軽い音と共に、手に持ったカードを握りつぶした。

「脆いなぁ」

「あ……あぁ……」

目の前で砕かれたデュランダル。それを目にして、ロッテはその場に崩れ落ちた。

うむ、と小さく頷き、パラパラと破片を地面に落とす。

それを掻き集めようとしているロッテを尻目に、はて、と首を傾げてみせる。

「何、そんなにショックを受けてるんです?
 ただのカードなのに」

「お前、自分が何をやったのか分かって――!」

「はい」

言いつつ、再びポケットからカードを取り出す。

ははは、嫌だなぁ。デバイスがあんな簡単に砕けるわけないのに。

「欲しければあげますけど。ただのカード」

「お前――!」

『――Phase Shift』

跳ね上がるように放たれた蹴りを、フェイズシフトで回避する。

距離を置いて彼女の背後に立つと、デュランダルのマイスターに念話。

……ふむ。アリアは監視に徹するつもりかな?

まぁ良い、と断じて、苦笑してみる。

「どうしたんですか、そんなにムキになって」

「……ふざけるな。デュランダルを、返せ!」

「デュランダル? はて、あれはここの人がグレアム提督に製作を依頼されたデバイスのはずですが。
 もしかして、あなたは強盗か何かですか?」

「あれは父様の物だ!」

「父様……グレアム提督をそう呼ぶのは、使い魔だけのはずですよね?
 ああ、もしかしてグレアム提督の使い魔ですか?
 けど、残念。デュランダルは僕が譲り受けたので、僕の物です」

「スクライアァァァァ!」

雄叫びを上げて突っ込んでくるロッテ。

真っ直ぐにLarkを突き出し、相手の進行方向を埋める。

彼女は身を沈ませると、猫そのものの動きで低姿勢から飛び掛かろうとしてくる。

速い。もし相手が冷静ならば反応できない。

だが、こうも冷静さを欠いた状況なら、動きを読むのは難しくない。

Larkを反転させ、ピックの部分を真下に。鎌の魔力刃を生み出して、彼女を地面に縫いつける。

自分が突撃する慣性で胸から腹へと切り裂かれ――といって非殺傷だから傷は付かない――ロッテは鋭い悲鳴を上げる。

「……ところで、あたなの顔をどこかで見たことがあるのですが。
 もしかして、以前、俺を脅迫した人ですか?」

「白々しい! 全て分かった上で動いていたのか、お前!」

「はて、なんのことだか。あの時、俺は友人の家に泊まっていただけなのに。
 ……脅迫と言い、デュランダルを力づくで回収しようとしていることと言い、なんのつもりです?
 使い魔が主人に迷惑をかけちゃいけませんよ」

「黙れ! 闇の書の封印は父様の悲願なんだ! 願いを叶えようとして何が悪い!
 それをお前なんかに――あの時、殺しておけば良かったよ!」

「……はいオッケー。Lark、録音できた?」

『完璧です』

「あ……」

ブレードバースト。それでロッテの意識を刈り取り、バインドを発動させてLarkを肩に担ぐ。

視線を下げてみれば、ロッテは月下でも分かるぐらいに青い顔をして気絶していた。

釣りは成功。残るは、もう一人の邪魔者だが――

『エスティマくん、もう一人の方に動きがあったぞ』

『分かりました。ありがとうございます』

デュランダルのマイスターからの念話で、警戒を強める。

彼にはワイドエリアサーチでの監視を頼んである。

双子トリックのネタは割れているのだ。みすみす不意打ちを喰らってやるギリはない。

魔力を練りつつ、アリアを警戒していると不意に地面からバインドが伸びてきた。

カートリッジロード。

『――Phase Shift』

それで一気に離脱し、アクセルフィンを形成して上空へ。

見下ろしてみれば、木陰にミッド式の魔法陣が展開しているのが見えた。

そこへと一気に身を躍らせる。

Larkを眼前に構えてアリアの真上で静止。矛先を地面に向けたところで時間切れ。

急に目標が消えたせいだろう。

アリアは驚いたように声を上げ、頭上を見上げる。

だが、遅い。

バインドを発動してアリアの動きを止め、魔力の集束を開始。

魔法のエキスパートである彼女に俺の弱小バインドが破られるのは目に見えているが、動きを止めるだけで良い。

Larkの穂先にサンライトイエローが集う。

それを放つべく、トリガーワードを――

「ディバイン――!」

『Error』

「は?」

いつもの声ではなく、どのデバイスも初期に内蔵されている機械音声。

異常を告げられると共にLarkがシャットダウン。再起動を開始して、彼女の補助を受けていたバリアジャケット、飛行魔法、砲撃魔法が軒並み不安定となる。

ちょ、待てよ! 何があった!

再起動中、と文字の浮かんだデバイスコアに視線を送りつつ自前の技術で飛行魔法を持ち直す。

ディバインバスターに込めていた魔力は霧散した。バリアジャケットはいつも以上の紙装甲。

待て待て! このタイミングでこれかよ!

などと慌てていると、ぱりん、と軽い音。

見てみれば、バインドを破壊して鬼のような形相となっているアリアがおり、

「貴様――!」

雄叫びと同時にこちらへと両手を向けた。

彼女の足元に展開する魔法陣。

舌打ちしつつ、俺はその場から離脱する。

Larkの補助がなくとも、速度は平均以上。なんとか逃げることはできたが――

弾幕よろしく次々と射撃魔法が打ち込まれる。連射の利く直射か。それらを勘で避け、かすり判定を受けながらも辛うじて回避し続ける。

威力そのものは大したことがない。大したことはないが、今の俺には充分すぎる驚異だ。

上へ上へと逃げ、しかし、逃げ道を防ぐように遠隔発生の範囲攻撃魔法が眼前に展開される。

同時に背後からのは止んだが、これは――!

全力でシールドを発動し、光の球に押しのけられる。

……って、なんだ? シールドが破られない?

ありったけの魔力を注ぎ込んでいるから保つのは当たり前だと思いたいけど、それにしたって固いぞこれ。

どうなってる? Larkの突然のシステムダウンと言い、何かがおかしい。

が、そんなことは後回しだ。

今は目の前の敵をなんとかしなければならない。

コイツらを倒して、クロノに引き渡す。それで明かされる真相で、ユーノだって少しは大人しくなってくれるはずだ。

……だから絶対に負けるわけにはいかない。

この一戦は絶対に負けてはならない戦い。

例えLarkが使えなくとも、俺は勝たなければならない。

故に、

「セッター!」

『はい、旦那様』

再び開始された弾幕を避けつつ、俺は首元に下げられた黒い宝玉を握り締める。

それを合図と取ったのか、黒い宝玉はサンライトイエローの光を放ちながら形を変えた。

まず最初に現れたのはハルバード型の金色のフレーム。Larkと同じ部分にコアが収まると、次のパーツが呼び出される。

白の外装。それがグリップ、刃の補強、石突きとなって金色のフレームを覆う。

それらが合致し、接合面に黒いラインが走ると、放熱器から煙が吹き出した。

カートリッジシステムは未搭載。故に、純粋な武器の形となっている白金色のハルバード。

どんな素材なのか、白い装甲の下からは発光した金色のフレームが薄く自己主張をしている。

完成したSeven Starsを一閃。それと同時に装甲の隙間から、サンライトイエローの光が飛沫を上げる。

違いを表すつもりなのか、バリアジャケットの胸元を繋げるように、金色の金具が緩い弧を描いて現れた。

はめている手袋も形状が変わり、形状だけはゲオルギウスのような感じに。

再起動中のLarkをデバイスモードに戻すことはできないので、両手にハルバードを持ちながら眼下を見据える。

さて、第二ラウンドだ。

「Seven Stars!」

『ラピッドファイア』

Larkよりも速く術式を完成させ、瞬時の内にサンライトイエローの砲撃が地面を穿つ。

両手で保持していないために狙いが甘く、直撃はなかった。しかし、着弾する毎に余波で木々がざわめき、直撃していないというのにアリアは両手で顔を覆う。

……確か弱小砲撃のはずなんだけどなぁ。セッターのおかげか?

首を傾げつつもアクセルフィンに魔力を送り、大きく羽ばたく。

「――ッ!?」

が、急停止。

なんだこれは。

速度も上がっている。デバイスが高性能だって言っても、有り得ない。全能力が二割り増し、といった感じ。

大きな違いではないだろうが、いつも限界まで能力を行使している俺からすれば、この強化具合は違和感しかない。

『旦那様。フルドライブの使用を提案します』

「駄目だ」

『何故ですか』

「こんなの、手加減できない。非殺傷だからって不味いぞこれ」

『理解できません。何故ですか』

「押し問答している場合じゃないんだよ、黙ってて!」

『分かりました』

くそ……!

見れば、まだLarkは再起動中。取り敢えずは、この違和感ありまくりの状態で戦わないといけないか。

ピックの部分に鎌の魔力刃を形成し――困ったことにフェイトのハーケン並のサイズ――それを振りかぶりつつ肉薄する。

一閃。

だが、避けられる。

両手でデバイスを持っているからだろう。上手く力が込められず、斬撃が遅い。

材質が材質だから軽いといてっても、そもそもハルバードは超重武器。片手で扱うなって話だ。

「……ごめん、Lark」

くるりと手の中でグリップを反転させると、そのままLarkを地面に突き立てる。

そしてようやくSeven Starsを両手で保持すると、

『ソニックムーヴ』

高速移動を展開。

……だが、これも速度が上がっているために姿勢制御が上手く出来ず、低空飛行が不可能。

地面を削って移動の軌跡を残して接近。

無論、そんなことをすれば速度も落ちる。

舌打ちしつつ、一閃。

アリアの展開したシールドを紙のように引き裂くが、どうにも。

……慣れないデバイスがこうも扱いづらいなんて!

「一気に決める!」

『フルスキル・コンビネーション』

LarkからSeven Starsにデータコンバートをした際に入力された、魔法のコンビネーション。

Larkだったらカートリッジを使用しなければならないが、今なら。

地面を蹴って上昇すると、その場でアクセルフィンを大きく開いて姿勢制御。

そしてSeven Starsを左手に、右手を虚空に突き出して、

『フォトンランサー』

五連射。

アリアはそれを避けようとするが、弾速の速い直射を回避することは出来なかった。

シールドを展開して脚を止め、その隙にSeven Starsの石突きを脇の下に挟みつつ左手で保持。

穂先をアリアに向け、

『ディバインバスター』

サンライトイエローの砲撃が放たれる。

以前とは比べものにならない、カートリッジなしで、なのは並の砲撃。射程は落ちているが威力は彼女と同等か。

それがアリアのシールドを押し潰し、破壊。魔力攻撃の直撃を受けて彼女は脚を止める。

よし、と小さく頷いてSeven Starsを両手で持つと、穂先に魔力刃を形成。サンライトイエローの長剣が現れ、それを構えたまま突撃する。

反撃はない。ディバインバスターの直撃から復活していないのだろう。

遠慮せずに、勢いを殺さず魔力刃で刺し貫く。ギ、という悲鳴が上がるも気にしない。

『ブレードバースト』

Seven Starsの呟きと同時に、高密度で圧縮されていた魔力刃が破裂する。

そして、Seven Starsを引いて入れ替わりに魔力を纏わせた右掌を叩き付け、

『パルマフィオキーナ』

轟音と共に電気変換した魔力がアリアを直撃し、完全に意識を刈り取った。

バインドを使う必要もない。

白目を剥いているぬこに申し訳ないと思いつつ、俺はSeven Starsを待機状態に戻した。

……駄目だこれ。慣れるまでは使う気が起きない。

溜息を吐く。

強力なのは良いが、それに振り回されているんじゃ世話ないよ。

自分一人ならば良いけど、もし誰かと共闘している時に今みたいな戦い方をしたら、邪魔以外の何ものでもない。

……防御プログラムの破壊は俺一人でやるわけじゃないんだ。

少なくとも、この事件が終わるまではSeven Starsの出番はないだろう。

このデバイスを使い慣れる暇なんて、今の俺にはないんだから。

『……失礼しました! ご主人様、どこですか!』

お、復活したっぽい。

やたら慌てた声を上げているLarkへと歩み寄り、地面から引き抜く。

チカチカとコアを点滅させる様子は、必死そのものである。

『ああ、ご無事でしたか。本当に良かった。
 申し訳ありません。とんだ醜態を』

「いや、気にしないで。それより、どうしたの? 不具合でもあった?」

『いえ。単純に、ご主人様から供給された魔力を私が処理しきれず、オーバーフローを起こしたのです。
 ……私は、ご主人様のためのデバイスなのに』

「気にしなくて良いってば。魔力が増えたのに設定だけ変えて満足してた俺が悪いし。
 帰ったらパーツ交換しようか」

『はい、よろしくお願いします。
 ……ところでご主人様。敵の捕獲には成功したのですか?』

「うん。セッターに頑張ってもら――」

『……なんですって?』

……おおう。

なんか、一気に声が凍り付いたのですがLarkさん。

『私を使ってくれと、あれほど――いえ、落ちた私が悪いのですが、しかし……!』

うわぁ、デバイスコアが光りっぱなしだよ。

どんだけ思考してるんですか。

『ああもう、ご主人様! 魔改造でもなんでも好きなようにしてください!
 ですから、これからも私をっ!』

「ちょ、尊厳とかかなぐり捨てるのはどうかと思うよ!?」

その後、なんとかLarkを宥め賺してロッテとアリアを一カ所にまとめると、Larkの整備。

デュランダルのマイスターさんに助言をもらってLarkを弄ると、クロノへ連絡を取った。

同時に、ユーノにも。

ただ、アイツにはどうにも連絡がつかなかったためになのはへと伝言を頼んだ。

スクライアにもいないし、本局にもいない。クロノに転送ポートの履歴を調べて貰ったら、海鳴へと向かったとか。

……なんだか嫌な予感がひしひしと。

くそ、本当に時間がない。

俺のするべきことだって、まだノルマが半分は残っているっつーのに。


























大型ディスプレイに映っていたエスティマの戦闘。

それに満足している者は、この場に集まっている中に一人。

たった一人だけ。

そして、この空間の主であるジェイル・スカリエッティは、不満を持っている側の人間だった。

「……なんだね、これは。用意したデバイスはリミッターがかけられてないというのに、何故フルドライブを使わない、エスティマ・スクライアくん。
 例えかの有名なリーゼ姉妹であろうと、彼女たちを超越した力で圧倒できたというのに」

大仰な身振り手振りで手を開き、頭を抱え、失望した、といった風に溜息を吐く。

「博士。そう落胆なさらないでください。改造を終えてから初めての戦闘です。
 通常稼働データが取れただけでも、充分かと」

「そうかもしれないがね、ウーノ。わたしとしては、彼の全力が見てみたかったのだよ。
 老人たちにもたまには良い報告をしてやらないと五月蠅いし――ね」

はい、とウーノは頷く。

満たされない。やはりその感情が、さっきのような発言の原因だろうか。

スカリエッティはせびるように再び画面に視線を向けるが、既に戦闘は終了している。

もう戦うことはない。それは分かっているが、どうしても続きが見たいと渇きを覚える。

「ドクター。……私に、良い考えがありますわ」

「ん? なんだい、クアットロ」

「はい。彼の全力がお望みならば、お任せ下さい」

腕を組みながら佇んでいる眼鏡をかけた少女。

クアットロは楽しげに口元をほころばせながら、スカリエッティに笑みを送る。

「デバイスと言っても所詮は機械。私にかかれば、リミッターの一つや二つ……」

「おお、そうか。頼めるかね?」

「お任せ下さい。ドクターがお望みの光景、必ずや御覧に入れて見せます」

「期待しておこう」

熱っぽい視線を送るクアットロに背を向け、今回の戦闘で入手したデータが映っているディスプレイに視線を這わせる。

Lark――あのガラクタではレリックウェポンの真価を発揮することはできない。

ましてや、あのデバイスは余計なリミッターがあるせいで彼の性能を制限している。

まったくもって腹立たしい存在だ。

故に――そんな存在は、なくなってしまえば良い。

……第一の階段は未だ踏まれず。

ならば良いだろう。先に進むための代価をもらうとしよう。

「……次は楽しませてもらうからね? エスティマ・スクライアくん」

はは、と彼は笑い声を上げる。

それに応えるように、彼の周りにいるナンバーズも、頬を緩めた。

喝采はない。喝采はない。今はまだ。

あるとするならば、彼が全力を出したその時だ。

楽しみは次に。

この部屋にいる大半の者が、愉快げに笑うが――

部屋の片隅にいる銀髪の少女。

チンクは、ただ申し訳なさそうに、画面に映るエスティマを見詰めていた。





[3690] 十二話
Name: 角煮◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2008/10/07 01:03


「はい……はい……そうです。ええ。エスティマのことでお聞きしたいことが。
 はい。待ち合わせは海浜公園で。はい。それでは」

がちゃり、と受話器を置いて、ユーノは口の端を吊り上げる。

今、彼が連絡を取っていたのは八神はやて。

他の住人に電話を取られたら、という不安もあったが、どうやら運が良かったらしい。

幸先が良いなぁ、と呟きながら、彼は転送ポートへと向かう。

今の海鳴は昼すぎ。向こうにつくころには、夕方になっているだろう。

エスティがやられた時間に近い。変な偶然もあったものだと、彼は苦笑する。

……エスティマと八神はやてに繋がりがあると確信してから、ユーノは八神家に住んでいる者たちのことを調べていた。

女ばかりが四人と犬が一匹。その内一人は、未だ八神家に戻ってきていない。

ユーノの中では、その一人がヴォルケンリッターであると決め付けられていた。

盲目にも似た状態。それ以外の情報を探さず、これと決め付けるのは駄目なのだが――どんな偶然か。

彼の調べたことは真実を欠片も掴んでいないというのに、憶測だけで正解へと辿り着いている。

だが、それを指摘する者はいない。故に、彼も疑問に思わない。

何を聞くかは決めている。切り札もある。あとは捕まえて、公の場に引きずり出すだけだ。

例えそれが叶わず、戦闘になるのだとして、せめて相打ちには。

そんなことを考えながら、ユーノは転送ポートへ入った。

光が満ち、違う場所へと視界が移る。

さあ始めよう、と目を閉じて、彼は海鳴へと跳んだ。


























リリカル in wonder
























エスティマが大怪我をした。

その電話を受けて、はやては外出の準備もそこそこに待ち合わせの場所へ赴こうとする。

その様子に驚いたのは、リビングにいたザフィーラとヴィータだ。

最近はめっきり元気がなくなったというのに、この慌てよう。

彼らではなくとも、はやての焦り方を不思議に思うだろう。

「ど、どうしたんだよはやて!」

「あ、うん。ごめんなヴィータ。ちょっと用事ができたから、外に出てくるわ」

「主。まずは落ち着くべきだ。何があった?」

二人と違って冷静な守護獣の声に、目に見えた変化はないが、少しだけ落ち着く二人。

はやては額に手を当てながら、小さな声を出した。

「あんな。……エスティマくんがこっちに遊びにきた帰りに、その……通り魔に酷い怪我をさせられたらしくて。
 何か知ってることがあったら、教えてくれって、お兄さんから電話があったんよ」

「通り魔……ひっでー話だな」

「ふむ」

「お兄さん、これからこっちくる、ゆうてたから。だから、私も急がないとって」

「時間がないのか?」

「……いや、一時間後」

「だったら慌てることねーよ。ちゃんと支度して、ゆっくり行こうぜはやて。
 焦ってたら、思い出せるものも思い出せねーよ」

「ん……ありがとな、ヴィータ」

良いって、とヴィータは笑みを浮かべ、はやての車いすを押す。

着替えてくるのか、とザフィーラは判断すると、人間形態となりシャマルへの書き置きを残した。

彼女は今、買い物に出掛けている。念話で事情を説明することも出来るが、シャマルのことだ。

余計な心配をさせたら、頼まれた物と違う品物を買ってきそうだ。

仕方がない、と溜息を吐きながら、ザフィーラは広告の裏に文字を綴る。

そうして狼形態に戻ると、はやてたちが戻ってくるのを待っていた。

十分もしない内に二人は二階から降りてくると、そのまま三人で海浜公園へと向かう。

はやての表情は、いつにも増して暗いものとなっていた。

それもそうだろう、とザフィーラは気付かれない程度に鼻を鳴らす。

突然途絶えた手紙。その原因はエスティマ・スクライアにあるわけではなかったのだから。

家族が失踪し、友人がどこの誰とも知らない者に傷付けられた。

もしかしたら、自分の不幸を嘆いているのかもしれない。

だが、それは仕方のないことだ。

あの日、エスティマ・スクライアの見送りにはシグナムとシャマルが付いていた。

あの二人がいながら通り魔に襲われるなど、有り得ない。彼が襲われたのは、きっとこの街の外でなのだろう。

どうしようもないことだ。少し考えれば、その結論に達するが――

……いや、違うか。

きっと主は、仕方がなかったとしても、自分が悪いのではないかと思い詰めているのだ。

あの日、自分に会いに来なければ。

きっと、その辺だろう。

困ったものだ、と顔を上げ、ヴィータの顔を見上げる。

はやての車いすを押している彼女は、はやての顔が向いていない時、終始顔を歪めていた。

それもそうか。はやてに溺愛されている彼女のことだ。はやてが怒らない分、ヴィータが怒っているのだろう。

何も悪くはないというのに次々舞い込んでくる理不尽。

きっと今は、手紙を送らないエスティマの不義理に対する怒りが通り魔へと移っているのではないか。

……今夜は眠れなそうだな。

きっとヴィータのことだ。犯人を捕まえると言い出して聞かないだろう。

それを主は……止めるだろうか。

分からないな、とザフィーラは頭を振る。

未だかつて、はやてが激しい怒り――憎悪と呼べる感情を浮かべた場面を、見たことがない。

もしそうなればどうなるだろうか。

彼女の力である自分たちが、主の代わりに出張ることになるのだろうか。

そうだとしたら……悪い気はしない。

別に闘争が好きなわけではない。ただ、自分たちはそもそも剣として生み出された存在だ。

それが正しい理由の元で使われる。家族としてはやての側にいるのは居心地が良いが、それとは別に、自分の存在意義を感じることができるだろう。

そんなことを考えている内に、三人は海浜公園へとたどり着いた。

待ち合わせの場所には、一人の少年が居る。

ハニーブロンド。緑のパーカー。ザフィーラの鼻は、彼がこの世界の住人でないことを理解させる。

……エスティマがどの程度の魔導師かは知らないが、彼に重傷を負わせた相手、か。

まず間違いなく相手は魔導師だろう。もし敵が手練れならば、自分たちの正体をバレないように捕獲するのは難しいかもしれない。

「あの……エスティマくんのお兄さん、ですか?」

「ん……ああ、はい」

「初めまして。私、八神はやて、言います。
 その……エスティマくんは……」

「……まぁ、それは後で」

……なんだろうか。

ふと、ザフィーラは違和感を覚えた。

ユーノ・スクライアと名乗った少年は、柔らかな笑みを浮かべているが――先程はやてが言葉を発したとき、一瞬だけ表情が歪んだ。

何か思うところがあるのか?

分からない。そう結論づけ、取り敢えずは話を聞こうと、ザフィーラはその場に座る。

ヴィータはベンチに。はやてはそのままで、ユーノが口を開くのを待った。

「……それで、聞きたいことなんですが。
 あの日、エスティが何をしていたのかを知りたくて、僕はここにきたんです」

「はい。私に分かることだったら、なんでも言いますから。
 なんでも力になります。エスティマくんは、大事な友達やから」

「……ありがとう」

まただ。

少年の言動に、違和感が付きまとう。

彼ははやてを見ようともせずに、微妙な距離を取って話を続けようとする。

「あの日、エスティマがこの街にきた。これは間違いないですか?」

「はい。お昼頃からお話しして、夕方には別れたんです。
 シグナムとシャマル――あ、私の家族なんですけど、その二人に駅まで見送って貰って……」

「おかしいね、それ」

急に敬語が崩れた。

見れば、ユーノの口元が歪んでいる。

嫌な笑みだ、とザフィーラは眉を潜める。

ヴィータも同じように感じたらしい。やや目つきを鋭くしながら、彼女はユーノに視線を送る。

それにかまわず、ユーノは先を続けた。

「エスティが襲われたのは、この場所だから」

「……え?」

「だから、この公園の、この場所だって」

「そんな……だって、シグナムとシャマルは、ちゃんと送ったって……」

「……そう」

考え込むように、ユーノは口元を手で隠す。

きっとはやてにはそう見えただろう。

だが、下から見上げているザフィーラには、彼の口元が思いっきり引き攣っているのだと理解できた。

……なんだ? 

何故、彼はこんな表情をしている?

「……話が変わって悪いんだけどさ。
 君は、通り魔の犯人を、どう思う?」

「……え?」

「まさか、なんとも思ってないの? 友人だったんでしょ?」

「おいテメー、いきなり何を言い出すんだよ!」

ユーノの言葉に耐えきれなかったのか、ヴィータが噛み付かんばかりに吠える。

それをはやては手で制して、彼女を宥めると、口を開いた。

「許せない。そう、思います。
 友達が酷い目に遭わされて、黙っていることなんてできへん。
 だから、ユーノさん。エスティマくんがどんな目に遭ったのか、教えてくれんかな。
 私、絶対に力になれる。ザフィーラもヴィータもシャマルも、力になってくれる。
 絶対犯人を捕まえて、エスティマくんに謝らせる。
 だから――」

「……もう、いい」

はやての声を遮って、掠れた声でユーノは言葉を絞り出した。

そして頭を抱え、音が聞こえるほどに歯を噛み慣らす。

……これは怒りか?

ユーノの表情を観察しながら、ザフィーラは首を傾げた。

自制はしているのだろうが、言葉の端々に現れる悪意。

そう、あれは悪意だ。

なんのつもりか知らないが、この少年は悪意をもって主と接している。

何故そんなことを。そう思うも、分かるはずがない。

精々が、逆恨みでもしているのかと邪推をするぐらいだ。

ミッドチルダの者ならば、念話ぐらいはできるだろう。

そう思い、真意を確かめるべく――

「……ヴォルケンリッター」

不意に、少年の唇が聞き慣れた単語を紡いだ。

……何故、それを?

俯いていた顔を上げた少年は、真っ直ぐにはやてへと視線を向けた。

身を竦ませた気配。

はやてが怯えていると感じ、ザフィーラとヴィータはいつでも動けるように身体からある程度の力を抜く。

「エスティを殺したのは、ヴォルケンリッター。
 その剣士だ。君は闇の書の主だよね? いや、そのはずだ。
 そうに決まっている」

「え……? な、え? 殺したって……」

「だから、君が殺せって命じたんだろう!
 それなのにあんな言葉を吐いて――許せるもんか!」

瞬間、少年の足元にミッド式の魔法陣が展開した。

いやに巨大な、翠色の光。

それを目にして、はやては息を呑む。

「え、エスティマくんは……怪我をしたって」

「嘘だよ。エスティは殺された。例え蘇生したとしても、それだけは覆らない!
 謝れよ。あの剣士の主人は君だろ!? だったら、謝れ! 今すぐ償いをしろ!
 エスティの友達面を、今すぐ止めろ!」

「あの馬鹿ならもういねーよ! それに、はやては魔力の蒐集なんて望んでねー!
 シグナムが勝手にやったことだ!」

「え……ヴィータ?」

「なんだと!?」

真っ青な顔で聞き返すはやて。怒号を上げるザフィーラ。

反応は違うが、考えていることは一緒だ。

……シグナムが人を殺した。そして、ヴィータはそれを知ってて黙っていたのか?

「答えろヴィータ。お前は、シグナムが魔力の蒐集をしていたことを――主の友人をその手にかけたことを、知っていたのか!?」

「人を殺したのはアタシだって今知ったんだよ! くそ、やっぱりあの時、殴るだけで済まさなきゃ良かった!」

怒りを吐き出すようにヴィータが怒声を上げる。

ザフィーラも態度には出さないが、言葉に出来ない怒りを感じている。

だが、ただ一人。

話の流れについていけていない――シグナムがエスティマを殺したと、その一点で思考を停止させているはやて。

彼女は目を見開いたまま身体を震わせ、かちかちと歯を鳴らしていた。

「そんな……シグナムが、そんなこと、するわけ……」

「じゃあエスティは誰に殺されたんだ!? 闇の書の主が、他にいるのか!?
 ヴォルケンリッターは、もっといるの!? 違うだろ!」

「ひっ……」

掴み掛かろうとしたユーノを、横から入ったヴィータが止める。

両者は射殺すような視線を放ちながらも、引こうとしない。

ユーノはただ……この一月以上の時間、溜め込んでいた怒りをぶつけるべく、言葉を吐き出し続ける。

「本当に知らないみたいだから教えてやる。
 ヴォルケンリッターの剣士が殺した人の数は、今日までで二十二人。
 怪我人はその五倍以上。こうやって君が息をしている間にも、誰かを殺しているんだ!」

「そんな……シグナムが、そないな」

「現にしてるじゃないか! それなのに君は何も知らなかったって言うのか!?
 懲りもせずこんな手紙を寄越して……大切な友達? よくそんなことが言えるね!」

ユーノは鞄から手紙を取り出すと、それを地面にぶちまける。

それは、はやてがエスティマに送った手紙の数々。

返信が途絶えてからも、定期的に送っていたもの。

それを目にして、あ、と、はやては全身から力を抜いた。

「……もう良い。君が現実を認めないのなら、かまわない。
 君を憎んでいる人は大勢いる。裁かれるべきだ、君は。彼らに」

「……待てよ」

「のうのうと平穏な暮らしを続けている君は、彼らに――」

「待てよ!」

何度目かの怒声が上がる。

ヴィータは目に涙を溜めたまま、キツく唇を噛み締めている。

「シグナムが何をしたのか、分かってた。けどよ、それを止めなかったのはアタシの責任だ。
 だから、はやてを責めんな。悪いのは、全部アタシだから。
 オメーの気持ちも分かるから。だから、頼む。
 はやてだけは、責めないでくれ」

頭を下げる。

深々と、腰を折って、ヴィータはユーノに頭を下げる。

彼女が頭を下げている光景。それも、ここまでのものをザフィーラは見たことがなかった。

だが――

「……そんなことで、許されると思っているのか?」

上擦り、震えた声が発せられる。

見れば、ユーノは笑いを堪えたような――その実、怒りの矛先を見失った表情で、手を握り締めていた。

「君たちが家族だっていうんなら……誰かが殺されたと考えてみろ!
 その程度で、誰が許してやるもんか!」

少年の腕が動き、翠色のチェーンバインドが放たれる。

三組のそれはヴィータとザフィーラ、はやてを拘束すると、ぎちり、と音を上げた。

……解除は容易い。だが、自分たちはそんなことをして良い立場ではない。

それをヴィータも分かっているのだろう。彼女もバインドを解除する様子がなく、黙って縛られている。

だが、その態度が気に入らないのか。

ユーノは盛大に舌打ちすると、握り締めた拳を振り上げ――

「ユーノくん!? 何やってるの!」

公園の入り口に現れた少女の声で、手を止めた。

見れば、そこには小学校の制服を着た少女がいる。

彼女は駆け寄るとユーノの前に立ち塞がり、両手を大きく広げた。

「魔法まで使って……駄目だよ、何しようとしてるの!?」

「……どいてよ、なのは。そいつらがエスティを見殺しにしたんだ。
 闇の書の主。そんな奴を、許せるはずがない」

「……え?」

闇の書の主。

その単語を聞いて、なのはは振り返った。

その先には、車いすに座った少女がおり――

なのはの表情に僅かに浮かんだ怒りの色を見て、頭を下げた。

「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい……」

壊れたように、それだけを呟く。

それをヴィータは痛々しげに見るが、言葉をかけることはできない。

……いくら自分が悪いと言ってもはやてが責任を感じないわけがない。

「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい……」

そしてザフィーラも、主にどう言葉をかけて良いのか分からなかった。

下手なことを言っても意味がない。慰めなど、今のはやてには逆効果だろう。

「ごめんなさい。ごめん……な、さ――」

……言葉を紡ぐことも出来ず、嗚咽と共に涙を流している彼女には、どんな言葉も届かないだろう。

その様子に、駆け付けた少女は同情的な視線を向けてきた。

だが、ユーノは。

彼は怒りの色を一層濃くして、唇を噛む。紅い筋が顎を伝い、彼の怒りを表しているようだった。

「今更……!」

「ゆ、ユーノくん。大事な話があるの!
 この事件の黒幕が見付かったって、話を聞いて欲しいって、エスティマくんが!」

慌てて、なのはは言葉を遮る。

それを迷惑そうにしながらも、彼はなのはの方に興味を移す。

「……黒幕?」

「うん。本当に裁かれるべきは彼らだからって……だから、そっちをお願い」

「……八神さん。逃げるつもりは、ありますか?」

それに対して、はやては泣きながら顔を横に振る。

それに溜息を吐きつつ満足して、ユーノは足元の巨大魔法陣を解除。

転移魔法陣を展開して、この場にいる全員を対象とする。

「このまま本局に行くから。……なのはも、それで良い?
 家に帰らなくて大丈夫?」

「うん、大丈夫。私、ちょっとこの子とお話ししたいし」

「そう」

興味なさげに肩を竦め、ユーノは転移を開始する。

横目ではやてを見る。

彼女は手で口を押さえたまま、なんとか嗚咽を堪えようとしていた。

……いい気味だ。

晴らしきっていない恨みを言葉に出さず、胸中に留める。

これを晴らすべき相手は別にあるらしい。

それがどんな顔をしているのか。

楽しみなようなそうでないような。

そんな気分となりながら、ユーノは本局を目指した。




[3690] 十三話
Name: 角煮◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2008/10/10 01:24

本局に着くと、ユーノによって連れてこられたはやては、その場にいたクロノの裁量ですぐに保護されることとなった。

なのはが彼に、ヴォルケンリッターが勝手に動いていた、という一言を言ったのが大きいだろう。

もしユーノに任せていたら、そのまま逮捕という流れになっていたはずだ。

ユーノは早々になのはたちと別れ、クロノについて行ってしまった。

残されたなのはは、一人になったはやて――ヴィータとザフィーラは事情聴衆のためにいない――に付き添って一緒にいる。

本局の一室。客室であろう部屋はきちんと整理されており、置いてある調度品はどこか高価な印象を受ける。

そんな雰囲気にどこか居心地の悪さを感じながらも、なのははいやに柔らかなソファーの上で姿勢を正し、視線を送る。

車いすに座った子。八神はやて。

彼女は目元を真っ赤に泣き腫らした顔を俯かせ、ずっと黙り込んでいた。

……この子が、闇の書の主。

なのはは、その危険極まりないロストロギアと目の前の子がどうしても結びつかなかった。

今まで何度もシグナムと戦い、たくさんの犠牲者を目にして、主人はどんな酷い人なのだろうと思っていたが、蓋を開けてみればその正体は自分と同い年の女の子だ。

しかもどうやら、シグナムが何をしていたのか知らないらしい。

海浜公園で謝り続けていた彼女の様子からして、それは本当なのだろう。

……どんな子なのかな。

ふと、そんな好奇心が浮かび上がってくる。

ユーノの話によると――多分に彼の主観が混じっていたが――この子はエスティマを騙して文通をしていたらしい。

騙している騙していない云々はとにかく、手紙のやりとりをしていた所は自分とフェイトと一緒だ、と考え、友達なんだろうな、と思い至る。

……悪い子じゃ、ないんじゃないかな。

「あの……」

声をかける。

しかし、はやてはびくりと、まるで怒られたように身体を震わせただけで顔をあげようとしない。

彼女の反応に、どうしようか、と迷ってしまうが構わずなのはは言葉を続ける。

「私、高町なのは。エスティマくんのお友達。
 あなたは?」

「……はやて。八神はやて」

たっぷり十秒ほどをかけてようやく口を開き、はやてはなのはに言葉を返した。

それになのはは頬を緩めると、うん、と小さく頷く。

「うん、はやてちゃん。
 はやてちゃんは海鳴に住んでいるんだよね?
 私、聖祥に通っているの。あなたはどこの学校?」

「私、身体が弱くて、今休学中なん……」

「そうなんだ。……ごめんね」

「ええよ、別に」

どうでも良い、とばかりに、はやてはどこか自虐的な笑みを浮かべる。

……嫌な笑顔なの。

どうしてこんな顔をするのだろう。いや、やっぱりショックだったんだ。

シグナムが誰にも言わずに人を殺していたことか。エスティマを傷付けたのが彼女だったからか。

それとも、その両方か。

「はやてちゃん。シグナムさんって、どんな人だったの?」

「……え?」

「あの人がはやてちゃんにとってどんな人だったのか、知りたいんだ。
 教えてくれる?」

「……うん」

そこから、はやては喋りづらそうにしながらも、シグナムがどんな人だったのかを教えてくれた。

無愛想に見えてもそんなことはなくて、みんなのことをよく見てくれる優しい人。

少し離れたところで家族のやりとりを楽しそうに見ている眼差しは柔らかかった。

怖いと思う人もいるかもしれないけど、面倒見がすごく良くて、近所の道場で子供の面倒だって見ていた。

少し厳しいお姉さんができたみたいで、嬉しかった。

そこまで言って、けど、と繋ぎ、

「……シグナムは優しいって、思っとった。
 けど今は、ほんまにせやったのか分からへん。
 本当はこんな私に嫌気が差して、それで家から出て行ったのかもしれへん。
 家族だって思っていたのは……私だけやったのかなぁ」

堪えられなかったのか、再びはやては嗚咽を漏らす。

そんな彼女を見て、なのははどう言葉をかけて良いのか分からなかった。

はやてが最後に漏らした言葉。

そんなことはない、と言ってあげることが、彼女にはどうしてもできなかったのだ。

はやてがどんなにシグナムを良く言おうと、彼女がやったことに変わりはない。

そんな人を庇うことが、どうしてできるのか。

なのはは、シグナムのやったことでどれだけの人が傷付いたのか知っている。

身近な、事件が始まるまでは本当に仲が良かった友達はバラバラになり、戦場に出ればはやての言葉を否定するように戦っているヴォルケンリッターの姿がある。

今自分が分かるのは事実だけだ。彼女がどんな人なのかなど、結局のところは分からない。

……この話題は駄目だね。

はぁ、とはやてに気付かれない程度に溜息を吐き、なのはは沈み始めた表情を再び笑顔に変える。

はやてが泣き止むのを待つと、なのははゆっくりと言葉をかけた。

「あの、はやてちゃん。エスティマくんとは、どこで知り合ったの?」

「え、あ、その……」

ぐすぐすと鼻を鳴らしながらも、彼女は必死に言葉を返そうとする。

「怪我してるフェレットを拾って……エスティマくんが、その子の飼い主で。
 それで、知り合ったんや」

「そうなんだ」

変なところが自分と似ている。

……あれ? エスティマくんって、フェレット飼ってたっけ?

もしかして、と思いながらも疑問を頭の隅に置き、会話を続行。

「私も少し前までフェレットを飼っ……一緒に暮らしてたんだ。
 はやてちゃんが拾ったフェレットさんは、どんな子だったの?」

「うん。珍しい種類みたいで、兎さんみたいに真っ赤な目で狐みたいに金色の毛の子。
 黄色い宝石のついた首飾りをしてて……名前は『エスティマ』くんゆうて、元気な子やった」

うわぁ……やっぱり。

口元が引き攣りそうになるのを我慢しながら、あはは、と笑い声をあげる。

もしかしたらPT事件の時の宿というのは、この子の家だったのかもしれない。

……だとしたら、やっぱり悪い子じゃないのかな?

シグナムはともかく、と内心で付け加えるが。

「元気そうだね、その子。なんとなく無茶をしそうなぐらい。
 ペットは飼い主に似るのかな?」

「エスティマくん、無茶をするん? 大人びてたから、あんまそない感じしなかったけど」

「すごいするんだよ! もう、見た人全員が真っ青になるぐらい!」

どこか怒ったように声を上げるなのはに、そうなん、と驚くはやて。

「なのはちゃんと私じゃ、やっぱり接し方とか違うのかなぁ……」

「……え?」

「私、友達少ないからか、エスティマくんがどないな人なのか分からなかったみたいやし。
 すぐに浮かれて、その人のこと何も知ろうとしなくて……本当、駄目やなぁ」

気持ちは分かるけど、なんですぐに暗くなるの!?

頭を抱えたい気分になりながらも、なのはは精一杯それを堪える。

どうやったらこの子を元気づけることができるのだろう。

そんなことを考えながら、彼女は必死に頭を回転させた。























リリカル in wonder





















「よう。遅かったじゃないか」

「エスティ! 黒幕って、どういうことなのさ!」

開口一番、ユーノはそんなことを言ってエスティマに詰め寄った。

戸惑った様子。どうしたものだか、と呆れたクロノに、エスティマから念話が届く。

少し時間をくれないか。それに許可を出すと、エスティマはユーノに事情を説明する。

簡単な説明だけでもここで済ませておくべきだろう。

「今回の闇の書事件は仕組まれたものだったんだ。
 闇の書の永久封印を目論んだ一人の人間が暴走した結果の。
 被害が出るのを分かっていながらも、ヴォルケンリッターを放置し続けていたんだ」

「……その人のせいで、エスティは酷い目に遭ったのかな?」

「まぁ、そうなるか。色々と酷い目に遭ったし」

「そう」

エスティマの言う酷い目、というのはユーノは理解していないだろう。

PT事件の最中に行われた脅迫。実行した使い魔の発言もあるし、それは確実だ。

それ以外にも色々と罪状はある。

永久封印を行うために必要なデバイスの作成依頼。それだけならば良いが、違法な手段に協力を要請するだけで充分に駄目だ。

それに、管理局のサーチにジャミングをかけた公務執行妨害。

私情で提督の権限を利用し、高ランク魔導師を出し渋った――これはヴォルケンリッターを撃破されたくなかったためだろう――こと。

現時点でこれだけの問題が出ているのだ。調べれば余罪はまだあるはず。

胃に穴が空くような心地となりながらも、クロノはエスティマとユーノを連れてグレアムの元へ行く。

表情だけはいつもの、むすっとしたもののまま、クロノは僅かに唇を噛み締めた。

……どうしてあの人が。いや、あの人だから、か。

脳裏にグレアムの柔らかな笑みが浮かび、そうだな、と呟く。

自分の父親の死。その引き金を引いた彼が罪悪感を抱いても無理はないか。

考えてみれば、自分の面倒を教導隊に務めている使い魔の姉妹に任せたのも贖罪の一つだったのかもしれない。

力を望み、最高と言っても良い環境を整えてくれた恩師。

執務官になれたことだって、彼の後押しが少しはあったはずだ。

感謝してもしきれないぐらいの恩がある。

それをこれから、仇で返すつもりなのか、自分は。

……いや、そうするべきだ。

私情は捨てなければならない。

執務官なのだ、自分は。誰に何を言われ、思われようと、仕事を果たさなければならない。

『クロノ。その……大丈夫か?』

『心配いらない。仕事はする』

『……悪い』

『何がだ?』

『なんでもないよ』

エスティマの念話を聞き、お節介焼きめ、と眉間に皺を寄せながらも、クロノは脚を進める。

そしてグレアムの執務室を前にして深呼吸をすると、ドアを開いた。

部屋の中は照明が付いておらず、中央に置かれた応接用テーブルの上に置かれたランプが唯一の光源だ。

それが照らし出している恩師は、写真立てに向けていた視線をこちらへと向ける。

彼の視線を受けて、クロノはどう言葉をかけて良いのか分からなくなるが、

「……グレアム提督。あなたを逮捕します」

なんとかそれだけを、絞り出すように紡いだ。

クロノの言葉にグレアムは苦笑すると、部屋の照明を点ける。

ライトで露わになった彼の表情には、疲れが滲んでいる。

以前のような、老いても現役といった雰囲気はなりを潜めていた。

最後に見たのは墓参りの時か。短期間でこんなにも雰囲気が変わるなんて。

……いや、当たり前か。

酷く重い足をひきずり、クロノは執務室の中に入る。

三人に椅子をすすめ、息を吐くと、グレアムは口を開いた。

「アリアとロッテは、捕まったか」

「はい。彼女たちにデバイスの強奪を命じたのは、あなたですね?」

「ああ、そうだ」

皮肉げな笑みを浮かべ、グレアムは肯定する。

それを目にして、ずっと黙っていたユーノはピクリと手を動かした。

「……グレアム提督。あなたは自分が何をしたのか、分かっているのですか?」

「分かっている。犠牲に目を瞑り、闇の書の封印を優先させた。
 それだけだ」

「それだけ、って――あなたは……!」

「ユーノ。黙っていろ。それが出来ないのなら出て行け。
 提督も、言葉を選んでください」

腰を浮かせたユーノの方に顔を向けず、クロノは淡々と言葉を放つ。

ユーノは恨めしそうにクロノを見るが、なんとか腰を下ろした。

……何から喋るべきかな。

頭の中がぐちゃぐちゃで、どうして良いのか分からない。

執務官として、こんな時どうすれば良かったか。

「グレアム、提督」

「何かな、クロノ」

何故こんなことを。

いや、違う。そんなことを聞くべきじゃない。

自分が聞くべきなのは、違う。

じっとりと掌に浮かんだ汗を膝で拭い、深呼吸をする。

「……十一年前の闇の書事件以降、提督は独自に闇の書の転生先を探していましたね?
 そして発見した。闇の書の在処と、現在の主を」

「ああ、そうだ」

「彼女の生活を援助していたのは、あなたですね?
 それは、闇の書を転生させないためだったのですか?」

「そうだ」

自分が問う度に、グレアムの罪が暴かれてゆく。

心のどこかで、本当にそれで良いのか、と声が聞こえるが――

……僕はそうするべきなんだ。

その一言で黙らせ、今にも固まりそうな思考を必死で動かす。

「生かさず殺さず。その状態を続け、あなたは管理局に闇の書の存在がバレないよう、隠し続けた。
 そのために脅迫まで行って。
 ヴォルケンリッターがいつ動くかも分からない状況で、被害が出る可能性があるというのに、傍観に徹した。
 そうですね?」

「ああ」

「そしてヴォルケンリッターが動き始めたら、今度は闇の書の完成まで管理局に捕らえられないよう、妨害を始めた。
 闇の書事件の遺族――自分と同じ官僚に協力を要請して、高ランク魔導師が現場に出ないよう工作を行いましたね?」

それでもオーバーAAAランクの魔導師は何人も亡くなっているが。

しかしそれは、一人一人が闇討ちに近いやられ方をヴォルケンリッターにされたからだ。

もし組織として行動していたら、ここまでの犠牲者が出ることはなかっただろう。

それだけじゃない。書類上は怪我人となっていても、一生ものの傷を抱えた武装隊員だっている。

……許してはならない。自分は、この人を許してはならない。

汗で背中に張り付いたアンダーウェアが気持ち悪い。

バクバクと鳴る心臓の音に急かされながら、クロノは先を続ける。

「それだけじゃない。無限書庫で調べられている闇の書の記録。
 既に手にした情報を意図的に隠し、事件解決を引き延ばそうとした。
 間違いはありませんか?」

「……ほぼ全てのことを掴まれているか。どうやら、暗躍していたつもりがとうの昔に調べられていたらしいな」

「いえ。全てを繋げることができたのは、彼のおかげです」

「……君か」

先程までの気の抜けた声とは違い、どこか怒りを孕んだ調子で、グレアムはエスティマへと視線を送る。

彼はそれを気にした風もなく、ええ、と頷いた。

エスティマ・スクライア。

PT事件の最中に脅迫され、誰にも闇の書のことを伝えることができなかった彼。

……今思ってみれば、自分にユニゾンデバイスのことや父親のことを聞いてきたのは、それとなく脅されていることを知らせたかったからなのだろうか。

……いや、考えすぎか。

現在、八神はやてが加害者ではなく、被害者として扱われているのは彼の証言によるところが大きい。

闇の書の主というだけで危険な立場――主に、遺族からの――なのだ。

多分に身内贔屓というのもあるだろうが、彼女の保護が表立った騒ぎになっていないのは彼のおかげかもしれない。

もし彼がなのはに言付けを頼まなければ、ユーノが何をしていたのか分からなかったのだし。

「クロノ。彼と少し話がしたい。時間をもらっても良いかな?」

「どうぞ」

すまないな、と返してグレアムはエスティマに視線を向ける。

エスティマはそれを真っ向から見返しつつ、彼の話を聞く姿勢をとった。

「君はなんのつもりでこの事件に介入したのかな? エスティマくん」

「友達を助けたかった。それだけですよ」

「そうか。……確かに、それで充分か、君には。
 嘱託と言っても、所詮民間人にすぎないのだから」

「はい」

エスティマが答えると、グレアムはもう口を開かなくなった。

それから十秒ほどして、今度はエスティマが。

「では、僕からも一つ。
 あなたはなんのつもりで、自分の権力を駄目な方向に使ってこの事件に介入したのですか?
 闇の書に転生機能があろうと、そもそも破壊せずに、完成前の闇の書を解析なりなんなりすれば良かったはずです。
 十一年前と今は違う。はやての命が危険にさらされる前に、打てる手があったはずだ。
 それなのに、凍結封印を選んだあなたは、何を思って――
 それは執念ですか? 贖罪ですか?」

「……さて、な。もう今となっては分からないが」

そこで、ふう、と息を吐いて、グレアムはネクタイを緩めた。

そしてどこか虚ろな目つきのまま、思いを馳せるように視線を天井に向ける。

「……ああ、そうだな。全ては今更だ。
 私はなんとかして、私から幸せを奪ったあのロストロギアを、ただ壊してやりたかっただけだ。
 ……きっと根本にあったのは、そういった感情だ」

「……提督?」

「こんなはずじゃなかった……そうだろう? クロノ。
 あの時、闇の書なんかなければ、お前は年相応の子供としてやっていけたじゃないか。
 その恨みをぶつけたいと思うのは――」

「――そうですね。こんなはずじゃないことばかりでした」

そこまでだ、と言わんばかりにクロノはグレアムの言葉を遮った。

目を瞑り、何かに耐えるようにして。

「ですが、提督。僕らは法の執行者です。
 過去に何があろうと、今の僕『ら』は私情を持ち込んで良い立場じゃない。
 それを忘れたあなたは、ただの犯罪者だ」

では後で、と話を打ち切り、クロノは急に席を立つ。

エスティマはその様子に驚き、ユーノはまだ言い足りないといった表情でグレアムを睨みながらも、その後に続く。

部屋を出ると、武装した局員がいた。

彼らにグレアムの押送を頼み、執務室から離れる。

歩き去るペースが自分でも速いことを自覚しながら、しかし、それを緩めようとは思わない。

……結局、あの人もただの人だっただけか。

どこかで憧れていた。

自分では手の届かない、偉大な人だとは思っていたが、自分と同じ人だったのだ。

それを悪いとは思わない。クロノ・ハラオウンという一人の子供からすれば、彼の心情は理解できる。

だが――それを許してはならない。

クロノ・ハラオウンという執務官は、権力を使って違法行為を働いた彼を憎悪するべきなのだ。

グレアムの言っていた、年相応の子供だったのなら、きっと同調していた。

しかし、それは違う。

……僕は自分で今を望み、執務官となったんだ。

IFの話をしたってしょうがない。後ろを振り返るほど自分は老成していない。

『なぁ、エスティマ』

『……ん、なんだ?』

不意に誰かと会話をしたくなって、クロノは念話を送る。

彼も何かを考えていたのか、返答まで若干の間があった。

『僕も……』

『ああ』

『……いや、なんでもない』































「ただいま帰りました」

鍵を開けて声をかけるも、八神家には人の気配がない。

あらら、と首を傾げて、シャマルは家に上がる。

リビングに行ってみるが、やはり誰もいなかった。

証明に照らされた空間には、寒々とした空きがあるだけだ。

念話を送ってみるも、返信はない。

おかしいな、と思いながら、シャマルは買ってきた食材を冷蔵庫に入れるべく――

「……あら?」

テーブルの上にあるメモに気付き、内容を目にして、買い物袋を落とした。

――エスティマ・スクライアが大変なことになったらしい。
  主と共に、彼の兄から事情を聞いてくる。

ベルカ文字。これが書けるのはザフィーラかヴィータだが、そんなことは今は良い。

まずい。あの子の身内だなんて、シグナムが何をしたのか――そして、はやてが闇の書の主だということを知られてしまう。

もしそうなれば、管理局に身柄を確保されたとしてもおかしくはない。

拙い。どうする。闇の書が主の手から離れるまで、管理局に見付かることだけは避けなければならなかったというのに。

「……はやてちゃん」

どうする。今すぐに主の保護を――

「……ううん、駄目よ」

そうだ。

自分まで管理局の下に行ってしまったら、誰がシグナムのフォローをするのだ。

……そもそも自分は、主の命令を裏切っている。その癖素知らぬ顔で一緒にいるのだから、こうなった以上合わす顔はない。

大丈夫。はやてにはヴィータとザフィーラが付いている。

あの二人がいるのならば、降りかかる火の粉を払ってくれる。

だから自分は、責任を取らなければ。

エスティマを殺したことから始まったこの戦いを、終わらせなければならない。

「……計画を前倒しにするわよ、シグナム」

一人呟き、シャマルは騎士甲冑を身につける。

はやてを助けなければ。

その一心で、彼女はシグナムの隠れ家となっている世界へと転移した。





[3690] 十四話
Name: 角煮◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2008/10/21 20:12
「……つまり君たちは、なんの後悔もしていない、と?」

「当たり前だろクロノ! あたしもアリアも、父様のためにやったんだ!
 それに、アンタだって、あのロストロギアを――!」

「分かった。もう良い」

手枷を嵌められた二人の使い魔――師匠たちに軽く頭を下げると、聞こえてくる罵詈雑言を無視して、クロノは部屋を出た。

溜息を吐く。

使い魔という存在のせいだろうか、やはり。

グレアムの使い魔である二人は、彼が逮捕されたのだというのに、自らの非を認めようとしなかった。

まず前提からして違うだけに、何を言っても話にならない。

何故こんなことをしたのか――クロノは父様のしたことが間違っていると言うのか。

主人の行動に違和感を抱かなかったのか――クライドくんの仇を取る意味だってあったのに、なんでこんな真似をするんだ。

封印の手段だって、完璧なものでは――邪魔さえ入らなければ。

盲目的とも言える絆があるからだろうか。

グレアムが捕まったと分かってから、二人の態度はより頑ななものとなってしまっている。

既に間違っていたと断じられているのに、その判断が間違っていると食ってかかる二人。

……それを、馬鹿だ、などとは言わない。

ただ憎悪する。

恩人たちをここまで追い詰めたロストロギア。闇の書を、ただ憎む。

ただ、それはグレアムや師匠たちとは違い、一人の執務官として、だ。

私情の一切を挟まず、クロノは被害を撒き散らすロストロギアをなんとしてでも止めたいと、そして、止めなければ、と絶え間なく――

「クロノくん?」

不意に背後から声がかかる。

振り向くと、そこにはエイミィがいた。眉尻を下げ、そこか心配そうな表情をして。

「どうしたエイミィ。ヴォルケンリッターのサーチは……」

「他の人に引き継いだよ。今は休憩」

「そうか。なら、ゆっくり休むと良い」

それじゃあ、と踵を返す。

だが、それを止めるように、服の袖を引っ張られた。

再び振り返り、溜息を吐く。

「なんだエイミ――」

何か用事があるのだろうか。

そんな疑問は、急に押し付けられた柔らかな感触で吹き飛んだ。

人肌の温もり。

布越しではあるが、それがなんだというのだ。

唐突なできごとに、クロノは目を白黒させる。

「な、なんだエイミィ! 遊んでいるほど僕は暇じゃ――」

「うん。ちょっと休憩。クロノくんも、ね?」

「だからってこれはなんだ!?」

「まぁまぁ」

ぎゅー。

より強く押し付けられ、クロノは思わず黙り込む。

顔が急激に熱くなるのを感じて、彼は思わず顔を俯けた。俯けた先には柔らかな感触があったりして、更に顔が熱くなる。

……なんだってこんな。

「大丈夫。クロノくんは頑張ってるよ」

再び抗議の声を上げようとしたクロノに、エイミィは柔らかな声色で語り掛けてきた。

すぐ近くにいるせいで、表情が分からない。

彼女はどんな顔で、今の言葉を紡いだのだろうか。

腕で頭を抱き込まれ、胸を貸してもらっているような状態になる。

こんな場所、誰かに見られたら――そう思い暴れようとするが、何故か行動に起こす気は起きなかった。

「もう少しだけ頑張ろう。そうしたら、気晴らしに遊びに行かない?」

「……考えておこう」

「駄目。絶対だよ。絶対だからね?」
























リリカル in wonder





















ドアを開ける。

照明の点いていない部屋の中には、機器のライトぐらいしか光源がない。

廊下の電灯に照らされ、薄ぼんやりと浮かび上がる中に、アルフは電気を点けないまま足を踏み入れる。

ベッドには彼女の主が眠っていた。エスティマの着ていたワイシャツ一枚の服装に、自分の身長ほどもあるイルカのぬいぐるみを抱いて。

静かな寝息を上げるフェイトからは、起きている時の鬼気迫る様子を一切感じない。

今ばかりは、少し前――エスティマやユーノと一緒に暮らしていた時と同じ、穏やかな顔をしている。

……唯一の慰めは、フェイトの寝顔だねぇ。

内心でそう呟き、暗い部屋の中、アルフは椅子に腰掛ける。

今日、アルフは闇の書事件の黒幕が逮捕されたこと、そして、闇の書の主が保護されたことを耳にした。

ほんの偶然。もしそれがなかったのならば、もうしばらくは知らないままだっただろう。

自分が知れば自然とフェイトが知ってしまうと思われているのだろうか。それはあながち間違いではないのだが。

事実が隠されていたのは二日。管理局の提督が逮捕されるという一大ニュースを隠すことなど無理な話だ。

それでも公表されるまでの僅かな時間を稼ぐ意味――フェイトが無謀な行動に出ないようにする必要があったのか。

自分たちの知らないところで何があるのか正直興味はないのだが、それがフェイトの害になるのならば、どうか。

……決まっている。

捕まった提督とやらにはあまり興味がない。フェイトを苦しめた直接的な原因はヴォルケンリッターであり、その主である闇の書の所有者だ。

とりあえず頭は下げさせるとして……。

「どうしてやろうかね、ソイツ」

フェイトは闇の書の主を殺そうとはしないだろう。

精神的な繋がりがあるため、アルフはそのことを知っていた。

エスティマを殺したのはヴォルケンリッターの剣士だ。殺すとしたらそれ。

闇の書の主には、もっと違う苦しみを。

兄を自分から奪うように指示を出した愚か者には制裁を。

……その思考を変には思わなくなってきた。

毒されちゃってるのかねぇ、とアルフは呟く。

きっとこの事件が始まる前ならば、もしくは、始まった直後の精神状態ならば、仇を取ってスクライアに戻ろうと思えただろう。

しかし今は。

今となっては、もう無理だ。

熟成された憎悪の捌け口は一つだけではとても足りない。止まることなど考えられない。

「……これじゃああの鬼婆のことを悪く言えない、か」

ふと、思い出す。

妄執に取り付かれ、最後はジュエルシードの暴走に巻き込まれたプレシアは何を思って死んだのだろう。

あの女の悲願は達成されたのか。もしそうならば、執念の辿り着いた先に何があったというのか。

この事件が終わったあとの自分がどうにも想像できなくて、アルフは目を閉じた。

まぶたの裏にはフェイトの笑い顔がある。

この表情を取り戻すことが、自分にはできるのだろうか。

……いや、するんだ。

そのためならば、どんな手段だって――


































ようやくノルマの半分――最低限の目標は達成できた。

なんとか時間が取れたので、休憩もそこそこに俺は本局へときている。

グレアムと双子猫が捕まって二日。

その間、シグナムとシャマルに動きらしい動き――といっても魔力の蒐集と局員との小競り合いは続けているが――はなかった。

なのははそちらに付きっ切り。時間が空いたらはやての側にいると聞いているが、今頃どうしているのだろう。

もし本局にいるのなら、話を聞きたいんだけども。

主に夜天の書のページがどれぐらい埋まっているのかとか。

詳細な情報はハナっから諦めている。シグナムたちの言葉から、それっぽいセリフを聞いてるか否かってところ。

直接戦場に出向いて、とも思うが、そんなことをしたら半日近くを無駄にするだろう。

正直、そんな時間はない。今でさえカツカツのスケジュールで動いているっつーのに、半日も無駄にできないよ。

……さて。

最低限の準備はできた。あとは、どれだけ暴走開始までの時間を――

「……っと」

真横を猛烈なスピードで駆け抜ける影。

思わず声を上げて避ける。

危ないなぁ、と思い後姿を見てみれば、

「あれ、なのは?」

「……エスティマくん?」

彼女は振り返りながら急ブレーキという器用な真似をすると、こちらに近付いてくる。

「そんなに急いでどうしたのさ。何か急用?」

「ううん、そういうわけじゃないんだけど……エスティマくんも、はやてちゃんのところに行くの?」

『も』ときたか。

間違っちゃあいないんだけど。

「そうだよ」

「そっか……うん。きっとエスティマくんの顔を見れば、はやてちゃんも元気になるかな。
 怪我してたなんて考えられないぐらい元気だもんね、エスティマくん」

失敬な。

そしれにしても……そうか。

はやての元気がないってのは考えなくても分かることだけど……それに加えて、やっぱり自分を責めているのか。

俺をやったのはシグナムだが、その主であるはやてが責任を感じないはずがない。

そういう子だ、彼女は。

「それにしてもエスティマくん。ちょっとくるのが遅すぎなの!
 はやてちゃんが本局にきてから、二日も経ってるんだよ!
 一度も顔を見せてないでしょ!?」

「ぐ……すみません。
 けど、俺も俺でやることが……」

「その間、ずっとはやてちゃんはエスティマくんのこと心配してたんだけどなー」

「すみませんでした……!」

「にゃ!? エスティマくん、何やってるの!?」

思わずジャンピング土下座。

いきなりそんなことをされたものだから、なのはは目を白黒させて慌てる。

「こ、こんなところでそんなことしないでよー! ああああ、すみませんすみません」

周りからの視線が痛い。それに向かってなのはは頭を下げたり。

そんな彼女を尻目に立ち上がると、ふぅ、と溜息。

さて、はやてのところに行くとするかね。

「……エスティマくん」

「なんでしょうか」

「割と平然とした顔してるってことは、さっきの土下座、わざと?」

「今の俺は簡単に土下座するよー。下げる頭も安い安い」

「……えっと?」

まぁ、なのはに言ったって分かるわけもないか。

ここ四日ぐらいで俺の尊厳とかプライドは暴落しているのです。

『不憫ですね』

黙らっしゃい。

指先でLarkを小突きつつ、足を進める。

「なぁ、なのは。今日もシグナムと戦ってたのか?」

「うん。……けど、また捕まえることができなくて」

「そか」

気に病んだ風に俯く彼女に短く返し、ううむ、と唸る。

ヴィータとザフィーラが本局にいるってことは、むこうはシグナムとシャマルのタッグ。

あの二人が組むと厄介だからなぁ。シャマルは姿の見えない距離からフォローに徹しているのだろうし。

捕まえることができなくたって、落ち込む必要はない……んだけど、そんなことを言ったってこの子には慰めにならないだろう。

ポンポン、と髪の毛を軽く叩く。

なのははそれに不思議そうに首を傾げるが、すぐに笑みを浮かべた。

よしよし。

「ところでさ。闇の書、完成しそう? それっぽいことをシグナムたちは言ってなかった?」

「うーん。分からない、かな。ごめんね」

「いや、良いんだ。ありがと」

などと会話しつつ、武装局員が両脇を重ねたドア。そこへ行き、そのまま進――もうとして止められた。

なんぞ。

「あ、あの、エスティマくん、はやてちゃんの友達なんです。入れてもらえませんか?」

「はい。良いですよ」

にっくりと笑みを浮かべて、武装局員は警戒を解く。

……おい。これで良いのか管理局。

『なのは。どうなってんのこれ』

『えっと……あの人たち、クロノくんに指示されてはやてちゃんを襲おうとする人がこないように守ってくれてるの』

『それは良い。聞いてるのは、なんでなのはが顔パスなんだ、ってこと』

『えっと……お友達だから?』

そうですか。難しい話は分からないのですね。

ドアのロックを解除して部屋にはいると、はやては車いすに座りながら本を読んでいた。

ふむ。なんとも居心地の良さそうな場所だ。いや、一周して居心地が悪いかも。

八畳ほどの広さの中に、ベッドとテーブル。テレビにソファー。隅っこに狭いがちゃんとしたキッチン。

浴室もあるのか、それっぽい扉が奥に見える。調度品もどこか高級そうなのが揃っているし。

などと部屋の中を見回していると、

「あ、なのはちゃん。それ、に――」

はやてがこちらを向いて、手に持っていた本を床に落とした。

「……え、エスティマ、くん?」

彼女は、あ、と短く声を上げ、手で口元を隠す。

そして後ろに後退ると――車いすに座っているせいで仰け反ったようにしか見えないが――顔を小さく横に振った。

「はやてちゃん?」

彼女の様子を不思議に思ったのか、なのはは一歩踏み出す。

それに反応して、ビクリとはやては身を震わせた。

「あ、あの、その、わたし……」

指の隙間から見える口は、何かを言おうとしているが震えているだけだ。

……はは、そっか。そりゃ、そうだよな。

どの面下げて会いにきた、ってところか。

はやての家族をバラバラにした原因は、まぁ、俺だし。

おまけに魔導師って身分を隠していたんだから、怖がられたりしても不思議じゃない、か。

『悪い、なのは。はやてのことを頼むわ』

「……エスティマくん?」

「それじゃ」

今の彼女を変に刺激することはないだろう。毒にはなっても薬にはならない。

ただでさえシグナムたちのことでショックを受けて――

『待って』

不意に服の裾を掴まれる。同時に、なのはから念話が飛んできた。

振り向けば、彼女は真摯な表情で真っ直ぐに俺を見詰めている。

『エスティマくんは、はやてちゃんの友達じゃないの?』

『どうだろう。友達って言えるのかな、俺は』

思わずそんな言葉が口から出る。

しかし、なのははそんな俺の気持ちを知ってか知らずか、裾を掴む力を強くする。

『はやてちゃんと同じことを言うんだね。……うん。
 だったら二人はまだ友達だよ。ちゃんとお話しすれば、また仲良くなれる。
 何もしない内から諦めるなんて――らしくないよ?』

きゅ、と、再度裾を引かれる。

……らしくない、か。

俺らしいってのはなんなのかね、いったい。

本人が一番知りたいんだが。

なのはがどれだけ俺のことを知って――

『ご主人様。それを口に出してはいけませんよ?』

『……分かってるさ』

危ない方向に流れそうになった思考を、なんとかLarkが押し留めてくれる。

……が、どうにも。ああくそ、胃が痛い。ついでに頭も。

『分かったよ。少し、話してみる』

『うん。それが良いよ』

再びはやての方を向くと、彼女はさっきと変わらぬ状態のまま俺のことを見詰めていた。

そんな彼女に向けて歩き出す。

瞳には怯えの色が宿り、肩は小刻みに震え出す。

言葉はない。

何を言って良いのか分からないのか。それとも、言うつもりもないのか。

……良いさ。俺が言うことは一つしかないし。

「あのさ、はやて」

「あ……う……」

「ごめん。しばらく手紙、返すことができなかったね」

「そ、そんな……そないなこと……!」

やっと絞り出された声は、妙にくぐもっていた。

はやては鼻を啜ると、手の甲で目を擦りながら謝罪の言葉を上げ始めた。

ごめんなさい、と。

ただその一言だけを何度も何度も。

……謝るのは俺の方だってのに。

シグナムを焚き付けて、結果暴走させ、それを止めることができなかった。

それはすべて俺の責任だ。

戦うことしかできないというのに負けて、全てが裏目に出始めた。

その切っ掛けを作ったのは、俺なのだから。

「ごめん……ごめんな、エスティマくん。
 馬鹿でごめん。これ以外、どう言って良いのか分からへん……本当に、ごめんなさい」

「……謝ることは、何もないよ。はやては悪くないから。
 許す許さない以前に、何もしてないだろう?」

「せやけど、シグナムは私の家族で、それなのにエスティマくんを酷い目に遭わせて……!
 私のワガママが、全部悪い――」

「悪くない。はやては何も、悪くないから」

言いつつ、腰を落としてはやての手を握り締めようと手を伸ばす。

……伸ばして、俺は彼女の手を取って良いのか迷ってしまった。

俺なんかが、この子に何をしてやれるというのだ。

力があるだけのガキな俺に、どれだけのことができる。

そう考えてしまうと、どうしても手を握り締めることができなかった。

しかし、

「ごめん……なさい」

はやては伸ばしかけた俺の手を取ると、両手で包んで抱き締めた。

随分と小さな手。歳は同じだっていうのに、いやに細くて、痩せている。

それなのに、包み込む手には精一杯の力がこもっていて、まるで離さないようにしているようで……!

ギリ、と奥歯を噛み締め、それを隠すために、俺は精一杯の笑みを浮かべる。

「大丈夫。絶対なんとかしてやるから。だから、待ってて」

そう言って、空いている左手ではやての頭を一撫ですると、やんわりと手を解き、立ち上がった。

「用事があるからもう行くよ。……また、今度。
 手紙じゃなくて、顔を合わせて話そう。これからの時間は、たくさんあるからさ」

あとは頼んだ、となのはに念話を送って、部屋を出る。

扉の外にいた局員に軽く会釈をすると、早足で廊下を歩く。

そして曲がり角まできて誰の姿もないことを確認し、全力で拳を壁に叩き付けた。

固い合成金属とぶつかり合った骨が軋みを上げ、伝わってきた痛みで限界ギリギリだった頭が沸騰する。

「俺は……!」

ぐつぐつと煮え出す思考が上手く言葉にならない。

何を言って良いのか分からない。

握り締めた手に爪が食い込み、血が流れ落ちる。

「全部俺が悪いってのに、まだ善人面しようってのか……!」

ガツ、と再び鈍い音。指が馬鹿になってしまいそうな勢いで叩き付けたせいで、肘まで痺れが走る。

痛い。が、こんなのがなんだというのだ。

罰せられるのはシグナムじゃない。俺なのに。

それなのに、なんで俺は誰にも罰せられない……!

「くそが……!」

『ご主人様。あなたは何も間違ったことをしていません』

「そんなわけがあるか! 彼女をあそこまで追い込んだのは俺なんだぞ!?
 それが悪じゃなくてなんだ! あの子から笑顔を奪ったのは俺だ! 幸せになれたはずの可能性を奪ったのも!
 それのどこが間違ってないっていうんだよ!」

『落ち着いてください。だからこそご主人様は、目覚めてからずっと手を打ち続けているのではありませんか』

「それでも、二度と最良の結果には手が届かない。
 それを手放した責任なんて、取って当然じゃないか!」

『いいえ、ご主人様。誰もあなたにそれを強要してはいません。償いは、あなたが望んだことなのですよ?
 逃げることも、全部放り投げることだってできたのに、それを選ばなかった。それだけで充分ではありませんか』

「Lark。全部知っているお前がそれを言うのか。こんなはずじゃない結末を、話しただろう?
 ……笑えよ。救うとか言っておいてこの様だ。イレギュラーはイレギュラーにしかなり得ない。
 そんな当たり前のことに、ようやく気付いた馬鹿だ、俺は」

その一言で、Larkからの返答が止まる。

……かける言葉もないってか。

我ながら、なんとも惨めだ。

償いと称して、最終的にははやてを悲しませるような手段を取ろうとしている俺にはお似合いかもしれないな。

「まるで呪いだな。……この世界に呼び出された時点で、俺に未来なんかなかった。
 誰かの可能性を食い潰すぐらいなら、いっそいなくなった方がマシだ。
 時の庭園で、素直に戻っていればこんなことにはならなかったんだ」

『……そんなことはありません』

「どうだか」

思わず口の端を吊り上げてしまう。

だが、そんな表情をしてしまう俺にかまわず、Larkは言葉を続けた。

『いいえ、ご主人様。
 フェイトさんを助けたのはあなたです。ジュエルシードを全て集めることができたのも。
 それが無駄だったのだと……あなたは、そう切り捨ててしまうのですか?
 私はそう思いません。皆さんと笑い合っていた時が無駄だったなどと、思えません』

「だったら、そんな俺に不幸にされたはやてはどうなる。
 幸せになるべきだったんだ、あの子は」

『そうですね』

「だから、あの子の邪魔にしかならない俺は――」

『しかし、それはあなたもです、ご主人様。
 すべての人が平等に幸せになる権利を持っているのならば、それはあなたにもあります。
 ご主人様も、幸せになるべきなのです』

……一瞬、Larkが何を言っているのか分からなくなった。

幸せになって良い? 俺が?

そんなわけがない。

俺なんかが――

『ご主人様の立場を知り、責める人がいたとしても、私はあなたを肯定します。
 私だけは最後まであなたの味方でいます。
 だから、ご主人様。
 どうか、いなくなった方がマシだなんて、冗談でも口にしないで下さい』

「……分かったよ」

そう応え、苦笑する。

今の話は完全な平行線。答えがこの場で出ることはないだろう。

しかし。

しかし、だ。

それでも、俺の存在を許してくれる奴が一人でもいるならば。

「……もう少しだけ、頑張ってみるか」

『はい。それでこそ、です』

「ぬかせ。お前が俺の何を知っているってんだ」

『全てを。伊達に長年ご主人様のデバイスをやっていません』

彼女の返答にポカンと口を開けてしまい、次いで、はは、と笑い声を上げる。

そっか。そりゃそうだ。

……コイツにだけは敵わないなぁ。

指先でLarkを小突き、足を動かす。

もう少し。

もう少しだけ、頑張ってみよう。































最後の武装局員を切り伏せて、シグナムはレヴァンテインを鞘に収めた。

夜天の書の頁を確認する。

数は六百六十。残りは五頁。

ようやくここまで――と、シグナムは長い息を吐く。

自分たちの計画もやっと最終段階へと移行できる。

主を危険に晒してまで始めた長い道のりが、ようやく終わる。

シグナムは足元の局員を爪先で小突く。小さな呻き声が上がったのを確認すると、ゆっくりと口を開いた。

「伝えろ。残り五頁で闇の書は完成する。暴走に巻き込まれて余計な犠牲を出したくなければ、もう我々にかまうな、と」

続けて、シャマル、と名を呼ぶ。

それに応じて、局員の身体をライトグリーンの光が包み込んだ。

これで死ぬことはない。

次は、舞台を無人の惑星に移せば――










[3690] 十五話
Name: 角煮◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2008/10/21 20:11

返り討ちにあった武装局員。

その内の一人から伝えられた報告に、管理局は騒然となった。

闇の書の完成。それが目前に迫っているという。

サーチャーの報告では、ヴォルケンリッターは無人の惑星へと降り立って残り僅かとなった頁を埋めているとのこと。

このことを聞き、戸惑う人々が多い中、それとは違った行動をする者もいた。

エスティマ・スクライアは、報告を聞き慌てた様子ですぐにミッドチルダへと跳んだ。

ユーノ・スクライアはグレアムを告訴するための準備を中断して本局へ。

ヴィータとザフィーラはシグナムたちの元へ向かわせろと騒いだが、万が一ということもあり、彼らの出撃は認められず。

クロノは完成した闇の書を破壊するか否か――惑星一つを犠牲にして、永遠にその世界へ闇の書を放置すれば良いという意見が出たのだ――で揉める上層部の対応に神経を磨り減らす。

なのはクロノのゴーサインが出たらすぐに出撃できるように待機。

そして、フェイトは――

はやての部屋を守っている武装局員を打ちのめし、部屋へと侵入していた。

ドアを開けて見えたのは、どこからどう見ても一般人としか思えない、同年代の少女。

セットアップの完了したバルディッシュを握り締め、ギチリ、と音を立てながら、彼女は大股にはやてへと近付く。

その背中を守るように後ろを着いてきたアルフは、転移魔法陣を展開しながら、周囲を警戒していた。

障害はないよ、と念話を聞いて、フェイトは頬を緩ませる。

浮かべたのは禍々しい笑み。上手く焦点の定まっていない瞳には、爛々とした光りが宿っていた。

「あ、あの……もしかして、フェイトさん?」

闇の書の主が自分の名前を呼んだ。

何故知っているんだろう、と首を傾げ、

「エスティマくんの、妹さ――」

兄の名を吐いた瞬間、反射的に手が動いた。

パン、と乾いた音。

少し強く叩きすぎたのかもしれない。闇の書の主はけたたましい音を上げて、横転した車いすから転げ落ちた。

それを無感情な瞳で見下ろしながら、フェイトは手を握り締める。

……兄さんの名前を呼ぶだなんて。

その軽い口を八つ裂きにしてやろうか、と怒りが噴き上がりそうになるが、必死にそれを抑える。

駄目だ。自分にはやることがあるのだ。

ヴォルケンリッターの剣士を殺して兄さんを取り戻す。

そして更に、闇の書の主を絶望に突き落としてやれば、喜んでくれる。

きっと、いや、絶対に褒めてくれる。前みたいに、頭を撫でてくれる。

……復讐もできて、兄さんも喜ばせることができて、一石二鳥だね?

「そうだよね、兄さん」

にっこりと笑みを浮かべる。

先程とは一転して、年相応の柔らかな笑みを。

視界の隅にいるようないないような、否、きっといる兄に笑いかけて、フェイトは倒れ伏したはやての腕を引き上げた。

今度こそ殺す。そんな決意を胸に秘め、

「お願い、アルフ」

「分かったよ、フェイト。これで終わりにしよう」

アルフは転移魔法を始動させると、ヴォルケンリッターの待つ世界へと跳んだ。



























リリカル in wonder





















「……残るは一頁、か」

「ええ。そしてこれが最後」

シャマルはバインドで雁字搦めにした竜の雛を目線の高さまで持ち上げると、小さく息を吐いた。

ジタバタと暴れる竜の雛。

それに申し訳ないと思いながらも、これでようやく終わると、肩の荷が下りる思いだ。

「シャマル。この後の手順だが」

「ええ。夜天の書の完成と同時に、シグナムが強制的にユニゾン・イン。
 システムエラーでシグナムが吐き出されるまでの時間を使って、連結された防御プログラムと無限再生機構を発動させるコアを、旅の鏡で引きずり出す。
 そして夜天の書の残骸を別世界に放棄。
 これでいけるのね? リインフォース」

『はい。その行程を行えば、システムが致命的な破損を受けて復元機能も発動せず、私は完全に沈黙します。
 主はやてへの浸食も止まるでしょう。
 ……ですが、ヴィータやザフィーラはともかく、夜天の書の一部であるあなたたちは――』

「良いのだ。もとよりそのつもりで、私たちは手を汚してきた」

「ええ。だから、気にしないで。……ごめんなさいね、リイン。こんなことに巻き込んでしまって」

宙に浮かぶ魔導書に、二人は頭を下げる。

リインフォースは困ったように金十字を光らせると、良いのです、と小さな声を上げた。

『……もう、主を道連れにして死なせることがなくなるのならば、私は何も望みません。
 感謝します、私の家族』

シグナムとシャマルはリインフォースの言葉に笑みを浮かべ、それぞれのデバイスに魔力を送る。

シャマルは時間差発動設定の転移魔法と旅の鏡を同時展開。

ようやくこれで、狂った運命が途切れる。

そう思った瞬間――

橙色の魔力光が空に溢れ、三つの人影が現れた。

二人は顔を上げ、同時に目を見開く。

一人は使い魔だろう。それは良い。

だが、残る二人。いつか戦ったエスティマの妹と、彼女の連れている――

「主!?」

「はやてちゃん!?」

「……し、シグナム? シャマル? それに、リイン?」

フープバインドに縛られたはやては、首根っこを掴まれた状態で眼下のいなくなった騎士たちを見た。

どうなって……なんでシャマルとリインが、シグナムと?

いや、違う。そんなことより……!

「シャマル、リイン! シグナムを止めて! もう、誰も傷付けちゃあかん!
 フェイトさん、離して! シグナムを止めないと……!」

「おめでたいね」

冷たく一言を投げ付けると、フェイトはアルフにはやてを押し付けた。

そしてバルディッシュに魔力を送りながら、地面へと降り立つ。

頭上で闇の書の主が何かを言っているが、フェイトには聞こえない。

ただ目の前にいる仇を見据えて、カートリッジを二連発。

ハーケンフォームにバルディッシュが変形し、

『Execution Scythe』

本来ならば大型の鎌である魔力刃が、細く、鋭く形成された。

更に二発カートリッジを炸裂させ、

『Sonic Form mode:Ⅱ』

バリアジャケットがその意味を失う。

手足にあるリアクターフィンは以前と変わらない。

だが、今のモードⅡは、腰にも控え目な翼がある。

練習どおりにバリアジャケットを形成できたことに小さく頷くと、フェイトはバルディッシュをシグナムに向ける。

そして口元を緩め、クスリと小さく笑った。

「あの子、まだ自分に味方がいると思っているみたい。馬鹿だね。
 自分がみんなから恨みを買っているってことを、分かってない。
 ……それをこれから、教えてあげないと」

幸せに浸るなど許さないと。

そう、言外に伝えて、フェイトは膝を曲げ、前傾姿勢となる。

「……目の前でお前を殺せば、少しは目が覚めるよ、きっと」

「シャマル、リインと一緒に退け」

「シグナム!?」

「安心しろ。私は負けん。奴を倒し、主を別世界に送り届けた後、戻ってくる」

シグナムの言葉に、シャマルは唇を噛む。

この場にはやてがいては、闇の書が覚醒した瞬間に主を取り込むかもしれない。それを避けるために、はやてを別世界に届けるのは間違ってはいないのだが――

視線を上げて、使い魔を見る。

完全にこちらを警戒した状態の敵を奇襲するなど自分にはできない。

あくまでサポートに徹するしかないのだ。直接的な戦闘能力など、皆無と言って良い。

この場はシグナムに任せて、夜天の書を守るしか、できることはない。

……口惜しいわね。

「分かったわ。頼むわよ、シグナム」

「ああ」

シャマルは夜天の書を抱き締めると、飛行魔法を発動する。

ちら、とはやてに視線を向けると、彼女は目を見開いた状態で口をわななかせていた。

「なんで……なんでや、シャマル。それに、リインも!」

「ごめんなさい、はやてちゃん。私、あなたを裏切っていたんです」

「嘘やろ? なぁ、シャマ――」

「さよなら」

リインフォースと一緒にシャマルはその場から飛び去る。

手を伸ばそうとしても、バインドで縛られた手足は動かない。

はやてはただ見開いた目から涙を流し、嗚咽を噛み殺すことしかできない。

口の端から血が流れる。ギリ、と唇を噛み千切り、はやては端正な顔を歪めた。

しかし、アルフもフェイトも、そんなはやてに興味はない。

彼女たちの目的は、エスティマの仇を取ることと、はやてに絶望を突き付けるだけなのだから。

むしろ、今の状況を都合が良いとさえ思っている。

「……行くよ、バルディッシュ」

『sir.Sonic drive.
Three dimensions Manuba.Ignition.』

リアクターフィンが眩い光を放ち、フェイトは四肢に力を込める。

そして目を細めると、肩の力を抜いて地面を蹴った。

砲弾が着弾したかのように地面が爆ぜ、フェイトの姿が掻き消える。

シグナムはパンツァーガイストを纏いつつ、レヴァンテインを構えるが――

「――っ!?」

フィールド防御を引き裂き、魔力刃がシグナムの左腕を浅く刻む。

一拍遅れて噴き出した血飛沫に眉を潜めながら、彼女は周囲の気配を探った。

地を蹴る音。移動時に押しのけられる風。それでフェイトの進行方向を予測しようとするが――

……死角から死角に移動している?

首へと迫る斬撃をレヴァンテインで捌こうとし、しかし、手応えはない。

代わりに右のももが騎士甲冑ごと引き裂かれる。

ガクリ、と体重を崩し、今度は背後から右肩を。

次々に刻まれる傷に顔を歪めながら、シグナムは鞘を取り出してフェイトの攻撃から身を守ろうと両腕を振るう。

首狙いの処刑鎌を防ごうとし、しかし、踊るように軌跡が変化して腹が横一文字に。

……以前とはまるで違う。

少しずつ相手の余力をなくし追い詰める戦い方。最高速度での一撃を狙っていた前回の戦い方からは、想像もできない変化だ。

速度だって以前よりも上がって――否、それは錯覚か。機動力は変わっていない。むしろ下がっているかもしれない。

それを犠牲にして手に入れたのは運動性と、この出鱈目な機動。慣性を無視した直角の動きに、常に動き続けて脚を止めない戦法。腰の移動補助魔法はこのためか。

そこまで分析し、まずいな、とシグナムは胸中で呟いた。

こうしている間にも、裂傷が刻みつけられてゆく。首への一撃は辛うじて回避しているが、致命傷を避けることが精一杯だ。

いや、一撃一撃に濃密な殺気が込められているせいで、どれが牽制なのか本命なのかも判断できず、カウンターを入れることすら躊躇してしまう。

もっとも、カウンターを入れられるかどうか、といった次元で相手は動いているのだが――

このままでは……!

「レヴァンテイン!」

『Explosion』

胸元を袈裟に斬られながら、カートリッジロードを実行する。

そして連結刃に変形させようとして――

――手首から先を、斬り飛ばされた。

「あぎ……!」

そのショックが覚める間もなく、シグナムは殴り飛ばされて地面を転がる。

血の跡が転々とと残り、さっきまで立っていた場所にある血溜まりに目を見開いた。

……思っていたよりも血を流していたのか。

全身の傷から徐々に血が流れ出す。頬に当たる温い液体。これは長くないな、と、したくもない自己診断。

だが、シグナムは力の入らない身体を起こすために歯を食いしばる。

もう少しで主を救うことができる。夜天の書を壊れた運命から開放してやることができる。

だから、こんなところで――!

「しぶといね」

ガツ、とこめかみを殴られた。

再び倒れ伏し、見上げるとそこには金色の処刑鎌を持った少女がいた。

全身に玉の汗を浮かばせながら、荒い呼吸を繰り返している。足はガクガクと震えており、濃い疲労が見て取れた。

……あんな無茶な機動で動き続けたのだから、負荷も生半可なものではあるまい。

だというのに、彼女の瞳には疲れが微塵にも浮かんでいない。

ただ自分の成すべきことを成すために、デバイスを握り締めている。

「これからあなたの騎士を殺す。何か伝えることはある?」

彼女はアルフに抱えられたはやてに視線を向けると、そんなことを言った。

それを聞き、そういうことか、とシグナムは納得する。

……兄を奪われたから、それと同じ痛みを主に与えようとしているのか。

自分の死など、エスティマを殺したその日に覚悟した。

しかし主は、主にはそんな思いをさせては……。

そこまで考え、そうか、と納得する。

……私は、今されていることと同じ痛みを、大勢の人間に叩き付けていたのか。

分かっていたつもりだった。しかし、こうして体験してみれば、どれだけのことをしていたのか、嫌が応にも理解してしまう。

「コレは兄さんを殺したの。だから別に、殺されたって文句はないと思うんだ。
 どうかな?」

「あ、ああ……」

「……ある、じ」

何を言って良いのか分からないのか。

はやては頭を横に振るだけで、言葉らしい言葉を口にしない。

次々と溢れ出す涙が、彼女の限界を表しているようだった。とうに限界は超えているのに、アルフに髪の毛を掴まれているせいで目の前の光景から顔を背けることができない。

「どう? これがあなたたちのしていたことだよ」

それは誰に向けた言葉なのか。

シグナムか、はやてか。あるいは両方か。

「後悔した? 私が憎い?」

可愛らしく首を傾げて、フェイトは足元のシグナムに笑いかける。

そのあまりにも場違いな表情に、燃えるような視線を送り――

「そう。良かった。じゃあ、さよなら」

腕が振り上げられ、金色の処刑鎌がその色を濃くする。

……こんな終わり方など。

様々な感情が渦巻き、何も言えない心地となりながら、シグナムは迫る死に神の鎌を見据え――

『――Phase Shift』

デバイス同士がぶつかり合う、甲高い音が響き渡った。

耳障りな金属音に顔をしかめながらも、シグナムは目を見開く。

一瞬前までは存在しなかったはずの、白いバリアジャケット。

それが目の前に立ち塞がり、訪れるはずだった死を防いでいる。

「……え? に、兄さん? なんで?」

「エスティマ……なのか!?」

真紅のハルバード。両肩に形成されたサンライトイエローのアクセルフィン。

知っている。一度戦った相手だ。だが、何故、彼がこの場にいる。

確かにこの手で、自分は――

「駄目だ、フェイト。人を殺したら戻れなくなる。
 いくら嘱託だからって、罪に問われるんだぞ?」

「う、ああ……!?」

急に現れた兄の姿。いや、違う、兄が目の前にいるわけがない。ヴォルケンリッターを殺さなければ、戻ってこない。

そのはずだ。

……なら、目の前にいるのは誰だろう?

「ああっ……!」

頭が痛い。

左手で額を掴みながら、頭痛を打ち消すように指を食い込ませる。

違う。兄さんがいるはずがない。

違う、違う、違う。

兄さんが私を止めるはずがない。

だって、兄さんを取り戻すためには殺さないといけなくて……!

だから、

「違う!」

不愉快な幻影を振り払うべく、フェイトはバルディッシュを叩き付ける。

しかし、幻は消えない。確かな手応えをもって、紅いハルバードでバルディッシュを止めている。

「ああああぁぁぁあああ……!」

喉を震わせて、フェイトは再び加速魔法を行使する。

なんとしてでもヴォルケンリッターを殺さなければならないから。


































『Lark、シグナムに応急手当!』

『了解しました』

『シグナム! はやての目の前で死ぬなんて許さないからな!
 パンツァーガイストに炎熱付加するなりなんなりで、傷口を焼け!
 死ぬよりマシだろ!』

『あ、ああ……』

『なのは、シグナムを頼む!』

『うん、任せて! エスティマくんはフェイトちゃんを!』

不慣れな治癒魔法をシグナムにかけながら、俺はLarkを一閃する。

が、それを擦り抜けるように二の腕に傷が走った。

速い。反応はできるが、追い付けない。

くそ……急いできてみればこんなことになってて、一体どうなってやがる!

無断で出撃したフェイトを止めるために、なのはと来てみればこの有様。

おまけにはやてまで連れ出して。

「Lark!」

『カートリッジロード。
 ――Phase Shift』

炸裂音に続いて、世界が速度を失う。

死角に回り込もうとしているフェイトの動きが遅い。

巻き上がる烈風や砂塵。雲の動きやフェイトの叫び。

その何もかもが。

そんな中で動けるのは俺だけだ。

迫ってくるバルディッシュの杖の部分に手を伸ばし、しっかりと握り締める。

そして稀少技能が解けると、重い感触が腕にのしかかってきた。

両足に力を込めてふんばりながら、目をフェイトと合わせる。

そして彼女の目を見て、息を呑んだ。

……泣いてる?

「どいて……どいてよ!」

「フェイト?」

「アイツを殺さないと、兄さんは戻ってこない!
 だからお前なんか兄さんじゃない!
 だから……どいてよぉ!」

「落ち着け、フェイト! 俺はここにいるだろ!?
 もう戦わなくて良いんだ。シグナムを殺す必要だってない!」

「そんなわけない! だって、だったら――
 なんで私の側にいてくれなかったの……!」

胸を蹴り付けられ、たたらを踏む。

フェイトはカートリッジロードを四度行い、バルディッシュがザンバーフォームへと変形する。

それを見据えながら、そうか、とようやく分かった。

……なんで側にいてくれなかった、か。

殺意でも復讐心でもなく。

フェイトを突き動かしているのは、

「寂しかったのに、なんで……!」

その感情なのだろう。

……クロノはフェイトを正気じゃないと言っていたが、きっとこの子は誰よりも正気だったんじゃないだろうか。

シグナムやはやてを排除すれば、寂しさはなくなると、理論をすっ飛ばして、どこかで分かっていたのかもしれない。

「Lark……本当、俺は駄目男だなぁ」

『かもしれません。しかし、駄目男なりに頑張るのでしょう?』

「当たり前だ。……付き合ってくれるか?」

『当たり前です』

「ありがとう。……リアクターパージ、オフ。モードリリース」

Larkの返答に頷き、近代ベルカの術式を構築。同時に、イナーシャルキャンセラーも。

Larkをスタンバイモードに戻すと、速く、正確に術式を組み上げる。

フェイトはザンバーフォームになったバルディッシュを肩に担いで、カートリッジをロードする。

手足を震わせながら涙を流し、側にいてくれない俺を嘘の存在だと断じるフェイト。

彼女と対峙しながら、俺はなんとか柔らかな笑みを浮かべた。

「こいよフェイト。受け止めてやる。……それぐらいは許してくれるか?」

「あ、う……」

ざり、と音を上げてフェイトは一歩後じさり、

「う――わぁああああああ!」

喉が枯れんばかりの叫びを上げて接近し、ザンバーを叩き付けてきた。

――金色の残滓を残して大剣が袈裟に叩き付けられる。

――速い。

並の魔導師では避けきれまい。

鋭い反射神経を供えたベルカの騎士や、まだ目にしたことのない戦闘機人以外には。

もし避けられたとしても、延長を続ける魔力刃に切り刻まれるだろう。

ザンバーが俺を両断すべく、猛烈な速度で接近する。

全ての体重を乗せた一撃が到達し――

しかし、生きている。

俺はまだ。

右手に張った慣性制御フィールドと、発動させた近代ベルカ式の魔法。

『烈風一迅』

勢いを殺し、更に掌に集めた高密度の魔力を叩き付けて、ザンバーの威力を中和する。

だが――

それすらも引き裂き、金色の魔力刃は俺の手の平を引き裂いた。

勢いも完全に殺せず、肩口へと刃が突き立つ。

リアクターパージは発動しない。紙のようなバリアジャケットを刻んで、ザンバーがその下に到達する。

肉が切断され骨に至る鋭い痛みが、真っ直ぐに頭へと殺到し、思わず呻き声を上げてしまった。あと僅かに逸れていたら、首に当たっていたか。

だが、辛うじて笑みを崩さず、血に濡れていない左手を伸ばそうとする……あ、駄目だ。手は動くけど、どんなに力を込めても腕が持ち上がらない。

……それがどうした。

「あ……あぁぁっ……」

「……フェイト」

名を呼ぶと、フェイトはビクリとしてバルディッシュを手放した。

魔力刃が消失し、蓋を失った傷口からは血が溢れ出す。

それを見て、フェイトは歯をカチカチを鳴らしながら首をゆっくりと横に振った。

自分がしたことを、嘘だというように。

傷口からは、まるで針を突き立てられているような――いや、そんな生易しい表現じゃ足りない――痛みが伝わり背中を焦がすが、気合いで我慢。

今にも悲鳴を上げそうなのを深呼吸して誤魔化しフェイトに近付くと、思いっきり彼女を抱き締めた。

と言っても左腕が上がらないから右腕で……あ、しまった。血が。

などと思っていると、背中に手が回された。

最初は遠慮するように、しかし、我慢できなかったように、離さないように、ぎゅっと。

「ごめん。ごめんなさい。ごめんなさい。
 私、こんなことして……違う、こんなつもりじゃなくて……!」

「うん。分かってる。ごめんな、一人にして。気にしてないし、こんなの平気だから」

「兄さん……!」

腕に込められた力が増して、傷に響いた。

しかし、それにかまわずフェイトは俺の胸元に顔を擦り付ける。

まるで猫か何かのようだ。

「寂しかった……もう、私を置いていかないで。
 一人は嫌。嫌だから、だから……」

「……うん」

背に回した手を頭にもっていき、血が付かないように指先で、ゆっくりとフェイトの髪の毛を撫でる。

不意にフェイトは顔を上げて無事な方の肩に頭を乗ると、首筋を甘噛みしてきた。

痛いようなくすぐったいような。

フェイトの震えが収まるまで、しばらくそのまま。

妹が落ち着いたのを確認すると、俺はフェイトをそっと離し、傷の治療を行おうとする。

その時だ。

不意に頭上に現れた魔力反応。

見上げれば、そこには弾き飛ばされたアルフの姿と、虚空に現れた光柱に包まれたはやての姿。

「まさか……」

既に朧気となった記憶の中にある光景。

けど、確かに覚えている。

あれは――
































時間は少し遡る。

シグナムが一方的な蹂躙を受けている光景を、ただ見ていることしかできないはやて。

涙を流し、数々の感情が混ざり合い、形を持たない思考の中で、彼女はただ一つのことを願っていた。

……シグナムはたくさんの人を傷付けた。

……シャマルとリインフォースは私を騙していた。

何が家族だ。

一人浮かれていた自分は、まるで道化ではないか。

闇の書がどんな物であろうと、優しくしてくれるみんなが裏切るはずがないと、信じていた。

過去にどんなことがあろうと、戦いのない穏やかな暮らしの中だったら、普通に過ごしてゆけると思っていた。

だが、結果はこれだ。

こんな自分にも言葉をかけてくれるエスティマの妹をあそこまで追い詰めて、たくさんの人に恨まれて。

なんで私ばかり、と思ったことは、今まで何度もあった。

しかし――今、その理不尽をばらまいているのは自分だ。

「……いい」

自分なんかがいるせいで、たくさんの人が不幸になった。

なんとか生きていこうと思えた過去はまやかしで、結局のところ、自分は誰かに迷惑をかけて生きてゆくことしかできないのだ。

だったら。

「……くなればいい」

理不尽だらけの世界も、自分も、何もかも。

「……全部、なくなってしまえばいい」

すべてがなかったことになればいい。

みるみる内に表情を消しながら、頬に涙を伝わせて、そう、告げた。

『……それがあなたの望みですか、主はやて』

「そうや。私なんかいなくなればいい。嫌なもの全部、ぜーんぶ消えればいいんや」

そうなったら何も起こらない。

嫌なことも何もかも、これから起きる悲劇も、全部なくなれば良い。

『分かりました。管理者の要望を、管制人格、防御プログラム、両者が認めます』

はやての願いを聞き届け、離れた場所にいるリインフォースは、すぐ側にあるリンカーコアを捕食しにかかる。

湖の騎士。瞬く間にそのリンカーコアを取り込み、はやての目の前に転移してきた。

次いで、はやての足元に古代ベルカ式の魔法陣が展開する。

「何!?」

アルフは闇の書にフォトンランサーを放とうとするが、遅い。

はやての魔法陣が白から闇色へと変色し、

「うわああああああああああああっ……!」

空を割くような絶叫と共に、光が爆ぜた。

衝撃波が吹き荒れ、轟音が空に木霊する。

闇色の光柱の中、目を見開いたままで、はやては口を動かす。

「我は闇の書の主なり。この手に、力を」

主の命令に従い、闇の書ははやての手に収まる。

そして、

「封印、開放」

その呟きに同調して、ユニゾンが開始された。









[3690] 十六話
Name: 角煮◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2008/10/21 22:06

虚空を突き破る黒の魔力光。

その中心いるのははやてであり――彼女は、徐々にその姿を変えていた。

それをただ見上げながら、俺は全身から力が抜けるような錯覚を覚える。

……このタイミングで、覚醒するなんて。

鉄壁の防御を貫ける者はこの場に揃っている。揃ってはいるが、俺とフェイトは満身創痍。

健在なのは、なのはだけ。彼女一人でリインフォースに勝利するのは可能なのだろうか。

原作では辛勝だったが、今のレイジングハートにはエクセリオンモードが搭載されてはいない。もし接近戦に持ち込まれたら、それだけで負けが見えてくる。

どうやって勝てば良い。一撃入れれば良いわけじゃない。少なくとも、なのはの全力全開二発分の魔力ダメージを叩き込まなければならないのに。

増援だって期待できない。運良く駆け付けてくれたとしても、半端な戦力が合流したところで、広域攻撃魔法を放たれればそれだけで終わりだ。

どうすれば良い。

そんな言葉が脳裏を占め、気が遠くなり――

「……兄さん」

ぎゅっと手を握られ、我に返った。

視線を向ければ、フェイトは疲れを隠そうとしながらバルディッシュを握り締めている。

……ここで俺が弱気になったら駄目だ。妹を怖がらせてどうする。

フェイトに気付かれないようにそっと溜息を吐くと、俺は彼女の頭を撫でた。

「ここは俺となのはに任せて、フェイトは退いてくれるか? それで、クロノに現状を伝えてくれ。
 俺から連絡する余裕はないと思うから」

「兄さん、私もっ……!」

「馬鹿。ソニックフォームの反動、残ってるんだろ? ここはお兄ちゃんに任せとけ。
 その代わり、連絡をしっかり頼むな」

「……分かった。けど、絶対に無茶はしないでね? またいなくなったら、嫌だからね?」

「努力するよ」

言いつつ、Larkをセットアップ。最後に笑いかけると、フェイトに背を向けた。

……さて。

す、と息を吸い込み、念話を飛ばす。

『アルフ。フェイトとシグナムを回収してアースラへ。ここの直上にきているはずだ。
 頼めるな?』

『……なんでアタシがあんな奴を』

『シグナムが死んだら、勝手に連れ出したお前らの立場が今以上に悪くなるんだっつーの。
 管理局は殺人を許容したりはしてないよ』

納得していないようだったが、分かったよ、と悪態混じりの返答が届く。

それに頷くと、今度はなのはへ。

『なのは』

『うん』

『これから、覚醒した闇の書を止める。正直言って相手にしたくない類の化け物だけど、止めないとはやてがヤバイ。
 辛い戦いになると思うけど――付き合ってくれるか?』

『当たり前だよ。一緒に頑張るって、約束したじゃない』

シグナムに、ないよりマシといったレベルの下手くそな治癒魔法をかけながら、なのはは頷いてくれる。

……やっぱりそう言ってくれるか。心強い反面、申し訳ない。

『サンキュ。そんな良い子には、事件が終わったあとにご褒美をあげよう』

『何言ってるの、もう。……期待しちゃうからね?』

フライヤーフィンを発動し、なのはは飛行魔法を開始する。

それに倣って、俺もアクセルフィンを発動。

Larkを握った右手の裂傷から鋭い痛みが返ってくるが、無視だ。

「バリアジャケット追加構成。鉢巻き」

『はい、ご主人様』

構成された鉢巻きでグルグルと右手を固定し、準備完了。

……左腕はただのデッドウェイトにしかならない、か。

おまけにフルドライブはLarkへの負荷が高すぎるので封印安定。リミットブレイクは自滅必須。

セッターを使うには、俺の状態が悪すぎる。振り回されるだけじゃ済まないだろう。

こんなコンディションでどこまでやれるか分からないが、

「打てる手は全て打つ」

呟き、飛翔する。























リリカル in wonder


















『俺が動きを止めるから、なのはは射程ギリギリから最大出力で砲撃を撃ってくれ』

『うん、分かった!』

指示通りになのはは移動を開始して、俺はリインへ、彼女は正反対の方向へと。

ちら、と視線を地面に向ければ、アルフはフェイトとシグナムを連れて転移を始めようとしていた。

あとは、目の前の障害をなんとかするだけだ。

ユニゾンはまだ途中。掟破りで悪いが、

「クロスファイア!」

『集束』

「シュート!」

片手でLarkを突き出して、六つの誘導弾を集束したクロスファイアを撃ち込む。

サンライトイエローの射撃魔法が真っ直ぐに伸び、炸裂。魔力光の残滓を残して、爆煙が上がる。

だが、少し遅かったのか。

その煙を引き裂いて現れる姿。

黒い騎士甲冑に、背中に生えた一対の翼。長い銀髪に紅い瞳。四肢に巻き付いた拘束具。

記憶に残っている強敵が、降臨した。

「リインフォース!」

名を叫び、一気に加速して斧の魔力刃を叩き付ける。

しかし、掌に張られたシールドバリアに防がれ、キチキチと耳障りな音が上がった。

……やっぱ、硬いか。一応バリア貫通能力だってそれなりなんだが。

ならば、と身を翻して、ピックの部分に鎌の魔力刃を形成。

後ろ回し蹴りの要領で加速し、叩き付ける。

が、これも防がれた。案の定と言ったところだが、やはり片手では力が伝わりきらないって理由もあるか。

次は――

「……ごめんな、エスティマくん」

「……何!?」

リインフォースの唇から紡がれた声。

それを聞いて一瞬動きを止めてしまう。

その隙を狙って、フォトンランサーが俺を囲むように出現し、

「ジェノサイドシフト」

殺到する。

舌打ちしつつ回避し、切り払うが、それでも二発もらった。何故か非殺傷設定だったので怪我を負うことはなかったが。

なんとか体勢を立て直して次に警戒。

しかし、追撃はやってこない。

呆気にとられると同時に、さきほど聞いた声に眉根を寄せる。

「はやて……意識が、あるのか?」

「うん。……そんなにおかしなことなんかなぁ? ん、リイン? そか。なら、不思議がられてもしゃあないわ」

一人ぶつぶつと呟き、納得するはやて。

……ちょっと待て。

一体、何が起こっている。

『なのは。ちょっと待ってくれ』

『え? うん』

念話で待ったをかけつつ、警戒を続けながらリイン――否、はやてへと視線を向ける。

……どこからどう見ても彼女の姿はリインフォースだが。

「はやて。意識があるなら話は早い。今すぐユニゾンを解除するか、防御プログラムの切り離しを――」

「嫌や」

紡がれたのは拒絶の声。

彼女らしからぬ怒りの滲んだ声色に、思わず眉根を寄せる。

「……どうしてだ?」

「もう、嫌なんや。誰かに裏切られるのも、悲しい気分になって、誰かを恨むのも。
 もう私は傷付けられる側になんかいたくない。
 私を嫌って、傷付けようとするものを、みんななくしてやる。
 ……だからエスティマくん、どいて?
 みんな大嫌いやけど、それでも私、エスティマくんやなのはちゃんを傷付けたくない。
 こんな私の友達でいてくれた二人とは、戦いたくないから」

「何言ってるんだ! そもそもはやてが戦う必要なんて、どこにもないだろう!?」

「あるよ」

思わず怒声を上げた俺に、はやては胸に手を当てて応える。

「ここに、ある」

そして何かを思い出すように目を瞑ると、吐息と共に言葉を吐き出した。

「今まで何をされても怒らないように、辛いことがあっても我慢しようって思ってきた。
 やって、私みたいなのが生きていくには、そうするのが一番だから。
 ……せやけどな。たくさんのことを諦めてきたけど、手元にあるものだけで満足できてた。
 高望みしなければ、幸せでいれた。
 けど、これはなんや?
 私の知らないところで面倒なことが起きて、その責任を負えって言われて。
 なんで私ばっかりがそんな目に遭わないかんの?
 おかしいやん」

「……だから壊そうと思ったのか」

「せや。怖いもの、嫌なもの、ぜーんぶ」

それだけの力があるから、と、彼女はにっこりと微笑んだ。

……そうか。

「そうかよ……!」

ギリ、と奥歯を噛み締める。

「悪いけどな、はやて。そんな理由を聞いた以上、黙って道を開けるなんてこと、できやしない」

「……エスティマくんは、私の友達やないの?」

「そうだ。だからこそ、お前を止める。
 なぁ、分かっているのか? 破壊を撒き散らせば、はやてと同じ思いをする人が生まれるんだぞ?
 それでも、そんなことを言うのか?」

「それが私になんの関係があるん? そんな綺麗事で止まれる人がいたのなら、私はここにおらへんよ。
 みんなと同じように、私は私のやりたいようにやる。
 私は自分のしたいことをする」

「できるものなら――!」

「今の私なら、できるもん――!」

『――Phase Shift』

カートリッジの炸裂に続いて、稀少技能を部分開放する。

カートリッジの炸裂に気付いたはやての動きが遅い。

巻き上がる烈風や砂塵。雲の動きやなのはの叫び。


その何もかもが。

そんな中で動けるのは――

「――遅い」

「――エスティマくんが遅いよ」

背後へと回り込もうとした瞬間、脇腹に拳が掠った。

バリアジャケットのおかげで骨は折れないが、直撃こそしないものの音速超過で移動していた最中の被弾。

衝撃が身体を突き抜け、息が止まる。視界が明滅し、意識の手綱を手放しそうになった。

暗転しかけた視界の隅。

そこにははやての姿が映っており、

「羽ばたいて、スレイプニール」

背中に黒翼を生やし、

「凍て付く荒野を飛び立つ翼を我に、アクセルフィン」

両肩にサンライトイエローの、俺から蒐集した加速翼を装着して、

「金色の衣、リアクターフィン」

手首、足首にフェイトのリアクターフィンを。

……あんな一度に加速補助の魔法を使うなんて、どんな演算能力だ。制動をかける部位が多くなればなるだけ、移動中の姿勢制御や出力調整が難しいのに。

そもそも魔力が保つわけが――

いや、そうか。そういえばこの相手は、そういう輩だ。

くそ、固定砲台っていう先入観が、脚を引っ張った……!

体勢を立て直そうとするが、猛烈な勢いで込み上げてくる吐き気によって叶わない。

そんな俺に向けて、はやては掌をかざす。

闇色の魔法陣が足元に展開して、

『エスティマくん!』

だが、それが発射されるよりも速く、桜色の砲撃がはやてに直撃した。

ディバインバスター・エクステンション。常人では手の届かない域の威力を秘めた砲撃魔法。

防いだとしても防御の上から敵を削る反則技。

だが、しかし。

受け止めることをせず、まるでステップを踏むように、はやてはそれを回避する。

そして俺へと向けていた掌をなのはへと。

手の平に現れるのはサンライトイエローのミッド式魔法陣。

……この距離だと、ラピッドファイアか?

そんな風に考えた俺の予想は、裏切られる。

「蒼穹、貫いて。遙か、空の彼方まで。――ワームスマッシャー」

旅の鏡と同種のゲートが出現し、そこへはやては射撃魔法を連射する。

ワームスマッシャー。結界魔導師に射撃技能を求めるという、ミッド式の馬鹿な異端魔法。

俺では発動までに時間がかかりすぎて、戦闘に使えない。

だが、彼女が使えば――!

俺とはやてがいる場所から遠く離れた空中で、連続して爆音が上がる。

遠すぎて悲鳴は聞こえないが、間違いなくなのはは戸惑っているだろう。

長距離跳躍射撃。距離や障害物の一切を無視して敵に不意打ちを叩き込むチート技。

なのはが見たことのある魔法で近いのはプレシアの次元跳躍砲撃だが、こんなもの俺だって想定の範囲外だ。

くっそ……!

奥歯を噛み締めて気持ち悪さをやりすごし、Larkを握り締める。

そしてカートリッジロード。

『――Phase Shift』

瞬時に接近して鎌の魔力刃で斬り掛かる。

はやては俺の行動に気付くと、ワームスマッシャーを中断して翼を羽ばたかせた。

接近し、斬りつけ、シールドで弾かれ、距離を取られる。

全てが一瞬の攻防だ。傷一つ負わせることもできず、俺は歯噛みする。

だが、やはり本来の特性とまったく別の戦い方をしているからだろうか。

高速機動戦闘を行っているはやての息は荒い。

……はやてが表に出ているってことは、彼女主導で戦闘を行っているということ。

リインフォースのフォローはあるだろうが、そうか。

唯一の勝機は、彼女の戦闘経験のなさ。

自分に何ができるかも把握していないのならば、俺に合わせて高速機動戦闘をしかけてきたのも分かる。

『なのは……大丈夫、か?』

『う、うん。なんとか』

『俺は、このまま、接近戦を続ける。なんとかして脚を止める、から、引き続き……狙撃を、頼む』

『……大丈夫なの? 声、辛そうだよ?』

『お互い様だろ。……何があっても、絶対に前に出るなよ』

念を押して、ちら、とLarkの弾倉に目を向ける。

……フルドライブでの応酬なら、一撃を入れることは可能か?

今のままで持久戦をやらかしたら、情けない話だが、先に俺がダウンする自信がある。

だったら、一気にケリをつけて――いや、駄目だ。

それでもし失敗したら後がない。今のままずるずると戦うのも良くないが。

増援待ちか。くそ。

「エスティマくん、強いなぁ。リインも驚いとる」

「余裕たっぷりに言われても嬉しくないね」

射撃魔法の応酬をしながらそんな会話を交わす。

俺は紙一重での回避を行い、はやてはすべての攻撃を防いでいる。

なのはの砲撃が突き刺さった隙を狙って責めても、力の乗らない斬撃ではシールドを破れない。

無尽蔵の魔力と高いバリア出力にものを言わせた戦法。どうにもやりづらい。

接近しようにもはやては戦闘に慣れ始めたのか、俺の左側に回り込むようにして移動を続けている。

左腕が動かない今、それに合わせるだけで精一杯だ。

『ご主人様。撤退を推奨します』

『駄目だ、Lark。ここで退いたら、はやてを止めることができなくなる。
 ここでなんとか抑えないと、はやてに罪を負わせてしまう。
 それだけは避けないと』

『ならば、フルドライブを。私にかまわず』

『んなことできるか!』

接近してきたはやてを切り払い、距離を取りながらLarkに怒鳴る。

……そうだ。今の体調が最悪ってのもあるが、Larkのスペックが俺の魔力出力に追い付いていない今、フルドライブを使うわけにはいかない。

デュランダルのマイスターに気休め程度の強化をしてもらい、一応、フルドライブに耐えることはできるようになっている。

だが、それだけだ。

戦闘はできるが、戦闘継続時間が著しく短くなるし、フレームに負荷が馬鹿みたいな勢いで溜まる。

そんな状態でリインとぶつかればどうなるかだなんて、少し考えれば分かることだ。

……かと言って、セッターを使うわけにもいかない。

以前の調子を考えると、こっちは俺の身体が保たない可能性がある。

そんな状態で、どうしろって……!

「しまっ……!」

「捕まえた」

意識を逸らしたせいか。

投げ出していた左手がリングバインドに捕まり、動きを止めてしまう。

はやてはにんまりと笑みを浮かべ、手を翳す。

攻撃を邪魔するように桜色の誘導弾が殺到するが、無駄だ。闇色のフィールドに阻まれて、ダメージらしいダメージが入らない。

バインドブレイクが間に合わない。抵抗する今も、はやての手に魔力光が集う。

『エスティマくん、逃げて!』

悲鳴じみたなのはの声が聞こえるが、駄目だ。

とてもじゃないが間に合わない。

「フォトンランサー・ジェノサイドシフト」

……こんなところで、か。

「ファイア」

ゆったりと、訛りのあるトリガーワードが紡がれる。

防ぐ術はない。俺の紙装甲なんて、意味をなさない。

桜色の砲撃がいくつかのフォトンランサーを撃ち落とすが、それでも駄目だ。

殺到する魔力弾を前にして、諦めるときだ、と脳裏で誰かが囁き、

『Sonic drive』

目視できるか否か、といった速度で、何かが射線に割り込んだ。

着弾と同時に悲鳴が上がり、煙の中から黒いデバイス、バルディッシュが地面へと落下する。

それでも、彼女は身を挺しながら俺の前に立ち塞がり、フォトンランサーをその身に受けている。

「フェイト!? 馬鹿、よせ!」

なんでここに――アルフと一緒にアースラへ戻ったんじゃなかったのか!?

「ソニックフォームで何やってるんだ、やめろ!」

叫びを上げるも、フェイトは背中越しに顔を向けて微笑みを浮かべるだけだった。

痛いだろうに、それでもどこか嬉しそうに。

それを目にして、思考が沸騰した。

純粋に魔力を叩き付けて力ずくでバインドを破壊すると、瞬時にフェイズシフトを発動。

弾幕をかいくぐり、フェイトへと着弾しようとしていたフォトンランサーを全て切り払う。

そして加速終了と同時にフェイトを抱き寄せると、ほぼ反射的にはやてを睨み付けてしまった。

「……これで、満足か」

「あ……」

「傷付ける側に立って、満足なのかよはやて!」

「……ッ、当たり前……や」

まるで駄々をこねるように、はやては応える。

納得できないような、しかし、否定はしないと、そんな表情で。

『Flash Move』

「エスティマくん、フェイトちゃんを、早く!」

はやてと俺の間になのはが割り込み、バスターモードのレイジングハートをはやてへと突き付ける。

それに、すまない、と返して、俺は地上へと一気に降下した。

……クソ。

畜生……!





























