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[37700] 【ネタ】魔王になったケイブリス?(鬼畜王ランス 憑依) R-15
Name: 詰んでる◆9a18c428 ID:f547f519
Date: 2013/06/10 04:54
<あらすじ>
ランスが人間界を統一し、バボラを生き埋めにした辺りから始まります。
来水美樹はパイアールによって攫われ、ケイブリスによって殺されてしまう。大陸の絶対者となった魔王ケイブリスは魔人領の統一を図り、その後は人間界への侵攻を目論んでいる……と、
魔王ケイブリスに憑依した人間が周りの者達にそう思わせつつ、ルドラサウムの退屈を紛らわせるようアレコレ対策を練るお話です。


5/27 1話投稿
5/30 2話投稿
6/2 2話を微修正※
6/8 3話投稿
6/10 3話微修正


※コメントのご指摘にあった通り、レイやジークが生きているのは少々おかしい気がしましたので、一度矛盾点を整理し、修正を図ろうかと思います。



[37700] 1話
Name: 詰んでる◆9a18c428 ID:f547f519
Date: 2013/06/02 05:09
 目が覚めたらケイブリスだった。
 文章にすればたったこれだけの事だが、この事実を呑み込むのに一体どれほどの咀嚼を必要としただろうか。

「うーむ、困った」

 クッソでかい玉座にこれまたクッソでかい身体を預け、麗しくも下劣で冒涜的な気品に満ちた声色で一人ごちる。
 今のケイブリスもとい俺は人類を恐れさせる魔人という存在をも畏怖させる魔王である。そう、あの掛け値なし、向かうところ敵なしの魔王である。
 一度過ぎ去った都市は塵すら残らず消失し、生物の悉くを鏖殺する破壊と滅亡の権化。
 男を殺し、女は犯す。大人を、子供を、老人を、家畜を―――あらゆるモノ皆全て魔王の下に平伏し、玩具の如く弄ばれて殺される。
 ケイブリスはそれを容認する。いやむしろ、それをこそ彼は望んでいた。力を渇望し、手に入れて。それを以てして己の最強にして無敵の強さを全ての存在に知らしめる。
 しかし、とどのつまりはたった一つの純粋な願いでしかない。

 カミーラを振り向かせる。彼女に自分を愛してほしい。自分だけを見て欲しい。

 それは少年が抱くような、初心な恋心。しかし、その恋は決して実らないと俺は知ってる。
 なぜか――答えは単純にして明快。誰の目にも明らかな、たった一つのシンプルな答え。

「不細工が夢みてんじゃねーよ」

 ただしイケメンに限る。
 たとえ世界を跨ごうとも、決して変わらない不変の理である。

 この世界の主人公であるランスは、確かにどうしようもないくらい鬼畜で変態で下品で女ったらし――言うまでもなく、外道に片足を突っ込んでるような男だ。
 だが、そんな彼も黙っていればイケメンなのだ。しかも強い。そして稀に見せる優しさが、彼を好く女子の心を鷲掴みにする。
 それに対してケイブリスはどうだろう。強さに関して言えば、現状においてランスなど歯牙にも欠けぬ程に強いだろう。優しさもカミーラに関して言え仏陀も憐憫を覚えるレベルである。ただ、カミーラ以外に対する性格はランスもどん引きするレベルで冷酷残忍極まりない。
 次にルックスだが、これはもう酷い。魔人時代でも相当キツかったのに、今はそのキツイとかキモイを通り越しておぞましいの域に入っている。
 部分的に見れば、カミーラも「ほう……」と感心するだけの気品に満ちているところもある。しかし、そんな感心は全体像を視界に収めた瞬間に不快感へと変わる。

 さっきからケイブリスの悪口ばかり言っているような気もするが、今となってはそれが自虐にしかならないから泣きたくなる。
 しかも彼、もとい俺は同類である魔人たちから異常なまでに嫌われている。いや、その嫌悪感は分からないでもない。けれども、唯一友好的なのがメディウサって、あまりにもひどすぎるでしょう……
 ケイブリスを中心としたケイブリス派。しかしその実態は人類との共存を提唱するホーネットに反感を覚えた魔人たちによる反抗勢力の寄せ集めでしかない。
 一応、武力で勝る俺に従ってくれているみたいだが、腹の中ではきっと一物二物抱えている奴も多数いるだろう。レイ(既に死亡しているようだが)などはかつてのケイブリスが脅迫して連れてきたようだし。

 こうして羅列すれば明らかにケイブリス派が不利で、明確な目標と理念があるホーネット派が有利なようにも見える。だが、実情はむしろ逆。
 ホーネットの幸が薄いのか見る目が無いのか統率力がないのかどうかは知らんが、諸々の事情でホーネット派は戦力が大きく削がれた。今となってはいくら高く見積もっても全盛期の半分程度の力しかないだろう。
 そして、何よりもこれが一番大きい。

 俺/ケイブリスは、魔王になった。
 恐らく/確実に来水美樹を殺して、魔王になってしまった。

「ふひっ」

 ケイブリスらしからぬ卑屈な嗤笑が堪らず漏れる。
 歓喜からくるものでは断じてない。むしろ八方塞がりの状況から来る恐怖感を抑えるための、自己防衛本能に近かった。

「え、なに。どうすんの、どうすんのよ。俺、魔王だよ。ただのパンピーだった俺が魔王とか――」

 恐怖に屈服しそうになる理性に活を入れ、今一度冷静になって考える。これまでの事、これからの事を。

 俺はかつて――今となっては前世と言った方が良いのだろうか――鬼畜王ランスというゲームをプレイした。
 そして、今の俺はそのゲームに出てくる魔王ケイブリスの如き異形をしている。
 夢か幻と否定したいのは山々だが、この全身に滾る圧倒的なまでの暴力が否応なしに非常な現実を突き付け、未だかつて感じたことのない充足感が脳髄を快楽に蕩かせている。
 果たしてこれは現実で、ならば俺が今すべき事は何か。

「決まってる――」

 既に人格は俺になってしまったが、力は元よりケイブリスの記憶も引き継がれてしまっている。
 他人の記憶を知るという行為は極めて客観的であり、まるで映画を見ているような気分にさせる。ケイブリスの記憶はどぎついエログロスプラッター満載で、偶に入るアメ玉のように甘ったるいカミーラとの逢引(相手はガン無視)がそれを中和する極めて不愉快な代物だった。
 気分こそ害したものの、吐瀉物を撒き散らすような愚は犯さなかった。はっきり言ってしまえば如何に実際の出来事と云えど、己の肉眼で見て、感じなければどうという事はないというのが正直な感想だ。


「――ついにやったのねケーちゃん」

 思慮の外から投げ掛けられた言葉に虚を突かれ、自然と身体が強張った。
 その際、軽く握りしめただけで両側の肘掛けが木端微塵に砕けてしまうというアクシデントが起きたが、あくまで俺は泰然とした姿勢で応答する。

「ふん、誰に向かって言ってる。この俺様だぞ? 魔王になれん訳がなかろう」

 そう言って酷薄に嗤ってみせると、へびさんの魔人メディウサは最初こそ身を固くしていたが、やがてうっすらと笑みを浮かべた。
 俺は彼女の様子を見て、ようやく魔王という存在を真に理解した。あの人類をいとも容易く玩弄するメディウサが、それなりに親しいケイブリスであるにも関わらず、緊張して笑み一つ見せるのにも気を使っている。
 恐らくは自身の言葉に呼応するかのようにして俺が肘掛けを壊したからだろう。魔王の顰蹙を買ったとなれば、いかな魔人であろうとも死は免れないから。

