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[37074] 【一発ネタ】「テラフォーミングされた火星に、考えるのをやめた究極生命体がやってきたら?」
Name: D・D◆127939ab ID:8a4d6780
Date: 2013/03/24 15:36
宇宙空間に浮かぶ、一つの岩石があった。どこの星にも決して到達はせず、太陽系の暗黒空間を彷徨う人の大きさほどの岩。だが一つだけ、他のスペースデブリとは異なる点があった。

 それは鉱物と生物の中間体であった。そして死者と生者のどちらにも成れない生命体だった。

 “ソレ”は何もない空間の中、ただ一つの輝きだけを見つめるのが好きだった。

――ああ、なんと美しく、そして、何よりもすばらしいのか。

 ソレの視力は遙か銀河系の彼方まで見通せた――今や何の意味もなくしたこの身ではあるが、その雄大な光景をつぶさに見つめられることだけは幾百年たっても飽きない。



 そうだ、「私」はずっとアレを見たかったんだ。



 数万年もの昔、人間が歴史を持つずっと以前より、私は生まれた。私たちの種族は夜しか生きることができず、地底に住んでいた。同胞、親、友。種族の誰もがそのまま地の底に住み続けることを何とも思っていなかった。

 私はそれを嫌った。
 すべての頂点に立ちたかった。何者をも支配したかった。あらゆる恐怖を克服したいと願った。

 そのために―――そうだ、そのために私は親を殺し、仲間の誇りをも汚し、敵を欺き、どんな手を使いながらも最終目的を果たそうとした。

 過程などどうでも良かった。ごく短い時の流れでしか生きられない人間のように、『あと味のよくないものを残す』とか、『人生に悔いは残さない』だとか、便所のネズミにも匹敵する“くだらなさ”は無かった。

 だが……何故だ?

――なぜ私は、アレを克服したいと願ったのだろうか。

 原初の想いだけがどうしても思い出せない。人間のように脳細胞が死滅していくことなど決してない私が、それを思い出せないのは何故だ。数万年もの時の流れの中で『過程』など覚えていないとしても、『原点』はあってしかるべきだ。

――だから、私は敗北したのだろうか。

 結果こそ全てとそう断じたからこそ、「あの男」に“してやられた”のだろうか。我が仲間たちも、そしてこの私も。わずか数十年そこそこしか生きない人間に、完全に破れたのはそのためだろうか。

 完全生物とは
 ひとつ 無敵なり
 ふたつ 決して老いたりはせず
 みっつ 決して死ぬことはない
 よっつ あらゆる生物の能力を兼ね備え、しかもその能力を上回る
 なにより――――

 そんな完全な生命体となったこの私が敗北したのは、最後の――――

――

――――

――――――だが。だがそう。いまさらだ。

 こうやって考えることなど、もう何の意味もない。死ぬことも出来ない、生きることも出来ない、この身に課せられた『罰』の前ではそんな思考など無意味だ。

 『終わり』が無いのが『終わり』。それが『究極』が行き着く、まばゆい光だけに包まれた――未来無き暗黒空間なのだから。



        ※       ※      ※



 ……だが果たしてッ!
 永遠は果たして、ほんとおに永遠なのだろうかッ!?

 かつて大西洋に沈んだ邪悪の化身でさえ、百年の時を経て、偶然の偶然の果てによみがえったことを、我々は覚えている! 偶然? いや、それは『運命』ッッ!

 星に引力があるように、運命には引力がある。
 そこに彼を喚ぶものがいる限り。どれほどそれが、チリのような確率であったとしても。

 運命は出会う! そしてそれが、邪悪が『真実』に目覚める時っ!



        ※       ※      ※



「じじょうじょじじょうじょう……」

 闇の中、絶望だけがはっきり見えた。
 へそのように窪んだ岩壁が囲む中。その上で、奴らが“次”を構えていた。

「……っ……!!」

 護るんだ。必ず。こいつらを救いだし、必ず地球に還るんだ。『皆』で!
 どれほどそれが不可避であったとしても。どんなに俺が傷ついたとしても。

――ああ、それでもダメかよ、神様。

 死ぬときは死ぬ―――そんなことはとっくに分かった“つもり”だった。早く来てくれ、終わってくれと何度も願ったさ。絶望のたびに、そう神に願ってきた。なのに――なのにっ!