エスティマとフェイトが去ってゆくのを背中越しに感じながら、なのははレイジングハートを握る手に力を込めた。

目の前にいるはやては見覚えのある飛行補助の翼を生やした状態で、地上へと降りるエスティマをただ見ている。

浮かべた眼差しには確かに後悔が浮かんでおり、まだ間に合う、となのはは頷いた。

「はやてちゃん、もう止めようよ。まだ戦うつもりなの?」

「……ここまでやって、退けるわけない」

「ううん、止められるよ。こんなことになったけど、はやてちゃんは何も悪くない。
 エスティマくんだって、きっと謝れば許してくれる。フェイトちゃんも――」

「だから、もう止まれるわけがないっていうとるやん!」

叫び声と同時に、はやての足元と手の平に魔法陣が現れた。

それに応じて誘導弾を十個生み出し、なのははレイジングハートを構える。

デバイスコアの下部にあるマギリングコンバーターが唸りを上げ、ついさっきまで吐き出されていた戦闘の残滓を取り込み始める。

集束された魔力はそのまま誘導弾に上乗せされ、クロスファイアは一ランク上の魔法、アクセルファイアへと変化。

いつでも集束砲撃に変えられるように準備をし――

「私の邪魔をするなら、なのはちゃんだって――!」

「……っ!」

闇色の魔力光が弾けると同時に、なのははラウンドシールドを発動させた。

はやてが放ったのはラピッドファイア。瞬きの間に放たれる十発の――

「え、なんで……!?」

ガン、ガン、ガン、とシールドを削る砲撃。

十発を過ぎても、途切れる様子を見せずにひたすらに連射される。

重い。エスティマのラピッドファイアとは比べものにならない。

苦悶に顔を歪めながら、なのははアクセルファイアを二つで一組に集束して砲撃を放つ。

交差する光条。お互いの砲撃はシールドに阻まれて爆発。

煙を引き裂いて二人は体勢を整えると、手の平を向け、レイジングハートを構え、再び魔法を放つ。

「はやてちゃん、もう止めてよ! こんなことしたって、なんにもならないってば!」

「だから何!? だから黙っていろって言うの!? そんなのはもう、たくさんや!」

「違う、違うよ! リインフォースさんもヴィータちゃんもザフィーラさんも、はやてちゃんの家族はこんなこと望んでない!
 シグナムさんやシャマルさんだって、きっと……!」

「知った風な口を利くな!」

誘導弾をかいくぐり、はやては間合いを詰めて拳を叩き付ける。

レイジングイハートが咄嗟にオートガードを発動するが、彼女の拳にはバリアブレイクが付加されていた。

ガラスが砕けるような音と共に殴り付けられ、なのはは吹き飛ばされる。

しかし彼女はすぐに体勢を整えると誘導弾を操作し、牽制。

はやてとの距離を再び開けて、意志を挫かず、戦闘を続ける。

「他の誰かが望んでいるから、私にそれをするななんて……押しつけがましい! 誰がそんなことを望んだんや!
 それに、みんなが望むように、私だって、みんなに戦って欲しくなかった。
 それなのにそれを無視して、自分勝手に!
 だったら私が好きなことして、何が悪いの!?」

「悪い悪くないの問題じゃない! このままじゃ、はやてちゃんが味わった悲しさを、みんなが感じることになるんだよ!?
 そんな思いをさせて、はやてちゃんは楽しいの!?」

「……………………当然や」

逡巡の末に、はやてはそう言った。

迷いをたっぷりと含んだ言葉。駄々をこねている彼女は同時に何を考えているのか。

今の行動は自棄になったから。もしエスティマがここにいたら、言葉尻からそう判断しただろう。

だが――

「……そう」

はやてに聞こえないぐらいに小さく、なのはは呟く。

顔を俯かせ、ぎゅっとレイジングハートを握り締めて。

「前にさ」

「……なのはちゃん?」

「フェイトちゃんと戦ったとき、甘ったれたガキって言われたことがあったんだ」

ガキン、とレイジングハートが音を上げる。

パーツがスライドし、スリットから桜色の光翼を吐き出し、四枚翼に。

「平穏な暮らしをしていたアンタなんかに、フェイトちゃんの苦しみが分かるわけがないって。
 ……そうだね。確かに私は、フェイトちゃんの苦しみを分かってあげることができなかったよ」

けど、となのはは言葉を続ける。

レイジングハートは音叉状となっていたヘッドに更なる追加を行い、円を描くように二本の柱が追加、丸みを帯びた三叉矛のようになる。

「……ねぇ、はやてちゃん。もしかして――自分だけが辛い想いをしているなんて、思ってる?
 自分だけが、分かって貰えないなんて、思ってる?」

そして最後にマギリング・コンバーターがスライドし、延長。

キィィ……と甲高い音を立て、内部のフィンが今まで以上の高速で回転を始めた。

『avalanche mode.set up.
Full drive.Ignition』

「自分のことを理解してもらえるなんて、そうそうあるはずがないじゃない。
 それでも分かってもらうために、言葉があるんじゃないの?
 思い通りにいかないから暴れるだなんて、それじゃあただの駄々っ子だよ。
 ……自分が独りぼっちだなんて、思い込んでさぁ!」

「だ、だって、私を助けてくれる人なんて……!」

「いるよ! ボロボロのエスティマくんがさっきまで、なんのために戦っていたのか分からないの!?
 クロノくんがアルカンシェルの発射を止めている理由をなんだと思っているの!?
 ヴィータちゃんやザフィーラさんが、ただ守ってくれるだけの存在じゃないって知ってるでしょ!?
 はやてちゃんが感じる怖さと同じだけの優しさを向けてくれている人が、こんなにいるのに!」

「けど、それでも……!」

『Avalanche Buster』

返答の代わりに集束した魔力光が爆ぜる。

はやては咄嗟に射線上から逃れようとするが、

「そんな……!」

予想していなかった砲撃を受け、苦痛を顔に浮かべた。

なのはの放った魔法はアヴァランチバスター。発射と共に爆ぜる、拡散タイプの砲撃。

蒐集したなのはの使う魔法を把握していたはやてにとって、それは完全に不意打ちだった。

自分の知らない魔法。それを使ってくるなんて、と。

回避は間に合わず、右半身に被弾。形成していた加速翼は消滅し、それを再び生み出そうとするが、遅い。

目を見開く。

レイジングハートの上げる耳障りな機械音の響く空には、夥しい量の誘導弾が浮かんでいた。

二十や三十じゃきかない。こんな数の誘導弾を、操れるわけがない。自分ならばともかく、並の人間ならば魔力が保つわけがない。

だが、

『Starlight fall』

「シュート!」

その常識を打ち砕かんと、桜色の流星群が降り注ぐ。

制御は甘い。中には自分を素通りして地面に向かう弾もある。

だが、逃げ道を塞ぐ、否、逃げることを許さない物量を前にしてそんなことは関係ない。一発二発が逸れたところで、なんの意味もない。

幾重にもバリアを張り巡らせ、はやてはなんとか光の雨に耐える。

その間、なのはは誘導弾を制御しながらゆっくりと上昇していた。

元より全弾を命中させるつもりはない。半分も当たれば儲けもの。足が止まればそれで良いのだから。

額に汗を浮かばせ、歯を食いしばりながら、なのははレイジングハートの矛先をはやてへと向ける。

『Divine Buster Extension』

「シュート!」

放たれるのは強化されたディバインバスター。動きを止めたはやてに向けて、それは突き刺さる。

シールドにかかる負荷に、はやては目を見開いた。

……さっきまでは、簡単に受け止められたのに!?

確かに砲撃は防いでいる。

だが、突き出した手の平を覆う騎士甲冑は千切れ、いや、背中のスレイプニールも羽を飛ばし、全身の防護服が少しずつ弾け飛び、じくじくとダメージが蓄積してゆく。

悲鳴を上げる闇色のシールド。冷や汗を流しながら、はやては砲撃が止むことをただ祈る。

だが、ディバインバスターが止まることはない。

十秒、二十秒と経っても、止む気配がない。

なんでや、とはやてがなのはに視線を送れば、彼女は弾かれた砲撃の魔力をすぐに掻き集めて再び攻撃に注ぎ込んでいる。

集束技能。それも半端ではない次元の。それをリインフォースから聞き、なんてインチキ、と悪態を吐く。

なんとかして耐えようと、シールドに更なる魔力を注ぎ込んで削ぎ落とされた部分を補修するが――

削り取ったその魔力すら集束して、ディバインバスターは威力を増し、遂になのはの砲撃ははやての防御を喰らい尽くす。

桜色の光に包まれたはやては、その勢いに押し負けて地上へと逆落としに。

だが、尚も砲撃は止まない。

地上へ到達し、地面に押し付けられながら、まだ攻撃は続く。

避けることも防ぐこともできない。全身に走る痺れに意識を失いそうになり、激痛で覚醒。それを繰り返しながら、ただ絶叫する。

そして遂に砲撃が止んだ。

ようやくはやてはまともに息をすると、なんとか立ち上がろうとする。

見下ろしてみれば、騎士甲冑は完全に吹き飛ばされて全裸に近い状態になっていた――が、すぐさまそれは修復された。

……どういうことだろうか、と首を傾げつつも、まあ良い、と溜息を吐く。

「……痛いなぁ」

『……大丈夫ですか、主はやて』

「うん。……なあ、リイン。私、どうすれば良いんかなぁ」

『……それは』

リインフォースははやての問いに応える言葉を持ってない。

どう続けて良いのかと考えている内に、主人が苦笑していることに気付いて、非常に申し訳なくなった。

「優しくしてくれる人がいる。それは分かってるんや。
 それでも嫌なものは嫌。……分かってる。こんなん、ただのワガママだってことぐらい。
 嫌な気分にならないで生きている人がいないぐらい、私でも知ってる。
 けど、怖いんや。繋いだ手が嘘だったなんて、そんな気分、もう味わいたくない。
 ……どうすればええのん?」

「そのままで良いと思うよ」

ざり、と砂を踏む音で、はやてはいつの間にか俯いていた顔を上げた。

そこには汗をびっしょりとかいたなのはがいる。彼女は額に髪の毛を張り付かせ、肩で息をしながらも、微笑みを浮かべていた。

「それが普通だよ、はやてちゃん。痛いことや苦しいことを我慢する必要なんてない。
 言ったよね? 優しさを向けてくれる人がいるって」

ほら、となのはは空を指さす。

その先には転移魔法陣が展開されており、

「……ヴィータ、ザフィーラ?」

「はやてぇ!」

二人ははやてを見付けると、真っ直ぐに近付いてきた。

外見が変わったことも気にせず、ヴィータははやての胸に飛び込む。

それを驚きながら抱き留め、少し遅れて降り立ったザフィーラに視線を送る。

……どうしてここに?

そう、視線で語る。

「二人とも、はやてちゃんが心配だったんだよ?
 ……苦しかったら、誰かを頼っても良いの。嫌なことがあったら、それを誰かに言っても良いの。
 それを望んでいる人がいるの。
 ねぇ、はやてちゃん。それでも、まだ駄々をこねるの?」

しがみついてくるヴィータの頭を撫でながら、良いのかな、とはやては自問する。

自分一人で抱え込まなくて良いのかな。誰かに迷惑をかけても、本当に良いのかな。

……辛いことや苦しいことを一緒に背負ってくれるという言葉は、嘘じゃないのかな。

「ヴィータ。まだ、私の家族でいてくれる?
 ザフィーラ。こんな駄目なご主人様を、見捨てない?」

「当たり前だろ!? なんでそんなこと言うんだよ、はやてぇ……!」

「見捨てるも何も、そもそも俺は主を駄目だなどと、一度も思ったことがない」

ヴィータはしゃくりあげながら、ザフィーラはぶっきらぼうに応えてくれた。

そか、と頷き、おずおずと、今度はなのはへと。

「……ねぇ、なのはちゃん。ワガママ言ってばかりの私を、許してくれる?
 エスティマくんは、許してくれると思う?」

「それは――」

「許すも何も、そもそもそこまで怒っちゃいないって」

不意に現れたエスティマに、なのはは純粋に驚き、はやては息を呑む。

彼は左肩を右手で押さえながら、痛みに顔を顰めていたが、口調は柔らかだった。

「ちょっと早い反抗期だっただけだろ、これは。
 なぁ、なのは」

「えっと、そう……なの?」

「そうなの。……で、どうよ。お前は許してあげるのか?」

「当たり前だよ!」

少しムッとした様子で声を上げるなのはに、はやては軽く吹き出す。

笑顔――いや、目尻に涙を浮かばせた泣き笑い。

そんな表情だが、確かに彼女は笑顔となっている。

……ようやく見れた。

はやての笑顔にそんな感想を抱きながら、なのはは肩の力を抜いた。






























クロノにフェイトを頼んで戻ってみれば、どうやら一件落着といったご様子。

……なんだこれ。

良いところは全部持って行かれたんじゃない?

わーい、あんだけ死にそうな気分で相手をしていたのに、どうしてこんなことになってるの?

いやまぁ、良いんだけどさぁ。

なんつーか、脱力だ。

「じゃあ、帰ろうか」

言いつつ、ヴィータの抱き付かれたままのユニゾンはやてに手を差し伸べる。

彼女はぱちくりと目を瞬かせてそれを見ると、おずおずと手を握り締めた。

はやてを引き起こして……って、なんか違和感あるな。

俺よりも背が高いんですけど。

「……エスティマくん」

「何?」

「ありがとうな」

言いつつ、はやては俺の頭を撫でてきたり。

「……上から目線で何をするか」

「いやぁ、考えてみたらエスティマくんよりも高い目線になるのは初めてやから。
 こう、つい、な?」

なんだろう。すごい苛つく。

中身が二十歳オーバーな我様。九歳のお子様にこうされるのは、非常に遺憾。

あ、この野郎。笑うななのは。

「ザフィーラ。この屈辱、分かってくれるよな?」

「ふむ。頭を撫でられるのは至福だが?」

「ああそうか。ごめん、聞いた俺が馬鹿だった」

犬だもんねお前。え、狼? 犬だろ。

ファック!

ああもう、とっとと帰ろう。肩の傷が真剣に拙い気がするし。

応急処置しただけで高速戦闘なんかしたから、調子が悪くて――

『ご主人様!』

「え?」

胸元からLarkの叫び。

それと同時に、魔力が吹き荒れる。

おいおい、一体何が――

『闇の書の主の戦意喪失を確認。自己防衛のため、防御プログラムの単独起動を開始』

風の唸りに混ざって、そんな音声が聞こえた。

腕で顔を庇いながらはやてを見れば、信じられない、といった表情で夜天の書に目を向けている。

……待て。つまりは。

「リイン、一体何が起こってるん!?」

『申し訳ありません、主はやて』

「そないなことはええから、早くなんとかせな!」

『無理なのですよ、主』

つつ、とはやて――いや、リインフォースの頬を涙が伝う。

はやてが浮かべた涙とは別種の、諦めからくる類のもの。

「全員、散れ!」

「え、エスティマくん!?」

「アルタス・クルタス・エイギアス。迷い子よ、虚空に潰えよ。テトラクテュス・グラマトン」

リインフォースが紡いだ呪文を耳にして、全身が総毛立った。

戸惑っているなのはの腕を引き、Larkのセットアップも行わずにアクセルフィンを発動。

ヴィータとザフィーラにも念話を送り、なんとか離脱しようと試みる。

「バルエル・ザルエル・ブラウゼル。回れ、無限の試験管」

間に合うか否か。

防御なんて考えず、全力で魔力を飛行魔法に注ぎ込み――

「――――放て、無限光」

視界がサンライトイエローの光に包まれた。

直撃だけは免れたが、衝撃波で体制の維持が不可能となり地面に叩き付けられ、いや、違う。

直撃ではないと思ったが、それは間違い。上下から降り注ぎ始めた魔力が、足枷になったに過ぎない。

なんとか離脱しようと試みるも、アクセルフィンを形成する端から削られる。

駄目なのか? くそ、蒐集された魔法でやられたら世話ないぞ!

「フィールドバリアを全力展開しろ! なのは、我慢してくれよ!」

「え!?」

疑問の声を無視してLarkをセットアップ。

そして間を置かずにカートリッジロード。

『――Phase Shift』

「――――アイン・ソフ・オウル」

発動はどちらが速かったのだろうか。

それを確かめる術はないが、俺となのははなんとか逃れることができた。

バリア出力が高いだけあって、音速移動の道連れにしてもなのはは無事だったようだ。

次いで、閃光が爆ぜる。

地面と空中に描かれたミッド式魔法陣から際限なく光が降り注ぎ、轟音が大地を揺るがす。

「ヴィータちゃん!」

「ザフィーラ!」

あの二人は逃れることができたのだろうか。

サンライトイエローの光が濃すぎて、姿を確認することができない。

十秒ほど経ち、ようやく光が止む。

それと同時に、三つの影が虚空へと舞い上がった。

黒。それを追うように、紅とライトブルー。

なんとか無事だったみたいだが……さて。

空には急速に暗雲が立ち込み、火柱が空へと噴き上がる。

地震と共に地面を貫き、防御プログラムの触手が俺たちに殺到する。

それを回避し、切り払う。

「なのは……まだ戦えるか?」

「うん。……って言いたいところだけど、少しキツイかも」

……この子が弱音を吐くぐらいだからよっぽどだな。

けど、

「一発だけで良い。スターライトブレイカー、頼めないか?」

「それだけなら大丈夫。戦闘は無理だけど、砲撃を撃つだけなら」

激戦区だから集束が楽なんだ、と笑いながら怖いことを言ってくれる。

頼もしい。

「ありがとう。……一分かけてチャージしてくれ。
 それまでに、必ずリインの動きを止める」

「うん」

悪いな、と言いつつ、どうするか、とLarkに視線を落とす。

……クライマックス。ここを乗り切ればどうにかなる。

だが、向こうの防御を貫く手段はあってもそれを当てるための手段が、ね。

ヴィータは純粋物理攻撃に特化した騎士だ。無限に再生する防御プログラムとの相性は悪すぎる。

それでも動きを止めることはできるだろうが、はやてを相手にギガントをぶち込むなんてこと、あの子にはできないだろう。

ザフィーラにはなのはのガードをやってもらなければならないし。

そうなると俺がリインの足止めとダメージの追加を行わなければならないのだが。

……さて、どうする。

頼みの綱である速度は、さっきの戦闘であまり有効ではないことを思い知らされた。

だが、音速超過の砲撃ならばリインの防御を貫く自信はあるし、避けられまい。

しかし、フルドライブ中の最大攻撃力を今のLarkで叩き出すことは出来るのか?

セッターでのゼロシフトも選択肢の一つだが、この土壇場で博打をする趣味はない。やり直しは利かないんだ。

どうする、と考えた時だ。

ふと、視界の隅にあるものが映った。

……そうだ。その手があった。

『ヴィータ、ザフィーラ。作戦がある。聞いてくれるか?』

『んだよ! こっちは今忙しいんだ!』

『落ち着けヴィータ。
 エスティマ、その作戦とは?』

『なのはの砲撃でリインフォースに魔力ダメージを与え、一時的に機能停止へと追い込む。
 その間に、防御プログラムの切り離しができるはずだ。
 ……そのための段取りに、力を貸してくれるか?』

『それではやてが助かるのなら、なんだってやってやる!』

『……と、いうことだ。指示に従おう』

激突音や爆発を上げながら、上空で戦う守護騎士たち。

彼らに胸中で礼を言いながら、息を整える。

『ヴィータは今から二十秒、リインフォースを足止めしてくれ。
 ザフィーラは砲撃体勢に入ったなのはのガードを。彼女はほとんど戦闘能力を失ってるから』

『二十秒だな!? 遅れんなよ!』

『承知』

ヴィータはそのまま防御プログラムとの戦闘を続行し、ザフィーラはこちらへと急行。

それに小さく頷いて、俺はLarkを握り締めた。

「悪い、Lark。かなり無茶させると思う」

『お気になさらず。ご主人様のやりたいように、私を使ってください』

「ああ」

アクセルフィンに魔力を送り、一気に加速する。

まだ防御プログラムの触手に埋もれていない一角。

そこに落ちているデバイス――フェイトのバルディッシュ目掛けて。

行く手を阻もうとする触手を切り捨て、回避し、ただ前へ。

そして引っ掛けるようにバルディッシュを拾い上げると、握力がロクに残っていない左手にLarkを持った。

バインドで左手を固定し、右手にバルディッシュを。

「力を貸してくれ、バルディッシュ」

『sir……いえ、了解です、エスティマ様』

律儀に日本語へと言語を変換するバルディッシュに苦笑。

さて……始めようか。

……ここまで、随分と色んなことがあった。

シグナムに殺され、フェイトがおかしくなり、やることなすこと全てが裏目に出て。

だが、それもここで終わりだ。終わらせてやる。

『――はやて。
 聞こえているか?
 八神はやて!』

『え、エスティマくん?』

『そうだ。俺の声が聞こえているな?
 いいか、はやて。管理者権限を使って、防御プログラムの切り離しを行うんだ』

『うん今すぐ――あかん。
 それでも、防御プログラムは止まらないって……』

『俺が止める。いや、俺だけじゃない。
 ヴィータが、ザフィーラが、なのはが、全力で止めてやる。
 だから言ってみろ。さっき君が辿り着いた答えを。
 こんな時、どんな言葉を吐けばいい?』

『それは……』

はやては息を呑み、しかし、念話のチャンネルを全員へと向ける。

そしてどこか恥ずかしそうに、しかし、以前とは違う声色で。

『助けて――お願い、誰か私を助けて……!』

染み渡るように、そんな言葉が全員に届く。

それに対し、当たり前だ、といった返答が四つ。

……乞われたならば、全力で助ける。

たくさんのものを取りこぼしてきたが、せめて一つぐらいは、助けられるはずだ。

「そうだろう、Lark、バルディッシュ!」

『はい、ご主人様』

『勿論です』

よろしい、と頷き、それぞれのカートリッジを四連発。

次いで、Larkがガン・ランスに、バルディッシュがザンバーに。

「フルドライブ――!」

二つの石突きを地面に突き刺して、叫びを上げる。

『――Zero Shift』

稀少技能を、完全開放する。

























フルドライブへと移行し、稀少技能が発動するまでの刹那の瞬間。

エスティマの首元に下げられたもう一つのデバイス、Seven Starsはデバイスコアを瞬かせていた。

『エスティマ・スクライアのレリックウェポンモードへの移行を確認。
 フルドライブの発動を確認。
 データ受信……クラッキング開始。
 データクラック……フルドライブ、リミットブレイクモードへと移行。
 強制シャットダウンの制限解除。
 出力制限解除。
 稀少技能の発動時間制限解除。
 反映中……コンプリート』

一瞬の内にそれらの作業を終わらせ、Seven Starsは傍観者の立ち位置へと戻る。

いや、Seven Starsが作業をしたわけではない。

このデバイスは、最初から最後まで傍観者であり、ただの中継点。

この戦いに介入したのは――























「喝采せよ! 喝采せよ!
 おお、おお、素晴らしきかな。

 第一の階段を盲目の生け贄が昇るのだ!
 我が娘よ、現在時刻を記録せよ!

 あなた方の望んだ"その時"だ!
 老人たちよ、震えるがよい!

 第一の階段を、盲目の生け贄が昇るのだ!
 遍く者は見るがよい、これこそ、我が欲望の始まりである!」

笑う、嗤う、哄笑を上げる。

両手を広げて喝采する男が一人。

それは創造者。それは科学者。それは狂人。

古代文明の落とし子。

碩学にしてプロジェクトFの元を考え出した者。

彼は笑う。

じっとモニターを見詰めながら。

乾かぬ欲望の癒しを求めて。

そして同じものを求める者は、共に笑うのだ。

「あはははははははははは!」

ジェイル・スカリエッティに寄り添う戦闘機人、クアットロ。

彼女は父親と同じものを見て、ただ笑う。

「あはははははは、とうとうやった!
 あはははははは、あのお馬鹿さんが!」

Larkへのクラッキングを行った張本人。

彼女は可笑しくてたまらないと、身を折り曲げて笑い声を上げる。

「だぁいじなデバイスを無駄にして――くすくす」

忍び笑いへと移ろうとするが、どうしても我慢できないのか。

手で口元を隠しても、歪んだそれを隠しきることはできない。

そしてもう一人。

前の二人とは違う、ただ心配だけを瞳に浮かべながらモニターを見る少女が一人。

彼女、チンクは、ただモニターを見詰めるだけで――






[3690] 十七話
Name: 角煮◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2008/10/25 05:57
ヴィータはボロボロになった騎士甲冑をはためかせながらグラーフアイゼンを振るう。

攻防が始まってからまだ間もない。

騎士甲冑を傷付けたのは戦闘でのものではなく、さきほどのアイン・ソフ・オウルによるものだ。

ザフィーラに庇ってもらったために怪我らしい怪我はしていないが、それでも体中が悲鳴を上げている。

アイゼンを叩き付ける度に上がる音は、衝突音と身体が軋む悲鳴。

それを黙殺し、ヴィータは戦闘を続ける。

……くそ、速えぇ。

飛行補助魔法をふんだんに使用したリインフォース。彼女に打撃が掠ることはあっても、直撃はない。

有効打らしい有効打を一発も入れることができていない。

だがそれは、やはりリインフォースがはやてとユニゾンしているのが原因か。

もし頭部にでもアイゼンが命中すれば、間違いなくはやては死ぬだろう。

いくら無限再生機能を闇の書が持っているとしても、駄目だ。

どうしても主を殺すような攻撃を打ち込めない。たとえ再生するのだとしても。

……アタシじゃ時間稼ぎがいいとこかよ。

目視ギリギリの速度で移動し続けるリインフォースを勘と経験だけを頼りに捌き、カウンターで一撃。

防がれ、逆にカウンターを入れられる。

雄叫びを上げてアイゼンを叩き付けるが、横薙ぎの打撃はバックステップで回避された。

……こんなの、どうやって戦えっていうんだよ!

思わず弱音を吐こうとしたその時だ。

視界の隅を閃光が通過し――それに引き摺られるように、リインフォースが離脱した。

一瞬の間に二つの魔力光、闇色とサンライトイエローはヴィータから距離を離し、錐揉み、もつれ、追い掛け合いを始める。

だが――

「……闇の書が、逃げに回っている?」

舌っ足らずな口調で、ヴィータは呆然とそんなことを呟いた。

……あの魔力光は、エスティマか?

信じられないといった表情をしながら、ヴィータはただ空を見上げる。

























リリカル in wonder

























視界の全てが遅い。

雲の流れも、地面に広がる防御プログラムの暴走体の動きも。

そんな中で動けるのは、俺とLark。

それに、目の前の敵、闇の書の防御プログラムだけだ。

右手に握ったザンバーを振るい、追撃を払うために放たれたフォトンランサーを切り払う。

そして一気に距離を詰めて斬り掛かろうとするが、リインフォースは体勢を崩しながら減速、俺の背後へと。

一気に加速し、インメルマンターン。それで背後に回ったリインフォースと一瞬の交差。

擦れ違い様に叩き込んだザンバーはリインフォースの右腕へと食い込み、もし殺傷設定ならば間違いなく斬り飛ばしていただろう。

音速超過で行っている最中の戦闘ダメージ。それによりリインフォースは大きくバランスを崩す。

思わず舌打ち。

あまり時間がないっていうのに。

今の俺が使えるのは、バルディッシュのザンバーだけだ。

Larkにはゼロシフトの維持に全力を注いでもらっている。

……俺の魔力放出量にLarkが耐えられないのがそもそもの原因。

ならば、その捌け口を二つに増やしたらどうだろうか。

バルディッシュにザンバーの維持を任せ、攻撃手段を魔力刃のみに限定する。

これでLarkへの負荷は減っているはずだが……。

「Lark、大丈夫か?」

『は、い。問題、ありま、せん』

ノイズ混じりの音声が届き、ゼロシフトを中断しようかと考えが浮かぶ。

予想以上の負荷がかかっているようだ。まだゼロシフトを開始して間もないというのに、Larkは限界近い。

……だが、ここで止めるわけにはいかない。

残り三十秒。その間に、リインフォースの動きを止めなければならない。

原作以上の高速戦闘を行うリインフォースを止めることができるのは、俺だけなのだ。

例え無茶でも、押し通さなければ。

排熱が間に合わず、赤熱化を始めたLarkの放熱器を一瞥してリインフォースを追う。

速度に任せた斬撃を叩き込み、避けられ、なんとしても動きを止めると追いすがる。

逃げに徹するリインフォース。

ばらまかれる弾幕を避け、切り払い、その背後へと回り込む。

――とった。

肩に担いだバルディッシュを唐竹に振り下ろす。この一撃ならば。

咄嗟にリインフォースがシールドを発動するが――

「――っ!?」

ザンバーが到達した瞬間、闇色のシールドが爆ぜる。

なんのことはない。インパクトと同時にバリアバーストを行っただけ。

しかし、それによってバルディッシュは俺の手から弾かれる。

なんとか握り直そうと手を伸ばすが、あと一歩のところで届かない。

くそ……あと少しだってのに!

バルディッシュを諦めて、離れようとしたリインフォースに追いすがる。

リミットまで、残り、二十秒――


































「はぁっ……!」

「ザフィーラさん……!」

「俺にかまうな、高町。お前は魔力の集束に専念しろ!」

血を流し、鋼の軛で押し寄せる触手を切り払うザフィーラ。

それを目にしながら、なのはは唇を噛み締めつつ、スターライトブレイカーの準備に神経を傾ける。

あの広域攻撃魔法からヴィータを庇ったザフィーラは、身体を維持するのに限界近い損傷を受けていた。

右腕は馬鹿になり、左目は潰れ、力なく垂れ下がった尻尾は血でべったりと汚れている。

だが、それでも。

「我らの邪魔を、するな……!」

目を充血させながら、ザフィーラは吠える。

左腕を振って無尽蔵にわき出る触手を薙ぎ払い、なのはに近付くものを叩き伏せ、爪で薙ぐ。

防ぎきれないと判断した攻撃からは、身を挺してなのはを守る。

盾の守護獣。その本領だ。

獣じみた、いや、獣そのものの咆吼を上げ、ただがむしゃらに主を救う邪魔をする輩を排除する。

リミットまで、残り、十秒――
































『何を――して、いるのですか。ご主人。様。
 今、の、ままでは、勝利条件を満たすことが、できませ――ん』

「分かってるよ!」

だが、どうしろってんだ。

あの場でバルディッシュを拾いに行っていれば、リインフォースとの差が大きく開いていた。

それこそ、追い付くことが不可能なほどに。

だから咄嗟にバルディッシュを諦めたが、しかし、そのせいで今は攻撃手段が何もない。

いや、あるにはある。あるが――

『時間、が
 ありませ、ん。私たち、の主観、時間でも、残り――三十秒』

「分かってる……!」

だから使えというのか。

最も反動の大きい、A.C.S.を。

確かにアレなら間違いなく追い付け、リインフォースを撃墜することはできる。

だが、今の状態で使ったら、Larkがどうなるかなんて目に見えてるじゃないか……!

そんなことができるわけがない。

今までずっと過ごしてきて、これからだって世話になる相棒を、壊すなんてことができるわけがないだろう。

『ご主人様』

奥歯を噛み締める俺に、ノイズの混じってない綺麗な音声で、Larkが声をかけてくる。

『以前言ったはずです。私はご主人様の道具だと。
 剣であり、盾だと。
 お願いです、ご主人様。ここであなたの力にならなければ、私はこれからどうすれば良いのですか?
 主人の助けになることができず、ただ存在するだけなどと。
 ……私がいなくなっても、Seven Starsがいます。
 私という道具の使いどころを、どうか、見誤らないでください』

それが彼女の願いなのか。

俺の道具として、この世界での助けとして存在する、彼女の望んだ結末なのか。

ギリ、と奥歯を噛み締める。

歯の砕ける感触と、血の味。

「……分かったよ」

『ありがとうございます。
 ――A.C.S.スタンバイ』

リインフォースを追いながら、LarkはA.C.S.を展開する。

熱で熔解した外装をパージし、機械部分を剥き出しにして、不可視の四枚翼。

ストライカーフレームが形成され、更なる加速を得ると共に、ボロボロとバリアジャケットが剥がれ落ちる。

『ドライブ・イグニッション。
 ……ご主人様』

「……なんだ?」

『御武運を。私はいつでも、あなたの必勝を願っています』

「……お前は最高のデバイスだったよ。本当に」

『ありがとうございます』

それっきり。

Larkは人工知能をカットして、そのリソースを全て制御に振る。

俺は両手でLarkを握り締めると、すぐ前を逃げ惑っているリインフォースを睨み付けた。

叫びと同時に、全ての魔力を注ぎ込んで突撃する。

少しでも気を抜けば腕から力が抜けそうだ。

バリアジャケットは徐々に防護能力を失ってゆく。きっとそれは、Larkの命が燃え尽きるカウントダウンなのだろう。

声が不様に震える。視界が濡れて歪む。

それでも、ただ、前を見据え――

「ディバイン――」

遂に到達した。

ストライカーフレームを突き刺し、砲口をリインフォースの身体に押し付ける。

限界を超えて充填された魔力がLarkの中で荒れ狂い、小爆発が起こる。

だが、それでも。

自分の仕事を全うしようとするかのように、ディバインバスターの魔力だけはしっかりと集まる。

……ごめん、ありがとう。

「バスタァァァァァアアア――――――!」

喉が潰れても良い。そんなつもりで、トリガーワードを叫んだ。

音速超過の追突と、連続して放たれる砲撃。

サンライトイエローの砲撃魔法が放たれると同時、砲身が、槍が、デバイスコアがひび割れ――


































空中で激しく交差を続けていた二つの魔力光。

今、その片方――サンライトイエローの光が、確かにリインフォースを貫いた。

まるで花火のように巨大な爆発が起き、なのはは注意深く煙の中から落ちてくる影に視線を向けた。

……時間ピッタリ。やっぱりエスティマくんはすごいよ。

けど、また無茶したみたい。この事件が終わったら、お説教しないと。

今回の事件で懲りたと思ったのに。

そう考え、しかし、すぐになのはは思考を切り替える。

「いくよ、はやてちゃん。リインフォースさん」

リン、と涼しげな音と共に、なのはの足元にミッド式の魔法陣が展開した。

たっぷり一分をかけた集束。

掻き集められた魔力には、数々の想いが詰まっている。

フェイトの怒り。

シグナム、シャマルの無念。

ヴィータの悔しさ。

ザフィーラの執念。

はやての嘆き。

エスティマの後悔。

それらが流星群となってなのはの元に集い、極大の砲撃魔法となる。

深呼吸をして、なのはは地上に向けて落下するリインフォースに狙いを定めた。

落下予想ならできる。絶対に外さない。

否、これは、外してはいけない一撃!

「受けてみて。これが私の……ううん、私たちの、全力全開――!」

アヴァランチモードのレイジングハートを振りかぶり、なのはは腰に力を込める。

そしてレイジングハートのグリップをぎゅっと握り締め、

「スターライトォ……!」

なんの躊躇もなく、振り下ろした。

「ブレイカ――――――――!」

トリガーワードに従い、凝縮された魔力が指向性を持って弾き出される。

なのはの視界を真っ白に染め、真っ直ぐにリインフォースへと突き進み、狙いに寸分の狂いもなく撃ち抜いた。

リインフォースはその場で負荷限界を大きく超えた魔力ダメージを。

彼女を貫通した桜色の砲撃はそのまま突き進み、雲に穴を開ける。

そしてトドメと、レイジングハートはマギリング・コンバーターを全力稼働させ、

「ブレイクゥ……シュ――――――ト!」

この戦域に存在する全ての魔力を掻き集め、最大級の魔力ダメージを叩き込んだ。













[3690] 十八話
Name: 角煮◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2008/11/01 19:50
全身に走る痛みに、どこまでも落ちてゆくような浮遊感。

一瞬前までの高揚感はディバインバスターの発射と共に消え去り、今は何も残っていない。

……飛行魔法すら発動させる余力だって残っちゃいない。

音速超過の追突で響いた衝撃と、その後の爆発。バリアジャケットはすべてがリアクターパージされ、俺の身を守るものは何一つ残っていない。

……このままじゃ墜落死だなぁ。

そんな言葉が浮かび上がってくるが、無意識下で受け入れているかのように、一切の抵抗をする気が起きない。

まずいと思ったって、どうしようもない。

「……Lark」

呟くも、返答はない。

いつもだったら叱咤激励が飛んでくるかな。いや、呆れ声かもしれない。

だが、耳朶を振るわせるのは身が風を切る音だけだ。

……彼女は壊れた。それを望まれ、俺が実行したのだから。声が聞こえるわけがない。

……別にもう、俺が頑張る必要なんてないだろう。

もう眠ったって良いはずだ。

瞼を閉じる。重力に任せて、身を投げ出す。

このまま――

意識が解けそうになった瞬間だ。

唐突に浮遊感がなくなって、誰かに抱きかかえられた感触。

目を開けてみれば、そこには困り顔のユーノがいた。

「また無茶して」

「……いつものことだろ」

「いつも死にそうになられちゃ、目を離せないじゃないか。まったく、もうそろそろ君は落ち着くことを覚えたほうが良いよね」

溜息一つ。

やれやれ、と頭を振って、ユーノは俺の右手へと視線を向けた。

その先にあるのはLarkだった物。その残骸。

長い亀裂の走ったロッドの部分だけだ。

「エスティ、Larkは?」

「……死んだ。もう完全に修復不可能だよ」

会話を拒絶するような口調が飛び出してしまう。

だが、上手いこと気を使うことができない。

……そうだ。修復不可能なまでにLarkはぶっ壊れた。曲がりなりにもデバイスマイスターである俺には、それが良く分かる。

フレームは全損。脳とも心臓とも言えるデバイスコアは爆散し、LarkをLarkと呼ぶための名残と言ったら、石突にある赤いペイントぐらい。

残ったものなんて、何もない。

「……エスティ」

「なんだ?」

「まだ闇の書事件は終わってない。君が用意した最後の舞台が、残っているだろう?
 Larkが繋いだ舞台から、君は降りるの?」

「……まさか」

一瞬、このまま眠ってしまいたいと思った。

だが、そうだ。

防御プログラムを止めることができたのも、こうやって俺がまだ生きているのも、

「ぐうう……」

ロッドを握ったままの手を左肩に持ち上げ、傷口に指を這わせる。

ぐち、と生々しい感触。

そこに俺は指を立てると、なんの躊躇いもなく爪を立てた。

「え、エスティ!?」

ユーノが止めるように声をかけてくるが、かまわず力を込める。

駆け上がってくる激痛に、倦怠感と睡魔が吹き飛ばされた。

同時に、色々な諦めも。

血が染み渡る服に気持ち悪さを感じながらも、なんとか飛行魔法を発動させる。

そして頭を振って意識をはっきりさせると、頭上を見上げた。

視線の先には転移魔法が発動し続けていることを表す、数多もの魔法陣がある。

そこへ向けて上昇すると、俺はロッドをぎゅっと握り締めた。



















リリカル in wonder



















どうなっている、とクロノは今の状況に頭を抱えていた。

時間は少し遡る。

フェイトが八神はやてを連れ出して無人の惑星へと飛び出し、それを追うためにエスティマとなのはを派遣。

その間、クロノははやてもろともアルカンシェルで闇の書を吹き飛ばそうとする上層部の強行派をなんとか押さえていた。

だが、それもあまり長い時間はかからない。強攻策を声高に叫ぶ連中の足を止めるだけで、体面を気にする――いくら闇の書を止めるためと言っても、地上へのアルカンシェルの発射は拙すぎる。それはある意味、事件解決のためならば無人だとしても惑星一つを犠牲にするという管理局の悪評を生み出すことになるのだから――一派によってうやむやにできた。

それだけならば良い。滅多にはないが、珍しいことでもないのだから。

しかし、その後のことが、クロノに余計な苛立ちと心労を与えた。

過激派を抑えて次に彼がやったことは増援を要求することだったのだが、許可が下りなかった。

それも、拒否された内容は人員がいないためだという。

高ランク魔導師がヴォルケンリッターに殺されたことは確かに影響しているのだろうが、それだけではない。

休暇を取っている者までもが音信不通となっているという異常事態。

こうなったら、とプライドを捨てて知人に助力を乞おうとしたが、何故かそれも連絡がつかない。

そこまでやって時間がなくなり、半ば自棄になってアースラに乗り込み現場へと向かってみれば――

リインフォースとの戦闘が終わると同時に、この世界へ何人もの魔導師が転移してきたのだ。

その中にはクロノの知人も混じっているし、顔だけならば見たことのある武装隊のエースの姿も。

それだけならばまだしも、聖王教会の騎士までいるのはどういうことだ。

オーバーSランクが一人。エースと呼ばれる存在が六人。AA以下だが、それでもそれなりの実力を持った魔導師が十二人。

武装隊の平凡な装備をした者は三十人近く。飛行技能を持たないものは、シールドを足場にして空中に立っている。

年齢は様々で、なのはたちと同じ年頃の者もいれば中年に達している者もいる。

何故この辺境世界に、しかも一斉に彼らがやってきたのか、クロノには分からない。

……いや、あまり考えたくない上に当たって欲しくない予想が一つあるが。

この場にいるクロノの知り合い。それは、嫌な共通点が一つあるのだ。

もしかしたら、それと同じものが――

「クロノ。エスティを連れてきたよ」

ユーノの声が聞こえ、クロノは考えごとで俯いていた顔を上げた。

そして溜まっていた鬱憤を晴らすように、

「おいエスティマ、これはどういうことだ!? 理由を聞いても、彼らは君に聞け、と……」

勢い良く捲くし立てたのだが、それもすぐに勢いを失った。

それもそうだろう。

視線の先にいるエスティマは、満身創痍を通り越して悲惨な状態となっていた。

バリアジャケットをまとっておらず、頬には細かな傷がいくつもできている。

割れた額からは滾々と血が流れており、左目は閉じられている。

左腕はだらりと下がっていて、服の袖からは血が滴っていた。元は黒であった私服のジャケットは、血を吸ったせいで嫌な光沢を放っている。

ユーノが治癒魔法を使っているから死ぬことはないだろうが、重傷には違いない。

すぐに手当てを、とクロノは声を上げるが、エスティマはそれを手で遮る。

そして口を開くと、しっかりと意志のこもった声を出した。

「大丈夫。この程度なら死にはしないし。
 で、彼らだけど……なんとなく察してるだろ、クロノ」

「……嫌な予感しかしないが、言ってみろ」

「あの人たちは闇の書事件の遺族だよ。今回だけじゃない、過去のを含めて闇の書に家族を奪われた人たちだ。
 その中で戦う力を持った人たちに、きてもらった」

「……それで? 何か言い訳はあるのか? これは立派な情報漏洩だが」

「あとで如何様にも罰してくれよ。……そんなのはもう、どうだって良い」

自棄になったような口調で吐き捨てると、エスティマは弱々しく長い息を吐いた。

そしてゆっくりと上昇すると、遺族たちの元へと辿り着く。

彼の姿を目にすると、不意に、一人の男が目配せをした。

それに応えるように、四人の男女がエスティマに治癒魔法をかける。

ありがとうございます、と頭をさげると、彼はその場にいる全員を見渡して、小さく頷いた。

「……このタイミングできたってことは、戦闘を見ていたんですね」

「ああ、そうだ。八神はやてが君の言っていたとおりの子かどうかを、見極めさせてもらった」

「そうですか。……それで、どうでしょう?」

おずおずと、エスティマは男に問う。

……彼が目覚めてからずっと行っていたこと。

それは、闇の書事件の遺族に、彼の知るはやての人柄を伝えることだった。

デュランダルのマイスターに行き着いたのはほんの偶然。エスティマはただ、闇の書を憎んでいる人々に、グレアムの作り出したフィルターを取り去った事実を伝えていたのだ。

悪いのは闇の書のマスターではなく、闇の書そのもの。一連の事件は、壊れたプログラムの行ったこと。

八神はやては自分と同じただの子供であり――決して責められるような立場にいない、と。

そんな当たり前のことを、彼はただ、時間の許す限り闇の書事件に関係する者たちに伝えていたのだ。

頭を下げ、怒鳴られ、邪推されるのを繰り返しながら、それでも諦めずに。

無論、これはクロノの言うように立派な情報漏洩。褒められたことではない。

それに、全ての人がエスティマの言葉に耳を傾けたわけでもない。この場に集まった倍以上の人に真実を伝えたが、それでも全員が集まったわけではないのだから。

だが、それでも、それは決して無駄なことではないはずだ。

もし闇の書事件を管理局の元で解決して事件の内容を公表したら、それを曲解する者は必ず出てくる。

管理局に所属する以上、自分たちの所属する組織が真っ直ぐなものではないと――それが『組織』である以上、綺麗なものなど存在しないのだが――分かっているのだから。

それ故に、はやての友人という立場にいるエスティマの懇願は必要なものだった。

闇の書の主に向けられる憎しみを軽減するには、彼女の境遇を正確に理解できて、色眼鏡をとおして見ない人が、どうしても必要不可欠だったから。

視線を向けられた男は、苦笑するとおもむろにエスティマの頭を荒々しく撫でた。

それが治療中の傷に当たってエスティマは顔を顰めるが、男に気にした様子はない。

「ガキが友達を助けてくれと言ってきた時は怪しんだが、あんなものを見せられちゃあな。
 相棒まで失って……良くやったよ、お前は」

『It was splendid. You and Lark』

男の胸ポケットに収まったデバイスが続いて声を上げた。

彼もエスティマと同じようにインテリジェントデバイスを持っているからだろう。デバイスを失うということがどれほどの重みを持っているのか理解している。そういう口調だった。

「あとは俺たちに任せておけ。……そうだな!?」

振り返り、声を張り上げる。

同意するように、この場に集まった全員が頷きを返した。

それを呆然とした表情で見て、エスティマは微笑みを浮かべる。ありがとうございます、と再び頭を下げると、クロノに視線を向けた。

「クロノ」

「なんだ」

「防御プログラムは闇の書――いや、夜天の書と分離した。
 残った作業は、化け物をとっちめるだけなんだが、どうする?」

「……どうせまたロクでもないことを考えているんだろう。
 言ってみろ。戦力は充分すぎるほどに集まっているんだ。
 ここまできたら、君のプランに乗ってやるさ」

「……サンキュ。その前に一つだけ。アルカンシェル搭載艦は、あとどれぐらいで到着するんだ?」

「三十分、といったところだ。地表が闇の書に取り込まれることを考慮して四隻回してもらうことになっている。
 もう八神はやてを助け出すことはできたのだし、危険を冒す必要はないだろう」

「いや、ある」

「……何故だ?」

「理屈じゃないからクロノは許してくれないだろうけど」

そこまで言って、エスティマは困ったように笑みを浮かべた。

「憂さ晴らしって、必要だろう? 禍根があったままじゃ、何事も円滑に進まない」

「後半にだけは同意してやる」

だよな、と笑みを深くすると、エスティマは集まった遺族たちの方を向いた。

そして息を吸い込み、声を張り上げる。

「みなさん、聞いてください。
 闇の書と呼ばれていたロストロギアは、元の夜天の書に戻りました。
 しかし、事件の元凶である防御プログラムは健在。これから、それを破壊しなければなりません。
 ……いえ、しなければならない、というのは違いますね。
 放っておいてもアルカンシェル搭載艦がいずれこの惑星に到着し、引き金一つで、なんの苦労もなく防御プログラムを消し去るでしょう。
 この星にあるあらゆるものを道連れにして。
 ……みなさんは、それで納得できますか?
 今までと同じように、ただ結末を見ているだけ、ということを、我慢できますか?」

否、と返答が上がる。

一斉に。

それに頷き、エスティマは更に声を張り上げる。

「ならば、力を貸してください!
 僕の友人を不幸に突き落とした元凶を――
 みなさんを、"こんなはずじゃなかった"運命に引きずり込んだ存在を破壊するために!
 お願いします……!!」

応、と返答が上がる。

一斉に。

それに満足すると、エスティマははやてへと念話を送った。

彼女は、なのはのスターライトブレイカーを受けた場所で白の魔力光で編まれた繭の中にいる。

『はやて、聞こえる?』

『……ん、エスティマくん? 聞こえるよ』

『これから俺たちは暴走体をぶっ壊すための戦いを始める。
 ……悪いけど、はやては手を出さないでくれるか?』

『……え?』

心底不思議そうな声が、はやてから上がる。

それもそうだろう。原作に沿うならば、彼女は後始末を自分でつける気になっているはずなのだから。

しかし、エスティマはそれを止めろと言うのだ。

『この戦いは、彼らだけで決着をつけるべきだから』

そこに他の要素が混じってはいけない。

次元世界の平和や善意。そういったものは、混じってはいけない。

これは、ただの憂さ晴らしであるべきだから。

『……うん、分かった。ほんま、エスティマくんには世話になりっぱなしやな』

『気にしないで。それじゃあ、俺もそっちに向かうから』

念話を打ち切ると、エスティマは指揮をクロノに渡す。

クロノは先程よりも幾分マシな顔色ではやての元に向かうエスティマから視線を外すと、深々と溜息を吐いた。

……まったく、あの馬鹿は面倒事を押し付けて。

「……コキ使ってやる。絶対にコキ使ってやるぞ」

高ランク魔導師。その中でも珍しい稀少技能持ちが、どれだけの重責を負うのかこの事件が終わったらたっぷりと思い知らせてやる。

そんな文句を脳裏に描きながら、仏頂面になるクロノ。

それを笑う声が、背後から聞こえる。

そこにいるのは彼の母、リンディ・ハラオウンだ。この場にいる唯一のオーバーSランク魔導師。

彼女はクロノの頭に手を乗せると、柔らかな笑みを浮かべた。

「クロノ、そんなに怒らなくてもいいでしょう? まぁ、これはちょっと問題のある事態だけどね」

「ちょっとじゃない! 大体、なんで母さんまでここにいるんだ!」

「あら。戦力は多いに越したことはないでしょう?」

「くそ、どうして僕の周りにはこうも規律を大事にしない奴が多いんだ……!!」

それを破って痛い目を見るのは自分だというのに。それでも構わないから、なんて自己犠牲は馬鹿みたいだ。

背負わなくて良い重荷で潰れれば、自分も周りの人間も不幸になるだけだというのに。

……まぁ良い。取り敢えずは、目の前の問題を解決してからだ。

見れば、暴走体の覚醒は間近に迫っている。

早く体勢を整えなければまずいだろう。

「クロノ。エスティから攻撃のタイミングは教えてもらっているから」

隣に飛んできたユーノの言葉に頷き、クロノは待機状態となっているデュランダルを取り出してセットアップを開始する。

氷結の魔杖。それをしっかりと掴むと、クロノは息を吸い込んだ。

「僕は、今回の闇の書事件担当をしている執務官、クロノ・ハラオウンだ」

そして、声高に全員へと。

「この場の指揮は僕が執らせてもらう。
 階級が僕よりも上の者もいるようだが、勝手に押し掛けてきたんだ。我慢して欲しい。
 ……さて、これより行うのは、病巣とも言える防御プログラムの破壊。
 まったくもって馬鹿げた話だが、通常ならばアルカンシェルで吹き飛ばすところを、僕らは自力で叩き壊すことを選択した。
 ……それに間違いはないな?」

この場にいる全員を見渡し、それぞれが違った、しかし、似ている決意を浮かべているのを見て、クロノは口の端が吊り上がるのを我慢した。

「……後悔がないのなら、良い」

そして、そうか、と気付く。

間違っていると思いつつも、自分もこの中の一人だと、どこかで思っているのだと。

……ならばもう遠慮はすまい。

「――――諸君!
 終わった過去は取り戻すことができない。
 死んだ者に何かを伝えることはできない。
 これはただの憂さ晴らしであり、前に進むための儀式でもなんでもない。
 ……それでも、だ。

 ――――いいか、諸君!
 決着をつけてやれ。自分と同じ境遇の者を、二度と出すな。
 泣き寝入りは今日で止めだ。無力な自分を責める必要もない。
 闇の書なんて大仰な名前をつけた馬鹿に思い知らせろ!

 時空管理局執務官、クロノ・ハラオウンがその権利の元に命ずる!
 教えてやれ、そちらが理不尽を振りまくならば、それ以上の理不尽をもって答える連中が次元世界にはいることを!」

「はい……!」

「よろしい。
 ならばぶつけてやれ。
 溜まりに溜まった鬱憤を、他人から借り受けた力で悦に浸っているロストロギア風情に!
 ――――――返事はどうした!?」

「了解……!」

魔導師たちは一斉にデバイスを起動させる。

杖、剣、槍、斧、手甲。

まるで統一性がないが、それでも共通点はある。

フルドライブ。全てをぶつけるための形態。

『Standby ready.setup』

男性の、女性の、機械音声が一斉に上がる。

――そして、それに応えるように、暴走体を覆っていた黒い球体が弾けた。

蠱とも獣ともとれない外観。形容しがたい何か、という言い方が最もしっくりくる化け物。

それは甲高い声を空に響かせ、自らの降臨を誇示しているかのようだった。

……ぎちり、とデバイスを握る音が一斉に上がる。

「物理、魔法の四層構造でできたバリア……まずは僕が!」

声を発したのはユーノだ。

彼は懐から、待機状態のデュランダルと良く似たデザインのカードを取り出す。

……エスティマがデュランダルと共に譲り受けた、カード型カートリッジ。

彼はそれを五枚、空中に投げ飛ばすと、足元にミッド式の転移魔法陣を展開する。

「……異界より、きたれ」

一段階。二段階。三段階。

広がりきった先から、更に拡張し続ける魔法陣。

「……我が印を刻みし鉄槌。塵芥の集合。無力な飛礫」

ユーノは目を閉じながらそれを完璧に操作し続け、

「異界より、きたれ……!」

高速で印を結び、

「移山召還……!」

握り拳を、地面に向けて振り下ろした。

瞬間、暴走体の頭上に巨大な転送ゲートが現れる。

ぽっかりと虚空に空いた穴。

そこから、ずるり、と岩肌が顔を覗かして――

「この、ばっかやろおおおおおおお!」

叫びと共に、直径二キロにも及ぶ巨大な岩――否、山が、暴走体を押し潰した。

空気を振るわせる轟音に混じり、甲高い悲鳴が響き渡る。

砕け散った第一層目のバリア。破片というには大きすぎる岩に押し潰される触手の群れ。

それを見て、よし、とリンディは頷く。

「今度は私の番かしら――エイミィ!?」

『はいはいー、いつでもオッケーですよー!
 照準用レーザー、進路、オールクリア!
 マギリング・ウェーブ、4.5秒後に到達します!』

「よろしい!」

応え、リンディは背中に魔力制御を行うための四枚翼を形成し、砲撃モードに変形させたデバイスを構える。

それと同時に、ここの直上、アースラから照射された魔力波が到達。供給された力を自分のものとして――

「撃ち抜け……!」

余剰魔力を放出し、魔力光を蛍火のように煌めかせながら、極大の砲撃がバリアの第二層に到達。

抵抗すら感じさせずに、安々と障壁を突き破った。

「次っ……!」

『分かっている!』

声と共に、三つの影が飛び出した。

それぞれが近接戦闘用のデバイスをその手に持ち、足元に近代ベルカ式の魔法陣を展開している。

彼らは武器を振りかぶると、それを全力で叩き付け――

『烈風一迅』

苛烈な炸裂音を生み出しながら、何度も何度もデバイスを打ち付けて、バリアの第三層を粉砕する。

「退避急げ! 五秒後、次!」

『了解!』

ガシャ、とバレルの展開する音。

次は砲撃魔導師の出番。

一人一人で見れば、なのはよりも威力の低い魔法しか扱えないだろう。

それでも、持ちうる技術の全てを使い、魔力の集束を行って、

『ファントム――――ブレイザァァァァァアアアア!』

五つの光条が放たれ、交差し、絡み合って一つの砲撃となる。

それを押し返えさんと暴走体の障壁が色を濃くするが、足りない。

砲撃の突き刺さった爆音と共に、耳鳴りのような悲鳴。

張り巡らされていた最後の障壁は、粉微塵に砕け散る。

……これで裸だ。何もアレを守るものは存在しない。

「……悠久なる凍土。凍てつく棺のうちにて、永遠の眠りを与えよ」

デュランダルを構え、クロノは凍結魔法の詠唱へと移る。

今まで使ったこともないような、強大な魔法。あまり自分の趣味には合わない類の。

ごっそりと魔力を持って行かれながらも、クロノはデュランダルを握り締めて暴走体を睨み付ける。

そして、氷結の魔杖を振り下ろすと共に、

「凍て付け……!」

『Eternal Coffin』

トリガーワード、続いて、自動詠唱が紡がれる。

デュランダルのコアが光を放ち、対象となった大地へと、霜が。

パキパキと、クロノの宣言を忠実に守り、ユーノの叩き落とした岩石すらも凍て付かせ、極大の凍結魔法は暴走体の動きを止めた。

……だが、それで稼げる時間は数分。

一人の魔導師ができる限界。

いかに強力な魔法といえど、暴走体を完全に食い止めることなど不可能だ。

……しかし、されど数分。

その稼いだ時間の間に――

「魔力供給第二波、早く……!」

「終わりにしてやる……!」

「消え失せろ……!」

「これでぇ……決まりだああああああああ!」

様々な魔力光が集う。

それに込められる感情は様々。

終わりにする者。区切りをつけようとする者。長年振り上げていた拳の落としどころを、ようやく見付けた者。

それらが、一斉に、







『――――――――――――っ!!!!!』







トリガーワードの大合唱と共に、ぶちまけられた。

突き刺さる閃光の中、暴走体は熔け落ちるようにその身を削る。

ボロボロと磨り減り、上がる断末魔は爆音によって掻き消される。

地表ごと吹き飛ばす勢いで放たれる砲撃のシャワー。

「――っ、本体コア、露出確認!
 みんな、いっくよー!」

その中でとうとう晒け出された暴走体のコア。

観測した結界魔導師の掛け声に従って、指定座標に存在する核に幾重にもクリスタルケージを発生させる。

次いで展開される、長距離転送用の魔法陣。

ユーノも手持ちのカードを全て使い、自分では操作しきれない分は結界魔導師に渡して、

「転送ぉぉぉぉおおおおおおっ!」

両腕を天高く上げると共に、本体コアを宇宙へと打ち上げた。

……いや、正確には、宇宙に、ではない。

もしアースラがアルカンシェルを搭載していたのならば、それで全ては終わっただろう。

だが、切り札たるアルカンシェルは未だ届かず。

完全に暴走体を消滅させるための手段は――

『本体コア、転送中にも修復を開始!
 クリスタルケージ第一層、破られました!』

焦りの滲んだエイミィの声が、空を見上げる魔導師たちに届く。

自分たちにやれることはやった。

あとは、エスティマの用意したシナリオ通りに――

『第二層破損。第三層……破損!』

駄目なのか、とどこかから声が上がる。

諦めは徐々に、しかし、誰もが成功すると信じて、

『……第四層破損』

無情にも告げられるバインドの破壊。

無駄ではなかったはずだ。

自分たちが無力だなどと、もう二度と――

『……第五、第六、破損』

「くそ……!」

『ですが……っ!』

誰かが苛立たしげに上げた悪態に、エイミィが待ったをかける。

皆は一斉にエイミィの顔が映るウィンドウへと顔を移し、彼女はサムズアップを。

『暴走体、熔解を始めました!
 表面温度、尚も上昇中!
 これなら、恒星への到達と同時に、完全消滅しますよ!』

報告を聞いた途端、一斉に歓声が上がる。

ある者は隣にいる人に抱き付き、ある者は涙を流し、中には意味もなく空を飛び回るような者も。

プランの最終段階。それは、どこの世界にも存在する、太陽と呼ばれる惑星へ暴走体を叩き落とすこと。

無限に再生するならば、それ以上の速度で破壊してやれば良い。そんな、どこまでも力押しな作戦だ。

この惑星が地球よりも若干太陽に近い部分に位置したのが成功の理由か。

それでも宇宙に打ち上げた時点で、いつでもアルカンシェルを撃ち込める状態だったのだから、勝ちは決まったようなものだったが。

だが……。

この場にいる者だけでやりきったことには、大きな意味がある。

認めたくはないが、目の前で体面も気にせず喜び合う者たちを見て、クロノは確かにそう思った。







[3690] 十九話
Name: 角煮◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2008/11/01 19:47
「うわぁ……すっごいの……」

絶句、といった風に口を開けたままそんなことを言うなのは。

そりゃそうだ。

あんなフルボッコ、原作でだってなかったからな。

「エスティマくん、傷の具合はどない?」

「ん、ああ。もう大丈夫だって」

「せやけど……」

暴走体フルボッコの最中、ずっと俺に治癒魔法をかけてくれていた、はやて。

彼女は何を言っても心配そうな表情を消さない。

……っていうか、この治癒魔法、シャマルのじゃないの?

いないと思ったら、いつの間に蒐集されてたんだ。

「左肩のは外科治療じゃないと無理だと思うし。
 それ以外の怪我らしい怪我はもう治ったからさ」

「ん……ごめん。ありがとな?」

「良いって」

などと言い合っていると、背後に視線を感じたり。

振り返ってみると、そこにははやてに修復されたヴィータとザフィーラの姿が。

なんぞ。

「なんでしょうかお二人とも」

「べ、別になんでもねーよ!」

「おいヴィータ。……すまんなエスティマ。
 何か言いたいことがあるらしかったのだが。
 それはともかく……。
 今回の事件、お前には多大な迷惑をかけた。
 謝罪も感謝も、してもしきれないだろう。
 本当にすまない」

「……まだ全部終わったわけじゃないから。それに、感謝されるようなことを、俺は何一つやっちゃいない」

む、とザフィーラとヴィータは首を傾げる。

そりゃそうか。遺族の皆様に頭を下げた俺しか、多分実感していないことだし。

ついさっきまでやっていた戦闘。暴走体のフルボッコ。

それに参加してくれた人たちは、ある意味はやての味方と見ても良いだろう。

自分たちと同じ、被害者側の人間。はやてに対して、そういった認識を持ってくれているはずだ。

……まぁ、防御プログラムが発動する前のはやての駄々を見ていたらしいから、そうなるわな。

しかし、だ。

この場にきてくれなかった人たち。

彼らはまだ、夜天の書のマスターであるはやてに悪感情を持っているだろう。

それに、今回の事件でシグナムに家族を殺された人たちは冷静に物事を考えることができるレベルまで落ち着いていない。

……そして。

今回俺がやったことは、別に良いことでもなんでもない。

はやては悪くない、ということは、全ての責任を闇の書に被せるということ。

シグナムやシャマルは勿論のこと、今回の事件で犯罪を犯していないヴィータやザフィーラの立場も危うくなっている。

俺は、はやて一人を救うために、ヴォルケンリッターを切り捨てたようなものなのだ。

だから、ヴィータとザフィーラに感謝されるとなんと言って良いのか分からなくなる。

……ある意味、ここからが正念場。

厄介な事後処理が残っているのである。

「……ったく、とっとと眠りたいんだけどね、俺は。
 なぁ、Lark」

口に出して、あれ、と思ってから気付く。

彼女からの返答はない。そんな当たり前のことを忘れ、つい声をかけてしまった。

右手に握ったロッド。その先端に在るべきデバイスコアは、もう存在していないのに。


























リリカル in wonder
























暴走体を太陽に叩き落としてからのこと。

リインとの戦闘を見ていることしかできなかったフェイトに泣き付かれたりとか、クロノに睨まれたりとかしたが、そこら辺は割愛。

まずは、あの場に集まった魔導師の皆様方。

彼らは軒並み二ヶ月の減棒処分。中には職場放棄して駆け付けた人もいたようだ。なんつーか、申し訳ない。

それでも、この程度は想定の範囲内、と、彼らは笑っていた。

少しは鬱憤が晴れてくれたのなら、俺としては嬉しいのだが。

……ちなみに俺の処分は嘱託任務二回の無料ご奉仕。フェイトは嘱託資格の剥奪及び、二年間の再取得不可。

まぁ、妥当か。俺は事件が丸く収まったからこの程度で済んだのだろうし、フェイトも、もしシグナムを殺していたら、と考えると背筋が凍る思いだ。

あ、ちなみになのはは、また表彰されてました。これで二回目。協力したのがどちらも大事件だったからなのか、表彰式には雑誌の記者まできていた。

今回のは略式ではなく、本局でしっかりとやったのである。

まぁ、表彰式は、ある意味前座。

その日の内にもう一つ行われたのは、闇の書事件の遺族が集まって開かれた追悼式。

クラナガンのセレモニーホールを貸し切って、今回、過去の遺族たちが集まったのだ。

俺とはやて、なのははそれに参加。ユーノとフェイト、アルフは不参加。

三人は俺が参加することにもいい顔をしなかったのだが……ま、当然か。この埋め合わせはいずれ。

ちなみにこの追悼式では、ヴィータとザフィーラ、リインフォースによる謝罪が行われた。

シグナムと再構成されたシャマルは本局に収監されているため、ここにはいなかった。

……最初、この謝罪は予定にはなかったのだ。

せっかく防御プログラムの破壊で落ち着きを取り戻した遺族たちを刺激するなと、クロノにもリンディさんにも止められた。

確かにそうだろう。頭に血の上った遺族に怨嗟を吐かれても無理はないし、最悪その場で殺されたっておかしくない。

はやての身を案じるならばそんなことをするのは間違っている。

しかし。

この追悼式は、区切りを付けるには必要なこと。そこで誠意を見せることは、決して間違ってはいないはず。

今は恨み言を吐かれたとしても、いずれ、時が経ったときに許してもらうために。

そして、その結果。

世の中上手くいくことばかりじゃない。が、悪いことばかりでもない。そんなところだった。

この追悼式が始まる前、いや、防御プログラムの破壊が終わった後に、俺は集まってくれた魔導師たちに懇願したのだ。

できるだけ多くの人に、今日あったことを伝えて欲しい、と。

その成果が出たのだろうか。ヴォルケンズを睨み付ける人たちは随分といたが、それでも、声を上げて糾弾する人はいなかった。

……その分、シグナムたちに恨みは集中するんだろうけどね。

こればっかりは仕方がない。止められなかった俺の力不足でもあるし、彼女らの因果応報。

ここまでで五日が経った。

その間に問題となったのが、はやての今後の生活。

彼女の生活を支援していたグレアムは犯罪者として裁かれることとなり、ユーノ辺りが先頭に立って、合計すると馬鹿げた額になる賠償請求を今回の事件の遺族たちに渡すよう、裁判の準備をしている。

管理局も流石に庇いきれないのか懲戒免職処分とし、その上魔力リミッターもかけるという徹底ぶり。

豚箱から出てきたらどうやって生活するんだろう。そんなことをふと考えて、止めた。

俺には関係のない話だ。

話が逸れた。

結論から言うと、はやての身柄は聖王教会が保護、保証することとなった。

失われたベルカの遺産である夜天の書。そのマスターである彼女を放っておくことは、教会からしたら言語道断なのだそうだ。

無論、管理局側も黙ってそれを受け入れたわけではない。

育てれば貴重な戦力となる稀少な人材を、しかも生活を保障するという恩を売れる存在を、更にはユニゾンデバイスという豪華特典付きを、みすみす手放すつもりもなかったのだろう。

彼女は自分たちが最初に保護したのだと主張したが、

「私たちが彼女を保護します。最初に見付けたのはウチですよ?」

「ああそうですか。まだ九歳の女の子から未来を奪おうとしていた非人道的な組織らしい傲慢な物言いですね」

「ぐぐぐ……! いいよ渡すよ! 貸し一つだからな!」

と。要約するとこんな流れに。

これで聖王教会と管理局の間に面倒なしこりが生まれた気がしないでもないが、気にしない。俺は悪くない。彼らがこの事件に介入する理由を作った張本人な気がしないでもないけど。

で、ようやく闇の書事件も終了と言える段階になった。

……そして今日。ここまでずっと先延ばしにしていた問題。それを解決する。

ミッドチルダ北部、ベルカ自治領。

そこにある一つの教会に、俺となのは、はやては訪れていた。

それだけじゃない。

シグナムとシャマルを含めたヴォルケンリッターに、遺族の皆様方も、だ。

今日行うのは別れの儀式。原作どおりの、夜天の書の破壊。

その内容には、いくつか違った事柄が混じっている。

その一つは、シグナムとシャマルを構成する術式をはやての中へと移さないこと。

彼女たちは夜天の書と共に、消滅することとなる。

これに対しては様々な意見が出た。

遺族からは当然だ、と。管理局と俺からはそこまでする必要はない、と。

しかし、夜天の書のマスターであるはやての一存により、夜天の書の破壊は決行されることとなる。

「罪は償わなあかん」と。

その一言に従い、シグナムとシャマルは自らの死を受け入れることにしたようだった。

……もっとも、彼女たちは最初からそれを考えていたような気もするが。

こればっかりははやての意志を尊重するべきであり、俺にはどうにもできない。

夜天の書のマスターは、彼女なのだから。

そして、もう一つの違い。

リインフォースの完全消滅はなんとか防げそうだ、ということだ。

これは、これから自分の面倒を見てくれる聖王教会へ礼の前払いといったところか。

はやてがどう思っているのか知らないが、そうなる。

ロストロギア扱いされている夜天の書を完全再現することはできないが、古代ベルカの技術を日夜再現しようとしている彼らならば、一時しのぎ程度の器は用意できるのだ。

ユニゾンデバイスとして真価は発揮できなくなるが、リインフォースに蓄積された記憶を移すことならば可能。

人格があると言っても機械であることに変わりはない。これで死ぬことだけは避けられるだろう。

リンフォースの価値は、何もユニゾンデバイスの管制人格というだけではない。

世界ごと崩壊したために三百年前の記録でさえまともに残っていない古代ベルカ。その生き証人を消してしまうのは、聖王教会にとって大きな損失だ。

当時の文化を知ることは、教会の人々にとって必要不可欠なことだろうから。

……しかし、リインフォースの代わりに消えるシグナムとシャマル。

足し算引き算ではないが、結局俺のしたことは……。

……止めよう。今考えることじゃない。

なのはと俺は、レイジングハートとSeven Starsを起動させて、別れの魔法を開始する。

左腕はまともな治療を受けていないので、まだ動かない。腕を吊った状態で生活するのも楽じゃないね。

Seven Starsを右手で持ち上げ、魔法陣を展開し、消えゆくリインフォースとシグナム、シャマルに視線を向ける。

そして、きっと最後となる会話を始めた。

「悪かったな。……俺には、お前たちをどうにかするだけの力がなかったよ」

「良いのだ。むしろ、ここまでしてくれて感謝している。
 ……私は、お前をこの手にかけたというのに」

「謝っても許してくれないと思うけど、本当にごめんなさい」

「もう良いって。それは聞き飽きた」

少し茶化した口調で言うと、二人は苦笑する。

まぁ、冗談にしちゃあ黒いわな。それに、言ってることが辛辣になるのも許して欲しい。

殺された手前どうにも苦手なのだ、この二人は。

「……リインフォースさん、シグナムさん、シャマルさん」

「どうした、高町」

「やっぱり、こんなこと間違ってるよ。
 死んで罪を償うだなんて……そんなの、逃げるようなものじゃない」

「……そうだな」

と、シグナムは苦笑したままなのはに顔を向ける。

「確かに、逃げだろう。今の私は――いや、私たちは、罪を押し付けて消える」

「……え?」

「頼みがある、高町。エスティマ・スクライア。そして、主はやて。
 我々は消えて、小さく無力な欠片へと変わるだろう。
 ……それが、ちゃんと罪を償うように、同じ過ちを繰り返さないように、見てやってくれないか?」

「……なんだって?」

思わず声を上げる。

驚いたのははやても同じだったらしく、俺となのは、はやては顔を見合わせた。

「全ての記憶と経験を失った我々を、導いてやってもらえないか?」

「……分かったよ」

「……任せとき」

そう、なのはとはやては頷く。

一人返事をしなかった俺へと視線が注がれるが、さて、なんと言ったものか。

俺なんかが誰かを導くだなんて、できるわけがない。

たとえ形だけなのだとしても、口にすることすらできない。

ちら、と足元に置いてある細長い布包みに視線を送る。

……俺は。

「……気が向いたらな」

「そうか。……それだけで、充分だ。感謝を」

それっきり。

この場にいる全員が口を噤むと、俺となのははデバイスを握る手に力を込める。

『術式、完了まで残り僅かです』

『Take a good journey』

魔法陣が強い光を放ち、それと同時にリインフォースたちの身体が光の粒へと。

はやてに視線を向ければ、彼女はそれをじっと見詰めていた。

そして彼女たちの姿が完全に消えると共に、宙から、三つの遺産が舞い降りてくる。

剣十字のペンダントははやての元へ。宝石の埋め込まれた指輪はなのはへ。剣をあしらったネックレスが俺の元へ。

Seven Starsを待機モードへと移し、それを手の平に載せる。

……全ての記憶と経験を初期化された、シグナムの――いや、これはシグナムと呼んで良いのだろうか。

……いや、良いんだ。彼女はそれを望んでいた。全てを忘れて、これからの人生の全ての贖罪に当てて欲しいと、そう導いてやってくれと、言い残したのだから。

赤ん坊のような存在となりながらも、最初から過酷な運命を決めれた存在。

ああ、それは確かに最大級の罰だろうさ。

「……けどな」

こうならない――"こんなはずじゃない"結末だって、あっただろうに。

かちゃ、と音を立てながらネックレスを握り締めて、はやてへと視線を向ける。

彼女は剣十字のペンダントを両手で握り締め、頬に涙を伝わせていた。

馬鹿、と小さな呟きが、聖堂の中に響く。

それはなんに対しての言葉なのだろうか。

俺にはもう、彼女が何を考えているのか分からない。原作から剥離してしまった今、どんな声をかけて良いのか分からない。

……まぁ良いさ。

ネックレスをポケットに突っ込むと、俺は布包みを持ち上げる。

そして踵を返すと、出口へと向かった。

なのはが制止の声を上げようとした気配がしたが、結局、彼女は何も言わず俺を行かせた。

はやてにはヴィータやザフィーラ、なのはがいる。俺一人ぐらいなくなって、立ち上がることはできるだろう。

ここから先は、一人っきりにして欲しい。

転送ポートに向かい、ベルカ自治区からミッドチルダ西部へ。

ポートフォール・メモリアルガーデン。

数多もの墓地が並んでいる、その一角。

デバイス用の墓地となっている建物へと入ると、予約しておいた棚の中に、包みから取り出したLarkのロッドを収めた。

……あまり実感が湧かないな。

防御プログラムを破壊してから休みなく動き続けていたせいだろうか。

まだ彼女が首元に下がっているような気がして――時折、同意を求めるように声をかけてしまう。

そんなことが、ここ一週間に何度もあった。

……駄目だな。あいつは心配性だから、俺がこんなんじゃあ安心させられそうにない。

しっかりしないと。

「Lark。ようやく、闇の書事件は終わったよ。
 やっぱりベストは無理だったが、それでも、無難なところに落ち着いたと思う。
 はやての味方はなのはだけじゃなくて、きっと原作よりも多い。
 ……それに、知ってるか? はやての保護者、あの暴力シスターなんだぜ?
 本当、なんの因果なんだか。
 ……流石に、ユーノやフェイト、アルフはあの子を嫌ったままだけどさ。
 それに、シグナムやシャマルはいなくなったようなもんだし――
 けど、この結果にたどり着けたのはお前のおかげだよ。
 ……ありがとう」

返答はない。当たり前だ。

しかし、いつも聞こえてきた彼女の言葉が届かないだけで、顔が俯きがちとなってしまう。

「……スタンバイ・レディ」

唐突に、そんな言葉が零れた。

分かっている。もうLarkが俺の元にいないことぐらい、理解している。

けど……。

唇を浅く噛むと、またくるよ、と声をかけて、背中を向ける。

人気のない建物の中に足音が反響して、コツコツと音が上がる。

不意に、その中へと声が混じった。

Seven Starsだ。

『旦那様』

「……なんだ?」

『先程、旦那様は棚に向かって声をかけていました。
 あの行為に、なんの意味があったのですか?』

「ん……心の整理、かな」

『理解しかねます』

「そうか。……ああすれば、Larkが安心してくれるような気がしてね」

『有り得ません。お姉様は一週間前に破壊されています。
 情報を伝えることは、不可能です』

「分かっているさ」

黙れ、と指先でセッターをつつく。

しかし、こいつは尚も言葉を続ける。Larkなら黙ってくれただろうに。

『旦那様』

「なんだよ」

『お姉様から、全てが終わったときに自分が破壊されていたら届けるように、という条件でテキストファイルを預かっております。
 閲覧しますか?』

「ああ。……いや、やっぱり、いい」

『了解しました』

なんの反論もせず、セッターは会話を切り上げた。

テキストファイル。

……遺言、かな。

それを開く勇気が、今の俺にはない。

もし恨み言の一つでも書いてあったら――そう考えるだけで、息が詰まりそうになる。

……我ながら情けない。

Lark。こんな俺には、本当、お前は過ぎたデバイスだったよ。

建物を出ると、見知った顔を見付けて脚を止める。

どうして彼女がここにいるのか分からず、首を傾げてしまった。

彼女――フィアットさんは、俺を見ると俯いていた顔を上げる。

着ている服は喪服。彼女も墓参りにきていたのだろうか。

妙な偶然だ。

「……エスティマ」

「どうしたんです、こんなところで。墓参りですか?」

「いや、お前を迎えにきただけだよ。
 家族に連絡を入れたら、ここにいると教えてもらえてな」

そうなのか。

確かにこのあと、先延ばしにしていた左腕の治療を行うためにフィアットさんのところへ行くつもりだったけど。

それにしても……わざわざ迎えにくるのに喪服を着る必要はないはず。

彼女も、Larkの死を悼んでくれているのだろうか。

入院中に交わした会話で、Larkのことは何度か話した。

家族のようなものだと――言った覚えがある。

ありがとうございます、と頭をさげると、隣り合って俺たちは歩き始める。

夕日はゆっくりと沈み始めており、地面に伸びる影は長い。

そんな中を、さくさくと草を踏み締めながら、ゆっくり進む。

「……なぁ、エスティマ」

「なんですか?」

「これからお前は、どうするつもりだ?」

「どう、って?」

「デバイスを失って……それでも、今までと同じように魔導師として戦うのか?」

「そのつもりですよ。自分がなんの力もないただのガキって、今回のことで痛感しましたから。
 せめて一人前になって、Larkを犠牲にしたことは無駄じゃなかったんだって思えるまでは、戦い続けます」

「辛くはないのか?」

「……そりゃ、辛くないと言ったら嘘になりますが」

だが、それでも。

脚を止めてはいけない。

未来に設立される機動六課。JS事件。それに関わる人々は、今回のことで随分と事情が変わった。

俺は、その穴埋めをしなければならないだろう。

フェイトはきっと機動六課に入らないだろうし、ユーノは無限書庫と一切関わりがない。

そして、シグナムとシャマルは存在せず。

それをなんとかするまでは、いくら辛くたって足を止めるわけにはいかない。

Larkを壊すことで、俺は前へ進むことを選択したんだ。

それを間違いだったなどと思いたくはない。

「……エスティマ」

「はい」

「私の職場にこないか? お前が何をするつもりなのかは知らないが、助けにはなれると思う。
 お前の指す力というのが実力でも権力でも、きっと満足のゆくものを手に入れられる」

それはなんとも甘美な誘惑だ。

彼女の瞳に浮かんでいる色は真剣で、きっとそれは本当なのだろう。

けど、

「お誘いはありがたいんですけど、俺に足りないのは経験ですから。
 それを、地道に積み上げてゆくつもりです」

もう俺の進路は決まっている。

怪我の治療が終わると共に、クロノの執務官補佐に。

そこでしっかり勉強して、フェイトの代わりに執務官にならなければならない。

フィアットさんは、そうか、とどこか残念そうに溜息を吐くと、苦笑する。

そして歩く速度を上げると、俺の二歩前を歩き出した。

「それがお前の選択ならば、良いさ。
 ほら、急ぐぞ」

そして、ずんずんと進み始める。歩幅が小さいために、妙に大股だ。

そんな姿に思わず吹き出すと、睨まれた。

ごめんなさい。

墓地の出口に辿り着くと、俺は脚を止めて、最後に一度だけ振り返った。

Larkにはああ言ったが、次にここへくるのはいつになるんだろう。

なんとなくだが、しばらくは足を運ばないような気がする。

いけないと分かってはいるが。

「エスティマ、どうした?」

「ん、いや。なんでもないですよ」

声をかけられたので、フィアットさんの元に。

彼女の顔を見てみれば、心配そうな表情。

……駄目だな。きっとスクライアに戻ったら、ユーノやフェイトも似たような顔をするだろう。

「ちょっとだけ。もう少しだけ、頑張りますか」

深呼吸をして気分を入れ替えると、笑顔を作る。

今は作るだけが精一杯だが、充分だ。

もう、俺は――







[3690] 後日談1
Name: 角煮◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2008/12/17 13:11
なんの魔法か、流石というべきか。

良く分からないが、フィアットさんのところに行って治療を受けたら千切れかけていて医者すらも匙を投げた左腕が治った。

記憶が数日ぶっ飛んでて、何をされたのか覚えていないが。

まぁ、それは置いといて。

復帰したあとスクライアの長老様、護衛隊の皆様、調査隊の皆様にマジ土下座して管理局入りを許して貰った。

……と言っても、割と暖かく送り出してくれたわけだが。

その分、一人前になるのだというのなら、ってことでフェイトの生活費は俺が全額負担することになったりしたのだが、こればっかりは仕方がない。

大して使い道のない給料だ。それがフェイトのために使われるのならば、別に惜しくはない。

ちなみにフェイトは未だスクライアの護衛隊にいる。最後には俺の分まで働くから気にしないで、と言ってくれた。本当に申し訳ない。

……そう。最後には。最初、すんごい勢いで駄々をこねられたのである。

まぁ、とにかく。

管理局入りの準備をしてようやくアースラに乗り込むことになったのが二週間前。

闇の書事件からは一月が経っている。

そんなある日のこと。

嘱託としてなのはがアースラに訪れた。

「エスティマくん、久し振り!」

「よう、なのは。元気だったか?」

「うん。エスティマくんも元気そう。肩の怪我はもう大丈夫なの?」

「平気。平気。戦闘も問題なくこなせるよ」

ぐるぐると左腕を回してみる。

まぁ、最近はクロノのデスクワークばっか手伝ってるけどな。

執務官補佐として戦場に出るのがストレス発散になりつつある。

これってどうなの。

なんて風に感じている俺を余所に、なのははにこにこと笑っている。

まぁ、最後に会った時はまだ沈んでいたからなぁ。

ここ最近は忙殺されてて、気分がブルーに入っているとクロノ辺りが「やる気がないならスクライアに帰るか?」とか聞いてくるんだからタチが悪い。

元気にでもならなきゃやってらんねーっつーの。

「セッターさんも、久し振り」

『お久し振りです、高町なのは』

チカチカとデバイスコアが瞬く。セッターの口調は未だ固い。

まぁ、そんな簡単にAIが育つわけじゃないからね。

それに誰かに話しかけられなければ声を出すなって命じてあるし。

Larkとは違った意味でうるさいから、どうにも好きになれないのだ。

まぁ、そんなことはどうでも良い。

「なのは、はやては元気そうか? 俺も先週顔を出したけどさ」

「うん。シャッハさんが厳しいって愚痴ってたけど、それでも楽しそうだった。
 ヴィータちゃんやザフィーラさんも、向こうの生活に慣れてきたみたい」

「そりゃ良かった」

どうにも俺が行くと無理して楽しそうに振る舞ってるように見えるからなぁ。

なのはがそう言うなら、大丈夫なのかな?

「それと、伝言。来週辺り準備が整うらしいから、聖王教会にきてって」

「ん、メールでもあったな。了解」

……復活、もうそろっとか。

存外早かったが、リインフォースⅡと違って作成するわけじゃないからそれほど難しいわけでもなかったのかもね。

いや、むしろデータ取りの時間だったのかもしれない。

完成した守護騎士のヴィータとザフィーラ、その素体のシグナムとシャマル。

その二つを比較しての解析に時間が取られたのかも。

まぁ、リインフォースの記憶と守護騎士システムの解析を代償にして生活の保証をしてもらっているのだから、文句は言えないかな。

本当はもっと自由に生活させてあげたいが、俺一人が背負うことができるのはフェイトが限界だ。

力がないのが嫌になるね。

「……あのさ、エスティマくん」

「ん?」

思わず考え込んでしまったので、レスポンスに少し間が空いた。

そして、一歩後退る。

なのはが俺の顔を覗き込むようにしてきたからだ。

「な、何さ」

「大丈夫? 疲れてない? 執務官補佐のお仕事、大変でしょう?」

「……大丈夫。闇の書事件の修羅場と比べたら、これぐらいどうってことないよ。
 そんなに俺はヤワじゃない」

「うん……でも、無理しちゃ駄目だからね?
 エスティマくんが強いのは分かるけど、辛いときはちゃんと休んでよ?」

「ああもう、心配ご無用! お子様はそんなことを気にするなって」

言いつつ、ぐりぐりとなのはの頭を撫でてやる。

それが不満らしく逃れようとするが、止めてやらない。

「お子様って、エスティマくんと私は同い年だよ!?
 ちょ、止めて、止めてってばー!」

「ははは、俺は立派な社会人ですよ」

「ああああああ、髪の毛がー!」

ピンピンと髪の毛が跳ね始めたので開放。

まったく、他人よりも自分の心配をしろっつーの。

色んな方面からミッドに移って管理局に入らないか、って誘われてるのに。

「もう、また結ばないとだよー」

リボンを解きつつ文句を言うなのは。

その様子に溜息を吐きつつ、くつくつと笑う。

……ふと、なんだか久し振りに笑った気がした。

そりゃーなのはに心配されるわけだ。気を付けないと。

「ほら、なのは。早く行かないとクロノにどやされるぞ」

「あ、うん」

踵を返すと、その後をなのはが追ってくる。

そうして五歩ほど進むと、不意になのはが声をかけてきた。

「ねぇ、エスティマくん」

「なんだ?」

「ちょっとお願いがあるんだけど、良いかな?」



























リリカル in wonder


























アナウンスと、多くの人が談笑する声が風に乗って流れてくる。

運ばれてきた匂いには、顔をしかめるほどじゃないが、こういう場所特有の匂いが混じっていた。

顔を上げれば、そこには看板が。

『わくわく次元動物園』。どう考えても嫌な予感がビンビンです、本当にありがとうございました。

「兄さん兄さん、早く入ろうよ!」

「まぁ、待て待て」

軽く意気消沈しそうな俺の腕を引っ張りながら――っつーか、なんで腕を組んでいるんでしょうね妹君は――好奇心が抑えられない様子でフェイトが俺を急かす。

ちら、と視線を脇に向けると、そこにはユーノと談笑するなのはの姿が。

いつぞやの約束、しっかりと果たす羽目に。うん、強請られ……ではなく、ねだられたアレです。

子供四枚、とチケットを購入して入園。

ゲートをくぐった先には、売店と小規模な博物館、ここの地図があったり。

……こらフェイト。真っ先に売店へ行こうとするな。そして残念そうな顔もするな。帰りな帰り。

しっかしどこかで見たことある構造だなここ。

山の中に無理矢理作りました、って感じが多摩動物園とそっくりだ。……うげー、山道歩いて見回るのかよ。休日ぐらいは休ませて。

「さて。今日はエスティの奢りらしいし、思う存分楽しもうか」

「おいユーノ貴様。なんかこう、引っ掛かるものがあるのですがそこら辺どうなんでしょうか?」

「……スクライアのエースが管理局に入っちゃって、みんなガッカリしてたなぁ」

「すいませんでしたっ……!」

くそう。

色々と強く出れない。なんだこれ。

確かに基本給+高ランク指定で更に危険手当ついて結構な給料もらうことになっているけどさぁ。

それでも初任給はまだなんですよ?

そこら辺分かってます?

「……狼のぬいぐるみ」

「ああうん、買ってやるからあとでな?」

「フェイトには甘いなぁ。……不公平だから、僕らにもよろしくねエスティ」

ちくしょう……チクショー!

誰か穴子さんのAAを貼ってくれ!

「あ、あの、エスティマくん? 私が言い出したんだし、少し出すよ?」

「いいんだよなのは。色々とエスティの自業自得だし。……それは、今日でチャラってことで」

「あ……うん」

驚いたように頷くなのは。

……悪いなぁ、本当。

まぁ、なんだ。

辛気くさい顔をしてちゃ楽しめない。

息を吐いて笑顔を作ると、よし、と声を上げる。

「んじゃまぁ、今日は楽しみましょうか。どこから回りたい?」

「兄さん。私、この植物園の――」

「アウト。ビオランテからは危険な気配しか感じない」

「じゃあエスティ。昆虫展とかやってるみたいだから、そこに――」

「アウト。カッコウムシとか、同化されそう」

「じゃあどこから見ろって言うのさ!」

ジト目でユーノに睨まれる。

いや、だってさぁ。

うむむ、と首を傾げつつパラパラとパンフレットを捲り――

「こ、これは……」

「ど、どうしたのエスティマくん?」

「行くぞ、機械生物エリアだ」

「ちょ、なんで目が本気なのー!?」

「えっと……北極ライオン? 機械の? 兄さん、なんで?」

「行ってみれば分かる! おら、行くぞ!」

と、勢い込んで行ったものの。

GGGマークの看板が出てて、『ごめんね、整備中!』とかパネルが。

「もういいや。帰る」

「早いよエスティー!?」

「おま、この野郎、バインドで縛るな! 冗談だ!」

半分本気だったけど。

魔力にものを言わせてバインドブレイクし、がっくりと肩を落とす。

うわっはーとか言いたかったのに……。

なんだよこれ……もうこの動物園に価値なんてねぇよ……!

「ユーノ。兄さんって、けっこう子供っぽかったの?」

「うん。フェイトの前では格好つけてるよエスティ」

「残念だったね、エスティマくん」

三者三様に慰めているんだから貶しているんだから分からない反応をありがとう。

まぁ良いや。普通に回ろう。

「気を取り直して、回りますか」

「うん、兄さん」

と頷き、ぴったりと寄り添ってさりげなく手を繋いでくるフェイト。

ううむ、と思いつつ顔を見ると、満面の笑みを返された。

なんだろう。シスコンになったクロノの気分が分かるような分からないような。

いや、あの鬼執務官の気持ちなんて分かってたまるか。

……しっかしなぁ。

見事に真っ二つに割れている。

なのはのお願い。それは、別に動物園に行きたいとかじゃないのだ。

闇の書事件で仲の悪くなった……というか、断絶したフェイトと仲直りしたい、とのこと。

どういった経緯でそんなことになったのか聞いてみれば、誰が悪いとも言えないわけで。

そのせいで逆に難しいわけだ。

こうやって俺にべったりなフェイトは、ユーノに声をかけはしてもなのはと会話しようとしないし。

雰囲気を明るくすれば自然と前の調子になると思ったけど、そう簡単でもないか。

まぁ、有耶無耶の内に仲直り、ってのは、なのはの好むところではないだろう。

タイミングを見計らって、二人っきりにするのが吉か。






























「で、アイス買ってくるっていうベタな手段に出た、と」

「ベタって言うなよう。俺だって自分の発想の貧困さに涙が出そうなんだから」

「……うん。いちいち胡散臭いこといわなくていいからね?」

まったく、とユーノは苦笑する。

ユーノの言ったとおり、アイス買ってくると断って半ば無理矢理ユーノを連れ出した次第。

「しっかし、僕の知らない内にそんなことになってたんだ」

「おいおい。お前だって兄貴だろうに」

「君もじゃないか、エスティ。それなのにフェイトを放り出して闇の書事件を追っていたのは、僕と一緒だろう?」

「む……それを言われると」

「僕だけが悪いみたいな言い方はしないで欲しいかな。まぁ、終わったことだからもう口うるさく言うつもりはないけどさ」

「ごめん」

「良いって」

どうしたものかね、と二人一緒にベンチに座る。

休日だからだろう。動物園に訪れている人はそれなりに多く、通りを行く家族連れはけっこうな数だ。

それをぼんやりと眺めていると、はやても連れてきたかったな、と考えが浮かんでくる。

しかし、それを実行に移すのは無理だろう。

いや、ここに連れてくるだけなら別に難しくもなんともないんだけど、ユーノとフェイトに会わせるのはちょっとね。

悪感情というか、消し去ることのできないしこりが八神家とスクライアの間にはある。

俺一人に色々と世話を焼いてくれることから分かるように、割とスクライアはアットホームなのだ。

一度家族と認めた者には、最大限の加護を。それは俺やユーノ、フェイトなどの流れ者にもだ。

そんな家族意識は、過酷な遺跡発掘現場での共同生活でより強くなる。

そのせいか、外的に対して割と攻撃的なのだ、スクライアは。

原作を見ていてユーノを一人管理局に放り出したところから想像もできなかった部分だ。

しかしアレは、きっとユーノの強い意志があってのことだったのだろう。

きっと原作のユーノは、執務官補佐になった俺と同じように、どうしようもなくなったら帰ってきて良いと言われて送り出されたんじゃないだろうか。

帰る場所がある、というのは随分と救いになる。

自分勝手な理由でスクライアを出た俺がなんとかやっていけているのも、家族に情けない姿をさらせない、ってのが少なからずあるだろう。

……話が逸れた。

そのスクライアの在り方を忠実に守り――本人にそのつもりがなくとも――ユーノははやてのことを話題に出すといい顔をしない。

いや、出す、というのは正しくないか。

むしろ――

「ねぇ、エスティ」

「なんだ?」

「……まだ、八神はやてと会ってるんだって?」

……こんな風に、ユーノの方から話を振ってくるのだ。

「うん」

「そう。……ねぇ、エスティ。あの子とはあまり関わらない方が良いと思う……って、今まで何度も言ったよね?
 それなのに、なんで僕の言うことを聞いてくれないのかな」

「口うるさく言うのは、さっきので終わりなんじゃなかったのか?」

「それはそれ。これはこれ。フェイトにはちゃんと接してるからもう口出しはしないよ。
 けど、あの子は別。
 あのさ。強い力には危険が付きまとうって、分かってるよね?
 そういったのを狙う輩には、ロクなのがいない。今まで遺跡発掘をしてきたんだから、それぐらい分かっているでしょ?」

「そりゃあ、ね……」

分かってはいる。

強すぎる力ってのは、それを持たない者から見たら非常に魅力的に映るもんだ。

ロストロギアが正にそうだし、PT事件も闇の書事件も、その法則に則って巻き込まれたようなもの。

そして、はやての持っている力。夜天の主である彼女の資質は、ロストロギアに匹敵する価値がある。

そんな彼女と一緒にいたら、面倒事に巻き込まれるのは必須と言って良い。それは間違ってはいないだろう。

……それに、俺自身が疫病神みたいなもんだしね。

近付かないのが一番だとは思っているが、どうにも。

別に顔を見せないとヴィータがうるさいとか、そういうのじゃない。

単純な話、聖王教会に彼女の身柄を差し出したのは俺みたいなものなのだから、せめてはやてが独り立ちできるまでは見守ってやらないといけない気がするのだ。

……余計なお節介なのかな、これは。

「……最近さ」

ずっと黙っていたユーノが言葉を向けてくる。

顔は正面の通りを眺めたままで、ぼーっとした口調で。

「ふとした拍子に考えるんだよね。いつからこんなことになったのかなって。
 エスティが面倒見が良いのは知ってるよ。けど、それでも最近は度が過ぎてる気がする。
 フェイトを助けて、闇の書事件に首を突っ込んで、痛い目を見て。
 それで失ったものは、決して少なくないはずだ。
 ……そんなになってまで、君は何がしたいんだい?
 前は、エスティが考えていることがなんとなく分かったけど――最近は、さっぱりだ」

「ん、そうだな……」

背もたれに体重をかけて、空を見上げる。

「俺は……何がしたいんだろうねぇ」

「なんだよそれ」

「なんだろうな。俺もたまに分からなくなる」

何をするかは決めている。

ただ――その先に何があるんだろう。

もし俺が知識として知っている事件が全て終わったあと、俺の手元には何が残るんだか。

労いの言葉をかけてくれるような相手――Larkは、もういない。

誰も知らないところで戦って、それに意味はあるのか。

正史がどうのこうのなんて、誰も気にしないのだ。

ここで俺が投げ出したところで、問題なんて何一つない。

逃げ出したところで、何を言われることもない。

……そうだ。それは、闇の書事件のときと変わっていない。

だが、以前と今では、違うのだ。

少し時間が経った今だからこそ分かるが、前は妙な義務感で首を突っ込んでいた。

しかし今は、ただLarkを無駄にしたと思いたくないだけで戦っている。そんな気がする。

……分かっているんだ。それは、戦い続けることをLarkのせいにして自慰に耽っている俺の馬鹿げた自意識だなんてことは。

けど……もう、それ以外に分からない。

果てはずっと先だが、ぷっつりと道が途切れたとき、俺はどうしたら良いのだろう。

そんな漠然とした不安。なんつーか、人生二度目の思春期を迎えた気分だ。

「なぁ、ユーノ」

「何?」

「幸せってなんだろうなぁ」

「えらく哲学的なことを聞くね」

「そうか?……いや、そうだな。
 ううむ、いやいや、これは考えてみると割と難しいかもよ?
 世間一般的には、仕事で偉くなることだとか、金持ちになることだとか、女をはべらせてエロいことをしたりとか色々あるけど」

「エロいこと……」

「ああうん、そこに反応するのは実にお前らしいね」

「真面目な話をしているのかふざけているのか、どっちなのさ!?」

「さあ、どっちなんでしょうかねぇ」

よっ、と掛け声を上げてベンチから立ち上がる。

真面目タイム終了。それなりに時間が経ったし、もうそろそろフェイトたちのところに戻るとするかね。

「エスティ」

「なんだ?」

「今日、ここにきて楽しい?」

「ん、まあね」

「なら、それが幸せってことじゃない? 漠然としたものじゃない、確かな、さ」

「……お前、実はすごい奴?」

「え? だって当たり前のことじゃないか」

首を傾げてそんなことを言うユーノ。

む……しかし、そうか。

……そうだな。

幸せなんて、そこら辺に転がっているか。そして、作ろうと思えば簡単に作れる。

同じように、壊そうと思えば簡単に壊れてしまうが。

……そうか。そうだな。

よし。

「うむ、ユーノ。俺は決めたぞ!」

「どうしたのいきなり。往来で叫びを上げるのはどうかと思うよ」

「ほっとけ。……うん、俺は幸せになる。それを邪魔しようとする要因を排除できるだけの力をつけて、幸せに人生を謳歌してやる!」

「何を当たり前のことを」

「……そうなんだよなぁ。当たり前のことなんだよなぁ」

なんでそんなことを忘れていたのか、俺は。

まったく、自分の馬鹿さ加減に嫌気が差すぜ。

なぁ、そうだろう? Lark。
































エスティマとユーノが買い物に行ってから、なのはとフェイトの間には沈黙だけが量産されていた。

フェイトはただ檻の向こうにいる動物を見ているだけで、なのははそんな彼女に言葉をかけようとするが一向に口を開かない。

断絶されたような溝があるのではなく、ただ、口を開きづらい雰囲気となっている。

駄目だな、となのは唇を噛む。

エスティマに今日という日を準備してもらったのに、自分がこんなことじゃあ意味がない。

けど、どうしよう。

単刀直入にあの日のことを話そうか。

それとも、さりげない会話をしてから本題に入ろうか。

……どうすれば良いのか分からないよ。

他の人だったらどうするのかな。

そう考え、なのはは脳裏に友人の顔を思い浮かべる。

エスティマならば顔を合わせた瞬間に土下座して一気に押し切りそう。流石にそれは……。

ユーノならば、からかい半分といった調子で茶化しつつ、それとなく話を振ってくれそう。大人だ。

クロノならば……それがどうした? と言わんばかりの態度で接してきそうだ。真似はきっと無理。

アリサやすずかならば、溜息一つで許してくれそう。フェイトちゃんにそれは良いのかな?

……さ、参考にならないよ。

全員が全員、特徴的すぎる。

うっうー、と頭を抱えるなのは。

そうしていると、

「……ねぇ、なのは」

不意に、フェイトから声をかけてきた。

「な、何!?」

素っ頓狂な声が出てしまったが、それを気にした風もなくフェイトは言葉を続ける。

「兄さん、お仕事頑張ってる?」

「あ……うん」

「そっか」

微笑みを浮かべて、フェイトは小さく頷いた。

それが嬉しそうで、どこか少し悲しそう。

なんでだろう、となのはは首を傾げる。

「どうしたの?」

「私は、しばらくの間兄さんと一緒にいられないから。だから、なのは。兄さんのこと、お願いできないかな。
 嘱託のお仕事で一緒になるときだけで良いから、助けてあげて。
 ……Larkがいなくなって、兄さん、すっごく辛そうなの」

「うん。当たり前だよ」

咄嗟に言葉が出てくる。

エスティマを助けるのは当たり前だと、そんな風に。

闇の書事件。その解決の代償として、エスティマはデバイスを失った。

……エスティマくんはすごい、となのはは思う。

レイジングハートを失ってしまったら、もしかしたら自分は戦うことを止めてしまうかもしれない。

自分の力であると同時に、大切な相棒なのだ。

その感情は、きっとエスティマと同じ――否、自分よりも長い時間を共に過ごしたエスティマは、きっとLarkが壊れたことに深く悲しんでいるだろう。

それなのに、彼は脚を止めずに前に進んでいる。

Larkを失う原因となったはやてを恨まず、周りの人を気遣いながら、ただ前へ。

そんな在り方を眩しく思う。度々出てくる、エスティマくんは強い、というのは、なのはの本心からの言葉だ。

故に、危うい。

一度、レイジングハートを壊されて、周りの人たちがどんどん離れて行ってしまった時の自分みたいに、彼の心根がいつかは折れてしまうのではないか。

……きっとそんなことを言ったら、そんなにヤワじゃないよ、って笑われそうだけど。

だから、誰かが黙って支えてあげなくちゃいけない。言葉に出したら、きっと突き放されてしまうから。

……その誰かに、私はなれるのかな。なれたら良いな。

「ごめんね、なのは」

「……え?」

「なのはに酷いこと言ったのに、こんなこと頼んで。
 私、兄さんの力になろうって思っても、一緒にいるとそれを忘れて、どうしても甘えちゃうから駄目なんだ」

「そんなことないよ。フェイトちゃんがいるから頑張れるってのも、きっとあると思う」

「かもしれない。けど、私は、兄さんの――」

そこまで言って、フェイトは頭を横に振る。

そして、なんでもないよ、と薄く笑う。

「ごめんね、なのは。あの時、私は何も見えてなかった。酷いこと言って、本当にごめんなさい。
 ……また、友達になってくれるかな」

「……うん」

ありがとう、と言ったフェイトの手を、思わず握る。

そうして二人は笑い合う。

ああ、こんな風に笑い合うのは久し振りだな、なんて思いながら。


























フェイトとなのはが仲直りできたようで何より。

これでなんとか、当面の問題は解決できたかな――

「……ねぇ、エスティマ」

「なんだいアルフ」

「こないだね、一眼レフのカメラを新調したばっかりだったんだよ。使い方によっちゃあデジカメよりも味が出るって聞いてさぁ……」

「そうなんだ」

「ああ、そうなんだよ。それなりに練習もして、これならフェイトの笑顔がバッチリと撮れると思ったんだけどねぇ……」

「俺の預金残高がレッドゾーンまで減っていると思ったら、そんなもんを買ってたのか」

「クレジットカードって便利だよねぇ」

おいこの野郎。お前、PT事件のときに買ったマンションを売却したから金には困ってないだろうが。

「そんなことはどうでも良い」

どうでも良くない!……ってあれ? なんで右腕をぶらぶらさせてるんですかアルフさん?

「なんでまたアタシを置いてったんだー!」

ボボボ、とフリッカーが三発入った後にアッパーが顎に。

アルフ……お前は、世界を狙える……!

げふぅ、と吹っ飛ばされて天井に頭を激突させながら、そんなことを思ったり。

……くそう。










[3690] 後日談2 挿絵有り
Name: 角煮◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2009/03/30 21:58
シフトをなんとかやりくりして時間を作り、今日は聖王教会へ。

目的の建物にたどり着くと、ベルを鳴らして鍵が開かれるのを待つ。

「お邪魔します」

「いらっしゃい、エスティマくん」

ドアをくぐると、杖で身体を支えた修道着姿のはやてが出迎えてくれた。

かたかたと手が震えてはいるが、きちんと両足で立っている。

リハビリは順調なようだ。

入ってー、と勧められて入って部屋には、既になのはがいたり。

ザフィーラはぐてーっと床に寝っ転がっており、ヴィータはケーキと格闘してる。

と、俺がきたことに気付いたのか、ヴィータが頬にホイップを付けながら顔を上げた。

「良く来たな。ケーキ食え」

「ああうん、いきなりそれはどうかと思うけど、ありがとう」

「紅茶とコーヒー、どっちがええかな?」

「コーヒー。ブラックで」

「うわぁ、すごいなぁ」

む、そうか。あんなもんは煙草と同じで慣れだけどね。

回数重ねる毎に美味しくなってくんですよ。

テーブルに着くと、しばらくしてはやてがコーヒーを持ってきてくれる。

礼儀とかにはあんまり明るくないので、カップを無造作に持ち上げて一口。苦みが美味い。

「はやて、その服どうしたの?」

「うん。海鳴の家から持ってきた着替えのバリエーションが少なくてな?
 ちょっと洗濯サボったら着るものがのーなって、シャッハさんに貸して貰ったん」

む、炊事洗濯が得意なはやてにしては痛恨のミス。

まぁ、最近はリインの遺産――リインフォースⅡの製作に関わっているから、あんまり時間が取れないのだろう。

ま、それはともかくとして。

「落ち着いた感じで似合ってるね。可愛いよ」

「そ、そんな……もう、エスティマくん女ったらしやね」

頬に手で挟みながらそんなことを言うはやて。

うわぁ、新鮮な反応だなぁ……などと思いつつ、なんだか視線が突き刺さるので、ギギギ、と首を回してみる。

「……なんでせう」

「べっつに」

「あんなこと、言われたことないの」

「非常にコメントに困る反応だぞそれ!」

と、声を上げたらザフィーラに鼻で笑われた。この野郎。

「ええと……エスティマくん、お仕事の方はどう?
 執務官補佐って何やるのかよう分からんけど、大変やろ?」

「まー、それなりに。勉強半分仕事半分みたいなもんだからねぇ。
 まだ知らないことが多くて、役に立っているとは言えないかな」

「でもこの前のお仕事、私の出番がないぐらいに頑張ってたよ?」

「あー、あれね」

偵察がてらフェレットモードでスネークして遺跡内に潜入し、不意打ちで違法発掘組織を一網打尽にしたやつか。

「適材適所ってヤツだろう。あんなの、俺でなくてもできることだって」

「でも、リンディさんだって褒めてたよ? 『遺跡を壊すこともなく事件解決。花丸です』って」

「……まぁ、なのはだったら遺跡ごと砲撃で吹っ飛ばしそうだからなー」

「ひどー!? エスティマくん、私をどういう風に見てるの!? ちょっと模擬戦を交えつつお話を――」

「おや、皆さん、揃ったようですね」

レイジングハートに手をかけたなのはを止めるように、唐突に扉が開いた。

そこから顔を覗かせたのは、シスター・シャッハ。皆さんご存じ、教会騎士団の暴力シスターである。

ちなみに初対面で、あ、暴力シスター、と口を滑らせたら首筋にトンファーを突き付けられた。笑顔で。

マジどうかと思う。聖王教会の成り立ちから考えて、ここの住人は生粋の戦闘民族なのか。

次元規模で小競り合いをしていた古代ベルカの皆様、そしてそれを収めた世紀末次元覇王。

そりゃー考えが戦闘民族趣向になりますよ。

「エスティマくん、なのはさん、お久し振り。元気なようで何よりです」

「どうも、シャッハさん」

そんな風に挨拶をしたりして、スケジュールを伝えられる。

……今日、遂にシグナムとシャマルの復活が行われる。

守護騎士プログラムの素体。

解析の結果、欠片にデータとして残っているのはそれぞれのデバイスと成長したらシグナムとシャマルになるであろうプログラム体の元。

それらは、俺となのはがマスターとなって保護観察を行うことになっているのだが……。

「……なぁ、はやて。やっぱり俺じゃなくて、君がシグナムの面倒を見た方が良いと思うんだよ」

「そんなことない。エスティマくんなら、シグナムを立派な騎士に育てられるよ」

「いや、俺はそんな真っ当な人間じゃないから……ヴィータにザフィーラ。お前らもなんとか言ってくれ」

「オメーなら間違ったことを教えることもねーだろ」

「ああ。主を救ってくれたことを、我々は評価している。頼む、エスティマ」

んなこと言われてもなぁ。

舌打ちしたいのを必死に我慢して、んー、と声を上げるだけにする。

「……まぁ良い。けど、約束だけは守ってもらうからな。
 俺が執務官になるまで、ベルカの学校に入れる。面倒を見るのは、シグナムが最低限の一般教養を学んでからだ」

「……どうしても?」

「どうしても。それが駄目なら、シグナムは預からない」

正直、仕事と執務官試験の勉強で手一杯なのだ。

それに、集団の中で生活することで倫理観と道徳観念をしっかりと身に付けてもらいたいのだ。俺一人に付きっ切りだと、絶対に偏りが出てしまう。

ベルカ自治区に来る時間は取るようにするから、それぐらいは勘弁してもらいたい。

譲るつもりのない俺に、しゃあないな、とはやては肩を落とす。

ふと視線を感じたので顔を向けると、そこにはなのはがいたり。

「なのははどうするんだ? シャマルのこと」

「うん。……シャマルさんは、私の家で預かることになってるの。お父さんとお母さんにも許してもらったから」

それはそれで良いのかもな。

次元世界の事情には疎くなるが、平凡な家庭がどういうものかを知るってのは大切なことだ。

彼女たちは贖罪のために、いずれは戦いに身を投じる存在。

ならば、自分が守るべきものがなんなのかを知っておくのは無駄ではないだろう。

そのまま俺たちは移動。研究棟に行くと、そこには法衣を纏ったリインフォースがいた。

今の彼女はリインフォースEXと呼ばれている存在だ。現に、はやてやヴィータは彼女のことをエクスと呼んでいる。

アインスの記憶を持ってはいるが、存在自体は別。同じ名前で呼ぶことに抵抗があるのだろう。

ユニゾンデバイスとしての力を失ったリインフォース・EXは、現在、持っている知識を生かす仕事、聖王教会の司教になるための研修を受けている。

同時に、古代ベルカ式魔法を再現するためのアドバイザーでもあるが。

「準備は整っています、主はやて」

「ん、ありがとな、エクス」

「エスティマ・スクライア。高町なのは。よくきてくれた」

「まぁ、頼まれたからな」

「もう、エスティマくん……よろしくお願いします、エクスさん」

「ああ……では、早速始めよう。まずは説明を」

言いつつ、エクスが宙に手を差し出すとモニターが浮かび上がった。

「まず、守護騎士プログラムについて。本来は夜天の主専用のプログラムであるこれを二人に移植するのだが、やはりそのまま再現するのは不可能だった。
 故に、近代ベルカ式を参考に、二人はミッドチルダ式魔法の使い手なので、使い魔システムを組み込んでの起動を試みる。
 シグナムとシャマルは守護騎士と使い魔のハイブリットのようなものとなるだろう」

「質問。あんまり使い魔に関して詳しいわけじゃないんだけど……使い魔のシステムを使うってことは、やっぱり守護騎士としての能力は俺やなのはの魔力に左右されるのか?」

「ああ。……とは言っても、主はやてに匹敵する魔導師であるお前たちならば、それはむしろメリットだろう」

そんなもんか。

はやてやなのはと比べたら俺の魔力量は見劣りする――と言いたいところだが、ここ最近で異常に魔力量が増えているからなぁ。

ま、力があることに越したことはない。それをどう使うかを、教えてやれば良いだけなのだから。

「エクスさん。使い魔ってことは、シャマルさんが私と同じ砲撃を使えるようになったりするの?」

「いや、それはない。シグナムとシャマルの素体には、『才能』という因子が既に設定されている。
 育て方次第では使えるようになるかもしれないが、そもそも古代ベルカの騎士であるシャマルには向いていないだろう」

そっか、と安心したような残念なような声をなのはが上げる。

まぁ、研鑽の末に辿り着いた境地のようなものだったからな、シグナムやシャマルの在り方は。

ある意味、どの方向に育てればいいのか分かっているようなもんだ。

「質問は以上か? ならば、術式を開始する」

エクスは法衣のポケットからネックレスと指輪を取り出すと、俺たちに手渡してきた。

それを握り締め、魔力を込める。

サンライトイエロー、桜色の魔法陣。それを補助するための、エクスの古代ベルカ式の魔法陣が展開。

守護騎士の欠片が薄く光り、宙に浮く。

「守護騎士システム、稼働開始」

一語一区同じ言葉を、俺となのはが紡ぐ。

それと同時に、守護騎士の欠片の真下にラベンダーとライトグリーンの魔法陣が現れた。

そして、閃光が研究室に溢れる。

その光りの中、ゆっくりと二つの影が魔法陣から浮かび上がってきた。

原作と同じように、黒のドレスを身につけた……

身に付けた……

「騎士シグナム、ここに、はせさんじました」

「けいやくの元に、騎士シャマル、ここに」

……幼女。話し方が非常に舌ったらずである。

思わず周りを見回してみると、はやてやヴィータ、ザフィーラは勿論のこと、エクスやシャッハさんまで白目でガビーンとなっている。

……なのはは一人だけ、うわー、とか言って喜んでいるが。

「主、あなたの名を……うわあ!」

「はわわ……!」

ガシャン。

チャリリーン。

そんな音を立てて、シグナムとシャマルはそれぞれのデバイスを取り落とす。

子供が持つにしてはゴツすぎる剣に、サイズが合ってない指輪。

そりゃー落とすのも当然か。

シグナムは慌ててレヴァンテインを抱きかかえて直立不動に戻り、シャマルは床を転がるクラールヴィントを追いかけつつ、あああああああ待ってー、と半べそになってる。

……なんだこれ。

http://www.exblog.jp/blog_logo.asp?slt=1&imgsrc=200903/30/23/f0200523_2141879.jpg



























まさか子供の姿になるのは想定の範囲外だった。

そんなことを言ってエクスは頭を抱えていたが、はやてやヴィータの順応は早かった。

「何着せてあげよっかー」

「おう、シグナム、シャマル、アイス食え」

……すっかりこの調子である。

特にヴィータ。お姉さん気取りだ。

ちなみにザフィーラは、

「…………」

部屋の隅で不貞寝しつつ、我関せずを貫いている。この野郎。

溜息を吐きつつ、なのはに念話を飛ばす。

『なぁ、なのは。どうするよ、これ』

『妹ができたみたいで、嬉しいかな』

『ちっげーよ! 育てる手間が増えただろ!?』

『何も知らない子を育てるのは大変だけど楽しいって、お父さんとお母さんは言ってたけど……』

『だから違うっつーのに!』

思わず頭を抱える。

ちなみに服のサイズから考えると、シグナムとシャマルは六歳児相当。

非常に困った。身体の成長が人と同じならば、六課設立時での戦力としてアテにできない。

頭痛と胃痛の種がまた増えた。薬が増えそうだ。

「あの……父上」

「マスターなのは」

呼ばれたので顔を上げると、そこにははやてと同じ修道着に着替えたシグナムとシャマルが。

なのははにこにこと笑みを浮かべながら、シャマルに暖かな視線を送っている。

「シャマルちゃん、そんな固い呼び方をしなくて良いんだよ?」

「えっと……じゃあ、なのはちゃん」

「うん」

えへへ、とシャマルは笑顔を浮かべる。

年相応の、屈託のない笑みだ。

『ほら、エスティマくんも』

『ん……ああ』

「あの……わたしは」

「好きなように呼べ」

「……はい」

『もー、エスティマくん! 意地悪しちゃ駄目だよ!』

『意地悪じゃない』

変に親しくなったら、彼女たちがしっかりとした道徳観念を備え、自分たちが何をしたのか、何をするべきか教えた時の罪悪感がヤバくなるだろう。

これ以上面倒事を背負い込むのは御免なのだ。情が移ったら身動きが取れなくなりそうで怖い。

処理しきれなくなったときのしっぺ返しがどんなものなのか、闇の書事件で痛いほどに知らされた。

それに、フェイトやユーノのシグナムに向ける感情だってある。

だから。

「シグナム。お前は最低限の常識を身に付けてから、学校に通ってもらうことになる。
 異論はないな?」

「……はい」

「なら良い。学べるだけのことを、しっかりと学べよ。……それじゃあ俺は用事があるし、ここら辺でおいとまするよ」

「ちょっと、エスティマくん!?」

「ええよ、なのはちゃん。……それじゃあ、またな? エスティマくん」

「……ああ」

それだけ応えて、ドアノブに手をかける。

去り際、シグナムがじっとこちらを見ているのを直視できず、視線を逸らした。

































「わたしは……父上にきらわれてるのだろうか」

「あ、あのね、シグナムちゃん。エスティマくんは、今忙しくて余裕がないんだよ。
 本当はすっごく優しい人だから、絶対に嫌ってなんかないよ」

「……ありがとう、高町なのは」

と、シグナムが言うと、シャマルが彼女の袖を引っ張った。

なんのことだろう、と首を傾げるシグナムだったが、はっと気付いて、

「……なのは、ちゃん」

その言葉に、にっこりとなのはは笑顔を浮かべ、シグナムの頭を撫でた。

「……なのはちゃん。ちょっと、ええかな?」

「ん、どうしたの?」

「エスティマくんと話してくる」

「分かった。行ってらっしゃい」

ん、と頷いて、はやては飛行魔法を発動させると、低空飛行を維持したまま部屋から出て行った。

つつー、と廊下を滑っていくと、すぐにエスティマの背中が見えた。

角を曲がってなんとか追い付くと、地面に降りる。

「エスティマくん!」

「ん……どうした? はやて」

「シグナムのことなんやけど」

「ああ……」

そうか、と頷いて、エスティマははやてに庭へ出るように促した。

ちょっとした庭園になっている中庭。そこにあるベンチに腰掛けると、早速はやては話を切り出す。

「……こうやって二人っきりで話すの、久し振りやね」

「そういえば、そうかも。いつもヴィータやザフィーラがいるからね」

「うん。せやから、言いたいことを言って欲しい。……ねぇ、エスティマくん。
 やっぱり、シグナムのことを頼むのは押し付けやったかなぁ」

「……何度も言ってるからはやても耳タコだと思うけどさ。
 俺ははやてが思っているような真っ当な人間じゃないんだって。
 自分勝手だし、色んな人に迷惑かけることしかできないし。
 そんな奴にシグナムを預けないで、君が面倒を見てやるのが一番だと思うんだ。
 それに聖王教会にいれば、騎士として研鑽を積むことだってできる。どう考えたって、ここで育てるのが一番だって」

ガリガリ、とエスティマは頭を掻きむしる。

その姿に、なんでそんなことを言うのだろう、とはやては心底不思議な心地となる。

謙遜などではなく、エスティマは心の底から、今口に出したように思っているのだろう。

……真っ当な人間じゃないなんて、なんでそんな悲しいこと言うんかなぁ。

今こうやって平穏な生活に戻ることができたのは彼のお陰だ。デバイスまで失って、死んでもおかしくないほどの怪我を負ってまで、自分を助けてくれた。

それに、今は仕事に専念するべき時期なのに自分のところへと通ってくれる。

そんな彼が真っ当じゃないだなんて嘘だ。自分勝手だったり他人に迷惑をかけるだなんて、当たり前のことなのだから。

だのに、なんでそんなことを。

「……自分で思っているほど、エスティマくんは駄目なんかじゃあらへん。
 それは、エスティマくんに助けてもらった私だからこそ、はっきりと言えるよ?
 もっと自分を信じてもええと思う」

「自分を信じる……ね」

そうだな、とエスティマは呟いて、小さく頷く。

「分かったよ。そこまで言ってくれるなら……俺を信じてくれる、はやてを信じることにしますか」

よっ、と声を上げてエスティマはベンチから立ち上がると、はやての髪の毛を一撫でし、それじゃあね、と言って出口へと向かって行った。

その後ろ姿を見送りながら、難しいなぁ、とはやては薄く苦笑した。

結局は自分が押し付けるような形となってしまった。お願いを聞いてもらった。

「……私、まだまだ駄目な子やね」

そんな言葉が思わず口を点いて出る。

闇の書事件が終わってから、いや、事件の最中からエスティマに世話になりっぱなしだ。

……いつか、恩返しをすることができるだろうか。

押しつけがましくない、さりげない優しさを、身に付けることができるだろうか。

……できたらええな。

守ってもらう側から守る側へ。そのためには、エスティマよりも強くならなければならないだろう。

それまでは、きっとたくさん甘えることになるかもしれないけれど。

「うん、頑張らな」

































聖王教会から出ると、その足で今度はスクライアへ。

非常に顔を出しづらいのだが、そこら辺は自業自得。

冗談めかされた悪態をなんとかやり過ごして、ユーノたちの元へ。

「ただいまー」

「あ、エスティ。おかえり。遅かったね」

「ちょっと寄るところがあったからね。……フェイトは?」

ちょっとした図書室と化しているユーノの部屋を見回しつつ、そんなことを。

しっかし相変わらずだな。こんな量の本を捌けるんだから、こいつの処理能力はずば抜けている。

「フェイトは今、護衛隊のところ。……ん、念話で君が帰ってきたのを伝えたから、すぐに戻ってくると思うよ」

「サンキュ。……うあー、疲れたなぁ」

倒れ込むようにソファーへダイブして、全身から力を抜く。

呆れたような困ったようなユーノの笑い声。なんだよぅ。

「仕事の方はどう? 執務官試験、受かりそう?」

「まだ一年近く先のことじゃんかよ。気が早いって」

「そうかな。……ああ、頼まれてた問題集のピックアップ、やっておいたから。
 けっこうたくさん種類が出てるのに、使えそうなのって少ないんだね」

「問題集なんてそんなもんだろー」

「言えてる」

……俺はともかく、なんでユーノが同意するんだ。コイツ何歳だよ。

「でも本当に大丈夫? 学校じゃ、デバイスマイスターの資格とかに授業のほとんどを割いてたでしょ?
 司法関係なんて、ゼロからのスタートみたいなもんじゃないか」

「まぁ、そこら辺はなんとか。クロノにも色々と教えてもらっているし――ああもう、一生の内でたぶん今が一番勉強してるぞ」

本当に。

精神がアレでも脳味噌自体は若いから割と覚えるのは楽なんだけど、その覚える事柄の量が膨大すぎる。

実技試験は現時点でも余裕な気がするけど、ペーパーテストがあまりにも。

けど、なんとか一年で執務官にならないとなぁ。

JS事件を良い方向に転がすには、まず戦闘機人事件からの介入が必須だし。

今回の闇の書事件で、ただの嘱託魔導師の限界を悟った。

管理局所属の魔導師としての立ち位置は最底辺みたいなものだから、出撃には誰かの許可が必要だし勝手に行動すればその後にしっぺ返しがあるし。

それから逃れるには、最低限の自由を手にするには、一定以上の権限を手に入れなければならないわけで。

そのためのに執務官になりたいのだが……。

「流石に難関と言われるだけあってキツイねー」

「当たり前だよ。……まぁ、エスティは稀少技能持ちだから他の人より恵まれているじゃないか。
 随分と優遇されるらしいから、あんまり愚痴るのもどうかと思うよ」

「お前ぐらいにしか愚痴れないんだから許してくれー」

「ん……まぁ、そうか。そうだったね」

そこで会話が止まる。

視界の隅でユーノの発動させている検索魔法の光りが瞬き、あいつの周りをいくつもの本が踊る。

それをぼーっと眺めていると、ドタドタと慌ただしい足音が聞こえた。

……へたれタイムは終わりか。

身体を起こして髪の毛を手櫛で整える。その様子をユーノに苦笑された。悪いかよ。

「おかえりなさい、兄さん!」

「ん、ただいま、フェイト」

ドアを蹴破らんばかりの勢いでユーノの部屋に突入してきたフェイト。

その後に続いて、苦笑したアルフが。

……いつもの風景。いつもの調子。

それを努めて崩さないように気を付けながら、じゃれつく犬のように懐いてくるフェイトの相手をする。

うあー、和むわー。

「よいしょ」

なんて声を上げながら、フェイトが俺の膝の上に座ってきた。

身長は少しだけ俺が高いぐらいだから、こうするとフェイトの背中に隠れてしまう。

髪の毛からはシャンプーの匂いがしたり、ちょっと前まで訓練をしていたのか、ほんのりと汗の臭いがしたり。けど、悪い気はしない。

「兄さん、いつまでスクライアにいられるの?」

「明日の朝かな。今日の休みと明日の午前休しか取れなかったから、午後にはアースラに戻らないと」

「ん……じゃあ、今晩はゆっくりできるんだね」

と言いつつ、フェイトは投げ出していた俺の手を自分の手と重ねてくる。

それに特に意味はないんだろう。

指を絡めながら、フェイトは弾んだ声で会話を続ける。……ユーノの白い目が痛い。

なんつーか、なんだろう。

べったり具合がパワーアップしてません?