「それで、これからどうするの?」
「グヘッ、ヘヘェッ、ギャハァッ、ンなもん決まってるだろうがよォ……」

 しかし、それでも俺はケイブリスを辞める訳にはいかない。
 魔人を全て殺して人類と共に生きる?――実力的に言えば出来る。だが、将来性が皆無だ。ホーネットと組むにせよ、既にケイブリスは来水美樹を殺してしまっている。大陸の覇者であろうランスや美樹を誰よりも大切に想っていた健太郎が許すわけがないだろう。そして、ランスが許さないという事は人類全てが敵に回るという事だ。
 ナイチサのように大陸の生物を死滅させる?――馬鹿げた話だ。実際にそれをやったナイチサの末路を見れば如何に無謀か馬鹿でも理解出来る。
 ジルのように人類総奴隷化を進める?――出来なくはない。この大陸に魔王と対抗出来る存在が事実上皆無なのだから、ある意味では最も容易い手段なのかもしれない。しかし、これはあまりにも凄惨に過ぎる。俺だって死にたくはない。けれど、世界中の人間を虐げてまで生き延びるほど、俺の命が高尚なものだとは思えない。というわけでこれは保留。
 適当に人類の攻撃を往なして引き籠る?――仮にランスや健太郎を抑えきれたと仮定しても、拮抗、膠着状態が続けばいずれは創造主であるルドラサウムが天使の驟雨で以て大陸の掃除に乗り出すだろう。これはある意味、ナイチサの策よりも愚策と言える。何よりもケイブリスらしくない。よって没。

色々と考えたが、俺が折衷案として考えた結果――

「とりあえずはホーネットだぁ。あのクソアマを俺様の前に連れてこい。おっと、魔人の女どもは絶対に壊すんじゃねぇぞ。
 犯さず、壊さず、殺さず持ってこい。アイツらを犯して壊して殺すのは俺様なんだからよォ! ギャハッハァハァハァハァ―――!!」

 魔王ケイブリスを演じつつ、史実に沿って行動しつつ、ルドラサウムの機嫌を損ねず、人類や敵対する魔人からも一時的に恨まれはすれど、遺恨を残さない程度に暴虐の限りを尽くす。
 自分で言っててちょっと意味が分からないし、そんなの実際にやれんのかとも思うが、やるしかないのだ。
 いざとなったらジル大先生の真似事で茶を濁しつつ、とっとと黄金像集めてプランナーに謁見し、以前の肉体の状態で健太郎たちの世界に飛ばしてもらったら終わりなんだ。
 他人の事なんぞついでだ。罪悪感が死への恐怖感に勝っているうちは色々と策を練ってもみるけど、実際に死を間近に感じれば、きっと俺のような小市民は保身に走ってしまう。
 己の命の貴賎なんぞ知ったこっちゃない。死が迫れば生きたいと願い、それを叶えるためには人はどこまでも汚くなれる。この点においてのみ、俺はケイブリス似ているような気がする。

「ホーネットやシルキィで遊んでみたかったんだけど、まぁ、ケーちゃんがそう言うんなら仕方ないわね。
 今回の所はその辺の魔物でも弄っておこうかしら」

「ゲハァッ、お前の場合は今日の所『も』の間違いじゃねぇのかぁ? まァいい、全員に召集を駆けろメディウサ。魔王ケイブリス様の凱旋だぁ! ぶわっはぁはぁはぁ!」

 高らかな哄笑とは裏腹に、俺はこれより始まる魔人とそれに率いられる魔物との戦いに内心ビクビクであった。
 魔物を殺す事に対する罪悪感はあまりないのかもしれない。まぁ、でっかいゴキブリを踏み殺す時にも似た生理的な嫌悪感はどうにも拭えないが。

 ただ一つ、断言できるとすれば。
 俺たちはきっと勝利する。これは俺が強いからでも、ホーネットが弱いからでもない。
 ククルククルより続く魔王というシステムが導きだす必然の理でしかない。魔人は魔王に逆らえない。たったそれだけの、数千年を経ても変わらぬ絶対不変の真実。
 唯一の例外たるガイがどのようにしてジルを打倒し得たのかは非常に気になる所だが、少なくとも俺には魔人が魔王に勝つ方法など想像出来なかった。いざとなれば「俺に従え」と【命令】してしまえばそれで終わりなのだ。

 そういえば、ジルは封印されているもののまだ異界で生きているんだったか。

「いずれは、どうにかせにゃならんな……」

「ん、どうかしたのケーちゃん?」

「フン、何でもない。というか、そのケーちゃんって呼び方はもうやめろ。俺様は魔王になったんだ。ちゃんと魔王様と呼べ、魔王様と」

「はいはい畏まりましたマオーサマ」

 既にメディウサに当初のような緊張感はないようだった。俺に対する態度は普段のそれに戻り、口調も非常に滑らかだ。
 何だかんだいって以前のケイブリスと嗜好が合い、それなりに良好な関係を築いていたメディウサだからこそ出来る態度なのだろう。

「ケッ、もうちっと俺様を敬えってんだ」

 俺の愚痴を背に、メディウサは手をプラプラと振りながら玉座の間を後にした。

「―――ふぅ」

 そうして彼女が去ってから数分後、よくやく俺は肩の力を抜いた。

「ははっ、マジで鬼畜王ランスでやんの」

 現実なのだと断定しながら、心のどこかで夢なんじゃないかと疑っていた。
 けれど、俺はメディウサという存在を通して、ようやく此処が鬼畜王ランスの世界なのだと改めて実感した。

「ふひっ」

魔王って自殺出来るのかな。
別方向に気持ちの悪い笑いを漏らしつつ、そんな益体も無い事をメディウサ達がやってくるまでずっと考えていた。







あとがき
意外とやってそうでやっていなかった魔王ケイブリス憑依もの。ちょっと思い付いたので一発モノとして上げてみました
実際問題、開き直ってしまえば無双出来ていいんでしょうが、まぁそこはそれなりに倫理観を持ってる小市民って事で一つ
しかし数年前の記憶を掘り出して書くという作業がこれほどしんどいとは思いませんでした。また時間があったらやった方がいいのかなorz

追記
題名ちょっと替えときました。



[37700] 2話
Name: 詰んでる◆9a18c428 ID:f547f519
Date: 2013/06/20 12:56
 メディウサに全員を召集するよう通達してから一日と経っていないにも関わらず、ケイブリス派に属する魔人は一人の例外も出すことなく勢揃いした。
 ケイブリス城の玉座の間――総勢九名の魔人達が片膝をついて頭を垂れる様は圧巻というか、荘重である。なぜか罪悪感を覚える程度には。
 今すぐ「すいません調子に乗りました」とか言って逃げ出したい気持ちになるが、そんな事をしたら色々あってアベルのような末路を辿りかねないので、己を鼓舞して踏ん反り返る。

「フン。遅刻するような間抜けがいやがったら見せしめとして俺様直々にブチ殺してやろうかとも思ったが。
 ゲェハッ、テメェらの厚い忠誠心を目の当たりに出来て俺様は感動感激感無量ってヤツだぁなァ。嬉しすぎてナミダがチョチョ切れそうだぜェ、ギャハァハァハァッ!」

 特に時間指定もしていないのだから遅刻も何も無いのだが、とりあえず魔王としての威厳を出すために適当な事を云って嗤う。
 かなり品行下劣な言い回しではあるが、これは相対的な力関係を背景に行う通過儀礼のようなものである。一種の洗脳になるのだろうか。
 絶望的なまでに強い相手が高圧的な態度で以て臨めば、弱者はただ平伏すしかない。稀に反抗するような者もいるが、そういう奴は身を以て分からせてやればいい。
 今回は俺の力が強すぎたのか、それとも皆が従順なのかは知らないが、特に『誰か』を血祭りにあげるようなデモンストレーションはやらずに済んだ。正直、ホッとしている。

