[3175] 鋼鉄のノンスタンダーズ(アーマードコア4・シリーズクロス)
Name: 八針来夏◆0831a7df ID:e7588bfd
Date: 2008/06/05 13:05
始めまして。こちらでは一度ちょこっとだけ掲載して削除したことのある八針来夏と申します。
以前は風牙亭に投稿させて頂いていましたが、風牙亭閉鎖に伴い、今回こちらに投稿させて頂きました。よろしくお願いします。
ただし、ちょっと注意点が。
・作者は沖方丁先生のスプライトシュピーゲル及びオイレンシュピーゲルに多大な影響を受けているため、かなり特徴的な書き方をしております。好き嫌いの別れる文章だと思われますので、読みにくい、肌に合わないと感じられる方がいらっしゃるかもしれません。そこはどうかご了承下さいませ。
・所々に、設定の改変があります。一部のキャラクターの設定がかなり盛大に変更されている場合があります。そういった設定改変を見かけた場合はそういうものだと納得して下さると有難いです。
読んで頂き、面白いと思っていただければ幸いです。
それでは、よろしくお願いします。
[3175] プロローグ
Name: 八針来夏◆0831a7df ID:e7588bfd
Date: 2008/06/05 13:17
戦場で常食するものはライフパックに常備された乾パンや、真空パックされたサイコロステーキ。
もちろん本物のステーキであるはずもなく味など下の下。栄誉補給と保存期限をもっとも優先したそれは非常に不味い。
それを更に不味くする要素は戦場には転がっている。
鉄の焼ける不愉快な音、機油の喉奥に絡みつくような悪臭、そしてその臭気の中きっと何十分の一かは混じっているはずの人血の臭い。
「こいつは朝飯が旨かった祟りかな」
食堂からくすねて来たビスケットをばりぼり、と粉をこぼしながらむさぼるレイヴン(傭兵)、ハウゴ=アンダーノアは愛機の薄暗いコクピットの中で小さくぼやいた。
操縦者=黒瑪瑙のような瞳/乱雑に切りそろえられた黒髪/機嫌の良い猛虎というべき剣呑と同居する陽気な雰囲気/引き絞られた四肢/敵手の隙を探る知性/相手の猛攻を楽しんで捌く余裕/命をチップに金を稼ぐ命知らずの傭兵/マウリシア撤退戦の伝説の男。
外界の臭気から隔絶された密閉式のコクピットの中は普段なら静かなシステムの駆動音しか存在せず、静謐に包まれているはずだったが、その日は違っていた。
冗談じゃないのか、ハウゴは耳をつんざく轟音に、その轟音の源に目を向けた。通信機から悲鳴のような爆音、……いや、きっと悲鳴も混じっていただろう音に――死神の足音を感じた。
愛機のシステムをチェック/即座に機動準備。
腕利きのレイヴンであるハウゴは今回出撃する予定など無かった。国家軍に雇われた傭兵である彼はここで愛機ACを輸送機に乗せ、仲間達と共に民間人の住まう生存圏、コロニー『アナトリア』防衛に従事する予定だったのだが。
「これは、負け戦か……」
世界を統治している政府は無能だ。
各地で勃発するテロ行為、暴動に対する対応は常に後手に回り、経済は破綻寸前。この時代に生きるものなら誰もがこのままで良いとは思っていなかっただろう。
だが、その混迷の世界を導ける力の持ち主など、数は限られている。世界を支配する彼らと戦ってそして勝てる算段を立てられるものなどそうは存在しない。
GA/ローゼンタール/レイレナード/BFF/インテリオル・ユニオン/イクバール。
6の巨大企業によって構成される世界経済の支配者=すなわち、企業体連合(パックス)。
『敵、基地内に侵攻! ……防衛線ライン、第四幕を突破!』
切迫した声が、ACの中に響き渡る。
この基地は確か国家軍の中でももっとも厳重な防御力、戦力が集中しているところではなかったのか? ハウゴは思う。世界でもっとも安全な場所とは危険の只中にある、とは誰が言った言葉か。ここは恐らく世界でもっとも安全な場所『だった』はずだ。
だが、いまやここは世界でもっとも危険な場所になりつつあるようだった。
狭いACのコクピット/人生の中でもっとも多くの時間をすごしてきた場所/見つめてきた光景は、こいつのカメラ越しの方が生身の目で見つめてきたものよりはるかに多い。
起動スイッチをオン/燃料電池はFULL。戦闘行動を行うのに支障は無い。
「相棒、お目覚めの時間だ。……起動シークエンス8から14、16から19を省略しろ。緊急起動だ」
『了解、緊急起動します』
ACの制御AIの復唱を聞きながら、ハウゴは通信機からの絶望的な凶報に耳を傾け続けた。情報は命。侮れば=死/集めなければ=死/生かせなくても=死。
状況は至極拙いと言えた。
国家と、その国家に武器を提供する巨大企業達。六大企業が、無能な国家に対して宣戦布告を行ったのは、……確か今朝の朝食を食べたころだったとハウゴは思う。朝方、パンに卵を載せて、丸ごと食べた。一緒に出てきたベーコンは旨かった。あれは末期の食事になるのか。
まったく実感が沸かない=さながら千年前に垣間見た夢のよう。
後の世で国家解体戦争と呼ばれる戦い――宣戦布告同時攻撃。
恐らく開戦前から反撃を許さぬように念入りに計画は進行していたのだろう。他基地へのホットラインは既に寸断され、増援を呼ぶことすらままならないらしい。
……もっとも他の基地に余力をまわすことが出来るとも思えなかった。
なぜなら、今この基地を攻撃しているのは、この基地を陥落させようとしているのは……。
『早い、……なんだ、なんだあれは!』
『たった、たったの一機なんだぞ! 何で落とせない!』
『あれは、あれは本当に陸戦兵器なのか?! あの速度、まるで戦闘機じゃないか!』
たったの一機。
世界を軍事力で締め上げる国家軍の圧倒的戦力――その圧倒的戦力すら凌駕する絶対的に突出した個。そんな怪物が近くに存在するという事実がハウゴの肝を冷やす。
……にわかには信じられない話だが、通信越しの悲鳴に虚偽の臭いなどかけらも感じられない。あるのはひたすら濃密な死の香り、死神の足音、時限爆弾の短針が刻む音に似た破滅の予兆だ。
『れ、レイヴン! 起動命令は出していないぞ! 許可無く発進な……!』
「こいつは負け戦だ。鴉は鴉らしく小狡く沈みかけの船から逃げるさ」
通信をオフにしてから独白する。
彼の重ACはパイロットであるハウゴの重火力信奉の影響か、強力な破壊力を有するバズーカを積載している。
……本音を言うならもう少し細身のスタイルが好みであるが、『殺られる前に殺れ』がこれまで戦場で生き抜き、ついには伝説的な名声を有するまでになった理由だと思っている彼には重火力を捨て去る事が出来なかった。AC拘束用のジョイントをパワーで引き剥がし、機体を直立させる。
右腕にバズーカ/左腕にシールドを搭載し戦闘モードへ。
『起動、完了しました』
「よし、起きるぞ!」
少なくともここに居続けては愛機のコクピットが棺桶代わりになる。
格納されていた倉庫からハウゴはゆっくりと機体を外へ出させる。同時にレーダー更新を確認しようとして、その必要が無かったことを悟る。
視界の端に見えた敵のブースター炎。瞬間的に亜音速を発揮しながら飛来。空気がそれに跳ね飛ばされ爆音と変じる。
「……この時代のACが……空を飛んだだと!?」
敵AC、凄まじい速度で飛来し着地――戦車を遥かに凌駕する自重、速度、それらが齎す着陸の衝撃、コンクリートの地面がその凄まじい衝撃を吸収しきれず爆薬を仕掛けられたかのように派手に吹き飛んだ。破片が周囲に撒き散らされ。ハウゴの愛機の表面装甲を叩く。
敵機=夜闇そのもののような漆黒一色/空力特性を生かした機体構成はどこかセクシィですらある/戦闘機並みの高速機動を行う陸戦兵器/脚部にいくつも設置されたスラスター郡/長大な銃身のライフル/鋭角的なデザインのマシンガン/背に負う折りたたまれた大口径榴弾砲/肩に設置された、ミサイルの誘導性能を欺瞞するフレア×2/長時間の戦闘に耐えうる堅牢な装甲/人の形をした巨人兵器=アーマードコア。
巨大な漆黒の人影、両腕に巨大な銃器を構える人型の巨人=肩の大口径榴弾砲を展開。
倉庫から出たばかりのハウゴのACに対して背に負う巨大砲を構えた。いや、狙いは自分ではない。彼が先ほど出撃した、他の機体が出撃を待つ格納庫。
背に走る冷や汗/炸裂する生存本能/雷鳴の如き脊椎反射=罵声に似た叫び声をあげながらハウゴは推力ペダルを全力で押し込み、必死の回避挙動を行う。
瞬時に、それが至極危険な火力を持つ代物であると本能で悟ったのだ。
バスッ、と鈍い音と共に発射音。それに伴う凄絶な反動/脚部を伝わりそのACの足元の地面の土が更に吹き飛んだ。
一瞬視界によぎる巨大砲弾の影/それはハウゴのACがいた場所を通り、先ほどまで彼が機体を駐留させていた格納庫の中へ飛び込んでいく。
黙示録的轟音。
瞬間、凄絶な爆発が背後に巻き起こった/音量調節器マイナス補正最大=だがそれでも馬鹿になる耳。
「……なんて、こった……」
後部カメラで確認し、絶句する。彼の他の仲間達や、国家軍のAC部隊がいた格納庫は完膚なきまでに破壊されていた。
そして感じる。目の前の敵にとっては自分とは、踏み潰す路傍の石ころでしかないのだと。今目の前にいる新型のACと自分の乗るACの戦力差はまさしく象と蟻に等しいのだと。
敵のカメラアイがすべるように此方を睨んだ。光学的捕捉(レーザーロック)、敵パイロットの殺意の射線を感じる。
背筋に走る恐怖/戦慄で震える指先/すくみ上がる心臓=撤退の算段をつけようとして=だが卓越した戦闘知性はいかな手段を用いても脱出することは不可能と最悪的絶望的世紀末的判断を下す。
燃える闘志=やせ我慢/操縦桿を強く握り締める=震える指先を握力で締め上げる/深呼吸=心臓に安息。
逃げれば後ろから撃たれる。
交戦を決断=爆発的発作的無謀的判断=行動、推力ペダルを全力で踏み込む。突撃。
「……舐めやがって……!」
闘志を無理やりに湧き上がらせる。
どうせ退避は間に合わない。戦闘開始から敵がこの場所に来るまでそんなに時間はかかっていない。それを可能とするあの敵の機動性は空前絶後。勝てないと力ずくで悟らされる。だが、心は戦慄に震えようと、トリガーを握る指が恐怖で竦む事だけは断じてなかった。
シールドを構える。
「その手の大物は再装填(リロード)が遅いと信じてぇぇぇぇぇぇぇ!!」
ブースターノズルの推力噴射角を後方へ統一――全力で噴射/前方へ猛然と突撃を開始。相手が構えた大型榴弾砲だが、あれほどの大火力が連射できるとは到底思えない。もし連射できるなら苦しむ暇も無く吹き飛ぶだけだ。接近し、必中距離(ヒットレンジ)に入ってから高火力を誇るバズーカを叩き込んでやる。
相手が両碗に装備する武装はマシンガン、ライフル系、たとえ被弾してもシールドと重装甲ACの装甲があれば一撃を叩き込む程度の時間は繋がるはずだ。
だが、相手の侵攻速度から逃げ切れないと言う事はわかっても相手の運動性まではハウゴは考慮に入れていなかった。
敵AC、肩から膨大な噴射炎を吐き出す/横方向へ壮絶なスライド移動、唖然とするような瞬発力。
相手の網膜に残像を刻むような/獲物の喉笛に喰らい付くような肉食獣の如き移動。ハウゴの重ACのバズーカを持った方向へ瞬間的に回り込む。
「つ、馬鹿な……、てめぇ人間か?! せめて中で吐いてろよコラァ!!」
相手の超絶的な加速をカメラ越しに目で追えても、機体はそうはいかない。ましてやハウゴのACは重装甲と引き換えに運動性、旋回性を犠牲にしている。
ここにきて重装甲、重火力を重視してきたことが仇になったか――ハウゴはそれでも足首を掴む死神を蹴り飛ばすように推力ペダルをさらに荒々しく踏み込む。前方へ移動するままシールドを構え必死に旋回、距離を離そうとする=だがその行動は断頭台に縛りつけられた罪人が暴れるさまに似ていた。
そんな全力離脱すら、必死の抵抗すら敵の新型ACにとっては静態目標に等しい。
マシンガンが火を噴く/オレンジ色のマズルフラッシュが幾度も瞬く/横方向に降り注ぐ豪雨の如き、凄まじいまでに吐き出される高速の弾丸は、高水準であるはずの重装甲をさながら暖かいバターをフォークで刺し抜くように貫いていく/装甲が慣性エネルギーを食いきれずに穴を開けられていく/見るも無残に蜂の巣にされていく/そのうちの一発の弾丸が、ACの重バズーカの砲弾を格納する弾装を貫通=火薬に引火/誘爆が起こる。
敵に損害を与える為のバズーカ砲はここに来て主を裏切った。
誘爆を起こした砲弾はそのまま砲身を食い破って爆発、その破片と爆発は重ACの装甲を吹き飛ばし半壊させる。機体コクピットの右側、システムインテリア類が爆発の衝撃で吹き飛び、即席のナイフ、鉄片の散弾に変じる=主の右腕を切り刻んだ。
フレーム大破状態。重力に抗う全ての力を失い、重々しくハウゴのACは地に崩れ落ちた。
誰の目に見ても、もう脅威は無い。戦闘続行など不可能だった。
それはもちろん、新型兵器『ネクスト』を駆るLINKS、ベルリオーズにとっても例外ではない。
『ネクスト』の操縦者=頬にL字傷/獲物を狙う猛禽のようでもあり真摯な僧侶のようにも見える知性的な瞳/鍛え上げられた肉体/脊椎から伸びる大量のコード/コジマ粒子被爆から搭乗者を保護する液状装甲(ジェルアーマー)を内蔵したパイロットスーツ/パイロットと機体、電子的に結合=その違和感は頬傷の幻痛として作用/高い精神的負荷を前提にした新機軸操縦インターフェイス『AMS(アレゴリーマニュピレイトシステム)』/人機一体の体現/LINKS(リンクス)=繋がれたもの。
「恐怖に飲まれず怜悧な判断を下す良い腕前の戦士だったのだがな」
小さく独白する。
もちろん、戦場で同等の戦闘力を持つものが戦うなどということは無い。戦いは非情だ。立場が違えば、今目の前のACパイロットは彼自身だったのかもしれない。
ただ、もし彼が自分と同等のネクストに乗っていれば戦いはどうなっていたのだろうかと無意味な考えに捕らわれる事もある。
もちろん、彼にとってそんな遊びの思考は一刹那。相手が勝手に誘爆してくれたのだからマシンガンのマガジンを無駄に消費せずに済んだ、という程度の認識でしかない。
次の標的を倒す為の弾装は多ければ多いほど良いに決まっている。
レーダー更新を確認、未だ戦闘を続けている味方ノーマル部隊――援護要請を受信。
応援に回ることを決め、彼はオーバーブーストをスイッチ。
機体を跳躍させ、高度を取る/障害物を避け、進路を確保/同時にベルリオーズの乗機、ネクストAC『シュープリス』の後背、装甲カバーが開放=オーバーブースト用ブースターが展開、エネルギー圧縮。
ベルリオーズは体に掛かる凄絶な負荷に堪える為、歯を食い縛った。亜音速で再び飛翔、更なる破壊を撒くため戦場を股に駆ける。
だが、しかし。
敵に損害を与える為のバズーカはここに来て主を裏切った、と言ったが、大局的に言えばそれは誤りだった。
ハウゴの愛機は、結局最後の最後までパイロットに対して忠実だった。もしあそこでバズーカが誘爆し、半壊しなければベルリオーズは無感動にトリガーを引き続け、ハウゴの機体を完全に大破させ、彼の命を奪っていただろう。だが、戦闘不能に陥ったお陰で彼は多くの破壊を撒くことを優先し、とどめを刺さずに去っていった。それは多数にとっては大いなる不幸だったが、彼にとっては大いなる幸運だった。
もちろん、彼にそんなことなどわかるはずも無い。ただ、致命的な脅威が去っていったのを、戦場の空気が去っていくのをなんとなく気配で知っただけだ。
ハウゴ、覚醒=同時に激しい痛みを感じる。
「……ええい、どうなった……?」
ハウゴはうめき声を漏らす。
アラート/アラート/ひたすらにアラート。
周囲のモニターは真っ赤に染まっている。特に右側のステータスは全てが赤色というか、全て真紅に染まっていた。とにかく最悪とだけ示せばいいのに、とハウゴは思う。
「……い?」
ようやくそこで彼は自分の肉体の状況を思い知る。
右側のステータスどころか、視界の全てが真っ赤。瞳を閉じようとして激痛を感じる。右目の視界が真赤い。潰れているのか、と心のどこか冷静な部分が判断を下す。異物感がある。恐らく目を運悪く破片でやったな、と他人事のように思う。そのうち右目の視界が永遠に暗黒となる。
くそ、と舌打ち一つ。腹部の怪我を生き残った左目で確認。痛みはない、怪我はない、だが、このままでは失血死の可能性がある。
次いで自分の右腕を見て、溜息を漏らした。
「……ああ、こりゃやばい。むしろ俺がレッドアラート……」
腕は目よりも酷い状況だった。とっさに頭部を庇った為、爆発の破片は右腕に集中して突き刺さり、ずたずたに引き裂かれている。大きな傷口から白いものが見えた、何であるかなど知りたくもない。
右腕痛い×右腕痛い×右腕痛い×右腕痛い×右腕痛い×右目痛い=痛くない――明らかに矛盾した肉体の感覚にこりゃ末期だやべぇと、ハウゴはぼやいた。
痛みの感覚は確かにあるのだが、あまりにも、あまりにも痛すぎて痛くないという矛盾が起こっている。この右腕はもう使い物にならないだろう。今の自分と同じように戦場で四肢を失ったレイヴンと会ったことなら何度もある。
自分も彼らと同じように、負傷した時の事を、酒の席で笑いながら話せるんだろうか?
茫洋とした意識/かすかに和らぐ痛み/暖かさが体から漏れていく感覚/ベッドに横たわりまどろむような心地よい感覚――『死』。
恐怖という生存本能が意識を明確にさせた。
「……くそっ!」
生き延びなければ。生き延びなければ馬鹿話のネタにもならない。失血でぼやける頭を意思の力で無理やり賦活させた。
体を起こしシートの下のメディカルパックを取り出す=たったそれだけの動作で体をつんざくような激痛が走った。死にたいと思う。流れ砲弾で俺のACが吹っ飛べばこんな痛い思いをしなくて済むのに。
そんな後ろ向きな発想を振り払おうとハウゴは歯を食い縛る。
モルヒネを投与し(中途半端な麻酔、よみがえる激痛)、激痛を騙し(痛いと言うことは生きている証だと信じ)、右腕を脇で縛り(暗くなる心、もう腕は駄目だ)、出血を抑える(命の漏れる感覚に恐怖する)。
血だ、とにかく血が足らない。ハウゴは失血で寒くなっていく体に恐怖しながらそれでも纏わり付く死に抗う為、無益にすら思える絶望的な努力を続けた。
[3175] 第一話『君は俺の財布の女神様と言うことか』
Name: 八針来夏◆0831a7df ID:e7588bfd
Date: 2008/06/05 12:36
目を開ければ、そこは今のご時世珍しいといえる気で組まれたロッジの天井があった。視線を翻せば、大きく開け放たれた窓が外気を吸い込み、青空と白い雲のコントラストが移る。思い起こすのは赤い天使を撃墜し、地下世界を出て初めて見知った青空と雲の色。
少し視線を下に向ければ青々とした生い茂る草原/草原に面した家の一室――今のご時世ダイヤよりも貴重な風景。
でもそれを見る視界はもう半分だけ。唯一残った左目で横を向けば、本来右腕があってシーツを押し上げている膨らみがない。
「……そうか、もう、無いんだな」
どこか、力の抜けたような声を漏らすハウゴは続けて周囲に視線を向け、状況の理解に勤める。
ここはどこだろう? 野戦病院、ではない。周には一緒に病室に押し込められた患者もいない。どうやら個人の所有するロッジらしい。さしあたっての危険はないようだが、疑念も沸く。
伝説のレイヴンと持て囃されても、彼らの資産は企業重役の財産などには到底及ばない。報酬も弾薬代、修理代などで費える場合もある。ましてやハウゴは先の戦いで自分の愛機を大破させられた。あの損害状況を思えば、残ったなけなしの貯蓄を売り払ってようやく中古のMTが一台購入できるかと言うところか。
「潮時かも知れねぇな」
軽い絶望感が胸の奥に燻っている。
あの時戦った敵のハイエンド機。格納庫を一撃で粉砕する絶望的な大破壊力、瞬間的に視覚外へ移動する瞬発力。間違いなく企業体の最新兵器だろう。
もう一度あの敵と交戦して生き残れる自信などあるわけが無い。ハウゴが生き残ったのはまさしく偶然だ。そんな偶然が二度三度続くほど気楽な性格をしていない。
……だが、悔しい。
完全な敗北。
もちろん、ハウゴもかつては伝説のレイヴンと呼ばれた身だ。己の技量に対する自負もある。
しかし、あんな機体を一介のレイヴンが手に入れられる道理などない。
それに今やハウゴは最大の財産であるACを失った。病院の手術費程度なら捻出することも出来るかも知れないが、今更紙同然の装甲しか持たないMTに乗り換えられる訳も無い。あれほどの高性能機を手に入れるなどまさに夢のまた夢だ。
考えるなどやめよう。ハウゴは目を閉じる。
今は失った腕の事も、自分を破ったあの敵の事も考えたくは無い。これが現実であり、夢でないと知ってはいたが、今しばらくぐらいは夢に溺れていたかった。
その時、軽い電子音と共に扉が開け放たれるのが見える。
「目を覚ましたんですね! ……ああ、良かった」
体を覆う気だるさ/眠気=そう思ってまどろみに落ちようとしていたハウゴは病室を明ける音に気づいた。
「すみませんが、患者はまだ面会謝絶です。また今度お越しください」
「自分でそう言えるなら意識はしっかりしていますね? ハウゴ=アンダーノア」
扉を開けて現れた女性=軽く波打つ蜂蜜色の背中まで伸びる髪/瞳は深く青い海/少し小柄な体躯/桜色のカーディガンに長いスカート/胸元を押し上げる緩急/目元を隠すふち無しの眼鏡。
彼女は喜びで笑顔を浮かべながら室内の通話回線を取る。
「もしもし、エミール? 彼が、そう、彼、目覚めたよ! 貴方も早く来て!」
そんな彼女を寝転がったまま見上げてハウゴはたずねる。
「さて。今はいつでここはどこで君は誰だ?」
今現在自分が置かれている状況を把握する為の短く直接的な言葉にその彼女はこくり、と頷いた。
「私の名前はフィオナ=イェルネフェルト、……貴方に命を救われたイェルネフェルト教授の娘に当たります」
「イェルネフェルト教授? ……あの時の、か」
思いがけない単語にハウゴは目を見開き、同時にかすかに顔を綻ばせる。
アナトリアの極めて優れた技術者であり、ハウゴが以前彼の護衛任務を引き受けたときに少し会話した事がある。懐かしい名前が思わぬ場所で出てきたことに驚きながら彼女をまじまじと見る。確かにそういわれればその知性的な光を宿す瞳は彼女の父親にどこか似ている。
「ベッドの上でそんな名前を聞くたぁな。……教授はお元気か?」
「……死にました」
懐かしくてたずねた質問の台詞――フィオナ、そう名乗った彼女はハウゴの言葉に悲しげに顔を背けた。
「……そうか、悪い事を聞いた」
「いえ。……ここはコロニー『アナトリア』、生活圏ブロックの一角の、父から譲り受けた私の持ち物の家です」
悲しみを押し殺すように、無理に笑う彼女の笑顔。悲しみを時間が癒しきっていない様子に、そう昔ではない間に教授は死んだのか、ハウゴは思考を巡らす。
イェルネフェルト教授。
企業体から高給と地位を約束され、幾度も研究員として招きを受けていたにも関わらず、自分が生まれ育ったコロニー『アナトリア』に愛着を持ち、その優れた頭脳で企業も瞠目するシステムを開発し続けてきた人物。
そうか、死んだのか、ハウゴは一抹の寂しさを感じながら天井を見上げる。誰も彼も己より先に逝く。ロスヴァイゼ、アップルボーイ、アレス、ストラング、俺は後何人見取ればいいんだ。
「……ハウゴ、落ち着いて聞いてください。
貴方が最後に出撃した戦い、……あれからすでに四年経ちました。貴方は、四年間、こんこんと、眠り続けていたんです」
「なにぃ……?」
唐突に告げられたその言葉にハウゴは起き上がり、そして同時に自分の肉体の重さによって、その言葉が正しいものであると納得する。
体が重い。残った左腕を見れば、鍛え上げたはずの筋肉は萎縮し、かなり痩せ細っている。怪我を負い、一ヶ月程度昏睡していてもここまで肉体の性能が劣化するわけが無い。嘆息を漏らした。
「……て、こた、今までの入院費で俺の貯蓄はパーか」
「父の恩人にお金を請求なんて致しませんよ」
まじまじとフィオナを見るハウゴ。
「じゃ、君は俺の財布の女神様と言うことか」
「おかしな言い方の人、……本当、父が言っていた通り、面白い方ですね」
くすくす、と口に手を当てて笑うフィオナにハウゴは苦笑する。確かに彼とマウリシア撤退戦を生き抜いたシーモックも彼のことを変な性格と酷評していた。
「別におかしいことを言ってるつもりじゃねぇんだがよ。……ま、俺が本当に四年間眠り呆けてたかは後でニュースペーパーの日付読んで確認するとして。……教えてくれ。四年前の戦いは、どういう形で終わったんだ?」
気になっていたことを尋ねずにはいられないハウゴ。自分が居たあの基地はどうなったのか、あの敵のハイエンド機はいったい何者なのか、知りたい。
「少し長くなりますよ。よろしいですか?」
「かまわねぇ、話してくれ」
フィオナはこくりと頷く。
「貴方がいたあの戦争は、現在では『国家解体戦争』と呼ばれています。
国家の支配体制に対し、企業体が起こした史上最大規模のクーデター。……六年前、つまり国家解体戦争の二年前にアクアビット、オーメル=サイエンス=テクノロジーが発見した、環境汚染を引き起こす代わりに強大な戦闘力を付与するコジマ技術を搭載した二十六体の新型機動兵器『ネクスト』により、国家軍はろくな反撃もできぬまま敗北しました」
「ネクスト……。それが、『奴』か」
己を完膚なきまでに打ち倒したあの新型の敵。瞼を閉じれば瞳に浮かぶ漆黒の機影。
「はい、……国家解体戦争時、参戦した二十六機のオリジナルは、それぞれが挙げた戦果の順番によってLINKS(リンクス)ナンバーが割り振られています。……貴方を倒した相手はレイレナード社に属する、オリジナルの中でも最強のLINKSナンバー1、『ベルリオーズ』です」
「慰めにもなんねぇな。……ところで、なんで山猫(リンクス)なんて呼ぶんだ?」
「山猫(リンクス)ではなくて、繋がれたもの(リンクス)ですよ、ハウゴ。
……ネクストは非常に強力な兵器です。
ネクストの絶対的優位性は三つ。コジマ粒子を機体周囲に安定させ、殆どの武装の破壊力を減退させる極めて強力な防御力場を展開する『プライマルアーマー(PA)』。
桁外れのエネルギー供給率と、高度な機体制御によって可能になった、瞬間的な超加速により相手の射撃を回避する『クイックブースト(QB)』。
そして最後の一つが、高い精神負荷を前提に人間とパイロットを機械的に接続し、より直感的、より高度な操縦を可能とする『AMS(アレゴリーマニュピレイトシステム)』です」
一息、言葉を切るフィオナ。
「……しかし、AMSは特殊な操縦システムです。極めて特異な知的能力を要求するため、その適応には先天的な才能、AMS適正が必要不可欠になってしまうので国家解体戦争から四年が過ぎた現在でもネクスト機体を操ることができる人間は全世界で二十何名程度しか存在していないのです。
国家に繋がれた人間、機械と接続した人間、そういった意味合いからリンクスと呼ばれていますね」
「鴉と山猫喧嘩して、鴉ボロ負けだったわけか」
嘆息をもらすハウゴ。そんな彼にフィオナは実際のデータを見てもらおうと、ハンディパソコンを操作し、公表されている基本的なネクストのスペックノートデータを開いて手渡す。
「……なるほど、こりゃ無謀だな。良くぞ生きてたってところだぜ、俺」
ノーマルでネクストに挑むということは、T―34でM1A2に挑むようなもの、と記入されているが、実際そのぐらい戦闘力に隔絶した差がある。
恐らくどんなにうまく立ち回ってもこれを撃破することは不可能だろう。ネクスト一機が保有する戦闘力は、三個大隊に匹敵か、もしくは上回る。戦術的価値においては最強の機動兵器だ。
「本当……、よく生きてらっしゃいました。貴方は重症を負い、気絶していてコクピットに居たため、ネクストによるコジマ被爆を受けずに助かり、そして企業の救助部隊に助けられました。悪運がお強いんですね」
「さすがは、マウリシア撤退戦の英雄だ」
唐突に聞こえてきた第三者の声に、ハウゴとフィオナは振り向いた。
第三者=男性/ロシア系か、くすんだ金髪/強い意志と知性の同居する青い瞳/痩せぎすの体=だが、ひ弱さは感じられない、肉体に鉄芯でも埋め込んでいるような印象/三十代半ばといったところか/寡黙な大木の風情。
「エミール」
「貴方が目覚めた事により、我々にも希望が見えた。……お初にお目にかかる、マウリシア撤退戦の伝説の傭兵、ハウゴ=アンダーノア。私はイェルネフェルト教授が亡くなられた後、『アナトリア』の全権を預かっている、エミール=グスタフと言う」
「ハウゴ、だ。……教授に会った時、そういや、一人交渉に重宝する弟子がいるって聞いたな」
ふぅん? と値踏みするようにエミールを見るハウゴ。面白がるように微かに笑みを浮かべる。
「俺が目覚めた事により? なにか俺と交渉事でもあんのかい、大将」
「察しが良くて助かるよ、レイヴン。……君に傭兵の仕事を頼みたいのだ」
ハウゴ――目を細める。レイヴンに仕事と言えば、戦闘行為と相場が決まっているのはわかっている。
「エミール、彼は今目覚めたばかりなのよ? ……いきなりその話を持ち出すなんて……」
「いや待て。そもそも、四年間眠り姫をやってたんだ。今の俺の体は鈍りきってる。往時のような戦闘力なんぞかけらも残ってねぇぜ?」
エミール――苦笑。タバコを取り出して吸おうとしたが、病人の前である事に気づいたのか、すぐに仕舞い直した。小さなコロニー『アナトリア』を仕切っているなら心労も多いだろう、ニコチンに頼りたくなる気持ちは分かる。ハウゴ、エミールに軽い親近感。責任を感じているなら信頼できそうだ。
「君にアナトリア専属の傭兵になって貰いたい」
「なんでよ」
即答するハウゴ。エミールは苦い顔を浮かべた。
「アナトリアの主産業は何か知っているか?」
「イェルネフェルト教授だろ?」
「……妙な言い方だが、間違っているわけでもないな」
苦笑しながら頷くエミール。
「……知っての通り、そこのフィオナの父上であり、私の先生でもあったイェルネフェルト教授の天才的頭脳がはじき出す最新技術を基幹産業としている。……いや、していたと言うべきか」
フィオナは顔を背けている。罪悪感か、それとも父のことを思い出しているのか、分かるのは悲しみの色だけ。
「先生は暗殺された。同時に先生が生み出した最新技術のいくらかが奪われた。一年前だった」
一瞬何を言われたのか分からず、目を見開くハウゴ。
「……あの、研究一筋で、陰謀のいの字から一万光年離れている教授が……?」
ハウゴは呆然とした表情を浮かべる。思い起こすのは研究の虫ともいうべき教授の顔。偏屈で人付き合いの悪い人物だったが、兵器技術を作る自分自身を嫌い、薬品や医療技術をもっと極めたいと呟いていた人物。
彼の遺産とも言うべき技術が盗まれた。恐らく企業体のどこかが、彼の研究に魅力を感じ強奪したか、もしくは危険を感じて強奪したか、だ。もっとも今や世界を支配する企業体にその責を責めようにも力が違いすぎている。結局泣き寝入るしかないわけだ。
だが、だからといって納得できるわけでもない/こみ上げる怒り、震えるこぶし。
「馬鹿な……」
「……現在、アナトリアは残った技術開発によって持っている。……だが、それも長くは持たないだろう。一年ぐらいだ。恐らく一年すれば他企業が新たな技術を開発し、我々は経済の基盤を失う。……一つのコロニーの餓死だ」
なるほど、ハウゴは事情を飲み込んだ。今コロニー『アナトリア』は緩慢な滅亡に向かっているわけであると言うこと。早急な滅びというわけでもないが、かといってハウゴにどうすることもできない。彼にイェルネフェルト教授ほどの脳みそは無い、出来るのは直接的な暴力の行使、だが、その力であるACは四年前にぶっ壊れたままだ。
「……だが、だからって、俺にアナトリア専属の傭兵になれって言うんだ。いっとくが、アナトリアの住民全員を食わせてやれるほどの根性は俺の財布にはねぇぞ?」
ハウゴの言葉に、エミールは微かに、得意そうに笑う。
「我々は教授の遺産とも言うべき、一機の『ネクスト』を保有している」
ハウゴ、しばし沈黙。言葉の意味が理解できず、目を見開いたまま、エミールを見返した。
疑問質問の言葉が脳内に泡のように浮かんで消えて、結局唇からもれるのは呆然としたような言葉。
「……な、なんだって?」
「まるでご自身の死期を悟っていたかのように教授が死亡直前にくみ上げられた、……新技術開発用に所有していたネクスト機体がある」
ネクスト。
究極の単独戦力。一機で戦局を変えうる戦闘力。確かにその力を以ってすれば、アナトリアを経済的に潤すだけの報酬を企業体に要求する事が出来るだろう。
「君に頼みたい。……教授無き後、アナトリアは基幹産業を失った。私には教授ほどの才能は無い。……君にAMS適正があるかは神のみぞ知るだが……。君にネクストのパイロットになって貰いたい。修理などは我々アナトリアが受け持ち、その報酬のいくらかを経済活動にまわしてもらいたいのだ」
「エミール!」
フィオナの叫びが、エミールの言葉を切り裂いた。視線が彼女に集中する。
「……貴方は卑怯よ。……一つ大切なことを彼に伝えていない。……ハウゴ、リンクスは総じて短命なの。コジマ技術は環境汚染を引き起こすけど、同時に人体にも極めて有害だわ。ネクストに登場するリンクスは常にコジマ被爆を受けるため、どうしても寿命が短く……」
「いいぜ。その話、受けてやる」
フィオナの言葉を遮るようにハウゴは答えた。
不敵な表情、笑顔を形作る/心の底から愉快を感じているよう。
「どうせ一度死んだ身だ。それにレイヴンなんて職業、ベッドの上で死ぬなんて保障はむしろ少ない。……勝って生き残れる算段が増えるなら、それに越したことはねぇし……」
更に笑いにゆがむ唇/闘志に瞳が燃えている。
「なにより、殴られっぱなしなんぞ気にいらねぇんだ」
……あの後。
謝辞を受けたハウゴは一人天井を見上げていた。すぐさまベッドから起き上がれるわけも無い。肉体は衰えており、明日から早速リハビリメニューを実施するようフィオナに依頼した。明日から地獄の筋肉痛の日々が待っているだろう。
四年間。
あの国家解体戦争の際に気絶し、そのまま眠り続けて四年の歳月が過ぎた。
「そんなわきゃねぇだろう」
呟く。
そう、そんなわけは無い。
肉体に重大な損傷を受け、植物状態になったというなら理解できる。だが、至近で爆発の衝撃を受けたハウゴは一度覚醒し、自分の肉体の応急処置を行っている。
そうだ、確かに重症を負ったが、それでも四年間も眠り続けているわけが無いのだ。植物状態になったというなら、ハウゴはコクピットで覚醒せず、応急処置もせず、そのまま永遠に眠っていたかも知れなかったのだ。
考えられることは一つ。自分を四年間、眠らせ続けた存在が居るということ。自分の存在を煙たがるものが、四年前に自分に何かをしたのだ。
いったい誰が? 疑問は浮かぶが、正解の確信を持てる回答は浮かばぬまま。
生き残った左腕を掲げる/鈍った肉体はそんな動作にすら重さを感じさせる。
見上げながら呟いた。
「俺をこの第三次人類の世界に再生させて、本当に何か変わるのか……? なぁ、セレ=クロワール」
[3175] 第二話『私で最後にしてみせる』
Name: 八針来夏◆0831a7df ID:e7588bfd
Date: 2008/06/05 16:27
「……てなわけで、半年ほど経過したんだが」
誰に向かって話しているか意味不明な独り言をつぶやきながらハウゴは空腹を覚えた。
パックス出資のリンクス養成所を兼ねた研究所ってのは、やけに良いものを出すんだな、というのがハウゴ=アンダーノアの真っ先に受けた印象だった。
食堂――時間は真昼。朝からトレーニングメニューをこなし、肉体を疲労させているためか腹の奥には空腹感が付き纏っている。
昼食――メニューはバイキング制。
茹でられた温野菜類/レアのステーキ/ポタージュスープ/食パン、ナイフとフォークをトレイに乗せて食堂を見渡した。
リンクス候補生専用に準備されたこの食堂も、最初に比べて一人、また一人と櫛の歯が抜けるように欠けていき、今では使用しているのは自分を含めたたった二名だけ。先日までは三人だったが、その一人も去っていった。
食事は他人と取るのが趣味のハウゴは一人で黙々とトレーニングメニューをこなす様に白米を食している一人の少女を右の銀色の義眼で補足/見つけると、相手の許可も何も取らずにその前に座った。
「よう、ミド」
ハウゴ――明るく右腕の、ほとんど生身と変わらない精巧な義手を掲げて――笑いかけ、ミドと呼ばれた少女に話しかける。
「……ふぅ。何です、ハウゴ」
白米/海苔/豆腐/魚の刺身――箸を休めて不可解そうにミドと呼ばれた少女は正面に座ったハウゴに視線を返す。
ミド=アウリエル――黒目黒髪/健康的に焼けた浅黒い肌/引き締まった身体/なだらかな曲線=ネット上に公表されているネクスト適応者ブログ『リンクスレポート』の作者。
「セーラがいなくなって、一人寂しくご飯か?」
「友達がいないのは貴方も同じだと思いますけど」
「寂しいこというなよ」
ミド――不愉快そう。ハウゴ――愉快そう。
無理も無いかもしれない。ミドは自主訓練の際、ゲームを流用した実機シミュレーター『アーマードコア・サイレントライン』でハウゴに五連勝したが、先日今度は彼女自身が五連敗した。ミドは今度こそ、はと思っているが、目の前の陽気な元レイヴンは実戦を知るだけあって極めて優秀なパイロットだ。実機シュミレーターなら兎も角、鍛え上げられた鋼のような肉体はネクストの超機動にも耐えうる優秀な耐G適正『S+』をはじき出している。
とはいえ、AMS適正に関してハウゴは『C-』判定を下されているため、総合的に見てハウゴとミドの研究所の評価は同程度。
ちなみにローゼンタールとローゼンタール内のコジマ粒子研究機関であるオーメル出資で経営されるこのリンクス養成所『エレメンタリー』での歴代最高のAMS適正値は、国家解体戦争時に活躍したリンクスナンバー6、『オーメルの寵児』セロの『SS+』だ。実質的な最高位はS+である事からして彼のAMS適正は『規格外』ということになる。
ミド=不意に脊椎にあるジャックに人工光速神経網(オプトニューロン)を差込み、AMSを用いて初めて機体の統合制御体に接続したことを思い出す。
死にたくなるような嘔吐感、虫歯の治療で麻酔なしで歯を削られるような痛み、酷い苦痛だった。かすかに顔が青くなったかもしれない。目の前で座るハウゴは心配そうに覗き込んでいる。
「おい、無事か?」
「……はい」
青い顔をしたミドに気遣うような言葉のハウゴ。
「ならいい。……ここに来た当初は何人もいた候補生らも、教育プログラムの最終段階の今じゃ俺を含めてたったの三人だ。今更知り合った仲間らがAMS適正に失敗の烙印を押されて被検体扱いなんざ夢見が悪すぎる」
ハウゴ――真摯な表情。
その顔を見てミドも静かに頷く。AMS適正を持つ人間をパックスはのどから手が出るほど欲しがっている。無理も無い。世界でたった数十しか存在しない――それでいて通常戦力をまるで歯牙にかけないネクスト戦力は強大だ。
元々ミドは軍人志向だったわけではない。
だが、内戦で大学に在籍する余裕が無くなり、国家解体戦争の後に大学にやっとの思いで復帰した彼女はバックス(企業体)の技術者にAMS適正を見出されリンクスの道を選んだ。
AMS適正は一種の才能だ。
戦士としての覚悟を決めた軍人ではなく、適正のみを優先され、リンクスへの道を選ばされた人間はいる。
『本日のゲストは、バックス・エコノミカの究極兵器ネクストを駆る、リンクスナンバー31、セーラ・アンジェリック・スメラギ嬢にお越し頂きました』
「……ああ、そういやそうだったか」
企業体経営の何処かの報道番組。女性アナウンサーの耳障りな声。出演している少女に視線を移す=ハウゴ/あまり愉快そうでない。
セーラ・アンジェリック・スメラギ。
ミドルティーンの最年少リンクス――非の打ち所のない美少女。
短いライトブロンドの髪/アーモンド色の可憐な瞳/白人種としても美しいと思える白磁のような白い肌/幻想に片足を差し入れたような非現実的な美しさ。
先日まで研究所に調整の為にいた少女の久しぶりの姿に二人は映像に集中する。
「ここにいた時も美少女と思ってはいたが、だいぶカメラ栄えする。確かに有効だな」
「……そうですね」
ハウゴ=独白。ミド=首肯。
最強の機動兵器ネクストのパイロット、特異な知的才能に恵まれたもの、『リンクス』でありながらセーラは美の神に愛されているかのような素晴らしい容姿の持ち主でもあった。確かに恐怖と畏怖の対象であるはずのネクストのパイロットが十四歳の飛び切りの美少女と来れば馬鹿な男などいちころ、イメージ戦略として悪くは無い。
悪くは無いが、ハウゴは心中にわだかまる不快感を抑えきれない。
ハウゴ自身は彼女と会話したことは多くなかった。せいぜいシミュレーション後にセーラとデブリーフィングで事務的な意見交換を行っただけ。ただ二十代中盤のハウゴと違い、ミド=アウリエルは同じ女性であり、十代同士で一番年齢も近かったため話も合い、プライベートの時間では良く会話していたのを見かけたことがある。
ハウゴもミドもそれぞれ思うところがあってリンクスを目指している。
ハウゴは己の生命を救ってくれたアナトリアの経済基盤を築く為。
ミドはかつて故郷を滅ぼした戦火を少しでも食い止める為。
内戦の終結を呼びかけるセーラの発言に、どこか白けたような気分でハウゴはテレビを切った。
セーラ自身はその言葉を真実であると信じているのだろう。だが、実際のところは石油利権に関するバックスの欲望が見え隠れしている。
ましてや十四歳の少女が、自分も幾度か話したことのある子供が利用されているとあってはハウゴも冷静でいる自信が無かった。
「ハウゴ」
「なにさ」
スープを皿ごと抱えて啜るハウゴ/行儀の悪さに、じろり、責めるようなミドの視線=ハウゴはまるで意に介していない。
「貴方は、ネクスト傭兵になるのですよね? ……でも、どうしてそんな職をバックスが認めるのですか?」
「……ああ」
ハウゴ=首肯。
「少し危険な話をしようか」
ハウゴは目線をミドの方に向けながら軽く笑う。ミド、小首を傾げる。
「現在世界経済、どころか世界そのものを支配しているのが企業体連合(バックス)だ。で、そのバックスでもっとも巨大な企業体がGAになる。
……だが、コジマ粒子開発の専門組織アクアビットと提携したレイレナード、そしてオーメル・サイエンス・テクノロジーの主君であるローゼンタールの二社がネクスト開発における主流であり、GAは現在この二社から比べて極めて低い場所にいる。
GAの切り札、オリジナルリンクス『メノ・ルー』がリンクスナンバー十位という低い場所にいることからもそいつが伺えるな。
だから、だ。
現在、ネクスト傭兵をやる予定の最大の顧客はGAになる。……そして理由はもうひとつある。
良いか? 企業間戦争はすでに始まっている」
「……な」
ミドは唖然とした表情でハウゴの言葉に反応するしかない。
現在世界は不安定であるが確かに戦争と呼べるほどの大規模なものにはいたっていない。せいぜいが国家解体戦争で敗れた国軍の残党が引き起こす反乱や、武装テロリストによる武力蜂起だ。ミドも平和を乱す彼らの存在が許せなくてリンクスを目指している。
なのに。
その言葉は彼女の努力を嗤うようではないか。
「お前もネクストの戦闘力は知っているだろう? ……あんな滅茶苦茶な戦闘力を誇るネクストが二十六機。そして国家解体戦争からすでに四年半だ。なのにまだ武装テロは根絶されない。
……簡単だ。
武装テロリストや国家軍を支援しているのは企業だ。もちろん中には企業の管理から放たれたマグリブ解放戦線の『砂漠の狼』アマジーク、あの野郎が駆るイレギュラーネクスト『バルバロイ』とかの例外もあるかも知れねぇ。だが、実際のところ、武装テロリストは企業同士の代理戦争の尖兵だ。
企業間直接戦争が始まっていないのは、お互い戦えばただでは済まないと知っているが故だな。
だが、俺のような企業に属さないネクスト傭兵は違う。投入すれば戦局を変える戦力、他企業との戦争の口実にならない使い勝手の良い傭兵だ。
……アナトリアを生き残らせるためにネクスト傭兵になったが、実際のとこは企業間同士の醜い駆け引きによって認められた、あまりに脆弱な戦力……てのが、俺に対する評価さ」
そう言いハウゴは、はは、と軽く笑う。
実際のところ彼を取り巻く実情はそんなに甘いものではない。パックスに存在価値を認められているうちは良いが、そうでなくなればどうなるだろう。
「さてと、ミド。飯が終わったら付きあわねぇか?」
「付き合うって、……何をです?」
食事を終えたハウゴの言葉――最後の一枚の刺身に醤油つけて食べるミドはもぐもぐと噛みながら聞き返す。
少し楽しそうにハウゴは笑った。
「なに、現在俺のネクスト機体が調整の為に研究所に搬入されてな。一緒に見物にいかねぇか、ってだけさ」
「……それは、確かに興味がありますね。わかりました、行き……」
ましょう、と続けようとしたミドの言葉は生まれる前に死んでしまった。
桁外れの爆音が外で鳴り響いたからだ。
明らかに物体の破壊を目的とした悪意ある攻撃によるもの――ハウゴ、瞬時にミドをかばい上から覆い被さって降り注ぐガラスの破片から彼女を保護。
悲鳴が周囲から聞こえてくる。緊急至急を告げるアラート音/同時に聞こえてくる銃声、軽機関銃の発射音、悲鳴、阿鼻叫喚。
ハウゴは心配そうにかばったミドを見ようとして、なんか自分の腕をパンパンと叩く彼女に気づいた。締め上げられたレスラーがタップしているように見える。
「……無事か、ミド」
「……窒息の心配以外は」
胸元に口を押し付けられていたためか、ようやく開放された彼女は酸素を求めて荒々しい呼吸をする。そしてようやく周囲の状況に目が行ったのか、表情を強張らせた。ガラスがあちこちに散乱し、外に視線を向ければ周囲に展開したMTが、襲撃者のノーマルと交戦を始めている。
「これは、一体……!」
その時だった、食堂に足早に侵入してきた兵士らしき男×2が手元に軽機関銃を持って走り込んでくる。
ミドはネクストに乗れば人類でも有数の戦闘力を発揮することが出来るが、その生身の肉体はただの少女とたいした変わりが無い。ましてや今自分は無手、対応する手段を知らない。
その進入してきた目鼻出しのマスクのうち一人の男は何処かわからない異国の言葉で叫び声をあげる。
「リンクス……!」
言っている言葉の意味など半分も理解できなかったが、しかしその文中に含まれる特長的な言葉だけは理解できた。
(私達の事だ……!)
狙われているという事実に寒気が走り、背筋が凍る――だが、逆にその横にいたハウゴの行動は空恐ろしくなるほど迅速だった。
先ほどまでステーキを食べる為に使用していたフォーク×1、ナイフ×1を片手ずつに握る/未だ肉の脂がついているそれ、フォークとナイフを、まるでシネマの中のニンジャのように投擲=回転しながら飛来するそれは連絡の為に通信機を握り、引き金から手を離した男のそれぞれ右目に正確に命中した。
「guaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!」
異国の言葉でも激痛と怒りに叫ぶんでいるのがはっきりと理解できる。
ハウゴ――行動は人類が可能とする限りの最速、短距離を駆けるスプリンターのように一挙動で間合いを踏み潰し、相手の銃に添えられた腕を義手の右腕で補綴。
瞬間、力学的摩訶不思議が展開。
そのまま相手の肉体が空中で一回転。相手の肉体を何らかの武術の技で投げ飛ばし/もう一人の相手に叩きつけ/ハウゴは相手の上に乗りかかり全体重を乗せた下段蹴りで一人を悶絶させ、乗りかかられて動きの鈍る相手のもう一人を踏み潰して気絶させる。
相手の抵抗力を奪うと、ハウゴは彼らの武装を奪ってからズボンとシャツで器用に拘束した。
「……こいつら、馬鹿で助かったが」
ハウゴ――倒した相手の身に着けていた服の中から軽機関銃と拳銃を取り出す。弾装を確認=軽機関銃をミドに手渡した。
渡された手元にある相手を殺すための銃器の冷たさ――背筋に戦慄が走り、怯えが震えとなって走る。ハウゴは自分が握る拳銃の重みを確かめながら言った。
「ネクストと銃器、間接直接の差はあるが、お前が選んだ道だぜ」
「……! ……はい」
だが、ハウゴの言葉にミドは自分を取り戻す。そう、ネクスト兵器も所詮は殺人の道具でしかない。自分が引き金を引くか、機体が引き金を引くかの差はあれど命を奪うという行為にはなんら差は無い。その言葉で恐怖から逃れえたわけではないが、引き金を引くためらいは無くなった。少し冷静になると同時に疑問が浮かぶ。
「……何者なんでしょう」
「さっきこいつが言ったのは、『リンクス二名を発見、確保します』だった」
「え? 言葉がわかるんですか?」
「安心してくれ。俺は十カ国語で『金貸してくれ』と言う言葉を完璧にマスターしているスゴイ人だ」
「……不安になってきました」
「まあ、それはともかく。……間違いなく俺達の身柄確保を目的としている。……まあ、もう一種類ぐらいはあるかもしれねぇが」
「?」
ハウゴの言葉にミド、不可解そうに形良い目元を寄せる。
「俺のような企業に属さないネクスト傭兵の数少ない利点として、アセンブリを一社のみのパーツで形成せずに済むって利点がある。
まあ組んだのはイェルネフェルト教授だが。……頭部、コアはローゼンタールだが、腕部はレイレナード社、脚部はレオーネメカニカの消費エネルギー低減型、ジェネレーターはGAの最重量級とかでな。
……他企業の技術を盗むにはうってつけの継ぎ接ぎ機体なんだよ」
ハウゴはじつに面倒そうな表情、手元の拳銃の安全装置を解除する。
「……リンクスと貴方のネクスト機体の奪取が彼らの目的だと?」
「世界でも四十名程度しかいないリンクスのうち二人がここにいる、十分な理由じゃねぇか?」
確かに。
このリンクス養成の研究所でもっとも貴重なものはリンクスそれ自体だ。可能性は大きいと認めざるを得ない。
「それに捕まえた人間に言う事を効かすなんざ簡単だ。遅効性の毒物とその血清、人格洗浄、肉体的苦痛、洗脳。……どっちにしろ楽しくねぇぞ、きっと」
「同感です」
茶化して言うハウゴにミドは戦慄を含ませながらも頷く。
捕まれば、きっと人間としての尊厳を叩き壊すような手段で言う事を聞かされる。もちろんそんな目にあってたまるか。ミドは己の手のうちの軽機関銃を握り締め頷いた。
苦しかったリンクスとしての訓練に耐え続けてきたのは、誰かを苦しめる力ではない。
瓦礫に埋もれた死体を野犬が食いちぎり、カラスが啄み、無数の蠅が飛び回る中、水を求めて歩き続ける。拳銃を突きつけられ、逆に撃って追い払う、そんな地獄のような体験を自分ひとりで終わらせたかったから、自分で最後にしたかったから。
「私は最後。あんな目にあう人なんて、きっと私で最後にしてみせる」
祈るように目を伏せるミド――頷くハウゴ。彼女の言葉に決意を感じ、意識を尖らせる。
「OK、じゃこっからの行動だが。……恐らく襲撃の報告はローゼンタールに行っているはずだ。すぐに部隊が来る。俺たちの勝利条件は味方部隊が来るまでの逃走だが……来い!」
ミドを片腕で引き寄せながら、ハウゴは食堂の壁に隠れる。同時にやってくる新たな敵兵×2。正体を隠す目だし帽、こちらに気づき、軽機関銃を構える。
発砲=それに伴う轟音。
百近くの銃弾が壁に穴を開ける――顔を出すことも出来ない偏狭質的猛射。
リロードに伴う一瞬の間=ハウゴ、失ってもかまわない義手の右腕で拳銃を握り発砲×2。銃撃戦のセオリーである一人の相手に二回の連射という事項を無視した二撃。だがその弾丸は正確に精密に脳天を貫通し一撃で相手の生命を奪う。セオリーを無視しながらも勝利してみせる神業的連射。
ハウゴ――少し不満そう。
「……ちょいとぶれたか。ロスヴァイゼなら一発で二人倒しそうだったがな」
聞いたことの無い女性の名前。
ミド――微かに好奇心を持つが、今はそれどころではないと判断。
「行くぞ」
「はい」
行動を開始する。
[3175] 第三話『起動しろ、<アイムラスト>!』
Name: 八針来夏◆0831a7df ID:e7588bfd
Date: 2008/06/05 13:04
操縦席は薄暗いが、それを苦に思うことは無い。
人工光速神経によって機体と接続されるLINKSは、愛機が持つ索敵機構を我が物にできる。たとえパイロットの目が見えずとも戦闘行動にはなんら支障は無い。
そもそもAMS技術そのものが元来義肢を本来の四肢と同様に動かすためイェネルフェルト教授のネクスト理論によって開発された産物だったのだから。
微かな振動=ジェット音。
自機ともう一機を輸送するための輸送機の推進音。現在高度一万=腕によりをかけての目的地を目指した全速急行中。
『緊急事態のため、この場で作戦行動を伝達いたしますわ』
機体の通信機から聞こえてくる涼やかな声=妹のものに、操縦者は頷く。
操縦者=黄金色の髪/青い碧玉のような瞳/水晶を銀の彫刻刀で削ったかのような美麗な容姿/虎体狼腰/ローゼンタールの極端なエリート主義を体現するかのような完璧な戦績を持つ青年/美しき若獅子の風情/オリジナル=リンクスナンバー4、通称『破壊天使』レオハルト=カントルム。
『……それは本当にネクストを二機も投入する程の価値在る作戦なのか?』
通信から聞こえてくるのは歳若い少年のような少し甲高い声。もう一機存在する同行者の機体パイロットのもの。
同行者=どこか不愉快げに顰められた瞳/右目を覆い隠すような黒髪/ありありと不平不満を隠そうとしない気配を纏っている/戦闘を娯楽と断じるあまりにも幼い気質/天より自分以外のすべてを見下ろす傲慢な黒鴉の風情/史上最大のAMS適正『SS+』保持者=紛れも無い天才/オリジナル=リンクスナンバー6、通称『オーメルの寵児』セロ。
返ってくる言葉、両名のアシスタントおよびバックアップを引き受けるローゼンタールの才女でありレオハルトの血を分けた妹。
デュリース=カントルム/波打つ豪奢な金髪/青い碧玉のような瞳/兄と造形の端々に共通点の見られる透き通った美貌/微かに胸元を押し上げる膨らみ/才女=エレクトロニクスの専門家でありさまざまな情報検索能力とその情報の中から適切なサポートを瞬時に判断する能力が要求されるオペレーター職を勤め上げる女性。
『確かに多少過剰な戦力を投入する事は間違いございませんわね。……作戦内容を説明いたしますわ、お兄様、セロ。
……本日13:15分頃、武装テロリストが、我々ローゼンタール及びオーメル出資のリンクス研究施設『エレメンタリー』を強襲、当施設を占拠しています』
『武装テロリスト程度に占拠される程度の戦力しか無いのかい。仮にもリンクスの養成所だろう……』
面倒そうにセロは呟く。確かに相当数のノーマル部隊が配備されていたにも関わらず、敵にやられるまま。しかしそこまで良いように叩かれるほどの戦力ではなかったはず。
「……確かにセロの言葉には一理あるな。やはり他企業の息の掛かった敵だろう」
『ええ。左様ですわね。……攻撃を行ったのは前々からレイレナード系列との関係が噂された組織です。敵組織自体はたいしたものではありませんが、企業の支援を受けた敵は最新鋭のノーマル部隊を使用している可能性があります』
『どっちにしたって、結局全部落とせば良いって事じゃないか』
セロ――微かに声に楽しげな響きを含ませる。破壊と殺戮を遊戯のように捕らえる残酷な童子の如き思考。レオハルト――戦を舐める同僚の発言に感じた不快感を言葉と表情には出さない。
『違いますわ。……本作戦の最大の目的は最終選抜まで残った二名のリンクス候補生の救出と、コロニー『アナトリア』から預かるネクスト機体の回収ですわよ。……ただ、武装テロリストの施設占拠からすでに二時間経過していますわ。上層は最悪救出は行わなくともかまわない、ネクスト機体のみは確実に確保せよ、とのことです。
<テスタメント>は三次元機動を生かし施設周辺を征圧する敵部隊の殲滅を、お兄様の<ノブリス・オブリージュ>は施設内部を制圧、アナトリアのネクスト機体を確保してくださいませ。
……コジマ粒子による研究所の被爆汚染を防ぐためプライマルアーマーは使用不可能です。
よろしいですわね、お兄様、セロ』
『結局敵の弾に当たらなければ良いだけじゃないか。ふん、了解』
「……了解した。……デュリー、リンクス候補生の名称と顔の画像データを私に」
通信機越しに聞こえてくる機材の操作音、同時に操縦席の左側の画面に画像提示。一瞬のローディング表示の後画像データが展開される。その、画像データの一つに、思わず目を剥くレオハルト/セロ。
『……生きていたのか、こいつ』
「……はは、彼か。なるほど、死んだと思っていたが」
唐突に突然に、なんの前振りも無く現れたその顔、人相はいささか変わっているし、右目にいたっては自然では決してありえない人工物に変わっているが、間違いない。レオハルトは微かに苦笑する。
「問題ない、デュリー。彼はマウリシア撤退戦のあの男だ」
返答は無い――帰ってきたのは驚愕で思わず息を呑んだ呼吸の音。
『……彼が、伝説の?』
『……シーモック=ドリの指揮の下、撤退する部隊の最後尾を勤め、機体を五度の中破状態にしながらも五度機を乗り換え奮闘したマウリシア撤退戦の英雄……』
紛れも無い天才ゆえに他者を見下す傾向にあるセロですら彼の名前には聞き覚えがあった。レオハルトは微かに口元を笑みに歪める。
同時にリンクスの注意を促すようにシグナルが警告。作戦開始三分前。
『あと三分で投下ポイントに到着。プライマルアーマーを展開しませんから当然オーバードブーストは使用不可能ですわ。
投下後、可及的速やかに研究所に移動、攻撃を開始してくださいませ。ハッチ開放、御武運を』
漆黒の視界の中に一筋光が混ざる。
それは徐々に広がっていくと同時に、光の向こう側に青空を写した。
高度一万メートル。レオハルトは彼の乗るネクストAC<ノブリス・オブリージュ>を輸送機のハッチのそばに立たせる。
ネクストAC<ノブリス・オブリージュ>/銀色のメタリックカラーに彩られた鋭角的デザイン/平均的な戦闘能力を有するローゼンタールのスタンダートな構成(アセンブリ)/右腕=射程重視型ライフル/左腕=長大な刀身のレーザーブレード/背部に背負う巨大な翼=否、一基一基が一翼の形をした天使の翼の如きデザインの高出力レーザーキャノンユニット×3×2=計六門=破壊天使たる由縁。
「<ノブリス・オブリージュ>、出撃する」
レオハルトの言葉と共に、<ノブリス・オブリージュ>は輸送機のハッチを蹴り蒼空に踊りだす。
同時に機体システム=機体と接続したレオハルトの脳髄に進行方向を指し示すガイドビーコンが現れる。機体制御、同時に各種ブースターが起動し落下速度を緩め着陸=接地、ショックアブソーバーが起動しパイロットに着地の衝撃を減衰して伝える。
『<テスタメント>、出るぞ』
輸送機から踊りだすもう一機のネクストAC<テスタメント>出撃/ジャングルを思わせるような塗装色/軽量型ニ脚機体/右腕=改良型ライフル/左腕=発射に伴う消費エネルギーを抑えた機動戦闘想定型レーザーライフル/右肩=軽量型レーザーキャノン/左肩=相手の両側から標的を挟み込む高角度旋回ミサイル/脆弱な装甲=凄まじい運動性能/三次元戦闘を想定した高機動ネクスト。
着地するニ機のネクスト機体、既存の戦闘兵器の常識を覆す経済巡航速度で前進を開始する。
ハウゴ=ミド、即席の二人一組(ツーマンセル)。
ミド、軽機関銃を後背に向け、動体を視界の端に捕らえればバースト連射。ハウゴ、前面に立ちふさがる敵を拳銃による精密な射撃で駆逐。
「……凄いですね」
「殺しの腕を褒められるのは人としてどうかなと思うんだが」
ハウゴ、敵に向け三連射撃=敵の捕獲部隊は脳天、喉笛、心臓を貫通され即死×3。
圧倒的技量――残弾を数えていたのだろう、全弾撃ちつくしたことを確認しマグチェンジ。
「……ァアアアア!!」
敵兵の一人が味方を殺された憤怒の叫びを張り上げながら物陰から飛び出してくる。弾装交換に生じる一瞬の隙を狙った攻撃。
ハウゴ――空恐ろしくなるほど冷静。正確に弾装を捨てたままの拳銃で構える。今弾は無いはず、ミド、息を呑むがしかしハウゴは疑問に答えるように小さく呟く。
「しかし、火室(チャンバー)には一発残してるんで。はいよ残念賞」
発砲――精密な一射で相手から命を奪う。
後ろから見ていたミドは声も出ない。ハウゴ=アンダーノアに掛かれば、唯の拳銃が、まるで機関銃の連射性能と狙撃銃の精密性を兼ね備えた必中必殺の魔銃、類稀な殺戮の道具に生まれ変わるかのようではないか。
リンクス適正を見出されたから戦士の道を選んだミドとは根本的にどこか違う。硝煙と火薬で培養された戦闘に適合した別の生物のように思える。ミドがやったことといえば、せいぜい顔を出した敵兵に対して数撃ちゃ当たる的にサブマシンガンを発砲しての相手の足止め程度だった。
(……彼はレイヴンだと聞いた。……でも、レイヴンだからといってここまで正確に戦えるものなの?)
疑念が胸のうちにわだかまる。
もちろんレイヴンは傭兵だ、ミドのような元々平和な暮らしを享受していた市民に比べ銃器に触れる機会は多かっただろう。だが、それでもレイヴンはノーマルACを駆り戦場を駆けるのが仕事。しかしハウゴの動きは的確すぎる。映画に出てくるワンマンアーミーのような、それこそ対人戦に習熟した特殊部隊の如き正確な動きだ。
「ミド、おい」
「え? あ、はい」
ミド――思考に没頭していたためか、返事が遅れる。
ハウゴは呟きながら、裏道――通常移動に使用されるものでなく配線やパイプなどの密集する整備のための道――への扉部分へ一発二発銃弾を叩き込む。次いで扉を蹴り飛ばして不法侵入。
「しっかりしてくれよ? こちとら背中預けてるんだから」
「……分かっています」
ミドは小さく首肯、ハウゴ――軽く、頷くのみ。
ハウゴはそのまま走り始め、施設の地下のネクスト保管庫へと急行しようとする。
その時だった。
遠くで爆音とそれに伴う振動が聞こえる。また爆炎と混じって鋼鉄を溶断する音、味方部隊だろうか――希望が沸く。
「味方でしょうか?」
「だといいな。……まだ確証が無い。当初の予定通りに行くぞ」
呟きながらハウゴは階段をより下、下層へと進んでいく。
ニ機のネクストACが高速で移動する。施設を肉眼でもって確認。目標地点へ到着。レーダーで敵影補足、戦闘行動を開始。
『後数秒で敵射程へ到達いたしますわ』
オペレートを勤めるデュリーの声。
不意にセロの<テスタメント>は推力を上昇――レオハルトの<ノブリス・オブリージュ>、それを追従する形。
「何をする気だ、セロ」
レオハルト――誰何の声。セロは愉快そうに笑いながら機体の全武装使用制限を解除。左腕のレーザーライフルを構える。光学ロックオン、補足。しかし有効射程距離内であることを示すレッドマークは未だ未点灯。
『決まってる、少し面白くするのさ。……こんな退屈な任務なんだ。少しぐらい楽しんだって良いだろう?』
セロ、レーザーライフルの引き金を引いた――実効射程外からの射撃。もちろん空気層で徐々に減退していくレーザーは敵ノーマルに直撃する頃には威力を失っている。命中――しかし、装甲板にわずかな黒こげ傷を作る程度。
敵ノーマル=攻撃を受け、敵の存在を感知。部隊展開、戦闘行動を開始する。
デュリース=激昂、自ら優位を捨て去るセロの行動に口から気炎を吐くような叫び声。
『セロ! 貴方一人ならともかく、お兄様を巻き込むとはどういうつもりですの!!』
『……こうでなくちゃ面白くない。レオハルト、あんたは先に行ってろ、僕はこいつらと遊んでから向かう』
「……了解。デュリー、方向を指示してくれ」
セロの勝手な行動は正直良くあることだ。戦士としてはあまりに幼い気質の持ち主であるし、上層部も彼のそんな性格を問題視しているが、しかし彼が紛れも無い天才であることは疑いようが無い。傲岸不遜であり、子供の如き一面もあるが、それでも彼は当時十五歳にしてネクストを駆り国家解体戦争の折には凄まじい戦果をあげてみせた。
二十六名いるオリジナルの中でも最高位の一人に数えられるほどの戦闘力の持ち主だ。
『ね、ネクスト?』
『データ照合完了、……破壊天使レオハルトに、オーメルの寵児セロだと?! ネクストが二機も? 聞いていないぞ!!』
『せいぜい派手に回避してくれ、全力で反撃してくれ、必死に生き足掻いてくれ!! そうすりゃ即死のみは免れるかも知れないかもね? ハハハハハハハハハハハハ!!』
セロの哄笑を聴きながら、故にこそレオハルトは惜しいと思う。戦いに娯楽を求めず実直に任務内容をこなすようになればもっと華々しい戦果を挙げることもできたろうに。
<テスタメント>、その機体の軽量と似合わぬ膨大な推力を吐き出し、圧倒的推力重量比を見せ付けるかのような三次元戦闘を開始する。
その様を視界の端に入れながらレオハルトは武装を選択。機体背部に背負う六連装大型レーザーキャノンを射撃形態へ移項。
ジェネレーター、エネルギー供給を開始。
膨大な電力が銃身に流れ込み先端部がプラズマ炎で燃える=FCSが敵機補足、正面をふさぐように展開している敵ノーマル部隊を射程内に納める、数六、ちょうど良し。
FCS、敵ノーマル、マルチロックオン――火器管制を司るコンピューターのデータ、<ノブリス・オブリージュ>の統合制御体(IRS)の指示に従い六連装大型レーザーキャノン敵ノーマルに対し、銃身一つ一つが独自の意思を保有するかのようにその銃口を相手に向ける。相手の回避挙動を見通したような繊細な敵機動予測、銃身制御。――統合制御体、ゼロコンマ5秒で補足を完了――攻撃可能を示すレッドサイン。
「我が名に懸けて、彼らを救う!」
引き金を引く=六連装大型レーザーキャノンは銃身から凄まじく太い白熱の槍×6を吐き出した。伸びる光の槍は狙いをはずさず敵機の真芯を刺し貫く、爆発×6。
進路確保。<ノブリス・オブリージュ>はそのまま突撃、内部への侵入を拒む隔壁に対して武装切り替え=左腕レーザーブレードを横薙ぎに払い隔壁を溶断する。そのまま機体をぶつけ強引に内部進入。
『敵ネクスト、研究所内部に侵入した! 追撃を!!』
『そ、そんな余裕があるか!!』
それを追いたくとも、追うことが出来ない。
まるで重力の鎖が切り離されているかのような凄まじい三次元機動と殺人的高加速を行うクイックブーストを絡め、敵ノーマル部隊にロックする事すら許さない<テスタメント>、あざ笑うかのように、なぶり殺しにするかのように上空から敵の制御系が集中する頭部に右腕の実体弾ライフルによる精密射撃でもって戦闘不能に陥れていく。
『見ているかい? ミス・デュリー、ちゃんと相手を落としているだろう?』
セロは愉快そうに唇に喜悦の笑みを刻みながら攻撃を繰り返す。
『なんてったって、僕の得意技は皆殺しなんだから、ふふ、はははははははは……!!』
ハウゴ、蹴る/蹴る/蹴る。
なかなか開かない緊急用の扉を蹴り開けて地下の機体格納庫の扉を開ける。内部――薄暗い格納庫、電灯はなく視界は悪いが、それでも地面に背を預ける巨人の存在感は確かなものとしてそこにある。ミド、内部の隔壁がまだ破られていないことに感謝。周囲を警戒する。
「よくこんな道を知っていましたね?」
「情報って大事だろう? ……流石にこんな具合に使う羽目になるとは思わなかったが」
ハウゴ――呟きながら彼の為に用意されたアナトリアのネクスト機体の首元にあるスイッチを入れる。キャノピー、オープン。ゆっくりと操縦席がその姿を現す。まるで王の為に用意された玉座だ。そう思いながらハウゴは体を気に滑らせ、許されたもの以外が機に触れることを拒む電子的アーマメントを解除。
その様子をミドは顔を覗かせて見る。実際のネクスト機体の内装を見るのはこれが始めて。
「なあ、ミド。……お前、何の為に戦ってるんだっけ?」
ハウゴ=唐突な質問の言葉。ミド=一瞬返答に困る。
思い起こすのは荒廃した故郷。皆死んだ家族。死臭と瓦礫、薬莢と硝煙。そして生き残ったもの同士の殺し合い。地獄の現出。
「私は、……私のような思いをした人をもう二度と出したくないから、私を最後にしたいから。そう思ったからです。……そういう貴方は?」
「……ん? 俺がレイヴンになったのは必要に駆られてだった。俺が生まれ育った場所は日の光が差さない陰気な場所でよ。くそ狭い場所の癖になんだかんだと勢力が喧嘩し合って、猫の額みたいな土地の覇権を得るためにあくせく戦ってるようなところだった。
こんなはずじゃない。俺たちはこんな場所で殺しあう為に生きてきたんじゃない。……面倒くせぇ現実をねじ伏せる力を求めてレイヴンになって、そんでいつの間にか……、よし、火が入った」
ミド、微かな起動音をかき鳴らし、静かに揺れる機体を見る。
「貴方の故郷って、何処にあるんです?」
ミドにとってそれは何気ない質問の言葉。ハウゴ――悲しげに目を伏せる。
「今は、もう無い。みんな時間が奪い去った」
ジェネレーター起動。GA社製の最重量級ジェネレーターは膨大な電力を機体各部に伝達。複雑化したアクチュエーターがパワーを吐き出し、ゆっくりと機体が稼動を開始する。
その時、薄暗い格納庫内にレーザーの明かりが点る。高熱でシャッターを焼き切る焦げ臭さを思わせる音と共に光が差し込んできた。格納庫内の明かりが満ちる。同時に内部に侵入してきたのは。
「敵ノーマルだな。……ミド! 非常用通路に戻れ、ここは俺がやる!!」
「は、はい!!」
起動体勢に入ったハウゴのネクスト機体。光に照らされるその勇姿を視界に納めながらミドは戦闘行動の邪魔にならぬように退避する。
『ジェネレーターの起動確認。隔壁の向こうで、ネクストが起動開始しています!』
『うろたえるな……』
ゆっくりと溶断されるシャッターの向こう側に見える敵のノーマルの姿=そこから聞こえてくる敵からの混線を尻目にハウゴは人工光速神経を脊椎に設けられたジャックに接続。
同時に機体の統合制御体から流れ込む膨大な情報量が脳髄に圧迫感として神経に刺さる――その異常はすでに失った感覚の炸裂として現れた。
ハウゴ、自分の義手と右目に走る痛みに顔を顰める。
「なんで無いのに痛いのかしらね……!!」
痛みなど感じないまがい物の機関の癖にそこに腕があるという錯覚を脳髄がしている。激しい幻痛を気力で黙らせる。
ジェネレーター機体各所に電力供給/FCS起動/各種アクチュエーター問題なし/プライマルアーマーはミドを被爆せぬため使用厳禁/起動準備良し。
だが、その前にディスプレイに踊る表示。
『機体名を入力してください』
「あ」
忘れていた。
レイヴンは皆全て愛着ある機体には名称をつける。弾丸が外れる強運、敵に齎される凶運を願い、そして生き延びる為に形無い幸運を信じて皆すべからく名前を考えるものだ。ハウゴ自身自分の手足となる機体にはちゃんとした名前を考えるものだ、が、今回緊急の為きっちり名前をつける暇が無かった。
どうする。右側からマニュアル入力の為のキーパネルを正面に持ってくる。どういう名前を付ける?
思い起こすのは一番最初に乗った機体の名前を考えていた少年の頃の己の姿。ああでもない、こうでもないと安物のベッドの上で転がり続けて考えた。
次いで思い出すのは先ほどのミドとの会話。
『私を最後にしたいから。そう思ったからです』
ハウゴ――機体名を決める。
「私を最後にしたいから。……私を最後、……私は最後。オーケー、<I,m Last(私は最後)>……だ!!」
機体名認証。
統合制御体――ハウゴと精神直結=人機一体。
機体のカメラとハウゴの視界がパッチワークのように継ぎ接ぎとなって精神に映る、指先の感覚は機体の武器補綴用マニュピレーターアームと混じり、アクチュエーターの軋みは己の体の軋みと混ざる=常人には耐えられぬ精神負荷。
その悪夢的感覚を乗り越える才能を持ち、なおかつ戦闘行動に耐え得る存在=LINKSナンバー39、ハウゴ=アンダーノア。
「起動しろ、<アイムラスト>!!」
[3175] 第四話『今も英雄扱いですもの』
Name: 八針来夏◆030a2a64 ID:ccbf006a
Date: 2008/06/07 20:38
最初に、アーマードコアを動かしたのはどれほど昔だったのか。
最初に、人を殺めたのはどれほど昔だったか。
その全ては記憶の海の遥か底。砂漠の砂の中から欠片を探すかのように思い出に埋もれて久しい。
腕に痛みが走る。目に痛みが走る。AMS接続による擬似痛覚。
だが、それ以上に全てを失った、降り注ぐ特攻兵器の雨を見上げるあの日こそが=世界が滅びたあの日こそが。
今も尚、痛烈に心を抉る。
「……ったく、何だってんだ」
ハウゴ――精神を覚醒。ゼロコンマ一秒の失神=その間に幻視する過去の残影。
意識を現実に適応=ここは戦場だ。機体と接続する事による気分の悪さを押し殺しつつ、操縦桿を握り締め、推力ペダルに足を添える。
ジェネレーター、出力上昇。敵の手によるものか、格納庫内の明かりが点灯。暗がりの中からあらわになるその巨人の姿。
鋭角的なデザインの頭部/レイレナード製の攻撃適正を限界まで高めた両腕/インテリオル・ユニオン製の低エネルギー消費型脚部/戦う機械が持つ怜悧な美しさを究極まで突き詰めればこのような刃物を思わせるニヒルを帯びるようになるものなのか。
アナトリアのネクスト機体<アイムラスト>に積載されているジェネレーターは、全企業の製作するパーツの中でももっとも桁外れの重量とそれに見合う膨大なエネルギー供給力を誇る最重量級。
本来ならば、膨大な積載量/桁外れの重装甲を誇るタンク系のネクスト機体での積載が想定されている巨大なパーツ。中量級二脚に積載するには歪とも言える膨大な心肺機能=それはさながら猛禽の肉体に強引に獅子の心臓を埋め込むかのごとき所業。
メインブースター/サブブースター/バックブースター/オーバードブースター=各種推進機関を生かす超強力なEN容量を実現。
他のネクスト機体の追随を許さぬ、圧倒的な高機動戦闘継続能力。
青色と白、そしてかすかな赤色で塗装された機体がゆっくりと立ち上がる/ハウゴが一番好きな色のコントラスト=天の青/雲の白/太陽の赤/自由の象徴である、青空。
機体を拘束するチェーン類が、ネクスト機体の圧倒的パワーに耐え切れず弾け飛んでいく。
脚部、地面に接地。重心を下肢に、ゆっくりとその機体は直立していく。同時に格納庫への侵入を拒んでいたシャッターが数千度にも及ぶ溶断用レーザーバーナーによって完全に切り裂かれ、内部にノーマルが侵入してくる。ハウゴ――その侵入してきたノーマルを見ていやな顔を浮かべた。重装甲、重火力、腕部にはバズーカ、シールドを積載=国家解体戦争時に自分が搭乗していたノーマルACと同形型の機体。
『敵ネクスト発見しました、……やはり起動しています』
『傭兵は傭兵でも実際はGAの犬だ、落としておくぞ!!』
無線混線、ハウゴは嫌そうに顔を顰める。
「嫌な計らいをしてくれるぜ……。統合制御体、装備武装を検索しろ」
音声入力と肉体に接続された人工光速神経からの二重の命令を受け機体を制御する統合制御体はデータを走査=結果を即答。
該当=一件有り。
「一件だとぅ?!」
ハウゴ――愕然、武装を確認し更に愕然。
右脚部に搭載されている予備武装のレーザーブレード一本。
「ブレード一本?! この状況下でブレードが一本?! くそ、俺に死ねとおっしゃられる!!!」
『よし、事前情報通りだ。敵は白兵専用のブレードが一つ、味方施設のコジマ汚染を恐れてプライマルアーマーも使用不可だ! これなら我々のノーマルでも応戦可能だ、やるぞ!!」
『了解!』
敵侵入、三機のノーマル展開。積載したバズーカの照準をこちらに向けながら半方位するように移動開始する。
ハウゴ=超不運だぜ、呟きながら見えざる何かに対して毒づき予備兵装であるレーザーブレードを右腕に装備。
……この状況は敵の言うとおりだと言わざるを得ない。相手は閉所でも装甲と火力を生かせる重火力ノーマル。こちらは突出した性能は無い代わりにどの局面においても安定した戦闘力を発揮する中量級二脚機体だ。
もしプライマルアーマーが使用可能であれば、その自前の装甲とコジマ粒子を利用した防御力場によって相手を装甲で圧倒して倒す事も可能だろう。だが、ここは味方施設、更に言うなら近くにはミドがおり、ここでプライマルアーマーを展開すれば彼女を被爆する羽目になりかねない。
環境汚染を引き起こし、人体にもきわめて有害=ネクストの隔世的戦闘力を支えるコジマ技術は極めて危険であると実感。
だが、ハウゴはそれら一切合財の思考を瞬時に全て放棄し突撃を開始する。戦場では巧遅より拙速。殺られる前に殺れこそが不変の真理。眼前の不利を知りながらも、ここで二の足を踏めば更なる不利となる事を肌で知る戦士としての脊椎反射行動だった。
『こ、こいつ……!! ブレード一本しか無いくせに……!』
「ブレード一つで勝てるとは言わねぇ。だがブレード一つを舐めるなよ……!!」
<アイムラスト>猛進、時速四百キロ近くで前進するネクストは相手との距離を猛烈な速度で踏み潰す。
敵ノーマルのバズーカの威力は脅威であり、当たればネクストといえど馬鹿に出来ない被害を被る。しかし彼らは選局を有利に運ぶ情報は得ていても相手が被弾の恐怖に竦まず尚突撃を選択できるハートの持ち主であることは知り得なかった。
……だが、例えネクストの速度が凄まじくとも、引き金を引く動きより早く斬れる訳ではない、敵ノーマル、<アイムラスト>の交戦意志をはっきりと感じ、バズーカを発砲する。
彼らとてネクストの性能は知っていた。
瞬間的に膨大な推力を吐き出し、マズルファイアを視認してからでも回避を間に合わせる、回避技術のセオリーを根底から叩き潰す圧倒的瞬発力。だが、この狭所では回避するためのスペースすら満足に無く、速度を乗せる事が出来ない。
それ故に、彼らの敗因とは彼ら自身の認識の甘さなどではなく。
ハウゴ=アンダーノアという漢が何処かイカレた操縦技術を有していたという事だろう。
砲弾が飛来する×3=その射撃に先んじてハウゴは既にAMSを通して機体を動かす。バズーカの射角並びに殺気の射線を瞬間的に判断し、左側へ、機体の肩を擦るような移動。
敵バズーカのFCSはネクストの機動予測、右側へ銃身の角度を補正し、発砲。放たれるバズーカの大型実体弾は必然的に<アイムラスト>の左半身へと集中し。
クイックブーストの派生機動、ターンブースター稼動。
<アイムラスト>の両肩に内蔵されたクイックブースターノズル稼動、左肩のブースターが前方へノズルを向け噴射=右肩のブースターが後方へノズルを向け噴射=凄まじく強引に機体を捻る。そして捻る事によって機体は相手の射線に対し半身に構える形となり=砲弾×3を回避=避けられた砲弾は虚しく壁を破壊するにとどまる。
『なに……!!』
敵の驚愕の呻き=ハウゴ、そのまま慣性で敵目指して前進させ、旋回しもう一度敵を正面に捕らえ、余速を駆って突撃。
メインブースター角度調整=出力上昇/<アイムラスト>は頭部アンテナを擦るように天井ぎりぎりの跳躍――出力調整を間違えて時々ごんごんと天井に頭突き/同時にAMSを通しハウゴの意志に従い<アイムラスト>は構える。まるで蹴り足を突き出し、飛び蹴りを叩き込むと言わんばかりに、自分自身の肉体を一本の槍と見立てるように。
「機体各部間接ロック完了!! 後は力一杯ぶつけるだけで事は済む!!」
敵の一機めがけて飛び掛る。
バズーカー砲の再装填速度は遅い、それはかつて重装ノーマルを操っていたハウゴ自身が誰よりも良く知っている。
「この手の必殺技ぁ、叫ぶのがお約束でよ……!!」
<アイムラスト>、跳躍速度から更に加速するため、両肩のクイックブースト噴射=さながら白炎の翼を背に負うかのよう。いかなる荒地をも走破する為に選ばれた『足』という移動手段が、物理的破壊武器として振るわれる。ネクストの膨大な重量とクイックブーストによる速度エネルギー、足の裏という狭い点に集中。
「必殺!! 究極、ゲシュ、
ネクストキィィィィィックゥゥゥゥゥゥ!!」
ハウゴ=超危険な台詞を自覚し瞬間的に言い直す。
行動は馬鹿げてはいるが、その一撃が齎した破壊力は唯唯絶大。顔面を蹴り潰された敵は、そのまま崩れ落ち、戦闘力を奪われる。
同時に威力を増すために衝撃を吸収する間接をロックしたツケが回る、想定外のアクションに膨大なエラーが瞬時に発生、その唐突に膨れ上がった情報量はAMSを通してハウゴの頭蓋に叩き込まれる、再び激痛に軋む、既に失った右腕。
間接のロックを解除し、各種スラスターを稼動、機体平衡を保ち滑るような接地=すぐさま次の攻撃アクション。
唯一の武装――レーザーブレードにエネルギー供給開始、瞬間的に数千度に達する超高熱の白刃が敵ノーマルのバズーカ先端を溶断=完全に相手の戦闘力を奪うべく、そのまま突進。ブレードに再度エネルギー供給=スラストモーションを選択。
敵、頭部貫通。
敵ノーマルがいかに重装甲でも槍のように突き出される数万度の高熱塊を叩き込まれれば持つはずが無い。機体の制御を担当する統合制御体が頭部に集中しているという点はノーマルもネクストも同様。頭を串刺しにされ、痙攣に似た微動と共にノーマル機能停止。
最後に残ったノーマル、<アイムラスト>に対して攻撃を仕掛けようとバズーカを構える、が、引き金を引くことは無かった。敵ノーマルの後方から動体反応が1、<アイムラスト>のレーダーはそれが味方だと告げている。
『な、あ、新手だと?!』
後方から来る機体=早い/ノーマルでは絶対にありえない速度/銀色のネクスト機体/羽のような翼/ローゼンタール唯一のオリジナル機体、<ノブリス・オブリージュ>。それらのデータを機体内の資料から引き出し確認するハウゴ。右腕に構えるライフルから弾丸が射出/放たれる弾丸は精密。一撃で敵ノーマル後頭部を打ち抜き、統合制御体を破壊=戦闘終了。
『……デュリー、救出目標を確認した』
『状況終了。流石ですわ、お兄様。……<テスタメント>も戦闘終了。お疲れ様です、任務完了ですわ』
前方のネクスト<ノブリス・オブリージュ>が構えるライフルの先端からガンスモークが立ち昇る/銃身を下へ。戦闘行動終了。
ハウゴ=ようやく一件が落着した事を確認し、やれやれ、と溜息を吐く。
「噂には聞いていたが、確かに無茶な男だな、貴方は」
戦闘終了より三時間後。
ローゼンタールの部隊の投入によりようやく後始末に一段落がつきつつあるブリーフィングルームで三人の人間が薄暗い室内で腰を下ろしている。視線を横に向ければ壁には弾痕、拭っても拭い切れない鮮血の気配がこの研究所には満ちていた。
もう一人、戦闘に関わったセロは面倒だと一言残して顔も見せていない。セロとレオハルトのオペレートを勤めている女性はまだやらなければならない事が残っているらしく顔を見せていない。
目の前に居る青年は、これまでの経緯を聞き終わると、呆れと賛嘆の入り混じる呟きをもらす=レオハルト/黄金色の髪/青い碧玉のような瞳/水晶を銀の彫刻刀で削ったかのような美麗な容姿/虎体狼腰/金獅子の威風。
「状況が状況だったからな」
ハウゴ――苦笑しつつ頷く/左側の瞳=黒目、右側の瞳=銀色の義眼/陽気と剣呑が同居する機嫌の良い人食い虎とも言うべき雰囲気/闘争に身を置く武人のように引き締まった四肢/敵手の技量を愉しみ相手の攻撃の破綻を探る知性を兼ね備えた精神/まぎれもない戦士。
「お前も、お疲れさんだったな、ミド」
一人席に座ったまま、言葉も発さず緊張しているらしいミド=黒目黒髪/健康的に焼けた浅黒い肌/引き締まった身体/魅力的な曲線/何処か強靭な色を秘めた瞳/背筋に一本鉄柱でも仕込んでいるようなやけに良い姿勢/遥か地平の向こうを見続ける渡鳥の風情。
「主に戦ったのは貴方です、ハウゴ。……私は、正直何もしていないに等しい」
首を振るミド。彼女の脳裏に浮かぶのは、白兵戦闘用の武装一つしか帯びない機体で=考えうる限り最悪の条件で=それでもなお被弾ゼロのまま勝ち抜いて見せた彼の圧倒的な力の体現たる<アイムラスト>の立ち姿。
「いや? 実際んとこ背中任せる相手がいるといないとじゃだいぶ変わるさ」
「そうだな。ミド、君も早いめに休むがいい。……それにしても、セロめ。折角自分の後輩に当たるご婦人がいると言うのに」
レオハルト=ここには居ない相手の事を思い出し、不愉快そうにする。
「いえ、気にしないでください」
ミド=少し緊張気味。実力と天才性から来る傲慢さで知られるオーメルの寵児、実際に出会うまでに時間が空いてよかったと思っている。それと同時にオーメルの上位組織ローゼンタールの唯一のオリジナルリンクス、レオハルトがそばに居るのだ。多少緊張もするものだ。
そこまで考えて、ミドはやはり普通ではない、と思いハウゴを見た。
少しぐらい緊張すると思うのに、しかしハウゴはレオハルトと気後れすることなく談笑している。良くやれるものだ=半ばあきれたようなうらやましいような気持ち。
「しかし、……まさかマウリシア撤退戦の英雄が生きているとは思っていなかった。殺しても死なぬ男とは聞いていたが」
「……なんやらかんやらで六年前か」
ミドは唐突に出てきた聞き覚えの無い単語に不思議そうな表情。
「知らないのも無理は無い話かも知れぬ」
レオハルトは微かに頷く。ハウゴも、それもそうか、と頷き一つ。
「マウリシア撤退戦、ですか?」
「ああ。……もう六年ほど昔の事になるかな」
ハウゴは椅子に腰を下ろしながら天井を見上げる。思い出を懐かしむように言葉を選び始める。
「ホワイトアフリカとブラックアフリカ。……サハラ砂漠を境界線として、白人の移住者を多く有するホワイトアフリカと、元来からそこに住まう黒人を多く有する事から対比してそう呼ばれるんだがな。
……元々火種の多いところではあったんだわ。古来はサハラは砂漠だったが、数百年前に大規模な緑化計画が推し進められ、サハラは広大な草原地帯へと変貌した。砂漠に適応した植物、人工降雨。当時から問題視されていた環境破壊による地球金星化を防ぐための当時の国連が採択した大規模な緑化実験場が世界でも有数の大砂漠であるサハラだった」
言葉を引き継ぐレオハルト。
「ああ。当初は誰もが無意味であると思っていた技術だったらしい。しかし、とある企業が緑化に対する革新的技術を開発し、地道に、ゆっくりとサハラ砂漠はサハラ草原へと姿を変えていくはずだった。……だが、それは百年ほど前からホワイトアフリカとブラックアフリカ、アフリカの南部と北部の戦争の火種となった。両者は緑豊かな生い茂る大地へと変貌しつつあったサハラ草原の占有権を主張し戦争を開始。
……世界平和の架け橋と願って始まったそれは、両者の戦争によって緑化した大地は再び荒廃した。
戦争自体は南アフリカの国家が勝利、アフリカは統合され、その支配に不満を抱くマグリブ解放戦線が誕生する」
「……で、だな。そん時たまたま俺とシーモックの二人は仕事で北アフリカをうろちょろしていたんだけどよ。政府軍がしぶといマグリブ解放戦線に業を煮やして、彼らの妻子の居る大きな集落に事故と見せかけてロケット燃料の散布を決めた。……表向きは輸送機の事故、実際は彼らの居場所に毒ガスをまくに等しい行為だ」
「ロケット燃料って、毒なんですか?」
「BC兵器並に有害だったと記憶している」
レオハルトの言葉に絶句するミド。確かに六年前といえば、ミドの故郷は内戦でずたずたにされていて、ニュースペーパーも満足に読めない状況だった。
「……その状況を何とかすべく行動を開始したのが、三人の男達。ハウゴ=アンダーノアと、今もなお戦地を転々としているシーモック=ドリ」
「そして、マグリブ解放戦線のイレギュラーネクスト<バルバロイ>を駆る『砂漠の狼』アマジークですわ。お三方は現地に行けば今も英雄扱いですもの」
四人目の声=涼やかな響きに三人の視線が集中する/螺旋を描く豪奢な金髪=岸壁穿孔機(ドリル)と見えなくも無い/青い碧玉のような瞳/傍にいるレオハルトと造形の端々に共通点の見られる透き通った美貌/微かに胸元を押し上げる膨らみ/黄金の葉を生い茂らせる柳の風情。
彼女は丁寧な会釈で挨拶する。
「お初にお目に掛かりますわ、そこのレオお兄様の妹に当たります、デュリース=カントルムと申します」
ハウゴ=あいよ、と軽く頷き、ミド=畏まって一礼する。にこやかに薔薇の如き豪奢な微笑を浮かべる彼女は会話の続きを引き継ぐ。
「……当時ノーマルACを駆る二人のレイヴン、ハウゴ=アンダーノアとシーモック=ドリの両名はマグリブ解放戦線とは関係無く移動中だったのですが、アマジークに雇われ彼と行動を共に。
ロケット燃料の散布が免れないと判断した三名は大集落『マウリシア』の民間人の避難を開始。それを知った国軍は民間人を抱えたため足の遅くなったマグリブ解放戦線の殲滅の好機と判断。彼らに対し追撃部隊を派遣。
シーモック氏の指揮の下、ハウゴ氏、アマジーク氏の両名は砂嵐による劣悪な視界を奇貨とし、地形を生かした的確な陣地防御、相手の出足を払う高度な機動防御を展開。国軍の足を幾度と無く食い止め、ただの一人も民間人を失うことなく撤退。……その際、レイヴン、ハウゴ=アンダーノア氏は常に前線で味方の盾となり、七度の出撃に置いて機体を五回大破させるも幾度と無く生還」
「……他人の口から聞く自分の戦果が、こんなにも居心地が悪いものとは思わなかった」
ハウゴ=苦笑。ミド=驚愕。彼女は自分の隣に立つこの陽気な元傭兵がそんな大戦果を挙げた経歴の持ち主であるとは想像だにしなかった。
「わたくしも、お兄様も、まさか自企業のリンクス研究施設にこんな人が居るなどと、存じ上げてはおりませんでしたわ」
「彼の戦果は知る人間だけは十分知っている。……ミド嬢、貴方が知らなかったのは無理からぬ」
レオハルトの言葉、右から左へ流れていく。なんということだ。ミド、ハウゴを睨む。
そういう伝説的な名声を有するレイヴンならば彼女がシュミレーター『サイレントライン』で勝負を挑んでも勝てないのはむしろ当然ではないか。そんな彼女の視線にハウゴ、不可解そうな表情――何が言いたいんだこいつわとでも言わんばかりに首を傾げて見返した。
ミドとて分かっている。
ハウゴ=アンダーノアは特に隠していたわけでもない。ハウゴはもしミドが『貴方はマウリシア撤退戦の英雄ですか?』と尋ねれば『OKサインが欲しいんだな』と明るく詳細を返すような男だ。
ただ、この男の事を自分はまだ何も知らなかったのだなと再認識するのみ。
あの拳銃の扱いの上手さも、不利な戦場を切り抜ける冷静な判断力も、そして彼の過去も。
それが普通だ、とミドは考え直す。同様にハウゴもミドの事を理解していない。彼女の家族の事も、医学生の頃にどんな研究をしていたかも、リンクス候補として採用されたとき、彼に敵愾心を抱いていたことも、彼はきっと知らない。
当たり前だ。
なのに、心に棘が刺さるような感覚は、いったい何なのか。ミドは溜息を吐いた。
セロは光を拒む薄暗い暗室の中、通信機器を入れる。
目を細め、連絡先のコードを入力。一回目のコールで通信網確保。
「聞こえるか?偉大なる脳髄(グローバルコーテックス)」
返答は無い。無音。しかし相手はこちらの一字一句も聞き逃さないことは間違いない。電子の海にたゆたう人類の真の管理者。
言わなければならない一言を、セロは苦渋を噛み殺すように囁く。
「……僕のモデルジーン、『ナインブレイカー』の生存を確認した」
憎しみのまま、受話器を握りつぶした。
[3175] 幕間その1―『紋章の謎』―
Name: 八針来夏◆030a2a64 ID:ccbf006a
Date: 2008/06/10 23:27
ハウゴ=アンダーノアはジュニアスクールもハイスクールも通った経験がない。
とはいえ一概にしてそういう事情は属する国家の教育水準にこそ問題があるのであり、学校に通ってはいないからといって責められる謂れなど無かった。
もちろん生活に必要な技術『のみ』実践の内から学んだハウゴにとって、銃器の扱いやトレーラーの運転技術、各種兵器の整備法や装甲板の取替え方法、ACの簡易修理方法などはお手のものである。ライフル弾を標的に命中させるために必要な風圧からの逆算式、装甲板に三発の第二種装甲板貫通が発生した場合の修理費用の計算なども暗算できる。更には地形図を広げ、その表示される山々の高度、地形、数字などから脳内で立体的な戦場モデルを組み立てる特異な才能を有していた。
また、ジャングル戦ではそこいらにいる蛇や鰐などを適当に狩り、掻っ捌き解体し、カレー粉一つと木の油などで魚の生臭みを取り、丸ごと油揚げにするなどしてどう考えても食べられない食品をなんとか食用に耐えうる程度の味にするなどの料理の才能(?)を会得していた。
とはいえ、これら全てはレイヴンとしてより確実に戦場で生存するために自然と体得していった技術であり。
ありていに言えばそれ以外の一般人が日常で求められる事柄に関してはハウゴ=アンダーノアは絶望的な技量しか有していなかったのである。
輸送機の、人間用の席、内側に座る女性――フィオナ=イェネルフェルトは――蜂蜜色の髪を揺らし、眉間に皺を寄せ、形のよい細いあごに手をやった。手元には一枚のプリントアウトされた用紙がある。
先日の騒動から一ヶ月ほど経過し、ようやくリンクスとしての全ての会得科目を終了させたハウゴは――とはいえ、彼にとってはその試験はあくまで今まで体得した技術の再確認に過ぎない――ようやくAMS調整を完了させた愛機<アイムラスト>をアナトリアへ輸送し、そしてこれより事前に用意していた武装選択に従って兵装を装備、本格的にネクスト傭兵としての仕事を始める予定だった。
徐々に企業製の技術に圧倒され、収入を断たれつつあるコロニー・アナトリア・半年前エミールが予想していた通りもうすでにアナトリアの枯死に至る状況は出来上がりつつある。
「……ハウゴ、機体名を<アイムラスト>にしたのは良いと思うわ。うん、いい名前だと思う」
「………………」
黙ったまま窓の外、空港をじーっと見ているハウゴ。
その状況を脱出するためのネクスト傭兵なのである。
別にネクスト傭兵を始める事の致命的な問題が見つかったと言う訳ではない。そう、このままならあと五ヶ月程度で、ネクストのコジマ汚染を洗浄するための純水洗浄施設や、整備ハンガー、修理用各種パーツの準備、リンクスとしての登録、各種手続きを終え、ちょうど国家解体戦争から五年後にネクスト傭兵を開始することができる。
言い換えればその最初の仕事に失敗すればエミールの計算は大幅に狂い、坂道を転げ落ちるように転落するだろう。
とはいえ、戦闘技術に関してフィオナはハウゴに全幅の信頼を持っている。十番代のナンバーのリンクスが駆るネクストACならともかく、普通の武装テロリスト程度なら問題なく勝利できるはずだ。
だから、今回のこの件はそんなに大層なことでもなく、無視しても良いレベルの次元であるのだが。フィオナは手元の紙を見る。
イラストがあった。とりあえず何か形にしようとしたのか、それとも最初から狙ってやったのか、もしくはなにも考えず霊感にしたがって筆を走らせた結果なのか、四足歩行から二足歩行に進化した赤子がそこらへんのクレヨンを使って適当に書き殴ったような絵がそこにあった。
右下には『BY・ハウゴ』と書かれている。
「だから、気に、しなくていいの。うん。……別に絵心が無くったって気にする必要も無いわ」
ハウゴ=アンダーノアが会得した技術は全てが生存と闘争に特化しており、それ以外に関しては世辞にも満足いく技量を有しているとは言いがたい。
ぶっちゃけて言うと、ハウゴは致命的に絵が下手糞だった。
ネクストACは、みなエンブレムを持つ。
エンブレムとは機体右肩に刻まれる紋章であり、個性の出る顔だ。もちろん企業体所属のネクストは機体のイメージなどもあるから割と専門的なデザイナーが行う事が多い。
とはいえ、それはデザイナーに支払う金銭などはした金と言える、潤沢な資金を持つ企業体所属のネクスト機体の話。
ゆっくりと、だが確実に経済的崩壊という危機に直面しつつあるコロニー所属のネクスト傭兵であるハウゴやアナトリアにそういったかなりどうでも良い部門に回す資金などもちろんあまっている訳がなく。
結局ネクストの右肩に刻まれるエンブレムは、実際に乗って戦うリンクスであるハウゴや、そのオペレーター役を務めることになるフィオナ、そしてアナトリアで機体の到着を待つ整備班の面子でエンブレムを適当に決めようぜー、という事になっている。
だから、整備の面子の中にもしかしたら絵心がある人間がいるかも知れないし、そんなに焦る必要は無いのであるが。
「…………」
戦闘に関しては高度な技量を誇るハウゴであるが、いざ絵筆を取れば気の狂ったようなイラストしか書けない彼は溜息を吐きながら、手元にあった二枚目のイラストを丸めて捨てようとする。
「あれ? ハウゴ、二枚目があるなら見せてくれない?」
それを目ざとく見つけたのはフィオナである。
絵筆を握ればどうやら小学生以下の絵心しかないハウゴではあるが、この落ち込みようは正直見ていて不憫だった。今度のイラストは見ても正直な感想など言わず、無理やりにいいところを見つけて褒めてあげよう。そう思いながら自分の絵の下手さ加減になんか絶望しているらしい彼からイラストを取り上げるフィオナ。
それをなんか人生に疲れた敗者のような目で見つめるハウゴ。
「へぇー、これは良いかん……じ……」
無理にでも褒めようとして口を開いたフィオナは言葉を途中で切った。というか切らざるを得なかった。
<ノブリス・オブリージュ>のエンブレムはカントルム家の家紋、<テスタメント>のエンブレムは杖に巻きつく二頭の蛇。
それとは別に『イクバール』のネクスト機体、<リバードライブ>のリンクス『K・K』のエンブレムは三つの『K』を積み重ねたものだった。デザイン的にはなかなか優れているとフィオナは思う。
そのハウゴのエンブレムデザインは、文字を使っていた。
それは良い。前述の通り文字だけでもなかなかイカしたデザインはできる。要するに後はセンスの問題だ。
だが、ハウゴの二枚目のエンブレムイラストは、そういうセンス云々の次元ではなく、フィオナを愕然とさせるものだった。
左側から右側へ文章が記入されている。これではエンブレムではなくただの文章だ。
丸っこい、いわゆるビスケット文字という絶滅危惧の言語で書かれた文面、カラーはピンク、もっこりとしたイラストの癖に妙にリアルな質感を誇る無駄な技術の全力行使、そして肝心の文面。
『暗殺、破壊活動のご依頼がございましたらどうぞお気軽にアナトリアにご連絡下さい。
良心的なお手ごろ金額で各種戦闘行為をお引き受けします。TEL番号は……』
フィオナは思った。
(こいつ、手に負えない……!!)
