まえがき
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_ (m) _ピコーン
|ミ|
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ハヽ/::::ヽ.ヘ===ァ
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_//:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::ハ そうだ、モッピーもレズに媚びを売れば……
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「榛名、学食カフェに寄って行かないか? 今日は俺が奢るからさ」
六限目の実習授業が終わって、一夏と更衣室で着替えていると、上半身裸の一夏にそう切り出された。
あの後――徹夜で寝不足だったので保健室で午前中は仮眠をとって、午後に教室に向かうと、みんな温かい笑顔で迎えてくれた。
教室の扉の前でたじろいでいたのを、トイレから戻った一夏が、おれの肩を抱いてクラスに連れ込んだ。
おれはもう居た堪れなくて、泣きだして、逃げ出したかったのだが、誰も離してくれなかった。
こういう時に限って、友人の存在を再認識する。疎ましいと思うこともあれば、感謝することもある。
この人たちがもっと薄情で、性格が合わなかったら、おれもここまで思い悩むこともなかったのかもしれない。
「悪いけど、今日はいいや。ちょっと、頭を冷やしたいし」
制服に着替える片手間に、にべもなく返す。
胸に難癖つけられたシャルロットが拗ねて、「どーせ僕は小さいですよー」とか、「榛名は大きいほうが好きなの……?」とかしつこかったのもあるし、みんな過保護になっていて居心地が悪かった。
まあ、全部おれの自業自得だからしょうがない。
「そうか……」
断られた一夏がしょぼんと肩を落とす。なんだよ、その捨てられた子犬みたいな目は。
「あ、じゃあ榛名の部屋に――」
「ごめん、無理だ。ホント、悪いな」
諦めない一夏を再度突っぱねる。そうして、やっと諦めてくれた。
会長と二人きりでも耐えられないのに、他に人がいたらどうなると思ってるんだ。
さて、どうしよう。一夏と分かれ、中庭をウロウロしていたおれは、途方に暮れた。
近々、新緑も陰り、中庭にも朱が混じり始める頃合いになる。まだ残暑が続き、汗ばむ陽気に悩まされるが、直に寒さに文句を言うようになる筈だ。
一年前のおれは、部活動を引退して手持ち無沙汰になり、受験に向けて勉強しようと、抜け殻になった気分を奮い立たせていた。
いったいどこのボタンを掛け違えて、ISパイロットになんてなってしまう人生を歩むことになったのだろう。
そういえば、好きなバンドの曲の歌詞に、「誰か愛する人を見つけてくれ」という心の叫びがあった。
当時は意味も判らずに耳障りの良いメロディーと歌声に酔い痴れていたが、あれは作詞者の苦悩を綴ったものではないかと、今になって思う。
中学の頃は、悩む暇なんてなかった。毎日部活に励んで、家に帰ったら倒れるように寝て、学校では友人とたわいない話で盛り上がって。
恋で思い悩むこともなかったから、恋愛事と将来が直結している現状が、夢現みたいで現実味がない。
これでおれが普通の高校生であったなら、会長に告白なんてされた時点で舞い上がって事故死してたであろうに。いや、何で自分を妄想で殺してんだ、おれ。
「束さんもなに考えて、おれをIS学園になんて入れたんだろう」
「知りたい?」
「――っ!?」
慮外の声に背骨に氷柱が突き立てられたみたいに跳ねた。
心臓が壊れたみたいに全力で、声の主を探して首を節操無く巡らす。上か!?