「今回あえて集めたのは他でもねェ。この俺様の姿を見て、感じて欲しかったのよ。魔王ってのがどういうモンなのかをなァ――!」

 玉座から立ち上がり、身体の奥底より無尽蔵に湧き上がる力の一部を開放した。
 その瞬間、俺と魔人達を内側に包み混んだ旋風がとぐろを巻くようにして大気を震撼させた。やがてそれは暴風となって荒れ狂い、城の壁を、天井を、ケイブリス城の全てを嬲るようにして駆け回る。その様は正に狂乱の如く、主の正鵠を射たとばかりに唸りを上げる烈風は、収まるどころか加速度的にその風力を上げていく。
 既にして玉座は俺の全身を包むドス黒い瘴気の如き魔力の放出に耐え切れず、砂塵となって消え失せていた。

「ギャハゲェハァハァハァ! これで分かったろうがよ! 誰が魔王に相応しいかってのがよォ!」

 瓦礫の山と化したケイブリス城の残骸の中で、俺は天に輝く満月を睨んで咆哮する。
 眼前の魔人どもに。遥か彼方の人間の国にいるであろう二匹の魔人に。そして、魔王城に向かって――

「あんな弱っちい人間が魔王? 有り得ねェ! なら人間なんぞと仲良くなりたがってる甘ちゃんのホーネットか? それも違う!」

 天から地へと視線を戻し、未だ平伏している魔人達を睥睨する。念の為、瓦礫が彼らに当たらないよう調整しておいたので、俺と彼らの周りだけは残骸の一つもなく綺麗なままだった。
 平静を装っているようだが、感情の起伏に差異はあれど皆例外なく俺の力に驚嘆しているのは容易く察する事が出来た。
 やはりデモンストレーションをやっておいて良かった。カミーラやサイゼル辺りはいつ裏切るか分かったものじゃないからな。ありがとうケイブリス城、君の犠牲は無駄じゃなかったよ。

「俺様だ! 俺様だけが魔王になる資格があるんだ! 違うかテメェら!」

「その通り。ケイブリス様こそ最も魔王に相応しき至高の御方」

 最初に返事をしたのはパイアールであった。面を上げ、恭しい口調でケイブリスという魔王の誕生を礼讃する。
 やがてそれに呼応するかのように、メディウサが、ケッセルリンクが、レッドアイが―――傲然と振る舞う俺に賛辞を送った。
 そして、残るは――

「カ、カ、カミーラ……さんも、何か俺様に言う事は、なっ、ないかな?」

「ふん……」

 とりあえず「魔王になったからちょっとだけ強気に出るぜ!……駄目だったぜ!」みたいな感じのケイブリスを想像してやってみたが……案の定、帰って来たのは普段と変わらぬ冷然とした対応だった。
 さて、ここからどうしようか。ここで彼女を許すというのはケイブリスらしいと言えばらしいのかもしれない。だが、既にしてケイブリスは魔王。あらゆる生物の頂点に立つ存在だ。カミーラに並ぶ男となるべく努力し、そうして昇りつめた果てに得たものがこの返事では、流石のケイブリスもプッツンすると考えるのが妥当か。
それに何より、ここで言質を取っていた方が、後で色々とやりやすくなる。なので此処は強気に攻めるとしよう。

「カ、カミーラさん? ぉ、俺様、いや僕は貴女にずっと尽くしてきました。ずっとずっと、貴女のために色んな事をして。ずっとずっとずっと、貴女だけを想って、手紙も、書いて……けど、カミーラさんは一通も返事をくれなくて。いやっ、その事を責めているわけじゃないんだよ本当だよ? ただ、ただ―――」

 何だかストーカーが好きな子に振り向いてもらえず逆ギレするみたいな感じになってるが、実際問題そんな感じの関係だから始末に負えない。

「ぼ、僕は貴女に振り向いてもらうためにいっぱいいっぱい努力しました。必死に必死に頑張って、それで、こうして魔王になったんです。カミーラさん、今の僕はこの世界の誰よりも強いんだよ? なのに、なんで……どうして僕を好きになってくれないんですか?」

 空気が凍ったような気がした。いや、俺がそういう風に仕向けた。
 凍らせたのはカミーラを含む主に空気が読める魔人。色恋沙汰に興味のないガルティアも、尋常でない雰囲気に己の空腹も我慢し、口を噤んでいるようだった。

「ねぇ、答えてよカミーラさん。ねぇ……なぁ………おい。答えろよ――カミーラ」

 子供が母親の顔色を窺うような、甘えるような言葉使いは次第にケイブリス本来のモノへと変わっていく。
 恐らくは初めてであろうケイブリスがカミーラを呼び捨てにする様を見て、我関せずを貫いていた魔人達が一斉に顔を上げていた。その面貌に驚愕と焦燥の色を張り付けて。
 やがてカミーラの隣に傅いていたケッセルリンクが一層焦りの色を濃くして何やら彼女に囁き始めた。説得を試みているのだろうが、当の本人は深紅の絨毯を親の敵のように睨みつけたまま一顧だにしていない。よく見れば、カミーラの身体が僅かながら震えていた。果たして、それは如何な感情に起因する内面の発露なのだろうか。

「…………」

 沈黙を貫くカミーラの心情が手に取るように理解出来た。
 強者が弱者の心情を推し量る時、大凡にして相手の経歴やら何やらを知る必要など皆無だ。強者に脅される弱者の心の機微というのは、心理学に疎い人間でもそれなりに推し量る事が出来てしまう。

 黙して耐える彼女の姿に、大きく揺らぐ天秤が見える。
 誇りに殉ずる死か、屈辱の果てにある生か。
 日々を頽廃的に生きている彼女であっても、どうやら命は己が誇りを天秤に掛け得るだけの価値があるようだ。

 一先ずホッとする。この茶番をやっておいて正解だった。

「なんちゃって。ごめんねカミーラさん、こんなのみんなの前じゃあ答えにくいもんね。流石の俺様もコイツらの前で告白されちゃうのはちょっと恥ずかしいしなァ! ギャハァハァハァッ!」

「そ、うだな……」

 振り絞るような声だった。想像を絶する屈辱なのだろう、硬く握りしめられた彼女の右手からは血が滴っている。
 聞き逃しそうな程にか細い声量であったが、残念ながら俺の耳は彼女の相槌を聞き逃さなかった。

「うん、うんっ、そうですよねカミーラさん分かっておりますとも! いや、俺様はぜぇーんぜん分かっていなかった。自分の事ばかり考えて、カミーラさんの気持ちを考えていなかった。ごめんなさいカミーラさん。こんな見せ物みたいなのは嫌ですよね?」

「……あぁ。それに出来る事なら、もう少しだけ考える時間が欲しい」

 狙い通りの回答に、思わず口元が吊り上がりそうになった。
 それを自制し、あくまでも「カミーラに夢中のちょっとお馬鹿、だけど魔王になって強くなったんだからグイグイ行くぜ」なケイブリスを演じる。

「そ、そうですよね! 大事なコトですもんね! なら取り敢えず、うーんそうだなぁ――あぁそうだ! ホーネットのクソ共をブチ殺した後っていうのはどうですか?」

「……それでは早すぎる」

「ねぇ、カミーラさん。僕が貴女を好きになって、貴女に手紙を送ったその日から今まで、一体どれだけの時間が経っていると思います?」

「…………」

 カミーラにしてみれば、そんなもん知ったこっちゃないだろう。
 しかし、それを言っている相手は魔王なのだ。如何な暴論も、圧倒する力によって罷り通らせる事が出来てしまう。

