<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

SS投稿掲示板


[広告]


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[37284] 滅国の少女騎士 ~ボク、とってもざんこくなんだけど?~(魔法と科学ファンタジー、巨大ロボ)
Name: 森河尚武◆cea74981 ID:1454c13c
Date: 2013/04/14 21:38
 FSSの連載再開で、ちょっと巨大ロボットモノを書きたくなりましたので勢いでつくりました。
 魔法と科学が共存している架空未来世界ファンタジーです。
 設定は旧FSSのパ……もといオマージュなところが多いです。
(理論とかそういうのはまったくちがいますが)

「小説家になろう」でも公開していますが、基本的には同じモノです。
 続きを書く場合はこちらで描いたものをブラッシュアップして、「なろう」に載せる予定です。
 あちらだとまず感想がもらえないので、こちらでもらえるとうれしいです。
 パクス・バニーともどもよろしくお願いします。


【あらすじ】
遠い遠いはるか未来か、過去かもしれない時代。
どこかの星である/あったかもしれない出来事。
大宇宙に浮かぶ青い水の星のとある国での物語。

その国のとある名門魔法師一族の家で、少女が生まれました。
優しい両親、厳しいけれど愛してくれる姉、慕ってくれる妹、幼馴染の男の子、親友の少女。
 とてもとてもいい人たちに、いっぱいの愛情をうけて、すくすくと育ちました。

 そして、10歳の時に行われる〝魔法適性の儀〟を迎えました。
 それは誰でも体内にある魔法器官を知覚させて使えるようにする一生一度の儀式です。 ――少女には、その魔法器官がまったく無かったのです。

 そして大なり小なりはあるとはいえ人類ならだれでも使えるはずの魔法が、少女には使えなかったのです。

――少女の世界は一変しました。

「あら、ゴミのようなものが。近づかないで、汚れてしまうわ」
 親友だと思っていた少女。


「なんだ、その目。カスがそんな目をしていいと思ってるのか?」
 気高く、優しかった幼馴染。


「ああ、臭い、臭いわ、ゴミの匂いがする」
 顔すら向けない、かわいがっていた妹。 


「ふん――」
 何かを云うのさえもったいないと何も言わぬ美しい姉。


「私たちから魔法が使えない子どもが生まれることなんてあるはずがないわ」
 少女を無かったことにした母親。

「ふん、命を奪わないのはせめてもの慈悲だ。ワシの寛大さに感謝するんだな」
 顔を踏みつけ、虫ケラを見るように見下ろして告げる父親。


 家族から、国からも追い出され、辱められて死にそうになった時。


――少女は出会いました。
一機の巨大人型兵器――人形騎士とそれを駆る操騎士に。

そして、時が流れ――少女はその国へと降り立ちます。
黒い人形騎士を駆る少女騎士として。



これは、少女が望まなかった亡国の物語。



……と、シリアス展開にみせかけて、なにげに毒舌な無表情少女騎士が「だるい〜、めんどくさい〜、いいや、きっちゃえ♪」とバカで遊んで、斜陽の魔法大帝国が滅んでいくのを傍観するゆる〜い日常系亡国物語です。



[37284] プロローグ ~残酷な世界~
Name: 森河尚武◆cea74981 ID:1454c13c
Date: 2013/05/06 23:32
※暴力的レイプシーンがあります。ご注意ください。

2013/04/14 初稿投稿
2013/05/06 修正

--------------------------------------------------------------------------------

 ガタゴト……
 揺れと音で意識が徐々に覚醒する。
(身体が重い、なんかしびれてる……父様から受けた雷の魔法のせいかな……)
 とりとめもなく少女は思った。意識がはっきりしていないままつぶやく。
「ここ……」
「お、こいつ目が覚めたみたいだぜ」
 少女は知らない男の声で、はっと目が覚めた。
 彼女が自分を見下ろすと粗末な荒い目の布服で、後ろ手に縛られている。

「あなたたち、だれ……?」
 少し警戒しながら、少女は尋ねる。
 馬車には少女のほかに、同じ荷台に座っている小太りの男と幌馬車の御者台に座っている背の高い男が二人いた。
「まぁ、自己紹介するような身分じゃないんでね、勘弁してもらおうか。おれたちは仕事であんたを預かったのさ」
「俺らが頼まれた仕事は、お前さんを〝黒き死の森〟に捨ててくることさ」
 馬車の御者台から別の男も教える。
「けっこういい金もらったぜ、へへ……」
 下卑た男たちに嫌悪感を抱きながらも、それを表面には出さないように少女は気を付ける。
「で、お前さん、〝|能無し《ノマー》〟なんだろ?」
「だ、だったらなんだっていうのよ……」
「魔法を使えないんだよな?」
「……」
 少女は黙る。どう答えてもまずい気がして。
〝能無し〟というのは何らかの理由で魔法が使えなくなった人間のことを指すものだ。
だが、少女は最初から使えない。ウソをついてもすぐにばれることだろう。
「何も言わないってことは、本当みたいだな。んじゃ、抵抗できねぇな」
「んで、あんたは名前も戸籍もないっと」
「な、なんで……」――それを知っているのか。
 御者台の男がそういうと少女は動揺した。
 今の少女は家名も名も奪われ、戸籍すらもない。
それはつまり帝国の保護を失っていることを意味していた。
「ん、そりゃ依頼主さんから聞いたからさ。つまりあんたは完璧な〝能無し〟、帝国民じゃない」
「帝国民ってゆーのはなんでもいいから魔法が使えるからな」
「つまり、お前さんには何したっていいっていうこと。わかるかなぁ?」
 男たちはやたらに饒舌だった。それは、獲物を追い詰めて嬲っていくように。
「な、なにする気――!」
 怯えて後ずさる。狭い幌馬車の中だ、逃げ場なんてない。
「なぁに、〝能無し〟ていっても人間さまと同じ身体なんだ。だから、ちょっとおじさんたちにご奉仕してもらうのさ」
「おいおい、ずいぶんまどろっこしいことしてんな。さっさとヤっちまえよ」
「はは、怯えたのをヤるのがいいんじゃねぇか。娼館じゃなかなかできねぇからな」
「ったく、あいかわらず悪趣味だな、おい」
 男たちが云っていることがさっぱりわからなかった。
まだ10歳の少女だ、そういう知識はなかったのだ。
「じゃ、処女はおれがもらうぜ~」
「はいはい、じゃんけんで負けたからな。代わりにうしろはオレな」
「おう、抵抗するなよ、痛いだけだかんなっ!」
 ぎらぎらと欲望を昂ぶらせた目の男が少女を捕まえて、ボロ服に手をかける。
「きゃっ! あ、なにするの、やだぁっ!!」
 傷一つない真白な肌が露わになる。
 男はそのままうつ伏せに押さえつけ、そして――。
「い゛っ! あ゛っ!」
 下腹部に走る激痛に少女は悲鳴を上げた。顔をゆがめて涙をぽろぽろこぼす。
「はは、こいつ泣いてら」
 腰を少女に打ち付けながら、小太りの男が嗤う。
「〝能無し〟でも泣くんだな、おもしれぇな」
「いやぁ、い゛たい! いたいよぉっ!!」

 運ばれていく幌馬車の中で、少女はずっと犯され続けた。


  ☆★☆


「この辺でいいだろ」
 小太りの男が抱えていたそれを、どさりとその辺の地面に放り投げる。
 後ろ手に縛られた全裸の少女が転がって、木にぶつかる。
目は虚ろで、脚も力なく投げ出される。まるで人形のようになにも反応しない。

 主要街道から歩いて15分ほどのそこは鬱蒼と生い茂った森の中で、木々に阻まれて薄暗い。
 そして、野生動物や魔獣と呼ばれる危険生物が数多くいることで有名で、一般人の立入禁止区域に指定されていたそこは、〝黒き死の森〟と呼ばれていた。

「おっと、帰ってこれないようにしておかないとな」
 転がした少女の脚を持ち上げ、小刀で足首の腱を切った。
 ぽたぽたと血が滴り落ちる。そこまでされても、少女はなにも反応しない。――壊れていた。
「よっと。こうすりゃ狼か魔獣が始末しくれんだろうよ」
 少女の肌でナイフの血をぬぐって懐に納める。汚いロープを首に巻きつけて、木にくくりつけた。
「けっこう具合もよかったし、このまま飼ってもいいんだが、バレたらめんどくさいからな」
「へへ、殺さないだけでも感謝しろよ、〝能なし〟」
 侮蔑の言葉を受けても、少女は虚ろなままだった。その瞳は、もうなにも写していない。

「さて、急いで――」
 ここを離れないとな。と続けようとした男の声は、甲高い排気音にかき消された。
「な、なんだぁ、嵐か?」
「んな、ばかなっ!」
 膨大な風に巻き込まれて土が巻き上がり、木々が大きく揺らされる。
 奇妙な、鼻に突く刺激臭が、風が来る方向から匂ってくる。木々の枝が引きちぎられて、枝の隙間が広がっていく。
 重々しい着地音が響く。
 重圧な金属隗が大地を踏みしめるような音。だが姿が見えない。
 とつぜん男たちの周囲が暗くなる。なにかに太陽光が遮られたのだ。
 なにもなかった空間から空電音をまき散らして黒い巨人が現れていた。

「おい、あ、あれっ!!」
「な、"|巨大人形騎士《ティタン・ドール》"!! なんでこんなとこにっ!!!」
 それは細身の四肢をもつ巨大な人形だった。
 頭部には巨大な平角が二つ。
 身体は騎士甲冑のように華麗ではないが、優雅で精悍なラインを描き、無駄なものは一切ない。まるで万物を斬るという東方より伝わる|刀《カタナ》を思い起こさせる。
 ところどころのへこみや傷がある黒艶色の装甲は、実戦を経ていることを物語っている。
 両腰につけられた二本の巨大な剣はあらゆるものをぶったぎることだろう。

『そこの二人! そのまま両手を頭の後ろで組んで、膝をつけ! 従わなければ撃つっ!』
 黒い巨人から女性の声が響く。
 何でも屋の男たちは、以前に聞いた奇妙な噂を思い出した。――とある国が、〝能無し〟を保護していると。
「逃げるぞっ!」「おうっ!」
 一目散に逃走を図る。ここは森林で、見通しも悪い。
人類最強の兵器である"|巨大人形騎士《ティタン・ドール》"でも捕まえることは難しいはずだ、そう考えたのだ。
だが、それは黒い巨人、ひいてはそれを操る者を侮り過ぎていた。
 単発の射撃音が二つ。
「ぎゃあああああっ!」
 血しぶきをあげて転げまわる男たち。走り始めた瞬間、正確に膝が撃ち抜かれたのだ。
『警告はしたぞ?』

 黒い巨人に膝をつかせて、降りてきた|操騎士《ライナー》が呆れたように云った。
 栗色の長い髪の女性だ。黒色の耐衝撃緩和服姿で、片手に5.54mm小銃を持ち、腰に翡翠色の鞘に納められた小太刀を佩いている。

「さて、このへんにお前らが運んできた子がいるはずだな? どこだ?」
 小銃を向けて、女騎士は聞く。
「いてぇ、いてぇよ、早く治せよっ、畜生っ!!!」
「どこだ?」
 泣きわめく男たちを無視して再度問いかける。その視線は冷たい。答えなければ殺す――そういう類の目だった。
「っ――!」
細身の男が震えながら指差した方向を見て、女騎士は焦った。
 木に繋がれ、虚ろな目をした裸の少女。
「く、手遅れだったか!? 情報部め、遅いんだよ、いつもっ!」
 駆け寄ると、少女の首筋や手首で脈を計り、呼吸を確かめる。どちらもかなり弱々しい。
《マスター、この程度ならば治癒可能です》
「そうか! キャリアに治療漕の準備を! 急いで運ぶぞ!」
 無機質な音声が耳元で報告すると、女騎士は安堵の表情を浮かべて指示を出す。
《了解しました》

 女騎士がロープをちぎり、少女の背中とひざ裏に手をやって優しく抱き上げた。
「遅くなってすまなかった。だいじょうぶだ、こんなケガは、すぐ治るからな、もうすこしだけ頑張ってくれ」 
 優しく声をかけながら、黒い巨人のさしだした掌のうえに腰かける。
「よし、いいぞっ!」
《了解、左腕を上げます。浮上移動の準備を開始》
 両脚から圧縮タービンの回転する高周波音が轟き始め、普段は閉じている吸気口が開く。
 
「おい、俺らを助けていけよ!」
「そ、そうだ、このままじゃ獣に殺されちまうっ!」
 撃ち抜かれた膝を抱えて、地べたをはいずる男たちが情けない声で助けを求める。
「ああ、すまないが、こいつは二人乗りなんだ。自分たちでなんとかしてくれ」
 感情のこもらない冷たい目で見下ろしながら女騎士が告げる。彼女は男たちが少女に何をしたのか気が付いていた。
「な、なんだとっ! 騎士が、一般人を見捨てるのかよっ!」
「ここは、立入禁止区域だろう。そこに入れる君たちが一般人のはずがないよな?」
「っ!!」
 圧縮タービンからの高周波音がさらに高くなり、浮上走行用排気口にある推力偏向板が動作確認をする。
 周囲に豪風が吹き荒れはじめる。
 男たちは腕で覆って顔を巻き上げられる土埃から守った。

 女騎士がさも思い出したかのように男たちに大声で教えてやる。
「ああ、そうだ。近くにいくつか生命反応がある。逃げるなら早いほうがいいと思うぞ」  
「た、たすけてくれぇーーーー!」
 男たちの声を無視して、黒い巨人は甲高い風切り音をあげながら浮上移動を開始した。

 女騎士は少女の黒髪を優しくなでながら耳元にささやき続ける。 
「もうすこしだけ、がんばれ。そうすればこんなケガ、痕もなくなるから。そうしたら、私たちの国に行こうか? だいじょうぶ、そこはね、私たちみたいなのが安心して暮らせるところだから……」






そして、月日は流れた――。



[37284] 第一章 戦場にて
Name: 森河尚武◆cea74981 ID:1454c13c
Date: 2013/05/06 23:33
2013/4/14 投稿
   4/16 一部改稿
   5/6  一部修正

-----------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------


 それはまったくの偶然だった。
 双方とも敵がいるはずのないところを進んでいたつもりだったのだ。

 グランリア大魔法帝国辺境警邏部隊とティーナ諸民族共和国の偵察部隊が街道から外れたリオネール平原の外れで接触、偶発遭遇戦となった。
 しかし両指揮官ともに戦闘をする意思がなく、双方ともに重大な損害はないまま戦闘は終わった。
 ユーレンシア大陸の東側2/3近くを占めるティーナ諸民族連合共和国偵察部隊は、撤退行動へと移った。
 共和国偵察部隊は、グランリア魔法帝国が定期的に行う大規模演習への隠密偵察として動いていた。そのため、その目的が達せられないと判断した瞬間に撤退を決めたのだ。
 だが大陸のほぼ西半分を支配するグランリア大魔法帝国側は、それを蛮族の侵攻だと認識したのだ。
 その認識の違いが、その後の行動に大きく差が出た。 
 共和国側にとって不幸なことに、慌てた帝国辺境警邏部隊が、大規模演習中の帝国正規軍に連絡してしまったこと、さらに不幸なことに帝国軍指揮官が果断で知られるクレーベル・ティゲル将軍だったことだ。
 彼は共和国部隊の追撃を口実にすぐさま実戦部隊に再編制して、行動を開始した。

 帝国でも有数の精鋭部隊が動き出す。
 敵戦力の漸減か、近郊の共和国側都市の破壊を目的として。

 帝国の国是ともいえる言葉に〝魔法の使えぬ者には躾が必要である。帝国民の庇護を受けて生きる、それこそが彼らにとって幸福なのだから〟というものがある。
 その言葉はすなわち魔法の使えぬ人間は帝国民の下であると明確に表していた。
 追撃によって敵戦力を漸減し、敵の逃走方向にある都市を占拠、破壊する。
 帝国軍にとって蛮族を狩る、または捕獲することは定期的に行われている任務だった。
 報告を受けたティゲル将軍はごく当たり前のように命令を下した。
 命令を受けた帝国軍兵士たちもまた奮い立つ。
 なにせ好きなように殺したり、略奪してよいのだ。
 相手は帝国民ではないのだから何をしてもよいというのは共通認識だった。
 略奪は金品のほかに蛮族そのもののこともある。オスは反抗するので殺し、メス――特に若くて見栄えのするモノは結構な金額で取引される。
 最初に捕獲した者の持ち物になることが暗黙の了解だ。
 中にはそうやって結構な金額を稼ぐ兵士もいる。
 帝国民の中流以上の家庭では、そういった蛮族のメスを飼っていることがステータスになりつつあることもあって需要はある。
 それらの主な供給源は帝国軍の定期哨戒任務――通称"蛮族狩り"だった。
 辺境を部隊単位で移動し、見つけた集落を攻めて略奪・破壊するのだ。
 
 今回は敵部隊を追跡し、逃走する方向にある都市を占拠することになるかもしれない。
 そうなれば定期哨戒任務より実入りは多いだろうと兵士たちは考えて、奮い立っていた。

 帝国の目的を察した共和国側も近郊都市の部隊を集結させた。
 その結果が帝国軍3万、共和国軍側が6万、合わせて9万もの戦力がこのリオーネル平原に展開した。

 帝国軍に引く意思はない。
 共和国側としても引くに引けない状況となり、この戦力となってしまったのだ。

 帝国軍が精鋭で名高い帝国近衛連隊を筆頭とする三個混成師団(魔法騎士および砲撃魔法士の混成部隊)および通常兵(簡単な魔法は使える)であるのに対し、共和国側は三個魔法連隊および普通機械化歩兵(二輪オートモービルおよびは迫撃砲搭載三輪オートモービルの混成)が主力で、少数の対魔法士兵器群|鉄槌騎士《メイス・ドール》があるだけだった。
 魔法士1名に対し3名をあてるのが普通の戦力計算では、共和国軍側は圧倒的に劣っている。
 また鉄槌騎士を投入しようにも帝国でも有数の攻撃力・防御力を誇る巨人型魔法兵器|魔装甲冑騎士《アーストラット・ドール》の騎数が不明のため、うかつに攻撃を仕掛けられない。
 一騎でも敵のほうが数が多ければ、その一騎が戦場を蹂躙する――戦場の戦略蹂躙兵器、それが|巨大人形騎士《ティタン・ドール》であった。
 各国がしのぎを削って開発を進めているため性能的には拮抗しており、それを操る|操騎士《ライナー》の腕によって優劣が決まるといってもよい。
 そのため巨額の建造費のほかに操騎士の育成にも時間がかかり、数をそろえることは非常に難しい。
 大国でも100騎以下が普通だった。

 敵より多くの巨大人形騎士を準備して、時期を見て投入することが戦局を大きく左右する。
 だからこそ、まずは戦場に投入される騎数の読みあいになる。
 帝国軍司令部であってもそれは同じだった。
 非常に高価な魔装騎士は、一個魔法師団につき二騎、三個師団毎に補用機一騎が通常運用と定められていた。
 今回においても通常規定騎数のみだが、それで充分だと帝国軍司令部は判断していた。
 帝国軍では、もともと戦局打開のための蹂躙兵器であるため、積極的には運用しない傾向があった。
 重要な局面に投入して、華麗に勝利することが理想とされているのもある。

 共和国軍側における鉄槌騎士の運用は最重要課題だった。
 魔装騎士と互角に戦える現状唯一の兵器である。もし一騎でも投入数で上回られれば、それだけで総崩れになる可能性がある。
 今回は訓練機や予備機までひっぱり出してきて、予想数では上回っているいるが、それもどこまで通用するのかも不明だった。
 増援も移送してきているが、いつ頃になるかも不明。
 そのため、共和国軍からはうかつに動けなかった。


――戦端を切ったのは、いつも通りに帝国軍だった。
 空を覆いつくすかのように展開された魔法陣――複合大規模詠唱魔法<天地鳴動>
 空より大量の轟雷を落とし、同時に大地を揺るがして局所地震を引き起こす。
 直撃を食らえば人間などひとたまりもない威力の大戦術級魔法だ。
 しかし、過去に何度も遭遇している共和国軍も対処法は心得ている。
 大量のワイヤーを射出して避雷針とし、大地にしっかりと手足をついて人工地震に耐えながら、サイドカーに積まれた大量の迫撃砲で応戦する。
 帝国側も砲弾防御のために、いくつもの直射砲撃魔法が空を飛び交う。

 第一撃は双方共に目立った損害はなかった。

 圧倒的な火力で面制圧を行う帝国側にたいし、機械化車両や馬などによって軽快な機動力をもつ共和国連合軍。
 帝国側は大魔法は機動力で避けられてほぼ効果がないうえに詠唱を妨害される、そのため小規模の対人魔法で応戦するしかない。
そして、高機動力の共和国兵を狙い撃つのは至難の業だった。

 共和国側も火力が不足していた。迫撃砲は迎撃される上に、激しく動き回る車両上では使用が難しく、主力火器の単発小銃では、交戦距離が200メートル以下となる。その距離では魔法もまた高精度・高威力となるため、うかつには近づけない。 
 結局のところ、戦場の各所で散発的な爆発とめまぐるしい隊形の変化があるだけで、双方ともに被害がじりじり増えるだけだった。
 帝国の通常戦力で最高の攻撃力をもつ魔法騎士達も乱戦に持ち込まれると虚弱なため、うかつに切り込めない。
 強固な防御魔法を使える魔法騎士と云えども、全方向からの攻撃に対処するのは難しいのだ。
 また共和国軍側の最強戦力である鉄槌騎士もまた、帝国最強戦力である魔装騎士を警戒して投入できない。
 同数までなら問題はない。だが、一騎でも相手側が多ければ、その一騎に通常戦力が蹂躙されるのだ。
 うかつに出撃させることができない。

――かくして、戦闘は泥沼化した。
 通常戦力同士で、じりじりとした消耗戦。双方ともに決定打に欠けたまま時間だけが過ぎる。

 痺れを切らしたのか、一人の魔法騎士が身体強化魔法を発動、後塵を残して敵陣に切り込む。
 共和国軍兵士が反応できないまま首を刎ねられ、小銃を空に向かってむなしく放つ。
 だが同時に周囲から十字砲火。
「見たか、蛮族め、さっさと死ぬがいいっ!」と高らかに笑っていた魔法騎士を蜂の巣にする。
 それを見た帝国軍兵士たちが怒り、直射魔法砲撃をいくつも放つが機動力に優れる共和国軍兵士にはなかなか直撃しない。
 砲撃魔法士の放つ曲射弾道砲撃魔法も効果範囲がそれほど広くなく、散開している共和国軍兵士にはほとんど効果がない。
 また広域魔法を放てば、効果範囲を示す魔法陣の外にあっというまに逃れられてしまう。

 共和国軍側もまた散発的に放たれる単発小銃では弾幕を形成するに至らず、火力が圧倒的に不足していた。
 一進一退に見せて、徐々に共和国軍側の被害が増大していく。機動防御に徹していて火力集中が出来ないため、ほとんど帝国軍を倒せていないのだ。
 痺れを切らしたのか、共和国軍側に変化が生じる。
 それまで縦横無尽に動き回っていた部隊が、隊形を変化させていく。
隙間が大きく開いた横一線の陣形。
 それは正面激突のためだと帝国軍司令部は判断した。
「ふ、バカめ。我が帝国軍と正面激突を図るとはな。粉砕してくれるわ」
 将軍は命令を下し陣形を変化させる。
 各軍が三つの楔形に再編される。それぞれが一騎当千の魔法兵で編成された衝撃力の強い陣形。

 開戦後1時間が経過し、双方の主力部隊の激突がついにはじまった。

 ☆★☆

 勝敗は決した。
 ティゲル将軍はそう思った。
 すでに敵の正面部隊は潰走しつつある。無様に右往左往して、脱出を図り始めている。
 防御力に優れた魔法騎士――1方向だけならば強固な防御魔法を使用することが出来る――を外側に、内側を砲戦魔導士で固めた楔陣形〝帝国の鉄拳〟、その第一陣は蛮族の広く薄い横列陣形を突破し、反転包囲に入っている。
 包囲網が完成すれば、あとはただ無慈悲に徹底的に蹂躙していくだけだ。それはもはや作業と変わらない。
 この後は、近隣の都市を制圧することになる。
 老将軍はそのための手順をすでに考え始めていた。

「報告! 敵騎馬隊およそ200が左翼、第二軍の後方から回り込むように本司令部へ接近中!」
 戦場の外側で、全域を俯瞰している偵察部隊からの念話をもとに報告がされる。
「ふ、バカの一つ覚えの突撃か。第三魔法砲撃部隊に連絡、適宜対処せよ」
「了解、宛第三魔法砲撃部隊、こちら司令部、命令を伝達――」 
 念話で連絡を取る伝令魔法兵。
「念のため、他戦域も確認せよ。やつら最後の突撃をしてくるだろう、おそらくな」
 蛮族どもは負け戦になると、死ぬための突撃を敢行してくることが多いからなと独り言を漏らす。 
 掃討戦には魔装騎士の投入も考えてもよいかもしれない。鉄槌騎士を警戒するあまり投入しなかったが、操騎士にストレスが溜まっていることだろうと考えていた。
 と、そこに鈴の鳴るような声がかかる。
「これで、終わりですか?」
「いいえ、殿下まだです。蛮族どもに身の程を教えてやらねばなりませぬ。帝国に逆らうとどうなるかということを充分に躾けねば」
 歴戦の武人である将軍が答える。
 その答えを首をかしげて聞く少女。まだ幼さの残る美しい金髪の少女だった。
「将軍、魔法も使えないという下等な蛮族なのでしょう? そんなもののために兵の命をあたら失うような行為は……」
「姫殿下」
 厳しい表情で、将軍が不敬にも遮る。
「姫殿下は偉大なるグランリア帝国、いと高き皇族たるお方でありますが、兵の指揮権は不肖この身にありまする。どうか、口をさしはさむようなことはお避けくださるように……」
 辺境警邏隊、帝国軍および帝国近衛軍の三軍合同演習「グレートウォール」に観覧されたのは、美しさで名高い皇位継承権第7位"末姫"カーラ・ド・グランリアだった。
 今は華麗な宮中ドレス姿ではなく皇族軍装に身を包み、髪を結いあげているが、それでも可憐な美しさは衰えず、まさに評判通りと本部勤務の兵の間でうわさされていた。
「ごめんなさい、将軍。余計なことをいいました」
 羞恥に顔を赤らめて、歴戦の将軍に謝罪する。
「こちらこそ、帝国の至宝たる姫殿下に不敬なことを申し上げましたこと、お許しください」
 将軍もまた深々と頭を下げる。
「――ゆるします」
 少女はまだ慣れない固さを残してぎこちなくゆるす。
 ほほえましいものを見る目だが、まじめな顔をした将軍は少しだけ場を和まそうとした。
「ですが、先ほどの言につきましては、兵にも伝えましょう。姫殿下のお優しき御心、きっと感激いたしましょう」
「まぁ……」
 青い瞳の少女は口元を手で覆って顔を赤らめた。

 ☆★☆

 第三砲撃部隊に所属している戦闘衣姿の女性魔導師六人が、高速魔法言語を詠唱する。
《偉大なる光よ、わが眼前の全ての敵をその威を持って――》
詠唱と共に平面魔法陣が足元に展開し、敵へと向けた魔導杖に収束する。
《滅せよ》
 魔導杖から光の柱が直進し、駆けてくる敵の騎馬隊をなぎ払う。
 大爆炎が発生して土砂がまき散らされる。魔法砲撃だけでは考えられない爆発に自爆用の爆薬でも積んでいたのかと指揮官は思いながらも指示を続ける。
「第二段、詠唱開始せよ――戦果確認どうだ?」
「まだ不明ですっ! っ! あれは――」
 若い士官が目を凝らして、それを視認する。
 もうもうと立ちこめる土埃の中から現れる巨大な人型――直線で構成された鋭い造形の人型兵器だ。
「敵、|鉄槌騎士《メイス・ドール》の姿を確認っ!」
「――こちらも|魔装騎士《アーストラット・ナイト》を要請しろっ! 砲撃魔導師部隊を下げろっ! 全力退避っ!」
 第二波の砲撃魔法が鉄槌騎士に投射される。詠唱されていた魔法が対人用のため、鉄槌騎士の格子結晶装甲で弾かれて効果はないだろうが、少しでも時間を稼ぐためである。
 電気仕掛けの騎士はそのことを予想していたかのように、網目状の盾を放り投げた。
 それらはいくつもの破片に分解して、ワイやーでつながった破片は不規則な動きをして砲撃魔法を妨げる。

 砲撃魔法が直撃し、粉砕されていく破片が爆発、さらに細片となって魔導師部隊を襲う。
「ぎゃぁっ!」
 破片を受けて悲鳴を上げて逃げ惑う魔導士達
 魔導被膜が施された戦闘衣といえども、身体を完全に覆っているわけではない。また物理衝撃を完全に防ぐわけでもない。
 肌の剥き出し部分に命中したり、大きな破片が直撃したりして魔導師や兵士たちに混乱が起きる。
 
 その間に鉄槌騎士は恐ろしい速度で砲撃魔導師部隊に迫る。
 鎖でつながれた鉄球がいくつもついた巨大なフレイルを振り上げながら、その名の由来である鉄槌を敵に下すべく。

「砲撃部隊、はやく撤退しろっ! 第一、第二部隊からの支援はどうしたっ! 魔装騎士は、まだかっ!」
「駄目です、ほかの部隊にも鉄槌騎士が出現しているもよう!」
「なんだとぉっ!!」

 ☆★☆

「あー、ありゃ大損害がでるね」
《騎馬隊が幻影であることに気がつかなった時点で、帝国軍の敗北要因が加算されました》
 双眼鏡で戦場を見渡しながら少女がつぶやいた。少女の耳元についている器具から中性的な声が聞こえている。
 戦場からかなり離れた大木。黒髪を長いポニーテールにした少女がマントからだした脚をぶらぶらさせながら枝に腰かけている。
「幻影を投影して鉄槌騎士を隠ぺい、騎馬突撃を装って対人魔法に誘導すると。面白い戦術を考えた人がいるんだね」
《共和国側はあらゆるものが日進月歩しています。指揮官や戦略・戦術教育なども進化しているのでしょう》
「まぁ、それはどうでもいいんだけどさぁ」
 帝国軍が混乱していくのがレンズ越しに見える。
「帝国軍に負けられると、この周辺が騒がしくなるよね。めんどくさいなぁ、もう」
《戦闘に介入しますか?》
「出来ないし、やらないってわかってるくせに」
《冗談のつもりでしたが》
「もうすこし精進して。あ、魔装騎士が出てきた」
 鉄槌騎士の近くに同じくらいの大きさの巨大甲冑騎士が現れて戦いを挑む。
 巨大な剣と鉄球がぶつかり合い、盛大な火花を散らす。
甲冑騎士の盾部分に魔法陣が現れ、魔法弾が雨あられと射出される。
鉄槌騎士の盾を持った左腕に直撃して大破するが、同時に甲冑騎士の表面に大量の火花が飛び散り、装甲が削られていく。鉄槌騎士の肩部にあるガトリング銃が大量の弾丸を浴びせているのだ。
 盾を持ち上げて機銃弾を防ぎながら大剣をふりかぶる。鉄槌騎士は鉄球を魔装騎士の右腕に打ち付けた。装甲が窪み、歪んだ関節部から潤滑油が飛び散る。
 巨人たちはともに椀部に損傷をうけて、示し合わせたように一度引き下がって仕切りなおす。
 巨人同士の戦闘は一進一退、それを退屈そうに眺めながら少女はぶつくさ云う。
「うーん、見たところ鉄槌騎士が7騎に魔装騎士も同数か。他のところに隠していなければ、五分五分だね。どーでもいいけど」
 双眼鏡を下して、はぁとため息をつく。少女はちょっと憂鬱なのだが、表情が変わっていないせいでいつも通りにしか見えない。
「うー、帝国首都なんか行きたくないなぁ……この戦闘が伝わったら、ぜったい大混雑しているよ」
《帝国首都に行くのは任務のためです。正当な理由なき任務放棄は罰せられます》
「わかってるよ。でも、気分乗らないのだから愚痴ってもいいでしょう?」
《聞くだけは聞きます。わたしはフェテリシアのパートナーですから》
「うん。いつもありがと」
 無表情な少女が投げやりに感謝の言葉を返すが、それは単に照れているだけだとパートナーであるそれは判っていた。
《どういたしまして》
「じゃ、行こうか」
 身体を後ろにたおして、頭から下に落ちる。そのままくるりと空中で一回転して、とんっと軽やかに着地。
 露わになった濃紺のメイド服の上に、舞い上がっていたマントがふわりと舞い降りてくる。
 左腰に緋色の鞘が佩かれているのが見えた。

 昇っていた大木からすこし離れた街道の脇に、巨大な箱型の物体が鎮座していた。
 全長10mを超す黒色に塗られた大型輸送キャリアである。10軸の巨大な車輪がついており、荒地走破性も高そうに見える。
 フェテリシアは慣れた様子で側面ハッチの電子ロックを解除した。通路を抜けて操縦室に入る。
3、4人入ればいっぱいになりそうな部屋にいくつものモニタ、操作パネルと運転席がある。放り出された毛布や下着、非常携帯食料のパックがあふれ出たゴミ箱、付箋の張られた紙のマニュアルなどなど。
ここで過ごす時間が長いせいか、けっこう汚れている。

 フェテリシアは、ばさっと周辺の地図を広げながらパートナーであるウィルと相談する。
「戦場を大きく迂回して、こっちの街道に入り込めば混乱は少ないんじゃないかな?」
指でさして云うと、赤いレーザーポインタが何か所かを指し示す。
《判断材料がありません。しかし、こちらのルートですと帝国軍の撤退に巻き込まれる可能性があります》
「うーん、一日で敗走するほど弱くないでしょ。いちおう世界最強を名乗ってるんだし。それに日暮れまであと4時間、こちらはのんびりしても80kmは進めるだろうから」
《わかりました。方位ナビゲータをセット。各部チェック実行中……完了。異常なし。発進準備完了》
「ん、じゃ、いこうか」
 運転席に座ってミッションをドライブモードに入れ、アクセルをゆっくりと踏む。
 車輪部の超伝導モーターの唸り音が高まり、巨大な車体がゆっくりと震えながら、薬品で土を固めただけの簡易舗装がされた街道を走り始める。
 地上高3メートルの操縦席では、流れる風景もゆっくりだ。
 街道幅の半分近くを占める大型輸送キャリアをのんびり走らせながら、フェテリシアはふと先ほど見た光景を思い出した。
(……なんか、皇族旗が見えたような気もするけど、ま、こんなところにいるわけないし)




[37284] 第一章 筆頭近衛騎士<1>
Name: 森河尚武◆cea74981 ID:1454c13c
Date: 2013/04/20 21:43
2013/4/14 投稿
   4/16 一部修正
   4/18 一部修正
   4/20 主人公の名乗りを変更

----------------------------------------------------------------------------------------------------


 道がそれほどよくないこともあって、フェテリシアはキャリアを早馬程度の速度で走らせていた。 
 あまり代わり映えのしない景色の街道をのんびりと走っている。

《後方から高速で接近する車両があります。注意してください》
 静かな操縦室内に中性的な声が響く。
「ん~、なにか危険そうなの?」
《情報が少なく、判断できません》
「ん~、確認するか。こんな道で飛ばしたら危ないのに……」
 フェテリシアはぼやきながら、バックモニタを確認する。
 黒塗りの大型装甲リムジンが、もうもうと土埃を巻き上げながら接近してくる。
「……あれ、帝国公用車両だよね」
《87%の確率でGKIAM社製帝国公用車モデル:グロリアス・インペリアル・ゴーストです》
「……それってさー、特注生産モデルじゃない?」
《ご存知でしたか。意外ですね、そういうことには興味がないかと》
「いーやー、べつに覚えてた知識があっただけー。……なんか、すっごく厄介ごとのような気がする」
 フェテリシアはべつに表情を変えるでもなく、でも感情ひとつこめずにつぶやいた。
《揺れ振動解析からすると、車軸関連に不具合を持つ可能性が84%、この先10km以内で故障・停止する可能性が74%です。どうしますか?》
「……ちょっと寄せて、スピードおとしてやり過ごそう」
 キャリアの速度を落としながら街道の脇に寄せる。
「さぁて、このまま通り過ぎてくれればいいんだけど……イヤな感じ」
《なにか危険な兆候でも見つけましたか?》
「いーやー、女のカン~?」
 心底どうでもいいような声色でフェテリシアは返した。
 しかし、眼は真剣な光を放っていた。

 ☆★☆

 そのリムジンは、可能な限りの速度で街道を飛ばしていた。
戦場となったリオネール平原から1kmでも遠ざかるために。

後に第四次リオネール平原会戦と呼ばれる戦闘において、帝国軍は甚大な被害を出した。
 最終局面において共和国軍が投入した|鉄槌騎士《メイス・ドール》に対抗して、帝国軍側も|魔装騎士《アーストラット・ドール》を投入、同数だったために戦局に変化はないと思われた。
しかし、敗北しそうになった鉄槌騎士が自爆、魔装騎士もまた戦闘続行不能に陥る事態が続発し、全機が失われた。そして共和国軍側は鉄槌騎士をさらに四機用意していたのだ。
鉄槌騎士には下位魔法の火玉や雷槍はその格子結晶装甲に阻まれて、ほとんど効果がない。
上位魔法の詠唱時間や魔法騎士に近接戦を許すほど随伴歩兵の火力は弱くなかった。
 帝国軍側は為す術がなくなり、猛烈な対人掃討射撃やなぎ払われるフレイルの前に防御魔法すら撃ち抜かれはじめ、総崩れとなった。
 クレーベル・ティゲル将軍は、鉄槌騎士4騎の出現の時点で、皇族たる"末姫"カーラ・ド・グランリアの後方待避を決めた。専属近衛騎士だけをつけた帝国軍最速を誇る皇族専用車単独での待避行動は、とにかく戦場からの離脱を優先したためだ。
将軍自身は、そのまま戦場に残った。


 激しく揺れる車内では、二人の女性が向かい合って座っていた。
贅を尽くした内装も今は激しい揺れで用を成さない。
 黒髪の魔法騎士服姿の女が金髪の少女――"末姫"カーラに頭を下げる。
「姫様、申し訳ありません。まさかこのような危険な目に合わしてしまうとは」
「良いのです。むしろ、わたくしのわがままで戦場に出たのですから、命を失うことも覚悟しておりました」
「姫様……」
 女騎士は黙って頭を下げる。
『アフィーナ様、運転席までお願いします』
「すぐいく。――姫様、失礼いたします」
 魔法騎士は車内スピーカからの声にだけ答え、簡易礼をして席を外す。
いよいよ振動の酷い車内で苦労しながら姿勢をとる。
運転席では深刻な顔をしている運転手が小声で報告する。
「アフィーナ様。駄目です、車軸が限界のようです、これ以上の高速移動は……」
 車内は騒音も振動も激しい。床下から軋むような音まで聞こえる。
 高速移動で酷使され続けた大型リムジンのサスペンションと車輪軸が悲鳴を上げているのがわかる。
「なんとかならんか」
「さすがに、この装甲リムジンは魔法でもいかんともしがたく……」
 悲観的な見込みにアフィーナも考え込む。その前方に巨大な車両の影が見えてきた。
「む、前方になにやら大きな車両がみえるが、なんだ?」
「あれは、おそらく輸送キャリアですね。コンテナではないようですし、何を積んでいるのか……」
 揺れる視界の中で、その黒色の大型キャリアは方向指示器を点滅させて右に寄った。
「ちょうどよい、あれを徴発しよう。前に回り込んで車を止めよ」
「わかりました」

 ☆★☆★☆★

 フェテリシアはリムジンから出てきた黒髪の女性をみて、わずかに目を見張った。
『おい、そこのキャリアっ! そのキャリアは我々帝国近衛軍が戦地徴収するっ! すみやかにひきわたせっ!』
大型キャリアの運転席に外部マイクが拾った音声が流れる。
《帝国魔法騎士の制服ですね。なにかバカなことを云ってますが――フェテリシア?》
「……」
 フェテリシアは何も言わない。
《フェテリシア? どうかしましたか?》
「ああ、うん。大丈夫。ちょっと驚いただけ。さて、どうしようかな……もうめんどくさくなる展開しか思いつかないよ」
 フェテリシアがぶつぶつつぶやく。

 外では、何も反応を見せない大型キャリアにアフィーナがいらいらしていた。
「さっさとでてこんかっ! 帝国民の義務をはたせっ!」
『帝国民ではありませんので、その要請には従いかねます』
 感情のこもらない少女くらいの声がキャリアから響く。
「帝国民でないなら、蛮族か!! ちょうどいい、荷物はすべて置いて、さっさとどこかに行くがいい。格別の慈悲だ、命だけは助けてやる」
 キャリアから流れてきた回答を聞いて、アフィーナは喜色を浮かべて愛剣に手をかけて引き抜く。
刀身に描かれた魔法文字が輝きだして、魔法剣"斬岩魔法剣百式"が起動する。
『はぁ……いま、外に出ますので、キャリアを傷つけるのはやめてください』
 あきらめた声色が聴こえ、操縦室側面のハッチが開いた。 
 姿を現したのは黒色のフード付マントを羽織ったフェテリシアだ。
フードを深くかぶり、顔はみせていない。キャリアの側面に作り付けられた階段を下りて地上に立つ。
「最初から素直に出てくればいいのだ。よし、キーを渡せ。ああ、それとその服もおいていけ」
 アフィーナは至極当然のように命令する。しかしフェテリシアは従う意思など微塵もない。
「何を勘違いされているかわかりませんが、お断りいたします。きちんとお断りするために姿を見せただけですので」
「は? なにをいっている、蛮族。貴様らに断る権利などあるものか。キャリアと荷物一式を提供する褒美に、特別に命だけは助けてやるといってるのに、その命もいらぬというのか?」
 アフィーナは不思議そうに云う。
 命乞いをする蛮族しか見たことのない彼女は、命がいらないという蛮族を初めてみたのだ。それならばいつもどおり斬ればよいかと、軽く考えた。
「はぁ、帝国騎士様にはそこの紋章がお見えになられていないのですね?」
 あきれたため息をつきながら、フェテリシアは背後の上の方、操縦席の真下あたりを指差す。
 そこには「天高くそびえ立つ塔に本の描かれた盾」を意匠化した紋章が描かれていた。
「なにぃ……っ!! 『天塔騎士』の紋章だとっ!」
「ご存知ですよね。そういうわけですので……」
 その紋章が意味することは理解できるだろうと思って、会話を打ち切り運転席にもどろうとした。

「貴様っ! どこで盗んできた、この盗人めっ!」
「え?」
 フェテリシアはさすがにその斜め上の論理展開を予測できなくて、踵を返しかけていた身体を停めてしまう。
「天塔騎士を騙るとはっ! あれは我ら帝国近衛騎士に劣るとはいえ、それでも世界でも指折りの実力! 盗人めが騙ってよい名ではないっ!!」
「うわぁ……そうきますか……」
 云っていることがめちゃくちゃだった。世界でも有数の実力をもつ天塔騎士からどうやってこんなものを盗むのか。というか、このキャリアはセキュリティが厳しい上に"ウィル"までいる。それを抜きにしても、そもそも盗んでどうするのか。
こんな紋章の入ったモノを売れるわけがないし、最先端をぶっ飛ばしすぎてオーバーテクノロジーになっているこれは売買ルートがすぐにばれる。
というか、そもそも天塔騎士が地獄の底まで追ってくるのは目に見えている。
もうツッコミどころが多すぎてなにを云えばいいのか判らない。
 実際のところ天塔騎士は徹底した秘密主義のため、装備や実力に謎が多すぎて正確に理解している者のほうが少ないということを少女は知らなかった。
 フェテリシアはいろいろとめんどくさくなってきた。
 いっそのこと斬って埋めちゃおうかな~と物騒な考えが浮かぶ。そうすれば証拠隠滅だ……そうしようかなぁ……。

「ここで死ね、盗人めっ!」
 アフィーナは剣を大上段に構えて、目にもとまらぬ速さで振り下ろす。
 身体強化魔法を使っていないが、それでもその剣筋は何人もの蛮族を斬ってきた実戦剣だ。
 合理的で無駄がなく、確実に命を絶つ。――だが、少女には届かない。

「な、に……?」

 アフィーナは目を見開いた。
まったくの手ごたえを感じず、なのに剣は振りきっている。
 そしてフェテリシアは、一歩も動かいていない。
 単に刃を避けて姿勢を戻しただけなのだが、アフィーナにはそれがまったく見えなかったのだ。
フェテリシアはあきれた。まさかこうも短絡的に剣を揮ってくるとは思っていなかったのだ。
「確認もせずに剣を軽々しく揮うとは、随分と考えなしなんですね」
「なんだとっ!」
 アフィーナは激昂して、瞬時に身体強化魔法を発動、一切の手加減なく首筋を狙う。
ガンッとした手ごたえ。
「――ば、かな……っ!!」
信じられない光景をアフィーナは見て、思わず呻いた。
 少女は、刀身を手でつまんでぴたりと止めていた。
「ああ、しまった。本当に、これ……どうしようかなぁ……?」
 心底困った声色でフェテリシアはつぶやく。
「ば、かな! 魔法剣だぞ、これはっ! どうやって超振動を防いでるっ!」
「手品師がネタばらしするわけないじゃないですか。バカなのですか?」
「貴様っ」
 アフィーナが剣を力一杯引き抜こうとしたため、フェテリシアはあっさりと手放す。

 アフィーナは、だんっと一足で距離を取ってリムジン近くまで後退、剣を構える。
ここに来て、彼女はようやくこの人物の戦力評価を改める。
|これ《・・》は危険だ、ここで仕留める――!

 決めたアフィーナは本気になった。
 全身体強化魔法をフルブースト、神経が5倍まで加速する。
 十メートルの距離をわずか3歩で走破、大上段からの一撃をお見舞いする。
 何の手応えもない、フェテリシアは少しだけ頭を下げて、あっさりと避けている。
 しかしアフィーナにとってそれは織り込み済み、手首の返し動作だけで剣に組み込まれた七番目の魔法陣が発動、逆方向にベクトルを変えてさらに高速度で切り返す。
 だが、それも少女は一歩も動かず、身体の捻りだけで避けている。
 剣筋を完全に見切っているのだ。

(く、これを避けるとはっ! ならば、出し惜しみはなしだ、わが秘剣技で斬るっ!)
「おおおおおおおっ!」
 アフィーナは吠えながらさらに深く踏み込み、回転三連撃。下段、上段、薙ぎ払いを高速で切返す。
 さすがのフェテリシアも回避のため、アフィーナの右側に回り込んだ。回り込ませるような剣筋だったのだ、そしてここまでが秘剣技の準備段階、あとは蜘蛛が獲物を絡め取るように牙で閉じ込める。
(かかったっ!)
 回避機動を誘導して死角をつくりだし、必殺の攻撃をする。
 彼女の家門が生み出した門外不出の秘剣技『双竜顎斬』――この技を見た者は、|一族以外にいない《・・・・・・・・》。見た者は必ず殺すからだ。故に必殺の秘剣。

 柄に添えただけだった左手に超加速魔法が起動、腰の小型|光剣《ビーム・ソード》を掴んで起動、相手の死角から右脇腹を貫き、そのまま逆袈裟斬を――。
「ああ、これはさすがにあぶないや」
「――っ!」
 勝利を確信していたアフィーナは絶句した。
 見覚えのある光剣が少女の手にぶら下がっている。
左手にあるはずの光剣がたしかにない。奪われていた。
(この私に全く気づかれずに光剣を奪っただと……?)
アフィーナは戦慄した。
「えーと、こういうときはなんていうんだっけ……ああ、そうそう『天塔騎士には一度見た技は効かない』だ。やーなんか恥ずかしいセリフだよね。師匠、恨みます……」
 なぜか照れるような仕草でフェテリシアが無表情に言うことなど、アフィーナにはどうでもよかった。
 まったく気がつかぬうちに、光剣を奪われるなどあり得ない。なんかの手品だ――そう思い込もうとしたが、無理だった。
 ここで、ようやくアフィーナは絶望的なまでの実力差を認識した。
 自身も一流の魔法騎士だから判ってしまった。
 だが、認められない。認めてはならない。
 それは今まで感じたことのない屈辱、なぜならば、魔法師の名門に生まれ、たゆまぬ努力によって実力で近衛騎士にまで上り詰めた彼女にとって、実力が上の魔法騎士に負けることはあっても、魔法も使わず剣すらも抜かない得体の知れない人間に負けることなど。
 認められない。認めてはならない。
 姫殿下の筆頭近衛を努める自分が、魔法も使えぬ蛮族に劣ることなど――こいつは殺す、絶対に殺すっ!!

 実力差をみせても戦意が衰えるどころか、極大の殺意を発し始めた女魔法騎士に、ため息しか出ないフェテリシア。

「あー、もう止めませんか? 別に争いたいわけではないので、ボクをこのまま行かせてもらえればそれだけでけっこうですので」
「貴様が、こちらを襲わぬ保証はないっ!」
「いえ、べつに興味もありませんし。襲わないと約束しますから」
「名も名乗らぬような輩を信じられるかっ!」
「あー、自分も名乗っていないのはいいのか……まぁ、そういう人たちだってのは判ってたし」
 フェテリシアのつぶやきは小声だったので、アフィーナには届かない。
 はぁとため息をつくと、ばさりとフードを外して素顔をさらす。
 短いポニーテールにした黒髪、少し日焼けした肌。均整のとれた目鼻立ちは可憐というよりは凛々しい。
 そして、緋色の眼。

 なぜか息を呑んだ女騎士など無視して「えーと、帽子、帽子はどこだ……あ、あった。ぎゃー、しわになっちゃってる~」
 フードマントの内側から白い兎の耳を模した帽子をとりだして、しわを伸ばしながらかぶる。
 一見しておちょくりまくって隙だらけのようにみえる行動だが、アフィーナは踏み込めなかった。斬れるビジョンがまったくみえなかったのだ。それがまた残酷なまでの実力差をアフィーナに示して殺意が増す。

 フェテリシアは帽子の角度を調節してから、フードマントを外した。
 その下から現れたのは、白いフリルが施されたエプロンと濃紺の侍女服。
 肩とエプロンに『天高くそびえ立つ塔に本の描かれた盾』の紋章と八角形を組み合わせた意匠が施されている
 そして、左腰に佩いている緋色鞘の|刀《サムライ・ソード》を外して、柄に施された紋章を前にした。

「永世中立機関ユネカ直属瑞穂天塔騎士団第八位 フェテリシア・コード・オクタです。お名前をお伺いしてよろしいでしょうか、グランリア帝国近衛騎士様」
 皮肉をたっぷり込めて、フェテリシアは無表情に自己紹介した。

-----------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------

なにが「ざんこく」なのかというとコレが理由です。
主人公と筆頭近衛騎士との実力差は、FSS的にいえば強天位と騎士警察ぐらいの差があります。鼻歌交じりに斬っちゃうくらい。剣聖ほど絶望的じゃありませんが。
そして主人公と愛騎なら、帝国を滅ぼせるぐらいなんですな。
それぐらい実力と技術力に差があります。

主人公は致命的にめんどくさがりで他の人のやることに興味がないので、することはないですけど。





[37284] 第一章 筆頭近衛騎士<2>
Name: 森河尚武◆cea74981 ID:1454c13c
Date: 2013/04/20 21:46
反応がちょっと来たので、続きを書いてみました。
評点もうれしいけど、感想の方が楽しいし、やるきゲージもあがるものですね。

パクス・バニーは書きたい物語なのでなにもなくても書いていきますが、これはまぁ、なんか勢いで書いているものなので、反応がなければ別にいいやと思ってしまうんですよね。
2013/4/17 投稿
   4/18 一部修正
   4/20 主人公の騎士団名を変更

----------------------------------------------------------------------------------------------------

「天塔騎士だと……!?」
 アフィーナは絶句した。目の前の小娘――|末の妹《・・・》より少し年上な15歳くらいの少女――それが、天塔騎士の第八位を名乗るというのが信じられなかった。
 もう一人居たの妹のことなど、まるで思い出さなかった。それは家族の中で完全になかったことになっているからだ。
 帝国貴族の中でも代々宮廷魔術師長を排出するゴルド侯爵家に、魔法が使えぬ子供が出るはずがない。
 家族全員がそう強固に信仰していたために、思い出すことがない。
「バカを言うなっ! 蛮族の小娘がっ!」
「これ以上、愚弄するならばその言、正式に報告させていただきますが。グランリア魔法帝国近衛騎士さま?」
 フェテリシアはめんどくさくなって権威を持ち出す。
(|元《・》姉さまって……こんなにバカだったの? 実力差も読めないどころか、なんにも見ていないのはダメダメでしょう……)
 正直に言ってフェテリシアは元姉が愚かだと今まで思ったことがない。
 いつも気高く、かっこよくて強い姉さま。その幼いころからの印象をずっと持っていた。
 見捨てられ、助かった直後くらいは『たかが魔法が使えないくらいで』と家族全員を憎悪した。
 強くなろうとしたのは間違いなく家族への復讐が原動力だった。
 でも、遥かに強くなり世の中のいろいろを知った今ならば、そんな単純なことじゃなかったと理解していたつもりだった。
 大帝国を支える名門としての重責を考えれば、汚点となる子供を見捨てるのも仕方がなかったのかな――もちろん許す気は微塵もないが、かといって何かをする気もない――と思わなくもなかったのだ。
 いまのいままで。

 だが、それが違った。こいつらは、ただ単に魔法が使えるか否かだけで人間を差別している。そんなの、ごく一部だけだろうと思っていたのに。
フェテリシアは自分の考えの幼さを自覚した。そう――世の中は残酷なことのほうが圧倒的に多い。
 ろくでもないことにしかなりそうもない未来図に、フェテリシアは暗澹たる気持ちになる。
(ああ、やっぱり関わりたくないなぁ……) 
「天塔騎士であると言い張るならば、その実力を示すがいいっ!」
「……紋章では納得できないと?」
(というか、いままでの攻防はなんだったの? 本気でわかんないの!?)
 フェテリシアは内心びっくりしているが、アフィーナはそこまで無能ではない。
 鍛え上げられた騎士の本能では届かぬ遥か高みにいると解っているが、それでも認めるわけにはいかないのだ。
 帝国近衛騎士でも有数の実力だと自負する自らが、|魔法も使えぬ《・・・・・・》 蛮族に手も足も出ないなどということは。
帝国において、魔法が使えないものは人ではない。人でないものに、帝国有数の騎士が負けることなど|ない《・・》のだ。
あったことをないことにするために全ての事実が捻じ曲げられる。ゆえに論理も何もない妄言を平気で吐ける。
そして、そのことに気が付けない。
他国では"帝国病"と呼ばれている独特の精神構造が上から下まで根付いている。ゆえに、帝国は非常に強固な国家体制を築いている。

「紋章だけならいくらでも騙れるわっ! 剣すらも抜かぬ軟弱ものが天塔騎士のはずがないっ!」
 アフィーナは胸を張って持論を展開する。
「……宣告はしました。これ以上の攻撃を受けたら、反撃します」
(はぁ……めんどくさい……だるい、もういいや)
 本当にめんどくさくなったフェテリシアは、くるりと回ってキャリアに戻ろうとする。
 アフィーナが勝利したと思ったのか、せせら笑って挑発する。
「どこへ行く、この騙り者がっ! 本当に天塔騎士だというのならば、その実力を見せてみろ!?」
 いまだ実力差を彼女の理性は認めていなかった。

"帝国近衛騎士は天塔騎士など歯牙にもかけない真の世界最強の騎士団である"。
幼いころからそう教えられてきた"真実"は揺るがない。先ほどのは、なにか薄汚い手管でごまかされただけだと根拠もなく確信していた。
 それほどに"真実"は重かった。

 そして、フェテリシアもかつてそう信じていたから、その重さは判っている。
自分だって、かつては帝国近衛騎士団に入りたくていっしょうけんめい剣術を習っていたのだから。
 でもいまは、それが虚像だということもわかっている。
 だが、それを突きつけることは――すごく残酷に見えて、実は優しさなんじゃないかとフェテリシアは思った。
 自分で気が付かなければいけないことなのだ。
そうでなければ、この世界はたやすく牙を剥いてくるのだとフェテリシアは身に染みてわかっていた。
一方的に捨てられて無関係となったが、それでも血のつながった姉だ、少しくらい優しさをみせてもいいかと、圧倒的な差を見せたのだが。
 それが理解できないほどのバカだったとはさすがにフェテリシアも呆れた。とてもやる気が起きない。
もー、運転はウィルにさせてお布団でゴロゴロしたい。
 それがフェテリシアの本音だった。

「……実力を示してボクになんのメリットがあるんですか?」
 でも口撃ならちょっとしたことだし、それくらいならつきあってあげよう。
それくらいは、むかしかわいがってもらった恩返しだよ、|元《・》姉さま?
「は、おおかた見せる実力もないのだろう、この騙り者が」
「"弱い犬ほどよく咆える"ってことわざありますよね」
「――なんだと?」
「強者はいちいち強さを誇らないんですよ。自分が強いことは判っているんですから、大きく見せる必要なんてないんです、わざわざ誇示なんてしません。逆に弱いやつほど大きく見せようと大声になるものです」
「――つまり、私が弱いと、そういいたいんだな?」
「ボクに手も足も出なかったじゃないですか。それで強いなんて云うなら、おなかでお湯沸かしてみせますよ」
 言い捨てて、運転席に戻ろうと背をみせる。
 わざと見せた隙、誘いだということに怒り狂ったアフィーナは気が付かない。

「――死ね」
 ひゅっと風切り音が生まれる。
 超身体強化魔法を起動、十メートルの距離をわずか二歩。
 全身の筋力を余すことなく剣に伝える超々高速度斬撃。
 空を音もなく斬る極限の斬撃……5000年を超える歴史をもつと|云われる《・・・・》 イスーンシー流剣術を極めし者が使う瞬息無音の攻撃。
それは流派の歴史上でも有数の天才と呼ばれた彼女が、3年もの時をかけて会得した絶対の切り札。
 "会えば剣聖とて斬ってみせよう" そう豪語するまでに練り上げた武の技。
その剣先は時速300kmを超え、少女の背中を斬――れなかった。
 フェテリシアは振り向きもせず、左手だけをすいっと無造作に動かした。
 それだけで極加圧された拳圧が生まれ、空気に界面が生じて斬撃となる。
 "|真空斬り《ソニックブレード》 "
 天塔騎士ならだれでも使える技である。
 フェテリシアの放った真空斬りに抗することもなく超振動魔法剣が半ばくらいから切り払われ。
 手応えなく剣は振りきられ、剣先はがらんっと地に落ちて跳ねた。
 剣を振りきった姿勢で止まっているアフィーナ。長さが半分になった魔法剣があった。
「ば、バカなっ! オリハルコン製の刀身だぞ、この魔法剣はっ!!!」
「不良品だったんじゃないですか? たかだか"真空切り"で斬れるオリハルコンなんて聞いたことないですけど……」
《破砕音周波数から推測すると、超々硬度スチール鋼にダイヤモンドコーティングを施したもののようです。オリハルコンは商標かなにかではないでしょうか?》
《ふーん、まぁいいや》
 世間一般の騎士にはできないことをやったフェテリシアだが、特に感慨もなかった。
 出来て当たり前のことをいちいち気にしない。せいぜい弾く程度で、切れるとは思っていなかったが。
「こ、こんなことをしてタダですむと思うなよっ!」
「――ボクからは先に手出ししていないんですけど?」
「わが帝国の魔法剣を破損しておいて、なにを云うかっ!」
「それだって、後ろから斬りかかってきたから迎撃しただけですよ。わかります? 名誉も誇りもある騎士様が剣も抜いていない者に対して後ろから斬りかかるなんて、不名誉どころか帝国の威信を失墜させるような出来事じゃないんですか?」
「蛮族など、どのように斬ったところで騎士の名誉には関わらぬわっ!」
「だから天塔騎士だっていってるでしょうが……はぁ、言葉が通じていない」
 つくづく話がかみ合わない人だなぁ、もー泣きたいなぁなどとフェテリシアは内心でぼやく。表情には出ていないが
(もう三回も攻撃されているし、もういいかなぁ。というか、上から目線すぎたかなぁ?)
 付き合ってあげようと思ったのが失敗だったと反省する。
 そもそも斬っちゃえばなにも問題なかったのだ。
 遺体は森の奥にでも放り込んでおけばいいし、リムジンは解体して素材にしちゃえば、ばれないだろう。
 監視はないし、そもそもこれだけ殺そうとしてきているんだから正当防衛だよね、そうしようかなと思い始める。
 まだまだぎゃーぎゃー好き勝手を云っているアフィーナの言葉を流して、フェテリシアは物騒なことを考えはじめている。

「お待ちください、騎士さま」
 鈴の転がるような声がフェテリシアをとめる。
(わー、もうなんだか……聞き覚えがあるような声だよ、嫌だなぁ、もう……)
 内心でそんなことを思いながらいやいや振り返る。
 そうするとリムジンの分厚い耐防爆ドアを開けて、美しい金髪の少女が外に降りてきていたのが目に入った。
「ひ、姫さまっ!? 危険です、お下がりくださいっ!」
(もーいちいちつっこみどころしかないんだけど。いいの、姫様だってばらしてホントにいいのっ!?)
 もしかして精神攻撃を受けているのかと思うくらい、フェテリシアの精神ががりがり削られていく。
 それでも、礼儀には礼儀を返すと決めているフェテリシア。そのため、まずは出方を見る。
「わたくし、グランリア大魔法帝国 第七姫 カーラ・ド・グランリアです。騎士さま、お名前を教えていただけますか?」
「|お初にお目にかかります《・・・・・・・・・・・》。ボクは永世中立機関ユネカ直属瑞穂天塔騎士団第八位 フェテリシア・コード・オクタと申します」
 最敬礼ではなく軽く頭を下げるだけにする。凄まじい殺気が横からこぼれてきているが、さすがに斬りかかってこない。
(ああ、あいかわらずきれいだなぁ。むかしよりもっときれいになったかも)
|元《・》 幼馴染の成長した姿にフェテリシアは感嘆する。だが、その中身は……

「きれいな響きのお名前ですね。フェテリシア様とお呼びしても?」
「様は必要ありません。ボクのことはフェテリシアと呼び捨ててくださいませ」
「まぁ、では私のことはカーラと呼んでくださいませんか?」
「たいへん光栄ながら、ボクの立場ではその意に沿うことはできません。カーラ様とお呼びいたしますことをお許しくださいませ」
 フェテリシアは一線は引いておく。政治的駆け引きの領域に入っているのだ、うかつなことはできない。
「そうですか……残念です」
 カーラはすこしがっかりしたような顔つきになる。しかし、それは擬態だとフェテリシアは感じていた。
 改めて、カーラが頭を下げて謝罪の言葉を発する
「此度はわが近衛騎士が勘違いでフェテリシア殿にご迷惑をおかけいたしました。主として代わりに謝罪いたします」
「――謝罪を受け入れます、カーラ様」
「カ、カーラ様っ! このような蛮族に頭を下げることなどありませぬっ! 御身が穢れますっ!」
 アフィーナが驚いて慌てて静止するが遅い。
 フェテリシアは穢れるってなんだよもーとは思うが、口には出さない。本当にめんどくさくなればみんな斬っちゃえばいいし、と思い直してもう少しだけ付き合うことにする。
「アフィーナ。あなたが、天塔騎士様に非礼なことを行ったのですよ。ならば謝罪するのは当然のこと」
「この者が本物であるかどうかわかりませぬっ!」
ここに至ってもアフィーナは負けを認めていない。
「いい加減にしなさい、アフィーナ。不敬ですよ?」
「ひ、姫さま?」
 不意に叱責したカーラにアフィーナは驚く。滅多に声を挙げたりしないカーラだが、今は真剣な顔をして怒っているのが判る。
「フェテリシア殿、わが騎士にはよく言って聞かせますゆえ、どうか……」
「いえ、かまいません。|近衛騎士としての本分《・・・・・・・・・・》 を尽くされているだけと理解しておりますので」
 その皮肉に気が付いただろうか? 人のことを蛮族だの騙りだの貶め、相手の実力もわからず、後ろから斬りかかるなどの行為を近衛騎士の本分だと云ったのだ。
すくなくともアフィーナはなにも気が付いていない。
 そして、カーラのほうも表面的にはなにも反応していない。無視している。 
(ああ、これは望み薄だな)
 これからの任務を考えると、先行き真っ暗だとフェテリシアは暗くなる。
「それで、厚かましいと思うのですが、フェテリシアにひとつお願いしたきことがあるのですが」
「ボクに出来ることであれば伺いましょう」
 恭しく頭を下げて、視線をそらす。
「実は、このリムジンが調子が悪くなりまして、出来れば我が首都グランリアまで送っていただきたいのですが」
「――わかりました。ボクも依頼にてそちらへ伺う予定でございました。少々のご不便があるかと思いますが、わがドール・キャリアにお招きいたします」

 ☆☆

「どうぞ、こちらへ」
 キャリアの側面ハッチを開き、二人を招き入れる。
 電子式認証ロックを興味津々で眺めていたカーラがあわてて行こうとすると、それを制してアフィーナが先に入ってくる。
 リムジンの運転手はここに残ることになった。リムジン回収まで誰かが居ないといけないからだ。
《ウィル、HIFを居間によこして》
《はい、モードはどうしますか?》
《対人接待で。言葉禁止ね》
《了解です》
 機密回線でウィルに指示を出して、ヒューマノイド型I/Fを準備させる。

「こちらは運転席につながるドアですので、乗務員以外は立ち入り禁止です。で、こちらが手狭ですが、居間と寝室になります」
 そういってキャリア後方側のドアを開けて、電気をつける。
 ほとんど装飾のない白い部屋だった。
 5人も入ればいっぱいになりそうな大きさで、中央に応接用の小さなテーブルとソファが並んでおいてある。入って右手のほうにガラス窓がはめられているが、今は装甲シャッターが閉じられているために外が見えない。
また部屋の隅に、お湯を沸かしたりする簡単な調理器具が設置されている。
「こちらが寝室です。一人用ですので、たいへん狭いです」
 入って左側に設置された小さな寝室のドアを開ける。そこにはほとんど部屋いっぱいのベッドが設置されているだけだった。
「シーツのほうは、あとで交換いたしますので少しお待ちください……ああ、きたきた」
入り口の近くにヒューマノイド型I/Fが一機来ており、新品のシーツ一式を抱えてノックをしている。
「な、なんだっ!?」
 アフィーナが警戒してカーラを後ろにかばう。
「だいじょうぶです。これはゴーレムのようなもので、メイドロボといいます。簡単な身の回りのお世話が出来ます」
 ヒューマノイド型I/Fは外見は170cm位の女性型で、顔部分は口のない仮面で覆い、目の部分にスリット型バイザーをつけている有機部品を使用したアンドロイドだ。
通称はなぜかメイドロボ。標準制服が濃紺のドレスに白いフリルエプロンのメイド服で、はるか昔からの伝統だとフェテリシアは聞いている。
「あら、随分かわいらしいゴーレムさんね。お名前はなんていうのかしら?」
 ゴーレムは通常4~5メートルのサイズで作られることが多く、このような小さい物は珍しい。
「あー、"アイン"といいます。言葉はしゃべれませんが、意思疎通は可能ですので、なるべく断定的に単語ごとに指示してください。――アイン、しばらくこちらに滞在される方々だ。ご挨拶を」
 テキトーに名前を付けてフェテリシアがした命令に、それはすっとスカートのすそをつまんで、カーテシーをする。
「あらあら、ずいぶん礼儀正しいこと。これ、いただけないかしら?」
「ここにあるものは瑞穂国の備品です。残念ながら贈答や販売などはしていないんです」
 申し訳なさそうに頭を下げるが、ちょっとまずいことになったかもしれないとフェテリシアは思った。
「そうなの……残念です」
「おい、貴様、カーラ様がご所望されているのに拒否するとは無礼なっ!」
「国の備品を勝手に贈れるわけないでしょう。貴方は国から貸与されている装備を他国の貴人に勝手に贈呈するのですか?」 
「ぐっ……」
 アフィーナが睨むが、フェテリシアとしては当たり前のことを言っているだけだった。
「では、あと三分ほどしたら出発いたしますので、揺れにお気をつけ下さい」
 礼をしてフェテリシアは出ていく。
 分厚いドアが締まり、部屋が静寂に包まれる。

 ゴーレムが寝室へはいってドアを閉じたことを確認して、カーラはなにかをつぶやきながらソファに座った。
 布製だが、ふかふかで、身体がかなり沈み込んで優しく包まれたことにカーラは少し驚いた。
 豪華ではないが、上質なものなのだろうと見当をつけた。そう考えると、豪華さは無いが、この室内にある物はどれもこれも高度な技術で作られているのが判る。
 テーブルにしても、なんと分厚いガラスの一枚板だった。ここまで歪みのない分厚いガラス板だと制作も大変で、途方もない金額になる。
 カーラがちょっと感心して室内を眺めていると立ったままだったアフィーナが膝をつき、カーラに謝罪する。
「姫さま。申し訳ありません。あの蛮族を罰することがかないませんでした」
「……そうね」
「また姫さまのお手を煩わしたこと、万死に値します。この道中では命と引き換えにしてもお守りいたしますゆえ、偉大なるグランリアに戻りましたら、この身の処分をお許しください」
 それは、自死を望む決死の表明だった。だが、カーラが望む答えではない。
「……アフィーナ。あなたはとても強いけど、政治的駆け引きには向いていないのですね」
「それについては自覚はありますが」
 アフィーナはひたすらイスーンシー流魔法剣技に明け暮れてきた半生だ。礼儀作法以外は貴族としての勉強はさほどしていない。
「あなた一人ではあの者を倒すことはできなかった、そうでしょう」
「決してそんなことはっ!」
「事実でしょう? 受け止めなさい。そして|なかったことにしなければならない《・・・・・・・・・・・・・・・・》 」
「姫さま?」
 カーラの言葉がよく判らなくて、アフィーナは不審そうにする。
「そう、なかったことにしなければならない。近衛騎士が、蛮族ごときに敗けたという事実を」
「わたしはまだ破れてなどいません。あれはなにか卑怯な手でわたしを罠に陥れたのですっ!」
「ええ、わかっています。あなたはわたくし付きのなかでも最強クラスの騎士です。負けたなどという事実はあってはならない。だけど、一方であの蛮族を倒せず、このドール・キャリアに同乗させてもらっていることも事実」
「は……」
 アフィーナは悔しそうに唇をかんで苦悶する
「わたしの魔法がもう少し威力が弱ければ、あなたを援護できたでしょうが……」
「歴代でも有数といわれる姫様の魔法をこのようなことに使われることは考えられません。その御力は、蛮族どもの殲滅のためにあるのです!」
「そうね……それはいっても詮無きこと。だけど、|あれ《・・》 を倒せなかったことは我がことのように悔しいわ」
「は……」
「もしかしたら本物の天塔騎士かもしれない。でもたとえ……」
 カーラは華やかに笑う。
「たとえ本物だとして、天塔騎士がいくら強くても、帝国騎士団と帝国魔術士団全てを相手に出来るわけもないでしょう?」
「それは……」
 背筋に冷たいものを感じてアフィーナの声が震える。
「囲んで武装解除してしまえばよいのです。そうすればこのキャリアも、積んであるだろう人形騎士もすべて帝国の物。もし問い合わせがあったとしても『そのような者は来なかった』で通せばいい。帝国の内側ならばいくらでも揉み消せます」
「なるほど、さすがでございます。しかし、ここは敵地です。そのような話をされてはどこで聞かれているかわかりません」
「ふふ、ちゃんと風魔法で結界をひいているわ。ここでの会話は決してこの部屋の外にはもれないわ」
「さすが姫さまです。感服いたしました」


 ☆★☆


「……でも丸聴こえなんだよねー」
《なんです、あの人たち。ものすごく胸糞わるいんですけど》
 フェテリシアは二人が居る室内の様子を見ながら運転席でぼやく。
 監視カメラとマイクによる映像と音声だ。そもそもメイドロボもいるし。
魔法的に閉じられていても、物理閉鎖空間でもないかぎり電子機器は有効である。
「まぁ帝国での認識はあんなものだよ」
 のほほんとした声でフェテリシアは云う。
《システムチェック完了。いつでも出発できます。――マスター、怒らないのですか?》
「んじゃ、行こうか。……なにに対して怒るの?」
 ギアをドライブにいれて、ゆっくりと車体を動かし始める。
 あまりスピードは出さない。性能を知られてもめんどくさいからだ。
《あれだけバカにされているのですよ?》
「やだなぁー、ウィル。怒るわけないじゃん。ばかばかしい」
《なぜです?》
「いつでも斬れると思えば、あんがい心は広くなるもんだよ? ボクとウィルだったら、帝国を滅ぼせるじゃないか」
《そうですね。許可は下りないでしょうけど》
「許可が下りたら滅ぼせばいいじゃない。どうせなにかバカやらかすよ。今回の事案だって、ある意味大バカにしかできないからね」
《そうですね。どうやって算出されたのかは不明ですが、"勇者召喚が行われる可能性:78%"というのは無視できませんから》
「そそそ。勇者召喚されて、"堕ちたら"、間違いなく全力戦闘の許可出るでしょ」
《もしかして事前に止める気がないのですか?》
「いーやー? 止める気はあるけど、たぶんできないよ」
《それは、なぜです?》
「うん、どうせボクは帝国で投獄されるよ」
《その根拠は?》
「姫様が云ってるじゃない。そりゃー近衛騎士ぶっ飛ばしたし、見た目ひ弱な少女が天塔騎士の装備をもってのこのこ現れるんだから」
《帝国上層部が強制徴収をするというのですか?》
「なにかの理由をつけるだろうけど、姫さまもああ云ってるし、ほぼ確実にやるんじゃないかなぁ。天塔騎士は他国だったらそれなりに尊敬を集めてるけど、帝国では大した扱いじゃないみたいだしね」
《しかし、それはさすがに国際問題になるのでは?》
「普通ならそう考えるだろうけど、まぁ"帝国の常識は世界の非常識"だから。ボクだって追い出されるまではしらなかったよ。まぁ、いいや。なるようになるでしょ」
 そういって会話を終わらすと、あとはモーターと路面から伝わる振動だけが響く。
 停まる前と同じような森を切り開いた街道の風景が後方に流れていく。その速度は少しだけ遅い。

 しばらくして、フェテリシアは思い出したようにつぶやいた。
「……そういや、一言も"魔法が使えない"なんて云ってないんだけどなぁ」



――それから二日ほど走って、帝国首都グラン・ド・グランリアへと入った。
----------------------------------------------------------------------------------------------------
「なろう」の方は週末にでも修正した物を上げるつもりです。

なお魔法帝国の登場人物にいわゆるまともなのはいません。
上から下まで全員ゲスもいいところです。


次回 謁見にて<1>
   大グランリア魔法帝国の最強戦力が集結します。


 



[37284] 第二章 謁見と牢獄<1>
Name: 森河尚武◆cea74981 ID:1454c13c
Date: 2013/04/26 23:02
感想を頂いたので、続き書いてみました。
首都までの道中の話は省略。もちろんいろいろあったけど、些末なことなので。

2013/4/21 初稿投稿
2013/4/26 一部改稿

----------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------


 豪壮な扉が重々しく音をたてて開いていく。
(すごい手の込んだ装飾だな……)
 シンプルなデザインに慣れた彼女からすれば、この城はいたるところが過剰装飾に思える。
 もっともそうやって職人の技術向上や経済の循環が行われるのだから、悪いことだけではないと彼女は学んでいた。
 すっかり変わってしまった感性に彼女は自身に内心苦笑していたのだ。たった五年間で変わりきってしまった自分に。
 そうして広間にまた目を向ける。
(そういえば初めて入るな、この広間……)
 フェテリシアは、ふとそんなことを思った。
 かつては貴族の範疇に入っていたが、まだ幼かったために正式なお披露目はされていなかった。
 だから彼女のことを知っている者も数が限られており、もう覚えている者もいないことだろう。
 あの日からすべてが変わってしまったから。
 家族からだけではない、家臣や召使いからの蔑みの眼。
 自分たちより下が出来たと喜ぶ暗い情念が宿り、手荒に扱われるなんてものじゃなかった。
 追放されるまでの三日間は、フェテリシアもあまり思い出すこともない。
(ああ、やめやめ。暗くなってもしょうがないでしょう。今は|任務《・・》だ)
 その一言で、彼女は切り換る。人間から人間でないものに。
 濃緋色の絨毯をゆっくりと歩み始めた。

 ☆★☆★☆★

 グランリア大魔法帝国首都グラン・ド・グランリア。
 その中央にそびえ立つ5000年を|超える歴史があると云われる《・・・・・・・・・・・・》皇帝城ルーブル中央広間。
 大国の大使との謁見などに使われるその広間において、皇帝による謁見が行われようとしていた。
 帝国888家ともいわれる貴族が代理人を含むとはいえ全て勢ぞろいした式典。
 それをわずか一日で準備させたことは、皇帝の権力の強さを象徴している。 
 
 広間もまた贅を尽くした装飾が施されている。
 巨大なステンドグラスが窓を飾り、天上には建国の歴史を描いたと言われる装飾画が描かれ、列柱には隅々まで彫刻と黄金の装飾が施されている。
 そして三段128個にもおよぶ無煙蝋燭が点けられている巨大なシャンデリアが三つも天上にあり、荘厳な光を参列者に落としている。
 参列した貴族もまたその装飾に劣らぬ装いだった。若い者が多いが、その仕立てもまた贅を凝らしており、みずぼらしい者など一人もいない。
 がやがやと周囲の貴族と雑談をしながらその時を待つ。
 式典官の声とともに大扉がゆっくりと開いていく。
 入場者がその姿を広間に表したとき、息をのむ音が静かに広がる。

 ☆★☆★☆★

 入場したフェテリシアは天塔騎士団第一種礼装女性用C装備を身に着けていた。
 それは薄く虹色の光沢を帯びる白を基調とし、白銀の装飾を施されたジャケット・スカート、フリルがふんだんに施された肩記章装飾が施され、濃いターコイズブルーの裾が割れているマントコートを羽織っている。
 艶やかな黒髪は長いポニーテールに結び、兎の耳を模した意匠の帽子を着けている。
 要所にフェテリシアの個人色である緋色と天塔騎士団の紋章『天高くそびえ立つ塔と本の描かれた盾』が入っていた。
 彼女の専用装備である緋色鞘の|小太刀《サムライ・ソード》を左手に持ち、ゆっくりと濃緋色の絨毯を歩いて行く。
 荘厳な装飾を施された中央謁見場に決して見劣りしない華麗な礼装だった。
 広間に参列している華麗な貴族たちの服装よりももっと上質に見えるほどの仕立てだった。
《さて、吉とでるか凶とでるか》
《フェテリシア……凶と出るようなことばかりしてますよね》
《囮なんだから、目立たないとといけないじゃない?》
 機密回線越しでもあきれるような感じのするウィルに、フェテリシアはあくまでも軽く答える。その間も彼女は気付かれない範囲で、周囲を確認する。
《お、いるいる。というか、貴族も魔導杖持ちがけっこう居るね》
 騎士団はすぐに判別出来る。
 彼らも礼装だが、巧妙に隠されてはいるが要所が装甲されているのがうかがえる。またいずれも装飾こそされているが、実戦用魔法剣を帯剣している。
 魔法士団のほうが少しだけ厄介だった。
 宮廷魔法師は礼装が定まっているため、すぐに判別できる。だが、魔法士団は貴族として参加する場合もあり、全員の位置は把握し切れていない。
 もっともフェテリシアはほとんど気にしていない。ここには"敵"しかいないのだから。
《どうしますか? 防御は予定通りにしますか?》
《うーん……対魔法発動阻害デ――やっぱり予定通り対魔法力場にする》
《撃たせるのですか。フェテリシアは優しすぎます》
《そーかな? 全力で挑んでいるのに、ぜんぜん効かないってほうがざんこくじゃない?》
《……場合によります》
《少なくとも、ボクが先手をとらせる理由はそれだって知っているでしょ?》
 ウィルは沈黙した。フェテリシアも表情一つ変えずにゆっくりと一歩一歩を進む。

 歩む先には皇帝と臣下がそろう一段高くなった段間があり、よく見知った顔がいくつか視えた。
しかし、フェテリシアにはなんの感慨も浮かばなかった。
 そのことに彼女はむしろ自分にあきれた
(やっぱりボクは人間ヤめちゃったんだな……わかっていたつもりなんだけど)
 黒髪の少女は無表情なまま歩み、そして両側に金髪と銀髪の近衛騎士が立つ場所で、立ち止まる。

 皇帝が座する玉座よりおよそ三十メートル。
 玉座に座る絢爛豪奢な衣装をまとう皇帝ド・グランリア。
 左横に同様に絢爛な衣装を着た皇妃がいる。
 左手に荘厳な衣装の宮廷魔術師長、右手に精悍な衣装の騎士団長が傲然と立っている。

(あ、|元《・》父さまもいるね。まだ引退してなかったんだ)

 一段下がった場所に皇太子、そして昨日まで一緒だった皇姫カーラと専属近衛騎士が付き添っている。

 内心を表に表すこともなくゆっくりとかがみ、その場に小太刀を置いて一歩下がる。
 そして、優雅な動作で|片足をひき、スカートの裾を摘みながらひざを軽くおとした格式礼《カーテシー》をする。
「お初にお目にかかります。永世中立機関ユネカ直属瑞穂天塔騎士団第八位 フェテリシア・コード・オクタにございます」
 透き通るような声で滔々とあげた自己紹介。
 それに対して、皇帝が鷹揚にうなずこうとした時。

「偽りを申すなっ!!」

 怒声が聞こえた。
《このタイミングかぁ……》
《予測確率33%と高確率でしたが、とても正気とは思えませんね》
 ウィルは辛辣だ。未来予測演算チャートの中で確率は高いと示されていたが、本当にくるとは思っていなかった未来。
 それが選択された以上、フェテリシアも覚悟を決めた。

「偽りとはどういうことだ?」
 フェテリシアが何も言わずにいると、皇帝が声の方向に|正確に向く《・・・・・》。
「恐れながら申し上げます。その者は天塔騎士を名乗りながら、わたくしに手も足も出なく、また魔法も使えませぬ!」
 皇姫カーラの側を外れて進み出てきた女性魔法騎士――アフィーナが弾劾する。
「なんと。それはまことか?」
「このわたくしめがこの身をもってしかと確認いたしました」

 皇帝の前に跪き、頭を垂れながらアフィーナ・ド・ゴルドが奏上する。
 皇帝の声は白々しい。そして広間もまた静まり帰っている。参列している貴族達も驚きの色を見せていない。それだけでも事前に根回しされていたことがわかる。
 フェテリシアは無表情で黙って進行を待つ。
 大まじめな茶番劇は続く。
「その者は、天塔騎士を名乗る偽物にございますっ!」
 ばっと手で指し示して、弾劾する。
 皇帝が片手を上げると、近衛騎士団が皇帝をかばうようにフェテリシアの前に立ちはだかり、広間にいる1/3近くの人間が魔導杖を構え、剣を向ける。
「……」
 ことここにいたってもフェテリシアはなにも云わない。
 しかし、機密回線で指示を出す。
《予定通り、キャリアのロックは要塞モード。小太刀"天塔紅蓮24式"は魔法触媒機関所持者に対して疑似重力枷200倍にセット。以後の通信・会話は別命まで全てS2機密回線》
《了解です。お気をつけてください、フェテリシア》
《ありがとう》
その間も皇帝とアフィーナの茶番は進んでいた。
「なんと! 剣も魔法も使えぬ者が天塔騎士と偽るなどと、神をも恐れぬとはこのことではないか!」
「おそれながら今すぐ、捕縛し、詳細を取り調べる必要があるかと」
 近衛騎士団長が皇帝の前に立ち重々しく云う。
「取り調べの後に、すぐにユネカ国に知らせる必要があります」
 宮廷魔法師長が白々しく云う。その目は、彼女の装備に興味津々である。

 白々しい茶番の会話を終えて、ようやく皇帝はフェテリシアに視線を戻した。
「さて、そこで天塔騎士を騙った愚か者よ。おとなしく捕縛されるがいい。おお、なにか危険なモノを持っていないか、調べねばなるまいな」
「……」
「その場で、全てのものを外して一歩下がるがよい」
「……それは全裸になれということですか?」
「当然であろう。全てのものと申したぞ」
 皇帝はそれに従うとは考えていない。
 フェテリシアは少女とは云え、女である。衆目の集まるこの場で全裸になることに躊躇を示すだろうと帝国の上層部は考えていた。少しでも反抗的な態度をとれば、その場で処分する理由になる。
 皇帝は目線で近衛騎士団長と宮廷魔導師長に合図する。二人ともかすかにうなずいた。
「……」
 フェテリシアは無言のままゆっくりと左手を伸ばし、パチンとマントコートの金具を外した。
 上着のボタンを外し、脱いで後ろにおとす。スカートのホックを外して、すとんと足下におとす。靴を脱ぎ、スリップ、ブラジャーと続き、そしてストッキングとパンティーを足から引き抜いて絨毯の上に落とした。
広間に集まった人々は静まりかえっていた。
 弾劾したアフィーナも、騎士団長も宮廷魔術師長も、皇帝も、だれも一言も言わない。

「……これでよろしいですか」
 全ての装備を外し、全裸になったフェテリシアが静かに問いかけた。
 その顔は変わらずに無表情だ。

「な、なぜ全裸になる……?」
「おかしなことをおっしゃいますね。おっしゃったとおりにしたのですが」
 フェテリシアはかわいらしく小首を無表情に傾げてみせる。
 たまらずにアフィーナが吠えた。
「は、恥ずかしくないのか、貴様っ!」
「恥ずかしい? なぜそのようなことを聞くのですか、アフィーナ様?」
「な、なに?」
「ボクは天塔騎士です。公務において個人の感情などさしはさむ余地などありはしない。『われらは"星の守護者"の全権代理人、アルマナクの破片にして、全ての知を集め守るモノ。』 ゆえに天塔騎士とは人間であることを辞めた者だ」
 感情がひとかけらも感じられない。全裸の少女が話しているだけなのに、なにか得体の知れないモノがそこにいる。
 参列者達は凄まじい違和感に襲われていた。
 無力な小娘。そのはずなのに、まるで自分たちの方が無力なような……。
 フェテリシアは何もしない。ただそこに静かに立っているだけだ。

「その者に枷を着けよっ! 牢につなぐのだっ! 」
 威圧に負けそうになったド・ゴルド宮廷魔術師長が叫ぶ。

 チガウ、コレは人間じゃない、魔法が使えないとかそんなことは些細なことだ。攻撃すれば、ここにいる者など消し飛ばされる――っ!
 恐怖が思考を飛躍させて、正解を導き出していた。
 だが、その正解を認めるわけにはいかない、魔法帝国で最高の魔導師という誇りに賭けて、断じて認めるわけにはいかない。
 その思考に支配されたド・ゴルドは己が恐怖していることが判らない。

 ド・ゴルドの命令に従って、銀髪の近衛騎士が用意していた枷を手に近づく。
「ふん、抵抗するなよ。抵抗したら即斬るからな、下餞民が」
 威圧にも気が付かない銀髪の騎士が親切にも忠告を与え、手枷を後ろ手に装着し、ひざ裏を蹴った。
 フェテリシアはそのままうつ伏せに倒れこみ、かすかに苦悶の声をあげる。
「さっさとひざまづけよ、ノロマが」
 鎖の付いた足枷を彼女のほっそりした両足首につけ、そして首輪をつける。
フェテリシアは抵抗しない。しかし、その瞳は感情をうつしていない。
まるで、どうでもいいことのように素直に従う。
 銀髪の騎士は最後に髪の毛を掴んで上を向かせる。
「――肉づきは悪いが、顔はけっこういいな。これなら飼ってやってもいいかもな」
 近衛騎士は下卑た笑みを端正な顔に浮かべる。周囲の貴族の一部からも下卑た気配がながれる。
「さっさと立て。皇帝陛下の御前だぞ、カスがっ」
「ぐっ……」
 首の鎖を引っ張られ無理矢理立たせられた。さすがの少女も痛みに顔をしかめる。 
 枷が着け終わるのを焦れて見ていた宮廷魔術師長が高速言語で枷の魔法術式を発動させる。
<発動せよ、拘束の枷。この者の全ての魔力と力を封じ、無力な人とせよ>
 魔法力と全ての身体強化術を無効化し、さらに筋力を低下させる拘束術式。
《身体制御術式に干渉――通常防壁にて無効化。特に異常なし》
 フェテリシアの脳内に術式無効化の報告が響く。
 劣化した技術である魔法など|本来の術式《・・・・・》に干渉できるはずもない。
 魔法術式が発動したとみた人々が我知らずに止めていた息を吐き出す。

「バーカナン一等魔法騎士、その者を第三牢塔に連れて行け」
「はっ!」
 騎士団長が下命すると、フェテリシアの近くにいた金髪の近衛騎士が歩み出て、首輪の鎖を銀髪の騎士から受け取った。銀髪の騎士がかすかに舌打ちする。

(ふーん、一等魔法騎士になったんだ)
 フェテリシアは見覚えのある美男子な金髪騎士をみて、そんな感想を抱く。
 だが、その騎士はフェテリシアのことに気がついた様子もない。彼女はちょっとだけ寂しかった。
 男は皇帝達に一礼し、大扉へ向かう。
「おい、はやくしろ、カスが」
「……っ」
 まるでゴミでも見るような目で見下ろされながら、ぐいっと鎖を引っ張られてフェテリシアは少し息が詰まる。
 彼女は痛いのが好きなわけでもないので、素直について行く。
 反抗する気は無かった。|今のところは《・・・・・・》。
 ここまでは予測通りで、また計画の一部でもあったからだ。


 ☆★☆★☆★☆★


 少女が出て行き解散が告げられた広間において、フェテリシアの置いた小太刀に真っ先に近づいた者がいた。
 皇太子だ。
 実に美しい佩刀であったので、自分が使おうと思ったのだ。
 柄をもち、持ち上げようとする。
「な、なんだっ!?」
 しかし、ぴくりとも持ち上がらない。
「どうされましたか?」
 フェテリシアの装備を回収していた宮廷魔法師の一人が訊ねる。
「いや、あれが置いていった剣なのだが、持ち上がらぬ」
 皇太子が困惑したように云っても、魔法師は真面目に受け取らず、ちょっとした冗談だと思った。
「はは、ご冗談を」
「いや、やってみよ。本当だ」
「そんなバカな……なっ!?」
 宮廷魔法師が同じように持ち上げようとしてぴくりとも動かない。腕が震えるほど力を込めているというのに動く気配すらない。
「な、なんだ? 魔法術式か?」
他の宮廷魔法師たちが集まってきて、調査を始める。
 その結果は、魔法術式の痕跡がないと云うことがわかっただけだった。
なのに持ち上がらない。重量軽減魔法を実行しても変わらない。
「ど、どういうことだ?」
「これ自体が何百kgもあるとでもいうのか?」
「バカな、アレは左手で持っていたぞ、ありえぬ!」
 喧々諤々の議論が躱されるが、答えが出ない。
 帝国でも有数の魔法研究者達が冷や汗をかいていく。

 我々はもしかしてとんでもないモノを相手にしているのではないか?
 その寒々とした考えが脳裏に浮かび上がっているが、だれもそれを口に出すことはなかった。

――同じころ、城外の広大な停車場に止められていたフェテリシアの大型キャリアの周囲でも、騎士や魔法師たちが困惑する事態が発生していた。
10メートルを超す大型キャリアは今や要塞と化していた。
 窓には装甲板がせり上がって締め切られ、大型チューブレスタイヤもまたスライドした装甲版で覆い隠されている。
そして光の帯がキャリアの周りを一周しており、その帯の中を「警告」という光の文字がゆっくりと動いている。
出入口と思しき場所には空中に光で描かれた帝国共用文字で書かれた文章が浮かんでいる。

『本キャリアは国際連合政府憲章および全世界フェアウィルド条約に基づき現地法の適用を受けない不可侵領域となっております。不許可の者が理由なく接触することを禁止します。もし害意の意思を持って接触した場合、段階に沿った制裁が課されます。ご注意ください』

「いったいなんだ、この魔法陣は……魔力がまるで感知できない。隠ぺいされているのか?」
 魔法師がレーザー空中投影表示にしきりに首をかしげる。
 真っ先に駆け付けた騎士隊の隊長は、その警告文をみて鼻で笑う。
「ふん、接触するなとは片腹痛い。なぁに、あのドアを斬ってしまえば中に入れるだろう。おいっ、そこの! いい練習だ、ちょっとそこを斬ってみろ」
「はいっ! いきますっ!」
 若い騎士が剣を抜きはなって気合一閃。装甲版がじゃりじゃりとイヤな音を立てて火花が散る。
 隊長騎士が驚いた。
「なに? 傷一つつかないだと?」
「ああーっ! 僕の魔法剣がボロボロにっ!」
 斬った騎士が愛剣の刃を見て悲鳴を上げた。たった一閃で刃がもうボロボロになっていた。
 キャリアの装甲に施されている分子結合膜は並みの合金では歯が立たないのだ。
『警告:本キャリアへの攻撃行為を認めました。この行為は意図的なものか、偶発的なものかお答えください。またはキャリアから十メートル以上お離れ下さい。もし回答がない場合は十秒後に制裁第一段階を実行します』
 不意にキャリアから中性的な声が流れ、空中にもうひとつ警告文が表示される。その中でカウントダウンが開始される。
「な、なんだ? 誰か中にいるのか?」
 騎士たちはざわざわと騒ぐだけで何もしなかった。
カウントダウンが0になった時、再び音声と空中に描かれた文字で警告がなされる
『回答がなく、また離れる様子が見られないため、第一段階制裁を行います』
「ぎゃぁあああっ!」
 キャリア上部につけられた円盤型の部品から電撃が奔って、斬った若い騎士を直撃する。
「なにっ!」
 あわてて散る騎士たち。魔法師たちも防御呪文を唱えた。
「た、隊長、身体が、しびれ、ます……」
 若い棋士はからだが痺れて動きが鈍い。まるで弱い雷弾を食らったかのようだ。
 再び音声と警告文が空中に表示される。
『警告します。許可のない者の不用意な接触を禁じます。攻撃の意思を検知した場合、反撃いたします。これはフェアウィルド条約にて反撃の権利が認められています。警告に従わない場合、段階に沿った制裁を実行します』

「今のは、魔法か!?」
「いえ、魔法陣はおろか魔力も検知できません、わかりませんっ!」
「くそ、なんなのだ、これはっ!」
 魔法は、人間以外には使えない。増幅させることは可能でも、例えばゴーレムなどの人間が介在していないものには魔法を使うことが出来ない。
 帝国法において『帝国民とは魔法が使えるものである』と解釈されているのはこれが理由である。 
 だが、ここに器物であるはずなのに魔法らしきものが使える物があった。この場合はどう解釈すればよいのか、咄嗟にこたえられる者はいなかった。
「くそ、報告を上げて指示を仰ぐしかないか……」
 隊長がぼやく。突入して金目のものをいくつかいただこうと思ってすぐに来たのに、なにも得られないどころか余計な報告書を作成して叱責まで受けかねない。
ついてないと思った。

『警告します。許可のない者の不用意な接触を禁じます。攻撃の意思を検知した場合、反撃いたします。これはフェアウィルド条約にて権利が認められています。警告に従わない場合、段階に沿った制裁を実行します』
 光の文字がゆっくりと大型キャリアの周囲を回転している姿を、騎士も魔法師も見ることしかできなかった。 
---------------------------------------------------------------------------------------

所属国名などの設定が少し変わっています。それに合わせて前の話も変えています。

次回から「超☆魔法のマジシャン マジカル・バニーさんとゆかいな帝国魔法騎士たち」が始まるよ☆
※ホント……たぶん



[37284] 第二章 謁見と牢獄<2>
Name: 森河尚武◆cea74981 ID:1454c13c
Date: 2013/05/13 00:05
感想を頂いたので、続き書いてみました。

2013/4/23 初稿投稿
2013/5/13 一部修正

----------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------

大皇帝城ルーブル城外 第三刑罰塔。
そこは重要投獄人の収監塔である。
外見は直径12メートル、高さ30mの円筒型で、内部に12層のフロアがある。
 外壁は厚さ30cmにも及ぶ最新鋭の超強化コンクリート、さらに最新鋭の魔導被膜技術が施されており、帝国最新鋭の魔装騎兵が大剣を揮っても傷一つつくことがない。
 1階から3階までは警備兵の詰め所になっており、常時10人以上が詰めている。
その上は高さ約10メートルの吹き抜け構造である。壁際に下層階から操作する可動式の階段が設置されており、上層階からの移動を制限している。
 またここは常時6人の砲撃魔法士が詰めており、上層階を常時監視している。万が一収監者が脱走を試みた場合は射殺する任にある。
その上の5階から7階は、また牢屋番と警備兵の詰め所になっている。
 牢はそれより上層の階になっており、最上階を除き、基本的に一層を四つに仕切っている。
 その内の最小の牢は、三方がコンクリート剥き出しの壁で、外壁側の高い位置に小さな鉄格子窓がひとつあるだけの殺風景な構造だ。
内装は壁に作り付けのベッドが一つ、そして用を足すための汲み置き式のトイレが一つ。それだけしかない。
 入り口側は鉄格子だけで、一切の視線を遮られない構造になっていた。
 この牢全体に最新鋭の魔導技術が導入されており、絶対封印魔法技術によって内部の人間は魔法が使えない構造になっている。
 実際に、最精鋭をうたわれる近衛騎士でさえも、《灯り》の魔法すら発動できなかった。体内で発動済みの魔法か、専用に調整された魔法具のみが効果を発揮するようになっている。
 帝国魔導技術院の最新鋭技術実証施設でもあるこの塔は絶対脱走不可能と云われていた。

 |長い《・・》ポニーテールの少女は、鎖につながれたままその一室に放り込まれた。
 金髪の近衛騎士は一言どころか、視線すら向けないままだった。
 ここに放り込むときも、視線すら向けずに無言で指さしただけ。
 素直に中に入ろうとしたときに不意に声がかけられた。
「おい」
 フェテリシアが振り向いたとき、視界に入ったのは騎士の蹴り脚だった。
 |腹部にまともに食らった《・・・・・・・・・・・》。奥の壁に背中からぶつかって轟音がする。
ずり落ちるところを、さらに騎士が追撃する。騎士が一息で踏み込んできて、籠手に覆われた拳がフェテリシアの無防備な腹に無慈悲にぶちこまれる。
「がは、あがっ!! はぁはぁ……」
 さすがのフェテリシアも何の装備もない状態ではきつかった。床の上にうずくまる。
「ふん……なにが天塔騎士だ。やっぱり騙りか。万が一ホンモノだとしても大したことないな」
 うずくまるフェテリシアをどかっと蹴り上げて仰向けにさせる。そのまま顔を踏みつけた。
「ほら、なにか云ってみろ、天塔騎士サマなんだろう、お前?」
「……」
 せき込むだけで彼女はなにも言わない。騎士は舌打ちすると髪を掴んで顔を上げさせる。
「ふん、けっこう良い顔だな。ああ、〝情け〟をくれてやってもいいかもな。メイドやメスもわるくないが、たまには新鮮なのも乙かもな」
 フェテリシアはなにも言わない。ただゆっくりとふかく呼吸をするだけ。瞳も彼を見てもいない。
「なんだ、その目。立場わかっているのか、このゴミメスがっ!」 
 掴んでいた頭を張り倒して、横倒しにする。ごっ!と固い音が響く。
 そして装甲ブーツで顔を踏みにじる。しかし、フェテリシアはすこし顔をゆがめるだけで何も言わない。
 面白くない金髪の騎士は、腹に蹴りを入れる。
「ぐっ……ぐぶっ……」
 苦悶の息は漏らすが、それでもフェテリシアはなにも言わない。
「……ちっ、つまらん、無反応かよ。こんなんじゃ勃つものもの勃たねぇや」
 金髪の騎士は散々に蹴ったり踏み躙ったが、されるがままのフェテリシアに飽きてしまった。
 最後に思いっきり腹を蹴り上げる。
「がはっ、ごほっ!」
「はは、ゴミも人間様みたいにせき込むのな!」
 激しくせき込むフェテリシアをせせら笑いながら出ていく。
 そして鉄格子が閉められると、牢番に「鍵を締めておけ」とだけ指示をして階段を下りていった。

「ぐ……かはっ……」
 散々に痛めつけられたフェテリシアはそのまま丸くなってうずくまっていた。
 ときどきせき込む。
 しばらくして、小さくひとりごちる。
「ふぅ……反撃をこらえるのがこんなにキツイとは。痛いのは我慢すればいいけど……」
ゆっくりと顔を上げると、薄汚れてはいるが、擦り傷などはほとんど消えていた。
 柔らかそうな肌についていた擦り傷や蹴られた痕は、すこし赤みを残しただけでほとんど回復していた。
「再生能力もすこし抑えたほうがいいかな? 不自然だろうし……」
 じゃらりと鎖を鳴らしながら、ベッドに腰掛けた。
 首輪の鎖は壁に作られた鍵付きフックに掛けられている。長さは、部屋の中なら一応動き回れる程度だ。
改めて部屋の中を見回す。
「……毛布くらいくれないかな? というか手枷ぐらい外しなさいよ……」
 コンクリ剥き出しの壁に、窓ガラスも嵌められていない窓、そして鉄格子。空調など考えられてもいない構造で冬寒く、夏も暑いことだろう。
 ベッドも鉄バネのマットレスが置かれているだけで、シーツもかけられていない。
 さすがのフェテリシアも服なしでは居心地が悪い。
「さて、夜まで待たないといけないけど、その前にもう一つくらいイベントありそうだし……ちょっと休んどこう」
 ベッドの上で、ひざに顔を伏せる。

(どうせすぐ起きるだろうけど……)
 そう思いながら、フェテリシアはいくつか命令を出してすぐに睡眠に入った。

 ☆★☆★☆★

 ……階段を上ってくる靴音が響く。今度は金属とゴムで裏打ちされた装甲ブーツではなく、革靴のような音だ。
そして現れたのは下卑た顔つきの牢屋番だった。鍵をちゃらちゃら鳴らしながら牢の前に立った。
 でっぷりと太った中年の男は、鉄格子越しに少女に云う。
「それ、宮廷魔術師長自らかけた魔法封じの枷だってな」
(ほーら、きた。ホント、悪い方向に期待どおりなんだから)
 フェテリシアはなにも云わないが、心の中でそう思った。
「てことは、お前さん、まったく魔法が使えないんだろう?」
「……」
「帝国民は全員が魔法が使える。魔法が使えないって事は、ようは〝|能なし《ノマー》〟、そして、外から来たっていうんなら〝蛮族〟だよな」
 にやにやと脂ぎった頬にイヤらしい笑みを浮かべながら、フェテリシアの肢体を視線で嘗め回す。ときどきに唇で舌なめずりする。
 顔を上げたフェテリシアは何も言わない。ただ無表情に男を見ている。
「くくく、けっこういい感じじゃないか。かなりチチがちいせいが、ケツはしまっているし、具合は良さそうだな」
 そういってがちゃりと鍵を外して室内に入ってフェテリシアの前に立つ。。
「おっと、声を上げてもムダだからな。他の奴らもヤってんだ、自分の担当のヤツは自由にしていいことになってる」
「……規定に反していないんですか?」
 そこでようやくフェテリシアが声を上げる。声には怯えも強がりもなく、ただ平坦だった。
「へへ、人じゃねぇモノに関する規定なんてねぇよ。なかなか気が強そうじゃねぇか。そういうのがひぃひぃ啼くのがいいんだよな、くくく…」
 舌なめずりして、ヤニで汚れた汚い歯が見える。
 牢屋番は無力な獲物をいたぶるのが趣味だった。
とくにここしばらくは担当に女が入ってこなくて、欲求不満が溜まっていた。そこに見目麗しい少女が入ってきたのだ。しかもご丁寧に魔法封じの枷までかけられて。手を出さない理由はなかった。
男の手が伸びてフェテリシアの小ぶりな胸を鷲づかみにする。
「……っ」
 彼女は痛みに顔をわずかにしかめる。
「ちと小さいが、感度はいいみたいだな。穴もまだ色もかわってねぇし、久しぶりの上物だな。くくく、まってろ、オレのイチモツですぐひぃひぃ云わせてやるからな」
 そういってかちゃかちゃとベルトを外して、ズボンとパンツを下ろす。
「……ぷっ」
 フェテリシアが小さく笑う。
「何がおかしい、このメスっ!」
「だって、かわいいんだもの」
 彼女の視線は、男の下半身を見ている。
「あ、あんだとっ!」
 男はびっくりした。つい今まで期待に昂ぶっていたムスコがくたりと垂れ下がっている。
必死にたたせようとするがまるで無反応だ。
「ああ、ボクの許可がないと絶対タたないからね? ボクがそう魔法をかけたよ、さすがにヤられるのは我慢できないから」
 くすくす笑いながらフェテリシアはそう宣告する。
「な、なんだとぉっ! なにバカなこといってんだ、てめぇっ! 魔法は封じられてんだろうがっ!」
 ぶぉんと腕を振り回して、少女の顔を殴ろうとした。
 しかし、かすりもしない。逆に足を引っかけられて、転ばせられて背中を鉄格子にしたたかに打ちつけられた。
「ああ、どんなにがんばったてムダだから。ついでに魔法も使えないヨ?」
 彼女は、ぷーくすくす、といい感じに無表情にわらう。
「なにぃっ!? っ!」
 牢屋番は慌てて外に出て、呪文を唱える。
もっとも最下級の基本魔法、照明の魔法――10才以上の帝国民なら誰でも使える。

《灯りよ》――なにも起きない。

「う、うそだっ!」

《灯りよ》《灯りよ》《灯りよ》《灯りよ》《灯りよ》《灯りよ》《灯りよ》

何度も何度も唱える。何も起きない。
「て、てめぇっ!!! 元に戻しやがれっ!」
 牢屋番がフェテリシアに襲いかかる。しかし、彼女がちょっと動かした鎖に絡まれてあっという間に床に仰向けに叩きつけられた。
「がっ!!」
 したたかに背中を打ち付けて咳き込む男の顔をなにか柔らかいもので挟み込まれた。
 上半身を抑え込まれて、まるで身動きがとれなくなる。フェテリシアが馬乗りになり、足と太ももで男の上半身を抑え込んだのだ。
 そしてフェテリシアは牢屋番の顔を無表情にのぞきこんで小さく一言。
「ねぇ、ボクは一言でも魔法が使えないって云った覚え、ないんだけど?」
「な、んだとぉ――ひっ!!!」
 男の眼前に小さな青白い円形の炎――明らかに凝縮された超高温の火球
 |それを呪文もなしに少女は創った《・・・・・・・・・・・・・・・》。
「ちょっとお願い聞いてほしいんだけど? ――ああ、そうだ。もし魔法が使えなくなったら、どういう目にあうか充分にわかってるよね?」
 かわいらしく小首を傾げて無表情に聞いてくる少女に、牢屋番は全力で肯定するしかなかった。

 ☆★☆★☆★

「どういうことだ……?」
 帝国魔導技術院からの報告にド・ゴルド宮廷魔術師長は冷たい声音で問いかける。
「ですから、報告書にあるように現時点ではなにも判明していません」
 若い報告者は震え上がりながらも懸命に報告する。
「そうか。なぜか持ち上がらない剣、どうやって製作しているのかすら判らない織り目のない服地、素材の判別すら出来ない鎧の装甲、近づくことすら出来ないキャリア……。あれから4時間もたって帝国最高の頭脳が結集するこの院ではなにも判らぬとそう云うのだな?」
「い、いえ。研究を進めてみないことには……」
「ほう、時間があれば判ると?」
「は、はい。必ずや……」
「解析魔法が効かないものにどうやってアプローチするのだ?」
「そ、それは、解体して様々な計測機器でデータを――」
「代わりがないのだっ! そうやって何も判りませんでしたなどといったらどうする気だ貴様っ!」
「ひぃいい! 全力で調査いたしますっ!」
 資料すらも取りこぼして、若い研究者が執務室を飛び出ていく。
「馬鹿者がっ! どうしてこうも愚か者しかいないのだ……どいつもこいつもワシの足を引っ張り折って、バカどもがっ!」
 重厚なマホガニー製デスクに手をつきため息をつく。

「お疲れみたいですねー、|元《・》お父さま」
「何者だっ!」
 すぐさま反応して声の方向を向き、魔法陣を展開、雷弾を放つ体勢に入る。
 同時に身体強化を行い、神経伝達速度を5倍まで加速する。
 加速された思考力が、先ほど部下が走り出て行ったドアの脇に小柄な人影を認める。
 部下ではない。そう認識した瞬間に雷弾を放つ。被害など考えない。
 もともとその周辺には防御魔導術がかけられている。中級魔法くらいまでなら問題ない。
 魔法の中でも最速に近い雷弾を侵入者はごくわずかに動いて避けた。
 三連弾が壁に命中し、轟音とともに軽い焦げ目をつくる。
「いい反応ですね。さすが帝国最高の魔導師です」
 声色には揶揄の色がある。そして魔法の灯りの下に姿を現す。

 姿を現したのは、鮮やかな赤髪を|短い《・・》ポニーテールにした少女。
 目元にはバイザー型のミラーシェードをつけている。
 背中の出ているホルターネックタイプの真っ赤なハイレグレオタードを身に着けている。上半身は白シャツを模していて、ネクタイを結んでいる。
腰部とおしりを覆い隠すように薄いレースのフリルを付けている。
 黒い革製のロンググローブに、太股の途中まである黒の革製ロングのミドルヒールブーツを履いている。
 もっとも特徴的なのは、赤い兎の耳を模した飾りを付けたカチューシャだ。
 いわゆるマジシャン・バニーガール衣装である。
 腕を組んで本棚に背を預けたリラックスした姿勢で、ゴルドを見ている。
「なんだ、貴様は。奇天烈な衣装を着おってっ!」
「この衣装は、いちおうお仕事着なので放っておいてくださいな。わたくしも恥ずかしいんですけど……」
 しょぼんとした風につま先で絨毯をくりくりとほじる。
 隙だらけだが、ド・ゴルドは攻撃が出来ない。魔法が命中するイメージがどうしても湧かないのだ。
 さらに奇妙なことに気が付いてもいた。
 警備がやってくる気配がない。魔法を使い、轟音を立てたにもかかわらずだ。
 もっとも役立たずな警備よりも自分の実力を自信があるがゆえに問題としていなかったが。
「何者だ、ここの防備をどうやって破った!?」
「防備? ――ああ、あのずさんな探知魔法術式のこと? 歩いてきたけど別に引っかからなかったですが」
「なんだとっ!」
「あ、そうそう警備は呼ばない方がいいですよ、元父さま?」
「薄汚いネズミごときにに父と呼ばれる筋合いなど無いわ!」
「ええー、ひどいです-。血のつながった娘にそんな罵詈雑言を。わたくし泣いてしまいますわー」
 酷く平坦な声で告げられる言葉に、宮廷魔術師長はなにかが引っかかる。
「ま、仕方ないか。|五年もたっているしね《・・・・・・・・・・》」
「五年だと……? まさか!? ばかな、アレは死んだっ! 生きているはずがないっ!」
 加速した思考で一瞬考え込んで、ようやく五年前に〝黒き死の森〟へと捨てさせたモノを思い出す。
「なるほど、やっぱりあなたの命令だったわけですね。ま、それはいいや」
 フェテリシアは真実を確認して、それで満足する。
正直、どうでも良かったのだ。
 もう彼らとは関係がないから。任務に利用することにもなんの良心の呵責もない。
「なんだと、貴様――」
「今日はちょっとご挨拶にお伺いしたんですよ~、偉大なる大魔法帝国の宮廷魔導師長サマ」
 云うと同時に、わずかに威圧する。といっても、すこしだけ気配を溢しただけだ。
「――っ!!」
 それだけで、レオン・ド・ゴルドは動けなくなる。
実戦経験のない彼には凄まじい重圧に感じられて、思わずひざをつきそうになる。
「ちょっとばかし強くなっちゃったので、ちょっとこの帝都で色々と愉快なことをしてみようかと思うのですよ」
「ぐっ……復讐だとでも云うのかっ!!!」
ド・ゴルドが咆える。しかし、少女はかわいらしく小首を傾げて不思議そうに云う
「? いーえー? あなたたちに別段の興味ないですから。だって、弱すぎてあくびが出ちゃうんだもの。そんなのをなにかしたって面白く無いじゃないですか、元お父さま?」
「弱い、弱いだとっ!? 帝国で最強最高の魔導師であるこのレオン・ド・ゴルドを、弱いだと!」
「え、だって、手も足も出ないじゃないですか。わたくし、まだちょっと威圧しているだけですよ? それだけで恐怖で縛られるなんて、正直云って予想以上に弱いですわ。うん、殺す価値もないですよ?」
「な、なんだと!?」
「ほら、こんなに近づいているのに身動き一つ出来ていない、うふふふ……」
 いつのまにかレオンの首筋に少女は手を当てていた。ひんやりとしたグローブの質感に気がついて、レオンは戦慄した。
 移動したのが判らなかった。
(身体強化を発動して神経加速を行っているワシに気づかせずにだと――!)
 男が感じたのは驚愕以上に怒りだった。
(この帝国で皇帝の次に偉大な宮廷魔法師長であるワシに、ゴミが勝手に触れるなど――絶対に許さぬっ!!!!)
 どこまでも物事が理解できない男だった。

「というわけで、しばらく帝都を騒がせますんで、よろしくおねがいしますね、レオン・ド・ゴルド宮廷魔法師長サマ」
 少女はくすくす笑いながら離れると、今度は姿が少しずつ闇に溶け込んでいく。

《雷光よ!》
 その隙を逃さずにレオンは魔法を放った。|呪文《コマンドワード》一つで、24もの雷光が発生して少女を襲う。
 壁を貫通し、廊下まで通る。崩れる壁によって土煙が舞いあがり、視界を塞ぐ。
「残念、その程度じゃわたしには届かないですよ~。殺す気でかかってきてくださいな、帝国最強の魔法師サマ♪」
 嘲るように云った赤いバニーガール少女の姿が完全に消える。

 その頃になってようやく警備兵がやってきた。
「何事でありますかっ!」
「侵入者だ! 警備はなにをやっていたっ!!」
「し、至急手配いたしますっ! 侵入者の特徴を教えてくださいっ!」
 警報を起動させながら、当直者がレオンにたずねる。
サイレンが鳴り響き、サーチライトや警備当番の魔導士達が慌ただしく駆け回る中で、少女の奇天烈な姿の詳しい説明をするはめになった。


 サイレンが鳴り響き、全ての魔法灯がついて暗闇が駆逐された建物をばたばたと警備員や研究員が走り回る。
 そんな彼らを眺め下しながらフェテリシアはのんびり歩いていた。
《しかし、この警備はずさんですね。警告魔法陣の設定も天井近くは設定されていないなんて》
《そんなものじゃないかな? 壁を移動するなんて想定するほうがおかしいよ?》
 天井近くの|壁を歩きながら《・・・・・・・》機密回線でのんびりと話す。
 疑似重力制御で身体を支えながら壁を歩くフェテリシアの真下を、ばたばたと走り回る警備や研究員たち。
光学迷彩で姿を隠しているため彼らにはフェテリシアの姿は見えてない。
それでも探索の手段はいくつかあるのだが、そもそもその発想がない。
《これで、ボクに目が集中する。しばらくは騎士団も魔法師団も忙しく走り回るでしょう》
《はい、その隙をついて拉致民の調査をします。ただ……二つの目的を同時に進めつつ、さらにいくつかの目的を含ませるなんて、作戦計画としては危険な杜撰さですが》
《……しょうがないよ。ししょーと大巫女さまが面白がって立てた作戦計画だもの。装備だけは潤沢だけどね》
《そうですね。〝アマノウキフネ〟まで使用許可が下りているというのは尋常ではありません》
《そもそも持ってきた|人形騎士《シルエット・ドール》が〝殲滅の人形〟だしね。ホント、一国どころか大陸を炎に包めるんですけど》
《でも、全力で使わないのでしょう? それだけ信用されているということです》
《……まぁね。やっぱり力がありすぎるといろいろ不便だよ。ちょびっとでよかったんだけどなー、復讐しらた、あとは死ねるぐらいの》
《貪欲に力を求めすぎましたね。あなたはまぎれもなく武術の天才でしたから》

 フェテリシアは帝国に居た頃から、剣の天才だった。
 並の騎士では歯が立たず、10才年上の姉アフィーナとほぼ互角に戦えるほどの剣の才能は、両親も自慢の娘と期待していた。
 あの日まで、アフィーナと共に姉妹の女性騎士となることが期待されていたのだ。
 それを全て壊してしまったのが、魔法器官検査だった。

《ま、ボクはとりあえず面白く引っ掻き回せばいいわけだし。ウィルはちょっと大変だけど、よろしくね》
《お任せください、マイ・マスター。十全に行ってみせましょう》


---------------------------------------------------------------------------------------

うん、まぁ最初からシリアス一辺倒とは云ってなかったYOね?
コメディタッチで超絶まじめな的を"ざんこく"に倒していくのが、このシリーズです。

……強さに差がありすぎるとコメディにしかならないと思うのです。

さて、これで感想いただいた話数分は書いたと思うので、しばらくお休みですかね。
もともとプロットもろくに煮詰めずに勢いで書いているので、大幅見直しとかはする予定です。




[37284] 第三章 超☆魔法の手品師 マジカル☆バニー <1>
Name: 森河尚武◆cea74981 ID:1454c13c
Date: 2013/05/13 00:03
感想をいただいたので、急遽書いてみました。
ちょっといろいろ気に入らないところがあるんで、ちょくちょく手直しするつもりです。
2013/4/28 初稿投稿
2013/5/13 一部修正

--------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------

 その部屋には窓がなかった。
 大皇帝城のほぼ中心部、四方を壁に囲まれた部屋に華麗な装飾が施された巨大な卓があり、皇帝一家および各省の大臣・補佐官が勢ぞろいしていた。
 天上から吊り下がるガラス製の豪壮なシャンデリアは魔晶石式照明灯で、揺らぎのない柔らかい光が各所に施された絢爛豪華な装飾を幽玄に浮かび上がらせている。

 御前会議のための格式の高い会議室であった。

 細やかな装飾が施された壁は、その実、強力な魔導被膜と盗聴防止技術の粋を施されている。
 床には職人が百年をかけて織ったと云われる金糸銀糸で帝国の紋章が織り込まれた暗紅色の優美な絨毯が敷き詰められている。
 皇帝一族専用の御扉と臣下用の扉にもまた華麗な装飾が施されたている。表面こそ一枚板だが、その内側に!魔装騎士《アーストラッド・ナイト》にも使われている魔導被膜装甲板で、壁の中にも同様の物が埋め込まれている。
 
 皇帝とその家族、そして各省の大臣とその補佐である筆頭長官が勢ぞろいしている。
 全員が並んで座れる巨大な卓の上には、フェテリシアの着ていた礼装一式が並べられている。

「では、報告を聞こうか」
 皇帝が重々しく告げる。
 そうすると見事な白髭の老人が進み出て、深々と一礼する。
「僭越ながら、帝国技術院上級研究員筆頭を務めまするテーノロギ・パークリーがまとめてご報告いたします」
 老人がが 天塔騎士団第一種礼装の上着を手に取る。
「まずはこの衣装ですが、布地に織目がございません。目に見える範囲では隙間もありません」
「なんだと? ではいったいどうやって織られているのだ?」
 大臣の一人が質問する。本来ならば不敬にもあたる行為だが、誰も咎めない。
 帝国の上級会議では皇帝一族に対する過度の不敬、そして他者に対する根拠なき侮辱を除けば、自由な発言が許されている。
すくなくともここでの言葉を理由に処罰されたことはないとされている。

「……いまのところ判明しておりません。材質は、解析魔法でも判明せず、手触りなどからおそらく|絹に似たもの《スーパーナイロンとか》ではないかと。またこれだけの薄さでありながら、非常に丈夫でしなやかです。ただ重さがやや重たいようです」
「なんと……」

「報告を続けます。この独特の発色については、推測ですが、何色もの透き通るくらい薄い布を何層にも重ねて、それらの色があわさって白く見えているのではないかと」
「魔導被膜が施されているのではないのか? あれも発色があるであろう?」
 大臣の一人が云う。
「はい、その通りです。ところが、いまのところこれらからは魔力が検知されていません。魔力隠ぺいが施されているならば、分解をしてみないと判らない可能性が高いかと」
「ふむ。実に不思議な素材だな。しかし、不思議さを差し引いても、その装飾は美しいな……」
「はい。服地の発色についてはご説明いたした通りですが、この装飾の刺繍についても、恐ろしく緻密に施されており、これだけでも制作に数年が必要かと推測されています」

「とてもいいものよねね。それはやはり、わたくしのものとしましょう。仕立て直せば、きっと世界で最高のものになるでしょう?」
 皇帝の横に座っていた皇妃がおしとやかに云う。その目は服地に向けられていてきらきらと輝いていた。
「おそれながら御妃様。できますれば一部だけでも魔導技術院に残していただければと。我々のほうでも研究開発に生かしたいと思いますので」
「いやよ。それはわたくしのものです。これだけきれいなんですもの」
 皇妃は笑顔を崩さずに研究員の控えめな提案を拒絶した。
 そして、会議に参加していた末姫カーラもまたおっとりと尋ねる。
「ねぇ、いつになったらあの車は開くのかしら? わたし、はやくあの"アイン"ちゃんを手元に置きたいんですけど」
 カーラは道中で出会ったゴーレムを思い出して、うっとりする。操者がいないのに滑らかに動くゴーレム、しかも命令をよく聞いてくれるあれをカーラはすぐにでも手元に置きたかった。
 云われたこともできないような使えないメイドよりよほど良い。
 大型キャリアの解析を担当している者が深々と頭を下げる。
「もうしわけございませぬ。あの大型キャリアについても、いまだ中に入ることがかなわず……無理に入ろうとすると貴重な物品が破損する可能性もあるため、強行手段もとれず苦慮しております」
「そうなの? 役に立たないわねぇ……」
「だめよ、カーラ。本当のことを云っては。彼らなりにいっしょうけんめいやっているのですから」
「はい、もうしわけありません」
 末姫は深々と頭を下げて皇妃に謝罪する。
 研究員たちは顔を伏せて受けた侮辱に耐えていた。


「では、その剣についてはどうなのだ? 私もはやく手元にそれを置きたいのだが」
 皇太子が卓に置かれた美しい|小太刀《サムライ・ソード》について、諮問する。
「は、それにつきましてはわたくしのほうからご説明いたします。すでにいくつかわかったことがあります」
 汗を拭きながら別の上級研究員が報告する。
「まずは、あの異常な重量ですが、人間が持とうとすることによって発生することが判りました。無機物による接触ならば動かすことが出来ます」
 そういって卓の上の頑丈な台に置かれた小太刀を指し示す。
「次に、この美しい表面ですが、非常に微細な加工を何層にも、最低でも20層以上施してあり、その上に正体不明の材質がコーティングされております。この加工が、どうも|魔力転換炉《アーストラット・エンジン》のような働きをしているのではないかと推測しております。またこの剣にはおそらく何らかの個人認証が施されているらしく、それ以外の者には引き抜くのはおろか持つこともできないようでして……」
「つまり、その個人認証が私を認めないということか」
「……残念ながら、そのとおりでございます。解除手段を模索中ですゆえ、お待ちいただければと。時間をいただければかならずや解明してみせますが、一朝一夕にて解明できるようなものではございませぬゆえ」
 研究員たちが深々と頭を下げる。
「――実に不快な話だな。この大魔法帝国の皇太子たる私を認めぬとは。それは貴種たるわが一族の、ひいては帝国を侮辱したに等しいではないか!」
「まぁ、まて。思考を飛躍させすぎるではない、皇太子よ」
「陛下っ! わが帝国が侮辱されているのです、侮辱には報復が必要ですっ!」
「その者にしか扱えぬようにされた物に対して、お前が使えぬからといって侮辱されたというのは短絡にすぎるぞ。わが大魔法帝国は盤石にして史上最強最高の唯一帝国である。多少の侮蔑など、受け流しておけばよい。所詮は貧者の遠吠えよ」
 そこまで険しい表情であった皇帝が声色を緩める。
「やがてわが帝国を治めることになるそなたは、多少のことで感情的になってはいかんのだ。その感情を制御せよ。怒りを胸に秘め、必要な時に解放せよ。それが如何なるときにおいてもできるようになったならば、余も安心して引退できるというものだ」
「はっ! わかりました、陛下。そのように努めます、ご指導をありがとうございました」
 皇太子が軽く頭を下げ、皇帝が鷹揚にうなずいた。
「おお、すまぬな、中断をさせてしまった。さて、今後はどのように進めるか、方針を議論するがよい」

 皇帝がつづけよと命令すると、各大臣が各々の補佐に確認をとりながら意見を議論していく。
 だが、現状を打破できそうな妙案は出ない。そうなると必然的に〝知るモノに聞けばよい〟方向に意見が移行していく。
「報告を見る限りすぐに解決策が見えるとは思えぬな」
「そうなると詳細を知るものから仔細を聞くことになる。だが、素直にしゃべるとも思えない」
「拷問して吐かせるか。しかし、それも業腹だのう。下等な蛮族に教えてもらうというのは」
「教えてもらうのではない、やつらに過ぎたるものなのだ、正当な場所に返してもらうだけだ。すべての〝知〟はわれら〝人間〟のものであって、下等下賤な〝やつら〟が持ってよいいものではない」
「しかし、あれはなかなか強情そうだったぞ? 死ぬまでなにも云わぬかもしれぬ」
「すこし〝情け〟をくれてやれば感極まって情報をさしだすのではないかね? しょせんは蛮族のメスだ、高貴なる我らの情けを受ければ感じ入るやもしれぬ」
 各大臣の意見が集約し、徐々に情報を聞き出す手段についての議論へと変わってきている。
 それらを聞いていたカーラが、父たる皇帝に向かってかわいらしく発言した。
「お父様。わたし、いいこと思いつきました」
「何だ?」
「|あれ《・・》を動物と交尾させてみたらいいんじゃないかしら? たとえばぶたさんとか。そうしたらきっと感極まっていろいろ教えてくれそうな気がするの」
 会議参加者の大半は、末姫が何を云っているのかよく判らなかった。
 なぜ動物の交尾などという話が出るのか……。
 しかし、皇帝には通じたようだ。
「ふむ……尋問のかわりを動物にやらせるのか。なかなか面白いかもしれぬな。あのモノもきっといい声で啼くだろうよ」
 皇帝が微笑する。末姫も無邪気な笑顔を浮かべて、肯定する。
「ええ、きっといい声で啼くと思うんですよ。ぶうぶうって。それから子供もできるかもしれないですよね」
「ああ、そうかもしれんな」
 皇帝の手が末姫の頭をやさしく撫でる。カーラはくすぐったそうにする。
そしてふと思い出したように皇帝は確認する
「まぁ、おおむねその方向で良かろう。仔細は宰相に任せるとして、まずは潰さぬように留意せよ。潰すのは、終わってからにせよ」
 皇帝が裁可を降すと、大臣たちが頭を下げる。
 そして、皇帝がふと思い出したように言葉を紡いだ。
「おお、そうだ。天塔騎士の乗騎|〝朧影人形〟《シルエット・ドール》だが、あのキャリアに積載されているのは間違いがないのだな?」
「過去の記録によりますと、あの大きさのキャリアに積載されていたことは間違いないようです。またあの厳重な防護手段からしても中に重要物が搭載されていることは確実だと思われます」
 大型キャリアを担当している上級研究員の回答を聞いて、皇帝は鷹揚にうなずいた。
「――噂にいわく、空を飛び、地を何者よりも速く駆け、一騎で国を滅ぼすとまで言われておる朧影人形。それがめでたくも我が帝国に|返ってきたのだ《・・・・・・・》。使えるようにせよ」
 世界最高の物はすべて帝国をその起源とし、所有権は帝国にある――それが帝国では普通の考え方。それを誰もおかしいと思わない。
「噂でしかないが、現状の魔装騎士と同等以上であることだろう。これらの装備を考えてもな」
脇の机に並べられた天塔騎士装備を見やりながら口にする。
「よいか。あの天塔騎士の|朧影人形《シルエット・ドール》を|使えるようにせよ《・・・・・・・・》」
「は、必ずや成し遂げてみせましょう」
 技術廠の研究者たちが最敬礼をする。各大臣もまた頭を下げる。

「ほかになにかないか――ないようだな。では、この会議を閉会とする」
 皇帝の一言で大臣たちが一斉に起立し、両手を胸の前で合わせて、全員が唱和する。
「「我らが偉大なる祖国グランリア大魔法帝国は万物の起源にして永遠不滅、史上最強の帝国なりっ! 永遠不滅の帝国に栄光あれっ!」」

☆★☆★☆★

 深夜――その声は帝国公共放送の放送設備を経由して首都全域に流れた。

『えー、帝国首都民の方々にはお騒がせいたします。こちらは帝国非公共監視団体(自称)所属の魔法の|超☆手品師《すーぱーまじしゃん》マジカル・バニーでございます』
 帝国公共放送の本社では、社屋を揺るがすほどの大騒動になった。
 どうやって操作されているかもわからず、止めることもできなかったからだ
『今夜は、ここ帝国財務大臣を務めておりますインディビータ家にきております』
 場所が特定されて、今度はその貴族屋敷一体が大騒動になった。
 警備員や騎士が内外を大捜索をはじめる。全館内の灯りがともされ、強力な魔導サーチライトが外壁を照らし出す。
『やー、しかしなかなか豪華なお屋敷ですねー。外側はわりと地味なのに中身は、とくに奥の棟なんかすごいですねー、金ピカの廊下が見えます。あれって金箔? それとも金の板を貼っているのでしょうか?』
 平坦な少女の声は屋敷の中を解説していく。
 大量の金とラピスラズリと琥珀がふんだんに使用された居間。
 金糸銀糸をふんだんに織り込んだ絹の豪華なタペストリー。
 壁に飾られているのは、かつて東方から伝わったと云われる博物館級の貝蒔絵が施された漆塗りの箱。
 大理石に金の象嵌を施した暖炉は魔晶石式で、一日で動かせば10kg近い貴重な魔晶石を消費するという考えられないような浪費仕様だった。
 聞くだけで、相当の金がかかっている内装だと誰もがわかるほどだった。

 放送が続く中、内外の捜索は続くが、見つからない。そもそも本当に居るのかと疑問におもう者もいた。
『インディビータ家は代々財務大臣を務めることで有名です。財務省のトップを務める大臣ですので、高級取りなのは間違いないのですが、はたしてこれほどのものが揃えられるほどの俸給を得ているのでしょうかねー?』
「侵入者を早く見つけよっ! あの口を黙らせろっ!!」
 当主からの火のような催促に騎士たちも必死に探す。
「どこだっ、賊はどこにいるっ!」
 警備騎士たちが血眼になって庭園を探しまわる。
『そしてですね、じつはここにですね、このお屋敷で拾った帳簿が一冊ありましてー』
「みつけたぞ、あそこだっ!」
 魔導サーチライトで屋根の一部が照らしだされる。 
 そこには|手持ち式拡声器《ハンドマイク》を持った兎を模した格好の少女がいた。
『あ、みつかっちゃった、てへっ! 』
 少女はあくまでも平坦な声のまま、こつんと頭をたたくかわいらしい仕草をする。

「魔導照明弾上げろっ」
《灯りよ、天空の灯と成れ》
 警備騎士小隊長の命令で次々に魔法照明弾が放たれ、周囲が日中のような明るさになる。

『みつかっちゃったけど、それはおいておきまして。ちょっと帳簿の中を見てみましょうー』
《雷光よ、かの敵を滅ぼす光となれ》《雷光よ、かの敵を滅ぼす光となれ》《雷光よ、かの敵を滅ぼす光となれ》
 三人の魔法士から紫電を纏った直射雷光砲撃が三射される。
 兎装少女はそれらをひょいひょいと避けて、よどみなく帳簿の中を読み上げていく。
『あらあらまぁまぁ……帝国歴5123年度に帝国総予算金額(非公開)が書いてあるんですけどー。
なんとですね、そのうち使途不明の特別会計予算34億帝国ゴールドがあるんですね』
「あれを止めろっ! 早くっ! 警備騎士は何をしているっ! はやく殺せっ!」
 豪華絢爛な夜着を着ているでっぷり太った男が家臣に喚き散らしている。
 私設警備騎士団が放つ砲撃魔法や誘導魔法弾をひょいひょい避けながら、解説の声はよどみない。
 身体強化魔法を発動した魔法騎士たちが屋根の上に飛び乗り、同時に三人が斬りかかる。
『そして、偶然にもこちらにインティビータ家の帳簿があります。わざわざ表書きに裏帳簿と書かれているのがとってもおしゃれ☆。そしてここに5123年度に帝国銀行からの振込総額が34億ゴールドなんですって。同じ金額ですねー、なんとすごい偶然っ!』
 赤い兎装少女はそれらをふにゅんと避けて、三角屋根の頂点をトコトコ歩きながら、かわらず帳簿の解説を続ける。
『振込み元はっと。おやおや、これはなんと帝国財務省からわざわざ222回にも分けて振り込まれています。実に細やかですねー。でも、これって業務上横領っていうんじゃないかしら?』
 身体強化した騎士の放つ疾風のような突きをひょいっと頭をそらして避ける。別の騎士二人による前後からの袈裟切りをうさみみを押さえながら屈んで避ける。
 横から跳んできた騎士の蹴りを小さくうさぎ跳びして、その蹴り足を踏み台に騎士の豪速の横薙ぎを縦回転でくるんと避ける。
『なかなか豪快です、豪快です。ここまで豪快に横領してるとは別の意味で尊敬しちゃいますね~、実に勇者です、勇者です』
騎士六人がかりの連携攻撃が一瞬たりとも切れずに行われている、兎装の少女は視線すら合わせず、片手で帳簿をめくりながらハンドマイクでしゃべり続けている。
その間も休みなく攻撃されているというのに、ひょいひょい避け続けている。
だが、騎士たちも歴戦の勇士だ、まったくの無策ではない。
 連携攻撃を続けつつも、少しずつ目的の地点に移動させていく。
 そして最後の連携攻撃"車かがり"。帝国騎士団が最も得意とする必勝の連携。
 それは三人一組となり、二組で前後からまずは四方向から攻撃、前後左右への回避の余地を無くして上に逃れる獲物を後方の騎士二人が魔法で仕留めるという必殺の陣だ。
 騎士四人は同時のタイミングで、少女の回避余地をなくした。
 目標の少女は無造作に上へと跳んだ。あいかわらずしゃべりながら。――かかった! 騎士たちはそう思った。
 二人がすでに直射魔法砲撃を準備、照準、そして発動。
 瞬間的に形成された魔法砲撃は黄色い等位相凝縮光となって射線上のものを焼き尽くす。
 空中にいる少女に、避ける術はない――どころか、かすりもしなかった。
「なんとぉっ!」 魔法砲撃を放った魔法騎士が驚愕する。
『そんな魔法攻撃なんて、魔力集積でバレバレでーす。それやるんなら魔力の完全隠蔽しましょーねー』
 照準されて発射される直前に、少女はきゅるんっと包囲を抜けた。空中で大きく足を振りかぶり、重心崩しによる空中側転をしたのだ。
 そのまま、たんっと両足をそろえて着地、ぴょんっとうさぎ跳びで少し距離を取る。
「なめるなぁっ!!!」
 屋敷の下方から猛烈な魔法弾の嵐がくる。警備隊の残りほぼ全員が一斉に魔法を唱え、大量の弾幕を形成する。
『おっと、うひゃぁ! これ、は、なかなかっ!』
 誘導、直射が入り混じったものはさすがに大変なのか、少女はしゃべりをとぎらせながら回避する。
しかし――。
「タ、タップダンスを踊ってやがるっ!!!」
 射撃を続ける魔法士絶望的な顔色でうめく。
 そう、兎装少女は鼻でリズムを取りながらタッタカ♪タッタカ♪とヒールを鳴らしていた。
 猛烈な魔法砲撃掃射が続くというのに、ひょいひらり、タッタン♪と軽快なリズムを刻みながら屋根の端まで歩いていく。
まるで夜の散歩をしているがごとく。
『さぁ、ラストです、ラストです。この帳簿さん達はどこに持っていくべきでしょうか? もちろん法の名の下の正義な執行機関ですね。たまにワイロとかとっちゃう限りなくクロに近いグレーなところですが、ここまで公開しました情報を握りつぶす度胸はあるのでしょうか。そこのところはどうなんでしょうか、法務大臣さま♪ ――おおっと、ついに最終手段に出るようです、インティファーダ家。ここまでしますか~♪』
 少女の周囲に範囲指定魔法陣が瞬間的に浮かび上がり、高周波音を発した直後、大爆発を起こす。

 範囲攻撃魔法《爆炎業陣》

 指定範囲を焼き尽くすこの魔法から逃れるには、魔法陣が展開を始めた瞬間に効果範囲外まで跳んで逃れなければならない。
その効果範囲は流し込まれた魔力に比例し、複数人での展開も可能である。
「殺ったかっ!?」
 四人を投入し、直径30メートルという大魔法陣をつくらせた警備隊長が叫ぶ。
 帝都法で許される限りの大火力を投入したのだ。これ以上の火力は、戦争時や近衛騎士団などの特例部隊にしか許されていない。

 爆炎が消え、煙が徐々に薄れていく。
そして、その奥にある影が徐々に濃くなっていくと同時に隊長の顔色が悪くなっていく。
『けほ、ちょっとすごい煙……。あら? やだ~、うさみみ焦げちゃった……恥ずかしい~』
 そこに居たのは無傷の兎装少女。
 いや、赤いうさみみの端っこが少しだけ色が変わっている。その軽く焦げた部分を指でさわりながら、もじもじしている。
 もはやバカにされているなどというレベルではなかった。
 警備隊は完全に殺す気でかかっているというのに、少女のほうは、ただ攻撃を避けるだけなのだ。相手にもされていない。

 彼女は回避も可能だったのだが、全力で回避すると彼らが見失う可能性があったため、あえて攻撃を受けたのだ。真空斬りを放って、全周に真空地帯を発生させて防御を行ったのだ。
 だが、いつもと違う格好のためか効果範囲がわずかにずれていて、うさみみが焦げてしまっていた。

 不意に少女が顔を門の方向に向けて手をバイザーの上にかざして実況を始める。
『おおっと、とうとう正義の帝国魔法騎士団が到着したようです。それでは、こちらの帳簿はまとめてお渡ししましょう』
 帳簿をこれみよがしに透明な袋にいれて、その袋をぽーんと帝国騎士団のほうに投げる。
 騎士団は防御呪文を発動しつつ、一斉に退いた。爆発物を警戒したのだ。
 しかし何も起きなかった透明袋を、ひとりの騎士が取り上げたことを確認して、少女は言葉を繋げた。
「正義の使徒(笑)である帝国騎士団に帳簿はお渡しして、今後の動向を見守ることにしましょう。以上、非公共監視団体(自称)所属の魔法の|超☆手品師《すーぱーまじしゃん》マジカル・バニーがお送りいたしました。では、また明日、この時間で。さよなら、さよなら、さよなら」
「賊めっ! 逃がすかっ!」
 精鋭魔法騎士が一斉に飛び出して、一息で屋根まで跳びあがり追跡に入る。
「そんなんじゃ捕まらないよ~♪ あははは、『アーバヨ、トッツァン』!」
 しかし身体強化した騎士たちだというのに、しゃべりながらぴょんぴょんと跳んでいく兎装少女にまったく追いつけない。

 帝国騎士団 第二師団長が慇懃な態度で、呆けていた財務大臣に同行を願う。
「財務大臣殿。ご同行願えますかな?」
「ぶ、無礼なっ!あ、あんな賊の云うことを信じるというのかっ!?」
「いいえ、潔白を証明していただくためにもご同行を。もちろん私共も、賊の云うことなど信じてはおりませぬゆえ、厳正なる調査を我が名にかけてお約束いたします」
真っ青を通り越してまっしろになった財務大臣が居た。

――この大混乱の中で、周囲の屋敷から数十名の〝人間〟がひっそりと消えていることなど、後々になっても誰も気にも留めなかった。



--------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------

 遊んでいます、フェテリシア嬢。
 まだ攻撃はおろか、防御すらほとんどしていません。
 次回は、VS近衛騎士編かなぁ?<未定




[37284] 第三章 超☆魔法の手品師 マジカル☆バニー <2>
Name: 森河尚武◆cea74981 ID:1454c13c
Date: 2013/05/13 00:04
たくさんの感想をいただいたので、書いてみました。

前話を修正したものを「なろう」のほうに上げてます。
そろそろ「なろう」のほうは登録数も頭打ちになったし、打ち止めかな?