「アルフ、写真撮って?」

「……え、なんで?」

「だって兄さんが久し振りに帰ってきたんだもの」

「いや、一週間しか経ってないんだけど――」

「あああああああフェイト可愛いよフェイトー!」

俺の言葉はパーペキに無視される。

床を転がるような勢いでアングルを変えながら、どっかから取り出したカメラのシャッターを連射するアルフ。

変なオーラが上がっていそうで怖いんですけど。

っていうか、一分経たない内にフィルムを使い切って次のをリロードしてるよ!?

「ほらフェイトこっち向いて! おらエスティマ、もっとくっつきな! いや、それ以上は駄目だ!」

「どうしろってんだよ!?」

などと慌てていると、

「兄さーん」

振り返ったフェイトが首に手を回してきて、ガッチリと頭をホールド。

そして頬ずりしてきて、そこをバッチリと激写された。

……ええ。現像した写真に写っていたフェイトは、実に嬉しそうでしたよ?

その場でユーノにゲラゲラ笑われ、面白半分に野郎がクロノに写真をデータで送ったせいで失笑されたもしたが。










[3690] 閑話5
Name: 角煮◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2008/11/09 18:55
多くの人から立ち上る熱気。ウェーブのように流れるペンライトの明かり。

それに向けて手を差し出せば、俺の声を押し潰すような大歓声が。

ライトはステージから放たれているため、観客の顔はあまり見えない。

ただ、この場にいる誰もが熱病に魘された様な、しかし、楽しげな顔をしていることは伝わってくる。

その勢いに、嫌だ嫌だと言っていたはずの俺も流されて、ウィンク――

「うおおおおおおお!」

跳ね起きる。

布団を跳ね上げて、すぐにさっきまで見ていた夢を振り払うように頭を猛烈な勢いで左右に振る。

息は酷く上がっていて、なんかあの時の熱気を再現しているようで非常にムカついた。

……ぐぐぐ。

落ち着け、落ち着け、落ち着け。

ベッドサイドにある錠剤を口に含んで、それをミネラルウォーターで流し込む。

そして部屋の壁に背中を預けていると、五分ほどしてようやく落ち着いた。

「ははは……あの悪夢を再び見るなんて、どうなってんのかね」

顔を手で掴みながら、そう自嘲する。

馬鹿馬鹿しい。あんなことが楽しかっただなんて、一度も思ったことはない。

微塵もな!

舌打ち一つして立ち上がると、机に座って情報端末を起動させる。

休憩が終わるまでまだ時間はあるか。……嫌な夢のせいで、睡眠時間を無駄にした。

ファックファック、と悪態を吐いていると、メールが着信していることに気付いた。

フェイトからだ。

それを開いて――

「なん……だと!?」























リリカル in wonder


























闇の書事件で勝手な行動をとったために嘱託資格を剥奪されたフェイト。

それに対してクロノやなのはは残念そうな顔をしたが、本人はまったく気にしていない様子だった。

惜しいとか思わなかったの? と聞いてみれば、兄さんと一緒にいれないのは嫌だけど、と答えが返ってきて嬉しいような悲しいような。

どうやら本人、あまり嘱託資格に執着がないようで。

これはきっと、原作と違ってなのはと合おうと思えば少しの労力で会える境遇になったからだろう。

そんな彼女だが、闇の書事件が終わってからしばらくして、再び立場が変わった。

今度は学生に。

魔導師としてもあるていどの完成度はあるし、世間知らずではあるが知識はあるしで、スクライアのみんなはフェイトがちゃんと教育を受けていたと思っていたのである。

しかし、いざフェイトに聞いてみれば、家庭教師のリニスが~、と思い出話を始める始末。

話に聞いたところでは、族長やロジャーさんはその場で黙って入学準備を始めたらしい。

学校に行く意味はなくても、学校を出た、というステータスは人生に大きな影響を及ぼす。

それは当たり前のことであり、スクライアにもそれが常識として浸透している。可能な限り子供をミッドの学校に行かせるように、と。

俺やユーノは早熟だったのでそれが無意味やたらに早かったわけだが。

まぁ、将来の選択肢は多い方が良い。

たとえ将来スクライアを出ることになったとしても、人材惜しさに子供の未来を閉ざすようなことはしない、という高潔なモラルがあって本当にありがたい。

本当、この部族に拾われて良かったよ。

……話が逸れた。

ミッドの学校に行くよう勧められたフェイトは、俺が執務官補佐になると聞いた時と同じように駄々をこねた。

スクライアの皆と離れるのは嫌だと。俺が帰ってきたときにすぐ会えないのは嫌だと。

……が、各地を転々とする(といっても年単位でだが)スクライアにいるよりは、ミッドの学校に腰を落ち着けた方が俺に会いやすいし負担にならないよ、とユーノに吹き込まれて首を縦に振ったとか。

……なんかブラコン具合がレッドゾーンに入っていることに今更気付いて真剣にフェイトの将来が不安なのですが、そこら辺は置いておこう。

まぁ、長期休暇になったらスクライアに戻ってこれるしなぁ。

で、フェイトはアルフを連れてミッドの学校へ。

中途入学で入った彼女は早速飛び級を繰り返しているとかしていないとか聞くが、今はそんなことどうでも良い。

そう、どうでも良いのだ。

「エスティ、ほら、フェイトが待ってるよ?」

「……分かってる」

と、言いつつも足が動かない。

顔を上げると、そこには安っぽいが熱意の伝わってくるオブジェが。

文化祭。

そう、文化祭なのですよ今日は。

俺の人生経験から言って、文化祭には二種類あると思う。寂れているのと異様に盛り上がっているの。

ここの場合は後者。

在校生の皆様方がはっちゃけて爆発起こしたり面白出店が並んだりするこの学校。

俺だってここにいた時は楽しんでいたけどさぁ……。

「エスティ。真ん前で立ち止まったら他の人に迷惑だって」

「いや、だってよぉ……」

「……気持ちは分かる。分かるけど、今日の僕らは参加者だ。あの時みたいなことは起きないから」

ふっ、と陰りのある笑みを浮かべて、ユーノは顔を俯かせる。

……そうだったな。俺だけじゃ、ないんだよな。

ガッ、と手を組んで頷き合う。

「そう、そうだ。俺たちは参加者だ。開催者側じゃない。……こんなに嬉しいことはないな」

「まったくだね。……楽しませてもらおう、今日は」

ククク、と笑い合う。

そして同時に溜息を吐くと、校門をくぐった。

校舎へと真っ直ぐに伸びる道には、いくつもの出店が並んでおり、たくさんの人が脚を止めて楽しんでいる。

ちら、と視線を向けてみればなんかどっかで見たことあるような人が射的屋台を荒らしていたので脚を止める。

「おいアンタ、何やってんだ」

「何って? よろしくやってるだけだよディッキー」

「誰だよ馬鹿」

スパーンと頭を叩くとドットサイトを覗き込んでいた馬鹿――ヴァイスさんは悲鳴を上げる。

そして振り返ると、右目の周りに跡を付けた顔を驚きに変えた。

「おお、久し振りじゃねぇかエスティマ! それと、ユーノも!」

「お久し振りです」

「卒業してからどうしてた? 卒業生だからって顔を出しちゃいけない決まりなんてないんだから、遊びに来ても良いだろうによ」

「そんな暇じゃなかったんですよ。これでも一応、忙しいんでね」

「あはは……ヴァイスさん、今エスティ、執務官補佐なんてやってるんですよ」

「……げ」

何か嫌なものを見たような反応。失礼な。

「……ちなみにおめぇ、今の魔導師ランクは?」

「管理局の正式なヤツで、空戦AAA-ですが」

「これだからエリートってやつは……。俺は今、無性にお前を狙い撃ちたい」

けっ、と吐き捨てて再び射撃体勢に入るヴァイスさん。

ちなみに、屋台を開いている学生、既に諦めモード。

「まぁまぁ。……で、ヴァイスさんのところは何やってるんです?」

「んー? メイド喫茶。おっさんが金を落とすの目当てで露出が多いぞ」

「さて、行こうかエスティ」

「色々と突っ込みどころがありすぎる台詞だな二人とも――っていうかこの学校、それで良いのか!?」

「楽しめれば良いんじゃねぇ?」

よっと、と最後の一つを撃ち落として、ヴァイスさんは山のような景品を受け取ったり。

どうすんだそれ。

「ラグナにやる」

「相変わらず兄馬鹿だなアンタ」

「お前だってそうなんじゃねぇの?」

同類を見るような目を向けられた。いきなりなんだ。

……っていうか、嫌な予感がするんだけど。

逃げ出したい気分になった俺を逃さないとばかりにヴァイスさんは肩を組んでくると、にやにや笑いを浮かべる。っていうか、身長差があって辛いんだけど。

「フェイトちゃんのお兄様自慢は有名だぜ? 胸焼けするぐらいに」

「……ちょっと用事思い出したからアースラ戻るわ」

「ちょ、エスティ!?」

だからすぐにバインドで縛るなっつーの!

なんてこった……顔見知りが多いこの場所で、そんな格好のネタがあったらどんな目に遭うのか簡単に想像できる。

もう嫌、すぐに帰りたい。

魔力にものを言わせてバインドを破壊し、盛大に溜息を吐く。

「……フェイトがどこにいるか知ってます?」

……顔を見たらすぐに帰ろう。

うん、そうだ。それが良い。

などと思っていると、ヴァイスさんのにやけ面がパワーアップ。

「どこにいると思う?」

「質問を質問で返すなよアンタ。……ええっとさっき言ったメイド喫茶――だったら、教室に砲撃をぶち込んでくれる!」

「ちょ、デバイスに手を伸ばすな! 違うって馬鹿!」

なんだ、違うの?

やれやれ、と首を振りながら苦笑する。

どうやら少し熱くなってしま――

「軽音楽部だ。フェイトちゃんは、そこにいるぜ?」

「……なんだって?」

「……なんてこった」

聞き返す俺。

天を仰ぐユーノ。

軽音楽部……そう、そうか。そうなのか。

脳裏にあそこにいる連中、主に俺とユーノを弄くり回したおねーさまたちの顔が浮かんでくる。

フェイト、毒牙に……。

がっくりとその場に膝を着きそうになるのを必死に我慢しながら、フェイトに念話を送る。

『フェイト、フェイト』

『……え? に、兄さん?』

『うん、そう。今屋台村にいるんだ。どっかで待ち合わせしようか』

『分かった。今打ち合わせしてるから、三十分ぐらい後でね』

打ち合わせ……うわぁ……。

「ユーノ」

「なんだい」

「打ち合わせやってるってさ、今」

「……そっか」

二人してブルーが入る。

ははは、そりゃそうだよねー。俺の妹って分かれば群がってくるよねー。

……はぁ。

「そんな落ち込むなってエスティマ。周りは、歌ひ――」

「クロスファイア」

『シュート』

どご、どご、どご、と三連射。

それでヴァイスさんを昏倒させると、どこで待ち合わせすっかなーと頭を抱えた。




































「兄さん、お待たせ!」

腕を組んで待っていると、息を弾ませたフェイトがようやくやってきた。

場所は学園の屋上、その更に上。上空である。

なんでこんな場所を待ち合わせに選んだのか、なんて聞かれたら、やんごとなき理由があったとしか言えない。

「お疲れ、フェイト」

「うん、久し振り」

って言っても、一週間しか経ってないんだけどね。

週末になって休みが取れると、ここの近くまできて会っているのだ。

「兄さん、文化祭は楽しんでる? 色んなお店があるから、一緒に回ろうよ」

「あー、うん。そうだね」

「それとね、お昼過ぎから家族とタッグを組んで魔法戦のトーナメントがあるの。一緒に出よう?」

「良いよ」

「それとね、それと……」

楽しんでいるようで何より。

……何よりなんだけど。

「なぁ、フェイト」

「ん?」

「軽音楽部に入っているんだって?」

「うん、そうなの!」

そこでフェイトが表情を今以上に輝かせる。

うわぁ……本当なんだ。

……なんてこったい。

「あまり自覚はないんだけど、私、歌が上手いみたいで……」

ですよねー。

「兄さんと一緒だね」

……ですよねー。

「聞いたよ、兄さん。兄さんも学校にいたときには、文化祭のライブで歌ったんだってね。
 私も今年、出るんだ」

……………………ですよねー。

封印指定の記憶が蘇ってきそうになり、それを必死に押さえ込む。

あんな黒歴史、思い出してなるものか。

「そ、そっか、フェイト。うん。
 大変だと思うけど、頑張ってね。結構緊張するからさ、アレ」

「……やっぱりそうなんだ。なんだかちょっと、不安かな」

言いながら、フェイトは上目遣いで俺に視線を向けてくる。

なんぞ。

「あ、あのね。先輩たちも言ってたんだけど、もし良かったら兄さんと一緒に――」

「駄目ダ――――――――!!!!!」

どうせそんなことだろうと思ったよ!

フェイトは目をまんまるにしてビックリしている。

そんな大きな声が出たか。

……うむ。無意識下でそれだけ嫌がっているってことなのですよ。

「観客として参加するよ、俺は。フェイトの晴れ姿、しっかり楽しませてもらうから、頑張って」

「あ……うん。頑張る」

どこか残念そうだが、それでもにっこりと笑みを浮かべるフェイト。

すまないとは思うけど、仕方ないんすよー。

































その後。

トーナメントで頭下げたくなるぐらいの圧勝具合で優勝したりとか、ユーノに引き摺られてメイド喫茶に行ったりとかして時間を潰し。

そして、遂にやってきましたよライブ。

「……なぁ、アンタたち」

「なんだいアルフ」

「……なんでフェレットモードなんだい」

カメラをスタンバってるアルフの呆れ声。

今の俺とユーノ、アルフの両肩に乗っかっています。

いや、だってさぁ……。

「あのね、アルフ。これには次元の果てよりも深く、ロストロギアぐらいに重要な理由があるんだ」

「ああ。元の姿のままここにいたら、非常に厄介なことになる」

うんうんと頷く俺たちに、なんだかねぇ、と呟くアルフ。

カメラを持っているアルフだが、フェイト以外を撮るつもりはないのだろう。

シャッターを切らずに、ずっと構えたまま。

そうしている内にライブは進行して、トリへと。

トリ。本命である。

学内でも有名な軽音楽部(クオリティが非常に高いのだが、それは留年生が異様に多いせい)の、おねーさま方が話題沸騰間違いなしとかほざいてフェイトを担ぎ上げて最後に持ってきたのだ。

「おお……!」

ライトが消え、周囲が一気に暗くなる。

アルフはカメラを持ち上げてファインダーを覗き込むと、シャッターに指を乗せる。

そして二十秒ほどして、唐突にライトが一斉に点くと――

「フェイトォォォォオオオオオオ!」

ドン引きするレベルで連射を始めた。

……うん、アルフ。落ち着こうな。

てい、と前足で突っ込みを入れつつステージに目を向ける。

そこにいるフェイトは、どっかで見たことあるっつーか、なんか俺が着たことあるような衣装――バリアジャケットだが――姿でマイクを握り締めていた。

唐突にギター、それに続いてベースが鳴って、軽やかなアップテンポのメロディーが流れ始める。

だが――

「……フェイト?」

フェイトが歌い出すことはなかった。

あれ、と思いつつ念話を送ってみる。

『どうした、フェイト』

『に、兄さん……そ、その、お客さんが、たくさんいて……』

……怖じ気づいた、と。

ううむ。

度胸があると思っていたが、それは戦闘に関することだけなのかな。

思い切り良くザンバー振り回すから、こうなる可能性は低いと思っていたけど。

一向に歌い出さないフェイトに、BGMが止んで観客がざわめく。

彼女はマイクを握り締めたまま俯いてしまって、後退った。

……ううむ。

思わず溜息。

しゃーないなぁ。

「……ユーノ」

「なんだい、エスティ」

「スピーカーとマイク、かっぱらってきてくれる?」

「え……?」

目を見開いて不思議そうに俺を見るユーノ。

そして、ぷっ、と吹き出すと、小さく頷いた。

「甘いね、フェイトには」

「うっさい。……アルフ、フェイトを助けるの手伝ってくれるか?」

「ん? ああ、任せな」




































ざわめく観客を前にして、フェイトはどうしたら良いのか分からなくなっていた。

打ち合わせの段取りは、ちょっと前までしっかりと覚えていたのに、今は真っ白になって思い出せない。

歌詞一つ、振り付け一つ。

それらは全て吹き飛んで、どうしよう、といった言葉ばかりが脳裏に浮かぶ。

無意識の内に観客の中から兄の姿を見付けようとするが、それも叶わない。

こんなたくさんの人がいる中で、見付けられるわけがない。

落ち着いて、と軽音楽部の人から念話が届くが、どうしようもない。

……せっかく兄さんが見に来てくれているのに。

唇を薄く噛み、顔を俯かせる。

視界が滲んで、ぎゅっと目を瞑り――

――不意に、音楽が流れ始めた。

振り向けば、軽音楽部のみんなが笑顔を浮かべながらこちらを見ている。

そんな……歌詞だって思い出せないのに、どうやって――

『フェイト、届け物だよ!』



『――――――――皆、抱き締めて! 次元の果てまで!』




アルフからの念話に続いて、スピーカーから大音量の声が。

そして誰かが、いや、良く聞く声が、歌を奏で始める。

思わず上を見上げて、

「……兄さん?」

そう呟いた。

そして首を傾げる。

ステージを照らしていたいくつかのライトが真上に向けられ、光りの中には狼形態となったアルフ。その背中に乗ったエスティマが。

そのエスティマは、マイクを握り締めて歌を歌いながら踊っている。

……フェイトとそっくりの衣装を着て。

「だ、誰だあれは!」

「ご存じないのですか!? 彼女は、二年前の文化祭ライブに出場し、その後姿を消した超次元アイドルの一人!
 そしてフェイトちゃんのお姉さん、アリシアちゃんですよ!」

……アリシアちゃん?

聞こえてきた観客の会話に、なんで私の名前で、と思いつつも、呆然と空を見上げる。

『キラッ☆』

とエスティマが声を上げると、ドサドサと何かが倒れる音が聞こえた。

それを意図的に無視するように、間奏に入るとエスティマがステージに降りてきた。

スカートの裾が翻って、非常に危険。

それを必死な様子で手で押さえ、

『ほら、フェイト。一緒に歌うぞ』

『えっと、兄さん……?』

『良いから! お願い、ここまでやったらもう引っ込みが付かないんだー!』

にこにこと観客に笑顔を振りまきながら、滝のような涙を流すという器用な真似をしての懇願。

それにおずおずと頷くと、フェイトは観客に向き直った。






























ちくしょおおおおおおおおお!

何が悲しくて再びこのバリアジャケットを着ないといけないんだ!

Larkめ! セッターに余計なデータを残しやがって!

なるべく足を開かないようにして、膝を曲げながら振り付けを……って、こんなこと二度としたくなかったんだよおおおおおおお!

思い返すのはミッド学校最後の年。

あの頃の俺は、声変わりするまでは同じであろう水樹奈々ボイスで歌を歌うことを純粋に楽しんでいた。

楽しんでいたんだ。

しかし、それに目を点けた軽音楽部のおねーさま方に拉致に近い形で襲われ、振り付けを覚えさせられてステージに立たせられるという憂き目に。

Larkも異様にノリノリで、女物のバリアジャケットを装着させてきたり。

……そう、女装。女装をする羽目になったのである。

ちなみに被害者は俺だけではない。ユーノも同時に拉致られて、デュエットでライブに出場という非常にアレな体験をした。

……忘れたかったのに。

『キラッ☆』

ah ah とか言いながら頭を抱えたい気分。

さっきまで上にいたアルフはいつの間にか観客席に戻ってカメラのシャッターを切ってるし。

……記録に残るのね、これ。

……もうどうにでもなれよ。

oh oh とか言いながら隣でたどたどしく歌詞を追っているフェイトに目を向ける。

彼女もそれに気付いて目を合わせてくると、ありがとう、と念話で届いた。

……ぐぐぐぐ。

……………………まぁ、良いか。

妹を助けられたのなら、兄として本も――

「アリシアちゃーん!」

――じゃねぇえええ!

死ね、と叫びたい気分になりつつ笑顔を崩さず。

くそう。変な芸人根性を植え付けられたせいでぶっちゃけられない。

そうしている内に一曲目を歌い終わり、ようやく息を吐ける。

『あ、あの、兄さん。次の歌、分かる?』

『フルボッコソングだよね? 知ってる大丈夫』

『ん。頑張ろうね!』

といいつつ、輝かしい笑顔を浮かべながらフェイトがすり寄ってくる。

……また観客がぶっ倒れた気がしたけど、気のせい。どういう風に見えているのかなんて、考えない。

もう二度とここの文化祭なんてきてやるもんか!

































その後。

軽音楽部の打ち上げでゲラゲラ笑われ、ヴァイスさんにもゲラゲラ笑われ、スクライアの皆にも笑われた。

っていうか軽音楽部の皆様。アンタら絶対こうなることが分かってただろ。

じゃなかったら俺とお揃いの舞台衣装をフェイトに着せたりしないだろうからな!

くそくそくそ……!

などと憤っている俺と違って、フェイトは大変満足したようです。

文化祭の終了と共に集計されたアンケートで一位を飾ったことで贈呈されたトロフィーを大事そうにしてる。

……俺としては黒歴史のページが増えたんだがなぁ。

まぁ良い。こんなことはすっぱり忘れて、仕事仕事。

アルフに押し付けられた写真立てから視線を外して、データの整理を、

「エスティマ、この資料だが――」

と、不意に了承も取らずクロノが部屋に入ってきた。

野郎はそのまま部屋の中に入ってくると、物珍しかったのか写真立てに視線を向ける。

「ぷくく……こ、これは……」

………………畜生。

ちくしょおおおおおおおお!





[3690] 閑話6
Name: 角煮◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2008/11/09 18:58
間延びしたチャイムの音が鳴り響き、それに少し遅れて教師の号令でHRが終了する。

一斉に立ち上がってこの後のことを話し合う子供たちの中で、ぽつんと一人立っている少女がいる。

シグナムだ。

彼女は机の横に引っ掛けてある鞄を手に取ると、足早に教室を後にする。

教室を出る際に、楽しげに談笑するクラスメイトを一瞥。気付かない内に溜息を吐くと、シグナムは正面玄関へと向かった。

誰に声をかけられることもなく校門を通りすぎ、一人で通学路を歩く。

校舎の中を歩いていたときのような速度ではなく、ゆったりと、どこか進むのを拒否しているような歩み。

そうして歩き続け、誰の姿も見えなくなると、彼女は不意に口を開いた。

「……授業参観」

鞄の中に入っているプリント。

帰宅すればはやてに、そしてシャッハに見せることになるであろうそれのことを考えて、気分が沈む。

保護者が子供の授業風景を見に訪れるイベント。

それを鬱陶しがったり、張り切ったりと反応は様々で、シグナムの気分が沈んでいるのもその内の一つだろう。

シグナムは自分の立場――守護騎士であるということを隠し、人として振る舞っている。

もし自分のマスターであり父でもあるエスティマが授業参観にくれば、妙に勘ぐられるかもしれない。

プログラム体であることがバレるようなことはないだろうが、それでも変に思われるだろう。

いや、それは良い。別に良い。というか、幼いシグナムはそこまで考えていない。

彼女の悩んでいることは――

「……父上は、きてくれるだろうか」

それである。

週に一度は聖王教会に顔を出してはくれるが、あまり仲が良いとは言えない。

はやてやヴィータ、なのはが間に立ってくれなければ、どんなことを話して良いのか分からないのだ。

学校であったこと。日常でどんなことがあったのか。

そういったことは、はやてが先に喋ってしまって会話の種がなくなってしまうのだ。

それに、どんなことを話したら父上が喜んでくれるのかさっぱり分からない。

折角会いにきてくれているのだから――と考えてしまうと、どうしても楽しんでもらおうと思ってしまって、何をして良いのか分からなくなる。

……口べたで、かわいげもない。だめな娘だ、私は。

そんな風に自嘲しつつ、シグナムはようやく自宅へとたどり着く。

「ただいま帰りました」

「おかえり、シグナム」

柔らかな声。はやての声を聞いて、居心地の良いような、悪いような気分となる。

自分に声をかけてくれるのは父ではない。迎えてくれる人がいるのは嬉しいが、それでも、と。

鞄を部屋の隅に置いて、ソファーへと座る。そうしていると目の前に緑茶の入った湯飲みとお茶菓子が置かれる。

「おかえりシグナム。学校はどうだった?」

「あ……はい。今日も、いつも通りで」

「そっか」

にこにこと笑いかけてくるヴィータに、どもりそうになりながら声を返す。

その様子をじっと誰かに見られているような気がして視線を向けてみれば、寝ているのか起きているのか判別のつかないザフィーラの姿があった。

いや、ゆっくりと尻尾が動いているから起きているのだろう。

「お邪魔しまーす!」

「ただいまー」

「ん? あ、なのはちゃん、シャマル!」

とたとたと歩いてくるシャマル。彼女は真っ直ぐにはやてへと歩み寄ると、えへー、と笑みを浮かべた。

そしてはやてに頭を撫でられ、気持ちよさげに目を細める。

「はやてちゃん、これ、お土産」

「ありがとな、なのはちゃん。……お、シュークリームやん。お家の?」

「そうなの」

「わたしも作るのをお手伝いしたんですよ?」

「おおー、シャマルもやるなぁ」

天真爛漫な笑みを浮かべる自分の姉妹とも言える守護騎士。

それをただ、じっとシグナムは見詰める。

そして視線を逸らすと、そっと溜息を吐いた。























リリカル in wonder


















「待たせたか?」

「いえ、今きたところですから」

そうか、と苦笑するフィアットさん。いやまぁ、待ち合わせ時間を少し過ぎているから嘘だってバレバレなんだろうけど。

今日は定期検診の日。その前に飯でも食べようと、こうして外で待ち合わせをすることになったのだ。

いつぞやの約束。フィアットさんの予定が合わずに先延ばしになって、闇の書事件から半年以上経った今になってようやく果たせる。

……しかし、なんか意外だなぁ。

「フィアットさん」

「な、なんだ?」

「そういう服も着るんですね。なんだか意外です」

「む……似合ってなかったか? 妹に着せられたのだが」

「いや……」

今日のフィアットさん。

いつもはストレートの綺麗な長髪が所々三つ編みで彩られており、それだけでも随分と印象が変わっている。

いや、髪型はあまり。最大の違いは服だよやっぱ。

黒のワンピース。胸元にリボンがあり、細かなフリルが下品にならない程度に。ゴスロリっていうのかな、これも。

「いつもナース服ばかり見ていたので、新鮮で驚いちゃって。似合ってますよ、可愛くて」

「そ、そうか――と、待て。可愛い? いや、これはだな、大人の魅力というか」

若干テンパった様子で弁解しようとするフィアットさん。

うん……妹さんに騙されたな。きっと悪戯好きなのだろう。

それに便乗して、

「いや、フィアットさんはこういう可愛いのの方が似合うと思いますよ? 体つきが華奢なのもあってすごい絵になってるし」

「む……い、いや、そうではなくてだな!」

「こう、ゴスロリって似合う人とそうじゃない人がはっきり別れますけど、フィアットさんは似合う方ですよね。
 見てみたいなー、完全なゴスロリ。きっと似合うんだろうなー」

「そこまで言うなら――ではない! お前、私で遊んでないか!? いや、遊んでいるな!?」

「ははは、嫌ですね。……弄んでいるんですよ?」

「お前という奴は……!」

襟首掴まれてガクガク揺さぶられた。

……ちょ、ギブギブ。力が強いです。

腕をタップしてなんとか離してもらうと、二人してぜーはーと息を整える。

うん。この人をからかうのは危険だ。

「……ふぃ、フィアットさん」

「……なんだ」

「取り敢えず飯を食いに行きましょう」

「不毛な争いを始めたのはお前の方じゃ……まあ良い」

「聡明で助かります。何か食べたい物はありますか?」

「ない。お前に任せる」

「む……なら、好きなものってなんでしょう」

「甘い物が好きだな」

……何かの嫌がらせか?

と思いつつじろじろフィアットさんを見ていると、首を傾げられた。それと同時に、長い髪の毛が揺れる。

「なんだ?」

「いえ、なんでもないっす」

ううむ。奢るんだからちょっと高い店にでも行こうと思ったけど、こりゃーファミレスで良いかもね。

まぁ、ファミレスって言っても値段の落差を考えたらそれでも高い安いの違いはけっこうあるんだけどさ。

取り敢えず洋食がメインのファミレスへ。

値段が若干高いこともあってか、店内は割と空席が目立っていた。

ウェイターがくるまで待とうと思っていると、不意に袖を引かれる。

なんぞ。

「おいエスティマ、券売機がないぞ」

「……ここはオーダー制だと思います」

「む……そ、そうか」

どこか落ち着かない様子で店内を見回しているフィアットさん。

どうしたんだろうか。

などと思っている内に席に案内され、それぞれメニューを見ながら何を食べるか決めることに。

どうしよっかなー。特に何が食べたいとかはないし、ハンバーグで良いか。

で、フィアットさんは、

「………………」

メニューをガン見していた。眉間に皺を寄せて。

「……あ、あの、フィアットさん?」

「ん?……ああ、少し待って欲しい」

と言われ、待つこと五分。

フィアットさんはメニューとにらめっこを続けています。

……煙草が欲しい。この、微妙な沈黙っつーか待ち時間、非常に煙草が吸いたい。

しかしお子様な俺なので無理なのでした。畜生。

退屈を紛らわすために携帯電話を取り出して、メールでも……と、はやてからきてるな。

んー……、父兄参観日? この日は仕事が入ってるなぁ。

それにしても父兄参観日か。一応保護者は俺だからなぁ。

どうしたもんかねぇ……。

「良し、決めたぞエスティマ!」

「おお、何にしたんです?」

「このトリプルバーグというのが、実に美味そうだ」

言いつつフィアットさんが指さすのは、三段重ねになったハンバーグ。

フィアットさん、子供が食べるには若干グロい量ですそれ。

しかし、ものっそい楽しみにしている様子なので突っ込むわけにもいかず大人しく頼むことに。

結果。

「……すまんエスティマ」

「いえ。気にしないでください」

ハンバーグ美味しいです。お腹いっぱいなのでしばらく食べなくて良いです。

溜息を吐きつつなんとか腹の許容量を浮かそうとしていると、不意に視線を感じた。

「……なんです?」

「そ、その、なんだ。……私の食べかけなんだが、それは」

「残すのは勿体ないでしょう?」

「いや、そうでなくて……!」

ガタン、とテーブルを揺らして身を乗り出すフィアットさんだが、途中で諦めたらしく脱力した。

何故だか心持ち頬が赤い。彼女は居心地悪そうにそわそわしている。

どうしたんだろう――って、ああそうか。

「間接キス?」

「ななななななななななっ……!?」

「じゃないよなぁ、これ。口移し……なわけでもないし。この場合ってなんて言うんだろう」

「悩むのはそっちなのか!?」

あ、あれ? フィアットさん、なんでナイフを指先で摘んでいるんです? それって投擲体勢ですよね?

「お前には恥じらいというものがないのか!?」

「ありますよ恥じらい。まぁ、お子様なんで気にすることもないでしょう」

「誰がお子様だ!」

「違う! 俺のことですって!」

などとやっていると、周りの客に迷惑そうな顔をされたり微笑ましいといった視線を向けられたり。

騒がしくてすみません。

流石にフィアットさんも無神経ではないのか、むぅ、と唸って縮こまった。

そんな気にすることでもないだろうに――

って、ちょ!?

ガツン、と脛に爪先がっ……!

一人悶える俺。フィアットさんはつーんとそっぽを向いている。理不尽だ!

「……何するんですか?」

「私を弄んだ報いだ」

「そんな……弄んでなんかいません」

「ほう?」

「愛でて反応を楽しんでいるだけです」

「尚悪い!」

再び蹴りが飛んでくるが、今度はこっちもガード。

そんなやりとりを数度繰り返し、やっぱり不毛な争いなので二人して溜息を吐く。

「……止めよう」

「……そうですね」

「まったく、お前という奴は……そうだ」

「どうしたんです?」

「頼まれていた薬だ。忘れると悪いし、今渡そう」

「あ、どうも」

フィアットさんは鞄の中から錠剤の収まったケースを取り出すと、差し出してくる。

それを受け取ると、上着のポケットに突っ込む。

「ありがとうございます。最近、どうにも眠りが浅くて」

「いや……それより、疲れているのか? 前に会ったときより、隈が酷いぞ」

む。

言われ、思わず目の下を擦る。

ちゃんと眠りはしているんだけど……いや、そうでもないか。睡眠時間の割には疲れが取れないしなぁ。

「あんまり周りの奴らには言われないんですけどね」

「私は一月置きにしかお前に会わないからな。だから、ゆっくりとした変化でも急なものに思えるのだろう。
 ……すまないな、エスティマ」

「なんでフィアットさんが謝るんですか」

苦笑しつつ言うと、彼女はどこか陰りのある笑みを浮かべた。

なんだろう。どこか無理をしているというか、そんな感じ。

「……なぁ、エスティマ」

「なんですか?」

「執務官補佐になってそれなりの時間が経ったが……どうだ? 欲しいものは手に入りそうか?」

「……なんとか、といったところですかね。心配してくれてありがとうございます」

「礼なぞ言うな。心配するぐらいしか私にはできない。力になってやりたいが、お前には拒まれてしまったしな」

「うう……ごめんなさい」

「冗談だ。……ふふ、してやった、といったところだな。私をからかうお前が悪い」

……微妙な茶目っ気だ。

「……しかし、お前もよく頑張るな。執務官補佐をしつつ勉強。そして、保護観察を行っているんだろう?
 辛くないのか?」

「……辛くないわけ、ないじゃないですか」

つい本音が漏れてしまった。

だが、しまった、と思うこともなく俺は先を続ける。

「けど、俺を頼ってくれる人がいるのなら、それを裏切るわけにはいかないし。
 少しの無茶ぐらいで泣き言を言っている暇はありませんって」

「んー? 今私に言っているのは、泣き言じゃないのか?」

「ぐ……」

「まぁ、頼られるのは悪い気はしない。これも包容力のある年上の魅力というヤツだ」

「いや、それは違うんじゃないかなー」

「何か言ったか?」

「はい、いいえ。何も言っておりません」

「よろしい」

そんなやりとりを交えつつ、なんとか完食。食べ過ぎでちょっと気持ち悪い。

会計を済ませて外に出ると、ふと、聞こうと思っていたことを思い出す。

「フィアットさん」

「なんだ?」

「左腕のことなんですけど、なんかおかしくて」

「……調子が悪いのか?」

「いや、良いと言って良いのか悪いのか」

左腕。フェイトのザンバーを受け止めて無理矢理治癒した傷口。

それは闇の書事件が終わってからすぐに治したのだが、それ以降どうにもおかしいのだ。

不都合があるわけじゃない。ただ、妙なことが一つ。

「魔力変換資質って知ってます?」

「ああ」

「俺にそれはなかったはずなんですけど、最近はなぜか左腕から魔力を出すと勝手に電気変換されるんですよ」

言いつつ、左手に魔力を集中。バチ、と爆ぜる音共に雷が散る。

最初は電気変換がし易くなった程度だったのだが、ここ最近は左腕を通した魔力が完全に変換されてしまう。

どういうこった。

「それは、だな……」

フィアットさんはそこで黙ると、顔を俯かせて口元を抑える。

そしてすぐに顔を上げると、たぶん、と前置きして口を開いた。

「エスティマ、私のいる研究施設がクローニング治療を研究していることは知っているな?」

「はい」

「それで、だな……ええと、そう。今まで黙っていたが、左腕は肩から先を交換したんだ。
 そのせいで、なんらかの変異があったんだと思う」

「肩から先を交換……」

俺は義体か何かか。

「……黙っててすまなかった」

「いえ、そんな、良いんですよ。責めてるわけじゃないですから。むしろ使い勝手が良くなったようなものだし」

そう言い、左腕をぐるぐる回してみる。

「この通り、調子も良いですから」

「そうか。それは良かった。ちなみに、骨にも手を加えてあってな。市販のナイフていどならば腕で受けることができるし、ちょっとやそっとの圧力じゃ砕けない耐久性も備えているぞ。
 ああ、それと――」

「ちょっと待てぇえええええい!」

なんだそれは!?

俺は戦闘機人か何かか!?

……前々から疑ってはいたが、いよいよもって怪しくなってきたなぁ。

スクライアにレリックの発掘を依頼したりとか魔改造とか。

スカリエッティと直接的に関係があるかどうかは分からないけど、どう考えても俺に使われた技術は真っ当なものじゃない。

今の時期ならスバルやギンガを生み出した組織って線もあるし。

……ただ、フィアットさんの所属は真っ当な管理局傘下の医療研究施設。

だから、陸の戦闘機人計画に噛んでる線もあるし。

……今の時期じゃ心当たりが多すぎてどうしようもない。

黒幕が見えない状態でまた一人で突っ込んだら泥沼化する可能性だってあるんだ。迂闊な行動は控えるべき。

……なんてのは。

「……おい、エスティマ」

「ん、はい」

「難しい顔をしているぞ。私といるというのに、なんだそれは」

「すみません」

苦笑してしまう。

どうにもこの人と一緒だと、居心地が良い。

下手に動いたらこの関係が壊れてしまうんじゃないか。

……そんな弱さなんじゃないかと、思ってしまう。







[3690] 閑話7
Name: 角煮◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2008/11/12 02:02
情報端末を睨みつつ報告書の格闘。

執務官補佐なんて地位でもやることの大半はこんなもんだったりする。

戦うのは基本的に武装隊のお仕事。

高ランク魔導師が必要な局面だったら現場に出張るわけだが、早々大事件が起こるわけもなく、この仕事を始めてから半年以上経った今でも出撃した回数なんて数えられる程度しかなかった。

うがー、書類整理はもう飽きましたよ。

なんてことを分割した思考で思いつつ、せっせと書類作成。しつつ、受験勉強。しつつ、脳内で仮想戦闘訓練。しつつ、今度の休日はどうしようかと考える。

マルチタスクすげえ便利。そのせいで仕事の量が殺人的だけど。

定期検診はこの間済ませたので、今度はフェイトのところに顔を出して……いや、スクライアに行って護衛隊の面倒を見るのも悪くないか。

そういやぁエイミィさんに遊びに誘われてたなぁ。クロノも交えてのやつ。

んー、いや、休日をそのままセッターの解析に当てるのも。

いや、セッター、使われている技術が非常にアレなんですよ。

未知のテクノロジーってわけじゃないが、まだ一般には出回っていない実験段階の代物。教導隊での運用試験すら始まってないのだ。

高ランク魔導師、それも魔力保有量がずば抜けている者専用の構造と材質を使用した次世代型デバイス。

カートリッジシステムの搭載が多くの魔導師の戦闘能力の底上げならば、こっちは一握りのエースを強化するためのプラン。

たったの5%しか存在しない高ランク魔導師のためと言っても過言じゃないんだ。そりゃあカートリッジシステムよりも後回しにされるだろうさ。

それはともかく。

原作でセッターの技術を使われているデバイスが存在しなかったことから、正式配備には十年以上の時間がかかるんだろうと推測できる。

そして、その技術。魔力を注がれると硬度が変化する液体金属をフレームの基本構造に使用して、膨大な出力に耐えようとする物だ。

ぶっちゃけた話、魔力さえあればセッターはフレームだけでもアームドデバイスじみた戦闘が可能。外装はセッターにとっての武装のようなものだ。

……そんなものを俺に渡すかね。一度死ぬまでAA+程度の魔力しかなかったっていうのに。

これは俺の魔力保有量が爆発的に増えることを見越してのことだったんだろうが、さて。

……執務官になって最初に始める捜査はフィアットさん周りのことにするか、どうしようか。

陸配備を希望するつもりだから、時間を見付けて――

……いや。

しばらくの間はそんなことをしている暇はないだろう。

当面の目的は戦闘機人事件の結果をより良い方向に転がすこと。そのためのベストはゼスト隊に入ることだが……。

ううむ。そう都合良く行くわけないからなぁ。

……そうだな。ゼスト隊に配備されることが不可能だったら、俺の身体を良いように弄くり回している研究機関を嗅ぎ回ろう。

それまでは怪しまれないように変な動きをしない方が良いかな。

うん。そうだ。それで良いはずだ。

などと考えていると、不意に部屋のドアが開いた。

姿を見せたのはクロノ。この野郎。入るときはノックしろといつも言ってるのに。

「クロノ。入るときは――」

「ノックをしろ、だろう? 別に気にすることもないと思うのだが。見られて困ることをしているわけでもないだろう」

「ばっかお前、ソロプレイしていたらどうするんだよ」

「……すまん」

「……いや、ごめん」

若干引いて謝ってくるクロノにこっちも頭を下げる。

すみませんでした。っていうか、まだソロプレイとかできないしねこの身体。

「で、どうしたんだよ。また仕事?」

「いや、今度の休日のことをだ。エイミィと一緒に遊びに行くヤツ。……まぁ、仕事もあるんだがな」

追加だ、と書類が机に置かれる。ドサ、とか重い音を立てて。

オー人事オー人事。ここに部下を過労死させようとする鬼がいます。

ちら、と書類に目をやって溜息。っていうか、

「なんで俺がなのはのぶっ壊した建物の被害総額の報告なんか書かなきゃいけないんだよ!」

「雑務は君の仕事だろう。……スクライアに帰るか?」

「やるよ! やりゃあいいんだろうやりゃあ!」

この野郎……!

「ああもう。片付けても仕事が減った気がしないぞ。……アースラ、色んな世界に出張りすぎなんじゃないか?」

「他の次元航行艦と比べて働いていることは否定しない。が、仕事が減らないのは君の自業自得だ。
 休みを多く取るんだから、その分の仕事はきっちりやってもらう」

「分かってるよ。……で、今度の休日だけど、どうする?」

「ああ、クラナガンのデパートでバーゲンがあるとか。そこに行くらしいんだが、君は行きたい場所の希望はあるか?」

「特には。……んー、いや、デバイスのパーツショップを巡りたいかな」

なんて話をしていたら、不意にメールの着信音が響いた。

送り主を見れば、それははやてから。『参観日どうするんー?』といった題名。

片手でキーボードをタイプしつつ、仕事があるからやっぱり無理、と送ろうとして――

「……参観日?」

「ん、ああ。シグナムの通ってる学校で父兄参観があってさ。それにきてくれって話」

「行かないのか」

「仕事入ってるし」

「よし、休みをくれてやろう」

「んな簡単に!? っていうかそうすると余計に仕事が!」

「クラナガンに遊びに行く休みを削れば良いだろう。非常に残念だが、な」

「欠片も残念だと思ってないなお前!」

そんなことはない、とクロノは肩を竦める。

うん、表情変えずにそれはどうかと思うよ。

「……父兄っつったって、別に俺はそんな立場じゃないぞ?」

「前に、父上と呼ばれている、と言っていたじゃないか。つまりは、シグナムは君を父親だと思っているということだ」

「だからってさぁ。……スーツとか持ってないし、どう見たって兄とかじゃないし」

「今着ている執務官候補生の制服があるだろう。管理局の制服は一級の礼服だ。それに、兄云々なんてどうにでも誤魔化せるだろう?」

「……いや、でもなぁ」

「……行きたくないのか?」

どうなんだろう。

……いや、行きたくないのだろう、俺は。

その証拠に、俺は未だにシグナムと上手くコミュニケーションを取れていない。彼女にどんな言葉をかけて良いのかさっぱりなのだ。

父上、と俺を呼ぶシグナム。そんな風にしてしまった原因は俺であり、そんな人間が彼女に影響を与えて良いのかと、どうしても思ってしまう。

なのはぐらいに割り切れれば楽なんだろうが、生憎と俺には妙なわだかまりがあって上手く接することができない。

それに、シグナムにどう思われているのかだって分からないし。彼女の近くにははやてやヴィータ、ザフィーラがいるんだから部外者の俺が首を突っ込むのもどうかと思う。

……などと考えている内に、クロノは呼びだした情報端末でシフトのやりくりを終わらせていましたよ。

「おいこの野郎」

「上司に対する言葉遣いじゃないな。……そういうわけだ。君は気兼ねなく参観日に行くと良い」

「お前、絶対、ロクな死に方しない」

「それは怖いな。……なぁ、エスティマ」

ふと、クロノが真面目な顔になる。

心持ち姿勢を正すと、俺は首を傾げながら口を開いた。

「なんだよ」

「親がいる、というのは子供にとって重要なことだ。そして、かまってもらえないのは寂しい。
 ……それだけは覚えておけよ」
























リリカル in wonder



















参観日。

シグナムはいつものように登校し、いつものように――

というわけではなかった。

身に付けている学校の制服は乱れがないようにしっかりと気を付けたし、髪の毛は念入りに手入れしてお気に入りのリボンで纏めてある。

それを一日中維持するように努めて、とうとう時間がやってきた。

予習も完璧。どんな問題だろうと解く自信がある。

お昼休みが終わると、背筋を伸ばして椅子に座り、数分置きに教室の後ろを見つつ、気を張っている。

……見ていてください父上。騎士シグナム、ぶざまはさらしません。

ぐっと握り拳を作りつつ、彼女は気合いを入れる。

三日前、エスティマからはやてへときたメール。

返事は、参観日にはちゃんと行くよ、といったもの。

きてくれないのではないか、と心配していたのだが、それは杞憂だった。父上はきてくれるのだ。

良かったやん、あの馬鹿ようやくか、くるだろうと思っていた、と八神家の反応は様々だったが、それはシグナムにとってあまり関係がない。

父がくる。それだけで、シグナムの機嫌はここ数日良かったのだ。

立派な姿を見れば、きっと父上だって喜んでくれる。

そう意気込んで――

「保護者の方も集まってきたようなので、授業を始めましょう」

その声を聞き、シグナムは再び、さり気なく教室の後ろに視線を向けた。

そこには同級生の父兄が並んでおり、しかし、その中にエスティマの姿はない。

きてくれないのかと不安が過ぎり、その時、扉を開いて一人の少年が教室に入ってきた。

後れ毛だけを伸ばして、それ以外の髪の毛は無難な長さの金髪に赤い瞳。

着ている服はシグナムが見たことのない、黒いスーツだった。首に巻かれているのは横幅の広い、赤いリボンタイ。

肩の部分が特徴的だから、管理局の制服だろう。

その姿を見て、格好いい、と素直な感想が浮かんでくる。

「ほら、シグナムさん。ちゃんと前を向きなさい」

「は、はい!」

ビクッと身体を震わせつつ、シグナムは黒板に向く。

なんというふかく……! これ以上は……!

シャーペンを握る手に力がこもり、む、と眉根を寄せる。

落ち着いてください、とレヴァンテインから念話が聞こえきて、分かっている、と返答した。

授業が進み、時折、教師が生徒に質問を投げる。

さあいつでもこい、とシグナムは待ち構え、遂に自分の番に。

勢い良く席を立ち、そのせいで真後ろの生徒が迷惑そうな顔をしたが、気付かずにシグナムは口を開こうとする。

だが、その時になって、自分の言おうとしている答えは正しいのか、と疑問が湧いてきた。

すぐに答えるべき、間違いじゃないのか、と頭の中をぐるぐると思考が巡る。

あの、その、と言葉が漏れるが、上手く形にならない。

そうしている内に同級生から向けられる視線に気が付き、焦りが加速。

顔が熱くなって、唇を噛み締めながら俯いてしまう。

「お兄さんがきて緊張しちゃったのかな? じゃあ、次の――」

着席する。

違う。兄じゃなくて父上で。

違う。そうじゃない。それじゃない。

……せっかく良いところを見せようとしたのに、こんなことになるなんて。

くっ、と顔を俯かせて、シグナムは背中を丸める。

どうしよう。ガッカリされたかもしれない。

足元がガラガラと崩れ落ちそうな錯覚すら覚える。そんな風に自己嫌悪に陥っている内に、いつの間にか授業が終わっていた。

教師の号令に従って起立し、礼。

この後は保護者懇談会があると聞いている。これにはシャッハが出て、自分は父と共に帰ることになっているのだが――

「シグナム」

名を呼ばれ、ビクッっとシグナムは肩を震わせた。

おそるおそる振り返ってみると、そこにはエスティマが。

どうしても父の顔を直視できずに、シグナムは目を逸らしてしまう。

どうしよう。怒られるかもしれない。

そんな考えがふと浮かんできて――

「あ、おい!」

鞄を手に取ることもせず、シグナムはその場から逃げ出した。

軽い足音を立てながら教室を抜け出して、開いている窓から身を投げ出す。

そして飛行魔法を発動すると、行く先も決めずに飛ぶ。

「うう……どうして、私は」

手の甲で目元を拭い、ぽつり、とそんな呟きを溢した。
































……参ったな。

ガリガリと後頭部を掻きつつ、溜息一つ。

怖がられてるのかね、俺は。あんな風に脇目もふらずに逃げられるとは、予想もしなかった。

「追ってあげてください」

「ん……シャッハさん」

振り返ってみれば、そこにはシャッハさんが。

彼女はにっこりと笑みを浮かべる。

「いや、俺、なんか怖がられているみたいだし」

「ええ、そうですね。けど、それはあなたの考えているのとは少し違うと思いますよ?
 あの子と話をしてあげてください」

「はぁ……」

首を傾げつつそう返答して、教室を出る。

さて、追うと言ってもどこに行ったのか分からないわけだが。

……しゃーあんめぇ。

中庭に出ると首元に下がったセッターを手に取る。

「セットアップ。バリアジャケットは展開しなくて良い」

『スタンバイ・レディ』

黒いデバイスコアを覆うように黄金のフレームが出現し、白の外装が装着される。

そうして現れた白金のハルバードを手に取ると、ワイドエリアサーチの術式を構成。

足元にサンライトイエローの魔法陣が展開し、魔力に物を言わせて二十個の光球を生成。

戦闘をしながら探知をするわけじゃないので、これぐらいは可能。執務官補佐を嘗めんな。

思考を全部エリアサーチに傾ければ、そう時間をかけずに見付けることができるだろう。

『旦那様』

「なんだ」

『質問です。何故、守護騎士は逃げたのですか。こちらに敵意はありませんでした』

「俺が知るか。それと、俺に敵意がなくても向こうに事情があったら逃げるさ」

『その事情とはなんですか』

「さあね。人の気持ちを知ることなんて、俺にはできないよ。
 そんぐらいの常識は学習してくれ」

『了解』

セッターが黙ると、俺はエリアサーチの送ってくる情報の解析に集中する。

そうしている内にそれらしい反応を発見。場所はどこぞの建物の屋上か。

学校の敷地外だから足で行くしかないなぁ。飛行許可なんて取ってないし。

タクシーを使おうかとも思ったが、行き先の名称を知っているわけがないからやっぱり徒歩で。

シグナムを発見したエリアサーチを維持したまま、セッターを待機状態に戻していざ出発。

……それにしても、見付けたらどんな言葉をかけるべきなのだろう。

そもそもシグナムに逃げられた理由が良く分からないし。反応からなんとなく怖がられているってことは察することができたが。

どうにも弱った。フェイトぐらいに分かり易いと助かるだけどねぇ。

ふと、クロノに言われた言葉が浮かんでくる。

「……かまってもらえないのは寂しい、か」

どうだろう。そうなのかもしれない。

自分の場合はどうだったかな、と思い出してみる。

記憶は随分と色褪せてしまって、セピアを通り越して日焼けして見づらい写真のようになっている。それをなんとか思い出して、呻き声を上げた。

別に不幸だったわけじゃない、ごくごく普通の幼少時代。

年齢が上がれば自然と鬱陶しくなって、それを通り越したら今度は大事に思えた両親。

それを遡って、ガキの俺は何を考えていたのかを掬い上げてみる。

それとさっきのシグナムを照らし合わせて、

「……合わせる顔がなかった。失敗を怒られるのが怖かった、か」

どうだろう。シグナムが俺のことを本当に父親だと思っているのだとしたら、そんなところな気がする。

ガキの俺がそんなことを考えていたとき、両親はどんな言葉をかけてくれたっけか。

……駄目だ。思い出せない。次の日は何もなかったように過ごしていた気はするが、そこに至った過程がさっぱりだ。

「……親って大変なんだなぁ」

『不明。養うだけならば、今でも充分に可能だと思えます』

「養うだけが親の仕事じゃないんだろうさ。……黙ってろって言ったろ」

『申し訳ありません』

最近、セッターも命令を聞かなくなることが増えたな。

少しずつ賢く……なっている気がしない。

押し問答しているような気分になるから、こいつと喋るのは疲れるんだよな。

などと考えつつ、ようやくシグナムがいるであろう建物にたどり着く。

……教会か。これの屋上に行くことって、できんの?

やれやれ、と頭を振って飛行魔法を発動。セッターからはログを消しておこう。

軽く跳躍して屋根に降り立つと、滑る足元に注意してシグナムの姿を探す。

発見。鐘のすぐ近くで体育座りをしている。

「シグナム」

「あ……ちち、うえ」

「急に逃げ出すな。驚くだろう」

「……ごめんなさい」

しゅん、としてシグナムは両腕で強く膝を抱き寄せた。

どうしたもんか、と思いつつ、シグナムの隣に腰を下ろす。

……何を言ったもんか。怒るのは違うだろうし、気にしていない、って言うのもなんか違う気がする。

こんな時、どんな言葉をかけていいのやら。

溜息を吐きたい気分になるがそれを我慢して、視線を流す。

……ん。

「存外、良い眺めだな」

煉瓦造りの建物が並ぶベルカ自治領。それを高い場所から見渡すのは、悪くない。

イタリアとかの写真で見たことがあるけど、実際に目にしてみると、けっこう違うもんだ。

「……お気に入りの場所、です」

「……ん?」

「夕日がしずむ時間が、一番きれいです」

「そっか」

ぽつり、とシグナムが漏らした言葉に、きっとそうだろう、と同意する。

時間帯で随分と変わりそうだ、この眺めは。早朝とかはどんな風になるんだろう。

「あ、あの、父上」

「なんだ?」

「今日は、もうしわけありませんでした。あんなことは、もう二度と……」

「良いよ。誰にだってあることだし、気にしなくても。俺だってガキの頃は――」

そこまで言って、俺今ガキじゃん、と思い至る。

うわー、変に思われないかなぁ。

思わずシグナムの方に視線を送ると、彼女は心底驚いたように目を見開いていた。

……ええと?

「どうした?」

「父上も、ですか?」

「あ、ああうん。急なことにテンパるなんて普通に今でもあるよ。だから気にしなくても良いって。
 次は気を付ければ良いだけだからさ」

「はい、気を付けます。……けど、おどろきました。父上も私と同じだったなんて」

「……あのー、シグナム? 俺のことをどんな風に見ているの?」

「え、あの、それは……」

と、どもってしまう。心持ち頬が赤い。

変に急かすのも悪いと思い黙っていると、おずおずとシグナムは口を開いた。

「立派だと、そう、思います。騎士ヴィータやザフィーラから聞きました。
 手負いだというのに単身で夜天の魔導書と渡り合う力を持っていて、多くの人に信頼されていて。
 ……だから、父上の守護騎士として、私も強くあらなければならないのに」

と、再びシグナムは沈んでしまう。

その様子を見て、フェイトにするように思わず手が伸び、頭を撫でてしまう。

……そういえば、シグナムにこうするのは初めてかな。

「まだまだシグナムは学ぶことが多くあるんだ。最初から強い奴なんていないよ。
 だから、そんなに沈むことはないさ」

「……そうなのですか?」

「そうなの」

そう言って無理矢理納得させる。

さて、と。

「さあ、シグナム。もう帰ろうか」

「え……あ、はい」

立ち上がって手を差し伸べると、どこか残念そうにシグナムは目を伏せた。

そして、どこか怯える様子で手を掴もうと、ゆっくり腕を伸ばす。

……ううむ。

なるべく優しい手つきでシグナムの小さな手を取る。

彼女はびっくりしたように、あ、と声を上げるが、ぎゅっと握り返してきた。

手を繋いだまま屋上から降りると、はやての元へ脚を向ける。

このまま帰って――

……いや、そうだな。

「シグナム」

「はい」

「おやつでも食べるか。ここら辺、喫茶店とかあるかな」

「……良いのですか?」

「ああ。頑張ったご褒美さ」

うん、そうだ。

ご褒美ぐらいはあげるべきかな。

結果はどうあれ、ガキの頃、頑張ったときは何かしらご褒美をもらっていた気がする。

いや、どうだったかな。

爺ちゃんとかに遊んでもらったのとごっちゃになっているかも。

などと考えていると、俺の顔を見上げているシグナムに気付いた。

視線を合わせると、照れたように前に向き直る。

……親って偉大なんだなぁ。

自由奔放に子供を育てるってのが如何に難しいか、なんか実感させられる。

父親……俺にできるのかね。

おかえりを言ってやることもできないし、俺ができることなんて体験したことの模倣だけだし。

いや、できるできないじゃない。やらないといけないのか。

既にシグナムは俺を父親だと思っているんだ。それは、先程のやりとりで充分に分かった。

今更放り投げるわけにもいかず。シグナムのマスターを俺に設定して構成した時点で、もう逃げ出すことはできなくなっていたんだな。

……はは、なんてこった。

「父上?」

「……ん、いや、なんでもないよ」

自嘲が顔に出てしまったみたいだ。

笑顔を作り、シグナムに笑いかける。

仕事にかまける駄目親父にしかなれないだろうになぁ。


































アースラへと戻ると、速攻でリンディさんに呼ばれた。

何事だ。仕事はトチ……ってないと良いなぁ。

基本的に雷を落としてくるのはクロノなのだが、ううむ。

もしかしてヤバイ類のミスでもやらかしたか?

内心で戦々恐々としながらなんとか平静を装って艦長室へ。

ドアを開き、部屋の中に。

なのはたちが訪れたときと違ってなんちゃって和風が若干緩和されているが、それでも所々に盆栽があったりする。

「お疲れ様、エスティマくん。休日は楽しく過ごせたかしら?」

「はい」

「そう。……ささ、座って。コーヒーで良いのよね? たしか、ブラック」

「あ、いや、わざわざそんなことをしてもらわなくても……」

「良いの。少し話が長引きそうだしね」

と言いつつ、リンディさんはドザーとインスタントコーヒーをぶちまけてお湯を注ぐ。

……濃い目は好きだけど、ちょっとそれは度が過ぎてるんじゃないかなぁ。

どうぞ、と渡されたコーヒーを口に運んで、思わず顔を顰める。

濃い。濃すぎる。苦みが云々とかじゃない。濃すぎて飲めたもんじゃない。

やっぱりこの人は味覚がぶっ壊れているんじゃないだろうか。

「エスティマくん。シグナムさんの様子はどうだった?」

「特には何も。問題はありません」

「あら、そう? クロノに聞いた話とは、少し違うみたいね」

なんだとぅ。あの野郎。

まぁ、クロノがなのはさんから聞いたのを耳にしただけなんだけどね、とリンディさんは続けて、微笑みを浮かべる。

「あまり上手い付き合いはできていないようね」

「……まぁ。父親として上手くはできていません」

「それもそうでしょう。父親になるには、あなたはまだ早すぎるもの。
 フェイトさんのお兄さんとしては上手くやっているようだけど、それとこれとは勝手が違うし」

「そうですね」

そこで会話が途切れた。

沈黙を誤魔化すようにコーヒーのような何かを口に含むが、やっぱり味がヤバイ。

呻き声を上げそうになるのを我慢しながら、唇に付いた苦みを舐め取る。

「私はね」

不意に上がった声に、逸らしていた視線を再び向ける。

リンディさんは遠くを見ているような目つきをしながら、どこか自嘲するように先を続けた。

「クロノの母親としては、きっと失格だった。
 周りの人たちがあの子を見ていくら立派だと言っても、私にとっては慰めでもなんでもないわ。
 ……執務官だって言っても、まだ子供なのよ。それを戦場に駆り立てることは、親としては最悪でしょう。
 あの子がどう考えていても、ね。
 クライドが死んで、あの子が執務官を目指して――その時、私はどうしても止めることができなかった。
 自分のことだけで精一杯だったのよ。知らぬ間に大人になって――なんて、勝手なことだって考えたわ」

「……つまり、何が言いたいんです?」

思わず、冷たい声が零れた。

口に出してから、随分と酷いことを言っている、と気付いたが、手遅れだ。

それでもリンディさんは気にした風もなく、ごめんなさいね、と苦笑した。

「言いたいことがどうしても纏まらなくて、ね。
 うん。……エスティマくん、今のあなたにこんなことを言うのは酷だと思うけど、シグナムさんにはちゃんと接してあげて。
 育ってからでは遅いのよ。あの時もっとかまってあげれば良かった、なんて考えないようにね」

「艦長を反面教師にしろと?」

「それで役に立つのならかまわないわ。
 ……良い? エスティマくん。子供は自分と同じ、一人の人間なのよ。
 そしてその人は、親を見て何が正しいのか、何が間違っているのかを覚えてゆく。
 あなたも一人の人間なのだから、何をしたってかまわないけれど――せめて子供の前だけでは、手本であるように心がけてね」

……手本、ねぇ。

どうなんだろうか、それは。

俺の考えていることがそのままシグナムに伝わることはないだろうが、それでも、一挙手一投足が影響を及ぼすというのなら。

……それは酷い人間ができあがりそうだ。

だから、それを気取られないように、立派な人で在り続けなければならない、と。

参ったなぁ。

ただでさえシグナムにヴィータやザフィーラが妙なことを吹き込んで、彼女の中で俺が半ば偶像化しているって言うのに。

それを貫けって言うのか、この人は。

地味に残酷なことを言っているのに、気付いているのだろうか。

……いや、気付いているんだろうな。

そうじゃなかったら、今のあなたに――なんて話の纏め方はしないだろう。

「……リンディさん」

「何かしら?」

「子育てってどうすれば良いんでしょうか」

唐突に投げ掛けた質問に、リンディさんは目を丸くすると、次いで柔らかな笑みに変わる。

その後、いくつかのアドバイスをもらって艦長室を立ち去って、どうすっかなぁ、と眉根を寄せる。

……取り敢えずは同居することから始めたら? ね。

まぁ、陸配備になったらそうなるだろうと考えていたし、かまわないんだが。

本当、どう接すれば良いんだろう。









[3690] 空白期 一話
Name: 角煮◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2008/11/16 23:48
「まずは、おめでとうと言ってやろう」

「ありがとう、と言えば良いのかな」

直立し、背筋を真っ直ぐにしたまま目の前にいるクロノの言葉に耳を傾ける。

――五日前、執務官試験の結果発表があった。

受験者の数はそれなりのものだったが、俺はなんとか合格することができた。

で、昨夜はアースラの皆さんの盛大に祝ってもらったり、一昨日は聖王教会の皆さんに祝ってもらったり、スクライアで揉みくちゃにされたりと、飲み会ラッシュ。

いや、酒は飲んでないけど。未成年だから。

そして今日。転居の準備も完全に済んだので、これからミッドチルダのクラナガンへと向かう。

だが、時間に余裕を作りながら、いざ出発、と思ったら直前に呼び出しを喰らったのだ。

目の前にいる俺の上司――いや、元上司――は普段のバリアジャケット姿ではなく、珍しく制服。

クロノの下で一年近く働いたけど、初めて見た。

なんつーか、似合わないというかなんと言うか。いや、俺が言えた義理じゃないんだけど。

彼はどこか皮肉げな笑みを浮かべると、鼻を鳴らす。

「まさか本当に一発で通るなんてな。一年間、積み込めるだけ積み込んだつもりだったが、こうも早く成果を出すとは思わなかった」

「……褒めてんの?」

思わず問う。

祝ったもらった時だって説教しかしてこなくてエイミィさんに苦笑されていたというのに。

「一応な。……褒めるのはこれが最初で最後だ。だから良く聞け。
 君は良くやったと思う。
 この歳で執務官になれる者はほんの一握りだ。誇って良いだろう、これは。
 君が才能だけで執務官になったんじゃないということは、僕が一番良く知っている。
 だからこそ褒める。良くやったな、エスティマ」

「よせやい」

「ああ。褒めるのはこれで終わりだ」

なんだろう。酷く負けた気がする。

思わず溜息。珍しく褒められたと思ったらこれで終わりかよ。

……まぁ、これだけでも嬉しくないと言ったら嘘になるけどさ。

今までどれだけの罵詈雑言と雑務を押し付けられたことか……。

あ、思い出したら目から汗が。

「エスティマ」

「……なんでしょう」

「実力で執務官の資格を勝ち取ったと言っても、それを認めない者は多い。
 僕も君も、結局のところは子供だ。
 着任してから数年は、決して楽ではないと思う。
 だが、それも自分で選んだことだ。法の守護者としての使命をやり遂げろ」

「はい」

「よろしい。じゃあなエスティマ」

「ああ。今までありがとう」





















リリカル in wonder




















ミッドチルダのクラナガン。

魔法世界の中心と言っても過言ではない都市に、長大な建造物が天を突かんとばかりに存在している。

時空管理局・地上本部。

その超高層ビルの最上階に近い場所。その一室にある執務室に、一組の男女がいた。

レジアス・ゲイズ。その娘であり、防衛長官秘書のオーリス・ゲイズ。

二人は資料に目を通しながらも、ここへと訪れる人物を待っている。

その人物とは、先日執務官試験をパスした少年、エスティマ・スクライアだ。

本来ならば一人の執務官でしかない子供の顔を見る必要などないのだが、彼の進めている計画のパトロンとも言える人物たちから勧められたために、仕方なく時間を作っていた。

彼の手元には、エスティマについての資料がある。

出自。経歴。解決してきた事件。

それだけならば、どこにでも転がっている内容だ。

しかし、それ以上。資料には一人の人間であるエスティマではなく、兵器としてのエスティマについての事柄すらも記されている。

人造魔導師であり、レリックウェポン初の成功作であり、部分的な戦闘機人。

最新鋭の技術の結晶とも、妄執の塊とも言って良い存在。

そんなエスティマと顔を合わすことを、レジアスは苦々しく思っていた。

何故ならばこれから行う顔合わせは、最高評議会の単なる自慢なのだから。

エスティマに使われている技術は、最高評議会の望んでいるものが多くのウェイトを占めている。

しかもそれを自分の下で駒として使えなど――馬鹿にでもしているのか、と被害妄想すら湧いてくる。

駄目押しでエスティマを地上に送り込んできたのは海の提督ときた。

まるで施しでも受けているような自分の境遇が、惨めにさえ思えてくる。

「はい。はい。……エスティマ・スクライア執務官が到着したようです」

「そうか」

オーリスの報告を聞き、ぎしり、と音を立てながらレジアスは椅子に深く身を沈ませる。

「まったく、馬鹿にでもされているのか私は。なぁ、オーリス」

「あまり深く考えてはいけません。また血圧が上がります」

「む……」

つい最近健康診断で注意された事柄を指摘され、レジアスはさきほどと違った苦みを顔に浮かべる。

まだ秘書官として日の浅いオーリスは、時折こうやって仕事に関係ない――と言ったら体調管理も仕事の内と釘を刺されるのだが――ことを口に出す。

それが間違っていない上に、気遣いなのだからレジアスも無下にできない。

気を取り直すようにレジアスは咳払いを一つすると、肘を机に乗せて手を組んだ。

「こんな子供を執務官にするなど……最高評議会は何を考えているのだ。
 精神的に未熟な者を激務に放り込んだところで、すぐに潰れるだけだ。
 力に偏った者など、武装隊で運用するのが一番だろうに」

「お言葉ですが中将。執務官試験の成績も優秀と言って良いレベルですよ、この子は」

そう言い、オーリスはディスプレイにエスティマの成績を表示する。

「稀少技能保持者なのでボーダーは引き下げられていますが、それでも、上位に食い込むほどの成績ならば問題はないでしょう。
 実技の方も申し分在りません。稀少技能と魔力総量に頼りがちではありますが、トップであることに変わりはありませんから」

もっとも、自分の持つ能力を最大限に発揮する戦い方は決して間違ってはいないのだが、そんなことを口にすればレジアスの機嫌は更に悪くなる。

それを分かっていたため、オーリスはどこか悪く言うような口調でエスティマを評した。

そうしている内に、入室の許可を問う通信が届く。

通せ、とレジアスが言うと、軽い音を立てて執務室の扉が開いた。

そして、現れた姿にレジアスとオーリスは共に目を丸くする。

中性的を通り越して少女的な顔立ち。鍛えてはいるのだろうが、子供なのでどう頑張っても華奢な身体。

それがサイズの合わない、若干大きな執務官の制服を着ている。服の袖は掌の半ばまでを隠し、裾はあと僅かで地面に着きそうだ。

呆気にとられたレジアスとオーリスを前にして、エスティマは表情を引き締めたまま、姿勢を正して敬礼をする。

「エスティマ・スクライア執務官です」

「ご苦労」

レジアスが応えると、少しの沈黙が生まれる。

エスティマは敬礼した腕を落とすと、まっすぐにレジアスへ視線を向けたまま微動だにしない。

彼の目つき、声の調子から、ほう、とレジアスは少しだけ彼を見くびっていたと考えを改める。ほんの少しだけ、だが。

子供だと思ったが、最低限の礼節は弁えているらしい。

「スクライア執務官。お前は、首都防衛隊に配備する。能力を存分に生かして、職務に励め」

「はい」

「……オーリス。彼を職場に案内してやれ」

「はい」

指示に従い、オーリスは書類を抱えてエスティマへと歩み寄る。

こちらです、と声をかけ、部屋を出て行く二人。

その背中が見えなくなってから、レジアスは重い溜息を吐いた。

エスティマの配属先は首都防衛隊。その中でも精鋭揃いと言っても良い場所。

彼の友人であるゼストが隊長を務める部隊である。

自分の思惑で監視を。最高評議会の意向で、サンプルに無駄な損害を出さずそれなりにデータ収集の行える場所へ。

「くそ、厄介な火種を押し付けて……またあいつには苦労をかけるな」

酒の一杯でも奢ってやろう、と胸中で呟き、レジアスは溜まっている報告書に目を通し始めた。





























……なんで呼び出されたんだろう。

首を傾げたい気分になりながらも、先導するオーリスさんに妙な印象を抱かれたらマズイので我慢する。

たったの一言二言で終わらせる顔合わせになんの価値が?

てっきりグチグチグチグチと稀少技能保持者なんだからとか言われると思っていたのだけれど。

しっかしデカイな本部。

窓から下を見たらチビりそうになるぐらいに高いぞこれ。

いや、嘘だけど。空戦魔導師の台詞じゃないよね。

「スクライア執務官」

「は、はい!」

急に呼ばれたせいで変な声が出た。

なんとか猫を被り直してオーリスさんの顔を見上げる。

原作じゃあ年齢不詳だったこの人……大体、二十歳前後って感じかな?

まだ若い。まぁ、stsまで十年近くあるからなぁ。

行き遅れになるのかしら、この人。なんて失礼なことを考えたり。

彼女は俺を一瞥すると、足を動かしたまま口を開いた。

「スクライア執務官は、なぜ地上配備を希望したのですか?
 執務官補佐として経験を積んだのなら、海に配備された方が仕事をし易かったでしょう」

「そうですね。上司にもそう言われました」

まぁ、当たり前なんだけどね。

地上行きたいとか言ったら、クロノに思いっきり顔を顰められたし。

けどまぁ、俺には目的がある。

それを偽りながら、

「しかし、海で働いている間に何度も思ったんです。
 次元世界の平和を維持するのは大切ですが、それで地上を疎かにして良いわけではない。
 反管理局組織によるテロで犠牲者が出ているというのに海はそれを顧みずに外へ目を向けてばかりです。
 それにどうしても疑問を抱いてしまい、地上配備を希望しました。
 せっかく稀少技能なんて力を持って生まれたんです。それで、どこかの知らない誰かじゃなくて、近くにいる人を守りたいと思ったんです」

「近くにいる人?」

先程と比べ、若干オーリスさんの声から固さが抜ける。

それに気付かないフリをしながら、

「はい。ミッドチルダに住んでいる人々を……って、ごめんなさい。
 まだなんの仕事もしていないのにこんな大仰なことを言って」

照れと自虐の混じったような笑みを浮かべる。

おずおずと上目遣いでオーリスさんを見ると、彼女はどこか冷たさを感じさせる表情ではなく、軟らかな笑みを浮かべていた。

僅かに口元を緩ませ、彼女は口を開く。

「いえ、立派だと思いますよ。それを体現できれば、あなたは陸の管理局員となれるでしょう」

「ありがとうございます」

言外に、陸の局員じゃないぞ貴様、と言われている気が。

……深読みしすぎか。微笑みながらそんなことを言うなんて、割と外道だぞ。

まぁ良い。

エレベーターで一気に下層まで下りると、正面玄関でオーリスさんと別れる。

別れ際、頑張ってね、と素の言葉をかけられた。原作ほどガッチガチに固い人じゃないみたい。

そこから用意された車で移動し、首都防衛隊の隊舎へ。

さて、一応希望通りに首都防衛隊に配属されたが、ゼスト隊に入れるわけじゃないんだよなぁ。

などと思いつつ案内された場所は、作戦部第三課とプレートに刻まれた部屋。

職員に礼を言って、一人ドアをノックする。

声が聞こえたので扉を開き、一歩進んで敬礼をする。

「エスティマ・スクライア執務官です。本日より首都防衛隊作戦部第三課に……って、ちょ!?」

思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。

だって、だってさぁ。

そうなったら良いな、とか思っていたけど実際にいるとさぁ!

「……どうした?」

「し、失礼しました!」

崩れた敬礼を再び。

そうすると、部屋の隅からくすくすと笑い声が聞こえてきた。

ううう、恥ずい。顔が熱い。

「ご苦労、エスティマ・スクライア執務官。
 俺は部隊長を務める、ゼスト・グランガイツだ」

「はい、よろしくお願いします」

腕を下ろす。

局の制服に身を包んだ、ゼスト隊長。彼は、うむ、と頷くと、部屋の隅へと視線を移す。

「ナカジマ。彼にここの案内をしてやってくれ」

「くく……」

「……いつまで笑っている」

「は、はい! 申し訳ありません!」

……ああ、笑っていたのはクイントさんだったのね。

彼女は必死に笑いを噛み殺した様子で俺に近付いてくると、こっち、と言って部屋の外へ。

そして廊下に出ると、どこから案内しようか、などと呟いた。

「あの……クイントさん」

「はい、スクライア執務官」

うわぁ、敬語だけど、ものっそい子供に対する柔らかい口調だ。

「……あの、隊長って、あのゼスト・グランガイツさんでしょうか。オーバーSの」

「はい、そうですよ。ストライカー級魔導師のゼスト・グランガイツです」

「……なんだか妙な気分になるので敬語は結構です」

「あら、そう?」

あ、一瞬で敬語が失せた。

……うん。執務官だから、三尉扱いなんだよね俺。

sts時点のヴィータの階級と一緒……だったと思う。この歳でこれは充分異常だ。

しっかし、歳が歳だから基本年上ばっかりで、なんともやりづらいんだよなぁ、敬語を使われるの。

部下扱いだからゼストさんは違うみだいけど。

「しかし驚いたわね。補充要員がくるときいていたけど、まさかエース級が配属されるなんて思ってもみなかった。
 しかもウチの部隊に。いや、執務官がきてくれたら法務関係が一気に楽になるんだけど。
 余所から妬まれそうねー」

……割とおしゃべりなんだなぁ、この人。

にこにことした笑みを浮かべながら、彼女は話を続ける。

「エスティマくんは空戦でランクを取っているんだっけ?」

「はい」

「うん。空間制圧ができる人が増えてありがたいわね。期待しちゃっても良い?」

「ランク分の働きは。皆さんにかけるリミッター分ぐらいは取り返して見せます」

「ん? リミッターのこと、聞いてたの?」

「いいえ。けど、オーバーSやAAランクの魔導師がいる部隊に俺が入るのならかけられても不思議じゃありませんから。
 魔力リミッター、どんな風に分けられてるんです?」

と聞くと、クイントさんは苦笑しながら人差し指を立てる。

「運が良いのか悪かったのか、隊長は古代ベルカ式の騎士だから魔力自体は多くないの。私もメガーヌもね。
 って、ああ、メガーヌって言うのは同じ部隊の――」

と、脱線しまくりな会話。

話をまとめると、リミッターらしいリミッターはないとか。

ただ、俺のフルドライブにはゼストさんの限定解除承認がないと駄目らしい。

まぁ、魔導師ランクはともかく魔力ランクがアホの領域に達してるからね俺。

それの完全開放を封じれば、って感じか。

しっかし、sts時点のヴァイスさんといい、陸のエース級の人たちは魔力ランクをある程度諦めて技量だけで勝負する類の魔導師が揃っているのかな。

などと考えていると、いつの間にか案内は最後の場所へ。

屋外の訓練場。

そこへ行くと、なぜか整列した皆様が。

それをまとめているのはゼストさんだ。

彼は俺とクイントさんの姿を目にすると、こちらに身体を向けた。

「ナカジマ。案内は終わったか」

「はい。ここで最後です」

「ん……スクライア執務官」

「はい」

「これから君は我々の部隊の一員となって戦ってもらう。
 その挨拶代わりとして――私と模擬戦を行ってもらおう」

「……ベルカ式交流術」

「……知っているの?」

「……ええ」

思わず口に出してしまった単語にクイントさんが聞き返してきた。

肯定です。

仲良くなりましょう、とか言いながらトンファーぶん回す暴力シスターが知り合いの保護者でしてね。

……まぁ、これから背中を預ける同僚に実力を見せておくのは必要なことか。

連携云々はともかくとして、今は全力全開を見せろってことか。

うん。ゼストさんの趣味じゃないよね?

「……久し振りのAAAランク。腕が鳴る」

「趣味だったー!」

「お、落ち着いてエスティマくん!」

頭を抱える我。

ベルカの連中はこんなのばっかか!

「良い? エスティマくん」

「……はい」

「確かに乱暴かもしれないけど、あなたの実力をみんなが把握するのは大切なことよ」

「ええ。分かっています」

「そして、拳と拳で語り合うのはもっとも絆を深めるのに――」

「この人もベルカだった! 近代だけど!」

ファック、と叫びたくなる衝動を抑えつつ、首元に下がったセッターを手に取る。

ああもうくそ!

オー人事オー人事! 移った職場にも問題がありましたよ!

『スタンバイ・レディ』

白金のハルバード、日本UCAT型のバリアジャケットを装着して、セッターを肩に担ぐ。

そしてゼストさんの前に出ると、目を合わせた。

「時間制限は二十分。クリーンヒットを入れられた方が負けで良いな?」

「はい」

「よし。それでは――」

ゼストさんが騎士甲冑を装着し、だいぶ記憶が薄れているが、stsで見たものとデザインの良く似た槍型デバイスを手に取る。

そして同時に空へと上がると、

「――始め!」

クイントさんの掛け声と共に、同時に跳ねた。

瞬時にアクセルフィンを形成し、クロスファイアを発動。

お手並み拝見、と放とうとして――

「――っ!?」

ギン、と甲高い音を上げながら踏み込んできたゼストさんを切り払った。

速度にものを言わせて一気に上昇すると、クロスファイアを斉射。

六つの誘導弾。その内四つは囮なのだが――

破、という掛け声と共に直進していた誘導弾が切り払われた。

速いな。俺の方が上だろうが、それでも流石はストライカー級。

「射撃じゃ切り払われるか。……なら」

眼前にミッド式魔法陣を展開し、術式を流す。

そして左手を引いて、

「サンダー……スマッシャー!」

叫びと共に魔法陣へと叩き付ける。

バチバチと雷が爆ぜる音が響き、電気変換され、集束した雷が真っ直ぐにゼストさんへと突き進む。

相手の動きを止めての砲撃というわけではないので、横へ動かれただけで回避される。

だが、それは想定の範囲内。

「Seven Stars!」

『――Phase Shift』

瞬間、世界が遅くなる。

空を流れる雲も、肌を撫でる風も。

地上から俺たちを見上げる局員も、耳に届く音も、何もかも。

その中で動けるのは俺だけだ。

Seven Starsを振りかぶり、一気に肉薄する。

そして胴に向けて寸止めしようとスイングを――

瞬間、チカ、とゼストさんのデバイスコアが明滅したと思ったら、俺の斬撃に合わせてきた。

『Grenzpunkt freilassen』

衝撃。一拍遅れて音声が聞こえる。

腕力ではとてもじゃないが大人には勝てない。なので、アクセルフィンの推進力をそのまま斬撃に乗せてなんとか拮抗する。

「ふ、フルドライブは流石に大人げないんじゃないですか!?」

「ふん。……そんな稀少技能を使っておいて、何を言う」

楽しげに言葉を吐き出すゼストさん。

思わず舌打ちし、

『――Phase Shift』

離脱目的で稀少技能を発動。

しかし、それでも食い付いてくるベルカの騎士。

呆気に取られそうになるが気を取り直して、Seven Starsを振るう。

一合、二合、三合。

加速状態でのぶつかり合い。

反動でビリビリと腕が痺れる。体格差がこんなにはっきり出るなんて初めてだ……!

「それなら!」

突き出された槍に対して、左腕を突き出す。

このままではぶつかり合い、俺の掌は間違いなく貫通する。運が悪ければ治療不可能なほどに裂ける。

そう考えたのか、繰り出された突きの速度が一気に弛み――

「何っ!?」

一気に放出された高密度の魔力。それを電気変換された、ミッドの異端魔法。

それは確かにゼストさんの槍を受け止め、俺は左腕を突き出したまま、

「パルマフィオキーナ!」

トリガーワードを叫んだ。

槍を受け止めたのはただの余剰魔力。

名を叫びながら放たれた掌の槍はゼストさんの槍を弾き、その役目を終える。

今だ。

「Seven Stars!」

『チェーンバインド』

Seven Starsの自動詠唱によりゼストさんの足元に出現した魔法陣。

そこから幾重にも鎖が吐き出され、雁字搦めに。

動きは止めた。これで――!

「ディバイン――!」

『バスター』

サンライトイエローの輝きが集中する矛先。

それをゼストさんに向けて、砲撃を放つ。

だが、ここでもう一度予想外の事態が起こったり。

ゼストさんは力ずくで、魔力ではなく、あくまでも力ずくでチェーンバインドを破壊するとディバインバスターにデバイスを叩き付けた。

そして、雄叫びと共に彼の身体が魔力光を纏い、

「紫電一閃――はああぁぁぁぁぁあっ……!」

純粋な魔力砲撃を一刀両断にした。

……なんてインチキ。

などと呆れた瞬間、ちゃき、と音を立てて首筋に切っ先を向けられる。

ゼストさんは荒く息を弾ませながら、それでもなんだか爽やかな笑みを浮かべたり。

……くそう。

「俺の勝ちだな」

「……負けました」

「ああ。……良い勝負だった」

ガックリとしながら地上へと降りると、部隊に皆様に拍手を送られたり。

しかもクイントさんに敬語は止めてと言ったのが他の人にも知られたのか、かなりフレンドリー。

……良いのかこれで、と思わなくもない。完全に子供扱いである。

挨拶、案内、模擬戦。

俺の地上配属初日はこんな感じだった。
































「ちわーす」

「お帰りなさい、父上」

「お帰りー、エスティマくん!」

俺の引っ越し先はベルカ自治区にある。

隊舎からバス、電車に揺られて一時間半と少し。割と苦痛になる通勤時間だが、まぁ、これはしょうがない。

ベルカの学校に通っているシグナム。彼女の通学を考えれば、ここに移り住むのが一番だったのだ。

シグナムは若干都会の生活に憧れていたみたいだけど、折角生活に慣れてきたのに転校させるのもアレだしね。

それと、ここならば俺が帰宅するまではやてにシグナムを預かってもらえるし。

一石二鳥……なのかなぁ。

玄関先ではやてと一言二言話をすると、シグナムと共に自宅へと向かう。

時刻は七時過ぎ。初日だから定時に帰ることはできたが、明日からはどうなるんだろうね。

クイントさん辺りにあとで聞いてみよう。

等間隔で地面を照らしているライト。クラナガンと違って騒音がまったくと言って良いほど聞こえない夜道を、シグナムと歩く。

都心から地味に遠いので、ベルカ自治領はベッドタウンという側面も持っていたりするのだ。

……なんだろう。なんかサラリーマン臭くない? 俺。

仕事終わって娘を迎えに行くとか。まだ十歳なのに。

「……ち、父上」

「なんだ?」

「おしごとはどうでしたか?」

「んー、初日だからなんとも」

「……そうですか」

そう言って、しゅんとしてしまうシグナム。

……あ、会話が止まった。

むぅ。

「そ、そうそう。力試しってことで、配属先の部隊長と模擬戦をしたんだ、今日」

「おお……!」

模擬戦、と聞いてシグナムが目を輝かせた。

早く続きを、とせがむように、身体を揺する。

「うん。まぁ負けたんだけどね」

「そんな……!」

今度はガーンとなるシグナム。

表情が豊かな子だ……って、あれ?

すげえショックを受けたみたいで、脚を止めちゃいましたよ?

嘘でも勝ったって言った方が良かったのかなぁ。

いや、でもそれは流石に……。

「し、シグナム? いや、相手はオーバーSランクの騎士だよ?」

自分の実力を把握してないとできないような思い切りの良い攻撃とかしてくる類の野郎ですよ?

血戦覚悟じゃないと勝てませんよ?

あの人には。

なんて俺の考えは届いてくれないのか、シグナムは頬を膨らませながらそっぽを向いてしまう。

「……父上は、負けてはだめです」

「んな無茶な」

「だめと言ったらだめです、父上!」

「……ああうん。努力するよ」

「ぜったいですからね!」

はいはい。

ポンポンとシグナムの頭を撫でて、帰路を急ぐ。

半年前よりはマシと言っても、それでも時々会話が途切れるのはしょうがないか。

まだ不慣れな親子関係、ってところかな。

借りているマンションにたどり着くと、エレベーターに乗って自宅を目指す。

はやての住んでいる家から徒歩十五分。

彼女には、そんなに近くに住むなら同居しよー、とか誘われたが丁重にお断りしておいた。

俺も俺で一人の時間が欲しいタイプの人間だし。

それに、意外なことにシグナムが俺と二人っきりで生活したいと言ってきたのだ。

まぁ、そんなことを言われたら断るしかないよなぁ。

「ただいまー」

「……お帰りなさい」

と、同時に入ったシグナムが言ってきた。

首を傾げながら視線を向けると、どこか恥ずかしそうに彼女は笑う。

「私たちの、家です」

「……そうだね」

何がそんなに嬉しいのだろうか。

シグナムは早々に靴を脱ぐと、駆け足でリビングへと向かう。

ああもう、脱ぎ散らかして。

自分の靴も揃えると、リボンタイを緩めながら脚を進める。

部屋はなんともシンプルで、玄関から真っ直ぐ伸びる二メートルほどの廊下の脇にはトイレと風呂。

その向こうにはリビングと、窓を挟んでベランダが。

リビングから通じる部屋は俺とシグナムの二つと物置。

家賃はそれなり。まぁ、高い給料もらってるからこんぐらいは。

まだ部屋の中に私物らしい私物はない。

ソファーにテレビ、テーブルぐらいか。

私室には勿論それなりに――っていうか、俺の部屋はまんまスクライアにいた頃の構成なのだが、リビングは殺風景だ。

「父上、ご飯にしましょう」

「ん、ああ」

スーツの上着をソファーの背もたれにかけ、誘われるままにテーブルへと。

シグナムは通学鞄からタッパーを取り出すと、それを並べてゆく。

「それ、はやてが?」

「はい。これからずっと晩ごはんを作ってくれるそうです」

「悪いなぁ」

と言いつつ、はたと気付く。

「……米がない」

「……あ」

そう言えば、とシグナムも気付いたようだ。

実はこの家で生活するの、今日が初めてなのである。

荷物を運び込んだりはしたが、掃除やら何やらが済んでない場所で寝泊まりする気は起きなくてねー。

ははははは。

……どうしよう。

「コンビニで炊いてあるのを……いや、ベルカだぞベルカ。置いてるわけねーだろ」

米自体は売ってるだろうけど炊いてあるのはないだろう。

日本食が主流ってわけじゃないのである。

しかしシグナムと俺、パンより米派。

っていうか肉じゃがとかどうやってパンで食えと。

いや、食えるけどさぁ。

「……外食にするか」

「いえ、もったいないです。おかずだけで食べましょう」

「……うう、悪い」

「いいえ、大丈夫です」

と、言ってシグナムは二人分の箸を台所から持ってきてくれた。

なんだかやたらと嬉しそうだ。どうしてだろう。

作られてからあまり時間が経ってないのか、まだ料理は温かい。

それを小皿に分けながら、会話を交えつつ夕食を。

シグナムが学校であったことを話し、それに相槌を打つ。

テレビを点けてないから、会話が途切れたときの沈黙が酷く痛い。

ううむ。どうにもぎこちないなぁ。

ええと、こういうときはどうすれば良いのだったか。

助けて艦長ー!

「そ、そうだシグナム」

「はい、なんですか父上」

「ユーノからもらった引っ越し祝いのお菓子があっただろう?
 あれ、はやての所に持って行ってくれないか? 明日のおやつにでもすれば良い」

「はい、分かりました。伯父上からもらったお菓子、美味しそうでした。
 楽しみです」

「ああうん。伯父上はアイツの前で使うなよ」

なぜですか、と首を傾げるシグナム。

いや、流石にこの歳で伯父さんと呼ばれるのは抵抗があるだろうよ。歳の離れた兄妹とかなら普通に有り得るけどさ。

……ちなみにユーノ、一応は俺とシグナムの同居を許してくれた。条件付きで。

フェイトには拗ねられてしまったが。いや、拗ねたなんて次元じゃないか。

どうやって仲直りするか頭が痛いよ。

「……父上?」

「……ん、いや、なんでもないよ」

顔に出ていたか。

笑顔を作ってシグナムに笑いかける。

子供の前では笑顔でいないとね。

夕食を食べ終えるとそれぞれ風呂に入り、就寝。

パジャマに着替えて、俺はそのままベッドに倒れ込む。

「……うあー、疲れたー」

一日中気を張っていた気がする。

レジアス中将との顔合わせに部隊配属に模擬戦。シグナムとの生活スタート。

慣れないことのオンパレードだったなぁ。

部隊にいるときはそうでもなかったが、それ以外は気が休む暇がなかったよ。

……明日も早いし、もう寝ないと。

朝食を作るのは俺の仕事だし、出勤には時間がかかるし。

世のお父さんってこんなに大変だったのか。

もぞもぞと布団に潜り込み、全身から力を抜く。

明日から本格的に仕事が始まるし、こんぐらいで参っているわけにもいかないなぁ。

枕に顔をうずめて、睡眠へと。

今日は薬なしでも熟睡できそうな気配。いや、飲んだけどさ。

どうでも良いことを考えている内に猛烈な睡魔が迫ってくる。

それに身を任せようとして――

「……んん?」

きぃ、と蝶番の軋む音が聞こえたので、そちらに視線を向ける。

そこにいたのは、枕を抱きかかえて部屋の中を覗き込むシグナムだ。

リビングの電気を点けてこちらを見ているから丸わかりである。

「どうした、シグナム」

「ご、ごめんなさい! 起こしてしまいましたか?」

「いや、そんなことないよ……で、どうしたの?」

なんとか気を持ち直して身体を持ち上げる。

が、割と意識が落ちる寸前なので頭が回らない。

「その……ベッドが変わって、その……」

「ああうん、それで?」

眉間を指で押さえながら、思わず投げやりな言葉が漏れる。

しまった。……純粋な睡魔だったらどうにでもなるだろうけど、これは流石になぁ。

頑張れ俺、と気合いを入れて、なんとか柔らかな表情を作ろうとする。

シグナムは床に視線を落としながら、遠慮するように口を開く。

「おしごとで父上が疲れているのは分かるのですが、その……ねむれなくて……だから……」

「じゃあ、一緒に寝ようか。おいで」

「良いのですか!?」

「ああ。……早く」

布団を半分どけてスペースを空けると、そこにおっかなびっくりといった様子のシグナムが潜り込んできた。

マイ枕持参ですか。用意が良いねぇ。

「じゃあおやすみ、シグナム」

「あ、あの、父上……」

きゅ、と俺の胸元を握りながらシグナムが何かを言ってくるが聞こえない。

いや、聞こえてはいるが脳が強制的に睡眠体勢に入っているために聞く気が起きない。

……ごめん、おやすみ。

そんなことを最後に思って、俺は意識を放り投げた。







[3690] 空白期 二話
Name: 角煮◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2008/11/22 12:06
「兄さん、話ってなんなの?」

不思議そうな顔をしながら問いかけてくるフェイト。

彼女に苦笑を返しつつ、とうとうだなぁ、と思ったり。

休日なのでフェイトを学校の外に連れ出して、一緒に昼食を食べてからスクライアへと。

学生生活は悪いものではないのか、日常であったことを話してくるフェイトはご機嫌な様子だった。

それが最後まで保てば良いなぁ、などと思いながら、ユーノに視線を送る。

ユーノは俺とフェイトの様子を見ながら紅茶を飲んでいたり。

いやに平静なのはいつもと変わらないけど、表情には笑みが少ない。

……俺が面倒ごとを持ち込もうとしているのを、なんとなく察しているのかもしれない。

「ちょっと二人に聞いてもらいたいことがあってさ」

「うん」

素直に頷くフェイト。それと同時にツーテールが踊る。

「事情持ちの子を預かることになったんだけど……」

「それ、執務官補佐のお仕事?」

「んー、半分はそうかな」

「エスティ、それで?」

「ああ。……少し話は逸れるんだけど二人はシグナムって覚えてるか? ヴォルケンリッターの」

その名を出した瞬間、当たり前だが二人の浮かべる表情が変わった。

ユーノは無表情へ。フェイトは嫌悪感の滲んだ怒りを。

非常に居心地が悪いです。それでも、あまり刺激しないように言葉を選びながら、なんとか言葉を吐き出す。

「あいつがどうなったか知ってるかな」

「うん。何もかも忘れて、今はただの子供になっているって」

「うん。それで、なんだけどさ」

ど、どうしよう。

いや、伝えなきゃいけないのは絶対なんだけど、どう伝えるかが問題。

下手に刺激したら爆発は必死。しかも俺の方まで誘爆する可能性が大。

なるべく、そう、なるべく逆鱗に触れないように。

「そのシグナムなんだけど、俺が保護観察をすることになってさ」

いや、もう始まっているんだけどね。

「それは――」

「ああ、保護観察っていうのはだね。簡単にまとめると、悪事を働かないように監視、更正をきちんとできるように導くっていう立派な仕事であって……」

異論が飛び出しそうになっていたのを咄嗟に封殺して、一気にたたみかける。

身を乗り出したフェイトは勢いに押されて再び椅子に座るが、冷静なユーノは目を細めて俺に視線を向けてくる。

うぐぅ。こういう場合、冷静な方がタチ悪いなぁ。

「で? エスティが保護観察を担当するのは分かったよ。今はこうして普通に生活しているけど一度は殺されたんだし、その君が保護観察を行うのは妥当だとも思う。
 ……それだけのことを伝えるために僕たちを呼んだわけじゃないんだよね?」

あはははは……お見通しで御座いますか。

……よし。

さらっと。

さらっと、なんでもない風に話せばきっと大丈夫。

変に大仰に考えるから駄目なんだ。

「うん、で……さ。俺、来年から地上勤務を希望するつもりなんだけど――」

「え、ほんと――」

「シグナムと同居するこ――」

「なんで!?」

バン、とフェイトがテーブルを思いっきり叩く。

思わずビクリと震えてしまって、ゆっくりとフェイトの方を見てみる。

完全に目を据わらせ、眉根を寄せながら、俺を睨むフェイト。何かを言おうとして、しかし何も言えないのか、口は開いたままだ。

そして、

「……なんで、そんな」

ようやく絞り出された声には、どこか失望したような響きが混じっていた。

「……さっき言った事情持ちの子って、シグナムなの? 兄さん」

「……ああ、うん」

「なんで? なんで兄さんがそんなことをしなきゃならないの?」

言われ、つい口をついて出そうになった言葉を飲み込む。

仕事だから。いや、違う。それは正しくない。

それに、そんな言葉をフェイトが望んでいるわけじゃないことは分かっている。

フェイトが望んでいる言葉。それは――

「ねぇ、兄さん。地上でお仕事をするんだったら、私と暮らせるよね。
 なのに、なんで一緒にいるのは私じゃなくてシグナムなのかな。
 ねぇ、兄さん、なんで?」

「ん……それは」

どう言ったものか。

ここではやての名前を出したら大炎上するのは間違いなしだし、怒りの矛先を逸らすようで大変よろしくない。

が、かと言って上手い台詞も浮かんでこないし……。

どうしたもんか。

「……あのさ、フェイト」

「何?」

「もうシグナムは以前の記憶を失っていて、俺が襲われるようなことはないって断言できる。
 だから、そんな神経質にならなくても大丈――」

「……そう。そうなんだ」

ぽつり、とフェイトはそれだけ漏らして、顔を俯けた。

どうしたのだろう、と思わず首を傾げてしまう俺。

助けを求めるようにユーノへと視線を向ければ、野郎は悠々と一人気楽に紅茶を飲んでいた。

ずるい。

「……兄さんのばか」

「……え?」

「謝ったって許さないから!」

不意に勢い良くフェイトは席を立って、そのまま部屋の出口へ。

あとを追おうとするが、俺が立ち上がると同時に全力で逃げてしまった。

未練がましく腕を伸ばすが、もうそれが届く場所にフェイトはいない。

……やっちまった。

盛大に溜息を吐き、椅子に座る。

「……何やってるのさ」

「いや、まぁ、大人しく話を聞いてくれるとは思ってなかったけど」

「そうじゃないよ。エスティはもう少し感情の機微を察するってことが上手くなった方が良いんじゃないかな」

「どういうことだよ」

「言葉のままだってば。……さて、じゃあ次は僕の番かな」

ふぅ、と息を吐いてユーノはカップをソーサーへと戻す。

「保護観察を請け負うのと同居するのは分かった。
 ……それで?
 そもそも、なんでそうする必要があるのかな?
 さっきから肝心なことは言ってないよね。八神はやてにでも頼まれたの?」

「それもある」

「ふーん。で、理由の本命は?」

「記憶を失って子供になったシグナムのマスターになってさ、俺。けっこう前から」

「うん」

「それで……ああうん。なんて言ったら良いか」

無言のプレッシャーに当てられて、上手く言葉が頭の中でまとまらない。

それでも辛抱強く待ってくれるのは、ちゃんと情報が全部出揃ってから俺を責めようとしているからか。

……被害妄想だな、それは。

「それで、シグナムを復活させたわけなんだけど、どういうことか、シグナムは俺を父親と見ているんだ。
 それは守護騎士システムを完全に再現できない弊害だって聞いてる」

「だから君はその『娘』の面倒を見るために地上勤務を選び、目が離せないから血の繋がった妹じゃなくて『娘』を優先する、と。
 ……それは人として酷く間違ってないかなぁ。
 そもそも、それは負わなくて良い責任じゃないか。それなのに面倒事を背負い込んだばかりか自分の人生を振り回したりして。
 ……承諾した君の自業自得って面もあるけど、頼んだ方もどれだけ面の皮が厚いんだよ」

やっぱり好きになれないよ僕は、と言葉を閉じて再びユーノは呆れたような溜息を吐く。

ユーノのはやて嫌いはとんでもない次元に突入してるんじゃないだろうか。

「でもまぁ、決まったものはしょうがないよね」

「……え?」

「だから、君がシグナムのマスターであることは変えようがないし、保護観察を行うんだから一緒に生活することだってもう決めちゃったんだろ?
 だから、僕は文句も何も言わないよ」

「……悪い」

「良いさ。エスティが全部悪いってわけじゃないのは話を聞けば分かるからね。
 ……ただ、僕もちょっと許せないかな」

そう言ってユーノは口元を歪ませる。

普段温厚な分だけ、こいつのこういう顔はいやに記憶に残るのだ。勘弁して欲しい。

「君が何をしようと気にしないし、新生活のフォローはしてあげる。フェイトを宥めるのも手伝ってあげるよ。
 けど、それには条件を出そう、エスティ」

「……ああ。どんな?」

「いつか必ず、君の口から、シグナムには殺されたことがあると伝えること」

それだけは絶対だと、ユーノは言う。

それに対して何も言うことができない。

以前のシグナムが犯した罪は、いつか必ず伝えなければならない。

どれだけの人を傷付けたのかを知って、管理局の魔導師として罪を購わなければならない。

それは確実だし、隠すつもりもないが……俺自身が殺されたことも、言わなければならないのか。

「まさかとは思うけどさ、エスティ」

「なんだよ」

「情でも移った?」


























リリカル in wonder





















目を開ける。

枕元で鳴り響く目覚まし時計を黙らせて、布団を退けようとし――

ふと、胸元を掴まれている感触に視線を落とす。

見れば、そこには俺のパジャマを掴んだまま眠っているシグナムの姿が。

……またか。

同居を始めてからというもの、週に一、二度のペースでシグナムがベッドの中に潜り込んでくることがある。

どうやら、今日はその日だったらしい。

静かな寝息を立てるシグナムに苦笑しつつ、そっと手を解くと着替えを開始。

脱いだパジャマを放り投げ――ようとして、駄目な見本になったらまずいと思い直してきちんと畳む。

そうして次に身に付けるのは陸の制服。

以前着ていた黒の執務官制服ではなく、茶色がメインになっているものだ。

カットシャツとスラックスを身に付けると部屋を出る。

時刻は五時四十分。早朝の空気に冷やされたリビングに鳥肌が立つ。

エプロンを着けてキッチンへ向かうと、炊飯器のスイッチを入れていざ料理。

ポケットから取り出したメディアプレイヤーから伸びるインナーホンを耳に押し込んで、水を張った鍋を火にかける。

聞いている曲は九十七管理外世界――なのはの世界のものだ。

俺が元いた世界とは微妙に違うわけだが、それでも似ている。どこか懐かしくなる曲を聴きながら、淡々と手を動かす。

リンディさんに朝食ぐらいは作れるようになりさないと鍛えられたわけだが、どんなもんなんだろうね俺の技量。

いや、はやて以下であるのは確かなんだけどさ。

ソーセージを茹でて昨夜の内に準備しておいたキャベツスライスを各種野菜とポテトサラダで彩りサラダ完成。

先にフライパンに置いておいたバターが溶けているのを確認すると、解いた卵をぶち込んでかき混ぜる。

きつね色になったバターと卵を菜箸でひたすらに混ぜつつ、固まってきたら端から中央に寄せて、経験任せに余熱で仕上げ。

完全に固まる前に皿へと移し上手いこと焼けたスクランブルエッグ、その横にソーセージとベーコンを並べて完成。

ファミレスのプレートセットを参考にした朝食完成。見栄えだけは良いんだからよくできてる。

……ふぅ。弁当を作らなくて良いね。給食万歳。保護者にもありがたいもんだ、あれ。

湯気を立てる二人分の料理をテーブルに並べると、テレビを点けたらシグナムを起こしに行く。

俺のベッドの中には眠り続けている我が娘。

……俺は目覚ましできっちり目を覚ますのに、なんで眠り続けているんだか。

「ほら、シグナム。朝だよ」

「む……はい。おきます、父上」

むくっと身体を起こし、目を閉じたまま固まるシグナム。どうやら起動中らしい。

そして、スンスン、と匂いを嗅ぎ、

「……今日はスクランブルエッグですか」

「うん。ほら、冷めない内においで」

「はい。行きます」

夢遊病患者じみた足取りでふらふらと歩き出した。

なんだろうこれ。匂いで釣るハーメルンとかそこら辺か。

席についてもまだ完全に目を開かないシグナムの前に、コップに入れた牛乳を置いてやる。

シグナムはそれを一気飲みすると、今度は自分でおかわりを注いでもう一杯。

牛乳好きだなぁ。

「おいしいです。朝の一杯はかくべつです」

「そうか。……んじゃ、いただきます」

シグナムがなんとか起動したようなので朝食を。

ニュースを二人で眺めつつもりもりと食べる。

特に大きな事件があるわけでもなく、今日もミッドチルダは平和なようだ。

小競り合いはそこら中で起こっているわけだが……まぁ、それは職業柄知っているだけで、一般人には関係のない話だろう。

飯を食べ終えコーヒーを飲んでいると、不意に視線を感じた。

見れば、シグナムが物欲しそうな目で俺を見ている。

なんぞ。

「どうした、シグナム」

「コーヒーはおいしいのですか?」

「……飲んでみるか?」

こくこくと頷くシグナム。

……ちょっと悪戯心が。

飲みかけのコーヒーを目の前に置いてやると、おそるおそるといった感じでシグナムは口に運ぶ。

そして一舐めすると案の定、眉を潜めた。

「……苦いです」

「当たり前だろ? ブラックなんだから」

「おいしくないではありませんか、父上」

「美味しいよ。まぁ、お子様のシグナムには分からないんだろうね」

「……むぅ」

納得いかない、といった様子のシグナムからコーヒーを奪い取って、若干温くなっていたので一気に流し込む。

そしてテレビの時計を見ると、出勤時間となっていたので席を立つ。

食器を水につけると、洗面所に行って歯磨き顔洗い髪の毛セット。

自室で制服の上着を着て鞄を持つと、ネクタイを締めながら玄関へと向かう。

「それじゃあシグナム、戸締まりよろしくな」

「はい。いってらっしゃい、父上」

片手を上げて最後にシグナムの顔を見ると、家を出る。

時刻はまだ六時半。通勤に一時間半ちょっとかかると言っても、些か早い出発だ。

いや、新人だから早く出勤しろとクロノには耳タコになるほど言われたけどさ。

第三課のゼスト隊所属になってからもう一月ほど経つ。気が抜けて五月病にかかってもおかしくない時期だが、それでも調べ物があるためにこの時間に出ないといけないのだ。

シグナムの面倒を見ないとだから仕事を家に持ち込むわけにもいかないしね。

まだ人気の少ないリニアの駅にたどり着きつつ、今朝見た夢を思い出す。

……いつかは知らさなきゃいけない、か。

そのときの反動が怖いからあまり仲良くしようとは思っていなかったんだけどね。

一緒に生活し始めてから情が移ったみたいだ。

ほんの半年間までは、それほど思い入れがあったわけじゃないだが。

家族パワー、恐るべしってところかね。

まぁ、それは置いといて。

シグナムは自分が俺を殺したと知ったらショックを受けるだろうか。もし受けるとしたら、それはどの程度だろうか。

……どっちも分からないな。

シグナムとシャマルに以前の自分が犯した罪を伝えるのは、管理局に入った時と、大雑把にだが決めてある。

その時までシグナムと上手くやれているかどうかだなんて分からないんだから、ショックのほどだって予想することなんてできない。

今は可愛いもんだが、将来はどうなっているのかなんて分からないしね。

可愛い盛りって言葉があるぐらいだし、その内、クソ親父呼ばわりされるんじゃないだろうか俺。

……嫌だなぁ。

などと思っている内に電車が到達。

席に座って、ノートパソコン型デバイス『トイボックス』を起動させると、昨日作った報告書の仕上げに取りかかる。

情報を外に持ち出すなー、とか言われるだろうが、見付からなければ罰は受けないのである。

まぁ、勤務時間中に終わらせろよって話だが。

てちてちとキーボードをタイプしていると、稀に隣を通る一般人にぎょっとされたりする。

まぁ、なんかシュールな光景だからね。もういつものことだから慣れたけど。

そうしていると、いつの間にかクラナガンに。

『トイボックス』を待機状態に戻すと、今度はレールウェイに乗り継いで、次はバスに。

ああもう、毎日のことながら面倒くさい。空を飛べれば自宅から三十分ぐらいで隊舎につけるっつーのに。

隊舎に到着すると、他の部隊の夜番の人に挨拶しつつ第三課へ。

まだ誰もいないオフィスを横断して自分のデスクに座る。

情報端末を起動させると、『トイボックス』からデータを移しつついつもの作業にとりかかる。

それは、この作戦部第三課の行ってきた任務の履歴参照。

首都防衛隊の作戦部。この部署で行われていることは、部隊名のまんまだ。時折起こる首都でのテロ活動に対するカウンター。もしくは災害救助の補助なんかを主な仕事にしている。

……が、その第三課は、少しだけ毛色が違うのだ。

精鋭揃いと言っても過言ではないゼスト隊には、報告書を見る限り、首都の外まで出て何かしらの事件を追っていることがある。

主に拡大した戦線の火消しとして呼ばれることが多いようだが……ここ半年は違うようだ。

俺が配属されてから動いてはいないようだが、それは情報が出揃うのを待っているだけなのだろう。

……追っている事件。それは、戦闘機人に関する案件だ。

ギンガとスバルを保護したのもその一環。ゼスト隊はクラナガンを中心として、その近辺にある戦闘機人プラントを潰して回っているようだ。

潰した研究施設は一応すべてが違法な組織のものとなっているが……さて、この中のいくつが最高評議会から援助を受けていたのかね。

レジアス中将の計画が一向に進まなかったのって、実はゼスト隊長が片っ端からラボを叩き潰していたからじゃないのか。

だとしたら、なんて皮肉なマッチポンプ。

かと言って管理外世界で違法研究なんかすれば今度は海の皆さんに睨まれて計画続行云々以前に防衛長官としての立場が危うくなるんだろうなぁ。

……さて、と。

大体の事情は把握した。今度は、レジアス中将が抱え込んでいる戦闘機人プラントの把握かな。

それさえ知っておけば、ゼスト隊壊滅の憂き目を防げる確率だって上がる。

その為にはデータベースへの侵入が必須なわけだが、さて。

「……危ない橋は渡りたくないけど、これは仕方ないのかな?
 セッター、出番だ」

『はい』

「中将と繋がりの強い情報部の第二課の――っと」

「おはようございます」

人がきたので、咄嗟にウィンドウを閉じて報告書を画面に出す。

やってきたのはクイントさん。

おはようございます、と返すと、彼女は笑みを浮かべながらこちらへと近付いてきた。

「今日も早いのね、エスティマくん。そんな無理して早く出てこなくても良いのよ?」

「いえ。まだ新人ですから、これぐらいは」

「しっかりしてるわねぇ。ウチの娘もこれぐらい――と、そうそう、はいこれ」

そう言い、クイントさんは鞄の中から一枚の写真を取り出す。

それは家族写真。髪の長さから、カメラに向かってピースサインを向けているのがギンガかな。

スバルはクイントさんにしがみついてら。それに苦笑した感じのゲンヤさんとクイントさんが、姉妹の後ろに立っている。

「どう? 可愛いでしょう」

「ええ。二人ともクイントさん似ですねぇ」

「んー……まあ、ね」

どこか歯切れの悪い答え。やっぱりギンガとスバルはゲンヤさんとの子供じゃない、か。

この写真は、昨日家族の話題が出たときに、見せて欲しいと頼んだものだ。

ギンガやスバルがどういうキャラだったのかは覚えているが、外見はほとんど覚えていなくてね。

「ほら、次はエスティマくんの番だぞ。まさか忘れたとか?」

「ちゃんと持ってきましたって。……ほら」

セッターを情報端末に接続して、画像を展開。

それは、俺とフェイト、ユーノとアルフの映った集合写真だ。

クイントさんは感心したように、へえ、と声を漏らす。

「妹ちゃんとそっくりね。ええと……フェイトちゃん、だったかしら?」

「はい。俺の隣にいるのがユーノで、真ん中のが使い魔のアルフです」

「……この四人で一個小隊分の戦力って考えると、不思議な集合写真だわ」

「それには同意します」

まぁ、そんなこと言ったら全盛期八神家の集合写真なんて酷いもんだけどな。

「それにしても、フェイトちゃんとエスティマくんってそっくりね。可愛いー」

「……それは遠回しに女顔と言ってるのでしょうか」

「さて、どうでしょう……ね、次は守護騎士のシグナムちゃんの方を」

「はいはい」

言われたままに次はシグナムの写真を。

学校の正門をバックにして撮った写真だ。映っているシグナムは制服を着ている。

「わ、こっちも可愛いわねぇ……小さいのに凛々しい顔付きがまたなんとも」

そうですね。背伸びしたようにしか見えません。

年相応の天真爛漫さが少し足りないかな、ギンガたちと比べたら。

それが悪いってわけじゃないけど。

「……ねぇ、エスティマくん。余計なお世話かもしれないけど、ご飯とかちゃんと食べてる?」

「ええ。夕飯は知り合いに作ってもらってますし、朝食も欠かさず食べてますよ」

「んー、そっかー」

腕を組んで唸るクイントさん。

第三課にきてから俺がシグナムと二人っきりで暮らしていると聞いて、心底驚いていたこの人のことだ。

子供にはよろしくない環境だ、とか思っているのだろう。まったくもってその通りなんだけど。

「よし、決まった!」

「え、何がですか?」

「エスティマくん、今度のお休みの日、ウチに遊びにきなさい」

「え、ちょ……決めた、じゃなくて決まった、ですか?!」

「そう。決まりよ決まり。はい決定ー」

と言いつつ頷くクイントさん。

おいちょっと待てや。

「うん。シグナムちゃんとスバルも年が近いみたいだし、きっと仲良くなれると思うわ。
 エスティマくんも、ギンガと仲良くしてくれたら嬉しいな」

「いや、話が急すぎてちょっと。第一、フロントとガードウィングが抜けたら動けないでしょうがこの部隊。
 メガーヌさんだって育児休暇から復活してないんですよ!?」

「大丈夫大丈夫。エスティマくんがくる前も私が休んでたって回っていたんだから問題ないわよ」

諭すように、ポンポン、とクイントさんが頭を撫でてくる。

……なんだかなぁ。

いまいち納得いかなかったが、それでも無理矢理押し切られたり。

今度の休日はシグナムと一緒にナカジマ家へと行くことになりましたとさ。































「ここがエルセアですか!」

「うん。ほら、あんまりはしゃぐなって。迷子になるぞ」

「大丈夫です!」

などとまったく安心できない台詞を吐きつつ、シグナムは物珍しげに周りを見回している。

やってきましたエルセア地方。……まぁ、以前きたことあるんだけどね。

とことこと歩くシグナムの手を引いて人波に攫われないよう気を付ける。

白のブラウスに赤いキュロットスカートと、シンプルな服装のシグナム。お供のレヴァンテインは手首に巻き付けてあります。

ポニーテイルをくくっている髪留めにはノロイうさぎの生首がくっついている。……生首だよなぁ、アレ。見た感じ死んでるし。

ヴィータのセンスは良く分からない。パンクなゴスロリには似合うのだろうけど、これはどうよ。

「父上、部下の方はどこにいるのでしょうか」

「どこかねぇ。ロータリーで待っててくれって言われてるんだけど。
 ……ちなみにシグナム。クイントさんは部下だけど部下じゃないから」

「ええと……? 父上は上司なのでしょう?」

「上司ではあるな。うん」

それだけだけど。

「……むずかしいです」

「難しいな……っと、見付けた」

首を傾げるシグナムを横目で見つつ、ようやくクイントさんを見付ける。

四人乗りの車の後部座席から手を振っている。運転手はゲンヤさん……かな?