「――でも心配ないですよ。ゆーっくり、じわじわと、ボロボロのグチャグチャのメタンメタンになるまで遊んでやりますから。ですから、カミーラさんが考えているほど早くはないと思いますよ。グェヘッ、ヘハァヒヘェ、ギャハハァッ!」

 陰惨に嗤う俺の言葉に、最も強い反応を示したのはサイゼルであった。
 先ほどから微動すらせず、沈痛な面持ちのまま一寸前のカミーラのように絨毯を見つめている。しかし、その双眸に彼女のような苛烈さはなく、むしろ悲愴感に満ちていた。
 さて、もういいだろう。望む答えは得られた。これ以上は蛇足に過ぎない。

「さぁてェ、そろそろ行くとしようかァ! 遮るクソも抗うダニも、みんなみぃんなブチ殺せ! そんで会いに行こうじゃねぇか。
 魔王城でビクビク震えて待ってるホーネットサマによォ!! ギャハッ、ぶわぁはぁはぁははははァ!!」

 魔人が一斉に立ち上がる。数人はどこか顔色が優れないものの、そんなものは些事でしかない。
 取り敢えず、心の中だけでも謝っておこう。ホーネットさんごめんなさい。





- - - - -





 魔王の凱旋は予想以上に容易であった。
 俺の姿を視界に収めただけで魔物達は逃走か隷従を選択した。抗う者が一人もいない現状に拍子抜けし、肩透かしを食らってしまった。
 魔王城までの道のりに魔人が一人もいなかったのは、恐らく魔王による【命令】を警戒しての事だろう。
 そもそもにして敵方に魔王が生まれた以上、中枢の人材が魔人でのみ構成されているホーネット派にはどうする事も出来ない。

「これならわざわざお前らを呼ぶ必要なんてなかったな。それにしてもホーネットがここまで腰抜け腑抜けの間抜け野郎だとは思わなかったぜ。
 マァ仕方ねぇわなァ。なんたって俺様は魔王様なわけだからよぅ。たかが魔人風情が敵う相手じゃあねぇって事だわなァ! アギャハァハァハァハァ!」

 彼方に見え始めた魔王城。果たしてそこに籠城する住人に、この下劣な哄笑は届いているだろうか。
 俺の背後には九人の魔人が控え、その後ろには数十万の魔物が隊列を組む事もなくバラバラに前進している。上空から眺めればさぞ圧巻だろう。

「あーもうめんどくせぇや。おい、俺様は先に行って連中をコマしとくからよォ、テメェらは適当にぶらぶらやっててくれや。何ならもう帰ってもいいぜ」

「ハァ!? ちょ――」

 抗議の声を上げようとしたメディウサの姿が掻き消える。いや、正確には彼女達の前から俺が消えたのだ。
 空間転移――魔王が使える非常に高度な魔法の一つである。向かう先は無論、決まっている。
 刹那の暗転を経た後、俺の視界に飛び込んできたのは少しばかり悄然とした面持ちではあるものの、その双眸に強い意志を秘めたホーネットの姿であった。この絶望的な状況にあってもなお揺るがぬその信念と覇気は敵ながら敬服に値する。

「――よォ、意外と元気そうじゃあねェか。部屋の隅でガタガタ震えて死んだ親父にでも泣いて縋ってんのかと思ってたぜ」
 
「ケイブリス……!」

「あァ? なぁに気安く呼んでんだ。魔王様、だろうが」

 転移した先は魔王城の玉座の間であったようだ。
 ケイブリス城にある玉座の間よりも広く造られた室内。その中においてホーネットは仲間も配下もなく、たった一人で佇んでいた。まるで、俺を待っていたかのように。

 俺の想定通りにホーネットが聡明ならば、ケイブリスが空間転移で以て直接城に乗り込んでくるのは予想していただろう。
 そして何より、己の敗北が既に必然となってしまっている事も理解しているはず。そういう状況に際しては彼女、というよりも、情に厚い敗軍の将が取る選択肢は限られてくる。
 それを考慮したうえで最もケイブリスらしい発言、行動を取りつつ、しかし彼女らの身の安全も確保する。俺としては、そうした展開が最も望ましい。

「二択だ、選ばせてやるよ。今死ぬのと、後で死ぬの。ドッチガイイ?」

 抵抗は己の寿命を縮めるだけだと悟ったのか、ホーネットはその場に片膝を突いて臣下の礼を取った。
 敵対勢力の長が魔王として眼前に現れ、今まさに自身の生殺与奪を握っているという絶望的な状況にも関わらず、ホーネットの顔には恐怖の色が微塵も見えない。かといって、この現状を諦観している訳でもなかった。
 気品に満ち、知性に溢れ、思慮の深さを想わせる女。それは今も絶えず、変わらず、色褪せず、それがより一層彼女という存在を優美で気高きものへと昇華させていた。

「……早々に殺してしまっては魔王様の気も収まらないのでは?」

「カヘッ、ギャハァハハァッ、なんだテメェ! 俺様に嬲られてぇのかよ!」

「それを魔王様がお望みならば」

 淀みも濁りもない朗々とした口調で、ホーネットは言う。
 俺に玩弄され、汚辱に塗れることを是として受け入れると、そう彼女はのたまったのだ。

「……ふへっ、ぶわぁはぁはぁはァハハァハァハハハハハハァハァ! どうやらテメェにも理解出来たらしいなァ、俺様の偉大さってヤツがよォ! ギャハァハァハァハァハァ!」

 己の末路を受容し、決意を固めているホーネットの揺らぎない精神に、俺は態度にこそ出さないものの酷く狼狽えた。
 これでは不味い。このままでは俺は彼女を犯さなければならなくなる。それはそれでオイシイ思いが出来るといえばそうなのだが、長期的なスパンで見ればどう考えてもホーネットを犯すのは悪手だ。というか、どれだけ手心を加えても俺が犯れば「ひぎぃ」などというレベルでは済まない事は確定的に明らかである。
 かといって此処でホーネットを無条件で迎え入れるというのは非常に難しい。女性に寛大なケッセルリンクや特に興味の無いガルティア辺りはどうとでもなるが、レッドアイやメディウサといった連中と彼女が衝突するのは火を見るよりも明らかだ。
 【命令】して利用するという手も無きにしもあらずだが、ホーネットはジルを殺したあのガイの娘だ。獅子身中の虫はいずれ俺に災厄を齎しかねない。しかし、だからといって殺したりすればもっとヤバイ事になるだろう。
 穏健派たる彼女を血祭りに上げるという事は、真の意味で魔人達のストッパーが消滅する事を意味する。ケイブリスは残虐非道な魔王だ。人間を庇うような真似をするというのは過去の所業を鑑みた場合、絶対に有り得ない。仮に魔人達には【命令】でゴリ押し、こちらから人間への不可侵を貫いたとしても、人間側の大将であるランスと復讐の虜となった健太郎が必ず俺の首を取りに来る。
 そうなったが最後、魔人達は一人残らず駆逐されるだろう。けれど、それでも彼らには俺を殺す事が出来ない。という事はつまり、俺が彼らを殺すしか道は無くなる。出来ればそれは勘弁願いたい。魔物ならともかく、殺人は少々ハードルが高すぎる。
 こんなデカイ図体で逃げ回るクソもないが、仮に逃げ切れたとしても、平和と安寧が齎された世界にルドラサウムは何の興味も抱かない。それは即ち、世界の終わりを意味する。