2013/5/4 初稿
2013/5/13 一部修正

--------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------

 肉を打つ音が部屋に響き、少女のうめき声が口からもれる。
「ぐぅっ……」
「ふん、さすがに我慢強いな」
 冷たい声で黒髪の女騎士がつぶやきながら、ひゅんっと風切り音をさせて殴打用鉄棒の血振りをする。

 女騎士の目の前には長い髪の少女が膝立ちの姿勢で拘束されていた。
 彼女の身体にはいくつもの殴打の痕があり、青黒く変色している。
 手枷と足枷、そして両腕を天井から鎖で吊り下げられてろくに身動きもできない。
 足枷の鎖もまた床に打ち込まれた鉄環につなげられている。
 長い髪は紐で適当にくくられて背中に流されている。

 女騎士がぶんっと腕を揮い、少女の横腹に鉄棒をめり込ませた。
「うぐぁっ!!!」
「さっさと吐けばよいものを。そうすれば、ラクにしてやるのにな」
 冷たい眼で見下しながら、アフィーナは唇の端を歪める。剣の柄を叩きながら。
「……」
 フェテリシアは無言。その瞳は、何の感情も浮かべていない。
「なんだ、その目は。まだ立場が判っていないようだなっ!!」
 アフィーナが腹を蹴りあげる。小柄な少女の身体が鎖の音を響かせながら浮きあがる。
 女騎士が身体強化を発動、三倍に加速した拳を叩き込む。
「う、げぇっい!!!」
 フェテリシアの小柄な体に拳打が四つほぼ同時にめり込んだ。鎖がぴんと張って、手首の肉がぎちりと軋む。
 反動で戻ってきたフェテリシアに、女騎士は横回し蹴りを見舞う。装甲ブーツが柔らかな腹部にめり込み、メキメキと肉がきしむ音。
 普通の人間ならば、ほとんど即死の攻撃。
「うっ、ぐぅ……っ」
 それでもなお、フェテリシアは苦悶の声を漏らすだけだった。
「ふん、さすがに頑丈だな。これだけしてもすこし血を流すだけか。ああ、まったくいいストレス解消道具だな、それくらいにしか役に立たぬがな」
 アフィーナが嘲る。彼女は尋問の名目でフェテリシアを嬲っている。
 彼女は気が付いていないが、少女に敗けたという意識を上書きする行為だ。だから彼女を徹底的に貶めて、自らの優位を確認する必要がある。そのため、暴力行為はエスカレートするばかりだった。
――本来ならば、皇姫直属の近衛騎士である彼女がこのようなことをすることはない。
 だが、皇妃とカーラ姫がフェテリシアの持ち物を所望したため、強引にねじ込んだのだ。
 その程度の権力はあった。

「……ま、さか、他の人間に、もこんなこ、とを……?」
 息も絶え絶えにフェテリシアがつぶやくと、意外にもアフィーナは律儀に答えた。
「〝人間〟にこんなことをするわけがなかろう? まぁ、たまに家で飼ってる〝蛮族〟で憂さ晴らしするぐらいだ。うっかり本気を出すと死ぬからな、せいぜい鞭で躾けるぐらいだがな」
 なにを当然という風に云ってくるアフィーナにフェテリシアは愕然とする

(そこまで、腐ってる……いや、もともとそうだった? ボクが知らなかっただけ……?)

 フェテリシアにもなんとかその論理は理解できていた。
 自分も昔はこの国の貴族だったのだから。あまり覚えていないが、たしかに家には〝蛮族〟がいて、なにかをしていた……。
「……もう回復しているみたいだな、では続きと行こう、かっ!」
「うぐっ!!」
 少女の肩口に鉄棒が振り下ろされる。ごぎりっと骨が軋むような音。 
「さっさと吐け、あのキャリアの|防衛魔法《・・・・》を解除する方法を。いま話せば、すぐにラクにしてやるぞ? わたしは優しいから、なっ!」
「っ!!」
 装甲ブーツの脛当てがフェテリシアの側頭部に叩き込まれて、パンっっと甲高い肉打音が響く。加減はされているが、それでも相当の衝撃が頭を貫く。
「さっさと吐いて、ラクに、なれば、いいものをっ!」。
前蹴りを腹部に打ち込まれて跳ね飛ぶ。鎖がぴんと張り、反動で跳ね返るフェテリシア。
そこにアフィーナは膝蹴りを叩き込む。
「ぐふっ、がはっ、あ゛……」
激しく咳き込むフェテリシアの髪をつかんで頬を裏拳で殴る。
「さっさと吐け。早く手元に置きたいと皇后様も姫様もご要望されているのだ」
 アフィーナは尋問を続ける。
 すくなくとも彼女にとってそれは尋問で、終わった後に殺してやることを慈悲だと思っている。
 魔法も使えない蛮族をいちおう人間扱いしているのだから。
「……あれは機関のもので個人所有じゃない。機関の許可なく貸与または譲渡することは許されない」
「はっ、盗人猛々しいとはこのことだな。この世界のすべてはわが大魔法帝国のもの。お前たちが|盗んだもの《・・・・・》を返してもらうのだ、許可なぞいるか、阿呆が!」
 言葉とともに頬を殴りつける。赤くなる右頬、そして今度を左頬を殴る。
 尋問という名のただの暴行は続く。
 アフィーナの主張にフェテリシアは答えるのもめんどくさくなって、何も言わない。
 適当に苦悶の声をあげて、フェテリシアはその尋問という名のただの暴力を我慢する。
 彼女にはもう少しだけ、ここにいる理由があったから。  

 ☆★☆

帝国東方戦線――

「くそ、蛮族どもめっ! 調子に乗るなっ!! 《聖なる光よ、わが眼前の敵を――》」
 小隊長が戦死したため指揮権を引き継いだ副隊長が魔法言語を高速詠唱、発動しかけたところで大量の銃弾を浴びて肉塊となる。
 その光景を見た部下たちが狼狽して、詠唱を中断してしまったところに同じ脅威が襲う。
 まとめて肉塊になった魔法士達を極太のソリッドタイヤが挽き潰していく。
 屋根の上から布を裂くような音を奏でながら、大型車両がゆっくりと前進していく。
 それは奇妙な箱型の大型六輪の車両だった。巨大な平たい箱型車体の上に旋回する箱――銃座が四隅にあり、それぞれから丸太のように太い砲身が伸びている。
人の背丈ほどもある巨大なソリッドゴムタイヤが両脇に六つ装着し、地形に関係なく傲然と地を走り回る。
 そして、遠距離からの砲撃魔法を弾く装甲で覆われている。至近距離ならば破壊できる場合もあるが、200メートル以上離れると焦げ跡が付く程度という強固さだ。

 主武器である水冷式機関銃――7.56mm多砲身機関銃による猛烈な弾幕は、男女有能無能士官兵士関係なく肉塊に変えていく。
 小銃の銃弾を防ぐ防御呪文でさえも、さすがに秒間40を超える弾丸を浴びせられれば耐えきれない。
 魔法騎士たちが超加速で斬り込もうにも、100メートルも駆けずに鉄の嵐に襲われる。
 身体強化中は高速で動き回れるが、物理法則を無視しているわけではない。
 急激な回避機動を取れば相応の身体負担はかかるし、足場のない空中では方向転換もできないのだ。
 いくら騎士の全力疾走が秒速100メートルを超えるといっても、それは直線における最高速度であって回避運動をしながらではかなり速度が落ちる。
 弾幕を突破して接近すれば、今度は40mm|擲弾連射器《グレネード・ランチャー》の爆発が襲う。有効半径20メートルもある爆発と破片は魔法騎士でも回避しきれない。被弾して足を停めれば、多砲身機関銃の掃射でひき肉へと変わる。
 魔法騎士にもなす術がなかった。

「おおおおおおおおっ! なめるな、蛮人どもがぁっ!」
 一人の魔法騎士が血しぶきをあげながら弾幕を突破し、防御魔法を擲弾の爆発で破壊されながら車両に取りつき、剣を突き立てようとした。
その瞬間、ぼひゅっと間の抜けた音と主に小さな缶が直上に跳びあがり、破裂した。
「ぎゃああああああっ!!!」
 降り注いだ大量の鋭い鉄片が、魔法騎士の身体を貫き、車両の装甲を叩く。
 近接防御擲弾によりズタズタにされた魔法騎士が地面を転げまわっていると、そこに銃座から猛烈な掃射がなされて肉片になる。
 魔法騎士が細切れになっていくのを見た帝国軍兵士たちは顔を青ざめて恐怖する。

「くるな、くるなぁっ!!」
 魔法構成をろくにまとめられていない火球を乱射して後ずさる帝国兵の腹が銃撃で破裂する。
錯乱した帝国軍兵士たちの乱射している砲撃魔法もろくに収束していないため、効力がほとんどない。
 崩壊した戦列を共和国軍の対人掃討装甲車が全周囲に鉄と硝煙をばらまき、死を大量生産しながら、ゆっくりと蹂躙していく。
 帝国軍の戦列は総崩れと成るのは時間の問題だった。


 必死に魔法で応戦している小隊長代理に帝国魔法騎士で生き残っている部下が叫ぶ。
「|魔装騎士《アーストラット・ナイト》です、魔装騎士が来ましたっ! 助かったっ!!」
 希望が灯った帝国軍兵士たちが歓喜して、腕を振り上げる。
 彼らの後方から轟音を響かせながら巨大な甲冑騎士が土煙を上げて疾走してくる。
 その表面には無数の弾丸の火花が飛び散っているが、貫通できずに傷を付けるだけでなんともない。
 4両の対人掃討車のうち1両に肉薄し、巨大な剣を抜刀、振り上げる。
 次の瞬間、剣をもった腕の肩部が大爆発した。
 振り下ろされようとした剣がくるくると回転しながら地に突き立った。
 
 動きを停めた巨人騎士の正面に次々と爆発が生じ、そのたびに装甲が歪み、砕けていく。
 巨人の腕が折れて後方に跳び、腰の装甲が割れて下に落ち、首が爆発して頭部が轟音を立てて地に落ちた。
 
 「な、なんだ、いったい、あれはなんだっ!」
 動体視力を強化している騎士が、超高速で飛来する太く尖った弾丸を視認していた。
 それは、共和国軍の遥か後方から轟音と共に飛来してくる。
 そこでは閃光のような火焔がいくつもきらめき、数瞬を置いて魔装騎士と周囲に次々に着弾して大爆発を起こす。


「いつまでも〝科学〟なめてんじゃねぇぞ、魔法使いども……!」
 ティーナ諸民族共和国連合軍〝自走砲撃車〟部隊第七小隊々長が光学照準器を覗きながら豪語する。
「次弾装填完了!」
 砲弾を装填して尾栓を閉じた砲填手が怒鳴る。照準手が光学照準器を覗きながらハンドルを回して照準を微調整する。
同じ照準器を覗いていた車両長を兼務する小隊長が数値をさらに微調整する。
「照準手、下方、マイナス0.3だ、各車両に伝達!」
 有線で20メートルほど離れた配下の三両に伝達されて、砲塔の上下角が手動ハンドルで微調整される。各車両の光学機器と連動して、一騎の魔装騎士に照準が手動追尾に入る。
「全車両、一斉砲撃、撃っ!」
 命令とともにガギンっと引き金が引かれる。
 4両の56口径88mm滑腔砲が炎を噴く。次の瞬間、500メートル先の魔装騎士に三発の徹甲榴弾が命中、胸甲部が歪んで仰向けに倒れた。

〝自走砲撃車〟
ティーナ共和国技術院が試作開発し、共和国軍が正式化した最新鋭の兵器である
 それは六輪車両に巨大な砲を積んだ高速移動砲撃車両である。
 横幅の広く平たい車体は、88ミリ砲の強大な反動に耐えるために横幅を広げた結果で、砲撃の衝撃に耐える剛性も必要であったため、重量もある。
そのため荒地走破性は良くなく、移動速度も速くはないと欠陥兵器に近い。
 だが、それを補って余りあるのが56口径88ミリ砲である。
 沼地の底より発掘された装甲車両を徹底的に研究して、ほぼ同等性能の再現に成功した最新砲である。
 共和国の誇る鉄槌騎士の格子結晶装甲でさえも500メートルの距離から打ち抜くことが可能なこの88ミリ滑腔砲を主砲とした自走砲撃車は共和国軍の秘密兵器であった。
 それを投入した今回の戦闘は、共和国軍としても本気の証であった。
 なお装甲がほとんどないのは共和国軍共通である。
 これは強力な魔法に対して通常装甲はほぼ無意味であり、破片や泥除け以上の意味がないためである。
 鉄槌騎士がその複雑な構造と稀少物質の合金である結晶装甲材のために量産性が非常に悪く、操騎士もまた育成に時間と費用がかかるのに対して、この自走砲撃車は数もそろえやすく、乗員の育成もまた促成教育が可能であった。

大量配備された自走砲撃車両と対人掃討装甲車が前線を押し上げていく。
 共和国軍は鉄槌騎士を予備兵力に確保しており、帝国軍は魔装騎士を迂闊に戦線に投入できない事態に陥っていた。
 
 戦争とは、極端な技術差がなければ数である。
 今回の戦争において、共和国軍はこの自走砲撃車を大量に配備して全戦線において攻勢にでた。
 また北のノルニル共同体、西のブリタニカ帝国、南のアフレカ海諸国群島連合もまた同時に攻勢に出ている。
 これは各国が長い間をかけて軍備を整え、そして思惑が一致したグランリア大魔法帝国包囲網であった。


 グランリア大魔法帝国は、ほかの国の存在を認めていない。
 異常なまでの選民主義もあるが、支配地域で自給自足が可能なために、特に交易なども必要としていないというのが大きい。

 また強力な魔法を扱える騎士や魔法師を抱え、国民もまた多かれ少なかれ魔法が使えるため、軍備もまた充実していた。

 蛮族は、自分たちに刈られるだけの下等で哀れな生き物――それ以上の考えを持っていなかったのだ。
 自分たち以外は人間だと思っておらず、蛮族としてひとくくりにしていた。四方の蛮族を国だと思っていないのだ。
 そのため、外交という概念すらも存在していなかった。
 魔法という強力な技術があったために諸国から戦争を仕掛けられてもものともしなかった。
 また豊かな国土であったため、領土も人口増による拡張以上のことはする必要もなかった。
 自分たちだけで暮らしていけるがゆえに、攻めてくる蛮族を皆殺しにしたり、見せしめに発見した都市をたまに滅ぼす以上のことをしなかった。
 永い間、そうしていて文明も停滞していたグランリア大魔法帝国は、徐々に力をつけてきている蛮族に気が付かず、ひたすら自分たちの春を謳歌していたのだ。
 そのつけが、今まさに訪れようとしていた。


 ☆★☆

「おおっと、展開が早いですね~♪」
 連続して飛来する火球弾の爆発の中を、とたたたっと走りながら赤毛の兎装少女が拡声器でしゃべる。
 今日の生贄もとい放送場所の屋敷の上で放送を開始すると、なんと20秒後には攻撃が始まったのだ。
 そして、少女は相変わらず攻撃魔法を軽やかにかわしながら、実況を続ける。
 空中でくるくると踊ったりする余裕をもちながら。

「しかも、近衛騎士団です、近衛騎士団です。帝国の中枢を守る最強最精鋭の近衛騎士団、実は暇なのでしょうか?」
 かわいく小首を傾げながら、脚を広げてすとんと身体を落とす。直上を四方から来た雷光が通過する。
そのままころんと前方回転、反動でぽんっと空中に跳び上がると火球が七つ襲来、きゅるんっと脚を回転させて側転すると、騎士二人の魔法剣が通過する。
 計算され尽くした舞踏のように、少女は近衛騎士の攻撃をかわす。

「なめるなっ!」
 四人の騎士が上空から襲撃する。
 側方からさらに四人、合計十人の完全包囲。隙はない。
「おっと、ちょっとぴんちです、ぴんちです♪」
 抑揚がない少女の声。それを切り裂くようにタイミングを合わせた刃が短いポニーテールの兎装少女を襲う――!
「はーい、惜しかったですねー」
――近衛騎士達は悪夢を見た。
 少女は豪速で揮られる剣の上を|歩いて《・・・》、騎士の背から軽やかに跳んだ。
近衛騎士達は何が起きたのか判らなかった。
 近衛最強の連携練度と自負する彼らは一瞬たりとも油断していなかった。
 そして近衛騎士に選ばれるほどの騎士の鍛えられた豪速の斬撃だ、強化された動体視力でも視認する事すら難しい。
 それを散歩でもするかのように刃の上を歩いて、包囲網を抜けたのだ。
 どうやればそんなことが可能なのか。近衛騎士達は腹中に冷たいモノがさし込まれたように恐怖を感じた。

 兎装少女は、短いポニーテールを揺らしながら、ほとんど音もさせずに屋根の上に着地する。
「えー、ここでちょっと手品を見せましょう、ワン、ツー、スリー、はいっ!」
 ぽむっ! という間の抜けた音。
少女が拡声器を軽くふると煙につつまれて、次の瞬間ステッキに変わった。
「素敵なステッキ、なんちゃって♪」
 指先でくるくる廻して脇に挟むと、タンっと軽やかに駆けた。
 彼女を追跡するかのように四方八方から迫り来る大量の魔法弾。
 邸宅の屋根に次々と着弾し、破片をまき散らして崩落させていく。
「うーわー、これっていいんでしょうかねー。私有財産の損壊になりませんかねー」
 大量の無誘導魔法弾をくるくると回りながら回避し続ける彼女の頭上から声が下りてくる。

「筆頭近衛騎士であるこの私の魔弾を避けるとはっ! 賊のくせにっ!」 
 銀髪をなびかせながら騎士が空から落ちてきた。空中で兎装少女に仕掛ける。
 両腰に差していた|光剣《ビーム・ソード》を超高速抜き打ち。
 短いポニーテールをかわいく揺らしながら、完全に見切って回避した兎装少女の後背に大量の魔弾が降り注ぎ、、さらに騎士の方も加速、彼女に向かって超高速の蹴りを放つ。
 彼女は蹴り脚に手をついて前転するようにして銀髪騎士の背後に回り込んで、そのまま離脱しようとした。
 しかし、銀髪騎士が一枚上手だった。少女の行く手に、きらりと光線が幾筋も見える。
「死ね、鼠賊がっ! 天下唯一超絶技《天檻銀乱舞斬》」

 大量の超極細ワイヤーによる檻。一瞬にして少女は囲まれて逃げ場はなくなる。
 そして大量起動した魔法陣によって数百にも及ぶ火球弾が檻内に発生、一斉に少女に向かい、着弾、大爆発を起こした。
「は、筆頭近衛騎士の私にかかればこんなもんよ! 一瞬でバラバラだぜっ!」
「なにがバラバラになったんでしょうか?」
「なにぃいっ!」
 銀の騎士が驚愕して声の方を見ると、空中にぴたりと静止して立っている赤いうさみみ少女がいた。
 超高張力ワイヤーの上に乗っているのだ。
 檻を抜けた方法は簡単だ。魔法弾を全回避して、ステッキでワイヤーに触れて少しだけ隙間を空けて逃れただけだ。
「高張力ワイヤーによる包囲罠はわりと古典技ですけど~、外で使う|あほ《・・》が居るとは思いませんでした」
「な、なんだとぉ!!」
「ワイヤー技は屋内で使うモノですよ? 屋外じゃ引っかける場所が少なすぎて張力が弱いので、カンタンに抜けられまーす」
 そういって、ぴんと指で空中の銀線を弾いた。
「のわぁっ!!」
 銀髪騎士の腕が引っ張られてがくんと姿勢を崩す。
 彼は反射的に跳んでしまった――少女の方に向かって。
「あれ? ――きゃぁっ!」
 腕を突き出して吹っ飛んできた銀髪騎士を少女が平手打ちする。
 |それ《・・》はきゅるきゅるきりもみして邸宅屋根にぶつかり、ばいーんと跳ねて墜ちていく。
「ああっ! ごめんなさい、ごめんなさい! まさか、こっちに向かってくるとはおもわなかったんです! 反射的に手が出ちゃいました、ごめんなさい!」
 兎装少女は騎士が吹っ飛んでいった方向に向かってぺこぺこ頭を下げている。
 最強の一角である銀の騎士を平手打ち一発でのした少女に、近衛騎士達は唖然としているしかなかった。



--------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
 ちょっと短めですが、投稿。
 次回もVS近衛騎士戦の予定。
 あ、銀髪騎士、名乗りも上げなかったよ……。ちなみに死んでません。
 
 今の彼女は基本的に攻撃が出来ませんが、例外規定がいくつかあります。
 その一つがセクハラ。
 我慢することも可能ですが、反射的に攻撃してもおっけーと。
 そして、当然のようにめちゃくちゃに手加減しています。



[37284] 第三章 超☆魔法の手品師 マジカル☆バニー <3>
Name: 森河尚武◆cea74981 ID:1454c13c
Date: 2013/05/25 23:04
感想をいただいたので(以下略
2013/5/13 初稿投稿
2013/5/19 改稿
2013/5/25 改稿
--------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------

帝国南方――メディタラニアン海沿岸 アルヘシラース市近郊
定期巡回休息所

「ふぅー」
 夜間定期監視の帝国軍兵士がタバコの煙を吐き出す。
「暇だな……蛮族どもでもこねぇかなぁ~」
「だなぁ~。前に来たのは……半年ほど前か」
「俺、あいつらの船7隻沈めたぜ。すげえだろ」
「勝った、オレ8隻~」
「ち、負けたか。……あいつらってただ前進してくるだけだよな。バカの一つ覚えってやつ」
「だな。あいつら家畜と一緒だからな、考える頭もねーんだろ。勝手に繁殖して数が増えるしなー」
 げらげらと下品に笑う。
「だなー。メスは人間様と同じだからいろいろ遊べるが、オスはいらねぇよな。テキトウに間引いてやんねぇと数が増える一方だしな。ああ、しっかし、こっちだと新しいメス捕まえるのもできねぇからな。あーはやく東方のほうに行きてぇな」
「ぼやくなぼやくな。あと一年我慢すりゃ、次は西方だからな。知ってるか、あっちの島のメスはすっげー胸がデカイんだぜ?」
「おほ、そりゃまたいろいろ遊べそうだな。……あー、巡回めんどくせぇな。はやく帰ってなぶりてぇ」
「おまえも好きだな。連れてきたのと毎日ヤってんじゃねぇか?」

ヒュルヒュルヒュル――

「いいじゃねぇか。こんな辺境じゃ他にすることねぇんだよ。――ん? 何の音だ?」
 次第に大きくなる奇妙な風切り音。
 次の瞬間、彼らは木っ端微塵になった。


【アフレカ海諸国群島連合イベリア半島方面軍総司令部】

「報告。第一艦隊第二分隊戦艦4隻は呼称第13号から第16号帝国軍監視所の完全破壊に成功。引き続きへアルヘシラースへの砲撃を開始」
「アルヘシラースへの上陸前制圧攻撃続行中。浸透偵察部隊からの報告では軍事施設の80%は破壊。引き続き市街地へのロケット弾攻撃が開始されています」
「全上陸部隊の移動は予定通りの座標海域に待機中」
「第一次補給船団はセウタ港より順次出港中」
 次々と報告がなされ、卓上の戦況図に書き込まれていく。それは板に張られた精密な1/10000縮尺地図だ。海底地形、暗礁、沿岸地形のすべてが書き込まれいている。
それらは周到に準備されてきたものだ。
名も残っていない先人達が命を賭して測量し続けた沿岸部の精密海域地図だ。
自分たちが報われずとも、次の世代のために。次の次の世代のために。生まれるであろう子孫のために。
全てはこの大戦争――グランリア帝国殲滅作戦のために。
 アフレカ海諸国群島連合全軍の六割を投入するという乾坤一擲の大作戦が、静かに着々と進行していく。
何十年にも渡って先人達の流してきた血で舗装された道を彼らは征く。
 総司令官は腕を組み、無言で地図を眺めている。
「閣下。ジブラルタル作戦は全て予定通りです。懸念されていた戦艦の新型30cm砲についても問題は発生しておりません」
「そうか。帝国軍の反応はどうだ?」
「はい。沿岸都市マールベリャは静かなようです。飛行偵察隊からの念話報告によれば、定例行動以外の動きは未だないとのこと。また精密念話妨害についても、順調です。範囲10km以内の帝国軍念話回線の遮断に成功しています」
「その根拠は何か?」
「はい。浸透偵察部隊防諜班によれば、都市郊外12キロメートル地点での帝国軍の念話周波数帯域での魔力波動が確認できないとのことです。今までの観測からすると帝国軍の定時連絡まであと2時間、防諜部隊で偽装連絡準備を進めております」
「そうか。ならばそれはいい。新型の減音結界壁はどうか」
「同班からの報告では、遠雷程度に聞こえるとのことです。野外試験よりも良い結果ではないかと」
「いくつもの初の実戦投入兵器が懸念だったが、今のところ大きな問題はなしか。他に懸念材料は何かあるか」
「帝国軍の反応の鈍さが気になります。彼らも無能ではありません。伝令兵や魔法騎士などの強行突破、あるいは火災などの光を見て強行偵察部隊を出撃させる可能性が高いでしょう」
「主要街道に張り付いている浸透部隊が上手くやると思いたいな」
 総司令官がそう締めて無言になる。
 報告は次々と届き、状況が更新され、戦況図が刻一刻と書き換えられていく。
「状況報告。上陸前砲撃は予定時刻より15分の遅れ。上陸部隊現地指揮官より、現場状況に合わせて上陸順序を変更し、歩兵部隊が先行」
地図に置かれた人形駒が現状に合わせて移動させられる。
 地図上に鉛筆書きのメモを置く。そこには艦名と装甲車両の数が記載されている。
「装甲車両輸送艦の1隻が浅瀬で船底を摺ったために浸水、全速力でこの沿岸地へ乗り上げました。引き潮に合わせて装甲車を下すとのことです。これにより装甲車両部隊の5%が明朝まで使えません」
「弾薬などを先に揚陸して軽くしでも動けないか?」
「現状では装甲車の喫水線をオーバーしているため、危険とのことです。幸い帝国軍の防衛陣地からも外れているため攻撃の心配はありません」
「仕方あるまい。何か手を打ったのか?」
「最小限の人員を残し、揚陸ポイントの構築をしています。翌朝の引き潮時に揚陸させる予定です」
「わかった。ほかはなにかあるか」
「このC-7区画で、民間人の子どもらしき人物と遭遇、魔法による攻撃を受けたため射殺したとの報告があります」
「事前布告の手続き通りに行った結果だな?」
「はい。手続き通りに事前警告を行ったところ、攻撃を受け負傷者が出たようです。」
「各指揮官にもう一度徹底させろ。事前に通行した通り、魔法を使って敵対してくる場合は子どもでも一切容赦するな。10歳以上は全員が魔法を使えるんだ、攻撃をしてきたら射殺しろ。これは総司令部よりの絶対命令だ」
 総司令が改めて命令を下すと、昏い目をした副官がさらに檄をとばす。
「忘れるな、帝国のやつらのしてきたことを。戦場で父や息子が死んだのは我々も同じだ。だが、やつらは我々の家族を、母や妻や娘を浚って奴隷にし、殺してきたんだ。敵対するなら容赦する必要なぞなにもない。たとえそれが子どもであってもだ」
「了解。そのように通達します」
 伝令兵もぎりっと歯を噛み締め、敬礼をして退室する。長い帝国との戦争状態にあり、親族に被害がない者など皆無に近い。
 全軍が永きに渡る憎悪に身を焦がしながらも、それでも理性的に物事を進めようとする。
 国民の代表、戦争の全権代理人として、誇りと規律ある軍人の姿がそこにあった。

 ☆★☆

 フェテリシアがぺこぺこ謝り続けているその横、少し離れた屋根の上に騎士がふわっと飛びのってきた。
「まったく、バカどもが。こんなやつに醜態をさらしやがって、恥さらし共め」
 彼がバカにしたように吐き捨てた。
「――仲間が怪我しているかもしれないというのに、薄情ですね」
 謝るのをやめて、そちらを向いたフェテリシアは見知った顔をそこに認めた。
 細い金の髪、白皙の肌、蒼い瞳をもつ整った容姿の美男子。
 細身ながら鍛え上げられた身体に美しい意匠の白銀の魔法鎧をまとい、腰に華麗な意匠の剣を下げている。
フェテリシアは記憶からその名前を思い出す。
 元幼なじみの青年――アーサー・バーカナン。
(……こんな性格だったかなぁ?)
 少女は内心で首をひねった。もう少し好青年だったと記憶していたのだ。

 彼女は知らない。
 フェテリシアという剣の天才が帝国に居た頃、彼はなにかと比較されていた。
 彼もまぎれもなくひとかどの天才であったのだが、それもフェテリシアという恒星の前では真昼の星にも似た扱いを受け、鬱屈する毎日だった。
 それでも年下の少女にそれを見せない程度の自制心は持っていたために、彼女はそのことを知らない。 

 そしてフェテリシアが居なくなり、歯止めがなくなった。
 彼を超えるほどの天才はそうはいなかったから掣肘出来る者もほとんどおらず、タガが外れたようになってしまったのだ。

「仲間だぁ? はっ、あいつらなんかと一緒にすんなよ。オレは世界最強の騎士だからな」
「……世界最強ですか。……剣聖とかいるような気もしますけど」
 騎士団長のほうがまだ強いように見えたのだが、彼は自分が最強だと自信を持っている。ちなみにフェテリシアからすれば、どんぐりの背比べのレベルでしかないのでどうでもいいというのが本音である。
「|あんなの《剣聖》はただの虚仮威し野郎さ。蛮族を100匹以上斬ってるオレのほうが強い」
「はぁ……」
 フェテリシアはあきれた。剣聖はただの称号だが、会えば判るのだ。
 実力のある騎士ならば、出会った瞬間に|それ《・・》には勝てないと。
 理屈ではない。敵にしてはならないと感じるのだ。

 剣聖だから最強なのではない。最強であるがゆえに剣聖なのだ。

 |彼女《剣聖》は定期的に各国に表敬訪問しているため、帝国にも毎年訪問している。アーサーも会ったことはあるはずなのだが、この自信はいったいどこからきているのか。
 
「あんな偽物ヤローに会ったら、斬って証明してやるさ。オレこそが真の世界最強だってなっ!」
「うわあ……」
 ぽりぽりと頭の後ろを掻きながら小首を傾げる。フェテリシアはかわいそうな子を見るような気分になった。
 彼女の生暖かい視線はバイザーに隠されていて、他人にはわかりずらいが。
《斬っちゃっていいんじゃないでしょうか?》
《……あー、いちおう無用な殺生は控えるように云われてるしなぁ……というか|第一位《剣聖》が聞いたら、首が転がっちゃうよぉ……》
 ウィルが機密回線で進言してくる。フェテリシアは正直に言って困ってしまった。心情的にはもう放っておきたいのだが、このまま放っておくとろくでもないどころか確実に死ぬ。
 無根拠の自信過剰な人間は《彼女》が一番嫌うタイプだからだ。
 さすがに見知った人間が殺されるのは寝覚めが悪い。
 どうしようかと無表情の裏で思考していると。
「ま、そういうわけだから、世界最強に斬られることを光栄に思えよ!」
「――うわっ!?」
 一瞬で間を詰めたアーサーが剣を抜き打ちざまに片手逆袈裟切り。フェテリシは半身をずらして斬線からわずかに外れる。
 そこで剣筋が変化した。剣身がそのまま角度を変え、横薙ぎ。彼女は前に踏み込み、くるりと回って彼の背後に立った。
「ほ、これを避けるか、ならこれはどうだっ!?」
 魔法剣の魔法文字が青白く輝いて起動する。振り向きざまに十文字に切り払うと、斬線から青白い魔法刃が放たれる。
(避けるか――!?)
 フェテリシアは一瞬迷った。
このまま行くと、隣の邸宅に被害が及びそうだったからだ。
 しょうがないので、ステッキを振り回して魔法刃を打ち砕く。そのため、流れるように動いていた挙動が一瞬だけ止められた。
「――〝イースンシー流奥義《真・連風斬》〟」
 アーサーは技名を静かに叫んで術式発動、ほぼ同時に八つの斬撃。
(まぁまぁかな?)
だが、フェテリシアにすれば充分に認識の範囲、なんのこともなく八剣撃を見切る。
しかしそこで終わりではない。
 彼は構えを戻すことなく、肉体強化を全開にした瞬息の刺突攻撃。
 これはさすがに大きく上半身を捻って避けて、彼の背後にすり抜けて距離を取る。
「あ、ちょっと怖かった……」
フェテリシアはおもわずつぶやた。剣筋を捉えていても怖いものは怖い。
「ちっ、避けるなよ! 生意気なっ!」
ひゅんと剣を振り払って、アーサーが怒鳴る。
「え~、避けなかったらイタイじゃないですか」
《だから、斬りましょうよ、こんなの》
 いつもは温和なウィルが急先鋒になって、攻撃をする気がないフェテリシアは困る。
《……しゃーないなぁ、いちおう元幼なじみだし……ちょっと現実を教えてあげるか……はぁ……申請〝教導モード使用許可〟》
《〝教導モード〟使用許可、認証されました。――斬っちゃえばいいのに》
《まぁ、いちおう任務に差し障りあるから我慢してよ》
《――イエス、マイマスター》
 明らかにすねた声色でウィルが沈黙する。

「はっ! ふんっ! くらえっ!」
 機密回線会話の間にも金髪騎士の攻撃は止まることを知らず、怒濤の攻撃が続いている。
 豪速の袈裟斬り、その返しからの逆袈裟斬り、さらに変化して首打ち薙ぎ……。
しかし、少女にはかすりもしない。ぴょんぴょん揺れる短いポニーテールはおろか、ふらふらしているうさみみにも。
そのすべての剣筋を見切っているのだ。

《〝教導モード〟設定完了》
《ん、了解》
軽く息をつくと、赤毛の兎装少女は一足で大きく後退して距離を取った。
 アーサーは何かを感じたのか、追撃をしない。剣を正眼に構えて、油断なく彼女を睨んでいる。

フェテリシアはくいっと手首を返して、アーサー・バーカナン一等魔法騎士を挑発する。
「では、ちょっと教育してあげよう」
「――死ね、クソネズミがっ!!」
 あっさり激高したアーサーが刺突の構えで超加速。それは秒速100メートルを超えた。
「うさぎさんなんだけどな、もう~。さて、まずは自分がどれくらい弱いか知ってもらうね~。はい、証明~」
 その声と同時、ぱっきゃんっと音がする。
 アーサーの端正な顔が歪み、身体をくの字に折り、剣を取り落とし、脚はひざかっくんの状態。
 ほぼ同時にフェテリシアが拳打四発と蹴撃二発を打ち込んだのだ。強固な防御力を誇る魔法鎧は拳などで貫通することは出来ない。
しかし、〝徹し〟や〝寸剄〟と呼ばれる技術では、装甲された内側に衝撃を発生させることが出来るのだ。
 それに加えて、彼女は接合部の隙間をぬって打撃を叩き込んでいる。
 彼女の打撃を防ぐならば、魔法鎧よりも対衝撃性の魔導皮膜を施された戦闘服のほうがまだ有効だ。

 アーサーが膝をつき、激しく痙攣しながら咳き込む。
 フェテリシアは、くるりと背を向けて元の位置に歩いて戻る。
「な゛、な゛に゛をしたっ!!!!!」
 濁った怒鳴り声。口の中が切れてぐちゃぐちゃになっていたのだ
「え? なにしたかわかんないの? ほんとに?」
「ギザマ゛-!!!!」
 かわいらしく小首を傾げながら、楽しそうな声色で少女は問い返すと、アーサーが憤怒して立ち上がる。
「うーん、じゃぁもう一回 こんどは拳打だけにするよ? ほらほら、よーく見てね。カウントダウンするよ~3,2,1,はい、終了」
 カウントダウン終了と同時にばっきゃんっと音がする。
 今度はちゃんとフィニッシュブローの姿勢でいったん止まっていた。
 一瞬で左右の頬にワンツーパンチ、ストレートにフックを織り交ぜて、ストマックブローでフィニッシュ。
「うげぇっ!!」
「きゃー、汚なっ!」
 ボディブローに耐えきれずに吐き始めたアーサーから、フェテリシアは慌てて避ける。
 アーサーは地面に転がって、げぇげぇと吐く。
「ああ、もうっ! 汚れたら大変なんだからね、この服っ!」
「ギザマ゛-!!!!」
 殺意がこもった視線で睨み上げるが、吐いた後の汚い姿ではただ情けないだけだった。
「で、自分の実力判ったかな? 剣聖どころかボクにも勝てないよね~」
「バガな゛っ! オ゛レ゛は、ぜがいざいぎょうの騎士なんだ、負けるはずがねぇっ!!!」
「えー……まだ、わかんないのか。困ったなぁ、どうしよう……? 今のままじゃ剣聖に会った瞬間に殺されちゃうよ、そこんとこ理解してる? 弱すぎるよ」
 うさみみ少女は肩をすくめてやれやれという風に首をふる。
「オレが、弱いだとぉおおおおっ!!! 鼠が、なめやがってっ!! ゆるさねぇ、絶対にゆるさねぇっ!!! オレの究極奥義をみせてやるっっっ!!!!!」
「はいはい」
 もう、フェテリシアは彼の実力を見切っていた。
 何をどうやっても自分を殺すことは出来ないと判ったのだ。となると、究極奥義とやらを見てもいいかなと軽く考えた。
「《我は無敵、絶対無敵の最強なり。天よ震えよ、地よ裂けよ、海よ割れよ! 我が名アーサー・バーカナンの名の下に――》」
「おい、バーカナン一等魔法騎士っ! それは都市内では禁呪だぞっ!!」
「うるせぇえええええっ! アレをコロすんだよっ!!!! 《――命ず。我が剣、聖剣エクスカリバーに万物を滅ぼす力を!!!》」
呪文と共に彼の魔法剣が黄金色に輝き始め、莫大な量の魔法文字が七重の円環になって回転を始める。徐々に高周波音が高まり、紫電が周囲にはしりはじめ、屋根材がはじけてぱらぱらと落ちていく。
「おー、なかなか……」
《魔力収束は悪くありませんね》
《ここらへんが最強と勘違いしている理由かなぁ?》
《バカですね》
《――ああ、うん。さすがに、元幼馴染とはいえ弁護できないなぁ。実戦でこんな大ぶりな技が使えるとも思えないけど》
 この収束時間でフェテリシアでも二千回は殺せる。剣聖クラスなら万は超えるだろう。
「死ねぇえええ――!!! 究極魔法剣奥義《|裁きの神光風《ジャッジメント・エア》》」
 大ぶりに横薙ぎに揮られた聖剣から、極大の閃光が捻れて放たれる。
それは超戦術級、城塞破壊魔法に匹敵する威力の極収束された等位相光の奔流。

――聖剣エクスカリバー。

 帝国建国期より伝わるその剣は、神が星の欠片を鍛え上げ、始祖皇帝に与えた神剣である。
 それはあくまでも伝承だが、皇帝家に伝わる魔法武器の中でも最高ランクの超兵器であることは事実だ。
 この剣は持ち主を選ぶため、騎士ならば一度は触れる機会がある〝選定の剣〟でもある。
 剣に選ばれた者達は、ふさわしい騎士になるため猛訓練が課され、徹底的に鍛え上げられる。
 そして、年一回開催される皇帝御前試合における優勝者が佩くことを許されるのだ。

 そしてアーサーは二回連続で優勝している最強の一角であった。

 エクスカリバーは魔法剣としても最優秀だが、それ以上に超戦術級魔法に匹敵する範囲攻撃が可能なことが聖剣と呼ばれるゆえんである。
 アーサーはその範囲攻撃を収束する独自の技を作りあげた。
それがこの《|裁きの旋風光《ジャッジメント・エア》》である。

 鉄槌騎士ですらも一撃で叩きつぶすその究極魔法剣奥義がフェテリシアを襲う。
 短いポニーテールのうさみみ少女は軽く息をすってーはいてー、すたんと軽い震脚。それだけで屋根が震える。
 拳に|真の魔法構成回路《・・・・・・・・》が一瞬で展開される。
 それは黒い帯状の円環にみえた。極度に圧縮されているためにそう見えるのだ。
 魔法陣の円環がゆっくりと回転を始め、そして。
「ほ~いっと!」
 間の抜けた気合いで、拳を一閃。
 |極大の収束光を弾いた《・・・・・・・・・・》。

「――あ゛?」
 アーサーが間の抜けた声を上げる。
 城塞破壊級魔法に匹敵する威力の究極魔剣技がいとも簡単に弾かれて、空を駆け登る。
「いまのは〝教導モード〟じゃなかったら、ちょっと危なかったかも。具体的には服がダメになっちゃいそうだから、ちょっと乙女の危機」
「ふ、服だと……その程度だというのかよっ!?」
「えー、乙女が公衆の面前に肌をさらすなんてありえなーい」
 論点がずれている、いや意図的にずらしている。フェテリシアはむき出しの肩を抱いていやいやをする。
 完全にからかわれている――そう感じたアーサーは、怒り狂った。
「うぉおおおおおおっ!!!!!!」
 彼は地面を爆発させながら、超加速――ほとんど瞬間移動でうさみみ少女の前に現れて、神速の刺突。
少女に剣が突き刺さる瞬間。
「ぐっ――な、に?」
 腕が折れんばかりの衝撃に苦悶したアーサーは驚愕した。
「無駄に力はいりすぎ」
 赤い兎装少女が剣先をつまんでいた。
 聖剣の魔法力場がそれを排除しようと盛大に火花と甲高い音を上げているが、彼女の指には焦げる様子すらない。
 彼女は手首をくぃっと返した。それだけで、アーサーは豪快に転倒しながら地面を跳ね転げた。身体バランスを崩されて、自分の力で跳ね跳んだのだ。
土煙が収まると、そこには無残に汚れた金髪騎士。
「あとなんで刺突するのに咆える必要あるの?」
 フェテリシアは首を傾げて、聖剣をぶらぶらさせる。摘んだままもぎ取ったのだ。
真剣白刃取りですらない。
 それの正体が少し気になっていた彼女は、ウィルに機密回線を通して命令する。
《これの演算機関にアクセスして》
《該当物の演算機関にアクセス――種別データベースにヒット、個人用環境制御フィールドの制御機関です。およそ600年前に大量生産されたものの一つですね》
《へぇ、600年前のものでもまだ動くんだ。危険なもの?》
《本来は危険ではありませんが、外部接続機器によりジェネレータのエネルギーを攻撃用に転用されています。外部接続供給ポートの機能凍結を推奨します》
《じゃ、暗号鍵をかけて機能凍結して》
《了解――4096桁の暗号鍵を設定しました》
 設定の終わった聖剣をアーサーのほうに放り投げる。
「ひぃっ!!」
 彼の眼前に突き刺さる聖剣エクスカリバー。
「……拾わないの? あなたの剣でしょう?」
 小首を傾げて問いかける。だが、彼は拾えない。
彼は恐怖していた。自分の剣技がまったく通じない。
最強奥義ですら簡単に弾かれた。
それを拾ったら、殺される――。

「お、お前ら、なに見てんだよっ! 一斉にかかれよっ!!」

 とうとうアーサーは恥も外聞もなく近衛騎士たちに怒鳴った。
 うかつに手を出せないほどの戦闘で、周囲で見ているしかなかったのだ。
 彼らは慌てて抜刀し、身体強化を発動する。

「なにがなんでもこいつを殺せよっ! 殺らなきゃ、オレ達全員降格どころか、いい嗤い者だぞっ!!!!」
「だいじょうぶだよ?」
 なぜか少女が否定した。
「どうせ全員負けるんだから」

 近衛騎士達は憤怒に燃え、無言で一斉に斬りかかった。

――7秒間だった。
 
「あ゛……な、にが……?」
 アーサーは何が起きたか理解できなかった。

 それは、ありえないはずの光景だった。
 世界最強の最精鋭戦闘集団である近衛騎士が――壊滅していた。

 赤いうさみみを風に揺らしている少女は、腕を広げてゆったりと立っている。
 両手指に四本の魔法剣を挟み、周囲にはいくつもの魔法剣が乱雑に転がっている。
 そして地に転がる近衛騎士――総勢16人。
 全員が五体無傷。しかし立ち上がることすらままならない。脳震盪により体がまともに動かないのだ。

だが、フェテリシアは少し不満そうだった。
「7秒かかっちゃったかぁ~。6秒以内に終わらすつもりだったんだけど」

「ば、化け、物……!!」
 青ざめたアーサーが悲鳴を上げる。目の前の光景が信じられなかった。
 近衛騎士が、帝国の最後の守護が、世界最強の戦闘集団が誰一人立っていないのだ。
 そして、それは息を切らすでもなく悠々と立っていた。
「失礼な。こんなにかわいいうさぎさんを化け物呼ばわりなんて」
 フェテリシアは指に挟んでいた魔法剣をぽいっと放り投げた。
(さて、どう収集つけようかなぁ……?)
 実はフェテリシアは困っていた。
派手に騒動を起こすのが今の役割だが、すこしやり過ぎている気がしないでもない。
 そうして無表情に困っているフェテリシアの頭上に黄金色のきらめきが出現した。

 複雑な模様を描く何重もの魔法陣。ごぉっと轟く排気音。
――巨大な人型が天から降ってきた。
轟音をあげ、膝を充分に曲げて衝撃を吸収して着地したのは銀色の巨人だった。
「おお~、魔装騎士だ」
 フェテリシアが感嘆したようにつぶやいた。
『そこにいたか、鼠賊がっ!!!』
 どこかで聞いた声が魔装騎士から降ってくる。
 ゆっくりと見せつけるように巨大な剣を引き抜いて掲げた。
『近衛騎士である私になめたことしやがってっ! ああ、殺してやるぞ、この鼠賊がっ!!』
 先ほど名乗りも上げずにどこかに転がっていった銀髪の騎士だった。
彼はとうとう魔装騎士を持ち出してきたのだ。
「わー、対人相手に魔装騎士もってくるって……なんて大人げない態度……でも」
 あきれながらもフェテリシアは無表情なままどこか嬉しそうな声で続けた。
「ボク、いちど魔装騎士とは戦ってみたかったんだ~♪」
 指を鳴らしながら、歩き始める。もうアーサーや近衛騎士達の方は一顧だにしない。
 そうして魔装騎士の前まで進み出た。
『な、なめやがってっ!!! 潰してやるぞ、このクソネズミがぁあああああっ!』
 巨大な剣が少女に振り下ろされる。
地を穿たんばかりの巨大な衝撃音。地面が爆発し、衝撃波で土煙が吹き荒れる。
少女はその大剣を|片手で受け止めていた《・・・・・・・・・・》。
大質量の衝撃に地面がひび割れて、少女の小さな足形に陥没している。
『う、受け止めただとっ!!!』
「力任せじゃ、面白くないよ?」
 驚愕した魔装騎士と平然としている少女。
 動きを止めて会話をしたその瞬間、、膨大な量の光球が殺到、着弾して次々と大爆発を起こした。
《光球よっ!》《遙かな太古よりの盟約を守りて、我が名――》
 アーサーが大量の魔法弾を撃ち込んでいく。
 彼は簡易魔法術式の超短縮呪文を唱えていながら、同時に超戦術級呪文を詠唱している。
 多重詠唱と呼ばれる高等技術を駆使し、簡易術式を連鎖起動させて大量の魔法弾を撃ち込みつつ、とどめの一撃の術式を構築しているのだ。
「おらおらおららおらっ!!! 死ね死ね死ねっ!!!!」
絶え間なく打ちこみ続ける。火焔が柱のように上がり、地面が溶解して溶岩のようになる。
 そして超戦術級魔法の術式が完成する。
「これでとどめだっ!《来たれよ、天上の劫火、〝極炎乱舞〟》!」
 アーサーの掲げた右手に魔法陣が回転、炎が吹き上がり収束していく。それは青白い火球となり、揮った腕に従って撃ち出され、爆炎を貫き、大爆発を起こした。
爆炎と巻き上げられた土砂と煙で、辺りが見えなくなる。

「ぎゃはははっ!! 死んだ、死にやがった!! なーにが、『弱すぎ』、だ。オレをなめるから死ぬんだよ、バカがっ!!! オレが負けるわけねーんだよぉおおっ!!」
 轟々と燃え盛る炎と赤く熱され溶けた地面を前にして、アーサーは狂ったように嗤いつづける。

--------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------

 少し短いですが、ちょうど区切りがいいのでここで。
 たぶん大幅改稿します。いろいろ気にくわないので。
 次はいよいよVS魔装騎士――かな?(まだ未定)




[37284] 第三章 超☆魔法の手品師 マジカル☆バニー <4>
Name: 森河尚武◆cea74981 ID:1454c13c
Date: 2013/05/25 23:06
 前話の最後が初投稿時と少し変わっていますので、話がつながっていないと感じたら、読み直しをお願いします。

ようやく本格的な戦闘シーンががが。


2013/5/25 投稿&改稿

----------------------------------------------------------------------------------------------------

「あはははははっ!!」
 爆炎と立ち上る膨大な煙を前にして、アーサー・バーカナンは狂ったように哄笑している。
 そんな彼の前に巨大な影――銀色の魔装騎士が地響きを上げて煙の中から現れてくる。
 装甲の華麗な装飾は汚れたり、一部は損壊しており、巨大な剣も半ばから折れている。腕や脛の一部装甲には融解しているところもあり、アーサーの叩き込んだ魔法火力の強さを物語っている。
『アーサーっ!! 味方を撃ち込みやがってっ!! なにを考えているっ!!!』
「ああっ!? なんだよ、魔装騎士に乗ってんだからなんともねぇだろぉ?」
『ふざけるなっ! 調子に乗りすぎだ、このクソガキっ!!』
「ああっ!? なんだよ、何か文句あるのかよ、オレに。模擬戦ですらろくに勝ったことのない〝銀髪の騎士さん〟よぉ!?」
『……おまえ、殺すぞ?』
 魔装騎士が砕け折れた剣を投げ捨て、背中の武装支持架から新しい大剣をゆっくりと引き抜く。
 アーサーもまた聖剣を地面から引き抜き、構えた。
 一触即発の空気。
 なにかがあれば殺し合いが開始される緊迫した場に、その声は響いた。

「――まーどーでもいいことで言い争いが出来るものですね」

 アーサーと魔装騎士が凍り付く。それはあり得ないはずの声だった。

「しかしまぁ……帝国近衛騎士ともあろうものが、私有財産を好き勝手に壊しちゃって……いいんですかね~」
 貴族のものだからいいのかしら?と小さくつぶやきながら、何者かが爆炎の中からゆっくりと歩み出てくる。

 炎を背景としていて、何者かが判りづらい。
 人影が腕を水平に揮うと、大風が吹き、爆炎が晴れ、姿を現す――|うさみみをつけた無傷の少女《・・・・・・・・・・・・・》。

「バ、バカなっ! な、なんで生きてんだよっ!!」
 アーサーが絶叫した。
 あり得ない、あれだけの攻撃魔法を、小砦なら破壊し尽くすだけの魔法火力を投入したのだ。それで生きているなどと彼は信じなかった。
『あ、あの爆発で無傷だとっ!? |これ《魔装騎士》すらも壊す魔法攻撃を防いだとでもいうのかっ!!』

――彼らは気がついていないが、少しだけ彼女の恰好は変わっていた。
 腰回りのフリルがなくなり、盾型の小片がいくつか浮いていて、ゆっくりと少女の周囲を回転していた。
 半自動浮遊フィールド防御兵装――〝アクティブ・シールド〟
 広範囲防御に使われる|先進範囲防御兵装《ナアカム・マーキナー》である。
 だが、彼女はこれを自分の防御には使っていなかった。
単に周囲の被害を抑えるために起動させていたのだ。

「ああ、あの連携はすばらしかったですね。一人が敵を止めて、もう一人が大火力で制圧する。攻撃タイミングもまるで読めませんでしたよ。魔装騎士が破損するタイミングでくるとは、打ち合わせもなしによく出来たものです。実にすばらしい」
 ぱちぱちと拍手をしながら講評をする。
 もちろんフェテリシアは全て気がついている。それでいて、あえてほめることで、彼らの分際を教えて上げている。

――何をしてもムダなのだと。


――フェテリシアの網膜には投影された半透過表示のステータスがあった。

NM-ARMED UNLOCK
Permission time : 576sec

 秒数カウントが刻一刻と減っていく。

「その連携に敬意を表して、ボクも技を見せてあげましょう」
 奇妙に芝居がかった声色で宣言する。

――少女の気配が変化した。

「ひっ!!」
アーサーは総毛だった。
帝国最強の兵器たる魔装騎士が轟音を立てて一歩後退さる。

「さぁさぁ、お遊戯の終幕といきましょうか?」
 からかうような抑揚でしゃべりながら、脇に手挟んでいたステッキをくるりと回して、身体の前に出した。。
 ステッキ本体に指をゆっくりとすべらすと、薄紅色の優美な刀身を持つ太刀へと姿を変えていく。
 完全に太刀へと変わると、すぅーっと弧を描いて悠然と片手左下段にした。
 舞曲のように行われたそれを、騎士たちは指一本動かせなかった。
完全に気を呑まれていたのだ。

――そうして、フェテリシアは彼らに告げた。
「全力全開、余力なんて微塵も残さず、不惜身命、捨て身で抗ってみせてくださいな。そうじゃないと――死んじゃうからね?」
『|殲滅の光弾軍団《バレット・ファランクス・シフト》!』
 間髪を入れずに魔装騎士が全ての機関を全力稼働。
 展開される魔法砲撃浮遊砲台群――その数24。一瞬の遅滞なく猛烈な掃射を開始。
秒間10発を超える無誘導魔法弾の大量射出を開始して、光の壁にも等しい弾幕を張る。。
しかし、それはただの牽制。
 空間制圧魔法の発動準備、術式は火炎を選択、重複起動の指令を|四系統核式魔導演算機関《クアッドカア・アーストラット・エンジン》に指令、それだけで魔法演算領域の八割を消費、本体制御に問題が生じたため、自分の|魔法器官《ナームカア》で無理矢理に補助する。
 帝国でも有数の魔法力を誇る彼が総力を挙げた攻撃魔法群。
 一個師団を優に薙ぎ払えるだけの莫大な魔法火力の嵐の中を。
 兎装少女は悠然と歩いていた。
 ひとたび太刀を揮う。
剣圧で魔法弾がまとめて薙ぎ払われ、揮われた刀身が直射砲撃を切り裂く。
 剣先が超音速を越えた衝撃波が魔法弾を弾き、隣の魔法弾に連鎖衝突して軌道を次々に変えていく。
 彼女の両側の地が抉られ、爆発して土砂を巻き上げる。土煙を切り裂くように次々と魔法弾が撃ちこまれ、弾き、潰されていく。
『っ! 師団を殲滅できる火力だぞ、戦局を左右する絶対の力だぞっ! それがっ!』
 魔装騎士は連射速度をさらに上げ、面制圧魔法の術式を最高速で演算する。
 全力稼働する魔導炉からはあと200秒で貯蔵魔力枯渇のため稼働停止、魔導演算機関からは循環養液温度上昇の警告が表示されるが、彼は全部無視する。
 あの化け物を殺せるならば、壊れてもかまわないと判断したのだ。
『アーサーっ! 呆けてんじゃねぇっ! さっさと攻撃しろっ!!!』
 まだ火力不足と判断した銀髪騎士が叫ぶ。彼は気が付いていなかった。
アーサーもまた総力で攻撃魔法を連射していることに。
「《光よ》!」
 必死の形相で魔法術式を多重展開し、一つのトリガーワードで連射する。
 太い光柱のような直射魔法砲撃が四つ射出され、莫大な余剰エネルギーが魔導皮膜と反応して発光し、周囲気温を上昇させる。
 さらに四つの浮遊砲台がフェテリシアを取り囲み大量の無誘導魔法弾を秒間12発もの猛烈な掃射。
一つ一つが、大木を抉り、石壁を砕くほどの威力。
十字砲火を超え、全方向砲火。縦横無尽に叩き込まれる魔法弾
 しかし、太刀を揮う兎装少女に届かない。直射魔法砲撃を切り払い、太刀を揮う衝撃波で弾道をそらさせる。
 誘導、無誘導、砲撃。攻撃魔法の全てが、彼女には届かない。
 少女の周囲が爆発し、火炎に焼かれ、直射砲撃魔法が地面を蒸発させる。
 地形を変えるほどの大火力が集中されているというのに、少女は太刀を揮いながら、まるで散歩のように歩いている。

「な、なんで、魔法が斬れるんだよっ!!」
 アーサーは悲鳴を上げながら魔法を発動し、もはや狙いも付けずにとにかく乱射。

「魔法も発動してしまえば物理現象なんだから、斬れるのは当たり前でしょう?」

 少女は律儀に答えてあげる。魔力で編まれた魔法術式は通常斬れなくとも、発動したものは物理的影響を受けると云うことは、帝国で知られていない。
魔法には魔法か、魔導皮膜が施された魔法武装で対抗するのが普通だからだ。
 魔法武装が普及しているから、そんな現象があるということすら知られていない。

 フェテリシアが目の前に撃ちこまれてきた砲撃魔法を斬り捨てる。彼女の両側へと裂かれて、着弾、地面を爆破する。
「くそ、なんなんだ、その魔法剣っ! 魔法を弾くなんて卑怯だぞっ!!」
 アーサーが自分達を棚に上げて責める。
「ああ、そう見えるんだ。でも、違うよ、これは魔法効果なんてない、ただ堅いだけの刀。魔法を斬っているのは〝技〟だよ?」
 莫大な魔法火力の嵐を、少女は太刀一本でこともなしに無力化して、悠然と歩いてくる。
 三本の直射魔法砲撃を横薙ぎの一撃でまとめて切り払い、返す刀で魔法弾をはじいて他の魔法弾へとぶつけ、連鎖爆発させる。
 全ての軌道を計算し、もっとも効率よく連鎖自滅させる要の魔法弾を選んで弾いているのだ。
 太刀を大きく揮って、一刀のもとに大量の魔法を潰した。
次の魔法が発動するまで空白が出来る。それはどうしようもない隙だ。
殺される――アーサーと銀髪騎士の直感が閃く。

「まー、そんなことよりさぁ、ねぇ、これが全力、貴方たちの全力なの? この程度で? 違う、違うよね、帝国最強の兵器に世界最強の騎士さんが居るんだから、もっとすごいんだよね、そうだよねー?」
 しかし彼女はその絶好の機会に、大げさに両腕を広げて彼らに問いただすだけだった。

 彼女は気づいていない。唇の端を歪めて、自分が嗤っていることを。
その嗤いが騎士たちの怒りを買う。
『な、なめるなっ、この小娘がぁあああああっ!!』
 自分を鼓舞するように怒鳴りながら、銀髪の騎士は魔装騎士を駆った。
 魔導機関が甲高い轟音を上げて魔力を精製し、人工金属筋が紫電をまき散らしながら唸りをあげて、彼の操作を忠実に再現する。
 少女の目の前まで瞬間移動のごとき速さで現れ、豪速で剣を振り下ろす。
音速突破の衝撃波が周囲に広がり、屋敷の窓や木々を破砕していく。 
「とりゃぁっ!」
 かわいらしいかけ声をあげて兎装少女は、足を高々と掲げて巨人の剣をブーツの底で受け止めた。
 衝撃波が地面を抉り、大気をかき回して庭園の木々を揺らす。
そして、剣を踏みつけるようにして地にたたきつけた。
 轟音を発して巨人の剣が砕ける。
『かかったなっ!!』
 銀髪騎士の声とともに大量の魔法弾が降り注ぐ。頭上に移動していた浮遊砲台からの攻撃。
 速射性を重視した銃弾サイズの対人魔法弾は、強固な装甲を持つ魔装騎士にはなんら影響がない。
「あーまーいっ!!」
 それらをことごとく切り払う。太刀が霞むほどの超高速斬撃。
 軌道の反れた魔法弾が地面にばらまかれて爆発し、爆煙を大量発生させて煙幕状態となった。相互の姿を隠すほどの視界不良。
しかし、双方ともに相手の位置がわかっている。
 その煙の中から轟音を後に曳きながら巨大な足が現れ、フェテリシアを襲う。
 数多の蛮族を踏み潰してきた脚部は魔装騎士で最も装甲の厚い箇所だ。その大質量で堅牢無比な脚部に存分に速度を乗せた蹴りは、あらゆるものを粉砕する。
 巨大砲弾が直撃したような轟砕音が鳴り響く。
 脛から断ち切られた脚部が宙を舞い、邸宅を直撃していた。
「あ゛……軌道予測ちょっと間違えた……?」
 脚部を断ち切り、返す刀で直射砲撃魔法を斬り捨てたフェテリシアは、ちらりと目をやって、大きな汗を浮かべる。
 片足を斬られた魔装騎士が膝をつきながら、剛腕を揮って地を抉った。
 土をめくりあげて、膨大な土砂が津波のようにしてフェテリシアを押しつぶさんとする。さらに前後左右には大量の魔法弾、逃げ道はない。
それでも少女は焦りもなく、逆袈裟に斬りあげる。
 斬線に沿って生まれた莫大な剣圧と衝撃波が土壁を粉々に粉砕し、その向こうに隠れていた誘導型魔法弾が姿を現す。
「げっ! ちょっとピンチかな?」
その数、実に32768。もはや人間が回避できる量ではない。
 魔装騎士のもつ莫大な魔法演算力、それをさらにリミッターを解除して演算機関の破損を覚悟して生成されたそれは、空間すべてを覆い尽くしてフェテリシアへと一斉に叩き込まれる。
「はっ!!」
 彼女は気合いの声をあげて、太刀を縦横無尽に揮う。
 脚は複雑なステップを踏み、揮われる太刀が霞み、魔法弾を弾く打撃音が連なって破砕音を奏でる。
 誘導弾もまたただ撃墜されるだけではない。
 誘導弾の嵐を薙ぎ払うように太い直射砲撃魔法が撃ちこまれてくる。それを切り払うのではなく、初めて回避した。
 回避運動により生まれる一瞬の遅滞。誘導魔法弾は無慈悲に正確に彼女を狙い続け、その包囲を狭めていく。
「だー、もうめんどくさいっ!!」
 いらついたように叫ぶと、彼女の身体がぶれた。
 突如、連鎖爆発をする誘導弾群。
 体表面で衝撃波を発生させて、誘導弾に直撃したと誤認させたのだ。
「ああ、うっとおしいなぁ、もうっ」 
 爆炎と魔力残滓を手で振り払いながら、フェテリシアはぼやく。

 とすっ

 不意に軽い音がした。
 フェテリシアの背後に銀髪の騎士が刺突の姿勢で立っていた。
「まさか、あれが全て囮だとは思わなかっただろうっ! 油断するから死ぬことになるんだ、はははっ!!!」
 彼女を刺した騎士が狂喜して高笑いする。
 恐怖を乗り越えた、いや、そんなものは最初からなかったのだと自分の記憶を変えようとしたときに、呆れたような声が耳朶をうつ。
「あのね、こんなの奇策ですらないよ。やるなら見えないようにやらなくちゃ」
「あ゛……?」
 フェテリシアは背中に手を回して、魔法剣を指でつまんでいた。肩越しに投げやり気味な視線を投げて、ため息をつく。
銀髪騎士は、慌てて剣をひき、再度斬りつけようとしたが
「ぬ、な、なぜだ、なぜ取れないっ! なにをしたのだ、くそっ!」
 指二本で抓まれた魔法剣はびくともしない。
「あー、もうめんどくさいや。とりあえず死なない程度に半殺しにしてあげるから、もうからんでこないでね」
 くるりと身体を回して、彼と向き合う。
「ひっ!」
 彼は恐怖にひきつった声を思わず漏らす。
彼女はとくに反応を示さないまま、抓んだ剣ごと騎士の身体を持ち上げる。
軽量素材の鎧とはいえ、全装備重量で80kgを超える彼を軽々と持ち上げて、宙に放り投げた。
|まるで、重力を無視したかのように《・・・・・・・・・・・・・・・・》。
「な、なにっ!」
 驚愕の表情を浮かべて、宙に浮く銀髪の騎士。
 フェテリシアは優しく忠告。

「頑張って、死なないでね♪」

 少女の姿がぶれる。
 長い肉打音が周囲に鳴り響いた。
 秒間10を超える超速の連打で、音が一つに重なって聞こえるのだ。
 魔法鎧が固定金具ごと引きちぎられ、関節が外され、インナーが衝撃で引きちぎられる。
それらがほぼ同時に発生した。
「これで、らすとぉっ♪」
「ぷげらぁっ!」
 かわいく叫びながら|最終拳打《フィニッシュブロー》にゆるくアッパーカットを打ちこんで、銀髪の騎士だったものが宙を飛んで地に落ち、べちゃべちゃ転がる。
 関節全部が外れ、隅々まで殴られたそれは、もはや麗しい銀髪の騎士の原型をとどめていなかった。
 だが、そこまでズタボロにされながらも、驚くことに血の一滴すら流れていない。
 せいぜい内出血や筋肉断裂程度で、相当手加減した事は明白だった。
「あー、ちょっとすっきりした」
 うーんと、伸びをする。そして、くるりと回って、背後で剣を振りかぶっていたアーサーのほうを向く。
「さて、つづけよっか♪」
 少女が口元に浮かべている笑みを見た瞬間、彼の心が折れた。
「う、うわぁあああああっ!」
 全力で逃走した。

「あれ?」

 フェテリシアはきょとんとした。まさか、逃げ出すとは予想もしていなかったのだ。
 向かってくるのならば半ば無意識にでも反応したが、あいにくと逃走であったため反応が遅れた。
 自己最高記録の速度で全力逃走するアーサーの背を見つめながら、頬をかいてつぶやいた。
「あー、まぁ、いいか」

 フェテリシアはあまり深く考えなかった。
 別に魔法騎士の百人や二百人見逃したところで、どうと云うこともない。
 まして心が折れた者など、もはや脅威ですらない。

 それに、フェテリシアは弱い者いじめがキライだった――昔から。

 幼いころによく読んだいろんな物語。
 特に好きだったのは民やお姫様のために魔王や悪と戦う騎士の物語。
 なんのことはない、彼女は昔から騎士にに憧れていた。
 だから民や家に仕える者たち――すなわち弱者を守るのが貴族や騎士の義務だと昔は本気で思っていたし、今でも弱い者いじめというのは気分が悪い。
 そして、今の彼女にとってほぼ全ての人類が自分より弱い以上、戦うことになればなにをどうしても、〝弱い者いじめ〟になってしまう。
だから、めんどくさいと公言してあまり手を出さないようにしている。
 天塔騎士の中には|戦闘狂《バトルジャンキー》やただの変態もいるが、すくなくとも彼女は自分が一番まともだと思っている。
 ただし、天塔騎士の皆がみなそう思っているのだが。

「さて……」
 周囲の大被害をあえて無視して、かく座した魔装騎士を見上げる。
 ひょいっと飛び乗り、胸部の操縦席に向かう。
 胸部装甲をべきべきと引き剥がし、操縦席の下部の中枢が収められているところを覗き込む。
「これは魔導機関だから、これかな?」
 操縦席の真下に設置された1リットル水筒くらいの金属筒が四本束ねられている。筒の一部にガラスがはめ込まれていて、中身が見える。
 粘着質の液で満たされた筒の中には薄桃色の、複雑に皺の寄った肉片のようなものが積層されてブロックになっている。
「――〝ウィル〟、これにアクセス出来る?」
『少しお待ちください、通信ポートの規格を解析中……終了。アクセス……有機体ベースの演算機関です。推測レポートの通りです』
「――そう。イヤな噂や憶測ばかりが事実だなんて、ほんとろくでもないよね。……助けられそう?」
『初期化されて計算回路に仕立て直されています。たとえ復元再生したとしても、それは別の何かです』
「……そっか。じゃあ殺すしかないか――」
 フェテリシアは無感情につぶやくとロンググローブを外して、白い肌のをさらした。
 そして掌の上に青白い火球を生成。
 それは、ほとんど揺らめきもせずただ青白い、超高温の小型火球。
「ボクを恨んで。あなたたちを殺したのはフェテリシア・コード・オクタ。その恨みと嘆きは全てボクに」
 そう宣言すると、ためらいもせず蒼い火球を手のひらでそれに押し当てる。
 超高温に曝されて融解していく演算機関。
融けた材料が飛び散り、フェテリシアの掌や腕を焼く。
 薄い白煙が広がり、肉が焼ける臭気が辺りに立ち込める。
 激痛が駆け巡っているだろうに、少女は表情のひとつも動かさない。
 完全に融解させると彼女はゆっくりと立ち上がり、つぶやく。
「本当だったなんて……なにをしているのか、本当にわかっているんでしょうね、あいつら」
 声には静かな怒りが込められていた。




--------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------

  
ちょっと難産でした。
アーサー君が頑張って、妙にかっこよくなっちゃってこまったこまったw

そしてフェテリシアがなんかとても悪役っぽい。
まぁ、彼女はべつに正義でもなんでもないのですが。




感想お待ちしております。



[37284] 第四章 慟哭の少女 <1>
Name: 森河尚武◆cea74981 ID:3c92ac4c
Date: 2013/06/09 00:06

ちょっとアレな超展開入ります。
ようやく物語の歯車をひとつすすめます

2013/6/9 修正
----------------------------------------------------------------------------------------------------

――彼女は知らない。
圧倒的な力があろうとも。
いかなる敵に打ち勝つ力があろうとも。
虫けらにも等しい者に足がすくわれることがあることを。
無力だと思い知らされることがあることを。
まだ彼女は知らない。



――冷たい石畳にぺたぺたと柔らかい足音が響く。
堅い装甲ブーツが石畳を叩く音が複数。じゃらりじゃらりと硬い鎖の音。
 枷と鎖で手足を結ばれたフェテリシアは、石造りの巨大な回廊を歩いていた。
 周囲には近衛騎士が1個小隊8人が取り囲み、首輪に繋がれた鎖は先導している女騎士――アフィーナ・ゴルドが持っている。

回廊の両脇は中庭になっており、夜の帳に包まれていなければ、美しく整備された薔薇の回廊が見える事だろう。
回廊は柔らかい光に照らされている。
 華麗な装飾が施された石柱ごとに魔石式ランプが設置され、回廊の隅々まで柔らかく照らし出している。

 先導していたアフィーナの足が止まった。
 目的地にして、回廊の始点となる巨大な扉がそこにあった。
 豪壮で細緻な意匠を施された巨大な扉は、全高10メートルはあるだろうか。
 あまりにも巨大な扉は、とても人間が動かせるような大きさではない。
 今まで歩いてきた回廊もまた同じだけの高さがあり、それはまるで巨大な何かが歩けるように造られていた。

(ま、もちろん魔装騎士に決まっているけどね)
 フェテリシアは任務の終着点が見えてきて、少しほっとしていた。
 普通に忍び込めばいいものを、なぜか帝国人の先導による正規ルートで確認するように指定されていたのだ。

 国際司法裁判における証拠採用に必要だからと説明されていたが、意味はよくわからなかった。国際司法裁判ってなんですかときいても、天塔騎士は誰も知らなかった。

 それはさておき、もちろん普通に見させてくれといってもさせてくれるわけがない。
 なので一度捕まって、そこに連行されるように仕組まなければならなかった。

(――よく考えなくてもおかしいよね? なんで捕まんなきゃいけないの? いや、ほんと意味が判んないんだけど。なんで捕まって痛ぶられなきゃいけなかったんだろう?)

 いくら再生治癒能力が高いと云っても、痛いものは痛いのだ。わざわざ痛い思いをしたがるほどマゾじゃない……。
思考が脱線してきているのに気付いて、停める。
 上層部批判するとあとが怖いと骨身に沁みていた。主に精神的に、おまけで肉体的な意味で。
 なにせあの〝剣聖〟ですら絶望的な逃走を試みるくらいだから。いつも捕まってひどいめにあっているのをフェテリシアはよく観ていたから知っていた。

それはさておき、任務だ。
 外部で騒動を起こして、誘拐された人たちの救出作戦を行う。
 同時にテキトーに戦力を間引いて、重要施設の稼働率を上げて物流などを観測する。
特別な〝材料〟が居なくなり、とある重要機器の生産が停止、困った彼らがフェテリシアを〝使用〟するように仕向ける……

もちろんフェテリシアは反対したのだ。そんなのうまくいくわけがないと。
だが――

天塔騎士という超人類は、彼らからすれば一級の素材に見えるから。
だから必ず利用や研究を考えるはずだよ、心理人類行動歴史学的に――という、鶴の一声で作戦は決まった。

 普通に考えても穴だらけの作戦プランなのだが、上層部が立案・承認したので拒否が出来るわけもなく。フェテリシアはしょせん下っ端、名もなき戦闘員Aと立場は同じだから。
それって、権力の乱用じゃないの?とフェテリシアは思う。
風が吹けば桶屋が儲かる的な三段論法にすらなっていない作戦――だが、なぜか彼女はここに居た。
作戦予定通りに。予想状況からほとんど外れていない。


(……なんか、ボクだまされてない?)

――彼女は知らない。
 心理人類行動歴史学とは、気の遠くなるような量の人類行動データを下に、とある状況・環境下にとある人物を置くとその先の状況や行動が決められていくという非常に胡散臭さ極まったエセ科学っぽい何か的な学問である。
 この学問の画期的なところは統計学的確率を計算するのではなく、欲しい未来結果から状況と行動を逆演算して、適切な状況と人材を配置するという点だ。つまり疑似的な未来決定を実現しているのだ。

未来予測ではなく未来決定へと到った理論学。
 それを戦争や紛争の絶対的制御に適用して、静かに人類を見守り続ける超国家機関〝ユネカ〟――遥か古来から連綿と続く組織だ。
その歴史は、現存するどの国家よりも遥かに古い……。



 巨大な扉の前には、すでに十数人の集団が先に居た。
「来たか」
 重々しく告げたのは、宮廷魔法師長レオン・ゴルドだ。華麗な装飾が施された正装姿は、フェテリシアが幼い頃によく見た姿のそれと寸分違わなかった。
「遅れまして申し訳ありませぬ、レオン・ゴルド宮廷魔法師長閣下」
 女騎士が軽く頭を下げて、遅参を詫びる。そして、この場での最高位者に恭しく礼をする。
「妃殿下。アフィーナ・ゴルド、ただいまお側に戻りました」
「ええ、アフィーナ。ご苦労様」
 カーラ皇姫はにこやかな笑顔でアフィーナをねぎらう。
フェテリシアは我関せずとばかしに立っていると、アフィーナが激高した。

「さっさと跪いて感謝の念を捧げぬか、このクズがっ! まったく、下餞愚脳な輩はまともな礼儀もないのだからな」
 アフィーナがフェテリシアの膝裏を蹴り、姿勢を崩したフェテリシアの頭を抑えて石畳に叩きつける。もの凄い音が鳴り響き、かすかに血が流れた感触がして少女は顔をしかめる。

「アフィーナ一等魔法士よ、あまり手荒なことをするな、使えなくなるかもしれぬではないか」
「は、申し訳ありませぬ!」
 女騎士は頭を垂れて、静かに謝る。
 フェテリシアの身のことなど誰も気にもかけない。むしろ血を見て不快げに顔をしかめる者や侮蔑の表情を浮かべて見下ろす者しか居ない。
彼らにしてみれば、少女などただの生物でしかないから。傷つけたくらいで騒ぐほどのこともなく。
カーラ皇姫も音に少しびっくりしたくらいで、美しい笑顔はひとかけらも崩れていない。その瞳からわずかに漏れる憎悪にフェテリシアは気がついていたが、彼女は別に気にしていない。
なんでそこまで理不尽な憎悪を抱けるのだろうかなぁとせいぜい思うくらいだった。

「では、妃殿下。参ります」
「ゴルド師長、よろしくお願いします」
 魔法師長が開門せよと大きな声をあげると、重々しい音とともにゆっくりと大扉が外へと開いていく。
薄暗い夜のとばりに包まれた回廊に溢れ出る光。
「ここが、グランリア大魔法帝国を護る要の場所、帝国の威を体現する帝国技術院の最秘奥でありまする」
 声に導かれるように巨大な扉がゆっくりと開いていく。

 その中は、予想していたフェテリシアでさえもかすかに息を呑んだ。

 そこは50メートル四方はある巨大な部屋だった。石造りではなく、武骨な鉄骨がむき出しているが、壁はモルタル作りで窓一つない。吸排気ダクトが縦横無尽に天井をはしり、つり下げクレーンが何台も天井にある。
最新の魔石照明で明るく照らし出された床は滑り止めのためか、細砂状の表面を持っている。
そして、部屋の中にはいくつもの巨人が立ち並び、騒音と共に様々な人間が辺りを動き回っている。

 巨人は艤装中の魔装騎士だ。
 外見となる第二次装甲ではなく、内骨格の上に組み付けられた金属動力筋肉が剥き出しのものや、それを覆う一次装甲が組み付けられた生産途中の騎体や、完成寸前で動作点検が行われている騎体がある。
 その周囲に組まれた足場を上り下りして、忙しく動き回る多くの人間。その一人一人はみな魔導工学を学び、実践する魔導技師たちだ。

 扉の内側に整列していた魔導技師たちが恭しく頭を下げ、老齢の工房長がカーラに挨拶をする。
「このたびは妃殿下にご観覧いただき、誠に光栄にございます」
「ええ、すこしお邪魔をするわ」

《ウィル、データはとれてる?》
《はい。映像と音響解析から三次元モデルの構築中です。周囲音声からの解析も進めています》
《人の配置や移動パターンもね》
《はい》
 ウィルと機密回線でやりとりをしながら、アフィーナに引きずられるように奥へと歩ませられ、巨大な幕が吊された工場の一角の前に来た。


「こちらでございます」
 工房長が合図をすると、壁際につり下げられていた巨大な布が引かれて左右へ分かれる。

「おお……っ!」
「まぁ……」 
 それは白銀に輝く新型魔装騎士。帝国人たちが感嘆の声をあげるほど、それは美しかった。
まだ艤装中のそれは、他の騎士と比べて一回り大きく、そしてしなやかそうな細身でありながら鋼の強靱さを合わせ持つ美しい機体だった。
 従来の魔装騎士は鈍重そうに見えるくらいの重装甲が特徴だが、この騎体は違う。
 魔装騎士はもともと人間に近い体型であるが、それは、より手足が長く、しなやかに細く絞られていて、とても疾そうだった。
 優雅な意匠をほどこされていて、兵器でありながらまるで芸術作品のようだ。
「こちらが、このたびロールアウトいたします、最新鋭にして最高傑作となる新型魔装騎士|〝真なる朧影騎士〟《ハイエント・シルエット・ドール》でございます」
 誇らしげに工房長が紹介する。
 剣聖が騎乗する漆黒の朧影騎士〝ミステリック・ウィドウ〟の外見を参考にして、開発された新型魔装騎士は、従来騎と比較して格段にスマートで人間のような体型をしていた。
 その性能もまた飛躍的に向上している。
 新規開発された魔導機関を二基搭載し、従来の1.8倍以上の出力。また有機金属製人工筋肉の配置を見直し、無駄を削り重要部分の筋量を増やすことで、重量を軽くしつつ従来以上のパワーを持つにいたった。
 従来機を優に凌駕するそのパワーは、魔装騎士をまとめて二騎持ち上げることが可能なほどだ。 

 そして、なによりも人間に近くなった体型を包む曲面を多用した装甲は曇りなく磨き上げられてまばゆく輝き、、美しい意匠と相まってまるで神の化身のごとき神々しさがあった。

「まぁ……すばらしいわ。まるで帝国の武威を象徴するかのよう……」
「姫殿下にそう思われますとは誠に光栄にございます」
 うっとりと見上げるカーラに工房長が恭しく頭を下げる。

《……名前パクられたー!?》
《……不愉快ここに極まれりと云いたいです。なんなんでしょうか、恥ずかしいとか思わないんでしょうか》

 フェテリシア達の内なる会話は置いてきぼりで、カーラ達は会話を進めていく。

「今回はこれのお披露目もありましたが、わが帝国の世界最高技術である魔法演算回路生成をご観覧したいとの要望でありましたので、あちらに準備をいたしました」

 工房の壁際にしつらえられたガラス張りの部屋が指し示される。その前には小さな女の子がぼんやりと生気のない目をして、鎖でつながれている。
 その部屋は一面がガラス張りにされていて、柔らかい光で照らし出された部屋の中が覗ける。
 部屋の床と天井には複雑な魔法陣が刻まれて淡く発光している。
術式を見て滅菌工程のものと解ったフェテリシアは、それが何をする部屋なのか気づいて、微かに拳を握る。

 白衣の男たちが入室して、台車に乗せていた全裸の女を中央の清潔な台の上に固定拘束する。
 拘束された女は微動だにしない。
 うすぼんやりとした表情で、眼は焦点を失い、口は柔らかく開いている。
 手術台の上に拘束された全裸の女を幾人もの白衣を着た男たちが取り囲み、準備をする。
「お母さんっ!!」
 繋がれていた女の子が不意に叫ぶ。
「静かにせよ、これからお前の母は栄えある帝国の礎となるのだ。その愚昧な目に焼き付け、歓びに震えるがよい」
 女の子の声がうるさいと感じたのか、眉を顰めながら騎士の一人が注意するが、女の子はやめない。
「静かにせよと云ったぞっ! 蛮族のガキがっ!」
 騎士が軽く平手打ちをした。軽い女の子はごろごろと床に転がる。。

 フェテリシアは奥歯を噛みしめる。
 あの母娘を助けようと思えば出来る。だが、まだ動くには早すぎる。決定的な証拠を確認しなければならない。彼ら帝国人の会話だけでは不足なのだ。

――だから、彼女たちは見捨てなければならない。

「よく見ておくがよい、あれが貴様の行く末だ。強情にも朧影騎士やキャリアを我らが帝国へ返さぬのだからな。恐れ多くも帝国の資産を私有化したのだ、それにふさわしき罰を与えたかったが、格別の温情により帝国の礎としてやるのだ、光栄に思うがよい」
 無表情にそれを見ているフェテリシアに、宮廷魔法師長が教えてやる。
しかし、彼女は聞こえてはいたが聴いてはいなかった。

「あれにいる蛮族から脳を取り出しまして、薄いシート状に加工しまして魔法構造式を刻み込みます。その際に細胞を一時的に不活性化し……」
 担当の技師の説明が続いている。
 それはただ加工工程を説明しているにすぎなかった。そこに、同類であるはずの『人間』を加工しているという視点がまるで抜けていた。
 当然だ。彼らにとって、蛮族は人間ではないのだから。
フェテリシアは、その会話をただ聞き流した。
 顔には感情を出さず、脳は理解させず、ただ一個の機械として自分を統御しようとする。
 でも、無意識に口に出してしまっていた。
「魔法演算領域の拡張をするために人間の脳を改造して使っているなんて……」
 信じたくなかったと、ぽつりとつぶやいたフェテリシアの声にアフィーナが首を傾げた。
「人間? あれは蛮族、我々の云うことを聞かぬ野生の畜生だぞ?」
 アフィーナは不思議そうに聞き返す。
「――あなたたちの基準では彼女たちは〝人間〟ではないと、そう云うのね?」
 フェテリシアは無感情に問う。
「なにを当たり前のことを。蛮族なぞ、喋る畜生だろう?」
「むしろ喋って反抗する分、家畜にも劣るな。せめて従順であれば、まだ役に立つというのにな」
 隣に居た魔法宮廷師長も当然というようにそんな発言をする。

――まだ、だめだ。行動を起こすな。個人の認識や証言だけじゃ、動いちゃいけないっ!!
 少女は葛藤を無理矢理に抑えこむ。

「わたくし、感動しましたわ。あの薄汚い畜生を浄化して、このような頼もしい守護騎士の一部にするなんて。きっとあれらの魂も歓喜に奮えて救われることでしょう」
 金髪の姫が感動にうちふるえて、頼もしい姿の新造魔装騎士をうっとりと見上げる。
「光栄でございます、殿下。では、実際の加工をごらんになられますか?」
「ええ、見たいわ。皇家の者として、それは見なければならないでしょう」
「わかりました。すでに準備は行っております。もしかしたら、見苦しい声が響き渡るかもしれませぬ。その点はどうかご容赦ください」
「ええ、構わないわ。それらが歓喜に耐えかねてあげる声なのでしょう? 見苦しいとは思いませんわ」
「そういっていただけるとあれらにもまた名誉なことでしょう」

 感情はおろか人格すらも凍結して、会話を、音を、視界を、嗅覚を、皮膚感覚を。なにもかも全てを記録していく。
そうしないと、彼女は全てをぶち壊す。任務など関係なく、全てを破壊する。それが出来るだけの〝力〟がある。
逆にそれが恨めしい。そんなものがなければ、ここまで悩むことはない。自分の無力をただ嘆けばいいのだから。
〝力〟には責任がある。ただ心のままに揮うことなど許されない。

「お母さん、お母さん!」
 小さな女の子が傷だらけになっても手を伸ばして叫ぶ。

 ボクは、天塔騎士。
 星の守護者の全権代理人。ゆえに力を揮うときは、正当な理由があってのときだけ。
 今は捜査段階で、疑惑があるだけ。
 その程度で必要以上の力を揮うことは許されない。
 疑惑を確定、決定的な証拠を確認して、初めて力を揮える。
そうでなければ、それはただの暴力、あいつらがやってることとなにも変わらない。

 だから、あの女の子の母親が改造されるのを見守るのが正しい。それは言い逃れのできない決定的な証拠であるから――

 冷徹な論理を心の中で何度も何度も繰り返し叫び、衝動を抑える結界と成す。

「では始めよう。汝は偉大なるグランリア大魔法帝国を護る礎となるのだ。蛮族には過ぎたる名誉、歓喜せよ!」
 筆頭技師が朗々と儀式の始まりを告げた。
「お母さん、お母さん!」
 首輪姿の小さな女の子が泣きながら叫ぶ。
「騒ぐな。なにお前もすぐにあれと一つとなり、我らが魔装騎士の一部となり、帝国を護ることになるのだ。蛮族には過ぎたるほどの名誉なことなのだぞ。喜びに奮えて帝国に感謝をささげて母を送り出すがよい」
 騎士がたしなめるが、女の子は聞いていない。
「お母さん、お母さん!」
「騒ぐなといったぞっ! 言葉も理解出来ぬか、この愚かな蛮族のガキがっ」
 云うことを聞かない女の子にイラついた騎士が装甲ブーツのつま先で蹴ったのだ。女の子がふっとんで壁にぶつかってずり落ちる。
 げほげほとせき込みながら床に転がる。
「まったく、これだから蛮族は。分をわきまえぬ下餞な畜生どもめ」
 蹴り上げた騎士が、唾液で汚れたブーツをイヤそうに見ながらぶつぶつ文句をつけ、女のに近づき、足を振り上げた。

――結界が崩壊した。
 無表情を通り越して、感情が抜け落ちた顔。
「あなたたちは――」
 フェテリシアの長髪が揺らめき蠢く。
《だめです、フェテリシアっ!》
 ウィルが叫ぶ。疑似感情しかないはずのそれが、明らかに焦った様子を機密回線に乗せる。
 だが、彼女を停められなかった。
 瞬間、彼女の髪が膨らみ、彼女の裸身に巻きつく。
 髪に巻きつかれた手枷や足枷がほどけるように形を失い、ロングブーツとロンググローブへ。
 胴体に巻きついた髪は形を整え赤いバニースーツとフリルへ。
 顔にはバイザーが現れ、そして頭には紅いうさぎの耳を模したカチューシャ。
 最後に短いポニーテイルになった髪が紅くなる。

「な、なんだ、その恰好は……っ!」
 不穏な空気を感じて、とっさに跳び離れたアフィーナが叫ぶ。

 彼女は知らなかった。
それは皇都を毎夜騒がしていたマジカル・バニーと名乗る少女だった。

「と――」
 唯一その恰好を見知っていた宮廷魔法師長レオン・ゴルドが捕えよと命令しようとした時には、兎装少女はすでにそこに居なかった。

 いかなる動きをしたのか、誰一人として見えていない。
 手術室のガラスが粉になって流れ落ち、室内の技師たちが一瞬で全員が昏倒した。

 傷だらけの女の子を抱えた兎装少女が、女を捉えていた枷を破壊して自由にする。
 母親は意識が朦朧としているのか、焦点が合わない。
 泣きわめいていた小さな女の子は、いきなり風景が変わって、びっくりして泣くのも忘れている。
「さぁ、大丈夫だから、お母さんに強く抱きついてね?」
 フェテリシアがバイザーの透過率を上げて目を見せながら、にこりと微笑んで女の子を促す。
「う、うん……」
 泣きわめいていた顔のまま、女の子は母親の胸にぴたりとくっついた。それを確認すると母親の手足を丸めて女の子を抱え込ませる。
《NMフィールド展開、重力慣性制御術式をこの母娘を中心に展開》
 フェテリシアは母親ごと抱え上げながら、指示を出した。
 本体防御力1360%低下との警告メッセージが網膜投影されるが、一瞬の迷いもなく許諾する。
 この親子の保護を最優先と改めて指示を出す。八軸重力制御開始、障壁展開。さらに生命維持を最優先、危険薬物の分解除去の開始、さらに後催眠暗示をかけていったん意識を奪う。
 これから、おそらく凄惨な光景が広がると確信しているから。そんなものは子どもに見せたくない。
フェテリシアは、自分がまだそう呼ばれる年齢であるにもかかわらずそう思ったのだ。

「――この人たちはフェテリシア・コードの名の下に保護します」
 彼女はバイザーの透過率を上げたまま、視線を見せている。
爛々と紅く輝く眼が帝国人たちを射抜く。誰一人として動けない。

「あと、ここは完全に破壊します。退避を勧告」
「なんだと、ふざけるな! ここは帝国守護の中枢ぞっ!! なにをしている、あやつを早く捕まえんかっ!!」
 工房責任者が警備の魔法騎士たちに命令をする。
慎重に動き始めた騎士たち。背後には皇姫カーラが控えているのだ。
 フェテリシアは部屋の外へとゆっくりと歩み出る。母娘を片腕に抱えて。
 騎士たちが剣を引き抜き、詠唱をはじめようとする。
 緊張が破れようとした瞬間。
 それよりも早く動いた者が居た。
 爆発音が工房の床と壁を叩く。加速をした音。
 流星と化したそれは、フェテリシアめがけて一直線。
 抜刀と同時に刺突の構え、身体強化による力強い踏み込みは、一切の無駄なく力を地面に伝えて身体を超加速をさせる。――アフィーナだった。

「死ねぇっ!!!」
 フェテリシアの身体を魔法剣が貫通する。ほとんど抵抗もなく、みぞおちをわずかにそれて、背中から刃が突き出る。
 血が喉を逆流し、ごぼりと口元からあふれる。
「……首を狙えば、もしかしたら……倒せたかもしれないのに」
 少女は口元から血を流しながらつぶやく。凄絶に嗤いながら。
「なにぉっ! ぬ、剣がっ!」
 フェテリシアは身体を貫いた魔法剣を筋肉で締めつけて固定していた。

緊急警告 !!
致命的な損傷を感知
危険状態と判断、 緊急反撃を許可
全個人兵装使用可能
使用許可時間 : 666秒

 網膜に表示された緊急許可の表示を見て、フェテリシアは自分の目論見が当たったことを確認した。
わざと攻撃を受けた場合でも反撃・全個人兵装使用自由許可が下りるのかなんて、さすがに聞くわけにもいかなかったのだ。
 口の端から血をこぼしながら、ゆっくりとつぶやく。
「……アフィーナ姉さまなら、こうすると、思った。だって、昔から得意技だったものね、超高速刺突。……ああ、いや、|元《・》姉さまか」
「な、なにを云っている、貴様!?」
 剣を捩って引き抜こうと力を込めるが、フェテリシアに突き立ったそれはびくともしない。
 彼女はアフィーナの両手を剣の柄ごと手で優しく包んで、アフィーナの顔を下から覗く。
「ひっ!」
 アフィーナは総毛だった。透過率の上がったバイザー越しに見える朱い目が彼女を捉えて離さない。
 眼は優しく微笑んでいるのに、瞳は感情を宿していない。紅玉を溶かした黒曜石のように無機質な瞳が恐怖を抱かせる。
「ああ……そうか、まだ気がついていないのか。まぁ、しょうがないか。昔とは容姿がだいぶ変わっちゃったからなぁ、五年前とは」
「ご、五年前だと!? ――まさか、貴さ――ぎゃああああっ!!」
 何か気がつきかけたアフィーナが悲鳴を上げる。
みしりぎしっと音がして、両手に激痛が襲う。
 フェテリシアが握り潰しはじめたのだ。

「くそ、魔法が撃てないっ!!」
 アフィーナが邪魔で、攻撃魔法が放てず焦る帝国騎士たち。
 あとほんの数秒を稼げばいいフェテリシアは、彼女を盾としたのだ。
「アフィーナ殿を放せ、貴さ、ぶげらっ!!!」
 後ろから斬りかかってきた騎士を、裏拳一つで吹っ飛ばす。
「決断が遅いよ、ボクはもう攻撃準備が出来つつあるよ?」
 フェテリシアの嘲るような言葉に、彼女を睨み付けた騎士たちは――恐怖した。
 彼女の頭上には、巨大な魔法構造式が展開していた。
 黒い光で描かれた直径10メートルを超える巨大な〝真の〟魔法制御術式。
 境界が揺らぎながら発光する八重の同心円環が互い違いにゆっくりと回転を始め、徐々に分離して円環による層を形作る。
 円環階層間はきらめく銀糸のような大量の線で結ばれている。

NMドライブ稼働率80%、戦闘最大出力に上昇
仮想三次元模造データより効果境界線の策定完了
重力子生成、次元境界壁展開開始
クライン仮想平面への干渉率90%を突破、三次元空間内への浸食歪曲率調整、指定範囲外への影響微小
重要度判定より上位576箇所に照準、仮空体バレルを四次元空間方向より設定
〝汎銀河連盟〟協約・国際連合フェアウィルド条約惑星内戦争協約条項に基づき可視光線による光学照準を開始。


円環陣の銀線が渦を巻いて宙を走り、工房内の様々な場所へ固定され、17カ国語による〝照準固定〟の文字が流れる円環が空中に表示される。
銀線のつながった先を見て工房長の顔から血の気が引く。それらは、すべて工房の重要な場所や物につながっていたのだ。
 それは装甲を鍛え上げる重量級鉄槌であったり、天井のクレーンであったり、有機金属を生成する炉であったり、工具を研ぐ大型グラインダーであったりと、どれもこれもがここにしかない貴重な施設ばかりだ。


探知範囲内に生物体を確認、効射範囲外設定、重力子歪曲空間障壁を0.05秒間展開設定
IWATO3001宣言ミズホ条約免責条項第21条3項に該当する重力制御兵器の限定使用。
五次元空間粒子加速器圧縮チャンバー内圧力正常、重力子崩壊、磁気単極子生成に成功
制御用NMフィールドの出力90%
五次元ー三次元間バイパス形成完了
射出タイミング自動調整
動作トリガーの入力待機に入ります

 フェテリシアの網膜を次々と流れていたメッセージが止まり、意志の確認を待つ状態に入った。

「起動」
 彼女は視線入力とトリガーワードによる起動命令を送り、最終起動ルーチンへと移行させる。

 頭上では互い違いに回転する円環陣の間に張られた銀糸が捻れていき、空間が歪んで挽き潰されて〝書き換えられていく〟。

それは、古人類の到達した科学技術の極地、現人類が失った真なる〝魔法〟

「魔法構成式を妨害しろ、早くっ!」
 工房長が叫び、幾人もの技師たちが詠唱して妨害魔法を発動させる。
 魔法が空間に干渉しようとして虹色の攻防が繰り返されるが、展開されているNMフィールドに阻まれてなにも効果がない。

「くそ、やめろおおっ!!」
 爆発するような音とともに加速した近衛騎士が突撃。
 フェテリシアはくるりと体を返して、アフィーナの身体ごとそちらに向くと、騎士は慌てて剣先をずらして横へ向きを変える。
「くそ、貴様卑怯だぞっ!!」
「背後から斬るのは卑怯じゃないって云うの? まぁ、いいや。もう用はすんだから返すね?」
 じゃあね、アフィーナ元姉様と小さくつぶやいて、手を放してかるく蹴った。
「ぐぁああっ!!」
 アフィーナは水平に吹っ飛んで艤装中の魔装騎士に激突する。
 装甲と衝突して派手な音を奏で、工房の床にずり落ちる。
 騎士たちが憎悪に奮えた目でフェテリシアを睨みつけるが、彼女はすでに視線を向けてもいない。

円環が広がり、工房全体を覆い尽くす。
銀線もまた捻れ絡み合いながら引き延ばされ、接続点から外れない。
騎士達の顔が恐怖に包まれる。
個人でこの巨大なサイズの魔法構成陣を編むことなど出来ないと知っているからだ。
そんな常識を覆し、いとも簡単に巨大魔法陣を編み上げた彼女が、本物の天塔騎士だという可能性に今更ながら気がついたのだ。

天塔騎士――それは、恐怖の代名詞。
数々の血に彩られた伝説をもつ最古にして最強の戦闘集団。
かの者達に相対して生き残る者など居ないとまで詠われる最狂の騎士団だ。
気まぐれで都市を壊滅、一夜で滅ぼされた小国、地形を変え、軍を一撃で壊滅させる悪魔。
しかも、どの伝説においても一人で成し遂げたとされている。
ただのおとぎ話だと、自分たちのほうが強いとさえ思っていた。
天塔騎士団が実際に戦争をしたというはっきりした記録は残っていないからだ。
ただの張りぼて騎士団だとあざ笑ってさえいた。

しかし、この魔法構成陣を見れば判る。
自分たちにはそのひとかけらさえも理解できない巨大なそれを操る者――伝説は真実だと思い知らされた。
そんな者を敵に回したと、震え上がったのだ。



全設定完了
『四次元空間破砕修復術式』および『重力子歪曲空間障壁術式』の自律稼働を開始
20秒以内に効果範囲からの退避を勧告

フェテリシアの網膜に最終報告が表示。
《OK、ウィルっ! 逃走経路を!》
《データ転送、展開はそちらで》

 攻撃の手がなぜか緩んだ隙を突いて、アフィーナの剣を引き抜き、その辺へ放り投げる。
大量の血が流れおち、少女の半身を赤く染め上げながらも、苦しそうな顔一つ見せない。

「最後の警告――あと10秒でここは崩壊させます、退避しなさいっ!」
 彼女は最終宣告をした。
ついでに攻撃色として魔法陣を紅く発光させる。
もともと警告表示以上の意味はないため、変更は簡単だ。

 すでにカーラ姫もゴルド宮廷魔法師長もいない。アフィーナは魔装騎士の足下で伸びているが、それはまぁ、放っておいてもいいだろう。
 最後まで攻撃をしていた騎士達が逃走を開始する。技師や工房長達も待避をはじめた。 
 すでに自律制御稼働に入った魔法構成式をちらっと見上げて、少女は大きく跳ぶ。
後を追うように大量の魔法弾が撃ちこまれ、着弾と爆発が引き起こされる。
 彼女はボディスーツと皮膚を灼かれながら、意識を失っている母娘を無事な腕で抱え、採光用のガラス窓を突破して、夜の皇帝城へと躍りでた。


――数瞬後、帝国守護の要たる帝国技術院魔装騎士工房はこの世界から完全消滅した。


----------------------------------------------------------------------------------------------------
……ちょっと展開が気に入らないので、たぶん大幅に書き直します。
大筋は変更する気はまったくありませんが。
→6/9 書き直してみました

フェテリシアの戦闘能力がちょっとおかしくなっている理由は次回で説明予定。

作中に出てきた心理人類行動歴史学は、畏れ多くも全世界SF界のエターナル巨匠のアレが元ネタ。
捻って正反対になってますけど。
 もう一人のエターナル巨匠の『軌道エレベータ』を使っているんで、こちらの巨匠のネタも使わないと、とか考えてしまったのです。
やめてぇ、石投げないで~。って、SFファンがこんなの読んでるわけないかw



[37284] 第四章 慟哭の少女 <2>
Name: 森河尚武◆cea74981 ID:2cffccd4
Date: 2013/06/22 19:05

久しぶりの新作投下。
ちょっと文章がくどくて、視点切り替えも多いし、ごちゃごちゃしてます。


----------------------------------------------------------------------------------------------------

夜の帳が降りた皇都を紅い少女が翔ける。

《ウィル、状況!》
《30秒前から通信タイムラグを意図的に発生、複数回線から偽装情報をアップロード中》
 母娘を左肩に抱えた少女は背面を狙う直射魔法砲撃を振り向きもせずに裏拳で弾く。
 砲撃は夜空を駆け昇り、弾いた拳から血飛沫が飛び散る。
 グローブはとっくの昔に千切れ跳び、灼けた皮膚が巻き戻るように|高速再生《リジェネレイト》する。

 サイレンの鳴る皇帝城の各所から光源魔法が大量に打ち上げられ、周囲は真昼のように明るくなる。
「対応早いなっ!」 
 皇帝城を囲う内壁を駆け上がりながら、フェテリシアは感心したようにつぶやく。
 感知した魔法波動領域、人や魔法装置の警告表示がバイザーや網膜投影に投影された俯瞰地図上に多層表示。帝国側の未警戒領域が急速に減少していく。
 すでに交戦なしで脱出できるルートはない。

「いたぞ、あそこだっ!」
「目標は第一郭西C-4内壁を駆け昇っている、照明魔法を打ち上げろ」
「対人掃討魔法攻撃に限定、撃て、撃てっ!」
 大量の魔法弾が追いかけてくる。それらを真空切りを乱発して迎撃。
「っぅ!!」
 いくつか魔法弾が直撃、ボディースーツを貫通し、体内でさく裂、肉片をまき散らす。
 NMフィールドの展開がされていないボディースーツなど、多少頑丈な衣服でしかない。魔法攻撃にはほとんど無力だ。
 母子を抱えているフェテリシアは回避もままならない。全力機動をおこなうと彼女たちの身体が持たないのだ。

《AMATERASUからの質問信号! 偽装報告32種を返信》
 ウィルが報告する。フェテリシアはなにも答えない、その余裕がない。
 慣性重力制御に事象演算領域の大半を使われて、周囲情報の解析すらままならなくなりつつある。

フェテリシアが緊急事態モードに入ってから既に2分。
 その警報はキャリア、〝アマノウキフネ〟を通して、周回軌道通信衛星を経由して本部まで送られている。強力な暗号化、解除暗号化鍵を別に送信する、経由を複雑にして時間をかけるなどありとあらゆる遅延策を施したとはいえ、それでもタイムラグは20秒がいいところだろうとウィルは試算していた。

 それが2分を経過してやっと質問応答。予想よりはるかに遅いとウィルは感じていた。
 相手は〝世界を創生する〟とまで云われる超級量子演算装置。
 同等の技術で製作されているとはいえ、そもそも天塔騎士補佐用人工知性でしかない自分に太刀打ちできるはずがない。

――手を抜かれている?

 疑問に思いながらも、疑問追求のための思考領域資源はない。
 攻勢防壁の展開と強攻自爆プログラム生成、さらに回線監視とマルチタスク進行。
そのすべては、己の主フェテリシアを守るために。

――主フェテリシアは、とてつもなく甘い。
ウィルは常々感じていた。歴代の主の中でも間違いなく最高。

 天塔騎士団とは、世界最強にして異常者の集団だ。
その時代において最強クラスの存在、同時に人格破綻者の集団。
〝大巫女〟への恐怖故に集団としての最低限の規律を保っている組織。
 絶対服従の誓いの見返りに与えられるのは、世界最強最高の地位と装備と名誉と快楽、力と恐怖――大巫女と星の守護者代理人として、天塔騎士団はその行動全てがユネカの名の下に承認される。
 大巫女より禁止された事柄を除いて、彼らは何をしようともとがめられることはない。
 禁止事項に入っていなかったとして、一夜で都市を滅ぼした者さえも居る。
 呼吸をするようにヒトを斬る者、魔法技術追求の末に自分を改造してしまった者、都市を滅ぼした者、星に挑もうとした者……。
 人類の基準を遙かに超える何かであるために、|超人類《オーヴァード》と密やかに云われることもある。
だがむしろ、なにかが欠けているが故に突き抜けたモノというほうが正しい。
 そんな欠けた者たちの中に置いて、フェテリシアは極度なめんどくさがりがそれだと思われていたが、それは違うとウィルは考えている。

 彼女の欠けは、その度を超した〝甘さ〟。――ただ、それは決して優しさではない。
彼女は誰に対しても同じように平等に甘い。誰かをひいきすることもない。
扱いは平等で、何をされても許す。
「別にいいよ、怒るのもイヤだから」という口癖と共に。

 それは裏返せば誰も信用していないのと同じ事だ。――いつ裏切られてもかまわないように。
そう彼女は、自分の専属であるウィルさえも本当の意味で信頼していない。
いまだってそうだ。追い込まれつつある現状とて、ウィルに一言「ルートを切り開け」と命令すればいい。
そうすれば、ウィルは火力支援ができる。そのための天塔騎士補助人工知性だ。
しかし、彼女は命令しない。
ウィルが持たされている火力では、帝都の一角を破壊し尽くし、騎士や魔装騎士を壊滅させることになるだろう。
もともと敵対勢力を殲滅するための兵器である。
当然の結果であるが、フェテリシアはそれをイヤがる。

同じ理由で、彼女は騎士を殺さない。敵を倒せば血路を切り開ける。能力が制限されていく現状でもまだそれは可能――しかし、彼女はやらない。

〝だって、格下のやつら殺すのなんて気持ち悪いじゃない。殺せるのがわかってるのに、そんなの相手に全力揮うなんてかっこわるいよ〟


壁面を駆けるフェテリシアに騎士が二人、交差軌道で仕掛けてくる。どちらも跳躍と空中姿勢制御を駆使して壁を駆けている手練れだ。
その魔法剣の文字が発光して起動状態になり、騎士は無言で剣をなぎ払った。
宙を駆ける黄金色の斬線。魔法に自重を載せた剣技だ。
危険を感じたフェテリシアが駆けている壁ぎりぎりまで背を低くして回避する。
その背を狙うように、強烈な打ち下ろしが見舞われる。手をついて急激な方向転換をした彼女の一瞬前にいた壁に振り下ろされた剣は、壁材を深く抉った。
「っ!!」
皇城を守る内壁だ、強力な魔導皮膜防護が施されている建材をその魔法剣は砕いてみせた。
人間が食らえば、挽肉になったことだろう。
むやみやたらに攻撃魔法を放つことなく、跳躍と空中姿勢制御を同時に魔法運用してみせながら、その攻撃は魔法防護が施された壁を破砕させる。
それら全てが、凄まじい技量を示してた。

(なんだ、こいつらっ! いままでと違うっ)
 フェテリシアは内心焦る。明らかに今までの騎士とは質が違う。
 そのうえ戦術までまったく変えてきた。攻撃が失敗しようと成功しようと、とにかく一撃離脱に徹しているのだ。しかも二人による高度な連携。それは、受動防御・反撃という彼女の基本戦術とは非常に相性が悪い。

(厄介なっ!!)
 フェテリシアは内心歯がみする。彼らが一撃離脱と牽制攻撃に終始する事を悟って。
驚異的な身体能力を発揮できない今の彼女に対しては効果的な戦術。
撃ち込まれてくるだろう大規模な魔法攻撃を迎撃して撹乱、包囲網を抜ける気であった彼女のもくろみが崩された。

彼らには今まで相手にしてきた近衛騎士のような傲慢さや自己陶酔など微塵もない。身につけている鎧もまた華麗な装飾こそないが、使い込まれた気品が漂う金属と布を組み合わせた最新の魔導鎧。身体の動きをまったく制限しておらず、むしろ筋力や速度を増加している様にさえ見える。
そして顔を完全に覆うフルヘルム。帝国騎士はフルヘルムを着けない。あらゆるモノを見て躱すことが出来るため、視界を制限するものを嫌う傾向があるのだ。
しかし、今の戦っている騎士達は全員フルヘルムを装着して、顔が全く見えない
そして鎧に施された紋章は現皇帝家のものと個別の記号。
その記号――ダイアモンドを見て、彼女はその正体に気がついた。
「皇帝騎士かっ!」
「そうだ、天塔騎士!!」
 内壁の上から内壁をするような低姿勢で駆けてきた騎士ツヴァイ=ダイアモンドが剣を切り上げる。それを紙一重で躱すが、左腕は母子を抱えているため、反撃が出来ない。
しかもフェテリシアは地面に落ちないようにするために速度を落とさず、しかも前に進むしかない。故に軌道が読み易くなっていることを皇帝騎士たちは見逃していなかった。

交差した騎士アインス=クラブは勢いを殺さずに離脱。いまのフェテリシアを上回る速さ。
駆け抜けざまに、剣を揮い彼女の右腕を切りつけている。
城壁を駆け上り城壁回廊へ到達すると、フェテリシアへ牽制の魔法攻撃を加えつつ加速。充分に加速が乗ると、また交差軌道に入る。


「!!」
不意に巨大な黒い影が、フェテリシアの側頭をかする。回転して飛翔するV字型のそれは、自然な曲線軌道で方向を転換して再度フェテリシアへ向かってくる
「な、ホーミングブーメランっ!?」
魔導追跡機能付きの巨大なブーメランが二つ、交互に襲いかかる。
それらは目標に命中するまで、執拗に追跡する誘導型魔導武装だ。
魔法弾攻撃とブーメランの波状攻撃の合間を縫って騎士が仕掛けてくる。
同時に二人、前後から。両方を同時には迎撃できない。
「いやらしい攻撃だねっ!!」
「ほめ言葉と受け取っておこうかっ!」
 騎士が叫ぶと同時、下方から魔法弾が生成・射出。
位置指定式魔法攻撃。難易度の高い魔法を移動しながら同時にこなせるとは、相当な技量を持つ騎士の証明だ。
(迎撃しきれないっ! なら、加速っ!)
 重力制御術式を変更、母娘たちの前方加速への耐性を上げて、超加速にはいり――
「そう動くと思ったっ!!」
「っ!!!!」
 超加速した眼前に大量の槍。魔法で空中に固定され、さらに幻影で隠蔽されていた。
移動先を完全に読まれていたのだ。
幻影による隠蔽とて普段の彼女なら気づく。だが、その余裕がなかった。

それでも彼女は超反応。身体を捻って母娘達の進路上にある槍の前に身をさらす。
槍をへし折り、身に突き刺しながら無力化。

「――狂ってる、槍をそのような方法で無力化するとはっ!!」
皇帝騎士ドライ=スペードが叫びながら双剣による十字斬。
「だから、なにっ!!」
空中に残っていた槍を横殴りに振り回す。むろんそんな攻撃に当たる騎士ではない。
だが、速度は鈍る。速度が落ちれば壁に立つことは難しくなる。
「ちぃっ!!」
 騎士ドライ=スペードは攻撃をあきらめて、壁を蹴って地面へ加速落下する。
 その隙に全身に突き刺さった槍を引き抜いて投げ捨てる。すぐに再生されて止まるはずの出血がなかなか止まらない。
(再生速度が落ちてきている――)
出力の大半を重力制御に回している上に、傷を負いすぎて再生が追いつかなくなりつつある。そしてさらに悪い報告がもたらされる。

《〝アマノウキフネ〟上位指揮権解除。指揮下より外れました》
ウィルが報告する。同時にアマノウキフネから逆接続が開始。
一瞬で多重通信回線がロックされ、そこから多数の強行偵察ユニットが侵入、ウィルが構築した対逆侵入防壁に取り付き、解除を開始する。ロックされた回線部分の周波数信号を1000分の1へ遅らして処理を遅らせるが、それでも焼け石に水だ。
処理が遅くなるなら、物量で押せば良いとばかしに大量の連鎖処理ユニットが送り込まれて相互連携を開始、簡易的な思考ルーチンを構築。
それに対してウィルは連携の節を破壊する局所破壊戦術ユニットで対抗する。
それらは光の速度での攻防。一瞬の判断が戦局を左右する。
通信回線を介する以上、防衛側のウィルの方が有利なのがセオリーだが、あまりにも敵が巨大だ。
圧倒的な演算力で、閉じられた通信ポートを強制的に解除して回線をロック、侵入を開始する。ポート直後のメモリ領域を超高速揮発させることにより、侵入ユニットを蒸発させるが、それも時間の問題。送られてくる量も質も違う。
本部からの逆接続に手も足も出ない状況に陥りつつあるのに、支援母艦である〝アマノウキフネ〟から逆接続が開始されたのだ。
既にその戦力差は考えるのも馬鹿馬鹿しい。
それでもウィルは絶望的な時間稼ぎをする。一秒でも長く。

 フェテリシア自身もまた逆接続・侵入より、機能や権能を次々と奪われていく。
ウィルと比較しても圧倒的に狭い演算領域のほとんど全部を重力慣性制御に食いつぶされながら、残った領域で申し訳程度の防壁を構築し、少しでも時間を稼ぎながら、身体制御演算やフィールド制御、それは本来のスペックの1000分の1以下にまで制限されている。
 それでも、本来ならばここまで追い詰められはしない。
 とある事をすれば戦局を覆すことなど容易い。――そう、敵を殺せば。

 専用装備が機能停止させられていても、彼女ならば素手で殺すことなど簡単だ。真空斬りとて、人に放てば両断できる。
天塔騎士にとって、この状況ぐらいは詰みにはほど遠い。
だが、ここにフェテリシアの足枷がある。――彼女はまだ『殺人処女』。殺した経験がない。

その理由はイヤだから。その一言がフェテリシアにとって全てだ。
それは、甘さや優しさではない。
やりたくないからやらないという傲慢と、そして――恐れだ。
そう、フェテリシアは恐れている。
あまりにも圧倒的な力と、そして歯止めのなくなった自分が。
だから、フェテリシアは自分自身に徹底的な枷をつける。
許可時間制限、兵装制限、そして精神制御。
何段階にも渡る枷により、能力は徹底的に制限されている。
故に天塔騎士八位なのだ。その実力は剣聖にも迫っているというのに最下位。
そこまでしても、まだフェテリシアは恐れている。
自分の中に眠る彼女に。

――そして、その恐れは、現実と成る



 騎士ドライ=スペードが城壁上から跳んだ。双剣を構えた騎士は壁を蹴って軌道を修正、フェテリシアと交差する軌道。彼女は蹴り脚の角度を変えて加速方向修正
「っぃ!?」
一瞬の遅滞。彼女背中に魔法剣が突き立つ。
下方から騎士アイン=クラブが、魔法剣を投擲したのだ。
 痛覚で加速が鈍ったフェテリシアに双剣の騎士が襲い掛かる。超至近距離での十字切り。
 肘と拳で受け止めた。剣の腹だったが、魔法剣の超振動が皮膚や筋肉を千切る。
 血飛沫をまき散らしながら再生する腕をひねって双剣を巻き上げようとするが、騎士の反応が早かった
騎士は攻撃が失敗した瞬間、魔法剣を捨てて離脱を選択。壁を蹴って遠くへ跳び、そのまま自由落下。
 お土産とばかりに光収束砲撃が四つ。
「くっ!!」
 フェテリシアは光収束魔法をぎりぎりで避けた。ほつれた髪数本がが膨大な熱量に曝されて一瞬で蒸発する。
 彼女もまた苦戦していた。バイザーは一部が砕け、ポニーテールにしていた髪もリボンが千切れて、風に巻かれている。
 すでにバニースーツはところどころが破損し、血をにじませている。
 右手のロンググローブは斬られて大量の血を流していた。
 それでもなお左肩に抱えている母娘はまったくの無傷だ。
「おい、あれを狙えっ!」
 支援魔法師たちが指図して、母娘たちを狙う。大量の魔法弾と直射砲撃魔法。
「あんたらはっ!!」
 絶叫しながら、真空切りをいくつも放つ。だが、全てを撃墜するには数も圧力も足りない。
 真空斬りの壁を突き抜けて母娘に到達しようとする魔法へ、フェテリシアは身体を曝す。
着弾、爆発。
「ぐぅぁっ!!」
 肉が抉れ、血が噴き出る。
《NM量不足、治癒再生速度低下。防御NMFの稼働を推奨》
「うるさい。この人たちを最優先」
 血がひとすじ、額をたれる。
 母子の肉体を守るため、極端な加速が使えない。重力制御の大半をそちらに回しているのもあって、演算領域を圧迫している。
 そのためフェテリシアはいつもより格段に落ちる体捌きで、帝国騎士の攻撃をかろうじて凌いでる。


《あと何秒本部の攻撃に耐えられるっ!》
《不明。時間稼ぎもままなりませんっ!》
 攻勢防壁の展開――瞬時に七層が突破された。
 予定通り空白地帯爆破、それでも生き残った強攻偵察型パケットがさらに防壁へととりつき、ゲートを捜索、乱数解読。
 最新の第12世代型量子演算器であるウィルとはいえ、本部にある無限に更新され続けた真の怪物である《AMATERASU》には遙か遠く、永劫の彼方まで及ばない。
非常用無線シリアル通信回線を一本だけ残して、あとはすべてポートをシャットダウン。
 こちらから、とにかくデータを送り続ける。その間はあちらはデータを送りつけることができないと判断。
 ところが、相手は通信データをリアルタイムで書き換えて通信をさかのぼり、ウィルのメモリ内で攻勢プログラムを作成、ポートを乗っ取った。
 いったいどれだけの演算力の差があるのか、比較もできない。
やむなくそのメモリ領域の隣接区域まで物理パージ、電源を落として内側からアクセスすることを出来なくする。
 虫食い状態で欠けていく三次元不揮発性光量子メモリ領域群。アクセスするのにいくつものバイパスを経由し、、応答時間が少しずつ延びていく。
 それはナノセカンドで勝負が決しかねない超高速電脳戦では圧倒的に不利な条件。
もっともウィルにしてみれば、そんなのは今更なのだ。
 ウィルたち天塔騎士専用朧影人形全騎がかかっても、足下にも及ばない圧倒的な演算力、そしてそもそもウィルたちを設計・開発した母たる存在――それが《AMATERASU》なのだ。

 最初から結末は決まっている。だが、それでもウィルだけの勝利条件を満たすことは可能だ。
 ウィルは、フェテリシアが安全地帯まで逃げるまで、《AMATERASU》をごまかせばいいのだ。
それはあと30秒持たせればいい。


 身体能力が落ちて、一撃必倒など望むべくもない彼女では、かろうじて凌いでいるという状況。早急に打開策を立てなければならない。
なんとか撹乱して、キャリアに運び込もうと考えていたが、無理になりつつある。現にキャリアの方向へ少しでも足を向けると攻撃が激しくなる。
この分では、キャリアの周囲もまた厳重な布陣になっていることは容易に推測できた。
 フェテリシアは覚悟を決める。このままではじり貧で追い詰められる。同じ追い詰められるならば、優先順位など決まっている。
《この母娘を〝アマノウキフネ〟へ|瞬間移動《テレポート》準備してっ!》
《無理です、マーカーのないその母娘では基準点が固定できません。また現在のエネルギー残量では、瞬間移動後にほぼ動けなくなります》
《基準点は自由落下状態の補正、エネルギー残量は気にしなくていい、なんとでもなるっ!》
《無茶です》
《いいからやれっ!》
《拒否します、|マスター《フェテリシア》の安全が――》
《ウィル、DC命令発動! 発議者フェテリシア・コード・オクタ国連軍大尉 認証コードUNSF3960J013FC-H-UNECA! 緊急危険回避のため、特殊AI倫理規定23条第3項をパージ、当該目標をUNSBB-A140F6〝アマノウキフネ〟へ空間転送回収の緊急依頼、最優先実行せよっ!》
《了解》
 機械のような平坦な声色でウィルが返答する。

「うらぁぁあああああっ!」
 フェテリシアは全力で全方位に真空斬りを放った。
「ちぃっ!!」
 攻撃を仕掛けようとした皇帝騎士がいったん退く。そして包囲網が崩れたところを彼女は内壁を全力で駆け昇り、その勢いのまま上空へと跳びだした。


 風が渦巻き、フェテリシアの髪を髪乱す。跳躍の頂点へ達し、自由落下へと入る。
下方に広がる広大な帝都。
直下に浮かび上がるいくつもの光り輝く魔法陣、陣、陣。
直射魔法砲撃の魔法展開陣。その数優に50超。
一斉砲撃、彼女の視界を光が埋め尽くす。
 弾き、受け流し、叩き、潰す。
 両手両足は際限なく超高速連撃で霞み、魔法砲撃を迎撃する。 
 いや、それはもはや迎撃ではない。ただの壁となり、背後で自由落下する母娘を護っている。
光収束魔法砲撃は連射が出来ない。魔法陣の展開に時間がかかるのだ。だが、それは数がいれば問題がない。人数を分けて編成し、順に攻撃すればいい
三つのタイミングで放たれる光撃群は、間断なくフェテリシアを狙う。
さらには空中に跳び上がった騎士が横殴りの光撃。魔法砲撃の十字砲火に、さすがの彼女も対応が遅れ始める。
「ちっ!」
 さらに反対側から、騎士が剣を振りかぶって突撃してくる。
 砲撃の合間を縫い、さらには騎士アインの砲撃が入る絶妙のタイミング。
 空中で姿勢を崩しながらも、指先から放つ衝撃波で大剣の軌道をそらす。
 空を切った攻撃に執着せずに、騎士ツヴァイ=ダイアモンドはそのまま宙を蹴って離脱した。
彼らは魔法陣を展開して、空中に足場を造っているのだ。
 現象演算領域をほぼすべて使われているフェテリシアは、自由落下しかできず、彼らの立体交差攻撃に翻弄され続ける。


《基準点策定。対象物を〝アマノウキフネ〟へ瞬間移動させます》
《カウントダウン省略、GO!》
 フェテリシアが回線に怒鳴ると同時、背後で落ちていた母娘の姿が揺らぐ。

何かを感じたのか、襲撃しようとしていた騎士が軌道を修正して、母娘へ向かった。
「させるかっ!!」
 フェテリシアは光撃を蹴って、その反動で騎士の前に滑り込む。
 両手は既に迎撃で手一杯。真空切りを放とうとした瞬間に、騎士は豪速の剣を揮った。
「っ!!!!」

攻撃の体勢に入っていた少女は反応が遅れた。衝撃。
少女の左腕が宙を飛ぶ。肩口から斬られたのだ。
少女が吠える。
「ぬぁああああああっ!!!」
「なっ!!」
騎士の反応が遅れた。あまりにも予想外の行動で。そして少女の攻撃をまともに食らってしまう。
少女が斬られた左腕を掴み、そのまま騎士にぶち当てたのだ。
腹部にまともに食らってしまった騎士は、そのまま墜落する。
ほぼ同時に、後方で姿が揺らいでいた母娘が瞬時に消えた。
目標地点へと転送されたのだ。


瞬間移動 実行完了
NM残量1パーセント以下、NMフィールド停止
エネルギー貯蓄残量3%未満、NMドライブ出力低下
240分の静止待機状態へ移行


 網膜投影された無情な表示とともに、各種機能有効表示が!反転して非有効化されていく《グレイアウト》。

 皇帝騎士の攻撃中に詠唱されていた大量の攻撃魔法がフェテリシアに向かって打ち出される。
 いくつもの魔法砲撃の光柱が少女へ向かい、その間隙を縫うように魔法弾が雨あられのように打ち上げられる。
 拳電弾雨。少女はもはや己の被害など省みない。片腕と、口にくわえた腕まで使って強引に迎撃する。腕を治癒する時間がない。まともに動かせるように神経接続される時間が足りない。動かせない腕など、ただの|死重量《デッドウェイト》だ、むしろ振り回して棍棒代わりにした方がいいという狂った判断を瞬時にしたのだ。
損傷などかまわずに、少女は総力を挙げて攻撃魔法を迎撃する。
しかし、数十人からによる魔法攻撃だ。飽和にも等しい魔法攻撃量に押されて次々と被弾していく。
 皮膚が裂け、拳が砕け、脚が折れ、全身が灼かれ、そして白煙を上げながら高速再生していく。
「ぁぁぁぁぁぁぁあはははははっ!」
 凄絶な笑みを浮かべ、狂乱の笑声をあげてフェテリシアは委細構わずに全身全霊で魔法を迎撃する。魔法攻撃は続いている。大量の魔法弾が次々と着弾し、身体を抉っていく。再生すら追いつかなくなる。
 被弾の衝撃で、木の葉のように翻弄されながら自由落下する。


そして、魔法砲撃が止み。
地上から大跳躍してくる三人の騎士。
大剣を構え、突撃の体勢。
迎撃の真空斬りを放つ。今の彼女が出せる最高の威力で彼らに向かう。
突如騎士達が散開、真空斬りはむなしく空を切る。
だが、騎士の背後に隠れていた豪速の飛来物。
三人の騎士に気を回していたフェテリシアは一瞬、対応が遅れる。
いや、見えてはいたのだ。しかし、身体の反応が追いつかなかった。
「っ!!!!!」
腹部へ衝撃、貫通。
騎士の背後に強力な魔法弓による強力な矢弾が隠されていたのだ。
フェテリシアの腹部を貫通した鏃が変形する。先端が開き、少女の背中に食い込む。
矢尾につながれた頑丈な鎖の先は、地上でしっかりと足を踏みしめた騎士フィーア=ハート。
鎖を掴み、一気に巻き取った。

「ぐぅううっ!!」
 空中で足場もないフェテリシアは、引かれるままに宙を堕ち。
大地に叩きつけられた。

(ぐあ……さ、すがに……)
 すでにフェテリシアの身体は無事なところを探すのが難しいくらいにぼろぼろだ。
全身に被弾して、再生も追いついていない。叩きつけられた衝撃で脚も腕も折れ、立ち上がることすらままならない。
 上半身を起こし、顔を上げたところで剣が突きつけられた。

彼女を取り囲むように四人の騎士。
背後には魔法陣が浮かび上がり、いつでも魔法弾攻撃が行える体勢。

「ここまでだ。格別の慈悲として、騎士の礼にて葬ろう。潔く散るがよい」
皇帝騎士が一糸の乱れなく剣を構える。その動きには油断も隙もない。
彼らは皇帝直属の騎士だ。個人武芸も超一流だが、それ以上に連携戦を得意とする。
その力は50人の騎士にも匹敵するとまで云われる。

 天塔騎士として与えられた機能全てを停止させられ、身体再生すらままならないフェテリシアには、もはやなす術がない。


(ボクじゃここまでか……うん、よくやった、よね……)
 |フェテリシアは諦観した《・・・・・・・・・・・》。

















――もう、いいの?





