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[37857] ガイドポストは龍の調べ 【モンスターハンター/モンハン】
Name: 楽太郎◆a3215f1c ID:4717fa5c
Date: 2017/04/17 08:04
モンスターハンターのオリジナル小説になります。
モンハン好きの誰しもが自分の『世界』を持っているはず。この話はそんな世界の一端です。

※私的解釈やオリジナル要素が原作を壊さない程度に入っていますので、ご了承ください


それは一匹の龍から始まった。

導かれしハンター達が繰り広げる、出会いと別れ、繋がりの物語。
                  


 最終章まで書き終わりましたが、今後も番外編、短編の更新を続けていきたいと思いますのでよろしくお願いします(´・∀・` )



[37857] 『ガイドポストは龍の調べ』の時系列 【ネタバレ含】
Name: 楽太郎◆a3215f1c ID:4717fa5c
Date: 2015/07/17 01:38
【ガイドポストは龍の調べ ー時系列ー】

・遥か昔、祖龍が仲間とはぐれて弱った子供のクシャルダオラに力を分け与える

・祖龍、概念の存在になる(理由は現在、不明)

・祖龍復活のため、赤衣によって紛争が勃発

・祖龍から力を貰ったクシャルダオラが赤衣の妨害を始める

【マリアン、ハンマーの幼少期】(Lost Memoly''sより)  
・マリアンとハンマーの村が襲われ、姉妹の両親は死亡。ハンマーは傭兵育成所に連行され、マリアンは一人放浪を始める

・チョモの村が襲われ、両親を失ったチョモはフレアの父親により孤児院に預けられる

【女神と呼ばれたハンター】(幼年期)      
・フレア、チョモが出会う
・フレア、チョモを村に残しドンドルマへと旅立つ
・フレア、シェリーと出会いハンターとしての特訓を受ける

・白いクシャルダオラ、古龍化の力を祖龍から授かるが力を抑えきれずに暴走を始める
・ユクモ村にクシャルダオラが襲来。激闘の末、アクアの両親が亡くなる
・アクア、独学でハンターになるための訓練を始める
・チョモ、この頃からやさぐれ時代のピーク(全盛期)に突入する

【M237 前半】(第三章 番外編より】  
・バルスとハンマーが出会う

・フレアとチョモが再び出会う
・チョモ、未だ『全盛期』に突入中。フレアへの暴力の日々が続いていたが、次第に落ち着いていく

【女神と呼ばれたハンター】(青年期の話 前期)
・チョモの誘拐事件発生。解決後、フレアによるチョモの特訓が始まる

・チョモ、フレアと共にギルドでの評価を上げ、『天山の女神』の称号を授かる
・新たに紛争が始まり、フレアはチョモと共に戦地へと赴く


【M237 後半】 (第三章 番外編より)
・ハンマー、乱入してきた轟竜の一撃を受け瀕死の重傷を負う
・バルス、ハンマーを助けるために無意識に祖龍へと力を求め、代わりに記憶を失う

【女神と呼ばれたハンター】(青年期の話 後期) 
・バルス、兵士に発見され捕まる
・フレア、戦地にて倒れているハンマーを発見、チョモにハンマーの治療を託した後、フレアはバルスが捕らえられた収容所から連絡を受ける

【バルスの過去】(Black Contractより)    
・バルスとフレアが出会う
・チョモとバルスが出会う

・三人の活躍により紛争が終結する

【ルナティック・バンブス】
・【バルスの過去】から二年後、【龍に愛された娘】から三年前の物語
・バルスとシャワがすれ違う
・シャワがアンと出会い、アンによる特訓を受ける

・アン、シャワの元を去る
・シャワ、シェリーとギルドの受付嬢として出会う

【とある村の話】
・マリアンとルシャが出会う

【龍に愛された娘】       
・【女神と呼ばれたハンター】から五年後の物語
・アクアとハンマーが出会う

【ブラッド・レッド】
・ アクア、ハンマーが歌丸。と出会う

・古龍化事件が発生する
・バルスとシャワが出会う
・アクア、ハンマーとバルス、シャワが出会う

【Black Contract】 
・バルス、シャワが旧大陸から新大陸に向けて旅を始める
・マリアン、アルバトリオンを討伐しアルレボを手にする

【狩人クライシス! 3話、4話】   
・バルス、シャワがユクモの大陸に上陸、ヨルヴァに出会う
・ヨルヴァ、修行の旅に出る

【Lost Memory''s】 
・アクア、シャワがフレアとチョモに出会う
・マリアン、ルシャと出会う

 ー二年間、各自で行動をするー
【スパイシー・ラヴァーズ】
・シャワ、イーゼンブルグ家を再建する
・モモ、東の国の地方から新大陸へと出発する
・ショウコウ、東の国の地方(モモとは別)から叩き出される

【狩人クライシス! 1話】  
・アン、ハンマーから二件の依頼の手紙を受け、イズに助力するよう手紙を送る
・【Lost Memory''s】から二年後の話
・ヨルヴァが旅から帰り、モモ、ハルクと出会う
・ヨルヴァ、モモ、ハルクの三人がアクア、ハンマーと出会う

【氷の皇子】
・イズ、ショウコウと出会い、即別れる
・イズ、火山へと向かう

【狩人クライシス! 2話】 
 ・1話から数日後の物語。ヨルヴァ、モモ、ハルクがアンと出会う

【Last Guidance,】
・アクアが業物・九十九牙丸を受け取る
・フレア、チョモとドンドルマで別れる
・アクア達がドンドルマを発つ
・アクア、ハンマー、シャワ、バルス、ヨルヴァ、モモ、ハルクがイズと出会う
・モモ、ヨルヴァ、ハルク、アン、イズが火山奥地(決戦場)に残る

【シュレイドの夜】
・チョモとシェリーが出会う
・ダノン、ライザーがチョモの舎弟(非公式)になる
なる

【紅の狩人】

ー塔でのマリアンとの交戦ー
・バルスの記憶が戻る
・ハンマーが姿を消す

・二年後、マリアンによりハンマーが古塔にて再び姿を現す

【BRAVERY PROOF 〜その名前の行方〜】
・ハンマーとバルスが再開。ハンマー、バルスがディーンと出会う。
・バルスが旅のキャラバンへと派遣される
・ハンマーとアクアがポッケ村で再開を果たす(年齢:アクア=ハンマーに)



[37857] 第一章 『龍に愛された娘』 1話
Name: 楽太郎◆a3215f1c ID:4717fa5c
Date: 2019/12/31 15:35
 雲一つ出来ないほどに凍てついたフラヒヤ山脈の頂。幾重もの淡い光の帯に照らされた白銀のステージに一人と一匹はいた。
 足が取られるほどに降り積もった雪を巨大な四肢が深くえぐる。力の籠められた両腕に筋肉の束が猛々しく隆起し、黄色と青が入り交じった体は今にも飛び出さんばかりに低く構えられている。
 しかし轟竜――ティガレックスは、涎を溢れさせながらもまだ動かない。血走った目は一点を刺すように凝視しているが、全身に渾身の力を入れることで飛びかかろうとする強烈な本能を押さえ込んでいた。せっかく見つけた、久々の獲物【ごちそう】を崖などに落とすわけにはいかないからだ。
 一方、崖の一歩手前まで追い詰められているはずの人間の口元は楽しげに歪んでいた。肩下まで垂らされた長髪が遙か頭上のオーロラを真似るように揺らめく。そして轟竜同様にその場から動こうとしなかった。
 慌てふためき、破れかぶれになって向かってくるのを確信していたティガレックスにはこれが面白くなかったらしい。長時間の対峙、狂わんばかりの空腹、決して得意ではない劣悪な環境。本能が理性を上回る瞬間はあっという間のことであった。
 轟竜は野生を剥き出しにして雄叫びを上げながら人間へと襲い掛かっていった。例え人間共々深い谷底へ落ちようが、構わず食らいついていただろう。
 そんな様子の【絶対強者】見た人間は、また冷たい笑みを浮かべた。
 雪山の頂上で互いの影が重なった瞬間――鮮血が一面の白を色濃く染め上げた。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 雪山の懐に抱かれた村──ポッケ村は、村人の穏やかな雰囲気と雪山の過酷さの二面性を持った村だ。雪山特有の素材やモンスターも多く見られる土地でもあり、そんな村に魅了されてやって来るハンターは少なくない。

「やっと着いた……ここがポッケ村かぁ」

ほぅ、と白い息を吐き、青いポニーテールを子犬のように揺らす彼女──アクアもまた、その噂を聞き付けてやって来たハンターの一人だった。
 髪型はケルビテール。容姿は女性と呼ぶにはまだ少し幼さが残っており、ユクモノ一式と、ユクモノ太刀というこの大陸では珍しい装備を身に纏っていた。

「わぁ……息が白い」

村に着くまでは登山に夢中で気が付かなかったが、麓よりも気温が大分下がっていた。そして昨晩から大量の雪が降っていたこともあり、村に続く道は足跡以外にそれを示すものが無い程の積り具合だ。
 足元を踏みしめるだけで、ギリリと雪の固められる独特の音がまばらに建てられた家々の間へ静かに響く。

「……まずは村長に挨拶しないといけないんだった」

 小さな村だが今は少し手間かもしれないと、アクアは疲れを顔に浮かべて小さく唸った。。
歩く道すらないのはそれを除ける村人がまだ起きていない早朝ということ。そんな時間なら村長はおろか道を聞く村人一人いないかもしれない。こんなことなら焦って夜の雪山を強行する必要はなかったな、と後悔しつつも、アクアは変わった造りの家や水車を見て時間を潰そうと辺りの散策を開始した。

「──おや、お嬢ちゃん。ようこそポッケ村に。何かお困りかい?」

そうしていると、運良く家から出てきた一人の青年が声を掛けてくれた。

「あ、あの私、新しくここで暮らすことになったハンターのアクアと言います! 村長さんに挨拶をしたいのですが……」

急に声を掛けられたものだから思わず早口でまくしたてるように喋ってしまったが、青年は気にもしない様子で愛想のいい笑顔を浮かべていた。

「あぁ、あんたハンターさんか! おぉぉ! よく見たら立派な太刀を持ってるじゃねぇか! 村長なら俺よりも早起きだからほら、あの奥に見える大きなマカライト鉱石の辺りにいるよ。真っ直ぐだから迷わないさ」


指さされた方向を見ると、青く強い光がようやく上がってきた朝日を反射して輝いていた。あれなら迷うことはない。

「ご親切にありがとうございます!」

「いやいや。こちらこそ、どうぞご贔屓(ひいき)に」

「え?」

「実は俺、この村の加工屋をやってるんだよ。後で来ておくれよ、まけとくぜ」

「いいんですか?」

「あぁ、もちろんだとも!」

「……?」

やけに嬉しそうな加工屋さん。

「それじゃあ、また後で伺いますね! ありがとうございました!」

「あぁ! ほかの武器だっていつでも試していいからな!」

加工屋に別れを告げ、娘は村長の元へと足を進めていった。

「太刀かぁ……いやぁ久々に見たなぁ……そうだよ、たまには刃物を手掛けたかったんだよな……武器屋って、基本はそういう仕事だよな?」

加工屋はしみじみとした顔でそれを見送っていた。








 大マカライト鉱石に近づいてみると、岩の前で焚き火にあたっている老人をすぐに発見した。

 ──あの人が村長に違いない。

アクアは少し緊張した様子で近づいて行った。想像以上に小さい老人だ。ユクモ村のギルドマスターと同じ、竜人族なのだろう。人間よりも遥かに長い時を生きられる種族……更に緊張してしまう。

「こんにちは!」     

「…………」

「……あれ?」

 意を決して老人に挨拶をするも、なぜか反応が無い。


「……こ、こんにちは!!!」

 声、三割増し。


「んん? おぉ、すまぬすまぬ。最近耳が遠くてのぉ」


そういうと老人──村長はゆっくりとこちらに顔を向けた。傍から見ればただの老人だが、しわだらけの顔の奥には聡明な瞳が凛と光っている。

「……で誰じゃったかの? 雑貨屋の娘じゃったか?」


 ──光って……あれ?


「あ、新しくハンターとして村に来ましたアクアといいます!」

すると村長は思い出したように顔を綻ばせた。シワだらけの顔が更にくしゃくしゃになる。

「おぉおぉ、そうじゃったそうじゃった。ギルドからの手紙を受け取っておったわ。確かそう、ユクモの子だったの? 向こうの温泉はまぁずいぶんと体にいいと聞くに……」

「確かにユクモの温泉は観光客にも大変人気です」

「そうじゃろうなぁ。わしも暇があれば行きたいものじゃが……そう言えば、何故わざわざこんな辺鄙な村に来たのじゃ? ユクモの村や温泉に不満があった訳ではあるまい?」

「え? えっとそう、ピンときたんです! この村に行きたいと!」

急な質問に何故かしどろもどろになって答えるアクア。

「ふぅむ……」

今度こそ強い光の籠った瞳がアクアを見据える。

「…………」

睨まれている訳でもないのに何故かドキドキしてしまう。


「ま、直観は大事じゃしの。これからは自分の故郷だと思って暮らしなさいな」

「あ、ありがとうございます!」

 深々と礼をしたアクアに村長はニコリと笑いかけたが、すぐに申し訳なさそうな顔でコクリと頭を下げた。

「すまんのぅ、夜明け前にギルドから招集が掛かっての。村人もほとんど出ておったから歩きにくかったじゃろう?」

「いえいえ、今まで歩いてきた道に比べれば対したことありません。ところで、ギルドからの招集と言われますと、何があったんでしょうか?」

 途端、村長の顔色が変わった。

「轟竜の……ティガレックスの惨殺体が村の外れで見つかったんじゃ」

「ティガレックスの……?」

 アクアの顔にも驚きが広がった。
 ティガレックスといえばこのフラヒヤ山脈でもトップに入る危険生物だ。それが惨殺されたとなると……少女の背筋に冷たいのものが走る。
 そんなアクアの表情を見越したのか、村長はクシャッと笑って言った。

「大丈夫じゃ、新手のモンスターなどではない。あれに付いていた傷は全て人間……ハンターによって付けられたものだという調べがついておる」

「そう……ですか」

 ホッとしたような、落ち込むような表情をしたアクアに、村長は再び顔を険しくして口を開いた。

「だが肝心のハンターが名乗りを上げてこんのじゃ。ギルドでは違法な手段で狩り場に侵入した者がいるのではないかと捜索しているそうじゃが……お主は何か雪山で異変に気付かなんだか?」

 そんな村長の問いにアクアは平然と答えた。

「いいえ? オーロラがひらめく綺麗で静かな夜でした」



  





村長との話を済ませた後、アクアは村の中を一人歩いていた。ユクモとは違い、昼間でもずいぶんと冷え込む。

「村長さんがいい人でよかった……話は長かったけど――ってあぁ! しまった!」

 少女はその場で頭を抱えた。『後は村の専属ハンターが案内してくれる』という話だったのだが、肝心の場所を聞いてなかったのだ。

「うぅ……今更聞きに行くのもなんか恥ずかしいし……どうしようかな」




 そう、ボヤいた時のことであった。




「──やっほー! そこのキミぃ! もしかして新しく来たって噂のハンターさんかい?」


「……え?」


気のせいだろうか、頭上から声が聞こえた気がした。


「もしかしてこの家の上から……わっ!?」


慌てて見上げてみると、確かに誰かが屋根の上にいる。
 それだけでも驚くのに、あろうことか「とぅっ!」などという掛け声と共に飛び降りて来たのだからパニック寸前……危なく背中の太刀に手を掛けるとこであった。

「よいしょ…っと!」

動揺して固まっているアクアの前に降ってきたのは、若い一人の女性だった。 それもズシンという見かけに合わない、妙に重量感のある音を立てて。

「ん? 合ってるよね?」

アクアよりも少し年上に見える彼女は雪下ろし用に使っていたのであろうスコップを地面に差すと、違った? と小首を傾げてこちらを見る。
桃色の、少しウェーブのかかったショートボブ(ユクモ村ではブナハスレイヤーと呼ばれていた)が似合うすっきりとした顔立ちで、こちらの気分も明るくなるような満面の笑顔を浮かべていた。

「は、はい! そうです!」

そんな笑顔に押され、アクアは少し仰け反りながらそう答えた。

「ふんふん、なるほどぉ!」

彼女はアクアの服装をまじまじ見て「可愛いねぇ」などと言い、またも笑顔をこちらに向けた。眩しい位の、本当に素敵な笑顔だ。

「……貴方がこの村のハンターさんですね?」

彼女は「ご名答!」と親指と人差し指で小さな丸を作ってみせた。


何故分かったかと言うと、理由はとても簡単なことだった。着地音の原因が彼女の背負う巨大なハンマーであり、それがハンター以外の人間が持ち運べるものでは到底無かったというだけだ。
アクア自身だって扱えるかと言われると自信が無い。……そもそも屋根から平気で飛び降りてる時点でもそうなのだけれど。

「あ、自己紹介が遅れたね。私がこの村でハンターをやってるハンマーさんだよ。よろしく!」

ニッと笑って手を差し出してきたので私もそれに応じた。

「ユクモから来たアクアです。よろしくお願いします!」

「いい名前だね。よろしく、アクア!」

「はい! ハンマーさ………失礼かもしれないですが、本名ですか?」

巨大な鈍器を背負って、名前もハンマーなら誰だって気になる。

「ごめんね紛らわしくて。でも私の大事な名前なの」

「すみません……とても似合ってるのでつい」

失言だったと非礼を詫びたアクアだったが、当の本人は気にしていないようで笑いながら両手で大げさに手を振ってみせた。

「いいよー、慣れてるし。じゃあアクアの住むとこを案内するからさ、その後でちょっと簡単なクエストに行かない?」




「く、クエスト……ですか?」




クエスト。
ハンターがギルドを通して受ける依頼の通称。
 これから行動を共にする、初対面のハンターなら誰でもまずは簡単なものに誘って相性を確かめる。
そんなことはハンターを名乗る者として常識のようなもの。


──なのだが。


そんな何気ない一言に一瞬、アクアの顔色は暗く曇った。

「ん? どしたの?」

「い……いえ! あはは、ちょっと緊張しちゃって……」

アクアは張り付かせたような笑顔を浮かべていた。心なしか顔色も悪い。本当に気分が悪いようにも見える。

「そんな固くならなくても大丈夫だよー。でも着いたばかりで疲れてるもんね。あのティガ倒しちゃった奴もうろついてるかもしれないのに無神経だったなぁ……ごめんごめん、また今度にしよう」

「すみません……ありがとうございます」

「じゃ、行こうかっ!」

この時、彼女が異常なほどに安堵の表情を浮かべていた。そのことを、ハンマーはひとまず心の中に収めることにした。





──数分後、二人はとある家の前にたどり着いた。


「到着ー! ここがアクアの住む家だよ!」

「わぁぁ、立派な家! ユクモとは大分違った作りですね」

 ハンマーの案内した家は、かなり大きな作りをしていた。

「吹雪にも耐える特注構造だよ!」

彼女はまさに『ドヤ顔』という自慢気な顔を浮かべると、せかせかと中へアクアを手招く。

促させるままに家の中に入ると、ハッとアクアが驚いた。

「お帰りなさいまし、ご主人。もう料理が出来てるニャ!」

「わぁぁぁぁ! 可愛い!」

それもそのはず、板前のような格好をしたアイルーが何匹も待ち構えていたのだ。部屋の奥からは食欲を誘ういい匂いが漂っている。



「こんな可愛いアイルーがいる家に住めるなんて! 憧れの独り暮らしも出来るし凄い嬉し………ん? お帰りなさい?」


何かが引っ掛かかった。


「ただいま! サルサぁ…もうお腹ペコペコだよ」


「ご主人はまず手を洗うニャ。なんか色々ばっちぃニャ」

「酷くない!?」

「え? ハンマーさん今ただいまって? しかも……ご主人?」

「ん?」

ハンマーはキョトンとした顔をしながら続けた。

「村長から聞いてなかった? アクア、私の家に一緒に住むんだよ?」

「えぇ!? あれ? ハンマーさんの家はさっきのじゃ!?」

「あれは雪下ろしの手伝いしてただけだよ。今朝からやけに降ってねぇ……まぁ、ああでもしてないとティガ関係のめんどくさい仕事を任されちゃ……さぁ! 共に愛の巣を築こうじゃないか!」

「ちょ!? 色々と何言ってるんですか!?」

混乱し、頬を紅潮させて慌てるアクアにハンマーは目に涙を浮かべて笑う。

「あはは! 冗談だよ!」

「もう! び、ビックリしましたよ! 」


しかしそのお陰で緊張はすっかり無くなっていた。

「ハンマーさん、これからお世話になりますね」

「ん、よろしくね!」


 握手を交わす二人。ハンマーとアクア、二人の生活はこうして幕を開けた。







「うわぁ! 綺麗な浜辺、輝く海ぃ!」

 翌日、アクアとハンマーはクエストのために密林に来ていた。向こうの大陸の狩場である孤島の海も美しかったのだが、自然と一体になった浜辺の壮大さにアクアはすっかり見とれていた。

「あ! あっちに貝殻が落ちてます!」

 昨日の体調の悪さもどうやら治ったようで、アクアは元気に走り回っている。

「あ、待って! そっちは……」

 ハンマーが呼び止める間もなく、アクアはもう次のエリアへと移動してしまっていた。

「きゃ───!?」

 すると突然、アクアの悲鳴が響いた。

「あー、やっぱり……」

 密林の砂浜にはヤオザミという凶暴な甲殻種が潜んでいるのだ。
言うの忘れてた! とハンマーもすぐに隣のエリアへ助けに走る。


──すると。


「あ! ハンマーさん! このカニミソ美味しいですねぇ!」

「え……?」

 ハンマーは目を疑った。彼女が見たのは倒れた3匹のヤオザミの真ん中に座り、無傷でザザミソを(しかも何か調味料を掛けながら)頬張っているアクアの姿であった。

「……さすが上位ハンターだけあるね。心配する必要なかったか」

「ん? えへへやだなぁ、そんな褒めないでくださいよ。ここでは『元』なんですから」

 でも……とハンマーは引っかかった。

(ヤオザミは確かに雑魚だけど……経験を積んだハンターだって地面から襲ってくる奴等の攻撃を避けるのは難しい。それに小型モンスターの中じゃ体力があるほうだし……あの太刀はユクモの初期装備って言ってたよね……それで私が来る僅かの時間に3匹も?)