――こんなに絶望の中、心底生きたいと思っている時に、アンタは俺たちを殺すのかよ。

 悔しい。悔しい悔しい。守れないのか。終わるのか。
 人間は弱いと言ったからか? 奴らが種として強いからか? 当たり前のように、当たり前だから、ここで眠れというのか? もう二度と嘘をつかないで生きていこうと思ったのに、それを許さないというのか。

――皆はどうなる?

 まだ息がある―――違う、生かされているこいつらはどこに連れて行かれる? エヴァは、ワックは、サンドラは、俺の仲間たちは“何をされる”? 



『 お 前 が 今 ま で さ れ た こ と を さ れ る だ け さ 』



 それを考える時間を与えることで、神は絶望を突きつけてくる。
『アドルフ・ラインハルト』はもはや彼女を抱きしめることしかできない。自分をかばおうとした彼女を。自分を護ろうとしてくれた仲間たちを置いて逝く。

 彼女に何か一言残せたらと口を開き、グッと強く噛んだ。

――悪魔でいい。邪悪でいい。そんなモノでいいから。もう、護らなくいいから。救ってくれなくていいから。

「誰か、こいつらを……『ゴキブリ』どもを殺してやってくれ…………!!」



 ――――その願いが、『運命』を引き寄せた。



「じょ――」

 ゴバジョッッ!! 何かが、人型ゴキブリと人間との間に“落ちた”。

「「――――」」

 落ちてきた衝撃で飛び散った石を防ぎながら、双方が、文字通り息を呑む。

 シュワシュワシュと沸騰している何か―――隕石だろうか。人間サイズほどのソレが今も赤く燃えていた。音の壁さえも越えて、目視さえ出来ないほどのスピードで落ちてきたソレを確認すると共に、人型ゴキブリたちは周囲を見渡した。

 味方(敵)か―――?

 片方は希望、片方は警戒を胸に、周囲を見渡す。
 だが――――

「ただの……隕石?」

 辺りは無音。まだ形を保っているその岩以外、何も無い。

「…………、じょうじ」

 それが判ったのだろう。ゴキブリの指揮官――毛髪の無いゴキブリが再び手を挙げた。

 抱きしめられていた少女、エヴァの胸に絶望が再び宿る。生き残るのが数秒延びただけなのだと。神はやはりいないのだと。

 そもそも隕石が今、この場所、このタイミングで落ちてくること自体、奇跡に近いものだった。テラフォーミングした火星の大気を突き抜けて、形を残したまま―――

「……?」

 エヴァは気づいた。あれは、あの形は―――顔? 人間の顔と手足がくっついて――違う、あの岩は――――。

「じょう……?」

 遅れてゴキブリたちも異変に気づいた。

 岩が、動いている。誰も触れていないはずの岩石の固まりが“大きく”なっている。
 そしてソレは部分部分ごとに大きさ・長さが変化していく。天に伸びていくその姿は、ベッドから“寝起き”したばかりの青年のような形になっていく。
 赤く燃えていたその背中には、塗れた烏よりも艶のある長髪へ。ぱりぱりと音を立てて、“殻”が剥げていったその下にはギリシャ彫刻を思わせる筋肉が。しかし裸かと思われていたその皮膚には、鳥獣を意匠した肩当てと腰布が現れる。