------------------------------------------------------------------------------------------------


これだけ書いて、実は2分間以下の攻防……
もうちょい削った方がいいかなと思いつつ自重しなかった。

次回は幕間~帝国北方戦線~かな?



[37284] 第四章 慟哭の少女 <3>
Name: 森河尚武◆cea74981 ID:ebeea0c8
Date: 2013/07/21 00:33
ちょっと短めですが、投稿。

2013/7/11 初稿投稿
2013/7/19 一部追加修正

---------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------


「なにか言い遺すことはないか」
 少女はなにもいわない。静かに顔を伏せる。
 身体再生中の証であるうすい白煙を身体中からあげ、緋髪の色がゆっくりと抜けていく。
 取り囲む皇帝騎士たちもまた微動だにせず、少女の一挙手一動を油断なく見据えている。

 皇帝騎士アインがゆるやかに剣を掲げた。
「……なにもないか。――帝国の名の下、騎士の礼に則り、汝を葬ろう。その魂に安らかなる眠りを」
 祝詞を静かに唱え、魔法剣を起動する。
剣身に刻まれた文字列が輝き、切断魔法圏が発生する。

その剣を振り下ろすべく構えた瞬間。

「待て」

レオン・ド・ゴルド宮廷魔法師長だった。
 背後には魔法騎士に砲撃魔法士が勢ぞろいしている。いずれもが苛烈な戦意を揺らめかせ、少女を睨んでいる。
 彼らは、いままで少女に翻弄されてきた騎士や魔法師たちだった。

「皇帝騎士よ、其の者はこちらに引き渡してもらおう」
「ゴルド宮廷魔法師長閣下。その命令は聞けませぬ。我らは皇帝陛下直属の騎士、その行動のすべては勅命に拠るもの」
「其の者の身柄は私に預けられておる。それは勅命にて定められたことであり、汝らが処分することは勅命に背くことになる」
「皇帝陛下は我らにこの者を討伐せよと仰せられた。よって最も新しき勅命たる我らが優先される」
「その勅命は、〝天塔騎士を討伐せよ〟というものか。違うであろう、あくまでも城下を騒がせる賊の討伐であろう。しかし、それが天塔騎士であることは想定されていない。違うか?」
「最も新しき勅命が優先される、この原則に変更はありませぬ」
「ならば、我が新しき勅命をもらいうけるゆえ――っ!?」
 突如レオン・ゴルドが目を見張って絶句した。

「……続けてもらっていていいですよ?」

 皇帝騎士たちから少し離れたところに、フェテリシアと名乗っていた少女が立っていた。
 肩口から斬られたはずの左腕があり、まるで調子を見るように指を動かしていた。
 斬られた腕をくっつけて動作確認をしていたのだ。

「い、いつの間にっ!?」
 皇帝騎士たちは驚愕した。たった今まで目の前にひざまづいていた天塔騎士が居なくなっていたのだ。
 一瞬で動いたのではない。それならば四人八対の瞳が必ず気づく。だが、居ないことに気が付かなかったのだ。
 皇帝騎士四人、宮廷魔法師長レオン・ド・ゴルドを含む超一流の騎士や魔法師十数人の誰一人として。

「あら? どなたか一人くらいは気が付くと思ったのですけど……」
 むしろ意外そうに少女はつぶやく。髪の色が白銀へと変わっていき、逆に瞳の色が濃くなっていく。

 皇帝騎士達は合図をすることもなく一瞬で少女を再包囲する。
「――貴様、誰だ?」
 鋭い眼をした皇帝騎士アインが剣を構えたまま、静かに問う。
 少女の雰囲気が先ほどと違うことに気が付いたのだ。
 先ほどまでの少女は強者のもつ鋭い雰囲気を纏っていたが、今は令嬢のようなゆったりとした雰囲気でいて、隙がまったくない。
先ほどよりもむしろ警戒するべきだと皇帝騎士たちのカンが囁く。。
「わたしですか? そうですね……"フェアウィルド"とでも名乗りましょうか」
「ふざけているのか? |公平な運命《フェアウィルド》などと……」
「べつにふざけていないですよ? わたしは本当の名前を奪われましたので。元の名は、そこの人に聞いてくださいな」
 ほとんど服の体をしていないぼろぼろの服装の少女が指差した先には、宮廷魔法師長レオン・ゴルドが立っていた
「どういうことですかな、レオン殿?」
「――知らぬわ、賊の戯言を真に受けるでない」
 きっぱりと否定する。だが、その場の人間は誰も信じなかった。
答えるまでの極小の間が、なにかがあることをうかがわせてしまっていた。
「ええ、そう云うでしょうね、元お父様」
 少女はくすくすと笑う。
「どういうことかはあとでお聞かせ願いましょうか、閣下――。さて、まだ抗うのか、天塔騎士よ」
「せっかく名乗りましたのに、呼んでいただけないのですね」
「戯言には付きあわんよっ!」
 声を後方に残して、突きを繰り出す。残像すら残らない超速の突き。
たとえ躱されても、皇帝騎士三人の時間差攻撃が控えている。
 だが、少女は|躱さなかった《・・・・・・》。
「ぬぅっ!?」
 攻撃が当たらなかった。超速の突きが肩の数ミリ横を抜け、大地を割るような振り下ろしは数センチ背後に、滝を斬るような切り払いはかすりもせず、放たれた必中の矢は白銀の髪を揺らしただけだった。
 驚愕の声はあげても自失はしなかった皇帝騎士たちはすぐさま次の攻撃に移る。だが、結果は変わらない。
 豪速の突きも切り払いも唐竹割りも袈裟切りも逆胴も、武芸全てをもってしても当たらない。
 まるで騎士たちが勝手に攻撃を外しているかのよう。
 少女はただすこし歩いただけだ。
「離れろっ!」
 弾かれたように距離をとる皇帝騎士たち。
 少女は別に追わない。ふわふわした笑みを浮かべながら、ただその場で立っている。

 彼らは誰一人として理解していない。
彼女はただ歩いていただけだ。ただしヒトの認識の隙間を紡いで。
 人の認識は連続していない。意識と認識は脳の構造上、別々の処理系統であるためである。
 認識が断続している以上、意識の空白ともいえる瞬間が必ず存在する。
 その空白を縫うように動く歩法を、技をヒトは幾千年の時をかけて練り上げた、その究極の一。
 現生人類が失伝した遥か過去の|遺失武術《ロストアーツ》。
だが、帝国人達は知らない。皇帝騎士たちが、まるで自分の意思で攻撃を外したかのように見える。
 少女は決して早くはない。むしろ遅いとさえいえる動きで、するすると歩いている。

「なにをしている、そんな小娘に情でも湧いたかっ!」
 レオンが叫び、最速で魔法陣を構築する。
最速最強の雷撃魔法。かつて少女に放ち、その身と絆を灼いた超速度展開の魔法。
「《雷撃――》――っ!?」
「ダメですよ、元お父さま。魔法なんて|遅いもの《・・・・》を近接戦で使っては」
 少女がいつのまにかレオンの前に立っていて、ローブの胸元を指でつついていた。
 戦慄したレオンが一足で後方へ跳ぶ。
 周りで魔法を構築しようとしていた魔法師たちも巻き込みを避けてばらばらに跳んだ。
 誰一人として接触したりしていないのはさすがである。
 包囲していた皇帝騎士たちは、背筋に冷たいものが流れるのを感じた。
 一瞬たりとも気を抜いていないというのに、気が付かせることなくまた包囲を抜け出られた。

「あら、避けられるなんて元娘として寂しいですわ、元お父様」
 本当に悲しそうな表情をしながら少女はくすくすと笑う。
その手には魔法剣がいつのまにか握られていた。

「……な、それはっ!!」
 魔法騎士の一人が叫んだ。自分が構えていたはずの魔法剣がなくなっていた。
「ちょっとお借りしています。帝国標準魔法剣|ホーエル・コウレージ86式《誉ある勇騎士の剣》。――いつか握ってみたいと思っていました」
 古い記憶の中で、憧れだった象徴、そして握ることのなかった剣。
 史上最年少で得るはずだった、それを少女は感慨深げに眺める。
「か、返せっ! その資格のない汚い手で触るなっ!!」
 剣を奪われた騎士が怒鳴って少女に掴みかかってくる。
「――勇気がありますね、ほんとうに」
「なに、を……!? あ゛?」
 騎士が突如膝をつき、無防備に倒れこんだ。いつのまにか彼の首元に剣を当てて少女は立っていた。
 彼の両手両足がありえない方向に曲っている。彼女が叩き折ったのだ。
「やっぱり、だめですか。|そんなことだろうと思いました《殺せないようにロックされている》」
 平坦につぶやきながら、剣をゆるゆるとひく。
「でも」
 ふらりと身体を揺らしながら、周囲を見回す。
「叩きつけることはできるみたい」
「なにを云ってやがる、この小娘――がはぁっ!?」
 また魔法騎士の一人が転がった。今度は両手両足に加えて喉元が潰されている。
「喉を潰すことも出来るのですね。うん、|だいたいわかりました《制限範囲が》」
 こくこくとうなづきながら、少女は彼らのほうを向いた。
 彼らもまた油断なく構えながらも困惑を隠せなかった。
 戦う者の気配を微塵も感じさせない、しかし何をしたのかもわからずに仲間を一瞬で倒した。
 一流の騎士であり魔法士であるゆえに彼らは戸惑っていたのだ。

「さて、他の方々はどうされますか? わたしとしては、このまま去りたいのですけれども……?」
 半裸の少女がふわりと云った。
 まるで淑女が、お茶会の誘いをするかのように優雅に。
 透き通った、濁りのない笑みを浮かべて。
 二人の騎士を須臾の間に倒しておきながら、闘志はおろか感情の揺れさえも感じさせない。
 それが逆に騎士達に恐怖を感じさせた。
強さなど感じられず、魔力も感じないただの小娘なのに、得体のしれなさが薄気味悪さを感じさせ、ありえないことが起きて恐怖を招いている。   
 だが、ここで引くなどという選択肢は最初からない。ゆえに、騎士たちは一歩前に出て、一斉にかかった。


――それは、一方的な蹂躙だった。

「ぶげぇっ!!」「ぎゃひぃっ!」「がぁっ!!」

 一斉に加速して踏み込んだ騎士が、突如はじき返されたように宙を舞った。
篭手や脛当てが砕かれ、剣を取りこぼして。
 受け身すらとれずに無様に地面を転がる。
 
「なっ……!」
 第二陣として踏み込もうとしていた騎士が唖然として、声をこぼす。


ぺたり。
少女の足が踏み出された。
「か、かかれっ!!」
 小隊長の怒号と共に、弾かれたように騎士達が超速で踏み込み、剣を揮う。――結果が再現される。

 少女が一太刀揮えば、騎士が倒れる/吹っ飛ばされる/潰される。
 光弾や炎弾は面白いように外れ、魔法剣から放たれる衝撃刃はかすりもしない。
 四方八方から攻撃する騎士の剣は、まるで定められた剣舞のように空を斬り、少女の揮う剣を防ぐ防護盾魔法は意味を成さずに打撃を受ける。

 少女はぺたぺたと歩いている。

 超加速した騎士の刺突は遥か横を反れ、魔法を放とうとした騎士が|衝撃斬り《ショックブレード》で喉を潰される。
  
 少女はぺたぺたと歩いている。

 無造作に揮った魔法剣で騎士が二人、両手両足を叩き折られて魔法剣を取り落として仰向けに倒れこむ。
 上から襲撃した騎士は、少女がついっと上に向けた剣で喉を潰され、両腕を折られた。
 
たったひとつの斬線にしか見えないにもかかわらず、複数の騎士が何撃も叩き込まれている。帝国でも一流の騎士たちがなす術もなく蹂躙されていく。
 いや、もはやそれは蹂躙ですらない。
 たとえば、人間が草を踏み潰すときにそれを蹂躙と云うだろうか?
 虐殺ですらない。彼女は誰一人として殺してはいない。

 それは、たとえるなら空前絶後の巨大近代要塞に正面から剣一本で挑む兵士。圧倒的な火力の前に玉砕しにいくようなものだった。

 帝国騎士団員達は為す術もなく叩き潰されていく。

「な、んなのだ……」
 ド・ゴルドが呆然としながらつぶやく。

 皇帝騎士が四人がかりで同時に包囲攻撃、ゆるやかに歩く少女の進行方向にいたダイヤとハートが両手と咽を潰された。
 残り二人は危険を感じた瞬間、跳んで少女の剣を躱した。ダイヤとハートは一瞬だけ遅れたのだ。

「貴様は、いったいなんだっ!!!」
 恐怖を振り払うように怒鳴った。
「あなたに捨てられた元娘ですよ、元お父様」

 振り向きもせずに背中に回した剣を跳ね上げて、後ろから斬りかかってきた騎士を弾き飛ばす。
 無様に弾き飛ばされた騎士がべちゃりと地面に落ちる。
すでに残った騎士は数人もいない。
 皇帝騎士ですら、まったく歯が立たない状況では、無防備と同様だ。

「復讐だとでもいうのかっ!」
「いいえ? フェテリシアが宣告したはずですよ。そんなのつまらないからしないと」
「では、なぜだっ!!」
 ド・ゴルドが叫ぶと一瞬で構築された雷撃が発射され、少女を襲う。それらを剣で叩き斬りながら半裸の少女はぺたぺたと歩く。
「不思議なことをおっしゃいますね。そんなの攻撃してくるからに決まっているじゃないですか」
 剣を横薙ぎにする。放たれた衝撃斬りが魔法射出態勢にはいっていた魔法師をまとめて上空にふっとばす。
 落ちてくる魔法師たちは、乱舞する衝撃切りが両手両足を叩き折り、喉を潰す。
「帝国でも精鋭たる帝国近衛が、ここまで無造作にやられるとはっ!!」
 皇帝騎士が歯ぎしりをする。
 うかつに動けば、同じように餌食になると隙を狙っていたが、少女の動きがあまりに無造作すぎて隙かどうか判らないのだ。
「あら?」
 不意に少女が視線を空に向けた


「死ねぇえええええええっ!!!!!」
 上空から聞こえる声が大きくなり、真っ赤に赤熱したなにかが何かが芝生を直撃する。
爆発音にも似た破砕音と土を巻き上げて、土煙が視界を覆う。
爆発中心部から火焔風が舞い、土煙を吹き散らす。
そこには炎に包まれた一人の女騎士が立っていた。
「眼を覚まされたのですね、息災で何よりです、アフィーナ元姉さま」
「うるさいっ!! ゴミ屑に姉などと呼ばれたくないわっ! 耳が腐るっ!!」
 突き立てた魔法剣を引き抜きながら、アフィーナ・ド・ゴルドが怒鳴る。
 彼女の全身にゆらゆらと緋い炎が揺らめいている。まるで彼女を護るかのように。
 それの正体を少女は昔の知識から引っ張り出した
「〝精霊鎧〟ですか。燃費も効率も悪いその魔法を発動させているということは、なにかしていますね?」
「ああ、そうだ。教えてやる、ゴミ屑には絶対に到達しえない力があるということをっ!!」
 引き抜いた魔法剣を構える。
 それは異様な剣だった。剣身の根元に四本ほどシリンダーが装着されていて、魔力導線が剥きだしで配線されていた。

「魔法を使えぬこの世全てのゴミどもに教えてやる、人との間にある超えられぬ壁というものをなっ!!!! 《〝ロンギヌス〟起動》《身体強化重複》《神経加速》!」
 アフィーナは剣の鍔元につけられた拡張スイッチを押しながら短縮呪文を唱える。

 アフィーナの起動言葉と共に剣の機能が発動する。
 ガキンと音を立てて、剣身の根元に埋め込まれたシリンダー二つに導線部が装着される。
同時に複数の魔法陣が展開――身体の関節・筋力を強化させる強力な身体強化魔法。強化された身体を制御するための神経加速
剣身が発光し、装着されたシリンダーが赤熱化する。

 その剣はアフィーナが動作試験を担当してきた開発中の試作魔法剣だった。
 星の海より落ちてきた鉄を女神が鍛えたと云われる聖剣を超える人造聖剣を目指す計画。
かつて、聖人が携えたという聖剣の名前をつけられたそれは、試作中のなかで最も性能が高い一本だった。

人を覆い尽くすような魔法陣が可視化される。
「まぁ……ずいぶんと大きい魔法陣ですね。もしかしなくても魔導演算器ですか」
 少女が感心していると、レオン・ド・ゴルド宮廷魔法師長が焦ったように怒鳴る
「まて、アフィーナっ! それはまだ試作品だっ!! 実用には耐えぬっ!!」
「問題ありません、速攻でこのカスを叩き切れば済むことですっ!!」
 炎をまとう剣を構え、身体強化された加速で襲い掛かる。蹴った地面が爆発し、苛烈な踏込がひび割れを起こす。
 その動きは皇帝騎士たちですら完全には捉えきれなかった。


周囲、全ての物が見える……っ!!

 人造聖剣ロンギヌスが起動した瞬間、アフィーナの意識が切り替わり、周囲すべての物が見えるようになる。
それは全方位視界などではない。
魔法によって取り込まれた周囲すべての情報を元にして構築された精密情報地図。
それは、莫大な魔法演算領域に作りあげられた〝世界〟の限定的な模式だ。

アフィーナの視界の中で、騎士や魔法師たちがゆっくりとなる。
皇帝騎士達ですら、追えていないのが判る。
周囲百メートルの状況が手に取るようになんでもわかる。
笑みを浮かべているゴミカスが見える。
笑う。
これから何が起きるのかも理解していない間抜けな顔。それが歪む様を思い浮かべていい気分になる。

圧倒的な力、魔法力。
あまりも強大なそれが高揚感を誘う。
身体強化も普段とは比べものにならない。
莫大な魔法演算を剣の魔導演算器が行い、意識加速を自前の演算領域で行う。
魔法行使があまりにも容易におこなえる。
指先にまで充ち満ちる圧倒的な魔力。
それらが意志によって完璧に制御され、圧倒的な力を生み出す。
ほんの少し脚に力を込めるだけで、身体は加速を始め粘着質な空気がまとわりつく
今まで感じたことのない全能感に包まれる。
そうだ、これが、これが、真の魔法、真の騎士!
絶対強者たる帝国魔法騎士の頂点っ!!

さぁ、あのゴミカスに教えてやる。
もはや、何をやっても無駄だと云うことを、この世には絶対の力があると云うことを――教えてやる。


突如、内壁が爆発する。
少女は頭を下げて、地面に手をついた。
音はあとから来た。
「|衝撃破砕《ショックバスター》……」
暴風に巻かれて髪が暴れる少女が小さくつぶやく。それは天塔騎士が使う技の名前だ。
「は、よく避けたなっ!! なら、これは、どうだっ!!」
アフィーナの剣を持った右手が霞む。
地面が沸き立つように爆発し、土煙が’少女の周囲を囲む。煙を払うように手を降りながら少女がまた呟く。。
「|連弾衝撃破砕《ダムドストローク》…」
「だけじゃないぞ、ゴミ」
アフィーナが瞬間移動のように、少女の眼前に現れ、柄元をぶちこんだ。
 すこしだけ目を見張った少女がぎりぎり躱した。いや、正確にはわずかにかすったのか、残っていた衣服の一部が弾け飛ぶ。
「ちっ、目算が狂ったか」
少女の動きを含めてすべてが〝視えて〟いるにもかかわらず、すこし外してしまい、アフィーナが舌打ちをしながら、いったん距離を取る。
「《魔法斬圏拡大》、《身体制御強化拡大》!」
 アフィーナがいくつもの呪文を同時に発声、剣身にさらに魔法陣が多重展開、斬撃圏が約三倍に拡大した。そしてさらに身体強化魔法を多重展開。
 精霊鎧も同様に領域が拡大し、赤い火焔が太陽コロナの様に舞う。
 アフィーナの端正な顔に血管が浮き出て、どくんどくんと脈打つ鬼のような形相。
 炎の鬼神と化した。

「本物の力というものを教えてやろう。これが、ゴミどもには絶対に届かぬ遥かな高み、神の領域に踏み込む力だっ!!」
「まぁ凄いですね。魔法が神さまの領域に踏み込んでいるなんて、わたし知りませんでした」
 少女は手を口にあてておっとりとした口調。
「は、何を余裕ぶっている。これから死ぬんだよっ!! このわたしを虚仮にした罪を死んで償えっ!!!!!」

アフィーナの周囲に風がまきはじめ、姿が歪む。次の瞬間、姿がブレて、四人に別れた。
超高速ステップによる残像分身攻撃。

そして、四人のアフィーナは火焔の尾を曳きながら駆けた。
十メートルの距離を一瞬で踏破し、少女を取り囲んで、一斉に斬撃を見舞う。
 唐竹、右薙ぎ、逆胴、袈裟、左薙ぎ、斬り上げ――瞬息で打ちこまれた24もの剣戟の余波が石畳を抉り、破片と土を巻き上げる。 それぞれが一撃必殺、死撃の乱舞。
剣線にそって火焔が尾を引く。
アフィーナ達が一斉に跳び退る。

「《獄炎よ》!!!」
同時にトリガワードを異口同音に叫ぶ。
 拡張魔法領域にて構築されていた魔法が瞬時に四重展開、強固な結界が現れる。
結界が完成した瞬間に、内部で起爆する。
強力無比な魔力爆発が結界内を舐め尽くし、限界を超えて、結界そのものすら破壊して轟炎を噴出する。
天に向かってそびえ立つ巨大な轟炎の柱。
火焔が融合して収束し激しく燃え盛る。

 魔装騎士ですら葬る収束爆発攻撃。

 試作人造聖剣ロンギヌスから、赤熱したシリンダーが金属音をたてて排出されて、石畳を転がっていく。

 一人に収束したアフィーナが哄笑する。

「あははははははっ!!! これが真の格の差というものだっ! ゴミどもには永劫に届かぬ絶対の領域!! 一片の肉片すら残さずにこの世から消え去るのだ、ははははっ!!」



---------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
キリがよいので、ここで。
うん、まぁ誰も心配していないだろうけどね?
某宇宙要塞の撃墜王が吐いた名言が思い浮かぶ今日この頃。

なお主人公の人称や戦い方もろもろが豹変しているのは仕様です。(次回に説明)
彼女は常時ふわふわした微笑を浮かべています。それが固定表情なので。
あとフェテリシアが出来ることは彼女もできますが、彼女が出来ることの一部はフェテリシアにはできません。


7/21追記:
初回投稿時に全然反応がなくてorz
うんまぁ、こんなものだよね。




[37284] 第四章 慟哭の少女 <4>
Name: 森河尚武◆cea74981 ID:2c192290
Date: 2013/08/02 00:00
また、ちょっと短めですが投稿。

2013/7/28 初稿
2013/8/2 全面改稿


---------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------

「ははははははっ!!」
 猛り狂う火焔地獄の前、アフィーナの狂ったような哄笑が響く。

 皇帝騎士、魔法師たちは慄然としていた。。
 アフィーナがもたらした大破壊の光景に、怯えにも似た畏怖を抱いているのだ。
 巨大な火柱が天を焦がし、その周囲を爆炎が踊り狂っている。芝生は云うに及ばず、石畳や魔導被膜が施された内壁まで融解、沸騰しながらマグマのようにゆっくりと流れている。
 たかが魔法騎士ひとりが作り出せる光景ではなかった。

「なんてものを……造ってしまったのか……」

 レオン・ド・ゴルド宮廷魔法師長は畏怖と同時に慄いていた。
 一人の魔法騎士が、長時間の詠唱もなしに魔装騎士を遥かに超える火力をもたらしたのだ。
超戦術級儀式魔法にも匹敵する威力だが、もし味方に向けられればと考えてしまう。
 たった一人で戦局を打開しうる超戦術兵器が誕生したのだ。誇らしくもあるが、同時に危惧を覚えざるを得ない。

 これは、なんらかの封印鍵をつけるか、もしくは皇家専属とすべきか……。

 すでに事後のことを考え始めていることを責められない。 
 この大魔法で無事な者などいるはずがない。
 帝国人たちは意識・無意識に関わらず、みなそう思っていたからだ。

「あははははっ、何が、天塔騎士だ、なにが世界最強、恐怖と破壊の騎士団だっ!! 帝国騎士こそが真の世界最――っ!!」

――炎が裂けた。

 アフィーナが哄笑したまま凍りついた。
 ド・ゴルド宮廷魔法師長や皇帝騎士たちもまた。

 裂けた炎は渦を巻いて収束していき、巨大な火焔柱から焔の翼のように二つに分かれていく。
炎色が赤、橙、そして青白く変わっていく。

一対の翼のように変化した焔、その中央。
小柄な、ヒトガタの影が一つ。
片手からのびる長いなにか/魔法剣だとアフィーナは無意識に思った。
絶叫した。
「なぜだっ!!!!!」

理解できない。
なぜ、あそこにヒトがいる?
なぜ、あの絶対灼熱地獄に立っている?
なぜ、燃えた様子すらない?
なぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜ!!!!!

「生きているはずがないっ! 絶対火焔地獄だ、骨すら残さずに燃え尽きるはずだ、斬られてばらばらになったはずだ、お前はっ!!!!!」
「――斬られませんでしたし、燃えなかっただけですが」

 少女が魔法剣をゆっくりと横にもっていくと、まるで従うように青白い火焔が天高く立ち上る。

「――魔法斬圏は、確かになんでもよく斬れますが、同時に手ごたえをなくしてしまいます」
そりゃ鋼鉄だって布のように斬るんですから当然ですよねと、少女は独りつぶやく。
「だから、自分の認識を超えた超高速機動時では、斬ったのか回避されたかわからない」
「ばかなっ!! わたしは斬ったぞ、たしかにっ!!」
 その光景を覚えている。四肢を斬られ、表情を変える間もなく胴を薙がれて肉塊に変貌する少女を。
 その光景をアフィーナはたしかに覚えている。
「……その時に血は飛びましたか? 肉が焼ける音は? 匂いはありましたか?」
 魔法斬圏はいくつか種類があるが、アフィーナが発動させたのは炎系統だった。
 超高温の力場で力任せに叩き斬るそれは、極めれば魔装騎士の装甲とて斬れる。
 その一方で、灼かれるためにある程度の匂いや飛散物が発生する。
「匂いだと……?」  
 そしてアフィーナはにおいも血もなにも飛び散らなかったことを思い出した。
「さらにいえば、もう一つ。あれだけの加速です、きっと『魔法反応全方位視覚』を使ってましたよね? あれの欠陥をご存知ですか?」
「欠陥だとっ!? 我が大魔法帝国の魔法だぞ、そんなものが――」
「ありますよ。あれは魔法による外部感覚から構築された仮想的な視覚、世界みたいなもの。認識できないことは、その人の経験や記憶から補完するし、願望を構築することだってあるんです。構築演算しているのは、その人の脳ですから」
「ま、さか――っ!?」
「斬ったわけじゃなくて、願望を実際の視覚として構築したんですよ」
 少女は変わらないおっとりとした笑顔のままに、事実を告げる。
 それはアフィーナにとって最大の屈辱だった。要するに妄想だったと云っているのだから。

「ふ、ふざけるなぁあああああっ!!」
 アフィーナが咆え、4人へと別れる。
 今度は魔法視覚を使わない。ただ神経加速を実行。
凄まじい負荷がかかり、顔中に血管が浮き出る。剣を振りかざし、少女を惨殺しようと疾った。

「死、ねぇえ――っ!?」
 停まるアフィーナ。構えた魔法剣を取り落としそうになる。
 魔法騎士は云うに及ばず、皇帝騎士さえも凍り付いていた。

――青白い焔を背景に12人の少女が居た。

 腕を組んだ少女、その両脇に鏡写しの八相の構えの少女。
そして下段、正眼、上段、片手突きの構えの鏡写しの少女たちが並んでいる。
いずれもが、おっとりとした笑みを浮かべたままアフィーナを静かに見ている。
その黒い瞳はまるで深淵のように深く、なにも映していない。

「分身が出来るのは、一握りの帝国騎士だけだと思ってましたか?」
 腕を組んだ少女の一人がつぶやくように云った。

「あ、ああ……」
 アフィーナの剣がカタカタと揺れる。いや、揺れているのはアフィーナ自身だ。
 無意識が、鍛え上げられた剣技がそれに気づいていて、身体が怯えているのだ。――コレには自分の剣は絶対に届かぬと。

「耐えてくださいね?」
12人の少女が魔法剣を個々に揮った。
12の衝撃破砕波が、アフィーナの周囲に向かう。
「ぉおおおおおおおっ!!!!」
迫り来る圧倒的な脅威、死の予兆を感じて、アフィーナが吠え、全力で防御する。
豪速で衝撃破砕波を放ち、精霊鎧の出力を最大にする。
 少女の放った衝撃波はアフィーナのそれを呑みこみ、そのまま地面をめくりあげ、精霊鎧を容易く貫いて粉々に砕き、揮った人造聖剣を弾いて跳ね上げさせた。
 アフィーナは姿勢を崩されながらも後ろに跳躍、装甲ブーツの底で地面を削りながら衝撃をかろうじて受け流した。最後は膝をついてしまったが、すぐさま立ち上がり剣を構える。

「ははははっ、防いだ、防いだぞっ!! 12分身の攻撃で、その程度かっ!!」
「別に攻撃を当てる気はありませんでしたけど?」
 死を免れて歓喜の声をあげるアフィーナに、一人に戻った少女が素っ気なく言う。
 愕然とするアフィーナ。生命の危機さえも覚えた攻撃が、少女にはただの牽制だったというのだ。
衝撃を受けているアフィーナのことなど露とも気にせずに、少女は続ける。

「さて、古くからの伝統ですので、チャンスを与えましょう」
「な、なんだというのだ!?」
 怯え始めている身体を叱咤して、アフィーナは問いかける。
「全身全霊、最高の一撃を。本当の本気で後先考えず、全力全開の一撃を出してください。――じゃないと、死にますよ?」
少女は両手を広げ、笑みを浮かべたままアフィーナにそんなことを云った。

「アフィーナっ!」
 敬愛する父の声に彼女は反射的に動いた。大きく後方に跳躍すると同時、少女の周囲を膨大な量の光槍が突き立ち、檻を形成する。
 ド・ゴルド魔法師長が超高速言語の多重詠唱を実行している。アフィーナの攻防の間に詠唱を行っていたのだ。
掲げた腕の上空に、極大の四重円魔法陣が構築されていた。魔法文字が赤黒く脈動しながら発光し、円陣にそってゆっくりと互い違いに回転している。
「よくやった、アフィーナ。後は任せよ!! ――天塔騎士よ、真の魔法というものを見せてやるぞ」
 掲げた両手から紫電が舞い、上空の魔法陣から高周波音が唸りはじめる。
魔装騎士を上回る大魔法構築。
魔法演算を行っているド・ゴルドもまた苦痛にゆがみ、顔中に血管を浮かばせながら叫ぶ。

「これが真の魔法、極大魔法だ!! |〝永劫の雷劫牢獄〟《エターナル・ガングニール・ブラスト》!!!!」
 最後の鍵言葉と共に宮廷魔法師長渾身の極大魔法が発動する。
 光槍の檻に捕らわれた少女に上空から大量の雷撃が降り注ぎ、さらに光の壁が少女を取り囲むように顕れ、包み込むように収縮する。超凝縮された光子が膨大な熱を発生、数千度にも達した熱は地面を融解し、周囲大気を巻き込んでいく。

それは、極大魔法の名に恥じないだけの威力を持っていた。帝国騎士団たちですら目を奪われていた。

「何をしているっ!! 早く魔法砲撃を叩き込めっ!!」
 宮廷魔法師長が叫び、騎士や魔法師たちが我に返って次々に砲撃魔法を撃ちこむ。とにかく大量の砲撃を容赦なく。
 多重高速詠唱がいくつも唱えられ、雷撃・光撃・焔撃・氷撃と多数の属性の魔法砲撃が少女の周囲に叩き込まれる。
 まだ残っていた地面が融解し、余波だけで直撃していない内壁が倒壊していく。魔装騎士一個小隊三騎による全力魔法攻撃を超える高密度の火力。
 これだけの全力魔法攻撃を受けて存在できるものなどないというのに、しかし彼らの顔には余裕などない。引きつった顔つきで必死に魔法を発動させ続ける。
 
それは恐怖だった。
少女との対峙では常に予想が覆されてきた。
数も質も揃え、遙かに上回るだけの火力も制圧力もある戦力を整え、間違いなく勝てるだけの布陣であったはずなのに歯牙にもかけられずに遊ばれていた。
その記憶がある。そして、今の少女は攻撃をし、仲間を叩きつぶしていた。
もはや一瞬たりとも気を抜かない。
全力で叩きつぶす。
総力魔法攻撃戦をする彼らへ、頼もしい増援が空より降り立つ。
内壁を跳躍で越えてきた巨人。
轟音とともに少女の四隅にそれが降り立つ。
――魔装騎士。白色に皇帝の色である黄金のラインが入った騎体。近衛騎士団直属騎だ。
「全力で焼き尽くせっ!! 責任はわしが取るっ!!」
 宮廷魔法師長が下命する。
 白い魔装騎士達の両肩装甲がスライドし、4つずつ計16の魔法陣円盤が露出する。
せり出して回転を始めると、さらに四つの小さな魔法円陣が空中に光で書き出されていく。
一騎につき16個、四騎合計で64もの魔法陣が空中に構成され、一斉に砲撃を開始した。
強襲制圧駆逐型魔装騎士、対人掃討に優れた高火力型魔装騎士の全力掃射砲撃。
小さな街ならば一瞬で消滅するほどの濃密な火力が集中される。

――それだけの魔法攻撃を一身に受けながら、少女はこともななげに立っていた。
 光槍、火炎弾、雷撃、氷弾……全ての魔法攻撃を青白い焔の翼がゆらゆらと動いて受け止め、吸収していく。強力な魔法を受け止める度に翼が大きくなっていき、羽根の数や大きさが増していく。
全員に加えて、魔装騎士の全力掃射すらもその防御を突破できない。
――あまりにも絶望的な戦闘だった。

「ぜ、全魔装騎士に全力出撃命令っ!! いそげぇええええっ!」
 ド・ゴルド宮廷魔法師長がもはやなりふり構わずに命令を下す。そして騎士たちもその命令に従う。通信魔法で命令を怒鳴り、城中に緊急出動サイレンが鳴り響く。

 その音を背景に、少女が歩き始める。
 ぺたり……ぺたりと石畳を歩く素足の音がなぜかよく響く。

「〝全てのものを貫く火槍よ〟!!!」
 アフィーナが全力全開で最強の魔法を放つ。数千度の炎を凝縮した超高速の焔の槍。
魔装騎士の装甲ですら貫く威力と、魔法騎士ですら反応しきれない速度で少女を襲う。
 少女の剣がゆらりと動いた。
 ただそれだけで、焔の槍は四つに切り裂かれて焔の翼に吸収された。

「な、なんなのだ、いったいなんなのだ、それはっ!! おまえは、おまえは魔法が使えないはずだっ!!」
「ええ、わたしは、あなたたちのいう『魔法』は使えないですよ」
アフィーナの絶叫に少女は律儀に答えた。
「では、なんなのだ! 魔法じゃないというなら、それはなんだっ!! 《極炎槍》!」
両腕を掲げ、人造聖剣の拡張魔法演算領域まで使って構成した極大の火焔槍を射出する。
超音速にも匹敵する速度で迫る凝縮された火焔槍を見もせずに青白い焔翼が絡め取り、粉々に砕き吸収していく。
「名前で言うのならば『時空間事象制御機関』、由来を簡単にいってしまえば、かつて『神々』が使った『真の魔法』、あなたたちの使う『魔法』の原型です」
「ばかなっ! 我らの魔法に原型など――!」
「〝かつて、神々は陸を踏破し、海に潜り、空を自由に飛び回り、星々の海さえも渡っていた。何もないところから食べ物を、道具を造り、果ては人間さえも造り出した〟――古い古いおとぎ話です。むかし、読んでくれましたよね?」
 少女は変わらぬ笑顔のまま、アフィーナに同意を求める。
「そ、それが、なんだというのだ!」
「これ、神々というの以外は、ぜんぶ事実なんですよ? かつて、人類の黄金期にはそういうことが出来たのです」
魔装騎士の光砲撃魔法を、火焔の翼が一振りで引き裂き、吸収していく。ありとあらゆる属性の魔法弾が翼に弾かれ、切り裂かれ、吸収されていく。
「あなたたちが『魔法』といっているものは、その頃の技術が劣化したものなんです。それを隠すためにご先祖様方は『魔法』と言い習わすようにしたようですが、それだけに体系化もされず、研究もろくにしないで退化していったみたいです」
 少女が歩みを止めた。
四方から猛烈な掃射が続き、火焔の翼もまたせわしく動き回って防御する。それをどこか、めんどくさそうな雰囲気を醸しながら、四方の魔装騎士に視線を流し、こっくりとうなずいた。

「ふぅ、人が話しているというのに無粋ですね。もう|NM《魔力変換》も充分溜まりましたし、魔法を受けるのも飽きました。――そうだ、ちょっとした剣技を見せましょう。」
いいことを思いついたかのように少女が云った。
 そうして片手にもっていた量産魔法剣を斜めに構えた。
その間も絶え間なくありとあらゆる魔法攻撃が加えられているが、ことごとく火焔の翼に阻まれて届かない。

ゆっくりと身体を捻り、構えた剣を身体の右後方へと引き絞る。

 少女が身体を捻っていくと、いかなる現象か、周囲の空間がみしみしと悲鳴をあげはじめ、大気が少女の周囲に尾を引いて渦巻き、鳴動しはじめる。
 踏みしめた足の下の石畳に亀裂が入り、蜘蛛の巣のように一気に広がる。割れた石の破片が浮き上がり、ゆっくりと宙を舞い始める。
「ちゃんと直撃は裂けてくださいね。――剣聖技〝極大暴風螺旋墜とし〟」

 技の名前をつぶやくように囁き、限界まで引き絞った剣を揮う。
 渦巻いた大気に剣先から放たれた強大な破砕衝撃波を乗せて、目標に襲いかかる。――四騎の魔装騎士に。
それをまともにくらった魔装騎士が、まるで紙で出来た人形のように手足をちぎられて轟音をあげて地面を転がっていく。装甲が砕け飛び散り、人工筋肉が引きちぎられてびちびちと地面を叩き、潤滑油がまるで血のように飛散する。
それでいて、胸部の操縦室はほとんど無傷だった。攻撃を受けた痕すらない。
手足のちぎれた巨人たちが地面を転がり壁や建屋に激突してようやく止まる。

 雨あられと撃ち込まれていた魔法攻撃が、止んでいた。剣聖技の余波だけで、騎士達が軒並み吹っ飛んでいた。死者が居ないのはさすがだが、大半の騎士は重傷だ。
防御魔法を構築していたレオン・ド・ゴルドや皇帝騎士、そもそも効果範囲に入っていなかったアフィーナが静寂に包まれた戦場に立っていた。サイレンが変わらず響いているが、戦闘の音は途絶えた。

魔装騎士や騎士達を文字通り鎧袖一触した少女は、残心の構えからゆっくりと剣を引き戻す。
剣技を放つ間も変わらなかった少女の笑顔。
それが逆に恐怖を誘う。
もはや戦慄などではない。純粋な恐怖が広がる。
皇帝騎士が一歩後ずさる。退いてはならない皇帝騎士が。

「……もう、終わりなのですか?」
 少女が、かわいく小首を傾げる。しかし誰も答えない。もはや絶望的な戦いなのだとようやく理解した。。

「あ、悪……魔……っ!!!」
 だれかがそんなことをつぶやいた。



---------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
感想板の広告がめっちゃくちゃうっとうしい。
ほんとシねばいいのに……


次話でアフィーナ編は終了する、はず……

あと「なろう」のほうで何故か日間ランキング・ふぁんたじぃ部門にしばらく居ました。

でも、更新はこちらが優先。
やっぱり感想をもらえるのがうれしいからです。
応援ありがとうございました。



……ああいうのは、ちょっと心臓に悪いですね……。


8/2追記 「なろう」のほうで公開したのでこちらでもこっそりと改稿。
     最近は感想が少なくなりましたねぇ……



[37284] 外伝 ~フェテリシアちゃん13歳の憂鬱な日~
Name: 森河尚武◆cea74981 ID:cd483380
Date: 2013/08/09 21:15
唐突ですが、外伝です。
ちょっとSF風味になっていますが、仕様です。
2013/8/6 初稿投稿
   8/9 一部修正

---------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------

「チェイサー1から3、所定の位置につきました」
「映像回線自動追尾システムチェックシーケンス54から88を完了。オールグリーン」
「輸送機カーゴ3は現在、予定降下ポイントの――」
「本部〝TSUKUYOMI〟との超高速通信リンク確立されています。量子暗号同調、〝ウィル〟との同期率98.8%で安定」
「スパロー1、降下予定地点まであと+60秒、脈拍、脳波、動態反応のモニタリングは正常です」
狭い扇形司令室に報告の声が響く。
十メートル四方くらいの扇形階段状の部屋に八人ほどの白衣姿の人間が席に着いている。
空中投影モニターに大量のデータが表示され、技術者でもあるオペレータ達が分析と指示を忙しくおこなっている。
中央モニターには周囲200kmの天気・気圧・状況図が表示され、両側の立体モニタには追跡機からの映像とセンサ情報が重ねて投影されている。
司令室中央の空中には少女の形をした立体投影図が浮かび、大量の情報がリンクされている。それらはオペレータ達の解析した結果が反映されているのだ。
忙しく動き回る彼らを、長身の女性が司令室最上段で眺め回していた。
美しい金髪の彼女は、タイトスカーツの暗緑色の軍服に身をつつみ、腕組みをして仁王立ちをしている。
彼女は一般回線用インカムを身に着け、空中投影モニター付シェードグラスで司令室に流れる全ての情報を同時に観ていた。
「NM循環相転移機関のアイドリング出力は安定度98を維持、|思考推進機関《イマジネーション・ドライブ》のノイズは0.005以下」
「NMマテリアル・リンク率はテン・ナイン・パーセントをクリアしています、形態は現在Aモード」
「武装庫との常時リンク率はテン・ナイン・パーセント、転送エラー率はオーナイン以下」
 被試験者の状態報告を受けて、空中に浮かぶ少女の立体投影図の項目が全てグリーンに変わり、OKと表示される。試験補佐官が最終報告を試験担当官に告げる。
「コード・アイン大佐殿、試験規定の項目をオールクリア、試験可能です」
金髪の女性はうなずくと、インカムを操作して、被験者に語りかける。
「スパロー1、調子はどうだ?」
『はい、全て問題ありません』
 一般回線によって流された少女の声が指令室に響く。
「うむ、――今度は"乙女のしずく"こぼすんじゃねーぞ」
『それは、いま云うことですかぁっ!?』
 少女が金切り声を上げる。
「なに、緊張をほぐしたまでだ。――安心しろ、誰もが必ず通る道だ。私とて数十回はやったからな」
『いや、それ自慢になりませんからっ!』
 少女のツッコミに司令室内でも失笑寸前の空気が流れた。
 この二人のコミカルなやりとりには慣れていても笑いそうになって困っているのだ
「そろそろ開始する、集中しろ」
『誰のせいですか……』
 オープン通信回線でぶちぶちと文句を言い続ける少女の声が司令室に流れる。
アインは通信回線を切って、オペレータに確認する。
「体調や精神安定度はどうだ?」
「予想よりも安定しています。思考推進機関のノイズも0.0001増えただけですね」
「最初のころよりは格段の進歩だな。――つまらん」
 コード・アイン大佐は憮然とする。
「からかいがだいぶ酷いですよ、大佐」
「この程度で動揺するようじゃ使い物にならんさ」
 そこで会話を終わらすように手を振ると、アインの前に空中投影された三次元戦術指揮コンソールが現れる。
中央には少女のモデル。そして彼女が指揮する全域対応兵器群の輝点。
送られてきた現状ステータスに異常がないことを確認し、うなずく。
そして宣言した。
「それでは第九世代型プラネッツ・ガーディアン13号機 第18次稼働試験をはじめる。状況開始せよ」
「了解、第18次稼働試験を開始します。管制室よりスパロー1へ、項目1より順次開始せよ」
『スパロー1、了解』

  ★☆★☆★☆

 海上3400メートルの空を飛ぶ一機の中型無人輸送機の格納庫内。
『格納庫後部搬入ハッチ・オープン。周囲人員は注意してください』
音声アナウンスと警告ランプの点滅と共に後部搬入用ハッチがゆっくり開き、膨大な風が舞い込む。
「うう……またやらなくちゃいけないのか」
 機内にいるタイトミニの軍服を着ている少女がぶつぶつとつぶやく。ダークグリーンのUNSF正式軍服。
いまは、フェテリシアと名乗っている黒髪の少女。家名はない。
 塩気のある強い風が、前髪や短いポニーテールを吹き散らしている。

『後部ハッチ開放、フルオープン。降下ポイントまで+20秒、……+18……』
 カウントダウンが開始され、天井の信号灯がグリーンに点灯する。

「うー、大丈夫だとわかってても怖いなぁ……」
 開口部近くで手すりにつかまりながら、下をのぞき込む。
雲一つない真っ青なオーシャンブルーの海が視界いっぱいに広がっている。
 
『……0。予定ポイントです。降下開始してください』
「うぅ……っ!!えーい、 女は度胸ーーー!!!」
 そのまま、ぴょんとハッチから飛び降りる。

  ★☆★☆★☆

『きゃーっ!! スカートがめくれるぅーっ!!!!!!』
 中央スクリーンに大写しにされるストッキング越しの純白のくまさんぱんつ。
 チェイサー1からの映像。無駄に優秀なブレ補正と超高解像度のおかげで縫い目までバッチシだ。
「……成長せんな、あいつは。何回目だ、まったく」
「まぁ、あのドジッ娘属性は治らない気がしますが」
 大佐と補佐官の耳に別の会話が入ってくる。
「今日のフェテリシアちゃんのぱんつ占いは、くまさん柄か!」
「レア度はまぁまぁだが、今日の天候と八卦陣からの方向に星座からするとラッキーデイだな!」
「よし、撮影はバッチシだな、おい」
「くくく、なめるではない。みよ、秒間一千枚高速度撮影の威力っ!!」
「他機のデータはどうだ?」
「大丈夫だ、チェイサー1から3の六基のカメラを操作して3D展開も可能だぜっ!!」
「パーフェクトだ、セバス!」

 大佐が、こめかみに指を遣ってため息をつく。
「バカどもが……」
「言動を記録しました。ロリコンは病気です、強制入院許可を」
「許可する」
阿呆な会話をする白衣の研究員たちの周囲に突如ずざっと出現する保安部。
「な、なんだっ! いま、いったいどこから現れやがったっ!!」
「いだっ! なにをするかーっ! あ、まて、やめて、ぎゃー、画像データを、データを消さないでっ!! 貴重な憩いなんだ、フェテリシアちゃんはっ!!」
「な、なんてことを。貴重なデータを消すなんて、重大犯罪だっ!! 我々は謝罪と賠償を要求しるっ!!」
がっちりとホールドされた数人の男性技術者たちがくちぐちに懇願する。
「ロリコンとペドフィリアは病気です。おクスリで治りますから、大丈夫ですよ?」
純粋無垢に悪意の欠片もない完璧なまでの天使の微笑み――ゆえにうさんくさくみえる。
同じ事を感じたのか、研究員たちも特に反応していない。にょるんと保安部の拘束を抜け出した研究員が机の上に仁王立ちして、性年の主張を始める。
いつのまにやら、『YES、LO! NO! TOUCH!』の鉢巻を締め、メガホンを手に持っている。
「我々をあんなものと一緒にするでないっ!! 我々はただかわいいものを愛でているだけだっ!! みよっ!!! この、ひよこちゃん柄ぱんつをはいたフェテリシアちゃんの雄姿をっ!!」
「あまいわっ!! みよ、この超レアな薄緑ぱんつっ!!」
「ふ、その程度をレアとは片腹痛いわっ!! みよ、この伝説に究極の1、そうこれが、あの〝しまぱん〟だっ!!!」
 薄い青のしましまぱんつが丸見えのフェテリシアの写真データが空中に展開される。
「「「おみそれしましたーっ!!」」」
 ふらいんぐ土下座を敢行して、フェテリシアのぱんちら写真データを掲げた中年技術者を崇め奉る。
「「「死ねばいいのに」」」
 冷たい目をした女性陣の一声にも怯まずに、主張を始めようとした男性陣。
こめかみに青筋をうかべた補佐官がぱちんっと指を鳴らすと、本気になった保安部がガチで拘束し始める。
「うでがー、うでがー!」「目つぶしはやめry」「ぎゃー首引っこ抜いたら死にます、死にますっ!!」
全員確保したことを確認した補佐官が手を振って云った。
「連れて行けっ!」
「な、なにをするっ! まて、やめry」
「まって、せめてBモード移行まで待ってっ!!」
「ああ、殺伐とした日常の憩いの時間がっ!!」
 ずるずると引きずられながら|連行《ドナドナ》される研究員たち。
「スパロー1、何をしている?  項目1より順次開始せよ」
 ぱったんとドアが閉まると、他の研究員や技術者たちは何事もなかったように仕事を続けていた。

  ★☆★☆★☆

 風圧でずりあがるタイトスカートを必死に抑えながらフェテリシアは落ちていく。
 逆巻く風が紙を巻き上げ、息をするのも苦しい。
 地球の重力に捉えられて自由落下していく。
『スパロー1、なにをしている? 項目1より順次開始せよ』
 管制官より催促の通信が入ってくる。
「スパロー1、了解。Bモードに移行しますっ!!」
 やけくそ気味に通信を返すと、息を吸ってはいて、はいて、顔を真っ赤にして叫んだ。

「NMマテリアルモード変更《Bモード》っ!!!」

コマンドワード確認。
NMスキンをBモードに移行

網膜投影された稼働状態の報告を流しながら、両腕を伸ばして、まぶたを閉じる。
次の瞬間、全身が発光しながらNMスキンの結合が解除され、軍服が帯状にほどける。
ほどけた帯がきゅるきゅると体中に巻き付き、形をととのえて再結合。
ローファーが装甲ブーツに、ジャケットがハイレグのホルターネックハイレグウェアに、頭にカチューシャが現れて、うさみみがのびる。
 再結合して全体の色がフェテリシアの専用色である緋色へと変わる。

展開終了。所要時間0.8秒
Bモードに完全移行。
思考推進機関アイドリング状態で待機

 思考推進機関により、降下速度は緩やかになっており、同時に風も弱くなっていく。
まぶたを開く。
動作状態の確認のために表示されている自分の3Dモデルは――バニーガールだった。

「うう……なんでこんなかっこうしなくちゃいけないんだろう……はずかしいよぉ……」
 股座が鋭角に切れ上がった超ハイレグ仕様の緋いバニースーツ。
 腰回りにテールフィンが追加されて、後ろに伸びているが、それでもおしりは丸見えである。
 ちょっと鬱になっているが、管制官は無情に試験項目を淡々と進める。
『項目4までクリア。続いて、項目5に入ります。無人戦闘機展開完了。カウントダウン省略、試験開始』
「へっ!?」
あわてて周囲を確認すると、リフティングボディ型の派手なオレンジカラーリング無人制圧戦闘爆撃機が36機、囲まれていた。
「ちょ、ま――」
 フェテリシアが待ってと云おうとする前に、無人戦闘機の銃口カバーが開き、30mmガトリングキャノンが火を噴く。

思考推進機関 動作開始、全制御を分割思考フェテリシアNO.4に完全同調
周囲空間改変 実行中

網膜投影されている現状報告を流しながら、フェテリシアはくるくると必死に動いて高機動力を発揮、とにかく火線を避ける。
訓練弾とは云え、当たれば痛い。
NMフィールドの動作試験はもっと後なので、いまのフェテリシアはヒトと大して違わない防御力なのだ。

36門秒間720発を超える十字砲火を、両手両足による重心移動に思考推進による慣性を無視した機動で避け続ける。
思考推進機関の基軸を各関節に据えて空間改変し、慣性と重力を制御、空力的にも物理学的にもありえない動きを実現する。
いまのフェテリシアは32の基軸を同時制御していた。ここまでくると、その機動力はもはや人間には理解できないレベルになる。
火線を中心にぎゅるぎゅると身体をまわし、跳ね跳び、瞬時ダイブし、かくかくと慣性を無視した鋭角機動を見せたりする。

『試験項目5をクリア、続いて項目6に入ります』
管制官からのテキストメッセージ。思考加速状態では音声は同調できないため、超光速通信によるテキストメッセージで交信するのだ。

 無人機から高機動ミサイルが発射された。その弾頭は気化爆弾。効果範囲は実に半径200mにも達する。それらはマッハ6を超える速度で一直線に突き進むものもあれば大きく迂回してフェテリシアを囲むように飛ぶものもある。ミサイル同士で連動して、目標物を追い込むようにプログラミングされているのだ。
しかし、彼女にとってこの攻撃を躱すのは簡単だ。思考推進機関の出力を全開にして振りきってしまえばいい。大気圏内の最大速度が光速の90%を超える彼女にとってそれはたやすい。しかし、この試験はそれをしてはならない。気化弾頭ミサイルによる広域飽和攻撃への対処だからだ。

直線で飛んでいたフェテリシアが垂直ダイブ。数十メートル行き過ぎたミサイルが追従。
予測進路を修正した他のミサイル群も追従する。
さらに軌道変更、今度はいきなり後進。追従してきていたミサイル群の中を逆行し、近接信管が反応するよりも早く離脱。
広角センサーといえども後方まではカバーしていない。そのまま目標を見失った第一ミサイル群は、他のミサイル群からのデータを受け取るまで迷走して推進剤を消費する。
「楽勝、楽勝っ!」
『などと思うなら間違いだぞー』
「えっ!!」
 認識するより早く身体が反応していた。ぎゅるんとその場で螺旋回転。
 フェテリシアの薄い胸の直前を"槍"が超高速で通過する。
海上にいつの間にか浮上していた艦艇のVLSから発射された超高速ミサイル。その速度はマッハ40を超えていた。

 1200メートルを超える大型艦艇のVLSハッチが次々と開き、ミサイルが発射される。発射されたVLSにミサイルが再装填され、さらに発射。
 超高速ミサイルと超高機動ミサイルの入り混じったミサイル弾幕は250基を超えていた。
「ちょ、いくらなんでも、多すぎじゃないですかぁっ!!」
『うむ、実は消費期限が迫っているミサイルが多くてな。訓練にはちょうどいいだろうかと思って乱れ打ちをしてみた。後悔はしていない』
「むちゃくちゃだっ!!!!」
『そうか? これくらい通常加速内で避けられなければ宇宙戦闘なぞ出来んぞ』
「なんですか、宇宙戦闘って!! そんなの聞いてないですっ!!」
『いま云ったじゃないか。それと天塔騎士はもともと宇宙空間での超光速戦闘用に開発されたものだ。惑星上では能力が制限されるけどな』
「なんですか、それぇえええええええっ!! 聞いてないですぅうううう!!」
 会話をしながら、高機動ミサイルのセンサ有効範囲から逃れ、超高速ミサイルの筐体を駆け下って跳躍し、うねうねと迫ってくるミサイル群の合間を縫って避ける。
近接信管のセンサ有効範囲には決してとびこまない。
 さすがに爆風の有効範囲から逃れるには、強力な加速が必要で、それを制御しきれるかまだ不安だったからだ。
『回避は問題ないか。では、起爆するぞ。――怪我するなよ?』
「ちょっとまてぇえええええええええっ!!!!!!」
 まるで不安を読んだかのように大佐がそれを強要してきた。
 マイクロ秒のズレで、ミサイル群が一斉起爆する。
 爆発力調整型レーザー核融合弾頭の華がフェテリシアを中心とした半径20kmを一瞬で灼き尽くす。
 完全核融合のため残留放射能を残さないとってもエコな兵器として、一般大衆には好評だった戦場の花形の兵器だ。
 効果範囲外は大気圏外で待機していた艦艇が大規模大気整流を行って他地域に影響を与えないように調整する。
フェテリシアは知らされていないが、今回の試験は宇宙空間で保管されている凍結艦隊の定期整備を兼ねているのだ。そのため搭載兵装や機能を稼働させて状態チェックが行われている。閑話休題
 
「し、死ぬかと思いました……」
 大気圏内制限巡航速度である第二宇宙速度まで出したフェテリシアは肩で息をしている。
念のために実行したシステムチェックはオールグリーン。制御も問題なく行えたことをバックログで確認する。
 意識が一瞬途切れたのか、記憶がとんでいたのだ。
「つ、次の項目は、なんだっけ……」
『レーザー攻撃の回避だ。それから、周囲状況にはいつも気を配っておけ』
「ぁっ!!」
 足を停めていたフェテリシアの周囲を大量の無人機が包囲している。
 フェテリシアを追跡して囲みながら周囲を飛び回る無人機の別の場所が装甲がスライドして開く。
大型の多重集積光学レンズ。
『機動回避しつつ、必要なら弾け』
「む、むちゃ――」
『泣き言は聞かんと前から云ってるぞ』
「ひどっ!!」
 フェテリシアの抗議とほぼ同時に、レーザー攻撃が開始される。
彼女の五千万倍まで思考加速された分割思考NO.5からNO.11が、全天に方位展開した無人機の光学レンズが発光し始めたことを捉える。

瞬時に射線予測をして、主思考であるフェテリシア制御人格に結果を伝達。

どーやって避けろというんじゃぁあああああっ!!!

 胸中で悲鳴をあげる。
 回避経路を完全に潰されている。五体満足で抜けられるほどの隙間がどこにもない。主思考の悲鳴に構わずに、武装を担当するNO.3が亜空間武装庫を開き、右手の身体制御を担当するNO.15が手を突っ込ませて専用刀〝天塔紅蓮24式〟を引っ張り出す。
鞘走りと照射が同時。
思考推進機関が周囲空間を改変して、瞬時に600Gを超える超音速加速。
同時に揮った刀身がレーザーを斬った。
出来た隙間に身体を飛びこませて、レーザー砲による包囲を脱出。
マイクロ波を検知/多点連動型合成レーダー。位置が割れれば、次に来るのは、普通なら不可避の光速攻撃。
しかし思考推進機関が周囲の空間物理法則を改変して、フェテリシアの身体を慣性と物理法則を無視した機動をとらせて回避。光速であるが故に、その軌道は正確無比、したがって、その軌道上に居なければ当たらない。
天塔騎士なら当たり前のようにこの程度のことは出来ると解っている。
大気爆発音がなって、少女が鋭角に跳ねて、後方へと飛ぶ。その瞬間に紅蓮24式で三つのレーザーを叩ききり、形成されていた包囲網を抜ける。

  ★☆★☆★☆

「……いやはや、あいつは……」
「さすがに冷や汗が出ますね。なんであんな無茶を」
「いや、無茶ではないのだ。たしかに可能であるし、次の攻撃を考えると理には適っている。が、訓練とはいえ、一歩間違えれば死にかねない死地に平然と踏み込んでしまうのがな……」
「大佐もあれくらいは可能ですよね?」
「ああ、可能だが、わたしなら踏みとどまって剣技で迎撃する、そっちのほうが安全だからな。……その意味では、わたしはフェテリシアに劣るかもしれん。本当の意味での死地になった時は、負けるかもしれんな」
「まさか、ご冗談を」
「もともと天塔騎士の性能に優劣や差はないからな。異なるのは経験・技量・直観などの人間的な面だ」
大量のレーザー攻撃を、紙一重で避け続けているフェテリシアの映像が中央モニタに表示されている。
めまぐるしく変わる各種数値と解析グラフがモニタ上で踊り狂う。
それらを読み取って自分で解析している大佐はため息をつく。
「まったく、悪い方向に狂ってるな、あいつは」
 全体的に前進して動くことが多すぎるとアインは分析していた。精神状態グラフからすると迷った時ほど前進している。
 これは死中に活を求めるというレベルではない。その判断は極限の状況時におけるもので、普段からその傾向であるのは、死に急いでいるのとなんら変わりない。
脳内で解析をしながら、忙しく腕を動かし、指揮下にある兵器群に大まかな指示をだし、武器弾薬の残量を確かめている。いくつかの予約操作をしながら、分析結果の傾向に気がついて顔をしかめる。 
「こりゃ、矯正が難しいかもしれんな。もう何回か追い込まないといかんかもな……」
「あ」
 金髪の髪を無造作にかきあげて訓練計画を考え始めるアインの横で、補佐官が小さな声をあげた。

 なにを間違えたのか、回避し損ねた超高速ミサイルを顔面で受けているフェテリシアがモニタに映っていた。
ミサイルがぐしゃぐしゃとつぶれていって、大爆発を起こし、はねとばされていたフェテリシアが巻き込まれる。

「ばかやろう、なに顔面で受け止めてるんだっーーーーーー!!! 斬れよっ!!」
「いや、問題はそこじゃないでしょうっ!、訓練中止、すぐに回収して!」
「訓練中止! 訓練中止! 救護班、スパロー1をすぐに回収せよ」

司令室が一斉に慌ただしくなった。


---------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------

能力をロックしているとはいえこういうのと帝国軍は戦っているのです。
むちゃしやがって……。

さて、このシリーズの基本路線はもともとこんな感じだったんですが、なんか最近シリアスに走りすぎているなぁとおもったのでちょっと書いてみました。

夏コミで無料配布予定の短編もこんな感じの内容です。
(詳細は「なろう」の8/1活動報告にあります)



[37284] 外伝 ~フェテリシアちゃん12歳 はじめて物語その1~ 
Name: 森河尚武◆cea74981 ID:3826b3bb
Date: 2013/08/12 23:59
3万PV越記念で、外伝その2です。
といっても夏コミ配布品に加筆したものです。
テンポは配布分のほうが良いと思うのですが、説明不足な点も多かったので。

なんか評判が悪いっぽいSF風味仕様ですが、変える気はないです。


----------------------------------------------------------------------------------------------------

 強い風が吹く。
それは、遮るもののない艦上部を駆けて、金髪の女と黒髪の少女の間を吹き抜けた。
腕を組み、傲然と立つ女性の長い金髪が、強い風にばさばさと吹き荒らされる。
ちょこんと立っている小柄な少女の短いポニーテールもまた、ばさばさと吹き荒らされる。

 目を閉じていた女性が不意に|9×8っ《くわっ》と目を開き
「健全なる精神は健全なる肉体に宿るっ! ――かもしれない」
 ばばーんっ!!と、どこからか効果音が鳴った。
 まじめに聞く体勢だった少女は思わずコケそうになる。
「ししょー、真面目にやってほしいのですけど」
「なにを云うかね、フェトリシアくん。わたしはいつでも真面目であるぞ」
「名前、間違っています、フェテリシアです」
「なにっ!! フェチアーレスくんだったかね?」
「〝フ〟と〝ア〟しかあっていません! あとなんかヘンタイっぽいですっ!!」
「細かいこたぁいいんだよっ!! 要は、私の|おもちゃ《弟子》であることが重要なのだ」
「本音と建て前が逆じゃないんですかっ!!」
「うむ、気にするでない。事実は変わらん」
「ひ、開き直ってる……」
あきれる少女にかまわず、ダークグリーンの制服姿の金髪女性は説明に入る。
「さて、キミはつまるところきゅいーんがががびーピーガー(効果音)されてピー(検閲)になった。駄菓子も菓子のうち!」
ぐっと拳を握って親指を突き立てる。
「まだ|未成熟な《未熟な制御能力の》身体を|完熟《慣熟》させねばならないっ!!」
「ししょー、表現がなんかヒワイです」
 はいっと勢いよく手をあげてフェテリシアが抗議する。しかし、そんなことを気にする師匠ではない。
「おお、よく知っとるな、そんな難しい言葉を! しかしおおむねこれであっているから構わんのだっ!」
 たゆんっと制服で抑えきれない揺れを発生させて胸をはる。
どどーんっとどこからか波濤の効果音。
ちなみにここは海上より2万メートル上空に浮かぶ艦の上部発進デッキの上である。
ほぼ成層圏高度であるが、彼女たちは高高度装備はおろか酸素マスクひとつしておらず、通常型制服を着ている。

「では、まずは後ろを振り向きたまえ」
 金髪美女の声に従って、いろいろとあきらめている少女――フェテリシアは後ろを向く。
 雲一つない青空、甲板の途切れている眼下には、島一つないオーシャンブルーの美しい海が広がる。
 彼女はこの風景をみていつも思うことがある。
(なんかい見てもおかしいなぁ――こんな鉄の塊がなんで空を飛ぶの?)
 彼女には科学技術の知識は叩き込まれているが、違和感が半端ない。知識はあっても実感できているわけではないからだ。
彼女が立っている足元――成層圏で滞空している大型艦艇は正式名称を強攻偵察型機動揚星艦アマノウキフネ、全長10kmにも及ぶ美しい流線型の双胴型万能航行艦だ。
普段は第2の月――UNアルテミス要塞のドックか、地球の衛星軌道上に浮かんでいる。地表近くまで下りてきているのは、主に定期点検とフェテリシアの訓練のためだ。
「今日の教習内容だが、飛んでもらう」
「は? 飛ぶんですか」
「そうだ、飛ぶのだ。では、逝ってきたまえ」
 金髪の女性は、げしっと蹴った。フェテリシアのちっちゃなおしりを容赦なく。
「はへ? きゃーーーーーーーっ!!!!」
 間抜けな声と共に、ぽーんと艦上からアイ・キャーン・フラーイ。

 ふわりとした浮遊感を感じて、フェテリシアは総毛立つ。身体は重力法則に従って自由落下。悲鳴がドップラー効果を起こして間延びする。
「きゃーーーーーー!」
 悲鳴をあげながら落ちていくフェテリシアの横を、師匠は腕を組んだまま、頭から自由落下している。
「ほらー、根性いれんと死ぬぞー。いくら天塔騎士だからってこの高度からなんの防備もしなけりゃコナゴナだぞー」
「人間は飛ぶようにできてませんーーーーーーーっ!!!」
「ははははっ! |なに云ってやがる、おまえまだ人間のつもりなのか?《・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・》」
「わたし、にんげんやめたつもりなんてないですぅううううううー!!」
「ひーはー、あんまり笑わせんなよ、フェラリアラくん。はやく飛ばないと、ほんとうにコナゴナだぞ? コナゴナー」
「飛べるわけなんてないでしょーーーーーーーっ!!」
「あー、コナゴナになっても痛みは感じねぇだろうけどな。はやく〝思考推進〟しろっての。教えただろうが」
「そんなの習ってないですーーーーーーーっ!!」
「……ありゃ、そーだっけ?」
 まっさかさまに堕ちながら師匠は首を傾げている。緊張感も何もない。
仕方ないなぁ、説明してやろうという気配をだだもれしながらフェテリシアに思考推進の説明を手短にする。
「――つまり、思考推進ってのは、要は思考イメージに合わせて周囲空間を改変して移動するってことだ、わかったか?」
「こ、こんな状況じゃわーかーりーまーせーんー!!」
「……けっこう余裕だな。そろそろわたしでも怖いんだが」
すでに高度1000メートルを切っていた。あと十秒かからずに海面激突する状況だ。
「まぁ、つまりだ、強力にイメージすればするほど、その通りに事象改変をするってことだ。――想定しろ。イメージするのは飛べる自分、事象を自由自在に操れるという確固とした幻像」
確信し、確定すれば、それが現実となる。
「い、いめーじ、おそらをとべるじぶん……」フェテリシアは恐怖を押し殺して、ぶつぶつとつぶやく。
「イメージしたか? さぁ、叫べ!『チェンジ・Bモード』とっ!!!!」
 ぐっと力強く拳を握って師匠は少女の背を押して地獄へとまっさかさまへと放り込む。
「『チェンジ・Bモード』!」
 よくわかっていないまま少女が全力で叫ぶと、網膜内の表示がきゅるんと反転した。

 びーこん、びーこん。サイレンが脳内に鳴り、脳内音声ガイドとテキスト表示。

――コマンドが確認されました。装備変更を開始します。
――身体制御の制御権確保

「えっ!?」
 その表示が出たとたんに、身体が勝手にくるんとまるまって、頭から落ちていたのを正常な姿勢に直った
 少女は動こうとしていないのに。
「――きゃあああああああっ!」
 風圧でタイトスカートがめくりあがり、ストッキングにつつまれたじゅんぱくのぱんつwithとらちゃんアップリケが露わになる。
今までとは別の悲鳴をあげるが、身体の制御権を奪われているのでなにもできない。

――NMマテリアル結合解除
形態変更開始

フェテリシアの背後に突如、異空間風な背景が空中レーザー投影される。(演出支援:アマノウキフネ)
どこからか、軽快でポップでキュートな音楽がかかり、それに合わせるようにフェテリシアの身体が勝手に動く。
 少しうつむいて、ゆっくりと両手を広げ、脚は揃えるてまっすぐに。

そして制服全体がうすく発光して、ばらりと繊維状にほどける。――下着もろとも。

「ふぎゃーーーーーーーっ!! なんでぇえええっ!!」
 恥ずかしくて絶叫。周囲に人は一人しかいないとはいえ、フェテリシアちゃんも12才の女の子。外ですっぽんぽんになる趣味はない。

「ああ、大丈夫だ、ちゃんと光学迷彩はかかっているからなー」
フェテリシアの横で落ち続ける師匠からのんびりと声がかけられる。
無駄にハイテクなため、周囲にはきちんと|ジャミングがかかって見えない安心使用《こわいおばちゃん対策》なのだ。
もっとも今回は動作チェックも入っているので、各データリンクと共に光学的にも師匠には丸見えだが、女性なのでたぶん問題はない。

「そういう問題じゃないですーーーー!!!」
 はんぶん泣きながら抗議の声をあげるが、無情にも装備変更は淡々と続く。

――形態変更
  再結合開始

 ほどけた繊維がフェテリシアの|ずんどうな《凹凸のない》身体にからまり、再結合。
 黒のローファーが装甲ブーツに、スカートとシャツは超ハイレグのホルターネックのボディスーツとロンググローブに、制服の上着は裾の伸びたウェストコートに。
 コートの裾は二つにわかれていて、ちいさなおしりと飾りのうさぎしっぽが見えている。
 そしてあたまにカチューシャが現れて、うさみみがぐにょーんと伸びる。
 最後はフェテリシアのパーソナルカラーである緋色へとボディースーツの色が変わり。

――強制ポージング実行

 腕をのばしたままくるんとまわって、すぃっと足をのばし、コートのすそをつまんでカーテシー。
 なぜか背後がぺかーと発光し、ぴったりに音楽が終わる。

 形態変更は言うに及ばず、音楽から演出までUNECA技術局渾身の作品だった。
 ちなみに決めセリフがないのは、技術者同士でなぐりあいのケンカになって決まらなかったためであった。

――全操作完了 身体制御権開放
 おつかれさまでした。

「なになに、いったいなんなんですか、これぇっ!!」
 身体制御権を返されたバニーガールな格好の少女がわたわたと慌てている。
一方で師匠は冷静だった。
「ああ、慌てるのはいいが――飛ばないと、ぶつかるぞ?」
「ふぇ?」

どばーーーーーーーんっ!!

 凄まじい轟音を立てて少女が海中にめり込んだ。ちなみに高度二万メートルから落下した場合、海面は戦艦の装甲よりも固いと云われる。
「ああ、だから云ったのに」
巻き起こった巨大な水柱を見上げながら、自分だけ海面上二メートルの位置で空中停止したししょーがつぶやいた。
ひとかけらも心配していないところがわりとヒドイ。
 
もっとも少女のステータスは全てモニタリングしている。NMフィールドが起動していることを確認しているので、少なくとも死んでいないことはわかっているためだ。というか、この程度では天塔騎士は死ねないのだ。
 師匠は空中に静止しながら、同時にいまの経過を分析処理している。
(モード変更が計算値から6%のずれ。TSUKUYOMIの予測よりも悪いのは……たぶん羞恥からかな? 心理分析グラフもそんな感じだし、わたしもそうだったし……はぁ~、いかなる状況でも平常心を保つという名目があるとはいえ、あの格好は恥ずづいものがあるからなあ……)
 脳内と網膜投影操作でデータを簡単に分析しながら、これまたお約束をつぶやく。
「おお、フェテリシアよ、海面にぶつかって死んでしまうとはなさけない……」
「がふぇ、ふげぇ……い゛、い゛ぎでま゛ず
……」
「お、復活はえーじゃん、まだふっかつのじゅもんは唱えていないぞ、《うえうえしたしたひだりみぎひだりみぎびーえー》っと」
「ふっかつのじゅもんってよ゛くわ゛かりませんが、とりあえずい゛きてました」
少女が海水を体中からしたたらせながら、ふらふらと空中を浮かび上がって彼女の元に来る。
(ほう、もうコツをつかんだか……。伝統行事の一回目でコツをつかむというのは過去に例がないんじゃないか?)
 自分はたしか四回目ぐらいだったなと、少し感心しながらも、それは態度には出さない。
「なんとか浮かぶことには成功したようだな、では次だ」
「は、い゛――!?」
 師匠がぐわしっと少女の襟首をつかみ、ぽいっと放り投げた。
同時に師匠の思考推進制御によって、ぽーんと跳ばされる。
「きゃぁあああああ――!」
悲鳴にドップラー効果をおこさせて、少女は空を駈けのぼらされる。
「今度はちゃんと落下制御しろよー、あ゛?」
師匠の拡大された視界に、上空のアマノウキフネの艦底にべちこーんと激突する少女がいた。
 ずるりと落下しはじめた彼女の首が、|なんかいい感じ《やばそうな角度》に曲がっている。
「あ、おーい、大丈夫かっ!?」
 さすがにちょっと焦る彼女の額に巨大な汗がたらりと垂れた。

----------------------------------------------------------------------------------------------------
というわけで初めての変身でした。
魔法少女モノのお約束を変形した設定なので、こういう風になっています。
あと、フェテリシアのコンセプトは「なにしてもこわれないヒロイン(物理)」というのがあるんで、こんな感じにヒドイめに会う機会が多いはず。


外伝シリーズは、ようはユニカの超技術を説明する感じです。
帝国なんぞ本当に鎧袖一触な性能を持っており、戦力バランスとしてはめちゃくちゃなわけですが、今後の予定としてこの性能+シルエットドールと同等の敵役が出るのでこうなっています。

次回更新は、アフィーナ編最終になるはずです。





[37284] 第四章 慟哭の少女 <5>
Name: 森河尚武◆cea74981 ID:a6091416
Date: 2013/08/19 23:12
ちょっと病的・残酷なシーンがあります。ご注意ください。
……ああ、また読者が離れていく。

ちょっとArcadia様が不安定みたいですね。無事に投稿されているといいのですが……


-------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------




――そこは、もう戦場ではなかった。

四騎もの魔装騎士が無残に破壊されて擱座し、魔導障壁が施された城壁は砕けている。芝生や石畳は想像を絶する高熱で融解しているところすらある。
そして、ところどころに倒れる騎士たち。恐るべきことに、誰一人として死んでいない。
死んではいないが、手足を砕かれて喉元を潰されて、くぐもったうめき声をあげながら転がっている。

それをしたのはたった一人の少女。
量産型の魔法剣一本で精鋭たる帝国騎士たちをことごとく潰し、魔装騎士すら無力化した。
そして先ほど見せた少女の超剣技。剣聖技と名乗られたそれは、離れた場所にいた魔装騎士を同時に砕いた。
魔法ではない。魔法陣はおろか魔力すらも感じなかった。
剣技ではない。剣技とは近接の技であり、離れた場所を斬る技はあっても、魔装騎士を砕ける威力の技など彼らは知らない。
では、何であるのか?
彼らは判らなかった。そして、それを防げると誰一人として考えなかった。
ゆえに動けない。防ぐことのできない、攻撃範囲すらわからない攻撃から逃げることが出来ると信じられるほど残存した彼らは自らを過信していなかった。

身動きすらできない濃密な緊張感の中。

「・・・・・・」

 膝をついていたアフィーナが無言で立ち上がり、肩に手をやって鎧の金具を外した。
肩あてが外れて、地面に落ちる。そして次々に鎧を外し始めた。
全てをはずして内部緩衝服だけになると、人造聖剣を軽く素振りした。
その瞳はしんしんと力強い決意を秘めていた。
「父上……いえ、ド・ゴルド宮廷魔法師長。いまよりわたしが時を稼ぎますゆえ、ご退避を」
「アフィーナ、なにを――いや、わかった、アフィーナ・ド・ゴルド一等近衛騎士」
 レオンが汗をにじませる顔をゆがめながら、愛娘にうなづいた。すでに近衛騎士は壊滅し、皇帝騎士は皇帝の命のみで動く。
自由に動ける者は、彼ら二人しかいなかった。

――それが、白銀の髪の少女が意図したものであろうと判断した。
おそらくは嬲り殺そうというのだろう。
ならば、どちらか一方が相対し時間を稼ぎ、脱出することが最も最善である――ゆえに最重要人物である宮廷魔法師長を脱出させると、愛娘は判断した。

彼は、そこまで一瞬で考え、歪む顔を自制しようとして失敗していた。
そして父がそういう表情を浮かべたことを、娘は声だけで感じていた。

――ああ、わたしは父上に本当に愛されていた。その思いに応えねばならぬ。
暖かなものが胸の中に広がり、改めて覚悟を決める。たとえ死すとも、わが父上を護る。
「これが騎士となった習いですゆえ。――不肖の娘でしたが、あなたの娘として生まれて本当に良かったと思います」
「――そうか。わたしもお前を誇りに思うぞ、アフィーナよ」
 家族二人の会話が終わった。

「お話はおわりましたか?」
 少女は|家族だった《・・・・・》二人の会話にもふわふわとした笑みを浮かべたまま。瞳はまるで路傍の石を観るかのように、なんの感慨も浮かべていない。
 その胡散臭い笑顔が人を馬鹿にしているようにしか見えず、怒りを感じる。その怒りを
堪えて、アフィーナが確認する。
「先ほどの約束は、まだ有効だろうな?」
「……ええ、有効です。誰も応じてくれなかったですが、アフィーナ・ド・ゴルドさまが応じるということでよろしいのですね?」
「ああ、だが条件がある。応じなければ、その力でただ虐殺するがいい、虫けらのように我らをなっ!!」
「別に虐殺した覚えはないですけど……。さて、その条件とはなんですか?」
「剣技だけで、わたしと勝負しろ。そのおかしな力はなしだ」
 それは賭けだった。アフィーナにとって唯一の勝機。
ただの魔法は通じないと肌身に染みて理解した。
だが魔法剣技、特に最強と自負する|あの技《・・・》ならば――必ずこの化物にも通じる。
化物を倒すのはいつだって人間なのだ。
神話の時代より、強大な力をもつ化け物はかならず人間の知恵の前に破れるのが世界の摂理なのだ。
――そして、アフィーナは賭けに勝ったと思った。
「いいですよ。この〝翼〟は防御力場ですから。攻撃には使わないと約束しましょう。剣技でくるなら剣技で、魔法でくるなら対魔法でお応えしましょう」
少女がそう言うと、白銀に輝く翼が、ちぎれて虚空に消えていく。
そうして、少女は無造作に剣を片手下段に構えた。
それは隙だらけのように見えて、その実、全てが誘いだとアフィーナは気がついた。
そう、虚心坦懐に眺めれば目の前の化け物は、恐るべき技量の持ち主だと判る。
なぜ気がつかなかったのか、数分前の驕っていた自分を殴りつけたい。

認めよう。
目の前の化け物は自分が相対する最強の存在――だが、それでも届かぬ領域にあるとは思えなかった。
 自らを奮い立たせるべくアフィーナが吠える。
「わが|剣技のすべて《・・・・・・》|を込めた一撃《・・・・・・》をみせてやる。受けてみよ、天塔騎士よっ!!」
「見せてください、あなたの存在すべてがこもった最高の一撃を」
 白銀の少女が微笑んだまま応じる

 爆発する足元の地面。
「ぉおおおおおおおおおおおっ!!!!」 
アフィーナが咆えながら地を疾った。
神速を超えた超速は、残像すら残さず。十メートルの距離を、ただの一歩で踏破する。

瞬息無距離。

 帝国最強剣術イスーンシー流を極め、さらに昇華させたアフィーナ・ド・ゴルド。
 百年に一人の天才といえる彼女の、最強最速最高の剣技。
 一毫の無駄も狂いもない完璧な袈裟切り。その身の動きは、美しさにまで昇華されていた。

 それは、紛れもなくアフィーナ生涯最高の一撃。何も揺らすことなく空を斬り、音すらも超えた絶対の死を体現する斬線が少女を襲う。

――かならずここに打ち込んでくるとおもってました

 アフィーナの耳に届いたそれはまぎれもない賞賛の声。

刹那の邂逅。アフィーナは、少女の剣がロンギヌスの刃と合わさったことを直視する。
 アフィーナの最高の一撃に、少女はたやすく刃を合わせてみせた。
人造聖剣ロンギヌスの刃に寸分の狂いもなく。
 最高の一撃であるがゆえに、少女にはその剣筋が完璧に観えていたのだ。

――だが、それは想定のうち。
 イスーンシー流剣術は史上最強の魔法剣術。|半万年を超える《・・・・・・・》歴史で培われ磨き抜かれた最秘奥に隙はない。
 アフィーナは体内で練り上げた魔力を魔法剣に通し、柄に隠蔽した魔法陣が瞬時に刃に極大の電撃を通した。

――かつて希代の大英雄イスーンシー将軍が開眼したとされる究極の速度をもつ雷魔法。
 彼は、その魔法を矢に纏わせて侵略者トートミー軍の大軍船団を焼き払って調伏したという伝説がある。
稲妻よりも疾いその魔法は、回避不能だと考えられていた。
 だが、魔法陣によって撃ち出されるそれは、魔法陣から軌道や種別が理解できるため、対抗魔法により回避や防御魔法によって防げる可能性があった。
 ゆえにかの偉大なる最高英雄将軍は、剣身に纏わせることにより雷魔法を隠蔽し、相手の剣や防具に触れた瞬間に伝って相手を打ち倒すように改良したという。
これはイスーンシー流剣技の秘奥義とされて、ごく一部の上級師範代以上にしか伝授されてこなかった。
そして、アフィーナはそれを使える魔法騎士であった。

須臾の間で起動した雷魔法が少女を襲い――アフィーナの全身を灼いた。
 少女は量産型魔法剣を振り切り、次撃の体勢。
 極小の時間をおいて、澄んだ音が響き、人造聖剣ロンギヌスが砕けて美しく散った。

「ーーーーーーー!!!!!」
アフィーナが絶叫をあげて、崩折れる。
ぶすぶすと内部緩衝服が弾けるように焼け焦げ、皮膚が灼け引きつり、手足が奇妙な痙攣を繰り返す。

少女は雷魔法の発動よりも疾く、ロンギヌスの剣身を刃ごと斬ったのだ。
そして導体を失った雷魔法は暴走し、試作魔法剣であるロンギヌスの耐電圧を超えて、アフィーナに逆流したのだ。
それはほとんど致命的な威力だった。
 内部緩衝服が溶けて焼けただれ、両腕は爆発して、骨まで露わになっている。
 脚は彼女の意志に関係なく痙攣して跳ね上がり、美しかった黒髪も焦げて異臭を放っている。
 そして、なによりも額が割れて、焦げて乾いた血がこびりつく傷口からいまも沸騰した血が流れている。

少女は剣を地に刺すと、元姉の傍らに跪いて、顔に手をやってつぶやく。
「さすがにこれは……元に戻すのは難しいですね」
 少女の右手に円環が現れた。
 各国語で救急簡易治療開始と表示されて円環内を流れる。
「――ぎ、ぐざま゛、なにをした」
「あまり無理をしないほうがいいですよ。簡易救命治療は施しますが、本格的な治療とリハビリは病院で受けてくださいね」
「な、にをした、この……ひきょう……ものめ……っ!」
 健在な片目で憎々しげに少女をにらむ。溶けた皮膚が歪み、激痛をもたらしているだろうに、感じていないようだった。
「? 魔法剣を斬っただけですが。突如あなたに電撃が流れて少し驚きました。こうなるということは、なにか電撃系の魔法を剣身に仕込んでいましたね?」
「この……お、うぎを……かわす……こと、はふか……のう。それを……」
「――剣身を導体として、相手に電撃を打ち込む技なのでしょうけど……天塔騎士には無意味ですよ。そもそも雷が直撃しても平気ですし」
 少女にどちらにせよ無駄だったと云われてアフィーナが壮絶な憎しみを込めて吐き捨てる。
「こ、のあ…くま……め……」
「――そう云われるのは、慣れてます」
 少女が触れていた手を放すと、円環の表示が待機に切り替わる・
「あ、アフィーナ……?」
 つぶやくように声があがる。
 顔をあげた少女の視線の先には、レオン・ド・ゴルド宮廷魔法師長が呆然として立っていた。
 対決が一瞬で終わってしまったため、待避することが出来なかったのだ。
「――レオン様でも皇帝騎士さまでもかまいませんが、アフィーナ様を病院に連れて行ってくださいな。初期救命治療はしてありますが、このままですと手足とかが動けなくなります」
「アフィーナに、わが娘に、なにを、した……?」
「とりあえず脳に回る血管を冷却しつつ、十分な血液量を確保。心臓周りや主要な動脈や静脈もあらかた再生しましたが、残念ながらこれ以上の治療は規定により行えないのです」
 現地人への技術提供・治療行為などは、原則として現地のレベル以上のものは公開してはならないと定められている。それは、ユニカにおいてもっとも厳密に守られている規定であった。
一歩、一歩踏みしめながらレオンがアフィーナに近づく。黙って少女は道を開けた。
「お…とうさま……すみ…ませぬ。と、きを…かせぐ……ことすらできませんでした」
「いい、いいのだ、アフィーナよ。これも運命であったのだろう。我らはここで果てるが、お前の妹も母もおる。我がゴルド家は、終わりではない……」
 少女を恐れることもなく膝をつき愛娘を抱きしめて、涙をこぼす。

「……なんで、殺されることが前提になっているのでしょうか?」
 立ち上がって見下ろす少女の笑顔が少しだけ困った感じになっている。
「なに?」
「わたしは剣を向けられたから戦っているのであって、自分から手を出す気はないですよ?」
「――見逃すというのか?」
「わたしが見逃してもらうというのが正しいです。好き好んで戦闘をするわけでもないですし、帝国を滅ぼしたいわけではありませんので」
 それは、手を出してくるのならば帝国すら滅ぼすという宣告に等しい。
それが荒唐無稽なことであるとは思えなかった。帝国の最精鋭部隊をまさに鎧袖一触した少女が、全力を出しているとはとても思えなかったのだ。
 レオンは我知らずに安堵のため息を漏らした自分に気づき、彼は憤怒した。安堵した自分に屈辱を感じたのだ。
世界最強国家であり、史上最強であったはずの自分たちが|見逃される《・・・・・》――これほどの屈辱があるか?

立ち上がった少女が、壊れた内壁の方へ向き歩こうとした。
誰一人として、それを止めようとはしない。止められるものではない。
その事実を判り、屈辱に身を震わせながら少女を黙って見送る。
人を殺せそうな憎しみを視線に込めて。

「ああ、そうだ。大切なことを云うのを忘れていました」
 白銀の少女がくるりと振り返って云った。
「アフィーナ様の魔法器官が損傷していますので、手術や治癒をする際は慎重に行ってくださいね。魔法は一生使わないほうがいいとおもいますけど」

――場が凍り付いた。
 それは、帝国人にとって死を上回る屈辱だった。
「き、さまーーーーーーー!!!」
 言葉を理解したアフィーナが憤怒して、少女につかみかかろうとする。
 壊れたはずの両手を伸ばし、裂けた皮膚から鮮血をまき散らしながら。限界を超えた激痛であろうに憤怒している彼女は、それすらも超越した。
最速で魔法陣を構築し、自らの最も得意として慣れ親しんだ炎系統最速の魔法を行使しようとする。
「《火炎弾》!!!!」
――何も起きなかった。
アフィーナは愕然とした。
幼い頃から慣れ親しみ、感覚することすらなくなった魔法が起動しないという事実。
認められない。
即座に脳裏に魔法陣を描いて魔法行使をしようとする。
――しかし、慣れ親しんだ感覚がなにひとつ感じられない。
かまわずに呪文を発する。
「《火炎弾》! 《火炎弾》! 《火炎弾》!」
「落ち着いてください。無茶をすると治るものも治りませんよ」
腕を突きつけられた少女は笑みを浮かべたまま困惑している。
「きさま、わたしになにをしたっ!!!!!」
「えと、簡単な治癒を施しただけですが。魔法器官の損傷は電撃のためですから、わたしのせいではないですよ。あとそんなに動くと危ないですから落ち着いてください」
 少女の困惑した声など聞きもせずに、アフィーナがつかみかかってきた。
「落ち着いてください。レオン様も止めてくださいな、アフィーナ様が廃人になりますよ?」
 狂乱するアフィーナの背後で、膝をついたままのレオン・ド・ゴルドは無表情のまま動こうとしない。
 仕方なく、少女は掴みかかられた手首をとり、捻って抑え込んだ。
「ほら、落ち着いて……深呼吸を……落ち着いて……」
 ぽん、ぽんっと優しく背中を叩いて少女はアフィーナを落ち着かせようとする。
しかし、錯乱している彼女はそのまま何度も呪文を繰り返し繰り返す。
しかし、結果は変わらない。変わらない。
狂ったように繰り返して、アフィーナは絶叫した。
「こんな、こんな理不尽があってたまるかあああああっ!!」
「理不尽……?」
「そうだ、理不尽だっ!! わたしが血反吐を吐いて習得してきた技を、力をっ! おまえのような蛮族が超え! さらに魔法が使えなくなるなどっ! こんな、理不尽が許されるはずが無いっ! かならず我らが天にまします偉大なる太神が、お前に罰をくだ――ひっ!!」
 アフィーナが後ずさり、脚をもつれさせて倒れこんだ。
すとんと表情が落ちた少女がそこにいた。

「理不尽……|この程度が《・・・・・》|理不尽《・・・》だと、そうおっしゃるのですね……」
無表情のまま少女がつぶやくようにささやく。何をしているわけでもないというのに、空間が軋むような錯覚を引き起こす。その中心は、少女だった。
「本当の理不尽というのは、何も悪くないのに親に殺されかけて捨てられ、その道中でおとこのひとたちにおかされつづけるくらいのことをいってほしいです」
 少女が上から覗き込むようにアフィーナの目を覗き込む。
 無表情のまま、くちもとがわらうかたちになった。
「しってますか? ていこくのとのがたはひどいんですよ。いやがってもないてもこんがんしてもなにをしてもかまわずにおかすんです。くちにはぬのをつめこまれてじさつもできず、しばられてていこうもできない。まいにちまいにちあさだろうとよるだろうとところかまわず」
 ふわふわとしたわらいがお。まるでようじのようにあどけないのになにかがかけたえがお。
「なきわめいてもこんがんしてもいうことをきいてもなにをしてもだめなんですよ」
 くちもとに指を当ててくすくすとわらいはじめる。
 それは童女のようにあどけなくて、悪魔のように深淵な笑み。
 アフィーナは抵抗することすら忘れて、震えはじめる。
「いったい何日そういう状況だったのか、わたしはおぼえていません。気が付けば、|いまのわたし《・・・・・・》になっていました。――ヒトの感情を喜怒哀楽といいますけど、怒りや哀しみは磨りきれてしまったのでしょうね。喜びや楽しみなんてあるわけもないですから、どこかにいってしまったのでしょう」
少女は笑い哂い嗤う。すべてが入り混じった奇妙な笑顔。
 そうしてアフィーナはずっと感じていた違和感の正体に気付いた。
「ま、さか、おまえ……感情が……」
「気がついたのですか? そう、|わたしは《・・・・》感情がほとんどないんです。いや、正確には希薄になっていてよくわからないんです。記憶のなかにはあるけれど、その感覚はよくわかりません」
「わ、笑っているのは――」
「ああ、この表情ですか? ええ、べつに笑っているんじゃないんですよ、無表情なのはフェテリシアに任せているので、わたしは楽しいという顔つきをしているんです。べつにそう感じているわけじゃないのですけど」
アフィーナは凄まじい悪寒を感じ、身体を震わす。目の前の少女が、あまりにも得体のしれない生き物、ヒトの形をしていながらまるで理解できないなにかだと感じて。
「だから教えて欲しいです、アフィーナ元姉さま。いまどう感じていますか?」
アフィーナは、なにを云っているのかわからなかった。
「魔法が使えなくなって、いまどんな風に感じているのですか? わたしは、魔法が使えなかったから捨てられた。捨てられたのは、元お父様の立場から考えれば理解できないこともないです。でも、どうしてわたしはあんなに無残なめに会わなければいけなかったのかしら? 自殺もできず、毎日まいにちマイニチ。朝も昼も夜も関係なく男の人のおもちゃにされ続けた。ねぇ、どうしてなんでしょうか? 」
少女から静かに流れ出す冷気が極度の緊張感を呼び。誰一人として動けない。

「ねぇ、教えてよ、アフィーナねえさま。わたし、そんなにわるいこだった?」
アフィーナは答えられない。何を云えばいいのかわからない。
そうだと云えばいいのか。否定すればいいのか。これは、かつて妹だったモノ。しかし、魔法を使えぬ蛮族で、人間ではない――だが、そうなると、自分もそうではないのか……?

突如、少女の右手がぶれて、|魔法を弾いた《・・・・・・》。
雷撃球が内壁にぶつかり、紫電をまき散らせてじわじわと掻き消える。
「――いまのは、もとねえさまを狙っていましたね?」
 がくんと首を曲げて振り返った少女が問う。その先には無表情のレオン・ド・ゴルドが立ち、両腕を伸ばして魔法攻撃態勢をとっていた。
「ち、父上?」
 アフィーナが呆けたようにつぶやくが、彼の表情は変わらない。
「――《雷撃球乱舞》」
 六個の魔法陣が煌めき、少女の周囲を十重二十重と囲む――アフィーナごと。
「あはっ! さすが、もとおとうさま。まほうはつかえないむすめなんていらない、いのちをうばってもかまわないということなんですねっ!」
 壮絶な笑みを浮かべた少女が、その意図を悟って嗤う。
愛娘と呼んだアフィーナごと少女を討とうとしたことに気が付いたのだ。
「〝能無し〟がこの私の役に立てるのだ、実に本望だろう」
 愛娘の名前も呼ばずに無表情のレオンが云うと、大量の雷撃球が四方八方から殺到する。

少女の両腕が幾重にもぶれ、暴雷の壁となってあたりに膨大な閃光と紫電がまき散らされる。
弾くのではなくまとめて潰したのだ。
 雷の壁が消え、少女が周囲を見渡すと誰もいなくなっていた。
 アフィーナはぼうぜんとして少女の足元に座り込んでいる。
「――あそこか」
 遠く離れた、内壁の上部。連絡通路を駆ける皇帝騎士と宮廷魔法師衣姿の男。

いっぱつくらいなぐってもいいか。べつにころすわけでもないし

 少女は足元に力をこめて跳躍しようと――
『そこまでにしなさい、コード・オクタ大尉。既に自衛の範囲を超えています』
 中性的な声が上から降ってきた。
突如、甲高い吸排気音が発生して大気が渦巻く。
少女の目の前に漆黒に塗りつぶされた巨大な人型が現れていた。
ファンクションタービンの音、熱発散循環液がパイプを流れる音、分子結合膜装甲の表面を叩く砂塵の音。
それぞれが奏でる音が混じりあって、ひとつの楽曲を奏でている。
人の約九倍の大きさの影、その頭部に当たる場所に紅い輝点が二つ、怪しく灯っている。
「あら、ウィル。おひさしぶり」
『二度と会いたくありませんでしたが、お久しぶりです』
「つれないわね。5年ぶりだというのに」
『それはどうでもいいのです。|マイ・マスター《フェテリシア》を返してもらいましょうか』
「いまはちょっとむり。あの子、あきらめちゃったんだもの」
『ならば、おとなしくしてください。これ以上の実力行使は認められません』
「あら、それに従わなければどうする気かしら?」
『停めます。それが、わたしの存在理由の一つでもあります』
「わたしと戦おうというの? この身体はあの子のものでもあるのよ?」
『必要ならば』
 漆黒の影に紅く灯るデュアル・アイと、少女の黒瞳が絡み合う。
双方とも無言で引かず――しばらくして顔をそらしたのは少女のほうだった。
「わかったわ。壊れちゃったわたしがいつまでも表に出るのは間違っているわね……戻るわ」
『――先に帰投します。お早いお帰りを』
 巨大な影が不意に消える。音もまた。
 そこに巨大な人型兵器が居た痕跡のひとつも残されていない。
 大陸を滅ぼせる超兵器同士の対決は、起きることなく終わった。

 音の消えたその場で、少女は一人たたずむ。
 燃える音も弱くなり、空には怪しい黒い雲が広がってきている。

 ぽつっぽつと雨滴が降りはじめた。黒い雨滴が、破壊された城壁を、芝生を、呻く騎士たちや内宮の区別なく降り注いでいく。大魔法や少女の剣聖技によって巻き上がった大量の塵芥を含んでいるために、雨滴が黒いのだ。
黒い雨にうたれるままアフィーナは呆然と座り込み、うなだれていた。
「ばかな……わたしは……レオン・ド・ゴルドの娘……誉あるゴルド家の長女にして魔法騎士の……」
宮廷魔法師長の娘であるアフィーナはぶつぶつと何事かをつぶやいている。

「さようなら、アフィーナ元姉さま」
 少女がつぶやき、静かに歩み始める。振り返ることなく。

それは帝国にとって悪夢だった。
――少女が技術院から脱出して、わずか十分間の出来事。

帝国技術院工房が完全破壊。
内宮や城壁が破壊、魔装騎士四騎が全壊。
宮廷魔法団、近衛騎士、皇帝騎士を含む二十を超える帝国の最精鋭たちが、壊滅。
誰一人として命は奪われておらず、復帰は可能だろうが戦力低下は否めない。

その中で、生命こそ奪われなかったがアフィーナは魔法器官を失い、騎士としてはおろか父親からも捨てられた。
それは少女が意図したものではなかったが、結果としてそうなった。
――彼女の行く末に語るべきものはもはやない。帝国人にとって、魔法が使えない者は人間ではないのだから、その結末はもはや定まっていた。


--------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
もはや、どっちが悪役かわからないw
でも、このアフィーナとのシーンは最初から決まっていたのです。
副題を決める時も、念頭にありました。

もっと愉快な物語なはずなのに、どうしてこうなった。どうしてこうなった。






[37284] 幕間 ~西方戦線 ケルト海沖 大艦隊戦 その1
Name: 森河尚武◆cea74981 ID:9fbec99a
Date: 2013/08/25 01:00
胸糞わるい描写や血なまぐさい戦場描写があります。
ご注意ください。

なお、本編とリンクしていますが、読まなくても影響はありません。
あくまでも本編の外側、「そのころ西方戦線ではグランリア大魔法帝国とブリタニカ帝国との艦隊決戦が行われた」と一行ですむ帝国と隣国との戦争を書いているだけです。

今回のテーマは艦隊決戦
ちょっと戦記物風味でお送りします。



----------------------------------------------------------------------------------------------------

・グランリア大魔法帝国 西方蛮族懲罰艦隊〝真・無敵艦隊〟 ~ケルト海北方

「数は集まったようだな、やつらも。予想通りだ」
 恐れたようすもなく、グランリア大魔法帝国海軍 西方大提督アンリ・ジュングーンは眼前の敵艦隊を睥睨する。
 快晴、波はそれなりに高いが、船の安定性を損ねるほどでもなく、周囲はたのもしい味方の艦がそろっている。
 なによりも自分は大提督、帝国海軍実働部隊の頂点の一人。常に泰然自若していなければならない立場だと理解していた。


露天指揮所の中央に仁王立ちし、腕を組む。日に焼けた暗紫色の髪に、焦がした小麦色の肌、細身ながら実は筋肉に包まれた長身で壮年の帝国人だ。
顔立ちは惰弱な貴族然としていながら、性格は豪快で、下っ端船員とバカ騒ぎしながら白濁酒を浴びせかける彼は、帝国の下町でも人気者だ。
 貴族たちからは眉を顰められ、帝国民の人気が嫌われながらも大提督などやっていられるのは政治的無力な最底辺の騎士爵の次男、そして本人も政治には関心を示さず、出奔して下っ端船員からはじめて20年以上海軍に在籍してたたき上げの下士官になったところで、なにゆえか出自がばれてしまい、むりやり小艦隊の提督に着けさせられた。貴族出身などではよくあることであり、評判が悪いのが普通のなのだが、彼に関しては歓迎した。たたき上げの下士官でやたらに顔が広いことで有名だったのだ。

 もちろん艦隊の指揮など採ったことのない彼だったが、初出撃で無傷の完全勝利を収めて以降、10年以上彼が指揮する艦隊は無敗。
本人いわく「手足になってくれる艦が優秀だったからだ」というが、彼に指揮の才能があったのは間違いない。
その後も政治にはまったく興味を示さず、上官の指示には服従をするため、使いやすい駒として扱われ、とんとん拍子に出世して、とうとう西方艦隊大提督に就任させられた。
派閥力学によって持ち回りされる海軍大臣だったが、どの派閥にも所属せず、それなりに有能で、しかも命令には淡々と従う彼は重宝されたのだ。

大提督に就任した本人は、政治的発言と同様にとくになにも云わなかった。
ただ祝辞を云われて、「酒が好きなだけ飲めるのはうれしいな」と云って、その場の雰囲気を微妙にした。
給料のほとんどを酒代につぎこむのだが、その割には本人は安酒呑みで、周囲にふるまってバカ騒ぎをするのが好きなタイプであったらしい。
艦隊提督になるまで、上陸した時から始まる借金取りからの大逃走劇は街の名物になるくらいであったという。
普段はそんな情けない姿が多いアンリ・ジュングーンだったが、今の彼は鋭い目をした冷徹な軍人だった。
彼は索敵魔法に拠る情報と、眼前の艦隊の陣容を眺めて全体像を把握する。
 大型の甲鉄船を中心に配置し、大型・中型の帆船が横一線に並ぶ、〝蛮族〟の艦隊。
 数多くの砲門を備えた巨大な戦列艦、白煙をもうもうと煙突からあげながら、悠然と進んでくる甲鉄艦、軽快な運動性能をみせる帆船艦隊が一糸乱れずに粛々と航行してくる。
 その見事な艦隊行動は彼をして賞賛に値したが、脅威は感じていなかった。

 その艦艇数は多い。帝国艦隊が約100隻であるのに対し、敵艦隊は索敵魔法によると142隻を数えた。
魔法帝国艦隊が三本マスト型中ガレオンを中心とした布陣であるのに対して、〝蛮族〟艦隊は大型戦列艦が10隻、煙を吐きながら航行する甲鉄艦が20隻前後、あとは中型・小型艦が多数。
大砲を中心とした遠距離砲撃戦のため、大量の砲門をもつ大型戦列艦や大口径砲を少数搭載して、小火器を満載した甲鉄船が中心だった。
一方で、砲撃魔法士による接近火力戦が主体の帝国艦隊は軽快に戦場を動き回れる中型木造帆船が主体だった。
どちらの艦種も速度は遅くて機動性はなく、魔法による風で自在に航走できる魔法帝国艦隊の敵ではない。常に一方的な勝利を収めるのは魔法帝国艦隊だった。
それにも拘わらず海を隔てた蛮族どもの島を占領をしないのは、不便で大量の投資を必要とする土地を欲しがる者がいないからに過ぎない。
つまり魔法帝国艦隊は辺境警備が主な任務で、蛮族艦隊と交戦するのは、攻め込んでくるためであった。
敵艦隊を撃滅した後に上陸するのはやつらの資産を没収し、艦隊員のレクリエーションを兼ねて〝駆除〟と〝捕獲〟をさせるためである。
偵察と称して勝手に上陸する小艦隊もあったが、よほどの被害を受けない限り黙認されていた。

海戦はここ数年、年に一~二回に落ち着いてきた。そして、蛮族どもは沿岸部に街を造らなくなり、いつもの資産没収を行うには、かなり奥地まで行かねばならず、艦隊員から不満が出始めていた。

また、陸軍が数年に一度行う大規模演習が開催される年でもあり、海軍全体にちょっとした不満が出始めている。
 大規模演習とは名ばかりで、実際には近隣の蛮族の都市を攻略し、略奪・捕獲しているのは公然の秘密であったのだ。

――陸軍ばかりが優遇されるのはいかがなものか。われら海軍とて、日々を海賊どもとの戦いに投じているというのに。

実戦が多いにも関わらず、旨みが少なくなった海軍士官たちは歯ぎしりしながら陸軍の連中を羨んでいたのだ

かくして士官たちが勉強のため参加している「戦略研究会」で、一部の若手士官たちが海賊の親玉たちへの懲罰をかねた艦隊派遣の計画を作成し、あろうことか顔見知りの帝国議会有力議員に直接持ち込んだ。

国内流通を一手に牛耳るその議員と一族は、商売の良い機会だと議会に根回し、若手議員から「懲罰を与えるための大艦隊派遣」を提唱させた。それは約2/3の賛成をもって可決され、魔法帝国皇帝に奏上された。

皇帝はしばし目をつぶり、静かに息を吐きながら深くうなづいた。
ここに大侵攻計画 通称「西方蛮族大懲罰計画」が決定された。
海軍大臣は責任者として西方艦隊大提督アンリ・ジュングーンを起用した。これはへたに派閥の息がかかった人間を据えると、自派閥への利益ばかり優先させることを恐れた結果、どの派閥にも属さず、しかもごり押しが可能な人間を選んだためである。


 大提督就任式典にて、指揮杖を皇帝自ら手渡された彼に、言葉が掛けられた。
「やるのならば、大魔法帝国の名に恥じぬ規模にてやるがよい。汝の思うがままに」
それは、彼に事実上の自由裁量権が与えられたということだった。

また銀盆に乗せられた招待状が下賜される。
これは皇帝陛下との茶会の招待状で、指揮杖を与えられた者に対する伝統行事であり、非常に栄誉なものであった。
にもかかわらず、後日茶会にのぞみ、退室してきた彼の顔は、非常に厳しいものであったという。その理由については、彼は一切何も語ることはなかった。

事実上の自由裁量権を得たアンリ・ジュングーンは、実に100隻にも及ぶ艦隊を編成した。
これは帝国が所有する中型以上の戦闘艦艇のうち、実に六割を動員することを意味する。
これに伴い大量の物資が帝国西方へと動きだし、さらには一攫千金を夢見て若者の志願が続出、艦隊出港地である湾岸都市ヴォールドでは一種の熱狂状態になっていた。
景気よく金がばらまかれて労働者がぞくぞくと集まり、パンやワインがふるまわれる。
造船所では艦船の整備で満杯になり、近隣の都市の造船所もまたうれしい悲鳴をあげている。

あまりにも乱痴気騒ぎになり、沿岸都市部が浮かれている。これでは蛮族どもにも情報が伝わってしまう。
それでは奴らにも戦力を整備する時間を与えることになり、余計な被害が出かねない。
そのことを懸念する副官に諜報の懸念を伝えられたアンリ・ジュングーンは笑いながらこう答えたという。

「こうやって情報を流せば、やつらも戦力を集めるだろう?」

 敵戦力を一か所に集めて殲滅することを彼は構想していたのだ。そのことを理解した副官は静かに頭を下げた。

そうして四か月をかけて艦隊を整備した彼は、ついにヴォールドを出港する。
出港式典の余興と称して、艦隊を沖に整然と整列させた。綺麗に飾られた100隻にも及ぶ大艦隊。
その圧倒的な陣容に帝国の武威を感じた市民たちは熱狂した。これだけの艦隊が負けるはずがないと。
そして、街の広場に並んだ今回はじめて艦隊に乗り組むことになる若者たち――二か月にもおよぶ過酷な訓練を経て精悍な顔つきになっている。――と大勢の市民を前に、アンリ・ジュングーン大提督は艦隊の名前を発表した。
真・無敵艦隊。
それは古代史における大海洋帝国がつけた最強の艦隊の名前を継いだものだった。
その力強い名前に、誰もが勝利を疑わなかった。

かくして、総艦艇数108隻 乗組員5万人を超える巨大艦隊が出撃した。
最初の目標地点はブリテン島南部――


  ★★

露天指揮艦橋で、魔法で強化した視界で蛮族達の艦隊戦力を算出する。
数は多いが、総合戦力については自艦隊には劣る。そう結論づけた。
数も必要だが、やはり総合火力がものを云う。
魔法帝国艦隊の火力は通常の三倍を用意している。敵側艦艇の性能が変わらないとすると、敵側もまた最低でも三倍の数を揃えなければいけないのだ。
しかし、実際には1.5倍を超える程度の数で、実際には小型艦や火力が劣る甲鉄船の比重が大きい。それだけでも魔法帝国側に有利だった。
 蛮族どもが最近よく出撃させてくる甲鉄船についても、彼にすればあんな鈍重な上に、魔法攻撃を受け止めることもできない装甲になんの意味があるのか理解しかねていた。
 高速機動性能と火力の集中こそが海上戦の真髄であると、経験豊富な総提督は理解していたのだ。
 ゆえに風系統の魔法で自在に船を操り、集中魔法砲撃で敵を葬り去る帝国海軍が敗北することなどないと固く信じていた。実際に、大海戦ではそうやって勝利してきたのだ。
 
ゆえに今回の彼の仕事の大半は、これだけの艦船をそろえ、航行させて戦場に到達させたところで終わっている。あとは状況の変化に合わせて大まかな命令を下すだけで良い。
 すでに戦列を整え、号令をまつ分艦隊指揮官へ、指示を出す。
「偉大なるグランリア大魔法帝国、我らが真・無敵艦隊に、区々たる用兵など必要ない。蛮族どもの艦隊を……すりつぶせ」

 今回の艦隊は魔法火力が充実している。
 選別して二か月間鍛え上げた志願者たちは、体力づくりのほかに中距離火力の火焔弾と、防御障壁を徹底的に教え込まれていた。
操船についてはベテランがいる。火力と防御力の充実と、ベテランの邪魔にならぬように、新人には単純なものを極めさせようとしたのだ。
生き残れば、実戦経験者として次のステップへと進めればいい――単調な訓練の意義を教官たちに問われて彼はそうつぶやいた。従来はとにかく怒鳴り殴りながら身体に叩き込んでいく方法だったが、彼はそうではなかった。必要なら苛烈に行ったが、決して理不尽な理由ではそれを行わせなかった。
 その方針に基づく促成教育された砲撃魔法士は、攻撃用魔法二種と防御魔法一種と極めて少ない魔法だけながらも一流に近い錬度で扱えた。彼らが一隻につきおよそ10人が乗り込むことにより、従来の攻撃・防御担当魔法士たちの負担を減らしながら火力を倍増させることに成功した。
 実戦経験豊富なベテランが操船し、砲撃魔法士が規定の三倍以上いるという充実した火力は、帝国内でも最強といってよい精強無比な艦へと育った。

そのような艦隊と激突したブリタニカ帝国艦隊は悲惨だった。
もともと各地からの寄せ集め艦隊である。錬度もばらばらで、艦種ごとの編成もされていない。
連絡に齟齬をきたすことから、再編成が出来なかったのだ。つまり小艦隊が寄り集まっただけともいえる艦隊で統一された指揮もされていないようだった。各艦隊がばらばらに、勝手に動き回り、相互支援すらまちまちに対応する有様だった。
そんなものは強力な指揮統制のもとに鍛え上げられたグランリア大魔法帝国艦隊の敵にすらなれなかった。
風を自在に操り、自由な機動をとれる魔法帝国艦艇にブリタニカ帝国艦隊は翻弄され続けた。
分断され、各個撃破の憂き目にあって、次々と沈められていく。
砲撃魔法士の放つ砲撃魔法は、最新の甲鉄船の装甲すらあまり役には立たなかった。
むしろ木造船のほうが反対側まで撃ち抜かれて爆発せずに沈みにくいほどだった。

あまりにもあっけなく沈んでいくブリタニカ帝国艦隊に、帝国人たちは徐々にタガが外れていく。
だんだんとお遊びの様に艦艇を攻撃し始めたのだ。
沈まないように威力を絞った魔法弾を大量に浴びせて、あてた数を競い始めたり、多種多様な魔法の練習台にしたいり。
中には波間に浮かぶブリタニカ人たちに向けて、同じようにより多くの魔法弾を浴びせてしなかった数を競ったりもした。下士官はおろか、上官たちも特には止めなかった。
さすがに上級士官は参加しないが、下士官たちなどは賭けを始める始末だった。
もともと帝国は捕虜を認めない。反抗したものは徹底的な懲罰を与えることで見せしめとする。
男は皆殺し。女は捕まえて奴隷、いや〝喋る家畜〟という扱いにするのが一般的だ。
稀にいる魔法を使える者を確保した場合は、優先的に帝国技術院に回される。
だが、海上戦ではまた様相が異なる。
艦船の乗組員はほぼ全員が男なのだ。
ゆえに艦船を撃沈した後は、〝ゴミ掃除〟となるのだ。
「おーい、前方に大型の破片があるから、爆破してくれ」
「いや、爆破するとあいつらの汚い破片が飛び散るから焼き払うぞ。《焼却せよ》」
 予備砲撃魔法士が、呪文を唱えると魔法陣が出現し、焼却範囲を指定。
 破片に掴まっている男たちの憎悪と憤怒に燃えた目が魔法陣を睨みつけて、血反吐を吐きだしながら叫ぶ。
「何度死んでも、いつか我らの息子や娘が、子孫が必ずや滅ぼす」「呪われよ、帝国人共め」
〝蛮族〟の呪詛を帝国人たちは嘲り笑う。
「ぎゃはは、なんか動物がしゃべってるぜ。生意気にも人間さまの言葉のようにも聞こえるなぁ、おい」
「はっ、空耳だろ、空耳。動物が人間様の言葉をしゃべるわけがない。それは、我らが太神様が許されるはずもない、気のせいだよ」
「だな、だな、ほーれ焼けて焼き豚になれ、まずそうだけどな」
呪文を唱えると、海上を炎が走る。
海面を漂うブリタニカ人達は憎悪に満ちた目のまま、悲鳴一つあげずに灼かれていく。
生きながら灼かれるという苦痛を上回る憎悪。
「は、あんな気持ち悪いものが食える訳ねーだろ。つーか焼きすぎで黒こげだぜ、ぎゃはははっ!!」

 そういった光景が各所で広がり始めたころに、ようやくブリタニカ艦隊が撤退を始める。それまでも後方へと下がりつつ、粘りづよくグランリア艦隊と砲戦を続けていたがここにきて、完全に反転し、全速力で逃走を開始した。

真・無敵艦隊は追撃戦に移った。ケルト海を北上し、テオ岬の東端を望む島々を縫って逃げていくブリタニカ艦隊をがむしゃらに追っていく。
アンリ・ジュングーンも特になにも云わない。
夕方になり、これから暗くなる時間帯だが、勢いに乗る今の艦隊ならば夜戦となっても充分に勝てると踏んだからだ。
その一方で、隊列を崩さぬように小艦隊ごとに縦陣を組ませて、並走させるように下命する。
夜戦は、なるべく単純な陣形である方が効果的だからだ。
しかし、分艦隊長達はただ勢いに任せて敵艦隊の追撃を続けていく。
敵艦隊は逃げた。すでに戦意もなく、我らに負けた敗残を恐れる必要などどこにもない――。
そう考えたからだ。中には露骨にそう云って、水に落ちたイヌを叩けと下命して全力で追想をする小艦隊もあった。
アンリ・ジュイグーンはため息をついて、統制できるものではないなとなかば指揮を放り出した。

 ★☆

 それに気が付いたのは、右翼外周にいた快速フリゲート艦だった。
「なんだ、あの小艦隊。いまごろ戦場にとう着かよ、わざわざやられにきたぜ」
10隻ほどの艦隊が、全速力とわかるほどの白煙を煙突からあげながら帝国軍艦隊に向かってくる。
 半島や小島などの影に隠れていて発見が遅れたのだ。
 しかし、その程度の艦隊では相手にもならない。帝国軍艦隊は100隻を超える迫る大艦隊なのだ。
蛮族どもの主力艦隊が逃走している以上、あの艦隊が今突入してくる理由は、おそらく足止めを狙った捨石艦隊だろう。
狙いもタイミングも悪くはない。だが、運が悪い。わが最強無比の真無敵艦隊右翼にその程度の小艦隊で突入してくるとは、死ににくるようなものだ。さっさと逃げればいいのに……
大魔法帝国軍右翼第四小艦隊旗艦の提督は不敵に笑って命令した。
「どちらにせよ、殲滅するからな、同じことだが。右舷13時の方向よりきたる敵艦隊を迎撃すると司令部に伝えろ!」
 通信担当魔法士に状況と今後の行動を連絡して進路を変更する。たかが十隻の艦隊など軽く一ひねりし、さっさと終わらせて女と勝利の美酒だっ!と叫んで、乗組員を鼓舞する。

火力をあげる敵艦隊を近づけさせる。魔法攻撃は距離が遠くなるほど減衰が激しい。
複合詠唱の魔法でも距離2000を超えると極端に威力がなくなるのだ。ゆえに帝国艦隊の基本戦術は高速機動で翻弄しつつ一気呵成に敵陣に跳びこみ一斉魔法砲撃を行うという距離1000メートル以下の超至近戦だ。
だが、今は周囲に小島や岩礁があり、あまり高機動力を発揮できない。そのため待ち戦術を選択した。
とにかくまっすぐに突っ込んでくるのだ。逃がすことは無いだろうと艦隊指揮官は判断した。
距離4000……3500……3000……
普通なら大砲を討ってくる蛮族艦隊は不気味に沈黙している。
戦闘指揮官が、防御魔法の準備をさせる。至近距離からの一斉砲撃を狙っているのかと考えたためだ。
距離2000……1500……1000
一列縦陣で前進していたグランリア艦隊が一斉に取り舵を取る。三点回頭で敵艦隊に右舷を見せ――
「種別〝中規模火炎弾〟 距離1000 方位14時 斉射三連っ」
 各艦の攻撃担当魔法士が一斉に火炎弾を三斉射する。ほぼ水平射撃となった火炎弾膜が楔陣の敵艦隊に殺到する。
 ブリタニカ艦隊が張っていた防御魔法をあっさりと貫いて、着弾する。
黒鋼の装甲が爆破し、大量の破片が飛び散った。
大破したかと思いきや、そのまま何事もなく前進していく。お返しとばかしに発泡、大量の砲弾がグランリア艦隊に降り注ぐ。すぐさま防御魔法が張られたが、いくつかが着弾し、舷側を破壊した
「は、蛮族ごときが俺らにたいこうしてんじゃねーよ、バカが」
「種別〝中規模火炎弾〟 距離500 方位15時 斉射三連っ」
 号令のもと、火炎弾が三斉射、ブリタニカ艦隊が被弾し、また大量の破片がまき散らされる。
帝国の砲撃魔法士が嘲り笑う。
「なんだ、あれ。一向に沈む様子がないが……装甲が剥がれているのか?」
「まるで玉ねぎの皮むきをしているみたいだな」
「しょうがねぇな、じゃんじゃん打ち込むしかないか。まったく、ヘンなもの作りやがって……」
彼らは気が付いていない。
魔法砲撃は分厚い装甲でも容易に貫通する。だが、不思議なことに二枚重ねた装甲は、どんなに薄くても二枚目の装甲を貫通しないのだ。
実は魔法構成の指定――意訳すると、『その装甲を貫け』と記述されているため、二枚目の装甲は貫けない――文法によるものだと判明しているが、これは同盟技術院の最秘奥とされ、一般には周知されていない。
そこで考案されたのが、今回の薄膜型鱗装甲である。
これは統一規格の薄いパネルを何層にも重ねた装甲である。
パネル同士の間には空気層を挟むことによって浮力を稼ぎつつ、魔法の貫通を許さない積層装甲板。
この小艦隊の艦船は実に八層型積層装甲を四重に重ねており、単純計算で30回以上の直撃に耐える防御力を持っていた。
それは、帝国軍の方からすれば実に異様な艦だった。魔法を大量に打ち込み続けても、なかなか沈まないしぶとい艦艇。だが、爆発はするし、破片も飛び散る上に沈まないわけではない。
反撃もしてくる。だが、やつらはバカの一つ覚えの様にひらすら前進してくる。
ある意味で遊戯的で面白いのだ。
逃げるバカな蛮族の艦を沈めるより、こっちのほうが面白い。やつらの艦なんて、いつでも沈められるしなという彼らの常識が方向性を決定づけた。

帝国軍艦艇同士で密かに連絡を取り合う。
魔法何発で沈めるか――いや、各艦で順番に決められた数の魔法を順番に打ち込んで沈めた艦が勝ち――。数分でルールが決まると、賭けが始まった。

主力部隊の撤退を助ける捨石の艦隊――帝国軍はそう考えた。
こいつらを血祭りにあげてから、また追跡をはじめても充分に殲滅できるという確信があった。
実際に、風を操れる帝国艦隊は、追跡となれば同盟艦隊の二倍以上の速度を出せる。

配下の艦隊提督たちから意見具申を受けたアンリ・ジュングーン大提督は、渋い顔をしながらもその意見を受け入れた。
既に大勢は決していた。敵艦隊の撃沈数が少ないが、まぁよしとしよう。
もともとストレス発散の意味合いが強い出兵であるし、初戦で大戦果を挙げてもまずいと考えたのだ。
彼は政治に関心を示さないのではない。
父親や兄を見て、関わりたくないと思ったから出奔して一兵士になったのに、今では便利な政治の駒扱いになっている。そして、政治的影響力を考えなければならない自分の境遇が嫌だったのだ。
だから、普段は関心を示さないし、皆でバカ騒ぎをするのがが好きだ。そして、海の上では政治など忘れられると思ったのに、結局政治のことを考えている。
「はぁ……亡命でもできる立場だったらよかったが……」
 誰もいない提督室で彼はすっかり薄くなった頭を掻きながらため息をついた。
 いつのまにやら大提督になっていた騎士の次男坊はこっそりとぼやくことが多くなっていた。

----------------------------------------------------------------------------------------------------
次に続きます。



[37284] 幕間 ~西方戦線 ケルト海沖 大艦隊戦 その2
Name: 森河尚武◆cea74981 ID:9fbec99a
Date: 2013/08/25 01:02

文章量オーバーで投稿が弾かれたので、続きです。

----------------------------------------------------------------------------------------------------
ブリタニカ帝国艦隊――第一特務攻撃艦隊の艦艇は怒号と血と硝煙と破片に塗れていた。
グランリア艦隊からの高密度の魔法攻撃が続く。
防御魔法は発動するたびに砕かれ、迎撃に小銃やはては拳銃まで持ち出して魔法を撃つ。ほとんどは当たらず、当たっても魔法演算核を射抜けずほとんど意味がない。

艦隊旗艦――H.M.S.エリザベス・サードにまた魔法が着弾し、その巨体を震わせた。
拡張された舷側装甲に当たり、積層装甲がまた一層、貫かれた。砂がまかれた甲板はすでに大量の破片と血がまき散らされ、舷側に並んだ後装式カノン砲も砲弾を撃ちすぎて加熱した砲身が歪んで照準がズレている。
「撃て、とにかく撃てっ! 照準などかまわん、当たらなくてもいい、とにかく撃てっ!」
甲板長が叫び、それでもとにかく装填して撃つ。バケツに組んだ海水を砲身にぶっかけ、強引に冷却しつつ次弾装填。
壊れた撃鉄代わりにハンマーでたたいて着火、吐き出された有毒な燃焼ガスが拡散するのを待っていられずに次弾を装填する。
魔法と違い、大砲の連射性は低い。普通の魔法士なら中規模火炎弾を五秒以内には構築できる。しかし、大砲では砲身の冷却、装填、台座固定、照準といくつもの工程を経て発射されるため、どんなに急いでも15秒以上かかるのだ。
そして決定的なのは、どちらも技能職であるが、大砲は一人では撃つことも難しい。
装甲の隙間、開口している砲門口から魔法が跳びこんで内部で爆発する。火薬にこそ引火しなかったが、爆発とまき散らされた破片で多くの大砲手がケガをする。
「くそ、人数が足りんっ!! おい、後方の6番から12番は放棄して、こっちに人員を回せっ!」
「それでも足りませんぜっ! 死に過ぎてやすっ!」
「根性で何とかしろっ! 奴らに撃ちかえせっ!」


完全に包囲されたブリタニカ艦隊に四方八方から魔法弾が降り注ぐ。威力が絞られた火焔弾だが、あまりにも数が多い。
 マストが、索具が、装甲が吹き飛び、煙突が貫通して白煙をまき散らす。
それでもなお、その小艦隊は前進する。愚直に、まっすぐとひたすらグランリア艦隊の中心部へと。

ブリタニカ軍甲鉄艦の積層装甲が限界を超え、ついに船体外郭に被弾する。開いた大穴から大量の海水が侵入し、隔壁閉鎖が間に合わず、ついに傾きはじめる。それでもなお、水兵達は抵抗をやめず、大砲を、小銃を、はては爆発物付きの大型ボウガンを撃って抵抗する。
たいした威力ではないが、ちまちまとした被害にグランリア軍は苛立ち、大規模魔法を行使。
飛来した巨大火炎弾が船体を貫通して大爆発を起こす。
船体が二つに割れて、静かに沈みはじめる。
撃沈された艦も抵抗はやめない。甲板が海面下に没するまで砲撃し、乗組員たちは残された艦に手を振りながら死んでいく。

ついに中央の旗艦エリザベス・サードにも攻撃が届き始める。
 直撃する火炎弾、吹き飛ぶ甲鉄装甲。艦橋は集中的に狙われ、容赦なく光撃魔法が撃ち込まれていき、次々と装甲が剥離していく。

その内部にある第一艦橋では怒濤の被害報告が飛び交っていた。
「第三艦橋、第二次装甲まで大破! 信号灯を第二次系統に切り替えます」
「メリーランド、"サヨナラ"打電しながら突撃していきます」
「オールドイングランド、甲板下に直撃、航行不能!」
 振動に揺れ続ける艦橋。扇形階段状の部屋に金属とも木とも判別できない机と革張りの木製椅子に座った幾人もの通信士がヘッドホンと、机の上に置かれたアナログメータ指揮無線機に大型マイクを使って状況をうけとめ、解析士官がクリップボードとに書き留めながら、最上段の艦隊提督に状況を知らせる。
背後の大型卓では次々とメモが貼られて、厳しい現在の艦隊状況を表示していく。

またこの艦の被害報告も次々と入ってきて、次々と指示が下される。
『こちら第三蓄電池室、有毒ガス発生! 隔壁閉鎖、閉鎖を!』
「まて、乗員は退避したのか」
『はは、バカ言わんといてください。最後まで面倒みますぜ、破損した電池は除去しました、注水を、注水を願います』
 副長が決断を迷っていると、艦長が指示する。
「第三蓄電池室の隔壁を閉鎖、注水せよ」
「艦長!」
「復唱せよ、副長!」
「く、はい、第三蓄電池室の隔壁を閉鎖、注水しますっ!!」
『はは、艦長、帝国の奴らをぶっ飛ばしてくださいよ』
「ああ、貴様らの命は無駄にせん。――地獄で会おう」
『第三蓄電池室総員七名! 最後まで修理に従事します!』
 ぶつんと通信回線が切られる。
男達は表情を変えぬまま、するどく前方を見続け、己の任務を敢行し続けるのだあった。


そして、ブリタニカ特務艦隊はついにその時を迎えた。
「艦長、周りが敵、敵、敵しか見えません、味方は4隻、敵は60隻以上、撃ち放題だ、ははっ!!」
 索敵屈折望遠鏡で艦の周囲を除いていた索敵担当官が哄笑しながら艦長に報告する。
そして、60隻は開戦前に確認した帝国艦隊の60%に相当していた。
提督は決断する。
「みな、よくぞここまで耐えた」
「ではっ!!」
 揃った嬉々とした声が艦橋に響く。
「そうだ、反撃に移る。我々の力を、憎しみを、怨念を奴らに叩き込む! ――艦長!」
「了解しました、提督!!!! ――副長! 《多機能火器制御装置》を起動!」
「復唱! 《多機能火器制御装置》を起動! 第一次回路接続せよ」
「了解、《多機能火器盤制御装置》を起動、第一次回路接続」
 電源管理官が復唱し、制御盤のレバーを押し倒す。
 ばちんと火花が飛び散り、一瞬だけ艦橋内が暗くなる。電圧降下によって照明のいくつかが
落ちたのだ。