「ハンマーさん、ハンマーさん」

「え、え? 何?」

 いつの間にかアクアが目の前でニコニコしていた。

「ハンマーさんも食べませんか? 密林には美味しいものが一杯ありそうですね!」

「いや……ザザミソは精算アイテムだから、ここじゃ食べちゃ駄目なんだよ?」

「ええ!? そうだったんですか!? しっかり食べちゃいました……ごめんなさい、でもこんな美味しいの食べちゃ駄目だなんて………」

 ガックシとうな垂れる彼女を見て、ハンマーは苦笑しながらアクアの肩を叩いた。

「んじゃ、クエスト終わったらすぐに酒場に行こうか。酒場にはザザミソの他にも沢山美味しいものがあるし」

「ホントですか! なら早くクエスト終わらせなきゃ……っ! ハンマーさん!」

 不意に遥か上空から聞こえてきた羽音にアクアが反応する。

「……丁度来たね。この地方のハンターの登竜門。『イャンクック』先生の登場だよ」

 赤い体に黄色のくちばし。そして特徴である巨大な耳。

「クエェェ!」

 大怪鳥──イャンクックが土煙を上げながら二人の前に降り立ったのだ。

「コココココ」

 イャンクックはまだこちらに気付いていないようで、明後日の方向を見ながら喉を鳴らしている。

「か、可愛い!!」

 イャンクックを見たアクアの第一声はそれだった。

「クルペッコも可愛かったですけど、この子はそれ以上ですね! 辛そうな赤色に大きな黄色いクチバシ……そして大きな耳!」

 アクアは小動物を初めて見た女の子のように感想をまくし立てた。

「……アクア? 気持ちは分かるけど、それが今回の討伐対象だからね?」

 はしゃぐアクアを見て、ハンターとしての緊張感が全く感じられず、ハンマーはアクアをたしなめた。




「そう、でしたね………すみません。敵……ですもんね。そうだ……敵……敵だ……でも……」

 アクアはハッとした表情をして、震えながら俯いた。また昨日のように顔色が悪くなっている。

──明らかに様子がおかしかった。

「アクア……大丈夫?」

「やるしか……ないんですよね。でもここでなら……」

  俯いたアクアはブツブツと何かを呟いている。

「クエェェェ!」

 イャンクックがこちらに気付いて威嚇を始める。迫って来るのは時間の問題だった。

「アクア! 無理なら下がってて!」

 ハンマーは咄嗟に武器を構えるが、アクアは一向にその場を離れようとしない。

「アクア!!」

「お願い……嫌……『来ないで』……」

「クエェェ!」

 突進を仕掛けるイャンクック。このままでは直撃してしまう。

「くっ!」

 ハンマーはすかさずアクアを庇おうと前に出る。

「お願い……だから……」

 するとアクアはようやく、俯きながらそう祈るように呟いて──顔を上げた。



「…………」


アクアはゆっくりとした動作で、まるで何か怯えるような顔つきで太刀に手をかける。



「──邪魔ですよ、どいて下さい」


「………え?」

 太刀を抜いた瞬間──彼女の雰囲気が、一変した。
その事に気が付いた時には既に、ハンマーはアクアに押し退けられていた。



「──ふふ……あはは! ねえ、そんな柔らかそうなクチバシでどんな攻撃するつもりなんですか?」


 アクアは太刀を構え、先程までの印象では想像も出来ないような声色で話し始める──。



「──踊りましょうよ、血にまみれながら」











「ク……ェ…………」


 響き渡る、巨体が地面へと倒れる重苦しい音。


「あ……え……?」



 ハンマーは目を疑った。瞬く間も無いほど、あっという間の出来事であった。


「……ふん、期待外れな奴ですね」


 アクアは冷たい目で足元のイャンクックを見据えると、太刀に付いた血を払いのけて背中にゆっくりと戻す。カチャリ、太刀は何事もなかったかのように鞘へと収まった。



「………………」


 ハンマーは未だ言葉を出せずにいた。


 まるで雪が降る様に無音。



 欠けた月にも似た斬撃の嵐の中で、赤く咲き乱れた冷たい殺気。



 その中で舞うイャンクックを、彼女はただ見ているだけしか出来なかったのだ。


──雪月花。


 その言葉が持つ意味とは違うと分かりながらも、今の彼女の美しさと危うさはそれ以外に例えようが無かった。




「……ハンマーさん?」

 アクアの声にハッと我に返ると、アクアは何事もなかったかの様に自分の前で無邪気な笑顔を浮かべていた。

「お疲れ様でした! さぁ早く美味しいもの食べに行きましょう!」

「あ、あぁ……そう……だね」

「………? それにしても可愛かったですねぇイャンクック! 討伐しちゃったのが勿体無い位ですよ! 赤かったし」

 戦闘中に性格が変わるハンターは少なくない。理由は多々あれども、過酷な狩猟環境に順応するために無意識に自らを鼓舞している、というのが大半である。
 だがさっきのアクアは違った。まるで『モンスターの存在』そのものを憎んでいるかの様な、異常なまでの殺気を帯びながらも、寒気がするほどの無感情。その矛盾した二つを有していたのだ。

(本人に自覚があるのか気になるけど……この様子だと恐らく無いんだろうな。自分では普通に戦ってただけって感じてるんじゃないかな………)

「……こりゃ酒場に行ったら色々話すことがありそうだ」

 ハンマーはいつになく真剣な表情を隠しながら、アクアと共に酒場へと帰っていった。

     






 ──アクア達は村に帰ると酒場に直行していた。

「お待たせしました!」

 受付嬢が大量の料理を持ってやって来る。

「わぁ! アプトノスのステーキに、女帝エビの蒸し焼き! それにサシミウオのお刺身まで!」

 アクアはそんな歓喜の悲鳴を上げ。

「さぁさぁ! 歓迎のお祝いだよ! ジャンジャン食べちゃって!」

 ハンマーの財布は悲鳴を上げていた。

「ありがとうございます! じゃあ……すみませ―ん! この砲丸レタス炒め……さっきよりもトウガラシの量多めで、とヘブンブレッドとレッドチーズのサンド2つ、あと達人ビールをお願いします! あ、それとここの覧にある揚げ物全部二個ずつ持って来てください!」

「私は……あーうん、おすすめをジャンジャン持ってきて!」

(これはもう開き直ったもん勝ちだね)

 二人は夢中になって料理を平らげていった。

「いやぁ……久しぶりにこんなに食べたよ」

 食事もほぼ終わり、二人は酒場の喧騒から少し離れた席で休んでいた。

「すみません……あまりに美味しかったもので、つい夢中に……」

 アクアが申し訳なさそうに頭を下げる。

「ん? いいさいいさ。この酒場の料理は逸品だからね。気に入ってもらえて嬉しいよ」

「ユクモでは味わえないものばかりで、感動しました」

「……私はアクアの食べっぷりに感動したよ。あと全般的に料理を赤くし過ぎ。さてと……」

 ハンマーはデザートの氷結イチゴを手に取りながら、アクアに本題を切り出した。

「ねぇアクア、あんたの村……ユクモ村からこっちに来た本当の理由を聞いてもいい?」

「えっ……!?」

 アクアは一瞬困惑した顔を浮かべたが、すぐに何かに気がついたようだ。

「………やっぱりあの時………こっちに来ても『駄目』……だったんですね」

 小さく呟き、アクアは目を伏せて黙ってしまった。

「駄目……ってのは?」

 つい先程の事が嫌でも思い浮かんでくる。

「……さっきの狩りで、私は『変わって』しまったんですね?」

「うん……あれには驚いたよ。……でもその記憶が、無いんだね?」

「はい……。変わるとその前後の記憶が曖昧になってしまうので……私もあるハンターに言われて初めて気付いたんです……『お前には【化物】が憑いてる』と」

 彼女の目は悲しそうな光を湛えていた。

「化物……か。ま、確かに鬼神みたいな気迫だったよ」

ハンマーは冷や汗を浮かべながら苦笑いすると、思い出したように言った。

「もしかして、この前のティガを倒したのって……」

「それは……本当に分からないんです。私も、もしかしたらとは思ったんですが……怪我も、太刀にも血は付いてなかったで違うのかと……」

「そっか……」

 真面目に頷くハンマー。
 そんな彼女を見て、アクアは決心したように口を開いた。

「……実を言いますと、私がハンターになったのはつい先月のことなんです」



「……え?」


 ハンマーは思わず、食べかけの氷結イチゴを床に落とした。


「嘘ぉ!? 先月!? それであの腕はありえないでしょ!?」

 目を剥いて驚いたハンマーだったが、アクアは更に続けた。

「……本当なんです。ハンターになって武器を持つためには、ギルドの規定年齢を越えなくてはなりませんからね。でも私は本当に先月にようやく誕生日を迎え、ギルドに登録してハンターになったばかりなんですよ」

「じゃあ二十歳になってすぐハンターになったんだ……もしかしてそんなに急いだ理由と何か関係があるの?」

 この質問に、目を伏せぎがちだった彼女はさらに顔を沈めて答えた。

「……私は幼い頃に両親を……モンスターに殺されているんです」

「……っ!」

 ハンマーは再び目を見開いた。



[37857] 第一章 『龍に愛された娘』 2話
Name: 楽太郎◆a3215f1c ID:4717fa5c
Date: 2014/02/24 17:23
「……だからそのモンスターを討つ為に。モンスターを狩るためには、ギルドの協力を得るのが一番ですからね……」

 そう薄く笑ったアクアの瞳は、酷く冷たい色をしていた。

「……ごめん。辛いこと思い出させたね」

「別に構いませんよ」

「でもさ、敵を討つ為だけの人生なんて──」

その瞬間、アクアは激しく反応した。
跳ね上がるのように立ち上がり、机に両手を叩きつけたのだ。

「私の生きる目的はそれだけなんです!!」

ハンマーの言葉を遮って、初めて声を荒げたアクア。机の上では飲みかけの飲料が激しく揺らめいている。

「アクア……」

「……すみません」

どよめく酒場の視線を一手に集めているのに気付いたのか、アクアはゆっくりと席に着いたが瞳の中の憎悪の炎は未だ消えていなかった。

「あいつは私の全てを奪っていきました……周りがどう思おうが、絶対に許す訳にはいかないんです……」

「アクアが狩りの時『変わっちゃう』のはその強い気持ちが原因なのかな?」

そんな理由があるのなら、感情のままにそのような現象が起きても不思議ではない.
だが、アクアの答えは想像以上に興味深いものであった。、

「……分かりません。あんな事が起こるようになったのはハンターになってからなので……」

「ハンターになってから……か」

 ハンマーは少し考えた後、再び質問を口にした。

「アクアがここに来たことも、もしかしてそれが原因?」

「はい……私が『ある事件』を起こしてしまったから……」

 正直、話すだけでも辛そうなアクアにこれ以上聞くのは酷なように思えたが、ハンマーはその先に解決の糸口が見つかる気がしていた。

「その話……聞かせて貰っていい?」

「分かりました。……あまり面白い話ではないかもしれませんが」

 いつの間にか酒場のどよめきは収まっており、二人の周りには静かな空気が漂っている。
 アクアは何かを思い出すようにキュッと唇を噛んだ後、絞るような声で語り始めた。



     





 アクアはハンターの登録を済ませてすぐ、ろくに装備も揃えずに村のクエストを受注していた。

「すぐに功績を上げて、あのモンスターの情報を掴んでやる!」

 調べても分からなかったモンスターの情報も、ハンターになって功績を上げれば流れてくるかもしれない。そう思い、アクアは初心者ハンターの基礎クエストである特産キノコの納品などを無視し、無謀にもアオアシラの討伐クエストに向かったのであっあ。

「ここが渓流の狩り場……。こんな奥には来ること無かったから緊張するなぁ……」

 アクアはひとまず地図を見ながら狩り場の地形を確認していた。

「ん? あれは……やっぱりハチミツだ! 調合用に採取しておこっと」

 アクアはハチミツをビンに詰め、ポーチにせっせと入れていく。
 初めての場所、初めてのクエスト。
 そこで見つけた貴重なハチミツは彼女を夢中にさせるのに十分だった。




──だから気付かなかった。




 迫りよる足跡と獣特有の臭いに。


「っ!?」

 パキリ、と枝の折れる音にアクアが咄嗟に振り返ったのと、アオアシラが地響きのような音を立てて吠えたのは同時だった。

「グオォォォ!」

「──!!」

 間近でアオアシラの咆哮を聞いて、アクアは身構える暇もなく固まってしまう。その咆哮は飛竜の放つバインドボイスには遠く及ばないものだったが、初心者のアクアを硬直させるには十分なものであった。
 ハンターにとって、一瞬の隙は命取りになる。
 そんな勉強は十分にしていたつもりだったアクアであったが、想像と実戦では伝わる衝撃はケタが違った。

「グオォォ!!」

 アオアシラの重く堅い棍棒のような腕が振るわれ、アクアの腹部に痛恨の一撃が叩き込まれる。

「うっ……げほっ!!!」

 五メートルは吹き飛ばされただろうか。アクアは気を失いそうな痛みを何とか堪えていた。
 この場面で意識を失うことは命を失うことと同意義だ。

「ど、どこに……」


 まずは見失ったアオアシラの位置を掴まなくては、とアクアはかすむ視界で必死に辺りを探したが、一向に見当たらない。

「よかった……逃げたの……かな」
 
 ホッと胸を撫で下ろそうとしたその時、ズシリ…と真横で足音が聞こえた。
 背筋が、冷水を浴びたように冷たくなる。

「っ……!」

 急いでその場から跳んで避けるのと、元の場所に太い腕が振り下ろされたのはほぼ同時だった。

「こっそり忍び寄るなんて……何て嫌な熊!」

 そう悪態をつきながら状態を整える。
 痛みは動けるまでには回復していた。

「ここからは私の反撃だ!」

 太刀を構えながらそう言うと、不意にアオアシラと目が合った。

「……──っ!?」

 その瞬間、異変が起こった。
 自分の体が芯から氷のように冷たくなって、意識が沈んでいくような感覚が襲い掛かったのだ。

「何……これ……」

 次第に視界が暗くなるのを感じ……やがてアクアは意識を手放した。




     ◇




「ん……え……?」


 アクアの意識が戻った時、初めに視界が捉えたのは目の前で倒れていたアオアシラだった。あちこちを切り裂かれており、激しい攻撃を受けたのだろうとアクアは、ぼんやりとした頭で考える。

「一体誰が……」

 そして、次第にハッキリとしていく意識の中で驚愕の事実に気付く。

「嘘……嘘……!? 何で……こんな……!!」

 恐怖で体の震えが止まらなくなる。


「私が……やったの!?」



 自分の手には血まみれの太刀が握られていたのだ。






 その後どうやって村に帰ったのか覚えていない。気が付くと自分の部屋のベッドに眠っていた。 
 赤黒い染みがベッタリと付いた装備のままで。

(夢じゃ……ないんだ)

 着替えて外に出てみると、期待の新人ハンターだという自分の噂が村中に広まっていた。
 その後も意識の途切れてる内に討伐が完了しているという異常な出来事は続いたが、いち早くハンターランクを上げたかったアクアは一人でクエストを受託し続け、駆け上がるように上位へと進んでいった。
 クエストの中、気が付いたら血だらけになってることにも、もはや動じない。
彼女の頭はとっくに麻痺してしまっていた。



     ◆



 この話をハンマーは黙って聞いていた。
 ここまで一気に話したアクアは水をコクリと一口含んで、続きを話り始める。

「上位になって少しした時、初めて他人と一緒に狩りに行ったんです―――」


 アクアは狩りをしている時の記憶が無いのが怖く、他のハンターを避けていた。しかしある日、アクアの名声を聞き付けた猟団が協力を依頼してきたのだ。

「ギルドからも指令が出ていて、引き受けざるを得ませんでした……」

 仕方なく協力したアクアだったが、狩猟が終わってアクアが見たものは無惨に事切れたモンスターと傷だらけで呻く猟団のハンター達の姿だったのだ。

「私はハンターを……! 『人』を殺しかけたんです!」

 アクアの声には悲痛な色が混じっていた。

「幸いにも全員が軽傷で済んだこともあって、その猟団長は『二度と関わらないでくれ』という条件で事を穏便に納めてくれたんですが……」

 アクアはそこで一旦声を低め、俯きがちになって続けた。

「その時に言われたんです……『お前には化物が憑いてる』って」

「酷い……。でも、今も意識が飛んじゃうんだよね?」

 もしそうなら、先程もアクアに斬りかかられる可能性もあったのだろうか? ハンマーの表情を見て取ったアクアは慌てて首を振った。

「で……でも私もその後、必死に衝動を抑える訓練をしたんです! 今は突然襲われたり、武器を持ってモンスターが近づかなければ正気を保てます。……人も、襲いません」

「………一人でよく頑張ったね」

「そんなこと……ないですよ」

 話終えたアクアは唐突に席を立ち、ハンマーに頭を下げた。

「……つまらない話を聞いてくれてありがとうごさいました……私、村を出ますね。 私と居ても、危ないだけですから……」

「ちょ、ちょっと待ってよ!」

 そのまま走り去ろうとするアクアの腕をハンマーが掴んだ。

「離してください! これ以上迷惑はかけれません!」

「何言ってんのさ! アクアはこれから私の家で生活するんでしょ?」

 アクアはキッとハンマーを睨むと、声を荒げた。

「どうしてあなたは私を避けないんですか!? 普通ならこんな不気味な人間、すぐに突き放しますよ!!?」

 それに対してハンマーはニヤリとした顔で答えた。

「残念だけど、私はそんじょそこらのハンターとは育ちが違うからねぇ。アクアの不思議や敵討ちの話にも興味津々なの」


「な……っ」

 アクアが明らかに困惑した表情を見せた後で、ハンマーはニコリと微笑んだ。

「あとさ、私達もう友達同士じゃん? 困ってる友達は見捨てられないよ」

 ハンマーが真っ直ぐな目でニシシと笑いかける。

「そんでもちろん私がピンチの時にはアクアが颯爽と助けてくれるのさ」

 そんな視線に耐えきれず、アクアはフイッと目を逸らしながら、

「……正気の沙汰とは思えないです……よ」


 そう強がって言ったが、ハンマーの表情は変わらない。


「何で……そんなに……」


 ついにアクアは根負けしたように感情をさらけ出した。





「……本当に……本当にいいんですか?」





──消えるような声で、そう聞いたのだ。



「二度は言わないよ? もちろんさ」

 アクアが再びハンマーを見上げる。
 その目は変わらず、優しくアクアの目を見つめていた。

「もう我慢しなくていいんだよ。私が一緒に支えてあげる」

「………っ」

 その瞬間、アクアの眼から不意に涙が溢れ出した。

 噂は否が応でも広がり、村では恐れられて誰もが彼女から目を逸らした。
 守ってくれる両親もすでにいない。
 目的のモンスターも見つけられず、何も信じられなくなったアクアは、逃げるようにポッケ村へと移ってきたのだった。


――そんな自分に再び居場所が出来た。

 今までの悲しみは、彼女の眩しい笑顔に全て消し飛ばされた。

「ひっ……う……うぁぁぁぁぁぁぁぃぁぁぁ!!」

「改めてよろしくね? アクア」

 ハンマーはそう言って、泣き叫ぶアクアの頭を優しく撫でた。


「……ハンマーさん……ありがとうございます」



(『悲しい』以外でも泣けるんだ……)


 アクアは、生まれて始めての嬉し泣きをした。

「さぁ、私の胸の中でお泣き。あ、これ、一回言って見たかったんだよね」

「ぐす……でもハンマーさん……意外と包容力、無いんですね」

「……ふっ……アクア。アンタいい度胸してるよ」

 それでもハンマーはアクアが泣き止むまで頭を撫で続けた。


   
    ◆



 酒場での出来事の後、二人は家に帰ってきていた。

「またここに帰ってこれるなんて……」

 アクアがまだ少し赤い目を綻ばせていると、ハンマーは呆れたように肩をすくめる。

「そんな大袈裟な……てかもうアクアの家でもあるんだからさ。好きに使ってよ」

「え……いきなりそんなこと言われても……こ、困りますよ」

「ま、そのうち慣れるさ。 さ、酔い冷ましにお茶でも飲もうよ。まだ聞きたいこと沢山あるしね」

「私も手伝います!」

 ハンマーはアイルー達にお茶を淹れるように頼み、アクアはキッチンに椅子を二人分用意した。

「これからは二人で住むんだから、色々と準備しないとね。まぁ大体の物は揃ってるんだけど」

 アイルーが淹れてくれた雪山草のお茶を啜りながらハンマーが呟く。酒場でかなりの時間を過ごした為、薄暗い部屋の窓からはすでに明るい月の光が差し込んでいる。

「そういえばこの家、ハンマーさん一人しか住んでない割りには随分と大きいですよね」

 ふと思いついたようにアクアが尋ねた。他の家が一階しかないのに対し、彼女の家は二階建てで大きさも二倍はある造りだったので、疑問に思っていたのだ。

「あぁ、ここは昔とある猟団の宿舎だったんだよ。大分古くなってたのを私が安く引き取って、改築したんだ」

「この大きな建物をですか!? すごい、ハンマーさん大工も出来るんですね!」

「トンカチがあれば何でも作れるよ。匠と呼んでもいいよ! むしろ呼んでよ!」

「いえ……それはちょっと」

「……さいですか」


 ハンマーの自慢話が終わったところで、会話は酒場での話題に戻った。

「そういえばさ、アクアの話で気になるとこがあるんだよね」

「どの辺でしょうか?」

「アクアの探してたモンスターってユクモ地方じゃ見つからなかったんだよね?」

「はい……私も手を尽くして探したんですが見つからず終いで。もともと幼い頃の記憶なので外見も曖昧ですし……」

「幼い頃……か。何回も思い出させて悪いんだけど、その時の話も聞いてもいいかな? 何か分かることがあるかもしれないし」

「分かりました。でも曖昧なところも多いので……参考になればいいですが」



 アクアは湯気の立つ湯呑を両手で押さえながら、話し始めた。



「あれは嵐の酷い夜でした………」






◆◇◆◇◆◇◆◇◆◆◇◆◇◆





──いいかいアクア、絶対に外へ出て来てはいけないよ。

──すぐに戻るから心配しないで待ってなさいね。

「うん! 気をつけてね!」

 十数年前、アクアはいつものように両親を見送った。
 アクアの両親はハンターで、狩りの依頼を受けながら生活をしていたので、朝でも夜でも依頼が入れば二人はすぐに出掛けていた。
 なのでアクアはいつもの事だと二人を見送ったのだ。


 一人、夜の家の中には激しい雷が鳴り響く。

「すごい嵐……お父さんたち、だいじょうぶかなぁ……」

 留守番には慣れていたアクアだったがやはりまだ幼く、嵐の激しい物音に怯え、寝付くことも出来ずに不安になりながら両親の帰りを待っていた。
 彼女の一家はユクモ村から少し離れたところに住んでおり、辺りには誰もいない。
 しかし嵐は収まるどころか更に勢いを増していった。


 数時間が過ぎただろうか。
 いつまで待っても両親は帰って来ない。

 待っている時間が永遠にも感じられた。

「家が、こわれそう………」

 叩きつけるような雨と狂ったような暴風がアクアの家を襲う。

「おかあさん……おとうさん……こわいよ……」

 その瞬間、猛烈な雷音が鳴り響いた。

「ひ……っ!?」

 そして雷音の中、耳をつんざくような咆哮と人の悲鳴が聞こえたような気がしたのだ。









 本当に不安で不安で仕方なかった。





 その音がそれに歯車をかけた。




 

 だから、






「お母さん!? お父さん!?」








 少女は咄嗟に、家の扉を開けてしまった。










 月明かりもない真っ暗な闇。
 叩きつけるような激しい風と雨を浴びながらも、少女は必死で目を凝らして両親を探した。


 すると、突然のことだった。
 昼間と勘違いするような強い光が瞬き、辺りが一瞬白く照らされたのだ。


「あ……………」



 その瞬間アクアが見たものは、翼を持った巨大な生物と、血まみれで倒れる母と、それを守るように戦うボロボロな父の姿だった。


「お父さ……──!?」

 駆け寄ろうとした時、巨大な生物と『眼が合った』気がした。



──そこでアクアの記憶はプツリと途切れてしまった。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◆◇◆◇◆



「――……眼を覚ましたら、村長に保護されていました」

 慌てて村長にモンスターと両親の話をすると、モンスターは去った後で両親はもう手遅れだったと、村長は悲しい顔で伝え、アクアを強く抱き締めた。
 その後アクアは村長の家に住み、手伝いをしながら暮らし始めることになった。
 しかし、幼かったアクアの心に出来た傷は癒えず、何も出来なかった自分を強く責め、ハンターになってあのモンスターを倒すと誓うことで、密かに鍛錬を積むことで心の傷を必死に押さえていたのだった。

「……以上が私が体験した出来事です」


「ありがとう……ごめんね。辛いこと思い出させて」

「いいんです。もう気持ちにけじめは付けましたから」


「でもね、収穫はあったかも。私、そいつに心当たりがあるかもしれない」

 ハンマーがニッと笑う。

「本当ですか!?」

 アクアの顔に驚きが浮かんだ。

「激しい嵐を呼び、翼をもった巨大なモンスター……この地方ではその特徴をモンスターをこう呼ぶよ──『風翔龍 クシャルダオラ』」

「クシャル……ダオラ……?」

 初めて聞く名前だった。
 少なくとも、向こうの大陸では。
 もっとも、上位になって間もなかったアクアにはまだ閲覧が許されない文献が多くあったのだが、彼女がそれを知るのはしばらく後のことである。

「そう。『古龍』って呼ばれてる生物」

「古龍………」

 その言葉の意味するものは知っていた。
 古龍とは、生物学的な分類が出来ない生物の総称で、特殊な力を持つ謎の多い生き物である。ただそこに『いる』だけで天災となり、ギルドでは今でも研究が続けられている対象である。

「こっちの地方には様々な古龍種が目撃されているんだ。その内の一匹、クシャルダオラは嵐を引き連れてくる力がある」

「嵐を引き連れて……確かにあの時も嵐だった……もっと教えてください!」

「体は鋼の甲殻と大きな翼を持ち、風の鎧を纏っていることから、『鋼龍』や『風翔龍』とも呼ばれてるよ」

「………私の記憶にあるモンスターと共通点があります! 確かに風を纏ってた気がします……でもやはり、見ててみないとなんとも言えないですね……」

「見て……あ! そういえば絵があったかも!」

 ハンマーは思い出したように顔を上げた。



[37857] 第一章 『龍に愛された娘』 3話
Name: 楽太郎◆a3215f1c ID:4717fa5c
Date: 2014/03/02 18:27
「本当ですか!? ぜ、是非見せてください!」

「よっしゃ、ちょっと待ってて!」

 勢いよく席を立つとハンマーは二階へと駆け上がって行った。その後しばらく激しい物音が二階から響いたかと思うと、(何故か)埃まみれになったハンマーがドタドタと一枚の額縁を持ってきてくれた。

「ごほっげほっ……お、お待たせ。これが『クシャルダオラ』だよ」

 絵を見るなり、アクアは目を見張って声を上げた。

「これ……っ! ハンマーさん、間違い無いです! こいつがお父さん達を…………!」

「……やっぱり、か」

 興奮した様子のアクアだったが、そんな彼女にハンマーは「でもね」と罰の悪そうな顔で続けた。

「クシャルダオラを含めた古龍種の目撃例ってのはかなり稀なんだよ。ハンターの中では一生のうちに一度も会えない奴だって、ざらにいる……。敵(かたき)を打つにしても、しばらくは情報待ちになると思う」

「そ、そんな……せっかく正体が分かったのに……」

 アクアの目に絶望が色濃く浮かぶ。
 確かに、これでは喜ばせ損だ。そう感じたハンマーは、アクアにある案を持ちかけた。

「それにせっかく情報が入ったとしてもね、HRが高くないと古龍のクエストは受けれないんだ。だから今ははHR上げも兼ねて、こっちの環境に体を慣らしていかない?」

 そう、どんなに実力があろうと今のアクアのHRは新米ハンターと同じ扱いの『1』。これではまともなクエストもギルドから受けることが出来ない……HR上げは重要な問題だった。