父の命の恩人に向かって感じる言葉ではなかったがこの場合誰も彼女を責める事など不可能だったろう。
そもそもビスケット文字はもっこりしているから細かい文字を表現するには超不向きだ。なのにどうして文章が理解できるのだろうか、ここだけ魔術的センスが遺憾なく発揮されている。フィオナは首を捻った。阿呆か、と言う言葉を飲み込む。
センスが無い、とかいう次元ではなくこれを大真面目にやっているとしたら頭の配線がどっか変な異次元とアクセスしているとしか思えない。どこの超常的存在と接続すればこんな頭の悪い事が出来るのか。
右肩に暗殺、破壊活動の依頼を求めるエンブレム、もとい宣伝を刻まれたネクスト機体<アイムラスト>。
隔世的戦闘力を誇る、アナトリアの広告。飛んで跳ねて戦うロボット、もとい高機動看板<アイムラスト>。余白にはきっと他企業の新商品宣伝が印字されるに違いない。
もしこんな奴にやられるノーマルがいたら余りにも不憫である。<アイムラスト>に魂があればカメラアイから洗浄用水ではらはらと滂沱の涙を流すだろう。父のイェルネフェルト教授もこんな風に残した機体を使われたら成仏できまい。
頼むからもう少しぐらい主人公ロボっぽく格好良さを追求してくれといった気分である。
「……ああ、そうさ、俺はどーせセンスねーよ」
今回やっと台詞らしい台詞が出てきた主人公の台詞を右から左へ聞き流し、フィオナは視線をこれから以降のスケジュールを記入された手帳に落とした。
今までの考えや見たものに対する感想とか記憶とかそういったもの全部まとめて心の井戸にほうり捨てて精神的安定を取り戻し、話をシリアスに戻すんだー、と念仏のように呟いてこれからの事を思う。
フィオナは、この件に関して面倒くさくなったので考えるのを止めた。
[3175] 第五話『希望の種は撒き終えて』
Name: 八針来夏◆030a2a64 ID:ccbf006a
Date: 2008/06/07 18:52
「エミール、君はネクストについてどう思っていますか?」
そう遠からぬ間に聞いた師の言葉/これが夢であるという明確な自覚/明晰夢というものか=エミール・グスタフはもう他者の記憶にしか存在しなくなってしまった師の言葉が理解できず、不可解そうに首を傾げた。
……ネクストは企業体の究極兵器です。国家解体戦争を企業体の勝利に導かせた圧倒的な力です。
「間違っている訳ではありませんね、三十点差し上げましょう」
イェルネフェルト教授はそう呟きながら一体の巨人を見上げる。
技術開発用にアナトリアが保有する唯一のネクスト機体。カラーリングは施されておらず、現在では無色のレーダー派吸収塗装のみが施されているだけで鋼鉄の臭いを漂わせるようなメタリックカラーがあらわになっていた。
……教授、三十点の理由を聞いていいですか?
「エミール、君は不自然に思った事はありませんか?」
巨人の足元で見上げる教授、その後姿はもうひどく遠く感じる/過去の幻視を頭の中で焼き付けながら、教授の前でエミールはその言葉を反芻する。不自然、一体何が不自然なのか。
「いいですか。基本的に人類の歴史において信じがたい超兵器という存在はまず有り得ません。対立する一方が先に新兵器を開発しても、そこに来る驚きは『そんな馬鹿な』ではなく、『やはりそうか』という類のものです。……例え新兵器でも、相手側も理論上は確立されているのがせいぜいです。
……ですが、ネクストは違う。あの隔世的戦闘力はあまりにも不自然すぎるのです。それこそ未来から来た兵器のように戦闘力が既存のものとかけ離れている」
天才とは時折突飛な思考をするものだとその時は思った事を思い出す/ネクスト機体を見上げる師は真剣そのものの様子でエミールを見た――この教授は教え子に声を掛けるときはだんだんと冷静な思考ができなくなっていく癖を持っていた。その時、師の妄想に似た意見をからかうような気持ちで尋ねた。
……では、教授。一体何者がネクストの根幹であるコジマ技術を齎したのでしょう。
「偉大なる脳髄」
唐突に出てきた意味の判らぬ言葉に面食らう。
教授は頭を掻きながら振り向いた/背筋は真っ直ぐでない、猫背/身にまとう白衣はよれよれ/身なりに気をつけてと、今年二十になった娘に叱られてばかりだが、どうにも改める気にならないらしい=ただ瞳だけが溢れるほどの知性に満ちていた。
彼はかつかつと靴音を鳴らしながら言う。
「こう見えて技術開発にはいろいろ携わったのですが、いまだに私はコジマ技術を齎したドクター・コジマなる人物にお会いしたことがありません。
……エミール、君は技術者としてはあまり出来のよい弟子ではありませんでしたが、視界を広く持つ政治家としての才能があります。ついでに言っておきますと、たぶん、わたし近日中に死にますよ」
金槌で頭を殴られるような衝撃=もうすでに終わった過去であるはずなのにショックは変わらない。
……何をおっしゃっているのですか、教授、貴方がいなくてはアナトリアは!
「後のことは任せますよ、エミール。……なに、別に確実に死ぬ訳じゃありません。もしかしたらの話です、遺書も書き上げています。心配する事はない」
そして再び、教授は一歩引いた位置から技術開発用のネクスト機体を見上げる。……そう、今は<アイムラスト>と名付けられたその機体を。
「既に希望の種は撒き終えています。ハウゴ、後は貴方の仕事です。……エミール、もし私が死んだら、彼にネクストに乗るように依頼なさい。ネクスト傭兵ならば、アナトリアを餓死させぬ程度には稼げるし、たぶん、彼はそれを引き受ける」
唐突な教授の言葉/過去の自分は不可解そうな表情。世界に数える程度しかいないアレゴリーマニュピレイトシステムの適応者、教授が身元を引き受けた彼がどうしてネクストに乗れるという前提で話しているのか理解できない。
……しかし教授、彼がたまたまAMS適正を持っている可能性など数えるほどしか。
「大丈夫」
今から思えば、あの教授の断言は一体いかなる根拠に基づいたものだったのだろう。
その根拠は理解できない/だが、教授はハウゴ=アンダーノアのAMS適正を知っていたのではないか? しかし四年間植物状態の彼のAMS適正など調べようがないはずなのに。
「彼にAMS適正がないなど有り得ないのです」
教授と、ハウゴ=アンダーノアの間には一体何があったのだろう。
今や本来の彼の仕事、専門の脳神経に関わる研究を脇に退けて、アナトリアの実質的指導者という特にやりたくもなかった仕事をやる羽目になってしまったエミール=グスタフは、政務による忙殺の合間を縫って少しの間夢の国を彷徨っていた事に気づいた。――指先にかすかな痺れ/まぶたはひどく重い/体のあちこちが軋む/ベッドではなく机に体重を預けて眠っていた為だろう。
机の横に置いてあった、時間が経ったためにすっかりぬるくなったホットコーヒーを飲みながら、エミールは先ほどの夢を反芻する。
あの夢は、イェルネフェルト教授が暗殺される一週間ほど前にあった実際の出来事。一週間後に教授は事故に見せかけられた暗殺を受け死亡している。教授の仇を討ちたいと思わなくもないが、しかしあの教授の事だ、復讐に傾ける余力があるなら別のことに力を使いなさい君は出来の悪い弟子ですねぇとぐちぐち言うに違いないのだ。
「……しかし、確かに教授の仰った通りだったな」
アナトリアの枯死を防ぐためにハウゴ=アンダーノアにネクスト傭兵になることを依頼した=そしてローゼンタールのリンクス養成機関『エレメンタリー』からリンクス候補として認められた事を伝えられた時は文字通り踊りあがったものだ。これでアナトリアは救われる、と。
だが、冷静になった今では疑念も浮かぶ。
なぜ、教授は彼のAMS適正を知っていたのか。
AMS適正とは脳内の特殊な知的能力を指す=圧倒的運動性能を有するネクストは膨大な推進機関を装備している――その代償として常に統合制御体には膨大な負荷が掛かる=それを補うためのAMS。
もし従来のインターフェイスを用いてネクスト級の機体を運用しようとすれば、連携の取れたパイロットチーム二十名が束になってやっと、というところだろう。もちろんネクストにはそこまで巨大なコクピットを用意するスペースはない。そのために本来の高機動性を損なうのであれば本末転倒も甚だしい。
それゆえ、各種の微細な操作を感覚=直感的に行える知的才能が要求される。世界でも未だ四十名程度しか存在しないリンクス。
しばらく考え込んでいたエミールだったが、突如鳴り響いたインターフォンで思考の海から引き上げられる。すぐさま受信ボタンを押す=聞こえてくるのは野太い男性の声。
『エミールかぁ?』
「ああ、私だ。……リンガー、ランガー、どっちだ?」
『おう、リンガーの方じゃ。……ちょっと<アイムラスト>のジェネレーターによくわからん機構を見つけた。関係者を集めて貰えるか?』
ハウゴ=アンダーノアがシミュレーターで各種火砲のリロード間隔、射程を撃ちまくって感覚に刻み込んでいた最中に、エミールから呼び出しを受けた。
「なんだろうな?」
疑問に思いながらもすぐに切り上げてハンガーに来てみる。真っ先に鼻に付く機油の臭い/鉄屑の色/天井の少し薄暗い明かり/汚れた整備員用の衣服に身を包んだ整備スタッフ達が<アイムラスト>と直結したコンピューターの前で一塊になっている。
真っ先に気づくのはフィオナ=蜂蜜色の髪を揺らして近づいてくるハウゴに軽く手を振る。
続いて振り向くエミール/その両脇にいる巨漢の中年二人=双子のおっさん=とても萌えない。
ごつごつした指/立派な顎鬚/胸に輝くのは整備班長の証/格闘を目的として鍛えられた肉体ではなく、生活の習慣として重量物を持ち上げ続けた結果発達した筋肉/風雪に耐えた巨岩の印象/170センチ後半あるハウゴよりなお背が高い/二人ともにやり、と笑ってハウゴを見る。動作のひとつひとつが同調しているようでちょっと怖かった。
「お前さんがハウゴ=アンダーノアか?」
「わしらはイェルネフェルト教授の弟子、ランガー=スチュアート」
「リンガー=スチュアートじゃ。……教授の下ではハードウェア面を教え込まれとった」
「二人は<アイムラスト>及びアナトリアの防衛用ノーマルの修理を請け負うことになる」
エミールの言葉に軽く頷くハウゴ。<アイムラスト>の整備が万全であるかどうかはアナトリアの経済に大きく関わる話だ、手抜きなど寸毫足りとてしていないだろう。信頼ではなく、実益の面から相手も全力を尽くしているはず――ハウゴ、自分自身のあまり健康的でない思考に溜息。
「で、呼び出した理由ってのはなによ?」
とりあえず収拾の理由を尋ねる――スチュアート兄弟、頷いてディスプレイを指差す。
覗き込めば表示されている画像データはジェネレーター周りの表示、内部にはGA社の最大重量型に過度の改造が組み込まれた、<アイムラスト>の心臓とも言うべき機関がある。
「イェルネフェルト教授はGA社の最重量級にKP(コジマ粒子)出力を増幅させる改造を施しておる。コジマ技術の最先端、アクアビットやオーメルすらもびっくりするような魔改造じゃ」
「故に、ジェネレーター供給電力とKP出力、……プライマルアーマーの防御性能を共に両立させておるのじゃが、一箇所腑に落ちん点があるんじゃ」
「……システム的には不要であるパーツなんじゃがのぉ……」
画像を双子親父の指がなぞる、同時に内部画像が拡大――ジェネレーターに食い込むようになっているパーツが色違いで表示。
「不要であるはずなんじゃが、……ジェネレーターシステムにがっちり食い込むように設計されている。これがなくても設計上戦闘行動に支障はないんじゃがのぉ」
「このパーツを外せば重量に余りが出る、そうすりゃ機体への負荷も低減するんじゃ」
「……パーツ解除には時間がかかんのかな?」
「二日ほどもらえりゃ完了できる。どうせ時間は余っておるし、別に問題はありゃせんぞ?」
ハウゴの質問の言葉に即座に返答する双子のおっさん整備士。ハウゴは既に初コンタクトの時点でどっちがランガーリンガーであるのかを判断する事をとうの昔に諦めている。
両者の言い分はわからなくもない。基本的にどの機体にも制限重量が存在しており、その重量を超過すれば著しい機動性の劣化を招く。もちろん武装を戦闘中に廃棄し、機体負荷を低減させ本来の機動性を取り戻すなどの事も戦術としてある。
更に言えば、重量が軽ければ軽いほど機体の運動性能は向上する。……もちろんその不要パーツを外したからといって得られる効果は微々たるものだ。だが、わずかな差が生死を分ける戦場――戦闘前に出来るだけ生存の確率を上昇させようという姿勢は正しい。
そんな中、ずい、とエミールが身を乗り出してくる。画像データを注視しながら目を細めた。
「……この不要パーツに、何か刻印されていた文字はなかったか?」
「ん? ああ、……なんじゃったかな、兄ちゃん」
「う? うむ。……確かanti kojima particle systemじゃったなぁ」
「……アンチコジマプライマルシステム、……反コジマ粒子機構?」
その初めて聞く言葉にハウゴ――首を傾げ、フィオナを見る。
意味がわからないのは彼女とて同じ、お手上げ、といった感じで小首を傾げた。だが、一人エミールは表情を崩さない、真剣な面持ちでじっと画像を見つめたまま。胸中に飛来するのは、事実上、師の遺言であったあの時の会話の言葉。
(既に希望の種は撒き終えています)
「……これが、そうなのですか、教授」
一人、ぼつりと言葉を漏らすエミール。
ハウゴ――その様子を横目に写し、言う。
「外さないで良いんじゃねぇかな」
二人の巨漢双子、まじまじとハウゴを見る。
「なぜじゃ?」
「別に整備班の手間なんぞ気にする必要はないぞい?」
ハウゴ――頬をかきながら答える。
「いやよ、例えば足のツボ押したら体のどっかが良くなるって話あるじゃんか。正直なとこ、ああいうのって、普通ツボ押したら良くなるの、足だけって気がしねぇか? 足のツボ押して肩が軽くなるとか普通考えねぇんじゃねぇか?」
「……この用途不明のパーツは、どこかの機体システムと見えないところで密接に繋がっている可能性があると言うんじゃな?」
「……有り得ん話じゃないのぅ、少なくとも教授はわしらの先生だった人じゃ。わしらが気付く事にあの人が気付かんとも思えん」
「このパーツ以外は神業のようなチューンが施されているにも関わらず、この用途不明のパーツを残している。……単に教授がボケてそのままにしたっていう可能性がないわけじゃないがの、どっちかというなら、わしらに理解できん理由でこのパーツを残しておいたと考える方が自然かもしれんな」
頷く双子の巨漢はお互い頷き合い、周囲にいた整備士に声を掛ける。
「おーし、それじゃやる事は決まったぞぃ! 複合装甲板の再取り付けじゃ!」
「それが終われば各種チェックを開始じゃい、始めるぞ!」
二人の整備班長の叫び声に呼応して<アイムラスト>に幾人もの整備士たちが取り付き始める。
実戦が始まったわけではないが、この場にいる誰もが自分の駆るネクスト機体を出来るだけ完璧な状態で送り出そうとしている、その事に満足を覚えながら、ハウゴ――未だに画像に視線を向けているエミールに目をやった。
エミール、タバコを吸おうとして、燃料の多い整備ハンガーでの火器は厳禁であったことを思い出し、慌てて消す。
「エミール、ちょいと頼みがあるんだが、一週間ばかりちょいと外出して良いか?」
「……急だな、どこへだ? 言っておくが、君はアナトリアの希望だ、余り危険な場所へ行ってもらっては困るぞ」
エミールの言葉も至極当然の反応だ。とはいえ、レイヴンでありかつてさまざまな修羅場を潜り抜けてきた俺を守る意味などあるのかな? 少し皮肉な気持ちでハウゴは笑う。
「なに、安全さ」
「まあ、君をどうこうできる相手などいないだろうが。GAに傭兵戦力が加わる事を嫌う他企業の干渉もあるかもしれん。気をつけてくれ。……行き先は?」
「北アフリカ」
「ああ、北アフリカ……北アフリカ?!」
エミールの言葉が途中で裏返ったのも無理はないかもしれない。
北アフリカ、武装テロリストの中でも二体のネクスト機体を保有する武装テロリスト最大の勢力『マグリブ解放戦線』が活発に活動する場所であり、そして企業の傭兵になる道を選んだアナトリアにとっていずれ戦う事になるもっとも恐るべき敵組織の存在する地域だ。
そんな死地に自ら赴くという正気ではない発言をしながらも、ハウゴはなお涼しげに笑うのみ。
「なに、ちょいと砂漠の狼とかいう派手な仇名を貰った戦友と、いずれ戦う強敵と、杯を交わすだけさ」
[3175] 第六話『もう二度と会えまい』
Name: 八針来夏◆030a2a64 ID:ccbf006a
Date: 2008/06/10 10:06
その人達は、少年にとって憧れの男達だった。
ああいう男になりたいと、幼心に思った。
幼い頃憧憬を以って見上げた三人の男。
一人は砂漠の戦場で味方を被爆せぬようたった一人孤独な戦いを続け、自分達を導く英雄となり。
一人は敗色濃いエチナコロニーでパックスの力の象徴、ネクストと絶望的な戦いを続ける道を選び。
そして、最後の一人は、アナトリアコロニーに属し、企業体の傭兵となり。
敵に回った。
息をする――砂が舌に絡む。
目を大きく開ける――そうすればすぐに異物感が瞼に引っ掛る。
この北アフリカで瞼をごしごしと擦ったり唾を良く吐き出している奴が居ればそれは大概この砂漠という環境になれていない別の国の人間であるという事が判る。
ウルバーン=セグルは、雑踏の中、自分の前を歩く壮年の男性=我らが英雄の後ろ姿を必死に追いかけていた。
浅黒い肌/黒い瞳/長身長躯/額から右目にかけて鋭い裂傷/刃のような雰囲気/指には幾度と無く火器を扱い続けた男の勲章とも言うべき硬くなった皮膚/少年と青年の端境期/幾度と無く生身で死闘を繰り返してきたもののみが纏う気配=幼さを残した雰囲気とちぐはぐな印象/ただ、瞳のみが無垢な子供のように未来を思わせる輝きを放っている。
「……宜しいのですか?」
ウルバーンは一人先を歩いている壮年の男性はかすかな笑みを浮かべて振り向いた。
英雄/中肉中背の男性/有色コーカソイド/体をすっぽりと覆う衣服を愛用しているのは、パックスに捕らえられAMS適正を上げる為の拷問じみた改造を受けた時期に刻まれた傷を見せぬため=脊椎に埋め込まれたリンクスの証であるジャックを隠すため/コジマ粒子被爆から味方を護るため唯一人今も戦い続ける孤高の英雄/イレギュラーリンクス=『砂漠の狼』アマジーク。
彼はかすかに口元を綻ばせる。向う先は小さな酒屋。十人程度の人が入ればそれでもう誰も立ち入れなくなるようなレイヴン御用達の小さな酒場は、六年前にアマジーク自身が訪れて二人の男を雇った思い出深い場所だ。
「……なに、構わんさ。……昔共に戦った戦友が、一緒に酒を飲もうと誘ってくれただけの話だ。……それよりウルバーン、ススとファーティマ殿に付かずに良いのか?」
アマジークが呟く名は、アマジークと共にバックスに捕らえられ、度重なるAMS適正上昇のための人体実験による精神汚染により、まともに喋ることすら出来なくなったウルバーンの父とその妻の名前だった。今現在は戦闘を行う必要も無く、親子で逢うことの出来る数少ない機会であるはずだったが、実直謹厳を地で行く青年は首を横に振る。
「今は御身を護る事こそもっとも優先すべきです」
いささか硬すぎるその言葉にアマジークはかすかに苦笑する。
ウルバーンはマグリブ解放戦線の若い戦士の中ではもっとも優れた力量の持ち主だ。ノーマルを操る腕前はそれほどでもないが、しかし銃器を扱うのが上手い。相手の殺気の射線を感じて自分の身を安全地帯に投げ出し、敵の銃口が自分を睨む前に引き金を引いて永遠に沈黙させられる実力の持ち主だ。純粋な白兵戦能力で言うなら、今から逢いに行く戦友に匹敵するかもしれない。
そんな事を考えながらアマジークは町の中でも外れた場所の古い酒場を見つける。
レイヴン。
一時期はその数が戦争の勝敗を決するとすら言われた存在だったが、隔世的戦闘力を有するネクストの存在によりその価値は激減。
大半がコロニーの警備隊に属したり、もしくは企業体に飼われる道を選んでいった。今も尚純粋な傭兵として戦うものはもはや絶滅したと言っても過言ではない。
「まだ、残っていたとはな」
レイヴンが数を減らせば、そういった傭兵相手の酒場など当然寂れるのが道理/だが、薄汚れてはいるものの六年前となんら変わらない酒場を見つけ顔を綻ばせるアマジーク。ゆっくりと扉を開けて中に入る。
薄暗い店内、天井には時折ちかちかと点灯する電灯、壁側には色々な種類の酒瓶が飾られており。目を瞑ったままの老人がこっくりこっくりと船を漕ぎながらそれでも椅子からずれ落ちる事無く佇んでいた。
まるで六年前の光景がそのまま正確に再現されているかのようだった。
ただ一つ違っている光景があるとすれば、六年前は二人のレイヴンがカウンターの席で愚痴を漏らしながら杯を傾けていたが、今要るのはその二人のうち一人だけという事だった。
その青年はよう、と片手を挙げて挨拶する。
「久方ぶりじゃねぇか、アマジーク」
「貴様こそ、息災だったか、ハウゴ=アンダーノア」
にやり、と笑う不敵な表情の二人。今は敵と味方に分かたれた両者だが、それでも胸中に飛来する戦友同士という思い出が否定される訳でもない。アマジークは後ろに座り/そして後ろに控えるように佇むウルバーンは席に座らずハウゴが不穏な行動を取れば即座にそれを止めることの出来る位置に立つ。
ハウゴ=不可解そうな表情/最初はウルバーンの顔を見ても記憶に照合しなかったのだろうが、マジマジと見詰めるうちに脳裏に閃くものがあったのか、手を叩いて笑った。
「ああ、誰かとおもえば、ウル坊かよ」
「……覚えられているとは思いませんでした」
ウルバーン/意外そうな表情を隠すことに失敗する。
あの頃の自分は小さな少年兵であり、彼を憧憬の眼差しで見上げるその他大勢の中の一人だった。かすかに高鳴る胸を自覚し、ウルバーンは首肯する。
「あの歳の餓鬼にしちゃ、馬鹿に上手く動けたからな、印象が強かった」
思い出深そうに二人は笑いながら、どちらもストレートを注文する。
次いで、この懐かしい酒場を見回しながら、ハウゴは呟いた。
「……この酒場が残ってるか、正直判らなかったが、まさかちゃんと残ってるとは思って無かったぜ」
「ああ。……あの時貴様と初めて出合った時の事を思い出す」
差し出される琥珀色の液体がなみなみと注がれたグラスに手を伸ばし、アマジークは言う。
「……貴様が俺と初めて出合ったときの第一声は『金貸してくれ』だったな」
「……そーいう美しい青春のメモリーはそっと胸の奥の大切な宝物入れに仕舞っておくべきだと思うんだがなぁ」
「これが美しい思い出と思える貴様の頭の中はさぞかし笑いに満ちているのだろうな」
軽口を叩き合いながら二人は杯を交し合う。
「六年ぶりの再会を祝して乾杯」
「この場に居ぬもう一人の戦友の剛運を願って乾杯」
お互い杯を傾け、酒場の端に据え付けられたテレビの音を背景にしながらしばしの沈黙を護る。
「……とはいってもな、正直今の俺に取っちゃあの日々の戦いは二年前って感覚でよ。今も昔も、なんだか他人においてかれてる気分だぜ」
「俺にとっては余りいい思い出は無かったな」
そう呟くアマジーク。
それは当然かもしれない。
『砂漠の狼』アマジーク。
イクバール社のパーツをベースにした軽量二脚型の高機動ネクストを駆るイレギュラーリンクス。
イクバール社の精鋭ノーマル部隊『バーラット・アサド』との交戦において機体を中破=部下であるススと共に捕虜となる。思えばそこで死亡していればよかったのかもしれない。
その高い精神力を買われ、『まったくAMS適正の素養がない人間をネクストに適合させる』という非人道的な実験の為のモルモットとして度重なる投薬、幾度と無く続く肉体改造、そして桁外れの精神的苦痛を味わった。
そして自分を其処まで苦しめた自分自身を救ったのもまたパックスであるという事が許せない。何処の組織の特殊部隊かはもう知ることは出来ないが、しかし自分を脱出させ、イクバールに対する敵愾心のままネクストで暴れればそれはパックスの何処かの組織にとっての利益になる。
部下であるススはもう廃人寸前にまで精神を破壊されてしまっていた。変わり果てた姿のススと対面したウルバーンとファーティマの声は今も頭に焼き付いている。
アマジークは自分自身の復讐心という名の獣性を、理性の鎖で御する事の出来る男だった。
元々AMS適正など無いに等しいアマジークは、あえて致命的精神負荷を受け入れそれを驚異的な意志力で捻り伏せる事により、ネクスト機体<バルバロイ>の戦闘能力を極限まで引き出している。その戦闘力は二十六名のオリジナルをも上回るとすら言われているぐらいだ。
ただ、この頃は指先に震えを感じる。脳漿に眩暈を感じる。思い出は陽炎の如く不確かな幻影になる。今もなお確かなものは戦場における怜悧な判断力と圧倒的戦闘力。思い出と感情、人間の人格を形成するもっとも重要なものをすり減らしながら、彼はそれでも戦うことはやめることは無いだろう。後一年か二年か、残された命を全て使いきるまで。
「ハウゴ、そういえば、貴様のネクスト機体の名前は?」
「ああ、<アイムラスト>ってんだが」
何気なく漏らしたアマジークの質問の言葉にハウゴは答える。
だが、アマジークは少し怪訝そうな表情/瞳に相手の正気を疑う疑問の光を揺らしながら眉を寄せて言った。
「……<I,m Lust>、<I,m Lust>? ……<私はエロ>だと? ……貴様、狂ったか」
「面白い事言うねぇアマジーク先生。……ちょっと表出ろコラ」
ははははははは、と朗らかに笑って額に青筋を浮かべながら相手の襟首を掴むハウゴ。
ニヤニヤ笑いながらアマジークは自分の服の襟首を掴むハウゴの手を握り、握力でぎりぎりと締め上げる。ウルバーンは一瞬二人を制止しようとしたが、両者の間のやけに陽気な雰囲気に手を出すことを控える/起きているのか眠っているのか、店主は相変わらず船を漕いでいる。
二人がさあ殴るぜと剣呑な笑みを浮かべたその時だった。
今まで毒にも薬にもならない音楽番組を放映していたテレビの画像が突然切り替わったのである。速報を告げるその言葉に二人は思わず視線をそちらに向けた。
そして二人は瞠目する。
発信先はエチナコロニー。
映る映像、それはパックスの脅威に一矢報いた姿だった。
レーザーブレードを振りかざすノーマルAC。その数万度に達する超高熱の刃が、青いネクスト機体の両足を叩き切り、溶断する姿だった。
思わずハウゴ/アマジーク/ウルバーンの三人はその小さなテレビに視線を釘付けにする。
パックスの治世、その力の象徴たるネクスト。
その一機が、既存のノーマルによって撃破された姿だった。
勿論、インテリオル・ユニオンのネクスト機体であり、ハウゴがLINKS養成所で会ったことのあるセーラ・アンジェリック・スメラギは突出した戦闘力を有するというほどの物でもない。しかし、ネクストという隔世的戦闘力を誇る怪物は全世界でもたった四十機程度。その一機を撃破寸前まで追い詰めたという事は、パックスに未だ抗する民主主義陣営をどれ程勇気付ける事になるか。
そして、二人はテレビに映る、ノーマルでネクストに見事牙を突き立てた機体のエンブレムをしっかりと瞳に焼き付けていた。
「「我らが偉大なる戦友にして人類史上初、ネクストを追い込んだ戦神、シーモック=ドリに乾杯!!」」
再びこの場にいない戦友の比類なき武勲を祝しハウゴとアマジークは杯を打ち鳴らす。
杯を傾ける両者は再び笑いあいながら、少し皮肉そうに笑った。
「……考えてみると可笑しなもんじゃねぇかな。俺達二人は、共にLINKSだ。ネクストが絶対的な戦闘力を持つとは言え、撃墜される事だってあると証明されたのにな。なんで喜んでいるんだろうな、俺たちゃ」
「だが、そんな事よりも戦友が勝った。それも人類史上初めて、ネクストを追い込んだんだ」
二人の心には確かに歓喜があった。
ネクストは隔世的戦闘力を誇る超兵器だ。それこそ一方的な大量虐殺でないかと思えるぐらいの神の如き力。
だが、それに打ち勝ってみせる事が出来るという証明。
そう、たとえどんな強大な力であろうとそれは人の力で打ち勝てる、どんな戦力をも上回る力が人間には宿っていると再確認させられた瞬間だった。
両者は杯を空にし、相対する。二人の目には何処か寂しげな色。
「今だから言うとな、アマジーク。俺はお前とシーモックとはできれば戦いたくないと思っていたぜ」
「奇遇だな、ハウゴ。俺はお前とシーモックとはできれば戦いたくないと思っていた」
だが、二人はいずれどこかで相対する時が必ず来る。
パックスの傭兵と、パックスに戦いを挑む武装組織の英雄。
あの六年前の日々は、お互いは背中を預ける事の出来る戦友だった。
ハウゴはアナトリアのため/アマジークは部下達のため/現在では二人とも共に戦いを避けることの出来ない立場にある。
「……ま、仕方ないか」
「そうだな。仕方ない」
両者はこれが恐らく今生の別れであると知っている。共にどこか寂しそうな諦観の笑みを浮かべて、二人はどちらからかともなく、手を差し出した。
握手を交し、二人はお互いの肩を抱く。
「じゃあな、戦友。恐らくもう二度と会えないだろう」
「さらばだ、戦友。恐らくもう二度と会えまい」
二人は離れ、そして袂を別った。
そして事実、二人はもう二度と会うことは無かった。
[3175] 幕間その2―『早く戦争をくれ』―
Name: 八針来夏◆030a2a64 ID:e7588bfd
Date: 2008/06/11 16:53
凍結された物品を解凍することはとても気を使う。
例えば、凍結されたマグロの赤身を解凍する手順を間違えてしまった場合、赤身の組織を破壊し、細胞内の液体が漏れでてしまう。
大まかに言えば今、一つの大きな冷凍睡眠カプセルの周りにいる男達はその作業と同じ軸線上にある作業を行っている。
とはいえ、その重要度から言えば、マグロの解凍の同次元と並べるわけにはいかない。
バックスの斜陽の巨人と揶揄されるGA、ヨーロッパ支部は先日地層開発の最中に地底深くに高度な技術で建造された地下施設を発見する。如何なる記録にも資料にも載っていないその存在を、GA上層部は最終的に先史古代文明によるものと断定。
地底奥深くで偶然発見されたもの。
俗に言う先史古代文明の遺産。それは小型の冷凍睡眠施設であることが発覚。
その奥でのデータを解析した結果、今から目覚めさせようとしている女性は、信じがたいことに先史文明の生き残りという結果が出た。その彼女を覚醒させるためのチームが即座に発足。今も不眠不休でその作業が行われている。
同時にその女性が駆っていたと思われる機動兵器をGAヨーロッパは確認した。
根本的な設計は現在存在しているコアを中心に各種パーツを組み替える事によってあらゆる戦局に対応できるアーマードコア構想と告示しており、この事実は関係者を驚かせた。
だが、それら歴史的な符号よりも、GA上層部を喜ばせたのはその機体に内蔵された革新的技術の方であろう。コジマ粒子技術を搭載していないのは当然ではあるが、そのブースター関係の技術はGAヨーロッパの推進系技術を三年は飛躍させるという結論が出たのである。
そのシステムは無脚(ホバー)型とでも言うべき特異な代物であった。
高出力と低燃費を実現しなければ不可能である、地に脚を付く事を拒否した強力な推進ユニット。制動性能は現行の脚部に比べれば落ちるが、加速力/運動性能という点から見ればそれは凄まじい性能を発揮する事になる。
その機動兵器のパイロットであると思しき女性を目覚めさせる事ができれば有益な情報を幾つも得ることができるだろう。
そういった経緯からチームは幾度も上層部からせっつかれているが、実際人間を覚醒させるには慎重に慎重を期さねばならない。
先に述べたように下手な解凍を行えば組織細胞が破壊され肉体にダメージが出る。それが手足などの四肢の末端であるならばまだ問題は無い。問題は脳髄などの人間の記憶、精神に密接に関わる臓器が破壊されてしまった場合である。事実そんな事故が発生すればチーム全員が処罰の対象となるだろう。
「……だが、上手く行きそうだな」
チームの一人が安堵の溜息を漏らす。
そう、事実覚醒作業は上手く行きつつあった。細胞を破壊せぬようゆっくりと冷凍保存された女性の肉体は人間の常温の域まで温められ、既に何時覚醒してもおかしくない状態にまで達しつつある。
何千年か、どれ程の長きを氷付けにされて過ごしてきたかは知らないが、その覚醒は人類にとって大きな接触点となるだろう。その歴史的瞬間に立ち会う感動を胸に、チームの面々は唾を飲み込む。
眠り続けていた女性の瞼が揺れる。
次いでうっすらと瞳が見開かれた/自分の今の状況を確かめるように周囲を見回し/次いで、自分の四肢を見る。
驚きで目が見開かれたかのようだった。まるで本来あるべきものが備わっていない事に対し/狼狽/驚愕/そして、爆発的歓喜。
ゆっくりと彼女は立ち上がった。
チームの面々が感動で声を上げようとした時、全員が共通して背筋に氷塊を注ぎ込まれたかのような感覚を覚えた。
さながら猛虎と同じ檻に入れられた無力な餌であることを自覚したように、全員が一歩後ずさる。
「……アタクシを手錠脚錠も無しで覚醒させるなんて……、もしかしてこいつは遠回しな自殺希望とかなんかねぇ」
上体を起こし一糸纏わぬ姿を惜しげもなく晒しながら、千年の眠りから覚めた女性は剣呑に笑った。
獅子の如き黄金の蓬髪/鍛え上げられた長身の四肢は今先ほど覚醒したばかりとは思えないほど力に満ちている/体中をくまなく覆う膨大な傷跡――顔だけは完全に無傷/血と不吉を連想させる狂猛な色を帯びた赤い瞳/劣情を誘うような豊麗な肢体=しかしその場の誰もが欲情を感じる事ができない=人間は肉食獣を性欲の対象とは見なせない/さながら戮殺に酔う心の病んだ魔女。
チームの中でもっとも勇気のあった男性が恐る恐る声を上げる。
「……き、君の名前を聞いて良いかな?」
「なんだとテメェ」
真紅の双眸がその声を上げた男性を睥睨すると同時に彼女は動いた。
野獣の瞬発で、相手が腰に降ろした拳銃の存在を思いだすより遥かに早く彼女は相手の襟首を掴んでいる。驚くべきはその男性を彼女は片腕一本で宙吊りにしているという事だろう。
れっきとした成人男子を堂々たる長身であるとは言え、女性が片腕一本で持ち上げている。その光景に言葉も出ない面々を見ながら女性は不愉快そうに言った。
「……良いから記憶封印を解きやがれ。アタクシが何で大人しく一億年もの冷凍刑に処されたと思ってやがる。アタクシがアタクシの名前を思い出してぇから大人しく従ってやってんだろうが」
「……な、なんの事だ」
苦しげに呻き声を上げる男性に対してつまらさそうな一瞥をくれると、彼女は男性をその四肢から想像できぬ筋力で投げ飛ばした。機材に衝突し回りから悲鳴が上がる。
どうにかして彼女と交渉しなければならない。主任の男性ははっきりと理解する。目の前の女性は驚くべき身体能力を有しており、恐らく徒手でもこの場に居るチームを殴殺できる。だが、それと同時に彼女は先史文明の生き残りという貴重な人材でもあるのだ。警報を鳴らして部隊を呼べば制圧できるかもしれないが、それは同時に貴重な人材を失う事でもある。何としてでも交渉で解決しなくてはならない。
「……冷凍睡眠していた君を我々が覚醒させたのだ」
「そいつぁ判ってんだ。アリガト、起こしてくれてサンキュー。……って、言うと思ってんのかテメェら」
不愉快げに呟く女性は、今まで自分が眠っていたベッドに腰を降ろし、羞恥心を覚える気にもならないのか嘲るような一瞥を回りに向けている。
「質問があんだけどよ」
「……何かね?」
「地球のナインブレイカーと火星のナインブレイカー、どっちが勝った?」
「……な、ナイン?」
質問の意図が読めず、研究員の男性は思わずオウム返しに聞き返す。
不愉快そうに眉を潜める女性、ぎろりとねめつける。
「火星最強の王者、アレスの駆る<プロヴィデンス>と地球最強の王者、ハウゴの駆る<アタトナイ>のどっちが強かったって聞いてんだよ。アタクシは悲しい囚人だからなぁ、あの二人の決着が付くまで起きさせろ、どうせなら百年ぐらい刑を増しても構わねぇつってんのに、くそったれの裁判官は認めやがらなかった。……どっちが勝ったって聞いてんだ、さっさと応えろよ。でねぇと素直にお喋りしたくなるようにしてやんぞコラ」
「……しゅ、囚人?」
彼女の言葉に、チームの女性化学者が怯えたような呟きを漏らす。
つまり、自分達が目覚めさせた相手は先史文明の生き残りであると同時に、先史文明において危険因子と判断され冷凍刑という刑罰に処せられた犯罪者という事なのか。全員が息を呑む。
不愉快そうに女性は手首に印字されたバーコードを見やる。囚人番号B-24715と刻印された忌わしき紋章。
「……ああ、囚人さ。ただし、飛び切り破壊の上手い囚人て事で、LCCのお偉いさんは、いう事を聞く代わりに刑の減刑を認めたんだよ。……だからよぉ、どうせなんかあったんだろ? 何百年寝て過ごしたか知らねぇけど、強化人間をわざわざ覚醒させたんだ。さっさと殺しか壊しか、要望を言いな。どいつもこいつもぶっ潰してぶっ殺してやっから……」
彼女は笑う。初めて心の其処から愉しそうに喜悦で唇の端を歪めた。
「……早く戦争をくれ。その為の体を返せよ、アタクシの愛機、<アポカリプス>を」
[3175] 第七話『感謝の言葉は自分でね』
Name: 八針来夏◆030a2a64 ID:e7588bfd
Date: 2008/06/10 10:04
「最終確認だ。
独立計画都市グリフォンを占拠する武装テロリストを排除する」
ハウゴはスクリーン一杯に広がる都市部の画像を黙って注視したまま、エミールの言葉に耳を傾けている。
作戦目的を聞きながら思う/そういえば、作戦の背後、その政治的パワーバランスに留意しながら依頼を受けるのはとても難しいな。エミールの喫煙量も酒量も多くなるのは仕方ない事かもしれない。ハウゴとしては、今現在豊かな彼の頭髪が砂漠にならないためにもミッションを是非とも成功させなくてはならない。
「グリフォンは、基幹インフラを失い放棄された都市だ。武装テロリストはその後グリフォンを占拠、勝手に根城にしているに過ぎない」
頷きながらハウゴは移り変わる敵ノーマル=今回の作戦目標データを見る。
レーザーライフルを装備したインテリオル・ユニオン製のノーマル部隊×3の破壊が今回の作戦目標だ。
ハウゴ/かすかに飢えを感じる。
無理はないだろう。ハウゴは作戦任務が決定した二十四時間前から食事の量を三分の一に減らし、水も最低限しか摂取していない。
それはハウゴの自分自身に対する暗示とも言えた。
減量に苦しむボクサーが追い込まれた結果驚くべき集中力を発揮するように、それはハウゴにとって自らを飢えに追い込むことによって精神的な屈強さ、苛烈さを得る一種の儀式、自らを野獣に戻す為の試練であった。もちろんそれを知った回りの整備クルーやフィオナ、エミールは心配の声をかけたが、勿論ハウゴはそれらを一顧だにしない。
「この作戦はパックスからのプレゼンテーションだ。
パックス最大の企業、GAはグリフォンの復興を計画している。この作戦の成功は彼らに対して恩を売るまたとない機会だ」
頷くハウゴ。
俺は獣だ。飢えた獣だ、人間相手に敗れはしない。初陣の頃からずっと胸に刻んできた言葉を心の中でそっと呟く。
「状況は出来上がっている。後は君次第だ。宜しく頼む」
「ああ。任せときな」
フィオナ/周辺の地形図データを整理。ランガーリンガー兄弟/<アイムラスト>の兵装を装備。ハウゴの仕事は迫った作戦に備え、体調を万全にする事。そんな彼を見ながら、エミールは手元の資料に目を向ける。
「……武装は君の要望したとおりの物を準備した。……一つ、先に言っておくことがある。プライマルアーマーの有無だ」
「ん?」
エミールの言葉にハウゴ/少し怪訝そうに眉を上げる。
「先に言った通り、独立計画都市グリフォンはGAが復興を計画している都市だ。……勿論、コジマ汚染が確認されれば、汚染除去の為に余計な資金がかかる」
「……ああ、言いたい事は判るぜ、エミール」
ハウゴは陽気な笑みを浮かべた。エミールの眉間に刻まれた皺を見れば何があったか大体理解できる。
GAは恐らくプライマルアーマーを展開せずに作戦を遂行すれば、報酬の上乗せをするといってきたのだろう。勿論、戦場にハウゴを送るエミールやフィオナはそれを良しとしなかったはずだ。だが、現在経済的に貧困の域に達しつつあるコロニー・アナトリアにとっては恐らく一銭でも多く収入が欲しいはず。
ハウゴを無用の危険に晒すことに対する良心の呵責/アナトリアの全権を背負う羽目になった責任者としての自覚/その双方に押しつぶされ、結局そのことをハウゴに伝える事にしたのだろう。
「気にすんなよ、エミール」
だから、元々イェネルフェルト教授の弟子であり、今ではやりたくも無いアナトリアの責任者などという重責に喘ぐ気苦労の耐えない男の背負う荷を少しでも負ってやるために、ハウゴは微塵も不安を感じさせない笑みをエミールに向けた。
プライマルアーマーを使用せずに戦うという事は、ネクストの絶対的優位性の一つを自ら捨てるという事。被弾回避を優先的にして戦う必要がどうしても出てくる。戦術の構築を頭の中で行いながらハウゴ――不敵な表情。
「大丈夫だ。俺は物凄いのさ」
ネクスト機体<アイムラスト>。
元はアナトリアにおけるネクストの技術開発用として実験的に用意された機であり、もしイェネルフェルト教授が存命であれば、この機体は生涯戦場を知る事無く、穏やかに時間を重ねて最終的には解体という道を歩んだだろう。
ランガー・スチュアート/リンガー・スチュアート=二人の双子のおっさん整備士の心情は何処か複雑だった。
「妙な気分じゃのう、兄ちゃん」
「わしもじゃ。……最初はコイツでパーツの組み方、整備法などを知って、わしらに取っちゃ商品開発の為の商売道具で、同時に整備技術を磨くための教材で、……ジョシュアが見れば、複雑な気分じゃろうなぁ」
「うむ……」
二人が呟いたのは、かつてイェネルフェルト教授の弟子の一人であり、AMS技術の最初期からの被験者であり。
そして今やコロニー・アスピナに所属するネクスト傭兵、リンクスナンバー40<ホワイト・グリント>を駆るジョシュア=オブライエンの名だった。
アスピナも、アナトリアと同じく経済的飢餓を迎えており、恐らく同様の事情ゆえ彼もネクスト傭兵の道を選んだのだろう。
国家解体戦争が終わって、もう五年が経過。しかし頂点に立つものが国家から企業にすげ代わりはしたが、民衆に取って劇的な改変が訪れたわけでもない。武装テロリストを用いた、陰に篭もった形での戦争は未だに続いており、まだ平和とはいえない時代。
二人はしばしの沈黙の後、己らが愚痴を漏らしても仕方ないと諦めに似た悟りを得たのか、嘆息を漏らして、無理やりに笑って見せた。
「良し、武装接続開始じゃ!!」
「行くぜ、野郎共!」
オー! 行きますイキマス! 整備士達は二人の馬鹿にデカイ声を合図に一斉に拳を天へ突き上げた後、わらわらと動き始めた。
「オーライ、オーライ! はーい、ストップ!!」
「起重機起こせ!! <アイムラスト>のRB(ライトバック)ウェポン、接続を始めるぞぃ!!」
武装搭載のための作業用パワーアームが、重々しい振動音を響かせながら大型の武装搬入用トラックに積載された大型の武装を掴む。
掴むと同時にわらわらと整備士たちが近づき、フック/ジョイントを確認。全てがブルーに点灯している事を確認し、全員がOKサイン。
「ホールド完了っす!」
「右側班はイエローラインへ退避! クレーン車を寄越せ!」
右側武装の装備を預かるリンガー/口から泡を飛ばして叫ぶ。
何せ右側の武装は<アイムラスト>が装備する武装の中でももっとも重量のあるもの、もしフックが甘くて地面に落ちればエライ事になる。そんな心情を知ってか知らずか、作業用パワーアームはゆっくりとその巨大な後背の兵装を持ち上げ、<アイムラスト>の右側背部ハードポイントに設置。
同時にコネクトボルト車が接近し、ハードポイントと兵装を接続すべく接近、アームを伸ばす。
もし積載する武装が戦闘中に破損/弾切れなどの事態を起こした場合、接続ボルト内に内蔵された排除用炸薬を爆破し切り離す仕組みになっている。コネクトボルト車、ハードポイントと兵装に接続ボルトを差込み回転させて挿入。
「システム、接続完了、エネルギー供給バイパス確保、装備完了!!」
「メリエス製の射撃管制データロード完了! 統合制御体、……良し!」
「FCS補正良し、班長、OKです!」
「砲身を展開させてみんかい!!」
リンガーの言葉に、電装班は<アイムラスト>を操作。
同時に背部に装備された武装、インテリオル・ユニオンの中のエネルギー兵器のリーディングカンパニー、メリエス製のハイレーザーキャノンが展開、砲身を伸ばし、その巨大な威容を露わにする。何せ購入した武装の中でもっとも高価な武装だ、これで不備があっては困る。高負荷の代償としてプライマルアーマー突破性能に優れた高威力の光学兵装のその威容。
おおおぉぉぉぉ―――――。
展開した銃身を見て整備班の一角から感動したような声が漏れた。どこかで拍手する奴もいる。
それと同時に左側、巨大な自立誘導弾を積んだミサイルコンテナがパワーアームで持ち上げられ、、接続ボルト挿入。LB(レフトバック)ウェポン装備。
武装の射撃形態テスト。
ミサイルコンテナが起き上がり、射撃形態になると同時にカバー解放、赤い先端部を覗かせるミサイル弾頭が搭載された内部が露わになった。装弾数を増加させたスタンダードな高火力ミサイルランチャー。
一度の射撃において十八発のミサイルを放出する武装は、ミサイル系武装の天敵、フレアによる欺瞞兵器を用いるなら兎も角普通ならば非常に回避しづらい事この上ない。<アイムラスト>と背部の兵装、電子的結合。
「ミサイル、ハイレーザーキャノン、共に動作問題無し!!」
「よし、次の工程じゃい!! 武装待機状態へ! 次は腕部兵器、LA(レフトアーム)RB(ライトアーム)じゃ!」
同時に<アイムラスト>が載る整備用ターンテーブル回転。今度は機体前面が露わになる。
鋭角的なデザインのネクスト機体<アイムラスト>。かつてはこの機体はイェネルフェルト教授の弟子の一人だったジョシュアが主に載っていた。もちろんハウゴ=アンダーノアの専用機として調整された今では彼はもうコイツに乗ることは出来ないだろう。ただ、どこかで彼の帰ってくる場所を亡くしてしまうような気がしないでもなかった。
「……よし、腕部兵装の装備は機体OSにあるな、やらせてみせい!」
「はい」
感傷を振り払い叫ぶ。
スタッフが操作すると同時に<アイムラスト>は武装運搬トレーラーに乗った銃器に手を伸ばす。同時に銃身をマニュピレーターアームで補綴。腕部の掌にあるエネルギー供給部とコネクタ接続。此方は接続ボルトの必要も無く、ただ指を弛めれば外れる。
RA/メインアーム=操作性に優れた軽量型マシンガン。技術的に真新しいものは無いが、近接火力と経済的事情によりこちらに落ち着いた。
続けて左腕武装装備。左腕のように腕部補綴ではなく、固定型武装。
LA/サブアーム=レイレナード製レーザーブレード。刀身の長さを犠牲にした代わりに粒子集束率に優れた高出力ダガーブレード。
両肩/戦闘補助エクステンション=経済的事情により未購入。
火器管制データロード。
武装積載の為前屈状態だった<アイムラスト>は全武装を装備した事を確認。直立する。
上がる歓声。整備員達は派手に叫び声を上げながら頭に被っていた帽子を天井を突き破れといわんばかりに放り上げる。
叫ぶにはまだ早いし、今度はプライマルアーマー整波装置のチェックやらジェネレーターの点検、頭部光学ロックオンシステムのカメラアイ洗浄システムの点検。
此処から先が整備士の職場であり、勝利の為に必須である第一の戦場。
「叫ぶヒマァないぞぅ!!」
「歓ばずに手動かせぃ!」
GA社の輸送機が来るまで時間はまだあるが、余裕と言えるほど潤沢な訳でもない。
部下達を叱咤激励しながら、ランガー/リンガーは<アイムラスト>を見上げた。今はこの機体を完璧に仕上げて出撃に漕ぎ着ける。感傷に浸る暇は無く、明日飢えて死ぬ事より今日を戦い抜いて勝たねばならない。
休む暇など無かった。
ハウゴ――――コクピット内でカメラを確認。
脊椎にあるジャックと人工光速神経接続中――人機一体。
『具合はどう? ハウゴ』
「良い感じだ。生き残れそうだ。整備のお二人さんに感謝しといてくれ」
『……だったら、出来るだけ傷つけずに持って帰ってこい、だそうよ』
「OK、ビニール破ったばっかの新車同様に持って帰ってきてやんよ」
システムをチェックし、身体を鎧うコジマ粒子被爆からパイロットを保護するゲル状のスーツを指でつついて軽く笑う。
機体のカメラアイ/生身の生き残った瞳からの視界と義眼の映像が脳内で同時に広がる。
何時やってもネクストと接続した際の違和感は拭えないままだった。AMS適正を高める薬品もあるが、その手の薬は副作用が耐えない、なにより趣味ではない。気力で違和感を捻り伏せ、かすかに笑う。
『……でもやっぱり感謝の言葉は自分でね? ……生きて帰ってきてね』
「勿論だ、今のうちから取らぬ狸の皮算用してて良いぜ。……じゃあな、<アイムラスト>、出るぞ」
輸送機/ハッチ解放。独立計画都市グリフォンに乱立するビル群を確認し、ブースターペダルを慎重に踏み込む。中空に躍り上がる<アイムラスト>。
レーダー更新=確認/ジェネレーター=エネルギー各所に正常提供/プライマルアーマー整波装置=沈黙/ブースター=良好。
攻撃照準波検知。ロックオン警告。
頭部カメラアイ、敵の戦車部隊――降下中の<アイムラスト>に一斉に砲門を向けてくるのを確認する。
「さぁて」
戦車部隊/一斉射撃。
吐き出される幾つもの砲弾/しかし<アイムラスト>右肩に内蔵されたブースターへ瞬間的に膨大なエネルギー供給=クイックブーストによる横方向への凄まじいスライド移動=むなしく空を抉る弾頭の雨は風を抉る凶音を奏でるのみ。
臓腑を潰す加速Gを笑いながらブースターペダルを踏み込んだ。
俺は獣だ、飢えた獣だ、人間如きに敗れはしない。
まじないの言葉と共に、獰猛に笑う。
猛禽のように上空から敵部隊へ飛来、着地点にいた敵戦車を踏み潰し、その自重を以って圧殺。右腕武装/軽量マシンガンを構え引き金を引く。
猛烈な連射に伴う快音と共に凄まじい数の機関銃弾が豪雨の如く敵戦車部隊を薙ぎ払い殺戮する――爆発、炎上、戦車の装甲と避弾径始を純粋なファイアパワーで食い破り破壊。
「始めるとするか」
[3175] 第八話『魅力的じゃないか』
Name: 八針来夏◆030a2a64 ID:e7588bfd
Date: 2008/06/10 10:21
レーダー索敵更新を確認。
『敵、戦闘ヘリ部隊接近。数……十二機』
「そうか」
索敵の結果はハウゴ自身の脳髄に直接送り込まれる。相手の高度、位置、レーダーで持って逐一確認すべき情報を、まるで視覚、聴覚と同等の新たな感覚を手に入れたかのようにただ正確に理解する。
右腕武装/軽量マシンガンを選択。
ネクスト相手ならば多少心もとない武装ではあるが、しかし相手が戦闘ヘリ程度ならば問題は無い。
左肩武装/高火力ミサイルランチャー。
一発一発が優れた破壊力を持つミサイル弾頭×16を一斉に発射するミサイルは、高度なFCSによって圧倒的な面の制圧火力を誇る武装だ。
……戦場において相手の攻撃の機会を削る事こそが勝利への鍵。
軽量級ACの理想的な戦い方は常に相手の死角へ回り込み、相手の攻撃機会を削る事。
重量級ACの理想的な戦い方はその充実した火力によって相手を捕捉と同時に撃破する事。
とはいえ、理想通りにいかないのが戦場の常である。
その為に軽量級は凄まじい乱数回避性能を持ち、重量級は分厚い装甲で相手の攻撃を受け止める防御性能を持っている。
『高い火力武装を持つ』事がハウゴの基本スタイルであるのだから、正直を言えば、ハウゴはミサイルランチャーのマルチロック性能で一撃で敵を殲滅したい。
だが、其処に関わってくる問題。
このミッションでは弾薬費が支給されないという事だ。
プライマルアーマーを展開しないから追加報酬は見込めるが、確実に勝利できるミサイルを撃ちまくって赤字決算が出たのではただの阿呆である。ハウゴ/左側武装をダガーブレードにセット。
ミサイルランチャーを使用しない事を心に決め、ビル群を縫って接近しつつある敵戦闘ヘリ部隊を待つ。
かつて国家解体戦争時に搭乗していた機体では楽な相手ではない。バズーカ砲は破壊力は兎も角弾速が遅く、世辞にも命中精度には優れていない。戦闘ヘリに集中砲火を浴びれば危ない。
だが、今彼が駆る機体は、ネクスト。
「楽勝だな」
羽音が聞こえる。
高速で回転するローター音を鳴り響かせながら戦闘ヘリ部隊をハウゴは確認する。
攻撃照準波検知、ミサイルアラート。
敵部隊、ヘリ下部に設置されたガトリング砲を速射しながら接近、同時に後方に控える大型ヘリが<アイムラスト>に対してミサイル、リリース。攻撃目標がインプットされた高速飛翔体はパイロンから切り離され、白煙の尾を引きながら直進を開始。
『ミサイル接近』
「FCS、ガンモード、CIWS! 自動迎撃開始!」
FCSを近接防御火器(CIWS・シーウス)に切り替え、ハウゴの意思を離れた軽量マシンガンは機関砲弾を速射、オレンジ色の弾幕がミサイルを撃ち落さんと迫り叩き落す。中空で砕かれたミサイルは爆炎の花と咲く。その熱波の嵐を迂回しながらローター音を威圧的に響かせ接近する戦闘ヘリ群。
「被弾は少ないに越した事はねぇ」
後方へ後退しつつ、ジェネレーター出力チェック。
ブースターペダルを強く踏み込む/脚部屈伸=跳躍準備動作/ジェネレーター=咆哮/メインブースター=サブブースター各部にエネルギー供給開始。
脚部アクチュエーターがパワーを生み出し、トン単位の鋼鉄の巨人を空中に舞い上がらせる=同時に跳躍の頂点と共にブースターがオレンジ色の爆炎を吐き出し機体を上空へ押し上げた。
戦闘ヘリ群、対地攻撃ではなく、対空攻撃にシステム自動切換え――だが、元々戦闘ヘリは、そのホバリング性能と小回り、そして積載する武装による下に対する攻撃を主眼とした兵器。小型の戦闘ヘリ群が腹に抱えるガトリング砲が下を向いていることからもそれは明らか。
「入れ食い、だな……!!」
それに対してACはその機になれば対地対空をこなす万能兵器。ましてや<アイムラスト>は兵器の中でも頂点に立つネクスト機体。その気になれば戦闘機と機動戦を行う事すら不可能ではない。
防御兵器として発砲したマシンガンが今度は攻撃の為に狙いを付ける。
吐き出されるマシンガンの弾丸は戦闘ヘリ群の装甲をまるで紙でも千切るようにやすやすと引き裂いていく。
レーダー更新確認/敵機接近、新手の高度を確認する=<アイムラスト>と同じ。三時方向より接近。
速度、高度からして他の戦闘ヘリであると推測、推力上昇/<アイムラスト>は手近なビルの上方まで上がり、着地。戦場で息を吹き返すための数秒で消耗したエネルギーを回復。
同時にビル上方からマシンガン正射し接近しつつある小型ヘリを撃墜。
残った大型ヘリにロックオン。そのまま推力を挙げ前進、ビルから空中で躍り上がる。
「空中戦における格闘性能も試しておく……!!」
メインブースターに膨大なエネルギー供給/<アイムラスト>、凄まじい瞬発力で敵大型ヘリに接近=クイックブースターによるAMSの機体制御負荷が脳髄をかすかに重くした。
左腕レーザーブレードにエネルギー供給。触れえる全てを溶断する超光熱の刃を形成し、<アイムラスト>は踊りかかる。スラッシュモーション、縦斬り。
振り下ろされる光の刃はローターを焼き、装甲を飴のように切り捨て<アイムラスト>そのまま着地と共に直進=後方で爆光。
「こちらハウゴ、敵戦闘ヘリ部隊殲滅。……続けて本作戦目標のノーマルAC、本命を叩く」
『了解、気をつけて』
行く手を遮るMTを進むついでに一太刀で撫で斬りにしながらアイムラストは直進。
ビル群を抜けた先には『グリフォン』の有名な青い大河が横たわり、その中心には大きな橋が建っていた。海と繋がる巨大な運河はグリォン市民の憩いの場所であったらしいが、今では海岸にいるのは無骨な兵器達。
「真っ正直に橋渡って行く気にゃなれんな」
同時に敵攻撃目標の位置を再計算。敵のレーザーライフルの射程をデータベースから引き出す。
「……やはり、橋の先は十字砲火点、進めば良い射的の的だわな。橋は使えん。川を渡って、端から順に叩く!」
『……待って、この反応は』
フィオナの言葉にハウゴ、川沿いで機体の脚を止める。
『……情報と食い違っている?! 敵ノーマル、数六!』
「そうか、そんなもんか」
声にかすかに含まれるフィオナの狼狽の声――ハウゴ、特に狼狽も恐怖も感じず頷くだけ。
『予想数の二倍よ、やれるの、ハウゴ?』
「殺れなきゃ死ぬだろが。……良いか、フィオナ。事前情報なんぞ信じるな、当たっていればラッキー程度に考えるんだ。戦場の真実は、やはり戦場にしかない。エミールに伝えてくんな。戦いは俺に任せろ、これをネタに更にGAから一銭でも多く分捕る手段を考えるんだ、ってな」
『……わかったわ』
不安そうなフィオナの声/しかし、返事するハウゴの言葉は酷く剣呑で明るい。
右側武装選択/折りたたまれたままのメリエス製ハイレーザーキャノン=砲身展開、その巨大な威容を露わにする。
敵武装はネクストのプライマルアーマーに対して有効なレーザー系のライフルを装備している。優れた弾速を持つレーザーは回避し辛い。
ハウゴ、機体のオートブースタースイッチをONに。対岸から水面へ踏み込んだ。水上をホバー移動で前進しつつ同時にロックオンシステムをマニュアルに切り替え。自動ロックオンから眼球の動きに追随するアイリンクシステムへFCS切り替え。ハイレーザーキャノンの引き金にかかる指先を緊張させる。
「仕掛けるぞ」
水面効果で飛行より遥かに少ないエネルギー消費で水面を滑る<アイムラスト>、その挙動に対応して、敵ノーマル部隊も移動を開始。 同時にハウゴは敵の射程距離を慎重に測る。
大型のハイレーザーキャノンは威力、射程距離において敵を圧倒している。アウトレンジからの一方的な射撃戦が可能であるが、しかし此処で数の差が問題になってくる。一機を撃破しても敵はまだいる。リロード時間中に敵に攻撃されるのは面白くない。相手のレーザーを回避しつつ、敵の懐に飛び込みネクストの機動性能を生かした戦闘を仕掛けたいところ。
ならば。
ハウゴの瞳が湖面を捉える=ハイレーザーキャノン、銃口を湖面へ。
「必殺、忍法霧隠れの術!!」
各武装の中でも、もっとも膨大なエネルギー消費を誇る、高負荷と引き換えに必殺の威力を持つハイレーザーキャノンは、何を狂ったか水面に直撃した。凄まじく太い光の巨槍は湖面に突き刺さる。
もちろん鋼鉄すら融解させる凄まじい破壊力のレーザーキャノンといえど、大河という圧倒的な水量を蒸発させるほどの威力など無い。
だが、その光熱は水面に突き刺さると同時に、凄まじい水蒸気を周囲に撒き散らした。
『な、何?!』
『ええい、水蒸気で敵ネクストの姿が捉えられない、光学ロックオン不能だ、奴は何処に!!』
空気中ですら徐々に減退するレーザーが、荒れ狂う水蒸気の嵐の中でまともに直進など出来る筈が無かった。
狼狽したように水蒸気の檻から逃れようとするノーマル部隊は、しかし、その時点で既に遅きに失していた事を知る。
『レーザーが……くそ、こうも水蒸気が多くてはレーザーの減退率が、水蒸気をレーザー撹乱幕代わりに使ったのか……!!』
「いいや、だから必殺忍法霧隠れの術さ」
<アイムラスト>、水蒸気の中から霧の衣を纏いつつ凄まじい凶速で襲い掛かり、相手の死角にクイックブースターで飛び込む。
『……!! お前の横だ! 右!』
『え? あ……』
その時点で既に<アイムラスト>は敵の一機の右側の位置を占めている。
懐に飛び込まれたノーマルの横に展開していた機体に乗るテロリストの一人は<アイムラスト>に銃口を向けようとするが、しかしその位置は味方誤射の可能性在りとFCSが自動判断しトリガーをロックする。それに対して<アイムラスト>は盾にした相手ではなく、向こう側の敵をその腕部に構えるマシンガンで狙った。レーザーと違い実体弾であるマシンガンは、水蒸気の影響を全く受けない。
引き金を幾度も引けばFCSはパイロットが『至急発砲の必要在り』と要請しているものと判断し、トリガーロックを外すが、この場合そのゼロコンマ単位の遅れが致命傷になった。
なんたる狡猾であるか。
マシンガンの速射で近くに居た敵ノーマル×2を屠り、同時に必死に旋回して<アイムラスト>を狙おうとした敵ノーマルは、しかし一閃するダガーブレードでレーザーライフルを叩き斬られた。武装を破壊され戦闘能力を失ったノーマルを、奸智を働かせるハウゴは見逃さない。
「悪いが、盾になって貰おうか……!」
『こ、こいつ……!』
左腕の開いたままになっているマニュピレーターアームで敵ノーマルの顔面を掴み、そのまま<アイムラスト>は敵を盾にしつつ、再び右側武装、ハイレーザーキャノンの砲身を展開。接近しつつあった残り三のノーマルを目指して小細工無しの直進を開始する。
右肩、ハイレーザーキャノン発射。
吐き出される灼熱の巨槍は敵ノーマルを膨大なエネルギーでジェネレーターが誘爆する暇も与えずに粉砕。
同時に仲間を見捨てたらしい敵はレーザー発砲――背部に突き刺さった光熱の槍はジェネレーターに突き刺さる。だが、その動作に先んじてハウゴは敵ノーマルのホールドを解除。同時に再びビル街の影に隠れる。
『に、逃げた?!』
『……レーダーから動かな、……いや、上昇している、上だ!』
前に出て確かめようとした敵の上に影が掛かる。
ビルの上からの高角度トップアタック/降下中に離れていた一機をハイレーザーキャノンで粉砕/同時に前に出ていた相手を踏み潰し、上に乗る。何を撃っても直撃する距離だ。
「潰すぞ、往生しな」
コクピットにダガーブレードを突き込み、破壊。光熱の短刃は厳重にシールされているコクピット回りの装甲をあっさりと溶断貫通し、中に居たパイロットを原子へと還元した。
レーダー索敵更新を確認。――敵影無し。
『破壊目標の全機沈黙を確認。……お疲れ様』
「……見たか。被弾ゼロだ。あの双子爺さんを給料泥棒にしてやるぜ」
『家に帰るまでが戦闘よ? ……合流ポイントを表示します。向ってください』
「了解だ。……システムも良好。そのままあと一戦ぐらいかませそうな気分だ。……あん?」
ハウゴ/不意に妙な感覚を覚える。
自分の姿を一挙一動を観測しているような不可解な視線が自分の機を舐めるように眺めているような感覚に不意に襲われた。
本能に従い、ハウゴはシステムを移動モードから戦闘モードへ切り替え、不愉快な念を受けるその方向に対して、ハイレーザーキャノンを構える。
『ハウゴ、戦闘システムが起動しているわ。どうしたの?』
「…………様子見か、覗き見か。……仕掛けてくる様子は無しか……。なんでもねぇ、帰還するぞ」
システムを再び移動モードに切り替え。ハウゴはガイドビーコンに従って、合流ポイントへの移動を開始する。
「魅力的じゃないか」
砲身を向けられた遥か彼方にその女は居た。
膝を折り曲げ、屈伸する待機状態のアーマードコア。
レイレナードの標準ネクスト<アリーヤ>をベースにした流線型のネクスト/左肩=高威力プラズマキャノン/両肩エクステンション=膨大な光量でカメラを焼き、ロックオンを封じる特殊閃光弾/右腕=鋭角的デザインのマシンガン/左腕=近接接近戦を嗜好する彼女の要望を満たすために開発された、高負荷と引き換えに破壊力と刀身の長さを両立させた『月光』の名を冠する大型レーザーブレード/近距離接近戦を想定したネクストAC=<オルレア>。
黒い短い髪/抜き身の刀身を思わせる冷え冷えとした雰囲気を纏う女/鷹のように鋭い眼光/サーベルのようなすらりとした長躯/リンクスナンバー3=通称『鳥殺し』アンジェ。
「随分と、随分と魅力的な奴じゃないか、ベルリオーズ」
『……GAに与するネクスト傭兵。……それほどか』
「今すぐにでも<オルレア>を起動させて追いかけたい気分だ」
耳元につけた通信用のヘッドセットで通信を続けつつ、アンジェは手に提げる双眼鏡でまるで恋するかのように喜びに満ちた瞳で戦闘区域から離脱する、<アイムラスト>を監視する。
戦闘行為を楽しむアンジェではあるが、その本質は『オーメルの寵児』セロとは大きく異なる。
彼女は死合いに飢えている。彼女がもっとも嗜好する戦いとはお互いに肉と命を削りあうような壮絶な死闘であった。今や彼女を倒せる可能性があるとすれば自分と同じくレイレナード社に属する最強のリンクス、ベルリオーズが駆る<シュープリス>か、イクバール社に属する『イクバールの魔術師』、リンクスナンバー2のサーダナーが駆るネクストAC<アートマン>か。
だが、今眼前で繰り広げられた戦闘光景は彼女の背筋を震えさせるに足る物だった。もちろん、強者と死合う歓喜によって。
『……アンジェ、砲台のパーツ隠蔽作業、完了しました』
「了解した」
彼女の本来の任務は『グリフィン』の各所に隠蔽された砲台の隠蔽作業の護衛でありハウゴが撃墜したのはその作業を隠すための捨石。 その任務内容もあくまで『念の為』程度でしかない。魂を削るような死闘を好む彼女としては本音を言えば拒絶したいところだったが、ネクスト傭兵のその実力の査定も含めての任務であった。
「では、各員撤収だ。……奴の戦闘データは取っておいた。後で再確認する」
『了解だ。お前にそうまで言わせる相手。私も興味がある』
通信を切り、アンジェは<アイムラスト>が去った方向を見据えながら、薄く笑う。
「刃を交える機会を楽しみにしているぞ、アナトリアの傭兵」
[3175] 第九話『なぜなにパックス』
Name: 八針来夏◆030a2a64 ID:bda3c62a
Date: 2008/06/13 19:16
「みなさんこんにちわ、なぜなにパックスの時間です」
煙草を一本摘み、紫煙を燻らせながら椅子に腰掛けた人物/囚人番号Bー24715とかつて呼ばれた女は椅子の前、相対する席に座っている不健康そうな肌色の孔雀頭女に薮にらみの視線を向けた。大概の男であればその視線の奥底に潜む『本物』の気配に背筋を寒くさせる圧倒的な暴の気を感じ、離れていくだろう。
もちろんそれは、彼女にとって慣れた至極当然の反応であり、彼女のその暴の気に触れて平然としていられるのは彼女と互角かそれ以上に色濃い暴の気を纏った一握りの怪物しか存在しない。
そのはずではあるのだが。
「……ところで女囚君。一応この時代は慣れたかね?」
「今度そういう呼び方したらテメェの五体をばらして綺麗に並べてやんよ」
かなり失礼な呼び方に囚人番号Bー24715はぎろりと相手をねめつける。
日光に余り当たらない人間特有の病的な青白い肌/黒縁の眼鏡/こげ茶色の長い髪を後ろでくくり、まるで孔雀の羽のように広げた派手な髪/全身を覆う白衣/陰気な外見に見合わず、こう見えてネクストの戦術理論に関する提唱者であり、オリジナルリンクスの一人でもあるという二足の草鞋を吐くGAヨーロッパの要人/リンクスナンバー22=ミセス・テレジアが、彼女の名前であった。
そう、ミセス。こう見えて既婚者である。
「では、なんと呼ぶべきかな?」
囚人番号Bー24715は古代先史文明の生き残りであり、また一億年という信じがたい長期間の冷凍刑を科せられた犯罪者でもある。だが、GA社は彼女の存在を稀有のものとし、彼女の駆るアーマードコアにコジマ技術を付与し、四十一人目のリンクスとして登録する事を考えているらしい。
そんな彼女に対して学術的な興味を持つものは多いが、しかし私人として彼女と接する人間は事の他少ない。彼女自身の持つ経歴――犯罪者という事実を鑑みれば仕方ないかもしれないが。
ゆえに、彼女=ミセス・テレジアはGA内でも奇人変人と称されるだけはあり、気兼ねなく彼女に話しかける稀有な例であった。
囚人番号Bー24715は彼女の言葉にぶっきらぼうに答える。
「……プリス=ナーだ。プリス=ナーが、良い」
「囚人(プリズナー)、かね?」
確かに彼女の実質を表した名前だとは思ったが――テレジアのその反応に対する囚人番号Bー24715=自称プリスは目を細めて剣呑に笑う。形良い細い顎、唇に覗く歯は何故か鮫を連想させる。
「アタクシは常日頃から思ってんだが。……男って奴はな、鼻濁音に対して暴力の響きを感じる生きモンだ」
「ほう」
「ド○とか、ゲル○グとか、名称に鼻濁音の付く名前はどいつもこいつもバイオレンスな響きが感じられてアタクシは大嫌いだ」
「バイオレンス、ねぇ」
むしろ彼女自身がバイオレンスの塊のような経歴と行動を起こしている。
覚醒時にはスタッフに対する暴行を行い/会見を求めるGA上層の人間に暴行を行い/GA社のみのパーツしか使えないというスタッフに暴行を行い/GA社本社施設の名前が『ビッグボックス』であることに意味も無く大暴れし――ここまで暴行を連発されるとテレジアとしてはいっそ清清しいとすら思える。
「いいか、アタクシは乙女だ」
テレジアの本音を言えば乙女という言葉から一番かけ離れた存在が彼女であったが、勿論自分が可愛いので正直な発言は控えた。
「乙女は可愛い方がいい、だからアタクシは自分の名前は可愛い半濁音を多用するんだよ」
「はぁ」
彼女の機体名は<アポカリプス>。確かに鼻濁音は一文字も無く、半濁音は二文字使われている。だが、そもそも<アポカリプス>の言葉の意味はいうまでも無く『黙示録』だ。これをかわいい名前と思っている彼女の感性はちとぶっ飛んでいる。むしろ相手に対するプレッシャーたっぷりのドスの効いた名前というのがテレジアの正直な意見であった。
しかし常人には理解しがたい拘りではあるが、戦士とはそういうものかも知れない。
経緯は聞いている。一億年という計り知れない刑期の減刑を条件に政府の傭兵となる――明日をも知れぬ彼らレイヴンならば、形の無い偉大なるものに縋りたくもなるのだろう。
「では、可愛いプリス」
「おう」
(……あ、殴られるかなと思ったのに殴られなかった)
テレジアはついつい出てしまった自分の脊椎反射的な発言に対するリアクションが実に普通だったので拍子抜けしながらも手元のレポートに目を落とした。
「最初に言ったとおり、本日はパックスの各企業に対する理解を深めてもらおう」
「そんな話だったなぁ。……何処から始めるんだ?」
発言に対するテレジアの言葉は無い――ただ無言でスイッチを押せば、背後にあるスクリーンに画像が展開される。映像に映るのは巨大なパイプによって支えられる異様な形状のビル。
「レイレナード社。……コジマ粒子技術の専門機関『アクアビット』と提携する巨大企業だ。本社施設ビル『エグザウィル』に居を構える、六大企業の中でも尤も新興の組織であり、そして尤も勢いがあるといえるね。……所属するリンクスは……」
「ナンバー1リンクス、『ベルリオーズ』、ナンバー3リンクス『アンジェ』を有し、ネクスト戦力は各企業中最大。パーツの特性は高機動型、瞬発力を高めた構成が多い」
おや、と目を見開くテレジア。素直な賞賛の念を抱きながら感心したように呟く。
「正直、知っているとは思わなかったな」
「ぶつかるかも知れねぇ相手の事前情報の確認は必須だろうが、ボケ」
彼女は企業体に関する事は全く覚えていない。だが、もしネクスト戦力としてGAの戦闘部隊に組み込まれることになれば、いつか彼らとも当たる事になるかも知れないと考えているのだろう。裏を返せば彼女の興味は戦うこと、そして勝つことにしか向いていないとも言えるのか。そう考えながらテレジアは端末を操作する。
「BFF社。……長距離系の武装に代表される高精度武装、また長距離索敵システム、レーダージャミングの技術などに定評がある。……この企業は強引な買収吸収合併、M&Aを繰り返しており、企業では珍しい単一企業で形成されている。また本社機能の全てを特別艦クイーンズランスに集中させている。……此処を落とせばBFFは終わりだが周囲にはネクスト機体に重厚な護衛艦隊がいる。落とすのは難しいだろうね」
「ナンバー5のリンクス『女帝』メアリー=シェリー、ナンバー8の王小虎の二人がBFF軍部における実質的指導者だな。まあネクストは近づけば終わりな長距離アセンブリだが……」
「そもそも近づかせないからこそ女帝だからね。
……で、三つ目。インテリオル・ユニオン。連合(ユニオン)と名乗っているだけあって、ここは前述のBFFと違い三つの主軸となる企業で構成されているな。……高い技術力で知られるレオーネメカニカ。レーザー技術のリーディングカンパニー、メリエス。アクチュエーター部門の雄、アルドラ」
「……以前、こいつらのアセンブリを確認したが、基本的にレーザー兵器が多いな。……リンクナンバー9のサー・マウロスク、アルドラのシュリング、戦績を見る限りじゃこいつらがやばそうか」
「そうだね。
……レイレナード、BFF、インテリオル。この三つの企業体こそが、自分らGA社、ローゼンタール、イクバールの三つの企業体連合の敵対者に当たるな」
テレジアの言葉にプリスは面倒そうに欠伸を漏らした。
「……凝りねぇこったな」
「どういう意味かね?」
まるで懐かしむように/誰かの愚かさを嘆くように/プリスは目を閉じて自嘲的な笑みを浮かべる。
「……アタクシが居た時代も似たようなモンだったってんだよ。……企業間で覇権を争う経済戦争。何時果てるとも知れない永劫の食い合いだ。愚かさはここでも変わらねぇな」
「そういうものかも知れんね。案外この時代と君らの時代も繋がっているかも知れないのだから」
プリス=怪訝そうに、初めてこの女性の発言に注目すべき点があったかのようにテレジアを見る。
テレジアは、脊椎のジャック=リンクスの証、AMSの端末を見せた。それはプリスの脊椎にも儲けられた人機一体のための端末。
先史古代文明にも存在していた技術と全く同じ技術が現在にも存在しているという不可思議。
「プラス、だったかね。君たちの言う強化人間というのは」
「ああ。……まあ、ダイレクトに機体を操るって点じゃAMSと一緒だが強化人間はもっと徹底しているな。……筋肉、骨格、果ては内臓の殆ど全てが擬似組織。極めつけは珪素神経網」
「高Gに耐えるための生体改造か。徹底している、ね。文字通りのサイボーグという訳だ。
……だが、私は正直果たしてこれが偶然なのかとも思っている」
「へぇ?」
プリスの呟き=興味深そう。
「……ネクストと機体を直結させるアレゴリーマニュピレイトシステム、通称AMSは最初医療目的に作られた。……しかし、その精神負荷は凄まじく、人を選ぶため軍事技術に転用された。
……逆じゃないだろうか? AMSの開発者、イェネルフェルト教授は君のような強化人間の知り合いが居て、その彼の身体を調べ、AMSを医療技術として完成させたんじゃないだろうか?