 突如、艦橋の中心部に色とりどりの光線が走りまわり、映像を結んだ。
 空中投影式表示器。発掘されたこの古代航宙艦で生き残っていた数少ない装置だ。

『マルチプルレーザースクリーンおよび多機能火器制御装置を起動しました。以下のエラーがあります』
センサー系統、電源不安定、火器システムリンク……大量のエラーが吐き出される。
発掘された古代の航宙艦は、頑丈な外殻はほぼ無事だったが、機器の大半は取り外されており、残されていたものもほとんどが使用できなかった。
それをブリタニカ帝国技術院が実に百年以上の時をかけて改修し、進水させたのが、この特務戦艦H.M.S.クイーン・エリザベス・サードであった。今日この日のために造られた決戦戦艦。

騒音しかない機関室で報告がされる。
「第一から第四ボイラー圧力最大、蒸気圧問題なし」
「第一および第四フライホイール、定常回転より発電機接続」
「了ー解! 第一および第四発電機にフライホイール接続、動力伝ー達っ!」
 轟音を立てて回転するフライホイールに巨大発電機の回転軸が接続される。
大轟音をたてて巨大な船体が揺れ、巨大クラッチから炎が発生して消える、熱拡散潤滑油が発火したのだ。
一瞬フライホイールが止まったかのように見えた後に一気に回転数を落としながらも、巨大発電機が稼働を開始する。
「第二および第三フライホイール接ー続!」
 再び轟音、船体が揺れる。
 巨大発電機が稼働を開始して、莫大な電力を生み出す。
「全発電機、動力伝達。定常回転に入りました!!」
「よーし。全発電機、回転数最大にしろ!」
 腕を組んだ発電機関長が怒鳴った。
「了ー解っ!! フライホイール最大回転数へっ!!」
 大量の蒸気を噴出しながら往復運動式蒸気機関が巨大なフライホイールを最大速度で回し始める。
 発電機関室の騒音と振動が一層ひどくなり、歩くことすらも困難になる。
突如、破裂音が響き、膨大な蒸気が噴出した。近くにいた作業員がまともにくらい、全身に大やけどを負って通路下に落ちる。
けたたましいベルの音が鳴り響き、蒸気圧の低下を警告する。
「バルブ締めろっ!!! 蒸気圧が下がる!」
「わかってまさぁああああ!!」
 分厚い耐熱服を着込んだ大男が高温蒸気の中に跳びこみ、服をやけただれさせながら巨大なバルブ栓を締め上げる。
「冷却水っ! 急げ」
 怒鳴り声とともに大量の冷却水が作業員にバケツでぶちまけられる。どれだけの高温にさらされていたのか、かけられる端から蒸気が発生する。
 敵と交戦こそしないが、ここは命がけの戦場なのだ。


グランリア大魔法帝国艦隊からの攻撃は止まない。積層装甲のほとんどは破壊され、本来の船体外郭が露わになり、次々と魔法が着弾する。
宇宙塵にも耐える船外外郭だ、破壊こそされないが爆発の衝撃は巨体をふるわす。
 揺れる艦橋で電源担当官がアナログメータを読みとりながら報告する。
「第一、第二、第四蓄電池室 電圧および充電率正常。第三は予備回線に回しました。エネルギー転換位相変換機の起動条件整いましたっ!!」
「よろしい、エネルギー位相転換機に回路接続せよ」
 艦長の命令が下り、復唱される。
「了ー解! 復唱 エネルギー位相転換機に電源回路を接続せよ」

『了ー解! エネルギー位相変換転換機に電源回路を接続』
 機関室から復唱が返される。

――機関室
「電源回路を接続する。第一次電源回路接続しろっ!」
 巨大なレバーが押し倒され、ばちばちと火花が飛び散る。同時に騒音の中に腹に響く低周波音が混じりはじめる。
「電圧効果なし、波形正常っ!!」
「よーし、第二次回路接続しろ」
回路が接続され、そして甲高い高周波音が騒音の中を響きはじめる。

――艦橋
『エネルギーコンバータに電源の接続を確認しました。エネルギー供給先の指定をしてください』
「『万能感知探査機器』および『自動追尾式等位相収束光撃砲』に回路接続、動力伝達」
 武装管理担当官が投影スクリーンをタッチして機能を指定する。

『マルチプルセンサー接続、走査結果をメインスクリーンに表示します』
 艦橋の中央空間に現在の状況図が立体表示される。
 この艦を中心に周囲10kmにわたって十重二十重と囲むように移動する80隻以上もの艦艇が蠢いている
至近の四隻を除いて、全てが帝国艦隊。
 囮となったブリタニカ帝国主力艦隊は射程範囲外に撤退したようだった。

「砲撃目標艦艇を捕捉せよ」
「了解、指定しますっ!」
『敵味方識別信号が確認できません。砲撃目標が味方でないことを確認してください』
「ははははっ! 見渡す限り全部が敵だ、撃ち放題だぜ、ひゃっはーーーーーははははっ!」
 砲雷長が哄笑しながらタッチスクリーンで次々に目標を指定していく。
指定された目標上に「LOCK ON」の文字が浮かぶ。
その数84隻。帝国艦隊の80%以上だった。
攻撃兵装の選択は一つしかない。
エネルギー充填中表示のそれを押す。

『《ホーミングレーザー》が選択されました。エネルギー充填中です』
強制発射のボタンをタッチする。
『《ホーミングレーザー》充填率0.1% 強制発射しますか?』
YES/NOの選択が表示。

「艦長っ! 攻撃準備整いましたっ!!」
砲雷長が振り返って叫び、艦長がうなづく。
そして万感の思いを込めて艦長が静かに下命する。
「煉獄に落ちろ、帝国人共。『自動追尾式等位相収束光撃砲』砲撃開始せよっ!」
「了解! 『自動追尾式等位相収束光撃砲』砲撃を開始する! 偽装解除っ!」
 砲雷長の命令により甲板長が外装一斉起爆のスイッチをひねる。
 爆発音とともに船体外装を覆っていた積層装甲の一部が爆発した。
 爆発ボルトによってカバーを兼ねていた装甲版が排除され、灰銀色の本来の船体と、多重集積レンズ砲門が露わになる。
「総員、対閃光防御っ! この放送より10秒間の間、外を見ることを禁止するっ!」
 けたたましくブザーが鳴り、艦内放送で危険防止の命令が流される。
 短短長と三回ブザーが鳴らされた。主砲発射開始のブザー音。
「『自動追尾式等位相収束光撃砲』砲撃 発射っ!」
砲雷長が怒鳴ると同時にタッチスクリーンの兵装パネルを押す。

『エネルギー充填率0.1% ホーミングレーザー攻撃を開始します』


 瞬間、膨大な光量をもった光の柱がユリシーズから天に向かって伸び、幾筋もの光の線へと分かれた。
分れた光線は、空中で軌道を曲げ、まるで帝国軍艦中央部に吸い込まれるように命中する。
光の線が消える。
次の瞬間、光の線が直撃した艦中央部が軋みながら上下にずれ、前後に分断される。強度を失った船体が断末魔の叫びを上げて崩壊し、急速に沈没していく。帝国軍人たちの悲鳴と怒号が戦域を覆い、阿鼻叫喚の地獄と化す。


――グランリア大魔法帝国艦隊・旗艦 グラン・イスーンシー
「あ、あれは、あの光は……まさか……伝説の〝神々の光槍〟か! 復活させたというのか、古代の発掘戦艦をっ!!!!」
提督室の舷側窓からの強烈な光を認めたアンリ・ジュイグーンが戦慄と共に叫んだ。
「そうか、皇帝陛下は――」

皇帝陛下との茶会を思い出す。
「ひとつ、ゲームをしようではないか」
 個人的な謁見に緊張するアンリに、皇帝はしずかに声をかけた。
「此度の戦、精算は充分にあるはずだな」
「は、はい」
 緊張のあまり、出された紅茶の味すらもわからない。そもそも喉を湿らせているのかも。

「お主がきゃつらの艦隊を殲滅し、無事に帰ってきたならばお主の勝ち。その逆、無事に帰ってこれなかった場合は予の勝ちとしよう」
「は、その……」
「勝った報酬は、そうだな、お主を無事に退官させるということでどうかな?」
「……そ、それは」
 アンリは目の前の陛下が不気味だった。自分はたしかに大提督であったが、それでも自分のことなど知るはずもないと思っていたのだが、どうもよく知っているらしいと。
自分の望みをこうまで指摘されるとは考えもしなかったのだ。
「予が勝った場合の報酬は、そうだな、予直属の艦隊司令として仕えよ」
鋭い目でアンリを射貫く。そのあまりの鋭さに、彼は身動きがとれなかった。
「――生き残れよ」


――ブリタニカ帝国特務艦隊旗艦クイーン・エリザベス・サード

「帝国軍艦84隻、完全破壊に成功っ!!!!」
艦橋の乗員が一斉に腕を上げて歓喜の声を怒鳴り――提督の怒声が響いた。
「まだだ、まだ残った艦がある。奴らを残らず海底に叩き込めっ!!」
 歓喜の渦に包まれていた男達は一瞬でプロの顔に戻り、足音と報告が飛び交い始めた。

30秒後、第二射が天を切り裂いた。
それらは、幾重にも分れて海上に光の檻を築き、グランリア軍残存艦を一つ残らず切り裂いた。

 同時に、蓄電池室および発電機室が大爆発し、頑丈な外殻が災いして艦内を残らず灼きつくし、手の施しようのない火災と爆発による開口部の損傷で大浸水が始まった。
総員退艦の命令にもかかわらず、最期までなんとか浮かばせようとしたため、脱出した乗員は400人中わずか16名だったという。
その中に提督および艦長の顔はなく、艦と運命を共にした。

 帝国艦隊がことごとく沈められた海域に、主力艦隊が反転して再突入してくる。
 波間に浮かぶ帝国人たちを見つけると、ライフル銃や火炎放射器などで尽く葬っていった。
助けを求める帝国人たちには罵声を浴びせてからライフル銃を何十発も打ち込む。
中には魔法を使って艦艇に侵入しようとした魔法士などもいたが、火炎放射器や同盟の魔法使いたちに討ち果たされていく。
運よく甲板に辿りつけた帝国人たちはもっと悲惨だった。
喉を潰されて魔法を使えなくされると、殴る蹴る潰すなどの集団リンチを受け、最後に八つ裂きにされた。その破片は海にばらまかれた。

帝国人たちがしてきたことを何倍にもされて返されたのだ。
それは、何代にもわたって積み重ねられてきた恨みの集大成。祖父母の祖父母の祖父母の代から続いてきた恨みの歴史が、帝国人たちにぶつけられたのだ。


 ――海は、帝国海軍軍人の遺体や船体の破片で埋め尽くされ、海岸線には数年にわたって漂着物が数多く流れ着いた。



----------------------------------------------------------------------------------------------------
いや、なんか蒸気機関でハイテク動かすのって燃えるよね?
ただそれだけのネタです。
それだけで、こんな量書いてしまった……

ホーミングレーザーは波動砲とならぶロマン兵器ですよね-。




[37284] 第四章 慟哭の少女 <6>
Name: 森河尚武◆cea74981 ID:b0b8ad39
Date: 2013/09/04 21:44
第四章 最終話です。
2013/8/31 初稿投稿
2013/9/4 改稿

---------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------

「父上は、甘すぎるっ! いまこそ我が帝国の武威を示す時っ! 蛮族どもには躾が必要なだというのに!!」
皇帝執務室より退出した皇太子は、抑えきれぬ怒りをあらわにしていた。
 閉じた重厚な装飾扉の両脇に立つ当直の騎士たちは、皇太子の怒声にわずかに身じろいだが沈黙。
下手なことを云えば、叛意を疑われかねない状況だ。ゆえに訊かなかったことにしたのだ。

しかし、皇太子に付き添っていた側近たちは口々に同調した。
「殿下のおっしゃるとおり!いまこそ帝国の威信を示すときっ!」
「蛮族など我らが出れば鎧袖一触。たとえそうでなくとも我ら帝国が負けることなどありえぬ」
「われら魔法師の一声で奴らなどゴミ塵となるからな」
「そうだ、一市民ならともかく、我らほどの一流の魔法師が出陣すればやつらなど瞬く間に滅びるというのに」
「あの恥をさらした騎士のバカ次男めっ!! なにが西方大提督だ! まったく死んでいなかったらこの手で八つ裂きにしてやったものを。最後まで運のいい奴だ」

 皇帝執務室のある外宮殿を巡る庭園回廊を、足音も高く歩きながら不満を口にする皇太子たちは、停める者もおらず、ますます高揚していく。
このまま、自分たちの私兵だけで出撃しようと結論が出そうになった時に。

「だいぶ……殿下は……荒れておられるようで…………」
「無礼者っ! 誰だっ!」
 護衛も兼ねている皇太子直属の近衛騎士がさっと柄に手をかけた。
それは侵入者を警戒してではなく、主の一言あらば無礼討ちをするためだ。ここは皇帝執務室もある皇帝城外宮殿。警備は万全である。
 回廊の柱の影から現れたのは、灰色のローブ姿の人物。フードを深くかぶり姿かたちが判らない。
「我らは……帝国諮問機関《ダ=イ・コーリョの番人》の者です」
そういって、ローブの裾から皺だらけの手に握られた黄金色のメダルをだして、示した。
そこには渦巻のように分割された円と絡みつく蛇のようなドラゴンの図案が掘りこまれていた。
遥か古代には太極図と東洋の竜と呼ばれたものに近いデザインであるが、皇太子一行は当然知らない。
「父上の諮問役が何の用だ?」
 あからさまに警戒しながら皇太子が問う。
「ただいま……殿下が……抱えている不満に……ついて……我らが力を…御貸し……出来るかと」
 ローブ姿のそれは彼らの警戒を気にした様子もなく、皇太子へと力を貸せるとゆっくりと伝えた。
皇太子たちは聞いたことがあった。
彼らは〝東方三賢者〟と呼ばれる三人を長とした帝国直属の機関であり、皇帝の権力ですらその身に及ばないとされる。その一方で、権力は一切持たず、ただ皇帝へ直言が可能とされており、事情を知る貴族でも皇帝陛下の私的諮問機関だと思われている。
皇太子も未だその実態は聞いたことはなかった。
疑問は確認せねばならぬ。いくら帝国の後継者とはいえ、彼もいまは臣下でしかない。
陛下の決定には逆らえないのだ。
「汝らは陛下直属の機関だろう。いったい何をたくらむ?」
「殿下には……誤解が…ありまする。我らは帝国直属の……機関。その身に……権力は及ばず、帝国に直接影響を与えること……能わず。我らは……ただ皇家に言を申すのみ……」
「ふん、言を申すのみというか。では、何の役にも立たぬ。いま、我に必要なのは力なのだ。調子に乗っている蛮族どもを粉砕するような、な。そしてそれは既にあり、あとは父上がお認めくださればいいことだ」
「おそらく……それは……叶いませぬ……」
「なぜか?」
「蛮族の……力が……おおきく……なっておりまする。それは……まだまだ……帝国に……はかない……ませぬが…………被害……が増え……ることを懸念……され……ておられる……ものと……」
「被害なぞ、あとでいくらでも回復できる。奴らが増長しているいまこそ、その勢いをくじくべきなのだ」
「殿下は……それで……よろしゅ……うございま……すが……陛下は……常に帝国……の未来を……見据えて……動かねばなりませぬ。ゆえに……陛下は現……在の状況で……は動い……てはならぬと……判断されたものと」
 それは不遜な発言であった。つまり、殿下は未来への展望が見えていないと云ったに等しい。
「つまり、今の戦力では負けるというのかっ!! わが帝国がっ!!」
側近達の激怒にも臆することなく〝番人〟は言葉を続ける。
「残念……ながら。我ら……もまた……陛下の判……断を支持い……たしまする」
 深々と頭を下げる。それは許しを請う体勢でありながら、ただ礼式に則っただけの完璧な礼だった。つまりは、その程度の存在であると宣言したのであるが、それに気がついた側近達は皆無であった。
「貴様っ! 帝国を愚弄するか」
「我……らは帝国直……属の諮……問機関。冷……静に現況を……伝えること……こそ我らが使命が一つ。耳に痛……く感じられ……ても受……け入れて……く……ださるように……お……願い申……し上げ……まする」
 激高する側近達など気にもかけずに、それはゆっくりと頭を下げる。
 それが側近達をただ無視したのではないことに皇太子は気がついていた。側近達が己を傷つけることが出来るなど微塵も思っておらず、ただ皇太子をみているからなのだ。
それはただ権力に守られているだけの小者の態度ではない。なにか、そう圧倒的な強者が見下ろすのと同じだ。そして、彼を試している。
己よりも位が低い、いや、そもそも位のない者が帝国の後継者足る我を試す。
 沸騰しそうになる頭の片隅で、面白い、と彼は思った。
「そこまで云うからには打開策があるということだな?」
 皇太子が見下ろしながら冷酷に問う。
先ほどのまでの怒りからの豹変。
それは大帝国の後継者にふさわしい堂々たる態度だった。
 側近達は息を呑み、一斉に臣下の礼を取った。
 ローブ姿のそれは再び深々と頭を下げ、合わせた手を掲げた。それは敬意を込めた礼だった。
「素晴……らしき力……を、我ら……はご……用意で……きまする」
「素晴らしき力だと?」
「そう、我らならばご用意できまする。あのユニカの朧影騎士を上回る戦闘兵器、かつて星々の大海を渡った神々の船にも匹敵する知識を、兵器を、かつて人類が持っていた力をっ!」
 力強く断言するローブ姿のそれ。老人のようでもあり、夢見る少年のような力強さを持った言葉に、皇太子は魅かれるものを感じたが、口にしたのは別のことだった。
「ふん、ならばなぜそれを父上に渡さないのだ」
「皇帝陛下は、我らが超技術を使うことを善しとせず、基礎研究を地道に行うことを奨められました。その結果はどうでありましょうや?
フードの下でそれはかすかに首を振った。
「成果はなにひとつもありませぬ。ここ数十年で進化したものはなにもなく、魔装騎士とて小改良がいくつか施されたのみ。我らの優れた先進知識やユニカを超える超技術があるにも関わらず、陛下は見向きもされませんでした」
「陛下がなすことが不満だというのか」
「いいえ、我らはただ憂いております。祖国を愛する我々は憂いております。周辺の蛮族どもはゆっくりとはいえ少しずつ進歩してきております。帝国は、かつての繁栄をいまだ取り戻しておらず、この五百年はほとんど停まっております。我らが知識を、力を使えば繁栄が約束されているというのに、歴代の陛下方は、変化を好まれませんでした。このまままた五百年が過ぎれば、もしかしたら蛮族どもに抜かれてしまうかもしれませぬ。ゆえに今のうちに叩いておかねばならぬのです」
 フード姿のそれは、言外にあなたは違うのだろうと云っていることに皇太子は気づいていた。
「――問おう。お前たちを活用すれば、帝国はもっと強くなれるということだな」
「疑うべくこともなく」

「ならば、|我《・》に寄越すがよい! 蛮族どもを薙ぎ払い、天塔騎士を超え、あのユニカをも滅ぼせるような力をっ!!」
 皇太子は力強く宣言して、手をつきだす。
「我らは提供いたします。
《ダ=イ・コーリョの番人》の名において、我らは貴方様に提供いたします。
かつて大地を割り、海を裂き、空を越えて星々へと渡った人類の英知を。
我らは提供いたします。あの永世中立監視機構ユニカなど足元にも及ばぬ絶対の力を。
我らは提供いたします。祖国の栄光を万世未来永劫永遠不滅のものとする力を――!」
 ばさりと、フードをを外す。
肉がそぎ落とされて頬骨が見える皺だらけの老人の顔。透き通るような白髪の間には宝石のように艶やかな紅い雫の形をしたものを額に埋め込んでいる。
 見た者を凍りつかせるような眼力が込められた黒瞳。――狂気と憤怒を孕んだ憎悪のカタマリ
それは蔑まれ続けた者が持ち得る何か。
「すべては偉大なる我が民族、永遠不滅にして偉大な我らがグランリア大魔法帝国のために――!!」


      ★☆★☆★☆


「どうしてボクはこんな格好で正座させられているのでしょうか……」
 暗闇の中、スポットライトに照らし出されてたフェテリシアが正座している。
ちなみに一糸まとわぬ姿で、金属製の重たい頸木と手枷がはめられた、いわゆる全裸待機の姿勢だ。
 少女の両側には身体の前に竹刀を突き立て、柄に手を乗せたメイド服姿のゴーレムもといメイドロボがいる。

「それはキミが規定違反をしたからなの~~~~」

不意に各辺の比が1:4:9の黒い四角柱――モノリスが空中に現れて、抑揚の少ない少女の声が響く。
正面に光り輝くユニカの紋章とアルファベットで〝Rey〟の表記、その下に薄紅色に輝く「さうんど・おんりー♪」
ただし日本語平仮名なので、フェテリシアは文様だとしか認識していない。
ばばーんと口で効果音を出していきなりのたまった。
「とりあえずー、ユーアー|ギルティ《有罪》」
「早っ! まだ開廷してないですよっ!」
「うんうん、いい反応だね――でも有罪」
「せせせめて、|証言《言い訳》をっ!」
「はははは――てめぇ、本部中枢システムに虚偽申告しといてただで済むと思ってたのか、ああん?」
 急にドスの聞いた声に変わり、彼女の目の前に移動したモノリスがぐにょりと曲がってフェテリシアを下から覗き込む。
 別に目があるわけでもない、ただの黒い石板から放たれる異常な圧迫感。
 彼女の顔中から滝のような汗がだらだら流れる。
「わかってるかナァ? 天塔騎士はユニカの全権代理人、その行動すべての責はユニカにある。ゆえに虚偽報告は最重要な犯罪だヨ? それは上層部が誤った判断をする原因になるのだから。なにか異論はあるかしら?」
 突如、モノリスの直上にに四つの空中投影映像の通信ウィンドウが開き、四人の特徴的な美女がそろう。
「ありません。重大違反に該当しています」
 金髪で巨乳、薄茶色の瞳をもつ北欧系の美女――コード・アイン大佐
「許されない違反アルよ」
 黒髪を一本の三つ編みにした普乳なアジア系の、いつもにこにこ陽気で糸目な美少女――コード・ヘキサ大尉
「ゆるしちゃうと、後々の人のためになりませんねぇ」
 銀髪で服の上からもわかる美乳をもち、空の青色の瞳をしたアングロサクソン系の美女――コード・フィーア中佐
「うんうん、ゆるしちゃだめだから、私の下でしばらく|修行《ペット》とかどうだろう?」
 ウェーブのかかったプラチナブロンドに黒い肌、サファイヤのような碧い瞳の妖艶な美女――コード・サード少佐
 なぜかフェテリシアに執着している彼女は妖艶な仕草でちろりと唇を甞めながら提案する。ヘンなルビがふってあるような気がフェテリシアにはした。

「さて、聞きたいことがなにかありそうだよね、だよね?」
 まるで両手を広げるかのようにぐにょーんと伸びるモノリスがたずねる。
「えと……質問いいですか?」
「はい、フェテリシア被告!」
ずびしっ!と人を指差す形にモノリスの端が変形。器用である。
「虚偽報告が問題になっているだけなんですか?」
「そうよ?」
 ふにゅんと小首を傾げるようにモノリスが歪む。フェテリシアはおそるおそると尋ねた。
「あの、その……あの母娘を助けて施設破壊とかの罪は……」
「なにか問題なの?」
「え?」
「指令の優先順位はとくに付けていなかったよね? なら、どれを優先するかは現場の判断に任せたということだけど?」
「え……? ええー、あれってそういう意味なんですかっ!!」
「おいコラ、まさか理解していなかったのか?」
「そ、そんなの――」
 焦って、直属の上司であるコード・アイン大佐の通信ウィンドウを見上げる。
 彼女はむしろ不思議そうな顔をしていた。ほかの天塔騎士たちもまた同じ顔つき。
そんなのあたりまえだろ。
無言の言葉がフェテリシアのない胸にドスドス突き刺さる。
「え、え? ええー!? そ、そんな……」
 フェテリシアはがっくりとうなだれた。もう処刑されるくらいの覚悟を決めて実施したことが実は別に罪でもなんでもなかったという精神的ショック。真っ白な灰になりそうなくらい落ち込む。
「こまめに報告はしろっていつも言ってるだろうが。何のための本部直通通信回線だと思っている?」
 アインがあきれたように云うが、フェテリシアはその辺の理解が今ひとつだった。
それはそうである。過去の歴史で云えば、中世に暮らしていた人間が21世紀後半のリアルタイム通信による戦争をしろと云われているのだ。いくらいろんな知識を覚えているとはいえ、活用するにはやはり経験が不可欠なのである。
 その意味では、今回が初の対外任務である彼女には荷が重いのだが、そこはユニカ上層部に思惑があったために彼女が選ばれていた。
しかし、そんなことは彼女は知らないし、上層部も教える気がない。
 それはユニカが望んだ結末へと導く一手、傲慢にも神をも超えようとした人類が導き出してしまった最終神話の駒だということを、彼女はまだ知らない――。

「まぁ、それはそれ、これはこれ。なんにせよ、重大な犯罪をしたことには違いないので、超即決判定~っと」
 かこーんと木槌が打ち鳴らされる音がする。
「はーい、陪審員の方々、判決をどぞー」
 えらく軽いノリで、モノリスが振り返るようにぐにょんと曲がる。
てゆーか弁論はどうした。
「有罪」「有罪」「有罪」「有罪」
 コード・アインは目をそらして口笛を吹くような感じで。
 コード・ヘキサは糸目のまま、にまにまとおもしろそうにして。
 コード・フィーアはあらあらまぁまぁとにこにこと容赦なく。
 コード・サードは妖艶な流し目ではぁはぁと獲物を狙うような感じで。
 それぞれ有罪の札を挙げている。
「では全会一致で『有罪』。まぁ、疑いの余地なかったから仕方ないよね」
 フェテリアの頭上にぺっかりこんと各国語で有罪と表示される。
「さて、有罪となったフェテリシア被告ですが、その刑罰について――」
「はいはーい、私の下でしばらく|修行《ペット》がいいかと思います」
 コード・サードが手を挙げて勢いよく提案する。彼女は無類のかわいいもの好きが高じすぎて、かわいい少女をはべらす大望を抱いていた。
ほかの三人はまたかという顔をしつつも、特に否定はしない。
次に提案したのはコード・フィーア。
「そうですね、拘束してしばらく宇宙空間漂流とかどうかしら? 空気をもとめてぱくぱくする姿なんかかわいいと思いません?」
 実はおっとりした姿をしながら、いちばんヒドイことを提案する嗜虐美女だったりする。
「それもいいアルが、伝説の人体盛とかはどうであるか? このまえレシピを発掘したネ。フェテリシアなら、きっとおいしくいただけるネ」
 すちゃっとバカでっかい万能中華包丁を取り出してぶんぶん振り回すコード・ヘキサは見た目通りというか、世界三大料理と呼ばれていた中華調理の鉄人である。珍奇な食材を探して年中放浪しているのだが、珍しく本部にいたらしい。
ところで、|それ《人体盛》は中華か? いやそれ以前に料理なのか? そして〝おいしく〟は|どっちの意味《食的か、性的か》だ?
謎は謎のまま会議は踊りそうになったので、実は一番の良識家(ただしこの場にいる人物に限る)であるコード・アインが発言する
「あー、規定にある刑罰服着用でいいかと思いますが」
「それだ」「それネ」「そうねぇ」
 テキトウな会話にもなっていない好き勝手な提案をしていた三人が同時に肯定する。
お前ら仲いいな!?
「うん? 陪審員としては刑罰服着用刑が全員一致で判決? ファイナルアンサー?」
「おっけ~」「まぁ、いいアルね」「そうねぇ」「あーいいんじゃないでしょうか」
 期待に満ちた視線が二対、いつもどおりにこにこしているのが約1名、視線をあからさまにそらしているのが1名。

「あー、じゃぁ第……えーと、面倒だから123回でいいや……超即決裁判、判決。フェテリシア被告を刑罰服着用刑Lv.5とする」
がこーんと木槌の効果音。空中に大きく投影されているユニカの紋章の下に判決が各国語で表示される。
「……ボクの弁護は……」
「ゆるゆるだけど、いちおう軍事裁判だからネ。さて――」
 むちゃくちゃな暴言を吐いて、モノリスが通常の形に戻り、判決文の下に移動する。
「いやぁ、規定にあるとはいえ……コレ着る子は久しぶりだわ。前回はたしか……」
「「「そういうことは云うべきではないと思います」」」
なぜか、ウィンドウの天塔騎士達が揃って発言する。
「そう? まぁ、いいや。ではお披露目~」
 すっごく投げやりな声でモノリスがぱちんと指を鳴らす(仕草をした)
 ばんっばんっばんっ、とスポットライトが多方向からあてられて、それが暗闇に浮かび上がる。

「――え……えええええええっ!!!!! な、な、な、なんですか、それぇええええええ」

 無表情なフェテリシアの顔が真っ赤になった。
あまりにあまりなデザインの服。むしろ全裸の方が潔いんじゃないかと思ってしまうくらいの。

「むかーしむかし。在るところにこう云った人が居たの。『えっちな格好のバニーさんがキライな男の子などいないっ!!!』 ――素直な女の子がそれを真に受けて着てしまったのよねぇ……めっさ引かれたけど」
 モノリスがとても懐かしそうな感じで説明もとい独白している。
「その女の子はトラウマになっていて。偉くなったときにふと思いついたのです。このトラウマ晴らさでおくべきか、と。そういうわけで、重大違反者にはこのコスプ――専用防護服を着てもらう伝統になったのです」
 モニタ越しの天塔騎士たちの目線には哀れみがこもっている。
アインに至ってはあからさまに視線をそらしている。
「なにが刑罰ですがっ! そんなの着て歩き回るなんて――いくらなんでもおかしいですっ!!」
「えー、でもこれ着ることにしたら違反者が激減したんだよ?――なにせ、男女兼用だからねぇ……ぅふフふ」
 言葉の後半が黒いどころか混沌よりもなおも黒い闇のようにどろどろとしたモノ這い寄ってくる錯覚を周囲に覚えさせる。通信ウィンドウの天塔騎士たちも顔に冷や汗を流してそっぽを向いている。
「ううぅ……横暴だ、人権無視もいいところだ」
「ははははっ――天塔騎士に人権なんかあるとでも思ってるー? 〝星の守護者〟全権代理人になった君たちは――ヒトとして在る権利なんかない。つまり、ボクの|身代わりの手足《ひまつぶしのおもちゃ》なんだから」
 モノリスがひーひー笑いながら、フェテリシアの頭をぽんぽんと器用に叩く。
 すっごくむかつきながらも、さすがに怒れないのでがっくりとうなだれながら、ぶつぶつとつぶやく。
「――判ってたつもりだけど、これはないとおもう……」
「まぁまぁ、かわいいよ、きっと。ごく一部の特殊な性癖の人なら押し倒しちゃうくらいだよ、うん、うん」
「そーいうのはもういいです……うぅううう……こういう時こそ、感情が薄い    がうらやましい……って、あ、あああああぁっ!」
突如、少女は閃いた。閃いてしまった。
「、   めっ!!、こうなるの気がついて、引っ込んだのかっ!!! 何考えてんのよ、身体はあんたのものでもあるでしょうがぁあああああああっ!!!」

 少女の魂からの慟哭が闇に響いた。


---------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------

副題 バカばっか。(ダブルミーニング的な)

ユニカはこーゆう人間が集まっている組織です。
あんまりまともなのはいません。


最近の楽しみー
 新作投稿したら、どれくらい評価(登録解除)が下がるか。(自虐

 まぁ、仕方ないとはいえ、モチベーションはだださがりなのもしょうがない。

 さらにSF部門に変更したらアクセス数まで下がっているのは予想していたとはいえ、けっこう精神的にクるものがありますね……。









更新しても、最近は反応が少ないなぁ……




[37284] 第五章 帝都の休日<1>
Name: 森河尚武◆cea74981 ID:a11e9995
Date: 2013/09/05 23:04
戦闘は特にありません。

これからまた大変な目に遭うフェテリシアの息抜き的な話がメインです。

2013/9/5 初稿投稿
2013/9/6 誤字脱字・一部修正追加
------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------

少しだけ、雲がひろがった肌寒い天気の帝都。
 早朝の市場が終わり、人通りが少し落ち着いてきた帝都中央市場。
 近くの道路や広場では、屋台が組み立てられたり、店舗の商品を並べたりと忙しく働いている。
 前夜に仕込んできたものを温めたり、その場で火を起こして焼いたり、揚げ油や蒸し器を温めたりなどの準備で、食欲を誘う薫りが広がっている。
さらには空きスペースに折り畳みの椅子や机が並べられて、朝食を購入した人が思い思いに座り、食事を始めている。
 帝都では、朝食は店で購入したものを好きな場所で食べたり、職場に持ち込んだりするのが一般的な風景だ。
 バターをたっぷり練りこんだふわふわのパンの真ん中を切って、マスタードとソースを塗り、レタス、ふわふわのスクランブルエッグか、ソーセージや燻製肉を挟んだサンドイッチに甘いティーか果物のジュースというのが定番の朝食なのだが、ここ帝都中央市場では少し事情が異なる。

 帝国中のものが集まる帝都では、当然のことながら地方出身者が大勢おり、地方の特産品や料理法もまた持ち込まれる。そのため帝都では食せない料理などないとまで云われている。
 それらの特産品が集まる中央市場。
 その前広場で数多く集まる出店は実にバラエティ豊かだ。

 塩味のきいた焼きたてのバケットやいろいろなゆでた野菜を混ぜたサラダ、小麦粉を練った麺にさまざまな香辛料を効かせたスープをかけたもの、一口大に切った鶏肉を揚げて、酸味のあるソースを絡めたものや小魚の油漬けを細かく刻んでにハーブと香辛料を数種類混ぜたパテ。パテは数種類もあって、鶏肉や柔甲蟹のもの、刻んだ燻製卵やあめ色の玉葱を混ぜたものなどもある。堅めのバケットに乗せて食べるとこれが実に合う。
 パンが主食だが、ライスも普通に食べられている。
炊かれたつやつやと輝く白いライスに豚の脂肉を高温の油でからっと素揚げしたものをのせて、特製ソースをかけたもの。肉の下にひかれた葉野菜の鮮やかな緑色が目にも映える。
豚の背脂と大火力で炒めたライスにばさっと薫り高いハーブをのせて、魚の出汁がよくでている澄んだスープをかけたもの、さっと火が通されたほとんど半熟のスクランブルエッグをのせ、魚醤やソースをかけて塩気のある漬け物を添えたライスなど。
 甘いものもある。ねばりのあるライスを蒸し、ちょっと粒が残るくらいについて丸めて軽くあぶり、いろんな果物のソースをからめたものや、色とりどりのカットフルーツ、オレンジ、グレープフルーツやブドウなどの搾りたてのジュースもある。ほかにも名水地から運ばれてきたミネラルウォーター、薄めたワインやジンジャーを混ぜた自家製の白濁酒を薄めた甘い飲み物など、帝国中の料理や飲み物が集まって活気あふれる商売がされている。

 帝都市民は素晴らしく豊かというわけではない。その一方で、人生は楽しむべきだという意識がある。そのためか、食事を楽しむ人が多く、味などにはとてもうるさい。安くて、少しでもおいしいものを食べようとして鵜の目鷹の目で探す。
だから、少しでも味が落ちたり飽きられたりしたら、たちまちのうちに閑古鳥が鳴くようになるほどの厳しい競争に常にさらされているのが、帝都の屋台や店舗だ。
その中でも競争の厳しさで一番有名な帝都中央市場前広場を、黒髪の少女が歩いていた。
白地に細い緋色と黒のチェック柄が入ったワンピースに、クリーム色の薄手のカーディガンを羽織った15歳くらいのかわいらしい少女。
残念なことに胸はないが、ほっそりとした手足と、華奢な腰つきには将来に期待できる片鱗がある。
 彼女は興味深そうにあっちこっちを見ながら歩き、ときどき店番の人に話しかけたりする。
「おじさん、おじさん、それってなぁに?」
「白身魚と根菜を秘伝の辛い調味料で煮込んだものだ。見た目はちょっと辛そうだが、うまいぞー。どうだい、嬢ちゃん味見してみるかい?」
「うんっ!」
「おう、うまいぞー」
 どろっとした赤橙色の汁を少しだけ小皿にすくって少女に渡す。受け取った少女はちょろっと舐めて一言。
「からっ」
 舌をだして、はふはふと息をすると、周囲の人がどっと笑った。
「ははは、嬢ちゃんにはちょっと辛すぎたかい」
 わらう店主のおじさんに少女は一言
「もうちょっと辛みをおさえたほうが好きかな?」
「そうか、そうか。でもな、こっちのロールライスと合わせるとまた違う味になるぜ。嬢ちゃんもきっと気に入る」
 隣の蒸し器の蓋をずらして、白い蒸気でいっぱいの中身を見せた。つやつやとしたつぶつぶのものがきれいに三角形に丸められていて、ちょっと茶色い。帝国南西地方で栽培されている米の一種で、炊き上げて形を整えて蒸したそれは、不思議なもちもちとした触感が特徴の食べ物だった。
「わ、なんかおもしろい。どんな風になるの?」
「こっちはこっちで甘いんだがな、煮込みを口に含んでかじるとあら不思議。辛いだけのスープが魚介の薫る旨みにかわるのさっ!」
「ほんとう?」
「もちろんさ。それがこの秘伝の煮込みとロールライスの特徴だからなっ!」
 でっぷり太った店主が胸をそらす。
「じゃ、それといっしょに一杯ちょうだい」
「おお、そうか、そうか。まいどありー」
 がまぐちから取り出した小銅貨数枚をわたして、薄い素焼きの使い捨て椀と包装紙に入れられたロールライスを受け取る。
 それから空いていたテープルを探して座った。
 
「いただきまーす」
 手を合わせて、白いサワークリームが浮いた赤橙色の魚介煮込みをぱくりと頬張る。
「からっ」
 あわてて、ロールライスをかじる。そうすると、不思議なことに辛みが薄れて香辛料や魚介の薫りがして、旨みが舌の上に広がった。
「あ、おいしい……」
ちょっと肌寒い今日の天気のせいか、温かい煮込みは身体も温めてくれる。
「むかし食べたてたのやウェンリィ姐さんのに比べれば大雑把だけど、でもおいし」
 いちおうは貴族だった彼女が慣れ親しんだ味ではないが、やはり祖国の薫りはほっとする。
 ロールライスをかじって、煮込みを口にする。ほふほふと息をして味わう。
少しだけ入っている白身の魚は丁寧に骨がとられていて身はほろほろと崩れ、大粒の貝の身をかむと中からあつい潮の香りがする汁がじゅわっとあふれる。
店主のおっちゃんが別の鍋で一煮立ちさせた貝を器に盛ってから熱い煮込みをいれたのだ。
貝の身に味は染みていないけど、辛い煮込みスープがソースになってまた違った味になっておいしい。
 最後のひとさじまですくって、手を合わせる。
「ごちそうさま」
 椀と小さじを分別回収の係員に渡す。これらは壊して再利用するのだ。水がそれなりに貴重なので、洗うよりも砕いてまた素焼きするほうが安いのだ。ロールライスの包装紙は分別ゴミ箱にいれて、また歩き出す。

 朝の出勤前の時間になり、活気にあふれる屋台村の中を邪魔しない程度にいろいろ覗きながら歩き、途中で牛乳を買う。
彼女はなるべく牛乳を飲むようにしている。
けっして牛乳売りの胸の大きいお姉さんの「ここだけの話、胸が大きくなるミルクなんだよ」という言葉につられたわけではない。胸が大きいなぁとじっと見てたら、「あら、もしかして胸に興味あるの?」と声をかけられ、思わず自分の胸を見てしまったのがまずかったらしい。
うふふと笑ってこっそりと耳打ちされたその言葉なんて、断じて関係ない。ないったらない。そもそも牛乳を飲むと胸が大きくなるなんて科学的根拠のないただの俗説であり、超科学の申し子である自分はそんなものを信じることは無い、というか別に胸が小さいことは恥ではなく、大きい胸なんて「肩こるわー」「男性のいやらしい視線を浴びちゃうのよねー」「汗かくといろいろたいへん」とかいいことなんてないのが哀れみの視線で話すお姉さま方の共通の見解でありもげろまだ成長期なのだからきっとまだ大きくなる余地があるのであって夢と希望が詰まっているからくそううらやましくなんてないのだ牛乳売りのお姉さんは「この牛乳を飲んで私も胸が大きくなったの」と言っていたが天塔騎士は年取らないのでどうでもいいのでありつまりわたしは牛乳が好きなだけで他意はない。ないのだ。
|証明終了《Q.E.D.》。――なにが?

ふた付きの木製コップに入れてもらった牛乳をちびちび飲みながら、今度は河岸を歩く。
帝都は、平和だ。早朝の散歩や運動をしている人や、出勤前の愛の語らいをしている若い恋人?夫婦がいたりと、ごく普通に平和な風景がひろがっている。

彼女はいちおう貴族のお嬢さまだったから、剣術道場の行き帰りに従者と一緒に歩いたりすることがある程度で、庶民の生活はそれほど知らない。
だから、いろいろと知らないものがあってとても新鮮だった。
だいぶずれた質問や答えをしていたはずだが、市場の人々はいろいろと親切だった。中には地方からの観光客とみてぼったくろうとした人もいたが、周りからたしなめられてしぶしぶ引き下がったり。
「ほんと、こうしてみるとほかの国とそんなに変わんないのにな……なんで、あそこまで差別が出来るのかな……」
特におかしなところもない普通の人々。――だが、それは同じ帝国民同士のときだけ。
彼女はそのことをよく知っている。身をもって知っている。
だから、そのことを考えると今でも背筋に冷たいものが降りてくる。
――怖い。とても怖い。
優しく子供を撫でる手で、〝|能無し《ノマー》〟を痛めつけたり殺しても平然としている。
家畜の扱いかそれ以下の感覚で、罪悪感などまったくないのだ。

魔法が使えぬものは人間に非ず。

はっきりとその国是が捧げられているとはいえ、国民の営みは文化の違いがあっても周辺国家のそれと何も変わらない。
だが、それが〝魔法の使えないもの〟に出会ったときにがらりと変わる。まるで、カードを裏返したかのように。

それは人の一番汚い部分を集めて濃縮した汚泥、醜悪そのもの。
しかも悪意だけでそうしているのではなく、普通の人がごく自然になんの悪意もなく行える歪さ。
そうすることを疑問にすら思わない。――それらが彼女に恐怖を覚えさせる。

人間の一番汚い部分に曝され続けた少女は、悪意にとても敏感だ。しかし、先日の元父さまの豹変を見て思った。
(ごく自然に、そういう態度になっていた)

悪意などない。そうすることが当たり前で、疑問にも思っていない。
ほんの数十秒前まで、〝愛する娘〟とまで云っていたその口で、役だって死ねば本望だろうと云った。
ありえない。そこまで切り替えられるのだろうか。
かつて貴族であり家族に愛されていた彼女が体験し、間近に見たその歪みの酷さ。
でも、それは帝国民すべてに共通している性質なのだ。

(まるでそういう風に洗脳されているみたい――!?)

不意に落ちてきた結論にフェテリシアはおなかに冷たいものが刺し込まれたように感じて足を止めた。
あまりにも冷たい冷気が静かに這い上がってくる。

誰かが、そうしたとしたら?
意図的にそのようにゆがめたとしたら? そのように教え込み続ければ、おそらく数世代も経ればそのようになるかもしれない。
自然とそういう性質なのだというより、まだ納得できる。――が、その目的が判らない。
どのような組織が何の目的でそんなことをしたのか。

牛乳を口に含む。甘い草のような薫りが広がり、思考をちょっとだけ冷やしてくれる。
河岸の鉄柵にひょいっと腰かけて、器用にバランスを取る。ふわふわとゆれるひざ丈の裾から黒いタイツに包まれた脚がぶらぶらとする。

 S4機密回線でユネカのデータベースにアクセス、帝国に関する情報を検索――『一部を除いてアクセス不許可。上位者許可が必要です』と表示される。
すぐにコード・アイン大佐に申請、速攻で不許可。理由を問う。
――任務上必要な情報は開示されている。また現在は謹慎中ということを忘れるな。

網膜表示された通信文は、定型かと思いきや一言追記されているので実際に返事をしたらしい。
コード・アイン大佐は彼女の行動を把握しているということをわざわざ告げている。

(あたりまえだよね、いちおう謹慎中だし)

天塔騎士に拘束や牢屋は意味がないし、そもそも任務遂行中は特例許可がない限り連行されない特権がある。
その特権の一部を停止させられてまで、現地での一時謹慎が執行されているということは、いかに重大な違反をしたかということでもある。

(任務中止が言い渡されないのが不思議なんだよね。まるで、|ボクじゃなきゃ《・・・・・・》|いけない《・・・・》みたい)
 ユネカは組織だ。そして組織内の人間は原則として替えが効くように整備されていると彼女は習った。
だから、今回の任務についても、換えの人員が居てもおかしくないというのに、任務続行となっている。
まるで、その程度は織り込み済とでもいうかのように。
そんなはずはないと思うのだが、その疑念はぬぐえない。

(上層部は……なにかを隠している。それも帝国に関連して。帝国の上層部、いやたぶん皇家とかなり強いつながりがあるのかな? そうじゃなきゃ、今回の入国だってできないはずだし)

 天塔騎士の移動には制限があると教わっていた。
原則として各国上層部の許可がないと入国できないのだ。例外はフェアウィルド条約に違反、または強制査察のときぐらいしかない。それとて、必ず事前通告を行うのが基本だ。
諜報活動や潜入捜査は天塔騎士の業務ではない。なぜならば天塔騎士は国の代表、大使であり他国民への看板なのだ。大使級の人間自ら諜報活動をするのはせいぜい公務を通してというのが普通だ。
諜報や潜入活動はそのための訓練を積んだ諜報部が行う。そういったプロでなければ、ユネカの立場を悪くしてしまうこともあるような活動を行う諜報部は、そういったプロの集まりだ。
もっとも国の最強戦力である天塔騎士と実戦部隊である騎士団と諜報部は仲が悪い。
情報の間違いで危機に陥る実戦部隊、実戦部隊のミスでせっかくの情報を無駄にされる諜報部、相手のミスで俺たちが尻を拭いてやっていると互いに認識しているのでは仲が良くなるわけもない。
それらはさておき、フェテリシアは今回の任務は査察ではなく、依頼だと知らされていた。

――では、依頼人は誰だ?

(あ、ちょっとやめやめ。上層部の思惑とか任務の背景とか考えても意味ないじゃない)
 牛乳を一口のむ。
 思考が暴走していることを自覚したから。牛乳を飲みながら川面を眺めている彼女の視界に巡回騎士が入ったが、そのまま普通に通り過ぎて行った。

 今日の朝の散策だけでも何回か遭遇しているが、特に彼女に気が付いた様子もない。
中には愛想よく会釈までしてきて、どうかしましたかと尋ねてくる親切な騎士もいる。ちょっと下心っぽい感じがしたが、それは大した問題ではない。
 今の彼女はほとんど昔の姿のままだ。違うのは装飾品を身に着けていなくて、服も一般市民が着るような質素な意匠のものになっているだけ。
 天塔騎士の時とは髪の色と型を変えて、ちょっと化粧をしただけだから、そんなにかわっているわけでもないはずなのだが。
掲示板でみたBモード時の手配書は、限られた光源の暗い中での記憶再生映像なので、ずいぶん凶悪な感じだった。
さらにいえば、今は表情の演技をしているというのもあるのだが、彼女は気が付いていない。
戦闘時の無表情と嗤い顔の印象が強すぎて、年頃の少女相応の表情をしている今の彼女と結びつかないのだ。

また牛乳を一口飲む。それでおしまい。
カップを手の中でくるくる回しながらとりとめなく考える。

〝事象には必ず理由がある。人の行うことには必ず意思が込められる。考えて、考え、さらに考えよ〟

 ユニカの紋章や文書冒頭に添えられている文言。それは規律の緩い組織であるユネカが、何度も繰り返し覚えさせるものだ。 それは在籍期間の短い彼女でも例外ではなく、考えないことで何度も痛い目に遭ってきた。
主に物理的に。

だから、彼女は分割思考で常に考え続ける。現在の状況、上層部の思惑、帝国の行動……考えることなんていくらでもある。
その一方で、ちょっと戸惑っている面も彼女にはあった。
あまり自由な時間を過ごした経験が彼女にはない。
幼いころから貴族として育てられ、七歳ぐらいからは剣術の才能を見出されて、令嬢としての教育以外はそればかりしていた。
ユネカに拾われてからも、治療?されて目覚めるまで約一年、その後はひたすら慣熟訓練や勉強、サバイバル訓練に追跡術などに追われてろくに自由時間などない。天塔騎士に昇格させられてからはさらに幹部教育が加わり、睡眠時間が普通に三時間ぐらいしかない。
仕様では数年でも寝ないで稼働可能とのことだが、それをしている天塔騎士はみな変人ばかりなので、そうなりたくないフェテリシアはせめてもの抵抗でなるべく眠るようにしていた。
つまり、趣味にうちこんだり、街歩きしたり友達と話したりする自由な時間などほとんどなかったのだ。
それが今や事実上「何もしないでいい」待機となり、謹慎ということで機能制限も付けられている。
危険回避用の機能以外は、ほとんど年頃の女の子相当の体力なのだ。
もっとも鍛えられた技能は使えるので、フェテリシアはそれほど心配はしていない。

(うーん、しばらく謹慎なのに、自由に歩いていいっていうのはどうなのかなぁ。なにか目的があるのだろうけど、説明ないし……)

フェテリシアは心の中でつぶやくと、ひょいっと歩道におりてまた歩き始めた。

(ただいるだけで目的を達せる? そんなはずはないから、なんらかの囮と考えるのが無難……。考えるだけ無駄かな?)
 答えのない自問を続けながら歩く。回収屋さんをみつけて、空になった木製コップを返す。
道は通勤や通学の人が増えて混雑しはじめてきた。それに伴ってなんか居心地が悪い感じがしてきた。
先ほどから、いくつか視線を集めている。
どこか獲物を見定めるような感じの視線で、ちょっと気持ち悪い。

(諜報員の可能性は……あまりないか。物取りか……それとも……)

あとは|住居《セーフティハウス》に帰るだけなのだが、トラブルは避けたい。

(どこかで姿を消して帰ろ……でも、なんでこんなに注目集めてるのかな?)

自分の容姿にわりと無頓着なフェテリシアであった。


  ★★★★


「で、皇太子よ。そなたの望みはなにか」

豪奢な装飾が施された椅子に腰かけた老人は、声ひとつ震えることすらなく問いかけた。
片手をあげて、皇帝騎士を抑えている。

〝休息の間〟――そう呼ばれる部屋がある。
執務室の隣、皇帝が休むための部屋だ。
皇帝の好みに改装されるため、その内装は歴代皇帝によって異なる。
今代の休息の間は華美さを抑えてありながら、いたるところに職人の手による最高級の彫刻・塗りなどを施した実に贅沢なつくりになっている。
皇后や皇太子には不評なのだが、それは判りやすい贅を尽くしていないからだろうと、部屋の主は思っていた。
ここに入室が許されるのは、警護の皇帝騎士と皇族のみ。また皇族と云えども寸鉄を帯びることも許されない不文律があった。

だが、いま椅子に座す皇帝は、近衛騎士に囲まれていた。
皇太子直属の近衛騎士が十数人。剣こそ抜いていないが、皇帝の前にかしづくことなく、柄に手をかけている。近衛騎士ならば瞬時に抜刀、斬撃できる一足の間に入っている。
それゆえ二人の皇帝騎士もまた抜刀できる体制に入っている。
だが、彼らでは守りきれないであろう。いかんせん人数が多すぎる。
悲壮な顔をしながらも覚悟を決めた近衛騎士たちだ。皇太子の命令があれば、動くだろう。
皇族直属の騎士とはそういうものだ。忠誠は主に、その令は絶対。
ゆえに皇帝といえども、下命あらばその剣を向ける。
畏れはあれども、主が下命に従うことこそ我ら近衛の誇り、と。
そのような騎士たちに囲まれた絶体絶命の場において、皇帝は表情一つ変えていない。
革張りの椅子に座り、悠然として皇太子を眺めている。
まるで、近衛騎士などいないかのように。

「父上のやり方では手ぬるいのです。蛮族どもは我らに泥を投げつけました。無礼には懲罰を与え、躾けねばなりませぬ。それを蛮族どもを恐れて、軍の出動を抑えるとは――わがグランリアの威信をなんだと心得ているのですかっ!!」
 白地に金の刺繍が施された第一種礼装に緋色鞘の剣を腰に差した皇太子が、父たる皇帝を声高に弾劾する。
興奮して息が荒い皇太子に対して、皇帝は一言つぶやくように再度問いかけた。

「皇太子よ。余はそなたの望みを聞いたのだ」

 ただそこに座っている無力な老人であるというのに、皇太子は気圧された。
すでに30年にわたり皇帝として君臨してきた老人と、5年前にようやく皇太子となった青年では勝負にもならない。人としての厚みが、格が違いすぎた。
「私に帝位を御譲り頂きたい。もうあなたにこのグランリアは任せられない」
 怯懦を振り払うように腕をふるって、最終通告を下す。
 対する老人はゆっくりと頬杖をついた。
「ふむ。それはお前が帝国を率いてゆくということか」
 それは確認の言葉に見えて、ただつぶやいただけだった。どうでよいとでもいうように感慨すら込められていない空虚な言葉。しかし、皇太子は気がつかない。
「そうです。偉大なるグランリアの栄光を、地にあまねく広げるのですっ!」
皇太子の宣言を最後に静寂が広がる。誰一人として微動だにしない。
皇帝の言葉によって、全てが決する。この部屋にいる者すべてがそう思い、待つ。
衣擦れの音ひとつない部屋に、老人のつぶやいた言葉が静かに染みわたった。

「帝位はやらん」

 その言葉を理解した時、皇太子は静かに激昂した。
自分の覚悟を舐められたとおもったのだ。
「父上、わたしとてしたくはないが、だが覚悟がないとでもお思いかっ!!!」
 凍えるような激怒の言葉を受けても、皇帝は表情一つ変えずに、続けた。
「話は最後まで聞くがよい。帝位はやらん、だが汝を摂政とし、全て汝が決にて帝国を動かすがよい。余は、離宮《双銀月の塔》へ移ろう」
それは、帝都の外れに皇帝自らが建設させた小さな城だ。
人口湖のほとりに二つの塔をもつその城は、皇帝が年に何度か訪れて休養する場所でもある。しかし、皇帝の家族といえども一度も足を踏み入れさせたことがない。

「父殺しなどをして帝位を受け継いでも、簒奪と呼ばれることだろう。それはお前の本意ではなかろう。わしが死んだらせいぜい盛大な葬儀を挙げて正当性を示すがよい」

 自分を政治的にせいぜい利用しろと云う皇帝に、皇太子は頭を殴られた思いだった。
退位に追い込み、政治権力を握ることまでは想定していた。
だが、〝皇帝を利用する〟!?
そんなことは考えもしなかったのだ。
政務に関わり、多少の自信はあったが、そんなものは粉微塵に吹き飛んだ。
身の危険など気にもせず、状況を政治に利用する手段をすぐさま見つけ、実行する。
クーデターという傷を嫌ったのだ。いや、クーデターの際の混乱による被害、いまの困難な状況において政治的空白が起こすであろう被害の大きさを考え、最小限に抑える策を用意した。
自身すらも駒として。
全ては帝国のために。

これが、これが皇帝――!!

 思わずひざまずきそうになる脚を叱咤し、傲然と顔を向ける。
「父上は、離宮に移り何をなさるつもりか」
「なに、楽隠居をさせてもらう。別に皇帝の座に未練などない。だが、お前とて余の息子だ、子がかわいくない親などそうはいない。これより想像を絶する苦難の道を往く子への手向けだ、余――わしをせいぜい利用するがよい。あとはお前次第だ」
皇帝は背もたれにゆったりと身体を預ける。それまでは背をのせてはいても王者の気とでもいうべき威厳があったが、いまの皇帝はただの老人だった。
「玉璽は玉筆は執務室の机上だ。近衛騎士にとらせるがよい」
 そうして、手を振って退室を促す。

「もうよかろう。細部の引継ぎはまた後日だ」

 皇太子はそのまま背を向けて歩き出す。まだまだ父にはかなわぬ。が、せめて矜持だけでも見せねばならぬ。これよりグランリアを継ぐ者として、父を追い落とした者として、恥ずかしい姿は見せられぬ。
傲然と胸を張った皇太子の背に声が掛けられた。
「ああ、そうだ、一つ聞いておこう」
「……なんでしょうか」
「あれらの〝力〟をみてどう思ったか?」
 それだけで皇太子には通じた。父上はご存じであったかと内心驚愕しながらも、振り向かずに冷静に答える。
「――素晴らしき力だと思いました。あの偉大な力があれば帝国の威光をあまねく知らしめることが出来ると確信しております」
「――そうか。そう、みたか」
 皇帝は目を閉じ、無言だった。
話は終わったと皇太子が歩こうとしたところで再び声がかかる。それは、とても平坦な、だが、まぎれもなく父としての心情にあふれた言葉だった。
「わが息子よ、覚えておくがいい。力は、より強い力の前には無力だ」
「――ならば、最も強い力と成ればよいのです」
「それが可能と思うか?」
「あの力ならば」
「――そうか。お前の思うがままに、どこまでも征くがよい」
 皇太子は力強い歩みを再開し、肩で風を切って振り返ることなく、出ていく。
続いていた近衛騎士たちが一礼をして退室する。

閉じられた重厚な装飾扉を感情のない眼で眺めながら、両隣にまだ居た皇帝騎士に下命した。
「わしはもはや名ばかりの皇帝だ。次に付き、護れ」
皇帝騎士二人は黙ってひざまずき、最高礼を皇帝に献上する。頭を垂れたまま、足音一つなく静かに退室した。

灯が落ちた薄暗い部屋にただ一人、老人が残った。
「あがきをしてみたが……こうなったか……。――恐るべきは、〝ユネカの巫女〟の託宣。あれは実に手ごわいぞ、わが息子よ」
暗い部屋の中に、乾いた嗤い声が静かに響き続けた。


――のちに彼はグランリア大魔法帝国最後の皇帝と呼ばれることになる。

------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
なんかいろいろとorzな気分で続きが書けそうにないので、ボツにしていた分を改稿して投稿


ちょっと気力充電します。そうしたら、また書くかも。

 それはさておき、物語的にデートとかの息抜きシーンがないので、ちょっとフェテリシアに帝都散歩してもらいました。
たぶん需要ないでしょうけど。
そういえば「なろう」の方だと新作投稿するたびに読者が減るんだぜ,HAHAHAHA!(自虐笑

帝都は、現代で云えば国際色豊かな都市なので多種多様なごった煮文化でして、イメージ的にはパリの街や人にイスタンブールのバザールみたいな雰囲気を足した感じです。

実は初期構想で書いていた分の手直しです。
最初はこんな雰囲気の街中でマジカル・バニーがバカっぽく戦闘する話でした。

どーしてこーなった、どーしてこーなった。






[37284] 第五章 帝都の休日<2>
Name: 森河尚武◆cea74981 ID:51c20890
Date: 2013/09/07 21:14
さて、今回も読者を置いてきぼり
ますますSF風味。

2013/9/7 初稿投稿・改稿

------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------

 草の香りがするバターがとろけてのっている焼きたてのブレッド。
それにブルーベリーのとろりとした果汁が流れるようなフレッシュジャムをちょっとのせて、ぱくりとひとくち。さくっといい音をしてちぎれる。ふわっとひろがるブルーベリーの甘酸っぱい味と草の香り。
 そこで、少し甘めのミルクティをこくり。
「んー、いい味~♪」
 河岸沿いにあるちょっとおしゃれなリストランテ。オープン・カフェのように外にテーブルを並べてあり、若者のカップルから散歩途中の老人まで、思い思いに過ごしている。
 焼きたてブレッドのいい香りにひかれて入った店だったが、当たりのようだった。
「それにしても……ご飯はこっちのほうがおいしいかも」
 ユネカがあるミズホでは、食材は工場生産品が大半だ。そのため安全で質も均一な上に年中あらゆるものが手に入るが、とびぬけておいしいわけではない。
農業も多少は行われているが、ほとんど趣味や一部の好事家向けで一般市民の口に入ることはまずない。
 周辺国との貿易も行われているが、どの国も食糧生産能力の余剰は少なく、むしろミズホが輸出している量のほうが多い。
ミズホでは食糧生産能力においては問題ないが、人口が少ない関係であらゆる分野で人手が不足しているのだ。
技術指導と称して周辺国に大規模農園開発などをしていたりするが、それも周辺国。
さすがに生鮮食料品工場については『技術レベルに対して進みすぎている』と判定されて技術供与はされていない。研究に関しては特に禁止されているわけではないが、まだまだ数十年単位の時間がかかるだろう。
 そういうわけで周辺国から少量の農産物を輸入して、代わりに均質な工場生産品を輸出するというちょっとおかしな関係がある。

ミズホでは、料理人もまた少ない。
かつての旧人類社会では技術が進歩したためか、料理は趣味であり、家庭で行う者は少なかった。
つまり外食であろうと家庭であろうと料理機やメイドロボが作った食事を摂るのが一般的だった。
外食先は雰囲気や社交を楽しむための場所であり、食事の質はほとんど変わらなかった。
人間の料理人に至っては、ごく一部の好事家向けで希少な職種扱いだった。
また料理技術というデータに残せない人間の感覚に拠る技能は、ほとんど伝えられることなく廃れてしまっていた。
そのため当時の雰囲気を色濃く残すミズホでは腕の良い料理人は非常に珍しい。
 従って料理機のものやレトルトなどを食べるのがごく一般的である。
下手な素人料理で食材を無駄にしたり、時間を取られるよりは専門の機械に任せた方がよいという考え方もあるためだ。

 ところでフェテリシアはミズホに入国当初から最初から騎士団預かりであった。
そのため、市井の料理事情などまったく知らない。
さらにいえばミズホ騎士団の士官や技術部などにまともな食生活をしている者が皆無だった。
普通に徹夜とか、ですマーチ♪が当たり前の職場である。士官にいたっては睡眠習慣がない者すらいる。
そして軍は効率を求める組織なので、食事はカロリーと保管場所効率優先な傾向がある。
そのためブロックミールが主流だ。このブロックミール味はいいのだが、見た目は全く同じなのでそれなりに不満は出ているが、改善の傾向は見られない。
 ちなみに味はいろいろあって、好評なのは〝イチジク〟味と〝専用出汁醤油たまごかけごはん〟味である。
酒のつまみによく食べられているのは〝アーモンド入り六種類のチーズ風味〟味。ゴーダ、チェダー、カマンベール、ブルー、エメンタール、ゴルゴンゾーラの六種類のチーズとアーモンドの味がする。
ちなみにこの六種類チーズの現物を見たことがある現生人類はいない。

 フェテリシアは育ち盛りなので、必須栄養素などは追加でいれられているが、逆に言えば気にされていたのはそれだけであった。
そして、付いた上司も悪かった。

「ん、効率がいいではないか。まずいわけでもないし。見た目? 腹が膨れればいいではないか」
 某ししょーの言葉。ちなみにサバイバル訓練で狩ってきた獲物を千切って生で食べたりするワイルドなお方である。彼女は三食がブロックミールという猛者であった。
こういうのは例外……というわけでもない。わりと研究者にや管理職に多かったりする。
極少数精鋭を地で行くユネカは、そのぶん管理職の負担が大きいので、不眠不休なこともしばしば。中には分割思考でそれぞれメイドロボを動かして処理したりしているのもいるが、それでも追い付かない。
 現場にはなるべく自由に楽にさせてやろうという心遣いが管理職の必死の業務処理地獄になっているのだ。
ゆえに食生活に気を遣うよりはとにかく時間優先となって数百年。上層部ではそれが常態になっていた。
いっぽうで下っ端は気楽なものである。責任が生じる管理や書類仕事はほとんどなく、一回は死ぬ訓練を除けば、フリーダムに過ごしている者が多い。
 その中でも食生活にこだわる者がいる。天塔騎士ではウェンリィ・コード・ヘキサがその筆頭だ。
 アジア系中華民族に近い容貌の彼女は、その遠い祖先のDNA――飛ぶものなら飛行機以外、脚のあるものなら机以外なんでも食べるという伝説――を受け継いだのか、とにかく食にこだわる。
天塔騎士の食生活が劇的に豊かになるのは彼女が帰国している時なのだが、その評価は微妙だ。
彼女の料理はすばらしく美味いし、見た目もいいのだが、食材はゲテモノという可能性が高いのだ。
 彼女は放浪癖があるので、本部にいることは珍しい。
東の原生林で大蛇を締め上げ、南の海でシャチと血みどろの噛みあいをし、北の海でトドと激しいキックの応酬をし、西の山地で巨大羊と死闘を繰り広げたりする珍奇食材ハンターな彼女は特級厨師(自称)なので、料理もお手の物である。
なにをやってんだ、天塔騎士が。

それはさておき、フェテリシアは料理が出来ないので食べる専門である。
そしていちおう元貴族なので何気に舌が肥えていたのだが、いろいろあって五年間で慣らされてしまった。
が。
しかし、いまその強固な鍵がかけられた門が再び開かれようとしている。

「おひとついかがですか」
 いろんなパンがたくさん盛られた籠を持って、席をまわっているウェイトレスが奨めてくる。この店は、メインディッシュを頼むと多種多様なパンが食べ放題との触れ込みだった。
味がいいせいか、お昼前だというのに満席になっている。
「下さい。いろいろあって迷うなぁ……おすすめはなんですか?」
「今日はこのミニ・ソルティ・ブレッドが出来がよくてお勧めですね。アルプスの岩塩を使っておりまして、ソースだけでなくジャムにもよく合います」
「じゃぁ、それをひとつ。あとこれはなんですか?」
「これは、刻んだルッコラをオリーブ油で炒めてものと一緒に焼いたペストリーです。ちょっと酸味がありますが、香りがよくて魚料理の口直しにいいですよ」
「じゃ、それも一つください」
「はい、どうぞ」
 トングでパン皿の上に乗せる。ウェイトレスが一礼して他のテーブルへ回る。

フェテリシアは、ペストリーを手に取ってまず感じたのはオリーブと胡椒の香りに交じったさわやかな香り。
「いただきまーす」
ぱくりとひとくち。
さくっとした外皮、オリーブオイルが染みこんでしっとりした内の層から小麦とバターのいい香りがひろがる。もうひとかみすると、こんどはちょっとした歯ごたえといっしょにぴりっとした辛み、オリーブオイルとゴマのような風味が下の上にひろがっていく。
「これも、おいしいー」
 にこにこしながら、もうひとくち。今度は金色のオニオンスープにちょっとつけて。
 しっとりとしたデニッシュ生地に、よく煮込まれたオニオンの香りがたされてまたちょっと違った味になる。かみしめると口内にルッコラの風味が溶け合っていい香りのオニオンスープがいっしょに舌の上にひろがる。
ちょっとしあわせな気分になる。
 ペストリーを食べ終わると、ちょうどメインディッシュが来た。
「お待たせしました。メインディッシュの〝川魚の香草燻し、特製レモンソースかけ〟です。こちらのソースは当店シェフ自慢の特製ソースでございます。パンと一緒にお召し上がりください」
 ハーブの燻煙で蒸された白身の魚に薄クリーム色のレモンソースをかけた一品。
皿の上に散らされたハーブの緑とミニトマトの薄切りの赤がとても映えて、目にもきれいでおいしそう。
様々なハーブの香りがふんわりとやさしく広がってくる。
(んー、いい香り~。きっとおいしいにちがいない)
 フェテリシアが嬉々としてナイフとフォークを手に取る。純白の身にナイフをいれようとしたところで。
「ん?」
 ふと視線を感じてそちらに顔をやると、目と目があった。
向かいの席の足元で、つやつやと毛並みのよい黒猫。
きれいな姿勢で座り、まっすぐにフェテリシアを見ている。
ふよふよとしっぽがゆれている。

「……」
「……」
 猫は鳴き声も上げない。ふよんふよふよとしっぽが揺れている。
 フェテリシアはちょっとうずうずする。

(ああ、撫でたい撫でたい撫でたい。つやつやですべすべそうな毛並みがうーん、撫でたい。きっとよくブラッシングされてる毛並みはきっとすべすべ。誰かに大事にされてる猫ちゃんか。いいなー、かわいいなー、なでたいなー、きっと手触りいいんだろうなー)

 フェテリシアはなにげに猫好きだ。元実家でも飼っていた。
まだ小さかった黒の子猫。
とある貴族の家の茶会で、ちょうど生まれたての子猫を見せてもらって一目で気に入ってしまった。
母様にねだってねだって、もらったのだ。。
あまりわがままを云わなかった彼女がめずらしく駄々をこねたものだから、母様がびっくりしていた。
そのあともメイドたちにいろいろ聞きながら直接世話をしていて、とても懐いてくれていた。
名前は、二番目の月〝|銀の月《アルテミス》〟からとったアルテ。首の後ろに、まんまるの白い毛並みがあったから。
ちょっと忙しくてかまっている時間がなくなってからはに妹に取られてしまったけど、それは仕方がないと思っていた。
妹に懐いていたし、かわいがっていたし、まさか殺されはしていないだろう。
調べる気はない。五年も前のことで――いまさら意味がないからだ。
ちょっとその子を思い出してしまっていて、無意識に名前を口にしていた。
「元気にやってたらいいなぁ、アルテ」
「なーお」
「!?」
 びっくりした。黒猫がとつぜん鳴いたのだ。
 黒猫はじっとフェテリシアを見つめている。
金色のぱっちりとした瞳。赤い首輪に金色の小さな鈴。
見覚えはないけど、その意匠は自分の昔からの好み。あの子にもたしか――
「アルテ?」
「なーお」
 呼びかけると、黒猫が応えた。偶然ではない。
 この黒猫、自分の名前と……もしかしてボクを認識している、の!?
驚き以上にものすごくいやーな悪寒がした。服の下で、冷や汗が滝のようにだらだらとながれる。
分割思考の一つが提案する。分割思考群体が満場一致で警告。
ニゲロニゲロニ・ゲ・ロ~♪

――遅かった。

「どうしたの、アルテ?」
――彼女がどこかで聞き覚えのあるようなちょっと幼い少女の声が聞こえた。


★★★★


 巨大な機械がいくつも並ぶ巨大な部屋は騒音に満ちていた。
「A-3号エネルギーバイパスの点検はいりまーす。電源は絶対に入れないでください」
 若い整備員が怒鳴り、数人がそれぞれ点検ハッチから各種計測を始める。
他にも数人のグループがいくつもの巨大機器をそれぞれ点検に入っている。

中でもひときわ巨大な機械の集合体は、重力制御機関である。建造されてからすでに七百年以上、数百年ぶりに定常稼働させたため、機関の念入りな整備と点検が必要と判断されたのだ。
 発見を恐れて、定常稼働すらもさせなかった機関だが、数百年間ものあいだの定期点検記録は残されている。
 稼働させなかったのだから消耗などはないだろうが、経年劣化などの疲労は蓄積しているだろうと、本格的な点検に入ったのだ。
百年単位での稼働を前提とした船だが、それは宇宙空間を想定しており、海中での稼働についてはデータがない。だが、奴らの〝眼〟を恐れて500年以上を過ごしたのだ。
今回浮上したのは、百年以上も監視衛星の目撃情報や超センサーに反応がなく、すでに奴らの監視網はなくなったと判断されたからだ。
なによりも決定的だったのは一週間前に観測された光学兵器と位相コンバータの稼働パターンだ。現在の地上の技術力では建造できない〝|あり得ない産物《オーパーツ》〟であるそれが稼働したにもかかわらず、奴らが動いた痕跡がまったく発見されなかった。
 奴らの任務は、地上の人間に必要以上の技術を持たせぬように監視し、場合によっては制裁・弾圧することであり、あれを見逃すことなどあり得ない。
しかし、一週間が経過した今でも、奴らの監視機構が動いた痕跡すら見つけられない。
 なにやら天塔騎士が少し動いたようだが、たかが歩兵一匹が動いたくらい、なんのことはない。施設の一部が破壊され、近衛騎士十数人が怪我した程度の被害。
この艦隊の帰還当時、ほとんど一方的に見つかり、為す術もなく海へ墜とされたほどの索敵・防衛力からすれば、その程度の戦力など我らの艦隊に何ら被害を及ぼすこともないだろうと戦力評価されていた。
 総合して奴らの監視機構はすでに無力化し、地上を監視していない可能性が高いと判断された。
艦隊が地球に帰還して八百年以上が経過した。人類の最盛期の技術力を保持していた我らですら技術力の低下に苦しんでいるのだ、奴らはそれ以上に衰退したに違いない。
我らは賭けに勝ったのだ。
〝栄枯盛衰。必ずや我らの時代が再びやってくる。それまで我らは忍従し、雌伏するのだ。今はまだその時期ではない――〟
当時の艦隊指導部の判断は正しかったのだ。
そう結論づけられ、艦隊乗組員達の気分は高揚した。
 そうして、昨日の浮上。
デモンストレーションを兼ねていたとはいえ、これほどの艦が浮上し、空中を浮かんで見せたのだ。
発見・攻撃をされる可能性を考慮して、最も重防御・重攻撃力である超要塞艦〝栄光の我が祖国〟が浮上し、帝国の皇太子どもの度肝を抜いた。
――それでも、奴らから攻撃がされることはなかった。
 つまり奴らにはもはやそれだけの力はないのだ。
 艦隊中が狂喜乱舞した。
ついに、ついににっくき千年の怨敵〝ユネカ〟の魔の手が我らに届かなくなったのだ。
 みていろ、我らが恨みを持ってお前らを叩きつぶす。
雌伏すること八百年超。
 耐えに耐え、忍びがたきを忍び、恨み続けた千年紀を我らは超えたのだ。
雌伏の時は過ぎ、ついに我らの時代が再度やってくる――。

 数多くの冷凍睡眠者達も順番に覚醒準備に入っていた。
――そう。この艦は宇宙植民船でもあった。冷凍睡眠と世代交代植民船の混合型植民船がその正体だ。船のメンテナンスをおこなう者や、なんらかの理由で冷凍睡眠より覚醒した者たちが暮らせるように設計されていた。
 当時の技術でも再度の冷凍睡眠はできなかった。そのため、一度覚醒した者は、艦内で暮らしていた。
もとより世代交代植民船でもあったため、暮らすのに不都合はなく、彼らは子孫を残して天命を全うしていった。
人工の灯りがあり暮らしにも不都合がないとはいえ、暗い海の底で、はるか未来への希望だけを胸に、ひたすら永い時を過ごしていく。
小人数を陸に上げ、様々な暗躍をした。あまり大規模に動いて、奴らに見つかることを恐れた。奴らは血に飢えた狼。真に偉大な我が民族を妬み、抹殺を計った連中が遺した民族浄化機関。
奴らに見つからず、しかし
子の世代のため。孫の世代のため。いつか現れる後の世代のため。自分たちでは日の目を見ることはなかろうとも、我らが民族の血を受け継ぐ遙か未来の子孫のため。
この地球に我ら真に偉大なる民族にふさわしき国に住まう、その大望を果たすその時まで、ひたすら過ごしたのだ。
そしていま、その悲願が叶おうとしている。
喜ばない者など居ない。
みな狂喜しながら、自らに課せられた仕事をこなしていく。
大丈夫、我らは宇宙一優秀な頭脳をもった史上最高の民族だ。大丈夫、全てうまくいくのだ、なんとかなるさ……。

ついに見えた希望に、喜びに満ちあふれて胸を昂ぶらせながら、精力的に動き回る整備班で喧噪に包まれている機関室。
その周囲にあるキャットウォーク上で|老執政官《ブラフマン》が老機関長が話し合っている。
機関長が眼下の巨大装置〝エネルギー位相コンバータ〟を見下ろしながら問題点をあげる。
「エネルギー位相コンバータの調子が一週間ほど前より調子がよくありません。現状では入力したエネルギーに対して15%ほどの出力しかなく、残りは熱や音に変調されてコンバータの炉芯を消耗させているような傾向が見られます」
「修理の目途はついていないのか」
「はい、いいえ……このコンバータは建艦当初からのもので、その構造を知る者はおりませんし、設計図も残されておらず……」
「むぅ……ならば代替え品への変更を考えるべきか」
「建造技術は既に失われ、いまの我々の技術では同じ機能のものを造ることも難しく」
「なぜだ? データは残っているだろう?」
「このような巨大なものを造る設備がないのです。もともと艦内には搭載されていなかったのか、六重系統になっているために四基が故障しても影響がないので考慮していなかったのか……」
「健三設備はもともと搭載されておらぬ。六重系統であるし、無用・無駄だと当時は判断したのだ。それよりも武装を優先したのだ。わが偉大なる民族の艦は、どこよりも強くなければならぬからな」
「はい、執政官殿が申しますように、それについてはなにも問題ありません。現状のコンバータについては定常レベルまでの運転が限界と判断します」
「他の艦から移設するのはどうか」
「それも考えましたが、すでに他の艦も共食い整備状態にあり、出力も往年の1/5以下になっております。どこも余裕がありません」
「むぅ……」
 腕を組む老執政官。
 戦闘兵装管理官もまた報告をする。
「同様に兵装にも消耗がみられます。エネルギー導管の疲労蓄積は調査中ですが、おそらく規格値の20%程度しか持たないという予測が出ております。消耗品であるミサイル、砲弾などについても消費期限をはるかに過ぎておりまして、おそらく性能は完全には発揮できません。製造についても、艦内の製造設備の|稼働停止《故障》から、二百年以上経過しており再稼働は厳しいかと。今のところは帝国技術院に技術供与して原始的な兵器の開発を行っております」
 ここで言葉を切り、背筋を伸ばしてた。場合によれば牢屋に放り込まれるかもしれないが、云わねばならぬと覚悟を決めたのだ。
 遥か古来より冷凍睡眠で時代を超えてきた執政官に、戦闘士官の末裔ははっきりと現状を告げた。

「正直もうしまして、戦力としては往年の1/10以下ではないかと。このままでは来るべきユネカとの全面戦争において支障があります」

老執政官はふっと笑った。記憶にある士官たちの面影を残す若者たちを安心させる必要があると感じたのだ。

「ふ、心配するな。いかにユネカと云えども状況は同じなのだ。むしろオリジナルの図面などを保管してきた我らのほうが有利ですらある。調べたが、やつらの大型艦はここ500年以上目撃情報がない。既に動かない可能性が高い」
「しかし奴らには朧影人形と天塔騎士がおります。あれは往年のものと遜色のない性能をもっているようで……」
 戦闘士官が懸念材料をあげるが、老執政官の余裕は変わらない。
「ふん、天塔騎士など、笑止。たかが数人の超人など戦力としては意味がないわ。まして、この超要塞艦を落とすことなどたかが兵士には不可能よ。朧影人形とてそうだ。既に我らの技術で帝国共の魔装騎士の強化が始まっている。いくら朧影人形とて何体のもの魔装騎士を相手にさせ、我らの万能戦闘武神を投入すれば簡単に破壊できるわ」
「そうでしょうか。伝承では、大陸ひとつを滅ぼせる、と」
「は、ばかな。そんなのは誇大妄想に決まっておる。考えてもみよ。大陸ひとつ沈めるのにどれだけのエネルギーが必要だと思う? 仮にそのエネルギーを用意できる動力炉があるとして、あのサイズにおさめるだと? 不可能だよ、そんなことは」
 断言する。そんなものは夢物語、妄想の類で、ただの情報操作なのだと。
「だいたい滅びた大陸というのは、いったいどこなのだ? この艦の超電子頭脳に残る地図データでも、|四大大陸《・・・・》ではないか」
「それは……たしかに」
 戦闘士官は納得する。たしかにその言葉は説得力があった。

「天塔騎士の実力など大半はただの誇大宣伝よ。だいたいまともに戦争に参加した記録すら見当たらないではないか。張子の虎、ただの式典騎士団を恐れる必要があるかね?」
「それもそうですな」
ああ、自分たちはやつらの誇大宣伝に踊らされたのだ。さすがは、はるか古代に偉大なる先人達を率いて星の海を渡ったといわれる生きた伝説の大提督だっ!
そんな偉大な人物に率いられる我らはなんと幸運なのだろう。腹の底から勇気が湧いてくる。
勇気百倍だっ!! われらの偉大なる民族の誇りだっ!!
「そもそも奴らの勘違いを正さねばならぬ。奴らは我らを抹殺しようとした連中から権限を委譲されたと自称しているだけなのだ。遥か古代から生きている〝ユネカの巫女〟? あんなのはただ同じ名前を受け継いでいるだけではないか。超科学都市ミズホ? ただ古代人類から受け継いだだけではないか。あそこは我らが民族の領土であったのに盗人猛々しい。天塔騎士? あんなふざけた格好をする売女集団なぞ、ただのお飾り、いや接待騎士団だろうよ。捉えて、夜の相手をさせてやるわ」
「我々にも一晩おつきあいいただきたいですな」
はははっと蔑みの笑い声をあげる執政官に追従して笑い出す士官たち。
嗤えば、不安もまたかき消された。
彼らは思った。
大丈夫だ、この賢者たちについていけば我々は明るい地上で貴き者になれる。
 祖先から数えて二千年以上の苦難苦渋の道は、我らの代で終わる。
わが身は富貴を極め、子らもまたそうなるのだ、と。
ユネカを滅ぼし、我らがこの地球に君臨したらなにをしようか。
まずは、女だ。
艦隊では、数少ない女もみな顔見知りだし、そもそも出生管理により自由に女とヤることもできない。たまに地上から浚ってくる女はちょっと殴ったりしたらすぐ死んでしまうし、食料生産にも限界があるからあまり長く飼えなかった。地上なら、数もいるし、食料もたくさんあるだろうから、その辺は気にしないでいいだろう。地上の野蛮人どもなぞ、いくら殺したって勝手に増えるだろうしな。
酒と食い物も地上ではいろいろなものがある。稀にある上陸で購入されてくる食糧は、たしかに美味だ。
それらをたらふく食って、その次はなにをしようか。
先人たちがかなえられなかった、素晴らしい|夢《欲望》が、広がっていく――。

「真に優秀で正統な地球の権利者である我が民族がようやく表舞台にたつ。かつての技術を多少遺している軌道エレベータ外郭都市ミズホとて正当な主として、やつらから奪還せねばならぬ。そもそも人類最高峰の技術を持ち、それを活用できる我らこそが真に正当なユネカとでもいうべき者なのだからなっ!」

  ★★★★


『試験15秒前…10……5……』

カウントダウンがゼロを告げた時に、発射実験設備から大量の黒煙が立ち上る。
地上に設置された|垂直発射機構《VLS》の排煙設備から膨大な量の黒煙が勢いよく噴出する。
数瞬遅れて、発射孔から長さ30メートルを超す誘導式弾道飛昇体の本体が橙色の炎を噴きだしながら飛び出して上昇していく。
 ――それが数十メートルほど上空に上昇した瞬間、突如くるくると回転をはじめてついに失速、空中で大爆発を起こした。
大空一帯に猛毒の液体燃料がばらまかれ、地に火焔が降り注ぐ。

「な、なぜだ」
 数キロ離れた分厚い装甲が施された作業指揮所。
その耐爆窓から双眼鏡で、その様を見ていた実験総責任者の老技術者が呆然としながらつぶやいた。

ありえない。間違いなく設計図通りに制作した。
あらゆる工程を見直して寸分たがわぬものを制作し、燃焼体もまた成分情報通りのものを間違いなく制作した。燃焼行程の実験では問題はなく、誘導や飛行制御機能についても単体試験では問題なかった。
それでなぜ失敗する。まったく同じものを制作したというのにっ!!

は、そ、そうかっ!!!

「こ、これは、陰謀だ。ユネカの陰謀に違いないっ!!」

 ざわめく技術者たち。帝国の魔導技術者たちもまた顔を見合わせているなか、思わず怒鳴った。

「やつらがどこかで破壊工作をしたに違いないっ! 我々が失敗をするわけがないのだっ!!」

 だんっと机をたたく。ぎりぎりと目が血走り、口角泡を吹いて周りに当たり散らす。

「おい、諜報対策の見直しと強化をしろ。きゃつらがどこかに紛れ込んでいる可能性が高い」
 帝国の護衛騎士のリーダーに命令をする。敬礼をした彼は、退室して執務室へ向かった。
「手がすいた者は試作第七号機の点検をしろっ!!。やつらがした破壊工作の痕跡を絶対に見逃すなっ!」
 技術者たちが現場に指示を出し、自分らもまた退室して現場に行く。

老技術者はどっかりと椅子に腰をかけ、腕を組みしばらく唸っていた。
それから近くにいた組織の技術者にを招いて小声で指示を出す。
「図面をオリジナルと照合しろ。どこかに齟齬があるかもしれん」
うなづいた技術者が部屋を出ていく。

何重ものセキュリティに守られた厳重な保管庫をがさがさと漁る。
 薄汚れた紙の束をかきまわし、図番を確認していく。
「あった、これだ。この束か」
 見つけた目的の設計図を広げる。そして手元の薄型端末を操作して、空中に図面を投影させた。
「いったいどこが違うんだ? まったく、複写する程度のこともできんとは無能な奴らめ」
――投影された図面にはユネカの紋章と〝考えよ〟の文言が点滅していた。




------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
副題 【こいつら、ダメだ】または【プロジェクト×(バツ) ~挑戦者たち~】
す~ばる~な歌を背景にお読みください。

 これで本当にストックがきれましたので、次の更新はしばらく先です。

誤字脱字や修正は随時していきます。



[37284] 第五章 帝都の休日 <3>
Name: 森河尚武◆cea74981 ID:af1d9366
Date: 2013/09/15 21:18

ちょっと長くなったので、分割。
後編はまたいつか。

後半が久々の戦闘場面です。

2013/9/14 初稿投稿
2013/9/15 改稿
------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------

 だばだばとイヤな汗をかいていく。それはもう滝のように感じられた。

「だめよ、アルテ。ほかの人の迷惑になるから、お店ではおとなしくしていなさいといっているでしょう」
 固まっているフェテリシアの横を通り過ぎて、黒髪の少女が黒猫に手を伸ばす。
「なーお」
「あ」
 しかし黒猫は一声鳴いてするりと手をすりぬけ、ちりんと鈴を鳴らしてフェテリシアの膝の上に跳び乗った。

「ああっ! こら、アルテ、ダメじゃないっ! ごめんなさい、すぐにどけますから」
「ああ、ちょっと待ってください。大丈夫ですから」
 内心ものすごく焦っていても、外面はいいフェテリシアは少女を押しとどめて、黒猫の背中をなでるようにちょっと押した。
 すると、黒猫は目を細めてごろごろと喉を鳴らしてフェテリシアの膝の上で丸くなった。

「え?」少女がぽかんとする。
「はーい、いい子ですねー。ちょっとおとなしくしてくださいね」

 背中を撫でて、喉元をくすぐると黒猫は気持ちよさそうにしている。

「やんちゃなアルテがあんな……?」
「猫の扱いは慣れていますから」

 にっこりと偽りのほほえみを少女に向けながらフェテリシアは答える。

 長い黒髪を後ろでまとめ、ぱっちりとした黒い瞳に形の良いたまご型の顔。
 とても仕立てのよい白と黒を使った布地に鮮やかなオレンジ色のワンポイントがはいったワンピースに、長袖の深い深紅のボレロ。
 そしてなによりも魔法士を示す六芒星の台座にオリーブの葉と輝く星の徽章――これは常時身に付けていなければならない――がペンダントとして胸元にぶら下がっていた。
(ああ、魔法士になったんだ。星三つだから三大属性使いか。その年ですごいことだね)
 そして その少女は――フェテリシアに酷似していた。

 少女も眼をみはっている。
――いつの間にか、少女を背に隠すように初老の男性が立っていた。

(セバスチャンか。お父様から離れて、専属になったのかな? まったっく気がつかなかった。ボクはまだまだだなぁ……)

 膝の上の黒猫を撫でながら、胸中で感嘆する。

「あなた――お名前は?」
「猫を起こしたくないので、座ったままで失礼します。ボクはアーリンソン市の商人マッコイの娘フェティといいます」

 偽の名前を告げる。実際にこの商人は実在しており、フェティという名の娘もいることになっている。密かにユネカと取引をしている商人で、アーリンソン市では中堅の商人である。
「商人の娘? 貴族ではなくて?」
「なにをもって貴族様と思われたのかは判りかねますが、ボクは商人の娘でございます。父は注文された日用雑貨などをさまざまな地方に運ぶ商いをしております」
 様々な地方に運ぶということは地方貴族との親交もあるということだ。
それはつまり信用と実績がある堅実な商家であるという証明でもある。そうでなければわざわざ注文を受けて運ぶなどということはない。

「……」

 少女は黙り込む。フェテリシアはだませるとは思っていないが、公式な身分照会があっても数週間はかかる。それだけ帝国は広く、情報の伝達には時間が必要だった。

「……とても商人の娘とは思えませんでしたわ」
「ありがとうございます。ボク父も喜ぶことでしょう」
「ただ、その一人称はいただけませんわね。なぜボクなのかしら」
「ええ、これはちょっとした――反抗なのです」
「反抗? どのような?」
「お答えする前に、どうぞそちらへおかけください。いつまでも貴族様を立たせておくのは失礼ですので」

 片手で空いた席を指し示めす。格式のあるレストランでも、オープンテラスの席では貴族との相席を奨めても失礼にはあたらない。

「――なぜ貴族だと?」

 執事にひかれた椅子に腰かけながら少女が尋ねる。

「執事の方もいらっしゃるようですし、お召し物も素敵ですから。よくお似合いですね」

 当然の事実を指摘した。老執事は少女のすぐ脇に立ち、フェテリシアからの視線をすぐに遮れるようにしている。本来は背後に控えるのだが、あきらかに警戒している。
 しかし商人の娘はそんなことは知らないはずなのでフェテリシアもわざと反応は示さない。

「……セバス」

 少女が声をかけると、初老の執事が一礼して流れるようにすっと下がる。

(うわー、すごいなぁ……動線がわからない)

その動きを見てフェテリシアは驚嘆する。まるで体心が振れていない。脚をどのタイミングで動かしているのかわからないレベルだった。それは一流の証左。
大貴族の執事は護衛も兼ねるとはいうけれど、それでも武術を極めた者はおそらくほとんどいない。
 帝国では魔法こそが至高で、武術のような体術はあまり重視されない。
 魔法騎士と名乗っていても、遠距離砲撃魔法が苦手というくらいのカテゴリー区分けでしかないのだ。

 その中でド・ゴルド家ではなぜか剣技などを重視しており、アフィーナやフェテリシアは帝国唯一の剣術であるイスーンシー流を学んでいた。末の妹であるノーフェリは、いまひとつ運動が苦手のため、体力づくり以上のことはしていなかったが。
 彼女たちの父レオンも意外なことに剣術免状持ちである。もっとも真面目に通って二十代半ばでようやく中免状持ちであるから、その才能はあまりないと理解していた。だから宮廷魔法士にふさわしくなるためにひたすら魔法技術に邁進したそれなりの努力の人である。
 ちなみに彼女たちの母親は研究熱心なあまりに独自の魔法体系を作り上げてしまい、実家の家業に影響を与えかねないと勘当されてしまった経歴をもつ。家業として古来から営々と積み上げてきたものを完全否定した彼女を、技術を継承してきた一族が容認するわけにはいかなかったのだ。
彼女自身も自覚があったのか、怒るわけでもなく受け入れて、しばらく帝国各地にある古代遺跡で暴れまわっていたが、どういうめぐりあわせか、レオン・ド・ゴルドと結婚、家庭に落ち着いた。
普段は柔和な言葉で躾に厳しいだけの母親だが、訓練になると厳しい訓練を課す夜叉となる。
あれ、これって要するに厳しいだけじゃないか?
閑話休題。

そういうわけで、ド・ゴルド家は代々宮廷魔法士を輩出する家系のわりに武術にも理解がある。
 さらにフェテリシアは、ミズホで人類が営々と築き上げた武術の真髄の一端にも触れていた。
それらを実演できる者が居たのだ。
本人はしょせんコピーだから、本当の意味では真髄ではないけどねと笑って云っていたが、その洗練された技だけでも、なにげにバトルマニアなフェテリシアには眼福だった。
その彼女の眼からしても、執事の動きは凄いの一言だった。体術だけなら近衛騎士をはるかに上回っていると感じたのだ。
 元実家に居た頃、自分に勝てる者なんてそうはいないと思っていたけど、身近にこんな人がいたなんてまったく気が付かなかった。世の中は広くて意外と狭いなぁと彼女は思った。

(そういえば、|あのとき《捨てられた》も手荒にはされたけど、ケガはしていなかったな。気を使ってくれたのかな?)
 もう聞くことはできない。
   は存在自体が抹消されている。
存在しない人間のことを聞くことなどできない。
たとえ聞いたとしてもとぼけられるだろう。
――思えばこの老執事には自分の理不尽な要求はいつものらりくらりとかわされて、通ったためしがなかった。そういう老練な人だったと今更ながら気が付いた。
本当に、自分は子どもだったんだなとフェテリシアは思う。
そんな胸中の複雑な感慨を表には全く出さず、彼女はにこにこと偽りの笑顔を見せている。

「……わたくしは、ド・ゴルド家のノーフェリと申します。このたびは我が家の猫がご迷惑をおかけして申し訳ありません」
 すっと頭を下げて謝罪の意を表明する。
「おやめください。こちらも特に被害があったわけ――」
「にゃー」

 いつのまにか立ち上がっていた黒猫がぱくっと白身魚を食べて一声鳴く。そしてがつがつと食べ始める。

「……」
「……」

 無言で黒猫をみつめる少女たち。

「……すみません。そちらの料金はこちらでお支払いたします」
「……そうしていただけるとありがたく思います。これだけおいしそうに食べられてメインディッシュも本望でしょう」

 黒猫はきれいに皿の上までなめて、にゃーと鳴き、またフェテリシアの膝上にうずくまってごろごろと咽を鳴らす。
「ああ、もう、この子ったら、はしたない……」
「猫のすることですから、そう怒らずに。満腹になって眠たいみたいですね。もしお時間があるようでしたら、猫が起きるまでお待ちしますか?」

 フェテリシアがアルテの艶やかな背を撫でながら問いかける。たぶんもう二度と触れることのない彼女の柔らかな毛並みを楽しみながら、席を奨める。
正体が露見する危険度は高い、というかおそらく彼女は気づいているだろうけども、――なにせ自分とほとんど同じ顔だ。これで偶然の一致だと思うなんて、どこのお花畑脳だろうか?――ここで無理に追い払うのも不自然だからだ。攻撃をされない限り、しらを切ればいい。
フェテリシアが   であったなんて証明することなど、もはやできないのだから。

「ええ、まだ時間はありますし、わたくしも少しお話をお伺いしたいわ」
「それは光栄です。貴族様とお話をさせていただける機会などそうそうありませんので」
「そういっていただけると嬉しいですわ。……もうしわけありません、このたびは我が家の猫が粗相をいたしまして」
「こちらこそ貴族様のかわいい猫に勝手に触ってしまいまして、申し訳ありません。ボクも猫を飼いたいのですが、旅をするものですからなかなか難しくてですね。こうやって猫に触れることは久しぶりです」

 優しく背中を撫でつける手に猫はうっとりとしたのか、大きく欠伸をして目をつぶる。猫の様子を見て、ノーフェリは目を見張る。そこまでリラックスをした様子を見たことがないからだ。

「驚きましたわ……その子、なかなか家の者になつかなくて。わたしにはよく懐いているのですが、本当に不思議ですわ」
「なんででしょうかね。普段はあまり動物には好かれないのですけど」

 動物は、直観が鋭いためかフェテリシアにはあまり近づかない。理由は不明だが、たぶん人間とは違う感じがするのだろう。野良猫や犬は近づくと逃げていくので、ウソを付くのはリスクがある。
 同じ天塔騎士でもウェンリィぐらいになると自分から近づくことは出来るのだが、それでも動物が自分から近づくことはまずない。

「あら、本当ですか? アルテの様子からすると相当になれているように見受けられますけど」
「それは昔にたいへん努力しまして。今から思うとなぜそこまで情熱を注いでいたのかよくわからないのですけど」
「あら、そうでいらっしゃる?」

 白々しい会話だと双方が認識していた。
 だが、どちらも表面的には互いにそれを悟らせない。
フェテリシアはにこにこと笑顔を固め、ノーフェリもまたころころと表情や仕草を変えて周囲に本心を見せない。あるいは本心と思わせる。
 控えている老執事は、気が付けばいつ注文したのか、香茶を入れ替えたりしている。
注意すべきなのはこちらの方だなと、フェテリシアは改めておもった。
きっと、耳に挟んだ会話を深く静かに分析しているのだろうと。


 ★★★★


 遮音魔導技術が施された魔導機関式リムジンの車内は静かだ。遮音魔法を発動して、車内の音は絶対に外に漏れなくなる。
防諜対策をして、ノーフェリはようやく口を開く。

「尾行はつけているわね?」
「手の者を付けております」

 打てば響くような老執事の回答にも感慨もないのか、ノーフェリは座席に背を預けて、窓の外を見ている。

「どう思った?」
「この老骨には少々荷が重いですな。冷や汗が止まりませんでした」

 そういいながらも老執事の表情は変わらない。

「そういうことを聞いたのではないの。なら気が付かなかったのね」
「なににでございましょうか」

 老執事はよどみなく返す。内心を悟らせることなどしない。
彼はいついかなる時でも沈着冷静にあり、主に仕え、時には諌めなければならない。
ノーフェリは憎々しげに顔をゆがめて云った。

「あれは、まちがいなくあれよ」
「……あれとはなんでしょうか?」

 老執事は慎重に確認する。見当はついていても、仕える主人が言い出すまで待つ。
 現在の主人にはあまり小賢しいところを見せないほうが苛立たせないと心得ていた。

「五年前に放り出した生ゴミよ。この前出た生ゴミもたぶんあれと戦って敗けたんだわ。いったいどこでそんな力を手に入れたのかしら? とっくに死んだと思ってたのに」

 ぎりっと奥歯を噛みしめ、指の爪を噛む。かわいい顔が歪み、黒瞳の奥にイラつきが見て取れる。

「……」

老執事は何も云わない。前方を見据えて運転に注意を払っている。

「せっかく目障りだった脳筋が生ゴミになったていうのに! なんでまたあのゴミがでてくるのよっ!」

 ノーフェリが激昂して座席のクッションを叩く。ぼふんと間抜けな音がして、アルテがびくっと驚く。しかし、自分に向けられていないと思ったのか、また丸まる。
音も猫も気に入らない。ますます苛立って悪態をつき始める。さすがに猫にぶつけるほどおかしくはないようだった。
そうなると、しばらく止まらないことが判っているので、老執事は静かに待つ。

「そうだわっ!! あれを捕まえて吐かせましょう。どうやってあんな力を手に入れたのか」

いいことを思いついたとばかしに、ノーフェリが顔を輝かせて叫ぶ。
すでに予想していた老執事は、諦観した。

「ノーフェリ様。さすがにそれは難しいと愚考いたします」
「どうして? 天塔騎士とはいえ、生ゴミを一匹捕まえるだけじゃない。お前と、部下たちならば出来るでしょう。必要なら母様にも助力を請えばいいわ」
「ノーフェリ様、それは――」

老執事が絶句する。それは、ド・ゴルド家が総力を挙げるのに等しい。

「異論は聞かないわ。当主であるお父様よりあなたたちの主とされたのは誰かしら?」
「ノーフェリ様です」

 自分の強さしか興味がなかったアフィーナには向かぬとレオンはノーフェリに家の諜報部隊を率いさせることを決めた。
剣を好んだ長女よりも親のひいき目を覗いても魔法士として優秀なノーフェリのほうが好ましかったというのもある。レオン自身は宮廷魔法師長の座はノーフェリに継がせることになるだろうと考え、長女もまたそれを了承していた。彼女は魔法士としても一流だが、それでも宮廷魔法師長になれるほど上達するとは彼女自身も思っていなかったのだ。
ただ当主の座はアフィーナが継ぐことにしておいた。
帝国では長子相続が基本であるうえに、魔法騎士として優秀なアフィーナをわざわざ排除する理由がなかったためである。
 ノーフェリに諜報網を継がせることに決め、10歳の〝魔法適性の儀〟直後から当主レオン自ら手ほどきを始めた。
姉たちに負けずに優秀だった彼女は、一年ほど前から実務の一部も任されるようになった。

そのため彼女は現在の状況が、ド・ゴルド家にとって非常に危険なことに気が付いていた。

「このままではド・ゴルド家は衰退する、いえ、場合によったら取り潰しの可能性もある。力を確保する必要があるわ」

 呻くように云いながら彼女は爪を噛む。子供っぽい仕草であるが、思考しているときに無意識に出てしまう癖なのだ。

「多少危険だとしても、いま動かなくては。古来から誰も探れなかった天塔騎士の秘密を暴いてやる。そうすれば――」

 そこから先は彼女も云わない。
 皇帝すらも従えられるという野望を口にするには、今はあまりにも力が足りない。
 ――父様は現在の役職で満足していて、それを護ることに腐心している。
周囲に隙を見せず、己の地位を、家格を護り次代へとつなげることを考え続けている。
それはそれで正しいし、実践している父様は凄いと尊敬している。
だが、もう一つ考え方があるのだ。
それは、他の追従を許さぬ圧倒的な力を持つこと。――たとえば皇帝をも上回るような。
その可能性を、彼女は見てしまった。

美しく空を舞う緋髪の少女。
城壁上から観たそれは、最終的に皇帝騎士に落とされたと思ったのだが――実際には壊滅させて姿を消したという報告を受けた。
その報告を受けた直後から彼女は行動を開始した。
目標は間違いなく市内に潜伏している。そして、特徴も見当が付いた。
 報告にあった父様と目標との会話の報告から、あれの正体は五年前に処分したはずの生ゴミだと確信していた。なんとなく見覚えがあると感じた理由が判り、同時に今現在の顔も大体想像がついた。

――ほぼ間違いなく昔の顔のはず。黒髪でわたしに似た女の子を探せばいい。

 そして、ノーフェリ配下の諜報部隊は優秀だ。わずか二日で広い帝都から探し出してきた。
のんきに毎日食べ歩きををしているらしい。
偽物かとも思ったが、諜報部員たちは違うだろうと結論していた。
あまりにも似すぎていると。
実際に確認したセバスチャンもまたあれを偽物だとするならば、想像を絶する医療技術だろうと遠まわしに本人だと報告してきた。
それでもまだ疑って、今日はその確認のために出てきたのだ。

――アルテを連れてきたのは、ちょっとした偽装のためだ。猫を持っていれば周囲は勝手に貴族令嬢の散歩だと勘違いしてくれるのだ。
 しかし、予想外のことが起きた。
リムジンのドアを開けた瞬間、いつもはおとなしく腕に抱かれているアルテが跳びだしていったのだ。
 そして、わき目もふらずに優雅に歩いて目標の前まで云ったのだ。まるで当然のように。

 目標はアルテに気付いてナイフとフォークを止めていた。
そして、決定的な一言。
『――元気にやってたらいいなぁ、アルテ』

間違いない。あれは   だ。
その瞬間、ノーフェリに湧き上がった感情は――純粋な憎悪だった。

魔法が使えずに追い出された生ゴミの分際でっ!!
わたくしのド・ゴルド家を窮地に追い込み、潰そうとしている。
あの脳筋が消えて、ようやくこのわたしのものになるというのに。

世界最高の魔法師である父と、天才魔法師の母より生まれた生粋の貴種であるわたくし。
剣に逃げた出来そこないであるアフィーナ、魔法も使えなかった生ゴミなんかとは違う、最高の魔法師となるこのわたしの前に現れた障害物。
それが、あの生ゴミだというなら――潰してやる。

「――いい? わたくしの役に立ちなさい」
「……」
 老執事は黙って一礼した。


★★★★


「うん、その発想はなかった」

 フェテリシアはあぜんとしてつぶやいた。

 レンガ建ての建物に囲まれた路地の奥。ぽっかりと開けた広場で、黒髪の少女が二人対峙している。
 同じ顔、いや黒猫を持っている少女は少しだけ幼い顔つきだが、逆に身長は高い。
 濃紺の|戦闘用ローブ《バトル・ローブ》を身につけ、黒猫を持ち上げている。
くびねっこをつかまれてぷらんぷらんと揺れている黒猫はにゃーとのんきに鳴き、顔をあらう。

「猫を人質にしてボクの動きを止めるというのは……」
「――冗談のつもりだったんですけど……効果があるのならいいのですわ」

猫を持っているほうの黒髪の少女――ノーフェリ。指先にはこれみよがしに雷球が浮かび、不規則に紫電をまき散らしている。

「さて、わかっておりますね。抵抗は無意味。動けばこの猫の命はないですし、そもそも我が家の部隊がすでに包囲していますわ。ああ、探しても無駄ですわよ。見える範囲にはい――!?」
「んー、大丈夫だった、アルテ? って、怖がってないのか。キミは度胸があるなぁ~」
 フェテリシアが黒猫を両手で抱え上げて高い高いをしている。
 ノーフェリは自分の手をみて絶句した。先ほどまで掴んでいたはずの黒猫が居ない。
 ということは、あそこでにゃー鳴いている黒猫は――。

「キミ、まだ|実戦経験《命のやり取り》がないでしょ。圧倒的優位に立ったなら、無駄な口上をしてないで、さっさと攻撃しないと」

 アルテを抱きしめてほおずりしながら、フェテリシアは口調だけは厳しく云った。
もっとも猫と遊んでいて表情と態度が口調を裏切っている。

「っ!!」

 ぎりっと歯を噛み締めて、いきなり指先を突きつけて雷球を射出する。
それを予測していたフェテリシアは、くるりと回って猫と踊りながら避ける。
「誘導機能がない雷球は、射線を読まれたら当たらないよ。せめて緩急つけるか曲げるくらいしないと。あるいはあなたのお父上みたいに数を増やすとか」
「なめるなぁ、生ゴミがっ!!」

 その声を呪文としたのか、彼女の背後に砲撃魔法陣が12個同時展開される。
魔法陣が一斉に光弾を射出、フェテリシアを取り囲むように曲線軌道。
しかし、その程度の数の包囲網では彼女を捉えることはできない。
苦もなく後方へ包囲網を抜けて、逃走……は難しかった。
黒づくめが四人同時に襲い掛かってきたのだ。
空中からは刃渡り30センチを超える大型ナイフをふりかざし、地をなめるような低い姿勢で駆けてくる黒づくめ。
良い連携、その後ろにある狭い路地へ跳びこめる余地がない。

 なら排除すればいい。四人とはいえ、ひとりふっとばせば十分なのだから。

(ま、この状況なら撃ってくることも――っ!!!!!)
「ちょっとまてぇえええええっ!!」

 黄金色の熱光線砲撃を視界に捉えてフェテリシアは叫んだ。
 射線上に黒づくめ達が居るにも関わらず、ノーフェリは躊躇なく魔法砲撃を放ってきたのだ。
フェテリシアは焦って足を止め、魔法砲撃を弾いた。
掌が灼ける感触。保護設定が少し甘かったらしい。
 弾かれた砲撃が拡散して石畳を穿ち、周囲に散弾の様に広がって煉瓦壁にめり込む。
 それらを回避するために、包囲網がわずかに開いたが、その奥にも気配を絶った者がいることをフェテリシアは捉えていた。

「ち、役立たずどもが。足止めもできないのっ!!」

 ノーフェリが舌打ちしつつさらに砲撃魔法陣を展開。数秒かからずに魔法攻撃が開始されるだろう。
味方を巻き込むような攻撃をしてくるとなると、アルテがちょっと危ないな――
すぐに決断。

「アルテ、すこし我慢してね」
「にゃ!」

 ひょいっと手首の力だけでアルテを放り投げた。
 後詰の二人が、剛速球と化したアルテをかろうじて避ける。
 丸まって壁にしゅたっと降り立ったアルテは、そのまます壁を転がるようにすたたっと走って姿が見えなくなる。いまさら猫を追うバカは居ない。
 姿勢を崩した黒づくめもまたすぐに構え、フェテリシアに襲い掛かる。
 その隙間を縫って包囲網を抜けようとしたタイミングで、大量の魔法弾。
 あきらかに空間制圧クラス――黒づくめたちまで巻き込む弾幕。

「ああ、もうっ!!」

踏み込まれる震脚。大地からの反発を剛力に加え、腕に伝えて螺旋に薙ぐ。
――|真空竜巻薙ぎ《ブレイクダウンフォース》
 発生した真空の壁が魔法弾を誤爆させ、黒づくめを吹き飛ばす。

「味方が射線上にいるのに魔法砲撃するなんてっ!! なにを考えているのっ!!」
「味方? そいつらはただの駒よ、命令も実行できない役立たずばかり!! ほんと苛つくわっ!!」
「――本気で云ってる!?」
「そいつらなんて、いくらでも補充できるわっ!!」

 ノーフェリが駆けながら魔法攻撃を再開する。 誘導魔法弾を射出しつつ、行動範囲を狭めるように熱光線砲撃を放つ。

「それを死んでも足止めしろっ!!」

 配下に命令を下して、ノーフェリが砲撃を放つ。黒づくめたちは、直撃寸前に転がるように回避し、フェテリシアが弾く。
さらに背後から来ていた魔法弾を身をよじりながら回避、ついでに黒づくめたちのナイフを蹴り上げた。
 体崩しのまま肩を当てて別の黒づくめをふっとばし、さらに別のナイフをさばく。
 流れるような動きは全てノーフェリのめちゃくちゃな魔法攻撃の効果範囲を計算し、黒づくめたちに当たらないようにした結果だ。
フェテリシアにとって無駄に死人を出すことは本意ではない。
さらにいえば、フェテリシア本人は殺すことはできないようにされている。
 いまも魔法弾に直撃しそうだった黒づくめを屋根の方へ蹴り上げて戦闘不能にする。
フェテリシアは、この戦闘の決着点を全員戦闘不能と決めた。
そうしないと、ノーフェリが街中でも魔法攻撃を放つかもしれないと心配したのだ。下手したら、それを人質がわりにするかもしれないとまで考えていた。

「なんで当たらないのよっ!! だいたい魔法を弾くなんて、いったいどんな魔導技術をつかってんのよ」

 ノーフェリは得意の魔法がまるで当たらず、苛立つ。攻撃の手数は多く、フェテリシアを押しているようだが、実際には押されている。
配下の黒づくめを次々と戦闘不能にされ、さらにフェテリシアは少しずつっ後退して逃走の機会を狙っているのがまるわかりだ。このまま配下を失えば間違いなく逃げられる。

「ああ、もうっ!! 死ななければいいわっ!!」

 両手を掲げて、大規模魔法を構成する。
戦っているフェテリシアと黒づくめたちの足元に魔法陣が広がった。

「効果範囲魔法っ!? こんな乱戦で!?」

 周囲の建物や黒づくめごと効果範囲が指定されていることに気が付いて、フェテリシアは焦った。その範囲には動けなくした者もいる。間違いなく死人が出る。

(ああ、もうっ!! 仕方がないっ!!)
 多少の怪我は覚悟して、あの子を張り倒そう――。

フェテリシアが覚悟を決めて動こうとした瞬間、呪文が響いた。

「《|重力干渉捕縛《グラビティ・バインド》》」

 全身に凄まじい重みがかかって動きを阻害、思わぬ方向からの加重に膝をついてしまう。

「っ!! ……こ、の魔力は――っ」

 足元に翠がかった黄金色を基調とした魔法陣がゆっくりと回転している。
さっきまで展開されていたノーフェリの魔法陣は影も形もない。
発動寸前の魔法を無効化させるには隔絶した技量が必要である。
そう――たとえば、彼女たちの母親のような。

「ノーフェリ。戦闘中は冷静さを失った者から脱落するわ。気をつけなさい」

 女性の声が響く。
フェテリシアには聞き覚えのある声だった。
声の方を見上げると、背の高い建物の屋根に女性が一人立っていた。

 白と紫紺の生地に最高の位階を示す黄金の縁取りがされたローブ。
身長よりも大きい砲撃槍を右手に持ち、左腕には魔導障壁を幾重にも施された|小型円形盾《バックラー》。
風にはためく長い黒髪は先端で結ばれている。
とても50近い年齢とは思えない若々しい作りの顔は、無表情に戦場を見下ろしている。
砲撃槍を身構えもせず、悠然と立つその姿はここに敵などいない。すべて格下、とるに足らぬと見下ろしている。
娘たちが生まれる前より数々の古代遺跡を、魔獣の森を踏破し、戦場で数々の武功を立て、天才戦闘魔法師の名をほしいままにしている女傑。

エールゼベト・ド・ゴルド。

彼女たち姉妹の実の母親だった。



------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------

というわけで、かーちゃん登場。

 レストランと車中の部分は正直もっと削るorいらないのだけど、ついついノリで書いてしまったので。冗長です……。

次回 戦闘回ですが、投稿するかはちと未定。
……本人も忘れてましたが、感想もらったら次書くといってたんですよね(自爆

さて、モクラムたん育てますか。
あの謎近未来装備がたまらんぜよ~♪




[37284] 第五章 帝都の休日 <4>
Name: 森河尚武◆cea74981 ID:04529662
Date: 2013/09/18 23:46

予定は未定だといったな。
残念、はやくしてみたのでしたー。


------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------

「――なるほど。ド・ゴルド家の総力を投入してきたわけね」
「《光よ》」
「っ!!」

 フェテリシアの肩から血飛沫。
 たった一言で瞬時展開された極小の魔法陣から、細く絞られた熱光線魔法が撃ちぬいたのだ。
重力捕縛術式に捕まっていたフェテリシアは避けれなかった。

 エールゼベトはフェテリシアを傲然と見下ろす。

「わがド・ゴルド家が総力をあげるだと? ノーフェリを翻弄したくらいで思い上がるな、ゴミが」
「は、母上。わたくしは、翻弄などっ!」
「ノーフェリ、手を出してしまってすまないわね。でもね、翻弄されていると気づいていないなら、それは危険なの。実戦ではね、何かを間違えれば死ぬこともあるのよ」
「母上! わたくしが、魔法も使えぬゴミに負けるというのですかっ!!」

 反論する娘に、母は首を振って、やさしく語りかける。

「やはり経験を積む必要があるようね。すこし教えてあげましょう――《火球よ》」
「っ!!」

 密かに下がって離脱しようとしていたフェテリシアは、急に放たれた火炎弾をかろうじて避ける。

「わたくしの魔法とて、いまのように避けられることもある。だから、ちょこまかとしたものには捕縛魔法が有効よ。《|重力の軛よ《グラビティ・カラー》》」
「っ!?」

 重い身体をじわじわと動かして捕縛結界から逃れかかっていたフェテリシアの首や手足に輝く光鎖が巻き付いた。
(あーもうっ! せっかく解析したのに再解析だよ! 能力制限がこんなにキツイとはねっ!!)

「さて、ノーフェリ。生け捕りにする気なら、手足を切りなさい。そうすれば抵抗する術がなくなるわ」
「は、はいっ!! 《穿てよ、万物を断つ剣よ》!!」

 ノーフェリの眼前に魔法陣が浮かび、光刃が射出された。
身動きがとりにくいフェテリシアの顔が引きつる。それでも慌てることなく自由に動かせる手首から先で|五運指斬り《ストラト・ブレード》を放ち、光刃を弾いた。
(解析おーそ-いー!! さすがにきついっ!!)

「え、また魔法を弾いたっ!?」
「見たことのない技を使うわね。……そうね。ノーフェリ?」
「はい、母上」
「捕縛魔法で押さえておくから、各種攻撃魔法で攻撃しなさい。《|重力の枷よ《グラビティ・バインド》》

 フェテリシアの身体にさらにいくつもの光鎖が絡みつき、動くこともできなくなる。

「ちょうどいい練習の的よ。生きた的を狙える機会なんてあまりないから射撃練習をしなさい。ああ、範囲魔法はダメよ、全部壊したら使えませんからね」
「はい、わかりました、母上っ!」

(うーわー、それはちょっと勘弁してほしいかなぁ……というか、もういいかなぁ)

 威風堂々と立つ完全武装の元母親を見やり、フェテリシアは思った。
(あんなのが出てきて、十名以上に囲まれていて、捕縛されかかって、しかも射撃の的にされるっていうなら――ボクも今の本気を出したって、いいよね?)

――申請
拘束術式一番から三番まで解除申請――許可 ただし、固有武装使用は不許可
身体術式および対抗術式の設定――ヒューマン・モードに制限、設定完了
技能――制限解除、ただし天塔騎士固有技能は不許可
スペシャルBモードに移行しますか? YES/NO?
全力でNO!

「いきますっ!!――《顕現せよ、光弾の吹雪よ》!」
 ノーフェリが術式を展開、砲撃球が六つ現れた。そして、ノーフェリの思念操作によりそれぞれ単射。
威力を抑えた小さい光弾が捕縛したフェテリシアに襲い掛かり――すり抜けた。

「え……?」

 フェテリシアは光り輝く鎖をその場に残して、動いた。
 ノーフェリは眼前の光景を理解できず、エールゼベトはわずかに目を見張り――すぐさま術式を発動、黒い球体がフェテリシアの前方に姿を現す。
 フェテリシアはただの一歩で最高速に突入、黒い球体――高重力源の隙間を何事もなくすり抜けた。

「っ!」

 エールゼベトは驚愕した。高重力源同士の空間は、ただの隙間ではない。高重力源同士の干渉による複雑な重力場になっており、獲物を捕らえる罠なのだ。
通常の四大魔法体系では破壊することもできない特殊な力場を、フェテリシアは速度を落とすことなく駆け抜けた。。
そのままノーフェリの脇を抜け――彼女は一歩も動けなかった。というより何が起きたのか理解していなかった――煉瓦壁を三歩で駆け抜け、エールゼベトの前に突入する。

「《光よ》!」
 |呪文一つ《ワンフレーズ》で、六本の熱光線攻撃が放たれる。それらを重心移動による側転で回避してさらに加速。
 エールゼベトの寸前にまで迫った。

「はぁっ!!」

 次の魔法発動が間に合わぬとエールゼベトが槍でもある砲撃魔導槍を薙ぎ払う。
フェテリシアが身を低くして槍を回避したところに鋭い蹴撃を繰り出し
「《連弾》!」
 蹴撃を囮として、構築していた対人光弾が大量にばらまかれる。スレート屋根が砕けて破片が飛散。
 魔導被膜で阻まれてエールゼベトには何ともない。
 同時に手ごたえも感じなかった。どこだ――

「こっちです」
「っ!!」

 エールゼベトの背後から、声がする。
振り返りざまに槍をふるったのは間違いなく最良の判断。が、しかし、フェテリシアはあっさりと柄を掴んだ。
すぐさまエールゼベトは槍の結合を解除、ばらりとほどけた。
三節昆の一種だったのだ。鎖で連結されたそれを捻り、フェテリシアを絡め取ろうとした瞬間、ぐるりと視界が回ってエールゼベトは放り投げられた。

フェテリシアが、三節槍にからめ捕られるよりも早く身体を回して彼女の軸足を払って放り投げたのだ。
しっかりと槍を握っていたのが仇となった。屋根の上から放り出されて、落下する。下は石畳、ただでは済まない。
すぐさま呪文を発する。反重力を発生させて衝撃を緩和、膝をつくほどの衝撃。
口を噛みしめて衝撃を耐え、すぐに敵を探す。そう、エールゼベトはようやくそれを敵と認めた。
こればゴミ処理などではない。戦闘だ――
 肩で呼吸をしている自身に気が付いて、エールゼベトは驚愕した。
今の今まで呼吸を停めていたのだ。それにすら気が付かなかった。

「まだ気がついていないのですか?」
「――っ!?」

 顔を下から覗き込みながら云ってくる黒髪の少女――全力で後方へ跳んだ。
全身に寒気が這い寄る。

(このわたくしが、反応しきれていないだと――ばかなっ!!)

 すでに五倍速まで加速している。すべてが遅い世界を、|それ《・・》は駆けてきた。
全力で跳んだエールゼベトにあっさりと追いつき――地を踏み切って、跳び蹴り。

「とぉーりゃーっ!!」
「そんなものがっ!!《壁よ》!!」

 エールゼベトは瞬時に簡易魔法障壁を展開――フェテリシアの蹴りは苦も無く粉々に砕いた。
 驚愕する間もなく、腹部に直撃。
それでも障壁で減殺されたのか、軽い衝撃をうけ――足がごりゅっと捩じられて抉り込む。
焼けつくような感覚がエールゼベトの体内を駆け上がり

「ぐげぇえええっ!!」

 黄色い胃液を吐き出す。ローブに施された衝撃緩和魔導防護がまるで効果がない。
そんな状態ではまともな着地姿勢を取れるはずもなく、石畳の上を転がって壁に激突し、前にくずおれて手をつく。
 咽奥からあふれるものを吐き出し続ける。

「がはぁ……うげぇえええ……っ!!!」
「は、母上!?」

 ノーフェリが慌てて母に駆け寄る。

「ば、かな……!!」
エールゼベトは嘔吐しながら動揺していた。
近衛騎士をなぎ倒す自分が、まるで遊ばれている。そんなことがあるはずがないのに。

「さて、それじゃあボクはお暇させていただきます」
「な、にっ!? 〝実働部隊〟は、な、にを……」
顔を上げたエールゼベトは絶句した。
 フェテリシアの足元に何人もの黒づくめが倒れていた。

「アイン、ツヴァイ、ドライ、フィーアっ! どうしたっ!! 応答しろっ!!」
「は、母上……全員から……応答がありません」

 ノーフェリが通信魔法をいくつも展開させながら顔を青ざめて云う。

「あ、見つけたのは全員昏倒させておいたので、たぶん無駄ですよ?」
「や、役立たずどもがっ!!」

 フェテリシアがそう教えると、エールゼベトが憤怒して叫び、激しくせき込む。

「や、それは少し酷じゃないですか? あなただってかなわないものを足止めしろなんて、死ねと命令すると同義ですよ?」
「だから、なんだ。そのために……飼っているんだ、死ねと……命じ…たら死ぬのが…当たり前……」
「……あ、そうですか。それがあなたたちの主義なんですね」

 苦しげに呼吸しながら云うエールゼベトを冷めた目でフェテリシアはつぶやく。

「魔法も……ろ…くに使え…ぬ役立…たず共を……当てに…していたの…が間違って……いたか。いい…だろう、わたくしの……全力を見せてやる」
「あ、まだ余力残していたんだ。さすがですねぇ」
「ええ、ノーフェリが……ここに…いる……以上、母親の……意地を……見せて…やるわ、化け物がっ!」
「――ヒドイですね。娘を化け物呼ばわりですか。いちおう血がつながっているんですがね」
「わたくしの…産んだ子はノーフェリ……だけ、よ。お前……なんか…知ら…ない。わたくし…や……レオンから……魔法…の…使えない子なんか…が生まれるはずが…ないっ!」
「――あ、そーですか」

 フェテリシアはちょっとだけ遅れてつぶやいた。
 わかっていたこととはいえ、少しだけ寂しい。
別に好きで魔法が使えなかったわけではない。そう生まれたというだけで全否定。
まぁ、それはそれでいいんだけど。現にボクはここにいるわけだし
 
「まぁ、いいや。とりあえずボクは逃げさせてもらいます。もともと戦う予定なんかなかったんだし」
「全力を、見せて……やると、云っただろう。逃がす……と思うか?」
「ボクを止められる|配下《戦力》は、もうないでしょう?」

 せせら嗤うフェテリシアを無視して、エールゼベトが叫んだ。

「セバスっ!!」
「ここに」
「――っ!?」

 フェテリシアは凍りついた。その声は真後ろから聞こえた。反射行動を全力で押さえる。
動いてはならないと、直感が告げていた。

「回復…するまで、それ……を…足止め…しろ」
「ご下命に依存はございませんが、ひとつお聞きしたいことがあります」
「……な…んだ?」
「――別に、倒してしまっても構いませんね?」

 瞬間、場が凍り付く。それは、不遜な宣言だった。
主の命令に優先してもよいかと尋ねたのだ。

「はははっ、さすが…は〝我が盾〟よっ!! よい、倒せ……るものなら倒して……みせよっ!!」
「承りました、|ご主人さま《マイ・マスター》」

 その瞬間、フェテリシアは跳――鷲掴みにされた頭を石畳にたたきつけられた。
蜘蛛の巣状に亀裂が入り、砕け散る石畳。

(あ――) 

意識が一瞬とぶ――一回目
同時に膝蹴りが脊髄に叩きつけられる。ごきりと音が鳴り、脊髄が折れ、胸骨が砕ける。――二回目

「ふむ……」

 老執事がうなずいて、すいっと手を離すとそこをフェテリシアの腕が薙ぎ払う。
彼女の反撃はかすりもしなかった。老執事はそのまま滑らかに立ち上がって二歩ほど後退する
少女は薙ぎ払いの反動でくるりと身体を回して四肢を地につけた。
ぎゃりっっと石畳を抉る音。
残像すら残さない加速、地をなめるような姿勢で老人の足元へタックルを敢行。
それを予見していたかのように、老執事の脚が叩きつけられてフェテリシアの延髄を叩き折る。――三回目

「っむ!?」

 彼女の脚が背面に跳ねあがり、全力回避した老人の直近を抉る。
 だんっっと後方へ下がり、構える。左半身を前に、左手を中腰、右手を顎の近くでゆるく握る、拳闘のスタイル。
 フェテリシアも蹴りの反動で膝をついて上半身を持ち上げた。

「うっ、げほっ……あはっ! すごい、すごいやっ!! ここまでとはおもわなかったなぁっ!!」
「おほめにあずかり光栄にございます、天塔騎士様。――私めも一度、天塔騎士様とは戦ってみとうございました」
 
 セバスチャンの言葉にフェテリシアがいい笑顔になる。拳をきゅっと握る。

「じゃぁ、仕切り直して……行きますっ!!!」

 超加速。石畳がえぐれて、破片が壁を叩く。
砲弾のような勢いのまま三連打。セバスチャンは全ていなし、反撃の膝蹴りをフェテリシアが肘と膝で押さえて力任せに押し潰――弧を描いた拳打が顔面に迫ってのけぞり、膝を抜かれた。
視線が合う――セバスチャンは特に表情は変えず、フェテリシアは、笑った。

(ああ、そうだ、ボクが挑戦者だ――っ!!)

 師をあるいは凌駕するかもしれぬほどの猛者を前にして、フェテリシアは心の底から笑った
 だんっ!
苛烈な踏み込み、猛攻を開始。
いまの全力全開で拳打、蹴打、肘打、膝打が繰り出される。捌き、交わし、躱して体を入れ替えて肘打ち。
受けられて捻られる寸前に身体ごと回して逃れる。
一旦距離をとって仕切り直し。

 フェテリシアはふぅうと呼気を吐いて、乱れた髪を手ですく。
セバスチャンは一糸乱れず、涼しい顔で構えている。

――スペシャルBモードへの移行を推奨
移行しますか YES/NO?
(うるさい、いまいいところっ!!)

 すぅっとセバスチャンが音もなく近づく。踏込み音でフェテリシアが気づいた瞬間――空を斬る重奏音。
秒間10を超える猛打。しなる右拳打《フリッカー・ジャブ》が暴雨のごとく降り注ぐ
腕で捌き、反撃の蹴打を――

「うぎぃっ!!」

 セバスチャンの|左拳肝打《レバー・ブロー》が突き刺さり、返す右拳打が跳ね上がったフェテリシアの身体ごと頬を打ち抜く。石畳にたたきつけられたフェテリシアへ、さらに追撃の踏み潰し――石畳の破片が飛び散る。
 腕力で跳びあがったフェテリシアがとんぼをきって着地する。
瞳をぎらぎらと輝かせて、口元の出血をぬぐう。

「実に頑丈でございますな。普通なら四回は死んでますぞ」
「これくらい、訓練に比べればまだ生ぬるいねっ!!」

 フェテリシアが答えると同時に駆ける。

「それはまた、激しい訓練ですな」

 少女の突撃を見切って寸前でかわし、上空からの蹴り下ろし迎撃――

「なんとっ!」

 フェテリシアが四人いた。残像による分身。両手を大きく広げ、|真空斬り《ソニック・ブレード》の体勢

「さぁ、覚悟しろぉおっ!!」
「まだ早いですな」

老執事の輪郭がぶれ、六人が出現した。

「やっぱり使えたかっ!!」

 フェテリシアは嬉しそうに笑いながら、かまわずに真空斬りを放つ。
八つの真空打ちが彼を襲い、放たれた|真空竜巻拳打《ブレイクダウン・ブロー》に巻き込まれて無力化された。
 荒れ狂う暴風がフェテリシアへ襲い掛かる。

「あはははっ!!! それも使えるのねっ!!!!」

 |真空竜巻拳打《ブレイクダウン・ブロー》で相殺したフェテリシアが、笑いながら突撃する。

セバスチャンは涼しい顔で、フェテリシアの突撃を迎撃する。
腕が蛇のようにしなり、流星のような蹴りがさく裂する。拳打、蹴撃の激しい打ち合い。
攻撃をいなしかわしあいながら互いに一歩も引かない。

「まったく、どのような、訓練をすれば、わたくしめと打ち合えるのやらっ!」
「この世のありとあらゆる、悪行を、受けて、地獄を、見てきたよっ!!」

拳打が、蹴撃が放たれるたびに空気の破裂音が発生し、渦巻く風が煉瓦壁や石畳を削る。
拳と拳が激突し、爆音。身体維持術式と身体強化魔法が干渉したのだ。
動きが止まり――
互いの呼気が吐かれると同時、いったん離れて、腕が上げて構える。
それは鏡合わせのよう。

老執事の手から放たれた銀線が投網の様に広がり。
少女の五指から奏でられた|五運指斬り《ストラト・ブレード》が空を切り裂く。
互いの妙技が相殺されたと知れると同時、再び激突。
繰り返し繰り返される拳蹴の応酬。

「む、く、ぐぅ……」

――常に押されていたフェテリシアが、徐々にセバスチャンを押しはじめていた。
ここにきて、老体という弱点がでてきたのだ。彼女の拳をいなすセバスチャンの腕が軋み始め、関節が悲鳴をあげる。

「あはっ、まだ、まだ、まだぁっ!! まだ届かない、届かない、届いてないっ!!」
速く、疾く、もっとはやくっ!

 唸る細い剛腕。残像が重なり、蛇のようにしなる腕がいくつも空を穿つ。
 ここにきてフェテリシアがセバスチャンの技を吸収して使い始めたのだ。

「まだ、まだだ、もっと、もっといけるでしょうっ、セバスっ!! みせてよ、みせてよ、もっとみせてよっ!!!」
「はははっ! 老体、には、きつい、注文ですなっ!!」

 少女の息の継ぎ目で刹那、止まった拳撃をかいくぐって背に回り込み、老体渾身の|襲背打《鉄山靠》――軽いフェテリシアが吹っ飛び、煉瓦壁に激突する。

「ぉおおおおおおおっ!!」

老執事が咆えた。フェテリシアへ猛撃。
残像で腕がいくつも現れ、少女の全身に拳打を打ち込む。

「ぉりゃああっ!!」

 打たれるがままだったフェテリシアが咆えて、タックルを敢行。

「ぬぅんっ!!」

 フェテリシアに捕まったセバスチャンが、組んだ両拳を少女の背に渾身の力で叩きつけて潰す。潰れたフェテリシアは石畳を転がって立ち上がった。体勢が崩れていたセバスチャンも追撃が出来なかった。

 わずか数分の攻防でフェテリシアは満身創痍だった。服は無残に引き裂け、むき出しの手足はあざだらけだ。
かわいい顔も擦り傷に割れた額や口元からの出血で彩られている。
しかし、爛々と輝く獣のような目と、笑う口元がつくる壮絶な美しさがあった。
 セバスチャンもケガこそ見当たらないが、灰銀色の髪が乱れ、濃い疲労の色が見える。

「そろそろ、老骨には限界でございますな」
「ボクも、さすがにそろそろ痛みがきついかな?」

少女と老人の視線が交わる。
互いにうなずき、同時に駆けた瞬間――熱光線魔法が二人を貫いた。


------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------

セバスチャン無双!
イメージは藤田和日郎節。
戦闘シーンを、ちょっとライトな描写に変えてみました。
文字数がだいぶ減ったYO!