「確かに……そうですよね」

 ハンマーの提案にアクアは次第に落ち着きを取り戻していくのが分かった。いい子だな……とハンマーは心で呟き、今後の話を切り出した。

「焦るのは一番よくない結果を招くからね……あと、アクアにはアクアの中にある『力』の制御がもっと必要だと思うから、それもやっていこう」

「確かに……でもやっぱりハンマーさんに危険がある以上、それは一人で……」

「まーたそうやって。私はこれでもG級ハンターなんだから! ドンと恋っ!って感じ!」

「なんか変換……違ってません?」

 ハンマーはそんな突っ込みにあえて応えずにウインクを飛ばす。

「それにさ、私はもっとアクアの事が知りたい。なんせ、ゆくゆくは背中を預けるパートナーになってもらうんだからね!」

「ハンマーさん……」

 アクアは少し驚いたように瞳を広げたが、やがて決意したように強い眼差しをハンマーに向けた。

「私も貴女のこと、もっと知りたいです! よろしく……お願いできますか?」

「もちろん!」

 それからアクアは毎日ハンマーと共に、HR上げと『力』のコントロールを兼ねてクエストに挑み続けた。


 勿論、初めは上手くいかなかった――。







 炎天下の砂漠。
 蜃気楼が人々を惑わす大砂丘に二つの人影と巨影が一つ。


「アクア? アクア!!」


「…………っ!」

 ハンマーの呼び掛けも効果無く、アクアはダイミョウザザミに特攻を仕掛ける。

(確かに凄い強さだ。だけど……こんなに無鉄砲に突っ込むだけじゃいずれ危険になる……。無理な動きをしている分、体の負担も大きいし、何より……)

 ――このままこの力に振り回され続ければ、いずれアクアは壊れてしまうかもしれない。そんな予感がしたのだ。

「早く何とかしないと……あ! そうだ!」

 そして閃いた。
 同時に砂を蹴って走り出す。
 驚くべき速さで盾蟹の眉間に大鎚を叩き込んでスタンを取ると、そのままの勢いで後ろを振り返った。


「アクア! ごめぇぇぇぇんっ!!!」


「っ!?」

 既にハンマーは自分の愛鎚を天高く振り上げていた。
 ガツンと、まるで鉱石を叩いたような鈍い音と共にハンマーの一撃(弱)がアクアの頭部に炸裂する。




「いったぁぁぁぁぁぁ!?」


 悲痛な悲鳴が、反響するものなど無いはずの砂漠に木霊する。
 頭に巨大なたんこぶを作ったアクアが、目に涙を浮かべて転げまわりながらギッ! とハンマーを睨んだ。

「な、ななな何するんですか!? 一歩間違えたら死んで………」

 そこでアクアは八ッとした表情になる。

「もしかして……私、また……?」

「眼が覚めた? ショックにはショックってね! 意識飛んだら私が『これ』で起こしてあ・げ・る」

 ニコリと笑うハンマーの手元に握られているのは、愛用の大鎚である『夜行槌【常闇】』(やこうつい―とこやみ―)。同じく愛用している『ナルガXシリーズ』と同じナルガクルガの素材から作られた強力な武器だ。
 まるで『夜がのしかかって来るような重さ』が特徴である。
 
 ――堪ったものではない。しかし叩かれたショックからかアクアの感覚は様々な意味で麻痺していた。

「うぅ……ショックの意味が違うような気が……あれ? 違わないかな? でもとりあえず効果があったみたいですし……お、お願いします」

「……。よし、任された。じゃあもっかい頑張ろう!」

「はい!」







「………」




「え、ちょ、はや。おーいアクア?」


「………」


「………ふぅ」


 ガツン。


「~~~~っ!? 星がっ! 星がぁ!」



「痛みを体で覚えて制御するんだ!!」


「や、やっぱり急になんて無理ですって!!」

「いいや! 大丈夫! 私は応援してる!」

「応援してるならハンマー構えてうずうずしないで下さいよ!!」






 そして、一ヶ月が過ぎた。








「あの時は地獄でしたね………」

 相変わらずの酒場の喧噪の中、アクアがげんなりとした表情でぼやいた。

「よく頭の形が変わりませんでしたよ……」

「ま、まぁそのお陰で今があるんだから!」

 ハンマーは飲み物を差し出しながら、誤魔化すように明るく笑いかけた。

「永久に記憶を失いそうになったりもしましたけどね……」

 ジト目でそう呟くアクアのHRは『6』。
 なんとG級の一歩手前まで上がっていた。

「あぁ……。あの時はちょっと、ヤバかったね」

 特訓の成果はその無茶ぶりに見合う以上であり、アクアは狩りの最中に意識を失わず、さらに高い身体能力を維持出来るまでに成長していたのだ。
 意識が保てるようになったお陰でハンマーとの連携も取れるようになり、連鎖的にクエスト達成のスピードも上がったので、僅か1ヶ月という早さで上位の最高ランクにまで登り詰めたのである。

 ハンマーの力を借りながらだが、今度はちゃんと『自分』の意思と力で。
 アクアはそれがどうしようもなく嬉しかった。

「後はシェンガレオンを倒せば、晴れてG級の仲間入りですね!」

 珍しくハンマーの注文した黄金芋酒に付き合い、上機嫌に顔を赤らめるアクア。
 シェンガレオンとは、超特大の甲殻種で砦などを襲う危険な蟹の仲間だ。倒せば莫大な功績を上げることができ、それがG級へと昇格するための条件の一つである。

「そうだね! サクッとやっちゃおうか!」

「簡単に言わないで下さいよ。第一いつ来るかも……」

「――お食事中にごめんなさい。ちょっといいかしら~」

 そんな楽しい一時を過していた時、二人の会話を遮る形でギルドマネージャーが話しかけてきた。
 どうやら急用のようである。

「ギルマネじゃん。どうしたの?」

「実はね~、各地で通常種よりかなり凶暴性の高いモンスター達が出始めたの~。被害は甚大で、ギルドのハンターが各地に駆けつけてるわ。あなた達にも協力して欲しいのよ~」

 ギルドマネージャーの手には一枚の『緊急クエスト』依頼書が握られていた。

「通常種よりも、凶暴って……どういうことですか?」

「詳しく聞かせてよ」

 急な知らせに二人にも緊張が走る。酔いも一気に醒めた。しかし当のギルドマネージャーも困ったような顔で頬杖をついてしまう。

「それがね、まだよく分かってないのよ~。ただ重傷を負ったり帰って来ないハンターが多いから十分に気を付けてね~」

「わかった! すぐに準備するよ。行こうアクア!」

「はい!」

 ギルドマネージャーから依頼書を受け取り、急いで立ち上がろうとした二人。

「あ、後ね~興味深い話を聞いたの」

 しかしギルドマネージャーが再び声をかけられ、思わず転びそうになる。

「な、何ですか?」

「凶暴化したモンスターの種類は飛竜種や甲殻種、牙獣種と様々だけど~、それらのモンスターの目撃地にわずかだけど古龍の反応もあるらしいのよ~……だからくれぐれも気をつけてね~」


『ええ!?』



 話はそれで終わったが、荷支度をしている途中も、二人の中では『古龍』という言葉がグルグルと渦巻いていた。







 二人はギルドマネージャーから受けたクエストで雪山のベースキャンプに来ていた。比較的天候もよく、凶暴なモンスターの気配も今は感じられない。

「やっぱり凍土とは大分気候が違いますね」

 アクアが辺りをキョロキョロとしながら呟く。
 凍土は雪と氷ばかりの世界だったが、雪山の麓は緑も豊富で比較的暖かかった。

「でもまぁ、山の天気は変わりやすいっていうからね。ここもいつ吹雪くか分からないよ」

「そうですね……」

 ベースキャンプから下に降り、湖の近くを進む二人。
 アクアは景色を眺めながら嫌そうに溜息を吐いた。

「しかし……相手は『フルフル』ですか」

 フルフルとは雪山など寒い環境に住む純白の飛竜で、洞窟などの寒冷帯に好んで生息している。光の無い場所で生活している為、嗅覚が発達しており、代わりに眼が退化して無くなっているのが特長のが特徴的である。それに加え、伸縮性のある首や、ほぼ口だけの頭という不気味な風貌をしているために、気味悪がるハンターは多い。おまけにガードの出来ない電撃を武器に使ってくるのだからたまったものではない。

 アクアもここに来て何度かフルフルを相手にしてきたが、未だに慣れずにいた。

「んまぁ、確かに不気味だよね。でもそっちにも似たような奴がいるんじゃなかったっけ?」

「確かにこっちにも『ギギネブラ』という不気味な飛竜種がいますが……まだ眼みたいなのがありますからね。フルフルに比べたら可愛い気があるってもんです」

「でも頭が二個あるように見えるし、卵も産みまくるし、上からでっかい口で吸い付いて来るんだよね? 私はそっちのが嫌だけどなぁ……」

「ええ~……」

 そんな二匹が一部の女性に高い人気を博しているという事を知り、彼女達に衝撃が走るのはまだ先のことである。

「まぁ、我が儘も言ってられませんからね。嫌な敵はすぐに倒しちゃうに限ります」

「だね。寒いし、早く帰って暖かいものでも食べよっか」

「あっ、じゃあ私、特製のキムチ鍋をご馳走しますね!」

「アクアが初の手料理!? やったぁ! じゃあお願いしようかな」

「任せてください、腕によりをかけますよ」

 そんな話をしていると、フルフルが棲んでいるであろう洞窟へと辿り着いた。洞窟は気温の低い頂上付近にまで続いているため、中からは冷たい空気が流れ込んでいる。

「この奥にいるんだろうね……ギルマネの話からすると、普通の奴より相当手強いと考えた方がよさそうだよ」

「そうですね……。引き締めていきましょう」

 そう言ってアクアは耐寒剤である支給品のホットドリンクを取り出して、一気に飲み干した。そして驚いたように目を見張る。


「ん……!? ハンマーさん、このホットドリンク、全然辛くなくないですか?」

 アクアが訝しげに首を捻る。

「え? 私のは相変わらず辛いくらいだけど……不良品かな? 交換してみる?」

「あ、はい。お願いします」

 アクアはハンマーのホットドリンクを貰って飲んだが、またも首を傾げる。

「どう?」

「どうも何も……これじゃ効果出なくないですか?」

「えぇ? 私はちゃんとぽかぽかしてるけどなぁ」

「うーん、もしかして支給品だからですかね?」

「ん? 支給品も市販のも変わらないと思うけど?」

 そうハンマーが言うと、アクアは驚くような一言を言ってのけた。

「あ。私、ホットドリンクって自作のしか飲んだこと無いんですよ」

「嘘!? じゃあ全部調合してたってこと!?」

「はい。ユクモにいた間はずっとそれで、ここに来るときも持ってきてたんですが……この前、全部使ってしまって」

「何か調合方法に違いがあったのかな?」

「かもしれませんね」

 そう言うなり、アクアはポーチからにが虫を取り出し始めた。

「ん? 何する気?」

「ここで作ってしまいます。幸い、材料は持ってきてますからね。私だけ寒いのは嫌ですし」

「ふむ、じゃあ私が違いを見極めてあげよう」

「お願いします」

 そう言って調合用のすり鉢とトウガラシをポーチから取り出し、にが虫と一緒に混ぜ合わせていく。

(何だ、普通のと変わらないじゃないか)

 しかし、ハンマーがそう思ったのは最初だけであった。
 続いて取り出されたのはトウガラシ。

(え? また?)

 アクアはそれを当り前のように混ぜ合わせていく。
 次に出てきたのもトウガラシだった。

(……ま、まだ入れる気!?)

 ハンマーの表情に驚愕が浮かび上がる。  
 しかしアクアはそれを気にする様子も見せず、さも当然のように混ぜ合わせていく。

 更にトウガラシ。
 次もトウガラシ。
 まだトウガラシ。
 既にトウガラシとにが虫との対比は9;1程になっていたがアクアはまだまだトウガラシを投入し続けた。
  
「ふんふふーん♪」

 もしかして自棄になっているのではないかと心配したが、アクアは鼻歌まじりに調合を手際良く行っているのでこれが普通らしい。

(いやいやいや、これは違いがどうとかって問題じゃないでしょ)

「上手に出来ましたー!」

「…………」

「で、ハンマーさん? 何か分かりました?」

「いや……。でもとりあえず、今夜のご飯は酒場で済まそうか」

 出来上がった真紅色、ボコボコドロドロなホットドリンクをアクアが美味しそうに飲み干すの唖然として見届けながら、ホットドリンクを忘れてもアクアにだけは貰うまいと心に固く誓ったハンマーであった。






 場所は変わり、洞窟内部。
 先程とは打って変わり無駄話はピタリと止んで、二人の眼はすでに狩人の眼へと変わっていた。

「この奥………確実に何かいるね」

「その様ですね……」

 大分進んでいたが、生き物一匹見当たらない。
 洞窟は確かに異常を物語っていた。
 二人は警戒しながら、薄暗い洞窟の中を散策し始めた。、分かれ道や段差を乗り越えて、普段フルフルが根城にしているエリアへと近づいていく。

「でもフルフルの気配もありませんね……」

 エリアの入り口に着いたアクアがそう言って白い息を吐く。

「フルフルは気配を消して襲いかかるのが得意だからね、油断しち――しっ!」

 ハンマーが何かを察知して指を口元に添えた。

「……来ますね」

 ただならぬ気配を察知してアクアも身構える。

「気をつけて……」

 暗い洞窟の壁を伝って歩く音、近付いて来る息づかいが聞こえてくる。しかし薄暗い洞窟では、まだその姿を見つけることが出来ない。
 段々と近付いてくる音に二人が集中して構えていると、不意に音がピタリと止んだ。


「……」

「……」


 辺りには不自然な程の静寂が漂っている。
 そんな時、パラッ……、と氷柱の欠片がハンマーの頭に当たった。


「!」

 ハンマーがハッと真上を見上げて松明をかざす。

「アクア、上だ! 上に――っ!?」

「……なっ!?」


 頭上に張り付く不気味な影が松明の明かりに照らされる。そこには今まで見たこと無いような巨大なフルフルがいた。未だ見たことは無かったが、いわゆる金冠サイズと呼ばれる大きさに違いなかった。

「「ギャオオオオォォォ!!!!」」


「――――きゃっ!?」

「――――くっ!?」

 高級耳栓を軽く貫通するほどの咆哮を上げたフルフルは、地響きを起こしながら地面へと降り立った。

「流石に規格外過ぎるでしょ『これ』は……!」

「嘘……こんなの見たこと無い……」

 バチバチっ! という音と共に口に電気を溜め込んだフルフルは咆哮で固まっている二人に向かって、8方向にも分かれる強烈な雷撃を吐き出した。

「やばい! 避けて!」

「……くっ!」

 二人は電撃避けながら、もう一度『そいつ』を確認した。

「グルルルル……」
「グルルルル……」


「……こいつはアクアの好きそうなフルフルだねぇ」

「……そのようで」

 見間違いではない。
 そのフルフルには確かに首が『二つ』付いていたのだった。









「「ギャオオオオォォ!!」」

「うぁ……っ!」

「ぐぅ……っ!」

 二匹が同時に仕掛けるバインドボイスは凶悪な威力を誇り、洞窟の反響効果も相まって食らった二人の体は完全に硬直してしまっていた。耳を塞いで体を丸めなければ一瞬で鼓膜は破壊され、甚大なショックを受けることは明白だと本能が告げている。
 そんな二人に向かい、フルフルは再び口に白い光を溜め始め、そして放つ。強烈な咆哮を喰らった二人は、向かってくる電撃を前にまだ動けないでいた。

(まずい! 早く避けないと!)

 ハンマーは必死に体を動かそうとしたが、体は意識に反して動こうとしない。

 これまでか……。
 そう思った時、上から降ってきた氷塊が上手い具合に体に当たり、そのショックで体の自由が戻った。瞬間、ハンマーは夜行槌をまだ動けないアクアに振るって、かち上げていた。

「逃げてアクア!」

「うぁっ、ハンマーさん!?」

「よし!」

 アクアが安全圏に飛んだのを確認すると、ハンマーも電撃の回避を試みた。
 ――しかし。


「あぐっ……くぅ――っ!」

 僅かに遅く、電撃がハンマーの足をかすめた。ダメージは軽かったが高密度の電撃に足が瞬時に麻痺を起こしてしまい、彼女は地面に倒れ込んでしまった。


「「クオォォォォ」」
 
 フルフルが体を低くさせ、飛びかかりのモーションを取る。巨体の体重を利用して押し潰そうとしているのだ。


「………くそっ!」

 ハンマーはまだ痺れる足を引きずって回避を試みるが明らかに間に合わない。
 あの巨体でボディプレスなど喰らったら、ひとたまりもないだろう。

 死の気配が近くまで忍び寄ったその時。

「はぁぁぁぁ!」

 アクアが渾身の力でフルフルに切り掛かっていた。

「「ギャオォ!!?」」

 急所を捉えた攻撃にフルフルは仰け反り、注意がアクアに向いた。
 その隙に、何とか痺れを解いたハンマーは体制を立て直すことが出来た。

「ありがとアクア!」 

「私の方こそ! でも、もう危ない真似はしないで下さいよ! 」

「ごめんごめん」

 ハンマーは苦笑した後、真剣な顔をしてフルフルを睨んだ。

「でもあいつの咆哮から電撃ブレスのコンボは思った以上に厄介だ……奴の正面には立たないように立ち回ろう」

「分かりました!」

 しかし、こんなモンスターとの戦闘経験がない二人は苦戦を強いられた。
 フルフルの頭を叩く方法は熟知していたハンマーだったが、頭が2つとなると大分勝手が違うようで、頭に上手く攻撃出来ずにいた。

「アクア! フルフルは足が脆い! 二人で集中攻撃して転倒を狙うよ!」

「はい!」

 二人は転倒を狙って足元を攻撃し始めたが、フルフルもそれを察知して攻撃を激化させる。

「ギャオオオォォォォォオオォォオォォ!!!」

「グォォ!!」

 片方が叫んで動きを止め、もう片方が攻撃をする。

 そんな極悪コンボを二人は助け合いながら紙一重で躱していく。
 協力プレイなら負けない自信があった。

「これで……どうだ!!」

 ハンマーの会心の一撃が足へと叩きこまれる。

「「ギャオオォォウ……!?」」

 すると遂にフルフルの足が限界を迎え、体を勢い良く地面に打ち付けた。

「今だ!」
「今です!」

 掛け声と共にハンマーはフルフルのくねらせる頭二つを、驚異的な破壊力を持つ大槌で殴り付ける。同時にアクアは戦闘中に練った氣を爆発的な攻撃力に変え、斬撃の嵐をフルフルに見舞った。
 太刀使いだけが使える大技『気刃切り』である。アクアの剣技はユクモ流なので最後に巨大な円を描く『気刃大回転切り』を加えて放つ。
 練り上げられた氣が更に昇華され、アクアの太刀に黄色い光が纏わり始める。これは肉眼で認知出来るほど氣が練られた証拠である。

「私らのターンはまだ終わらないよ!」

 そしてフルフルが起き上がろうとした瞬間にハンマーが上手くスタンを取り、スタンが解けたら即座にアクアが落とし穴を展開させて落とす。
 見物人がいたら見惚れてしまいそうな程の流れるような連携が決まっていた。
 しかし、二首のフルフルも異常なタフさを発揮していた。通常の個体ならとっくに倒れているダメージを負いながらも、力強い抵抗を続けているのだ。

「……どんだけタフなんだよ!」

「ハンマーさん! もうひと頑張りです!」

 太刀を気の最高域を示す赤色に光らせながら、アクアがすかさず声をかける。
 二人が狩りを共にして一月以上。お互いが集中を切らさないよう働きかける、理想の連携が生まれていた。

「そうだね! でもこっちも限界が近い。気合いで持ちこたえるよ!」

「はい! 全力で畳み掛けましょう!」

 ハンマーとアクアはそれを合図に全力の猛攻を繰り広げた。

「やぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「でやぁぁぁぁぁぁぁ!!」



「「おりゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」



 そして――。



「「ギャォ……ォォ…………」」


 洞窟に響く断末魔と共に、ズシンと音を立てて巨体が氷の床に沈む。


「……ふぅ」

「何とかやりましたね……」

 フルフルが動かなくなるのを確認すると、二人は同時にペタリと座り込んで掴み取った勝利を喜んだ。

「さ! 剥ぎ取りを始めましょう!」

「そうだね!」


 狩人の一番の楽しみ、剥ぎ取りタイム。
 これがやらずして休んでなどいられない。
 もしかしたら新素材が手に入るかもしれません! とアクア達は張り切って立ち上がり、剥ぎ取りを始めた。


「は、ハンマーさん! これは一体……!?」


 しかし、期待は予想外の出来事に塗りつぶされた。



「嘘……。何……これ……ありえないでしょ」



 アルビノエキスを取ろうとしたアクアが、驚愕の表情でハンマーに見せたもの。
 それは熟練ハンターでも一生に一度手に入るか分からない貴重なものだった。並みのハンターなら教科書でしか見ることが出来ずに生涯を終えてもおかしくない代物。

 本来なら飛び上がって喜んでもおかしくはないのだが……。


「……これは早くギルドに報告しないとね」


 ハンマーが冷や汗をかいて呟いた。




 『飛竜』フルフルから取れたもの。


 ――それはまぎれもなく『古龍』の血であった。



[37857] 第一章 『龍に愛された娘』 4話
Name: 楽太郎◆a3215f1c ID:4717fa5c
Date: 2013/07/29 12:04
人間や竜の血とも違う不思議な色をした液体
――『古龍の血』

二人はそれを持って雪山を後にした。



    ◆



二首のフルフルから取れた『古龍の血』をギルドへ持ち帰った二人は、後日ギルドマネージャーに呼び出されていた。

「こんちわ―」

「失礼します」

「いらっしゃい~。こっちに座って~」

ギルドマネージャーは部屋にやって来た二人をのんびりとした口調で迎えた。
しかし顔は至って真面目なので、素でこんな口調なのだろう。

「それで……話って何でしょうか?」

「あのフルフルのことで何か分かったの」

そんなに急かさないで~、と言いながら彼女は二人にお茶を出し、お茶を一啜りしてから本題に入った。

「実はあなた達が戦ったフルフルのように突然変異したモンスターの目撃情報が各地から来ているのよ~。討伐したハンター達によると、その全てのモンスター達から『古龍の血』らしきものが取れたみたいなの~」

「!?」

危なく吹き出すところだ。
お茶なんか飲んでられない程の緊急情報だった。

「じゃあこの前言ってた『狂暴化したモンスター』ってのは全部あんな奴等だってことか……」

あの強さはG級、いやそれ以上にも思えた。
多くのハンターが返り討ちにあったのも納得できる。

「では『古龍の反応』っていうのは変化したモンスターの血から出ていたってことなんですかね?」

「ギルド本部にいる古龍占い師がそうだと言っていたわ~。だから古龍観測所ではそれらのモンスターのことを『古龍化』したと呼んでいるの。古龍の血が取れるんですもの、確かにもう古龍と同じよね~」

「んん……クシャルダオラ探してる時になんて紛らわしい……」

「確かに……」

あ、それなんだけど~ とギルドマネージャーが付け足すように口を開いた。




「古龍といえば、最近クシャルダオラの目撃が増えてきていの~」




「クシャルダオラの!?」
「クシャルダオラのですか!?」

二人はその言葉に激しく反応した。

「でもその場所がねぇ~……通常の個体よりも広い範囲で目撃されてるのよ~」

「広い範囲で?」

ハンマーが眉をひそめる。

「普通のクシャルダオラなら現れるのは雪山とか砂漠で、珍しくても密林やドンドルマでしょう~? なのに今回は沼地や樹海、森丘なんかでも目撃されちゃってるのよね~」

「それは確かに広すぎるな……」

ハンマーは何か考えるように首を捻る。

「今クシャルダオラがどの辺にいるかってのは把握出来てるの?」

「まだ分からないわ~。今回は異例の行動範囲の広さでしょ?流石の観測所でも追いきれてないの~」

「ふむ……あのさ、ちょっと頼みたいことがあるんだけど」

ハンマーが思い立ったように話しかけた。

「何かしら~?」

「『古龍化』したモンスターの出現地域を確認できるだけ全部教えて欲しいんだ」

「ん~あなたの頼みだしね~。企業秘密だけどいいわよ~」




ハンマーはギルドマネージャーから出現情報を細かく教えてもらうと、しばらく考察し、やっぱり……と呟いた。

「古龍化したモンスターの目撃場所は、雪山や砂漠を始めとして徐々に沼地や森丘にも広がってる。これはクシャルダオラの目撃情報と一致してるんだ」

だから とハンマーが続ける。

「理由は分からないけど、クシャルダオラの出現はモンスターの古龍化にリンクしてると見て、間違いないんじゃないかな」

「クシャルダオラが古龍化の原因……――っ!?」

アクアは驚きを顔に浮かべ、次にハッとした表情で黙りこんだ。
ハンマーは更に続ける。

「そしてこの考えが当たってるなら、次にクシャルダオラが向かう場所には見当がつく」


「え~本当~?」


ギルドマネージャーが驚いた声を上げる。
ギルドでも把握出来ていないことだけに期待が高まるのも無理はない。

「うん。この二つとクシャの移動法則を関連付けたら簡単なことさ。古龍化したモンスターもクシャルダオラも、まだ火山では目撃されていないんだよ。だからクシャルダオラは近い内に火山に『何か』をしに行く可能性は十分にあると思う」

「なるほど、そういう見方も出来るわね~。すぐ観測所にも話を伝えて来るわね~」

そう言って、ギルドマネージャーは(やや)駆け足で出ていった。

「……ハンマーさん」

アクアがふいにハンマーの名を呼ぶ。

「分かってるよ、アクア。じゃあ準備しようか、火山での対決に向けて」

「あ……、は、はい!」

二人はそう言うと勢い良く立ち上がった。


        

  ◇


夜、火山へと向かう準備を終えた二人は明日に備えて早めの就寝をしていた。

「ふぁ………ん?」

深夜、ハンマーがふと眼を覚ますと、隣のベッドにアクアが居ないことに気が付く。

(こんな時間にどこへ……?)