 この時、窮地にいた人間たち、誰もが目を奪われ、言葉を失った。
 そして理解した。アレは、ニンゲンではないと。

 その男――そう、「男」だ。それは周囲を虚ろに見渡していた。空を、人間を、ゴキブリを、大地を、静かに見つめていた。

「……ぎじょう」

 だが動いたのはゴキブリが先だった。
 崖の上を陣取っていた者たちに任せるのでなく、崖下で人間たちを包囲していた部下に任せ、観察に回ることにしたようだった。

 周囲八方を取り囲まれた男は、しかしそれでも何もせず、表情も一つ変えずにいた。

「危ない! 逃げて、あなた!」

 エヴァはその男が何者か、それこそ言葉が通じるかなんて考えず、とにかく声を発した。しかしそれを合図として、四方同時、4匹の拳が男に直撃した。

 エヴァは声を失った。先に殉職した、この班の実質ナンバー2の女性の散り様を思い出してだ。

「……えっ」

 しかし次に、別の意味で言葉を失った。
 エヴァはこの時、大道芸人数人が一つの小さな箱に収められるテレビ映像を思い出した。

 男とゴキブリたちは、“一体化”していた。それは数秒経つと別の形になっていた。ゴキブリ達の腕や足が、いや、いまやその体幹さえもその黒い男の“吸収”されているのだ。
 体感時間ではゆっくりだったが、それは数秒も無かったのだろう。音もなく、攻撃したはずのゴキブリが―――成人4体ほどの大きさの固まりが、なくなっていた。

「…………ほおぉぅぅ、吸血鬼ほどのカロリーがあるか」

 男が初めて話した言葉は、アドルフの母国語、ドイツ語だった。それを喋ったことにももちろんだが、いったいこれは何なのかと、エヴァは困惑しかなかった。

――カロリー? 吸血鬼? いったいこの人は……?

「ぎっ。ぎょうじっ」

 近づくのを危険と判断したのか、敵の指揮官は投擲に切り替えた。
 元々はアドルフらをねらっていた、女の頭ほどもある岩石。それを男めがけて8つ飛来する。
 まともに喰らったら、こなみじんになるであろうその弾丸。男が回避したことを想定し、第二・三弾とすでに準備しているその包囲網。

 だが、意ぃ外ッッ! 男はその場から足を一歩も動かさず、それを回避した。
 一般人が端からみれば、まるで岩弾がすり抜けたようにしか見えないであろうその光景。だがしかし、強化されたテラフォーマーズたちも、進化したゴキブリたちも、この夜の中でもそれを捉えた。

 なんと男はっ、軌道上の部分を“へこませた”のだっ! 異常な方向に関節が、それも肋骨や腹部だけでなく、頭部までもが柔らかなゴムのようにクニサッ、プルンッと曲がり、すぐに戻ったァァッ!

 その攻撃が止まない間に、男の足が動き始めた。
 処女の肌を撫でるように、凍らせたばかりのリンクに足を着けるように、その足がビュオンと周囲にいたゴキブリ百余りに移動し始めたのだ。

 滑る。そうそれはまさに滑っていた。ヒュオンという音が、ゴキブリの間から聞こえていたかと思うと、その手と手が合わさっていた。
 比喩ではない。文字通り、一体化していたのだ、先ほどの光景の焼き直しだった。
 斬られるのでもなく、燃やされるのでもなく、焦がされるのでもなく、突かれるのでもなく、ゴキブリ達は“くっついていく”。
 破れかぶれの攻撃をしたものはいわずもがな、退避しよううとした者もゴキブリのそれを上回る加速で追い抜かれる。

「じ、じじじじじょうじっ!?」

 畏怖、脅威、理解不能、理解不能、理解不能ォォォッ! 初めてゴキブリ達はその『感情』の片鱗を知った。

 火星には『神』は存在しえなかった。彼らには『脅威』を覚えるほどの存在がいなかったからだ。



 しかし、今! ここに、『悪魔』がやってきたっ!!



 崖下で包囲していたゴキブリたち全てが、“お手々をつないで”の姿にさせられた。その端っこ、男は人差し指でゴキブリの額を貫き、ドキュウゥゥぅぅゥンっと、吸いこみ始めた。

 想像してほしい、すでに死んで何日も経った後のゴキブリの死骸の姿を。彼らはすっかり“干からびて”しまって、関節などは無いに等しく、しかし外側の殻だけは何とか形を守っているであろう、あの姿だ!
 ハタけばパリッガリとつぶれ、隙間風にも飛んでいくその姿は、悲惨ンの一言!