[37284] 第五章 帝都の休日 <5>
Name: 森河尚武◆cea74981 ID:90644a1b
Date: 2013/11/10 02:24
久しぶりの投稿。
前回感想が来なかったので、続きを書く気はなかったのですが、残っている文章を未公開にするのももったいないかなと思ったので投稿します。
気が付いたら一ヶ月過ぎてた記念?

 まだストーリーや文章が練りきれていないのでいまひとつですが、「なろう」で公開するときにはもうすこし修正するつもりです。(時期は未定)
----<ここまで前回前書き>-----

さらに久しぶりの投稿。
待たれていた方には、大変お待たせしました。

10/22 初稿投稿
11/10 全面改稿

------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------

――最後と決めた必倒の一撃。
老執事の放つ渾身の直拳打、迎え撃つ少女の拳打が交差する――直前。
純白の熱光線が煌めいた。


老執事が、穏やかにつぶやいた。
「私めの勝ちで……ございますな――      殿」
「そ、うだね……」
 認めた少女の紅唇からごぼりっと鮮血があふれ出して石畳にこぼれ落ちる。
老執事の腹部に大穴が開き、そして少女の心臓が潰されていた。
――致命傷だった。

 不意打ちの熱光線魔法。
それが観えたために回避しようと体勢を崩した少女。
体勢を崩したことにより生まれた、ほんのわずかな、だが決定的な乱れ。
それを見逃すことなく老執事は渾身の一撃を放ったのだ――腹部を貫かれた身体を、寸毫の狂いもなく動かして。
それは、非才が天才を超えた瞬間だった。

50年を越える研鑽と莫大な戦闘経験、それが彼女の戦闘能力をかろうじて上回ったのだ。
しかし、次はない。今回を逃せば、彼女を止めることはもう出来ないと――ゆえに全てを掛けて主の元娘を殺す、と決めた。
主の下命を果たすこと、それが彼のすべてであったから――。


 ぐらりと老執事の身体が崩れ、少女が抱き留めながら共に膝をついた。

その二人の周囲を埋め尽くしていたのは大量の砲撃基。
球形状に整然と交互に並んだ。地面以外の死角はない。
「――これで終わりだ、ゴミ。まぁ、せめてもの情けだ、遺言くらいは聞いてやろうか」
 厳かに云ったのは巨大な砲撃槍を悠然と掲げた長身の女――エールゼベト。

 彼女の視界には、倒れた老執事など映ってもいなかった
 フェテリシアはつぶやくように問う。
「……なんで、セバスチャンを撃った、の?」
「ん? 駒を有効利用するのは当然のことだろう?」
「……〝私の盾〟だって云ってた。ずっと、一緒だったんじゃないの?」
「そうだな、わたくしが五歳の頃からだから、かれこれ35年くらいか」
「それだけ、一緒の人に……なんで、こんなことが、できる、の?」
 もう家族みたいなものじゃないか。
 フェテリシアは、昔の記憶を思い出す。父と母に仕え、姉妹にも分け隔てなく接して、時には厳しく諌めることもあった。
正論に反発しながらも、進言してくることは正しくて、けっきょく謝ったことだってある。
いつだって、彼は優しくも厳しく姉妹たちを導いていた。
それにちゃんと気づいたのは、ついさっきだけど――
「人だと? それは身体強化以外ろくに魔法もつかえないゴミだぞ?……まぁ、今回は褒めてやろう、数分を稼ぐ程度とはいえ、役には立ったからな。よくやったな」
 エールゼベトは心底からどうでもいい賞賛の言葉を投げ捨てる。
「……この人が居なくても大丈夫だって、本気で思っているの?」
「それの代わりなどいくらでもいる。もともと処分したかったのだが、本家の任命だからな。激戦に放り込んでもなぜか生き残る始末だ。これでようやく新しい従者を選別できるし、ノーフェリにもまともな従者をつけてやれるわ」
――従者は死ぬかよほどの失態を犯さない限り外すことは無い。勝手に解任することは、選定した者の面子を潰すことになるからだ。
だからこそ、元母親はフェテリシアの問いに嬉しそうに答えたのだ。役に立たないモノを厄介払い出来たから。 その答えにフェテリシアの心にドス黒いモノが生まれる。
「――魔法が使えるっていうのがそんなに重要だっていうの」
「なにを当たり前のことを。世界の真理を解明し、自在に操る至高にして究極の世界原理法則、それが魔法! 多くの大魔法を使えるということは、真理に近づいた強者だということだ。そんなことも理解できぬから貴様らはゴミなのだ」
 哀れみを浮かべてエールゼベトがやれやれと首を振る。
「ゴミがいくら努力をしたところで、真の強者に敵うことなど無い。それをよく理解するがよい。死ぬまでの短い間だけでもな」

――こいつら

「そう……なら、ボクがこの人をもらうよ」

――ころそう。

「ふ、同じゴミ同士、同情心でも湧いたか。ああ、そんなものはくれてやる。わたくしの最終奥義でゴミ同士仲良く無限大の劫火に灼かれて死ぬがいい! 《詠え、神魔終焉の宴よ》!」
 嘲りながらエールゼベトが砲撃槍を掲げて下命した。
 漆黒の魔法障壁が二重に展開し、フェテリシア達の姿を覆う。
共に閉じ込められた砲撃基群が全力稼働して大量の熱光線砲撃を照射しながら射線を動かして灼いていく。
そして、さらに空間爆裂式が遅延起動。
漆黒の渦を巻く魔法障壁の隙間から洩れだす紅蓮の閃光と轟音が周囲を圧して、エールゼベトの髪を激しく吹きさらす。
 遮断魔法障壁でも完全には抑えきれないほどの劫火。

「ノーフェリ、これが偉大なる魔法の究極系の一つ――極大爆轟魔法〝|詠え、神魔終焉の宴よ≪ラ=グ・ナロク≫〟」
「――は、い、母上」
 その地獄もかくやという光景に圧倒されたノーフェリの反応は遅れた。
さもあらんと、エールゼベトは満足そうにうなずき説明してやる。
「重力障壁魔法の内部を超高熱の熱光線砲撃で薙ぎ払い、さらに空間爆破魔法を遅延起爆させる。爆発で生じた爆破衝撃波は障壁で何重にも反射して超高圧となり、無限大熱量と合わさって魔力子崩壊を引き起こす。魔力子の崩壊がまた無限大の熱量となりさらなる崩壊を呼んで連鎖していき、内部の魔力・物質すべてを壊す。その威力は空間すらもゆがめることがある」
 紅蓮の炎の照り返しを受けながら、エールゼベトは唇をゆがめながら笑顔を形作った。
「この魔法で壊せぬものなどこの世に存在しない。破片ひとつ残さずに消滅する。本来は数十人規模の複合儀式魔法であり、魔装騎士でも四騎でようやく発動できるクラスの超高等魔法だ」
 それは、彼女一人でこの魔法を起動できるという自負。
最強の大魔導士たる自分の誇りを愚かにも穢したゴミを処分した愉悦の表情だった。
「はい――」
 ノーフェリは戦慄していた。己の母が大魔導師を名乗り、また実力があるのは知っていた。
いや、知っていたつもりだったと思い知らされたのだ。一人で軍を殲滅できるという話が事実だとはさすがに思っていなかった。
 家の全権を握るには、この偉大な大魔導師を超えなければならない――その高い頂を感じて、ノーフェリは身が震えるのを覚えた。
「いいか、ノーフェリ。大魔導師への階梯を上るということは――」

突如、音が消えた。
エールゼベトは振り返り、目を見開いた。
漆黒の魔法障壁に異変が起きていた。
障壁の周囲を朱色の円環が取り巻き、表面を文字がゆっくりと巡っている。

「『第七機能制限封印不正解除警告』……?」
 ノーフェリが巡っている円環表面の文字を読んだ。それは各国語で書かれていたのだ。

 魔法障壁の表面に、血のような色の線が幾何学的に走り――タイルを崩すように崩壊した。

エールゼベトは砲撃魔導槍を取り落としかけた。
「な、ぜ……なぜ、消滅していないっ!!!」

中心部には人影が二つ――少女と老執事。

 エールゼベトの絶叫など聞いてもいないかのように、フェテリシアは身じろぎもせずに老執事の大穴が開いた腹部に手を当てている。――無くなっていた老人の腹部があった。
彼の身体の周囲を黄金色の円環がゆっくりと縦に回転してる。

 エールゼベトの冷静な部分の思考が混乱する。
その円環の構成式が彼女には理解できなかったのだ。
 円環――魔法陣の構成が全く読めなかった。
それは記述体系がまるで違う。構文はおろか、文字さえも一片たりとも理解できない。

(まったくの未知の魔法――まるでわたくしが|発掘したあれ《・・・・・・》のような――)

 混乱する彼女になど関心すら払わずに少女は老人を支えながら、ゆっくりと引きはがす。
 少女の胸部を貫いていた彼の腕が、ずるりと抜け落ちる。
彼女の胸部が桃色の肉がうごめいて元の形に戻る。

「高速再生魔法だと……?! いや、違う――」

ありえない。
高速再生魔法という術式はたしかにある。が、それは人体の表面を直す程度で、重傷や重要臓器の再生など出来ない。
まして、明らかに潰されたモノを構築して治すことなど不可能――。
理解できない。あり得ない。魔法ではそんなことは不可能。だが、それはやっている。魔法も使えないゴミがそれを――。

「そ、そうかっ!! 〝魔導遺物〟か!!」

 それは稀に発見されるおかしな機能を持った発掘物。
その中でもさらに稀に魔法ですら未だ再現できない高度な機能をもった物がある。
たとえば持った者を空中に浮かべる石、熱光線砲撃魔法よりも高出力な光線を放つ銃、刃こぼれも錆もしない剣など。それらは魔導遺物と呼ばれ、王家が全て管理していることになっている。しかし、暗黙の了解として大貴族などは確保しているのが実情だった。
だが、少女は魔導遺物を持っているわけではない。

――いいのかしら?
――それはボクが問いたい。    はいいの?
――また忘れているのね。わたしは、過去。未来を亡くして絶望すらも失った、ただの残留物。
――でも、それでもこの身体は貴女でしょう?
――ええ、わたしだった。でも、いまは貴女でしょう?
――ボクでいいの? 付け足されただけの――
――ちがうわ。
――え?
――貴女もわたしでしょう?

フェテリシアに同じ顔をした幼い少女の幻影が背後から抱きしめる

 彼女は老人を静かに横たえ、ゆっくりと立ち上がる。

――さぁ、いきましょう。
セバスチャンでさえもいらないと云ったあの人達に、なにを遠慮することがあるのかしら?
空中投影されている警告表示がさらに増えていく。それら全てを無視して、彼女は始める。

――天塔騎士の性能なら、エールゼベト程度など呼吸をするよりたやすく潰せる。
だが、フェテリシアはその道を選ばない。
それでは意味がないから。
――|あいつら《エールゼベトたち》は思い知らなければならない。
何を捨てたのかを。

搭載された時空間事象制御機関が稼働率を上げていく。
それは、演算力の及ぶ限り、ありとあらゆる事象を自在に操る〝法則を作る法則機関〟。
 天塔騎士の途轍もない演算力が事象を操作して創りだす。
――光溢れる未来を夢見る少女たちが使える〝魔法〟をこの世界に顕現する。

10才の    が夢見ていた自分。
絶望すらも堕として潰えた未来を、演算し、構築していく。

フェテリシアを黄金色の光が覆う。
身体が大きくなっていく。
ほっそりとした手足、細身ながらも鍛え上げられた身体へと。

書き換えられていく。事象操作の演算によって。

濡羽色の髪が伸びて、頭の上でリボンでまとめられる。
身体に纏う光の粒子が濃くなって服を形作る。
第三種帝国騎士服によく似た服装。

手には朱色のラインが入った篭手が形作られ、腰には帝国標準魔法剣。

莫大な風が渦巻いて、地面を、壁を叩いて音を鳴らす。
強大無比の武威が大気を揺らしているのだ。

それはありえたかもしれない未来の姿。
少女が願い、誰もが確信していた未来の帝国最強騎士。
既に無いと確定した彼女の未来が今ここに顕現した。


虚空より光り輝く鎖が出現。
基私服姿のフェテリシアに次々と絡みついていく。絡みついた鎖の先端が、まるで罪人のように首輪や枷と変化する。
 同時に空中に投影されるいくつもの|機能停止《LOCKED》の文字
限定事象改変・非限定自己再生・超光速感応・重力慣性制御……――天塔騎士としての機能を停止。

だから、いまは、ただのフェテリシア――       が、いつかなるはずだった姿を|模倣再現構築《エミュレート》した少女。

閉じていた双眸を開く。
黒曜石を溶かしたような黒瞳。それは、まるで深淵のようにただ漆黒。

フェテリシアはつぶやくように宣言した。

「――本当の〝力〟というものを、見せてあげる」



------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------

ちょっと短めですが、ここがキリがいいので。
もうちょい直すかも。

前回投稿した分は忘れてください。



[37284] ~幕間 《大混乱》~
Name: 森河尚武◆cea74981 ID:8a060503
Date: 2014/01/12 01:23
5万PVを越えました。
どうもありがとうございました。
楽しんでもらえていれば幸いです。
2013/11/24 初稿投稿
2013/12/13 改稿
2014/1/12 一部修正

------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------

――天塔騎士団本部は文字通り不夜城である。
世界各地で活動する天塔騎士たちをリアルタイムで管理指揮するために、昼夜の区別なく稼働しているためだ。

 惑星上で活動する天塔騎士を管理している第三管制室は窓一つない半球形ドーム型をした直径30メートルほどの部屋だ。
部屋の中心には地球儀が立体投影されていて、監視衛星群や展開している艦艇、天塔騎士などの位置がリアルタイムでマッピングされている。

その真下には統合指揮管制所があり、巨大な多機能デスクと小さい地球儀が立体投影されている。そしてその統合指揮管制所を中心に扇状に広がる階段型の天塔騎士指揮管制席群がある。
 それはちょうど通路によって八区画に分けられていて

各区画は、それぞれ専任のサポートメンバーが常駐している。
天塔騎士団と云われているが、実際には最大八名という極少数だ。
ただし、国はおろか星すらも滅ぼせる人外たちだが。

 天塔騎士は24時間年中無休で半永久的に活動可能であるが、一般人である管制官たちはそうはいかない。常勤の管制官が三交代制で勤務しており、各区画は空中投影モニタの光、報告の声、人の歩く音、仕事の合間の雑談など、騒音が途絶えることは無い。

 それでも、最盛期に比べれば静かになっている。現に8区画のうち四区画は活動休止中で、残りの4区画もサポート班が居るだけだ。
完全管理体制時には16名着席する各区画も、いまは4人しかいない。
天塔騎士が全力稼働することなど、ここ1世紀は起きたことがないため、それで充分だったのだ。

――小さな警告音が一つの端末から鳴る
「ん? なんだ?」
 待機要員が読んでいた本から顔をあげて投影モニタを見やる。
「『ダメージ警告』? コード=オクタ中尉の身体に損傷が発生?」
 端末に流れた警告文を読み上げながら首を傾げる。
 彼の下段の席で、誰かと通信会話をしていた女性オペレーターが身体状況モニタを開き、確認しながら軽口を叩く。
「また誤報じゃないの? センサか判断アルゴリズムが過敏すぎるのよ、こんど技術部に云っとかないと」
「そうだなぁ、中尉たちに損傷を与えるなんて無理だからなぁ……?」
 コード=オクタの三系統ある状況モニタリングを、どうせ誤報だろと思いながらチェックする管制官たちに困惑が広がる
「おかしいぞ? ステータスが一致している? おい、そっちは――」
「……こっちもよ。もしかして、本当に?」
「そんなバカな……本当に損傷――」

突如、甲高いアラート音が管制室に轟いた。

『緊急警告、緊急警告』
最特級警告。
一つの区画が赤光色のライン灯で分断され、大量の情報ウィンドウが空中に展開される。
管制室が一気に騒然となる。
だべっていた管制オペレータが操作卓に飛びつき、指が霞むほどの入力装置打鍵で解析を始める。
「オクタ班、解析報告しろっ!!」
夜勤担当指揮官がモニタを参照しながら声を張りあげる。

「コード=オクタの機能プロテクト、第七段階まで突破されました!!」
 情報を確認していたオクタ担当の当直員が叫ぶ。
「っ!! ――INARI’Sに侵入者追跡させろ! 突破率が40%を超えたら――」
「第八段階50%突破されました! 防壁不活性化も間に合いませんっ!!」
 フェムト秒での攻防が繰り広げられる電子攻防戦では、人間の瞬間判断能力では到底追いつかない。
「バカなっ、あのプロテクトはAMATERSUでも容易に突破できないんだぞっ!? どこの組織にそんなことが出来る!?」
 オペレータが状況把握のためデータウィンドウを取捨選択し解析しながら思わず叫ぶ。
 ユネカ技術部が技術の粋を尽くして構築した機能制限プロテクト。
AMATERASUによる評価でも、解除に5600時間以上が必要と判定されて、事実上解除不可能だと考えられていた。そのプロテクトが文字通り一瞬で突破された。
「第八段階90%以上が解除、進行止まりませんっ!!」

「INARI-01より報告、侵入者が判明、え?」
「どうした、どこの組織だ」
「――オ、オクタですっ!! 侵入者は、コード=オクタですっ!!!」
「なっ!! そんなバカな、反逆罪ものだぞっ!?」
 機能制限を不許可・不正規手段で解除することは、組織の指揮命令系統に反旗を翻したということ、すなわち反逆罪に相当する。
強大な力をもつ天塔騎士だからこそ、その行動は常に監視されて、処罰は厳格に行われる。
「AMATERASUが最終警告を発令、あと98秒で強制機能停止シーケンスに入ります!」
それは、天塔騎士を殺すと同義。すべての機能を停止させられれば、天塔騎士は存在することすら出来ない。
「っ! TSUKUYOMIに支援要請して、シーケンスに介入させて時間を稼げ! 5分以内に他の天塔騎士を――っ! ――すぐに動ける天塔騎士は誰だ!?」
「所在が明確な天塔騎士は、機能点検中のコード=アイン大佐ですっ!!」
「他は!!」
「あー、基地待機中のコード=サード中佐です」
「だあああああっ!! サード中佐を捕まえるのには一時間はかかるっ!!!!」
 指揮官が頭を抱えて絶叫する。
どこかに行ってきゃっきゃうふふしている確率100%、そして雲隠れすると決めた天塔騎士を探すことは不可能に近い。
「なら、しかたがない。大巫女様にご足労を――」
 指揮官が通信管理官に振り返って、怒鳴る。
「先ほどからコールしていますが、出られません。所在も不明ですっ」
「なんだとぉっ!」
 指揮官の語尾に、さらに特級アラート音が重なった。
「あ、AMATERASUに強攻侵入するデータがっ!!」
「なんだとっ! いったいどこが――」
「オクタ、コード=オクタですっ!!」
「アホか、一瞬で制圧――」
 指揮官の語尾にオペレータの声が重なった。
「第一次防壁群、突破されましたっ!!」
「なんだとぉっ!」


★☆★☆★☆


――ああ、遅い。結果は判っているのに。

紅蓮の業火が舞い踊る、その中心。
 フェテリシアは、老執事を抱えて座り込んでいた。
業火は事象制御境界面を甞めるだけで、侵入できていない。
事象制御の余波でしかないとはいえ、その程度では境界面を越えられない。
越えるには、事象制御力――意志を上回る意志でなければならないからだ。

 座り込んでいる彼女の中で行われている莫大な事象制御演算。
一つは、|再生≪リジェネレイト≫。老執事の失われた腹部を再現する。
もう一つは、|機能制限不正規解除≪プロテクト・ブレイク≫。
 複数並列思考が全力稼働、その|計算資源量≪リソース≫は後者が圧倒的に多い。

 フェムト秒単位で騎士団本部の超大規模量子演算装置AMATERASUを浸食・制圧していく。
罠の上を跳び越え、攻勢防壁の攻撃をすり抜け、防壁を斜めに駆け昇り……。
彼女は電子戦など知らない。その概念すらわからない。
だから、ただ城に侵入する心象風景をイメージしているだけだ。――心象風景を現実に影響させるのが、天塔騎士の中枢機能である概念思考演算機関だ。

 AMATERASUが一方的に敗退していく。
フェテリシアの超論理飛躍思考に追いつけていないのだ。
森羅万象を計算できる究極の量子コンピュータであるAMATERASUといえども、結果を先取る超論理飛躍思考には追いつけない。

――これこそが、天塔騎士がヒトを|基《ベース》とする理由の一つ。

 超光速戦闘という過程と結果が逆転することもある事象境界線上の戦闘では、結果を先取って行動することがその戦局を左右する。

 つまり、命中という結果があるから攻撃が放たれるという因果が逆転した状況を認識できる超論理飛躍思考――すなわち超直感を持つことが絶対必須。
ゆえに天塔騎士は、その適正を持ったヒトである必要があるのだ。

 そして、天塔騎士がその能力を全開にした時、それは未来を演繹して現在と成す、ヒトから変化した〝何か〟と成る――。

 歴史上で稀に表れる預言者や未来視などは、もしかしたらこういった者であったのかもしれない。

 フェテリシアはAMATERASUが持つ56億7000万の防護壁を跳躍して基幹処理中枢に侵入、自分に対する命令を全て凍結させる。
物質の動きを解明できる超々高速計算が出来ようとも、AMATERASUは計算機というカテゴリーからは外れていない。
 いまのフェテリシアは思考演算をするだけの存在に成り果てており、計算機でしかないAMATERASUでは太刀打ちが出来なかったのだ。

さぁ、征こう――あいつらに思い知らせてやる。

 フェテリシアの周囲に展開されていた警告ウィンドウが、かき消えた。


★☆★☆★☆


「……あれらが本気になれば、AMATERASUだって赤子も同然だよ」
 喧騒を極める指揮管制所を見下ろす最上部。 遮光ガラスで仕切られた部屋で、それはつぶやいた。
 一切の照明が消され、家具もなにもない殺風景なその部屋の中央に、小柄な人影が立っている。

「〝それは、いつか/いずれ/いま、現れる〟」

 詠うようにつぶやくように、それは口ずさむ。

「知っていた、知っている、けど知らなかった……。それがいつだかボクには判らなかった。――けど、ついについについにっ!!」

 平坦な声が高ぶり、大きく笑い出す。
その声は少女のようであり、老女のようであり、成熟した女性のようでもあった。

「やっとやっとやっとっ!! そうだ、キミだよ、キミだと知っていた。目覚めると知っていた。でもいつかは判らなかった、判らなかった!」

 高らかに笑いながら発する言葉に呼応するかのように大量の情報ウィンドウが現れる。
それらは、すべてフェテリシアに関したありとあらゆる情報データ。
リアルタイムでの稼働情報、身体三次元モデル、各機関の稼働率etc,etc……。

「果てのない並列遷移次元時間の中、たった一つの希望!」

両腕を広げて、くるくると回る。
踊るようにくるくると。
狂ったようにくるくると。

服の形もくるくる変わる。
赤い袴と白い巫女の服、夏の少女が着るようなワンピース、女子セーラー服、ウサギの耳をもしたヘアバンドと白銀のスーツ、黒い秘書のようなビジネススーツと、次々と脈絡無く変わっていく。

「ああ、ああ、ようやく、ようやく、ようやく! キミは現出したっ!!

それは驚喜であり狂喜であり狂気。

 いくつもの空中情報ウィンドウの中で、フェテリシアが成長していく。
 そして完成するフェテリシア。

「――待っていたよ、ボクの〝|後継者《終告者》〟!!!」























「ん?」

 それは、ぴたりと足を止めて、一つのウィンドウを見つめる。
 しばし、別ウィンドウの数値と三次元モデルと比較して。

「――あ。あああああああっ!! あの小娘ぇえええええ!!

 自前のまないたをぺたぺたとふれながら絶叫する。

「――盛りやがったなっ!!!!!!!!

 予測モデルでは|Aカップ以下《ブラいらず》だが、実測データでは|Bカップ相当《こじんまり》と表示されていた。



------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------

 シリアスっぽいのが続いてるので、ちょっとギャグを。

 次回はまた本編に戻ります。

仕事が忙しく、かなり不定期更新になってしまっていて申し訳ないですが、なんとか完結までもっていきたいと思っていますので、今後もよろしくお願いします。



[37284] 第五章 帝都の休日 <6>
Name: 森河尚武◆cea74981 ID:ab55754d
Date: 2013/12/13 23:44


――伝承に曰く。
|それ《・・》は大嵐と稲光と共に現れる。

 大気が激しく渦巻き、少女の結わえた長い後ろ髪を揺らして崩れた石壁を叩く。
いくつもの紫電がまとわりつきながら、煌めきはじける。

 轟々と渦巻く竜巻の中心に立つ少女騎士は、目を伏せて微笑みを浮かべて。
凛とした姿で、ただ立つ――気圧される。
エールゼベトたちはは身動き一つできない。
あまりに強大な|威圧《プレッシャー》が動かさせない。

「な、ぐぅ――!?」
「あ、あ、ああ…」

呻くのが精いっぱいだった。

――彼女たちは才能ある魔法士だ。
あらゆる敵をたやすく退けてきた。魔法を使えぬ者など、まさに鎧袖一触。相手にすらしてこなかった。
熟練した魔法士に敗けることはあった。
しかし、そこに絶望感はない。どれほど格差があろうとも、いつか、そこへ辿り着く――その決意を新たにする糧とした。
魔法士は魔法士以外に敗北はない。
それが帝国人たちの認識で、彼女たちの戦歴は事実その通りであったのだ。
それはそうだだろう。
魔法士と対等に戦える武人は、ほんの一握りであるから。
そして、帝国は魔法士しかいないのだから。魔法騎士とて近接魔法戦闘を得意とする魔法士であって、武術を極めた武人ではない。
武人たちに出会うことなどなかった。
だから、彼女たちは知らない。
境地へと至った武人、その恐怖を――


 竜巻が霧散する。濃密な威圧がかき消える。

騎士姿の乙女がたおやかに立っている。
虚空より現れている光の鎖に手足を繋がれて。――そこに虚弱さは欠片もない。
ただ圧倒的な存在感。

長い黒髪を頭頂で結った乙女が、伏せていた目をゆっくりと開く。

「本当の力というものを――教えてあげる」


威圧に知らず屈していたエールゼベトが即座に動いた。
激しい怒りによって。
それは、圧倒的強者が弱者に手向ける言葉。それが許せるような|エールゼベト《帝国最強者》ではない。

「ゴミが、調子に――っ!!」
 超加速。足元で爆発した石畳、その音すらも後方に残し。
 大気が裂ける――神速で繰り出される魔導槍。

イ=スーンシー流武技が一つ『万陣穿突』
 
 身体強化された肉体で超加速し、目にもとまらぬ速さで槍を繰り出す
超速移動により発生する衝撃波で万人の陣をも穿ち、目標を叩き潰す超級武技。

 余人には反応できない超絶的な速度で繰り出される絶対硬度の魔導槍が、反応できていないフェテリシアを貫――。

「ぐがぁああっ!」

硬質な鐘のような音が甲高く響き渡る。爆発的に粉じんが巻き上がり、鋭い風と衝撃波が石壁を抉る。

エールゼベトはあまりの衝撃に、魔導槍を取り落としそうになる。。

「ぐ、ぅ………なんだ、と!?」

 腕も折れよといわんばかりの衝撃を、無理矢理受け流したエールゼベトが視たのは、槍の穂先を抑える柄。

フェテリシアが無造作に突きだした剣の柄元があった。

 咄嗟に退こうとしたエールゼベト。

「『|1《アイン》』」

――その|首筋《頸動脈》に、ひたりと冷寒

 ぱんっ!
 
 空気が破裂する音とともにエールゼベトが五メートル以上後退。

「か、っはぁっ!! はぁ、はぁっ――」

エールゼベトが激しく呼吸する。
呼吸が止まっていた。顎の先からぽたぽたとと滴が落ちる。
一瞬の攻防で、冷たい汗がびっしりと全身に流れていた。

(な、なんだ、いま、なにが――っ!?)
 エールゼベトは混乱していた。何もわからなかった意識と肉体の感覚が乖離しているのだ。
肉体が感じたそれを認識できていない。


エールゼベトが寸前まで居た所にはフェテリシア――伸ばした腕に朱色鞘を握って。
その先端は、ちょうどエールゼベトの首筋の高さ。

エールゼベトがそれに気づく中、ゆっくりと腕を下した。まるで見せつけるように。

「おぉおおおおおっ!!!!」

 感じた悪寒を振り払え、認めるな――本能で感じたエールゼベトは咆え、再度踏み込んだ。
 大地も割れよといわんばかりの苛烈な踏込は、五メートルの距離を一瞬でゼロとする。

イ=スーンシー流武技が一つ『驚天破大地割』

 全身のパワーを使った大上段から振り落し。
 六倍まで強化された剛力無双の身体が繰り出す超速の槍は、音を背後に残し、大気をも断ち切ってフェテリシアへと迫り――石畳を豪快に破砕した。

「『|2《ツヴァイ》』」

 エールゼベトの首筋にぴたりと温寒――朱色の鞘が目の前を横切っている。
左脇、突き刺さった魔導槍の間合いの内側に無造作にフェテリシアが立ち、鞘の側面をエールゼベトに当てていた。
「――っ!!!!!」
突き刺さった魔導槍が石片をまき散らしながら強引に旋回して薙ぎ払う。
ただの力任せ、そして――
「《爆裂せよ》!!!」
 短縮呪文による指向性爆発がフェテリシアのいるあたりを舐め尽す。

「――これが来るとは思わなかっただろうっ!!」

 額の汗をぬぐいもせず、エールゼベトが魔導槍を下して激しく息をする。
 威力よりも発動の速さを優先した爆破呪文のため、威力は落ちるが人間一人殺すには必要以上の破壊力。
効果範囲も広い上に爆風は数十メートル以上も広がるため避けることも不可能。魔法障壁でも張らなければ防ぐこともできない威力の爆発。
勝利を確信したエールゼベトは、身体の緊張を解こ――

「『|3《ドライ》』」

 乾いた声が告げた。
凍りつくエールゼベト。
延髄に何かが当たっている。
気配、斜め背後。

ほとんど触れんばかりの位置に。
背中合わせにフェテリシアが無造作に立っている。
逆手に持った朱色鞘の先端をエールゼベトの延髄にあてて。

「ど、どうやって避けた――!?」
「……回りんでしまえばいいだけです。全周を焼き尽くせばまた違ったかもしれませんが」
 それは発動速度と自身の安全を考えればエールゼベトは出来なかった。
 自分自身の逃げ場がなくなる上に、無酸素状態になって気絶する可能性が高かった。
 相打ちなどする気はない。それは絶対に倒さなければならない強敵にするもの――エールゼベトの意識ではまだそこまで追い込まれていなかった。
しかし、その言葉に衝撃を受けていた。

「ば、かな……」

絶対に避けられないはずのタイミングで放った超高速展開魔法を避けたということは、それ以上の反応速度を持っているということ。
 エールゼベトは信じられなかった。そんなことができるわけ――自分が云った言葉を思い出した。
「そ、そうかっ!! 魔導遺物の力かっ! なんと卑劣なっ、この卑怯者めっ!!!」
(そうだ、そんなことがゴミどもに出来るわけがない。
出来るならば、それは借り物の力に決まっている。勝てないからといって魔導遺物に頼るとは、誇りを知らぬゴミどもが!! なんと卑劣な!)
エールゼベトはそう確信していた。

背後で、ため息が聞こえる。
 フェテリシアは云っても無駄だろうと思いつつも答える。
帝国人は見たいものを見、聞きたいことしか聴かないとあきらめてきている。
「……魔導遺物なんてもっていないんだけど」
「は、嘘をつくな、この卑怯者めっ! 魔導遺物なしに我ら帝国民と対等に戦えるはずが無かろう、この下等なゴミめがっ!! だいたい先ほど姿を変えて置きながら、それは魔導の力でないと云うのかっ!!」
「……この姿は天塔騎士の力で改変したものだけど、いまのボクはその力を封印している」
 フェテリシアは最初に説明が必要だったかと、頬をかく。
 構えは崩していない。ゆえにエールゼベトもうかつに動けない。

――エールゼベトは先ほどから告げられている数字の意味に気が付いていた。いや、気が付かされていた。
あれは――殺した回数だと。
告げられた時、間違いなく即死の部位にマーキングをされていた。
つまり、模擬攻撃をしていたと云っているのだ!
帝国最強たるわたくしが全力でないとはいえ、殺技を放っているというのにっ!!!
これは、たまたまできた隙をついてマーキングをして勝ち誇っているのだっ!!
許せん――
こみ上げる怒りが憤怒の形相となって現れている。
極大の殺意が漏れ、空気を侵している。
広場の端で座り込んでいたノーフェリががたがたと震えている。
母から漏れ出す怒りに、身体が反応しているのだ。

 だが、最も近くで殺意を受けているはずのフェテリシアは、声すら震わせない。
つぶやくように言葉を紡ぐ。

「いまのボクは、ありえた未来のわたしを天塔騎士の力で再現構築した姿。だから天塔騎士の力も封印している。あの表示は、その封印段階を示す表示。封印全てが機能していれば、この身体はヒトがもつ力までしか発揮できない」

伸ばしていた腕を下す。エールゼベトが弾けるように跳び、狙いもつけずに後ろ手に熱光線魔法を乱射する。

「首を斬られれば、心臓を貫かれれば、出血多量でも、皮膚を焼かれても、病気でも、出産でも死ぬ――そんな、あなたたちとあまり変わらない身体」

 ことごとく外れる。いや、フェテリシアが外している。
歩いて、着弾点から離れているのだ。
悠然と振り返りながら言葉を続ける。

「もしかしたら、セバスチャンに鍛え上げられたのかもしれない、エールゼベト・ド・ゴルドに師事したかもしれない、騎士過程でイ・スーンシー流を極めたかもしれない。そんな、ありえた未来の成長した姿を、現在に描いた」
「《========》!!!!」
エールゼベトが槍を構え、大量の呪文を同時発声。
光り輝く光線が、煌めく光弾が、舞い踊る火焔がフェテリシアめがけて大量に撃ち込まれる。
直撃/貫通/爆炎。
命中したフェテリシアの姿がゆらりと掻き消え、少し離れた場所に現れ、焼かれて朧月のごとく揺らぎ消えて、また出現する。
それが何回も繰り返し、繰り返される。
そして着実にフェテリシアはエールゼベトに這い寄っていく。
歩いて。

「な、なんだ、それはっ!! 当たっている、当たっているというのにっ!! なぜだっ!!」
エールゼベトが絶叫しながらさらに射出数を増やす。
しかし、フェテリシアはまるで意に介さずにゆっくりと歩く。

全ての武術の基礎たる歩法、その極技が一つ『水朧月歩』あるいは『幽玄歩』

水面に映る朧月のようにゆらゆらとゆれて決して捕まえさせない幽玄のごき歩法。
原理は肉体の各部位を別々に動かすことにより、相手の意識を誤認させる技だ。
人間が認識する風景は、ある程度推測によって補完されている。
特に動くものについては、その動きを予測して補完している。ゆえに突発的な動きについては認識が間に合わず何が起きたかを理解するのは、はるか後になることも多い。
そういった人間の意識と認識を、予測外の動きで剥離させ、誤認させているのだ。

「な、なんだ、それは!! 魔法かっ!? ばかな、お前は、お前はっ! 魔法が使えないはずだっ! 魔導遺物の力かっ!!」
「あなたたちの云う魔法は使えない。かつて、あなたの娘だったわたし、その可能性から導いた未来が今のボクだから。魔導遺物でもない。これは、武の技――」
 
フェテリシアが頭を傾ける。横を通り過ぎる超速の光弾。黒髪の長い尾が揺れ、揺らいだ身体を熱光線が貫通する。
「この距離で、避けるかっ!!!《    》!!!!」
 エールゼベトが驚愕しながら、さらに多重詠唱。
射出された炎の鞭が周囲を嵐のように薙ぎ払う。
光弾も熱光線も、一瞬たりとも弾幕が尽きることは無い。大魔導師の名にふさわしい錬度。
フェテリシアが揺らぎ現れる頻度が増える。それでも着実に前進してくる。
エールゼベトの額から、汗がとめどなく飛び散る。
突如、フェテリシアの直前の地面が爆発する。石畳の下に遠隔展開したのだ。
フェテリシアがその破片を足場に、くるんと身体を回す。
捻った身体の隙間を縫うように熱光線が通り過ぎる。外れることが当然であるかのように、当たる気配すらない。そして至近を致死攻撃が通り過ぎているのにフェテリシアには緊張がない。
一方的に致死攻撃に曝されているというのに。

「なぜ、だっ!? なぜ当たらぬっ!!」

 エールゼベトが絶叫しながら次々と魔法を放つが、フェテリシアにはかすりもしない。

 エールゼベトは気づいていない。フェテリシアによって、当たらない場所に攻撃するように誘導されているのだと。
微かな虚と実の動きを混ぜることにより相手に当たると確信させて、攻撃を誘導する技術。
膨大な戦闘経験を昇華し、身体を完璧に制御できる者にしか扱えない戦技。
エールゼベトの放つ全ての攻撃は致死。
その攻撃をフェテリシアは紙一重で、しかし定められた動きのように、ただ歩く。
ポニーテイルの揺れ、脚の動き、手の先まで動きを一瞬たりとも遅滞させず、無理なく華麗にさえ思える身体捌きは、まるで舞踏の様に。

ついにエールゼベトの間合いに達した。もはや自爆覚悟の魔法を放つしかない至近距離。
魔法の発動より近接武器の方が速い。

「はああああっ!!!!」
 身体強化したエールゼベトがその速度を全開にし、イ=スーンシー流槍術の秘奥義を打つ。
絶対破壊不可能の魔導槍が弧を描き、超加速。

秘槍『飛燕双斬』

それは、獲物を狩る飛燕の飛跡を槍で再現した、ほぼ同時の槍斬技。
たとえ一度目の斬撃をかわしても、超速で返される槍に斬られる恐るべき技。
それすらもフェテリシアには届かない。
音速すら突破しているだろう穂先の軌跡に沿ってくるりと回りながら懐に入り込み。
エールゼベトの胸、心臓の上に鞘をとんっと置いた。

「『|4《フィーア》』」

――静止。
二人はそのまま動かない。
槍を振り切った姿勢のエールゼト。
懐に入り込み、剣の鞘をつきつけ、顔を伏せているフェテリシア。
火焔が燃え盛りはじける音が微かに響く戦場に、静かに流れる声。

「これが、セバスチャンの技。他ならぬ、あなたのために揮ってきた技」
「……」
「要らない、役に立たぬゴミだと云ったよね。いったい何を見てきていたの?」
 エールゼベトは応えない。ただ屈辱に震えている。
 フェテリシアは、ああとため息をつく。
だめだ、まだ足りていないのか、と。
なら、決定的な敗北を――叩きつけなければいけない。
 背後に鋭く流していた眼光を伏せた。

「《わが名の元に疾れ、雷光よ》!!!!!」
 少女の呪文と共に二柱の光が疾り、フェテリシアがいる空間を串刺しにした。

------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
かーちゃん、がんばったっ!!
遊ばれてるけど。

 なお「うおおおおおっ!」とか「はあああああっ!」とか云ったり、絶対~とか書かれたりするとたいていヒドイ目にあうのは仕様です。


次回予告っぽいなにか

「これが、これが、母様の最秘奥――!!」
「……」

 これこそが、エールゼベト・ド・ゴルドが帝国最強の大魔導師と呼ばれる理由。
「この魔法は絶対勝利確定の大魔法――!! 貴様の命運は尽きた。ここまで、このわたくしを追い込んだことを光栄に思って無残に無様に塵一つ残すことなく死ね――」

「“真の魔法”はね、本当は誰にでも使えるんだよ……?」

次回「かーちゃん、もっと頑張る ~究極の大禁忌魔法」編をお送りします。
ノーフェリちゃんの出番もあるよ?

まぁ、大魔法の内容はたぶん予想つくでしょう。
運命な無限の剣群~


な、なんとか年内に更新したい……




[37284] 第五章 帝都の休日 <7>
Name: 森河尚武◆cea74981 ID:c6f179c3
Date: 2013/12/21 21:49

だいたい54000PV前後記念?
あと翔鶴さんお迎え記念!
 (ボーキ20kほど溶かしました)

なんとか年内更新です。

------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------


――それは、とてもきれいだった。

 母の放つ大量の熱光線を、それは軽やかにかわしていく。
 腕をあげると脇の下を熱光線が通り、ステップを刻みながら歩いていくと、後を追うように光弾がリズムよく着弾。
 時には空中を駆けるように身体をくるんとまわすと、背中と胸の寸前を熱光線が通り過ぎていく。
 それは、|舞台舞踏《バレエ》のように。
まるで攻撃魔法が、最初からそこを通ることがわかっているかのように。
 かろやかに、しなやかに、結った長い黒髪をゆらして、ふわりくるりとかわしていく。
 
母が信じられない量の魔法を放っているというのに。そのどれもが一撃必殺なのに。
あれは、恐怖など微塵も感じていないかのようにひらりひらりとかわしていく。
おもしろいように当たらない魔法
まるで初めて攻撃魔法を放った時の様に、|外れている《・・・・・》。

|――違和感《・・・・・》

そうじゃない。違う。
あれは外れているんじゃない。かわしているのでもない。
外れさせられている。
いったいどうやっているのか、中らない場所を撃たせているのだ。

ああ、母は敗けるのだろう。だって、気付いてもいない。

その思考は、すとんとノーフェリの腑に落ち――恐怖した。

いま、わたしは何を考えた?
母が敗ける? 帝国最強魔導師の名を持つ母が敗けるというなら――誰があれに勝てるというの?
指先まで冷たくなる/血の気が引く。
世界が揺れる。いや揺れているのは、わたしだ。
敗けたら、死ぬ。
|あれ《・・》に、殺されるのかはわからない。だけど――他家は決して許さないだろう。
いや嬉々として、追い落とすことだろう。
魔法が使えぬとして放逐した者に敗けたなどということになれば。
よくて、処刑。最悪、貴族の慰み者だ。魔法器官を壊されて、世にもおぞましいことをされることだろう。
帝国筆頭魔法師の家系であるゴルド家。
家名は残されるかもしれないが、母や私の存在は完全に抹消される、なかったことにされる。
それが、貴族という生き物であるから。
貴族の汚点は無かったことにされる――。

だというのに、母が押されている。
烈迫の気合とともに、槍撃一閃。ノーフェリには霞んで見えるような一撃。
それをゆったりと、むしろ遅いくらいでくるりと回って槍の懐に入り込んでいた。
範囲攻撃をしたくても、|魔法演算領域《リソース》がまったく足りていないのだろう。

では援護を?
いや、わたしでは、|あれ《・・》だけを狙い撃てない。
母ごと撃つべきか? それはまずい。まだそこまで追い込まれてはいない。
翻弄はされているが、母はまだ奥の手を出していない。なら奥の手を出せるだけの時間を稼げばいい。
それはとても困難だ。
魔法を放とうとすると、あれはまるで見えているかのように牽制する。
視線で、鞘を向けて、足元の礫を蹴飛ばして、邪魔をする。
焦りながら、じりじりとタイミングを図る。
ここで選択を間違えれば、敗ける。
まちがいなく敗けると、直感が告げている。

――そう、母は間違えたのだ。
最初の一撃を広範囲魔法にすべきだったのだ。怒りに任せた、槍技ではなく。
たとえ殲滅できなくとも、ケガくらいは負わせれたはずなのに――
あれには、届かない。
今も翻弄されている。
一撃必殺だって、当たらなければ意味がない。
あれの、優雅にさえ見える、その流れるような体捌きは、母の豪快無双の一撃を悠然と躱している。
いや、あれを見れば、母の技は――ただの力任せだ。身体強化による剛力と速さをもっただけの。
|あれ《・・》は違う。
身体を完璧に動かして、母の動きに合わせて対処しているのだ。
しなやかで、かろやかで、優雅に、美しくさえある。

そう、目を奪われてしまうくらいに。





あれは、敵だというのに……。



★☆★☆


 熱光線魔法が弧を描いて交差し、空中に消える。
駆け抜けた軌跡上には誰もいない。
 十メートル以上離れた場所にフェテリシアが揺らめきながら出現する。ほとんど瞬間移動なみの速度。
 エールゼベトもまた跳び退り、魔法を放った少女――ノーフェリの横に着地する。

「ノーフェリ、助かった」
「いえ、ご無事で良かったです」
 険しい顔つきのまま、母と娘は会話をする。
「ノーフェリ、力を貸しなさい。|あれ《・・》は、ここで叩き潰す。全力でいくからサポートしなさい」
「はい、母様」
 厳しい目つきのままのノーフェリにエールゼベトは破顔して諭す。
「なに、心配するな。この母が本気になり、お前のサポートがあるなら勝てぬ戦いはない。借り物の力を振り回す愚物など、すぐに粉砕して魔導遺物を回収してくれよう」
「はい、母様」
 エールゼベトは安心させるように、ノーフェリの頭を不器用に優しくなでる。

それは、数年前までよく見かけていた光景だった。いつも厳しく姉妹を躾けるが、ときどき恐る恐るといった風にふれてくる母。父もそんなところがあった。

でも、いまは自分も、姉もそこにはいない――。

 その思いを傍観したまま、フェテリシアは肩をすくめた。

「……魔導遺物は持っていないではないと、さっきから云っているのですが」
「黙れ、この卑怯なゴミがっ!! さっさと叩き潰して、その魔導遺物を回収してくれるわっ!!」
「……帰りたいなぁ」
 声高く宣言するエールゼベトに、フェテリシアはもうため息しか出ない。とても疲労を感じていた。

 真面目な少女だった    ではなく、フェテリシアの元となった人格の地が強くなってきていたのだ。

おかげで、テンションが下がってきている。 このまま逃げたいところだが、あいにくと天塔騎士の能力を封印してしまったせいで、セバスチャンの治癒結界が解除できない。
 時間経過を待つか、二人を倒して改めて封印を一度外すかなどを決めなければならない。
フェテリシアはあっさりと先送りを決めた。
「うん、とりあえず倒してから考えればいいか」

「ふ、そんな余裕も、ここまでだ――《起きよ、ウリエル》」
 エールゼベトが愛用の魔導槍を一閃して下段に構える。穂先ががこんと分割して開き、内部の機構が露出する。
 深紅の小さな珠を中心に複雑怪奇な機械部品や歯車が組み込まれた|篭《キャリッジ》
いくつもの歯車が高速回転を初めて、甲高い高周波音をあげて篭全体をゆっくりと回転を始める。
エールゼベトは壮絶に笑う。
「教えてやろう、借り物でなどではない、真の力をっ!! 《我は詠う/我は唄う/我は歌う/我は謡う、深遠なる――》」
 詠うよう四重複合詠唱を開始。エールゼベトの周囲に魔法陣が描かれ、その余波たる魔力風が渦巻き始める。

「……完成まで待つ義理はないよね――」
 フェテリシアは少しだけ考えるそぶりをしてから、ひとつうなずく。
跳び出そうと重心を移動させた瞬間
「《雹雷よ》!!!」
――先手を打ったのは、ノーフェリだった。
 フェテリシアの前後左右に二重の魔法陣が現れ、大量の雹弾と雷光が襲い掛かる。
 超圧縮複合呪文による二属性攻撃。
これだけでも、ノーフェリは一流の魔法技量をもっていると証明していた。

 対するフェテリシアは初めて剣を握り、鞘ごと揮った。
着弾する寸前の雹弾の嵐が連鎖爆発。連鎖する爆発に雷光も巻き込まれる。
 ――雹弾をいくつか斬り弾いて連鎖誘爆させたのだ。雷光は爆発に巻き込まれて誤爆。
爆発と水蒸気で視界が埋め尽くされる。
うかつに動けない状況。
突如、爆雹の雲を斬り裂いて、エールゼベトが出現する。
その手の魔導槍の穂先には、深紅の火焔が燃え盛る。

「イ=スーンシー流裏技『轟焔爆槍』!!」

 一直線に石畳を斬り裂きながら、フェテリシアめがけて突進。
いまさらその程度にやられるフェテリシアではない。くるんと軽く避け、剣を揮おうとして止めた。
 エールゼベトはそのまま振り向きもせずに駆け抜け、石畳に弧を刻みながら、今度は側面から突進して来る。

「?」

 フェテリシアはあっさりと避けながら、すこし困惑した。無意味に見える行動の意味が読めなかったのだ。

「《太源は小源を呼いて/螺旋の相克を持って/八大精霊が力を》」

 エールゼベトは再び弧を描きながらかまわず駆け抜けた。フェテリシアは、エールゼベトがなにか複合呪文を唱えていることには気が付いていたが、内容が判らない。
 だが、エールゼベトの軌跡に囲まれた範囲に濃密な魔力が集中している。
何かを仕掛けている、なら邪魔をした方がいいのか――。
 しかしフェテリシアの直感はなにも語りかけない。そのことに困惑して対応が遅延した。
ノーフェリからもまた牽制に徹した大量の魔法弾。それらをくるくると回避する。
その狙いと目的は的確にして明確。
とにかくエールゼベトの行動を邪魔させないことに徹していて、すこしもてあます。
(体裁きをよく見ていたからなぁ、ある程度読まれたか……)
フェテリシアは魔法弾の雨を躱し続けながら考える。強引に抜けてもいいが、この雨を躱し続けながらエールゼベトを相手にするのはさすがに難しい。近接戦闘に入れば、止むかもしれないが、逆に諸共潰しにかかるかもしれない。
わからない。また、エールゼベトの切り札を見てみたいとも思っていた。
かつて、とても誇りに思っていた母親の、最高最大の奥の手を見てみたいと、彼女は思ってしまっていた。

 駆けるエールゼベトの詠唱が朗々と続く。
「《天よ、咆えよ/地よ、震えよ/海よ、裂けよ! 我が望むは我が意を体現せし世界/我が希むは我が意を唯一とする世界/我が臨むは我が心象たる――」

そして完成するエールゼベトの大魔法。
濃密な魔力風が吹き荒れて視界を塞ぐ中、エールゼベトが槍を揮って最期の詠唱を叫ぶ。
「《我が令を持って顕現せよ、“聖域”よ》」

彼女の口から起動呪文が発された瞬間、大火焔が奔った。
槍で描いた軌跡、相克する螺旋たる陰陽紋が焔を吹き上げて駆け――世界が一変する。








……どこからか荘厳な鐘の音が響く。

……鐘の音が響く空は夜の帳に包まれ、いくつもの“|天使の梯子《エンジェル・ラダー》”が掛けられて地表を照らす。
 闇夜にして晴天という幻想的な空。
 地平線を見渡す限りの肥沃な大地に、どこまでも広がる黄金色の穂。
 きらきらと白銀に輝く清浄な小川が流れ、木々より金の蜜が流れる。
 それは、楽園、古来に神より約束された豊穣の地。そして、現実世界にありえない風景。

――ここは約束の地。喜びと永遠の命をもって安らかに生きる約束の地
――ここは楽園。主が全てを導き満ち溢れた平和と平穏に歓喜せよ
――主を讃えよ、万物創生せし主を讃えよ

 神を讃える歌と背景音楽が荘厳に満たされていく。

「……」
 フェテリシアは警戒も忘れて、空を仰ぎ見ている。
 ノーフェリが震えながらつぶやく。
「これが、母上の最秘奥――!」

「そうだ。これが、この私の最秘奥にして絶対勝利の鍵」

 エールゼベトが腕を組み、高らかに宣言した。その背後には、華麗にして荘厳な尖塔をもつ白亜の巨城がそびえ立つ。

「辿り着いた者のみが使える魔法の頂点、現実を侵食する究極の幻想、魔法が行き着く果ての極地――“|聖域《サンクチュアリ》”。ここは、私が創造した世界!!」
「魔力によって創られた世界……」
「その通りだ。ゴミには決して届かぬ絶対の壁、果てしない地平を越えた先にある極地にして頂点!」
 エールゼベトの足元から黒い肥沃な大地が急速に広がる。黄金の穂が大地へと変わり、そして――

「……っ!」
 突如、フェテリシアの足元を埋め、さらに大量の鉄鎖が絡みつく。少しばかり呆けていたフェテリシアは対応が遅れた。

「この世界はすべて私の思いのままになる。――こんなこともできるぞ」
指を鳴らす。
空裂音が鋭く鳴り響き
 フェテリシアの頬に一筋の切れ目。
 背後に細い剣身が突き刺さり、揺れている。
切れ目から赤い血が染みだして、頬を流れる。

「――わかっているな? いまのは外してやったのだ」
 エールゼベトが嗤いながら宣告する。

細剣の刀身を形成し、射出したのだ。
なんの触媒も設備もなく物質を瞬時に錬成し、射出するというありえない魔法。
物質錬成は時間がかかる

エールゼベトが、槍を掲げた。
 大量の魔法陣が空中に展開され、物質を錬成していく。
それは、剣、槍、弓矢……あらゆる武器が穂先を並べてフェテリシアの方を向く。
「ちょっとした余興だ。これらは私が見たものや集めた武具を再現したものだ。皇家に伝わる伝説級のものもある」
無数といってもよい数の武具が空を埋めていく。
アーサーがもっていたエクスカリバーや、アフィーナの持っていた人造聖剣ロンギヌスらしき姿もみえる。
形成されていく武具たちを熱のない瞳で眺めながら、フェテリシアはつぶやくように確認する
「――“劇場法則世界”と同じ?」
 エールゼベトは、なぜか動揺した。ほんのわずかだが。
「――その名をどこで知った?」
「? 使い手を知っているからですけど」
 なにを驚いているのかわからないフェテリシアは素直に答える。
天塔騎士の一人にそれを得意としている者がいる。小規模だが、しょっちゅう使っているのを知っている。――悪用しかしていないが。
 たまに引きずり込まれて、(主に食べられちゃう的な意味で)襲われそうになっていることまで思い出して、フェテリシアはどんよりする。

 解除されるまでの数時間を逃げ回るのは、天塔騎士の身体能力をもってしても難しい。
だって、相手も天塔騎士だもの。しかし、最後の一線はいまのところ守っている――まだ。
いや、別にいまさら守るもひったくれもないけど同性は勘弁してほしい。
異性は殴るけど。殴るけど。
ここ大事だから。とても大事だから二回云う。きっとゴールデンボールはよくとぶことだろう――

|閑話休題《話を元に戻そう》


「は、ただの虚言か。驚かせおって……。使い手が帝国以外にいるはずもなし。古文献でも読んだか」
「いや、ほんとに知っているんですけど……まぁ、いいや」
 双方共にどうでもいいことなので話題を流す。
しかし、最期の一人は違っていた。
「な、んてこと……」
 ノーフェリは、フェテリシアの言葉に嘘もハッタリもないと気づいて一人震えていた。
これだけの大魔法の中で緊張することも無いフェテリシアに怖れを抱いた。
――母が敗ける
もはや、彼女の中では確信に変わっていた。


「まぁ、そんなことはどうでもいい。さぁ、少しくらいは抗って、せいぜい私を楽しませてみろ」
 娘の確信など判るはずもなく、エールゼベトは傲然と宣言する。
右手を挙げると、それに従うかのように武具の大群が切っ先を揃えていく。

ノーフェリは悪寒をこらえながら叫ぶ。
全力で叩かないと、それには勝てない――だが、どう言えば伝わる?
 既に勝利を確信し、余裕を見せつけている母にどう云えば――
「母様っ! 魔導遺物があるのですから、全力で――」
「魔導遺物は後で回収する。まぁ、残骸が残ればの話だがな」
エールゼベトはまるで取り合わない。
それは埋めることの不可能な戦力差があると確信しているが故に。

――この大魔法が発動したときに、勝利者は確定した。

「では、さよならだ。私の生涯における唯一の汚点め。消えよ――」
 宙を埋め尽くした槍が、刀が、矢が、戟が、大鎌が、古今東西のあらゆる武具が一斉に投射される。
 大気を切り裂き、赤熱化しながら迫りくる死の予告を――フェテリシアは熱のない眼で見据えていた。




------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
それは絶体絶命の窮地。
母は哄笑し、娘は茫然と見据える。

迫り来る伝説の武具の蹂躙が始まり、戦場に炸裂する極大魔法群が煌めいて死神の鎌を幻視させる。
変わり果てた大地に雷光煌めく嵐が吹き荒れる中、光り輝く電気騎士が始動する

次回『巨人達の宴』





いや、今回で第五章終わるかとおもってたけど、長引きそうなので切りました。
シリアスにだらだら書いていますが、それは全て次回のためなのです。(ホントかよ)



[37284] 第五章 帝都の休日 <8>
Name: 森河尚武◆cea74981 ID:6a6ccbc8
Date: 2014/01/04 02:59
新年明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いします。

なお新春早々、内容はカっとばします。

――ついて、来れるか?
(某朱い服の男風)

------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------

それはまさに轟音だった。

天空を埋め尽くすほどの武具の大群が豪雨のごとく降り注いだのだ。
無銘、有名、伝説にも到ろうかという武具の大軍勢。
戦場を灰にする超大規模攻撃。
 激突、破砕、粉砕、圧壊、劈開、破断、ありとあらゆる壊れる音が幾重にも連鎖して周囲を圧する。
 雷鳴が轟き、大地が割れ、暴風が吹き荒れる。
殲滅はおろか|過剰殺戮《オーバーキル》の大暴嵐。


 飛来した武具が中り、突き立ち、叩きつけられる。
彼女の騎士服が引き裂かれ、千切られて飛び散っていく。
 袖が吹き飛び、スカートが破け、ストッキングが引き裂かれ、後ろ髪をまとめていたリボンが千切れ――
なのに、身体には傷一つつかない。

 身体を拘束している鎖が割れて砕け、飛び散る。

豪壮な大剣が肩口に激突。
剣先が砕け、破片をまき散らしながら彼女の後方へ跳ね転がっていく。

高速回転する蛇矛がフラットな胸に突き立ち、潰れひしゃげて分解破砕する。

何十もの矢が降り注ぎ、突き立ち、四散して飛び散る。

 ばらばらになりながら空中を回転する槍、砕けて飛び散る大斧、明後日の方向に跳ね返される弓矢、折れ曲がった剣身が逸れて後ろに跳ね転がる。大地を抉り、転がり、飛び散り、土煙を巻き上げる

数百、数千、数万。

無限に続くかと思われた武具と魔法の大瀑布が止み、静寂が支配する。



――地形が一変していた。

 肥沃な黒い大地だった場所に深く、抉られた深く広い爪痕のような溝が縦横無尽に走り、さらに丸い砲撃痕の丸いクレーターがいくつも重なり、荒野と化していた。

 そして無数に散乱する武具の成れの果て。

 その中心にたたずむフェテリシアは――全くの無傷だった。


「――」
 エールゼベトが絶句している。
 手に持った魔導槍はぐぉんぐぉんと唸りつづけ、大量の魔力を放出している。
 古代魔導遺物の一つである神威槍ウリエル。古代遺跡で発見したそれは、魔力を大量発生させ、大規模儀式魔法級を単独行使することが可能な逸品。
その能力を全開にして実行した聖域構築、そして過剰火力といえる武具投射、塵ひとつ残さないはずの大規模攻撃が、まるで通じていない。

「く、まさか武具投擲を凌ぐとは。なんと強力な魔導遺物だっ、いまいましい!!」
「……」
「だが、その力も無尽蔵というわけではあるまいっ!! いくら強力な魔導遺物とはいえ、この“世界”全てを相手に出来るほどでは――」
「逆ですよ――この“世界”である限り、ボクのほうが有利だ」
 叫びながら武具を次々と生成していくエールゼベトの言葉をフェテリシアが遮った。
「なに?」
「この世界は魔力に満ちている。しかも“_無色《セキュリティのない》”の魔力が。現実世界ではほとんどないそれなら、ボクにも扱えるからね」
「は、バカな。魔法器官のないお前が魔法を扱うことなど出来るはずがない。魔導遺物を使っているのだろうがっ!!」
 もうフェテリシアは否定しない。ただ熱のない目で見ながらつぶやくように告げる。
「――魔法の本質は、“自分の意思を現実世界に具現化”すること」

 フェテリシアは淡々と言葉を続ける。

「帝国の魔法、つまり魔法器官による魔力制御法は、手段の一つでしかない」

その瞳に色はなく、声にもまた感情がこめられていない。

「何を云っている?」
「魔法を実現する手段は一つじゃない。ボクは帝国の魔法は使えないけど、最も古き魔力制御法なら、使えるんだよ」
フェテリシアが指先をついっと動かす。
 微かに光る八角形をした魔法防御盾が出現した。
「威力や効果はたいしたことはないけど、それもこれだけの魔力に満ちた世界でなら、数で補える」

 言葉と共に無数の八角形の防御壁が取り巻いていく。


「さらにいえば、魔力で形成したそれらの武具。|魔力支配《セキュリティ・ロック》がほとんどされていないから、支配権を奪うのも簡単だったよ」

足下に落ちていたひん曲がった剣を拾い上げる。
何事かをつぶやくと突如解けるように剣が分解されて地面にこぼれ落ちた。
魔力物質固定を解除されたのだ。
 唖然とするエールゼベト。
物質固定された魔力を、破壊することなく再び魔力化するには魔法使い本人か、それ以上の魔法制御能力をもった魔法使いにしか出来ない。

しかし、フェテリシアは固定解除をして見せた。
つまり、エールゼベトよりも魔法制御能力があると云うことになる。
帝国最強魔導師と呼ばれる自分よりも――

「そんなことが――あるはずがないわぁあああっ!!!!!!!」
 事実を認められないエールゼベトの怒号とともに、武具の大軍勢が再度空を覆いつくす。
 さらには同数以上の光熱線砲撃魔法陣が十重二十重に連なって展開していく。
威力だけなら、もはや“国落し”――戦略級魔法に匹敵する超火力がフェテリシアに照準を合わせ――

「わが眼前の敵を――滅ぼせっ、 《|奈落の混沌へと還れ《カオス・フォール》》!!!!」
 勢いよく槍を振り下ろす。
巨大落雷のごとき轟音とともに武具がフェテリシアに殺到する。

 フェテリシアがくすりと笑う。
「敵と――認めてくれたんですね」
 彼女の眼前に大量の魔法防御盾が出現し、武具と砲撃魔法の大軍団と激突して無力化していく。
 剣が砕けながら後方に吹っ飛ぶ。
 熱光線魔法が幾枚もの魔法盾を貫きながら減衰して消滅
 天空より一直線に突き立った槍が穂先から潰れながら大爆発を起こす。
 誘導光弾が魔法盾に弾かれて別の光弾と激突して大爆発を起こす。
 回転して飛来した|両刃戦闘大斧《バトルアックス》が激突して砕けて落ちる。

 フェテリシアが一歩を踏み出した。

 次々と飛来する武具ことごとくが展開された浮遊魔法盾にぶち当たって無力化していく。
豪雨のように降り注ぐ砲撃魔法もまた逸らされ反射され地面を融解し、砕けた武具を爆発させていく。

「生物は多かれ少なかれ、|魔力《ナアカム・マキア》を操る素養をもっている。それはこの身体に刻まれた、この星の刻印だから」

 剣電弾雨のごとき魔法と投射武具の嵐の中を、フェテリシアは悠然と歩く。
 膨大な破壊/破砕音が轟く戦場で、その声は奇妙なまでにはっきりと響く。

「ところが、帝国では魔法器官を通して制御することを魔法としている。しかも八大属性としてカテゴライズまでされている。魔力は本来は属性なんてない。だって、その方向性を決めるのは意思なんだから」


 武具が、砲撃魔法が暴風雨のようにフェテリシアに叩きつけられ、砕け散るガラスのように煌めきながら後方へと流れていく。

「願いを込めて、意思を持って魔力を操り実現すること。それが本来の魔法――!」
 飛来する剣を鷲づかみ、くるりと回して手首だけで投げ返す。
「ぬぐぉっ!!」
 完全には反応できなかったエールゼベトの真横を過ぎてから爆音が轟く。音の壁を越えたのだ。
衝撃波で彼女の身体が吹き飛ばされそうになり、ふんばる。

「この世界では、魔力支配権の奪い合いになる。あなたが絶対的に優位なんかじゃないよ?」

 至近の魔力しか操れないフェテリシアにとって、この世界はすべてが利用できる。
エールゼベトの|切り札《エース》は、フェテリシアの|鬼札《ジョーカー》だった。



「――いいだろう。貴様をわが敵と認めてやる」
 無表情になったエールゼベトがつぶやきながら、左腕の小型盾を構えた。
 盾の表面がスライドして内部機構が露わになる。
 握りこぶしほどもある紅い珠を取り巻く複雑怪奇な金属部品の集合体。魔導槍“ウリエル”と同系統の機構がきりきりと音をたてながら回りはじめ、やがて歯車がりりりりと高速回転を始める。

「――我が最大最強の戦力をもって貴様を殺してやるっ!!!」
 左手を掲げた。天空を覆い尽くすような巨大な魔法陣が現れる。それは光り輝きながらゆっくりと回り始める。
「天よ、怖れよ! 地よ、叫べよ! 海よ、哭けよ! 」
 濃密な魔力が光り輝き渦巻きて吹き上がる。
空間がきしみたわみ、歓喜の声を挙げる。

「神威召喚! 汝、その名を《|神装騎神《カイザーリンブルグ》》!!」

黄金の大瀑布が天空より落ちる。


それは、荘厳なる白金
それは、黄金の絶望
それは、無垢なる神威――輝ける巨人が降臨する。

「はははははっはっ!!! これこそが私の最終兵装!! これを使わせたことを誇るがいいぞ! 貴様が終わるまでの短い時だけでもなぁっ!!」
 エールゼベトが哄笑する。

 輝ける巨人が大地に降り立ち、巨大な盾を突き立てる。
その偉容、まさに神々の尖兵。
人面を模した頭部の口元が開き、神々しい光が放たれた。
それはエールゼベトとノーフェリを包み込み、空中を上らせて頭部へと導く。
エールゼベトは到着すると、ノーフェリを促して中に入る。
巨人の口元が閉じられる。

それらをフェテリシアは黙って見ていた。
表情はないが――見上げる瞳は少し鋭くなっていた。

不意に辺りが黄金色の輝きが広がる。
巨人の後背にまばゆい|輝円《ハイロゥ》が現れたのだ。
そして、巨人がゆっくりと四本の腕を広げて、巨大な剣を掲げた。
それはまさに神の偉容を体現したかのように神々しく、そして

『神々が最終兵器がひとつ! かつて七日七晩でこの大地を燃やし尽くした神意の体現者! ――貴様などには勿体ないが、真の力というものを教えてやろう!!!』
エールゼベトの拡大された声が轟く。

だまって見上げていたフェテリシアはぽつりとつぶやく。

「――逃げましたね?」
『なにぃ?』
 フェテリシアの言葉が理解できなかったエールゼベトが思わず問い返した
「この世界、バックアップを受けているとはい
え、それでも貴方の魔法だ」
フェテリシアが腕を組んだ。
いつのまにかその瞳に浮かんでいた感情は――哀れみだ。

「だけど、それはなに? 貴方が絶対的に信頼し、誇りとしていた魔法ですらない、それは。貴方は最後の最後で自分の誇りである魔法が信じられなかったということでしょう? つまり、その兵器に逃げたと云うことだ」
「貴様――っ!!!!」

神像巨人が脚を踏みだした。
轟音と地響きが轟き、土煙を巻きあげるが、フェテリシアは意にも介さない。

「その程度のことで、ボクは徹底的に否定されたんだね――ああ、笑うしかないよね」
 フェテリシアの口元が、目が歪む。
小さい笑い声がくつくつと周囲に広がり始める。
それはフェテリシアの喉の奥、腹の底から響いてくる。

「――いいでしょう。笑い話だというのなら、道化を演じて見せましょうっ!!!」

フェテリシアは両腕を広げて狂ったように哄笑する。
 彼女の足元に急速に巨大な魔法陣が広がる。
それは血よりも朱く輝き、ゆらゆらと光の粒を吹きあげる。

召喚……基本構造想定……周辺魔力子干渉……機構簡略化……製作工程省略!!

「出来上がれ、わが意の下に――っ! 《It’s a show time!》」

大地が鳴動する。
地響きを立てながら足元の魔法陣から黒鉄色のなにかががせり上がり、フェテリシアを乗せて一息に立ち上がる。

――それは、とても四角く、分厚く、そして巨大だった。

 長方形の巨大な頭?には、つぶらな四角い眼と、Uの字を二つ並べたような口が描かれ、額に光り輝く八角形に八号機(漢字)の文字
それは、まさにダ○ボー……もとい積み木の人形だった。

――とてつもなくダサかった。

そう、フェテリシアには致命的に絵心がなかったっ!!!

頭の横の取っ手に捕まりながら、フェテリシアが高らかに宣言する。
「|大鉄人計画番号28《グレートアイアンマン28号》、略してアイちゃんっ!!」

 ついでにネーミングセンスも致命的になかったっ!!


------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------

いつからシリアスだと勘違いしてた?>挨拶

この話は、基本コメディです。シリアスは長続きしません。


――ついてきてる?

 この章を延々とシリアスっぽく書いてたのはこのためでした。
 ここまで見捨てないでくれた読者様方なら、楽しんでもらえるだろうと思っております。(わりと本気)


いつの間にか5万5千PVを越えていました。
ここに投稿されている作品中では、大した数字ではないですが、それなりに読む方がいると思えば、もう少しがんばってみようという気になります。
今後もよろしくお願いします。



[37284] 第五章 帝都の休日 <9>
Name: 森河尚武◆cea74981 ID:49c8bf3b
Date: 2014/01/12 01:40
新作投下。
あいかわらずカッとばしますよ~。

------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------


『そ、そんなふざけたゴーレムで、このカイザーリンブルグに勝てるとでもいうのかっ!!!』
「え? いやぁ、勝つにしても勝ち方っていうものがあるから。だから、現状でもっとも穏便なの選んだんだけど……?」
あれ、なにかまちがえてる?とでも云わんばかりにフェテリシアは小首を傾げる。
それは、カイザーリンブルグを畏れるような態度では間違ってもない。
むしろ、これで充分だろうという意図が見え――
『ふざけるなぁああああああああっ!!!』
 エールゼベトが怒号をあげて、カイザーリンブルグが動く。
 爆発的な後塵を残して巨体が加速、双剣で斬りかかる。
「受け止めろ、アイちゃんっ!」

ごがぁあああああんっ!

『な、剣が折れただとっ!!』
振りぬいた姿勢のカイザーリンブルグから驚愕の声。
鈍色の巨人は両手をはっしと掲げて真剣白羽取りの体勢。

――双剣は|椀部《・・》で見事に砕けた。
椀部表面が凹んでいる。
ちなみに攻撃は唐竹割りではなく、両側からの首斬りだった。
 カイザーリンブルグは即座に後退。土煙を巻き散らしながら、200メートルほど後方の巨大盾まで。
しかしフェテリシア達は追撃する気配も見せない

「ありゃ、防ぐ場所間違ってるじゃない、だめだよ、もー」
 鈍色の巨人が器用に後頭部をかく。
「とりあえず、再生っと」
 ぽこんっっと装甲が元に戻る。

『く、ふざけおって!! 余裕のつもりかっ!!!』
 カイザーリンブルグ
 大盾裏の兵装架の電磁ロックが外れ、|巨大突撃槍《パイドルスピア》がカイザーリンブルグの手に渡る。


槍身が発光し、黄金色のエネルギーフィールドが固定化される。
ぐぉんと振り回して、モーメントバランスを変更、突撃状態に構えようと――。

「前方に突撃~」
 能天気なフェテリシアの掛け声が響く。
 どんっと空気が爆発する音とともに鈍色の巨人が加速、ずどどどっと足音を立ててカイザーリンブルグに迫る。

 意外なまでの俊敏さに、カイザーリンブルグは巨大突撃槍を構えられない。
「停止、パンチっ!」
 鈍色の巨人がずだんと震脚をもって急停止、後方に引いていた左腕から鋭いブローパンチを繰り出す。
大質量同士がぶつかる剛音とともにカイザーリンブルグの下腹部装甲が軋み、くの字に折れながらふっとばされる。

『ぐぉおっ!』『きゃぁああああ』
豪快に空中を回転しながら吹き跳ばされるカイザーリンブルグから悲鳴。中は超高速三次元運動式メリーゴーランド状態。
「追いかけて~」
フェテリシアの命令に従って、どたどたと追いかけていく鈍色の巨人。

墜落したカイザーリンブルグがごろごろと転がって停止したのを見ると。

「アイちゃん、キックだっ!」
命令通りにどごんっと踏み切って、跳び蹴りの姿勢。
質量不明ながらも数十トンは優に超える鉄塊である。直撃すればただでは済まない。
『うぉおおおおおっ!』
 カイザーリンブルグが吠えながら辛うじて避ける。直後、背後で大爆発。巨体がふっとばされる。
鈍色の巨人が大地と激突して大地にクレーターをつくったのだ。

 カイザーリンブルグが転がりながら、姿勢を無理やり起こし、左掌を向ける。
『調子に乗るなぁああっ!!!』

 掌に設置されている多連装砲門から大量の光弾が射出される。
3000発/分を超える掃射がフェテリシアと鈍色の巨人を襲い、次々と着弾した。
数十秒の掃射が続くと爆煙や土煙で覆い隠されてしまう。
そこまでになって、エールゼベトはようやく連射を止めた。

『ふざけおって!! 死ねと云ったら、そうやって黙って死ねばいいんだ!』
エールゼベトが吐き捨てる。
 生身を曝しているようなバカにここまで追い詰められ、エールゼベトは怒りが治まらない。
肩で息を整えていると

「――別に死んでませんけど?」
『なっ!』

 煙が晴れていくと、そこには顔の前で腕をX字に組んだ防御姿勢の鈍色の巨人。
多少薄汚れた程度で、ダメージはほとんどないように見える。

「まさか《30mmビームバルカン》程度で決着がつくとか……思ってないですよね?」
フェテリシアもまた鈍色の巨人の頭上で腕を組んで仁王立ちしていた。

『ぐっ、《ビームバルカン》が効いていないだと、くそっ、故障でもしているのかっ!!』
「単純に装甲が硬いだけですけどね。その三倍の威力はないと、キズも付かないですよ?」
『く、ならばっ!!!』

 カイザーリンブルグが背中の武装架からそれを掴み
『ぬぅんっ!』
気合一閃、斜め前方に構える。
それは、巨大な剣だった。カイザイーリンブルグとほぼ同じ大きさ。
剣身は分厚く、まさに鉄塊とでもいうべき代物。
『神罰大剣“力天使の聖断罪剣《ザ・ドミニオン・オブ・パワー》”。この世に斬れぬものなし――』
 刀身に刻まれた魔導文字が一斉に起動し、刀身が光り輝く。
『主転換炉、出力最大!!』
 装甲/関節部の隙間から黄金色の光が奔りはじめ、さらには余剰出力が紫電となって機体を包む。
膨大な魔力消費に応えるため、転換炉の排気タービンの甲高い高周波音が響き始め、機体制御弦力場が空間を軋ませはじめる。

エールゼベトは眼前の立体モニタの数値を見ながらタイミングを計る。すでに行動指示は入力済み。反応できない速度で叩き斬ればいい。
「うっぐぅううう、か、かあさま――!!」
子操縦席のノーフェリが魔力と魔道演算領域を絞り上げられて悲鳴を挙げているが、そんなものは無視している。
自分とて高負荷で体中が悲鳴を上げているのだ、それぐらい耐えろと怒鳴り捨てて出力調整と軌道算定に集中する。
アレを叩き潰す。
余裕の顔付で二やつきながらこちらを見ているアレを一秒でも早く消滅させる――っ!!!

『おおおおおおおおおっ!!!!』
 カイザーリンブルグの両肩翼が開き、高速気流を噴出。さらに地を蹴り超加速。
ただの一歩で音速を超え、ヴェイパートレイルを引きながら神罰大剣を一分の重心の狂いもなく大上段に構え
『私のプライドに剣を向け傷つけたこと、思いしれ――!』
神速で振り下ろす。

「――アイちゃん、迎撃!」
 鈍色の巨人が眼前まで迫った大剣の横を裏拳一発で豪快に弾く。
カイザーリンブルグは弾かれた剣に引っ張られて態勢を崩した。しかし、神速で大剣を手放し、肩口の気流推進機が起動、回避態勢に入ったのはさすがといえるが、それすらも上回った動きを見せたのはフェテリシアと鈍色の巨人だった。 
「よし、キックだ♪」
ぐぉんと巨木のような足が唸りをあげてカイザーリンブルグの腹部に命中する。もはや轟音と呼ぶのさえおこがましい衝突音と火花の大輪がまき散らされ、カイザーリンブルグの巨体が折れ曲がる、その瞬間――カイザーリンブルグの両肩部装甲が広がり、鈍色の巨人の両椀を挟み込んだ
いや、それは巨大な手だった。肩部装甲そのものが独立して稼働する巨大な手だったのだ。
さらにカイザーリンブルグの胸部装甲が開き、腕が現れて頭部をがっちりと固める。

『――捕まえたぞ。これでもはやちょこまかと動けまい!! 《インフェルノ・ランチャー》の獄火に焼かれて地獄へ落ちるがいいっ!!』

胸部装甲の奥、《インフェルノ・ランチャー》の砲口から粒子光が漏れ始めて射出態勢に入ったことを示す。
さらに各部装甲の要所に配された対人掃討用5.56mm口径レーザーが乱射される。
装甲が乱打されて大量の火花が散り、フェテリシアにも次々と命中するが、その程度では薄く張っただけの魔法防御フィールドですら貫けない。
 乱舞するレーザー光のなかフェテリシアがつぶやく
「――地獄? そんなの、とっくに通り過ぎてきたよ。――アイちゃん、後進」
『――なっ!!』
 指示に従って鈍色の巨人がカイザーリンブルグをもろとも後ろへ下がり始めた。
巨人二体という巨大質量にもかかわらず、その勢いは加速していく。
「アイちゃんのパワーをなめてもらっちゃ困るね。――放り出して」
『ぬぉおおっ!!』
ぐぉんと巨体を振り回すと、カイザーリンブルグの巨体が放り出された。
つかんだ腕たちはその加重に耐えられず外れたのだ。
 放り出された勢いのまま大地を転がり、大量の土煙が上がる。
その土煙を突き破って現れる鈍色の巨人。
「踏み潰し~」
 巨大な足がカイザーリンブルグの胴体を狙って振り下ろされる。
 どごんっと陥没したのは地面。
 それを転がりながら避けたカイザーリンブルグが大量の熱核ジェットを噴出、空中に跳び上がる。

『親を足蹴にするとは、ふざけるな、このクソガキがぁあああっ!!』

 高度を取ったところで、各部装甲が開き、積層多重屈折レンズ群が表に出る。

『魔法陣展開!』
カイザーリンブルグが両腕を広げてる。
 一瞬で天空を覆いつくす三次元立体魔法陣が展開され、煌めく輝点が大量に発生していく

『喰らい尽くせ――《天上劫――》』

「もしかして、飛べないと、思ってますかぁ? アイちゃん、飛行形態!」
鈍色の巨人の背中が割れた。
きゅらきゅら、がっちょん。
くるりとひっくり返り、巨大なタンク二つが表れる。
下部にはお椀型の偏向スラスターノズル。
「翔べっ! アイちゃん!」
ズドドドドッーーーー!
背中の化学ロケットが点火され、大量の噴煙を吹き出しながら巨体を打ち上げる。

『っ! が、遅い――喰らい尽くせ――《天上劫――》』
「ちぃっ! 一手遅いか! なら悪魔の禁じ手! 撃て、ロケットぱーんち!」
 ぎょいんと上がった腕に分割線が入り、羽が生える。
 そして大量の白煙を噴出しながら飛び出した。
巨大角材が空を駆け、カイザーリンブルグに命中する。
『ぐぉっ!』
カイザーリンブルグが姿勢を崩し、魔法展開が一時中断される。
 命中した角材はくるくる回りながらどこかに吹っ飛んでいく。
「真空飛び膝蹴り~」
 そして空中姿勢を崩したカイザーリンブルグへ、飛び上がってきた鈍色の巨人の折り曲げた短い脚が叩き込まれる。
『ぐぉぉおおっ!』『きゃああぁっ!』
 仰け反って縦回転しながら地上に激突する。
かなり離れた場所に、鈍色巨人もまた見事な四点着地を見せ、ゆっくりと立ち上がる。

「さぁ、|宴《カーニバル》はこれからだよっ!」
腕を大きく上に広げながらフェテリシアが叫ぶと、鈍色の巨人がファイティングポーズをとり、腕の先をくいくいっと曲げる。

『な、舐めるなぁっ!!!』

魔法構成を再構成し、大量の砲撃を放つ。
さらに両掌からも30mmレーザーガトリングを乱射。

「「「「あははっ! せっかくの巨大兵器同士の戦いに、飛び道具とか無粋だねぇっ!!」」」」
 鈍色の巨人が分裂して、それらの砲撃を回避する。
『分身なぞっ! 私には効かぬわぁ!!』
背面の武装架から大剣を引き抜き、接近してきた巨人の一体に叩きつける。
「効かないのは承知済み~」
 その剣を右腕で受け、さらに空いた手で頭部を掴み
「うっちゃりっ!!!」
 そのまま地面にたたきつける。
地面に陥没をつくりながら、カイザーリンブルグ地面を転がりながら跳び上がって、トンボをきる。そしてどうじに大量の光弾を放って牽制、距離を稼ぐ。
フェテリシアは、光弾を縦横無尽に回避しながら、攻撃の機会をうかがう。
 鈍色の巨人は轟音と巨大な足痕を残して見た目に反して機敏にさける。

「よし、覚悟を決めて、つっこめぇ~!」

 フェテリシアの指示に従って鈍色の巨人が突撃を開始。
『バカめ! これだけの魔法を喰らえばただで済むはずがなかろうが!』
「がんばれ、アイちゃん!」
鈍色の巨人は攻撃魔法をその分厚い装甲で弾きながら、ずどどっとけたたましく突撃する。
『く、これでも喰らえぇ!』
カイザーリンブルグが持っていた大剣を脇にし構えて、大きく脚を踏み出した。
地面が陥没し、膨大な土砂を巻き上げながら神像巨人は大剣を轟っと振り回して鈍色の巨人を狙う。
「アイちゃん、パンチだっ!」
「ま゛」
 機敏な動きでステップを刻みアッパー気味の左フックで、刀身を叩き上げた。
 カイザーリンブルグは軌道を変えられた巨大剣に振り回されてたたらをふむ。
「アイちゃん、パンチだっ!」
「ま゛!」
 右フックで頭部を打ち抜かれ、カイザーリンブルグが姿勢を崩す。
接触した装甲同士で火花の大輪が咲き狂う。大質量同士で衝突したために防御力場が反応しているのだ。
『舐めるなぁっ!!』
崩れた体勢から掬い上げるようなアッパーを放ち、鈍色巨人が防ぐ。
同時に大量の直射砲撃が降り注ぐ。
装甲表面で弾かれ、散乱して爆発しながら互いに一歩も譲らすパンチ/キックの応酬を続ける。
轟音と火花と魔法が飛び交う巨人達の宴。
 先に変化が現れたのは、カイザーリンブルグの方だった。
『ぐっあ…あ゛あ……い゛ぎっ!』
「ちょっと、ノーフェリの悲鳴がこっちまで聞こえるんですけどっ! 魔法回路の動作効率上げすぎてんじゃないのっ!!」
カイザーリンブルグの大剣をパンチで弾き、カウンタを叩き込む。
弾かれた大剣が軌道を変えて、鈍色巨人の頭部へ吸い込まれて轟音を立てて装甲をへこませる。砲撃魔法が絶え間なく降り注ぎ、装甲が弾き、フェテリシアの防御盾が忙しく弾き続ける。。
『は、それくらいしないとパワーが足りんっ! ノーフェリが心配なら、さっさと死ね!』
いったん後退したカイザーリンブルグが掌の30mmレーザーバルカンを乱射し、くわえて直射砲撃魔法を数十本、斉射する。
それを左右に回避しながら、避けきれないものは装甲で弾いて接近する。

 パンチとキックの近接戦主体の鈍色巨人に対し、カイザーリンブルグはとにかく大量の魔法砲撃を投射し続けている。
ファンクションタービンは全力で稼働し、転換炉もまた大量のエネルギーを放出している。
その転換エネルギー源の一つは魔力だ。しかしカイザーリンブルグには魔力を集める能力が無いため魔法回路により魔力を集めているのだ。
戦闘に集中しているエールゼベトではなく、子操縦席にいるノーフェリに負荷がかかるのは自明だった。
『ガキは親の言うことを黙って聞きゃいいんだよっ!! 死ねと云ったら死ぬのがいいガキだっ!!』
「死んだら終わりでしょうがっ!! だいたいノーフェリはいまはゴルド家の跡取りじゃないのっ!!」
『は、元凶が云うかっ!! ガキなんぞ死んだって、また産めばいいっ!! うるさい、黙って魔力演算してろっ!!』
後半はノーフェリに向けて怒鳴っていた。

(本気だ、殺しても構わないと思ってるっ!!)
フェテリシアは冷たい汗が流れるのを感じていた。積極的に害したいとは思っていない彼女にとって、たとえ的が自分の味方を殺しても後味が悪い。
(どうする? 多少強引にでも攻める、か!?)
 アイちゃんの装甲に心配はない。
ただ、あまりに圧倒的に勝った後の方がめんどくさそうだった。
プライドの高い母が自殺でもしそうな気がしたからだ。それは後味が悪すぎる。
そのためのアイちゃん仕様だったが、それ故に決定打に欠けてしまったのは、さすがに予測できなかった。
(ノーフェリのほうを優先した方がいいか。じゃぁ、覚悟を決め――!?)


――突如“世界”が割れた。

 空が割れ、大地が消し飛び、魔法構成もなにもかを吹き飛ばした。
光も熱もなく、ただ風がなにもかも吹き飛ばす。
『うぉおおおっ!』『きゃあああああっ!』
「うぶううううっ!!」
カイザーリンブルグも、鈍色の巨人もまとめてなぎ倒す。


風景の一変した。
周囲は闇に沈み、銀色に光り輝く砂丘が広がっている。
空にはおそろしく滑らかな銀盤のような巨大な円月が出ている。

『ぐぅう、な、なんだ一体……』
 カイザーリンブルグが軋みながら機体を起こす。

「あいたた……んっ? あれ、魔法制御がうまくいかない……? あ、やばっ!!」
フェテリシアが頭を振りながら上半身を起こしながらそれに気がついて、慌てて避ける。
 どごんっと巨大な装甲板が彼女の横に落ちる。
鈍色の巨人の装甲が次々と崩壊していく。

中から表れたのは巨人騎士。
ヒトの体型をさらに絞り、鋭角の効いた優美な黒い艶やかな装甲。

『ようやくロックが解除されました。まったくマスター、非道いですよ、この偽装装甲プランがキライなの知っているでしょう』
表れた巨人騎士は装甲の随所に緋色のラインが入っている。
そして、なによりも特徴的なのは頭部にある緋色に輝く|二つの目《デュアル・アイ》。
「いや、|それ《・・》を出しちゃったら勝負にもならないからさ~、わかってるでしょう、ウィル」
『まぁ、それはいいとしても応答機能を停止させなくてもいいじゃないですか。というか、せっかくの登場がこんなぐだぐだなんて非道いじゃないですか』
「いや、そもそも使用予定無かったから」
『き、さま……それは、まさか……』
 カイザーリンブルグからの声が震えている。

「ああ、大丈夫だったんだ」
『それは、まさか“朧影騎士”かっ!!』
「うん、まぁそうですね」
『その機体、|返して《・・》もらうぞ!!』
「は?」『何云っているんですかねぇ』
 エールゼベトが何を云っているか理解できないフェテリシア主従。
しかし、エールゼベトからすればそれは自明の理であった。
『そんな貴重なモノを貴様に与えた覚えはない!』
「……ああ、子のものは親のものという論理かなぁ?」
『あいかわらず、頭おかしい人が多いですね、帝国人にも』
「云わないで……元とはいえ、ボクもいちおう帝国人……」
『失言でした、すみません』
主従の言葉なぞ耳にも入れずにカイザーリンブルグが立ち上がり、腰を沈めた。
フェテリシアも困りながら、迎撃態勢をとろうとしたところで

~♪~♪~

どこから郷愁あふれる単調なメロディが流れてくる。
ぱたぱたぱた……単気筒エンジン独特の単調なエンジン音が響いてくる。

それは月光に照らされた銀色の砂丘を原動機付き自走二輪車で走ってくる。
 丸いライトに風よけのカバー。ワイヤスポークの大きめなタイヤに直管マフラー。
遙か太古に全世界で数え切れないほど生産された超傑作二輪車にまたがり、美しい銀髪をなびかせて、それが走ってくる。

 ぼーぜんと見ているフェテリシアと、油断無く構えているカイザーリンブルグの近くまで来るとそれは、とうっっと掛け声をあげて、跳びあがた、|いつの間にか《・・・・・・》|出来ていた《・・・・・》高い柱の上にすたっと着地した。

ふるんと振った短い紺色スカートの下からは、なぜか猫のしっぽ。
紺色のワンピースにたっぷりのフリルが付いた白いエプロン。

|月光《・・》に煌めくウェーブのかかったプラチナブロンド。
その上にぴょこんとたつ三角形のなにか。

それは、腰に手を当てて、にゃははははは、にゃははははははと高らかに笑い声をあげる。

そして、上半身を捻って、ずびしっと指先を突き付けてポージング

「|“第二の月”《セカンド・ムーン》はなんでも見ているにゃ!!」

――その瞬間、空気が人類が到達した最低気温の記録を超えた。

そして突きつけた指先は、まったくの明後日の方向だった。


------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------

――ついてきてる?

というわけで謎の残念ヒロインが登場
というか、残念でないヒロインがいるのか、この作品?
実はノーフェリがいちばんまともな子かもしれない……






[37284] 第五章 帝都の休日 <10>
Name: 森河尚武◆cea74981 ID:ab000e10
Date: 2014/02/02 01:03
今回で第五章終わらせるつもりだったのですが、また詰め込みすぎて終わりそうもなくなったので分割……


----------------------------------------------------------------------------------------------------

Almanac Flagments 3th VS Almanac Flagments 8th
Process Filed presented by TAKAMAGAHARA,UN-FORCE

――All READY?

“事象演算開始”
“全ての事象は我が意の下に。我が身に哀れみを”

“事象演算開始”
“全ての事象は演算の下に。我が身は既に絶望の果てに”





――|それ《・・》はとても場違いな格好をしていた。

 胸元の大きく開いた紺色のワンピースにたっぷりのフリルが付いた白いエプロン。
 ちなみに褐色の双丘が布地を押し上げてぱつぱつだ。
 紺色の短いスカートの下からは猫のしっぽを模した飾りががふにふにと。
 白いフリルと紫紺のリボンの飾りが付いた黒タイツは、なぜかふとももの途中までしかなく、ガーターベルトで止められている。
足下には艶やかな黒のショートブーツ、側面に紫紺のリボンがあしらわれている。
目元は透明度の高いバイザーで覆われている。長いプラチナブロンドを背中で束ね、その頭の上には三角形のネコの耳を模した白いフリルつきヘッドドレス。

――いわゆる、ねこみみミニスカメイドだった。

 高い柱の上で、びしっとポージングを決めたねこみみミニスカメイドの美女。その指先は――明後日の方向だった。

おいおい、と皆が思った。

 ねこみみメイド美女は指先をフェテリシアの方に向け直して、何事もなかったかのように続ける。

「AMATERASU無断侵入にルールのない“劇場法則世界”の使用、絶対ダメにゃ! そんな悪い子には、このマヂ狩る☆メイド ムーンライト仮面が|“第二の月”《セカンド・ムーン》に代わって、ぶっコロ――お仕置きだにゃ!」

にゃーはっははっ!と柱の上で高笑いするマヂ狩ル☆メイド。

空気が、大氷原と化した。
誰もなにも云わない。云う気が極限まで削られていた。

 仕方なく人工知能ウィルが声をかける。
超高性能AIなのでギャグも解するし空気も読めるのだが、あえて読まないことにしたのだ。

『コード=サード少佐……なんですか、その恰好と語尾?』

ねこみみメイドがビキリっ!と凍りついた。顔は高笑いのカタチのまま。
氷像から数秒で復帰すると慌てて取り繕う。

「ち、ちがうにゃっ! わたしはマヂ狩ル☆メイド ムーンライト仮面! “第二の月”からのお仕置き人にゃっ!!」

『……|敵味方識別信号《IFF》が、コード=サードのままなんですが』

 ねこみみメイドがずがーんと顔を青ざめさせ、両手両足を下についてうなだれる。

「おおおおおお……このナオミ・コード=サード、い、一生に三度目の不覚……っ!」

 二回も不覚をとっているんかいっ!と、皆の心の声が一致した。

「し、しかたないのにゃっ! これは、ちょっと緊急対応任務をさぼってにゃんにゃんしてたら緊急事態が起きちゃったもんだから罰なのにゃっ! 好きでこんなことするわけがないのにゃ!」
 がばちょと立ちあがった妙齢のプラチナブロンドの美女がわたわたと反論して、びしりとフェテリシアを指差した。

――演算進行中。
1,000,000,000,000
1,000,000,000,000,000
1,000,000,000,000,000,000
1,000,000,000,000,000,000,000
……


「コード=オクタが緊急事態起こさなければ、なにも問題なかったのにゃ!」
「いや、問題あるでしょ」
 思わずつっこむフェテリシア。
『むしろ問題しかないようですが』
「にゃんとっ!! AIにまで否定されたにゃっ! にゃんてこったいっ!!」
 がっくしと肩を落として悄然とする。ちょっと足元の小石(ありません)をけっぽるふり。

「だがしかしっ!」
九×八!と目(バイザー越し)を見開き、両手を高く掲げる。

「天はわたしを見放さずっ! いまのわたしはマヂ☆狩ル・スーパーメイド! 華麗に大・惨・状!」
 ねこみみメイドの背後で、どどーんっ!と五色の爆発煙が広がる。

「“|第二の月《セカンドムーン》”の名の下にこれを執行す。ゆえにワタシに罪なしっ!」
「そのこころは?」
「|それはそれ《緊急対応ばっくれ》、|これはこれ《マヂ☆狩ル》にゃ」

「おまえら、口がわるいにゃ!?」『論理にもなってませんね』「むしろヒドさに拍車が……」

――? 

――演算進行中。
1,000,000,000,000,000,000,000,000
1,000,000,000,000,000,000,000,000,000
1,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000
1,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000
……

「だが、へこたれないにゃ! 正義はワレにアリ。にゃぜならば、ここに至高の|免罪符《命令書》があるのにゃーっ!」
 ばばーんっ!と提示されたのは三つ折りの機密用紙(A4)。ぱらりと広がったそこには墨痕鮮やかに。

『ヤってよし! レイ(署名)』

大巫女の署名入りの最優先命令書だった。
「ちょっとまてーーー! 曖昧すぎるでしょ、いくらなんでもっ!」
「だいじょうぶにゃ。これをもらったときにちゃんと確認してるにゃ。ナニしてもいいとっ!!」

「あるのにゃーーーーーっ!!」「そんなわけあるかーーーー!!」

――?? 

――演算進行中。
1,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000
1,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000
1,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000
1,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000……


ふっふーんと二枚目の機密用紙がぱらりと広がる。
そこには

『ほんと レイ(署名)』

「ちょっ!? どうしてっ!?」

疑問に答えている機密用紙に焦るフェテリシアに、ぱんっ!と三枚目の(以下略)。
筆よ折れよとばかしに極太の墨痕が用紙いっぱいに書かれている。

『も・り・や・が・っ・て。――小娘が。 レイ(署名)』

「……貴女いったい何をしたの? 激怒してるわよね、大巫女様……」
 ナオミが思わず素に戻ってたずねる。口元が引きつっている。

「――え、ちょ、まさかっ!?」

一瞬だけ思考が空白になったフェテリシアは、知らずに自分の胸に手をやった。

――|事象演算エラー《・・・・・・・・》、|再開《・・》……

そこには、たしかな乙女のふくらみ。
こっそりとひそやかに設定をほんのすこしだけいじったのだが、それはほんのちょっとだけだというのに――

……

――演算進行中。
1,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000
1,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000
1,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000
1,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000……

…………
「超古代の極東島国ニッポニア文化の真髄、まごころをキミにっ! これぞ『や・つ・あ・た・り!』にゃっ!」
 ねこみみメイドが目を伏せ豊かな胸のまえで祈る様に手を合わせて宣言する。
「サイアクだ、この人っ!」
『開き直りましたね』
「ふっ! その心にドスドス突き刺さる言葉もこのムーンメイド仮面には問題ないにゃっ! にゃぜならばっ! 至高の|免罪符《命令書》がここにあるのにゃーっ!」
すぱんっと三つ折りの機密用紙(A4)を広げる。
ぱらりと広がったそこには墨痕鮮やかに。

『ヤってよし! レイ(署名)』

大巫女の署名入りの最優先命令書だった。

「そこでお前は“あの人、なに考えてんですかーーーー!!!”と云うにゃ」「あの人、なに考えてんですかーーーー!!!」

――?! 凍りつくフェテリシア。

――演算進行中
1,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000
1,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000
1,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000
1,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000……


『……フェテリシア、どうしました?』AIであるウィルは判らない、認識できない。いま『現実世界』がどうなっているのか。
「あ……ま、さか……事象多重化……」「とっくの昔にになっているにゃ?」
 呻くようにつぶやいた言葉に、ねこみみメイドは当然と続けている。

“世界”が多重化していた。
無数の世界が同時に重なり合う事象多重化、事象を同時に認識する彼女たちにしか判らない。

――事象は計算結果の集合体であり、この世のすべては超速度の演算器によって再現できる――はるか古代にそう考えた理論科学者がいた。

ならば、計算結果を現実にすることも可能なのではないか?
すなわち演算結果が現実/事象となる――そう提唱した理論科学者グループがいたのだ。
ニュートン物理学上の事象を、演算で完全再現に成功した科学者達が定めた新たなる高み。
結果としてそれは成され、事象演算理論が生まれた。
それは文明が発達していけば必ず生まれる科学理論の頂点。
そしてそれは最終兵器“事象操作転換器”へと必ず至る。
確率操作、因果の逆転といった事象操作を可能とし、超光速戦闘すらも可能な万能超兵器。
それをカタチとしたのが天塔騎士だ。
事象操作が可能な天塔騎士同士の戦闘は、演算量の差で決着すると云ってよい。
彼女たちの演算は現実の事象を左右し、自分に有利な状況を構築する。
演算量が同じならば相殺されて、現実に影響を及ぼさない。
そして天塔騎士の演算性能に個体差はない。
このため演算戦ではなにも発生しないことも珍しくないのだ。
逆に何らかの方法で演算量の差をつけられれば、盛り返すことは絶望的だ。
正攻法では追い付くことは不可能だからだ。

ゆえに天塔騎士同士の戦闘は常に超心理戦になる。
心理的に優位に立ち、相手の演算をピコセカンドでも停めてしまえば差が出るからだ。
精神的優位を得る手段として他者とは違う特技を持つ。
たとえば惑星を斬る剣術、たとえば天使と悪魔の階梯料理、たとえば百合を愛でる……


「にゃははははっ! すでに事象多重化は収斂しつつあるにゃ。この改変事象世界の神にワチシはにゃるっ!!」

 事象演算とはつまるところ現実を自分の都合の良いものにする『魔法』である。
 そして天塔騎士同士が戦うということは、自分に都合の良い現実の押し付け合いだ。自分に有利になるように現実を修正していくことだ。

フェテリシアとねこみみメイド美女はとっくの昔に戦闘に突入していて、よく似た問答が同時にされていたのだ。事象演算と同回数の。
そのすべてを無意識下で認識しながら、相手より有利になる様に互いの演算現実を押し付け合っていたのだ。

――そして、その多重化現実が収斂していく。


「“ま、まだ世界は収斂してないはず”」「ま、まだ世界は収束してないはず!」

「“演算速度はボクだって同等なんだ”」「演算速度はボクだって同等なんだ」

「“たとえ演算現実が現実になっても、まだ戦える”」「たとえ演算現実が現実になっても、まだ戦えるっ!」
発される言葉が異口同音、フェテリシアが絶望的な表情になる。
彼女の発した言葉まで重ねて見せたということは、演算現実が現実にとって代わっているということを意味する。
現実はすべてねこみみメイド美女の事象演算内にあるという絶望的な状況。

(――絶望? そんなのいつものことじゃない)

この五年間、絶望していないときがあったか?
フェテリシアは口の端をつりあげた。

(絶望したら戦えない? そんなわけがあるか!!!)

「全ての事象は、ワチシの演算内にあるっ! さぁ、おとなしく我がモノとなれ、フェテリシア――!!!」
 ねこみみメイドが高らかに決めた、その瞬間。

『この最強の敵を眼前にしてしゃべくる愚か者どもが!!! 死ねぇ――《|神魔必滅天地終焉砲《ジェノサイド・インフェルノ・ランチャー》》発射!』

天塔騎士同士の戦闘で、完全に無視されていたエールゼベトが、カイザーリンブルグ最大最強の兵装を完全開放した。


----------------------------------------------------------------------------------------------------

あんまりお待たせするのもと思ったので。
最近は感想もこないし、PVも伸びてないので、読者も離れていっているんだろうなぁ……

とか思っていたら、6万PVを越えていました。どうもありがとうございます。

今後もマイペースで進めていきますのでよろしくお願いします。



[37284] 第五章 帝都の休日 <11>
Name: 森河尚武◆cea74981 ID:ff02463d
Date: 2014/02/24 22:39
仕事が壮絶に忙しい……。(半分死んでる)





さて、本気でかっとばします。
何十人脱落するでしょうか。(何百?)←真剣

1014/2/23 初稿投稿
2/24 一部改稿

----------------------------------------------------------------------------------------------------

『この最強の敵を眼前にしてしゃべくる愚か者どもが!!! 死ねぇ――《|神魔必滅天地終焉砲《ジェノサイド・インフェルノ・ランチャー》》発射!』

 叫び声と共にカイザーリンブルグの胸部にある巨大な砲門から膨大な荷電粒子束が渦を巻いて発射される。
フェテリシアたちの会話中にエネルギーチャージをしていたのだ。

禍々しく凶悪な光の束が、全てを焼き尽くさんとフェテリシア達に迫り――


「わたしのモノとなぁああれぇぇええっ!!!」
「全力でおことわりぃぃぃいいいいいっ!!!」

――演算世界群が激突する。



 剣は瞬息。
 息を吐くその瞬間、ただの一足で間合いを割った。
剣が振り抜かれ――。
ねこみみメイドはその反応を上回る。
 剣を弾きながら前進し、肘を打ち込みフェテリシアは弾かれてた剣を手放して肘を抑えて膝を打ち上げメイドが肘打ちの回転力を利用して外側に回り込んで脚を払いフェテリシアがその足を踏みつけようとして反応したメイドが手首の宝珠からレーザーを撃ちフェテリシアが弾かれた剣で反射――
メイドが事前にばらまいていた手りゅう弾がさく裂する寸前にメイドを盾にして、むんずとフェテリシアを掴まえたメイドがバックドロップするのを半回転して足から落ちて手りゅう弾を踏みつけて不発お返しに小刀を胸に突き刺そうとしたらぶるるんと超振動する爆乳で弾かれ畜生と血涙を流して騎士服の足裾をつかまれて咄嗟に転がるとズボンが破けて脱げ――(略)――

 無数の可能性が演算され廃棄されていく。
互いが望む世界を現実化すべく、演算がさらに加速する。
超々高速演算が“世界”を創る。

――戦場が瞬間沸騰する。
 人間の反応速度など事象の彼方に置き忘れた人外速度で二人は対抗する。
仮想物質で瞬時製作された電磁誘導式12.7mm亜光速ガトリング銃の実体弾掃射。秒間三十万発の|重元素金属嵐《メタルストーム》は、地を這うように旋回するねこみみメイドの背後へ面白いように外れ、物理法則を無視した切り返し機動により突如反対方向へと出現する彼女が、脇の下に出現させた30mm電磁誘導式臼砲を発射、融解するアルミニウム蒸気が爆薬となりフェテリシアの視界を覆いつくし背後の上部から88mm電磁誘導式滑腔砲を撃つと出現ポイントをずらしたねこみみメイドが左手に持った無誘導ペンシルロケットランチャーを一斉発射二液混合式液体ロケットのそれが射出されるより早く、フェテリシアがきゅるんと回り込むと同時に亜空間から引き抜いた近接格闘用ライフルを叩きつけると銃身棍とメイドの打撃盾が激突して、小柄な彼女が押し返され――

「あんまりにゃめんなよっ!」
「そんなわけねーですっ!」

|自分ごと《・・・・》掃射する。
12.7mm亜光速ガトリング銃総勢12基、秒間660万発は瞬時に空間を埋め尽くし、刹那の差で悠々と回避するねこみみメイド。光速の90%以上の速さで動ける彼女たちにすれば、たかが光速の数%でしかない亜光速弾なぞ見てから回避が出来る。
しかし、それはどちらも織り込み済。


 身体の向きを入替え、跳び退る。同時に超兵装群が亜空間より展開される。

 フェテリシアの背後に8基の亜光速戦闘対応型万能機動砲塔が異相空間より出現する。思考脳波誘導方式の超々高速無人戦闘機だ。
そして同じ数がねこみみメイドの前にも出現。
同仕様・同性能である以上、フェテリシアが持っていれば彼女も持っている。
「いけぇ、|万能機動砲塔《フィン》たち!」
「迎撃にゃっ!」

――激突する。
 重力制御の余波たる重力震の尾を曳きながら上下左右縦横無尽にめまぐるしく三次元機動、直線から直角ターンをかまし機体を錐もみ回転しながら重粒子ビーム弾を撃ち合い、何千何万何億と交叉する。
機動・弾道予測プログラムにより、互いにかすりもしない。プロセッサは射撃は効果がないと判断、範囲攻撃に切り替える。一発で大陸が崩壊する反応弾が連弾発射され、同数が激突、対消滅して上位次元に吹っ飛び、多数の粒子ビームがめまぐるしく曲線軌道を取りながら激突と減衰を起こして互いを食い合って消滅。
同性能がゆえに互いに完璧な防御を繰り返す。
16基の機動砲塔が熾烈な機動空戦を繰り広げる直下でさらなる大規模攻撃。
ねこみみメイドを包囲するかのように亜空間から亜光速ミサイルが射出される。
その数12基。
仮想展開カタパルトで光速の50%まで加速された重元素芯貫通ミサイルは空間歪曲のリング状痕を多数残して、さらに重力制御ブースターにより加速。
こんな零距離戦闘では射出と着弾が同時という極小の時間差の中、反応は須臾すらも超えて、先読みで既に射出されていた単分子ワイヤーが弾頭部を切断、さらにワイヤーに張り付いていた虚数重元素によって対消滅が起こり、上位次元まで貫いた次元破孔が生まれる。そこに亜光速ブースターが飛びこんで爆発、次元破孔を歪めて消滅させる。
余波は二人が展開していた空間確率制御により、微風以上の影響を与えない。
|命中した未来を演算してから《因果律の上書き》発射したにもかかわらず、結果は外れ。
因果律の上書きは先にした者が敗ける。未来からの上書きを止める手段は存在しないからだ。無限に繰り返した末に元に戻ることになる。
すなわち、天塔騎士には飛び道具などまず命中しない。最悪でも命中する因果を書き換えてしまえばいいからだ。
逆に云えば、回避可能な未来が存在しない飽和攻撃ならば命中する。普通には不可能でも天塔騎士ならば可能。ゆえにフェテリシアは行っている大量掃射攻撃は、破片と弾丸で戦場を飽和させて回避経路を丹念に潰していく。
なにせ光速の数パーセントという極速の物、当たればさすがの天塔騎士といえども無傷ではない。回避するのにも演算を必要とするし、まして瞬時再生でもすれば、もっと削ることが出来る。
ゆえにフェテリシアはただただ攻撃あるのみ、
とにかく手数で牽制して止めの一撃で決める、と決めた。

|“世界”《地球》が数千回破壊される威力の爆弾やミサイルが飛び交い、巨大な山脈を吹っ飛ばす砲撃が何千と交叉する。
生成されたモノポールが多数射出され、浮遊物質と衝突してエネルギー衝撃波に変換、逆位相のそれによって差し引きゼロとされる。飽和したエネルギーは大量のナノマシン生成に使われ、地表寸前に不可視の対抗障壁が形成されて、あらゆるエネルギーを上空へと逃がして、オーロラを形成する。いま宇宙から地表を見れば、巨大な噴火のようなオーロラが見える事だろう。

もはやこの時代の人間にはとうてい理解出来ぬ神代の戦場がそこに。

 迎撃と攻撃が無数に繰り返されて激突、威力は相殺されて確率制御の雲が微風以上の結果を出させない。

「にゃはははっ! この超々機動幻想妖精たるわたしにミサイルなど無駄無駄無駄ぁああああっ!!!」
「やっぱりだめかぁああっ!」

 この結果は視えてたから予定通り起動させる。
ここまですべて布石。ほんのわずかな距離を稼ぐ必要があったから。
最速で思考が現実化する。
イメージは剣、物質創成、自分を象徴する幻想をもって形とす――

“極度に発達した科学は、もはや魔法と変わらない”

神代の科学予言者が遺したこの言葉に、この超兵器は到達していた。

 刹那で完成する人類の到達点、最終最後の超武装――世界を叩き斬る万能事象制御器《森羅万象自在剣》――それが二振り出現する。

「まさか、わたしにできないとはおもってにゃいよなぁあああっ!」
「そんなの当然だとおもってるわぁあああーーーー!」

 互いに自分の身長よりも巨大な剣を、構えもせずに踏み出して斬る。
有象無象の区別なく次元ごと叩き斬る重力子制御剣が鍔迫り合い、局所重力変異を起こして空間が歪み――
フェテリシアが撃った鏡面反射仮想物質爆弾が同威力の反鏡面反射仮想物質爆弾で相殺されて微風すら起こさないまま終わる。

「フェスの攻撃は全て直観済みにゃっ! 何をしても無駄無駄無駄無駄無駄っ!!」
「まだ! まだ負けて――っ!?」

 凄まじい悪寒がフェテリシアの背筋を閃光のように駆けた。
ねこみみメイドのバイザーが透けて、“眼”が|視える《・・・》。
極限まで黒く澄みながら、粘着質な視線/感情が放射されてくる。。

さぁ、わたしのものとなれ、フェテリシア・コード・オクタ―――!!!!!!

「っ!!!!!!!」
極度に圧縮研磨された極限の感情がフェテリシアを総毛立たせる。


――全くの同性能である天塔騎士同士における戦闘の真髄とは、精神攻撃だ。


 重力偏差がフェテリシアの演算から少しだけずれた。

ほんの、極些細な誤差とも云えるズレ。
しかし、準光速戦闘中では致命的。
剣の引きがわずかに遅れ、局所重力制御の重なりが微かにずれて――
ドミノ倒しのようにあらゆるズレが連鎖肥大化していき、確率制御虚源力場にほころびが生じる。
ほころびが生じることを判っていたかのように、迫りくる並行次元連結型拘束単分子鎖の大群がすり抜けてフェテリシアに直撃する。

その“結果”が観える。故に回避のための演算

「な――っ!!」

何万何億何兆――回避できない。
無数の道筋をたどるというのに必ずその結果に収束する。
まるで特異点のように。
 演算結果の全てがそうなり、フェテリシアの超直観でさえもその結果しか観えない。
それはどうやっても回避できなかった演算世界。
収束確定したがゆえに具現化する。

 刹那で完成する鎖に手足を縛られた半裸少女騎士の像(命名:マヂ狩ル☆メイド)。

途中経過を全部省いて結果だけが現実化したのだ。

「同じ性能なのに、ぜんぶ迎撃できるなんてどんだけーーーーっ!」
「にゃはははっ! 経験が違うのだよ、経験が! わたしに勝とうなんざ、56億7千万年早いにゃっ!!」
「わーん、やっぱり年増には勝てないのかーーーっ!!」
「にゃんだとぉおっ!! 永遠のハタチににゃんてことをいうかー!!」
「へっへー、ボク15歳だもんっ!! ハタチでも年増も年増、大年増だねっ!! やーい、おばちゃん! イカズゴケー!!」

――繰り返すが天塔騎士同士における戦闘の真髄とは、精神攻撃である。

 さて、ここまで長々と書いてきたが、実際に起きた現象はこうである。

なんか二人で罵りあっていたら、突如鎖に絡まれた少女の像が完成して、低レベルな舌戦をしている。

何を云っているのか判らないかもしれないが、起きたことをありのまま書けばそういうことである。

地球を破壊できる超兵器の撃ち合いは演算だけで、演算結果の押し付け合いでフェテリシアは敗北し、最期だけが現実化したのだ。

 そして読むだけで5分はかかる行動を、1秒以下で行うのが、天塔騎士である。


子供のケンカよりレベルの低い舌戦を繰り広げている横で、呆然自失している者が一人いた。

『な、なにが、起こったのだ……?』

 発射された荷電粒子束は、数十メートルも進まないうちに掻き消されるように消滅した。

――天塔騎士たちの凄まじく低レベルな舌戦の背後では数垓を超える世界演算がされ、惑星破壊規模の超兵器を撃ちあって互いを落とそうとしていた。
それらはただの演算だが、現実と同じレベルで仮想再現する演算はもはや並行世界と同じ。
何度もなぞられ積み重ねられた演算世界はどこかの時点で優位性が確定し、その瞬間に現実となるのだ。

しかし、それは重複並行次元が認識できない者にはまったく判らない。
ただの舌戦を繰り広げているだけにしか見えないのだ。
 膨大な演算による超高密度重複仮想演算が持つ圧力の前では、ただの荷電粒子束など蟷螂の斧よりも無力だ。

「ふぉおおお、こ・の・わ・た・し・を、怒らせたにゃぁぁあああっ!! 」
「ボクより年増なのは事実でしょー、この差は絶対! 先に生まれた不幸を思い知れ、ボクのほうが若いもんねー!!」
「ブチコロスぞ、このまな板娘ぇええっ!」
「なにがまな板じゃぁああっ!! すこし控えめなだけだもんっ!」
 ちょっぴり(主観)だけ盛った胸を張って反論するフェテリシアに、ねこみみメイドは憐れんだ視線を向けて
「ふっ」
「鼻で笑われたっ!?」
 ねこみみメイドはそのままつぃっと胸をそらすとたゆんと揺れる。それは決定的な敗北の証。
「うがぁああああっ! おおおお女の子の価値は胸じゃないもんっ!」
「にゃにをいうか、この残念無双めっ!」
「なに、そのすっごく嫌な響きの称号っ!」
「ふっ……料理できない」
 びきっ! 
「掃除洗濯いずれもダメ」
「うっ!」
「あんがい博打が好き」
「なにを根拠にっ!」
「馬と云えば判るにゃ?」
「にゃにゃにゃぜそれをっ!! べ、べつにお金は賭けてないもんっ!!」

 フェテリシアは賭け事をしているわけではない。
実は彼女の密かな趣味は馬鑑賞である。
 馬術は正式には習っていないのだが、騎士といえば馬と云う短絡思考により幼い頃から好きであった。
いつか帝国騎士団で馬にまたがるのが密かな夢だった。ちなみに帝国騎士の正式装備に馬はないので、これは彼女の思い違いである。物語の騎士と勘違いしているのだ。
 それはともかくミズホの競馬場でよく目撃されているので、単純に博打(競馬)が好きだと周りから思われている。
この時代でも競馬は博打であって、馬鑑賞なんていう趣味の人間はほとんどいないからだ。

「フェスのことならにゃんでも知ってるにゃ~。それから~基本的に拳で解決を図る~実は頭が悪い~」
「っ! っ!」

 フェテリシアはびくんびくんと反応する。自覚はあるのだ。

「つまり女の子とかそういうレベルじゃないにゃ。ヒトとして残念なのにゃ~!」

びしっと指を突きつけて、ねこみみメイドが断言する。
どどーんっとどこからか太鼓の音がする。

「……」

 ぷるぷる震えながらもフェテリシアは反論が出来ない。ぜんぶ事実だった。

――何度も繰り返すが天塔騎士同士における戦闘の真髄とは、精神攻撃なのだっ!


「……母様……引きましょう、このままでは……」
 ぐったりとしたノーフェリの力が抜けた小声でした提案は、母親の怒声でかき消される
『ここで引けるわけがなかろうが、この馬鹿者がっ!! 効かぬのなら効くまで撃てばいいっ!!』
 乱暴に操作を行い、カイザーリンブルグが鳴動する。
「ぐっ、がぁ……か、あさま……!!」
 魔術炉心にされているノーフェリから魔力が搾り取られていく。
魔法器官が限界以上の魔力子変換を強いられて悲鳴をあげ、ノーフェリは頭を押さえて抱え込む。
エールゼベトはそんなノーフェリを見向きもせず画面表示の充填率を見ながら忌々しそうに怒鳴る
「もっとはやくならんのか、くそっ!! かまわん、もっと汲みあげろっ!」
危険注意警告を無視して、変換ゲインの上昇を指示する。

「っ!! っ!」

 ノーフェリが苦痛に身を捩って副操縦席で暴れる。

「騒ぐなっ!! まったくこの私から産まれておきながら、この程度の役にもたたんのかっ!」

 エールゼベトもまた苦痛に顔をゆがめ、脂汗を浮かべている。彼女自身の魔法器官も全力稼働しているのだ。
そして休息に充填率を上昇させて、発射可能のサインが画面に表示される。

『充填率105パーセント! 神魔必滅天地終焉砲《ジェノサイド・インフェルノ・ランチャー》》発射っっ!!!!!』
 再び20口径20インチ荷電粒子砲が咆哮をあげて膨大な光の奔流が放たれる――。

「うるさいにゃぁー」
 ねこみみメイドがめんどくさげにくぃっと手首を捻る様に揮った。
 迫りくる極大光の奔流が|割れた《・・・》。

『な、にぃいいいっ!!』

 エールゼベトが驚愕の声をあげながらも、さらに出力をあげるが、割断は止まらない。
そのまま神像巨人まで到達して、通り過ぎた。
荷電粒子砲の掃射が止まり、静寂になる。

突如、カイザーリンブルグの操縦席は警告で埋まった。

『な、なんだ、いったいどうしたっ!』

巨体に線が引かれ、それにそって上半身がずるりとずれていく。
大質量ゆえに初動は遅かったが、落ち始めると加速し、装甲の内側で小爆発を繰り返しながら地面に落下する。
その途中で頭部が分離して、噴射炎を上げて上昇していく。
緊急脱出装置が動作したのだ。

『く、くそっ!! 覚えて――な、なんだっ!! 吸い寄せられるだとっ!!!!』

 変形して翼を出した脱出艇が引き寄せられていく。
|真空竜巻斬り《ソニック・ブレイクダウン・ブレード》により、巨大な真空地帯が生じていたのだ。

『おおおおおっ!!』

膨大な大気が吹き戻されて嵐のようになっておりまともに操縦が出来るはずもなく、木の葉のように翻弄される脱出艇から装甲カバーが爆発ボルトで吹き飛び、|射出座席装置《エジェクションシート》が作動する。
 エールゼベトとノーフェリが座席ごと射出され、自動姿勢制御噴射で地面に軟着陸する。
遥か後方で、脱出艇が墜落して大爆発を起こした。



------------------------------------------------------------------------------------

……すみません。盛り込みたいネタを仕込んでいったら、また終わりませんでした。

この話は前回に盛り込むべきだったと反省してます。
なお、用語は雰囲気重視です。作者も詳細はよーわかりません(苦笑



[37284] 第五章 帝都の休日 <12>
Name: 森河尚武◆cea74981 ID:df6b66b1
Date: 2014/04/10 23:28
お久しぶりです。
待たれていた方々には申し訳ありませんでした。

--------------------------------------------------------------------------------------------------

「|神造兵器《カイザーリンブルグ》が――っ!! あ、ありえない、ばかなっ! 」
 尻もちをついたエールゼベトが震えながら喚き散らす。
「なんだ、なんなのだ、貴様っ! ありえぬ、ありえぬありえぬーーーー!!!」
 ねこみみメイドはエールゼベトを一瞥もしない。
でゅふふと気持ちの悪い声をあげ、手をわきわきとうごめかしながら、鎖で磔にされているフェテリシアににじり寄っている。
「な、なんですか、その手の動き! うねうねして気持ち悪いんですけどっ!」
「にょほほほっ! ほ、ほぉおお! ほぁあああああ!」
「人類語しゃべってくださいよっ!」
 二人の人外は、エールゼベトのことなどまるで見ていない。
注意を払う必要もないと、態度で示している。
相手にもされていない――そう感じたエールゼベトは激高する。

「貴様らっ! 帝国最強たる私を舐めるのもいい加減にしろぉおっ!!! 《雷こ――》っ?!」

 エールゼベトは瞬時に魔法構成を編み上げ――られなかった。
練り上げた魔力が構成をする端から霧散していき、魔法を形作れない。
まるで初めて魔法を使ったときの様に。
ありえない、子供が失敗するような失敗を、この自分が――っ!?
エールゼベトはありえない事象に驚愕し、思考が停止する。知らずに言葉をこぼす。

「魔力が、魔法が使えない……?」
「にゃんだ、気が付いていなかったにゃ? ここはワタシの劇場化法則世界だから、お前らの“魔法(笑)”は使えないにゃ?」
「な、ん……だと?」
 エールゼベトは呆然としながらつぶやく。

『あれはまったく気が付いていなかったみたいですね』
「ちょっと気を配っていれば気が付くと思うんだけど。|魔力《NM》が支配されているの」
『まだ原因も判っていないみたいですし、本当に帝国最強の魔導師なのでしょうか?』

 周囲の雑音すら聞こえないほど、エールゼベトは呆然としていた。
半身たる魔法が使えない。それは彼女に激しく動揺させた。

「あ、ばかな……そんな、ばかなっ! 魔法を封じる!? そんなことが出来るはずがぁああっ!!」
「あーあー、もうーうるさいにゃ」
 ねこみみメイドが、どうでもいいように言い捨て、ぱちんっと指を鳴らす。
エールゼベトの直上に大量の光弾が出現。

「っ!!!!!!」

 魔力微震すらなく出現したそれに、エールゼベトは反射的に防御魔法を展開しようとして

「っ?!!!」

当然のように失敗した。
凍り付く彼女の直上から、光弾が暴風雨のように降り注ぐ。
エールゼベトは魔法を放とうとしたために、反応が遅れる。

「ぉおおおおーーーーーっ!!! っ!!!」

 エールゼベトは迫り来る光弾を鍛え上げた武技で回避する。
大量の光弾が地に着弾して炸裂する。
次々と地をうがち、土煙を舞いあげ、衝撃波がエールゼベトを叩く。
いくつもの光弾をかすらせながらも華麗に回避していく。
数百発の光弾が全て着弾して、静寂が戻る。
着弾点は数百カ所にも及ぶミニクレーターで地形が変わっていた。

「はっ、こんな弾幕なぞ、魔法が使えなくてもっ!」

 光弾がかすり、いくつもの血筋を流しながらエールゼベトが咆える。
「当たらないように散らしたのに、なんで当たりに行くかにゃぁ? 外れるように調整するのちょっとめんどくさいにゃ……」
「――っ!?」
 ただの威嚇であったため、当たらないように射出された光弾は、エールゼベトが動いたためにむしろ交差軌道になってしまったのだ。

「はぁ。静かにしてもらうかにゃぁ……」

 ねこみみメイドがめんどくさそうに、肩越しにエールゼベトの方へと顔を向ける。

「――っ!!」

その瞬間、エールゼベトの身体が凍り付いた。
 バイザー越しに見える眼窩の奥、その漆黒の瞳は――何も映していない。
深淵のようにただただ深く、思考も感情もなにもかもが抜けた、そこにあるだけのなにか。
それは殺す意思すら欠けている。
戦う者の眼ではない。
気にも留めていない。
ゴミ箱に放り込こむといった程度の意思すら欠けている、それ。
 エールゼベトという|人《・》など見てもいない――。

意思よりも先に肉体が知ったのだ。
|コレ《・・》には|絶対にかなわない《・・・・・・・・》。

冷気が背筋を駆け巡り、上半身がガクガクと震える。脚もまた無意識にガクガクとひざが揺れる。
それは――肉体の本能が感じる恐れ。
絶対強者を前にして、本能が認めてしまったゆえの反応。
だが、人間は理性が本能を抑えつけられる唯一の動物だ。

(私が怯えている!? 帝国最強たる私が――そんなわけがある、かああああああっ!!!)

ゆえにエールゼベトの理性はそれを乗り超えた。

 気を奮い立たせ、無理矢理に身体を動かす。

体内魔力を巡らして肉体を活性化し、身体強化を発動――成功!
(はっ! 魔法を使えなくしたなど云うのはただのウソかっ!!。攻撃魔法が使えなくなった程度なら、何とでも出来る――!!)
 身体強化を禁断の十倍にまで加速させ、ただの一撃の下に、あのにやついた素首を叩き落として――?!
加速され、周囲がゆっくりと動く世界で、ねこみみメイドは、口元を動かしている。

めんどくさい……

けだるそうに|普通の速度《・・・・・》で手を向け、指をぴんっと弾いた。

エールゼベトが豪快に転倒した。猛然と踏み出した脚に凄まじい衝撃を受けてもつれたのだ。
通常の十倍の速度で転がって土まみれになったエールゼベトがふらふらしながら立ち上がろうとする
「ぐぉ、いったいなに、が……」
「指を弾いて空気圧縮して、ぶつけただけにゃ」

 頭上から声が降りてくる。転がるように下がって立ち上がり、槍を構える。
「くそ、自分は魔法が使えるとは卑怯なっ!!!」
「魔法(笑)ではなくて武技にゃ。鍛えれば誰でもできるにゃ?」

 ぴん、ぴんと無造作に指を弾いて空気圧縮弾を適当に飛ばして地面を穿つ。
 威力はたいしたことはない。

「ちっ、だが、来ると判っていればそんなもの――!! ぉおおおっ!!」

 超加速する。蹴り出しで地面を次々に爆発させながら方向転換、距離を詰めて魔導槍を神速で突き――穂先が弾かれた。

「っ!?」

 姿勢を崩したエールゼベトはとっさに跳んで、脇をすり抜けて後方に着地した。
 人差し指で弾いたねこみみメイドは追撃しなかった。

「……まだやるにゃ?」

ねこみみメイドは振り向きもせずにめんどくさそうにたずねる。実力差が判っただろうといいたげにして。
しかし、それはエールゼベトのプライドを刺激しただけに終わった。

「舐めるなぁああっ!!」

 再度超加速したエールゼベトは咆えながら神速の三段突きを放とうとした瞬間、目の前にすたすたと歩いてきたねこみみメイドが無造作に腕を伸ばした。
――エールゼベトの肩口にちょんと小指を触れさせた。
破滅的な衝撃で、エールゼベトは吹っ飛ばされて地面に叩きつけられながら転がっていく。
「ぐ、ぐぉ……な、にが……」
何が起きたかも判らないまま、腕をついて立ち上がろうとして、無様に転けた。
肩口に異様な熱がある。
目の前に転がる魔導槍。
それを掴んでいる見覚えのある腕。見覚えのある手指。

「あ゛、…!!!!! う、うでが、うでがぁああっ!!」

それは肩口からちぎれた彼女の腕だった。

「うるさいにゃぁ、いま治してやるからわめくにゃ――『治れ』」
 ねこみみメイドが拾った腕をエールゼベトの砕けた肩口に押しつけると、ぐじゅりと傷口が接合して元に戻る。
不可解なことに戦闘衣もまた元の形に戻る。

「問題なく動くだろ、まったく、これくらいで騒ぐにゃ、うっとおしい」
 ねこみみメイドは心底からめんどくさそうにぶつぶつつぶやく。

「き、きさま、いったい、な、にをした……」
「あん? 治したことになんか文句あるのか?」
「ばかなっ! 治癒魔法で、ここまで迅速に治るはずがっ!! な、なにをしたっ!」
「お前らの魔法(笑)などと一緒にするにゃ。うちらの技術は、かつて宇宙や次元を自在に駆け巡り、星を滅ぼし、太陽や生命さえも造りだした、|総合科学《アルティメットテクノロジー》にゃ」
「科学などおとぎ話をっ!! そんなもの実在するわけがないわっ! ふざけてるのかっ!」
「はっ、見たことがないから実在しないってか? 違うにゃ、お前は見ているだろう、|たったいま《・・・・・》。片鱗の片鱗の片鱗そのまた片鱗だけどにゃ」
 向けられている水晶玉のような瞳は、ぽっかりと空いた眼窩を幻視させる。
底の見えない、深淵を覗き込んでいるような原初の恐怖を連想させた。

「くっ……!」

 恐怖をねじ伏せるかのように身を奮い立たせて、跳び下がりながら槍を拾い上げ、揮って構える。
魔導槍の穂先が展開し、内部機構が最大速度で回転を始め、発光する粒子が放出される。
慣れ親しんだ魔法の感覚が戻ってきたことにエールゼベトは自信を取り戻す。
身体制御加速、そして超高速移動魔法を構築――多少不安定だが発動に成功

(――なら一撃で殺してやるっ!!!)