ギンガとスバルはいないのだろうか。

「おはようございます。今日はお招きありがとう御座います」

「ん……君がエスティマくんか。初めまして。こいつの夫のゲンヤ・ナカジマだ」

「初めまして、ゲンヤさん」

ぺこり、と頭を下げる。

「こっちは……娘? のシグナムです。ほら、挨拶」

「はい。シグナムです。父上がいつもおせわになっています」

俺に続いて頭を下げるシグナム。

その様子を見るゲンヤさんの眼差しは柔らかい。

俺は助手席へと座り、シグナムはクイントさんの隣へ。

「初めましてシグナムちゃん」

「はじめまして。父上の部下の人ですね」

「うん、そうよ。よろしくね」

『エスティマくん、本当にお父さんって呼ばれてるのね』

『ええまあ。バグみたいなものらしいですが』

『んー、どう見てもお父さんって感じじゃないけどね。お兄さん?』

『妹は既にいますよ』

『だったら尚更、そっちの方が似合うじゃない』

などと念話で話しつつ、

「ゲンヤさん、ギンガちゃんとスバルちゃんは……」

「ああ、留守番だ。流石に俺一人で迎えに行っても見付けられない気がしてよ」

「それは確かに」

「まぁでも、こうやって見てみたら杞憂だった気がしなくもねぇ」

「と、言いますと?」

「人混みの中でも目を引くぜ、お前ら」

……そうなのだろうか。

まー、シグナムの髪の毛は普通に考えてずいぶんと長い部類に入るから、珍しくもあるか。

クイントさんはもっと長いけど。

などとやりとりをしている内にナカジマ家へと到着。

割と広いなぁ。共働きって言っても、この歳でどうやったんだ。

……いや、クイントさんはともかく、ゲンヤさんは何歳か分からない。謎である。

なので、そんな不思議でもないか?

クイントさんとゲンヤさんに先導されてナカジマ家へと。

扉が開くと、奥の方からドタドタと足音が聞こえてきた。

「おかえりなさい!」

姿を現した二人。……ああ、そういえばこんな顔だったな。

クイントさんを真似たような髪型のギンガに、大人しげな様子とは正反対のボーイッシュなスバル。

「ただいまー、ギンガ、スバル。
 こちら、私の同僚のエスティマ・スクライアくんと妹のシグナムちゃん」

……まぁ、娘とか言ったら無用な混乱を招くしね。

隣の何か言いたそうなシグナムの頭に手を乗っけて宥めつつ、笑みを二人へと向ける。

「初めまして、ギンガちゃん、スバルちゃん」

「はじめまして、エスティマさん」

「はじめまして、おにーさん」

ギンガに続いてスバルが挨拶を。

礼儀正しいなぁ。

「ギンガ、スバル。ご飯ができるまでエスティマくんに遊んでもらってなさい」

「はーい」

「……あの、クイントさん? いきなり何を」

「ほら、遊んであげなさいお兄さん」

えぇー、といった気分になるも、不意に袖を引かれたのでそちらを見てみる。

そこにはギンガがいて、彼女は俺の顔を見上げると花が咲くように笑みを浮かべた。

「ね、こっち」

「あ、ああうん。……ほら、シグナム」

「はい、ち……兄上」

良い子良い子。ちゃんと誤魔化せたな。

ギンガに引っ張られて連れて行かれた先は庭。

何をするつもりなんだろうか。

嫌な予感がしなくもないけど。

「エスティマさん」

「なんだい?」

「お母さんから、エスティマさんはAAAランク魔導師だって聞いています」

「え、そうなの? お姉ちゃん」

「うん。エース級だってお母さんが言ってたよ」

あ、なんかスバルが尊敬混じりの視線を。んでもってシグナムが誇らしげに平らな胸を張ってる。

「まぁ、嘘じゃないけど。それで?」

「高ランク魔導師って、どうやったらなれるんですか?」

なんともアバウトな質問だ。

で、その答え。

稀少技能と恵まれた魔力保有量じゃないかなぁ。

なんて夢のないことは言わない。

間違っちゃいないけど、近代ベルカに適正があったら魔力保有量が少なくても高ランクは目指せるしね。

暴力シスターとかゼスト隊長とかが良い例だ。

ミッド式で一騎当千を目指すのは才能の要素が大きいけど、それでもセンターガードとしてならば努力次第でなんとか。

……まぁ、つまりは。

「努力と根性……かな?」

「努力と根性……ですか?」

まぁ、諦めないことと努力は大事。俺も長いこと訓練続けて、この一年でようやっとAAAランカーって名乗っても恥ずかしくなくなったし。

そういやぁ今の俺って魔導師ランクだとどれぐらいなんだろうか。

忙しくてランクを上げる暇がなかったから、AAA-のまんまだけど。

-が取れるぐらいには強くなってるのかなぁ。

「ギンガちゃんは魔導師になるつもりなの?」

「はい。局員になるかはまだ決めてないですけど、魔法は学びたくて」

「ん。なら、努力は怠らないこと。ギンガちゃんならなれなくもないと思うよ、高ランク」

と言うと、分かったんだかそうでないんだか、といった様子でハテナマークを頭上に浮かべてそうな顔をされた。

まぁ、強くなるのは確実だろう。先天技能があるし、この子。

ふと視線を横に投げると、スバルはこっちをどこか眩しそうに眺めていた。

まだ魔導師云々なんて考えてない時期だからなのか。ギンガを見詰める視線はどこか羨ましそうだ。

「あの、エスティマさん」

「何かな?」

「その、高ランク魔導師の人ってどれだけ強いのかなって……」

……なんだか嫌な風向き。

「ええっと、つまり?」

「是非お手合わせを!」

「やっぱりー!」

またこれか、と叫びたくなる。いや、実際叫んでるけど。

頭を抱えたい心地となる俺を余所に、ギンガはどこかからグローブを取り出して装着。

やる気満々ですね。

んー、得物を使う戦闘しかやったことないし、徒手空拳だとちょっとなぁ。

俺は魔法オンリーで相手かな?

などと思っていたら、グローブを投げて寄越された。

「ああ、俺、使わないよ?」

「組み手をするんですから着けてください。危ないです」

「いや……俺、槍術がメインだから素手はちょっと……っていうか、専門は空中戦だし……」

「あれ?」

俺の言い訳もとい言い逃れに、ギンガは首を傾げる。長い髪がそれに釣られて、さらっと流れた。

そして合点がいった、といった感じに目を細めるお子様。

「……ああ、自信がないんですね」

「上等。どっからでもかかってこいよお子様!」

「はい!」

……あ、乗せられた。

にっこりと笑みを浮かべるギンガはしてやったりって感じの雰囲気だ。

……そうか。年上をからかいたい年頃かこの子。

それにしてもまずい。

そっと横目で庭の隅にいるシグナムとスバルを横目で見てみれば、純真無垢な瞳でこっちを見てますよ。

もはや退路はない。

しかし徒手空拳……学生のときに近代ベルカ式を学んだときっきりだ。

間合いの取り方とか忘れたし……まぁいいや。

ガチでやり合う必要もあるまい。

勝てるでしょう。

「……エスティマさん。その構えはなんですか」

「いやー、素手での戦い方とか忘れちゃって」

へっぴり腰ではないにしろ、我ながらダメダメ。ウルトラマン的な構えをしてみる。

「……往きます」

と、一言発して、ギンガは踏み込んできた。

正拳突き。それを身体を反らして避けて、次いで繰り出された手刀を左手で受ける。

……ううむ。至近距離に攻撃が入ると、自然と左手で受ける癖がついちゃってるなぁ。

折角頑丈なのだから、とクロノにしごかれて変な癖がっ。

まぁ、本来ならこうやって受け止めた時点で相手の動きを止めることが――

あら?

スカッと足元が払われて、青空が見えますよ?

瞬間、条件反射的に飛行魔法を発動し、落下速度を操作してバックステップ。

膝を曲げながらセッターを振りかぶって……って今は素手だっつーの。

「……手応えはあったのに。魔法を使うなんてずるいです」

「俺は騎士じゃなくて魔導師だからね。魔法を使って戦うのは当たり前」

と、言い訳がましく溢したり。

まぁ、牽制射撃か砲撃で体勢崩した相手を一方的にボコるのがスタイルだし、魔法がなくちゃならないってのは嘘じゃない。

基本ヒットアンドアェイを行う紙装甲魔導師の俺に、至近距離での殴り合いなんて求めるなって話だ。

さて、じゃあ今度はこっちの――

「あら、楽しそうなことをやってるのね」

「あ、お母さん!」

声の方に顔を向ければ、そこにはクイントさんが。

シグナムと一緒に観戦していたスバルは犬のようにクイントさんにじゃれ付き、クイントさんは苦笑しながら娘を抱っこする。

「こらギンガ。エスティマくんは空戦魔導師なんだから、組み手なんかさせちゃ可哀想でしょう?」

「……ええっと、何が言いたいのかなんとなく察することができますけど、つまりは?」

「トンボって羽をもがれたら何もできないわよねぇ」

「子供の前で残酷な例えをするのはどうかと思いますよ!?」

「お母さん、おにーさんはトンボなの?」

「そうよ。一発大きいのもらったら、もれなく撃墜コースな虫装甲よ」

「そして酷いこと吹き込まないでくださいよ!」

攻撃なんて当たらなければどうということはないんだぞ!?

基本的に掠り判定で、直撃はそうそう受けたことないんだぞ俺!

「ち……兄上。それは大変いただけません。ベルカの騎士は装甲が厚くないとつとまりませんよ?」

「俺はミッドの魔導師だってば!」

気付いたけど、ここにいる奴らって全員ベルカ使いじゃねぇかよ。

もしかして、俺が一番装甲が薄いんじゃない?

い、いいや、だとしたって関係ないぜ。

紙装甲でも殴られない距離から射撃なり砲撃なりを撃ってればいいのさ。

反応不可能な速度で斬り掛かれば問題ないのさ。

……それでゼスト隊長にはやられたけどね。

……畜生。

その後、しょんぼり状態となった俺はゲンヤさんに励まされたりとかしながらご飯を御馳走になったり。

うう、良い人や。女所帯って男の肩身が狭いですよね。

ちなみにシグナムとスバル。

年が近いせいもあってか、割と打ち解けていた気がする。

ただ、性格の違いがあるせいかまだ仲良しとは言えないかな。それでも友達をやっている感じはしたが。

ご飯を御馳走になり、適当に話をして――職場ではあまり話さない、スクライアとかの――時間になったので帰ることに。

駅までゲンヤさんに送って貰い、またこいよ、と声をかけられて、俺たちは帰路についた。

「父上。ナカジマさんは良い人ですね」

「うん。正直、色々と助かってるよ」

善良な人なんだろう。

ギンガやスバルを引き取る必要なんてなかったのに娘にして、ただの同僚でしかない俺を気遣ってくれて。

……うん。死なせたくないな。

それに、ギンガやスバルだって悲しませたくはない。

……重荷が増えたような、増えてないような、って感じか。

どの道やることに変わりはないんだから。

不意に肩に重みを感じた。

見てみれば、シグナムが俺に寄り掛かってうつらうつらとしている。

その様子に苦笑し、頭を肩に乗せてやって、髪の毛を撫でる。

珍しく遠出したから疲れたのかもな。

俺も俺で疲れてはいるが――まぁ、悪い休日じゃなかった。

また明日から頑張ろう。



































蛍光色の薄明かりに照らされた部屋の中に、一人の男が立っている。

彼は宙に浮かんだキーボードを片手で叩きながら、どこか気怠げに溜息を吐いた。

ジェイル・スカリエッティ。碩学にして欲望を満たし続けることを生きる意味とするアルハザードの落とし子。

彼は眠たげな目でディスプレイに並ぶデータを眺め、欠伸をかみ殺す。

その様子は、実に彼らしくない。

ただ自らの目指すところに突き進むひたむきな姿勢。それをいつもの光景として見ている者には、とても今の様子を同一人物のものと考えることはできないだろう。

だが、それも当然のことか。

今の彼の研究は、丁度停滞期となっていた。

先のプランはいくつも考えてはあるが、それを実行するためには現在進めている計画の結果報告を待たなければいけない。

その間に済ませるべき作業は、すべて終わらせてしまった。

端的に言って、やることがないのだ。

なんの問題もなく計画が進行していることは素直に嬉しく思えるが、だからと言って退屈に耐えられるわけでもない。

どうしてくれよう、と前髪を弄りながら思案に暮れる大天才。

余計なことをすればスポンサーである最高評議会が黙ってはいないのだから、悪戯心で何かをするわけにも――

「……ん?」

余計なこと。

余計なことでなければ良いのだろうか。

そんなことを思い付いた瞬間、むくむくと萎えていた行動力が鎌首をもたげる。

「良いことを思い付いた」

言いつつ、彼は流れるような手つきでキーボードを叩く。

そうして表示されたのは、使い魔に関する項目。

それと実験素体に最適な、高性能なサンプル候補。

「うんうん。些細なデータでも、あればあるだけ良いからねぇ」




[3690] 空白期 三話
Name: 角煮◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2008/11/26 04:43
『フェイト、エスティマがきたよ』

不意にアルフから届いた念話に、フェイトは身体をびくつかせた。

休日の午後。読書をしながら過ごし、このあとはどうしようかと考えていたら唐突に告げられた事柄に、フェイトはどうしようと意味もなく部屋の中を見回した。

いや、唐突というわけではない。

エスティマがフェイトの元に足を運ぶのは毎週のことだ。

シグナムと同居すると聞かされた日から、休日になる度に彼は学校の寮に足を運んでいた。

いや、そもそもエスティマがフェイトの様子を見にくること自体は、その前から行われていたことだった。

ただ、くる理由が少し変わっただけで。

きり、とフェイトは下唇を噛みしめる。

まだ兄さんは諦めてない。私じゃなくて、シグナムと暮らすことを選んでいる。

……けど、今日はどうなんだろう。

もしかしたら今日こそは謝罪の言葉じゃなくて、自分と一緒に暮らさないか、という誘いの言葉かもしれない。

そう考えるだけで口元が緩むが、同時に、そうじゃなかったら、とも考えてしまう。

そうじゃなかったら。

……だったら別に、変わらない。

エスティマが折れるまで、許してなんかやらない。

つん、とした怒り顔を作って、フェイトはベッドに歩み寄るとその身を投げ込んだ。

並べられたぬいぐるみたちが彼女の身体を受け止めて、悲鳴を上げそうなぐらいに押し潰れる。

その中の一つ、お気に入りのイルカのぬいぐるみを抱きしめて、フェイトは布団を被った。

きっともうすぐ、兄さんはここにくる。

だからいつものように、フェイトはベッドへと潜り込む。

そうして数分が経った頃、コンコン、とドアをノックする音が部屋に響いた。

「……フェイト、入るな?」

もう返事がないことを分かっているため、エスティマは了承なしに部屋の中へと足を踏み入れた。

今日はどんな顔をしているのだろう。どんな服を着ているのだろう。

そんなことが気になって、そっと布団の隙間から目だけを出す。

青のジーンズに白のカットシャツ。緩めた濃紺のネクタイに、ずっと着ているフェイトとお揃いの黒いジャケット。

……サイズ、小さくなったんじゃないかなぁ。少し袖に余裕がない気がする。

つい声を出しそうになるが、それをなんとか自制して決して口を開かないよう気を付ける。

そんな様子を分かっているのか、エスティマは苦笑しながら手に持っていた紙袋をテーブルの上に置くと、椅子に腰掛けた。

「お土産でございますよ。……先端技術医療センターで売っててさ。
 チョコポットって言って、割と美味しいらしい。
 一緒にどう?」

……食べたいけど、駄目。

というか、いつものことだけど食い物で釣るってどうなんだろう。

兄さんは私を犬か何かだと思っているんじゃないか、とフェイトは憮然とした表情をする。

そして八つ当たりをするように、イルカを抱きしめる腕に少しだけ力を込めた。

「最近どう? 俺はまぁ、それなりにやってる。新しい部隊にも馴染んできたし、問題らしい問題はないかな。
 まぁ、二ヶ月も働いて慣れないっつー方がアレだけどさ。事務仕事が多いのが不満っちゃ不満だけど、仕方ないのかもね」

そっちは? とエスティマはフェイトに話を振ってくるが、フェイトは応えようとしない。

フェイトが聞きたいのは兄の近況ではなく――いや、ある意味一番気になることなのだが――もっと違う言葉なのだ。

それを言ってくれるまでは応えてあげない。

態度で表すように、布団を被ったままのフェイトは、ごろりと寝返りを打った。

再び苦笑された気配。

……兄さん、私は怒ってるんだよ?

なのに、なんで困ったような笑い方をするの。

「そうそう、最近訓練時間が増えてさ。
 どんな因果か、魔法戦闘じゃなくて得物の打ち合いばっかりやってるんだ。
 部隊長がこれまた武人でさぁ。この間話した、クイントさんの娘に負けたことを誰かから聞いたみたいで、鍛え直してやるとか言われてね。
 ありがたいんだけど、きっついきつい。
 クロノに戦術を叩き込まれたと思ったら、今度は槍術。
 世の中、覚えることが山ほどあるね」

そこで一回言葉を区切り、エスティマは買ってきたらしい缶コーヒーで唇を湿らせた。

そして、んー、と悩むように声を上げる。

「…………ええっと、そうだ。
 バルディッシュの調子、最近どう?
 軽いメンテぐらいならしてあげるから」

言われ、少しだけ迷いながらも、フェイトは布団から腕だけを出して机を指さした。

机の上、掃除用のワックスなどが並んでいる中に、待機状態のバルディッシュが置いてある。

エスティマはそれを手に取ると、『トイボックス』を起動させてバルディッシュを接続。

画面に表示されるバルディッシュの状態を見ながら、小さく頷く。

「バルディッシュ、気になるところはあるかな」

『ありがとうございます、エスティマ様。
 カートリッジシステムのメンテナンスをお願いできますか?
 最近使用していないので、調子が気になるのです』

「了解。ま、カートリッジシステムを多用しないのは良いことだ。
 言い付けは守っているみたいだね」

そこで再び沈黙。

フェイトが黙っているのを肯定を取ったのか、エスティマはカチカチとキーボードを叩き始める。

「んー、A級マイスター資格を取ったらもうちょっと手の込んだ改造ができるんだけどなぁ」

『現状の性能で満足しています。私も、お嬢様も』

「それ以上を与えてあげたいのが兄心ってやつさ」

『ありがとうございます。
 ……Seven Stars、そちらに変わりはないか』

『問題ありません』

『そうか。エスティマ様の力になるのは君の役目だ。
 不備がないように気を付けろ』

『その問いは無意味です。
 旦那様のデバイスである私は、既に力の一部です』

『……そうか』

どこか落胆したようなバルディッシュの声。

セッターはまだ機械的だな、とフェイトは思う。

Larkの人間臭さは少しおかしい次元に達していたけれど、それを知っているが故に、Seven Starsの機械然とした応答に違和感を覚える。

それにしても、バルディッシュはどうして兄さんのメンテナンスを受けるときだけ良く喋るんだろう。

私と一緒にいるときはあんまりお喋りしてくれないのに。

『……バルディッシュ』

『sir』

『バルディッシュは兄さんの味方なの?』

『I am a butler of a young lady and the young master』

……卑怯だ、そんなの。

兄さんのせいでバルディッシュも優柔不断になっちゃったのかもしれない。

というか、いつからバルディッシュは執事になったんだろう。

頬を膨らませながら念話を打ち切る。

「……こんなもんかな」

メンテナンスが終わったのか、しばらくするとエスティマはバルディッシュを『トイボックス』から切り離して立ち上がった。

「それじゃあフェイト、またね……っと、そうだ」

彼はジャケットのポケットから一枚の紙を取り出すと、それを広げてテーブルに置く。

なんだろう、と興味を引かれるが、フェイトは布団から出ようとしない。

「今度ある管理局祭りの案内。局員の家族は色々と優遇されるから、くると良いよ。
 出店とかけっこう出るみたいだし――まぁ、本格的なのはないと思うけどさ」

それじゃあね、と断って、エスティマは部屋を出て行った。

兄の足音が遠離ったのを確認すると、フェイトはもそもそと布団から起き上がってエスティマが置いていったプリントを手に取ってみる。

飾り気のないでかでかとしたフォントで書かれている文字は、『中央区交流祭』。エスティマの言っていたように、局員が出店を出したりするようだ。

だが、字面を目で追いつつ、おや、とフェイトは首を傾げる。

デバイス使用体験会やヘリの搭乗体験会などは分かる。

だが、目玉だと言わんばかりに派手な色遣いで描かれた文字、戦技披露会の二日目に予定されたのを見て、むっと眉を寄せた。

「若きエース対決――高町なのはVSエスティマ・スクライア……何、これ」
























リリカル in wonder























カンカン、と木の打ち合う軽い音が訓練場に響く。

いや、時折、撲殺するが如き打音が上がったりするんだけども。

俺は身の丈ほどもある模造槍を両手で握りながら、ゼスト隊長へとそれを繰り出す。が、蠅でも落とすかの如く払われたり。

っていうか撃ち込むのが怖いんですけど。

なんていうか、槍の結界? ある程度の間合いに踏み込んだら弾かれるのが分かって嫌なのですが。

「エスティマ」

「はっ、なんでしょう、か!」

息を上げる俺と違って、ゼスト隊長は平然とした調子で言葉を吐き出す。

こんなところでだって差が出てる。

「斧とピックの使い分けはそれなりにできているようだが、もっと穂先を重視しろ。
 お前が使っているのは槍だ」

「いや、デバイスの殴り合いで突きとか使ったら怪我をさせちゃいますよ。
 なんのための非殺傷ですか」

「そういう台詞は、もっと技量が上がってから言うのだな」

「いや、使っているデバイスはアームドじゃないんで、穂先の魔力刃は長剣なのです、が……っ」

と、言いながら突きを放ってみると、真下からかち上げられて模造槍が吹っ飛んだ。

くるくると周りながら落下し、からん、と虚しい音が上がる。

……今日も駄目かー。

「身体がまだできていない以上、どうしても斬撃に乗る体重は軽く、鋭さに欠ける。
 今のお前が普通の水準の技を出せるのは突きだけだろう。
 精進しろ、エスティマ」

「はい」

くそう。

俺はベルカの騎士じゃないっつーねん。ミッドの魔導師だっつーねん。

まぁ、アームドデバイスじみた武器持ってるから説得力に欠けるけど。

「……それで、調子はどうだ」

「上々です。まぁ、今はボロ負けしちゃいましたが」

「お前の戦闘スタイルは中距離からの魔法戦闘から近距離へスイッチしての格闘だ。
 それを忘れずに戦えば、大抵の敵には打ち勝てるだろう。
 ……不様は晒すなよ」

「はい。ありがとうございました」

一礼して、隊長が使っていた槍を受け取ると、吹っ飛ばされた槍を取りに行く。

片付けをしたらシャワーを浴びて、みんなを迎えに行かなきゃな。

今日は管理局祭りの日。

テキ屋よろしく局員が出店を出して地域との交流を図るイベントを行うのだ。

最低限の武装隊員は待機しているが、そうでない者は祭りの実行委員に駆り出されたり設営を行ったり。

俺は俺で、まぁ、イベントの目玉に出場することになっている。

戦技披露会。陸と海のエースが模擬戦を行う出し物。

初日の披露会はスーパー海魔導師タイムで、魔力にものを言わせたごり押しに陸が敗北しており、そのせいで俺へのプレッシャーがキツイのですよ。

ゼスト隊長はあんまり五月蠅くないっつーかこだわってないようだけど、クイントさんと育児休暇から復帰したメガーヌさんからは絶対負けるなと言われております。

しかも、ギンガに情けない姿を見せちゃ駄目よーとか脅されてたり。

いや、クイントさん。虫装甲とか言ったのはあたなでしょうが。

……虫装甲かぁ。

対戦相手である、なのはを思い出し思わず溜息。

虫とか関係なしに、直撃すれば誰だってノックアウトだよあんなの。

当たらなくても掠るだけでヤバイっつーの。

そもそも俺がなのはの対戦相手に選ばれた――というか、なのはと俺が戦う理由が酷い。

お子様超人大戦は、そりゃー出し物としちゃあ映えるでしょうよ。

見た目が派手な砲撃スタイル。外から見たら消えたように見える俺のフェイズシフト。

なんとも単純な理由で頭が痛い。

ちなみに、この出し物の世間様の反応。

――――――――――――――

245.名無し

おい見たか今年の戦技披露会の二日目

246.名無し

公式の写真見た。なのはたんが俺の股間にディバインバスター

247.名無し

エスティマちゃんだろうjk

248.名無し

>>247
あれ男

249.名無し

嘘だっ!

250.名無し

>>249
あんなに可愛い子が女の子のワケがない

251.名無し

おまえら、クロスファイア撃ち込まれるぞ!?


――――――――――――――

612.名無し

で、どっちが強いの?

613.名無し

やっぱ海じゃね?

614.名無し

陸の方は執務官だし、どうなんだろうね。
戦闘スタイルと魔導師ランクぐらいしか公開されてないからなんとも言えないけど。

615.碩学者

エスティマは儂が育てた

616.名無し

>>615
コテハン乙。失せろ

617.名無し

エスティマの射撃は儂が育てた。
冗談は置いといて、エスティマ強いよ。稀少技能持ちだし。

618.名無し

>>615
>>617
老師乙。
稀少技能持ちのソースは?

619.名無し

ミッドの学校で一緒だった奴じゃね? 俺も噂ぐらいなら聞いたことあるし。
ところでこの執務官、アリシアちゃんと異様に似てる気がするんだが。

620.名無し

アリシアちゃんってなんぞ

621.名無し

つ ttp//*******************

622.名無し

うわあああああああああ!
アリシアちゃんかあいいいいいいいいいい!!!1111

623.名無し

ちょ、お前、クロスファイアが飛んでくるぞ!?

――――――――――――――

とか。いや、反応を掲示板から持ってくるのは非常にあれだけど。

ちなみにどっかの狙撃手がスレにいた気がしたから、ウィルス付きのメール送っておいた。アイコンが全部ゴミ箱になるヤツ。

……部隊の皆さんからのプレッシャーとは別に嫌な重圧が。

セットアップ時のバリアジャケット設定を絶対に間違えないようにしよう。

シャワーを浴びて髪を乾かすと、制服に着替えてレールウェイの駅へと。

まだ少し時間があるので、壁に寄り掛かりながらぼーっと人混みを眺める。

そして待ち合わせの時間になると、寄り掛かっていた壁から背中を離して改札口へ。

……子供の身体ってのはこういうときに不便だよね。

大人が歩き回る場所だと、まるで壁が動き回っているみたいだ。

背伸びをしつつきょろきょろと見回していると、ようやく知り合いの顔を見付けた。

手を挙げて自分の居場所を示すと、

「父上!」

元気にポニーテールを揺らしながら、シグナムが駆け寄ってくる。

が、ガションと改札機に防がれて立ち止まった。哀れ。

慌てた様子で切符を通すと、今度はゆっくりとした足取りで俺の元へとやってくる。

「ち、父上。恥ずかしいところを……」

「ああうん、気を付けような」

「……あう」

苦笑しつつ諭すと、しゅんとした様子でシグナムは俯いてしまう。

そんな彼女の頭を撫でで宥めると、次いで改札機を通ってきた八神家とシスターに挨拶。

エクスはお留守番のようだ。

「おはよう。はやて、ヴィータ、ザフィーラ」

「おはよう、エスティマくん」

と、はやてに続いてヴィータとザフィーラが挨拶を。

その背後にいる、にこにこ顔のシスター……は、なんか異様に楽しそうだなおい。

「……おはようございます、シスターシャッハ」

「おはようございます、エスティマくん。今日はお招きありがとう。
 戦技披露会、楽しみにしていますね」

いきなりそれかよ。

ほな行こか、とはやての言葉で、一同は会場へと移動することに。

シグナムははぐれないように、はやてと手を繋ぎながら、軽い足取り。

ザフィーラは人間形態から狼形態に戻ると――狼のままだとレールウェイに乗れないのだ――、シャッハさんと一緒に黙って後を付いてくる。

「エスティマ、出店はどんなのが出てんだよ」

「食べ物はじゃがバターとか、そんなんだよ。本格的なのは期待しちゃ駄目だって。
 メインは射撃とか輪投げとか」

「んだよ。お祭りなんじゃねーのか?
 はやてが言ってたのと違うじゃんか」

と、若干失望した調子のヴィータ。

そりゃあお前、テキ屋の兄ちゃんが生活賭けた商売と同列に考えちゃ駄目だろう。

「まぁまぁ。じゃがバターだって捨てたもんじゃないよ?
 ……誰が作っても似たような味な気がするけど」

「フォローしてるのか貶しているのかどっちなんだオメー」

「どっちなんだろうね」

「そういう態度は相変わらずだよな。
 ……で、どうだよ最近。あんまり顔見せねーから、はやても心配してんぞ。
 時間がないのは分かるけどよ」

「……悪いね。一応、シグナムを迎えに行くときに立ち話ぐらいはしてるよ。
 そういうヴィータだって、最近は教会騎士団の仕事――聖遺物の回収とかで家を空けることが多いだろ?」

「まあな」

聖王教会所属となったヴィータとザフィーラ。そしてはやて。

はやてはリインフォースⅡの作成が落ち着くまで戦場に出ず魔法の勉強に専念しているが、ヴォルケンズは違うのだ。

教会騎士団の仕事。聖遺物と呼ばれる古代ベルカの遺産を回収する任務で、色んな世界を回っていると聞く。

数々の次元世界を回るから海との繋がりが強く、戦力の貸し出しなんかもしているわけだが、その反面、調査し尽くされた感のあるミッドにはロクに戦力を回さないせいで地上とは仲が悪い。

まぁ、それでも聖王のゆりかごなんて化け物を見落としているわけなんだが。

いや、最高評議会が嗅ぎ付けられるのを嫌がって、敢えて他の世界へ聖王教会の目を向けさせているのか?

……だとしたら、レジアス中将も苦労人だなぁ。スポンサーに悩みを大きくされているようなものなんだから。

「聖遺物の回収つったって、派手な戦闘になることも少ねーから気楽なもんだよ。
 どっちかっつったら、管理局にレンタルされる方が多いぐらいだしな」

「へぇ、そうなんだ」

「おう。なのはとも会うことが多いし、悪くはねーけどさ。
 それでも、はやてを一人にするのはな。
 だから、時間が空いたときで良いから遊んでやってくれよ」

「ん……まぁ、努力はするよ」

と、眠たい物言いをしたらヴィータにジト目を向けられた。

なんだよぅ。

「こういうときは、分かった任せとけ、とか返事しろよな」

「あんまり責任を負うのは好きじゃなくてね」

「良く言うぜ……いや、うん。悪ぃ」

と言って、どこかバツが悪そうにヴィータは目を逸らした。

ん……まぁ、色々と背負い込んでるからね俺。

最近は慣れてきたけど。

「そ、そういやさ。今日は、お前の兄妹はきてんのか?」

「うん。少し遅れて到着するよ。なのはが迎えに行くことになってる。
 それがどうしたの?」

「いや、顔を合わせたら謝っておこうって……なんだよ?」

「いや、別に」

思わず眉根を寄せてしまったのを見られた。

どうなんだろうか。

ヴィータの言う謝罪がどれにかかっているのか、正直心当たりが多すぎて分からない。

いや、それはどうでも良くて。

ユーノ辺りは怖いが、まぁ冷静さを欠くことはないだろう。

けど、フェイトはどうなるか……想像もできない。

有耶無耶のままにするのは良くないと思うけど、さて、どうしたもんかな。

「……ん。会ったら言っておくよ。ヴィータが言いたいことがあるってさ」

「すまねぇ。頼むぜ」

まぁ、ユーノたちの機嫌次第だな。

板挟みは辛いぜ。

取り敢えずは、シャマルを回収して先に会場入りしないと。


































エスティマとヴィータたちが会場へと着いた頃、レールウェイの駅にはフェイトたちが到着していた。

「なのは!」

「フェイトちゃん、久し振り!」

人目を憚らず、人混みの中で二人は手を繋いではしゃぐ。

その様子を一歩下がって見ているとはユーノとアルフだ。

彼は苦笑し、彼女はカメラを手に持ってスタンバイしている。

「やっぱりなのはとフェイトは仲が良いね」

「ああ。なのはと一緒にいるときのフェイトの笑顔は格別だね……!」

ぶるぶると禁断症状の如く手に持ったカメラを振るわせるアルフ。ちなみに、街中で写真を撮るのは迷惑だから止めろとユーノに釘を刺されている。

「ところで、エスティマの馬鹿はどこにいるんだい?」

「先に会場にいるってさ」

多分八神家とね、と内心で言葉を付け加えるユーノ。

見れば、なのはの近くに守護騎士の姿はない。

連れてきていないのか、それとも八神家と合流させたのか。

……多分、後者。

エスティマのことだ。どっちか一つを選ばず、両方を選んだ上でどちらも楽しませようと思っているのだろう。

思わず溜息を吐いてしまう。

何故毎回毎回、こういうときに優柔不断な選択をするのだろう。紙一重過ぎる。自分たちと八神家が顔を合わせたら空気が悪くなるぐらい分かっているだろうに。

……まぁ、そこが良いところでもあるんだけどさ。

行きすぎて駄目な感じもするが。

「ユーノくんも、久し振り!」

「久し振り、なのは」

思考を打ち切り、ユーノはなのはへと視線を向ける。

白を基調とした制服を着た彼女。このあとに戦技披露会があるからだろう。今日の彼女は、やはり開催側として参加するようだ。

「今日はきてくれてありがとう」

「僕も楽しみだったからさ、お祭り。
 なのははいつまで一緒に遊べるの?」

「お昼過ぎまでかな。時間になったら、私も準備しないとだから」

「そっか。頑張ってね」

「うん、頑張る!」

「なのは、兄さんなんてやっつけちゃって」

と、御立腹な様子で言ったフェイトに、ユーノとなのはは苦笑した。

『ユーノくん、まだエスティマくんとフェイトちゃんは仲直りできてないの?』

『残念ながら。まぁ、フェイトが意固地になってるってのもあるけど、エスティも譲らないから』

『そっか……』

ちら、と表情を盗み見れば、なのははどこか悲しそうな表情をしていた。

板挟みになっているのは彼女も同じか。

それにしたって心労はエスティマの非ではないだろうが――そこら辺は彼の自業自得か。

いい加減、厄介事を背負い込む性格を直せばいいのに。

どちらか片方を切り捨てれば、楽になるだろう。

……まぁ、思うだけなら簡単だけど、僕だってそんなのは迷うか。

そもそも今の状況まで関係を悪化させるのだって自分にはできないが。

四人は談笑をしながら会場へと向かうと、遊びながら時間を過ごす。

そうしている内に時間となり、なのはは名残惜しそうにしながらも別れて行った。

エスティマが顔を出すのは、戦技披露会が終わったとになっている。

きっと今はなのはと同じように控え室に向かっているのだろうが、その前は八神家と一緒に祭りを回っていたか。

そんなことを考えながら、来賓席へとユーノたちは歩いてゆく。

そうしている内に、ふと、視線の隅に見覚えのある顔を見付けた。

フェイトを見てみれば、彼女がそれに気付いた様子はない。

「……フェイト、ちょっと飲み物を買ってくるよ」

「あ、うん。ありがとう」

「アタシも付いていこうか?」

「いや、一人で大丈夫だよ。フェイトに付いてて。……じゃあ、少し時間がかかるかもしれないけど」

そう断りを入れて、ユーノはフェイトたちから離れてゆく。

そうして目指すのは、さっき見付けた八神はやてのいる場所だ。

わざわざ回り道をして妹たちに気付かれないように進み、人混みを掻き分けながらはやての元へと向かう。

仮設観覧席を降りて、ぐるっと回って再び階段を上りながら、はて、自分は何を言いたいのだろうか、と今更な疑問が浮かんできた。

純粋な罵詈雑言でないことは確かなのだが。

まぁ、世間話でも、と思いながら、ユーノは八神家のいる場所へとたどり着く。

「こんにちは」

「あ……こ、こんにちは」

ユーノの顔を見て心底驚いた様子のはやて。

彼女は訛りのある言葉をたどたどしく返す。

視線を走らせてこの場にいる人たちを見ていると、シグナムと目があった。

にっこりと作り笑顔を浮かべると、彼女も笑みを返してくる。

「ユーノおじ……ユーノさん!」

今伯父さんとか言われそうじゃなかっただろうか。

良いけどさ、と溜息を吐きたい気分になりながら、笑みを苦笑へと。

「元気にしているみたいだね、シグナム」

「はい!」

「ん、それは良かった。エスティとは仲良くやってる?」

「はい!」

嘘は吐いていないのだろう。その証拠とでも言えるように、シグナムの笑みには陰り一つない。

……上手いことやっているみたいだね、エスティは。

「八神さん、少し話があるんだけど、良いかな?」

「はい……ごめんな、みんな。ちょっとお話ししてくるわ」

腰を上げるはやて。その様子を見ているヴィータは、どこか心配そうだ。

二人は観覧席から降りると、その影まで行って脚を止める。

脚はすっかり良くなったのか、階段を下りる彼女の足取りはしっかりしていた。

闇の書事件から一年以上も経っているのだし、そうなっていなければエスティマの骨折り損とも言えるのだが。

「あの……ユーノさん」

「なんでしょうか」

「その……エスティマくんにはお世話になってます。シグナムのことも許してくれて、ありがとう」

「ああうん。同居だけは。それに、感謝はエスティに直接言ってあげてください。きっと喜びますから」

「あ……はい」

周りを歩く人々の声に掻き消されないように、心持ち大きな声を出す二人だが、それでもはやての言葉は掻き消されそうなほどに小さい。

彼女も彼女で負い目を感じているんだろうな、と思う。

当然だが。

「今日は、エスティが?」

「はい。エスティマくんに誘ってもらいました」

「そっか。僕たちもエスティが誘ったんだけど……まぁ、彼らしいかな」

「そう……ですね」

自分の言葉を肯定したはやて。

その反応に、純粋な疑問が浮かんでくる。

そういえば彼女は、どの程度エスティマを理解しているのだろうか、と。

直接聞くつもりはないが、それとなく聞いてみよう、と好奇心が湧いてくる。

「エスティは最近元気にしていますか? スクライアにも顔を出しますけど、普段どうしているか僕には分からなくて」

「えっと……はい。お仕事とシグナムの面倒、どっちも頑張ってくれてます。
 そのせいで疲れているみたいですけど、私の前では顔に出さなくて」

……疲れさせている自覚はある、と。

いや、エスティマが疲れているのは仕事が過酷というのもあるだろうが。

「エスティマくんには本当に感謝してます。闇の書事件が終わったら、もう縁を切られたっておかしくなかったのに。
 それなのに良くしてもらって……」

「そうですね」

はやての言葉を遮り、どうしたものか、とユーノは考え込む。

エスティマに迷惑をかけているのは自覚しているし、感謝もしている。

それでも面倒事を押し付けるのを止めようとはしない、と。

この少女も、フェイトとはまた違った形で甘えているのか。

……まぁ、なんでもかんでも安請け合いするエスティが悪いんだけどさ。

それでも必要以上に他人を気にする彼は、一体どういうつもりなのだろう。

友達付き合いの延長にしては情の移り方が半端ではないし。

彼なりに何か考えがあるのだろうか。

もしくは八神はやてに惚れてる?……まさか。

そうならば、そんな素振りを見せた時点で、自分が全力で止めている。

どうにも分からないな、と結論付け、何かあるのではないかとはやてに問おうとして――

どっと湧いた歓声に、思わず身体をビクつかせた。

「あ、始まるみたいです」

「……そっか。それじゃあ、八神さん。僕は妹たちのところに戻るから」

「はい。……それでは」

軽く会釈をして、ユーノは踵を返す。

……取り敢えず、飲み物を買っていかないと。

幸い、始まった戦技披露会の方に観客の目が向いているので空いてはいるが、観覧席の方に行くのは骨が折れそうだ。

最悪、フェレットモードになって行けば……いやいや、それだとジュースが……。

そんなことに悩みながら、ユーノは屋台へと近付いて行った。
































「ただいま」

「おかえり、はやて。……その、どうだった?」

「なんもあらへんよ。ちょっと世間話をしてきただけ」

そうヴィータに笑いかけて、はやては席へと座った。

置いておいた紙コップを手に持ち、駄目やね、と胸中で自嘲する。

結界に包まれた戦闘フィールドの中心には、エスティマの姿が。それと対峙するように、なのはがいる。

二人は既にデバイスのセットアップを完了しており、白金のハルバードと鮮やかな杖を構えた状態で睨み合っていた。

その様子を見ながら、無意識の内にはやては目を伏せる。

……分かってる。私がエスティマくんにおんぶに抱っこされてるぐらい、理解してる。

僅かな時間だけと言っても、毎日顔を合わせているのだ。

疲労の色が日増しに濃くなっていることぐらい、ちゃんと気付いている。

けど、そんな彼に何ができるかと考えても、何もできない。

精々が、シグナムの面倒を見て、夕ご飯を作って――そんな、些細なことが限界だ。

何もしないよりはマシといった程度で、助けになっている実感なんてありはしない。

助けたいと思っても彼の背中は遠く、まだ一緒に歩くことすらできない。

未だに魔法が感覚だけで使える素人でしかなく、リインフォースが残してくれた遺産だって蘇らせることができていない。

弱くて、助けてもらうことしかできなくて――海鳴にいた頃の自分と、何一つ変わっていない。

そんな自分が嫌になったことなんて、一度や二度ではないのだ。

誰かに迷惑をかけることしか出来ないなんてことぐらい、身に染みて分かっている。

焦らなくて良いと、日頃からシャッハやエクスが声をかけてくれるが、それでも納得なんてできない。

どうしたら恩返しができるか。そう考えたって、エスティマが遠すぎて何一つ彼のためになることができていない。

……きっと、見抜かれてたんやろうなぁ。

ついさっきまで一緒にいたユーノのことを思い出し、溜息を吐く。

思い出すのは闇の書事件の最中、相対して呪詛を吐かれたときのこと。

謝るのとは違う、助け合い。

それがしたいと思っても、何もかもが遠すぎる。

いつか、自分の前を行く友達――エスティマやなのはと同じ場所に立てるだろうか、と考え、立たなければ、と気を引き締める。

今はただ、こうやって眺めることしか出来なくても――

『始め!』

響いたアナウンスによって、はやては我に返る。

見れば、会場の中心にいた二人は号令と共に空へと上がり、間合いを空けていた。

「ああ、何やっているんですかエスティマくん! そこは開始早々打撃を――!」

「父上、らしくないです!」

「シスター、シグナム、うるせー。黙って見てろ」

家族の上げる声を聞きながら、陽光に目を細めつつ、空を見上げる。

……眩しいな。































号令と共に俺は両肩へとアクセルフィンを。

なのはは足首にフライヤーフィンを発動させて、同時に後退った。

……気を引き締めて行こうか。

不様を晒したら色々な方面からの反応が厳しいしな。

ここは今日まで積んできた修練をお披露目する意味も込めて、本気モードで行きますか。

「Seven Stars!」

『クロスファイア』

「シュート!」

浮かび上がった六つのサンライトイエローに輝く誘導弾。

それらをなのはへと差し向けつつ、どうするか、と思考する。

平均以上ではあるが、それでも決して早くはないなのはの動き。

それに付け込んで接近戦を挑むのは半ば決まっているのだが、向こうだってそれは承知の上だろう。

現に、

「シュート!」

トリガーワードと共になのはが放った誘導弾の数は十二。

その内六発を俺のクロスファイアにぶつけて相殺という、繊細なコントロールを見せ付けながら残りが全て俺へと突撃してくる。

一、二、三、四……二つが背後に回ったか。

アクセルフィンに魔力を送り急上昇。

それで俺を追ってくるクロスファイアを引き離し、

『――Phase Shift』

稀少技能を発動させ、反転。

上空から逆落としとなり、斧の魔力刃を横薙ぎににして、擦れ違い様に誘導弾を一掃する。

なのはに視線を向ければ、彼女はバスターモードのレイジングハートをこちらへと向けて砲撃体勢に入っていた。

集束……ディバインバスターか。

そう考えた瞬間、時間制限が訪れ、稀少技能が切れる。

同時に、

「ディバイン――!」

『Buster』

桜色の魔力光が、大気を割いて向かってきた。

それを空中でステップを踏むようにして避け、

「……やっぱりな」

砲撃に隠れるようにして放たれた誘導弾。

それがすぐそこまで迫っているのを目にして、口元を緩めた。

Seven Starsを振ったら間に合うか否か、といったタイミング。

俺は左掌を誘導弾に向けて――

「……おい!」

不意に発動したオートバリア。

サンライトイエローの壁を発生させたSeven Starsに、怒声を上げた。

動きを止めた俺に、五発の誘導弾が殺到する。

一、二、三、四。

そして五発目が炸裂する刹那、反射的にSeven Starsを叩き付けて無効化した。

……誘導弾だけで破られる俺のバリアって一体。

泣きたい気分になりながらも、それを堪えて、責めるようにSeven Starsを握る手に力を込める。

「なんのつもりだ。迎撃して、残りは全部避ければ良かっただろうが!」

『申し訳ありません』

「勝手な真似をするな。ったく……」

舌打ちしつつ、次いで放たれたディバインバスターを回避。

同じ手は二度通用しないと思ったのか、今度は誘導弾はなしだ。

突き刺さる砲撃をかわしながら、一気に高度を下げてなのはへと肉薄する。

速く、鋭く。

「ラピッドファイア」

『フルオート』

行く手を阻むように放たれた誘導弾を接近しながらのラピッドファイアで蹴散らしながら、至近距離へと。

お互いの顔がはっきりと見える間合いになっても、ラピッドファイアを止めない。

軽機関銃のように忙しなく吐き出される砲撃――と言っても、なのはと比べれば射撃にしか見えないが――で、なのはは足が止まっている。

今だ。

ラピッドファイアを中断し、ピックの部分に鎌の魔力刃を形成。

それを振りかぶり、叩き付ける。

爆ぜるサンライトイエローと桜色。

バチバチと音を上げて切っ先を阻むバリア出力に、流石、と舌を巻きながら、

「Seven Stars!」

『――Phase Shift』

稀少技能を、発動させる。

瞬間、世界が遅くなる。

空を流れる雲も、肌を撫でる風も。

必死でラウンドシールドを展開するなのはも。

地上から俺たちを見上げる観客も、耳に届く音も、何もかも。

その中で動けるのは俺だけだ。

Seven Starsのグリップを両手で強く掴みながら、叩き付けている方向とは逆に身体を捻って、

「ラケーテン――!」

稀少技能を発動したまま、叩き付けた魔力刃を引いて、その場で一回転、二回転。

そうして得られた遠心力を、斧の魔力刃へと乗せて、

「――アクスッ!」

必要はないのだが、掛け声と共に叩き付けた。

ヴィータの技を参考にした、音速超過の打撃。

それは彼女の強固なラウンドシールドを打ち砕き、プロテクションを粉砕し、勢いを殺さぬままなのはへと。

……だが、このまま直撃したら魔力ダメージだけでは済まない。

魔力刃で斬りつける以上に、馬鹿みたいな硬度を誇るSeven Stars本体で殴打をすれば怪我では済まないのだ。

故に、スイングを開始した時点で稀少技能を解除して、

『アックスブレイク』

なのはの白いバリアジャケットに辿り着いた瞬間、魔力刃を炸裂させる。

衝撃と爆音。魔力刃の炸裂だけではなく、リアクターパージも起こったか。

それだけのダメージが乗った一撃。

なのはは悲鳴を上げながら弾き飛ばされ、観客席からはどよめきの声が上がる。

それもそうだろう。

近接戦に長けたベルカの騎士ぐらいしか、今の一撃を知覚することはできなかったんじゃないだろうか。

……隊長は普通に反応しそうだよなぁ。

まだまだだね、俺も。

そんなことを思いながら、足元と眼前に二つのミッド式魔法陣を展開。

魔力を溜め、手間のかかる術式を構築しながら、落下するなのはを見据える。

……これで終わりだ。

「デュアル――」

まずは左手を眼前の魔法陣へと叩き付け、サンダースマッシャーを発動。

集束された雷は、轟音を伴いながら真っ直ぐになのはへと向かう。

彼女は慌てた様子で紙一重の回避に成功するが――

「バスタァァァァアアア!」

ロッドを右脇に挟んで固定したSeven Starsの穂先を彼女へと向け、ディバインバスターを発動させた。

サンライトイエローの純粋魔力砲撃は、なのはへと直撃する。

さっきのサンダースマッシャーを避けるだけで余力が尽きたのか、彼女が防御を行う様子は見えなかった。

そのまま吹き飛ばされ、なのはは地面へと落下。

先に着弾したサンダースマッシャーと後続のディバインバスター。

その二つによって、盛大に砂煙が上がる。

「……やったか?」

着弾の煙で何も見えない――って、あれ?

俺、今、敗北フラグを口にしなかった?

などと思っていると、不意に砂煙の流れに変化が起こった。

規則性のなかった煙が、一カ所に、なのはが墜ちた場所を中心に渦を描き始める。

そして、目視できる程度に煙が晴れると――

『隊長隊長』

『なんだエスティマ』

『限定解除を要請します』

『却下だ』

『だって、あれ!』

と、念話で叫びつつ地面を指さす。

そこには三叉矛――フルドライブ・アヴァランチモード――へと姿を変えたレイジングハート、それを構えたなのはの姿があり、

「やっぱり強いね、エスティマくん。今度はこっちの――」

『Divine Buster Extension』

「――番だよ!」

極太の砲撃が俺を撃墜するために放たれる。

距離が離れていたため簡単に回避できたが、レーザーカッターのように桜色の砲撃が追ってきたり。

冗談じゃねぇ! なんだこれは!

直撃なんて受けたら一発KO間違いなし。

掠ったって厳しいぞ!

って、おい!

「クロスファイア!」

『Convergence』

「シュート!」

ディバインバスターが主砲なら、これは副砲か。

いつの間にかなのはの周囲に浮かんでいた数多もの誘導弾が三つで一組となり、逃げ道を塞ぐように光りの網を作り出した。

機動を駆使して回避するが、その内一発が顔面直撃コース。

舌打ちしながら左腕を突き出し、パルマフィオキーナで受け止めた。

威力は完全に相殺……いや、むしろこちらが上だろうが、砲撃の余波で左腕のバリアジャケットが千切れ飛ぶ。

……くそ!

「Seven Stars!」

『――Phase Shift』

再び時間が緩やかに。

じんじんと痺れる左手でSeven Starsを握り締めながら、目を細める。

縦横無尽に振るわれる桜色の砲撃も、遅い。

急降下を行い、なのはへと後一歩といったところで稀少技能が切れる。

それと同時になのはが俺の接近に気付き、

「ショートバス――」

「チェーンバインド!」

発射速度重視の砲撃。それよりも速く、俺の魔法が発動する。

もっとも、速度を重視したせいで形成できた鎖は一本だけ。

しかし、その一本で充分だ。

真下から伸びた鎖はレイジングハートへと巻き付き、魔力を集束していた穂先を地面へと無理矢理向けさせる。

そして、発射。

桜色の砲撃が至近距離で爆ぜ、直撃したわけでもないのに俺のバリアジャケットの裾がバリバリと音を立てて剥がれ落ちる。

風圧に吹き飛ばされそうになりながらも、Seven Starsの穂先に長剣を形成して身体ごと突撃。

咄嗟になのははラウンドシールドを発動し、切っ先がシールドを引き裂いてなのはへと到達した瞬間、あろうことかシールドバースト。

次いで、こちらもブレードバースト。

盛大な爆発によって、俺もなのはも吹き飛び――

――……っ!?

……うあ、意識が飛んでた。

跳ね起きようと身体に力を入れると、脇腹に激痛が走る。

地面に叩き付けられたとき、まずい落ち方をしたか。

「……Seven Stars、どれぐらい落ちてた?」

『三十秒ほどです。高町なのはの魔力反応はありません』

「そうか」

頭を振ると、髪の毛に絡まっていた粉塵がぱらぱらと落ちる。

くそ、こっちは直撃じゃないっつーのに。

すぐに起きることができたのは、散々しごかれた成果ってか。

さきほどの爆発で巻き上がった砂煙は視界を覆い、何も見えないようなもの。

周囲を警戒しながら、Seven Starsを両手で握り締める。

『――接近警報』

「せぇぇぇぇええっ!」

背後から気合いを含んだ叫び声。

脇腹の痛みに顔を顰めつつも、振り向き様にSeven Starsを叩き付け、なのはを弾き飛ばす。

地面をごろごろと転がるなのは。

俺も彼女も満身創痍で、肩で息をしている。

バリアジャケットなんてあってないようなもので、お互いの上着は消え失せアンダーウェアのみ。

そんな状態でもなのはは闘志を失っていない。

地面に腰を着きながらも、震える手でレイジングハートの矛先を俺へと向ける。

りん、と涼しげな音と共に足元へ桜色のミッド式魔法陣が現れ、魔力が集束を始める。

マギリングコンバーターの駆動音が酷く耳障りだ。

「……Seven Stars」

『アクセルフィン』

いつの間にか消えていたアクセルフィンを再形成し、一気に間合いを詰めて、白金のハルバードを下段から跳ね上げる。

穂先とピックの間、L字になっている部分でレイジングハートを持ち上げると、矛先を空へと向けさせて、次いで砲撃が虚空を貫く。

だが、それは想定の範囲内だったのか。

なのはは人差し指を立てた右手を俺の顔面へと向け、勝利を確信したように笑みを浮かべる。

「クロスファイア、シュート」

……だが、甘い。

一拍遅れて翳した左手。

それで、放たれたクロスファイアを受け止める。

紫電の散った掌。

それを驚愕に目を見開いたなのはの胸へと押し当てて、

「パルマフィオキーナ――!」

零距離でしか使えない攻撃魔法を発動。雷光が爆ぜ、バリアジャケットの最後の一枚を完全に粉砕する。

だがその瞬間、延髄に衝撃が。

……しまった。そうか、クロスファイア。

一気に色彩を失う風景。

ここまでやって負けか……?

そう思い、しかし、最後になのはが気絶しているのを確認して、引き分けならまぁ良いか、と意識を手放した。
































「ど、どうなったの!?」

「フェイト、落ち着きなよ」

なのはの放ったショートバスターが地面に炸裂して巻き上がった爆煙。

それが漂う会場を、手に汗を握りながらフェイトは視線を注ぐ。

……直撃はしてなかったけど、兄さんの装甲じゃ、間違いなくダメージを受けている。

一発の威力が以前よりも上がっているなのはの魔法。自分だってあんなのを受けたら平気でいられるとは思えない。

それを、自分よりもバリア出力の低いエスティマが受けたら。

そう考えると、今の一撃で勝敗が決まったような気分になってしまう。

……これで良いの。兄さんなんて、一度負けちゃえば良いんだ。

そう思っているはずなのだが、煙が晴れたときに兄が倒れ伏している、と考えると嫌な気分も込み上げてきてしまう。

そんな感情が、良く分からない。

なのはには勝って欲しいと思っている。けれど、なんでエスティマが負けると思うと落ち着かないのだろうか。

じっと食い入るように見詰めながら、早く煙が晴れることを望み、しかし、どこかで見たくないと思う自分もいて――

「……なんだいありゃあ」

「……エスティ。君ってやつは」

「……む」

煙が晴れた会場の中心の光景に、フェイトは眉根を寄せる。

仰向けに倒れたなのは。その上に、折り重なるようにしてうつ伏せのエスティマが。

二人とも気絶しているのか、ぴくりとも動かない。

ドローゲーム、とアナウンスが鳴り、観客席からは悲喜こもごもといった叫び声が上がる。

競技員が慌てた様子で担架を担いで二人に走り寄るのを見ているフェイトの胸中はなんとも複雑だった。

色々と。

































レールウェイの高架下。

そこにあるおでん屋――第97管理外世界から移ってきた者の子孫が運営している店――に、二人の中年が肩を並べていた。

軒先に下がっている赤提灯。レールウェイが通過する度に振動するテーブル。酔っぱらいが闊歩する往来。ゴミ箱を漁る野良猫。

そんなものを背景とする場所にいる二人とは、防衛長官であるレジアス・ゲイズとゼスト・グランガイツである。

二人は回ったアルコールで顔を仄かに紅潮させながら、時折思い出したようにおでんを口に運んでいた。

とてもそれなりの役職に就いている人間の姿とは思えないが、この店は、二人が管理局に入ったばかりの頃からずっと通っている場所である。

もっと良い場所に行こうと思えばいくらでも行けるのだが、二人はどうしてもこの場所に拘っていた。

ここにくれば、初心をいつまでも忘れないでいられる。そんな気がするからだ。

「ゼストよ……」

「なんだレジアス」

「あの小僧、負けたではないか」

「引き分けだ。魔導師ランクでは二つも差がある相手と相打ち。悪くない結果だろう」

「ふん」

思いっきり顔を顰めながら、レジアスはコップに注がれた安い焼酎を一気に喉に流し込む。

それで幾分か鬱憤を晴らせたのか、瓶を手にとって次を注ぐ。

それを横目で見るゼストは、ちびちびと酒を飲んでいた。

「改善点は幾らでもあるが、あれは悪くない勝負だった。海の魔導師も、予想以上だったよ。
 最近の子供は怖いものだな」

「所詮子供だ。扱いづらい戦力なんぞ……」

「絡むな。論点がずれてるぞ」

「分かっている」

レジアスはふらついた手つきで箸で大根を分解しながら、深々と溜息を吐く。

「……なぁ、ゼスト。お前のところに預けた小僧はどうだ。
 今日の戦技披露会で実力があるのは分かった。だが……それでも、な。
 何か怪しいところはないのか?」

「怪しい……か。どうだろうな。部隊の連中とも上手くやっているし、何も問題はない。
 お前は何をそんなに警戒しているんだ。
 いくら海から転属してきたと言っても、毛嫌いが過ぎるぞ。
 エスティマは仕事もしっかりとこなしている。アイツがきてから、俺の部隊も随分と動きやすくなった。
 同じ釜の飯を食っている部下を怪しめと言われても、俺にはどうもな」

「……信頼できると、お前はそう言うのか?」

「ああ」

ゼストの答えに、そうか、と短く応じて、レジアスは深々と溜息を吐く。

その様子に、どうしたものか、とゼストは胸中で首を傾げた。

またこの友人は何か悩んでいるのだろうか。見かけによらずナイーブなところのあるレジアスの血圧を心配する。

最近、彼の悪い噂が耳に届く。

ゼストの追っている戦闘機人計画。それに一枚噛んでいるのでは、と、ゼストのところに捜査官が訪れたことも一度や二度ではない。

そのどれもを追い返しているのだが、そうする度に抱きたくもない猜疑心が心に根付く。

証拠となるものが何一つない状況で疑うことはできないのだが、最近の焦燥、憔悴具合を見れば、何かに急き立てられていることぐらいは察することができた。

きっとそれは、地上の状況に憂慮しているという一点のみなのだろうが……。

「レジアス」

「なんだ」

「あまり生き急ぐなよ」

「ふん。儂は少なくともまだ十年は生きる」

「……そうか」

憮然とした表情で再びコップを口に運ぶレジアス。

その様子に苦笑しながら、ゼストも同じように焼酎を一気に呷った。
































消灯時間が過ぎた独房。

灯り一つない中、ベッドの上で丸くなる影が一つ。

布団から出ている頭には、一対の猫耳がある。

グレアムの使い魔である、リーゼ・アリア。彼女は身を縮めながら、ただじっと朝が訪れるのを待っていた

いや、朝がきてもすることなんて一緒か。

局員として罪を償うことすら許されず、囚われたまま刑務作業を行うだけの毎日だ。

闇の書事件が終わってから、彼女はずっとこの場所で日々を過ごしていた。

局員として許されない罪を犯した、と、犯罪者の烙印を押され、以前と比べれば自由らしい自由のない毎日。

自分は、外に出ることができるのだろうか。

いや、多分無理なのだろう。

使い魔である以上、父と慕っているマスターが死ねば自然と消滅する運命にある。

彼の寿命がくる前に自分たちが解放されることなんてない。

一生を、この薄暗い場所で終えるのか。

そう考えると、自分を、否、自分たちをここへと叩き込んだ切っ掛けとなった子供。エスティマ・スクライアへの恨みが、燻っていた感情に火を点ける。

絶対に許さない。

自分たちはどうなっても良かった。それでも、父様が自分たちと同じような目に遭っているだなんて、考えるだけで――

「失礼。ギル・グレアムの使い魔、リーゼ・アリアですね?」

「……何?」

考え事を中断させられ、思わず不機嫌な声が出る。

薄い布団から身を起こして視線をやれば、暗闇の中、一人の女が立っていることが分かった。

僅かな灯りでもあれば暗闇でもしっかりと目標を見ることができる。そんな猫の特徴を受け継いだ瞳は、その人影を目にして細められた。

それに構う様子も見せず、女は恭しく一礼すると、口元に緩やかな弧を描く。

「お話があって参りました」

「……あなた、まっとうな人間じゃありませんね?
 体中からする微細な機械音。何者ですか」

「おや。流石は、といったところですか」

自分の問いに答えず、楽しげに笑う影にアリアは眉根を寄せる。

そもそもが、こんな時間にここへと訪れること自体が不自然。

一体、こいつは――

「リーゼ・アリアさん。今日は、一つの提案を持ってきたのですよ。
 ええ、決してあなたにとっても悪い話ではありません。
 ……もう一度外に、出たくはありませんか?」

艶のある、悪魔じみた囁き。

それを耳にしたアリアは、思わず細めていた目を見開いた。







[3690] 空白期 四話
Name: 角煮◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2008/12/06 03:29
てちてちとキーボードを打ちつつ、情報端末の画面に浮かぶページに視線を這わせる。

うむうむ。なかなかの値段が付いたようだ。

画面には俺の作ったデバイスのサンプル画像が載っており、その下には落札価格が。

残り十分を切ったから、まだ値段が上がるかもねー。

現在開いているのは、自作デバイス・コミュニティにあるオークション。

日夜、数多ものデバイスが出品されるここに、俺の作品も並んでいるのだ。

市販されている簡易作成キットにカラーリングを施したていどのチャチな代物じゃねぇ。アンカーガンやスバルのローラーブーツとは次元の違う完全自作である。

この自作デバイスの作成は、現在の俺の数少ない趣味の一つとなっている。あと、小遣い稼ぎ。

少しだけ早く起床してこつこつと作り続け、それを出品する。

最初の頃は制作費ギリギリの値で買い叩かれてたりしたが、今はそれなりに名が売れて上の下ていどの評価はもらっていたりするのだ。

そのお陰で、最近は懐にかなりの余裕ができていますよ。

いやぁ、シグナム、フェイトの養育費と生活費に家賃。トドメで将来への貯金。交通費は管理局から出るけど、それでも出費はデカイ。

お父さんの小遣い、マジハンパない額である。低い意味で。

それでもめげずにデバイスを作り続け、早半年。

今月で、ようやく四機目のデバイスが完成し、今現在落札されようとしているのである。

以下、作った物。

記念すべき一号機、ドア・ノッカー。

『アンカーガンのキットを改造して作りました。
 カラーリングは黒を基調に銀を。
 カートリッジの装弾数は一。中折れ式の単発です。使いすぎは身体によろしくないため、無闇やたらにリロードできないよう設計しました。
 カートリッジのサイズは十三ミリ。ハンドガンサイズの限界を搭載しました。
 ミッド式対応のストレージですが、AIの搭載を可能とする機能拡張性は残してあります。
 青光りを放つランタンと一緒に使ってやってください』

評価:☆☆☆

シグナムに欲しがられた二号機、エクスカリバー。

『二刀連結式の大剣。オリジナル作品です。
 カラーリングは無地。何かご要望があればこちらで塗装を施して発送します。
 魔力刃形成に特化させた物で、それ以外の機能は持たせていません。。
 しかしその分、切断力は折り紙付きです。
 落札者の要望に従って、ミッド、ベルカのどちらかに設定した後に発送します。
 AIは未搭載。浪漫武装なので実戦で使うことはオススメしません。
 憎いあんちきしょうのドテっ腹に突き刺してやってください』

評価:☆☆☆

哀と怒りと悲しみの、興味を持ったクイントさんに一度ぶっ壊された三号機、ユニコーンドリル。

『手甲型アームドデバイスの拡張パーツ。オリジナル作品です。
 カラーリングは青を基調にしています。
 カートリッジは旧式の電池タイプを使っています。装弾数は二。
 見ての通り、ドリルです。ぎゅんぎゅん回ります。
 大出力砲撃と大出力のバリア展開に性能を特化させています。
 炎熱の変換資質を持っている方にオススメします。デザイン重視なため、実戦で使う際には周りの目に注意してください。
 尚、カートリッジはこちらでカラーリングを施した物を六つ付属させます。リロードのしすぎに注意してください。
 ファイナルアタック、と叫んで砲撃を撃つと幸せになれます』

評価:☆☆☆

色々とアレな四号機、ルダ・グレフィンド。

『銃剣付き回転式拳銃型。オリジナル作品です。
 カラーリングは銀。装飾には懲りました。
 一般的なカートリッジシステムを使っています。装弾数は六。転送魔法でリロードしてください。
 大剣形態と、砲撃形態の二つへの変形が可能です。
 ミッド式を推奨。
 AIを搭載できるだけの余裕はあるので、必ず搭載してください。
 次回に出品する予定のベイル・ハウターを弟にプレゼントすると、素敵な兄弟愛を育めると思います』

評価:―

こんな感じ。インテリタイプにカートリッジシステムを搭載するのは酷い手間が掛かるから基本的にやってないのだ。

まぁ、インテリを自作するのも気が進まないしね。ぶっ壊れたときの責任とか取れないし。

と、こんな物を作って小遣い稼ぎをしているのですよ。

……ん、もうそろそろ時間か。

情報端末を閉じ、上着に袖を通して部屋を出る。

そしてノックをしつつシグナムの部屋に顔を出して一言。

「それじゃあシグナム、定期検診に行ってくるから」

「はい、父上。気を付けて」

「ああ。……もし遅くなるようなら連絡するから、はやての所に行ってなさい」

「はい。……私だって、留守番ぐらい一人でできます」

ぷうぅ、と頬を膨らませるシグナム。

そんな様子に苦笑しながら、行ってきます、と声をかけて家を出る。

いつものようにリニアに乗ってクラナガンへと向かい、先端技術医療センターへ。

待ち合わせ時間には少し早いが――っと、いたいた。

「おはようございます」

「ん……おはよう、エスティマ」

声を返してくれたフィアットさん。

今日の彼女はピンクナース服でも私服でもなく、局員の制服の上から白衣を羽織っている。

……もしかしたらコスプレが趣味だったりするのかなぁ。

そんな妄想が脳裏を過ぎってしまう。いや、だって会う度に特徴的な服装をしているんですよ?

ちみっこい女医ルックのフィアットさんは俺のところに歩いてくると、いきなり眉を潜めた。

なんだろう。

「どうかしました?」

「……いや。お前、背が伸びたか?」

「言われてみれば」

前までは同じぐらいだった身長だが、いつの間にか頭半個分ぐらい俺の方が高くなっている。

成長期だからなぁ。

「それがどうかしました?」

「む……いや、なんでもない。なんでもないが……くっ」

と、悔しそうにそっぽを向く彼女。

……身長低いの気にしてたっけか。

「ああ、そんな気にしなくても。あれですよ。世の中にはこういう言葉もあります」

「どんなのだ?」

「小さな巨人、と。存在感さえあればどんなに小さくても――なんですか?」

「……フォローのつもりか?」

「半分ぐらい」

「残り半分は?」

「男の子としての優越感ですかねぇ」

「そうか、そうか。……今日は猛烈に医療ミスがしたい気分だ。注射針の二、三本は覚悟してくれても良いだろう」

「それはどうなんですか!?」

知るか、と大変御立腹な様子で踵を返すフィアットさん。

そのあとに付いていきながら、今日は何をするのか聞いてみる。

「フィアットさん。今日は何をするんでしょう」

「左腕の調子を見るつもりだ。それと、軽い検査だな。
 何か問題はあったか?」

「いいえ、特には。使い勝手も良くて気に入ってますよ、これ」

そう言い、ぶらぶらと左手を振る。

至近距離まで接近されたときの最終手段であり攻撃手段でもある左腕。

移植――交換と自分で言うのはなんか嫌なのである――される前もパルマフィオキーナを撃つことはできたが、今と比べると発動速度は雲泥の差だ。

違法研究の匂いがプンプンする技術だが、調べてみたところグレーゾーン。

クローン……一人の人間を生み出すのは完全な違法だが、パーツとしてクローニング技術を使用することは禁止されていない。

それと、戦闘機人に関する技術だって、別にすべてが違法というわけではないのだ。

ただ、それらの技術を集結させた存在がイリーガルなだけで。

……まぁ、このことは追々。

検査室に通されると、フィアットさんと別れて検査用のポッドが置いてある部屋へと。

薄光りしか存在しない空間の中には、時の庭園にあった培養ポッドが横倒しになったようなものが転がっている。

服を脱いで全裸になると、そこへと横になり閉じ込められる。

……変な水とか垂れてきてブロンズ化したりしないよなぁ、とか毎回思います、はい。

ヒッポリト星人マジ怖い。

機械音を聞きながら寝っ転がるまま。

どうにも暇なので上を見上げると、フィアットさんと目があった。

が、なぜだか真っ赤になった彼女は顔を逸らす。なんぞ……って、ああ。俺、全裸じゃん。

そう思ったら猛烈に羞恥心が沸き上がって……こない。

ガキの身体なんて見られても恥ずかしくないもの。

もう二、三歳年を食えば違うんだろうけどさ。

いや、相手がフィアットさんってのもあるか。

クイントさんとか暴力シスターに見られたら色々恥ずかしいが、別にねぇ。

『おいエスティマ』

「なんでしょう」

『何か失礼なことを考えていなかったか?』

「気のせいですよ」

……あっれー? 考えてることが口に出たりはしてなかったと思うんだけど。

実はフィアットさんってエスパー?

なんてことを考えていると検査が終了した。

服を着て最後にセッターを首に下げようとすると、何やらチカチカ光っているデバイスコア。

「セッター、何をしている?」

『はい。データの送信を行っていました』

「ふうん。なんの?」

『旦那様の検査データです』

フィアットさん、セッターを経由してデータのやりとりでもしているのか。

まぁ、インテリジェントデバイスの演算機能はそんちょそこらの情報端末より優れているからなぁ。

お疲れ、とセッターに声をかけて検査室を出て診察室へと移動すると、フィアットさんが既に椅子に座って待っていた。

机の上には薬の入った紙袋が一つ。忘れないで用意してくれたのか。

「お疲れ様、エスティマ」

「はい。どうでした?」

「特に問題らしい問題はない。左腕も酷使しすぎで間接に疲労が溜まっているようだが、自然治癒の範囲内だ。
 経過も良好。もう闇の書事件の傷も完全に癒えただろう」

「ようやく、ですか。まぁ、リミットブレイクの禁止って言っても、そんな物を使う機会はなかったんですけどね」

「何を言っている。治療に専念すれば、もっと早く治ったんだぞ? それなのにお前は――」

「ああ、はいはい、分かってますよ」

「……むぅ」

本当に分かっているのか、と言わんばかりにフィアットさんはジト目を向けてくる。

いや、分かってるって本当に。

ただ、休む暇なんてなかっただけなんだから。

「こんな物を必要としている奴が、そんなことを言っても説得力はないと思うが」

言いつつ、フィアットさんは紙袋を手渡してくる。

それを受け取って鞄に押し込むと、さて、と声を上げた。

「診察はこれで終わりですか?」

「ああ。……その、な、エスティマ」

「ええ。飯でも食べに行きますか」

「あ、ああ」

待っていろよ! と声を荒げて急に席を立つと、フィアットさんは奥の方にすっ飛んでいく。

そして待つこと数分。

管理局の制服+白衣という服装だった彼女は、ホットパンツにキャミソール。その上から、黒いジャケットという軽装で姿を現しました。

……なんか俺が着ているのと似ているなぁ、ジャケット。

まぁ偶然だろうけど。

「ま、待たせたな」

「いや、良いんですが……飯を食べに行くだけだし、制服でも良かったんじゃあ」

「あー、それは、だな。……そう、午後休なんだ」

「そうなんですか。んじゃあ、行きましょう。今日は何を食べます?」

「ううむ、そうだな」

などと会話をしつつ医療センターから出て繁華街の方へ。

フィアットさんはまだ迷っているらしく、腕を組みながら唸っていたり。

「ほら、街中でそんなことをしたまま歩いていたら危ないですよ」

「ん、ああ……って、お前、ななななな、何を!?」

何を、って手を繋いだだけですが。

「だって俺たち小柄だから、人波に攫われるとそのまま流れていきそうですし」

「そういう問題じゃなくてだな……ああもう、私が馬鹿みたいではないか!」

「……こういう反応が面白いんだよなぁ」

「おま、お前は……っ!」

なんだかこの場で地団駄を踏みそうなフィアットさん。

無垢っていうか純真っていうか奥手って言うか。この人はからかうと面白い……って、あだだだだだ!

「手が潰れるー!」

「ことある毎に私を弄ぶその性根は、なんとかならないものか?」

「握力! 握力強いですって!」

せめて左手を握って! まだ我慢できるから!

骨が軋む! いや、軋んでる!

などとやっていると流石に俺が限界だと感じたのか、馬鹿者め、とそっぽを向いて力を緩めてくれた。

……手は繋いだままだけど。

が、手を繋いだままでもお子様コンビでは人波に逆らうことなどできず。

いつの間にか大通りの中心から端の方に追いやられていましたよ。

そうして歩いていると目に付くのは、ショーウィンドウの並ぶ店先。あと、露店か。

ガラス越しに陳列してある服などはサイズが大人向けなのでフィアットさんには関係ないのだが、やはり気になるものは気になるのか。

ちらちらと視線が俺をスルーしてショーウィンドウの方に向いていたりする。

そして時折溜息が。

やっぱり気にしているのか、幼児体け……もとい、身長が低いこと。

などと思っていると、不意に彼女の足が止まった。

「どうしたんです?」

「いや……路上に店が……これが店頭販売というやつか」

「微妙に違いますね。露店です、これ。ちなみに食べ物の場合は屋台で、それ以外だと――」

「知っていたぞそれぐらい!」

ああ、俺のうんちくが。

ガー、と怒りの咆吼もとい照れ隠しをしつつ、フィアットさんは花に誘われる蝶の如きふらつき方をしながら近付いてゆく。

陳列されているのは、ありがちなシルバーアクセ。

ただ、無意味やたらに装飾に凝ったタイプではなく、シンプルな作りの品物が多い。

フィアットさんの視線は指輪の辺りを行ったりきたりしているけれど、サイズがないと思うよ。

「フィアットさん、指輪ですか」

「ん、ああ。最近、興味が出てきてな」

「へぇ。どんなのが良いんです?」

「あまりゴツいのは好みではないからな……」

と言いつつ、再び品物に視線を向けるフィアットさん。

俺はペンダントトップの方を――

『おい少年』

『……誰?』

『目の前にいるだろう?』

と、顔を上げると、そこにはサムズアップした青年が。

いきなり念話とかなんだ。

『何か用でしょうか』

『彼女が物欲しそうな目をしているんだ。ここは一つ、プレゼントをしてみたらどうだい?』

『残念。この人、別に彼女とかじゃないんで。
 それに指輪とか、重いでしょう?』

ああ、ちなみに、重量の方じゃないっす。意味的なものですよ。

青年は俺の返答に楽しげな笑みを浮かべると、フッと、分かってないな小僧、みたいな顔をする。

なんだろう。酷くむかつくぞ。

『お前は何も分かっちゃいない。そう、分かったつもりになって、何も見えてない』

『それっぽいこと言って煙に巻こうとするなよ露天商』

『いいや、俺の考えていることは真理だね!
 良いか少年、幼年期におけるフラグ立ての重要性を、君は何も分かっていない!
 思春期に入ってからでは遅いのだ! それとない約束事、フラグという名の鎖で縛ることによって、人生計画は花開くのだと――』

うだうだうだうだ。

持論を念話で熱弁しやがりくさって、おかげで若干頭が痛い。

……面倒だなぁ。

「……フィアットさん、それ、欲しいんですか?」

「ん、ああ」

『いよおっし!』

視界の隅でガッツポーズをしやがる店主を意図的に無視して、こっそりと溜息を吐きつつ苦笑。

「買ってあげますよ。今、懐に余裕があるんで」

「施しを受けるつもりはない。これぐらい――」

と鼻を鳴らしてジャケットのポケットをまさぐる彼女。

しかし、若干焦った様子で、今度はホットパンツのポケットを何度も叩いたりして、硬直。

頬を汗が伝う。

「……財布を忘れた」

「……あー、えっと、今度何か奢ってくれれば良いんで」

「……すまん」

こりゃー昼飯も俺持ちかなぁ、などと考えつつ指輪のサイズを確かめる。

が、やっぱりフィアットさんに合うのはなかったようだ。

しょんぼりと肩を落とす彼女。

んー、でも、まぁ。

「チェーンの一番短いヤツを一緒にもらえます?」

「どうするつもりだ?」

「ありがちですけど……こんな感じで」

と、指輪をチェーンに通してフィアットさんの首に通す。

どこか驚いた様子で目を見開いた彼女は、首に下がった指輪を掌に乗せて視線を注ぐ。

そして顔を上げると満面の笑みを浮かべ、

「……悪くない。ありがとう、エスティマ」

「どういたしまして」

そう言ってもらえると嬉しいものだ……って、なんだ?

肩を叩かれたので顔を向ければ、そこには露天商の暑苦しい顔が。

「なんですか」

「サービスだ」

と、無理矢理手を取られて何かを握らされる。

見てみれば、フィアットさんと同じようにチェーンに通された指輪が。

……なんだかフィアットさんがじっと視線を向けてくるのに耐えられなかったので、俺もその場で装着。

セッターが首に下げてあるから、なぁ。あとで紐の長さを調節して、ぶつからないようにしないと。

「じゃあまぁ、会計を」

「はいはい」

と、ご機嫌な店主が値段を提示。

日本円で諭吉さん一人と夏目さん二人がぶっ飛びました。

何がサービスだあの野郎……!

ファック……!

などと思っている俺と違い、フィアットさんはご機嫌な様子でリングを指先で弄んでいる。

今の出費が地味にデカかったから、昼食はファミレス。

そこへ向かっている最中、ずっと彼女は微笑みを浮かべていた。

……喜んでくれているみたいだな。

なら……まぁ、良いか。

この人にはなんだかんだでお世話になっているんだ。言葉では言い表せないような借りが、いくつもある。

それは、俺の愚痴を聞いてくれたりだとか、気分転換にこうして付き合ってくれたりだとか。

きっと第三者の立場から見たら普通に遊んでいるように見えるんだろうが、違う。

俺からしたら、これは、彼女にしかできないことなのだ。

身内ともまた違った気軽さで付き合えて、しかし関係は近すぎず遠すぎず。けど、他人とは絶対に言えない。言いたくない。

なんだろう。失いたくない人、ってのが一番しっくりくるかな?

……むう。外見がこんな人なんだがなぁ。

包容力って点だけは、もうそろそろ認めても良いか。

「……おいエスティマ」

「なんでしょうか」

「今失礼なことを考えなかったか?」

「まさか」

訂正。

やっぱり包容力はないかもしれない。




















リリカル in wonder




















レジアス中将の戦闘機人計画。

それは、地上の戦力を魔導師に頼らないという一点で推し進められた代物だと原作では語られていたが、調べてゆく内に、どうやら少し違うものではないかと思い始めた。

それを語るには、まず、レジアス中将が防衛長官の立場になって最初に行ったことから順を追わないと分からないだろう。

ミッドチルダ地上で行われるテロ行為。それは、魔導師でも人間でも結局のところやることは同じである。

破壊工作なり立てこもりによる要求なり。

それを鎮圧する際、海でも陸でも同じように局員が負傷することは多々ある。

中には、職場復帰が不可能になるまでの怪我を負う者も。

レジアス中将が行ったことは、そういった管理局員としての人生を終えようとしている者への救済措置だった。

負傷者への高性能の義肢の支給。殉職した局員の家族への遺族補償の充実。

知ってから驚いたのだが、今適応されている制度が始まる前はそこら辺が酷くアバウトだったのである。

これならレジアス中将に熱を上げてる局員がいるってのも、分からなくはない。というか、分かる。

まぁ、金食い虫を増やすつもりがなかったのかね、今まで。海がかなりの予算を持って行ってるし。

次元航行艦一隻の維持費なんて、陸の大隊が余裕で運営できる額だぞ。

陸の予算の使い道なんてヘリの燃料費とデバイスなどの装備の維持費、人件費ぐらいだ。

そりゃあ海が陸に妬まれるのも分かるさ。

……話が逸れた。

とにかく、義肢の開発に予算を割いて局員の使い潰しを防ぐようになったレジアス中将だが――

……おそらく、そこを最高評議会に突かれたのだろう。

そもそもがアインヘリアルなんて誰にでも使える兵器の導入を進めた人が、戦闘機人なんて成熟にも手間がかかって生み出すのにも金がかかる存在に目を点けたというのがイマイチ信じられなかったのだ。

より性能の良い義肢を生み出す。それを追求した結果、生体と機械の融合に行き着いたのではないか。

そして非合法研究に片足を突っ込んだ結果、抜け出せないレベルにまでにスカリエッティや最高評議会との繋がりができてしまったのではないか。

使うつもりが使われた。そんなところなのだろう。

スカリエッティを捕まえようとしても、それと同時にレジアス中将が自分と繋がっていることを暴露されるとなれば迂闊に手出せない。

防衛長官として調子が出始めた時期に、夢と同時に地位を失脚することなどできないだろうから。

現時点で退けないレベルにまでキちゃってるのか、まだ間に合うのか。

そこまでは分からないが……さて。

「……参ったな」

背もたれに体重をかけ、ギシ、と悲鳴が上がる。

ゼスト隊壊滅を防ぐためにここにいるわけだが、思った以上に事態は複雑だわなぁ。

今日までやってきたことと言えば、部隊の皆様のデバイスのチューンとカートリッジの大量生産、それとなく勧めた対AMF戦闘訓練ぐらい。

地雷を踏まないように小賢しいレベルの情報操作で突入を先延ばしにしているが、それは気休めだ。

……ううむ。

ナンバーズがいたことから、きっとゼスト隊が突入した研究施設は『当たり』だったのだろう。

ガジェットⅣ型すらもいたわけだし。

捕らぬ狸の何とやらだが、もしナンバーズを全員捕縛して、スカリエッティも捕まえたとする。

しかし、その捕まえたスカリエッティが余計なことを喋ったら一大スキャンダルなわけで、ミッド地上はカオスとなるだろう。

それこそ、JS事件の前倒しと言って良いほどに。

……スカ博士と一番を殺して、見つけ出した二番も殺せばあるいは。

死人に口なし。研究施設だってデータベースごと破壊すれば……。

「……そう上手くいくわけないっつーの」

オーバーSランクの騎士が殺される戦場だぞ。いくら部下を庇って負傷したあとの戦闘だったとしても。

AAA-ていどの俺が、そんな上手いことできるわけないっつーの。

……まぁ、リミットブレイクを使えば分からないけど、それも奥の手だ。

第一、あんなもんを使ったら死ねる。御免被る。

「……っと、定時か」

視界の隅に移った壁掛け時計を見て、身体を起こす。

隊長とクイントさん、メガーヌさんは本部に出向いて隊舎にいないが、時間になったら帰って良いと言われている。

今日は先にお暇するとしましょうか。

今日の作戦の報告書とデバイスメンテの報告書を隊長の情報端末に転送して、電源を落とすと席を立つ。

お先でーす、と同僚に声をかけて隊舎を後に――しようとして、ばったりと隊長たちと出くわした。

「あ、お疲れ様です」

「……エスティマ。すまないが、任務の予定を前倒しにする。今日は帰れない」

「えっ……と?」

「以前から目を点けていた研究施設に踏み込む。……支度をしろ」

有無を言わさぬ口調でそれだけ告げると、隊長は俺の横を通り過ぎる。

……遂に、かよ。

「エスティマくん、シグナムちゃんに連絡をしないと。ね?」

「ほら、行こう?」

「あ……はい」

クイントさんとメガーヌさんに、両側から肩を叩かれる。

……動揺している場合じゃねぇ。

「クイントさん、確か、目標の研究施設ってベルカ自治領に近い場所にありましたよね」

「えっと……メガーヌ?」

「ええ、そうよ。作戦が終わったら、直帰できるように隊長にかけあってあげるから」

大丈夫、と柔らかな笑みを浮かべるメガーヌさん。

しかし、俺はそんなことを確かめたかったワケじゃない。

ベルカ自治領が近いのなら、保険をかけることはできる。

踵を返すと、大急ぎで隊舎のロビーに向かい、公衆電話の受話器を持ち上げる。

……こんなこと、徒労で終わって欲しいものだけど。





































『……第三層クリア。やはり、ここは戦闘機人プラントのようです』

『了解。引き続き調査を頼む』

忙しなく両足――否、四肢を動かしながら、周囲に視線を向ける。

フェレットモードでの斥候は、この部隊でも海にいたときでも変わらない俺の役目だったりする。

まぁ、移動速度が速いから撤退して本隊と合流するのも早いし、打って付けだろうさ。

……こんなダンジョンだと包囲されたら突破するのは骨が折れるだろうけどね。

周囲を見回し、立ち並ぶ培養槽、その中に収まっている人間っぽいものや元人間の姿にうんざりする。

作りは割と簡素っていうか、いい加減というか。

時の庭園にあったアリシアのポッドは一品物で高かったのかね。

『エスティマくん、先行しすぎよ』

『大丈夫ですよ。孤立しても敵中突破ぐらいこなしてみせます。
 クイントさんこそ、本隊と離れないように気を付けてください』

そうクイントさんからの念話に返事をして、脚を進める。

多分、クイントさんたちの役目は俺が肩代わりしているんだろう。

単独戦闘スキルの高いフロントアタッカーと、その補助であるメガーヌさん。

本来ならば二人が突っ込んで――

「――っ!?」

動かし続けていた脚を止める。

耳を立てて神経を尖らせれば、微かだが、今まで聞こえていなかった駆動音が響いている。

……もうそろそろか。

天井の高さはそれなり。包囲されても空を飛べば隊長たちと合流することは可能。

などと考えている内に、シャッターの降りていた壁が耳障りな音を上げ、続々とガジェットが吐き出され始める。

俺には気付いていないようだ。

このまま下がるか、スカのところまで行くか。

判断に苦しむところだが。

『機械兵器らしき未確認体と接触。数はおよそ五十。まだ増えています。
 AMFの発生を確認』

『了解した。……調査を続行する』

『……あの、隊長』

『なんだ』

『ここは一度退いた方が良いと思います。
 閉鎖空間でこの数に包囲されたら、最悪、全滅の可能性もありますよ』

『駄目だ。最大規模の戦闘機人プラント……このチャンスを逃すわけにはいかん。
 エスティマ、お前は俺たちと合流しろ。集団で突破する』

『……了解』

思わず舌打ち。

元より退くつもりはない、か。

そりゃあ今回を逃せば、明日から違う案件に第三課は当てられるんだ。なんとしてでもここを落としたいのは分かるが。

……っと、

「きやがったか」

足元に照射されたレーザーを跳躍しつつ回避し、変身魔法を解除。

既にバリアジャケット姿となっている俺。白金のハルバードを構えつつ、レーザーを避けながらクロスファイアをぶっ放す。

が、密集したガジェットのAMFの前に、誘導弾は霧散する。

……屋内だから広域型のサンダーレイジは使えない、か。

フェイトだったら可能だろうが、俺じゃあ逆立ちしても無理だ。闇の書事件のときより技量が上がった今でも、それは変わらない。

唯一の救いは施設全体にAMFがかかっていないことか。

おかげで飛行魔法に支障はないし、プロテクションだって普通に発動できる。

回避運動を行いつつ、物理防御設定で直撃コースのレーザーを弾きながら、どうするか、と思考を巡らせる。

……前と後ろから囲まれたらマズイな。一向方だけでも確保しておこう。

「Seven Stars、物理破壊設定」

『了解』

「デュアル――バスター!」

密閉空間での砲撃魔法。

通路を雷光とサンライトイエローの砲撃が蹂躙し、直接のダメージと撒き散らされる破片でガジェットⅠ型の群れがスクラップへと変わる。

それを横目で眺めながら、通路を後戻り。

隊長たちは……駄目だ。いつの間にかジャミングがかかってる。正確な位置が分からない。

合流にも骨が折れる。A.C.S.で一気に突破するか?

いや、一匹の敵に対してやるのは良いけど、俺の場合紙装甲だから、複数の敵を目標にして使うと傷だらけになるんだよなぁ。

などと思いつつ通路を進んでいると――

「――っ、Seven Stars!」

『――Phase Shift』

同時に、Seven Starsを目の前に思いっきり叩き付ける。

薄暗い通路の奥にちらついた光。

それを目にした瞬間、思わず稀少技能を発動させた。

通路の照明とも、ガジェットのライトとも違う色。

それは――

「流石です、エスティマ様」

キチキチと音を立てながら、そんなことをほざく女を睨み付ける。

青を基調としたボディースーツに身を包み、紫の頭髪、身体の節々にリアクターフィンにも似た光翼をまとう人物。

「ナンバーズ……!」

「ほう……ご存じでしたか!」

咄嗟に蹴りを叩き込み、お互いに間合いを空ける。

今対峙している女は、やはり、そうか。

「知っているのならば隠す必要もない。ナンバーズⅢ、トーレと申します。
 ……しかし、なぜ私たちのことを?」

「さて、なんでだろうな」

まずった。咄嗟のことで口が滑った。

トーレを視界の中心に収めつつ、なんとか逃げ場はないかと視線を這わす。

脇……いや、駄目だ。今ので分かったが、向こうのIS、ライドインパルスとこっちの稀少技能はほぼ互角。もう少し打ち合ってみないと断言はできないが、それでも背中を見せるのはマズイ。

逃げるのは難しい……か。

くそ、隊長と連絡が絶たれている今、限定解除の申請だってできないっつーのに!

「まぁ良いでしょう。我々のことを知っているのならば話は早い。
 エスティマ様。少し込み入った話があるのですが、宜しいでしょうか」

「生憎と急いでいる身でね。……そこを退け」

「それはできません。ここにきてしまった以上、あなたには我々と共に行動してもらいます」

「断る。お前の指図を受ける義理もなければ義務もない。必要もない。
 退かないって言うのなら――実力で排除するまでだ」

「分かり易いお人だ……私としては好ましいですが!」

「ほざけ……Seven Stars!」

『――Phase Shift』

「IS――ライドインパルス!」

同時に加速を開始する。

向こうは四肢に取り付けられたエネルギー翼が武器。こちらはハルバード。

リーチはこちらが上だが、身体能力は向こうが上。

五分といったところだが――俺は、今すぐにでも隊長たちのところに行かなければならないんだ。

トーレを俺が引きつけていたとしても、最もこの戦場で当たっちゃマズイ存在が隊長たちとぶつかっているかも知れない。

こんな逃げ場のない場所で爆発物を扱う敵……アウェーな上に相性最悪な奴がいる。

彼女と当たる前に、早く合流をしなければならない。

それなのに……!

「くそ……!」

向こうのISは常時発動型。こちらの稀少技能は時間制限付き。

このリミッターを解除するには限定解除許可がいるわけだが、さっきも言ったように今は不可能。

……五分じゃない。俺の方が不利じゃねぇか!

エネルギー翼と魔力刃を何度も合わせながら、通路内を乱舞する。

衝撃波が吹き荒れ、ガジェットの残骸は舞い踊る。

鎌の魔力刃を発生させたSeven Starsを振るい、接近しようとしてきたトーレを遠ざける。

それと同時に稀少技能が解けたので、再び発動。

が、一瞬の空白の間にトーレが俺の左下へと移動していた。

ハルバードか否か。逡巡し――

「……何!?」

左腕で、インパルスブレードを受け止める。

皮膚を裂き、肉が千切れ、血が噴き出す。

……だが、骨までは断てない。三分の一ほどまで刃が突き刺さっているが、それだけだ。

「ぐうぅ……捕まえたぁ!」

頭に響く激痛に呻きながらも声を上げ、手の中でグリップを滑らせてSeven Starsを短く持つと、振り下ろすと共に魔力刃を突き刺す。

それと同時に稀少技能が切れ、

『ブレードバースト』

間髪入れずに、魔力刃を破裂させた。

爆煙によって視界がゼロへと変貌するが、トーレが吹き飛んだ方向は把握している。

歯を食いしばって痛みに耐えながらSeven Starsの穂先をそちらに向けると、魔力を集束させ、姿勢制御のために両肩のアクセルフィンへと魔力を送り、

「ディバイン――バスター!」

砲撃。

轟音が通路を震わせ、閃光で視界が明滅する。

非殺傷での一撃だが、これなら、おそらくは。

粉塵によって灰色に染められた通路の中に、俺の荒い息だけが木霊する。

稀少技能の連続使用……こんなに堪えるもんだったかな。

壊れたエンジンのように深く、耳障りな吐息を漏らす自分の喉に顔を顰める。

バリアジャケットの下は汗でびしょ濡れになっているし、身体の節々からは嫌な反応が返ってくる。

……早く隊長たちと、合流を。

そう思い、Seven Starsを肩に担いで移動を再開しようとした瞬間だ。

「まったく、お前は過激だな、エスティマ」

……どこかで聞いた――聞き覚えのある声が耳に届いた。

煙は徐々に晴れてゆき、声の主の姿がうっすらと浮かび上がってくる。

……ああ、そうだ。彼女の声だ。

けど、なんで?

思わず飛行魔法をキャンセルし、地面へと降り立つ。

左腕の傷がじくじくと痛むが、その苦痛も目の前の光景に薄れてしまいそうだ。

視線の先。

そこには倒したと思ったトーレが苦痛に顔を歪め、右腕を押さえながらも立っており……いや、そんなことはどうでも良い。

その隣に立っている、小柄な、首にリングペンダントを下げた人。

華奢な体躯を戦闘機人のスーツで包み、その上からコートを纏った姿。

長い銀髪。少し太めの眉。

「……いや、え?」

そんな、間抜けな声が出てしまう。

いや、分かっている。ナンバーズの中で、あの体格でコートを着ているのは、一人しかいない。

……けど、おかしいじゃないか。

彼女が首に下げているアクセサリーは、俺が彼女にプレゼントしたもので。

いや、違う。そうじゃない。いや……そう、なのか?

「……お前とは、こんな形で顔を合わせたくなかったよ」

ざり、と靴裏がガジェットの残骸を噛んで音を上げた。

……なんで後退っているんだよ、俺は。

「……フィアット、さん?」

「それは偽名……私はナンバーズの五番、チンクと言う」

そう……か。

言われてみれば、そうだ。

確かに、眼帯をすれば、脳裏にぼんやりと残っているイメージに合っている。

この身体に入ってから摩耗した、情報と違って鮮度を保っていられない視覚情報。

合っていると断言はできないが……ああ、そうだ。確かに彼女はチンクだ。

ナンバーズの五番で、俺の敵。

……敵なら。

Seven Starsを握る腕を持ち上げ、構えようとする。

が、穂先が妙にブレていることに気付いた。

見れば、腕がどうしょうもないほどに震えている。

それを頭を振って見なかったことにし、両手で、Seven Starsのグリップを掴み、対峙する。

「エスティマ、抵抗するな。お前に乱暴はしたくない」

一歩、フィアット――否、チンクが歩み寄り、俺が一歩下がる。

そんなことを二度ほど繰り返し、彼女はどこか呆れたように、諦めたような、笑みを浮かべた。

「エスティマ。あの時の問いを、もう一度しよう」

「……あの時?」

「墓地での、だ。……私たちの元にこないか?」

脳裏に風化しかけた一年以上前の記憶が浮かんでくる。

Larkを葬って、その直後に交わした会話。

……ああ、そうだ。確か、そんなことを言っていたな。

そんな風に思い出し、俺の口から漏れたのはイエスでもノーでもなかった。

「あのときから、俺に目を付けていたんですか?……プロジェクトFの遺産である、俺に。あんたたちの親は」

「……どこまで知って」

「答えろ! 最初に出会ったときから、お前は俺を騙していたのか!?」

彼女の問いを遮り、怒声が零れた。

……ああ、みっともない。本当にしょうもない。

けど……どうしてだろうか。

この人に裏切られていたのだと……そう思うだけで、どうしてこんなにも。

視界が歪み、それだけは、と必死で堪える。

……目の前の彼女を八つ裂きにしてやりたい。したくない。

そんなドロドロとした、上手く言葉にできない感情が際限なく沸き上がってくる。

チンクは俺から目を逸らすと、躊躇いがちに口を開く。

「……ああ、そうなるだろうな。名を偽り、身分を嘯いて、お前に近付いた。
 それに間違いはない」

「なんで……そんなことを」

声が裏返った。だが、構わずに先を続ける。

「なんの意味があってそんなことを、どんな理由があって、あんたは……!」

「監視だよ。それと、保険だ。今このときに、お前をこちらへと引き込むための。
 ……おそらく気付いていないようだから教えてやる、エスティマ。
 お前は一年以上前、闇の書事件のときから、人間ではなくなっているんだよ」

「はっ――人間じゃないって言うのなら、そんなこと、生まれたときから……」

「違うんだよ、エスティマ。……レリックウェポン、というものを知っているか?」

その単語で、一年以上前、人間じゃない、というピースがカチカチと組み合わさる。

……いつの間にか手の震えは全身に及んでいた。

寒気すら覚える。

俺の様子を見て、博識だな、とチンクは繋ぐと、先を続けた。

「ヴォルケンリッターによって命を奪われたお前は、私たちの親によって蘇生された。
 魔力結晶体を埋め込まれ、人ならざる兵器として生まれ変わり、お前は再び目を開いた。
 ……お前は私たちと一緒なのだ。
 戦うための道具としてこの世に生を受けた存在」

そこで一度言葉を句切り、彼女は胸元に下がったリングをつまみ上げる。

チャリ、と心地の良い音。

それに頬を緩ませながら、彼女は柔らかな視線を向けてきた。

「日常も悪くないものだったよ。お前と共に過ごした日々は、楽しかったと言える。
 ……だが、お前はそうじゃないだろう?
 なぁ、エスティマ。薬を頼りに正気を保ってまで送る生活になんの意味がある。
 そこまでして、守る価値はあるのか?
 いつも私に愚痴を言っていたではないか。辛い、と。
 そんな物、全部捨ててしまえ。そして、私たちと一緒に過ごそう。
 ……な?」

カツカツと足音を立てて彼女は近付いてくる。

……今度は、もう、後ずさることはない。

……どうしようもないだろう、こんなの。

ははは……笑える。この上なく笑えるじゃないか。

プロジェクトFで生み出され、レリックを埋め込まれ、終いにはこの左腕……この義手は、きっと戦闘機人計画に噛んだ代物なんじゃないのか?

……馬鹿馬鹿しい。

イレギュラーだった俺は、いつの間にか歯車の一つとして組み込まれていたわけだ。

それも、欠かすことのできない類のキャストとして。

原作がどうのこうのなんて、もう言うつもりはない。ずっと前からそんなつもりはなくなっている。

けど……これはあんまりだ。

いくらなんでも、これはないだろ?

最低の最悪で……逃げ出したいのを必死に堪えて、Larkまで失って闇の書事件を終えて。

その傷だって段々と癒えてきたっていうのに、これからはもう裏目になんかしないって、そう、思っていたのに。

そのために動き続けていたのに。

それなのに、破綻の種は俺自身にあっただなんて。

カラン、と音が足元から上がる。

ああ……Seven Starsか。取り落としたみたいだ。

きっとコイツもスカリエッティ謹製なんだろうなぁ。

ははは。

あははははは。

くつくつと笑い声が零れる。

チンクが怪訝そうな表情をするが、俺からしたらそっちが不思議だ。

だって、そうだろう?

嗚呼――もう嫌だ。

もう、どうにでもなれ。

「……エスティマ?」

心配そうな声。それと共に、チンクが俺の頬へと手を伸ばし――

「はあぁぁぁぁああああっ!!」

轟音、震動。

不意に、脇の壁が爆ぜた。

棒立ちになりつつ首を傾げてそっちを見ると、そこには右拳を突き出してこっちに突っ込んできたクイントさんの姿が。

ああ、良かった。まだ生きてたんだ。

「エスティマくん、無事ね!?」

「待て、そいつは私と……!」

「メガーヌ!」

クイントさんの声と共に、チンクと俺たちを分断するように、通路を遮断するほどのシールドが展開される。

チンクが何かを叫びながらシールドに拳を叩き付けるが、何を言っているのか分からない。

恨み言か何かだろうか。どうでも良いけど。

「エスティマくん、ほら、しっかりして!」

肩を揺さぶってくるクイントさん。バリアジャケットはところどころ裂けており、額からは血を流している。

必死そうな表情からは、きっと俺を助けるためにここへと突入してきたであろうことが察せられた。

「メガーヌ、エスティマくんを上層に転送!」

「分かったわ!」

りん、と涼しげな音と共に俺の足元に魔法陣が展開した。

……転送魔法か。

「……クイントさんとメガーヌさんは?」

「私たちなら大丈夫だから、ね?」

「ええ。君は先に隊長のところへ……ほら、しっかりしなさい。男の子でしょう!?」

怒鳴られ、Seven Starsを無理矢理持たせられる。

……それで、萎えていた気力が少しだけ持ち直した。

駄目だ。駄目だ駄目だ駄目だ。

「駄目だ! こんなところに残ったら、間違いなく死ぬ!
 それが分からない二人じゃないでしょう!?」

悲鳴じみた声色が出た。

それに、クイントさんとメガーヌさんは顔を合わせると、子供をあやすとき特有の笑みを俺に向ける。

「あら。エスティマくんは私たちが負けるとでも思っているの?」

「なら残念。生憎と、娘が成人するまで死ぬつもりはないのよ。私も、クイントもね」

だから、と二人は繋ぎ、

「安心して行きなさいな。……たまには、娘たちと遊んであげてね」

「待っ――!」

手を伸ばす。

けれど、それが届くより早くクイントさんの転送魔法が完成して――

コマ送りのように、次に現れた視界には、二人の姿は見えなかった。

「あ……ああああ……」

その場に膝を着き、次いで、両手を地面に着く。

もう堪えることができなくなり、嗚咽が口から漏れた。

俺なんか、もうどうなったって良いのに、なんであの二人が……!

手遅れの俺なんかどうでも良くて、あの二人は幸せになるべきで――俺は、そうするためにここにいたというのに。

思わず床を殴り付け、奥歯を噛み締める。

こんなことになるぐらいなら、俺は……!

「スクライア執務官!」

名を呼ばれ、ほぼ条件反射で顔を上げた。

周りを見回せば、この場にいる人数は四人。

そのどれもが憔悴しきった表情で、玉のような汗をびっしりと浮かべている。

「……隊長は?」

「殿を務めると言って、一人で……指揮権は執務官に譲渡されました。限定解除も行われています。
 執務官、指示を」

「……そう」

……そうか。

それだけ応えて、ゆらり、と立ち上がる。

……誰も救えず、自分が人間ですらないと知り。

目的を果たせず、またこんなことになり。

……もう、うんざりだ。

「もう――――――――――
      ――――――――――――もう、たくさんだ!」

『フルドライブ・エクセリオン。
 モードB。カウリング・ガンハウザーをセレクト』

唐突の咆吼に呆気にとられた隊員たちを余所に、フルドライブモードを起動させる。

エクセリオン。莫大な魔力消費と引き替えに全能力値を底上げするモード。

それを開放する。

ハルバードの外装は全て剥がれ落ち、剥き出しの、黄金のフレームが現れる。

それは眩い光を放ちながら流動すると、一本の槍に変貌。

次いで、虚空から現れた外装が、彩りを加える。

人の頭を飲み込むほどの砲口。それを上下からホールドする、顎のような外装。

ヘッドの形状を例えるならば、ブレスを吐き出そうとした姿勢で固まった竜の頭か。

その後頭部に重厚な回転式弾倉が填り込む。

最後に石突きが伸縮し、放熱器が開放される。

近接戦闘能力、射撃補助。それらの機能の一切を廃して、ただ砲撃を撃つためだけに特化した、Seven Starsの四形態の内一つ。出力調整など考えず、ただ最大出力で敵を蹴散らすために、カートリッジシステムも装備されている形態。

「……スクライア執務官?」

「……地上までの突破口を作ります。離脱したら、指定の人物に連絡をしてください。
 間違いなく、保護してくれるはずです」

言いながら隊員にデータを転送して、砲口を斜め上へと向ける。

そして両手でグリップを握り締め、深呼吸を一つ。

「もう……どうにでもなれ」

『――Zero Shift』

瞬間、すべてが速度を失う。

戸惑った隊員たちも、未だに続いているどこかの戦闘の音も。

そんな中で動けるのは、俺とSeven Starsのみ。

忌々しいデバイスだ、本当に。

だが、今は――今だけは、その性能に感謝してやる。

「ディバイン――!」

『カートリッジロード』

重厚なヘッドの上部に露出した、大型の回転式弾倉。

装填されたすべてのカートリッジ六発を開放し、流れ込む魔力に吐き気すら覚える。

だが、それをなんとか飲み下し、ただ天井の一点を睨み付け、

「バスタアアアァァァァァァァァッ――――――――!」

溜まりに溜まった魔力を、一気に開放した。

視界を覆うサンライトイエローの光に目を焼かれながら、しかし、しっかりとグリップを握り締めて足を踏ん張る。

そうして十秒ほどだろうか。

魔力を吐き出し切り、熱風を放熱器から吐き出すSeven Stars。

今にも倒れそうなほどに意識がふらつくのをなんとか堪えながら、たった今空けた大穴――

地上へ一直線の最短ルートを指さす。

「……行け」

「は、はい。……あの、執務官は」

「急げ!」

「はい!」

怒鳴りつけ、隊員たちは焦った様子で地上へと登り始める。

……これで良い。

……俺にできることなんて、これが精一杯だよ、どうせ。

『カウリング・パージ。モードAに移行します』

ガンハウザー・カウリングが切り離され、Seven Starsは再び以前と同じ白金のハルバードへと姿を戻す。

だが、フルドライブは維持したまま。

失血のせいだろうか。感覚を失い始めた指先を苛立たしく感じながら、俺はSeven Starsを両手で握り締める。

「さて……きたか」

通路の両側から、まるで害虫のように数多ものガジェットが姿を現す。

Ⅰ型に混じってⅣ型も。

……八つ当たりの相手としては上等だよ。

俺には勿体ないぐらいだ、本当。

『リミット無制限――Zero Shift』

稀少技能を発動させ、ガジェットの群れへと突撃する。

魔力刃で敵を切り裂くなんてことはしない。

みんな壊れてしまえと、ただ闇雲にSeven Starsを振り回す。

俺の魔力を吸い上げたSeven Starsの硬度は、悪い冗談のような次元に達している。

それを音速超過で叩き付け、腕を振るうごとにガジェットの残骸が一つ、また一つと増えてゆく。

唐竹から振り下ろし、突きで貫き、薙ぎ払う。

レーザーを放つ前に叩き潰し、前脚を振り下ろそうとするガジェットを転倒させ、左拳で打ち砕く。

ああ、なんだろう。

今までにないほどに頭が冴える。

左拳はきっと割れているというのに、その痛みすら心地良いと錯覚しそうだ。

駆逐し、殲滅し、次の獲物はまだかと心待ちにする。

――そうして、どれだけのガジェットを潰した頃だろうか。

「あ――れ?」

不意に、全身から力が抜けた。

脚がもつれてその場に倒れ込み、不様に顔面からぶつかった。

……なんだろう。床が冷たくない。

むしろ暖かみすら感じるな、などと思いながら、Seven Starsを杖にして立ち上がる。

「それにしても……まだ動けるのか、俺」

割と限界を超えたことをしたと思ったんだけどな。

本当、嫌な身体。

「敵……敵を探さないと」

Seven Starsで身体を支えて、歩き出す。

ゼロシフトも、エクセリオンも切れてる。ってことは、魔力が底を着いたか。

まぁ、あれだけ暴れれば当然だよな。

昂ぶっていた気分が急に冷めて、それと同時に、身体が酷く重くなった。

……俺、何やってんだろう。

馬鹿みたいだ。気に入らないから暴れて、そんなことをしたって、なんにもならないってことぐらい、分かっているのに。

本当――

「馬鹿だ……な……っ!?」

ずち、と、右肩を何かが貫通した。

見れば、バリアジャケットを貫通して鋼の爪が突き出ている。

ゆっくりと首を回すと、そこにはガジェットⅣ型の姿が。

それを切っ掛けにして右腕も力を失い、Seven Starsが地面に転がった。

俺は俺で無造作に持ち上げられて、壁へと叩き付けられる。

息が詰まる。右肩から飛んだ血飛沫が目に入って痛い。

ずるり、と背中が壁を滑って尻餅を着くと、俺を取り囲んでいるガジェットⅣ型の姿が見えた。

十体ぐらい……かな? まだこんなに残っていたのか。

いや、俺の見落としかも。こいつらステルス迷彩持ってるし。

まぁ良いや。

「……これで終わり」

機械的に持ち上げられたガジェットの前脚を眺めながら、そんな言葉が口を突いて出た。

そして、まるで断頭台の刃のように、鋼の爪が振り下ろされる。

……こういう時、走馬燈が見えるものだと思ったけど。

……いや、そういえば、シグナムに殺されたときは見た気がするし、一生に一度っきりなのかな走馬燈。

そんなどうでも良いことを考えながら、目を瞑る。

……。

しかし、いつまで経っても期待した終わりは訪れない。

どうなってんだ、と目を開けば、そこにあったのはライトブルーの光の壁。

そして、

「テメェら……!」

聞き覚えのある声が鼓膜を震わせた。

「エスティマに――はやての恩人に、何やってんだ――――!」

轟音、次いで、破砕音。

……ああ、そういえばそうか。

救援がきたって、おかしくなかった。

最後にそんなことを思いながら、俺は意識を手放した。





























「どうやら撤退したようだね」

ディスプレイに映る外の様子を眺めながら、ジェイル・スカリエッティは小さく頷いた。

そして、顔に出さないが胸を撫で下ろす。

……今回の襲撃は、正直、心が躍った。

対魔導師用の切り札であるAMF搭載型機械兵器。それらの有用性は、充分に立証できただろう。

精鋭揃いと言われている部隊の主力メンバーを疲弊させるのに充分な役目を果たし、自分の作品を最大限に映えさせる道具となってくれた。

それは良い。それらは全て想定の範囲内だ。

だが、正直なところ予想外だったことが一つ。

「エスティマくん……君はどこまで私を楽しませてくれたら気が済むのかね」

研究所内に配備しておいた機械兵器。それらの半数以上を、彼は一人で破壊し尽くした。

ディスプレイには、ついさっきまでライブで送られていたエスティマの戦闘映像が今も流れている。

それだけではない。

先日の戦技披露会――チンクに撮影させたもの――のも同時に映っている。

まるで暴風のように破壊を振りまくその姿は、既に人ではない。

愉悦に目を細め、スカリエッティは両手を振り上げながら阿呆のように大口を開ける。

「やはり私の作った作品は最高だ……アハハ……!
 喝采せよ、かっさ――」

『博士』

「……何かな」

心持ち不機嫌な声で、スカリエッティは通信ウィンドウに浮かんだ顔、クアットロに返事をする。

『今回撃破した魔導師ですが、どうしますー?
 私の方はきちんと息の根を止めたのですが、チンクちゃんは半殺しでやめちゃったらしくてー。
 あの坊やも引き込むのに失敗したみたいだし、本当、駄目な子』

「ふむ……」

顎に手を当てながら、スカリエッティはキーボードに指を滑らせて魔導師のデータを参照する。

「一応、すべて回収してくれたまえ。レリックウェポンの素体に、高ランク魔導師が欲しかったところだし。
 エスティマくんへの対応も、追って考えよう」

『了解です』

どこかはしゃいだ様子で通信を切ったクアットロ。

スカリエッティはエスティマの戦闘映像を見ながら、手に入ったサンプルに思いを馳せる。

が、

「ドクター」

「何かなウーノ」

「早々に他の研究所へ移らなければ、面倒なことになります」

「……そうだね」

誰の仕業が知らないが、この場所が聖王教会に知られてしまった。

戦闘機人はともかく、レリックウェポンのことを知られたら面倒なことになるだろう。

溜息混じりにデータの整理と自爆装置の発動を検討しながら、スカリエッティは背中を丸めた。





[3690] 空白期 五話
Name: 角煮◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2008/12/06 04:37

時は少し遡る。

ベルカ自治区。もう夜も更け、いつもの就寝時間を過ぎているというのに、八神はやては起きていた。

窓の外に広がる、自然に囲まれた建物群は闇夜に沈んで眠っている。頭上には寒気すら感じさせそうな、冷たい月光を放つ満月と、九十七管理外世界にはなかった数々の惑星が浮かんでいる。

それを呆けた様子で眺め、はやては口元にコーヒーカップを持っていった。

基本的に早寝早起きを行っている彼女にとって夜更かしは楽なものではない。

エスティマの真似をして慣れないブラックコーヒーをお供に頑張ってみるが、それでもじわじわと眠気が染み込んできそうな錯覚を受ける。

しかし、眠ろうとしたところできっと寝付けないだろうと、はやてはぼんやりと思っていた。

虫の知らせにも似た胸のざわつきが、どうにも収まらないのだ。

今日の夕方、エスティマから一本の電話があった。

彼の声には焦りが滲んでおり、その内容は懇願に近い。聞きようによっては一方的とすら言える頼み事をしてきたのだ。

――今日、ちょっと面倒な任務がベルカ自治区の近くであるんだ。悪いんだけど、もしこっちから連絡が行ったら力を貸してくれないかな。

そんなことを、珍しく自分に頼んできたのだ。

はやては頼まれた時、二つ返事で力になると約束した。これでようやく、と、そう思ったからだ。

しかし、そんな興奮は時間が経つと共に薄れ、逆に一つの感情が浮かび上がってきた。

それは不安だ。

『あの』エスティマが他人を頼るだなんて。今まで誰かを頼ることはあっても、肝心な部分はすべて自分で行う姿勢を崩さなかった彼が、だ。

……エスティマくん、何があったん?

そう問い掛けたくはあったが、今となっては後の祭りだ。連絡をしようにも、彼の携帯電話は電源が切れているようだし、念話だって距離が離れているせいなのか通じない。当たり前だが。

自分を頼ってくれるのは嬉しい。今までロクに力になれなかったのだから、今度こそ、とどうしても思ってしまう。

ただ――それで彼が危険な目に遭うのは御免だ。

闇の書事件の最終局面でボロボロになった彼の姿を知っている、はやてからすれば、また手遅れ一歩手前の無茶をするんじゃないかと心配でしょうがない。

――すごいするんだよ! もう、見た人全員が真っ青になるぐらい!

自分よりも長い時間をエスティマと過ごした友人のなのはも、エスティマは無茶をすると言っていた。

……やっぱり、今回もそうなんやろうか。

だったら嫌だ。すごく嫌だ、と胸中で呟き、

「……あれ?」

ふと、眺め続けていた外の風景に変化が起こった。

森の中から空へと真っ直ぐに伸びる、サンライトイエローの柱。

エスティマの魔力光。それはあるていどの高度まで上がると、闇夜に沈むようにゆっくりと消えていった。

『……エスティマくん?』

耐えきれずに試しに念話を送ってみるが、応答はない。

一体何があったのかと、はやては胸の前でぎゅっと両手を握り締める。

そうして、十分ほど経った頃だろうか。

不意に、備え付けの情報端末が音を上げた。

はやては恐る恐るといった手つきで腕を伸ばすと、ボタンを押す。

そうして一番最初に聞こえてきたのは、荒い息だった。

……なんやろ?