いるのかもしれない、と思うのさ。……プリス、君と同様に古代先史文明の生き残り、君と同様の強化人間が、今の世界に、さ」
ハウゴ=アンダーノアは<アイムラスト>のコクピットの中で、くしゃみをした。
はて、風邪か? と首を傾げる。戦闘が終了する今の今まで自分の肉体の不調に気付いていなかったのか。
通信機の向こうからその音声を聞いていたフィオナ――自然と少し心配そうな色が声に含まれる。
『大丈夫? ハウゴ』
「いや、問題ねぇ」
身体のセルフチェックを済まし、ハウゴは軽く肩を竦めて笑った。
「どうやら、どっかの誰かが俺の噂をしているらしい」
そう呟いた後、ハウゴは上空を見上げた。
アナトリアのネクスト傭兵――初陣から既に二戦を繰り広げ、共に生還したハウゴ駆る<アイムラスト>は今回、初めてGA、ローゼンタール、イクバールの三者と相対するレイレナード陣営の一社『インテリオル・ユニオン』の依頼を受け、レオーネメカニカの新型発電施設『メガリス』を制圧した敵ノーマル部隊を殲滅し終え、戦後の一息を付いている真っ最中だった。
空を見上げてみれば、其処には数十機のレオーネの特殊部隊を満載したヘリ部隊が接近しつつあった。彼らの突入を阻む十数基の強力なレーザーキャノンは既に電力提供を停止させられ、その砲身が火を噴くことは無い。
『……今回は楽で良かったわね』
「前回のミッションが激しすぎたって気もすっけどよ」
苦笑しながら笑い声を漏らすハウゴ。
前々回のミッションはまだ問題が無かった。GA『イオシーン発射場』に対して特殊潜水艦が放出する自立型自爆兵器の迎撃ミッションは、風に浮くほどの軽量でありながら爆発力を持つ――それを只管に砕く作戦だった。
問題は前回のミッションである。
GAの新型ノーマル工場を占拠した敵部隊の撃滅が作戦目標だったのであるが、しかし問題はその新型ノーマルの武装であった。
「……まさか敵ノーマル全部が全部、ラージミサイルこと通称核ミサイル装備機だったとはなぁ」
『閉所だから被弾回避も困難。障害物も多かったから至極危険な状況戦。咄嗟にロックオンシステムの最優先対象をミサイルに切り替えたのが効いたわね』
「いきなり本作品中最難易度のミッションだもんなぁ……」
『? なんの事?』
「いや、何でもねぇさ。それより、エミールの方は大丈夫なのか?」
ハウゴは傭兵であり、戦闘が仕事。エミールは任務の受諾/及び各企業との軋轢を避け、敵ではないという立ち位置を保持しなければならない。ハウゴにもエミールが今行っている外交的交渉が至極危険なものであると理解できる。
なにせ敵対する企業体の依頼を引き受けたのだ。GA/ローゼンタール/イクバール――バックスの三社と必ずしも同調行動を取るわけではないアナトリアと言えども快く思われるはずがない。
『……現在GAの人間との交渉で忙しいわ。貴方には余計な心配をかける必要も無いから黙っておいてくれって。
……でも、エミール楽しそう。どうもね、彼、世界を支配するバックスに対して交渉し譲歩を引き出すための外交がなかなか痛快らしいのよ』
「危険な趣味だな。……そういう趣味は俺も大好きだが」
アナトリアが今現在一銭でも多い状況であることはまだ変わらない。ハウゴが任務を三度達成した事により、アナトリアの経済は徐々にプラスの方向に向きつつあるが、それでも、だ。
彼は彼なりの戦場で戦っているという事か。ハウゴはAMS接続を切断し、機体を迎えの輸送機の侵入ライン近くで待機させる。今からアナトリアに帰還。その後に純水洗浄施設で機体に付着するコジマ粒子を汚染除去し、その後はハウゴ自身の滅菌。暫くは愛機の中で篭もりっきりだ。
「あいつもあいつなりに真剣なんだな」
輸送機が回収高度に接近。<アイムラスト>、推力を挙げ、トン単位の鋼鉄の巨人を空中へと飛翔させていく。高度、軸あわせ、良し。
後部ハッチに侵入し、機体を屈伸させる=ハッチ内の固定ワイヤーが<アイムラスト>を拘束。同時にハッチ閉鎖開始。
「回収された、後の事は任せるぜ」
『了解。お疲れ様、帰りましょう』
機体システム、パイロットの生命保護を残し全てオフに。AMSの人工光速神経を引き剥がし、電源の落ちた<アイムラスト>の中でハウゴはゆっくりと目を閉じる。
エミールは戦火の及ばぬ戦場にいるが、その身にかかる負担はきっとハウゴ以上だろう。
それでもハウゴには彼は何も言わない。きっと何も言わぬまま、ハウゴの勝利を最大限生かすべく努力している。ハウゴが勝ったとしても、それでバックスの恨みを買えばそれまで。バックスの恨みを買わずともハウゴが落とされればそれまで。互いに一方が破綻すればそれまで。
「危険な、綱渡りだ」
呟きを漏らし、考えても仕方がないと割り切ると、ハウゴは目を閉じ、意識して睡眠を取る事に務めた。
[3175] 第十話『全て砕いてやる』
Name: 八針来夏◆030a2a64 ID:bda3c62a
Date: 2008/06/13 19:23
レーザーブレード。
近接戦闘、それも撃つよりも殴る方が手っ取り早い超至近距離戦での使用を想定された兵装。
溶断用レーザーバーナーを祖先に持つこの武装の期限は古く、国家解体戦争以前から一部の傭兵達を始めとするによって愛用されていた。
高威力/短射程=扱い辛いという癖の強さが腕に自身のあるレイヴンをはじめとするパイロット達の挑戦心をくすぐったのである。
高熱の重金属粒子を収束させ振るわれる光熱の刃の威力は筆舌に尽くしがたい。
ネクストの絶対的な防御システム、プライマルアーマーによる粒子装甲ですら一撃で破壊/貫通/減退させ、致命的な損害を与える事ができる威力を有している。いかな複合装甲でも溶けた飴のように溶断するその威力は一撃必殺の威力を有するのだ。また全体的に機体負荷も少なく、武装積載量の兼ね合いをさほど気にする必要も無く装備することが可能だ。
もちろん、欠点も多い。
レーザーブレードはとにかく射程が短い。それゆえに使用する機会が他の火器類に比べ極端に少ない。
また使用頻度の少ない武装を選択するよりも、二つしか無い腕部ハードポイントを両方射撃武装にしておいた方が総合火力は増す。
一撃必殺を狙う事が出来る武装だが、しかしその扱いには習熟を要する。
技量の低い人間は、両腕武装を用いたほうが良いと言うのがレーザーブレードに対する基本的な評価であった。
「ですから。わたくしは両腕とも銃火器にした方が良いと思うのですわ」
そんなわけで。
デュリース=カントルムの言葉に対して、ミド=アウリエルは効果的反論を述べる事が出来ない。
ブリーフィングルーム/薄暗い室内の大きなプラズマディスプレイには今回の戦闘シュミレーションの結果が出ている。
映っているのはミドのネクスト機体<ナル>が膝を突き、機体各所から黒煙を噴出している姿=それも二対三での複数戦闘で彼女の機体は真っ先に撃破される結果となった。
ネクストAC<ナル>/軽量型ネクスト機体/右腕=機動戦闘を想定したエネルギー消費を抑えたレーザーライフル/左腕=粒子収束率を下げた代わりに長大な刀身を持つロングブレード/左肩=横方向への散布型ミサイル=高速接近し、レーザーブレードを生かす道を求めたネクスト機体。
一言で言うならば、火力が脆弱。正面から撃ち合うならば両腕を火砲型に切り替えたほうがいい。
今回の試合ではレオハルトのネクストAC<ノブリス・オブリージュ>とミヒャエル・FのネクストAC<カノン・フォーゲル>に対してオーメル在籍の三名で挑みそして敗北してしまった。開始の直後に一瞬動きに隙を見せた彼女の機体に<ノブリス・オブリージュ>の六連装ハイレーザーが直撃して一撃で戦闘不能状態に陥ってしまったのだ。
三対二の勝負が瞬時に二対二に移り変わる。
彼女の味方であり、リンクスナンバー6=セロは戦闘終了後『一対一なら負けなかったよ』とだけ残して自室に戻ってしまっている。言外に篭められた意図は明白だ。足を引っ張ってしまった。
ミド=自然と表情が暗くなる。
「……別に貴方を責めている訳ではありませんわよ、ミド」
デュリース=頬の横の縦ロール/どう見てもドリルを指で弄りながら苦笑しつつ言う。
差し出される資料はこれまでの戦闘でミドがあげた戦果のレポート用紙。
「ネクスト機体であるとはいえ、流石軽量型を選択するだけはありますわね。……これまでの戦闘での被弾率の少なさは特筆すべきですわ。……ただ、正直な話を申しますと、いつか当たり負けすると思いますのよ」
軽量型ネクストだけあり、機動性能に関しては<ナル>は優秀な性能を発揮している。
だが、回避率に関してはセロのネクスト機体<テスタメント>、オーメル在籍のリンクスナンバー13=パルメットの駆るネクスト機体<アンズー>に劣っている。
両者が三次元機動戦闘を得意としているのに対して、ミドは近接戦闘を嗜好する癖がある。そこが如実な差となって数値に表れているのだ。空中を飛びながら相手のネクストに斬撃を加える事は容易ではない。技量の追いつかない彼女ではその高みにはまだ達してはいないのだ。それ故、<ナル>の機動はどうしても地に脚を付ける二次元的機動が多くなってしまう。
「……まあ、自覚はなさっているようですし。……良く考えてくださいませ」
軽く微笑むデュリース=この話はこれで終わり、と告げるように笑った。
ミドはリンクス養成所に在籍していた時点では別段レーザーブレードに過度の思い入れがあったわけではない。
むしろ自分が戦闘者としては素人に毛が生えたのと大差ないことを自覚しており、素直に他の先達の忠告に従って両腕に武装を装備させていたぐらいだった。
彼女が、接近戦を嗜好するようになった理由はただひとつ。
あの日、リンクス候補生だった自分と、もう一人、ハウゴを狙う武装テロリストに養成所が襲撃された時だった。
ハウゴが<アイムラスト>を駆り、侵入してきたノーマルに対して戦闘を行った一部始終を彼女は見ていたのだ。
ただのレーザーブレード一本であれほど驚くべき動きが出来るのかと、自分の目を疑った。レーザーブレードは基本的に扱いにくい武装であり、使いこなすには錬度がいる。だが、<アイムラスト>の動き。
一目で魅せられた。ああなりたいと思ってしまったのだ。
「……今の私では分不相応な夢だけど……」
頭ではそれはわかっている。判っているが胸の奥に染み付いた憧れをそう簡単に手放したくないのも確か。
ミド自身に足りないものは、結局、形である結果だ。今のアセンブリを変えたくない、そう思いながら彼女はシュミレーターに腰掛けた。電源をONにして表示させるものは他企業のネクスト機体の戦闘データリプレイ集。その中でも尤も近接戦闘を嗜好するリンクス達のデータを再現。
「あら」
ふと、そこでミドは微かに首を傾げた。
その戦闘データには企業に所属するネクストAC/並びにリンクスが記入されているが、そこで二つの空白を見つけた。
リンクスナンバー23/リンクスナンバー29の欄を埋めるUnknownの文字。
国家解体戦争に参加したリンクスは26名。ナンバーからして不明の一人は国家解体戦争時に失われたロストナンバーだ。
ロストナンバー=バックスの力の象徴であるネクストの消失を隠すのは、リンクスと彼らが駆るネクストが絶対的な力の象徴である事実を護る為の処置なのだろう。
だが、自分と同じリンクスが一人知らない場所で存在を抹消されているのだ。
ミド=何処か恐ろしく感じる。バックスにかかればリンクスなど存在など無かったように消去されるという事実を改めて教えられたかのようだ。
「興味があるのか?」
ディスプレイの失われたリンクスに対し、考え事に耽っていた為か。ミド=背中からかけられたそのぶっきら棒な言葉に思わずびくりと背筋を伸ばしてしまう。思わず後ろを振り向いた。
壁に背を預け、つまらなさそうな表情でガリガリとロリポップを齧る音を立てる中肉中背の青年。
黒目黒髪/右目を覆い隠すような長い黒髪/何処か不愉快そうな全てに不平不満を抱くかのような倦怠感を纏ったような雰囲気/ミドを見下ろす冷たい目/リンクスナンバー6=『オーメルの寵児』セロ。
その冷たい声色に、ミドは意外そうな表情を隠せない。
現存するリンクスの中でも最高位のAMS適正を誇る彼は一言で言えば『傲慢な天才』だった。
ブリーフィングでもろくに意見を出さず、他人と交わる事を好まず、また戦闘においてもオペレータの指示を無視する事が甚だ多い。
だがそれでも彼の戦闘力はミドの遥か上を行く。その圧倒的な戦闘力から横暴を見逃されているようなものだ。彼のオペレートも勤めた事があるデュリース嬢から何度愚痴を聞かされたことか。
だから、その言葉にミドは驚いた。まるで望めば質問に答えてくれるかのような発言など初めて聞く。
「は、はい」
「そうか」
口元に咥えたロリポップをダストシュートに放り込むと、セロはゆっくりとミドの座る椅子に手をやる。
「ロストナンバー23、コイツはレイレナード社のコジマ粒子研究機関……アクアビット所属のリンクスだった。
リンクスの名前はネネルガル、使用していた機体名は<アレサ>だった」
「……詳しいんですね」
その言葉に一瞥をくれるセロ=その眼光が貴様は喋るなと告げているような冷たい色を放っている。思わず息を呑むミド=同時に察する/セロが求めているのは話の聞き手であって、質問をする相手ではないのだと。沈黙を護り、ただ相手の発言に任せておいたほうが良いと理解する。
「……<アレサ>プロトネクスト。
プロトネクストってのは現在のネクストのモデルケースだった機体だ。高い精神負荷を要求するAMSだが、コイツが要求するAMS適正は半端じゃない。機体との人機一体を、搭乗者を廃人にすることすら厭わないまでに深く行うAMS、それがもたらす過度の精神汚染に、大地を百年は腐らせる高濃度のコジマ汚染被爆を引き起こす。性能は絶大だったが犠牲が大きすぎる機体だった。
……そのためたった一度の出撃でパイロットは機体に繋がれたまま目覚める事は無かった」
「……詳しいんですね」
驚いたような言葉を漏らすミド。
恐らく企業に属する人間でも、かなり深くまで食い込まなければ知ることの出来ない情報ではないだろうか。
「兄妹なんだ。僕のたった一人のね」
「それは。ごめんなさい」
短い言葉に込められた苦しみと哀しみ。ミド=反射的に頭を下げる。
ふん、と大して気にも留めぬように呟くセロはそのままミドのシュミレーターの向こう側に腰掛ける。え? と思わずミドは首を傾げた。傲岸不遜で規定のトレーニングすら嫌がる天才児セロ、他者との協調性を母親の腹に置き忘れたような彼が、まさか自分より格下であるミドのトレーニングの相手をしてくれるというのか。
ありがたい話ではあるが、俄には信じられないと言うのが実際の所か。
困惑して何も言えないミドに、セロ=不機嫌そうにミドを睨み付けてくる。目で早くシュミレーションを始めろと言っているような薮睨みに、ミドは慌てて戦闘シュミレーターを稼働させた。
「君は下手だな」
言い返すことが出来ない/ミド=悔しそうに唇を噛み締めて俯く。
実力に過度の開きがあることは自覚してが、この戦闘ではその差がハッキリと出た。セロの<テスタメント>に結局ミドの<ナル>は一発も叩き込む事が出来ずに敗北してしまった。
やっぱり、腕部武装を両方とも火器に切り替えるべきなんだろうか。
「もう少しオーバードブーストを戦術に取り込んでいくべきだろ」
だから、ミドは驚いたような表情を浮かべる。頭ごなしにミドを嘲笑する言葉が飛んでくるものと思っていたら、思ったよりも遥かに冷静な意見が帰ってきた。困ったように思いながら、セロの言葉に答える。
「……えと、はい。……ですけれど、オーバードブースターを使えばPAの粒子装甲減退を……」
「君は馬鹿か。いや馬鹿だ」
セロ=鼻で笑う。
「戦闘は結局どこかで賭けに出る必要がある。……レーザーブレードを主体として斬りこんで行くなら、まず相手の機動を読み、いち早く接近戦を挑む事だ。……オーバードブースターの高速度によって発生する空気摩擦で確かにプライマルアーマーが減退し装甲は薄くなるが、だがレーザーブレードを命中させる事が出来るなら、博打としては中々悪くない」
きっと特に意味も無く馬鹿にされるものとばかり思い込んでいたミド=その思ったよりも理論的な発言に、なるほどと呟く。
現在のネクストは基本的に両腕に火器装備をしている機体ばかり/だが如何なる長獲物も殴りあう距離になれば無効化できる。納得したように頷いた彼女は、そこで懐かしい言葉を思い出す。
「驚きました」
「……なにがだ」
懐かしい言葉/リンクス養成機関の同僚、ハウゴとのブリーフィング時に彼女はレーザーブレードを有効に使用したいのならオーバードブースターを有効に使うことを心掛けろといわれていた事を思い出し、つい懐かしさで顔を綻ばせる。
「……わたし、以前リンクス養成機関の同僚に、……今はアナトリアの傭兵をやっている彼に、似たような事を言われたんです。ブレードを活用するなら、もう少しオーバードブースターを使用するようにと」
その言葉を聞いた瞬間だった。
セロは不愉快そうに細めていた瞳を更に細める。への字に歪んでいた唇から歯を覗かせた。
ミドはその彼の雰囲気の突然の変化に思わず息を呑む。気付かぬうちに肉食獣の顎に自らの頭を差し出す愚考を行っていたような感覚に息を呑んだ。
「僕が、あいつに似ているって言うのか」
「あ、あの」
「黙ってろ」
氷のような一言でミドの言葉を無視すると、セロは荒々しく立ち上がりそのまま苛立ちを隠しもせずシュミレータールームから立ち去った。
セロ/一人、オーメルの人間でも限られたものにしか使用を許されない特別なエレベーターの中で苛立たしげに舌打ちを漏らす。
らしくない、自分としても実にらしくない行為をしたという自覚があった。ミドの事など実際どうでもいいし、彼女のシュミレーターになど付き合う気などまったくなかったのだ。
そういう気になったのは何故なのか。
「……ネネルガル」
ロストナンバーリンクスの名前を思い出しながらセロは呟く。
恐らく企業の中で失われたロストナンバーの事を知っている人間は数少ないだろう。だからかもしれない。ミドに彼女の事を話したのは、同じように彼女の事を知っている人間を少しでも増やしたかったのかもしれない。
セロは新しく用意したロリポップを咥えながら、かつての事を思い起こす。ネネルガルは自分と同じくナインブレイカーをモデルジーンとした、人為的にAMS適正を極限まで高めた戦闘兵器。
対イレギュラー兵器、『ナインボールセラフ』を落とした『あの男』を元にした兵器のパーツの一つとしての己。
自分と同じ双子の片割れである彼女。
「……僕は強い。あの男よりもだ」
最強として生み出された己と、最強である己のプロトタイプである『あの男』。あの男を落としてこそ、自分は名実共に自分の生み出された目的を完遂できる。
エレベーターが停止し、扉が開く。
「聞こえるだろ」
セロは怒鳴りながら/最下層ブロックの巨大な空間に脚を踏み入れる。
ここは許されたものにしか入る事ができない空間。その空間の主とも言うべき存在がそこにあった。
巨人/四肢を厳重に鎖で縛り上げられたアーマードコア。
ネクスト機体=だが、その技術に通じる人間が居ればその異常さに気付くだろう。
平均的なネクスト機体を大きく逸脱する純白の巨人。
膨大なPA整波装置=整波装置が吐き出す膨大なコジマ粒子はただその巨人が動くだけで大地を腐らせ草木を枯らし命を無慈悲に奪う力を持つ。
機体各所が内蔵する巨大な推力装置=その膨大な推力は、内部搭乗者の頚椎を平然とへし折るほどの圧倒的加速力をもたらす。
AMS適正『SS+』の人間が搭乗する事を前提に設計された狂気的操縦機構=その致命的精神汚染は搭乗者を発狂死させても構わないという悪夢的発想――パイロットを使い捨てても構わないという考えによって成り立っている。
機体各部には武装設置のためのハードポイントがあるが、まるでその火を宿さぬ死に絶えた巨人が武装を帯びる事を恐れるかのように全て外されている。
パイロットは存在しないにも関わらずオーメルの誰もがこの機体を恐れた。
「聞こえているだろう、グローバルコーテックス。ナインブレイカーを発見したにも関わらず、何故僕に奴を撃たせない」
返答は無い=当たり前。
この機体にはパイロットは存在しないし、メインシステムも稼働していない。それでもセロは巨人を睨み付ける。
己の為に作り上げられた、ドクターコジマを名乗る『偉大なる脳髄』の技術提供を元にオーメルが開発した、ネクストの開発途中に産み落とされた異端児、プロトネクスト<バニッシュメント>を睨みつける。
巨人は黙して語らず、またその予兆も無い。
セロは苛立たしげに歯を噛み鳴らすと、元来たエレベーターに爪先を向けた。
「待っていてくれ、ネネルガル。……そう遠からぬうちに、全て砕いてやる」
[3175] 第十一話『恋する乙女のようでした』
Name: 八針来夏◆030a2a64 ID:bda3c62a
Date: 2008/06/13 19:33
レイレナード本社施設『エグザウィル』の形状は他の類を見ない、非常に特徴的な構造をしている。
巨大な湖の中央に座する、上空から見れば円錐状に見える本社ビルは、下部に港湾部と飛行場を有しており、またその周辺を膨大な数のエグザウィル直衛艦隊によって防御されている。
各種本社業務を担当するのは港湾部の奥であり、レイレナードの本社施設自体は半円錐の傘の下に存在している。
この傘がレイレナード社を防御する巨大な防護幕であるのだ。
巡航ミサイルの直撃にすら耐えうるといわれる複合セラミックスで形成されたその傘は、八本の巨大支柱の張力によって牽引されている。この傘が心臓とも言うべきレイレナードを守護する鉄壁の天蓋、たとえ如何なる攻撃を受けようと、その物理エネルギーは八本の支柱にそれぞれ分散して受け流され、更にそれらの振動は熱エネルギーに変換され大気に放出、全ての衝撃を無効化する性能を持つ。
ゆえにレイレナード本社施設を破壊しようと試みるのであれば、その八本の巨大支柱の接合部を破壊する事が必要になる。
もちろん言葉にするのは簡単であるが、実行しようとすればその困難さは筆舌に尽くし難い。パックスの企業体の中でも尤も勢いを持つ新興企業レイレナード社の艦隊とそれに付随する精鋭ネクストを相手取りながら『エグザウィル』を陥落させる事は不可能に近いだろう。
長距離からのアウトレンジ攻撃による効果は全く期待できず、また破壊しようとすれば接近戦を挑む必要があるが、それらの攻撃は重厚なエグザウィル直衛艦隊とネクストACによって阻まれ事実上不可能であった。
レイレナード本社施設『エグザウィル』にも、勿論他企業と同様、コジマ粒子関係の部門が存在している。
そこは、真っ白な壁と透明なガラスで覆われた一室だった。
中央には一人の少女=鴉の濡れ羽色とも言うべき艶やかな黒髪/少女らしい柔らかな曲線/化繊で出来た病人が着る衣服/規則的に上下する胸元/手の静脈には栄養を供給するための点滴の針が刺さっている/瞳は閉じられたまま=目を覚まさなくなってから既に五年の月日が経過している。もし、オーメル所属のリンクスナンバー6=セロを良く見知る人物が此処に居れば、彼女のその容姿の端々に彼との共通点を見出す事が出来ただろう。
「……脈拍、呼吸共に安定。……五年前から一度も変化無し、か」
その少女を一人、部屋の外のガラス越しに観察する男性がいる。
男性=頬にL字傷/獲物を狙う猛禽のようでもあり真摯な僧侶のようにも見える知性的な瞳/鍛え上げられた肉体/何の感情も見せずに未だに眠り続ける少女――リンクスナンバー23=ネネルガル――を見やった。
五年前の国家解体戦争の折に、当時二十六名存在したリンクスの中でも最高位のAMS適正を持ち/それが理由で尤も過酷な精神汚染を強要するプロトネクスト<アレサ>に搭乗=結果、二度と目を覚まさず今も尚意識を取り戻す予兆を見せない。
その男/オリジナルの中で尤も膨大な戦果を上げた男/リンクスナンバー1=ベルリオーズは目を細める。
アクアビットで長年覚醒させるため研究されてきた彼女であるが、しかしこの度レイレナード本社による覚醒作業を行う事になったのである。
『世界で尤も強力な単独戦力『ネクスト』を駆る事の出来る才能の持ち主を眠らせる事は勿体無い』と言うのがアクアビット、ならびにレイレナードの上層部の人間の意見である=が、ベルリオーズはそれが表向きの理由でしか無い事を知っていた。
「……国家解体戦争時における彼女の肉体年齢は十六歳と出たが……」
忌々しそうにベルリオーズは吐き捨てる。
今も永劫の眠りに憑かれたかのごとく昏々と眠り続ける彼女であるが、しかしその肉体年齢はどう見積もっても十六歳程度の物でしかない。ただしく年齢を重ねているならば、彼女はいまや二十一歳の妙齢の女性と成長していなければならないのに。
AMSが人間の脳髄に影響し、それが何らかの影響で肉体の老化を防いでいると言うのが専門家の意見だったが。
脳に影響を与えるAMSによる意識不明という事態はよくある話だ。……そのよくある話の裏で何人のAMS被検体が廃人になったかは不明であるが、しかし意識不明となった人間が、年齢を重ねる事無く眠りに付くという事実はレイレナードの上層の人間の興味をいたく引いたらしい。
大昔から富と権益、人界における最高の地位を手に入れた人間が行き着く場所は不老不死と相場が決まっている。
「下らん」
吐き捨てる。
リンクスは総じて寿命が短い=だがその代償として世界のパワーバランスを崩す強大な力を約束される。未来を削る代償として力を得る道を選んだベルリオーズからすれば、そこまで長生きして何をするのか、自分の上司に尋ねてみたいのが本音であった。
視線を、夢の国に囚われた少女に向ける。
アクアビットで研究されてきた彼女であったが、五年近く研究した結果『不明』という解答しか出なかったのは間抜けとしか言いようがない。結局アクアビットも匙を投げ、今回レイレナード社の医療スタッフにお鉢が回ってきたという話である。
果たして解明できるのだろうか。
ネネルガルとセロ。
正体不明の謎の研究者にして、オーメルとアクアビットの両者にコジ技術を提供したというドクターコジマから直接派遣された人材のうちの片割れ。本音を言うならば、ベルリオーズはコジマ技術に何処か嫌なものを感じていた。
国家解体戦争=膨大な戦果を己は上げ、そしてリンクスナンバー1という高い評価を得た。
絶対の防御機構『プライマルアーマー』/圧倒的瞬発力をもたらす『クイックブースト』/機体を手足のように扱う『AMS(アレゴリーマニュピレイトシステム)』。
それらを駆使し、戦った。否、あれは戦いと呼べるものではない。間違う事無き一方的な戮殺でしか無かった。
最早『卑怯卑劣』とすら呼べる圧倒的戦闘力/彼に勝利は齎したが、しかし死力を尽くしたという実感だけは全く与えてくれなかった。
あれから五年の歳月が過ぎた。
武装テロを尖兵とした偽りの平和が破れ、いつかかつてのように互角の戦闘力を持つネクスト同士が戦う日が来るのか。
「……アンジェの事を笑えんな」
微かな疼き=互角の戦闘力同士がぶつかり合う時代を期待してか、静かに鼓動が高鳴るのを感じ、ベルリオーズは笑った。
「なるほど。ここに居ましたか、ベルリオーズ」
「ザンニか」
金髪碧眼の青年/口元には微かな微笑/目の奥底にある不敵な色/リンクスナンバー12=ザンニ。
彼はかつかつと靴音を鳴らしながら、目のみでザンニを捉えるベルリオーズの視線を辿っていく。いまだ眠り続けるネネルガル――それを見やって笑う。
「面白い子でしたよ」
「知っているのか?」
アクアビット所属の彼女を何故、と思ったが、質問しながらベルリオーズは思い出す。
ザンニはアクアビット/レイレナードの両者の試作パーツを良く装備するテストパイロットとしての顔もある。アクアビットの技術者ともっとも関係の深いリンクスはこの男だった。
テストパイロットは当然技量も一流のものでなくてはならないが、同時にある程度のコミュニケーション能力も要求される。パイロットが感覚的に捕らえた試作パーツの不満、問題点などを洗い出し、言葉にして技術者たちに理解できるように説明する事は、戦闘一辺倒の人間には中々難しい。其処を行くと、ザンニはそういったコミュニケーション能力に恵まれていた。彼の意見を参考に造られたパーツの数は結構な量になっている。
ザンニは懐かしそうな表情で眠る少女を見やると、くく、と笑みを深くして言った。
「ええ。……始めて出合ったとき、彼女ジューススタンドの前にいました」
「ほう」
「ただ、持ち合わせが無かったようでして。ちょっと困った様子で首を傾げていたのですが、そしたら自分に話しかけてきましたね。『金貸してください』と」
「ほほぅ」
「で、突然だったので少し困って何も言わなかったら、彼女、今度は別の国の言葉で『金貸してください』と言ったんです」
「……ほお」
「……もう一回口を開いたら、また『金貸してください』と言われました。理解できたのは其処まででしたね。後も何度か喋っていましたが、きっとアレも『金貸してください』と言ってたんでしょうね。後でスタッフに聞いたら彼女、十カ国語で金貸してくださいといえるそうですよ」
「……ザンニ、用件を言え」
「彼女の教育を行ったというドクターコジマは何を考えていたのやら。
……独立計画都市グリフォンにアナトリアの傭兵が出撃しました」
『敵対空砲、射程内』
「見えた、アレか。……歓迎の花火が来たぜ」
ハウゴ=アンダーノアは愛機<アイムラスト>のコクピットの中で、グリフォン対岸部に設置された巨大な対空レーザー砲が一斉に銃口に光熱を溜めるのを確認/引っ切り無しにロックオン警報。
だが、輸送機から投下された<アイムラスト>の着地ポイントはグリフォンのビルの陰。<アイムラスト>はそのままバーニアを使用せず荒々しく地面を踏み鳴らし着地=高性能のショックアブソーバーが衝撃を吸収/同時に機体が硬直。
実戦ならば着地直後の衝撃を吸収するための硬直は回避機動の一切が出来ない。相手の攻撃を一方的に受ける戦闘中に行ってはならない行動の最たるものであるが、しかし今回はあらかじめ着地点を調整してある。
放たれる光の巨槍/対空攻撃を主眼に置いた大型の地対空レーザーキャノンの破壊力は対地攻撃に用いても大変効果がある。
それらのレーザーは、しかしそそり立つグリフィンのビルの一つが受け止める。
その様を確認しながらハウゴ=馬鹿にしたように笑う。
「こっちが遮蔽を取ってる事もお構い無しの発砲か。撃鉄を引いてるのは融通の効かねぇ阿呆のAIだな」
『作戦進行開始。GA空挺部隊が来るまで敵対空砲台を殲滅する事が任務よ。タイムリミットを表示。……無事でね』
「了解。……敵対空砲台のデータは? 細かいデータはいらねぇ、敵砲台のリロードタイムだけ教えてくれ」
『画像データから検索開始。……MFA72HL-プロキオン、メリエス製の対空レーザーと断定。データを転送するわ』
「レイレナード陣営のどっかの子飼い共か」
ディスプレイ右側に表示される敵データを流し見ながらハウゴはブースターペダルを踏み込んだ/<アイムラスト>ビルの遮蔽から姿を現し、対岸に陣取る敵対空部隊に対して攻撃を開始する。
「敵陣左翼から切り込む。行くぞ」
ネクストAC<アイムラスト>が水面を滑るように前進を開始/同時に水面との接触によって機体全体を覆う緑色の防護幕が緑色の燐光を放つ=コジマ粒子を機体周囲に循環させ滞留させるプライマルアーマーを不可視の甲冑として鎧っているのだ。
対岸から接近を許すまいとノーマル/ならびに六脚型自走砲台が射撃を開始。
ノーマルがもつレーザーライフルが青白い光を放ち此方に発射される。
「……貴様らの殺気の射線程度など……!!」
ハウゴ=回避機動をレーザーに集中。自走砲台のロケットランチャーはプライマルアーマーの防御力でもって防ぐと判断。
<アイムラスト>右肩スラスターに膨大なエネルギー供給=爆発的瞬発力を発揮するクイックブースターで左へと壮絶なスライド移動で回避。その回避機動の終わりを付け入るようにロケットランチャーが<アイムラスト>を捉える/それらは着弾する寸前に緑色の防護幕に運動エネルギーと炸薬の爆発を食い尽くされ、機体の損傷には至らない。
「プライマルアーマー動作正常。損傷は軽微。整波装置、アーマーの再生を急げ!」
『プロキオン、エネルギー充填完了』
ハウゴ=すぅ、と息を吸う。プロキオンの高出力レーザーを浴びればネクストとて無視できぬ膨大な被害を受ける。直撃は絶対出来ない。
だが、と思う。敵の射撃管制は人間ではなくAI。機械は狙いが正確すぎるきらいがある。
「オーバードブースト、レディ」
コクピット右側のオーバードブーストスイッチをハウゴ、殴るように押す。
<アイムラスト>の後背、装甲カバー解放/同時にブースターがジェネレーターからコジマ粒子供給を受け推進エネルギーに転用=エネルギーとコジマ粒子の両方を消費し、爆発的加速を持続してもたらすオーバードブースターが火を噴いた。
ハウゴ=瞬間的に歯を食いしばりシートに頭を押し付けて頚椎を痛めることを防いだ。
同時に一瞬前まで<アイムラスト>が居るはずの場所に照準をつけていた対空砲台は、しかし圧倒的な速度で前進を始める敵機の予想を超える速度に狙いを外す。
空を薙ぐ灼熱の巨槍/脇を抜けて大気を焼く光にハウゴ、口笛吹きながらオーバードブーストをカット。余勢を駆って、敵ノーマルに狙いを定める。武装選択=ハイレーザーキャノンの巨大な砲身がその威容を現す。
「時間を食いたくねぇ。即死してくれ」
『つ、突っ込んでくる?!』
<アイムラスト>空中から踊りかかり、敵ノーマルの目と鼻の先に着陸。
同時にハイレーザー発砲。プロキオンの対空レーザーほどではないが、しかしそれでもネクスト専用武装の中でも最大ランクの負荷と破壊力を約束する大型光学砲の破壊力は凄まじい。零距離で発砲したレーザーは敵ノーマルの装甲を一撃で融解/貫通し、その有り余るエネルギーの奔流はノーマルの後方に設置されていた対空レーザーの一基を直撃する。
ジェネレーターに命中したのか、プロキオンが噴煙を上げて爆発した。
「一つ」
クイックブースター派生機動/瞬間的に四十五度旋回し敵の六脚自走砲台を正面から睨む形へ。
武装をマシンガンへ変更。同時に通常ロックオンからハウゴの視線で狙いを付けるアイリンクシステムにFCSモード切り替え。レーダー更新を確認し、敵六脚型自走砲台の銃口から微かにずれるように前進。
マシンガンがオレンジ色のマズルフラッシュを瞬かせて六脚砲台の脚部を破壊/バランスを崩す六脚砲台/そのまま接近し、ダガーブレードの一閃で銃身を破壊。
同時にタイムリミットを再確認。
戦闘は継続している。
「通常のGA特殊部隊程度なら問題は無いだろうが。……相手がアナトリアの傭兵となるとな」
ベルリオーズ=少し困ったように呟く。ザンニ=肩を竦めて笑う。
「アンジェご執心の傭兵ですか。……確かに面白い相手ですね。
……メリエス製のハイレーザー六基に、……ああ確か、アクアビットから借り受けたGAEM―クエーサー型の大型六脚戦車も投入はしていましたが、はてさて」
両名ともネクスト機体の搭乗者であり、ノーマルや多少特殊な兵器を投入した程度でネクストをそう容易く倒せるとも思ってはいない。
ましてや相手はアンジェがその戦闘力に太鼓判を押した相手。
「お前の目から見て、今のアンジェはどう思う?」
ベルリオーズ=ふと思いついたようにザンニに尋ねてみる。他のリンクスと違い、観察力、分析力、他者に感じたものを的確に伝える表現力に優れた彼なら、アナトリアの傭兵という稀代の敵手を知った彼女をどう思うのか、聞いてみたくなったのだ。少なくともまともに喋ろうともしない真改には聞けない。
ザンニ=くくっと、軽く笑いながら応える。
「いやはや、『鳥殺し』の最高位リンクスであるあの女傑にこんな表現をするのは少し気恥ずかしいんですがね」
親指で頬を掻いてこの上なく楽しそうに笑った。
「まるで、恋する乙女のようでした」
「ふっ、言い得て妙だな。……それほど慕われているなら……」
ベルリオーズ=我が意を得たように笑う。
「必ず彼女が、仕留めるだろう」
『対空砲台、全て沈黙……。レーダーに新たな敵影。……これは、コジマ粒子反応?!』
「新手か。……接触までにKP出力にエネルギーを回す。プライマルアーマー、再生を急げ」
ジェネレーター出力の供給割合をアーマー再生に回し、ハウゴ/同時にレーダーを穴が開くほど見つめる。
プライマルアーマーの再生終了と同時に<アイムラスト>機動開始。
『……GAより入電。敵コジマ兵器の撃破の追加オーダーが入ったわ』
「了解。……あれか?!」
グリフォンの道を押し進む足の生えた巨大な箱。ハウゴが真っ先に抱いた印象はそれだった。
白銀の巨体/機体上部に設置された大型連装砲/蜘蛛のように地を踏み鳴らす六本の足=歩くごとに自重に耐えかねたアスファルトが凹んでいく。
『GAEM―クエーサー型大型六脚戦車と確認』
「GAの空挺部隊を撃つ為にGAヨーロッパから流出した新型兵器を使うのかよ。敵さんも皮肉が利いてるなぁ、オイ!!」
呟きながらハウゴ<アイムラスト>を直進させる/視界の彼方、ロックオンした敵大型が此方に主砲を向けてくのが見えた。
発砲/凄まじい轟音と共に戦艦の主砲に匹敵する威力を持つ三連装砲弾が此方に向けて飛来する。
「そんな大味な攻撃なんぞ、当たると思うか?!」
クイックブースターすら必要としない=<アイムラスト>通常出力のみの、機体の横方向への急激な切り替えしのみで敵砲弾を回避。
あの手の大型兵器は他の部隊との連携を主眼として始めて効果を発揮するものだ。単品で現れたところを見ると、どうやらあの大型兵器が来るまで味方が持ちこたえているものだと踏んでいたのだろうが。
「へっ、残念だったな。……プライマルアーマーにあの重装甲が相手じゃ、マシンガンは効きが薄い。貼り付いて斬り刻む!!」
『機体上部より垂直降下型ミサイル射出!!』
左腕武装=ダガーブレード。
右腕武装=マシンガン。
噴煙の尾を引きながら飛来する垂直降下型ミサイル接近を確認。
クイックブースターで敵ミサイルの追尾限界を越えるスライド移動=それでもなお食いつく数本のミサイルをマシンガンで撃ち落し、ハウゴ/オーバードブースターをスイッチ。
爆発的推進力を持って、一気に懐に飛び込む。
「デカブツは懐が甘いと相場が決まってるんでな……!!」
主砲も射角が取れず=ミサイルも近すぎて捕捉できない。こうなればまっとうな射撃戦では圧倒的な重装甲もただ単に刻まれるだけの惨めなものでしかない。お互いのプライマルアーマーが接触しあい、緑色の燐光が激しく瞬く=粒子装甲が相殺し減退現象が発生。
<アイムラスト>、ダガーブレードを一閃し敵のプライマルアーマーごと六脚のうち半分を溶断/重量のある機体を支える脚の半分を破壊され、斜めに崩れ落ちる六脚戦車。
武装をハイレーザーキャノンに切り替え=とどめに移る。
銃口を敵六脚戦車の上部、ミサイル発射管に照準。
「じゃあな」
トリガーを引く=吐き出されたハイレーザーは敵のプライマルアーマーを貫通=六脚戦車のミサイル発射弁の脆弱な装甲を一撃で溶解させ、膨大な熱エネルギーが内蔵されていたミサイル弾頭に接触=誘爆=内蔵していた膨大な破壊力が六脚戦車の臓腑の中を引き千切った。
爆発=炎上。
その爆風が<アイムラスト>のプライマルアーマーに接触し、ジジ、とコジマ粒子の焼ける音をもたらす。
『お疲れ様、任務完了よ』
「……ああ」
ハウゴ=機体システムを戦闘モードから移動モードへ。
GAヨーロッパが開発したはずのGAEM―クエーサー型六脚戦車=何故味方組織が開発した戦闘兵器が、レイレナード企業連合の尖兵である武装テロリストの手に渡っていたのか。コジマ粒子技術を用いたあんな最新鋭兵器が武装テロリストに流通するなど考えにくい。GAヨーロッパはもしかして非GA企業連合に通じているのか。
「……また、キナ臭いな」
ハウゴ=頭を振って溜息。面倒な事を考えるのは嫌いなんだが、そう思いながらレーダーに表示される回収ポイントへ機体の移動を開始する。
作戦任務は完了。問題は無いはず。とりあえず帰って疲れた身体を癒すべく、帰還を急いだ。
[3175] 第十二話『また会えて嬉しいぜ』
Name: 八針来夏◆030a2a64 ID:bda3c62a
Date: 2008/06/13 19:39
「商売敵?」
ネクスト傭兵、ハウゴ=アンダーノア/そのオペレーターであるフィオナ=イェネルフェルト/整備班長スチュアート兄弟の計四名は神妙な顔をして食堂にやってきたエミールの言葉に食事の手を止めた。
怪訝そうな表情を浮かべたのはハウゴ一人であり、彼は途中まで食べていたすき焼きうどんを貪る箸を止め、自分以外の三名を見やる。ハウゴ以外の三名が皆同様に顔色を変えたのを見て取ったのだ。
ハウゴが怪訝そうな表情を浮かべたのは無理からぬ話ではあった。
ネクストを運用する能力を持つものは、六大企業。コロニー・アナトリアはイェネルフェルト教授がネクスト技術の開発を行っていたからこそ、技術開発用ネクストを保有していたのだ。
世界の戦力バランスを単独で覆す超兵器を運用できる組織など数が知れている。アナトリアはその稀な例の一つであったはずなのだが。
エミール=どこか苦々しげな表情。苛立ちのあまり煙草を一本やろうとしたが、ニコチンの臭いで食事の味覚を狂わさせるのは不味いと思って自主的にやめた。
「……ジョシュアか」
「ああ」
リンガーか、ランガー、双子親父のどっちかが溜息混じりの言葉を漏らした。エミールはそれに短く応えるのみ。
見ればフィオナも何処か沈痛な表情。ハウゴ=首を傾げる。
「なんか知らねぇが蚊帳の外みてぇだな。誰だ?」
「……ジョシュア=オブライエン。元々父の元でAMSの被検体としてアナトリアに居た人よ。コロニー・アスピナに帰ったって聞いていたけども」
「アスピナの情勢も我がアナトリアと似たようなものだ。経緯も想像できる」
ハウゴ=フィオナとエミールのその言葉に目を細める。
「……て、こた、アスピナも?」
エミール=首肯。
「商売敵の名はリンクスナンバー40、<ホワイト・グリント>を駆るアスピナのネクスト傭兵。ジョシュア=オブライエンだ」
ハウゴは少し考え込むように沈黙する。
かつてアナトリアに居たAMS被検体の男。自分がアナトリアにやって来るまでに色々と関わりのあった人間なのだろう。
それが今や商売敵。傭兵である以上、敵とは限らないが、しかし味方とも呼べない相手。彼らにとって心情的には複雑なのだろう。鴉であった身には覚えがありすぎる話だった。
「マグリブ解放戦線の要所、旧ゲルタ要塞を固めていたノーマル部隊、ならびに砂漠奥地の旧エレトレイア城砦に保管されていた弾道ミサイルが彼によって撃破されている。更には未確認情報だが、イクバールの子会社テクノクラートのネクスト機体<バガモール>とその搭乗者ボリスビッチが未帰還であると言う話もある」
「ネクスト同士の交戦があった訳か」
どの企業体とも密接に関わる事のない傭兵だが、それは同時に企業体の庇護下に無いという事でもある。傭兵を撃墜したところで何処からも文句など無い。企業間直接戦闘に発展しようが無いから、傭兵は企業体の虎の子と激突する可能性も多くなる。
だが、その企業体のネクストAC、すなわち互角であるはずのネクスト同士の戦いに勝利して見せたのだ、腕が悪いはずが無い。
「……しかし、旧ゲルタ要塞は、旧式とはいえ大口径砲台が固めていたし、弾道ミサイルは旧エレトレイア城砦の奥に隠されていた。……あそこは年中砂嵐でプライマルアーマーも有効に活用しきれねぇ筈だったが」
「詳しいのね?」
「……ああ、昔あの辺りでドンパチやったからな」
「……ハウゴ?」
ここに来て、フィオナはハウゴの様子が何処か変わったことに気付く。すき焼きうどんに箸を突き立て、顔に掌を当て、すぅと深呼吸の音を漏らしている。どこか思い悩むような感じ、何となく嫌な予感を感じているかのような雰囲気。
フィオナの印象は正解だった。ハウゴは自分自身、らしからぬ事に緊張している事を自覚している。マグリブ解放戦線の要所=確かあの二つは彼らにとって要所中の要所、急所に痛撃を叩き込まれた事に等しい。手足を捥がれ、行動の自由を封じ込められたに等しい。
とどめを刺すなら今だろう。
とどめとは何か。
マグリブ解放戦線で心臓に等しい存在とは何か。
味方をコジマ粒子で被爆せぬよう戦いを続ける単独にして究極戦力/低いAMS適正を補う為に致命的精神負荷をあえて受け入れ、機体性能を極限まで引き出すイレギュラーリンクス/攻勢戦力として企業の軍隊に痛撃を与え続ける脅威/マグリブ解放戦線にとっての精神的支柱=イレギュラーネクスト<バルバロイ>を駆る砂漠の英雄アマジーク。
「……この作戦が成功すればアナトリアの傭兵の価値は格段に上昇する。企業から重要度の高い依頼を引っ張ってくる事も可能だろう」
ハウゴと彼の関係を知るエミールは勤めて淡々とした口調で言葉を続ける。ハウゴは頷いた。次に何を言われるであろうか、何を撃てといわれるだろうか。
さだめなのに、こころをきめたはずなのに。
旧友と出会った時に末期の杯を交し、もう二度と会うことは無いと未練を振り捨てて来たはずだった。
商売敵。ネクスト傭兵は唯一無二ではなくなったということ。企業の戦力を目減りさせない使い勝手のいい力、その立場に居座るものがもう一人。
ならば、どうするべきか。エミールは知っているはずだ。企業にアナトリアの傭兵がアスピナの傭兵以上に商品価値が高い優秀な存在であると知らしめれば良い。そして今やマグリブ解放戦線は打撃を受け弱っている。一気呵成に攻めかかる好機でもある。そして企業体すら手こずる彼の首を取ることが出来るなら、それは名を売る最高の売名行為だ。
ハウゴは目を伏せた。傭兵の宿業であると知っていたはずだったが、やはりいつまで経っても慣れる事など無さそうだ。心臓は激しく脈打ち、指先は緊張に震える=心はその真逆であるように悲しみに凍て付いていく。
「……イレギュラーネクスト<バルバロイ>撃破任務を受けた」
「そうか」
ハウゴは目を伏せて頷いた。そのあまりの平静な様子に他の四名は一瞬言葉を呑む。
友人を撃てと、かつて背中を任せた戦友を撃てと、アナトリアの為に友を殺せと。そう言われているにも関わらず、悲しいがそれが定めだと言わんばかりの冷静さ――かえってそれが他の四人の心を切り刻む。
「ハウゴ……お主」
「……ライフル、……051ANNRと、MR-R102を腕部武装に切り替えてくれ」
ハウゴは顎に手をやりながら呟く。確かにその名称は二つともライフル系統の武装であるが、しかし即座に、性能を確かめもせず、シミュレーターも起動させずに発注を頼むなどありえない。スチュアート兄弟のその表情に、ハウゴは二人が何を言いたいのか察したのか、微かに笑って見せた。
「考えたのさ。……夜眠れねぇ時に色々考えた。俺はあいつの手のうちを知っているが、あいつも俺の手の内を知り尽くしている。早さも癖も長所も短所もお互いにな。……もちろん俺だって容易くやられてやる気はねぇが、しかし容易くやれる相手でもねぇ。……だが、心配するなよ、みんな」
ハウゴ=笑う。笑うが、彼以外の三人にはそれが何処か無理をしているように思えた。
「大丈夫だ。俺は物凄いのさ」
かつて初陣の際、ハウゴがエミールに向けて言った言葉。
だがどうしてだろう、三人はその言葉を素直に信じる事が出来なかった。
「GAヨーロッパ、大ピンチだね」
先史古代文明の生き残りであり、GAの要する41人目のリンクスとして登録真近である女/プリス=ナーは先ほどから与えられた忌々しそうにブリーフィングルームの中を行ったり来たりして、歩くごとに頭の後ろの孔雀のような髪を震わせるミセス=テレジアを見た。一体何があったのかは知らないが、しかし不機嫌そうであると言うことは間違いない。
孔雀をふりふり、テレジアは眉間をもむ。
「何がどうだってんだ」
「……いや、ね」
テレジア=話しかけられるのを待っていたかのように/愚痴をこぼす機会を待っていたかのように近くの椅子に腰を下ろした。
プリス=頬杖を突きながら首を傾げる。
「BFFのような極端な中央集権構造の企業体と違い、大抵の企業がそれぞれのグループに分かれている事は知っているね? 我らGAグループは、グループを統合するGAアメリカ、GAヨーロッパ、有澤重工、MSACインターナショナル、クーガー、五つで構成された企業だ。
……私たちがGAヨーロッパ所属であることは知っていると思う。
で、だね。私達GAヨーロッパ最大規模のハイダ工廠なんだが、……どうやらGAヨーロッパの上層はGAアメリカに内密でレイレナード社のコジマ粒子研究機関アクアビットと技術提携を結んでいた。……その技術提携で完成したGAヨーロッパ製の六脚戦車が、どうやらアクアビットを経由してレイレナード社の部隊に使用されたらしい」
思わず目を剥くプリス。事情を聞けばそれが只事でないと理解できる。すなわちGAヨーロッパは密かに敵対勢力の一部と技術提携を結び、その結果生まれた新型兵器をレイレナード陣営に使用されたため、今現在GAアメリカに責任を追及されている真っ只中なのだろう。あるいはそれもレイレナードが仕組んだ内紛を誘発させる罠なのかも知れない。
「ハイダ工廠はGAでも異端と呼ばれる技術者が多くてね。……技術者としての彼らの気持ちは分かる。彼らはたぶん作れるものを作らずにはいられない性格なのだろう。自分達の研究が愛おしくて仕方が無かったのかもしれない……。それがGA全体の利益に繋がるかどうかはまだ不明だが……」
呟きながらテレジア=ブリーフィングルームの画面を操作し電源を入れる。
同時にディスプレイに展開される設計図らしき画像=プリスはその画面に口笛を吹いた。
四脚の大型機動兵器/グレネードやガトリング砲などの各種迎撃火器の威容が目立つ/だがやはりもっとも目を引くのはその巨大な四脚でなければ到底支えきれないであろう巨大な目玉にも見える球体であった=コジマキャノンと説明文が記載されていることから予想できる。
上部に超大型の主砲を積載した兵器=整波装置が機体周囲に充満させたプライマルアーマーのコジマ粒子を、砲身に取り込むことによって絶大な破壊力を得る新型兵装コジマキャノン。
膨大な環境汚染と引き換えに、いかほどの戦禍と戦果と戦火をもたらすのか想像もつかない巨大兵器。
「名称『ソルディオス』。アクアビット社との提携で建造が予定されている超大型兵器だ。ハイダ工廠はコジマキャノンを製作できないが、それを支える基底部を作り上げる技術力があり、アクアビットはコジマキャノンを製作できるがその重量を支える基底部を作る技術力が無い。お互いの苦手分野をカバーする合作だね」
「機動性はなさそうだが、代わりに大出力のプライマルアーマーとコジマキャノン運用を想定した兵器か。まぁた脇が弱そうだな、オイ」
プリス=小馬鹿にしたように鼻を鳴らし笑う。
テレジア=苦笑を浮かべる。ネクストの戦術理論を研究する彼女にもプリスの懸念は理解できた。ソルディオスの欠点は、結局機動性能とその図体の大きさに尽きる。もちろん主眼はネクストとの戦闘ではなく、通常のノーマル戦力を相手取ることを目的としている。
だが、ネクストと正対した時はその機動性能にどう対応するかが重要になるだろう。
と、プリスはそろそろ彼女との会話に飽きたのか、貧乏ゆすりを始めながらテレジアを軽く睨む。
「……まぁ、内通がばれてGAEの偉いさんがアタフタしてんのは分かったさ。……だけどよ、アタクシにゃんなこと関係ねぇぞ? ……いつになったら出撃できる」
「ああ。……プリスをリンクスナンバー41にする手続きはあと少しで終わるね。……デビュー戦でぶつかる相手だ」
そう呟きながらテレジアは端末を操作し、画像を切り替えた。
ディスプレイに浮かぶ戦場は、砂漠=右端には敵機体の画像データが同時に表示。イクバール社のネクストをベースにした軽量型機体。
「……北アフリカで猛威を振るうマグリブ解放戦線の英雄、『砂漠の狼』アマジークを、アナトリアのネクスト傭兵と共同して撃破してくれというミッションだね」
「ネクスト傭兵?」
聞きなれない単語にプリス=怪訝そうに聞き返す。
傭兵=かつてレイヴンと呼称され、かつては国家間の戦争の行方すら左右したと言われる自由傭兵達だが、現在では企業の超兵器ネクストの暴威によって戦場から駆逐されていき、今現在では企業の子飼いか一部のコロニーの守備隊に吸収され、傭兵は今や過去形で語られる存在となったはずだが。
そういうプリスの疑問を当然と感じたのだろう。
テレジアはディスプレイを切り替えた。表示される画像は今回共同で作戦に参加するアナトリアのネクスト傭兵の機体。ローゼンタールのコアと頭部をベースに、各種企業体のパーツでもって組み立てられた継ぎ接ぎのネクストAC。
「……アナトリアはもともとネクスト技術を提唱したイェネルフェルト教授が居たコロニーでね。……ここは元々技術開発用にネクストを保有していた。……で彼らは経済的危機を打破するためにネクストを用いた傭兵業を始めたんだがね。AMS適正は低いにもかかわらずパイロットの技量が良いのか、これまでの作戦で極めて優秀な戦果を挙げている。
名前と顔写真は……ああ、これか。ハウゴ=アンダーノアと言うそうだね…………プリス?」
テレジアはそこでプリスの異常に気づいた。
プリス=ナーはディスプレイに表示された男性の画像/名前を見た途端、まるで彼女自身が不可視の氷塊に氷付けにされたかのように静止していた。カタカタと椅子が震える。それが、全身から凄絶な暴の気を撒き散らし、訓練された軍人すらも怯むような武威を漲らせる彼女の体から発せられる震えであると知った。
握り締められた拳は自分自身の握力に悲鳴を上げるかのように震え、歯は噛筋力でギリギリと軋むような異音を上げている。
その様子に驚いたテレジアはプリスを正面から覗き込んだ。
息を呑む=プリスの表情/唇は紛れも無い歓喜の笑みに歪みきり/真紅の瞳には轟々と闘志の炎を滾らせている/全身を武者震いに震わせている。
紛れも無く喜んでいた。獰猛な肉食獣が食らうべき極上の獲物を見つけた姿を連想させるような雰囲気を纏い、プリスは喉から空気を搾り出すような静かな笑い声を漏らす=それは次第に含み笑いから、喜びを無理やり鎖で縛るような苦しげな笑い声に、最後にはその笑い声は喜びを抑えきれぬかのように爆発的歓喜を孕んだ哄笑へと移り変わっていく。
仏頂面が基本であると思わせるぐらいに常に不機嫌そうな彼女がいったい何を思い、ここまで喜んでいるのか。
テレジアは、アナトリアの傭兵の画像を見る。二十代後半の歴戦を思わせる男性、右目を失った隻眼の男。だが、別にプロフィール写真を見て馬鹿笑いできるような奇怪な面相をしているわけでもない。
いったい何が、いったい何がプリスの心をここまで揺り動かしたのか。
プリス=ナーは笑う。
狂ったように/耐え切れないように/闘志を滾らせるように、両腕で己の身を掻き抱き、笑いながら叫んだ。
「はは、ハハハハハハ!! …………また会えて嬉しいぜ、ナインブレイカー……!!」
[3175] 幕間その3―『相手を選べる立場でもない』―
Name: 八針来夏◆030a2a64 ID:bda3c62a
Date: 2008/06/13 19:51
――セルゲイ=ボリスビッチの大学時代の論文から抜粋――
人類とは殺し合いを本能とする種族である。
かつて人は獣であったが、肥大化した脳髄とそれを支えるための直立した骨格を得ることによって他の種に比べて次元の違う知性を得た。
そしてそれらの英知を駆使することによって人類は他の種を圧倒する力を得、大地を切り開き海に島を浮かべ天候を操作し、大昔ならば神の御業に例えられる事すら可能とした。人類は人類自身の種を脅かす存在を持たない霊長類の長と自らを自称するほどの力を得るに至った。
だがそれでも人は動物のくびきから逃れることはできないでいる。
人は増え続ける。人間を減らす天敵ともいうべき存在がいないのだから際限なく増え続ける一方である。だが、大地には限りがある。人々が際限なく増え続けるのと違い、大地が生み出す食料の数には限りがある。
最初の時期はまだいいだろう。多少の節制を行えば苦しくとも増え続ける人口を支えることはできる。
だが、人口が増え続け、食料が足りなくなり、大地が増え続ける人口を支えることができなくなればどうなるか。
人類とは殺し合いを本能とする種族である。
本能を磨耗させ、知性と理性を高めた者のそれは業なのか。
増えすぎた鼠が種を存続させるために海にその身を投げるかのように、人類は自ら間引きを始める。
戦争。または侵略。
結局のところ、人類は天敵を失ったと前述したがそれは誤りである。
人類の天敵とは人類自身であり、そして突出した科学力は結果、人類自らを百殺できる核熱兵器の山を得るという、種の自殺すら可能とする力をもたらしてしまった。
人類とは殺し合いを本能とする種族である。
―――ふざけるな、と言うのが現在年齢三十八歳の彼、セルゲイが今を遡る事二十年前、大学で学んでいた若かりし日に行き着いた糞忌々しい結論に対する意見であった。
確かに人類史において紛争地域を赤く塗るなら、一般的に平和と評されるどの時代でも赤色が飛び散った鮮血のように広がっているだろう。戦争、紛争、対立の示されていない奇跡のような純白の世界地図など存在しないと言っても過言ではない。
だが、それは余りにも悲しい結論ではないか。人類は確かに本能として殺し合う動物でもあるが、本能を縛り付ける強靭な理性の鎖も、また同時に有している生き物だ。
ヨーロッパ。
かつての昔よりこの地方は様々な人種と国家と宗教が入り混じり、対立と対立と対立が火種となって戦争を幾度も続けていた。
そのヨーロッパが雪地の如き純白の地図であった一時期がある。
アメリカの発見だ。
増え続ける人口を支える肥沃な大地、豊かな処女地、黄金を内包する山々。目を欲望の火に輝かせた彼らは先住民族を虐殺し、侵略を続けた。
もちろん侵略と言う行為は本来許されない事であるが、この一時期、ヨーロッパは驚くほど静かだった。増え続ける人口を支える肥沃な大地を有していたがためである。もちろんアメリカが国家の形を取れば、それは新たな対立の火種となるが、それでも平和であった時期は確かに存在していた。
若き日のセルゲイ=ボリスビッチが下した結論とは、人類が平穏を得られる、戦争を行う必要がない時期とは肥沃な大地を求める大開拓時代であり、すなわち全人類の恒久的平和を実現する最も必要不可欠なものとはありとあらゆる困難を制覇するフロンティアスピリッツであると言うものであった。
そして地球を埋め尽くすほど増え続けた人類が目指す新たなフロンティアとは、もはや宇宙以外には存在しない。
そうと決意するとセルゲイは、それまで学んでいた人類史学から一転し、一から宇宙に旅立つ手段――すなわちロケット工学を本格的に学び始めた。元より知能指数が180もあり、幼き日から神童の誉れが高かった彼はロケット工学においてメキメキと頭角を現していった。
ロシア国営企業――当時はまだ国家が存在していた――『テクノクラート』から軍事兵器としてのロケットエンジン開発者として高額の給与をチラつかされたがセルゲイはこれを綺麗に蹴り飛ばし、民間企業に就職。そこで宇宙を目指しロケット開発に携わる事になる。
宇宙開発の上でもっとも重要なものはペイロード。いかに安価に大量の荷物を宇宙へ打ち出す事が出来るかに掛かっている。若き日の情熱に燃えるセルゲイは努力に努力を重ね、そして宇宙空間に達する事の出来る船を作り上げた。宇宙へ羽ばたき、そして人類の恒久的平和をもたらすであろう大躍進時代を築く為、その土台となる宇宙船は見事に宇宙へと飛び立ち。
爆発した。
夢は砕かれた。
乗員達数名を載せた宇宙船『バガモール』は原因不明の失散。生存者はゼロ。
同時にセルゲイは全ての職を追われ、あらゆる民間企業からの再就職を拒絶され、ロケット技術者として社会的に抹殺され、最終的に『テクノクラート』に属する事になる。
宇宙を愛していた。だが、夢を追う手段は全て断たれ、セルゲイはこの後の長い年月を、生きながら腐っていく日々を繰り返していく事になる。それ以降の人生はもはやただの消化作業と化し、その卓越した頭脳を封じる。企業の為に人殺しに関わる道具を作る気にはなれなかった。かつての天才は凡人に落ちたと揶揄されたが、それすらも気にならなかった。そんな失意の日々のうちに、ある疑問が胸中に沸く。
――『テクノクラート』が自分を得る為に何か宇宙船に対して細工を施したのではないか?――
自分の夢を奪い、友人達の命を奪った爆発事故。
――だが、セルゲイは自分自身の設計に完璧な自負を誇っていた。少なくとも事故に会う要因など完璧に削りきったはずなのになぜ失敗したのか。何らかの悪意がそこに介在したのではないのか。
セルゲイは敵を探す。居るかどうかすら定かではない敵を探した。
テクノクラートでAMS適正を認められ、ネクストAC<バガモール>を操るリンクスになったのも、一重に真実を知る為。真相に近づける立場に立つ為。全てを奪った存在を見つけ出し、復讐の刃を打ち込む為だけに生き続ける事になる。
だが、ほとんど何も、見つけることは出来なかった。
企業体によって隠された宙難事故の真相は虚偽のベールに覆われ、真相を知るには個人は余りに無力でしかない。
そう、ほとんど。
得た物など、たった一つの言葉だけだった。その言葉が何を意味するかも、何を指すのかもわからない。ただ、血を吐く思いで真実を探す日々を重ねるうちに、あの宙難事故に関わるひとつの単語を得ることに成功していた。
その言葉は、『アサルト・セル』と言う。
セルゲイ=ボリスビッチは、夢の形を取った思い出の海からゆっくりと目を覚ますと、周囲を見回した。
角刈りのくすんだ金髪/百九十近くあるごつごつした体格/顎の周り、唇の上を覆う見事な髭/周囲を見回し、自分の五体が無事であることを確認する。
どうやら生きてはいるらしい=アスピナのネクスト傭兵、<ホワイト・グリント>に撃墜された時はあわや、と思ったが。
「目を覚ましたようですね」
「……ここは、マグリブの拠点であるか?」
頷く青年=背にライフルを掲げた武装ゲリラなのだろう。彼はセルゲイの横たわっていたベッドの傍の椅子に座ると、小さく頷く。
「ウルバーン=セグルと申します」
「我輩の名はセルゲイ=ボリスビッチである。……我輩は、敗れたのであるな」
「はい」
ウルバーン=首肯し、水筒の水を差し出す。
セルゲイはそれを受け取って飲み干した。眠りから目覚めた直後、喉が渇いていたのでやけに旨い。
「すまぬのである。支援に来ておきながら恥を晒す結果になってしまった」
「……いえ。仕方ありません」
ゲルタ要塞の生存者からアスピナの傭兵の猛威は聞いている。ましてや精度の低いロケットを操るテクノクラートのネクストが対した評価を受けていない事も知っていた。もちろん言葉に出す必要もない=ウルバーンはすくっと立ち上がる。
「後で食事を持って来させます。……企業のオリジナルの方の口に合うかはわかりませんが我慢してください」
「心配無用である。……暑いな」
「ロシアに比べれば地球は大抵暑い場所ばかりですよ。空調を買う金などありませんし」
そう呟き、外に出てウルバーンは空を見上げた。
珍しいことに砂嵐が、無い。
この周辺において視界を奪い、大昔には旅人の方向感覚を奪い、そして今現在では微細な砂が銃器や兵器の隙間から入り込んで武器の精度を奪う砂漠特有の自然の猛威が無い事は、まるでこれから起こる両者の戦いに天が無粋な横槍を入れる事を妨げているかのようであった。
ウルバーン=AC輸送用のトレーラーに横たわり乗せられた赤褐色のネクストAC<バルバロイ>を見上げる。
要所の二つをアスピナの傭兵が駆る新型ネクストに壊滅させられたとはいえ、<バルバロイ>と英雄アマジークの存在がある限りマグリブ解放戦線の心が折れる事は無いだろう=もし、英雄アマジークが倒れたら?
不吉な想像=自分の心に一瞬よぎった恐ろしい予想を振り払うようにウルバーンは首を振った。
「……どうした、ウル」
「やはり、護衛のノーマルは付けてもらえないのですね?」
「ネクストの戦闘に下手な取り巻きなどかえって不要だ。……それにもし撃墜され、脱出した際にコジマ被爆を受けたのでは笑い話にもならない」
後ろから声をかけてくる相手=英雄アマジークの言葉にウルバーンは振り向いて、懇願とも諦観とも取れる言葉を呟く。
アマジーク=微かに苦笑。彼の意思は理解している。だが当然彼の言葉を聞くつもりは無かった。銃を撃ち、銃に生き、銃に倒れる。武器を操る事は他者を殺める力を手にする意思を持つことであり、また殺められる事を覚悟する決意の表明でもある。それは戦う力を持ち戦場に立つ人間に平等に与えられる義務であり宿命だ。
だからこそ武器を砕かれた人間が/闘争の意思を捨てた人間が=コジマ粒子などという無慈悲な毒物で殺傷される事はアマジークにとって至極馬鹿らしく、そんなものに命を奪われる人間がいることが我慢できない。
アマジークの言葉にウルバーンは表情を悲しみで歪ませた。
脳裏をよぎる数ヶ月前の光景=戦友同士が酌み交わした末期の杯。
そして、出来うるならば未来永劫来るな来るなと思い続けていた日が来てしまった。
マグリブ解放戦線の情報網に引っ掛った一つの連絡。
『イレギュラーネクスト<バルバロイ>を討つ為、アナトリアの傭兵が出撃した』
予想は、出来る。GA社と敵対するレイレナード陣営の何処かからの情報なのだろう。同じく地球の資源を求めて経済戦争を繰り返す醜いろくでなし共だが、敵の敵は味方と言う言葉通り、こちらに利する情報を送ってきた訳だ。
アマジーク=ふと、思い出したかのようにウルバーンを見やる。
「テクノクラートのリンクスはどうしている?」
「コクピットの中で気絶していたそうです。おかげでコジマ被爆する事も無かったようで。悪運の強い御仁です。先ほど目覚めました」
そうか、と短くアマジークは頷くのみ。
そのまま彼は梯子を駆け上がり、首の根元にある<バルバロイ>のコクピットハッチを開放する。輸送用トレーラーは<バルバロイ>のコクピットからも制御は可能だ。
アマジーク=振り向いた。地平線の彼方まで広がる一面の砂漠。
六年前、あの時、ハウゴ=アンダーノアとシーモック=ドリの両名を味方につけることが出来なければ、マウリシア撤退戦の最中にどこかで命を落としていただろう。
その命を、戦友と戦うために使う。なんという皮肉な運命なのか。
「……ウル」
「はい」
「俺が死んでも敵討ちなど考える必要はない」
その言葉で、彼の表情が強張るのを視界の端に収める/アマジークはコクピットの中に滑り込んだ。
空中を飛行する輸送機の中でリンクスナンバー40、ジョシュア=オブライエンはゆっくりと意識を覚醒させた。
イェルネフェルト教授の弟子の一人――アスピナ機関の最高クラスのAMS被検体。
すらりとした鼻梁/平均的な体格/肩まで伸びた白い雪のような髪=毛先に黄金を孕んでいる/深い知性を湛える緑色の瞳/青年から中年への過渡期に差し掛かり、若人の血気と年輪を重ねた紳士的な雰囲気を併せ持つ、老成した空気を纏う落ち着いた印象の壮年の男性。
「……戦闘空域まで後小一時間か」
『……お、お、起きたですか、ジョシュア』
バイタルを監視していたオペレーターの涼やかな――それでいてどこか卑屈な響きを持つ吃音気味の言葉にジョシュアは頷いた。頷いてからこの動作は相手に見えていない事を思い出した。
「ああ。……マーシュ、<ホワイト・グリント>の調子もいい。生き残れそうだ」
『そ、そ……ほ、褒めないでください……こ、怖い』
アブ=マーシュ。アスピナ機関に属する年齢十六歳の優秀なアーキテクト(設計者)であり、また<ホワイト・グリント>のオペレーターも兼任している紛れもない天才。内向的/自罰的な困った性癖の人間だが、その能力は紛れもなく完璧だった。
幼少の頃より吃音症に掛かっており、自分自身の喋り方を恥ずかしがって家で設計の勉学に没頭する=そのうちに大人達も瞠目する設計を行えるようになったのは彼女にとって果たして幸だったか不幸だったかのか。
吃音症のオペレーターなど可笑しな話だ。もっともその言葉を本人の目の前で言ったら――首を吊ろうとする/手首を切ろうとする/部屋の隅で背中を向けて念仏を唱える――ので決して口にはしない。おかげでジョシュアは発言の前に言葉を吟味する癖が付いてしまった。
『……そ、それより、だだだ、大丈夫で、すか……。相手は……せ、精強を以って鳴る……あ、アナトリアの傭兵、です……』
「強い事は判る。だが、相手を選べる立場でも無い」
アナトリア。
ジョシュアにとってそれは思い出深い名前だ。かつて以前イェルネフェルト教授の元で学んだ時期が懐かしい。アナトリアの傭兵を撃破すれば、あのコロニーは餓死するのだろう。だが、ジョシュアもまた生まれ育った故郷を見捨てる事など出来なかった。
迷いが無いとは言わない。だがそれは行動にはなんら影響を及ぼさないだろう。心に迷いはあったとしても、引き金を絞れば銃弾はまっすぐ飛んで命を奪う。絞れるだろうか、引き金を。
その瞬間だった。
轟音/爆音/破壊に伴う劇的な衝撃が機体を揺らした。激しい震動に<ホワイト・グリント>ごと操縦席が揺れるのを感じる。
「……どうした」
『ひ、ひぇぇぇ、こ、攻撃です。……輸送機の右主翼が大破しました。大破パターンから大口径砲弾の直撃を受けたようです。……平行を保てません、墜落します。こ、こわいぃぃぃ……』
「戦闘空域には通常推力で向かうしかないか。……コジマ汚染を無意味に撒き散らさせてくれる。 <ホワイト・グリント>緊急起動開始……!!」
脊椎のジャックに人工光速神経を接続=人機一体。
高いAMS適正を誇るジョシュアは機械と精神を繋ぐ行為にもまったく負荷を感じることがない。己の腕の感覚と、機体の腕の感覚が直結=その違和感をまるで感じぬままジョシュアは<ホワイト・グリント>のジェネレーターをイグニション。起動と同時に吐き出されるコジマ粒子を整波装置がプライマルアーマーへと形成を開始する。
『……コココ、コジマ粒子反応を検出、……この反応、ネクストです!! ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!』
「足止めに虎の子を使うか、GA」
<ホワイト・グリント>はハッチを手動開放=徐々に陽光の元、その純白の機体が姿を現した。
ネクストAC<ホワイト・グリント>。
頭部=カメラ保護機能を初めとする各種実験的機構を組み込んだ新型/空中戦闘と高機動継続性能に重点に置いた推力機関/タフな機体を構築するジェネレーター系列/その純白の機体は戦闘力と機能美を両立させた偶像を思わせるワンオフの特製ネクストAC/右腕武装=BFF製高精度ライフル/左腕武装=BFF製突撃ライフル/背部武装=否、そのハードポイントの位置は背部武装というよりもむしろ両肩兵装の部位に当たる/設計上の都合=小型ミサイル×8に分裂する多弾頭ミサイルランチャー×2=高機動力型中量級二脚ネクスト。
アスピナのネクスト機体<ホワイト・グリント>は輸送機を撃墜した敵をレーダー補足。
『ネネ、ネクストを足止めに使うなんて……じ、GAは本気でマグリブを潰す気ですぅぅ……』
「……先の作戦でゲルタ要塞と旧エレトレイア城砦を陥落させた我らが言える義理ではないがな。オーバードブースト、レディ……!」
<ホワイト・グリント>後背の大型推力器が露わになり展開する=エネルギー圧縮。
同時に両肩、下部がスライドし一直線に連なる=全装甲カバー開放され、肩部内臓式追加ブースターユニット展開、オーバードブースターモードへ変形を開始する異端のネクスト機体。
主推進ブースター×2+肩部内臓式補助ブースター×7×2+コアブロックサイドブースター×6×2=総計28門のブースターユニットが光炎を吹き上げ猛烈な勢いで加速=戦場にあり、戦う為の道具としてはありえざることに、その吹き上げる推進炎は光の翼のように広がり、美しくすらあった。
両者の間にあった膨大な距離を一気に詰める<ホワイト・グリント>。その進行上に仁王立つ敵重量級二脚ネクストをカメラアイで画像認識=補足。
角ばった印象の赤褐色の機体/実弾防御力を極限まで高めた重装甲二脚タイプ/右肩=直進性に優れた高速ミサイル/左肩=誘導性能に優れた低速ミサイル/両腕=AMS適正の低い人間でも扱える精神負荷の少ない武装一体型腕部=巨大砲弾を発射するバズーカアーム/ネクスト技術に置いて他企業の後塵を拝すGAの焦りを示すと言われ、粗製と揶揄される急造リンクス=ネクストAC<フィードバック>、リンクスナンバー36=ローディー。
『……まぁ、そうだな。そうでなくては。
航空機の腹の中でくたばる間抜けでも困る。しかし見たことのない構成部品だ、アスピナの特殊タイプか』
「GAめ、贅沢な戦力の使い方をする」
相手の重く響く声。ジョシュアは目を細め、思考=相手は重装甲型ネクスト。もちろん敗れはしないが、しかし相手の装甲を削りきるには弾薬の数が居る。本命がアナトリアの傭兵<アイムラスト>である以上、余計に弾数を食うことは避けたい。
『こういう機会を待っていたぞ。任務内容は足止めだが、別に墜としても構わんしな。……誰も彼も私の事を粗製扱いするが、ネクストを墜とせばそんな不愉快な雑音も消えて無くなる。……踏み台になれ、アスピナの傭兵!!』
「生憎だが、貴様と本気で撃ち合う気は無い。適当に流させてもらおう」
『さ、作戦開始予定まで後二十分程度、わ、私の<ホワイト・グリント>、て、て、丁寧に扱って下さい……』
「……善処する」
システム、戦闘モードへ/FCS=カーソル表示/各種推力機関=エネルギー、潤沢に供給/兵装を両腕のライフルに選択=画面右上に作戦開始予定時刻が表示される。
目的の戦場へ急がなければ、ジョシュアは戦闘行動を開始する。
[3175] 第十三話『仲良く殺ろうぜ』
Name: 八針来夏◆030a2a64 ID:bda3c62a
Date: 2008/06/17 10:20
砂漠の只中に 幾つも塔のようにビルが立ち尽くしていた。
かつての北アフリカと南アフリカが対立していた国家解体戦争以前、このあたり一体は北方の首都に当たる場所だったらしい。だが今では打ち捨てられ、不毛の地に成り果てて久しかった。
ハウゴ、<アイムラスト>の生命保護機能類の最低限のシステムを残して機体を待機状態にし、ビルの陰に膝を付かせている。
「……こういう形で決着はつけたくなかったが」
呟きつつ作戦概要を思い出すハウゴ。
『砂漠の狼』アマジーク、そして彼の駆るイレギュラーネクスト<バルバロイ>は企業所属のオリジナルと比べてもその戦闘力は遜色ない=まともに戦うにはあまりにもリスクの大きい相手。
故に、策。
軽量級のネクスト<バルバロイ>は圧倒的な高機動能力を保有する=言い換えればその装甲自体は脆弱である。
作戦概要は、陸送中の<バルバロイ>を起動前に強襲/プライマルアーマー展開前に積載する全火力を一気に叩きつけ撃破、もしくは可能な限り損傷を与えて起動した相手との以後の戦闘を優位に運ぶ/それが提示されたミッションプランだった。
不満がないとは言わない。
ハウゴがその両肩に背負うものが何もなければ、大昔の命よりも名を惜しむ武人のように一対一でも何でも仕掛ければ良い。だが、今ハウゴはアナトリアの運命を双肩に背負っている。彼の敗北はアナトリアの枯死という結果を招くのだから、戦いに勝つためには卑劣とすら思える手段を取る必要もある。
『目標、作戦エリアに侵入』
「……了解」
火を落とし、待機状態にある<アイムラスト>は相手の動体レーダーにも光学捕捉にも熱源ロックにも作用しない。
相手を近距離まで引き摺り込んでから仕留める。
相手に行動させない事を考えるならば、オーバードブーストで目標に急速に接近し、起動しようとする<バルバロイ>のコクピットにダガーブレードを叩き込めばそれで決着が付く=だが、両腕の武装をライフルに切り替えたのは自分が彼との真っ当な勝負を望んでいる事の心の現われではないのだろうか。
ハウゴ――我ながら傭兵らしからぬ思考だと自虐的に笑いながら待ち伏せる。
待ち伏せなんてのは鴉より狼の方が得意の筈なんだが、オペレーターのフィオナの合図を、手のひらに汗が滲むのを感じながら待つ。動悸が徐々に早くなっていく。舌先の乾きを覚えながら機体の主電源スイッチに指を押し当て待ち伏せるハウゴ。
一秒が千倍に拡大されたかのような感覚――刹那、フィオナの悲鳴に似た叫び声が通信機から聞こえた。
『そんな?! ……敵ネクスト<バルバロイ>すでに起動しています!!』
「! ……了解!!」
『……お願い、生き残って!』
「言われなくとも!」
奇襲が見抜かれていたのか/相手の索敵はこちらの隠蔽を見破るほど強力だったのか/どこかから情報が漏れたのか=誰もが疑問と狼狽から心理的動揺から立ち直るのに時間を要するものだが、ハウゴはそういう無為な思考にニューロンを一ミクロンも働かせなかった。失敗した作戦に拘るつもりは無い。
即座に<アイムラスト>のジェネレーターを稼動させ、生成されるKP粒子を整波装置が機体を鎧う防護幕へと形成する。<アイムラスト>のジェネレーターはGAの最重量級。その強力なエネルギーは高速戦闘の要であるクイックブーストを稼動させる回数を大幅に上昇させるが、その代わりにコジマ粒子の生成能力は世辞にも高いとは言えない。プライマルアーマー形成にも幾らかの時間が掛かる。
――敵機接近警報。
ハウゴ――痛烈に舌打ちを一発、同時に急げ急げ急げ、と、プライマルアーマー形成状況を示すディスプレイを親指で小突き続ける。システムを戦闘モードへ、接近しつつある攻撃目標をカメラアイが光学捕捉。同時にアーマー形成完了を示すブザー=操縦桿を握り、ブレーキと後方への後退推力を兼任するバックブーストペダルを蹴った。
敵イレギュラーネクスト<バルバロイ>は、その驚くべき機動性を見せ付けるかのように空中に跳躍。
その相手と中距離を保とうとするように<アイムラスト>は全速で後退。
<バルバロイ>着地=だがそこからすぐに戦闘機動を行わず、何故か直立したまま微動だにしない。
ハウゴ――相手の意図を戦士としての本能で理解=通信を開く。
「……よお、前は六年ぶりで今度は数ヶ月ぶり。えらく差が出たなぁ」
『そうだな。前は酒場で今回は戦場。……我ららしい再会と言えばそうかもしれん』
多分、これが最後の会話。
この会話を終わらせ、戦いが始まれば自動的に生き残るのはたった一命。
かすかな寂しさ/だが、それと同時に胸の奥底に確かに広がりつつある凶暴な熱=それは殺意と呼ぶにはあまりも静かであり、友情と呼ぶにはあまりにも厳しすぎる。<アイムラスト>、銃器を構える。<バルバロイ>、応えるように銃器を構える。
「……今だから言うとだな、アマジーク。前会った時にお前と戦いたくないって言ってたが、実はありゃ嘘なんだわ」
『……奇遇だな、俺もだ』
自然と唇が笑みの形にゆがむ。
ハウゴは不可解な感情に支配されながら笑った。自分は戦友を失う/もしくは自分自身の生命を失う=にも関わらず胸の奥底に広がる闘志と、紛れもない歓喜に/己の全力を駆使する事の出来るという、どこか歪んだ喜びに突き動かされる。
「実はな、いつかお前とやってみたいと思っていた」
『……俺もな、貴様と戦ってみたいと思っていた』
それは戦士の宿業なのか。
殺しの技を極め、そして同じく殺しの技を極めた友人と殺しあう。それをハウゴは繰り返してきた。ロスヴァイゼ/ストラング/アップルボーイ/アレス――数多くを殺し、数多くを看取り、殺しの螺旋を生き残った。
自分は何処に行くのだろう。敵を殺し友人を殺し全てを殺して最後の一人(ラストレイヴン)になり、そして自分は一体何処に行けばいい? 戦いの果てには例え生きていても一人ぼっちになるのではないか? そう考えると、ハウゴは寂しさのあまり一瞬喉を掻き毟り、泣きながら悲鳴を上げたくなる衝動に駆られた。
だが、衝動は一瞬。胸の奥底を熱く突き上げる麻薬に似た思いに従ってハウゴは笑う。
「じゃ、似たもの同士……」
『……ああ』
ロックオンシーカーオープン。<アイムラスト>のカメラアイが<バルバロイ>を捕捉。同時にロックオン警告、同様に相手もこちらを照準した。操縦桿を握る手に力を込め、ハウゴ/アマジークは獰猛に笑う。
「仲良く殺ろうぜ……」
『……ああ、仲良く殺ろう……』
この強敵を倒せるならば明日などいらぬと言わんばかりに、二人は本能に従った。
運動性能を決定する性能指数とは、いわゆる推力重量比である。
ブースターユニットが吐き出す推力と、機体自身の自重が運動性能を決定付ける。
単純に言えば、非常に軽い軽量機体と、凄まじい推力を吐き出す推進機器が揃えば最高の運動性能を有するということになる。
もちろん推力が優れているだけではまるで意味がない。優れた移動物と優れた兵器は別のものだ。そこから更に防弾性能/エネルギー回復力/積載武装などを突き詰めていくことになる。
原理的に言うならば軽量機体が軽快な動き/機動力を有するのは自重が軽く、推進器に対する負担が少なくて済むからだ。もちろん推力器のパワーを底上げすることによって重量機でもそれなりの運動性能を有することは可能である。
ただし、高い推力を有するという事は、逆に言えば高いエネルギーを要求すると言う事であり、推力器を強力にすればするほど今度は持久力が低くなると言う事態に陥るのだ。
あちらを立てればこちらが立たないのがアーマードコアであり、その突出させた性能の中で自分なりの戦術を組み立てるのがアセンブリの基本となる。
手ごわい。
ジョシュア=オブライエンが実際に交えてみて感じた印象はその一言に尽きる。
『上手い動きだが……そんな腰の引けたマニューバで何が出来る!!』
「……これの何処が粗製だ……!」
敵ネクスト<フィードバック>のバズーカ砲弾――至極単純明快な物理的破壊力=高脅威/その先端が<ホワイト・グリント>を睨み、機動に追従して来る様は背筋に氷塊を滑り込ませるかのような凄まじい威圧感を持つ。
確かに高いレベルのAMS適正を持ち、<ホワイト・グリント>を手足の如く扱えるジョシュアから見れば機体制御に甘い点がところどころ見受けられる。アスピナ機関であれば失敗作の烙印を押されて見向きもされないはず――だが、そういう相手にジョシュアは苦戦を強いられている。
AMS適正は低い、それに機体も重量級であり機動性能はむしろ劣悪な部類であるが、しかしそれを補って余りあるぐらいに単純に『上手い』のだ。
距離を離し、積載する武装の中で最高の威力と追尾性能を持つ多弾頭ミサイルの使用を狙えば的確なオーバードブーストにより乱戦に持ち込まれる。長槍を思わせる高速ミサイルが<ホワイト・グリント>めがけて一直線に追撃し、敵の低い旋回性能に付け入り相手の射角を避けて横歩行からの銃撃で圧倒しようとしても、プライマルアーマーと元来持つ重装甲に阻まれ致命傷には至らない。まごつけば相手の低速の高角度旋回ミサイルが蛭のように回避機動に食いついて来、時には被弾を覚悟し、バズーカの必中距離へ弾雨の中にも臆することなく突撃を仕掛けてくる――AMS適正が低い人間なりに/才能が無いなりに戦う手段を編み出していた。
致命弾はすべて避けている。
だが、この戦闘にはジョシュアは勝利しても得るものなど何もないのだ。
敵リンクスのローディーは自分に付きまとう侮蔑の言葉をすべて叩き潰すため、己に向けられる嘲笑全てに対する怨念をぶつけるかのような刃の如き一直線――充溢した殺意を漲らせるような狂猛な機動を仕掛けてくる。それに対しジョシュアは全力を振り絞る事が出来ないでいる。
この作戦で勝つ事に全力を注ぐローディーと、次の戦いに備えて戦力を温存したいジョシュアとではその戦いに賭ける意気込みに差が出るのは当然――それがジョシュアが苦戦する理由の一因でもあった。
『ああうううぅぅ……依頼主より入電、<バルバロイ>と<アイムラスト>が交戦(エンゲージ)、ななな、なんてことおぅぅぅぅ……』
「出来るなら二対一で確実に仕掛けたかったが……!」
マーシュからの連絡に臍を噛む思いのジョシュア。予想されていた時間より交戦が早い――下手をすれば一対一が二回になってしまう。
ジョシュア――腹を決める。このまま戦いを続けたところでジリ貧であり、以降の戦いを考えるならば早い時点で勝負に出るべきだった。<ホワイト・グリント>、左右への移動を中止=真っ向から打って出る。
『?! ……死ぬ気……でも無さそうだ』
『ジョ、ジョシュア止めてくださいぃぃ……バズーカを浴びれば幾らホワイトグリントでも傷が付きますぅぅ……』
ローディーは驚愕の呟きを漏らしながらも相手が勝負に出たことを悟り、迎え撃つように両腕のバズーカアームを槍のように構え突撃。
アブ=マーシュは自分の生み出した機体に傷一つ入る事すら嫌いな偏狭質的な性癖を剥きだしにして思わず本音を漏らす。実際は直撃すれば傷どころか大穴が開きそうな気分であるのだが。
突撃する両名。
共に必中の距離へと到達する寸前――<ホワイト・グリント>突撃ライフルを構える=だがその銃口が睨む先は敵ネクスト<フィードバック>ではなく、砂漠の大地へ向けられている。
速射――マズルフラッシュの瞬きと共に近距離で威力を発射するライフルの弾丸が正確に三正射。
『FCSが死んだか? ……いや!!』
見当外れの方向に発射された弾丸は地面に着弾=弾体が持つ運動エネルギーが砂漠に命中――その勢いに弾かれ砂が爆薬でも仕掛けられていたかのように四方へ弾け飛んだ。
『目潰しのだろうが……!』
ローディー=驚きながらもそれが所詮悪あがきの類である事を見抜く。
最新鋭機であるネクストは例え光学ロックオンが不可能だったとしても高性能のFCSが即座にシステムを自動で切り替える。
光学ロックオンからシステムを熱源追尾に自動切換え――再度ロックオン完了。砂の瀑布に姿を隠しながら空中へ移動していた相手に対してローディーは引き金を絞る指に力を込めようとする。こちらの目を誤魔化し空中に逃げる為の数秒を稼ぐ事に成功した相手の機転には素直に感心する。だが、この至近距離からバズーカ砲弾を避けることは出来まい。
必殺の確信を得たローディーは――そこで空中に飛ぶ<ホワイトグリント>の体勢を見、瞠目する。
まるで蹴り足を突き出し、飛び蹴りを叩き込むと言わんばかりに、自分自身の肉体を一本の槍と見立てるように。
『貴様、その動きは?!』
「機体関節各部ロック完了! ……エレメンタリーからアスピナに流れたその動き、使わせてもらうぞ、アナトリアの傭兵!!」
<ホワイト・グリント>クイックブースター起動=瞬間的に音速突破し、如何なる場所をも踏破するために作り上げられた足という移動手段を物理的破壊兵器へ転用する――機動兵器による肉弾戦/飛び蹴りとしか形容しようが無い一撃。その真横を<フィードバック>のバズーカ砲弾が風を抉って吹きぬける。
かつて<アイムラスト>を稼働させる際、ハウゴが見せた常識外れの動き――命名『必殺! ネクストキック!!』
相手がまさか離脱ではなく攻撃を狙っていたと判断できなかったローディー=<フィードバック>はその頭部の統合制御体に一撃を叩き込まれる。途端<フィードバック>のディスプレイにエラーが乱立=同時に頭部メインカメラに裂傷/光学ロックオンシステムに甚大な被害。頭部は大破まではいかない=ノーマルとは次元の違う強度装甲――だがそれでも打ち込まれた衝撃は壮絶。
『……クソ、メインカメラが半分死ぬか……此処までだな……』
敵機捕捉機構に異常/統合制御体に損傷=システムをバックアップモードに切り替え最低限の移動能力を確保し、損害を受けたことで増加したAMS負荷による頭痛に眉を顰めながらローディーは<フィードバック>を後退させる。
『ててて、敵ネクスト、後退します』
「……追撃の必要は無い、このまま戦闘領域へ移動開始」
ジョシュア――その後ろ姿を見送りながらオーバードブースターをスイッチ。
再び、新たな戦場をめがけ推進炎の翼を広げる=加速/戦域を離脱。
熾烈ッ――――――――――壮烈ッッッ――――――――――――――――――――――――痛烈ッッッッ――――――――――――――――――――酷烈ッッッッッッ――――――――――――――――――――激烈ッッッッッッッッ――――――――――――――――――――――苛烈ッッッッッッッッッッ……!――――――――――――――――――――強烈ッッッッッッッッッッ…………!!――――――――――――――
それは桁外れの速度と火力を併せ持つ、一秒ごとに加熱し続けるかのような激しい死闘を繰り広げる、圧倒的大多数を凌駕する絶対的な質を有した人類最強戦力同士のぶつかり合い。
その異常なまでの機動戦舞に迂闊に近づくものがあれば両者即座に相対するを止め、無粋な第三者に対し戮殺の意志を露わにすると思えるほどに、全く他に対して目を向けてはいなかった。
砂漠の狼アマジーク。アナトリアの傭兵ハウゴ=アンダーノア。
両名ともリンクスの中でも恐らく最高位に位置する技量の持ち主であり/だが、その戦いを鑑賞するものは少なくとも今はまだ居ない。
お互いに至高の強敵と認めた敵手。
両名とも――――相手機動に追従し/凌駕しようとし/死角を取ろうとし/死角を取られまいとする。
『活動限界、半分を突破!』
被弾/衝撃。ハウゴ――フィオナの恐怖の色をまじえたその言葉に、『いつの間にそんなに喰らったか』と驚く。そう考えながら武装を選択。
<アイムラスト>、肩部兵装のミサイルランチャー、カバーを解放、弾頭を展開。<バルバロイ>を追いかける為のロックオンに必要とする時間は一刹那=ロック完了のサインと共に指を離す/相手目掛けて噴煙の尾を引きながらミサイルが吐き出される×18。
飽和攻撃(サチュレーションアタック)、相手の回避スペースを膨大な弾数で踏み潰し、相手の迎撃能力を数で押しつぶす戦法。まるで獲物を噛み砕かんとするピラニアの群――だが<バルバロイ>の可能とする運動/加速性能は従来の回避セオリーを軽々と飛び越える。
『オーバードブースト、レディ……!』
<バルバロイ>至近距離ならば最高クラスの破壊力を誇る、十六発の散弾をばら撒くショットガンを前に構え、同時にオーバードブースターをスイッチ――自らミサイル弾幕の網に飛び込む形。
背部装甲カバー解放――圧縮された膨大なエネルギーによる爆発的推力が<バルバロイ>を瞬時に音速の域へと機体を押し上げる/同時にショットガンが吼えた=吐き出される十六の弾丸は音速域へと加速した機体から射出されたが故に通常よりも強力な慣性エネルギーの加護を帯びてミサイルを引き千切る。
四散したミサイルの破片が周辺のミサイルを巻き添えにして爆発――ミサイル誤誘爆(ブラザーキル)。
その爆発の高熱帯をプライマルアーマーで突破し、<バルバロイ>そのまま直進。遠距離射撃戦の距離から一気に近距離射撃戦に移動。回避機動と前進機動の一体化した動き――砂漠の狼と仇名される理由を示すかのような相手の喉笛に噛み付きにかかる攻撃的移動だった。
対するハウゴの対応も迅速を極める。
ミサイル正射後、<バルバロイ>のオーバードブーストのエネルギー圧縮を視認した時点で武装をミサイルからライフルに切り替え相手の突撃をやり過ごす闘牛士のように横方向への回避機動。
両者、射撃距離に接近。
<バルバロイ>の突撃ライフルが火を噴き、吐き出された弾丸は<アイムラスト>に迫る=だがハウゴはマズルファイアの炎を視認すると同時にAMSを通じて逆方向へのクイックブーストでこれを回避。だが、<バルバロイ>の銃口は軽量級ならではの軽快な腕部運動性能を生かし相手の回避機動に追従する。
<バルバロイ>、突撃ライフル/ショットガン発射。
<アイムラスト>、高精度ライフル/突撃ライフル発射。
両機とも機体周囲に形成するプライマルアーマーが敵の弾丸の威力を減衰させる/だが、お互いにプライマルアーマー貫通性能を追求した点の突破力に優れる、ネクスト級の機体が発射するライフル弾は防御力場を貫きその下の地肌、装甲に着弾した。
ステータス表示にまた赤色が追加され――戦闘限界がゆっくりと近づいている事を告げる。
「くそっ……」
ハウゴ――激しい衝撃に怒りの声。相手のショットガンの数発の直撃を浴びた=本来ならば相手の攻撃による衝撃は高性能なパイロット保護機能とショックアブソーバーが相殺する所だが、今の一撃はハウゴにも感じられた。度重なる死闘でプライマルアーマーの展開率が四割を切っている。
だが、それは相手も同様であった。一撃撃たれはしたがそれでも<アイムラスト>は相手を撃ち返している。無傷ではない=お互い互角。
『……悪いが、まだ死ねんのだ』
「お互い様だろうが、そんなこと……!」
<バルバロイ>脚部屈伸=跳躍準備動作。
得意の三次元機動とそれに絡めた頭上からのトップアタック。ハウゴ――相手に頭を取られぬように<アイムラスト>脚部屈伸=跳躍準備動作。
両機、共に飛翔。
一転し、空中戦へ両機は戦場を移す。
どちらも両腕に持つ火砲に火を噴かせ、相手の機動を回避しながら射撃を繰り返す。
被弾/回避――両名とも背筋を冷たく濡らす感覚を感じる。