心配になり彼女を探すと、彼女は2階のベランダにいた。
月を見ながら佇む彼女の姿は、どこか幻想的だった。

「アクア、どうしたの? 風邪引くよ?」

「わ!? ハンマーさん……」

ビクリと振り返ったアクアがすぐに暗く思い詰めた顔をしたことに気付き、ハンマーの頭は一瞬で目を覚ました。

「一体どうしたの? こんな時間に……」

「ちょっと考えてしまうことがあって……」

アクアの声はとてもか細く、今にも消えてしまうのではないかと思うくらいに掠れていた。



「……ハンマーさん、ギルドでクシャルダオラがモンスターを凶暴化……古龍化させてるって言いましたよね?」

「うん……まだ推測だけどね」





「私も……そうなんでしょうか?」




「!」



そう言った彼女の肩は暗い中でもはっきりと分かるほど震えていた。


しまった、とハンマーは自分も軽率な発言を呪った。
その可能性は確かに、ある。





「もしあの時のクシャルダオラが今回の奴なら……私の中にも古龍の血が入ってしまってるんでしょうか!? そうだったら私は………!」

「アクア……!」

「ふへ!?」

ハンマーがアクアの肩を抑えるように抱き締めて力強く叫んだ。

「落ち着いて、心配しないで! 大丈夫だから! アクアは体への異変は無いんだだ……もし仮にそうだったとしても、影響は薄いんだよ。それにアクアはもう自分の力を抑えられるじゃん! もう誰もアクアのことを化物呼ばわりなんかしない、そうでしょ?」

「で、でも元凶のクシャルダオラに会ったらもしかしてまた………」

「私はアクアのことを信じてる。それに本当にクシャルダオラが原因だったら、そいつをぶっ倒せばアクアも元に戻るかもしれない! 一石二鳥でしょ!」

もう一人じゃないんだから、一人で考え込まないでよ……、とハンマーはアクアの頭を優しく撫でた。

「ハンマーさん……ごめんなさい。私また下向きに考えて……痛っ!?」

謝って俯こうとしたアクアだったが、ハンマーに背中を思いっきり叩かれた。

「さあさあ! 明日はもう出発なんだから弱気になってる暇は無いよ? もし影響を受けたとしても、また今みたいに叩いてあげるからね~」

ニッと物騒なことを言って笑いかけるハンマーにアクアもつられて、思わず笑ってしまった。

「ふふ……ちゃんと手加減してくださいね?」

やわらかい月の光が応援するかのように、二人を優しく照らしていた。



     ◇


早朝、日がまだ昇りきらない内に二人は家を出ていた。

ハンマーがネコタクの予約をギルドに申し込んだのだが、既に『古龍化』モンスターの討伐に多くのハンター達がネコタクを使っていたので、こんな早朝のネコタクしか残っていなかったのだ。

しかし他にも理由があった為、それはむしろ好都合といえた。

「いやぁ~……早朝はやっぱ……眠いねぇ……」

ハンマーが眼をショボショボさせて言う。

「昨日の元気はどこ行ったんですか……。全く! 『今更眠気なんかに負けられるか―!』ってトランプなんか始めるからですよ! ……ふぁ……私も少し眠いです……」

「あはは、アクアったらだらしないねぇ! それでも女の子?」

「どの口が言ってるんですか!?」



「――おやおや、こんな朝早くから元気にどこへ行くんだい?」



あくまでもひそひそ声で会話していると、村の出口――マカライトの大岩付近で不意に何者かに声をかけられた。

「!?」

慌ててその方向に視線を飛ばすと、なんと村長がいつもの場所で焚き火に当たっているのだ。

「あちゃ……村長……また今日もお早いんだから」

「お……お早うございます……村長」

村長はにっこりと笑い掛けながら、「待っていたよ」とやわらかな声で言った。
ただし眼は笑っていない。

「火山へ、風翔龍の討伐に向うそうだね」

「全部知られてたか……」

「村長さん、耳が早いですよ……」

「ほっほ、わたしゃこれでも村長だからね」

しわだらけの顔を更にくしゃくしゃにして村長は得意げに笑う。

これでせっかくの作戦は失敗に終わってしまった。
今までは様子の違うクシャルダオラだから、多数のハンターで迎え撃とう、という提案があったのだが、もし相手がそれに気付き、逃げられてしまうと今度こそ場所の特定が困難になってしまうとハンマーが提案し、議論の末、わずか二人という少数精鋭で討伐に向かうことをギルドに納得させていたのだ。

――アクアもケリは自分でつけたいでしょ? ……それにもし暴走しても私だけなら平気だしね。

とハンマーが本当の理由を教えてくれたのは、昨日の夜。
あの後のことである。

だから二人は村の人達に心配を掛けないように、ギルドだけに話を通して討伐に向かうつもりでいたのだ。

「もちろん村の全員が知っとるがね、私が代表して見送らせてもらうことになったよ。なぁに、あんた達はこの村の自慢のハンターだからね、安心して見送れるよ」

「村長さん……」

「へへっ、こりゃあ頑張らないとね!」

そして村長は「そうそう、アクアよ」 とアクアの方を向き、そばに置いてあった小包を差し出した。

「これを持ってきなさい」

「村長さん、これは?」

アクアが不思議そうに受け取った小包を見つめる。

「それはユクモの村長からあんたに渡してくれと届いた物だよ」

「ユクモの村長から!?」

思わず小包を落としそうになる。

「とりあえず開けて御覧よ」

「は……はい」

村長に促され、小包を開けるアクア。

「これは………!」

小包に入っていたのは丁重に磨かれた一振りの小太刀だった。

「こ、これ……お、お父さんの武器だ! 無くなったと思ってたのに……どうしてこれが?」

アクアは形見の小太刀をまじまじと見つめた。
今ならこの武器の価値が分かる。
片手剣の中でもユクモ最高クラスの武器――小太刀【砂凪】。


「ユクモの村長がボロボロになったそれを発見して、加工屋に頼んで鍛え直してもらったんだとさ。でもその武器は特殊だからね。直すのに今まで掛かってしまったと言っていたよ」

「村長が……そんなことを……」

小太刀【砂凪】には『龍属性』という特殊な属性が宿っている。

『龍属性』は『火』、『水』、『雷』、『氷』の4属性や、毒や麻痺などの状態異常の属性と違い、加工屋の手では容易に付加出来ない未知の属性である。

古龍や一部の飛竜が苦手とする成分を含んでいるらしく、主に地中から発掘された太古の武器に宿っていることが多い。
ギルドでは古龍と共に大きな研究対象になっている。

「……私が村を出るとき、唯一止めてくれたのが村長でした。でもあの時の私は村長のことも信じられなくなってて……あ、あんなに冷たく、振り切って来たっていう、のに……」

アクアの頬を何粒もの滴が流れる。
母親のように思っていた。でも見放されたと勝手に思っていた。
もう二度と会えないと思っていた。

でも……

「一段落着いたら、手紙でも送ろっか」

「……そうですね」

ハンマーの優しい声にアクアはしっかりと頷いた。


――必ず。


そう誓い、アクアは父親の形見を腰に差すと、愛用の太刀を背負う。

「じゃあ行ってくるよ」

「必ず戻ってきますから」

「あぁ、待ってるよ」

二人は頭を下げ、再び足を踏み出そうとした。



――すると


「おーーい! 二人とも!」

「絶対に無事で帰ってくるんだよ!」

「あ! いつもは何かと仲の悪い加工屋のおじさんと雑貨屋のおばさん!」

「お姉さんでしょ!」
「お兄さんだろ!」

同時に文句を言う彼等。
もう結婚してしまえ と思う。

それを合図のようにゾロゾロと村人が集まり、口々に激励の言葉を投げ掛けた。

「ハンマーさん! 飲み代のツケ残ってますからね!」

「アクアちゃん! 頼んだぞ!」

「ハンマーさん! 今度はドリンク間違えるなよな!」

「アクアちゃん! 手を振ってくれ! ありがとう!」

「おやおや……結局出てきてしまったのかい。全く……こういう旅立ちは静かに行うもんじゃというのに……」

ブツブツと言いながらも村長の顔は笑っている。

「皆さん……ありがとうございます!」

「パパッと片してくるからね!」

(ここにも、こんなに私達を応援してくれる味方がいる……)

胸がギュッと熱くなる。


(にしてもアクアとの差は一体何……?)


一方ハンマーは拳をギリリと握っていた。



村人全員の見送りを背に、二人は改めて火山への一歩を踏み出す。


「やばいよ! ネコタクの時間ギリギリだ!」

「えぇ!? とにかく走りましょうハンマーさん!」

「ちょっ!? 待ってよアクアぁ!」





「全く慌ただしい娘達じゃのぅ……」

慌てて走り出した二人を見てそう呟きながらも、焚き火に当たり直した村長の顔はニッコリとほころんでいた。





[37857] 第一章 『龍に愛された娘』 5話
Name: 楽太郎◆a3215f1c ID:4717fa5c
Date: 2013/07/29 15:06
ー砂漠ー

アクアとハンマーが火山へ向かう少し前のこと。

太陽が執拗に照りつける砂漠に、二つの影が並んで歩いていた。


「はぁ……。やっぱり砂漠は暑すぎるね……つらい……」

熱で水分など全て奪われた砂に足を取られないよう気をつけながら、
そうバテ気味に呟いたのは『全身黒ずくめ』の見るからに怪しい男。

「……そんな暑苦しい『モノ』かぶってたら暑いに決まってるでしょ?」

隣を歩く金髪の少女が、そんな男に鋭く突っ込む。

「いや……これはもう体の一部みたいな物だから……」

「うわ……嘘でしょ!?」

彼の頭には真っ黒な『スカルフェイス』が装備されていた。
そんな不気味なモノから、なんと直に汗が流れているのだから訳が分からない。


男を見ながら全力で引いているザザミS装備の彼女は『シャワ(shawa)』。
装備はライトボウガン。
頭以外も全身黒づくめな男は『バルス(varus)』。
装備はランス。
二人ともれっきとしたハンターである。


「にしても、見つからないわねぇ……」

「本当にね……」


――二人は砂漠にとあるモンスターの討伐に来ていた。


「全く……いくら報酬の為だからってこんな怪しい男と組まなきゃならないなんて……」

「まぁまぁ、そう刺々しないで」

頬を膨らませて嫌そうに文句を言う彼女にバルスがそう飄々と言うので、シャワはげんなりとした様子で彼をギロリと睨んだ。

「だったらいい加減それを外しなさいよ! 一回も素顔を見せないし……本当に不気味よ貴方」

「僕だって君の信用を得たいとは思ってるけど、『これ』ばっかりは無理なんだよ……」

「お互い素顔を見せてこそ、初めて信頼関係を結ぶきっかけ位は生まれると思うんだけどね。……まぁ、貴方がそのつもりならそれでいいわよ。言えない理由もあるみたいだし」

「はは、そう言って貰えると助かるよ」

「少し嫌味が入ってるのよ! その位気付きなさいよ!!」

こんな言い合いを続けている二人の出会いはつい先程、ドンドルマから少し離れた町の集会ギルドでの事だった。





◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




「えぇ!? このクエストは二人以上でないと参加不可!?」

いつもよりも騒がしいギルドの中、シャワは受付嬢に猛然と詰め寄っていた。

「ごめんなさい。今回出現しているモンスターは今までに無いほど危険だから、ギルドからの指令で現在は二人以上でないと受注出来なくなってるのよ」

「そんな……こんな報酬のいいクエスト絶対に逃したくないのに……」

シャワがギリギリと悔しがっていると、受付嬢がある提案をしてきた。

「あ、そうだわ。そういえば、さっきも同じようなハンターさんがいたのよ。その人と組んでみたらどうかしら?」

「え……?」

シャワは一瞬ポカンとし、

「えぇぇ!? 知らないハンターと組めって言うの!?」

露骨に嫌そうな顔をした。

「大丈夫だって、自信を持ちなさいよ。異例の年齢と早さで上位になったのはあなただけなのよ? それに、今後の参考に一度くらいはソロ以外の狩りも経験してみないと」

「うぅ……」

シャワはまだ16になったばかりの少女だ。
しかし、とある一件で年齢以上のハンターのセンスをギルドに認めさせ、上位ハンターにまで登り詰めた実力者である。
しかもシャワはソロ限定でクエストをこなしており、その評価も加えられて常人離れしたスピードでHRを6まで上げたのだ。


――しかしなぜソロ限定だったのか?


「いや………んん……でも………」

表情を曇らせてうつむく彼女。

一見強気な性格のシャワだが、実はかなりの人見知りなのだった。

受付嬢は昔からそれを知っていたので、こう続けた。


「私の勘が間違っていなかったら、あのハンターさんとならシャワさんはきっと上手くやっていけると思うわよ?」

「……その根拠はどこから来るのよ?」

「そうねぇ……私の彼氏いない歴が最短でも0年とか?」

「………シェリー」

シャワは遮るように、受付嬢の名を冷やかに呼んだ。

「ちょっとぉ、勤務中に名前はやめてってば」

受付嬢は匿名性やミステリアスさも売りにしているのは知っている。
ちょっとした嫌がらせだ。
というか彼女が勤務外に何をしているかなんて、知り合いであるシャワでさえ分からないのだが。

「で、その『ハンター』ってのはどこにいるのよ?」

これ以上彼女の自慢話を聞くのも癪だし、どうせ何を言っても会わせられるのだろうとシャワは半ばやけになってハンターの場所を訪ねた。

「あら、もう後ろにいるわよ? さっき手招きしといたから」

シェリーはシャワの後ろに向ってにっこりと営業スマイルを浮かべていた。

「えぇ!?」

そんな! とシャワは慌てて後ろを振り向く。


「  」


驚き過ぎて声を忘れてしまった。


黒。


黒。


真っっっ黒!


そんな怪しすぎる男が立っていたのだ。

「どうも、初めまして。バルスっていいます。君が噂のシャワちゃんだね? いやぁ、僕も一人で困ってたんだよ! 良かったら一緒にブハァッ!?」

そんな男が流暢に慣れ慣れしく話しかけてきたものだから、
思わず殴り飛ばしてしまった。

「何この怪っしい奴!! 不審者よ! 不審者! ギルドナイトさ―――ん!」

「ちょ、ちょっと、違うってば。見かけはちょっとあれだけど彼、ちゃんとしたハンターさんよ?」

くすくすと笑いながらシェリーが「大丈夫ですかー?」と可愛らしい声を出して転がっている男に駆け寄った。


――あれが彼氏いない歴0年の秘訣なのかしら……?


「痛たたた……怪しまれるのは慣れてるけど、いきなり殴られたのはこれで二度目だよ……というか君も結構酷いこと言ってるからね……?」

「あらあら、ごめんなさい」

シェリーはクスリと笑みを浮かべて謝る。

バルスと名乗った男は、何故か腫れ上がっているスカルフェイスを撫でながら立ち上がった。
シャワも意を決して謝りに行く。

「あの……ごめんなさい。で、でもあんたが怪しすぎるのが悪いわよ! なんで全身真っ黒なのよ!」

「いやぁ…なんでって言われてもポリシーと言うか……」

と頭を掻くバルス。

「照れるな! そんなポリシー捨ててしまいなさいよ!」

つい怒鳴ってしまう。

――何で私はこうも会話が下手くそなのか。


そんな葛藤をしている時――。

「はいはーい、二人共。混んできてるから話はクエスト中にしてくださいね。あ、準備はしといたから」

「え!? ちょっと何よシェリー!? 引っ張らないでよ!」

「痛い痛い痛い! 受付嬢さん!? 腕はその方向には捻れないから!」


と、こんな具合にシェリーによって無理矢理砂漠に送り込まれてしまったのだ。

    

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


(全くシェリーの奴……あれで助け舟でも出したつもりなのかしら。帰ったら覚えときなさいよ)

そう思いながら、シャワはもう一つの懸念を口にした。

「……それにしても、本当にターゲットは何処にいるのかしら? これだけ歩き回っても見当たらないなんて」

「うーん……奴は岩場の方にもいることがあるからね。そっちも探してみようか?」

「そうだったわね。……ええっと、岩場はどっちだったかしら?」

「太陽があそこだから……方角ならこっちだね」

バルスは太陽の位置と周りの風景を照らし合わせ、すぐに一点を指差した。

「あなた、結構手慣れてるわね……一体どの位ハンターやってるの?」

ふと気になって訪ねてみる。

「ん―、ハンターになったのは10年位前かな?」

「おっさん!?」

少し距離を取るシャワ。


――アブナイ……若そうな声に騙されるところだった。スカルフェイスのせいで声がくぐもってるから今一声で年齢を判断出来ないのだ。

「失礼な! これでもまだ若いんだよ!?」

「だからどこが『これでも』で『まだ』なのか分からないのよ!」

時々口論を交えながらも、二人は会話を続けながら岩場を目指した。

「――僕は旅をしながら狩りをしてるからね。あの街に来たのはつい先月なんだ」

「旅? 珍しいわね。普通なら拠点は一つに絞るのに」

「……ちょっと目的があってね」

「ふ―ん。そう言えばこの辺じゃ見ない装備をしてるわね」

バルスはこの大陸のものではない、ブナハ(黒く着色済み)と呼ばれる装備などを組み合わせて身につけていた。

「普通はその大陸のギルドに登録してるから管理外の場所に移動する時は装備は持ち出せないんだけどね。その辺は旅のハンターの特権かな。他にも例外はあるけどね」

「ふ―ん、旅か……そういうのも悪くないわね」

そういえば、とシャワは思う。

(不思議ね……初めて会った人とこんなに普通に話せるなんて………)

いつもならもっとギクシャクとしてしまうのに、彼には昔からの知り合いのように気兼ねなく話せてしまう。
普通なら大声で怒鳴るなど出来る訳無いのだ。

「ねぇバルス、もしかしてどこかで会ったことあったかしら?」

「んん? こんな可愛らしい女性に会ったら忘れないはずだけどな?」

「……セクハラで訴えるわよ?」

「……それは勘弁してくれ」

(逆に怪しすぎるから一周回っちゃったのかしら……?)

可能性は十分に高い。
しかし話していると、外見はともかく中身は案外まともだということが分かってきた。

「まぁ食えない性格してるとは思うけどね」

ボソリと呟く。

「ん? 何か言った?」

「別に?」

そうこうしていると、二人はあっと言う間に岩場に到着していた。

到着した岩場は周りを巨岩と湖に囲まれた比較的涼しい地帯である。
砂漠の生物の避暑地としても機能しており、今日も涼みに来たアプケロスが並ぶように草を食んでいる。

「うーん、いないかな? ま、取りあえず一旦涼んで……」

しかしバルスが岩場に一歩足を踏み入れた瞬間、場の気配は一変した。

「バルス!」

シャワが咄嗟に警告する。





――――砂漠の生物は過酷な環境にいる分、テリトリーを犯す者に激しい対応を見せる。






「あぁ、近くにいるね……」


その後すぐ、辺りが大きく揺れ始めた。

「凄い地響きね……相当でかいわよ」

「戦闘準備だ」

「ええ」

バルスは背負っていたランスを構え、シャワもすぐにライトボウガンへ弾を装填し始める。


すると、大きくなってきた地響きが目前でピタリと止まった。


「………?」

「足元っ!」

「……くっ!」

シャワが叫ぶと同時にバルスも跳んだ。

さっきまで自分達が居た地面が一瞬で消し飛ぶ。
代わりに巨大な塔が現れたのが、砂煙の中でも確認できた。







――――そしてその範囲はその生物のレベルと確実に比例している。







「……確かにこの巨大さは一人じゃ辛そうね」

「……しかも何か多くないかい?」

「あなたにも見える? なら気のせい……じゃないようね」

二人は冷や汗を掻きながら見上げた。


「ギャオォォォォォォォォォォォォォン!!!」

砂煙の中から現れたのは、砂漠の守護神とも呼ばれる偉大な存在。

ただし通常のハンターが出会うような固体とは訳が違った。

3本角、そして灰色の巨大なディアブロスの咆哮が砂漠に響き渡った。

砂を震わせる程のバインドボイスをバルスの盾が一身に引き受ける。






――――だからこそ、砂漠の強敵からは逃げることが出来ないのだ。








「戦闘開始よ!」

「OK!」

そう言った瞬間から、炎天下の砂漠の中で大きな影と小さな影二つが激しく動き回り始める。

「大きかろうが角が多かろうがね、弱点は変わらないわよ!」

シャワが撃ち込んだ氷結弾がディアブロスの尻尾を正確に貫通する。

「おぉー、噂に違わない腕前だね」

バルスは氷属性を纏う槍を振り回し、ディアブロスの足を軽やかなステップで突き責めながら声を漏らす。

【セイバートゥース】。
この地方にはいない、ベリオロスという飛竜の鋭利な牙で作られた鋭槍である。

「喋る暇があったら攻撃しなさいよ!」

シャワは弾をリロードしながら怒鳴る。

「う―ん、甲殻が大分固いな……これは長期戦になりそうだ」

「ちょっと! 聞いてるの!?」

「大丈夫、その可愛い声はちゃんと聞こえてるよ!」

「――なっ!? 調子狂うわ、ねっ……!」

繰り出される突進を紙一重で避けながら、シャワがディアブロスの足に照準を定めて撃ち放つ。
バルスの攻撃と合わせて、通常種なら転倒してもおかしくないダメージが蓄積しているはずなのに、三つ角の角竜は一切のひるみを見せない。
弱点のはずの尻尾にもそこまでダメージが通っているとは思えなかった。



その後もいくら攻撃し続けてもディアブロスは一向に弱る気配がなく、二人は徐々に消耗し始めていた。



「……くっ! また潜ったわよ!」

「よし、今のタイミングなら怒り状態じゃないな。音爆弾を投げるよ!」

「任せたわ!」

バルスは迫ってくる砂煙に向かって音爆弾を投げる。

苦手な高音を聞いたディアブロスはたまらず飛び出してくる……はずだったが。

「――うぐっ!?」

「バルスッ!!?」

何故か音爆弾の効果は全く見られず、バルスはディアブロスの突き上げを食らい、空高く舞い上がったのだ。

「ぐぅ………っ!」

盾によって辛うじて角の直撃は免れたバルスだったが、盾は弾き飛ばされ、衝撃によるダメージも大きく体の自由はほとんど効かない。


そして落下地点には……。


「……串刺しがお好きなのかな?」

ディアブロスが角を構えて待ち受けていたのだ。

まさに絶命絶命。

「……間に合って!」

シャワは急いで生命の粉塵を振りまく。

「これは……」

粉塵を纏った優しい風がバルスを包み込み、動けるくらいに回復したバルスだが、まだ空の上である。
状況はほとんど変わらなかった。

「くっ……不味いな……」

落下しながら考えるバルス。

シャワはディアブロスの気を引こうと必死で弾を撃ち込んでいるが、角竜の狙いは一向にぶれない。

「こんなところで…………っ!」

バルスが諦めかけたその時、下から声が聞こえてきた。

「――……を……っ……て!!」

「ん……?」

風の音でよく聞こえない。
バルスは音を遮る風の中、必死に耳に意識を集中させた。
出会って間もないが、バルスは不思議と彼女を信頼していた。

「槍をこっちに投げて!」

「!」

ハッと手を見るとそこにはしっかりと槍が握られていた。

「あんなに激しく飛ばされたのに武器を手放さないなんてな………」

状況はしっかりと変わっていた。

バルスは全ての力を使い、下に向かって勢いよく槍を投げた。

「何を考えてるかは分からないけど……僕はシャワちゃんを……信じるよ…」

バルスの意識はここで途絶えた。




降ってきた槍はディアブロスの近くにうまく突き刺さった。
岩場付近なのでやや固めの土なのが幸いしたようだ。

「おりゃぁぁぁぁ!」

槍が刺さるのを確認して、シャワは槍目掛けて勢いよく走り、そして跳んだ。

シャワは槍を踏み台にしてディアブロスに飛び乗ったのである。


「キャッチ……よ!!」


そして暴れる角竜の背を走りながら、シャワは落ちてくるバルスを何とか角の目前で受け止めることに成功してみせたのだ。


     


  ◇




「………早く起きなさいよ!」

「う……」

スカルフェイスを叩かれる衝撃でバルスはハッと意識を取り戻した。
どうやら五体満足で助けられたらしい。

「ありがとう、助かったよ。……ところでここはど…ゴボッ!?」

「……とりあえず飲みなさいよ」

「ここ、は……どこ、だい?」

回復薬を無理矢理飲まされながらバルスは尋ねた。

それに対してシャワはやや言いにくそうに、

「ディアブロスの……上、かな?」

そう言って目を逸らす。

回復薬を飲み終えたバルスは納得したように手を叩いた。

「あぁ! 道理で揺れると……ってえぇ!? ……うわっ!」

「きゃあ!」

ディアブロスが違和感を感じたのか、暴れながら走り出したのだ。

「ちょっと! ねえ、どうしよう!?」

「僕に言われても! 今飛び降りたら絶対助からないよ!」

「もともとあんたを助ける為にこうなったのよ!? 音爆弾使ったからって油断するから!」

「怒ってもいないディアブロスに音爆弾が効かないなんて分かるはずないじゃないか!」

二人は必死にしがみつきながら言い合いを続ける。


「ギャオォォォォォォォォォ!!!!」


そんな二人を乗せたディアブロスは砂漠の彼方へと走り出していった。



[37857] 第一章 『龍に愛された娘』 6話
Name: 楽太郎◆a3215f1c ID:4717fa5c
Date: 2013/08/05 01:13
ネコタクに乗り、船での航海を終えたアクアとハンマーは予定よりも早く火山のベースキャンプへと辿り着いていた。