「ムフフー。残念! 正解は下でしたー」
「うおわぁ!?」
地面からニョキッと顔を出した神出鬼没の人物に後退する。首だけを生やした束さんは、ミミズみたいな動きで全身を空気に曝け出して、にぱーと笑った。
「チャオチャオ、はるちゃん。あなただけの束さんだよー! アイライキュー、アイラビュー、アイニーヂュー。
元気にしてたかなー? 束さんは、はるちゃんを想うだけで毎日超ハッピーだよー」
「こ、こんばんは」
その神出鬼没ぶりに驚くも、いつものことだったと落ち着きを取り戻す。慣れてしまった自分に悲しくなった。
束さんは、にぱーと笑うとIS学園を見渡した。
「いやー、ちょろいね。大したことないなIS学園のセキュリティも。まー、何回もゴーレムに襲撃されてるし、束さんの世界一の科学力をもってすれば侵入も容易だよねー」
「何ていうか、流石ですね……」
「やーん。もっと褒めて褒めて~」
振り向いて悶えた束さんは、おれの顔を見つめると人差し指を顎に当てて、かわいく唸った。
「うんうん、束さんは元気だけど、はるちゃんはアンハッピーって感じだねー。
わかるよー、好きでもない女と無理やり結婚させられるなんて嫌だよねー。人生真っ暗だよ」
「……知ってたんですか?」
「束さんがはるちゃんのことで知らないことなんて何もないよー」
えへん、と大きな乳房を張る。意外だった。逆上して、政府の人間や婚約者に何かしでかすと思っていた。
「あの……束さんって、おれのこと……好きなんですよね?」
「うん、好きだよ。愛してる。十一年前からね」
自惚れていると取られても仕方ない寒い確認に、束さんが即答する。その声と表情には、戯けたところが微塵もなくて、胸が苦しくなった。
だけど、訊かなくてはならない。
「おれ、心のどこかで、束さんがそういう話を揉み消すんじゃないかって思ってました」
「物理的に? それとも圧力をかけて? やだなー。束さんはそこまで野蛮じゃないよ。
はるちゃんを担当してる政治家や役人の顔を憶えられないし、それにどうこうしようたって面倒臭いしねー。
やるなら花嫁泥棒かな? 望まれない結婚を強いられたはるちゃんを、私が颯爽と連れ去っていくの。そっちの方がロマンあるよねー。
まー、はるちゃんが嫌なことは絶対にしないよ、私はね」
誰が嫁だと、ラウラにとっての一夏みたいな扱いにツッコミたくなったが、ややこしくなるので止めた。
束さんの最後の言葉が、やけに頭に残る。おれは、ずっと引きずっていたことを尋ねる決心を固めた。
「束さん、お願いがあります」
「ん? なぁに? 何でも言ってみなさい」
「婚約者の会長や、その関係者に手を出さないでください」
自信満々に胸をドンと叩く束さんに懇願する。
この人がおれ絡みで何かやろうとしたら、真っ先に迷惑を被るであろう人たち。
笑っているが、束さんにとって邪魔でしかない存在だろう。あらかじめ先手を打っておいた方がいい。
断られる可能性も考えていたのだが、束さんは破顔して、
「なーんだ、そんなことか。いいよー。何もしなーい」
あまりにもあっさりと了承するので唖然としてしまった。
「ん? どうしたの、ポカーンとしちゃって」
「いえ……まさか、こんなに簡単にオーケーしてくれるとは思ってなくて」
「はるちゃんは嫌なんでしょー? だったらしないよ、私は。束さんは、はるちゃんに嫌われたくないの」
「……」
満面の無邪気な笑顔で語る束さんを見て、おれの心が翳る。嫌いになれない心とは裏腹に不信感だけは累積していく。
藍色に染まりゆく空から目を逸らすように下を向いて、おれは口を突く感情を身を委ねた。
「なら、何でおれをIS学園になんて入学させたんですか」
湿った風が耳に障る。束さんは、僅かに首を傾げて、妖しげに微笑した。
「そっかぁ。ちーちゃんが口を滑らせたんだね? ヤ~な感じだねー。告げ口って女特有の浅ましい発想だと思うよ。
女は秘密にすることができないからね。本能的に自己顕示欲が強いから、目立とう、優位に立とうとする面倒な生き物だよ」
「おれに嫌われたくないなら、何で家族と引き離したりしたんですか? 気づかれないなら何をして良いと思ったんですか?
おれのことが好きなら、普通に暮らすおれに話しかけてくれれば良かったのに。それなら――」
「さっきの言葉、訂正させてもらうよ、はるちゃん。『嫌なこと』は、言葉が足らなかった。
はるちゃんを不幸にしたくないだけなんだよ、私は」
おれの言葉を遮って、寂しげに笑う束さんがおれの髪を撫ぜた。
「ねえ、はるちゃん。目先の幸せに視界が眩んでないかな? IFの話に心が囚われてないかな?