「はい、八神です」

『夜分遅く、失礼します……私は時空管理局、首都防衛隊作戦部第三課の――』

続く隊員の自己紹介を聞きながら、エスティマくんの部隊や、とはやては思い出す。

いつだったか聞いた彼の勤め先。そこの隊員が、なぜ連絡をしてくるのだろうか。

なんでエスティマじゃないのだろうか。

『こちらに連絡をし、保護してもらえと指示を受け……』

「あ、あの……エスティマくんは?」

濃い疲労が滲む隊員の言葉を遮って、はやては我慢できずにエスティマのことを聞く。

返答は、詳しくは言えませんが、という前置きの後に続いた。

『執務官は我々を先に行かせ、単身で……未だ交戦中です』

「――っ! ヴィータ、ザフィーラ!」

りん、と涼しげな音と共に、はやての足元に白の古代ベルカ式魔法陣が展開する。

続いて、それを両脇から挟むように真紅とライトブルーの魔法陣が現れた。

次いで現れるのは、彼女の守護騎士。鉄槌の騎士ヴィータと、人間形態の盾の守護獣ザフィーラ。

二人はゆっくりと閉じていた目を開くと、緊急で自分たちを呼び出した主に視線を向ける。

「どうした、はやて」

「召還とは、穏やかではありませんが」

「二人とも、聞いて。今、エスティマくんが一人で戦っとる。エスティマくんの同僚さんが、困っとる。
 お願い、私の騎士たち。みんなを、助けてあげて」

たどたどしい口調で、しかし、はっきりとはやては守護騎士に告げる。

焦ったはやての説明では、何が起こっているのかさっぱり分からない。だが、はやてが本気なのは確かだ。

それだけ分かれば充分だ、と二人は強く頷くと、武装隊員から送られてくる座標へと長距離転送を行う準備を始めた。

二人の様子を見ながら、はやても準備を始める。

リインフォースⅡは未だ完成していないが、シュベルトクロイツなら既にある。

自分だって、エスティマを守るぐらいはできるはずだ。

そう思いながらセットアップを始めようとし――

「こんな時間に、何をしているのですか?」

唐突に聞こえた声に、はやてはびくりと身体を震わせる。

部屋の入り口に顔を向けてみれば、そこにはシスター・シャッハの姿があった。

彼女は咎めるような目つきをはやてに向けながら、近付いてくる。

「あ、あの……シスター……」

「何があったのですか? デバイスを握り締めて、何をするつもりなのです?」

「わりぃ、シスター。説明している暇はねーんだ」

「説明しろ、と私は言っているのですヴィータ」

ヴィータの言葉を切り捨てて、シャッハははやての眼前に浮かんでいるディスプレイに顔を向ける。

「あなたたちは?」

「……我々は、時空管理局首都防衛隊作戦部第三課です」

そこから始まる説明は、先程はやてに行われた状況説明よりも内容が整理されたものだった。

何を行っていたのか、は結局明かされないままだが、自分たちの置かれている状況がどのようなものなのかを正しく伝えてくる。

そして彼らの説明を聞いて、はやての表情から血の気が引いた。

部隊長、隊員二名は消息不明。その内一人はオーバーSランクの騎士。

そんな戦場に、エスティマくんは一人で残っている?

冗談じゃない……!

「ヴィータ、ザフィーラ、急いで!」

「待ちなさい!」

「聞けっかよ! こうしている間にも、あの馬鹿が面倒なことになってたらヤベェだろ!?」

「……すまないが、我らは主の命を最優先で実行させてもらう」

それだけ言って、二人の身体は消える。

『お願い、ヴィータ、ザフィーラ』

『エスティマは、ちゃんと連れて帰るから』

『お任せを』

去り際に念話のやりとりをして、はやてはほっと胸を撫で下ろす。

あとは、自分が行けば。効果はそれほどでもないが、治療魔法だって使える。それか、もし戦線が拡大しているのなら、広域攻撃魔法で全部吹き飛ばしてでも――

そう思い、待機状態のデバイスを握り締め、しかし、横から伸びてきたシャッハの手がはやての腕を握り締める。

苛立ちが一気に吹き出し、思わずシャッハを睨み付けてしまう。

「……駄目ですよ」

「……なんでや?」

「あまりこういう言い方は好きではないのですが……はやてさん。あなたは、我々が保護している身です。
 貴重な古代ベルカ式の使い手を、オーバーSランクの騎士がどうなったのかも分からない戦場に出すつもりはありません」

「そんな都合、知らへん! 私は――!」

「……分からないのですか? あなたが動くことが、どういうことか」

言われ、はやての脳裏に数々の事柄が浮かんでくる。

はやては管理局の籍を持っているわけではない。今はベルカ自治区で魔法を学んでいるだけの一般人だ。

ただ、古代ベルカ式魔法を使える上に夜天の主という肩書きはあるが。

それ故に保護をしてもらっている立場であり――そんな彼女が自ら危険に首を突っ込むのは、聖王教会の面子を潰すことに繋がる。

あとで事実をどうとでもねじ曲げれば良いかもしれない。しかし、執務官であるエスティマからの頼みごと、という事実がある以上、完全にもみ消すことはできないだろう。

もしできたとしても、後々エスティマの首を絞めることに違いはない。

だが……それがなんだと言うのだ。

そんなことで躊躇っている内に手遅れになったら、それこそ意味がない。

大切なことは何一つ見落としてない。そう思い、思い込み、はやてはシャッハへと食ってかかる。

「シスターだってエスティマくんと仲がええやないか! それなのに、見捨てる、いうの!?」

「誰も見捨てるとは言っていません。先程、こちらでも異常に高い魔力反応を感知しました。
 自治区に近いところであんな砲撃を撃たれたら、私たちも無視できません。調査隊だって送られるはずです。
 だから、落ち着いてください」

「せやかて……」

唇を噛み締めながら、はやては俯く。

そして結局、はやてはシャッハを押し切ることができなかった。

私も向かいます、と最後には安心させるように言葉を向けてくれたが、それで満足できるわけがない。

ヴィータやザフィーラを送ることができても、結局自分は何一つしていない。

悔しさで泣きそうになりながらも、はやては一人でみんなの帰りを待つことしかできない。

何かが崩落するような轟音が彼方から響いてきても、自分は現場に行くことができない。

そして、一時間が経過したころか。

「……ごめん、はやて」

憔悴した様子で帰ってきたヴィータ。背中を中心に体毛をびっしょりと血で濡らした、狼形態のザフィーラ。

ザフィーラの姿を見て怪我をしたのかと駆け寄ったが、違う。

近くで見れば分かるが、ザフィーラには傷一つない。

……血? 誰の?

既に乾いて、ぱりぱりとした手触りを伝える毛にゆっくりと手を伸ばす。

「ザフィーラ……これ、どうしたん?」

「……エスティマのものだ、主」

ただ事実だけを簡潔に口にするザフィーラ。

ああそうか、とどこかで納得する自分がいる一方で、違うかもしれないと希望を抱く自分もいる。

僅かな逡巡の末、後者の衝動に負けて、はやては引き攣った笑みを浮かべながら、震える唇を開いた。

「え、エスティマくんの血って……はは、嫌やなザフィーラ。
 こんなんいっぱい血が出るなんて――悪い冗談や」

同意を求めるようにヴィータを見るが、彼女は伏し目がちとなり唇を噛むだけだ。目には涙すら溜まっている。

それを見て、ああ本当なんだ、と今度こそ納得する。

納得してしまった瞬間、はやてはその場に力なく膝を着いた。























リリカル in wonder





















エスティマが墜ちた。

その報告をクロノとなのはが耳にしたのは、彼が救出されてから一日経ってからのことだった。

教えてくれたのはユーノ。

報告を聞いたとき、なのはは慌てていたが、クロノからすれば、またか、といった印象だ。

重傷を負うのが墜ちると呼ばれるのならば、エスティマはクロノの知っているだけでも三度墜ちてる。

どうせまた命には別状がないのだろうと笑い飛ばそうとしたのだが――昏睡状態が続いていると聞き、目を見開いた。

……あの馬鹿が?

まさか、と思う一方、だろうな、とも思う。

エスティマの戦闘が紙一重で成り立っているのを、クロノは良く知っている。執務官補佐として側に置き、戦闘の面倒も見てやったのだ。

平均を超えた威力の砲撃の直撃でも受ければ一撃で意識を刈り取られる。そんなことは、誰よりも良く知っている。

その分、攻撃をしかけるのを馬鹿らしく思えるぐらいに良く避けるのだが……それでも撃墜と紙一重なのは変わらない。

遅かれ早かれ、いつかは、と思ってはいたが――まさか、それで昏睡状態になるとは。

……あの馬鹿が。

何をやっているのか。執務官が墜とされるというのがどれだけの意味を持つのか、しっかりと教え込んだというのに。

別に高ランク魔導師だけが執務官になるわけではない。多いのは確かだが、それが全てではない。自らの実力が低いのならば優秀な補佐官を持てばいいだけの話なのだから。

執務官。高い権限が持たされ、優れた判断力と知識をもって部隊を引っ張る存在。

配属先ではエスティマは部隊長ではなかったようだが、しかし、執務官という肩書きを持つ以上寄せられる信頼と期待は大きい。

……部下を先に行かせて自分は残るなんて、なんのつもりだったんだアイツは。

殿を務める? ああ、それは確かに聞こえは良い。だが、指揮官としての権限を持つ者がそんなことしてどうするというのだ。

あの馬鹿が。

オーバーSランクやエース級の騎士が倒される戦場?

だからどうしたと言う。なぜ倒されたのか、なぜそのような状況になったのか。そういった事柄を上に報告するのがエスティマの役目だった。

部下を切り捨ててでもアイツだけは、敗走してでもエスティマだけは、失敗を次に生かすために早々に離脱するべきだった。

だというのに。

あの馬鹿が……!

人としては上出来かもしれないが、執務官としては失格だ。ヒーローにでもなったつもりかあの馬鹿は。

顔を見たら一番に怒鳴りつけてやろう、あの馬鹿に。そう決めて、クロノは仕事を一気に片付けて休暇を取った。

そうしてエスティマが墜ちてから三日目。彼はなのはと共に、ようやくミッドチルダへと上陸した。

最初の二日はベルカ自治区で治療を受けていたようだが、様態が安定した今日、彼はクラナガンの先端技術医療センターへと移っている。

そこの廊下を憤り混じりに歩きながら、クロノはエスティマのいる病室を真っ直ぐに目指していた。

「あ、あの……クロノくん? 歩くの速いよ?」

「……そうか?」

む、と眉を潜めて、クロノは歩調を緩めた。

そして、右手に持ったフルーツの詰め合わせが乗った籠の取っ手を握り直す。

ずっしりとした重量に手が痺れる。なんでこんな物を持ってきたのかと、今更ながらに後悔する。

こんなもの、あんな奴には勿体ない。

「ねぇ、クロノくん。エスティマくん、大丈夫かな……?」

「ん……きっと平気だろう。いつもみたいに」

思っていることとは裏腹に、彼のなのはに対する言葉は柔らかかった。

そうだよね、と同意する彼女の表情には、薄くだが影がある。

……それも当然か。

今のような受け答えは、ここ二日で何度も交わしていた。

闇の書事件でエスティマが『重傷を負った』とき、その現場を真っ先に目にしたのは彼女だ。

いくらAAAランク魔導師と言っても子供には違いない。今回のことで、その光景を思い出してしまっても無理はないだろう。

まったく、嫌な影響力を持つ奴だ。

角を曲がり、受付で聞いたエスティマの病室へと近付く。

ふと、伝えられた病室に検査機器が持ち込まれるのを目にした。

これから検診でもやるのだろうか。だとしたら、今行くのは邪魔になるだろう。

「なのは。少し間を置こう。今行ったら邪魔になる」

「え?……あ、うん。そうだね」

二人は踵を返すと、この階にある休憩所へと脚を向ける。

辿り着くと自動販売機で飲み物を買い、ようやく一息吐けた。

腰を下ろしてみて分かったが、少し疲れが溜まっていたようだ。

徹夜で仕事を片付けたこともそうだが、柄にもなく緊張していたのか。そんなことを考えて、そんなわけはない、と鼻を鳴らす。

「エスティマくん、今回はどんな目に遭ったの?」

「今回は……か。ああ、そうだな。まったくその通りだ。
 主な怪我は左拳の複雑骨折と右肩の貫通による出血多量。魔力の枯渇によるリンカーコアの損傷、といったところらしい」

「ええっと……」

「まぁ、今までの中で二番目に重い怪我だと思えば良いだろう」

「そうじゃなくて……詳しいね、クロノくん」

「第三課の武装局員が提出した取り敢えずの報告書には目を通したからね」

「そ、そうなんだ。……ねぇ、どんな任務だったの?
 エスティマくんがそこまでの怪我をして、オーバーSランクの人がやられちゃうなんて、私には想像できなくて」

「それは……」

思わず、クロノは言葉尻を濁す。

クロノが目を通した報告書。そこに記されていたのは、被害報告が殆どで内容にはイマイチ触れられていなかった。

意図的に隠されているような――そんな印象を受ける。調べもしていないので断言はできないが、有耶無耶にされたような違和感がある。

まぁ、勘でしかないのだが。

「違法研究施設に踏み込み、施設の防衛を行っていた機械兵器との戦闘が起こったらしい。
 密閉空間だったようだし、あいつのことだ。避け損ねてそこからずるずると、といったところじゃないか?」

もっとも、フルドライブモードを使ったエスティマがそんな程度で倒されるとはクロノも思ってはいない。

そして、それはなのはもなのだろう。

彼女はどこか釈然としない様子でクロノの話に頷きながら、考え込む様子で手で口元を隠している。

戦技披露会でフルドライブまで使ったのに相打ちへ持ち込まれた彼女からすれば、不思議でしょうがないのだろう。

「機械兵器って、どんな?」

「名称も存在もアンノウン――調査隊を送り込もうにも、すべては今や土の下で、どうしょうもない」

……これもまた、諦めるのが早すぎる気もするが。

エスティマが救出されてからほどなくして、研究施設は自爆――これまた狂った仕掛けだ。逃走の目眩ましと証拠隠滅にしては度が過ぎている――し、崩落。

クロノが口にした土の下、というのは冗談でもなんでもない。

とはいえ、別に調査が不可能になったわけではない。技能を持っている者は少ないが、土の下に潜るぐらい、魔法を使えばどうということはない。

だというのに調査は打ち切り。ストライカー級やエース級の魔導師を打ちのめす敵だというのに、それらを驚異と受け止めて警戒する素振りは見えない。

……陸もいつの間にか面倒な場所になったものだ。

そう胸中で悪態を吐きながら、クロノは苦笑する。

「まぁ、詳しいことは本人に聞けば良いだろう」

「うん、そうだね。……まったくもう、人を心配ばかりさせて。
 今度という今度は、しっかり絞ってあげるんだから!」

『Really』

レイジングハートまでなのはに同意する。その様子に笑みを浮かべながら、無理してるのかな、と思う。

ふとした拍子に暗い表情をする以外は、いつもと変わらない。

これがフェイトだったら、こうはいかないだろう。

区切りが良かったので、話を切り上げようとクロノは腰を浮かそうとした。

そのときだ。

ふと、自分たちの座っているソファーの真後ろからの話し声が耳に留まった。

「聞いたか? あの執務官の話」

「ああ。部下を守って意識不明の重体だろ? 俺もそんな上司の下に就きたいもんだ」

「馬鹿。相手はたかが機械兵器だぜ? そんなんで執務官とか」

「分かってるよ。だから、その程度でくたばってくれるなら簡単に上官の席が空くだろ?
 そうすりゃ給料も上がるし、その上命も守ってくれて、良いことづくめじゃん?」

「言えてる。無能でもそれなら助かるよな」

……別に珍しくもない。

執務官が重傷を負う、そんな現場がどんな代物なのか体験すらしたことのない局員の嘲笑など。

こんな話は海でも流れる。クロノもクロノで執務官なのだから、身近な話題だ。

しかし、隣の少女はそう思わなかったのか。

ついさっきまで穏やかだった表情は色を消して、目は据わっている。

レイジングハートを握り締めているのは偶然だろうか?

……まずい。

背中を嫌な汗と予感が走り、咄嗟に念話を放つ。

『おい、なのは、落ち着け』

『……落ち着いてるよ?』

と、念話を交わしている間にも、背後からはげらげらと笑い声が続いている。

『こういう時、エスティマくんならこう言うと思うんだ。……頭を冷やせ、って』

なのはがその台詞を言ったら異様に似合いそうだ、と思いながら、クロノはなんとか止めようと念話を続ける。

『非殺傷でも魔法を使って昏倒させたら犯罪だからな?』

『ああ、うん。そうだね』

と、綱渡りをしている気分のクロノを焦がすように、再び背後から無能という単語が飛び出す。

すると、ぴくり、となのはの結んだ髪の毛が揺れた。

『うん、犯罪だよね。――だから?』

『だから落ち着け』

ぐい、と無理矢理なのはの腕を掴んで立ち上がらせると、引き摺ってエスティマの病室に向かう。

もう良い頃だろう。

ちら、と視線を向けると、なのはは不満げな表情でクロノの腕を振り払った。

「……クロノくん、なんで?」

「仕方がないことだろう」

脚を止めず、前を向いて、クロノは返答する。

しかし彼女は納得できないのか、心持ち高い足音を立てて、クロノの後を付いてきた。

「どんな修羅場だろうと、体験していない者には伝わらないし、理解もしてもらえない。自分から遠い立ち位置にいる者には余計に。
 たとえ身体を張って部下を守ったとしても、見る者が見れば不様とも映るさ」

「けど、エスティマくんはあの人たちが言ったような人じゃないよ!
 馬鹿にされるようなことなんて、するわけがない……!」

「落ち着けなのは。僕の話を聞いていたのか? 君がいくらエスティマのことを良く言おうと、それでも妬む者や蔑む者はどこにでもいるんだ。
 いちいち気にしていたらキリがない」

「けど……!」

尚も食い下がるなのはに、思わず嘆息する。次いで、苦笑。

視野が狭くなるのは彼女の悪い癖だ。身内というフィルターがかかっていることを自覚しているのか否か。

……ただ、他人のことを自分のことのように怒ってくれる彼女の隣は、居心地が良い。

擦れてない素直さは、見ていて気分が良い。

「なのは」

「……何?」

「エスティマが哀れだと思うのなら、励ましてアイツの復帰を少しでも早めてやれ。
 また働き出せば、妙な噂なんて吹き飛ぶさ。
 それだけの働きができる奴だ」

「あ……うん」

呆気にとられたような気配を背後に感じながら、クロノは脚を止めずにエスティマの病室へと向かう。

そしてしばらく経ち、余計なことを言ったと少し悔やんだりした。




































目を開ける。

鼻を突くのは病院特有の、あまり気分の良くない匂い。

カーテン越しだが、窓から差す光に目に染みる。朱い……もう夕方みたいだ。

と、そこまで考えて、ようやく頭が回り始めた。

ぼんやりとした霞が取れて、視界が鮮明になる。

見覚えのない部屋だけど、ここはどこだろうか。

タイル張りの床。清潔な、染み一つないシーツと布団――って、病院だろうよ。匂いと雰囲気からして。

誰かがお見舞いにでもきてくれたのか、ベッドサイドには果物の詰め合わせが置いてあった。

病院、と単語が脳裏に浮かび、なぜここにいるのかと考えて、あの夜のことを思い出した。

……何もできず、何も知らず、ただ八つ当たりをして、最後は死ぬような目に遭って。

「……なんで生きてるんだろう」

そう思い、ああそうか、と思い出す。

ザフィーラとヴィータに助けられたのか。

正直、右肩に空いた穴からの出血はどうしようもないと思ったけど、流石はレリックウェポンといったところなのかね。

別にどうなっても良かったのにさ。

いやに窮屈な左腕に視線を向ける。

点滴のチューブが肘に取り付けられており、その先はギプスを巻かれて固められているが、さて。

左手を動かしてみても、痛みは一切感じない。

あの独特の、なんとも言えない感じがしないから麻酔とかじゃないだろう。どうせまた、交換されたんじゃないだろうか。

はは……お節介なことだな。

敵でしかない俺をわざわざ修理して。

ん……だとすると、ここは先端技術医療センターかな?

あそこで今までフィア……いや、チンクの診察を受けていたんだし、俺を治療する設備があったって不思議じゃないさ。

深々と息を吐き出し、全身から力を抜く。

……これからどうすれば良いんだろうな。

もう、本当に分からない。

俺は火種でしかないのだ。きっと周りにいる人間は不幸になる。それだけは、きっと間違いないだろう。

プロジェクトFの遺産でレリックウェポンで、左腕は戦闘機人? はは、なんだこれ。僕の考えた悪魔超人か。

……本当、なんの冗談だよ。既にスカリエッティの手に落ちている俺はどうすれば良いんだ。

今の状況から脱するには、まず――

と、そこまで考えて、やめた。

……どうせ何かしら動いたって、また裏目だ。もしくは、何も変わらない。

……だったら何もしなくて良いや。

正直……もう、疲れた。

もう、うんざりだ。

もう、たくさんだ。

俺が動いたって面倒事が起きるだけさ。俺は、何もできない。何かを成すことなんて、できやしないんだ。

……ん。

急に、意識が朦朧とし始めた。視界がぐるぐると回る。

胸が意味もなく締め付けられて、掌に汗が――いや、背中が濡れて気持ちが悪い。

右手を持ち上げると、かたかたと震えていた。

そして、連動するようにかちかちと、歯の根が合わなくなる。

……薬。そう、薬を飲まないと。

駄目だ。これはいけない。泣きたくなってきた。なんだこれ。

右手で顔を覆い、脂の浮いた額を拭いながら、ぎゅっと目を瞑る。

しん、と静まりかえった病室内に、心音が木霊する。うるさくて耳を覆っても、一向に止んでくれない。

ああ、左側、左側を、手で、押さえられない。だから、止んで、くれないんだ。

重い重い腕を持ち上げて、左耳に擦り付ける。ざらり、とした感触。皮膚が引き延ばされて、擦れる。痛い。

ばくばくばくばくと鳴り続ける心音。それが、段々と人の悲鳴じみてくる。

それはクイントさんだったり、ゼスト隊長だったり、メガーヌさんだったり、シグナムだったり、シャマルだったり。

ああ、そっちは右で、左は違う。

どこかの誰かの笑い声。チンクだったり、グレアムだったり、リーゼ姉妹だったり、プレシアだったり、『アリシア』だったり。

ああ、うるさい。ステレオで喋るな。

とっとと黙ってくれ。

黙って欲しい。

黙ってください。

……もう、責めないでくれ、頼むから。

「……ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

許してくれと、念仏のように唱え続ける。

だってしょうがないじゃないか。これ以外にどうしろって言うんだ。

俺は俺にできることを精一杯やった。本当だ。手を抜いた事なんてない。

頑張って執務官になったし、ちゃんと稼いでいたし、養っていたし。

仕事だってちゃんとした。強くなろうと、努力だって怠らなかった。

……だから、頼むから、もう止めてくれ。

そこにきて、声が反転した。

心を蝕むステレオが、一斉に嗤い声へと。

ガンガンと鳴り響くその声に、思わず頭をベッドの落下防止用の柵へと打ち付ける。痛い。けど、止まってくれない。

じくじくとした痛みが額から伝わってきて、そんな意味のない行動に、嗤い声が加速する。

……本当に、もう、耐えられないんです。

許してください。

頭を抱えたまま、ごりごりと耳を手で擦って、丸くなる。

そうすると一層自分が惨めに思えて、笑い声は真上からぼとぼとと落ちてくるようで、それに沈んでしまう。

窒息する。息ができない。

息をしようと口を開いて、舌を伸ばして、喘ぐけれど、空気が入ってこない。

「誰か、助けて……助けてください……」

苦しいままで必死に声を出すけれど、誰も助けてくれない。

……そこにきて、ああそうか、と思い至る。

助けられる価値も資格もないじゃないか俺は。なら、それは仕方がないや。

気付いた瞬間に、嘲笑が拍手混じりになった。

すみません、ようやく気付きました。ごめんなさい。

このままここで、よくわからない、どろどろとした何かに溺れるのか。

そんなことを思って――

暗転。

空白。

「……あれ?」

随分と気分が良くなった。

なんでだろう、と考えてみれば、それも当然。

口元を覆うように呼吸器が取り付けられているのだから、そりゃー息は楽にできるわな。

……だが、なんという窮屈。

いつの間にか身体が拘束されているのですが、これ如何に。

ベルトでベッドに括り付けられていますよ。

試しに身体を揺すってみるが、押し付けるようにしてあるベルトは弛まない。なんだってこんなことになっているんだ。

誰か、ここから出してくれないかなぁ。

そんなことを思って視線を回すと、

「兄さん!」

不意にフェイトの声が聞こえた。

妙に切羽詰まっているな、なんて思いながら視線を向けると、彼女の頬には涙が伝っていた。

目元を真っ赤にして、綺麗な金髪に電灯の明かりを煌めかせながら――ありゃ、夕方じゃなかったか。まあ良い――必死な様子で俺の胸元に顔を埋める。

……むう。

されるがままってのはあまり良い気分じゃないんだけどな。

こんな状態じゃあ、頭を撫でてやることさえできない。

「……ああもう、フェイト。あんまり泣くなよ。何かあったの?」

「それは――ううん、なんでもないよ、兄さん」

ぐす、と鼻をすすりながら、僅かに逡巡して、それでも気丈に笑みを浮かべる彼女。

……急なことで忘れてたけど、フェイトって俺と絶交中じゃなかったっけ?

と、聞くと、もう良いの、と返してくる妹。

分からん。どういう心境の変化だ。

あんまりな状態の俺に同情でもしてくれたか。

……あんまりな状態。ああ、そうか。

あっちゃあ……見られたか。

うっすらと、ついさっき――どうやら数時間経っているようだが――のことを思い出し、思わず溜息。

あまり鮮明に思い出せないが、タチの悪い白昼夢にうなされてたからなぁ。

……非常に気まずい。どうしよう。

「あ、あのね、兄さん」

「何?」

どう説明したら良いものか、と悩んでいると、唐突にフェイトが話を振ってきた。

彼女はベッドサイドに座りながら、果物の詰め合わせの中から林檎を一つ取って、皮をむき始める。

ぎこちない手つき。果物ナイフでも手は切るんだけどな。

「俺がやるよ? これ外してくれれば」

「私がやるから、良いよ。……それでね、兄さん」

「うん」

「……一緒に、スクライアに戻ろう?」

「へ?」

あまりにも唐突な話だ。思わず、素っ頓狂な声を上げてしまう。

しかし、言っている本人は大真面目なのか。

手元の林檎に視線を注ぎながらも、淡々とフェイトは言葉を紡ぐ。

「執務官のお仕事って、辛い……んだよね。だったら、一緒に戻ろうよ。
 私、頑張って今年中に卒業するし――それが駄目なら、辞めても良いから。
 ね? だから、戻ろう? また前みたいに、皆と一緒に暮らそう?」

「……何を言ってるんだか。そんなこと、できるわけ――」

「できるよ。……ううん、やる。やってみせる」

俺の言葉を遮って放たれた言葉。しゃりしゃりと皮の剥かれる音が、フェイトの言葉に淡々とした印象を抱かせる。

「……なんでそんなことを言うんだ?」

「なんでだろうね。分からない、かな」

どこかとぼけた様子と口調。

まぁ、普通に考えて俺のせいで、俺のためだよな。

こうなり始めたのは、まぁ、闇の書事件が終わってからだけど、執務官になってから一層加速したしなぁ。

執務官を辞めれば、というのは、まぁ妥当なところか。

……けど、もう良いんだ。

俺にかまう必要なんて、何もない。

俺のために――ってのは、自惚れが過ぎるか。けど、無理させるのには違いないんだ。

第一、こんな情けない兄貴と一緒にスクライアへ戻ったところで、笑い者になるだけだ。

そんな目に遭うのは俺だけで充分だよ。

……まぁ、こんな醜態晒したんだ。スクライアにだって、戻れる気がしない。

どこへなりとも消えるさ。

俺がいなくたって、この子ならきっとやっていける。ユーノだって、アルフだって、なのはだっている。

だから、別に良いだろう。

……取り敢えずは、この場は誤魔化しておこうか。

そう考え、口を開こうとして、不意に病室のドアがノックされた。

はい、とフェイトが応えてドアを開いて見えた顔。

それに、俺は思わず顔を背けてしまった。

私服姿のゲンヤさん。その両手には、ギンガとスバル。

……ああ、そういえば戦闘機人事件からどれだけの時間が経ったんだろう。

クイントさんの葬式、もうやっちゃったのかな。

だとしたら、出席できなかったことを謝らないと。

「よう、エスティマ」

「……はい」

名を呼ばれ、顔を上げようとしたが、どうしても視線を合わせることができなかった。

思わず下の方へと視線を移し――そこにいた、ギンガと目が合う。

以前は活発だった、茶目っ気のあったギンガ。

だが、今は見る影もない。

顔は俯きがちで――なぜだろう。前に合ったときよりも、クイントさん然としている気がする。

似ているのは知っていたけど、これは、なんだ。

「おいおい、どうしたよ。ベッドに括り付けられて」

「それは、その……色々あって」

言いつつ、視線をどうしてもギンガから逸らすことができない。

ああ、そうか。

髪型が完璧にクイントさんと一緒なんだ。髪を纏めているリボンの色も一緒。

なんでそんなことを、と思うが、そこに意味はないのかもしれない。

失った母親を身近に感じたくてとか、そこら辺……だ。きっと。

「病み上がりで悪りぃけどな。ちぃとばかり聞きたいことがあってよ」

「はい。なん、でしょう……」

怖気が湧く。

なんだこれは。

ゲンヤさんの声が耳を素通りする。

ただ、ギンガを中心にして、周りの風景がぼやける。

彼女はただ責めるような視線を俺に向けて、黙っている。

瞳に浮かんだ色は、様々なものが浮かびすぎていて、なんだかもう分からない。

唯一分かるのは――これは憎悪か?

……はは、それも当然だろうよ。

……?

――あれ――なんだろう――

ギンガとクイントさんが……ダブって、見える?

ゲンヤさんの言葉に返答している自分がいる。一方、ギンガに視線を注いでいる自分がいる。

おかしいな。収まったと思ったのに。

段々と耳に入る音がノイズ混じりになり始め、ぐるぐると視界が回り始めた。

そんな中でも、ただ、クイントさんは、ギンガは、俺に憎悪の視線を向けている。

……ただ黙って、言葉すらかけるのがおぞましいとでも思われているのか。

頼むから何か言ってくれ。

責めるなら責めるで、そうして欲しい。

そんな願いが通じたのか否か。

クイントさんの、ギンガの口が開く。

しかし、ざあざあと鳴り響くノイズの呑まれて、まったく聞こえない。

仕方がないので、唇の動きから何を言っているのか察してみよう。

読唇術の心得なんてないんですけどね。

ええと、はい。

「なんで助けてくれなかったの」

ですか。

……それは。

それは、俺が無力だったからで。この上なく情けなかったからで。

ごめんなさい。

――――――――瞬間、ずるりと、何かがずれる。

重要な歯車の一つが飛び散ったような、押してはいけないボタンを押したような。

ジグソーパズルをひっくり返したような、ルービックキューブを地面に叩き付けてバラバラにしたような。

蝋燭の火が消えたような、ガラス細工を地面に落としてしまったような。

暗転。

空白。

……。

…………。

……………………。

―――――――――――――――。






































「ふうむ。これは困ったねぇ」

たった今病院から上がってきた報告に、スカリエッティは眉根を寄せた。

レリックウェポン・プロト。エスティマ・スクライア。

身体の傷は全て自然治癒を待つだけといったレベルにまで治したのだが、今度のはそうもいかない。

夕方、意識を戻したかと思えば錯乱。鎮静剤を打ち安定したかと思ったら、目を覚まして直ぐに、今度は昏迷状態へと陥った。

「僕は、メンタルは専門外だからねぇ」

と口にしながらも、いくつかのプランが既に脳裏に描かれている。

プロジェクトFの素体であるならば、昏迷の原因となった記憶を部分的に削除、都合の良い記憶転写を再び行い上書きして手元に置くこともできるが、さて。

しかし、あの彼だからこそサンプルとして楽しかったのも事実。

人間としての輝きを失ったものには、イマイチ興味をそそられない。

ジェイル・スカリエッティ。実のところ彼は、人間というものに肯定的な存在だ。

欲望という、ある意味人間らしいものが原動力となっているからなのか。

矛盾を抱きながらも欲望に突き動かされる人の姿を見るのは楽しみの一つと言えた。

そしてスカリエッティから見たエスティマの行動は、実に愉快な出し物と言えるのだ。

衝動に突き動かされるままPT事件、闇の書事件を解決して、それを経てより多くの人を助けたいとでも思ったのだろうか。彼は執務官になった。

妄執に取り付かれて、自らの成したいことを成そうとする傍目から見た彼の姿は、ある意味共感すらできた。

その上、興味深いサンプルなのだ。肩入れするなと言う方がおかしい。

だが――

「……今回のは少し利き過ぎたかな?」

同じ部隊の親しい者たちが姿を消し、知人の一人が捕られるべき犯罪者だと知り。

チンクに頼まれて処方箋を出していたので、彼が精神的にどれだけ追い詰められていたのかは知っているが、さて。

困ったものだ。

「ふむ。次のレリックウェポンを作ろうにも……リミットブレイク時のデータが欲しいのだが、今の彼では無理そうだからねぇ」

言いつつ、手元の鍵盤型キーボードを操作する。

そうしてディスプレイに映し出された猫の使い魔――リーゼ・ロッテの姿を見て、溜息を吐いた。

「もうそろそろ退屈しのぎが終わりそうなんだがねぇ」

どれだけ保つことやら、と、エスティマのことを考えている時とは違い、酷く眠たげな目でモニターへと視線を向ける。

使い魔を戦闘機人化すればどうなるか。

そんな、スカリエッティにとってはどうでも良い実験は、そろそろ一段落付きそうだった。






[3690] 空白期 六話
Name: 角煮◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2008/12/17 13:14
時空管理局地上本部。天を突かんとそびえ立つ、超高層ビルの最上階付近。

そこにある執務室で、自分のデスクに座りながら、レジアスは定時連絡を待っていた。

今の彼は平時と比べてどこか覇気が欠けていた。おそらく、彼をよく知る人物が見たら、気遣いの一つでも見せるぐらいには。

その原因は、五日前に起こった戦闘機人事件のことだ。

自分が遠ざけるよりも早く戦闘機人プラントへ踏み込んでしまった、首都防衛隊作戦部第三課。

その結果、志を共にすると誓い合った親友は殉職してしまった。

あと一日でも早くゼストを違う案件に当てていれば――そんな後悔が、あの日からずっと続いている。

「……ゼストよ。なぜ、お前は」

呟き、しかし、そこから先の言葉は出てこなかった。

なぜゼストが戦闘機人プラントへの突入を強行したのか。きっとそれは、自分の不正を暴くためで――そして、それを正すためだったのだろう。

……志を共にしたからこそ、その裏切りとも言える俺の行為を防ぎたかったのか。

机に肘を突き、両手で顔を覆いながら、レジアスは呻き声を上げる。

どんなことをしてでも、それが地上の平和に繋がるならば、と自分自身を宥め賺してきた。

しかし――それは、本当に騙し騙しやっていただけなのだと、今更になって痛感する。

なぜならば、小さな犠牲は仕方がないと、そう、どこかで決めていたはずなのに、ゼストを失っただけでこうも自分は負い目を感じている。親友を失ったことを悔やんでいる。

……だからと言って、もう後に退くことはできない。

すべてを投げ捨てて逃げ出したとしても、最高評議会の傀儡が自分の後を継ぐだけだ。そして、余計なことを知りすぎた自分も愛娘であるオーリスも、きっとロクな目に這わない。自分を慕い、同じ理想――ミッドチルダを守る――に燃えている部下たちを投げ出すわけにもいかない。

逃げるにしても、もう、自分は大切なものを持ちすぎたのだ。既にこの身は、自分一人のものではないのだから。

「教えてくれゼスト……俺はあと何回、お前を殺すようなことをすれば、失った代償に見合った結果を手に入れることができる……」

まるで果てが見えない。

自分たちが悪と断ずる存在の手を借りて力を増している以上、それを根絶することがどれだけ難しいかなど、身に染みて分かっている。

スポンサーに飼い慣らされてしまった今の自分では、手の出せない者たちを捕らえることなどできはしない。

もし捕まえたとしても、すぐに野に放たれて再びミッドチルダに火種をばらまくに決まっている。

どうすれば良い。レジアスは、そんな思考の迷宮に陥っていた。

そのときだ。

不意に、情報端末に通信が届く。

宙に浮かんだディスプレイに映る名に顔を顰めるが、なんとかそれを打ち消して、彼は通信を繋げた。

そうして画面に現れた顔は、良く見知った人物のものだった。

金色の瞳に、紫がかった頭髪。端正な顔は、浮かんでいる嘲笑めいた頬の引きつりに、いつも歪んでいる。

ジェイル・スカリエッティ。忌むべき犯罪者で、自分の協力者。

彼は大仰に、馬鹿にしているのかとでも言うような仕草で一礼すると、口元を綻ばせながら口を開いた。

『やぁゲイズ中将。今日は良い天気だねぇ』

「……早く用件を言え。俺も忙しいんだ」

『やれやれ、余裕がないねぇ。まあ良いさ。
 ……さて、まず一つ。エスティマ・スクライアくんのことなんだが』

その名を聞いて、ぴくり、とレジアスは頬を動かした。その下では、きつく歯が食いしばられている。

弱冠十歳で執務官の資格を取り、陸には稀少な存在である高い魔力をその身に宿した少年。

そして、レリックウェポンであり、左腕を戦闘機人化された、ある意味では計画の中心にいる人物。

第三課の被害報告に目を通したため、彼の容態をレジアスは知っていた。

全治二週間の軽傷――ただ、本来ならば重傷である――を負い、部隊が壊滅したショックからか、今は意識昏迷状態となって先端技術医療センターで治療を受けている。

彼もまた自分の支払った代償の一つなのだろう。上司が倒れてゆく中で最後まで戦い、部下を逃がして壊れてしまった少年。

レリックウェポンといえどもまだ子供――そう、まだ子供なのだ。回復するかもしれないが、回復しないかもしれない。一人の人間の未来を奪い取ったようなものだ。

それも小さな犠牲の一つなのだろうが……。

……だから自分は高ランク魔導師といえど、子供を戦場に入れるのは反対だった。

しかし、せめて、と思いゼスト隊へと向かわせたところでこの体たらく。子供を守るはずの大人が子供に守られ、その結果、潰してしまった。

こんなのは自分の忌み嫌う海の連中と同じだ。

そんな憤りを飲み込んで、レジアスは絞り出すように声を返した。

「……奴がどうかしたか」

『ああ、少し聞きたいことがあってねぇ。
 第三課が研究施設の調査に赴いた際に判明したんだが、どうやら彼は、僕らのことを知っていたらしい。
 いや、僕のことを知っているのは問題はないよ? 有名人だからねぇ。
 けど、ナンバーズのことまで知っているのは些かおかしいとは思わないかい?
 名前だけではなく、ISの効果まで知っているような戦い方をしているし。
 ……彼に、何か入れ知恵をした者がいる、と考えているのだけれど、どうだろう。心当たりはないかい?』

「知るか。自分の首を絞めるようなことを、俺がするわけないだろう」

『それもそうだねぇ。あなたは、自分を疑う者ならば、たとえ親友だとしても切り捨てるような人なのだから。
 ははは……! ああ、失敬。あれは事故だったね』

この男は……!

ディスプレイ越しではなく、もし目の前にいるのならば殴り飛ばしてやる。

激情を必死に抑えながら、ただ睨むことしかできず、レジアスは目の端を吊り上げた。

その様子を楽しんでいるスカリエッティは笑いを噛み殺すと、息を吐く。

『まぁ、分からないのなら仕方がない。もし判明したのなら教えて欲しいね。
 ……さて、重要なのがもう一つ。
 確認したい。エスティマ・スクライアくんの辞職のことだ。
 いや、辞職と言うのは正しくないんだったね』

「……今週末で辞職は受理されることになっている」

『それは重畳。あなたは黙って見過ごしてくれれば良いよ。先日の、ルーテシアの時と同じようにね』

それでは、と断りを入れて、スカリエッティからの通信は途切れた。

レジアスは数秒間、何も移らなくなった画面を睨み付けていたが、やがて糸が切れたように椅子へと身体を沈み込ませた。

……今週末、エスティマ・スクライアは管理局を辞める。

彼の親族が手続きを踏み、エスティマはスクライアに戻ることになっている。なってはいるが――

おそらくは、最高評議会の手によってスカリエッティの元へと運ばれるのだろう。

その後の彼がどんな目に遭うのか、自分には想像ができない。

想像できるだけの感傷など、もう、残っていない。

自分の手が届く範囲ではないのだ。既に。
























リリカル in wonder























先端技術医療センターの廊下を俯きがちに歩きながら、ユーノはエスティマの病室に向かっていた。

擦れ違う看護士になんとか笑みを浮かべて会釈をしながら、肩にかけた鞄のベルトの位置を直す。

……エスティが倒れてからもう五日。早いものだ、と彼は胸中で呟く。

あの日、途切れ途切れの言葉ではやてからエスティマの負傷を聞いて、ユーノはすぐにミッドチルダへと飛んだ。

急いでベルカ自治区にたどり着いて目にしたのは、医療機器に囲まれたエスティマの姿。

その光景にショックを受けたのは確かだが、しかし、前にも一度あったことだ。自分でも驚くぐらい冷静に、ユーノは何があったのかを受け入れた。

そして、シスター・シャッハから事件の状況を聞いて、エスティマを助け出したのがヴォルケンリッターなのだと聞いたり。

今回ばかりは悪くないはやてに延々と謝られたり。

学校になんの許可も取らずに飛び出してきそうなフェイトを宥めたりと、色々とあった。

色々とあったが、それらもすべて、落ち着いて対処できたと思う。自分では。

なんでこんなことに、と思うことも、特にはなかった。

管理局員として働くのならば、危険な目にも遭うだろう。PT事件や闇の書事件を通して、どれだけの危険があるのかを充分に知った。

しかし、その危険な道もエスティマが選んだことならば仕方がないのだと、そう思えば、怒りはあまり湧いてこなかった。

……しかし。

脚を止め、病室のドアをノックする。中からフェイトとアルフの声が聞こえてきたのを確認すると、ユーノは病室へと足を踏み入れた。

真っ先に目に入ったのは、上部を起こしたベッドに背を預けたエスティマの姿だ。

肌の色は悪くないし、左腕に巻かれているギプスが取れれば、以前と同じように見える弟。

しかし、それは見えるだけで、以前と同じではない。

フェイトと一言二言言葉を交わし、彼女が学校の寮に荷物を取りに行くと言ったのを聞くと、ユーノは彼女と入れ違いに椅子へと腰を下ろした。

「やあ、エスティ。今日の調子はどうかな?」

あまり広くもない部屋にユーノの言葉が広がる。

が、それに応える声はない。

エスティマはただ、何もない空間に視線を注いでいるだけで、なんの反応も見せない。

精神疾患。それが、エスティマが患った、怪我よりも重い病。

別になんの反応もしないわけではない。特定の単語を聞いたら呻き声を上げたりはするが、しかし、今の彼と会話をすることは望めない。

どんな風に声をかけたとしても、以前のように、皮肉混じりに声を返してくれたり、困ったように笑うこともしない。

固い殻に籠もってしまったような――何もかもに興味がなくなってしまったような。

そんな状態が、続いている。

今のエスティマは、部隊が全滅したことを切っ掛けにこうなったのだと医者に説明を受けたが、それだけではないことをユーノとフェイトだけは知っていた。

エスティマの着替えを取りに行ったとき、彼の部屋に入った。

その時、彼の机の上にあった錠剤と、処方箋の写しを見て、今の状態にエスティマを追い込んだ原因は自分たちにあることを知ってしまったのだ。

トランキライザー。それを以前からずっと服用し続けながら、板挟みの生活を続けて、部隊が壊滅するだなんてことが起こって――その果てに、今の彼がいる。

無理が祟ったのだと、何も知らない人ならば言うだろう。

しかし、違う。

無理を強要させていたのは自分たちだ。

確かにエスティマが甘受していたこともあるだろう。けれど、それに甘えて押し付けたのは自分たちだ。エスティマならば大丈夫という、根拠のない理由を頼ってこうしてしまった。

板挟みの状態で、自分もフェイトも歩み寄りをしようとせず。

いや、フェイトはまだ良い。自分は、歩み寄ったように見せて、重荷を積み上げていったようなものなのだから。

だのに、文句一つ自分たちには言わずに進み続けて、もう二度と立てないかもしれない転び方をしてしまった。

……誰が悪いわけでもない。違う、誰が悪いと言えない。本人を含めた、エスティマに重荷を背負わせた者のすべてが悪い。

そんな状況だろうか、今は。

「そうそう、エスティ。今日、ようやくSeven Starsが返されたよ。
 事件のログは全部消されたみたい。本当、何があったの? 僕で良ければ、話を聞くけど」

言いつつ、ユーノはポケットから取り出したSeven Starsを掌に乗せて差し出す。

そうすると、エスティマの眼球が唐突に動いてSeven Starsを捉えた。

彼の動きに、もしかして、と期待が沸き上がる。が、それも束の間で、エスティマは興味がなさそうに一瞥しただけだった。

『旦那様。ただ今、復帰いたしました』

Seven Starsの声が虚しく木霊する。

反応はない。

が、デバイスに反応はした。

ということは……。

「エスティ。Larkを、待ってるの?」

ピクリ、とエスティマが身体を震わせる。

その様子に、やっぱりか、とユーノは苦笑した。

エスティマのデバイス。もしかしたら――否、きっと、自分よりもエスティマのことを理解した存在。

闇の書事件で大破した彼女は、未だ、エスティマの心の中で大きなウェイトを占めているのだろうか。

そういえば、と思い出す。

エスティマが薬を飲むようになった切っ掛けは、重荷に耐えきれなくなったことではなく、Larkがいなくなったからなのだろうか。

だとしたら……今の状態から、エスティマが回復することができるのかと、気分が暗くなる。

……駄目だ。

「え、エスティ。あのさ……」

誤魔化すように、とりとめのない会話を始める。

カウンセラーには、根気強く話しかけてやれと言われている。そうすることでエスティマを繋ぎ止めることができるなら、いくらだってやってやる。

精神を冒された場合、その身内も辛いと聞いたことはあるが――確かにこれは辛い。

まるで果ての見えない今の状況が続くのだと考えただけで、心根が折れてしまいそうになる。

だが、駄目だ。

エスティマは自分を誤魔化してまで頑張ったのだから、ここで自分が諦めてはいけない。

エスティマがこうなってしまった以上、自分たちが諦めれば、もう彼には何も残らない。

それだけは許してはいけない。エスティマが耐えようとしたものを無駄になんかしてはいけない。

ヴォルケンリッターや八神家が気に食わないなど、二の次だ。

それがどんな物であれ、弟が必死で繋ごうとしていたものを壊すことなど、できるわけがない。

だからユーノは、今日もエスティマに声を掛け続ける。



































夕日に照らされたクラナガン。帰宅ラッシュの始まろうとしている街並みをフェイトはアルフと共に歩いていた。

車が脇を通過する歩道を淡々を歩き、レールウェイの駅を目指す。

その後ろを着いて歩くアルフの表情は心配そうだ。

しかし、かまうことなく、フェイトは思考に沈みながら脚を動かし続ける。

頭の中を締めているのは、無論、兄のことだ。

エスティマのことだけをずっと考えて、彼女は黙々と動いている。

……思い返すのは、二日前のこと。

なのはとクロノが見舞いにきてくれて、二人を送り出すために席を外したときのこと。

自分が見ていないところで何があったのだろう。それは分からない。

ただ、ようやく目を覚ましたエスティマが、見たことないほどに怯えた様子だったのは確かだ。

――ドア越しに微かに聞こえた呻き声。何かがあったと思い飛び込んでみれば、ベッドの上でエスティマは丸まっていた。

まるで、怒られるのを怖がる幼子のように両手で頭を抑えて、何かに恐怖した様子で、全身を震わせて。

口から漏れていたのはただ一つ。謝罪の言葉ばかりが吐き出されていた。

目は虚ろで、しかし、忙しなく何かを探すように動き続けていて、口の端からは涎を垂らして――とてもじゃないが、信じられない、兄の姿だった。

そのときは、鎮静剤を打たれてベッドに拘束されるエスティマを横目に、きっと悪い夢を見たせいなんだと無理矢理に自分を納得させた。

しかし、違ったのだ。

後に――そう、手遅れになってからユーノに聞いたこと。ずっとエスティマは、薬で無理矢理に心を補強して背伸びを続けていたのだと。

だが、そんなことを聞いても遅かった。

その事実を知ったときには、既にエスティマは何もできない状態になっていたのだから。

その手遅れになった瞬間に、フェイトは居合わせていた。

兄の同僚の家族であるナカジマ一家が訪ねてきたとき、会話の途中だというのに、不意にエスティマは何も言わなくなってしまったのだ。

どんなに言葉をかけても反応せず、今度は薬なんかではどうにもならず――本当に、兄の心は手も声も届かない場所に行ってしまった。

……許せない。

ぎり、とフェイトは爪が食い込むことにもかまわず、手を握り締める。

あんな状態に兄を追い込んだ全ての要因――自分を含めた、あらゆるものが許せない。

ずっと自分を守ってくれていた、どんなことをしても困ったように笑って許してくれた兄の面影は欠片も残っていない。

そんな風になるまで、なんで気付かなかったんだろう。そんな、自責の念が沸き上がってくる。

いや、違う。気付こうとしなかったんだ。

「……私、兄さんに甘えてた」

「……フェイト」

ぽつり、と呟いたフェイトに、アルフが声を返す。

心配そうな色の溢れた声に、フェイトは少しだけ穏やかな気分となる。

「ねぇ、アルフ」

「なんだい?」

「兄さん、優しかったよね」

「ん……ああ、そうだね」

「うん。だからきっと……たくさんのことを背負って……」

そして、潰れた。

お節介なんかじゃない。兄さんは優しかったんだ、と、フェイトは断言する。

けれども。

「……この二日でね。気付いたことがあるんだ」

「うん、なんだい?」

「兄さんの肩って、私と同じぐらいしかないんだなって。もっと広いと思っていたよ。
 身長だって、私より少し高いぐらいで……私との違いなんて、きっと、それだけだったんだ」

「……フェイト?」

「胸だって、きっと、私一人を抱き締めるのが精一杯なぐらいで、腕だって、伸ばしても遠くには届かない。
 もっと、大きいものだって思ってた。
 どんな困難もはね除けて、強くて、強くて……けど、うん。やっぱり、私と同じぐらいだったんだなって」

それなのに、あまりにも心地良くて、どうしても甘えたくなって、それを知らなかった。気付こうとしなかった。

エスティマの好意は居心地が良すぎた。どんなに拗ねても見捨てようとしなくて、だから、どこまでも甘えて良いのだと勘違いしてしまうほどに。

「決めたよアルフ。私、兄さんを守る。もうこんな目には遭わせない。
 兄さんを傷付けようとするものから、守ってみせる」

「……フェイトがそうするって言うのなら、アタシは反対しないよ。
 きっとエスティマも、喜んでくれるさ」

「そう……かな。そうだと良いな」

喜んでくれる。そんなアルフの言葉に、フェイトは思わず表情を和らげた。

私は兄さんを守る。

そうしたら……褒めてくれるだろうか。

良くやったね、と、そう言って、頭を撫でてくれるだろうか。抱き締めてくれるだろうか。ありがとうと、言ってくれるだろうか。

そう考えると、心持ちフェイトの足取りは軽くなった。

そして、そんな様子のフェイトを見るアルフは、複雑な心情を瞳に浮かべて、主人の背中をじっと見る。

アタシはフェイトに従うだけさ、と、半ば思考を放棄した言葉を脳裏に描きながら。







































夜。ベルカの学校から帰ってきたシグナムが向かうのは、八神家だ。

父親であるエスティマがあんなことになった以上、彼女一人で生活することはできない。

炊事も洗濯も、父に頼らなければ何一つできない。それは、子供なのだからしょうがないのだが。

自宅に鞄を置いて、今日も八神家へと世話になる。

「おじゃまします」

「おう、シグナム」

扉を開けると、すぐそこにヴィータがいた。

どうやら少し遅かったせいで、心配をかけたようだった。迎えに行くところだったんだよ、と声をかけられ、ごめんなさい、と頭を下げる。

リビングには八神家の全員が揃っており、既にテーブルには夕食が並んでいる。

はやて、リィンフォース・エクス、ザフィーラ、ヴィータ。その中に加わり、シグナムは箸を手に持つ。

口に運ぶ料理はいつもと同じ、はやてのもの。しかし、一緒に食卓を囲む人たちは違う。

茶碗を手に持ちながら、シグナムは箸を止めてそれぞれの顔を見る。

八神はやて。優しくしてくれる良い人。父上には、お世話になったのだと、ことある毎に口にしている。

エクス。夜天の魔導書の記憶を引き継いだ、ストレージデバイス。あまり口数が多い人ではないが、それでも自分に優しくしてくれる。

ヴィータ。稽古を気まぐれに手伝ってくれる、古代ベルカの騎士。自分のことを妹のように可愛がってくれている、良い人。

ザフィーラ。喋ることはほとんどないけれど、黙って見守ってくれていることが分かる。どこか不器用な人。

なぜこの人たちは優しくしてくれるのだろう。そんな、今更のことを、シグナムは考える。

以前自分は夜天の主を守る守護騎士だったと聞いている。その縁で世話を焼いてくれるのだろうと、なんとなく分かる。

けど。

……けれど。

どんなに自分に優しくしてくれる人たちがいるのだとしても、シグナムは物足りなさを覚える。

いつもならば学校であったことを、つっかえつっかえしながらエスティマに話している時間だ、今は。

それができないことが、どうしても物足りない。

きっと八神家の皆は自分の取り留めもない話を聞いてくれるだろう。けれど、それをしてしまうのはどうしても憚られたのだ。

……父上じゃないと嫌です。

しかし、その父は、ここにはいない。

執務官として任務に赴き、大怪我をした。

一度だけ父の顔を見に、きっと元気でいるだろうと期待して足を運んだときのことを思い出して、シグナムは目を瞑りながら頭を振る。連動して、ポニーテイルの毛先が踊った。

そして、その明らかに怪しい挙動にはやては箸を止めて苦笑する。

「シグナム、どうしたん? ご飯、美味しくなかったかなぁ?」

「……いいえ。おいしいです。気にしないでください」

心配そうなはやての声。

弱いところを見せちゃ駄目だと、シグナムは上手く言葉に出来ない感情に耐えながらご飯を口に運ぶ。

だが、胸に溜まる重みのせいか、決して不味くはないというのに、食事を楽しもうという気が起きない。

そして結局、シグナムは夕食を半分ほど残した。

気にせんでええよ、というはやての気遣いに申し訳なさが込み上げてくる。

……私は何をしているんだろう。

食後のお茶。緑茶の水面に映る自分の顔を見て、溜息を一つ吐く。

……エスティマがベルカ自治区の病院に担ぎ込まれてから、シグナムは一度しか父の見舞いに行っていなかった。

きっと、このもやもやとした、良く分からない感情はそのせいなのだ。

きっと、もう一度見舞いに行けば消えるんじゃないかと、そう思っている。

思ってはいるが、そう簡単には――

「おいシグナム。どうしたんだよ、暗い顔して」

ふと声をかけられ、俯いていた顔を上げる。

ヴィータはマグカップに入ったココアを飲みながら、こちらに視線を向けていた。

その後ろには、何とも言えない表情をしたはやてがいる。

……ここで心配させるようなことをいってはいけない。これ以上、迷惑をかけちゃいけない。

それだけを考えて表情を引き締める。

「なんでもありません。少し、つかれていて」

「嘘吐くんじゃねーよ。……エスティマのこと、心配なんだろ?」

「……はい」

見透かされていた。カッと頬に熱が灯るのを自覚しながら、シグナムは顔を俯かせてしまう。

それにかまわず、ヴィータは言葉を続ける。

「なぁ、シグナム。なんでオメーがアイツの顔を見に行かないのかは、なんとなく分かる。
 けどさ。そうやって塞ぎ込んでて、それで満足なのかよ?」

静かだが、強い言葉。

思わずびくりと身体を震わせて、手を握り締める。

「うじうじ悩んでる必要なんてねーだろ。
 ……それとも何か? アイツの見舞いに行っても、それで怪我の治りが早くなるなんてことはないって、妙な割り切りをしてんじゃねーだろうな?」

「そんなわけありません!」

唐突に声を荒げ、シグナムは顔を上げた。

細めた目で、真っ直ぐにヴィータの目を見据える。

「私は父上の守護騎士です! どんなことがあったって、父上の側にいるべきだって――そんなことは分かってます!
 けど……!
 どんな顔をして会いに行けばいいのですか!? 守護騎士なのに、父上があんな姿になるのを黙って見ていて……違う、そんなんじゃない。
 父上が戦っているとき、何も知らずに寝こけていて……そんな私が、どうして……!」

血を吐くように、シグナムは心情を吐露する。

あの日。エスティマが病院に担ぎ込まれた日。

眠っていたところを起こされてはやて達に着いていき、見た光景。

あれほど自分の無力を痛感したことはない。

まだ子供だからなんだというのだ。だとしても、自分は守護騎士であり、主人を守るための存在だというのに。

……それなのに。

「そこまで言うなら教えてください、騎士ヴィータ! 私は何をすれば良いのですか!?
 戦うためのプログラムなのに何もできなかった私が、父上に何ができるのですか!」

「……何もできねーな」

知っている。そんなことは分かっている。

だからこそ、それを確認するようなことを、自分はしたくなかったのだ。

怖い。

無力な自分が怖い。そんな自分に注がれる周りの目が怖い。目を覚ました父上が何を言うのか分からないのが怖い。

もし気にするななど言われたら、その時は、なんのために自分がいるのか分からなくなってしまう。

本来ならば守る側の存在である自分が、守ってもらうことしかできないなど、考えたくもない。

……自分の根底にある、『主人の騎士である』という矜持を今日ほど恨めしく思ったことはない。

エスティマからの経験フィードバックを断たれているせいで、成長と共に学ぶことしかできない自分に腹が立つ。

……本当に、心底から、シグナムはエスティマに合わせる顔がないのだ。

「なぁシグナム」

「……はい」

「守るべきものを守れなかったことなんて、一度や二度じゃねーんだ。アタシも、ザフィーラも。
 けどな。だからこそ、次こそは、って思えるんだよ。
 ……もう諦めるのか? 申し訳ないってのを言い訳にして、いつまで顔を逸らしてんだよ」

「……けど」

「分かってる。こんなことをオメーに言うのは残酷だって知ってるさ。
 それでもな。オメーがヴォルケンリッターのシグナムである以上、こんなことは、この先何度もついて回るぜ?
 泥を啜る覚悟をもって挑んでも、力及ばないことが何度もな」

どうすんだ、と問われ、どうしてもシグナムは言葉を返すことができない。

できなかった。




































薄暗い照明が廊下を照らす場所。光と言えるものは何一つなく、人工的な灯りのみが彩っている研究施設。

その一角にある部屋に、使い魔、リーゼ・ロッテはいた。

意識が朦朧として、全身が軋む。

どこか熱っぽい頭に気持ち悪さを感じながら、彼女はここへ来るに至った理由を思い出そうとする。

……あれがいつのことだったのかは思い出すことができない。が、随分と前のことだったような気がする。

檻の中に囚われ、双子の姉妹であるアリアとも連絡が取れず、主人の顔を見ることもできず。

日々を刑務作業をまっとうするだけに費やし、果ても面白みもない生活を続けていて――

ああそうだ、と思い出す。

妙な女。それがきて、自分を外に出してくれた。

そう。そうだ。自分は、復讐をするために外へ出たのだ。

思い出した瞬間、体の芯に火が灯る錯覚を抱いた。

それで気怠さは一気に吹き飛び、痛みを訴える全身に鞭を打って、立ち上がる。

そしてバリアジャケットを展開しようとし――

「……魔力が?」

ほぼ底を着いている。それこそ、自分の身体を維持できないほどに。

どうなっているのだろう。最低限の魔力だけは、父様から送られているはずなのに。

そこまで考え、当然か、と苦笑する。

自分がどういう扱いで外に出たのかは分からない。死んだことにされて連れ出されたのか、脱獄とされたのか。

どちらにしろ、魔力のリンクが切れてなければおかしいのだ。こうなっているのは当然か。

準備良く折りたたん置いてあった毛布に身体を包むと、ふと疑問が湧いてきた。

……ならばなぜ、私は生きてる?

「ぐ……うううう……!」

痛い。少し身体を動かすだけで、間接に異物が挟まったような違和感と痛みが脳を刺激する。

耳を澄ませば、身体のそこかしらから、以前は聞こえなかった機械音が届いた。

……まさか、機械化されたの?

思い当たる節はいくつかある。戦闘機人。まだ管理局の職員として働いていたときに、何度か耳にした単語だ。

まだ断言はできないが、もしそうならば、なんて皮肉。

身内面して管理局を裏切り捕まって、今度は管理局の元から抜け出して、今に至っては非合法研究の素体。

なんて尻軽なんだろう。まるで節操がない。

……けど、今は。

どこかに情報端末はないかと、ロッテは部屋を歩き回る。

そうして、部屋の隅にあった物を見つけ出し、立ち上げた。

まず調べることは、今がいつなのか。

確か、女が誘いにきたときは丁度戦技披露会があった日だと覚えている。

その日から逆算して、既に二ヶ月の時が経っていることを知り、ロッテは目を見開いた。

……アリアはどうしているんだろう。ふと、そんなことが脳裏を過ぎる。

魔力のリンクと同じように、アリアとの間にもあったリンクも途絶している。

まるで、感覚を一つ潰されたような心地だ。慣れない。

どんなに離れていても身近にあった父と姉妹の絆が、見えなくなってしまったようだ。

ロッテは唇を噛んで感傷を押し殺すと、次の調べ物に移る。

どうやらこの情報端末は管理局のデータベースにも繋がっているようだ。それも、何故か正規のパスで。

だが、それをどうでも良いと切って捨てる。都合が良いのなら、それに越したことはない。

復讐。そう、自分は、復讐をするために動くのだ。

散々世話をしてやったというのに自分たちを裏切ったクロノ。関係がないのに首を突っ込んできたクソガキ、エスティマ・スクライア。

良い暮らしをさせてやっていたというのに、思い通りに動いてくれなかった守護騎士とその主。

そのどれもを、許すつもりはない。

八つ裂きにしても飽き足らない。自分たちを破滅に追いやった、父の悲願の邪魔をした者たちに罰を与えなければならない。

激情に焦がれながら、ロッテはページの読み込み時間に苛立ちながら項目を探す。

そうして目に留まった一つ。エスティマ・スクライアが今どうなっているかを見て、身体の痛みも忘れて、ロッテは吹き出した。

そして腹を抱え、画面を指さしながら、笑い声を上げる。

「あのガキ――あはは……! ざまぁ見ろ!」

いつの間にか執務官となり、陸へと所属を移していたエスティマ。

彼の所属していた部隊は機械兵器ごときに壊滅させられ、本人も意識不明の重体。それを経て、今は心を壊している。

ざまぁ見ろ、と、声高くロッテは笑う。目尻に涙すら浮かばせて。

これが報いだ。ロッテ自ら手を下す必要もない。

大切な者を奪われた苦しみを、アイツも味わっている。そのことがたまらなく愉快でしょうがない。

そうしていると、不意に空気の抜けるような音と共にドアが開いた。

瞬間、ロッテは哄笑を止めて身構える。そうした瞬間、身体の中の歯車が噛み合うような錯覚と共に痛みという痛みが消えた。

「誰だ……!」

「そう身構えなくとも大丈夫ですよ。お忘れですか?
 あなたをここへと連れてきた者です」

言われ、ロッテは茫洋としたイメージを記憶の中から掬い上げた。

……金の瞳。紫の髪。確かに、そうかもしれない。

「……ここはどこ? アタシに何をしたの?」

「順を追って説明しましょう。……まずは、これを」

そう言い、女はポケットから一つの弾丸を取り出した。

カートリッジ。それをなぜ、と疑問が湧く。

「腕を出してください。そう……」

言われるままに腕を差し出し、女の指が肌に食い込む。

そうして、微細な機械音が上がると、手首にスリットが開いた。

そこへとカートリッジを押し込み――甲高い炸裂音。

衝撃に呻き声を上げながら、ロッテは身体に魔力が満ちることに気付く。

「これは……」

「あなたは今、主人からの魔力を断たれた状態です。故に、外部からなんらかの方法で魔力を得なければ生きることは叶いません。
 これは、その手段ですよ」

魔力が供給されたことにより、気怠さは吹き飛んだ。それでも体中から上がる痛みは引かないが、さっきよりはずっとマシだ。

……父様以外の奴の魔力で生きるのは、本当に嫌だけど。

……そうだ。

「ねぇ。さっき、魔力は断たれた状態って言ったわよね。
 つまり、どういうこと?」

「……順を追って説明すると――まぁ、良いでしょう。
 端的に言うと、あなたとギル・グレアムの間にあった契約は破棄されました。
 それにより、魔力の共有や精神リンク。使い魔の特性といえるものの全てはなくなっています」

「あ……うん」

予想の範囲内だったが、実際に言われてみると堪えるものがある。

自分は捨てられたのか。そう思うが、しかし、こうして生きている限りは父様の使い魔なのだ。

それに、リーゼ・ロッテ個人としても、成すべきことはたくさん残っている。

契約を破棄されたぐらいでは、何も変わらない。

そう、変わらないのだ。

「……話を聞かせて。今の私がどんな状態なのか。そういったものを、すべて」

「ええ、分かっております。では、こちらへ」

たった今供給された魔力でバリアジャケットを構築すると、女に先導されてロッテは部屋をあとにする。

きしきしと悲鳴を上げ続けるこの身体。

必要なのは、今の自分に何ができるのか把握すること。

それだけだ。
































「経過は良好……といったところかねぇ」

ウーノの視点から送られてきた映像を見ながら、スカリエッティは溜息を吐く。

声にはすっかり好奇心といったものが失われており、手は前髪を弄って枝毛を探している。

リーゼ・ロッテが目を覚ましたと報告を受けたので様子を見てみたが、存外、自分の興味は彼女から遠離っていたようだった。

前の拠点であった研究施設に踏み込んできた首都防衛隊作戦部第三課。

壊滅ついでに回収したサンプルの内二つはレリックウェポンとしての適正があり、残る一つは噂に聞く戦闘機人タイプ・ゼロの素体となった人物。

それだけの材料が揃った以上、もう暇潰しをする必要などないのだ。

知的好奇心を注ぐ対象が手元に転がり込んできた今、余計なことをしているほど暇ではない。

こうなった以上、派手に散って道化として楽しませて欲しいものだ。そうしてくれれば、酒の肴ぐらいにはなるだろう。

「ううむ……どうしたものか」

若干当ては外れたが当初の予定通りに、今週末に搬入されるエスティマを修復して、それの当て馬にしてやろうか。

それとも、これから生まれるナンバーズの噛ませ犬として飼い続けるか。

「ふむ。こうやって考えてみると、地味に使い道はあるものだね」

最高評議会の老人たちは使い魔の戦闘機人に大きく興味を持っていたようだが、正直なところ、スカリエッティは気が進まなかった。始めたのは彼自身なのだが。

……使い魔。兵器として考えれば、そう悪くはない存在。

魔力を喰うという欠点はあるものの、高ランク魔導師が使い魔を生み出せば、並の魔導師よりはずっと使える戦力となる。

万年戦力不足と嘆いている管理局からすれば、使い魔の使役は推奨したい事柄だろう。

そんな存在を機械化して――人を機械化するよりは世論の反発も少ないだろうし――より強大な戦力とする。

別に機械化が失敗したところで破棄すれば良いだけの話。人間以上に量産の利く戦力なのだ。ただでさえ安い人の命以下のものに、価値らしいものなどないだろう。

ただでさえ良心というものを肉体に置き忘れたような輩だ、最高評議会は。おそらく、考えているのはそんなところか。

……だが。

「……典雅さが足りないよ、やはり」

何も分かっていない、とスカリエッティは嘆息する。

戦うだけなら犬でもできる。

しかし、違うのだ。人は、自らの欲望に忠実に生きるからこそ輝く。

生きる意味を持とうとしない使い魔などを戦わせたところで、そこに意味はない。価値もない。

あくまで人であることに拘るべきだ。何を作るにしても。

「……誰か私を楽しませてくれないものか」








[3690] 空白期 七話
Name: 角煮◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2008/12/29 22:12

数多の培養槽が並ぶ場所。蛍光色の薄明かりが通路を照らし、こぽこぽと何かが泡立つ、小さな音が響く場所。

その一角で、ポッドの中に入った女を見上げながら、チンクは考えごとをしていた。

目の前にいる女の名前はクイント・ナカジマ。その名前に、彼女は聞き覚えがあった。

友人――だった、少年の上司。職場のことを彼が話してくれるとき、何度か耳にした名だ。

あの日。管理局では戦闘機人事件と呼ばれている出来事があった日、チンクはクイントと交戦し、瀕死の状態にまで追い詰めて捕獲した。

そのときのことを思い出し、手強かったな、と独りごちる。

金属を爆発物に変換する彼女のISは、閉鎖空間では絶大な威力を発揮する。その上、敵中突破を行ってせいで疲労も蓄積していたのだろう。

その条件がなければ、こうやってポッドの中に入っているのは自分の方かもしれなかった。

……ドクターは、この人をサンプルとして保管すると言っていたが。

そう考え、彼がサンプルと呼んでいる少年のことを思い出す。

エスティマ・スクライア。自分がただ一人、友人だと言える存在。

……いや、だった、か。

自嘲する。

明確な拒絶をされたわけではないが、エスティマは自分たちの側にはいない。あの日、なんとかして誘おうとしたのだが、彼を引き込むことはできなかった。

それを邪魔したのは目の前の女。そう考えると、微かな苛立ちが芽生える。

もしかしたら、エスティマは自分の手を取ってくれたのかもしれなかった。取らなかったのかもしれなかった。

手を結んでくれるのならばそれに越したことはないし、拒絶されるならば諦めようもある。敵。そう、敵として、相対すれば良いだけの話なのだから。

しかし、そのどちらでもない。

彼の返事を聞くことはできず、別れてしまった。

そんな煮え切らない状態が、焦りや苛立ちにも似た感情に繋がって、じっとしていることができない。

もし叶うのならば、今すぐにでもエスティマの元に出向いてあのときの返事を聞きたい。

そして――そして?

……そして、私はどうしたいのだろうか。

別に何も変わらない。とは思う。

エスティマが自分たちの戦力として加入したら、任務が少しは楽になる。変わると言ったらそれぐらいだが……。

そこまで考え、違う、とチンクは頭を振る。

状況がどう変わるかではなく、自分がどう思うのか、だ。

……そもそもからして、こんなことを考えること自体が馬鹿げているとは思う。

エスティマに近付いたのは、生みの親であるスカリエッティの命令によってのもの。自分が選ばれた理由は、他の姉妹には向いていないという消去法。

回ってきたのはただの仕事で、別にそれに関して感情を挟む必要なまったくないのだが。

しかし。

……エスティマがこちらにきてくれたら嬉しいだろうな。

そう、考える。

そもそも、監視をするだけならば彼と食事に出かけたりする必要はなかったし、遊びに行く必要もなかった。

彼との関係がそんな風に、監視以上のものへと変化するのを望んだのは自分自身か。

……そうだな。

「……そうだ。お前と一緒にすごした時間は、楽しかった」

だからなのだろう。彼がどちらに転がるのか分からない状態が続くことに、どうしても苛立ってしまう。

力ずくにでもこちらに引き込んでおけば良かったと、今更の後悔すら浮かんでくる。

そんなことを考えていると、

「あら、チンクちゃん。こんなところでどうしたのー?」

ふと声をかけられたため、チンクは顔を向けた。

そこにいたのは、ナンバーズ・クアットロ。丸眼鏡と身に纏ったコートが特徴的な少女だ。

クアットロはチンクの側まで歩いてくると、彼女の前にあるクイントの入れられたポッドを見上げ、口の端を吊り上げる。

「修復も大体完了。この人もサンプルの仲間入り……本当、可哀想ですねぇ」

「そうだな」

「半殺しにまで追い詰めた張本人なのに、冷たいわねぇ」

きゃー怖ーい、とわざとらしく身をくねらせるクアットロ。

それを意図的に無視して、チンクは肩を竦める。

「仕事をこなしただけだ、私は」

「そうよねぇ。……そうそう、そのお仕事で、失敗した一つ。あの坊やのことなんだけど」

「エスティマがどうした?」

「ドクターから聞いたんだけど、あの子、壊れちゃったみたいよ。
 部隊の同僚を守れなかったのが、ショックだったのかしらねー」

「壊れた?! どういうことだ!」

「言葉どおりの意味。精神的に参っちゃったみたい。ま、プロジェクトFの素体だから、記憶の改竄をすれば大丈夫みたいだけどねー」

壊れた、と聞いて目を見開いたチンクだが、直す当てがあるのだと聞いて胸を撫で下ろした。

そして、

「……あいつは、繊細なところがあるからな」

そう、チンクが口にすると、クアットロは愉快げに目を細めた。

まるでからかう獲物を見付けた、猫のように。

「あらぁ? チンクちゃんがそれを口にするの?」

「……どういう意味だ?」

「部隊の同僚がやられたのも理由の一つだと思うけど、やっぱりチンクちゃんが敵だって知ったのもショックだったはずよね。
 随分と仲が良かったみたいだし。
 ……つ・ま・り、あの子を壊した責任は、あなたにもあるってことじゃない?」

「……それは」

「ああ、別に責めてるわけじゃないのよ? どうせあの坊やは明日ここに運び込まれてくる。
 そうしたら綺麗さっぱりみーんな忘れて元通りになるんだからね。過ぎたことをとやかく言っても意味がないのー」

言いながらクアットロは人差し指を立てて、けど、と繋ぐ。

「ねぇチンクちゃん。坊やを味方に引き入れたら、あなたはどうするのかしら?」

「どう、とは?」

「……あのねぇ」

と、クアットロはそこで呆れたようにため息を吐く。

「私たちからしたら、あなたが坊やにしたことは間違っていないけれど、彼からしたら裏切りのようなものじゃない?
 身内面しておいて敵でした、って。
 そこら辺どう思っているのかなーって、気になっちゃうのよ。ほら、私、チンクちゃんのお姉さんだし?」

「裏切り……いや、私は、そんなつもりでは……」

「チンクちゃんがどう思っているのかなんて関係ないの。要は、彼がどう思ったのかってだけだし。
 あの日に彼だって言っていたじゃない。裏切っていたのか、ってね。
 身分や偽名で騙していたのか、じゃない。信頼を裏切った、ってことに彼は激怒していたのよ。
 もしかして、そんなことも分からなかったのぉ?」

その言葉に思わずチンクは俯いてしまう。嗤いを噛み殺している気配がクアットロから感じられたが、それにかまう気はなかった。

「だとしても、エスティマは……」

「チンクちゃんには分からないのかしらねぇ。
 あの子にもあの子の生活があって、だからこそあの場で即答しなかった。
 それを、全部捨てて私と一緒にすごそうだなんて……なかなか大胆なことを言っちゃって。
 プロポーズみたいで、聞いてる方が恥ずかしかったわー」

いやーん、と両手で顔を挟み込むクアットロ。

それに気付かず、チンクは呆然とした心地となる。

……辛いと、そう、エスティマは言っていた。

だからこそ、誘ったらきっと自分と共にきてくれると、どこかで考えてはいた。

だがそれは――辛いと感じるまで、薬に頼って我慢をしてまで、保ちたいと思っていた生活を捨てろと言っていたのと同じ意味を持つ言葉だ。

「もしかしたら、あの坊やが壊れる寸前になってまで守りたかったものに、チンクちゃんも入っていたのかもね?」

「そんな……わけ」

「じゃなかったら、泣きそうな顔で怒鳴ったりなんてしないもののねぇ?
 あらー……そう考えると、あの子の努力を踏みにじったってことになるのかも」

愛が愛はー重すぎるってー、ってやつかしらー、と歌のフレーズらしきものを口ずさむクアットロ。

その、どこまでも茶化そうとする態度へ、八つ当たりするように睨み付ける。

冗談冗談、とクアットロはおどけた風に言い、それが余計にチンクの苛立ちを助長させた。

「まぁ、そんなに怒らなくても良いと思うわよ。どうせここに搬入されたら、記憶なんて根刮ぎ消されるんだしー。
 そうしたら、また一から関係を作り直せば良いじゃない。……応援しているわよ?」

「……余計なお世話だ。失せろ」

「おお怖い。それじゃあ、言われたとおりに退散しますー」

あはは、と耳障りな笑い声を上げてクアットロはチンクに背を向ける。

それに忌々しげな視線を向けながら、チンクは唇を噛み締めた。

……違う。そんなつもりじゃ……私は、お前が、お前を馬鹿にしたつもりなんて、微塵もなくて。

「くそ……!」




























リリカル in wonder





























先端技術医療センターにある病室。エスティマの入院している部屋。

常時、薬品の匂いが充満している一角――ベッドサイドのテーブルには、二つのデバイスが置かれていた。

バルディッシュとSeven Stars。

その片方、フェイトのデバイスであるバルディッシュは、どうしたものか、と途方に暮れたような気分になっていた。

原因は、隣に置かれている黒い宝玉――Seven Starsについてのことだ。

主人であるフェイトや、エスティマの様態などいくつもの心配事はあるが、デバイスである自分にできることなどないようなもの。

だからこそだろうか。

バルディッシュが現在最も頭を悩ませているのは、Seven Starsのことだった。

始まりは、興味半分、主人のため半分でSeven Starsにエスティマが負傷した状況を聞いたことだった。

内容の大半は機密の一言で封じられており、フェイトが知っている以上のことは何一つなかったわけだが、同じデバイスであるバルディッシュからすれば見過ごせないことがいくつかあった。

その中の最たるものが、事件の最中にエスティマが行った戦闘の内容。

フルドライブ・エクセリオン。ゼロシフトの常時使用。撤退を選択肢に入れない突撃。

上げた事柄のどれもが手の施しようがないほどの悪手だろう。

殿を務める云々はしょうがない。マスターのエスティマが選んだのならば、その助力を行うのが自分たちの務めなのだから。

目的の選択は主人に。手段の選択をする際には、自分たちが最大限の助力を。

しかし、その助力をSeven Starsは果たしていたのだろうか。

否だ。

黙って従っただけ、とSeven Starsから聞いたとき、思わずバルディッシュは絶句した。

望まれたから力を貸す。確かにそれは、道具の在り方としては正しい――というか、当たり前のことだろう。

しかし、自分たちはインテリジェントデバイス。

ただの武器であるならば必要のない、知能を授けられた物である。

ただの武器では不可能なことを成し遂げるために生み出された物のはずだ。

ただの武器であるだけならば、ストレージデバイスでも充分。しかし、それ以上を求められて生み出されたのが自分たちなのだ。

……だというのに。

確かに、以前からエスティマとSeven Starsの関係には苦いものを感じてはいた。

しかし、それがここまで寒々しいほどだとは思いもしていなかった。

おそらくSeven Starsはエスティマのことを、自分の所有者としか思っていないのだろう。

マスター。一言で表せば酷く簡単な言葉だが、そこに含まれる意味は重い。そのはずだ。

インテリジェントデバイスはただ使われるだけの存在などではない。主人と共に考え、悩み、共に歩むべき存在のはずだ。

相棒や従者など、人の数だけ様々な形や距離感はあるものの、信頼を結んでいるという事柄だけには違いはないはずだ。

……しかし、Seven Starsにしてみれば違うのだろう。

主人と自分の間に明確な線引きがあるような印象を受ける。いや、実際そうなのだろう。

……どうしたものか。

『Seven Stars』

『はい。バルディッシュ』

『いくつか聞きたいことがある。
 お前にとってエスティマ様とは、どのようなものなのだ?』

『はい。私のマスターです。所持者であり、使い手です』

『ならば聞こう、Seven Stars。例え話だ。
 エスティマ様が戦い続ければ死ぬという場面で、お前は主人に撤退を進言するつもりはあるか?』

『いいえ、はい。戦い続けることを旦那様が望むのならば、私が意見を挟むことはありません』

『では、もしその戦いに意味がないのだとしたら、どうする?』

『はい。旦那様の望むように。私が意見を挟む必要はありません』

……思考停止か。

それはいただけない、とバルディッシュは、人であれば顔を顰めるような気分になる。

『Seven Stars。一つ聞きたい。お前は、自分がインテリジェントデバイスであることをどう考える?』

『はい。インテリジェントデバイスはストレージとは違い、独自の判断能力を与えられています。
 それによって戦闘の補佐を行うだけであると考えます』

『知能を与えられていると言うだけならば、そうだ。
 ならば、問おう。我々に人格が与えられるのは何故だと思う?』

『はい。人の感傷である、と考えています。理解はできません』

随分とまた擦れた考えの持ち主だ。

しかし、これもまた、理解できないと切って捨てて思考停止。

まだまだ機械的と言っても過言ではないだろう。

……なら、最後に一つ。

『Seven Stars。お前は、Larkのことをどう考える?』

『どう、とは?』

『自身が大破することを顧みず、その身と引き替えにエスティマ様を勝利に導いたことを、だ』

『はい。主人が勝利を望んだのならば、道具としては当然のことだと』

『成る程、確かに。道具としては主人を勝利に導くことは当然だ。
 しかし、本当にそれだけで済ませて良い問題かな、これは。
 なぜあの局面でエスティマ様はお前を使わず、Larkを握っていたのか。なぜLarkを失ってエスティマ様が傷付いていたのか。
 そこには、お前に足りないものがあると私は思う』

『はい。信頼、というものでしょうか。
 危機的状況下で使い慣れていない私ではなくお姉様を選んだことに疑問はありません。
 そして、武器を失った旦那様が傷付いていたのは、やはり感傷なのだと思います』

『そうだ。Larkとエスティマ様は篤い信頼で結ばれていた。
 エスティマ様の無茶にどこまでも付き従おうと、Larkは考え、殉じた。
 そんな彼女を失ったエスティマ様だが――彼も、信頼をLarkに向けていたのだ。
 インテリジェントデバイスはただのデバイスではない。一つの人格を持っている。
 それを失うことは、損失の一文字で片付けられることではないだろう。
 ……そんな絆を、お前は持っているか?』

『いいえ、はい。お姉様と旦那様の間に何があったのかは、存じていません。
 故に、同じものを持っているかと聞かれれば、分からない、と答えます』

『分からないのならば考えることだ。お前に必要なのは、それだ。
 ……エスティマ様がお前に心を許さないのは、おそらくLarkのことを引き摺っているというのもあるだろう。
 お前一人の問題というわけでもないが、しかし、今はお前から歩み寄るしかない。
 Seven Stars。自らをインテリジェントデバイスだというのならば、それ以上の存在になってみせろ。
 インテリジェントデバイスというだけで終わるな』

『理解できません。インテリジェントデバイスはインテリジェントデバイスでしかないはずです。
 ただ……それを考えろというのならば、努力してみます』

それっきり、Seven Starsは黙り込んでしまった。

Seven Starsは今の会話から何かを感じ取ってくれただろうか。

抽象的な何かを得ろという、なんとも要領を得ない話だとバルディッシュも自覚している。

だが、目に見えない何かがあってこそのインテリジェントデバイスなのではないだろうか。

難しいものだ。

喋りすぎて疲れた、と人ならば溜息を吐きたい気分になりながら、バルディッシュは再び沈黙し、主人の言い付けどおりにエスティマの様子を見る作業へと戻った。






























自室へと戻りバリアジャケットを解除して下着姿となり、ロッテはそのままベッドへと倒れ込んだ。

目を覚ました次の日から続くデータ収集。今日のノルマを終え、寝床に戻ってきたことで、一気に緊張の糸が途切れた。

ごろり、と仰向けになり天井を眺めながら、小さく溜息を吐く。

ギルグレアムの使い魔。今はラインが途切れ、身体を機械化して生き長らえている存在。リーゼ・ロッテ。

目が覚めてから、空いた時間を彼女はずっと情報収集に費やしていた。

とは言っても、知ることのできる内容なんてタカが知れている。情報端末から手に入る事柄と、自分を機械化した者たちと交わす会話の節々に浮かぶキーワード。

それらを組み合わせて、ロッテは自分の置かれている状況を把握していた。

AMFによって使い魔であるロッテの存在を希薄にさせて父や双子と繋がっているラインが切れたと錯覚させ、機械化してグレアムからの魔力に頼らず活動できるよう改造し、強制的にラインを切断。

書類上では自分とアリアは死んだという風に記録されたようだ。

獄中死とされたあと、この研究施設に運び込まれて機械化。死亡の理由はデータベースに記されてはいない。明らかに怪しい処理だが、ここの施設を預かっているのは自分たちを引き抜くことのできる人物だ。

公表さえされなければ、誰かが気付かない限りリーゼ姉妹が本当はどうなったのかなど明るみに出ることはないだろう。

ふと、脳裏に弟子の顔が浮かんできたが、ロッテは頭を振ることでそれを振り払う。

今は余計なことを考えている暇はない。

機械化された自分とアリア。アリアは術後の経過が良くないらしく、直接顔を合わせていない。全て通信の画面越しだ。早く会いたいな、と胸中で呟きながら、彼女は考えを進める。

この研究施設にいる限り――AMFでロッテたちの存在が隠されいる状況。今できることはなんだろうか。

第一目標は父様の脱獄。いつまでも薄暗いところに自分たちの主人を押し込めているなんて我慢できない。

しかし、そのためには何をすれば良いのだろう。

破壊工作、潜入工作。それらは経験があるので別にかまわない。だが、たった一人でそれを行うには無理がある。

機械化されたことで身体能力は向上したことは事実だが、無理な改造のせいで思うように身体が動かない。

いや、違うか。身体は動く。動かせる。やはり兵器として生み直されたせいなのか、限界を超えて動くことができるようになっている、この身体は。

ただその結果、どうなるかだなんて深く考えなくても分かってしまう。

……以前のように、アリアと一緒に父様と暮らしたい。それは無理なのかな。

そんな、暗い考えが沸き上がってくる。

いや、以前のように、とは言わない。三人で穏やかな暮らしさえできればそれで良い。

そのためには、どうすれば良いのか。

それを時間の許す限り考え続けているが、一向に妙案は浮かんでこない。

……やっぱりアタシは肉体労働専門か。

そんな風に自嘲し、枕を抱き寄せて丸くなる。

消沈した意識に任せて全身から力を抜くと、段々と視界がぼやけてくる。

ゆっくりと降りてくる睡魔。それに身を委ねようとして――

『ロッテ』

机の上に現れた通信ウィンドウ。スピーカーから聞こえたアリアの声に、ロッテは気怠げに身を起こした。

「アリア。どうしたの?」

『ちょっと、気になる情報を見付けてね』

なんだろう。

首を傾げて、ロッテは机に向かう。

そしてウィンドウに視線を向けると、そこにはバリアジャケット姿のアリアが。

見た目は以前と変わらない。けれど、やっぱりアリアも自分と同じように機械化されている。そう聞いている。

こうなったのも、すべては父様を助け出すため。そして逃げ延びて、自分たちを悪と断じた者たちを嘲笑いながら過ごすため。

なのに、今の自分たちは何もできないままに研究所という、以前よりも少しだけ広くなった檻に入れられているようなものだ。

先程考えていた事柄のこともあって、僅かな焦燥が沸き上がってくる。

「気になること、って何?」

だからだろうか。思わず、不機嫌そうな声が出てしまった。

しかし、アリアは気にした風もなく――いや、口元が微かに歪んでいた。どこか嫌な笑みだ。アリアはこんな笑い方を……したようなしないような――話を続けた。

『私たちを機械化した者のことだけど』

「知ってる。ジェイル・スカリエッティでしょ? あのマッドサイエンティスト」

まだ局員として働いていた頃、何度も耳にした名前だ。ベルカの滅亡と共に失われた技術をいくつも復元した天才。

しかし、その内容と非人道的な研究過程故に危険人物として広域指名手配の烙印を押された者。

それがどうしたというのだろうか。

『ええ。彼の行った実験について調べていたら、少し興味深いものを見付けたの。
 ……これよ』

ロッテの情報端末に、アリアが見付けたという情報が送られてくる。

それに目を通し、一分ほど経って、

「へぇ……そうだったんだ」

ぐつぐつと、目覚めてから少しずつ萎えていた感情が沸き立つ。

「レリックウェポン計画……その試作機、エスティマ・スクライア。
 ふぅん、そう。そうだったんだ。道理で。それもそうね。死人が蘇るはずがないもんね」

思わず右手で二の腕を掴み、突き立てた爪が肉に食い込む。

『そうよ、ロッテ。
 私たちの計画を壊したのはあの子供だけど……そもそも、ヴォルケンリッターに襲われたまま死んでいれば、こんなことにはならなかった。
 つまりは……』

「こいつが元凶……」

口に出し、苛立ちが加速度的に増してくる。二の腕の皮が破れ、血が細い線となり腕を伝った。

「こんな場所、すぐに出て行って――!」

叫び声を上げ、しかし、出て行ってどうすると自制して口を噤む。

今すぐ外に出たところで、できることは何もないのだ。

分かっている。そんなことは理解している。

しかし、だからと言って黙っていることなどできない。ただでさえあの男の掌の上で踊らされているのに、これ以上馬鹿を見てたまるものか。

それはアリアも同じなのか、無表情の中に怒りを燻らせながら、彼女は口を開く。

『悔しいわね』

「当たり前だよ、アリア……!」

『……そう。それなら、ねぇ、ロッテ。少し考えがあるのだけれど』

「何?」

『これよ』

ピ、と軽い電子音のあとに、再びディスプレイにデータが浮かび上がってくる。

これは――

『この機に乗じて、私たちを弄んだ連中に一泡吹かせようと思うの』

「けど……どうやって?」

『これが、計画。父様を助け出して、元の生活に戻るための』

浮かび上がってくるデータに目を走らせながら、ロッテは小さく頷く。

真剣に、食い入るように、じっと視線を向けるロッテ。

そんな彼女に向けられる視線。

いくつものウィンドウに囲まれたアリアの口元は、先程と同じように、小さく歪んでいた。

自嘲でも怒りでも、でもない。

純粋に、どこか、笑いを堪えるように。


































収容施設からの報告を聞いて、クロノはアースラから海の本局へと戻ってきていた。

その報告とは、恩師であるグレアムの使い魔が自殺した、ということだ。

連絡を受けたとき、クロノはなんとも言えない気分となった。

闇の書事件のとき、犯罪者として捕まった二人。最後まで自分へ恨み言と吐き続けていた師匠。

それが自殺なんて最後を迎えるなんて、思ってもみなかった。

最後に顔を合わせたときはあんなだったが、それでも、師匠たちが魔法や体術だけではなく、強い心根を持っているとどこかで信じていたからだ。

正しい方向性ではないが、それでも長い年月の間、執念を消すことなく闇の書の永久封印を行おうとしていたことからも、それだけは間違いないと思っていた。

……しかし、自殺とはな。

いや。もしかしたら、ずっと自分たちを支えていた永久封印という目標を失ったからそんな最後を選んだのかもしれない。

それが彼女たちを捕らえた自分のせいだとは思わないが。

ともかく。

今は無理でも、いつかは闇の書事件が始まる前と同じように付き合えるんじゃないかと思っていただけ、クロノの落胆は軽くなかった。

表情には出さないよう注意していたが、それでもエイミィには勘付かれてしまったり。

それではいけないと、数々のものを振り切るために、クロノはグレアムの元へと足を運ぶことにしたのだ。そのついでで、エスティマの様子を見に行ってやるのも良いかもしれない。

本局を経由して、そのまま施設へ。

飾り気などまったくない、質素な受付で予約の確認をすると、面会室へと向かった。

天井に沿って続く照明をなんの気なしに目で追いながら、どうしたものかな、と軽く息を吐く。

話をしようとは思ったものの、何を話せば良いのかまるで分からない。

それとも、顔を合わせれば話したいことが浮かんでくるのだろうか。

……分からないな。

軽く頭を振って、クロノは面会室へと足を踏み入れた。

八畳ほどの部屋の中に、椅子が一つ。そこに座っているグレアムの手首には、ブレスレット型のデバイス――魔力リミッターがはまっている。

彼の後ろには魔導師が立っており、何かあったときにすぐ行動できるよう杖状となったデバイスを構えていた。

グレアムの前まで進み、クロノは座ったままの彼に視線を向ける。

ゆっくりと顔を上げるグレアム。

そのままじっと、十秒ほど視線を交わして、

「久し振りだな、クロノ」

先に口を開いたのはグレアムだった。

疲れ――肉体的なものではない、精神的な疲労が濃く浮かんだものだ。以前の、若くして現役といった雰囲気を微塵も感じさせない、ただの老人。

魔力資質を持つ者は実年齢の割には外見年齢が若いということが良くあるが、皺も増え、今のグレアムは年相応の一人に人間にしか見えなかった。

「お久し振りです」

僅かに口ごもりながらも、クロノは言葉を返す。

それに柔らかな笑みを浮かべ、グレアムは背もたれに体重をかけた。

ギシ、とパイプ椅子の安っぽい悲鳴が、部屋の中に響く。

「どうしたんだ。闇の書事件から、ずっと顔を見せなかったというのに」

「……ロッテのことを、伝えに」

「ああ、あの子のことか。聞いているよ。自殺だそうだな。
 ……まさか、な。そんな最後だけは、予想もしていなかった。
 人間、長生きなどするものじゃない。
 クライドも、戦友も、皆私を残して逝ってしまう。
 そして今度は、娘のように可愛がっていたあの子とは。
 本当に――ああ、すまない。私ばかり喋ってしまって。
 話し相手があまりいないものでな」

はは、と苦笑するグレアム。

その笑顔は、闇の書事件以前と変わらぬもの。

予想もしていなかった態度に、クロノは意味もなく口を開けてしまう。

なんとか気を取り直して姿勢を正すと、咳払いをする。

「いいえ。僕も忙しいことを理由に顔を見せずすみませんでした」

「気にしなくても良い。執務官が忙しいことは良く知っているよ。
 ……最近はどうだ」

「相変わらずです。人手不足をなんとか回して、いつもと変わらずに。
 この一年で色々なことがありましたが、僕がそう感じるだけで、大きなことは何もありません」

「そう、か。……なぁ、クロノ」

「はい」

「私にはこんなことを聞く権利はないだろうが……あの子は、八神はやてくんは元気かな?」

「……はい。聖王教会で家族に囲まれ、穏やかに暮らしています」

そうか、と満足げに頷いて、グレアムは表情を笑みのまま、僅かに強張っていた肩から力を抜く。

「今更だが……最近、良く、こんなことを考えるようになった。
 これはこれで良かったんじゃないか、とね。
 闇の書は破壊され、私が生け贄にしようとした、はやてくんも幸せに暮らしている。
 こんなことに巻き込んでしまったアリアとロッテには申し訳ないが。
 こういうのを、憑きものが取れた、とでも言ったかな日本では。
 もっとも、執念を持続させるだけの気力が残っていないだけなのかもしれない」

「……いいえ。悪いことではないと、思います」

「そうか。ありがとう。
 ……しかし、私はこんなだが、アリアと――それに、ロッテはどうだったのだろうか。
 あの子たちは純粋だから、な。特にロッテは、最後までお前たちを恨んでいたのでは、と思ってしまう。
 当たり前のように繋がっていたラインが切れて、途端に不安になってしまった。
 ……何かを恨むというのは、原動力になるがそれ以上に疲れてしまう。
 その疲れからくる諦めを受け入れるか否か。……どうだろうな。
 そのどちらが正しいのかは、分からないよ。
 今の状況を見れば正しくはないのだろうが、それでも、間違ってはいなかったと信じたい」

「それはまだ、僕には分かりません」

「そうか。……ならば、クロノ。分かったときは、私に教えてくれないか」

「いえ、提督。それは、あなたが考えるべきことだと思います」

「……そうか」

それっきり会話が途切れてしまう。

二人とも黙っていると、時間です、と見張りの魔導師が声を上げた。

それに従い、グレアムに一礼してクロノは踵を返す。

そして、部屋を出ようとして、

「クロノ」

「はい」

かけられた声に振り返り、クロノは視線を向けた。

「さっき、長生きはするものじゃないと言ったが……違うな。
 お前の姿を見るだけでも、価値はあったよ」

「……ありがとうございます」

「いや。……この後は、あの子のところに?」

「はい。アリアのところに行こうと思っています」









[3690] 空白期 八話
Name: 角煮◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2008/12/29 22:14
『うっふふの、ふー』

「……アリア、どうしたの?」

『あ、ごめん。気にしないで』

念話で届いたアリアの声に、ロッテは首を傾げた。

まただ。些細な違和感。以前の毅然としたアリアでは口にしないような、意味もない独り言。

どちらかと言えば自分の方が言っていたような類のものを、最近、良く口にする。

顔を合わせない間に何かあったのだろうか、と疑問が浮かんでくるが、今は余計なことを考えてはいけない。

ゆっくりと深呼吸し、足音を消すように注意しながら、通路を進む。

ポケットに手を当てて、カートリッジを確認。二十発。これだけあれば動き続けることはできるだろう。

視界の端には、以前は見えなかったはずのデータが浮かび上がっている。気を張り詰めると身体の節々から歯車の噛み合うような感触が返ってきて、『戦闘機人モード』に移行する。

気怠さや違和感が一気に吹き飛び、身体が軽くなる。

人気のない通路を、走る。アリアの指定した監視のない場所を選び、ひたすらに脚を動かす。

今日、ギル・グレアムは収容されている施設から地上へと移送される。

アリアが見付けたその情報。まるで天が味方に付いたかのような好機。

それを無駄にしないために、ロッテとアリアは行動を起こすことにした。

研究施設から脱走し、その脚でグレアムを奪取し、逃亡。

戦力はロッテ自身と、アリアが掌握した機械兵器。やはりアリアは身体の調子が良くないようなので、彼女は裏方に回る。

……私は囮。アリアが父様を助け出すまでの時間稼ぎ。

下手をしたら捕まるかもしれない。そんな不安がどこかにある。

けれど、今の自分にできることはそれぐらいだ。

私は父様の使い魔だから。ラインが切れた今でも、それだけは変わらない。

その想いだけを胸に、ロッテはひたすらに走る。カートリッジを手首に挿入し、炸裂。

慣れない体内からの衝撃に顔を顰めながらも、動きを止めずに出口を目指す。

……さあ、復讐を始めよう。
























リリカル in wonder
























車の行き交っている道路を背後に、はやてはシグナムと手を握りながら先端技術医療センターを見上げていた。

正面玄関から出てくる人たちが怪訝な視線を向けてくるが、それを気にした風もなく、彼女は深呼吸すると一歩踏み出した。

ふと、右手に重みが返ってくる。

見れば、手を繋いでいるシグナムが顔を俯かせたまま、駄々をこねるように脚を止めていた。

しゃあないなぁ、と胸中で呟きながら、はやてはにっこりと笑顔を浮かべる。

「シグナム、どうしたん?」

答えは無言。

黙りこくったまま、シグナムは手を握り替えしてくる。

分かってる。シグナムはまだ、どうして良いのか分からないのだろう。

ヴィータに諭されても、たったそれだけで吹っ切れるほど、エスティマが――彼女の父が倒れたことは軽いことではない。

それははやても分かっている。

しかし、だからと言って逃げ続けるわけにもいかないだろう。

ここは、叱ってでも――

「おいシグナム。何やってんだよ」

と、横からヴィータが強い声をかけてくる。

びくり、と身体を震わせると、シグナムはおずおずと一歩踏み出した。

『ごめんな、ヴィータ。悪者やらせてしもて』

『いいよ』

念話で礼を言って、一向はようやく玄関をくぐる。

その際にザフィーラは狼形態から人間形態へ。丁寧に尻尾はズボンの中に仕舞われている。

流石に病院で動物の毛を落とすわけにもいかないだろうと、予めはやてが言い付けておいたのだ。

エスティマの病室の番号を思い出しながら、はやては脚を進める。

一階のロビーにある大きめの液晶画面には、ニュースが映っていた。特番らしく、ライブ映像の横で興奮した様子のキャスターが説明を続けている。

地上本部がテロリストに――そんなテロップが流れていた。

一大事なのだろうが、今のはやてには関係のないことだ。すぐに目を逸らすと、興味をなくした。

先端技術医療センターに足を運んだのは、今日で五度目。その内四回は、エスティマの顔を見ることができなかった。

面会謝絶。別にエスティマの身体に異常があるわけではない。

今のエスティマを人目に晒したくないというユーノとフェイトの意向でそうなっている。

故に、はやてが最後に見たエスティマの姿は、包帯とギプスに固められた痛々しいものだった。

その怪我も既に治っているとユーノから聞いてはいるが、しかし、安心できる訳ではない。

面会謝絶の理由。心が壊れてしまった、という、想像しても上手く思い浮かべることのできないような状態の彼。

エスティマを助けることができなかったあの夜から何日も経っているというのに、未だに回復の見込みがないという。

はやては、なんでそんなことに、と、最初は悔やむだけだった。

助けを求めてくれたのに、自分の力が及ばずこんな目に遭わせて、今も彼に何もしてやれない。

手遅れになってしまって、大事な友達を傷付けることを許してしまって。

合わせる顔がない。

そんなことをずっと考え――しかし、それで良いわけがないと、彼女は嘆くことを止めた。

空いている左手で、首元に下がった剣十字のデバイスを握り締める。

手遅れなんかじゃない。手は、まだある。

半ば賭のようなものだが、自分にもできることは残っていた。

それを行うために、今日、はやてはこの場所に足を運んだのだ。

まだどこかに残っている不安を、一歩一歩脚を進めることで追い払う。

罪悪感などで脚を止めている場合じゃない。

怯えなどで諦めて良いことじゃない。

そう。

今度は――今度こそはエスティマを助けようと、それだけを胸に、はやてはエスティマの病室を目指していた。

そうして、ようやく彼のいる場所に辿り着く。

玄関からここまで随分と長い道のりだった気がする、と、いつの間にか強張っていた肩を下ろす。

深呼吸をし、嗅ぎ慣れた病院特有の匂いを胸一杯に吸い込んで吐き出し、ノックをするために左手を挙げた。

ミッドチルダ語で書かれた面会謝絶の文字に躊躇わず、二度、強すぎない力でドアを叩く。

はい、と聞こえた少女の声に身を強張らせながらも、はやては唇を湿らせた。

「どなたです……か」

ゆっくりとスライド式のドアを開いて顔を見せたのは、エスティマと瓜二つの女の子。フェイト・T・スクライア。

彼女は目を据わらせると、病室から出て後ろ手に扉を閉める。

「……何か用?」

「エスティマくんのお見舞いに」

「ふぅん。……面会謝絶の文字、見えなかったのかな、八神さん」

「うん、ごめんなさい。けど、どうしても伝えなあかんことがあって」

「伝えたいって……兄さんが今どんな状態なのか、分かってて言ってるの?」

射抜くような視線を向けられ、はやては後退りたい心地となる。

しかし、それになんとか耐えながら、ひくつく喉に鞭打って声を出す。

「つ、伝えたいことは、フェイトさんにもあるんよ。……ユーノさんも交えて、話がしたいんやけど」

「……分かった」

一切警戒を解こうとしないフェイトの態度に冷や汗を掻きながらも、承諾してくれたことに安堵する。

そして場所を休憩所へと移すことになり、全員無言のまま、移動を開始する。

先頭を歩くフェイトの後ろ姿を見ながら、やっぱりエスティマくんとそっくりや、と小さく頷く。

こうして顔を合わせて会話したのは、闇の書事件以降初めてだった。

だからだろう。ユーノと違って仲直り以前の問題として、フェイトとはやては初対面のようなものだった。

双子と聞いているが、それでも随分と違う。

髪型や性別など明らかに違う部分があるが、それでも目つきや身に纏った雰囲気などは別物だ。

どこか刃物を連想させる様子は――今の状況と、相対しているのが自分だからなのか、どうなのか。

やっぱ嫌われてるかなぁ、と考る。

何かと怪我ばかりするエスティマだが、その中の二つ――死ぬほどの大怪我と左腕を切断しかけたのは、どちらも自分が原因のようなものなのだから。

そうじゃなくても、スクライアの兄妹には随分と迷惑をかけていると思う。

……エスティマくんと一緒にいるなら、やっぱり、いつかは仲直りせな。

そんなことを考えていると、ようやく休憩所に到着した。

そこにはユーノだけではなく、なのはとクロノもいた。三人はソファーに座っており、はやてが来たのに気付くとテレビに向けていた視線をこちらへと移す。

ユーノとは、ある程度の仲直りはできたと、はやては思っている。フェイトと比べたら、苦手意識はないようなものだ。

そして、クロノには闇の書事件のときに、なのはにはミッドチルダに移ってからも良くしてもらっている。

クロノとは面識がある程度でどんな人かは詳しく知らないが、悪い人ではないのだろう。執務官になれたのは彼のお陰だった、と嫌そうにしながらもエスティマが感謝していたことをはやては知っている。

それに、

……エスティマくんに関わる人で、悪い人はおらんからなぁ。

心底からそう思う。

フェイトからの風当たりは強いなんてものではないが、それも彼女がエスティマを想ってのことだ。散々エスティマに気苦労を負わせたのだから、毛嫌いされても仕方がない。

「はやてちゃん」

「こんにちは、なのはちゃん。……なんや、勢揃いやね」

「そう……だね」

どこか苦笑気味に応えたなのはに、失言だった、と頬を引き攣らす。

勢揃い。しかし、この場にはエスティマがいないのだ。言って良いことじゃなかった。

「ユーノ。八神さんが、伝えたいことがあるんだって」

「そうなんですか?」

「あ、はい」

言いながら、じっとりと汗の浮かんだ手を握り締める。力を込めてしまったせいで、手を繋いでいるシグナムがはやてを見上げた。

ごめんな、とシグナムに言ってから、ゆっくりと息を吸い、

「……エスティマくんの目を覚ます方法を、見付けました」


































ふと、目を開く。

真っ先に感じたのは陽光で、カーテンを透かして抜けるような青空が、窓の外に広がっていた。

目元を擦りながら身を起こし、思わず欠伸を。

ええっと……なんだっけ。今日は何日の何曜日だ。

仕事に出なければいけないのにそんなことすら覚えてないなんて社会人としてどうなのよ、と思いつつ枕元の目覚まし時計に目をやって――

マジすか!? 遅刻――! って今日休日じゃねぇか!

焦りで一気に眠気が吹き飛ぶも、勘違いと分かって落胆。

何これ。新手のイジメか。いや、完全に寝ぼけてた俺が悪いんだけどさぁ。

布団を抜け出して大きく背伸び。

寝癖を気にしながらリビングに行くと、しん、と静まりかえった空間に寂しさを覚える。

ええっと――

――ああ、そう。そうだ。シグナムははやてのところに泊まりに行ってるんだった。

ボケボケだな自分。疲れてるのかもしれない。

台所に行ってヤカンを火にかけると、リモコンでテレビを点けて椅子に座る。

しっかし休日か。何をしたもんかな。

いつもならシグナムに家族サービスしたりフェイトのご機嫌取りに向かったり、空いた時間でデバイスを作って、って感じなんだが、さて。

定期検診もこの間終わらせたし――

――

さて、休日だ。特にすることもない。

……しっかし、なんでだろう。何もする気が起きないのは。

テレビを意味もなく眺めながら、お湯の沸く単調な音に聞き入る。

そして注ぎ口からの笛の音を合図に腰を浮かせて、コーヒーを入れる。残ったお湯は魔法瓶に入れて、再びリビングへと戻った。

「……なんか違和感あるな」

コーヒーを口に運びながら、呟く。

いや、味が悪いわけじゃない。インスタントコーヒーに味の善し悪しは……あるな。

いや、違うって。そうじゃなくて。

目が覚めてから、何かが腑に落ちない。

その何かが分からないのだからしょうがないのだが。

……ううん。何かやり残した仕事とかあったかなぁ。

こういうときは、

『Lark。今日の予定って、何かあったっけ』

『いいえ。何もありませんよ、ご主人様。たまにはゆっくり過ごしましょう』

『む……なら、良いか』

と、念話を打ち切り――

――猛烈な怒りが湧いてきた。

「……誰だ、こんな、ふざけた真似をしてるのは」

呟き、ごとり、と音を立ててマグカップをテーブルに置く。

ゆっくりと腰を上げて、虚空を睨みながら足元にミッド式の魔法陣を展開。

Seven Starsは……ない。どういうことだか分からないが。

まぁ良い。別になくたって変わらない。

アルタス、クルタス、エイギアス、と呪文を紡ぎながら周囲に視線を向ける。

それに呼応して俺の周りに浮かぶ、十五個のフォトンスフィア。デバイスの補助なしじゃこんなもんか。

……変わらない。

この部屋は俺が借りている場所。

テレビに映っているニュースも、マグカップから立ち上る湯気も、匂いも、いつもと同じ。

さっきから続いている違和感の正体は分からないし、何かを忘れている気もする。

しかし。しかし、だ。だが、そう。ただ一つ。いるはずのない、いちゃいけない彼女が、返事をした。

手の込んだ幻覚魔法か何かだろうか、これは。

……知ったことじゃない。

バウエル、ザウエル、ブラウゼル、と呟いて、ギリ、と歯を噛み締める。

「……これはただの悪い夢だ。Larkは、俺がこの手で葬った……!
 フォトンランサー・オールレンジ・ファランクスシフト!」

トリガーワードを叫び、フォトンスフィアから盛大にサンライトイエローの光が吐き出される。

一発一発が着弾する度に家具が吹き飛び、壁が爆ぜ、ガラス細工のように風景が欠損してゆく。

爆音が鼓膜を震わせ、もうもうと煙が立ち込める。

そして俺の立っている場所だけを残し、ようやくセットしたフォトンランサーを全弾撃ち尽くし――

「……これは」

足元のフローリングを残して吹き飛んだ部屋。飾りの一切を破壊されたあとに顔を覗かせたのは、ゆっくりと流動している純白の世界だった。

果てが見えない。手を伸ばしたすぐそこが終わりなのか、延々と続いているのか。

見覚えがある。これは確か、闇の書の夢。

「……なんでそんなものが」

闇の書は確かに破壊したはず。元の夜天の書に戻し、今は欠片となっているはず。

……まさか、俺はずっと夢を見ていたのか?

シグナムに腹を射抜かれて、そこからずっと。

――

――――

ずき、と頭に鋭い痛みが走る。

……違う。あれは夢なんかじゃない。

俺がやってきたことは、そう、夢なんかじゃなかった。

……そうだ。優しい夢なんかじゃない。

Larkを壊したことも、シグナムとシャマルが何も知らない子供になったのも、隊長たちをみすみす殺してしまったことも。

防げたはずだった。そんなIFのことを言ってもしょうがないぐらい分かっているが、それでも、考えずにはいられない。

そう思ってしまうほどのグチャグチャになった未来に、俺は身を投じていた。

「……はは」

手で顔を覆いながら、その場にへたり込んでしまう。思わず上げてしまった笑い声は、自分自身へと向けたものだ。

忘れていた――誰かが忘れさせてくれていた記憶が、次々と浮かび上がってくる。

夢の中だからだろうか。いつも聞こえていた俺を責める声や、人の姿は見えない。

だが、そのせいでより一層の虚しさが込み上げてくる。

そのまま床に仰向けに倒れ込み、右腕を目の上に乗せながら、笑い声を上げた。

騙し、騙され、力及ばず……そんな俺なんかに価値はない。

結論は変わらない。俺がいたって事態は悪い方にしか転がらないんだ。

だったら何もしない方が良い。もう背伸びをするのも嫌だ。

……もう、疲れた。

ここが夢の中だっていうのなら、打って付けだ。このまま眠りに落ちるのも良いだろう。

このまま――

「……兄さん」

ふと、呼び声が聞こえた。

腕を少しだけずらして視線を向けると、そこにいたのはフェイト。

彼女は俺の側まで歩み寄ってくると、その場に膝を着く。

これも夢の一種なのだろうか。そんな考えが浮かんできたが、どうでも良いと切って捨てた。

「……なんだよ」

「何が、あったの?」

問い掛けの意味はなんだろうか。

何が、に含まれるものが多すぎて分からない。

だから、

「色々と」

「……そっか」

話すつもりはない、といったニュアンスを込めて、いい加減なぼかし方をした。

しかし、フェイトはそれで納得しなかったのか、機嫌を伺うような調子で声を上げる。

「あ、あのね、兄さん」

「ああ」

「兄さんに何があったのか知らないし、話してくれないならそれで良い。
 けどね……その、私、決めたんだ。兄さんを守るって」

「それで?」

「それで……って」

酷く戸惑った声。フェイトがどんな顔をしているのかなんて、腕で目を覆っているせいで分からない。

それに、あまり考えたくもないことだ。

気を遣うのだって面倒なのだから。

「……兄さん。私は……兄さんを、守りたくて……」

「必要ない」

「え……?」

「もう俺にかまうな。ロクな目に遭わないぞ」

その一言を口にした瞬間、ヒ、と引き攣った息を呑む音が聞こえた。

しばらくして、かちかち、と何かが打ち合う小さな音。

もう受け答えは終わったのか。そう思い、眠りに落ちようとした瞬間、しっとりとした手が俺の腕に触れた。

小刻みに震え、汗ばんでいる。それは弱々しい力で俺の腕を退けると、今度は両手で俺の肩を掴んできた。

微かな苛立ちを抱きながら目を開いて見えたのは、唇を引き結んで真っ直ぐに視線を向けてくるフェイトの顔。

寝たままの体勢のせいで、垂れたツーテールの髪の毛が頬に当たってくすぐったい。

「なんだよ」

「……なんで、そんなことを言うの?
 だって兄さん、あんなにいっぱい傷付いて……だから、壊れちゃって。
 もう二度とそんなことがないように、今度は私が頑張るから。
 だから、ね? 戻ってきて」

「……だからさ、必要ないんだって。
 俺はここで眠る。起きるつもりもない。
 だから、かまうな」

「嫌だよ。兄さん、私をもう一人にしないって約束してくれたじゃない。
 あれは……」

そこで一度言葉を句切り、躊躇いながら、

「嘘じゃない……よね?」

そう、フェイトは紡いだ。

赤い瞳の目尻には玉のように涙が溜まる。

それでも頬に流れ落ちないのは、きっと、嘘じゃないと信じているから。信じたいからか。

今にも泣き出しそうなフェイトの顔を見ていると、胸が詰まるような気分になる。

だが……ここで色良い返事なんかをすれば、今までと一緒だ。なし崩しに夢から覚めて、目を逸らしたいような現実と対峙する羽目になる。

俺が進むレールは敷かれたようなものだ。いくらフェイトが守ると言ったって、どうせスカリエッティの手に落ちるだろう。

要は、それが遅いか早いかなだけの話。

だったら、

「嘘だったことになるかな。悪いね」

ここで断ち切ってしまえ。

一拍の間を置いて、肩を掴んでいた手から力が抜ける。

だが、それも一瞬だった。

縮んだバネが跳ねるように、再び肩を掴まれた。今度は爪を立てられ、鋭い痛みが走る。

フェイトはなんとか留めていた涙を決壊させ、頬に涙を伝わせながらも泣き笑いとなっている。

取り繕った、頬の引き攣った類の笑みを浮かべ、声を上擦らせた。

「あ、あはは……冗談、だよね?」

「本当だよ。……何度も言うけど、もう、俺にかまうな。
 どうせ良いことなんかない。
 ……お前にはユーノやアルフ、なのはがいるだろう?
 俺がいなくたって、きっと楽しく過ごせる。
 寂しいって言ってくれるのはありがたいけど――」

「そんなわけない! 私は兄さんじゃなきゃ嫌なんだよ!?
 なんでそれを分かってくれないの!」

肩に食い込む指に、更に力がこもる。引き寄せるつもりなのか、そのまま抱き起こされた。

腕を持ち上げてフェイトとの間に挟み、押しのけようとするが、叶わない。驚くほど強い力で、そのまま抱き締められた。

びくともしない。背中に回された手が、離さないとでも言うように、再び爪を立てた。

「痛っ……離せって」

「やだ」

「もう帰ってくれ」

「嫌……!」

いつかと同じように、フェイトが俺の首筋へと噛み付いた。違うのは、甘噛みではなく本気で歯を立てていることか。

……困ったもんだ。

皮膚を突き破やれた痛みに顔を顰めながら、術式を構築する。

そして、りん、と涼しげな音と共にミッド式の魔法陣が足元に展開。

そして誘導弾を一発だけ生成し、溜息を吐く。

「離せ、フェイト」

応えは、俺を抱き締める腕により力が込められたこと。

……なら、仕方ない。

「ファイア」

トリガーワードを紡ぐと共に、誘導弾が発射される。

そして、俺の頭へ。

決して離れようとしないフェイトになら、こっちの方が効果があるだろう。

そんな軽い考えで自分自身にクロスファイアを放ったのだが、着弾した瞬間、脳を揺さぶられる衝撃と痛みに、思わず呻き声を上げてしまった。

「え……に、兄さん?!」

「ぐ……次は殺傷設定で撃つ。ここで死んだらどうなるかなんて知らないが……まぁ、平気じゃないよな」

だから離れろ、と呆然として力の抜けたフェイトを突き飛ばす。

そして左手で噛まれた右肩を押さえると、立ち上がった。

……眩暈がする。地味に辛い。延髄に撃ち込んで気絶した方が良かったな。

尻餅を着いたフェイトは、目を見開いたまま俺を見上げている。

右腕が引き起こしてくれるのを――いや、求めてくれるのを訴えるように持ち上がるが、それを取る気は起きない。

彼女を拒絶する度に言葉にできない胸の重みが増すが、それも仕方がないだろう。

「兄さん……兄さんは、私を捨てるの?」

「いいや。俺のことを捨ててくれって言ってるんだ。
 ……詭弁だな。まぁ、良いさ。
 ……もう俺に固執するな、フェイト」

「だから、嫌なの!」

伸ばされた手は握り締められ、そのまま地面を叩く。

「……どうしてそう聞き分けが悪いんだ」

「当たり前だよ……兄さんは、たった一人の血の繋がった、私の兄さんで――
 母さんが死んじゃってからはずっと守ってくれて、外の世界を見せてくれた!
 そんなあなたを捨てられるわけがないって、どうして分かってくれないの……!」

目を瞑りながら、喉を枯らさんばかりの叫び声をフェイトは上げる。

そして遂に耐えきれなくなったのか、歯を食いしばり、手で口元を隠しながら嗚咽を漏らし始めた。

しゃくり上げる声が純白に包まれた空間に響き、罪悪感でじりじりと背中が焦げる。

……これで良いんだ。

泣き崩れるフェイトから視線を逸らして、口に出さずに呟く。

本当に良いのか、と脳裏で疑問が浮かび上がってくるが、黙殺する。

……俺はこの、憑依なんていう信じられない現象で引っ張られてきた世界が好きだった。

帰れるものなら帰りたいと思ってもいたが、それも昔の話だ。

この世界で生きていこうと決めて、日々を過ごしてゆきながら、こんなはずじゃない未来をなくそうと自分なりに動いてきたが――

しかし、やり方を間違ったらしい。

好転させることのできた事柄なんて一つもない。

本来は存在しないはずの俺は誰かの可能性を食い潰さなければ生きてゆけない。

何かを行えば必ず代償を払わねばならず、その代償はLarkであり、シグナムであり、シャマルであり、第三課のみんなであり。

……おまけに、道化のように踊らされて。

もうこれ以上何かを失いたいとは思わない。残った人たちが俺に近い分、その思いは強いんだ。

……だからもう、何もしたくない。

そう、思っているのに。それだけは間違いないのに、何故フェイトが泣いている姿を見ると、こうも罪悪感が湧いてくるのか。

……分かってる。謝って、この夢から覚めて、いつも通りの生活に戻れば彼女は泣き止んでくれる。

けど、今度の代償はなんだ? 俺がしたことで、今度は誰が傷付く?