「ふぅ、ようやく着いたね」

「やっと体を動かせるよ」と背伸びをしながら言ったハンマーは手慣れた様子で荷物をほどき、拠点であるベースキャンプの設立に手をつけ始める。


――その傍らで。


「うぅ……気持ちわるいぃ……」

アクアは呻きながら船の桟橋でうずくまっていた。

「大丈夫? はい、薬草」

ありがとうございます……、とアクアはよろよろと薬草を受け取って口に放り込む。
爽やかな香りとほのかな苦味が口に広がり、土気色だったアクアの顔に少し明るみが戻った。

「力のコントロールは出来るようになったけど、遂に乗り物酔いは治らなかったねぇ」

ハンマーは気遣うような顔でアクアを話しかけるが、口元はしっかりとニヤけている。

「うぅ……私だって結構馴れたつもりでしたよ……。でもですね、でもですよ? 船上であんなに揺さぶられたらね、誰だって酔いますって………!」

ジト目でハンマーを睨むアクア。
ここに来る途中で彼女はハンマーに散々遊ばれていたのだった。

「えぇー? 私は平気だったよ?」

ハンマーの口はまだニヤけたまま。

「ハンマーさんはどうかしてるんですよ!」

アクアはガバリと飛び起きて抗議する。

「お、元気になった」

「……怒ったら大分楽になりましたよ」

正直彼女のペースに振り回されっぱなしだが、これ以上は時間を割いてはいられない。

「さぁ、途中だったクシャルダオラ対策をまとめてしまいましょう。本当は船で終わらせるはずだったのに……」

「あはは、ごめんごめん。でも早く着いたでしょ? クシャルダオラもまだみたいだしね」

ハンマーが古龍観測所の気球を確認しながら言う。
今回はギルドの全面協力を得て、気球からの偵察を常時行っているのだ。

今のところ、古龍発見のサインは無い。

「じゃあまずは早めに火山の奥地まで足を進めて……」

二人は現地の細かな情報も合わせて作戦を練っていった。

     
  


「狙うは『頭』……ですか?」

アクアは確認するように呟く。

「狙うのは正確に言えば『角』だね。古龍の不思議な力はさ、角を破壊すると効力をほとんど失うんだ。何でかは分からないけどね。クシャルダオラの纏う暴風はかなり厄介だから、まずは角の破壊を優先させる。それにクシャルダオラの頭部は弱点だから一石二鳥! って訳だね」

「なるほど……」

アクアは神妙に頷いた。

ハンマーの説明はとても分かりやすいもので、まだ標的を見ていないアクアでも敵の情報をすんなり知ることが出来た。
G級ハンターというのは、やはり色々と格が違う(ただし性格は抜かす)。

「じゃあ早速火山内部の洞窟に行って、クシャルダオラを待ち伏せようか。ギルドの予測じゃまだ時間は余裕があるからね」

「分かりました!」


最終確認が終わり、二人は火山へと足早に歩を進めていく。



――途中、気球がチカチカとライトを点灯させていたことに、彼女らは最後まで気が付かなかった。









ハンター達が『火山』と呼んでいるこのラティオ活火山では、留まることなく溶岩が流れ続けており、かなりの熱気や有毒なガスまで発生させている場所もある。
そんな生物を拒むかの様な過酷な環境だが、だからこそこの環境に適応した生物は強力な個体が多い。

そんな火山の内部を二人はひたすら奥へと向かっていた。

「かなり暑くなってきたね……アクア、そろそろクーラー飲もうか?」

そう言いながら汗を拭うと、ハンマーはクーラードリンクを一気に飲み干した。

「くぅ~! この体の芯から冷やされる感じ! やっぱ火山で飲むクーラーは違うね!」

「もう……ハンマーさんったら飲み過ぎです。決戦が控えてるんですよ?」

後ろを歩くアクアの呆れた声が聞こえてくる。

「へへ、予備はあるから大丈夫! それにね、私のは特製ハチミツ&ミント味だから絶品なんだよ」

ハンマーは「いいでしょう!」と自慢するように振り返る。

――が

「……え? どうかしました?」

彼女が見たものはシャリシャリと爽快な音を立てながら、真っ赤なイチゴを摘まんでいるアクアの姿だった。

「ななななな!? ちょっとそれ氷結晶イチゴじゃん! どうしたの!?」

狩りの時でも見せないような驚愕の表情を浮かべるハンマーに、アクアはさらりと答えた。

「ああ、さっき灼熱イチゴを採取して調合したんですよ。ん~、冷たーい」

「…………ねぇ、 一個頂けないかな?」

「え~、せっかくアイテム減らしてまで氷結晶を持ってきましたからねぇ。自慢のクーラーを飲めば……わっ!? ちょっと引っ張らないでくださいよ!」

「いいじゃん1つくらい―! 減るもんじゃないし!」

「確実に減りますから! これには今回のモチベーションが懸かってるんです!」

「決戦前にイチゴ一個でモチベーションが下がってたまるか!」

「ハンマーさんはイチゴの素晴らしさを分かってませんね!? よく見て下さいよこの色と艶!」

「確かに……っていうかよく見たらこのイチゴ、トウガラシの粉末まぶしてない!?」

「はい、冷た辛いのがもうたまりませんよね!」

「道理でやけに赤く……ってこんなイチゴ食えるか!」

「そもそもあげるなんて言ってませんから!」

盛大にわめき合う二人。
もはやG級どころか上位の威厳すら感じられない有り様であった。


――そんな時。



「「!?」」


洞窟の奥から凄まじい地響きが聞こえたのだ。


「ハンマーさん! ……今のは一体?」

「……分からない。だけど少し慎重に……わっ!?」

様子を見てみよう とハンマーが言いかけた時である。
周りの地面から幾つもの青い鋏が突き出して来た。

「なっ!? 何なんですかこれ!?」

無数の鋏を避けながらアクアが叫ぶ。

「火山で地面から出る鋏といえば……」

「「ギチギチ……」」

青い甲殻に白い殻と触覚、そして小さいながらも殺傷力が追求された鋏。
百は軽く越えるだろう大量のガミザミが二人を取り囲んでいた。

「こりゃあザザミソで一杯……なんて言ってらんないね」

ジリジリと距離を詰められる最中、苦笑いするハンマー。

ショウグンギザミの幼体であるガミザミだが、成体に負けないくらい凶暴であり、毒まで有している危険なモンスターである。
数匹程度なら難なく倒してしまうのだが、この数は流石に異常だった。

「本当にそんなこと言ってる場合じゃ無いですよ! ……どうします? このままじゃ囲まれますよ」

ガミザミ達との距離を更に詰められながらも二人は素早く意見を交わす。
もう1メートルというところまで蟹の群れが迫った時、ハンマーが大きな声を上げた。

「……よし、このまま奥まで突っ切ろう!」

「さ、さっきの物音の方にですか!?」

「帰りの道は奴等の数が特に多い……。進むのは一番手薄なこの道しかないでしょ」

ハンマーは冷静に状況を分析していた。

「確かに……。分かりました! なら蹴散らして進みましょう!」

アクアが覚悟を決めて武器を構えようとすると、

「いいや、もっといい方法がある」

「え?」

そう言うと彼女は、武器を構えもせずにガミザミの群れに突っ込んでいったのだ。

「ハンマーさん!?」

アクアは咄嗟に呼び止めるが、ハンマーはこっちを見てニヤリとした後、ガミザミ達に向かって勢い良く跳び込んだ。

「いやっふぅ!」

「うわぁ……」

一匹、二匹、三匹とガミザミが地面へと沈んでいく。
ハンマーはなんと、ガミザミを踏み台にして奥の通路へと渡り切ったのだ。

「アクア―! 早く!」

向こうからはハンマーの呼ぶ声が聞こえる。

「うぅ…………仕方ないっ!」

アクアは意を決してガミザミの群れに飛び込んだ。
ごめんなさい! ごめんなさい! と謝りながらガミザミを上を踏んでいく。
踏み付ける度に聞こえる苦しそうな鳴き声が後で夢に出そうで怖い。

「うまいうまい!」

何とか渡りきると、ハンマーが腕組みをして頷いていた。

「ハンマーさんの発想には毎回驚かされてばかりですよ……」

「誉めない誉めない! 避けれる戦いはなるべく避けないとね。さぁ、奴等が追って来る前に奥へ急ごう」

「ま、待って下さいよ!」

アクアはハンマーを追いかけるように、不気味な雰囲気を醸し出す洞窟の奥へと向かっていった。






火山最深エリア。
奥で大量の溶岩が跳ねる火口が真近に迫るこの地帯。


「これは………」


「……どうやら待ち伏せされてたのは私たちだったみたいだね」


ハンターの間では『エリア6』と呼ばれる場所には、大量のガブラスが飛び交っていた。


「グルルルルゥ……」


それだけにとどまらず、エリアの中心には物音の正体であろう巨大な獅子が鎮座していたのだ。

金獅子――ラージャン。
牙獣種でありながら、一時期は古龍として扱われていた程の力を持つモンスター。
並みのハンターなら姿を見ただけで逃げ出すほどの超危険生物。

そんな怪物が二人を待ち構えていたのである。

しかも、恐らくは古龍化というおまけ付きで。

通常のラージャンより倍は長く凶悪にねじれた角。それは先端が二股に分かれており、ガウシカの角にも似ていた。
そして異常なまでに発達した筋肉、高質化した皮膚は従来の弱点である防御の低さを見事に克服している。

「そ……そんな……」

そんな金獅子にアクアが圧倒されていると、ハンマーの声が響いた。

「アクア! ラージャンの後ろ!」

ハンマーが指差す方向を見ると、アクアは目を疑った。

「!!!」

ラージャンの後ろには、巨大な翼をはためかせ、今にも飛び立とうとしているクシャルダオラの姿があったのだ。

クシャルダオラが一瞬、アクアを見据えるように睨んだ。


「うっ!?」


一瞬、目が眩むような光が辺りを包む。


「痛っ――!?」

ズキリ、とアクアの頭に痛みが走った。



思わずつぶった瞳の裏に先程見えた光景が張り付いている。

鋼色ではなく光輝く純白。
全てを洗い流すような白色の甲殻を、その古龍は纏っていた。

「待て……――危ないっ!」

ハンマーはクシャルダオラを追おうとしたが、ラージャンが彼女目掛けて光の束を撃ち放ったのだ。

避けたハンマーの目前を金色の熱線が道を塞ぐように通り抜ける。

「くそっ!」

光線が途切れるなり飛び出したハンマーだったが、すでにクシャルダオラは飛び立った後であった。

「ハンマーさん! 大丈夫ですか!?」

アクアが駆け寄るとハンマーは大丈夫だと言って立ち上がる。

「……こりゃいよいよ不味いね……アクア、体に違和感は無い?」

「……ええ、今のとこ平気みたいです」

しかし上空のガブラスの群れ、前方のラージャン、後ろから大量のガミザミが迫るこの状況。

ハンマーも流石に余裕の表情は出来ず、冷や汗を流す。

「さて……どうしたものかね……」

「……私は諦めませんよ」

「そりゃ私もだけどさ……」

しかし二人は確実に追い詰められていった。

ここまでか……? そう思った時である。
アクアは、遠くから近づいてくる地響きに気が付いた。

「何かが来ます!」

モンスター達も地響きの方向に顔を向ける。

そして、地響きはますます大きくなり、

そして……


「ギャオォォォォォォォォン!!!」

「きゃあぁぁぁぁぁ!?」

アクアが驚きの声をあげた。

洞窟の壁が豪快に破壊されると共にディアブロスが突っ込んできたのである。

「な、何で火山にディアブロスが!?」

「し、しかも角が三本ありますよ!?」

二人が困惑してる間にも、土煙と共にディアブロスはガブラスやガミザミを次々と蹴散らしていった。


「ギャォォォォォォォ………ン」


――――そして、そのまま走り去って行ってしまった。。



「………え?」

何だったんですか……? と呆けたように声を漏らすアクア。

「…………さ、さぁ?」

ハンマーも訳が分からないという顔をしていた。

しかし、今の騒動でガブラスとガミザミの群れ逃げ出してほぼ壊滅。

「グルルルルル……」

残るはラージャンだけとなり、そのラージャンも舞い上がった土煙で身動きが取れないでいた。

「何か……運が向いてきたかな?」

「確かに……あれ? ハンマーさん!」

するとアクアが突然土煙の中を指差した。

「ん? 何だあれ………人……影?」


土煙の中に見えたのは二つの人影。


「いやぁ……やっと降りれたね」

そう言って出て来たのは、全身黒ずくめの怪しい男だった。

「って言うか振り落とされたのよ……最悪! ていうか……ここって火山じゃない!? どうやって帰るのよ!?」

二人目は、ツインテールに纏めた金髪を振りながら怒る女の子。

現れたのは、二人のハンター。
バルスとシャワの両名だった。

「な、何ですか!? あの怪しい黒いのは!?」

アクアが何度目か分からない驚きを声に出す。
彼はやはり、誰が見てもそう思えるような男だった。

「分かんない………だけど1つだけ分かることがある」

ハンマーがいつになく真剣な声で言った。

「な……なんですか?」

アクアも真剣な顔つきになって聞く。



「あのザザミの子は絶対いい子だよ。で、あの黒いは悪い奴できっと無理やり連れまわしてるんだ!」


「いやいや、流石に見かけで判断しすぎでしょう。ほらあの黒い人、逆に怒鳴られてるじゃないですか」

「……そうかなぁ?」


ハンマーはあくまで真剣な顔である。

「ん? そこにいる二人はハンターさんか?」

「本当だわ! 良かった、これで帰れる!」

二人がこちらに気付き、駆け寄って来た。


――まずい、そんな大声を出されてはラージャンに気付かれてしまう。


「あの、ちょっと……!」

「ちょっ……! 待って静かに!」

ハンマーがこちらに近づくラージャンを指差した。

「……っ!?」

「ひゃ――――!? むぐぅ……っ!」

黒い人――もといバルスの行動は素早かった。
状況を一瞬で把握し、驚いて叫ぼうとしたシャワの口を塞ぐと、岩影に隠れようと提案して四人はゆっくりとその場を離れることに成功したのだ。

「ありがとう、黒いの。助かったよ」

「それはいいんだけど、ラージャンが火山にいるなんて情報……ギルドには無かったはずだけど?」

岩場についてすぐ、バルスがそう尋ねた。
ラージャンなどの危険生物はギルドが厳重に注視しているため、火山などに現れた場合、直ちに警報がギルドに伝わるのだが今回は全くの無情報である。
しかし、そもそも生態も解っていないモンスターの居場所を把握することが困難である為、情報を鵜呑みにすること自体が間違いなのであるともいえる。

「同じくだよ。私たちも今、鉢合わせばかりなんだ……」

「取り敢えず、今からどうするのか決めましょうよ。……気付かれるのは時間の問題ですよ」

土煙は徐々に薄くなっており、ラージャンもしきりに辺りを見渡している。

「でもこの状況でラージャンから逃げるなんて無謀よ! このまま隠れてやり過ごした方が――」

冷静さを取り戻したシャワがそう提案する。
シャワは金獅子の討伐経験こそないが、しっかりと準備もしないで挑めるような相手ではないと直観が告げていた。

「確かにそうですね……」

「みんな落ち着いて! ここは冷静になって行動しないと……」

バルスガそう言った時、ガラガラと彼が背をつけた岩が大きな音を立てて崩れて落ちた。

「ブォオオオオ!!!」

瞬間、獲物を見つけたラージャンが体の底から震えるような咆哮を上げる。

「バルス!? あ、あんた何てことしてくれたのよっ!」

「冷静になろうとした結果がこれだよ!」

「黄色いの黒いのも! 言い合いしてる暇は無いよ!」

「黄色いのじゃなくて私はシャワよ!」

「あ、同じく僕はバルスね」

「こんなときに自己紹介してる場合ですか!」

「アクア! 突っ込んでる暇も無いって!!」

そうしている間にもラージャンはこちらに近づいていた。

グルル……、という唸り声が恐怖心を耳から体の芯まで直に送り込む。

「……これはもう、戦うしかないでしょ」

ハンマーが決心したように言う。

「た、戦うって……ハンマーさんラージャンと戦ったことあるんですか!?」


「実は無い!」

自信満々に言い放つ。

「敵の情報がほとんどないんですよ!? 危険です!」

「そんなの戦いながら覚えればいいんだっ!」

「ちょ、ちょっと!? あなた正気!?」

「ここで引いたら絶対に誰かが犠牲になる!」

「……っ!」

ハンマーは大鎚を担いでラージャンに向かって行った。

するとそれを追うように黒い影が続く。

「僕もそういうの、嫌いじゃないよ」

バルスがハンマーと並んで走り出していた。

「そう! じゃあよろしくお願…………って黒いの、あんた武器は?」



「…………あ゙」






(砂漠に忘れてきたぁぁぁぁぁぁぁ!!)






「あー……バルス、だっけ? 先、行くよ?」


立ち尽くすバルスを尻目に走り出すハンマー。
あれではあまりにいたたまれない。


「――バルスさん! これを!」

狼狽えてるバルスの元に走って来たアクアが一本の小太刀を手渡した。

「これは……!?」

「父の形見です! 大事に使ってくださいね!」

「ありがとう、いい刀だ。 ……じゃあ行こう!」

「はい! ハンマーさんを援護しましょう!」

二人はハンマーに続いて走り出す。それを見て残された一人はため息をついた。

「あーもう……! どうしてこうハンターって皆無茶が好きなのかしら……。まぁ、私も人の事言えた立場じゃないけど!」


苛立たしげそう言うと、シャワはライトボウガンを構え、ラージャンに向かって氷結弾を撃ち放った。



「ブォォォォ!!」

唸りを上げて降り下ろされるラージャンの豪腕。

岩をも容易に砕くその一撃を喰らえばハンターといえどもひとたまりもないだろう。

ハンマーはそれを見切り、紙一重の間を置いて避ける。
吹き過ぎていく拳から生みだされる烈風を肌に感じながらながらも、ハンマーの目には闘志がみなぎっていた。

「だぁぁぁ!」

狙いは済ましたハンマーの一撃がラージャンの脳天に直撃、その直後にシャワの放った氷の礫が降り注ぐ。

「はぁぁ!」
「せぇぇぇぇい!」

怯んだその隙にバルスとアクアはラージャンの両側に回り込み、二振りの刀がラージャンの屈強な体を鋭く切り裂いていた。

「ブォォォ……!」


完璧なコンビネーションが決まり、金獅子はうなり声を上げながら後退した……、



「よし!」



――アクアの目には、そのように見えたのだ。



[37857] 第一章 『龍に愛された娘』 7話
Name: 楽太郎◆a3215f1c ID:4717fa5c
Date: 2013/12/13 10:18
「よし! 押してます!」

圧倒的な力を持つラージャンが、私たちの攻撃を受けて後退した。
その様子を見て、アクアの目には勝利への期待が色濃く浮かんだ。

「違う! あれは怯んだんじゃない!」

「え……?」

険しいハンマーの声にアクアが驚いた。
狩りの最中でもあまり見たことのない、彼女の警戒した様子。


そんな彼女に驚いてる間にそれは起こった。



「うわっ──!?」



──目の前が眩むほどの、金色の光が辺り全体を包み込んだのだ。



「い、一体何なの!?」

「黒獅子の怒りが頂点に至る時、獅子は黄金の光に包まれ、金色(こんじき)の獅子へと姿を変える―──か……なるほど。文献の通りだね」

シャワが片手で目を隠しながら狼狽える横で、バルスは思い出すように呟いた。

「……それどういうことよ?」

「まぁ簡単に言えば、ピンチ……ってことかな?」

「本当に簡単に言ってくれるわね……」


光が収まると、そこには先程のラージャンの姿は無かった。
こちらを射るように睨みつけているのは、金色の外毛を逆立たせた一匹の王。
発達していた筋肉は更に膨張しており、ただそこにいるだけで地面にはヒビが入り始めている。


ハンター達はその姿に圧倒され、目を見張った。


これこそがラージャンが金獅子と呼ばれる理由。
古龍も恐れるといわれる牙獣の王の真の姿であった。


あまりの迫力と美しさに三人は動けない。

「皆しっかり! ここからが本番だよ!」

「「「──ッ!!」」」

ハンマーの一括。
その一声で皆は気を持ち直し、武器を構え直すことができた。

「ハンマーさん、行きましょう!」

「シャワちゃん、怯んだら負けだよ!」

「解ってるわよっ! あんたこそ、もうバカしないでよ?」


今、全員の気持ちが一つにまとまった。
その事実にハンマーは身震いするほど気合が高まるのを感じた。



──これだから、狩りはやめられないんだ。



「へへっ、さぁ始めようか!!」


「ブォォォォォォォォォォォォォ!!!!」



四人は咆哮を合図に、輝く金獅子に向って走り出す。




一人は太刀を流水のように扱い、一太刀一太刀がまるで生きているかのように金獅子へ振られていく。

一人は大鎚をまるで重さがないように振り回し、敵の頭部に自ら吸い付くが如く叩き込んでいる。

一人は相手の豪腕を軽やかに躱し、朱色に染まった槍先をまるでリズムを刻むように突き立てていく。

一人は放たれた金色のブレスを半歩移動するだけで躱してみせ、一体いつ装填しているのか分からないほどの速さで弾丸を撃ち続けている。


それぞれが意図したわけでもないのに、流れるように連携が決まっていく。
心を一つに合わせた狩人達はここまでの力を発揮できるのか』


──ディアブロスが開けた大穴。そこから偶然目撃した古龍観測隊は、この戦いをそう記録していた。


これは正確に記録に残された初のラージャンの討伐であり、後に『金獅炎山の狩猟』として、ハンター達の間で長く語り継がれることとなる。







「……終わったね」

倒れたラージャンを見て、ハンマーは肩で息をしながら皆に笑いかけた。

「死ぬかと思いました……」

「同じく……」

「もうくたくた………」


全員が傷だらけ。
文献では最後まで見事な狩りをし続けたと記載されているが、実際には皮一枚で命を守り通していたに過ぎない。

──まともに一撃でも受ければ再起不能。

それほどの相手だったのだ。
攻撃が掠った傷、地面を転がった傷、火山の熱気に当てられた傷……被弾こそしなくても心身共に限界を迎えていた。


今はただただ休みたい。
誰もがそう思っているはずであった。


「それじゃ帰ろっか。ラージャンとクシャルダオラの情報と、あと宴会もしなきゃならないしね」

「そうですね、早く帰って休みた……へ?」

アクアが呆けたような声を上げた。

「聞き間違えよね……? あなた今、宴会って言った?」

「まさかまさか、シャワちゃん疲れてるんじゃないかい? こんなボロボロの状態でそんなこと出来る訳……」

「黄色いのも黒いのも何言ってるのさ! 帰ったら夜通しで勝利を祝う! これはハンターの常識でしょー? ね、アクア?」

振られたアクアは白い目でハンマーをじろりと睨む。

「前々から思ってましたが……何でそんなに元気なんですか?」

「え? ……若いから?」

「私の方が若いですよ!!」

「そうだっけ?」

「そうですよ!」




「ねぇ、バルス……」

「……言いたいことは分かるよ」


残された二人は呆れながら思う。


それだけ一緒に騒げる彼女も充分元気だろうと。




「僕達はどうしようか?」

「あん……取り敢えずギルドに戻ってディアブロスの討伐失敗の報告……よね。まぁラージャン討伐を伝えればギルドも何も言わないと思うけど」

「確かに」

「ていうかこのままじゃ宴会とかに呼ばれかねないからすぐに撤退したいわ」

「……確かに」

予定が決まればすぐに行動に移すのがハンター。
四人は連絡先を教え合うと、途中で別れて帰路についたのであった。





「しっかし……疲れたねぇ……」

先程とはうって変わり、ハンマーは大分疲れた声で言った。
ついにアドレナリンが抜けきったのかと思いきや、そうではない。


「ラージャン丸々一匹村まで運ぼうなんてするからですよ……。 途中でギルドにお願いして正解でした」

呆れ切ったアクアの表情がその時の光景を物語っている。

「だってせっかくの貴重な素材だしさ、沢山欲しいじゃん?」

「それじゃ密猟と変わりませんからっ! それにギルドから素材はたんまり貰えるって話ですよ」

残念そうにハンマーがぼやくのを見かねて、こっそり聞いたことを教えるとハンマーの表情はパァッと輝いた。


「ホント!? ならいいや! じゃあ早く帰って祝勝会だ!」

「だから休みたいですってば……」


二人はそんな会話をしながら村へと足を進める。




「…………」

その二人が帰っていく様子を見ていた人影がいた。

「まさかあのラージャンを倒してくれるとは思いませんでしたが、計画には支障ありませんね。さぁ、後は……ふふ、面白くなってきました」



そこにいたのはリノプロヘルムを付け、赤い衣を纏った女――彼女は小さく笑いながら洞窟の奥に消えていった。







酒場ではいつもよりも騒がしくなっていた。

ラージャン討伐の話が広まり、多くのハンター達がポッケに集ってお祭り騒ぎが始まったのだ。
その喧騒中、一際大きな声が酒場に響いた。

「乾杯ーー!!」

杯から飛沫が盛大に飛び散る。

「もう……な、何回目の乾杯ですか?」

「えぇー? もうギブアップ?」

すでに何十杯もの空杯が転がっていたが、ハンマーはまだまだ余裕そうである。

「うぅ……お祝いなんですから、私を気にせず……好きなだけ飲んでください」

アクアはぐったりとしながら、まだまだ飲み足りなそうにしているハンマーにそう言うと、ばったり机に突っ伏した。

「そう? じゃあ、お代わりお願いしま―す!」


(本当に元気だなぁ……)


アクアはハンマーの元気な声を聞きながら、ぼんやりとした頭で村に帰ってきてからのことを思い返し始めた。



──数時間前。


二人は帰ってすぐに火山でのことをギルドに向かい、ラージャンの出現とクシャルダオラがモンスターの変貌の元凶でほぼ間違いないことを報告した。


「そうだったの、よく無事に帰ってこれたわね~。私、これでも心配してたのよ~」

口調はのんびりしていたが、彼女の顔を見ると本当に心配していたようである。

まぁ、通常運転ですね……、と思いながらアクアは話の核心について触れた。

「それでクシャルダオラがどこへ行ったのかは分かったんですか?」

するとギルドマネージャーはニコリと笑って答えた。

「ふふふ~ギルドもちゃんと働いてるのよ~。今さっき、古龍観測所から報告が入ったの~。どうやら目標は今、古塔に住み着いているみたいね」

「古塔……ですか?」

「古塔か……あそこに行くの大変なんだよね。ネコタクの手配に時間掛かるし、樹海を突っ切るから最低でも3日はかかる」

「そんな辺鄙(へんぴ)なところにあるんですか……」

「準備もあるし今日明日は動けそうにないね」

ハンマーは何かを考えるようにポリポリと頭をかいた。

「あ、とりあえずシャワちゃん達に連絡をしときましょうよ」

火山で出会った怪しい(約1名)二人組にクシャルダオラの話をしたところ、協力したいから情報が入ったら連絡して欲しいと言ってくれたのだ。


───ああやってさ、他にやらせといて自分は高みの見物する奴って一番嫌いなのよ。

アクアは、盛大に顔をしかめてシャワが言っていたのを思い出す。

――古龍の血を分けて配下に置くなんてとても興味深いじやないか。是非とも対峙してみたいね!