はるちゃんの人生は、これから何十年と続くんだよ。これまでの人生の何倍も生きてゆくんだよ。
大事の前の小事に過ぎないんだよ、今までのことなんてさ」
「なに言ってるんですか?」
掴みどころのない言葉に顔をしかめる。束さんは微笑んだまま、表情を崩さない。
「例えばね、はるちゃん。はるちゃんがあのまま平凡な男の子のまま生きてゆくのと、ISパイロットとして歩む人生、どっちが幸せだったと思う?
真面目なはるちゃんのことだから、勉強して進学校に行って、そこそこの大学に通って、勤勉に働くんだろうね。
そんな人生と誰も経験できないIS学園での生活と男性パイロットの富と名声を得て、いっくんという親友や世界中の優秀な少女に揉まれて研鑽する日々。どっちが良い?」
「それは……」
黙考する。残酷なたとえだった。
今となっては、普通の人生を歩みたかったと思う。だが、おれが一般人であれば、弾と同じように一夏を羨んでいたとも思う。
だが、結局は無知だっただけで、よく知りもしない世界に勝手に憧れを懐いていただけだ。
一夏やクラスのみんなが大切な人になったのは、今はそれ以外にないからで、昔は大切にしていたものがあった。
「……短い間でしたけど、それでもおれは、おれを育ててくれた両親に、少しは恩返しをしたかったです」
「……うーん。束さんはよーく考えなおして欲しいなぁ。親に返すような恩があったか。
それにね、社会に出たら親と会う機会なんて死ぬまでに一年にも満たないものだよ。成人すれば親が子を養う義務もなくなって、親が年老いるまで関わることなんてなくなる。
そういうものでしょ?」
「関係がどうなろうと親には変わりないじゃないですか」
「まあ、そうなんだけどね」
的を射ない束さんの言に苛立ちが募る。眉根を寄せる束さんに語気が強くなった。
「もう、この際だからはっきり言います。おれ、あなたの考えてることがさっぱりわかりません。
おれのことが好きなら、何でこんな目に合わせるんですか。こんなこと言うの自分でも馬鹿らしいと思いますけど、普通の学生のおれに束さんみたいな綺麗な人が好きだって言ってくれたなら、おれは嬉しくて舞い上がってたと思います。
でも、こんな状況で言われたって、嬉しくもなんともないですよ」
でも、嫌いになれないから、腹が立つんだ。
束さんから柔和な笑顔が失せ、他人にだけ見せる冷酷な表情が表に出た。陰惨な目つきはおれではなく、遠くの誰かを睨んでいる。
が、また童女のように破顔した。
「今の私が一般人の金剛榛名に接触したらどうなる? 最悪、私を誘き出す人質として攫われてたかもしれないよ?
ISパイロット金剛榛名だから、束さんは堂々と接触できるの。ただね、束さんにも予想外の出来事が多すぎたから、ちょっと困リングーなだけでー」
「おれ、こんなにされても、束さんが嫌いになれないんです。織斑先生は、束さんがおれに虐待してたからだって言ってました」
「当事者じゃない奴が、私たちの関係を知ってるわけない」
媚びを捨てた声に顔を上げると、無表情の束さんがおれを見つめていた。
「ちーちゃんは何も知らないよ。ただ、遠くで見ていたことを主観的に解釈しただけ。証拠にはるちゃんの名前を知らないし、私が可愛がってた子供をはるちゃんだって思い出しただけで、詳細なんて語れない。
知ったふうな口を聞いて、私を貶めているだけ。今もそうだよ。後からしゃしゃり出て来た連中が判ったような口聞いてはるちゃんを盗ろうとしてる。腹が立つよねー。
はるちゃんを守るのは私だけで十分なのにさ」
認識の相違があると訴える束さんに返す言葉がない。事実なら、おれの記憶がないことが起因だからだ。
視線を下げるおれの頬を束さんの両手が包んだ。前を見ると、淡く微笑む艶めいた顔が広がっていた。
「でも、束さんはぜ~んぶ許容してあげます。はるちゃんは必ず私の元に帰ってくるからね」
「どこから、そんな自信が来るんですか?」