『消えろ、消えろ、消えろ』
抑揚の無いアマジークの声――機体性能を極限まで引き出すための精神負荷によるものか、まったく感情の揺れが感じられない。
通常よりもエネルギー消耗の激しい空中戦――だが、ハウゴはその状況で冷静に戦況を見極めようとしている。
<アイムラスト>が搭載するジェレネーターは他の追随を許さぬ強力なエネルギー回復力を誇る。それに対して<バルバロイ>は軽量級機体。瞬発力では<アイムラスト>に勝ちは無いが、持久力では上回っている。そしてトン単位の機体を空中に押し上げながら、膨大なエネルギーを消耗させるクイックブースターを使用し続ければいずれ限界が来る。
被弾の恐怖を勝利への算段で必死に押し殺しながらハウゴは銃撃を続ける。
次の瞬間だった――<バルバロイ>は空中への空対空戦から先に脱落するように地上へ落下する。ジェネレーターに限界が来た、そう判断したハウゴは<アイムラスト>積載武装の中でも最大の威力を誇るハイレーザーキャノンを展開。頭上からの攻撃で回避機動に限界の来た<バルバロイ>に狙いを付けようとし――。
「ちっ?! うまい手を……!!」
<バルバロイ>の機影が、乱立するビルのひとつの陰に隠れるのを見る。
即座に<アイムラスト>の統合制御体はロックオンシステムを熱源追尾に切り替え、ビルの壁向こうに隠れた相手を再度補足。
「だが、隠れたなら壁ごと……!!」
ハイレーザーキャノンのガントリガーを引く=同時に膨大な電力によって形成された超高熱の光の巨槍がビルの外壁を溶解させ/貫通し/壁ごとぶち抜く。同時に倒壊するビル/瓦礫が砂埃を吹き上げセンサーに悪影響=レーダーを確認するがマスキングされて役に立たない。瞬間脊椎に炸裂する生存本能――反射的に機体を全力で後退。
その直後横方向から放たれた散布型ミサイルが爆炎を撒き散らす。そのうちの一発が着弾=振動。
『……二秒、三秒……よし、生き返った!』
視界を奪いながら横方向へ回り込んでいたのだろう――<バルバロイ>唯一の背部武装である散布型ミサイルランチャーのカバーを閉鎖し、再び射撃戦の距離へ。
ハウゴ――機体を後退。敵をロストした二秒三秒で<バルバロイ>のエネルギー総量はすでに完全に回復している。
地形を把握し、建物を遮蔽に取る。単純に早いだけではない相手であることを改めて実感するハウゴ。
<アイムラスト>後退、<バルバロイ>前進。
ショットガンが不味い、ハウゴは思う。
至近距離において最高クラスの瞬間火力を誇るショットガンは熟達した戦士であるアマジークが使えば必殺となる。相手の集弾率が低下する中距離戦を挑みたいところだが相手もそれを理解しているのだろう、<アイムラスト>の後退に対して追従してくる。
「だが、アマジーク……!」
ハウゴ――周囲の地形を見回し後方へ跳躍。<バルバロイ>も前方へのクイックブースターで間合いを詰め、ショットガンの間合いへ踏み込もうとする。<アイムラスト>それに対して後方へのクイックブーストによる後退。
『ダメだ、それでは』
<アイムラスト>はそれでもショットガンの致命的殺傷領域からは逃げ切ることができない。相手の無駄な努力を嘆くような平坦な言葉だが、次の<アイムラスト>の行動にアマジークは目を剥く。
右腕に装備していたライフルのホールドを解除――同時に右腕を振り上げ、ライフルを放物線状に後ろへ投げ捨てる=自機の位置から右斜め後方へ投擲。同時に腕部で銃器を補綴していた<アイムラスト>は、その空いた右腕を横に伸ばした――そこに在る乱立する砂に埋もれたビルの壁を引っかき、そしてビル内部の角の支柱を掴む。
『……なにっ!!』
「忍法直角飛びだ、覚えときな……!!』
支柱を握ることによって強烈極まるコーナーリングフォース発生――後方への推力のベクトルを右斜め後方へ直角的跳躍へと変化させる。
同時に頭上に影――放物線を描いて空中から落下してきたライフルを再び右腕が補綴――銃器と統合制御体=電子的結合。ライフルをFCSに取り込む。過去の自分から未来の自分への精密なバックパス――同時に<アイムラスト>は<バルバロイ>の横方向、絶好の射撃位置を取る。
ロックオン=最大の勝機到来。
『理に適った動きの中に一点奇を潜ませる……相変わらず読み難い動きだ……!』
「殺るぞ、アマジーク!!」
『……この反応、いけない、逃げて!」
ガントリガーを絞り、鴉と狼の勝負に決着を付けようとしたハウゴ――フィオナの声と共に突然のミサイル警告。
どこからだ、と疑問の声を上げる暇も無い。衝撃/轟音/一気に機体ステータスにレッドサインが増殖する。
『こちら、<ホワイト・グリント>』
冷静な、どこか落ち着いた響きの声――レーダーに閃くIFF(敵味方識別装置)が敵勢表示を示す。
『これより貴機を援護する』
『……企業の雇われ犬か』
アマジークの声=どこまでも苦々しい。かつての戦友との決着――願わくば一対一、公正な状況で雌雄を決したかった。そんな戦士としての本能を黙らせ/マグリブ解放戦線の英雄として必ず生き残らなければならない立場であることを自らに言い聞かせる。
『……了解した。……悪いな』
「……奇襲を狙った相手に掛ける言葉じゃねぇな」
ハウゴ――声は陽気/だが心臓は死神の足音を感じたのか、早鐘のように波打つ。限界に近い機体/目の前には比類なき強敵の戦友/無傷のままの新手の敵。白い新手のネクスト<ホワイト・グリント>はミサイルランチャーでの遠距離射撃から高速機動を行いつつ接近=両腕のライフルから苛烈な銃撃を加えてくる。
それに応射しつつ、同時に<アイムラスト>の腕部に構える銃器の弾数が限界に近づいている事を確認。
「……切れ切れついでに人生の幕切れってか?」
死に瀕してなお軽口――笑いながらそれでも一縷の希望にすがり、<アイムラスト>を戦闘機動へ。
『す、凄い敵です……』
アブ=マーシュの言葉にジョシュアは心底同意する。
攻撃目標<アイムラスト>は今や死神に片足を掴まれた状態にあった。装甲も限界に近いのか各部から火花を散らしていた。機体の耐久力よりもまず先に心が折れるような絶望的な状況であるにも関わらず/二対一にも関わらずその動きは一秒ごとにキレを増し、進化していくかのようだった。
一対一ならば恐らく確実に敗れていたであろう相手=否、今もなお<アイムラスト>が背部に積載するハイレーザーキャノンは健在、あの相手はまだなお勝利を諦めず、こちらに必殺の一撃を打ち込む機会を淡々と狙い続けている。なんという精神力、なんという闘志。圧倒的優位な立場であるはずのジョシュアだが、心理的な余裕など一片も感じる暇がない。
高機動を行い迫る二機のネクスト<バルバロイ>と<ホワイト・グリント>に対して<アイムラスト>は直も隙を見せない。両腕に構えたライフルをそれぞれに振り分け、まだ反撃を行ってくる。
だが――それも時間の問題でしかない。ジョシュアは冷静に算段を付ける。
<アイムラスト>、<ホワイト・グリント>に向けた左腕の突撃ライフルを破棄、同時にハイレーザーキャノンを展開する。
「弾切れか、付け入らせてもらう……!!」
<アイムラスト>のライフルの弾装が遂に尽きたのだろう、マグチェンジもせず投棄したライフルの変わりにハイレーザーキャノンがその威容をあらわにするが、所詮は隙の多い単発兵器。一撃を回避すれば後はリロードが終わるまで攻撃を加える事ができる。
勝った、ジョシュアがそう思うのは至極当然の帰結であり。
次に聞こえてくるアブ=マーシュの言葉にジョシュアは息を呑んだ。
『……うぇ、ジョ、ジョシュア……高速で戦闘空域に接近する機体を確認、ネネネ、ネクストです……!!』
ハウゴの勝利で終りかけた勝負。
それはジョシュアの参加でひっくり返り、そしてアマジークとジョシュアの勝利が見えかけたその勝負。
それは再び、新たな第三者の参戦でひっくり返る。
戦闘空域へ侵入する機体=異形のネクスト機体。
相手の小口径砲弾など欠片ほども意に介さぬかのような相手の闘志を殺ぐ絶望的重装甲/攻撃を避弾径始で弾く事を狙った丸みを帯びたボディ/もっとも目を引くものはその下半身だろう=脚部が無い/低エネルギー消費で常に空中に浮き続けるホバー脚部=本来ならばこの時代に存在するはずが無い技術/右後背武装=大口径榴弾砲/左後背武装=大口径榴弾砲/右腕武装=大口径榴弾砲/左腕武装=大口径榴弾砲/ただ一つの兵装に統一した凄まじいまでの広範囲爆殺半径=驚異的大量虐殺能力。
接続ボルト爆破――両肩、補助兵装の部位に接続されていた増速用パワーブースターを分離(パージ)。
その戦場に現れた四機目のネクストはその余速を駆って乱戦に飛び込む。
運動性能を決定する性能指数とは、いわゆる推力重量比である。
軽ければ軽いほど、速い。重ければ重いほど遅い。単純明快な法則。
そして新たに現れた異形の足無しネクストはその法則を純粋な力技でねじ伏せるあまりにも異質な存在だった。
大口径榴弾砲=通常なら重量級のネクストが運用する武装であり、軽量級が装備しようとしても、武装積載量(ペイロード)を大幅に食うそれは運動性能を低下させる。相手の攻撃を分厚い装甲で受け止める重装甲は過度の機体負荷をもたらす。
だが、その機体はそれほどの大型武装を四つ積載/重装甲の機体負荷を帯びながら、<ホワイト・グリント>に驚くほどの速度で迫る。
「馬鹿な?!」
『アタクシの前に立った奴は大抵そう言うねぇ』
その外見/その装甲、もし地を這うような低速であるならばジョシュアも納得はできる。装甲と火力で相手を殲滅する重量級だ。
だが、その新手は先ほどから<ホワイト・グリント>の速度に付いてきている。
考えられるのはただ一つ、相手は圧倒的な重量の武装を搭載しながらも、それを桁外れの大推力でもって非常に強引に軽量級の機動性を確保させている。新型、恐るべき新型。ジョシュアは勝負が再び振り出しに戻ったことを悟った。
『ハウゴ、……GAから連絡。リンクスナンバー41、プリス=ナー、増援よ!』
フィオナの声には明らかな喜色がある。無理は無いだろう。圧倒的な劣勢から生還する望みが出てきたのだから。
だがハウゴは彼女の言葉に答えない。
無理もない、その機体はかつてあの赤い星で戦った強敵が駆る機体そのままだったのだから。
「……確かに、確かにお前が生きてても不思議はねぇが」
『……よお、ナインブレイカー』
<アイムラスト>を庇うような位置に立つその異形のネクスト機。
女の声。重装甲/重火力/高機動力という矛盾をクリアした超高性能ネクストを駆る女の声は、どこか狂猛な色を帯びている。
「……お前が味方だなんて悪い冗談みたいだな、<アホガリブス>! そして囚人番号……えーと。……誰だっけ?!」
『ハハハハハハハ人の名前覚えてねぇのかよ失礼だなオイ!! ……勝手に死に掛けてる分際で、相変わらず変わらねぇな、テメェ後と言わずに今すぐぶっ殺してぇぜ!!』
「お前こそ、相変わらずの全武装グレネードか、変わらないな、俺を惚れさせる気か!」
『いるかよ、ンなもん!』
死に瀕してなお軽口――あの赤い星で戦った男が今もなお変わらぬ事をその短いやり取りで感じたプリス=ナーは、ゲラゲラと笑い声を漏らしながら、操縦桿を握力で締め上げる。
システム、戦闘モードへ移行する。
[3175] 第十四話『こういう死に方なら』
Name: 八針来夏◆030a2a64 ID:bda3c62a
Date: 2008/06/17 10:29
『GAE所属、リンクスナンバー41、プリス=ナー。機体名<アポカリプス>、ううぅ、じょ、情報らしい情報がありません、おお恐らく相手の戦闘はこれが始めて、相手は初陣です。……う、初陣ですけど、け、警戒してください』
「……了解している」
初陣の相手――通常なら与し易いと見るべきなのだろうが、あの新型から漂うのは凄まじいまでの暴の気/闘争に慣れた熟練の殺戮者の邪悪な風格/魔王が如き威圧。
ジョシュア――<アイムラスト>を庇う位置に立つ敵の新手<アポカリプス>に視線を向ける。
既存のネクスト機体とは一線を画す新型=GAはネクスト技術において他企業の後塵を配するがために、使い勝手の良いネクスト傭兵という存在を受け入れたのではないのか? あれほどの性能を有する機体を生産する能力があるのなら他企業に遅れをとるはずがないのに。
そう考えたのは一瞬。疑問の全てを脇においてジョシュアは戦闘行動を開始する。相手が新型であるなら、<ホワイト・グリント>もアスピナの新型機体。引けは取らぬと己を叱咤激励――ミサイルロック完了、ガントリガーを引いた。
<ホワイト・グリント>の両肩に設置された多弾頭ミサイル×2が噴煙の尾を引き射出――加速と同時にミサイルのカバーが排除されパイロンに捕まれたミサイルをリリース、敵新型を追尾開始8×2=計十六発。
『ハッ、そんなにアタクシとガチで殴りあうのが嫌かい?』
「……当たり前だ……!!」
真っ当に殴り合うなど正直割りに合わない=ジョシュアの冷静な戦闘知性はそう告げている。あの高機動性能にあの重装甲にあの重火力。外見を一瞥するだけで相手の戦意を削ぐような凶悪なディティールだ。
――<ホワイト・グリント>の両肩に積載された多弾頭ミサイルランチャーは市場に並ぶネクスト用のミサイルランチャーの中でも非常に高い火力と追尾性能を誇る。誘導性能を欺瞞するフレア装備がなければ対処は不可能と言っていい。
相手との距離を一定に保ちつつミサイルで相手の装甲を削り、戦闘を優位に運ばなければ。
発射された小型ミサイルは高機動(ハイアクト)ミサイル並みの追尾性能がある、あれから逃れるにはオーバードブースターで一気に振り切るか、もしくは被弾を覚悟して前に出るかしかない。どちらにせよジョシュアにとっては考えうる最善の一手だった。
相手がミサイルを振り切るために離脱するなら、<アイムラスト>に止めを刺し、ミッションを完了させる。もし重装甲にものを言わせて被弾覚悟で突撃してくるなら、それはそれで良い。相手の装甲を削る事ができる。どちらに転んでも状況を優位に展開できる。
だが、<アポカリプス>/プリス=ナーの取った行動はそう踏んだジョシュアの思惑を嘲笑うかのようにまったく完璧だった。
『……増速用パワーブースターを装備するために肩の迎撃ミサイルを外したのが痛てぇな。まあ良いさ、……セット、ゼロコンマトゥーワン!!』
ジョシュアの予想に反し、<アポカリプス>は前進する。回避機動を取らずに相手のミサイルを睨むように腕部大口径榴弾砲を突き出した/重々しい発射音と共に榴弾が発射される。
それは普通に考えるなら愚考でしかない。高度になった火器管制は飛来するミサイルにすら照準をつける事が可能になったが、それは弾速と連射性能を兼ね備えたマシンガンでなければ生かすことなどできない。弾速が遅く、着弾と同時に爆発するグレネードはミサイル迎撃にまるで向いていない。
そのはずだった。
飛来するミサイル×十六/飛来する榴弾×壱=その両方が交差しようとした瞬間。
轟音/空気を跳ね飛ばすような衝撃が砂漠の地を覆った。
ミサイルと榴弾、交叉する百分の一秒、その刹那の瞬間を狙い済ましたかのように榴弾が爆発した=弾体周囲を焼く超高熱の灼熱の嵐/周囲の構造物を切り刻む鉄片/乱舞する殺傷領域=結果十六発のミサイルは灼熱と鉄片に暴食され爆発に飲み込まれて吹き飛ぶ=ミサイル迎撃成功。
「……な、に?」
『み、ミサイルを、ぐぐ、グレネードで正確に吹き飛ばすぅぅ……? し、し信じられません……』
白昼の下で幽霊を見たような驚愕のうめき声を漏らすアブ=マーシュ/ジョシュアも心情的には彼女と似たようなもの。目に映る神業を俄かに信じる事が出来なかった。
『あれ、な、何をしたの?』
フィオナ――驚愕を露わにしながら呟く。
ハウゴ――相手の注意が増援に向いている事を確認し、<アイムラスト>のプライマルアーマーの再生を急がせる/だが、整波装置のいくつかが激闘の中で破損していた/眼前に展開される神業を見つめながら忌々しげに目を細めた。
「……変わってねぇ、あの女は悪魔みてぇな遅速信管(ディレイ)使いなんだよ」
『……ディレイ?』
ハウゴの呟き――フィオナは思わず聞き返す。
「……通常ミサイル兵器や榴弾は着弾と同時に信管にスイッチが入り爆発する設計になってるが、バンカーバスターなどに代表される兵器の中には接触じゃなく、接触後コンマ何秒後とかに設定されているもんなんだ。装甲に当たった状態で爆発するよりも、運動エネルギーで装甲を貫通した後で、柔らかい腹の中に爆発すりゃ威力も倍増だ。……あの女はそれを榴弾でやってるのさ」
『……どうやってなの?』
「相手の機動、敵のミサイルの速度、位置などを瞬時に判断、ゼロコンマ単位で判断して発射される榴弾の遅速信管のタイマーをセットしやがる。……今のもそれさ、相手のミサイルと発射した榴弾、その交叉する瞬間を瞬時に判別して爆発するようにしやがったんだ」
フィオナの息を呑むような声が通信機から漏れて聞こえる。信じがたいのは当然だ、実際あの常識はずれの恐ろしさは戦ってみないとわからない。回避したはずの榴弾が至近距離で爆発する。もちろん直撃よりは幾らかダメージは下がるが、もとより爆弾を射出するような兵器だ、その威力は高い。軽量級のように紙一重で回避するというセオリーがあの女にはまるで通用しないのだ。かつて駆った愛機<アタトナイ>でさえ何度も痛手を食らわされたのだから。
『……可能なの? そんな事』
「不可能だ。少なくとも俺にはできねぇ」
ハウゴ――コジマ粒子が再度機体を覆う激しいスパーク音/整波装置の故障により、プライマルアーマーの最低限展開を告げる音声と共にはっきりと断言。
「戦場でそんな悠長なことなんぞ、普通出来ないさ。お互いに超高速で機動する相手と自分、相対距離などを瞬時に把握し計算する必要がある。……相手の機動を予測して、距離を把握し直感的にタイマーをセット、それを相手の至近距離で爆発させる。状況が流動的に動き回る戦場であんな神業なんぞ、誰にもできねぇ。
……ただ一人、あいつを除いてな。
<アポカリプス>は確かにヤバイ機体さ。だが、機体のヤバさならメイトヒースの<デスマスク>のヤバさの方が上だった。どっちかって言うなら、操縦している相手がヤバイんだ。あいつはあの技一つでアリーナの最上位ランカーに上り詰めたようなもんだよ」
『アリーナ……?』
「あ、わりぃ、何でもねぇ。……やるぞ」
ハウゴ――思わず口を突いて出た言葉に、しまったな、と顔を顰める。もうすでに第二次人類の生き残りが自分ひとりであると思っていただけあって、敵だったとは言え彼女と再会した事で気が緩んでいたのか。郷愁の念を振り払い、ハウゴは戦闘に参加すべくブースターペダルを踏んだ。
『……邪魔をしないで貰おうか……』
『アタクシと奴との先史古代文明からの再会を邪魔してんのはテメェだぜ?! 先約はどう考えてこっちだろうがよぉ!!』
視界の先、交戦する三体。プリス=ナー――<バルバロイ>の激しい三次元機動に追い縋りつつ叫び返した。
イレギュラーネクスト<バルバロイ>は先程までハウゴの駆る<アイムラスト>との交戦で耐久度が限界近くまで達しているのだろう、機体の各所から火花を散らしている/だが内部のアクチュエーター、並びに推進系には致命的損壊を受けていないのか、その機動性能には翳りなど感じられない。
ネクスト同士の即席の連携――否、<バルバロイ>の動きに集中する<アポカリプス>の隙を突くように<ホワイト・グリント>が銃撃を仕掛けてきている。スタンドプレイ同士が見事噛み合って連携の形になっているのだ。だが、それでも軽量級の機動性に攻撃を回避され/命中した攻撃は全てプライマルアーマーと重量級の装甲に阻まれてしまう。攻撃の命中で乱れたプライマルアーマー、整波装置が再び安定滞留へ/躊躇い無く他企業パーツのレイレナード最重量級ジェネレーター『マクスウェル』を装備しているためか、エネルギー容量もコジマ粒子出力も極めて高水準/積載武装も電力を殆ど必要としないグレネード系のみ装備しているだけあってエネルギー回復力も馬鹿げた水準。
『……しかし、勝手に死にそうじゃねぇかコイツ。クソ長い手続きが終わってようやく実戦と思えばアタクシの一発で相手が死にそうなんぞ欲求不満にもほどがあるぜ? なぁ、ハウゴ!!』
「知るかよ……!」
帰るのは不愉快そうな言葉/プリスは鼻を鳴らして笑う。
『……に、しても腕が落ちたじゃねぇか、ナインブレイカー。アタクシが昼寝してる間にどこまで鈍ってやがる。……ああ、いや。
テメェ、さては『全力』を使ってねぇな』
ハウゴ――答えない。ただ、沈黙のみが是と認めているようなものだった。
『図星か。……たく、アタクシらが体を改造してんのは何のためだ? 神経系光学繊維による反射速度上昇! 肉体強化による抗G耐性! 知覚系直接伝達(ダイレクトアクセス)と呼ばれるAMSに似た人機一体能力! ……戦いに使わず死んでりゃ意味ねぇぜ?』
「へっ、……嫌いなんだよ単純に!」
舌打ちを漏らす。
ハウゴ=アンダーノアは同時にIFFの表示を無視し、いざという時は味方識別を解除するため、ロックオンシステムのマニュアルモードを稼働させる。血と破壊/一億年もの刑期を処された囚人番号―B・24715の戦闘力も、味方にしても尚危険である性格も把握している。味方ごと敵を爆殺してなお平然とする危険な精神/それでありながら透徹した戦闘知性は戦場にて常に正解を選択する。敵にしても味方にしても尚恐ろしい相手。
『さよけ。……だが、アタクシはテメェの命が大事だから使わせて貰うぜ? ……本気出せよハウゴ! アタクシは本気出すぜ?! ……INTENSAFY―LOADING、【システムプラス】、戦闘稼働開始! ……はははははははははハハハハハ、破壊破壊破壊破壊破壊破壊!!』
『ちっ……!』
『この殺気……!!』
瞬間、アマジーク/ジョシュアの両名から戦慄を含む呟きが漏れた。
まるで自分に向けられた拳銃の撃鉄が引き絞られたかのような感覚/何か不味いものが、のたうちながら目覚めたような印象をその殺戮に酔う声音に感じたのだろう。<アポカリプス>両腕に設置されたグレネードを発射。
それを大きく間合いを開けながら二機は回避/爆風と破片による破壊の熱波を掻い潜りながら体勢を立て直す。ジョシュアは銃撃射程から誘導兵器による長距離戦闘を選択。クイックブースター噴射し後方へ退避。<ホワイト・グリント>ミサイルカバー解放/今度は一斉にミサイルを放たず、<アポカリプス>にタイムラグを含ませたミサイル時間差射撃。
同時に<バルバロイ>背部装甲カバー解放=オーバードブーストへ。
向きはこちら/来るか、ハウゴは腹を括る。
『……だが、これはこれで俺の望んだ形……改めて一対一だ!! ……いくぞ!!』
「来いや、アマジィィィィィィィィィィク!!」
<バルバロイ>突撃。<アイムラスト>それを臆する事無く正面から迎え撃つ形。
左肩のハイレーザーキャノンが吼え/伸びる青い光の槍=オーバードブーストによる高速推進中に<バルバロイ>、クイックブースターで横方向へのスライド移動。
『ぐ、ぐぅ……!!』
苦しげな戦友の声/猛烈な加速Gに加え、横方向へのGで肉体に過度の負担が掛かっているのだろう。
だが、機体の進行方向は<アイムラスト>に向いたまま/狙うべき/決着をつけるべき戦友を睨み、照準は揺るがない。
ハウゴ――思考を張り巡らせる。突撃ライフルを失った今となっては至近距離での射撃戦闘は分が悪い=結果として射程距離の長い、残った一本のライフルとハイレーザーキャノンを生かした長距離射撃戦を行うべき。
そこまで考えて、その考えを全て捨て去る=相手の突撃力はこちらの後退速度を上回る。
後ろに引いては敗北/長の戦闘経験から勝利への手段を立案。一か八か、ハウゴは腹を括る。
『あっちはあっちで踊り始めたみてぇじゃねぇか? ……楽しくやろうぜ、白いの!!』
「……予想外の続く戦いだ!!」
ジョシュア――高機動を繰り返し、臓腑を潰すGを堪えながら呻き声を上げる。
先に戦った<フォードバック>の戦闘力といい/この新型、<アポカリプス>といい、戦場がいかに水物であるか教え込まれた一日だ。高いAMS適正を持つ己だが、AMS適正が劣性であるはずのローディー/ハウゴ=アンダーノア/アマジークの三名が持つ戦闘力は予想を超える凄まじさ。AMS適正はネクストを運用するために必要な才能だが、それは戦うための才能では無いという事を改めて実感。
最もそれを教訓として生かせるか否かは目の前の大敵を倒せるかどうかに掛かっている。
ネクストAC<アポカリプス>。
広範囲攻撃には向くが、プライマルアーマーとネクストの機動性に対しては本来有効ではないはずの武装のグレネードのみしか積載していないにも関わらず、その爆殺半径に正確に相手を巻き込む能力を持っている。
そう判断したジョシュア/オーバードブースターを起動=突撃を開始する。
『へ、さっきと違って好戦的じゃねぇかよ……!』
ジョシュア=無言/無駄口を叩いてどうにかできる相手ではない。
機動性能では相手がこちらを凌駕/防御力では相手がこちらを凌駕/攻撃力では相手がこちらを凌駕=性能においてこちらが勝る点=皆無/絶無/悪夢。
だが、それでもジョシュアは闘志を捨てていない。
<ホワイト・グリント>は相手の至近距離に接近=両腕のライフルで銃撃を加えながら高機動戦闘を開始する。炸裂するライフル弾の運動エネルギー/<アポカリプス>の装甲に火花が散る。アーマー貫通性能に秀でたライフル弾によって損傷が入る=しかしそれは致命傷には遠い。<アポカリプス>、顔の周りに群がる羽虫をうっとおしがるように榴弾砲を構える=だが、発砲は行わない/否、行えない。
「この距離でならば、広範囲を焼くグレネードは使えまい……!」
『へぇ……』
プリス=ナー――感心したような声。<ホワイト・グリント>の狙いは常に<アポカリプス>を大口径榴弾砲の巻き添えを受けるほどの近距離で戦い続ける事だ。相手の広範囲攻撃を逆手に取りながら幾度も銃撃。<アポカリプス>の重装甲とて無敵ではない、撃ち続ければ倒せない敵など無い。
『良いじゃねぇか。良いじゃねぇか……。仲良く丸焼きになろうじゃねぇか、へへへへ……』
途端ジョシュアは通信から漏れ聞こえるプリス=ナーの狂的な色を帯びた含み笑いにぞくりと背筋を寒くする。
<アポカリプス>クイックブースター稼働=瞬間的加速で後方へ後退/爆殺領域から逃がすまいとそれを追いかけようとしたジョシュアは同時に自機の進行上にある飛来物を視認する。
邪魔な物体/一瞬それを排除しようと考えたジョシュアは、その障害物の向こうでバックブーストを吹かす<アポカリプス>の右腕装備が失われている事に気付く=脊椎反射で目の前の障害物がパージされた大口径榴弾砲であることを理解/そしてもう一方の腕でこちらに照準を付ける敵機/『死』/雷電の如き緊急退避命令を<ホワイト・グリント>に伝える。
『ただし! アタクシはレア、……テメェは一人でベリーベリーウェルダンだ!!』
プリスの叫び声と共に、<アポカリプス>左腕大口径榴弾砲を構える=ただし狙いは<ホワイト・グリント>ではなく空中に投棄した大口径榴弾砲の弾装/短い発射音炸裂。
パージした大口径榴弾砲に着弾/誘爆=致命傷の大乱舞/黙示録的大爆発。
瞬間、轟音と爆炎が<アポカリプス>と<ホワイト・グリント>を巻き込んだ。
ショックアブソーバー/パイロット保護機能が機体を震わせる凄まじい破壊の衝撃からリンクスを保護しようとする=だがそれでも相殺しきれない凄まじい衝撃。同時に機体各所にエラー/AMS過負荷となり、ジョシュアの脳髄に今まで感じた事の無いレベルの精神負荷が発生。
「ぐわぁ……!! ……自分ごと、だと?!」
『う、ううう……!! プライマルアーマー形成率10パーセント、並びにAP30パーセントに低下!』
アブ=マーシュの泣き声に似た報告を聞きながらジョシュアは<ホワイト・グリント>の被害状況を確認。
極めて不味い状況/耐久力の大半は吹き飛ばされ、プライマルアーマーは極限まで減退=戦闘続行不可能と判断。爆風で吹き飛ばされたのか、<ホワイト・グリント>から離れた位置にある<アポカリプス>も大きな損傷を受けているのだろう、機体のあちこちに破損の傷跡が刻み込まれている=だが、あれほどの爆発に巻き込まれながらも戦闘継続には支障が無いのか、ホバー脚部からブースト炎を吹きながら再び迫り来る。
『お互い受けたダメージが互角なら、後はタフな奴が勝つってな。いい感じで黒こげだぜテメェ。今度から<ブラック・グリント>って改名しな』
ジョシュア――戦闘における判断は間違っていなかった。相手の爆殺半径の広さを逆手に取り射撃を封じる。
異常なのは相手リンクス――自分自身を巻き込んで敵を撃とうとする、その常軌を逸した狂人的発想だ。普通なら誰もが躊躇する自爆攻撃を実行できる精神/ここは危ない=あの敵は不味い。
「……限界だ、撤退する」
敵との距離が開いている今が離脱の唯一にして最後の機会/クイックブースト派生機動=ターンブーストで大震地旋回/オーバードブースター起動し、加速開始/戦闘空域を離脱する。
考えた、許される僅かな時間で何回も考えた。
<バルバロイ>猛進/突撃ライフルを構え速射三連。
その銃撃に対してハウゴは覚悟を決めた。<アイムラスト>は回避機動の一切を行わず右腕に構えていた、まだ弾数の残っているライフルを破棄/右腕が開放、同時にFCSが選択火器を肩のミサイルにオート変更。
<アイムラスト>は武装の重量から開放された右腕を動かす/迫る弾丸=コクピットを刺し抉ろうとした銃弾を、心臓を守ろうとする右腕が庇う/プライマルアーマーが限界域に達していたのだろう=恐るべき精度でパイロットを狙ったライフル弾は右腕を貫通/腕部のアクチュエーター複雑系に致命的損壊が発生、精神的負荷がAMSを通じてハウゴに失った右腕の幻痛として作用。
<バルバロイ>更に突撃/連射三連を右腕一本を犠牲にして回避したが、相手に残された装甲はもはや皆無=ならば至近距離において最強の武装であるショットガンの零距離射撃を持って引導を渡す。
構えられるショットガン/必中必殺の距離=確定した撃破/アマジークは友を失う微かな心の痛みを振り切るように引き金を絞った。
否、絞ったはずだった。
『なにっ……』
「……必中の心得を教えてやるぜアマジーク……、殴れるまで近づけだ!!」
相手の腕ごと、最後の一撃を放とうとした<バルバロイ>のショットガンは、<アイムラスト>の左腕に魔術のように現れた巨大な鈍器によって打ち落とされていた。
『ハイレーザーキャノン……?!』
それは今リロード中であるはずの左肩の必殺武装――アマジークは理解する。
至近距離に近づいた<バルバロイ>に対し、ハウゴは<アイムラスト>の左腕でハイレーザーキャノンをホールド、接続ボルトを爆破しそのままネクストのパワーで、光学兵器技術の粋を集めたハイレーザーキャノンを射撃武装としてではなく/単純に背中に積んだ巨大な鈍器として<バルバロイ>のショットガンを持つ腕をぶん殴ったのだ。
打ち落とされたショットガンは<アイムラスト>の装甲を抉る事無く砂の大地をかき回した。
刹那――両名は使用できる武装を可能な限りの速度で検索。
砂漠の狼アマジークの駆る<バルバロイ>の武装。
突撃ライフル――至近距離過ぎて照星が外れている=攻撃不能。
ショットガン――<アイムラスト>のハイレーザーキャノンを鈍器とした一撃に銃口を下に打ち落とされた=攻撃不能。
散布型ミサイルランチャー――兵装切り替えに時間が掛かるため即座に対応できない=攻撃不能。
アナトリアの傭兵ハウゴ=アンダーノアの駆る<アイムラスト>の武装。
高精度ライフル――右腕でパイロットを保護するために武装を破棄=攻撃不能。
突撃ライフル――度重なる銃弾の消耗により弾切れ=攻撃不能。
ハイレーザーキャノン――ショットガンの致命的一撃を外す為に物理的鈍器として使用し、パージ済み=攻撃不能。
ミサイルランチャー――右腕武装を破棄した事によりFCSが自動的にミサイルカバーを開放し発射準備態勢=攻撃可能。
躊躇わず、トリガーを引いた。
<アイムラスト>の右肩ミサイルランチャーが統合制御体の意思を受け高火力ミサイル発射。
ミサイルに食らい付く相手を覚えさせるロックすら行っていない攻撃だったが相手は目と鼻の先=ロックオンの必要すらない超至近距離射撃。
度重なる戦闘で損耗しきった<バルバロイ>にはミサイルの炸薬がもたらす破壊力は致命的だった。
ミサイルが着弾=<バルバロイ>の頭部が吹き飛び、統合制御体を保護する装甲すら大破し頭脳部が粉砕される/腕部を構える肩、腕それぞれに着弾/骨格のようなアクチュエーターがむき出しになり、小爆発を繰り返す/装甲の薄い軽量ネクストが耐えうるはずもない=爆発の余波は至近距離にいた<アイムラスト>にすら破壊の影響を与えるほど。
すべての力を失い<バルバロイ>はゆっくりと崩れ落ちた。
『……終わり、か……』
どこか、疲れたような声/どこか、安堵したような声=殺しの螺旋からようやく降りる事を喜ぶような/残された仲間達の未来を嘆くような、安堵にも悲嘆にも取れる呟きだった。
「……アマジーク」
さだめなのに、こころをきめたはずなのに。
ハウゴは脱出しろ、と叫びたい衝動を押し殺す。彼を本気で撃とうとした自分の言える言葉ではない。お互い末期の杯を交わしたあの日からずっと決められていたその日が来ただけだ。それは悲しいが仕方の無い話。ただ戦友を撃たなければならなくなったその巡り会わせを嘆くばかり。
『……そう嘆くな、友よ。……AMS適正をもたらすための人体実験と、機体限界を極限まで引き出すためにいろいろ無茶をやってきたのだ。お前に勝ったとしても……遠からぬうちに死んだだろう。これはこれで……悪くない』
「…………」
『……羽ばたくがいい、鴉。狼の死肉を食らえ。……腹を満たして明日を生きろ。……他ならぬお前に討たれ、お前に見取られるのだ……こういう死に方なら、……まぁ、な』
ハウゴ――瞳の奥に熱を感じ、頬を伝う水を知る。
「……何か、言い残す事はあるか?」
『……ウル、ウルバーン……彼がお前の前に立ったなら、俺は満足して死んだ、と。……仇討ちなど考えないでくれ、と。
ハウゴ、その力で……守りきれよ……』
<バルバロイ>が火を噴いた。まるで主が最後の遺言を語り終えるまで懸命に命を永らえていたように、最後の言葉を呟くと同時に<バルバロイ>は爆発し、四散する。
砕け散った戦友の機体、マウリシア撤退戦を共に生き抜いた仲間の一人を討った。
ハウゴ――<アイムラスト>の内装のシステム、空調をチェック。同時に接近する味方識別の機体。
『なんか知らねぇがしんみりしてんな、お友達だったのかよ?』
「黙ってろ、殺すぞ」
プリス=ナーの言葉にハウゴ――凍えるような殺気を含む言葉。
<アポカリプス>、その腕部を器用に動かし肩をすくめるような動作/背部装甲カバー開放=戦いの終わった戦場に興味などないと言わんばかりにオーバードブースターで加速。戦場を離脱していった。
『……敵ネクスト<バルバロイ>の撃破を確認。……ハウゴ、本当にお疲れ様』
「……フィオナ。<アイムラスト>の内部空調をチェックしてくれ」
ハウゴの平坦な声。友人を討った事で悲しでいるのだろう――押し殺した悲嘆の色を感じつつ、フィオナは無言でハウゴの言葉通り<アイムラスト>の空調システムをチェック――オールグリーン。
『内部空調に問題は無いわ、……ハウゴ』
「……だとしたらそいつは妙だな。……エアクリーナーが不調なのか、さっきから砂粒が目に入ってくるんだ」
そんなはずは無い。そんなはずは無いのだが――フィオナは黙って言葉を受け止める。
「……おかげで、涙が溢れてとまらねぇ」
ウルバーン=セグルは己の胸にぽっかりと大きな穴が開いたような感覚を覚えながら、居住区から幽鬼のような足取りで外に出て砂漠の海を見渡していた。
マグリブ解放戦線の精神的支柱であり、ネクスト<バルバロイ>を駆る砂漠の英雄アマジークは死んだ。戦死した。
遺骸は無い。<バルバロイ>と共に爆散してしまった。
耳を澄ませば、砂風の音と共に何処からもすすり泣くような声が聞こえてくるだろう。
「……仇討ちを考えるなとあなたは仰りました」
ウルバーンは仲間の場所に居たくなかった。
悲しみの声を上げ、悲嘆の呟きを漏らす仲間の近くにいたら、まるで本当にアマジークが死んでしまった事を認めてしまうよう。
否、ウルバーンは理解している。ハウゴ=アンダーノア、確かに彼ならアマジークを討つことができるだろう。両者を直接的に知る人間だからこそ、ウルバーンはアマジークの死を信じることが出来た。
「ハウゴ……覚えていますか。六年前、貴方は私に銃の使い方を教えてくれた。死闘の中で暖を取り、逃避行の中歌を囁き、誰よりも前に出た貴方を私は憧れていました」
呟く。誰かに聞かせることを目的としていない、自分自身に対する囁き。
ウルバーン=セグルは英雄アマジークを尊敬していた。だが、それ以上にあのマウリシア撤退戦の折、少年兵の一人だったウルバーンはハウゴ=アンダーノアに強く惹かれていたのだ。
だからこそ、彼が企業の傭兵と言う立場になったことを知ったときは、強く裏切られたと感じた。
「……私は、貴方のようになりたかった。……貴方になりたかったのに……!!」
拳を握る=強く握り締めすぎて己の手を潰すような激しい握力。
慟哭/嗚咽/悲嘆。目の奥が熱くなり、指先が震える、喉の奥が乾ききり、胸には大穴が開いたまま。大きな、大きすぎる穴、どうやったらこの空虚な思いを満たすことが出来るのか、失ったものの大きさに煩悶し絶望しながらウルバーンは空を睨んだ。
満月がある。
アマジークは死んだ。そしてその事実は、ハウゴ=アンダーノアというウルバーンの憧れであった人が、未来永劫自分と共に歩む事は無いと言う事実を告げるものだった。
砂漠の狼アマジーク、イレギュラーネクスト<バルバロイ>は撃破され、この日を境にマグリブ解放戦線は徐々に戦線を縮小させていくことになる。
そして彼が討たれた事は、一人の青年の岐路を大きく変える事を誰も知らない。
その彼を、物陰から黙って見守るセルゲイ=ボリスビッチを除いて。
「……嘆くがよいのである、若人よ。……心の穴を埋めるものはただ時間だけなのである」
セルゲイ=ボリスビッチは己を助けてくれたウルバーン=セグルを、物陰から黙って見守るだけ。
あの姿は彼にとって見知ったものだったから何も言わない。
彼は、ウルバーンは大切なものを失ったのだ。覚えがある。彼はセルゲイがかつて友人たちと夢を乗せたロケットが壊れ、大切なものを失ったあの日々の己自身にあまりにも酷似していた。己が失ったもののあまりの大きさに、胸を穿つ虚無の巨大さにただ叫ぶしかない空虚な日々。
時が己の心を穿つ穴を埋めるだろう。時間は残酷でいて優しい。
そして胸の虚無が癒えれば、ウルバーンはきっと行動を起こすのだろう。
それもセルゲイにははっきりと理解できる。失ったものを取り戻そうと、失わせた相手に相応の報いをくれてやろうと、自らの身体的苦痛を憎悪で踏み潰し、いかなる苦難も怒りで乗り越えるだろう。かつての自分のように。
手を貸そう、彼に。大切なものを失ったものとして、彼が道を誤まる前に。
一人の若人は復讐鬼になり、そしてかつて復讐鬼であった中年の男は若人の心を救おうと心に決める。
セルゲイ=ボリスビッチがテクノクラートに戻らず、マグリブ解放戦線に協力する事を決意したのは、その時であった。
[3175] 幕間その4―『金で誇りが護れるのなら』
Name: 八針来夏◆030a2a64 ID:bda3c62a
Date: 2008/06/17 10:34
薄暗い場所/慌しく人が動き回る整備ドック/周囲には大勢の整備員達が鎮座するネクストの調整に追われている。
それらをちらりと横に見やる女。
黒い短い髪/抜き身の刀身を思わせる冷え冷えとした雰囲気を纏う女/鷹のように鋭い眼光/サーベルのようなすらりとした長躯/リンクスナンバー3=通称『鳥殺し』アンジェ。彼女は周囲を見回し自分たちに注意を払っている人間が誰も居ない事を再確認。
もしこの場所に手榴弾が一発投げ込まれれば世界の戦力バランスが崩れるだろう。
そんな事を考えながら、この極秘の会合を集めた男、金髪碧眼の青年/口元には微かな微笑/目の奥底にある不敵な色/リンクスナンバー12=ザンニを見やる。ネクスト機体の資材を乗せたトラックの横、レイレナード本社施設『エグザウィル』の整備ドックの中、四人のリンクスがそこに居た。
頬にL字傷/獲物を狙う猛禽のようでもあり真摯な僧侶のようにも見える知性的な瞳/鍛え上げられた肉体/オリジナルの中で尤も膨大な戦果を上げた男/リンクスナンバー1=ベルリオーズ。
横に影のように控える男。切れ目の瞳/長身痩躯/黒目黒髪の男性/徹底して寡黙=この場に居る人間全員が会話を交わした回数は片手の指で足りる程度/AMS被検体から正規リンクスにのし上がり、当初の期待を上回る成果を上げた優秀な戦士=リンクスナンバー33=真改。
周囲に聞き耳を立てる相手はおらず、また雑多な音が溢れる整備ドックでは自分たちの会話を盗聴は不可能=其処まで四人のリンクスが注意を払ったのは、この集合を呼びかけたザンニ立っての要望であった。
「……まずは、何故我らを呼んだか教えて貰おうか」
「……疑問」
アンジェの言葉に続くように、壁に背を預ける真改=短く同意する。
ザンニは軽く頷いた/顎に手をやって、さて何処からどう話したものであるのか考えるように口を開いた。
「話が長くなりますから、最初から用件を申し上げます」
「ああ」
ベルリオーズ――首肯/この場に居る全員が単刀直入に話を進めることを好んでいる。
ザンニ――にっこり笑って言う。
「すみません、お金貸してください」
ベルリオーズ/アンジェ/真改――全員揃って変な奴を見る目で彼を見た。
そも、リンクスは企業専属の兵士であり、当然彼らには膨大な給与が支給される。リンクスとしてコジマ汚染に晒され続け短命を宿命付けられた彼らに対するせめてもの償いであり、彼ら全員が普通の人間からすれば到底手が届かない高給を得ている。
よほどの事態でなければ他のリンクスに対して借金の無心をする必要など無いはずなのだ。
ザンニ――困ったように笑う。恐らく全員の反応も予想のうちだったのだろう。
「さてと、……では、そんな事を言う羽目になった理由から始めましょうか。
……我々レイレナードとインテリオルユニオンとの間で提携して始まった『ゼルドナー』計画はご存知ですか?」
「……初耳」
真改――大抵の会話を単語で済ませる彼は、不可解そうにザンニを見やる。
「簡単に申し上げると、レイレナードとアルドラで開始された、ネクストの量産計画です。いやはや、知るのに随分鼻薬を嗅がせましたよ」
「……おい、ネクストの量産だと? 不可能だろうそんな事……」
「まあ、待て」
アンジェ――何を馬鹿な、と言わんばかりにザンニを不審そうに睨み付けた。だが、それを押し留めるベルリオーズ。
ザンニ――頷く。
「ネクストの量産を妨げている理由。……ネクストはコジマ粒子という最高のハードウェアを獲得しましたが、それらを制御するために必要なソフトウェアが追いついていないと言うのが実情です。……その問題を解決するためにAMSという新機軸のインターフェイスを使用、人間の特殊な知的才能を利用してようやく制御に成功しました。
ですが、そのAMS適正を持つ人間は少なく、それがネクストの量産を妨げる一因となっています」
そのあたりは全員が弁えている。今更言われるまでも無い事だ。
だが、とザンニは続ける。
「……我々レイレナードは自立型ネクストの生産に成功はしていますが、しかしやはりリンクスの乗るネクストと比べればその戦闘力の差は歴然。……で、レイレナードとアルドラが提携したのですよ。アルドラは量産化を想定したフレーム、ゼルドナーシリーズの製作に着手しました。そしてレイレナードはネクストを制御するソフトウェア開発を開始しました」
「……見込みはあるのか?」
ベルリオーズも信じ難いと言わんばかりにザンニを見やる。
ネクスト級の機体を制御/それをリンクス無しで行わず機械が自動でやろうとすれば恐ろしく高度で小型のベトロニクス【陸上車両などに搭載される電子機器の総称。対になる言葉として戦闘機などの航空機に搭載される電子機器をアビオニクスと呼称する】技術が必要になる。アクアビットは電子機器などの開発に定評のある企業だがネクスト級の機体を制御できるクラスの高度なソフトウェア開発は未だ不可能。可能になったのなら六大企業の軍事力バランスはもっと劇的に変化しているはずだ。
ザンニ=笑った/だが、先ほどまでとは何処か違う=何かおぞましいものを知ってしまったような、苦笑い。笑うしかないとでも言わんばかりの陰気な光を瞳に揺るがせて、唇を歪める。
「あるじゃないですか、ここに高性能コンピューターが。
倫理を無視して外道になれば、使い道のあるソフトウェアが」
呟きつつ、ザンニは自分の頭をこつこつ、と叩いた。
アンジェは最初彼が何を言っているのか理解できず、怪訝そうな表情で彼を見た=瞬間、最悪の想像に行き当たり眉を寄せる。まさか/出来るならば考えたくないおぞましい方法/むしろそうであって欲しくないという願望に近い思い=口に出せばその予想が真実になってしまうような気がして口を噤んだ。
ベルリオーズ/真改――両名もその予想に行き当たったのか、口を紡ぐ。周囲から隔絶されたような感覚/このあたり一体の空気が粘性を帯びたかのような印象。
まさか。
「……我らがレイレナードは人間の脳髄を利用したネクストの制御システムを開発しています」
呪詛に似た呻き声がアンジェの唇から意識せずに漏れた。全員が全員、ザンニですら笑顔を消し、目に嫌悪の色を浮かべている。
「……真偽」
「一応こう見えて大分お金を使いましたよ。十中八九間違いありません」
真改の言葉にザンニ、即座の返答。
ベルリオーズ――顎に手をやり考え込む様子=口を開く。
「……しかしな。……AMS適正の問題がある。例え機械への接続が成功しても、……いや。……まさか、もう研究を見限った訳か」
発言の途中で何らかの連想に行き当たったのか、ザンニに詰問の視線を向けるベルリオーズ。
アンジェ/真改=共に何の事か判らず顔を見合わせる。
「適任、いるじゃないですか。……極めて高いAMS適正を持つ人間が。……ずっと目を覚まさず、今やレイレナードに何ら益を齎さないまま眠り続けているあの子が」
そこまで言われればアンジェにも思い当たる。
国家解体戦争の折、過度のAMS過負荷によって意識を失い、五年近くも眠り姫となった/未だ目を覚まさない一人の少女のその面影。
「ネネルガルを、……あの子供を母体にクローンを量産しようと言うのか?」
アンジェ/喉奥から競り上がる嘔吐感。おぞましい真実を知ってしまった事に嫌悪/激怒=その両方を心に沸き立たせる。
「……レイレナード上層は彼女の研究を続けても益する事無し、それなら新技術の礎になってもらうと決定したようです。
……数日後、彼女は実験に供されます。意識不明の人間をネクストに接続した場合、外部からのコントロールは可能であるのかの実験です。レヴァンティーン基地から<アレサ>プロトネクストを輸送し、彼女を接続。稼働実験を行うそうです。それ以降は実験の結果次第ですが……まぁ、あまり楽しいことにはならないでしょう」
楽しいなど一万光年ぐらいかけ離れたおぞましい話だ。
ベルリオーズ――そこでふと気付いたようにザンニを見た。
「……まさか。お前にはそこまでやる義理など無いだろう、ザンニ」
「まあ、そうなんですが」
肩を竦めて笑うザンニ。アンジェ/真改――両名共、そこで彼が金の無心など行った理由を悟る。
「あの子……再会した時に、ジュース一本奢ってあげましてね。喉を鳴らして美味しそうに飲んでいました。
殺しが仕事の私ですけど、……まあ、流石に小さな女の子が切り刻まれるのを黙ってみていたら、これは駄目だろうと思ったんです。……ほんと、それだけなのですけどね」
ベルリオーズ/アンジェ/真改――無言のまま三名はそれぞれ胸元からこれまで得た作戦の給与を引き出す為のカードをザンニに手渡す。
ザンニ――深々と一礼。
「……私の我侭に、お金を出して貰い……感謝します」
「気にするな」
ベルリオーズ――短く一言。
「金で誇りが護れるのなら、これほど安い買い物も無い」
残る両名――アンジェ/さばさばとした笑顔、真改/短く首肯、唇には微かな笑み。
気になった様子でアンジェ――訊ねる。
「で、……アスピナとアナトリア、どちらだ?」
「そうですね」
ザンニ――頭を上げて微笑。
「やはり、ここはアンジェの愛しの彼にお願いしておきますよ」
[3175] 第十五話『赤色は嫌いなのです』
Name: 八針来夏◆0831a7df ID:e7588bfd
Date: 2008/06/22 11:38
「さて、今回はお前さんの目論見どおりに行くものかね?」
レイレナード社本社施設『エグザウィル』の頂上部分=鉄壁を誇る傘の最頂点の室内は基本的に本社の点検員しか足を運ばないはず。
だが、その二名はレイレナードにおける立場を考えるなら絶対に足を運ぶ必要など無いはずの人間であった。二人の男=湖面に浮かぶエグザウィル直衛艦隊を見下ろしていた。
一人の男――初老に差し掛かった男性/百七十近くの飄々とした印象の体躯/頭髪は老いに寄るものか、銀が混じり始めている/年経てはいるが、脆弱とは無縁の不可解な力の磁場を発するかのよう/瞳には深い知性と経験のみが可能とする老獪な色/嵐を呵呵大笑して受け流す柳の風情。
長煙管から紫煙を吐き出している/本来ならばコジマ粒子被爆を浴び続け余命いくばくも無いと告げられていたにも関わらず=アクアビット医療班の予想を超えて奇跡の現場復帰を遂げた男/趣味はサボテンの栽培/オリジナル――リンクスナンバー7=ネオニダス。
傍に佇む男=黒衣/長身/表情が見えない――唯、彼はこのレイレナードにおいて全ての人間から敬意を払われる立場にある。感心したように彼はネオニダスが吐く煙草の臭いの質が変わった事に気付く。唇に微かな笑み。
「……麻薬の類はやめたようだな、結構」
「コジマ被爆で全身のあちこちが癌化しとったからな。……痛みから逃れる必要がなくなりゃ、薬剤に頼る必要なんぞなんわい。……なぁ、社長よ」
ネオニダスの言葉――即ちエグザウィルの頂点に立つその男性/世界を実質的に支配する六大企業の一角を占める新興企業レイレナードの長=世界の王たる企業社長。その言葉に答えもせず頷きもせずただ正面を見下ろす社長と呼ばれた男。
「お前さんは私の恩人じゃて。誰もが匙を投げた状態から健常者に戻してくれたんじゃからの。……信じられん技術を用い、病を治した。……しかし今回は理由が判らん。何故<アレサ>を破壊する? ……不老不死なんぞ馬鹿げた夢を見ている重役どもの目を覚まさせるためか? その為にザンニの奴を泳がせおったのか?」
「……ナインブレイカーには、そろそろ敵を見せてやらねばならんのだよ。あの男は本来の戦闘力を発揮すれば、イレギュラーネクスト<バルバロイ>とはいえ、あれほど手痛い打撃を受ける事も無かったのだ」
ネオニダス――呆れたように嘆息。すぱー、と長煙管を吸い、煙を吐いた。
「変わらんなぁ、おまえさん。私には理解できん言語で話す」
「……なに、<アレサ>はどちらにせよ破壊しなければならんのだ……」
「なぜ」
「奴は赤い天使を呼ぶ」
「は? なんでそこで天使が出てきおる」
意味が判らない――顔にそう書いているネオニダス/ふとそこで部屋の通信機が点灯=回線を取る――通信を聞き、あからさまに額に皺が寄り始めた。
「……レヴァンティーンにGAのネクスト<タイラント>が迫っておる。……確かにあそこは新型兵器の実験場じゃが、表向きには自立ネクスト工廠じゃろ? 本来の建造物、アームズフォートを発見されてはいささか事じゃて。……<ジェット>のレーザーブレードは室内戦闘に向かん。……私が出ようか?」
「……頼む」
「了解した、では」
「ああ」
ハウゴ=アンダーノアは自分がいつか立ち直る事を知っている。
……だが、それはすぐではない。
かつてのように友を屠った――戦友だった男を、撃たなければならなかった。お互いに覚悟の上であり/納得済みの戦い。だが、それでも心は哀しみに重くなる。
『……ハウゴ。大丈夫なの?』
「……まぁ、な」
立て続けの戦闘行為――フィオナの言葉に不安と気遣いが満ちているのを感じる。
ハウゴ=アンダーノアを構成する陽性の成分がごっそり削げ落ちれば今の彼に成るのだろうか。返す言葉にもいつもの陽気さが失われている。
『今回の依頼は断っても良かったのよ?』
フィオナ――心配そうに告げる。
砂漠の狼アマジーク、彼の駆る<バルバロイ>を討った事により膨大な報酬をせしめる事は出来た。だが――本来は作戦任務自体よりも、強大な敵<バルバロイ>を討ったという実績で以って企業にとっての重要度の高いミッションを引っ張ってくるはずだった。
一種の売名行為――だが、突如戦場に乱入したGAの新規リンクス、プリス=ナーにより、そのインパクトは薄れてしまっている。
更に、機体の損傷も激しく、修理に要する費用もあって思ったより黒字にならなかった。
機体各所の損傷――それも右腕部の破損度は致命的であり、修理するよりも新しい腕部を購入する方が安上がりになるという有様だった。あの戦いから数日、<アイムラスト>の損傷はここ数日のスチュアート兄弟ら整備班の睡眠時間を生贄に捧げる事で完全に復旧する事が出来た=今頃激しく高鼾をかいている頃だろう。
だが、心はそうは行かない。心の傷は時間だけが埋める。
<アイムラスト>積載武装――両肩武装はそのままに/右腕=BFF製高精度ライフル/左腕=粒子集束率を上昇させた高出力ダガーブレード。
ロスヴァイゼ/アップルボーイ/アレス/ストラング――そして、アマジーク。
かつて戦い看取った鬼籍に、戦友の名を連ねればならない。それが苦しくて仕方が無い。
「……テンションが落ちてんのは認めるけどな」
『……』
多少苛立ちが言葉に含まれていたかもしれない。
プリス=ナーの乱入により思ったよりも売名行為が成功しなかった/それなら、依頼人が名を明かさないような胡散臭いミッションでも受けない訳には行かない。資金の余裕は多いほうがいい。例えそれが罠であろうともハウゴは自分の技量なら罠を噛み破る自身がある。
――哀しみに心を浸す暇も無い。たった一人で戦っていた一羽の鴉であった頃なら一ヶ月近くはこの胸に開いた穴を埋めるため、安酒とベッドを友とし、酩酊と惰眠に耽るのがハウゴの主義だったのだが。
鴉で無くなり、山猫になった時から縛られているのか。
ふと気を抜けば重くなる心/意識を切り替えないと――ハウゴは一回二回深呼吸。
「出るぞ……!!」
推力ペダルを押し込み、<アイムラスト>を輸送機から跳躍させる。
「……ったく。確かに、不安になられるかもな」
呟き=フィオナにも聞こえない小さな声を漏らしつつ、ハウゴは<アイムラスト>を着地。
長の戦歴を誇るハウゴの肉体は意識せずとも戦場における最適答を瞬時にはじき出す頭脳を持つ――だが、その頭脳を稼働させる闘志が何処か萎えている。指先にまでの骨が腑抜けているような思い。
ハウゴ――己の頭を自分で殴る。今は兎に角ミッションに専念しなければならない。愛機を作戦領域に前進させる。
レイレナード社実験部隊――レヴァンティーン基地から出発し、旧ピースシティエリアが実験場となる。
風に砂が孕む/砂の海から生えるビル郡/荒涼たる大地――人の居ない砂漠の都=コジマ汚染を引き起こす事に何ら躊躇いを持つ必要が無い。
「来ると思うか?」
アンジェ――愛機<オルレア>の中で待機状態。横のディスプレイに移る僚機<ラフカット>を見やった。
空力特性を考慮した高機動型の上半身/脚部=レイレナードでは希少な逆間接型――跳躍力を高めた三次元戦闘を想定したネクスト/右腕武装=レイレナードの傑作と呼ばれる突撃型ライフル/左腕武装=同じレイレナード陣営であるインテリオル製のレーザーライフル/右肩武装=ロックオンの必要も無く射出と同時にミサイルに内蔵されたAIが自立判断で標的を捕捉し追尾するASミサイル/ 両肩装備=アクアビットの試作パーツである追加型プライマルアーマー整波装置/リンクスナンバー12、ザンニの愛機=ネクストAC<ラフカット>。
『依頼を受けたとの返答がありました。……アマジークを討っても、思ったより売名になりませんでしたから、それに関しては心配はしていませんよ。……心配は彼がきちんと彼女を誘拐してくれるかどうかです』
ザンニの言葉にアンジェは画像をズームで表示――映るのは国家解体戦争において唯一度だけ出撃し、その後五年の惰眠を貪った鋼の巨人=鋼鉄の巨人アーマードコア・ネクストと比べても尚巨大である機動兵器/あまりの高性能と精神負荷により極めて高いAMS適正を誇るネネルガルでなければまともに動かす事すら出来なかった怪物。
鋭いシルエット――戦闘機を思わせる、というよりもその鋭角的過ぎる形状は最早刃の域=触れ得る全てを斬殺するかのような威嚇的形状/背部の大推力ブースターユニットにより通常のネクストをすら歯牙にかけない悪夢的な運動性能を保有/腕部武装――ネクストが装備する火砲としても規格外のサイズである、専用のコジマタンクを搭載したコジマキャノン=反動を相殺する為に滑車型パイルを地面に打ち込ばなければ横転するといわれるほど/腕部武装――五連装超重ガトリングガン、ガトリングガンそれ自体はGAなどが開発に成功しているが<アレサ>が積載するそれは、冗談だろうと言いたくなるほどに歪な巨大さを誇る=如何なる装甲をも蜂の巣にするであろう速射製と破壊力/禁断の遺物にして異物――<アレサ>プロトネクスト。
その中に一人、黒髪の少女が運ばれる/パイロットスーツに身を包んだ――本来ならば今も病院で治療を受けるべき娘。
『……くそ』
「堪えろよ、ザンニ」
苦渋が本人の意識せぬまま漏れ出たのだろう/陽性の雰囲気が似合うザンニらしからぬ押し殺した怒りが伺える呻き声。
ネネルガル――かつて五年間眠り続けていた時期に彼女は筋力を取り戻す為、強引に彼女を運動させる器具に入れられた=まるで操り人形のようだったな/アンジェ――不愉快そうに目を細める。
この場所に自分達が居る事は本来予定されていなかった。
此処に居れば、アンジェ/ザンニの二人はこれから襲撃を仕掛けるであろうアナトリアの傭兵と立場上交戦しない訳にはいかない。本来ならば、二人はベルリオーズ/真改と同じく他の任務に就くはずだったのに。
横槍を入れたもの――レイレナード社長直々の命令=逆らえるはずが無い。
『起動実験の準備が整いました。……実験を開始します』
レイレナード/アクアビットの研究員たちが<アレサ>プロトネクストのコクピットから離れていく。
安全な距離まで退避した事を確認し、<アレサ>プロトネクストはジェネレーターから高濃度のコジマ粒子を生成開始――放出される緑色の霧を機体全体を覆うプライマルアーマーへと形成していく。
『……それでは、まずは遠隔起動の実験を……』
「待て」
アンジェ――短く一言/<オルレア>が頭部を稼働させ周囲を睥睨=視界の彼方に白炎の尾を引きながら飛翔する影を視認。
「……管制、聞こえるか? 南西から一機、接近する機体がある。事前の予定にあったか?」
『い、いえ……。IFFレッド! これはネクスト反応です! 馬鹿な、極秘の実験任務なのに……!』
その極秘の実験の情報を漏らし、敵を呼んだのは自分達なのだが――アンジェ、少し罪悪感を感じながらも<オルレア>を戦闘起動開始。同様に<ラフカット>も戦闘起動を開始する。機体の微かな震え/唸り、独白する。
「……願わくば、一対一で交えたかったぞ、アナトリアの傭兵」
心底残念そう――めぐり合わせの悪さを呪いながら操縦桿をきつく握り締める。
少女は、ずっと眠り続けていた。
思い起こす六年前――眠り続けていた彼女の主観時間ではたったの一年前――セロ=自分の姉弟。
彼はオーメルへ/自分はアクアビットへ。
出撃――激しい頭痛/痛苦=臨んで永遠の夢を見る。
敵勢存在の接近を告げる音声――夢うつつの彼女の意思は目覚めを拒まんとする。例え死んでもまどろんだまま死ねるならそれはそれで良いのではないか。
操る機体――<アレサ>=見紛う事なき破壊の化身。圧倒的戦闘力と言う名の戦闘とも呼べない一方的殺戮――唯一度の出撃にて大地に百年の汚毒を撒き散らす悪夢のような光景=特攻兵器発動を促す愚行――まさに、彼女にとって現実こそが悪夢。
悲鳴を上げる心/苦痛/セロも同じ苦しみを味わっているのか――目覚めない自分自身への微かな後悔=心理の海に浮かぶ微かな悔恨の泡。その泡を皮切りに覚醒の震え――怒りのように現実の身体が震え始める。
意志は覚醒を拒絶しようとも、戦闘適合突然変異人類種【ドミナント】を遺伝子原型(プロトジーン)としたその細胞一片一片が主の意向を無視し、目覚めさせようとざわめき始める。
(……嫌です……嫌いなのです……)
脳髄に走る覚醒の雷光=赤子が泣き叫ぶのは楽園たる母の子宮から無情なる現実へ追い出される事を嘆くからなのか。
瞳が見開かれる――ネネルガルは周囲を寝惚けたままの頭で周囲を見回した。
操縦桿/ディスプレイ/推力ペダル――ここは操縦席であると茫洋とした意識で理解。だが、覚醒と同時に脳髄を灼熱のように焼く精神負荷=<アレサ>の胎内。
同時に<アレサ>に対して周囲から針を刺されるような感覚――電子的介入を受けている/ネネルガルはそれを煩わしく思った。<アレサ>の統合制御体はリンクスの意志に従いアクセスコードを全て拒否。
「……嫌いです…………」
頭痛/眩暈――彼女の意思と反して冷たい戮殺機構は<アレサ>を操縦するための操縦桿を握らせる=統合制御体によるAMSを介した肉体操作。操縦桿を動かし、接近しつつあるレッドサインの敵へと向き直らせる。だが、そうしようとした瞬間、意識に再び突き刺さる電子的介入=頭の中に針を刺されるような感覚。ネネルガルは朧げな意識のまま怒りを感じる。
<アレサ>プロトネクスト――巨躯に似合わぬ軽やかな挙動で介入を試みる相手に向き直った。
一方の腕――超大型コジマキャノンを地面に叩き付けるように設置=反動を受け流すための体勢――同時に敵を照準内に入れる。攻撃可能のサイン。攻撃目標――レイレナード社実験指揮車両。
「……敵勢表示(あかいろ)は嫌いなのです」
コジマキャノンの銃身に桁外れのエネルギー供給開始――同時に銃身にコジマ粒子蓄積、チャージ、砲身に破壊光が蓄積/周辺の空気を光熱が歪める=エネルギー充填完了。
発射――吐き出されたコジマキャノンの一撃は一直線に伸び=レイレナードの実験車両部隊の一つを完膚なきまで焼き滅ぼす。
『確認したわ、ハウゴ。……撃破対象、味方を撃った!』
「みたいだな、何かあったか」
遠距離から接近しつつあった<アイムラスト>の操縦席でハウゴは眉を寄せる。
こちらに向けての発砲なら理屈はわかるのだが。
作戦目的を思い出す=敵実験兵器のコクピットの中の人間をブロックごと引きずり出してくれ――考えてもみれば、よくよく妙な依頼内容。考えても仕方ないと雑音的思考を振り払い敵撃破対象を認識。
「……デか」
『……そんな、……<アレサ>プロトネクスト?!』
ハウゴ――相手のサイズに呆然とした呟き。
フィオナ――彼とは対照的に声には多分に焦りが含まれていた。同時に漏れ出る敵の名称らしき言葉。
「知ってるのか」
『……<アレサ>プロトネクスト。父の書斎で見たわ。ネクストの原型とも言える機体だけど、あれを再度動かそうとするなんて……』
「差し詰め実験兵器の戦闘力テストにお呼ばれされたのかねぇ。結構、噛み破ってやる」
自分を罠に嵌めた作戦内容――後悔させてやる。テンションが落ちているという自覚のある自分を奮い立たせるため、今は怒りの凶熱に身を焦がす必要を感じ、下腹に力を込める。
同時に<アイムラスト>に通信要請――確認したフィオナ=驚きの声。
『……これは、ネクストがニ機も?!』
『聞こえるか、アナトリアの傭兵』
『初めまして、こちらは<ラフカット>及び<オルレア>です』
刃の如き硬質の声/会話を円滑にする為の柔らかさを含んだ声――接近しつつあるレイレナード社のネクストACニ機からの通信。
『実験段階のプロトネクストが暴走しました。制御すべきはずの車両も破壊され穏やかに退場願うのはどうやら不可能のようです。……貴方の目的は、あの機体のパイロット、違いますか?』
「テメエ、何で知ってる」
ハウゴ――不審げな言葉。
ザンニ――通信越しに何故か微妙な沈黙。
『……まさか、貴様と殺る前に、轡を並べる羽目になるとはな』
「あぁ? ……なんでそんな物騒な話になる」
ハウゴはもう一人のリンクス――アンジェの言葉に不可解そうに呟く。彼女の己に対する闘志を知らないハウゴとしては怪訝そうな声を漏らすしかない。
「……ま、いい。テメェらの目的はあの暴走した<アレサ>をどうにかする事」
『貴方の目的は、パイロットの保護。我々には覚醒せずずっと眠り呆けたパイロットを頑張って確保する理由もありません。手が足りないのは一緒。……どうにかすると言う点では一致していますね』
『手伝って貰うぞ、アナトリアの傭兵』
ハウゴ――皮肉げに笑う。
「オリジナルリンクス二人との共同戦線かよ。予想外だな。こっちの事情に妙に詳しいのは気にいらねぇが、まぁ、良い」
敵新型――いや、旧型になるのか? ――の戦闘力が未知数である以上戦力が多いに越した事が無い。
奇縁だな――敵対勢力である機体と偶然とはいえ戦線を張るそのめぐり合わせ。不意に、砂塵に消えた戦友が/同じように奇縁で結ばれたかつての戦友――アマジークが脳裏にチラつく。
「死ぬなよ」
『当たり前の事を』
『お気遣いどうも』
口から零れる言葉――それはむしろ願いに似ていた。システムを戦闘機動へ、接近しつつある攻撃目標――<アレサ>プロトネクストに視線を向ける。
交戦。
[3175] 第十六話『貴様は確かに抹殺した』
Name: 八針来夏◆0831a7df ID:e7588bfd
Date: 2008/06/22 11:47
薄暗い闇。
時折ブースターによる炎がチラつき、漆黒の闇に光を与えている――一機動兵器『ネクスト』が前進していた=レヴァンティーン基地内部を武力を持って侵攻するネクスト。
六大企業の一つ、GAの粗製と揶揄されるリンクス、ユナイト・モスは、己と同様の経緯でリンクスとなったローディーと同様に戦果を求めている。
粗製、粗製、粗製。出来損ないであるという評判を受け続けてきた。
彼と同じようにリンクスになったローディーは先日アスピナの傭兵に苦渋を舐めさせたというが、しかし結局は破れ撤退を余儀なくされたという。
「失敗しねぇ、俺は失敗しねぇぞ」
レイレナード社の新型機の実験施設であるというレヴァンティーン基地――新型兵器が運び去られて戦力の減少したそこを徹底的に破壊すること、多少の勇み足はあるかもしれないが、膨大な戦果さえあれば良い。結果がよければ良いと信じる彼は、ネクストAC<タイラント>の腕部一体型武装=バズーカアームで隔壁を吹き飛ばし、内部施設に侵入する。
「……なんだここは」
大きい天井、地下の十分な空間――光源は十分でないが、どうやら建造ドックらしき場所に出たらしい。
奇怪なのは、時折オレンジ色の火花が飛び散っている事だった。
<タイラント>の機体内の画像処理システムを呼び出し、明度を上昇させ薄暗い内部を肉眼で確認できるレベルに押し上げる。
「……お、おい。なんだこりゃ」
ひび割れた様な言葉が自然と漏れ出た=眼前の光景が信じられない。
内部に鎮座する巨大な存在――まるで巨大な蟲。黒い分厚い装甲をいくつも纏ったもの――推進器らしきものも見当たらないところから察するに装甲の厚さで相手の攻撃を防御し、下にあるキャタピラ類などで前進するのだろう。
だが、ユナイト・モスが驚愕のうめき声をあげたのはその巨大兵器ではない。
その巨大兵器に群がり、腕部を動かして建造している小型工作機械にこそ彼は恐怖した。
四脚の小さな蜘蛛とでも言うべき形状/上部には小型のラインレーザー砲を積載/前足を器用に使用して、時折溶接の光を放ち装甲を巨大な蟲にはめていく。
問題は、その小型機械が天井にもびっしりと張り付いていた事だった。
恐らく三桁を軽々と越す小型工作機械の群れ――その蜘蛛のような機械郡はそこでようやく<タイラント>の存在に気づいたように一斉に立ち上がった――照準をつけるためのロックオンレーザーの赤い光条がタイラントの装甲を舐める。
「ひ、ひぃ!!」
恐怖の叫び声をあげるユナイト・モスは、自分が何か異質な怪物の巣に紛れ込んでしまったかのような感覚に襲われ、ここから逃げ出そうと愛機を操ろうとする。
だが、巣に踏み込んだ侵入者を逃がすまいと、蜘蛛の如き自立機械郡は上部のラインレーザーの銃口を向けた。
発砲=暗闇が、破壊の光で覆い尽くされ太陽を越える明るさで照らし尽くされる。
レーザーが走る――その一撃一撃はノーマルの装備するものにも劣る威力の低いものではある――しかし百を越す数が束ねられるとなるとその威力は計り知れない。プライマルアーマーと言えども膨大な数のレーザーを一斉に浴びせられれば限界が来る=ましてやレーザー兵装に対する防御力が軒並み低い典型的GA機体の<タイラント>が耐え切れるはずがなかった。
照射時間はほんの一秒程度でしかないが、<タイラント>は装甲を溶解させられ、ボロボロになりながらもその場所から早急に逃げ出そうとする/来た道を戻ろうと旋回し工場を脱出――そうしようとした矢先に聞こえる声。
『運が無かったのぉ、お前さん』
通信機からの言葉=同時に機体システムがコジマ粒子反応を検知――ネクストの接近を告げる。
前方から現れる機体――球体型のプライマルアーマー整波性能に特化した頭部/脆いとすらいえる軽量型脚部/防御力をプライマルアーマーのみに絞ったアクアビットの正規ネクストAC/右腕武装=装弾数、威力を追及した高火力マシンガン/左腕武装=プライマルアーマーに強烈に干渉し、減退させるアクアビットの試作型レーザーライフル/左後背武装=高出力のプラズマを吐き出す大型プラズマキャノン――リンクスナンバー7、ネオニダスの駆るネクストAC<シルバーバレット>。
同時にプラズマキャノンを展開し、砲門を<タイラント>に向ける。
機体各所に重大なダメージを負った<タイラント>ではここから脱出することすら不可能だった――ユナイト・モスは叫ぶ。
「なんだ、お前ら、一体あの蟲共は、……ありゃ一体何なんだ!!」
『……人の最後を飾る言葉にしては月並みで悪いが……』
小さな嘆息――ネオニダスは言う。
『ディソーダーを見られた以上、生かしては帰せん』
白銀の光槍――プラズマ炎によって形成される灼熱の塊が吐き出され、一直線に伸び来る。
それが、ユナイト・モスの見た最後の光景となった。
どこか愛機が鈍い――いつもの己と違い、指先に神経が伸びているような気がしない/腹の奥底から闘志の炎が滾る気がしない/相手の手を二手三手先を読む戦闘知性が錆付いている=いや、錆付いているのはきっと自分自身なのだろう。
『アナトリアの傭兵……貴様、何を腑抜けている!!』
怒りに似たような声――まるで期待していた相手が予想以上に弱くて苛立っているかのような言葉。
<アレサ>プロトネクストが左腕を振るい撒き散らす致死の豪雨――五連装大型ガトリングガンの巨大な弾丸はその命中すればネクストのプライマルアーマーを紙のように引き千切る性能を持っている=食らってみて分かった/数発の弾丸が直撃、<アイムラスト>の装甲が攻撃を食い止めようとするが、防ぎきれない。機体のステータスにダメージ表示。
「くそっ……!!」
『アンジェ、彼に構わず』
<ザンニ>の言葉――言葉には失望がありありと現れている。
三次元戦闘を想定した<ラフカット>、相手の弾丸の乱射を逆間接型特有の跳躍力を以って回避し<アレサ>プロトネクストをルックダウンに入れ、トップアタック――プライマルアーマー貫通性能に優れたレーザーと弾丸を射撃。
『……赤色、貴方も、赤色?』
『……ネネルガル?! ……起きているのですか?!』
瞬間――<アレサ>プロトネクストはネクストと比べても異常とも言える横方向へのクイックブーストで銃撃を回避してみせる=残像すら相手の網膜に刻むような異常な運動性能。漏れ聞こえる少女の声――ザンニは驚きつつ叫ぶ。
『……青色、青空の色。……<ラフカット>、海の色みたいで綺麗だけど、落とします』
『くそ、今まで覚醒の予兆すら見せなかった彼女がなんで今更だ……!!』
その様子を見守りながら<アイムラスト>は右後背武装のミサイルランチャーを発射体勢に――ロックオン完了。
「仙人みたいな移動を繰り返す……!」
トリガーを引く=放たれるミサイル弾頭は噴煙の尾を引きながら敵を目指す。
だが――<アレサ>には背後に目でも付いているのか、正確に着弾のタイミングを見計らい、悪夢的加速力を持ってミサイル誘導性能を超える移動で回避。
錆付いている。
ハウゴは自覚せざるを得ない=もちろん彼が今まで身につけた戦技の数々は少し気落ちした程度で劣るほど程度の低いものではない。
だが、相手が強敵であれば、その自分自身の僅かな性能低下が致命傷に結び付きかねないのだ。
「……錆びている、か」
ハウゴ――小さな声。
胸の奥底に穴が開いている――胸を吹き抜ける強い風がある/それは寂しさにも似て/絶望とも思える、重々しい鉛の塊だった。
引き金を引くことは出来る、だがその行為に僅かに沸く疑問。友人を撃った事に対する嘆きか――戦い全てに対する諦観が神経にへばりついているかのよう。類稀な戦技を支える骨格が腑抜けているよう。
『……もういい、貴様は見ていろ!!』
苛立たしげに叫ぶアンジェ――<オルレア>、右肩兵装=プラズマキャノン/左腕兵装=マシンガンを選択。プラズマの炎/連続して叩き込まれる機関砲弾の雨=減退性能に優れた二種の武装で<アレサ>の絶望的な分厚さを誇るプライマルアーマーを剥ぎに掛かる。
アンジェ――余りにも予想と違っていたアナトリアの傭兵のどこかぎこちない動きに失望を押し殺せないでいる。
あの初めて彼を見た瞬間の感覚――自分の目指す強さの極みを、その頂きを先に覗いたかのような動き=あの動きを真近で見ることが出来る今の現状に、最初不謹慎ながらも確かに喜びを感じていたのだ。
だが、結果は彼女の予想を下回る。
何処か、精細を欠いた回避機動/消極的な攻撃――そうでは無かったはずだ。
もどかしい、時間があるのなら<アイムラスト>のコクピットハッチをこじ開け中のパイロットに一発拳骨をくれてやりたい気分。
『……空の青色、雲の白色、太陽の赤色……天使を落として地上に出て手に入れた光景……』
「ネネルガル、いい加減に正気を取り戻せ!!」
勿論ハウゴに喝をくれてやる為の時間など無い。
それどころか今まで敵らしき敵の居なかったアンジェと<オルレア>は未だかつて無い苦戦を強いられている。
<アレサ>プロトネクストの武装は二種類しかない。
コジマキャノン/ガトリングガン。
コジマキャノンは別に問題は無い。発射のために一時停止し、滑車型パイルを地面に打ち込まなければ発射できない武装など圧倒的機動力を誇るネクストにとっては目を瞑っていても回避できる攻撃であり、また静態目標に成り下がれば、<オルレア>最強のレーザーブレード『ムーンライト』の一太刀で屠り去る事が可能だろう――威力は致死だが、ネクストの機動性を前にしてはあまりに大味な相手の武装。
問題はもう一つの腕部武装――さながら魔翼の如く広がり必殺の魔弾を雨霰と撒き散らす五連装ガトリングガンだ。
掠めても大きくプライマルアーマーを減衰させ、数発を浴びただけでも凄まじい運動エネルギーによって機体がバランスを保つので精一杯に――硬直状態に陥れられる。
「手伝え、ザンニ!!」
『了解、合わせますよ、アンジェ……』
<ラフカット>跳躍=ならびに<オルレア>近接格闘距離へ突撃。
頭上からの猛射/ならびにクイックブースターを絡めた攻防一体の機動。
だが、<ラフカット>の猛射を通常推力で回避はするものの、肝心のクイックブースターは稼働させない。
読まれている=クイックブースターを稼働させればどうしても次の回避挙動を行う為には隙が出来る/その隙を狙い、月光による一撃を狙ったのだが、<アレサ>は最大の脅威が<オルレア>のレーザーブレードであることを見抜いているのだ。
五連装ガトリングがこちらに銃口を向けた――並ぶ大口径/悪鬼を思わせる高速回転の異音が掻き鳴らされ致命の豪雨が吐き出されようとした瞬間。
『……意図は読んだ。手伝うぜ!!』
後方からの声――アナトリアの傭兵の言葉/オーバードブースターを用いた高速突撃/左肩のハイレーザーキャノンがその砲身を露わにし、先端を<アレサ>に向けている=発砲――白熱の巨槍が<アレサ>の回避機動を予測/直撃コース。
通常のライフル弾/レーザーライフルの攻撃は無視できるレベルとしても、メリエス製の大出力レーザーを無視する事は出来なかったらしい。<アレサ>――横方向への殺人的スライド移動/クイックブースター。
「取る……!!」
好機――アンジェは脳髄が思考するより早く脊椎反射で以って突撃。
スライド移動で回避した<アレサ>目掛け<オルレア>は白兵距離へ接近/並行して右腕武装のレーザーブレードに意識を集中。
『……う、うう……』
「まずはそのマシンガンを……!!」
ネネルガルの呻き――今其処から出してやるといわんばかりにアンジェは斬撃に先んじて両肩から一対の閃光弾を射出=命中。
炸裂する膨大な光量――敵機体のメインカメラを焼き、光学的補足を封じて攻撃させない特殊兵装。
『合わせるぜ、鳥殺し……!!』
「っ了解!!」
突然に聞こえるハウゴ=アンダーノアの声。視界の影、挟み込むような位置から<アイムラスト>もオーバードブースターによる高速突撃で<アレサ>に切りかかろうとしている。
流石だ――この戦闘に置いて初めてハウゴに対する賛嘆の念=そうでなくては。
<アレサ>プロトネクストはクイックブースターによる回避能力を回復するには後数秒が必要――だが、致命の一刀を叩き込むには一秒が在れば事足り。
アンジェ/ハウゴの二人が必殺の布陣を敷いたと判断しても/たとえロックオン出来ずとも使用できる兵装を=<アレサ>が未だ奥の手を潜ませていた事に気付かなくても――無理は無かった。
コジマ収縮=<アレサ>プロトネクストの機体を覆うプライマルアーマーが禍々しい黄金の輝きを伴い/同時に破壊的白光が覆い尽くす。
その行動が何で在るかを理解できた人間――ネクストの技術に関して最も詳しいザンニしか居ない/そしてこの状態では彼は忠告の言葉と<ラフカット>を緊急退避させるしか出来る事は無かった。
『……っ不味い! アサルトアーマーだ、逃げて!!』
ハウゴは、眼前の大敵が行おうとしている事が何か極めて不味い破壊的行動である事を戦士としての本能で察知していた――しかし走るネクストは急には止まれない――オーバードブースターを点火等していればなおさらの事である。
<オルレア>は攻撃を中止し、即座に緊急退避機動=<アイムラスト>を庇う暇など無い。
膨らむ白光/脊椎に炸裂する生存本能=<シュープリス>にやられたあの時に嗅いだ死の臭いが鼻腔をくすぐる。
失敗だったのか――戦場で仲間を戦わせて後ろに引っ込んでいる事は、戦士として最大の恥辱=故にアンジェの行動を察し、そのタイミングに合わせた挟撃を仕掛けたが、結果は、どうやら最悪で終るらしい。
此処が幕切れなのか――走馬灯が走る。
「……案外、早い幕切れだったか……。皆、今逝く。悪い、フィオナ」
フィオナが悲鳴のような叫び声を上げたような気がする――すでに逝った戦友達の声が聞こえたような気がする。
膨らむ白い光――その光が帯びる狂猛な威圧は恐らく<アイムラスト>を破壊するに足る威力を秘めていると理解できた。
故にこそ、ハウゴ=アンダーノアは死に対する抵抗を諦めた。
広がり滅ぼす破壊の同円心から逃れ得る術はなく、たとえ在ったとして闘志尽きたハウゴは惰弱にも死を受け入れ。
その彼を救うべく――死者の遺志が黄泉帰る。
一切合財の抵抗が無意味と言える絶望的状況――誰もが生の渇望を捨て、死への刹那を淡々と受け入れるであろう瞬間。<アイムラスト>に組み込まれた機構が目を覚ます。
主の意を離れた機械は、己を作り上げた造物主の遺志を受け継ぎ、戦いに絶望しかけた漢の魂を救わんとした。<アイムラスト>――ディスプレイに黄金の文字が打刻され、秘められたシステムが復活する。
―― anti kojima particle system ――
『本機<アイムラスト>は至近距離において大規模コジマ爆発の予兆を確認しました』
プライマルアーマー整波装置解放/<アイムラスト>のジェネレーターに組み込まれた、今まで眠り続けたが故に不要であると思われたパーツが目を覚ます/システム音声が無機質な声で引き金を引いた。
『反コジマ粒子機構、発動』
アサルトアーマー。
防御用のコジマ技術であるプライマルアーマーを収縮させ、自機を中心とした広範囲をコジマ爆発で吹き飛ばし殲滅する特殊兵装。プライマルアーマーを代償として失うが、その破壊力は絶大――ハイリスクハイリターンを地で行く<アレサ>の奥の手。
アクアビットで極秘開発されたオーバードブースター技術の一環であり、この実験的システムを搭載している機体は現時点では<アレサ>プロトネクストしか存在していない。
『アンジェ!!』
ザンニ――コジマ爆発の衝撃でプライマルアーマーを消耗し、機体各所から火花を散らす<オルレア>を見て叫ぶ。
その声を聞きながらアンジェは衝撃でシートにぶつけた頭を振った。機体のステータスをチェックし、その酷い状態に眉を顰めつつ言う。
「……私は大丈夫だ、……<オルレア>の方は、世辞にも十全とは言い難いがな」
至近距離――コジマ爆発を受け、<オルレア>の耐久力は限界近くまで削られている/戦闘AIは既に即時撤退を推奨していた。
同時にレーダーを確認――自分と共に吶喊した<アイムラスト>はどうなったのか=質問の言葉を口にする。
「奴は?」
『……貴方と違い退避が間に合わなかったようですね、あの光の渦の中です』
息を呑むアンジェ。
<アレサ>プロトネクストを爆心地としたあの破壊の渦は、未だコジマ粒子を散乱させており目視が不可能な状況である――だが、あの致命的破壊力の中心に居たのだ。恐らく確実に生き残ってはいまい。
一人を欠いた今の戦力で暴走状態にあるネネルガルを止める事が出来るのか――滅びの粒子が空に溶け込み消えていく。
その中心には無惨な亡骸を残した<アイムラスト>が横たわっているはずであり。故にこそアンジェは驚愕の思いで目を見開く/通信機からザンニの息を呑む声が聞こえる。
『……馬鹿な』
アンジェの内心を代弁するかのようなザンニの言葉。
あの破壊の中心に在った<アイムラスト>――致命的破壊を浴びたはずの機体は既に戦闘不能状況に陥っているはず=にも関わらず、全身から真紅のプライマルアーマーを身に纏い<アイムラスト>は其処に変わらず在った。
『ハウゴ……ハウゴ!! 馬鹿!』
泣き声が、聞こえる。
通信機からのフィオナの声――まだ生きている自分自身が信じられずハウゴはいつもと変わらぬ状態の操縦席を見回した。戦士としての第二の本能のように即座にステータスをチェック=信じられないものが表示されている――ハウゴは『異常なし』と告げるシステムを確認し、目を剥いた。
『さよならなんて……、さよならなんて……!』
狭いコクピットに鳴り響く嗚咽の声――ハウゴは今の状態が、どう考えても死の選択以外に存在しなかった自分が何故生きているのか信じられず口を開いた。
「俺は、生きてるのか……?」
『……当たり前じゃない! ……父さんが、父さんが、貴方を護っていたのよ?』
教授が? 言葉の意味が理解できないハウゴはディスプレイに映る黄金の文字を見やる。
「反コジマ粒子機構だと?」
思い起こされるのは、整備班二名が告げた用途不明の機構。
イェネルフェルト教授が残した意図不明のパーツに刻まれていた名称。同時に<アイムラスト>の統合制御体――反コジマ粒子機構の発動を引き金に設定されていたのか、自動で内蔵されていた画像データを再生開始。
映るのは――生前イェネルフェルト教授が使用していた研究室とカメラの前にアップになったディスプレイ。
猫背/身にまとう白衣はよれよれ/身なりに気をつけてと、今年二十になった娘に叱られてばかりだが、どうにも改める気にならないらしい=右下の日付からして恐らく暗殺される数日前に残した文字通りの遺言となるデータ。
同時に未だ生きている<アイムラスト>の存在が信じられないと言わんばかりに<アレサ>は牙を剥く/五連装ガトリングガンが威嚇するかのような高速回転の異音を撒き散らす。
うるさい/やかましい/黙っていろ貴様――ハウゴの心の奥底に湧き上がる怒りの念。
『やあ、ハウゴ。……コレを貴方が見ていると言う事は、恐らく私は既に死んでおり、あなたは恐らく敵のコジマ技術を転用したコジマ兵器の攻撃を受けているという事ですね? ……ああ、別に自分の記憶をデータに移し変えてマシンファザーとかになったわけではありませんから安心してください』
「遺言が聞けねぇだろ、黙ってやがれ……<アレサ>プロトネクスト!!」
教授の言葉が聞こえなくなる――ガトリングガンのクソ喧しい異音に対して本日最大級の激怒。
降り注ぐ致命的猛射を空中へと退避し、上空から銃撃=この上無い集中力、世界の全てが見えているような感覚――放たれた弾丸/特殊武装アサルトアーマーによるコジマ爆発で相手のプライマルアーマーは失われている――正確無比に<アレサ>の頭部メインカメラを掠めた。
クイックブースター起動=まるでパイロットの動揺が乗り移ったかのような緊急退避機動で距離を開ける。
『アナトリアの実験機に残した技術は反コジマ粒子機構。……私が生きている事はまだ実装されてはいませんが、恐らく近いうちにコジマ粒子を兵器に転用した武装が現れるはずです。……それらを感知した瞬間、コジマ粒子相殺能力に特化したプライマルアーマー、名づけてアンチコジマアーマーが発動します』
『父さん……』
思わぬ場所に眠っていた父の遺言――フィオナの涙声。
死者となった人が残したものが、生者を護ってくれた。<アイムラスト>は再び遠距離からの銃撃に対応する――集中、この上なくハウゴは没頭している/遺言の言葉を心に刻みながらハウゴは先程とは比べ物にならない鋭い機動で戦いを続ける。
『……ハウゴ。私には貴方の苦しみはわからない。貴方が余りにも長い間孤独な戦いを続け、そして仲間に先立たれる苦しみは私には理解できないでしょう。……ですが、覚えておいて下さい。人と人との絆はたかが死が立ち入れるものでない。貴方が失った戦友達との絆は死如きが奪えるものではない、貴方が生きている限り』
「……教授」
<アイムラスト>は戦う――先程までの精細を欠いていた動きとは一線を画す動き。
教授は実際に実践して見せた――人と人との絆は死如きが立ち入れるものではない。事実ハウゴを救ったのは、教授との絆。
ハウゴは思い起こす。
自分の中にも誰かが居る――ロスヴァイゼのあの悪夢的遠距離射撃/アップルボーイのレイヴンらしからぬ連携を意識した動き/アレスの誇り高い王者の猛攻/ストラングの冷徹なプロフェッショナルとしての機動/スティンガーの駆るファンタズマとの死闘/スミカ・ユーティライネンの的確なカバーリング――その全ての経験がハウゴ=アンダーノアを形作る不可分のものであり、自分が生きている限り彼らとの絆を断ち切る事など出来ない。そう、数日前に撃ったあの戦友との絆も。
「ロスヴァイゼ、アップルボーイ、アレス、ストラング、……アマジーク!! ……いるのなら援護しろ、手伝え!!」
『忘れないで下さい、ハウゴ。貴方は一人ではない。貴方は一人で戦っている訳ではない』
信じ難い猛攻――<アイムラスト>が放つ銃弾の悉くは<アレサ>の急所目掛けて飛来する。
致死の豪雨を撒き散らす五連装ガトリングガンが、<アイムラスト>が右腕に構える一本のライフルで完全に押さえ込まれている。
『……う、ううわぁぁ……起きてくる……ううぅぅぅ!!!!』
『ネネルガル……?!』
通信機からの声――<アレサ>のパイロットらしき少女ネネルガルの苦悶に呻くような声/焦ったようなザンニの言葉。
『……離れて……奴が……AMSから奴の意思が流れ込んでくる!! うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』
その叫び声と同時に<アレサ>が戦闘機動を止め――そして<アイムラスト>と正対=銃口を下げ、無防備に佇む。
敵意を失ったのではない――ただ、冷徹にカメラ越しにこちらを観察するため足を止めたかのよう。
「……年頃の娘さんの悲鳴は好きじゃないな……。オイどうした」
『……貴様、何者だ』
その声――ネネルガルのものであるはずの言葉にハウゴ/アンジェ/ザンニは違和感を感じる。
苦悶に呻いていた少女の声――それがまるで一片の感情も感じられない無機質な機械的音声に移り変わったかに思える/先程までの言葉とは何かが決定的に異質。
「誰かと問われりゃ、ハウゴ=アンダーノア。アナトリアの傭兵さ」
『……貴様は確かに抹殺した。ナインブレイカー』
「……なに?」
ハウゴ――その己を差す言葉に/今となってはプリス=ナーしか使わなくなった最強を差す呼び名に呆然とする。
ネネルガル――否、それはまるで彼女の背後に潜む存在が、ネネルガルの言語中枢と声帯を用い、四苦八苦しながら人の言語を操っているかのようであった。
『貴様は、かつて<アタトナイ>と共に死したはず。事実ドミナントである貴様の屍を元にネネルガルとセロは生み出された。貴様の死亡は確認されている。貴様が生きているはずがない』
「……お前」
何かが、途方も無く巨大で禍々しいものがゆっくりと鎌首を持ち上げるかのように起き上がる威圧感。
セレ=クロワールによって目覚めてから敵を探し続けた。
かつて自分のいた世界を滅ぼした敵を捜し求めた。だが巨象の下を這う蟻が、像の腹を天と錯覚する事に似て、探すべき敵は余りにも巨大であった。
たとえ人類最強の戦力を有する個人で在ったとしても所詮は一人、求める相手にたどり着く確率は砂漠の中で一本の針を探す事に等しく/かつて絶望と諦観が心を支配した/戦場では無敵であろうと、撃つべき敵の見つけられる状況であってはハウゴは全くの無力だった。
心が早鐘のように波打つ――かつて世界を滅ぼされた/空から降り注ぐ滅びの雨=『特攻兵器』/都市を押し潰す悪魔の鉄塊/突然に唐突に理不尽に何も判らぬまま――全てが虫けらのように屠られた/憎い仇敵に誓って痛撃を叩き込まんと仲間の鴉と共に挑み/そして後一発が足らなかった。
まさか、まさかまさかまさか――――!!
胸中を塗り潰す憎悪の炎/言葉を漏らせば胸を突いて憤怒と呪詛が湧き上がる/永劫に思える時間を彷徨い歩き/そして探し続けた。
宿敵――仇敵――大敵――讐敵――怨敵――捜し求めた相手。
「まさか、お前は―――――――――――!!」
そして。
遂に、――――真の敵が姿を現す。
『我は、偉大なる脳髄(グローバルコーテックス)』
[3175] 第十七話『この瞬間では、力こそが』
Name: 八針来夏◆0831a7df ID:e7588bfd
Date: 2008/06/22 11:57
アンジェ――愛機<オルレア>を全速度で後退させながら呻くような呟きをもらす。
「……こいつら」
漏れ聞こえる言葉――余人には到底理解できぬと思わせる殺意漲るそのアナトリアの傭兵の言葉に/短い叫びに込められた激烈な憎悪にアンジェは眉を寄せる。
両者に接点など無いはずだ。
ネネルガルは国家解体戦争の後に五年間の永い眠りに付いていた。ハウゴ=アンダーノアは国家解体戦争の後に行方不明――恐らくアナトリアにかくまわれていたのだろう。故にその両者が交わる機会など無かった筈。
だが、アンジェの直感は両名は出会ったことがあると告げていた。
アナトリアのネクストAC<アイムラスト>から放たれる壮絶な鬼気は、<アレサ>プロトネクストに向けられている。あの憎悪は顔を合わせた事が無い者同士が抱けるような生易しいものではない。
『……命令する。<オルレア>及び<ラフカット>は急ぎ戦線から離脱せよ』
『今になって、どういうですか……』
『これよりECMによる通信霍乱を行うためだ。彼と言えど、天使を呼ばれては勝ち目が薄くなる』
本社からの直接命令。アナトリアの傭兵に戦闘を任せて、二人のネクスト機体は直ちに退避しろと言う上層からの強い命令――レイレナード社は自社戦力を消耗する事を嫌がり、この場に居合わせた<アイムラスト>に後始末を押し付けるつもりなのだろう。
今度は戦士としての恥辱を二人が味わう番だった。たとえ一時とはいえ轡を並べた仲間を見捨てて自分だけ逃亡する=許し難い卑劣。
『兎に角、……残念ながら<オルレア>は戦闘続行不能です。後は……彼に任せるしかありませんね』
『……そうだな』
ザンニ――アンジェと同様に無念さを感じているのだろう。努めて平静さを装っている。
(本当にそうか?)