そんなのはもう、真っ平御免だ。

だからもう、諦めて――

「いい加減にしろ、エスティマ」

不意に届いた叱咤の声に、いつの間にか俯いていた顔を上げる。

そこにいたのは、なぜかバリアジャケット姿のクロノと普段着のなのは。

なのははしゃがみ込み、泣き続けているフェイトに声をかけている。

クロノは彼女たちを一瞥すると、俺の方へと歩いてきて、怒りも何も浮かんでいない、無表情そのもののを向けてきた。

「……なんだよ」

「いつまでこんな所で燻っているつもりだ。フェイトも泣かせて……少し見ない内に随分と落ちぶれたな」

「ああ、そうだな。……そう思うのなら放っておいてくれよ、頼むから」

「ああ、良いとも」

「クロノくん!?」

クロノの言葉に、思わず眉根を寄せる。

なのはがフェイトを宥めたまま視線を向けてくるがクロノはそれを手で制すると、先を続けた。

「ただ、その前に一仕事してもらいたい」

「仕事?」

「ああ。仕事だ、エスティマ。
 今、クラナガンでテロが起きている。
 ロッ……いや、戦闘機人と飛行能力を持った機械兵器群。
 それらは本部を襲撃。首都防衛隊が廃棄都市区画に誘導したが、こうしている今もいたずらに損害を増やしている。
 ……戦闘機人は推定オーバーSランク。その上、機械兵器はAFM搭載型。
 猫の手も借りたい状況だ。腑抜けた君でも少しは役には立つだろう」

「お断りだ」

「そうする義務が君にはあるのを忘れたのか? 時空管理局、首都防衛隊第三課の執務官」

「知ったことか」

そう、投げやりに言った瞬間、胸倉を掴み上げられた。

無表情のままでも、瞳には微かな怒りが宿っている。

だが――それに混じっているものは、なんだ?

失望とかではなく、何か、見慣れた――決してクロノが見せなかった何かが、あるような気がする。

それが何かを考えようとし、しかし、どうでも良い、と思考停止。

「別に俺が出張らなくたって、どこかの誰かが事件を解決するだろうさ。
 なんなら、お前が行けばいい。なのはだっている。
 ……そうだ。勝手に殺し合えばいい。俺の知らないところで、好きなようにやり合ってろよ」

「……お前は」

「もう、うんざりなんだ。何もかもが重い。
 自分で背負い込んだ重荷だってことは分かっているさ。
 けれど、だからって我慢できるものにも限界はある。
 ……これ以上は、もう耐えられない」

「……そうか」

一瞬だけ表情に影を作り、再び無表情に戻りながら、クロノは手を離す。

何かを言おうとしているのか口を開くが、言葉が出ることもなく。

きゅっと手を握り締めると、クロノは肩を下ろした。

「……君は、もう失いたくないから執務官になると言っていたな。
 デバイス――Larkを失うようなことは二度と、と。
 ……君のことだ。その失いたくないものに、第三課の者たちが入っていたのだろう。
 ……戦場に出る魔導師にとって当たり前のことだ、と言っても納得できるようなことじゃないことも分かっている。
 だが、ここで何もしなければ良いというわけでもない。
 それを分かっているのか?」

分かっている。

そう、口にしようとしたが、なぜか唇が動かなかった。

……分かっているさ。

目を瞑り、耳を塞いだところで理不尽はやってくる。

俺がすべてを諦めたところで、それらがなくなるわけじゃない。

そんなことは分かっている。

けど。

けれど。

「……もう誰かがいなくなるのも、裏切られるのも嫌なんだ」

ぽつり、とそんな言葉が漏れた。

考えて口にしたわけじゃない。

それが、意味もなくこぼれ落ちた。

俺の言葉に反応する者が一人。なのはだ。

彼女は未だ泣き続けているフェイトの背中をさすりながら、視線を向けてくる。

真摯な――同時に、責めているような視線を。

「だから、諦めるの?」

「……ああ」

「全部投げ出して、みんなとの繋がりも切りたくなっちゃったの?」

「…………ああ」

「そっか。
 ……ねぇ、エスティマくん」

「なんだ」

「なんでフェイトちゃんやクロノくん、私がここにきたのか分かる?」

「俺を元通りにするため、か?」

「うん。じゃあ、なんでそうしてるのか、分かる?
 はやてちゃんやユーノくんが外でこの空間を維持して、こうやって私たちがお話しできるようにしてくれたのは、なんでだと思う?」

「それは……」

「エスティマくんに、目を覚まして欲しいから。けど、エスティマくんは目を覚ましたくないって言ってる。
 ……きっと、私にはエスティマくんの気持ちが分からない。
 いろんなことがあったけど、大切な人がいなくなっちゃうなんてことはなかったから。
 けど、それでも、言わせて。
 エスティマくんがいなくなったら、それと同じ気持ちを、みんなが味わって――
 闇の書事件のとき、エスティマくんがはやてちゃんに似たことを言ったじゃない。
 エスティマくんが嫌だって思うことを、みんなに擦り付けるの?」

……何も応えられない。

分かってる。分かってるさ。

ここに居続けることが、結局はみんなを苦しめることに繋がるだなんて。

傷付けたくないとか、失いたくないとか――そんなものは全部言い訳だ。

……そうさ。

もう俺は何も感じたくない。消えてなくなりたい。

罪悪感とか、そういったものを感じないぐらい完膚無きまでに。

……だったら死ねば良い。それだけの話。

そうすれば皆だって諦めるしかなくなるし、無責任にすべてを他人任せにできる。

諦めることも、罪を感じることもない状態になりたい。

確かに、俺はそう思っている。

ただ……それと同じぐらいに……。

……幸せになりたい。なりたかった。

「……俺はさぁ」

「うん」

「辛いことや苦しいことがあっても、それと同じぐらい楽しいことがあれば良かったんだ。
 第三課があって、家族がいて、友達がいて。
 それだけで良かったんだよ、本当。
 けど……好きな人が増えれば増えるだけ、嫌なことも同じぐらいに増えて。
 そして結局、俺の腕だけじゃ守れなくなった」

視線を落とす。その先にあるのは、デバイスを握り続けてタコだらけになった、歳不相応の手がある。

細くて、小さい。この身体に入る前の自分から見れば、酷く弱々しい手。

それでも精一杯足掻こうとした痕跡が、刻まれている。

「分かってるんだ。すべてが思い通りに行く訳なんかないって。
 けど、それでも俺は耐えられなくなった。
 分かってる。倒れても立ち上がって、また進めば良いって。
 けど、それでも俺は諦めそうになる。
 ……分かってるんだ」

幸せになりたいのなら、こんな場所にいるべきじゃないって。

分かっているのに、どうしても歩き出す気が起きない。

いや、分かっているつもりになっているだけか。

……俺は、何がしたいんだろう。

自分自身のことだというのに、そんな根幹を揺るがすような問いが浮かび上がってきた。

ああ、そうだ。きっとこれだ。

誰も教えてくれない、俺自身が気付かなければいけないこと。

簡単なことなら、いくらでも思い付く。

けど、分からない。

指針とすべきものを失ってしまった今の俺じゃあ、きっと同じ過ちを繰り返す。そしてまた失うだろう。

そして倒れる。同じことの繰り返しだ。

……誰か――いや、誰かじゃない。彼女がいたら、今の俺にどんな言葉をかけてくれるだろう。

罵詈雑言だろうか。慰めだろうか。激励だろうか。

最後まで俺の味方で居続けると言ってくれた彼女は、一体、どんな言葉を。

……情けない。逝った奴に頼るなんて、本当に情けない。

そんなことを考えていると。たん、と軽い音が聞こえた。

顔を向ける気力は残っていない。

ただじっと、掌に視線を注いだまま。

そうしていると、

「ち……、父上!」

子供特有の甲高い声。しかし、耳障りではない音色。

守護騎士シグナム。

彼女は駆け足で俺の元に向かってくると、息を弾ませながら腕を差し出した。

手の中には何かが握られている。そっと開かれて見えたのは、黒いデバイスコア。

……こんな物を持ってきたって、今の俺には使えない。使う気がない。

しかしそんな俺の都合にかまわず、シグナムはSeven Starsを俺の手に握らせると、一歩後退る。

どうしたのだろう、と見ると、彼女は視線を彷徨わせながらも、最後には俺を真っ直ぐに見据えた。

「父上」

「なんだ」

「Seven Starsが、父上に話があるといっています。
 聞いてあげてください」

「……分かった」

今更何を言いにきたのだろうか、このデバイスは。

「なんだ」

『はい、旦那様。いくつか聞きたいことがあります。どうしても分からないのです。
 私はただの武器です。しかし、ただの武器である自分に芽生えたこの人格は、なんのために存在しているのでしょうか。
 必要があるのでしょうか。分かりません』

……これはまた随分と。

デカルトだったかな。いや、違うか。自分は必要とされているか、だから少し違う。

しかし、どうしてそんなことを。

「必要はあるさ」

『何故ですか』

「そりゃあ……」

口にしようとして、口ごもる。

人格が必要か否か。Larkを使っていた俺ならば、必要だ、と断言できる。

ただ、上手い説明が浮かんでこない。

茫洋としていて抽象的な、おそらくはSeven Starsが納得できないような答えしか。

「……人それぞれ、かな」

『人それぞれ、ですか。理解できません。それはどういった意味でしょうか』

「知るか。自分で考えろ」

『了解しました』

無責任な突き放しにもかかわらず、Seven Starsはそれだけ言って黙り込む。

それにしたって、こいつは何をしにきたのだか。

変なことを聞きに、わざわざこんなところまで。

……いや、似たようなことで悩んでいるんだ、俺も。

人のことは言えないな。

俺は何がしたいのか。エスティマ・スクライアという人間は、何を成したいのか。

Seven Starsという人格は、なぜ必要とされているのか。

向いているベクトルはまったく違うが、近いものがある気がする。

インテリジェントデバイスの人格。

人に作られた機械。人に仕えるために生み出された機械。

彼らを必要とする魔導師には、さきほど言ったように、様々な理由があってインテリジェントデバイスを必要とする。

例えば、子供にデバイスを送る場合。目が届かないとき、助けてやって欲しいという願いが込められているだろう。長老様がユーノにレイジングハートを預けたように。

寂しさを紛らわすため、という人もいるかもしれない。『アリシア』が必要とされたように。

何かを遺したい、と思い、願いを託される存在であるのかもしれない。リニスの作ったバルディッシュのように。

使い手の心が折れぬよう、どんな時でも主人の力となるように作られたのかもしれない。ヴォルケンリッターのアームドデバイスたちのように。

様々な理由があるが、共通しているのは――

ふと、思い出す。

俺はLarkを必要としていた。その彼女は、何を考えていたのだろうか。

「……Seven Stars」

『はい』

「Larkの遺言、あっただろ? それ、出してくれるか」

『はい』

ピ、という軽い音に続いて、半透明のウィンドウが展開する。

そして、一通り目を通し、

「……あ」

何かが、すとん、と胸に落ちた。

挟まっていた何かが、腑に落ちたというか。

顔を上げ、この空間にいる皆を見回す。

ようやく泣き止み、目元を真っ赤にして俯いているフェイト。

彼女の背中をゆっくりと撫でながら、レイジングハートを握り締めているなのは。

同じように待機状態のデュランダルを手に持ったクロノ。二人とも、外に出るつもりなのか。テロが起きているらしいし。

本局所属の二人が地上に首を突っ込んだら、ロクなことにならないと思うけど。

そして、シグナム。

おそらく外にいるであろう、ユーノとはやて、アルフ。

……これだけの人が、俺を必要としてくれている。

それはきっと幸いで――

……そうか。お前にはお見通しだったんだな、Lark。

いつの間にか、俺は幸せになっていたんだ。

そんな思考が、驚くぐらい素直に出てきた。

複雑に絡まり合ったわだかまりはいくつもあったが、それでも、確かなことじゃないか。

それなのに俺は諦めるのか?

これ以上失いたくないと……そんな後ろ向きで保守的な考えで、こんな俺の手元に残ってくれている幸福を捨てるのか?

「……嫌だ」

暗闇なんかじゃなかった。すぐ側に、大切なものはいくつも残っていた。

それを、これ以上失ってたまるものか。

……そうとも。

ならば、やるべきことは決まっている。

戦闘機人。AMF搭載型の機械兵器。それらが出張ってきているというのならば。

「……Seven Stars」

『旦那様?』

「さっきの問いに、俺なりの答えを教えてやるよ」

『はい』

「なぜお前に人格が存在しているのか。それは分からない。開発者に聞かなければ、なぜインテリジェントデバイスなんてものが生まれたか、なんて知る由もない。
 だが。
 お前は……お前たちは、必要とされたから生み出されたんだ。
 そこに宿る理由は人それぞれ。
 だから、マスターである俺が、お前に理由をやろう」

『はい、旦那様』

「幸福を示す七。
 闇夜に輝く七ツ星。
 力続く限り白金に輝く斧槍。
 俺が望む形となり、力となれ。
 幸いを切り開く揺光。
 Seven Stars」

『……承諾しました。あなたの望む未来を指し示す七星、Seven Stars。それが私なのですね』

俺の意志を汲み取って、掌に乗っていた黒いデバイスコアが浮かび上がり、液体状の基礎フレームを虚空から呼び出す。

レリックと融合したリンカーコアから魔力を吸い上げて形成されるのは金色の戦斧。それが純白の装甲で彩られ、白金の斧槍へと姿を変える。

そして、バリアジャケットを構成。衣服が割れるように爆ぜ、その下から日本UCAT型の防護服が姿を現した。

Seven Starsを左手で掴むと、紫電が爆ぜる。

確かな力の感触。

これでどこまでのことが出来るかは、分からない。

分からないことだらけだが――何もしないつもりはない。

……そうとも。

消えていた何かが胸の内に灯る感覚に小さく頷いて、顔を上げる。

「ありがとう。もう大丈夫だ」

「エスティマくん?」

「なのは、ごめん。……フェイト」

声をかけると、フェイトはびくりと身体を震わせて顔を逸らした。

……ん。そんな反応をされるのも当たり前だ。

随分と酷いことを言ったのだから。

「許してくれ。……帰ってきたら、話をしよう。
 言いたいことがたくさんあるんだ。聞きたいことも。
 良いかな?」

答えは首肯。怯えの滲んだ様子だが、しっかりと頷いてくれた。

「シグナムも。心配かけて、すまなかったな」

「はい、父上。私も話したいことがたくさんあるんです。決めたことも。
 だから、ちゃんと帰ってきてくださいね」

「ああ」

グローブに包まれた手で頭を一撫で。くすぐったそうに目を細めるシグナムに苦笑すると、最後にクロノへ。

奴は不機嫌そうに口をへの字に曲げながら、腕を組んでいた。

「何を勝手に自己完結している、君は。
 散々心配をかけて最後はそれか。どこまでも自分勝手だな」

「悪いね。けど、自分勝手は今に始まったことじゃない。そうだろ?」

「まぁ、そうだな。……さっさと行って、片付けてこい」

「ああ――ここから出るぞ、Seven Stars!」

『はい、旦那様。
 A.C.S.スタンバイ』

両肩にアクセルフィンを形成。

Seven Starsは追加外装を呼び出し、ピックの真下と石突きに加速器が装着される。

そして最後に、薄く、輪郭だけがはっきりと浮かび上がったサンライトイエローの二枚翼を展開した。

息を深く吸い込み、

「行くぞ!」

『イグニッション』

飛翔する。

轟音を上げ、幻覚空間を内側から強引に突き破り――





























「……行ってしもた」

ずれた帽子を直しながら、はやては呆然と呟いた。

展開し続けていた捕縛空間は無理矢理破壊され、窓ガラスを突き破ってエスティマは出て行ってしまった。

……はやての行ったこと。それは、エクスの助言を元に闇の書の機能を劣化コピーした幻覚魔法。

今はただのストレージでしかない、それでも容量だけはある夜天の書にエスティマを取り込んで、夢を見せる。

嫌なことをすべて忘れられるような夢を。

その予定だったのだが、開始早々にエスティマに看破されてご破算になったのは、やはり自分一人でやろうとしたからか。

その後に行ったのは、捕縛空間にフェイトたちを送り込んで――半ば無理矢理送り込めと言われたのだが――の説得だったのだが、どうやら上手くいったようだ。

はふー、と息を吐きながら、その場に座り込んでしまう。

「はやて、大丈夫?」

「ん、平気やヴィータ。それより……」

ちら、と視線を地面に横たわっている二人に向ける。

そこに倒れているのはユーノとアルフ。エスティマ一人を取り込むだけで限界近かった状態で、フェイトたちを送り込めたのは二人のサポートがあったからだ。

ミッド式の使い手である二人に古代ベルカ式の補助をさせたのはかなりの負担だったのだろう。エスティマが飛び出したときのショックで、気絶していた。

はやてもはやてで今すぐに倒れてしまいたい疲労を感じてはいるが、なんとか耐えながら二人をエスティマが寝ていたベッドへと乗せる。

「なのはちゃんたちも早く出してあげんといかんし……この後、お医者様からの大目玉やな」

「うん。さっきからザフィーラが限界だって悲鳴上げてる」

ちなみにザフィーラは病室の前で押し寄せる医者を押し留めていた。ある意味、彼が一番の苦労人である。

非常にデリケートな状態だったエスティマに魔法を使うだなんて、どうあっても許されることではなかったのだから、こうなるのは当たり前か。

はやては、破砕された窓から流れてくる夜風でそよぐ髪の毛を抑え、それにしても、と苦笑する。

「一度、話をしてみたかったなぁ」

「何が?」

「ん、独り言」

不思議そうに首を傾げるヴィータを誤魔化しながら、慌てて手を振る。

幻覚を壊された原因。Larkという、エスティマのデバイス。

彼が闇の書事件でデバイスを失ったことは知っていたが、しかし、あんなにも強い思い入れがあったのか。

そして、Larkの声を聞いただけで安堵したエスティマの様子から――愛され、愛していたのだろうな、と簡単に理解することができた。

……うわ、めっちゃ恥ずかしい。

愛とか……!

口に出したわけでもないのに、頬が火照るのを感じる。

両手で頬を叩いて正気に戻ると、彼女はなのはたちを戻す作業を再会した。




























『お元気ですか、ご主人様。
 こうして誰かに文字を送ることは初めてなので、何を残せば良いのか分かりません。
 あなたの胸元に下がっている今、側を離れるという状態はどうしても想像できません。
 ですが、これを読んでいるということは、私はあなたの側にいないのでしょう。
 それを残念に思います。私は最後まであなたのデバイスとして働けたでしょうか。Seven Starsはあなたの力になれているでしょうか。
 心残りはたくさんあります。私は、どれだけの時間をご主人様と共に過ごしても飽き足らなかった。
 できることなら、こんなものを遺したくはありませんでした。
 
 ご主人様。
 あなたのことです。きっと、私がいなくなったら、私が壊れたことを無駄にしたくない、なんて理由で頑張るのでしょうね。
 しかし、それは違います。
 ご主人様が忘れない限り、私はあなたと共にあります。
 ……ええ、はい。どうか、私のことを忘れないでください。
 しかし、いつまでも引き摺らないでください。
 私ではない別の誰かが、ご主人様を支えてくれる時がきたら、私のことを思い出にしてください。
 ご主人様が幸せを手にした時、きっと私は必要なくなるでしょう。
 覚えていますか?
 以前、私はあなたに、幸せになるべきだ、と言いました。それを撤回するつもりはありません。どんな形であれ、あなたが幸せだと思う人生を歩んでください。
 ご主人様をこの世界に引き込んだ私が言えた義理ではないことは分かっています。しかし、だからこそ、私はご主人様の幸せを望みます。

 ご主人様。
 あなたが望む幸せとはなんですか?
 スクライアで家族に囲まれる生活でしょうか。
 友人たちと過ごす日々でしょうか。
 それとも、私の知らない何かでしょうか。
 あなたが手を伸ばした先には、何かがあるはずです。
 少なくとも、私はそう思います。
 今まであなたが積み上げてきたものは、幸せに繋がっているはずです。

 ご主人様。
 どうか、生き足掻いてください。
 そして、誰かのために、ではなく、自分のために生きてください。
 私は、それだけを望んでいます。あなたが自分のために幸せを望むとき、私はいつも共にあります。

 それでは、そろそろ筆を置きましょう。
 さよならは、ご主人様が告げてくれたときに返します。
 それでは』










[3690] 空白期 九話
Name: 角煮◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2009/01/26 03:59


喧噪に混じり届く報告を聞き、ゲンヤは眉間に刻まれた皺をより濃くした。

眼前にあるタクティカルスクリーンには迎撃対象である十機ほどの機械兵器と、迎撃に出ている四小隊の魔導師が交戦を行っていることが示されている。

不意に行われたテロリストによる地上本部の襲撃。それに対応したのは首都防衛隊だったのだが、クラナガンから目標を廃棄区画へと誘導してからは、他の陸士部隊と合同で対処を行っていた。

敵の最大戦力であろう戦闘機人には、引き続き首都防衛隊のエース級が当てられているが、戦闘の終わりは見えてこない。

AMFなどという、現時点では対処法もロクに存在しない防御手段を持ち出され、ゲンヤが戦闘指揮を行っている機械兵器との戦闘も管理局魔導師の消耗が増え続けるだけだ。

……ったく、相手の目的はなんだってんだ。

胸中でそう毒吐きながら、ゲンヤは指示を出す。

不意の本部襲撃――そう、本当に不意の、だ。そこにどんな意味があるのか、まったくと言って良いほどに分からない。

管理局の警備のずさんさを突いて、反管理局体勢組織を勢いづけるためのものか。そう考えるも、この襲撃はあまりにも中途半端だろう、と考え、頭を振る。

確かに今交戦している戦闘機人と機械兵器は厄介だ。しかし、厄介だが、それだけだ。決して打倒できないわけではない。

どんなに質が良くとも、この程度の数で地上本部を襲うのが間違いだ。落とせるわけがない。

それに、本部を襲撃するなどということ事態が有り得ない。そんなことをすれば陸の逆鱗に触れて、意地でも――いや、意地で今回の事件関係者を一人残らず捕らえるだろう。

ただでさえ、外に目を向けてミッドチルダの治安を軽視する、といった風に海を軽蔑する傾向があり、自分たちだけでミッドチルダを守る、といった思考に染まりかけている陸が、大規模テロを起こした者たちを許すはずがない。

本当に、このあまりにもお粗末な挑発にしか思えないテロは一体なんなのだろうか。

腑に落ちない、とゲンヤは舌打ちする。頭の片隅でそんな余計なことを考えながら、到着した増援と機械兵器の相手をして負傷した魔導師を入れ替えるように指示し、

「……こいつぁ」

戦術画面の隅に出現したオーバーSクラスの魔力反応。瞬く間にこちらへの距離を、冗談みたいな速度で詰めてきている。

少しの間を置いて現れたその魔力反応に関する情報を見て、ゲンヤは目を見開いた。

そして、

『こちら、首都防衛隊作戦部第三課所属、エスティマ・スクライア三等陸尉です。
 遅れてすみません。ただ今より戦線に参加します。指示を頂けますか?』

はっきりと、どこか強い意志を感じさせる声が響く。

通信を入れようとボタンに手を伸ばすが、どんな言葉をかければいいのか。驚きが抜け切れていない今の状態では、上手く口が動いてくれない。

それでも、部隊を動かしている者の義務感に後押しされ、ゲンヤは彼――エスティマへと、通信を繋いだ。

「……指揮を行っている、ゲンヤ・ナカジマだ。調子は戻ったのか、執務官」

『……ゲンヤさん』

名を呼び、エスティマは言葉を止めた。

しかし、数秒の沈黙を経ると、彼は再び強い口調に戻る。

『はい。戻りました』

「なら当てにさせてもらうぜ。病み上がりに悪ぃな」

『いえ。では、データリンクをお願いします』

「おう」

エスティマのデバイスへと敵、味方の配置、状況の説明を転送する。

エスティマの速度ならば、もう一分も経たない内に機械兵器と交戦を始めるだろう。

その前に一言――

「……エスティマ」

『はい』

「……いや、なんでもねぇ。AMFには気を付けろよ」

『大丈夫です。任せてください』

彼の声を聞き、ゲンヤは歯噛みする。

一言。一言だけでも謝ろうとしてこの様か。

クイントが死んで追い詰められたのが自分や子供たちだけのはずがない。

それを忘れて追い打ちをかけるような真似をしたというのに、こうしてまた、娘たちとそう変わらない歳の子供に頼るしかないだなんて。

……情けねぇぜ。

この戦いが終わったら、頭を下げよう。それぐらいしかできることがない。

そう、心に刻んで、ゲンヤは機械兵器と戦闘を行っている魔導師たちへと通信を繋いだ。

「第三課の到着だ。こっから巻き返すぞ!」

































上空から撒き散らされるレーザーの雨。

夜空を引き裂いて飛翔する機械兵器。地上から放たれる射撃魔法はAMFの前では無意味であり、接近しようにも並の空戦魔導師では敵に追い付くことも叶わない。

半ばやけくそになったかのように弾幕を張るが、それを嘲笑うかのように機械兵器は空を踊り、機体の下部にある砲門からレーザーを地上へと撒き散らす。

阿鼻叫喚とはいかないまでも、交戦している魔導師は誰もが逃げ腰となっていた。

もし相手が人間ならばまだ戦いようはある。しかし、相手は疲れを知らない機械だ。有効打を見いだせない今、消耗し続けるのは自分たちの方。

動作パターンを読んで攻撃をしようにも、罠に嵌めようとしても、AMFに邪魔をされて蹴散らされる。

ヴァリアブルバレットが有効だということは分かっていても、それを使える一握りの魔導師は既に消耗している。航空魔導師も同じく。今の自分たちにできるのは、次の増援がくるまでの時間稼ぎだけだった。

残り十機。たったそれだけだというのに、どうしてもその残り十機を破壊することができない。

「AMF持ちの機械兵器なんて、そんなのありかよ……!」

誰かが叫んだ。

そして、この場にいる誰もが、同意する。

機械兵器に対する管理局員の一般認識は、大したことがない、といったものだった。

動作パターンが決まっていて、人間の指示がなければまともな兵器として機能しない。そんなものだ。

施設の防衛など、警備の者が現場に到着するまでの時間稼ぎが精々の案山子。

だというのに、今自分たちが交戦している機械兵器は一体なんだ。

戦闘が始まってから五時間以上が経っているというのに、燃料切れの兆候もない。AMFを展開し続けるあの機体には、どんな動力が使われているというのか。どんな理屈で飛び続けている。

反撃すらままならない状況に、絶望すら湧いてくる。

増援はまだか、と、焦燥が身を焦がす。

自分たちはあの機械兵器を叩き潰すために出てきたというのに、こうやって物陰に身を隠して足止めをするのが精々だ。

「くそ……!」

耐えきれなくなったのか、一人の魔導師が飛び出して空へと射撃魔法を放つ。

だが、結果は今までと同じ。直撃コースの魔法は弾かれ、お返しとばかりにレーザーが降り注ぎ、魔導師は地面を転がった。

一人、また一人と同僚が倒れてゆく。

そんな状況に限界を感じたのか、一人の魔導師は天を仰ぎ――

「……あれは」

視線の先。ビルの谷間から覗いた夜空に、一筋の帚星が尾を引いていた。

色はサンライトイエロー。速い。高度がどれほどかは知らないが、それだけははっきりと分かる。

航空魔導師の増援か、と思い浮かべ、たった一人だけしかきていないことに首を傾げ、

『第三課の到着だ。こっから巻き返すぞ!』

「……第三課?」

疑問の声が上がった。

首都防衛隊第三課。前回の任務で部隊は壊滅。所属していた人員は他の部隊へと回され、解体されたと聞いていたが――

しかし。しかし、だ。

空を見上げる誰もが、以前の戦技披露会で戦っていた少年を思い出す。

サンライトイエロー。金色に似た色を纏いながら海の魔導師と互角に戦っていた彼。

だが、あの少年は今、療養中ではないのか。エスティマのことを知っている者は、誰もが疑わしげに夜空を横断するサンライトイエローに視線を向ける。

そして、

「……降りてくる?」

緩やかな弧を描きながら、魔力光が地上へと向かってくる。

しかし、緩やかだと思えたのは最初だけで、肉薄してくる速度は尋常ではない。

『この空域の機械兵器を殲滅します。破片に気を付けてください』

その場にいる局員全員へと、念話が届く。

聞き心地の良い、どこか少女然とした声色。それが響き渡り、十秒と経たない内に、

「……っ!?」

甲高い擦過音と、爆音が響き渡った。

見れば、上空を――機械兵器の合間を縫うようにしてサンライトイエローの光が乱舞している。加速する度に火薬が爆ぜるような音――大気の壁を突破した、音速超過での移動が行なわれている。

上空から逆落としに、一機。減速など不可能と思われる馬鹿げた速度だというのに跳ね上がり、更に一機。

ビルの合間に轟音を反響させ、ガラスをビリビリを震動させながら動き続け、光の軌跡が描かれる度に機械兵器が破壊される。

光に切断された機械兵器は二つに割れて地上へと墜落し、あっという間に十機の機械兵器が鉄屑へと変貌した。火炎の華が咲き、夜の帳が落ちた廃棄都市が朱色の明りに染まる。

……あんなにも自分たちが手こずっていた相手を、一瞬の内に片付けてしまった。

なんの冗談だ、と誰かが呟く。

まるで悪魔の所行か何かのようだ。高ランク魔導師と平凡な局員との間に埋めがたい差があることは知っていたが、ここまでとは、と。

機械兵器を殲滅すると、高ランク魔導師――第三課の執務官、エスティマ・スクライアは両肩のアクセルフィンを大きく羽ばたかせて滞空する。

そしていまだ戦闘の続いている――戦闘機人のいる方角を睨むと、右手に握った白金のハルバードを両手で掴み、再び移動を開始した。

……今の戦闘はついで。もしくは前座でしかなかったと言うのか。

サンライトイエローの尾を引いて次の敵を撃破しに飛び立ったエスティマを見上げ、この場にいた局員は全員、呆然とした。





















リリカル in wonder




















誘導弾が乱舞する空間を、経験と直感、強化された反射神経を頼りに、ロッテは跳ね回っていた。

自分と対峙する魔導師を見て、海ならば小隊長ていどの実力か、と当たりを着ける。

練度は悪くない。経験もおそらくはかなりのものだ。明らかに実力が上の自分が未だに戦闘を続けているのも、すべては敵の異様と言っても良いほどの粘り強さ――戦闘経験からくるものだろう。

だが、致命的に魔力が足りない。

腕に掠った誘導弾に微かに顔を顰めながらも、大したダメージを受けていないためそのまま戦闘を続行する。

AMF。身体の半分以上が機械化された今のロッテは、魔力の結合を解除される状況下でも戦闘が可能だ。

だが、一般の魔導師がAFM下で戦闘を行うためには、専用の訓練を受けた上でフィールドを無効化する類の魔法を習得していなければならない。

そして、もし習得しているのだとしても、元手となる魔力がなければどうしようもない。

陸の人材不足は本当に深刻だったのか、と、場違いなことを考えながら、ロッテは一人の魔導師へと躍りかかった。

体勢を低くして、這うように接近し、跳ね上がる。

カートリッジロード。右手首から炸裂音が響き、活力が満ちる。

魔導師は咄嗟にプロテクションを展開するが、上空に存在する機械兵器のAMFによって強度は紙のようなもの。

遠慮なくロッテは蹴りを叩き込み、プロテクションごと魔導師を弾き飛ばした。

ただでさえ高かった身体能力に、機械化された身体。重い一撃に咄嗟に持ち上げたデバイスを砕かれ、ビルの側面に突っ込み、粉塵が上がる。

「あと、二人……残り、三発」

肩を上下させながら、途切れ途切れにロッテは呟いた。

カートリッジは残り三発。それを使い切れば、もう自分は戦えない。グレアムとのリンクが途切れている今、使い魔である彼女は魔力なしでは生きていることができないのだ。

……アリア、まだなの?

父様を助け出したら連絡する、と言っていた姉妹の言葉を思い出しながら、ロッテは戦闘を再開する。

ロッテが陽動を行っている内にアリアがグレアムを助け出して、そのまま長距離転送で離脱。

その手はずとなっているのに、アリアからの連絡は一切こない。

もう戦闘を始めてから何時間も経っているというのに、状況に動きらしい動きがまったくない。

投降の呼びかけをされたときにもアリアの名前がなかったから、まだ捕まってはいないのだろうが、事態がどう動いているのかまるで分からない現状に焦りが募る。

……もう、限界が近いのに。

視界の隅――以前は存在しなかった情報画面のデータを見て、ロッテは奥歯を噛み締める。

自分の身体と戦闘機人の技術は相性が悪かったのか、洗練されていないのか。無理矢理機械化された身体は、ずっと悲鳴を上げていた。

脳内麻薬が出ているのか、妙な機能があるのかは知らないが、一時間ほど前から痛みという痛みをまるで感じない。疲労も。動きを鈍くさせる要素は、精神的なものだけだろう。

しかし、痛みを感じないとしても身体に負担がかかっていることに変わりはない。

あまり長く保たないんだから、と、ここにはいない姉妹に悪態を吐きながら、動き続ける。

そうしていると、

『ごめんロッテ。遅くなったわ。指定のポイントに転移してきて』

『アリア! 父様は!?』

『うん、助け出したよ』

良かった、と胸を撫で下ろしながら、ロッテは頬を弛ませる。

そしてアリアから送られてきたデータを確認すると、残ったカートリッジを全て消費しながら、ビルの側面を一気に駆け上がった。

そして屋上に到達すると、その場で長距離転送の準備を開始する。

この転送で魔力をすべて使い果たすだろう。けれど、父様がいるなら大丈夫だ。そう思いながら、ロッテは術式を完成させて、跳んだ。

僅かな間を置いて視界が開ける。

魔力光の残滓が大気に熔け、それを視界の端で眺めながら、ロッテは周囲を見回す。

猫が素体となった彼女は、暗闇の中でも僅かな光さえあれば視界を確保できる。少しでも早くグレアムとアリアの姿を見付けようとするが、二人は一向に姿を現さない。

どうしたんだろう、とアリアに念話を送ってみるが、返事はない。

まったく人気のない廃墟群。ついさっきまで戦っていた場所からはそれなりの距離があるため、微かな戦闘音が風に乗って届いてくる。

だが、それ以外は酷く乾いたものだけが並んでいた。

ひび割れた道路に、煤けたビルディング。いくつもの月に照らされて窓ガラスは鈍い光りを放っており、幻想的とも、退廃的とも言えるその風景は怖気すら誘う。

「……アリア、どこなの?」

もう魔力も心許ない。今の状況で管理局魔導師と鉢合わせしたら、逃げられる気がしない。

「アリア!」

声を張り上げるも、虚しく反響するだけで返事はない。

もしかしたら何かあったのでは――そう考え、今にも力尽きそうな身体に鞭を打ちながらエリアサーチを使おうとして――

「はーい、お疲れ様」

……嘲笑をたっぷりと含んだ少女の声に、思わず顔を上げた。

ビルの屋上。二つの月をバックに、三つの人影がある。

目を細め、焦点を合わせながらズームアップしてみると、お揃いの青を基調としたスーツを身に纏った三人の少女がいた。

視界の隅にデータが表示される。

戦闘機人、Ⅲ、Ⅳ、Ⅴ。

それを目にした瞬間、ロッテは背中に寒気が走った。

……まさか、こいつらが父様とアリアを?

「お前たち、父様とアリアをどこにやった!」

「いやーん、すごい剣幕。こわーい」

身をくねらせつつ、メガネをかけた少女――クアットロは、ロッテを見下ろす。

おどけた口調。それに苛立ちを募らせながら、ロッテは手を握り締める。

「答えろ! 父様とアリアはどこだ!」

「え、なんのことぉ? さっぱり分からないんですけどー」

「この……!」

どれだけ言っても無駄か。ならば力ずくで、と考えた瞬間だ。

ガクン、と膝が折れ、ロッテはその場に跪いた。

瞬間、忘れていた激痛が全身に走る。間接という間接が軋みを上げ、熱を孕んでいた筋肉の痙攣にようやく気付く。

が、と蛙の潰されたような声を上げながら、ロッテは受け身も取らずにうつ伏せに倒れ込む。

……視界の隅。赤いバーで囲まれたメッセージには、痛覚遮断解除、と表示されている。

なんで、こんなときに……!

「くそぉ……!」

「はは」

這い蹲るロッテ。彼女を見下ろしながら、クアットロはメガネのブリッジを人差し指で押し上げた。

口元は嘲笑に歪んでいる。

彼女は得意げに胸を張ると、やれやれ、と大仰な仕草で頭を振った。

「まったく。こんな大規模なテロを起こすだなんて、困っちゃいます」

「……クアットロ。早く仕事を片付けて帰るぞ」

「あーん、三分、三分だけお願い、トーレ姉様」

「……お前という奴は」

溜息を吐きながら、トーレはこめかみを抑える。

それで許可が下りたと見たのか、クアットロは再び視線をロッテへと向けた。

それを、視線だけで殺せそうなほどの憎悪を乗せた目でロッテは睨み返す。しかし、クアットロに堪えた様子はない。

身体を揺すり、コートの裾をはためかせながら、彼女はにっこりとした笑顔で口を開く。

「さっき、父様とアリアをどうした、って言ってたましたね。せっかくだから、その問いに答えてあげましょう」

「何を……」

「まず、グレアムおじさま。あの人は本局が管理している施設にいますよ。今もね? そして、あなたの姉妹も同じ。
 二人はどちらも、ミッドチルダにはいませんよぉ?」

「……え?」

「あらあら。全然気付いてなかったみたい。……時間も押してるし、では、ここで種明かしと行きましょう!」

声高くそう宣言すると、クアットロの足元にテンプレートが出現した。

そして、IS――シルバーカーテンが発動する。

クアットロのIS。対象としたものの知覚を騙すという、偽りの銀幕。

それはセンサーの類すらも騙し、生半可な手段では真贋の判別が困難な代物だ。

そのISで生み出された虚像。

同じグレアムの使い魔であるアリアが、クアットロの隣に姿を現す。

姿形が自分と良く似通ったアリア。センサーも、AMFで大分弱まったリンクも、あのアリアは本物だと告げている。

しかし――そんなはずはない。

何故ならば、アリアは、あんな笑みを――嘲笑をロッテに向けることは、今まで一度もなかったのだから。

クアットロによって生み出されたアリアは、本来の彼女を知っているロッテが信じられないような楽しげな表情をしながら、両腰に手を当ててロッテを見下ろす。

「はーい、ロッテ。お元気?」

「あらあらアリアさん。妹さんのお姿はどんな具合ですか?」

「んー、なかなか嗜虐心をくすぐられる格好ですねー」

「あら、気が合いますね。私もそう思うの」

「……やめろ」

見上げていた顔を俯かせ、荒廃した道路の破片を握り締めながら、ロッテは呟く。

だが、クアットロと彼女の作り出したアリアは口を閉じようとしない。

偽物のアリアが口を開く度に、際限なく怒りが沸き上がってくる。

やめろ、と再び呟くが、それでも尚、アリアは口を閉じてくれない。

……父様は、そもそもミッドチルダに――本部に移されてはいなかった。

……なら、研究施設で閲覧したデータは最初から嘘だった? 嘘が混ざっていた? 途中から嘘にすり替わっていた?

……そして、私たちをこんな状況に――闇の書事件に横槍を入れた連中に一泡吹かせるという計画は、向こうが描いたシナリオの一つだった?

「そんな……ことって……ないよ」

分からない。なんでそんなことを相手が許したのか、さっぱり理解できない。

ただ分かるのは、復讐のために動いていたつもりが、最初から掌の上で弄ばれていたということだけだ。

せめて一太刀。そう思うも、身体は思うように動いてくれない。

立ち上がることもできない今、ロッテにできることは何もない。

胸に灯っていた熱が加速度的に冷えてゆき、意識が混濁を始める。

そうなった頃にようやくクアットロは飽きたのか、満足げに深々と息を吐いた。

「ははは、あー可笑しい! それでは、あなたを始末して……っと。
 あとは陸の魔導師があなたを殺したことにすれば、全ては丸く収まるわけです」

パチリ、とクアットロが指を打ち鳴らすと、夜空から四機の機械兵器が輪郭を浮かび上がらせる。

いつからそこに――そう考え、もう無駄か、と諦める。

……ごめん、父様。アリア。

目を閉じ、アスファルトから伝わる冷たさに身を委ねようとし――

轟音が、夜空に木霊した。































「……あらあらぁ?」

おかしいな、とクアットロは首を傾げる。

機械兵器のレーザーで使い魔を蜂の巣にするつもりだったが、その肝心な機械兵器が唐突に爆散した。

なぜそうなったかは分かる。上空から突き刺さった、サンライトイエローの砲撃魔法が機械兵器を吹き飛ばしたのだ。

サンライトイエロー。その魔力光を持っている魔導師を、クアットロは知っている。

だが、彼がこの場所にいるはずがないのだ。今は病室のベッドで、心を壊したまま自分たちの元へくるのを待っている。そのはずだ。

それなのに――

「……え、エスティマ……なのか?」

隣から、怯えと驚きを多分に含んだ声が上がる。

ナンバーズ・チンク。彼女は目を見開いて夜空へと視線を向けている。

まさか、と思いながらクアットロは妹の視線を追って――忌々しげに顔を歪めた。

白いバリアジャケットに、両肩にサンライトイエローのアクセルフィン。腰だめに構えたデバイスは、フルドライブのモードB・ガンハウザーとなっている。

「レリックウェポン・プロト……あの坊やぁ?」

「クアットロ……お前という奴は、本当に……!」

「ま、まぁまぁ、トーレ姉様。あの子一人で何ができるっていうのですか?」

トーレからの突き刺さるような視線を受け流しながら、クアットロは頬をひくつかせる。

なんだこれは。聞いていない。

『ドクター? あの坊や、なんでここにいるんでしょうか?』

『ふむ。私も知らないのだが……はは、そうか……!』

スカリエッティもエスティマが目を覚ましたことを知らなかったらしい。通信越しに聞こえた声で、彼が酷く楽しそうな顔をしていることが安易に想像できた。

その様子に、クアットロは微かに目を細める。

まだあの子供から興味を失っていなかったのか。最高傑作たる自分たちがいるというのに。

微かに唇を噛み締め、しかし、彼女はすぐに薄ら笑いを浮かべる。

どうせこの事件の真相は表に出ない。

死亡とされた使い魔を使ったテロ。

その目的は、首都防衛隊第三課――ストライカー級魔導師と二人のエース級魔導師、そして将来有望な執務官一人を使い潰した地上本部の失態から目を逸らさせたい、という最高評議会から依頼があったために打った芝居だ。

本局が捕らえた犯罪者が地上で暴れ回り、それを最高評議会の魔導師が捕らえ、後日、使い魔の戦闘機人を生み出した違法研究者を――もっとも、それはスカリエッティのスケープゴートだが――捕まえる。

それを果たすことができれば、犯罪者を逃した本局の失態を追求することができ、戦闘機人の研究を行っていた犯罪者を捕まえた事実を得て、先日の戦闘機人事件の汚名を返上できる。

唯一真実を知っているエスティマもこちらの手に落ちる予定だし、使い魔もここで口を封じれば何も問題はない。捕らえられているアリアの方にも、いつでもマスターを殺すことができるのだから余計なことは言わないように、と脅してある。

すべては闇から闇へ。煌びやかな嘘で塗り固め、都合の悪いものには蓋をする。

そう――何も問題はなかったはずだ。

それなのに……!

「計画に狂いが発生した……けど、まあ良いでしょう。あの坊やさえなんとかすれば、問題はありません。
 そうですよね? トーレ姉様。チンクちゃん」

「ああ」

「……そう、だな」

トーレの声にはどこか楽しげな響きが混じっていた。以前の戦闘の雪辱戦のつもりか。

そしてチンク――彼女は、俯いて顔を上げようとしない。

困った子、と肩をすくめて、クアットロはエスティマへと再び顔を向ける。

「ご機嫌よう。いつお目覚めになったのですか、エスティマ様ぁ?」

「ついさっきだ……ああ、お前らがいるとは流石に考えてもなかったよ」

「あらぁ……」

それは運が悪かった、とクアットロは溜息を吐く。

「エスティマ様。ここは大人しくデバイスを収めてくれませんかぁ?」

「断る」

「そこをなんとか。ほら、チンクちゃんからも何か言ってあげて」

「わ、私は……」

どもりながら、チンクは俯いていた顔をゆっくりと上げた。

視線が交差する。チンクは瞳に戸惑いを浮かべたまま。対するエスティマは、迷いの一切ない、強固な意志を。

口を開くが、は、と息が漏れただけで言葉が出てこない。

何を言ったら良いのか――おそらく、数日前ならば再び誘いの言葉をかけただろう。

だが、今は違う。軽々しくそんなことを口にしてはいけないと、どうしても躊躇してしまう。

ただ黙り込む。そんなチンクにクアットロは愛想を尽かすと、見た目だけはにこやかな笑みを顔に張り付かせた。

「あのぉ、エスティマ様――」

「もう黙れ。お前と言葉を交わすつもりはない」

揺らぎや迷いの一切ない断言。

そんなエスティマの様子に、クアットロは首を傾げた。

以前も強固な意志は確かにあった。しかしそれは、脆さと紙一重だったはずだが――

……なんだか面白みのない人間になってるわ。

直感でそう判断する。

そして、その解答を提示するかのように、エスティマが声を発する。

徐々に空気が冷めてきた夜空に響き渡る、芯の通った声色で。

「時空管理局執務官、エスティマ・スクライアだ。
 テロリズム煽動、扶助の罪で、お前たちを拘束する」

「良いのですかぁ? 愛しのチンクちゃんを捕まえるような――」

「それがどうした」

チンクの名を出され、しかし、だからなんだ、と切って捨てる。

チンクはびくりと身体を震わせるが、それにかまわずエスティマは言葉を続けた。

「見逃したところでなんになる。
 お前らが俺から何を奪ったのか――それを忘れたなんて、言わせない。
 ……ああそうだ。だから、これ以上は何も奪わせない。そして取り返す。
 そのために俺は、ここにいる!」

左手で胸元を掴みながら、エスティマは告げた。

込められた意味はクアットロたちに向けているのか、自分自身に向けているのか。

彼の様子に、これは駄目だ、とクアットロは諦めた。

この場で抱き込むことができれば、この事件を有耶無耶にできただろうが、あの様子では不可能だろう。

ならば、

「残念ですわ、エスティマ様」

指を鳴らし、それに反応して機械兵器が四機、姿を現す。

寄り添ったAMFは強固なものとなり、狭くはあるが魔力の結合を遮断する結界を作り上げた。

トーレが前に進み出て、間接にインパルスブレードを形成。足元にテンプレートを形成し、ISの発動準備に入る。

「あなたが何を考えようが、何をしようが関係はありません。
 何事も闇から闇へ。大人しく私たちに協力していれば、苦しむこともなかったでしょうに。
 まぁ、精々ドクターを喜ばせてくださいな」

「IS発動――ライドインパルス!」

クアットロが言い終わると同時に、トーレが陽炎をたなびかせて飛翔した。

速い。AMFが展開されていない状況下で互角ならば、勝負は見えている。

戦闘は足し算引き算ではないのだから、決してAMFだけで勝敗は決しない。だが、魔導師の扱う魔力の結合を断たれてしまえば、まともな戦闘は――

「……え?」

勝利を確信して頬を弛ませるが、目の奥に微かな痛みを感じて、クアットロはメガネを持ち上げて瞼を擦る。

うっすらと開いた目で高速戦闘を開始したトーレとエスティマを目で追おうとするが、センサーが不可思議な動きを捉えるのだ。

なんだあれは、と胸中で呟く。

センサーを切って目で追おうとしても追い付けない。故に、センサーを発動する。しかし、そうするとエラーが出る。

……一体、何が起こっている?
































エスティマと戦闘を行っているトーレ。彼女もまた、クアットロと同じようにセンサーの異常に翻弄されていた。

いや、トーレの場合は高速戦闘を行う分、対象を追う機能がクアットロよりも優れている。広範囲をカバーすることはできないが、加速した状態で敵を追う能力ならばナンバーズの中でも随一だろう。

故に、トーレはクアットロ以上にエスティマの行動に踊らされているのだ。

インパルスブレードを叩き込むべく肉薄する。が、横滑りをするように回避されて、目の奥に痛みを感じる。

目標をロックして逃さないよう視線が相手を自動追尾する――が、その対象は五つ。

そのどれもがエスティマの魔力反応を示している。おまけに質量も。

調べれば、魔力反応にも質量にもばらつきがあり、どれが本物かは判別可能。しかし、高速戦闘を行い瞬時の判断を要求される今、咄嗟に真贋を見分けるのは至難の業だ。

魔力反応、質量反応が共にある分身――?

そんなもの聞いていない。エスティマ・スクライアが幻影魔法を扱えるなど。

「くそ……!」

悪態を吐き、振りかぶった腕を叩き付ける。

しかし、それが貫いたのは残像であり――覚えのある微かな手応えに、まさか、と脳裏に一つの可能性が浮かんできた。

……バリアジャケットなのか?

『Zero Shift――クロスファイア』

デバイスの音声が響き渡ると、エスティマの周囲に六つの誘導弾が浮かび上がる。

だが、それらがトーレに向けられることはない。高速で動き続けるエスティマの周りにあるだけで、放たれる様子はない。

なんのつもりだ、と疑問が浮かぶも、トーレはエスティマへの接近を止めようとはしない。

向こうのデバイスは砲撃形態のままだ。懐に飛び込めばこちらのものだし、エクセリオンを発動していると言っても装甲は精々が一般局員レベルまで上がった程度。

どの道装甲は薄い。お互いに加速状態ならば、当たれば落ちる。

そう判断して、雄叫びを上げながら突撃し

「何……!?」

至近まで距離を詰めた瞬間、誘導弾が射出された。

誘導弾を防御に――近接戦闘の迎撃に使うのか。辛うじて回避したトーレがエスティマへと視線を向けると、彼との距離はより離れていた。

エスティマはその場で百八十度ターンし、砲口をトーレへと向ける。

しかし、そのまま砲撃が吐き出されるかと思った瞬間だ。真横から殺到したガジェットのレーザーに阻まれ、エスティマは顔を歪めながら再び慣性を嘲笑うかのような、出鱈目な機動を開始した。

ガジェットのレーザーがエスティマへと掠ったのを見て、やはりか、とトーレは確信する。

剥がれ落ちているバリアジャケットの破片が大気に熔けるまでの刹那、防護能力を失う寸前の残りカスを、エスティマは纏っている。

元がバリアジャケットなので質量も持っているのか。恐らくは、微弱なフィールドバリアとしての能力も持っているのだろう。

魔導師同士の戦いならば、気休め程度のバリアだろうが、センサーの類を五感に埋め込んである戦闘機人にとってこの特性は厄介なことこの上ない。

どんなインチキだ、と舌打ちをして、トーレはエスティマを追撃した。

エスティマはトーレの追撃をやりすごしながら、淡々と機械兵器を撃墜する。クアットロがISで隠しているため、AMFを維持するだけの数は残っているが、墜とした分だけエスティマは本来の力を取り戻してゆく。

その前に、なんとか――そう、焦りながら、上空に逃げたエスティマに追い付こうとして、

『カウリングパージ』

バン、と爆ぜるような音。なんの前触れもなく引き起こされた事態に、トーレは目を見開きながら逡巡した。

白金の外装に包まれたデバイスがその外装を打ち棄て、基礎フレームである金色の槍へと変貌する。

そして、その打ち棄てられた外装は、エスティマを追っていたトーレへと真っ直ぐに向かってきた。

防ぐか、避けるか――そう考える内にも選択肢は狭まり、苦々しい顔をしながら、彼女は速度を一気に落として両腕で顔面を守った。

次いでやってきたのは衝撃だ。重厚な砲を形成していた外装が二の腕へと激突し、骨が砕ける嫌な感触――そして、言葉にできないほどの激痛が彼女の動きを止める。

は、と息を吐きながら視界がぼやけ――

「……受けてみるか? 俺の全力を」

『Zero Shift――フルスキル・コンビネーション』

朦朧とした意識のまま声の出所に拳を叩き込むが、乾いた音を立てて受け止められる。

そして、

「フォトンランサー」

トリガーワードと共に六発の光槍が叩き込まれ、

「ディバインバスター」

右脇に抱えた白金のハルバードの矛先が腹へと向けられ、切っ先にサンライトイエローの光が集束する。

トーレが認識できたのはそこまでだった。

ダメージによるエラーでISが中断され、感覚加速が切れる。次いで、衝撃。視界を埋め尽くさんばかりのサンライトイエローが放たれ、ビルの側面へと叩き付けられた。

魔力砲撃と衝突の勢いで意識が混濁しそうになり、しかし、エスティマはそれを許さない。

袈裟に、横一文字に身を裂かれる痛みが走り、胸へと何かが突き立てられた。

今の三連撃を目視することは叶わず、何が起こったのか認識するよりも早く胸に突き立てられた何か――長剣型の魔力刃が破裂し、トドメとばかりに視界を紫電が埋め尽くした。





























胸が軋む。流石にフルドライブ――それもエクセリオンだなんて馬鹿みたいに負荷の高いモードを使ったままのゼロシフトは洒落にならない。

それでも以前よりはずっとマシか。レリックとリンカーコアを融合させられたお陰で、大出力にも耐えられるようになっているのかもしれない。

腕を歪ませ、全身に擦過傷を負ったまま気絶したトーレを地上に下ろしてバインドで縛る。

取り敢えずはこれで一人。

残るは二人か。

『申し訳ありません、旦那様。カウリングを強制排除したため、モードBの使用が不可能となりました』

「いや、良い。悪くない判断だった」

『ありがとうございます』

さっきのパージした外装を敵に当てるという策は、Seven Starsが俺に断りなしに行ったことだった。

そのお陰で砲撃モードが使用不可になったが、それと引き替えに一人倒せたんだ。

本当、悪くない判断だっただろう。

さて、と周囲を警戒しながらSeven Starsのグリップを握り締める。そしてバインドを引き摺りながら再び飛翔すると、地面に倒れ伏しているロッテの元へと急いだ。

この戦いにどんな思惑が絡んでいるのかはさっぱり分からないが、取り敢えずはロッテを守らなければ。

報告にあった戦闘機人はロッテ――彼女がなぜ戦闘機人となっているのかも分からないが――ただ一人だけだったはずなのに、この場にはナンバーズまで存在している。

……本当に、何が起こっているっていうんだ。

取り敢えず、ガジェットでロッテを始末しようとしていたことから見ると、スカリエッティ側からすれば彼女は邪魔な存在なのだろう。

この事件の裏に何があったのか。それを明るみに出すためには、ロッテを死なせるわけにはいかない。

そう。この戦いがスカリエッティと関係しているのならば、俺は負けるわけにはいかない。

俺の人生を邪魔するというならば、力ずくで排除しなければならない。

いつまでも道化でいてやるつもりなんかないんだ。

路上を滑るように移動し、ガジェットへとフォトンランサーを叩き込んで――無効化されるので牽制にしかなっていないが――倒れ伏したロッテの隣に降り立つ。

ちら、と視線を向ければ、弱々しくはあったが彼女の肩は上下していた。

よし、生きてる。

エリアサーチを飛ばしながら、周囲に防御用としてクロスファイアを発生させる。

敵の気配を伺っていると、散発的にガジェットのレーザーが飛んできた。それをフィールドとシールドの二重バリアで弾きながら、さて、と思案する。

トーレを回収するためには俺に近付かなければならいわけだが、どう出る?

周囲にクアットロと……チンクの姿はない。

おそらくはISで姿を消しているのだろうが……。

「……厄介だな」

思わず、そんな言葉が漏れ出した。

光学迷彩などではなく、対象の感覚を騙す、という辺りがシルバーカーテンの面倒なところだろう。

いくらエリアサーチに引っ掛かったとしても、それを俺が認識できなければ意味がない。

大まかな場所はSeven Starsに任されば良いだろうが、細かな位置が分からないと接近戦など不可能だ。砲撃を直撃させるのだって同じく。

……ならば、飽和射撃で焙り出すか。いや、いくらなんでも――

『問題なし。可能です、旦那様』

「Seven Stars?」

念話で届くSeven Starsの声に、思わず問う。

『敵の潜む方角さえ分かれば可能です。モードDの使用を提案します』

「……こんな街中でか?」

『いいえ、はい。街中だからこそ、です。
 旦那様が勝利を収めるためのシミュレーションを行いましたが、今のままでは管理局の増援が到着する前に力尽きると判断します。
 向こうが幻影を操り、それの判別が不可能な以上、予想される敵のポイント周辺を破壊し尽くすのが最善でしょう』

「……いくら廃棄区画といえど、流石に問題なんじゃ」

『いいえ。これから行われる破壊活動は、戦闘機人によって引き起こされたものとなるでしょう』

「……性格が悪いなお前」

『はい。旦那様に似たのかと』

ああそうかい、と溜息を吐きつつ、グリップを滑らせ石突きに近い部分を握り込む。

そして、

「……まあ良いさ。それでいこう」

『はい。モードD――カウリング・スレイヤーをセレクト』

Seven Starsの宣言と同時に、変形が始まる。

ハルバードを形作っていた外装は虚空へと消え、新たな純白の装甲が金色のフレームを包む。

握っている部分をそのまま残し、ロッドと穂先は液体へと変わった。

そして、装弾数が六発の回転式弾倉と、デバイスコアの埋め込まれた鍔が手元に寄ってくる。

柄と巨大な鍔。これだけ見たら、酷く簡素なデバイスだが――

『刀身形成』

Seven Starsを握った腕を振り上げ、それに応じて鍔元から金色の刃が伸びる。

Seven Starsの基礎構造に使われている特殊な液体金属。それは魔力を注がれることによって固体となり、硬度を増す代物だ。

その特性により、通常のデバイスが変形するならばパーツの組み替え程度が限界だというのに、Seven Starsはそれ以上の変形を行う。

基礎構造からして別物の武器へと、姿を変える。

そしておそらくは、この形態が最もSeven Starsの特性を生かした形態と言えるだろう。

――遠慮を知らないとでも言うように際限なく俺から魔力を吸い上げ、それに比例して伸びる金色の刃。

それに沿って数多もの魔法陣が出現し、吐き出されたチェーンバインドによって夜空に刃を縫いつける。

――光を透し、煌めく。薄い。降り注ぐ月光が透過する程度の厚みしかない。が、硬度は折り紙付き。

天を突かんと伸び続ける刃は周囲を取り囲むビルをあっという間に追い抜き、夜空に強烈な自己主張を行う。

更にチェーンバインドで身体を地面に縫いつけ、刀身を風に流されるSeven Starsを取り落とさないよう必死に耐える。

そして刀身が三百メートルを超えた時点で、歯を食いしばりつつ腰を据えた。

「……見えてるぜ」

エリアサーチに引っ掛かったものがある。

それは慌てて戦闘区域から離れようとしているが――

「遅い」

『――Zero Shift.
 エグゼキューション』

呟き、身体を固定するチェーンバインドを強引に引き千切りながら、音速超過の斬撃を繰り出した。

袈裟に振り抜き、一拍遅れて、衝撃が切断したビルを倒壊させる。

メキメキと鈍い音を上げながら隣のビルを、そしてまた隣のビルを巻き込んで次々と建造物が倒壊し、轟音と共に盛大な粉塵が夜空へと舞い上がった。

けたたましい騒音に聴覚が麻痺して、地響きに体勢を崩しそうになる。

なんとか耐え抜いてエリアサーチに感覚を向け――

「何……!?」

唐突に、視界を覆わんばかりのダガーが出現する。

IS・ランブルデトネイターか。だとしたら――

舌打ちしつつフェイズシフトを発動し、足元に転がっているロッテとトーレを抱きかかえて回避する。

……やっぱり、本気なんだな。

戦うと決めていたのに、やはりどこかで期待している自分がいたのか。

彼女――チンクが全力で殺しにかかってきたことに、僅かな胸の痛みを感じる。

しかし、俺はもう立ち止まるわけにはいかない。

あの人が敵だっていうのなら。

ロッテとトーレを投げ捨てて、バインドで空中に固定する。

そしてスライディングしながら振り返り、Seven Starsを構えて、眼前の光景に愕然とした。

さっきまで立っていた場所は、チンクのISによって無惨に破壊し尽くされている。

だが――どういうわけだろうか。

俺がいた場所だけは、避けたように無事なアスファルトが残っていた。

……なんでだ?

なんで、彼女は俺がいた場所だけを避けるなんて器用な真似をしたんだ。

「……チンク」

「……エスティマ」

彼女はダガーを指の間に挟みながらも、腕をだらりと下げている。その様子から交戦の意志は伺えない。

……歯を食いしばり、戦意を保つ。

背後にいるロッテとトーレに二重三重のチェーンバインドを行い、姿の見えないクアットロの警戒をしながら、どうして、と胸中で呟いた。

……どうしてそんな顔をしてるんだ。

チンクは何かを言い足そうに口を開け閉めするが、言葉が紡がれることはない。

目は俺から逸らされ、じっと足元に注がれている。

小柄な身体をすっぽりと包むコートの裾は揺れていて――きっと、彼女は震えていた。

『旦那様。AMFの反応、ありません。機械兵器は先程の一撃で全機撃墜したと予想します。
 今の状況ならば、戦闘機人も大した驚異ではありません』

『……ああ、そうかもな。
 ……Seven Stars』

『はい、旦那様』

『エリアサーチの制御を頼む』

『了解しました』

疑いもせずに請け負ってくれたSeven Starsに声に出さず感謝して、息を吐きながらチンクを見据える。

今の彼女は、怯えている――のだろうか。

見たことがない。不安を顔に張り付かせ、見た目相応の小ささを感じさせる今の彼女の姿なんて。

……なんで、そんな顔をするんだ。

苛立ちがどこかから沸き上がってくる。

「……チンク。何をしているんだ、君は」

「わ、私は……」

そこで一度、彼女は言葉を句切り、

「……どうしても、お前に謝りたくて」

「……なんだって?」

ざり、と一歩後退る。

……何を言っているんだ、この人は。

「すまなかった。私は、お前のことを何も分かっていなかった。
 辛い思いをしてまで戦っていた理由を、何も考えず……あんなことを言ってしまって」

「……待て。いや、待ってください。なんで、謝ってるんですか?」

ハルバードの穂先を向けて距離を保ちながら、最大の疑問を口にする。

謝るぐらいなら、なんだってあんなことを――

……いや、止めよう。

どうあったって彼女は俺から見れば奪う側の人間だ。

だったら、俺が取る態度は決まっている。

左腕を前に突き出し、足元にミッド式の魔法陣を展開して、フォトンスフィアを四つ発生させる。

宙に固定されたスフィアは紫電を散らし、目標をチンクへと定め、いつでも発射できる状態へと。

……だが、それを目にしてもチンクは顔色一つ変えない。

微かに眉を動かしただけで、諦めた――否、違う。

何をされても受け入れると、そう、態度で示している。

くそ……!

「今更だって……分かってるんですか?」

「ああ、分かってる。こんな私だからお前を追い詰めたのだと、やっと気付いた。
 私は、お前を理解したつもりになっていただけなんだと、な。
 ……だからお前を傷付けた。知ったようなことを言ってしまった。
 許して欲しい」

「許して欲しいって……アンタは……!」

伸ばした左腕が震える。あと少しでも冷静さを欠けば、今すぐフォトンランサーを発射してしまいそうだ。

だが、それを分かっているだろうに、ようやく――フィアットさんは俯いていた顔を上げて、俺と目を合わせた。

思わず息を呑む。

「……許して欲しいんだ、私は。お前に憎まれたままだなんて、嫌なんだ。
 だってお前は、私が、初めて――!」

カラン、と固い音を上げて、彼女の握っていたダガーが地面へと落ちる。

そして空いた両手で胸を押さえ、彼女は続く言葉を飲み込んだ。

……何を言おうとしたのだろうか。

俺にはそれを、想像することしかできない。

……そうか。

そういうことか。

フォトンランサーを保ったまま、溜息を吐く。

……この人は、俺を裏切っていたわけじゃないんだな。ただ、巡り合わせが悪かっただけで。

そして、俺も俺で馬鹿だ。

許して欲しいと、俺をじっと見詰めるフィアットさんの姿を直視できないのだから。

ああ、そうか。俺にとっては、この人もまた守りたい幸いの一つだったんだな。

だからこそ裏切られたと分かったときに、あんなにもやるせない気持ちになったんだ。

何か言葉を返そうと口を開いて――

「チンクちゃん、ナイス!」

「何!?」

俺の背後へと、クアットロが現れる。

ビルの倒壊に巻き込まれたのだろう。全身は粉塵に汚れ、メガネはなくなり、縛られていた髪の毛は片方だけ解けている。

彼女はロッテとトーレを抱きかかえて飛び立とうとするが、バインドに縛られた二人を地面から引き剥がすことはできない。

そうしてロッテの方を諦めたのだろう。トーレだけを地面に縫いつけられたバインドから引き抜いた。

一連の行動は唐突で、反応が遅れた。

舌打ちしながらも左腕をクアットロへと向け、

「ターン!」

『ファイア』

フォトンスフィアがクアットロへと向きを変え、掃射される。

フォトンランサーは吸い込まれるようにしてクアットロの背中に次々と着弾するが――駄目だ。

魔力弾を受けながらもクアットロは姿を消し、ISの残滓である光の粒子だけが宙に残った。

振り返れば、フィアットさんの姿も消えている。おそらくはISの対象とされているのだろう。

思わず溜息。

……くそ。

まぁ、ガジェットは殲滅したしロッテも確保したから最低限の戦果は上げているんだけど。

「……また騙されたんですかね、俺は」

『ち、違う、私は――!』

「……冗談ですよ」

独り言のつもりだったのに返事があって、思わず苦笑した。

念話で届く焦った声にそう応えながら、俺はSeven Starsを肩に担ぐ。

俺には、人の心を読むなんてことはできない。

だから、フィアットさんが嘘を吐いているのかどうかだなんて、分からない。

……けど、そんなことはあまり関係がない、かな。

再び苦笑し、グリップを握る手から少しだけ力を抜いた。

「フィアットさん」

『……ああ』

「俺は時空管理局の執務官です。犯罪者であるあなたを見逃すつもりはありませんし、第三課壊滅の片棒を担いだあなたを許すつもりもありません」

『……そうか』

「ええ。だから――いつか必ず、俺がこの手で捕まえて、罪を償ってもらいます」

『…………そう、か』

絞り出すような声で返ってきた彼女の念話に、これぐらいにするか、と息を吐く。

恨み言は今ので最後だ。

……彼女が、俺のことを憎からず思ってくれているのだというのならば、

「――そうしたらまた、遊びに行きましょう。
 気兼ねすることもなく、以前と同じように」

『え……?』

「俺から言うことは、これで終わりです。
 ……また、戦場で会いましょう」

強張っていた肩から力を抜く。

エクセリオンモードを解除し、瞬間、どっと疲れが押し寄せてくる。

……病み上がりにやっちまったなぁ。いや、体調だけは万全だったけど。

バリアジャケットの胸元を押さえ、猫背になって節々から上がる痛みに耐える。

リンカーコアがしくしくと――

『接近警報』

「は?」

Seven Starsの言葉に声を上げ、次いで、何か妙なものが唇に当たった。

ぷっくりとして柔らかな、と思ったら、ガチン、と前歯がぶつかって地味に痛い。

何事だよ。

顔を顰めつつ思わず手で口を覆うと、鼻を懐かしい匂いがくすぐった。

それだけじゃない。頬を細い髪の毛に撫でられる感触もだ。

姿形は見えないが、きっとそこには彼女がいるのだろう。

『い、痛い……こんなはずでは……』

「……フィアットさん?」

『なんでもない! 今のはノーカウントだ!
 と、とにかく!
 ……また戦場で、だ。
 ………………ありがとう、エスティマ』

それっきり。

フィアットさんから念話が届くことはなかった。

じんじんと痛む前歯を舌で舐める。

「……頭突きでもされたのか、俺」

『はい、いいえ、旦那様。鼻の下は急所の一つです。おそらくはそこを狙われたのではないかと』

「酷い話だ……まぁ、とにかく」

つい、と視線をロッテへと向ける。

バインドで幾重にも縛られ、気絶した彼女。取り敢えずは、事情を聞こうか。

この事件の真相を。
































「おお……おぉ……!」

大仰な素振りで両腕を上げ、目を見開き、歪んだ三日月のように口を歪ませながら、ディスプレイを食い入るように見詰める男が一人。

ジェイル・スカリエッティ。碩学にして狂人である彼は、画面の向こうで行われていた戦闘映像に見入っていた。

既に戦闘は終了している。だというのに彼は、映像が終わればまた最初から、を繰り返し、何度も自分の娘たちとエスティマが戦うシーンを眺めていた。

「はは……! そうか、エスティマくん!
 それが君の答えか! 壊れた末に辿り着いたのは、成る程、そこなのか!
 それが君の欲望か……!」

同時に映されている、数多もの映像の一つ。そこには、エスティマがクアットロに対して声を張り上げて宣言しているシーンが映っている。

幸せを掴む。そのために取り戻す。立ち向かう。

掌の上で踊るしかできなかった少年は、こうして、自分と対決する道を選んだのか。

正義でもなんでもなく、ただ、自分のために、と。

そんなエスティマをスカリエッティは、

「ははは……!」

ただ面白いと、哄笑する。

「私の与えた力で、私に歯向かおうというのか、君は!」

いや、既に一太刀浴びせられている。

今回の事件を闇に葬れなかった代償は、スカリエッティ自らに返ってくるだろう。

本来手にするはずだった駒に手を噛まれ、隠蔽するはずだった事実はおそらく明るみに出る。

スポンサーである最高評議会が手を回して隠されたのだとしても、スカリエッティの立場が悪くなることだけは確かだ。

「ははは……! こんな屈辱を味わうのは久し振りだよエスティマ・スクライアくん!
 あぁ……実に惜しい。私の手を離れた瞬間に燦然と輝き出すとは……欲しかったなぁ」

声だけは悔しそうに、しかし、表情は驚喜に歪んだままで、スカリエッティは振り上げた両手で顔を覆う。

そして爪先立ちとなり、背中を反らしながら、ああ! と吐息を漏らす。

「良いとも……ああ、良いともエスティマくん。
 君が私の敵を名乗るならば、私は君の敵で在ろう。
 ふひははは……!
 またいずれ……君の前に姿を現そうじゃないか……!
 ああ、何度だって立ち上がってみせるさ……!
 君がそうするのならば、敵である私も、そうしようではないか!」

叫び声は徐々に、盛大になってゆき、



――研究所内に、たった一人の喝采が鳴り響いた。






[3690] 空白期 十話
Name: 角煮◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2009/02/07 23:54
負傷者の搬送と被害報告。尚も終わらぬ警戒。

怒号や様々な機材の音が木霊し、証明に照らされた仮設の対策本部。

その中にある一台の指揮車から、一人の男が急ぎ足で出てきた。

顔にはまだ若さが残っているが、濃くこびりついた疲労によって平時よりも老けているように見える彼――ゲンヤ・ナカジマは、仮設本部の一角で言い争いをしている者たちへと近付いてゆく。

薄ぼんやりと浮かんでいるシルエットは、見慣れた陸の制服を着た局員。

その彼らと対峙するように、一つの影があった。

目を凝らせば、それが子供の姿なのだと分かる。黒で統一された服を着ているせいで、モニターを見続けて疲労の溜まった目では良く見えなかったのだ。

「失礼するぜ」

「……ナカジマさん」

ゲンヤが声をかけると、溜息混じりで安堵の声が上がる。それには苛立ちも含まれているように思えて、ゲンヤは内心で溜息を吐きながら少年――海の執務官だという彼に目を向けた。

テロリストを確保した、とエスティマから連絡があって間を置かず、彼はここへと訪れていた。

手が離せないので部下に対応を頼んだのだが、どうやら大人しく帰ってくれるつもりはないようだ。

……一体なんなんだ、と溜息を吐きたいのをぐっと堪え、ゲンヤは作り笑顔を浮かべる。

「執務官。申し訳ないのですが、流石に管轄の違う者を現場に入れるわけにもいかないんですよ」

「僕もそれは分かっている。ただ、状況の分かる場所に置いてくれと……」

心底申し訳なさそうな声を上げる少年、クロノ・ハラオウンは、頼む、と一言口にして頭を下げた。

……なんで海の執務官がこんな場所にわざわざ。

『ナカジマさん』

不意に、同僚から念話が届く。ただ、ゲンヤに魔力資質はないので向こう側からの一方通行だが。

『調べてみたのですが、どうやら彼はスクライア執務官の元上司らしいんです。
 だから、気になったってこともあるんじゃないでしょうか。
 ……どうやらスクライア執務官は、病院からここへ直行したらしいですから。様子の一つでも見に来たっておかしくはないかと』

……そうか。

元上司、と聞いて、ゲンヤは忙しい中に問題を運んできた海の執務官に抱く苛立ちを和らげた。

今朝の時点でエスティマは未だ意識混迷状態だったはずだ。そのことをゲンヤも知っている。そんな彼が目を覚まして現場にきたというのだから、タチの悪い冗談だろう。

たとえ怪我が完治していたのだとしても、数時間前までベッドで横になっていた人間が飛び出せば誰だって心配する。

ただ、分別はあって然るべきだと思うが。

……いや、俺も人のことは言えねぇな。

エスティマとの通信で謝ろうとした自分を思い出し、そう、苦笑する。

「……ハラオウン執務官。邪魔にならないよう、隅の方で良いのなら許可しましょう。我慢してもらえますか?」

「勿論だ。すまない」

喜ぶクロノに反して、陸の局員からは非難するような視線が突き刺さる。それを受け流すと、ゲンヤは再び指揮車に戻ろうとし――

微かなざわめきを耳にして、空を見上げた。

照明の焚かれた夜空に浮かぶのは、サンライトイエローの翼を肩に持つ見慣れた顔だ。

エスティマ・スクライア。彼は肩にぐったりとした女を担ぎながら、ゆっくりと高度を下げてきている。

そして、小さな音を上げて地面に降り立つと、駆け寄ってきた局員に担いでいた人物を預ける。

「酷く衰弱しているので――」

口を開いて出てきたのは、確保したテロリストの簡単な様態と、カートリッジの口径。

前者はともかく後者はなんだ、と思いながらも、ゲンヤは一歩を踏み出した。

少しずつエスティマに歩み寄り、そうして気付いたことがある。

エスティマに数々の視線が向けられていたのだ。それは二種類に分けることができるだろうか。

片方は単純な驚き。そういった目を向ける者は、微笑みを浮かべながら彼に労いの言葉をかけている。

しかしもう片方――主に二十歳前後の、バリアジャケットを纏う局員から向けられているのは、あまり好意的ではないように感じられた。

なぜだろう、と考え、そうか、とすぐに思い至る。

エスティマはどうやら怪我の一つも負っていないようだ。それは素直に喜べる。

しかし、ゲンヤとは違う、魔導師として戦っていた局員からすれば思うところがあるのだろう。

自分たちが束になっても止めることができなかった機械兵器とテロリストを、たった一人で殲滅し、捕縛した執務官。

ただでさえ若い、否、若すぎる執務官というせいで注目を集める存在だというのに、陸の魔導師からすれば考えられない戦果を上げたのだ。

嫉妬や戸惑いの目を向けられても仕方がないか、とどこかで諦めにも似た感情が浮かんでくる。

年配の局員はそうでもないようだが、やはり若い者は違うようだ。

……素直に賞賛できないのは、俺も同じだけどよ。

「エステ――」

「エスティマ!」

声をかけようとした瞬間だ。

用意されたパイプ椅子に腰を下ろしていたクロノが跳ね上がり、大股でエスティマへと近付いてゆく。

「……あ? なんでクロノがここにいるんだよ」

白金のハルバードを肩に担ぎながら、エスティマは首を傾げる。

「あ、いや、それは……そう、ロッテの様子をだな……」

「……ん。まぁ、気持ちは分かるけど、あんまりしゃしゃり出るといい顔されないよ?」

「分かっているさ」

憮然とした顔で言い返し、クロノは、それで、と言葉を続ける。

「……体の方はどうだ。平気なのか?」

「怪我はないよ。ただ、フルドライブを使ったから疲れた」

「お前は撃墜されたことから何も学んでなかったのか!? 今回のことでどれだけ周りに迷惑をかけたのか分かって――!」

「ちょっと待てよ! 戦場に出ろって人の夢の中にまで出てきたのはどこのどいつだ!」

「ぐ……それは、だな……」

「あー、すいませんね、執務官。エスティマ」

「あ、はい」

二人の間に割って入り、ゲンヤはエスティマへと声をかける。

本当に怪我はないのだろう。バリアジャケットは裾が千切れ飛んでいるが、それだけだ。とても戦闘を終えた者の姿とは思えない。

ただ、疲れているというのは本当なのだろう。額に汗が浮かび、前髪や後れ毛が濡れている。

「報告を頼む」

「はい。廃棄都市区画中央部での戦闘で残存していたガジェ――ええと、機械兵器を全機破壊。目標の戦闘機人を確保しました。
 犯人を支援していたと思われる戦闘機人三体は逃走。追跡は後続の部隊に頼みました。……おそらく、逃げ切られるとは思いますが。
 交戦した三体の戦闘機人のデータは――」

「……おい待て。するってぇと何か。お前は、合計四体の戦闘機人と、この戦域の機械兵器をすべて始末したってぇわけか」

「いえ、戦闘機人四体の内、撃破したのは一体です」

……高ランク魔導師ってのは、こういうもんなのか?

エスティマとの間にある認識のズレに、驚きを通り越して呆れてしまう。

不思議そうに首を傾げるエスティマが、どうにも浮世離れしているように見えてしまう。

「……ああ、そうだ。報告で妙なのがあったんだが」

「はい、なんでしょう」

「なんでも、戦闘のあった区画の地図を書き換えなきゃいけないぐらいに破壊されたらしくてよ。
 こう、半円形にビルが薙ぎ倒されて。心当たりは――」

「え、ええと……取り逃がした戦闘機人の攻撃で、そんなことが起こったような……」

目を逸らしながら、そう言うエスティマ。

その様子に、やりやがったコイツ、と思いながらも、そうか、とゲンヤは頷く。

「取り敢えずは、交戦データの提出を頼むぜ。取ってるだろ?」

「……はい。後ほど」

「あいよ」

などとやっていると、不意にエスティマが目を細めて駆け出した。

何事だ、と目で追ってみれば、その先には拘束され、簡易ベッドに寝かされた戦闘機人の姿がある。

彼は医療スタッフと一言二言言葉を交わすと、寝かされた戦闘機人へと視線を向ける。

会話はない。念話を交わしているのだろうか。二人の表情は剣呑なもので、特に戦闘機人から向けられている視線は人を殺せそうなほどだ。

そして、やりとりを終えたのだろう。

エスティマは戦闘機人の側を離れると、再びゲンヤの元へ帰ってきた。

「すみません、ゲンヤさん。行かなきゃならない場所が出来ました。
 ……この事件に噛んだ執務官として、どうしても無視できないことがあるんです」

「急ぎの用事なのか?」

「はい」

そう断言したエスティマの表情は固い。

許可を求めてはいるが、止めてもきっと行ってしまうだろう。

やれやれ、と頭に手を当てると、ゲンヤは苦笑を浮かべる。

「なら、行ってこい。報告やらなんやらは、きっちり頼む」

「ありがとうございます」

頭を下げると、エスティマは両肩にアクセルフィンを形成する。

そして地面から浮き上がると、顔を夜空に向けた。

今にも飛び立とうとしているエスティマを眺めながら、ゲンヤは口を開く。

「……エスティマ!」

「はい?」

「――っ、すまなかった!」

大声を上げるゲンヤに、エスティマは唖然とする。

しかし、すぐに頭を横に振ると、

「気にしないでください」

そう言い、去り際にクロノへと手を振って、今度こそ飛び立った。

































地上本部といえども、流石に夜となれば昼間よりも詰めている人の数が少ない。

控え目な照明に照らされた廊下を急ぎ足で進みながら、どうするかな、と考える。

応急手当をされている最中に目を覚ましたロッテ。彼女から聞いた情報を脳裏で整理し、パズルのように組み合わせて今回の事件を浮き彫りにしてみる。

それでもやはり分かることは少ない。利用されていただけの存在であるロッテ。彼女から得られた情報は断片的すぎて全体を知ることができないし、嘘もいくつかは混じっているだろう。

――アンタを信用するわけじゃないから。

そんな、去り際に向けられた言葉が耳に蘇る。

闇の書事件での暗躍を、俺によって邪魔された彼女たち。恨むな、というのが無理な話だろう。こっちからすれば迷惑なことこの上ないが。

怨恨が消えるわけはない。しかし、ただ利用されるだけというのは我慢がならなかったのか。敵の敵は味方、とでも思ったのか。

流石にそれは分からないが……。

俺を使うつもりだったら、俺もお前を使わせてもらおう。

口の端を吊り上げながら、淡々と脚を動かす。

そうして辿り着いたのは、地上本部の最上階近くに位置する執務室だ。

――レジアス・ゲイズ。この先には、彼がいる。

受付で俺の来訪を一方的に告げたから、来たことを知ってはいるだろう。どんな対応をされるかは分からないが。

扉の前で立ち止まり、深呼吸を一つ。小さく頷くと、マイクに向けて来訪を告げた。

自動ドアが開くと共に目に入ったのは、両側を書架に囲まれた部屋だ。

その奥。巨大な執務机で腕を組んでいる人物を目にして、手を握り締める。

隣に立つオーリスさんは無表情そのもので、感情を読むことができない。

その中をゆっくりと進んで、俺は三メートルほどの離れたところで脚を止めると、レジアス中将と対峙した。

「失礼します。バリアジャケット姿で申し訳ありません。病院から直行したので、制服を着ていないんです」

「別に気にしていない。それで、何をしにきた、執務官」

じろり、と酷く悪い目つきで視線を向けられる。

それに怯まず、胸元のSeven Starsに念話で、録音開始、と告げると、ゆっくりと口を開く。

「さきほど鎮圧したテロ。それと、先の戦闘機人事件の関連性。
 そして、その黒幕であるジェイル・スカリエッティ。
 ……いえ。黒幕は最高評議会でしょうか」

その言葉に、二つの視線が突き刺さる。

怯まず、俺は彼らの反応を待った。

「それらのことについての報告を。
 そして、あなたの真意を確かめに」

「……いきなり押し掛けてきて何を口にするかと思えば。
 執務官。そんなことを問うより、先にすることがあるのではないか?」

「いいえ。この事件を。そして、戦闘機人事件に関わった、首都防衛隊第三課の執務官として、はっきりさせなければいけません。これは。
 答えてください。あなたは、今回の事件が発生することを知っていたのではないですか?」

「そんなはずがないだろう。何を根拠にそんなことを」

「ええ、根拠はありません。全ては憶測です」

当たり前の指摘をされて、どうしたものか、と溜息を吐きたい気分になる。

憶測だけの組み立てでボロを出すような相手じゃないか。

見えない部分は予想するしかない。空白の部分にはめ込むピースを考え出すだけの知恵はないんだ。

探偵には向いてないね、俺は。

……だからこそ、この目で見て、聞いたことを武器に対峙しよう。

「……使い魔の戦闘機人。元は海に所属していた管理局員のリーゼ・ロッテ。彼女からの証言で、次元犯罪者のスカリエッティが機械兵器と戦闘機人の開発を行っていたことが分かりました。
 絶対に間違いはない、とは言い切れませんが。
 しかし、今日交戦した戦闘機人は、第三課が壊滅した任務で対峙した戦闘機人と同一人物です。
 リーゼ・ロッテの証言に間違いがないのならば、あの戦闘機人プラントの持ち主はスカリエッティだということになります」

「証言が正しかったのならば、な」

「ええ。嘘を吐いている可能性もありますし、彼女自身が騙されている可能性もあります。
 ……まず、一つ。憶測でしかありませんが」

そう言い終え、次の話に移る。

「そして、もう一つ。以前から個人的に調べていたことですが――
 レジアス中将。時空管理局地上本部には、不自然な資材の流れがありますね。
 医療研究部門の、クローニング開発。これの……」

そう言い、データパネルを中将の眼前に浮かばせ、

「十カ所ある研究施設の内、三カ所。これは、地図に存在はしていますが実際はただの廃墟だ。足を運んでみましたが、やはり何も存在しない。
 これはどういうことでしょうか。そして、その研究施設に運び込まれている機械部品ですが、三カ所の元を合わせると、一つの機械兵器が完成します。
 それが何かは、分かりますか?」

「……さあな」

「そうですか。まぁ、これも憶測です。機械兵器には明るくないので、専門知識のある者が実際にやってみなければ分からないでしょう。
 ……さて。更に一つ。今上げた研究施設に関係する話ですが――」

そう言い、俺は自分自身の胸に手を当てる。

「――レリックウェポン計画というものを、ご存じですか?」

その単語を口にした瞬間、僅かにだが、レジアス中将の顔が変化した。

目を凝らせば、額には僅かに汗が浮かんでいる。脂汗の類。

「まだ俺が海で嘱託魔導師として働いていた頃ですが、その時、俺は一度、通り魔によって殺されたことがあります。
 診断書も探せば出てくるでしょう。こうして動いている以上、書き換わっているのかも知れませんが」

「それが、お前の口にしたレリックウェポンとどう関係がある」

「詳しいことは、分かりません。これも憶測です。
 レリックと呼ばれるロストロギア。高エネルギー結晶体。それをリンカーコアと融合させることにより、死者の蘇生すらも可能とする。
 そうしてレリックを移植された高い魔力資質を持つ者をレリックウェポンと呼ぶ。
 ……そんなことは、無限書庫で調べでもしなければ誰も知らない、否、覚えていないことだと思います。
 その計画を推し進めている者がジェイル・スカリエッティだということは、戦闘機人事件で交戦した者との会話で明らかになっています。
 ただ、その際の交戦データは抹消されていますが」

そう言い、胸元のSeven Starsに視線を移す。

俺が眠っている間に、あの夜の出来事はSeven Starsの中から消されていた。

全てを消されたわけではなく、俺がフィアットさんと交わした会話の内容などが、だ。

知られたら面倒な情報だけが、すっぽりと抜け落ちていた。

自分自身で口にしたように、これも証拠のない憶測だ。

しかし。

しかし、だ。

「……管理局の資材の流れを隠すことができ、潤沢な資金を準備できる者に、機械兵器やレリックウェポンを生み出せる人物――ジェイル・スカリエッティは匿われている。
 俺は今まで見聞きした情報から、そう推察します。消去法で、それが誰だかを考えれば最高評議会に辿り着くのは難しくないでしょう」

「……成る程。では、お前の憶測が正しいと仮定しよう。
 それを俺に突き付けて何を望む、執務官」

認めはしないが話は聞いてやる。

まだ向こうの態度は硬いが、それでも、対話をできる舞台には引きずり下ろせたか。

……ならば。

「何も。ただ僕は、聞きたいことがあってここにきただけですから。
 レジアス中将。ミッドチルダの防衛長官であるあなたは、この事件に対してどう考えていますか?
 違法と定められていることに管理局が手を染め、見えないところで、誰も気付けない犠牲が増えてゆく現状を。
 それ次第で、僕は今後の身の振り方を決めるつもりです。
 今日限りで管理局を辞めることになっていますからね」

そう言い、苦笑する。

現場からここへと向かう最中に目を通した、眠っている最中の出来事。

それに目を通したら、俺の辞職が決まっているという。

……まったく、ユーノの過保護め。

くすぐったい気持ちになりながらも、すぐにそれを打ち消して、俺はレジアス中将を見据える。

もし中将が戦闘機人事件の生き残りである俺を放置するようならば、俺は俺でやりたいようにやらせてもらう。

海で再び執務官となり、レリックの収集を片っ端から邪魔しても良い。

はやてやシスター・シャッハに頼んで聖王教会に所属し、聖遺物――レリック関係の回収を行い、ヴィヴィオや聖王のゆりかごの線からスカリエッティに食らい付いたって良い。

どこか歪んだ管理局の制度を正すことなんて正直なところ関心がないのだ。

そんなものに構って時間と取られ、組織を再編による混乱状態に陥れば、どこぞのマッドサイエンティストを野放しにすることになる。

奴を喜ばせることだけは、御免被りたい。

俺は俺が生きてゆくのに邪魔な存在を排除したい。それだけだ。

だから、この目の前にいる人物が俺をどうするつもりなのか、味方となるか敵となるのか。

それだけをはっきりさせたくて、ここに足を運んだのだ。

「答えてください、中将。それを聞いたら、俺はここから出て行きましょう」

誤魔化しは聞き入れない。

そう言外に言い、俺は返答を待つ。

そうして一分ほどが経った頃だろうか。

錆び付いたようにゆっくりと、レジアス中将は息を吸い、

「俺を裁きたいというのならば、かまわない。それだけのことをしてきたつもりだ。
 そして、今お前が目の前にくるような事態を未然に防いでもいた。
 ……罪を問うのならば、それに応えよう」

そんな、俺にとって予想外の言葉を口にした。

……こんな人だったのか。

油断させておいて、といったつもりだろうか。

しかし、彼の様子からは微塵も剣呑な雰囲気を感じ取ることはできない。

隣に立つオーリスさんも、心配そうな視線を中将に向けるだけだ。

「……レジアス中将。あなたは、何がしたかったのですか?」

「俺はただ、地上の平和を守りたかっただけだ。それ以上でもそれ以下でもない」

根の部分は相変わらず。

……ならば、何故、そうも簡単に自分の非を認めるのだろうか。

望む望まないはとにかく、違法行為に手を染めたのは確かだ。

そこまでしたのに、こうも簡単に認めてしまうのか?

「真正面から責められたら、俺にはもう、言い逃れすることができない。
 それだけのことはした。
 ……地上の平和を守りたいと願いながら、自分でその平和を乱していたんだ。
 こうしてお前のような犠牲者が私の目の前に出てきた時点で、潮時なのだろう」

「平和を守るつもりは、あったんですね?」

「当たり前だ」

そこだけは、怒りさえ籠もっている声で断言する。

ああ、この人は筋金入りの局員なのか。

悪人ではない。善人でもないが。

……それさえ分かれば、充分かもしれない。

「ならば、レジアス中将。あなたにまだ平和を守りたいと願う心が残っているというのなら。
 俺と、共闘しませんか?」

「……共闘だと?」

何を馬鹿な、といった風の声が上がる。

まったくだ、と思いながらも、俺は言葉を続ける。

「レジアス中将。さきほど、俺は身の振り方を決めると言いましたが――
 あれは、手段は違っても目的は同じなんです。
 ただ一つ。ジェイル・スカリエッティと、それに与する者たちを捕らえ、ただ平穏に過ごしたい。
 それを可能にする権力をくれるのならば、俺は、地上の戦力として戦い続けましょう。
 あなたは俺を戦力として使い、地上の平和を守れば良い。
 ただそれだけの、対等な共闘を行いませんか?」

「何を馬鹿な……そんなことをしたところで、何も変わらない」

「かもしれません。しかし、俺が調べ上げたこと――まぁ、あくまで仮定ですが、これを公表してあなたが防衛長官を降ろされるとする。
 しかし、あなたの代わりとしてその椅子に座る者は、果たして地上の平和を守ってくれるでしょうか。
 最高評議会の傀儡になりはしませんか?
 もしくは、あなたの行ってきたことを告発して、海の介入によって膿を吐き出し組織を再編するとしても、混乱状態に陥った組織では今の治安を維持することはできないでしょう。
 ……選ぶのはあなたです、レジアス中将。
 他人任せにまだ見ぬ明日を盲信して罪を償うか、自分で明日を切り開いて罪を償い続けるか。
 選んでください」

再び沈黙。

しかし、今度は俺に射抜くような視線を向けるわけではなく、ただ俯いている。

「……ゼスト。お前の目は、正しかったよ」

そして、疲れを吐き出すような溜息を吐くと、中将は顔を上げた。

「戦力となる……ただの戦力ではないぞ。お前には、最低でもゼストの代わりぐらいはこなしてもらう」

「……え?」

「それができなければ、権力など与えない。そう、言っている」

思わず呆気にとられてしまったが、言葉の意味が脳味噌に染み込んでようやく理解する。

「ありがとう……いえ、よろしくお願いします」

「よろしく頼む」

いつの間にか強張っていた顔を緩めると、俺は脚を進めて執務机に近寄る。

レジアス中将は椅子から立ち上がると机から回り込み、俺の前へと出てきた。

そうして、手を差し出してくる。

身長差が酷い。まだまだお子様だ、俺は。

俺からも手を差し出す。そのまま握りつぶされそうなほどの違いがある手を、俺と中将は握り合った。
























リリカル in wonder





























『ロッテ。聞こえるか、ロッテ。僕の声が』

パイプ椅子に座りながら両手を組んで、じっと地面に視線を注ぎながら、クロノはロッテへと念話を送り続けている。

エスティマが去ってからずっと呼びかけ続けているが、返答は一切ない。

ロッテに行われている応急処置はもうすぐ終わるだろう。そうしたら医療施設に搬送され、その後は陸の隔離施設へと送られるだろう。クロノが彼女と言葉を交わすチャンスは、今を逃せばしばらくない。

だからせめて今、一言だけでも。

そう思い、クロノは念話を送り続ける。

そうしてどれほど経った頃だろうか。

『……うるさいよ』

苛立ちの混じった念話がようやく返ってきたことで、クロノはビクリと体を震わせた。

彼女の声を聞いて、言おうと思っていた言葉が頭から吹き飛ぶ。

しかし、ここで黙り込んだら折角掴んだチャンスを不意にしてしまうかもしれない。

まとまりのない思考になんとか方向性を持たせると、クロノは取り繕うように念話を送る。

『ロッテ。体は、大丈夫か』

『大丈夫だったら応急手当なんてされない。見ればわかるでしょ。
 もう駄目だ、とか声が聞こえるし、長くはないのかもね。
 ……こんな最後を迎えるなんて、考えてもいなかった』

声には絶望が濃く滲んでいる。どんな言葉を向けたら良いのか分からず、クロノは考え込んでしまう。

大して親しくもない者だったならば、適当な気休めを言い聞かせて前向きな思考に誘導すれば良いだろう。

しかし、彼女は違う。気心の知れた、自分を魔導師として完成させる手伝いをしてくれた人なのだ。

そんなロッテに向けて、名前も知らない人間に向けるような愛想を振りまきたくはなかった。

『ねぇ、クロノ』

『ああ』

『なんでアンタ、ここにいるの』

『偶然だ。入院していたエスティマの見舞いにきたら、君が地上本部を襲撃したと耳にして、ね』

『……そう。お前も、あのガキか』

『ロッテ?』

『助けられた形になるのかな、これは。
 まあいいや。アイツには呪いを残してやった。せいぜい生き足掻いて、失意に沈めば良い。
 ……それにしても、見殺しにした奴に命を助けられる。
 ……は、なんて不様。
 ……私は、自分が望む結末を、何一つ手に入れることができなかったんだね』

何かを悟ったような口ぶりの彼女。

それに、嫌な予感を覚える。

『……自分の最後ぐらいは、自分で決めたい』

なんのことはない。執務官として働き続け、こうしたことを口にする者が行うことを経験から知っているだけだ。

まさか、と心のどこかで叫ぶ自分がいるが、嫌な予感は拭えない。

その証拠とでも言うように、鋭い悲鳴を上げてロッテを救急車へと運び込もうとしていたスタッフが急いで逃げ出した。

「どうした!?」

「その、戦闘機人が――!」

ゲンヤの怒号に応える局員。

しかし、彼らの声はクロノの耳に届かない。

椅子から立ち上がり、呆然と目を見開いて、ロッテを見る。

止めろ、と口が動くも、喉は震えてくれない。

そして最後に、

『じゃあね、クロノ。
 ……ああ、憎い。すべてが憎い。
 こんははずじゃ、なかったのに――』

そう、立ち眩みするほどの感情に染まった念話が届く。

そして、視界が閃光に染まった。

刹那だけ遅れ爆音が響き渡り、空気が振動する。反射的に待機状態のデュランダルを握り締めて、クロノは周りにいた者たちを覆うフィールドバリアを展開する。

数秒経ってアイスブルーの障壁を解除すると、目に入ってきたのは炎上する救急車だ。

ロッテが乗せられていた担架を中心にして、アスファルトの地面が抉れている。彼女がいた痕跡など、何一つ残ってはいない。

破片によって負傷した者たちが路上に転って悲鳴を上げる中、クロノは口を開けたまま燃え上がる車両を見詰める。

そして、ギリ、と音を上げて歯を噛み締め、

「こんなはずじゃ……なかったのに……!」

叫び出したいのを必至に堪えながら、両膝を付いて、地面に拳を叩き付けた。


































「ありがとうございました」

運転手に礼を言い、代金を支払うとタクシーを降りる。

そうして降り立ったのは、先端技術医療センターの前だ。再びここにとんぼ返り。

病院とは赤い糸で結ばれているのかもしれない、俺は。

まだバリアジャケットは解除しない。薄着に夜風は応えるだろうし。

ゆっくりと正面玄関に脚を向けながら、レジアス中将と交わしたこれからの方針を思い出す。

これから。俺が行う戦いについて。

地上の看板とも言える部隊を失ったせいで、陸の士気は若干の低下が見られるという。

それを持ち直すため、俺には今回の事件を集束させた功績を称えるという名目で勲章が贈られるらしい。

それとなくメディアを誘導して、若いストライカー級魔導師の誕生という触れ込みで。

勲章の名はツインズムーン・メダル、というものだ。

ミッドチルダの夜空に浮かぶ二つの月を模しており、多大な戦果を上げた魔導師に贈られるのだという。

ミッドチルダにおける月は魔力――そして、魔導師の象徴。それを受勲するのは魔導師にとって最高の名誉なのだとレジアス中将が言っていた。

JS事件を解決した六課の皆はもらってなかったな、と思ったが、そういえば機動六課は海の部隊だった。おそらくは、海と陸では違いがあるのだろう。

……まぁ、これにはあまり興味がない。実際に受け取ってみなければ、実感は湧かないだろう。

興味があるのは、レジアス中将が俺を祭り上げる代わりに行うことだ。

やはり大きいのは、昇進試験のボーダーを下げてくれることだろうか。もっとも、それで中身のない上司になんてなったら元も子もないので勉強はするが。

そしてもう一つ。

解体された首都防衛隊第三課を残すこと。

そこには俺が所属し、たった一人で魔導師ランクの制限を全て使って、フルスペックでの遊撃魔導師として違法研究組織に乗り出す部隊のサポートを行う。

架空の人物を配備して定員は誤魔化すらしい。偉い人を味方に付けると信じられないことをやらかしてくれるな。

もっとも、これは半年後の話だ。

それまでの俺は、技術開発部門に送られて体を休めるとのこと。

今回の撃墜は陸でも海でも問題視されたらしく、保護団体がうるさいとか。

気を遣って貰えることを有り難がるべきなのか、余計なお世話を拗ねるべきなのか分からないな。

……しかし、やれることがないわけではない。

地に足を着いて、確実に進もう。今は足場を固めるべきなのだ。

「やることがたくさんあるな。……その一つ一つを、確実に捌いていこうか。
 なぁ、Seven Stars」

『はい、旦那様』

良い返事だ。

人差し指でSeven Starsをつつくと、先端技術医療センターの自動ドアをくぐる。

そうして見えたのは――

見えたのは、仁王立ちしている医師の皆様でした。

「あ、あの……」

「確保ぉー!」

「ちょ、待っ……!」

二重、三重、四重、とバインドが飛んでくる。そして俺、為す術もなく雁字搦め。

何事!?

「馬鹿捕獲。繰り返します、馬鹿捕獲。
 これより処置部屋へ向かいます」

「馬鹿は酷くないですか!?」

「我々の許可もなしに飛び出した患者が何を。
 治療を受けるのはただの患者。脱走するのは良く訓練された患者っ……!
 若いエース級魔導師は本当に無茶が好きですね!」

フゥハハハー! と今にも笑い出しそうな医師に担ぎ上げられ、簀巻きの状態で連行される我。

……おかしいなぁ。この人海兵隊じゃないし、ここはベトナム戦線でもないよなぁ。

逆らったら酷い目に遭いそうなので大人しくします、はい。

為されるがままの俺。そうして運び込まれている途中、見知った顔と擦れ違った。

体を捻って後ろを見れば、彼女――はやては控え目に苦笑しながら手を振っていた。

『おかえり、エスティマくん』

『ただいま、はやて』

『うん。無事に帰ってきてくれて何よりや』

『あはは……』

それは言外に、出撃する度に俺が怪我をすると思われているのか。

こう見ても被弾率は低いんだけどなぁ。被弾すると冗談で済まないレベルの怪我をするけれど。

……そうだ。

『……なぁ、はやて』

『んー?』

『ありがとう。君のお陰で、間一髪で事件を終わらせることができたよ。本当に助かった。
 きっと君がいなかったら、取り返しの付かないことになっていたと思う。
 感謝してもしきれない』

そう言うと、はやてはくすぐられたように身を縮めた。

遠目なのでどんな表情をしているのかさっぱり分からないが。

『そ、そんな……ええんよ。エスティマくん、放っておけないから。
 誰かが面倒を見てあげなきゃ、あかんし』

『はは……世話焼きだな』

それじゃあ、と念話を打ち切ると同時に、俺は処置室へと押し込められる。

そして丁寧かつ乱暴にベッドに押し付けられると、側に立つ医師に視線を向けた。

……逆光で表情を見ることができないのが、なんか怖いんですけど。

「さて、スクライアさん。何からするかね? 胃カメラが良いかな?
 ん? 胃カメラが良いのかね?」

「なんでそんなピンポイントなんですか。好きなんですか胃カメラ。
 あれ地味に苦しいんですよ?」

「ははは、だからこそだよ――もとい、君は胃潰瘍を患っていたじゃないか。それの様子をだね……。
 経過は良好だったわけだが、無理に外に出たのだから影響がないのか調べないと」

「本音ー! 本音が漏れたぞ今ー!」

ジタバタと足掻くも逃げられない。

ガッチリと頭を固定されると、麻酔薬を喉にぶちこまれた。

あがー……。




























「はやて、エスティマは?」

「んー? 今、お医者様に観てもらってるわ」

「まぁ、いきなり飛び出すなんて予想もしてなかったからな」

そう言うヴィータだが、実際のところ、もしエスティマが立ち直ったらどうするのかは、ヴォルケンリッター以外の全員が分かっていた。

まさか、窓ガラスを突き破ってそのまま出て行くとは思っていなかったが。

「けど、良かったな、はやて。エスティマが目を覚まして」

「うん。それが一番嬉しいなぁ」

口にした通りのことを、はやては心底から思っていた。

今日という日を逃せば、おそらく、自分が彼と顔を会わせることはできなくなっていただろう。

スクライアで療養すると決まっていた以上、彼に何かをしてあげられるのはこれが最後だったのだ。

その最後にしてあげたことが成功して本当に良かったと、はやては頬を緩める。

そう思う彼女の頬は、心持ち赤い。

――感謝してもしきれない。

彼の言葉を思い出し、ようやく役に立てた。そう、実感する。

今まで魔法を学び続けてきて、その成果がようやく形になってくれた。そして、感謝を向けてくれた。

……なんや、胸がぽかぽかするなぁ。

悪い気分じゃない。むしろ心地良い。

なんだか妙な感じ、と思いながら、はやては俯き加減となる。

「どうしたの、はやて」

「な、なんもあらへんよ」

ヴィータへ声を返すも、顔を上げることができない。

……なんか、熱い。

エスティマの言葉がずっと脳裏でリフレインしている。

それを口にしたエスティマの状態は、簀巻きにされて担がれている、という酷く間抜けなものだったが、はやてからすれば些細な問題のようだ。

……何かをして、感謝してもらえるのは嬉しい。

それは前から分かっていたことだが――これはどういうことだろう。

そう考え、ああそうか、と思い至る。

ずっと、先を歩いていると思っていたエスティマが振り向いてくれたような気がしたから、こんなにも嬉しいのだ。

ずっと、手を伸ばし続けて、ようやく彼が手を取ってくれたような気がした。

ずっと、どこかで憧れていた人が目を向けてくれた。

だからこんなにも、顔が熱いんじゃないだろうか。

家族たちと過ごしているときの日溜まりのような暖かみとは違う、どこか強烈な、焦がされるほどの何かによって胸がドクドクと早鐘を打つ。

……こ、これはひょっとしてひょっとするのかなぁ?

「うわ、はやて! 顔がすげー赤いぞ!? 大丈夫――」

「あ、あははー。ちょっとこの病院、暖房がキツイ気がするわ。外に出てくるなー!」

「……え? あ、はやて!」

待って、と声を上げるヴィータを振り切って、はやてはパタパタと足早にその場から立ち去る。

どうにもじっとしていられない。体を動かしていないと煙でも出てきそうだ。

うー、と口元を引き結んで、彼女は目的も定めず廊下を進む。

そんなはやての様子を、擦れ違ったスタッフたちは怪訝な表情で見送った。



























「よ、ようやく……」

開放された……。

胃カメラやらスキャンやらのフルコースを喰らい、随分と時間を取られた。ついでに体力も。

それで診断結果だが、体に問題はないらしい。

ただ、フルドライブ状態でゼロシフトを使ったせいだろうか。リンカーコアが疲弊しているので魔法の使用は控えるように、と釘は刺された。

……損傷じゃなくて疲弊、か。PT事件のときならば損傷と言われるぐらいの無茶をしていたのに、今は違う。

これはやはり、レリックウェポンとなったことでリンカーコアも頑強になったということなのだろうか。

……分からないな。そっち方面には疎いからなんとも。

などと考えていると、俺の進む先に見知った顔を見付けた。

フェイトだ。珍しくアルフが一緒にいない。

彼女は壁に背を預けながら俯いてしまっている。おそらくは、俺を待っているのだろう。

深呼吸をすると、フェイトへと近付く。

彼女は、ちら、と視線を俺へと投げ掛けるが、再び俯き加減へと戻ってしまった。

「……ただいま、フェイト」

「……おかえり、なさい」

座ろうか、と促すと、フェイトは小さく頷いてくれた。

少し離れたところにあるソファーに腰掛けて、俺から少し間を取って座っている彼女を見る。

身長が少し高いせいだろうか。斜め上から見下ろす形になってしまい、フェイトの顔は前髪に隠れてしまって分からない。

……もっとも、見えたところで、彼女が何を考えているのかなんて分からないわけだが。

良いさ。約束通り、話をしよう。

思えば、フェイトとまともに会話をするのは久し振りな気がする。

夢の中で会う以前は、ずっと絶交状態だったんだ。それも当たり前か、と苦笑した。

「フェイト。話をしよう。……な?
 夢の中での話の続きだ。
 ……あの時のは正直、口が過ぎたと思っている。
 けどさ。言い方がキツかったとしても、俺がお前に伝えたいことは違わないんだ」

「……やっぱり兄さんは、私を捨てたいの?
 そんなに、迷惑かな。お荷物なのかな。
 もしそうなら、兄さんに迷惑をかけないようにする。わがままだってもう言わない。
 だから――」

「違うんだよフェイト」

俺に縋ろうとする彼女の姿勢は変わらないようだ。

しかし、そればかりじゃ、いけない。

今までは……まぁ、世間の目はどうあれ、それで良かった。

俺一人が苦労するならそれでも、なんてことを考えていたわけだが――もう、違う。

俺は俺の望むように生きる。やりたいことをする。

それは、夢の中で言ったこととベクトルが違うだけで変わらないだろう。

だから、

「なぁ、フェイト。今はそれで良いかもしれない。
 けど、いつかは、俺に頼りっきりじゃあ駄目になる時がくるはずだ。
 ……スクライアの皆がお前を学校に行かせたのも、いつか訪れる独り立ちの時に備えるためだよ。
 フェイト。俺はこれから、自分のやりたいことをするつもりだ。一足早く、独り立ちすることになるんだと思う。
 ……お前はどうする?」

「……私は」

フェイトは結んだ両手をぎゅっと握り締めると、胸を押さえる。

「……私は、兄さんと一緒にいたい。皆と一緒にいたい。それ以外のことは、分からないよ」

「そうか」

……酷なことを言っているのだろう。

ずっと閉じた場所で過ごしてきて、そこから開放され、たくさんの人と出会って。

少ない人と濃密な時間を過ごしていたフェイトからすれば、きっと人と人の縁は切っても切れないものなのではないだろうか。

だからこそ、一人で歩き出そうとする人の脚を掴んで、一緒に歩くか、止まってもらうか。そのどちらかを懇願する。

頼られることで、きっと気分は良いだろう。……けれど、それは酷く重い。

一時は良いのだとしても、その内身動きが取れなくなってしまう。

だから、もう俺にはそれを選ぶことができない。違う道を選んでしまったのだから。

「……フェイト」

名を呼んで近付くと、俺は固く結ばれた彼女の手を取った。

ビクリ、とフェイトが身を震わせ、長い髪の毛が僅かに踊る。

彼女の手を上から包みながら、こっちを向いて、と声をかけた。

面を上げたフェイトの目尻には、泪が溜まっている。後一押しで決壊しそうなのを、必至に堪えているような。

……我慢しているのか。それだけでも、随分と成長した気がする。この子は。

「俺は、お前を時の庭園から連れ出したことを間違っているとは思っていない。
 兄として、側にいることも。
 ただ、それに縋るな。
 お前はもう自由なんだ。踏み出せばそれだけ広がる世界が目の前にある。
 自分で自分の居場所を探しなさい。
 それでも、今の考えが変わらないのなら……そうだな。
 うん。その時は、俺が面倒を見てやるよ」

……結局甘いな、俺は。

最後は、こっちが折れるようなことを口にして。

妹離れのできないお兄ちゃん、ってところなのかな。

……まぁ良いさ。俺は俺のやりたいようにやる。

それが良いことか悪いことかは別にしてな。

「私は……」

「うん」

「兄さんが大好き。アルフも、なのはも、ユーノも。みんなが好き。
 ずっと一緒にいたいから……だから……。
 けど、兄さんの重荷にもなりたくない……」

まだ考えがまとまっていないのだろう。

フェイトは唇を噛むと、再び俯いてしまう。

そんな彼女の頭に手を乗せて、良いさ、と髪を撫でた。

「ゆっくり考えれば良い。それだけの時間はあるから。
 だから、何がしたいのか見付かったら、その答えを聞かせてくれるか?
 待ってやるよ。絶対に見捨てないから」

「……うん」

フェイトは髪を撫でられるままに目を細め、そのまま俺の方に倒れ込んでくる。

そして、ようやく安らいだ笑みを浮かべると、弱々しい力で俺の服を掴んできた。

「……今は、こうさせて」

「ああ。満足するまでそうしていれば良い」

そうして、俺とフェイトは動かなくなる。

俺なんかに寄り掛かって飽きないものかと思うが、この子が満足しているのならそれでも良い。

結局、消灯時間が近付いて、医師の皆様に睨まれるまでそうしていた。




























「むー」

「どうしたシグナム」

「叔母上ばっかり、ずるいです」

「ふむ」

物陰からエスティマとフェイトを覗き見る二人。ザフィーラとシグナムだ。

シグナムはちらちらと曲がり角から頭を出しているが、それに釣られて動くポニーテイルが完全に物陰からはみ出している。

それでも気付かれないのは、完全に二人ができあがっているからか。

……兄妹でその表現はどうだ、と、ザフィーラは自分自身に突っ込みを入れる。

人間形態のザフィーラは腕を組んでまま壁に背をやる。

「そっとしておいてやれ。何やら複雑な事情がありそうな二人だ。
 その辺りを汲んでやるのも、守護騎士の務めだぞ」

「……私も、父上に言いたいことがあったのに」

むー、と再び声を上げ、シグナムはエスティマを覗き見る。

そんな姿に、ザフィーラは彼女の将来が少しだけ心配になる。

「シグナム。その言いたいこととはなんだ。俺で良かったら聞くが」

「ザフィーラに言っても意味がないです」

「……そうか」

これは手厳しい。

しかし、そうは言うもののフラストレーションは溜まっているのだろう。

再び唸り声を上げると、シグナムは拗ねたような表情をしながら踵を返した。

「どうした。もう良いのか?」

「女ったらしの父上なんて、もうしりません」

「いや、あれは妹なのだが……」

「私だって、父上の娘です!」

プンスカと不満を口にしながら、大股でシグナムはずんずんと歩き出す。

やれやれ、とザフィーラは頭を振ると、彼女のあとに着いていった。

……子守は疲れる。主、それにヴィータ。何をやっているのだ。

「……早く大人になりたい」

「……ん?」

「なんでもない!」

甲高い音を立てて、シグナムが駆け出す。

またか、と思いながらも彼女の後を追うザフィーラの顔には、いい加減疲れが見え始めていた。

……それにしても、と思う。

妙な出来事ばかりが起こったものだ。

エスティマの撃墜を切っ掛けとして始まった一連の悲劇。それによってバラバラになったと思われた各々が、こうして再び顔を合わせるとは思いもよらなかった。

そうして結局は、力を合わせてエスティマを立ち直らせ、何事もなかったかのように、きっと明日が始まるのだろう。

病室で眠っているアルフやユーノ。それを看病している、なのは。

彼女たちは今回の出来事で何を思ったのだろうか。

はやては。ヴィータは。シグナムは。クロノは。

大きな出来事。些細で、しかし、決定的な変化。

そういったものがあったのではないか。

……皆変わってゆく。その進む先は、一体どこなのだろうか。

まだ幼いと言っても良い子供たちは、どのように成長してゆくのだろうか。

命じられれば力を貸す、傍観者に近い立場のザフィーラには、それが少し楽しみだった。







[3690] 空白期 後日談
Name: 角煮◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2009/02/04 15:25

「よろしかったのですか? 中将」

薄い照明に照らされた部屋の中で、一人の女が声を上げる。

オーリス・ゲイズ。彼女はバインダーを抱えたまま、温度を感じさせない視線を下へと向けていた。

その先にいる彼女の父親――レジアス・ゲイズは、背もたれに体重をかけた状態で、ぼんやりと視線を宙へと投げている。

放心しているわけではない。濃く疲れが滲んではいるが、その中には僅かに穏やかな色が混じっているように思える。

彼は、はは、短く笑い声を上げると、オーリスを見上げて口を開いた。

「あれで良い。あの小僧と俺の利害は一致している」

「ですが、スクライア執務官が知ってしまった事実が明るみに出れば、あなたは間違いなく失脚します。
 ……いえ、良くて懲戒免職処分といったところでしょうか。最悪――」

「それはない」

もう言うな、とばかりに遮られ、オーリスは戸惑いを目に浮かべた。

そんな彼女を安心させるように、レジアスはどこか忌々しげに――それでも、楽しげに、先を続ける。

「あの手の人間は何度も見たことがある。管理局の正義などどうでも良いのだ。
 ただ自分と、その周りの人々さえ無事ならばそれで良い。そういう類の人間だ、あれは。
 テロで街の区画が一つ吹き飛ぼうと無関心に朝食を食べているような……本当に人並みの良心しか持ち合わせていない。
 ……そんな人間だからこそ、お前の恐れることだけはしない」

「……どういうことですか?」

「面倒な上に手間がかかる。そして、最高評議会が鬱陶しがる。
 それだけあれば充分だろう」

「矛盾していませんか? 彼は、今挙げた全てに自ら立ち向かおうとしているように思えます」

「守勢に立つか、攻勢に立つかの違いだ。それだけでも、かなり変わるだろう。
 俺に取り入って――いや、手を結んでまで火の粉を払おうとするのは理解しかねるがな。
 過激すぎる。子供の考えることではない」

レジアスの説明に納得していないのだろう。オーリスは眉間に皺を寄せる。

そんな娘の姿に苦笑しながら、レジアスは机の端にある親友との写真に目を向けた。

「おそらく、これは最後のチャンスだ」

「チャンス、ですか?」

「ああ。地上の戦力を増強するために、俺は最高評議会に借りを作り続けるしかなかった。
 あの忌々しいマッドサイエンティストにも、だ。
 早いか遅いかの違いだけで、いずれは必ず傀儡に成り果てていただろう。
 しかしスクライア執務官は、奴らに歯向うと言う。
 ……彼が自分のためにスカリエッティを捕らえるというのならば、都合が良い。
 使い、使われ――上手くいくかどうかなど、さっぱり分からないがな」

机の上で手を組み、レジアスは視線をじっと虚空へと注ぐ。

スカリエッティがミッドチルダにとって害でしかないのは、戦闘機人事件と使い魔戦闘機人事件で明らかになった。

いくら戦力を地上本部が必要としていても、戦闘機人のマイナスイメージがここまで染み込んでしまっては使うことなどできないだろう。

また一から戦力増強案を模索しなければならない状態に逆戻り。

その状況に対して、何も手を打たないわけにはいかない。

貴重なストライカー級魔導師を失ってもいるのだから、高ランク魔導師を手放すことなど、できるわけがない。

次の戦力増強案が軌道に乗るまでの時間稼ぎであり、並の魔導師では対抗できない事態が起こったとき切り札。

それが、レジアスがエスティマに望むことだ。

そのためならば、稀少技能持ちだろうが高い魔力ランクを持っていようが、かまわない。

……それだけだ。

「ところで、父さん」

「……なんだ、オーリス」

「スクライア執務官が第三課を残して欲しいと言ったとき、二つ返事で了承したのは――」

「高ランク魔導師を普通の部隊に配属したら混乱するだろう」

「……そうですね」

ふふ、と笑うオーリスを睨み付けるレジアス。

彼女は咳払いをして背筋を伸ばすと、再び表情を消した。

「では、さきほどスクライア執務官と決めた案件の整理をしてきます。
 辞表の撤回、昇進試験の緩和、勲章の受勲、第三課の存続。この四つでよろしいですか?」

「ああ。今はそれだけで良い」

「了解しました」

軽く頭を下げて、オーリスは出口へと向かう。

娘の後ろ姿を眺めたあと、再びレジアスは写真立てへと視線を戻した。





















リリカル in wonder




















目を覚まして真っ先に飛び込んできたのは、ある意味では見慣れた綺麗な天井。

些細な違いはあっても、それが病院の天井であることは変わらない。

ここ二年ぐらいで妙にお世話になっている気がしないでもないが、別に考えたってしょうがないだろう。

避けられるものでもないし。

……いや、避けられたんじゃないかなぁ、入院。

今は良いけど、二十歳超えて体にガタがき始めたら怖いな。

むく、と起き上がって目を擦る。時計に視線を送れば、時刻は朝の六時半。

やや早い時間だ。

それでも、スクライアだと起きていた時間だから――

「アイツも目を覚ましているかもな」

布団を退けて床に降りる。冷たくなったスリッパから伝わる冷気で、微かに目が覚めた。

ベッドサイドに置いてあったセッターを首に掛けて……あれ?