 そういう諸々の事情を考慮した結果、ホーネットには死んでもらっては困るのだ。彼女にはまだ利用価値がある。

「まァそれはそうと、シルキィとハウゼルはどーした?」

「それは……」

「【答えろよホーネット】」

「ッ、サテラ達の許に行かせました」

 魔人は魔王に逆らえない。その現実を実感し、ホーネットは形のよい眉を沈痛に顰めた。

「【何処だよそりゃあ?】」

「リーザスと、聞いております」

 やはり歴史は順当に進んでいたようだ。
 しかし、シルキィやハウゼルが逃げたというのは予想外だった。恐らくはホーネットに上手く言い包められたのだろう。

「ギャハッ、なんだぁそれはァ! ンなことォして俺様から逃げ切れるとでも思ってんのかぁ!?
 甘ぇ甘ェアマすぎだぜホーネットちゃんよォ! ゲェハァハハハァハァハァ!」

 解せない答えだった。
 魔人筆頭であるホーネットがよもや魔王の強制力を知らない訳がない。
 下手な抵抗や逃亡を謀ったところで、そんなものは魔王の【命令】の前には児戯にも等しい抵抗でしかないのだ。
 そのような全く以て意味に乏しい策をホーネットが取るとは考えにくい。悪足掻きをするよりも無抵抗を貫き、少しでも相手の心情を良くするよう心掛けた方が幾分もマシなような気がするのだが。
 しかし相手があのケイブリスという事を考慮すれば、どれだけ心証を良くしても嬲られる時間の長短が変化するだけと取られても仕方がない。しかも、そうした末に待っているのは犯され、壊された上での死でしかない。ゆえにこそ、ホーネットも苦肉の策に一縷の望みを託したのだろうか。

「【何時、此処を発ったんだ?】」

「魔王様が覚醒なされたのと同時期でしたので、二日前と記憶しております」

「二日、二日ねぇ……」

 魔人である彼女達なら、48時間もあればリーザスまで軽く往けるだろう。
 しかしそんなものは無意味だ。大陸に生きるあらゆる生物が束になって掛ったところで、魔王には絶対に敵わない。いずれはリーザスにまで手を伸ばし、落ち延びた魔人を嬲り殺す。
 無敵結界の無かったククルククルやアベルの頃とは話が違うのだ。

「俺様はな、オマエが、ナニを、ダレに伝えたかなんぞどーだっていいんだよ。今の俺様の関心はたった一つだ」

 触手の一つでホーネットの顎先に触れ、強引に顔をこちらへと向けさせる。必然として彼女の黄金色の瞳が俺を見据えた。
 刹那、俺は今まで感じた事が無い程の、激烈なまでの欲情をホーネットに感じてしまった。その事実に嫌悪を覚えながら、しかし自分はケイブリスだからという免罪符を掲げてその愉悦を受容する。

「テメェを、シルキィを、ハウゼルを、サテラを、どう嬲ってやろうか……グェヘハハァハァハァ! 考えるだけでおっ勃っちまいそうだぜェ!」

「……私だけ、という訳にはいかないのですか?」

「そうする理由がねぇな」

 だから考えろ。大切な友人を守りたいと思うなら、必死にその頭で考えて最善の結果を手繰り寄せろ。
 聡明な貴女ならやれるはずだ。こんなリスの化物なんぞ容易く論破してみせてくれ。

「命乞いする時のコツってのは二つある。一つは命を握ってる野郎を愉しませる事。もう一つは、ソイツを納得させる理由を述べる事だ。今のテメェはまだ、そのどちらも満たしてねェ」

 興が乗り、嗜虐的な気分で以てホーネットを見据える。
 これほどまでに美しい女性を屈服させているという現実が、俺の心に一種の陶酔感を引き起こさせていた。
 本来の目的を忘れてはいないものの、少しくらい遊んでもいいのではないかという誘惑が俺の理性をじわじわと侵し始める。

「さあ、此処が正念場だぜ魔人筆頭。踊って見せろよ……俺様が、貴様らを助ける義理がどこにある?」

 ホーネットは目を瞑り、自身の心を静めるように深く息を吸い込み、吐き出した。
 そうして開かれた双眸には、確固とした自信と深遠の知慮が窺えた。

「――勇者、と呼ばれる存在を御存知でしょうか?」

「あ?」

 ククルククルの代より生き続ける最古の魔人ケイブリスが、その名を知らぬ訳がない。
 かつて、ナイチサという魔王がいた。ナイチサは歴代の魔王の中でも最も魔王らしい、ゆえに人間にとっては最悪の存在であった。最も、後にその最悪を遥かに凌ぐ残虐無比にして史上最悪と名高い魔王ジルが生まれる事になるのだが、それはまだ先の話だ。しかし、そのジルをして単純な人間の殺害数はナイチサの時代に大きく劣る。
 刹那的な快楽に溺れ、世界を人間の死で飽和させたナイチサ。そうして彼は、遂に勇者の台頭を許してしまう。その因果は報いとなって、ナイチサの寿命を大きく削るに到ったのだ。

 当時、ナイチサは勇者という存在自体を知らなかった。
 そもそも、勇者は魔王スラルが超神プランナーに謁見し、無敵結界を手に入れた事で生まれた『システム』である。魔王、魔人への攻撃手段を失った脆弱な人間達が容易く滅ぼされぬよう、全ては己が主―ルドラサウム―を愉しませるべく取り入れた仕様。まるで、というより正にゲームバランスの調整である。
 スラルの後を引き継いだナイチサは、その事実を知らなかった。当然だろう、その時代、大陸に生きる全ての者達は勇者という存在すら認知していなかったのだから。
 勇者に敗れたナイチサは、後継者たるジルに勇者システムの危険性と対策法を伝え、表舞台から姿を消した。

 魔王にしてみれば忘れようとも忘れられぬ忌々しくも恐ろしい記憶だが、話の流れとしては知らないで通した方がよさそうだ。ここはケイブリスのキャラを上手く利用させてもらおう。

「あー、そんなヤツもいたっけか……? んでぇ、それがどうしたよ」

「魔王様は元より、魔王様の幕下におられる方々の中には人間を軽視する者も少なからずいると聞き及んでおりますが、いかがでしょう?」

「当たり前じゃねぇか。人間なんざその辺を這ってるアリンコみてぇなモンだろうが。ウジャウジャいる所もそっくりだしよ」

 メディウサ、レッドアイは間違いなく人類にとって害悪でしかない。同情の余地も無い事はないカイトも、他人にしてみれば迷惑以上の何物でもない。
 パイアールは姉のためなら何だってするという、ある意味ではレッドアイ、メディウサに比肩する危うさを持つ。
 逆に比較的まともと言えるのはレイ、ガルティアぐらいか。バボラも単体では無害といえば無害であるし、ケッセルリンクも人間を嫌悪しているとはいえ、自身から積極的に殺そうとはしないタイプだ。
 ジークは紳士的で物腰は柔らかいものの、ホーネットではなく俺なんぞを支持する時点でまともとは言い難い。しかし、ケッセルリンクと同様に魔人達がホーネットの意見を呑みさえすれば、自身もそれに追従する姿勢を見せるだろう。
 カミーラ、ラ・サイゼル辺りは人間を正しく虫けら同様に思っている。魔人としては正しい価値観なのだが、やはりこれも人類にすれば堪ったものではない。不幸中の幸いなのは、両者ともに人間なんぞどうだっていいと思っている事だろうか。カミーラは頽廃的な性格から来る無関心で、サイゼルは自身の目的の邪魔をしなければどうでもいいという至極真っ当な理由で。
 ワーグは、どうだろう。一応は無害なのだろうが、その能力は非常に危うい。感性も魔人というよりはルドラサウムに近いものがある。