バルスは逆に顔を輝かせて(輝やいても黒だったが)協力を申し出ていたが……。


「……ん?」

アクアの頭にふと何かが過ぎった。

「あぁ──────!!」

「ど、どうしたのアクア?」

「バルスさんに小太刀貸しっぱなしだった!!」

アクアは思わず頭を抱えた。

「しまった……大事な物なのに、しれっと腰に差されて持っていかれた……!」

形見なのに……、とアクアは自分の記憶力を呪う。
貸した相手が不審者のような出で立ちだけに妙に不安が増していく。

「よし、ギルドナイトに通報しようか?」

「い、いや、信用は出来る人だとは思ってますからそこまでは……」

アクアが慌てて言うとハンマーは「冗談冗談」と笑った。

「じゃあ、連絡は早めにしないとね。私がネコタクの手配と一緒にしておくよ。その間にアクアはあれの準備をよろしく!」

「え? あれって言うと……?」

嫌な予感がしたのでとぼけるように言ったのだが、ハンマーはニヤリと笑ってアクアの頭をワシャワシャと撫で回した。

「宴会に決まってるじゃない! 他のハンターも誘って盛大にやろう! 報酬はたっぷり入ったしね!」

「えぇ!? ……やっぱりやるんですか? しかも規模が広がってるじゃないですか!」

「勝利のお祝いと、クシャルダオラ討伐の前祝いだ!」

「そ、そんな暇は……私の小太刀とクシャルダオラがぁ!」

「慌てない慌てない。ネコタクの手配だってまだ数日かかるし、黒いの達とも連絡取らなきゃならないから、焦ってもどのみち時間が空いちゃうんだ。だから出発前にパーっとやっとこうよ! ね?」

「うう……なら仕方ないですね」


──焦る私を気遣ってくれてるのだろうか?


ニコリと笑うハンマーにそこまで言われたら、休みたいとは言えないアクアであった。

            
         ◇

「アクアー! 起きろぉー、帰るよ?」

「んにゃ……? あ、私寝ちゃって……」

ハンマーに揺すり起こされると宴会はとっくに終わっており、辺りはすっかり暗くなっていた。

「出発の支度は明日から始めるから、今日はもう寝よう」

「そう、ですね………うわっととと!?」

「おっと! 大丈夫?」

足元がふらつく……まだ酔いが抜けてないようだ。
ハンマーに支えられながら少し歩いていると、彼女の姿がふいに見えなくなった。

「……ハンマーさん? うわっ!?」

急に体が浮き上がったので驚いて声を上げた。
ハンマーがひょいとアクアを背負ったのだ。

「だ……大丈夫ですよっ! 歩けますってぇ!」

アクアが足をバタバタさせる。

「無理しないの。お姉さんにしっかり掴まってなよ?」

「……うう」


渋々といった様子でその後も文句を言っていたが、しばらくすると不意に大人しくなった。


「………アクア?」


「……………すぅ」


アクアは背負われながら、眠りについてしまっていた

「……んふふ」

「んー? 嬉しそうな声出しちゃって。いい夢でも見てるかかな?」


アクアは久しぶりに、笑っている母の夢を見たのだという。







「ほら起きろ──!」

ぷすっ、と軽めの音が部屋に響く。

「っ!!? いったぁ────!!!?」

飛び起きたアクアの横では、ハンマーがニコニコと笑顔を向けていた。

「おはよう! どう? 私の特別モーニングコー……ぶっ!?」

ハンマーの顔でペイントボールが盛大にはじける。

「サボテンハンマーで刺さないでって何度言ったら分かるんですか!? しかもそれ、一応毒ありますからね!?」

「ご、ごめんごめん! 謝るからこやし玉構えるのはやめて!?」

朝から騒がしい家であった。

「……それで、連絡は来たんですか?」

アクアが雪山草で淹れたお茶を啜りながらハンマーに訪ねた。

「うん、さっき届いた。さすがポストアイルーは優秀だね」

ポストアイルーというのは各地に手紙を配達してくれるアイルーのことである。
ユクモでクエスト中のアイテム配達をしているニャン次郎も、元はポストアイルーが本職であるいう。

「よかったです──それで出発はいつですか?」

「出発は明日。運良くネコタクも確保出来たし、黒いの達とは古塔で合流することになったよ」

「分かりました! そうと決まればすぐに明日の準備しましょう!」

「だね」

二人はお茶を飲み干すと、テキパキと荷物の準備をし、武器の手入れを始めた。





「……よし、曇りも無い。完璧ですね」


アクアは丹念に手入れした自分の太刀を満足気に眺める。

【霊刀ユクモ・真打】

ユクモから持ってきた太刀を何度も強化し、これ以上ない程研ぎ澄まされた相棒がユクモでそう呼ばれているのをアクアは知らない。
いつも身に付けている【ユクモシリーズ】も先日討伐したラージャンの毛皮を使って特別に加工してもらい、前よりも遥かに頑丈な作りとなっていた。

「またよろしくお願いね?」

そう言って太刀を鞘に納めると、隣にいるハンマーに目が止まった。

「ん? 何?」

ハンマーの手元では、出会った時からずっと持ち歩いていた彼女の愛鎚――『石拳【愚】』が磨かれていた。

「いや、改めて見るとそのハンマーってすごい見かけしてるなぁって」

「いいでしょ? このいかにも『殴ってます』って感じのフォルム! 一目見掛けてからずっとこれ使ってるんだよねー!」

ハンマーは愛しそうに、愛鎚を片手でクルクルと回してみせる。

「よくそんな重いのを軽々と扱えますね……」

一度ハンマーに貸して貰ったことがあったが、持ち上げるのがやっとであった。
大剣だって使おうと思えば問題なく扱えるアクアでも、である。

「ま、これは特別製だからね。愛があれば重さなんて関係ないよ!」

いや、それは多分関係あります……と思ったが、思わず納得させられそうになる程のドヤ顔であった。

「さて、そろそろ出発しようか。余裕は持っておきたいし」

「そうですね……ん?」

アクアが不意にドアの方を向いた。
外からこちらに近づいてくる足音が聞こえてきたのだ。

「お二人とも! 大変です!」

バン! と扉を壊す勢いで飛び込んで来たのは、肩で息をしている受付嬢であった。。

「どうしたの?」

ハンマーの問いに受付嬢は呼吸を整えながら答える。

「各地の『古龍化』したモンスターがさらに凶暴化し、数も爆発的に増えてるんです……このままだと古塔に行くことも困難になります! 急いで出発してください!」

「何だって!?」

「シャワちゃんやバルスさんは!?」

それだけの騒ぎになっているとすれば、二人と合流するのは難しくなるかもしれない。

「お二人は増えたモンスターの討伐に駆り出されたようです。……合流するのはかなり厳しいと思われます」

「そっか……アクア! 待ってる時間は無い、二人で行こう!」

「はいっ!」

二人は村人が慌てている中をくぐり抜け、大急ぎでギルドが用意してくれた竜車へと乗り込んだ。

「早く根源のクシャルダオラを倒さないと……まずいことになるかもしれない」

「……急ぎましょう。お願いします!」

「飛ばしちゃって!」

「お任せ了解ニャ!」

ユクモ発祥のガーグァにアイルーを乗せた新型の竜車は、二人を乗せて勢いよく飛び出していった。







「ふぅ。ハンターさん、到着だニャ」

ギルドの竜車は優秀で、樹海に潜むモンスターを巧みに避けて最短の時間で古塔のそびえる広間までたどり着くことが出来た。

樹海の奥地にそびえ立つ、誰が建てたのかも分からないその巨大な建造物。
それは重苦しい空気を漂わせ、まるで二人を待ち構えているようだった。

「これが古塔ですか………なんて大きい……」

ここで待つといったアイルーを説得して

「……ここにクシャルダオラがいるのは間違いなさそうだね」

「キシャ──!」

ハンマーは上を見上げて呟いた。
空には大量のガブラスが舞っている。

「戦ってたらキリがないな、一気に走って中に入ろう!」

二人はガブラスの群れをいなしながら塔の内部へと向かっていった。

ガブラスは群れをなして空中から強襲してくるが、ハンマーは前、アクアは後ろのガブラスを叩き落としながら突き進んで行く。

「あそこが入口だ! ガブラスの毒液に気をつけて」

「はい!」

二人は飛び込むように古塔の内部へと入り込んだ。


その瞬間──。


空気を割るような剛音と共に、何かがアクアに向かって振り回された。

「!?」

「──アクア危ない! ……うぐぁ──っ!」

ハンマーは咄嗟にアクアを突き飛ばし、その一撃を喰らって塔の奥へと吹き飛ばされてしまった。

「ハンマーさん!?」

アクアが急いで駆け寄ると、壁に叩きつけられたのか彼女は頭部から血を流し、意識を失っているのかピクリとも動かない。

「何で私を庇って………しっかりしてください!!」


「──アォォオオオオオオ!!!!」

後ろには先程の攻撃を繰り出したであろう、見たことのないモンスターが咆哮を上げて迫って来ていた。

その体は黒く、体中に白い棘が生え揃い、眼は血走ったように赤く染まっている。
飛竜には違いないが、アクアにはそれ以外何も分からなかった。

「…………っ!!」

初めて見たハンマーの重傷と、未知のモンスターの強襲。
突如として落とし込まれたこの状況に、アクアは思わず歯を食いしばる。

「……アクア、先に……行って」

武器を構えるアクアに横から声が聞こえた。

「え……!?」

なんとハンマーがよろめきながら立ち上がっていたのだ。

「ここは……私が……止めておく! アクアは、先に……行くんだ!」

絞り出したような声でハンマーは先の道を指差す。
顔面は蒼白で、今にも倒れそうだ。

「そんな……っ! そんなの出来るわけ無いじゃないですか!!」

「私を庇いながら戦うのも、私を運びながら逃げるのも……無理だ……! アクアだけでも先に……」

「嫌です! ここでハンマーさんを見捨てるなんて、死んでもごめんですから!」

アクアは言いながら両手を広げ、エスピナスを迎え撃とうとした。

「アクア……! 目的を食い違えちゃ、駄目だ!」

「それでも……嫌なんです!!」


迫り来るエスピナス。

「…………っ!」

アクアは覚悟を決めて目を瞑ろうとした。



──その時、辺りを白い閃光が包んだ。


「……え? 一体何が……!?」



「アォォ……!?」


(飛竜が目を眩ましている!? さっきのは閃光玉? 一体どこから……?)


アクアが戸惑っていると、塔の入り口から飛竜に弾丸が降り注いだ。

「アォォォ!!」

飛竜は後頭部に弾丸の雨を受け、怒ったように攻撃された方向へと顔を向けた。
アクアも同時にそちらに目を凝らす。

「あ……!」

なんと入り口には見知った二人が立っていたのだ。

(シャワさん、バルスさん!)

驚く間もなく、シャワがジェスチャーで静かにするように、そして先に行けと言う。
そして、今度はしっかりランスを装備しているバルスから何かを投げられた。

投げられたのは横長の包み。アクアは手早く包みを解いた。
中には応急措置用の薬箱、そして――。

「あ! 私の小太刀!」

アクアは小太刀と道具を受けとると二人に感謝を込めた一礼をし、意識を朦朧とさせているハンマーを担いで塔の上へと登っていった。


ハンマーが背負ったままだった石槌も、この時は不思議と重さを感じなかったという。







「これでよし……と。ハンマーさん、ゆっくり休んでくださいね」

「………ごめん、アクア」

アクアは塔の頂上付近まで一気に駆け上がっていた。
そこで応急措置はしたもののハンマーの受けたダメージは深く、すぐに動けるだけの回復は見込めなかった。

「何でハンマーさんが謝るんですか……。すみません、私のせいで」

「気にしないで……私が好きでやったことだよ。それよりも、問題はこの後だ。アクア、一人で……やれる?」

「もちろんです! ぶっ倒してやりますよ!」

「ふふ、そうだよね……私は、アクアを信じて……」

普段では考えられないほど弱々しく笑ったハンマーは、途中で意識を手放した。


「ハンマーさん。あなたの気持ち、絶対に答えて見せますから・・・!」


階段を上がればクシャルダオラが待ち構えているだろう。
アクアはハンマーを隅に寝かせると彼女の顔をじっと見つめ、それから勢いよく階段を駆け上がった。



一つの───ある決意を固めて。









古塔の頂上、そこにはこの騒動の原因が静かに佇んでいた。

その他には何も無い。

龍と人、双方だけが頂上に立っている。
静かな静寂だけが一人と一匹を包んでいた。

「…………………」

静かに狩人を見つめる白い鋼龍に向けてアクアは太刀を構える。

「……容赦はしない。私の、全身全霊を賭けてお前を倒す!」

アクアは太刀を引き抜き勢いよく足を踏み出すと、流れるように構えを袈裟懸けに変える。
そして未だ動こうとしないクシャルダオラへ全力の一撃を叩き込んだ。

「はぁ!! ──っ!?」

瞬間、ガチン! という金属音と共に、ユクモノ太刀が大きく弾かれた。

「嘘……!?」


「グルル……」

その隙を逃さないと言いたげに、クシャルダオラの鞭のようにしなる尻尾がアクアの腹部に叩き込まれた。

「──くっ!」

咄嗟に後ろに下がり衝撃を吸収したが、それでも十分なダメージが腹部に残った。

クシャルダオラは何故か追ってはこず、様子を窺うように初めの位置を動かない。

「舐めてるのも今の内だ!」

アクアは素早く回復薬を口に含むと、再度鋼龍へと突っ込んだ。

「やぁぁぁぁ!」

待ち構えるクシャルダオラが振りかぶった腕を掻い潜り、腕と腹を連続で切りかかる。
が、やはり金属音が響くだけで鋼のような甲殻には傷一つ付けることが出来ない。

「ぐ……!」

攻撃の手が緩んだ隙に頭突きを喰らってしまった。
しかし今度は予測できていた為にダメージは浅い。

(何て固さ……しかもこの素早さ……このままじゃ勝てない!)

しかし、頭突きを喰らう瞬間アクアは『あること』に気が付いていた。


アクアは太刀を地面と平行に構える。
奴の首には一か所だけ甲殻が剥がれている部分があったのだ。

(あそこなら太刀が通るはず……!)

それはかつてアクアの父親が、最後に残した傷跡。
しかしアクアがそれを知ることはない。

「はぁぁぁ!!」

気合いと共に重心を落として走り出す。
余裕を見せている今がチャンスなのだ。
アクアは渾身の突きをクシャルダオラに向けて繰り出した。


鋼龍の首元に向けて、太刀に渾身の力を込めて突き出す。
それは確かに、敵の弱点を捉えていた。


──が。




「…………嘘」




バキン、と一回り大きな金属音を響かせて――――アクアの相棒は真っ二つに折れてしまったのだ。


「そんな……!? ──うぁっ!!?」


再び振われた重い前足がアクアを襲った。
大きく吹き飛ばされ、背中から勢いよく地面に落とされた。

「うぐ……あ……っ!」


防具を強化していなかったら今の一撃で意識を刈り取られていたに違いない。
だが次、もう一撃でも受ければ確実に再起不能になるだろう。




(やっぱりもう、『あれ』しかないか……)



そうと決めたアクアの行動は早かった。


腰の小太刀を抜き、構えると息をゆっくりと吐き出して意識を集中させる。

(ハンマーさん……折角特訓してもらったのに、すみません)

アクアは体に眠っている力──特訓で身につけたコントロールで抑えていた『それ』を、逆に全開してみせたのだ。



「!? ……うぁ……あぁぁぁぁぁぁぁ!!」


途端、意識が飛びかける。


だが、先程のハンマーの顔や、シャワにバルス、ポッケ村の人達、そして遥か記憶に消え去っていた両親の顔がアクアを正気を取り戻させた。


「私は……こんな力なんかに負けたりしない!!!!」


アクアは暴れまわる力を120%まで引き出し、無理矢理に押さえ付け、そしてその全てを形見である小太刀に込めた。


────この一撃で必ず勝負を付ける!


「絶対に、負けるわけにはいかないんだ!!!!」


地面にヒビが入るほどの力でアクアは強く足を蹴り出した。
体中で風を切る。
クシャルダオラの素早い動きも今なら捉えられた。


「はぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「ギャォォォオオ!!!!」







アクアとクシャルダオラの体が、疾風の如く交錯した。

















「はぁ、はぁ……」

数時間後。ハンマーは壁に手を付けながら、ふらつく体に鞭を打って頂上へと登っていた。

(大分意識を失ってたみたい……アクア……無事でいて!)

意識が朦朧としていたのであんなことを言ってしまったが、冷静に考えて一人に古龍の相手が務まるはずがない。

急いで頂上に着くと、遠くでアクアが地面に倒れているのをすぐに発見した。

「アクア!!!」

血相を変えてアクアの元へと急ぐハンマーだったが、突然、彼女の目に驚くべきものが映った。


「………………」

「クシャルダオラっ!!?」


鋼龍はその美しい甲殻に光を反射させ、こちらを睨む。

「………っ!」

アクアを守るように武器を構えたハンマーだったが、クシャルダオラは何故か一向に動こうとしない。

「……? …………あぁっ!」

驚いて声を上げる。
よく見ると、喉元にアクアの小太刀が突き刺さっていたのだ。

「こいつ、死んでる……のか」

その一撃で絶命したのだろう。
他には一切傷が見当たらず、まるで生きているかのように立ちながら、クシャルダオラは事切れていた。

「ってことは……そうだ! アクア! しっかりして!」

ハンマーは倒れてるアクアを揺する。

「アクア! 目を覚まして!」




「んん……は、ハンマーさん?」


アクアはまるで眠っていたかのように、ゆっくりと目を醒ました。

「アクア! よかったぁ……」

それを見てハンマーはホッと胸を撫で下ろす。

「ハンマーさん……私やりましたよ……ね?」

えへへ、と憑き物が落ちたように笑うアクア。

「うん……うん……! 本当にお疲れさん!」

「わぁっ!? ハンマーさん!?」

ハンマーは思わずアクアを強く抱き寄せていた。


「一人で……本当によく頑張ったよ」



「一人で──なんかじゃないですよ」

「え?」

アクアはニコリと笑ってみせた。

「ここまで来れたのはハンマーさんやシャワちゃん達、そして村の皆の支えがあったから、ですよ!」

「……うん」


しばらくそうしていた二人だったが、アクアが「そ、そろそろ離してもらえませんか?」というのでハンマーは渋々アクアを開放してあげた。

「そういえば、体の具合はどうなの?」

「それが……力が全然入らないんですよ」

「ってことは……治ったんだ! おめでとう!」

「えへへ。でもこれじゃあまともに狩りに行けないですね……」

「何言ってんのさ、そんなの筋トレだよ筋トレ。私がばっちり鍛えてあげるよ」

「…………ありがとうございます」

引きつった笑顔を浮かべるアクアをニヤニヤと眺めていたハンマーだったが、そこであることが頭に浮かんだ。

(それにしても……どうしてアクアは古龍化の影響が少なかったんだろう?)

モンスターと比べてしまうのもあれだが、それを抜いても明らかに他とは変化の具合が違う。
何か理由があるはず……。

「……あ!」

改めてアクアを見つめて、声を上げる。

「? どうしました? 何か付いてます?」」

「アクア、そのピアスいつから付けてるの?」

アクアの耳には綺麗な蒼色をしたピアスが付けられていたのだ。

「え? ああ、これは小さい頃にお母さんがプレゼントしてくれた物なんです」

なるほど、と彼女は思った。

「いいピアスだね。大事にしなよ?」

「もちろんです!」

アクアはニッコリと笑ってみせる。
アクアの着けていたピアスは「三眼のピアス」と呼ばれる貴重な装備品。弱めだが龍耐性を持つ特別な装備だった。

(母の力は偉大……かぁ。んー、ちょっと羨ましいかも)

「それじゃ、用も済んだし帰るとしようか」

「そうですね」

折角倒したクシャルダオラだったが、二人はどうしてか素材を剥ぎ取ろうとは思わなかった。
二人は肩を支え合い、たわいもない話をしながら帰路につこうと出口へを歩き出す。



──その時である。



巨大な落雷音が二人の後ろ──丁度クシャルダオラのいた場所に響いたのだ。


「!?」


二人が振り返った時、クシャルダオラの姿はもはや跡形もなく無くなっていた。

一振りの小太刀だけを残して。

「一体何が……?」

「さぁ……? でも、もう大丈夫ってことじゃないかな」









帰った後で、アクアは不思議な夢を見た。

それは白い巨大な龍がクシャルダオラを乗せて飛び去っていく……それはそんな光景だった。


        


     ◇


『──という訳で、私がクシャルダオラを倒した後、「古龍化」していたモンスターは元に戻り、凶暴性も失われていったみたいです。

ギルドの見解だと、モンスター達は古龍の血の力に耐えられず、それが理由で突然変異するに至ったらしいですが……なぜ古龍の血がモンスターに入り、また消えてしまったのかは分からずじまいです。クシャルダオラの目的は何だったのか、ギルドは同時に目撃されたという赤い衣の人物の正体と一緒に、今も調査が続いています。

私の古龍の力は全部無くなってしまったようで、力自体は弱くなってしまいましたが、ハンマーさんに(目一杯)鍛えられていたお陰で、前よりも動けるようになっているくらいです。

シャワちゃんもバルスさんも無事で頻繁に連絡をとっています。

ハンマーさんは………』

「アクア! 聞いた!? ユクモでも嵐を呼ぶ古龍の伝説が発見されたんだって! 里帰りと温泉ついでに行ってみない?」

「ユクモに……そうですね。里帰りしましょうか、温泉も入りたいですし」

「じゃあ決まりだね! バルスとシャワにも声をかけよう!」


『いつも通り元気です。今の私なら、もう逃げ出すようなことはしません。帰るきっかけを作ってくれた素敵な相方も出来ましたしね。 では、近い内に謝りに帰ります。 親愛なるユクモの村長へ。 アクアより』


ふぅ、とアクアは羽ペンを置き、伸びをしてから元気一杯に立ち上がった。


「さぁ! なら早速、支度を始めますか!」



────二人の物語はまだ始まったばかり。



『ユクモへ!!』






[37857] 第二章 『Black Contract』 1話
Name: 楽太郎◆a3215f1c ID:4717fa5c
Date: 2013/11/24 00:28
これは、ハンマー達が古塔へ向う少し前の物語。





「──という訳なの! すぐに出発して頂戴!」

ドンドルマのギルドへ帰ったバルスとシャワは、休む間もなく受付嬢のシェリーから古龍化したモンスターの討伐依頼を受けていた。

「やっと帰って来たっていうのに、またクエストとはね……。それにあの二人との約束もあるんだけどな……」

「疲れてるのは砂漠にランスなんか探しに行ってたからでしょ? 完璧に自分の責任じゃない」

くたびれたように言うスカルフェイスの男をシャワは飽きられたように睨む。
バルスは火山から帰還した後、一人で砂漠に行って帰ってきたばかりなのであった。

「いや……でもあれは僕だけの責任じゃ……」

「何よ! そもそもディアブロスにかち上げられる方が悪いでしょう!?」

「二人とも! 言い合いをしている場合じゃないわよ!」

再び口論に火が着きそうになるところに、シェリーが割って入った。

「今回のクエストはね、ギルドから強制参加が義務付けられてるだから。拒否権なんか無いのよ?」

「そんな!? まだ身体中砂まみれなのに!」

バルスが抗議の台詞と吐く。
砂漠から帰って間もないため為、体を動かす度にスカルフェイスの穴という穴から砂が零れ落ちている。
その様子は余りにも不気味で、シャワは思わず彼から一歩遠ざかった。