独善的で自分本位としか思えない言動に、つい口が出る。束さんは不敵に口の端を上げた。
「ヒ・ミ・ツ。あ、でもでも、束さんは優しいからヒントを教えてあげるよ。
――私はね、ロマンチストなの。結ばれるときは、感動的で感情が昂ぶる時合。
またね、はるちゃん。束さんの科学力でもあんまり長居するとバレちゃうから。じゃーねー」
あっけらかんと、軽快に哄笑して、空から飛んできた人参に跨って束さんが去ってゆく。
驚く暇もないほどに突然の出来事だった。立つ鳥ではないが、痕跡を残すヘマを犯さないだろうし、本当に夢のようだった。
「……違うのか?」
暗くなり始めた空に独りごちる。誰を信じればいいのか、もう判断がつかなくなってきた。
肝心のおれの記憶を思い出そうにも方法がないし、織斑先生は束さんを否定するけど、その束さんは織斑先生を無知だと罵る。
束さんは、自分の持つ力を駆使して婚約を解消するつもりだと思っていたが、それをする気もないらしい。
……もうどうすればいいのかわからないや。
「榛名!」
捨て鉢になりかけたおれの耳に、慣れ親しんだ声がおれの名前を呼ぶ音が届く。
首を巡らすと、シャルロットが息を弾ませて駆け寄ってきていた。
「ねえ、榛名。カフェに行こ? みんな待ってるよ」
見上げる瞳に視線が下を向く。その眼が眩しくて真っ直ぐ向かい合えなかった。
純粋なものには、触れるのを躊躇って臆するようになってしまった。大人になるって悲しいことなのね。
……そういえば、中学のとき、全国出場を目標に掲げてひたむきに努力していたみんなの眼は、こんな風に輝いていた。
もうこういう瞳には戻れないのかな。
おれは息を吸った。
「ああいうことがあったからさ、居づらいんだよ。ちょっとはっちゃけ過ぎたでしょ、おれ」
「そうだよ! 女の子に胸が小さいとか言っちゃうもんね、甲斐性なしの榛名さんが」
ジトッとシャルロットが半目で睨む。意外と根に持つタイプらしい。
他にも世の中に抵抗してクラスの中心でBL本を読んだりしたことが恥ずかしかったりするのが主因なのだが、これも一因には違いなかった。
おれは息を吐いた。
「あのときは、ああ言っちゃったけど、シャルロットは大きいと思ってるよ。傷つけたならごめん。謝る」
「傷ついたっていうか……その、榛名は大きい方が好きなの? 会長とか、篠ノ之博士みたいに」
照れて、頬を赤く染めて尋ねてくる。恥ずかしいなら言わなきゃいいのに。
「大きいとかは……どうだろ。あまり気にしたことなかったな。極力、考えないようにしてたし」
「むー……真剣に悩まないでよ。そこは、シャルロットくらいが良い、って言うところだよ?」
「いや、男の本音から言わせてもらうと、形とか色が綺麗だとかが重要であって」
「そ、そこまで語らなくていいよ!」
勝手に拗ねて、ぷりぷりと怒りだした。おれが一夏程ではなくても、女性に対する扱いがなってないことは知ってるだろうに。
「もう! 興味ないふりしてエッチなんだから!」
「耳年増のシャルロットが良く言うよ」
「なっ、だっ……ち、ちがうよ! 何で榛名は僕のことを……榛名のいじわる」
真っ赤になって否定してたが、過去の行いを思い出したのか消沈してむくれてしまった。
胸に痛痒がはしる。シャルロットを可愛く思えるたびに胸中に暗く重いものが堆積してゆく。
会長との婚約が決定してから、こう思うのだ。早めに諦めさせた方が、シャルロットの為になると。
できもしない大言壮語を吐いた情けなさが空虚な苛立ちとなって身を苛むが、まだ取り返しはつく。
束さんの言ではないが、まだ十五歳だ。幾らでもやり直しは効く。遅かれ早かれ知るのだから、いま伝えるべきだ。
そう決心して口を開こうとして――どうして、言葉にならなかった。
逡巡するおれをシャルロットが不安げに見つめる。
「ねえ、どうしたの、榛名。なにかあった? 困ったことがあるなら相談して? 僕、榛名のためなら何でもするよ」
「……」