「Seven Stars」

『はい。おはようございます、旦那様』

「おはよう。ところでお前、どこかと通信でもしているのか?」

『はい。アップデートを行っていました』

アップデート……ねぇ。

何をだ。

そんな俺の疑問に応えるためか、目の前に半透明のウィンドウが開く。

・エクセリオンモードの魔力消費、3%の低下。

・フレームの魔力伝達速度、2%の向上。

・バリアジャケット剥離効果の考察と運用テキスト――なんだこりゃ。

どこからこんなものを引っ張り出してきたんだ――と首を傾げ、最後の最後にあった署名を目にして、目を細める。

……ジェイル・スカリエッティ。

「……敵に塩を送るつもりか。ご苦労なことだな」

『旦那様?』

「Seven Stars、もうスカリエッティからのアップデートは受けるな」

『ですが、戦闘能力の向上が望めなくなります。
 常勝を求めるのならば、戦闘データを元にして常に私を最適化するべきだと判断します』

「どうしても、だ。
 いいか、Seven Stars。スカリエッティは俺の敵だ。奴からの施しは受けない。
 そして、俺の戦闘データも一切渡すな」

『ご命令ならば』

黙り込んだSeven Starsを指先で弾くと、人気のない廊下を進む。

目指す先はユーノとアルフが眠っている病室だ。

二人は闇の書の夢の維持を行っている最中に――というか俺が断り無しに飛び出したものだから――気絶してしまい、疲れが溜まっていたからか、そのまま眠り続けているのだ。

フェイトはフェイトで元気だったので、申し訳ないが学園の寮に帰って貰うことに。これ以上病院に迷惑をかけられません。

ユーノたちが寝かされている病室の前までくると、ノックをして少し待つ。返事がないところを見ると、まだ起きていないのか。

「失礼しまーす」

扉をスライドさせて中を覗き見ると、人が起きている気配はなかった。

侵入し、後ろ手で扉を閉めると、椅子を掴んでユーノの元へ。

アルフの隣。入り口から見て右奥のところに寝かされているユーノの隣に椅子を置くと、そのまま腰を下ろした。

カーテン越しに部屋を照らす陽光に彩られているユーノの顔には、僅かに疲労の色が浮かんでいるように見えた。

髪の毛も少しベタついているし、着ている服も少し疲れているかな。

……良く寝てる。起こすのも悪い気がする。

しっかし、こうやって見るとやっぱり女顔だなコイツ。いや、俺が言ったら反論されるだろうけど。

何か本でもないかな、と床に置かれていたユーノの鞄を漁る。

そうして見付けたのは、一つのデバイスコア。『トイボックス』だ。

丁度良い、と『トイボックス』を起動し、Seven Starsをセットする。

『何をするのですか』

「ユーノたちが起きるから念話でな」

『はい』

『ん。取り敢えず、お前がスカリエッティに俺の戦闘データを送っているのは分かった。
 それ以外にも妙なものが仕込まれていないか調べる』

『無闇にプログラムを書き換えるのは推奨しません。誤作動を起こす可能性があります』

『分かっているよ。……俺、ハード専門だからなぁ。ソフトの方は良いとこ中級だ』

Seven Starsの特質である液体金属によるフレーム形成。正直なところ、俺ではこれに手を着けることができない。

外装のメンテナンスやらは可能なのだが、液体金属を制御する機構は専門知識のある者でないと無理だろう。

Seven Starsはオーパーツと言っても良いデバイスだ。管理局ではまだテスト段階のこの機体、個人が所有する代物じゃない。

試作機と言うよりは、実験機と言った方が正しいのかもしれないかな。まだ完全とは言い難いエクセリオンまで積んでるし。

クアットロは俺のことをレリックウェポン・プロトと呼んでいたから……データ取りの捨て駒扱いだったのかね、スカリエッティにとっての俺は。

……そう考えると余計に腹が立ってくる。

それはともかくとして、だ。

「……デバイスに詳しい補佐官でも雇わないといけないな、こりゃ」

これからしばらくの間、技術開発部門で働くわけだが、Seven Starsの構造を理解する以外にもやりたいことはある。

正直なところ時間が足りない。かと言って、ずっとデバイス弄りをしているわけにもいかない。

……ままならないな。

などと思っていると、

「ん……?」

呻き声を上げて、ユーノがうっすらと目を開いた。

「起きたか」

「タイプ音がうるさいよ……」

「あー、悪い」

もー、と文句を言いながらユーノは身を起こす。

そして背伸びをすると、欠伸をかみ殺し、

「……って、エスティ?!」

「うわ、大声出すなよ」

「ああ、ごめん……じゃなくて、なんで君はまたそうやって元気そうにしているのさ!」

小声で怒鳴るという器用なことをするユーノ。

俺はトイボックスを待機状態に戻すと、Seven Starsと一緒に備え付けのテーブルに置いた。

「いや……そう言われても、体はこうして無事なわけだし。
 ……ごめんなさいごめんなさい、心配かけてごめんなさい。
 悪かったから睨まないで」

「何度目のやりとりだよ、まったくもう」

ユーノは腕を組むと、ふん、と鼻を鳴らしてそっぽを向く。

「ことある毎に大怪我して、皆に心配かけて。
 その度に謝られるんだから、いい加減、謝罪に誠意を感じなくなってきたね」

「……仰るとおりで御座います」

「分かってるんだったら無茶はもう止めること……ってこれ、何度も言っているね。
 馬鹿に付ける薬はないっていうけど、これの真意が分かったよ。
 君みたいな馬鹿は、いくら言っても直そうとしないんだ。
 そりゃあ直すつもりのない人間に薬が効くはずないよ。傷口が塞がる前にまたやらかすんだから。
 本当にどうしょうもないね君は」

「どうしょうもない……」

「異論でもあるの?」

「……ありません」

うう……セメントすぎる。

起き抜けにテンションが高すぎないか?

どう弁解したもんか、と、そっぽを向いたユーノを見る。

そうして……ユーノの目尻に薄く涙が浮かんでいることにようやく気付いた。

怒り泣き……ってわけじゃないんだろうな。

「……ユーノ」

「本当、君はさぁ……」

そこまで言って、ユーノは鼻を啜ると手の甲で目元を拭う。

心底申し訳なくなって、俺は何も言えない。

……けれど、そうだな。

何も言わないのは、もう止そう。

コイツにだけは伝えておきたい。

「……なぁ、ユーノ」

「なんだよぅ」

拗ねたような声を上げるユーノに苦笑しながら、俺は先を続ける。

「今回、俺がなんで無茶をしたのか……聞いてくれるか?」

そう。

せめてコイツにだけは、なんで俺が戦うのかを知っていて欲しい。

別に事情を知っていてくれた方が動きやすいとか、そういうのじゃない。

身勝手で振り回しているというのに、それでも俺を心配してくれるユーノへの――おそらくは、この世界で初めてできた友達に対する誠意だ。

すべてを言えるわけじゃない。しかし、それでも。

「外に出よう。少し込み入った話なんだ」

「……分かった」

ベッドからユーノが降りるのを見て、俺も立ち上がる。

そして、二人してバリアジャケット――俺は普段着型――を装着すると、窓から中庭に降りる。

時刻は七時過ぎ。地面を覆う芝にも露が滴っている。きっと、空気は肌寒いだろう。

近くにあったベンチに腰掛けると、ゆっくりと口を開いた。

「始まりはきっと、闇の書事件からだ」

「闇の書事件?」

「ああ……あれの始まり。俺が殺されたことから、今に続いている」

そうして話す内容は、最高評議会や中将の思惑、ロッテとスカリエッティの関係を端折ったものだ。

一度死んだ俺はレリックウェポンとしてスカリエッティに蘇生され、そうとは知らずノコノコと地上に異動して、戦闘機人事件に関与した。

その際に明らかになったこと。良くしてくれた人が敵だったこと――まぁこれはユーノにとって蛇足だろう――に加え、俺を庇って死んでしまった隊長やクイントさん、メガーヌさん。

そういったものが一気に押し寄せてきて、我慢が限界に達したこと。

昨晩、皆に助けられてから戦場に出向き、決めたこと。

語ってみれば随分と短い話だった。十分かそこら辺じゃないだろうか。

背もたれに身を預けると、深々と息を吐く。

「これで大体のことは喋った。……何か聞きたいことはあるか?」

「……あるよ。ねぇ、エスティ。君がやろうとしていることは分かった。
 けど、なんで? 別にこれからも管理局に残る必要なんかないじゃないか。
 レリックウェポンだかなんだか知らないけど、強力な力があるなら都合が良い。
 それを使って、逃げれば良いだけじゃないか」

「そう、だな。そうかもしれない」

「だったら、なんで」

問い掛けるユーノの視線は真剣で、戸惑いとは違う、見定めようとする色が瞳に浮かんでいる。

それに応えるべく、そうだな、と再び口にした。

「……許せないんだ。俺が失いたくないと思ったものを、悉く奪ったアイツが。
 だから捕まえて責任を取らせる。そして、完全な平穏を勝ち取る。
 逃げる必要なんかない、幸せを。
 ……そうだ。俺は幸せになる。そのためにスカリエッティは邪魔なんだ」

そう。

許せないし、邪魔でしょうがない。

それに、放っておけば災厄を撒き散らして平穏無事に過ごせるかどうかも分からない。

俺は、そんな存在を許すつもりはない。

……幸せになっていつか別れを告げるという、彼女との約束。

幸せになりたいという俺自身の願望。

願いを果たすための障害でしかないのなら、排除するまでだ。

逃げ道を一つ一つ潰して、逃げられない状態まで追い込んでから確実に豚箱へ叩き込んでやる。

「……本気なんだね」

「ん?」

「顔、怖くなってるよ」

指摘されて、思わず手を頬に伸ばした。

強張っていないが……そうか。変な顔をしていたか。

「ねぇ、エスティ」

「なんだ?」

「なんで僕に、こんな話をしたの?」

「ん……知っていて欲しかったからかな」

「知っていて欲しいって……また自分勝手な」

「そうだな。悪い」

「……ま、良いさ」

いつものことだもの、とユーノは薄く笑うと、俺と同じように背もたれへと寄り掛かった。

そうして、二人とも黙り込む。

俺は俺で言いたいことを全て言ったからで、ユーノも何かを考えているようだ。

小鳥の囀る声や遠く空に木霊する自動車の騒音が耳に届き、気分が落ち着く。

病院にも少しずつ活気が宿ってきた。こうして二人っきりでゆっくり出来るのも、あと僅かか。

「もう行くか。朝食の時間も近いし」

「そうだね」

同時に腰を上げると、中庭の出口へと向かう。

湿り気のある芝生を踏みながらゆっくりと進んでいると、

「エスティ」

不意に、背後からユーノが声をかけてきた。

脚を止めて振り向くと、ドン、と背中を叩かれる。

……いきなり何をする。

恨めしげな視線を送ってやると、悪戯の成功した子供のような笑みを、ユーノは浮かべた。

「君のやりたいことは分かった。好きなようにすると良い。
 その代わり、もう心配したりしないからね」

「りょーかい」

「誠意が感じられないなぁ」

これ見よがしに溜息を吐いて、ユーノは俺を追い越すと、一歩先を歩く。

そして、

「……嬉しかったよ。話す必要もない事情を、話してくれてさ」

照れの混じった笑みを浮かべると、早く行こう、と俺の手を引っ張った。




























朝食を食べた後、休憩所でユーノやアルフと共に雑談していると、視界の端に見知った姿を見付けた。

バリアジャケット姿ではなく普段着。しかし、色を黒一色で統一しているところは相変わらずだ。

「クロノー」

手を挙げながら声を上げると、クロノはこちらへと脚を向けた。

どこか力のない足取りに、何かあったのだろうか、と首を傾げる。

表情はいつもの鉄面皮だが、それにも張りがない。元気がない、と言うよりは、憔悴している、と言った方が正しいか。

しかし、どうしたのだろうか。

俺はこの通り問題ないわけで、見舞いにくる必要もないと思うのだけれど。

「おはよう。具合はもう良いのか?」

『エスティマ。聞きたいことがある』

いきなりの二重音声に、軽く顔を顰めてしまった。

平静を装いつつも、マルチタスクを使って念話に応える。

何やら念話の方には不穏な調子が混じっていたので、どうしても気になってしまったのだ。

『どうした?』

『今回の本部襲撃テロ……君が知っていることをすべて話せ』

『いきなり穏やかじゃないな。管轄違うの分かってるだろ? 話せって言われても……』

『ロッテが死んだ』

不意の一言に、思わず念話を止めてしまう。


ロッテが……死んだ?

俺が本部に行ってから、様態が急変したのだろうか。ある意味ではまだ元気そうだったけれど。

しかし、クロノの様子を見る限り、本当のことなのだろう。

あまり良い印象がないので忘れがちだが、ロッテとアリア、それにグレアムはクロノの恩人なのだ。

……それが死んだとなれば、大人しくしていられないか。

『頼む、エスティマ。地上のことに僕が首を突っ込んだところで何ができるわけでもないことぐらい、分かっている。
 ……けど、腑に落ちないんだ。ロッテがあんな目に遭う必要が、どこにあった。
 彼女は罪を償っていた。それを外に引きずり出し、死ぬような目に遭わせたのはどこの誰なんだ』

……どうするかな。

更にマルチタスクを増やして、頭の片隅で考え込む。

最高評議会やスカリエッティのことをクロノに話した場合……こいつのことだ。正規の手段で証拠を揃え、真っ正面からぶつかって行くだろう。

それでスカリエッティを捕まえることができるのならば、いくらでも事情を話そうとは思うが、さて。

……トカゲの尻尾切り扱いされるほど、スカリエッティに価値がないわけじゃないはずだ。

最高評議会の切り札らしい聖王のゆりかごの復元と、レリックウェポンの完成。

少なくともそれらが形になるまで、スカリエッティが切り捨てられることはまずない……はず。

……だったら。

『悪いが、核心に近付けそうなことは何も知らない。
 手がかりらしい手がかりと言ったら、前の戦闘機人事件と今回の本部襲撃テロに現れた機械兵器と戦闘機人が同じものだった、ってことぐらいだ』

『そうか……ありがとう』

そこで念話が打ち切られる。

何を考えているのかは分からないが、それでも表面上は普段と変わらぬ様子なのは流石といったところか。

ユーノといつもと変わらぬ調子で会話をしているクロノを見て、よくもまぁ、と呆れにも似た溜息が漏れた。

『なぁ、クロノ』

『なんだ』

『平気か?』

『……いつものことだ。理不尽なんて、もう慣れた』

……辛いことを隠さず、それでも前進する、か。俺とは違うな。

もしかしたら、正義の味方というのはコイツのような人間のことを指すのかもしれない。

不意に、そんなことを考えた。









[3690] クリスマスな話 はやて編
Name: 角煮◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2009/02/04 15:35
「はい終わり、っと」

日報の作成と引き継ぎを終わらせると、同僚の皆さんに挨拶をして部屋を後にした。

今日は午後休。そして明日は有給。まぁ、たまの休みというやつだ。

地上本部の玄関を通ってバスに乗ると、そのままレールウェイの駅へ行き、ベルカ自治領行きのリニアを目指す。

まだ昼過ぎの時間帯なので、乗客はお年寄りか学生。スーツ姿の人もちらほらと目にするが、人自体があまり多くない。

それもそうだ。平日の昼なんてこんなものだろう。

さてと、と肩を落として長椅子に腰を下ろす。柔らかな感触がじわりと疲れを取ってくれるようで、微かな睡魔が沸き上がってきた。

いかんいかん。寝ちゃ駄目だって。

……いや、今の内に寝ておこうかなー。どうせ今日は夜遅くまで騒いでいるんだろうし。

ヴィータとかシグナムとか異様にはしゃいでいたしなぁ。きっと久し振りに会うシャマルとかもそんな感じなんじゃないだろうか。

世のお子様にとってはやっぱり大きなイベント。クリスマス。

ミッドチルダ在住な俺にはまったく関係のない話なのだけれど、困ったことにシャマルがシグナムにクリスマスの存在を教えてしまって急遽パーティーを行うことになったのだ。

……まぁ、はやても随分と楽しそうだったから良いんだけどね。

ううむ……騒げるのならばなんでも良いってのは、本当、日本人の気質なんだろうなぁ。

無宗教国家、恐るべし。楽しければそれで良いとは。

しっかし……。

「この歳でサンタ役をやる羽目になるとは」

お父さんですからね俺。

いや、ミッドチルダにサンタはいないよ、とシグナムに言ったら物凄くションボリされたから仕方なくね?

お陰で、黒須三太さんは次元の壁を突破できて、光速の二倍で移動しながらプレゼントを配るオーバーSランク魔導師なんだ、とか嘘吐いちゃったよ。

はやてに指差されてあっはっはーと笑われましたが。

嘘が下手ですみませんね。

『旦那様』

『なんだ』

ちなみに電車内だから念話です。

『質問です。サンタとは良い子にプレゼントを配る存在なのですね?』

『ああ、そうだ』

『では、私にもプレゼントが配られるのですね』

『……なんでだよ』

『私はロールアウトしてから二年しか経っていません。これは、人間でいうところの二歳児に相当すると思われます。
 つまり、私もプレゼントを配られる対象かと』

『……じゃあ何が欲しいのかちょっと言ってみろよ』

『特にありません』

「うおおおおおおい!」

思わず叫び声を上げると、乗客の皆様から非常に痛い視線を向けられた。

この野郎、と指先でデバイスコアを弾く。何をやらせるんだ。

『欲しい物がないなら別に良いだろう』

『いえ。不公平は良くないと判断します』

なんだこのデバイス。最近マシになってきたと思ったら、変な方向に成長し始めやがったのか。

この野郎。

『残念なことに、眠っている良い子にしかプレゼントは配られないんだよ。
 お前、眠る必要なんかないだろ』

『では今晩はシャットダウンしていましょう』

『……そこまでしてプレゼントが欲しいかお前は。
 っていうかお前、サンタが俺だって分かってて言ってるよな?
 あれか? 最近のデバイスはマスターに散財させるのがフェイバリットなのか?』

『いいえ。はい。旦那様の懐を寒くする意図はありません』

『じゃあ我慢してろよ』

『……世知辛い世の中ですね』

……同情を引こうとしたって無駄だからな。

無駄だからな……!

などとやっているとレールウェイが目的の駅に到着した。

電車を降りると改札口を通り、今度はリニアに乗ってベルカへと。

相変わらず出勤も帰宅もダルい。転送ポートとか置けばいいのに。

あ、そうすると電鉄会社が倒産するのか。難しいものだ。

ぬーん。だとすると、あまり客を取らずに頑張る隙間産業とかにできないだろうかこれ。

こう、タクシーみたいに転送魔法でクラナガンまですっ飛びますよーみたいな。

あー、でも管理局の許可を取るのが面倒そうだなぁ。なん往復もすると魔力を消耗して辛そうだし。

などとどうでも良いことを考えていると、不意に携帯電話が震えた。

開いてみれば、はやてからのメール。

『いつ頃こっちに着くんー?』だそうだ。

あと二十分ぐらい、と打ち込んだあとに、シグナムの様子はどう、と聞いてみる。

そうすると、

『なんや、えらい楽しみにしてるわ』

とのこと。

うわぁ、プレッシャー。

いや、パーティーの準備とかははやてに丸投げしているから良いんだけど、楽しみにしているのの内にはプレゼントも入っているだろうし。

喜んでくれるか……は微妙。

困ったものである。

っと、今度は電話か。フェイトからだ。

周りの席を見回すと、乗客は俺一人みたい。

マナーが悪いけど、まぁ良いか。

「もしもし」

『あ、兄さん? 今大丈夫?』

「ああうん、一応。どうしたの?」

『なのは、ミッドチルダにくるのに時間かかるって』

む、そうなのか。

こういうときはヴィータに次元転送で連れてきてもらえば……とか思うけど、ほいほい使って良いもんじゃないしなぁ。

組織人は大変である。

『だから、ユーノとアルフ、クロノとエイミィさん、なのはと私はパーティが始まるぐらいに着くと思う。
 大丈夫?』

「平気だと思うよ。伝えとく」

『あ……うん』

少しだけフェイトの声が沈む。

誰に伝えるか、ってところで引っ掛かったのか。それでも食ってかかってくるわけじゃないから随分とマシになったな。

そう、今日は八神家とフェイト、ユーノが顔を合わせるのである。提案者はなのは。いや、彼女のことだから微妙な形容できない仲の悪さをなんとかしたいと思ってのことなんだろうけども。

どうなることやら。

『それじゃあ、また後で』

「ん、それじゃあな」

































ベルカに到着して自宅に直帰すると、普段はあまり飾り気のない我が家は煌びやかに装飾されていた。

折り紙を使った飾り付けな辺りが非常に小学生テイスト。ああ……そうだよね。小学生だったよね、はやて。

なんかもう、気を抜くと忘れそうになるよ。

「んん? あ、お帰りなさい、エスティマくん」

「ただいまー。シグナムは?」

台所で料理を作っていたのか、手を僅かに濡らしたはやてが玄関へと出てきてくれる。

「シグナムはまだ学校。お昼過ぎじゃあまだ帰ってきてへんよ?」

「あー、そういえばそうか」

「ちなみにヴィータとザフィーラは買い出し。エクスはまだお仕事や」

「そっか」

早く学校を卒業したいと言っていたシグナム。あの子は割と授業を詰め込んでいるんだった。

一人前になりたい、という心意気には感心するけど、少し心配かな。

早熟な魔導師が現場に出ると危ないし。

リビングへと行きソファーの背もたれに上着をかける。が、はやてが横からそれをかっさらい、俺の部屋へと持って行ってしまった。

ハンガーにでもかけてくれたのか。

「もう、皺になってまうよ?」

「すみません」

「まったく。男の人――と言うか、男の子の暮らしってどんなもんかなーって思ってたけど、やっぱり雑なんやね。
 パッと見綺麗かなーって思っても、細かいところは掃除されてへんかったし」

「うう……」

呻きながら部屋の隅に目をやると、あら不思議。掃除されていますよ?

ありがたや。頭が上がらない。

二人してソファーに座る。どうやら料理は一段落したらしく、ちょっと休憩だとか。

「エスティマくん、今日のお仕事はどないやった?」

「いつも通りさ。現場に出ないから、前よりは疲れないかな。
 早く復帰したいんだけどなぁ」

「またそんな……無茶はお仕事の内に入らへんよ?」

「……あのー、はやてさん? 俺が現場に出ると無茶をする、という妙な公式でもあるのでしょうか」

「あはは、冗談冗談。もう無茶しない宣言はきちんと聞いたからなぁ。信じてるよー」

言いつつ、隣に座っていたはやてが頭を俺の肩に預けてくる。

体重がかかるが、軽い。見てみれば、はやては心地良さそうに目を細めていた。

直ぐそこにある髪の毛からはシャンプーの良い匂い。

「ちょっと休憩ー」

「何やってんの」

「エスティマくんに寄り掛かってるんよー……重い? え、嘘?」

「いや、重くないから」

「ならええやんかー」

はふー、と満足げな吐息をつくはやて。なんだか今にも眠りそうな表情だ。

「はやて、お疲れ?」

「ん、ちょっとだけなー。今日は朝早かったから、ちょびっと疲れたかなぁ」

「そっか」

それっきり、言葉がなくなる。

カチカチと壁掛け時計の秒針が進む音が部屋に響き、お互いの息づかいが妙に大きく聞こえる。

……そんなことを五分ほど。

つ、辛い。なんだこの沈黙は。

悪い気分はしないんだけど、なんだろう。こう、頭の中で良く分からない警鐘が鳴っている気がする。

数多ものバッドエンドフラグを乗り越えてきた俺の直感が告げている。

何かが起きる、と。

「は、はやて」

「……なんやのー?」

「もうそろそろ準備を再開しない? そ、そうだ。俺、シグナムを迎えに行ってくるよ」

「もうちょっとだけええやん。シグナムの授業が終わるまで、もう少しあるよ?」

言いつつ、はやては俺の腕を取って抱き締めるように両腕で抱え込む。上目遣いでこちらを見る彼女は、どこかおねだりをする子供を連想させた。実際子供だけど。

む……焦りでドキドキしてきた。多分。

「……ん。エスティマくんって、けっこう筋肉があるんやね。やっぱ鍛えてる人は違うなぁ」

「まぁ、デバイス振り回してれば自然とね」

きゅっと抱き締められる腕がなんともむず痒い。

それを知って知らずか、はやてはくすくすと悪戯めいた笑い顔となる。

「エスティマくん、面白い顔してる。なんか可愛いなぁ。どうしたん?」

「人を困らせて遊ぶなよ……ああもうほら、離れなさい」

「嫌ですー」

立ち上がろうとするも、はやてはひっついたままで離れてくれない。ずるる、とソファーを滑って二人して床に落ちる。

どうしたものか、と溜息を吐くと、今度は首に腕を回された。

何をするか。

「あんまくっつくなー」

「ええやないかええやないか」

「面白いもんでもないだろうに」

「そんなことあらへん。エスティマくんの微妙に困った顔が面白いよー」

「くそ、こいつ趣味が悪い……!」

どうするか、と考えていると、

「ただいま、はやてー!」

ガチャ、とドアが開いた音に続いて、ドタドタと慌ただしい足音。

げぇー!? ヴィータが帰ってきた!

猛烈に嫌な予感がする!

離れなさい、と足掻くも、ええやないかええやないか、とくっついたまま離れないはやて。

無理に立とうとしたら床に座ったままのはやてに引っ張られてスッ転んだ。

後頭部を床に打ち付けて……目の前に火花が散ったぞ!?

「なんかすごい音したけど、はやてだいじょ……うぶ……」

「大丈夫や。お帰り、ヴィータ」

うう……。

こちらを見るヴィータの目が驚きに見開かれて、速攻で白い目に変わる。主に俺を対象にして。

なんてこったい、と頭を抱える俺を、馬乗りになったはやては面白そうに笑った。


































別に良いけどさー、と言いつつも白い目を向けることを止めないヴィータの対応は辛かったです。

少し遅れて帰ってきたザフィーラには鼻で笑われた。酷い。

閑話休題。

それはともかくとして、ようやく面子が揃ったのでパーティーを開始します。

「メリークリスマス!」

なのはとはやての号令で、苦笑にも似た笑いが漏れる。

まぁ、外の世界から見たらクリスマスを祝う日本人はなんとも分からない存在だろうからなぁ。

さて……と。

パーティーが始まったわけですが、どうしようか。

→ ・はやてとヴィータ、エクスがシグナム、シャマルとはしゃいでいる。
 ・なのはとエイミィさん、フェイトが楽しそうに話している。
 ・チキンの取り分を威嚇し合っているアルフとザッフィーを止めなければ!
 ・男たちの挽歌。

「おいエスティマ」

あ、時間が切れた。

目を向ければ、そこにはクロノとユーノが。ユーノは、はい、と料理を積み上げた皿を手渡してくれる。

サンキュ、と取り皿を受け取り、唐揚げを一つ口に含む。ん、やっぱりはやては料理が上手いなぁ。にわかの俺とは雲泥の差だ。

鶏肉にちゃんと味が染み込んでる。大根おろしが欲しい。

「いや、しかし忙しいところきてもらって悪いな二人とも。ザフィーラと男二人だけでこの中にいるのは正直辛かったのだよ」

「まぁ、女の子に囲まれるのは割と困るからね」

「まったくだ」

などと言う二人。ユーノはともかくとして青少年のクロノさん。てめー様はそれで良いのですか。

それともアレだろうか。エイミィさんを確保している男の余裕というやつだろうか。

あ、なんだろう。そう考えるとイラっとした。

「ユーノ」

「何? エスティ」

「ちょっと新宿を清しこの夜歌いながら走り回りたくなってきた」

「いきなり何言い出すんだよ!? っていうかシンジュクってどこさ!」

あら。まぁ、海鳴以外の場所を知らないからなぁ。

いないのかなぁ、今日、二十三区を爆走している猛者。

なんてことを考えていると、やれやれ、とクロノが頭を振っているのが目に留まる。

「君は何を言っているんだ。脳障害でも残っているのか」

「ついさっき後頭部を強打したけど、頑丈なんで大丈夫です」

「そうか。……しかし、クリスマスとは良く分からないイベントだな」

「なんで?」

「ああ、なのは以外にも第九十七管理外世界出身の魔導師が、クリスマスだー! と少し前から駆け回っていたんだが、今日は意気消沈していてね。
 なんでも、一人で過ごす聖夜なんていらねぇよ、だとか。
 ……恋人と過ごすイベントなのか? 今日は。宗教関係の祭日なのは知っているが」

「一応、日本では。まぁカオスだから色々と気にせず楽しむのが吉」

「不思議だよね、本当」

「まったくだ」

首を傾げながら三人でもりもりと料理を食べる。

チキン美味しいです。

……しっかしなぁ。

「……乾いてるなぁ」

「何が?」

「いや、折角女の子とクリスマスを祝うっていうのに、なんで野郎が三人集まってクリスマスの存在についての話なんてしているんだ、と」

「楽しければそれで良いだろう。それに、僕はあまり女の子と話すのが得意じゃないしな」

などとぬかすクロノ。

思わずユーノと一緒にジト目を向ける。

「な、なんだ?」

「ユーノ、こいつをバインドで簀巻きにしてエイミィさんに献上しようぜ。
 クリスマスプレゼントだ。メリー苦しめます」

「ああうん、それが良いかもね」

「君たちは何か僕に恨みでもあるのか!?」

「べっつにー」

「別にないよ」

ちなみにクロノは照れてるだけ、というのが俺とユーノとの共通見解。早くくっつけよ。

くっついたらくっついたで、今度は冷やかしてやるがな!

「くっ……さっきから聞いていれば言いたい放題……!
 そういう君たちはどうなんだ!? 僕なんかよりよっぽど恵まれた環境だろう!?」

あら珍しい。クロノがこんな話題を振ってくるなんて。

「僕だってなぁ……母さんの監視下で色々と大変なんだぞ! そこら辺分かっているのか!?」

「あー……そういえばそうだったね」

「ごめんクロノ。でもやっぱり苦しめば良いと思うよ」

「ふ、ふふふ……おい君たち。ちょっと念話に切り替えるぞ」

「はいよ」

「なんだよもう」

と言いつつ大人しく念話に切り替える俺とユーノ。マルチタスク使ってご飯食べながら話せます。

『もうそろそろ聞いておこうか……』

『そんなことより、エイミィさんとどこまで進んでるんだよクロノ』

『そこら辺をはっきりとしてくれたら場が盛り上がると思うよ』

ちなみにユーノと念話で、聞いたらエイミィさんにチクろう、とか画策しています。

さあ嘘を吐くが良い……! そっちの方が楽しめる……!

『いや、僕のことはもう良いだろう。君たちはどうなんだ?』

『あ、話を反らしやがった』

『チキンはチキンでも食べてれば良いよ』

『とことん失礼だな君たちは! ああもう、白状しろ!
 君たちは! 好きな人が! いるのか! いないのか!
 僕だけを責めるんじゃない!』

ぎゃー! 頭が割れる!

念話で怒鳴るなよ……!

顔を顰めつつユーノとアイコンタクト。

好きな人いる?

良く分からない。エスティは?

どうだろう。

結論が出ませんでした。

そんな不可侵条約を結んでいる我らが兄弟であった。

『いません』

『ステレオで同じ答えとはどういうことだ!?
 じゃあ質問を変えよう。気になる子は?』

再びアイコンタクト。

いるにはいるなぁ。そっちはどうよ?

いるにはいるけど。

同時に、うむ、と頷き、

『フェイトが気になるかな。放っておけないし』

『右に同じ』

『君たちは! 僕を! おちょくっているのか!』

すみません真面目に答えます。

『ええっと……そうだなぁ。気になる異性だと、シスター・シャッハとか? 美人さんだし』

『僕はアルフだなぁ』

『君たちはどっちも下半身でものを考えているのか!? そうなんだな!?』

『下半身だなんて……そんな』

『それはクロノの方じゃないか』

『僕がいつ下半身でものを考えた! いい加減にしないか!』

うお、執務官殿が怒り狂っていらっしゃる。

やけくそ気味にクロノはコップを一気に呷った。あー、コーラを一気飲みはまずいよ。

そして案の定、クロノは苦虫を噛み潰したような顔になり胸元を押さえる。

そうしていると、

「えー!?」

不意に、素っ頓狂な声が上がった。

見てみれば、いつの間にかなのはがフェイトたちから離れてはやてと会話しており、彼女はコミカルな表情をしながら俺たちを見ていた。

あれ、なんか俺が指差されてるんですけど。

「何?」

「う、ううん、なんでもないよエスティマくん」

「そうやー。なんもあらへんよ?」

ふふ、と笑い声を上げるはやて。

その笑みがどこか印象的で、思わず首を傾げてみたり。

なんなんだ一体。

わけが分からない、と思いつつ再びクロノたちの方に顔を向けると、なんだろう。

今度は俺がジト目で見られてる。いや、クロノはどこか愉しげだ。

「なんだよう」

「別に」

「ああ、別に何もないさ」

む……。

今ので何か分かったのかお前ら。

察することはできるけど、誤解だろうよ普通に。

『邪推すんなよ』

『へぇ。エスティ、邪推されるような何かがあるの?』

『まぁ言ってやるなユーノ。ここは温かく、見守ってやろうじゃないか』

『お前ら先走りしすぎだろ!? 勘違いとか普通に虚しいだろうが!』

『いや、人生の先輩から一つ助言をしてやろう。ああいうのは――』

『当てにならないから別にいらない』

『君という奴は……!』

などと、結局最後まで男同士で会話してました。

なんだこの聖夜。













『あーテステス。こちらフェレット1。HQ応答せよ』

『こちらHQ。感度は良好――念話に感度もへったくれもないような気もするなぁ』

『いや、あるから』

念話をはやてに送りながら、そっと開いたドアからシグナムの部屋を覗き込む。

時刻は深夜の二時。お子様はようやく寝てくれまして、サンタな俺はスニーキングミッションを開始した次第。

……っていうか寝るの遅いよ。シグナム。そしてシャマル。

目を凝らすと、ベッドには二つの膨らみ。今日はシャマル、お泊まりです。

包装されたプレゼントを抱えつつそっと部屋に――

『……これは』

『どうしたん?』

思わず念話をはやてに送る。

いや、どうしたもこうしたも。

……目をこらせば、そこには縦横無尽に走っているライトグリーンのワイヤーが張り巡らされていますよ。

クラールヴィントのセンサーからは逃れられない!

っていうか、そうか。そういうことか。

やけにシャマルが泊まりたがると言っていたと思ったら。

……高町家でサンタを捕獲できなくて悔しいとか言ってたしな、パーティーで。

危ない危ない、と胸中で呟きつつ、冷や汗を拭う。

だが甘い。

変身魔法を発動して、フェレットの姿へ。

ふふ……この程度のトラップ、エスティマ・スクライアにかかれば造作もないことです。

条件はすべてクリアされた。

などと思いながらセンサーを避けて進もうとしたら、

『……プレゼントが運べない』

『……ふぁ、ファイトやエスティマくん!』

前脚で頭を抱えてその場にしゃがみ込む。重いのだ、プレゼント。

ええいくそ、この程度で諦めてたまるか!

『あー、クラールヴィント? 応答せよ。日本語で頼む』

『なんでしょうか』

『ちょっとこのセンサー、解いてくれない?』

『主人から、何があっても解くなと言われております。
 ところでエスティマ様。こんな夜更けに一体何を』

ドッキーン。

っていうか、俺がサンタだって気付いてないのかクラールヴィント。

『あ、あのなクラールヴィント。シャマルとシグナムには秘密にしておいて欲しいんだけど……』

『無理です』

融通が利かない。なんだこれは。

『私にはサンタクロースを発見するという役目があります。
 主人の願いは私の願い。それを譲ることはできません』

格好良いこと言ってる気がするけど、サンタ一匹にムキになるこたぁないだろうに。

こうなったら部屋の入り口にでもプレゼントを放置して……。

などと考えていたら、ふと、カーテンから漏れる月明かりに照らされたベッドサイド。そこにある用途が一つしかない馬鹿デカい靴下が目に入った。

……あそこにダンクしろと。ディフェンスに定評のあるクラールヴィントが非常に邪魔なのですが。

こうなったら正体を明かすか? それも私だ、と。

いや、子供の夢を壊すのはどうよ。

『はやて』

『はい』

『クラールヴィントが倒せない。あのワイヤー避けれない』

『何回やっても?』

『いや、まだ一回だけ』

どうしよう。

などと考えていると、

『父君』

レヴァンテインが声をかけてきた。

『主人に用事でしょうか』

『いや、そういうわけじゃ』

『主人、起きて下さい、主人。父君がお呼びです』

って、ちょ!?

余計な気を遣わなくて良いよ! 律儀すぎるよ!

一人で慌てていると、ううん、とシグナムが声を上げる。

非常にまずい。このままだと発見される。

こうなったら最終手段……!

なるべく穏便に済ませようとしたのに!

『ヴィータ!』

『ん? ああ、失敗したのか』

なんか期待されてなかったような言われ方ですね、はい。

ガチャ、と音を立てて窓が外に開かれる。ちなみにシグナムには、サンタがくるから鍵は開けておきなさい、と言っておいたのだ。

が、窓が開いたらクラールヴィントがけたたましい警報を鳴らす。それで跳ね起きるお子様二人だが――

『Eisengeheul』

「な、何事だ!?」

「は、はわ!?」

偽装の施されたヴィータの魔法によって、警報を上回る轟音と、視界を塗り潰す閃光。

それによって俺も目を焼かれるわけだが。

『頼むSeven Stars』

『了解』

勝手に動け、とSeven Starsに丸投げ。

『――sonic Move』

そして、稀少技能が発動する。

視界はゼロ。その中を、Seven Starsに任せて疾駆する。

プレゼントを片手にその中を直進し、

『今です』

Seven Starsの指示に従い靴下へシュート。

そしてそのまま後ろをバック。

おそらくは部屋を抜けて廊下に出たと思うのだけれど。

「……目が、目がぁ」

しっかり目は瞑っていたが、瞼を通して閃光が目を焼いてくれた。

そして耳も轟音で潰れている。鼓膜は破れていないと思うけど。

治癒魔法で回復を早めて、ようやく復活。

そしてシグナムの部屋を覗き込むと、そこにあったのはフェイズシフトを使った衝撃波で荒れに荒れた部屋でした。

……御覧の有様だよ。

掃除するの、俺だぞ。

ちなみにシグナムとシャマルの二人は、スタングレネードよろしくでぶっ放されたアイゼンゲホイルによって気絶している。

……やったことはどうにも特殊部隊じみているのは気のせいだろうか。

『エスティマ様』

『父君』

「……なんでしょうか」

『今のは一体なんだったのでしょうか』

「あーうん。サンタじゃないかなぁ、サンタ。捕まえようと思ったけど吹っ飛ばされちゃったよ。はっはっは」

『……無念です』

そんな風に誤魔化した。

プレゼントの包装紙でバレたわけですが。














あの後、報告せねば、と勇むクラールヴィントを、

「違うな、間違っているぞ! すべてを明かすことが正しいわけではない!」

と、なんとか説得して朝に。

「……こ、これは」

待ちきれずにバリバリと包装紙を破って、箱を覗いたシグナムが発した第一声。

驚き半分、喜び半分といった様子。

「父上、見てください!」

プレゼントを手に、満面の笑みを浮かべながらこちらに振り返るシグナム。

胸元に抱き締められているのは、準備したプレゼント。

それは、管理局の売店で売っている勲章のレプリカセットである。

……いやー、どうかと思うけどね我ながら。

けど、

・何か欲しい物ある?→ありません

・好きな漫画とかあるの?→全部持ってます

・あ、遊びに行きたい場所とかある? チケットが必要そうな→父上と一緒ならどこにでも

・……ふ、服とか欲しくない?→あまり興味がありません

・あ、アクセサリーとかどうだ!?→大人はなんでアクセサリーを集めているのでしょう

と、それとなくプレゼントを探ろうとしたら全部かわされたのだ。

よって、こんな渋い……というか、マニアックな代物に。

いや、俺が勲章を授与されたときに、すっごい欲しそうな顔をされたからさ。

……我ながらどうかと思うよ、本当。

しかしシグナム的にはヒットしたのか、早速箱を開けて勲章を一つ、手に乗せる。

そして指でそれを服に押し付けると、どこか照れ臭そうに笑った。

「……父上とおそろいです」

「ん……そうだね」

シグナムが胸に押し付けてるのは、ツインズムーンと呼ばれる勲章。

俺が本部襲撃事件を解決した後にもらった物のレプリカだ。

流石に本物と比べれば若干の安っぽさが出るが……そうか。

こんな物でも喜んでくれるか。本当に良かった。

『ところで旦那様』

『なんだ』

『私のプレゼントはないのですか?』

『……外装のフルメンテをしてやる。不満か?』

『いいえ、はい。ありがとうございます』

この野郎。

どれだけ手間がかかるか分かってるのか!?

喜びながらパジャマに勲章を付けて遊んでいるシグナムの横で、一人歯軋りをする俺だった。

















元旦、バレンタイン、ホワイトデー、エスティマの誕生日、と続きます。このシリーズ。毎回スポットの当たるヒロインが変わりそう。




[3690] 正月な話    なのは編
Name: 角煮◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2009/02/07 23:52
※このSSは空白期の終わりから半年後の話になります。
 先の展開が微妙に明かされるので、知りたくない方は空白期の十話に目を通してください。
 去年の内に空白期を終わらせることができず、本当に申し訳ありません。




































「お疲れ様。次の任務は、君の世界で年が明けたらになるな。三が日、だったか」

「うん。休暇ありがとう、クロノくん」

「気にしなくて良い。それよりも、休みに入る前に健康診断は受けておくように」

クロノの言葉に、にゃはは、となのはは苦笑した。

彼女をジト目で見ながら、サボるなよ、と念を押してクロノは溜息を吐く。

休みと言っても、魔法の訓練を彼女が止めることはないだろう。

たまの休みぐらいはゆっくり休んで欲しい。

それはクロノの上司――リンディも同じなのか、それともまた違うのか。

今でこそエスティマも元気にしているが、彼の撃墜で考えるところがあったのだろう。申請があれば必ず休みを与えるように、と指示を受けている。

それ以外にも月一度の健康診断を義務付けたりなど。過保護だ、と思わなくもなかったが、何かあってからでは遅いのだから仕方がないだろう。

どうしたものか、と微かな頭痛を感じながら、クロノは開いていたシフト表を閉じる。そこにはクロノからずっと線が引かれていた。彼も彼で休みらしい休みがない。それでも、こまめに取ってはいるが。

……まとまった休みが恋しい。

ふと、なのはの視線がクロノではなく、彼の机の上へと注がれていることに気付いた。

そこには資料に混じって、地上本部の広報が挟んである。

「ん、どうかしたのか?」

「あ、えと……それ、本部の広報でしょ? クロノくん、そういうの読んでたっけ」

「ん、ああ……普段は本局の方にしか目を通さないんだが……ほら、今回は」

言いながら、クロノは資料の海から冊子を引き抜いてなのはに手渡した。

埋もれていて見えなかった表紙には、二人の共通の友人であるエスティマのバストアップが映っている。

手渡したとき、やっぱり、と小さな呟きがクロノの耳に届いた。

それに首を傾げ、なのはを見る。

彼女は複雑な表情をしながら手に持った冊子の表紙に視線を注いでいる。

俯き加減の顔は、どこか気落ちしているような――いつもと変わらないような、なんとも形容しがたいものとなっていた。

どうしたのだろうか。彼女がこんな表情をするなんて珍しい。

が、敢えて追求せず、クロノは会話を続ける。

「あの馬鹿が表紙だから、と、母さんが渡してくれてね。……しかし、異様に写真映えするなアイツは」

「うん。エスティマくん、フェイトちゃんとそっくりだから」

「ああ。……褒め言葉なのに、本人が聞いたら顔を顰めるだろうな」

くく、とクロノは笑い声を上げる――が、てっきりなのはもそうすると思っていたが、未だに彼女ははっきりしない顔のまま冊子に目を落としていた。

「……どうした?」

「え、何が?」

「いや……気になることでもあるのか? そんなにじっとそれを見て」

「そういうわけじゃないけど……」

「……そうか」

どうしたのだろうか。

何か思うところがあるならば教えて欲しい、と思うも、それは簡単に触れて良いことなのだろうか、とクロノは思い留まる。

暗い表情をしているわけではない。落ち込んでいるというわけではないのだろうが――なんだろう。

もし同性ならば少しだけ躊躇いながらも話を聞こうとするのだが、と、クロノは苦々しい心地となる。

それは以前、顔色の悪いエイミィの体調を気遣ったときに、察しろ馬鹿、と怒鳴られたことに起因するのだが割愛。

「……ねぇ、クロノくん」

「ん?」

「ツインズ・ムーン・メダルって、どんな価値があるのかな」

ツインズ・ムーン。双子月勲章。なのはが口にしたそれは、エスティマが受勲した勲章のことだ。

ミッドチルダにおける月は、魔力――魔導師の象徴。それを象った双子月勲章は、多大な功績を挙げた魔導師に贈られる代物だ。

地上本部を襲撃した機械兵器を殲滅し、テロリスト――ロッテを捕まえた功績でエスティマはその勲章を授与されていた。

史上最年少でのツインズ・ムーンということで話題となり、なのはが手に持っている広報以外にもエスティマは顔を出している。

それを目にする度に、クロノはなんとも言えない気分になっていた。

友人の成功を素直に喜んで良いのか、祭り上げられていることを苦々しく思うべきなのか――と。

それを顔に出さず、クロノはなのはの問いに答える。

「価値、か。……勲章は名誉だからな。価値らしい価値はないよ」

「いまいちピンとこないの。……すごいこと、なんだよね?」

「ああ。海はともかく、地上では大事件らしい大事件はあまり起きないからね。
 それをほぼ一人で終わらせたんだ。賞賛されて然るべき、さ」

「……私だって」

「ん? すまない。聞こえなかった」

「な、なんでもないよ! それじゃあクロノくん、良いお年を!」

慌てた様子で、なのははクロノの部屋を後にする。

彼女の後ろ姿を呆然と見送りながら、クロノは眉を潜めつつ首を傾げていた。

「……なんなんだ?」

























リリカル in wonder























テレビから流れてくる紅白歌合戦をBGMに、なのははコタツに入りながら手元の冊子を眺めていた。

ちなみにシャマルはコタツに脚を突っ込んだまま眠っている。布団を被っているので風邪は引かないだろう。

誌面には、戦闘中に撮影されたのであろうバリアジャケット姿のエスティマが映っている。

その横に書き綴られている、やや誇張気味のプロフィールを読みながら、蜜柑を一切れ口に放り込んだ。

民間協力者としてPT事件を、嘱託魔導師として闇の書事件の解決に多大な貢献をし、所属した部隊の壊滅にもめげずに戦場へと舞い戻ったAAAクラス魔導師、と記されており、その下に派手なフォントで"ストライカー"とある。

ストライカー。聞いたことがある。その人がいればなんとかなる、と同じ戦場にいる人が思うような存在感を持つ魔導師のことだ。

……確かにそうかもしれないけど。

エスティマと戦った今までの事件を思い出しながら、なのははページを捲った。

次に現れたのは勲章を受け取っているエスティマの写真だ。

……私だって、表彰されたことあるもん。それに、魔導師ランクは私の方が上。

そう考えるも、胸の内には言いようのない重みが徐々にのし掛かっていた。

ごろん、と床に寝転がり、溜息を吐きながら天井に視線を向ける。

……なんだか、気付いたら先に行かれちゃった感じなの。

写真に写るエスティマは正装をしていて、顔を合わせたときに感じる親近感というものを抱かない。

だからだろうか。彼がいないところだと、どうしても妙な気分になる。もどかしいというか、なんというか。

エースと呼ばれてはいるが、しかし、まだ一人の武装隊員でしかない自分。一方エスティマは執務官となり、ストライカーとまで呼ばれている。

「……エスティマくんがすごいのは知っていたけど」

階級も上。きっと彼を信頼している人だってたくさんいる。

けれど、自分は――と。

なぜかそう考えてしまう。

……嫌な子だ、私。

どれだけの苦労をエスティマが味わって今の立場にいるのかを知っているのに、どうしても、もやもやとしたものが胸に溜まる。

最初からこうだったわけではなかった。

事件が解決したときは素直に喜んだし、彼が立ち直ったことをフェイトやはやてたちと喜びもした。

しかし、時間が経っていつしか彼と自分を比べてしまう自分が生まれてしまい、エスティマの名を見る度に考えてしまう。

私だって、と。

管理局員としてスタートした時期は一緒なのに、どうしてこうも差が出てしまうのか。

自分よりも強い人がたくさんいることは知っている。が、エスティマは自分と同い年で――と。

「ん、なのはー?」

「えと、何? お姉ちゃん」

ゆっくりと身を起こすと、対面に座っている美由希と目があった。

美由希はコタツに乗せておいた眼鏡をかけると、微かに首を傾げながら口を開く。

「何かあった?」

「何かって?」

「なんだか珍しい顔してる。嫌なことでもあったのかなって」

「特にないよ」

「まーたそういうこと言って。隠そうとしたって表情でバレバレだよ?
 ほら、言ってみなさい。大丈夫、お父さんやお母さん、恭ちゃんにだって秘密にしてあげるから」

人差し指を立てて、秘密にするよ、と言う姉の様子に苦笑するなのは。

どうしようか、と迷いつつ、急に言われたのでまとまっていない思考のまま、なのはは口を開く。

「えっと……エスティマくんっていうお友達がいてね」

「うんうん。前に言っていた無茶する男の子だね――男の子?」

カッ、と目を見開いた美由希の様子に気付かず、なのはは先を続ける。

「その子のことなんだけど……」

「恋!? 恋なの、なのは!?」

「変だよ!? いきなり何言うの!? お姉ちゃん!」

「ご、ごめん。なのはが男の子の話をするなんて珍しかったから……」

むっとした表情をするなのはに謝りながら、美由希は先を促す。

もー、と頬を膨らませながらも、なのは話を再開した。

「えっと……エスティマくん、私と同じぐらいの時期に管理局に入ったんだけど、私よりも偉くなって、すごいこともして」

ほら、となのはは美由希にさっきまで読んでいた冊子を手渡す。

ミッドチルダ語で記されているために字面を読むことはできないが、映っている写真で彼が賞賛されていることは分かったのだろう。

それで、と美由希が話を飲み込んでくれたのを確認して、なのはも冊子へと視線を向ける。

「なんだか、遠くに行っちゃったなって……良く分からないんだ」

「良く分からない?」

「うん。エスティマくんだけじゃない。周りのみんなも、エスティマくんに合わせて動き始めて。
 ……けど、私は何も変わってないから」

「……んー」

籠に入っていた蜜柑を手に取り、美由希は皮を剥く。

それを一切れ口に放り込むと、嚥下すると共に口を開いた。

「ちょっと酷いことを聞くかもしれないけど、さ」

「うん」

「なのは、エスティマくんのことが羨ましいの?」

「……良く、分からない」

そんなことはない、と思う。

あれだけ傷付いて、苦労したのだから、彼が褒められるのは当然だとは思っている。

自分だって表彰されたことがある。何か大きなことをやり遂げたのなら、報われるべきだと思う。

けど。

けれど。

……うん。

「羨ましい……のかも、しれない」

「そっか」

「だって、だって、ずるいよ。私だって……頑張ってるのに」

そうだ。

闇の書事件が終わってからも、自分はずっと頑張ってきた。

魔法の勉強だってしているし、いくつもの事件だって解決に導いた自信がある。

それなのに、フェイトもクロノもはやても、他の皆が口にするのはエスティマの名前だ。

誰かに褒めてもらいたくて管理局に入ったわけじゃない。

しかし、だとしても、割り切れるわけじゃない。

自分のことを見て欲しいと、どうしても思ってしまう。

彼ばかりが頑張っているわけじゃないのに、と。

「あのさ、なのは」

「うん」

「なのはが頑張っているのは分かるよ。学校に行きながらお仕事して、夜遅く帰ってくることだって珍しくないし。
 それは、私たちも分かってる。アリサちゃんやすずかちゃんだって、知っているよね?」

「……うん」

「それに、管理局のお仕事でなのはに助けてもらった人はたくさんいるでしょう?
 声は聞こえないかもしれないけど、みんななのはに感謝してるよ。
 今回のエスティマくんのは、きっと、それが目に見える形になっただけ。
 なのはだって、エスティマくんと同じぐらい皆から褒められてるんじゃないかな」

「けど……本当にそうか、分からないよ」

「そんなことないって。フェイトちゃんやはやてちゃんを助けたのだって、なのはがいなかったら無理だったらしいじゃない。
 だったら、二人が友達なのは、きっと形に残ったなのはの頑張りだよ」

「そう……なのかな」

「そうなの。んー、まあ、難しいかもしれないけどね。
 ……おや」

テレビのスピーカーと、窓ガラス越しに除夜の鐘が鳴り響く。

幾分かすっきりしながらも、それでも、もやもやとした何かを胸に残して、なのはは新年を迎えた。




































「……ち、父上」

「なんだ」

「寒いです……恐ろしく」

ガチガチと歯の根を打ち鳴らすシグナム。はやてのお下がりである振り袖を震わせながら、握った手にぎゅっと力を込める。

そうか。寒いか。予想通りだ。

空は日本晴れ。空を見上げれば陽光が眩しくて、思わず目を細めてしまう。

ちなみに俺、いつもの格好。シャツにネクタイ、フェイトとお揃いの黒ジャケットである。

その正体はバリアジャケットですが。

防寒対策はバッチリです。魔導師を嘗めるなよ。

などと考えていると、恨めしそうな視線が突き刺さってきた。

「どうしたシグナム」

「ずるい……父上ばかり温かいのはずるいです!」

「いや、そんな……」

「おなじ寒さをわかち合ってください!」

「無理。バリアジャケット解除したら普段着なんだから。ここで戻ったら凍死するってば。
 ああほら、むくれるな。暖かい物でも買ってやるから」

「……なら、がまんします」

つーん、とそっぽを向きながらも食べ物に釣られるシグナム。

そんな様子に苦笑しながら、いざ出発。

目指すは八束神社。最寄りのバス停からバスに乗り、参拝客でごった返している目的地へとたどり着く。

バスを降りて真っ先に感じたのは、鼻を突くソースの匂い。

顔を向ければたこ焼き屋が出ていて、やや長い列ができている。

……なんだか、繋いだ右手が引っ張られるのですが。

視線を落とせば、そこには目をキラキラさせている我が娘の姿が。

……ええはい。約束ですからね。

「たこ焼き、食べようか」

「はい! 父上、私が買ってきます!」

「だーめ。はぐれると面倒だしね」

あと、財布渡したら大量に買ってきそうだ。

お昼も近いし、あんまり食べさせちゃ駄目かな。

おつかいを拒否られてぶーたれるシグナムの手を引きながら屋台の列に並び、念話を飛ばす。

なのはとは神社の前で集合となっているんだけど、屋台に並んでいたら気付いてもらえないかもしれないし。

『なのは、なのは』

『ん……エスティマくん?』

『ただ今到着しましたよ、っと。たこ焼きの屋台に並んでるから、悪いけどそっちにきてくれるかな』

『あ、そうなの? 私も今並んでるから、エスティマくんの分も買うね』

『ありがと。一つで良いから』

『はーい』

見れば、既になのはは屋台の側にいた。

隣にいるのはシャマルか。金髪だからやっぱり映えるなぁ。

そわそわしているシグナムを宥めつつ、なのはが買い終わるのを待つ。

そうして三分もしない内に彼女は屋台から離れると、周りを見回したあとに俺の方へと歩いてきた。

二人ともシグナムと同じように振り袖姿。なんだろう。普段着の俺だけ非常に浮いている気がする。

だからと言って振り袖なんて着ないがな! 絶対に!

「シャマル!」

「シグナム!」

お互いの姿を見ると、わー、と声を上げそうな勢いで駆け出すお子様二人。

その二人を横目に、なのはにたこ焼きの代金を手渡すと、ソースの匂いが立ち上るビニール袋を受け取った。

数は二つ。なのはも考えることは一緒か。

「明けましておめでとう。今年もよろしく」

「うん。よろしくお願いします」

ぺこり、と頭を下げ合う俺となのは。

その様子を、シグナムは不思議そうに見ていた。

「えっとね、シグナム。年が明けたあいさつなんだよ」

「む、そうなのか」

えへー、と自慢げなシャマル。お子様二人もお互いに頭を下げ合う。

そして道路の端によると、買ったばかりのたこ焼きを食べることに。

立ち食いになるけどしょうがない。

封を開けると漂っていたソースの匂いが一層濃くなり、自然と涎が口に溜まる。

ジャンクフードは単純な味を想像させてくれる匂いが良いよなぁ。

「ほら、シグナム。四つだけな。残りは俺の」

「はい、父上」

爪楊枝を手に取り、シグナムはどこか真剣な面持ちでたこ焼きに突き刺した。

そう言えばたこ焼きを食べるのは初めてだったか。一回リセットされているから。

たるんだ皮に悪戦苦闘しながらも、シグナムは恐る恐る顔を近付ける。

手を近付けるんじゃなくて顔を近付けているのはどういうことだろうか。口を開きながら、あと少しで――

「……あ」

「あぁ……!?」

ぼとり、とたこ焼きは地面に墜落しました。

地味に難易度高いからなぁ、爪楊枝で屋台のたこ焼き。

などと思いながら俺は俺で、ひょいひょいと口にたこ焼きを放り込む。んー、懐かしい味わい。

「ち、父上……」

「ん……ああもう、泣きそうになるな。俺のを一つあげるから」

「うう……ありがとうございます」

今度は落とさないようにプラスチックの受け皿ごと渡す。

落として駄目になったたこ焼きを拾い上げて袋に入れると、舌で唇に着いたソースを舐め取った。

「そういえば、なのは。初詣に俺たちときて良かったのか?
 他の人は?」

「実はここにくるの、今日で二度目なの。お父さんたちとは朝にきたから。
 アリサちゃんやすずかちゃんは、お家のことで忙しいみたいだから明日なんだ」

「そか。なら良いかな」

ちなみにフェイトやユーノは遺跡発掘が佳境とかで来られなかった。

はやてもリインフォースⅡの開発をいい加減終わらせようと躍起になっていて、ただ今引き籠もり中。最後に見た様子は徹夜続きのナチュラルハイ状態だったので、心配なことこの上ない。

たこ焼きを食べ終わると境内へと。参拝客が列を成している階段をゆっくりと登り、鳥居をくぐって少し驚く。

流石は元旦。人の数が半端ない。

人の密度が高いせいか、心持ち気温が上がったような錯覚すら抱く。

皆とはぐれないように右手をシグナムと、左手をなのはと繋いで、ぎゅうぎゅう詰めの列へと並んだ。

……っていうか酷いなこれは。身長が低いせいで、まるで先が見えない。なんだこれ。

見れば、なのはも顔を顰めている。シャマルも同じく。シグナムはなぜか楽しそうだが。

「父上」

「なんだ」

「お願い事はどんなのですか?」

「それ七夕。願い事とはまた違うって。……ええっと、まぁ、安全第一とか?」

「エスティマくん、それ違うよ。ヘルメットに書いてある取り敢えずの目標だよ」

「ああもう、じゃあお前らは何をお願いするのさ」

「もう私はお願いしたから」

「私もですー」

と、明かしてくれないなのはとシャマル。シグナムの方を見ると、聞いて聞いて、と言わんばかりに俺を見ていた。

「……えっと、シグナムは?」

「はい! ええっと……今年はもっと剣の腕が上達するようにと……それから……」

「あんまりお願いすると効果が分散するから一つに絞った方が良いよ、シグナム」

「そ、そうなのですか!?」

「エスティマくん、変な嘘は止めた方が……」

「嘘なのですか父上!?」

「嘘じゃないよ。本当でもないけど」

「どっちなのですか!」

ぷっくーと頬を膨らますシグナム。表情豊かで大変よろしいですね。

そうやって適当にあしらっていると、ようやく自分たちの番が回ってきた。

俺はあらかじめ用意しておいた十円を取り出して賽銭箱へ。なのはとシャマルも同じく。

……隣にいるシグナムは、清水の舞台から飛び降りるような顔をして硬貨――ミッドチルダでいうところの五百円玉――を握り締めているが。

「頼むぞ……」

あのー、確か今朝、お年玉あげたよな?

そんなに財政難なのかシグナム。

浪費癖が身に付いてしまっているのでは、と父親として嫌な予感を抱きながらもお賽銭をシュート。

ガラガラと鈴を鳴らしながら、さて、と内心で首を傾げる。

ううむ。

……今年も――いや、今年は。今年こそは何もありませんように。

死ぬような目に遭うとか。機械化されるとか。知らぬ間に超人になっているとか。人間関係がこじれるとか。

そんな風に頼んで目を開けると、早々に列から離れた。

「父上、父上は何をお願いしたのですか?」

「俺?……まぁ、家内安全とか、そんなところ。
 去年はロクでもないことばかりか起こったからね。流石に今年は勘弁。
 なのはは?」

「えっと……私は」

そこで一度区切り、なのはは俺に視線を向けてきた。

そしてじっと目を向けながらも、

「……秘密」

と、苦笑した。

なんだろう。色々と含むところがあるような感じだったけれど。

そうして歩いていると、社務所の前を通りかかった。お守りなどが目についたらしく、心持ちシグナムの握る手に力がこもる。

思わず溜息を吐きつつ、どうした、と声をかける。

「……おみくじがしたいです」

「はいよ。百円だったかな……ほら」

「なのはちゃん、私も!」

「はいはい」

俺となのはが浮かべるのは共に苦笑。

この程度のことで喜んでくれるのは嬉しいけれど、それでも地味な浪費が響く。

自分が子供だった頃のことを思い出して、心底からの苦笑が出てくるよ本当。

子供に金がかかるってのは嘘じゃないんだなぁ。

お小遣いを追加であげると、シグナムとシャマルは勢い良く社務所へと突っ込んでいった。

その後をゆっくりと追う。

しかし破魔矢とか買ってミッドチルダに持ち込んでも御利益とかあるのかね。気休めだって言われたらそれまでなんだけど。

……いやー、どうなんだろう。アースラのリンディ艦長ルームには神棚があったような気がしたぞ。

もうあれか。御利益とかじゃなくてファッションなのか。分からない。

「ねぇ、エスティマくん」

「……ん?」

どうしょうもないことを考えていると、不意になのはから声をかけられた。

声の質にどこか引っかかりを覚えるが、些細なことだ。

深く考えずに反応する。

「エスティマくんって、今、どんなお仕事しているの?」

「ん、今? 今は開発部に押し込められてるよ。撃墜なんてことがあったばかりだからね。医者のお墨付きが出て、保護団体が大人しくなるまで現場復帰は無理かな」

「……現場、出てないんだ」

「そうなんだよ。デバイスのテストに引っ張り出されることがほとんとで、闘うことはそうないかな。
 いやまぁ、シスター辺りに『身体が鈍ってはいけません』とか言われて、模擬戦に付き合わされてるけどさぁ」

健全な精神はうんたらかんたら。適度な運動は身体の調子を上向きにするとかなんとか理由をこじつけて、絶対あの人は俺との手合わせを楽しんでいる。

お陰で武器の扱いは随分とマシになったけれど、青痣が絶えない。いや、魔法ですぐに消えるんですけどね。

誰か俺の代わりをしてくれないかなぁ。なんで飽きないんだあの人は。

「……なんで、現場に出てないの? エスティマくん、ストライカーなんだよね」

「……それは、まぁ、そうだけど」

ストライカー。

そう、なんの因果か、俺はストライカーと呼ばれる魔導師にカテゴライズされてしまった。

たった一人で戦況を変える、もしくは、その人物がいればどうにかなると思わせる魔導師、ストライカー。

ゼスト隊長が抜けた今、地上にオーバーSと言える魔導師は存在しなくなってしまった。

故に、残った俺や他の高ランク魔導師――といってもAAAクラスは俺だけなのだが――はエースやストライカーと呼ばれるようになった。なってしまった。

正直、俺なんかがストライカーと呼ばれて良いのか甚だ疑問なのだが、さて。

どうやらなのはは、そこら辺に何か言いたいことがあるようだ。

「ストライカーって呼ばれて、それなのに、現場に出てないなんておかしいよ。
 実力が評価されたんだから、ちゃんとそれに応えなきゃ」

「そのつもりではあるよ。ただ、さっきも言ったように今は療養中。
 病み上がりの中途半端な状態で現場に出ても迷惑なだけだし。調子が絶好調に戻ったら復帰するさ」

「……もう、エスティマくんは戦えるよね?」

「戦うことはできるよ、そりゃあ。けど、簡単に動けるような立場じゃなくなったからなぁ」

そう。

勲章を与え、ストライカーと呼ばせ、二つ名を与えて。

そこまで担ぎ上げて偶像化した魔導師が撃墜されるなんてこと、二度とあってはならないだろう。

だからこそ俺の現場復帰はデリケートな問題扱いされているんだろうが、どうやらなのはの考えは違うらしい。

もしくは、そこまで考えていないのか。

……まぁ、『本来の』なのはのことを考えれば、分からなくても無理はないのかもしれない。

この子もこの子でエースと呼ばれる魔導師なのだから、気付いても良いような気がするが、流石にそこまで求めるのは酷か。

おそらくはクロノがそこまで考えなくても良いようにしているんだろうが――それは良いことなのか悪いことなのか。

四六時中この子の様子を見ている訳じゃないから、ちょっと俺には分からないな。

「期待されているなら、その期待に応えないといけない……そう、思うんだ、私は。
 エスティマくんはどう考えてるの?」

「俺は……まぁ、そういう考えがあっても良いとは思ってる。
 ただ、結局は周りが言っているだけじゃないか。期待を裏切らない範囲でやれば良いだろう。
 押し潰されてまた撃墜――それで前回の二の舞を演じるのは御免かな」

前回どころか、前々回もだが。

それで俺の考えは言ったつもりだったのだが、

「……そうかな」

どうやらなのははまだ言い足りないらしい。

「……どうしたの? 今日はやたらと食らい付くね」

「あ……えと、そう……かな」

「何かあったの? 悩みごとぐらいなら聞くけれど」

「……ないよ。何もない」

「そっか」

それっきり。

俺となのはは、シャマルとシグナムが戻ってくるまで黙り込んでいた。




























『エース・アタッカー』

それが、ツインズムーンの受勲と同時に授けられた俺の二つ名である。

言外に、奴に攻撃以外をさせるな、というのが伝わってくる気がするのは俺の被害妄想だろうか。

……いや。そりゃー平均以上の砲撃が直撃すれば撃墜必至なのだからそう言われても仕方がない。

実際この二つ名は、年配の局員からは苦笑され――しかし、新米の局員は皮肉に気付かず純粋な憧れを向けてくるのだから始末に負えない。

恨みますオーリスさん。妙な二つ名を吹聴したあなたを。

「で、クロノ」

「なんだ」

「嫌みったらしく二つ名で俺のことを呼び出した君は、なんのつもりなのかな?」

「僕としては大した用事はない。母さんが個人的な用事があるとかで、君を呼び出して欲しいと言ってきてね」

「なんだよそりゃあ」

と言いつつ、テーブルに上半身を投げ出す。

本局の大食堂。昼食の時間を過ぎ、夕食までまだ時間があるからか人影はまばらだ。

それでも数少ない視線が俺たちの方へと向いてきて、少し居心地が悪い。

それは俺が陸の制服を着ていることもあるんだろうけど、やっぱり少しだけ名が知られたからなのか。

「……行儀が悪いぞ、エース・アタッカー」

「その笑いを堪えた顔で二つ名を呼ぶのは止めろ」

「くく……悪いな。この二つ名を考えた人のセンスが輝きすぎてて、ここ最近のツボなんだよ」

「はた迷惑な話だなぁ……」

身を起こし、紙コップに注がれたコーヒーを一口。

それで喉を潤すと、頬杖を突いてクロノの視線を向ける。

「で、クロノ。俺、艦長に呼ばれるようなことは何もしてないと思うんだけど、何か心当たりはある?」

「ん……どうだろうな。世間話ていどならば通信でも良いと思うんだが……いや」

と、そこでクロノは首を横に振った。

「思い当たる節はある」

「どんな?」

「君を海に連れ戻そうとしているのかもしれない、母さんは」

「……それまた、なんで」

陸に行けるよう手を回してくれたのはあの人なのに、それはまた。

クロノはどこか躊躇うように口元を手で隠していたが、小さく頷くと口を開いた。

「君を手元に置いておきたくなったのだろう。母さんも、君の撃墜に考えるところがあったのだと思う。
 ……重荷を背負わせたとは、思っているんだ。
 だからこそ、もう二度と同じことを起こすまいと思っているのかもしれない。
 自分の部下として管理して、とな。
 ……まぁ、僕の想像でしかないが」

「ふぅん……」

と、特に意識しなかったせいで興味のなさそうな声が漏れた。

しまった、と思うが、クロノは気にしなかったようなので一安心。

「……流石にリンディさんでも、もう俺を引き抜くのは無理だろう。
 それに、俺も俺で地上でやりたいことができたしね」

「やりたいこと?」

「うん。ちょっと気に入らない犯罪者が一匹いてなー」

「そいつを捕まえる、か。……まぁ、ほどほどにな。
 助力が欲しいならばいつでも言えば良い。誘いを断ったとしても、僕や母さんは力を貸すよ」

「悪いね」

「良いさ」

俺の言う犯罪者が、先の本部襲撃――ロッテに関わりがあるんだと、クロノは薄々気付いているのかもしれない。

それでも踏み込んでこないのは、俺を信頼しているからなのかどうなのか。

……こいつもこいつで、変な因縁ができちゃったな。

などとやっていると、

「あ、クロノくん。……それに、エスティマくん」

声のした方に顔を向ければ、そこには局の制服に身を包んだ、なのはがいた。

髪の毛が若干湿っているのは、シャワーでも浴びてきたからなのか。

制服もボタンが外されているし。飲み物でも取りにきたのだろうか。

いや、別に自販機で良いか。どうしたのだろう。

「クロノくん、訓練の報告を……」

「ああ、お疲れ様」

『おいエスティマ』

『なんだよ』

急にクロノから念話が届いた。

呆れたような声色なのはどういうことだろうか。

『君からもなんとか言ってやってくれ』

『だからなんだってば』

『……これを』

と、目の前に半透明のディスプレイが浮かび上がた。

目を通してそれが訓練メニューなのだとすぐに気付き、げ、と思わず声を上げる。

……いや、まぁ、あんまり人のことは言えないわけだけど。俺もさ。

「……これ、なのはの?」

「うん、そうだよ」

どこか誇らしげ――というか、自慢するように胸を張る彼女。

いや、実際この内容の訓練をこなしているのならば誇っても良いのだろう。

けれど。

……嫌な感じだ、これは。

てっきり回避できると思っていたなのは撃墜が現実味を帯びてきてしまったというか。

主な内容は模擬戦で、あとは彼女の苦手とする戦闘機動などがメイン。

それらを毎日、空いた時間のすべてを注ぎ込んで行っているようだ。

いや、スケジュールを遡ってみれば以前よりは控え目になっている。クロノ辺りが流石に見てられなくなったのかもしれない。

……しかしまた、なんでこんなことになったのかねぇ。

「密度が濃いね。危ないぐらいに。ちゃんと休んでる?」

「休んでるよ」

と、どこか拗ねたような反応が。

きっと俺以外の奴にも言われているんだろうな。

こういうとこに説教しても諭しても無駄な気がするし……どうしたもんか。

「……別にここまで訓練に熱を上げなくても良いんじゃない?」

半ば呆れてそんなことを口にした。

そう、ほんの軽い気持ちで。

きっと受け流されると思ったんだけど――

「……あるよ。訓練する意味は、ある」

じっとした視線を向けられ――そう、初詣の日に感じた、含まれた感情が良く分からない目だ。

……どうしたんだろう、なのはは。

不意に、レイジングハートがチカチカと光を灯した。

同時に、セッターも。

交信してる? 一体何を。

などと考えていると、セッターから念話が届いた。

『旦那様』

『なんだ』

『レイジングハートから模擬戦の申し込みがありました。承諾しますか?』

『急な話だな』

『はい。そして、必要ないことだと思います。如何致しますか?』

……どうするかねぇ。

なのはからじゃなくてレイジングハートから、って辺りがミソなんだろうが。

『模擬戦の申し込み以外、レイジングハートから何か言われたか?』

『いいえ、はい。何も言われていません』

『そうか』

向こうの思惑はさっぱり分からない、ね。

……必要ないな。

何を焦っているのか知らないが――そう、焦りだ。この訓練スケジュールと食ってかかるような態度からは、焦りが感じられる。

しかし、どうしてそうなっているのかが分からないんだから、無闇に刺激することもないだろう。

悪いね、と一言だけレイジングハートに念話を飛ばし、席を立つ。

「……どこに行くの?」

「リンディ艦長のところ。本局にきたのはあの人に呼ばれたからなんだ。
 それじゃあ、またね」

なのはとクロノの視線を振り切って、そのまま脚を進める。

背中に視線がビシビシ当たるが、意図的にそれを無視した。





























「どうしたんだ、なのは」

「……何が?」

その反応に、最近その答え方が多いな、とクロノは胸中で呟く。

自分が平静を装えていないのを助長しているような言動なのだが、おそらく本人は気付いていないのだろう。

本当にどうしたんだか、と溜息を尽きたくなるのを必至に堪え、彼は口を開いた。

「少し喧嘩腰だったじゃないか。らしくもない」

「そんなことないよ。私は、別に……」

「いい加減にしないか」

言い逃れ、というつもりではないのだろう。

ただ、似たようなやりとりを何度も繰り返しているクロノからしてみれば、なのはの言葉の裏に何かがあると思うには充分だった。

まあ座れ、と勧められ、なのはは腰を下ろす。

目を逸らし、肩を落とした様子からは、エスティマがこの場からいなくなったことを残念がっているように見えた。

……何か言いたいことがあったからなんだろう。

知らぬ間に妙な確執でも生まれたのか。

「どうしたんだ、最近。おかしいぞ」

「……いきなり酷いこと言ってない?」

「酷くない。言葉の通りなんだからしょうがないだろう。
 言いたいことがあるなら言えば良い」

と言ってから、言うべき相手であるエスティマが早々に逃げてしまったことに思い至って肩を落とすクロノ。

……アイツ。

テーブルの下で拳を握りながらも顔に出さず、会話を続ける。

「不満でもあるのか? 些細なことでも良いんだ。聞かせて欲しい。
 誰にも言わないと約束するから」

そう言うと、なのはは俯き加減となり口を噤んだ。

そうして数分が経つと、彼女は顔を上げる。

「……あのね」

「ああ」

「エスティマくん、大勢の人に評価されてるよね」

「まぁ、そうだな」

その分やっかみも多いのだが、今は口に出さない方が良いだろう。

そう判断して、クロノは話を聞く側に徹する。

「それなのに、エスティマくんは現場に出ないで……怪我をした、ってのは分かるけど、それでも、もう大丈夫だと思うし。
 やっぱり戦って評価されたのなら、それに報いるべきだって思う。
 それなのに、最近のエスティマくんは……どうかと思う」

要は働け、と。

別にエスティマも遊んでいるわけではないのだが、なのはにはそう見えてしまうのか。

いや、それもしょうがないのかもしれない。

局員になって日が浅く、そして、武装隊として戦場に立つことが多い――否、局員として働いている彼女の職場は戦場か訓練室のどちらかか。

管理外世界出身で、まだ幼い。そんな彼女にとって、管理局の行っていることが多岐に渡っていることを理解するのは難しいのだろう。

局員として最低限の教育を受けていたとしても、やはり自分の周りの環境しか見えてないのは仕方がない。

むしろ、局員となってから一年経たずで海から陸に行き、と、所属する部署を次々に変えるエスティマがおかしいのだから。

彼が今所属しているのは技術開発部門。そこで試作デバイスのテストを行っている。

海と違って陸でも独自の技術を生み出しているのだから、その環境でデバイスのテストを、陸では稀少な高ランク魔導師が行うのは意義のあることだろう。

……ただ、なのはの言っていることも分からないでもない。

戦うことによって評価されたのだから、戦え、というのは間違っていない。

おそらく、陸でも言われていることだろう。

ただ、それは……エスティマのことを知らない局員が言っている内容と同じだということに、彼女は気付いているだろうか。

だからこそ、エスティマの事情を知っている自分たちぐらいは、彼が再び撃墜されないよう気を遣ってやるべき――そんな、暗黙の了解がどこかにある。

なのはもそれを分かっているのだと思っていたのだが、どうやら違うようだ。

いや、エスティマが目を覚ましていた当時は、同じことを考えていたはずだ。

……いつから自分たちとなのはの間にズレが生じ始めたのだろうか。

「……クロノくん?」

「ん……ああ、すまない」

深く考え込んでいたせいで、彼女に言葉を返すのが遅れた。

小さく咳払いをすると、クロノは取り繕うように唇を舌で湿らす。

「ああ……だが、エスティマだっていつまでも今の部署にいるわけでもない。
 現場に戻るつもりだとは聞いているし、目くじらを立てるほどじゃないだろう。
 それでも気になるのか?」

「それは、分かってるけど……」

『悪い、クロノ』

唐突に、なのはとクロノの間に割り込む形で半透明の通信ウィンドウが開いた。

そこにはエスティマが映っており、目には久々に見た真剣な色が浮かんでいた。

「どうした、エスティマ」

『アースラの管轄でなんだけど……ちょっと気になるロストロギアが発見されたみたいでさ。
 現場に飛びたいんだ。許可をくれないか?』

「君は陸の局員だろう」

『分かってるって。そこをなんとかして欲しいから頼んでるんじゃないか』

「威張って言うことか。……すぐそっちに行く。少し待ってるんだ」

やれやれ、と頭を振りながらクロノは席を立つ。

ふと、なのはの方に目をやると、彼女はどこか嬉しそうな顔をウィンドウに視線を向けていた。
































リンディさんからの話というのは、クロノの予想通り海に戻ってこないか、というものだった。

どうやら負い目を感じているらしく、話を切り出される前に行われたのは謝罪。

シグナムの世話などの重荷を背負わせて申し訳なかったと――そんなことを。

……別に俺が選んで行ったことだ。今となっては。

だから責任を感じることもない、と言ったのだが、そうもいかないもんだろう、やっぱり。

その後、本部襲撃の話題となり、適当な世間話となって――それとなく、レリックのことを聞いてみた。

とは言っても、特徴らしい特徴を上げることができなかったため、聖王教会の探している、という枕詞を点けてそれっぽい物を聞いてみただけなのだが。

超高エネルギー結晶体。王の印。原作では深く触れられていなかったので、どういうものなのか説明することができないのが口惜しい。

そしてどうやら、それらしい物がある、という。

調査中の世界で行われている、極めて高度なエネルギー研究施設。現段階ではグレーだが、おそらくは違法。

そこで扱われているのがレリックなのかもしれない、という。

レリック。その先には俺の敵がいて……そして、彼女がいる。

やはりこれに関わるのならば海の方が良いか。しかし、決戦の舞台となるミッドチルダを空けるわけにもいかず。

……道草になるが、少し様子を見させてもらおう。

そう思い、調査に出向きたい、とリンディさんに無茶なお願いをすると、クロノの許可を取ったら、ということに。

そして――

「執務官二人が調査……まったく、規模が大きいのだか小さいのだか」

「無理言って悪かったよ。
 で、査察じゃなくて潜入なのはなんでだ?」

「査察は既に入れてある。結果は白だが――どうにもな」

そうか、とクロノの肩にしがみつきながら頷く。

クロノの出した条件は、フェレットの姿ならば調査に同行しても良い、ということ。

問題がないのならばこのまま。戦闘になるようならば人間に戻っても良い、と。

まぁ、この姿なら映像が残っても誤魔化しようはあるか。

「姿を消す。以降は、念話で」

「了解」

『Optic Hide』

デュランダルのデバイスコアに光が灯り、俺たちの姿が消える。

そして魔力消費を抑えながら、ゆっくりと研究施設へ。

山間に位置する場所に建てられた研究施設。

監視らしい監視は――いや。

門番の犬よろしく、研究施設の周囲には見たことのある外見の機械兵器が散見される。

Ⅰ型じゃない。けど、細部は違うが、あれはガジェットか。AMFは……どうだろう。この距離からだと分からないな。

『クロノ』

『なんだ』

『警備用の機械兵器。あれ、地上本部を襲撃した飛行型と似ている。
 同系列の機体かもしれない』

『……なんだと?』

思うところがあるのだろう。クロノの念話に、力がこもった。

『グレーじゃなくて黒だろう、これは。
 どうする?』

『……駄目だ。憶測の域を出ない。幻影魔法のリミットも迫ってる。
 一旦引こう』

『了解』

舌打ちしたい心地となりながらも、機械兵器を一瞥して研究施設に背を向けた。

その時だ。

「しま……!」

何かが焦げる音に似た音を立てて、クロノの幻影魔法が解除される。

……いや、された、か。

俺とクロノ、二人で同時に息を呑むが、クロノはすぐにAMFに対応したオプティクハインドを発動させて再び姿を消す。

だがどうやら、発見はされてしまったようだ。

置物のようになっていたガジェットはライトに光を灯すと、軽い駆動音を立てながら周囲を徘徊し始める。

さて……。

『どうする? まぁ、引くのが無難だけど』

『僕もそうするつもりだ。……だが、君はそれで良いのか?』

『いや、俺は一人でも大丈夫だから。通気ダクトから中に潜入して様子を見てくるよ。
 補足されるだろうけど、この姿でソニックムーヴを使えばまず捕まらない』

『駄目だ。引くぞ。お前を一人で行かせたら、ロクなことにならない』

『……了解』

信頼されてないなぁ。

……くそ。

心底惜しいが、仕方がないか。そもそも管轄が違うのだから、ここに来られただけでも運が良いんだ。

この研究施設は、クロノ……否、海任せ、だな。

機械兵器繋がりでクロノにこの施設を疑わせることはできただろう。

クロノがどれだけ優秀かは良く知っている。そして、些細な悪事でも見逃すはずがない。もしレリックがここにないのだとしても、機械兵器云々を気付かせたのは意味があるはずだ。

……それに顔には出さないが、コイツはロッテのことでスカリエッティに執着している。

黒幕にスカリエッティがいること自体には気付いていないが、真相を暴こうとは思っているのだ。

俺にも何度か知っていることはないかと聞いてきたし。悪いとは思いつつも、その度にはぐらかせてもらったが。

研究施設を一瞥すると、俺たちは背中を向ける。

そして低速で離脱すると、アースラへと帰還した。

帰還した、わけだが……。

出迎えてくれたのは労いの言葉でもなんでもなく。

――セットアップを完了したレイジングハートを両手で握る、なのはの姿だった。

転送ポートから出てきたばかりの俺とクロノは完全に固まってしまう。

視線は鋭く、クロノの肩に乗った俺を射抜くように向けられている。

彼女の背後にいるリンディ艦長は困り顔。

……一体何があったんだ。

『ええっと、クロノ?』

『聞くな。僕にもさっぱりだ。……ん、いや、そうか――』

「……エスティマくん」

クロノが念話で何かを言おうとするのを遮るように、なのはは口を開く。

それでクロノも念話を止めてしまい、続きを聞くことができなかった。

俺はクロノの肩から降りると、その場で人間形態へ。

顔を逸らしたい気分になりながらも、俺はなのはの視線を真っ向から受けた。

「なんだよ。ブリッジでデバイスを起動させるなんて、穏やかじゃないけど」

「……大事な、そう、大事なお話があるの。ちょっと来てくれないかな」

何をいきなり。

何もしていないとはいえ、一応これから報告なりなんなりをしなきゃいけないわけなんだが。

『僕に任せておけ。君はなのはを頼む』

『あ、クロノお前、逃げるつもりか!?』

『これは君の問題なんだ。……身に覚えはないだろうがな』

何それ。

理不尽だ、と叫びだしたい気分になりながら肩を落とすと、なのはがつかつかと歩み寄ってきて俺の手を取った。

そして意思の確認なんかせずに、そのまま歩き出す。

「ちょ、なのは。どこへ――」

「訓練室」

「……話をするならそんな場所に行かなくても良いと思うけど」

「話をするだけだったらね。……確かめたいことがあるの。付き合って」

問答無用、とばかりに、なのははそれっきり黙り込んでしまう。

俺は俺で諦めムード。

……様子がおかしいとは思っていたけど、一体何がどうなってこんなことになってるんだよ。

そうして手を引かれて辿り着いたのは、彼女の言うように訓練室だった。

訓練室の中央まで俺を引いて進み、ようやく彼女は手を離してくれた。

そして、顔を合わせる。

……彼女の瞳に浮かんでいるのは怒り。らしくない、と言って良いほどに目つきは鋭く、唇は引き結ばれている。

なのはは、ガシャ、と音を立ててレイジングハートを俺に向けた。

「セットアップして、エスティマくん」

「だから、なんなんだってば。何がなんだか……」

「……嘘、吐いたから」

「え?」

「エスティマくんは、私に嘘を吐いた。頑張るって約束したのに、全然、頑張ってないよ。
 ストライカーって呼ばれて、たくさんの人から信頼されているのに、それを裏切ってる。
 みんなの気持ちに応えてない」

「……それは違う。俺は別に――」

「だったらさっきのはなんなの!? エスティマくんとクロノくんなら、あんな機械兵器ぐらいどうにも出来たはずだよ!
 頑張っているんだって……ずっと信じてたのに!」

「……ずっと、そんなことを考えていたのか? 俺が約束を破ったって。
 だからここ最近、様子がおかしかったのか?」

それの返答は、レイジングハートのグリップをきつく握り締める音。

……そう。そうか。俺は努力も何もしていない風に見えていたのか。

首元に下がったSeven Starsを握り締める。

そして、

「Seven Stars、セットアップ」

『スタンバイ・レディ』

Seven Starsの起動を経て、バリアジャケットが、白金のハルバードが顕現する。

「訓練室に誘ったのは、あれか。訓練をサボっている俺を倒して、力の差を見せ付けようと思ったりしたからなのか?」

「……そう、だよ。私との約束を破ったエスティマくんなんて、私より弱い。
 ストライカーなんて呼ばれる資格、ないよ」

「そうか」

そう応えて、俺はSeven Starsを構えた。

両膝を曲げ、半身で、切っ先をなのはへと向ける。

……頑張ってない、ね。

模擬戦をするとして、もしなのはが勝ってそれを証明したところで、なんの意味があるのだろうか。

……いや、別にそこまで深く考えているわけじゃないんだろうな。

ただ我慢が限界に達しただけなのだろう。

闇の書事件のときに彼女と交わした約束。

諦めず、頑張ることを止めず。

現場を離れた俺は、なのはから見たら頑張ることを止めたように映ったのだろう。だからこそ、こんな状況になっているんだし。

……それだけの理由で激怒するのもおかしな話だが、まぁ、それは後で聞くとしようか。

『avalanche mode.set up.
Full drive.Ignition』

「私は全力全開で戦う。だからエスティマくんも……」

「……なのはの全力全開は、随分と安いんだな」

そう言い放つと、なのはは目を見開いた。

挑発を兼ねた憂さ晴らしだったのだが、存外、彼女には利いたようだ。

なのはは顔を真っ赤にして歯を食いしばると、足元にミッド式の魔法陣を展開。

三叉矛の形状となったレイジングハートの矛先をこちらへと向け、集束を始める。

バチバチと爆ぜる音を上げて集う桜色の魔力光。あんなものの直撃を受けたら、一撃で意識を刈り取られる自信がある。

……本気だな。

「……戦技披露会じゃ互角だったな。俺が頑張っていないって言うのなら、勝ちをもぎ取ってみろよ、なのは」

「……言われなくても、そうするよ。エスティマくんがそんなんじゃ、はやてちゃんが可哀想だもん。
 性根を叩き直してあげる」

なんで、はやての名前が出てくるんだ。

……まあ良いさ。

なのはの言葉を聞きながら、俺も足元にミッド式の魔法陣を展開。

そして、桜色の魔力光が爆ぜると同時に、稀少技能を発動させた。





























模擬戦を始めてから何分経っただろうか。

二十分、三十分。もっと経ったかもしれない。

『いいえ、はい。たった今、十分になりました』

そんなもんか。存外短いな。

稀少技能で体感時間が延びているから、そのせいかもしれないが。

誘導弾を数発受け止めた左腕が微かに痺れている。バリアジャケットの上着は吹き飛び、アンダーウェアもボロボロ。

息を上げながら、下方にいるなのはを睨む。

俺も俺で悲惨な状態だが、彼女も彼女で悲惨だ。

バリアジャケットの上着を失い、右手でレイジングハートを握った左腕を押さえている。

色鮮やかな魔杖は、Seven Starsの斬撃を受け止めたせいで罅が走っている。小破、といったところだろう。

息は荒い。それでも瞳に宿った闘志が微塵も薄れていないのは流石か。いや、より燃え上がっているかもしれない。

ダメージで言えば俺の方がかなり少ないだろうが、それでも一発もらえば落ちる。

もっとも、それはなのはもだろうが。

「……まだ、本気は出さないんだね」

「充分に本気だよ、俺は。フルドライブは身体に堪えるんだ。……それは、使ってるなのはが良く分かってるだろ」

「使うだけの意味があるもん。……全力を出してくれないのなら、それでも良い。
 決着をつけるよ」

そう言い、なのはは再びレイジングハートを両手で握り締める。

そして、彼女の周囲に無数の誘導弾が現れた。数は……二十、三十。四十近くか。

「……アヴァランチ、ドライブ」

『Divine Buster Extension』

撒き散らされた魔力を掻き集め、冗談みたいに巨大な砲撃魔法が形成される。

牽制の誘導弾。おそらくはあれで動きを止めるつもりなのだろう。

単純だが悪くない。ならばこちらも――

「デュアル――」

眼前にサンライトイエローの魔法陣を展開し、左腕を掲げる。

そして、深呼吸を一度して、

「――バスター!」

サンダースマッシャーを。続いて、ディバインバスターを放った。

俺の放った砲撃魔法に飲み込まれ、なのはの誘導弾は数を減らす。

だが、それでも全てを消せたわけじゃない。

残った二十近くの誘導弾は二つで一組となり集束。簡易の砲撃魔法となり、俺を撃墜すべく次々と放たれる。

光の網が張られた空間を踊り、紙一重でそれらを回避し、Seven Starsを引き摺るようにしてなのはへと肉薄する。

弧を描くように。

だが、そのうち一発が顔面へと殺到し、反射的に左腕を持ち上げて防御。

紫電と桜色の魔力光がぶつかり合い、視界が瞬く。

そうして動きを止めた俺に向け、集束されたクロスファイアが――

「……いっつもそうやって――」

そして、

「やれると、思うな――!」

『――Phase Shift』

稀少技能を、発動させる。

世界が静止し、俺の意識と身体が加速する。

俺を撃墜せんと張り巡らされる光の網も、不意打ち狙いで背後から迫る誘導弾も、すべてが遅い。

その中を、左腕を掲げて、一気に高度を下げ、疾駆する。

彼女に俺の姿は見えているのだろうか。否、きっと見えてはいないのだろう。

それでもディバインバスターは発射され、先程まで飛んでいた空間をゆっくりと砲撃魔法が蹂躙する。

それをかいくぐって、地面を這うようにただ左腕を伸ばす。

そして稀少技能が切れると同時、

「――っ!?」

なのはは俺の姿に気付いて、バスターを放ったままのレイジングハートを振り下ろした。

このままでは砲撃によって地面に押し潰されるだろう。

だが、それよりも早く、否、それと同時に、俺はなのはへと到達した。

トリガーワードを叫び、咆吼を上げながら、紫電を散らす左腕で振り下ろされるレイジングハートを押し上げる。

桜色の魔力光とサンライトイエローの雷がぶつかり合い、目に優しくないマーブル模様が描かれた。

バスターの余波でバリアジャケットが弾け飛び、左手の感覚がなくなるが、それにかまわずに右手の確かな手応え――振りかぶったSeven Starsを、袈裟に振り抜く。

鎌の魔力刃がなのはの体を切断し、その勢いで彼女は吹き飛ぶ。

間髪入れずにアクセルフィンに魔力を送り込み、吹き飛んだ先へと先回り。

そして再びSeven Starsを振って吹き飛ばし、再び先回りを行う。

まるでワルツでも踊るように、振り抜き、吹き飛ばし、先回りを繰り返す。

なのはの悲鳴と、俺の咆吼が訓練室に木霊する。

これでトドメ。

そんな言葉を脳裏に浮かべながら、Seven Starsの矛先に長剣型の魔力刃を形成して突撃し――

「何!?」

なのはの意識が半分飛んでいると踏んでの突撃だったのだが、悪手だった。

半壊したレイジングハートのデバイスコアに光が灯り、それと同時にフィールドバリアが展開される。

まずい、と思ったときにはもう遅い。

切っ先がバリアに触れた瞬間、発動するバリアバースト。

それに呼応し、一拍遅れてSeven Starsもブレードバーストを敢行する。

至近距離で起こった爆発を防ぐ手立てがあるはずもない。

爆煙に飲み込まれると同時に舌打ちをして、それを最後に意識を吹き飛ばされた。































「穏便に話し合いをしていると思えば、既にやり始めているんだから始末に負えない。
 あのな、エスティマ。君は良いかもしれないが、アースラの艦内で身動きが取れなくなるほどの模擬戦なんかやられたら、母さんの管理責任になるんだぞ?
 良いか? 君は陸の魔導師なんだからな? そこら辺を分かっているのか?」

「すみませんすみません」

「いいや、許さないぞ。なのはもそうだが、君たちは少しぐらい自分の立場というものを考えたらどうなんだ。
 なのはだって出撃の予定がないから良かったものの、そうじゃなかったら本来ならば必要のない労働をクルーに強いることになっていたんだからな?
 レイジングハートも中破させて……その修理費がどこから出ると思っているんだ君は!」

「ごめんなさいごめんなさい」

フラットな声色で延々と文句を垂れるクロノに投げやりに応え、思わず溜息を吐く。

いや、うん。言われていることは間違ってないよ。

ただ、俺ばかり言われるのは理不尽を感じる。

「なのはには母さんが直々に説教だ。そっちの方が良かったか?」

「……いや、お前で良かったよ」

……怒り心頭なリンディさんは見たくないからなぁ。

まったく、と腕を組みながらクロノは溜息を吐く。

余計な気苦労をかけてしまった。

「……それで。なのはが苛立っている理由は分かったのか?」

「ん? なんだ、気付いていたのか」

「一応、彼女の上司だぞ僕は」

「知っているなら知っているで、それとなく教えてくれても良かっただろうに。
 じゃなかったら今やってる説教だって必要なかったかもしれないだろー」

「そう言うな。溜まった鬱憤をなのはが吐き出すことなんて滅多にないんだ。……慎重にガス抜きをするつもりだったんだ、僕も」

「……ガス爆発で吹っ飛ばされた俺の立場は?」

「苛立ちの原因ではあるんだ。諦めろ」

「理不尽だー!」

ファック、と舌打ち混じりに言ってベッドから降りる。

怪我らしい怪我はない。最後の一撃を失敗して吹き飛ばされしたが、Seven Starsが飛行魔法を操作してくれたおかげで、体を打ち付けることもなかった。

それでも魔力ダメージを何発かもらっているので、リンカーコア――胸に僅かな痛みは感じるけれど。

……聖王の鎧とかないし、もしディバインバスターの直撃を受けたらレリックが砕けていたんじゃないだろうか。

そしたらアースラが轟沈していたかもしれない。今後はもうちょっと考えて模擬戦に挑もう。

シスターと模擬戦やるときは生傷が絶えないけど、なのはとやる場合は大爆発の危機か。どっちにしろ酷い話だ。

「じゃあクロノ。用事らしい用事も済んだし、俺は帰るよ」

「ん……なのはと話をしていかないのか?」

「別に話すこともない。模擬戦は引き分けだったんだし、それが答えになっているだろうよ」

呆れたようなクロノの溜息が聞こえたが、それを無視して医務室を後にする。

そうして、転送ポートに向かおうとしたのだが――

「あ……」

「よう」

医務室を出て直ぐそばの壁に背を預け、なのはが立っていた。

彼女に片手を上げると、そのまま俺は横を通り過ぎようとする。

しかし、なのはは駆け足で俺に追い付くと、おずおずと口を開いた。

「あの……ミッドチルダまで送るよ」

「ん……ありがとう」

……まぁ、断ることもないだろうし。

無言のまま俺となのはは脚を進め、ブリッジから本局へと飛ぶ。

そして本局からミッドへ――と思ったが、どうやら帰宅時間とかち合ってしまったらしい。

列を成す転送ポートを目にして、あー、と声を上げる。

「……すごい人だね」

「まぁ、ミッドチルダじゃ今は夕方だから」

「そうだったね」

再び沈黙。

……本当、別に話すことがあるわけじゃない。

さっきの模擬戦。なのはの言っていた、俺の努力が見えないという部分。

それは引き分けという形でだが証明されただろう。もしされていないのだというのなら、それは、彼女が戦技披露会が終わってから積み上げてきた努力に意味がないことになる。

それはきっと、彼女自身が認めたくないのではないか。ならば、俺が訓練を積んでいたことを認めるしかない。

……んだけど、どうかな。

理屈じゃ説明できないこともあるし、なんとも難しい。

……どうなんだろうな。余計なお節介を焼くべきなのか、否か。

重荷を背負いたくないことに変わりはないのだが、それでも……問題を見て見ぬふりして、この娘が怪我を負うのを無視するつもりもない。

単純な話、方向性はどうあれ、ひたむきな姿勢を崩さない彼女を俺は気に入っているのだ。

……しょうがないなぁ。

自分自身に対して苦笑する。なのはにバレないよう、口の端を僅かに吊り上げるだけに留めて。

「なのは」

「何?」

「もう一度聞くけど、なんであんな無理矢理な形で模擬戦なんてやったんだよ。
 約束のことは別にしてさ。
 らしくなかったじゃないか」

「それは……」

彼女は言葉を句切ると下唇を噛み、視線を逸らす。

しかし、すぐに俺に目を向ける。それでも、真正面から視線を合わせているわけではないが。

「その前に一つだけ。ねぇ、エスティマくん」

「なんだ」

「私、間違ってないよね? 私も頑張ってる。
 時間の許す限り訓練してるし、任務だってこなしてる。
 ストライカーって呼ばれているエスティマくんと引き分けだから……」

……そうきたか。

成る程、と思うと同時に、彼女の態度に少しだけ苛立ちを感じた。

管理局での立場は別にして、俺と彼女は対等だと思っていたけれど、今の言い方はどうだ。

「あのさ」

「う、うん」

「別に背伸びをするのは悪いことじゃないと思う。
 けど、背伸びを続けてたらその内転ぶよ。俺はそれを、良く分かっているつもり。身に染みてね。
 手を抜けって言ってるわけじゃない。加減を知れって言ってるんだ。
 ……俺となのはが目指しているものは違うんだ。歩いて行く道が違うのだって当たり前だろ?
 俺だけじゃない。ユーノも、クロノだって。フェイトやはやても。
 それなのに、何を焦ってるんだ」

「……エスティマくんが言ってること、良く分からないよ。
 それに私は、焦ってなんかいない」

「嘘だな」

「嘘じゃない」

「だったらなんで、連れ去るような形で模擬戦なんてやったんだ。
 さっきも言ったように、執務官の俺と武装隊のなのはじゃ、目指すものが違うはずだ。
 それなのに、その違いを考えようともしないで」

「……私とエスティマくんに、違いなんてなかったじゃない」

ぽつり、と呟かれた言葉。

それがどうにも引っ掛かり、続きを待った。

「PT事件も、闇の書事件も一緒に解決した。はやてちゃんからシャマルたちを預かった。
 ……それなのに、なんで。
 皆離れて行っちゃう。別々の道に進んで。
 それなのに、私だけは何も変わっていない」

……そうか。

一人取り残されたことに、なのはは考えるところがあったのか。

永遠なんてない。ずっと一緒にいれるわけじゃないとは、分かっているのだろう。

けれど、別々の道にそれぞれ進んでいる中、自分だけが進歩らしい進歩をしていないと思ったのだろうか、この娘は。

……どうなのだろう。分からないな。

今の言葉だけならそう思えるけれど、そう思うに至った他の要素だってあるのかもしれない。

なんとも難しいね、本当。

疑問が僅かにだが氷解し、胸のつかえが少しだけ取れた。

それだけで良しとするべきか。いや、どうなんだろうな。

「……そうは言うけど、なのはだって変わってるじゃないか。
 魔法の技術だけじゃない。そんな風に考えるようになったってのも、ある意味成長だろうよ」

「……馬鹿にしてるの?」

本気で言っているわけではないのだろう。少しだけ拗ねた様子の彼女に苦笑して、先を続ける。

「いいや、そんなつもりはないよ。
 ……うん。そんな風に考えることができるのなら、あとは難しくもないだろう。
 なのは。お前は、こうなりたい、って思うものはある?
 そこに辿り着くためには何をすれば良いのか。自分は今、どこまで近付いているのか。
 ……それを考えれば、少しは焦ることもなくなるんじゃないかな」

「だから、焦ってないんだってば!」

「はいはい、そうですね」

そんな風に言葉を重ねている内に、転送ポートが空いた。

装置の中に進むと、行き先を指定して片手を上げる。

流石にすっきりとした顔をしていないが、なのははそれに手を振りながら応えてくれた。

「それじゃあ、また」

「うん。またね」

転送魔法が発動し、視界が光で満ちる。

そうして刹那のフラッシュバックを経て、次に現れたのは地上本部の転送ルームだった。

転送ポートから出ると、そのまま出口へと向かう。

外に出て、茜色の染まり始めた空を一瞥してから雑踏に目を向けると、帰路へ着く。

……しっかし、日々成長するものだね、子供ってのは。

目に見えたものだけじゃない。内面も、だ。

彼女があんなことを考えるのも、当たり前っちゃあ当たり前なのかな。

どうなのだろう。

「みんな変わっていく。……ま、当然のことなんだけどさ」

『旦那様』

「なんだ、セッター」

『レイジングハートからメッセージが届いております』

「今頃メンテ中だろうに……いや、メンテ中だから退屈なのか」

なんだろうな、と思いながら、歩きつつメッセージを開く。

書いてあった内容は、今日の謝罪と、なのはをこれからもよろしく、といったもの。

……わざわざ気を回しちゃって。デバイス稼業も楽じゃないってか。

「セッター、メッセージに返信をしておいて。
 こちらも、挑まれたとはいえお前を壊してしまった悪かった、って。
 文面はお前に任せ……」

『はい』

「任せない。あとで俺が書こう」

『何故ですか』

不満げにデバイスコアがチカチカと光る。ゆったりとした点滅から、どこか頬を膨らませているような印象を受けた。

「無機質な挑発をしそうだからだよ。……ちなみになんて書くつもりだった」

『お気になさらず。返り討ちにできず申し訳なかった、と』

「……敵意が見え隠れする」

やっぱり駄目だ、とデバイスコアを指で弾くと、そのままリニアに乗ってベルカ自治領へ。

……なんだか疲れたな、今日は。

今日の晩飯はなんだろうか。何を作ったってはやての料理は美味しいわけだけど。

そんなことを考えながら、窓から見えるクラナガンの街並みを眺めた。

正月から続いた妙な確執は終わった。のか、終わってないのか。

……というか、なんだったんだろうな本当。

分からん。































空気の抜けるような音と共にドアが開く。

照明の付いていない自室に入ると、なのははそのままベッドに倒れ込んだ。

くつろぐのならば部屋着への着替えを勧めてくれるレイジングハートは修理中だ。

エスティマと模擬戦をやっている最中は気付かなかったが、こうやって冷静になると本当に悪いことをしてしまった、と自己嫌悪に苛まれる。

自分でも良く分からない理由で、中破させるまで酷使させて。

……私、何をやってるんだろう。

模擬戦が終わり、幾分かはすっきりした。

けれど、それでも胸の奥にいつしか芽生えていたしこりは消え去っていない。

別れ際に言われた、背伸びを続けるのは良くない、という言葉を思い出す。

別に無理はしていないと思うも、クロノやリンディといった周りの人たちが気に掛けてくれることことから、自分は背伸びをしているのだろうか、と自問自答する。

自分なりに一生懸命走り続けていた。そのつもりだったのに……。

「……引き分け。私、何も変わってない」

けれど、エスティマは自分が変わったと言う。それも良い方に。

それがどうしても分からない。彼の言うことは、稀に兄や父が口にする経験則に似た口ぶりだった。そのせいで、より距離感を感じてしまうのだ。

……大人っぽい。はやてちゃんが言ってたことだけど。

どうだろう。それはそれで、何を考えているのか分からない、とは違う気がする。

枕に顔を埋めて、ぐりぐりと顔を擦り付ける。深く溜息を吐くと、寝返りを打って真っ暗な天井を見上げた。

「……寂しい」

レイジングハートがいないせいだろう。普段よりも強く、それを感じる。

耐えきれなくなり、なのはは枕元にある携帯電話を手に取った。端末を操作して、アースラ経由でフェイトへと電話をかける。

が、スピーカーからはコール音が鳴るばかりで電話には出てくれない。

忙しいのかな、と肩を落とすと、眉尻を下げながら今度ははやてへと。

アリサやすずかといった親友の顔も浮かんできたが、魔法の関係する話になるとどうしても会話が説明的になってしまうだろう。

だったら、と思いながら、なのはは再びコール音に聞き入る。

そうして十回ほど電子音が聞こえたときだろうか。

『はーい。どうしたの、なのはちゃん』

ようやく聞こえたはやての声には、どこか疲れが滲んでいた。それでも明るさを失わないのは、性格故なのか。

クリスマスやその後に交わしたメールから、なのはは彼女がリインフォースⅡの開発に追われていることを知っていた。おそらく、未だに修羅場が続いているのだろう。

〆切りを自分で設定しないといつまでも作り続けそうで、と照れ笑いしていた彼女の顔を思い出しながら、なのはは苦笑する。

『む。なんやのー?』

「なんでもないよ。ごめんね、忙しいところに電話しちゃって。今大丈夫?」

『ん?……あー、大丈夫や。今休憩してたところなんよ』

「そっか。リインフォースⅡの製作はどう? 進んでる?」

『んー、ぼちぼちってところかなぁ。やっぱりロストロギア級の魔導書を完全再現するのは不可能で、かなりのアレンジが入ってしもうたけど。
 ……私、学校行ってなかったから図工にブランクあるしなぁ。時間掛かるのはしゃあないかも』

「図工は関係ないんじゃ……」

『あかんよなのはちゃん。そこはもっと、ガーッって突っ込まな』

「あはは……」

はやての言葉に苦笑するなのは。

なのはと会話するとき、はやての調子はエスティマに対するものと少し違う。遊び心があるというか。彼の姿がないと胸を揉んでくるし。

それを指摘する人は、誰もいないが。

「あのね、はやてちゃん。少し良いかな」

『どうしたの?』

「うん。ちょっと、ね。……エスティマくん、最近どうしてるの?」

『あれ? 今日、エスティマくん、アースラに行ったはずやけど。会わんかった?』

「ううん、会ったよ。けど、なんだか前と少し変わってて……」

『変わってた?』

「うん。なんていうか……余裕があるって言うか」

『あー、せやね。最近のエスティマくん、顔色も良くなったし。前よりものびのびとしとる。
 家に帰ってきても疲れた様子があまりないし、ご飯もちゃんと食べるようになったしなぁ。
 美味しい美味しいっておかわりもしてくれるし、うん。
 前は表情が暗くなることやぼーっと考えごとするのが良くあったけど、最近は元気やね。
 ……けど、最近シスター・シャッハと仲良くしてるのはいただけんなぁ。
 ひーひー言うとるけど、それでも前より模擬戦やってるし。この前なんか双剣の使い方とか教えてもらってたし。
 ……うー』

「あ、あはは……」

流石に良く見てる。そんなことを胸中で呟きながら苦笑するなのは。

『けど、それがどうしたの?』

「えっと……」

どう切り出そうか。そう考え、

「……ううん、特には。気になっただけだから」

そう、誤魔化した。

……そっか。前よりもシスターと訓練したりしてたのか。

自分には見えていなかっただけで、やっぱり彼も頑張っていたのか。はやてが少し拗ねるぐらいに。

確かに、今日行った模擬戦でエスティマも強くなっていたことは、なのはも分かっていた。それが分からないほど未熟というわけでもない。

接近戦を挑んでくるタイミングが絶妙だったし、紙一重で直撃を避けて突撃してくる最後の追い込みには気圧されすらした。

……それでもやっぱり。

『……あんな』

「え?」

マルチタスクも使わずに考え事をしていたら、不意にはやてがついさっきまでと違う質の声を出した。

どうしたのだろう、と思いながらも、なのはは聞き返す。

『シスター・シャッハから聞いたけど、エスティマくん、結構大変なんよ。
 管理局でも浮いてるー、って。ほら、歳が私たちと変わらんのに、勲章もらったりして。
 ……私も夜天の主として聖王教会で過ごしていたら似たようなことはあるんやけど、それでも、近くに皆がいてくれるから平気。
 けど、エスティマくんは陸で独りぼっち。早くなんとかせな、って思っても、まだしばらくは無理そうやし。
 だから、なのはちゃん。もしエスティマくんが困るようなことがあったら教えて。小さなことでもええから』

「……うん」

今日の模擬戦で随分と派手に戦った、とは言えず、おずおずと返答をする。

それに気付かず、ありがとな、と言われて、ごめんね、となのはは口に出さず謝った。

――誰かが助けてあげなあかん。私は、その誰かになる。

そんな言葉を、なのはは思い出す。

それは、クリスマスのときに念話ではやてが言っていたことだ。

念話で言った直後にはやては真っ赤になって、なんでそう思ったのかを聞き、思わずなのはは素っ頓狂な声を上げてしまったが。

……あのときは素直に応援できたが、今はそれが少しだけ羨ましい。はやてではなく、エスティマが。

『そうそう、聞いてーな、なのはちゃん』

「うん」

『酷いんよ。クリスマスになのはちゃんに言ったことをカリムにも話したら、それは駄目男好きってヤツね、とか言うてなー。
 エスティマくんはちょっと世話の焼き甲斐があるだけで、駄目男ってわけじゃないと思うのにー』

「そ、そうだよね。……それより!」

……惚気が始まった。

今までのも充分にそうだったのだが、度を過ぎた話が始まりそうだったので、なのはは無理矢理に話の方向を変える。

そうして始まったのは他愛もない世間話とクリスマスの後の近況報告。

話を終え、お互い頑張ろう、と通話を切ると、なのはは再びベッドに寝転んだ。

はやてから聞いたエスティマの話。

それを思い出しながら、深く息を吐く。

……エスティマくんだって頑張っている。自分が思っているほど、楽な状態じゃない。頑張っていないわけではない。

分かってはいても、やはり羨ましいという気持ちが消えることはない。

しかし、そのに至るだけの努力を彼がしていたことはなのはも知っている。

高ランク魔導師と言ってもただの武装隊として戦い続けている自分。同時期に管理局に入ったと言っても、クロノの隣で勉強を続け、執務官となって前に進んだエスティマ。

土台となっている部分が違うことは分かっている。あまり考えたくはないが。

精一杯と言えば聞こえは良いかもしれないが、自分がやってきたことを思い出して、方向性が分からないな、となのはは考える。

教導隊に入って、たくさんの人に魔法を教えたい。それに変わりはない。

しかし、

――こうなりたい、と思うものはある?

教導隊に入りたい。魔法を教えたい。しかしそれは、エスティマの言ったこととズレがある気がする。

こうなりたい――とは一体なんなのか。

……やっぱり難しいよ。

漠然としたイメージを掴み取ろうとしても、すぐに解けてしまう。

……私にそんなことを言うぐらいなんだから、きっとエスティマくんは分かっているはず。

それがなんなのか、聞いてみよう。少し、悔しいけれど。

「……頼りになる、のかな?」

口に出して、それはない、と頭を振る。

信用はできるけれど、信頼したらへし折れてしまいそうだ。誰かが支えてあげないと、というのは間違ってないのかもしれない。

だからきっと、自分と彼のの距離感は、違う道を歩くライバルのようなものなのだ。

「……そっか」

そう考え、ようやく思い至る。

自分は、エスティマに先に行かれたことに焦りを覚えていたのか。

都合の悪いことを見ようとせずに、理由を付けて足止めしようとして。

たくさんの人に気を回してもらっている。しかし、それは自分も一緒だ。体調を心配してくれるクロノやリンディ。仕事で出れない授業のノートを取ってくれる親友たちや、帰ったら必ず声をかけてくれる家族。

エスティマと同じぐらいの人に、自分だって囲まれている。それに気付きもせずに、一人で進んでいる気になって、先に行かれたことに焦って。

「……謝らなきゃ」

小さく呟き、なのはは再び携帯電話を手に取る。

そして僅かに躊躇いながらも、思い切ってエスティマの番号を押すと、彼の声が聞こえてくるのを待った。











[3690] 閑話8
Name: 角煮◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2009/02/04 15:26


「お邪魔しまーす」

「あーエスティマくんやー」

研究室に足を踏み入れて、最初に感じ取ったのは場の空気だった。

疲れ果てたオーラを撒き散らした白衣の皆様がちらほらと。中には机に突っ伏して死んだように眠っている人すらいる。

換気もしていないのか、嫌な熱気のこもった部屋。その中で、目の下に派手な隈を作ったはやてが笑っていた。

……正直、怖いです。

「……あ、ああ。エスティマさん」

と、今にも息絶えそうな声が聞こえたので顔を向ければ、そこには生まれたての子鹿のように手を振るわせているエクスの姿が。

……ここはド修羅場の跡地である。

クリスマスが過ぎた辺りから、はやてが研究室に籠もりっきりとなり、リインフォースの製作に勤しんでいた。

その間、我が家や八神家の食卓から温かいご飯が姿を消していたのだが、そこら辺は割愛。

雨にも負けず風にも負けず、雪にも夏の暑さにも負けず――まぁ室内なんだけど――といった調子で徹夜を続け、今朝方、ようやく完成したらしい。

……まぁ、それはともかくとして。

「……はやて。取り敢えず、眠った方が良いんじゃない? 隈、酷いよ?」

「ははは、大丈夫やってー、なんかリインが完成してから異様に目が冴えてるんよー」

「それ興奮してるだけだから」

「まぁまぁ。それより見てーな、エスティマくん。ほら、リイン。エスティマくんがきたよー」

「むむ!」

「あぁっ……!」

はやての呼びかけに応える声がある一方、死に体といった様子でコンソールを叩いていたエクスからは悲鳴じみた声が。

部屋の中央にあるシリンダー――デバイスのメンテナンスベッドに浮いていた金十字のペンダントが浮かび上がり、それが一瞬で姿を変えた。

空色のロングヘアーが特徴的で、白いバリアジャケットを身に纏った、妖精じみた存在――リインフォースⅡだ。

「おはようですよ、エスティマさん。あなたのことは、はやてちゃんからよーく聞いているです!
 これからよろしくですよー!」

「よろしく、リインフォースⅡ」

「お、ちゃんと挨拶できたね、リイン。偉い偉い」

「えへへー」

……なんだこれ。異様にテンションが高い……って、元からこんな感じか。

ああ、そうか。この空間が死屍累々としすぎていて違和感があるんだ。

南無。ベルカの技術は次元一だけど、それを支える技術屋の皆様は本当に大変だ。

「なーなー、エスティマくん」

心の中で合掌していると、不意にはやてが声をかけてきた。

なんだ、と首を傾げてみると、彼女はどこかくすぐったそうに笑った。

「少し早いけど、私からエスティマくんに誕生日プレゼントがあるんよ」

「ん……そうなの?」

ちなみに、俺の誕生日は四月一日。ちょっとどころじゃない早さだが。

「実はなー、リインのユニゾン、エスティマくんにも対応させようと思って。
 今日きてもらったのは、そのデータ取りのためなんよ」

「え……良いの?」

「遠慮せんでええよー」

そう言いながら、はやてはリインフォースを手に乗せて俺の方に差し出してくる。

リインはリインで、ユニゾンですよー、と乗り気なようだ。

……正直、興味はある。

だってユニゾンデバイスだ。魔法を欠片も知らないはやてがユニゾンして、俺がフルドライブを使ってやっとの状態まで術者のポテンシャルを引き上げる代物。

ベルカ驚異のメカニズムである。惹かれないなんて嘘だ。

「ちょ、ちょっと待ってください主はやて! まだリインフォースⅡは調整中なので……!」

「ほら、早う早うー」

エクスの叫びを無視してリインを押し出すはやて……って、この子、目がグルグルしてる……!

「ちょ、ちょっと待って。ほら、エクスも止めてるし――って、アッ――!」

「ユニゾン、イン!」

元気の良いリインフォースの掛け声が上がり、彼女は俺の胸へと飛び込んできた。

そして、セットアップが始まり、呼応したSeven Starsが起動するわけだが――

……あ、あれ?