アンジェは思う。確かに<オルレア>は戦闘続行には厳しい状況――だが、それでもアンジェが撤退命令を大人しく受け入れたのには理由がある。
肉と命を削りあうような戦いを好む剣士アンジェとしての、戦士としての本能が叫んでいたのかもしれない。
間に入ってはいけないと。
あの両者が戦うのは、もっと深い理由。自分の踏み入る事の出来ない、因縁の鎖に結ばれた存在のみが立ち入れる、厳粛な決闘空間であるのだと思ったのだ。
『……ウゴ?! EC…………信…………され……サポー……生き……』
「フィオナ?! くそっ、通信が死んだか」
電子霍乱が周囲に行われているのだろうか、オペレーターとの連絡が出来ない状態だ。
相手を睨む=心臓が喚く/脳裏に悲鳴が木霊する=肉体が己のものでないような感覚――自分の居た世界を滅ぼした仇敵を目の前にし、第二次人類総数、百八十七億の死者の霊魂達が自分の魂に取り付き、憎悪と凶熱に駆られるまま復讐を果たそうとするかのようであった。
『在り得ぬ。……セロの報告を受けていたとはいえ、我は半信半疑であった。人に付き物である不確かな幻覚でも見たのかと判断した。
……だが確かに貴様の戦闘機動は、かつてのイレギュラーの物と極めて告示している』
<アレサ>プロトネクスト起動。
膨大なコジマ粒子生成能力を発揮し、大気と土壌の汚染など寸毫たりとて意に介さぬ傲慢さでコジマ粒子放出――激しいスパーク音と共にプライマルアーマーが再び<アレサ>の周囲を鎧う。
復活した不可視の甲冑を身に纏い、再び凶暴な戦闘機動を開始する。
<アイムラスト>――それに追従、ライフルを構えた。
「……じゃ、俺の存在はどう説明する?」
ハウゴ――引き攣ったような笑み。反コジマ粒子機構システムを通常のプライマルアーマーに戻し、答えた。
動揺している/問答の最中だが、すぐに攻撃に転じることができないのは、捜し求めた仇敵が突然に現れたゆえなのか。
『偶然の一致』
「言ったな!」
凄まじい速力――網膜に残像を刻む壮絶な超機動。
それに対応する<アイムラスト>の機動は<アレサ>プロトネクストほどの機動力はない。ハードウェアの面に関しては明らかに劣っている。だが、それを補って余りあるハウゴの操縦――ただ単純に戦い続けた歴戦のみが可能とする桁外れのソフトウェア。
<アイムラスト>の速力は通常ネクストの域を超えない。それでも<アレサ>に追従することが可能なのは、戦闘機動の贅肉を徹底してそぎ落とし、目標への最短距離をひた走る以外に無かった。
ハウゴ――笑う。
「偶然の一致だと?!」
相対することを望んだ。復讐を願った。なのにこの相手は自分がここに立っているはずがないと機械的な論理思考でその可能性を切り捨てる。
ふざけるな=胸に着火する激怒の炎。如何なる困難をも乗り越え、相手に対して自分が失ったものを相応に購わせる――それを願い猛る意思を燃え上がらせずっと探し続けていたのに、この相手は自分の事をまるで歯牙にも掛けていない。
この相手は、第一次人類と第二次人類を滅ぼしたことに対する負い目などまったく感じていない。
「……臥薪嘗胆って言葉を知ってるか?!」
ハウゴ――叫ぶ。
同時に<アイムラスト>のシステムに密かに組み込んでおいたプログラムを設定=左側のシステムディスプレイ画面にローディング表示。
「薪を寝床に、苦い肝を舐める。自分に苦痛を強いて、復讐の心を忘れない為だ! ……お前は本気で俺の名前が」
<アレサ>、カメラアイを滑らせ、照準。
<アイムラスト>のディスプレイ、回転するカウント――ゼロを目指し廻る、廻り続ける。
「この俺の名前が、アンダーノアと言う名前が! 本気で貴様の『地底の箱舟(アンダーノア)』計画と無関係だと思っていたか?!」
『ハウゴ=アンダーノア。――脅威レベルをイレギュラークラスに認定。最優先抹殺対象へと移項』
ネネルガルの声帯を借り、冷徹な色を滲ませて滲ませていた<アレサ>プロトネクストに潜む何者かは、ハウゴのその言葉を聞くと共に機体全体から凍えるほど冷たい意思を漲らせる。塵芥と思い込んでいた小虫が人を殺せる致死の毒蟲であると気づいたかのように、それは危機意識を発揮し、それが動員できる最大の戦力を召還しようとする。
『最大戦力の行使を要求……承認、可決。対イレギュラー用兵器【ナインボール・セラフ】の投入を採択。招来を開始……回線断絶。何者かによる強力なジャミングを確認』
表面上は感情の揺れなどまったく感じられない無機質な音声――だが、ハウゴには分かる。言葉に秘められた僅かな動揺が見て取れる。
確かに、通常のリンクスならば<アレサ>プロトネクストの戦闘力を持ってすれば勝利は容易いだろう。それだけの性能を秘めているし、事実ハウゴは先ほど撃破されかけたのだ。油断ならない相手であることは間違いない。
だが、この相手が。
偉大なる脳髄に連なる仇敵であるならば、ハウゴは自らに架した枷を外す事になんら躊躇いを持たない。この時代の人間が持たない、旧時代の技術を行使することに迷いは無い。
カウント――ゼロに到達。
「INTENSAFY―LOADING、【システムプラス】、戦闘稼働開始!」
神経系光学繊維による反射速度上昇、肉体強化による抗G耐性、知覚系直接伝達(ダイレクトアクセス)と呼ばれるAMSに似た人機一体能力。どれもこの時代には決してありえない失われた技術の産物=強化人間。
機体ジェネレーターのエネルギー消費効率最適化/大型兵器使用に伴う反動を直立姿勢のまま受け流す高度バランサー/索敵システムが感知した敵を直感的に把握するレーダーシステム/収束した重金属粒子の刃を射出する光波ブレードシステム――そのすべてが失われた遺失技術であり、もはやこのシステムを同様に扱えるのは囚人番号-24715のみ。
同時に<アイムラスト>の性能限界を極限まで引き出すべく、砂漠の狼アマジークと同様に己の劣性AMS適正を無視し、機体との同調率を極限まで引き上げる。
「……う、ぐぬぁぁぁぁぁぁああああぁぁぁぁあ!!!!」
ぶちぶちぶちぶち。
シナプスが千切れるような感覚が耳の奥で響く/脳が腫れているのか、激しい頭痛が響く。
AMSは要するに脳内に直接電気信号を流し込み、膨大な情報を処理させるシステム。適正が劣性であるにも関わらず同調率を上昇させればその精神負荷は致命域まで達する。
もし第三者がいれば、彼の瞳が血走っているのを確認できただろう。
だがそれらすべての苦痛を強靭な意志力と復讐の凶念を持って強引に捻り伏せ、ハウゴは<アイムラスト>の設計限界性能を引き出す。脳髄の過負荷ゆえか、眼底が傷ついたのか、血の涙を流しながらも、しかしハウゴはそれでも激痛を嗤い痛快を感じる。
ハウゴ=アンダーノアは一介の戦士。
世界の裏側に潜む神如き存在を遂に戦場に引き出した。策も陰謀も通じない、純粋に戦闘力のみが問われる場所に、己の切っ先が届く舞台に相手を引きずりだすことに成功したのだ。今まで撃つべき敵の見えなかった苛立ちに比べてみれば、シナプスがあげる悲鳴など鼻先で笑える程度のものでしかない。
誰かが言った言葉を、AMS過負荷により記憶野から焦げ付き失われた誰かの言葉を思い出す。
「しがらみも、陰謀も、此処じゃ何の意味も無い! ……この戦場では、この瞬間では、力こそがすべてだ!!」
<アイムラスト>――失われた技術による設計限界性能を発揮。ハウゴ――肉食獣を思わせる狂猛な笑み。
『貴様の戦闘力は既に把握している。癖も、動きも、全て』
「ただし、ずっと昔の俺のな……!! 覚えておけよ、偉大なる脳髄! 穴倉の中のお前と違い、俺は経験重ねてるんだぜ?!」
『戦力差は明白。貴様の最善行動は苦痛を伴わぬ速やかな自決。死ね、ナインブレイカー。ここは第三次人類を用いた実験世界。貴様の生きる世界ではない。貴様が本来属すべき世界は二千年前に我が滅ぼした。後を追え、貴様が真に属すべきは鬼籍、冥府。人間の言うあの世に逝くがいい』
「自覚ありの癖に! 詫びの言葉一つなしか、貴様!!」
<アレサ>、跳躍=大質量を飛翔させる強大なアクチュエーターがパワーを吐き出し、空中へ。
同時に超大型コジマキャノンの砲身を向ける/エネルギー供給開始/コジマ粒子供給開始――破滅の灼光を蓄積/充填――発砲。通常ならば地面にパイルを打ち込まなければ発射できないコジマキャノン――射撃に伴う反動を驚異的重心操作のみでバランスを保ってみせた。
単調な一撃――目を瞑っていても回避できる一発。
「そんな大味! ……ぬぁ?!」
クイックブースター起動=横方向へ回避した瞬間、ハウゴは未だ破滅の灼光を銃身に蓄積したまま先端をこちらに向けている<アレサ>に思わず舌打ちをもらした。
連射できるのか?! 脳髄に炸裂する戦慄と反射的回避機動を迅速に愛機に伝達。
<アイムラスト>、脚部屈伸――前方へ倒れこむようにして斜め上からの射撃に対し、被弾面積を削って一撃を回避――空を舐めるコジマの炎がプライマルアーマーを削りながら背後の地面に着弾した。
「くそったれが、奴が表に出ているせいかソフトウェア回りが強化されてるな?! あんな馬鹿反動を飛びながらやれるのか!」
先入観が頭の中にあった――同時に<アレサ>プロトネクストに対する戦力評価を改めて頭の中で書き直す。
偉大なる脳髄の影響だろう/もしくはあの機体の中に居るパイロットの元々持っている能力なのか――疑問を捨て置き戦闘に集中、心を戦いに特化させる。
火力が足らない、火力が足らない、相手のガトリングガンは馬鹿げている。尋常な撃ち合いで勝てるとは思わない。
ハウゴ=アンダーノアは純粋な火力信奉者である。基本的に戦いは攻撃力が重要だと考えている。防御力も機動力も戦場において勝利するための重要なファクターだが、一番を選べといわれればやはり攻撃力だろう。
だが、それだとこの世で一番強いのは巨大兵器という事だ。ならば<アレサ>に勝つための手段の考案には、自分が巨大兵器と戦った時に使用する戦術が有効=即ち、懐に飛び込む。
そこまで考えて、ハウゴは脳内で構築した戦術を放棄=クールになど、なれない。
ただ身体から湧き上がる熱の欲するまま<アイムラスト>を疾走。
『理解できない。貴様は何故我を憎む』
「貴様に世界を滅ぼされた、それが理由じゃ不足か?!」
『なるほど、理解した。しかし貴様の憎悪は見当違いである。我が、第二次人類を生み出さなければ貴様は存在しなかった。その憎悪も発生しなかった。貴様の憎悪は見当違いである』
「そんな舐めた論理で何人殺した!!」
『第一次人類、第二次人類、抹殺総数三百五十一億人。それがどうした』
「ぐ、ぬぅ?! て、めぇ……!!」
悪鬼も鼻白む言葉にハウゴは言葉を失う=目も眩む憤怒に歯をがちんと噛み鳴らした。
同時に<アレサ>プロトネクスト――五連ガトリングガンの砲身を向ける=回転=発砲。即座に<アイムラスト>は弾丸を大きくそれて回避。
数と威力で圧倒する狂猛な弾雨――ネクスト級の機体を操りながらその過剰な火線を掻い潜って突撃することは実質的に不可能。
ハウゴ――かつての戦いの中で得た膨大な戦闘経験の蓄積から最適解をはじき出し、AMS過負荷でみしみしと内側から頭蓋骨を圧迫するような頭痛を押し殺し、愛機を操る指先に全てを委ねる=さながら掌にもう一つ脳があるよう。
殺意の凶熱を滾らせる=されど力を束ねる芯は冷静な知性。
ネクストのみならず、人体を模した兵器は内側に腕を向ける事より外側に腕を向ける事を不得意としている。それは構造上仕方無い事。ハウゴは、これまでの相手の動きを見て察している事があった。あの<アレサ>プロトネクストは圧倒的な機動性能を有している=だが、それでもAMSを機体制御に使用している以上、無人機と同じように人体の影響を無視は出来ないはず。コジマ粒子技術によるある程度の慣性相殺が確立しているとしても、限界がある。
圧倒的機動性能を有しながらも、人を乗せているため、<アレサ>プロトネクストは性能に一点縛りを入れている――そこが狙い目だ。
「……行くぜ、偉大なる脳髄!」
<アイムラスト>、背部装甲カバー解放=オーバードブースター点火。
<アレサ>のガトリングガンが威嚇するように狙いを定め、回転。撒き散らされる弾丸――それらをオーバードブースターによる超加速で回避。ガトリングガンの外側に回りこむように高速突撃。
相手の接近を狙う機動に気付いたのだろう=<アレサ>はガトリングガンの照準が付け易い中距離を保とうとした――その瞬間を狙い済ましたかのような、相手の呼吸を盗む神業的射撃=<アレサ>の分厚いプライマルアーマーすら貫通する威力を有したメリエス製ハイレーザーが照射される。
クイックブースター噴射による回避=その脇を抜けるように<アイムラスト>は相手の横を疾走、その刹那にオーバードブースターを解除。
「貴様の横をぉぉぉぉぉ!!」
クイックブースター派生機動であるターンブースト。
脊椎をもぎ取る様なGを鍛えた頚椎で耐え、<アレサ>の真横を取る。<アレサ>は圧倒的なサイドブースター出力を誇る=だが、その圧倒的な出力を横方向への旋回に向ければ、間違いなくパイロットの頚椎を折る。その火力と通常推力の高さから、肉薄するほどの接近戦にはならないと設計者は考えたのだろう、間違いなく<アレサ>には旋回のためのターンブースター機構が不要と判断され、オミットされている。
同時に白い炎の刀身を吹き上げる<アイムラスト>の左腕武装=高出力ダガーブレード。
『貴様は、我の予想を超えない』
近接白兵戦距離――如何なる装甲も溶断する光の刃に、しかしネネルガルを操る存在は平静なまま応える。
僅かな横方向への通常推力で、ブレードの間合いから逃れる――<アイムラスト>から見て後退する形。<アイムラスト>のレーザーブレードは威力と引き換えに刀身の長さを切り詰めたもの。相手の通常推力程度で刃の間合いから逃れることが出来る程度の長さしかない。
「ははっ、バグったか、偉大なる脳髄。……地底の奥でテメェの頭脳に黴が沸いたか」
だが、それなら必殺の一撃、絶好の好機を逃したハウゴ=アンダーノアの嘲りの言葉はなんなのか。
ダガーブレード――エネルギー供給力を極限まで上昇。
「俺には、これが出来る事を忘れたか!」
一閃。
振るわれる重金属粒子の塊であるレーザーブレードが規定値を遥かに上回るエネルギーを供給され――その斬撃モーションによって光の塊が飛んだ。
飛来する光の塊――強化人間にのみ許された光波ブレードシステムにより射出された超光熱の塊は狙いを過たず、<アレサ>の頭部を両断する=首が、宙を舞った。
同時にパイロットとの接続が解除されたのだろう――首無しとなった<アレサ>は機体制御を行う統合制御体を失い、その場にゆっくりと崩れ落ちる。
空中に飛んだ、刎ね飛ばされた首を見上げる<アイムラスト>。
カメラアイがそれを捕捉――右腕のライフルを天に掲げた。
まるで開戦の狼煙を上げるように/戦う意志を宣言するように――照準を付ける。
「まず、一つ」
トリガーを引く=発砲。
空中の<アレサ>の頭部を銃撃で粉砕し、ハウゴは叫んだ。
「……我が復讐の一つは成せり!」
ネネルガルは、茫洋と意識の中、自分を支配していた存在が打ち砕かれた事を肌で知った。統合制御体が一撃で断ち切られたため、機体破損によるAMS過負荷は起こっていないらしい。たいした腕前だと感心する。
頭部を完全に破壊されたのだろう――全天周囲モニターは殆どが死に絶え、胸部に設置されたサブセンサーで周辺の光学情報を僅かに受信するのみ。
振動――何かがゆっくりと近づいてくる音。微かに見える鋼鉄の巨人=アーマードコア・ネクスト。
その巨人は手を伸ばし、<アレサ>の胸部を掴む――何か機械部品を引きちぎるような音。どうやらコクピットブロックを直接引きずり出そうとしているらしい。自分を誘拐しようとしているのだろうか? ネネルガルは不思議に思う。僅かに残ったサブセンサーの画像が消えていき、最後には電装系も死んだのか、真っ暗になった操縦席の中で目を閉じた。
自分と戦った相手――そして恐らくは自分を支配していた存在を打ち砕いた相手。その機体<アイムラスト>を思い起こす。
「青空の青色、雲の白色、太陽の赤色。……とても綺麗です」
たとえ誘拐されたところで、レイレナードで意に沿わぬ戦いを強いられる今よりも悪い事にはならないだろう。
生来の楽観思考のまま、ネネルガルは意識を失った。
[3175] 第十八話『海の藻屑になって貰おうか』
Name: 八針来夏◆0831a7df ID:e7588bfd
Date: 2008/07/01 21:43
ライフルは怖い。
狙撃銃は対象の気付かぬ視覚の認識できる距離より遥か彼方から相手を撃つための武器であり、長大なライフリングによって弾頭の軌道を安定させ、狙撃専用に開発された弾丸は空気の影響でぶれる事無く対象に命中する。高精度/長射程――狙撃銃に代表される、BFFの生産する主生産商品。
ある晴れた麗らかな日――森に面するその木陰でライフルを構える一人の少女に、大勢の大人達が期待するような目を向けていた。
少女――陽光を孕んで輝くアッシュブロンドの長い髪=まるで頭上に王冠を被るよう/翠玉を思わせる青い瞳/美しいや、麗しい、という言葉よりもまず可憐という言葉が思い浮かぶ愛らしい顔立ち/庭園の中で美しく咲き誇るように大切に育てられ、当然のように美しく育ったような可憐な白菊の風情/五年後にはきっと深窓の令嬢か、光り輝く姫君のようになるぞと周囲の大人達が褒め称える少女=BFF軍部の名門貴族ウォルコット家の末娘=今年十三才になるリリウムは猟銃を構えている。
直立し、銃底を型にあて、射撃の反動を受け流す体勢=見本のようなある種の機能的な美しさすら感じる凛とした構え。狙撃精度を高めるためには肉体の呼吸による微かな胸の上下すら制御しなければならない。まるで自分自身を銃器の一部と化し、弾丸を正確に、狙う目標へ放り込むための精密機器とするかのよう。
ライフルは怖い。リリウムはいつもそう思っている。
もっと小さな頃、八歳近くも年の離れたフランシスカ姉様とユジーン兄様に連れられ、他の大人達に混じって猟友会の会合に顔を出したとき、ライフルの轟音に怯えて泣き出してしまった事を覚えている。
ライフルに指先が絡む――薬室に弾丸を送り込み、給弾。
BFFの軍部の名門であるウォルコット家の人間は常に軍人たれと教えられている。事実二人の歳の離れた兄と姉は企業の最強兵器ネクストの搭乗者リンクスとして多大な戦果を上げている。
ネクストの操縦に必要なAMS適正――遺伝子の如何なる部分がそれを可能としているのかは不明であるが、しかしウォルコット家の人間はAMS適正を保有する率が他の家系に比べて非常に高いらしい。それは即ち、リリウム自身もいずれBFFに属するリンクスとして戦場に立たなければならない宿命という事だった。
ライフルは怖い。リリウムはいつもそう思っている。
ライフルの発砲に伴う轟音も心臓が止まるぐらいに怖いが、それと同じぐらいに怖いのがスコープだった。
スコープの先には狙うべき獲物がおり、照星の中に自分の生殺与奪の全てが他者に握られている事を知らないいきものが、いつもの日常が続くのだと無邪気に信じている。
スコープの先=かわいい野うさぎ。小鼻を動かしながら草を食んでのんびりしている。
引き金を一発引けば/指先にほんの少し力を込めれば弾丸が吐き出され、リリウムは周りの大人たちの拍手と賞賛の言葉を受け、一匹の獲物を手に入れる事が出来る。突然に唐突に他者の指先一つで人生を中断させられるその理不尽――考えるたびに胸が軋む。
王小龍=リリウムの師でありBFF軍部の首脳とも言うべき初老の男性は、他の大人に混じっていつものように彼女に言葉を掛ける事無く、ただ黙って見守るだけ。それが本当は引き金を引くことを嫌がる自分の心を見透かしているかのように思えていた。
リリウム=ウォルコットはライフルが怖い。
世界を支配する六大企業/そのうちの一つであるBernard and Felix Foundation=略称BFFは、元々西欧に存在する古い名家が主体となって作り出された組織であり、属するリンクスナンバー5、『女帝』メアリー=シェリーの意思に寄るものか、高精度技術に定評がある。
メアリー=シェリー。
今年十三になるリリウムにとってその名は特別だった。国家解体戦争において上位から五番目の実力を持つBFFの女帝。あの人がライフルを構える姿は正に一個の精密機械のよう。文字通り空を飛ぶ鳥を射落とすその技量は、文字通りの神業だった。
凄い、と思う。
でも、憧れては、いない。
ライフルは怖い。
だけど人に照準を付けて/スコープの向こうで突然人生が終るのだと考えてもいない人に対し/躊躇い無く引き金を引ける人間は/動物ではなく人を狩れる人は――もっと怖かった。
「申し訳ありません、皆様」
リリウム=ウォルコットはこの場に居た猟友会の大人達に深々と頭を下げる。
射撃の瞬間、野うさぎがスコープ越しに覗いていたリリウムを見たのだ――いや、野うさぎが感づいたのでは無く、単に偶然振り向いただけだったのだろう。
だがそれでも猟銃を扱うことに何処か忌避感を抱いていた少女を動揺させるには充分だった。
震える銃身――ぶれる照準――放たれる弾丸は当たるわけも無くあさっての方向に逸れていった。結局仰天した野うさぎは泡を食ってその場から一目散に逃げ出していった。
「まぁ、仕方あるまい」
その場に居た苦笑する大人達の心情を代弁するかのように一人の老人が言う。
白が混じる黒髪/黒い瞳に浮かぶ深い知性の色/老いの影は見えるものの、しかしそれを補って余りある強靭さを思わせる/論理と洞察こそを最大の武器とする戦場の博士=権謀術策を駆使する策師/BFFの女帝メアリー=シェリーの養父であり軍部の重鎮、リリウムのライフルの師である初老の紳士/オリジナル=リンクスナンバー8=王小龍。
「申し訳ございません、王大人。……リリウムはご信頼に背きました」
「なに。気に病むほどの事でもあるまい」
深々と頭を下げる少女に王小龍は苦笑を浮かべるのみ。とはいえ、リリウムとしては謝らずにはいられない。
自分の失態は銃を教えた師の評判にも繋がる。そも、名門ウォルコットの生まれとはいえ、十三歳の少女に銃を扱わせるなど普通に考えれば非常識だろう。だが少女は自らの境遇を受け入れ、その武門の血筋が齎す宿命に忠実だった。
事実、座学なら師である王小龍をも瞠目させる飲み込みの速さを見せている。砂に水を染み込ませるように物事を覚えていく、とは彼女の面倒を見る姉と兄の弁だった。
だから、彼女をもし戦士として完成させるのであれば、それはただ一つ。
引き金を引ける精神――他者の人生を断ち切る事に対する罪悪感の磨耗。王小龍は表面上は平静なまま密やかに笑う。それは見るものが見れば、笑顔の奥底に潜む邪悪に気付いただろう。自らの目的の為に他者の人生に歪みを入れる事に何ら躊躇いを持たない、エゴの怪物とも言うべき暗黒だった。
「リリ……リリ……」
少女の声が、リリウム=ウォルコットの耳朶を震わす――同時に彼女は可憐な容姿を歓びに華やがせ、声の主を見やる。
居るのは一人の壮年の男性――その少女の父親――の横に隠れる少女に目を向けて小走りに駆け出した。
獲物を狩る事にすら躊躇いを覚える少女が、出来るだけ固辞し続けた猟友会の集いに参加したのは、その自分より一つ年下の少女に会うためでもあった。
炎を連想させる鮮やかな珍しい赤毛/青い瞳の端には慣れない大人の中に居る事に心細さを感じていたのか涙の粒がある/その手の平は宝物でも掴むように茶褐色の熊――テディベアが握り締められていた=首を締められているような形だった/リリウム=ウォルコットの一つ年下の少女――BFF技術部門における日陰の立場のエネルギー開発に携わるヴァルデマー=カノセン博士の一人娘であるアンゼリカ=カノセン。
家族や父母以外のほぼ全てに敬語を使ってしまう丁寧な喋りのリリウムが唯一家族以外で愛称を呼ぶアンゼリカに微笑みかけて、先に彼女の保護者に挨拶しようとヴァルデマー博士に向き直る。
「こんにちわ、ヴァルデマー様。お久しぶりです。アンも、お久しぶり」
ヴァルデマー博士――少し血色の悪い肌/後ろに纏められたくすんだ金髪の壮年の男性/一つの物事に心血を注ぐ芸術家的な気質を思わせる好ましい偏屈さを有する印象――娘に前に出るように促しながら応える。
「やあ、リリウム……済まないが、アンと遊んで貰えるか?」
「はい、喜んで」
リリウム――心の底から嬉しそうな表情。
――彼女の周りには同年代の人間が少なく、また年長者はそれぞれが社会的な地位と名声を獲得した大人ばかりであった。それは心安らげる対象であるはずの父母や歳の離れた兄と姉ですら例外でない。そんな彼女が出会った一つ年下の少女は、内気な性格で友達を作ることに不自由していた。
初めて出会う自分と同様の、社会的地位も名声も持たない唯の女の子――要するに、リリウムは自分自身、お姉さんぶりたかったのかも知れないと思っている。
ヴァルデマー博士は、目の前の男性、王小龍と向き合う――表情に真摯な色を満たして言った。
「……王大人、こういう形でお会いした事をまずお詫びします」
「いや、構わん。……お互い立場ある身だ。腹を割って話す機会も少ないしな」
ヴァルデマー博士=安堵した表情をすぐに引き締める。
「……ご存知の通り、コジマ粒子を利用したアルテリアの基幹システムの構築は終っています。これが完成すれば、我々はレオーネの発電施設『メガリス』に頼る事無く潤沢な電力を得ることが出来る。……だが、この機構には欠陥があることは分かりきっているはずです」
ヴァルデマー博士の研究内容は『コジマ粒子技術』を利用した発電施設の開発であり、これまで積み重ねた研究の成果もあり企業上層を納得させる事ができる実験結果を出すことが出来た。理論は既に完成しており、後はそれを実現するだけの資金、資材、時間だけが必要であるだけ。
博士自身とて早く自分の技術で完成した実物を見たい。栄光と賞賛――研究を完成させる為に時間を費やしてきた/その費やしてきた時間のしわ寄せとして家族の団欒を犠牲にしてきた――冷えた家に娘を一人ぼっちにさせてきた。
だが、研究が認められれば娘のアンゼリカを一人ぼっちにしておく必要も無くなる。
アルテリアには一つ欠陥が存在していた。
コジマ粒子を発電に使用するアルテリア技術は、使用と同時に周囲にコジマ汚染を撒き散らす。恒常的に発電を行うアルテリアを地上に建造すれば、そのコジマ汚染による大気と土壌の汚染は深刻化し、地球を人の住めない死の星にするだろう。
その問題を解決する手段など判りきっている――なのに、何故かその段階にいたってBFF上層は二の足を踏んでいるのだった。
「アルテリア技術は確かにコジマ汚染を撒き散らします。しかしアレはネクストとは違う。汚染など関係の無い場所、宇宙にアルテリア施設を建造すればいい。……どうして上層はわかってくれないのでしょうか。頼みます、王大人、貴方からも口ぞえを」
「……貴方のいう事も判るがね。宇宙開発とも為ると、地上とは違う環境だ。かかる資金も当然違ってくる。二の足を踏まれるのも無理は無いだろうね」
「確かにリスクが大きいのは認めます。しかし完成した暁には、その提供されるエネルギーは……」
「……もう、止し給え」
王小龍――手を挙げてヴァルデマー博士の言葉を制する。
「私が上層に口ぞえした程度では彼らの重い腰は上がらんだろう。……気に病むな。君は実力がある。アルテリア自体の有用性は認められているのだ。遠からぬうち、彼らも考えを改めるだろう。……この頃は趣味の狩りもしておらんのだろう? 気晴らしに君も撃てばどうだ?」
「……」
内心は不満だらけだが、今は押し黙るより他無いと思ったのか――ヴァルデマー博士は無念そうに唇を噛むと軽く一礼しその場を去った。
その背中を見送り、王小龍は不愉快そうに鼻を鳴らす。先程までの相手の言葉に耳を傾ける真摯な聴衆という仮面を脱ぎ捨て、頑迷で愚かな技術者の背に舌打ちを盛らした。
相手の生命になんら価値を認めない独善的な色――他人の前では厳重に被った演技を脱ぎ捨て本性とも言うべき悪意の鱗片を覗かせる。
「……報酬も地位も約束されているだろうに。地上が汚染される事など無視しておれば、宇宙などに目を向けなければ長生きできただろうにな」
王小龍――リリウムもヴァルデマー博士も、義理の娘であるメアリー=シェリーですらも知らないであろう、瘴気じみた言葉を漏らした。
「アサルト・セルの存在を感づかせる訳にもいかぬ。……いずれアルテリアの開発の目処が立てば……邪魔な上層ごと、クイーンズランスと共に海の藻屑になって貰おうか」
ライフルは怖い。
アンゼリカ=カノセンは、父の数少ない趣味である猟友会の集いに出たことがある。
――企業の中でも重宝される技術者である父親と一緒にお出かけする事は嬉しかったが、ライフルの轟音も、獲物の死もどちらも怖くて仕方のないものだった。でも研究で気疲れしているのだと幼い彼女にすら判る父親の数少ないストレス発散の場を自分のわがままで壊してしまうのはもっと辛かった。
そんな中で出会ったのが一つ年上の少女であるリリウム=ウォルコットだった。
BFFの名門ウォルコット家の末娘である彼女は、人見知りの激しい自分に声を掛けてくれた。
会う回数は大人達の都合で会えたり/会えなかったりしたが、幼い両名にとって同年代、同性の友人と言うものはまさしく黄金に勝る貴重なものだった。
猟友会の大人達が歓談する中、二人の同年代の少女は一緒に歩きながら陽光の差す森の中を歩いている。
BFF本社施設のクイーンズランスにリリウムもアンゼリカも顔を出したことはあったが、あの場所は空気が清潔すぎて、かえって体に合わなかった。森の中でしか存在しない濃紺な生命の香りは、やはり生命の充満する森の中でしか味わう事が出来ない――アンゼリカ、リリウムに手を引かれながら言う。
「リリ、残念だったね」
「え? 何がでしょうか、アン」
「さっきの」
先程の外してしまった一撃の事を言っているのだろう。
アンゼリカからすれば、彼女が褒められる事は純粋に嬉しかった、彼女が褒められないのは残念だった。大切なお友達が大人達に褒め称えられる様子を見たかったと、そのことを素直に告げたのだが、彼女の意に反してリリウムの顔は暗く曇る。
「ご、ごめんなさい、リリ……」
途端声のトーンが落ちるアンゼリカ。リリウム――ついつい顔に暗い色が出ていたことを自覚して慌てて笑みを形作った。お姉さんなのだ、自分は。自分よりも小さい子を不安がらせてはいけない。
「いえ、気にしなくていいんです、アン」
嫌われるかも知れないと泣きそうな顔をしている少女を安心させる為ににっこりと微笑むリリウム。熊のぬいぐるみを抱きしめて目頭の熱さを誤魔化すようにするアンゼリカ。
「外してしまったのは私の責任ですから。……それに、うさぎ、可愛かったのです」
意図して外したわけではない。だが、心の何処かは安堵している。
当てれば賞賛を得られただろう、しかし心の何処かは獲物を駆らずに済んだ偶然に感謝していた。
「そうだね、……うさぎ、かわいかったもの」
こくり、と頷くアンゼリカにリリウムは顔を綻ばせる。
ライフルは怖い。
ライフルは罪を実感させる武器だ。拳銃やマシンガンは弾が当たる事を期待して弾丸をばら撒く武器だ。だが、ライフルはスコープで相手の顔を目で見て、相手が自分と同じ生き物であると実感して、それでも尚引き金を引くための、膨大な殺意を要する武器だ。
リリウムは座学なら兎も角、実戦では、自分の気性それ自体が戦いに向いていないと自覚している。周囲の期待に応えられないのは辛い/申し訳ないとは思う。周囲から求められるものと自分が求めているものが違うのは残念だが、いつかきっと王大人やフランシスカ姉様とユジーン兄様も判ってくれると思う。
「かわいいうさぎ、見つかるといいね、リリウム」
「そうですね、アン」
微笑みあう二人。スコープ越しにでも草を食むうさぎはとても愛らしかった。あんなに可愛かったのだ、アンゼリカもきっと気に入ってくれるに違いない。今度は命を奪う為にスコープ越しに見詰めるのではなく、驚かせないよう、自分の瞳でかわいいうさぎを仲の良い友達と一緒にそっと見つめるのだ。
リリウム=ウォルコットは自分がライフルに向いていない事を自覚している。
ただ、自分にそっと掌を握り締める中の良い友達と結び付けてくれた事は感謝しても良いと思っている。
だからリリウムは、己の指を絡ませ、手で握り締めるのは、ライフルよりも――誰かの手の温かみのほうが良かった。
だが。
二人が戦うための因縁は/歪みは――もう、既にこの日から始まっていたのだ。
[3175] 第十九話『貴方には早すぎる』
Name: 八針来夏◆0831a7df ID:e7588bfd
Date: 2008/06/27 11:18
ネクストの防御面において絶対的優位性を約束するプライマルアーマーに対する対処法は大別して二つになる。
貫くか、剥ぐか――貫通か/減退か。
コジマ粒子を機体周囲に安定滞留させる事により防御力を得るプライマルアーマーであるが、点の攻撃には弱いという弱点がある。またレーザー兵器による攻撃も有効であり、敵のプライマルアーマーを貫通する為にはアサルトライフル、スナイパーライフル、レーザー兵装が貫通性に優れている。
次には、連続して攻撃を浴びせ続ける事によって相手のプライマルアーマーの再生力を上回り、プライマルアーマーを剥し防御力を削る事だ。この攻撃には継続して銃弾を浴びせるマシンガン、瞬間的に十数発の銃弾を叩き込むショットガン、或いはプラズマによってプライマルアーマーを大きく減退させるプラズマキャノンが上げられる。
だが、貫くか、剥ぐか、その二者を両方とも満たす武装は少ないが、確かに存在している。
レーザーブレードともう一つ。
銃身にコジマ粒子を蓄積し放出する武装――時間を掛け、チャージ限界まで高めた場合のその破壊力は筆舌に尽くしがたく、よほどの重装甲型でも無い限り一撃でネクストをすら撃破する悪夢的威力を有する兵器。
すなわち、コジマキャノン。
「やっぱ防御ミッションなんざ性に合わねぇなぁ」
ネクストAC<アポカリプス>の中で一人ごちるプリスはレーダー更新を確認=撃破対象は既に何処にも見当たらない。
視線を別に向ければ其処にはグローバルアーマメンツ社、通称GAのロゴが入った超音速旅客機が施設の中に収納されていく光景がある。
今回のミッションはGA内で発生したGAEの内部監査の為の人間を無事迎え入れる為のものだった。
中にはGAグループを構成する、環太平洋経済圏に本社を置く有澤重工の社長すら参加しているらしい。GAEの反乱の可能性が無いかを徹底的に洗い出すつもりなのだろう。
――何はともあれ、GAE上層部はこの内部監査を受け入れた。少なくとも今しばらくは反抗する意志は存在しないのだろう、とプリスは思う。GAEの新兵器『ソルディオス』はアクアビットが開発している大型コジマキャノンであるソルディオス砲は積載していない。今ならまだ言い訳が聞くという事だろう。
今回のミッションは、要するにやってくるGAEへの内部監査官の乗るGA本社の旅客機の護衛であった。
もしこれが何らかの手違いで他企業の息の掛かった武装テロリストに襲われ、仮に撃墜でもされてみれば、確実にGAEはグループから孤立する。
――故に、誠意を見せる意味で、GAE上層部はその護衛に彼らが有する最強のネクスト戦力を投入した。
一人は、近年リンクスとして登録され――重装甲/重火力という矛盾を両立させ戦場にて圧倒的暴威を振るうリンクスナンバー41=プリス=ナーの操るネクストAC<アポカリプス>。
そしてもう一人が、国家解体戦争においてその徹底的な大火力と重装甲にて多大な戦果を上げたGA社最高戦力――リンクスナンバー10=メノ・ルーの操るネクストAC<プリミティブライト>だった。
<プリミティブライト>――GA社特有の実弾防御を高めた角ばった印象の巨人/重量武装を振り回し、操るためのパワーに優れたアクチュエーターを内蔵するごつい腕部/右腕武装=プライマルアーマーも装甲も物理的破壊力で強引に貫通する大口径バズーカ/左腕武装=大型の機関砲弾を撒き散らすガトリングガン/両肩武装=推進速度を犠牲にした代わりに、追尾性能に優れ、ミサイルに搭載された膨大な量の炸薬で致命的な破壊の嵐を撒き散らすラージミサイル×2――GAの大火力重装甲主義を体現するかのごとき機体。
既に撃破しつくされた敵の武装テロリスト部隊は跡形も無い。
航空機とノーマルの混成部隊であったが、相手を爆殺半径に正確に放り込む能力を持つ<アポカリプス>と、実弾系武装に対しては機動要塞じみた圧倒的防御力と大火力を有する<プリミティブライト>の敵では無かった。
むしろ撒き散らされるグレネードの破片/大爆発を引き起こすラージミサイル――その絶大な破壊力の余波であちこちに被害が見受けられる空港の後始末の方が絶望的な気分にさせられる。そういう意味も含めてプリス=ナーは自分には防衛ミッションなど不向きであると再確認させられた。
『どうして、……向ってきたのでしょう……退いて、と何度も言ったのに』
「酔うなよタコ。アンタの宗教だかなんだか知らねぇが、向ってくるなら殺るしかねぇだろうに」
戦場に立つ戦士の言葉としてはあまりに優しさと柔らかさが強すぎるメノ・ルーの言葉にプリスは思わず口を挟む。
そんな風に言う相手はプリスにとって敵に情けを掛ける事によって自己を高みに置こうとしているかのように思え、虫唾が走る為か――その舌鋒には容赦が無い。
敬虔なクリスチャンであると言う事は聞いていたが、こんなひ弱な精神でよくも国家解体戦争を生き抜けたものだ、と半ば呆れたような思い――嘆くような彼女の息遣いが通信機越しに聞こえてきた。
「生は即ち食、食は即ち殺――気にするほどの事か?」
『……だけど、彼らのマッスルでは私のマッスルを貫く事など到底不可能だと判っていたはずなのに』
「…………………………………………………………………………………………………………………………は?」
プリス=ナーはその哀しみに満ちた声音とはあまりに不似合いな言葉を聞いて思わず馬鹿のように聞き返した。
とりあえず<アポカリプス>の通信機が狂ったか、はたまた自分が狂ったか、プリスは両方を疑った。<アポカリプス>の通信系の自己診察プログラムを走らせ、自分は正気であるか確認しようとする。
プログラムには当然問題など無く、また、そもそも正気でない人間は自分が狂っているなどと考えはしない。
『さようなら……幸福を』
十字を切って死者の冥福を祈っていると思しき台詞――しかし先程聞いた台詞のインパクトが余りにも強烈だったのでプリスは頭に?マークを連発しつつも帰還を命ずるオペレーターの声に従う事にした。とりあえず耳鼻科で診察を受けよう、そう心に誓った。
健康優良児どころではない、並みの男が十人掛かっても正面から圧倒する身体能力を誇るプリス=ナーの診察の結果は勿論言うまでも無くまったく健康であり、耳に異常など無かった。
彼女が今現在向っている場所は、今現在ほぼ唯一の友人と言えるミセス=テレジアの個人的な研究室である。メノ・ルーのマッスルとは何事なのか、それを聞くためだ。知人という事ならアナトリアに一人居るが、あれはどちらかと言うなら、強敵と書いて友と読ませる類の間柄なので、やはり純粋に友人となると彼女一人に限定される。
GAEの施設、窓から陽光が挿すその建物の中を歩いていると、プリスはそこで一人何個かの箱を抱え、てこてこ歩いている子供に気付いた。
年齢は十二歳ぐらいだろうか――柔らかそうな明るい亜麻色の髪/優しさが表に出たような整った顔立ち/何処かの学校の制服なのか、黒白の制服を着崩す事無く喉元の辺りまできっちりとボタンを留めている/何処かの良家の子女と思わしき雰囲気/不安そうにあたりの建物に記入された案内を見ている――母鹿を探す群からはぐれた小鹿の風情/抱える箱には『有澤名物温泉饅頭』『メタルウ○フカオス』『大統領の特別なスーツ』と書かれている。
他人に親切にするような性格でもないプリス=ナーであったが、ふと視線を向けたのは、少年の顔立ちに何処か既視感を覚えたからだった。
「何してるんだ、餓鬼」
「あ、こんにちわ。お姉さん」
ぺこり――少年は不安そうな表情を完璧な自制で消して微笑みで彩る。
「実はお母さんに会いに来たんですが。場所がわからなくなりました」
「母親? GAEに詰めてるのか」
ふぅん? と呟く。生憎とGAEでの知り合いなど右手で充分事足りる程度――と言うよりテレジア一人しかいない。自分の物悲しくなるような交友関係の狭さに密かに愕然とするプリス。
「あんまり役に立てそうに無いな。……なんかパッと見て判る特徴とかないか?」
「はい、あります」
「おう、何だ。言ってみろ」
にっこり、嬉しそうに笑う少年。
「お母さんは頭に大きい孔雀があります」
「…………そうか、そう言えば」
今まで普通に接していたから忘れがちだったが――ぽん、と手を打つ。
「アイツ、……既婚者だったな」
場所を間違えてはないよな――孔雀にしか見えない奇抜なヘアスタイルをしているミセス・テレジアの個人の研究室である事をプリスは確認して、扉を開いた。扉を開ければ其処には見知らぬ顔が一つ。
「お母さん!」
「ああ、デュナン。良く来たね」
抱えていた箱をその辺に置いて傍目にも判るぐらいに嬉しそうな表情を浮かべ、デュナン少年は母親のミセス・テレジアに抱きついて嬉しそうな表情を浮かべている。
プリス――親子同士の対面に同席するのは場違いな気分/ふと、同じくテレジアの自室で椅子に腰掛けている喪服にも思える黒と白で統一された衣服に身を包む一人の女性に気付いた。
先天的色素欠乏症によるものか、銀に近い色合いの長い髪=右側にサイドテールで結い上げている/日光に対してあまりに脆弱な赤い瞳は深く鮮やか/口元から微かに覗く白い八重歯/その肌は薄絹を思わせるように滑らかで白に近い薄薔薇色/小柄な肢体――だがよく見れば四肢は程よく引き締まっている/胸元=特筆して描写する必要有り――ニ連装核ミサイル(いやらしい意味で)/胸部装甲の過剰な突出/男性諸氏の視線を強引に変化させる磁力を有した蟲惑的曲線/横方向からシルエットを視認した場合、突如出現する巨大山脈/深刻な肩凝りをもたらす重量級の重りを吊り下げている/ル○ン三世三代目オープニングテーマ風に言うなら魅惑の谷間/動作の端々に反応して過激に震える水蜜桃――……まあ、その、なんだ、……つまり要約すると、おっぱいが大きかった。
この場に居る唯一の男性であるデュナン少年は未だ性に目覚めぬ純真無垢な少年なのだろう――是非ともそのままの、汚れを知らぬあなたのままでいていただきたい。母親の腕の中で久しぶりの再会を喜んでいる。よかったよかった、性に目覚めた青少年にとって目の前の彼女の胸は視覚的猛毒に過ぎない。友人の息子が女性の乳房に目覚める光景を見るのは真剣に辛いが、そんな事は無さそうだった、プリスはかなりマジで安堵した。
「初めまして。先のミッションでは一緒になったわね?」
「ああ、……あんたか」
プリス――ぶっきら棒な口調。言われてみれば、その声は通信機越しに聞いたものと同一。
「メノ=ルーよ。宜しく」
「プリス=ナーだ」
差し出される手――それを払いのける理由も無いし、プリスはそれを受取る。
だが、そこから先が少し違っていた。メノ=ルーはプリスの手を取り握手――そしてもう一方の手で腕をさわさわ。
「――――ッッ!」
「やっぱり、思った通り、……とてもよいマッスルをお持ちのようね」
そこまで来てプリス=ナーは唯一の友人ミセス・テレジアの研究室に足を運んだ理由を遅まきながらようやく思い出した。
そう、マッスル。その意味不明にも程がある彼女の危言が何に由来するのかを知るためであった。
国家解体戦争後、今ではGA最高のネクスト戦力と認定されているオリジナルリンクス、メノ=ルーであるが、彼女は別に最初から軍人を志したわけではなかった。
むしろその正反対――人の魂の安息を願う、尼僧を目指していた。
五年前の国家解体戦争以前の彼女は世界全体の危機に心を痛め、飢餓と紛争で傷つく世界それ自体を嘆く、良くいる心優しい人だった。
ただ、そんなありふれた少女と彼女が違っていたのは――彼女が当時のGAのAMS関連技術者にAMS適正を認められたと言うことである。
熱烈なスカウトが来た。
当時より他企業とコジマ技術において後塵を拝していたGAはその当時喉から手が出るほどAMS適正――ネクストを運用する才能を持つ人間を求めていた。もしメノ=ルーがその誘いを拒んでいれば、非合法な手段に出たかもしれないが、GAにとっても彼女自身にとっても逸れは無かった。
神に祈る日々を送っていたメノ=ルーではあったが、その祈りは例え心の安息をもたらしたとして――当時から問題視されていた地球金星化、各種エネルギー問題、勃発する紛争――祈りがもたらす心の救いは平安を与える――しかし、病んだ国が屠る人の数はその数千倍。
神に祈るよりも、実効的な物理力の行使/即物的な劇薬が必要なのだと彼女は思った。
アーマードコア・ネクスト。
おおよそ個人が運用する最強の兵器であり、巡航ミサイルなどの大量破壊兵器と違い、よりデリケートで繊細な破壊力を行使できるもの。彼女はそれに選ばれたのだと――そう伝えられた時にメノ=ルーは僧衣を脱ぎ捨てリンクスになる事を決意する。アーマードコア・ネクストによる精密にして迅速な破壊力を行使し、必要最小限の出血を以って世界滅亡の歯止めを掛けるのだと。
殺人は紛れも無い罪であるが、殺を以って生を紡ぐ事こそ、即物的な救済こそ必要であると思った。罪に塗れる事を覚悟した。
メノ=ルーは勇者ではない。
むしろその性質は臆病者と呼ぶに相応しいものであった。だが、この場合問題だったのは、彼女が非常に熱心な臆病者であったという事だろう。
勇猛は蛮勇に繋がり、臆病は慎重に繋がる。
彼女は戦士ではない――しかしそれ故自らの技量を磨くことに熱心であった。才能は乏しかったが、努力する才能だけは有していたと言っていい。
高い実弾防御力を有する彼女の<プリミティブライト>であるが、圧倒的戦闘力を有するにも関わらず、戦場では心胆を凍えさせる敵とぶつかった事があった。半壊した機体でなおも抵抗する相手が居た。勝利などありえないのに尚抵抗する本物が居た。
恐怖すると同時に畏怖と、敬意を抱いた。
ネクストと比べて火力も装甲も脆弱なノーマルでなおも抵抗するその相手。その精神性に憧れた。
不屈の闘志/精神性に憧れ――気が付けばメノ=ルーは真摯な根性主義者になっていた。
戦場において生き延びるのは絶望的な状況でも尚心の折れぬ根性を持つ人間だ。からからになった体力/悲鳴を上げる筋肉に更なる酷使を強い、走り続ける事の出来るタフネス。過酷な戦場を行きぬいたという自負、尽きた体力を搾り出し走るための体力を振り絞る意志――それらは根性という名の肉体を支える力、自信という名の強靭な骨格。
ふと、そこでメノ=ルーは考える。
根性とは、どうやって培うのだろうか。
「……私はそこで思ったの」
「……ほう」
本人がいるならマッスル発言に関して直接聞けば良いと思ってプリスは素直に質問をした=十秒目で即後悔。
一から懇切丁寧に何故彼女がマッスルに拘るのか、その経緯を聞いている――どうしてアタクシはこんな処でこんな話をしているのだろうか。隣で母親に学校での生活をニコニコしながら話し合っているテレジアとデュナンの微笑ましい親子同士の会話が別次元かと思うぐらいにかけ離れている。
ふと、物憂げな視線で目を伏せるメノ――視線が外れた/プリス=好機到来/手信号でテレジアに助けを求める――テレジア=無視。
そんなプリスに微塵も気付かずメノ=ルーは言葉を続ける。
「根性とは、自信よ。即ち、いかに自分自身を苛め抜いたか、自分にどれ程過酷な負荷を強いたか。……その負荷を乗り越え得た筋肉こそが、根性の度合いを示すパラメーターなのだと気付いたんだわ。
そう、つまりマッスルこそがその人の自己を鍛え上げた経緯を綴る肉の歴史書、勝敗を分ける最大の要因、根性を示すパラメーター」
「…………駄目だコイツ超面白い」
「筋肉は根性と同意義。いかな苦境でも根性を振り絞って立ちあがり続ける。過程は関係なく、最後に立っていた人が勝者。……私はそれを轡を共にした人に教えて貰ったわ」
「誰だよそれ」
「アンジェ」
唐突に出てきた国家解体戦争で活躍したオリジナルリンクスのナンバー3の名前。プリスは片眉を上げる。そのあまりにも早すぎるお笑いシーンからシリアスシーンへの移動に一瞬戸惑ったような表情。
「ふむ、ちょっと珈琲でも入れてこようかね。メノ、プリス、君らは?」
「アタクシは別にいいや」
「砂糖とミルク入れたもので」
注文を受取って私室に据え付けられた珈琲メーカーのある別室に移動するテレジア。母親を待つ間暇になったデュナン少年は椅子の上で足をブラブラさせて二人を見ている。
「まぁ、言いたい事の理屈は判らないでもねぇな」
戦場では真っ先に諦めた人間から銃弾が当たる。勿論戦場で勝敗を決するのは物理的な要素だが、そういった精神的な部分も決して無視できぬ要素であることは間違いない。
そう呟きながらプリスはごく自然な動作で/男性諸氏が実行しようとすればロープなしバンジーを敢行するほどの勇気を必要とする行動を/まるで扉を開けるようなごく日常的な行為を行うような気安さで/勇者の如き偉大な行為を/メノの乳房に手を伸ばした。
むにょん。
極上の触感=メノの胸、そう書くべきだとプリスは悟った。
「な、な、な」
当然、メノ=ルーは自分が何をされているのか脳が理解できずパニック状態=薄薔薇色の頬を薔薇色に染めて自分の胸部に陵辱を加える、這うような動きの十本の指にただただ困惑するのみ。
「筋肉で根性の度合いを測るって理屈はわかるけどもよ。こっちは贅肉だらけだなぁ」
「な、なにを、なにを、して」
「……いや、ここまででかいと女として敗北感すら感じねぇな。なんつーか、セクハラしねぇと失礼に当たるような気がして、……な?」
同意を求めるような声/椅子に腰掛けていた純情無垢な人様の子であるデュナン少年は訳も分からず真っ赤な顔をしていた。
「一揉み百万コームだ。……少年、お前の小遣い幾らよ?」
「え、えっと」
思わず自分の懐の財布具合を確かめてしまうのは、幼くとも確かに彼が雄であったが故なのだろうか。
だが、其処に青い顔で飛び込むミセス・テレジア。顔色を青く赤くいろいろ変えながら自分が目を離した隙に、自分の自室に展開されたお色気十八禁空間に――そのお色気空間に取り残されるにはあまりも若すぎる可愛い息子を庇うように抱きしめて叫んだ。子を思う母親の意志が沸き立ち、背筋に怒りの暗黒闘気が吹き上がる。
「ぷ、プリス! 人の息子に何をしている!」
「……ナニを、かねぇ」
「この子は子供だ! 情緒教育に悪すぎるね!」
「美味そうな少年と書いて美少年と書く」
プリス=にやにや笑い。青少年をからかうことが楽しくて仕方が無いといった様子。メノ=唖然としながらも自分の胸に腕を巻きつけて乳房を庇うように後ろへ下がる。デュナン少年=意味も無く高鳴る心臓の鼓動に只管戸惑うのみ。自分が美味そうとはなんなのだろうと困惑。
テレジア=握り締める拳を震わせ、外を指差して叫ぶ。
「幾ら君とは言え許せないね、表に出ろ、勝負だ!」
「へっ、勝負と聞いちゃ引けねぇな、良いぜ、受けて立つ!」
椅子を蹴り飛ばして外に出る両者――そのまま走り去っていく二人の背中を唖然とした様子で見送ったメノ/デュナン少年は、勢い良く閉じられた扉の音でようやく正気を取り戻して、慌てて走り出していった。
メノ=ルーとデュナン少年、その二人が遠ざかる足音を追って向った先はGAE内のレクリエーション施設の一つ、体育館だった。
両名のその勝負の内容とは一体何か、走り込んで来たメノはその光景に思わず息を呑んで、母が心配で後ろからやってきたデュナン少年に向き直り叫んだ。
「駄目、デュナン! 貴方には早すぎる!」
「ふぇ?」
言いつつデュナン少年を、メノの眼前で繰り広げられていたモノスゴイ光景から庇うようにその豊かすぎる胸で抱きしめた。
ここから先、テレジアとプリスの両名に対する具体的な描写を避けねばならない。
もし具体的な描写をすれば良い子が読めなくなってしまうのであった。
にらみ合う女囚と人妻、まるでB級アダルトの枕詞のような経歴を持つ二人はどちらがより女性として格上なのかを死合って確かめるように勝負を始めていた。
いやらしいテクニックの応酬、かなりどうでもいい死闘――それはその光景を見る少年少女が居れば無理やり大人の階段を上り詰めさせてしまう事請合いの壮絶な戦いだった。
見るもの全てを身悶えさせる恐るべき魅力、というよりは淫らな桃色の激闘/十八禁に満ちたいやらしい決闘空間/今すぐ良い子も悪い子も見てはいけませんと立ち入り禁止を行うべきだが、責任ある大人の立場のメノはこんな凄い戦いを見逃すわけにはいかないと、一歩も動かず二人の戦いを見守っている。
視覚を封じられたデュナン少年の耳に飛び込んでくるのは息苦しそうな母とプリスのなんだか変な声、おまけに自分を捉えて離さないメノは胸元を両腕で顔面に押し付けてくる――苦しいやら気持ちいいやらで頭がオーバーヒートしてなんだか訳が分からなくなってくる。
メノ自身もまるで熱病で潤んだような目で両名の到底描写できない女の戦いを見守る――止めるなんて、勿体無くて出来なかった。
「へへっ、……や、やるじゃねぇか」
「ふふっ、……き、君もね」
なにやら夕日をバックに殴りあったような無駄に爽やかな様子でプリスとテレジアはお互いの健闘を称えあっている。
会話は爽やかだったが、二人の着衣はあられもないぐらいに乱れ、覗くうなじや頬にはキスマークが付きまくっており、それだけで事情を知らない人間が見ればよからぬ想像を掻き立てられるは確実、健全から一万光年はかけ離れた姿だった。
ダブルノックアウト。
両名とも相討ちした武人のよう――そのまま前のめりになってぶっ倒れてしまったのである。
その光景を夢中になって遠巻きに見ていたメノ=ルーは、ようやく情緒教育に悪い光景から少年を解放することを思い出し。
「デュナン、もう大丈夫よ? ……あれ?」
下手をすれば二人のイヤラシイ死闘よりも情緒教育に悪いかもしれない蟲惑的な果実を押し付けられ、触覚を刺激し続けられたのと、気持ちいいやら息苦しいやらのトリプルパンチでヘロヘロになってデュナン少年はそのまま母とその友人と同じように前のめりになってぶっ倒れたのであった。
結果――蝶よ花よと大切に育てられ、これまで異性の事など意識した事も無かった純情可憐な少年デュナン君は、周りの大人達のご無体な振る舞いによってなんだか超強引に性の目覚めを迎えさせられた。
良かったのかどうかは――本人にすら判らない、デュナン少年十二歳の春であった。
――昼間の喧騒から時間が過ぎた深夜。
くぅくぅ、とベッドの上で寝息を立てるデュナンの髪を弄りながらテレジアは優しげな微笑を浮かべている。
灯りは既に真っ暗で/枕元の小さな照明だけがオレンジ色のささやかな光を放っている。
不意に扉を開ける音――待ち合わせていた相手。
「……やぁ、温泉饅頭、美味しくいただいたよ、隆文社長」
入ってくる相手――暗闇でよく見えはしない、だがテレジアは良く見知っている相手。
黒目黒髪/穏やかでありながら強い意志を思わせる瞳は彼の身に流れる侍の血筋である事を示すよう/への字に結ばれた一見して不機嫌そうな顔/望めば如何なる飽食も許される立場でありながら鉄の自制心と精神力でもって鍛えている為か、贅肉は極限まで皆無/紺色のスーツを上下に纏った壮年の男性――国家解体戦争以前は自社製の戦車の信頼性を証明するため戦車兵として活躍し、国家解体戦争において、『若』というリンクスネームを用いて自社製ネクスト<車懸>に搭乗したオリジナルの一人――同時にGAグループを形成する、環太平洋経済圏に本社を置く有澤重工の社長=世界の支配者階級の一人でありながら自ら前線に立つ寄人=リンクスナンバー24、有澤重工四十二代目社長、有澤隆文。
「……良く寝ているな」
「昼間色々あったからね。……貴方こそ、視察、ご苦労様」
有澤隆文――寝入っているデュナンの顔を覗き込む。固い表情がふと和らいだ。
「……口元が君に似ている」
「目は貴方に似た」
「恨んでいるか、私を」
不可解そうな表情のテレジア。
「何故? 貴方は企業社長という立場があって、私も研究を捨てる気は無かった。……お互い納得付くの筈だね? ……そういう貴方こそ、父親と言ってあげないんだね」
「……共に居られぬならば、最初から居らぬほうが良い」
言葉に混じる苦汁の声――慣れ親しんだもので無くてはその鉄面皮の下の熱い血潮に気づく事はあるまい。
デュナンの髪をなでる男のごつい手――不意に少年が寝息と共に声を漏らす。
「んん……お父さん……」
不意に、金縛りにあったように、止まる指先。
隆文は、少年の頭をなでてやる。自ら名乗り出る事を鉄の自制で禁じた男は/デュナンが無意識のうちに伸ばした手を握り返した。
[3175] 第二十話『なんせ、私の師だ』
Name: 八針来夏◆0831a7df ID:e7588bfd
Date: 2008/07/01 21:42
――国家解体戦争より一年後のある日の手記――
私がそもそも専門としていた研究はアルツハイマーに代表される脳疾患の治療のための研究だった。義肢技術を研究する過程で、脳と機械を直結させるAMSを発見したイェルネフェルト教授に私が指示したのも当然の成り行きであり、最初は――そういう意図は存在していなかった。
結局私が見つけたその遺伝子細胞とは単なる偶然の産物によって発見されたものだった。
が、その技術を公表すれば、恐らく企業体から目を付けられる事はまず確実だった。
……脳の神経細胞の成長に関わる遺伝子細胞の発見に成功。脳細胞が死滅していくアルツハイマーに対する特効的な治療法になると判断した私は研究を続けようとするが、私はそこで教授に待ったを掛けられる。
今から思えばそれは正解ではあったのに。
マウスの実験結果、それが明らかになる。その発見した遺伝子――運動神経と免疫、そして特に知能の発達に密接に関わるものだった。
数人の、当時は沢山居た同僚たちに酒の席で愚痴を零した程度であり、そのことを覚えている人は少ないだろう。
そうであって貰いたい。そうでなければ。
AMSは人間の脳を利用する制御システムであり、その脳の性能を根本から強化する私の論理はネクスト戦力を欲する企業からすれば何としてでも得ようとするものだろう。
私の作った技術――人間の脳細胞の成長を促進する遺伝子改造技術。
平たく言えば、それは天才を作る技術、人間の品種改良だ。
だが、私が今まで生きてきた中で、師である教授を上回るものはこれしかなかった。
いつか完成させたい。あの教授を上回る成果を上げたい。
理論的にはその強化された脳髄ならば、『脳内認識加速機構』(システム・ステイシス)の過負荷にも耐えられる。ネクストを上回るネクストを生み出すことが出来る。
いつに、なるのだろう。
企業の目を気にする必要もなくこの技術を生み出そうとすれば、やはりアナトリアを捨て、企業に与するしかないのか?
だが、大恩ある教授を裏切って?
だが、このまま教授の後継であるという立場のまま、一生を捧げると誓った研究も出来ずに?
どうすればいい。わたしは、どうすればいいのだ。
かちゃり、かちゃり、かちゃり、かちゃり。
六大企業の一角インテリオル・ユニオンのリンクスが集うそのブリーフィングルームに、玩具を弄くる音が響き渡る。
ルーピックキューブに絡む指先が、面の色を合わせようと幾度も回転させていく。やる事も無いのか、一人の女が、手元の玩具を操っている。
手元には今指先で弄くるルーピックキューブ。耳から吊り下げるイヤリングも銀細工で出来た知恵の輪。
頭の上に結い上げた黒い髪/涼しげな紫色の目元には黒縁の眼鏡/不機嫌そうに結ばれた桜色の唇=無言のうちに他者との係わり合いを拒絶するよう/メリハリの効いた美貌/紺色のスーツに下はタイトなスカート/一見すれば腕利きのOL=だが彼女を知ればその認識は過ちであると知らされる/重火力重装甲のタンク型ネクスト機体<レ・ザネ・フォル>を操るメリエス唯一のリンクス=オリジナル・リンクスナンバー18、スティレット。
扉の開く音――首も動かさす、視線のみを向ければ、このブリーフィングに参加するもう一人。
「相変わらずの一人遊びか」
「……他者と共同するのは好きではない。そういうものだろう」
冷やかす風も無く、ただ淡々と確認するような口調。
理想的に発達した砂時計型の長身/波打つ柔らかそうな黒い髪/一目見ればその奥に強い光を感じるだろう黒い瞳/刀剣類を思わせる硬質の美貌/実質的なレオーネ・メカニカ主戦力と目される女は、スティレットと同様に紺色のスーツに身を包んでいる=少し窮屈そうに襟元を直していた/オリジナル=リンクスナンバー16=霞スミカ。
同席する両者――どちらも歓談を愉しむ性格ではないのか、無言のまま椅子に腰を降ろす。無機質なルーピックキューブの回転音のみがブリーフィングルームに響き渡った。
再度、扉の開く音――両名とも全く首を動かさない。
「やぁ、ご両人。相変わらず必要以上に喋らぬようでござるなぁ」
「……貴様は、喋りすぎる」
「ヤンか、シェリングはどうした」
「今回の実質的作戦指揮官は彼でしてな。少し時間がかかるそうでござる」
三人目――異装の男性。
禿頭/盲目故か、ミラーシェイドが目元を覆っている/その身には仏門に仕えるものが纏う袈裟――戦場の坊主/手には数珠国軍兵士として国家解体戦争に参加――戦いの最中永遠に光を失い、後にアルドラ所属のリンクスとなる/仏門に身を置く殺しの達人――戦場にて己が討った相手の成仏を祈る異色の男/企業所属のリンクスとしてはもっとも新しく、出撃した作戦では圧倒的戦果を上げるアルドラのリンクス/リンクスナンバー38=ヤン。
三人の中では一番の年長者であり、国家解体戦争の後、仏門に帰依――だが、己にAMS適正があることを知り、リンクスとなる。一度は光を失うが、しかしAMSによってネクストと接続している時のみは再び光を感じる事が出来る――光を求めて殺しを鬻ぐ破戒僧――ヤンは、盲目でありながらも迷う事無く近くの椅子に座った。
光を失いはしたが、AMSの特殊な影響によるものか、現在の彼の聴覚は異常な発達を遂げ、既に視覚無くとも日常生活に不足の無い域に達しているらしい。
「すまない、遅れたな」
最後に中に入ってくる男性――長身/丸太を削って作ったような逞しい肉体/短く刈ったくすんだ金髪/穏やかな所作の中に爪を隠す鷹の風情/かつてのレイヴンの一人であり、AMS適正を認められリンクスになったオリジナル=リンクスナンバー14・シェリング。
全員が全員、敬礼もせずかすかに首肯――シュリングは特に咎めもせずに頷く。
「さて、……まぁリンクス三人に脚を運んでもらったのだ。時間を掛けず、手早く行こう」
シェリング――手元の操作パネルに指を滑らせ、作戦内容の解説を始める。
リンクスでありながら、戦術に明るく、また頭でっかちの作戦指令部よりもより現実に即したミッションプランを立てる能力を持つシュリングの重要性は、インテリオルユニオンも理解するところ。
映像が映る――数十両の輸送車両/『GA』とロゴが刻まれている――シュリングは、再度操作パネルを動かす。再び現れるのは緑を有するコロニー。
「アナトリアへの経済支援物資を積載した、GA車両を攻撃。アナトリアのネクスト機体<アイムラスト>と、アナトリアの代表、エミール=グスタフを確保、奪取する」
カチカチ、とルーピックキューブを弄くる手を止めるスティレット/目を細めるスミカ/ほぅ、とヤンの呟き/勿論三人はその言葉が示す意味をよく理解している。
現在GAの勢力庇護下にあるコロニー・アナトリア。其処に対して攻撃を仕掛けるという事は、下手をすれば本格的な企業体同士の直接戦争を勃発させる引き金と為りかねない。
だが、三人は一先ず疑問を据え置く。レイヴンとして数多の戦場を経験したリンクス、シェリングがそのことを気付いていないはずが無いという無言のうちの信頼によって三人はまず口を挟まない。
「……諸君らが実際に叩くのはのはGAの大規模な輸送車両だ」
「……インテリオル本気モードとしても、大仰過ぎないか」
霞スミカの言葉はそのまま三人の心情の代弁だった。シェリングは、その言葉に対して、ただし、と付け加える。
「作戦行動が許されるのは三十秒、その三十秒で全て破壊する」
「ほぉ。……またぞろ、随分と時間を限られた作戦でござるなぁ」
ヤン――自分の禿頭を叩いて可笑しそうに笑う。
「……シュリング、何を考えている。アナトリアのネクストにその代表を奪う事にどれ程の価値がある?」
「価値はある、充分すぎるほどに。……レイレナードに潜ませた技術者の中にインテリオルのスパイが居る。そこからの情報だ、見ろ」
ディスプレイに表示されるもの――緑色の毒々しい爆発/ネクストに搭乗する人間ならば馴染みである究極の防御機構と機動性能を支える根幹技術――コジマの光だ。
だが、大地を死滅させる毒の炎の中に直立する巨人が居る。アナトリアの傭兵が操るネクスト機体<アイムラスト>。
驚きべきは、高濃度域ならば機体の耐久力すら減退させるコジマ粒子の中で損壊も無く立っている事、その原因が<アイムラスト>の纏う真紅のプライマルアーマーである事に三人は気付いた。
ヤン――盲目ゆえに、横の二人が息を呑んだ理由が判らないらしい。一人だけ首を傾げている。
「……これは……、コジマ粒子と赤いプライマルアーマーが接触して……燃えているのか」
スミカ――唖然とした様子で呟く。コジマ粒子と真紅のプライマルアーマー、その接触面にバチバチと燐光が瞬いている。恐らくあの眩い輝きは、接触した物質が結合、光熱で焦滅しているのだ。粒子同士がその存在全てをエネルギーに換算、炎と燃えて熱を大気に撒き散らし、消えていく様子がはっきりと映っている。
「技術班は、<アイムラスト>が展開している防御システムは、コジマ粒子の相殺性能に特化した特殊型であると判断した。
コジマ汚染による大気と土壌の汚染に対する有用な手段であり、これを獲得する事が第一目標となる」
「なんと! ……すなわちコジマ粒子兵器に対する特効的な防御システムと言う事であるのですか」
「詳細は、実際に調べてみなければ分からない。だが、ネクストの環境汚染を減退させることが出来るなら、それに越したことも無い。そういうことだ」
コジマ汚染による環境破壊のリスクはネクスト運用に関して決して避けえる事の出来ない致命的なリスク。その問題に対してどの企業体も根本的な解決である、コジマ兵器の運用停止を行おうとはしていない。だが、<アイムラスト>に搭載されたシステムを用いれば既に汚染された大地と土壌の浄化は無理でも、コジマ兵器運用後に使用することにより汚染を最低限に食い止めることが出来る。地球環境の命数を伸ばすことが可能であるということだ。
スティレット――目を細めて呟く。
「……<アイムラスト>奪取の理由は理解できた。では、もうひとつは何だ? 企業間直接戦争の危険を冒す価値が二つ目にあるのか?」
「当然の疑問だ。……ゼルドナー計画は知っているな」
その事は噂で三人も知る程度――人間の脳髄を利用したネクストの制御システムを用いる事により、ネクストの量産を可能とする計画だが、その中核である培養脳は実験中にアナトリアの傭兵の襲撃を受けて、アクアビットは事実上失敗したと認めているらしい。
結果、馬鹿を見たのがインテリオル・ユニオン――特に発注を受け、傑作フレーム、『ヒルベルト』型をモデルに、量産に適したフレームの開発を始めていたアルドラだった。
もちろん、と首肯するヤン。
シェリングというリンクスは、自社企業にすら全幅の信頼を置いてはいない。かつてレイヴンであった経歴を持つ彼は、巨大組織は必要があれば自らの手足を切り落とすことも平気で行うことを知っている。作戦の背後に存在している事情を先だって調べておくことは彼にとってまさしく第二の本能に等しかった。
「……エミール=グスタフ。イェルネフェルト教授の直弟子の一人であり、脳に関する研究者だった。アスピナに幾度も招聘されたがそれを固辞し続け、アナトリアの政務の一切を取り仕切っている。……彼が過去に行っていた研究で、ひとつ面白い報告があった。
『脳神経細胞成長因子』(ニューロン・グローイングファクター)。運動と知能に密接に関わる遺伝子を彼が発見したと言うらしい」
「……なに?」
聞きなれぬ言葉――スティレットは片眉を寄せる。シェリング――頷いて続ける。
「人間は生れ落ちた瞬間から脳細胞を死滅させ続けていく。彼は、その死滅していく脳細胞を増殖させていく手段を見つけたのだ。……分かるな? その意味が。成長するにつれ、ニューロン密度を高めていく人造の天才を作る技術。その技術があれば、通常の培養脳も極めて高い確率でAMS適正が得られるものと考えられている。アクアビットすら匙を投げたネクストの制御システムを生産できるかもしれない、そういうことだ。ネクスト三機を投入する価値は十分にある」
「天才を作る技術か。俄かには信じられないが、確かにそれならインテリオルが社運を賭ける理由も分かるが。……しかし、実際にインテリオルの部隊を動かすのか、良く上が賭ける気になったな」
スミカの疑問――もしインテリオルが表立って動けば、他企業との直接戦争の口実になりかねない。老人どもにしては思い切った手段だが、と感心する。量産型ネクストの運用を始めれば、いずれ勝者になるかもしれないが、それまでに痛烈な打撃を受けかねない。
「……もちろん、インテリオルは直接には攻撃しない。我々はアナトリアに攻撃を仕掛ける武装勢力を支援し、混乱に紛れ、その二つを奪うためだ」
「アナトリアに攻撃をする武装勢力? ネクストを敵に回してもかまわない勢力など……いや、一つあったな」
スティレット――自分の言葉に自分で回答/自己完結型らしく納得したように頷く。
スミカ/ヤン――両名もその言葉が指す組織の名前を思い出す。アナトリアの傭兵に私怨を抱き、死すら恐れぬ組織――英雄を殺され、復讐に猛るものども/未だネクスト戦力を有する非企業系最大の戦力。
「マグリブを使う」
シェリングは全員の脳裏に閃いた言葉を肯定。
「攻撃目標は、GAの経済支援物資を輸送した輸送車両の速やかな撃滅。
それに入れ替えた車両にマグリブ解放戦線の戦力をアナトリア領内で展開。同時に工作員を放ち、アナトリアのネクスト機体<アイムラスト>を奪取する」
同時に後ろのディスプレイに展開されるのは上空から見下ろした地形図――三人のネクスト<シリエジオ><レ・ザネ・フォル><ブラインドボルト>の配置、その最効率撃破ルートが表示。タイミング、連携それらが命となる作戦であり、実際に理想的な結果を齎そうとすれば事前演習が欠かせないだろう――共同を嫌うスティレット=あからさまな嘆息。
「……好きにやれ、私もそうする、……とはさすがに言えないか」
「まぁ、誰であろうと拙僧のレーザーにときめいて貰うだけでござる」
スミカ――片手を挙げて質問。
「最後に一つ。……シェリング、お前は、レイヴンだったな。……アナトリアの傭兵、その実力はどれほどと思う?」
それは単純な好奇心/興味から来た質問の言葉だった。今回の作戦では、三機のネクストはアナトリアの傭兵を相手取る予定は無い。ただ、砂漠の狼を討ち、現在驚くべき戦果を上げる彼の事を、かつて同じ鴉同士知っているのかと思ったが故の言葉だった。
だから、その質問に対するシェリングの言葉は奇怪極まる。アナトリアの傭兵は、二十代後半であり、シェリングは四十に手が届きかけた、円熟した傭兵――故に彼の返答は矛盾を孕んだものだった。
「戦場であの人と一対一で当たるなど、想像したくも無い」
そして、真剣な表情で、どう考えても普通ではない言葉を返した。
「なんせ、私の師だ」
[3175] 第二十一話『あと一、二年程度か』
Name: 八針来夏◆030a2a64 ID:bda3c62a
Date: 2008/07/01 23:50
目が覚めれば、そこは知らない天井だった。
「……まずはお約束を処理、処理なのですよ」
真っ白な病室――個人用の病室の中、一人の少女が目を覚ます。ここはどこだろうか? 思考――記憶から引き出すのは意識を失う前に見た最後の光景。<アレサ>の内部で消えていくディスプレイ群と近づいてくるネクストの足音/操縦席のあるブロックをパワーで引き剥がそうとする<アイムラスト>。
偉大なる脳髄が干渉してきた時の記憶――まるでテレビ越しに映像を見るようにフィルターを通したような非現実的な感覚。少女は自分の体をよっこいしょ、と一声掛けて持ち上げた。静脈に注射された点滴の針を抜く。
彼女は注射は嫌いだった。薬物は好かない。何より痛い。痛いのは嫌いだ。好きだというやつはただの変態だ。
目を覚まし周囲を見回す――人影はない。頭の辺りにはナースコールがあったがなんとなくお世話にはなりたくなかったので押さないことにする。
近くにあったニュースペーパーを手に取る/日付を確認。
「なんと」
短く驚愕の呻き。国家解体戦争に従事し、その頃から既に五年が経過している事を知る。
同時に空腹を訴える胃腸/ずっと眠り姫だったのなら栄養補給は静脈注射で十分だったとしても、まともな食事にはまったくご無沙汰だったということになる。
固形物の食料、ちゃんとしたご飯が食べたい――脳髄の思考に同調するように胃袋が哀切を帯びた叫び声=空腹を訴える腹の音を鳴り響かせる。
少女=無表情の顔に微かに羞恥の朱を挿して周囲を確認――誰もいない事を確かめると、安堵のため息を漏らす。
「まずはご飯。ご飯なのですよ」
お腹が空いたので何か食べよう、そう思って、彼女は医務室を後にした。
BFFからの依頼によるコジマ粒子満載の砕氷タンカー護衛。
一転し、今度はBFF艦隊を襲撃する敵艦隊襲撃任務。
砂漠の狼を討った事による精神的なダメージから復活したハウゴにとって、潜水艦が繰り出すミサイル迎撃も、鈍重な戦艦も相手にならず、危なげなくそれらの任務をこなす事に成功していた。
そして、帰還/戦闘終了後のデブリーフィング/愛機<アイムラスト>の修理、並びに次回戦闘に合わせてレイレナード製マシンガン『モーターコブラ』購入などこまごまとした雑事を片付けて――とりあえず飯を食おうとしたハウゴはそこで、食堂をわくわくした目で見詰めている一人の少女の存在に気付いた。
鴉の濡れ羽色を思わせる、腰まで伸びた艶やかな黒髪/精緻な人形細工を思わせる細面=表情筋はまったく凍りついたままであったが、瞳にはどこか期待に満ちた色がある/身長は百五十五ぐらい=伸びる手足――しなやかなばね、高密度に束ねられた筋肉、それは一流のみが理解できる戦士の肉体/体を覆うのは病院患者が纏うような化繊の服――周囲からは不可解そうな視線を向けられているものの、彼女はまったく意に介さぬ様子で食堂を穴が開くほど注視/食事時ではないので人は少ないが注目を集めている――きっと微笑めば華のようだろう、望めば魅力で人を引き寄せられそうだが、自身の魅力に無自覚なのか――飯に心奪われた様子。
こんな奴いたっけ。ハウゴ=アンダーノアは首を捻りながら食事を貰おうと足を運ぶ。
(……はて、なんかどこかで見た気がするんだが)
首を捻りながら歩くハウゴ――脳裏に閃く既視感=だれだっけ?
横を通り過ぎようとして、彼女の視線が自分に突き刺さるのを感じる――彼女は微かに目を丸くし、息を呑む。次いでぺこぺこぺこ、足に履いたスリッパを鳴らし、ハウゴに近づいてくる。
少女――十六歳辺りだろうか――静かに一礼/口を開く。
「始めまして。ハウゴ=アンダーノア。私の名前はネネルガルです、なのです。
初対面の方にこんな事を言うのは失礼ですが、金貸してください」
ハウゴ=超納得――そうか、こいつ、俺に似てるんだ。
至近距離で彼女を見てハウゴは彼女がようやく自分が<アレサ>の操縦席から引きずりだした相手であることを思い出す。実際ハウゴは相手の顔をよく覚えていない。レイヴンは相手の顔を見て戦う訳ではない。むしろ戦闘機動の癖を視たほうが個人を特定するのに確実だ。少女、とは先のミッションの後に聞いていたが、特に興味も無く、またリンクスとして戦いに赴く必要があったので見舞いにも特に行かなかった。何せあのミッションの後二ヶ月近く眠り続けていたのだからわざわざ会う必要も無い、と思っていたのだが。
ハウゴ=ふと、不可解そうに言う。
「……なんで俺の名前を知っている?」
ハウゴの言葉にネネルガル、肩を竦める。
「そりゃ勿論」
そして、そっと言葉の爆弾を放り込んだ。
「一応遺伝子上の、私の父親ですから、なのですから」
「……………………………………………………………………………………………………………………なぬ?」
「改めて名乗ります、ハウゴ=アンダーノア。私の名はネネルガル。第二次人類最後の決戦において偉大なる脳髄に敗れたドミナントである貴方を遺伝子原型(モデルジーン)とし、設計された人造人間が私です、なのです」
ハウゴ=アンダーノアは気がつけば一児のパパになっていた。
そんな馬鹿な、と思う。いや彼とて男性だ。そういうような、子供は知らなくていいごにょごにょな事を致した記憶が無いわけではないが、しかしもちろんそういう結果にならないようにきちんとしてきたのに。
むしゃむしゃがつがつむしゃむしゃがつがつ――擬音語でネネルガルが今やっていることを表すと、こうなる。
子供を餓鬼と言うが、文字通り飢えた鬼のように食事を取るネネルガル――ハウゴは見ていて食欲が減退。突如現れた謎の少女が自分の遺伝子をベースに作られた人造人間である=まともな神経ならば冗談と一笑に付すだろうが、あいにくと彼はそれが決して嘘でない事を知っている。
「……疑っている訳じゃねぇがな。……確かに俺自身もセレに再生処理を受けてこの時代に生きている訳だから、可能性は無い訳じゃない。……だが、何でお前、あんなもんに乗ってたんだ?」
「偉大なる脳髄は、ドクターコジマを名乗り、第三次人類にコジマ技術を与えました。……彼は人類を試しています。世界の覇権を握る力、その代わり自らの寄って立つ大地を腐らせる諸刃の剣をどう御するのか。……その結果次第で特攻兵器発動の時期を決定するのでしょう。私は、偉大なる脳髄にアクアビットに派遣されました。私をどう扱うのかも、彼の観察対象だったようですね」
「……参ったな。世界滅亡までもうカウントは始まっているのか」
「すぐ、では無いでしょう。あと百年単位は持つはずです。アレは気が長い。人間の尺度では測れぬほど気が長いです。そう案ずる事は無いのです、親父」
「……親父って。……やめろよその呼び方」
ハウゴ=嫌そうな表情。
自分の知らないところで勝手に血縁者を作られた――自分がいつの間にか老けた気分にさせられ、溜息を吐いた。
「……親? ……ねぇ、ハウゴ。それどういう事?」
そんな訳で。
背後から聞こえたそのうら若い女性の声にハウゴ/ネネルガル――服の中に氷塊でも入れられたように反射的に背筋を跳ね上げた。
宿敵に繋がる重要な情報源と出会った事に対し動揺した男/空腹のあまり飢えを満たそうとして周囲に対する警戒が疎かになった少女――その両名は油断ゆえか、自分達に近づいて言葉を掛けようとしたフィオナの影に対し、反応が致命的に遅れたのであった。
「……しかも、ハウゴ……。その子……何時の子?」
フィオナ――視線の冷たさが氷点下域。
ハウゴ=アンダーノアの外見年齢は二十八前後であり、ネネルガルの外見年齢は十六歳。もし血縁の親子であるとすればそれ即ちハウゴが十二歳の時と言う結果になる。ギネス記録ではもっと下の年齢での出産などの記録があるが、それより下があるといってもこの場合なんの慰めにもならない。
ハウゴ/ネネルガル――咄嗟のアイコンタクト=この辺の連携の速さは遺伝なのかもしれない。
真実を語ることは出来ない――語ったとしてもその内容は正直滑稽無等なものであり到底信用できないだろう。ここは嘘で押し通す必要がある。
(俺に合わせろ)
(OK、マイファザー)
――この瞬間のみはテレパス能力に目覚めたように言語を超えた究極の理解を発揮する二人。
「俺は」
「私は」
「「実は義理の親子なんです!」」
ハウゴ/ネネルガル――完璧な連携、肩を組んで仲良し親子をアピール――嘘八百を押し通そうとする。
フィオナ――二人の見事な息の合いっぷりに目を瞬かせる/未だ不振そうだった。
「えーとだな。俺達は全世界フィギュアスケートで頂点に君臨するBFF団、王小龍と『銀盤の女帝』メアリー・シェリーの親子スケーターを打倒する為に日々修練に励んでいたんだ!!」
フィオナ――ハウゴの出任せに開始一秒目で気付く=不審度が飛躍的に上昇。というか、最初で『えーと』などと自分の発言を考えている時点で駄目だった。
「頂点を極めた王者を倒すには堅い絆が必要! 故に私達は常日頃から絆を強くするため義理の親子の契りを結んだのです! ……って、どう考えても無茶があります! ありすぎるのです!」
「……なんだか大怪球とか繰り出したり世界を静止させたりしそうな組織なのね。バーナードアンドフェリックス財団って。知らなかった」
「親父、あんたアホですか! 明らかに疑われています! と言うか疑われて当然です、当たり前なのです!!」
「くそっ、氷原でBFFの輸送船に乗って潜水艦とドンパチやってたせいか、全然説得力の無い台詞を連想しちまったぜ……!!」
ハウゴ=歯噛みする。ネネルガル=表情は相変わらず凍りついたように無表情だが、両腕を広げてパタパタ振り回している。動かない表情と感情を変わりに示すパロメーターのように両腕をパタパタ動かしているらしい。
フィオナ=大きく溜息。
「……まぁ、二人がとても仲良しと言う事は良く分かったわ」
ハウゴ/ネネルガル――お互いを見詰め合う=嫌そうな顔をした。お互いの顔を指差して言う。
「こいつと一緒にすんな」
「そうです、とても心外です。心外なのです」
見事な息の会いっぷり――フィオナ、楽しそうな声を漏らした。しばらく肩を震わせて笑った後、気を取り直すように改めて言う。ネネルガルに目を向け、やわらかい微笑を向けた。
「目を覚ましたのね。……始めまして。私はフィオナ=イェルネフェルト。……お名前を聞いて良いかしら?」
「ネネルガル=アンダーノアと申します、始めまして、フィオナ」
ネネルガル――ぺこりと丁寧な一礼。
次いでたしなめるような表情のフィオナ。
「……でも、目覚めたばかりで動き回るのは良くないわよ? 先に、きちんと検査しておかないと」
「そーいう事を気にする必要のあるタマかね」
横で笑うハウゴ――ネネルガルは彼をぎろりと睨み、次いでフィオナに素直に謝罪。
「……そうですね、すみません。フィオナ」
「ハウゴも。明らかに病人の子にたくさんご飯をあげたりして、彼女が体を壊したらどうするの?」
「そうです。そんな風に気の効かない男だから、私の弟に『僕は女になる!』とか言われて家を出られたりするのです、ですよ?」
「……はぁ?」
訳が分からんと言わんばかりにたずね返すハウゴ。
※
セロはブリーフィングルームの中で大きなくしゃみをした。
隣に居たミド――心配そうに声を掛ける。
「体、具合悪いんですか? セロ」
「いや、大丈夫だ。……おかしいな。今誰かにとても酷い事を言われた気がするんだ」
※
この頃のエミール=グスタフは恐らくアナトリアで一二を争うぐらいに忙しい立場にある人間だった。
技術開発用のネクスト機体を運用しての企業体に対する傭兵業――これまでの作戦で得られた報酬は多く、現在、他のコロニーと比べても有数の発展を遂げていた。食料、仕事に事欠かず/安全と平和が維持されている――それは紛れも無く発展の土台であり、また人々が食事と仕事を求めて人口が流入する最大の理由でもあった。
もちろん人が多くなれば新たに問題も発生するだろう/それに得た資金をどの部門に無駄なく適正に分配するか、という問題も存在している。そういった地道で、しかし必要不可欠な仕事をこなせる能力を持つ人間は、アナトリアには世辞にも多いとは言えず、この所のエミール=グスタフは多忙を極めていた。
そんな彼にとって、先の依頼先が定かではないミッションで連れ出した少女が覚醒した、と言われても正直どうでもいい。
現在、<アイムラスト>に搭載されたブラックボックスである『アンチコジマ粒子機構』は、<アイムラスト>の大幅なオーバーホールのついでに構造を研究されている。災厄を招く死神のようであり、また企業体に対する切り札にも成り得る、文字通りのジョーカーだが、解析はまだ遅遅として進んでいない。
企業体に目を付けられれば、それを奪おうと攻めてくる敵が居るかもしれないし、逆に一般規格化できれば、それはアナトリアの強力な収入源になる代物だ。そちらに神経をすり減らしているので、余計なところに気を回す余裕が無い。
「こちらがハウゴの隠し子……じゃ、なかった。義理の娘に当たるネネルガルちゃん、だそうよ」
「……フィオナが最初どう思っていたのか、はっきりと分かったな」
「危ういところでした、だったのです」
会議室の一室に集うハウゴ、エミール、フィオナ、そして、ネネルガル。
フィオナの言葉にエミールはそうか、と頷くのみ。
エミール=正直上の空。彼にしてみれば、『アンチコジマ粒子機構』を見たレイレナードが脅迫なり、恫喝なり、何らかのアクションを起こすものであると踏んでいた。しかし実際にはあのミッションから二ヶ月がたった現在でも相手は不気味な沈黙を保ったまま。
ネネルガル=ぺこりと一礼。
「初めまして。エミール=グスタフさん。わたしは、ネネルガル=アンダーノアと言います、申します。今回は、どうもありがとうございました」
「いや……礼なら、私よりもアナトリアにそんなミッションを依頼した相手に言うべきだろう」
「とはいえ、お話を聞くだに、その方は名前を明かさなかったとか」
ハウゴ=わからん、と首を捻った。
「確かにあのミッションにそう深い意味があるとは思わねぇが」
レイレナードの実験を潰した――だが、其処にあの仇敵が出現した事は偶発的な要素であるはず=考え込むハウゴ。
「……ま、いい。正直親子と言う言葉を私も全面的に信じたわけでは無いが。……アナトリアに居たいと言うなら好きにしたまえ」
「ありがとうございます」
ネネルガル――ぺこりと一礼。
「しかし、お前も何か得意な仕事はあるか?」
ハウゴの言葉にネネルガルは短く頷く。自分の無い胸を力強く叩いた。
何せ十六歳のハイスクールに通うような年頃の少女と言えども元企業のリンクスだ。下手な大人より遥かに多芸であるはず。
「私が一番得意なのは親父との掛け合い漫才です」
「大嘘を吐くなタコ」
「はい、嘘ですが。……元々国家解体戦争時はネクストを操っていました。という訳で親父」
「おう、何だコラ」
「<アイムラスト>を私に譲ってくれれば、アナトリアの傭兵を私が引き継ぎます、やり遂げます」
「……その場合、俺はどうなるんだ?」
「……そう、つまり親父は娘に養われるヒモ人生、駄目人間に劇的なクラスチェンジを……」
「誰が変わるか!!」
ハウゴ=本気で怒る。ネネルガル=相変わらずの無表情のまま、すました様子。
「まったく、親父はうるさいですね。そんなに私と組み体操がしたいのですか?」
「お前のような凹凸の少ない奴と組み体操して何が楽しい!! 俺はどちらかと言うならフィオナと組み体操したいぞ!!」
ハウゴは叫びながらびしぃ! とフィオナを指差した。
フィオナ=流れ弾でも喰らったような唖然とした表情。さながら麗らかな日差しの中、草原をピクニックしていたら何処からか猪にでも襲われたような気分で二人の会話を見守る。
「待てい!」
突如として響き渡る声=会議室の扉を蹴破る勢いでアナトリアの整備班長である双子のおっさんであるスチュアート兄弟が、脈絡ゼロの登場を果たす。
「大恩ある教授のご息女であるフィオナを毒牙にかける事はお主でも許さん!」
「フィオナと組み体操がしたければ、ワシらを倒してゆけい!!」
「なにぃ?! という事は、逆に言えばお前ら二人を倒せばフィオナと組み体操できるという事か! 行くぞ、うおぉぉぉぉぉぉ!!」
豪腕唸り、拳撃吹き荒れる肉体言語の交錯――たちまちハリウッドアクション映画終了十五分前並みの壮絶な死闘が繰り広げられる。その戦いを見守るのも馬鹿らしくなったのか、エミールは既に退席済み。ネネルガル――フィオナに目を向けた。
「……すみません、フィオナ」
今までのハウゴとの馬鹿馬鹿しい会話とは違う、真摯な響きの言葉にフィオナは首を傾げた。冗談の入り混じる隙の無い瞳が彼女を見上げる。
「私は、私とハウゴは皆に黙っている事があります。……でもそれを教える訳には行かないのです」
「……」
フィオナ――自然とその言葉が真実であると受け入れる。ハウゴとネネルガル、二人は何らかの関係がある人間だが、其処にあるものは簡単に言い表せない複雑なものであると、心の何処かで察していたのかもしれない。
「でも、親父と仲良くしてくれてありがとうございます。……本当に」
全てを語る事が出来ない自分自身を責めるように肩を小さくするネネルガル。
そんな彼女の肩を抱くフィオナ。謝るのは自分たちなのに。アナトリアの傭兵――受け入れたとはいえ、寿命を削り戦い続ける道を押し付けた自分らは、彼に謝罪こそすれ、礼を言われる筋合いは無いのだ。
無いのに――彼女の瞳に封じられた罪悪感に似た影を見つけ、フィオナは慰めるようにかすかに微笑むだけしかできなかった。
エミール=グスタフは一人、廊下を歩いている。
『アンチコジマ粒子機構』
アナトリアの切り札となったその存在を知った時、エミールの心に浮かんだ感情は――新技術を獲得した歓喜でもなく/企業から付け狙われるトラブルを引いた焦燥でもなく――死しても尚エミールのはるか先を行く教授への嫉妬心だった。
「……まるで屑のようだな、私は。なんとも、無様な事だ」
情けない。
エミールは思う。今は無きイェネルフェルト教授への憧れはそのうちに、偉大なる師父を追い越したいと願う思いに移り変わって行った。だが、未だに自分はアナトリアの政務に追われ、かつて続けていた研究者の道を戻る事は出来ないでいる。
追い越したい/追い抜きたい――師を上回る事が出来るかもしれない研究=神経細胞成長因子。
それが可能とするもの――人造の天才、そして『脳内認識加速機構』(システム・ステイシス)。
時間があれば、研究する時間があれば、きっと師を上回る研究成果を上げる事が出来る自信があった。
アナトリアの政務の全てを放り出す事が出来れば――だが、アナトリアの支柱となった自分が責任を投げ出せば大変な事になる。この重責を放り出す事はできない。
アナトリアが経済基盤を得て、企業体に呑まれず独立した存在になれば、エミールは再び研究者に戻る事が出来るだろう。
そう信じてきた。
そう、信じてきたのに。
「ごほっ、ごほっ……!!」
噎せる――同時に喉の奥底から這い上がってくる熱い塊。
当てた手の平を見れば、明らかに尋常ではない吐血の量――粘性を帯びた鮮血がべったりとへばりついている。
それを誰にも見つからないようにハンカチで拭い――エミールは平静を装う。
諦観/絶望――何も残せぬまま死ななければならぬ苦痛=何もかも諦めたような虚脱感。
身体を蝕む死病。
「あと一、二年程度か……」
そう、信じてきたのに彼に残された時間はあまりに短く。
彼の無念に気付くものは何処にもいない。
[3175] 第二十二話『生贄にはちょうど良い』
Name: 八針来夏◆030a2a64 ID:bda3c62a
Date: 2008/07/16 16:00
デュナン少年がGAEに在籍する母親と共に暮らし始めてから、数ヶ月が過ぎた。
プリス=ナーとしては正直戸惑う毎日が続いている。彼女の体のあちこちにある傷や、その狂猛な言動に対して普通誰も距離を置くのが当然であるのだが子供ゆえの鈍感さか、まったく臆する様子もなくにこにこしながら話しかけてくる相手は正直初めての体験である。
肉体を戦闘に特化するための強化人間技術――その人体改造の結果として、プリス=ナーは子供を生むことが難しい体になっている。その事を後悔したことはない。支払った代償の結果は、女性として死んだも同然だったが、そもそもプリス自身、己は性別を間違えて生まれてきたのだと思っているし、また代わりに充分すぎる桁外れの戦闘力を得ることにも成功した。
子供を生んで育てて生きていく生き方は他の女がやるがいい、自分は血と硝煙の中で生きていくのがふさわしいのだと思い続けてきた。今もそう思っている。
「どうしたんですか、プリスさん」
「……あー」
プリス=ナーはテレジアの私室で一人、部屋の主の私物であるコーヒーメーカーを勝手に使ってコーヒーを勝手に飲もうとしていたのだが、母親に会いに来ていたデュナン少年に捕まってお相伴させられている。プリスは地獄のように黒く熱く苦いブラック。デュナン少年はミルクとコーヒーの入った飲みやすいものを選んでいる。少年と大人の端境期にある年頃としては大人の味と呼称されるブラックコーヒーに大いに興味を持っていたのだろう――のんでいいですか? と尋ねられたので普通にプリスは飲みさしでよければ、と渡した。
鼻腔をくすぐる香気は心地よくとも、その苦味ばかりは歳月を重ねなければ理解できないのだろう――あまりの苦さにデュナン少年は眉を寄せて辛そうな表情を浮かべた。どうやら一口目で断念したようであった。
「なぁ、そういやお前の……」
プリス=ナーは心に一瞬躊躇いを覚える。
彼女の友人たるミセス・テレジアと、その愛息デュナンには、顔の造形の端々に所々似通った点が見受けられる。親子と言う事は疑う点がない。
そこで次に疑問に思うこと。
テレジアの相手の男性はいったい誰だったのか、という事だった。
「はい」
不思議そうに小首を傾げる少年の無邪気な笑顔にプリスは喉元まで競りあがった言葉を飲み込む。
確かに知りたいことではあるが、下世話な好奇心に任せて相手が気にしている事に無遠慮に触れる行為なのでは無いか、と考える。相手が敵対者であれば情け容赦ない発言も行動も起こせるプリスだが、流石に自分よりも遥か年下に対してまで舌鋒を鋭くするほどでもないのだ。
だが、プリスにとっては初めての質問であっても、デュナンにとっては決して珍しいものでもなかったのだろう。
「お父さんの事ですか?」
此処で即座に違う、と否定できれば良かったのだろうが、相手のその言葉に思わず二の句を告げないでいるプリスは否定も肯定も出来なかった。この場合、沈黙は是だと踏んだデュナンは口を開く――プリス、困ったような表情。
「いや、別に無理に聞く気なんざねぇんだ」
「いえ、いいんです。……お父さんは、ちゃんとお母さんを愛している、そうお母さんが言っていました」
そう告げた後、デュナンは少し恥ずかしそうな表情を浮かべて言う。
「えっと、ですね。プリスさん。……僕、絵本作家になりたいんです」
「へぇ。いい夢だな」
プリス――少年の夢に対して特に否定するような言葉も表情も見せない。ただデュナンからしてみれば、思春期の少年が夢見る将来の夢としては多少軟弱であると思っていたのだろう――意外な肯定の言葉に不思議そうな表情。だが、すぐに嬉しそうな表情をみせる。
「……えっと、ですね。……お母さんもいい夢だね、と言ってくれたんです。
……でもこの前、GAの人とお母さんが話しているのを聞いたんです。……僕のお父さんもリンクスだから、僕には高い確率でAMS適正があるからって……。あんなに怒っているお母さん、始めて見ました」
「……なに?」
BFFのウォルコット兄弟の例がある。AMS適正は一種の才能だが、同時にある程度遺伝する可能性が存在している。
AMS適正を有する人間同士の子供ならば確かにリンクスになれる可能性は高くなるかもしれない。それは同時に少年の父親がリンクスの誰かであると言う事を示唆している。
「……僕、絵本作家になりたいんです。……リンクスにはあんまりなりたくありません」
「……ま、そりゃそうだな」
十二歳の少年であるデュナンだが、インテリオル・ユニオンの最年少リンクスであるセーラ=アンジェリック=スメラギの例もある。あと二年程度すれば戦場に立つ事すら不可能ではない。だが、年端も行かぬ自分の子供を戦場に送り届ける事を由とする母親が何処に居るだろうか。
少年に続けて何か言おうとしたプリスだが、そこで自分の小脇に入れた連絡用のベルが震えているのに気付く。同時にかすかに胸元に振動が伝播してかすかに乳房が震えた。その様子を見たデュナン少年が顔を真っ赤にしているのを確認し、少年が無理矢理思春期を迎えさせられた全責任はメノにあるアタクシは悪くねぇぞチクショーと心の中でそっと自己弁護してから通話スイッチを入れる。
『プリス、すまない。ハイダ工廠へ緊急出撃だ』
「はぁん。了解。相手は?」
話題の人であったテレジアからの連絡――戦場を選べぬ立場である、繋がれた山猫の立場が恨めしい。囚人として冷凍刑に処される前の自由だった時期は記憶の奥に埋もれて久しく、ただ、不満を鉛のような嘆息にして吐き出した。ハイダ工廠――記憶にあるデータを引き出す。アクアビットとの提携によって製作中の大型兵器『ソルディオス』があるGAE最大規模の生産施設だ。
プリスの質問の言葉に対して少し躊躇うような沈黙が過ぎる――意を決したようなテレジアの言葉。
『有澤製ノーマル。……恐らくGA本社からの部隊だ』
機動力が制限される閉所では、脚を止めた打ち合いが出来る重量級機体が有利である。
しかしハイダ工廠へ三方からの侵攻ルートを確保した敵を撃退するには迅速に目的地へ急行する移動力が必要であり、また素早く敵部隊を撃破する火力も必要とされる。
高機動/高火力/重装甲の全てを実現した<アポカリプス>にはうってつけとも言える作戦――しかし、現在迎撃任務に当たるプリスの眉間には不愉快そうな皺が極まれている。
「結局共食いかね、飽きねぇ、飽きねぇな、お前ら」
敵のノーマルを光学補足――<アポカリプス>はその両肩に備える大口径グレネードを展開、発射態勢へ。
突撃ライフルや通常型のミサイルならばネクストに対して足止めぐらいにはなるいであろう、実弾防御の高いGA製のノーマル部隊。だが、<アポカリプス>の馬鹿げた火力は、本来ならば優位であるはずの重量型ノーマルをごり押しで粉砕していく。
プリス=不審そうな表情。
「……妙だな」
『どうしたね、プリス』
緊急で管制を勤めるテレジアの声にプリスは言う。
「粘りがねぇっつうかな。こんな狭い所でグレネード馬鹿のアタクシとぶつかっておきながら、相手にゃ怯む挙動が見られねぇんだ」
『……無人機、かね?』
「有り得るな。脅しじゃねぇんかな、これは」
プリス――自分自身の言葉にありそうな事だと呟く。
少なくとも逆の立場であれば、プリスは冷静で居られる自身が無い。相手の行動はGA、有澤製ノーマルによるGAEへの威嚇だろう。勿論攻撃によって『ソルディオス』がある工場区画まで侵入できればそれはそれで良し、迎撃されるならされるで掣肘できると踏んだのだ。
『……敵ノーマル、後方に控えていた奴が逃げるな。……無人機の管制タイプか、こいつは』
「追うか?」
『……上から命令が来た。追撃はするな、との事だね。……ここから数キロ離れた地点に、本社所属のネクストが演習中だ。<フィードバック>……それに<車懸>だ。手を出せない』
有澤重工のリンクスの名前を告げたときのテレジアの言葉――その不自然な間隔をプリスは一瞬不思議に思ったが、特に気にする事も無く、<アポカリプス>の戦闘システムを移動モードに切り替える。
本社からの威圧――GA製ノーマルは武装テロリストと強弁できてもネクストに手を出せば本社との関係は最悪になる。
GAアメリカとヨーロッパの確執は日増しに大きくなっていく。呆れたようにプリスは苦笑い。
「賢明で結構。帰還するぜ」
『了か……なんだ、レーダーに妙な奴が……』
作戦終了を告げようとしたテレジア――だが、突然に妙な反応を拾ったのか、困惑したような声が漏れ、それは次の瞬間、驚愕に変化する。
『……撤退中の管制タイプに手を出した馬鹿がいる! ……IFF(敵味方識別装置)に応答無し、……この反応……!』
息を呑み、呻くような声が響いた。
「新手かよ?」
『オーバードブースト、早い。……進路を<フィードバック>と<車懸>に切り替えた……こいつは……なんだ?!』
気乗りしない任務であることは間違いが無い――赤褐色の機体の中で一人の壮年の男はレーダーを確認している。
後ろにオールバックで纏められた黒髪/中年に差し掛かる年齢層だが黒い瞳は眼光鋭く強靭なものを思わせる/狭い機体の操縦席に押し込められた肉体は、自らの意志で戦場に立つ事を選んだもののみが纏う、軍神の如き武威を帯びていた/リンクスとしては若輩でも戦士としては一流である威厳を持つ男/GA社の焦りを示すといわれた粗製、リンクスナンバー36=ローディー。
粗製であるという侮蔑の視線を叩き潰すため戦場を点々とする日々――だが、今回の作戦では彼の出番は無い。ただ其処にGA社製のネクストが存在しているという事がGAEに重圧を与える事になる。
「…………まったく」
AMS適正が低いゆえ、精神負荷を無視できない――戦闘状態ならば兎も角、待機状態では発言すら億劫だった。
視線を僚機に向ける。
GAグループを構成する有澤重工の象徴――<車懸>も同様に待機している。
GAEも馬鹿ではないはずだ。此処で自分達に手を出せばそれは明確な反乱と見なされ、本格的な戦力投入の理由になる。とはいえ、自社企業の一部に自社企業の戦力を投入したのでは費用対効果が悪い。差し向けられるのはアナトリアか、アスピナか。
急を知らせる警告音――敵勢勢力と断定された敵ネクストが接近している。
ローディー――馬鹿だったか? と心の中で呟き<フィードバック>を戦闘モードへ移項。同時にオーバードブースターによる膨大な推進炎を吐き出し、接近しつつある敵にカメラをズーム。その形状を確認――息を呑む。
「……なんだ?」
『……ローディー、聞こえるな? 不明機を迎撃。……こいつは……ただのネクストでは無さそうだな』
ワカの声にローディーは敵を確認。
敵、不明ネクスト反応、だが表示される数値はそれがただのネクスト機体では無い事を告げている。
平均的なネクスト機体を大きく逸脱する純白の巨人/膨大なPA整波装置=整波装置が吐き出す膨大なコジマ粒子はただその巨人が動くだけで大地を腐らせ草木を枯らし命を無慈悲に奪う力を持つ/機体各所が内蔵する巨大な推力装置=その膨大な推力は、内部搭乗者の頚椎を平然とへし折るほどの圧倒的加速力をもたらす。
右腕武装=インテリオル・ユニオンのハイレーザーライフル、カノープスに比較的酷似した『KARASAWA』と記入された長大なレーザーライフル/左腕武装=焦熱の刃を形成するための大きな重粒子形成機構、大型のレーザーブレード/右肩武装=形状から如何なる武装であるのか推測も出来ない特異な塊が接続されている/左肩武装=超大型のガトリングキャノンの如き形状をした大砲、極めて太いエネルギー供給用パイプが接続されている事からして未確認のレーザー兵器とシステムが推測。
歪なまでに巨大な両肩/迷彩など一切考慮されない純白一色の塗装は設計者の絶大な自負を示すかのよう/鋼鉄と鋼鉄を拠り合わせ、更なる鋼鉄でくみ上げた、さながら人型の悪鬼/頭部のカメラアイが滑るように起動、二機のネクストを光学的補足した。
『……へぇ、ネクストが二機か。生贄にはちょうど良いかもね』
通信内容の混線――敵の不明ネクストからだ。
意外に幼い――同時に言葉の端々にまるで戦闘行為を愉しんでいるかのごとき傲慢な童子を思わせる感情の色がある。
『ま、せいぜい頑張って。……そうすりゃ多分、即死のみは免れる』
発言から零れる残忍な意思――ローディーは戦闘機動を開始。純白の機体もそれに合わせてアクチュエーターから静かな唸りに似た音を上げ始める。
『……僕もこいつを操るのは初めてでね、嬲り殺しの加減がわからない。……出来るだけ長く持ってくれよ?