その純粋さが痛かった。個人でどうにかなることではないのは痛感していたし、好意の原点にも燻る火種があったから。
「おれとシャルロットって不釣り合いだよな、って思って」
「……まだそんな理由で悩んでるんだ」
拗ねたような、呆れたような顔で呟く。敢えて、もう通り越した悩みを打ち明けた。
本当は、感情の根幹で悩んでいた。おれは、会長がおれの境遇に同情して勘違いしているだけだと批難したが、それは――シャルロットの境遇に同情して、拠り所のない女の子の鎹になったおれも同じではないか、と。
懊悩するおれに、シャルロットが諭すように言う。俯くおれを覗きこんで、
「榛名は榛名が卑下するような人じゃないよ。親友のために命を懸けて体を張れる勇気を持った、素敵な男の子だよ。
そして、困った子がいると見捨てられなくて熱くなっちゃう、優しい人」
違う。見捨てられなかったくせにスパイを疑っていて不眠症になるような男だ。今だって婚約したのに、それを言えないでいる情けない奴だ。
無性に腹が立って、勘違いを正そうとしたおれの口を――あろうことか、シャルロットのそれが塞ぐ。
閉じた瞼、長い睫毛、甘い汗の薫りがいっぱいに広がって、唇に触れた柔らかい感触が、全身に伝播した。
キス、された。
「えへへ、あげちゃった」
チロリと舌を出して、茶目っ気たっぷりにはにかむ。背伸びした彼女の顔が下がって、思わず、口を抑えた。接触は瞬きの微かな間だけだったが、
羞恥よりも疑問が勝って、狼狽するおれにまだシャルロットが何か言っていた。
「榛名がどう思おうとね、僕にとって榛名は、ファースト・キスを捧げたいと思える人だよ。榛名がいれば後悔なんてしないし、楽しくて、嬉しくて、幸せなんだ。
だから悩まなくていいの。むしろ、僕なんかでいいのかってくらいなんだから」
だから、違うんだ。と、そう訴えたかった。でも、喉が硬直したように声が出せない。
シャルロットは我にかえったみたいにあわくって、
「あ、そ、そうだった。カフェ……は、榛名! 来てね? 絶対だからね! み、みんな待ってるから! じゃ!」
全力で立ち去っていく。……あの後、自分のやったことを思い出して身悶えるんだろうな。
どうも、自棄になったことで余計な心配をかけて、また巡り巡っておれの首を絞めることになったらしい。
何でだろうな……何で、昔、思い描いていた甘酸っぱさが、今は辛いんだろう。
●
どうカフェで時間を潰そうと、おれは部屋に帰らなければならない。
実習でみんなに負けたセシリアさん以外のクラス全員が集まったカフェは終始乱痴気騒ぎだった。
コーヒーを飲んでるのに雰囲気にでも酔ったのか、アイスコーヒー一気飲みとかやらかして顔を真赤にして叫んだり、女の子なのに男にセクハラしてきたり。
シャルロットは自分の行為で自爆して爆発寸前のピンキーみたいだった。顔を見合わせても、おれにはどうしようもなかったので返って助かったが。
問題は一夏で、「俺が誘っても来ないのにシャルロットが誘うと来るのかよー」と拗ねたり、止める箒さんを振りほどいて見事な蹴りを食らったり、「親友と女どっちが大事なんだよー」と詰問してきたりと面倒臭いことこの上なかった。
まあ、はしゃぎ過ぎた所為で最後は織斑先生がやってきて、強制的に解散させられたわけだが。
「まさか、部屋に帰れと言われるなんて」
どうも深夜徘徊していたことが寮長の織斑先生にはバレているらしい。最近の織斑先生はおれに甘く、政府に連絡を取っていたので事情があると見過ごしていたのだが、今日の素行不良で堪忍できなくなったとか。
まあ、その政府の会話内容が「タイに行きたい」だからな。完全にどうかしてた。
「……」
昨日の今日だから、会長と合わせる顔がない。だって告白されて、迫られておきながら逃げたんだぞ?
男の恥って言うけど、会長にも恥をかかせたんだ。こういうときどうすればいいの?
教えてくれよ、一夏。モテモテのお前なら、これをどう切り抜ける?