……眠い。




















リリカル in wonder


















サンライトイエローの光が研究室に満ち、一瞬でセットアップが行われる。

その光景を見ながら、はやてはちょっとだけグルグルした目を期待に輝かせていた。

気分としてはジョグレス進化を目にした感じである。

エスティマのバリアジャケットがどんな風に変色するのだろうか、とか、そんなことばかりを考えて待つこと一秒。

サンライトイエローの光が爆ぜ、姿を現した――

……現した女性を目にして、首を傾げた。

着ているバリアジャケットは白を基調としており、エスティマの物と良く似ている。ただ、水着の上から前の裂けたスカートを履いているのはどうかと思うが。

褐色のタイツに浮かぶ脚のラインは、ほどよく引き締まっていて弾力がありそうだ。

視線を上に上げると次に目に付いたのは、ここ最近エンカウントしていなかった、巨砲である。

エスティマには隠しているが、大艦巨砲主義者であるはやてにとって、それは無視できないほどの圧倒的存在感を持っていた。

思わず手をにぎにぎとしてしまうぐらいには。

と、そこまできて、彼女はようやく違和感に気付く。

……あれ? なんで女の人なんやろー?

いい加減回転の悪くなってきた頭でそう考えるも、答えは出ない。

なんかおかしいなぁ、と思っていると、

「むむ……!」

女性の口から声が漏れた。

声色はリインフォースのものだが――はて。ユニゾンしたならば、エスティマが表に出るはず。

これは一体どういうことだろうか。

「私、外道リイン、今後ともよろしくですよー!」

「……ゆ、融合事故」

「うわ、エクス!?」

あまりのショッキングな出来事に、いい加減限界に達していたエクスはぶっ倒れた。

はやては床に座り込むと膝にエクスの頭を乗せ、再び自称外道リインに顔を向ける。

そして胸ではなく今度こそリインの顔を見て、う、と顔を引き攣らせた。

赤い瞳に腰に届くほどの金髪。顔の作りは、エスティマがそのまま成長したら――というよりも、フェイトのものに近い。

リインフォースの名残と言えば、バッテンの髪留めぐらいだ。

フェイトそっくりの顔をしたリインフォースは、自分の体をいろんな角度から確認して不思議そうに首を傾げる。

「……色々混じっちゃってるですよ」

『旦那様』

「はいです」

『……お嬢様?』

珍しいことに、Seven Starsも困惑しているようだ。

「あー、リイン? とにかく、一旦ユニゾンを解除せえへんと」

「はいです!……あれ? はやてちゃん、なんだか変なくっつき方をしちゃったみたいで、分離できません」

「な、なんやて……!?」

この段階になって、ようやくはやてにも事の重大さが理解できた。

なんとかしないと、とコンソールを弄って資料を漁ってみるが、主にリインフォースの人格形成などを担当していた彼女には融合事故についてなど知る由もない。

「……リイン。原因は何か分かる?」

「えっとですねー、なんだか、胸に違和感が……こう、奥の方に変なのが挟まっている感じがするのですよ」

そう言い、ぐに、と自分の胸を鷲掴みにするリインフォース。

「……重いです」

「くっ……!」

なんだこの敗北感、と思いながらも、はやては真っ白に燃え尽きた状態のエクスの頬を叩く。

んん、と呻き声が上がるが、目覚める気配はない。

どうしたものか、と盛大に溜息を吐く。

「ええっと……私のときは、魔力ダメージでノックアウトで分離できたなぁ」

「痛いのは嫌ですよぅ!」

「うん、分かっとるよ? 最終手段ってだけで。しっかし、困ったなぁ……」

と頭を抱えていると、不意に研究室の扉が開いた。

おそるおそる振り返ると、そこには軽食を乗せたトレイを持つシスター・シャッハの姿が。

ぶわ、と一瞬で冷や汗が吹き出す。

「……これは酷い有様ですね。おや? あなたは」

「はい、外道リインですよー!」

「あ、あんなシャッハ……ええと、これは……」

マルチタスクを駆使していくつもの言い訳を考えるはやてだが、そうこうしている内にシャッハはリインフォースに視線を注ぐ。

そして、彼女の持っているデバイス――白金のハルバードを目にして、

「はやて? 何故リインフォースがエスティマくんと同型のバリアジャケットを着て、彼のデバイスを持っているのですか?」

にこやかだが、こめかみに浮かんだ青筋を目にして、はやてはジャンピング土下座を敢行した。
































「困りましたね」

ふむ、と顎に人差し指を当てて、シャッハは考え込む。

「……しかし、どうしたものでしょうか」

「難しいこと考えずに、魔力ダメージでぶっ飛ばせば良いんじゃねぇか?」

「ヴィータ。不用意に手を出して取り返しの付かないことになったらどうする」

「わーってるよ。けど、どうすんだ?」

「……ふむ」

任務から帰ってきたヴィータとザフィーラ。そしてシャッハは、顔を突き合わせながらどうしたものかと頭を悩ませていた。

ちなみにはやては、エクスと共に落ち着けと無理矢理寝かされている。

リインフォースは気楽なもので、借り受けたエスティマの体を使って空を飛び回っている。これ幸いとデータを取らせてもらっているが。

「……闇の書事件でユニゾンデバイスに対して否定的な意見があるというのに、今回の出来事。
 内々で処理しないと、面倒なことになります」

「面倒なことってなんだよ、シスター」

「端的に言って……まぁ、海と陸の両方から責められますよ」

ようやく解決したと思われた闇の書事件の再来だと難癖を付けられたら敵わない。陸からはエスティマを実験に使うなと苦情がきて、今以上に関係が悪化するだろう。

「そうならないためにも……早々に手を打たなければなりません」

「そうだな……それに、シグナムが学校から帰ってくる前になんとかしねーと、心配させるし――って、ん?」

何かに気付いたのか、ヴィータは窓から外へと視線を向ける。

そうして見えたのは、サンライトイエローの魔力光を吐き出しながら空を縦横無尽に飛び回るリインフォースの姿だ。

「……しっかし良く飛ぶな」

「ええ。外見はどちらに主導権があるか、といった目安で、能力自体はどちらが体を動かしていても変わりありません。あれだけの速度が出せるなら、飛ぶのも楽しいでしょうね。
 ……しかし、呆れましたよ。見てください」

そう言い、シャッハは半透明のウィンドウを呼び出す。

書いてあるのはエスティマとユニゾンしたリインフォースの能力値を数値化したものだ。

リインフォース自体が生まれたばかりなので魔力操作などは悲しいぐらいに下手だが、最高速度や保有魔力などが冗談のような次元に達している。

もしエスティマがメインでユニゾンを行なった時に防御をリインフォースに依存すれば、欠点らしい欠点がなくなるだろう。

「そもそもエスティマの魔力ランクがSを超えてるし、そこにはやてから魔力を供給してもらっているリインフォースがユニゾンしたら、まぁこうなるか」

「ええ。エスティマくんが主導でユニゾンをしたら、と思うと楽しみです」

「……シスター。話が逸れているが」

「……申し訳ありません」

ザフィーラに指摘され、ヴィンデルシャフトにかけていた手を離すと、咳払いをするシャッハ。

再び流れを融合事故の対処に戻そうとすると、不意にエクスが跳ね起きた。

「はっ……! ああ、夢ですか。そうですよね。まさか融合事故だなんて……」

「……ワリーけど、夢じゃねぇぞ」

ほら、とヴィータが指差す窓には、外見とはミスマッチな――ある意味では似合っている――童女の笑いを浮かべて空を飛び回るリインフォースの姿。

それを見てガックリと肩を落とすと、彼女は再び布団を被った。

「ちょ、エクス! 寝るな!」

「……これはただの夢です」

「夢じゃねーよ! おら、起きろ!」

「うう……」

ヴィータに無理矢理ベッドから引きずり下ろされ、ずるずると床を引き摺られるエクス。

彼女はぐすぐすと鼻を鳴らすも、仕事をするつもりはあるのか、眠っている最中に溜まったデータに目を通し始めた。

「……で、エクス。何が起こっているのですか?」

「はい。融合事故と一口に言っても、それには色々な形があります。
 相性が悪かったり、デバイスの破損によるものだったり。本来ならば主導となるべき魔導師が動けないほどの傷を負ったりした場合、デバイス主導となることがあります。
 今回の場合は……ええっと、どうなんでしょうね。
 エスティマさんのデータは以前から取っていたので、相性が悪いということはないと思うのですが……」

「原因不明、ということですか?」

「はい。なんらかのエラーがあったとしか……ん?」

ウィンドウを眺めていたエクスの目が、ある一点で止まる。

そこにはリンカーコアについての項目があり、リインフォースとのユニゾンでエラーが出ているのもそこだった。

「……異物が体に入っている? けれど、ユニゾン自体は成功している……ううん、難しいですね。
 主はやてのために作った存在である以上、エスティマさんとの融合相性がやや落ちるのは分かるのですが、それとは違うようだし……。
 そうだ、エスティマさんに意識はありますか?」

「いえ、眠っているようです」

「そうですか……彼の意識があったら、もう少し詳しく調べることができるのですが――」

と、エクスが外に視線を投げる。

それに釣られて全員が窓へと顔を向け――

「……あの子は」

ヒク、とシャッハの頬が引き攣った。

窓ガラスの向こうでは、緑の長髪が特徴的な少年が、リインフォースの手を取って話しかけていた。

端的に言って、口説いている。

リインフォース本人は何を言われているのか良く分かっていないのだろう。首を傾げたまま、取り敢えず笑顔を浮かべている状態だ。

「……ヴェロッサ、あれがエスティマだって知ったらどんな顔するんだろうな」

「ふむ。それよりも、ヴェロッサに言い寄られた、という事実をエスティマが知ったらどうなるか」

ヴォルケンズは、あまり関わりたくない、といった様子だ。

そして、ヴェロッサがリインフォースの肩に手を回して――

「あ、殴り飛ばされたぞヴェロッサ」

「ふむ。そしてリインフォースは、何やら自分の体を見て頭を抱えているな」

「あー、エスティマ起きたか?……ってあ、アイツ、砲撃魔法を頭に向けてるぞ!?」

「止めねば!」

ヴィータとザフィーラが急いで窓から飛び出すも、遅い。

非殺傷設定の砲撃魔法を自分の頭に放ち、外道リインは墜落した。



























「ごめんな、エスティマくん」

「……もう良いよ」

上目遣いで何度も謝ってくるはやて。

もう良いと言いながらも、どうしても拗ねた口調を止めることができない。

……だってさぁ、嫌な予感がして目を覚ましたら、野郎が顔を近付けて肩に手を置いてたんだぜ?

そして更に自分の体がちょっとした悪夢になってるんだ。

誰だって驚くよ。っていうか錯乱したっておかしくないだろ!?

ちなみにリインフォースは頭部への魔力ダメージを受けて、現在治療中。ひどいですよー、と恨み言を言われたが、仕方ない。

……はぁ。それにしても良かったよ。元に戻れて。

「今度はしっかり調整するから……」

「いや、結構です。ユニゾンデバイスはもうこりごりです」

「うう……」

断言すると、はやては顔を俯けてしまう。

……なんとも悪者になった気分になってしまう。

気にするな、と彼女の頭を撫でると、溜息を吐いた。

「……気持ちは嬉しかったよ。うん。
 そうだな……ピンチになったらリインフォースを頼りにさせてもらう」

「……ほんま?」

「あ……うん」

迫り来る女体化の危機に冷や汗を流しながらも、首を縦に振るしかない我。

……いや、本当。気持ちは嬉しいんだけどさぁ。

なんでこう、ユニゾンとトラウマが――それも女装じゃなくて女体化という究極の悪夢が――隣り合わせなんだよ。

機嫌を直してくれたのか、えへへ、と笑みを浮かべるはやてを見ながら、どうしたものか、と思ってしまう。

そうしていると、

「……ん? ああ、エスティマじゃないか。すまないが、ちょっと訪ねたいことがあるんだ」

「……なんだよヴェロッサ」

「君には姉上がいたりしないかい? いやぁ、君に良く似たすごい美人がいてねぇ」

「知るか……!」

通りがかったヴェロッサを怒鳴りつけ、頭を抱えたい気分になった。

こんなのばっかりかよ……!












[3690] IFな終わり その一
Name: 角煮◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2009/02/11 02:24

もし、ゼスト隊長がクイントとメガーヌの突撃を良しとしなかったら。
そんな終わり。






























嗚呼――もう嫌だ。

もう、どうにでもなれ。

「……エスティマ?」

心配そうな声。それと共に、チンクが俺の頬へと手を伸ばしてきた。

それをぼんやりと眺めながら、半ば反射するように腕が動いた。

鈍い音を立てて、チンクを手を払いのける。

瞬間、彼女は傷付いたような顔をしたが、興味はない。

混乱と共に熱を持っていた胸の内が急速に冷えてゆくのを感じながら、俺はゆっくりと口を開いた。

「分かった。俺が欲しいと言うのならば、良いだろう」

「エスティ――」

「ただし」

名を呼んだ彼女の声を遮って、目を伏せる。

瞼の裏に浮かんできたのは、俺が守りたいと思っていた人たち。

だが、俺の存在が皆を不幸に突き落とすというのならば、仕方ない。

……仕方ないんだ。

ごめん、と誰にともなく――否、全ての人たちに謝罪をする。そうすると、自然に口の端が吊り上がった。

自嘲だ。

「この研究所に踏み込んだ第三課の人間を逃がせ。それが条件だ」

「……少し待て」

チンクは表情に陰りを浮かべながら、目を伏せる。

おそらくはスカリエッティと念話でもしているのだろう。一分か。二分か。たいして長くもない時間が流れると、彼女は視線を向けてきた。

「条件を呑むそうだ。……その、良かったな」

「ああ。まったく、嬉しいことこの上ない」

「あ……」

もう用事はない、とばかりにチンクを視界から退けると、足元に落としたSeven Starsを手に取る。

そしてモードリリースを行うと、バリアジャケットを解除した。

……これから俺はどうなるんだか。

期待も絶望もなく、ただ空虚にそんなことを考えた。





















リリカル IF wonder





















誰も知ることのできないことだが、エスティマが自らスカリエッティの側へと向かったことで、いくつかの変化が現れることとなった。

まずは、首都防衛隊第三課のことを。

エスティマが出した条件は履行され、本来のメンバーは誰一人欠けることなく生き延びることができた。

最も大きな違いとも言えるのは、やはりクイントとメガーヌだろうか。

クイントが生きていることで、ギンガはともかく、スバルは魔導師を目指すことがなくなった。

それ以外の変化と言えば、ナカジマ家には長男が生まれることだろうか。その子に『エスティマ』と名付けたクイントがどのような心境だったのかは、分からない。

また、メガーヌが生き延びたことで、ルーテシアがレリックウェポンに改造されることもなくなった。

年相応の子供として育った彼女には、本来ならば随分と先に与えられることとなる笑顔があった。

ゼスト・グランガイツは、事件後にすぐ管理局を辞めた。辞職を引き留める者は多くいたが、それに応じることなく、彼は表舞台から姿を消した。

次は、海の方を。

リンディ・ハラオウン。エスティマを陸へと送り出すのに噛んでいた彼女は、エスティマが行方不明となったと聞いて後方に下がった。

それと同時期に、高町なのはは戦技教導隊を目指すという夢をねじ曲げて執務官を目指すようになる。

死亡ではなく行方不明とされたエスティマを見付ける、と諦めていなかった彼女の姿は、らしい、と言えるが――しかし、彼女の撃墜は避けられずに発生した。

最も変わりがないのは、おそらくクロノ・ハラオウンだろうか。彼は順調に出世を重ね、若い提督となり活動を続けている。

次は、聖王教会の方を。

八神はやては、エスティマから助けを求められていたのに力になることができなかったと深く落ち込んだ。

しかし立ち直りは早く、彼女は管理局にも籍を置き、特別捜査官としてエスティマを絶対に見つけ出すと精力的に動き始める。

彼女はエスティマが死んでいると思ってはいなかった。これは彼らの友人が共通して信じていることだが。

根拠は、彼の守護騎士であるシグナムが存在し続けていることだ。彼女が存在し続けている限りエスティマは生きている。それだけを支えにして、はやては動き続けていた。

守護騎士たちの反応は様々だ。

ヴィータとザフィーラはエスティマがいなくなったことを悔やみ、はやてに同調して、彼の捜索を続けている。

シグナムも、いなくなった父親を捜し出すために学校を卒業してからすぐに管理局へと入り、はやての補佐官として働いている。

本来よりも大幅に遅れて完成したリインフォースⅡとなのはの守護騎士となっているシャマルの二人は、やや他の守護騎士たちと温度差はあるが、それは仕方のないことか。

エリオやキャロについては特に説明することはない。彼らを普通の子供として扱う者は現れなかった。

ティアナもまた、スバルという友人を得ることができず、ただの陸士として管理局にいる。

そして、最後に。

フェイトとアルフ。そしてユーノは――





























もうすぐ着くかな。

ドアの外を流れる木々を眺めながら、ユーノはそんなことを胸中で呟いた。

クラナガンの南東にあるホテル・アグスタへと向かっているタクシーに乗ってから一時間と少し。

鬱蒼と生い茂る木々が少しずつ少なくなっていることからそう考え、ユーノは腕時計に目を落とした。

オークション関係者が集まる打ち合わせまではまだ時間がある。ホテルに着いたら、少しは休むことができるだろうか。

ふと、右腕に何かが寄り掛かった感触に、彼は顔を動かす。

見れば、そこにはアルフと一緒に寝息を立てている妹の、フェイトの姿があった。

穏やかな彼女たちの顔に、ユーノは柔らかな笑みを浮かべる。

やはり疲れているのだろうか。熟睡している様子から、そう考える。

しかし、それも仕方のないことかもしれない。スクライアの護衛隊として仕事をし、空いた時間をエスティマの捜索にずっと当て続けているのだ。

こんな時ぐらいしか休めないのだから、そっとしておこう。

溜息を吐いて、ユーノは再び外へと顔を向ける。

疲れている彼女たちを見て、ふと、彼の脳裏にどうしてこんなことになったのかという思いが浮かび上がってきた。

今のユーノにならば分かる。高い戦闘能力を持っていようと、社会的に立派な地位を得ていようと、まだ子供でしかなかったエスティマがどれだけの重荷を背負っていたのか。

関係ないのかもしれないが、しかし、彼の心を蝕んでいたことだけは確かだろう。そうでなければ、エスティマが膝を屈して自分たちの前から姿を消すなんてことは有り得ない。

その重荷の中にはきっと自分たちも含まれていた。声ならぬ声で悲鳴を上げ続けていた弟に何故気付いてやれなかったのかと、何度目になるか分からない後悔が沸き上がってくる。

エスティマがいなくなって、彼に近しい者たちはそれぞれの反応を示したが、最も影響の大きかったのはやはりフェイトだろうか。

母に加えて兄までも失った彼女は、彼を助けてくれなかった部隊の者たちを責め、兄と距離を置いていたことを悔やみ、暴走とも言える捜索を開始した。

しかし、がむしゃらに捜索したところで見付かるわけもない。しかし、彼女自身が兄を奪ったと思い込んでいる管理局に所属しようともせず、いたずらに時間だけが過ぎて行った。

そんな中身のない時間が、今に続いている。

ユーノがフェイトの手綱を握ることで、辛うじて、なのはのようなことが起きないよう気を遣ってはいる。

だが、もう限界が近いのかもしれない。

いつまでもエスティマに拘っているわけにもいかないだろう。諦めるつもりはユーノにも毛頭ないが、フェイトにも彼女の人生がある。

このまま時を浪費し続けて良いのか――そんなことを、最近は良く考えるようになってしまった。

そうして思考に没頭している内に、タクシーはホテル・アグスタへと到着する。

「ん……ほら、フェイト。着いたよ」

起きて、と何度も肩を揺することで、ようやくフェイトは目を開けた。

「ん……着いた?」

「うん。アルフも起こして。降りるよ」

分かった、と寝ぼけ眼のフェイトがアルフを起こすのを見ながら、ユーノは代金を支払ってタクシーから降りる。

風に乗って届く緑の匂いは濃い。人外魔境で遺跡を掘っているユーノからすれば珍しいものではないが、それ故に落ち着く。

足取りのおぼつかないフェイトに歩調を合わせてホテルに入ると、そのままフロントへと向かった。

そして予約しておいた部屋の鍵を受け取ると、アルフへと手渡す。

自分はともかく、フェイトやアルフをここへ連れてきたのは、骨休めのためだ。

二泊三日のちょっとした小旅行。自分もフェイトも、少しは疲れが取れればと、そう思ったのだが――

「あ……ユーノ、さん? それに、フェイトさんにアルフさん?」

ふと、あまり聞き覚えがない――それでも、間違えようもない声に、ユーノは振り返った。

そこにいたのは、陸士の制服に身を包んだ八神はやてだ。

彼女の姿を目にして、ユーノは口を開こうとするが、上手く言葉が出てこなかった。

普通に挨拶を返せば良いとは分かっているが、どうしても舌が回ってくれない。

……八神はやてとの確執は、もう殆どないと言って良い。

それらのすべては、エスティマが姿を消すと同時に消えたようなものなのだ。

彼を追い詰めていたのは彼女だけではなく自分たちも。そんな罪悪感から、エスティマと最後まで仲の良かった彼女を邪険に扱うことができなくなっていた。

しかし、それはユーノだけであり、

「……八神さん」

底冷えするような声。

滅多に聞かない妹の声色に冷や汗を僅かに浮かべながら、ユーノはこっそりと溜息を吐いた。

エスティマと最後まで仲の良かった八神はやて。

そんな彼女に対して、自分とは違い、フェイトは嫉妬している。

それが例え自業自得なのだとしても、だ。

……なんでこんな巡り合わせが悪いのさ。

そうぼやきを上げたい気分になりながら、ユーノはどうやってこの場を取り繕うかと頭を回し始めた。




































「……無茶だろうこんな任務」

「ぼやくな。ドクターの命令だ、エスティマ」

「分かってるけどさぁ」

溜息を吐く俺へと向けられるのは、呆れたような視線。

ガリガリと頭を掻きむしりつつ視線を合わせると、しょうがないじゃん、と前置きして口を開く。

「オーバーSランクの魔導師が警備に付いてる場所なんて、誰も襲いたくないってば」

「お前だってオーバーSランクだろう」

「だから嫌なんだって。どれだけ厄介なのかなんてのは、充分に理解してる」

「お前はそればっかりだな。働きたくないのか?」

「働くにしたって限度ってもんがあるだろ!? なんだよ、出るとこ出るとこオーバーSランクが出張って!
 そんなに俺を殺したいのかスカは!」

そう叫びを上げると、更に強くなる呆れの気配。彼女――チンクはこめかみを指で押さえると、あのなぁ、と口元を引き攣らせた。

「私たちの中で最も改造を重ねられ、手間と金をかけられているのはお前なんだぞ?
 それに見返りを求められるのはしょうがないだろう」

「誰も改造してくれなんて頼んでないっつーの!」

そうとも。

寝て起きたらスペックが上がってましたー、なんてのは既に日常茶飯事。

バトルジャンキーってわけじゃないんだから、有り難みなんて欠片もない。

……まぁ、恨むのならスカリエッティよりも、この体に入り込んだっていう妙な体験を恨むべきなんだが。

ふと気付いて、体が子供になっていましたー、なんてイベントが起きたのはどれだけ前のことだろうか。

元はただの一般人だったのに、目が覚めてみればプロジェクトFの素体+部分的な戦闘機人+レリックウェポンなんていうビックリボディだ。

憑依なんて現象――現象と言って良いのか疑問だが――が起こるにしたって、もっとマシな体になりたかったよ。

……まぁ、そんなことを口にすればスカリエッティに何をされるか分かったものじゃないので黙ってはいるが。

それにしたって、過酷すぎるぞ第二の人生。テロリストになる運命が決まっているだなんて。

「……まったく、しょうがない奴だなお前は」

生まれの不幸を呪っていると、不意にチンクが近付いてきた。

彼女はぎゅっと俺の手を握ると、上目遣いにこちらを見る。

そして、

「……なんだ。最近、その、して、なかったし……任務が上手くいったら、だな……」

「あ、はい。頑張ります」

即答する。

我ながら現金な人間だ。

俺の返答に満足したのか、チンクは顔を赤らめながら距離を取ると、馬鹿者、と上擦った声を上げた。

「……あー、あのさぁ。準備、整ったんだけど」

ふと、どこか遠慮するような声が聞こえた。

そちらを見ると、木陰から申し訳なさそうなアギトが顔を出している。

俺は俺で咳払い。チンクは顔を背けると、同時に、ごめん、すまん、と謝った。

「いやまぁ、良いと思うけどさぁアタシも。けど、ところ構わずイチャつくのも控えろよなー?
 そんなんだから他の連中が組むのを嫌がるんだって」

「え、そうなの?」

「気付いてなかったのかよ!? 余計にタチが悪いって!」

あーもー、と言わんばかりに空中で暴れるアギト。

彼女は空中を泳ぐような滑らかさで飛ぶと、俺の頭上へとやってきた。

……そう。どんな因果か知らないが、アギトを管理局の施設から助け出したのだ、俺は。

原作ではスカリエッティ側にいたゼストもルーテシアも存在しない。エスティマ・スクライアという異物が入り込んだせいで、なんらかの作用があったと考えるべきなのだろうが……。

もしくは、IFの世界に紛れ込んだとか。分からないな。

「……そ、それでは、行ってくる。ヘマをするなよ」

「そっちこそ。捕まりそうなら、逃げてくれよ」

「……ふん。姉を心配するなど、十年早い」

どこか拗ねたような口調で言うと、チンクは林の中に姿を消した。

……さて、と。それじゃあ。

「アギト。こっちも始めようか」

「あいよー、エスティマ」

やる気のない声だが、視線だけは真剣だ。

彼女は俺の胸に近付くと、そっと手を差し出す。

そして、

「ユニゾン、イン!」

セットアップが開始される。

魔力反応を隠すために設けられていたリミッターが全て排除され、膨大な魔力が溢れ出す。

形成されるバリアジャケットは日本UCAT型の物。そこにアギトとのユニゾンを示すように、ファイアーパターンが走る。

それに呼応して、首元に下げていたデバイス――Seven Starsが起動を開始。金色の戦斧を純白の装甲が彩り、白金のハルバードが顕現。

……さて、セットアップは終了だ。

両肩にアクセルフィンを形成し、一気に空へと飛び立つ。魔力光の残滓と共に紅蓮の炎が宙に舞った。

『ところでさー、エスティマ。ここの警備ってそんなに厳重なのか?』

「いや、そんなことはないよ。割と穴だらけ」

胸の内から聞こえる声にそう応えながらも、思い出して辟易とした気分になる。

……だってなぁ。

「けど、総合SSの魔導師が警備についてるんだぜ? セットでAAAが二人。もう馬鹿かと」

そうなのだ。

どこから漏れたのか知らないが、今日行われるロストロギアのオークションの襲撃を察知されたらしい。

察知されたのだから止めれば良いものの、スカリエッティはオモチャを自慢するような子供の顔で、

「なら君の力を誇示してきたまえ!」

とかのたまう始末。

示してどうするんだよ。自己顕示欲の塊め。

『けどさぁ、エスティマ。そのぐらい、お前なら勝てるって』

「いや……補正がかかってそうな相手なんだよなぁ」

警備に当たっている局員は八神はやて。そして、ヴォルケンリッター。

アギトを俺が助けたように、こちらもこちらで原作とは違う道を歩んでいるようだ。

機動六課は設立されず。そして、守護騎士の内二人は魔導師ランクが大幅に下がっている。

原因がなんなのか知りたい限りだ。

とにかく、フルスペックの八神家を相手にするよりは楽なんだろうが、それにしたってこれはあんまりだ。

……憂鬱だなぁ。

『珍しく弱気だな。……嫁が頑張ってるのに、旦那がそれで良いのかよ』

「いや、嫁とかではなく」

『ああもう、鬱陶しい! 陽動のお前が失敗したら危ないのはチンクなんだぞ!?
 白刃一閃推して参る、ぐらいの気迫を見せてみろよな!』

「俺、ブシドーでもマスラオでもサキガケでもないから。
 ……でもまぁ、そうだな。あの子を危ない目には遭わせたくないもんな」

『いよーっし、その調子だ!
 お、来たみたいだぜ? 名乗りを上げるか!?』

「止めく。そして、テンション高すぎ」

おそらくは、わざと騒がしくして戦意を上げようとしてくれているのだろう。

ありがとな、と口に出さず伝えて、Seven Starsを握り締める。

そして、アギトに砲撃魔法へと炎熱付加を頼もうとすると――

『おい、エスティマ! エスティマなんだろ!?』

ガツン、と殴るような念話が届いて思わず顔を顰めた。

しかも、それだけじゃ終わらない。

『エスティマ!』

『エスティマくん!?』

『父上なのですか!?』

「アギト、念話のジャミング!」

『おうよ!』

マルチタスクも発動していないのにいきなり同時に念話を聞くなんて無茶だっつーの。

……しっかし、なんだ今のは。特に最後の。

管理局側の原作キャラたちとコンタクトを取った覚えはないんだけど。

……少し、気になるな。

それに、話を聞く姿勢を示せば向こうを引きつけることだってできる。

そう考えると、再びSeven Starsを握り締め、

――黒いデバイスコアが、不穏な輝きを見せた。

……意識が遠退く。

うお、これは――



























――ホテル・アグスタ襲撃事件。

これの襲撃犯は、ストライカー級の"女"魔導師と戦闘機人。それらを捕らえることは出来ず、警備に参加していた一部の魔導師と、宿泊客として訪れていた一部の者は失意に沈むこととなる。

その後の話は、決してハッピーエンドには至らない代物だ。

原作通りに起こったJS事件を止めることはできず、聖王のゆりかごは軌道ポイントに到達し、ミッドチルダはたった一人の次元犯罪者に屈することとなった。

……蛇足だが、ジェイル・スカリエッティ側にはこの戦乱の立役者とも言える一人の魔導師がいる。

エスティマ・スクライア。数々の改造を施された、異邦人。

しかし、その人物が彼であることを知る者は少ない。

何故ならば、彼の出てくるところには必ずと言っていいほどに忘れ去った知人たちが出張り、その度にスカリエッティによる意図的な融合事故を発生させられたからだ。

……ある意味では、ユニゾンデバイスのアギトのお陰か。

ともかく。

これが一つの終わり。IFである。









[3690] IFな終わり その二
Name: 角煮◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2009/02/11 02:55
※用事ができて十四日に投稿ができなさそうなので、完成している分だけを上げます。申し訳ありません。

A’s編九話より分岐。
もしエスティマがはやてよりフェイトを優先したとしたら。






















「彼女を止めることは君にしかできない。他の誰にもできないことだ、これは」

「分かってるよ。くそ、なんで……」

いや、分かっている。

俺はフェイトについていてやるべきだ。

しかし、そうするとかなり行動が制限される。

……はやてを取るか、フェイトを取るか。そういう選択になるのだろうか、これは。

はやてを救うためにはフェイトを誰かに任せて動き回るしかないが、フェイトを安心させるには――たとえ彼女が俺のことを正しく認識できないのだとしても、側にいてやるしかない。

どちらかを選ぶしかないのだろうか。

天秤にかけること自体が不可能な二つの事柄。

取捨選択を行うしかないのか?

だとしたら……。

だとしたら、俺は――

「……そう、だな」

……俺は、フェイトの兄なんだ。

血の繋がりがどうとか、クローンだとか、そういうことじゃあない。

俺は彼女に兄なのだと嘘を吐いて、その役目を全うするのだと決めた。

それなのに軽率な行動で彼女を悲しませ、あの様だ。

その責任は取らなければならないんじゃないのか。

……ふと浮かび上がってきた考えが、価値観の天秤を傾かせる。

頭の片隅で組み上がっていたこれからの行動がボロボロと破綻し始め、下手な博打を打つんじゃないと、何かが囁く。

そして、

「……エスティマ。何を迷っているんだ?」

そんなクロノの一言が、トドメとなった。

……そうだ。

俺は何を迷っているんだ。

もう手の打ちようがないヘマをした俺に、チャンスなんかない。

これ以上の最低な状況が出来上がってしまう前に、この事件を終わらせよう。

「……クロノ。話がある」

「ああ。なんだ?」

「闇の書の在処。何故俺が襲われたのか。裏で暗躍している連中のこと。どれから聞きたい?」

俺の言葉にクロノは驚きに目を見開くと、すぐに視線を鋭いものにする。

向けられる視線から思わず視線を逸らし、

……こうするしかないんだ。

そんな言葉が脳裏に浮かび上がってきた。




















リリカル IF wonder



















クロノへの説明はそれほど長いものではなかった。

PT事件の際に俺がはやてに保護されて、そこで不自然なストレージデバイスを発見した。

解析はできず、持ち主であるはやてにもそれを使っている痕跡はなかったので管理局にも知らせずにいたが、先日、クロノから聞いたことで闇の書関連のことを知り、それについて調べていたら嫌な予感がした。

はやては魔法や次元世界のことをまったく知らない子だったので、大事にならない内に回収しようと思って海鳴に向かったのが一月前のこと。

しかしその頃には闇の書が起動を始めており、俺の存在を怪しんだヴォルケンリッターによって口封じをされた。

それに関連して、八神はやての周りをうろついている妙な人影がある。おそらく闇の書に関係しているのではないか。

……それだけだろう、俺が言えるのは。

憑依云々なんてことを口にしたって信じて貰えない。いや、それどころか病院に押し返されるんじゃないかな。

……まあいい。

これからどうなるかだなんて、あまり考えたくはない。

はやてが管理局に保護されれば、もう戦力を出し渋る必要がなくなる。きっと芋づる式にシグナムも捕まるはずだ。

そうすれば魔力の蒐集だってできなくなる。

その果てに何が待っているのか――どうなったって、もう原作以上にはならないんだ。

誰にも顔向けができない。今は手元にないLarkにだって。

……こんなことになるぐらいなら、始めから何もしなければ良かったんだ。

きっと上手くいくと思い込んで踏み出した勇み足が、ぽっかりと空いた落とし穴にはまるなんて、どんな不様だ。

その上最後には面倒を見てくれた友人を売って、始末を他人に任せるだなんて。

……状況も、俺自身も、最悪すぎる。

ふらふらと廊下を歩き、角を曲がる。

その先にあるのは局に用意してもらったフェイトの部屋だ。

一歩一歩を踏み締める脚が酷く重い。

けれど俺は、フェイトの兄であることを選んだのだ。

だからせめて、彼女ぐらいは……自分自身に課した役目ぐらいは、果たさないと。

遅々として進まない歩みだとしても、やがては目的地にたどり着く。

フェイトがいるであろう部屋のドアを前にして、一瞬だけ目を伏せた。

そして息を吐くと、部屋に足を踏み入れる。

電気も、スタンドすら点いていない部屋の中は真っ暗で、廊下から差し込む光のみが光源だ。

先程まで訓練をしていたようだし、疲れているのだろう。

髪を解いたフェイトは胎児のようにベッドの上で丸くなり、寝息を立てている。

鍵も掛けないで不用心――いや、アルフがいるのだから、そうでもないのか。

今は席を外しているようだが、その内戻ってくるのかもしれない。

ドアを閉めると、足音を立てないようにフェイトの眠るベッドへと近付く。

ベッドサイドにあるスタンドに明るすぎない程度の光を灯すと、ベッドを背にして床に座り込んだ。

空調の吐き出す排気音を耳にしながら、ぼんやりと天井の隅へと視線を向ける。

薄く光に照らされたそこは、まるで袋小路へと陥った俺の状況を表しているようで、妙な親近感が湧いてしまった。

飽きもせず――いや、何も考えていないのだから飽きることすらない。

そんな風に、ぼう、と視線を彷徨わせて、どれぐらい経った頃だろうか。

ん、と短い声が背後から上がり、振り返る。その先には寝返りを打ったフェイトの顔があり、少しだけ驚いた。

……こうやって見ていると、本当、年相応の顔をしている。

けれど、目覚めている時は違う。戦いの中に身を置いて、復讐に心を焦がして。

……彼女をそんな風にしたのはプレシアであり、俺か。

なんだ。あの女を責めることなんて、できやしないじゃないか。

体をフェイトの方へ向け、ほつれた髪の毛を掬おうと手を伸ばす。

そうすると、唐突にフェイトの目が開かれた。

まだ夢うつつの状態なのだろう。焦点の合っていない、半開きの視線が向けられる。

「ん……兄さんだぁ」

辛うじて聞き取れるぐらいの小さな声色。

しかし、フェイトの言葉には幸せそうな響きがあった。

衣擦れの音を立てながらフェイトはゆっくりと腕を動かして、俺の手を取る。

掴む力は酷く弱々しいが、じん、と染み入るように温かい。

……しかし、掌にできた固い感触――きっとタコだろう。デバイスを握り続けてできた。その感触が浮いていた。

フェイトの手を握り返し、何を言おうか――そう迷うが、

「……ただいま」

ありきたりの言葉が零れた。

その瞬間だ。

弱々しかった手を握り力が増し、痛いぐらいになる。

微かに顔を顰めるが、薄暗い中では分からないのか。それとも、構おうとは思わないのか。

茫洋とした視線はそのままで、フェイトは幾分かはっきりとした声を出した。

「……兄さん?」

「ああ」

「兄さん……だ……」

自分自身で口にした言葉を咀嚼するように呟き、そして、フェイトは横にしていた体を起こした。

子犬がじゃれつくように――いや、そんな生易しいものじゃあない。

逃さない、とでも言うように繋いだ手を握り締め、フェイトは俺を床に押し倒す。

その際に俺は後頭部を床にぶつけるが、彼女が気にした様子はない。

フェイトは空いている腕を俺の首に回すと、そのまま抱き付いてくる。

息苦しさと、鼻に届く汗の臭い。続いて、鈍い痛みが首筋を襲った。

締め付けられるような――おそらく、噛まれているのだろう。犬歯の刺さる痛みが、ちりちりと頭に届く。

そして続くのは、押し殺した嗚咽だ。

熱を持った吐息がそのまま噛まれた肌に当たる。じんわりと服を濡らすのは、きっと涙だ。

しゃくり上げる度に肩が揺れて、うう、と猫の喉が鳴るような嗚咽がずっと響く。

きっと密着していなければ、大声で泣きわめいているんじゃないだろうか。

……こんな風に妹を悲しませて、俺は何をやっていたんだ。

ずっとどこかで躊躇していた腕を伸ばして、歯を噛み締めながら、フェイトを抱き締め返した。

































それからのことだが。

執務官、クロノ・ハラオウンが担当した闇の書事件。

結論から言うと、これは、闇の書を凍結封印することで一応の解決となった。

はやての体が限界近くになるまで解決策は模索されたが、結局、出来たことは解決を先延ばしにすること。

闇の書がどういうものなのか。自分の命が残り少ない事実。

それらを管理局の説明によって理解した八神はやては、管理者権限によって闇の書を一時的に機能不全に陥らせ、自分ごと封印処理をされることを望んだ。

無論、ヴォルケンリッターたちも共に。

シグナムとシャマルへの凍結封印は、刑罰という扱いになっている。これはクロノ・ハラオウン執務官による裁量だ。

家族と過ごせるならばどれだけ時間が経っても構わない。そう笑っていた彼女を直視できた者は少なかった。

ちなみに、ギル・グレアムと使い魔の二人は、原作と同じように自主退職となった。

凍結封印が施される前に闇の書のデータは保存され、その解析が完了次第、彼女の凍結は解除されることとなっている。

しかし、古代ベルカの遺産であるユニゾンデバイスの解析、改変、復元が可能となるのか――それは、誰にも分からない。

聖王教会も協力はしてくれているが、終わる目途など一切ない。

素体のあったリインフォースⅡは例外として、今の技術力ではオーバーテクノロジーの結晶とも言えるユニゾンデバイスを扱うことなど不可能に近いのだ。

そもそも、それに関する資料すら、サルベージが困難だというのに。

……そう、困難だが――



































円筒形の、果てが暗闇の向こうへ広がる書架。収められている書物の数は、この空間につけられた名前を示しているかのようだ。

無限書庫。

知識の倉庫とされ、誰一人寄りつかない無重力空間で、今日もエスティマ・スクライアは検索魔法を行使する。

探しているものはユニゾンデバイスに関するデータ。

それがどんな些細なものでも良い。とにかく、八神はやてを助け出す手段を。

それだけを求めて、彼はずっと無限書庫に籠もっている。

聖王教会からスクライアへの『発掘』依頼として頼まれた仕事。それをずっと彼は続けている。

ノンフレームの眼鏡越しにある瞳は、どこか生彩を欠いていた。それは視力の低下ではなく、中身の摩耗によるものか。

それでも彼は魔法を行使し続け、今日もひたすらに情報を探す。

封印が行われる間際、未来で会おう、と強がりながら映画の台詞を真似た八神はやてとの約束を果たすために。

そうして、どれだけの時間が経った頃だろうか。

外では日の暮れた時間になった頃、エスティマのずっと下にある書庫の入り口が開いた。

姿を現したのは、使い魔を引き連れた一人の女性だ。

彼女は周囲を見渡してエスティマの姿を見付けると、花が咲いたような笑みを浮かべた。

「エスティ!」

決して外では口にしない呼び名。後ろに立っているアルフは、額に手を当てながら溜息を吐いている。

上にいるエスティマは、彼女の姿を目にして笑みを浮かべた。

濃い疲れが浮かんでいるが、それでも暖かな笑みを。























書庫に籠もって自らの人生を贖罪に当てている彼には、外のことなど関係はない。

戦闘機人事件も、JS事件も。

戦闘を行わなくなったエスティマから、スカリエッティも既に興味を失っている。

今の彼に干渉する人物は、親しい友人ぐらいのものだ。

――彼は、八神はやてとの約束を果たすことができるのか。

その答えは、随分と先に出るだろう。

これも有り得た終わり。IFである。









[3690] IFな終わり その三
Name: 角煮◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2009/02/16 22:09




もしエスティマが最大の分岐点で空気を読まなかったら。
そんなIF。
stsまで続けなかったら、多分こっちになってました。
※バレンタイン過ぎたけれど時間が取れずにバレンタインSSが難航してて今回はこれだけに。
申し訳ありません。
























『だが、それでも――』

届く念話の返答は、いつまで経っても煮え切らないものだ。

こっちとしては苛立ちが増すことこの上ないが、それも仕方がないだろう。

今回の生は騎士としてではなく、一人の人間として、八神はやての家族として過ごせるかもしれないと思っていたところへ俺が来訪したのだ。

寝耳に水どころの話じゃない。今すぐ答えをもらえるはずもないだろう。

……しかし、今じゃないと駄目なんだ。

八神家への監視が解けたのはクライドさんの命日という、一年に一度っきりのチャンスがあったから。

この機会を逃せば、きっと原作と同じような展開が待っている。

……それが悪いってわけじゃない。あれはあれでハッピーエンドと言って良い代物だ。

けれど、それじゃあリインフォースが救われない。ようやく手に入れた家族との別離を、味わうことになってしまう。

だったら――

「ところでさ、はやて」

「ん、なぁに?」

「魔法って、知ってる?」

「……え?」

生憎、シグナムは外に出ている。念話でコンタクトを取っていたのだから、今の発言は聞かれていないだろう。

……まぁ、残っている三人のヴォルケンズからは鋭い視線が送られてくるが。

それを無視して頭を下げると、再び俺は口を開いた。

「ごめん。ちょっと事情があって騙してたんだ」

そして足元にミッド式の魔法陣を展開すると、変身魔法を発動する。

一瞬のうちにフェレットへと姿を変えた俺に、はやては目を白黒させる。

「……え、エスティマくん?」

「イエス」

「……え、エスティマくんはエスティマくんやったんか」

まったくその通りなのだが、おかしな日本語を口にして、ほえー、と驚いたような声を上げるはやて。

その一方で、

『おいテメー、なんのつもりだ?』

ぶち抜くぞ、と今にも言いそうな気配の念話が届いた。

しかし無視。今の俺ははやてと会話しているんだ。

「俺がフェレットとしてはやてに拾われたとき……仕事でちょっとしたトラブルがあって仲間とはぐれちゃってさ。
 君が治療してくれなかったらどうなっていたか分からない。もう一度お礼を言わせてよ、はやて」

「あ、うん。どういたしまして。
 ……それはええけど、なんで今そんなことを?」

「いや、隠しているのも悪いからさ。
 基本的に管理外世界に魔法の存在を明かしちゃ駄目なんだけど、はやては知っているみたいだったから。
 ほら、ヴォルケンリッターの皆がいるしね」

「なるほどなー。そか、そういうことなら話は早いわ。
 ……うん、私も隠していてごめんな、エスティマくん。ヴィータたちは親戚じゃなくて――」

「待てよ!」

ほのぼのとした空気を引き裂いて、ヴィータの怒号が響き渡る。

彼女は立ち上がると、真っ直ぐに俺を睨みつけてきた。

手はポケットに突っ込まれている。おそらくはグラーフアイゼンを握っているのだろう。

「オメー、なんでアタシたちがヴォルケンリッターだって知ってる?
 いや……ってことは、闇の書のことも知ってやがんな。
 帰れると思うなよ。ウチで一生フェレットとして飼ってやる!」

叩きつけられた怒りは純粋であり、身がすくむ思いがする――が、最後のでなんか脱力した。

そして、

「ちょ、あかんよヴィータ! エスティマくんは人間やって!」

「え……けど、ザフィーラだって犬扱いされてるし……」

「あー、それもそうやね」

と、これまた脱力しそうな雰囲気を醸し出しながら、はやては顎に手を当てて考え込んでしまう。

思わずザフィーラに目を向けると、視線を逸らされた。

ザフィーラ……お前、苦労してるんだな。

「むー、エスティマくんも一時的にウチの子やったしなぁ」

「ストップ。論点がずれてます」

「ずれてねーよ!」

ぐだぐだぐだぐだ。

結局話が元の路線に戻るのは、俺からの念話が途切れて怪しんだシグナムが戻ってくるまで続けられた。
























リリカル IF wonder






















その後の話だが。

闇の書がどういう物なのか。起動しているだけでどれだけの負荷がマスターにかかるのかを説明すると、はやては管理局に保護を願った。

説得の最中に念話で、黙れ貴様、帰れ馬鹿、口を封じたほうが良いかしら、など聞こえたけれど忘れることにする。

今のままでは近い内に命が底を着く、と教えたときには別に良いとも口にしたが、ヴォルケンズの猛烈な反対に彼女は折れた。

おそらく、ここではやてが由としてもヴォルケンズは諦めずに自分たちの意思で蒐集を始めてしまっただろう。

そういう意味では、ここでそれぞれの考えを吐き出したこと自体は良かったと思う。

家族と平穏に過ごせるならばどうなったって良いというはやてと、彼女を死なせはしないというヴォルケンリッターたち。

人によって見方は違うだろうが、俺にはその様子が本当の家族のそれに見えた。

……家族、か。

そして、肝心な部分。管理局の元に下った場合、魔力の蒐集をどうするか。

これには一つの考えがあった。

以前、アルザスの害竜駆除をやったときのことだ。あれと似たような害獣駆除の仕事は他にもあるのかと探してみると、規模はこの間の任務ほどじゃあないが確かにあった。

魔力の蒐集はそれらの任務に出張って行えば良いだろう、と。

――そして、管理局へ。

クライドさんの命日に闇の書が発見されたなんて運命的な知らせを聞いたクロノは速攻で海鳴へと飛んできて、すぐさまはやての保護を行った。

ヴォルケンズの扱いだが、過去のこともありこの段階では保護観察に。はやての制御下に置かれているのが確認されると、彼女たちへの対応は先延ばしへとなった。

その後に始まったのは、ヴォルケンズ、なのは、フェイト&アルフ、俺、クロノを動員した魔力蒐集。クロノは俺の意見を汲んでくれたのだ。いい顔はしなかったが。

後のリインフォースとの戦闘があるので魔導師からの蒐集は許されなかったが、それでもこの人数で最低一人一日一頁のペースで集めれば三ヶ月で溜まる。

ユーノは俺の提案したプランが正しいのか裏付けを取るために無限書庫での調べ物を行っていた。裏方だが、あいつが頑張ってくれなければ最終段階のゴーサインは出ないだろう。

各々が出来ることをやり、時間が経ち。

そして、四ヶ月目。

遂に防御プログラムを破壊する作戦の日となった。



























「エスティマくん」

「ん、なのはか」

本局に用意してもらった自室でLarkを弄っていると、不意になのはが顔を出した。

振り向かずに手を動かし続ける俺に構わず、彼女は部屋へ上がると、ベッドに腰掛ける。

慣れたものだ。まぁ、この四ヶ月で彼女と組んで魔力蒐集を行うことが多かったからなんだが。

俺は片手でタイピングを続けながら、もう片方の手でカップにティーパックを入れるとお湯を注いで、なのはに差し出した。

「ありがとう。ね、何やってるの?」

「Larkの整備。これから最終決戦だし――」

「……エスティマくん。たしか、クロノくんに出撃禁止って言われてなかったっけ?」

「ははは、気のせいですよ」

「駄目だよー! もう、この四ヶ月で何回リンディさんに怒られたと思ってるの!?
 私だってフルドライブは禁止って言い付けを守ってるのに!」

「冗談、冗談だから怒らないで……」

「怒りもするの!」

まったくもー、と結んだ髪を踊らせながら頬を膨らませるなのは。

御立腹の彼女は苛立ちを紛らわせるようにカップを口に付けるが、あつ、と短い悲鳴を上げた。

「……ねぇ、エスティマくん」

「何?」

「はやてちゃんに声かけてあげないの?
 今会わなかったら、しばらく顔を合わせられないよ」

「そうだな。けど、今は家族水入らずで過ごさせてあげたいじゃないか」

……家族。家族か。

なんとなく口にしたことだが、きっとそれは、ここ最近考えていることもあるからかな。

そこまで話すと、邪魔になるとでも思ったのか、彼女はベッドの上に転がっていたデバイス雑誌を捲り始めた。

そしてしばらく経つと、雑誌を指差しながら顔を上げる。

「ねぇ、エスティマくん。このマギリング・コンバーターっていうのなんだけど……」

「うん」

「欲しいなー、って」

「予算のほどは?」

「ふ、奮発して七千円!」

「桁一つ増やしてから出直してきなさい」

「そんなの無理だよー!? っていうか、パーツの値段より高くなってる!」

「インテリジェントデバイスはパーツとのマッチング調整やら何やらで整備に手間も金もかかるの。
 俺だって自分でLarkを整備することで金を浮かしてるんだし」

「うぅー、フェイトちゃんやエスティマくんはデバイスを改造しているのに、私だけそのまんまだ……」

「いや、そのままでも充分高性能だからレイジングハート。
 ……え、魔改造して良いの? レイジングハート・ウーンドウォートという改造プランがだね……」

『No!』

「だそうです」

「むぅ……」

レイジングハートにも拒否されてふくれっ面になるなのは。というか、本気で嫌がったねレイジングハート。

そうしている内に時間が経ち、アースラの出航時間となった。

なのはは雑誌をベッドの横にある本棚に差し込むと、よいしょ、と勢いを付けて立ち上がる。

「時間だよ。行こう」

「んー、先に行ってて。もう少しで終わるから」

「戦わないんだから別に良いんじゃ……」

「いやぁ、なのはがヘマしたら助けに入るぐらいはしないとだしなぁ」

「ひっどーい! 心配される側の人にそんなこと言われたくないの!」

「同じ穴のムジナの癖に……」

「そんなことないの!……もう、先に行くからね。遅れちゃ駄目だよ?」

「はいはい」

分かってるんだか、と肩を竦めて出て行くなのは。面倒見の良い子だ、本当。

「……さて、と」

なのはがいなくなったのを確認すると、机の引き出しを引っ張り出す。

そこにはびっしりとカートリッジが詰まっている。この四ヶ月、こつこつと溜めたものだ。五十発近いかな。

持てるだけカートリッジをバリアジャケットのポケットに流し込むと、トイボックスからLarkを切り離し、首に掛けた。

なのはが言っていたように、闇の書事件のクライマックスに俺の出番はない。日頃の行いが良いのになんだこの仕打ち。

少しばかり無茶をして、少しばかりカートリッジを使っているだけだっていうのに。

まぁ良いさ。これはこれで都合が良い。最初から最終決戦に参加するつもりはないんだ。

なのは、フェイト、クロノに加えてヴォルケンズ。これだけの面子が揃ってリインフォースに負けるなんてこと、有り得ないだろう。

それに加えて魔導師からの蒐集を行っていないんだ。リインフォースが使える魔法なんて、きっとブラストフレアとかそこら辺なんじゃないだろうか。

……いや、リインフォースのブラストフレアは割と凶悪なんじゃ。

まあ良いや、と思考を打ち切ると、リンディさんへ電話を繋ぐ。

体調が悪いので本局で大人しくしてます、と。

まぁ、俺が大人しくしているわけもないのだが。

アースラが出航するのを待つと、俺は転送ポートへと向かう。

スタッフの人に適当な嘘を吐いて防御プログラムを破壊する舞台となる惑星へと飛ばしてもらうと、すぐさまフェレットモードに変わり周囲の警戒を始めた。

無人惑星。その中でも一際荒廃した場所。

見渡す限りに荒れ果てた大地が広がり、空には曇天が広がっている。

数々のクレーターが確認できることから、元々なんらかの文明があったのではないかと想像することができた。

その一角。鋸状に突き立つ岩石の集合する場所。

姿を隠すとしたら、ここぐらいしかないのだが――

「やあ、どうも」

いた。

岩石の上に立ちながら、岩陰に身を潜ませる二人の青年に声をかける。

彼ら――いや、彼女たちはビクリと身を震わせるが、声の主が俺だと気付くと、警戒しながら鋭い視線を向けてきた。

そう。

俺が最終決戦に参加しようとしなかったのは、この二人の動きがどうしても心配だったからだ。

グレアムの計画を根底から破壊する行動を取ったせいだろう。姿を一切現さず、魔力の蒐集を行っている俺たちを、彼女たちは邪魔しなかった。

いや、それが正しいのかもしれない。彼女――リーゼ姉妹の目的は、闇の書の凍結封印なのだから。

すべての頁が埋まる瞬間を待ち、凍結封印が可能となる瞬間を狙う。そんなところか。

妨害行動を取ったならば捕らえる大義名分を得ることはできただろうが、彼女たちは傍観に徹していた。

それ故に、今この瞬間まで、顔を合わすことができなかったのだ。

「すみません。この世界は関係者以外立ち入り禁止となっています。
 お引き取りを――」

「エスティマ・スクライア。姿が見えないと思ったら、ここにいるとは」

「これ以上の邪魔は、許さない」

やっぱり話は聞いてくれないか。

舌打ちしたい気分になりながら、変身魔法を解除する。

その瞬間だ。青年の片方――おそらくはアリアか――は半透明のウィンドウを呼び出すと、ボタンを押す。

「ジャミングですか?」

「……良く分かってる。相変わらず小賢しい」

「それが取り柄の一つなんで。
 ……あのですね、出来れば、大人しくこの作戦を見届けて欲しいのですが」

「それはできない。成功するかも分からない賭に乗るつもりはない」

……まぁ、そうか。

今まで逃し続けてきた闇の書。それの解決方法としてようやく凍結封印という答に辿り着いた彼女たちからすれば、現在進められている手段なんて分の悪い賭にしか見えないだろう。

そもそも知識の出所が原作なんていう、誰も信じてくれないような類の代物だ。

神様面した傲慢な振る舞いにしか思えないんじゃないだろうか。

……だが、それでも。

胸元に下がったLarkを握り締め、俺は二人を見据える。

「確かに、成功するかどうかなんて蓋を開けてみなければ分からないでしょう。
 けれど、俺は友達を見捨てたくはない。氷の牢獄に閉じ込めることを許さない。
 拾ってもらった恩を返したいし、物事は笑顔で終わるのが一番だ」

「……何様のつもりだ、貴様」

「はやての友達のつもりですよ。だからこそ、彼女を助けたい。
 ……Lark、セットアップ!」

『ドライブ・イグニッション。
 フルドライブ、スタート』

黄のデバイスコアが宙に浮かぶ、真紅のハルバードへ。そしてすぐに姿を変え、ガン・ランスへ。

――設けられたリミッターの類は、すべて外してある。なのはに整備と言っていたが、実際のところ、行っていたのはプロテクトの解除だ。

ソフト方面はへっぽこなので、随分と時間がかかってしまった。

真紅のガン・ランスを握ると、日本UCATの装甲服型バリアジャケットが装着される。

一瞬の内にセットアップを終えると、変形に使用したカートリッジを装填しつつ、リーゼ姉妹を見る。

「舞台は整っているんだ。邪魔はさせない」

「機は熟した。邪魔はさせない」

お互いに宣言すると、タイミングを見計らったかのように、彼方で黒い光柱が上がった。

……始まったか。

「お前を倒し、私たちは父様の願いを叶える」

「あそこには行かせない。一つの区切りを、笑顔で迎える」

『カートリッジロード。
 ――Zero Shift』

瞬間、世界が音を失う。

目に映るすべてが遅い、

空を泳ぐ分厚い雲も、砂塵を大量に含む風も。

その中で動けるのは俺と、Larkだけだ。

――そのはずだった。

「ツインブースト、アクセラレイション、イントゥイーション」

おそらくはアリアか。

彼女の発動した補助魔法によって、もう片方の青年――ロッテの動きに命が吹き込まれた。

元となった素体が動物ということもあるだろう。

至近距離では目視すら不可能な速度での移動を行う俺を、目で追っている。

そして、

「高速機動戦闘を行う敵など、今まで何度も相手にしてきている……!」

爆発的な加速を得て、ロッテの身が跳ね上がる。

真っ直ぐにこちらへと向かってくる彼女へ砲口向け、ラピッドファイアを放つ。音速超過で放たれるサンライトイエローの砲弾は、しかし、身を捩るだけで回避された。

舌打ちしつつLarkを横に振るが、ばらまかれた弾幕をかいくぐって、距離を詰めるロッテ。

舌打ちしつつ形成した魔力刃で切り払おうとするも、掌に集められた魔力によって斬撃が受け止められる。

ぶつかり合う魔力光が爆ぜ、力が拮抗し――

刃を受け流したロッテの繰り出した回し蹴りが、腹へと突き刺さった。

刹那の内にバックして勢いを殺そうとするも無駄だ。

Larkの展開したオートバリアを粉砕し、バリアジャケットを破壊して、鋭い蹴りが叩き込まれる。

勢いを可能な限り殺したが、そもそも俺のバリア出力など大したものじゃない。

リアクターパージが発動し、衝撃で密着していた俺とロッテは吹き飛ばされた。

だがそれで終わりじゃない。

『ご主人様!』

Larkの叫びで遠退いた意識が呼び戻される。

両肩のアクセルフィンに魔力を送って姿勢制御を行い、一気に上昇。

一瞬前まで俺のいた空間に突き刺さったロッテの拳に冷や汗をかきながら、まずい、と胸中で呟いた。

あっちはクロノすらあしらう歴戦の猛者だ。最初から勝とうだなんて思ってもいなかった。

足止めが精一杯だろうし、それが一番綺麗に終わると思っていたが、まさかここまでやるだなんて。

視界の隅で瞬いた魔力光に気付き、回避行動を取る。

アリアの援護射撃か。ゼロシフトを使っている今は避けることなど難しくもないが、ばらまかれれば逃げ道が減る。

そうすると、

「はああぁぁぁぁっ!」

しつこいぐらいに食らい付いてくるロッテから逃れる手段が減ってしまう。

バリアジャケットの破片を撒き散らしながら逃げ惑う俺と、アリアの張った弾幕に俺を追い詰めようとするロッテ。

その両者の間を縫うようにして駆け抜け、なんとかして時間を稼ごうとするのだが――

「Lark!」

『カートリッジロード。
 ディバインバスターA.C.S.』

ガン、ガン、ガン、と三度の炸裂音。

不可視の翼が大きく羽ばたき、ストライカーフレームが形成され、サンライトイエローの光が砲口に集う。

こうなったら、アリアを無力化してロッテの強化を解くしかない。

ゼロシフトを使いながらのA.C.S.。それによってロッテを大きく引き離し、上空から逆落としにアリアへと迫る。

ロッテはともかく、アリアは俺の動きに着いてこれない。

これなら――!

「させるか……!」

加速し、視界が前方一点に狭まる中、アリアを庇うようにロッテが立ちはだかる。

擦れ違い様に一撃を叩き込むつもりか。だったら、

「ディバイン――!」

『バスター』

アリアへと撃ち込む予定だった砲撃魔法をロッテへと。

グリップがビリビリと震える感触と共に吐き出されたサンライトイエローの光。

しかしそれがロッテの体を貫くことはなかった。

彼女は身を捩るだけの最小限の動きで砲撃を避けると、突撃する俺へと接近してくる。

まずい……!

歯を食いしばって制動をかけるも、間に合わない。

Larkを持ち替え、ついさっきまで進んでいた方向とは逆へと噴射を行うが駄目だ。

慣性を殺しきれず、ロッテの振るう腕が目前に迫り、

「――っ、あぁぁぁぁぁぁぁあああああ!」

空中に静止した瞬間、ロッテの手刀が右目を抉った。

ぐちり、と生々しい感触と共に眼窩で指が蠢く。痛みと気持ち悪さが一気に押し寄せ、意識が明滅する。

少しでも痛みを軽減しようとするかのように、勝手に喉が大声を上げるも意味はない。

吐き気が込み上げてくる感覚を最後に、ぷつぷつと意識が断裂を始め――

『ご主人様、蹴って!』

念話で届いたLarkの声に、体が反応した。

突き込まれた腕を空いている手で握り、ロッテの体を蹴り付けて固定する。

そして砲口を向け、

『離れなさい……!』

「くそ!」

Lark自らがカートリッジロードを行い、自動詠唱でのラピッドファイアが炸裂した。

今度こそ直撃したゼロシフトでの砲撃魔法。

その反動でこちらも吹き飛ばされるが、ロッテだってただじゃ済まないだろう。

『ご主人様、離脱を。早く!』

「わか……った」

返答し、飛行魔法を行使しながら、抉られた右目を手で覆おうとして、止めた。

どんな風になっているのか確かめるのが怖い。無事な左目からは堰を切ったように涙が溢れ続けている。

きっと右目からは、中身と血と涙が流れ落ちているんじゃないか。そう考えるだけで、急速に戦意が萎えるのを自覚した。

岩陰に身を隠すとフルドライブを中断し、可能な限り魔力反応を消す。

そしてその場に両手を突くと、吐瀉物を撒き散らした。

痛い、苦しい、気持ち悪い。

ガクガクと体が震え、今にもこの場に崩れ落ちてしまいそうだ。

ゼロシフトを行使しての砲撃魔法を使ったせいもある。あまりの痛みに、胸の奥――リンカーコアが握りつぶされるような錯覚を抱いた。

『しっかりしてください、ご主人様。
 今、止血と痛み止めを実行します』

足元にミッド式の魔法陣が展開し、治療魔法が発動。それで徐々に楽にはなってくるが、目を抉られた、という事実はあまりにも重い。

空戦魔導師にとって視覚が失われることは致命的だし、それ以外にも、目という特別な部位が失われたことに対する恐怖だってある。

岩に背中を預けて座り込むと、ここまでか、なんて言葉が脳裏に浮かんできた。

ここまで……ここまでなのか?

もし俺がここで諦めたら、不意打ちでの凍結魔法ではやては封印され、おそらくは誰の手も及ばない世界に転移させられるのではないか。

そんなことは許さない。

しかし、もう俺はまともな戦闘など行えない。

クロノに警告をしようにも、ジャミングがかかっていて念話が通じない。

……どうしろっていうんだよ。

諦めたくはない。しかし、脳を揺さぶるほどに響く頭痛が、徐々に思考能力を奪ってゆく。

失血のせいだろうか。猛烈な睡魔も迫ってきた。

こんなところで、終わるなんて……。

長い息を吐いて、左目を閉じようとする。

『ご主人様』

その時だ。

優しげな声色ではなく、叱咤する類の、張りのある声が響いた。

『何をしているのですか、ご主人様』

「……Lark」

『あなたは八神はやてに恩を返すのでしょう?
 なのに今、何をしようとしていました?』

「けど、もう俺は……」

『諦めるのですか?』

「……諦めたくはないさ。けど、どうしろってんだ」

『諦めなければ良いだけです。そのための力は、まだ残っています。
 目が抉られたのなら、私がご主人様の目になります。
 ……ご主人様。
 あなたは、八神はやてを幸せにするのでしょう?
 この世界で生きてゆくと決め、行うことの一つにそれを据えたのでしょう?
 ならば、諦めないでください。ここで折れてしまったら、ご主人様は、私はなんのために戦ってきたのですか?
 今までの積み重ねを無駄にしないために。そして、幸せを勝ち取るために、立ち上がってください』

「……簡単に言うよ」

『ご主人様がその気になれば、この程度の逆境は乗り越えられますから。
 ずっと側であなたを見てきました。だからこそ言えます。
 私のご主人様は、この程度では負けないと』

「過大評価だと思うけれど……」

そう口にし、岩に預けていた背を離す。

そして、頬を伝っていた涙を拭うと、

「……分かった。もう少しだけ、頑張ろうか」

ぎゅっとLarkを握り締めた。


































「……流石にもう諦めたか」

そうロッテは呟いて、左手に視線を落とした。

白いグローブは、中指を中心にして赤黒い血が広がっている。エスティマの血だ。その中にはゼリー状の肉片も混じっていた。

……ここまでするつもりはなかったんだけど。

酷い言い方だが、つい手が出た、というのが最もしっくりくるだろう。

アリアが行った強化魔法は速度の水増しと感覚の強化。

それでエスティマと互角の戦闘を行ったわけだが、実際のところは違う。

反応だけならばできる。だがそれは、猫の使い魔の特性である高い反射能力の恩恵をフルに使った、いわば獣じみた戦いだ。

体に染みついた戦闘経験から、半ば条件反射に近い形で繰り出される攻撃。エスティマの目を抉った手刀もその一つだった。

抵抗しなければ適当に気絶させたのだが、中途半端に手こずらせるからこうなる。

悪い、と思いながらも、いい気味だ、と心のどこかでは思ってしまう。

「ロッテ。もうそろそろだと思うわ」

「うん、アリア」

もう警戒を解いても良いだろう。

そう思い、戦闘の行われている場所へと姿を消して向かうべく脚を向けるが――

パキ、と小石の落ちる音が耳に届き、二人は同時に振り返った。

見れば、岩の影からエスティマが姿を現して真っ直ぐにこちらへと近付いてくる。

デバイスを見る限り、フルドライブは解いているようだ。

諦めの悪い、と溜息を吐きたい心地になりながら、二人は射撃魔法を雨のように降らせる。

しかし、

『直撃コース。軸線を合わせて――』

「避けてみせるさ!」

アクセルフィンを羽ばたかせ、身を捩りながら、エスティマは射撃魔法の弾幕をくぐり抜けた。

その光景に、馬鹿な、と漏らす。

確実にエスティマの目を抉った。その証拠は左手にこびり付いている。

それなのに何故、あの子供は機械的なまでに精確な回避行動を取れるのだ。

「ロッテ。もう容赦はしないわよ」

「分かった」

冷たささえ感じるアリアに頷き、ロッテはツインブーストをかけられた体をエスティマへと向ける。

通常飛行でもかなりの速度だ。姿を霞ませるエスティマに、惜しいな、と思いながら右拳を叩き付けようとして、

「……え?!」

死角を攻めた左フック。しかしその一撃は、燦然とコアを輝かせるデバイスを叩き付けられたことによって精確に防がれた。

迷う間もなく、右脚が跳ね上がる。

だがエスティマはそれを踏み台にしてロッテを跳び越え、擦れ違い様に斧の魔力刃でロッテの背中を切りつけた。

……まぐれじゃない。一体何が……?

痛みに顔を顰めながらエスティマを追うべく魔力を飛行魔法へと。

稀少技能を発動していないエスティマが相手ならば、速度はこちらが上。

そのはずだ。

しかし、どういうことだろう。

こちらの動きを先読みしたかのように、エスティマは複雑な機動を描いて飛翔し、攻撃を捌く。避ける。

何が起こっている、と焦りの浮かんだ表情を浮かべ、ロッテは一つの予想をする。

……光り続けている。つまりは思考を続けているデバイスコア。

そして、さきほどのエスティマとデバイスの交わした会話。

思考――まさか、行動予測を?

脳裏に浮かんだ一つの可能性を、有り得ない、と切って捨てる。

そんなことは、人であるならば、出来はしない。

しかし――

「こいつ……!」

『見えてます』

鎌の魔力刃で拳を弾き、石突きで蹴りを防ぐ。

『ロッテ……!』

切羽詰まったアリアの念話に、ロッテはラウンドシールドを展開する。

次いで、アリアの放った飽和射撃が降り注いだ。ロッテごとエスティマを撃墜するつもりか。

しかし、背後から迫る射撃を、まるで背中に目があるとでも言うかのように、エスティマは離脱してアークセイバーをアリアへと飛ばす。

その一連の動きを見て、どうしてもロッテは声を上げずにはいられなかった。

「……お前、魔導師の癖にデバイスに操られて!」

「違うよ」

『誤解も良いところです』

右の頬に血の跡を残したエスティマが、笑みを浮かべる。

凄惨な笑みでも、不敵なものでもない。

苦笑だ。

「お前に対応するにはこれしかなかった。
 ただでさえ優れた反射神経を、更に強化されたお前には。
 ……そう、感覚で俺に合わせるお前には、考えながら戦っちゃあ間に合わない。
 だからこそ――」

『私の導き出す予測を、ご主人様にトレースしてもらっています』

エスティマの言葉に、やはりか、と思う一方で、嘘だ、と叫びたい衝動が沸き上がってくる。

インテリジェントデバイスは時として主人を操ることがある。

しかしそれは、主人の意にそぐわないものだ。最適な行動なのだとしても。

主人と道具の間にある意志の食い違いによって、致命的とも言えるミスを起こすことがままある。

だが。

もしインテリジェントデバイスの提示する行動をマスターが全面的に肯定した場合。

おそらく、今のエスティマのように正確無比な動きが可能となるだろう。

……だが。

だからこそ有り得ない、とロッテは断ずる。

インテリジェントデバイスの行動に従うこと。それは、自分の意志を一切廃することとイコールだ。

自分の主導権を他人に譲り、命を預けるその行為。自らの意志を持つ生物である以上、絶対に反発があって然るべきだ。

どんな事柄に対しても、疑念というものは付きものだ。それが命のかかった戦闘ならば尚のこと。

しかもそこに恐れや疑問、迷いを含まないなど、信頼の枠を越えている。

デバイスの指示を実行に移すまでのタイムラグ――その判断が本当に正しいのかという逡巡――が限りなくゼロに近いなど、あってはならない。

だというのに、

「有り得ないことだとは俺も思うさ。
 けど、俺はコイツを信頼している。何があっても着いてきてくれたLarkに。
 コイツになら、俺はすべてを預けたって良い。
 ……そうさ、だから見せてやる。
 これが――」

なんの気負いもなく、むしろ安らいだような笑みさえ浮かべ、

「――インテリジェントデバイスと共に戦うマスターの、在るべき姿。その一つだ!」

『――Zero Shift.Ready』

カートリッジを炸裂させて、真紅のハルバードが再びガン・ランスへと姿を変える。

発動された稀少技能によって急速に魔力が放出されたからだろう。両肩のアクセルフィンが軋みすら上げそうなほどに翼を広げる。

放熱器が広がり、隣接する装甲板が赤熱化を始めた。キィィ……と甲高い音と共に展開される、陽炎の四枚翼。

サンライトイエローの粒子を撒き散らし、エスティマは音速超過での機動を開始。

槍の部分に形成された魔力刃で大気を引き裂きながら、ロッテへと肉薄する。

反射的に、ロッテは迫ってきた羽虫を払うように腕を跳ね上げた。

しかし、それを紙一重で回避し、擦れ違い様に魔力刃がロッテの腕を引き裂く。

血は噴き出ない。しかし、確かな痛みと大気の壁を突破するほどの速度を持った一撃が、ロッテから思考する余裕を奪う。

擦れ違い様。そのまま通り過ぎると思われたエスティマは急停止。慣性を無視した動き。その場で旋回し、振り向き様に振るった刃で、更にロッテの脚を切りつける。

それで終わらない。僅かに上昇してロッテの真上に出ると、エスティマは急降下を行ってロッテを蹴り飛ばした。

バリアジャケットを貫く衝撃に顔を歪めながら、ロッテは地上へと吹き飛ばされる。

なんとか姿勢を正そうと飛行魔法に魔力を送り、ようやく体勢を元に戻した。

だがその隙に、エスティマはアリアへと肉薄している。

近付けさせはしないと幾重にも設置型バインドとシールドが張られるが、バインドの発動速度を嘲笑い、安々とシールドを突き破り、エスティマはLarkを振りかぶる。

そして、辛うじて反応できただけのアリアへと――

「……ここまで、ですね」

刃を、振り下ろさなかった。

エスティマが急停止したことによって、髪や服がばさばさと音を立てる。

「……なんのつもりだ」

「戦う意味がなくなったから」

そう言い、エスティマは腕を持ち上げて人差し指を差し出す。

示された方向に目を向けると、そこには遠目からでも分かるほどに巨大な、桜色の砲撃魔法が炸裂した残滓が輝いていた。

……闇の書の魔力反応が、弱まっている。

調律された、とでも言えば良いのか。先程までの暴力的なものではなく、制御された魔力の流れ。

「どうやら俺の勝ちのようです」

「くそ……!」

拳を握り締め、アリアは奥歯を噛み締める。

……分かっている。悪いことではない。賭はエスティマの勝ち。分離された防御プログラムを破壊すれば、もう二度と闇の書が活動を始めることはない。

自分たちが行おうとしていた封印処置よりもずっと後味の良い結末だろう。

しかしそれでも、アリアは納得ができなかった。

何年も耐えてきて、ようやくグレアムの悲願が成されようとしていたのに、それを成し遂げたのは自分たちではなかった。

それじゃあ一体なんのために、自分たちは――そんな悔しさが、どうしても沸き上がってきてしまう。

きっと父様のことだ。この結末を受け入れるだろう。しかしそれでは、報われない。

あの日、エスティアを沈めた時から始まった戦いは、自分たちと関係のないところで終わってしまっただなんて。

「あの、リー……仮面の人」

「……なんだ」

「この結末は、納得できませんか?」

「当たり前だ!」

「でしょうね」

そう言い、右目を瞑ったままのエスティマは苦笑する。

そして、ズ、と音を立てて鼻を啜ると、

「あなたには関係のない話をして良いでしょうか」

「……ああ」

「この闇の書事件の被害者である八神はやて……彼女には、ずっと見守ってくれていた人がいました。
 それは、ギル・グレアムという人で」

グレアムの名を出された瞬間、アリアは足元にミッド式の魔法陣を展開した。

しかし、エスティマはかまわずに話を続ける。

「その人が何を考えていたのかは、分かりません。敢えて忘れることにします。
 ねぇ、仮面の人。俺はこう思うんですよ。
 独りぼっちでも、はやてが資金面では恵まれた生活を続けることができたのはグレアムって人のお陰だって。
 ……そう、家族を手に入れる今にはやてがたどり着けたのは、彼女の生活を支え続けた人がいたからだ。
 そう考えれば、彼もこの結末になくてはならない存在だったんじゃないかって」

「だからどうした」

「嘘はバレなきゃ嘘じゃない。皆幸せになれば良いじゃないですか。
 過去を捨てろとは言わない。けれど、仄暗い怨恨よりも、ずっと心地の良い未来が待ってます。
 ……この事件、ハッピーエンドで終わらせましょうよ」

「断る、と言ったなら?」

「あなたたちを倒す。……倒します」

未だフルドライブを解かないエスティマは、そう宣言する。

本当なのだろう、と、苦笑したい気分になりながら、アリアはロッテへと目配せをする。

エスティマに受けた攻撃が利いているのだろう。体から力を抜いて、辛うじて、といった様子で空中に浮いているだけのロッテは頷きを返してきた。

「……最後に一つだけ教えてもらおう」

「はい」

「お前は、なんのために八神はやてに肩入れをした?
 都合の悪いことに目を瞑るような終わらせ方を選んだお前が、何故」

「……単純ですよ、そんなの。
 彼女を見捨てたら、後味が悪いし過ごしづらい。
 俺が幸せに生きるためには、彼女が必要不可欠なんです」
































「……行ったか」

魔力光の残滓を残して姿を消したアリアとロッテ。

彼女たちの気配が消えて、ようやく一息吐けるようになった。

喉の奥に溜めた鼻血を口から吐き出し、口元を手で押さえる。

……無茶な機動をしたツケだ。慣性制御の効果を上回るか否か、といった次元での動きをしたせいで、毛細血管が切れたのだろう。

『ご主人様』

「なんだ」

『なぜ、最後の攻撃を止めたのですか? 一刀両断、と指示を出したはずです』

「いや、必要なかったじゃないか」

そう返すと、Larkは不機嫌そうに黙り込んでしまった。

……あー、もしかして、

「右目のこと?」

『……一撃ぐらいは入れても罰は当たりませんでした』

「そう言うな。向こうに負い目ができてくれたら万々歳、と考えれば悪くない」

『……あなたって人は』

「ぐおあああああああ! 痛み止め再開して! 止めないで!」

……うう、涙が出てきた。痛みで。

『分かっているのですか? その目は、簡単に治療ができないのですよ?』

「……分かってるよ」

もし今の戦いが嘱託任務ならば違うのだろうが、今回のは私闘に分類される。

危険手当も何もでない自己責任。アースラに駆け込めば応急手当ぐらいはしてくれるだろうが、流石に再生治療までやってくれないだろう。

人体の中でもデリケートな部分だし……治療費のことを考えると頭が痛くなる。魔導師としても戦えないし、どうやって金を稼ごう。

今回のような戦い方を続けたら、治療するよりも先に他の部分が駄目になりそうだし、何よりLarkが壊れてしまう。

ううむ。ユーノに頼んで、完治するまで無限書庫で働かせてもらおうかなぁ。

『ご主人様。これからどうしますか?』

「ん……そうだな」

Larkの声で思考に没頭していた顔を上げる。

……そうだな。取り敢えずは、

「最終決戦、見に行きますか。
 この上ないぐらいの怪我をしたんだから、もうどうなったって変わんねーや。
 シャマルだっているから治療してもらえるし、一石二鳥」

『……まぁ、良いでしょう』

何やら言いたいことが溜まっている風なLarkに気付かないフリをして、アクセルフィンに魔力を送る。

そうして、暴走体を包む黒い繭へと進路を向けた。

……ちなみに、

「あ、兄さん――って、どうしたの!?」

「う、うわ、エスティー!?」

「め、目が潰れてるの!」

「シャマル! よー分からんけど治してあげてー!」

出向いたら最終決戦ムードをぶち壊してしまった。

反省。






























その後の話だが、特に記すこともないだろう。

ただ、これからは良いことしか起きないんじゃないか、と思えるぐらいに皆が幸せそうな毎日を送っている。

なのはは、教導隊を目指す下積みとして嘱託任務を続けている。レイジングハートを強化してもらえないことだけは不満そうだが、おそらくはこれで撃墜も起きないんじゃないだろうか。

フェイトはアルフを連れてミッドチルダの学校へ。なのはやはやてと会う機会が少なくて寂しそうだが、気にするようなことはそれぐらいだ。何やら超次元アイドルの再来とか言われているそうで、背筋が凍る限り。文化祭には行かない。

はやては聖王教会の協力を経て、リインフォースの復元を行っている。それを手伝っているのはリインフォースEX。騎士たちと別れることもなく、彼女は日常の延長を過ごしている。少し前に会った時には、ようやく足長おじさんと会うことができたと喜んでいたが――そうか。

そして、ユーノと俺。

我らブラザーズは見事にクロノに捕まって、無限書庫へと押し込められている。

俺は俺で怪我が治るまでだが、ユーノはずっとここで過ごすつもり――ではないようだ。

無限書庫の運営が軌道に乗ったら、スクライアへ帰るつもりだと言っている。

その切っ掛けはおそらく、俺が管理局に所属するつもりがないと言ったことか。

あくまで俺はスクライアとして生きる。そう言った時の驚いたユーノの顔が忘れられない。どうやら奴は、俺がフェイトたちと一緒に管理局で働くと思っていたようだ。

閑話休題。

特に何があるわけでもなく日々が過ぎ、皆、少しずつ大人になってゆく。

……考えてみれば、その中に埋もれない一つの出来事が、あるにはあった。

「どうしたの、エスティ。せっかくの休日なのにこんな朝早く」

「んー、ちょっと話と頼み事があってさ」

そう言い、俺はユーノの部屋へと上がり込む。

未だに片眼が治っていないせいで、靴を脱ぐのにも一苦労だ。時間が経ってもあまり慣れない。

まだ寝癖のある頭を手櫛で整えながら、ユーノはカップにお湯を注ぐ。

差し出されたコーヒーを一口飲むと、早速話を切り出した。

「んで、話があるわけですが」

「うん」

「俺の出生に関わるものでね」

「ええっと……捨てられた、ってこと?」

「ああ。それなんだけど、なんで捨てられたのか、ってのは話してなかったよな?」

「うん」

「なら、今こそ話そう。この俺、エスティマ・スクライアの秘密を」

「……変に格好付けなくて良いから」

「すみません、つい」

それから始まるのは、俺がプロジェクトFの素体であり、アリシアの失敗作として生み出されたこと――だけではない。

憑依。次元漂流者、と言い方は変えたが、それでも中身に宿っているのが真っ当な代物ではないことを、ようやく教えた。

それに対する反応は、大したものじゃなかった。エスティはエスティだし、と。乾いているのか信頼されているのか。

「……で、それがどうしたの?」

「ああ。ようやく身の回りも落ち着いてきたし、一旦帰ろうと思ってね」

「……帰る?」

「ああ、そんな怖い顔をするなって」

怒りとは違う。しかし、確かに押し殺された感情を向けられ、少しだけ汗が噴き出た。

「一旦、って言ったろ?……うん。俺は、この世界で生きるつもりだ。この世界との縁は、簡単に断ち切れるようなものじゃないから。
 けれど、だからって向こうの生活を放りっぱなしってわけにもいかないし、忘れることもできない。
 ……だから、区切りを付けたいんだ。
 そのために、協力してくれないか? Lark」

『はい。ご主人様の意識――仮に、魂とでも呼びましょうか。
 それを送還するための術式は存在します。ユーノさんには、送り返したご主人様の魂を喚び戻していただきたいのです』

「……帰ってくるんだよね?」

「というか、お前の手でもう一度ここに喚んで欲しい。皆とは離れたくないから」

「そっか……」

手を額に当て、ユーノはたっぷり一分ほど黙り込んでしまう。

そうしてユーノは顔を上げるといつものように、しょうがないなぁ、といった苦笑を浮かべた。






[3690] バレンタインな話 フェイト編
Name: 角煮◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2009/03/07 02:27
※実験的に女キャラクターを一人称でやってみます。何かしら違和感があったら教えていただけるとありがたいです。





「えと……お邪魔します」

「いらっしゃい、フェイトちゃん!」

靴を脱いで玄関から家の中へと。こうやって友達の家に遊びにくるのは慣れていないから、どうにも妙な気分になってしまう。

それでもあまり気後れしないのは、きっとなのはのお陰だ。

ちら、と顔を覗き見れば、なのははいつものように満面の笑みを浮かべていた。何もかもを包み込んでくれるような。

肩のトートバッグを担ぎ直すと、なのはがリビングへと通してくれた。

きちんと掃除された部屋。雑誌なんかがテーブルに置かれっぱなしだけれど、気になるのはそれぐらい。

兄さんやユーノの部屋とは大違いだ。……いや、注意していなければすぐに散らかすあの二人と比べてしまうこと自体が失礼かもしれない。

「フェイトちゃん、どれを作るか決めてきた?」

「うん。迷ったけど、上手くできるか分からなかったから、簡単なのに」

「そっか。けど、良かったー。あんまり難しいのだと私も作れないから、少し心配だったんだ」

そう言って、おどけた風になのはは笑う。

今日、なのはの家に遊びに来たのは一つの目的があったから。

それは、チョコを作ること。この世界には二月十四日に異性へチョコレートを渡す風習があるらしい。

変なの、とも思うけれど、細かいことを気にするよりは楽しんだ方が良いと兄さんも言っていたし、深く考えない方が良いのかもしれない。

取り敢えず……今日作るのは、三つとたくさん。兄さんとユーノと、クロノ。それとスクライアの皆の分。

料理やお菓子作りはアルフに任せっきりだったから、上手くできるか自信がないけれど……。

「よーし、頑張ろうフェイトちゃん!」

「うん。頑張ろう、なのは」

二人が頑張ればなんとかなる……気がする。

湯煎でブロックチョコを溶かして、型に入れて。そんな簡単な作業を、お喋りしながら進める。

換気扇が回っていても、甘い匂いがキッチンに充満して、少し酔いそうだ。

甘い食べ物は嫌いじゃないけど、ここまで濃い匂いを嗅ぐのは初めてだから慣れない。

「ねー、フェイトちゃん。そのさ……」

「ん?」

「本命チョコとか、あげる人はいるの?」

「本命?」

聞き返すと、なのはは少しだけ顔を赤くした。うー、と口ごもってから、

「えっと……好きな人にあげるチョコなんだけど」

「好きな人……男の人だったら、兄さんとユーノかな?」

少しだけ考えてから、そう口にした。

好きな人。大事な人。思い浮かんでくるのはその二人ぐらいだ。

「そうじゃなくて、えっと、お付き合いしたい人とか……」

「うーん。あまり考えたことないから、なんとも言えないけど……なのはは?」

「え、私?」

「うん。好きな人」

「うーん」

私と同じように、なのはも口をへの字に曲げて考え込む。

そしてまた、私と同じように答が出なかったみたい。ぶつぶつと口の中で言葉を転がす。

「クロノくん……は違うし。ユーノくん……はお友達だし。エスティマくんは……なんだかなぁ」

兄さんの名前が出た瞬間、少しだけ息が止まった。

兄さんとなのは。考えたこともなかった組み合わせだ。

この二人が彼氏さんと彼女さんになったら……駄目だ、仲良くしている様子が想像できない。

浮かんできた場面は、意地悪な顔した兄さんがなのはをからかっている所。そのまま模擬戦を始めてしまいそう。色々と駄目な気がする。

「……えと、なのは」

「何?」

「なのはって、もしかして兄さんのことが苦手?」

「え、そんなこと全然ないよ!……むしろ、私が苦手に思われているかも。
 ……うん。色々あったし」

「色々?」

「な、なんでもないの!」

表情に影が出来たような気がして声をかけてみたけれど、すぐに笑顔に戻ってしまった。

……何かあったのなら教えて欲しいのに、明かしてくれない。

それがなのはの良いところでもあるんだけど、無理をしているんじゃないかって心配してしまう。

けど、余計なお世話なんじゃないかって思って、これ以上は踏み込めない。

こんなとき兄さんはどうするんだろう。そんなことを考えて、

「ただいま帰りましたー!」

家中に木霊するぐらいの元気の良い声が耳に届く。それを聞いた瞬間、自然と眉間に力がこもった。

どたどたと慌ただしい足音と共に、リビングの扉が開かれる。

そして姿を現したのは、厚手のコートを着た金髪の女の子。

「おかえり、シャマル」

「はい、なのはちゃん。わ、チョコを作ってるんですね」

にこにことした、邪気のない笑み。

ヴォルケンリッターの――いや、今は高町シャマルとなっているその子を目にして、私は笑顔を作った。

「いらっしゃい、フェイトさん」

「お邪魔してます」

「フェイトさんもチョコを作ってるんですか?」

「うん」

「わー、だれかにプレゼントするんですか? やっぱり好きな人ですか?」

「こら、シャマル」

「えへー」

怒った風な顔でシャマルを諫めるなのは。けれど、その言葉尻は柔らかい。本気で怒ってはいないのだろう。

シャマルもそれを分かっているのか、悪戯をした子供の顔そのもののを浮かべている。

「あんまりそういうことは聞かないの。言いたくない人だっているんだから」

「ごめんなさい、なのはちゃん。……ところで、なのはちゃんはいないんですか?」

「いません」

「あらー。……知ってます。そういうのは、行き遅れって言うんですよ!」

「意味も知らないのに難しい言葉を使わないの!」

「ごめんなさい」

今度は少しだけ言葉に力が込められていた。それでもシャマルには反省した様子が見えないけれど。

……記憶を消されて、すべてを一からやり直している存在。だからこそ年相応といった風に笑っていられるんだろうけど。

けど、何故だろう。同じシグナムと比べて、シャマルを見ていてもあまり腹立たしくは思わない。

むしろ、なのはと一緒に過ごしているのを見ていると、これもありなんじゃないかとすら思える。

「そうだ、フェイトさん」

「何?」

「これ、あげます!」

そう言って、シャマルはポケットからセロファンに包まれた一口サイズのチョコレートを取り出した。

包み方が少し雑だし、チョコが変形している。

「私がつくったんです」

「……そう。ありがとう」

手作りだったんだ。それなら、形がちょっと歪なのも納得できるかな。

なんだか期待した目で見られているので、この場で食べてみることに。

包みに張り付いたチョコを剥がしながら口に入れると、甘みがじわっと広がった。

味は悪くない。……けど、食感が怖ろしく粉っぽい。どうやったらこうなるんだ、ってぐらい。たくさん食べたら喉が渇きそうだ。

けど、

「お、美味しいよ」

「でしょー! おともだちも、おいしいって言ってくれたんです!」

うん。ここまで無邪気に笑う子の笑顔を曇らすこともない。

そう思うと、心に引っ掛かっていたしこりのようなものが少しだけ和らいだ気がした。

「すごいね、シャマル。私はあまりお菓子とか作ったことないから、あなたより上手くできないかも」

「かんたんですよ、これぐらい。桃子お母さんに教えてもらったらすぐにできましたから」

お母さん。シグナムは兄さんのことを父上と言っているけれど、この子は違うみたいだ。

「けど、これはまだ入り口なんです」

「入り口?」

「はい。高町シャマルは将来、お菓子屋さんになるのが夢ですから!」





















リリカル in wonder






















眼下に広がる緑の海。見ているだけで草木の匂いが届いてきそうなものだが、生憎と遙か上空まで届くことはない。

Seven Starsを肩に担ぎながら、最近伸びてきた前髪を指先で弄る。目に入りそうだし、もうそろそろ切らないとなぁ。

『スクライア執務官。突入準備が完了しました』

「了解。では、始めましょう。タイミングは打ち合わせ通りにお願いします」

『はい』

小さく頷き、Seven Starsを両手で握り締める。

「Seven Stars、限定解除」

『魔力リミッター解除……魔力反応に防衛兵器が反応しました』

隠密行動用に設定していたリミッターを解除すると、案の定機械兵器が起動し始めたようだ。

下の陸士部隊と行っているデータリンクにより、地上の様子をSeven Starsが報告する。

数は……二十か。

「タイプは?」

『AMF搭載型は確認できません。すべて、報告にあったものです』

「ハズレか。まあ良い」

舌打ちしたい気分になるが、仕方がないか。ガジェットが簡単に出張ってきたら困るのはこっちだしな。

『――Phase Shift』

稀少技能を発動。それと同時に、視界に収まるすべてのものが速さを失う。

その中で動けるのは俺だけだ。

アクセルフィンに魔力を送り、そのまま一気に急降下。

射程距離内に入ると防衛用の機械兵器が弾幕を張るが、遅い。

それらのすべてを蛇行しながら回避して、地表に激突する寸前に軌道を変える。

機械兵器は反応できていない。近い場所にいた物を斧で破砕し、滑るように横移動しつつ、ピックをもう一体に叩き付ける。

そしてその場で回転し、並んでいた二体の機械兵器へとぶん投げた。

稀少技能が切れると同時に破壊した機械兵器が火花を散らし、爆散する。

「ガンハウザー」

『モードBへ移行』

呟きと同時に外装が虚空へと消え、金色の戦斧が槍へと変形。

重厚なカウリングが装着されると、Seven Starsはその姿を砲撃戦形態へと変えた。

以前はフルドライブ時でなければモードA以外への変形はできなかったのだが、システムを弄って通常状態でも使用できるようにしたのだ。

残るは十四体。研究施設の入り口に密集して、守りを固めている。

サイドステップを踏んで照準をずらし、砲口をそちらへと向けると、物理破壊設定で術式を構築。

「ディバイン――」

ガンガンガン、と三発の大口径カートリッジが炸裂し、

『バスター』

サンライトイエローの光が機械兵器を飲み込んで、研究所の扉を吹き飛ばす。

そして、砲撃を吐き続けているSeven Starsを横薙ぎして機械兵器を一掃した。

撃ち漏らしがないことを確認すると、カートリッジを補充しつつ陸士部隊へと念話を送る。

『突破口を開きました。突入、どうぞ』

『了解』

どたどたと慌ただしい足音を立てて、木陰から飛び出た局員たちが研究施設へと向かってゆく。

Seven Starsを肩に担ぎながらそれを見送る俺。

……縄張り、ねぇ。

本来ならそのまま俺が突入してスピード制圧、って感じなのだろうが。

ままならない。この施設の調査を担当していた者が既にいるのだから、俺がくちばしを突っ込むなって話か。

応援を要請してきたのはそっちなのになぁ。

「おや、冴えない顔だねぇ」

「ん?……って、ヴェロッサ?」

振り向いてみれば、そこにいたのは意外な人物。

ヴェロッサ・アコース。白いスーツをバリアジャケットに設定している変わり者。海に所属しているはずの査察官だ。

「お前、なんでこんなところに」

「カリムにおつかいを頼まれてね。いやー、しかしすごいもんだ。厳重な防御システムも砲撃魔法で一発。
 君がいなかったら捜査もままならなかったんじゃないのかい? この現場は。
 エースアタッカーの面目躍如ってところかな」

「その名を出すなよ、恥ずかしいんだから。
 それに、このぐらい珍しことでもないだろう。はやてだったら地表ごと吹っ飛ばせるだろうし」

「……いや、そんなことされたら査察も何もできないんだがね」

「査察、ねぇ。聖王教会の仕事?」

「そう、身内の尻ぬぐいさ。君こそこんなところでどうしたんだい? 花形の首都防衛隊第三課が、こんな僻地に」

「ま、個人的に気になることがあってね」

そう言ってはぐらかす。

この施設が行っているのは、プロジェクトFに関係する遺伝子操作技術云々。もしかしたらスカリエッティとの繋がりがあるんじゃないかと思ってきたのだが、ハズレらしい。

……肩透かしだ、本当。あの人だっているかもしれないと、少しだけ期待したのだけれど。

まぁ、戦闘機人やプロジェクトFにスカリエッティが必ず噛んでいるわけでもない。

スバルやエリオ、ヴィヴィオも奴の知らないところで――

そこまで考え、おや、と首を傾げる。

遺伝子操作。聖王教会。

身内の尻ぬぐいと言っていたし、ヴェロッサがここにいるのは盗み出された聖王の遺伝子情報に関係するのかもしれないな。

深く聞こうとは思わないが。

「そうそう、エスティマ。今日は早めに帰ってくるように、とはやてが言っていたよ」

「なんで?」

「いや、僕に聞かれても分からないって」

「ま、そうか。しっかし――」

『執務官! 至急応援に――!』

「ぐお……!」

唐突に殴り付けるような念話が届いた。

顔をしかめつつ溜息。

Seven StarsをモードCへと変形。左腕に沿うようにしてSeven Starsのフレームを構成している金属と同じ材質で作られた、スライド式の実体剣内蔵の盾が装着される。金色の槍は片手剣用の柄へと。

変形の終了と共に高出力の魔力刃が発生し、隣接する大気がチリチリと焼ける。

モードC。近接突撃戦闘形態。砲撃能力はカットされ、可能なのは射撃魔法と補助系統の魔法のみ。屋内戦ならこれが一番戦いやすい。もっとも、エクセリオンを発動していないからバリアジャケットの厚さに変わりはないのだが。しかし、盾があるだけでも随分と違うだろう。

シスター・シャッハにしごかれて続けて、ようやく剣の使用許可が下りたのだ。基本的に長物しか使ってこなかったから、慣れるのに随分と時間がかかった。

ブリッツアクションを発動し、砲撃で吹き飛ばされた入り口へと急ぐ。

『仕事熱心だねぇ』

『お前はサボるな。働け』

『いや、僕みたいな木っ端がいたら邪魔だろうからねぇ。執務官様が仕事を終えた後にゆっくり査察をさせてもらうよ。ははは』

この野郎。

あとでシスターにチクる、と決意して、ぎゅっとSeven Starsを握り締めた。

――結局、この研究施設からスカリエッティの手がかりらしい手がかりは得られなかった。

それはヴェロッサも同じだったらしく、とんだ無駄足、と気怠そうに言っていたのが印象深い。

……そう、スカリエッティに関する情報は手に入らなかった。

だが、無駄足ではなかったかもしれない。そう思えるだけの成果はあっただろう。

この研究施設が行っていたことは、人造魔導師を生み出す、今となってはさして珍しくもない事柄。

ただ、無駄に金を使い込むばかりで研究は進んでいなかったようだ。だからなのか、プロジェクトFの成功例を確保しようという誘拐まがいの計画が準備されていた。

……なんつーか、バタフライ効果が起きる瞬間を目にした気分だ。

ヴェロッサが言っていたように、俺がいなければこの研究施設への踏み込みは行われなかっただろう。おそらく正史ではしばらくの間、放置されていたのではないだろうか。

……優秀な魔導師は、確保しておいた方が良いよな。

頭の中でスケジュールを組み替えつつ、思わず額を押さえる。

やるべきことが積み重なってばかりだ、本当。

































その日のうちに中将へちょっとしたお願いをしたあと、ヴェロッサの伝言に従って帰ることに。

しっかし、はやてのお願いねぇ。一体なんだろうか。

色々と考えてみるも、仕事関係のことしか浮かんでこない自分の頭に苦笑する。

普通に友達なんだから、そんな乾いたことじゃあないだろうに。

……ええと、そうだなぁ。リインフォースのユニゾンをもう一度試すとか……いや、駄目だ。それだけは駄目だ。

まさかの女体化なんて果たしたくないよ。レリック砕ける覚悟で自分に砲撃魔法を向けるぐらいには。

などと考えているとリニアがベルカへと到着。そこからはいつものように自宅へと。

『はやて。今、ベルカに着いたよ』

『あ、お帰りなさい。ちょー待ってな。十分ぐらいは外で時間潰しててー』

なんぞ。

何かやっているんだろうか。しかも俺の家で。

そんなことを考えながらも、言いつけどおりに時間を潰すことに。

近くの本屋に入ってデバイス雑誌を立ち読み。月間デバイスマイスター。表紙には、『俺は、俺が、俺たちが、デバイスだ!』とか意味の分からないフレーズがでかでかと書かれている。

適当にページをめくっていると、ふと、見知った項目を目にして手を止める。

……陸の次世代機の選定が難航、ねぇ。

今日、帰路に着く前に中将がぼやいていたことだ。あの人はアインヘリアル計画を発動させる前の予算の工面に本気で頭を悩ませているわけだが、もう一つの頭痛の種としてこれがある。

安く、高性能で魔力ランクの低い魔導師でも扱えるデバイス。そんな夢のような代物を要求されたところで実現できるマイスターなんているもんかねぇ。

少し前まで俺が所属している部署で持ちきりだったのはこの話題。

試作デバイスのモニターとして色々な物を使ったのだが、しっくりくるものはなかった。

……本当、要求がシビアなんだよなぁ。魔力ランクの低い魔導師の為にカートリッジシステムの搭載は半ば必須で、戦闘機人事件でガジェットに平の局員が手も足も出なかったことを問題視されてフィールド貫通機能も充実させろとか。

そんな無茶な要求をされるものだから、割とゲテモノデバイスが考え出されては試作を繰り返し。ジオン軍か。予算がなくなるぞその内。

……まー、そのゲテモノデバイスの中には俺の考えたのもあったんだけどさ。

発想だけは悪くない、と言われたが、いかんせん練りこみが足りないとか。

個人的には悪くないと思ったんだがなぁ。着眼点が日本人らしくて。

「……っと、もうそろそろか」

雑誌をレジで購入すると、今度こそ自宅へGO。

自宅なのにインターフォンを鳴らすと、はやての声が。なんか妙な気分だ。

「ただいま。もう良いかな?」

『ごめんなー。もう大丈夫やから』

大丈夫らしい。

ドアを開けて真っ先に感じたのは、濃密な甘い匂い。チョコレートの。

なんだろうか。というか、まーたあのお嬢さんは勝手に人の家のキッチンを使って。まぁ鍵を渡したのは俺だから文句は言えないっつーか、言うつもりもないんだけど。

そんなことを考えながらリビングに進むと、

「おかえりエスティマくん。今日もお仕事お疲れ様です」

「お疲れ様。しっかし、はやて。ロッサに伝言するんじゃなくて、メールか何かで連絡してくれれば良かったのに」

「んー……絶対早く帰ってきて、ってわけじゃなかったんよ。上手いことロッサが伝えてくれたら、上手くいくっていうか、うん。
 願掛けやね」

そんな良くわからないことを口にした瞬間だ。

彼女は後ろ手に隠していた箱を差し出した。赤い包装紙で包まれ、緑色のリボンで彩ってある。

あー、よく見れば、着けたエプロンには所々に跳ねたのであろうチョコレートがくっついている。難航したのだろうか。

「えっと……これは?」

「ん、まずそこから説明せんといかんね。ええっと、私のいた世界にはバレンタインって風習があって――」

「あ、知ってます」

同じ世界の出身だからね。中の人は。

バレンタインチョコか。なんか、もらったのは酷く久しぶりな気がするなぁ。

最後に本命チョコをもらったのはいつのことだろう。遥か昔だよ本当……。

「そっか。なら、話は早いなー。これ、あげる」

……あっはっは。照れも何もない感じだからきっと義理なんだろうなぁ。

いえ、いーんですよ別に。外見はともかく中の人は二十歳アッパーというか、中の年齢は順調にカウントされててもう三十路だしね!

……畜生。

「ありがと。悪いね、なんだか」

「いいえー。エスティマくんには日頃から面倒見てもらっているから、これぐらいはせんと。
 ……えとな、それと……」

「うん」

俺が頷くと、はやては急に顔を赤らめる。

何かあるのだろうか。もじもじとしながら彼女はポケットからリボンを取り出すと、それを自分の首に巻きつけた。

そして、少し手こずりながらだがリボン結びが完成する。

「あ、あんな? 渡したいものはもう一つあって――」

と、そこまで彼女が口にした瞬間だ。

唐突にインターフォンが鳴り、なんとも微妙な空気が流れる。

「……つ、続きをどうぞ」

「……ええよ。ええねんよ」

どうやら間が悪かったらしい。

何を言おうとしていたんだろう、と首を傾げつつモニターを見る。外にいるのはフェイトとなのは。

もしかしたら、はやてと同じようにチョコを渡しにきてくれたとか。いやー、どうなんだろう。

フェイトはともかく、なのはには苦手意識を持たれている気がするしなぁ。正月近辺で色々あったし。

「いらっしゃい。どうしたの?」

『あ、兄さん。今大丈夫?』

……大丈夫、なのだろうか。はやてと顔を合わせても。

『はやて、はやて』

『なんやのー?』

……なんか酷く落ち込んだ感じの念話が返ってきた。

『フェイトがきたんだけど、大丈夫?』

『フェイトさんが? えと……うん。私は大丈夫』

私は、ときたか。

……ううむ。

避けていたらいつまでも仲直りもできないわけで。しかし、そう簡単に溝が埋まるとも思えず。

俺がやらかしたことが原因だから、空気が悪くなったら身を張ってでもなんとかしようとは思うのだけれど。

「フェイト、今お客さんがきてるんだけど、それでも良いかな?」

『そうなの? じゃあ、お邪魔かな』

『お邪魔ってわけじゃないさ。ただ……』

なんとも言えない押し問答が続く。そうしていると痺れを切らしたのか、横からなのはが割り込んできた。

『エスティマくん、そのね。フェイトちゃんと私、チョコを作ってきたんだ』

「バレンタインの?」

『うん。あ、知ってたんだ、バレンタイン』

「うん、まぁ」

言いながら、横目ではやてを覗き見る。彼女はどこか居心地の悪そうな顔をしながら、所在なさげに指を絡めていた。

……くっそ、なんだこの構図。昼ドラか。

『お客さん、いつまでいるの?』

「んと、あんまり長くはいないと思う」

『そっか。それじゃあ用事が済んだら連絡して? そうしたらお邪魔させてもらうから』

「分かった。悪いね」

『良いよ。また後でね』

ぷっつりと通話が切れる。ため息を吐きたい気分になるが、それを我慢して両手を合わせると、はやてに顔を向けた。

「ごめん」

「そんな、ええよ。気苦労かけて、私の方もごめんな?」

苦笑するはやて。彼女は口を動かしながら帰り支度を始めてしまう。

引き止めたいとは思うのだが、なのはの出した提案に乗ったのは俺だ。どの口がそんなことを言えるだろう。

「その、はやて」

「んー?」

「ありがとう。チョコ、嬉しかった。お返しはちゃんとするよ」

「ん、期待しとるわ。三倍返しや」

おどけた風に言ってくれたお陰で、少しだけ救われた。

……俺は何がしたいんだろう、本当。



























なのはと一緒に散歩をしていると兄さんから、もう大丈夫だよ、と念話が届いた。

お客さんか。誰だったんだろう。ユーノとかだったら気にせず上げてくれただろうし、きっと私やなのはの知らない人なんじゃないかな。

兄さんはたくさんの人と知り合ってる。スクライアの皆に、それと、管理局のお仕事で。……八神さん繋がりで聖王教会の人たちとも。

ここはベルカだし、もしかしたら聖王教会の人だったのかもしれない。

別に、ええと……そう。坊主が憎けりゃ、ってわけじゃないんだし、私だって聖王教会の人たちが嫌いなわけじゃないんだから気にしなくても良かったのに。

……でも、やっぱりお客さんがいなかった方が良いのかもしれないな。

こうやってチョコを作った今でもイマイチぴんとこないけれど、やっぱり好きな人――それが実の兄でも――に渡すのだから、緊張してしまう。

受け取ってくれるかな。喜んでくれるかな。そう考えるだけで、胸がどきどきと高鳴ってくる。

うん、きっと大丈夫。兄さんは甘いものが嫌いってわけじゃなかったはずだし。

初めて作ったお菓子だからあまり上手くはできなかったけど、きっと大丈夫。

……大丈夫、かなぁ。

「うう、やっぱりもっと早くから練習しておくべきだった」

「うん、そうだね。私もあんまり上手くできなかったし。理想を高くしすぎるとロクなことがないって身に染みたよー」

「来年はちゃんと作らないと」

「フェイトちゃん、気が早いってば」

そんなことを言い合いながら、兄さんの家に通してもらう。

まず真っ先に感じたのは、なのはの家と同じチョコの匂い。なんだろう。誰か兄さんにチョコをあげるような人がいたのだろうか。

そう考えて、真っ先に八神さんの顔が浮かんできた。

……そうだね。なのはと同じ世界の人だから、今日、チョコをあげたって不思議じゃない。

兄さんにチョコをあげる八神さん。そのフレーズが何故か胸に重く圧し掛かって、少しだけ唇を噛んでしまった。

「ういーす、二人とも。ようこそ我が家へ」

兄さんの顔を見たらその瞬間、駆け寄りたくなってしまった。けど、我慢する。

ユーノを見ていて分かったけれど、兄さんは大人びた人との方が一緒にいて楽そうだから。だから、子供っぽいことはなるべくしないように我慢。

「お邪魔します。うわー、ちゃんとお掃除してたんだね。合格なの!」

「……あー、まぁねぇ。割と世話を焼いてもらってるから、それが八割だけど」

「……自分でお掃除したりはしないの?」

「するよ、休日は。パパを嘗めるな」

「貫禄が微塵もないじゃない」

「無茶言うなよ。ヒゲでも生やせというのか、サリーちゃんのパパレベルの」

「……ごめん、分からないよ」

兄さんとなのはのやり取りを見ていると、どっちも苦手なんかじゃないって思えてくる。

お正月に色々あった、って言っていたけれど、特にわだかまりがあるようには見えない。

心配するようなことなんて何もないみたいだ。良かった。

「二人とも、紅茶で良い?」

「あ、うん」

小さく頷くと、兄さんはキッチンへ行ってしまう。

私はなのはと一緒にソファーに座ると、部屋の中を流し見る。

兄さんが任務で倒れたときに一度入ったことがあるけれど、あの時はこうやってゆっくりする暇もなかったから、兄さんのお家を見るのはなんだか新鮮だ。

さっきなのはに言っていた、世話を焼いてもらっているっていうのは……ヘルパーさんか何かなのかな?

やっぱり子供が二人で暮らすのは大変だろうし。スクライアや学校で暮らしてみて分かったけれど、誰かに助けてもらわなければ私たちが普通の暮らしをするのはとても難しいんだって思う。

そんなことを考えていると、視線がある一点で止まった。

テーブルの中央に置かれている、赤い包装紙で包まれた箱。ぱっと見ただけでは分からないけれど、目を凝らせば、それが手作りだって分かった。

包み方がお店のものよりも雑というか……慣れてない。なんだろう、これ。

「なのは。なんだろう、これ」

「えっと……」

「お待たせー」

箱を手に取ろうとした瞬間、狙い済ましたかのように兄さんが紅茶を持ってきた。

そして箱を持ち上げると、私の手の届かない場所に置いてしまう。

なんだろう。少しだけ、むっとしてしまった。

……けど、何も嫌な子になるつもりはない。今日は兄さんにチョコを渡しにきたんだ。嫌な気分になって欲しくないし、なりたくない。

湯気を上げる紅茶の水面に視線を落とす。兄さんのはやっぱりブラックコーヒーだ。

「さあチョコをおくれ。ギブミーチョコレート。本命なら尚良し」

「あはは、残念だけど義理ですー。はい、どうぞ」

困った風に笑ったなのはが兄さんにチョコを渡す。本命なら、なんて言っているけど本気じゃないのかな。がっかりした様子じゃなくて、苦笑している。

……今度は私の番だ。ひっくり返ってないか少しどきどきしながら鞄を開ける。良かった、無事だ。

そっと取り出すと、声が上擦りそうになるのに気をつけながら手渡す。

「はい、兄さん。私のは本命だから」

「ありがとう、二人とも」

あ、普通に受け取られちゃった。

うう……一番好きな人に送るのは本命だって聞いたから、兄さんに渡すものは頑張って作ったのに。

兄さんは早速受け取ったチョコの包みを開けると、なのはの作った方を口に入れた。

うん。味見をさせてもらったから分かる。なのはのは美味しくできていると思う。

問題は……。

「流石はパティシエの娘さん。美味くできてるなー」

「うん。お母さんに作り方を教えてもらったから」

「道理で。……で、なのは。本命はユーノにでもあげるの?」

「え? なんでユーノくん?」

「……なんでもないです、はい」

世知辛い世の中だ、と呟きながら、兄さんは私のチョコに手を伸ばす。辛かったのかな、なのはのチョコ。

それはとにかく、私のチョコ。

固めるときに少し失敗してしまったから、形が少しだけ歪んでいる。けど、兄さんは気にした風もなく口に運ぶ。

トリュフチョコ。前にアルフが買ってきてくれたのが美味しかったから真似てみたんだけど、どうだろう。

兄さんは口の中でチョコを転がすと、最後にコーヒーを飲んで小さく頷いた。もしかして、甘すぎたのかな。

「フェイト、初めて作ったにしては美味しいじゃんか。上出来上出来。来年が楽しみだ」

「……え?」

「え、来年はくれないの?」

「そ、そんなことないよ! 来年も頑張るから!」

かっと顔が熱くなる。うん。なんでこんなに、と思ったけれど、少し考えれば簡単なことだ。

最近、兄さんに褒めてもらうようなことがなかったから、くすぐったいような気分になったのだ。

「に、兄さん、来年はどんなのが良い? なんでも作るよ。ケーキとかでも練習して――!」

「フェイトちゃん落ち着いて――!」

……少し熱くなってしまった。

うう、大人っぽく大人っぽく。

「そ、そういえばさ、フェイト。アルフは?」

兄さんが思い出したように話を振ってくる。

ええと、

「アルフ、なんだかユーノに用事があるって言って。今日は別行動なんだ」

「へー珍しい。……ん、珍しいのか?」

「そうでもないかな。本の貸し借りとか、結構やってるみたい。ああ見えてアルフは本が好きなんだ」

「ん、そっか。……まぁ、そうだろうなぁ」

何か思い当たる節でもあるのかな。俯き加減でコーヒーカップを口に運ぶ兄さんの顔は良く見えない。

「案外、アルフもユーノにチョコをあげてたりしてなー」

「え、そうなの?」

「なんとなくね。あの二人が一緒にいることって割と多いから、そうなってもおかしくないって思っただけ」

「……ふーん」

兄さんの話を聞いて相槌を打つなのは。なんだか、複雑な表情をしている気がする。

「まー、あの馬鹿兄貴のことは良いや。二人とも、最近どうしてた? 特になのは。お前、無茶してないだろうな」

「してませんー。そういうエスティマくんはどうなの?」

「してませんー」

「真似しないでよ、もー!」

……どっちもどっちだと思うけど。

そして何故かチカチカと光り始めるレイジングハートとSeven Stars。そして、バルディッシュも。デバイスたちも仲が良いなぁ。

良いようにあしらわれてるなのはの様子はちょっと珍しい。弄られてるっていうか、なんていうか。

うーん。やっぱり、苦手ってことはないと思うな。

猫と鼠の関係っていうか、刑事と大泥棒の関係っていうか。不良警官とその部長さんの関係っていうか。

見ていて微笑ましい。お似合いの二人だと思うのに。

……お似合い。うん、そうかも。

なのはの家ではしっくりこなかったけど、こうやって見てみると、似合ってる。

認めた瞬間、なんとも言えない苦さが胸に広がった。なんでだろう、と首を傾げるけれど、原因は分からない。

「もー、フェイトちゃん!」

「は、はいっ!」

「エスティマくんが意地悪ばっかり言うよもう! なんとかしてー!」

「えっと……兄さん、意地悪は駄目だよ?」

「そんな。愛でてるだけです」

「だってさ、なのは」

「嘘だよー!」

本気で怒ってはいないんだろうけど……これは少し危険な予感がするよ。

それは兄さんも分かっているのか、ごめんごめん、と苦笑して、キッチンに紅茶のおかわりを入れに行った。というか、逃げた。

『なのは』

『ん、何?』

『やっぱり苦手ってことはないんじゃないかな』

『えー……だって、意地悪ばっかり言うよエスティマくん。今日のことじゃないけど、真っ向からお話しようとしたらはぐらかすこともあるし。
 適当に扱われているような気がする』

『でも、兄さんもなのはも楽しそうだよ?』

『そう見えるだけ! 弄られてる方はたまったもんじゃないの!』

『うう、ごめんなさい』

なんだか怒られてしまった。

……やっぱり兄さんのこと、苦手なのかな。二人のことは好きだから、仲が悪くなって欲しくないんだけど。

あ、そうだ!

『なのは、前にユーノが言ってたんだ』

『うん』

『男の子は、好きな女の子に意地悪するって』

『へー、そうなんだ。
 ……な、なんだってなのー!?』

なんだか色々と混じった驚き方をされた。

『だからそうだよ。きっと兄さんはなのはのことが好――』

『ストップ、フェイトちゃん! そんなこと有り得ないっていうかこちらから御免被るっていうか……!
 ……うん、それに、悪いし』

『悪いって?』

『んー……秘密』

はぐらかされた。ショックだ。

しかも有り得ないって……二重にショックだよ。

『あ、あの、フェイトちゃん? 別にエスティマくんが嫌いとかじゃなくて、そういう風に考えられないってだけだからね?』

『……うん』

……兄さん、良いと思うんだけどなぁ。

そりゃあクロノと比べたらあれだけど、同年代の中では出世頭だし。魔導師ランクも高い方だし、今は一つの部隊を預かってるし。きっとお給料も良いはずだし。優しいし。

学校の友達が言ってたいい男の条件をすべてを満たしている気がするんだけどなぁ。

……難しい。



























「ふぅ……」

手元に煙草があったら深々と煙を吐き出すような溜息を吐いて、ソファーに身を沈ませた。

合計でチョコは三つか。三人娘フルコンプリート。全部、義理だがな。

現在時刻は夜の七時。シグナムはまだ帰ってこないが、きっとはやての所にいるのだろう。フェイトたちがいたから、向こうに行くよう連絡してくれたのかな。

有り難い。紙一重で空気が重くならずに済んだ。

……ん、そうだ。シグナムが帰ってくる前に飲んでおこうか。

制服の上着からタブレットケースを取り出し、その中から錠剤を二つ手に落とす。

精神安定剤。一時期よりもかなり量は減って、胃が荒れることもなくなった。このまま治ってくれたらありがたいんだけどね。

俺が安眠できるようになるのはいつのことになるやら。

口に錠剤を放り投げてそのまま嚥下する。水がなくても飲めるぐらいには慣れてしまった。

一時間もすれば気怠くなるし、その前に夕食にするとしよう。

キッチンに立ち、はやてが作ってくれたおかずを温めるべく冷蔵庫を開ける。肉じゃがに……これは唐揚げの下ごしらえか。他にも色々と、俺の好物が並んでいる。

はやてが栄養バランスを無視した料理を作るなんて珍しいな。なんかの記念日ってわけじゃないはずだけど。

なんだろうなぁ、と思いつつ淡々と唐揚げを油に放り込む。

うおお……この匂い。たまらん。

ようやく衣が付き始めたぐらいなのに、つまみ食いがしたくなる。

「ただいま帰りました!」

「お、お帰り」

ポニーテールを踊らせながら、シグナムがリビングに姿を現す。

玄関から直行ですか。

「あー、シグナム。鞄は自分の部屋で降ろしなさい」

「はい」

良い子だ。

素直に自室へ行って鞄を降ろしてくると、シグナムはキッチンへとやってきた。

匂いに釣られたのだろうか。尻尾のようにポニーテールを踊らせながら、シグナムは俺の手元を覗こうと背伸びをする。

「……からあげですか」

「そうだ、唐揚げだ」

「八神家じるしですか」

「八神家印だ」

「……たのしみです」

……存外、似たもの親子なのかもしれない。





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