「……とりあえずその砂、早く落としてきなさいよ。シェリー、それでクエストの詳細は?」

とりあえず丸洗いだ! とバルスが駆け出していくのを尻目に、シャワが尋ねる


「樹海で棘竜──エスピナスという飛竜種が新しく発見されたのよ。詳しい事は分からないけれど、樹海では古くから伝承が残されている飛竜みたい。樹海の奥地にいるはずのエスピナスが何故か最近になって樹海の集落近くまで来ているそうなの」

「樹海……約束の場所から近いわね」

ならアクア達の加勢に向かえる可能性が出てくる。

「分かったわ。すぐに支度するから」

「ありがとう。これはエスピナスの特徴をまとめた書類よ。樹海に行く途中で頭に入れなさい」

「サンキュー。じゃあ支度してくるわ」

そう言って書類を受け取るとシャワは急いでバルスを呼びに行ったのだが、奥では何かが溢れると共に悲鳴が響くことになった。

「バルス! いつまで洗ってるの……ってきゃあ! 何これ!? どれだけ砂詰まってたのよ!! まったくもう────!」


       ◇



「はぁ……」

木々が鬱蒼と覆い茂る樹海の中、二人の足取りは若干の疲れを帯びていた。

「ちょっと……エスピナスなんて飛竜、何処にもいないじゃない……!」

シャワがいつもより覇気の無い声でボヤく。

「うーん、まぁ、何しろ新種だからね……行動パターンやどこを巣にしているかも不明だから仕方ないよ」

二人は既にほぼ丸一日、樹海を歩き回っていた。

二人は途中から無言で樹海を進んでいたのだが、日も落ちてきた頃、ずっと黙っていたシャワがついにうんざりしたように口を開いた。

「あぁ──もう! 少し休憩にしましょう」

「確かに。もう夜だしね……このままじゃ効率も落ちる」

バルスも賛成し、二人はしばしの休憩の準備に取り掛かった。

「ところでバルス。大分歩いたけれど、今どの辺りなのかしら?」

シャワはふと、気になったのでバルスに尋ねた。
バルスのことだからすぐに答えが返ってくるだろうと思っていたのだが、彼の返事に耳を疑った。

「え……? シャワちゃんが把握してるんじゃなかったの?」

「はぁ!? あんたが黙って着いてくるからてっきり知ってると……」

「僕だって! シャワちゃんがどんどん先に行くからてっきり分かってるものだと……」

「ってことは……」

「うん……」

気まずい沈黙が流れる。

──二人は完全に迷ってしまっていた。

「……とりあえず完全に暗くなる前に、何か手掛かりになるものを発見できればいいんだけど……」

バルスが持ってきていた松明に火をつけながら言う。

「そんなこと言ったってそう簡単に手掛かりなんて………あ」

「ん? 何かあった?」

「大きな足跡があるわ。……見たことない足跡ね。ってことは多分エスピナスじゃない?」

「……わお」

バルスは驚いて、ドヤ顔のシャワをまじまじと見つめる。
この辺の運の良さも彼女の強さの秘訣であるのかもしれない。


「うん、間違いないと思う。その足跡を追っていくしかないね」

「そうよね! ならすぐ行きましょう。まだ新しいし、きっと近くにいるわ」


──希望が見えれば、疲れなんてすぐに吹き飛ぶ。
元気に歩き出した二人はこの後、夜通し歩き続けることになる。



      ◇

明け方を過ぎた頃、二人は未だ足跡を追い続けていた。
しかも深い霧が出始め、視界はかなり悪い。

「………うぅ、大分遠くまで歩いてきちゃった……わね」

「……………そのようだね。霧でよく……見えないけど」

二人の体力はもはや限界に達していた。

「取り敢えず一度休憩を入れましょう……色々と限界よ……」

体中泥だらけのシャワが深いため息をつく。

「そうだね。頭にも苔が……うわ、キノコも生えてるよ……」

「ひっ!? は、早く取りなさいよ!」

苔とまばらに生えた特産キノコのおかげで、バルスのスカルフェイスは更に不気味なことになっていた。

「あー……眠さも疲れも通り越して別の何かになりそうだよ……」

「あなたなら本当になりそうだから笑えないわ……」

しばらく死んだように休憩していた二人だったが、その安息は鼓膜が震える程の咆哮によって破られた。

「──アオォォォォォォォォォ!!」

「なんだ!? こんな咆哮聞いたことないぞ!」

「しかも近いわよ!」

その瞬間、強い風が吹いて霧が一気に晴れた。


「…………っ!」

二人は思わず息を飲んだ。
目の前には何と、約束の地である古塔がそびえ立っていたのだ。

「……これも巡り合わせかな?」

「そんなこと言ってる場合じゃないわよ! きっと中に二人がいるわ、急ぎましょう!」

二人は古塔の入り口に駆け付けた時、目に飛び込んできたのは探し求めていた飛竜エスピナスと重傷のハンマー。
そして、それを庇おうとしているアクアの決死な姿だった。

「何よ……あれ……」

予想を遥かに越えた場面。
そして初めて遭遇する飛竜の姿にシャワは一瞬、戸惑いを見せた。



──深緑色の外殻に、頭から背中、翼や尻尾の先にまで生え揃った鋭く長い真紅の棘、鼻先に角のように巨大な棘が一本生えている。普段は温厚で、こちらから手を出さない限りハンターを積極的に襲うことはない。



それがエスピナスの特徴。
シェリーから受け取った書類に書かれてあった内容。

それだけにシャワの反応は驚きに満ちたものだった

「話と違うじゃない!」

アクアを襲おうとしているエスピナスの外殻は漆黒。
生えている棘の色は灰色に近い黒で、先に行くほど白くなっている。
頭部に生えているのは巨大な棘の角だと書いてあったが、剣角と言ってもいい程に鋭利に発達していた。
動作も眼付きも荒々しく、温和な様子など微塵も感じない。
傷付いた様子も見られないので、初めからこのような気性なのだろう。

翼に生えた棘も不自然に長く、若干捻じれている。
このような現象には、嫌という程心当たりがあった。

「完璧に古龍化したターゲットだね……」

しかし、今はそんなことを考えている暇では無いのだ。

──早く二人を助けなくてはならない。

「こっちだっ!」

バルスは咄嗟に閃光玉を投げつけていた。

「こっちに引き付けるわよ!」

シャワもライトボウガンを構え、エスピナス目掛けてほぼ同時に撃ち放った。

「──アオォォォ!?」

目を眩ましながらも、エスピナスがこちらに注意を向けたのを確認すると、バルスは念のため持ってきておいた小太刀を救急道具と一緒に包みにし、急いでアクアに渡そうと振りかぶった。

「アクアちゃ……もがっ!?」

シャワはバルスの口を塞ぐと小声で呟いた。

「馬鹿! 下手に声を掛けて向こうから返事かあったらあいつを引き付けた意味がないじゃない! ジェスチャーで伝えるのよ」

(了解!)

バルスが小太刀を投げ渡すのを見てから、シャワはアクアにジェスチャーを試みる。

(ここは任せて、先に行きなさい!)

アクアはそれを理解したのか、ハンマーを担ぐとお辞儀をして奥へと駆けていった。

残されたのは怒りに満ちたエスピナスと、その敵意を一手に引き受けた疲労困憊の二人のハンター。
しかし、疲れていたはずの彼等の眼はむしろ生き生きとしていた。

「さて、それじゃあエスピナスさん? 散々歩かされたツケ、たっぷり払ってもらうわよ!」

「さっさと倒してアクアちゃん達の加勢をしないといけないしね」

二人は武器を構えて攻撃に移ろうとした。

「アオォォォ!!!」

しかし、目の眩んだエスピナスは入り口に向かって暴れながら突進してきたのだ。
その速さは、前回戦ったディアブロスとは比較にならない程であった。装備など、直撃すれば粉々にされてしまうに違いない。

「速っ!? やば……避けるわよ!」

「くっ……間に合うか!?」

二人は横に飛んで避けようと試みた。

──だが。



運よく直撃は回避出来たには出来たのだが、二人の装備にエスピナスの翼の棘が上手い具合に引っ掛かってしまったのだ。

「え!? きゃあ!?」

「うわっ!?」

エスピナスはそのまま入り口を抜け、樹海へと走っていった。

宙吊りの恰好で完全に身動きが取れない中、諦めたようにシャワはバルスに話しかけた。

「……ねぇ、バルス。何か似たようなこと……前になかった?」

「同感だよ……はぁ、今度はどこまで行くんだろ。二人とも、助太刀出来なくてごめんよ……」

ため息混じりの二人と一匹は樹海の奥に消えていった。






──およそ半日は経っただろうか。

「………」
「………」

溜まっていた疲れもあり、二人は物言わぬ洗濯物となっていた。

すると、樹海を爆走していたエスピナスに変化が訪れる。

「……あれ? ねぇ、バルス」

「……何だい?」

「エスピナスの体……何だか少し、光ってない?」

「え? ………本当だ」

ぼんやりと光るエスピナスの姿を二人は不思議に思い眺めていた。


──時刻はおよそ、アクアがクシャルダオラを倒して数時間が経過した頃の事であった。

突如、エスピナスの体から大量の光の粒が現れだし、それらはふわふわと空に向かって上がり始める。

「……一体何なの!?」

空に消えていく光を見上げながら呟いたシャワの耳に、バルスの慌てた声が聞こえてきた。

「シャワちゃん! 大変だ!」

「どうしたの!?」

「エスピナスが……!」

「エスピナスが何? って ………嘘!?」

シャワが見たものは淡い光を帯びながら徐々に縮んでいくエスピナスの姿。
色も黒から緑に変わっていっている。
なんと古龍化で巨大化していた体が元に戻り始めていたのだ。

もちろん二人が引っ掛かっている棘も縮み始めている。

(こんなスピードのまま落ちたりしたら……)

シャワの背筋に冷たいものが走る。

「バルス! どこかの枝に捕まってエスピナスから離れるわよ! 今なら外れるはず!」

「……と言ってもそんなに都合良く枝なんて……」

「! あったわ!」

「!? あったの!?」

思わずオウム返しで驚いてしまう。

「あそこ! 丁度いい高さに枝が伸びてるわ! あそこまで誘導するわ!」

と言ってシャワは素早くライトボウガンを構えると、一発の弾をエスピナスの頭部に向かって撃ち放った。

「そんな無茶な……っ!?」

「アォォオ!!」

突然の痛みに驚いたエスピナスはよろめき、目的の枝の方向に進行方向を変えた。

「やったぁ! さぁ、飛び移るわよ!」

(運が良いとかのレベルじゃないような……)

そう思いながらも、バルスはシャワに続いて枝を掴むと、遂にエスピナスから離れることに成功した。

深緑色に戻ったエスピナスは徐々にスピードを緩めていき、立ち止ったかと思うといきなり眠り出してしまった。

「ふぅ……よく分からないけれど、古龍化が治って温和に戻った……のかしら?」

「にしてもいきなり寝出すのはどうかと思うよ……」

枝にぶら下がりながら一息つく二人。

「………シャワちゃん」

そんな時、バルスはシャワに静かに声をかけた。
その声色には何時もの余裕は感じられない。

「何よ?」

「僕達……思いの外良くないモノに掴まってるみたいだよ」

「え? …………きゃっ!?」

横を見ると赤い光が二つ。

「フギャォォォ!!」

「きゃあ!」
「うわぁ!」

休息を邪魔され怒り狂ったナルガクルガは、尻尾に掴まっていた二人を振り払うと飛びかかりのモーションを始める。

「いったぁ……って逃げるわよバルス!」

「もちろん!」

二人はすぐさまナルガクルガに背を向けるとダッシュする。

「いやぁ……それにしても少しホッとしたね」

走りながらバルスはそんなことを言う。

「あんたこの状況で何でそんなこと言えんのよ!」

後ろのナルガクルガを気にしながらシャワが叫ぶ。

「だってさ、あんなにラッキーが続くと怖くならないかい?」

「あぁ……悪いわね。私の運の良さは因果応報っていうか、必ずと言っていいほど返ってくるのよ……」

「あははは!」

それを聞いたバルスが不意に笑いだす。

「ちょっと! 何が可笑しいのよ!」

――ま、人生ってそんなもんなのかもね とバルスはクククと笑いながら言っていた。











バルスがシャワの前から姿を消したのは、三日後に樹海を抜けたその後のことである。



[37857] 第二章 『Black Contract』 2話
Name: 楽太郎◆a3215f1c ID:4717fa5c
Date: 2013/11/27 08:42
西の地平線下へと太陽が帰路につき、茜色に染まり始めた樹海の端。
そこに凸凹な二つの影がふらふらと揺れ動いている。

「はぁ、やっと抜けれたわ……」

全身泥だらけで髪もボサボサ。
シャワのげんなりとした一言はため息と共に吐き出された。

樹海をさまよい歩くうちにギルドの管轄外の地域に迷い込んでいた彼女達は、三日かけて樹海の脱出に成功したところであった。

「まさか、こんなことになるなんて……」

「ホントだよ……。まさかキノコまで生えてくるとは……」

バルスがくぐもった声で相槌を打つ。

「アンタの頭の話はしてないわよ!!」

その声に驚いた鳥達が木から一斉に飛び去った。
どうやらまだ怒鳴る元気はあるようである。

「……にしてもここは何処なのかしら?」

何とか抜け出たものの、場所は見渡す限り木々がまばらに生えた緑の平原で見知ったものは一つも無い。
現在地が全く分からないのでは、帰りようがなかった。

「困ったわね」

「おや。シャワちゃん、あそこ」

すると、バルスが何かを発見した様子で指を指した。


「シャワちゃん、向こうに集落があるみたいだ。ほら、白い煙がちらほら上がってる。あそこで聞いてみよう」

「え? どこ?」

「ほら、あそこ」

「ん~……あ、もしかしてあれかしら?」

バルスが発見した煙は肉眼ではうっすらと見える程度で、視力が武器のあるガンナーのシャワでも言われるまで気が付かなかった。

「………あんな所良く見つけたわね。仮面の中にレンズでも仕込んでるの?」

「失礼な、全力で裸眼だよ。昔から視力はいいんだ」

「……あんたが言うと、ど~も変態チックに聞こえるのよね」

「逆セクハラもいいとこだよ!?」

そんなことを言いながらも二人は暗くなる前に着くために早足で煙の元へと向かっていった。

「お、どうやらあそこみたいだね」

バルスが嬉しそうに言う。
彼らが辿り着いたのは予想通り、小さな集落であった。

「まずはひと安心だわ……」

シャワも安堵の息をついた。

「また野宿は嫌だもんね」

「ほんとよ」

まばらに建てられた小さめの住居からは夕時のためだろう、火を起こしているのか煙がちらほらと上がっている。
間近で見てもか細い煙だった。本当によく見つけられたと思う。

申し訳程度に作られた門をくぐると、やっと樹海を抜けたのだという実感が沸いてきた。

「とにかく……水浴びくらいはしたいわね」

シャワは体についた汚れを手で払いながら言った。

「確かに……これ以上放置したらどうなるか分からないからね……」

バルスも真剣な声色で頭部をさする。

「……だから」

とシャワは迅竜でも萎縮しそうな眼光で黒い変質者を睨んだ。


「どうしてレディーのたしなみとアンタの頭が一緒に並ばなきゃならないのよ!!」

ビリビリと大きな怒声が響くも、バルスはそれを予期したのかすでに耳を塞いでいた。

「ちょっと聞きなさいよ!」

「痛い痛い! 謝るから腕を捻らないで!」

「だったらとっとと謝りなさいよ!」

そんなことをしていると――

「あんた達、もしかしてハンターさんかい?」

シャワ達の声を聞きつけたのか、集落の住人であろう一人の老人が声をかけてきたのだ。

「あ、はい。ちょっと迷ってしまっ――」



<b>「水を浴びれる場所はありませんか!?」b>



事情を説明しようとするシャワを遮り、バルスが勢いよく老人に話しかけた。


「あ、アンタねぇ……女の私が我慢してるってのに……!」

シャワがワナワナと震えながら言うも、

「はい! はいはい! なるほど、あっちに井戸が? ありがとうございます!」

「ってちょっと!? 待ちなさいよ!」

シャワの制止も聞かず、バルスは一目散に井戸へ駆け出していった。



(アイツ……あとで絶対頭叩き割ってやる……!)


「あのぅ……ちょっとよろしいかな?」


怒り心頭――といった様子でバルスの背中をギリギリと睨み付ける彼女に老人は勇敢にも話しかける。

「……何かしら?」

驚くほど冷たい声が漏れた。

『見知らぬ怪しい男に親切にするこいつもこいつだ』とでも言いたそうに、シャワは刺すような目付きをそのままに老人を見る。

「実は最近森が騒がしくての……危険なモンスターも辺りを荒らしまわっておるし、とてもじゃないが危なっかしくて皆、仕事に行けんのだよ。依頼したギルドからはまだ音沙汰が無いし……ハンターさんなら何か知らんかと思ってのう」

そんな視線には全く気付かない老人の言った言葉に、ピクリとシャワの頬が引き釣った。

「……………」

その理由は簡単。
シャワとバルスがその依頼を受けたハンターで、エスピナスと一緒に樹海を盛大に走り回ったからだ。
縄張りを荒らされたモンスターが芋づる式に荒れまわったのである。


「し……知らないわね。わ、私たちも最近来たばかりだから……」

『樹海近くの集落』とはここのことだったのか。
まさか自分達が元凶だとは口が裂けても言えない。
バレれば借りれる井戸も借りられなくなる。

「で……でも私達が散策した感じだと、モンスター達はもう落ち着いていたわよ? 危険な飛竜の危険も去ったみたい」

そもそも三日もかかったのは、モンスター達の警戒が解けるまで身を潜めていたからなのである。
エスピナスも何故か大人しくなったので、依頼は達成だ。

だからその点は保証できた。

「そうかそうか! ハンターさんが言うなら安心できるわい! どうもありがとうよ!」

老人は余程嬉しかったのだろう、すぐに村人に『おーい! もう大丈夫だとよ!』と大声で村人に伝えた。
するとすぐに村に活気が戻り始める。

深刻な問題だったのだろう。
煙がか細かったのも恐らくは資源不足によるものだ。

「と……当然のことをしたまでよ」

終始、冷や汗をかいていたシャワであったが、そこであることに気付いた。

(あれ? そういえば私……知らない人と普通に話せてる……!?)

なぜかしら? と首を傾げる。

彼女自身自覚はなかったが、なんと一癖も二癖もあるバルスと行動するうちに彼女の人見知りはいつも間にか克服されていたのだった。

(もしかして、あいつのお陰……なのかしら? まさかね……でも少しは感謝しないといけないのかも……)

「いやぁ~さっぱりした! 」

そこに当の本人がピカピカのスカルフェイスを拭きながら小躍りでやって来たのだ。

「あ、シャワちゃん次いい……オフゥッ!?」

躊躇なく拳を振り抜いていた。
「バルスだったもの」は地面と平行にトリプルアクセルを決め、黒いスカルフェイスを再び泥をまみれにして動かなくなった。


「ふぅ……やだ、ちょっと汗かいちゃった。どうしようかしら……ねぇ? おじいさん」

シャワの拳がゴキリと鳴り、老人のか細い体へと向けられる。


「……あ、あはは、はは」


その後シャワは、老人のご好意でお風呂を用意して頂いた。




   ◆




少しばかりの礼として一泊の宿と夕食をご馳走したい、という老人――もとい村長の提案を二人は快く受けた。

樹海を抜けたとはいえギルドへはまだかなり遠い。
ネコタクを手配してくれるギルドの出張所がある村も歩けば半日はかかるというので出発は明日の朝として、二人は村人たちと小規模ながらも素敵な宴を楽しんだのだった。



「……ねぇバルス」

宴が終わり、村人も寝静まった夜。シャワとバルスは小さな焚き火に当たりながら、虫の声を耳を澄ましていた。

「はい、何でしょうか」

呼ばれて、湿布を顔(スカルフェイス)に貼ったバルスはビクリとして彼女の呼び掛けに答える。
敬語で。

「もう怒ってないわよ……」

そう言って苦笑した後、シャワは少し顔を曇らせた。

「あのね? 言いたくないならいいんだけど、いつかは聞かなきゃならないって思ってたのよ……」

「………」

普段のハキハキとしたシャワには珍しく、どうにも歯切れが悪い。


「いいよ、気にしないで言ってくれ」


バルスにはその内容が何となく分かっていた。



「あなたのスカルフェイス……それ普通じゃないわよね?」

殴れば腫れ上がり、ヒビは決して入らない。
決して取ることはない……取れない。
奇妙なスカルフェイスについて、何時までもシャワは触れないわけにはいかなかった。」

「……本当に申し訳ないんだけどね、僕にも分からないんだよ」

初めて会った時と同じように、バルスは申し訳なさそうに言う。
あの時とは質問の重みが違う為、雰囲気は大分違うものであった。

「それって……どういうこと?」

「僕は五年前からの記憶を全て失っているみたいなんだ」

「記憶を……!?」

静かに語ったバルス。
仮面のせいでその表情は読み取れなかったが、シャワは小さく息を飲んだ。


「五年前といえば……戦争が終結した年ね」

忘れるはずの無い、永遠に終わることがないように思えたあの忌々しい戦いの歴史に終止符が打たれた年。
まだ幼かった彼女にも人々の歓喜に満たされた叫びは強く記憶に刻まれている。

「うん。どうやら僕はその当時、一つの紛争に参加していたらしい」

「あの紛争に!? その時に何かあった……っていう訳?」

「それは分からない……。けど、気が付いたら敵国の収容所にいたんだ」




今でも思い出しても寒気がする。





あの時、僕は――




記憶も目の前も、全てが真っ暗だった―――



  

      


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆







──不審な男が捕えられた。



今から五年前。
そんな報告を受けた男は一人、国の収容所まで足を運んでいた。


「ったく面倒臭ぇ……」

赤い髪をぐしゃぐしゃと掻きながら、苛立たし気にぼやく彼の名前は『フレア』。
ハンター達を管理する施設『ハンターズギルド』に所属している人間だ。
彼はその中でも特別な職業についていた。

その名も『ギルドナイト』。
ハンターの中では密猟や不正行為をその命を持って罰する恐怖の役人と恐れられているが、彼らの仕事は国のために、秩序やモラルを護るために骨身を削って働く『雑用』がほとんどである。

国の様々な依頼を引き受けている影の立役者、ギルドナイト。


今回の一件もその内の一つであった。


そんな男一人なら現場の兵士でも事足りるだろうと言ったのだが、どうにも様子がおかしいらしい。

「畜生め、こっちだって仕事が山積みだってのによぉ……あのドS上司め」

国を通しての依頼であれば、どんな内容でも断れないところがギルドナイトの辛いところである。

お待ちしていました、と門前の兵士から会釈を受けた後、フレアは早速兵士の話に耳を傾けた。




「――死神だぁ?」

すると、どうにもキナ臭い言葉が兵士の口から出たのだ。

「はい……。私もこの目で見た時は驚きましたが……頭が不気味な骸骨なのです。とても人間とは……」

「……んなこと言われても、実際に見てみないと分かんねぇよ。でもまずは長官のところに行かねーとな」

こんな下っ端の話を全て真に受けていては、情報の飛び交うギルドナイトの任務など勤まらない。

下積み時代に世話になった恩人の一人が、今はここで長官をやっているらしい。

「へっ、たまにはコネでも使わせてもらうか」

挨拶がてら、詳しい話を聞こうとフレアは収容所へと入っていった。


        
     ◆




ポタリ、水滴が落ちる音と共にカビ臭いが鼻を刺激する。


「――おい、ここに『そいつ』がいるのか」

堅牢な牢屋の前でフレアは立ち止まる。
日の光が入らないせいで中は暗く、よく見えない。

これじゃ昼か夜かも分からないじゃないか、と訊いたところ「それが目的で作られたのです」と兵士は答え、淡白な目をして続けた。

「時間も天気も分からないここにいるだけで、狂ってしまう者は数多くいるのです。見ていて気分のいいものではありませんが、その分私たちの仕事も減りますので……」

何とも胸くその悪い話だ。

「……にしても」

と先程のこともあり、愚痴が出そうになるのを舌打ちして押し止めた。


少し老けた長官からはそれほど詳しい話は聞けなかったのだ。


どうやらその男は、戦場の中心から少し離れた場所で倒れていたところを連れて来られたらしい。

聞けたのはそれだけである。

(ってことは上層部も何も知らねーってことじゃねぇか……少しはこっちの身にもなれっつうの)