困り果てたおれは、昨日とは真逆に、こっそりと侵入することに決めた。もうステルス入室して、「実はずっと部屋にいましたよ。会長、気付かなかったんですかー?」とかのたまって誤魔化そう。
おれは物音を立てず、ドアを開けて、中の様子を窺った。
「あれ?」
誰もいない。外出しているのかな、と安堵した瞬間に腕を掴まれた。
「か、会長……!?」
ドアの影に潜んでいた会長が、おれを中に引きずり込んで、バックドロップでもかけるように背後からおれを捕えた。
「そいやぁ!」
「ぎゃあああああああああッ」
その態勢のまま会長が跳躍して、ベッドに着地する。スプリングが悲鳴をあげて軋み、おれの体も宙空を跳ねて――会長に後ろから抱きすくめられて、ベッドに横寝になった。
「……」
「あの……」
何だこれ。意図がわからず、困惑していたおれの身体を、万力のように会長の腕が締め付ける。
「痛たッ! 痛い! イタタタタタ!」
「……」
「な、何なんですかいきなり! 何か言ってくださいよ! 痛い痛い痛い! ギブ、ギブ――あ、タップできない!」
腕が腹部で交差するようにして拘束されているので、ギブアップできない。苦悶の声を上げるおれを、会長は無言でホールドして離さない。
何なの!? そんなにおれが嫌いなの!? じゃあいっそのこと楽にしてくれ。本当、もう解放されたい。
漏れるんじゃないかと思い始めた頃になって、うなじに息がかかった。
「おかえり……!」
「手粗すぎやしませんか、出迎えが……」
IS学園って暴力に訴える女の子が多くない? 殴る蹴るなどのISによる暴力がないだけ、一夏よりマシかもしれないけどさ。
縛めが解けるかと思ったが、緩んだけで、会長の手は胴に回ったままだった。
ベッドの真ん中に足を広げて座るような、あすなろ抱きの格好で動かなくなる。
「会長……?」
「会長命令だから動いちゃダメ。昨日みたいに、逃げられたら困るもの」
耳の後ろで吐息と声が囁かれる。鳥肌がたった。柔らかな感触も相俟って、正直しんどい。
「逃げないんで、離れてくれませんか?」
「ヤダ。シャルロットちゃんとルームメイトだった頃も、こんな風にイチャイチャしてたんでしょ?」
「したことないですよ……」
ろくに眠れなくて困憊してたってのに。普段はジャージで肌を一切見えないくせに着替えとかすると、途端に無防備でドジっ子になるんだぞ、あの子。
おれの気苦労に拍車をかけたくらいだって言うのに……
「そっか。じゃ、こういうことするのは私が初めてなのね?」
「……たぶん」
「なら、良い」
呟いて、動かなくなる。ふざけないで欲しい。このままとか動悸が疾って死ぬ。
そもそもあすなろ抱きは男がするものなのに、何で男のおれがされる側にならなければいけないのか。
情けないけど、会長には腕力では勝てない。さっきもおれを抱えて大跳躍した人だし、おれを手篭めにするのなんて簡単だろうから、諦めて肩肘張るのを止めた。
「飽きたら、離してくださいね」
「飽きなかったら離さなくていいんだ」
「お風呂入らくちゃいけないでしょ」
「一緒に入ればいいじゃない」
「……あのねえ」
頭が痛くなった。こんな人だったかなと、こめかみ辺りが痙攣した。会長の細腕にこもる力が、僅かばかり強まる。
「榛名くん。私だって女だから、不安になることだってあるんだぞ」
「生理ですか?」
「……ばか」
素面では居られなかったので、わざと戯けた返しをしたら、笑っているのか怒っているのか判断に困る声が聞こえた。
長いためいき。肌に過擦れて汗ばむ。
「今だってそうだよ。恋愛って楽しいものだって聞くのに、グチャグチャで嬉しくなんてない。
……どうして辛いのかな」
それは――
「……コーヒーの匂いがする。女の子の匂いも」
肩に顔を埋めた会長から、嫉妬混じりの声が肌に響く。
「ごめんね、榛名くん。良い女ぶって後輩に講釈たれてたけど、余裕なんてもてないよ。今も、汚いことだけ考えてる。
立場が変わっても、心は変わり様がないんだね。肩書になんて……何の意味もない」
あと何回耳元で好きと囁けば堕ちるとか、誰かの真似をすれば心を許してくれるとか、いっそ強引に関係を迫るだとか。
浅慮なおれが浮かんだ男を落とす手管を何一つ実行せずに、しばらく会長はじっとしていた。
一夏がいればいい。一夏が羨ましい。一夏になりたい。
おれもアイツみたいに、アレコレ悩むことないハチャメチャな恋がしたかった。
あとがき
ハ ハ
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