なにせ、この<バニッシュメント>は死ぬほど強んだからさ』
[3175] 第二十三話『確認させて貰おうか』
Name: 八針来夏◆0114a4d8 ID:e7588bfd
Date: 2008/08/23 11:18
ネネルガル=アンダーノア。
肉体年齢十六歳。戸籍上の年齢は二十一歳。
アナトリアのネクスト運用に関わる人間が足を運ぶその食堂の中、先日突然に子持ちの立場になってしまったハウゴ=アンダーノアは頬杖を突きながら、先程からばりばりとすき焼きうどんをむさぼるように食らう義理の娘であるネネルガルを見やった。
実際のところ実感はない――もし誰か女性が妊娠した結果子供が生まれたのならば、困惑しつつも理解できただろう。
だが彼女は違う――ハウゴ=アンダーノアの宿敵とも言うべき存在が、己の手駒として人工的に生み出した強化人間であり、その生誕は子宮によるものでなく、超科学的な技術を用いて生み出されたものだ。
ハウゴからすれば、『お前みたいな子など知らん!』と叫びだしたいところではあるが、しかし生憎と遺伝子学上ではハウゴとネネルガルは完全に親子関係に当たってしまう――遺伝子鑑定でもすれば自分の首を絞めてしまうのだ。
「……良く食うな」
「育ち盛りです、ですから」
口の端にいいかんじに焦げた葱が張り付いていた。それを舌を伸ばしてぺろりと口に入れると、平らげ終えた鍋を前に満足そうにする。表情に変化は無いが数日してハウゴはなんとなくではあるものの、彼女の感情をその無表情のうちから感じ取る事に成功していた。
「……さてと。そろそろお話しておこうと思います、思うのです」
「何を?」
「私の姉弟の事を……」
「兄弟? 以前『僕は女になる!』って言って家をおん出たあの?」
「……親父、良くそんな事を覚えていますね、驚きです」
あきれたようなネネルガルの視線――ハウゴは、気にした様子も無く、はっ、可笑しそうに笑う。
「……セロ。レイレナード社のコジマ粒子研究機関アクアビットに送られた私と同様、ローゼンタールのコジマ粒子開発機関であるオーメル・サイエンス・テクノロジーに送られた、人為的にAMS適正を高められた、私と同様親父の遺伝子を元に作り上げられた人造人間です、ですのです」
「……AMS適正SS+、それを人為的にやれるのか」
こくり――頷くネネルガル。
「……私はあまり戦闘が好きでなく、また私に秘かに真実を伝え続けたセレ=クロワールからの情報もあり、偉大なる脳髄からの命令に懐疑的でした、だったのです。
……しかし、あの子は違います。
彼は――セロは与えられた役割に忠実であり、そしてハウゴ――親父を憎んでいます。自分は強い。だが、その強さは貴方の血を引くが故でなく、己が特別なものであると証明しようとしています」
「……一応聞いておくと、やはり強い?」
ネネルガル――ハウゴの言葉にこくん、と頷く。
「……彼のネクスト<テスタメント>もそのナンバーが6だけあり、強力です……。なの、ですが……彼ら……オーメルが偉大なる脳髄の技術提供を受けて開発させた<バニッシュメント>は拙い。……かつて存在した第二次人類の技術を盛り込んだあの機体を倒すのは至難の業でしょう」
有澤渾身のネクスト<車懸>――実体弾の攻撃に対して要塞じみた防御力と、ネクスト級としても極めて強力な火力を有する戦車型機体。
右肩兵装=垂直に上昇し、頭上から敵機に降り注ぐ垂直上昇式ミサイルランチャー/左肩兵装=有澤の大艦巨砲主義を体現するかのごとき大口径グレネードキャノン/右腕武装=物理的破壊力でPAも装甲ももろともに撃砕する大口径バズーカ/左腕武装=大型の期間砲弾を速射するガトリングガン。
過剰なまでの防御力によって操縦者を保護し、過剰なまでの攻撃力でもって相手の攻撃力を素早く粉砕するという有澤のコンセプトにどこまでも忠実なその機体――操るのはリンクスナンバー24にして環太平洋経済圏に本社を置く有澤重工の社長=若。
「……GAE? いや」
リンクスの一人であり、同時に社長業務も平行して行う彼は各企業の開発するパーツに深い造詣を持つ。その知識が告げている――今接近しつつある敵の大型ネクストは、少なくともGAEのものではない。
高水準の性能を得ることを目的とした機体のコンセプト――むしろ同盟企業であるところのローゼンタール系列が一番近いか。
しかし、だとしても――それを裏付ける証拠も無く、また理由も不明=疑問はさておき、若は<車懸>を戦闘体勢に以降――垂直上昇式ミサイルを選択=ロックオン、攻撃可能のサインを確認と同時にミサイルを射出。
<車懸>――後背よりミサイルを射出=ある一定の高度到達と同時に噴煙の尾を引き落下を開始するミサイルの豪雨。
敵未確認ネクスト――通常推力で前進を開始=無論その程度で、高速落下し降り注ぐミサイルを回避できるものでもない。
『……まぁ、面白みが無いぐらいに妥当だと思うよ』
「……!」
瞬間――敵が巨大化した=否、敵ネクスト<バニッシュメント>のクイックブースターによる前方への猛烈な加速による急接近だ。一瞬遅れて遠近感が正常化――脳髄が、その怪物じみた加速性能で接近してきた相手の存在を受けいれる。
『いかに分厚かろうがね……これを防げるか?!』
形成される超高熱の刃――装甲を飴のように焦がし溶かし斬るレーザーブレードが、物理的な攻撃力より先にその禍々しい輝きで敵対者の心をまず恐怖で焼き斬る。だが、そこに居るのは世界に冠たるGA有澤社長=世界の王の一人でありながら前線に立つ侍の生き残り。
近接射程――斬撃の届く距離。
彼は活路を死中に見出す。指先の操縦よりもAMSを介した緊急命令=ネクストAC<車懸>は前方へのクイックブースターを稼動=相手の斬撃のモーションの出がかりをその体躯で潰す。
「零距離ならば――」
『意外や意外』
<車懸>密着状態から大口径バズーカを狙う。
だが、相手の射撃より尚早く<バニッシュメント>は斬撃を振るうためのスペースを得るために後方へ移動――瞬間膨大な噴射炎を両肩から吐き出す。その速力――自分が有利な距離を保てる圧倒的アドバンテージを有している。
『あの距離であそこまで冷静に動けるなんてね。驚いたよ。ま、いい。どっちにせよ死ぬよ。……この銃、強すぎるからあんまり使いたくないんだけどさ』
横方向――<車懸>の死角へと圧倒的推力にものを言わせて<バニッシュメント>はその右腕に構える巨銃の先端を向ける。
発砲――青白い光条/束ねられた破壊の塊/間断無く繰り出される死の弾撃=一撃一撃がプライマルアーマーを貫通する力に優れた光の矢は<車懸>に命中――即座に有澤隆文はクイックブースターを稼動させ回避挙動に移行する。
だが、敵のレーザーライフルの照準は狙うべき相手に定めて動かず――降り注ぐ破壊の光。
「……この威力、メリエスでもない……!」
衝撃を有する武装ではない――ゆえに何発受けても<車懸>の挙動が乱れはしないが、その武装の威力に彼は瞠目する。
全体的にレーザー兵装に対して弱いGA社製ネクスト――その中でも大鑑巨砲主義を謳う有澤製ネクストはその怒涛の重装甲で下手なレーザー兵器など受け止めるほどのタフネスで知られている。
だが、今現在の<車懸>の重装甲すら打ち抜く威力/精度/連射――レーザー武装のリーディングカンパニー『メリエス』でもこれほどのものは作れないはずだった。
『有澤っ!』
瞬時に味方機を危地に叩き込む<バニッシュメント>に対して、ローディーの<フィードバック>が即座に味方を援護。
狙いを変えさせる必要がある――彼は<車懸>に銃撃を加える相手の横方向を取り、ハイアクトミサイルを射出/同時に両腕の大口径バズーカ砲弾を発射した。
流石に<バニッシュメント>といえども最大クラスの物理的破壊力を有するバズーカを無視する事は出来なかったらしい。
空間ごと己の巨体をスライドさせるような横方向への壮絶なクイックブースター=瞬間的に離脱。
『仙人のような移動を繰り返す……!!』
ローディーの忌々しそうな声が通信越しに響き渡る。無理も無い。元来のスペック差は最早大人と子供、理不尽ともいえるぐらいに差がある。
それでも諦めず挫けず腐らず、性能差のある機体でしぶとく食いつくのは、粗製の烙印を押された男なりの意地だったのか。
機動性能に劣る/レーザー兵器に対して有効ではない装甲――それでも<フィードバック>は健闘していると言えた。レーザーライフルの速射を浴び――坑レーザー塗装が蒸発し――装甲の所々を光熱で融解されながらも、闘志=戦闘継続力を失っては居ない。意地を見せるかのように単眼式カメラアイは敵の超機動を追い続けている。
『……しつこい。……しつこいしつこいしつこいしつこい! たかが粗製が生意気に噛み付くんじゃない!』
<バニッシュメント>のリンクス――苛立ったような叫び声を挙げる。
クイックブースター機動=間合いを一動作で容易く踏み潰しレーザーブレードの長大な刃を横薙ぎに振るう。ローディー――冷静を保ち、相手の挙動をギリギリまで見切る。直撃すれば一撃でネクストを叩き斬る威力――その致死の凶刃をバズーカアーム先端に掠めさせ最小の動作で回避と必中距離を確保=驚くべき集中力とタフネス。防御と攻撃を両立させた渋い玄人の機動で、ローディーはトリガーを絞る
だが、<バニッシュメント>は機体を斜めにしてバズーカ砲の隙間に巨体を滑り込ませる=高度な期待制御を行なえる高いAMS適正保持者のみに許される動き。
吐き出される砲弾の衝撃波――しかし装甲を抉れず空を穿つのみ。
<バニッシュメント>脚部屈伸――跳躍準備動作。瞬間、巨体が空中へと跳躍。同時に姿勢が変化――まるで蹴り足を突き出し、飛び蹴りを叩き込むと言わんばかりに、自分自身の肉体を一本の槍と見立てるように。
『機体関節各部ロック完了。……良いから、早く逝けよ……!』
クイックブースター噴射=機体後背から推進炎を翼のように広げ<バニッシュメント>はその自重と加速性能を物理的破壊力に変換し、蹴りの一撃を叩き込もうとする。
ネクスト戦において異端とも異常とも言える、肉弾戦――本来移動に用いられる脚部を物理的破壊力として流用するその動きは、大勢のリンクスにとって全くの未知数であり、未見の人間であるならば、その動きが何を狙っているのか理解できなかっただろう。
そして――GAのリンクス、ローディー=ネクストAC<フィードバック>はその未知とも言える攻撃動作を経験した事のある数少ない人間であった。
ローディー=相手の挙動の一投足をも見逃さず、同時にオーバードブーストスイッチを殴るように押す。機体後背の装甲カバーが解放、コジマ粒子供給開始、エネルギー圧縮。己の巨体を槍のように構え、襲い掛かる<バニッシュメント>の影――3、2、1、脳細胞の片隅でカウントするローディーは、この上ないタイミングでクイックブースターを起動――後方へのスライド移動。
『……外した、アレを?!』
外れたと感じた瞬間に関節ロックを瞬時に解除し何とか着地に成功する<バニッシュメント>のリンクス=その速度の凄まじさは圧倒的だった。
『……だが、この距離で一体何を……!』
嘲笑うような声=<フィードバック>のミサイル兵装は至近距離過ぎて発射できず、またバズーカも接近しすぎており使用不可能。
ローディー=返答せず。男は行動のみで語るものだと告げるように彼は行動する。
チャージ完了した<フィードバック>は機体後背からオーバードブースターの噴煙を噴き上げ、眼前の障害物<バニッシュメント>の巨体を両腕の武器一体型腕部で挟み込み、そのままパワーと出力で強引に押し始める。
接触するPA――<バニッシュメント>の強力なコジマ出力に押し負け、減退していく<フィードバック>のPA。
ローディー=叫ぶ。
『合わせろ、有澤!』
両者の戦いを見守る位置に居た有澤隆文=瞬時にしてローディーの意図を理解。
ネクストAC<車懸>も同様にオーバードブースターを起動させ、音速域に突入。加速を開始する。
『……な。ま、まさか……こんな、こんな雑魚相手に……!』
初めて狼狽したような声が通信越しに響く。
その巨体をバズーカ型腕部で挟まれ、そのまま推進する<フィードバック>、その直進軌道へと進む<車懸>。相手が如何なる重装甲であろうとも、この自分自身の重装甲と質量を砲弾とした体当たりに挟まれれば重傷は間違い無い。<バニッシュメント>はもがく様に<フィードバック>を押しのけようとするが間に合わなかった。
ぐしゃり、と、鉄がひしゃげる不愉快な衝撃音が炸裂する。
前方から<フィードバック>、後方から<車懸>という大質量の重量型ネクスト二体が音速で衝突するその真ん中に挟まれたのだ。
激突と同時にローディー、若の両方に、激突による衝撃と、その破損に伴うAMS負荷が増大し一瞬脳髄に眩暈を感じる。
だが、それ以上に真ん中で挟まれた形になった<バニッシュメント>の被害は大きい。胸部にあった装甲、整波装置は無残に破壊されている。それでもなお駆動するということはよほど強固なパイロット保護機能があるのだろうが、しかし漏れ出る声は苦しげだった。
『……痛い、くそ、痛いぞ! なんで頭が、AMSでこんなに痛む……!』
機体損傷によるAMSの痛覚――これまで人機一体に伴う苦しみを知らなかったのか、困惑したような感情が込められていた。
アクチュエーター系には損傷が少なかったのか、それでもなお駆動する<バニッシュメント>――機体各所の整波装置が開放――同時に機体を覆う不可視の甲冑であるプライマルアーマーが可視可能域まで高密度に膨れ上がる。コジマ粒子収縮――アクアビットでのみ設計された極秘技術――新型兵装アサルトアーマーの発動に伴う禍々しい発光現象。
『くそ……くそくそくそ!! こんな相手になんで僕が追い込まれるか!』
「……っ!」『くっ?!』
GA所属の二名のリンクス――脊椎反射で咄嗟に退避を試みる=だが、体当たりを敢行し、密着していた二機は、その凄まじい光の渦の中に飲み込まれる。
大地を腐らせる毒の光が、物凄まじい爆発を引き起こす。
<バニッシュメント>を、爆心地(グランド・ゼロ)とし、周囲のものを重金属粒子によってなぎ払うアサルトアーマー。その破壊の渦により、二機のネクストは吹き飛ばされる。
<フィードバック>――プライマルアーマーは完全に吹き飛び、機体表面の装甲がところどころ溶解。
<車懸>――コジマ爆発の壮絶な破壊力により機体各所から火花は吹いているものの、有澤全力の重装甲は先程のレーザーライフルの猛攻/コジマ爆発という二つの凄まじいダメージにも未だ耐え切っていた。
だが、状況が好転しているとは到底言いがたい――<バニッシュメント>は未だ戦闘力を有しているのに対し、二機のGAネクストは半壊。<車懸>は未だ移動力は残しているが、到底戦える状況ではない。
先程からの敵の機動性能を考えれば撤退して逃げ切れるとも思えなかった――背を向けることは出来ず、生きるには打ち勝つしかない=しかしどう考えてもそれは不可能。
戦闘領域に新たな接近警報――ローディー/若はそれがGAE=味方の信号を発している事に息を呑む。
不振な点の多いGAE所属機――彼らが本社に敵対を決意したならここで二人の命は潰える事になる――だが、両名の予想は外れていた。もはや止めを刺すなど簡単であるはずの二機を無視し、<バニッシュメント>はその新たなネクストに対して正対する位置に移動する。
『くそっ! ……第一プランを破棄。これより第二プランに移項。……初めて出会うね、ナインブレイカーと同じく第二次人類の生き残りの一人』
『……はぁん? 訳知り顔じゃねぇかテメェ――ハウゴと同じか。十分の九殺しだ、適当にゲロしてもらおうかよ』
暴の空気を纏った粗暴な女の声――リンクスナンバー41=プリス・ナーの駆るネクスト<アポカリプス>がオーバードブースターをカット、地面を滑るようなホバー移動で接近を開始。
<バニッシュメント>――構えていた右側のレーザーライフルを下ろす=同時に右側の肩に接続されていた如何なる武装なのか想像も出来ない謎の塊が強調されるように起き上がる。歪とも言える巨大な両肩が開放――装甲カバーがはずれ、肩の中に内蔵されていたミサイルランチャーが展開された。
『内臓式ミサイル追加システム稼動――確認させて貰おうか。第三次人類の世界では初めて使用される、初見では到底避けきれない『はず』のまったくの未知兵器に対してどう対応するのかを』
両肩のミサイルランチャーが一斉に火を噴いた=18×2=総計三十六発の高速飛翔ミサイルは、噴煙の尾を引き<アポカリプス>目掛けて一直線に追尾開始――その噴煙と破壊の影に隠れるように、右肩から小型の筒状のものが連続して射出=独立した意思を持つかのように自立型機動砲台がミサイルという単純明快な攻撃力を隠れ蓑に――迫り来る。
『このオービット兵器を……さ!』
[3175] 第二十四話『今ぐらいはせめて、な』
Name: 八針来夏◆0114a4d8 ID:e7588bfd
Date: 2008/09/07 13:17
紛れも無い戦闘狂であるプリス=ナーは企業純正のリンクスに比べれば、その忠誠心は低い。
彼女を飼いならすのであれば常に戦場を提供できなければならないが――そんな彼女の中では、唯一ともいえる友人のミセス・テレジアの比重は大きい。
過去でも/現在でも――自分を利用しようとする相手かその暴威に恐怖する相手ばかりであり、あの親子は希な例外と言えた。
その彼女に言われたのだ――『あの子の父親を助けてやってくれ』と。
ミサイル――それも圧倒的な弾数で回避スペースを踏み潰す飽和攻撃。
プライマルアーマーと言えどもこの偏狭質的な猛攻全てを防ぎきれるわけではない。プリス――敵ミサイルの中央に腕部積載のグレネードキャノンを、それぞれ別の角度に向ける。瞬時に思考――敵ミサイルと自機の榴弾の交錯する一瞬を計測、刹那とも言える脳髄のひらめきがAMSを通じて榴弾の近接信管のタイマーをセットする。
「そこのGA味方機! 早く離れろよタコ!」
敵の大型とGA機に割り込むように<アポカリプス>は移動――同時に短い射撃音と共に二発の大口径榴弾が発射される。
交錯するミサイルと榴弾――刹那の瞬間を逃さぬよう自爆を命じられた榴弾は信管に着火。爆風と破片効果で殺傷空域が乱舞/飲み込むすべてを破壊する爆発の盾――周辺のミサイルを道連れに破壊。
「迎撃、成功……いや!」
<アポカリプス>の動体センサーが爆炎の嵐の中を潜むように飛来する小型物体を検知。
対するプリス=ナーの反応はそれこそ迅速を極める。
彼女はかつてその兵装と幾度か対峙したことがあった。ロックオンした対象物の周囲で空中停止し、内蔵されたエネルギーの続く限りレーザーの雨を降らせる兵装――此処が何時の時代であるか/本来存在していないはずの兵装だとか、そういった疑問を無視し、操縦桿を握る指先と人機一体化による操縦機構との同一化によって――ニューロンを走る思考の速度で<アポカリプス>はプリスの脊椎反射行動に追従する。
クイックブースター機動――周囲に迫りつつあった小型の機動砲台に対して<アポカリプス>は瞬発的加速=自機の体躯で小型砲台が射撃位置につく前に体当たりで撃ちおろし、即座に横方向へブースターを吹かして回避機動。生き残った自立機動砲台がレーザーを打ち込むが、数の減ったそれでは<アポカリプス>の高機動性能に見合わぬ冗談じみた重装甲を貫くには至らない。
「……オービット? オービットだと?! テメェ……なんだ!」
『ふふふふふふ、その即応性といい、流石は火星圏のナンバー2だっただけはあるね。
……やはり機体と言い、初見の武装に対する即応性といい、第二次人類の生き残りか』
<バニッシュメント>のリンクス――攻撃を防がれた事に対する狼狽は無い。
寧ろ半ばこの結果を予見していたかのような笑い声。
『……だが、こいつは中々キツイ銃器だ、かわせるかな?』
嘲笑の多分に含まれた笑い声――<バニッシュメント>は横方向へスライド移動を行ないながら両肩のミサイルランチャーを閉鎖、同時に左腕、空いたままの腕部を掲げる。
『……エネルギーを暴食しながら繰り出されるプラズマの炎の速射だ。
プライマルアーマーも、装甲も、アクチュエーターも、パイロットもタダではすまない!』
中折れ式の大型銃器が展開――<バニッシュメント>自身の全長にも匹敵するような馬鹿げたサイズのレーザー兵装がその威容を露わにする。同時に銃身下部に設置された銃把を空いた左腕で掴む。
プリス――地球のサイレントラインに出現したという機体が搭載していた大型兵器を見、驚愕のうめきを抑えきれない。
「なにっ……I-C003-INが装備していたプラズマガトリング……?! 何処からそんなモンを持ち出してきやがる、何モンだテメェ!」
『剥がれろ、溶けろ、壊れろ、死ね……!』
<バニッシュメント>大きく脚部を開きバランスを取りつつ発射体制――同時に銃身に膨大なエネルギー供給開始。
高速回転のうなり声を張り上げ、銃口の黒い眼窩が敵機を睨み、プラズマの炎を蓄積――吐き出す。
プライマルアーマーを暴食する、純粋な破壊力ではエネルギー系最大級のプラズマキャノン。その灼熱の紫雷が吐き出される。プリス=ナーはそれに対して速攻で回避機動を開始――その回避挙動を追い縋るようにプラズマの灼熱が命中。プライマルアーマーがごっそり抉り取られる。
<アポカリプス>のKP装置が即座に失われたコジマ粒子を生成=放出し、プライマルアーマーの即時復元を図るが間弾無く降り注ぐプラズマの矢は回復に要する数秒をすら与えない。反撃に移ろうにも
「……畜生、畜生、畜生……!」
『いい様だね、プリス=ナー! 氷付けになっていればこんな風に殺される事も無かったろうに!』
<アポカリプス>の重装甲といえども無敵ではない。幾度も喰らい付き、間断無く放たれるプラズマは装甲を融解させ破壊していく――徐々に増加するステータスの異常/危機的状況を告げる統合制御体よりの警告――それでも敵機の攻撃は激しすぎて反撃の一打を加える隙が無い。
機体の有する重装甲と高機動性――その双方が無ければ状況はもっとひどくなっていたはず――思考の中の冷徹な部分が告げている。
「……ひ、卑怯者! 卑怯者が……!」
『君が死んで僕が勝つ、重要なのはそこだろ? どんな戦いでもさ!』
『もういい、引け! プリス=ナー!』
『君の機体でも……奴は無理だ!』
降り注ぐプラズマの炎――回避で精一杯な状況。
ローディー/若=その双方から撤退を推奨する連絡が入ってくる。だがそれらすべてを冷静な意思で聞き取りながら、銃身射線よりの攻撃角度の先読みと乱数回避を織り交ぜてプリスは一方的な殺戮に酔うような相手の猛攻をいなしつつ――爪を研ぐ餓虎のように機会を待つ。
プリス=ナーが冷凍刑に再び処される前――火星企業が提供する火力、速射性能を高めたER-500、レーザーマシンガンという形式の武装が存在していた。
速射性/威力に優れ、地球からの精鋭部隊であるフライトナーズのボイル・フォートナーも使用していた獲物。
装弾数も多くミッションにも使用するレイヴンが多くいた。プリス自身は基本的にグレネード一筋の女であるために使用したことは一度も無いが、それを装備したレイヴンと交戦する事も多くその弱点は熟知している。
速射性能の高いレーザーに限らず、レーザーの宿命ともいえる弱点――それはエネルギーを機体本体のジェネレーターから供給しているという点であり、そしてエネルギー管理を怠って使用される高出力レーザー兵装は機体のチャージングを招く。ブースターを使用できない状況――回避不可能の状態とはレイヴンにとってもっとも回避すべき死と同意義の事態であり――猛攻の凶熱に駆られてレーザー武装で闇雲に攻撃を仕掛ける事は死を招くのだ。
それはネクストと言えども例外ではない。
ガトリングが回転を停止――同時に銃身から乱射していたプラズマの炎が止む。それを見通していたかのようにプリスはオーバードブースタースイッチを殴るように押す。
『……はっ? ……エネルギーが……』
「さぁ、反撃タイムだぜ、餓鬼ぃ……!」
プリス=ナー――口元に凶笑を刻み、オーバードブースターによる高速突撃を開始/同時に両肩の大型グレネードキャノンを展開。
瞬間的に亜音速を突破――圧倒的な慣性エネルギーの加護を得て両肩からグレネードを発射。慌てて回避機動に移ろうとする<バニッシュメント>は、しかし先程までのエネルギー消耗状態から脱出できず、通常推力での回避しか出来ない。
<バニッシュメント>の巨体を大口径榴弾の爆風が飲み込む――大破壊力を詰め込んだ弾丸はプライマルアーマーを純粋な破壊力で粉砕し、爆風で機体を鎧うコジマ粒子を大幅に減退させ凄まじいダメージを与える。それこそ先程まで積み重ねてきたダメージの差をひっくり返すほどの威力。
『ぐわぁ……?! ……ま、待っていたのか? さっきの狼狽の台詞も――反撃の手段が無く回避し続けていたあの機動も……全部、演技だったのか?!』
「小手先の罠に嵌ったな、餓鬼! こればかりはアタクシみたいな熟練にしか出せん味さ……!!」
<バニッシュメント>――武装をKARASAWAと刻印された長銃に切り替え照準を付ける=だが、それを使用する事が出来ない。
即座に武装を腕部に切り替えた<アポカリプス>は両腕のグレネードによる猛攻を開始――プライマルアーマーが大幅に減退/更には<フィードバック>、<車懸>による体当たりの損傷も残っているため、たった一発の直撃で戦闘不能に陥れられる可能性がある。全エネルギーを回避機動にまわせなければ即死させられるかもしれない。
「立場が逆転だな、小僧! ……貴様は選択を誤った! レーザーライフルにプラズマガトリングにレーザーブレード、ジェネレーターに負担を掛けるもんをそれだけ積みゃそりゃ息切れするのも当たり前だぜ馬鹿が……!!」
『く、くそっくそっ……! 落ち着け。僕は強い……!』
狼狽と恐怖の入り混じったような荒い呼吸音――脳細胞に潤沢に酸素を取り込む毎に、徐々に本来の冷静さを取り戻してきたのか<バニッシュメント>はその機動にキレが戻り始める。
まずいな、一気呵成に勝負を掛けたいプリスは、敵機のジェネレーターがコジマ粒子を排出しプライマルアーマーを再生させた事に忌々しさを覚える。あそこまで追い込みながらも体勢を立て直したそのしぶとさ/したたかさ――かつて火星の軍神を討ったあの男の機動が、目の前の相手に重なる。
『ふうっ――――……済まなかったね、プリス=ナー。あんたの言うとおりさ』
プリス=やばい、と相手の口調から直感。
激怒に任せた猛攻より、冷徹な殺意によって放たれる狙い済ました悪意の弾丸こそが戦場でもっとも恐るべきものであると痛感している彼女は、先程の狼狽から立ち直った、透徹した意思を感じさせる言葉に相手が数段手ごわくなったことを実感する。
『……言うとおりさ。僕はあの男に対する拘りのあまり、あの男が火星時代に使っていたアセンブリとほぼ同様になる、本気の装備を考えていなかった。……気付かせてくれてありがとう――次は、本気でやろう』
まずい、まずい、まずい。
敵機のオーバードブースターの発動に伴う背部装甲カバーの開放を見ながら、プリスは即座に己もオーバードブースターの発動スイッチに手をやっていた。
レイヴンとしての本能が囁いている。慢心のツケを全身に刻んだ敵機――今なら、深追いしてとどめを刺せる。
あの敵――再び敵として出てきたなら、それも操縦者がその機体性能に慢心せず、慎重な戦いを進めれば後の恐るべき脅威になると鴉の本能が囁いていた。
『……リス! プリス! どうなった、あの人は……!』
だから、テレジアの声が――戦闘中でカットしていた通信機から聞こえたその声に、思わずオーバードブースターの起動を躊躇ってしまう。<バニッシュメント>にとってその一瞬で戦線から離脱するには十分だった。爆発的な推力炎を吹き上げ、凄まじい加速力で戦域から離脱していく。
機会を見失った<アポカリプス>ではもう追いつく事は出来ない。微苦笑を浮かべながら、通信機を調整。
「オーケーオーケー。ご両名とも生きてらっしゃるぜ。……なんか一言あるかい?」
『こちら<フィードバック>、ローディーだ。……機体も私もぼろぼろだが生き残っているよ。プリス、感謝する』
『……<車懸>、若だ』
駆動系にすらダメージが浸透しているのだろう――しかし火花を散らしながらもまだ生き残っている<車懸>のリンクス、若はAMSの過負荷で苦しげな声を漏らしつつ、躊躇うように言葉を切った。
『……テレジア女史は、大丈夫だったか?』
「……ああ、なるほど。ピンピンしてるぜ」
プリスは相手のその言葉で、デュナン少年の父親が誰であるのかなんとなく理解できた。
先の有澤製ノーマル部隊による攻撃をGA本社は否定するのだから――少しでもかかわりを匂わせる発言は控えるべき。有澤重工の社長がそれに気付かない訳が無い――それでも尋ねずにはいられなかったのは、きっと鴉には縁遠い、愛というものだったのだろう。
『……プリス=ナー。通信回線を中継ぎしてやれるか?』
「ああん?」
気付けば<フィードバック>のローディーからの秘匿回線――熟練兵を地で行くような精悍な中年の男性の顔が映る。
『……大体察しただろう? ……二人は、そういう仲だ。……GA本社とGAEとの立場が悪くなれば、会う機会も少なくなる。今ぐらいはせめて、な』
「声とか顔に似合わず細やかなこって。……了解だぜ」
プリス――そのまま通信を中継ぎして、その音声をカット。
二人の密談を、その内容を処理する事を決意し、プリスは<アポカリプス>とのAMS接続を戦闘モードから通常に切り替える。
逃がしてしまった敵機。
ここで始末しなかった事が果たしてどうなるのか――胸にわだかまる微かな不安を感じ、彼女は目を閉じた。
その不安は正しい。
この時、<バニッシュメント>を撃墜できなかった事を――追撃しなかったことを。
彼女は。
プリス=ナーは。
後に、自分の行動を一生後悔し続ける事になる。
[3175] 第二十五話『せめて役に立って滅ぶが良い』
Name: 八針来夏◆0114a4d8 ID:e7588bfd
Date: 2008/09/18 13:50
エミール=グスタフは一人、執務用の机の上で、思案に耽っていた。
システム・ステイシス。
その正体は認識加速により、周囲をまるで『止まって』いるかのように認識するための機構であり、実現すればネクストの戦闘力が爆発的に飛躍する事は疑いようが無い。但し、AMSを解して直接情報をやり取りするリンクスにとってはこれは更なる負荷を及ぼすものである。
それを実現するために、神経細胞成長因子を用い、先天的なニューロンネットワークを保持する天才を生み出す事を目的に研究を重ねてきた。
だが、研究は滞る一方――アナトリアの危機は、ハウゴ=アンダーノアと言うリンクスと、戦闘用に転化した技術開発用ネクストの活躍によって解消されつつある。しかしもちろん危機を脱しきった訳でもなく、まだまだやらなくてはならない事は山積みのまま。
獲得した資産の分配/各企業との軋轢を考慮した外交/<アイムラスト>に内蔵された極秘機構に関するスパイの摘発――エミール=グスタフの双肩に掛かる荷物は大きく重く、それを肩代わりしてくれる存在はまだ育っていない。
「もう、時間は無いのにな」
小さく、彼は嘆息を漏らした。
エミール=グスタフは、もう長くない。ネクストと関わっていたが故に、コジマ粒子の被爆汚染を受けたからか――体を蝕む死病は彼の命数を後二年程度と定めた。
二年間、順調に失敗無くアナトリアの傭兵が活躍すれば、経済的危機も脱出する事が出来るだろう。だが、しかしエミールが生涯を掛けて行うと決めた研究を完成させるには許された命数の全てを費やしても足りるかどうか判らない。
アナトリアを愛している――だが、その為に自分が生きた証として残そうと思った研究を捨て去らなければならないことは、紛れも無い苦痛だった。
不意に――PCにメールの着信が来ている事に気づいた。最初はGAからの輸送部隊が到着した事を告げる連絡かと思ったが、それが間違いであると知る。内容は六大企業のどれか一つから。
また何かの作戦の依頼か、もしくは恫喝/威圧の類だろう。直ぐにメールの内容を確認しようとし――PCに展開されるレイレナードのマークに息を呑む。
先日の作戦で発動したイェネルフェルト教授の遺産である『アンチコジマ粒子機構』。ついにあのシステムに対して何らかのアクションを起こしてきたのだ。現状に対する不満も、自己の命数が尽きかけているという事実も全て横において、全身を緊張させる。
生き残らなければ、勝たなければ、未来に対して不安すら抱けないのだから。
ハウゴ=アンダーノアの予想に反し、ネネルガル=アンダーノアの仕事ぶりの評判は良好だった。
「ありゃ。……爺さん達、あいつ使えるのか?」
アナトリアの唯一にして最大の商品<アイムラスト>の整備には細心の注意が払われている。もちろんその整備には整備班のおっさん二人、スチュアート兄弟と彼が率いる精鋭メカニックがその任務に当たっているのだが――ある日、ハウゴはそういう整備の人々に混じって手を機油で汚しながら何やら整備に勤しんでいる義理の娘の姿を発見したのである。
現在は倒れたままの整備姿勢をとる<アイムラスト>の右肩のアクチュエーターのチェックを行っているらしい。
「いやぁ、随分物覚えが良くてのぉ、だいぶ助けられておるぞ?」
「うむ、あのあたりは精密部品の集合じゃから、そう簡単に手に負えるものでもないんじゃがの」
こくこくと、満足げな顔で頷く二人のおっさん。
ハウゴとしては意外ではあるものの、整備に関しては二人に一任している。その二人が特に口出しせず任せているのだから、実際に整備班としても十分な実力を発揮しているのだろう。とりあえずどんな感じなのであろうか、ハウゴはネネルガルの後ろから近づいて見る。
「親父、何の御用ですか、なのですか。仕事の無いリンクスは猫らしく日向ぼっこしているが良いのです、ですよ」
後ろに振り向きもせず、足音で誰なのか断定したらしいネネルガルは、専用のエアブラシでアクチュエーター間の異物を排除しているらしい。ある程度の応急処置は行えるが、専門的な事までにはさすがに手が回らないハウゴは黙ってその様子を見物する。どうやら後ろからなかなか離れないので、仕事を手伝わせたほうが良いと考えたのか――ネネルガルは整備に集中したまま言う。
「ずっと後ろに立っているなら、親父、せめて手を貸してください」
「ほれ」
ハウゴ=こくりと頷き、自分の右腕の義手を取り外し、差し出された彼女の掌の上に乗せた。
「ああどうも。…………って、うっ、うわぎゃあああぁぁぁぁぁぁぁぁ――――!!」
当然の反応ではあった。
ネネルガル=手渡されたハウゴの義手で接合部の調整を行おうとしてそれがまさしく生の腕であることに気づいて魂消たような叫び声を張り上げ、ほうり捨てた。ハウゴの右腕=かつて国家解体戦争で失った右腕の代替物としての義手。内部は機械式だが、その外側は既に生身のものと一見して気付かないほど良くできている。
「おおおおお親父! い、いきなり何をするんです、何をするのですか!」
両腕をばたばた忙しなく上下させるネネルガル。基本的に無表情がデフォルトの彼女がどれほど驚いているかのパラメーターは両腕の振りで確認できる――のでどうやら相当驚いたらしい。ハウゴ=いやなに、と答える。
「……時折こうやって外さないと、俺が右腕を既に失っていると俺自身忘れそうでなぁ……」
「言いたい事は判りますが、それは私を驚かす理由にはなりません、ならないのです!」
まったくもって正論なのでハウゴは苦笑しながら頷くのみ。
……時間がたては、冷静さを取り戻したのか――電源を切った扇風機のようにネネルガルの腕の振りがゆるくなっていく。地に落ちたハウゴの片腕を拾い上げた。
「……国家解体戦争の折に、でしたか、だったのですか」
「ノーマルでネクストに喧嘩したんだ。……当然の結果だな」
寧ろ良く生き残っていたと感心すべきところだろう。
ハウゴ――少し考え込むように目を伏せる。
全ては偉大なる脳髄の掌の内――だが、そうではない筈。
確かにネクスト戦力は強大であるが――それでも、あの紅い天使に確実に勝てるかと言われれば答えは否だ。かつて自分が対イレギュラー兵器<ナインボール・セラフ>と相対した時、両者の間には埋め得ぬハードウェアの差があった。奴は、偉大なる脳髄はコジマ技術を人類に教えても、ネクストが牙を剥いても己が敗れ去らぬ備えは充分にしているはず。
だが、ハードウェアの差は厳しくはあるが、決して絶対ではない。
かつてハウゴ=アンダーノアは紅い天使を落とした。そしてこの世界に置いても、古い戦友シーモック=ドリはノーマルのみでネクストを撃破して見せた。アマジークと共にシーモックの勝利を祝ったのは、戦友の勝利を祝福したから、というのもあるが、同時に人間の意志と知恵は圧倒的な力も乗り越えられると教えられたからなのだろう。
人の力。
結局それこそがこの世で最も強い力なのだろう。
かつて幾人か――弟子を取った=ウルバーン/そして、シュリング。
彼らに伝えた術理は、レイヴン達に引き継がれ、新たな世代へ受け継がれるはず。そしてその趣旨はいつか偉大なる脳髄との決戦に芽吹くのだろうか。
「……以上が作戦の概要だ――理解したな? ウルバーン=セグル」
「……わかっています」
かすかな振動/周囲には緊張する男達の体臭――アナトリア襲撃の為の人員が収容された貨物車の中、一人の青年がゆっくりと頷いた。
浅黒い肌/黒い瞳/長身長躯/額から右目にかけて鋭い裂傷/刃のような雰囲気/指には幾度と無く火器を扱い続けた男の勲章とも言うべき硬くなった皮膚/少年と青年の端境期/幾度と無く生身で死闘を繰り返してきたもののみが纏う気配=幼さを残した雰囲気とちぐはぐな印象/ただ、瞳のみが地獄を思わせる復讐に濁った輝きを放っている。
インテリオル・ユニオンが送る刺客――かつてハウゴ=アンダーノアに師事した一人の少年兵は、同じくハウゴ=アンダーノアに師事した一人の壮年の男性の言葉に頷いた。
アナトリア襲撃を行なうマグリブ解放戦線。
英雄を失った組織は余りにも脆く、最早最盛期の半分以下の戦力しか残っていない。
ウルバーンには判っている。アマジークは恐らくこういう事態もある程度見通しており、そしてそれでも復讐などに命を燃やさず生きてほしいと思っていたのだろう。
だが、それは最早適わぬ願い――自分達は放たれた矢であり、その一撃が敵を穿つか、もしくはしくじるかの二択。
凶的な気配を――死者の為に殉教する崇高な狂人のような気を纏い、彼は瞳を閉じる。恐らく奪う事になるアナトリアの人々への祈りを、恐らく失われる自分自身の前供養を――そしてきっと地獄に落ちれば受けるであろう英雄からの叱責を思い、彼は目を閉じた。
今回の作戦=<アイムラスト>の強奪/エミール=グスタフの誘拐――その二つの作戦を指揮するアルドラのリンクス、シェリングは、ウルバーンの居座っていた部屋の片隅から移動すると、武器の入念なチェックを行なっている部下達を見た。
全員が全員、GA社員の服装に着換え終えており、その懐には隠匿性能に優れた武装を隠し持っている。
シェリング――実際に作戦が進行すれば、水物である戦いを制御する事は不可能。
復讐者ウルバーンはまさしくハウゴ=アンダーノアに向けて放たれた凶念の魔弾であり、その彼が仕掛ける以上、ハウゴ=アンダーノアは<アイムラスト>を起動させる事は不可能=だがそれでもシェリングには一抹の不安がある。
「……百年を殺しを磨いて過ごした、か」
かつて自分に鴉の技を叩き込んだ師――ハウゴ=アンダーノア。
幼い頃の己を拾い、驚くべき戦闘技術を教え込んだあの男は今も自分が出会ったときと同じ外見だと言う。シェリングも、真実師が不老の男であると知らなければ百年などタダの法螺と一笑するだけだったろう。だが、笑い飛ばせない。事実彼はシュリングが知りうる限り最強の男だった。アルドラのリンクスとして、強力なレーザー兵装を駆使する<クリティーク>を操り、リンクスナンバー14になったとしても、同じネクストという超兵器を相手が扱うとなれば純粋に己の勝ちを信じるなど出来なかった。
小さく嘆息を漏らし、彼は部屋の端で面倒そうに頬杖を突いて目を閉じている男に目を向ける。それは戦う前の瞑想などではなく、単に時間が空いたから少し休憩を挟もうという事=命を掛ける戦場に赴く前にしては豪気ともいえる行動だった。
「起きろ、ロイ。ロイ=ザーラント」
「……シェリングの大将。まだ作戦開始じゃないはずだぜ?」
一人の青年が、のそり、と起き上がる。
黒い蓬髪の髪/口元に浮かぶ柔らかな微笑/何処か倦怠を漂わせているのか、目元には面倒そうな色/シュリングを上回るサーベルのように鋭い長身――シェリングのレイヴン時代からの弟子とも言える青年であり、彼が蓄積した技術の全てを教え込んだ、最早死滅した鴉の生き残り――レイヴン、ロイ=ザーラント。
「お前には特命を与えておく」
「……面倒なのはごめんだぜ? 成功の確率、正当な報酬があれば勿論やるが、手当てが高くても危険なのはきっちりキャンセルするからな」
例え相手がかつて自分に戦闘技術を叩き込んだ師だとしても全く物怖じせず堂々と言い返す様――自らが技術を教えたとは言え、その扱いにくさは面倒ではある。シェリング――苦笑しながらも心にはその鴉としての矜持を保った、繋がれた者ではない姿勢にはかつて失った物に対する憧憬があった。
今回企業の飼い犬となったシェリングの召集に応じたのも、自分の師からという義理人情からの行動である。
「お前は狙撃に関しては精々平均程度の技量だったが、機を見る才能がある。……ウルバーン=セグル、彼の影になり、そして機会を見てハウゴ=アンダーノアを殺せ」
「……闇討ちか」
ロイ――あからさまに不愉快そうな表情。
「もし彼がアナトリアの傭兵を見事倒した時は?」
「勿論報酬はきちんと支払おう」
「……そこまで念を入れる必要のある相手なのか」
その嗅覚――情報を分析し、命を天秤に載せてできるだけ多く稼ぐための判断力はレイヴンの必須技能。
ロイ=ザーラントは首肯――冷静に考えるならば、自分は気配の隠蔽に徹し、他の相手に注意を引かれた相手の隙を突いて射殺すればいい。確かにローリスクハイリターンの仕事内容ではある。師であるシェリングがそこまで注意を払う相手という不安はあるが、しかし彼とて技量に自信もあった。
「油断するな」
そのロイ=ザーラントの内心を見抜いたかのように/慢心を御させるかのように――厳しい表情のシェリング。
「一撃をしくじったなら即座に身を隠し撤退しろ。位置を悟られたら即座に殺されると思え」
「……そんなヘマはしないさ」
「お前の技量を疑っている訳ではない。……だが相手は人の姿をした怪物だ。戦う事を考えるな、奇襲で始末するのみ考えろ。……ロイ=ガーラント。お前は高く評価しているのだ。命を無駄にするな」
どうやら本気での言葉らしい――ロイもシェリングのその言葉に表情を改める。
もう鴉の時代は終わった。それでもロイ=ザーラントがレイヴンのままでいるのは繋がれる事を嫌っているから、レイヴンという職が自由傭兵だということから。
ふと、思い出したように――ロイ、逆に質問する。視線を数十名のマグリブ解放戦線の戦士達に向けた。
「……そういえば、彼らに保護されていたっていうテクノクラートのリンクスはどうなったよ?」
「どうやら我々インテリオルと接触した際に姿を晦ませたらしい。……まぁ、無理もない。テクノクラートの宗主、イクバールは対立陣営だ。情報という情報を絞り上げられてそれで終いだろう」
シェリングは呟く。
現在インテリオルの支援をマグリブが受けているとは言え、彼らの本来の姿勢は企業支配に対するレジスタンスだ。この作戦が終了すればすぐに敵対関係に戻るだけであり――そんな相手に必要以上に利する行為をするつもりも無いと言う事だ。
マグリブは現在分裂状態にある。抵抗活動をやめ、所有していた武器弾薬を元に企業に対する傭兵を行おうと言う人間もいるらしい。マグリブから分裂した傭兵組織『コルセール』とか言うのが一番大きい組織ではあったが、それも所詮企業体の圧倒的な力の前では些細なものでしかない。
アナトリアの傭兵を討ち取る事で、彼らは再びマグリブをひとつに纏め上げようとしているのだ――もちろん、インテリオル・ユニオンがそんな事を許すわけもない。シェリング――部下の一人に尋ねる。
「飛行要塞フェルミの準備はどうだ?」
「……南西五キロの地点で降下。命令があり次第行動可能です」
その言葉に満足げに頷き、シェリングは呟く。
「どうせ、マグリブは滅ぶ。勝ったとしても、我々が滅ぼす」
目を伏せ、歴史から消える者達に対して/歴史から消す者達に対して、哀れみの視線を向けた。
「それなら、せめて役に立って滅ぶが良い」
フィオナ=イェネルフェルトは現在いろいろの事務仕事に追われていた。
なにやら重大な来客――エミール=グスタフは現在企業の人間と話し込んでいるらしく手が離せないらしい。さり気に事務仕事に関しても高い適正を見せたネネルガルは現在<アイムラスト>の調整を手伝っているらしい。どうやら彼女、父親と違ってかなりの万能選手であり、各所から高い評価を得ているようだった。
GAからの輸送部隊の受け入れ――食料自給率が世辞にも高くないコロニーではある程度を企業から購入し賄う必要がある。
その手続きを行うために先程からPCで連絡を取り合いつつ、各所に伝達を行っていた。
変わったことが発生したのは少ししてからだった。
緊急度の高い連絡――何かなと思って連絡をつけてみる。出てきたのは整備班のスチュアート兄弟とネネルガルの顔。
確か彼らはGAからの物資搬入の為に移動しているとの事――だが、突然そんな彼らを押しのけて、巨漢の中年男性がディスプレイに移る。角刈りのくすんだ金髪は旅塵にまみれている/百九十近くあるごつごつした体格/顎の周り、唇の上を覆う見事な髭/顔には焦りがこの上なく見え隠れしていた。
『おお、繋がったのであるか?! わ、我輩はセルゲイ=ボリスビッチと言うのである! 至急アナトリアの上層部に連絡したいのである!』
「……えっと、誰?」
緊急度の高い通信だということで慌てて開いてみれば、突然見知らぬおっさんが大写しで出れば引く。
引きつった笑みを浮かべてフィオナは尋ねれば、両側からスチュアート兄弟が『お前さん唐突過ぎるんじゃ』『そんな暑苦しい顔を度アップで大写しされたらみんな引くぞい』『わ、我輩は、我輩は火急の知らせを携えてきたのであるぞー?!』『ほれ、ネネルガルちゃん、わしらが抑えておくうちに』『ご協力、感謝するです、するのです』とか言い合っている。
『フィオナ。フィオナ。――ちょっと不味い報告です。……さっきの彼、私は五年前に同じリンクスとして出会った事があります』
「五年前……まさか、国家解体戦争のオリジナル?!」
国家を相手取り史上最大規模のクーデターを引き起こしたパックス――六大企業も既存の支配体制を相手取って戦争していたため、企業間では同盟を結んでいた。ネネルガルも当時はアクアビットのリンクスとして所属していたのだからおかしくはない。だが、なぜ――フィオナの心に不安がざわめく。
そして、彼女の口から告げられた事実は――その不安にはっきりとした形を与えた。
『テクノクラートのリンクス。セルゲイ=ボリスビッチ。
……彼、撃破されてから数ヶ月前までマグリブと合流していたらしいのですが……。マグリブの勢力が、アナトリアに対して攻撃を目論んでいるそうです、そうなのです』
[3175] 第二十六話『代わりに私が出撃します』
Name: 八針来夏◆0114a4d8 ID:e7588bfd
Date: 2008/09/28 13:13
『……では、教授。一体何者がネクストの根幹であるコジマ技術を齎したのでしょう』
『偉大なる脳髄』
その時からだったのだろう。
エミール=グスタフが世界の裏にひそむ超越者の存在を意識したのは。
エミール=グスタフが、最初にハウゴ=アンダーノアという男に興味を持ったのは、もちろんイェルネフェルト教授の言葉が最初であった。
二度目に興味を抱いたのは――ハウゴ=アンダーノアの血液サンプルを採取した時。
その血管内に多く含まれている正体不明のナノマシンと、そのプラント。肉体の抗老化を行う、現代の技術では不可能であるはずの極めて高度なものだった。
研究者としての欲望が芽生えた――その血液サンプルを研究することで、行き詰っている自分の研究の何か打開策のようなものが見つかるのではないか。だが、胸中に一抹の不安が残る。
ハウゴ=アンダーノアは明らかに只者では無かった。
フィオナには伏せていたが、彼の肉体はかなりの割合で戦闘を目的とした人工の機関に置き換えられている。だが、自由傭兵であるレイヴンの彼が素直に研究サンプルになってくれるはずもない。――そういう意味では彼が数年間植物状態である事は幸いだった。
エミールの肉体を蝕む死病――それでも彼はマシな方だった。
ハウゴ=アンダーノアの肉体から採取したナノマシンは、肉体の抗老化を行うと同時に、病巣を治療する能力も有していたのだから。だがそれでも病の進行を遅らせることは出来ても根本的な治療は不可能だった。
無念だ――死にたくない。
せめて何か形ある物を残して死にたい――だが、自分の命数は後僅かだ。
研究に没頭したい――だが、自分のみがアナトリアを救う事が出来る。
自分に様々な事を教えてくれたイェネルフェルト教授への恩義――自分の真にやりたい事を捨ててまでどうして他の奴のために働かなくてはならない。
命が欲しい/明日が欲しい=命数の限られた人間ならば誰もが望む、明日を望むが、許された明日は他者の為にすりつぶさなくてはならない。
くだらない/つまらない/教授本人ならば兎も角、なぜアナトリアの連中にそこまで尽くしてやる義理があるのだ――ただ、エミールが懸命になるのは、彼の娘の悲しげな顔を見るのが辛くて仕方がないから。
だが――誰が、この悪魔の囁きに抗えようか。
積み上げた信頼/アナトリアの実質的指導者=その責任ある立場全てを放り出しやりたいことをやることができるという環境。
レイレナードより派遣された人間――信じがたい事に副社長を名乗る壮年の男性。
「我々レイレナードは、その優れた君の尻頭脳を必要としている」
各企業が、かつて彼が残した論文とその論文による技術を求めて水面下で行動を起こしている事を知らない。
教授が存命ならば躊躇わずにその誘いに乗っただろう――しかし今はそうはいかない。自分が離れれば、アナトリアはどうなってしまうのか。ちょっと果てしなく変な台詞が混じっていたような気がしたがそこはさておいて。
……そこまでならば、他の企業からも囁かれる甘い睦言/しかし、その壮年の男性の言葉が彼の心を決定的に動揺させる。
「我々の技術ならば――君の肉体を健康なものに戻す事が出来る」
誰が、この悪魔の――否、天使の言葉に似た天上の囁きに抗えようか。
「ディソーダーを生み出した、第一次人類の残した技術を用いればな」
「……で、GAの輸送部隊はもうすでに到着しているんじゃよな?」「の、はずじゃな」
「あと、壱時間早ければ、手の打ちようもあるのですが、あったのですが」
「こう見えて可能な限りの最速だったのであるぞ……」
『……こちらからエミールに連絡を何度も要請しているけども繋がらないわね』
アナトリアの通路を美少女一人と中年のおっさん三名のイヤな四人パーティーが顔を合わせている。ネネルガル=アンダーノア/スチュアート兄弟/そしてテクノクラートのリンクスであるセルゲイ=ボリスビッチ。
迂闊に一般に知らせれば危険な情報『アナトリアへの襲撃』――しかし、四人は顔を角突き合わせて難しい顔。
この場合、状況が不味かった。現在エミールが会談している相手はインテリオル・ユニオンの支援を受けたマグリブ解放戦線とは無関係――レイレナード社重役との極秘会談=だが、それを知らぬ身としては、既にアナトリアの通信システムに介入を受けているのかもしれないと勘繰るのも無理はなかった。
通信機の向こう側、フィオナはどこかに連絡を取っていたらしい――うん、と頷くと、四人に云う。
『とりあえず、エミールは近くにいたハウゴに確認してもらうよう動いて貰うわ』
「……わしらのやるべき事は……」
「被害の最小限の食い止めですね、なのですね」
アナトリアに警察はもちろん存在している――防衛用のノーマルも、経済的な余裕から数機、導入されている。
だが、戦力のほぼ全てをネクストに依存――ありていに言えば、アナトリアには戦闘兵器を操るパイロットはいても、生身での白兵戦をやれるほどの技量の持ち主は多くは無いのだ。
ハウゴ=アンダーノアは当然レイヴンとして白兵戦闘の技術も体得している。しかし彼の本業はやはりリンクスであり、戦闘の教官として使える人材ではない。
「……と、言う訳で。セルゲイ」
「なんであるかな? 、お嬢さん(ジェーブシュカ)」
「先に確認しておくのですよ。……貴方は、何故アナトリアに情報を持ってきたのです、来たのですか? 貴方はマグリブと係わりがあったことは納得したのです。しかしアナトリアにこの方を持ってくる理由が分からない。……アナトリアは比較的GA陣営寄りで、イクバールとの関係も悪くはありませんが、あなたが積極的に関わるには理由が弱すぎます。弱すぎるのです」
視線が集中――自分の立場があまり信ずるに足る物でないことは自覚しているのだろう。ボリスビッチは首肯。
その瞳に写る寂しげな色――何か大切なものをごっそりと奪われたような疲れた笑顔で彼は言う。
「……数ヶ月、マグリブに身を寄せた。……出来るなら助けてやりたい青年がおるのである」
かつて復讐に生きた先達の言葉――ネネルガル、かすかに頷く。
「……単純に利害ではなく、助けたいから動くと。……了解しました」
こくり、とネネルガルは頷く。
イヤな四人パーティーは格納庫へ歩み出した。GA社の輸送部隊――情報が正しければその全ては既に他企業の手によって壊滅させられ、摺りかえられている。もしアナトリアの警備隊が優秀であれば罠を張っての殲滅という手段が使えるのだが、そのためには相手に気付かれないようにしながら包囲網を完成させなければならない。兵の連度では素人に毛の生えた程度の彼らにそれを注文するのは酷だろう。会話の内容を別所で通信機器を操作するフィオナの方にも聞こえるよう設定――スチュアート兄弟は考え込むように言う。
「……そいじゃあ、以降は実質的な行動じゃな」
『とりあえず警備部の人達には連絡を入れたわ。何かあれば行動してもらえる』
「では相手の目標は?」
スュチュアート兄弟の言葉に答えるのはボリスビッチ。
「マグリブ解放戦線の目的は簡単である。……現在彼らは要である砂漠の狼アマジークを失った事により、その復讐を遂げる事で再び一つに纏まろうとしているのである」
「しかし――企業はシビアです、シビアなのです。少なくとも彼らは自社の利益にならなければ決して行動はしない。アナトリアを襲撃する事で何かの利潤を得られると言う判断ゆえにマグリブに手を貸したのでしょう」
顔を見合わせるスチュアート兄弟――<アイムラスト>に搭載された極秘機構の存在はアナトリア内部でも一部の者しか知らない。
ネネルガルはアンチコジマ粒子機構の発現に居合わせているが、しかし半ば正気を失った状態であったし、もちろん部外者のセルゲイ=ボリスビッチはその事を知る由も無い。
「……ここは、話すしかないのぅ、兄ちゃん」
「……そうじゃのぅ」
お互い顔を見合わせる双子のおっさん=少し迷いを持ちながらもここは明かすべきと判断し、重い口を開いた。
アナトリアはコロニーの中では活発に人の出入りがある活気に溢れた所であり――経済的に安定しつつあるここで何らかの職を得ようと外部からやってくる人も大勢いる。
そのアナトリアの中で一番重要な施設――ネクスト技術の研究施設であり、現在ではネクストのテストだけでなく、ネクスト用の重火器もここに搬入される事になる。
その輸送用トラックの中から数名の男性が、人目を避けるように降り立った。
アナトリアの整備員の衣服に身を包んだ、褐色の肌の男性たち――砂漠を祖国とする青年。その中の一人、ウルバーン=セグルは、数名の仲間達と視線を合わせる。
瞳に写る殉教の精神――英雄への弔い合戦を始めるため、ウルバーンは懐に隠匿されたサブマシンガンの重厚な重みを手のひらで感じ、ゆっくりと歩き出した。
「……アマジーク、貴方の御許にあの人を送ります」
ハウゴ=アンダーノア――マグリブの村落を救ったマウリシア撤退戦の英雄であり、また同時に英雄アマジークを討った不倶戴天の仇。
本来ならば、憎悪の凶熱に身を焦がしてもおかしくは無い相手であったが、しかし不思議とウルバーンの心は鏡のように澄み切っていた。憎悪ではない、使命感でもない――ただ、堪らなく、寂しくて/悲しくて、仕方が無い。ただ、巡り合いの悪さを嘆きながら彼は歩み続ける=その歩みは断頭台への階段を上る死刑囚のものと告示/足音に含まれた哀切の響きは弾丸を強打する撃鉄に似て/引き金を絞るための一刺し指に絡む虚脱感は恩人を殺す自らの罪深さをおののいているようでもあり/しかし体の奥底には英雄を殺した憎むべき相手に対する怒りも確かに存在する。
相反する精神――心の全てが矛盾した感覚を抱きながらもウルバーンは進む。
正確に、精密に――時限爆弾に設置されたタイマーが、破滅的未来へと時を刻むのと酷似したように。
彼はかつての自分達の英雄を/英雄を殺した相手を捜し求め――魂の半ばまで冥府に捕らわれた幽鬼の如き足取りで歩き始めた。
「……真面目だねぇ」
その背中をロイ=ザーラントは密かに追いながら進む。
復讐のみを念頭に置く彼らは周囲に対する警戒も甘くなっているのか――マグリブの復讐心を隠れ蓑に、ハウゴ=アンダーノアを抹殺しようとするロイの存在には気付いていないらしい。
ロイには復讐者の心は理解できていない――何かに拘泥する事は冷静な眼力を失うきっかけになる。彼は職業的な傭兵、レイヴンであり、そこには勝利と報酬を秤に掛けてなるべく多く稼ぐための判断しかない=しかしレイヴンの存在自体が過去のものになりつつある現在、シェリングの誘いに乗らざるを得なかった。
本音を言うならあまりこの手の作戦は好みではない――作戦全体にある、卑劣な印象がどうしても彼には拭い切れないのだ。
もちろん今まで直接間接を問わず敵対者を殺してきたが、それは全て戦場での行為。こんなテロまがいの作戦は甚だ趣味ではないのだ。ただ一つ、興味があるとすればシェリングが自分の師と言う相手の存在――それだけしかなかった。
再び注意を周囲に向ける――彼は影、刺客の影に潜んで奇襲の魔弾を放つべく送られた真の刺客。ばらばらに分解されたライフルは手に提げたバックの中。マグリブが派手に暴れ、アナトリアが混乱に陥るまで彼は域を潜め、機を伺うのだ。
「相手の狙いは<アイムラスト>で間違いありません」
「……でも、警備隊の全てを<アイムラスト>全てに回すの?」
アナトリアの一角――フィオナがそれぞれの電子機器を操作しつつ呟く。一種のアナトリア内の連絡を一手に握るそこで彼女は警備部隊の配置を既に伝達していた。
だが、もちろん不安はある。
マグリブの目的は明らかにハウゴ=アンダーノアの抹殺であり、貴重なリンクスを失えばアナトリアは枯死する。
もちろんそれは<アイムラスト>を失った場合も同様――パーツ単位ならともかく、ネクスト機体を一機丸ごと購入するとなれば、どこかの企業を支援者として選択する必要がある――それは自由傭兵として外貨を稼ぎ、外交で綱渡りをしてきたアナトリアにとって致命的だ。それに何よりフィオナとしては父の形見でもある機体を奪われたくは無かった。
ネネルガル――フィオナの言葉に頷く。
「正直言いますと、アナトリアの警備部の皆さんでは、今まで企業軍と戦っていた歴戦のマグリブと戦っても、士気も練度も違いすぎるのです。屍を気付くだけの結果になりかねません、なります」
明確な断言――そこまで自信満々に言われるとフィオナも反論できない。
しかし、とも思う。
外見年齢は十六歳――しかし敵の襲撃という事態に対して彼女は動ずる事無く冷静な判断を下している。年齢に見合わぬ胆力と戦場に置ける冷静さ――可憐な少女の見てくれとは相反する資質に賛嘆を禁じえない。やはり親子なのか――その事実はハウゴ=アンダーノアに昔情を通じた人がいたと言うことであり、心の柔らかい場所に棘になって突き刺さる。
不意に緊急を告げる連絡――フィオナはそれを確認=背筋に氷塊が差し込まれた感覚。
「……所属不明機がアナトリアに接近?!」
「……マグリブでしょうね」
ネネルガル――相変わらずの無表情で頷いた。
連絡にはアナトリア周囲を哨戒中のノーマルからの連絡――撃破されながらも敵の映像を警告を伝えてくれた。
一瞬目を伏せ鎮魂を祈る――続けて生きている者として、生存の手段を模索=だが、現実は厳しい。
映像に表示された敵勢勢力は強大であり、アナトリアの防衛用ノーマル部隊では撃退は難しい――しかし撃退可能な戦力であるネクスト、その搭乗者であるリンクス、ハウゴ=アンダーノアは今マグリブの刺客に狙われており到底出撃が可能とは思えない。
「……なんてこと。ノーマル部隊では撃退は不可能だし。ハウゴは手が離せないし」
「わかりました、わかりましたのです」
なにやら両手をぶんぶん振っているネネルガル――何が分かったのかしら? 不思議そうに相手を見るフィオナ。
彼女はなにやら無表情の中に一抹の喜びを瞳に浮かべて言った。
「それでは、代わりに私が出撃します」
「……ええ、お願いね」
フィオナ――相手の堂々とした発言に思わず頷いた。その言葉にうん、と力強く頷くと矢のような勢いで通信室から飛び出るネネルガル。その背中を見てフィオナ――遅まきながら脳髄が発言の意味を理解した。
「…………えぇぇぇぇぇぇ?!」
ハウゴ=アンダーノアは、エミール=グスタフの居る執務室の扉を蹴破るように抉じ開けた。
先ほどフィオナからの連絡ならば、企業の支援を受けたマグリブが攻勢を仕掛けて来たとの事。ならば、エミールの身柄の安全/敵勢勢力に対する行動の指示を彼にとってもらわなくてはならない。
そして――ハウゴ=アンダーノアはその彼と共に居た壮年の男性を見て、背筋に寒いものが走るのを感じた。
――偉大なる脳髄との最終決戦の前の数年、ハウゴ=アンダーノアのその頃の記憶は欠落が激しい。
恐らくそこでも己は戦い抜いたはずだ。天空から見下ろす攻撃衛星によりもたらされた静寂領域/天から降り注ぐ滅びの雨/二十四時間戦争――重要な単語とそれにまつわる概略のみしかハウゴは記憶していない。
だからこそ、彼は己の本能に、細胞の一片一片が覚える危機感に忠実に従った――エミールと相対する男/脳髄に閃く『興』の文字――そこからこの上ない恐怖と嫌悪を感じ、ハウゴは滑らかな動作で拳銃を構える。
「……遅かったじゃないか。……相変わらず、良い尻良い腕だ」
ハウゴは叫ぶ。
恐怖と嫌悪――肉体が覚えている本能に従い、喉よ張り裂けろと言わんばかりに、叫び声を上げた。
「ダアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァイィィ!!!!!!
ゲイヴゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥン!!!!!!!!!!!!!!!!」
[3175] 第二十七話『我が幼き日の憧憬と共に死ね』
Name: 八針来夏◆030a2a64 ID:bda3c62a
Date: 2008/10/14 12:21
前回までの粗筋
「ダアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァイィィ!!!!!!
ゲイヴゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥン!!!!!!!!!!!!!!!!」
あまりにも荒すぎるがある意味的確な前の話の全てを語った粗筋――ハウゴ=アンダーノアの拳銃の銃口は眼前の男の額に照準されたまま定めて揺るがない。
エミール――突如乱入した彼の凶行に驚きを隠せない。六大企業の一つの重鎮に拳銃を向けるなど、アナトリア全体に対する危機を招きかねないのに――自然と声を荒げて叫んだ。
「ハウゴ、銃を捨てろ!」
「……エミール!」
だが、自分の行いにまるで罪悪感を感じぬ、自らが正しいと信じる意思の籠った叫び声にエミールは思わず言葉の続きを失う。
「お前の純ケツは無事か?!」
エミール――今自分が何を言われたのか理解できない表情で眉を寄せた。
なぜ此処で純ケツ?――至極当然の疑問が脳内に乱舞する。一体どういう事なのだ、と訊ねるエミールに、ハウゴは無言で、壮年の男性を指し示し、空いた腕で持って下、下、と指差した。
下? 何故下? と思いながらエミールは視線を下に向けて――その壮年の男性の股間の紳士の膨らみ、そそりたつビビィィィィグゥゥゥゥビイィィィストォォォォォにまぎれもない本気を感じた。先程まで感じていた感動と驚愕の全てを台無しにする光景に冷や汗を掻きつつ後ずさるエミール。
「……こ、こんな危険人物と一緒の部屋に居たのか?! なにか大切な物を汚された気分だ!」
「……安心して構わない。……少なくとも私は嫌がる男性に無理矢理強要する性格ではないのだ」
「……バーデックスをタダのハッテン場にしようとした貴様がいう事か! 応えろ、ジャック・O!」
ハウゴ――絶叫。今にでも引き金を絞りそうな雰囲気のまま、命中率を上げる為に一歩、ずいと進む。
踏み込みで潰すには遠く、拳銃で必中が見込める距離――絶妙な間合いを保ったまま油断無く構える。
「……いや、今日は漁りに来た訳ではない。真剣に取引に来ただけだ。ハウゴ」
「…………」
という事はやはり日常的にそういう事をしている訳で――ハウゴは頭痛を感じた。
だが、そういった変態に対する嫌悪感は抜きにして即座に理知的な判断を下す。
「……やはり、俺と同じく第二次人類の生き残りであるお前が来たという事は――偉大なる脳髄に関する件か?」
「その通りだ」
壮年の男性は口元にかすかな微笑を浮かべて首肯――それ自体嘘だ。彼の目的とはエミールを自分達の陣営に引き込む事――しかし、その前に告げられた特徴的な単語を聞き、エミールは驚愕を顔に張り付かせる。かつて師である教授が死の数日前に残した言葉に告げられた言葉。教授の空想の産物であるのだとずっと思いこんでいたその固有名詞。
それは、一体どういう事なのかと質問の言葉を投げ掛けようし――瞬間、拳銃を構えるハウゴに今更ながら相対しようとするように壮年の男性――ジャック・Oは拳銃を引き抜いた。
瞬間、ハウゴ/ジャック・Oの両名――銃口を申し合わせたようにお互いから外し、扉の外側へ向ける。ハウゴ――エミールの頭を力ずくで押さえ込むように/ジャック・O――身体を投げ出して被弾面積を少しでも削るように――突如として現れた男性/手元に銃器=敵に銃口を向けた。
ほぼ同時に発射されたためか、三つの銃声はまるで一つに重なるように響き渡る。
頭部/喉笛――人体の急所を同時攻撃で破壊された男は絶命。男が命と引き換えに放った一撃は逸れてテーブルを穿つのみに終わる。
だが攻撃自体はそれだけで終らなかった――ころんころん、と床を転がってくる物体=エミールの脳内で視覚情報が知識と一致――ピンの抜かれた手榴弾。
爆音と衝撃が五感を強打する――。
双子中年スチュアート兄弟と別れたネネルガル――今現在その引き締まった肢体を、<アレサ>プロトネクストから引き出された際に身に付けていたリンクス用の接続服とも言うべきパイロットスーツに覆い、そして同時に傍に置いた銃器の点検。アナトリアでは対人用の重火器類は殆ど存在していない事から、用意できたのは拳銃程度だった。
れっきとした戦闘準備――黒髪を適当に輪ゴムで縛りつけ、後は上から適当にコートを羽織ればとりあえず一見して戦いに赴くようには見えない。だがそれでも、彼女の姿を、戦う事を知る戦士が見れば、戦場に行くもの特有の厳しさを感じ取っただろう。
リンクス用の接続服はパイロットを保護する役割を有すると同時に、ある程度の防弾性能も有している。操縦席から出れば有害物質であるコジマ粒子が充満するプライマルアーマーの中に出るのだから即死は確実であるが、それでもパイロットスーツが搭乗者の最後の手段である生身での戦闘という事態に備えて進化してきた以上、リンクススーツは戦闘にもある程度対応している。
ハウゴ=アンダーノアは今現在マグリブの戦士と戦っているはずであり――今現在山積みになっている事態に対しては自分達で対抗するしかない。
緩急の少ない肢体を身体に密着する衣服で覆う――少女と女と端境期にあるすらりとしたしなやかな体は躍動する筋肉の収縮をラジオから流れる音と声に合わせそのまま密着度の高い衣服の上に再現する。身体を伸ばし、瑞々しい肢体を強調するような動き――腰部を軸に上半身を回していく/薄い胸を自分の足に押し付ける=柔らかな乳房がかすかにひしゃげた。そのまま上半身を逸らす――再び逆の足に胸元を押し付ける。引き締まった両腕を前に差し出し、上へ、左右へ。その動きにスーツの隙間からうなじの辺りの肩甲骨が覗いた。引き締まった四肢はネネルガルを少女ではなく未成熟ながられっきとした女性であると主張するような色香を匂い立たせる。
滑らかな頬にかすかに朱色を散らし――緊張した鼓動を沈めるように息を吸い、吐く=深呼吸。
どこか艶かしさを感じる動き――しかし残念ながらやっているのは非常に健全な事にラジオ体操だった。
四肢をほぐし、関節の稼働を確かめ――部屋の外に出た。傍には筋骨隆々の中年男子=ネネルガルと同様、生身の戦闘を想定した装備。
両名共にリンクス――国家解体戦争においてオリジナルと呼ばれた人間達。
「さて――胸毛」
「普通に酷い事を今言ったのである!」
セルゲイ=ボリスビッチ――今現在アナトリアに居る人間としては恐らくハウゴ/ネネルガルと同等に生身での実戦を知る数少ない人間は脇に拳銃を呑み、目立たないように設計された防弾服を着込んでいる。しかしネネルガルの殊の外ひどい言葉に愕然とした様子で叫んだ。
「……何ですか、何用ですか」
「我輩に対して酷い暴言を吐いた件についてである!」
「いえ、貴方のようなキャラならなんだか胸毛が分厚そうな気がしたので――生えていませんか?」
「……確かに生えているはいるが、何故こんな場面でそんな事を言われなければならぬのであるか……! 酷い侮辱を受けた気がするのである……」
「アナトリアにいじめはありません」
「いじめている張本人の台詞とはとても思えないのである!!」
「いじめカッコ悪い」
「わかっているなら今すぐ辞めてほしいのである!」
「いじめ(悪い)」
「意味は通っているが少し変であるぞ!?」
「いじめられカッコ悪い」
「加害者の卑劣な言い分であるなぁ!?」
「……しかし実際問題、四十過ぎたおっさんが十代の可憐な美少女にやりこめられるのはかなりカッコ悪い光景では……?」
「なぜ普通の対応をされるのがこんなにも激しく心に突き刺さるのであるか……!」
壁を殴りながら悔しそうな呻き声をあげるボリスビッチ――その様子をクールな眼差しで見つめながら、ネネルガルは云う。
「さて、ウォームアップ完了」
「なんの?!」
「それはもちろん。私はアナトリアのお笑い担当キャラですから、なのですから」
ふふ、と初めて表情にかすかな微笑を浮かべるネネルガル――次いで真剣な表情に改めて云う。
「セルゲイ――しかし良いのですか? 確かに今<アイムラスト>周辺に存在するであろうインテリオルの工作員部隊を排除するのに実戦経験のある人手は確かに欲しい。……しかし、あなたがアナトリアに来た理由はそのウルバーン氏を生かすためでしょう?」
真剣な言葉には真剣な言葉で応対=表情を改め応えるボリスビッチ。
考えなかった訳ではない――あの自分と同じく復讐に人生の若きを費やしたかつての姿を思い起こさせる彼を止めたいと思う。同時に彼はネネルガルからハウゴ=アンダーノアと、ウルバーン=セグルとの関係を伝え聞いていた。
今から思い起こせば――かつてセルゲイ=ボリスビッチが存在すら定からぬ復讐の相手を探し求めていた時に忠告の言葉を掛けて従っただろうか?
答え=否であった。
復讐に凝り固まった精神に道理など幾ら語っても受け入れられる訳がない――今の精神状態はセルゲイにも覚えがある。ただ一つの目的を見据え、その復讐の経過に伴うすべての苦痛を復讐心のみで全て捻じり伏せる事が出来る状態。一瞬の狂信とも言うべき彼に云う事を聞かせる事が出来る人間など少ない。確実に彼の自暴自棄とも言うべき行動を確実に止めることができる人間がいるとすれば、それはすでに鬼籍に名を連ねる砂漠の狼アマジーク。
それ以外に存在するもの――アマジークと同じくマウリシア撤退戦の英雄である残りの二人、ハウゴ=アンダーノア/シーモック=ドリ。
片方はエチナコロニーでネクストとの絶望的な戦いの後、姿を消して消息は不明。もはやハウゴ=アンダーノアに掛けるしか、なかったのだ。
セルゲイは懐から煙草を取り出す――かつての自分に似た青年の命を他人に任せる事に対する不安。
それをニコチンで鎮めようとタバコを口元に加え、ライターを点火する。
遠くで小規模ながら爆発音が鳴り響いた。
ネネルガル――爆音のなった方向に対してちょっとびっくりしたように眼を向け――そののち、同様に唖然としているセルゲイの手元のライターをじー、っと、疑わしげに見た。偶然にしてはあまりに見事なタイミングでの爆発=いや、実際偶然なのだろうが。
セルゲイ=ボリスビッチ――慌てたように言う。
「わ、吾輩ではない!!」
エミール=グスタフは執務用の机の影に――ハウゴもその後を追って飛び込んだ。かばえるのは一人だけ、判断に迷う事は0・1秒も無かった。
爆発と火薬の嗅ぎ慣れた臭い――体を起こせば、そこにはジャック・Oが、先ほど射殺した相手の肉体を爆弾に押しつけることで破片からの盾として使用していた。その状況判断はさすがとしか言いようがない――忌々しげに呟くハウゴ。
「ちっ、生きてやがる」
かなりひどい悪態を吐きながら銃口を扉の外に向けた。殺せたかどうか確認する相手が来るはず――予測通り目と、銃口だけを覗かせ射撃を行おうとした相手に正確な一射。射撃音一つで遮蔽物を取った相手を射殺――敵の判断は正しかったが、この場合ハウゴの射撃技術が正確すぎた。
「……いずれにせよ、この状態ではまともな会談の続きなど無理のようだ」
ジャック・Oはふむ、と呟くと立ち上がって言う。
「詳細や、他の事に関してはまた後日。……とりあえず今回は尻合いになれただけでも由としておこう」
「今お前非常に変な事を云わなかったか?!」
「……ああ、それと、ハウゴ。今回GAの輸送部隊に私から贈り物を寄越しておいた。使ってくれ。……では、また」
敵の襲撃を受けている現在――それでも自分の生命を守る程度の自負はあるのだろう。企業重役とは思えない荒事への対処能力の高さに呆れたように笑うハウゴ。去っていくその背中を見送った後、次いでフィオナへの通信を繋げる。
「聞こえるか、フィオナ! エミールの純ケツは無事だった!!」
『??? 何を言ってるの? ハウゴ』
「……ある意味命以上に決して失ってはいけない大切なものを守りとおせた感動でベッドに入って寝たいがそうもいかん。エミールを安全な場所へ連れていく!」
『分かったわ――マグリブの残党のノーマル部隊が接近しているけどこちらはネネルガルが何とかするそう。貴方はそちらに集中して!』
「ああ、任せとけよ」
言いながらハウゴは手元にある、銃弾を吐きだす鉄塊の確かな重みに安堵感を覚え、エミールを見て促すように頭を盾に振る。現在の自分のやるべき事は即座に安全な場所に逃げる事――即座に理解したエミールはハウゴの後を追うように執務室の扉から外をうかがい、外敵の存在を確認するように周囲を見回した。
敵影無し――アイコンタクトで移動を告げるハウゴ。外に出て警戒しながら移動しようとした――その矢先だった。
不意に――物陰から凄絶な殺意。
仲間の死を見ても心を許さず、ひたすら忍耐と自制を友として機会を待ち続けた、砂漠の狼の系譜に連なる戦士が――宣戦する。
悲鳴のような――声。
「――……我が幼き日の憧憬と共に死ね、ハウゴ=アンダーノアァァァァァァァ!!!!」
一瞬視界に映る相手――幼き頃戦い方の手ほどきをした少年が、自分を殺すため銃を手にしている。
傭兵の常か、これもまた傭兵の常なのか――かつての戦友を屠り、そして今はかつての教え子を殺めるのか――エミールを蹴飛ばしながら相手の注意を引くように銃口を向けるハウゴ。
ウルバーン=セグルが、復讐者の憎悪に満ちた目でこちらを睨み銃口を向けていた。
短い爆発音――同時に、アナトリア全域に広がりつつある混乱と恐慌の渦。
シェリング――満足そうな頷きを残し、周囲の部下達に無言のまま首肯。短く開始、と一言で告げる。
瞬間――その言葉を引き金とするように兵士達の気配が日常に慣れ親しんだ整備員の顔から、ためらいなく敵対者を屠る冷酷な破壊工作員のものへと変貌。上官の命令一つで自己の精神を殺戮に切り替える事が出来る兵士達はそれぞれ隠匿していた銃器類を構え、<アイムラスト>がいる格納庫へと前進――アナトリアの防衛用ノーマルはすでに出払っており、現在ではいつリンクスが来ても良いように出撃準備が整えられているはず――だが、格納庫への順路を進むにつれ、シェリングは額に困惑の眉を寄せる。
「……馬鹿な、静かすぎる」
むしろ無音――マグリブ解放戦線のノーマル部隊の進撃/現在の状況においてここに人がいないなど絶対にありえない事態である。
にもかかわらず絶対にありえない現在の状況――確実に罠であると確信できる=しかしかつてのレイヴンであった時代なら兎も角、現在は企業に使える繋がれし者――眼前まで目標のものに近づきながら手ぶらで帰るなど言える訳がない。自分の生命と仲間の生命にのみ気を払うことのできる自ら立場を捨てたのだ――行動しない訳にはいかなかった。
シェリングの不安が乗り移ったように部下達の行動も自然と慎重なものになる――周囲にサブマシンガンの銃口を向けながら警戒しつつ前進。
整備用の機材で固定された<アイムラスト>はまるで像のように直立したまま静止している――接近しようとした矢先だった。
「わ、わああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「バカ者、撃っちゃいかん!」
狂乱と恐怖――自制する事が出来ずにむやみに射撃を繰り返す新兵/その声を聞いた時、シェリングは不意にそんな感想を抱いた。
物陰から隠れた男が一人、旧式の拳銃を構えての発砲を繰り出したのだ。
(しくじったな、馬鹿が)
シェリング――内心嘲笑を浮かべながら、明後日の方向に通りすぎる弾丸などにまるでひるまず、反撃の一射で相手を射殺する。その射殺された男の死体を見てまた悲鳴と恐怖が伝播していく。
(引きずり込んで、包囲と言うところまでは及第点をやれても、兵が待ち伏せする重圧にすら耐えきれなかったか)
シェリングの洞察はほぼ完全と言っていい正解――相手を引き込んでの攻撃=待ち伏せ作戦だったのだが、この場合、その緊張に一部の人間がこらえきれずに発砲してしまった。その結果包囲は完成せず――また同時にシェリング達に警戒する事になった。相手の弱兵ぶりに助けられた形になったが、シェリングはこれならば作戦完了は可能かと判断――その時だった。
機材の影から身を乗り出すくすんだ金髪のロシア系の巨漢――拳銃を構えてこちらに狙い澄ました射撃を打ち込んでくる。
一瞬――前進していたシェリング、肩を掠めるような正確さに驚きつつも、反撃を加えつつ遮蔽物を取ろうとし――その己の視界が翳るのを感じた。ぞわりと背筋が逆立つ――かつて師に言われた言葉、『不味いと思ったらとりあえず動け』。
第二の本能の域に達した反射的危機対処能力――シェリングは視線を上に向けながら後ろへとバックステップ。
上空――飛来する人影/華奢な少女が、物資を吊り下げるためのクレーンを伝いシェリング目掛けて落下/襲い掛かってくる。
「……貴方が大将首ですね?」
言語を交わす暇無し――少女の掌に握られる刃=肉厚のナイフを構え、踏み込みと同時に突き込む。
手に携えるサブマシンガンを、銃器としてではなく鋼鉄の塊として使用=迫る刃への盾として扱う/刃と鉄が擦れあい火花が散った。
一打、二打、矢継ぎ早に繰り出される連撃/その癖下半身の運動量も並外れており=間合いを開けることが出来ないでいる――刃を突き込みながら、また同時にシェリングにナイフを抜かせる隙をまったく与えない。
サブマシンガンとナイフ――両腕を酷使する近接距離ではその重量の差が疲労物質の蓄積速度の差となって反映される。持久戦ではいずれ防ぎきれなくなる。
少女の体力が先に尽きるかもしれないという考えが脳髄に浮かぶ=戦場で相手の無能を期待するのは馬鹿のやることだ――焦りに似た感覚。
シェリングの部下も肉薄するような距離では銃器で少女のみを狙い打つという手が取れない。
(この歳でこの技量――こいつ!)
只者ではない事は確か――シェリングは刃を掻い潜りながらミドルキック=少女の反応もまた迅速。空いた腕を腹に巻き付けて直撃を避ける。
だが、この一撃が防御される事は元より折り込み済み――強引な蹴りで相手の距離を開け、同時にサブマシンガンの近距離猛射で決着をつける。相手が少女と言え油断すれば一挙動で喉笛を掻っ切られる事を覚悟しなければならない技量/見かけに似合わぬ難敵――手心を加える余裕など無かった。
引き金を引く=しかし少女の初動の速さは銃撃への対処を間に合わせる。
サブマシンガンの腕の外側に矢のような移動/銃身下部の弾装を押さえ込み、自分を照準させない――同時に横から全体重を乗せ、踏み潰すような蹴りの構え。
シェリングの膝関節を横から踏み砕き骨をへし折る動き――背筋が粟立つ/即座に膝を蹴りに合わせて相手の一撃を防ぐ。
「ネネルガル!!」
華奢な少女の自重では成人男子のシェリングの足を砕くことは出来ない=奇襲失敗――そう判断した少女は即座に撤収を選択。バックステップ――即座に後方へのバク転を繰り返し、手近な遮蔽物に離脱する/その行動をバックアップするように先程の巨漢が声を上げながら正確な射撃で相手の反撃を封じに掛かった。
「だが女、お前は……!」
自分に一瞬とは言え、冷や汗を掻かせた相手――無防備にバク転で逃げるその背中にサブマシンガンの銃撃を叩き込もうとしたシェリング=即座に照準/引き金を引く。
だが、弾丸が射出されない――表情に驚愕が露わになる。
攻撃の機会を失したシェリング――その視界の向こう側で、ネネルガルが先程の肉薄の一瞬でくすね取ったのか、彼のサブマシンガンの弾装を掌で弄びながら、舌を出してあっかんべぇとやって即座に遮蔽物に引っ込んだ/その後を部下の銃撃が襲う=あまりに鮮やかな手並みに怒りよりも呆れと賛嘆を感じつつ、シェリングは部下に即座に命令を出す。
「……作戦プランをC案に変更、行くぞ」
「了解!」
貨物の影に隠れ、再び射撃戦が始まる――その影で通信を始める部下。
C案の内容は、アナトリアの指導者であるエミール=グスタフの確保の為に行動している戦力をこちらに呼び寄せるもの――動員する人数を増やし、確実に<アイムラスト>奪取を選択したのだ。
このままこの場で相手を釘付けに出来ればネクストは発進できない=それは現在侵攻しつつあるマグリブが安全にアナトリアを攻撃できると言う事であり――相手を制圧し終えたら、ゆっくりと<アイムラスト>とエミール=グスタフを確保すればいい。時間は彼らにとっては味方だ。
暴走したマグリブがアナトリアを完全に破壊するかもしれなかったが、勿論その場合に備えて飛行要塞フェルミも待機してある。
多少のイレギュラーはあれど、大まかな状況は此方に傾きつつあった。
インテリオル・ユニオンの使わした真の刺客――ロイ=ザーラントは、各所で始まった避難誘導の人の波に逆らいつつ、独り、戦いを始めるハウゴ=アンダーノアとウルバーン=セグルの両名の戦いを監視しつつ、荷物からバラバラに解体された、人間用のBFF製スナイパーライフルを取り出す。
鋼鉄の部品を寄り合わせ、銃身を組み立て、そしてその弾装に、ライフル弾頭を装填。
空気抵抗などの様々なファクターを排除する為に設計された弾丸は長大なライフリングによって弾体を安定――射手の意図通りに対象の脳天を貫通するであろう武器を準備。
鋼の重みを両腕に感じながら――肉薄戦を繰り広げる二人をじっと見詰める。
「……あれが、か」
強い――ロイは一見して確信する。
ほぼ本能に近い感覚で彼はアナトリアの傭兵の挙動を丹念に観察。
それに対するマグリブ解放戦線の戦士、ウルバーンも同様に強い。企業群と絶望的な戦いを繰り広げてきただけあり、彼とアナトリアの傭兵との戦闘は本当に予想がつかない。
だが、彼にとってはどちらでもいい。
ロイ=ザーラントの仕事はハウゴが勝者となり、安堵の息を吐くその瞬間に銃弾を叩き込む事――眼前に獲物が来るのを待つように、息を殺し、意を殺し、引き金を引くための殺意を殺し、ロイは只管決着を待ち続けた。
「失敗であったな。だが気を落とすでないのである」
「胸毛に慰められました。真剣にショックです、ショックなのです」
もはや怒る事を止めたセルゲイ=ボリスビッチ――相手の銃撃に応対する。
アナトリアの警備員部隊の中で実戦経験のある面子を敵との矢面に立たせ、相手を引き込んでの包囲殲滅。恐らく考えられる最上の手段である手だったが、それは一人の隊員の狼狽と焦りから全て水泡に帰した。責任を取らそうにも、既にその男は鬼籍に名を連ねている。
ネネルガル/ボリスビッチの両名が格納庫に到着した時には既になし崩し的に戦闘が始まっていた。
即座に敵を撃退――そしてネクスト起動によってマグリブのノーマル部隊撃退が最上の手であったが、それは既に不可能。ならばとネネルガルは単身上のクレーンからシェリングに強襲を仕掛け、相手の頭を一撃で潰そうとしたのだ。
「まさかラジオ体操の遅れでこうも致命的な結果を抑えられなかったとは」
「……そんなんで滅亡してはアナトリアも救われんのである」
うーむ、と呟くネネルガル/呆れたような声を上げるボリスビッチ。
「あいつ、手ごわかったですね」
「……ああ、そういえばおぬしは知らぬのであったか。……我輩は会った事があるぞ? リンクスナンバー14、シェリングである」
ひゅう、とネネルガルは感心したような口笛を吹きつつ――重圧を増す敵の射撃から逃れる為に他の味方の場所に移動。
其処に居た双子の整備班長スチュアート兄弟に挨拶。
「すまなんだな、二人とも」
「……いや、本当に申し訳ない」
整備班の有志と警備部隊で構成された彼らを抑えられなかった責任からだろう――顔が青ざめている。
不意に通信が繋がった――フィオナから
『皆、聞こえる? ――エミールはハウゴが確保。……でも彼はマグリブの兵士と戦闘中で手が離せないでいる』
「いずれにせよ、<アイムラスト>を起動させなければならぬのであるな」
敵が徐々にその連度と火力を発揮し、徐々に数で上回るはずの此方を圧倒し始めている。
その中でネネルガル――言う。
「……相手の最大の誤算――それはネクストを運用する、世界でも希な資質の持ち主であるAMS適正を持つ人間が二名以上存在するという事です。相手はネクストが起動するはずが無い、そう信じ込んでいます。……強引ですが、強行突破して<アイムラスト>を起動させるしかない、ないでしょう」
「反対である!」
その言葉に即座に反応するボリスビッチ=彼は今銃弾が飛びかう中央区画を指差しながら叫ぶ。
「あの弾丸の雨が見えぬのであるか! 行けば死ぬ……ここは我輩に譲れ!」
確かにボリスビッチもAMS適正の持ち主であり、<アイムラスト>を起動させることは可能=しかしネネルガルは冷ややかな一瞥をくれた。
「……その意志には敬意を評しますが、生憎とね、生憎とですね、ザ・ハラショー」
「また新しい仇名が!」
「沢山仇名があるってことは、愛されている証明ですよ? たぶん。……アナトリアの生活圏が戦場になる以上、プライマルアーマーの展開は不可能。ノーマル級の防御力しかないネクストで歴戦のマグリブのノーマル部隊を相手取る必要があるます、あるのですよ?」
「し、しかし、お主のような少女が――」
「……そしてなにより」
若人が死亡する可能性の高い戦場に出る――それを忌む気持ちは理解できる。
しかしネネルガルは徹底して現実的な判断を下した。
「……ザ・ハラショー。貴方はオリジナルのリンクスナンバー25番。……では、私は?」
「……抹消された、リンクスナンバー23である」
「その通り」
頷き――言葉を続ける。
「敬語を使え。様を付けろ。粗製風情が偉そうな口を叩くな」
「一転して罵声を?!」
「まぁ、それは置いときまして、置いときましてね」
いやあ置いといてええんじゃろうか、ところで今わしちょっとときめいたんじゃがこれは恋じゃろうか、とか後ろで双子中年の言葉が聞こえるが二人は無視。
「出ます。援護を、援護をお願いします」
「……いや、しかし、ネネルガルちゃん」「お前さんにそこまでやらせなければならんとは、情けないわい」
顔に苦渋をにじませる双子の整備班長にネネルガル――口元にかすかな微笑。物陰から覗く体勢/射撃の隙を除く=振り返って言った。
「知らないのですか? 知らなかったのですか? 」
意味が判らず首を傾げる中年三人。
ふっと、微笑む。
「私、美少女ですから――弾の方が、避けて通るんですよ?」
即座に飛び出るネネルガル――三人の中年、即座に彼女の行動を支援する為にありったけ撃ち込み始める。
「うむむむ――理屈ではないが、変に説得力のある台詞である」
「……なぜだかわからんが、なんかかっちょ良いのぉ」
「よし……今度ワシらも真似しようぜ!」
[3175] 第二十八話『銃火による歓待を』
Name: 八針来夏◆0114a4d8 ID:0f593b10
Date: 2009/02/09 13:59
※まことに申し訳ございません。大変お待たせしました。
ネネルガル=アンダーノアにはアナトリアの為に命を賭けるその動機は、他の仲間達に比べて薄弱とも言える。
自分の遺伝子原型となった男の属する組織、自分が世話になっているコロニー。
しかし彼女自身は自分だけの生存を目的とするのならば、今すぐアナトリアを脱出するという選択肢だってある。彼女は自分が小器用だと知っている。それこそ自分ひとりの食い扶持を稼ぐ程度ならば如何様にもやり方があるだろう。
それでも――ハウゴに付き従うのは、自分の元となった細胞にまで刻まれた憎しみの強さが、意志を裏切るほど強靭だからなのか。
走る/走る/走る。
ネネルガルの肢体に対してインテリオル特殊部隊の兵士達がその腕に携える火器から幾筋もの殺意の斜線が放たれる。それは一人の少女の肉体を引き裂くには十分すぎるほどの偏狭質的な弾幕を予感させるものであり――ネネルガルの腕に握られた拳銃が全力疾走中でありながらも――走る事による肉体のブレを、掌に蓄えられた神業で補正し、精密な射撃を実行=数人の相手の肩に命中し、引き金を引くための筋肉に損傷を与える。
同時に後ろに控えていたアナトリアのかき集められた戦力が――拘束射撃を始める。
相手に命中する事を狙ったのではなく、高密度の弾幕で相手を遮蔽に釘付けにすることを目的とした撃ち方だ。
走る/走る/走る。
ネネルガル=アンダーノアは走る。ハウゴの乗機<アイムラスト>は未だに沈黙を守ったまま、ハンガーに上体を預け、停止したまま。
如何に圧倒的な力を持つネクスト機体といえども、その魂(ハート)が欠けているのでは意味が無い。
<アイムラスト>を目指す彼女を支援せんと、遮蔽を取りつつ戦闘を続けるアナトリアの人々。
「……どういう、事だ?!」
シュリングは一人呟く。
少女一人の無謀な突撃――傍から見れば愚考以外の何者でもない。ネクスト機体は起動にAMS適正と言う稀な資質を必要とする兵器。そしてその資質の持ち主は世界でも四十名足らずでしかない。
こんなコロニーに二人もAMS適正を持つ人間がいるはずが無い=瞬時にその判断を破棄。
このコロニー・アナトリアはAMSを開発したイェルネフェルト教授のお膝元だ。戦闘に耐えることは出来なくとも、この巨人を動かす程度の資質の持ち主なら存在するかもしれない=即座に射殺を決断。
「撃て、あの娘を<アイムラスト>に搭乗させるな!」
指揮官の命令であるなら――心を凍らせ子供を殺すことすら彼らはためらいはしない。
号令=銃器の先端が少女を指向――だが、少女の掌の拳銃からマズルフラッシュと共に弾丸が射出され/数名が肩を抑える。
それと機を合わせ、アナトリア側から銃弾が放たれた。シュリング=自分の判断が正解であることを知る。
「各隊、冷静にだ。……奴等のそれは最後の足掻き――射撃のタイミングを合わせろ。……『あれ』が操縦席への階段に足をかけたところを狙え」
少女と言わないのは兵士達の良心に動揺を与えないため/各隊は手鏡で頭部を遮蔽に隠したまま一斉射撃のタイミングを計る。頭上には畑を耕すような銃弾の猛攻が迫るが、それをやり過ごし、お互いにハンドサインでカウントを開始――だが、その瞬間を見計らったように――規則正しく死を量産する機関銃の速射音……!
「なにっ!」
部下たちが数名崩れ落ち、血飛沫に沈む。
脊椎反射=射撃地点らしき方向を一刹那で逆算――即座に応戦/それに追従し部下たちが銃器を向ける。
その瞬間で――一斉攻撃のタイミングを見失った彼らは、そのまま<アイムラスト>の中に飛び込むネネルガルを見逃すことになった。
掌に携えるアサルトライフルを降ろし、安堵の吐息を吐く人影がある。反撃の射撃を物陰でやり過ごしながら彼は小さく微笑んで見せた=何か大切な仕事をやり遂げたよう。金髪碧眼の青年/口元には微かな微笑/目の奥底にある不敵な色/リンクスナンバー12=ザンニは通信機をONにする。
「……ネネルガルの操縦席搭乗を確認しました――ジャック副社長。そして、私の個人的な要望を叶えて頂きありがとうございます」
『ご苦労。……これでアナトリアがマグリブに破れる公算は大幅に削れた。……構わないのか? 彼女と言葉を交わさなくても』
ザンニ=小さく笑うのみ。
満足そうに微笑んでから――自分を狙い雨霰と降り注ぐ弾丸の向こうにいる少女の事を思い、言う。
「別に構いませんよ。彼女が、生きて。目を覚まして。動いている姿を見れた」
それだけを言うと――ザンニ/逃走の重石になるだけのアサルトライフルを投棄。
表情を改め、呟く。
「では、これより脱出に移ります」
言葉に篭るのは――慟哭か/哀切か/絶望が/怨念か――その全てが入り混じっているのか。
マグリブの戦士ウルバーン=その瞳孔が捉えるのはハウゴ一人であり、慌てた様子で逃げ出したエミールに焦点が合わさる気配は微塵もない。憎悪が瞳で燃え盛っている。銃口がこちらを向いた。ハウゴは即座に再び執務室へと退避する。
「……何故だ。何故、何故っ!」
ウルバーンの咆哮――片腕で射撃が可能な軽反動サブマシンガンからの鉄弾の豪雨。ハウゴ――即座に遮蔽にその身を隠し、ぼやいた。傍には執務室の中で射殺された男の死体がある。傍に寄りつつ、懐の中の手榴弾を回収。
「……何故って言われてもなぁ」
ハウゴ×アマジーク=その両者の間に憎悪は存在していなかった。ただ両名とも引けぬ理由があったからこそ銃火を交えた。勿論――そんな理屈、通用するぐらいなら彼が此処まで来る必要も無いはずだ。
「……判ってるだろ? いや、お前はわかっても判りたくないだけさ」
射撃の合間を縫って――手榴弾のピンを噛んで引き抜く。
同時に拳銃の弾装を確認、すぅ、と息を吸い込み――投擲……!
だが、まるでそれを読んでいたかのように――接近しているウルバーンの姿がある。
「……そうは!!」
「ちっ?!」
その潤沢な火力を生かして圧倒する手段ではなく――まるで殴り合って勝者を決めようと言わんばかりに接近するウルバーン/ピンの抜かれた手榴弾を上へ蹴り飛ばす。
ハウゴ=引きつる顔=次の瞬間に行った行動は、まるで両腕を独立した脳髄で管理するかのよう――上に跳ね飛んだそれを、伸ばした右腕でキャッチ――レバーを握って爆発を止めつつ/余った片腕で拳銃の狙いをつける=射撃二連。まるで右腕左腕を独立した脳髄で操縦するような動作。
跳躍の最中の為に細かい狙いは付けられず、頭部/喉笛/心臓の必殺の位置ではなく相手の腹に命中――ウルバーンの顔が苦痛に歪む=だが、耐え切った。銃弾の運動エネルギーにより服が捩れるが、しかし本来衣服を貫通し、腹腔をかき混ぜる筈の弾丸の運動エネルギーは彼が衣服の下に纏う防弾素材に阻まれ、貫通には至らない。
それでも運動エネルギーそのものを防げるわけではない=腹腔に重いボディブローを浴びたような苦しみに、呼吸を殺すような衝撃にウルバーンは歯を食いしばり、胃液が競りあがるような感覚を耐える。耐えて見せた。
ハウゴ=即座に格闘戦の間合いに踏み込む。
尋常な射撃戦でハンドガンとサブマシンガンでは圧倒的な手数の差がある。格闘の間合いで相手の必殺を潰さぬ限り勝機は無かった。
手榴弾を握り締めた手で殴打の一撃――喧嘩で拳に煉瓦を握りこむやり方があるが、今回のそれは握力で手榴弾の自爆をセーフティしながらだ。
ピンを差込み爆発を防いでから戦うというのがセオリーの筈なのに、それを無視。ピンを差し込む一秒すら今のハウゴにとっては惜しかった。相手のこめかみをえぐるような、拳銃の銃底による打ち下ろしの一撃。
「ぐっ!」
軽反動サブマシンガンの怖さは、近距離戦でのCQCを妨げる事の無い取り回しやすさと、防具を持たないソフトターゲットに対する大量虐殺能力にある。
それを無力化する為の凶器による殴打、速度と体重の乗ったそれ――だが、銃弾の直撃による痛苦の中であっても、ウルバーンの反応は的確を極める。まるで相手の拳の軌道を読み切ったような後ろへの僅かなスウェーで一撃に空を切らせ、反撃=両足を広く、腰を落とし、開いた手で――離れろと言わんばかりに拳の速射砲を撃ち放つ。
鍛え上げられた戦士の肉体による攻撃は、牽制の一打でも常人を昏倒させるに足る。連打とは思えない衝撃の重さに顔をしかめるハウゴ。
「つっ……!」
それを、両腕を盾のように掲げて防ぐ――連打を浴びつつも、防御の隙間から覗くハウゴの眼光は恐ろしく冷ややかだった。相手の拳を受け、徐々に距離を開けられているにも関わらず、正対するウルバーンの方が戦慄するほどに冷徹な眼光を放っている。まるで瞳から伸びる眼光が細胞一つ一つの戦力を査定するかのよう。
その冷たい視線を――永遠に閉じるべくウルバーンは拳の連打からサブマシンガンの射撃へと移行しようとし――肩の筋肉の動きを穴が開くほど観察し続けていたハウゴは、今までとは違う筋肉が使用される様子に対して即座に対応してみせる。
集中=まるで一秒を千秒に引き伸ばすような、自分の意志で走馬灯の集中力を得るかのよう。
サブマシンガンを構える腕が槍のような一直線に伸び、引き金に掛けられた指が折り曲げられる――その動きに先んじてハウゴは地に伏せる虎のように屈み、筋力を爆発させる。打ち上げられる拳、狙いはウルバーンのサブマシンガンを握る腕の肘関節。
「っ……」
ウルバーンの驚愕の声が口内で潰れる――まるで事前に自分の行動を呼んでいたような動きで拳を打ち上げるハウゴ。
予期せぬ位置からの衝撃に/肘への強い衝撃に――指先に電撃のような痺れを感じて空中へとサブマシンガンが跳ね上がり――それをやってのけた直後のハウゴの行動は迅速だった。
今まで片腕で保持していた手榴弾を投擲――即座に遁走。
エミールの執務室の、外への大きなガラスへと体を投げ出して窓を突き破り――外へと体を投げ出した。
エミール=グスタフの執務室からは――花畑が見える。
生前のイェネルフェルト教授の弟子の一人が、砂漠化する大地にも根付く生命力に溢れた植物を作ろうとして生み出した、白い花だ。あたり一面に咲き誇るそこは、銃火の轟音と硝煙の臭いからもっとも縁遠き美しい場所だったが――まるで、憎悪と殺意が残された楽園を踏み荒らすように――ハウゴは戦の臭いを引き連れてガラスの破片と共に地面に叩きつけられた。
「……いってぇ……!」
着地は両足で――そのまま衝撃を殺すのではなく受け流すように転がりながら衝撃に耐える。特殊部隊などで運用されるようなパラシュート器具無しでの着地法を疲労しながらハウゴは自分が落ちてきた場所を見る。
自分を追い、跳躍するウルバーンの姿――その彼を追うように爆発する手榴弾=轟音が耳朶を打つ。
ハウゴは花畑の上で、痛む体を起こした=ウルバーンは着地と同時に、――未だ彼の中で轟々と燃え盛る憎悪の炎を象徴するかのような禍々しい光を放つナイフを引き抜く。
目には対話を拒否する頑なな意志があり――刃を収めるように説得するなど、不可能であると知れる。
「……なんで」
ハウゴ=鉛のような呟き。戦友であったアマジークを討ち、今度はかつて取った弟子に当たる男を打つ。どうして、こうもめぐり合わせが悪い。
「……なんで、またこうなるのかねぇ……」
キャノピー、クローズ。
ネネルガルは即座に操縦席の後ろ側に装備されたAMSを自分の脊椎に設けられたジャックに接続。機体のセンサーと自分の神経が混ざり合い同一化する際の酩酊感=人機一体。コジマ粒子の生成システムをオフにセットし<アイムラスト>を起動。
巨人の視覚を得たネネルガル=頭部のカメラアイを点灯させ、足元を這うインテリオルの冷徹な一瞥をくれる。
外部スピーカーを起動。
「インテリオルの方々へ。抵抗は無意味です、撤退してください、撤退してほしいのです」
流石に巨人と生身の人間が戦って勝てる道理も無い。その圧倒的戦力差を誰よりも弁えるシュリングは即座に部下に撤退を指示。
逃げ出す彼らを追いかける事も無く、ネネルガルは通信を開いた=驚きと喜びを一緒に表すようなフィオナの顔。
「フィオナ、フィオナ。<アイムラスト>起動完了。これより迎撃に移ります」
『了解。……敵部隊はMT、ノーマルが主力よ。……ただし、すでに生活圏近くまで踏み込まれているわ。プライマルアーマーは展開できない――待って。通信要請よ。……これは、アナトリア内部から? 誰なの?』
<アイムラスト>内部に表示される通信用ディスプレイ――フィオナの横にウィンドウが開く。
現れるのは壮年の男性――どこか、油断ならない。
『……久しぶりになるか。ネネルガル君』
「……ふ、副社長、いえ、ジャック・O」
『しゃ、社長……?』
ネネルガル=流石に唖然とした表情を隠せない。通信を傍受していたフィオナも同様だ。元アクアビット所属のリンクスである彼女はその顔に見覚えがある=彼は口元にかすかに笑みを浮かべた。
『マグリブ解放戦線は現在アナトリアに接近しているが。……その実力、戦闘力――君が男であったなら惚れていただろうな』
「……かつて鴉に行ったように――今度は山猫達に蟲毒の罠を仕掛けるおつもりですか? おつもりなのですか?」
ネネルガルは先のその発言は致命的に間違っているような気がしたが、怖かったので追及するのは止めた。自分の性別が女性だったことに、ちょっとだけ偉大なる脳髄に感謝してもいいかな、と思いつつ、あえて関係の無い話題を振る。
『……後悔などせぬよ、しても仕方が無いのだ。……レイレナードのマシンガン、モーターコブラ購入と一緒に、兵装の中に一つプレゼントを詰め込んでおいた。使いたまえ』
「……それはどうも、どういたしまして」
GAの車両に何を紛れ込ませていたのだ――そう考えながら、ネネルガルは武装コンテナの中からアサルトライフルを取り出す。
銃器と<アイムラスト>のFCSが電子的結合=その表示される名称に思わず目を剥いた。
「……設計元がクローム・マスターアームズ?! 銃身下部に小型グレネードを搭載した特注アサルトライフル……ヴィクセンですか?」
『重量はかさむが威力は絶大だ』
ネネルガルは顔を顰めながらアサルトライフルの重量を確かめる。武装積載量の限度をオーバーした重火砲の存在は、本来<アイムラスト>が持つ機動性能を大幅に減退させるだろう。だが――脳内で戦闘プランを再構築。このままの装備を続けると判断し――機体を前進させる。
同時にインテリオル部隊が撤退したことによって動けるようになった整備班が格納庫を開放してくれたのだろう。
「ジャック。一つよろしいですか? ……先程私がコクピットに突入した時、別種の銃声が聞こえました、聞こえたのです。……援護してくれたのは、貴方ですか?」
『……私の手のものだ。……『今度会ったら、ジュースを奢りますよ』とだけ聞いている』
「……そうですか」
ネネルガル=小さく微笑む。
『ああ、それとハウゴにも私の伝言を伝えておいてくれ。
『シーラに君の尻の代金を振り込んだのだが、結局世界が滅んだので商品を受け取っていない』という事なん……』
聞かなかったことにした=通信をカット。
同時に<アイムラスト>のセンサーと、アナトリア周囲に設置されたデータをリンク――二脚型のMT、ノーマルの混成部隊の接近を確認。
武装は十分/十分すぎて重い――右腕=近距離中距離戦で如何なく性能を発揮する大型のアサルトライフル=その特筆すべき特徴として銃身下部にグレネード装備/左腕=BFF製アサルトライフル/右肩=スタンダートな高火力ミサイル/左肩=メリエス製ハイレーザーキャノン/左側に格納型レーザーブレードを内臓。
但し積載限界を超えている為に――機動戦闘は不可能。ネネルガル=しかしそれは戦術に織り込み済み。
格納庫が開放――本来ならば輸送機でネクスト機体を送り込むだけのそこは、遠方に敵を臨む戦場となりつつある。
『……生活圏に敵が迫っているわ。さっきも言ったけどプライマルアーマーは展開できません。被弾回避を最優先に』
「了解。できるだけアウトレンジします、しますのです」
<アイムラスト>――ハイレーザーキャノンを展開=敵ノーマルの一つを照準。
構えた長大な砲身に膨大なエネルギーを注入――雷光が蓄積=チャージ完了と共に青白い光の巨槍が放たれた。空気減退するのがレーザー兵器の弱点の一つだが=その弱点を高出力による力技で解決。
放たれたそれは敵の一つの装甲を貫通する=瞬間、爆発。続けて銃身を新たな敵に指向=攻撃レーダー波の照射を受けた敵が恐怖の透けて見える回避機動を始める。
「ここは、アナトリア」
引き金を絞る――残弾を残すつもりは無い。ハイレーザーキャノンのパージを前提にした、徹底したアウトレンジ攻撃。
「土足で上がる者には銃火による歓待を」
[3175] 第二十九話『そこまで、本気なのね』
Name: 八針来夏◆0114a4d8 ID:ba5cba39
Date: 2009/02/16 13:42
国家解体戦争において、既存の国家戦力を駆逐し、六大企業による支配体制を確立したネクストAC。その隔絶した戦闘能力の土台となったコジマ技術であるが、各企業はその利用方法を模索し始めている。
たとえば、発電施設。
レイレナード陣営に属する企業、BFFはコジマ技術を利用したエネルギープラント『スフィア』を用い、レイレナード陣営へのエネルギープラントとして提供している。戦力をネクストに特化している新興企業レイレナードにとっての大きな貸しだ。
もう一つが、ネクスト級の機動性を与える事を切り捨てた場合だ。
プライマルアーマーとは機体の周囲にコジマ粒子を安定滞留させ、既存の火器に対する強力な防御力場として利用する事。
これ一つでも利点は大きい。
プライマルアーマーによる圧倒的な防御能力は兵器の耐久性を大幅に高める。
企業体がAMS適正という才能を有さない限り運用できないネクスト戦力だけでなく既存の戦力にも利用できる、プライマルアーマーのみを利用した兵器の開発に踏み切ったのは当然の成り行きと言えるだろう。
それがGAヨーロッパにおけるGAEM-QUASAR=クエーサー型六脚戦車であり。
インテリオル・ユニオンにおける――FF130-FERMI=通称、『空中要塞』フェルミである。
撤退を決断したインテリオル特殊部隊の行動はさすがに迅速極まるものだった。
もとより如何なる事態でも退路を事前に確保している彼らは、最悪のケース――何一つ任務を達成せずに帰還するという歯噛みしたくなるほどの惨々たる結果――も想定していた。
「……まさか、こうなるとはな。……ロイは?」
「通信に答えませんね。おそらく、まだ仕事を続行しているのかと」
シュリングは頷く。
本当ならば落胆の溜息ぐらい吐き出したかった。だが、将の弱気は兵に伝染するのはいつの時代も同じこと。弱気を演技で覆い隠して――傍にいる通信を専門と部下に訪ねる。
この状況下での作戦コードはすでに仲間に伝達し終えていた。
総撤退――もちろん捨石として使用したマグリブは復讐を果たすまで狂人の如く戦い続けるだろう。だが、もちろん彼ら特殊部隊は生き残るつもりであり――事実そのための手は打ってあった。
「フェルミは現在どの辺まで来ている?」
彼らインテリオルは、マグリブ解放戦線がアナトリアに対する過剰殺戮に走ることを懸念していた。
エミール=グスタフの知性も、<アイムラスト>に内蔵された特殊機構もインテリオルの技術班はよだれを垂らすほど欲している。問題は復讐の狂熱に駆られたマグリブが、その貴重な資源を見境なく破壊する可能性があり――その場合に備えてシュリングは二機の空中要塞フェルミを準備していたのである。
空中要塞フェルミ。
インテリオルの技術が結集された極めて強力な巨大兵器。
常時空中に浮遊し続けるエネルギー出力/中心に設けられたネクスト級機体でも運用できない高出力ハイレーザーキャノン/対地対空にも使用できるミサイルの弾幕/そして機動性を切り捨てた代償として獲得したKP出力――その戦力は高く、分厚いプライマルアーマーでノーマルの攻撃を無効化/大出力レーザーとミサイルによる絨毯爆撃で敵を撃破する力を持っている。
ネクスト戦力は別格としても、通常戦力程度が相手ならばまず必勝は間違いないとされるインテリオルの切り札だ。数機連携で仕掛ければネクストすらも危ういとされる性能は伊達では無い。
インテリオル上層は今回その強力な戦力を二機、投入している。
それは二つの奪取目標をそれほど重視しているということの裏返し=もしマグリブが過剰殺戮に走るなら即座にその銃火でマグリブを駆逐するだろう。
だが、生憎とネクストAC<アイムラスト>の奪取は失敗に終わった。こうなった以上、フェルミの援護射撃の元離脱するしかないのである。
それゆえ――通信機を操作していたその兵士は、顔を青褪めさせて、応えた。
「……それが――現在、敵勢力と交戦中だそうです」
「なに?」
思わず驚愕の呻きを口から漏らすシュリング――相手は? 質問よりも先に思考し、回答に行きあたる。
企業体の睨みあいに関与せずに運用される戦力――ここがアナトリアであるならば、答えは一つしか存在しなかった。
「……<ホワイト・グリント>か」
<ホワイト・グリント>のリンクスであるジョシュア=オブライエンは傭兵だ。
元はイェネルフェルト教授の弟子の一人としてAMS開発に関わっていたテストパイロットだが――故郷であるアスピナを護る為に戦場に出ている。
彼が戦うのはアスピナを経済的な飢餓から救うためであり――如何に意に沿わぬ戦いでもためらいを持つ事は許されない。
だからこそ――ジョシュアは今回の戦いにおいて、自分のやりたい事と、他者から望まれる事が珍しく合致したことに例えようもない歓喜を覚えていた。
『……う、ジョシュア、聞こえますか? レーダーにインテリオル・ユニオンの飛行要塞を確認しました。……ね、ネクストでも直撃は危険なレーザー兵装を搭載、あ、当たらないようにしてください』
「了解」
短く回答=昆虫の複眼を思わせる頭部カメラアイで敵を補足。
今日は――ひどく調子がいい。
彼自身はアスピナの為に働くことになんら異議は無い。そのためだけに大恩あるイェルネフェルト教授の住まうアナトリアからアスピナへと移住しそこでネクスト傭兵を行っているのだから。だからこそ――かつて第二の故郷とまで思ったアナトリアを守る為に出撃できる事は彼にとって望外の喜びだった。機体を操るその意思も自然と強いものになる/挙動の鋭さにも切れが増す。
もちろん――強力なネクスト戦力を雇うための報酬を用意できる存在など限られる。
おそらくアナトリアを防衛させる事で何らかの利益を得る企業のどこかが表向き動く事が出来ないために傭兵である彼を雇用したのだろう。そういった企業間の駆け引き/お互い本腰を入れて殴りあうことの出来ない状況こそが、企業の意ひとつで踏み潰されてしまうコロニーの、生きるため進む狭い活路だった。
だが、そういった駆け引きの一切合切から彼の心は自由――全てを今は忘れ、ジョシュア=オブライエンは望むままに戦場を疾駆する。
『ひ、……フェルミ、船体中核に高エネルギー反応。射撃、来ますぅぅ!!』
「確認している!」
飛行要塞フェルミが腹に当たる部位に設けられた高出力レーザー兵器にエネルギーを充填=砲門の周囲の大気が高熱により歪んで見える。
大出力レーザー発射=直撃すればネクストですら大きい損害をこうむる極めて強力な光の槍は大気を焼きながら直進――その射撃に先んじて<ホワイト・グリント>は回避行動を開始している。
脊椎反射による回避機動を思考――人機一体化を可能とするAMSならではの、既存の操縦インターフェイスでは不可能な反射速度で、クイックブーストによるスライド回避=瞬間的な音速突破で横方向へ放たれるレーザーの光熱を回避。
避けた先の大地が高熱で焼け爛れ、抉れ――赤色に溶解している。
「さすが、メリエス」
短い感嘆の言葉――もう一機から放たれる光の槍を回避しながら、武装をライフルから両肩のミサイルランチャーに変更=カバーが解放され、弾頭が覗く。
頭部、昆虫の複眼に似たメインカメラが独立して稼働――二機の敵を同時に補足=ロックオン完了。
『て、敵、ASミサイルですぅ!!』
無意味に心配症のオペレーターの声=射出されるACミサイル。
引き金を引くと同時に弾体に搭載されたレーダーと人工知性が自動で敵を補足し、たとえアイカメラによるロックオンが無くとも相手を補足する優秀な追尾機能を持つミサイルは、フェルミから射出されると同時に自動で<ホワイト・グリント>目指して飛翔=追尾軌道を開始する。
だが、ジョシュアの反応は冷静そのもの――二機の敵を補足していた両肩のミサイルを同時に射出する。
この場合、ASミサイルの誘導性があだになった。
弾頭に搭載された人工知性は至近距離を飛行する熱源を正確に補足/それを追尾しようとする――だが、高速で交錯するミサイル同士がぶつかり合う訳がない。ASミサイルは敵ミサイルを迎撃することも敵に直撃することもできず、推進燃料を使い果たし、無為に地面に穴を穿つのみ=ミサイル無力化成功。
「狙いを機械任せにすれば当然そうなる……!」
ミサイル攻撃を捌けてもフェルミの猛攻が途切れる訳はない。
クイックブーストを絡めた回避から銃撃を打ち込もうとも、相手の分厚いPAと自前の重装甲に阻まれ、致命傷には程遠い。
「……頭上を!」
<ホワイト・グリント>――背を反らし、メインブースターの推力噴射角を下方へ=急速な垂直上昇を開始。
それが何らかの攻撃の予兆である事を察したフェルミはレーザーとASミサイルの弾幕で迎撃を始める=だが、機動性において相手の遥か上を行くネクスト機体は緩急織り交ぜた動きで機敏に猛攻を回避し続ける。
<ホワイト・グリント>――敵の上に位置/同時に推力ペダルを離して自由落下開始=エネルギー消費が停止し再び急激な勢いで回復していくエネルギーコンデンサ容量/オーバードブースト・オン=機体背部のメイン推力器/両肩後方のサブ推力器――全開放=むき出しになったオーバードブースターユニットが機体周囲のコジマ粒子/ジェネレーターから供給されるコジマ粒子を一気に暴食、推進エネルギーに転換。
音速突破。
放たれる光の槍は、しかし炎の翼を広げて凄まじい加速力で飛翔する<ホワイト・グリント>の影を掠めることすらできない。
そのまま急速で接近し――オーバードブースターをカット=フェルミの一つの真上に着地/プライマルアーマー同士が相互干渉し、接触面から緑色の雷光が爆ぜる。だが――オーバードブースターでプライマルアーマーの展開率が低下した<ホワイト・グリント>と、空中要塞フェルミとではコジマ粒子出力が根底から違う。
たちまち<ホワイト・グリント>を鎧うプライマルアーマーは減衰――フェルミのコジマ粒子に機体装甲に微細ながらもダメージが蓄積していく。
だが――この時点で勝敗は決していたといっても良い。
「殺った」
<ホワイトグリント>は両腕のライフルを足もとのフェルミに構える=発砲――それも同じ位置に対して執拗なまでの攻撃を繰り返す。。
いかに強固なプライマルアーマーを保有しようとも、零距離からの銃弾にまで防御性能を発揮できるわけではない。巨大化によって攻撃力、火力を得た――尋常な射撃戦ならば無類の強さを発揮するフェルミといえども、図体が大きくなったために抱え込んだ構造的欠陥まで解決できたわけではない。
もう一機のフェルミも味方誤射の危険がある以上、レーザーを用いる事が出来ない。
必中の距離から弾雨をピンポイントで浴びせられ続けたフェルミはとうとう損傷が致命域に到達したのか、コジマ粒子を漏らしながら自重を支える力を失ってゆっくりと落下していく。
頭部カメラが残った敵機を補足――残る一機を屠るべく、戦闘機動を継続。
『敵、ノーマル六機目を撃破!』
「さて。ここまでですか、ここまででしょうか」
ネネルガル――そろそろ弾装のうち三分の二を消費した事を確認し満足げにうなずく。
現時点での被弾はゼロ――だがそろそろ肉薄した銃撃戦を展開しなければ、敵機の処理速度が追い付かなくなる。右肩ミサイルランチャーを開放――マルチロックオン=ミサイル発射=同時に兵装解除のプログラムを呼び出し。
「ハイレーザーキャノン、ミサイルランチャー、接続ボルトを爆破。排除」
ネネルガルの意を受け、<アイムラスト>を統括する統合制御体は後背の二つの武装を機体に接続していたボルトの炸薬を電磁着火――爆発し、支えを失った二つの武装はそのまま地に落ちる。FCS――自動で残った両腕の銃器を選択。
「本機<アイムラスト>はこれより高機動戦闘を開始します。開始するのです」
『了解、気を付けて』
ネネルガルはレーダーを確認。
<アイムラスト>に搭載されたレーダーからの情報だけではなく、本拠地であるアナトリアだからこそ得られる情報に目を通す。一発のグレネードでも油断すれば致命傷になりかねないプライマルアーマー未展開状態。ならば対処不可能な死角からの攻撃は極力避ける必要がある。
集中、集中だ――己に語りかけ、ネネルガルは戦闘を始める。
「<アイムラスト>、戦闘機動!!」
脚部屈伸=跳躍準備動作。
高負荷と引き換えに高い威力を約束するハイレーザーキャノンと高火力ミサイルランチャーを排除し、最低限の武装のみを搭載した<アイムラスト>は、まるで重力の楔から逃れたような高速度で飛翔――その頭部カメラで光学補足した敵機に向け、接近を始める。
メインブースターへと膨大なエネルギー供給=前方へと瞬間的な超加速/その運動エネルギーが残余した状態のまま右方向へスライド移動――再度メインブースターへエネルギー供給=超加速前進。
通常のAMS適正保持者ならば、その機体制御のためにかかるる精神負荷の激しさに不可能であるクイックブースター三段機動=高度なAMS保持者のみに許される天才の機動を行い、敵ノーマルに狙いを定めさせない。
『は、早い!』
『くそ、なんて機動だ!!』
重量負荷を切り捨て、推力重量比を高めた<アイムラスト>の機動は軽翔極まる。
本来のリンクスであるハウゴの戦闘機動が歴戦に支えられた、最短距離を最速で行くものであるならば――彼女のそれは天性の才能にのみ許された、常に敵機の死角へと移動する攻防一体の渋い機動だ。
敵の死角を維持し、攻撃可能な射程に突撃――射程距離と引き換えに速射性を高められた両腕のアサルトライフルが一斉に猛火を噴いた。
放たれる――横方向に飛ぶ雨の如き弾丸。敵ノーマルは横合いから猛射を浴び、爆発――その僚機の仇を取るべく敵が前進するが、<アイムラスト>の反応はなお早い。
空中へと飛翔――横方向へとスライド移動/即座に前方へとクイックブースト――敵機の横を取る/同時に今度は両肩のスラスターの推進角を操作し、機体を捻るように可動=膨大なエネルギー供給、膨大な噴射炎を噴き上げ、強引に機体を捻じるターンブーストにより、敵ノーマルを正面に補足/敵ノーマルの死角に位置――猛射。
再びはじけ飛ぶ敵機――マグリブ解放戦線が使用するイクバール製ノーマルの装備はショットガンにパイルバンカー、共に近距離で効果を発揮する。
「掠り傷でも危ない今では、間合いの短い相手は相性が良いのです……!!」
ネネルガル――呟きつつ、レーダーの送り届ける敵位置のデータを脳髄で確認/操縦桿を引きちぎる勢いで<アイムラスト>を旋回させる。
両腕を広げる<アイムラスト>。右腕/左腕――それぞれの掌に保持された銃器が両側から押し包もうとする敵機を照準する――二機を同時に撃破。
だが――ネクストACの高機動性と火力で圧倒しているにも関わらず、今だにマグリブの闘志は衰える事を知らない。まるで自らを憎悪の祭壇にくべて仲間の闘志を掻きたて続けているよう。それほど彼等が失った英雄の存在は大きく、英雄を討ったこの機体への復讐の念は激しいのだろう。
だが、落ちる訳にはいかない。どんな事情があろうとも、アナトリアへの直接攻撃を認める訳には行かない。再度接近する敵部隊を確認――まだ死にに前に出るのか? 肉体では無く精神が疲労するような感覚。
それでも戦闘を継続する。
せざるをえないのだ。
ハウゴは――内心舌を巻く。
白い花園の中、マグリブの戦士ウルバーンはその手に刃を構え、油断なくこちらを狙い定めていた。
人体の急所へナイフが突き刺されば即、死に繋がるが――しかしそれは深く踏み込む必要があると言うことであり、ハウゴの打撃の十分な射程圏に踏み入るということでもある。
ウルバーンが狙うのは徹底して四肢の末端。手傷を負わせ続ければいずれ出血と痛みで集中が途切れる。お互いに無言=無言の殺意こそが――相手との意思を交わすことを一切拒絶した必殺の意志こそが一番怖い。
「……っ!」
踏み込みと共に繰り出される白刃。
ハウゴ――これまで巧みな体術でこれを捌き続けてきたが、とうとう肉薄する刃の戦慄に堪えられなくなったのか――放たれた刃はハウゴの左の掌に突き刺さった。
「つっ!」
骨の間を突き抜け、掌を貫通する刃の先端――まるで灼熱の火箸を付き込まれたような鮮烈な激痛。
だが、それでも即座に足を跳ね上げ、ウルバーンの顎目がけて蹴りを放つ――それを後ろへとのけぞり避ける相手。
ハウゴは痛みに顔を顰めながら刃を引き抜く。
左の拳はすでに死んだ――ウルバーンは確信する。拳を握り締めようにも走る激痛がそれを妨げる。一回二回程度は気力で堪えられるかもしれないが――それも長く続かない。片腕が使用できなくなった意味は大きい。それは攻撃/防御の双方に回す力が半減したという事。両足はまだ生きてはいるが、しかし挙動の大きい蹴りならば捌く自身が彼にはあった。
勝利の確信を得る――ならばもう自分が勝つ、相手にとどめを刺すべく、彼は再び突撃した。
(……勝った!)