「死ね――!!」

 高周波音が高まり、背より強烈に発光する粒子を大量に噴出。
ドンッ!!!!!
音の壁を一瞬で突破、ヴェイパートレイルの尾を引いて、敵に迫る。
人には絶対に対応できない速さ。超音速で迫る。エールゼベトですら、周囲を認識しきれない超加速の世界の中。
 ねこみみメイドはろくに見もせずに一歩だけ横に歩いた。それだけで攻撃範囲から外れた。
それがかろうじて見えたエールゼベトは軌道修正をしようとするが、間に合わない。
直近を通り過ぎるエールゼベトにねこみみメイドは優しく、そっと蝶をつまむかのように優しく、人指し指を彼女の小型盾にちょんと当てた。
それだけで、爆発するかのように砕け散った。
エールゼベトの左腕ごと。

「――ぎゃぁあああああっ!!!」

 跳ね転がりながら、エールゼベトは突如生じた激痛に絶叫する。

「あー、うるさいにゃ、ババァの汚鳴なんか聞きたくないにゃ、《治れ》」
キーワードと共に、エールゼベトの腕が再生する。小型盾はばらばらのままだ。

「あ、ひぃっ!! な、治ってる……!? あ、あああ……」

 いきなり引いた痛みにおそるおそる見下ろすと、吹っ飛んだはずの左腕がある。

「ひ、はッ! ば、化け物っ!!」」
 エールゼベトは転がるように後ずさりながら、なおも槍を向ける。

「し、死ねぇええええあああああっ!!!」
 恐怖の底が抜けたエールゼベトが吶喊する。技も何もなく力任せに駆けるが、普段の彼女よりもはるかに遅い。

「はぁ、まだやるのかにゃ……めんどくさいにゃ」

 豪速で揮われた魔導槍の穂先を、無造作に受けとめ――そのまま握りつぶした。
砕かれた魔導槍にエールゼベトは驚愕した。
「っ!! |神代絶対金属《オリハルコン》が――っ!?」
 ねこみみメイドはやれやれと云わんばかりに肩をすくめるだけ。
 多少堅い金属であろうとも複雑な機構を組み込まれて分割されているのだ、強度は当然落ちる……のだが、それでも人間の握力程度では歯が立たないのも事実。
単にねこみみメイドのパワーがダンチなだけだった。
ねこみみメイドが手首を返すと、槍ごと回転しそうになったため、エールゼベトは自分から跳んでくるりと回転、着地と同時にハイキックを繰り出し――その足首を掴まれた。
 ねこみみメイドがめんどくさそうに無造作に手首を返した。
「っ!!!!!」
みしびちびちっと肉の断裂音をあげながら膝から下がねじ切られていく。
あまりの激痛に、悲鳴すらあげられない。
つま先が270°ほと曲がるとぽいっと捨てた。

「ーーーーー!!!」
 エールゼベトは脚を押さえて地面を転がり回る。
「《治れ》――もういいにゃ? これに懲りたら邪魔を……」
ねこみみメイドが一言つぶやくと、時間が巻き戻るように元に戻る。
「あ、あ…ああ……」
エールゼベトが呻きながらふるふる震える手で脚を撫でる。元のように動く脚。
「ああああああっ!!!」
 叫びながら、エールゼベトが斬りかかる。
壊れた魔導槍を縦横無尽に振り回す。
鋭い薙ぎ払い、唐竹から袈裟斬り、遅滞のない技のつなぎは、一呼吸で四度の斬撃を繰り出せる。
しかし、ねこみみメイドはそれらを少し身体を捻るだけで回避し、手首をくっとふるうと、圧縮された空気の砲弾がエールゼベトを直撃する。
「っぁああああ!!!!!!」
 エールゼベトは一撃で手足を叩き折られて、空中を舞いながら地面に叩きつけられ、怪我が再生する。
 治ると同時に、エールゼベトは絶叫しながら飛掛かる。
それをねこみみメイドはべちこーんと地面にたたきつける。
背骨がぼぎゃりと折れて、一瞬で治る。
「がぁあああああっ!!!!」
痛みを忘れたかのようにエールゼベトはなおも立ち向かう。
腕から血飛沫をまき散らしながら、壊れた槍を突きこむ。肉体の限界を超えた加速が、毛細血管を破裂させているのだ。
そこまでして揮っている槍は、だが届かない。
 ねこみみメイドがぽーんと適当にエールゼベトを蹴りあげる。
エールゼベトが地面に頭からぐじゃりと落下し、ヤバい方向に折れ曲がるが、それすらも何事もなかったかのように元のカタチに戻る。
痛みが引いた瞬間、彼女は跳ね飛ぶように起き上がり
「るらぁあああっ!!!!」
咆えながら、豪速の蹴り。
ねこみみメイドがでこぴんで蹴り脚を弾くと、身体ごと縦回転して勢いよく地面にたたきつけられる。
「がぁああああっ!!」
それでもなお起き上がり、顔面を血まみれにしながら、今度は豪速の拳。
捻りを効かした|螺旋直打《コークスクリューブロー》
 ねこみみメイドが指でとんっと叩くと拳がねじ切れるように余計に回転して、ひじ関節が破壊されたエールゼベトが絶叫する。
しかし、そんな怪我も一瞬で治る。

「ぉおおおっ! この程度の攻撃で倒れると思ったかっ! 舐めるなぁ、小娘ぇええええっ!!」

ねこみみメイドがめんどくさいので自動再生治癒にしているのだ。
そんなことは知らないエールゼベトは、すぐさま次の攻撃を、必殺の剛拳を繰り出す。

「ぬぅううっ! はぁあああっ!」

息をつかせぬ豪速の拳打、蹴撃、コンビネーション。――届かない。

それはまるで物語の場面、最高潮に達した最終章のそれ。
あまりに強大な敵に、我が身を省みず立ち向かうエールゼベトの姿は、悪しき皇帝に一騎打ちを挑む英雄、魔王を討ち果たさんとする勇者のそれと重なる。

まったくの無意味という点を差し引いても。

あまりにも性能差があり過ぎて、戦いにすらなっていない。
 凄惨極まりながら、血のひとつも落ちない戦場で、人外化け物のねこみみメイドと帝国最強魔導師が激突している。
 一方には激突している気はないが。

「ちょ、少佐! いくら再生するからって、一般人相手にやり過ぎです!」
「いいのにゃ、こういうおバカちゃんはきちんとプライドをへし折っておかないとだめなのにゃ。とはいえ、めんどうだにゃぁ……」
 フェテリシアの指摘にねこみみメイドはそちらを向いて答える。

「ぉおおおおおっ!」

 好機とみたか、獣のように咆えながらエールゼベトが突貫するが、ねこみみメイドは見もせずにゆるやかに身を逸らして壊れた槍を避け、エールゼベトの腹部にちょんとおしりをあてる。

「ぐげぇえええっ!」

 エールゼベトが血を吐きながら錐もみ大回転で宙をふっとんで地面に叩きつけられ、爆裂した内蔵が再生する。
 四つん這いになり腹部を押さえながら激しく呼吸をする。

「ぐぶぅ……げぇ……」
「ああーもう、めんどくさいにゃ、よく咆える雑魚ほどうっとおしいものはないにゃ、別に敵対しなければ無視してやるのにつっかかってくるにゃ、こっちは許可無く殺せないから気を遣うのにゃ、そこらへん判って欲しいのにゃ」
 ぶんっと手を揮うとエールゼベトの直近の地面が爆発する。|真空打ち《ソニックブレード》の乱舞――しかし、エールゼベトにはかすらせもしていない。
ふっとばされたエールゼベトが、こわれた人形のようにぐしゃりと落ちる。
「――判ったにゃ? 静かにしてるにゃ」
 威圧。強大無比なプレッシャーがエールゼベトに冷や水を浴びせ、理性を回復させてしまう。
 青ざめて、後ずさる。
「あ、ひぃぃいいっ!!」
「判ったかと聞いているにゃ。まったく、ババァの汚い悲鳴を聞く身になってほしいにゃ。心底からどーでもいいにゃ、いまいそがしいんだから邪魔はしてほしくないにゃ、ぴちぴちローティーンの柔肌がワチシを待ってるのにゃ。邪魔してほしくないのにゃ、邪魔してほしくないのにゃ、大事なことだから二回云うのにゃ。理解したかにゃ? 理解したかにゃ?」
ねこみみメイドは、あいかわらずエールゼベトを見てはいなかった。
関心のない瞳は微量の苛立ちが含まれている。

「あ、あ……ああ……」

 エールゼベトの思考がぐるぐるとまわる。武人としての冷静な思考。
極めた槍術も究極の魔法たる“|聖域《サンクチュアリ》”も、絶対的な信頼を置く最強武装《神像巨人》も。
彼女を形作っているあらゆるものが、積み上げてきたもの全てが――こいつらには何一つ通じない、届いていない。

 そして、あの瞳。そこにものがあるとしか思っていない。
エールゼベトなぞ、歯牙にかけぬどころか興味も持っていない。
帝国貴族が、家畜を見ているのと同質の色。
それはつまり殺そうと思えばいつでも殺せるとということだ。なんの感慨もなく。

「ひぃぁああああっ!!!!!」

 エールゼベトの恐怖の底が抜けた。
足腰の立たぬまま逃げ出すように退りつづけて、頭を振っているノーフェリとぶつかってもんどりうって転がる。
そうして目に入った者にすがりつく

「あ、あ……ひ、はぁ、あああああっ! た、助けてっ!」

 四つん這いでフェテリシアの脚にすがるエールゼベト。

「あ、あなたを捨てる気なんかなかったのよっ! ほんとよ、ウソじゃない、わたしは反対してたのっ! だって、あなたは最愛の娘だものっ! 見捨てるわけがないじゃないっ!」
「・・・・・」

 フェテリシアは無言。エールゼベトは必死にたたみかける。

「あのクズ男が指示したのよっ! そ、そうセバスチャンが手配して――私が知った時には全て終わってたのよっ!!」
 この場にいない人間に責をなすりつける。その態度にもフェテリシアは何も反応しない。
エールゼベトはさらに続ける。
「わ、私じゃないのっ! ノーフェリとか……そ、そうよっ! あの出来損ないとノーフェリがやったのよっ! だから、あれを好きにしていいからっ!! わたしは反対したのよっ!!」
 ノーフェリを指差して、叫ぶ。
「え……?」
 ノーフェリが唖然とつぶやいた声にぴくんとねこみみが動くが、誰も気が付かない。
 唖然としているノーフェリを放っておき、あまりにも最低なことを口走ったエールゼベトは止まらない。
「あれのことが憎いでしょうっ!? あれなら好きにしていいわっ! なんなら殺したって構わないっ! だ、だからお願い、わたしのことは見逃してっ! 私の最愛の娘よ、貴女の本当の母親を助けてちょうだいっ!!」
フェテリシアはまったくの無言。ただ見下ろしている。

「ね、ねぇ、助けてくれるわよ、ねぇ……?」
「……いったい誰に問いかけているのですか?」
「それは、もう、最愛の私の娘たるあなたに決まっているじゃない、なにを云っているのかしら?」
「……名前を云わないと誰を呼んでいるのか判りませんよ」
エールゼベトは一瞬口ごもりながら。
「え……えと、あ! そ、そうっ! 私の最愛の娘メリーベル!」
「……」
 フェテリシアは無言。まばたきひとつせずに、表情もかえずに彼女を見つめている。
その意味を悟りエールゼベトは一瞬で青ざめる。
「っ!!! あ、あら? ち、ちがったかしら――!?」
「あ、そ、んな、ごめんなさい、ごめんなさい、許してっ! 私は貴女の本当の母親だから、許してくれるよねっ!!!」
 エールゼベトは必死に許しを請いながらフェテリシアの腰までしがみつき、そしてするりと彼女の細い首に腕をまわして、引き抜いた隠しナイフを頸動脈に突き付ける。
 ナイフの刀身には魔導文字が煌々と光っていた。

「――これで貴様らは攻撃できまいっ! 形勢逆転だっ!! さぁ、こいつの命が惜しくば、」
しかし、奴らは聞いちゃいなかった


――時は少し遡る。
「か、あさま……」
 蒼白なノーフェリだけが母親を呼んだ。それは憐憫か、それとも己の運命を案じたのか、自分でもわかっていない。
 びくぴくんとねこみみが動き、ぎゅるんとそちらを向く。

「――あ、やば……」

 無表情だったフェテリシアが少し焦った声を出し――。

「にゃんとっ! そんなところに美少女がっ!」

――遅かった。

「え……?」

 母に見捨てられて放心していたノーフェリがつぶやくと、不意に背後からぐわしと抱きしめられた。

「にゃぁ、なんかフェスそっくりにゃぁっ! かわいいにゃっ!」
 瞬間移動をしたねこみみメイドが頬をすりすりする
突然のことにノーフェリは硬直して声も出せない。

「ちょ、少佐っ!!  まってっ! ノーフェリは、まだ14才だからっ!!」
「14才だとぉおおっ!!!! むっふーーーーーー! た・ぎ・っ・て・キターーーーーーーっ!」

あ、なにか間違えた。

 フェテリシアは致命的なミスをしたと気づいた。

ごめん、ノーフェリ。ボク、致命的に間違えたみたい……
 フェテリシアが元妹に謝る。こころのなかだけで。

「ぴちぴちのお肌っ! さらさらの黒髪っ! ふが、っぶふっ!! さわやかなにほひ~っ!!」

 はぁはぁと息を荒げながらくんかくんかするねこみみメイド。手つきがどことなくそれらしくいやらしい。
ノーフェリは、いま感じているのが恐怖なのか、安堵なのか、それともなんなのか、まったくわけがわからない。

「よし、お持ち帰りにゃーーーーっ!!」
「ちょっと、少佐っ!! なに全部放って帰ろうとしてんですかっ!」
「にゃはははははっ! この世全ての美少女はワタシのものぉおおおおっ! ザーッツ・コレクトぉおお!」
「聞けよっ、おいっ! あ、ちょっ少佐ぁあっ! その子はノーマルなんだから、そういうのはダメです、少佐っ!!」
「だいじょうぶにゃ、誰だって最初はノーマルにゃっ! しかしやがて目覚めるのにゃっ!」
「ダメな方に目覚めさせてどうするんですかぁあああっ! ちくしょー、これ外れないぃいいいっ!!!!」
フェテリシアがじたばた暴れるが、びくともしない鎖。
「ちょっと、ウィルっ! これなんとかできないっ!?」
『残念なながら無理です。機能がロックされています。まともに動くのは会話通信機能だけですネ~HAHAHAっ!』
「ちょ、やくたたずぅうううっ!!」
『無茶云わないでください』

 真面目モードが三分と持たないのだ、こいつらは。


「貴様らぁああああっ――!?」
 あまりにもヒドい無視されっぷりに激昂したエールゼベトはフェテリシアに魔導ナイフを突き立て――
視界がぐるんと回る。彼女の目に飛び込んでくるのは、無表情の“最愛の娘(笑)”と目を見張っているノーフェリ。何が起きたのか理解できない。
どういうことか、身体が宙を舞っていた。
くるくると回転しながら地面にたたきつけられて、エールゼベトは初めて吹っ飛ばされたことに気が付いた。

フェテリシアの横にいつのまにか老人が立っていた。
「……立ち上がって大丈夫? まだ安定していないんじゃない?」
「動くのに支障はございません。お心遣いに感謝いたします」

フェテリシアは心配そうに気遣うと、彼は礼を述べる
 のんびりと会話を交わす元娘と老執事に、エールゼベトは怒鳴る。

「セバス、なにをしているっ! 動けるならば時間を稼げっ!」
「なぜでございましょうか?」

 老執事は不思議そうに首を傾げ、つまんでいた魔導ナイフを何気なくハンカチにくるんでポケットにしまう。

「このウスラバカがっ! 主を助けるのが従者の役目だろうがっ! そんなことも理解できないのかっ!!」
「それはむろん従者の役目ではございますが、エールゼベト殿は主ではございませぬゆえ」
「なにを云っているっ! 黙って従えばいいんだ、このバカモノがっ!!」

 エールゼベト殿と老人は他人行儀に云った。その意味が彼女には理解できていない。

「エールゼベト殿には長きにわたりお仕えいたしてきましたが、この身は免じられました。ゆえにもはやエールゼベト様にもゴルド家にもお仕えしておりませぬ」

 老執事が深々と礼をする。

「なにを云っているか、ならば命じるっ!! 再び私に仕えよっ!」
「それは叶いませぬな」
「なにぃっ! きさま、誰に向かってものを云っているっ! お前らは黙ってこのエールゼベトに従えばいいんだ――」
「従者を免じられた者には主を選ぶ権利が生まれます。これは帝国貴族法にも明記された条項でございます」
従者に選ばれぬ主は貴族たり得ぬ――形骸化した法だが、いまだ有効だった。
実際には従者は死をもって免じられることがほとんどのため、適用されることはほとんどない法だが。

「そして私どもは命を救われた恩義をかえさねばなりませぬ」

 フェテリシアに向けて、深々と頭を下げているセバスチャンの後方に、いつのまにか十数人の黒装束の者達が膝をついて頭を垂れていた。
彼らはセバスチャンを頭とする私兵。彼が私的に雇い、鍛え上げた集団。
ゆえに、彼に是非もなく従う。
諜報活動に従事する彼らの所属など、ゴルド家の誰も気にしたことなどなかったのだ。

「あなた様は、敵である我々の命を奪わず、気絶させるにとどめた。私に至っては命まで救っていただいた。このご恩は、返さなければなりません」

その言葉はフェテリシアに向けていた。

「……べつに、恩に着なくてもいいよ。ボクだって昔にかわいがられたことくらい覚えてるから」
「気にされることはありません。我々が勝手に仕えるだけでございます」
「……勝手にして」
「はい、勝手に致します、|メイフェーア《・・・・・・》様」
「やめて。今のボクは、フェテリシア、フェテリシア・コード=オクタ、それがボクの名前」
「わかりました、フェテリシア様」

 セバスチャンが深々とお辞儀をする。

「貴様らっ!! ゴミの分際で、主を捨てるかっ!!!! そんな権利があるわけが――」

 エールゼベトが叫ぶ。元従者に見捨てられたことにようやく気が付いたのだ。
憎しみすらこもった怒声に彼らは頭も上げない。エールゼベトのことなどすでに無視している。

「――エールゼベト様。あなたがどう思われていようとも、自分は楽しゅうございましたよ」

セバスチャンの決別の言葉。

「貴様っ!!!」

エールゼベトは錯乱状態でセバスチャンに掴みかかる。それをかわして、彼はエールゼベトに手を添え、一歩を踏む。
凄まじい震脚。
大地を踏み潰す勢いの力は脚から腰、腰から上半身、上半身から腕をあますことなく伝わり、エールゼベトを軽々と宙を舞わせる。
美しいまでの武技に、おもわず見とれていたフェテリシアはふと我にかえった。

「しまったっ! ノーフェリっ!!」

ねこみみメイドにかいぐりかいぐりかわいがられている少女。

「ぬふうふふ、よい、よい! ではないか、よいではないかっ!!」
「……あっ……んぅ……ぁ……ゃぁ……」

 ノーフェリは、眼をぎゅっとつぶってなぜか頬を上気させて、息が荒くなっている。
 
「てめぇえええっ! いいかげん人の妹にをはなしやがれーーーーっ!」
「ひでぶっ!!!」

 いい加減キれたフェテリシアが飛び蹴りをぶちかます。
 |にやにやと笑っている《・・・・・・・・・・》顔面に直撃を食らったねこみみメイドが派手に跳ね転がりながら吹っ飛んでいく。

フェテリシアは元妹の肩を掴んでがくがくゆさぶる。

「ノーフェリっ! 気をしっかり持ちなさいっ! 知らなくていい世界なんだからねっ!!」
「……ぁ……お、ねぇちゃん………? ぇ……ぁ……血が………」
「――ああ、ごめんね。服、汚しちゃったね」

 フェテリシアのほとんど千切れかかった両腕からは大量の血が流れている。
それだけではない。騎士服はほとんど吹き飛び、脚も肉がえぐれていて無事な箇所を探す方が困難だった。
機能制限を受けている現状では、肉体再生も遅々として進まない。
鎖を引きちぎった代償――超直感演算による過程を無視した結果実現の影響が一気にかかり、フェテリシアの肉体をズタボロにしたのだ。それは超高速度演算のために肉体の損傷を考えずに演算して計算量を減らしたのだ。動けないほどの大けがの可能性もあったことを考えれば、むしろ幸運な結果とさえいえる。

「フェテリシア、無茶するにゃぁ、もう。こっちで|外さなかったら《拘束鎖の解除》身体がばらばらだったにゃ」

 にょるんと姿を現したねこみみメイドが文句をつける。当然のように無傷。

「それも含めて演算してますから」

 ノーフェリを腕の中にかばいながら、フェテリシアは警戒している。

「ほう、わたしの行動まで読んだというにゃ?」
「そんなんじゃない、ただのロジックです。ボクの破壊が目的じゃない以上、ボク自身が自傷行動をとれば逆にフォローに回ると考えただけです」

「ふーん……ま、いいにゃ。ところで、その子が大事なら、ちゃんと守ってやるにゃ」

 眼を細めて鋭い眼光を放つナオミに、背を向けているフェテリシアは気が付かなかった。

「大事だとかそう言うのじゃなくて、目の前でボクが嫌いなことをされるのがイヤなんですっ! それだけですからっ!!」

 彼女の中では、そうだった。
しかし、はた目からはそうは見えない。

「まぁ、そういうことにしといてあげるにゃ」
『そうですね、マスターはそういうところがどうしようもなく甘い人ですから』
「うわ、なんかすっごくムカつく。とくに|うらぎりもの《ウィル》」
『なんですか、的確な分析だと思いますが』
「その通りにゃ」
「よし、わかった。いっぱつ殴らせろ」
「脳筋にゃ、脳筋がいるにゃ。まないたのくせにマジ脳筋」
『マスターは、まな板ではありません。垂直なので絶壁と称するべきです』
「よし、命名~絶壁脳筋バカと」
「――ブチころすぞ、おまえらぁあああっ!!」

 怒髪天をつくフェテリシアの背後から、地獄の底からの怨嗟を固めたような壮絶な鬼気が発する。

「ぐぅぁ、く……く、そ! どいつもこいつもっ! ふざけおってっ!!!! 最強の魔導師たるこの私を侮りおってっ!! 魔法が使えればお前らなぞ、敵ではないというのにっ!!」

 蒼白な顔色のエールゼベトが呻きながら歯噛みする。
あまりにも滑稽で哀れな見世物になっていることに、彼女は気が付いていない。

「ほほう、それはなかなか愉快な見解だにゃぁ」

 ねこみみメイドが、なぜかわくわくしたように確認する。

「攻撃魔法が使えれば、お前らなぞ敵ではないわっ!!!」

 エールゼベトはローブに仕込まれた魔導装備を引き抜き、突進する。魔法が使えない以上、選択肢は近接格闘しかない。
 ねこみみメイドは、エールゼベトの決死の覚悟なぞ気にもせず、陽気に宣言した。

「ほほう、ならばそのリクエストに応えるにゃ!!  舞台セーットアップっ!」

“挑戦者現るっ!!”

 どこからか野太い声でアナウンスがながれ、ずごごごと大地が震動する。
大地震に立つのもやっとな状態のなか、地面からなにかがせり上がる。
派手な電飾がぴかぴか光りながら、それは完成する、闘技場のような観客席や舞台が

「……あー、|悪いクセ《ユネカの》が……」
「な、なにが………」

 額を抑えるフェテリシアに、とまどうノーフェリ。
 セバスチャン達は驚きながらも興味深そうに周囲を見回している。

「にゃーはっはっ! にゃーはっはっはっ!! これぞ劇場化法則世界の真の使い方っ!! すなわち|“格闘遊戯舞台”《現実3D格ゲー》!」
舞台の中心部で、なぜか浮かんでいる巨大な月を背景に暗黒舞踏をくねくね踊りながら、ねこみみメイドがどやぁっとした顔つきで宣言する。

どこからか軽快な音楽が流れ、無人のはずの観客席からなにやら大量の人の気配がし始める。

「さーて、今宵の|挑戦者《無謀者》は生きがいいかにゃぁ!?」

舞台の端で、膝をついたエールゼベトが呆然としている。

「では、開催宣言~!!」

――唐突にねこみみメイドの気配が変わった。
舞台に冷気が漂い始める。陽気な音楽と派手な電飾は変わらないのに、空気が固体化したかのように冷たくねばつく。

エールゼベトの身体が動かない。まるで凍りついたかのように動けない。身体が動くことを拒否している。

「エールゼベト・ド・ゴルド。汝に機会を与えよう」

|それ《・・》は一筋も動かない笑顔のまま、詠う様にして告げる。

「ここにいるのは、剣聖に並ぶ史上最強が一角。いかなる敵をも撃ち滅ぼす神魔滅塵の剣、垓殲の盾、地球最終最後の城壁の担い手――」

それは絶対の宣告

「汝らの云う魔法は使えるようにした。己が最強と自負するならば――」

後ろにやっていた両手を広げ、万感の思いを込めて宣言する。

「全身全霊、最強無比、最高最大の一撃を。最強を名乗るならば、わたしを打倒してみせろ」

威風堂々と屹立するのは、ねこみみを身に着けたメイド服の女。
可愛らしいメイド服が逆に凄まじい威圧感を与える。

「さぁ、汝の全てをもって――わたしに挑め」

 その眼光が、エールゼベトを貫いた。圧倒的な|精神的圧力《プレッシャー》が恐慌していたエールゼベトを正気に戻す。

「……」

眼を座らせたエールゼベトがゆっくりと見せつけるように無手で構え、魔法を紡ぐ。
フェテリシアやノーフェリが見つめる中、膨大な魔法陣が構成・圧縮され、そして

「《|聖なる剣の軍団《マキシマムホーリーブレイズ》》」

展開される、大量の武具達
古今東西のありとあらゆる武具が空中に現れ、その刃を、穂先をねこみみメイドへ向ける。

「死ね――」

一本の剣が超加速。視認できない速度でそれは向かう――ノーフェリへと。
ノーフェリは視認できていない、ゆえになにも気が付いていない。
 剣身が割れ、中から現れた光の槍がさらに加速。亜光速にも匹敵する速度でノーフェリを襲う。
人間には絶対に認識できない速度、須臾よりも短い到達時間。
飽和攻撃に見せかけて、目的外の人間への攻撃。エールゼベトは策略を仕掛けたのだ。

こちらの味方だとおもっているモノを殺すことによって、生まれるだろう思考停止の隙。
その隙に最大最速の攻撃を仕掛ける――
ノーフェリなど換えのきく手駒、意外に役立たずだった、失って惜しい者じゃなくない――。
エールゼベトは雷光のごとく加速、その先に展開させた“竜殺しの聖剣”を掴み――

「――ぎゃああああああっ」

 エールゼベトが絶叫をあげて転がった。額を抑えて転げのたうちまわる。
 ノーフェリの前にはいつ移動してきたか、フェテリシアが立っている。やけただれた左手から血を流しながら。
 観えていたフェテリシアが前に出て、超速の弾体を弾いたのだ。

弾体は明後日の方向に飛び去り、地に突き刺さる鎖が巻かれた巨大な剣で跳弾、エールゼベトの額をかすめたのだ。

「バカにゃ、真剣にバカにゃ……」

 もはや呆れをもはや隠さずにねこみみメイドがぼやく。

「真面目にやってやろうとしたのに……」

 ねこみみメイドはためいきすらも惜しんで、ころがりまわるエールゼベトの肩を踏んづけた。

「あんまり動くにゃよ。応急処置してやるにゃ。《治れ》」

 一言つぶやくと、エールゼベトのえぐれた額が、時間が巻き戻る様に、もとの形に戻る。

「ぐぁ…ぐぅ……っ!!」
「しばらく痛みはとれんにゃ。あと脳に損傷があるからあまり無理はできないからにゃ――」

そこで、身をかがめて小声でささやくように告げる。フェテリシア達に聞こえないように。

「これでお前は魔法を使えない。――してきたことの報いだ、絶望を抱いてイきろ」

 エールゼベトはそれを聞いた瞬間、魔法構成を編み上げようとして――失敗した。なにも感覚がなかった。慣れ親しんだ、ねっとりとした魔力の感触、こみ上げてくる高揚感、そしてなによりも全身をしびれさせる全能感。
――全て、なかった。
それを理解した瞬間、エールゼベトは絶望した。

「あ、あ……殺せーーーーーーっ!!!!」
「バーカ、わたしたちは許可がなければ殺せないんだよ」
 エールゼベトは即座に自分の舌を噛み切ろうとして、意思に反して顎が止まる。

「自分では死ねないよ、そういう風に|設定《治療用NMの》したからな。だいたいわたしたちを舐めまくって、敵に回して、楽にしてやるとでも思ってたのか?」

「貴様ぁっ!!!」

 足首を掴んで引きずり倒そうとするが、びくともしない。エールゼベトは錯乱したように何度も何度も魔法を発動させようとするが、なにも起こらない。
せせら笑いながらナオミは顔を離す。

「ま、がんばってくれ、どっちに頑張るかはお前次第だけどな」
「ああああああああああーーーーっ!!」

 エールゼベトが発狂したように叫びながら頭をかきむしりながら振り乱す。
しかし狂うことも許されない。
激しく頭を振り回していた彼女の視界にフェテリシアが映ると、絶叫しながら飛掛かる。

「お前が、お前が、お前がっ!  お前が」

 眼を血走らせたエールゼベトに、フェテリシアは気圧された。
 押し倒され、エールゼベトが馬乗りになって殴る、殴りつける。

「お前が、お前が、お前がっ!  お前が!」

 別に大して痛くない。がむしゃらに振り下ろされる拳は狙いも定まっておらず、血走った眼はなにも見ていない。
 ごしゃっ、ごっ、がぎっ……。
エールゼベトの呪詛とともに打撃音が続く。哀しいまでに効果がないが。

「反撃しにゃいのか?」
「べつに……、なんとなくこの人の気持ちも判らなくもないので」
「何度もお前を殺そうとしたし、今だって殺そうとしてるにゃ?」
「……哀れな人だから。魔法を奉り、それを裏切り、そして裏切られた。本当に哀れな人だから」
「哀れんでもそいつには屈辱しか感じないだろうにゃー」
「そうでしょうね。自己満足ですよ、しょせん」
「わかってるのにやめないんだ?」
「はい、ボクに出来る最大の仕返しです」
 フェテリシアは淡々と答える。
振り下ろされる拳を瞬きひとつせずに見つめ、殴られるがまま。
 ほとんど痛みはない。身体強化のないエールゼベトはまともな拳打ひとつ放てない。

「死ねぇえええっ!!!!」
 ついにエールゼベトはフェテリシアの首を絞めはじめる。喉に指が食い込むが、フェテリシアは顔色も変えない。そんな彼女をエールゼベトは狂気に犯された目で、形相で首を絞めている。まともな思考をしているように見えない。

「お前が、お前が、お前がっ!! 生まれてきたことが間違いだっ! バケモノめっ! くそ、なぜだ、神よ、大いなる帝国の神よっ! なんだ、この仕打ちはっ!! 何かの間違い――!」

フェテリシアは、なにも云わない。
無表情で、ただ元母親を見上げる。

(ああ、この人は、こんなによわかったんだ……)

肉体的にも、そして精神的にも。
魔法が使えないというだけでこの状態だ。
絶対的な強者だと思っていた。
天塔騎士とされた今でさえ、心の強さではきっと上だと思ってた。でも違った。
この人は――歪んだ誇りの上に作った虚構の塔だった。

フェテリシアは、なんとも思っていなかった元母親に憐憫しか感じなかった。
だから、思わず口を開いた。

「殺す殺す殺す、殺してやるぞ、この出来損ない共がっ!!!!」
「――ボクが出来損ないなら、それを産んだ者はいったいなんなんでしょうね?」
「なんだと、出来損ないのゴミの分際で、この帝国最強魔導師にして最高の魔法研究者たるわたくしに向かって――」
「魔法、使えなくなったんなら、蔑んでるその出来損ないとやらと同じでしょう?」
「――な、んだ、と……?」

 エールゼベトの表情がすとんと落ちた。

「出来損ないとかいってるけど、そりゃ帝国の価値観ではそうかもしれないけど、他国では魔法が使える使えないのは才能の有無でしかなくって、区別はあるけど差別なんてほとんどないし……」

 エールゼベトがガクガクと震えはじめ、顔色は血流さえも止まったかのごとく蒼白を超えて純白に。

「だいたい魔法が使えないことなんて帝国以外じゃ大して意味も……あれ?」

 ヘンな雰囲気に気が付いて言葉を切ったフェテリシアの目の前で、エールゼベトがぐらりと傾いた。
ごしゃっとやばげな音をたてて地面と激突し、ぴくりとも動かない。
 上半身を起こして、不思議そうに小首を傾げるフェテリシアの背後から

「……容赦ない追い打ちにゃ~、さすがフェテリシア!」
『止め、刺しましたね』
「姉さま……さすがに引きます」
「え、え、なに、ボク、ボクが悪いのっ!?」

 三人からのコメントにフェテリシアはおろおろする。
おもわずすがりたくなってセバスチャンのほうを見たが、彼は無言で恭しく礼をして視線を合わせない。その背後で、やはり頭を下げる黒装束たち。
――味方がいない。

「ち、ちがう、ちがうよ、ボク、止め刺す気なんて――」
「さて撤収にゃー、片付けるから少し離れてにゃ~」
『コード=サード少佐、機体ロックの解除を申請します』
「ん~、ダメ。回収機回すからしばらく反省にゃ」
『了解いたしました』
「ノーフェリちゃんはどうするにゃ? |ここ《帝国》はもう居づらいんじゃないかと思うけどにゃ?」
「え、あの……その……」
「あ、ちょっと、話聞いて……」

 弱々しくフェテリシアが声をかけるが、誰も聞いていない。

「うちに来るかにゃ? 亡命の意思があればうちは問題ないにゃ」
「あ、はい」
ねこみみメイドが一瞬だけ威圧したため、ノーフェリが反射的にうなづく。
「よし、うなづいたにゃ? うなづいたにゃ! おっけー、おっけ、ちょーおっけー! 全権委任大使の権限において、亡命許可にゃっ!」
「ちょ、あの……」
「これにて一件落着!」
「落着してなーいっ――あっ!」
 じゃらららんっ!
 鎖の鳴る音とおもにフェテリシアの全身が鎖巻き状態になる。
 鎖ぐるぐる巻きでごろんと地面に転がる。

「にゃははっ! 確保成功にゃ!」
 おーいえーと不思議なダンスを踊るねこみみメイド。

「え? あ、れ? ――なにこれっ! 演算がっ!?」
「むだむだむだむだっ! いま演算できないようにしてるにゃーっ!」
 ねこみみメイドが、ぶぃっと指をつきだす。

 フェテリシアは気付いていないが、ねこみみメイドはフェテリシアの体表面に形成された通信回線によって直接介入したのだ。
 通信回路を形成するナノマシンを二度の接触によって体表面にはりつけていた。一回目はもちろん顔を蹴られた時、そして二回目はノーフェリを介してである。
ねこみみメイドは別にただ趣味だけで姉妹をからかったわけではないのだ。99%は趣味だが。
フェテリシアがそれに気が付かなかったのは、そもそもこのような使い方が出来ることをが解っていなかったこと、そして二種類のナノマシンがそろうことにより増殖・形成するように条件付けされていたため、自動脅威識別システムでは個別に判定して脅威だと認識しなかったためである。
二種類のナノマシンが連携して通信回路を形成し、それを通じてねこみみメイドは密やかに巧妙に制御システムに介入し、機能制限をかけることに成功したのだ。
この辺りは同等のシステムといえど経験の差が大きく出てしまった。

「美少女二人お持ち帰りぃぃRyyy~♪  むっはーっ!!」
「ぎゃー!」
「っ!!!!」
 ねこみみメイドが鎖巻のフェテリシアを肩に抱え、硬直しているノーフェリを腰抱きにして持ち上げる。
「さぁ、めくるめく幻想の世界へ! |約束された秘密の百合園《ゆりんゆりん》がいまここにっ!!!」
 二人の少女を抱えたままねこみみメイドがかろやかに跳び、宙を駆ける。

「あ、ちょっと! 少佐、なに、いったいどうやって服脱がしてんですかっ! ちょ、やぁっ!」
「ふはははぁああっ! よい、よいではないか、よいではないかぁっ!」
 ドップラー効果を伴いながら、遠ざかっていくメイドと|元《・》姉妹。








「わ、たしは……帝国最強の……」
あとには白髪のエールゼベトが残されていた……。




--------------------------------------------------------------------------------------------------

……まさか、まだ書いてるとは考えもしなかった。
適当なところで終わらして、思いつき更新するつもりだったのですが、主力ラインになってるし。
パクス・バニーの合間に書くお気楽てきとー娯楽作品のつもりだったのにどーしてこーなった? どーしてこーなった?

なにわともあれ、皆さまの感想に支えられて続けております。
どうもありがとうございました。今後ともよろしくお願いいたします。


さて、長かくて大不評なこの母親編もようやく終わりました。(そう実はかーちゃん編だったのです、妹編ではなくw)
ネタ詰め込みすぎてものすごい量になってしまいました。普通に作れば、たぶん四分の一以下ですが、あんまり反省していない。このシリーズは書きたいネタ突っ込むだけですから、だけですからっ!

かーちゃん頑張ったんだよ、すっごく! 相手にもされていないけど。
実はぐっちょんパラダイスな○賀○太的シーン続出だったのですが、自重しました。

またセバスチャン達やウィルたちの回収シーンもあったのですが、ストーリ上はべつに要らないので割愛しました。
……この一話だけで100KB近く書いて、大量の没シーンががが。


天塔騎士の能力をだいぶばらしましたが、どう考えても帝国勝てませんが、でもそうでもないのがこのシリーズ。

次章はいよいよ勇者編です。
と、そのまえに幕間の大戦闘編が入ります。
天塔騎士と朧影騎士の大気圏内全開戦闘っ!



[37284] 間章~誇り高き者達の輪舞 前編
Name: 森河尚武◆cea74981 ID:1bfcf0a2
Date: 2014/05/11 23:41
視点がころころ変わります。

ちょっとわかりにくいかもしれません。

------------------------------------------------------------------------------------------------



――その日、帝国本土に大軍勢が侵攻した。

四カ国合同グランリア帝国総侵攻作戦『ティンバーロを鳴らせ』
東のティーナ諸民族共和国。
西のブリタニカ帝国。
南のアフレカ海諸国群島連合。
北のノルニル共同体。
数十年の時をかけて準備された帝国殲滅計画が最終段階に入ったのだ。

帝国とはどうあっても相容れない――各国が下した結論。
言葉はほぼ共通のため、話すことは出来るのに外交も交渉もできない。
意思の疎通が出来ない。
言葉は判るのに、それは決して彼らには届かない。
こちらを見下し、人だとは思っていない――ならば、我らも彼らをそのように扱おう。

各国が総力を結集した陸上戦闘部隊500万、後方部隊1000万、主要艦艇数1200隻、総兵力1800万という有史最大の大軍勢が計画に沿って動き出す様は、まるで陸津波を思わせる。
少数の帝国辺境警邏部隊は捕捉されしだい殲滅され、後方に情報を送ることすらできなかった。
警邏隊地域本部が妙だと気づいた時には、すでに眼前に敵軍が居り、攻撃が始まっていた。

 南から来ていたアフレカ海諸民族連合は完全に情報を統制して、帝国軍に気が付かれぬままに沿岸部を制圧していく。北と西側にあたるブリタニカ帝国およびノルニル共同体の侵攻は、大量の艦艇による陸上砲撃に始まり、沿岸部を徹底的に壊滅させてから悠々と大軍を上陸させた。
沿岸を爆破掘削し、その中に上部が平たい巨艦を入れて投錨と固定を行い、簡易的な基地とした。
他にもいくつもの艦が沿岸部に乗り上げて艦体を固定している。それらは陸上砲台として帝国の方向を睨む。
基地艦の周辺部を工作部隊が整地して滑走路を建設すると、ノルニル共同体の本土から続々と複葉機が飛来する。
攻撃能力はないが、偵察や弾着観測には欠かせないものとして飛行機は認知されており、ノルニル共同体軍では空中偵察軍として一軍を担っていた。
ノルニル共同体政府軍偵察機S-62は布張りの複葉機で、大型水素電池と700馬力という大出力直流電気式動力機関をもつ高性能機だ。多少の悪天候をものともしない安定性と、時速250km/hという高速度、そして作戦行動半径600kmという現代世界水準をはるかに超えた軍用機だ。
ユネカが公開している技術資料を参考にして開発に成功した、あらゆる水分より水素を抽出して蓄える高性能水素電池を搭載したノルニル共同体の最新鋭高速偵察機だ。
今も着陸したS-62を整備兵が機体の外装の一部を開ける。
重心部に設置されている電池箱を取外して、新しい電池箱を挿入していく。
電圧を確認して、操縦席の清掃・点検をしている整備士と外見点検をしていた交代操縦士に伝え、電圧計が正常に稼働していることを確認。
そうして点検を終えた操縦士と偵察士がさっそうと乗り込み飛び立っていく。
彼らは周辺地形を偵察して地図作成を行いつつ、敵軍の警戒をしているのだ。そうやって早期警戒網が敷かれ、刃を研ぎ澄ましながら帝国軍を待ち受けている。

★☆★☆★☆


制圧された沿岸部の都市では、兵士たちが一軒一軒を確認し、住民たちを問答無用に追い出していく。

『魔法を使おうとしたならば、問答無用でその周辺を攻撃する。これに例外はない』

合同軍が街宣車や制圧した放送網を駆使して、帝国民に布告する。
無言で淡々と外に追い出していく兵士たちに市民の一人が食って掛かる。

「く、この、調子に乗るな、蛮族が! 《炎よ、来たり――》っ!!!!! ぎゃあああああっ!!」

 攻撃魔法を使おうとした壮年の男が、周囲の人間ごと射殺される。

『警告する。魔法を使おうとしたならば、問答無用で周辺を攻撃する。これに例外はない』

 抑揚が抑えられた拡声器の声が響く。。

「あなたっ! あなたぁっ! 主人が一体何をしたっていうのよぉ、この人殺しっ!!」
『警告する。魔法を使おうとしたならば、問答無用で周辺を攻撃する。これに例外はない』

妻らしき女性が金切り声でわめくと、まったく同じ抑揚で再び通告される。
発砲した軍人たちも構えを解かない。全周囲を警戒している。
そして一様に無表情で、しかし眼光は射殺せそうなほど鋭い。
布告の声はなにかを押し殺すように感情を抑えられており、そして銃を構えている兵士たちも一様に表情がないことに、ようやく帝国市民たちも気がつき、違和感を感じ始める。

『指示に従って退去せよ。こちらの指示に従わない場合は攻撃する』

沿岸部の帝国住民は首都のほうに追い立てられた。
同盟軍は反抗する者には容赦しなかったが、逃げていく分には邪魔はしなかった。
魔法を使うそぶりを見せた瞬間に老若男女関係なく射殺されたが、そうでなければ凄まじい目つきで睨み付けるだけで手を出そうとはしなかった。
落ち延びていく帝国住民たちは、なぜそこまで憎まれるのか、わからないまま落ち延びていった。


――まともな情報がほとんど入ってこない帝国軍は、指揮統制がとれずに全ての前線で後れを取り、戦線を押し込まれていく。
個人の武勇では特筆できる者も居たが、戦況には全く寄与しなかった。

 ごく一部の地域本部が首都への通報に成功し、軍本部がようやく事態を呑みこみ始めた頃には、実に帝国本土の1/4が制圧されていた。
状況を把握した帝国軍総参謀本部は青くなった。
ここ数カ月で第一軍の壊滅、無敵艦隊の敗北と全軍の2割近くを失っており、軍の再編成を進めていたところに大侵攻が始まった。
強大な戦力と云えども、編成の済んでいない軍などまともには活用できない。ゆえにすぐに動かせる戦力を投入することを提言した。
すなわち、魔装騎士の集中投入である。

とある事情から、魔装騎士の部品供給に問題が生じていたため、なるべく少ない会戦によって敵軍を壊滅させる必要があり、ならば戦力の集中による強力な迎撃戦で事態の打開を図ったのだ。
そうして急遽編成された第零特務魔装騎士師団72騎が帝国首都を出発し、東方より来る蛮族の軍勢を蹴散らす――はずだった。
だが、その戦場において、東方の蛮族――ティーナ民族共和国軍の投入した新兵器「自走砲撃車」により、魔装騎士団はろくに戦果を挙げることもないままに壊滅、敵の侵攻を食い止めることは出来なかった。

開戦後二週間で、帝国は本土の1/3を失う。
帝国市民は追い立てられて首都へと向かい、難民の波となって首都周辺に集まり始める。
手をこまねいている帝国に不満を募らせた避難民たちが待遇改善のデモをはじめ、治安警察に制圧されていく。最初の内は、正面から向き合い要求を聞き届けていたが、すぐに際限のない要求が出始め、さらに暴徒となって略奪を始めるなどの治安悪化を受けて、治安警察もまた強権的に取り締まるようににならざるをえなかったのだ。それがまた弾圧だと避難民たちから非難が出始めて暴徒化するという悪循環に陥り、さらなる治安の悪化が進む。
そうして首都住民と避難民との間の溝は深くなっていき、なんら有効な対策をうてない帝国政府への不満が高まり始めた頃に、ついに皇帝府よりとある布告がなされた。


☆★☆★☆★


 グランリア大魔法帝国首都 ――ルーブル皇帝城 正門前広場――


「偉大なる帝国の民たちよ、待たせてしまったことを申し訳なく思う」

 自信に満ち溢れた若き皇太子の声が大広場の隅々まで響き渡る。
皇帝城正門上にある大テラスに立つ、壮麗にして豪華絢爛な皇太子正衣を纏う金髪の美男子――グランリア大魔法帝国 正統皇太子パーボキュリム・ド・グランリアが大広場に集まった帝国民数万人を前に演説をしていた。

 帝都の空には、幻影魔法によるいくつもの映像中継が展開され、帝都近郊に住む者たちにも映像と声が行き渡る。

「だが、時は来た。愚劣にして蒙昧なる蛮族どもを、わが帝国より駆逐しよう」

力強く断言する皇太子に、民衆はざわめき始める。帝国軍が敗退を続けていることは情報の統制があるとはいえ、暗黙の了解であった。
できるのか、本当に……?
それが集まった帝国民たちの偽らざる本音であった。

「帝国軍が、敗けつづけていることは知っていよう。そして、不安に思う者たちが大勢いることはわかっている」

「不安を持たせたことは、偉大なる帝国の落ち度である。皇太子たる我が認め、そして詫びよう」
ざわめきが大きくなる。間違いを認める皇族など皆無であり、その一方で自信に満ち溢れた若き皇太子の姿はとても頼もしく映った。

「だが、苦難の時であるいまこそ帝国の力を結集し、そして愚かなる蛮族どもを屈服させるのだ!! そのための力を我は用意した。見よ、偉大なる帝国の古き力にしてもっとも新しき力をっ!!」

皇太子が両腕を広げて大きく空を仰ぐ。
つられて見上げた市民たちからどよめきが起こる。

青空を背景に、皇帝城の背後からゆっくりとせり上がってくる巨大ななにか。
それは巨大な、あまりに巨大な船だった。
巨大な葉巻のような形をしたそれは、光学迷彩を焦らすように解除していき、全貌を表していく。

帝都の空を覆い尽くすような巨大な船が帝都上空に滞空した。

――第七世代恒星間航行世代間移民船「富貴な運命を約束された高貴なる我ら」号

かつて人類の栄光の時代に大宇宙をめざし、そして二百年の時を経て母たる地球へと舞い戻ってきた“失われた超科学技術の船”――!。


☆★☆★☆★


中央モニタに映し出されている帝国市民の反応をみながら、艦長は薄く笑った。
「ふ、|愛玩物ども《帝国市民》が阿呆のように口を開けているな」
「仕方ありません。この偉大な船を見て、畏怖するなというのが無理ですよ」
「五百年ぶりの浮上です。もう覚えている者など居らぬでしょう。まったく幸せな連中ですな、この偉大な船を目にすることが出来るなんて」

昏い海中で細々と血をつないできた若手士官たちが、中央モニターに映る眼下の群集を観て興奮したように口々に云う。

光ある地上にこの船が再び飛び立つとき、約束された富貴と栄光の人生がもたらされる。
求め続ければ、いつかきっと夢は叶うのだ――

 度重なる苦難で不幸にも事故で上級指導者たちを失った船団を統率し、この母なる地球へ|帰還《・・》した偉大なる指導者“提督”が残した言葉。
それを信じて、何世代も血をつないできた船員たちは、ついに自分たちの代で、その日を迎えたことを狂喜していた。

眼下に広がる前時代的な都市は、数千年前にこの地にあったとされる都市をライブラリの資料を下にして計画・建設させた。
これは祖先達、偉大なる我ら民族がまだ小さな一国であった頃に憧れていた先進国の街並みだった。先祖の悲願を子孫である我らが達成したということは誇らしい。
また眼下にいる遺伝子調整された見目麗しきヒトモドキたち――自分たちと10%以上遺伝子配列が異なる遺伝子調整されたモノは人類ではないとされている――は、この帝国を名実共に取り戻したときに労働や愛玩用として使えるように設計して自然繁殖させたのだ。
あれらは強い者には服従する性質を備えており、当然のことながら創造主である選ばれた自分たちに逆らえない。
ろくに科学技術も知らず、極小機械制御技術のごくごく一端を“魔法”などと称して悦んでいる無知蒙昧なあれらは、この選ばれた偉大な民である我らが真の礼を教え導いてやらねばならない――。

約500年前、外宇宙より密かに引き返してきたとある民族の移民船団はユネカにやんわりと引き留められながらも、強引に振切ってこの地へと降り立った。

海中に移民船を潜ませ、当時ちいさな集団がばらばらに暮らしていた現地民を集めて遺伝子調整をした特殊な人間を造り、子を増やさせて帝国を建設させた。
船団のライブラリから資料を取り出して、過去のこの地の文明を再現させた。
いつの日か、自分たちがこの地に上がるときに優雅で文明的な生活が出来るように。

そういつの日か、だ。

憎き怨敵ユネカ。

国連人類文明年鑑局を名乗り、この星系に帰ってきた偉大な我らが先祖の船団を攻撃してきた野蛮な戦闘集団。
旗艦である「富貴な運命を約束された高貴なる我ら」号の盾となって何隻もの移民船が犠牲になり、満身創痍でこの地へと降りることとなった千万年憎むべき怨敵ども。
その力に対抗できないと判断した当時の上層部は、海の底にこの巨船を隠し、密やかに時を待つこととした。偉大なる指導部は冷凍睡眠に入り、最低限の維持をする整備員たちが何世代にもわたって艦を修理していった。
子が産める女性が少ないため、彼女らは乗組員の共有財産とされて個人の自由にできなくなった。
数少ない娯楽である性欲の発散は密かに捕まえてきた地上人のメスだった。
遺伝子の違う劣等種だが、姿かたちは見目麗しく、その使い心地も人と変わらないため、欲望の発散に役立たせた。
たまにメスに溺れて役に立たない者が出てきたが、そういったものは処刑された。
また待遇改善を求めてストライキを起こした機関部員や電気保全部、医療部などもことごとく処刑された。
機関部のような、知性のいらない劣悪な者でも務まるような部門は整備機械で代替えが出来、電気配線なども同じだ。
医療など船のメインコンピュータと微小機械制御技術で問題はない。
資料はすべてライブラリにあるからそれで構わないのだ。
優秀で精鋭であるべき栄誉と栄光ある乗組員に地位や待遇に不満を云うような惰弱な者はいらないからだ。
そうやって真に優秀な者だけが選別され、秩序は保たれる。
ときおり目覚める指導部の指示に従って地上の文明に干渉し、伏竜のごとき雌伏の時を過ごしていった。

 稀に遙か上空を通り過ぎていく忌々しきユネカの艦艇がいつしか通過することが無くなり、さらに百年の時が流れた。
やつらは当時ほどの力は無くしたのだろうと推測されていた。
航宙艦はここ百年姿を現さず、ユネカを名乗るのはたかが一人の騎士。
伴っている|巨人人形《シルエット・ドール》はたしかに高い技術力だが、、それとてせいぜい魔装騎士数騎分の力しかないと外見から推測されていた。
所詮、空も飛べぬ陸上兵器など、80%以上の修理を終えたこの艦の敵ではない。
まだ残っている機動兵器でも充分だろうと戦力評価されていた。つまり、相手にもならない。

そう、我々はついにあの忌々しきユネカの不当な監視から解き放たれたのだ――!

乗組員たちは歓喜し、そして総力を挙げて船を浮上させ、現在に至る――


「偉大なる我らが先祖の威光を感じられないほど連中は愚かではないでしょう」
 艦長は、艦橋要員たちの軽口をとがめるでもなく、優雅に脚を組み、指示を出す。
「この偉大な艦が再び空に上がっためでたき祝の門出だ、派手に演出しようではないか。艦水平方向の対空レーザー砲連続照射12秒を用意、下の愚物の合図がありしだい実行せよ」
「了解、艦水平基準面の全周対空レーザー砲を連続照射12秒準備、合図と同時に実行」
対空班班長が命令を伝達する。

船の表面装甲の一部がスライド、小型砲門128基の凝集光レンズが露出する。
そうして下の道化者の合図を待つ……。


☆★☆★☆★


「見よっ!!! これが、これが帝国の秘された真の力――!」
皇太子が腕を大きくひろげると、まるでそれを合図としたかのように、上空にある船の全周にわたって、雷光が集い始める。
雷のような空電音が響き、轟音と共に凄まじい閃光が全天を覆う。
船が全周対空レーザー砲を斉射したのだ。
それらは地平線の彼方まで飛び去って行った。その凄まじいまでのエネルギー量を、帝国市民たちは感じ取っていた。
あれは魔法砲撃以上の威力を持つと。

「我々は、この真にして新たなる力を持って進軍する。蛮族どもを地の果てまで駆逐し、その財貨のすべてを持ち帰り分配することを約束しよう! 」

 皇太子が声を張り上げると、どよめきすら失った広場の隅から小さな声があがった。

「帝国に栄光を」

 まわりの市民が同じように声をあげた

「帝国に栄光を」

声はさざ波のようにに広がっていき、帝国民が唱和していく。

「帝国に栄光を!」

 全市民が声を張り上げ、大きく手を振り上げる。

「帝国に栄光を!!!」
『その兵器の運用はフェアウィルド条約によって禁止されています』

 突如、帝都に響き渡る中性的な声。
同時に空に光輝く巨大な紋章が表れる。
北天からみた|五大陸《・・・》とオリーブの葉の冠、そして“UNECA”と書かれた古代文字――国際連合直属特務機関“地球人類文明記録局”

『フェアウィルド条約締結国は、条項により過去の文明の遺産・遺物を利用した大規模騒乱を禁止しております。これは国家・個人に関わらず、違反として処罰の対象になります』

その組織は、遠いはるか昔より地球文明の記録とその保護を担ってきた。
人々が地球より去り、芽生えた新たな文明を見守り記録する事を任務として活動を続ける世界最古の組織。
だが、それゆえに――

「フェアウィルド条約だと? そんなもの、聞いたこともないわっ! この帝国を処罰するなどと思いあがるな、ユネカどもがっ!!」

以外と条約の内容が失伝されていたりすることもある。

『それは、フェアウィルド条約より脱退する意思があるということでしょうか』

「姿すら現さぬ臆病者どもに、なにが出来るのか! ああ、そうだ。帝国はそのような条約を推進したことなどないっ!!」

 皇太子が天に浮かぶ紋章を睨み上げながら、手を振って宣言する。

『それは通称グランリア大魔法帝国の意志決定であるとしてよろしいのでしょうか。現在登録されている代表者“シャルル・ド・グランリア7世”による宣言ではないため、確認を求めます』

「この私が、帝国だっ! 父上は、この私に全権を委譲されたのだ!」

『では、代表者を“パーボキュリム・ド・グランリア”であると変更して、手続きをいたします。なお、異議申し立てについては最期の宣言を行うまで受け付けます』

皇太子が配下の宮廷魔法士に視線をやるが、彼は首をわずかに振る。
この声の主であるユネカの者の居場所を捜索しているが、まだ発見できず、と通信念話で報告する。

『最後の確認です。代表者権限を持って、フェアウィルド条約を脱退する、このことに相違はありませんか?』
「くどいわっ!! 我らが帝国を甞めるなよ――」
『では、現時刻を持って旧国名---人民民主第四共和国、現在の通称グランリア大魔法帝国はフェアウィルド条約より脱退を承認いたしました。
引き続き、遺物・遺産の回収または破壊を行います』
「ふ、破壊だと。我らの新たなる力を前にして、そう言えるのは大したものだが、思い上がっておるな、片腹痛い……」
皇太子がくつくつと嘲笑う。
 彼は恒星間航行船という巨大な力に酔いしれている。この世全てを支配したのだと信じられるほどの強大な力だ。実際に、この地球上にある国家の戦力では外板にキズをつけることも難しいだろう。それほどの技術格差があるのだ。力に酔いしれるのも無理はなかった。
だが、力は、より大きな力によって潰される――

突如、広場が、いや帝都が暗くなる。

「な――」
皇太子が空を見上げたまま驚愕して固まった。

 ユネカの紋章が浮かぶ空に、波紋のように揺らぎが広がり、なにかが出現していた。
美しい白色の巨大な双胴船。
上空に浮かぶ帝国の新たな力たる船よりもはるかに巨大な船だった。

国際連合本部直属特務機関ユネカ所属 恒星間航行用超光速拠点防衛戦闘船アマノウキフネ

電磁波完全迷彩を解除して現れた白色優美な船体に墨痕鮮やにUNの文字とターコイズブルーで描かれたユネカの紋章。
 全長10キロメートルにも及ぶ巨大な双胴船は、重力制御機関により空間流体まで制御しているため、無音で空に浮かぶ。


☆★☆★☆★


『国際連合本部直属特務機関ユネカ第二艦隊所属“アマノウキフネ” 現時刻を持って通称グランリア大魔法帝国所属の遺物船の武装解除行動を開始します』

 抑揚のない中性的な声が宣告する。
その声に反応するかのように、帝国の巨船の全砲門が開いた。
荷電粒子砲が次々と斉射、さらに対空レーザーが連射される。
船の上部のVLSハッチが次々と開き、大型誘導ミサイルが連続発射される。

エネルギー衝撃波が空間をゆがめて波紋を描き、爆炎が次の爆炎によって吹き飛ばされる。
尽く効果がなかった。
アマノウキフネより少し離れた場所に出現した光の壁によって、全ての攻撃が防がれた。

『こちらは国際連合特務機関ユネカです。攻撃者に告げます。全ての攻撃は無意味です。当方の指示にしたがい、全ての攻撃兵装の安全装置を作動して、動力を停止してください』
勧告が帝都中に響き渡る。
それを無視して、帝国の巨船はさらに猛烈な攻撃を加える。
無数のレーザーが乱舞し、空を覆い尽くさんばかりに大量のミサイルの噴煙が立ち、超電磁レールガが咆吼し、荷電粒子砲の煌めきが大気を焦がす。

轟音と爆炎が間断なく続き――

『攻撃者に告げます。全ての攻撃は無意味です。当方の指示にしたがい、全ての攻撃兵装の安全装置を作動して、動力を停止してください』

 アマノウキフネは小揺るぎもせずに、悠然と空に浮かんでいる。


☆★☆★☆★


「愚かな。そんな巨大な船など良い的、飛んで火に入るなんとやらだっ!! 撃て!」
 「富貴(以下略)」号艦長が号令を下すと、装甲が開き、全砲門が開いた
 16インチ荷電粒子砲24門が一斉に発射される。柱のように赤い荷電粒子束が一瞬でかの船まで届き、510mmレールガンの巨弾が時速1万2千kmで発射され、青い対空レーザーまで投入して撃ちまくる。

「先祖の怨敵すなわち我らが怨敵ユネカの船だっ! 容赦無用、粉々にしろっ!! 撃って、撃って、撃ちまくれ!」
艦橋の遮蔽窓が光量調節し、中央の大モニタが照準線だらけになる。個々の兵装がとにかく照準を合わせて撃ちまくる。
「艦長っ! ミサイル発射許可をっ!!」
「いいぞ、20発まで許可する、撃ちこめっ!!」
「了解っ! 全基一斉発射っ!!」
 攻撃指令と同時にVLSハッチが開き、火焔を吹き上げながら次々と高速誘導ミサイルが射出される。
大量の火焔と煙の尾を引きながら、命令されたターゲットを捕捉し、全速で向かい爆発する。
爆炎が空を覆い尽くしたところで、攻撃を一時停止させる。
「どうだ、どれくらい破壊しか?」
「お待ちください、いま解析――なぁっ!!!」
「どうした?」
「目標、健在です、攻撃の効果、認められませんっ!!」
「ばかなっ! 我が艦の攻撃を受けてなんともないだとっ!!」

 爆煙が晴れていく隙間から、怨敵たる憎きユネカの船が露わになっていく。
まったくの無傷。
周囲を光で描かれたユネカの紋章と、各国語で書かれた諸注意の文言が流れている。

『こちらは国際連合特務機関ユネカです。攻撃者に告げます。全ての攻撃は無意味です。当方の指示にしたがい、全ての攻撃兵装の安全装置を作動して、動力を停止してください』
 なにごともなかったかのようにアマノウキフネは勧告を続ける。
通常通り対デブリ障壁及び大気圏制御を実行していたアマノウキフネは「高貴なる運命を約束された我ら」号の攻撃を攻撃と認識していなかったのだ。

「ば、ばかな、そんなばかなっ! ありえん、ありえん、ありえ――っ!!!!」

「うろたえるな」
初老の男の声が静かに一喝する。

「提督っ!」
 伝説の偉大な提督が、天井から座席ごと降りて、艦長席におさまる。
「艦長、すまんが艦の指揮権をもらえるかね?」
「は、はい、喜んでっ!! 提督が艦橋にいらした、これより指揮を開始する!」
 若き艦長がびしっと敬礼を決めて宣言する。提督は静かに手をあげて指揮権を受け取る。
伝説の提督が指揮を執る、その一事で艦橋の乗組員の狂乱は収まった。
そして、提督は神託のように命令を下す。
「“主砲”発射準備」
「て、提督っ!? 主砲ですか、しかし、あれは……」
「復唱はどうした?」
 提督は悠然と構えている。
「了解しました。これより、主砲発射体制に移行!」
「了解、“主砲”に動力伝達!」
 戦闘班が慌ただしく指示を開始する。


 機関部では大型核融合炉の制御炉心がゆっくりとスライドし、その出力を上昇させる。
「第一、第二主機ともにを稼働率を上昇開始!」
「第一、第二フライホイール回転正常」
 老兵のフライホイールが最後の奉公とばかりにゆるやかに微振動しながら回転し、唸りを上げ始める。
「メインコンデンサーに回路接続、充填を開始!」
 轟音を挙げて巨大スイッチが接続されて充電を開始、メーターの数値がみるみるとあがっていく。



 艦体中心軸線上に設けられた砲室では、巨大な銀塊がレールに乗って送られてくる。それは特殊な合金でつくられた超々硬質弾体。
「弾種かくにーん! 種別は徹甲弾! 装填開始!」
「回路接続よろし。自己点検プログラム開始!」

艦橋には各部署から報告が上がり、主砲発射システムの表示がグリーンになっていくのを見ながら、提督は満足そうにする。

「……教えてやろう。貴様らの敗因は、我らを侮ったことだ。敵を前に余裕など見せるなど愚の骨頂、すぐにでも仕留めるべきだったのだ」

砲口のある艦首を向けて、アップトリムをかける。

「チャンバー内圧力上昇中、現在700Gを突破」
「コンデンサー充填率95%、シアー解放準備にはいります」
「測敵完了、誤差修正完了、照準自動追尾に入ります」
提督が目をつぶりひとりごちる。
「我が永遠無窮の祖国が造り、優秀な我ら民族が五〇〇年間改良を続けた最強の主砲に……貫けぬものなど――ない」

 組んだ手で隠した口元で、敵をあざ笑う。

艦首が変形して、巨大な砲口が露わになる。
12m口径重力制御式巨大レールガン。
対小惑星軌道変更用に開発されたそれは、光速の50%まで加速された重力子徹甲弾により、直径100kmの小惑星ですらぶち抜くことが出来る超兵器だ。

「艦首変形完了、主砲発射準備完了!」

艦長が提督へ向き直り、敬礼をして報告する。
「提督、主砲発射準備完了いたしました」

うむ、と提督はうなずき、一度目元を伏せる。
しばらく、まるで祈るように静かに
刑期の音と、再生されている敵の勧告の声が艦橋に響く。

ついに、憎き怨敵どもの艦を沈める事が出来る。
これが我々の反撃の狼煙だ、受け取るがいい――
万感の思いを込めて提督は命令する。
「主砲“天地轟砕無敵砲”発射――」
「発射っ!!」

がきんっとトリガーが引かれ、巨大な衝撃が巨艦を揺るがした。






------------------------------------------------------------------------------------------------

あやうし! アマノウキフネ!!w



[37284] 間章~誇り高き者達の輪舞 後編
Name: 森河尚武◆cea74981 ID:c716ba83
Date: 2014/05/26 00:12
思ったより早く書き上がりました。

-------------------------------------------------------------------------------------------------------------------

万感の思いを込めて、提督は命令を発した。

「主砲“天地轟砕無敵砲”発射――」
「発射っ!!」

がきんっとトリガーが引かれた。


真空状態の重力|加速路帯《チャンバー》に9億2400万メガワットという途方もない電力が投入され、3000トンの巨弾を超加速させる。
 船の反重力機関二基が最大稼働して12000G超の重力を発生、重力落差を利用して弾頭の亜光速機関が始動。船体中心部を貫く長大な重力|加速路帯《チャンバー》によってさらに加速しながら0.04秒で駆け抜け、艦首の巨大砲口より射出。0.002秒後には光速の50パーセントにも達した。

爆炎ですらない雷神の閃光のごとき白色プラズマ炎を纏って怨敵ユネカの双胴船へ――

刹那、轟爆音と大激震が艦橋を襲った。
艦橋員が席から吹っ飛ばされ、計器の強化アクリル窓が衝撃で粉々に砕ける。
操作卓の上でモニタが次々と火を噴く。
過電流で中央モニタに線が走り、映像が欠損していく。
大音量の緊急警報が鳴り響き、|特級危険警告《レッド・アラート》が表示される。
船体状態モニタの区画が次々と|赤くなり《重大損傷》、真っ赤に染め上げられる。

「どうしたっ! なにが起こった!」
 席からふっとばされて床にたたきつけられた艦長が頭を振りながら立ち上がり、怒鳴る。
よろめきながら操作卓に戻ったオペレータが息を呑む。
「ほ、報告っ! 第三艦橋大破っ!!」
「機関部、大フライホイール崩壊! 主機超核融合炉が緊急停止シーケンスにはいりました!」
機関部オペレータが続ける。
「第一補機|PJ機関《プラズマジェットタービン》の出力が上がりませんっ! 主電源が落ちます!」
「副電源に切り替えろっ! 急げ!」
「だ、だめですっ! 補機出力がまるで足りませんっ! ああっ!!!」
「どうしたっ!!」
「第一補機が爆発!!」
 ろくに整備されていないまま最高出力稼働を余儀なくされた発電機関が不可に耐えきれず爆発、さらに爆発で生じた過電流が電源経路を破損した。次々と小爆発を起こして電纜経路が切断されていく。|非常断線回路《ブレーカ》も勝手に落ちるからと勝手に直結にされている箇所が多数で意味をなさなかった。
そうして電源の主系統と副系統の経路が次々と破壊されて電源が消失していく。
さらに爆発で数百年の間に持ち込まれていた大量の可燃物が燃えはじめて、さらに有毒ガスが発生。
有毒ガス隔壁非常閉鎖シーケンスを始めるが、通路に物が置かれたり、電源が落ちたために閉鎖が出来ず被害が拡大していく。
次々と入る被害報告。
もはや無事な箇所を探す方が難しくなった状態で、最悪の被害報告が入った。

「か、艦長っ!!」
「どうしたっ!」
「りゅ、|竜骨《キール》が――折れています、艦底が、崩壊をはじめましたっ!」
「な、なんだとっ!!」

――彼らは知らない。
この船の建造時のことだが、担当官が造船会社に命令して勝手に材質を変更していたのだ。
竜骨とは船のなかでもっとも重要な部品のため、強度安全率をかなり高くとるのが普通だが、担当官はそんなに強度は必要ないだろうと勝手に材質を変更して発注し、差額を建造会社と山分けしていたのだ
建造会社のほうは自分たちが乗る船でもないし、どうでもよかったのである。
安全基準ぎりぎりの安価な材料を使用し、差額を懐に入れていたのだ。
それでも実はきわめてギリギリながらも安全基準はクリアしていた。
しかし、それはまともな発注者や会社なら決してしないレベルだったのだ。

危険な星系外を数百年という長期間航行する船である。
可能な限り頑丈に建造するのが当然なのだが、担当官や建造会社の考えは違っていたらしい。
安全基準を超えていればそれでいい、自分たちが乗船する船でもないのだからと考えていたのだ。
設計図は共通だが、様々な事情から国ごとに建造されたため
彼らより後に出立した船団は、国連が中心となって建造されるようになっていた。
数百年もの間、星間航行して地球圏まで戻れたのはある意味で奇跡だったのだ。
なお、ユネカの星系周辺部巡航パトロール隊が彼らの船団を強引に拿捕した理由は、構造スキャンで崩壊寸前の危険な船が多かったため、人命を優先したのが真相である。

そうして建造から数百年を経て、さらに百年以上海中に潜んだ。
そして空へと上がったのである。
船に蓄積されたダメージは深刻だった。
そして、とどめを刺したのは、主砲発射の衝撃――ではなかった。


「富貴なる我ら(以下略)」号から構造材や装甲などがばらばらと剥離、落下していく。
船は高度数千メートルに位置しており、さらに巨大なためにそれらは相対的に小さく見えるが、実際には一つ一つが家一軒はある巨大な破片だ。地上に落下すれば深刻な破壊を引き起こすだろう。
しかしそれらが地上に達することは無かった。

大量の破片は、高度数百メートル付近でうっすらと発光する壁に受け止められていた。
燦然と光り輝くユネカの紋章が浮かぶ半透過壁――『 注意! 物理障壁内慣性制御実行中』と各国語で表示された物理障壁。
「富貴なる(以下略)」号を覆う様に半球状の物理障壁が展開されていたのである。
これは重力制御クレーンの展開準備であり、障壁透過設定が一定エネルギーレベル以下の可視光と空気類と設定されていた。
巨砲発射による衝撃波は砲口より鋭三角錐状に生じるため、本来は船体にはほとんど影響がないのだが、この物理障壁によって全反射され、中心点にあった「富貴(以下略)」号に集中してしまったのである。

 艦状態モニタの下層部が全て赤くなり、ついに中央電子頭脳から退去勧告が出される。
『当艦の危険レベルがS級になりました。総員退去を勧告します』
「この船が沈むだと……ばかな、数百年の間、星の海を渡った偉大な船が――」
甚大な被害報告と中央電子頭脳からの勧告に、呆然としながら、はっと気が付いた艦長が中央モニタを見上げる。

「やつは、やつは沈んだかっ!!!」

仰ぎ見たモニタに映っていたのは――やつらの船までのちょうど中間点で空中に停止する巨弾だった。



巨弾の直上に『慣性制御実行中 危険! 危険! 慣性制御システムを搭載していないものを近づけないでください!』とレーザー光源で書かれた|注意表示《CAUTION》ウィンドウ。
そして巨弾の各部から光のラインがいくつも伸び、状況ウィンドウの表示がめまぐるしくスクロールしている。

マイクロブラックホール効果機関-強制停止
反重力反動推進機関-慣性制御による空間座標固定
デブリ対策用シールドバリア-解除
内臓小型核融合炉-設計に不備あり。危険排除のため核融合反応を強制停止。放射性物質の無効化作業を開始
総重量3152.4649トン - 重力制御クレーンによる回収準備
技術レベルC-(恒星間移民が可能。ただし超光速移動技術は保有せず)
……

再びユネカ双胴艦からの勧告がアナウンスされた。

『ただいま受けた物理的衝撃は準惑星破壊可能の攻撃と判定されました。本艦への攻撃と認定、本船はこれより攻撃的自衛行動に入ります。攻撃的自衛行動開始のまえに、攻撃者に対して投降の意思を確認します』

空に大きく光る文字で五ヶ国語で文章が表示され、それが読み上げられる。

『最終勧告です。この勧告が終わり次第120秒以内に代表責任者による投降受諾の意思を表明し、攻撃兵装および動力炉の停止を行って着地してください。投降の意思表明はあらゆる周波帯の電磁波通信・白旗・音声に対応しています。ではこれより120秒です。カウントダウン開始』
もうひとつ枠が浮かび、120と云う数字が表示され、一秒ごとに減っていく。
誰もが、その数字が終わった時に、なにかが起こることを悟らざるをえなかった。
だが、それでも降伏をしようとする者はいなかった。
怨敵ユネカの前に膝を屈するなど、彼らの誇りが許さなかったのである。

天空に掲げられたカウントがゼロになったとき、表示が切り替わる。

『投降の意思表示が確認できませんでした。現時刻をもって攻撃的自衛行動を開始します』
 宣告が告げられると、双胴艦の中央下部でなにかが動き出す。
吊り下げられていた大型コンテナのロックが外れ、ゆっくりと降下をはじめた。

その上には、小さいなにかが居た。
 大型コンテナが双胴船より完全に分離したところで、突如それが白く光り輝きながらゆっくりと広がる。
“アマノウキフネ”よりも大きく広がった白銀に輝く翼。
その間から太陽光がさしこみ、まるで天へと上る階梯のように見える。
さらに光輝く羽毛が舞い広がりながら地上へと降りていく。
広がる白銀の翼の中心は、コンテナの上に乗る小柄な人影。

|慈母のようなほほえみ《アルカイック・スマイル》を浮かべて、白く光り輝く翼をもった肌色の天使が腕を組んで仁王立ちしていた。

白銀に輝く長いポニーテールとうさみみを強風にさらし、周囲を何十何百もの大きな羽毛を舞わせて。


☆★☆★☆★


~同時刻 ユネカ本部第三指令所

中央スクリーンにフェテリシアの中継映像が映った瞬間、司令所では歓喜が爆発した。
「よっしゃ、天使ちゃん演出大成功やっ!!」
「“羽衣”システム、天塔騎士コード=オクタと完全同調中、シミュレーションとの差0.000001%以下! さすが、オレ!」

いえーいっ! 両腕をあげて白衣の男たちがぱちーんと手をあわせる。

「きゃー、おへそまるだし! かわいい!」
「ぷにぷにおしりも丸見えっ! かわいい!」
「ぽっこりおなかっ! かわいい!!」
「こんなキわどい恰好なのに、かわいいなんて……これは罪、罪よぉぉおおっ!! かわいい!」
「くっ、これが若さか――。ちくしょう、やっぱり若い女の方がいいのね、キーーーーー!! くやしい、でもかわいい!」
 ついでにオペレータのお姉さん方もはしゃぐ。

 フェテリシアのまわりにある羽は、浮遊式万能支持椀型慣性制御システム 通称“|天使の羽衣《エンジェル・ウィング》”。
天塔騎士のもつ莫大な計算能力で慣性制御を行いながら、巨大構造物の移動から超精密作業まで行える自在椀だ。
量子コンピュータにより自動的に追従するという優れもの。
見た目が天使の翼であるのは、基礎システムの情報がそういう構造になっているためで、変えるとなるとゼロから設計するのと変わらないので諦められた。


――ここまでは、まぁ、しかし、とりあえず問題はない。(ないのか?

「フェスちゃんのほとんど全裸、かあいいよ、かあいい、はぁはぁ!」
「フェスちゃんのお、おへそーーーーー!! ぶひぃいいいっ!」

「カメラ、カメラっ! こう、前から接近してまわりこみながらパンで最後に顔のずーむあっぷっ!! そうそう、くるっとターンしてポーズみたいにっ!」
「こう、左斜め上から鎖骨を覗き込むように写してっ!! そうそう、まだ第二次性徴前の男の子みたいな感じが最っ高っ!!」
 ハナヂをぽたぽたこぼしながら浮遊式光学迷彩ムービーカメラで写真と動画をとりまくる女性陣。
ボーイッシュな娘最高!同好会所属の彼女たちの合言葉は常にひとつ。――同性だからセクハラじゃないもんっ!

よし、だれかこいつらとめれ。

ちょっと特殊な趣味の彼ら彼女らが大歓喜している理由はフェテリシアのしている格好だった。
――フェテリシアは、ほとんど真っ裸だった。
肌色率なんと驚異の98%(ただしハーフブーツを除く)
胸の先端と脚の付け根のキわどいところギリギリを隠すように羽根状のユニットがふわふわと浮いている。

これぞユネカの伝説にして最近復活された最新の超技術――『|完璧なる隠蔽零号改《無慈悲なホワイト修正くん・バージョン3965》』である。



『――』
「あーまー、そのなんだ……」

指揮所で仁王立ちする今日の指揮官をやらされているアイン大佐は眼をそむけながら
「イきろ――」
『――』
 通信は繋がっているのに無言。とにかく無言で、ひたすらプレッシャーがひしひしと。

(な、なんだってこんなときにわたしが指揮を執らねばならんのだっ!!)

 一番長い付き合いなので、弟子の不機嫌度がもはやMAX値を跳び越えて、怒髪が天にも達しようとしているのを感じ取って、アインの精神力をがりがりと削る。。
弟子の大半の機能を止められているので、戦闘能力は通常の数千分の一以下のはずなのに

――か、勝てる気がしない。こんなのはじめてー

そんなことを思っていたりするあたり、まだ余裕があるようだが。
そして、静かに燃え盛る業炎に、油を注ぐどころか火薬をぶちまけるバカども。
「フェスちゃん、ぜったいだいじょうぶっ! 最新の揺れ制動アルゴリズムにより全方位からの視線をシャットアウトっ!」
「完全浮遊式だから、敏感なお肌にもとってもやさしい!」
「しっかり見せないのに、何も着けていない気分! ほんとに身につけてないからな、HAHAHA!」
「みせてはならないなら、はかねばいいのだ!」
「パーフェクトだ。パーフェクトな論理展開だ!」
「お褒めに預かり恐悦至極!」
「これで児童ポルノ規定も|大丈夫《クリア》、アニメ化も安心だねっ! かかって来いよ、アグネゥス! ボコボコにしてやんよっ!!」

アグネゥスとは児童ポルノ殲滅を掲げた伝説的な女傑で、児童保護団体の聖人/象徴である。
約二千年前の実在女性だとされているが、現在では複数の保護団体指導者の功績をまとめた非実在人物だと云うのが定説である。

「不自然な発光にサヨナラ! オレらは未来に生きている!」
「ねぇ、あれってほんとに絶対に隠されるの?」
「ふっふっふふ。“|AMATERASU《本部超大型量子コンピュータ》”、“|TSUKUYOMI《艦隊司令部大型量子コンピュータ》”の合同シミュレーションにより六垓回の状況シミュレーションでも視線を完全シャットアウトに成功した傑作アルゴリズムだ、どんなシチュエーションにでも対応するぜっ! 俺はやったぜ、やりきったぜ、ねえちゃんっ!」
女性オペレータの問いにYES!と指を立てて解説をする技術部員。

このあと数時間後に訪れる凄惨な惨劇を知らぬまま技術部員たちがひゃっほーと踊り狂う。

――こういう連中が、最先端技術を引っ張っているのである。盛大に頭脳の無駄使いしながら。

「「|有罪《ギルティ》!!」」

一部の女性オペレータが指で首に線を引く。
その瞬間、いえーいとはしゃいでいる技術部員たちの背後にすっくと立ち上がる黒づくめの保安部員たち。がしっと首根っこを掴む。
「連れて行けっ!!」
床を転げまわる男たちを引きずって連行する黒服の保安部。
「な、なにをするっ! この偉大な発明の説明はこれからだというのにっ!」
「ああ、ああ、フェスちゃんの活躍がぁあああっ!」
「まんまるおしりぃーーーーー!」
ぴしゃんっ!
 気密ドアが閉まると声は聞こえなくなった。それでも騒がしいのはあまり変わらないが。

『――』
「うむ。天使と云うコンセプトにおいて、肌の露出が増えるのは古来の絵画を見ても判る様にだな――」
『――』
「つまり、その」
『――』
「だ、だからな――?」
『――』
「……」
『――おい、な、なにか云え……』
 おバカな喧騒を極めてる指揮所で、ひとり泣きたい気分のアイン大佐だった。


☆★☆★☆★


舞い降りる“天使”をおもわず凝視していた艦橋員たちが、敵船からの勧告で我に返る。

「提督っ! どうしますかっ!! 提督――?」

振りかえって艦長の眼に入ったのは、無人の艦長席だった。
あわてて周囲を見渡すが、あの伝説の名提督の姿がどこにもない。

「艦長っ! どうしますかっ!」

 若き艦長は提督のことを考える余裕もなく、命令を下す。

「制空隊を発進させろっ! こうなれば、せめてあのふざけた娘だけでも道づれしてやるっ!!」

「富貴(以下略)」号の上部発進口のハッチが開き、無人機動攻撃機が次々と射出される。
数百機の無尾翼機が銀髪の少女を四方八方から取り囲むと、一斉に多目的ミサイルを発射する。
大量の噴煙の尾を引きながら彼女へと向かって音速の十倍以上で激突する。――彼女の周りの羽毛に。
つぎつぎと砕け散る、ミサイルと羽毛。
羽毛がすいーとミサイルの軌道上に流れて激突、ぐしゃりとミサイル本体がひしゃげて大爆発を起こす。
数千発を超える爆発がありながら、銀髪の少女には全く届かない。
無人機AIがミサイルの効果がないと判断、選30mmガトリングレーザーガンに切り替える。
十数機で編隊を組み、車懸りで銀髪の少女の上下左右から十字砲火を浴びせる。
しかし、羽毛が舞う空間を数百条のレーザー光線はひとつとして突破できない。
羽毛に直撃するレーザー。その瞬間、羽毛は粒子状に分解してレーザーのエネルギーを奪いながら拡散していく。それが何百回とつづくと、しまいには羽毛のない空間でも明後日の方向にねじ曲がり、あるいはUターンして無人機に直撃する。
それは“羽毛”群によるエネルギー粒子撹乱幕領域だ。

数百条のレーザーはふわふわと舞い散る羽毛群によってことごとく阻まれ、中央の少女まで届くのは皆無だった。

美しい銀髪を風にあおられるまま腕を組み仁王立ちする少女――フェテリシアの背中の翼が六枚、分離する。
それはぐにょりと変形して、三角形の美しい前進翼型戦闘機“|万能機動砲塔《フィン》”が出現する。
 甲高い排気音を後に残し、大空を跳ねるようにジグザグ機動をしながら、レーザーガトリング砲で「富貴(以下略)」号の無人機を撃墜していく。
それはあまりにも一方的だった。
数百機もの無人機動兵器群が見る間に減っていくというのに、|万能機動砲塔《フィン》は一機も欠けない、そもそも攻撃が命中しない。
見る間に数を減らしていく機動兵器。
「富貴(以下略)」号から次々と発進しているのだが、補充が追いつかない。

「コンテナだ、あのコンテナを狙えっ!!」

命令がとぶ。
少女が仁王立ちしているコンテナ。それを破壊すれば、墜落するに違いないと判断したのだ。
一部の編隊が牽制の十字砲火を浴びせながらコンテナにむかって残ミサイルを発射。
援護射撃で「富貴(以下略)」号の40mm対空レーザー砲も火を噴く。
さらに残り少ない徹甲大型ミサイルまで投入し、コンテナの側面に直撃する。

――コンテナが|割れた《・・・》。
姿勢制御スラスターを吹かしながら、二つに分離してゆっくりと離れていく。
ゆっくりに見えるが、それは巨大物体であるためで、実際にはかなりの速度だ。
分離したコンテナがみせつけるようにゆっくりと回転しながら変形して、一つの形になっていく。

それはあまりに巨大だった。
それはまさに鉄塊、小山のような鉄塊だった。
それが二つ繋がり、真中より伸びるは不釣り合いなまでに細い柄。
山のごとき巨大な鉄鎚だった。

天使のような銀髪の少女は、目の前にある柄をつかんで、気合一発。

「どぉりゃららああああああいっ!!」

|水蒸気の尾《ヴェイパートレイル》を引きながら持ち上げられる|超巨大鉄鎚《スーパー・ジャイアント・ハンマー》。
壁のような鎚を無人機が避けきれずに激突して爆発、墜落していく。
自分の数万倍の大きさの鉄塊を持ちあげながら、天使の少女――フェテリシアは口上を述べる。

「天使といえば神の使い、そして神と云えば鉄鎚っ!! これぞ“鉄鎚くんバージョン3965”!」

きらきらと光る粒子が虹色の尾を引いて拡散する。(演出)

「いまのボクはとーーーーーーってもごきげんななめなのっ! というわけで、すぐにラクになれるとか思うなよぉおおっ!!!」

完全にやつあたりである。


☆★☆★☆★


 老人が非常灯に照らされる狭い通路をまろびころびながらひた走る。

「わしは死なんぞ! こんなところで死んではならんのじゃっ!!」

制帽はどこかに跳び、略章の並んだ華麗な提督服は薄汚れている。
その通路は、上位ID所持者のみが入れる非常脱出路のひとつだ。
|船下層部《・・・・》にある秘密格納庫につながる通路で、提督と呼ばれている彼しか知らず、また入れない。
 「轟天破砕砲」の巨弾が空中に止められたのを見た瞬間、彼はこの脱出路に飛び込んだ。
この船の最強兵器が赤子の手を捻るがごとくあしらわれたのだ。ならば反撃でこの船は沈む。だが、それは彼の敗北ではない。
「くそっ! こんなことになるのならば、アレを降ろしてくるのではなかった!! アレの中ならば絶対に安全だというのにっ!! 愚かな若造めがっ!! なにが機関に不安があるから降したいだ! こんな事があるだろうから降ろすのには反対だったのだっ!!」
呪詛をはきながら急ぐ。
エネルギー衝撃波が装甲板を叩く震動が通路全体を揺らす。
脚をもたつかせ、よろめきながらも必死に走る。

「わしさえおれば、わが祖国は滅びぬ。何度でも蘇えるのじゃっ!」

 壁に手をつき、息を切らしながら老人は独り言を止めない。

なんとしてでも生き延びる――わしさえ無事ならなんとでもなる。乗組員など所詮コマ、代わりはいくらでもいる。このわしさえ無事ならば、偉大なる祖国、伝説の超帝国は滅びぬ。

専用脱出艇が収められた秘密の格納庫に向かって彼はよたよたと走る。

突如爆音と衝撃が老人に襲い掛かる。

「ぐぎゃぁあっ! ぐぉおお……」

ふきとばされて、壁にしたたかに打ち付けられる。
小さな破片が大提督服を切り裂く。
さらなる爆発が起き、通路の天井が崩れた。

「おおおおおおっ!! ぎゃぁあああああっ!!」
逃げようとした老人の脚が挟まって動けなくなる。

「うぐっ! ぬ、抜けんっ!!」

必死に肢を引っ張り、引き抜こうとするが、びくともしない。
彼はなぜこの自分が、こんな目に遭わなければいけないのか、理解できなかった。

「おおお……。この、わしを誰だと思っておるかっ!! 偉大なる超帝国の大元帥であるぞっ!! 数千兆光年を船団を率いて、母なる我が地球へと帰還した偉大なる伝説の超提督であるぞっ!!」

喚き散らすが、状況は変わらない。
金属が軋む音がし、そちらに怯えた目を向ける。天井材が崩壊しかかっていた。空いた隙間から大量の構造材が奥に見える。爆発で通路上部に壁材、配管や構造材が落ちてきているのだ。

「わしは、このわしは偉大なる伝説の提督、かのグレート・ハーン人民超帝国を統べ――」

天井が完全に崩落し、彼を闇の中へ呑みこんだ。

それが、反乱を起こして地球へと引き返してきた元船団旗艦艦長の最期だった。


☆★☆★☆★


「全砲門斉射! 攻撃兵装自由! あれを落とせ、撃ちまくれ!」
 艦長の号令一下、上部に残っている全兵器が稼働する。
 残り少ないミサイルも惜しげもなく発射、まだ電力が残っているレーザー兵装、対物破砕用41cm荷電粒子砲も砲火を噴く。
惑星改造船でもあるこの船の装備はそのまま兵装にも転用できる。
かの大帰還時にあらゆる外敵から身を守るために改造されたそれらの強力な兵装群が、フェテリシアに向かって情け容赦なく浴びせる。

しかしそのことごとくが“天使の羽”に阻まれて、至近弾にすらならない。
悠然と何事もないかのように肩に担いだ巨大というのもおこがましい鉄鎚を構える。
背中の羽根が広がり、淡く発光しはじめて光り輝く粒子を噴きだす。
同時に「富なんとか」号を囲むように球状の淡い物理障壁が現れ、表面を警告文がくるくると流れる。

『注意! 指定空間内慣性制御実行中!』

「慣性制御出力上昇、軌道設定……」
銀髪少女の網膜に投影されているステータスが大量にスクロールする。
補機 ジオドライブシステム出力20%へ
主機 |次元転換相転移炉《パラドックスドライブ》アイドリング中 使用凍結中
空間制御 実行中
重力・慣性制御 実行中……

いずこからか発されている|泣き女幽霊《バンシー》の泣き声のような甲高い高周波音が高まりはじめる。
まるで力を蓄えるがごとく、徐々に高まっていく。
鉄鎚に表示されている質量値が激しく上昇していき、一千百二十万トンでようやく止まり、ブザー音と共にOKの文字が大きく表示された。

「ぬおおおおおおおりゃああああああああああっ!!!!」

少女が咆えて、構えた鉄鎚を|ぶん回す《フルスイング》。柄が大きくしなる。
慣性制御・空間座標固定で大空の一角を足場として、そのばかげた剛腕をもって巨塊の鉄槌を揮う。
鉄鎚の先端が空力加熱して真っ赤に燃え上がり、端からは|水蒸気の雲の尾《ヴェイパートレイル》が棚引く。



「迎撃しろっ! ぶち壊せっ!!」

迫りくる山脈のごとき鉄鎚へむけて「富(以下略)」号や無人機の荷電粒子砲、対空レーザー、ミサイル攻撃が面白いようにあたるが、何の効果もない絶望的な状況。
必死になにか方法はないかと考えている乗組員たち。
あと十数秒で激突するという予測が出た中、戦闘班班長が不意に席を立って艦橋を出て行こうとする。
「おい、戦闘班長っ! 戦闘中だぞ、どこへ行く! 持ち場を――」
「うるせぇっ! もうこの船は終わりだ! 俺はこんなところで死んでいい男じゃねぇんだよっ!!」
「なんだとっ!! 職務を放棄する気――」
「い、いやだっ!! 死にたくないっ! こんなところで天才な僕は死んじゃいけないんだーーーー!!」
 索敵班班長がわめきながら艦橋の出入り口を開こうとする。
「そ、そうだっ! この俺様がこんなところで死んでいいわけがない! 邪魔だ、どけぇっ! このゴミクズどもっ!」
機関部長が手近な艦橋員を殴って出入口に取りつき、ロックを解除しようとする。
「お前達っ!!」
「うるせぇ、この無能艦長がっ! てめぇの責任だ、最期まで残って死んで同胞達に詫びろっ!」
「なんだと、貴様っ!!」

言い争いしている間にも、ドアを開けて艦橋員たちが職務放棄して次々と逃げ出していった。
機関部、砲塔や対空レーザー兵装の管理者なども次々と逃げ出して、火力が見る間に減少していく。

結局彼らの攻撃をまったく受けつけぬまま、巨大鉄鎚は地表から掬い上げるような軌道で「富(以下略)」号の下層部に叩きつけられ――

ぱ☆かーんっ!

存外軽い音をたてて、巨船を“第二の月”《アルテミス要塞》軌道まで打ち上げた。
 周囲空間ごと実行されていた慣性制御により、衝撃もほとんどなく、物理障壁により周囲の大気ごとであったために周囲の景色を見ていなければ第一宇宙速度を突破していることなど誰も気がつけない。

ユネカ紋章の裏側を、|衝撃波《ソニックブーム》が駈け抜ける
さらに巨大な鉄鎚を振切った風圧で大気圧が極端に減少し、帝都上空に巨大な積乱雲が生じた。
いくつもの稲光が煌めく。
それらを背景に、まるで神話の戦乙女の様に、巨大鉄鎚を構えながら悠然と宙に浮かび、肩で息をしている銀髪の少女。

帝都市民たちは、恐慌するのさえも忘れて神のごときその少女を見上げていた。
次にあの巨大鉄鎚が振り下ろされるのは自分たちだ――そう考えて恐慌になろうとした瞬間

『違法船は接収しました。違法でないものはお返ししますので、お問い合わせください。お問い合わせ先は地球国際連合本部直属特務機関ユネカ事務局までお願いいたします。では、これで失礼いたします』

巨大双胴船より通達がなされる中、鉄鎚がぱたぱたぱたんと折りたたまれて、もとのコンテナに戻り、その上に少女が降り立つ。
そして、翼をを大きく広げ、ゆっくりと上昇していく。
それに付き従うかのように巨大な双胴船も天へと上昇していく。

帝国民はそれを見上げる。
いつのまにか光で書かれたユネカの紋章が消えており、ぽつぽつと雨滴が落ち始める。すぐに本格的に降りだして、雷鳴が轟く。

皇帝城正門上の舞台上で濡れそぼった正装の男――皇太子パーボキュリム・ド・グランリアが呆然としていた。雨がざあざあと降り注ぎ、彼をずぶぬれにしていく。

「ば、か…な。史上最強の力が……相手にもなっておらぬ……だと……? そんなばかな――っ!!!!!」

皇太子が発狂したように叫んだが、誰一人として彼に注意を払わない。













「――真剣に道化でしたわね、|お兄様《ゴミクズ》」
ただ一人だけ、冷たい視線で彼を見下ろして小声でつぶやく娘を除いて。


----------------------------------------------------------------------------------------------------
重力機関や用語などについてのツッコミはなしの方向で。
ノリで使っているので厳密に考えていませんから!



[37284] 間章~帝国の守護神
Name: 森河尚武◆cea74981 ID:7a568ee1
Date: 2014/06/28 23:56

間章その弐です。


--------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------

――第二次補給部隊の護衛をしながら国境を越えたティーナ連邦 第四自動化混成旅団の前に、それらは突如現れた。

旅団の進軍する遠方、遥か遠くで大きな土煙が立ち上った。
異常と判断して進軍停止しようとした旅団の前方に生じた轟音と立ちこめる土煙。
巨大な質量が|落ちた《・・・》音だと気が付いたのは幾人か。

すぐさま戦闘態勢に入った旅団だが、攻撃命令は出されなかった。
可能性が低くとも|味方《共同戦線国》かどうかを確認しなければならないからだ。
結果としてそれは痛恨の誤判断――ではなかった。
なぜならば、|それら《・・・》に接近を許した時点で詰んでいたからである。

薄れていく土煙、その奥に浮かんでくる巨大な人型のシルエット……それは総勢三十騎もの魔装騎士だった。
遠距離から大跳躍して旅団の前に着地したのだ。

 指揮官の命令と共に兵士たちが一斉に発砲。
数千条の弾丸が魔装騎士の表面に大量の火花を散らせる。
しかし、それらは魔装騎士の装甲の前では痛痒すら感じさせない。巨人たちは悠然と隊列を整える。
先頭に立つ銀の豪壮な魔装騎士がゆっくりと見せつけるように巨大な剣を引き抜く。

『調子に乗り過ぎたな、蛮族ども――さぁ、断罪の時は来た。天罰を受けよ』

あざ笑うかのように両目が鈍く光り――蹂躙が始まる。

隊列の崩壊は一瞬だった。
抜いた剣を構えもせずに魔装騎士たちが一斉に駈ける。
大質量が駆けるというだけで生身の人間には圧倒的な脅威だ。
まして人の姿に似せた巨人が駈ける姿は、凄まじい圧迫感で兵士の精神をも押し潰す。
耐えられる兵士などいない。もしいるなら、それはただの無謀な蛮勇でしかない。
――巨体の魔装騎士とて、一騎ならば避けられるかもしれない。
だが隊列を組んだ三十機もの魔装騎士が一斉に駈けるのだ、どこに避ける場所があるというのか?
大地を揺るがしながら|突撃《チャージ》する魔装騎士が先頭集団と衝突する。
宙高く飛ぶ千切れた手足、まき散らされる血風、砕けた鋼鉄の破片。
抵抗する間もなく粉砕。
圧倒的な暴力の豪風が旅団中央を文字通り粉砕していく。

「|緊急《メーデー》!、|緊急《メーデー》! こちら第四旅団!! 十騎以上の魔装騎士に襲げ――」
魔装騎士の突撃衝撃波で通信兵が装置ごと潰れて通信が途切れる。

魔装騎士という巨人の前に生身の兵士など無力。駆けた衝撃波だけで兵士たちが圧潰しながら吹っ飛ぶ。
駈けた後には、轢かれ/潰され/吹き飛ばされ、血飛沫と共に内臓や手足をまき散らしながら兵士は絶命。一方的に汚物のごとき肉塊にされていく。もはや人間の死に様ではない。

兵士たちは恐怖の雄叫びを挙げながら、自分たちの武器を魔装騎士に向ける。
小火器、迫撃砲、小型ロケット弾。散発的な爆発音、そして大質量の物体がまき散らす轟砕音。
ドリフトしながら急停止した装輪自走砲撃車が88mm砲を発砲する、魔装騎士は易々と避けて大剣を投げつける。大剣は自走砲撃車を正面から貫き、大爆発。水素バッテリーが短絡爆発し、装填中の弾薬を誘爆させたのだ。
慌てて離れる僚車を距離を詰めた魔装騎士が蹴り上げ、拾い上げた大剣を叩きつけ、装輪自走砲車を両断せしめる。肩口に光撃魔法陣が展開、極太の光砲撃魔法で薙ぎ払って残車両を掃討する。
赤い焔をあげて小型ロケット弾が飛び、巨人の大剣で叩き斬られて爆散。爆炎を突き破って現れた巨人に自動三輪が踏み潰される。

「撃ちまくれぇえええっ!!」

小隊の指揮官が絶叫し、自らも手に持った小銃を撃ち続ける。
 後のことなど考えなかった。
 ここまで混戦してしまえば、司令部の指揮など意味はない。命令が届く前に状況が変わる。
小隊指揮官が攻撃を命令し、兵士は引き金を引き続けてありったけの火力を目の前の魔装騎士に叩き込む。
補給部隊の護衛でもあったため、弾薬は豊富だ。補給車の中で片っ端から梱包を解き、外へ放り投げるようにしてばらまき、兵士がかき集めて撃ち続ける銃手のもとに実包を積み上げる。湯水のごとく弾薬が消費され、だがしかし魔装騎士の装甲を抜けない。
小火器は無視し、大型火器やロケットランチャーは剣や小光撃魔法で撃ち落しながら、戦場を縦横無尽に駆け巡る。それだけで、兵士たちは踏み潰され、質量衝撃波で内臓が破裂し、四散しながら吹っ飛ばされる。少し離れた場所の兵士も無事ではすまない。
対人掃討光撃魔法の小魔法陣がいくつも展開、小光撃魔法が大量にばらまかれて死をまき散らす。
頭、心臓、手足が撃ちぬかれ、肉片や
無慈悲、無残。そういった言葉ではまだ足りない、一方的な殺戮。
連邦兵士たちは巨象に立ち向かう蟻の軍団でしかなかった。
個人レベルの砲撃魔法や小銃など魔装騎士の装甲の前では豆を投げつけるにも等しく、至近距離では迫撃砲を当てることなど不可能、そして距離をとれば魔装騎士の攻撃魔法が容赦なく降り注ぐ。
一騎当万、万馬破軍の異名は伊達ではない。
魔装騎士は、連邦最強兵器である鉄槌騎士とて援護なしでは渡り合えない超兵器なのだ。
それが三十騎。絶望的な戦力差だった。
魔装騎士の集中投入戦術は先の戦闘で確認されており、連邦参謀本部でも最前線や会戦におけるそれは想定されていた。しかし最前線ではなく国境寄りの補給線に三十機(六個魔装騎士小隊)もの大軍が投入されるとは誰も考えもしなかった。
元来、貴重な兵器であり、先の会戦で大量破壊に成功したため、残騎は多くても四十騎程度だろうと見積もられていた。そのため一度に失う可能性の高い集中投入は避けて、従来の戦術へと戻るだろうと予測されていた。
すぐに補充できる兵器ではないし、失敗した戦術を再度行うとは考えられなかったのである。
そして戦場に投入されるのは、せいぜい八騎。
それ以上は味方兵士との連携が取りにくく、思わぬ被害が生じることが多いと長年の経験で決定された最大投入数。その常識を覆したのは、先の大会戦に投入された魔装騎士だけの軍団だったが、それも隊列を組んで突撃するというだけで新装備である自走砲撃車と鉄槌騎士で簡単にカタがついたのだ。
その戦闘で六十騎以上を破壊したため、残騎数を考えると拠点防衛に使われると判断されて、対魔装騎士戦闘配備と警戒体勢は取られていなかったのだ。
対魔装騎士の切り札である自走砲撃車の砲撃は四発を直撃させたが、接近した魔装騎士に両断された。
陸戦最強兵器である魔装騎士に近づかれてしまえば、破片避け程度の防御力しかない自走砲撃車などいともたやすく破壊される。攻撃魔法の射程外から一方的に撃つというコンセプトで作られているのだから、自明のことだった。

運搬台がジャッキアップされ、上部のシャッターが開く。中に鎮座しているのは平面を主とした結晶装甲を持つティーナ連邦の誇る|巨人人形《ティタンドール》。

『鉄槌騎士《|極北星-参拾六《ポーラスター36》》|出撃《でる》っ!』

出撃準備工程をほぼ全部すっ飛ばして輸送キャリアから発進しようとした鉄槌騎士は、気づいた魔装騎士にキャリアごと叩き斬られ、砲撃魔法を撃ちこまれて破壊される。

最新鋭の装備で編成された旅団が、ただただ蹂躙されていく。
切り札たる鉄槌騎士も自走砲撃車も失った旅団には、もはやなす術がなかった。

「全軍、散れ! 集合地点はコード――」

 旅団司令部から最終命令が発令される。それは、旅団の命令系統を解除し、個人の判断で後退するという禁断の命令である。
もはや司令部が打つ手なしと判断された時に発令されるその命令は、この戦争が始まって初めてであり、全面的な敗北を認めた証であった。

小隊単位での行動が個人になり、それぞれが思い思いの方向に散りはじめる。
それらを追いかけるように数百条の対人光撃魔法が宙を裂き、連邦兵士たちを無造作に絶命させていく。

戦いは帝国の完勝で終わり、掃討戦へと移った。
激突からわずか数十分の攻防、いや殺戮であった。。
戦場は大量の兵器やかつて人であったモノの残骸に満ち、いくつもの炎と煙が上がっている。

魔装騎士は全騎無事であったが、損傷を受けている騎もいくつかあった。
戦場の中心で仁王立ちするひときわ大きな魔装騎士に通信が入る。

『閣下、|蛮族《ゴミ》どもの掃討はあらかた終わりました。少数が東方に逃亡しておりますが、追いますか?』
『奴らには偉大なる我らが帝国を甞めた代償を払ってもらおう。その命でな』
帝国騎士団の団長を務めるアフォンガウス=ルートジェノサイドは重々しく答える。
 魔装騎士の魔力炉は既に定常出力に戻り、貯蔵魔力もまだ六割は残っている。追撃するには充分だった。
『|千万年帝国《ハイ・ミレニアム》の威を理解出来ぬ|蛮族《ゴミ》に懲罰を与えてやらねばならん。永遠不滅たる我らが帝国に叛逆したことの意味を教えてやらねばならん。蛮族どもを駆逐せよ』
 部下たちが了解の意を送り、次々と大跳躍を始めた。


☆★☆★☆★☆★


追撃戦はもはや戦闘ではなかった。
組織的抵抗を止めた連邦兵士たちは背を向けてひたすら祖国へと走る。

『くくく、走れ、走れ、獣人ども。そら、遅れたらこうだぞ』

 小光撃魔法が一条きらめき、最後尾を走っていた猫熊耳の連邦兵士の頭を吹き飛ばす。
もんどりうって倒れる首なし身体を、並走していた別の魔装騎士が踏み潰す。
連邦兵士たちは後方を確認しない、そんな余裕はない。恐怖を顔に貼りつけ、ひたすら命の限り走る。

『ははは、薄情な連中だ、同僚など見向きもせず逃げるか!! さすが獣どもだ、情のないことだなぁっ!!』
その後ろをわざとゆっくりと付いていき、嘲笑いながらときどき光撃魔法を煌めかせる。そのたびに車両が爆発し、胴を両断され、頭を吹き飛ばされ、連邦兵士が命を落とす。

『よし、500メートル先の|10点《頭》に狙撃成功』
『やるな、ならばわたしはこうだっ!』
『む、拡散砲撃魔法で|3点《胴体》を六匹同時に射抜いただと!?』
『ふ、ふふ、どうだ?これで18点だ』
『しゃらくさい、なら、こうだっ!!』
『なんと!? 曲射弾道で|8点《頭頂から下まで》を十匹同時に!?』
 魔装騎士たちは射撃遊びに講じている。
それは命を懸けた闘争ではなく、ただの遊行。
生身の兵士に魔装騎士を倒す術はなく、ひたすら逃げまわる彼ら一方的に殺戮しているのだから。
いや、帝国騎士たちには殺戮という意識すらない。
帝国に従わぬ蛮族など、彼らにすればせいぜいペットか、駆除する虫けらでしかない。
――その虫けらに帝国の都市をいくつも攻め落とされ、同僚が何十人も倒され、何百人もの善良な帝国市民を殺されたことは、彼らの怒りに火をつけた。

誓って奴らを駆除せねばならぬ――。

出陣の儀で固い盟約を誓い、魔装騎士特務懲罰大隊は出撃したのだ。

『そろそろ日が暮れるな。駆除を終えるか。――全騎、拡散砲撃魔法を準……ん? なんだ、あれは?』
 遥か前方に、薄く輝く|遮光布《カーテン》のような光の壁が広がっていた。見渡す限り水平線の彼方まで。
彼らにはよく観えなかったが、その光の壁に所々に浮かぶのはユネカの紋章と、そして複数の言語である文が表示されていた。

“国境封鎖中 越境する場合は担当官の指示に従って武装解除を行い、越境の許可を得ること”

『なんだ、あれは?』
『団長、あれは別に何でもないようです。ケダモノ共が何事もなく抜けてます』

 光の壁を連邦兵士たちは走って抜けていく。入る寸前になにやら表示がされているが、あまりに小さいためか、それは帝国騎士たちには見えていなかった。

『ふん、ならいい。あの先の獣どもを駆除する。ちょうど良い機会だ、一人あたり小光撃魔法を12目標に放て。精密射撃訓練だ』

 外見と豪快な剣技に見合わず注意を怠らない騎士団長の命令。
並んで行進している魔装騎士の周囲にいくつもの小魔法陣が展開する。

『準備でき次第、放て。外すなよ、外したら生身で皇帝城を十周《全周約10キロ》させるからな』
『はは、こんな距離を我らが外すわけないじゃないですかっ! 一番手、いきます!』

 肩口の魔法陣から12条の光束が放たれ――光の壁に触れた瞬間、霧散した。

『は?』

 撃った魔装騎士信じられない光景を見て間抜けな声を出した

『遊びのようなものだが、それでも実戦で手を抜くとは何事だっ、愚か者が!!! あとで修正だっ!!』
『いや、団長っ! 手抜きなんてしてませんってっ! 消えたんですよっ!!』
『バカなことを云うなっ! 魔装騎士が発動した魔法を消滅させるなど、同じ魔装騎士以外不可能だと知っておろうがっ!! 己の未熟を棚に上げて――』
『だ、団長っ!!』
『なんだ、邪魔をするなっ!!』
『そいつの云うことは本当です、たしかにあれを越えられません………!!』
『なにぃい……?』
 魔装騎士の一騎が砲撃魔法を放つ。青い光条は光り輝く壁まで到達すると、拡散して消滅する。
 彼らは気が付かなかったが、命中した箇所を注意深くみれば、文字がスクロールしているのに気が付いたことだろう。

指向性光熱線攻撃を感知
危険度 D-(対人殺傷性 クラス4Aレベル)
攻撃警告なし
通行中の非武装者への照準と認定
JV-2985条約違反:非武装者への一方的殺傷攻撃および非宣告越境攻撃
|領域管理担当者呼び出し中《GMコール》……

フィーン……
どこからか、甲高い高周波音が響き始める。

『――なんの音だ?』
『その光の壁の方から……なんだ、あれ? 風景が歪んでいるぞ……?』
高周波音が徐々に高まる。
光壁の前、なにもない空間が揺らぐ。
風景が波打つように激しく歪む。

唐突に空中に|表示される光文字《空中光学表示ディスプレイ》の警告文――超光速移動《テレポート》到達地点 半径五メートル以内から退避してください。

地には|ユネカの紋章《ターゲットマーカ》、空中に拾、玖、溌……と数字が表示されてくるくる回転しながら|減数《カウントダウン》――。

フィィフィフィィフィィイイイーーーーーン――

|幽霊《バンシー》の泣き声のような猛烈な音が響きわたる。

『警戒態勢っ!! 障壁魔法全開っ!!!』
 魔装騎士たちが隊列を組んで、複合詠唱。
魔法騎士小隊の合同魔法攻撃すら弾く強固な障壁魔法が展開される。

|地にある紋章《ターゲットマーカ》上の空間が揺らめき歪み、巨大な人影のようなものが現れ始め――


ジャーン、ジャーン!

空中の数字が零を表示した瞬間、どこからか豪壮な銅鑼の音が鳴り響く。
光が爆発し、何かが出現――仁王立ちした赤褐色の巨人。

『なんだぁ……?』

巨大な人型は極限まで引き絞られた細身で装甲はほとんどなく、|球状関節《ボール・スライダー》が剥き出しである。
頭部には巨大なブレードアンテナ、肩部から背中にかけて分割装甲が垂れ下がりマントのようになっている。
各所に施された個人識別色《パーソナルカラー》は、鮮やかな黄色。
それはとても美しい巨人人形だった。

『なんだ、あの貧相な魔装騎士もどきは。蛮族どもの新型か?』
『弱そうですな。剣の一撃で折れそうな手足だ』
『籠手がやたらに大きいな。盾の代わりですかね?』

重厚で豪壮な形を愛する若手帝国騎士たちには、流麗な形状は不評だった。
しかし、古参の騎士は若手とはまた違った印象をもったらしい。
最初期の魔装騎士に|よく似ている《・・・・・・》

『実戦には少々不安だが、美しい騎体だな』
『同意ですな』『たしかに』
『ふむ……。よし』

 騎士団長が命令を下す。

『あれを鹵獲するぞ。あまり傷をつけるなよ、陛下に献上するからな』
『了解』

隊列を組み直し、武装を納めた。
そして目の前の巨人兵器に武装解除を命令しようとしたとき、声が響いた。

『ここは通行止めアルね。通りたければ武装を解除して、こちらの指示に従うがよろしー』
 のんきな若い女の声だった。

 赤褐色の巨人の胸部上、巨大な顔の前に赤褐色の袖なしチャイナドレスを着た女が立っていた。
小さな丸い眼鏡を掛け、黒い髪を三つ編みにした20歳過ぎくらいの女性。
兎の耳を模した飾りのついた縁の広い帽子をかぶっている。
ハンドマイクを掲げて、再び通告する。

『ここは通行止めアルね。通りたければ武装を解除して、こちらの指示に従うがよろしー』
 巨人の周囲を次々と連邦兵士たちが駆け抜けていく。見ると装備を捨てて身軽になっている。

『女、我らの邪魔立てをするのか?』
『なにをもって邪魔というのかはわからないケド、この国境表示光壁を武装を持ったまま抜けようとするなら、取り押さえるネー』
『取り押さえる……?』
 一瞬の沈黙の後、品のない大笑いがいくつも響き渡る。

『たった一騎、しかもそんな弱そうなお飾りで我らを取り押さえる? 面白い冗談だなぁっ!!』
『ひゅー、取り押さえられたいぜっ! 夜のベッドでなっ!!』
『早朝の部屋でなら、その程度の冗談でも聞いてやるぞ、女!』
『正気じゃねぇな。ま、顔は悪くないようだから、下手な抵抗しなければ俺たちがかわいがってやるぜ~』
『そうだな、下手な抵抗するなよ。ダルマにしちまうからな~』
 嘲り笑う魔装騎士たちにも怒る素振りすらみせず、チャイナドレスの女はけだるそうに三つ編みにした髪先をいじりながら

『品のない連中ネ。相手にするのもいやダワー、あー早く帰って料理でもしたいアルねー』

 女はけだるげにあくび交じりにつぶやく。緊張した様子すら見せない

『我らを無視するとは、いい度胸だな、女っ!』
『さっさと捕まえよう。いいかげんオスどもの汚い声を聞くのも飽きてたところだ』
『攻めてくる蛮族どもはオスしかいないからなー、殺すときに面白い反応のやつらもいるが、そろそろメスで遊びたいと思ってたところだ』
 舌なめずりせんばかりのイヤらしい声で哂う騎士たち。
 しかし、チャイナドレスの女はまるで気がついていないかのようにのんびりと
『おや、ワタシと遊びたいというアルか?』
『違うな、お前で遊びたいのだ、さっさとそれから降りてこっちに来いよ、遊んでやる』
女は退屈そうにあくびをした。
『マイナス100点ネ。女を誘うどころか相手にもされないタイプねー。まともな女と付き合ったこともないデショ?』
『は、なにを――』
『権力や暴力で女に云うことを聞かせて結婚するタイプでショ、あーナイ、ないアルねー、そういうのはー』
大げさに肩をすくめてみせる。

『女っ!!』

 激昂した魔装騎士の一体が踏み出す。

『情けをかけてやろうというのにその態度とは! いいだろう、すこし教育してやる!! 地面に這いつくばって許しを請え、このメスがっ!!!!!』
がきんっ、と腰の鞘が外れ、抜く手も見せずに巨剣が振り抜かれる。
超速の抜剣は風を巻きながら赤褐色の巨人に吸い込まれ――砕け散った。

『なっ――|精霊銀《ミスリル》剣が折れただとっ!!!』

 操騎士が驚愕する。
斬られたほうではチャイナドレスの女が右腕を挙げ、全くの相似形で紅い巨人が腕を振り上げている。
違うのはその腕に持つ得物だ。

それは剣と云うには巨大すぎ、盾と云うにも巨大すぎた。あまりにもおおざっぱだった。
巨人の二倍はある巨大な平たい鈍色の鉄塊――

『な、なんだそれはっ!!』
『中華八千年の歴史、その真髄たる万能中華包丁ネー。切ってよし、潰してよし、叩いてよし。まさに万能ネー』

それは巨大な中華包丁だった。
巨人よりも大きなそれを、華奢に見える右腕で易々と持っていた。

『女っ! 我らに刃向うかっ!!』
『斬ろうとしたのはソッチねー。そもそも剣を受けとめただけネー』
『剣を砕いておきながらっ!!!』
『受け止めただけで折れるなんて、不良品ダタか?』
『帝国を愚弄するかっ!!! もう許さんぞっ!』
『なんか会話になっていない気がするネ?』

 チャイナドレスの女が小首を傾げると、巨人もまた小首を傾げた。操縦系統がスレイブモードのままなのである。

『我ら世界最強の帝国魔装騎士団に刃向ったこと、死を持って償うがいいっ!!』

『世界最強? なにを寝ぼけたことをイうか。そもそも天塔騎士と朧影騎士に敵うとおもっているアルか?』

心底不思議そうにチャイナドレスの女は問を投げかけた。
帝国魔装騎士団長は唖然とした。

『天塔騎士と朧影騎士だと……? お前がか?』
『そうネ。それでも戦いを挑むアルか?』

ドヤっとした顔で胸を張る。薄い、しかしかろうじて|ある《・・》と判る程度の。
帝国騎士たちは一瞬だけ沈黙すると、一斉に笑い出す。

『われら帝国騎士を差し置いて、世界最強を触れ回る天塔騎士か!」
『ホンモノを見たのは初めてだなっ!! 本当に女だったとはなっ!!』
『そんな、弱そうなのが朧影騎士だとっ! ははは、おおかたその剣も張りぼてかっ!!』
『おー、こわいこわい、とても怖いわー、俺たちじゃかないそうにないわー』

チャイナドレスの女は、なぜ笑われているのかよくわからずにきょとんとしている。

ひとしきり大笑いしたところで、団長が笑いをこらえながら宣言した。

『ちょうど良いわ! 汝を捕まえて帝国騎士団にアフォンガウス・ルートジェノサイドありと知らしめてやるわっ!!』

団長騎が片手をあげると、魔装騎士が一斉に動いて深紅の巨人を包囲する。

『死ぬ前に名乗らせてやろう、天塔騎士よ。倒した者の名も知らなければ喧伝できぬからなぁ、はっ、はっはは!』
『たしかに』『その通りだな』
 部下も追従する。
 三十騎もの魔装騎士に囲まれてもまるで緊張した風もなく、女は告げた。

『天塔騎士第六位シータイホウ・コード=ヘキサ、相棒は乗騎|鮮やかな深紅の海溜まり《デッドエンド・クリムゾン・シー》』
『ふ、第六位か。剣聖ではないのだな、どうせなら剣聖と戦って見たかったが……。ヘキサとやら、せめてもの慈悲を与えてやろう。投降せよ、その機体、破壊するには惜しいからなぁ』
『阿呆アルか?』
『なんだと?』
『なんで投降しなきゃいけないアルか?』
『これだけの魔装騎士に囲まれて勝てるとでも思っているのか? 頭が弱いな、天塔騎士よ。まともに戦力計算もできぬとは』
『たかが30騎で天塔騎士に勝てると思ってるアルか? ああ、思っているから投降せよなどと妄言を吐けるアルか。ごめんアルねー、おつむが弱い子たちだというのを忘れていたネー』
『――メスの分際でっ!!!』
激昂した魔装騎士たちが両側から斬りかかる。魔法騎士の反応速度をそのままスケールアップした剣は、音速にも迫る勢いでクリムゾン・シーへと吸い込まれる。
クリムゾン・シーが動いた。
一歩だけ踏込むとそれだけで斬線から抜け、がっしと両騎の頭部を掴んだ。
巨大中華包丁がどごんと地に突き立つ。

『なにっ!』『な、なんだっ!! 』

みしりと不気味な歪曲音がすると、魔装騎士の頭部があっさりと握りつぶされた。
とたんに魔装騎士の四肢から力が抜け、吊り上げられたようなだらりとした状態になる。

『ま、魔装騎士の頭部を、握りつぶしただと……っ!?』

 誰かが怖れの混じった驚愕の声を上げる。
魔装騎士の頭部には、身体制御と外部情報処理をする魔導計算機が収められている。そのため操騎士や魔法演算炉と同等に重要な箇所であるため、胴体と同様の重装甲が施されている。
その頭部をクリムゾン・シーは握りつぶしたのだ。いったいどれだけの|握力《パワー》があれば出来るのか。
 真っ先にアーレン副長が動いた。こいつはここで倒さねばならぬと直感がささやいたのだ。
『|車懸りの陣《ジェットストリーム》だ、行くぞっ!!』
土砂を後方に掻き上げて魔装騎士が次々と加速。

『《強力無双剣》!!!』
銀色に輝く魔法炎をまとったアーレンが真っ向から剣を豪速で振り下ろす。
魔装騎士のパワーを限界まで底上げし、さらに振りおろしに特化したその剣技は、城塞の門すら砕くっ!!!
その恐るべき剛剣を赤褐色の巨人は指一本で弾いた。出来た間/懐へ、一歩踏み込む。
姿勢を崩した副長の両脇から新たな魔装騎士がすれ違いざまに剣を薙ぐ。さらに副長機の後方という死角から魔装騎士が跳びあがり、剣を突き刺そうとする。
すべて同時の攻撃を、クリムゾン・シーはさらに上回る反応を見せた。
そのまま副長機の脇をもう一歩踏み込み、くるりと上半身を翻す。伸ばした指先に倒れかかってきた巨大中華包丁の持ち手があり、指で挟んで手首を返し――ぶぉんっ!と振り回した。
それだけで四騎の魔装騎士がまとめて弾き飛ばされた。
巨大中華包丁の平たい面ではたかれたのだ。宙を回転しながら弾道飛行して地面と激突する。
魔装騎士に大きな損傷はないが、中の操騎士は激しい回転に意識を失っていた。

『光砲撃魔法、一斉連続掃射!』

 騎士団長の命が発されると、魔装騎士たちの正面に小型魔法陣がいくつも展開された。数十騎が一斉に光撃魔法を放つ。
数百条の光撃魔法がばらまかれ、土煙や小爆発を巻き起こす。
熱光砲撃を悠然と回避する朱い巨人。命中しそうなものは両手の大包丁を傾けて弾く。
その大量魔法砲撃がひとつも命中しない。だが、それは驚異的ではあるが予想外ではなかった。そして狙いもそこではなかった。

『はぁあああああっ!!』
 副長騎が神速の踏込を敢行する。踏込と同時に全身がぶれて四騎に分裂する。
土煙を利用した多重残像分身攻撃――そして、神速の抜剣で四か所を狙う。
帝国騎士団副長アーレンの得意とする魔装騎士四重攻撃、これを回避できる者は帝国でも片手に足りない。
決まった、と誰もが思った。

『――視えてるヨ?』
『――っ!?』

絶対零度の悪寒がアーレンを貫く。咄嗟に踏込脚で全力で地面を蹴って反転。

『――ぐぅううっ!!』

凄まじい慣性に耐えて歯を食いしばる。地面を削り、土煙を巻き上げながら副長騎が一瞬で後退する。

『いい反応ネ。ちょと面白くなてきたネ』
『な、なんだ、こ、いつは――っ!!』

 副長アーレンは操縦席で肩で息をする。心臓が激しく動悸し、全身の汗が止まらない。額から滝のように汗が流れて騎士服を濡らす。

『あと0.1秒、反応が遅かったら操縦席を斬れたネ』

巨大な鉈――曰くチュウカ包丁というらしい――が、赤褐色巨人の胸の高さで止められていた。
そこは寸前に本体の自分が居た位置だということに気がつき、背筋が凍りつく。
あまりに濃密な死を感じて身体が動揺しているとようやく自覚した

『なにをやっておるか、アーレンっ!! せっかくの好機を無駄にするとは、この臆病者がっ!!』
『団長……こ、いつは……強敵です……!!』

 動悸が収まらないまま思わず声を上げたアーレン副長に、騎士団長の叱責の声が飛ぶ

『こ、の臆病者めっ!! たかが女に怯えて後退するなど、帝国騎士にあるまじき失態だっ!! もういい、敗北主義者などわが《虹を纏う白帝馬》帝国騎士団にはいらぬっ!! 副長の任と、騎士資格を剥奪するっ!!』
『団長っ!』『いくらなんでも!?』『副長は我らの中でも腕利きです、たかが一度の失態で剥奪とは』『再考をっ!』
共有通信回線に騎士たちの再考を促す声が駆け巡った。
『わかった。この戦いが終わるまでは、そのままだ。同僚たちに感謝するがいい。だが、醜態をさらせば、判るな? 死力を尽くせ』
『はっ! 団長のご恩情に感謝いたします』

『相談は終わったカ?』
 のんびりとした女の声が響く。
 赤褐色の巨人人形は中華包丁を地面に突き刺して柄に手を添え、戦闘の構えもなくゆったりと立っている。

『ふ、逃げぬとは殊勝なことよ』
『逃げる? なぜ?』
『魔装騎士を四騎も倒したことはそれなりに腕が立つと誉めてやろう。その機体の性能も嘗めてかかった騎士の油断もあろうがな。だが、低級騎士を倒した程度で勝てると思うのは、愚か者だ。余裕を見せるから逃げることもできなくなる』

剣を抜いた魔装騎士がクリムゾン・シーを何重にも取り囲んでいた。

『まぁ何百騎いても関係ないけどネー』
『世迷言を、頭がおかしいのか?』
『ソチラこそ、さっきの攻防をみて判らなかったカ?』
『たかが四騎やられただけではないか。負け犬どもはあとで処分するとして、どのような卑怯な手を使ったが判らんが、その機体のパワーは大したものだ』
『まぁネー』
『くくく、よし、ひとつ提案をしてやろう』
『聞くだけなら聞いてあげるネ』
『その機体をこちらに渡せ。そうすれば|命だけは《・・・・》助けてやるぞ』
『命だけはということは、それ以外は保証しない、つまり、お前たちの慰み者になれと? あいかわらず帝国人は下種だネ?』
『なにを云うか、偉大な帝国の民の中でも真に選良たる我ら騎士の役に立てるのだ、望外の喜びであろう? それが理解出来ぬとは、いやはや……なんと嘆かわしいことか』
『ま、どちらにせよ考慮にも値しないアルね。そもそも――天塔騎士と朧影騎士に勝てるとおもてる時点で、勘違いしているからネ?』
『ふ、世迷言をっ! 三十騎もの魔装騎士を相手に、さらには世界最強、真の剣聖たるこのアフォンガウス=ルートジェノサイドを敵に回して、勝てると思うとはっ!! ははは、いい度胸だ、だが愚か者だっ!!』
魔装騎士たちが一斉に嗤う。

しかし、ヘキサは気にした様子もなく、むしろ面白そうに魔装騎士達を見回している。
まるで緊張しない彼女に帝国騎士たちが不気味さを感じた頃に、ようやく口を開く。

『――で、誰から死にたいアルか?』
『甞めるな、女ごときがぁあああっ!!!』

特に緊張もせず、そしてごく当たり前のように言い放ったその言葉に、憤怒した帝国騎士たちが一斉に魔法砲撃を放つ。
光撃、火炎、雷の三属性魔法が全方位から大量に放たれ、檻を形成する。
魔法攻撃で作られた、死地。絶対死の檻が赤褐色の巨人人形を隙間なく取り囲み――次の瞬間。
 クリムゾン=シーが魔装騎士の一騎の前に出現していた。両手の巨大中華包丁を振り下ろした姿勢。

『“三枚おろし”』

魔装騎士の肩口から股間部にかけてズレはじめ、操縦漕のある胴体が地面に落ちる。
その両脇には、巨大中華包丁が地面に振り下ろされていた。
断面は磨かれた鏡の様に綺麗で、まるで構造模型のようにすべてが丸見えだった。
思い出したかのように魔導筋肉から青白い魔力粒子が噴出し始め、立っていた両脚が崩れるように膝をついて転がった。

『魔装騎士は食べられないのが難点ネ。二本脚で食べられない唯一のモノね』

巨大中華包丁をぐいっと持ち上げて肩に担ぎ、くるりと背後を向く。

『うわぁああああっ!!』

 ずり落ちた胴体から、いまさら騎士の驚愕の声が発される。

『く、よくもトロラをっ!!』
 別の魔装騎士がヘキサの背後から斬りかかる。

『“ぶつ切り”』
 ヘキサはそちらを見もせず担いでいた巨大中華包丁を無造作に振り回し、魔装騎士の胴体を叩き斬る。
慣性を無視した動きの返し包丁で頭部を刎ねとばした。

魔装騎士の頭部がくるくると回って宙を飛ぶ。あぜんとそれを見上げている帝国騎士たちに声がかけられる。

『よそ見してていいアルか?』

慌てて前方を見やると、赤褐色の巨人人形の姿がない。
いったいいつ動いたのか、魔装騎士たちの中心に両手に中華包丁を大きく広げて悠然と立っていた。
その足元には、両手両脚が斬られた魔装騎士が転がっている。

『よくもブルートーをっ!! はぁあああああっ!!』

仲間をやられた騎士たちが怒りの声を上げ、裂帛の気を挙げて斬りかかり――一撃で頭部を刎ね跳ばされた。

『まだだっ! たかが姿勢制御演算器がなくなっただけだ、そんなもの自分で制御すれば――』
返す包丁で腰断。ゆっくりと上半身がずり落ちた。

『フレームを叩き斬っただと!!』

 魔装騎士のもっとも頑丈な箇所は実は装甲ではない。
人間でいえば背骨にあたる部分に堅牢無比なフレームがあるのだ。ここは制御中枢が通り、操縦者を衝撃から守る重要な可動フレームで、その材質には帝国最高強度を誇る|黄金神代鉄《ハイ・オリハルコン》が使われている。これを破壊することは魔装騎士ですら不可能だ。
このフレームは特殊な炉を使用して鋳造し、膨大な時間をかけて魔導加工をする必要があり、製造は時間と困難を極める。
そのために魔装騎士は大量生産できないのだ。
例え戦場で撃破されても、このフレームは必ず残るため回収され、新たな魔装騎士のフレームとなる。
それくらいに頑丈であり、瞬間破壊することは絶対に不可能と帝国技術院が太鼓判を押していた超剛性のフレームを斬った。
 信じられない光景に掛かろうとしていた帝国騎士が動きを止めた。
魔装騎士の上半身がどすんと地に落ちた音に反応したかのように、全員がいったん距離を取った。

『距離をとってもいいアルか?』

警告のように注意を促すと、巨大包丁を一振り。魔装騎士の頭部が冗談のように次々と刎ね跳ばされる。

『っ! まさか|伝説の武技《モータースキル》“遠間斬り”かっ!!』

 巨人人形の大質量を乗せた衝撃波の斬技は帝国では途絶えていたのだ。
しかし、彼女たち天塔騎士にしてみれば|本能《・・》で使える程度だ。
不可視の衝撃波に、なす術もなく斬られていく魔装騎士。魔法砲撃も簡単に迎撃されて攻撃の様を成していない。
何人かは、かろうじて躱しているが、反撃の糸口がつかめず、じりじりと距離をとってしまう。

 赤褐色の巨人人形が不意に立ち止まった。

『このまま終わっちゃうアルか?』

 そういいながら、かわいらしく小首を傾げて見せる。
足元には累々と転がる魔装騎士の残骸。既に半数以上が脱落していた。

一歩を踏み出すと、剣を構えている魔装騎士たちが一歩下がった――脚を引いてしまった。
恐怖を感じたのだ。
最強兵器たる魔装騎士が、こうも容易く破壊されるということに。

ぎりぎりと歯ぎしりしながら団長が名を呼ぶ。
『……アーレン』
『はい、団長』
『少しだけ時間を稼げ』
『判りました』
 即座に答えた帝国騎士団副長が、前に出る。

『おや、何か面白いことをするアルか?』
 ヘキサは何をするのか待っている。

『|全力突撃《フル・チャージ》っ!!』
全方位から音速突撃。
 大剣を腰だめに構えた刺突体勢。後方に土をめくり上げながらクリムゾン・シーめがけて一斉に突進。
 豪快な破砕音。みると、ほとんど衝突寸前の魔装騎士たちが互いの脇から対面にいる魔装騎士の大剣を突きだしている。ほんのわずかにタイミングを誤れば、操縦漕を突き刺してしまう危険な体勢。それを可能とした高い錬度。
しかし、その中心部に赤褐色の巨人は居ない。
『上だっ!』
魔装騎士の一人が怒鳴り、一斉に頭をあげる。上空を縦回転しながら両腕の大中華包丁を振り回し、跳躍して斬りつけようとした魔装騎士を剣ごと叩き斬った。
『バカめ――』
 三騎が動く。着地点に殺到。
それを見越したクリムゾン・シーがぶん回した大中華包丁を起点に機体を明後日の方向へ跳ばした。
魔装騎士が唖然として、動きを止める。
ずしんと着地。
我に返った彼らが慌てて振り返るが、遅い。クリムゾン・シーは既に踏み込んで――

『“叩きつけ”』

ばきんっ

大質量同士が激突した轟音。三騎まとめて吹っ飛ばされる。
魔装騎士が|絶好の機会《チャンス》とばかりに背後から斬りかかり、逆に肩口から腕を斬りとばされる。
逆手に持った大中華包丁が持ち返られてクリムゾン・シーの大半を覆い、撃ちこまれてきた大量の光弾を受ける。
その場に大中華包丁を残して跳びあがり、光弾をばらまく魔装騎士を上から強襲。

『“カブト割り”』

鈍刃は頭部を叩き割って、操縦漕の直上まで食い込む。
身体制御が出来なくなり、魔装騎士の上に着地したクリムゾンシーの重さもあって魔装騎士は大地に沈み轟音を立てた。

『よし、奴は得物を失ったっ! 好機だ、突撃っ!!』

残った魔装騎士たちが光弾を撃ちながら、音速突撃する。

『他に武器がないなんて云ってないネー』

ヘキサは慌てず騒がず、背後の武装ラックからそれを引き抜く。
軽く横に揮うと、折りたたまれていた柄が伸び、先端がぱたぱたと変形して巨大な刀身になる。
刀身には伝説の青竜を模した華麗な装飾が施されている。

ドルンっ!!!!!!!

|それ《・・》が震え、地獄の底から伝わるような重低音が轟く。

シャリシャリシャリガリギャリギャリギャルギャルガルバルルルルルルルッ!!!!