 捕まっていた、あるいは倒れていた人間には目もくれず、男はその場の「全て」を吸い込んでしまったのだ。

「んんんぅぅ……なじむ…馴染む。実に! なじむぞっ! フハ、ハハハハハ、フフハフハフハフハフハウフハッ!! 数百年ぶりのエネルギー、実にィ、いいィィぃっ!!」

 人間たちは助けられた――いやそれは誤解がある。彼は単に大きい虫に目がいっただけで、小さな虫を目に入れようとはしなかっただけなのだ。

 故に、まだ残っている大きな虫をはたくのも道理。なにせ、その虫は究極生物たる自分に噛みつこうとしたのだからッ。ヒエラルキーへの反逆は死あるのみっ!

「ぎッ、じじじょうっ!! ぎじじじょうっ!!」

 崖の上で退避を決めた指揮官、以下十数体の部下たち―――いや撤回しよう、指揮官のみだ。

「ぎっ」「じっ!?」「ざじっ!?」「じょうっ!!」

 最初に逃げた指揮官ゴキブリは“ソレ”を免れたが、他はダメだった。
 ゴキブリ達の強固な皮膚に何本も突き刺さっていたソレは、細い糸のよーな血管針だった。

 数十メートル崖下にいた男の全身から、とてつもなく長い血管が針のように噴出されたのだ。それは弾丸の初出速度以上のスピードで崖上にいたゴキブリたちを突き刺さった。

 だがそれだけではない。突き刺さっていた部分に、バースデーケーキのろうそくのように、きれーに火がともっているではないかっ。それだけはない、内側からシチューがグツグツ“煮立っている”!

 燃えているのだ、血液がッ! 

 動物は運動や病気でエネルギーを使うと体温があがる……あくまである程度はっ、だ。しかしこの男の血液、それは1000℃まで上昇させることが出来るッッ! それは金や銀がドロドロに溶ける温度ォ! 
 たとえマイナス100℃の気温に耐え、レンヂでチンされても生き残るゴキブリであっても、この温度は『未知数』! しかも体内から熱される以上、強靱な骨格皮膚は無意味っ!

 指揮官ゴキブリはそれを一瞬で理解すると、すぐに乗ってきた搭乗機の上に飛んだ。

 ダメだ。今の我らは、アレには適わないっ!! それを理解し、すぐに残していたゴキブリに人間から奪った車を動かすよう指示する。

 しかぁしっ! 当然、あの男がそれを許す訳もなかった! 

 彼の跳躍力は18m。しかもこれは地球の重力の場合だ。火星の重力は地球の約1/3。彼にしてみれば、断崖絶壁の檻など“ひとまたぎ”するだけの壁に過ぎなかった。

 しかしそのわずかな間が、生き残ったゴキブリを生き長らえさせた。
 さすが地球の最新鋭の技術を駆使した火星要探査艇。その加速度や発進の早さは、生物の限界を越えていた。いくらあの男でも、それには追いつきようがなかった。



 だがしかし、一つだけ見落としている事があるっ! そう、今夜は『雨』が降っていたのだ! 



 パリパリと男の足下から音が出始める。先ほどまでの熱気から一転、今度は冷気が漏れはじめ足下が凍っているのだ。更にその足裏からは、スケート靴を思わせる刃が生え始めた。
 男の背中からジェット機の噴出口を思わせる突出口が出てくる。体の骨格も風の抵抗を最小限に抑えるスタイルに変化する。

 更に、物理現象上、どうあっても避けられない『重さ』と『速さ』の関係。これは火星であっても、例外ではない!

 そうっ、あちらがF1ならば、こちらは小型ジェットッ!!

 ドシャシャボォォォンッ!! 火薬庫に花火でも引火したかという爆音と共に、男が火星の大地を駆け抜ける!  
 駆けるッ! 翔るっ! 疾るっ!! それはもはや、弾丸兵機!!