「つーかよぉ、それはテメェん所だって同じなんじゃねぇのか。むしろ、人間なんぞを庇い立てするオマエの方が余程稀少に見えるんだがな」

「仰る通り、そうなのかもしれません。ですが、だからこそ我々には利用価値があるのではないでしょうか」

「ほぉ……言ってみろよ、その利用価値ってヤツを」

「魔王様は大陸を統治するに当って、最も憂慮すべき懸案事項は一つ――勇者の覚醒です」

「あァ……」

 たった今、思いだした風を装いながら、相槌に鬱屈とした気分を乗せて続きを促す。
 こちらの意を察したホーネットによって語られる講釈を聴きながら、俺は背後にあった玉座へと腰を下ろした。

「御承知かと思われますが、勇者の覚醒には条件があり、それを満たす毎に本来の力が解放されます」

「条件ってぇのはたしか、10%で勇者の武器が解禁、30%で魔人に匹敵する力、50%でようやく魔王を殺せるレベルになるんだったか」

 目を瞑り、指でこめかみを押さえる。
 そうして出来の悪い脳みそからひり出した知識を披露していると、ホーネットから予想外の答えが返ってきた。

「――そう、なのですか?」

「……は?」

 明晰な頭脳を持つ聡明な彼女より、まさかそのような問いが返ってくるとは夢にも思っていなかった。
 想定していたどの答えとも違う埒外の回答に俺は呆然としつつ、半ば素の混じった声を上げて彼女を見やる。
 対する彼女も俺と同じく呆気に取られ、その精緻なまでに整った美貌を驚嘆の色に染めていた。

 そんな彼女の様相を見て、ようやく俺は自身が失態を犯した事実に気が付いた。
 知らないのは当たり前だ。彼女が知っているのは『人間を殺し過ぎれば勇者が覚醒する』という極めてアバウトな情報に過ぎない。
 なぜなら、勇者という存在を実感したナイチサ自体が、一々自分の殺した人間の数だとか割合だとかを調べるような奴ではないからだ。

「なんだぁテメェ、ンなことも知らなかったのかよ。魔人筆頭が聞いて呆れるぜェギャハァハァハァハァ! まァ、いいさ。続けろよ」

「……勇者の覚醒を止める方法はたった一つしかございません」

 適当に見下し、豪快に笑って誤魔化すという愚策を突発的に取った俺に対し、ホーネットは僅かな沈黙を置いて話を再開した。 

「人間を殺し過ぎるな、ってか?」

「はい。度が過ぎれば、いずれ自身の首を絞める事になるかと」

「あぁはいはい分かったよ、分かりましたとも。だがよぉ、ホーネット。それがテメェらを助ける理由と、一体何の関係がある?」

 既に答えは出ていたが、あえてこの蛇足を続ける。
 俺と彼女だけの関係ならば意味はないが、俺にはケイブリス派の長としての顔が、彼女にはホーネット派の長としての顔がある。
 建前としては、ケイブリスはホーネットに温情を与えるのではなく、あくまでも利用するために生かしているのだと、そう皆に納得させなければならない。
 そういう意味合いにおいても、この諧謔じみた問答は必要な作業であった。

「単刀直入に申しますが、魔王様の派閥に属する魔人の皆様方は、人間を殺す術には長けていても、人間を統治する能力は乏しいかと思われます。無論、例外の方もおられますが」

「…………」

 ぐうの音も出ないくらい正論だった。

「魔王様が命令すれば、魔人達は殺人を止めざるを得ないでしょう。ですが、その魔人の手足となって働く魔物達はどうでしょう?」

「無理だな。流石の俺様でも、一々木端の魔物なんぞ気に掛けていられねぇ」

「魔王様は、いずれは全ての人間国家を征服する御算用なのでしょうが、そうなった場合、確実に勇者が復活することを此処に断言しておきましょう」

「だから、オマエを――いや、オマエラを使えと?」

「はい」

 ホーネットの目に揺らぎは無かった。

「……いいだろう、命だけは助けてやる。だがなァ、それでテメェらを嬲っちゃならねぇってコトにはならない筈だぜぇ?」

「――シルキィは気丈なように見えてその実、精神的にやや脆い所がございます。それは恐らく、サテラも同様でしょう。
 ハウゼルに手を出せば、魔王様の陣営におられるサイゼルが精神を病む可能性も否定出来ません」

「俺様は別に構わねぇぜ。犯したヤツがどーなろーが知らねェよ」

「そういう訳にも参りません。魔王様は普通の男性とは一線を画しておられます。そのような方が満たされるまで相手を求めるとなれば―――」

「ブッ壊れちまうだろーな。だから、それがどうしたってんだよ?」

「実務に、支障を来しかねません」

 俺の陣営で能力があり、かつ使えそうな奴はケッセルリンクくらいだろう。カイトは微妙な線だ。ジークがいれば良かったのだが、どうやらアイツはカオスの件でランスに殺されてしまっているようだし。
 対してホーネット側はメガラスを除く全ての魔人が使える。唯一難がありそうなサテラも、こちらの連中に比べれば全然やれるレベルだ。何よりも、人間を無暗やたらに殺さないというのが大きい。

「…………ハ」

 堪らず、笑みが零れた。
 ホーネット自身、理由付けとしてはやや弱いと見ているだろう。だが、俺としては十分だった。
 あの状況から恐怖に屈せず、これだけの言葉を並べたてられるその知性、胆力、利発な頭脳。何もかもが俺の理想通りの方だった。

「ギィヒハハァ、ぶわぁはぁはぁははぁはぁはぁ! いいぜ、いいだろう。認めてやるよ。貴様らを使ってやる」

「――魔王様の恩情、心より痛み入ります」

「ああ存分に感謝しろ。だがな、自由にさせるのは二人までだ。メガラスは、まァいいだろう。ホーネット、シルキィ、ハウゼル、サテラ――この四人の内、二人は魔王城で謹慎してもらう事になるが、それは構わねぇよなぁ?」

「……御随意に」

「安心しろや。別に手を出したりしねぇよ。テメェらが俺様を裏切らない限りはなァ、ギヒッ、ヒャハァッ、ギャハァハァハァハハハハァハァハァハハァハァ―――!!」

 玉座の間に響き渡る哄笑が中々どうして心地よい。
 非常に穿った方法ではあるが、一先ずはホーネット達の身の安全は確保出来た。
 後はメディウサ辺りが色々言ってくるのをどう誤魔化し、茶を濁すかだが……今はただ、この場を凌いでくれたホーネットに感謝しよう。


 しばらくして、ケイブリス派に属する面々が玉座の間へと集まった。カミーラを除いて。













あとがき
なんとなく続けてしまいました
久しぶりに鬼畜王ランスをダウンロードしてやろうとしたら色々バグってて挫折してしまったorz
キャラの口調や設定など、おかしい点がございましたらアドバイス下さい。お願いします



[37700] 3話
Name: 詰んでる◆9a18c428 ID:f547f519
Date: 2013/06/10 04:53
 ホーネットを使う。
 その一言を口にした瞬間、玉座の間に集った魔人の大半が驚愕の色を露わにした。特にメディウサやレッドアイなどはその趣味嗜好から、それがより顕著であった。

「ちょっとケーちゃん、本気なの?」

 玉座に背を預ける俺の眼下で傅くホーネット。メディウサはそんな彼女に酷薄な視線で一瞥をくれた後、いの一番に抗議の声を上げた。
 折角の凱旋に水を差されたと言わんばかりの彼女の発言に概ね同意らしいレッドアイも、独特な言い回しで以て俺に進言する。