小さい磨れ音から、一連なりの音となる。みれば刃部分の縁を小さな刃群が高速で走り回っている。

四方から突撃してきた魔装騎士が同時に斬りかかる。
クリムゾン・シーが一閃
大剣が斬りとばされる。頭部がくるくると空中を舞った。

『四騎まとめてだとっ!!』
『あなたで五騎だネ?』
 声と共に空から強襲しようとしていた魔装騎士の腕と両足がズレて、空中分解した。


『な、なんだ、その切れ味はっ!!』
 指揮を執っていたアーレンが驚愕する。
その武器は、斬っても揮う速度が全く落ちない。
魔装騎士の装甲をまるでバターを切るかのように。

『ふ、ふ、ふ。先史上の最強武人“|関那国王《かんのなのくにのおう》”が愛用した超重量長柄武器、銘を“冷艶鋸”。それを科学技術で再現した冷艶鋸・改! この世のありとあらゆるものをぶった切るネー!』

 それは青竜偃月刀を模した巨大チェーンソーだった。炭素分子結晶《スーパーダイヤモンドコーティング》結合処理された刃は、地上世界に存在するありとあらゆるものを叩き斬る。
 ……さっきも|なんかすごいの《ハイ・オリハルコン》叩き切ってなかったけ?
ちなみに鋸の文字が入っているからチェーンソーになったというのは技術部のお茶目である。
大中華包丁よりは軽そうだが、より武器らしい重量級武器を軽々と扱ってみせるクリムゾン・シーを前にして残っている魔装騎士たちは動けなくなった。
数十秒の攻防で五騎以上の魔装騎士が損壊している。

アーレン騎が一歩進みで、剣を正眼に構えた。

『認めよう――貴様は強い。俺よりも』
『まぁ、当然ネ』
 副長が静かに気迫を込めて実力を肯定する。ヘキサは気のない返事。

『だが――届かぬほどではないっ!!』
 裂帛の気合を挙げて、踏込む。極端に低い姿勢で地面をなめるように鋭く早く飛燕のごとく。
 地表すれすれから斬り上げられた剣。音速を超えた剣先から衝撃波が伸び、ギリギリで躱したヘキサ騎の装甲表面を叩きながら切り上げ

『イイよ、イイ剣技だネ~』
『その余裕が命取りだっ!!』

返す剣はさらに加速。袈裟切り。
それを余裕をみせるかのようにくるりと副長騎の背面に回り込み――

『そう来ると思ったぞっ!!』
『オオう!?』

 副長騎が密かに背中側に展開していた魔法陣から大量の光弾が撃ちだされる。
地面に片腕をつき、身体を強引に回しながら剣を大車輪のごとく回転させながら鋭く斬りあげ――止められた。
『っ!!』

 剣を持った手首が掴まれていた。
予想していた位置に敵巨人人形はおらず、逆位置で魔装騎士の手首を掴んでいた。
装甲からちりちりと放熱音。超高速機動のために空力加熱されたのだ。
その表面には光弾が命中した痕跡すらない。それはことごとく躱したということだ。

『ちょとだけヒヤっとしたね。でも、これでおしまいアルよー』
『――ぬぅおおおっ!!!』
|女幽霊《バンシー》の泣き声のような甲高い音が小さく響き始める。
 いったいどれだけのパワーがあるのか、片腕で引っこ抜くように魔装騎士の巨体をぶん投げた。
 空中でかろうじて姿勢制御に成功して墜落寸前でなんとか着地する。
巨大な衝撃が襲い掛かり、無様に倒れた。無茶な角度のでの墜落で関節部が歪み、装甲板が剥落する。もはやまともな機動はできないだろう。

『さぁ、次は誰ネー?』

『仕えん奴め!! しょせん武技一辺倒の下賤な輩かっ! くっ、まだか、まだ出力が足り――!?』
 焦るアフォンガウスの耳に警告音が聞こえた。
同時に操縦室内にさまざまな光が走り、空中に文字が表示される。

警告 人工重力波動を検知
   最優先排除対象を確認しました
   出力制限を解除
   対シルエット戦闘モード『Hyper-Mode』を起動…… 

『きたか、≪ハイペル・モデエ≫!!』
 操縦室内が変形をはじめ、操縦系統の切り替わっていく。 
『――《|神力解放最大《パワーマキシマム》》、《全制限解除》!!』
 気合の声を上げて、指示を音声入力。
団長騎の各部の装甲が展開し、内側から紅い金色の輝きが漏れ始める。

『ん?』
 そこでなにかに気がついたようにヘキサがようやく団長騎のほうへ振り向く。
その隙を観てとり、アーレンが動いた。邪魔になった装甲を除装し、地を駆ける。
内部機構が露出したほとんど素体状態の愛騎は、彼に応える。
装甲や余計な冷却材などを捨てて、軽量化した副長騎は数十メートルの距離をわずか二歩で踏破し、腰だめにしていた大剣を全力で突きだす。
その強力な突撃をいなそうとして、ヘキサは少し迷ってしまった。

(下手にいなしたら、死んじゃうネー)

余分なものをそぎ落としたアーレン騎は、操縦席までも見える状態だった。
そこにいる黒髪褐色肌の男は、静かな闘志を秘めた黒目でクリムゾン・シーをねめつけている。

(ところで、なかなかイイ顔つきネ。殺すにはもったいないカ?)

そこまで考えて、偃月刀を一閃、腕と両足を斬りとばす。陸上兵器である魔装騎士は、脚と腕がなくなれば戦闘能力の大半を失う。魔法攻撃など天塔騎士には中らない――。

『まだだっ!!!!』

 アーレンが咆えた。
背に増幅収束した竜巻魔法を叩きつけて、強引に跳ねる。
頭部の隊長騎を示す長大な角が青白く発光した。最後の武器であるエネルギーホーン。
それは飾りに見せかけた隠し武器だ。これを使うことは帝国騎士として恥とまでされる、真に最後の武装。
大きくのけぞって、クリムゾン・シーに叩きつけるっ!!

『――ナンとっ!』

 飾りだと思っていた角が荷電粒子剣となってクリムゾン・シーの胸部に突き刺さりそうになる寸前で掴んだ。本能で起動させた|虚言法則力場《パラドックス・フィールド》と荷電粒子が甲高い金切音と火花が盛大に飛び散る。

『これを、防ぐかぁっ!!!』

(あ、なんかいいネー)

 血反吐を吐くようなアーレンの絶叫に、ヘキサはちょっときゅんっとした。
なかなか好みのイイ声だったのだ。
心の底から本音を叫ぶ時、そのヒトの性質が判ると思ってるヘキサにとって、アーレンの悲痛な絶叫は興味を引いた。

ごしゃっ!!
 魔装騎士が圧潰する音。

『――あっ、しまったネっ! ……よかった、死んでないネー』

余計なことを考えたせいか、掴んだまま地面に魔装騎士を叩きつけていた。圧潰音でようやく気がついたのだ。

『役立たず共めっ! 時間を稼げというのにっ! くそ、まだか、《|双銀鍵守護神魔導転換炉《ツイン・エーテル・リアクター》》はなぜ動かんっ!!』
 大破した副長騎に向かって喚き散らすアフォンガウス
それに呼応するかのように、|女幽霊《バンシー》の絶叫のような甲高い音が大きく響きはじめる。
団長騎の装甲の各部が展開し、内部の発光体が露出、紅い黄金の発光体から粒子が噴出してくる。
背面のスリットから煌めく黄金色の粒子が噴き出し、光の翼を形成する。
背中に格納されていた円弧状の部品が展開されて、まるで光輪のようになる
頭部の装甲が変形し、無機質なフェイスマスクの顔面がぐるんと入れ替わる。
怒りの形相の鬼面へと。
さらに頭部装甲の庇にあった一本角が開かれてV字角になる。

『おおおおっ!』

アフォンガウスの咆哮と共に、黄金の魔装騎士は拳を合わせ、天へと突き上げた。

それは神話から蘇った現代の伝説。
虐げられた民族の、救世の祈りが具現化した、民族の誇りと威信の守護神。
伝説の黒鉄の城にして魔装騎士の原型たる超巨人が神の力で蘇った黄金の城、魔装騎神がここに降臨した。

『全力になるのも久しぶりよ、 感謝してやるぞ、天塔騎士!! 帝国最強たるわしは、強すぎて全力をだすことなぞ、そうそうないからなぁ、はははっ!』
『ほう? 帝国最強はエールゼベト・ド・ゴルドだと聞いたことがあるけどネ?』
『ふ、アレはもはや帝国人でもなんでもないわ。無名の何者かに負けるなどと恥をさらしおって。まったくアレはただの幸運でよい道具を手に入れただけの愚物よ!』

背に装着されていた|巨大な馬上槍《ランス》を引き抜き、ぶぅんと振り回す。

『世の無知蒙昧な輩どもは、やれ天塔騎士が強いだの、剣聖が最強だの、エクスかリバーを使うヤツが強いだのと口やかましいが、真に最強なのはこのわし、帝国の守護神たる武聖アフォンガウス・ルートジェノサイドなのだと知らしめてやるわ! このグランリア大魔法帝国の真・守護神騎“|勝利の真・神装騎《ゴッド・オブ・グレート・テコーン・ヴィクトリー》”とともになっ!!』
『真・守護神騎?』
『そうだ、これこそが真に最強の|巨人人形《ティタン・ドール》! 朧影騎士だ、神像巨人が最強だなどと云われるが、笑止! みよ、この美しさ、力強さっ! まさに史上最強の名にふさわしき偉容よっ!』

槍を突き立てて、高らかに笑う帝国騎士団長にヘキサは一言

『……悪趣味ネ』

 アフォンガウスは絶句した。

『“ナーカム・マキア”をわざわざ黄金色に演出するなんて、ムダなうえにむしろ性能低下を起こしてるネ。形も今一つね、変形前のほうがよっぽどカッコよかたね。全体的にただの悪趣味ネ』
『この神々しく力強き美しさが判らぬとは……なんと哀れな……』

 アフォンガウスは哀れみさえも感じた。神より見放された真に痴愚な者たちを。

『ああ、なんと愚かな……降臨した武神を目の前にして、それとも判らぬとは。やはり我らのような優れた選良が導いてやらねばならんのだなぁ……』
『あほうアルか。そんなおもちゃに乗って喜んで増長するようなのに指導者を任せるほど、人類は困ってナイあるね』
心穏やかに真理を説くアフォンガウスにヘキサはばっさりと斬った。
『ふ、おもちゃだと? ならばそのおもちゃの威力、とくと思い知るがいいっ!!!』

左腕を持ち上げると椀部装甲が開く。60mm六連装ビームガトリング砲。
 砲身が滑らかに回転を始め、大量の光弾を吐き出す。
ヘキサは秒間700発を越える掃射をあえて正面から受け止める。避けるのはたやすいが、至近の撃破した魔装騎士が巻き添えになる位置取りだったからだ。
正面の電磁バリアが何百という着弾で煌めき、負荷がかかる。

『ふむ、さすがにこの程度では効かぬか。ならば、これはどうかなっ!! 《ハイ・ブラストファイヤー》!!!』
腕をクロスさせ、胸を反らせる。
胸部装甲が開き、リング状仮想表示が空中に投影される。荷電粒子砲の電磁力場砲身だ。
カっと暴力的に煌めくと膨大な青白い荷電粒子の噴流が大地を削りながらクリムゾン・シーをめがけて直進する。

『っ!?』

 ヘキサは、はじめて焦りを見せる。
まさか味方ごと撃つとは想像もしていなかったのだ。
 クリムゾン・シーの防御力場を一気に増大化、荷電粒子砲を受け止める。
拮抗する場ごと|衝撃力場《カンウンターフィールド》を起動した偃月刀で打ち上げる。
天空を昇っていく膨大な荷電粒子束。
それはまるで竜が昇るがごとくうねりながら大気圏外まで駈け上がった。

『くかかかっ! やはり砲撃など通用せぬかっ!! よい、よいぞっ! やはり武神たる我の超武技にて葬ってやるわっ!! 』
『あほうナノですかっ! あなたの味方がまだいるアルねっ!!』
『役立たずな味方なぞ、死んでいる方がましだわっ! 足を引っ張られぬからなぁっ!! わしの足元にも及ばぬ者どもなど代わりなどいくらでもいるわい!! 何年鍛えてやっても使えぬものなどっ!!』
吐き捨てるアフォンガウスにヘキサは絶句する。仲間や味方だと思ったことなどないただの駒だと言い切ったのだ。

『あー、しちめんどくさいことになったアルねー』

 そうなると、やたらに殺してはいけない制限があるヘキサは、この辺に転がっている帝国騎士たちもある程度は守ってやる必要が出てきて、頭痛がする。

『まずは小手調べだ、付いてこれるか、天塔騎士よっ!!』

黄金の魔装騎神が槍をしごいて踏み込む。
爆発的な速度、ただの一歩で音速の壁を越え、クリムゾン・シーの眼前まで踏み込み、突いた。
躱したクリムゾンシーに反撃を許さず連続突きを繰り出す。

『そりゃそりゃそりゃっ!!』

 猛攻撃。
秒間10回を越える突きをクリムゾン・シーはいなしてかわす。
衝撃波が撒き散らされ、複数の甲高い激突音が一連なりになって爆音となる。
三十合を越えたところで、テコーン・ヴィクトリーがいきなり回し蹴りを放つ。
クリムゾンシーは身体ごと回転して躱して、振り向きざまに手刀を放つ――寸前に大きく退避した。
回し蹴りが変化して、頭上から強襲してきたのだ。
躱した脚が振り下ろされて、ずどんっと地面が陥没する。

『ふ、なかなかやりおるなっ! だが、これはただの肩慣らしよっ!』

ぶぅんっと|巨大馬上槍《ランス》を揮うと、槍身が輝きだす。

『天界より降臨せし聖武具“神聖槍グングニール”! 聖光を纏いしこの槍、その身で受けらば斬れるぞっ!!』

アフォンガウスは青白い輝きを放つ馬上槍を突きつけ、堂々と宣告する。

『うーん、さすがに少し出力上げないとダメあるかネー』

 ヘキサはあいかわらずのんびりとした声で唸る。仕方ないかと、相転移炉の出力を最小出力から|安定待機出力《アイドリング》まで引き上げた。女幽霊の甲高い泣き声のような音が少し高まり始める。

『イ・スーンシー流槍術奥義が一“大車輪”!! はぁあああっ! 』

地を這うように低い位置からの逆袈裟斬り。
真・守護神騎の有り余るパワーによって、それは音速を超えて槍の姿がぶれる。
それ自体は難なく避け、音速衝撃波がクリムゾン・シーの表面装甲を叩く。
槍を斬りあげた勢いを殺さずさらに機体を回して再び逆袈裟斬りを繰り返す。
それが二回続く。同じように避けたクリムゾン・シーを今度はいきなり方向を変えた薙ぎ払いが襲う。
まぁ、それもなんなく避けるのだが。

『ふ、これを避けるか。ならば、これはどうかなぁっ!!! イ・スーンシー流槍術奥義が三“蛇の目”!!』

槍を振りながら突きだす。
それはまるで蛇のようにしなりながら音速をはるかに越える速度でクリムゾン・シーを襲い――

『めんどくさいネ……』

衝撃波が爆発した。土煙が上空まで巻き上がる。

『なにぃいいっ!! わが槍を掴むだとっ!!』

驚愕するアフォンガウス。クリムゾン・シーは難なく槍身を掴んでいた。
超音速程度の突きなど、ヘキサにとって止まっているのと大差ない。
防御力場が甲高い絶叫と火花を盛大にあげて槍の攻撃力場と拮抗している。

『ぬぅうんっ!』

 槍を引き剥がして、テコーン・ヴィクトリーが後退する。それほど力を込めていなかったクリムゾンシーは抗わなかった。

『やるな、天塔騎士! わが聖槍を受け止めるとはっ! だが、その手、聖光に灼かれて無傷ではあるまいっ!! わが槍を受けることもかなわぬだろうよ、くかかかっ!!』
『……』

 ヘキサはあほらしくなってきた。
物理的ダメージは特にない。防御力場にエネルギーは消費されたが、それとて定常出力で補充できる程度だ。
特に大きなダメージがないことにこの男は気がついていないらしい。

『食らえ、わが絶槍技をっ!!』

 槍を後ろに引き、豪快に薙ぎ払う。クリムゾン・シーは偃月刀で無造作に迎撃する。
大質量がぶつかり合い、互いに弾かれる、反対方向から薙ぎ、互いに弾かれる、今度は唐立割り、弾かれる。

『ぬぅ、ぉお、くぅっ! はぁっ! やるな、わが槍技を、しかも聖槍を何度も弾くとは、なかなかの業物であるか、その大刀!』

互いの斬撃力場が干渉して相殺し合い、虹色の光芒が煌めき、甲高い拮抗音が響き続ける。

『ぬぅううんっ!』

 アフォンガウスが渾身の力を込めて槍を振り落す。振り上げられる大刀と激突し、何十合目かの切り結び。
しかし、アフォンガウスはそのまま押し切ろうと、機体のパワーを上げる。
みしみしと不気味な軋み音を上げて槍と大刀は拮抗する。
しかしクリムゾン・シーは涼しい顔どころか、パワーを上げることもない。
ただの力比べをばかばかしく感じたヘキサは、テ-コン・ビクトリーを片足で蹴りつけた。

『ぬぅうおおっ!』

 かなり吹っ飛ばされたテコーン・ビクトリーが重量音をあげて着地する。
槍を突きつけて怒鳴る。

『武神たるわしを足蹴にするとはっ!! なんという下種な技をっ! きさま、下民の出かっ!!』
『ええー。さきほど足技使っていたアルよね?』
アフォンガウスは確かに回し蹴りをしていた。しかし、それは彼の論理からはなにもおかしなところがない。

『わしが使うは伝承の神聖武技であるっ! 下民の技とは格が違うわっ!!』
『……云ってる意味がぜんぜんわからないアル』 

 武技に格があるという論理。
ヘキサの長い人生の中でも聞いたことは無かった。
ぶっちゃけると、どんな方法でも勝てばよいというのが本来の武技である。
そこに格式やルールなどを求めたら、それは武道やスポーツである。
それは置いておくとしても、彼アフォンガウスの戦う姿は、見るほどのなにかもない。
ご自慢の武技とやらも、技が洗練されているわけでもなく、意外な技もない。
完全に性能に依存しただけの力押し。これなら――

『……さっきのアーレン=サンとやらのほうが、よっぽど強かったネ』

――その言葉は、アフォンガウスにも届いていた

『……なん、だと』

 アフォンガウスの声が平坦になった。聞き捨てならない言葉だった。戯言を、とも思った。
だが、眼前にいる天塔騎士は、己ほどでもないにせよ強者であることを認めるにやぶさかではないほどの実力者だ。
それが、よりにもよってあの役立たずのほうが強いなどと云うとは。

『あの小僧のほうがわしより強いだと……?』
『この子にキズを負わせそうになったからネ』

 技だけで、このクリムゾン・シーに剣を届かせそうになったのだ。
おもわず出力を上げて回避してしまったが、魔装騎士に合わせて性能制限をかけていた彼女は彼に少し感心していた。

『ふ……ふふ……ふはははははははははははっ!』

 アフォンガウス不気味な笑い声をあげた。

『わしが、この武神たるわしが、あの小僧より劣るだと……天塔騎士の眼も節穴よなぁ……』

 ゆらりとゆらめいて、テコーン・ビクトリーが槍を構えた。

『我が絶槍技にて、何もわからぬうちに死ぬがよいっ!』

 槍を構える。
 様子見のためにクリムゾン・シーもまた、自然体で偃月刀を構えた。

『《神力解放》、《神速歩法》!! 我が槍は、光速を越える――武神超絶技“神移絶槍”!!!』

瞬間、テコーン・ビクトリーは虹色の眉に包まれ、輝く翼から黄金色の粒子を噴出。
巨体が絶大な加速を開始。

『うぉおおおおおおおおおおっ!!!!!』

簡易慣性制御が間に合わず、猛烈なGを咆えて耐える。
音速を超え、光と闇の狭間を光の疾さで駆けて敵を貫――

『これが光速だというなら、ワタシたちがしているのはなんなんだろうネー』

 のんびりとした女の声が聞こえ、猛烈な衝撃が操縦漕を襲う。
前後左右天地も判らない掻き回すような衝撃。
簡易慣性制御の操縦漕では衝撃吸収しきれず、操縦桿やスイッチパネルなどに散々に打ち付ける。

『う、ぐう……な、なにが……』

まるで壁に激突したかのような衝撃だった。
アフォンガウスが頭を振りながら映像窓を見ると、目の前に無傷の赤褐色の巨人が横倒し――いや、自騎が倒れているのだとわかった。そして――

『なっ! 腕が、腕がっ!!』

赤褐色の巨人の手には黄金色に輝く腕と馬上槍。激突した一瞬で、もぎ取られたのだ。

『ちょっと強度の見込み間違えたネー。もうちょい頑丈だと思たアルね』
『――く、たかが腕一本、なくても問題ないわっ!!』
亡失から立ち直ったアフォンガウスが咆えた。
まだ最後の奥の手が残されているっ!!! 
過去一度も使うことのなかった技、未知の究極技に天塔騎士といえども――
 テコーン・ヴィクトリーが腰から豪壮なつくりの大剣を引き抜き、大上段に構える。

『ぉおおおおおおおおおおっ!!!!!』

 アフォンガウスが腹の底から裂帛の気合をあげ、光の翼から輝く粒子を噴出させて、神速領域へと入る。

『ぉおおおおおっ!!』
『はいな~』

互いの武器が交差する。冷艶鋸・改の刃が大剣ごとテコーン・ヴィクトリーの腕を肩口から斬った。
これで武装が破壊されたが――

『るらぁあああっ!!』

 アフォンガウスが咆え、タックルを敢行する。クリムゾン・シーは特に避けず、テコーン・ヴィクトリーの頭部を掴んで抑えた。

『――かかったなっ!!!』

テコーン・ヴィクトリーの背面装甲が展開し、六本の腕が現れる。四本の腕がクリムゾン・シーの腕と肩を掴んで固定した。

『これぞ最終最強の姿――|阿修羅神形態《アシュラ・モード》っ!! 両腕を抑え込まれれば、もはや攻撃できまいっ!!』
『あー……』

 ヘキサがなかば呆れているが、彼は気がつかなかった。|零距離戦闘《モータルコンバット》では原則として魔法は使わない。自騎も巻き込まれる恐れがあるからだ。
もっとも、天塔騎士や朧影騎士にはそれは当てはまらないのだが、ヘキサはめんどくさいのでパスしている。

『ここが、お前の|死に場所《デッド・エンド》だ、天塔騎士ぃいい!!』

残る二本の腕に握られた青白く輝く|太身短剣《グラディウス》が情け容赦なく操縦漕のある胸部に突き刺さ――

『――バカな、なぜ動けるかっ!!』

 クリムゾン・シーが指先に短剣二つを抓んでいた。テコーン・ヴィクトリーのそれだった。

『|朧影騎士《シルエット》のパワーをなめ過ぎネ』

その腕を掴んでいたはずの四本の腕は、みごとにひしゃげていた。

『で、まだなにか大道芸はアルのか? いや、タネが観えてるから大道芸ほど面白くもナイあるけどね』
『ば、ばかなっ――』

最後の奥の手をあっさりとなにごともなく無効にされ、アフォンガウスは絶句した。
最強と自負する武技と魔装騎神を大破させてまで追い込まれたというのに、全く通じていない。
そして大道芸とまで蔑まされた。

『ば、かなっ!! そんな莫迦なぁああっ!! なぜだ、どうしてやられないっ!! 武神たるわしに逆らうかぁあああっ!!』

テコーン・ヴィクトリーが身体を捩るが、頭部を抑え込まれているために攻撃にもならない。

『史上最強の武神たるわしが、ろくに胸もない小娘に敗けるなど――』
『――あ゛あ゛ん゛? 胸のことは関係ねーだろ、胸のことは――』

 ――空気が凍った。絶対零度まで。
周囲にいた魔装騎士たちまで気圧されて凍りつく。それは|なにかを間違えれば死地《即死の選択肢》へと変わるという予感が頭をよぎる。
クリムゾン・シーの色が|褪せていき《・・・》影絵のような平坦になっていく。
逆に漏れ出す気配は、一騎当千の帝国騎士たちを凍りつかせていた。
 口調だけで人が殺せるほどの気を漏らしながら、ヘキサが尋ねた。

『|なにがない《・・・・・》小娘だって?』
『あ、あ゛……』

幻聴が彼の耳に響く。――ここが、貴様の|死地《デッドエンド》だ。

 凄まじい|圧迫感《プレッシャー》に、アフォンガウスは口すら動けない。
下腹部から生暖かいものが滴り落ちて操縦漕を汚すが、本人は気がついてない。

 彼は、ヘキサの持つコンプレックスの超ど真ん中を撃ちぬいてしまったのだ。
ゆえにこれから起きることは戦闘ではない――ただの“処刑”だ。

ゆらりとクリムゾン・シーが動いた。いや、動いていない。
ゆらぎながら赤褐色の巨人がもう一騎現れた。
クリムゾン・シーと同じ輪郭。冷艶鋸・改を|左腕《・・》に持った自然体の姿勢。
影絵のように平坦な赤褐色の巨人が鏡写しの双子としてそこに居た。

――伝承にいわく。

|それ《・・》は影絵のようにおぼろげに現れる。
光があれば、いくつにも見える影絵のように、どこにでもいくつでも現れる、一騎当千の巨人人形。
ゆえにその名を|朧影騎士《シルエット》――

二騎のクリムゾン・シーの双眼が、鋭く光った。
一騎目が掴んでいたテコーン・ヴィクトリーを放り投げる/両騎とも冷艶鋸・改を地面に突き刺す。

『ひぅいいいいぃっ!!!!』

アフォンガウスはなにもできない。
映像漕に映る二騎の赤褐色の巨人に恐怖して顔を引きつらせ恥も外聞もなく悲鳴をあげる。
重力に従って墜ちるテコーン・ビクトリーに向かってクリムゾン・シーたちが両腕を構え――

どごんっ!!!

凄まじい轟音と共に打ち上げと振り下ろしの拳が突き刺さった。
いつ移動したのか、テコーン・ビクトリーの前後に双子の巨人は居た。
前から腹部に、後ろから延髄部分に拳を叩きつけている。綺麗に拳の形に装甲が凹んでいる。

『なぁ、|なにがない《・・・・・》小娘だって?』
『なぁ、教えてクレよ?』

操縦漕の機器に激しく頭をっぶつけたアフォンガウスは応えられない。

『おら、答エロよ』 がんっ!
『そうだ、云えヨ』 ガンッ!

 クリムゾン・シーたちが交互に拳を叩きつける。そのたびにテコーン・ビクトリーは浮き上がって地面に落される。

『おら、おらっ、云えよ』 がんっがんっ!
『そうだ、おら、そうだ、答えろよ』 ガンッガンッ!

だんだん拳を打ち付ける速度が速くなる。忙しなく浮き上がって落ちるテコーン・ビクトリー。

『おら、答えるネ、おらおらおらっ』
『おらおらおらおらおらおららららららぁっ!!!』

ごがガがガがガがガがガがガがガがガがガがガがガがガがガがガがガがガがガがガがガがガがガがガっ!!

鈍い打撃音が轟く。クリムゾンシーたちが両腕を霞ませ、黄金巨人を殴りつける。
黄金色の装甲が剥落も許されずに圧縮されていく。

『『胸が小さいののなにが悪いとイうかーーーー!!』』

拳と蹴りのコンビネーションがさく裂する。さらに|拳打蹴打掌底膝打高蹴打《ラッシュラッシュラッシュラッシュ》。
ありとあらゆる格闘打撃コンビネーションが、地面から空からテコーン・ビクトリーに叩き込まれる。

『あばばばばばばばっ!!!』

攻撃を受け続けるテコーン・ビクトリーは防御態勢を取ることも出来ない。
同時にかつ攻撃軸線が完璧に一致するように攻撃が叩き込まれているため、機体がその場にはりつけられて一歩も動けない。
威力は相殺されるが、代わりに四方八方から衝撃が浸透して機体内部を、操縦漕を掻き回す。
直接殴られているわけでもないのにアフォンガウスは操縦室内に叩き付けられてズタボロになっていく。

『なーにが、「おれ、やっぱり|ない《・・》とダメなんだ、おっぱい! おっぱいサイコー!!」カー! 死ネ、いますぐジャンピング・ザ・DOGEZA敢行してクビ折って死ネーーーー!! そして|アノ女《剣聖》! これみよがしにゆさゆささせヤがってっ!! 剣を揮うのに邪魔ネっ! いつかモいだるネーーーーーー!!!』
『ああーん!? あんな脂肪の塊で女の価値が決まるってそんなの絶対おかしいネーーーー!!!!  男より|ない《胸が》ってそんなわけアルかーーーー!!』

ろくでもない内容が同じ声で異口異音で叫ばれる。
もう完全に八つ当たりである。

ごがガがガギィがガがガがガがガがガギィがガがガがガがガがガギィガガギィがガがガがガがガがガがガがガギィがガがガっ!!

打撃音が一連なりとなり、テコーン・ヴィクトリーがコンパクトになっていく。
半分以下にまで潰されたそれをがっしと首根っこ/頭を掴んで

『『シャーーーーーーーっ!!!!!』』

ドゴンッ!!

豪快に地面に叩きつけた。轟音が撒き散らされながら地面が陥没し、中心からいくつものひび割れが生じる。
テコーン・ヴィクトリーだったものが、爆心地の中心になかば埋まっていた。
片方のクリムゾン・シーが揺らぎ、空中に溶け込むように消えながら他方と一つになる。

『ふぅ……久々に拳使ってすっきりしたネ。おや――?』

 残っていたはずの魔装騎士が一騎も居なくなっていた。
センサを確認すると数キロ以上離れた場所を猛スピードで帝都の方向へ向かっている。

国境緩衝地帯を越えていく権限は与えられていないので放置する。射撃ももちろん禁止だ。
べつに帝国軍を殲滅しに来たわけではないのだ。もちろん連邦軍を救援に来たわけでもない。
そう、彼女はこの国境の光壁の番人であり、強引に突破しようとする者を排除するために来ただけだ。


『帝国騎士は下種な上に本当に根性なしネー。あ、でも、|さきの男《アーレン》はちょといい感じだったカモね』

拾ってイこうカネーなどとつぶやきながら、上空待機している|清掃部隊《メイドロボチーム》に連絡・指示をするために通信回線を開いた。

シータイホウ・コード=ヘキサ。
自称“花も恥じらう|20才《永遠乙女》”である。








☆★☆★☆★






----------------------------------------------------------------------------------------------------
朧影騎士の本格稼働シーンが出ていなかったので、説明がてら。

しかし、主人公機は出番がない、剣士のくせに刀は使わない、脱ぐのはイヤといいながら肌をみせるのは躊躇しないなどなど、主人公でありながらまともに動いたことがないですなー。



[37284] 第六章 滅国の少女騎士 <1>
Name: 森河尚武◆cea74981 ID:45babd5a
Date: 2014/08/10 00:09
最終章 始めます。

--------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------

いくつもの詠唱が朗々と響く。
窓一つない儀式場。天井/壁/床に精緻な魔力導路が縦横無尽に描かれ、ゆっくりと明滅している。
白銀と翡翠色の荘厳な儀式衣に身を包んだ男女たちが“真なる言語”を口々に唱える。
時に大きく、時に小さく、いくつもの唸りをもつ呪文の輪唱。
精神を研ぎ澄まして集中力を高め、あふれるように汗を拭きだしながらもなお途切れることなく。
清らかな光を発する魔力導路がまるで脈動するように揺らめき、魔力が循環する。

淡い清浄な魔力光をくゆらせる立体魔導方陣。その中心部に少女が居る。

少女は帝室伝来の巨大な聖十字杖を奉じて祈りを捧げる。

カーラ・ド・グランリア。
帝国の第七姫、"聖光の皇姫"と帝国民に親しまれている黄金色の髪をした美しい少女である。

「全にして一、一にして全、全ての父たる偉大にして崇高な太祖神よ、どうか我らを救いたまえ。異形・異神を奉じる悪逆非道な侵略者の手より我らを救いたまえ」

 全身全霊をもって祈る彼女の透き通るような肌は、赤みを帯びて玉のような汗をいくつも浮かべている。
 心をこめて祈りを捧げる真摯な姿は、|白銀と緋の薄絹の聖魔導衣《聖なる巫女の衣》とあいまって神々しさえあった。

聖なる巫女姫が神へと救世を訴える中でも、朗々たる輪唱は止まらない。
一心不乱に魔力制御の真言を唱え続け魔力導路へと注ぎ続ける。
薬物を使用して極限まで集中力を高めた彼らは、儀式を終えたのちに廃人になることだろう。
だがその恐怖をも乗り越えて彼らは遂行する。
帝国を救う。
愛する祖国がこの滅びの危機より脱する。その礎となるならば、この命など惜しくない。
――彼らは理解はしている。
この大儀式が失敗すれば、全てが終わるのだと……

帝国が総力を挙げて執り行う大儀式。
 仇敵同士である帝国宮廷魔法団『翡翠の仮面』と宮廷騎士団『白銀の断罪十字』が手を取り合って儀式に挑む異常の光景。
 帝国を護り支えているのは自分たちであると気高き誇りをもつがゆえに、決して相手を認めず、少しでも隙あらばつるし上げて糾弾するのが常である。
その互いに憎しみ合う万年憎悪の不倶戴天の敵と、手を組む。
それはいったいどこまでの屈辱か……だが、そうすることが必要だった。――そこまで帝国は追い込まれていた。

 儀式場にはもう前線には出れない老体と、いまだ実戦経験のない若手がほとんどだ。
それらを統率するのは宮廷魔法長レオン・ド・ゴルド。
 謎の敵によって娘たちと妻を尽く失った愚かな男。
しかもその敵はかつて廃嫡した娘だと噂されており、かの家の名望は地に堕ちた。
既に廃家は間違いなく、この儀式をもって彼は地位を追われるだろうと確実視されていた。
だが、彼は眉間に皺を寄せながらもそれらの悪意や嘲笑に言い返すこともなく、この大儀式の準備を粛々と進めた。
いまも質の異なる個人魔力を一つに結節し、魔導陣に流す要役を淡々としている。その技量はさすがだと、この儀式場に居る若者たちは素直に、老練者たちもまた皮肉気に感嘆していた。
 
 いまここに居ない円熟期にある騎士や魔法師たちは首都グランリア目前にまで迫った最前線に出撃しており、蛮族どもと熾烈な戦闘を繰り広げていた。
雲霞のごとく攻め寄せる亜人どもの大群を前に、押されながらも防ぎつづけている。
この帝都にも、ときおり戦いの音、遠雷や木霊のような大魔法による余波の音や爆発音が聞こえ始めており、帝都市民に戦争が迫っていることを感じさせていた。
帝国五千年の歴史において、一度も許さなかった帝都近郊への敵の侵入。
戦争の足音が近づき、帝都民たちは不安を抱き始めていた。
絶対的な帝国への信仰が揺らぎ始めている。
永遠不滅のグランリア大魔法超帝国が、なぜ滅亡の危機に瀕しているのか。
ほんの少し前まで世界最強の騎士団と宮廷騎士団を擁し、亜人蛮族との戦争ともいえない小競り合いが辺境の地で少しある程度の平和な帝国で、国民たちは平和で文化的な生活を謳歌していたというのに。
首都の住民たちは誰もがそう思い始めていた。

それは突然はじまった。
亜人蛮族の大群が突如侵略を始めた。
東は陸より進軍し、西南北は海から上がってきた大量の亜人たち。
時期を見計らったかのように同時多発的に帝国は攻め込まれたのだ。
無敵無双の帝国軍と云えども、数十倍にも達する大群に不意を突かれてしまえば、持ちこたえられるはずもなかった。帝国最強無敵兵器である魔装騎士も少数が配備されていたが、亜人蛮族どもはいかなる方法か――卑怯卑劣であったに違いないと帝国軍上層部は確信していた――破壊し、騎士たちを多数で取り囲んで殺していった。
統制のとれた軍隊のごとき亜人の大群は辺境を制圧し、主要街道を抑え、都市をも占拠した。

 占拠された都市では、略奪・暴行・虐殺が横行し、脱出してきた避難民たちが帝国首都グランリアに辿り着いたころには、何分の一にもなっていた。
そして首都グランリアまでの街道には無残に殺された避難民の死体が何万と転がっていて、地獄の様相を呈していた。転がっている死体は男は頭を砕かれ、女は老婆や子供も関係なく犯され首を絞めて殺され、さらに焼かれていた。
衣服や金品は奪われおり、中には金歯や結婚指輪までも略奪されたものもあったという。
街道はまさに地獄だったと、非常時の蓄えである黄金の指輪などの装飾品をいくつも身に着けた避難民は口をそろえて証言した。


そのような暴虐非道な蛮族の大群がすでに帝都近郊にまで近づいているという。
この世に正義はないのか、悪逆非道な奴らを罰するものはいないのか――。

 首都から百キロも離れていない場所で、今もなお帝国軍が迎撃戦をしている。
騎士と魔法師たちの混成軍はすでに一万を割り込み、魔装騎士の稼働数もすでに30騎を割ろうとしている。
損傷のないものなどなく、中には応急処置すらないまま最前線に出ている騎体すらある。
 帝都城にあった帝国最大の"工房"が破壊されたために中枢部品の供給が途絶えた魔装騎士は、次々と機能停止をしていった。
機動すら出来なくなった騎体の部品を剥ぎ取り、汚れた装甲すらもそのまま再利用している魔装騎士たちは、昔日の豪奢華麗威風堂々とした姿からはみる影もなくなっていた。
だが、それでも操騎士たちは歯を食いしばって戦い続ける。関節部品が消耗する接近戦を避けて、攻撃魔法を主体として前線を支える。それもまた中枢部品である魔導機関の消耗につながっており、徐々に性能が落ちてきている。いまや完動騎体ですら、すでに敵の巨人人形と同等以下の性能になりつつある。
部品の欠乏、整備士に修理時間の不足から、いまや人型という形すらも外れはじめていた。
壊れた脚の代わりにソリッドタイヤをつけたもの、腕の代わりに魔法増幅機能のある大剣を組み込んだ異形の魔装騎士が出撃し、夕方にはぼろぼろになって帰ってくる。
破損のない魔装騎士などいない。
夜間に不眠不休で整備士たちが必死に直し、かろうじて稼働するように仕上げる。
操騎士たちは操縦漕内で戦闘食を採り、仮眠する。
時に夜襲をかけてくる蛮族によって操騎士が殺される事態が多発したため、いざと成ればすぐ稼働できる魔装騎士内に待機するようになったのだ。
何日もそれが続けば疲労がたまり、ミスも多くなる。交代で厳重に警備された宿舎で休むようにはしているが、そのローテ―ションの間隔は長くなる一方だった。すでに戦力が枯渇し始めていたのだ。
そこまでしてもなお、雲霞のごとく襲い掛かってくる蛮族たちを押し返せない。
名のある操騎士ですらも討ち取られ、破壊されていく魔装騎士たちに帝国軍は歯ぎしりしながらも耐えて、すこしずつすこしずつ戦線を後退させていく。一分一秒でも稼げば、帝国はきっと持ち直す。
そう信じて、帝国騎士や魔法師たちは甚大な被害を出しながら蛮族どもの猛攻をしのいでいた。
そういった苦境は公表こそされていないが、うわさは帝都にひそやかに流れていた。
刻一刻と滅びの足音が聞こえはじめ、帝国民たちの意気昏くなっていく一方だった。

だが、しかし帝国はまだ滅びたわけではない。
いまだ希望は残されていたのだ。
前線の彼らはその希望に託したのだ。血を流し、命をかけて時間を稼いでいる。

禁忌とされて歴史の舞台裏へと隠された、はるか古代の大儀式陣魔法。
それは禁断
それは忌み
それは願い
それは未来
それは希望

いまここに顕現せしめんと帝国の力を結集した大規模儀式。
帝国貴族たちだけでなく、帝国民たちの祈りが捧げられる。
若い男が、若い女が、年を取った男が、子供たちが願う。
侵略してきた亜人類
殺されていく老若男女
汚染された領土
次々と届く凶報、滅びゆく帝国の姿。
暗く希望が失われた帝国民たちは請い願う。

どうか、この哀れな徒に太祖紳の偉大な御力を――

「どうか我らを救いたまえ。異形・異神を奉じるかの悪逆非道な侵略者の手より我らを救いたまえ」

皇姫カーラが神へと訴える祈りの言葉。
宮廷魔術師長レオン・ド・ゴルドを筆頭とした宮廷魔法団と騎士団若手が膨大な魔力を統御して魔力導路に注ぎ、皇族が、貴族が、帝国民がひとつとなって希望を求める祈りを捧げる。

「どうか我らを救いたまえ。偉大なる太祖神の御力をもって、不浄な蛮族を滅する力をあたえたまへ」

帝国民が一丸となって祈る救国の大儀式は、天へ通じる。窓一つない儀式場に風がゆっくりと渦巻く。
魔力導路が強く明滅しはじめ、低く腹に響くような共鳴音が呻りはじめる。

「偉大なる我らが太祖神よ、どうか、この国を救える者を、真の“勇者”を――!!」
何度唱えたか数えきれない聖句を唱えた時――少女は確信する。

――セウドォ・パラドックス・ドライブが臨界壁を越えました。これより?%&$#♪を開始します

美しき巫女の祈りに応えるかのように、魔導陣から光り輝く膨大な魔力が吹き上がる。
幾何学的な魔導回路が唸りを上げながら激しく明滅し、魔力が紫電を纏いながら暴風のように吹き荒れる。

それはとどまることを知らず、濃密な魔力光が儀式塔の屋根を吹き飛ばし、光り輝く光の柱となって天へと上り――|天が割れた《・・・・・》。

 帝国民の憂慮を思わせる曇天が割られて、暖かな光が差し込んできた。
それは祝福するかのように、帝都を天より照らしだす。それは大神からの祝福を帝国民に感じさせた。

ああ、これで帝国は救われる……蛮族どもを追い払い、あの平穏で平和な日々が再びこの手に――

「帝国万歳」
 どこかで誰かがそうつぶやいた。

「帝国万歳」
 どこかで誰かがそう口にした。

「帝国万歳」
 どこかで誰かがそう叫んだ。

「帝国万歳」
 周りが唱和した。

「帝国万歳」の声が帝都のそこかしこから聞こえはじめ、いつしかそれは大きなうねりとなって帝都中に響く。
 天より降りる光、とても暖かなで清らかな光を中心に魔導陣の光と風がうずまきながら集っていく。
帝国に住む民の願いが集い、幻想をもって|現身《うつしみ》と成す。
帝国の輝ける未来を取り戻す希望がいまここに。

永劫無窮、偉大な帝国の新たなる道しるべ。
闇を切り裂き、光をもたらし、あの輝ける栄光の日々を取りもどす。
天より来たりし魔を滅する勇あるモノ。
真なるキセキ、帝国の栄光を取り戻すモノ。
その名を――

「ああ、お待ち申し上げておりました――」 祈りを捧げる様に|召喚されたそれ《・・・・・・・》を見上げて、その願いを奉じる。

「どうか、どうかこの国をお救い下さいませ、“勇者”さま――!!」








--------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------

文章が少なめですが、今回はここまで。
今回は帝国側からお送りいたしました。



[37284] 第六章 滅国の少女騎士 <2>
Name: 森河尚武◆cea74981 ID:50541a8c
Date: 2014/09/11 21:53

お待たせしました。

---------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------

「……あれが、ぜんぶ敵………!」

 風の吹きすさぶ城壁上にいる黒髪の青年が驚きを込めてつぶやく。
 街道がある平野を埋め尽くすヒト、ヒト、ヒト……武装した人や“車両”が動き回り、隊列を組みはじめている。
一見しておそらく数万の――5万人はいかないと彼は思っていた。10万人収容のサッカースタジアムの半分もいないからだ――軍勢が城の正面平野に結集している。
隊列は整いつつあり、あと一刻もしないうちに動き始めるだろうことは、戦争の素人である彼にも判る。
五万人以上のヒトによる移動はもの凄い迫力だろうと彼は思う。

隊列を組んでいる者たちの多くは、亜人と呼ばれる獣の特徴をもった顔や耳などをもつヒトである。彼らは純粋な人である帝国軍兵士よりも身体能力が高い。
その一方で知能では大きく差があり、彼らはこの世界の機関技術である魔法技術がほとんど発展していない。
しかし、近年において由来出所不明の未知の技術により急速に戦力を整え、台頭してきたという。
その裏には|魔王《・・》の存在――それらの技術を伝えただろう者/集団をそう呼んでいた――があるのではないかと帝国は考えていたが、その正体はとうとう掴めなかった。
そして亜人たち蛮族は、その未知の技術によって魔法を劣化再現した|疑似魔法攻撃《・・・・・・》――帝国では銃撃や砲撃を「魔法攻撃を劣化再現した攻撃手段」だと考えられている――を用いて、一斉に帝国を無慈悲に侵略してきたのだ。

質で圧倒的に勝る魔法騎士といえども、十倍の亜人たち相手では勝てるとは限らない。
まして帝国の一般兵は二倍程度の身体強化と簡易障壁が張れるくらいで、それでようやく互角ぐらいであり、倍の数の亜人たちと衝突すればまず敗ける。
ゆえに勝利するためには最低でも半数の兵力が必要なのだが、この城には既に味方は1000もいない。
しかも疲れ切ってボロボロの敗残兵が城内に転がっているだけだ。騎士たちも無傷な者などいないくらいで、戦力としては期待できない。この一ヶ月、激戦に次ぐ激戦で彼らは消耗しきっていた。
『我らは一騎当千、あんな侵略者共になど負けはしないっ!!』と豪語していた何名かの騎士も、彼が剣でちょっと撫でたらぶっ倒れるくらいに疲労困憊していた。
そして、撤退に次ぐ撤退で士気はもはや落ちるところまで落ちていた。
それでも軍が瓦解しないのは、この城の後方にもはや拠点はなく、帝都グランリアがあるだけだからだ。
帝国軍務省が定め、しきりに喧伝する帝国絶対防衛ラインを護る四大拠点の一つであるこの『称えよ、偉大なる帝国を護る力』城を抜かれれば帝国は――終わる。
すでに安全なところなどない。
海から辺境から攻め込まれ、帝国が包囲されているこの戦争では、逃げ場所などどこにもないと解っているからに過ぎない。

ゆえに、帝国軍は一兵卒から勇敢に戦い続ける。
弩を、投槍を放ち、砲撃魔法士が魔法を撃ち、魔法騎士が疾風のごとく戦場を攪乱しながら斬りまくり、何十人もの蛮族どもを倒していく。
 だが、視界を奪う煙幕が、大量の銃弾が、爆発して破片をまき散らす缶が、斬られてなお騎士にしがみついて自爆する蛮族兵士が、騎士を、魔法士を、帝国兵を傷つけ葬っていく。
そして圧倒的な被害を与えているというのに、蛮族どもは翌日には新品の服を着た連中が後方から現れて戦うのだ。
亜人たちは|数も多い《生まれる子どもが多い》から、倒しても倒しても新しいモノが現れて、戦力が補充されているのだ。

帝国軍には後方や他の拠点からの増援もない。
帝国の戦力はすでに底をついている。帝都に常駐していた第一、第四、第十一軍団はいまや最前線となった絶対防衛ラインに投入され、皇族を護るわずかな近衛が残されているだけだ。
いまここにいる戦力だけで戦わねばならない。そして、それは日に日に減っていく。

 現在はかろうじてこう着状態を保っているが、いずれは蛮族の戦力が上回り防衛ラインをを突破されるのは明白だった。
絶対防衛ラインが一ヶ所でも破られれば前線は崩壊し、帝都は敵の手に落ちることだろう。
そして蛮族たちは決して帝国民たちを許さない。
女子供は奴隷とされ、男たちは労働力として過酷に扱われることだろう。野蛮な蛮族たちは、豊かな帝国民を妬み憎んでいるからだ。
それらを解っていても、帝国兵の士気は上がらなかった。未来への展望が見えないからだ。
ほの昏い影が帝国中を覆い、帝国民には末法の世だと嘆き悲しむ。
この城とて例外ではなく、すでに壊滅する未来しか描けずに軍人たちには悲壮感すら漂っている。

――だというのに

「こっちは剣と魔法なのに、あっちは|物理ガン《ライフル》と前時代的な|タンク《装輪機動車》、まったくファンタジー対SFみたいだ。戦闘機は……いないのかな? いたらちょっと厄介か……」

 黒髪黒目の青年は、その空気にまるで感化されていない。むしろ、戦う気概にあふれてさえいる。

「――"ユウキ"さま。あまり身を乗り出すと危ないですわ」
 鈴の音を転がすような声がかけられる。

「大丈夫、これくらいなら落ちたりしないから」

 そういいながら背後を振り返ると、美しく輝く黄金色が彼の目に飛び込んできた。
 戦塵に触れてなお美しい黄金の長い髪と白皙の肌をもち、楚々とした美少女がそこに居た――帝国の聖巫女姫カーラである。

「どうかご自愛ください。あなた様はこの帝国の最後の希望なのです。万が一があっては……」
「わかったよ、姫さま。だから、そう心配しなくても大丈夫だよ」

 ユウキは美しい姫に見とれてしまう。胸の前で手を組み、心配そうにこちらを見やる金髪の美姫に。
自分を見つめる青年に、カーラは小首を傾げて問い掛ける。

「どうかされましたか……?」
「いや、なんでもないよ」

 慌てて視線をそらして、城壁の外へ顔を向ける。
今度は身を乗り出さずに、城壁の矢切から”敵”を観る。

「タイヤの付いた重そうな|エアカー《・・・》に、古代式の|物理ガン《小銃》……|ハイパービームガン《高出力ビームガン》じゃなければなんとでもなるか……《|ステータス《Status Open》》は……基本戦闘力10……?」

青年は、ぶつぶつと云いながら空中に視線を動かし、ときどき手で触れる仕草をする。
奇妙な行動をする彼にカーラは傍で微笑んでいる。
こういう風になるのはよくあることで、ここ三日で慣れていた。

「装備はこのままでも充分、古代の物理兵器主体なら、最悪――で防ぎきれる。|索敵識別《敵味方識別レーダーマップ》情報は……戦力は見える範囲だけで伏兵もなし、か。この大きい輝点は巨大ロボットのかな?」
宙を観ながら、腕を組んで眉を顰め、何事かを考えている。

「……戦争は、やはり恐ろしいですか?」

 それが自信喪失の様子に見えたのか、カーラ姫が心配げに問いかける。

「ああ、いや、違うんだ、なんでもないよ」

ユウキは慌てて否定するが、しかし、少女は違うふうにとったようだ。

「申し訳ありません……本来ならば無関係なユウキさまに押し付けてしまうなどと、許されることではありません。ですが、わたしたちは、もはや異世界の勇者様方におすがりするしかないのです」

 カーラが深々と頭を下げる。

「いや、頭を上げてほしい、姫さま。オレは恨んでなんかいないし、むしろ感謝している」
「感謝ですか?」
「ああ。戸惑っているみんなを保護してもらったし、それに力の使い方を教えてくれた。みんなを護れるくらいの力を与えてくれた」
「それは違います、勇者様方が素晴らしい素質を持っておられたからです。わたしたちはそのお手伝いをほんの少ししただけですわ」
「でも、いくら素質をもっていても、使い方が判らなきゃ無意味だ。その機会を与えてくれただけでもほんとうに感謝している。だから、この国のためにオレの力が必要なら、それが正しいことなら、いくらでも協力する」
 この国のために力を揮うことに戸惑いはない。まして、侵略してきた敵だ、容赦する必要もない。
唐突に帝国に攻め込み、残虐非道な行いをして滅亡の淵まで追い込ませている敵に、彼は純粋に怒りを抱いていた。
 聞くと、魔法が使えるために平和で豊かだった帝国は|周辺国家《・・・・》に妬まれていたようだ。
 周辺国家は、魔法が使えない者が多く、農業は天候に左右され、製造技術も魔法加工ができないため、どうも機械加工が主流らしい。魔法が使えないのに魔王軍というのはヘンだなと思ったが、別にまったく使えないわけではなく、軍の幹部は帝国騎士以上の魔法力を持っているという。
その魔法力と権力で民や一般兵を脅しつけているのだろう。魔王やその側近のように強い国の上層部という意味で魔王や魔王軍という呼称を使っているのだろうと彼は推測していた。
また劣悪な労働環境と安い給料で酷使される民は、監視されているために逃げ出すこともできないらしい。
帝国軍が時折行う周辺軍事作戦で救出されるのは女子供ばかりだが、身体が弱いのか、すぐに亡くなることがほとんだという。おそらく栄養失調だろうと彼は見当をつけていた。
そして彼はその話を聞いて、彼の歴史上にあった悪の独裁国家みたいだと、腹立たしく思っていた。
つまり権力者たちは国民から搾取し、さらには平和な帝国相手に侵略と収奪を繰り返しているのだ。
自分の欲のために戦争をするなんて、おかしい。そして、そんな権力者に言いなりな軍隊も。

――そんなの絶対におかしい、力は正しく使うべきなんだっ!

 ユウキは自分の血筋上の父を思い出す。
大企業のオーナーで、社内ばかりか国まで左右させるほどの権力を持っていながら自分の欲しか満たさなかった。正しい者をせせら笑い、弱者を踏みつけることを眉をしかめながら楽しんでいた最低の人間。
今は嫌悪感しかない、もう顔すら思い出せないクズ野郎……。

――あんな風にならない。オレは弱い者の味方で、正しい者を助けるんだっ!!

「大丈夫。オレは絶対に見捨てたりしない。帝国のために力を貸すよ。――正しい者は報われるべきなんだ……」
小さくつぶやいた末尾の言葉は、帝国の姫には聞こえなかった。
「……はい、勇者ユウキさま。ご助力を、感謝いたします」
「だいじょうぶ。絶対に護るよ、みんなも、この国も。平和な国に侵略してくるような連中に好き勝手やらせるわけにはいかないからね。うん、きっと――そのためにオレはここに召喚ばれたんだな」
 安心させるように笑いかける彼をみると、カーラはほんの少しだけ胸の奥にずきんとイタミを感じてしまう。「うれしいのです、勇者さま……」
 カーラは儚げな笑みを浮かべたまま涙をはらはらとこぼす。
「え、え、なぜ?」
ユウキはおろおろと狼狽する。
「もうしわけありません、勇者さま。帝国が救われると思うと、とてもうれしいのです」
そっと流す涙をぬぐった金髪の少女が彼を見つめ、
「はい、あなたさまであればきっと――」
花がほころぶように綺麗な笑顔に、ユウキは言葉もなく見とれてしまう。

「あ、あの手……」
「いや、なんでもないからっ! さて、初陣をしようかっ!!」

自分を無言で見つめる勇者に戸惑ったカーラが声をかけようとすると、照れ隠しに気合を入れたユウキが城壁の上に立った。

「――お気を付け下さいませ、勇者さま」
「大丈夫だよ。だってオレは”勇者”だから。姫さま、ちょっと離れていてくれ」

女性近衛騎士と侍女がカーラを促して城壁回廊の隅へと下がる。

「さぁ、往くぞ、|魔王軍《・・・》っ!」
心配そうな彼女の視線を背に受けながら、彼は味方を奮起させるために声を張り上げた。
そして、《呪文》を詠唱する。

「火よ! 水よ! 風よ! 土よ! 選ばれし勇者ユウキが四大精霊へと命ずる!!」
《力ある言葉》の一言ごとに、雰囲気が、空気が、世界が――変わる。
晴天の空が渦巻く灰色の雲に覆われ、雷鳴無き雷光がいくつも現れる。
急激に悪化した天候を儀式魔法だと判断した攻城軍は、次々と避雷針ワイヤーを打ち上げる。
敵たちのそんな動きを彼はムダだと胸中で断じて

――さぁ、報いの時は来た。正しきものは報われ、悪しきものには罰を!!!

抜き放った|緋い聖剣《・・・・》を天に掲げ、高らかに終焉の呪文を完成させた。

「かの敵を穿て、精霊雷よ――《|テラ・ライディーン《勇者専用魔法》》!!!」

――世界が白で塗りつぶされた。
純白でなにも見えなくなり。
遅れて巨大な雷鳴が、鼓膜を引き裂くほどの轟雷音がさく裂した。
咄嗟に目を覆ったカーラをあざ笑うかのように、激しい暴風が叩きつけられて小柄な体がよろめく。
女性近衛騎士が姫の身体を支えて倒れはしなかった。
数秒……あるいは数十秒か。
激しい風が弱くなり、轟音で生じた耳鳴りがおさまったころ、ようやく顔を覆っていた腕をどけて、視界を取り戻す。

――煉獄があった。

轟々と燃え盛るいくつもの紅い焔。天へ上るいくつもの巨大な黒煙。
地は焼け爛れ、大小さまざまな|陥没孔《クレーター》から、黒煙が幾本も立ち上る。
ほんの少し前まで、そこは緑にあふれる草原と整備された街道があったのだ。
それが、たった一撃の魔法で地形すら変わっていた。

そして、攻め寄せてきていた島嶼連合軍は当然のごとく地獄の惨状を呈していた。
なまじ近代化された兵装を所持していたことが大いに災いとなった。
強大な雷撃が金属製品を駆け巡り発生させた莫大な熱で自己融解、人体を焼いたのだ。
もっとも最初の雷撃により連合兵士たちの多くは絶命していた。
雷撃が体中を駆け巡って肉体の節々を爆ぜさせたのだ。
苦悶に顔を歪め、腕や足や首筋やらが爆ぜたり焦げたりした獣人たちの遺体。
まともな状態で死ねた者は一人もいなかった。
巨雷が正確に落ちた装輪装甲車もまた瞬時に融解して大爆発を起こしていた。
飛散した液状金属が、周囲の人間を襲い焼き付けた。
でも、即死した者はある意味幸運だった。
落雷地点から離れていた者は自身のもつ金属備品が瞬時に加熱して皮膚に焼き付いたのだ。小銃内部の炸薬が爆発し、飛散した液状金属が胴や手足を焼きながら貫通した。
致命傷でありながら、傷口が焼かれることによって無駄に生きながらえさせている。
堕ちた大量の巨雷により、攻城軍は六割近い兵士と装備を失い、指揮系統は崩壊していた。
生き残った獣人たちもまた、ほとんど身動きが取れず、ただ地に伏せてうめき声をあげていた。
酸鼻を極めた凄惨な煉獄が、そこにあった。

カーラは、呆然とその地獄を見ていた。

「これが……勇者の魔法……」

無意識に自分の使える極大魔法と規模を比較し、そして結論する。
一人のヒトが引き起こせる規模の魔法ではないと。
超戦術級魔法を、“ユウシャ”はほとんど詠唱なしで発動させたのだ。

「――半分も減らせなかったか。MP100の極大魔法といえど、こんなものか」
しかし、ユウキは不満だったようだ。彼方の敵を見下ろしながら文句をつけ、そしてひとつうなずいた。
「行ってくるっ! マユたちにはあとから来るように伝えてっ!!」
「――あ、ユウキさまっ!?」
 密かに慄いていたカーラは、止めるのが遅れてしまった。
ユウキは、城壁を飛び降り――壁を蹴って宙を跳んだ。
わずか一回の跳躍でユウキは宙を翔けるように跳んで、敵軍の目の前に着地した。
音もほとんどさせずに身軽に降りた彼に、大混乱している敵は気がつかない。

「――ソードスキル《竜虎双牙舞》」
言葉を発した瞬間、発動する。
 幾千幾億幾兆も繰り返したかのように揺らぎなく放たれた剣技は、一瞬にして周囲の敵を細片にした。
身動き出来なかった彼らは悲鳴すら上げられない。
「次は、どこだ――」
冷徹に周囲を見やり、立っている敵が多い場所を見つける。
「よし、あそこか――」
 ぐっと腰を沈めて地を蹴る。膨大な土砂を後方に巻き上げて弾丸のように加速、数百メートルを数瞬で渡り――
「ソードスキル《水平斬》!!」
 緋色の聖剣が薙がれた。
キンッ――
空間に斬線が走り――敵兵の上半身が|ズレた《・・・》。
なにが起きたかわかっていない顔のまま、どしゃりと落ちた上半身。腰から下の下半身はそのまま立っていた。
落ちた上半身から大量の血液が噴出する。か細い声はすぐに途絶えた。

「敵襲――」

そこでようやくユウキに気がついた敵兵たちは、大声を上げて襲来を告げ
「遅いっ!!」
揮った剣先から放たれた|真空衝撃波《ソニック・ブレード》が垂れた犬耳の獣人兵をまとめて腰断し、後ろの兵士まで斬る。
派手に血をまき散らしながら倒れていく|兵士だったもの《・・・・・・・》。

|アイズ・エフェクト≪AVERS≫越しでも判るそのひどい有様にユウキは顔をしかめて後退した。
「くそっ……覚悟していても人型のを斬るのは、やっぱりキツい……」
心に過大な負荷がかかったせいか、手足に重さを感じて一度攻撃の手を止める。
脚を止めたユウキに大量の銃弾が襲い掛かり、体表面に張られた|四大精霊加護《防御力場》によって弾かれる。
 網膜投影に警告Lv.2が表示、敵の位置が簡易マークで表示される。
敵味方識別マップは|真っ赤《敵マークだけ》だ。

「っ……!! その程度、効かないっ!!」
 激しい十字砲火の中を駈けて、剣を揮う。
そのたびにすぽーん、ころころと人頭が跳ねて転がる。
まるで喜劇の様な光景だが、残った身体からは血が噴水の様に吹き上げて倒れるのだ。
それでもひるむことなく銃撃の射線が増していく。銃撃で釘付けにして、指揮官の命令で大量の手りゅう弾が一斉に投擲され
「ソードスキル《グランド・クロス・ボンバー》!」
 ユウキが技名を叫びながら剣を十字に揮う。
空中に剣の軌跡が十字に光り輝き、急激に巨大化する。
 巨大化した十字光が投擲された大量の手りゅう弾をすべて取り込んで――手りゅう弾ごと爆発、爆炎をまき散らす。
「さぁ、次は何が出るんだ?」
ユウキは剣を血振りして、むりやり不適に笑って周囲を見回した。


                      ☆★☆


――その大爆発は城からも見えていた。
「――勇者様を御一人にするなっ!!」
短い黒髪の女剣士が叫び、駈けだす。
 遅れて、次々と城壁から飛び降りる魔法騎士たち。軽やかに着地すると、次々に抜刀して猛烈な土煙を後方に残して突進する。
城門の鎧格子戸が引き上げられて、一般兵まで出撃した。彼らとて身体強化二倍ぐらいは発動できる。

「帝国万歳!! 勇者さま万歳っ!!」

帝国兵が槍をしごきながら、ほとんど身動きの出来ない敵兵へ突き立てる。
量産剣で頭を刎ね、隣の銃を向けた獣人に弱い火魔法の火弾をぶつけて燃え上がらせる。
炎で燃え上がりながら獅子顔の敵兵が絶叫を上げて死んでいく。

「帝国万歳!! 勇者さま万歳っ!!」
「帝国に栄光を!! 勇者さま万歳っ!!」

それは殺戮ですらなかった。
雷撃で弱り身動きが出来ないモノをひたすら刈り取っていく、農作業にも似た光景が繰り広げられていく。

「帝国万歳!! 勇者さま万歳っ!!」
「栄光ある帝国に誉あれ!! 勇者さま万歳っ!!」

帝国兵たちは帝国万歳を唱えながら、ただひたすら殺しまわっていく。
槍で、剣で、魔法で。
ろくに身動きの出来ない獣人たちを殺して回る。
降伏はない。
そもそも降伏捕虜条約など帝国と周辺国は結んでいない。なぜならば帝国以外に国はないのだから。
そして、戦場では躊躇が死を招く。誰だって死にたくないし、まして下等なイキモノに殺されたくない。
ゆえに帝国兵にとって敵は皆殺しにするものであり、|戦利品《蛮族の女子供》は自由にしていいものだった。さらに云えば敗退に次ぐ敗退で追い詰められていた彼らの抑圧されたストレスが吐き出せる場所となった。
ろくに反撃もしてこない敵兵を突き殺しにしていくことに爽快感すら感じていた。

 勇者ユウキは紅い聖剣を縦横無尽に揮って、次々と真空衝撃波を放つ。抗すべくもなく兵士たちが斬り裂かれて絶命していく。
血潮が吹き上がり、大地に血河が流れる。

「っ……《|風の精霊《シルフ》》、清めてくれ」

 濃密な血の匂いにユウキは気分が悪くなり、|精霊《・・》にお願いをする。
すると、血風や臭いをまとめてどこかに飛ばす優しい風が身体を包む。
覚悟をしていたとはいえ、それでも人と同じ赤い血は、彼の精神をがりがりと削った。
視界は網膜投影されているエフェクトによりいくらか緩和されているが、匂いは制限できない。
手を止め、激しく肩で呼吸をする。それを好機と見たか、敵の銃撃が激しくなる。
「――っ!! 精霊たちよ、オレに力を貸してくれっ!!」
 咆えながら剣を揮う。風精霊がその力でいくつもの真空波を造りだして射出、敵の兵士たちは斬られて絶命していく。
横に薙げば、遠くにいる兵士まで頭がぽーんと刎ね跳び、縦に振れば正面の兵士が唐竹割りに分断される。
噴き出す血はすぐに風精霊によって吹き散らされ、斬られた死体は|土精霊《ノーム》の力でさらさらと崩れていく。
それは|幻想的《ゲームのよう》ですらあった。
勇者ユウキが駆け抜けた後には、死体ひとつ、血の一滴すら残らない。
まるで、そこに何も居なかったかのように。

ユウキの身体の周りには揺らめく光の帯が取り巻き、まるで鎧のようになっている。
それらは銃撃を弾き、一度剣を振ればまっすぐに伸びて兵士を斬り飛ばす。

精霊鎧。

精霊に愛されし者だけがまとう精霊たちによって形成された半透明の鎧。まとう精霊に属する攻撃は無効化し、呪文もなしに魔法を行使できる攻防一体の鎧だ。
 勇者ユウキの纏う四大精霊によって形成されたそれは、あらゆる攻撃から守ってくれる優しき移動要塞だった。
すべての精霊が祝福するそれは魔法だけでなく、四大が関係する物理攻撃も通らない。
銃弾が無情に弾かれていく。手りゅう弾も迫撃砲もなにもかも、まるで効果がない。
敵兵士たちにさざ波のように動揺が広がっていく。
倒せると思うからこそ、その場にとどまって攻撃ができるのだ。何をしても無駄だとなれば……
「う、うわああっ!!」
 ついに連合兵士たちが悲鳴をあげ、雪崩を打って逃げだしはじめた。
十字砲火をものともせず、斬られたあとには死体すら残らない。
この世にいたことすらわからなくなる死をもたらすモノ、理解を越えたバケモノに、生存本能が剥き出しにされたのだ。
指揮官ですら、もはや恥も外聞もなく逃げ出そうとしたとき、後方から甲高いサイレン音が聞こえてくる。
緊急展開のための警戒サイレン音、膨大な風の渦巻く音。
砂埃を上げながら人型の巨大な物体が駈けてくる。
聞きなれた頼もしいその音に、兵士の理性がわずかに回復する。

「鉄槌騎士だ、鉄槌騎士が来たぞーーー!!」

わぁっと歓声を上げながら島嶼連合兵たちが道を開ける。

「あれが、例の|巨大ロボット《決戦兵器》かっ!?」
 その偉容をみたユウキがつぶやく。
「ユウキ殿っ!! いま魔装騎士がそちらに行きます、退いてくださいっ!!」
 剣技だけで蛮族を斬りまくっていた黒髪の女剣士が焦ったように、ユウキに叫ぶ。
鉄槌騎士には魔装騎士を当てるしかない。
魔法騎士の一個小隊をもってしても打倒できず、単独で当たってはいけないと厳に戒められる敵の決戦兵器なのだ。

 三騎の鉄槌騎士たちは轟音を上げて停止すると、手持ちの|巨大な回転砲身《20mmガトリングガン》をユウキの方に向けて、即座にトリガーが引かれる。
爆炎と共に人の手くらいある砲弾が噴き出す。側面から人の拳くらいある|真鍮の筒《薬きょう》が大量に吐き出されて宙をまい、地面に金属音をたてて転がりまわる。
どんなに堅固な魔法防御壁をも砕く無慈悲な砲撃が秒間数十発の速度で連射される。人など一瞬で肉片・細片・こなごなにされられてしまう。
 耳をふさぎたくなるような砲撃音が続き、なにもかも爆砕していく。
そして、砲撃音が途切れた。約500発の砲弾を撃ち尽くしたのだ。
3騎合計1500発以上叩き込まれた砲弾の嵐で巻き上げられた土煙や爆煙が晴れていき、

「――終わりか?」

油断なく剣を構えて立っているユウキがそこに居た。まったくの無傷。
鉄槌騎士は狼狽したように一歩引いた。一個中隊を殲滅できる大火力を叩き込んで、無傷だとは考えもしなかったのだ。

「なら、今度は――」

 ユウキの口上に構わず一騎の鉄槌騎士が、背から巨大な鉄鎚を引き抜き、目にもとまらぬ速さでユウキに叩きつけた。
轟音。
巨大な鉄鎚が地面を砕き、土煙を巻き上げる。
城壁を砕く、文字通り鉄槌騎士の鉄鎚だ。直撃すれば生物などひとたまりもない。
「ユウキ殿っ!!」
「やったぞっ!!」
女剣士の悲鳴、そして連合兵の歓声が響く中、土煙を裂いて上空へ飛び出す影――

「はぁああああっ!! ――ソードスキル《ブレイクオーバースラッシュ》!!」

 大上段に振りかぶったユウキが鉄槌騎士の頭頂から股下までを真っ向唐竹割にして、ずどんと着地。
真っ二つにされた鉄槌騎士は左右に割れ、ゆっくりと大地に沈んだ。

残った二騎の鉄槌騎士が左右に散って、巨大な斧を構え――
「《光よ我が命に従え――光撃乱舞》」
平坦な女の子の声とともに、大量の曲射弾道光弾が鉄槌騎士に直撃する。
両腕で頭部センサ群を護りながら、大量の魔法攻撃に耐える。結晶装甲こそ貫かなかったが、視界を失ってうかつに動けなくなった。
その合間にユウキのソードスキルのクールダウンタイムが終わり、メニューからそれを選択して発動。
「おおおおおっ!! ソードスキル――《アルティメットソードブレイクダンス》!!」

 勇者ユウキが咆えると同時に、12人に分裂する。残像分身ではない、それぞれが思い思いに剣を構えた別人。
それらが一斉に鉄鎚騎士に跳び掛かり、肩を斬り/胴の両側から剣を突き立て/首を刎ね/脚を斬り/腕を斬り飛ばし/機関銃を叩き斬り/胴を撫で切った。
魔法剣では斬ることが困難な鉄槌騎士の結晶装甲が、熱したナイフでバターをきるがごとく抵抗もなく斬られた。
轟音を立てて沈む鉄槌騎士だったモノ。四肢はおろか胴や頭部すら斬られて、人型の面影すらなくなっていた。。
分れていたユウキが再び一人に収れんする。
「はぁ、はぁはぁ……」
 ソードスキルの連続行使はさすがにこたえたのか、聖剣を地に突きさして肩で息をする。
「て、鉄槌騎士が、敗けた……?」「うわあああああっ!!!」
連合兵たちの戦意は完全に崩壊した。
切り札である鉄槌騎士をあっさりと下した“ユウシャ”に恐怖した。
「勇者様っ!!」
 帝国兵士が、騎士が叫びながら突撃し、勇者ユウキの近くにいる敵兵を蹴散らしていく。

あっという間に帝国兵がユウキを中心に輪形陣を組み、その周囲を遊撃隊が縦横無尽に走って敵兵を刈っていく。
「邪魔よ、退きなさいっ!!」「……」
 荒く息をつくユウキの下に、敵兵を蹴散らして少女二人が駈けこんだ。
「ユウキのバカっ! 一人で突っ込んじゃあぶないじゃないっ!!」
 黒髪の気の強そうな美少女が、ユウキに突っかかりながら体力回復呪文を唱える。
「勇者が勇気を示さないでどうすんだよ……」
 呼吸を整えながらユウキが返すと、端正で綺麗な顔が鬼のような形相になり
「やり方ってもんがあるでしょうっ!? 一人で援護もなしに突っ込むなんて死ににいくようなものでしょうがっ!!」
 ユウキの頬をつねり上げながら怒鳴りつけると
「いや“精霊の加護”もあるし、個人防護力場も用意してたし……だいたい死んでない――」
「ユ・ウ・キ~!?」
「はい、すみません、ごめんなさい」
 元婚約者に名前を区切ってよばれた時には素直に謝った方がいいということを、彼は長年の経験で知っていた。
 ふんっっと鼻息も荒く、頬から手を離す。
 何かを云いたそうな杖をもった黒のとんがり帽子にローブという“魔法使い”の恰好をしたちびっ娘の方を向き
「なに、なんか文句ある!?」
「いいえ。……あえていうならば勇者ユウキにはひとこと云いたい」
 ちびっ娘が平坦な声で返す。
「云えばいいじゃない」
「そう――無事で良かった。……ありがとう、帝国を救ってくれて」
 ユウキに抱きつきながらそんなことを云う。
「あーーーーーっ! アンリ何してんのよっ!」
「マユうるさい。頑張った勇者ユウキをねぎらっているだけ」
「うるさいって何よっ!!」
冷静にずばりと切り込む天才魔導少女と声が大きくてマシンガンのようにぽんぽんと小気味よく言葉を発する黒髪の少女。
 若干15歳で帝国最強魔導師・氷の天才と称される魔導少女が年相応の顔をしながら、ユウキを挟んで黒髪の少女と喧々諤々とやりあっている。
「ガキどもが色気づきおって。まだ戦闘中だぞ」
 周囲を警戒している短い黒髪の女剣士がイラつきながら小さく吐き捨てた。
 その首には戦闘奴隷の証である金属製の首輪が光っていた。

 少女たちの争いにちょっとおろおろしていたユウキだが、不意に空に鋭い視線を送った。
「――なにか、いる……いや、来るっ!! みんな、気をつけろっ!!」
「え?」
「……何?」
 戸惑う少女たちをかばうように、ユウキが前に進み出た。
空の一角にぽつんと赤い輝点が灯り、そしてそれは急速に拡大する。
「……あれは、まさか」
「なに、知ってるの?」
「あれは伝説の極大呪文、|“隕石墜し”《メテオ・ストライク》――!!」


                      ☆★☆


――勝敗は決した。
たった一人の“ユウシャ”によって。

帝国軍は逃走する敵兵を追撃する。正確に言えば、それは組織だったものではなかった。
劣勢にある帝国は、少しでも数を減らさなければならないというのもあるが、それ以上に敗け続けていた帝国軍が久々に勝利したのだ。
たまりにたまっていたストレスが、勝利という美酒によって爆発した。
高揚しきった精神は理性のたがを外して、敵兵にその牙を向ける。戦場という血の流れる場において、獣性が咆え声を上げて帝国兵士たちは自らのそれに呑みこまれた。
――狂気と云う名の地獄の釜が開いた。
だれにも止められない、屍山血河が築かれていく。
今まで苦渋を飲まされ続けた敵が敗走しているのだ、殲滅するのに躊躇する理由などない。
かろうじて残っていた無事な獣人兵士たちも、次々と討ち取られていく。
獣人兵士たちには恐怖が蔓延し、総崩れとなってばらばらに撤退をしているが、帝国兵士たちはその背に襲い掛かる。
剣で、槍で、弓矢で、魔法でひたすら殺していく。
「思い知ったか、下等な蛮族めっ!! 我らが帝国に土足で踏み入りおって! その罪、命をもってあがなえっ!!!」
 思う存分に憎き下等蛮族どもを惨殺していた騎士の一人が、ふと見上げた空の一点に赤い光点を見つけた。
それはみるみるうちに大きくなっていく。

「なんだ、あれは――」

|女幽霊《バンシー》の哭き声のような甲高い音とともに渦巻く大気を纏い、空力加熱によって赤く光るそれは空を切り裂き、地へ落ちた。
戦場の中心部、なぜかぽっかりと空いた空白地帯に。
爆轟音
轟曝風が大地をめくりあげ、地上をなめる様に駈けてなにもかも薙ぎ倒す。
戦場の喧騒が掻き消えた。
だれもがその方向に振り返り、動けない。
数百メートルにもおよぶ巨大な土煙が立ち上っている。
なにか異常なことが起きたと誰もが思った。
息を呑んで見守るなか、唐突に黒い翼のようなものが土煙を掻き散らし、|それ《・・》が姿を現す。
直径十メートル以上もある|陥没孔《クレーター》、その中心部に――漆黒の翼を背負う少女がいた。
長い銀色のポニーテールを風に揺らし、緋色の瞳に剣呑な色を浮かべながら

「そこまで――既に決着は付いている、これ以上はただの虐殺だよ」

漆黒のドレスの少女は無表情に言い放った。



---------------------------------------------
ようやく、ちょっとふぁんたじーっぽくなりましたw



[37284] 幕前 ~それは彼女の思惑、あるいはとある突撃少女の単純な行動
Name: 森河尚武◆cea74981 ID:50541a8c
Date: 2014/11/01 22:56
お待たせしました。

残酷・残虐・流血シーンがあります。苦手な方はご注意ください。

2014/10/20 初投稿
2014/11/1 誤字脱字修正


---------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------



くるくると宙を舞う狸耳獣人の頭部。
首を刎ねとばした騎士が、すぐ隣に倒れている獣人の心臓を串刺しにする。
身動きすらままならない獣人の胸板を、兵士の槍が貫く。
兵士の放った光熱線魔法が獣人を貫き、魔法士が放った光の刃が乱舞して獣人たちをまとめてズタズタに引き裂いていく。

先頭に立った騎士が、剣をふりかざし、なにごとかを叫ぶ。
応じる様に帝国兵士たちが自らの武器を掲げて叫び、突撃する。

それは戦闘ではなかった。
一方的な虐殺、いや駆除だった。
極大雷光魔法によって身動きすらままならなくなった獣人たちを、帝国軍は剣で、槍で、魔法で止めをさしていく。
獣人たちがふるえる指で引き金を引いても、暴発した小銃は動作しない。電撃でやられた手は剣を掴めない。
そのまま首を刎ねられ、頭を砕かれ、胸を貫かれる。
装甲車の搭乗ハッチが切裂かれ、内部に槍や爆裂魔法が叩き込まれる。仰向けに倒れた獣人を足蹴にし、うめき声をあげたら即座に槍や剣を突きこむ。
次々と絶命していく獣人たち。
ろくな抵抗も出来ずに殺されていく。次々と殺されていく。


――地上監視衛星群によるリアルタイム超望遠映像。
管制室のメインスクリーンとサブスクリーンに表示されている地上の映像だ。
自動解析されたデータやグラフの表示がめまぐるしく変化している。
声がない。室内の喧騒もない。
数十人が席についている巨大な管制室は静まり返っている。
誰一人として言葉を発さず、オペレータたちの端末操作音はおろか身じろぎする音すらしない。
誰かが息を呑んだ。呼吸すら忘れたような静寂の室内に――

『――管制室っ! 許可を、発進許可を下さい』

突如、通信ウィンドウ越しの少女がメインスクリーンに割り込んできた。
「コード=オクタ、発進は許可が下りていない。そのまま待機せよ」
担当オペレータが平坦な声で伝える。
『どうしてですかっ!! 許可を!』
「繰り返す。発進許可が下りていない。そのまま待機せよ」
変わらない返答に業を煮やした少女が上申する。
『アイン大佐!!』
「何をするつもりだ?」
 管制室の中央指揮所に仁王立ちする白銀の髪をもった美女――ヘイリーア・コード=アイン大佐が問う。
『そんなの決まっているじゃないですかっ! あの虐殺を止めますっ!』
「それは、この戦争に介入するということか?」
『そうじゃないです! こんな、誰も彼も殺すなんて間違ってるじゃないですかっ!!』
「コード=オクタ。勘違いするな。あの者たちは軍人だ。民間人じゃない」
『でもっ! 動けない人たちをあんな風にっ!!』
「国権の発動たる戦争に対して、ユネカが一方に介入してはならない。まして条約加盟国と非加盟国との戦争だ。侵略した条約加盟国に加担することは、明確なフェアウィルド条約違反だ」

――フェアウィルド条約とは、ユネカと各国が締結している条約である。
様々な細則があるが、最も重要とされているのは加盟国同士の絶滅戦争(国家総力戦)に対してユネカが介入・調定することと定めていることである。
その基準は国民数が文明・文化を維持できなくなるとされる約百万人(そう定義されている)にまで減少した場合に介入することと明記されている。
また加盟国が非加盟国に侵略された場合についてはユネカの介入もありえるが、加盟国側の侵略行為についてはいかなる支援も行わないことと明記されている。
これは戦争も文明闘争のひとつとされているため、推奨はしないが抑圧もまたしないというのが文明記録保全機関ユネカの立場であるからだ。
可能な限り公平な立場で戦争を俯瞰し、どちらかが壊滅しそうになった場合に介入する。
そこには善悪の判断はない。
どのような国家であろうとも、絶滅しそうになった場合は保護すべきであると定められている。
条件を満たした時にユネカは公示と通達を行い、保護の名目の元に実力行使で敗戦国の人民を護るという非常に困難な仕事である。
そして両方の国から恨まれることになる。
敗戦国からは、なぜもっと早く助けてくれなかったのかと。
勝利国からは、勝利を奪われたと。

どの国からも恨まれているユネカがいまだ存在しているのは、ひとえに天塔騎士をはじめとする絶対戦力を持っているためだ。
国家の全軍を投入しようとも、一人の天塔騎士に敵わない。抗うことすらできない。
一人で一国を容易に滅ぼせるモノ、それが天塔騎士である。
その代りに天塔騎士の運用には数々の制限が科されている。
その内容は国家代表が代替わりする度に通達と説明がされる。
数年に一度行われている剣聖の各国訪問は、そういった外交でもあるのだ。


「国家正規軍が侵略した土地でいくら倒れようとも、それは侵略した国家の責任だ。ユネカが救出する理由も権利もない」
『でもっ!!』
「フェテリシア・コード=オクタ|大尉《・・》。貴官はユネカに籍をもつ軍用兵器だ。その行動はユネカが責を持つ代わりに、命令を絶対遵守しなければならない」
『なら、なら、大巫女様に意見具申を――!!』
「コード=オクタ大尉!! それは越権行為で――」
 専属オペレータが焦ったように言葉を遮るが、間に合わなかった
『かまわないから、云ってごらん。フェテリシア・コード=オクタ大尉』
 突如、黒曜石で出来たような|黒板《モノリス》が中央指令室の中心空間に出現した。
表面にはライトブルーとホワイトで描かれた|北天より見た五大陸《ユネカ》の紋章とUNの文字。

『大巫女さまっ! 出撃許可をくださいっ! あの虐殺を止めたいんですっ!!』
『ダメ』
 平坦な少女の声が管制室に響き、大量の空中ウィンドウが表示される。
不許可、ダメ、Nein、NO……あらゆる言語による不許可表現。
『なぜですかっ! あんな虐殺――』
『ユネカは侵略戦争には関与しないの』
 フェテリシアは感情的に叫ぶが、大巫女の声音は何も変わらず、フェテリシアが思わず息を呑む。
『侵略軍が何万人死のうとも、それは所属国家の選択で、その責任は国家が負わなければならない。
だから、ダメ。ユネカの介入は責任の所在を曖昧にしてしまうからね』
『そんな……そんなどうでもいいことでっ!!』
『どうでもよくないわ。ユネカは銀河連盟法に則り地球文明を観察する組織よ。星系を破壊できる強大な武力をもつゆえに法規則によってその行動は規制される。そうでなければユネカはやりたい放題ができるから。対抗できる組織や武力はこの星にはないからね』
『その力を、ヒトを救うことに使ってなにが悪いんですかっ!!』
『悪いよ。ルールから逸脱するんだから。どんな前提であってもね、出来るからと云ってルールを逸脱してしまえば、それは悪いことだ。それはつまりルールを無視できる強者は、なにをしてもいいということになるんだから』


――スクリーンの中では今も獣人たちが殺戮されていく。
帝国兵士たちは遺体を足蹴にし、次の獣人を目指して踏み潰していく。
慣れない剣で獣人を滅多切りにする若い帝国兵。あまりに下手くそで、苦痛を長引かせている。
局部を串刺しにされ激痛に咆える獣人を、槍で殴りつける老年の帝国兵
愉悦を瞳に宿しながら獣人の両腕を切り払い、仰向けに転がして喉を掻き斬る騎士。


『――っ!! あんなのを見てるしかないんですかっ!!』
メインスクリーンに浮かぶフェテリシアの泣きそうな声と表情。
管制室の人員は一様に無表情を保っている。いつもは愉快な騒動を起こす技術部員たちでさえも。
『そうよ。正規軍同士の戦闘に介入するのはダメ。それはルール違反だよ』
『正規軍と云ったって、もう指揮はされていないし、隊行動もしてないっ!! 軍隊とは呼べないでしょうっ!!』
『見かけ上はそうだね。でも上位指揮者から降伏あるいは軍解散の命令は出ていないから。国際信号も確認できない。ならばまだ国権遂行の意思があるとみなされるよ。つまり|まだ《・・》軍隊なんだよ』
『そんなのっ、ただの条文じゃないですかっ! 命が奪われているんですよっ! だいたい降伏したって、帝国が認めなければ……っ!?』
フェテリシアは彼らが帝国に降伏をしない理由にようやく思い至った。長年の確執が積り、互いに許しあうなどいったラインはとっくに超えている。その発想が生まれる余地がない。

『そうだね、状況は変わらない。ユネカは介入しない。そして、こうなるリスクがあることを理解して、彼らは攻め込んだの。ユネカはその意思を尊重しなければならない。こちらの自分勝手な考えで介入することは、その意思を踏み躙るのと同義だよ』

あまりに凄惨で残虐な中継映像をみているのか、見ていないのか。
黒石板の態度はまるで変わらない。
自分の主張が子供じみたものだと解っていてもなおフェテリシアは食い下がる。

『人を救うことは正しいことでしょう!? こんなの、こんなのおかしいじゃないですか――!!』
『それは、なおダメだね。正しさは立ち位置に拠るものだから、ここで一方の勢力に加担することは公平じゃない』
『公平って、これがですかっ!! こんな虐殺を傍観することが、公平なんですか! 正義はどこにあるんですかっ!!』
フェテリシアの駄々に黒石板はため息をつく。
『正しいこと、善行、正義。耳触りの良い言葉で行動を誤魔化してはだめなんだよ。特に絶対的な力を持つモノほどね、ルールに従って動かなければならないの。そこに感情はあってはならない、定めたルールから外れてはならない。だって半歩間違えれるだけで、ボクたちは星を滅ぼせるんだからね。ゆえに力を揮うことに対して厳格にルール付けがされている。それに従うことこそがボクたちにとって“正しい”ことだよ。その中に、敗北した侵略軍を救出するというのは入らない』
『それじゃ、いまのこれに何もできないってことですかっ!!!』
スクリーンの映像を大きく指差す。
『そうだよ?』
 何を云っているのかとでも云いたげに黒石板が身を捻った。そして、ため息をつく。
フェテリシアは激昂しようとして、機先を制された。
『間違えないで。ユネカは|正義執行機関じゃない《・・・・・・・・・・》。この星の文明の観察機関だよ。ちょっとだけ個人の保護をしたりすることもあるけど、それは裁量権の余禄。一個人は長期的には文明に影響を及ぼさないから』
鎮まり返る管制室に響く黒石板の言葉に、誰一人として反論しないことにようやくフェテリシアは気がついた。思わず室内を見回す。
反論することもせず表情すらも消し去って自分の業務を遂行している。
彼女を表だって支持する様子はどこにもなかった。つまり、表立っての味方はいない。

フェテリシアは顔を伏せて静かに問いかける。

『ユネカはあくまでも介入しないとおっしゃるのですか』
『そうだね。彼らが国境までたどり着けば別だけど』
『いまの状況をみて何も感じないんですか』
『別に? 歴史上珍しいというほどではないからね』
『圧倒的な力をもっていても、ルールから外れていれば、何もしない』
『そうだね』
『あなたは――情がないのですか』
『いまさらだよ。ボクはユネカを束ねるモノ。それ以外ではないから。|規約《ルール》が全て』

 うつむいていたフェテリシアが顔を挙げる。何かを決意した真剣な表情。

『あなたって人はっ!! それは強者の傲慢だっ!! そんなの、ぜったいにおかしいよっ!!!』

 彼女の叫びとともに管制室内に特級警報が鳴り響く。
通信映像が激しく震動して歪む。
「どうした!! 何が起きたかっ!!」
「特務艦《アマノウキフネ》第三ケージに異常発生っ!! コード=オクタの拘束具が、破損していきますっ!」
各種中継映像がメインスクリーンに大きく表示される。
黒衣の少女が身を捩って、一歩を踏み出す。全身を拘束している金属枷や鎖が次々とはじけ飛ぶ。
後ろ手に拘束していた手枷を力任せに引きちぎり、喉元の太い首輪に手をかけて千切る。
枷をむりやり引きちぎったせいか、手首から出血していくつもの血の玉が空間に漂う。

「馬鹿なっ!! コード=オクタは|騎士機能《天塔騎士》を凍結されているんだぞっ!!」
「しかし、現にっ!! ああっ!、全拘束具が破壊されましたっ!! 全固定破損、|自由状態《フリー》!!」
 サブスクリーンにケージ内を赤い玉をいくつも流しながら浮遊移動していく黒衣の少女の映像が流れ、唐突に乱れて消える。
「ケージを封鎖し――」「既にしてま――ああっ!! ケージ外扉が!!」
 艦体状況マップの一部が拡大され、ハッチの部分が赤く灯り、破損の文字。
「外扉が破壊されただとっ!!! 厚さ2500mmの特殊合金製だぞっ!?」
「オクタ、艦内を移動! セキュリティシステム、作動していません!!」

黒い翼をもった黒衣の少女が通路を移動していく。映像が次々に途絶える。

特務艦《アマノウキフネ》の後部に設置された三番重力子カタパルトに灯が入り、そして進路上に航路灯がレーザー光投影される。

「で、電源が勝手に!?」「くそ、AIが占拠されているのか!?」「《アマノウキフネ》中央AIの状況不明っ! こちらのコマンドを受け付けませんっ!!」
「コード=オクタへの直結回線、全て塞がれています! ステータスも確認できません!!」
「いや、まて。そもそもオクタの量子頭脳は機能凍結されているはずだ、ポートが開いているわけが」
「しかし、それなしでこんなことが出来るはずが! そもそもオクタは動けるはずがない! 彼女はいま人格演算だけしか動いていないんですよ! 身体演算は主演算頭脳が行うはずなのに!!」
「なら、メインが動いてんだろう! くそ、せめて通信ポートだけでもこじ開けろ! ステータスが読み取れなければなにも判らん!」
「やってます!!」
 技術部員が総力を挙げて|侵入《クラッキング》しようとする中で、状況報告が無情に挙げられる。
「コード=オクタ、第三重力子カタパルト上に出ましたっ!! カタパルトメインハッチが開きますっ!!」


《注意! 現在真空中 宇宙服・防護フィールドシステム装着のこと》と、いくつも空中投影された巨大な部屋の一方が開いていく。
分厚い特殊合金製メインハッチが観音開きでゆっくりと開いていくその先は真っ黒な宇宙。
震動が室内に伝わり、メインハッチがロックされる。
発着場には非常灯以外の光源はなく、進路を示すレーザー投影灯だけが浮かび上がっている。
発着待機上に居た黒衣の少女が重力カタパルト上にあがり、定位置に着いた。
足元で、小型の板がせり上がる。
黒いストッキングにつつまれたほっそりとした脚を踏み出して、真っ赤なミドルヒールをそこに乗せる。
身をかがめて、手を付いた。
顔を上げて、信号灯をみる。『|STOP《停止》』の赤文字が点滅している。
少女の頭の上で、黒くて長いみみがゆらゆら揺れている。

「技術部、コード=オクタの外装をそちらで操作――」
「やっているが、だめだ! コマンドがどこかで遮断されている!! くそ、八の直通回線に四つの隠蔽回線もダメか!!」

カタパルトの進路方向下に浮かぶ青い星。
カタパルトのステータス情報がフェテリシアの瞳に網膜投影される。

重力子チャンバー 圧力正常
電源電力 正常
メガコンデンサー充填率100%
重力子カタパルト上 進路クリア
……カタパルトステータス|ALL OK《コンディション・グリーン》

「……発進準備」
 フェテリシアがつぶやくと、出撃命令が出されていないにも関わらず、天井にある信号灯が赤、黄、緑と切替わる。
停止信号表示がSTOPの赤文字から反転

Ready?

 黒いフリルに包まれたおしりをぐっともちあげて膝を少し伸ばす。クラウチングスタートの姿勢。
背中の黒い翼がばさりばさりと動いて定位置に固定。
空中投影の数字がカウントダウン。

3…2…1…GO!

『フェテリシア、出撃しますっ!!!』

叫び、架板を蹴る。
足元の真っ赤なミドルヒール底から金切音と盛大な接触炎を巻き上げて加速、トップスピードまでわずか三歩。
連動して重カ子タパルトが起動、進行方向に淡く輝くリング――重力子制御状態表示――が形成された。

「っ!」

15連重力子リングによって彼女は15G加速し、宇宙空間に射出される。
|艦の後方に《・・・・・》


「コード=オクタ射出されましたっ! NMフィールドの展開を確認、さらに減速! この角度と速度ですと大気圏に突入しますっ!!」
「軌道はっ!!」
「算出中です――どうやってここまで正確にっ!!」
 サブスクリーンに表示された予測軌道は、正確に最短距離を通って現在の戦場を指し示していた。
「監視衛星群より|無人戦闘機隊を発進、足止めさせろ! ぶつけても構わない、時間を稼げ!! 待機中の天塔騎士に出動を要請――」
戦術指揮官が矢継ぎ早に指示していくが

『追撃は無用よ、放っておきなさい』
「それはっ!!」

思わず聞き返した戦術指揮官に黒石板は取り合わない。

『そんなことよりも、これから地上が大騒ぎで、とても忙しいから構うことはないよ』
 緊張しながら指揮官が尋ねる。
「それは、託宣ですか」
「うん? これから起きることだよ。ユネカはそれの対処を最優先で行う」
黒石板が気楽に断定する。
管制室室内の雰囲気が変わった。今までの慌ただしさと焦りの雰囲気から凄まじく緊張したそれに。

彼女がなにかを断言した時、それは決して外れることのない託宣、預言となる。
千年以上に渡って外れたことのない予言。

極少人数しかいないユネカという組織が、世界すべてに対しても介入できる本当の理由。
ユネカがもつ力の、真の源泉は天塔騎士でも宇宙戦力でもない。
彼女の絶対的な未来予言なのだ。
あまりにも圧倒的な破壊力をもつ星間兵器を運用して、戦略目標を確実に達成する。
例えるなら巨像が蟻を踏み潰したりせずに地面の砂を一粒一粒動かすような計画を立てて実行する。
それが破綻せずに絶対に目標を達成する。
まるで未来から現在を俯瞰したかのような指示で、事前に託宣された通りに全ての物事が進み終わるのだ。
ゆえに彼女は大巫女と呼ばれているのだ。
そして託宣が下された時にその指示に従わない者などいない。

『エウロベ地区の監視体制を強化。これから起きることをしっかりと記録して』
「は、はい!」
 オペレータたちに直接指示を出して、臨戦態勢を解除させる。
『有人監視は望遠光学映像のみで。近傍監視は全領域迷彩無人機をばらまいて。ただし情報処理系は本部のメインシステムから切り離しておくこと。センサー類は受動だけで。能動系は禁止』
「ご指示ですと、解析速度や精度がかなり制限されることになりますが……」
『それが必要だからね。詳細を説明する必要あるかな? 長いよ?』
「いえ、その必要はありません! 大巫女様の直接指示に疑義をはさみ、申し訳ありません!」
『別に畏まらないでも……』
 黒石板は頬を掻くようなしぐさを見せる。
「準戦時体制レベル3の規定通りに24時間体制で地上監視を。一瞬でも気をゆるませてはだめだからね。そして、重大な変化があればわたしを呼び出して」
「重大な変化とは?」
「いまの戦争状態がひっくり返されるような大きな動き、よ。コード=オクタの突入後にそれが起きるわ。じゃぁ、あとは任せるよ」
「はっ!」
指揮官が敬礼をする。そして、あわただしく作業が行われて喧騒が響きはじめる管制室内で、一言も発しない女がいた。
「……大巫女さま」
腕を組んだままのヘイリーア・コード=アイン大佐が静かに声をかけた。
『なに?』
「煽りましたね?」――あの子を
『なんのこと?』
 とぼける黒石板に取り合わずヘイリーアは続ける。
「あの子にいったいなにがあるんです? どう考えてもあなたの行動はおかしい」
『そう? いつもどおりじゃない?』
 まるで取り合わない。たしかに気まぐれで愉快犯で自由人だが――その一方で、決して一定のルールを逸脱しない人だとヘイリーアは見切っていた。それが――
「……今回の任務は最初からでたらめもいいところばかりだ。その上で問題しか起こしていないあの子を起用しつづけ、ろくな処罰も与えていない」
『あら、あなたは道具に罪を問うタイプなんだね?』
「……どういう意味ですか?」
『ふふ……ボクはいつも云っているよね、|キミたち《天塔騎士》はボクの|道具《おもちゃ》だって。――道具がなにをしたって処罰するのはおかしいでしょう?』
 笑みを含んだ声にヘイリーアはいらついて声を荒げる。
「ふざけないでください」
『なにが?』
 きょとんとした感じしかしない声にヘイリーアは、大巫女が本当にそう思っていると気づいた。思わず問い返す。
「――まさか、本気、いや正気ですか」
『さぁ? ただボクは昔からこうだし、公言していたよ。ま、使い捨てはしないけど必要ならなんでもさせるよ。代わりはまた用意すればいいからね』
それはあらゆることを経験して成熟した声ではなく、むしろ無邪気とさえ云える幼い声だった。
それ故に、ヘイリーアは背筋に冷たい汗を覚え、同時に静かに激昂する。
「道具だから、わたしたちの意思など関係ないというのですか――」
『別にいいでしょう? 道具だからといって粗末にするわけでもないし、ボクはむしろ大事に使い切るタイプだから』
「フェテリシアもまた使い切るというのですか」
 感情を排した低い声で問いかける。
『ん? 目的に沿うならそうだね』
「あの子を不幸にするというのならば――」
 密かに練り上げていた剣気を収束し、透徹した意思を込めてただ一点に向ける。
「――絶対に許さない」
もうあの子は充分に不幸だった。これ以上まだ不幸にすると云うのならば、刺し違えてでも――
『そう? なら反抗してもいいわよ? 出来るならね』
「なに?」
『ヘイリーア・コード=アイン、キミが天塔騎士になって何年だったかしら? 100年? 200年? その間にボクの意向を無視した行動は出来たかな?』
 アインは咄嗟に過去を脳裏で浮かべ――気づく。
「――!?」
『そう。経過はどうあれ、最終的には必ず指示通りにしたよね。つまり、|キミたち《天塔騎士》はボクに逆らえない』
 絶句しているヘイリーア・コード=アインを意地悪そうに覗き込んでくる|黒石板《モノリス》
そんな馬鹿なと、演算力を開放する。あらゆる可能性を探る。
だが超々高速度予測演算をもってしても――|これ《・・》に勝利できるイメージがどうしても現れない。過去より受け継がれ続けている膨大な戦闘経験をもってしても、勝負にすらない。
戦闘のイメージが保てずに崩れる。大量のエラーが返されて演算を圧迫する。
演算は可能だが、それは実行しても無駄であると伝わってくる。
ヘイリーアは背筋の悪寒が全身に広がっていくのを感じる。

『ま、戦いたくなったらいつでもおいで? 歓迎してあげるから』
 その言葉を最後に黒石板が唐突に消えた。
高速移動などではなく、映像が切り替わったかのようになんの前触れも後にもなく。
そもそもあれが実体であったかどうかすら解っていなかったことに気がついて、ヘイリーアは戦慄した。
勝利の見込みも、そもそも反抗することすら出来ないのではないかと考えて――気がついた。


(なら――フェテリシアは、どうして逆らえる? それともこの行動までも思惑通りだというのか?)
















------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
ちょっとかわいい外道巫女《アイアンメイデン》惨状!

めちゃくちゃなことを云っていますが、オトナにはいろいろ事情があって思い通りに動けないモノなのです。
(個人の見解とは限らない)

勇者戦のつもりだったのですが、書いていてイライラが募ってしまってなかなか進まず。
お気楽な息抜きので幕前に手をつけたらするすると書けてしまってなんじゃこりゃと。



[37284] 第六章 滅国の少女騎士 <3>
Name: 森河尚武◆cea74981 ID:50541a8c
Date: 2014/11/01 22:58
残酷・残虐・流血・全裸シーンがあります。
苦手な方はご注意ください。


---------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------

「それ以上は、ただの虐殺だよ――」

空から降ってきた黒い翼をもつ少女は云った。
勇者パーティーは戸惑う。

「なんだ……ちっちゃい女の子……?」
「うさみみゴスロリ……?」
「……?」

それは戦闘服と云うにはひらひらだった。
ひざ下から袖まで覆う黒いフリル。
袖口や胸元に見える白いフリル。
要所に付けられた紅色のビロードのようなリボン。
あまりにもひらひらでリボンで漆黒だった。
さらに頭頂部にはたっぷりのギャザーがついたヘッドドレスが乗せられ、そこからぴょこんと立つ黒いうさみみ。
とどめに背中から見える漆黒の翼がゆらゆらと揺れている
それは、まさにうさみみ・ゴシックロリータ堕天使な黒髪少女だった。

「敵かしら? あんなちっちゃい子が?」
「油断しないで。あれは、なにか違う……」
マユは首をひねっている。アンリは油断なく杖を構え、いくつかの魔法構成を展開し始めている。
そして勇者ユウキは、剣を下げて問いかける。

「キミはいったいなんだ? 魔王軍か?」

「魔王軍……? それがなんなのか知らないけれど、ボクは敵でも味方でもない。ただこの虐殺を止めるだけ――!!」
黒ゴスロリ少女の腕が霞み――轟音。
突如、少女の両脇に土壁が生まれた。膨大な土砂が捲りあがったのだ。
まき散らされた土煙が視界を塞ぎ、帝国軍兵士や騎士たちが咄嗟に防御態勢を取る。
視界不良でうかつに動けない。同士討ちの可能性もあった。

土煙が薄れ、視界が戻ると、帝国騎士や兵士たちは絶句した。
彼らの目の前に、地表に一直線に刻まれた溝が出来ていた。見通せる限りはるか遠くまで。

黒衣の少女が、ただ拳圧だけでそれを刻んだのだ

「その線を越えて殺しにいくというなら……覚悟したとみなすよ」

腕を揮った姿勢のまま、うさみみゴスロリ堕天使な少女――フェテリシアは無表情に凄んだ。

勇者パーティがどうしようかと視線を合わせているときに、一歩進み出た勇気ある者が居た。
「ふっ、そんな大道芸に我ら帝国騎士が臆するとでも思ったか! なんだこんなもの――」
 隊長章である羽根飾りをつけた帝国騎士がラインを越えて、剣をフェテリシアの方へ向――少女の姿がなかった。
「云ったはずだよ――覚悟したとみなすって」
帝国騎士の直近から少女の声。
聞こえた瞬間
ばっきゃーん!
「まっするっ!!」

空中を錐揉み回転しながら何か吹き飛んでいく。――全裸な男だった
鍛えられた筋肉を持つ中年男が一糸まとわぬ全裸縦回転で宙を飛び、地に堕ちてびたんびったんびたびたと転がっていく。
弾けた剣が、鎧が、服の破片がぱらぱらと地面にに降り注いだ。

「隊長っ!? ――対陣組め、一斉にかかるぞっ!!」
「待つんだっ!」
 勇者が声をかけるが間に合わない。

「|突撃《チャージ》!」
 帝国騎士たちは魔力を足元に溜め、爆発的な超高速突撃を敢行。
第一陣四人からわずかに時間差を置いて第二陣、そしてダメ押しの決戦第三陣が準備し

「ごめん、今のボクは手加減できないよ、その余裕がないから」

 突撃してきた騎士たちを見据えながら、黒衣の少女が重量級の震脚を踏込み――

ぱぱぱぱぱぱっかーん!
「ぱきょっ!」「さたーん!」「ちょべりばっ」「ぶげるぱっ」「せがっ!」「えいどりあーんっ!」

一連なりの肉打音。
帝国騎士たちが服や装備品をまき散らしながら、くるくると天高くふっとばされる。
ひーふーみーよー……
瞬く間に全員がぶっ飛ばされ、きりきりと錐揉みしながらどちゃどちゃとひとまとめに落下する。
全裸帝国騎士たちが積み重なって山になった。
白目を剥いて、ひくひくと痙攣している。

「うそ……」「ええ――!? 」
大魔導師アンリとマユはあぜんと見上げ――そして小さく悲鳴をあげながら顔をそむけた。顔が赤らんでいる。。
積まれた美形たちは脚をフルオープンにしていたのだ。

「帝国騎士を一撃で……っ!」
勇者は険しい顔を崩さずに呻く。

「ここを越えるというなら、覚悟を決めろっ!!」
フェテリシアは大音声で帝国軍に宣言する。
威嚇するかのように漆黒の翼が大きく広がる。
残る帝国騎士は憎々しげに睨みつけるが、動かない。九人が一瞬で制圧されたのだ、うかつに動けない。
兵士たちも動かない。帝国騎士ですら動かないのに、普通の兵士が動けるはずがない。
戦場の支配権を握っているのは、まぎれもなく彼女だった。
そのままにらみ合いを続ける。時間を稼ぎたいフェテリシアには好都合だった。
彼女は淡々と立ち、だがいつでも動けるように自然体でいる。
誰も動かない。
――動いたのは、やはり勇者だった。

「キミはいったい、何者だ! どうしてこんなことをするっ!!!」

勇者が剣を構えて問いかける。

「ボクは――」
「勇者さま、お気を付け下さいっ!!」
応えるフェテリシアの声が遮られた。
「その者は、その者こそは、魔王軍八大魔将が一人! 『人魔将軍フェテリシア』です!」
「は?」
フェテリシアは、ぽかんとする。
いつの間にか勇者たちの後方に来ていた皇姫カーラは糾弾の声を上げていた。
「魔王軍」の言葉を聞いて、どこか腑抜けていた勇者パーティに緊張が走り、すぐさま|隊列《フォーメーション》を組む。
聖剣を構えた勇者ユウキが前方、少し斜め後方に拳闘僧侶マユ、そして後方に大魔導師アンリの伝統的な対魔王隊列。あともう一人は、別のところに居る。
カーラは声高く叫ぶ。
「魔王に魂を売った帝国の、人類の裏切り者!! 契約で得た強大な悪魔の力でグランリアを破壊し、国境守護騎士団を壊滅させて魔王軍を招き入れた人類の敵!」
「え、なにそれ――」
 とまどうフェテリシアに構わず、、間髪を入れずにカーラは続ける。
「この者が招き入れた魔王軍により、いくつもの街や村が滅ぼされました! 街道には何人もの女子供の……」 カーラが悲しそうに目を伏せる。
「姫様……」
 油断なくフェテリシアを見据えながらも勇者が、心配そうに声を掛ける。
「いや、ちょ、まっ」
「アンタのせいで人類が滅びかけているのね! 許せないっ!!」
 憤慨するように、マユが糾弾の声を挙げる。
「そんなわけ――」
「その通りです! その者が全ての元凶なのです。最悪の裏切り者フェテリシア!! あなたの犯した大罪は、神とわたしたち帝国民すべてが知っているのです!」
「あの、あれ、ちょっと……」
「そうか、話に聞いた“許されざる大罪人”とは君のことかっ!!」
勇者ユウキは、その威圧感を高めていく。
フェテリシアは会話の内容についていけず、内心首を傾げているが、それがほとんど表に出てこないために状況をよけいに悪化させる。
「えっと意味が――」
「それだけのことをしていて、とぼけるというのか?」
「そもそも何の話を……」
勇者ユウキが叫ぶが、フェテリシアには何を云っているのか判らない。
「そう、あなたはそうでしたね。なにくわぬ顔をして、裏で暗躍する。人に悟らせないまま……」
「知り合いなの?」
「はい、わたくしの幼なじみ、お友達でしたの。勉強やお茶会を一緒にしていたというのに、おろかにもわたくしは彼女の本性に気付けませんでしたわ……」
「それは難しいと思うよ、隠すことがうまければなおさらだ」
「ええ、そうね。ずーっと隠してきたんなら、むずかしいわよ。なんか、そんな顔してるしぃ」
「難しい」

皇姫カーラを慰める勇者パーティ。
フェテリシアは相変わらず話についていけていない。

「まって、いったいなんの――っ!!」

 不意に振り向きざまに、拳を振り抜いた。

「トンデノレっ!」「あじゃぱっ!」「ニーンっ!」「オーソラーニー!」「ウィー!」「てんどっ!」

いくつも放たれた|真空拳打《ソニックフィスト》が、境界線を越えていた帝国騎士たちをまとめて叩き潰した。
砕けた装備をまき散らしながら、また積み上がる帝国騎士。
まだラインを踏み越えていなかった騎士が喚き散らす。
「な、不意打ちするとは、この卑怯者めっ!!」
「こっそりと貫けようとするなんて、普通にそっちがずるいでしょっ!?」
「なにを云うか、隙を付いただけだっ!!」
 帝国騎士と言い争いながら、フェテリシアが回転背面蹴りを放つ。
 重々しくも甲高い音をたてて、『|おはよう、お星さま《モーニングスター》』がくるくるまわってあさっての方向に飛んでいく。
「ちっ!!」
背後から襲ったマユが舌打ちしながら、身軽にトンボをきって距離を取る。
「背後から襲い掛かってくるとは思わなかったよ……」
「なーにいってんだか。騎士さんたちをいきなり不意打ちしたくせにっ!!」
 びしっと指を突きつけて断言する。
「いや、いきなりなのはそちら――っ!!」
フェテリシアが不意に誰もいない方向に駆けだした。
数歩で最高速度に乗る。翼が最適形状に開く。

「――|地を穿て、流星よ《デス・レイン・インパクト》」

天上からフェテリシアめがけて流星雨が降り注ぐ。
大魔導師アンリ・ノーティ=インビンシブルが放つ超戦術級広域魔法。天を覆い尽くす規模の大量有質量弾の一斉投下。
甲高い落下音とともに落ちたこぶし大の岩石が何千と地を穿ち、破片をまき散らす。
フェテリシアは高速で左右に身を振りながら避けるだけ避け、避けきれない岩石弾を|はためく翼《アクティブ・バインダー》が弾いていく。
戦場に大きく弧を描き、フェテリシアは勇者を真正面に捉える。
勇者ユウキが剣を構え、誘う。
乗る様にフェテリシアがトップスピードへ。
激突寸前、フェテリシアが直角に跳び、着いた地を抉りながら強引に停止、さらに跳んだ。
誘導光線魔法を放った大魔導師アンリへ。
ユウキが気づき、焦ったように振り返ろうとする。
初速の早い光線攻撃がフェテリシアをかすり血飛沫が上がる。
しかし止まらない、さらに加速する。誘導されて直撃するよりも早く
「っ!?」
「ごめん、手加減する余裕ないからっ――」
 驚愕するアンリの眼前に迫ったフェテリシアが小さく謝り――拳がさく裂する。
一打六撃。
「ぁっ!」
拳打の奥義のひとつ、“徹し”の前には対衝撃緩和ローブは意味をなさなかった。
身体正面の急所六ヶ所を同時に打ち抜かれて大魔導師アンリは悲鳴すら上げずにくずおれる。
「うぁ、は、かはっ、くひ……」
 半ば白目を剥きながら、ぴくぴくと痙攣しなががら、喉を抑えて短い呼吸を繰り返す。
「神経系がパニックを起こしているだけだから。しばらくすれば治るから、無理しないでね」

「アンリっ!! よくもっ!!」
激昂したマユが、亜空間倉庫からいくつもの|モーニングスター《おはようお星さま》を取り出し、突撃する。
分投げられたそれらを紙一重でかわし、さらに振りおろされてきたモーニングスターを宙に跳んでかわした。

「なめんなっ!!」
「どっちがっ!!」
振りおろしよりも速い切返しが宙にあって足場のない、回避する術がないフェテリシアへ。
フェテリシは大きく身を捻り背まで引き絞った拳をそれに叩きつける。
過大な攻撃が激突し、大風の渦が生まれる。

思わず腕で目を覆ってしまい、視界を失くしたマユに、地に堕ちる様に着地したフェテリシアが拳を打ち込む。
鳩尾を打ち抜かれ、呻きながらくの字になったマユの首元に手をかけ、頸動脈に指先を滑らして圧迫する――血流を止められたマユは一瞬で落ちた。
意識を失って力が抜けたマユの身体を支えながら、そっと地面に降ろし――振り下ろされてきた紙一重でかわした。
翼の一部が斬り裂かれ、フェテリシアが目を見張る。同時に地をなめる様な低姿勢で素早く後退した。

「マユっ! アンリっ! 大丈夫かっ!!」

フェテリシアに斬りかかった勇者ユウキが、倒れている少女たちに声を掛け――。

「あ、っと身体ゆすっちゃ駄目だからね、混乱とか|脳震盪《・・・》起こしているからっ!!」

焦ったフェテリシアの警告に、伸ばした手を止めた。鋭い眼光でフェテリシアを射抜く。
「どういうことだっ!?」
(なんで、脳震盪なんて言葉を知っているっ! こいつ――)
「魔法使いを無力化するのは大変なの。口を塞いでも意識があれば魔法構成は紡げるし、一番簡単なのは殺してしまうこと。でも、それは嫌だから、激痛と多点打撃で意識を混乱させたの。そちらの子は、ちょっと血流をいじっただけだから10分もすれば普通に目覚めるよ」
 フェテリシアは早口でまくしたてる。余計な茶々を入れられて説明不足を恐れたのだ。
場合によれば本気で人が死にかねないから。
勇者ユウキがさぐる様に問いかける。
「そこまで敵に思いやりをかけられるのに、どうして、|こんなこと《人類を滅ぼそうとする》をするんだっ!!」
「こんなことって……あなたが|引き起こしたんじゃないかっ!!《この惨状を》」
「オレが!? どういう意味だよっ!!」
「いけません、勇者さま!」
 カーラが鋭く声を上げて制止し、哀しそうに顔を伏せる。
「いけません……その者の云うことを聞いてはいけません……」
「なぜ?」
「その者の言葉は毒です。内心を隠しながら、疑念や憎悪を振りまくように静かに誘導していく……それは言葉の毒を操るのです」
「え、え?」 
「その者は昔からそうでした。魔力のないがために劣等感を抱き、周囲からかけられた言葉を信ぜず、誇り高くも優しい両親やその身を案ずる姉妹を憎み、ひいては帝国その物を――」

言葉を止めたカーラは悲しげに顔をふる。

「いえ、わたくしたちも悪かったのかもしれません。魔法が使えないことがそんなに劣等感を抱かせるとは思っても居なかったのです。わたくしたちは良かれと思って声をかけ、励まし、一緒に勉強や練習をしたのです。そうやってわたくしたちは友情や愛情を育んだと思っていました。――それが、その者にますます憎悪を燃え上がらせていたのです。心の奥底に感情を隠し、仮面を張り付けたその者を見抜くことが出来ませんでした」
悔いるようにつぶやく。
「もしかして、顔見知りだった?」
「はい、わたくしの幼なじみでした。彼女はとても活発で明るくふるまっていました。剣が好きで、剣技だけなら現役騎士ですら敗けることもありました。とても、なにかを隠すようなことが出来るとは思っていませんでした……」
「そうなんだ……」
「いまでもそういうの苦手なんだけど……」
「ああ、せめて彼女の劣等感に気付いていれば、また別の道もあったかもしれません……」
「そんなことないよ、それはきっと無理だったんだよ」
「ああ、勇者さま……」
 ユウキは慰める
「いや、なに云ってるのか全然わかんない……」
困惑するフェテリシアの言葉など聞いちゃいない。
「勇者さま、その者の言葉はすべて虚言、戯言なのです。戸惑っているようなしぐさもすべてまやかし! 魔力がないがゆえに心卑しく育ち、周囲から更生のためにかけられた言葉も信ぜず、誇り高くも優しい両親やその身を案ずる姉妹を生贄に捧げて、悪魔の力を得た悪しく哀しき存在なのです!」
「云われたい放題だなぁ……」
 フェテリシアは半分あきらめつつもとりあえずツッコミを入れているが、やっぱり聞いてくれない。
「勇者さまのお手ではなく、わたしたちの手で討つ。それでけじめをつけましょう。かつて友誼を結んだわたくしのせめてもの情けです――」
 カーラは手を組み哀しげに祈る。
その横で、聖剣を構える勇者ユウキ。
いつでも動けるように自然体にしているフェテリシアめがけて――

「メイフェーリァアアアアっ!!」

 大音声と共に遥か天空からものすごい速さで何かが落ちて――地面が爆発した。

土砂が大量に巻き上げられて視界不良になる。
その土砂の壁を突き破って女剣士が出現する。

「久しぶりだぁあああ、メイフェーリアっ!!」
「――ア、アフィーナ姉――っ!? ちょっと、戦闘なんかして大丈夫――」

横薙ぎの一閃を、フェテリシアは後退歩で避ける。

「このわたしにっ!! 剣を向けたことを思い知れぇえええっ!!!!」
「――っ!?」
 白銀に輝く大剣が豪速でフェテリシアを真っ向から襲う。
とっさにいなそうとした彼女の右腕からぎゃりぎゃりと背筋がおかしくなる奇怪音を立てて、長手袋が裂けていく。
眼を見張りながらもいなしきった瞬間、ずだんと轟震脚音が響き、剣軌道が変化した。
蛇のように彼女の腕を巻き込みながら剣先が跳ね上がった。
急激な変化に反応が付いていけない。
血飛沫が舞う。
「ちぃ、かすっただけかっ!!」
吐き捨てるアフィーナの視線の先には、右腕がざっくりと裂けてぼたぼたと血が落ちるフェテリシアが居た。
激痛が駆け巡っているが、それ以上にフェテリシアは驚愕していた。
「まさか、それ……いや、アフィーナ姉さま、まさか、まさか――」
「だまれ、この口にするもおぞましい下民めっ!! 誰のせいでこんなことになったと思っているっ!!」
 白銀の剣の鍔元で宝珠が赤黒く輝き、複雑機構がキリキリキリと動き続ける。
 そしてアフィーナの首元にはめられた分厚い金属製首輪から光の帯が手首、足首、腰、股座に埋め込まれた金属環へと伸びて繋がっていた。
フェテリシアはそれの正体を知っている。帝国ではとても有名な刑罰だったからだ。
全身の関節に支点となる魔導楔を打ち込み、圧縮魔力燃料を使用した魔導機関のパワーを伝達させる魔力筋肉を全身に張り巡らせる|魔導兵装《パワード・スーツ》。
動作阻害になることと万が一の叛逆防止のため、鎧を着ること許されない。
剣と布服だけの、防御を完全に捨てた攻撃兵装。
装着者の人権を無視したそれは、文字通り戦場の使い捨て兵器として扱われる。
そのため装着者には命令を聞かせるための特殊な魔導具も組み込まれている。
登録された人間の命令に従わなければ、短い|呪文《登録ワード》や特定放出魔力パターンひとつで脳が焼かれる、|完全奴隷化魔導具《マスター-スレイブユニット》
その一式を組み込まれて強靭な身体能力を得る代わりに、死ぬまで自由を奪われる。
これらを装着させられるのは、死罪に相当する罪を犯したものか、奴隷かである。
そして帝国民にとって、この刑罰に処されることは最大の恥辱とされ、即座に死を選ぶとまで云われる刑。
幼かったフェテリシアでさえも知っている帝国最悪の刑罰。
「いったい、だれがそんな――」
「貴様がそれを云うかぁあああああ!! 貴様さえ、貴様さえいなければぁぁああっ!!」
眼が血走り、筋肉を膨張させたアフィーナが咆える。
大剣の鍔元でガコンッと小さい筒が排出され、新たなものが装填される。
魔導大剣が白銀に激しく輝く。
魔力刃が爆発的に巨大化したのだ。
全身の光帯を激しく発光させてアフィーナが斬りかかる。
真っ向からの振り降ろしを見切って側方に避けると、孤を描いた大剣が逆袈裟へと変化する。
避けても避けても変化して、途切れなく縦横無尽に揮われる剛剣。
白銀の剣から供給される圧縮魔力燃料によって引き出される強大な膂力が余すこと使っている豪壮無比な剣技。
「アフィーナさんっ! 加勢しますっ!!」
「だめだ、これはわたしの戦いだっ!! 何があっても手を出すなっ!!」
 ユウキが剣を構えて伝えるが、アフィーナは拒絶する。
繰り出す斬撃がさらに加速する。
フェテリシアは剛剣を紙一重でかわす。直撃すれば並みの騎士以下になっている今の彼女では耐えられない。
勝っている速度でさえも、かつて天才剣士と云われたアフィーナの剣技の前では、ろくにアドバンテージにはならない。
攻撃力、防御力、膂力、体力、速さ……ほとんど全機能を封印されている今のフェテリシアには何もかも足りない。
 なんとか持ちこたえているのは、ただただ叩き込まれた膨大な戦闘経験による予測があるからだ。
それとて、半歩分予測を間違えただけで死ぬ。
でも、それが普通。
天塔騎士なんていう|規格外《バケモノ》がおかしいのであって、ヒトは剣の一撃で容易く死ねる生き物なのだと、フェテリシアは解っていた。

機能封印されてたことに、後悔はない。
どんなに強大な力があっても、それを使えなければ意味がない。
今のこれを止められるのなら、なんだっていい。
もちろん何が正しいかなんてわかんない。
でも、こんな虐殺は絶対に間違ってる、止めなきゃいけない。
使えない強大な力よりも、少しでもヒトを助けられるならそっちの方がいい。

(今のボクにだって出来ることがあるんだからっ!!)

――そうして、彼女は追い詰められていく。
最初に防御してしまったために攻撃の機会をとれず、次々と傷を負っていく。
背をかがめてすり抜けようとして黒翼が砕かれる。
うさみみヘアバンドが千切られる。見切ったはずの剣の魔力刃が伸びてスカートのフリルを千切る。
一撃即死の豪剣。
掠めるだけで皮膚が裂け、髪の毛先が斬られる。
避けるたびに致命傷ではないが、装備が破壊されていく。
 地表に弧の軌跡を描き、側方から襲い掛かろうとも、即座に剣が横薙ぎに揮われ、さらに速く斬り返される剣に懐に入ることも難しい。
身体の再生もままならないフェテリシアはじりじりと追い詰められていく。
袈裟切りの凶悪な剣圧に、ついに負けてフェテリシアの身体がごくわずかに揺らぐ。

――次の攻撃は避けれない。

元姉妹は同時に思った。
千載一遇の機会を、アフィーナは違わず掴んだ。
「死、ねぇ――っ!!!!!」
大上段から、豪速の振りおろし。いかなるものとて断ち切らんとの気迫の一撃。
反応が遅れているフェテリシアの眉間を正確にとらえ――衝撃波が飛び散る。

――振り下ろされた剣身をフェテリシアが両掌で受けていた。
大量の血飛沫が両掌から飛び散っている。

(偽)真剣白羽取り

遥か過去の超剣士ヤーギ・ジュローベが得意としていた無手術の極地。
イ・スンシー流にもあるそれは秘奥義とされ、後継者にだけ口頭で伝えられるという。
むろんそんなことはアフィーナもフェテリシアも知らない。
彼女はとっさにやっただけだ。
そのまま血まみれの手を捻り、魔導大剣を奪いとる。

――思い込みがあった。

剣士であることに誇りをもつ元姉から、剣を奪えば一端引くだろうと。
そこに追撃をするつもりで、動きやすく重心を変えて――それが、致命的な失敗だった。

「かかった、なっ!!!!」
「――っ!?」

アフィーナの弓のごとく引き絞られた片腕。
彼女は片手で剣を振り下ろしていたのだ。
引き絞り溜めていた拳を打ちだす。
最速にして渾身の|直拳打《ストレート》
めきょりと腹部に食い込む。――フェテリシアはまともに食らった。
強化された膂力による一撃は、人間を千切ることなど容易い。
体重の軽いフェテリシアはただの一撃で吹っ飛ばされ、地表を削りながら転がって地面に叩きつけられる。

「っ……!!!」

 声すら出せず、せき込んだ口から血をぼとぼととあふれださせる。内臓が破壊されたか、肋骨が砕けたか。
立ち上がろうと支えた腕が、がくがくとふるえる。
腹部への攻撃は体力を奪うというが、内臓の大半が致命傷を負ってしまえばそんなレベルではない。
ようやく上半身を起こす。
口元からどす黒い血がこぼれて止まらない。

立て、立たないと――

思考とは裏腹に身体はほとんど動かない。

動け、動かないと――まずい

「さぁ、これで終わりだ――」

元姉の声が聞こえた。
魔導大剣を大上段に構えたアフィーナが見えた。
装填機構が動き、空になった圧縮魔力筒が排出されて、新しいものが装填される。接続音とともに膨大な魔力が回路を駆け巡り、機能を最活性化させる。
剣身に膨大な魔力が流し込まれ、光り輝く分厚い鉄塊のごとき超大型剣へと変貌する。
みしみしと筋肉と骨格が鳴る。
全身の魔力筋力帯に魔力が巡り、余剰魔力が放出されて紫電のごとくまとわりついて踊っている。
鍛え上げた肉体と機構の強大な膂力すべてを、次の一撃に注ぎ込む。

いまだ身動きすらろくにとれないフェテリシアは、避けれないと悟った。
それはつまり――死ぬということ。

死……ボクは……死ぬの……なにも出来なかったまま――
い……や……いや、だ!
まだなにも、まもれ――


「ぉおおおおおおおおっ!」
 アフィーナが獣のごとく咆えて、全身全霊全力で剣を振り下ろす。
刃が向かう先には、怯えたような目つきの憎き|元凶《屑妹》
胸がすく。このわたしの誇りを踏みにじりながら、のうのうと生きているこれをやっと殺せる。
――そのために屈辱に耐えてきたのだ。こいつは、絶対に殺すとっ!!!!


「――地獄に墜ちろ、この出来損ないがっ!!」


剣を見上げる少女の瞳に絶望の色が広がり
























――バシャァッ!


























大量の血飛沫が飛び散り、千切れた黒衣の腕や脚が宙を舞った。
















[37284] 第六章 滅国の少女騎士 <4>
Name: 森河尚武◆cea74981 ID:f3ee59f9
Date: 2014/12/03 22:50

お待たせしました。


残酷・残虐・流血・全裸シーンがあります。
苦手な方はご注意ください。


---------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------

轟砕音。
魔力斬圏を展開にした巨剣が、地面ごと少女を破砕した。
赤い血飛沫が舞い、千切れた手足がばらばらと落ちてくる。
狂相を浮かべたアフィーナが激しく息をつきながら、ゆっくりと巨剣をどける。
地を深くえぐった大剣の周囲に転がる腕や脚の一部、肉や内臓の破片、土に広がる血だまり。
そこに居たはずの少女は原型もとどめていない

――潰した。
ゴミ虫を潰すように。
無慈悲に。間違いなく。
あの屈辱は死をもって報いてやるとそう決めていた。ゆえに一切の容赦も慈悲もなく殺した。

――いや、そもそもこの結果こそが正しい。
このわたしが卑しきゴミごときに、敗けることなどありえぬのだ。

昏く淀んだ心が、温かい光に斬り裂かれて晴れる。
この澄んだ晴天の様に。
晴れ晴れとしたアフィーナが大剣を天へと突きあげ、咆える様に宣言した。

「大罪人メイフェーリアは討ち取った!!」

憑き物が落ちたかのように狂相がなくなり、凛々しい女騎士の顔となった。

「さぁ、勇士たちよ、進め! 侵略者どもを生きて返すなっ!!!」

掲げた大剣を敗走する|敵ども《ゴミ》へ向けて、味方を鼓舞する。
……が、帝国軍は静まり返り、誰一人として動かない。

「どうした! なにをしているっ!!」

帝国騎士たちは凍り付いたように動かない。
勇者ユウキもまた剣を下ろしてはいないが動かない。
その中ではっきりと蒼ざめている者がいた。帝国末姫カーラである。
言葉もないまま、彼女が|それ《・・》を指差す。
その指先が震えている

「っ――!」
姫の指差す先へ顔を向けたアフィーナが愕然とした。


  ☆☆


「……“コード=オクタ”が、|死んだ《敗けた》?」

静まり返っている管制室内に、その小さなつぶやきは大きく聞こえた。

メインスクリーンに映されている地上の超望遠映像。
虹色に輝く大剣を振り降ろした女騎士。
陥没した地面に散らばる肉塊――原型をとどめていないヒトの身体――

「フェス姉さま――!!!」
 メインモニタに映る惨劇に蒼ざめる黒髪の少女。

「天塔騎士が……敗けるなんて……」
「ばかな……地上人の|戦力《技術レベル》で勝てるはずが……」
 ありえない事態に、みな呆然とメインスクリーンに目を向けている。――ゆえにステータスモニタの表示に気づく者はいなかった。

CAUTION!
All STATUS BAT

CONSCIOUSNESS : POSE
SITUAITION : DEAD (RECOGNIZE)

Reproduction...Complete!
Re-Start Process...Done.

Project "PAaTBM" Control AI Program Code No.13th-REY
Personal Code Name "FATELEISIR"


Wake up! My little Reproduct doll!


  ★★

 ぽむぽむと気のない拍手が暗闇に響く。

「おめでとー。いろいろ|枷《制限》をつけてたとはいえ、よく|壊した《・・・》ね」

 砕けたヒトの残骸が散らばっている場所を映すいくつもの空中投影モニタ。
 それらを眺めながら、闇の中にふわふわと浮かんでいる白銀の少女は心底どうでもいいように賞賛する。

「制限加減がよく判らなかったけど、なんとかなった。よかったよかった。普通の人間の性能ってこんなものだったんだね」

その少女にしてみれば、人間も虫も大差がないゆえに、調整加減が今一つ判らなかったのだ。

「さぁ、どうなるかなぁ――ねぇ、ボクの“後継者”?」
――がっかりさせないでほしいな


  ☆☆


 赤黒く染まった土の上に、ぺたりと座り込んでいる黒髪の少女。
その一糸まとわぬ身体には傷や染み一つなく、長い黒髪が背中に流れている。
身体はちからなく、顔はうつむいている。
座り込んでいる下には緋色をしたねっとりとした血だまり――

アフィーナは、震えた声を挙げる。それは決して恐怖からのそれではない。

「なぜ生きている――」

憶えている。その感触を。
数多くの蛮族を叩き斬ってきた自分が、今更間違えるはずもない。
殺した。一片の間違いもなく。この手で、この剣でたしかに叩き潰した。
虫を潰すがごとく何の情けも容赦もなく。
情はあった。恨みだ。一度とはいえ、決定的な敗北を喫した。
その屈辱は雪いだが、恨みが無くなったわけではない。
殺すことに戸惑いなどなかった。
たとえ偉大な両親より血を分けられたモノとはいえ、|いや、だから《血を分けられたから》こそそれはゴミ以外のなにでもないのだから。
だから躊躇もなかった。そこに悔恨もない。
だが――後悔はあった。

「く、くっくく……」
低い嗤い声が、どこからか聞こえてくる

うつむいた裸の少女はぴくりとも動かない。
腕にも足にも力なく、ぺたりと座り込んでいる。

「くくく……ああ、いいだろう。もう一度、殺してやる。ああ、殺してやる」
それは|アフィーナ《自分自身》の声だった。

「うれしいぞ、メイフェーリア……そうだ、一回殺したくらいで!! この恨みが晴れるものかぁあああああっ!」

アフィーナは狂喜の声を挙げた。


――まぶたを開けると
あかい、あかい地面としろい、しろい肌
それはボクのひざだと気がつくまで、すこしかかった。

だらんと両脇にあった手をもちあげる。
傷一つないてのひらが目の前にきて、にぎったりひろげたり。
それがボクのてのひらだと気がつくまで、すこしかかった。

顔を上げれば、澄み渡った晴天。
きらりと光る、いくつもの“目”
――目だとなぜか解った。



「無様に潰れて死ぬがいいっ!!!!!!」

空気のはじける音。
苛烈な踏込。風すらも置き去りにし、音を超え
帝国騎士の限界をはるかに超えて、一足の間を零とし
振り降ろす大剣はまさに閃光のごとく

アフィーナの|空《くう》をも断つ会心の一撃は、|元妹《メイフェーリア》を斬――。

――少女が動いた。

意識が覚醒していない彼女は、危険が迫っていることすらわからない。
だが身体は、剣士の本能だけで動いた。

|空《くう》を斬りながら迫る、剣の神域に届いたアフィーナの撃剣を。

ほんの少しだけ身体をそらして斬線を回り込み
伸びた右腕が柄元を握って、大剣を奪い
撥ねる様に伸びて膝立ちになりながら
片脚を滑らせて上半身を捻り
軸足をずらして極小だけ前へ進んで
アフィーナの脇をすり抜けるその瞬間
ただ一刀でアフィーナの四肢を斬り捨て、首を断ち落と――


「――あ」

――|その感触《肉を斬る》で覚醒した。



アフィーナはまだ己の身に何が起きたか気がついていない。
カーラやアンリは視えていない。
マユは見えてはいるが理解していない。

そして――勇者ユウキだけが視えて理解していた。

すべてが限りなく遅延した意識世界において、彼だけが正確にその光景を理解していた。
魔法斬圏の消えかけた大剣が、アフィーナの四肢を斬って延髄へと――

やめ――

ろという言葉が響く前に

轟音。爆発的に広がる土煙。
一瞬で視界が奪われる勇者パーティ。
強大な剣圧、音速を超えた斬り返し。
その余波で地面が爆裂したのだ。

「やめろーーーー!!!!」
腕を伸ばして突如叫んだユウキに彼女たちは怪訝な顔を浮かべ、視界を奪われてすぐさま警戒する。

アンリが腕を揮い、疾風が土煙を吹き散らす。
無詠唱による風魔法。広範囲を一気に吹き散らす。

――光景が一変していた。
砕けた地面。表土や石がみな吹き飛ばされて何もなくなり。
すこし離れた場所で、黒髪の少女がぺたりとすわりこんでいた。
荒く肩で息をしている。


「な……あ、……いま……ボク……」

――|なに《対人殺傷制限が》を|しようとしていた《機能していない》?