 1分と経たずに、男は前を行くバギーを追い越し、その前に立った。

「じょぉぉぉおじぃぃっ!!」

 止まるな、轢き殺せ。そう命令する指揮官。そう、速度×重さ=破壊力なのだから、いくらあの男であっても止められようはずがないと。そう稚拙にも計算したゴキブリだが、しかし『例外』を計算に入れるべきだという原理は知らなかった。

 巨大なバギーの前に立つ男の両腕が、ゴキリゴキリと“きしむ”。腰をゆらりと落とした男が静かにつぶやく。

「闘技――――」



 ――突然だが、火星には砂嵐が頻発することはご存じだろうか。
 原因はあまり分かっていないのだが、年に百回ほど各地で砂嵐が起こる。
 カラカラに乾いた風の中、巻き上げられた砂は薄い大気を突き抜けた太陽に暖められ、更に上昇気流を生む。そのため火星全体を覆うほどの砂嵐もしばしば起こる。
 テラフォーミングされた現在ではその規模は抑えられたといえど、数世紀前に放り出されたゴキブリ達の先祖はそれを体験し、そして生き残ってきた。

 だがしかし。それはあくまで、自然現象の領域。風の中では潜むべき場所に逃げればいいと、彼らは学習したに過ぎない。

 ではもしも、その砂嵐と同規模以上の『風』が、突然自分を挟み込むようにやってきたとしたら――――――



「神!」

 左腕が関節ごと右回転ッ!!

「砂!」

 右腕も関節ごと左回転ッ!!

「嵐ッッ!!」

 その圧倒的回転圧力の間に生まれるのは、真空状態の圧倒的破壊空間! まさに歯車的砂嵐の小宇宙! それはまさに『神』の領域!

 オパウッ、ゴシアッ!!! 合金製のフレームが、ゾウキンでも絞ったかのように破壊される。圧倒的破壊の力の前で、弾丸のようにまっすぐだった車も、空高くブッ飛ばされた。
 後に残されたのは、風に吹き飛ばされて見える圧倒的な星空だけだった。



「じ……じょうぎ……」

「じじ。じじょ、ぎ?〈なるほど、さすがはゴキブリだな?〉」

「ぎっ!?」

 なんとか捻られ砕けた車から抜け出した指揮官だったが、その前にはやはりあの男がいた。
 だが彼の驚きはそれではなかった。彼はなんと喋ったのだ、自分たちの言葉を。
 あり得ないほどの学習速度。彼は、わずかに聞いていた言葉から文法・発声・ジェスチャー、その全てを学び取っていたのだっ!

「じ、じょうじじょうじ」

 ゴキブリはそのとき初めて、『畏怖』を知った。逆らってはならない、触れようとしてはならない存在が、この火星に降り立ったことを。
 ガクガクと意味不明に震える体を五体投地して、必死になって許しを乞う。

「……ぎじょうじじ、じじょうじ、じょうじ?〈……恐怖した人間は降伏の印として、地に平伏するそうだが、ゆるしてくれということか?〉」

 ゴキブリはソッと目を彼に向けた。

「じょ、じっじょうじじ、じじじじじょう〈しかし、貴様はすでに『究極』への反逆という、生物の領域をはみ出した〉」

 彼の目は、眼前に伏すモノを汚泥にまみれた生き物でも見るかのように見ていた。
 彼は最後まで知らなかった。それは人間が『ゴキブリ』に向ける目と同じモノだということを。

「ぎじょう〈だめだな〉」

 光り輝く腕刃が、彼の最後に見た光景だった――――。



      ※      ※      ※



「俺たち……助かったのか……?」

 捉えられていた網から脱出した船員たちは、寄り添い集まっていた。一度、ゴキブリ達の包囲網に捕まった以上、ここからすぐに離れるべきだと分かっているのだが、それが出来ない理由があった。

「はっっ、ゴハッ!!」
「アドルフさんっ!! しっかりっ!」

 先の戦闘で限界以上に『薬』を吸い込んでしまったアドルフ・ラインハルト。安全装置を吹き飛ばすほどの力を放出した後に残るモノは、ショーとした電線のようなものだった。

 外見からは分からないだろうが、すでに彼の内臓・血管は自力では修復不可能レベルまで行っている。本船に戻れれば治癒も可能だろうが、現状、それは不可能だった。

「そんな……せっかく助かったのにぃっ!」

 涙ながらに彼を抱きしめるエヴァ。自分は、自分たちは、この人に、隊長に守られてばかりで。しかも何も出来ないままで!