「ホーネットは非常にデンジャー! だからココでキルするのがイチバン! ケイブリスが出来ないならミーが代わりにキルしてあげまショーか?」

 剣呑な気配を滲ませているレッドアイの右手に、常軌を逸した魔力の奔流が集束する。彼の右腕を覆う充溢した魔力の揺らぎは、さながら灼熱の地平線に見る陽炎のようだ。
 魔法に対する知識に乏しい俺でも、あれほどの魔力を運用して放たれる魔法攻撃を食らえば、相応の術者でも一撃で瀕死になるだろう事は十分に理解出来た。
 手加減というものを知らないレッドアイの短絡的な殺意の波動に、しかしホーネットは臆する事もなく、ただ俺へと頭を垂れたまま微動だにしなかった。
 ホーネットの胆力に舌を巻きつつも、俺はレッドアイや他の者が暴走して彼女に危害を加えないよう釘を刺す。

「黙れよレッドアイ。こいつは俺様のモンだ。俺様だけが嬲り、犯し、壊し、殺す権利があるんだよ。テメェも長生きしてェなら、こいつには【指一本触れるんじゃあねぇ】。分かったな?」

「お、オーケー。ミーは天才だから一回言われればノープロブレム!」

 流石のレッドアイも、魔王の恫喝には易々と屈した。
 あからさまに恐れ、動揺している彼を尻目に、俺は念を押してメディウサにも理解を求める。

「よォし、分かればイイんだよ。メディウサも、まァ、そういう事だからホーネットには【手を出すなよ】」

「…………分かった、けどさ」

「けど、なんだ?」

「この女をそこまで厚遇するワケくらい、聞かせてくれてもいいんじゃないの?」

 言葉を濁していたメディウサはホーネットを指で示しながら、意を決したように俺へと疑問を投げかけた。
 待ち望んでいた問いに俺は内心ほくそ笑みながら、表面上でも丁度良かったとばかりに返答する。

「おォ、それを今から説明しようと思ってたんだよ。流石に敵の大将を無傷で生かして登用なんざ、俺様が許したとしても、テメェらの腹の虫が収まらねェだろしなァ」

 まぁ、主に収まらないのはメディウサとレッドアイだけだろうが。
 メディウサはケイブリスに勝るとも劣らないその嗜虐性から。レッドアイは生物に対する半ば衝動的なまでの殺意から。どちらも度し難いほどに救いようが無いヤツらだ。最も、魔人としては何ら間違っておらず、むしろ花丸を与えられるくらいだろう。だからこその悩みの種でもある。
 他のケイブリス派の魔人は、自身の邪魔をしないなら処遇はどうでも良いと思っているだろう。ケッセルリンクしかり、カイトしかり、パイアールしかり、サイゼルもそう。ガルティアなどは特にその傾向が顕著で、どうせ今も「腹減った」とか思っているに違いない。

 現状、ケイブリス派の魔人は魔王となった俺を除けば全部で九人。レイ、ジークは既に死んでいるようだ。既に埋められてしまったらしいバボラも戦線離脱と捉えて良いだろう。
 バボラがやられたという事は、人間世界は統一されたと見て間違いない。現実として起こっている物事をゲームの枠に嵌めてしまうのは非常に危険な思考方法であるが、仮に鬼畜王ランスで当て嵌めてみるのなら余程の変則プレイでもしない限り、バボラのヘルマン侵攻=ランスの人間界統一と見て良いだろう。
 となれば、俺が稀有している事柄を確かめるためにも、ここは是が非でも押し通らせねばならない。

「俺様がホーネットを生かす理由ってのはな―――人間共と交渉をするためだ」

「な、んだって……け、ケーちゃん。どこかに頭をぶつけでもしたの?」

 最早、ホーネットの処遇を気にする者など一人もいなかった。
 騒然とする玉座の間に俺は朗々とした響きを湛えて、未だ真意を掴み兼ねている魔人達へと説明する。

「俺様もこうしてメデタク魔王になったってぇのに、今までみたくただ人間を片っ端からブチ殺すダケってのは芸が無ェだろう? だから今回はちっとばかし趣向を変えようかと思ってよォ」

 ただの気まぐれ。恩情でも憐憫でもないそれこそが、ケイブリスに違和感を覚えさせない最も彼らしい理由。

「遊ぶのさ、人間でェ、ギィヒハハァッ!」

 粗暴で乱雑な残虐非道のケイブリスが魔王になり、絶対無敵の存在となった彼が嫌がおうにも自覚させられた蚊帳の外という感覚。
 命を奪われないという事は、即ち死なないということ。その事実を自覚した時、それは死なないという名の全能感から死ねないという名の絶望感に変貌する。
 そういう状況に置かれた者が抱く感情など往々にして決まっている。まずは死にたい。次に死を許された者への羨望、嫉妬――諸々の経緯を辿り、行きつく最悪の末路が生者が死亡する道程の観察。
 死という恐怖を前にもがき、苦しみ、絶望し、慟哭する様を見て感じる愉悦に心を躍らせる昏い営み。それをまた、ケイブリスも望んでいる。

 そんな、傍目に見ればかつての魔王ジルを想起させる渇望をケイブリスも持っていると、俺は眼下の魔人達に認識させなければならない。
 少なくとも、ホーネットのような人魔共存の理念に目覚めたなどと思わせぬようにしなければならない。
 仮に俺が人魔共存を強く訴えれば、誰もが文句の一つも言わず従うだろう。しかし、それは恒久的平和への聖句であると共に、破滅への呪詛でもある。
 かといって全てを包み隠さず話すというのは色々とリスクが大きすぎる。仮に健太郎と和解し、人間側との和平が成り、過激派の魔人を全て消した上でワーグにルドラサウムを眠らせてもらうとしよう。それでも、たった100年だ。
 ランス世代の人間が死亡し、ワーグが飽きてルドラサウムが目を覚ます100年後―――それを想像するだけでも全身に震えが走る。100年間、アイツが目を覚ます事を恐怖しながら生きるなんて絶対にごめんだ。
 仮に俺が人間だったならそれでも良かったのだが、生憎とこちらは数百年という単位で死ねないのだ。先送りされた借金の肩代わりが確定している未来ほど憂鬱なものはない。

 だから、この時代で全てを終わらせる。
 非常に綱渡りではあるが、やるしかないのだ。まぁ、駄目なら駄目でその時に考えれば良い。色んなものを犠牲にすれば、生き長らえる方法など幾らでもあるのだから。

「ただ遊んで壊すんじゃあ今までと何にも変わらねぇ。今の俺様はよぉ、人間共が死ぬのに怯えて、悩んで、無様に足掻くさまをたっぷり見てみたいんだよ」
 
「はーん、なるほどねぇ。ケーちゃん、悪趣味」

「ギャハァッ、オマエに言われちゃあオシマイだなァ。ぶわぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁ!」

 メディウサの柔和な微笑みに宿る残虐性の発露を快く受け止めながら、俺は軽口を叩いて高らかに嗤笑する。
 これで一先ずはホーネットの安全を確保出来たとみて良いだろう。メディウサも、俺の命令を無視してまで彼女を害そうとはしないはずだ。少なくとも俺が魔王で、彼女の好きな残虐非道のケイブリスである限りは。