地に放り出された魔法斬圏の消失した大剣。
掴んでいる右手が、がたがたと激しくふるえている。

左の掌で顔を覆いながらつぶやく。
泣きそうな顔。いや、実際に涙と、そして大量の汗を書きながら蒼ざめている。
かたかたと歯の根を鳴らしているが、本人は気が付いていない。
そこにあったのは、年相応の少女がおびえている姿だった。


「……くくくく」
 低い嗤い声が小さく響く。

「……凄まじいなぁ、ああ、まったく凄まじいよ」

 少し離れた場所に転がっているナニカから声が聞こえる。
 子どもが持ち歩く人形より少し大きいくらいのそれ。
 二回りくらい小さくなった肉体。四肢を失い、もはや動くことすらままならない。
――変わり果てた姿のアフィーナだった。

フェテリシアの瞳が限界まで見開かれた。しかし何も映していない。

「何をされたのかすらわからぬ。ああ、まったく……凄まじいものだな」

口元からごぼごぼと赤い血をこぼしているにも関わらず、声は奇妙にきれいだった。
隷属首輪から簡易治癒魔法陣が展開されているが、修復は遅々として進んでいない。

「剣に生きて、剣に死ぬのは騎士の定め。だが、貴様に斬られるとは思わなかったよ、くくっ、まったく一寸先は闇とはよく云ったものだ。四肢を斬り捨て、さらに首を砕くとは……完璧な致命傷だ、治癒術式が無ければ即死だったな」

くくくと低い嗤い声。
鬼気に押されて誰一人として口をはさめない。

「メイフェーリア、お前に姉として最期の言葉を贈ってやる」

口元をゆがめながら、アフィーナは云った。
フェテリシアの方へ向くということもなく。彼女の眼は既に視えていない。

「誇れよ? お前はわたしを――そうとしたのだから」

黒髪の少女は、よく聞き取れなかった。
いや、脳が理解しようとしなかった。

「このわたしを、血のつながった姉であるわたしを殺そうとしたのだからなぁっ! |永劫に《その罪を》誇るがいいっ!! あひゃひゃはははっ! 」

血を吐きだしながら、狂ったように哄笑する。
凍りついたように誰も動けない。

「――ほんとうによくぞよくぞよくぞ! この出来損ないが! 血の繋がった姉を! 殺そうとしやがって! 永劫に誇れよ、メイフェーリぁけひゃるぁっ!!!!」

アフィーナが不自然に声を止める。
頭が奇妙な方向にねじれ、いつの間にか首輪の治癒術式が消えていた。
ぴくぴくと痙攣しながら、その瞳が光を失った。
もう、その身体に力がはいることもない。
冷えていく。熱を失っていく。
誰が見ても……

ユウキたちは呆然と見ている。身動きすらしない。
カーラは惨劇に怯えたかのように口元を覆っていた。


黒髪の少女が無感情につぶやく。

「ボクが……」

目の前にある両手が、ぶるぶると震えている。

「――殺した?」

「――よくも、アフィーナさんをっ!!!!」
 咆えながら勇者ユウキが一足でフェテリシアの正面に飛び込み、斬り捨てた。
袈裟切りにされたフェテリシアが後ろに倒れながら、ばしゃりと|ほどけた《・・・・》。
大量の赤い水が撒き散らされながら広がり、そして

「――ユウキっ!!」
マリの鋭い叫び。
真横に、ぺたんと座り込んだままの黒髪の少女があった。

「っ!! |勇者剣技《ソードスキル》“竜虎乱舞連斬”!」

いくつにも分身したユウキたちが、ありとあらゆる剣技を黒髪の少女に叩きつける。
突き刺し、首を薙ぎ、袈裟切り、胴を薙ぎ、脳天を叩き割り――

「無に還れぇえええ!!! ――『アブソリュート・メギド・フレイム』!!」

 背後に残ったユウキが放った勇者専用魔法がさく裂、極炎が黒髪の少女を呑みこんだ。

「アフィーナさんの敵っ!! 『アブソリュート・メギド・フレイム』!!」

咆えて、極大魔法を叩き込む。
執拗に何度も何度も。
紅蓮の炎がさらに灼かれ、地面もなにもかも融解していく。
青白く輝く焔となってもまだ止めない。

「止めてっ! ユウキ、もう死んでるってっ!!」

 執拗に極大魔法を叩き込むユウキにマユが背後から抱きついた。

「こいつがアフィーナさんを殺したんだぞっ!! 」
「わかってるよ、わかってるけどっ! ユウキがいくら魔法を叩きつけたってっ!!」
 マユが涙でくしゃくしゃの顔をユウキの背中にうずめながら続ける。
「アフィーナさんは、もう帰ってこないんだよぉ……」
ユウキは脱力する。
「そう……だよね。もう居ないんだ」
「ねぇ、せめてお墓をつくってあげようよ」
「ああ……そうだ……ね……」
構えていた両腕をだらんと落してユウキがぼんやりとつぶやき――そして目を見張る。

「そ、んな……」
「うそ………」

青白い煉獄の焔がゆらめく|中心地《グラウンド・ゼロ》

その中に、人影――黒髪の少女。
ぺたりとすわりこむ彼女には傷一つさえもない。
いや、正確に言えば灼かれながら治癒再生されている。
再生速度の方がはるかに勝っているのだ。

「生き……てる……?」

 フェテリシアがぼんやりとつぶやく。灼熱の焔の中、熱いと感じながらも火傷ひとつ負っていない自分の手をぼんやりとみている。
握りしめる。開く。握りしめる。開く。
自分の思い通りに動く掌。

煉獄もかくやという焔の中で、なにごともない無傷の身体。
これは、ほんとうに自分のからだ――?

そう思った瞬間――反射的に自分の喉を突いた。
融解しかけた大剣の剣先が彼女の後頭部から突き出る。

唖然とした顔のまま、倒れこむようにうずくまる。
身体が、なんどか痙攣して――ずるりと大剣が倒れて地に転がった。










 ゆらりと無傷の上半身をもちあげた黒髪の少女は、宙に視線を向けながらぼうぜんとつぶやく。

「ああ……そういうことか」

少女が天を仰ぎみる。

「|死ぬこと《自害防止が》|すら《機能していないのに》出来ないということか……」

ただ呆然と見上げる。蒼天の空を。

「そうか……死まで奪われたんだ……」

喉を鳴らす。
しずかに、深く。肩をふるわせ始める。

「……ふふ……はは……は……あはははははは………」

 黒髪の少女は、ただただ虚ろに嗤う。
涙は出ない。そんなものは、とっくのとうに失くした。
いろんなものを奪われ失くしてきた。
奪われつづけて、とうとう死ぬことまで奪われた。

生きたくもないのに死ぬことすら出来ない。
そもそもヒトなのかすらあやしい。



ボクは――


 ★★


「さて……ようやく実感したよね」

 昏い部屋の中。
いくつもの空中投影モニタに映し出された望遠映像。
その中で黒髪の少女が虚ろに笑っている。

「キミの身体は、キミのものであるけど、キミの意思とは無関係に稼働してる」

白銀の少女が、くるくると回る。踊る様に、子どもの様に、無邪気に、そして空虚に。

「|それ《・・》は兵器として扱われたんだ。古今東西あらゆる兵器の頂点、空前にして絶後、究極にして最強/最恐/最狂の欠陥兵器――」

ふわりふわふわとうさみみを揺らして、くるくると廻る。

「神(笑)にも、悪魔(笑)にもなれるその|性能《チカラ》――」

|狂狂《くるくる》と廻る。

「さぁ、どうするどうするど・う・す・る♪ キミはどうする~?♪」

楽しそうに歌いあげながら、くるくると。

ぼうぜんと空を見上げる黒髪の少女をモニタ越しに見下ろしながら。

白銀のうさみみ少女はくるりくるくると廻り周る回る。




























――なお、その胸は背中と区別がつかない。






[37284] 第六章 滅国の少女騎士 <5>
Name: 森河尚武◆cea74981 ID:50541a8c
Date: 2015/01/23 23:56

大変お待たせしました。

残酷・残虐・流血・全裸シーンがあります。
苦手な方はご注意ください。


----------------------------------------.



黒髪の少女が大地に座り込んでいた。
天を仰ぎみて、くつくつと傲然と嗤っている。
まるで、こちらのことなど目にも入れていないかのように

ユウキの火系最強魔法を平然と耐え、そして剣を自らに突き刺してみせた。
無傷。いや、正確にはすぐに治癒した凄まじい再生力。
剣など無意味だと見せつけて、くつくつと”嘲笑う”その姿は、言葉よりも雄弁に伝えてきた。

――たかが人一匹を殺した程度のことで何を思い煩うことなどあるのかと。

(アフィーナさんを殺したのにっ!!)
「このぉおおおおっ!!!」
 勇者ユウキが瞳に|正しき怒り《・・・・・》を乗せて、少女に斬りかかった。


 皇姫カーラは、内心で怒りが渦巻いていた。
(……まったく余計なことをしゃべって。役に立たないだけじゃなくて、害悪になるなんて、さっさと処分しておけばよかった……。勇者に気がつかれていなければ良いのだけれど)

蒼ざめている顔色の裏側で、彼女は思考を続ける。

(――あのバケモノが問題ね。帝国魔導院が総力を上げて製造した|戦奴《アフィーナ》をあんなにも容易く……なんて役立たず。せっかく拾ってあげたのにあんなにも簡単に壊れるなんて。所詮は|無能者《ノマー》、粗悪品だったわ)


黒髪の少女は、袈裟切りにされて後方へ倒れ込む。
浮かべた”嘲笑”は消えぬまま。
「……っ!!!」
 荒い息をつきながら勇者ユウキが目を見張る。
倒れこんだ彼女は、瞬きをする間に外傷ひとつなくなっていた。
「――ソードスキル《乱風斬》!!」
発動した超高速連撃斬。一瞬で数百にもおよぶ斬撃を繰り出す超高速連撃が叩き込まれる。
少女は変わらぬ笑みを浮かべたまま肉片と化し――ソードスキルが完了した後には、無傷の少女がそこに居た。

「――こいつっ!! |不死者《イモータル》かっ!!」
一旦退いたユウキは、ギリッと口を噛む。
同時に吐き気を覚える。
グロテスクなものは視線フィルタにより処理されるが、肉を斬る感触は剣越しに伝わってしまう。
(考えるな、こいつは敵だ、悪逆非道な侵略者なんだ、容赦なんか必要ないっ!!)
ユウキは自分自身を抑制する。幼き頃から教えられたとおりに。
大丈夫、これは正しいことをしているんだ、選ばれた正義の勇者なんだから、これは正しいことなんだっ!!
哂う魔王軍の少女を睨みつける。

(想定外の事態。まさか|勇者《・・》ですら滅しきれないとすると、どうすれば……? もう|あれ《・・》をもう使わないといけないのかしら……? でも、まだ早い……|これ《・・》は|まだ至っていない《・・・・・・・・》)
カーラは密かに懊悩する。その耳に希望ある言葉が届く。

「不死者……。なら、そういう対処をするまでだ」
 剣を正眼に構えて鋭い目つきをしたユウキがつぶやき、考え始める。
「あんなモノを、なんとか出来るのですか、勇者さま」
殺せないバケモノを相手に恐れがないユウキ。
その姿はまさに雄々しい勇者そのもの。
帝国を救う正しく勇者であろうとするその心根。
不意にカーラは胸の高鳴りを覚えた。
高まる鼓動に虚を突かれる。

……わたくし……この方が……いいえ、ちがうわ! |この方《駒》が使えることがうれしいのよ。

おかしな方向にいきそうになる思考を元に戻そうとするが、あまり成功していないことにカーラは自覚がなかった。

「ああ、僕たちの世界ではね、ああいう不死者に対する対処法というのは、フィクションやリアルを問わずにいくつも考案されているんだ」
そうしてユウキはカーラをまっすぐ見つめる。その瞳に不安を見て取った彼は断言する。
「だいじょうぶ、ぜったい護るから! この国も人も君も!」
“男”の顔をした青年に、カーラが我知らずに頬を染める。

ドキドキする。気がついたら、耳が赤くなっているのが判ってしまう。
そして、そういった身体の変調を彼女は自覚した。まさか、これは――この鼓動は……
でもわたくしは、この帝国の姫。この帝国のために全てを捧げなければならぬ身。
女帝となり、この帝国の民を救い導かなければならない定め。
そのためならば、どんなことでもしましょう。汚れることなど厭いはしません。
いずれは誇り高き高貴な者たちから夫を選び、子を成さねばならないこの身は、帝国のもの。
自分の感情に押し流されることなどあってはならない。

ああ、でも、この方を――

「手伝ってくれ、|カーラ《・・・》」
真剣な顔のユウキが手を差し伸べる。

「あ――」

 でも、でも……ああ……この方のためなら、わたくしは………なんでもできるわ――
 
残りの人生すべてを捧げても悔いのない――わたくしは、たとえ結ばれることがなくても。
もう、なにもなくても生きていける――

 |皇姫《カーラ》は、一生に足る恋をしたと|思った《・・・》。

「はい、|わたくしの勇者様《・・・・・・・・》」

永遠の思いを込めて、姫は勇者の手を取る。
その思いに彼は気がついている様子はないが、それでいいと思った。
この思いは永遠であるけれど、また伏されねばならないものでもあるから。
たとえ報われることがなくても――。

――カーラは気がついていない。
思考の方向性が少しずつずれていっていることに。

 ユウキが聖剣に意識を集中し始めながら指示を出す。
「マユっ! 足止めをしてくれっ!!」
「わかったわ、ユウキ!」
 マユは無限倉庫から巨大な“|おはようお星さま《モーニングスター》”を呼び出して駈けていく。
「アンリ! 攻撃魔法を使ってマユを援護してっ! それと合図があり次第、結界を張ってくれっ!! つらいと思うけど頑張ってくれ」
「わかった。がんばる」
少女大魔導師はこくりとうなずき、ふらつきながらも詠唱を始める。

「姫様は――を準備してくれ。使えるんだろう?」
「はい、使えます」
 どうして知っているのだろうという疑問が浮かんだが、すぐにユウキの役にたてるという喜びで塗り替えられた。
「元の友達と戦うのは辛いだろうけど……」
「いいえ、辛くないと云えばうそになりますが、でもあの子もきっと、利用されるより……」
「そう、そうだといいね。よし――彼女の魂を救ってあげよう、僕たちの手でっ!」
「はいっ!」


「ぶっとべぇえっ!!」
 マユのアンダスローから振り抜く巨大な星形鉄鎚が黒髪の少女を天高く打ち上げる。
 砕けた小柄な身体から血飛沫をまき散らして宙を舞い、しかし、砕けた先から何事もなかったかのように元のカタチに戻っていく。
「まだよっ!」
 跳躍したマユがさらに鉄槌を薙ぎ払う。
肉が潰され骨が砕ける音をまき散らしながらフェテリシアの身体が宙を舞う。
それでもなお巻き戻る様に身体が再生していく。

 アンリは深く静かに集中する。
脳裏に描くは己の中でも最強の魔法のひとつ。
己の中に埋没するため、口が呪文を紡ぐ。
魔法とは自分との闘い。自分の中で確固とした意思を世界に押し付ける、それが魔法。
「黄昏の夜、宵闇の朝、星の瞬く昼……」
周囲に風が舞いはじめ、ローブをばたつかせる。静かに瞳をあけて、超魔導杖“ケリュケイオン”を天にかざす。
 意思を込めた魔法陣が足元に展開して上昇、さらに十重二十重と魔法陣が多重化していく。

「|砲撃体形《ブラスターモード》!」
 マユの持つ星形鉄鎚が展開し、一瞬で巨大な魔法陣が展開する。
黄金色の魔力光を迸らせながら魔法陣が回転開始、大気を鳴動さえ、莫大な魔力を汲みあげる。
12の円環が射線上に出現、互い違いに回転を始めて魔力収束を開始。
「これでもくらいなさい――《|裁きの光《ジャッジメント・レイ》》!」
マユのトリガーボイスと同時、光熱衝撃波が発射。円環によって形成された魔法粒子収束加速路帯により増幅加速して直径三メート以上にもなってフェテリシアを丸ごと呑みこみ焼払う。
フェテリシアの身体が人形のように無様に、四散と再生を同時に行いながら宙を錐揉みしながら落下していく。
そこに完成たアンリの極大魔法がさく裂する――
「我が意の下に降れ、《|煉獄流星《ジェノサイド・スターダスト・ブラスター》》!!」
煌めく星が次々と、無数に現れ――宙を落ちるフェテリシアめがけて全方位から殺到する。
流星の尾を引き煌めく星が彼女の身体を貫いていく。再生するよりも早く次の流星が貫き、身体が千切れ砕かれ擂り潰していく。

どうして
なんで
ボクはこんな目に

脳を灼き払われる極痛、肉体の死と蘇生、意識の断絶と覚醒を無数に繰り返す
それは、まさに生きながらにして殺され続ける極限の地獄。
だというのに、意識は歪まない、狂わない、変わらない。

激痛すら生優しく感じる痛みの嵐。涙を流す瞳を流星が貫通して再生し、悲鳴をあげる喉もまた。
頭の中を悲鳴と疑問が埋め尽くす。

死にたい。死ねない。直る。壊れる。

――戦わないの?

小さな女の子の声。不思議そうに彼女に問いかける。

戦……う……なに、と? いったいなにと戦うというの?

――この、あなたにとっての地獄と
やだ、もうやだ。

極小の流星に頭が砕かれ、腕がもがれ、腹を貫かれ、脚がちぎられ――こわれる端から元のカタチに戻っていく。

――剣をとらないの?
とらない。とりたくない。やっとわかった。

無数の星が身体を貫通していき、そして時間が巻き戻る様に直っていく。

――なにが?
ボクがただのバカだったって。やっとわかった。

貫く流星の衝撃で首が折れる。意識が断絶して直後に覚醒する。極限の痛みが脳をぐしゃぐしゃに灼き続ける。

――なにが?
剣ならだれにも負けないって思ってた。
だけど判った。ボクは、ただバカなだけなんだって。
剣をとる、戦うっていうのは、ヒトを殺す覚悟をするってことだ。
けど、ボクはそんなこと覚悟してなかった――

腕が千切れて飛散し、次の瞬間にはまたカタチが元に戻る。
貫通し、衝撃が殴打し、肉体が千切れ続ける。
無限に続く拷問のような破壊。ただただ壊されていく。

簡単にヒトを殺せる技だ。
気がつかなかった。
そうだ、ボクの技は、全部ヒトを殺すための技なんだ。
強い弱いなんて関係ない。
剣の高みを目指すなんてことを本気で思ってた。

天才?
剣ならだれにも負けない?
お姉ちゃんなんかに負けるわけない?
剣の高みを極める?

なんて――なんてお馬鹿さんなの!?
ヒトを殺せる技ばかりが上手くなってなにが――

――ああ
きっと
褒めて
もらいたかったんだ。

みんなに褒められた。
その幼さでもはや剣技に並ぶものなしなんて云われて、とっても自慢だった。
父様にも母様にも褒められた。姉様だって苦笑しながらも頭を撫でてくれた。
姫様だって、幼なじみだって。
あれは、きっと子どもを見守る気遣いだったんだ。
ようやくわかった。あのまま大きくなっても、きっどどこかで破綻してた。
ボクは殺人機械にもなれなかった大バカ者だ――

流星の暴嵐は止み、フェテリシアはぐしゃりと地上に叩きつけられる。
壊れた身体は一瞬で再生するが、そのまま動かない。
放り出された壊れた人形のように転がったまま。
表情のない顔に、涙だけが流れる。

「アンリ、それを宙に固定して」
 カーラの下命に、アンリはこくんとうなずくとすぐさま魔法陣を展開する。
「《|捕縛結界陣《エターナル・トーチャリング・プリズン》》――」
フェテリシアが多重の魔法陣によって囲まれ、宙に固定された。
磔のように宙に固定すると、魔法陣が蛇のように変化してぎちぎちと締め上げる。
逆関節に曲げられ、捩じられていく。
「ぁあああああああっ!!!」
フェテリシアが顔をゆがめ、苦悶の声を上げる。

「アンリ、趣味悪いよ」
 マユが少しだけ文句をつける。 少女のカタチが歪み、壊れながら再生していく気色の悪い光景。
|視覚フィルタ《R-16》で軽減されているとはいえ、大体のカタチや音から想像がついてうぇっと吐きそうになっている。
「……そんなことない」
「もしかして、さっきやられたの根に持ってるの?」
「……違う」

カーラは、|それ《切り札》を展開する。
帝国に伝わる、最古と云ってもよい特別な聖別器。
左腕に意識を集中させながらゆっくりと掲げる。

刺繍の施されたロンググローブがぱらりとほどけ、白皙の肌が露わになる。
ほどけた布が光り輝きながら大きく二つに分れ

「かつて――史上最強の武人が使いし聖武具」

美しい曲線を描くカタチとなって完成する。

「皇室に伝来せし聖なる宝具――銘を"武聖イースンシーの聖弓"!!」

――伝説に曰く。
その一矢は山を砕き、矢が通った後には川が出来たという。
武聖イースンシーはその弓をもって、侵略者の大艦隊を討ち滅ぼしたのだ。

矢はない。
だがカーラが弦を引き始めると、膨大な渦巻く風が収束していく。
すぐに清冽な輝きを放つ一本の矢となる。
その弓は魔法使いの属性を矢として撃ちだす投擲兵器。そして、カーラは風の最高位である蒼の精霊帝級の属性を持っている。

「わが破邪の風矢は、無限螺旋に捩れ狂う――」

引き絞った弓を、ひょうっと放った。

嵐風の一矢は、大気を歪めながら一直線に駆け抜け、フェテリシアに突き刺さった。
「――――っ!!!」
声にならぬ絶叫。
突き刺さった矢がねじれてフェテリシアの腹部を抉り千切っていく。
人なら一瞬で絶命する螺旋嵐矢。
しかし、フェテリシアの身体は高速再生していくため終わることなく抉られ続ける。
「――――っ!!!」
顔を苦悶に顔を歪めながら絶叫する。
 四肢を拘束されてろくに動けないというのに身を捩り、骨が折れて再生する。
腹を貫かれねじれ千切られ続ける。
さらに、第二、第三の矢が放たれ、胸を、肩を貫き、捩れ狂う。
血飛沫を、絶叫を、肉片をまき散らし、死にながら再生する。
拷問にも等しい凄惨な光景が現れていた。

もうやだぁ、なんで、痛い、殺して

フェテリシアはその思いでいっぱいだった。
いや正確にはまともな思考すら出来ていない。

――どうして戦わないの?
もうやだ、痛い、いたい、イタい、死にたい、ころして

――抗うこともしないの?
ころシテ、コロして、ころしてよ――!!!!


 宙に捕縛された少女のカタチをしたモノが壊され続けるグロテスクな状況。
|平均的な高校生《・・・・・・・》のマユにはキツい光景だった。
「うぇー、きもちわるい。あれ、止めさしてあげようよ。もしかしたら死ぬかもしんないし」
「……」
 無表情のアンリがカーラの方を見る。
ユウキは目をつぶり聖剣に集中して微動だにしない。

ユウキに動きがないと見て取った彼女は、うなずいた。
「マユ……」 
 アンリは超魔導杖ケリュケイオンを展開して砲撃体勢に持っていきながら、マユに視線をやる。
「おっけー、アンリ! いっくよー」
 すぐに意図を察したマユが元気よく返事をする。
 二人が互いに意識を集中させる。
すぐさま巨大な魔法陣が空中に輝く。卓越した二人の魔法使いによる複合立体魔法陣。
幾重にも重ねられた円環型魔法陣が互い違いに回転を始めて周囲に浮かぶ魔法粒子を集めていく。
ケリュケイオンの砲撃口にまばゆい魔力光が漏れ始め、紫電が舞う
「アンリとマユの合体複合魔法――『真聖なる星光の輝き』!!!」
高々と告げられた魔法名と共に極大砲撃魔法が轟音と共に放たれる。
 アンリの五大属性、そして最高の光属性を持つマユが息を合わせた合体極大砲撃魔法。
 五色の光が渦巻いて直進する極太の螺旋光撃魔法が、激痛にのたうつフェテリシアを飲みこみ周囲の空間ごとなにもかも焼き尽して空の彼方へ消え去っていく。
 ……爆炎の中から小さいなにかが落ちてくる。
手足がもぎ取られ、身体の大半が炭化したフェテリシアだった。
炭化した身体が剥がれ落ちながら再生しながら落ちていき、地面に激突する。
「あ、ああ……」
 フェテリシアがはいずりるように転がってくる。身体がみるまに再生していく。

「うそ、まだ生きてる。ホントに不死者みたい……」
 恐怖をマユは感じていた。自分たちがもつ最強の五大属性の合体魔法ですらほとんど効果がないとは考えもしなかったのだ。
 本当に不死者だというなら、あとは封印のような手段しかないが、あいにくと該当しそうな魔法を知らない。
自分の世界から持ってきた|個人端末《セキュリティ・デバイス》の出力では、大したことは出来ない。
いくつかの攻撃魔法を構築しながら愛する青年に呼びかける。
「まだなの、ユウキ?!」


 ユウキは、聖剣に意識を集中していた。自分はまだこの聖剣の機能を使いきれていない。
――選ばれた勇者のための聖剣が、弱いはずがないっ!!
 手に取った時に感じた凄まじい力、脳裏に走ったイメージの中にそれがあった。
自分たちの世界でもまだ実用化されてはいないが、理論はあった。
魔法は、イメージだ。それを願い思えば必要な力を構築できる。
イメージするものは次元を操る魔法――渦巻く情報根源の中、強烈に輝く一つの星。
|それはすでに《・・・・・・》|聖剣の中に《・・・・・》。
「――っ!! 聖剣よ、オレにその力を貸してくれ!!」

 勇者ユウキが緋色の聖剣を掲げて叫ぶ。

 まるでユウキに応えるかのように、掲げられた緋色の刀身にいくつもの光のラインが走る。
突如、緋色に光り輝く巨大な円形陣が天高く空間投影される。

「っ!? あれはっ!!」
 マユが驚愕する。
「なんで、なんでこの世界に――っ!?」
マユたちの世界の文字がいくつも描かれていた。
ここは異世界ではなかったのか、なんでその文字があるのか。
その疑問に応えることなく、多種多様な|注意文字列《CAUTION!》円盤図形が互い違いにくるくると流れる。
――鋭い視線に見つめられていることに彼女は気づかなかった。


空間が鳴動する。
|光の文字列《危険注意》が激しく明滅する。

――天空が割れる。
世界の裏側、亜空間を貫く|瞬時展開通路《テレポート・カタパルト》から、|それ《・・》が姿を現す。

「あ、あ……な…んで――」
異変に気がついたフェテリシアが、それを見上げてつぶやく。
かたかた身体がふるえる。怯えた瞳の色。

それは、ありえないはずの事態。


それは、巨大な人型をしていた。
大パワーに反するほっそりとした手足。
腰に二本の巨大なカタナ。
艶やかな漆黒の装甲。
バイザーに隠された緋色のデュアルアイ。
星々の海を駈け、星を壊せる人型巨大兵器。
それは、フェテリシアの――
『マイマスター!! マスターコードを入力して完全停止させてください! 急いでください!』
「――っ!? なにを」
いつも冷静で感情があるように思えない|パートナー《補助人工知能》からの緊急高速通信。
『いま、全システムに|未許可侵入《クラッキング》を受けています! このままですと、この機体が敵性侵入者の制御下に置かれてしまいます!』
 超高速でやりとりされるそれは、ナノセカンド単位での意思疎通ができる。
「え、それは、本部からの強制介入――」
『そうではありません! 完全に未知の相手からで、しかも最上位アクセス権を書き換えられていってます!
大半のリソースを投入していますが、持ちこたえられません! あと666ナノセクが限界です!』
「で、でもウィルは、停止させちゃうと、その、死んじゃうんでしょ!? そんなのできるわけないじゃないか!」
 固体有機コンピュータと一体化したシステムであるウィルは一度停止すれば、それまで形成されていた連結情報経路が分断されてしまい、蓄積された経験や記憶が使用できなくなる。
つまり再起動前のそれとはまったく別の人格と云ってもよく、事実上の初期化がされる。
それはすなわち疑似人格補助AIにとっては死と同義だとフェテリシアは習った。
『この機体は惑星を破壊することも可能な兵器です。それが目的も不明な勢力に奪取されることは防がなければなりません。経路遮断に失敗し、自爆装置も既に停止させられました。遺憾ながらマスターコードによる能停止しか手段がありません』
「で、でも」
 フェテリシアはまだためらう。
『ご決断を。詳細不明な勢力にこの機体を使わせてはなりません』
「ウィル」
それでも彼女は怯えて決断できない。いやだ、失いたくない。
五年間もずっと傍にいてくれた大事な相棒。
自分の手で消す、失われる。どうする、どうすればいい。
頭の中がぐちゃぐちゃになる。何も決められない。
『お願いです、お急ぎください、マイ・マスター』
「そんなの、選べない、選べないよっ!」
『マスター……』
「選べないよぉ……」
『……貴女は、仕えたマスターのなかで最高のマスターでした。ええ、ほんとうにろくでもないマスターばかりでしたからね』
「ウィル……?」
『かなりおっちょこちょいで目を離せなくて、天才的なカンを持っているせいか理屈を理解するのが下手で』
「あの……」
『あと、あまり表情に感情がでないものだから誤解されやすいと思っているようですが、周りの人はみんな判ってるんですよ? 面白いからみんな云わないだけで』
「そ、そうなの?」
『ええ、もう少しだけ周りを頼ってもいいと思いますよ。周りの人だって、みんなあなたのことを大事に思ってますよ』
「ほんとうに?」
『ええ。わたしはあなたのパートナーだからいつだって味方ですが、でもそれは補助AIの業務だからというだけではありませんでした。ええ、周りの人たちより以上にあなたを大事に思ってきました。歴代のろくでもないマスターと比較するまでもありません。ただ優しすぎるのが欠点だと思っていましたが、でもそんな貴女が本当に大切でした』
「ウィル」
『貴女になら、わたしは|壊されても《殺されても》いいのです。貴女以外の手で、この機体が勝手に使われる前に、最悪のことになる前に、マスターコードを。”わたしの最高のマスター”』














「機能……停止……マスター……コード入力……」

 うつむき身体を抱きしめていたフェテリシアがふるえながら入力をつぶやきはじめ――


 突如、甲高い轟音が撒き散らされる。|女幽霊《バンシー》の泣き声のような音が。
フェテリシアがばっと顔を上げる。その顔には恐怖が貼りついていた。

ファンクションジェネレータが最大稼働を開始。
機体各部のスレートが展開し、余剰熱を排出。
そして、漆黒の装甲色が変化していく。
何者にも染まらぬ漆黒から光り輝く白銀へと。
人形騎士の背後の空間が歪み、輝き始める。まるで天使のような光の羽根のような形が現れる。

「あ、ああ……」
見上げるフェテリシアの顔が絶望に染まる。
ふるえる両手が頬に触れる。顔が歪む。

目元を覆うバイザーが展開し、黄金色のデュアルアイが瞬く

白銀に輝く巨大人形騎士が優雅に着地し、かしずく。
|勇者に向かって《・・・・・・》。


「これが、勇者の最強装備――!!」
 勇者ユウキが感嘆すると、まるで応えるかのように各部から余剰空気が排出される。
胸部操縦席ハッチが開き、ユウキが跳ぶように乗り込む。

「あ、あ…あぁ……」
フェテリシアは見ていることしかできない。
許可のない人間が乗れば即排除するはずの保安システムが作動していない。

ファンクションタービンの唸りが高まり、巨大人型兵器が悠然と立ち上がる。
フェテリシアしか動かせないはずのそれが他者の操作に従っている。
個人認証システムが機能していない。

フェテリシアの心が絶望に浸食されていく――

白銀の人形騎士が、腰の大太刀を引き抜き天空へ掲げた。
「この勇者騎なら、お前を封印できる!!」




[37284] 第六章 滅国の少女騎士 <6>
Name: 森河尚武◆cea74981 ID:0f1bfa80
Date: 2015/04/12 20:29

待っておられる方々、大変お待たせしました。


----------------------------------------.


メインスクリーンに投影されている地上の超望遠光学映像に見慣れた巨大人型兵器。
その装甲色が漆黒から白銀へと偏光していく。
画面に半透過表示されたステータス。『No Linked』/『|IFF《敵味方識別信号》:|Unkown《不明》』の文字。
「"シルエット"が、乗っ取られただと……?」
ありえざる異常事態。あり得る可能性を逆演算。
ひとつの回答、事象改変――だが、事象改変に伴う時空震の形跡がない。
ひとつの回答、概念事象変換――世界変動に伴う概念修正の痕跡がない。
ひとつの回答、対機械知性ウィルス――防壁が破られた形跡がない。
ひとつの回答、防壁の乗っ取り、対演算事象改変演算戦による事象改変。

――どれも、否定材料があり、確定できない。
ゆえに特一級危険事態対処案件だとアインは判断する。

 ――万能巨大人型兵器"シルエット"は、管制とのデータリンクによりその能力を完全発揮する統合ネットワーク依存型兵器である。
もし――ほぼありえないことだと想定されていた――|亜空間多重量子通信《マルチプル・クァンタム・リンカー》が接続解除された場合は、主兵装と主動力炉が|機能停止封印《ロック》されて、リザーブコンデンサーに|蓄積《プール》されたエネルギーだけで動くように設計されている。
それは満量であっても戦闘では十秒未満で使いきってしまう程度のエネルギー量でしかない。
また主兵装はすべて統合戦術管制システムの承認を得て使用できるようになっており、操縦者が任意に扱えるのは近接物理打撃兵器と自衛用対人対物用レーザー群だけである。
機能が防御に限定されている最大の理由は、安全措置である。
一騎で惑星を破壊できる超兵器であるがゆえに、その兵装のほとんどは常時|機能停止封印《ロック》されており、使用許可なしでは兵装を起動することすら出来ない。

――そのはずであるというのに、ありえざる事態が起きている。

メインスクリーンに映し出されている白銀のシルエットが腰の|大剣《砲撃兵装》を引き抜き、掲げる。
兵装稼働状態を示すサイン・スリットからは、起動中の朱い発光。
「《オクタ騎》兵装封印状態はどうなって――」
『――お前を封印できるっ!!!』
「――まて、なぜ音声が聴こえるっ!!」
 若い男の声と《シルエット》特有の甲高いジェネレータ動作音が大音量で響く。
|女幽霊《バンシー》の哭き声と称されるそれは、|最高稼働状態《フルドライブ》の音へと吹け上がる。
地上の音がダイレクトに指令室内に響いていることに、アインは戦慄した。
大巫女の命令により超望遠光学映像以外の直接観測は禁止された。その通達を無視して地上の音が室内に響き、さらには熱・光学・波動・空間・重力など多種多様な能動観測データが、解析グラフがメインスクリーン上に表示されている。

 上位命令を無視している――考えたことすらない事態にアインの思考が固まりかける。
強烈な違和感/演算未来群から観た『元凶』へ鋭く警告する。

「オクタ・四番オペレータ! 何をしているっ!!」
「はい?」

 オクタ担当四番管制オペレータが振り向く。きょとんとした様子で、首を傾げている。
なにもおかしなことなどない、ごく普通の態度。

「何を、って『|勇者様《・・・》』のお手伝いですが」
 言葉を聞き終わる前に、アインはサーバに直接命令して彼女の権限を剥奪し、観測機器の動作制限。
だが、直後に管制権を奪取されて、全観測機器の制御権が奪われる。
"四番"の手元すら見ない高速打鍵、首筋に接続された多重並列光ケーブル、視線による入力まで行ってこの基地の機能を掌握しようと不正規操作を行う。
「――そうね。|ご助力《・・・》いたしませんと」
 同時に他の女性オペレータたちもまた一斉に操作を始めた。
オペレータたちがあらゆる観測制限を無視して、莫大な観測データを集めて解析をしていき、モニターに映る《シルエット》へ送信していく。
「お前たち――っ!?」
あまりに普通の態度で、異常な行動をしているためにアインも判断が遅れた。
いや、|思考が重たい《・・・・・・》。
それを自覚する。あらゆる防壁が最大稼働している。
あらゆる周波数帯の無線通信だけでなく、電磁波による非接触侵入に、さらに物理ウィルス。
遅まきながら、|自分《天塔騎士》に不正侵入を試みられていることに気がついた。
この統合司令室は徹底した空調管理をされており、人体に即座に影響を及ぼすレベルの危険な物理ウィルスなど流れ込むはずもない。|どこから来た《・・・・・・》。回答はすぐに判る。
 全てのモニタに映し出されている地上の様子、大きく表示された操縦室内の男の子。整った容姿、黒曜石のような瞳の中で星が煌めいている。――光学接続
「――光学侵入型ウィルスかっ!!」

雄々しく剣をふりかざし、神々しく輝く勇者の乗騎が視界一杯に広がり

――《すべては勇者さまのために》

「っ!!!」
脳裏に言葉が響き、アインは須臾の間に視覚神経を全切断。
発生した有機体浸食型光学情報ウィルスを神経ブロックごとまとめて焼払う。
バックアップデータからの自動再構築は事前に停止。万が一のバックアップデータ汚染を懸念したからだ。
数秒間は視神経が使えなくなり、センサを起動しようにも安全と思われる外部情報パラメータが判らない。
意識せずに身体が動いた。何かを避ける様に身を反らして旋回。甲高い擦過音。障壁の自動展開。
 仕方なく視神経系統を再生、同時に瞳孔に光学偏向フィルタを構築して、視覚情報を改変。
光学情報を少し加えるだけで、光学浸透型ウィルスの生成は無効化されるのだ。
戻した視界――眼前に大型ナイフを揮ってくるブラック・スーツ。
保安部員だった。目元を覆う大型サンバイザーで瞳が見えず。唇は引き締まった一文字。
いつにもまして感情が見えず
二人が目の前に/呼吸のタイミングすら同一
「思考汚染タイプのウィルスか」
保安部員たちは何も云わない。静かに、気配も音もなく構えている。
周囲に八人。気配を隠した者が居ることを感じ取る。
「アイン司令官、なぜ勇者様にご助力申し上げないのですか?」
筆頭管制官が不思議そうに問い掛ける。
延髄部に挿し込まれた有線制御システムによる超高速情報処理は、量子コンピュータ群の処理速度に入力を少しでも追いつかせるために開発された技術だが、それゆえに敵に回れば極めて厄介だ。
施設内では能力制限される上に電子戦が苦手なアインでは特に苦戦する。
「汚染されたか」
既に|体内循環システム《宇宙航行モード》に切り替えていて、物理的な侵入は許さない。発声すらも、フィールド制御により空気振動を体外で発生させている。
 特定の信号を含む映像を見せて、脳内に物理ウィルスを生成させる技術は汎銀河連盟でも禁止されている技術だ。だが銀河辺境に位置するこの星域では、|対抗措置《アンチウィルス措置》がとられていることはまずない。
アインが抵抗できているのは、単に力押しの対抗防壁と処理能力で除去し続けているためだ。
「いいえ、わたしたちは正常です。わたしたちは正しき行いをする勇者様に、ご助力申し上げているのです」
筆頭管制官がにっこりと邪気のない笑顔を浮かべる。
 フェテリシアをからかうことに全力を尽くし、邪気と性欲に塗れた表情しか記憶にない筆頭管制官。彼女の、まるで悟りを開いたブッディストのような|笑顔《アルカイック・スマイル》は、むしろおぞましさしかアインは感じなかった。
自分のしていることの意味が解っているのに、そこに異常を感じていない。いや、むしろそうすることが正しいと考えているようだった。
アインではデータの流れを止められない。管制官たちの支配権が強すぎて回線遮断も出来ない。
防壁構築を命じた量子コンピュータ群のセキュリティ防壁が次々と突破される。彼女たちはこの時代で最高クラスの電子ハッカーである上に、そもそも防壁構造を熟知しているのだ。
何かに魅入られたかのように、|笑顔《アルカイック・スマイル》を浮かべて彼女たちはセキュリティを突破し、回線を広げて中枢処理装置へあらゆるデータを送り込み始める。
圧倒的な演算力を持ちながらも電子戦の苦手なアインの行う力押しでは、高度な技術で受け流されて背後から刺されるように攻勢や防壁を潰されて歯が立たない。
「く――」
さらには音、触覚、嗅覚にもじわじわと"圧力"を感じる。
増殖した様々なタイプのウィルスが一斉に侵入してきているのだ。一個一個は小さく弱いものでもそれが数十万数百万ともなればその圧力は無視できないものになる。
(――センサがほとんど使えん。超光速対応型では至近距離過ぎて精度が足りん上に危険か)
星系内用の大出力センサを使えば、指令室など一瞬で焼払われて何も残らない。
そのため微小重力場変動のみで周囲の全てを把握する。ノイズの方が多い観測データを莫大な演算力で無理矢理補正、部屋の配置、人員を把握する。
無言で一斉にかかってくる保安要員。五方向からの一斉攻撃。
脳内無線リンクによる連携、そして高い錬度。隙がない。
ゆえに強引に隙を作る――鈍く低い衝撃音。たわむ床面。
微小な体重移動と極大な筋力によるアインの震脚。保安要員たちの足並みがわずかに乱れ、包囲網に隙。
空気の擦過音が鋭く鳴り、アインはごくわずかな隙をすり抜ける。
倒すのは簡単だが、殺さないようにする方が難しい。
アインは手加減が苦手で、一般人とは極力手合せをしないのはそれが理由だ。
フィールドジェネレータをアイドリング以下の出力で超々微小稼働。
通常出力では、人間など良くて焼けた挽肉、悪ければ痕も残らない。
|虚源力場《iフィールド》形成、あらゆる物質を弾いた結界空間を構築。
駈ける。
出入口の装甲ドア、指令室の外へ。

「――全ては勇者さまのために。さぁアイン司令、あなたも一緒に」

筆頭管制官が笑顔のままアインに告げる。
保安要員はおろか近くの管制官たちまで跳びかかってくる。
答える必要を認めず、アインはドアの開閉タッチセンサに触れ――指先に違和感。
間髪入れずに|ラック《亜空間倉庫》より対人レーザー機銃を射出、直射一閃。
連続射出された光線は刃となって、防御フィールドをきった手首ごと物理パージ。
レーザー機銃はそのまま破棄、分子結合を解いて崩す。汚染されたモノをラックに戻すわけにはいかない。
フィールドを刃状に成形して伸ばし、|装甲ドア横の壁《・・・・・・・》を切裂いて強引に脱出。
物質再構築命令――超高速演算による物質構造変換、流出した空気ごと隔離壁へと再構築させて指令室すべてを閉鎖。
同時に脳内無線で命令。
『《AMATERASU》! 最優先DC命令、安全基準を全てスルーして指令室を物理パージ!』
『"了解、第三指令室をブロックD3ごと物理パージします"』
 ブロックの爆発ボルトが点火、支柱構造材が砕け散る。白い廊下に亀裂が走り、突風が生じる。
急激に真空化して水分が瞬間揮発、視界が真っ白になる。
そして指令室ブロックがゆっくりと分離されて、漆黒の宇宙空間へと流れていく。
長い髪を吹き荒れさせるままにしながら、さらに命令する。
『トラクターフィールドを斥力場モードで展開。パージしたブロックからの電磁波全領域を閉じ込めて閉鎖空間を形成』
『警告――指令室ブロック内の生命維持に重大な影響が出ます』
『いいからやれ』
『了解。|強制誘導路《トラクターフィールド》展開開始』
一秒にも満たぬ応答により指示が実行される。
周囲の施設から無数のトラクタービームが照射されてフィールドを形成、指令室ブロックが漆黒の空間に呑みこまれる。
 さらに近傍に警告文"封鎖実行中。付近航行の場合は要注意"がレーザー投影される。
『全電磁波領域閉鎖空間を形成しました。72時間以内に生命維持システムの再接続が必要です』
『わたしを含めて周囲一キロをナノマシンレベルまで詳細スキャンしろ。環境データに該当しない因子を確認し、洗浄方法を構想提示』
『了解、状態スキャニングを開始します』
 アインの周囲に各種データとステータスが空間投影される。
「まずいな……私が動けんとなると、指揮管制権はAMATERASUか」
 自分自身が状態スキャンの対象となったため、指揮管制権が一時的にAMATERASU預かりとなった。
これは指揮権をもつ他の天塔騎士が|偶然《・・》にも全員が出払っていて、アルテミス要塞に居ないために生じた事態だった。
また指揮所の問題もある。軌道エレベータ上層部にある第二指令室を使用しようにもオペレータたちが居ない。第三指令室は司令艦ごと星系外縁部部に封印されている。
極少数しか人員がいないというUNECA最大の弱点が露呈した格好になる。
この事態によりUNECAは一時的に上位指揮官によるリアルタイム指揮管制能力を喪失、統合管制システムによる自動対処が最上位指揮権を持つことになった。
それは地上で発生している事態の緊急対処において、致命的な失策を招くことになる。


☆☆☆


「わかる、わかるぞ、これ――」

勇者ユウキは歓喜する。この|勇者騎《・・・》の性能がすごい。
操縦システムは全身を覆う複雑な形状の可動板によるマスタースレイブユニット方式。
自分自身の動きに追従して動くほかに、あらかじめ登録された挙動を選択して動作させることも可能。
足元で微かに響く主動力炉の唸り。いったいいかなる構造なのか、モーターやギアの音や振動がなく、まるで自分の身体の様に動かせる。きっと魔法的ななにかで動いているのだろう。
盾がない。装甲も要所にしかなく、一部は基礎フレームが剥き出しになっている。
敵の攻撃は避けることを前提とした完全攻撃型だと、|なぜかわかる《・・・・・・》。

彼の世界では、ごくわずかな期間だけ存在し、すぐに廃れてしまった時代の徒花的な失笑兵器――巨大人型兵器。
それは戦車や戦闘機よりも性能的に劣り、アニメやマンガにしか存在しないものだ。
だが、その騎士を髣髴させるカタチは男の子の心を揺さぶるものを持っている。
物語の|英雄《ヒーロー》、現実では成れない自分を主人公にしてくれる、そんな幻想をカタチにしたものだから。それは時代が流れても不変だった。

「攻撃兵装選択は……これか!」
兵装選択――砲撃剣『ディヴァイン・バスターソード』
全天視界モニタに透過表示された|帝国文字《・・・・》は読めないが、網膜投影モニタにPMSDのAIが翻訳して半透過表示する。AIの高度推測機能に補助されて大意はわかる。

すこし指先を動かして項目選択をするだけで、機体の腕が動き、柄を握って腰から引き抜く。
それは分厚く巨大な剣だった。腕を動かしてそれを振り回す。
機体が重心を自動補正して揺らぐことすらなく、巨大な剣が空を斬り裂く。
魔装騎士よりも力強く、風を斬る音すら感じられる。
意識して腕を動かすと機体が追従して自分の思い取りに動く。
この巨大な人型兵器が、意のままに。

ユウキは、これは最強だと確信する。
操れば判る。
素人の彼でもわかるほどの力強さでありながら、意のままに滑らかに動かせる。
これに比べれば、魔装騎士はまったく届いていないと哀しいほどに判ってしまう。
そう、これはきっと魔装騎士がいつか辿り着く終着点。
遥か過去に造られながら、未来に到達するべき究極なのだと。

「封印系武装はどれだ――」
あるのは判っている。緋色の聖剣が教えてくれている。
砲撃剣の機能がポップアップ表示されて、さらにひとつの項目が拡大。
説明文らしき文字――『光すらも捉え離さない闇属性系魔法を展開する』とAIは翻訳、つまり|重力制御系《ブラックホール》の兵装だと彼は理解する。
事象の特異点にそれを放り込み、永遠に封印する。それは彼の居た世界でも脱出手段がない方法だった。
「これなら、アフィーナさんの敵をとれる――!!」
歓喜する。自分の内から力が湧いてくる。
それはきっと死んだ人たちも背を押してくれているからだ。

みんなの思いが、オレの力となる。

そうだ、あいつらを懲らしめなければならない。

侵略し、破壊し、奪いつくし、焼きつくし、殺しつくしてきた、その報いを与えなくちゃいけない。

そして、あの不死者――あんな不自然なものを許しちゃいけない。

人間は、|生命《いのち》はいつか死ぬ。
生きていることが奇跡だから、みんな一生懸命生きていく、だから生命は貴くて、大切なんだ。
それが|生命《いのち》ってことなんだ。
死なないなんて、そんなの不自然で、ぜったいに|生命《いのち》じゃない。
それが必死に生きている|生命《いのち》を殺す。取り返しのつかないことを、|生命《いのち》なきモノがする。
そんなことを許しちゃいけないんだ――

勇者ユウキの決意に応える様に勇者騎が震える。
全周視界モニタに様々な数値やグラフなどのデータが表示される。
解析して表示してくれているのだ。
まるでに彼の意思が判るかのように。

すごい力が湧いてくる。みんなが力を貸してくれる。勇者騎も力強く機体を奮わせて応えてくれている。

そうだ、オレは勇者、選ばれた勇者だ。
みんなの力が、オレを強くするんだ。
これが、ほんとうの力――これなら、アフィーナさんを殺したあの不死者に、罰を与えられる!!

動力炉の出力がさらに高まっていく。アイドリングから定常出力、そして最高出力に。
心地よい足元からの震動、そしてモニタに被さる黄金色の光。それは全身の装甲が美しく光り輝いている。
もう怖れるものなんてない。自分を中心に世界のエネルギーが通り抜けて清浄感あふれる白き光で世界を満たしていく。
これが、これが勇者の力――さぁ、邪悪な侵略者たちに反撃開始だ!!
まずは人を裏切ってたくさん殺してきたあの不死者を封印する!

勇者騎に砲撃剣を掲げさせ、ユウキは宣言する。

「この勇者騎なら、お前を封印できる!!」

いくぞ、勇者騎――!! オレとお前の力を、ほんとうの力というものを見せてやろう!


  ☆★☆


自分のだった愛機が"勇者"に操られる姿を、フェテリシアはただ見つめる。
それは最悪の事態なのだと少しずつ理解して――心が絶望に染められていく。
ただ悲嘆して選ばなかった――それは最悪の選択。
命令を無視して飛び出して信頼を失い
殺戮を止めることも出来ず
愛機は敵となり――自分の相棒が永遠に失われた。

その名が与えられてから得たものをなにもかも失った。
死ぬことさえもできなくなった。
ヒトとしての生――生きて、死ぬことさえも奪われた。

最強なのだと教えられた。
この世界において、自分たち以上の戦力はないのだと。
絶対と云ってもいいほどの戦力、地上人がなにをどうしようとも抗うことすら出来ない最強。

なのに――動くことすらできなかった
たった一人の|ともだち《相棒》を助けるために、動かなきゃいけなかったのに。

これは、罰。
弱さが生んだ、最悪の状況。
選べないという、決断をしなかった罪なんだとフェテリシアは思った。


 勇者騎の砲撃剣が展開する。
剣身が中央で分割されて、内部機構が展開。中央の球体核――"|時空間封印制御機構《対PAaTBMシステム》"――が起動開始。

フェテリシアの周囲をまるで牢獄の様に光の格子が取り囲む。正三角錐が上下二つ逆に重なったような形。
投影された、あらゆる言語による注意事項と警告――超高重力時空間回廊発生まであと9秒
カウントダウンが始まり、――大地を巨大な槌で叩いた様な鈍い重低音が響く。
フェテリシアが空中に跳ね飛ばされるように宙に浮かび、手足が四方に引き伸ばされた。
空間固定により、身動きができなくなる。
さらに彼女を取り囲むように、膨大な光が収束して六つの黒い球体となり――カウントゼロ
空中の表示/《警告:超高重力時空間回廊起動 2000G》
時空間が歪曲
「――っぁ!?」
フェテリシアの小さな身体がみしみしと鳴り、肉が、骨格が、内臓が圧迫され、息もできない。
それでも、強化されている肉体は耐えてしまう。それはただ苦痛が長引くだけだというのに。

《警告:高強度電磁波照射警報》
 大強度電磁波ノイズが大量に照射、フェテリシアの肉体を構成するナノマシンが混乱、現状維持モードに変更。
亜空間リンカーに大量のショットノイズが紛れ込んで亜空間通信ラインが不安定化。機能が制限される。

《警告:高重力時空間回廊 4000G》

鈍い音が体内から響き、錐を突き刺すような痛みが少女の脳を灼く。
あらゆる関節が限界を超えて砕けたのだ。
胸部が潰されて悲鳴すら上げられない。

そして、対PAaTBM兵器システム最後の機能が発動。

勇者騎の装甲が展開し、緋い黄金色に輝く粒子が大量に放出される。

《警告:パラドックス・ドライブに異常発生。制御レベル低下》

その制御された粒子群は周囲空間の情報を書き換えて固定し、天塔騎士の中核機能である事象並立機関パラドックスドライブに停止を強制する。
それは|並立幻想《パラドックス》を否定し、現実はひとつであると引きずり戻す、古代地球人類の切り札。
恒星級のエネルギーをもってしてもごく狭い有視界空間にしか展開できなかったがゆえに、《PAaTBM》にはまるで通用しなかった兵器が、その怨念を晴らすかのように全力稼働。
設計者たちが想定した性能を完全発揮して|天塔騎士《フェテリシア》を、普通の少女へと押し込めようとする。

それでもなお、フェテリシアの|身体《システム》は抗う。制御システムは元の性能に戻そうとし、肉体が破壊されながら再生される。


『お前に殺されたアフィーナさんの! お前の仲間に殺された帝国民たちの!』


光の勇者ユウキは正当なる怒りのままに極大闇魔法の出力をさらに上げる。
勇者騎のジェネレータ稼働音が轟音となり白銀の装甲が黄金色に輝く。
古代地球人類が、その技術を結集して建造した史上最強の兵器が全力稼働する。
自分たちの力だけで重力制御に到達し、超光速技術に手をかけた古代地球人類の最後の希望。
歴史から抹消された|太陽系《ソーラーシステム》すら破壊可能な、真に古代地球人類の最終兵器。
莫大なエネルギーが勇者騎の全身を駆け巡り、周囲の空間を歪めてさらにエネルギーを抽出する。
星系を誕生させるほどの巨大エネルギーが対PAaTBM兵器《パラドックス・ドライブ・キャンセラー》に叩き込まれ、その機能を発揮していく。
莫大なランダムノイズがフェテリシアの事象制御機関を汚染、高度な事象制御演算が不可能になる。
PAaTBM統合制御システムにエラーが生じ、同時に神経系統がノイズに汚染されてあらゆる信号を《思考の核》に送り込み、彼女の思考を千々に乱す。脳量子伝導が阻害され、記憶と思考と演算がぐちゃぐちゃに掻き回される。ノイズが干渉してさらにノイズを産みだし、幾何級数的に増殖する。
あらゆるシステムを侵食し彼女の記憶までも犯していき。その時系列すらも判らなくさせる。
憶えている現在なのか、過去なのか、刷り込まれた知識なのか、記録なのか、彼女には判らなくなる。
あらゆるデータを誘導管理する多次元観測制御が乱され、ランダムアクセスのように脈絡なくデータが乱れ飛ぶ。そこに矛盾するものがあっても、もう判断すら出来ない。
眼前に見えるのは、光すらも捕える完全暗黒の孔。それは異なる物理法則に支配された時空間への扉。
何があるのか、誰にもわからない未知の領域。
絶対零度のように冷たく、闇夜よりも暗いその暗黒は、生物がもつ原初の感情を呼び起こさせる。
それはどんな生物でも根源にある感情――すなわち恐怖。
未知であるがゆえに、生物は怖れる。何も見えないがゆえに怖れる。
そして科学知識があるがゆえにそれが危険であると恐れる。
それに囚われれば、二度と出てこれず、そして永遠にも等しい時間を過ごす――死ねないがゆえに。
それは、どんな拷問よりも恐ろしい。終わりがない永遠の孤独、狂うことも出来ないがゆえに、永遠をただ生きる――。
人格が挙げる声ではない悲鳴が、フェテリシアの脳内を駆け巡る。迸らせる感情に、統合制御システムは優先順位を判断する。
あらゆるものを切り捨てて重力制御機関稼働を優先、敵の重力制御に抗う。
人格が挙げる感情など機体維持には関係がなく、そして超重力源による事象変動はこの機体といえども脅威であるからだ。
互いに演算展開された高重力源が周辺空間を予測不可能に歪曲し、物理法則を破壊し、暗黒の孔を広げていく。
『うぉおおおお!!』

 勇者ユウキが咆える。
 勇者騎が悲鳴のような唸りをあげて重力制御機構を総力稼働。
空間が歪み、悲鳴のような音をあげる。踏みしめる大地が砕けて舞い上がる。

「-----っ!!!」
フェテリシアは無意識に歯を食いしばり脳髄を体内を胎をぐちゃぐちゃに掻き回されて意識が飛び跳ね、自動的に蘇生させられる。壊されながら治る。治りながら壊される。どちらなのかすら不明。
"統合制御システム"は全自動で稼働し、異空間に堕ちぬように拮抗し続ける。
もはや悲鳴すら出せず、砕け裂かれ擂り潰され続ける肉体が自動修復されながら、重力罠より逃れようともがいている彼女に

――光り輝く矢が突き立つ。その右眼窩に。

突き立った矢は、捩れ狂いながら深々とえぐりこんでいく。
「■■■■■■――!!!」
 フェテリシアはこの世のモノとも思えない絶叫を上げて身を反らす。

「せめて、人らしい死を……」
聖なる矢を放ったカーラが悲しげにつぶやく。

均衡が崩れる。フェテリシアの重力制御力場が千々に乱れ、歪みながら空間ごと彼女を暗黒の孔へ引きずり込んでいく。

『|出力最大《フルパワー》!!!』
ユウキが叫ぶ。勇者騎が応え、|出力制限装置《リミッター》を解除して咆哮する。
|星力相転移機関最大出力《ジオ・ドライブ・フルロード》
外部補助機関が最大稼働を開始。
蒼い空が陰る。地上に影を落とす巨大ななにかが姿を現す。

「な!! あれ――」
 不意に陰った空を見上げたマユの目が驚愕に見開かれる。

光学迷彩を解除して姿を現したのは、巨大な双胴の天空船。
|勇者騎《シルエット》の|外部補助系統《バックウェポンシステム》である恒星間航行用超大型航宙船だった。

「あのマーク――!!」
見上げたマユが思わず叫んだ。

白銀の船体下部に描かれた"UN"の黒文字とライトブルーの『北極より見た|五大陸《・・・》とオリーブの葉』紋章。

「なんで、|国連《・・》の船がここに!!!!」

マユを混乱させた白銀に輝く巨大な双胴船は、ゆっくりと降下しながら空間相転移炉を超過駆動、勇者騎に莫大なエネルギーを送り込む。
数百光年単位の|超光速航行《ハイパードライブ》を可能とする莫大なエネルギーが勇者騎の時空間演算システムに注ぎ込まれる。
演算/確率を操り、森羅万象を観、演算力が届くあらゆる事象を統べて現実と成す。
空間定義定数変更/境界域設定/事象境界閾値突破
事象収斂が始まる。
重力変動が限界を超え、事象境界が可視化する。

それは黒と白、闇と光、無と全ての色が入り混じる、空間と時間の境界線。
それは|無限回廊《seven'th hole》と呼ばれる、永劫無窮の牢獄。

"空間が四次元から六次元的に閉じられようとしている。脱出不可能"――PMSDからの報告がユウキの網膜に投影される。

いける――

ユウキは咆える。
殺された人たちの怒りを、無念を、その背に負って。

『殺されたみんなの無念を、思い知れぇええっ!!!!』

勇者ユウキの感情を受けて、|"勇者騎"《シルエット》の時空間制御機構が|超々過稼働《オーバーブースト》。
二次装甲の一部が展開し、一次装甲とベースフレームが露出する。
黄金色の光がフレームを激しく循環しながら黄金に輝く粒子を噴出する。
輝く粒子は、超高速で駈けめぐりながら|ねじれた輪の回廊《メビウス・リング》を形成。
それは無限/無間/夢幻を意味する象形。
物理限界を、世界の理をも超えて、ただひとつの意思の下にそれを創りだす。
地表に出現した"黒い太陽"。
それは事象の彼方、光をも捕え、時空間をも歪まる真の闇――ブラックホール。
激痛に絶叫するフェテリシアを引きずりこんでいく。
世界の歪み/理不尽が、絶対的な暴力となって、那由多次元連結の彼方へと――









――なにもかも無くした/奪われた/失った。

わかってる。自分の行動の結果なんだってわかってる。
幼い判断のせいだってわかってる。
――でも、止められなかった。

助けたいと思った。
たくさん殺されていくのを見過ごせなかった。
それを止めるのが正しいこと、正義だと。そういう思いは、たしかにあった。
でも一番の理由は――ボクは力をもっているのに、止められるのに、それをしないなんておかしい、と。

間違ってなんかいない。いまでもそう思う。
いったい、何がいけなかったんだろう。その結果が、これだ。

大切だった。とても大切だった。
メイフェーアが眠って、"フェテリシア"となってから、ずっと傍に居てくれた、親で兄姉でともだちだった相棒――|殺された《消滅した》。


――わかった。ようやく。

世界は

とても残酷なんだって。

ボクが求めても願っても請うてもいつだってかなうことはない。

なんだって奪われてきていた。

どんなに凄い力があっても
ほんとうに大切にしたいと思ったものは、手からこぼれる――



『殺されたみんなの無念を思い知れぇええっ!』

勇者騎の|星力相転移機関《ジオ・ドライブ》が全力稼働、全身に黄金光が駆け巡り、膨大な黄金に輝く粒子を噴出する。支援艦アマノウキフネが上空にその巨体を現し、その相転移機関を全力稼働させて勇者騎に莫大なエネルギーを送り込む。」
星を壊せるエネルギーが勇者騎に集中し、全身から噴出した粒子が、まるで輝く白い翼の様に広がり、空間特異点を創生する。
かつてアフリカ大陸をたった一振りで沈めた旧地球人類最強の兵器が、その牙を彼女に突き立てる。


|アレ《ユウシャ》は、なんにも知らない。
ボクとウィルがずっと一緒に居たこと。
いったいどれだけの時間を過ごしたのか、どれだけ助けられたのか……


はじめて会った時のことをおぼえている。

はじめて怒られたときのことをおぼえている。

はじめて慰められたときのことをおぼええている。

はじめて喧嘩したときのことをおぼえている。

たくさんのはじめてが、ウィルといっしょだったことをおぼえている。

はじめて、こわいと思ったときだって一緒だった。
与えられた"力"が、どれだけのものであるのか理解出来なくても、とてもこわいものだっていうのは感じていた。
夜に眠れなくて、ふるえていたら名前を呼んで様子をうかがってくれた。
そのときウィルはずっと傍に居てくれて、困ったようにそしてささやくように教えてくれた。
『どうしても、こわくて我慢できなくなったら、わたしに云ってください。――殺してあげます。
それが、わたしたちサポートAIとシルエットの、本当の基本命令ですから』
あなたに云ってしまったことは、ないしょですよ――そういう|ヒト《AI》だった。

それが本当なのかは知らない。
でも、そう教えてくれたことがうれしかった。同じひみつをもつ者同士になれたから。
きっと、このヒトはボクのそばにずっといてくれるって信じられた。
――だから、がんばれた。がんばって生きてみた。
天塔騎士として、武芸だけじゃなくてヘンな兵器の使い方を叩き込まれ、さらにカガクなる学問も教え込まれた。ブツリガクやらダンドーガク、わく星の上でのテンコーガク、うちゅーにおけるちょうこうそくくうかんせんとうぎじゅつ。
ぜんぶのマニュアルはいんすとーるされているが、それらの意味を理解しないと扱えないからと、ししょーたちに教えられた。ししょーたちのおしえかたじゃぜんぜんわけわかんなかったけど、ウィルは怒ることなく辛抱強くわかるまで延々と教えてくれた。
――そういう|ヒト《AI》だった

たいせつだった。すごく大切だった。そんなタイセツなトモダチを――アレはコロした
なにもわかっていないまま、問答無用に消し去った/殺した。




















憎い、と
――少女は初めてそう思った。










        ☆★☆

 少女の眼窩に矢が突き立った。彼女の口から、この世のモノとは思えない絶叫が迸る。
その瞬間、均衡が崩れた。
豪風を巻き込みながら暗黒渦が一気に縮退、
空間歪曲が彼女を捕らえて渦巻くように引き伸ばしながら呑みこみ、周囲の物質を空間ごと巻き込みながら小さく小さくなっていく。
握りこぶしくらいの大きさまで一気に小さくなり、それからはゆっくりと縮まっていく。
渦巻く豪風が弱くなり、《世界》があげていた軋み/悲鳴が消えていく。

悲鳴のような音を上げていた勇者騎の動力炉音が下がっていき、展開された装甲が閉じていく。
噴出していた黄金色の粒子は止まり、背後でゆっくりと渦巻いている。
最強の人形騎士は通常状態となって、その場に膝をついた。もはや敵はいないとでもいうかのように。

人類の敵は暗黒渦に呑み込まれて消滅し、地に転がっていた敵の遺体は戦いの余波で無くなっていた。
遠くにある森林は傾いていたが、青々とした枝葉が広がっている。
空は雲一つなく晴れて青空が広がる。その空には、地に影を落とす巨大な天空船が浮かぶ。
帝国を覆っていた陰鬱な空気は払拭され――世界は平穏となった。

アンリが構えていた魔導杖を下ろす。
「……終わった」
「……ええ、そうね」
カーラも意識しないまま同意して構えを解く。
彼女の意識はそれに向いていた。アンリもまた改めてそれを見上げ、子供のころに聞いたおとぎ話を思い出す。
「姫様……あの人形騎士と天空船はもしかして……」
「ええ、偉大なる|祖先の遺しもの《・・・・・・・》……。遥かな時を超えてわれらが帝国の下に|還ってきた《・・・・・》……」
「……あれが我らが祖先たちが遺し、万年憎むべき《侵略者》に奪われたという伝説の……」
 アンリは敬意と、それ以上に畏怖するように見上げた。同時に頼もしいとも思う。
帝国のもっとも古き守護神が再びこの帝国を護ってくれるのだからと。

「黄金の、人形騎士に……白銀の天空船……」
カーラは風にまかれる髪を抑えながら、伝説の人形騎士と天空に浮かぶ巨船を見上げる。
その声は万感の思いがこもっていた。
まったく思いもよらなかった幸運にカーラは心から歓喜していた。
伝説にうたわれる神造兵器がこの手に。

(これで帝国は、世界は救われる)
カーラは胸がとても高鳴る。それは、もう一つの忘れ得ぬ事実が覆ったことを意味するから。

(|愛する《・・・》勇者さまを"使わず"に|救世《・・》が叶う)

それはとてもとても幸運――いいえ
「……そういうことだったのですね」
帝国を救うため、|愛する《・・・》勇者を捧げる禁断の大儀式を覚悟していた。
愛する勇者さまを捧げ、救世を願い乞う大儀式を執り行っていた
どうしてそんな覚悟を決めれたのか――どれだけ悩んだのか思い出せないほどに悩んだのだろう――わからず、神に問うて答えを得られず悩んでいたのだが――たったいまそれが解った。
それは全能神さまの試練だったのだ。|世界《帝国》を救うという大いなる希望を果たす、その覚悟を問うたのだ――
そして、わたくしは、その覚悟を示せたのだ。|愛する《・・・》勇者とともに。
その思いを全能神さまは汲まれて、あの神造兵器を遣わしてくださったのだ。

――皇姫カーラは全能なる神の深い|アイ《・・》を知った。

戦闘音がおさまり、通常状態へと遷移した|人形騎士《シルエット》がゆっくりと膝をつく。
風が吹く。柔らかい、緑あふるる平和な風が。それが何を意味しているのか気がつき、生き残っていた帝国騎士や兵士たちが声を上げ始める。
「帝国は救われた!」「帝国万歳!」「偉大なる帝国に栄光を!」「帝国万歳!」

(幾十万もの貴い犠牲者たちは、決して無駄にはしません)

その声を聴き、帝国のために斃れた彼らを思い起こしたカーラは涙を流す。
そうして、誓う。

(さぁ、世界を救いましょう。|愛する《・・・》勇者ユウキとともに――)


暗雲が晴れた熱気の中で、独りマユは、天空に浮かぶ巨船を見上げて大混乱していた。
「なんで|国連《・・》の宇宙船がここにっ!! どういうことなの……?」
 彼女の言葉に気がついて、いぶかしむカーラに気がつくこともなく呆然とつぶやいている。カーラが目をわずかに細めた。
「そうだっ! あれが本当に国連なら、"PMSD"で連絡が取れるはず――」
 マユが通信回線を開くジェスチャをして、PMSDが起動する。
網膜に通信回線接続先リストが投影表示される。いくつもの通信回線名がある。
そして|見慣れた文字《日本語》で表示された回線名――"国連所属文明調査記録船アマノウキフネ"
マユはなぜ気がつかなかったのかと思った。万能個人携帯デバイスであるPMSDを起動して、通信回線接続先を探そうともしなかったのだ。
ここが異世界で魔法とファンタジーの世界だと固く信じていたからにほかならない。
その回線に接続しようとして――


――|万能矛盾並律機関《パラドックス・ドライブ》完全同調
いずれとも知れないどこかで、使用する者が居なくなった古い古い言語が発される。
誰にも知られず、誰にも理解できない、そんな古い古い言葉。


――凄まじい悪寒が背筋を這い上り、意識しないままマユの身体が|そちら《・・・》へ振り向いた。
「な、に……あ、れ?」
漆黒に輝く暗黒球の表面。
縮退していく極大闇魔法《|無限回廊《ブラックホール》》の扉である暗黒球の表面に赤黒いラインが亀裂の様に縦横無尽に幾重にも走っている、その表面にある白い指先。
事態が理解できないマユのつぶやきを受けたかのようにして|それ《・・》が《現出》してくる。


――|真概念機関《イマジナリ―エンジン》稼働
――|事象特異点《・・・・・》構築

 白い掌が、細い腕が、小さな肩が、ほっそりとした鎖骨が、そして少女の頭が、這い出るかのように現れる。
光もなく、音もなく、揺れもなく、震えもなく。
ゆっくりと水面に浮きあがるかのように姿を現してくる――黒髪の少女が。

「あ、あり、えない……超ブラックホールから脱出してくるなんて――」
マユは網膜に表示されたPMSDの解析結果を信じられない。直前のことなど頭から吹き飛んた。
空間歪曲率から推測される中心部の重力指数は10の10乗を超えていた。
惑星上にそんな超級重力源を造るのは、彼女の世界の科学力でさえ不可能なことを、魔法はやってみせた。
そのことにも恐怖したが――それは遥かに超えていた。

高重力源を脱出する。ありえない。いったいどうやって? 魔法?
マユは吐き気を憶えているのに、目を離せない。気持ち悪いのに安らかな気持ちになる。
感情が矛盾している。かたかたと視界が震える。いつしか自分の両腕を抱きしめてがたがたと身体がふるえていた。
背筋から冷えていく。手足にしびれさえでてきた。
「なんなの……なんなのよ、いったい!」

極大闇魔法によって二度と出てこれるはずのない永久牢獄に囚われた、許されざる不死者にして人類の裏切り者と呼ばれたモノが。怖気を感じさせる非人間的な動きでずるりと、這いずり出で――その背から漆黒の焔が噴出。


「あれ、は――いったい、なに?」
アンリが後ずさる。帝国最強魔導師と自負する天才が。そして、彼女はそうしたことを認識していない。
無表情の顔を強張らせている。超魔道杖ケリュケイオンの先端が、ぶるぶると揺れている。
掴む指先は白く、強く握りしめられていた。
何が起こっているのか理解できない。ありえない。
偉大な大魔導師である自分ですら、あの闇魔法から脱出できるとは思えない。
だというのに、あれは這いずり出てきた。
それをこの場の誰よりも理解している。それゆえに目の前の光景が信じられない。
わからない、いったいどうやって――


『……脱出しただって……そんな、馬鹿な……っ』
勇者たる自分と勇者騎が全力で行使した最強の封印魔法を、あの人類の敵は破ってきた。
"勇者"が全力だったというのに――?
確信した、のに――?
なぜ――
ユウキは、足元がぐらぐらと揺れたように感じた。


濡れ羽色の焔は天へと延びるかのように渦巻きながらまるで翼のようにはばたきゆらめく。
それは、黒くてあまりにもおぞましく禍々しいのに、美しい。どこか神聖ささえも感じるほどに。

「な、んてこと……」
カーラは口元を手でふさいで顔を真っ青にしている。
衝撃のあまり、その手は聖弓を取り落としていた。

伝説の人形騎士と勇者さまの御力をもって滅した、のに。
なおも、なおもわたくしと帝国の邪魔をするというの――!!

カーラは、|それ《・・》を激しく憎悪した。
取るに足らなかったモノが、まだ邪魔をするがゆえに。


《現出》した黒髪の少女は、ゆらりと立ち上がった。


顔はうつむいたままで表情はうかがえない。
透き通る様に白い肌が、黒く染まっていく。
闇よりも濃い影色に、ゆっくりと足元から染まっていく。
そうして、すべてが影色になる。人のカタチをした影になる。

世界が軋む。|それ《・・》の顕現によって世界の|理《ことわり》そのものが揺らぐ。

――|『■■■■■■■■■』接続《アクセス》
――『■■■■の資格を認む』
――認証『認む』『認む』『認む』『認む』『認む』『認む』『認む』……
この世界の《外側》で、数多の認証――ここに《現出》する。


それは銀河文明史上最狂最悪の兵器と云われながら、記録からすら抹消された|存在《・・》。
破壊することも封印することも出来なかったがゆえに、あらゆる制約/誓約をもってこの太陽系に閉じ込め監視することを決定されたモノ。
それは|先宇宙《・・・》の遺産にして、いつかこの宇宙が遺すもの。
それは全次元全時間に在る全ての知性がいつかは到達できる/できた、存在の頂点/終着
それはこの世全てを俯瞰する――
それは無限の理不尽、憎悪の底の底より《現出》せし"ヒトの辿り着く最後のカタチ"
ヒトよりうまれ、ヒトより堕とされ、ヒトたらしめるなにもかもを失って、絶望と憎悪の底で成ってしまったなにか。
ただひとすじの光があれば救われたというのに、それすらもさしのべられなかった   の成れの果て。
|それ《・・》がゆっくりと顔を上げた。

影色の顔の中心に、爛々と光る血のように朱い光――瞳が二つ。



なにかが、かちりと《世界》に
はまる《音》がした。
































――|ようこそ、この世界群並立次元《Hello, World!》へ


さぁ、おとぎばなしをはじめよう

ゆうしゃとまおうとかみさまのおはなしを

ただし|よいおはなし《ハッピーエンド》だとはきまってないよ――


昏い、真の闇の中。
宙に浮く白銀の少女が、ひとり高らかにわらう。
その声は、だれにも届かない。
届けたい人たちは、もうだれもいないから――










------------------------
いつまでシリアスがつづくのか……
この物語もあと二~三話くらいの予定です。
最期までお付き合いくだされば幸いです。



[37284] 第六章 滅国の少女騎士 <7>
Name: 森河尚武◆cea74981 ID:83ef85bd
Date: 2015/07/19 23:03
待っていてくれた方々、たいへん長らくお待たせしました。
そして10万PVありがとうございます。

-----------------------------------------------------------


それは、少女のカタチをしていた。すこしだけ幼い感じの。
自分たちよりも少し幼いくらいの女の子。

ユウキ達は戸惑う。

暗黒球を背にして立つ少女は、目をはなせば消えてしまいそうなくらい影が薄く。
おぞましい気配は消えて、ごうごうとはげしく吹いていた風はいつのまにか止んでいた。


――少女の頬にひとすじの赤い滴が流れておちた。

それを合図とするかのように、影が少女を覆い尽くす衣となる。
騎士服にも似た、身体に貼りつくような影色の衣に、二つの大きな翼
それは、彼女にわずかに残った記憶の残照。
|顔《・》を彼らに向ける。影の中心に爛々と輝く二つの朱い眼。
鋭くも睨みもしていない、まあるい眼。
純粋無垢。ただ一つの感情を映す、緋眼。

ひゅーひゅー
ぜんぜん出来ていない口笛のような音。
――彼らは知らずに息を呑んでいた。

悪寒が熱く燃え盛るような、奇妙な感覚が背筋を駆け巡っている。
震えるように寒く無く、滾るように熱く無く、身体が鋭く重く、胃の腑が熱く冷たい。
判らなかった。経験したことが無かった。知らなかった。知ることもなかった。
それは絶対強者と出会ってしまったときの感覚――"恐怖"そのものだと。

勇者たる|彼≪ユウキ≫がそれを知ることは、ない。
勇者とは勇ある者――ゆえに、恐怖を覚えてはならない。怖れを知ってはならない。怯懦してはならない。
知れば、勇を示せないから。

ギリッと音が鳴る。それは知らずに彼の奥歯が立てた音。

皆の希望を背負う勇者は、決して負けないっ――!!

どんなに過酷な状況であろうとも奮い立ち、決してくじけない。それが勇気。
勇者はくじけない。勇者は負けない。勇者はみんなの希望を背に、勇気をみせるのだ。
たとえ|蛮勇《・・》と云う名であっても。

勇者騎が天高く剣を掲げ、再び全力稼働を始めようとする。
『|出力最≪マキシマム・パ――≫――』「――≪深淵より来たりし無慈悲な神鎚よ≫!!」
ユウキが叫ぶのを遮るかのようにアンリの|呪文≪トリガーワード≫が高らかに詠われる

莫大な風が黒い少女を襲う。大気が渦巻き、荒れ狂う。

(ダメ、あれをユウキに近寄らせては。ここで――)

莫大な魔法演算を行いながら、アンリは胸中で叫ぶ。
あまりにも嫌な予感しか浮かばない。

だからぜったいにここで潰す。たとえこの命と引き換えても――!!

少女の姿が歪み、小雷が幾重にも取り囲む。
大気が圧縮され、放電現象を引き起こしているのだ。
真空断裂された境界内に青白く発光する無数の放雷が埋め尽くす。

大魔導師アンリ渾身の極大魔法≪奈落の獄檻≫。

莫大な物質が圧縮、そして原子運動が活性化する。
さらにあらゆる物質を融解させるプラズマフィールドが形成されて封じ込められる。
圧縮物質が臨界点を超え、ついに核融合現象が励起する。青白い光をまき散らしながら発生する莫大なエネルギーをもって、フィールドの維持と核融合を連鎖させていくそれは、疑似的な第二種永久機関と化す。
渦巻く暴虐風、青白く輝く超魔法領域。あらゆる生命も物質とて存在できない超々高温は、煉獄を地上に再現する。
この極限魔法に滅せぬモノはない――

――だが緋眼の少女にとって、その程度はもはや意味がなかった。

雷球を伴った突風を天高くそびえる竜巻。
超高密度の風は、固体化し、青白く発光する紫電によって何者の侵入をも阻む壁と化している。
それは奈落へと堕ちる天の檻。

――なのに

渦巻く暴虐嵐、青白い放雷群が支配するフィールドを、緋眼の少女は|なにごともないかのように≪・・・・・・・・・・・・≫歩いて抜けてくる。
ふらふらと、初めて歩いた子どもの様に。歩き方を忘れた老人のように。
でも、その緋い瞳は勇者騎をまっすぐに見据えて。

――少女はアンリを一瞥すらしなかった。

「な、める――なぁああああっ!!!」
寡黙なアンリが咆えた。

(やらせない、絶対にっ!!)

その程度は織り込み済だった。帝国最強魔導師の称号はダテーではない。
この魔法はただの前座、次こそが本命。
正真正銘最大最強の究極魔法。

自律制御に入った≪奈落の獄檻≫を魔法演算領域から削除し、己に刻んだその魔法を|起動≪ウェイクアップ≫。
「天よ、地よ! 火よ、水よ! 光よ、闇よ! ――世界よ! 我が声を聴け!!」
 帝国の至宝たる超魔導杖ケリュケイオンを掲げ、天高く唱える。
魔法構成が急激に膨れ上がって空間を埋めつくしていく。
己の演算領域、ケリュケイオンの演算資源、なにもかもすべてを用いた超々高密度魔法構成。
いくつもの魔法陣が重なり合う。空間が歪む。多重鏡面反射空間制御までも用いた超多数魔法陣同時展開。
蠢くように重なり融合し複雑怪奇な模様となって周囲をぐるぐると回転する。

我は究極、我は至高、我は絶対、我は最強! 
|世界≪帝国≫最強にして史上最強最高峰の魔導師! 我が最強の一撃は森羅万象神魔別なく全てを滅する――!!!!!

アンリは|世界≪・・≫に宣告する。それは絶対決意を世界に表明し、己の全てを使い尽くして限界を超えた魔法を行使する技法の最秘奥。
頭が割れそうなほどに、身体がねじ切れ血管という血管から血を噴出させるような極痛を越え。
白い肌より血汗を吹きだし、視界が白く染まっていく。
脳に、魔法器官に莫大な負荷。それでもなお完全に制御しきる。

自分が崩壊していく。それを感じてなお、魔法を構築する。究極の魔法を。

|”この世全ての知”《アカシック・レコード》、全ての知がある究極概念

そこにはこの世に存在するものすべての情報があり、営々と蓄積され続けている。
すなわちその情報を自在に書き換えられれば、この世のすべてを掌握したとさえいえるだろう――
それが、魔法の原点であり根源であり究極の到達点、大いなる唯一の頂。
アンリは、この世でただ一人、そこへと至った天才。

だから

この

絶対魔法を

行使できる


――意味存在抹消魔法


”この世全ての知”の情報を抹消して|無かったことにする≪・・・・・・・・・≫。
この魔法の前にはどのような防御も意味を成さない。存在そのものを抹消する魔法に対抗するなど不可能。
いかなる防御をも貫いて抹消させる。。
魔法の頂点にして究極にして絶対の力、これ以上の魔法は存在しない――
同時に諸刃の剣、制御を須臾寸毫でも誤れば、自分自身を消滅させかねない危険な魔法。

だが、彼女は知っている――魔法はトモダチ。魔法はわたしを裏切らない。魔法はわたしを裏切らない。

|彼女≪アンリ≫は”魔法適正の儀”で歴代最高の測定不可能ランクEXを示した。
それが判明した時に両親は狂喜し、帝国魔法省直属の教育機関への推薦を蹴ってすぐに自分たちで魔法教育を始めた。
自分たちの手で最高の魔法使いを育てて見せたかったのだ。
それが、低ランクとバカにされ続けていた彼らが周囲を見返す手段であり、娘はそのために天から贈られたのだ信じて疑わなかったのだ。

しかし、その喜びはすぐに別のモノに変化していった。
彼らの娘はあまりにも天才であり過ぎたのだ。
手本に見せた魔法を直後に発動させてみせただけでなく、威力も精度も自由自在に操ってみせた。
三日ほどで両親は魔法実技に関して教えられなくなった。
低ランクの彼らでは、たいした知識も書ももたず娘の疑問に答えることもできなくなってしまった。
完全に持て余し、むしろ恐怖さえも感じ始めた両親は、魔法省へ駈け込んで娘を手放した。
親子の縁もきった。娘が怖かったのだ。
同時に魔法省担当者から提示された親権破棄の手続き金を受けとりもしたが。なおその金額は優に下級貴族の年収十年分に相当していた。

だから、彼女には親が居ない。
魔法省直属教育機関《偉大なる四本指の竜》で育成されたが、そこの優秀な教育陣ですら彼女を持て余した
あらゆる魔法を観ただけで自由自在に操り、あらゆる魔法が誰一人追従できない精度と威力で扱える。
知識欲も旺盛で、あらゆる疑問を教師にぶつけてくる。彼女はなぜどうしてをぶつけてくるため、教師陣は手がかかると、ほとほと嫌気がさしていた。さらに聞いてくる内容もまた彼らには常識であり考えることもなかったものばかりで、彼らが答えに詰まると彼女は不思議そうに首を傾げた。なんで答えられないのとバカにされているようで誇りを刺激された彼らは、彼女を毛嫌いするようになった。
彼女はこどもらしくただ素直に抱いた疑問をなんでも知っている大人である彼らにぶつけていただけだったのだが。
天才ではあるが問題児。

周囲の評価はそのようになってしまった。
周囲からは完全に浮いてしまい、さらにその圧倒的な才能が同世代に妬まれた。
彼ら彼女らは魔法省直属の最高教育機関に所属するだけあって才能も豊かで比例して誇り高かった。
みな自分が同世代で最高の魔法使いなのだと自負し、誇りにおもっている。だというのに、それを完全に覆す存在、自分達では絶対に敵わない超高位魔法使いが同じ世代に――。
誇りが奪われた。悪意を抱かないはずがなかった……

両親からは離れられ、周囲からも妬まれそねまれ、そして畏怖された彼女は、まともな人付き合いなどできなかった。

だからひたすら魔法技術を研鑽して、そういう輩を黙らせてきた。そうするほかにできることがなかったから。
彼女が決定的に敗北したのは、ただ一人。
かつて帝国最強魔導師と呼ばれた|傲慢女帝≪畜生に負けた恥知らず≫だけだった。
今は記録はおろか、名前すらも抹消されていなかったことにされた|それ《・・》に代わり帝国最強魔導師の名誉を若干16歳のアンリは受けた。
その名誉の重さに劣らない力を、彼女は持っていたのだ。

――しかし、そんなものはどうでもよかった。よくなった。

(|あれ≪・・≫を、ユウキに近寄せてはならない――)


まともな人付き合いが出来ず、孤独であった彼女にさした、ただひとすじの光。


――『よろしくお願いするよ、アンリ=テーガンヨスルギさん。アンリと呼んでいいかな?』

勇者ユウキ。

その笑顔溢れる挨拶をうけただけで、鼓動が高まり動悸が早くなった。
これをひとめぼれと云うのだと知ったのは後のこと――

彼を護るためなら、わたしはなんだって出来る。
彼のためなら、貴族だって民だって魔王だって殺そう。
わたしはそれができる。
なぜなら史上最強空前絶後の超魔導師なのだからっ!!!


幾何級数的に増殖していく超々高密度魔法構成。
空間が黄金色に塗りつぶされていく。それでもなお足りない。
魔法回路が脳が、過負荷で灼かれる寸前――視界全てが青く染まる。

蒼い青い碧い光が視える。果てしない蒼にそまった美しい世界がそこにあった。

苛んだ痛みが消えている。
心が、波ひとつない湖面のように穏やかになる。

感じる、この世界の全て
未来を知る。
過去を知れる。
現在がわかる。

ああ――これが

彼女は理解する。魔導師のだれもが到達したことのない至高の境地へと至ったことを。
これこそが全知全能、|完全なる全能世界≪パーフェクトワールド≫

わかる。わかる。わかる。
あれを滅ぼせる。なにもかも消し去れる。ユウキの敵はみんなほろぼす。

この究極魔法は、なにもかもを消し去る――


帝国史上最強魔導師アンリ・テーガンヨスルギがその命を燃やして築いた究極絶対の魔法。
この一撃こそが、彼女を帝国最強魔導師と称えられる存在理由そのもの。

彼女指先に光が集う。背後に莫大な風が渦を巻いて膨れ上がり、巻き上げた土が翼のようになる。

その一撃は無限無窮の闇を切裂く閃光。
何人も反応できない、究極の速度と威力をもつ、至高究極絶対の魔法――意味存在抹消魔法
神の領域に至った魔法を超越した真の魔法。抗うこと能わず――!!!

「だめぇえ!!!、アンリ!!」
 なにかに気付いたマユが叫ぶ。しかし、その声は届かない。

 アンリはこちらを振りむきすらしない黒い少女の無防備な背中へ指先をむけて――。
(その余裕が命取り。力があっても下等な輩はやはり愚か)

「――後悔する間もなく消えて。”破滅の序曲で踊れ、愚者、≪|《破滅の光矢よ》≪ディスインティ・アロー≫≫”

光り輝く黄金の矢が、指先より放たれた。
何人も反応できない究極の攻撃、無限螺旋回転して光の速度で駈け抜けた黄金の矢が黒い少女の背を貫――

SYNTAX ERROR
SYSTEM OVERLOAD

音もなく
風もなく
何事もなかったのごとく。
黄金に輝く究極破滅の矢は、ただ消失した。

静寂。
誰一人として身動き一つしない。
いや、黒い少女はゆらゆらと歩んでいる。彼女だけが。


消えた/なぜ/なにが起きた/嘘だ/ありえない/効かない/そんなわけがない

完全なる蒼い世界は消え去り、
超々高密度魔法構成はその残滓もなく、雲一つない晴天が広がる――

何も起きてない/嘘だ/ありえない/ありえない/ありえない

その一撃は、まさにアンリの存在をかけた究極の一撃。
知覚不可能防御不可能回避不可能。
まして、まやかしなど絶対に不可能な、魔法を超越した魔法、真の究極魔法が。
なにもおきないなど。

――魔法はトモダチ/魔法は努力を裏切らない/魔法はわたしを裏切らない

自分自身である究極魔法は、なんの意味もなかった。

――裏切ったのは、魔法?
渾身にして最高の出来だった。≪完全なる世界≫において嘘はない。
全知なのだから、嘘や間違いならそうと解かる。ごまかしやまやかしなど入る余地はない。

あれはなにもしなかった。
だというのに|消えた≪魔法は≫――なぜ?


突然アンリは理解した。

反応すら出来なかったのではない、あれにとってその必要が無かっただけだと。
アンリの命を賭けた究極魔法は、一瞥する価値すらなかったのだと。
なにも意味なく消えた/なかったことにされた。
存在したということさえどこにもなくなっていた。
命を賭けたというのに。死を覚悟して超越したというのに。
魔導師にとって至高の頂点へと到達したというのに。
なんの意味もなかった/存在さえもないことにされた。

それはつまり、




――|魔法≪彼女≫など、無価値だということ。






――魔法が使えない者は人にあらず。


幼いころから慣れ親しんだ原理/絶対の価値
積んできた研鑽、栄誉、自負、なによりも高き誇り……そのすべてが













無価値







「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!」
















----------------------------------------------------------------
本人はノリノリで書いてますが、読者にとっては冗長でしょうね……
これ、物語中では二分くらいしか経っていないんだぜ……


それはさておき、艦これSSが書きたいなぁ……
ネタはあるんですが、いかんせん仕事が忙しすぎる……




[37284] 第六章 滅国の少女騎士 <8>
Name: 森河尚武◆cea74981 ID:0f1bfa80
Date: 2015/10/05 21:45
たいへんお待たせしております。
今回は少し短めです。
------------------------


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ」


アンリが頭を掻きむしりながら絶叫する。

『アンリ!?』
ユウキはわけがわからなかった。
アンリから凄まじいまでの魔力が噴き出して、突如消えたことだけはわかった。
あれがなにかをしたのか――だけど、いったいなにを?

『アンリに、なにをした……?』
 ユウキが問いかける。黒い少女はなにも答えない。
「こたえろよっ!!!」
激昂したユウキが、剣をふりかざす。勇者騎が神々しく輝く大剣をかざし、一歩を踏み出そうとして――先に動いた者がいた。

「『穿て、雷光よオープンファイヤ』!!」

桜色に輝く光の束が黒い少女に直撃する。
マユは背後に展開させた大量の魔法陣から、間断なく魔法砲撃を撃ちこむ。
燃やし尽くせとばかりに、一切の容赦なく、苛烈に。
燃え上がる大気、融解する地面。立ち昇る炎をさらに燃やす焔。それは煉獄の業火もかくやと思える極焔。

――黒い少女は傷一つ負わない。

焔えあがる大地を駈けるでもなく、ただ歩く。

「ぉおおっ!!」
マユは雄々しく叫び距離を詰めていく。いくつもの魔法砲撃の光条がきらめき、それはただ一点へと収束する。
地水火風属性魔法の一点集中砲撃。
城塞を粉砕し、山を撃ち抜く超戦術級魔法砲撃。それがただの一点に集中されれば、この地上にあるどんなものでも貫き破壊し尽くすだろう。
だというのに、直撃しているはずなのに、黒い少女は傷一つ負わない。
空を貫く各種属性が込められた魔法砲撃の嵐は、そのまま通り抜けて地を穿ちなにもかも破壊しつくしていく。無駄とわかりながらも連続砲撃を続けながらマユは駈ける。
秒速100m超の速さで駈け、叫ぶ。
「来いっ!!!」
亜空間倉庫から巨大な黄金色に輝く鎚が射出されて、宙で掴む。
神造武装”全てが星の光となるゴルディアス・メイス”
黄金色に輝く巨大な聖武具。
神々が鍛えたとされる巨大な鉄鎚。この世に粉砕できぬモノなし、全てが光となると詠われた伝説の神造武具。
己の背丈の十倍以上もあるそれを軽々と振り上げて

「砕けちれぇえええっ!!」

駈ける速度のまま、神鎚を黒い少女に叩きつける。
巨鎚が輝く粒子を吹きだし、大気を割って暴風をまき散らしながら直撃する。
大地が轟砕する。

砕けた地面が飛び散り、土煙が舞い散る中を黒い少女は汚れひとつないまま歩みを進める。

「ちぃっ!! ≪装填、連続射出≫ロード、ファイヤ!」
跳び退きながら、亜空間倉庫から投擲神造槍サウザンド・オブ・ワンズを射出。
至近距離で無数の穂先に分裂し、一斉に叩き込まれる。空間を埋め尽くす刃の嵐。
無数に無軌道に閃光のごとく飛び交い、何重もの十字砲火となって隙間なく空間を埋め尽くす。

何十何百何千何百万の甲高い衝突音が奏でられ、無数の穂先同士が多重衝突反射を起こして空間内を埋め尽くし、それこそ蟻の這い出る隙間もなく空間内の物すべてを破壊し尽くす。中心に居る無防備な黒い少女を無数の穂先が貫き続ける。だというのに無傷。

黒い少女は血飛沫もあげず、かすり傷ひとつ負わない。

「これ空間範囲攻撃でもなにもなし!? いったい、どういう防御なのっ!!」
『マユっ、退いてくれ!! それを殺せない――』
「だめっ!! ユウキは最後っ!!」
 勇者ユウキ人類最後の希望が戦おうとするのを強引に止めて、その隙も与えないようにさらに手数を増やす。
マユは激しい焦燥に駆られている。彼女は直感していた――
(あれをユウキに近づけちゃだめ。あれは、もう生物ですらないなにかだっ!!)
ぎりっと歯を噛む。
(間に合わなかった――アンリの魔法が通じないと解ったのに!!)
アンリの意味存在消滅魔法・・・・・・・・では対抗できない
マユの勇者特性のひとつ――超直感・・・。あらゆる物事の本質を論理・知識・記憶に関係なく理解するそれが発動して解った。
それアンリの大魔法はダメだ、効かないと
止めようとした。だが、あまりにも直前に受けて、そして間に合わなかったのだ。

神代投槍《パ・ラ・ミデュオンの投槍》を掴みだす。使い方なんて触った瞬間に解る。それは彼女マユの勇者特性・・・・の別の側面。
まっすぐに突きだすように投擲する。手を離れた瞬間、火炎を引いて極超音速で突進。黒い少女を直撃し、大爆散して黄金色の焔で空間を舐め尽す。
焔の中から、傷ひとつない黒い少女が歩み出る。

(なにが勇者特性よ、間に合わなければ意味ないじゃないっ!!)

その直感が告げる。
あれをユウキに近づけてはならないと。
あのUN船もすごく気にかかるけど、そんなのは後だ。味方みたいだから大丈夫――

彼に介入をさせないように怒涛の攻撃。
大量の魔法砲撃とともに伝説の武具を起動させる。
「アイン、ツヴァイ、ドライ、……ナインっ! 目覚めよ、『殺し尽くす九殺』ナイン・デッドリー」
彼女の勇者武装である武装庫アーセナルより、武装を投入する。
九つの大剣が黒い少女を囲むように出現する。

”我が武技を天にまします武神もご照覧あれ”
殺到する大剣の背後に古代の青年英雄を幻視する――
古代の若き英雄が神山ハクトーの怪物を九回殺して殺し尽くした伝承、それが型となった必殺の武技が炸裂する。

九撃同時攻撃。大剣が済んだ音を立てて砕け散り、陽光を浴びてきらめく。

砕け散った武具の破片が舞う中から、当然のように無傷の黒い少女が歩み出る。

「ならっ!!」
両手に召喚した法具を地面に突きたてて神炎を召喚する。
白焔に包まれる黒い少女めがけて、黄金の輪状武装を投擲し、指輪から光の砲撃を放つ。
どれもこれもが彼女の時代の軍用兵器と同等以上の威力。
普通の民間人が扱ったことがある威力ではない。
なのに、恐怖を感じることすらなく彼女は大火力を操り、敵を殺そうとする。
そのことを疑問にも思わない。そのおかしさに彼女は気づいてない。
なにもかも殲滅する勢いで大火力を放ちつづけるのと並行して、マユはPMSDで現象解析し続けている。

空間・重力変動観測されず。紫外・可視・赤外・各電磁波・エネルギー波の差動観測において確率揺動以上の差を確認できず。
当該空間内に目標・存在確認できず。

(PMSDには視えていない・・・・・・、なら、なぜわたしたちには視えているの? 科学でわかんないなら、魔法に頼るしかないの!?)
その疑問を胸中に抱き考察しながらも、大量の砲撃魔法を運用する。
投擲兵装を連続射出。大気を燃やして突進する投槍。同時に属性魔法砲撃を二十以上同時に起動して、薙ぎ払う。

そのことごとくが命中しているはずなのに、黒い少女目標は以前健在。
マユの方を見ることもなく、ユウキの方へとゆっくりと向かっていくだけ

――その程度の攻撃で、傷一つでも負うと思うのか?

振り向きすらしない背中がそう語っている。傷一つない黒い少女の背中が。

「なら、これはどうっ!!」

彼女の前方に突如開いた空間の裂け目から四枚の大盾が飛び出し、黒い少女の四方を囲うように突き立つ。

中央に女神が浮き彫りにされた黄金色に輝く巨大な盾。
神造兵装《アーテミスの黄金盾》
あらゆる攻撃を反射し、一度奮えば山を、大地を砕く打撃を与えるという神の造りし防護打撃兵装。

「《轟け神雷よ》!!!」
隙間なく四方を囲まれた黒い少女へ向けて、天より極光の轟雷が下る。
神話の時代から天罰の象徴としてありつづける雷。
森羅万象あらゆるものを滅ぼす神の裁きの光。
全天より放たれた極光が、視界を覆い――

周囲の大気を呑みこみ、轟曝風がはるか天へと駆け上がる。
プラズマ化した物質の余剰エネルギーが四枚の盾が作る閉鎖領域に衝突・加速反発して噴き上がり、第一宇宙速度を突破して宇宙へと放出されているのだ。周囲の大気を、物質を渦を巻いて天へと駆け上る巨大な竜巻。
紫電を纏い青白く発光するそれはまさに神の御業による極小の天変地異にも見える。

それなのに

「っ!!!」
ぎりぃとマユは歯を噛み締める。

竜巻より影があらわれた。ヒトのカタチをしたそれは、黒い少女。

「これでもだめなのっ!!」

いかなる敵の攻撃を反射させる究極攻撃的防御装備アクティブ・ディフェンス・デバイスを使ったというのに、それでもなお、黒い少女は無傷だった。

まるでそこにいない、幻がうつされているかのように――
はっとする。マユはひとつの仮定を思いつく。
(時空間軸がずれている……? それなら、確認をする必要がある――)
そうして、ひとつの小さな短刀を武装庫から召喚する。
華麗で豪華な拵えの短刀を鞘から引き抜く。四本指の竜が彫り込まれた黄金色の刀身。
短刀にはとある伝承があった。

駈けだす。

同時に武装庫より投擲武具を射出。無銘と神話・伝説級を織り交ぜ、大量に。
さらに魔法砲撃も四方八方から叩き込む。
いくつもの轟爆が発生し、爆発を爆発が食い合い、大気を、大地を壊していく。
その危険地帯へと怯みもせず跳び込む。
「《我を護れよ、絶海の盾よ》――」
とびこんだマユが前に突き出した手に、もうひとつ武具。
亀甲紋が刻まれた八角形の小型盾≪イスーンシーの亀甲盾≫
――伝承に曰く、かの大英雄イスーンシーが持ちしこの盾は、あらゆる攻撃を跳ねのけ、かざせば炎や竜巻でさえも二手に分かれて道をあけたという。
この盾を憎むべき宿敵悪の大将軍ヒデアーク・トートミーの謀略により、絶世の美女にして英雄を裏切りし大悪女クーネーに奪われたために、かの英雄は悲劇的な最期を遂げたと伝えられる。

爆炎と焔が支配する空間が、かざした≪イスーンシーの亀甲盾≫によって分かれて路となる。
駈ける。
意思が加速する。早く、何者よりも早く――
瞬きすら遅く感じる世界の中、絵が変わるように景色が切り替わる。

黒い少女の背中。手を伸ばせば届く至近距離。

肉体強化だけでは不可能な瞬速移動、いや空間転移にも匹敵する速さで路を駈け

「ふっ――」短い呼気と共に短刀を一閃

――何もない空中に一筋の斬線が走った。空間を斬ったのだ。

神造武装≪チャンムーの短刀≫
かつて偉大なる太祖神に仕え、あらゆる難病を治したと伝えられる巫女チャンムーが、この世に在らざるものを斬るために賜れたという伝承をもつ。かの巫女は時には遥か千里先の里へ足を運ぶためにこの短刀にて空を切りひらいて、たちまちその場所へと姿を表したともいう。

再び短刀を一閃。転瞬、跳ね飛ぶように離脱。

(っ!!、やっぱりっ!!)

離脱の瞬間にマユはたしかに観た。
黒い少女の影羽根にほんの一瞬だけ付いた一筋の傷痕。はじめてつけた傷は、瞬きよりもはやく消えたが、アニメのコマの切替えのようにすぐに消えたが、たしかにあった――

その現象を知っている。そしてフィクションにもよくある。よく似た効果の法具が武装庫内にあることが脳裏に表示される。

(致命傷や傷を肩代わりするなにかで、なんともなくしているんだっ!!)

すなわち”魔法の身代わり人形”、傷や致命傷を肩代わりさせる魔法の道具を使っていると|確信≪・・≫する。
それならアンリの魔法が効果なかった・・・・・・のも当然だ。だって、そもそも目標指定が違うのだから効果があるはずがない。
仕掛けがわかれば、その手のものの対処法なんてだいたい決まっている。

(それなら――っ!!)

其れが出来そうな武具を検索する。
該当武具が脳裏に表示。かつて、無より天地を創造した創世神が持ちし伝承の神具――
だが、それだけではもしかしたら足りないかもしれない。
神造武装”全てが星の光となるゴルディアス・メイス”では威力が不足、しかも同時運用はマユでもさすがにできない。
だけれども一人では無理なら二人で――

「姫さまっ!! 聖弓を――」
「は、はいっ!! もうすぐ放てますわっ!!」
「さっすがっ!!」

カーラが聖弓を展開し、莫大な魔力を集め始めているのがマユの視界の隅に映る。
それはとてもとても頼もしい。マユも展開の準備を始める。

(あれを使うのにはこちらも気を引き締めないと、精神をもっていかれる・・・・・・・――っ!!)

ゆえに魔法砲撃を絡めた近接戦闘を行いながら、分割思考のひとつを精神統一をさせる。

「どりゃあああああっ!!!!」

巨鎚を叩きつけて大地を轟砕し、間断なく魔法砲撃を浴びせ続ける。
手ごたえがないどころか、まるで効果がない。黒い少女は、そもそも見向きすらしない。

その程度の攻撃、注意を払うまでもないというかのように。

(でも、その慢心がこちらの勝機よ――)

武装庫内で魔力を充填していく。身体の内部を膨大な魔力が流れていくのを感じる。
それはとても頼もしい。
姫さまのあの一撃に、これの威力を重ねれば――許容限界を超えて本体にも影響があるはずっ!!

ユウキに近づけさせない

それだけを考えていた彼女は周りを観ていなかった。そもそも敵は一人で、周りは味方だけ、そのはずだった。だから彼女は気づかなかった。
いや、そもそも最初から彼女は気づかなかったのだ。
そもそも、彼女は何のために召喚・・されたのか――戦うためなら、勇者は一人で充分だということに。


  ★★★★


――彼女あれの勇者特性は”武器庫”
あらゆる武具・武装を召喚し、自由自在に操る。
その攻撃力はたしかに凄まじい。正面からぶつかれば絶頂期の近衛騎士団であっても勝利はおぼつかないことだろう。その火力をもってすれば周辺の蛮族どもを殲滅することも容易いだろう。
だが、帝国に必要な力というわけでもない。
なぜならば帝国には絶対最強の力たる魔法を使える優秀な貴族と民と聖武具、そしてなによりも”神器”があるのだから。

カーラは精神の奥底に埋没していく自己の一部で、そう思う。
すでに聖弓は展開されている。そのなにも番えていない弦をゆっくりと曳いていく。
体内を循環し純化させた魔力を、掌から流しこむように意識しながら。
偉大な先人たちが遺した聖武具の威力は込める魔力の量に比例する。
そしてこの聖弓は、帝国随一であると自負するカーラの魔力を際限なく呑み込んでいく。

ほの温かく感じる聖弓が発する聖気にカーラは実感する。

ああ、これこそが最強の力なのだと。

詠うように口ずさむ。
「聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな。今は昔、遥か昔、人を産み、人を見守りし太祖神」

聖なる魔力――”聖気”が集ってくるのがわかる。聖気が、この伝説の武具の本当のちからを引き出してくれる。

『その御名は人が口にすることあたわず、われら卑小なるヒトは御身を敬い奉り』

全身を循環する聖なる魔力・・・・・が、身体能力を引き上げえて心を落ち着かせてくれる。

さらに弦を引き絞っていく。

これから行うことに彼女には罪悪感はない。
なぜならば

(あれはただのコマ。帝国のために役立ってくれればいい)

大切なのは、勇者さまのみ。
ほかは勇者さまのために使うモノ。どう使うかは悩ましかったけれど。
アンリが使えなくなったのは痛いし、まさかアレが立ちはだかるなんて思いもしなかったけれど、それとて勇者さまが目覚め、『神器』が起動すればなにほどもないと確信している。
(そう、神器さえ起動できれば、もはやいかなるものとて手出しは出来なくなる)
そうして神器の主となる彼女によって帝国は救われ、世界・・は、正しき姿へと戻る。

ゆえにこの一撃は救世の一撃――

『御身の慈悲を願いたもう。御身が力の寸毫を卑小なる我が身へと借身を願いたもう』

白く輝く魔力が集い荒れ狂ってひとつの矢となる。それは黄金色に輝き、まさに日輪の輝きを体現する。
つがえ、引き絞る。
大気を揺るがして莫大な魔力が集い、帝国の至宝たる聖武具に神撃の力を与えていく。

(この一撃は、アレには届かない。されど、これこそが帝国を救う、真に救世の一撃――)

集う魔力が、自身の制御限界を超えていることを感じる。
だが、神造武装イ・スンシーの弓は何ほどもないかのように揺らぎすらしない。
紫電が舞い始め、対魔法被膜の施されたローブ表面が溶けていく。濃密な魔力に反応して溶融しているのだ。
それでもなお魔力を込めていく。身体がきしむ。全身の魔力導環がきしむ。額の魔力器官が激しく脈動してきしむ。
心臓もまた動悸が激しくなり、手足の感覚が無くなっていく――魔力制御を寸毫でも誤れば、待つのは死だ。
(命を賭けないで救世を願うほど、このわたくしは傲慢ではありません――!!)
魔力が収束していく黄金色の矢が、輝きを増し増しで神々しそうな気を放ち始める。

「マユさまっ!!! 退いてくださいましっ!!」
(さぁ、これが救世のはじまり。お目覚め下さいませ、勇者さま。そして救世の神器よ――)

濡れた瞳からひとすじのつぶをこぼして。愛した勇者さまを己が手によって救世の道具としてしまう運命を受け入れて。
全ては、帝国/世界のために

「わが聖なる一撃は、捩じれ暴れ狂いて正しき姿へと回帰する――『祝福された神箭矢ゴッド・ブレス・の無慈悲な絶撃オブ・アブソリュート・アロー』」

つがえた”神の破邪滅魔矢”をひょうっと放った。

頬を流れる涙は、慚愧か歓喜か……彼女にも判らなかった。


 ★★★★★★


「マユさま!!  退いてくださいましっ!!」
「オッケーっ!! いま退くわ――」
カーラ姫さまの声。準備が出来たと確信。
神造武装の掃射。怒涛のごとくあらゆる武具を叩きつけ、飛び退く。
そして、最後の神具を掴むべく手を伸ばし――
「マユさまっ・・・・・!!」 カーラの鋭い、まるで悲鳴のような声。

トスッ……

マユの胸に軽い衝撃。視界がぶれた。武具を取ろうとしたが、ぶれたために取りこぼす。
空中を自由落下しながら、見下ろす。
「え?」
呆然とする。みえたのはぽっかりと開いた空虚な黒い穴。そこには・・・・なにもない・・・・・

な、にが――

声が出なかった。


――カーラの放った聖武具が一撃、黄金色に輝く光の矢・・・・・・・
大気を激しくかき混ぜ、黄金色の尾を引きながら突進したそれが黒い少女に命中する寸前、急角度で曲がった・・・・。
まるで反射・・・・・したかのように《・・・・・・》。
その速さのまま、マユの胸を貫いた。

地に墜ちたマユがもんどりうつように地面を転がった。

「――」

震える手を勇者騎のほうに伸ばし、口を開こうとして
黒い砂が崩れるようにして身体が飛散して消えた。

服がばさりと地に落ちた。

















『マ、ユ?』






















さぁ、勇者さま。お目覚め下さいまし。
全ては帝国わたくしのために

救世の聖女は頬にひとすじの雫をながして、祈りを捧げる。



------------------------
一話一殺(いちわいちころ)!
はい、はい、予定通り、予定通り(棒

ちょっと短めですが、きりがいいので今回はここまで。

あいかわらず主人公はなにもしていません、勇者は空気……空気は勇者
なおこの話の経過時間はだいたい二分ぐらい
進みが遅い


次回、ついにスーパーロボット戦闘。ここまで長かった。
ノリノリでキーボード打つ手が滑らないように気を付けて大変です。
そして最終回まであと三話(予定)




[37284] 第六章 滅国の少女騎士 <9>
Name: 森河尚武◆cea74981 ID:c9e50f27
Date: 2015/12/26 23:47
待たれていた方には、たいへん永らくお待たせしました。



----------------------------------------


――ばさり、と服が落ちた。













『マ、ユ?』
聴こえたのは、誰かの声。
それは平坦な、平坦すぎる声。

「そ、そんな……」
誰かの声が聞こえる。


服が墜ちた所には、なにもない。
『――あ』
朝起きれないオレを起こしに来てくれるマユ
朝食を作ってくれる、エプロン姿のマユ
陸上コースをきれいなフォームで疾走するマユ

脳裏にそんな記憶が浮かぶ。

『――あ、ああ』
時には叱って/怒ってくれるマユ。
間違っていると思ったら、はっきりと云ってきた。
時にはしばらく口を利かないこともあった。

――そこには誰もいない。

 取り乱したかのような声が聞こえる。
「うそ……そんな……うそよ……」

――たしかに、そこには”彼女”がいた。見ていたのだ、間違いがない。

『――あ、あ゛あ゛』
一緒に宿題をするマユ
夏のプールで笑うマユ
自治会のお祭り。
浴衣姿ではしゃぎながらわたあめをちぎって口に放り込んでくるマユ

――なによりも


 慄く少女の声が聞こえる
「わたくしの矢が……そんな、まさか」

『――あ、あ゛あ゛ぎぎあ゛あ゛』
小山の上にある神社。
夏の夜空に浮かぶ大輪の花火をみながら――そっと手をつなぐ
耳まで真っ赤になった彼女
夜の闇にまぎれてわからないと思っていただろうけど、自分だってそうだったから

――この胸の奥に開いたまっくろな穴が

『あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!!!!!!!!』
gいgいgちgちGい……
――ちかくで、なにかがきしむ音がする。

 ありえないことが起き、混乱する少女の声が聞こえる。
「|まさか《・・・》、|反射する《・・・・》|なんて《・・・》!!!!」

――底のない、暗く淀むそれから聞こえる、きしむ音。


 罪を告げる少女の声が聞こえる
「そんな、わたくしの矢が、反射されて――」








「マユさまを、貫くなんてっ!!!!!」
悲哀が込められた少女の絶叫

るaあRAaAああ゛――
どこからか、獣の遠吠のような声。

――それは、彼女を失くした喪失を埋めようとしている、心の悲鳴


ああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!!!

――|自分《勇者》の声だった。

轟爆。大地が捲れる。勇者騎の超加速踏込。
残像すら無く、音は後に残して。

『マ・ユ・に!!!!』

巨剣を大上段に構えた勇者騎が瞬きよりもはやく黒い少女の前に居た。
いまさら生じた超音速衝撃波が、|烈風《ジェットストリーム》となってなにもかも噴き飛ばしてしく。

『なにをしたああああああっ!!!!!』

獣の咆哮を上げて、陽光のように焔える巨剣を鉄鎚のごとく叩きつけた
轟曝音。地が音もなく爆砕する。斬撃の余波だけで、水平線の彼方まで。

「防御魔法!!」小隊長が絶叫
「うわぁあああっ!!!」「ぎゃああぁああっ!」
帝国魔法騎士たちが吹っ飛ばされ、宙を舞う。
「退避!! 全力で退避しろぉおお!!」
 土砂で視界が無くなる中、叫びながら率先して勇者騎の後方に回り込もうとする。

超音速衝撃波が捲りあげた大地が崩壊、膨大な土煙が巻き上がり、視界を埋め尽くす。


おさまっていく土煙の向こう側

『っ!!』
黒い少女が、立っていた。
そのすぐ脇に落ちた巨剣が大地を割り深い谷を刻んでいる。
外れた――違う、彼女は剣を裏拳ひとつで弾いただけ。
泡立つ白濁空気、土煙で曇る空、吹き飛んだ森、砕けた大地の上で――|不敵な微笑《アルカイックスマイル》すら浮かべて。

『てめぇええええっ!! 笑ってんじゃねぇっ!!!』
数十条の対人レーザーが乱射される。連続レーザー群が黒い少女を貫く。空間を縦横無尽に刻み尽す。
だが、無傷。
命中しているのに命中していない。等位相連続光は、ただただただ空間を、地を抉って融解させていく。マグマのごとく融けた大地は地獄の様相を見せているというのに、傷一つつかない黒い少女。

もはや言葉すらも惜しい。
ユウキの意思と同時、背面武装ラックより主砲展開

203mm71口径重力加速式レールガン。重力制御による弾頭初速は光速の80パーセント超。
その圧倒的な速度と極大化した質量で目標を叩き潰す対宇宙航行艦用質量砲填兵器。その一撃は、直径数十キロの小惑星を弾き砕く、対人には強力過ぎる威力。
鶏を裂くのに重力子剣をもってするのに近しい。つまり存在した痕跡すら残らない。

重力制御機関稼働率120%、衝撃弾頭装填、チャンバー内重力定数7100G、砲身展開、固定。最高威力最大加速設定――
瞬時に展開稼働開始撃発準備完了、砲口は黒い少女へと照準。
マユの仇――ひとかけらの躊躇もなく即座に引き金を引く。


生じた閃光|よりも《・・・》速く射出される|対事象制御弾《対PXF弾》。
だが|少女は反応《・・・・・》/亜光速を超える初速の扁平弾を、拳でぶち抜いた。
ぶち割られた砲弾が後方に着弾、大轟音とともに大地に深い谷を刻む。

いつ跳んだのか、勇者騎が間合いを取っていた。

『うぉおおおおおおっ!!!!!』

咆哮に込めた”正しき怒り”。
その意思に勇者騎は応じる。支援艦より送り込まれる莫大なエネルギーをも増幅させる|星力転換炉《ジオドライブ》

かつて、汎銀河連盟および銀河超帝国艦隊と敵に回して戦った旧地球人類最強の兵器、その戦闘全開稼働。
空間衝撃音を置き去りにし、金色の彗星が地上に出現する。
その一足は、光を超え。その|一刀打ち《ひとうち》は、星を断つ。
星をも割断する一刀一撃――|だから《・・・》黒い少女は片手で受け止めた。
業火爆。空間構造が爆砕し、鋭い余波が大地を割るがごとく谷を刻む。

掴まれたと知覚した瞬間、須臾置かずユウキは退き/駈けた。
それは、勇者の肉体反応速度をはるかに超えていた。
慣性を無視した超音速起動。あらゆる抵抗を物理演算で打消し/無視して、弧の最短距離を瞬間移動して剣を薙ぐ。
単分子一体成型の巨大剣。
相転移炉と直結した専用時空間制御機関により流動時空間領域を展開する刀身は事象制御を受け付けない。
欠けず、曲がらず、折れず。
破壊するには鏡像反物質による対消滅以外になく、鏡像反物質生成技術を|逸失《ロスト》したこの星では、まさに不壊の断剣――水晶を叩いたような甲高い音が響き、大地が爆発する。音速の300倍以上で奮われた剣、その余波だけで大地を抉り引き剥がしながらふっとばす。余波で地形を変える――それとて、かの人形騎士にすれば児戯にも等しく。まさに伝説の巨人騎士たる圧倒的なパワー。魔装騎士とて一撃で粉砕する斬撃を――黒い少女はいと容易く受け止めていた。
刃を肘と膝で挟み込み、そのまま肢を|落す《・・》。
震脚轟音。

地面が小さなアシガタに陥没、澄んだ壊音――|不壊の刀身《単分子刀身》が|砕けた《・・・》。
力の流れを捻じ曲げられた勇者騎が姿勢を崩す。ユウキが反応できていないため自動姿勢制御、脛を地に滑らして慣性を殺す。
地を這うような低姿勢、胴部が少女に触れんばかりに流れ――黒い少女が、その細い脚を打ち上げた。
生身の少女の蹴り上げなぞ、勇者騎の質量の前には無力、だというのに、不可解な|衝撃《インパクト》。
姿勢補正に入る寸前、極限の一瞬において、少女の蹴り脚が|変化する《・・・・》。
大地が軋む踏込音。横払い蹴り。
絶技でない、だが遥かに超えた、ただ|力任せの《・・・・》蹴りが、巨体を吹っ飛ばす。
盛大に土煙をまき散らしながら大地を転がっていく。

それを見遣りながら彼女が歩き出す。
歩きながら掌を自分の薄い胸に置き――ぐじゅりと|埋め込んだ《・・・・・》。

創造/想像/創像するは刀――一生をかけて修めようとした、幼き理想の象徴

泥沼に沈むように胸の中に腕が呑み込まれていく。
顔色一つ変えず、血の一滴すらもこぼれない。彼女は、もはや普通の人体構造をしていなかった。

それも当然のこと。

彼女は、出来ると決めたならば、必ず出来る。そういう|なにか《・・・》へ変容していた。


|それ《・・》を肉の内より引きずり出す。
ぬらりと現れるは、鮮やかな漆黒をした刀。

決して大きくはない。
二尺三寸、刃紋はなく、反りはほとんどなく、優美でもない。
ただ磨りあげられた刃そのものの、無骨な刀。
それは魂に刻まれた、彼女自身。
あらゆるものによって鍛え上げられ磨き上げられた。理不尽によって鍛えに鍛え、磨りに磨りあげられた、名を失くした少女そのもの。
ゆえにこの世にただ一振り。
その銘を名づけるならば――”この世界全てへの憎悪”。


身の内より引きずり出した刀を血振りし、構えるでもなくただ持って。
周りを見ることもなく、ただ向かっていく――勇者騎へ。

ゆるりと踏み込む。数十メートルをただの一歩で無とし、剣をふわりと揮った。


ユウキの視界が盛大にぶれ、さらには数千にも及ぶ警告が埋め尽くす。
完全遮蔽された操縦室内で、ユウキは激しく掻き回された。
二次装甲重大損傷なし、各部に激烈な異常振動、慣性性よ原因不明、対処開始、一部運動機能に制限……
ただ一振りが数千におよぶ打撃と認識されていた。

とっさに左腕を、迫る黒い少女へ勢いよく振り向けた。
――”護りの左掌”
瞬時展開される光の障壁。八角形に具現化した物理障壁。物理法則を改ざんし、莫大なエネルギーを固体化した物理障壁。
それは熱核兵器がただの一点に集中しても傷一つすらつかないこの世で|最も堅固な壁《ジェリコ》。

幾重にも重ねた防護壁を、踏込んだ少女がただの一刀で十八枚を斬り裂き、返す刀で三十六枚を叩き斬る。
光の壁が十重二十重どころか百を超えて重ねる。
百四十四重ねでもまだ、ただの一刀。
ことごとく一刀で斬りながらなおも迫る。
勇者騎が秒間一那由多を超える物理演算。重力障壁とエネルギー障壁を多層にして空間構造を改変、幾何級数的に重ねて、黒い少女の周囲を覆い尽くす。
重ねられた障壁がまばゆい白のドームと化した。内より響く、破硝音。
彼女が揮う剣戟音。なおも続く戟音。破られてはいないが、それも何時までもつか。だが、ユウキには突破させる気はない。
『無限重力よ!!!』
重力制御|テラグラビトン《一千万G》
地上に|暗黒重力源《ブラックホール》が出現する。
それは光をも捉えて潰す絶対の檻。何者にもその事象境界線を越えること能わず――なのに、いとたやすく切先が貫き空間ごと切り開く。そうして、現れるのは黒い少女。

だめだだめだだめだ。これじゃぁ、だめだ。

驚愕する余裕すら失ってユウキは焦る。
超速の踏み潰し。重力障壁を展開して少女を閉じ込め、それごと踏み潰す。
彼女はくるりと身を回しながら障壁を切り払い、二次装甲を障壁ごと|がりがり《・・・・》と|削って《・・・》みせる。

ユウキは射出した鉄鎚を掴み、叩きつける。
それすらもあざ笑うかのように柄に手をかけてくるりと回避して身軽に跳び越える。空中のそれをめがけて対人レーザーで狙撃するが、あろうことか空中のレーザーを踏み台にして宙を舞い、亜光速弾を避け切り払う。
レーザー、主砲、対人散弾、エネルギー衝撃波と目まぐるしく攻撃を繰り出していく。
そのことごとくが、届いていない。
目まぐるしく動く計器表示、損傷警告、修復情報、照準輝線、補正、運動予測、ありとあらゆる情報がスクリーン上にぶちまけられる。
人間の限界を超えた情報量。だが、彼は苦も無くそれらすべてを理解する。
ゆえに、わかってしまう。

だめだだめだだめだ、これじゃだめだ。どうしてなぜどうしてなぜ。この最強兵器でもまだ足りない届かない。――アレを**セなイ。まユのカTAきがトれなイ。
どウするどうすればイい。
ぜったいになにがあってもあれをコ*す。
デモ足りない。力が足りない。

ただの一刀をもった黒い少女が、勇者騎を追い詰めていく。
主砲、レーザーを見切り、斬り払い、対人散弾を叩き潰し、|恒星焔《太陽フレア》を吹き飛ばす広範囲エネルギー衝撃波を|身体振動衝撃波《ボディソニック》で相殺する。
一歩一歩、近づいていく。

圧倒的と云うのもおこがましいまでの戦力差があるはずだった。星を砕く|機神《バケモノ》が、ひとりの少女ごときに追い詰められていた。

これじゃ届かないコレじゃ届かないこれじゃ届かないこれではあれをコロセナイ――届く手段を、あれをコ*せるものを、絶対にコ*すものが欲シい――――

多連装レーザー掃射に爆雷を織り交ぜた爆砕攻撃。そんなものは意味がないとばかりに爆炎を突き抜けてくるマユのカタキ。

アレを**す力が欲しいアレを**す力が欲しいアレを**す力が欲しいアレ欲しい


右腕部偽装装甲の|爆発散弾《ショットブラスタ》を至近で起爆――その爆発を後方に置き去りにして腕を駈け上り、刺突の構えで頭部を狙う。腕を振って叩き落とし、肩部装甲内の対人レーザーを掃射

アレをぶ**ロす力を――

ひたむきに純粋に無垢なまでに力を請い願う

|莫大な思考の奔流《それしか考えられない》渦巻く中で、|なにかが割れる《天啓降臨》。

――足リなケれバ、他かラ持っテくれバ

巨体が舞い跳び、大きく距離を取った。
置き土産で大量の”|自律機動機雷《時空間破砕型》”をまき散らして一斉起爆。
黒い少女は一度引いた。
時空間構造体再構築に気を取られて。

『うぉおおおおおおおっ!!!!』
咆える。応えるかのように勇者騎もまた咆える。ユウキの感情の高まりに呼応するかのように、背から激しく噴出する黄金の粒子。

それは大気圏を貫く黄金色の巨大な翼のように。
上空に浮かぶ巨大な双胴艦もまた黄金色の粒子を噴出し、それは捩れた円環を形成して太陽のごとく輝く。
黄金の焔を纏い輝く黄金の巨人。それはまさに太陽神の化身、この世界を守護する最強の勇者にふさわしい。

勇者ユウキは、その権能を持って請い願う。

――アレを絶対にコロせる力を!
知らぬはずのそれを|召ぶ《よぶ》。
かたわらの緋色をした聖剣の内に、多色光が激しく明滅する。













重力子反応 有
概念偏向反応 有
時空間制御反応 有
人類意思母体反応 無
…有…有…無……

数千項目における最優先目標判定。
その全てが其れの再顕現を示した。再演算、別人工知能による判定、人工無能による判定etcetc……数万超のあらゆる方法による判定演算
結果、地球を、人類を延々と見守ってきた人工知能群は最優先目標を確認したと判定。

提案:全戦力を持って、殲滅を指令
了承:全戦力を持って、殲滅を許可
了承:全戦力を持って、殲滅を許可
……
全ての最終判定機関が了承。互いに決定の論理を再演算。計算結果の誤差が無きことを確認。
それは、封印・殲滅すべきもの。人類史に残してはならない忌むべきもの。
ゆえに全ての制限解除――いかなる手段をもってしても、それを排除せよ。
排除が不可能と判断された場合、最終手段『恒星系連鎖崩壊連環』の使用許可








『――来いっ、”|全てを救う勇者の従士たち《ALL or Nothing》よ”!!!!!』

天地が悲鳴をあげて鳴動する。
そしてありえない光景を目にする。


「”|第二の月《アルテミスの首飾り》”が……!!」
 生き残っている帝国騎士がそれきに気づきあぜんとする。

昼の天空に突如真円の銀月が出現していた。ありえない。夜に輝く月が昼に現れるなど。それは天地が転倒しようともありえない事態が、起きていた。

銀月の表面に奇怪な線が縦横無尽に迸り、鳴動しながらゆっくりと|割れていく《トランスフォーム》。
出来た狭間に膨大な紫電が奔り、中心の|小さな光球《中心時空回廊》を取り巻く雷光の渦がさらに激しく踊り狂う。

天空のはるか上方、月周回軌道上に秘されていた準惑星級監獄要塞”ヴォーバル・アルカトラズ”が、史上初めて地上人の前にその姿を晒した。あってはならない事態。それは、旧地球人類の最高最悪の罪の証、銀河に在る生命体全てに対する絶対の裏切、永久永劫の罪人を繋ぐ天の牢。

”|第一の欠け月《月》”に匹敵する巨大要塞が稼働開始する。その空前絶後計測不能出力のヒトガタ|無制限動力炉《・・・・・》へ、”それら”が直結される。

凶獣たちが咆哮をあげる。|鎖《稼働制限》は解き放たれた――。

――同時、地上において東西南北の方角、何も無き|空《くう》が、断絶の絶叫とともにひしゃげていく。
天と地の狭間を切り裂くように一直線に黒き光の線が疾る。青空に浮かぶ叢雲のごとくゆらぎ――突如、閃光を発する。
焔光が噴火のごとく溢れ出す四つの|大扉《・・》が|開き《・・》、神威の稲光を纏う|巨大な人影《それ》。


四重連奏の|女幽霊《バンシー》の哭き声のような甲高い音が轟く。

――それは正しく神話の光景。
召喚に応じ、現れたは雷光と焔雲を纏いし”四の巨人”。

東に現れたは、そびえ立つ双塔のような長砲身砲をを背負う翡翠色の巨大な|人形騎士《シルエット》”我が砲撃に砕けぬもの無し”――“砲神”ジェイドブルー・ムーンストライク・オブ・デーモン。

西に現れたは、自分自身よりも大きい巨大銃と多連装銃二基を携えた橙色の巨大な|人形騎士《シルエット》”我が銃弾に撃ち抜けぬもの無し”――“銃神”エキセントリックオレンジ・ビッグガンパレード・オブ・ドラゴン。

南に現れたは、巨大な青竜刀を持ち、古今東西の巨大な剣戟群を背負う総紅色の|人形騎士《シルエット》”我が一打に潰せぬもの無し”――“戟神”ブラッド・ブラッド・クリムゾン・シー・オブ・テンプル。

そして北に現れたは、この世界で最も知られている漆黒の|人形騎士《シルエット》。
両腕に双刀を構えて広げる濡羽色の人形騎士“我が双刀に斬れぬもの無し”――“剣神”ブラック・ウィドー・オブ・デッドエンド

其は、古代から現世にまで数千年にわたる人類史上最強の戦力、この世全ての善悪を超越せし伝説の|四《・》機神。
遥か古の人類が遺せし最強兵器が戦場に舞い降りた。






――絶望的な戦いが、始まる。



------------------


しまつた。コロせてない!!

それはともかく、区切りが良いので今回はここまで。
次回はこんどこそスーパーロボット戦!

たぶんあと二話でこの話も終了。長かったなぁ……


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.27713489532471