「………………いや、まだ、みたい、だ……」

 アドルフが指さす先には、鳥がいた。ゴキブリのような翼ではなく、大鷲のような翼を備えたハーピーが。



 奴が戻ってきた――――。



 何のために? 何のため? さっき見たじゃないか。ゴキブリたちなんかとは違う、もっと原初の理由。



『補食』の時間だ――――。



 ガクガクと船員達全員が震える。逃げられない。圧倒的捕食者の前に立つ、生きながらヘビに飲み込まれるカエルの気持ち理解したと思った。

 アドルフもまた悟った。

――おれは……これから死ぬんだな、決定的に。

 アドルフはいともすんなり、それを受け入れられた。恐怖は無かった、痛みももう無かった、悔しさももう無かった。
 圧倒的な強者の前にいるからだけではなかった。彼はそう、アドルフの最後の願いをかなえてくれたのだから。

「あいつら……ごきぶ、り、たちは……?」

「『toeten〈テーテン〉』」

 殺したという、実に流暢なドイツ語だった。
 俺もそうなるのだろうということも、当たり前のように受け入れられた。

 だけど――俺はいい。だけど、こい―――?

「えヴァ……!?」

 少女は、倒れるアドルフの前で両手を広げてかばった。それはさっきの光景の焼き直しだった。

「やめっ、ぐぅぅゥオオ……」

 先ほどの力はロウソクが最後に燃え尽きる時の輝きだったのだろう。アドルフには、もうひとかけらの電気を発する力も残っていなかった。

「……女、何のつもりだ?」

 静かに、厳かに伝えられるその声は、かつて養父が怒り出す時の静けさににていると、エヴァは思った。
 へたり込んで、謝って、謝って、謝って許してほしいという感情が手足の力を弱める。

 だがしかし、彼女は、震えるノドで彼にこう告げた。

「あ、あなたに、あなたなんかに、この人は渡さないっ!」

「……ほぅっ」

 バカっ、よせっ! そう告げたかったが血がノドに混じって出せない。
 相手はゴキブリとは違う、言葉が通じるんだ、まだ助かる余地はあるのにっ!

 すぅっと男の指がエヴァの頭部に“さしこんだ”。

「~~~~ッッ!!」

 異物を異物と感じない。まるで自分の体の一部分が加わったかのような、まったく痛みを感じないことが逆に恐怖だった。

 今すぐ絶叫をあげたい。逃げ出したい。だけど――だけど、自分はっ!!

「い、いのちの、一つや二つくらいが、なんだっていうのよっ!」

 最後まで、護ってみせるんだっ! 私が、今度こそっ!!

「アドルフさんが―――大切な! 『家族』が奪われようとしているのにっ! 黙っていられるわけが、ないっっ!!」

 涙を流しながらも、それでも最後まで彼女は言い切った。
 圧倒的捕食者を前にしても、それでも最期まで彼女は吼えた。

 それに勇気を受け取った他のメンバー達も立ち上がり、化け物の前に立つ。
 他の者たちも、最期まで目だけは男をにらみつけようという気概だった。



 男は―――懐かしい気持ちに囚われた。



『  友人が殺されたのだッ! 目の一つぐらいでへこたれるかっ!!  』

『  このワムウ……今までの人生、不老不死などどうでもよかったのだ。この「掟」さえつらぬいて朽ち果てればな……  』

『  てめーのその行為は、仲間であったワムウの「意志」をも裏切ったんだッーっ!!  』



 男は静かに少女の頭部から四指を抜き去り、とても“優しい”眼で彼らを見つめた。
 それは、先ほど命乞いをしたゴキブリに向けるモノとは対極のものだった。

「……完全生物とは、
 ひとつ 無敵なり。
 ふたつ 決して老いたりはせず。
 みっつ 決して死ぬことはない。
 よっつ あらゆる生物の能力を兼ね備え、しかもその能力を上回る」

 いきなりの口上に困惑したが、後ろでせき込んだアドルフの声に振り向く。
 その振り向いた先に、男は立っていた。倒れ伏せるアドルフの前で、奇妙な“呼吸”を始める。

「そして、その在り方はァァァッ!! 『美しさ』を基本形とするッッッっ!!」

 バチバチバチと全身から放電を開始する。かばおうとしたエヴァの手も間に合わず、その掌がアドルフの胸に前で合わさった!!