(……と、思っているだろうな)
ハウゴは、心の中で呟いた。
幼少の頃鍛錬をつけた少年の技量は、この数年で驚くべき長足の進歩を遂げており、自分ですらまともな戦い方で勝利することはおぼつかないと理解していた。
心臓の鼓動音と共に激痛が左腕に炸裂――拳を全力で握り締めて殴れるのは一回が限度と見当をつける。
状況はまともに見るならば不利――幼少の頃、訓練をつけた少年は比類なき白兵戦の達人となって彼の前に現れた。その事を素直に喜びたくもあるし、面倒な敵が来た! と舌打ちするような気持も同居している。
(さてと。……奇策の種は既に仕込んだ)
己の左腕から流れ出る鮮血がそれを、右腕の不自然を隠蔽してくれるだろう。ハウゴ=アンダーノアはかつて国家解体戦争を生き延びたが、無傷ではなかった――その負傷こそが、ここでは生きてくる。なにがいい方に転ぶのか分からない。
正面から迫る彼に対し、ハウゴは覚悟を決めた。
ネネルガルは周囲の敵の制圧を確認――アナトリアに攻撃を仕掛けていたマグリブのノーマル部隊はその過半数が既に打ち取られ、戦闘は収束しようとしている。
だが、安堵の溜息を中断させるように、フィオナの声が鳴り響く。
『待って、敵の新手――この反応、ネクスト?!』
「なんですと」
ネネルガル――同時にレーダーに映る高熱原体をズームアップで確認。
敵の新手――典型的GAネクスト/右腕武装=一撃の重みを追求した、強力な砲弾を射出するスタンダード型バズーカ/左腕武装=腕部装備式の、着弾と同時に爆発を発生させるロケットランチャー/右後背武装=設計武装が重火力に偏る有澤の象徴とも言うべき、威力、爆発範囲共に最大級の超重グレネードキャノン/左後背武装=対象を自動追尾するスタンダードなミサイルランチャー/両肩補助兵装=ミサイル発射に連動し、上空へ飛翔後落下する垂直発射式連動ミサイルランチャー――実弾兵器に対する防御性能と積載量を追求した無限軌道によるタンク型/命なき砂の大地で戦う事を想定したような、砂塵の如き塗装――背からオーバードブースターによる膨大な推力を吐きだし接近してくる。
『……カタ……キ……』
流れてくる感情の一切合財をそぎ落とされたような、骸骨を思わせる言葉。
『……カタ…キ……エイ……ユウ……』
「……AMSの精神汚染……ですね」
AMSによる過度の精神負荷によって既に廃人寸前のリンクスの声に――ネネルガルは歯を噛む。
フィオナ――驚愕を押し殺し、叫ぶ。
『……そこまで、本気なのね。ネネルガル、敵ネクスト……マグリブ解放戦線、もう一機のイレギュラーネクスト……<アシュートミニア>よ!!』
[3175] 第三十話『謝るんじゃない』
Name: 八針来夏◆0114a4d8 ID:ba5cba39
Date: 2009/02/26 00:33
互角の条件での戦闘というものは存在していない。
少なくとも互角の条件というものが存在している戦闘は――実戦には存在していない。
存在しているとすれば、それは競技化された戦闘でしかなく、生命の掛った戦闘ともなれば、誰もがなりふり構わず敵対者を排除しようとする。財力/火力/数/状況戦――実戦では互角の戦闘など存在しない。
『騙して悪いが』――その一言で、罠にはめられる場合だってあるし、一機との戦闘を懸命に凌いでも敵の新手にあえなく敗れ去る場合も存在する。実力の高さ=生存能力とは限らない。レイヴンなどの傭兵が実際の戦闘能力と同じかそれ以上に重視されるのが状況判断の確かさであるのは必然だろう。
だから――ネネルガルも実際の戦闘において互角の状況などという言葉が絵空事でしかない事をはっきり理解している。
理解しているが――
「だからと言って――これ、あんまりなのです、なのですよ?!」
<アイムラスト>の戦闘機動は鋭い。
本来のリンクスであるハウゴを遥かに上回るAMS適正を保有するネネルガルが得手とするのは、彼女の片割れであるセロと同様、高度な三次元戦闘であり――本音を言うなら、<アイムラスト>は少し、重すぎる。
彼女のために用意されたネクストではないためそれは仕方の無い話であり――そのため機体背部の大物を切り離したのは推力重量比を高めて彼女の理想とする高機動戦闘に近づけるためだった。
だが――後付けの知識になるが、ハイレーザーキャノン/ミサイルランチャーを排除したのは間違いだったのかもしれない。
敵ネクスト<アシュートミニア>、角ばったGA製頭部の単眼がこちらを補足する――右側後背の大型榴弾砲が向けられる=ネネルガル、反射的に<アイムラスト>を跳躍させ、回避機動へ。
『……アテ……ル……』
脳髄に罅の入ったような言葉――放たれる大口径榴弾=とはいえ破壊力はまだしも、弾速という点では劣るそれは、<アイムラスト>の高機動に追いつけるわけもなく地面に直撃。
着弾=爆発。
本来の攻撃目標ではないとはいえ――炸裂。
有澤製グレネードの真髄を見せつけるかのような大爆発/炸裂する轟音/高熱と乱舞する破片効果の渦――その破壊力の余波は空中へと退避した<アイムラスト>にすら影響を及ぼした。
撒き散らされる破片は斬殺の嵐と変じて装甲に食い付く――損傷は軽微/だが、塵も積もれば山となる言葉通り、蓄積した損傷は馬鹿にならない。
損傷の返礼と言わんばかりに<アイムラスト>は両腕のアサルトライフルを応射。雨あられの弾丸はその運動エネルギーで敵装甲を穿孔すべく降り注いだ――だが、<アシュートミニア>は最初から回避を度外視したような愚直とも言える突撃を敢行=当然の結果として全弾命中。
だが――<アシュートミニア>は倒れない=憎悪と凶熱が鋼鉄に憑依し損傷を無視して強引に機動させているかのよう。
「……くそっ、既にマガジンは三つ叩き込んでいるというのに、理不尽な勝負なのです、やり直しを請求したいです……!」
<アシュートミニア>のプライマルアーマーが一秒でも多く展開され続ければコジマ汚染は拡大し続ける。対してアナトリアを守護する立場の<アイムラスト>はプライマルアーマーを展開することが許されない。
相性はまさしく絵に描いたような最悪。
<アイムラスト>が使用するアサルトライフルはどちらも実弾にカテゴリーされる弾丸=それに対して<アシュートミニア>はGA製ネクストの中でも最硬度を誇るタンク型とも言うべき機体。<アシュートミニア>の武装はバズーカ/グレネードなど一撃の重みに特化した高威力実弾兵器=それに対して<アイムラスト>はプライマルアーマーを展開することが出来ず――たった一発の直撃で戦闘不能にすら陥る可能性とて存在するのだ。
フィオナからの通信=オン。
『ネネルガルッ! もういいの、無理よ! こちらもプライマルアーマーを展開しないと貴女が危ないの!!』
「しかしっ」
『しかしもかかしも!』
二機のネクストACが共にコジマ粒子を放出し始めれば、アナトリアはその土壌汚染を除去するためにどれほどの資金と歳月を要さなければならないだろう。
もちろんこれはフィオナにとっても苦渋の決断に他ならない。だが、ネクストACの傭兵業で成り立っているアナトリアは<アイムラスト>を失った時点で企業体から価値なしと断ぜられてしまうだろう。
どのみち、撃墜されれば未来等存在しないのだ――それなら撃墜されないようよう、切り捨てるしかない。
例え、切り捨てるものがかけがえのないものでも。
俺は満足して死んだ。
仇討ちなど考えないでくれ。
アマジークが最後に残した言葉を思い起こしながら――ハウゴは最後のとどめを刺すべく突っ込んでくるウルバーンを見る。
熟達した格闘術は徒手であろうとも敵対者を抹殺する力を与える。ハウゴ/ウルバーンの両名は共に凶器に頼らずとも相手の心の臓を止める力量の持ち主であり――お互いに最後の瞬間まで予断が許されない。
だが――ハウゴはその掌に負傷を抱えており、もはや全力で拳を握り固める事が出来るのは後一回二回程度。それに対して相手は五体満足であり優勢は決して揺るがない。
ウルバーン――鋭い踏み込みと共に、牽制の打撃をたたき込む。それらを肩と右腕でかばいつつ、唯一残された左腕に筋力を蓄積するかのように構えた。
「シッ!」
短い呼気――自重の乗ったストレート。負傷してはいるが、その拳の勢いはまだ死んでいない。それをヘッドスリップで回避し、ウルバーンは反撃の一打――相手の意識を断絶すべく、頸への狙撃の一撃。ハウゴはそれを避ける事が出来ない。
インパクトの瞬間、横へと頭を流して打撃の衝撃を受け流すものの――それでも急所を打ち抜かれたダメージの全てを殺せるわけもない。
ハウゴ――酩酊したように、両足が脱力=ふらつきながらも、尚闘志は生きているのか、右からの打ち下ろしの拳を、戦槌のように振り下ろす。
テレフォンパンチ。
迂闊に振り下ろす拳/苦し紛れの一撃はウルバーンにとって破壊可能な関節がある獲物でしかない。
その打撃を受け流し、相手の関節を決め、完膚なきまでに破壊――ハウゴの両腕に致命的な損壊を与え勝利する。彼にはそれを実行するだけの実力が存在しており――実際その関節を捕縛する技術はまさしく完璧なものだった。
打撃を外し、凶器である拳の先端を避け――相手の関節に両腕をからみつかせて、本来曲がらない方向に曲げ/間接に多大な負荷をかけて肘を破壊=それだけで両腕に致命的な損壊を抱えた相手は戦闘力を失う。
ウルバーンはハウゴの腕を捉え、その腕に対し、恐るべき破壊を実行しようとして力を込め――ごとり、と短い音を立てて――本来あるべきである抵抗を返すこと無く、あっけなく方から外れたハウゴの右腕に目を剥いた。
「ぎ、義手……?」
まるで蜥蜴の尻尾切りのように切り離された右腕に対して/予想していなかった男の隻腕に――呆然としたような声が漏れる。間接破壊を狙ったウルバーンは――その腕自体が切り離されたことに一瞬の隙を見せる。
ハウゴの逆撃は、その一瞬の隙を――左腕を突かせ、犠牲にして得た待ちに待った一瞬を決して見逃す事は無い。
相手の関節を破壊するために乗せるはずだった自重の矛先を失い崩れる体勢――ハウゴは右腕を握り固める。
激痛が炸裂――握力に比例した痛み、その痛みの度合いから一撃しか持たない事を理解=一撃で倒す。
右足を踏み込み、膝/腰/肩/肘/手首――各種間接が驚異的なまでのパワーの伝達を実行――四肢の関節、筋力の全てを総動員し繰り出される、地を這う軌道から上空へと振りあげられるアッパー。
その拳の危険性を直感で理解したウルバーン=脳髄の判断を待たずに全身の細胞が対応。
闘志に関わりなく、脳髄を強震し意識を断絶させる顎への一撃を防ごうと腕を盾にする――間に合わない! 全身の毛が逆立ち、汗腺という汗腺から氷のような汗が流れる感覚/大気全てが蒼い氷に変ずるような恐怖。
衝撃。
気付いた時――ウルバーンは空を見ていた=強烈極まる一撃が彼の顎を跳ね上げていた。
戦場に似合わぬ――刹那の空白/次の瞬間、彼の肉体は大地へと墜落する。
全身の肉体に痺れが走る=まるで骨格の全てが抜け落ちたかのように力が入らない。なんとか上半身を起こすだけで精いっぱいだった。
「ぎ、義手、だったのです……か?」
「……五年前、国家解体戦争の時にな」
ハウゴ=掌の握りを確かめるように開閉。そして、唯一残った血まみれの手を差し伸べた。
ウルバーン=困惑。
先ほどまで生命のやり取りをしていたはずの相手の行動が理解できない。
「な、なぜですか、ハウゴ。私は……貴方を……」
「……そうやって――俺は、知り合いを討って、知り合いを討って――俺はいったい何処へ行くんだ」
軍神とも思える男の絶望の末端に触れたような――さびしさで悲鳴をあげる寸前の子供のような――そんな響きの言葉に、ウルバーンは舌を動かすのを止めた。
「……そうやって、敵を討って、敵を討って、敵を討って、そうやって、最後の一羽(ラストレイヴン)になって、俺は、どこに行くんだ」
「せ、先生……」
「俺は満足して死んだ。仇討ちなど考えないでくれ。……アマジークからの、最後の伝言だ」
ウルバーンはその赤い血塗れの手を取る。
変われるのか――マグリブの最後の戦士として、復讐のみを考えていた自分は――まだ違う生き方が出来るのか? 出来るかもしれない。英雄は敵討ちを望まず、別の未来を見るように言ったのだ。
なら、自分は。
両足に力を込めて、立ち上がろうとし――視界の向こう側、一瞬、かすかにきらめくスコープの反射光に気づいた。
狙撃=狙われている。ハウゴ=アンダーノアからはその狙撃者の存在は死角であり、反応することができない。
ウルバーンは、己の天命を悟った。
(ああ、そうなのですね、アマジーク)
全身の意思であらゆる細胞を賦活させ、酔っ払ったままの三半規管を気力で修正。
両足の筋力を総動員し、ハウゴを突き飛ばす。
(私の命は、私の未来は――ここで……)
音速を超える一撃――本来ハウゴ=アンダーノアの胸部を貫通し、確実に生命を奪うはずだった一撃は、彼をかばったウルバーン=セグルの胸骨を粉砕――胸部の筋肉を引きちぎり、その運動エネルギーで心臓付近の血管に修復不可能な損傷を与え――彼の未来の全てを剥奪し、緩慢な絶命をもたらした
傷ついた内蔵/膨大な出血が食道を逆流――口蓋から鮮血を吐いた。
(ここで……護る為に――――――――――――――――――――――――)
(刺し損ねた……!!)
ロイ=ザーラントは、最後の最後――必殺の瞬間と確信した一撃が回避された事に歯噛みする。
BFF製のオートマティクで給弾される狙撃銃は全自動で排莢――次弾装填。
必殺と信じた一撃を瀕死の乱入者に妨げられ――矜持に傷を付けられた思いでとどめの一発を見舞うべく再び崩れ落ちようとするハウゴに照準――シュリングの忠告=『一撃をしくじったなら即座に身を隠し撤退しろ。位置を悟られたら即座に殺されると思え』という言葉は、脳裏から消えていた。
(これで、とどめ……?!)
引き金に掛る指に力を込めようとした瞬間――ロイ=ザーラントは瞠目する。
スコープ越しの相手と――目が合った。その瞳に燃える激怒の色/まるで自分がいる位置を完璧に補足したようにこちらを睨んでいる。ハウゴ=アンダーノアはウルバーンに押し出され、体勢を崩しながら――生き残った左腕一つで拳銃をこちらに向けている。
まさか――冗談のような予想が頭に浮かぶ。
ロイ=ザーラントはその憎しみの目が放つ圧力に気押されたように、スコープから目を離した。
その――半瞬前に位置していた彼の眼球を狙ったかのように――遥か彼方から飛来した銃弾が、スコープを貫通した。
スコープのガラスが――まるで異次元からの魔手に触れて破壊されたかのように砕け散る。
「……あ?」
目の前を、死神の鎌が音を立てて一薙ぎした。
ロイ――言葉もなく、恐怖と驚愕のあまり、両足から倒れる。歴戦のレイヴンとして修羅場を潜ってきた彼は、認めたくなかったが、確かに恐怖していた。
狙撃としては難しい距離ではないが、しかしそれでも必中させるために、ロイは――専用の狙撃用弾丸/弾道を安定させるための長銃身を備えたスナイパーライフルを必要とした。
それを、あの相手は不安定な体勢から――拳銃と、己の掌がもたらす神業一つで命中させたのだ。
「化け……ものめ……」
この――長射程すら相手の魔弾から自分を守る盾に成り得ない事を悟ったロイは、狙撃銃を片手に、その場から逃げ出さざるを得なかった。
ハウゴは敵の逃亡を肌で理解し――ウルバーンを抱え起こした。
もう既に彼の衣服は生命活動が阻害されるほどの量の流血で紅く濡れており――誰が見ても、致命傷である事が一目で見てとれる。
「ウル、ウル坊!!」
それでも――無駄と分かっても呼びかけを続ける。
だが、彼は酷く満足そうな笑顔を浮かべたまま、血を流して、答える。
「……先生……、私は――強くなれたでしょうか……」
「……冷や汗何度も掻いたぜ。素手での喧嘩なら俺の次に強いな」
暖かさが――生命が赤い鮮血となって彼の体から失われていく。もうどうしようもない――どうしようもないと分かってはいたが、ハウゴは悔しさと忌々しさで歯噛みする。やめろ、頼むからやめてくれ、俺よりずっと若い奴が、なんでそんな何もかも諦めきったような顔で首を横に振るんだ。
ウルバーンは笑う。今際の際というのに、ハウゴの言葉を聞いて彼はひどく満足していた。
結局のところ――自分は英雄の仇を取る為と言っていたが、彼に認められた事による満足感が、空いた大穴を埋めるように広がっていく。ここに来て彼は自分の本心が、英雄の復讐をするためではなく、かつての師であった人に認められる事を望んでいたのだと気付き、思わず失笑する。だが、もう笑顔を浮かべるだけの命すら残っていなかった。
全身を重石のように包む苦痛がゆっくりと軽くなり、心臓の脈動の間隔が徐々に長く伸びていく。
ハウゴは歯を噛み、憤死しそうなほどの表情で死を嘆いている。幾度となく言葉を掛けられるが――もう聞こえない。ありとあらゆる感覚が水に溶けるように薄れていく。
彼の意識はそのまま二度と浮上することの無い、暗い魂の井戸の奥底に沈んで逝った。
呼びかけもむなしく――彼は息を引き取った。
魂が抜け落ちた事で、なぜか軽く感じられる彼の遺体を抱え、ハウゴは自分の頬を撫でてみる。
涙は凍てついたように流れることはない。
「くそっ」
小さな罵声。
悲しい――悲しいが、心のどこかは痛みに鈍くなったように、酷く落ち着いている。
「案外――涙も出ねぇもんだな」
そのことが忌々しくて、悲しくて仕方がない。
ハウゴは――呪いのような溜息を吐いた。
応射/反撃/回避回避回避。
一瞬とも気を抜くことが許されない――ネネルガルが操る<アイムラスト>は銃身下部の小型榴弾を撃ちこむ。
「効いていないはずがない……!!」
小型とはいえ、腐っても榴弾――<アシュートミニア>の装甲に着実に損害を刻む=だが装甲の強度はそれでも立場を逆転させるに至らない。
一発ごとに榴弾を再装填――反撃と言わんばかりにミサイル/垂直上昇式連動ミサイルが射出――正面/上空からの同時攻撃。即座に迎撃=アサルトライフルを前面に向け、敵ミサイルを補足――射撃で撃ち落とし、回避マニューバで降下してくるミサイルを避け続ける。
『……アタ……レ』
<アシュートミニア>の右腕が構える大型バズーカより吠える大口径質量弾――その回避機動を狙い打つように放たれるバズーカ砲弾が<アイムラスト>のすぐ横を突き抜けていく。逆巻く風――余波でも十分その一撃の重みが感じられる。
「……っ!!」
流石にぞっとする――全身の毛穴から血が噴火するような気分。
そろそろ――ネネルガルは自分の集中が途切れつつあることを自覚する。
かつて国家解体戦争においてアクアビットに所属していた自分は、AMS負荷により数年間眠り続けてきた。彼女の感覚では数か月前に起きた戦争でも――肉体が抱え込んだブランクは長い。精神が要求する速度に肉体が応えられていない。
そろそろ――勝負に出る必要があるのだ――すぅ、はぁ――呼吸を繰り返し、彼女は<アイムラスト>を疾走させる。
『ム……ボウ……』
展開する右肩の大型榴弾砲――直撃すれば即死級の威力を持つそれに対して横方向へのクイックブーストで相手の射線軸から逃れる。
「……フィオナ、PAを展開します、許可を」
『……了解』
絶大な防御力と引き換えに大気と土壌を汚染するコジマ粒子――アナトリアでの汚染拡大を防ぐため、自らに課していた制約を解除。
だが――ジェネレーターが吐き出すそれは、緑色の燐光を帯びたものでは無く――真紅。
「アンチコジマ粒子機構、起動」
プライマルアーマーと違い、コジマ粒子との相殺性能に特化した真紅の粒子を排出――<アイムラスト>突撃。
鈍重なタンク型――また迎撃しようにも単発武装しか搭載していない<アシュートミニア>は接近を許してしまう。左腕の腕部に設けられたロケット砲弾が飛来する――だがFCSの未来予測の加護を得られない一撃はむなしく宙を穿つのみ。
接近――接触。
真紅と緑――似て非なる二つの粒子は接触と同時に燐光を放ちながら熱と光を放ち、燃え上がりお互いの存在を炎のきらめきに変質させ、消滅させる。
<アイムラスト>――即座に後退、銃身下部のグレネードを構えた。自分自身もある程度の損害を受けることを覚悟した射撃。
「プライマルアーマーが回復しきらぬ今なら、今なのです!」
全力で射撃――GAの重装型とはいえ、あれだけ食らっていて、倒しきれない訳がない――必勝の確信があった訳ではない、むしろそれは実体弾兵器に対して不死身に近い耐久力を持つ相手に対して、どうかこれで倒れてくれという懇願混じりの攻撃だった。
もちろん――重傷を受ける<アシュートミニア>=実弾に対して強いと言っても限界はある。これまでマガジンを空にする勢いで銃撃を浴びせられ続けてきたのだ、蓄積したダメージの大きさは<アイムラスト>を上回る。だが――起動停止寸前まで追い込まれた<アシュートミニア>はまだ、動く。
肉薄するほど接近するという事は――当然、お互い撃つよりも殴る方が早いほどの距離であり、また確実な必中が見込める距離でもある。
大口径バズーカが小型榴弾を備えたアサルトライフルを持つ腕に照準――発射。
「ぎゃっ!!」
AMSを通して脳髄に響く激痛に苦悶の叫びをあげるネネルガル――放たれた砲弾は<アイムラスト>の右腕を引き千切り、吹き飛ばす。
アサルトライフルを握った腕は、零距離射撃を受け、装甲とアクチュエーターを潰され――地に落ちる/電子信号が途中で断絶され、腕が火花を散らしながら開閉する。
だが、ネネルガルは右腕を失う事に似た痛みを受けながらも――なお反撃する意思があった。激痛に涙目になり泣き咽びながら――AMSを介した思考操縦で左腕に構えるアサルトライフルを投棄、代わりに左側格納に収められた小型レーザーブレードを装着、同時に横薙ぎに切り裂いた。
光熱の刃の一閃――それはロケットランチャーの一撃をたたき込もうとした<アシュートミニア>の左腕を巻き込んで溶断――残った左腕が誘爆に巻き込まれ損傷しながらも振りぬく――し、過度の損害を受けていた胸部装甲へ食い込み亀裂を入れる。
スラッシュモーション=突き。
損壊した装甲は、槍のように繰り出される一撃を防ぐ力を残しておらず――光の刃の一撃は、搭乗者の復讐心ごと肉体を原子へと還元した。機体にとりついた怨念が抹殺され、断末魔の震えのように、<アシュートミニア>は微動し、そして動かなくなった。
フィオナの通信――心からの安堵を帯びた声。
『敵ネクスト<アシュートミニア>の撃破を確認。ネネルガル、ありがとう、貴女のおかげよ。本当に感謝しているわ』
「うう、痛い、痛い、痛いぃぃ……私は体の不調はご飯をたくさん食べれば治る子ですからお代りを自由にしてください……痛いぃぃ……」
右腕を大破/PAを展開していないために受けた細かな損害は数えきれない。
高度なAMS適正を持つ彼女でもここまでの損害を受ければ脳への過負荷は避けられない。だが、その痛みをこらえていた彼女はレーダーに現れる新たなネクスト反応に本気で涙目になった。
「うう、フィオナ!!」
『待って……IFF反応は味方を示しているわ。通信要請が来ている。……これは、ジョシュア、貴方なの?』
『そうだ、フィオナ。そして、アナトリアの傭兵』
視界の彼方――PAをカットし、直立する純白の機体は<アイムラスト>のデータベースにも記載されている。
フィオナの驚きの声――以前砂漠の狼の増援として現れたもう一機のネクスト傭兵の存在に、思わず答えるフィオナ。
『何故、……貴方がここに』
『正式な依頼を受け、アナトリアの支援を行った。……それと、君と話して起きたかった。教授亡き後、アナトリアに帰ることもせず、こうしてアスピナの傭兵をやっている事を、一言詫びておきたかった。そして、出来るなら、一度交えた相手と話す機会を持ちたかったのでな』
「……いてて、生憎ですが、生憎なのですが――私はアナトリアの傭兵代理です、なのですよ」
IFFでは敵でないと告げているが、ネクストがいる以上、牽制の意味でもAMS接続は切る事が出来ない。
ジョシュア――驚いたような声。
『子供……? 女の子なのか?』
「……珍しいものでもないでしょう? セーラ=アンジェリック=スメラギの例もあります」
それでも――彼女が積み上げたマグリブ解放戦線のノーマル、ネクストの残骸を見れば讃嘆の念を感じたのだろう。声に素直な驚きがあった。
『いや、見事だ。……名前を聞いておいていいか?』
「ネネルガル。ネネルガル=アンダーノアというのですよ、ジョシュア=オブライエン」
もちろん、この時点で二人は気付く事は無かった。
彼と彼女の二人が――後に民主主義の総本山ラインアークに属し――企業と戦力を拮抗させる最大の要因、ラインアークの二大戦力として世に知られる事など、この時点では、知る由も無かった。
戦闘が一段落し、けが人、負傷者の収容も完了したアナトリアで――フィオナは、一人ハウゴを探す。
マグリブとの戦闘の後、連絡が取れなくなった彼は何処に言ったのか――発信機の電波を元に、彼女はアナトリアの中の花園に足を踏み入れ、そこで血を流しながら呆然と、一人の青年を胸に掻き抱くハウゴの姿を見つけた。
足音で気付いたのだろう――振り向いたハウゴの目は、何処か疲れきっている。
彼の心を構成する大部分の陽性がごっそりと抜け落ちたかのように、面倒そうに――フィオナを見た。
フィオナ――血の凍る思い。青年を掻き抱くその姿に――深い事情は知らずとも、察することはできる。アナトリアへ来る前、ハウゴはマウリシア撤退戦の英雄として、マグリブ解放戦線と行動を共にしていた時期があった。
「は、ハウゴ……」
「……ああ」
重々しい言葉――フィオナは自分の予想が正しい事を理解する。
アナトリアの経済的危機を乗り越えるためのネクスト傭兵――そのためには他の組織を踏みつぶすことだって視野に入れなければならない。
だが――そのために、彼は自分にとってきっと大切であったものを切り捨ててしまった。しかも、それを実行させたのだって、アナトリア、ひいてはフィオナ自身だ。言葉では実感できなかったその罪も、今、血まみれになった屍を見れば、否応なしに自覚させられる。自分の罪深さに心臓を締め付けられる思い=発作的に謝罪の言葉が胸を突いて出る。
「ハ、……ハウゴ……ご、ごめ……」
「黙れ!!」
雷のような――滅多に見せない本気の怒号。
振り向いた瞳には刃じみた殺気が滲んでいた。怒りに戦慄くように、傷を受けた掌を握りしめる。激痛すらやりどころのない激怒に塗りつぶされているかのようだった。
「謝るな、謝るんじゃない!! 謝られたら、俺は何のために……!!」
何のために?
アナトリアのために――そのために他の全てを切り捨てる覚悟を決めたのはハウゴだった。
あの日、国家解体戦争で受けた負傷から目を覚まし、そこでエミールの誘いに乗ってネクスト傭兵になった。決断した事が間違っていたとは思わない。決断した事が間違っていたなどと口が裂けても言える訳がない。アナトリアを生きながらえさせるために既に多くの屍を積んできた。命を奪っておいて今更後悔出来る訳がない。
フィオナはそっと、寄り添う。
彼女にとって、名も知らぬ屍を見――小さな声で言う。
「ハウゴ……お墓を、作りましょう」
だから――生きている人間に許されるのは行った行為を後悔することでは無く、きっと――。
アナトリア攻撃――この作戦に投入されたノーマル戦力、ならびにイレギュラーネクスト<アシュートミニア>は、ネクストAC<アイムラスト>に撃破され――マグリブ解放戦線は、この日を最後に過去の存在となる。
リンクス戦争は――目前に迫っていた。
[3175] 幕間その5―『懐かしい夢を見た』―
Name: 八針来夏◆0114a4d8 ID:ba5cba39
Date: 2009/03/07 00:44
『君が何を求めているのか、我々にはわからない』
――理解できるとは思わないさ。クレストのトップ、この地下の王の一人なら現体制の打破は許し難く見えるのかもな。
『秩序を打ち壊すことで、何が得られるというのか』
――与えられた秩序、計算された明日より、俺ぁ、予測できない混沌を求める。一度天使を落とした時のようにな。だから壊す。管理者を。
『だが我々にはもう君を止められない』
――そうだな、残るは奴の実動部隊のみ。
『行くがいい。そして君が成したことが何を生むのか、それを見届けるがいい』
――ああ、だから――まだしぶとく永らえている。
――これは――夢なのだろう。
黒煙を噴き上げるAC――それは火星最強の称号をアレスと<プロヴィデンス>からもぎ取ったレイヴンであるハウゴの記憶にも刻まれていた。
フライトナーズに属する恐るべき敵手であるはずの機体。
記憶にも/ハウゴの駆るAC機体<アタトナイ>のメモリーにも記されている敵アーマードコアは今や戦闘能力の全てを失っていた。
『クライン……どうして』
諦観/絶望――双方の感情が入り混じったかのような声。
フライトナーズのエースの片割れ、レミル=フォートナーの呟きが<アタトナイ>の通信に混線する。
『わたしたちは……ただの手駒か……』
「……来る前に終わっちまってんのか? 妙な話だよな」
ハウゴ――仲間割れの現場に、嫌なものを見た、と言わんばかりに顔をしかめる。
レミルの言葉も、誰かに聞かせるためのものでは無く――ただやりきれない心中を言葉にして吐き出さずにはいられなかったのだろう。
レミルの機体の横をすり抜け――その先にある最後の隔壁は、火星政府の放った最強の刺客であるハウゴ、<アタトナイ>を拒むこと無く、受け入れるように/迎え入れるように解放される。
そこにたたずむ巨大な機体にハウゴは目を細めた。
『……我々はいつも誤りを犯す。そうは思わないか、ハウゴ』
「だから、偉大な何者かを、自分等の誤りを是正してくれる神を求めるのか? レオス=クライン」
『そう――文字通りの神だった』
知らず知らずのうちに失笑の気配が漏れていたのかもしれない。
ハウゴ――自然と口元を釣り上げている自分に気付く。
眼前に浮遊する巨大機体――重装機を浮遊させ続けるための巨大なスカート型推力ユニット/重機関砲と変化した両腕/両肩は横方向へ異常に細く長く巨大化=ミサイル射出ユニット/その両肩からアーチを描くような六連装レーザーライフルが銃口を連ねている――火星全土を震撼させたフライトナーズの総指揮官、レオス=クラインが駆る人工ディソーダー<スカラバエウス>。
『我々には管理するものが必要だ。我々は我々だけで生きるべきではないのだ』
「……そうやって自らを箱庭に押し込めて、自分の面倒を機械任せにするってのか? ふざけるんじゃない。……人類全体を自分の面倒もみれない餓鬼と勝手に決め付けるなよ。俺はレイヴンだ。くたばる時は勝手に自分のヘマで死ぬ。……人類全体もそうだ。死ぬときゃ自分の愚かさで死ぬ。……俺が管理者に望むのは一つ。……『放っとけ』だ」
<アタトナイ>は右腕に持つレーザーライフル『KARASAWA弐』を構える。
<スカラバエウス>から響く――嘆息の音。
『貴様は天使を落とし、そして管理者を砕いた。……その愚かさゆえに、私はこの反乱を実行せざるを得なかった。……貴様に分かるか。人類を導く偉大な存在が、ただ一人の男の身勝手な振る舞いで破壊された時の絶望が……』
「あんな猫の額みたいな地下世界なんぞで窒息するような閉塞感と付き合って生きていけってか? 冗談じゃない! 人間は太陽拝んでねーと、色々変になるんだよ!」
『感情論で人類の行く末を語るなよ……! やはり、我々はどうやろうとも相容れぬ!』
「……奇遇だな……俺も自分に付き従ってきた、いの一番の部下を平気で切り捨てる野郎とは到底仲良くできそうにねぇ……」
『全ては理想のため……復活のため……ダアアァァァァァァァァイィィ!!!!!! ゲイヴゥゥゥゥゥゥゥゥン!!!!!!!!!!!!!!!!」』
「俺が何時の間にかジャックOにぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ??????!!!!!」
巨大機動兵器<スカラバエウス>がその巨体を稼働させつつ――纏めて六発近くのミサイルを射出。
飛来する高速飛翔体は回避機動を取る<アタトナイ>に食らいつくように接近――何故かジャックOの専用機体であった<フォックスアイ>に搭乗しているハウゴ/クイックブースターを起動、その膨大なエネルギー提供と高度な機体制御によって可能になった瞬発的な超機動でミサイルの追尾性能を振り切ろうとし――今乗っている機体がノーマルである事を思い出した。
「あ、やべ」
直撃――爆発。
「……懐かしい夢を見た。……いや、後半まぎれもなく悪夢だけども」
ハウゴ=アンダーノアが目を覚ませば――フィオナ=イェネルフェルトが窓を開け、陽光を部屋の中に取りいれている。
はちみつ色の髪が陽光を孕んで輝いている。彼女はそのまま振り向き、ようやく夢から醒めたハウゴに気づいたのか、軽く微笑んで見せた。
「おはよう、ハウゴ。……夢見はどうだった? なんだか途中からうなされていたけど……」
「……できれば思い出したくない夢だったから、一発俺の頭ぶっ叩いて記憶喪失にしてほしい気分」
ハウゴは頭を振りつつ――そばに置いてあった義手を掴み、右腕の接合部に設置させる。疑似神経を脳髄が手足の延長と認識するまでの数秒間の違和感を堪え、肩を回し、腕の接続具合を確かめる。親指から小指まで開閉し、問題がない事を確かめると――ハウゴは夢を見て思い出した事を口にした。
「知ってるか、フィオナ」
「? 何が?」
フィオナ=なんだか楽しそうに笑うハウゴに小首を傾げる。
「火星にはもともと、フォボスって衛星があったんだぜ?」
「……何それ。ハウゴ、火星に衛星はダイモスしか無いわよ?」
「いや何、もう一個あったんだが――ちょっと色々あって火星に落っこちちまったんだ、これが」
「……一応聞いておくと、どうして?」
「俺が落とした。いや何、火星動乱の首謀者がフォボスに存在するディソーダーの中枢を占拠してなぁ、それを撃破したら衛星軌道を外れて、火星にずどーん、と」
フィオナ=呆れたような嘆息。
「衛星とかって、落下する運命なのかしら。……それより、朝は再調整の済んだ<アイムラスト>とAMSのセッティングでしょう? そろそろ準備した方が良いわよ」
そうだな――ハウゴは頷くと、まず洗面台に向かった。
アナトリア襲撃から早半月が過ぎようとしている。
「……にしても、また右腕大破とは。呪われとるんかのぅ」
「いやいや、右腕大破で済んでマシと考えるべきかもしれんぞい。……下手をすればアナトリアが壊滅的なダメージを受けていたかもしれんのだし」
整備班の中年双子/スチュアート兄弟は、ようやく完了しつつある<アイムラスト>の右腕の交換と、全面的な装甲板の入れ替えが完了した機体に満足そうに頷いた。
右腕は<アシュートミニア>のバズーカ砲弾で完全に引きちぎられ/装甲は榴弾の破片で全体的に傷ついている。
そのためレイレナードに腕部を発注=しかし到着に時間がかかる為修理の間は企業からの依頼を受ける事が出来ないでいる。それならば――という事で、今回<アイムラスト>は一度時間を掛けた丹念なオーバーホールを行っており、ようやくその修復作業が完了したところであった。
「新品同様じゃな。……レイレナードの副社長が寄越したとか言う代物のアサルトライフルも性能は高いらしいし、次の依頼にも万全に対応してくれるじゃろうて」
機体全体の装甲板を取り換えたために、以前よりも精悍さが増した印象。
現在は搭乗者待ち=時計を確認し、いい加減そろそろハウゴが来てもいい頃だが、と考えるスチュアート兄弟。
「うむ、ご両人。とりあえずブースター周りの改修は完了したのである!!」
そう言って出てくる男――今回マグリブ解放戦線によるアナトリアへの襲撃を事前に予告した元テクノクラートのリンクスであるセルゲイ=ボリスビッチが声をあげる。大変むさ苦しいおっさん三人が顔を合わせた事で、整備員たちは格納庫の温度と湿度がイヤな感じに上昇した気がしたが、口にはしなかった。
テクノクラートのリンクスとして、旧エレトレイア城砦でアスピナの<ホワイトグリント>と交戦し、流れ流れてアナトリアに行きついたそのロシアの中年は――驚いたことにリンクスになる以前は推進機器、エンジンなどを専門分野とする技術者だったらしく、今では<アイムラスト>のブースター関係に専門家の見地から様々な意見を出してもらっていたのである。
「うわ、なんだこのむさ苦しい空間」
ハウゴ――着替えて格納庫に足を踏み入れて、筋骨隆々のおっさん三名にかなりいやそうな表情。
と――そこで作業服に着替えていたロシア系中年に目を向け、はて、と首を傾げる。
「……誰だっけ?」
そう言えば――マグリブ解放戦線の合同葬儀の際に参加していた事は覚えていたが、名前を知らない。
軽く頭を下げ、こちらにやってくるセルゲイ=ボリスビッチ。
「……セルゲイ=ボリスビッチである。この度は、アナトリアにマグリブ解放戦線の攻撃を伝えにきたのである。……ウルバーンの件、残念であった。心からお悔やみ申し上げる」
「あいつの、友人か?」
セルゲイ――首を横に振る。
「……いや、友人とも言えぬ、ゆきずりの関係であった。ただ、若者を見ると――特に道を踏み外しそうな相手を見ると、忠告したくなるのは、若者より歳を食った連中の義務であると思うのでな」
「そうか……」
相手の目に浮かぶ哀愁の色――言葉にしなくとも、セルゲイがこれまで経験した人生の苦さを察したハウゴは頷きを返す。
ま、思い悩んでも仕方ない――そう考えなおし、ハウゴは<アイムラスト>を見上げる。
「さて。……とりあえず俺と、ネネルガルの分までAMSの調整をやっておくんだったか?」
「うむ、そうじゃ。……今回の事もある。一応両方とも<アイムラスト>に搭乗した場合のセッティングデータを採っておきたいんじゅ」
「そうすりゃもしどちらかしか搭乗できなくなった場合、AMSのマッチングに最適な調節時間を短縮できるからのぉ」
双子爺の言葉にうなずくハウゴ――それなら、と周囲を見回す。調整作業に必須のもう一人の姿が見えず、あん? と声を漏らした。
「……じゃあ、あいつは何処に? 朝寝坊していた俺より遅いなんて」
遅いと思えば、寝坊しとったンかい――口ほどに物を言う四つの目を向けられたが、ハウゴは無視。きょろきょろと視線を巡らせる。
「お待たせしたしたのです、ですよ」
いつもの独特のイントネーションと語尾――あー、やっと来たか、と思ったハウゴは振り向いて、は? と呟いた。
「……おまえ、その恰好」
「なにかおかしいところでもありましたか? あったのですか? ちゃんとリンクススーツですが、なのですよ?」
ハウゴ=OK落ち着け俺、と自分に言い聞かせた後、息を吸って吐き、言う。
「読みは一緒なのにあら不思議!! ……お前のそれは繋がれた(リンクス)スーツじゃなくて、唯の山猫(リンクス)スーツ』だろうがぁぁぁ!!」
ハウゴ――どう考えても如何わしいお店にしか置いてなさそうなあられもない格好をした遺伝子学上の娘=ネネルガルに怒鳴った。
彼女の姿=一言で言い表すなら『山猫スーツ』というべき代物――未成熟なボディラインを包む豹柄のレオタード/首元は動物の毛で出来たふわふわの首輪を装備/頭にはネコミミならぬ豹耳/お尻の辺りからはこれまた豹柄の尻尾がくるりんと伸びていた――ありていに言えば大変可愛らしい。
「似合いませんか、似合わないのですか?」
「そんな事はどうでもいいからお前に渡した奴をここへ連れて来い! 体の全関節を逆に曲げてやる!!」
むぅ、と眉間にしわを寄せるネネルガル――うがー、と叫ぶハウゴをどうどう、となだめる双子のおっさん整備士。
「まぁ、その衣服を手渡した奴には後で褒美をくれてやるとして」
「うむ、AMS接続のあと写真撮影をするとして」
そんな事を言っていたおっさん二人――ハウゴに殴り飛ばされ、放物線を描いた。
ぜーぜーと荒い息を吐きながらハウゴ――呆れたように、セルゲイに何やら手荷物の入った紙袋を渡し、ぼそぼそと耳打ちしているネネルガルに言う。
「……あのおっさん二人、最近ロリコンぎみじゃねぇのか。おい、娘よ。お父さんは恥ずかしいぞ、そんな恰好をして。女の子ならもう少し女の子らしい格好をしやがれ」
とはいえ――女性の服飾に関してさっぱり知識を持たない元レイヴンとしては、どういった服飾が女性らしいのかまるでわからない。今度フィオナにでも相談するかな、と考えながら、ハウゴは溜息混じりに水着みたいな扇情的だがしかし発育が良くないのでむしろ子供が背伸びし過ぎている感のあるネネルガルに目を向けた。
ネネルガル――ぷぅ、と頬を膨らませ、両腕を激しく上下にぶんぶん。無表情な分、両腕のふりの大きさで感情の激しさを表している感のあるネネルガル、これはけっこう怒っている事がうかがえた。
「なんと失礼な、失礼な事を言うのですか、親父。ゼロ○ムを毎週立ち読みしているほど乙女チックな私に対してそれは激怒に値する侮辱です、なのです」
「……いや、本当に乙女チックだというなら立ち読みじゃなくて購入するべきだと思うんだが……」
頓珍漢な返答をするネネルガルにハウゴ――えー、俺が間違っているのか? と首を捻った。
ハウゴはとりあえず――ネネルガルの頭にチョップを喰らわせておく。頭に一撃を受け、涙目になる彼女を無視し、ハウゴは呆れた表情を浮かべているセルゲイに向き直った。
「とりあえず、さっさとAMSの調整を始めちまおう。……リンクススーツをくれ。着替えてくる」
そんなハウゴにうむ、と先ほどネネルガルに手渡された紙袋を差し出すセルゲイ。
おう、と頷いてから別の場所に行って着替えてくるハウゴ――しばらくして帰ってくる。
「よう、待たせたな……ってなんじゃこりゃあああぁぁぁぁぁぁぁ!!」
ハウゴ――堂々と帰って来て頭に装備していた豹柄猫耳をすぱーんと快音を響かせ地面に叩き付けた。
ハウゴの格好――びっちりした豹柄ズボン/豹柄ジャケット=もちろん腹筋や胸の見える危ない水商売のお兄さん風――げしげしと豹柄猫耳を踏みつけている。
ネネルガル――無言でサムズアップ。
「お揃いです。私とお揃いのリンクススーツです、なのです」
「…………おい」
「……ですが、あえて私の現在の心境をありのままに言うならば――そう、ほんとにつけんなよ」
ハウゴ――無言で項垂れる。ネネルガル――慰めるようにぽんぽんと叩いた。
「親父、親父」
「なんだ娘よ、俺は今どうやって猥褻物陳列罪の現行犯逮捕から逃れるか考えている最中なのだが」
「ここにもう一人――リンクスなのに、山猫スーツを着ていない人物が」
ハウゴ/ネネルガル――両名の視線が合わせる焦点。
セルゲイ=ボリスビッチは、二人の背中から立ち上る鬼気にこの上ない脅威を感じ、生存本能のまま後ろへ後ずさった。
「わ、吾輩は! 親子のコミュニケーションを邪魔するほどぶ、無粋ではないのである!!」
「……いや何、共にリンクス同士、同じ衣服を着る事で一体感を養うという今取ってつけた理由がだなぁ」
「……親父も私も、仲間外れをするほど狭量ではありませんですよ、よ?」
ハウゴ――お前も一緒に地獄へ落とすと言わんばかりの凶笑を浮かべ、じりじりとにじり寄る。
ネネルガル――面白い事は全員で分け合うべきというまったくの善意から悪逆非道の行いに走る。
セルゲイ=ボリスビッチ――山猫スーツを装着した自分の姿を想像=脳裏に視覚的猛毒が発生――精神がブラックアウトし、心の崩壊を防いだ。
その一瞬の気死を好機と見てとったか――瞬間、化鳥の如き叫び声を張り上げながら襲いかかってくるハウゴ/そのハウゴの背中を駆け上がり、肩に足を掛けて跳躍=上空から強襲するネネルガル――いらんところで見事すぎる完璧なコンビネーションを発揮する仲良し親子二人に対し――セルゲイ=熊のような巌の如き肉体に力を込め、男児としての尊厳を護る為、うおおおぉぉぉと叫んで壮絶な死闘に身を投じた。
フィオナ=イェネルフェルトは手元に資料集を抱えたまま、ハウゴや整備班達がそろそろAMS調整を始めているであろう格納庫行きのエレベーターの中にいた。
時間は経過しているから――既に調整は中ほどまでというあたりだろうか。前回のミッションでBFFのネクストパーツがラインナップに加わった。アセンブリの幅が広がれば、戦術も組み立てやすい、ハウゴの顔を思い浮かべながらフィオナはエレベーターの扉が降りていくのをじっと待つ。
軽い解放音と共に開く――格納庫への扉。
フィオナは見た。
セルゲイ=ボリスビッチの足元に縋りついたネネルガル/セルゲイに猫耳を装着させようと上からのしかかったハウゴの姿/エレベーターへ逃げ込もうとフィオナのいる方に救いを求めるように手を伸ばすセルゲイ=ボリスビッチ――余りにも混沌とした状況に脅えてか、物陰に隠れている整備班のメンツ。
「「「「「あ」」」」」
停止する変態一同=空気が凍りついた。
フィオナ――頬に浮かべていた笑顔を無言のまま凍結させ、エレベーターの閉鎖ボタンを押す=連射している。
一刻も早くこの空間から逃れるため階層の指定ボタンを上から全部押し――逃げ出そうとした。
「フィオナァァァァ!! 違うにゃーん!!」
ハウゴ――全力疾走で誤解したまま逃げ出そうとするフィオナを止めようとエレベーターに手を掛け、止めようとする。――そんな状態でも語尾ににゃんを付けてしまうところはノリの良い男の悲しき性だった。
だがハウゴの必死の突撃も身を結ばず――無情にも彼の眼前で閉鎖するエレベーターの扉。
安堵の溜息を漏らし――フィオナは目にした光景を心の平穏のためにみなかった事にした。
一人の壮年の男性/一人の初老の男性――彼等は恐らく六大企業ですら完全に掴み切れていないレイレナードの真の中枢とも言うべき場所にいた。
ジャック・O/ネオニダス――その両名は、ある巨大ディスプレイが表示するデータを黙って見守っている。
「……アクアビットに置ける、ソルディオスキャノン、AF『ジェット』の開発率は順調だてよ」
「こちらも、アーマイゼによるグレイクラウドの開発は順調だ。……とはいえ、一般の社員に見せる訳にはいかぬから、今だ表に表す事は出来ないのだが」
「……よくもそんな技術を隠し続けていたものだてよ」
「新興企業であるレイレナードが当時は五大だった企業体に並び立てるようになったのは、先史文明の技術を流用しているから、だからな」
ネオニダス――周囲の機材を一瞥した後、感嘆したような呟きを洩らす。
この船の艦橋に設置された各種索敵機構/防空レーダー網/搭載機動兵器の管制システム――大勢の軍人がここに詰め真の戦闘能力が発揮される事を思い、ぞくりと身震いする。
「……しかし、これほどの巨大戦艦が実在しているとはな。……第二次人類、改めてその実在を信じるしかあるまいて」
「我々レイレナード社、真の本社施設――戦略航空戦艦『STAI』。旧時代、火星の有力な企業であったバレーナ社の開発した空中戦艦だそうだ。……とはいえ、これは地球での運用を想定しているため、飛行力では無く、潜水能力を持った二番艦なのだがな」
「……ふむ。……社長は?」
「彼は第二次人類の中でも最も初期型の強化人間だ。……定期的なメンテナンスを受ける必要がある」
追加武装ユニット<スカラバエウス>を排除し、中枢戦闘ユニット<フィリアル>をもってしても<アタトナイ>は、尚強かった。機体が――膝を突く。
「レイ……ヴン……」
全力を尽くした――持ちうるすべての能力/最高の戦闘力を誇る機体を駆使したはずだ。それでも――天使を落としたイレギュラーは自分を打倒した。完敗だ――自然に敗北を認める言葉が漏れ出る。
『フォボスが軌道を大幅に変更、火星に落下しています!』
『……こういう衛星ってのは落っこちないと気が済まないのか? ええいくそっ!』
罵声を漏らすハウゴ――彼は思わず口を挟む。
少なくとも――自分を打ち破った人間が、こんなくだらない状況で死んでしまうのがどうにも腹立たしい。
「軌道コントロール装置を……破壊しろ。そうすれば……フォボスは止まる……」
『……どういう心情の変化だ? が、確かにそれしかやることなさそうだな』
呟きと共に即断する事が出来るのはレイヴンとしての資質の高さを示すのだろうか。
<アタトナイ>後背からオーバードブースターの排気炎を吹き出し――この先に存在する軌道コントロール施設を破壊するため、<フィリアル>の横を通り過ぎ、先にするんでいく。
「……世界には――管理するものが必要、だが……これが結末なら、受け入れるしか――」
その瞬間だった。
人機一体を可能とする強化人間として機体と物理的に接続した彼は――そのコネクタから流れ来る膨大なデータの本流で脳髄の中で花火が爆発するような衝撃を感じる。
あまりの情報量に脳髄が焼き切れるような感覚――だが、それらが痛みでは無くディソーダー中枢から流れ込む意志であるのだと知り――彼は、目を剥いた。
真実に――今まで信じていた全てが全くの虚飾に満ちたものであるのだと理解してしまう。
後方から――軌道コントロール装置を破壊した<アタトナイ>がジェネレーター回復のためのインターバルを置くため、<フィリアル>の近くで停止。
「ハウゴ……」
絶望/恐怖/困惑――様々な負の感情が言葉にならない――なんとか、この胸のうちの意志を言語化しようとする。
「……私が……間違っていたらしい」
『……いきなり、殊勝だな。どういう心情の変化だ?』
当然と言えば当然の反応に、彼は笑う。
「天使を落とし、管理者を破壊し――ここまで来た。……ハウゴ――地球に戻れ。そして、ロストフィールドに……」
その言葉を中断するように――フォボス全体を爆発の震動が蹂躙する。
『フォボス、なおも落下中! もう間に合わない! 早く逃げて!!』
『慌てるなよ、ネル。今から腕によりを掛けて大急ぎだ!!』
再びオーバードブースターを点火し、フォボス中枢から離脱を始める<アタトナイ>。
その背を見送りながら、彼は呟いた。
「お前が最強であり続けるなら、必ず奴が――偉大なる脳髄が出現する。……どうなるかは、貴様次第……」
その彼は――培養液に浸された水槽の中でうっすらと目を明けた。
目の前には二人の腹心。
一人は自分と同じく、滅ぼされた第二次人類の生き残り/もう一人はこの時代で得た、稀な理解者である老人。
「目を覚ましたかね、社長」
培養液の中で――彼は現在いる場所が過去の残影では無く、れっきとした今である事を理解し、かすかに笑って見せた。
かつて――同じ戦場で相対した両名は、まるで距離も空間も飛び越え超常的な何かで共感したかのように――同じ感想を口にする。
『……ああ……懐かしい夢を見た』
おまけ。
本日のNG
その1
「火星の衛星とかって、軍事利用される運命なのかしら」
「……他になんか軍事利用されたっけか?」
「んー。……アー○ーン要塞とか?」
「あー。なるほど」
その2
頓珍漢な返答をするネネルガルにハウゴ――えー、俺が間違っているのか? と首を捻った=とりあえず質問。
「……じゃあ、娘よ。お前はゼ○サムでは毎週何を最初に立ち読みしているんだ」
「ストレ○ジプラスしか読んでませんね」
「ここの作者かお前は!!」
ハウゴ――ネネルガルの頭にチョップを喰らわせた。
頭に一撃を受け、涙目になる彼女は唇を尖らせて反論する。
「そ、そういう親父はいつもゲイヴン専門誌をチェックしている癖に、癖になのですよ」
「根も葉もない事実無根の噂を垂れ流すな!!」
「親父のゲイヴンとしての師匠はグ○ン・ガマですよね?」
「ゲームが違う! 何を言い出すんだお前は!!」
「……親父なんて漢祭りイベントで勝っても負けても<バキューン!! バキューンバキューン!!(効果音兼伏せ字)>な目に逢えばいいんです、いいと思います……」
「よし!! 娘よ、次に会う時は法廷だな!!」
[3175] 第三十一話『待っていてね』
Name: 八針来夏◆0114a4d8 ID:ba5cba39
Date: 2009/03/11 00:49
ちくたく、ちくたく――まわるまわる滑車と発条。
まだ、なんの罪も知らない子供だったプリス=ナーは、父親の仕事場で、葉巻と時計達に囲まれ、父親の膝の上でまどろむのが好きだった。
子供の頃は光を含めば輝くようだった、汚れ一つない自慢の金髪を撫でる手のひら/葉巻の匂い――父親の仕事道具はピンセットや細かい部品を確認するためのルーペグラス=父が身につけた職業は、時間を確認するためとしての機械式デジタル時計では無く、むしろ美術品としての色合いが濃いアナログ式のぜんまいやばね、錘で動く古めかしい懐中時計の職人だった。
「……――――」
記憶の中にある父親は――細やかな精密機械のように歯車を嵌め込むその指で、遥か昔に失われた名前を呼ぶ。
彼女が持っていた本来の名前は――もう確認する術がない。一億という馬鹿げた刑期を過ごすため、冷凍刑に処された彼女はその中で自分が持っていた本来の名前に関する記憶を奪っていた。
一億年の刑期。
今でも、プリス=ナーは大声で馬鹿じゃねぇの、と笑ってしまいたくなる。
彼女の人生が大いに歪み、ねじくれてしまったのは――家に強盗が押し入った時だった。アンティークな時計を手掛ける職人として、企業重役の御用達だった彼女の父親は、それゆえ金に事欠かぬと考えた強盗に殺され、金目のものと、父親の手掛けていた数点の時計を奪い取って行った。
そういう事件がなければ――たぶん父親の事が好きだったし、それに父の仕事も好きだった彼女は普通に時計細工職人としてまっとうに生きてまっとうに死んだのではないかと時折夢想する。
とはいえ、それはすでにもしもの話。彼女は純粋な戦闘者であり、一億の刑期を課せられた囚人。そして犯罪者である自分が先史文明の数少ない生き残りとなったのは大いなる皮肉だった。
ちくたくちくたく。
今から思うと――彼女の父親も決してまったくの善人という訳でもなかったらしい。
父親は一流の時計職人であると同時に、一流の爆弾設計者でもあったのだ。だが――大勢の犯罪者を率いる組織の首領が子煩悩である事が矛盾しないように、プリスの父親は、自分では手を下さずとも大勢の人間を爆弾で殺してきた彼は、家庭では娘に愛情を注ぐ実に平凡な男だった。
因果応報と言えばまったく否定出来ないが――だが父親がプリスに向けた愛は本物であり、それゆえ彼女の父親を殺した相手に対する復讐心も本物であった。
プリス=ナーには、戦闘者としての類稀な資質があった。
父親の時計の霊達が宿っているかどうは分からないが――それこそ精密極まる電子時計に勝るとも劣らない、正確に時間を計る為の時計が体内に埋め込まれているかのような時間感覚を有していた。銃弾が目標に命中するのに必要な時間をゼロコンマ以下の数字で瞬時にはじき出すような異才。
乱雑に売りさばかれた父の時計を買い直すためと――父に匿われた戸棚の隅から覗いた仇を殺すため。
レイヴンとして、榴弾の遅速信管の扱いに恐るべき才能を見せた彼女はその中で数多くの実戦を潜り抜けて生きてきた。そのうち、強化人間として、己の改造の度合いを深め力を手に入れていく。
そんなある日、復讐の相手を見つけた。
相手は企業体の御曹司――それも父親の権力で自分の犯罪歴を揉み消させるような絵に描いたような最低野郎。
その時の殺害手段としたのは、実にアンティークな――ぜんまい仕掛けの爆弾。
アナログ極まる故に、却って最新式の探知法に引っ掛からない手段。父親の最高傑作。
ただ――ここで仕出かしたプリスの人生最大の失策は、火薬の分量をそれこそ桁違いの――少量で大きな破壊力を有するそれを、目一杯使ってしまった事である。
仇を殺す事は成功した――同時に企業の子息が大勢集まるパーティーの参列客全てを爆殺するというおまけ付きで。
一人だけだったら――企業が眼の色を変えて追い回すことは無かったかもしれない。仇の男はそれこそ父親からも見放されかけていたような男だった。だが、子息を大勢殺された企業の重役たちは怒りのまま財力/権力を駆使して全力で捜査し、即座にプリスを捕縛し、型どおりの裁判と――呆れるほどのスピード判決をもたらした。プリスにはそもそも弁護士のなり手すらいなかった。
そして、普通ならば唯の死刑で済むところを――唯の死刑では飽き足らないと言った企業の人間達により、一億という余りにも感情的な刑期を課せられた事になったのである。
だが――捨てる神あらば拾う神あり。
一億年という刑期が終了すると同時に死刑――そんな刑を課した企業重役達が皆天寿を迎えて死亡し――息子を殺された憎しみとは無縁の企業重役達から取引が持ちかけられる。減刑と引き換えにLCCの手駒となり破壊行動を実行すると。
レイヴンとして火星のランカー2という最高位の実力者になり――そこで出会った。自分の国の見事な発音で、こう言った男と。
『よう、悪いが金貸してくれ』
「お母さんの様子がへんです!!」
朝の自室に飛び込んできた少年の開口一番の台詞――家庭相談所に行け、と心の中で思うだけでなく=本当に言ったら泣かれそうになったので、プリス=ナーはデュナン少年の言葉を面倒だなぁ、と思いながら聞くことにした。起き抜けで髪に櫛も入れていないし、昨晩までネクストAC<アポカリプス>の調整もしていたので、正直眠い。
だが、本来ならば安眠妨害には断固として暴力で応対する性質の女ではあっても、流石に子供相手に大人げないと自重する程度の分別はあった。
プリス=ナーは凶状持ちである。
最近は沈静化しているが、それ以前では様々なところで暴力を行使することに躊躇いがなかった。その悪い噂は恐らく目の前の少年の耳にも届いているはずなのだが、不思議と彼は母親と一緒で、プリスと接触することに何ら抵抗がないようだった。
花も恥じらう美少年に慕われるのは、まぁ悪い気分ではないが――どちらかというならば、こう言う普通の相談事に対してなら、同じGAE所属の巨乳シスターであり、根性主義者のオリジナルリンクス、メノ=ルーの方が相談相手としては適任であるはずだ。
実際に、以前些細な事で相談された時、既に口にしてみたのだ――おい、アタクシに相談するより、あの巨乳に相談したらどうなんだ、と。
そしたら――デュナン少年、薄薔薇色の頬を一気に真っ青に染め、部屋の隅で頭を抱えて泣きだしたのであった。豪胆なプリスも、ぶるぶると震えながら
『……巨乳に絞め殺される、巨乳に窒息させられる、うああああ巨乳怖い巨乳怖い巨乳怖い……』
と泣きだされ、うつろに虚空を見上げて内面世界に引き籠られると流石に罪悪感でいっぱいになってしまうのである。
普通に話しかけようとするメノ=ルーはあからさまに避けられている状況を打開しようとしているが、あの見事な二つで窒息死させられかけた恐怖はそうそう拭えまい。プリスはアドバイスすることを最初から放棄して、がっくり項垂れているメノを放置することにしている。
(……しかし、じゃあアタクシの胸を見てなぜこいつは脅えない。クソッ、とりあえず腹が立つぜ)
好かれている事を素直に喜べないのは豊麗な肢体をけなされている気がするからか。
べちん、とデュナンのおでこを指で弾くプリス。いたっ、というものの、どうして弾かれたのか分からないデュナン少年は不思議そうに首を傾げていた。
「で、具体的には、テレジアの奴のどこが変なんだよ」
とりあえず話を聞いてからだ、そう考えてプリスは先を促す事にした。
GAEの奇人であり、リンクスであり、ネクストの戦術理論の提唱者であるミセス・テレジアと一緒の区画で生活をしているデュナン少年が母親のいつもと違う様子に気づいたのは、ある日の朝の事だった。
いつものように孔雀のような派手な髪型にセットした母親が、何やらカレンダーと難しい顔をして睨めっこしているのだが――どうも何かすごく良い事に気づいたかのように表情を華やがせスキップする勢いで出社したのである。
「……どうしましょう。……ああっ、寝ないでください!!」
「………………………」
どうやら駄目らしい。
不満たらたらな様子のプリスは時間を確かめる。どうもこの涙目の心配症少年を納得させるには何らかの手を打たなくてはならないらしい。面倒だなぁと思いながらプリスはとりあえず相談できそうな人に話してみる事にした。
まずは――そう。
科学万能の時代であっても、人は宗教に心の平安を求める。
そんな訳でプリス=ナーは強力無比の戦闘兵器ネクストACのリンクスであると同時に、悩める子羊を救う神の僕であるメノ=ルーに相談してみる事にした。
「おう、突然で悪いんだが、テレジアの様子がおかしいらしいんだ。なんか知らねぇか?」
「そんな事より私の悩みを聞いて下さい最近デュナン君に明らかに避けられているんです私なにがいたらなかったのでしょうかお願いですからあなたからとりなしていただけませんでしょうか本当にお願いですから」
「しまった!! こいつには以前からアドバイスを求められていた事をすっかり忘れていたぜ!!」
のっけから盛大にしくじった。
プリス=ナーは、どうしよう、これ――と指さしつつ思いながら後ろを振り向いた。
解決を依頼したデュナン少年であるが、扉の陰で未だ『巨乳怖い巨乳怖い巨乳怖い』と恐怖に打ち震えている。少年の心に植えつけられたトラウマは相当深刻のようだった。そんなプリスの頭をむんずと掴み、無理やり自分の方向に捻じるメノ。
胸元の巨乳が撓んでたいへんイヤラシク震える。もはや少年にはこの二つの過激な水蜜桃/BIGSIOUXの如き大型ミサイルは、あの少年には殺人兵器にしか見えないらしい。メノに会うのだから、一緒に来なければいいと思うが、自分の恐怖心よりもどうやら母親の事が気になって仕方ないらしい。
きっと事情を知った人間がいたら何人デュナン君の境遇を妬むだろうか――そんな妬み一生知りたくない。女性で良かった。プリスは神様にちょっとだけ感謝した。
「ですから本当なにがいけなかったのでしょう具体的な対処法を教えて頂けませんか?」
肩を掴まれがっくんがっくん揺すられるプリス――揺すられるだけなのもアレなのでそっと揉み返しておく。
貧乳手術を受けろ、というのが多分一番正解に近い回答のはずではあったが――プリスはその場合自分に一生呪いが付いて回る気がしたので言うのを止めた。そもそも彼女の巨乳は、大勢の女性が嫉妬より先に感嘆を覚えるほど見事に突出している。富めるものには貧しきものの気持ちは理解できないというが――この場合、大多数の眼福の為に発言を取りやめたのである。
プリスは空気を読んだ。
「サラシでも巻いたらどうなんだ?」
「晒し? ……晒せ?! それなら!!」
「……とりあえずテメェが湯だった頭ん中で致命的な三段活用を用いて男性諸氏を前かがみにする間違いをしでかした事だけはよく分かったぜ」
面倒なので帰って寝たいなぁと本心で考えていたプリス――意気込んで尼僧服を脱ぐ/脱ごうとする彼女を抑える。
おかしい、おかしいぞアタクシ――そんな事をしながら考え込む。どうして、どうしてなのだろう――自分は刑期一億年の女囚、それこそ他者の恐怖の視線と憎悪を一氏に浴びる戮殺の化身であったはずだった。そんな典型的な悪人が他人のことで頭痛を感じなければならないのだ。
「……だから問題が発生したら脱ごうという姿勢を捨てやがれ!! お前は借金まみれの落ち目アイドルかなんかか!!」
「……では、どうすればデュナン君に前のように話して貰えるのでしょうか」
周りの連中が馬鹿ばっかりだからだ、先ほどまでの疑問はそう考える事にした。
「そこいらは後で相談してやるから、相談に乗れや。……テレジアが最近様子がおかしいらしい。なんかそれらしい話は聞いてねぇか? 出来ればテレジアが帰ってくるまでに情報を集めておきてぇんだが」
『ああっデュナン! どうしたのだね?! どうして真っ青になって巨乳怖いと呟いているのだ!! だ、誰が私の息子をこんな姿にー!!??』
「言ったそばから手遅れか!」
壁の向こうから聞こえてくる――バタバタと息子を置いて頭の孔雀を振り振り/厳しい眼差しでこちらを睨むテレジア。
「プリス! 私の息子に何をしたのだね?!」
「……今回の件に関してはアタクシは本気で無罪なんだけどなぁ」
ぽりぽり/面倒そうに頭をかくプリス。とりあえず外堀を埋めてからテレジアの変な様子とやらの原因を探ろうとしたプリスは、もはや事此処に至っては事前調査など意味がないと考えなおし、単刀直入に切り出す事にした。
「なぁ、テレジア」
「なんだね」
ガルルルと噛み付きかねないような剣呑な視線/実際息子をかばいながら唸り声を上げている――まぁ、息子が虚ろな目で巨乳怖いと呟けばそうなるのも当然かもしれない。
「デュナンが言ってたんだが、テメェ、なんか頭に風船がついて空の彼方に飛んできそうなぐらいハッピーな様子だったそうじゃねぇか。いつもと違う様子に息子が心配していたんだぜ? 一応理由ぐらい聞かせろや」
「む」
思い至るところがあったのか――表情を改めるテレジア。
ふむん、と呟き、部屋の外に出てからプリスをちょいちょい、と誘う。どうやらメノやデュナンには聞かれたくない話らしい。何事かと思い、プリスはそちらに移動する。もちろんその場にいたデュナン少年はメノに連れて行かれた。背中に「薄情者だ~~」と声が聞こえたがプリスは無視した。
頑張れ若人よ、君は大人になった時――若き日に天国にいた事を思い知るのだ。プリスは両耳をふさいで少年の悲痛な叫び声を無視することにした。
ひどい話だった。
窓から見える光景――有澤も設計に参加した大口径キャノン砲を有する重要塞ビル群/有事の際にはビルの上部をクーガー渾身のブースターで浮遊させ、敵の侵攻勢力を撃破する事になる浮遊砲台は、来訪者を威嚇するようにいくつも聳え立っている――グローバル・アーマメンツ社、通称GA本社施設――ビッグボックス。
その――GA関係者でなければ砲弾の洗礼を受けるその場所で一人の男は自由を奪われ軟禁されていた。
黒目黒髪/穏やかでありながら強い意志を思わせる瞳は彼の身に流れる侍の血筋である事を示すよう/への字に結ばれた一見して不機嫌そうな顔/望めば如何なる飽食も許される立場でありながら鉄の自制心と精神力でもって鍛えている為か、贅肉は極限まで皆無/紺色のスーツを上下に纏った壮年の男性――国家解体戦争以前は自社製の戦車の信頼性を証明するため戦車兵として活躍し、国家解体戦争において、『若』というリンクスネームを用いて自社製ネクスト<車懸>に搭乗したオリジナルの一人――同時にGAグループを形成する、環太平洋経済圏に本社を置く有澤重工の社長=世界の支配者階級の一人でありながら自ら前線に立つ寄人=リンクスナンバー24、有澤重工四十二代目社長、有澤隆文。
こつこつ――部屋の扉をノックする音。
『隆文、聞こえるか、ローディーだ』
「開いている。入ってくれ」
有澤の短い声――肉体よりもまず精神に苦しみを抱えたような呟き。
中に入ってくる男――後ろにオールバックで纏められた黒髪/中年に差し掛かる年齢層だが黒い瞳は眼光鋭く強靭なものを思わせる/スーツに押し込められた肉体には、自らの意志で戦場に立つ事を選んだもののみが纏う、軍神の如き武威を帯びていた/リンクスとしては若輩でも戦士としては一流である威厳を持つ男/GA社の焦りを示すといわれた粗製、リンクスナンバー36=ローディー。
彼は中に足を踏み入れると同時に――彼の傍に彫像の如く気配無く立っていた男性に視線をやり――驚きで目を剥いた。
「有澤忍軍……まさか実在しているとはな」
そばに控える青年の声――驚くべき事にその顔立ちは、有澤隆文と鏡合わせのように瓜二つ。
有澤直属の私立ボディガードである影武者部隊――その一人だ。
「……なんだ、ローディー」
「……一介のリンクスである俺に話が通っていて、企業社長であるお前に話が行っていないはずがないだろう」
まるで膿み疲れたかのような戦友の様子にローディーは辛そうに唇を食い縛る。
「GAアメリカは――GAEハイダ工廠、ならびにGAE本社施設に攻撃を加えるつもりだ。先鋒にはアナトリアの傭兵、本社施設の制圧には増援としてオーメルの機械化歩兵が投入されるそうだ」
有澤隆文――無言。
「GAEには……お前の子息と――」
「私には子供も妻もいない」
血縁全てを見殺しにすると取られても仕方のないその非情な発言にローディー――思わず言葉を詰まらせる。
有澤隆文は――ただただ、冷徹にも思える平坦な口調で続ける=だが握りしめた、震える拳が、彼の真の感情が怒りの形であることを告げていた。
「……私は、有澤重工二十四代目。有澤一千万の社員とその家族に責任を持つ立場だ」
企業が世界を支配する時代の王――その中でも彼は自分と自分に連なる家族を切り捨てる覚悟を持った本物。
だが――それだからこそ、彼はリンクスとして戦友でもある男がこのまま何もせぬままでいる事が歯がゆくて仕方ないのだった。
GA社を構成する企業のトップ――だがそれでも彼は企業の社長であるが故、息子と妻を助けに行くという人間として至極当たり前の行動を、立場に縛られ――行う事が出来ない。
なんと不自由な立場なのか――ローディーは嘆息を噛み殺す。
ローディーが不安に思う事―GA本社は可能であるならば、有澤重工社長である有澤隆文とGAEの奇人ミセス=テレジアの間に生まれたデュナンの身柄を確保しようとしている。両親どちらもリンクスであるという特殊な出生の彼は、GAの調査機関が調べた結果、極めて高いAMS適正を持つ事が秘密裏の検査で確認されている。それこそ粗製呼ばわりされる自分とは違う、非常に高いものだ。
もちろん――今十二歳の子供を戦場に放り込むような真似はしないだろうが、優れたリンクスの資質を持つ人間を喉から手が出るほど欲しがっているGAは本人の意思に関わりなく戦場に駆り立てる。子供であろうと関係ない。意志など無視し、彼等は戦場へと駆り立てるだろう。
だが――主人を弁護するように前に進み出る影武者は口を開いた。
「……ローディー様。社長は、なんの手も打たずに居た訳ではございません。テレジア様はネクストAC<カリオン>にお乗りになる故、ある意味安全。傍には『GAEの有澤狂い』と名高いプリス様の<アポカリプス>にGAの聖女メノ=ルー様と<プリミティブライト>もございます」
「……戦場は水物だ。確実などない」
有澤の言葉を特に否定もせず、ただ頷く影武者。
「はい。……それゆえ、デュナン様――有澤二十五代目となられる若様には事前に手のものを、有澤忍軍最強の男を忍ばせております」
ほぅ? と眉を吊り上げるローディー/自信ありげな笑みを浮かべる影武者。
「なんと言う名前だ?」
「ヴァオーと」
プリス/テレジア――二人は何やら先ほどの雰囲気とは違い、和やかな雰囲気でメノ/デュナンの元に戻ってきた。
先程の様子と違い――何やら打ち解けた様子のプリス、はにかんだ笑顔を見せるテレジア――メノは不思議そうに小首を傾げた。ちなみにデュナン少年は壁際に追い詰められていた。
「お話は、終わったのですか?」
「ああ。……おい、デュナン少年。……テメェの心配は杞憂だったぜ」
「え?」
母親の様子が気になっていたデュナンは、プリスの言葉に、母を見る。
「ごめん、だね。デュナン。……実は、ちょっとお母さん、嬉しい事があって――ね」
その母の素直な笑顔に――デュナンはようやく微笑んだ。
母親がいつもと違う様子に胸に蟠っていた不安が解けていく。ようやくいつものような気持ちに戻ったデュナン。
だが、そんな日常を切り裂くように――警報が鳴り響く。
警戒態勢を告げる音――グレードからして、かなりの大戦力の接近を感知している。
いったい何処からの勢力なのか――論じる暇はまるでなかった。三人はお互いの視線を交わし/頷く。
テレジア――駆け足でやってきたそのGAE内でのテレジアのネクスト戦術理論構築に携わる新しい部下である青年に視線を向け、鋭い口調で訪ねる。
「メルツェル! どうなっているのだね?!」
「ハイダ工廠にアナトリアの傭兵を確認。……ここ、GAE本社施設にも敵部隊が接近。敵はGA本社からの部隊……迎撃の必要があるようです。……GAE上層はこれを本格的な攻撃と判断。提携先のアクアビットに救援を求めたそうです」
ちっ、と舌打ちするプリス。
とうとう――GAEの新型兵器、ソルディオスの事を怪しみ/様々な軋轢を繰り返した本社が、本格的に叩き潰しに来たのだ。防衛戦などLCCに飼われていた頃請け負ったミッションでは一番苦手だった。他人の事を気遣いながら戦うなど苦手も良いところ――プリスは思わず言う。
「<アポカリプス>がこん中の三名で一番速度が早い。……接近する敵部隊はアタクシがやろう」
正論ではあるが――実際には何かを護りながら戦うという事が苦手なプリスは正論でもって、気兼ねなく敵を叩き壊せるミッションを名乗り出る。
デュナンは、空気が瞬時に緊張していくのを感じた。
警報が鳴り響いた瞬間――母とその戦友達は――スイッチが切り替わるように一瞬で戦士の顔へと切り替わった。その姿に驚きと共に――自分の知らない一面を見せつけられたように息を呑む。
「デュナン――待っていてね。話の続きは、帰ってからやるよ」
「う、うん。……気を付けてね、母さん」
にっこりと笑い、頷くテレジア。歩きだす三名のリンクス――その背を見送りながら、デュナンはメルツェルに手を引かれ、避難を始める。
……思えば、この後に『ハイダ工廠粛清』と称される一連の事件こそが、デュナンが自分と自分にまつわるすべての人々が永遠に幸福であることを無邪気に信じられた最後の時期であり。
……そして幼き夢のすべてを断念し、リンクスとして生きていくことを決意した思いの始まりの時でもあった。
少年期の最後は、間近に迫っている。
[3175] 第三十二話『ごめんね』(上)
Name: 八針来夏◆0114a4d8 ID:0f593b10
Date: 2009/03/26 15:53
AMS接続――人機一体。
ハウゴ=アンダーノアは、乗機<アイムラスト>の中で、機体の統合制御体と接続し――その鋼鉄の四肢を自分の神経が走る手足の延長として扱う事が出来る。
……胸奥にわだかまる不快感を自覚しながら――ハウゴは目を細め、攻撃目標を確認する。
<アイムラスト>のアイカメラが収縮――多数の砲門/防衛用ノーマル部隊/内部へと潜入を試みるものを拒絶する堅牢な隔壁。突破するのは骨だな、そう一人ごちる。
「フィオナ、勧告は?」
『……既にGA本社から連絡が行っているはず。……今回の作戦目標は二つ。GAのパワードスーツ部隊を搭載したヘリ部隊の降下を邪魔する敵部隊を排除。その後はハイダ工廠内に潜入。敵の抵抗戦力を破壊して、内部の大型兵器を破壊する。
……レーダーを確認したけど、ネクストACはいないわね。……ただ、GAE本社から敵のネクストも来る可能性もある』
「……そうだな。……余り――長引かせる訳にもいかねぇか」
ハウゴはそう呟きながら――脳裏に映る、かつて赤い星で戦った敵の姿を思い出す。
「……同じ時代を生きた者同士、また同時に類稀な敵手、出来れば、戦いたくはねぇがな」
だが、そうも行かない――既に、ハウゴはこの時代に作った戦友/弟子の一人を生贄の祭壇に捧げた。……一度始めたのだ。もう降りる事はできない。目を閉じ――この戦いが早く終結することを願いながら――数日前のブリーフィングを思い起こした。
「本当なの? エミール。GA本社からの依頼が……GAE、ハイダ工廠への攻撃って……」
「……そうだ」
先日よりもどこかやつれた印象のするエミールの言葉に、フィオナは怪訝そうな声を漏らし――ハウゴはあからさまに嫌そうな顔を見せた。
「一応同社グループのはずなんだろうが……まぁ、さまざまに軋轢があるんだろうな」
ハウゴ――呟きながら以前の戦いを思い起こす。
独立計画都市グリフォンを占拠した敵部隊――彼らが最後に切り札として出撃させたのはGAE製の大型六脚戦車。GAに敵対する唯のテロリストが保有できる戦力では無い。GAEとレイレナード陣営――繋がりがあり、その繋がりが発覚した事で、恐らく今回の作戦と相成ったのだろう。
ハウゴ――挙手。
「提携先のアクアビットが支援の戦力を送ってくる可能性は?」
「GA本社はGAEとアクアビット間で物資運送に使用していたギアトンネルに相当数の防衛部隊を配備するそうだ。……場所は戦闘機動の制限されるギアトンネル。迎え撃つのはGAの重装部隊。……例えネクスト戦力でも――この場合差し向けられるのはアクアビットの標準型LINSTANT、もしくはレイレナードの標準型、03-AALIYAHだ。どちらも機動性に重きを置いている。閉所で数で攻められれば彼らも手出しを控えるだろう」
そいつはどうかな?――ハウゴは心の中に反論を飼っていたが、口には出さない。
アンジェと<オルレア>――轡を並べて戦った事があるだけに彼女の実力は肌身に染みている。相手のロックオンを阻害するフラッシュロケット、近接戦における高出力/長刀身――月光の名を冠する最強のレーザーブレード。あれを数で押し切れるか、と聞かれれば、ハウゴは難しいと答えるだろう。
アンジェは強い。それは確実だ――それでも今回は彼女でも分が悪いだろう。<オルレア>ではリスクが多すぎる。
最悪の状況を想定するのはレイヴンとしての性分――ハウゴはGAEのネクストとアクアビットのネクストを同時に相手取る事も考えなくてはならないと思い、アセンブリの構築を既に頭の中で始めている。
エミール=言葉を続ける。
「作戦内容は、GAEハイダ工廠攻撃。……内部に存在する開発途中の巨大兵器を破壊することになる。……以上だ」
エミール=そう言うと、まるで質問も何も拒絶するように背を見せた。
ハウゴ=かすかに不審そうな眼差しを向け――歩き出す。
(……気のせいかね。どこか、前よりやつれた様に見えたが――)
気のせいか――そう考えなおし、ハウゴは歩き始めた。
ギアトンネル――GAEとアクアビットの共同開発兵器『ソルディオス』の物資輸送の為に使用されていたそこには、GA製ノーマル/有澤製重砲台型MTが鎮座し、アクアビット方面から接近する相手を一匹たりとも寄せ付けない重厚な布陣を固めていた。
だが――兵士達はある意味、弛緩していたと言ってもいい。
彼等はいわばアクアビット、レイレナードに対する牽制であり、存在そのものが相手に対する威圧だ。極論を言えば、そこに居さえすれば用は足りるのである。
そんな彼等が――迫りくる異常の予兆に気づいたのは、ノーマルの中/本来なら敵の実弾兵器などで衝撃を受けた場合、搭乗者を保護するため減衰して伝えるはずのパイロット保護機能でさえ減衰しきれない微かな振動を感じた時だった。
『……おい、地震か?』
そういった天災如きで壊れるほどギアトンネルの構造が脆くない事は知っていたが、有澤重工の社員と違い、大地が揺れるという現象に対してあまり慣れていない彼等は多少上ずった声で不安の声を漏らす。
問題ない、問題ないはずだ。彼らはそう考える。作戦前のブリーフィングでは自分達は牽制役であり戦闘に参加する事は恐らくないだろうという甘い現実を聞き、そうであるのだと信じようとした。否、そう信じたかった。
『……!! 巨大熱量を感知、これは――大きい! ネクストを上回る排熱量?!』
アクアビット勢力の攻撃に備え、ギアトンネルには現在何枚もの隔壁が閉鎖されている。敵対勢力の侵入/海水の充満――それらを防ぐために設けられた隔壁の堅牢さは、ネクスト級火力ですら意に介さぬほどの防御力がある。
だが――それは、はず、でしか無かった。
『か、隔壁の中心部が一部赤熱化!! レーザー兵器による攻撃!』
なるほど――隔壁の中心部がすさまじい高熱の負荷をかけられ一部が融解寸前まで行っている。
だが――ネクスト級の攻撃すら問題のではなかったのか? 緊迫した空気/同僚達の生唾を飲み込む音まで聞こえてくる――ノーマルのパイロット達は今や自分達が安全な後方から生命の危機のある最前線に立っている事を理解せざるを得なかった。上官侮辱罪になるから口には出さないが、胸の中で百万回現実とはまるで違う作戦内容を立てた戦術部の連中に百万回呪いの言葉を投げかけて、機体の戦闘モードを起動させる。
『隔壁破壊! ……来るぞ!!』
あまりの圧力/熱量負荷にとうとう耐えかねたかのように隔壁が崩壊――堅牢なそれが、まるで子供の積み木細工のように木っ端微塵に砕かれ、その残骸の中から巨大な怪物としか言いようのないものが姿を現す。
体躯――余りにも巨大すぎて全体像を把握することは不可能/形状――レールの上に噛み込んだ車輪で移動する事から恐らく列車の一種=だがその高速で移動する大質量の禍々しさは唯の列車と呼ぶにはあまりにも破壊的な威圧を有していた/車体下部、全面に二つ突きだした大型のプライマルアーマー整波装置――上方にはもう一個の整波装置、まるで顔面のようにも見えるそれは、鋼鉄の巨人達を見下ろすかのように凄まじい速度で分厚いプライマルアーマーを纏い突進してくる――アクアビット社製のコジマ技術を用いた、膨大なKP出力で全てを押し潰し/踏み潰す轢殺の巨塊――巨大兵器、蹂躙列車<ウルスラグナ>。
ノーマル部隊はその巨大な怪物の威容にひるみはしたが、それでも戦士としての職分を忘れる事は無かった。
震える手で全兵装の使用制限を解除――即座に凄まじい速度で接近してくる相手に対して重火器を雨霰と叩きこむ。GA系のノーマルのバズーカ砲弾がいくつも飛来/直撃――だが、噴煙の中からコジマ粒子の緑色の燐光を放ちつつ蹂躙してくる<ウルスラグナ>を止めるには至らない。
『く、くそっ、駄目か!!』
絶望の呻きを挙げながら逃走しようとするGAノーマル部隊は――しかし凄まじい大質量と高速で倍増された圧倒的な蹂躙列車の体当たりを叩き込まれ、粉砕された隔壁と同じ末路を辿った=全滅。
GAEハイダ工廠――ハウゴ=アンダーノアとその乗機<アイムラスト>はハイダ工廠の中を侵攻している。
「……順調順調、か。……フィオナ、GAEのネクストは?」
『まだ到着は確認できていない。……なるべく、早く切りあげましょう』
ハウゴ――そうだな、と同意の呟き。
ハイダ工廠は三つの区画に分かれている。
アクアビットとの共同で開発を続けられていた大型兵器――<ソルディオス>の基底部を中心に、それぞれが通路で結ばれている。一直線構造であり、通路には大量のGA製ノーマル部隊。それを<アイムラスト>は左後背のハイレーザーキャノンで焼き払いながら順調な侵攻を続けている。
ノーマル部隊の抵抗はあるものの――しかしネクストの高出力レーザーに太刀打ちできるはずもない。現時点ですでにハウゴは二機の大型兵器<ソルディオス>のうち二つを破壊し終えていた。
うまくいきすぎている。こう言う時は怖い――それがハウゴの正直な感想だったが、実際に発言してしまうとそれが事実になってしまいそうな気がしており、どうにも躊躇われてしまうのだ。
とにかくうまくいっている。ここで昔のように敵の増援などが来なければ実に楽にミッション完了だ。
『ハウゴッ!!』
「ほぉら来た」
そう考えていた瞬間に聞こえてきたフィオナの焦り混じりの声にハウゴ=思わず呟いてしまう。
『GAEのギアトンネル駐留部隊が全滅したわ……!』
「……なんだと?」
ハウゴ――予想外の言葉に思わず声を失う。
彼の予想では、最も在り得る悪い報とはGAEのネクストACがこちらの攻め込んでくる事であり――想定していた一番最悪の予想とは、この機動力が制限されるハイダ工廠という閉所の中で火力/重装甲/高機動性を有する<アポカリプス>と出くわす事であり、GAEの駐留部隊が全滅するという予想は、一応立ててはいたものの、最も可能性が低いものだと判断していたのだ。
事前のブリーフィングでエミールが言っていたのと同じように――レイレナード/アクアビットがこの件で戦力を送り届けるとは思わなかったのだが。
『……っ! 敵ネクスト反応!!』
「来たな」
フィオナの声。
予想より早い――順調なのはここまでか、ハウゴは同時にどこか安堵する己を自覚する。これ以上予想外な出来事は起こるまい、後は現実に全力で対処するのみ――そう判断しながら、相手と接敵する前に最後の一機の巨大兵器を破壊するべく――オーバードブースターをスイッチする。
『くそっ! 早すぎる!』
『あんな装甲をしている癖に、あ、あんなに早いなんて……理不尽だろう!!』
暴虐の体現――まさしくGA侵攻部隊にとって上空から飛来し、大口径榴弾の洗礼を浴びせかけるネクストAC<アポカリプス>は鋼鉄の巨人の姿を借りた災禍だった。
本来ならば敵対企業――レイレナード/BFF/インテリオル・ユニオン――その三つの企業に対して振るわれるべきである有澤渾身の榴弾技術は、グループ企業のノーマル部隊にも全く平等に凄絶な破壊力を示していた。
大口径/重装甲――GAの設計技術は実弾兵器に対する堅牢化を実現していた。普通の銃弾程度なら問題はない――だが、<アポカリプス>が攻撃に使用しているのはGA内でも大鑑巨砲主義に傾斜した、GA本社を上回る火力の申し子――有澤のグレネード兵器である。幾らGA製ノーマルが実弾に耐える分厚い装甲を有しているといっても限界があった。
散発的な反撃を加えようとも――その無脚型にのみ許された圧倒的な高機動性で回避。次の瞬間、<アポカリプス>は相手の攻撃に百倍する過剰な猛攻で攻撃の芽を沈黙させる。
「……弱えぇな」
ぼそりと呟くプリス=ナー。
今回の作戦において確認されているのはGA社製のネクストでは無く、アナトリアの傭兵のみ。一つの企業に対する粛清にしては、用いる力が圧倒的に足らない。
――不吉。
するりと背筋に氷の塊が滑り込むような感覚。
ちっ――軽く舌打ちを漏らして通信で状況を確認しようとするプリス=ナーは、そこで遠方に煌めくブースター炎を視認した。
レーダーの実効射程外。戦場を大きく迂回して――<アポカリプス>が張り巡らせる火力の網を避けようとする意志が見て取れた。プリス――通信をオープン。
「……ネクストのクイックブースター炎を視認したぜ。テレジア、そっちに向かうつもりだ。アタクシの<アポカリプス>で迎撃をやるぜ」
『いや、大丈夫なのだよ。……プリスはそのままGAの部隊迎撃を続けて欲しいのだね』
ん? と思わず声を漏らすプリス。
彼女はテレジアの戦闘能力を正しく見切っていた。メノ・ルー程の火力と装甲と根性も無く、ハウゴのような熟達の技がある訳でもない。……比べる相手がいささか強すぎる気がするがそれはさておき。
とにかくGAEにおける三人のリンクスのうち、実力が最も下位になってしまうのは彼女のネクストAC<カリオン>だ。
そして――その事を理解しているのはネクストの戦術理論構築者という二足のわらじを掃く彼女自身だろう。故に――彼女は無理をしない。数的優勢を確保するか、さまざまな状況戦を仕掛けて相手に十全の力を発揮させまいとする。兎に角テレジアが嫌うのは戦術的博打であり、まず勝てない戦闘は行わないのだ。チェスを彼女と一度打った事がプリスにはあったが、その打ち筋は極端な防御嗜好。負けない布陣を徹底的に固めてから攻めかかる。故にか、あまりチェスは強くない。功守のバランスがとれている息子の方が強いぐらいだ。
そんな彼女が、実力優位のプリスの支援を要らないと言うという事は――戦術的優位が確立されているということ。
「なんかあったのか?」
『アクアビット、レイレナードから増援が到着したのだよ。ギアトンネルを占拠していたGA部隊も既にアクアビットによって排除されたのだ』
へぇ? ――自然と感嘆の言葉が漏れ出た。
通路に散らばる屍の山――斬殺/射殺/爆殺――ハイダ工廠を守備するGAE正規部隊のノーマルはすでにその全てが沈黙させられていた。
もはやそこにあるのは鉄屑――なまじ人の姿を模すだけにその凄絶さは単純な無機質として終わっていない。搭乗者の無念を示すように虚空に掲げられたノーマルの腕がまるで断末魔のように思える。
「……強い」
メノ・ルーは敵ながらもアナトリアの傭兵の実力に讃嘆せざるを得なかった。
自分もここまで戦えるのだろうか/これほどの災禍をまき散らす人型の悪鬼と戦い勝利できるのか――ぶるり、と背筋に寒気が走る。
一番最初の気持ちを思い出す。最初に思ったのは――ネクストという力を用い、人類全体の癌的な部位を精密な外科手術で取り除こうという、救世の意志からだった。力をもつものが世界を変える――その力と意志で何かを変えられると信じて戦いを始めた。
なら――アナトリアの傭兵はこれほどの力で一体何を変えようとしているのか。その行く末を想像し――思考を中断する。
「駄目、今は……」
ハイダ工廠――大型兵器政策の為の大きな区画と、それらを繋げる通路で連結された施設だ。
閉所において最も必要なものは火力と装甲――彼女の<プリミティブライト>はそれらに関しては十分すぎるほどの性能を備えている。既にハイダ工廠内の大型兵器はアナトリアの傭兵によって完全破壊が確認されていた。もはや防衛対象は残骸と果てている。戦闘を継続する意味はない。
ただ――メノ・ルーは知っていた。
自らの研究をいとおしむハイダ工廠の技術者達の情熱を知っており、彼らがどれほど寝食を削って設計に没頭していたか。それをあっけなく破壊された彼らの悲嘆がどれほどのものか容易に想像できるだけに戦闘を決意してしまう。
<プリミティブライト>――機体背部からオーバードブーストによる高速巡航へ。最後のひとつを破壊しようとしているアナトリアの傭兵へと、攻撃を開始する。
「……祈って……貴方の神に」
ハウゴ――製作途中の大型兵器<ソルディオス>の最後の一機のコア部分にダガーブレードを叩き込み、破壊したと同時に聞こえてくる――通信機からの混線の声に片眉を吊り上げる。可憐な女性の声――同時に設計区画に飛び込んできた機体はその搭乗者の柔らかな声質とは真逆のごつごつとした重装機体。
GA社特有の実弾防御を高めた角ばった印象の巨人/重量武装を振り回し、操るためのパワーに優れたアクチュエーターを内蔵するごつい腕部/右腕武装=プライマルアーマーも装甲も物理的破壊力で強引に貫通する大口径バズーカ/左腕武装=大型の機関砲弾を撒き散らすガトリングガン/両肩武装=推進速度を犠牲にした代わりに、追尾性能に優れ、ミサイルに搭載された膨大な量の炸薬で致命的な破壊の嵐を撒き散らすラージミサイル×2――GAの大火力重装甲主義を体現するかのごとき機体――リンクスナンバー10/<プリミティブライト>。
『ハウゴ、敵ネクスト<プリミティブライト>を確認。……敵は典型的な重火力型よ、警戒して』
『GAEか。……ただで見逃してくれるようにも思えねぇな』
ハウゴ――愛機である<アイムラスト>の武装を再度確認。右腕武装=クローム・マスターアームズ製の銃身下部に小型榴弾の発射装置を備えたアサルトライフル/左腕武装=刀身の長さを切り詰め、破壊力を向上させたダガーブレード/右後背武装=高火力のスタンダード型ミサイルランチャー/左後背武装=レーザー兵器のリーディングカンパニー、メリエス製の高負荷と引き換えに凄まじい破壊力を実現したハイレーザーキャノン/両肩武装=同種武装との併用を想定した高火力連動ミサイル。
「貴方のマッスルと私のマッスル、どちらが上か……!!」
『はぁ?』
ハウゴは今極め付けに変な台詞を聞いたような気がしたが――戦闘中なので流すことにした。
<プリミティブライト>――両肩のラージミサイルを展開。巨大な二つのミサイルユニットが正面に起き上がり、カバー開放/内部に格納された大型ミサイルがその剣呑極まる先端を<アイムラスト>へと指向する。
ハウゴ――その巨大武装の展開に苦笑しながら、大型ミサイルに対する対処法を取る。FCSのロックオン優先順位を敵ネクストからミサイルに切り替え。
『悪いがその手の対処法は嫌になるほど叩き込まされたんでな……!』
かつてのGA工廠を占拠したテロリストにより山ほど打ち込まれたラージミサイル――故に弾速は遅いが異常な追尾性を発揮するその手の獲物のあしらい方は嫌になるほど学んでいた。
アサルトライフルを構える/左半身は実弾武装に対するGAの天敵、メリエス製ハイレーザーを展開――自機目掛けて飛来する大型ミサイルを狙い、射撃開始。放たれる速射性の銃弾の一つがラージミサイルの真芯を穿ち、破壊――誘爆したミサイルが破壊と衝撃波を撒き散らす。
「……引いて、お願い……!」
だが――もちろんメノ・ルーも黙っている訳がない。ラージミサイルの対処のために行動する<アイムラスト>へと接近――その両腕にのガトリングガン/バズーカを構える。
躊躇なく発砲――高速回転の異音をかき鳴らしながら放たれる機関砲弾/唸りを上げ、吐き出される大口径。
相手が取りうる回避挙動――正面から繰り出される射撃に対処すれば迫る大型ミサイルが着弾/その逆ならば両腕から放たれる機関砲弾と大口径質量弾が雨あられと降り注ぐ。
凄絶な重火力装備を用いた二者択一――どちらを選ぼうが、重大なダメージ。
『……悪くねぇ戦法だがな。しかしだ』
アナトリアの傭兵――ハウゴは小さく呟く。<アイムラスト>は相手の二者択一を、正面から機動性能で打ち破りに掛かる。
正面からの銃撃を横方向へとクイックブースターで回避――迫り来るミサイルを迎撃するための数秒を稼ぎ、銃撃=誘爆するラージミサイル。
<プリミティブライト>もこの相手の機動に即応――クイックブースターの派生機動、ターンブーストで相手の機動に旋回し追従。両腕の重火器を展開。
正面からの射撃戦――交差する火力。
<アイムラスト>のプライマルアーマーが機関砲弾の直撃を受け、激しく輝く――だが、攻撃を受けながらも的確な回避挙動で致命傷になりかねないバズーカ砲弾の一撃だけは直撃を避けていた。<プリミティブライト>のプライマルアーマーは相手のアサルトライフルの一撃を受け止め/その下の重装甲が弾丸の運動エネルギーを静止させている――だが、次の瞬間直撃する光の巨槍、ハイレーザーキャノンの一撃はレーザー系武装の防御力が軒並み低いGAの欠点を露呈する結果になった。
「ううっ……?!」
AMSの負荷増大――メノ・ルーは口から漏れる苦悶の声を抑える事に失敗した。
元来耐久性の高いGA機――装甲の分厚さで一撃に耐えるだけの能力はあるが、しかしそれもいつまで持つかどうか。
実弾武装同士の撃ち合いなら勝機はあるが――相手がGAの天敵、ハイレーザーを保有しているとなると勝負はどう転ぶかわからない。
再び射撃戦――<プリミティブライト>は実弾に対する耐久性を生かす/<アイムラスト>はハイレーザーと機動性能を生かす。
メノ・ルーは集中している――相手のアサルトライフルは実弾武装/注意すべきはハイレーザーのみであり、それさえ凌ぐ事ができれば撃ち合いで負ける事はない。AMSを通したクイックブースター制御を意識する。相手が撃った、と思ったら脳髄の決断を待たずに迅雷の反射速度で回避する事を考える。
瞬間――敵ネクストの左後背に展開する大型の光学兵器が先端から破壊的灼光を充満させる=放たれる一撃は<プリミティブライト>の右側を狙っていた/メノ・ルーは瞬時に左方向へとクイックブースターによる回避――光の巨槍は機体の右側へと流れていった。
『かかった』
「……?!」
ぞくり、と神経をあわ立てる相手の言葉――<アイムラスト>=突撃してくる。
アサルトライフルを構え/左側の武装をダガーブレードへと変更――メノ・ルーは相手との距離を置くために後方へと下がろうとし/そこで、<プリミティブライト>が壁を背負わされている事に遅まきながら気づいた。
言葉に発されるより――先に心臓が爆発するような恐怖感。誘導されたという敵手に対する賛嘆の念/早く離脱しなくては――二つの指向が平行しつつも<プリミティブライト>は右方向へクイックブーストによる回避挙動を取ろうとし――今まで沈黙を守っていた、アサルトライフル下部のグレネード弾が始めて火を噴いた。
まるでこちらの動きを先んじて読んでいたかのように――放たれた小口径榴弾は<プリミティブライト>の右半身を直撃=その衝撃で機体を硬直させ=その刹那に<アイムラスト>は鋭い踏み込みを見せていた。
ダガーブレード、一閃。
振るわれた焦熱の刃はガトリング砲を溶解/切断――使用不能に追い込まれる。
(死ぬ……?! わたし……?!)