「さぁて、それじゃあ人間共と交渉するワケだが……この場合はアレか、手紙でも書いて送ってやりゃあいいのか?」

「あら、ケーちゃんの得意分野じゃない」

 カミーラへのラブレターの事を揶揄しているのだろうか。取り敢えず、ニヤニヤしているメディウサが至極ウザい。
 そういえば、今月はまだラブレターを送っていなかった気がする。……一応、送った方が良いのだろうか。
 どうせ読まれもせずに燃やされるか、一、二行読まれて燃やされるだけのラブレターを書く。何だか果てしなく不毛な気がしてならない。

「うるせぇ。んでぇ、そこんとこどうなんだよホーネット?」

「はい。この場合は魔人に書状を持たせ、各国に使者として送り込む方がより効果的かと思われます」

「そんなこと言って、貴女の大好きな人間に変な入れ知恵するつもりじゃあないでしょうね?」

 ホーネットの献言を訝り、不愉快そうに眉を顰めながらメディウサは横槍を入れる。その気持ちは分からなくもなかった。
 つい先ほどまで自身の派閥と闘争を繰り広げていた派閥の長が、何の痛苦を受けることもなく味方として自陣に付いたのだから。
 理解は出来ようものの、とてもじゃないが納得出来る事ではない――というのが、メディウサの心情だろう。端的に言えば、胸糞悪いと言ったところか。

 ここは変に軋轢を深刻化させないよう、そしてホーネットへ入念に釘を刺すためにもフォローを入れておこう。

「まァいいじゃねぇか。それによぉメディウサ。逆にその方が、お前にとっちゃあ嬉しい誤算になるんだぜぇ?」

「どーゆうこと?」

 俺の発言の意図が読めず、メディウサは目を丸くする。

「テメェらが何を言おうが、俺様はホーネットを買ってる。だが、もし仮にだ。そんな事は絶対に、万が一、億が一にも有り得ねぇ事だとは思うが、お前の懸念通りコイツが人間共に入れ知恵をしたとする。するとどーなる?」

「どーなるって……」

「この最強無敵な魔王ケイブリス様に勝てると勘違いしたクソバカ野郎共が躍起になって攻めてくるだろうさ。それだけじゃねぇ。そういう一部の間抜けのせいで会談はパァ――てぇことはだ」

 言葉を区切り、一呼吸を置く。そうして生理的嫌悪感を催す己が巨躯に似合わぬ秀麗な相貌に、歪んだ随喜の情を張り付けた。
 目を剥き、犬歯を覗かせて、残忍極まる破壊の衝動を滲ませるように発散する。喉を鳴らしてゲラゲラと、品位に欠ける笑声を上げながら。

「俺様としちゃあツマンねぇ結果だが、テメェらにとってみりゃあ最高の結末だろうがよ。なんたって、その瞬間、人間共にやりたい放題出来るようになっちまうんだからなァ」

 無論、そのような末路を辿らせはしないが、一部の魔人を釣るには良い餌だろう。
 実際の所、メディウサやレッドアイなどは嬉々とした表情を浮かべており、そうなる事をこそ望んでいるように見えた。

「そうなっちまったら俺様はもう止めねぇ。適当に人間をブチ殺して、適度に生かして、増やして、またブチ殺してを繰り返せばいい。何をしようが、誰を壊そうが、何も言わねぇよ。好きにするがいいさ」

「つまり、こういうコト? どこかの誰かさんが余計な真似をした時点で、やりたいようにやっていいと。気に入らないヤツを好きにしていいと――そういう認識で、間違ってないのよねぇ?」

 メディウサはホーネットを見下しながら、最後通牒にも似た確認を取ってくる。
 直接的な明言は避けているが、つまりこれは人間と戦争になった瞬間、気に入らない奴は誰であろうと―ホーネットであろうと―も殺して良いかという疑義に過ぎない。
 それに対し、俺は鷹揚な頷きを以て返答する。

「あァ、好きにしろ――つーワケだ、ホーネット。絶対ェに、俺様を裏切るんじゃねぇ。それがテメェの大好きな人間共の為でもあるんだからよぉ。なァおい、分かってくれたかぁ?」

「元より承知しております」

 やや婉曲な脅迫にも屈しないどころか、表情一つ変えず、声一つ震わせずにホーネットは言った。
 陰惨な雰囲気に満ちた魔王城に似合わぬ酷く澄みきった声色は、この場において一種の清涼剤のような効果を齎してくれる。少なくとも、俺にとってはだが。

「やぁねぇ。透かしちゃってさ」

 メディウサは最後にそう嘯くと、それ以上は何も言わなかった。

「話を戻すが――現状、人間共の国家はいくつあるんだ?」

 自身の想定と実情の齟齬を埋めるべくホーネットへと尋ねる。
 しかし、何よりも肝要なのはあくまでも『ケイブリス』として情報を知るという事だ。ケイブリスが知るはずのない情報を誤って口にしてしまった日には目も当てられない。まぁ、強気にゴリ押しすればどうにかなりそうな気がしないでもないが、それはそれでいつか溜まりに溜まったツケが返ってきそうなので極力避けたい。

「以前はリーザス、ヘルマン、ゼス、JAPANの四大国家と自由都市群が割拠しておりましたが、現在ではリーザスが他の国家を征服し、大陸の覇権を握っているようです」

「つまりなんだ、今はリーザスってぇ国しか無ェって事かぁ?」

「いえ。リーザスは自由都市こそ完全に掌握したものの、ヘルマン、ゼス、JAPANといった国家には傀儡政権を立てたようです」

「ほう、じゃあなんだ。一応は生き残ってるワケだな?」

「リーザスの完全な支配下ではございますが、国体の維持は出来ているようです」

 恐らく、ホーネットより語られる仔細な情報はサテラかメガラス経由で伝えられたものなのだろう。丁寧かつ明快に答えつつも断定しない彼女の口振りが、その憶測をより強い確信へと変える。

「――よォし。ケッセルリンク、ホーネット、サイゼル。使者として行くのはテメェらだ」

 その後、俺は彼らに向かう国家を指示した。

 ケッセルリンクはゼス。
 ホーネットはヘルマン。
 サイゼルはリーザス。
 JAPANに関しては捨て置いても良いだろう。魔人領より最も離れた位置にあり、戦力的な面でも相当に弱体化してしまったゼスをも下回る脆弱さだ。わざわざ会談に誘うまでもない。

 サイゼルを除けば別段理由もない適当な指名である。
 サイゼルに関しては他の二人と違い、やらせておかねばならない事もあるので色々と言い含めておいた。
 現状、リーザスには四人の魔人がいる。シルキィ、ハウゼル、サテラの内、少なくとも一人は必ず帰って来させないといけない。無論、メガラスを含め全ての者が帰ってくるよう策は練っている。全ては彼ら次第の他力本願なものでしかないが、個人的な期待値はかなり高い。

「さァ、始めようか。愉しいゲームってヤツをよぉ。ギャヒ、ヒヘェハハァッ、ぶわぁはぁはぁはァハハァハァハァハァハハハハハァ―――!」

 先行きへの不安を押し殺し、聞く者の耳を嬲るが如き哄笑を玉座の間に響かせる。どういう訳か、この笑っている瞬間だけは恐怖が和らいでくれるのだ。
 ケイブリスに強く擬態する事で自分という弱者の存在を薄め、それにより相対的に強くなったと錯覚しているだけなのだろうが、それでも今の俺には精神安定剤の一つであった。周囲から見れば、ただのキ○ガイなのだろうが。


 賽は投げられた。
 後は姑息に、狡猾に、傲岸に立ち回って頑張るだけだ。















あとがき
長さが安定しないですね、ごめんなさい
次回はサイゼルinリーザスですかね。ゼス? ヘルマン? 知らんな
感想ありがとうございます。励みになります


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