「るオオオオオォォォ! 波紋疾走ゥゥゥゥ〈オーバードライブッ〉!!」

 だがしかし、エヴァの予想に反して、アドルフに異常は起きなかった。いや違う、これは―――

「……なんだ、これは。傷の、痛みが……」

 治して、いる? 消え去りそうだった顔色に血の赤々とした脈動が戻っている。

「ア、アドルフさん……? アドルフさんっっ!!」「隊長ォォッ!」「アドルフ隊長っ!!」

 隊員たち全員が彼を抱きしめる。先ほどまでの悔し涙ではない、感激の、生命の喜びを歌うかのように涙があふれてきた。
 ここが敵地だということも忘れ、アドルフもまた、静かに涙を流した。



「……ありがとう、だが……何故?」

 静かにそれを見ていた男に、アドルフは問いかける。

「思い上がりはするな。人間のようにセンチになったからではない」

 男はアドルフたちに背を向け、太陽が登るであろう方角に眼を向ける。

「……貴様等は『太陽』をどう見る?」

 アドルフ達が答えるのを待たずに男は独白する。

「私は、美しいモノが好きだった。鳥も、花も、大地も、木々も、魚も、動物も。美しいモノが大好きだった。だが、一つだけ、私のモノにならないものがあった」

「……それが、太陽?」

「そうだ。我が種族は日の光を浴びてしまうと消滅してしまう。それが故に、地の底に居着くしかなかったのだ」

 ギリと憎々しく、過去を振り返る。

「それが当然だと、我が種族の者たちは思ったのだ。だが私は、すべての頂点に立ちたかった。何者をも支配したかった。あらゆる恐怖を克服したいと願った」

 ぴしと手を上にかかげ、その光を全身で受け取るかのように体を向ける。

「太陽とは、私にとっての『恐怖』であり、『羨望』だったのだ! あの美しさを手に入れたくて、手に入れたくて! 私はなん、でも、したッ!」

 だが究極に到達したのに! 何故、自分があんなちっぽけな人間に負けたのか。地球から追放されたのか。今なら分かる。そうだ、『真実』に到達することが出来るッ。

「だが! 最も美しいモノを手にする者とは! 最も美しくなければならないっ! だからこそ、私は『権利』を剥奪されたのだッ!!」

 それは許されない。その権利を自ら放棄していたなどとっ! 気高く、美しく、何よりも誇りに満ちているあの光を、“手に入れるために遠ざかっていた”などと! それが、最大の過ちだった!!

「――女よ」

「は、はいっ!?」

 いきなり振り返ったことに驚くエヴァ。

「種族は違えど、貴様のような者に私は『敬意』を表しよう。人間の偉大さは、恐怖に耐える誇り高き姿にある―――確か、ギリシアの誰かが言った言葉だったな」

 振り返った男の後ろから火星の夜明けが差し込む。エヴァはそれを、美しいと感じた。

「さて……私が眠っている間に何があったか、聞かせてもらおうか。数百年分、腹も減っているからな。奴らを見つけ次第、教えろ」

 どうやら付いてくるようだった。拒否権はないらしい。ついでに「アレ」を食べる気らしい。ゴキに初めて合掌。



「その前にいい……ですか? あなたの名前はなんと呼べば?」

 アドルフが『敬意』を持って彼に問いかける。
 火星の風が髪を撫でる。黄金の日差しの中で、新たな日々に彼は告げた。



「『カーズ』……。カーズと呼べ」



 氏名:カーズ   出身地:地球
 年齢:2万歳   身長:変化可能 体重:変化可能
 M.O〈モザイクオーガン〉:絶滅した生物含め、地球上全て。

 マーズランキング:測定不能ォォッッ!!

 to be continued...?



【後書き】

 初めまして。書き手のD・Dです。
 長らく執筆から離れていましたが、久しぶりに勢い突っ走りで、5時間で原稿用紙26枚分書き終えました。いえ、この題材〈ネタ〉は両方とも旬のモノ(雑誌とアニメ放映中)なので、急いで書き上げました。粗は目立ちまくりますし、カーズ様はこんなこと言わないなんて方、すいません、パッションの赴くままとご寛恕を。生存報告プラスおまけだと思って下さい。



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