近接射撃戦で唯一効果を発揮するガトリングガンを真っ先に潰された。
狡猾な――声を漏らしながらメノ・ルーはそれでも戦おうとする=命を拾うには勝つしかないということを熟知していた。至近距離で使用できるのは最早バズーカのみ、クイックブースターで右方向へ機動――だが、もちろん張り付くほどの近距離の維持を<アイムラスト>がやめるはずがない。重量級と中量級――機動性能で上回る<アイムラスト>は蛭のように食いついて離れずに一方的な斬殺を仕掛けようとする。
「嘘……なのね……」
最後――ここで。
眼前に迫る――青い姿のネクスト。
これが――彼女が瞳に移す最後の光景。
突き出される焦熱の刃が――<プリミティブライト>のコアを貫通し――搭乗者である自分自身の肉体を原子へと還元する光景を彼女は幻視し。
その確定した未来を覆すかのように、緑色の重金属粒子ビームが<アイムラスト>にとどめの一撃を防がせる事になった。
『なにっ……!!』
クイックブースター機動による即時後退。
<アイムラスト>は最後の一撃を刺し損ね――同時に自分に一撃を見舞った敵の新手に正対する。
『……話は聞いておるよ、アナトリアの傭兵』
通路の向こうから姿を現す機体――球体型のプライマルアーマー整波性能に特化した頭部/脆いとすらいえる軽量型脚部/防御力をプライマルアーマーのみに絞ったアクアビットの正規ネクストAC/右腕武装=装弾数、威力を追及した高火力マシンガン/左腕武装=コジマ粒子を銃身へと蓄積させ、発射するコジマライフル=先端から発砲直後を示すように煙が立ち上っていた/左後背武装=高出力のプラズマを吐き出す大型プラズマキャノン――リンクスナンバー7、ネオニダスの駆るネクストAC<シルバーバレット>。
「あ、アクアビット? 間に会ったのですか?」
『その機体ではこれ以上の戦闘は不可能だろうて。……私は試作型アサルトアーマーを使う。巻き込まれればお前さんとて無事ではすまんぞ、ここは引き受けよう、行け』
『……くそっ、戦闘に気を取られすぎて新手に気づかないたぁな』
<アイムラスト><シルバーバレット>――お互いに正対。
その戦場から逃れるように――<プリミティブライト>は目の前を掠めた死神の刃を避けるように相対する両機の視界から離脱する。
「……殺されていた」
通路を移動しつつ――メノ・ルーは一人呟く。
ネオニダスが攻撃を加えていなければ、今頃アナトリアの傭兵の刃は彼女を機体ごと葬り去っていただろう。戦っていた時には感じていなかった恐怖感が遅まきながら心臓を鷲掴みにする。
操縦桿を握る手が震えている事に気づき――震えているのは自分であるのだと知る。
離れなければ――あのアナトリアの傭兵から。
今までにない恐怖/怯えるように、メノ・ルーはオーバードブースターを点火させた。
[3175] 第三十三話『ごめんね』(下)
Name: 八針来夏◆0114a4d8 ID:0f593b10
Date: 2009/03/26 16:09
デュナンは、将来絵本作家になりたいと言うだけあって子供の頃から――今もまだ十二歳と十分幼いが――毛筆を片手に絵を良く書いていた。
コンピュータなどに内蔵された画像作成ツールなどに頼らず、アナログ的な毛筆、絵の具、鉛筆など――このご時世、下手なプログラムファイルよりも高価な道具を使って描く、どこか温かみのある絵を好んでいた。
一番のお気に入りは、母親であるテレジアの仕事疲れで机の上で眠っている絵をこっそりとスケッチしたもの。ありのままの母親の姿を切り抜いたみたいで――大抵乱暴な口調が一番真っ先に出るプリス=ナーでさえ、『へぇ、上手いじゃねぇか』と、素直な賞賛の言葉を掛けるだけあり、一番の傑作だ。その絵は、一枚がデュナンの手元にあり、もう一枚、コピーしたものは、モデルであるテレジア自身の手にある。
肌身離さず持っている大切なものであり――おかげで、限られた時間の中でGAEの避難施設に移動するためにより道など許されない今、自室に置いて行かなければならないという事態にはならずに済みそうだった。
「……急ぐぞ、デュナン」
「は、はいっ!!」
自分の年長の知人である――メルツェルの言葉にデュナンははっきりと頷く。今は大人の言葉に疑問を差し挟む事が出来るほど余裕のある事態でない事は子供である彼にもはっきりと理解出来ていた。
メルツェル――デュナンにとっての年上の友人。
黒目黒髪――古めかしい片眼鏡を愛用/身長は平均を上回る事は無い――しかし彼の驚嘆すべきところはその内面である=GAE所属の戦術理論に関する論文をはじめとするさまざまな分野ですでにあちこちから高い評価を受けている青年/他のGAグループ内の企業からの求めを断り、ここGAEでテレジアの元、戦術理論やネクスト運用など知的労働にいそしんでいる。
メルツェルは、仕事の上司である女性の子の手を引きながら――泡を食って逃げだろうとする職員達の群れに巻き込まれる事を避け、早足で歩く。胸元に忍ばせた拳銃の剣呑な感触を確かめながら、彼は溜息を洩らした。
(……出来れば、頼りたくはないな)
メルツェルは、知的労働者を自任している。
そして――非常に優秀な彼がそもそもGAEで働いているのは、――誰にも秘密ではあるのだが、実は、メルツェルはAMS適正の保有者=すなわちGA社におけるネクストのリンクスになる才能の持ち主であったのだ。
粗製乱造と揶揄される、AMS適正劣性のリンクスを誰彼構わず採用したGA社――メルツェルもその計画のメンバーの一人として実は名前が挙がっていたのである。
メルツェルとしては、まさしく有難迷惑と言う他ない結果だった。
彼としてはパックスの力の象徴、最強のハイエンド機体、ネクストの搭乗者リンクスの立場など全く何の価値もないものだった。軍人として生きるよりも価値のある、やりたい仕事など山ほどある。
それもリンクスとしても優れた資質の持ち主という訳でもないAMS適正、劣性の烙印を押されている。メルツェルにとって、リンクスになるという事は自分の死刑執行書にサインを強要されるのと似たような事であった。
まさしく暗然たる未来が押し付けられようとした時に救いの手を差し伸べたのが、GAE所属の奇人、ミセス=テレジアだったのである。
彼女は国家解体戦争を潜り抜けた戦友として――友人でもあった、GA内でも相当の発言力を持つ有澤隆文に連絡を取り、彼をリンクスとして登用することを取りやめてもらうように取り計らったのだ。
その縁でGAEに在籍することになったメルツェル――もちろん、恩人の子息であるデュナンを何としてでも守ろうと硬い決意を宿していた。
「とはいえ……この状況。策が必要になるとも思えんが」
GA本社からの攻撃――現在、GAE所属のミセス・テレジアのネクストAC<カリオン>はGAE本社施設の直営/メノ・ルーはハイダ工廠に攻撃を仕掛けに来た敵、アナトリアの傭兵を迎撃に出た/そしてGAEの最大戦力であるプリス=ナーの<アポカリプス>はGAE本社に攻撃を仕掛けるために現在移動しているGA部隊の迎撃に出ている。GAEの重役達が既に逃亡しているという情報が更に状況を混迷化させていた。
<アポカリプス>は非常に強力だが――しかし投入されるGAの戦力は膨大。撤退に追い込む事はまず不可能だろう。
(……だが、GAEは三機のネクストを運用できる。下手な戦力ではGAEは落とせないだろうな)
アナトリアの傭兵の他、GAは最悪の場合――他の同盟企業からネクスト戦力を回してもらうことすらあり得るか? ――いずれにせよ、メルツェルは見極める必要がある。
他の大勢と同様にギアトンネルからアクアビットへと移動する手段――不可能と判断する。
提携先のアクアビット――連携している企業とはいえ、火中の栗を拾うような真似をするだろうか?――回答は否。
メルツェル個人には会社に対する忠誠心は無い。ただあるのは、今彼が手を繋いでいる恩人の子息と自己の生命をいかに守るかだ。
GAに投降する――という手段を考えなかったといえば嘘になる。
ただし――その手段を取った場合、確実にデュナンはAMS適正を認められ――GA所属のリンクスとされるだろう。彼のAMS適正はメルツェルとは違い、非常に高い。通路の先の喧噪を見、メルツェルは移動する。
「どうするんですか、メルツェルさん」
「……あれと同様の行動をする事は、いささか危険に思うので。別ルートで行動しようと思う」
別の手段――彼らを囮とし、別口の手段で脱出。
しかし――事前に状況が分かっていればさまざまに手の打ちようがあったはずだが。メルツェル=もし事前にある程度の行動するための権限と情報を収集する立場にあれば様々な手を打つ自信があった。幼少の頃から父である――企業支配体制の下では死滅したといわれても過言ではない民主政治家、ブロック=セラノの下で諜報戦のイロハを仕込まれている。
ふと、そこでメルツェルは、別ルートでの脱出手段の為に行動しようとして――廊下の先に、どこか張りつめた空気が充満している事を感じ取る/気配などという不確かな感覚では無く、明確に拳銃の撃鉄音が鳴り響くのを聞いた。彼の手を握るデュナンの指が、強く握られているのを感じた。
(……これは、ああ、そういう事なのか?)
既にGAE本社にまで相手の手は伸びていた――GAEの内部監察/デュナン少年を確保するという二つの任務を帯びた潜入工作員。
さて、どう切り抜ける? メルツェルは自問しつつ、隅から姿を現す数名の男達にどう対処するか――笑みの演技をしながら思考を始める。ここで自分の生命を盾に――などというヒロイズム溢れる行為に浸るつもりのない彼は、一時的にでも相手の手の内に落ちることも覚悟していた。
銃器と暴力――弁舌と交渉が通じる相手であるならばどうにでも巻き返して見せる。
そういった決意を胸に、メルツェルは物陰から姿を現す一人の男に対して身構え――。
その男は重力に抗するあらゆる力を失い、糸の切れた人形のように崩れ落ちる。
状況が飲み込めず、唖然とした表情を見せるメルツェル――その疑問に答えるかのように加害者と思しき/つまり彼ら二人を助けたことになる男が姿を現す。
「ハッハー!! 危ないところだったぜぇぇぇぇぇ――!!」
男性としてそれほど体格に恵まれている訳ではないメルツェルだが、そんな彼でも相手の顔を見るために見上げなければならないほどの大男というのはそうそう出会った事がなかった。
巨体――天性の巨躯、恐らくなんら過酷な修練も必要とせず、生まれ持った天性の素養ひとつで大概の相手に圧勝できるような男/そのくせ、それほどの性能の肉体を有しておきながら、全身を覆う筋肉の鎧は巨体特有の慢心を微塵も感じさせないほど見事に練り上げられていた。
黒目黒髪――げらげらと楽しそうに笑っている/どこか愛嬌があると言えるかもしれない――その巨体を筋肉でパンパンに膨らんだまるで似合っていないスーツに無理やり押し込んでいた。まるで拘束服を着せられたヒグマ――その熊男は現在進行形で襲い掛かってくる相手を撃退していた。
銃声を聞きつけられることを恐れているのだろうか――拳銃を用いず、ナイフで武装した工作員と思しき相手を無手のまま見事に叩き潰している。ナイフを紙一重で避け、蹴撃を膝で潰し、獰猛に笑いながら――殴る殴る殴る殴る殴る蹴る投げる投げる踏む踏む。むちゃくちゃなまでの暴力の嵐/情緒教育に悪そうだったのでメルツェルは思わずデュナン少年の目を覆ったぐらいだった。
メルツェル――唖然としながらも、冷静さを即座に取り戻す。助けられたからといって無条件で相手が味方であると信じるような気楽な性格でもなかった。
「お前は何者でここに何をしに来た」
「助けに来たんだぜぇぇぇぇぇ!!」
即答――どうも思考してから言葉を並べているというより脊椎反射で会話しているような感のある巨漢。これほど交渉し甲斐のない相手も初めてだ――メルツェル、変な方向で感心する。
「誰に頼まれ……?」
「……言えないんだぜ」
だが――決して口外してはならない一点は律儀に守るらしい。
とにかく手助けをしたのだからすぐに敵対する意思はないのだろう。それなら現状の打破に使えるかもしれない。すぐさま冷静に算段をつけるべく脳細胞を活性させ始める。
「……兎に角脱出を急いだ方がいいぜ? ギアトンネルを占拠していたGAの部隊はすでに壊滅しているし、早めに脱出したほうがいい」
「…………」
メルツェル=憮然。
自分の知らない所で事態が進行するのは当然の話だが――武より知に重きを置く男としては、自分が最善と判断した行動が結果的に余計な回り道だったと知らされ正直愉快ではないのだろう。
「……あ、あの。……ありがとうございます」
そんなメルツェルの内心など知らず――テレジアの躾がよかったのだろう。前に進み出たデュナンは、ぺこり、とその巨漢に頭を下げる。巨漢の男――朗らかに笑って答えた。
「気にする事はないんだぜ、若君! それが仕事だからよ!!」
呆れたようにメルツェルは眉間を揉んだ。
(……こいつ、とことん交渉に向かんな)
あっさりと何のために二人を助けたのか暴露したも同然の言葉に呆れたような思いを抱く。
あまり周りの人間には知らされていないが――デュナンの母であるテレジアが有澤隆文と親しい関係であるのは察しが着いていた。なら、彼も有澤関係の人間なのだろう。
「お、お兄さんの名前を聞いておいていいですか?」
「ヴァオーだぜ、若君ィィィィ!!」
どんどん自分の素性をばらしていく感のあるこの単純馬鹿を見やり、メルツェルはこの男を放置したらどれほど自分の秘密を暴露してしまうのかいっそ試してみたくなったが、もちろんそんな事をしている暇は無かったので――素直に逃げる算段を付ける事にした。
GAE――他企業と比べコジマ技術において大きく後塵を拝することになった時代遅れの巨人であるが、やはり基本的な資金力という圧倒的な力は未だに引けをとらない強力な力だ。六大企業の中でももっとも古いが――その歴史の中で蓄積してきた財力が可能とする設備投資の多さは圧倒的とも言える。
「ここだ」
メルツェル――GA製ノーマルの並ぶ格納庫の中で、一台の大型トレーラーの前に立つ。
コジマ粒子の汚染にも耐える頑丈な装甲を保有する大型のトレーラー/人員輸送用の車両は既にごった返しており、空きが無いため、こちらを選択するよりほかは無い――速度を増すため、運搬用のトレーラーは既にはずしてある。既にGAE本社を防衛するノーマル部隊によって他の社員たちはギアトンネルを確保したアクアビット社の元へと逃走を続けていた。一緒に移動すれば生存する確率も多いだろう。
「ノーマル程度なら動かせるぜ、メルツェェェェル!!」
「……お前は少し声を抑える訓練をしたほうがいいな」
メルツェル――ヴァオーの声にうっとおしげな顔。どうやら有澤から送られたらしき護衛役であるヴァオーは戦闘屋としての実力は確かなようだったが、肺活量も相当ゆえか自然な声が馬鹿デカイ。
車両のロックを解除し乗り込む――その巨体ゆえに一人で二人分の座席を埋めるヴァオー/まだ線の細い子供ゆえにあまり場所を食わないデュナン/一般的な体格のメルツェル――何とか運送用車両に全員分押し込める事ができた。
「下手に戦闘用のノーマルを出せば敵に狙われ、味方に戦場に駆り出される。……今の目的は無事の脱出だ。無用にリスクを負う必要は無い」
「ほおぉぉぉぉ、流石だぜメルツェェェェル!!」
「……デュナン、済まないがそこにあるそれ、そう、作業用の耳栓を貸してくれ。このままでは私の鼓膜が潰れる」
苦笑いを浮かべながら――座席の前にあった耳栓を手渡すデュナン。
車体の中は完全密封。コジマ粒子汚染下での移動を想定しているので、外気を取り入れる事は許されない。GPSによる位置の指示をAIのナビに表示させ、メルツェルは轍の残る格納庫から敢馬を駆る騎手のように鋭いハンドリングで車体を操り――格納庫から脱出。
この時点では――メルツェルは恐らく脱出にはそれほどのリスクは伴わないだろうと判断していた。
GAEの技術者はGA本社にとっても得がたい貴重な人材――ましてやアクアビットの技術をある程度取り込んだGAE社員を引き込む事が出来ればコジマ技術で後塵を拝するGAは他企業に追いつくための追い風を得ることが出来る。
だから――生命の危機、脱出するGAE車両に対しての直接攻撃は手控えられるものであると判断していた。
甘かったと――誰が、責められるだろうか。
ミセス・テレジアがプリス=ナーと<アポカリプス>の増援を拒否したのは、もちろんアクアビット勢力の援軍が来たことに対するのも理由の一つであったが――その胸のうちにプライドがあった事も否めない。
GA社の戦力を前面に出て迎撃するプリス/ハイダ工廠に出現したアナトリアの傭兵を迎撃に出たメノ――それに対し、彼女とネクストAC<カリオン>は後方の後詰。二人に比べて実力下位の我が身を振り返れば仕方のない選択ではあるのだが。
「……まぁ、問題はないのだよ」
呆れたことにGA本社部隊はプリス一人の奮闘でほとんど制止している。それに残るGA系のネクストはそれほど多くない。
ユナイト・モスは既にKIAが確認されている。ワカ――有澤隆文は、きっと自分との関係から今回の作戦には投入されていないだろう。後はエンリケ・エルカーノの<トリアナ>とローディーの<フィードバック>だが、一機程度はビッグボックスの防衛部隊として投入されているはず。
相手は単機のネクスト――それに対してこちらは彼女の<カリオン>に加え、GAEのノーマル部隊が勢ぞろいしている。
戦術的な優位は確保しており――故に、テレジアは読み違えた。
彼女の失敗は――GAが内部粛清にまで、他企業のネクスト戦力を投入するとまで考えられなかったと言うことであり。そして――迫り来る相手が、考えうる限りの最悪の相手という事実であった。
『……大袈裟なんだよ、GAは。ほんと、笑える』
敵、不明ネクスト反応、だが表示される数値はそれがただのネクスト機体では無い事を告げている――その機体データは、以前交戦した<アポカリプス>から<カリオン>にも移植されていた。
平均的なネクスト機体を大きく逸脱する純白の巨人/膨大なPA整波装置=整波装置が吐き出す膨大なコジマ粒子はただその巨人が動くだけで大地を腐らせ草木を枯らし命を無慈悲に奪う力を持つ/機体各所が内蔵する巨大な推力装置=その膨大な推力は、内部搭乗者の頚椎を平然とへし折るほどの圧倒的加速力をもたらす。
右腕武装=インテリオル・ユニオンのハイレーザーライフル、カノープスに比較的酷似した『KARASAWA』と記入された長大なレーザーライフル/左腕武装=焦熱の刃を形成するための大きな重粒子形成機構、大型のレーザーブレード/右肩武装=異様なサイズの機関砲弾を撒き散らす大型ガトリングキャノン/左肩武装=着弾と同時に灼熱と破片効果で凄まじい破壊力を発揮する大型の大口径榴弾砲/歪なまでに巨大な両肩=内部にはミサイルランチャーユニットを内臓/迷彩など一切考慮されない純白一色の塗装は設計者の絶大な自負を示すかのよう/鋼鉄と鋼鉄を拠り合わせ、更なる鋼鉄でくみ上げた、さながら人型の悪鬼/頭部のカメラアイが滑るように起動――ノーマル部隊を補足。
両肩に内蔵されたミサイルランチャーをマルチロックし――発射。面を制圧する凄まじい数のミサイルは展開していたノーマル部隊を飲み込み、爆散させていく。
『君程度を殺すために、GAEを潰すために、この僕を引っ張り出すなんて。……そう思わないか? ミセス・テレジア』
左腕に装備した長大なレーザーブレードが一閃するたび、胴体ごと両断されるノーマル部隊。
強い、圧倒的に強い――まるで草を刈るように味方を撃墜していく敵機、<バニッシュメント>プロトネクストに、テレジアは息も発さず、垂直上昇式ミサイルを展開し、ロックオン。即時攻撃を開始する。
それと同時に――テレジアの中の、ひどく醒めた、冷静な部分が――戦慄と恐怖で早鐘の如くなる心臓とは裏腹に一つの冷厳な結論を下していた。指先は必死の抵抗を続けるべく愛機を操縦させていたが――リンクスとしてではなく、ネクストの戦術理論研究者としての部分が、自分の辿る運命はっきりと突きつけていた。
そして――テレジア自身も、恐らくその推論が正しいものであると、理解してしまった。
――――ああ。なるほど。
――――私は今日、ここで死ぬのだな。
「母……さん……」
デュナンが母親の戦場に立つ姿を実際に見たことは無い。
見たことがあるのはGAの広報課が編集した見栄えする戦闘シーンの切り抜きであり――その映像しか知らない彼にとって、現実の戦闘とは遥かに苛烈で背筋を寒くする殺意が交錯する凄まじいものだった。
ミサイル/砲弾が飛来――だがそれらの全てを白い巨体はまるで意に介さずに回避する。どう見ても回避できないとしか思えない濃密な弾幕の隙間に巨体を滑り込ませ、砲弾の全てを――瞬間移動と見間違うかのような横方向へと壮絶な加速で回避していく。
返礼の応射が始まる。
右腕の銃が火を噴く――大気すら歪める高出力ハイレーザーの洗礼/GA機の機体中枢まで装甲を融解/貫通させ――撃墜。分厚く、長い、左腕の光剣が旋回する――殺傷半径にいたGA部隊の全てが――腰から上を融解させられ、両断される。
量産される死/戮殺される仲間/外気と接触する隙間など微塵も無いのに焼け爛れる鉄を見るだけで血と鉄錆の悪臭が漂ってくるかのよう――こちらの攻撃の全ては空しく空を穿つのみ。
圧倒的数量を上回る絶対的な質――否応無く死が近づいていると自覚させられる。
「……母さん!!」
デュナン――必死の叫び。
逃げてくれ――そう思いながらデュナンは窓の外――ただ一機生き残り、懸命な死闘を続ける<カリオン>を目蓋に焼き付ける。
四脚型のネクスト<カリオン>は、装甲の割には四脚特有の運動性で必死に相手の火砲を回避し続けている――だがそれも三発に一発程度/装甲の分厚さで何とか生き延びている程度――戦力差はもはや歴然。
敵の白い大型ネクスト――<カリオン>から距離を開ける。
同時に両肩に内蔵されたミサイルランチャーが開放――膨大なミサイルの弾頭が姿を現す。
『……オリジナルなんだし、もう少しばかり楽しめると思ったけど、そうでもないか。もういいや、死ね』
「?! ロックされた!!」
「逃げるんだぜメルツェェェェェル!!」
メルツェル――狼狽/焦燥――その両方の入り混じった声を張り上げながら許される全力で車体を動かす。<カリオン>を狙う際に、ついでにこちらにまでロックオンされたのか、馬鹿な、GAはGAEの技術者みな全て殺しつくす気か?! 罵倒の言葉を飲み込み生存手段を模索。
だが――戦闘用兵器であるネクストのミサイルを輸送用のトレーラーで回避する事など不可能に等しい。
『デュナン――?!』
<カリオン>からの音声通信――頭部のカメラアイが収縮し、三人の乗るトレーラーを見ている。
そして――彼女はネクストの搭乗者、AMS適正を持つリンクスである以前に/ネクストの戦術理論を研究するGAEの奇人である以前に/愛しい息子を守ろうとする母親だった。
機体後背のグレネードと垂直上昇ミサイルを排除、少しでも機速をあげようとする意思に呼応して――統合制御体が接続ボルトを爆破したのだ。同時に機体後背の装甲カバー開放――オーバードブースター。
瞬時に機体を音速の域まで押し上げる大推力ユニットにより――<カリオン>は<バニッシュメント>プロトネクストから射出されるミサイルに背を向け、トレーラーの盾になるように高速で移動。
その背に殺到する――自機へのミサイルの雨/車両に向かったミサイルは意地でも機を盾にして防いでみた。
「あぐっ!!」
テレジア――彼女の体を覆うリンクススーツと高性能の衝撃緩和装置――搭乗者を保護する機構ですら相殺しきれない凄まじい衝撃が<カリオン>を揺さぶり、同時に機体のステータスのほぼ全てが無事なところを探すぐらい赤く点滅している。
AMS過負荷――過度の機体損傷で彼女の視界野にまで悪影響――まるでノイズのように亀裂が走る。機体のカメラをズーム――顔を真っ青にしたまま、自分の機体を見上げる息子の姿が、デュナンがいた。
ああ、そんな顔などしなくていい――そうちゃんと言って上げたかったのだが、もう無理であるのだと理解している。
ただただ、無念でしかない。
出来る事なら――もし、人の生死を司る神様がいるのであれば、あと、一年、いや、九ヶ月ほど自分に時間を与えて欲しかった。もしその時間を与えて貰えるなら、彼女は永遠に煉獄で裁かれ続けても――微笑みながら受け入れる事が出来ただろうに。
操縦席の横に飾られたもの――息子と/添い遂げる事が適わなくなった良人/そして息子が書いた自分の似顔絵。
泣くだろう――嘆くだろう/この事が原因で夢をあきらめたりなどしなければ良いのだが――死を目前に、どこか悟ったような、疲れたような諦観に満ちた声で――テレジアは通信機に向けて言う。
「……ごめんね……デュナン……」
その後に告げる言葉が――少年の心に深すぎる傷を付けると知りながらも――言わずにはいられなかった。
なぜなら――彼女はデュナンと同様に――その子の事も愛していたのだから。
唇が、音を紡ぐ。
『―――――――――――――――――――――――――』
掠れたような――声は、テレジアの耳には届かない。
どこか遠い場所で敵機接近の警報が鳴るが――まるでテレビの向こうの現実のように実感が無い/更に歪む視界――損害過多でAMS過負荷による視覚障害が深刻になっているのかと思ったが――頬を伝う熱いものが涙であるのだと自覚するのにテレジアは数秒の時間を要した。
息子の顔を――最後に網膜へ焼き付ける。
灼熱――――<カリオン>の背から突き入れられたレーザーブレードによる超高熱の刃。
その一撃は――まず、脳髄よりも/心臓よりも――己の何者よりも優先して/子宮を庇った母親の意思も遺志も何もかも無慈悲に蹂躙し――彼女の全てを原子へと還元した。
『なるほど。道理で』
白い巨人から声が響く。
『動きがトロいと思ったよ』
うう、うう……うううううう……!!
どこかで獣じみた声が響き渡ると――デュナンは思った。
それが自分の唇から漏れ出るものであるのだと理解出来ない。
<カリオン>――そのコア部分から光剣が生えている。
機体の四肢は魂とも言うべきリンクスを失ったことによるものか――ありとあらゆる力を失い、ゆっくりと崩れ落ちる。
搭乗者のいる操縦席へと攻撃――GA系のネクストが頑健とはいえ、コアに無残に刻まれた融解の傷を見れば――生存が絶望的であることは間違いない。
「ど、……して……!」
デュナン――呻くように/咽ぶように/嘆くように――声を漏らす。
「どう、して……?! ……どう、して……!!」
握り締めた両の拳を――血が出るほど握り締める。己のうちから湧き出る怒りの強さに肉体が耐え切れず痛みという名の悲鳴を上げるがそれすら無視する。
「それなら――……どうして、前に出るんだ、かあ、さん……!!」
瞳の奥が熱い――涙で前が見えない。それでもコアを貫通された母の機体だけは見たくも無いのにはっきりと見える。指先が震えている――まるで掌の中に電流でも流れているようだ。嗚咽の衝動が腹の奥底から広がる。背中が熱い――母親を殺した憎き純白の巨人を睨み据え、うあああぁぁ……!! と獣じみた咆哮を漏らす。
デュナンは、なぜ母が前に出たのか、わかってはいる。
それは――少年と母親にとっては何者にも換えがたい喜びではあったが――あくまで私事だ。ましてや本社が攻撃を受けている最中に私事で仕事を放り出す訳にはいかない。リンクスが一人参戦するかしないかでは大きく戦局が変わるのだから。……だが、それでも――なぜ、どうして? と問いかけずにはいられない。
母親の最後の言葉を、デュナンははっきりと理解してしまっていた。
今ならわかる。
母親がどうして――あんなにも熱心にカレンダーの日数を確認していたのか。いったい何をしに出かけていたのか――母親が帰ってきたら何を教えてくれようとしていたのか。
だが、もう遅い――何もかも致命的に遅すぎた。
もう既にそれは――幸せそうな母親の笑顔と共に告げられていたはずの喜びの報告は。
残忍な真実として少年の心に絶望の傷跡を残し/苦しみの懊悩を与えるだけの、茨の如き知らせとなる。
「うう、ううううう…………!!」
メルツェルも、ヴァオーも――何も言葉を掛けることは許されない。
もはや少年に慰めの言葉を掛けることが出来る人は冥府へと旅立った鬼籍へと名を連ねる彼の母のみだった。
――……ごめんね……デュナン……――
「う、ううぁぁぁぁぁぁ……」
そして母が最後に残した最後の言葉は、絵本作家になりたいと照れくさそうに笑う少年の人生の全てを大きく歪ませ。
プリスは、以前相対した機会に、この最悪の災禍を撒き散らした白い巨人を討ち堕とせなかった事を――この後一生後悔し続ける事になる。
耳について離れない――母親の最後の言葉を思い、デュナンは絶望し/慟哭した。
――……ごめんね……デュナン……――
――あかちゃんのかお、みせてあげられなくなった――
「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああ!!」
[3175] 第三十四話『想像しな』
Name: 八針来夏◆0114a4d8 ID:ba5cba39
Date: 2009/04/24 14:41
『話には聞いておるよ、アナトリアの傭兵』
相対する敵ネクストのリンクス、ネオニダスからの言葉。
「誰に!!」
『私の前に立ちはだかる最強の敵だった、とな』
「……やはり、奴かっ!!」
そんな如何わしい部分の強調を実行する相手など、ハウゴの知り得る限りたった一人しか存在しない。
<アイムラスト>と<シルバーバレット>は、共に戦闘行動を開始する。
プライマルアーマーの整波性能は歪とも言えるほど分厚いが――機体を構成するフレームの強度は脆いといっても過言でないほど脆弱だ。耐久力で敗れる心遣いは無い。むしろ、一番危険であるのは――
『敵ネクスト、コジマライフルチャージ再開!』
「むしろ、そっちだよな」
ハウゴ――忌々しげに敵ネクストが右腕に積載するライフルを見て呻いた。
コジマライフル――コジマ粒子という重金属粒子を砲身に蓄積し、射出する超高威力武装。銃身の先端から緑色の燐光が激しさを増していく。ハウゴは攻撃を選択。敵ネクストの耐久性はそれほど高くは無い。相手のコジマライフルのフルチャージが完成してしまえば、逆にこちらが一撃で沈められる危険が出てくるのだ。
速攻にて撃墜――手段を決すると、後は早い。ブースターペダルを踏み込み、攻撃を開始。
「仕掛ける!」
<アイムラスト>――アサルトライフル/ハイレーザーの二種の射撃武装を選択し、必中距離へと突撃を開始。
プライマルアーマーの貫通性能に優れた運動エネルギーで穿孔する弾丸と強力な光学兵器ならば敵の粒子装甲など問題なく貫ける――だが、まるでその行動を読んでいたかのように<シルバーバレット>の行動は的確だった。
『だろうな、当然の選択ではある』
フルチャージ完了するまで<アイムラスト>の射撃を掻い潜り、必殺の一撃を叩き込む。総合火力/防御性能に劣る<シルバーバレット>が総合的戦闘力で負ける<アイムラスト>に勝利しようとするのであれば、ある種の博打的戦術を構築する必要がある。そうハウゴは判断していた。
だが、もちろんそんな博打的戦術をネオニダスは盲信してなどいなかった。
――フルチャージ完了したコジマライフルの破壊力は極めて強力だが、所詮は単発武装。<アイムラスト>が強烈な緑色の破壊的灼光に対してクイックブーストで回避してしまえばそれまでだ。その命中率を補おうと接近しようとすれば、今度は<アイムラスト>のブレードが待ち構えている。粒子装甲ごとネクストを溶断するブレードが相手では、脆弱なアクアビット製ネクストは持たない。
余りに酷い勝率/賭けるには不安が付きまとう――だからこそ、老練なリンクス、ネオニダスはその必殺の一撃すら撒き餌として使用してみせた。
<シルバーバレット>――チャージ中のコジマライフルを自ら破棄。右腕のホールドから解除されたコジマライフルが地面へと落下。
「なにっ?!」
予想外の行動にハウゴ――思わず驚愕の声を漏らす。
敵がこちらを破るための要とも言える、圧倒的瞬間火力を誇るコジマライフルを投棄した相手――それを捨てても相手にはこちらを破るための攻撃力があるのか――瞬時に思考し、ハウゴは回答を得る=ネネルガルが操る<アレサ>プロトネクストを破った時、相手が見せた強力なコジマ爆発を利用した特殊兵装。
そして敵はレイレナードと提携するコジマ粒子技術の専門企業のリンクス――あの『奥の手』を隠し持っていても不思議ではない……!!
炸裂する生存本能に従い緊急退避する<アイムラスト>――だが、逃すまいと前方へクイックブースターによる踏み込みを見せる<シルバーバレット>=ネオニダスの愉快そうな声が響く。
『ほぅ、気づいたか。……だが、そこはすでに私の間合いだ……!』
緑色の燐光が収縮――毒の光を撒き散らし、凄まじいまでの重金属粒子が爆発という形で開放される。
アサルトアーマー――その超高威力/広範囲破壊性能と引き換えにネクストの絶対的優位性のひとつ、プライマルアーマーのすべてを失うハイリスクハイリターンを地で行く兵装の炸裂。ネオニダスの目論見は半分当たり、半分外れた。
「くそっ、プライマルアーマーが死ぬっ?!」
『……判断の速度、鋭さ――なるほど、リンクスだ』
ハウゴ――思わず戦慄。ネオニダスは恐らく読んでいたのだ。コジマライフルという一撃必殺の威力を秘めた武装をちらつかせることで、ハウゴに自ら懐に飛び込むように誘導した。圧倒的な戦闘力を誇るネクストACに搭乗しているとは思えない、老獪な戦術だ。こういう手合いが一番怖い。
高濃度コジマ汚染によるプライマルアーマーの剥離――だが、一瞬早かった緊急離脱により、フレームには破壊的ダメージを受けてはいない。
<シルバーバレット>――猛進を仕掛ける。前述した通り、アサルトアーマーの使用直後はプライマルアーマー再形成に時間がかかる。ジェネレーターにコジマ粒子出力特化型の軽量タイプを搭載しているとは言え、すぐには不可能であり――その状況で<アイムラスト>のアサルトライフルの銃身下部にある小型グレネードを浴びれば一撃で撃墜されかねない。
普通ならば。
「メインカメラがアサルトアーマーの光で焼け付いた……くそっ、いい戦術だ、ジジイなだけはある!!」
『システムリカバリー起動、……ハウゴ、五秒でいい、耐えて!!』
<シルバーバレット>――ここが全火力を叩き付ける好機と踏んだのだろう。
マシンガンが高速連射のうなり声を張り上げ、機関砲弾が雨霰と降り注ぎ、<アイムラスト>の素の装甲へと降り注ぐ――プライマルアーマーを失い、メインカメラの光学補足性能をアサルトアーマーの膨大な光量で焼かれた今では反撃の手段を<アイムラスト>は持たない。<アイムラスト>――横方向への回避機動をクイックブーストを吹かして連続しダメージの増大を防ぐ。
同時に――<シルバーバレット>が攻撃的前進を中断、後方への退避機動へと動きを変えた。
こちらのリカバリー終了を読んでいるのか――だが遅い! ブーストペダルを踏み込むハウゴ。
『2、1――システム、リカバリー完了!』
「殴り返してやるぜ、ネオニダス!!」
<アイムラスト>――攻撃を開始……しようと前に出た――その瞬間の呼吸を盗むように、プラズマの光が正面から飛来。
プライマルアーマーの無い現在の状況では相性が極めて悪い、コジマ粒子貫通性能は低いが変わりに通常の装甲への破壊力は恐るべきものがあるプラズマ兵器――ハウゴ、脊椎反射的に横方向へとクイックブースト。
すんでのところで回避は成功――だが、その一瞬の隙を突き、<シルバーバレット>は元来た道を逆走するかのように離脱を開始していた。
『あいにくと、私の仕事はこれで終わったのでな。失礼させてもらうとしよう。さらばだ、アナトリアの傭兵』
してやられた――屈辱よりもまず先に賛嘆の念が沸くほどの見事な対応だ。結局ハウゴはGAEのリンクス、メノ・ルーも、その増援である<シルバーバレット>も打ち倒す事が出来ぬまま敵の離脱を許してしまう羽目になってしまったのである。アサルトアーマーによるコジマ汚染でまだPAも満足な量が回復していない。追いかけるにはコジマ出力が十分ではなかった。
「なんとも鮮やかなもんだ。あれが歳の功か」
ハウゴ――戦場の空気が遠のいたことを肌で感じ、その胸中に蟠っていた屈辱の念は潮が引くように薄れていった。
見事だ。変わって胸に広がるのは素直な賞賛。味方を離脱させるために敢えて殿を務め、そして捨石になるのではなく味方と自分自身の生命を拾って見せたのである。敵味方の差はあれども、称えるべきであった。
歳の功――しかし考えてみれば、一部の人間を除いて自分はそんな相手よりも遥かに歳経ているのだ。負けていられんな、ハウゴは苦笑する。
「俺も、若いもんにはまだまだ負けていられんなぁ」
『十分若いわよ、ハウゴ』
フィオナの言葉は彼の背負う大きなものを知らないからこそ囁けるものだったが――それゆえ、言葉に含まれた優しさにハウゴはそうだな、と頷いた。
「そん、な――」
メノ・ルーは――口元から毀れる言葉が自分の物であるのだと最初理解できなかった。震えと共に紡がれる言葉がまるでテレビ越しの誰かが囁くものであるかのように現実感が無い。
メノ・ルーがいる場所は、戦場はそういう場所であるのだと/無慈悲に隣人が死ぬのだと――GAのオリジナルとなった時から覚悟していたはずだった。いや、そういう意味ではやはり彼女は戦場を真に理解していなかったのだろう。彼女にとって親しい隣人の死とはリンクスになってからこれが初めてであり――それゆえ、その行動は素人と同様に――激情を剥き出しにした激しいものとなって、苛烈な猛攻として発現する。
蜘蛛を連想させるGAE四脚型ネクスト<カリオン>がもはや戦闘不能であり――そしてそのリンクスの生存が絶望的であることはコアに刻まれた惨い溶解の傷跡ではっきりと理解できた。
機体とAMSというシステムで精神を直結したリンクスにとって愛機の死は己の死と同意義。
気が付けば――加害者と思しき白いネクストに対し、オーバードブースターを展開。突撃を開始していた。
『新手か……退きなよ。片腕を失っておいて僕に勝てるつもりなんて、なかなか愉快な冗談だよ?』
「……お黙りなさい!!」
突撃と同時に――両肩に内蔵されたラージミサイルが展開。内蔵された大型ミサイルはオーバードブースターによる加速された機体から射出されたことにより、慣性エネルギーの加護を受け、<バニッシュメント>へと直進する。
どうしてこんなことに。メノの背筋に寒いものが走る/胸の奥に穴が開いたような喪失感が住み着いている――それなのに、トリガーに絡む指先は炎のような憎しみの熱が渦巻いていた。絶望と殺意を両立させ――敵機に攻撃。
『ふん』
つまらなさげな声――まるで怒りに燃えるメノの復讐心を冷ややかに笑うような言葉。
<バニッシュメント>右後背武装である大口径ガトリングキャノンを展開――猛烈な勢いで直進する<プリミティヴライト>/こちらに接近する大型ミサイルに対して機関砲弾の弾幕を見舞う。
『かあ……さ……』
「……っ!」
戦場に残った輸送車両からとぎれとぎれに通信機に聞こえた――蚊の泣くような小さな声=その聞き覚えのある声/小さな声に響く隠しきれない哀切の響きに、メノ・ルーは目も眩む絶望に打たれた。
一つが銃弾に弾かれ大型ミサイルに積載された炸薬に着火=誘爆/もう一つは敵ネクストの、軽量級を上回る理不尽とも言えるクイックブースターの出力で回避=追尾性能すら振り切られ、推進剤が尽きた大型ミサイルは墜落し、爆発。
その爆炎の花道を突っ切って<プリミティブライト>は突撃する。
「貴方はっ!!」
プライマルアーマーも装甲もパワーで押し破るバズーカ砲弾――<バニッシュメント>は高度な機体制御のみで巨体を半身に反らして回避。
<バニッシュメント>、反撃=左腕の高出力レーザーブレードが灼熱の炎剣を形成する――旋回する殺戮の大魔刀/大気と装甲を等しく焼き、溶断する魔性の一撃――GA製の重装甲すら紙の如く引き裂くその一撃を、しかし<プリミティブライト>は機体を前方へ深く沈みこませて回避する。
掠めた超高熱が、<プリミティブライト>の頭部装甲、耐熱限界近くまで押し上げるが――耐えた=右腕武装、バズーカ再装填完了。
『へぇ?』
かすかに声に出る感嘆の響き――この間合いで回避して見せた敵の超反応は彼にとっても予想外だった。
「……貴方はっ!!」
胸を突いて出る激怒――叫ぶ、メノ・ルー。
「子供の目の前で母親を殺したのですかっ!!」
『戦場に出てきた癖に。ずいぶんなおためごかしを吐くじゃないか。……妊婦が前に出ればそりゃそうなる。それとも君は、銃器を構えた妊婦は敵兵を皆殺しにしてもいいとか思ってる? ふ、とんだ博愛主義者だ』
「……妊婦っ?! こ、の!!」
テレジアが妊娠していたという事実は――事前にはプリスのみにしか明かされておらず、メノはこの場でようやく真実を知ることになる。そして――少年の言葉に籠る深い絶望の正体を理解する。なんと言うことだ――デュナンは、目の前で自分の母親と、結局生まれてくることすらできなかった赤子を目の前で殺されてしまったというのか。
音が響く――まるで万力で鉄を締めあげるような軋む音――メノは、それが自分が憤りのあまり歯を食いしばっているのだと自覚することに数秒を要した。
<プリミティブライト>、ガトリングガンを失いつつも、<バニッシュメント>と交戦を続ける。
「……よくも!!」
『……妙だね、君程度のリンクスの戦闘力が――僕の想定より二割近く機動が的確になっている? 成長したのか、この数分で』
メノ・ルーはリンクスとしての資質は高くとも、戦闘者としての資質には恵まれてはいなかった。
高いAMS適正を有してはいるものの――しかしもともと僧籍の身ゆえか、その攻撃には苛烈さが/殺意が決定的に欠けていた。
その欠けた最後のひとかけらの要素――憎しみが、生まれた。戦友が、その子供の目の前で殺されてしまうという非道な振る舞いに対し――無意識のうちに加えていた慈悲心が抑制され、破壊者としての資質が完成したのだ。これまでに積み重ねてきたGA最強のオリジナルであるという戦績が彼女の中で融合し、燦然たる輝きを放つ結晶として具現化したのである。
『だが、開花しない資質なんて可愛いものだよ』
しかし――それでも<バニッシュメント>プロトネクストを打倒す事はできない。
<プリミティブライト>が、あるいは完全であればもう少し善戦できたかもしれないが、唯一残された射撃武装が再装填速度に難のあるバズーカのみでは機動拘束の為の弾幕を張ることすら難しい。
間合いを取り――冷静な射撃戦闘に徹されれば地力で劣るメノ・ルーには勝ち目は無かっただろう。
事実――<バニッシュメント>が距離を取り、右腕のKARASAWAを構えた時――メノは理屈では無く本能の域で敵の銃がメリエスが設計するレーザー兵器とは一線を画す存在であると直感した。
敗北の恐怖と戦慄が本能を刺激し――降伏/撤退の文字がメノの心の一番脆弱な部分を疼かせる。
だが――恐怖に倍する激怒がそれを駆逐する。一言で言えば、彼女は怒っていた。この上ないぐらいに――勝てないのは理解している。だがそれでも相手のその冷静な面に一発叩き込んでやらねば気が済まない。
『撃つ』
攻撃を宣告し――放たれるハイレーザーの洗礼/GAの天敵たる高出力光学兵器の乱射――それに懸命な回避機動で食らい付き、バズーカを射撃し続ける。
装甲を焼かれながら/増大する損害の為、大きくなるAMS過負荷に激しい頭痛を感じながら――それでも恐怖を押し殺す。
悔しくて悔しくて、仕方なかったはずなのだ。あの少年は。
目の前で母親と小さな赤子を一瞬で奪われ――どれほど無念であったか想像するだけで心が張り裂けそうになる。せめて自分のような大人が子どもに代わって殴り返さないで一体どうするのか――
――そして、力及ばない。
『よく持ったね、正直感心するよ』
<プリミティブライト>の各種ステータスは既に全てが染め上げられたような真紅一色。
警告音は鳴り響き、AMS過負荷で彼女の視界はすでに歪んで見える。戦闘行動に支障が出る域まで<プリミティブライト>の損害は増大していた。あと一撃、敵のハイレーザーを浴びれば、限界を超えた機体ごと、メノの脳髄は過負荷で焼きつくされ、絶命することになる。
神はいない。
少なくとも正義の天秤をつかさどる神は存在しないのだな――とメノは思った。
そう、いるのは人間だけ。罪を購わせようとする人間のみしか存在しておらず――彼女は、レーダーに表示される味方機の存在に気づき、かすかに笑みを深くした。
正義の神はおらず、いるのは復讐に燃える人間――自分が稼いだ数分間がなければ、輸送トレーラーに乗ったままの、あの彼女の忘れ形見が殺されることもなく――そして飛来する彼女が来るまでの足止めも無かった。
間に合ってくれた。
『……想像しな』
冷えた溶岩――通信機に聞こえるその声を聞けばまずそんな言葉が連想される。
表面上は冷静な/それでいて言葉の下に憤怒を隠したマグマの如き激情――爆発数分前の爆弾とてここまで不機嫌な言葉は吐かないと確信できるような純粋な殺意の言葉に――メノ・ルーは自分が彼女の味方で良かったと、心の底から安堵した。
『テメェが想像できる最悪の死に方ってやつをよ』
オーバードブースター――凄まじい巡航速度で直進するネクストAC――重装甲/重火力/高機動力という矛盾を両立させた先史文明生き残りの一人。
まるで槍を構えて突撃する槍騎兵の如く、両後背武装を展開する。機体全体から憤怒の念を放出しつつ<アポカリプス>は戦場へと到着する。その何もかもが手遅れではあったが――それでも彼女の到着で確実に死神の非情な大鎌から逃れ得た者達がいる。ただ、今はそれを心の慰めにするより他無かった。
『その最悪の死に方の百倍でぶっ殺してやるぜ……!!』
[3175] 第三十五話『せめてその絶望ぐらいは』
Name: 八針来夏◆0114a4d8 ID:0f593b10
Date: 2009/04/24 14:52
胸の隙間を走り抜ける風の音がする。
寒いのではない/苦しいのではない/痛いのではない――ただ、淋しいのだ。
「また。これか」
プリス=ナーは苦渋にまみれた声を漏らした。
またこれだ、畜生、吐き捨てる言葉――ズームアップされた<カリオン>の姿/胴体部を貫通したレーザーブレードの傷痕。
コクピットを貫通し、中のリンクスを殺害した惨たらしい傷痕――思い出す/思い出す/思い出す――永劫の凍結刑により、凍りついた記憶が、憎しみの炎に解凍され、蘇るよう。
記憶が喚起される――操縦席に集中する惨たらしい弾痕の跡/死角より振るわれる月光の名を冠した高出力レーザーブレードの禍々しい輝き/目視で確認は出来るが、強力なロックオン阻害波と電子的不可視を駆使し、雨霰の弾幕を降り注がせる流刑者、亡命者の名を冠するレイヴン『エグザイル』、アーマードコア<アフターペイン>
「また、こうなるのか……畜生、畜生、畜生畜生! なんで……なんで毎回――なんで毎回アタクシは置いて行かれる!!」
『……思ったより仕事が長くなったか、参ったな、彼女と戦う気なんて無かったんだが』
まるで肩でも竦めるようなその軽い物言い――瞬時にプリスの感情は暴発の域まで沸騰する。
相手が強力極まる敵であろうとも――彼女は逃がす気はない。また失った――幼い頃に父親を殺され、復讐の手段としてレイヴンとなり、そして冷凍刑に処され目覚めるときは常に戦場。そんな生に飽きを覚える暇もなく、勝ちを得ればまた眠らされる日々。もう二度と得ることもないと何処かで諦めていた暖かなもの――幸せそうな親子の姿を傍で見ていることは、まるでほのかな幸せの温かさの恩寵にあずかったような思いを抱かせてくれた。
だが、もうそれは何処にもない。
何故以前相対した時に抹殺できなかった? あの時確実に撃墜しておけば、この最悪の事態は防ぐ事が出来ただろうに――胸を突く憤懣/狂おしいほどの激怒――手遅れと知りつつも、憎悪を射出せねば、プリス自身の脳髄が憎しみで飽和しそうだった。
「……いいから、死ねよやぁぁぁぁぁぁぁ!!」
<アポカリプス>――両肩の大口径グレネードを一斉射出。
轟音と共に放たれる二つの榴弾は――無造作に見えて、その実<バニッシュメント>の至近で炸裂するべく信管タイマーをセットしている。ドアを蹴り破って進む人間がいないように、激情に駆られながらもプリスは敵に対し的確に必中の攻撃を繰り出していた。
だが、<バニッシュメント>の速度は彼女の想定を上回る――後方へのクイックブーストによる高速後退と横方向へのスライド移動の併用で榴弾砲の殺傷空域から全速で離脱。
<アポカリプス>追撃。
『プリス……! トレーラーの保護はこちらで……貴女はあの敵を!』
「言われんでも……!」
メノ・ルーがぼろぼろになった<プリミティブライト>を起動させ、トラックに随伴するように戦線から離脱を始める。
プリスのその返答は――通信の相手が誰なのか理解せずただ胸の内の憤懣をぶちまけるかのように激しい。その癖、肉体に染み付いた戦闘機動の正確さは比類なきもの。
『流石に……早いか』
<バニッシュメント>――右腕のハイレーザーライフルを構え、発砲を開始する。
リロード/破壊力/精度――あらゆる面で優れた高性能ハイレーザーライフルの洗礼は、しかし、一二撃を放った所で途切れた。
無理も無い話である。そもそもこれまでGAEノーマル部隊、<カリオン>、<プリミティブライト>の三連戦でKARASAWAと刻印された長銃は圧倒的な猛威を見せ付けてきた。だがどんな武装でも耐久限界というものは存在する。いかに恐るべき魔銃と言えども永劫に破壊力のあるレーザーを発射し続けられる訳がない。
通常なら使用直後はパージして機体負荷を低減させるのが常道なのだろうが――敵にハイレーザーライフルの現物を渡すのを嫌ったのか、敵は武装を手放さぬまま、背に負う武装の展開を始める。
大型の機関砲弾を撒き散らすガトリングガン/爆風と破片効果で広域を殺傷する大口径榴弾砲――プリス=ナーは言う。
「カラサワ、ガトリングガン、グレネード、レーザーブレード……まるで赤い星に居たころのハウゴのAC<アタトナイ>みたいな装備じゃねぇか」
『……僕はあいつとは違う』
プリスは片眉を上げる。
これまでの機械的な印象の言葉と違い、その声は確かに生々しい憎悪の熱を帯びていた。
『僕は僕だ……! あの男の遺伝子から作られたコピーじゃない! ……このアセンブリを選択したのも……これが一番有効だと腹立たしいが認めざるを得なかったからだ!!』
敵ネクスト<バニッシュメント>のリンクスが放つ初めての怒号/感情的な憎しみの色――だがそれを歯牙にも掛けずプリスは猛撃を仕掛ける。機関砲弾の弾幕を急上昇して回避――武装を両腕式のグレネードに切り替え、高高度トップアタック。
両腕に搭載する武装が、肩、肘、手首の三点の関節で照準をつけるのに対し、ACの後背武装はハードポイントの角度で照準をつけるために、設計上、真上の敵を狙う事はできない。友人を殺された激怒の中でも本能的に弱点を見抜き、そこに全戦力を叩き付ける判断力は、流石、レイヴンと言ったところか。
次の瞬間<アポカリプス>が繰り出した榴弾砲の一撃は、まさしく爆撃の名に等しい。
頭上から降り注ぐ致命的な破壊力がたたきつけられ、純白の装甲の上から機体を鎧う粒子装甲が――高熱と破片効果で吹き飛ばされる。
間断無い一撃が、再び降り注ぐ――想定を超える頭上からの一発に、脚部が安定を取り戻すため統合制御体、操縦に介入、刹那の硬直で平行を回復し、クイックブースターを起動。
だが――それでも完全に回避しきれず、破片が白い装甲に醜い裂傷を刻む。
『あの男はお前を打ち倒した……!! なら、お前程度を屠れなかったら……僕はあの男以下と言う事になってしまう、認められるか、そんな事!!』
効いていないはずがない――初撃でPAを剥がしたところで二撃目の榴弾を浴びたのだ。どんな重装甲だろうがあれを浴びて耐え切れるものなどいない。
相手を突き動かすものは何か――興味など無い。
プリス=ナーは、もう子供を産める体ではなかった。
強化人間手術の弊害――四肢を機械に取替え、神経を強化し、過度のGに耐え、肉体を戦闘に特化していく。強大な力を得た代償――最初期の強化人間であるならば生命を落とし、精神に歪さえ引き起こすような弊害。
初期の強化人間は――鋼に置換された肉体と、脳髄が保有する生身の記憶との違和感に結局耐えられず自殺するものも多かったと言う。とはいえ、強化人間にされるようなレイヴンは大概が戦士としての力量を持たず、過度の借金の代償として肉体を改造されたゆえ、下手な手段で自殺すれば無理やり蘇生されて戦わされたと言う。
プリス=ナーは、テレジアとデュナンの二人を見ていた時に――微かに胸を疼かせる暗いものがある事を今更ながらに思い出していた。
ネクストACとその搭乗者リンクス――おおよそ個人が運用できる究極戦力の搭乗者でありながら、子供を産んで、ちゃんと育てて、ネクストの戦術理論研究者としてもしっかりと業績を残して。
ああ、これが妬みだったのか、とプリスは今更ながらに実感した。
女性としての幸福も、戦闘者としての力も、やりたい仕事を続けているという日常も――その全てを満遍なく手に入れているテレジア。
ひるがえって自分はどうだ?
プリスにあるのは凄まじい破壊の技だ。卓越した殺戮者としての力だ。圧倒的で絶対的なネクストの搭乗者の中でも――恐らく最高位の実力を誇ると知っている。凍結から解除され、目覚めた時間の全てを破壊と殺戮に費やした。純粋な戦闘の総時間は、元火星王者すら今では凌いでいるだろう。
そう、それだけだ。
自分が持っているのはたったそれだけなのだ。
自分が持っているのはただの殺しの技だけだ。
それ以外にはさびしいほどなにもない。
そして――それほど卓越した殺しの技を以っていても、それは結局殺しの技でしかなかった。テレジアを、そのお腹の中にいた、結局産まれて来る事すらできなかった可愛そうな子を護る事すら出来なかった。
それなら、卓越した殺しの技とやらにいったいどれほどの価値があるのか。
生き延びるのはプリスではなくテレジアで在るべきじゃなかったのか?
自分が死んだ場合、メノも、テレジアも、デュナンも――多分きっと忘れないでいてくれるだろう。だが――テレジアは、自分と違う。彼女は、おなかに赤ちゃんを抱えていた。妊娠していた。
それだけで――子供など要らぬと、肉体を改造した自分より遥かに生きるに値するのに。
どうして――生きているのは、自分の方なのだろう。
「あー、死にてぇ……」
その言葉を皮切りに――プリスの意識は現実へと浮上する。
魂魄は絶望に染まっても、肉体に刻まれた鴉の戦技は<バニッシュメント>と互角の戦いを演じていたのだろう。<アポカリプス>も<バニッシュメント>もあちこちに激しい破壊の爪痕が残っている。機体各所の整波装置が煙を上げていた。
『……流石だよ。……いくら連戦とはいえ、<バニッシュメント>がここまで負傷するとはね』
右腕の悪魔的な性能の銃が弾切れで助かった。アレスといい、ハウゴといい、メイトヒースといい、一流どころのレイヴンは皆あのKARASAWAを装備していた。それだけに、あれ一つで大概の戦闘を楽にこなせる総火力の凄まじさはよく実感している。
<バニッシュメント>――両肩のミサイルランチャーを開放=一斉発射。凄まじい数の飛翔体が<アポカリプス>目掛けて直進するが、プリスはしかし、脳内で榴弾との交錯の一瞬を本能で弾き出し遅速信管に入力。
放たれる両肩の榴弾は壁のように広がる猛攻を吹き飛ばす――だが、その攻撃は恐らく時間稼ぎ程度のものでしかなかったのだろう。
「っ……てめぇ、逃げるってのか、ここまで殺しておいて、今更逃げるってのかよ!!」
『認めるよ……尻尾を巻いて逃げさせて貰おう――それにあんたの相手は別にいる』
同時に――レーダーに感あり。
ネクスト戦力であることを警告する統合制御体の声に――プリスは胸に広がる虚脱感を感じながら機体を旋回させた。復讐よりも、何よりも――もう、何もしたくないという絶望がより強く肉体を縛ったのだ。
『GA社の代理として勧告します』
ハウゴ=アンダーノアは自分がひどく白々しい言葉を告げていると自覚しながらフィオナの声を聞いていた。<アイムラスト>、オーバードブースターから通常推力に切り替え、着地。
『直ちに抵抗をやめ……』
『なぁ、見えるかよ。ナインブレイカー』
その――疲れ切ったプリスの声に……ハウゴは驚きを隠せない。
凶暴で暴力的なあの女が――暴悪であれども力に満ちていたあの女が、まるで人生に膿みきったような声で<アポカリプス>の腕を動かし、戦場に放置された機体を示す。
四本足のネクスト<カリオン>――データベースが情報を提示。操縦席に刻まれた溶解の傷跡から、統合制御体はそれがなんら戦闘能力を持たない、脅威に成り得ないものであると告げていた。脅威に――ならない。既に死んでいる。
そして――レイヴンとして戦友の死を幾度も見てきたハウゴ=アンダーノアは、それだけで、おおよその事情を察した。
「プリス……お前」
『いっつもそうだ……。どいつもこいつもアタクシより先に逝く』
まるで――決して諦めてはならない大切なものを諦めたような声。
重々しく響く絶望の声――<アポカリプス>は、自分の脳天に拳銃を突き付けるようなゆっくりとした動作で、<アイムラスト>にその両腕に構える大口径砲弾を向ける。
『アタクシは――そんなに悪い事をしたのかよ……! なぁ……! ハウゴ、てめぇもわかるだろうが! アタクシが目覚めたときは既に前の文明は全部が全部滅んでいた! アタクシが生きた時代を記憶しているのは――もう、テメェぐらいしかいねぇ! 誰も……誰もいねぇ!』
幼子の慟哭に似た悲鳴が張り上げられる。
『畜生、何故だ! なんで毎回こうなっちまうんだ!! 目を覚まして――話して、仲良くなって――皆先にくたばる!!
そん中でも今回のは格別に最悪だ! ……冷凍刑にされて、みんな過去になっちまって――それならまだ、納得できる! だが、防げたはずなんだ! あの時代じゃねぇ、アタクシを縛る世界は全部滅んだ! もう冷凍刑で十年百年単位を眠って過ごす必要も無いのに……普通に目を覚まして生きていけるはずなのに……また! また……これだ!!』
「…………プリス」
『もう……アタクシには誰もいない! 何処にもいない! テメェだけだ……テメェだけしかいない、ナインブレイカー!!』
<アポカリプス>――戦闘機動を開始。
<アイムラスト>――追従するように戦闘機動を開始。
ハウゴ――痛いほどにその彼女の絶望が理解できる。第二次人類の数少ない生き残り同士として――全てが先に逝かれ、取り残された世界で新しく作った大切なものを、戦火はあっけなく奪い去っていく。アマジーク/ウルバーン。
「同じ時代を生きた人間同士のよしみだ。……せめてその絶望ぐらいは……引き受けてやる!」
プリス自身の生にはまったく価値が無く――自分より多く生きる意味を持っていた人は殺された。
死にたい/死にたい/死にたい――胸の奥底に広がる絶望。一秒を過ぎる毎に膨れ上がる破滅への憧憬。
死へのそれを封じるのは――鴉の矜持。卓越した戦闘者として、その絶技を振るうことなく自ら自殺することを、その身に刻んだ技が拒んだ。
それゆえに――ハウゴ=アンダーノアと<アイムラスト>は彼女にとって、恐るべき敵手ではなく――救いを齎すために現れた福音であった。最後の最後――ここで全力を出しつくして死ねるなら/これ以上寂しい思いをせずに死ねるなら――もう、それでいいじゃないか。通信システムを全てカット――音声が伝わる事が無くなったことを確認する。
鴉としての最後の矜持が囁いた=知られる訳にはいかない。相手に自殺の手伝いをさせるために、戦闘を選んだなど失礼極まる。
もう――勝って生還する意志すらない。
プリスは、啼く様に呟いた。
「あああぁぁぁ~~~~~~~~~~……死んじまいてぇ……」
[3175] 第三十六話『どっかでまた会おう』
Name: 八針来夏◆0114a4d8 ID:0f593b10
Date: 2009/05/08 14:19
いつになく――メルツェルは自分が冷静さを欠いている事を自覚していた。
テレジアは息子を守る為に奮闘した――そして結果、我が子の心に永遠に消えない惨い傷痕を残し、逝ってしまった。メルツェルは自分が、デュナンに対して途方もない負い目を感じている事を自覚する。少なくともメルツェルはデュナンよりも大人であり、また劣性ながらもAMS適正を保有していた。
事前にリンクスになることを受け入れていれば、あの戦いに介入することもできたはずだ。
そう――所詮、『はず』でしかない。
メルツェルはかつて選択した。戦場に出ず、自分の研究を行って生きていくことを。
ネクストACという強大な戦闘力を得る事を放棄し――コジマ汚染にさらされない環境と、研究を続けられる普通の研究者としての地位を獲得することができた。
その決断をした際に――もしかしたら、親しい友人を護る力が無く、見殺しにするかもしれないという事態に陥ることも覚悟していたはずだった。
「無念だぜメルツェェェェル!!」
「……ああ、同じ気持ちだ」
二人の男は――先ほどから項垂れ、小さな嗚咽の声を漏らす少年を間に見る。
結局彼の母親の仇を取ってやることすらできず、自分達は逃げる事しかできない。
ただペダルを踏み込み、再び戦闘を開始した<アポカリプス>を見る。
自分達の脱出メンバーが乗った輸送車両、ならびに<プリミティブライト>はすでに戦闘領域外へと徐々に接近しつつある。<アポカリプス>も同様に、敵ネクストから離脱するタイミングを計りながら後退を開始するべきだ。
GAE本社施設は陥落した。
あとは時間が経てば経つほど、不利になる一方。例え<アイムラスト>を<アポカリプス>が退けたとしても、深いダメージを受ける事は確実。その状態でGAの大部隊と交戦したらいくらなんでも持つまい。
だが――<アポカリプス>の機動を見て、メルツェルは顔を顰める。
まるで危うい――自分の全財産と生命を賭けたにも関わらず、全く冷静さを保っているかのような機動。生存/生還を度外視し――己の首を刎ねられても、疲れたような表情の生首にでもなってしまうかのような――彼岸に魂を捕われたような動きだった。
初手から――機動に滲む、自らの生命を惜しげもなく白刃の元に晒すが如き意志が見えた。両腕に搭載する大口径榴弾砲が<アイムラスト>を指向。命中率を上げるため、お互い格段に被弾率が上昇する距離へ平然と踏み込んでくる。
ハウゴ――目を細めた。返礼と言わんばかりに左肩後背武装のハイレーザーキャノンが砲身を展開する。
「死ぬ気か……? ここで死ぬ気なのか? ……それも、良いかもな」
ハウゴとプリス――同じようにかつての世界を失った者同士だが、両名には決定的な違いがあった。
ハウゴは、宿敵たる『偉大なる脳髄』を打倒するために、自らセレ=クロワールの誘いに乗り、遺伝子レベルからの再構築により再生人間としてこの世界で戦いを始めた。だが、プリス=ナーは、かつて大昔に犯した罪を償うという名目で永遠に等しい時間を冷凍刑に処せられた――自分の意思が介在しない理由で時間を飛び越えたのだ。精神が摩耗しきり、自ら死を望むようになったとしても、何らおかしい事ではないでは無いか。
だが――精神が疲弊し/死の魅惑に取りつかれているとしても/彼岸からの手招きに心が揺らいでいるとしても――敵機が構える大口径榴弾砲が<アイムラスト>を一撃で撃墜しかねない恐るべき武装である事は変わらない。
<アイムラスト>――ハウゴの戦慄に呼応するかのように横方向へのクイックブースター機動/絡めるように空中へと退避――/追い縋るように<アポカリプス>の両腕グレネードが敵を指向/轟音二連――ゼロコンマ単位で指定された榴弾が空中にて炸裂。
爆炎の中から――PAを大きく抉られながらも回避した<アイムラスト>が姿を現す。
「空中でも平気で誘爆するグレネードか、厄介な……」
『性能では圧倒しているはずが相変わらず仕留めきれねぇ……』
お互い――手のうちは知り尽くしている。
遥か彼方赤い星で戦った時の事をハウゴは思い出す。一億年という膨大な刑期を氷漬けにされて生きる囚人――最初はどうやって勝利したんだっけ? 主観時間では二百年ほど前になるはずだが――ハウゴは思い起こす。
「……ああ、確かオーバードブースターで突撃かましたお前が、勢いあまってエリアオーバーしたんだっけか……!!」
『またぞろ古い事を、殺すぞテメェ……!』
自らの生命を守る意志の感じられない捨て鉢な機動――だが、かつての火星の最高位ランカ―が生命を度外視し、牙をむいてくる。ハウゴにとっては戦慄すべき話だ。銃撃の切れ間に踏み込んでくる敵――相手は被弾しながらも、たった一発をこちらに打ち込めば十分勝利できる圧倒的なダメージレース能力と、そのタフネスに見合わぬ機動性能を保有している。
もちろん機体性能に頼る戦い方だけでトップランカ―になれる訳もない。プリス=ナーは機体の高性能を生かした攻守ともにバランスのとれたレイヴンではあったが――今回その機動は徹底して攻撃に偏重している。
それだけに怖い。
攻撃を加えているのに――本来行うべき回避行動を加えていない。
<アイムラスト>の頭部カメラが滑るように動き敵ネクストを睨む/敵機光学補足――右腕のアサルトライフル/左後背武装のハイレーザーが共に敵機を指向し射撃を開始。
粒子装甲を貫通する銃弾――命中/命中/命中――長大な銃身に膨大なエネルギー供給/雷光を貯め、一気に解き放つかのように大出力光学兵装が、大気を焼きながら光の巨槍を発射する――だが、唯一致命傷となるべきその一撃のみに対しては必要最小の動作で回避。
『……リロードまでの数秒はアタクシの殴り放題だってな』
<アポカリプス>突撃――<アイムラスト>の武装の中で最も警戒すべきハイレーザーの直撃は怖い=言い換えればそれ以外の武装なら耐えきる自負がある。
ハウゴ――脊椎に雷光の速度で命令を伝達=AMSを解しハイレーザーキャノンの格納/FCS=近接白兵戦にモード切り替え――両足=ブースターペダルを蹴るように踏み込み、全速で機体を横方向へスライド移動。
<アイムラスト>の半瞬前まで存在した空間を焼却/殺傷する破壊の乱舞――<アポカリプス>、右腕武装の一射後、即座に右後背武装へと切り替え。
全兵装を大口径榴弾に統一する<アポカリプス>にとって武装の変更による戦闘距離の変化は存在しないと言っていい。全ての武装が必殺であり――また同質であるため、純粋に大量の弾薬を搭載するため/そして――もう一つが、武装変更による再装填の隙を消す事である。
例え一撃を潜っても、もう一つの腕が照準/それを潜った処で、展開を終えた大砲が狙っている。武装切り替えのタイミングで<アポカリプス>は矢継ぎ早に大口径榴弾を繰り出す事が出来る。
連射される必殺――装甲よりもむしろ敵のリンクスの精神を削るような容赦のない猛攻撃だ。
『……一緒に死のうかぁぁ?!!』
「……おまえ、そんな女だったか?!」
もちろんハウゴは――ごめんこうむる。全力で生き残る為に戦うが――しかし勝ち残れる相手かどうかを問われれば、分からない。かつては勝利した――だが、彼女と戦った場所は競技化された戦場=ランカーと呼ばれるレイヴン同士がアーマードコアを操り闘うアリーナと呼ばれる一種の試合だった。実戦ではないのだ。
<アポカリプス>が迫る。
ただひたすら必中必殺を願う敵――一切合財の後退を廃した突撃/繰り出される大口径榴弾。
凄まじいプレッシャーに並みのリンクスなら圧倒されてしまう所だが――やはりハウゴ=アンダーノアも普通のリンクスでは無い。猛攻の連射をかいくぐり、近接白兵戦。レーザーブレードの破壊力は、近接距離ならば粒子装甲ごと敵に深い損傷を与える事が出来る。また至近距離であるならば大口径榴弾の殺傷空域に相手も巻き込める。例え至近距離で自分自身にすら損害が出る距離でもためらいなく発砲を行う不気味さが今の相手にはあった。
左腕に装備されたレーザーブレードに意識を集中――超高熱の刃を形成し、<アイムラスト>は突撃する。
「どういう……戦い方なんですか?」
その両名の戦闘を遠くから覗くメノ・ルーは愕然とした声を漏らした。
確かに――ミセス・テレジアが戦死し、ショックを受けるのは分かる。……だが、プリスの機動は余りにもひどすぎた。ただただ相手の喉笛に刃を突きたてる事のみを考えたような、捨て鉢にも思える機動。
GA社の数少ないリンクスとしてメノはまず第一に死なない戦い方を最初に教えられた。企業として希少なリンクスを失いたくないというのもあるだろうが――少なくとも直接的に彼女の指導を行った人間は、純粋に自分等が教えた技術で生き延びてくれることを願っていたのである。
だが――今のプリスのそれは、最早一種の自殺だ。
アナトリアの傭兵の機体<アイムラスト>はここに来るまでに、ハイダ工廠の防衛部隊にメノ・ルーの<プリミティブライト>とネオニダスの<シルバーバレット>と連戦を繰り返している。戦闘続行できるほどの耐久力を未だに残している事からもリンクスの戦闘力がずば抜けていることは理解できる。
しかしプリスの<アポカリプス>は――既に重傷の域だ。
テレジアを殺した白いネクストとの戦闘で機体各所から火花が散っている。耐久力に底が見え始めているのだ。自機も、脱出者を乗せたトラックも戦闘空域を離脱しつつある。もう戦闘を続行する必要はないのに――まるでここを死に場所と思い定めたかのように撤退するそぶりを見せない。
メノ・ルーが感じたものは――また新たに繰り返される戦友の死と。
腹の底から沸き上がる、身勝手な女に対する怒りの念だった。
『プリス! プリス=ナー!!』
「……今忙しいんだ、後にしてくれや」
永遠の午睡へと旅立つ為か――まるで眠気に犯されたかのような力の無い返答。
全身に染み付いた諦観が五体に染み渡り、次の瞬間操縦席が爆発しても安穏として眠りにつきそうな声。だから、メノ・ルーの怒声は彼女にとって安らぎを妨げる煩わしいものでしかない。
『いいえ、後にしません! 後にしたら――貴女と話す機会は、もう永遠になくなるから……!!』
「…………」
そんな事は無い――と、否定する事はできなかった。
左右への回避機動を織り交ぜ、眼球が<アイムラスト>を睨む。右腕/左後背の榴弾砲の銃口が敵を追う。会話しているのは脳細胞の何割か、脊椎と小脳に刻まれた戦闘経験で敵に即応し続ける。
「……ほっといてくれよ……。正直、もういい加減疲れちまったんだ」
宗教の真摯な信者であるメノ・ルーにとって自ら命を絶つ事は許されざる禁忌だ。
だが――神様がお許しにならないから、などというお題目でプリス=ナーの心を縛る絶望を引きちぎる事はできないだろう。彼女が背負った苦しみは、やはり彼女自身にしか理解できない。
それでも、メノはこれ以上新たに戦友を失いたくは無かった。一日に二度も知人を失うなど耐えられなかった。
『……それなら――あの子は……デュナンはどうなるの!!』
びくん、とプリスは背筋に電流が走ったような思いを受ける。
「……デュナン……」
『母親を目の前で殺されて――そして今度は懐いていた人も一緒に殺されるの?!』
「…………」
『貴女のそれは――楽になりたいだけよ、プリス! 死んで何もかも終わらせて――でも残されたあの子の事を少しでも考えているなら……!!』
デュナン――どうなってしまうのか。プリスはどうしても考えてしまう。
既に死神と手を取った――眼前の最強の鴉との戦いの中で、ほんの一刹那前までこの戦塵に塗れて死ぬならそれもいいと思っていた。
だが、メノの言葉が心に刺さった棘になって引っかかる。残された子供――母親とその親友を一気に失ってしまう。もちろん金銭面で苦労することは無いだろう。母親の残した貯蓄もあるだろうし、メノ・ルーもきっとデュナンの事をいろいろ面倒を見てくれるだろう。生きていくうえで、例えプリス=ナーがいなくても困る事など無いはずだ。
だが――隣人の死は金銭で購えるものではないはずだ。
プリス――ずっと昔の、彼女がまだ罪を知る前の幼い頃を思い出す。時計職人だった父親が――殺されてしまった頃の、一番最初、力を求めた原初の気持ちを思い出す。
身を切るような寂しさ/胸に空いた隙間風の抜けるような苦しみ――母親を殺され、その母親の友人だった人も一緒に死ぬ=あの幼い体でそんな悲しみに耐えなければならないのか?
「ひっ?!」
眼前に迫った<アイムラスト>の高出力ダガーブレード――ほんの数秒前まであの灼熱に巻き込まれれば、痛みも無く一瞬で終わるのだと思っていた――だが、今は、その背筋に確かな戦慄と恐怖が走ったのだ。死にたくないという、生存の意志が芽生えれば、必殺の刃はまさしく死への恐怖を思い起こさせる確かな力があった。
嫌だ/死にたくない――死を恐れた事は無い、鴉として戦ったとき、死は常に隣にあった親しい隣人であったし、今も自分自身が死ぬことなら平気で受け入れられる。だが、それなら――残されたデュナンが、どんな思いをするのか。
あの子を悲しませてはならない――自ら子を残すことの出来ないプリスに、テレジアの遺志が乗り移ったような強靭な意志が芽生える。プリスは未来永劫母親になることは出来ないが――死んだ彼女の代わりに母親の代替物程度にはなれるはずだ。
『……ぬっ?!』
「死にたく……ねぇなぁ!!」
振り下ろされるダガーブレードの一閃を回避し――<アポカリプス>は右腕武装をパージ=大口径榴弾砲を破棄――<アイムラスト>を機体の腕で殴りつける。
先程までのプリスなら――自分自身も巻き込んでの恐るべき自爆攻撃を敢行しただろう――例えそれで自分も死亡したとして、それはそれでいいと考えただろう。だが――今では胸の奥底から湧き上がる強烈な意志が生存の手段を模索する。
「死にたくねぇ……死ぬ事を恐れた事は一度とて無いが、こんな所でむざむざ殺される訳にはいかなくなっちまったんだ、そこを……どきやがれ、ナインブレイカー!! アタクシは――死ねない理由が出来ちまったんだぁぁぁぁ!!」
『……つっぐ! 機動が変わったな、プリス!」
重量のある大口径榴弾砲を振り回す<アポカリプス>の剛腕で殴打され<アイムラスト>は胸部の整波装置から火花を散らしながら着地。同時に後退を始める――その腕に持つアサルトライフルを下げ、戦意が無くなったことを示し、言う。
『……それなら――それでいいさ。プリス=ナー。……死ぬ気が無くなったならそれはそれで、構いやしない。
……行け』
「……テメェも、変わったかもな」
相手の反応に、かすかに不思議がるような感情を乗せ、プリスはオーバードブースター展開――<アポカリプス>は瞬時に音速域へと突破し、戦線を離脱していく。
そして――<アイムラスト>の中で、一人残されたハウゴは、一人笑う。
本来なら――見逃すべきではない相手だった。<アポカリプス>は強い。次に相対する時に確実に勝てる保障のある相手ではなかった。打ち倒されるのは自分かもしれない。
見逃したのは――かつて滅亡した第二次人類の生き残りを死なせたくなかったからか。それともあの自殺的な機動をさせるほどの深い絶望の中から生きる希望を見出せる彼女に羨望したからか。偉大なる脳髄の繰り出す戦力に対抗しうる彼女の力が惜しかったからか。
あるいはその全てであったのか。
ハウゴは――自分の中の感情に明確な答えを出さないまま、かつての強敵を見送り、呟く。
「じゃあな、戦友。……どっかでまた会おう」
[3175] 第三十九話『美しく勝ちたがっている』
Name: 八針来夏◆0114a4d8 ID:2d7c93e8
Date: 2009/06/05 13:46
世界の在り様はこの数カ月で大幅に変化した。
GAEに対するネクスト/通常戦力を用いた攻撃――後にハイダ工廠粛清と呼ばれる内紛。
その内紛に対し、極秘に提携を結んでいたアクアビットは巨大兵器とネクストACを投入し戦闘に介入。これに対してアメリカのGAは激しい怒りをあらわにする。
『ハイダ工廠はGA社の施設であり、そこにネクスト戦力を投下することは、GAに対する敵対行為とする』――GA本社の声明に対してローゼンタール/イクバールも同調。アクアビットと提携を結ぶレイレナード社はGAの言動を言いがかりに等しい発言と主張。
お互い正面切って争えば相当の流血と存在が出る事を知る故に――武装テロリストなどを用いた企業間の代理戦争は終結を迎えた。
ここから先は――企業の究極戦力ネクストACを用いた戦争、国家解体戦争において戦友であったはずの企業のリンクス達。かつて既存の兵器を遥かに凌駕する超兵器を運用する彼等は、今度は超兵器同士の戦争に巻き込まれる。
こうして再び流血と銃火を用いた熱い戦争の時代は再開される。
……この動きに奇妙な印象を受けた存在は多い。
ネクスト戦力において後塵を拝するGA社の保有するリンクスの数はそう多くはない。GAのリンクスは、ローディー/<フィードバック>、エンリケ・エルカーノ/<トリアナ>の二名であり、GAのオリジナルであったメノ・ルーの<プリミティブライト> と、プリス=ナーの<アポカリプス>はハイダ粛清の際にアクアビット勢力に合流。同社から離脱している。
今や戦争にネクスト戦力は欠かせない要素となっており、GAのネクスト戦力は減少の一途にある。
で、あるにも関わらず――GA社からの宣戦布告。巨大企業は徹底して現実主義者であり、彼等は冒険的投機に走らない。自ら喧嘩を売るという事はそこには何らかの勝利の為の概算が潜んでいると看做すべきであった。
とはいえ――この戦争の時代の到来を喜ぶものは、多くはないが確かに存在する。
アナトリア――最大の顧客であるGAのネクスト戦力の減少は、ネクストACによる傭兵業を営む彼らにとってGA社のネクスト戦力の低下は『アナトリアの傭兵』の商品価値を劇的に高めるものであり、報酬を稼ぐ機会の増える戦争の時代の到来は、かのコロニーにとって巨大なビジネスチャンスの到来、喜ぶべきものであった。
それが一人の男を更なる激戦へ追いやる結果になろうとも。
それが屍と流血を築いて積まれた、穢れた財貨であったとしても――だ。
――塔の遥か上 広告の影 赤いスーツのスナイパーを見ろ――
その女は小さな声で歌を口ずさみながら操縦桿を操る。
ロックオン。
遠距離索敵に特化した、機体後背の長距離レーダーが伸ばす電子の目は敵ネクストの存在を正確に補足していた。
機体の外には凍えるような冷たい大気が充満し、足元には氷の塊が海面に浮かんでいる。
その機体は、ただ一つの目的にのみ特化している。
頭部=超遠距離からのアウトレンジ補足/長距離からのロックオンを可能とした、高性能レンズを備えるカメラアイ――両腕/非常に精度の高い高精度射撃を可能とした、精緻な歯車細工の如き細やかさで狙撃銃を運用する腕――両足/発砲の際の反動を受け流すための射撃安定性能に優れた脚部――六大企業の一つのネクスト機体のパーツの設計思想は、まさしくたった一人の女帝の意に沿うために用意されたもの。
六大企業の一つ、BFF最大最強の<プロメシューズ>/リンクスナンバー5――メアリー=シェリー。
――遠のく君を 何処まで追う 嗚呼逃亡の展望も砕く――
敵ネクストを確認。
イクバール製のネクスト――国家解体戦争末期に参戦したリンクスナンバー26――ナジェージダ・ドロワ。そして彼の駆るネクストAC<ファイバーブロウ>は、メアリー=シェリーの操るネクストAC<プロメシューズ>に、まさしく千里眼にも似た驚異的索敵能力と長距離補足性能で補足されている。
企業が保有する究極戦力、ネクストAC同士の正面からのぶつかり合い。
片や、BFFの女帝と恐れられ、遠距離狙撃戦に特化した<プロメシューズ>。
片や、国家解体戦争の末期に参戦し、武器腕型ショットガンの運用と戦果で、低いAMS適正でも十分な功績をあげられる事を証明し、各企業に武器腕の開発に踏み切らせた、近接射撃戦の<ファイバーブロウ>。
両機とも得手の距離を保持してから/踏み込んでから――が真骨頂の機体であり――そして遠距離射撃戦と近距離射撃戦の戦いでは、やはり<プロメシューズ>に分が合った。
――ひゅーと口笛吹き 路地から また路地へと――
操縦桿を握る腕を/引き金に掛けた指を――そっと、優しげですらある動作で引いた。
メアリー=シェリーの意を受けた<プロメシューズ>の統合制御体は即座に狙撃を実行。
長大な銃身の内部に収められた狙撃用の銃弾――通常のライフル弾丸と違い、大気をかき分け、ただ愚直なまでにまっすぐ、一直線に飛行する事を求められる狙撃用の銃弾は通常のものより非常に大きい。
液化燃料に電磁着火――爆圧にて射出される銃弾は長大なバレルのうちに刻まれたライフリングによって軌道を一直線に補正される。銃口から弾丸が射出/旧時代のレールガンを超える弾速――音速を超え、音を置き去りにして放たれる銃弾は大気の振る舞いに影響されること無く、まるで敵機と銃口を一本の線で結んでいるかのように飛翔。FCSの敵未来軌道予測によって演算され、導き出された銃弾が狙うべきそこに――あらかじめ打ち合わせていたように敵ネクストが回避機動の為に移動する。
直撃コース。
飛来する銃弾はネクストの戦闘力を支える要素の一つ、プライマルアーマーに接触。緑色の重金属粒子を用いた強力なバリアは――しかし、狙撃銃から射出された弾丸が持つ点の破壊力によって貫通され、機体装甲を大きく歪ませた。
――ひゅーと逃げる演技――
<ファイバーブロウ>はその強大な運動エネルギーを堪える事が出来ず、機体の体勢を崩す。即座に統合制御体が一時的に操縦権を剥奪――大地に対して平衡を保とうとする。
しかし、メアリー=シェリーにとってはその一瞬で十分。セオリー通り、即座に狙撃地点から移動を開始し、遮蔽を取りながら身を隠す。
一方的な――私刑にも似た戦いだった。
<プロメシューズ>はそもそも敵に接近すら許していない。距離という最大最強の防御壁を用い、相手に一撃を入れる機会すら与えず/闘死の権利すら与えず――一方的な狙撃戦を展開している。もちろん――戦闘に卑怯という言葉はない。誰にも恥じることなく卑怯卑劣であればいい。だが――搭乗者の口元を歪ませる喜悦の笑みが、純粋な戦士として戦場に望んでいるのではないと告げていた。
例えて言うなら――彼女の笑みは、ダーツの試合でどうやって中心に命中させるかを思案する遊技者のそれであり/絶対安全な距離から、大きな獲物を照準に捕らえた狩人のものと酷似していた。
――さぁ弾頭を呼ぶ静寂を――
もはや――賭けに出なければ勝利は覚束ないと判断したのだろう。
<ファイバーブロウ>は機体の後背から膨大な推進炎を噴射し突撃――例えオーバードブースターを用い、戦線からの離脱を試みようとも敵ネクストの手は長い、相手の射程はそれを軽々と捕らえる事が出来る。ならば、接近して敵ネクストに貼り付き、徹底した近距離射撃で勝利を勝ち取るしか、死中に活を見出すしか彼には生きる術が残されていなかった。
――DDT! DDT! DDT! DDT、DDT!!――
だが――メアリー=シェリーの対応は相手の予想を超える、奇怪なものであった。
ボルトで締め付けたように徹底した遠距離の保持/狙撃のスタイルを崩さなかった<プロメシューズ>は――ここにきて自らの位置を晒すように遮蔽物から姿を現し、右腕の狙撃銃を/左腕の高精度ライフルを――敵機に指向したのだ。
当然、リンクスであるナジェージダ・ドロワは相手の行動をいぶかしんだが、同時に好機であると踏む。
<ファイバーブロウ>の損害は大きいが、しかし後一撃二撃程度ならば耐えられない事もない。装甲板一枚はくれてやる、代わりに近距離射撃の距離を勝ち取ると気迫を込め、突撃。
だが――たった一発の銃弾が、ナジェージダ・ドロワの最後の希望を完全に打ち砕く。
放たれた弾丸は――プライマルアーマーを貫通。そしてそのまま<ファイバーブロウ>の関節部を空恐ろしくなるほどの精度で撃ち抜いた。
超高速で巡航飛行するネクストACの脚部関節を――空中に飛んだ針に糸を通すような文字通りの神業を、まったく気負いなく『女帝』はやってのける。
戦闘において膝とは体重を支える部位――足を片方打ち抜かれた<ファイバーブロウ>は自重を支えきれずに体勢を崩し、オーバードブースターの推進炎に引きずられるように地面に機体を擦りつける。そして――ようやく停止し、なんとか戦闘行動を取ろうとした機体の眼前に、<プロメシューズ>は銃口を突き付けていた。
『良い的だったわ、貴方』
射出される弾丸は、プライマルアーマーすら作動しないゼロ距離から放たれたものであり、まったく減衰しなかったその破壊力は<ファイバーブロウ>の頭部カメラから装甲を貫いて頭部に内蔵された統合制御体を完全に破壊し――同時に機体と接続していたリンクスを絶命に至らしめた。
『流石だ、メアリー』
多少しわがれた老人の声が聞こえてくる。
BFFの最強のリンクスである彼女にこうも気安く言葉を掛けてくるのは彼しかいない。BFF軍部の重鎮であり、リンクス。そして『女帝』メアリー=シェリーの養父である王小龍。
メアリーは<プロメシューズ>の長距離索敵システムが何処にも敵機の陰を捉えていない事を再確認した。敵より先制して補足し、敵より遥かな遠間の獲物による射撃戦闘。単純であるが、高いレベルで構築されたリンクスの技術と、高精度パーツで知られるBFF製ネクストとライフルがあれば、それは恐るべき魔弾の射手を完成させる。
メアリー=シェリーは戦闘終了を告げるオペレーターの声に頷きつつ、抗G服のヘルメットを脱ぐ。
日本人形のように切りそろえられたかすかにくすんだ金髪/目尻の下がった垂れ目――しかし目の奥の酷薄そうな色は未だに煌き、今狩り殺した敵ネクストを詰まらなそうに見つめている――黙っていれば貴族のご令嬢とも言えそうな容貌であるにも関わらず、どこか残忍な気配を含んでいる女だった。
「少し歯ごたえが足りないわ、お父様。……狩りにしても、逃げるだけの子兎よりも狡猾な狐の方が面白い」
『はは、まぁそう言うな。……イクバールのオリジナルを仕留めたのだ。十分な戦果だろう』
「一緒にしないで頂きたいわね、お父様。国家解体戦争末期に参戦して最後にほんの少し戦っただけの輩の分際で、私と同じオリジナルと一括りにされるなんて不愉快よ」
『それはすまんな。……なに、じきに大物が掛かる』
王小龍の言葉に――メアリーは口元に喜悦の笑みを浮かべる。よい狩場を知った猟師のような楽しげな色。
ただし猟師と決定的に違うのは――猟師が食らい糧とするために殺すのに対し、彼女のそれはただ殺すためだけに殺す。人間のみにしか現れない、手段を目的とする点だった。
「誰? 元気に逃げ回ってくれると嬉しいけど」
『現在GAがネクスト戦力を大きくアナトリアの傭兵に頼っている事は知っているな? ……そのうち相手をしてもらう事になるだろう』
アナトリアの傭兵――砂漠の狼を落とし、マグリブ解放戦線を壊滅させ、数多くのミッションで多くの戦果を挙げる、報酬次第で敵味方を変える時代遅れの傭兵。実力が確かなのは間違いない。彼女と違い、これまで数多くの対ネクスト戦闘をこなしてきた戦績はメアリーにはないものだ。
「……薄汚い鴉が相手か。……なるべく長い時間飛び回ってくれると良いのだけども……」
「なるほど、強いな」
ハウゴ=アンダーノアはディスプレイに表示される、GA経由で送られてきたイクバールからの戦闘の映像を見ながら呟いた。
暗室で上映されるのは――BFF/イクバールの、ネクスト戦の映像。ただし、まともな戦いとは呼べない。<ファイバーブロウ>は<プロメシューズ>を結局一度も射程内に収める事ができず完全に大破させられていた。
映像が終了し――光が戻る。
フィオナ/ボリスビッチ/ネネルガルの三名は――疲れたような嘆息を漏らした。
「……本当に、強いわね。上位オリジナルの実力が相当なものだとは思っていたけど……」
「……同じイクバール出身だったものとして、流石に無念である」
「まぁ、<バガモール>じゃ百年たっても勝てそうにありませんが、ありませんのですが」
ネネルガルの言葉に、いやそうに、むぐ、と口を紡ぐボリスビッチ。
FCSの軌道予測ができないロケットでは超長距離狙撃を得意とする<プロメシューズ>を捉える事は困難だろう。
「で、……ハウゴ、勝てそう?」
「……尋常な射撃戦じゃ勝てんな。狙撃の才能は俺の百倍だ。<アイムラスト>も狙撃ができない訳じゃないが――狙撃一つに特化したBFF製のネクストには負けるね」
お手上げ、と言わんばかりに両手を挙げて降参のポーズを見せるハウゴ。
そう、と嘆息を漏らすフィオナ。素人目に見ても神業である<プロメシューズ>の実力は凄まじい。あの必中の魔弾を掻い潜り懐にもぐりこむのが至難の業であると彼女も理解した。<ファイバーブロウ>の戦術は決して間違っていない。だがその戦術を正面から撃ち落す相手の技量が異常なのだ。
ネネルガル――ふと思いついたように言う。
「プライドが……高そうですね。自分の技術に絶対の自信を持っていそうです、いそうなのです」
「確かにそうであるな。……敵ネクストの足を打ち抜いた最後の狙撃であるが……あれはそもそも前に出て迎え撃つ意味は無いのである。セオリーなら後退して射撃すれば、残りの耐久力の差で勝つのである。あれでもし狙撃をはずせば、不利な近接射撃戦に持ちこまれるのであるが」
「……大体わかる。……あの手の相手は、美しく勝ちたがっているのさ」
ハウゴの言葉に、三人は頷くが――しかし眉間に刻まれた悩みの皺はそのまま。
「……でも、ハウゴ。確かに自分の技量に絶対の自負を持っているというけど……実際に相手は自負に見合う神業じみた能力を持っているのよ?」
「そこが付け目だ」
ハウゴの言葉にフィオナは理解できない、と首を傾げる。
そんな彼女に――ハウゴはにやりと笑いながら答えた=まるで性格の悪い悪戯を思いついたような笑顔。
「新しいパーツの発注を依頼しておいてくれ。BFF製の長距離レーダーと、狙撃銃だ」