そんなことを思いながらも、フレアは牢屋の中へ視線を戻す。

本当にこの奥に人がいるのかと思うほどの闇であった。

「おい、明かりくれ」

まずは本人を見なければ話にならない。
兵士から松明を受けとると、フレアは牢内が見えるように明かりをかざした。

「――なっ………!」

フレアは思わず松明を取り落としそうになった。
そこに現れたのは鎖で足を縛られ、両腕を吊られた首なしの男。


――ではなく、



完全に闇と同化するような漆黒の、髑髏の仮面をつけた男であった。


「っ……驚かせやがって」

冷や汗を拭い、恐る恐る様子を覗いてみるが、寝ているのかピクリとも動かない。

「……で、何でこの男は牢屋に入れられながら拘束されてるんだ?」

「発見して間もなく、目を覚ました男が暴れましたので。最後は5人掛かりで取り押さえましたが」

「5人掛かりねぇ……まぁ、兵士が暴れればそんなもんだろ? 少し大袈裟なんじゃねえか?」

フレアがそう言うと、兵士は思い出しただけでも恐ろしいと言いたげな顔をしかめる。

「いえ……途中で負傷した者を合わせると兵士の数は30を越します」

「…………」

十分な理由だった。

「ま、今は安全なんだろ? 失礼するぜ」

「待ってください! そんな軽率に……」

兵士が止めるも遅く、フレアは牢屋の中へ踏み込んでいた。

「よう、起きてんだろ? ちょっと質問に答えてくんねぇか?」

「………」

ガチャリ。鎖が重い音を立てると同時に、髑髏が顔を上げた。

「何者だ? あんた」

どちらの国にも登録されていない兵士。
上が調べても何も分からず、燃やされでもしたのか半分炭化した皮の鎧を身に付け、頭は黒い髑髏。

――そして常人ではあり得ないほどの戦闘力。

話によれば、兵士達が全力で引っ張っても髑髏は外れなかったらしい。


<b>――我々は生ける死神を捕らえてしまったのだb>


長官は震えながらそう言っていた。

そして今さら解放するのも報復が恐ろしく、このまま留めていてもどんな不幸があるか分からないと泣きつかれたのだ。

当時鬼教官と呼ばれ、兵士を震わせた威厳は欠片も残っていなかった。

(ちっ……結局のとこ自業自得じゃねぇか。だが、流石のギルドナイトさんでもこんなのは専門外ですよ、なんて言えないところが御役所仕事の泣けるところだな)

「……俺は」

くぐもった声が牢屋に広がる。
髑髏の男が口を開いたのだ。
もっとも髑髏の口は動いていないので、やはりマスクなのだろう。

「……僕は」

「……私は」

「……誰?」

「……何?」

「……どれ?」

死神は淡々と、不気味に呟く。
あまりにも支離滅裂な言葉だ。
それを聞いた兵士は「ひぃっ」と腰を抜かしそうになった。

「……もしかして記憶が無いのか?」

そう訊くも、男はブツブツと呟くだけだった。

「………よし分かった」

何が分かったのだろうか……、と首を傾げた兵士はこの後信じられない光景を目にすることになった。

「痛むかもしんねぇけど、少しじっとしてろよ?」

「フレア様!? 一体何を!?」

フレアは男を吊るしている鎖と拘束具を外し始めたのだ。

「こんな所にいたら聞ける話も聞けねぇよ。だから外に連れていく」

「そ、そんなことが許される訳が無いでしょう!? 今すぐ戻してください!」

止めたくてもこの男は地位も実力も上のギルドナイト。返り討ちに合うのがおちなので、兵士は顔色を赤へ青へと変えながら必死にフレアを説得しようと試みるしかない。

「大丈夫大丈夫、長官もこのほうが喜ぶと思うぜ? なんせ不安の種が無くなるんだからよぉ」

しかし口笛でも混じりそうな気楽な声でフレアは言う。
兵士は止めるに止められず、頭を抱えるばかりだった。

――捕虜の無断解放。及びそれの幇助(ほうじょ)。
事情を知らないものからすれば、ただそれだけの重罪だ。

「よいしょっと。んじゃ、案内ありがとな」

フレアは軽くそう言って男を背負うと、固まっている兵士の肩を叩き『長官に説明よろしく』と、恐らく兵士にとって最悪であろう伝言を残して足早に外へと向かっていった。



[37857] 第二章 『Black Contract』 3話
Name: 楽太郎◆a3215f1c ID:4717fa5c
Date: 2013/11/30 16:55
「──どうだ? 結構良い眺めだろ?」

「…………」

じんわりと暖かな日の光が二人を優しく包む。

収容所を出たフレアが向かった先は、竜車(アプトノスの引車)に乗って小一時間の場所にある小高い丘の上だった。

足首を隠す程度に生えたやわらかな草のクッションに座り込むと、まばらに伸びた木々の向こうに広がる緑の海を見ることが出来る。
そして、その広大な森の奥には小さな湖があり、まだ高い太陽の光を力強く反射させていた。

「ここは俺の故郷の近くなんだ。この景色を守るために、俺は戦うことを決めた」

「…………」

しばらく座って眺めを見た後、フレアが唐突に語り始めた。

「もう一つあるが、ここでは言えん」

「…………」

「…………」

「…………」


不意に、そんな息苦しい沈黙を破るような心地よい風がサァッと流れた。

あちらこちらに咲いた、色とりどりの花がそれに誘われて軽やかに踊る。




「………意識が戻った時、白い光が自分を包んでいた気がする」

くぐもった、それでもはっきりと聞こえる声が髑髏の仮面からこぼれた。

「!」

それは確かに、ここに来るまで終始黙っていた男の声。
落ち着きを取り戻したのか、幾分か感情のある声だった。

「それ以外、何も覚えてない……気がついたら兵士に囲まれていて……訳も分からず戦った」

「…………」

フレアは何も言わず男の話を聞く。

「また暗闇に閉じ込められた時は、このまま死んでもいいと思っていたけれど……」




――ここはずいぶんと良い風が吹くね。



そう言った髑髏の顔は微かに緩んでいる気がした。

漆黒の地下室で発狂寸前まで追い詰められていた男は、



輝く太陽と穏やかな風の下で、



死に物狂いで、



自らの力で己の理性を、



闇から掬い上げたのだ。


フレアは奇跡的にも手遅れになる、そのギリギリの分岐点で彼を救い出すことに成功したのだ。

「なぁ!」

フレアは決心したように立ち上がり、男の方を向く。

「お前これからどうする? もし当てがないんだったらよ……俺と同じギルドナイトにならないか?」

「ギルド、ナイト……?」

訝しげに男は首を捻る。

「そうか、記憶が無……」

「ギルドに所属する組織の一つ、だよね?」

フレアは少し驚いた。

「お前……忘れたのはお前に関する事だけでそういう知識は残ってるのか?」

「……いや、それは分からない。けど突然、フッと頭に浮かんだんだ」

困惑した様子で男は額を片手で押さえる。

「……もし知識があるなら俺が教える手間は省けるな。よし! なら後は俺が何とかするだけだな!」

「…………勝手に話が進んでないかい?」

「大丈夫だ、問題ない」

「そんな馬鹿な……」

「記憶、取り戻したいだろ?」

思いもしなかった一言にポカンとして、空っぽの死神はフレアを見上げた。

「いや、それはそうだけど……それとギルドナイトになることに何の関係が?」

「異論は認めないぜ。ギルドナイトになりゃ個人の行動にかなりの自由が利く。お前の記憶を戻すきっかけを探し回るのも楽に出来るはずだ。手続きは俺がやってやる」

「……どうしてそこまでするんだ?」

髑髏の眼にはっきりと警戒色が浮かぶ。いきなり現れて牢屋から解放し、こんな話を持ちかけるのだ。
手をあげて飛びつくほうがおかしい。

「あー、……そう取られたら、まぁ確かにそうなっちまうんだが……」 

フレアは頭をガシガシと掻いた。
言葉に詰まると頭を掻くのが彼の癖のようだ。

「確かに頼みたいことはある」

「……僕に拒否権はないよ。内容は?」

先程より低いトーンで男が返す。


「……俺に協力してくれないか?」

「協力? 身分もない囚人にずいぶんと畏まった言い方をするね」

驚きと皮肉を合わせたように言う。

「お前はもう自由だ。解放したのは俺の独断。だから今お前がどこかに走り去ろうと俺は止めないし止められない」

「…………」

再び頭をガシガシする。

「なんつーかよ、お前とはうまくやっていけるような気がする……そんな直感がしたんだ」

「……直感だけで囚われの犯罪者を連れ出したっていうのかい?」

男はあきれたように言う。

「ああ。俺は直感を信じてきたからこそ今、ここに立ってる」

その燃えるような紅眼は真っ直ぐに男を見据えていた。

「……その眼をみれば信じざるを得ない、のかもね。また牢屋に戻されるのも御免だし、ここは協力するというしかないか」

それを聞いたフレアは よっしゃ! と拳を握ってガッツポーズをとった。

「決まりだ! よろしくな『バルス』!」

「バル………ス?」

聞き慣れない単語が自分に向けられ、本日何度目かの困惑した表情――といっても髑髏なのだが――をする男。

「ずっと考えてたんだよ。お前思い出すまで名前無いだろ? でも呼び名は必ず要るようになる。だからお前にコードネームをつける」

「コードネーム……何それ格好良いね」

髑髏に空いた二つの虚が――気のせいだろうか――一瞬輝いて見えた。

「異国の言葉で意味は『終わらせる』。世界中廻ってでも過去の記憶にケリをつけろ……そんな意味でつけた」

「それでバルス……バルス……うん、悪くないね。よろしく、……えっと」

「あぁ、名前まだ言ってなかったな、フレアだ。これからよろしく頼む、バルス」

「フレア……ぴったりの名だね。こちらこそ、よろしくフレア」

バルスは心なしか笑っているように見えた。

「それで何を協力すればいいんだい?」

その質問にフレアはシンプルに。それでいて、あまりに大それた答えを告げた。




「国をさ、救いたいわけよ」






三ヶ月後、二国間の戦争を両軍の制圧という力技で終結に導くことになるギルドナイトの戦闘集団『赤鷲』。歴史に名を刻んだこの騎士団を指揮したのは、深紅の騎士団長と漆黒のギルドナイト、そして優秀な戦闘の補佐だったと伝えられている。









◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆







――パキリ、焚き火の中で小枝が跳ねた。


「………」

シャワはバルスが話終わるまで一度も口を挟まなかった。
いや、挟めなかったのだ。

「ごめん。長々と話しといてなんだけど、結局僕がこうなった理由は分からず終いなんだよね」

「そんなこといいわよ……バルス、あんたギルドナイトだったの?」

「ま、肩書きだけみたいなものだけどね」

「それに五年前の『あれ』に関わってたなんて……」

信じられない、と言いかけたシャワだったがバルスの言葉に嘘は感じられなかった。

「英雄の一人がまさかこんな近くにいたなんてね……」

よしてよ、とバルスは少し困ったように言い、それに……と低い声で続けた。

「当時は英雄扱いも受けたけど、今じゃ『あいつらは勝てた戦いをむざむざ凍結させた逆賊だ』なんて両国から恨みを買うことがもっぱらさ」

「なっ………!」

シャワはその言葉に全身の毛が逆立つのを感じた。

「そんな……! あの戦いは結局意味の無い意地の張り合い……どちらからも止めれずにいただけで、あのまま続けていればどちらも損するだけってことは明白だったじゃない!」

感謝されこそすれ、彼らを責めるなんてあり得ないはずなのだ。

「彼ら、僕達のことを感謝するってことは、向こうの国に『このまま戦っていたら負けていました』って言うことと同じだってことに気付いたんだろうね」

「それが一体なんだって言うの……!!」

シャワの色が白くなる程拳を握り締める。


(だから『国』や『貴族』なんて嫌いなんだ!
体面だけを取り繕って、本当に守らなければいけない人達のことなど考えもしない……!)

「シャワちゃん……これは僕等の問題だ。優しい君が怒るような事じゃない」

「ふざけないで! そんな理不尽な連中……! これに怒らないで何をしろって言うのよ!」





「――シャワちゃん」






静かで、とても低い声。
初めて聞く、バルスの怒りの声だった。

「僕達はこうなることを予期していて戦争を止めたんだ。その覚悟をただ単に『理不尽だ』の一言で蔑ろにしないで欲しい」

「ご、ごめんなさい……そういうつもりじゃ」

ハッとしたように謝るシャワの頭にバルスはポンと手を置いた。

「僕のために怒ってくれてありがとう。大丈夫、いずれケリを着けるさ」

「バルス……」

シャワはバルスをジッと見つめ……そして、







――それセクハラだから、と頭上の手を払い除けた。








     ◆





早朝、朝靄のかかる集落を二人は後にした。

「だいぶ疲れが取れたわね。誰かさんのせいで少し寝不足だけど」

「切っ掛けは君じゃなかったっけ……?」

「こういうときは女性に花を持たせるのが紳士でしょう?」

「いつも変態変態いう癖に……」

「ギルドナイトなんでしょう? なら正真正銘の変態紳士……もとい変態騎士じゃない」

「流石にあんまりじゃないかな!?」

朝から相変わらずの喧騒である。

「でもま、村に着けば後はネコタクで帰るだけね」

「シャワちゃん、あのさ」

「ん?」


やっと帰れる! とややご機嫌のシャワにバルスはあるお願いを申し出た。


「……なるほどね。確かにどこで狙われるか分かったものじゃないものね」

「余計な争い事は御免だからね」

バルスの申し出は、自分がギルドナイトであることをこの先他言しないこと。

「任せといて。私、口は固いわよ」

「拳も固いけどね……」

ボソリ呟いた一言は、幸運なことに彼女の耳には届かなかったという。




――その後、特に問題なく村へ辿り着いた二人は事情を話し無事に街へと帰ることが出来た。

「ずいぶんと長いクエストだったわね……あっちの二人は大丈夫かしら?」

ギルドに着いて開口一番、シャワは深々とため息をついた。

「さぁ、上手くやってるんじゃないかな? それとシャワちゃん、ため息をつくと幸せが逃げるよ?」

「なら私の周りは幸せが一杯よ……受け取りなさい」

「いや……遠慮しとくよ」

当然といえば当然だが、クエストの目的を達成できなかった上、一時的な消息不明。
報酬を貰えないどころか捜索にかかったお金を払わせられる羽目になった。

「散々だ………今日はもう休んでゆっくりしたいね。今後どうするかは明日にでも決めようか」

「そうね……取り敢えず休みたいわ。それじゃ、また昼にここで落ち合いましょ」

「了解。……今回はありがとう、だいぶ助けられた」

「なによ改まって……こっちこそお礼を言わせてもらうわ」

シャワは突然のお礼に驚いたが、フッと眉を緩め『ありがと』と笑いかけた。

それじゃ明日。そう言って二人は別れ、それぞれの帰路につく。
月の無い、静かな夜。シャワは部屋のベッドに潜り込むと、帰って来れた安心感からか、すぐに眠りの世界へと落ちていった。




───明日、一体何が待ち受けているのか。
彼女はまだ知る由も無かった。





[37857] 第二章 『Black Contract』 終話
Name: 楽太郎◆a3215f1c ID:f74bf1c8
Date: 2014/03/02 18:41
「いけない! 『あれ』防具に差しっぱなしだった!」

 早朝、早起きな街の賑わいでボンヤリと眼を覚ましたシャワだったが、視界の端に剥ぎ取りナイフを見つけ、ガバリと跳ね起きた。
 ギルドから借り受ける支給品の中でも特に貴重な剥ぎ取りナイフ。特殊な鉱石を使用しているため非常に良い切れ味を誇るが、その分値段も目の眩むほどである。

「急いで返しにいかないと……! 弁償なんて言われたら終わりだわ!」

 シェリーなら本当に言いかねない。
 非常に精密な作りをしている為、剥ぎ取りナイフは戦闘で使うことは許されない。ハンターになる際真っ先に教わることの一つである。

「武器というか、包丁みたいな扱いなのよね」

 シャワは剥ぎ取りナイフを手に取り、まじまじと刃先を見つめる。研ぎ澄まされた刀身に波打つ波紋。銀色に輝くそれは彼女の金色の瞳を鮮明に映し込んでいた。

「……ってこんなことしてる場合じゃないわ!」

 我に帰ったシャワは慌てて宿舎を飛び出すと、ギルドへ向かって走り出した。

「ちっ……あら、丁度連絡を入れようと思ってたのよ。良かったわぁ」

 ギルドに着くと、シェリーがすぐに出迎えてくれた。

「ちょ、ちょっと。今、舌打ちしなかった?」

「さぁ?」

 シェリーは小首を傾げてニコリと笑ったままだ。

「ま……せ、セーフってとこね」

 肩で息をしながらシャワは剥ぎ取りナイフを手渡す。寝起きでダッシュは流石にきつい。

「気を付けなきゃだめじゃない。何かあったら貴女、弁償出来るの?」

「気を付けるわ……」

「無くすならしっかり無くして頂戴」

「もう断固として無くさないわよ!」

「ならいいんだけど。とにかく、朝早くからお疲れさまだったわね。昨日の今日だし、後はまたゆっくり休んだらどう?」

「ん……」

 そう言われ、シャワはあることを思い立った。

(バルス……どうせアイツ寝てるわよね。何か朝食になるものでも持っていってあげようかしら)

「ねぇ――」

 そう思ってシャワはシェリーにバルスの宿舎の場所を訪ねた。ギルドがハンターに提供している宿舎は数多く、低ランクから高ランクまで合わせると場所を聞かなければ個人を見つけるのは困難なのである。


――場所を教えてもらったら、いきなり訪ねて驚かせてやろう。

 そんな気持ちで訊ねたシャワだったが、シェリーの口から出た言葉は思いもよらないだった。


「え? バルスさんなら昨日のうちに今日の朝までの支払いを終えてたから、もう街を出たと思うけど?」

 シェリーは「知らなかったの?」と驚いたように言った。

「街を……出た!?」

 昨日の今日でもうクエストに出たのだろうか?
 そうであって欲しかった。
 しかしそんな淡い期待もも次の言葉によってバラバラに粉砕された。

「それにバルスさんは確かこの前、このギルドとの契約を切って新しく旅立つ準備をすると言ってたから……もう戻らないと思うわよ?」



 ――本当に聞いていなかったの?

 シェリーは心配そうな顔を浮かべている。
 ずしり、と。重石でも飲み込んだような感覚が胸に広がった。


「そんな……どうして?」

 激しい衝撃が頭を駆け抜ける。

(ギルドの契約を切った!? どうして何も言わずに……?)


 ――約束だって………まだ……


「あ………!」
 
「シャワ?」  

 そこで気付いた。
 そして走り出していた。


(私はバカだ………バルスはあの夜、きっとその前からそう決めてたんだ!)

 なぜあんなに素直に自分の素性を話したのか。
 私が怒ると知っていただろうに、なぜあんな話をしたのか。
 別れの時、普段言いもしないお礼なんかを言ったのか。

 何でいきなり消えたのか。
 全部が全部私から離れるためだったんだ。


「あいつといることが危険だってこと……そんなことは分かってたわよ!」


 どこまでが彼の考えか分からない……けれどまだ追い付けるはず! まだ間に合うはず! シャワはそう思いながら街門までの道をひたすらに走り続けた。



「はぁ……はぁ……」



 やっと辿り着いた街門。
 しかし辿り着いた城門に、そこから先へ伸びる道に、あの見慣れた黒い背中は見えない。

「……流石に、こんな別れは……あんまりじゃないのよ」

 思わず、ぺたりと地面に座り込む。
 彼のことだ。
 きっと他のハンターと狩りをした時は事情なんて話はしなかっただろう。したところで信じてもらえる確率なんか知れている。

 アイツのことだ。
 そして素顔を決して見せない髑髏のハンターは訝しがられ、疎まれ、怖がられてきたのだ。

『僕が怖くないのかい? みんな不気味がって近寄らないっていうのに』

『変態を怖がるほど繊細じゃないわ』

『…………なんか嬉しいな』

『その言動がもはや変態じゃない!!』

『それは違うよ!?』

 砂漠でそんな会話をしたこともあった。

「バカ……これじゃまた一人じゃない……」

 もう手の届かない所にいるだろう彼にそう呟く。
 もう少し上手くできれば、理解者だって出来るはずなのに。
 でもこんな風にしか出来ない。
 どこまでも不器用なんだ……、と彼女は思った。

「私も旅をすれば、また……どこかで会えるかしら」

 いや、絶対に捕まえて見せる。


「必ず……!」









「――やぁ、すいません! 急にお腹が痛くなったもんで……」

「いいよいいよ。それじゃお気をつけて」

「守衛さん、じゃあ行ってきます」

「はいよ」








「…………ん?」

 聞き慣れたくぐもり声が後ろから聞こえたような気がした。

「………え!? シャワちゃん?」

 なんと見慣れた黒い男が、街門横の守衛小屋から手を拭きながら出てきたのだ。


「……………バルス?」

 バルスは漆黒のギルドのスーツを身に纏っていた。すごく怪しい。

――やっぱり、出て行くところだったんだ。


「な、何でここに……」

「ふざけるんじゃないわよ!!!」

 まずは怒りが噴き出した。

「シャワちゃ……」

「あんた私をそんなにヤワだと思ってるの? あんたの背負ってるものなんて関係ないわ! そんなことで何も言わずに去ろうなんて偽善もいいとこよ!!」

 何故か知らないが、次はボロボロと涙が零れ落ちた。

「……私も一緒に旅に出る!」

「え、えぇ!?」

 突然泣き出したシャワにそんなことを言われ、目に見えてバルスが慌てているのが分かる。

「ちょっと待って! それは………」

「分かってるわ」

「いや、そういうことじゃ……」

「私は前から旅に出ようと思ってて、ちゃんと目的もあるの!」

「だから………」

「だからお願い! 連れてきなさい!」

「ちょっ待って! 最後まで喋らせて!」

 バルスが両手を突き出してシャワを制した。

「…………何よ」

「……何か勘違いしてないかい?」

「……は?」

 赤い目を擦りながらシャワは頭にクエスチョンマークを浮かべる。




「確かに僕は近々この街を離れるつもりだけど、今はギルドナイトとしての仕事に行くだけで昼には帰る予定なんだよ?」








「はぁ……?」

 カァ、と頬が熱くなるのがわかった。

「そっそれじゃ、ギルドの契約を切ったってのはどういうことよ?」

「え? 確かに街を出るときに備えて今度、契約を切るって話はしたけど……」

 顔がますます赤くなる。

「シェリーのやつ……!」

 思わずまた名前を名前を呟く。
 つまりは、計られたのだ。
 うつむいて押し黙るシャワをバルスがおずおずと覗き込む。

「シャワちゃん……な、何かごめん……。とりあえず僕は仕事にいかないと……話は昼にでも……ね?」

「うっさい早く行け!!」

「ごふっ!?」

 ブンと振るわれた腕がバルスの顎を捉える。
 もう怒ってるのか恥ずかしいのかも分からない。
 シャワは倒れ込むバルスをそのままに、足音を荒げながらズンズンと宿舎に帰っていった。






◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





「支度は出来たかい?」

「ええ」

 二日後の街門に、荷物を背負った二人が今度はしっかりと並んでいた。

「気を付けてね、シャワ」

 見送りに来たシェリーがニコリと笑う。
 そんな彼女が顔を真っ赤にしたシャワに胸ぐらを捕まれて揺さぶられたのは昨日の話だ(ちなみに彼女はその時もニコニコとしていた)。

「私が気を付けなきゃならないのは貴方だって、よく分かったわ……」

 むっすりとするシャワにシェリーはくすりとして訂正した。

「そうね、言い直すわ。上手くやりなさいね、シャワ」
  
「い、一体何をよっ!?」

 またもや赤面したシャワが投げたペイントボールをシェリーはひょい、と可愛らしく小首を傾げて避けた。
 余談であるが、後に巷で広がることになる『受付嬢、最強のハンター説』はこれを間近で見たハンター達が発端である。


「……? じゃあ、そろそろ行こうか」

「うぅ……」

 何が起こってるのか分からない様子のバルスが、今だに唸っているシャワを促す。

「ええ、早く行くわよっ!」

 もう泣かせちゃダメですよー、などと言っている猫かぶりの受付嬢から退散するため、シャワはバルスの背中をどつく。

「はぁ……当分ここには戻りたくないわね」

「え? いい街だったじゃないか?」

「…………」



 やっとのことで街門を出ると、いくつもの道がのびているのが目に入った。

「ねぇ、どの道を行くの?」

 気持ちを切り替えたのか、シャワは期待を込めて軽やかに言った。

「僕らの目的は地道に探すしかないからね……いつも通り自由に」

「気ままに?」

「うん。あ、でもあの二人から手紙が来ていたか」

 バルスが思い出したように手を叩く。


「そうだったわね。それじゃ、最終目的地はそこにして……とりあえずはゆっくり行きましょうか?」

「ああ、悪くないね」

「それじゃあ」

「うん」

 一人で旅立つのは不安だった。
 だから私は待っていたのかもしれない。
 心の開けるパートナーが現れるのを。
 始まりはただ踏ん切りのつかない自分への甘えだったのだが。
 それでも素晴らしい巡り合わせは起きた。

 
 ──なら、少しは感謝しないといけないのかしらね。



「「ユクモへ!」」



 ここまで私を導いてくれた沢山の小さな道標(みちしるべ)。



 ――それは、これから先も続いている気がする。



[37857] 第三章 『女神と呼ばれたハンター』 1話
Name: 楽太郎◆a3215f1c ID:4717fa5c
Date: 2013/12/12 16:59
──アクアとハンマーが出会う、十年程前のこと。



「グオォォォ……」



ズシンと巨体が地面に沈む音が鳴り響く。
それはハンターを目的達成を意味する音でもあった。



「あぁ……疲れた……」

「うん、お疲れ様!」

太陽が散々と照りつける真夏の孤島。
若い男女二人のハンターは、木が重なり合う天然のトンネルの中で静かに倒れたリオレウスの前で一息をついた。

「それにしても……」

「うん……」

溜息混じりにそう呟く二人。
目標は無事達成したようだが、それに不釣り合いな程に顔は不満そうである。



そんな時、



「二人ともお疲れさまー!」

背中に花を背負った娘が、何処からかこちらに走ってきたのだ。

緑色のフードを深く被っており、顔はよく見えない。

彼女に気付いた男のハンターは、怒りをあらわにして怒鳴った。

「おい! お前今まで何処にいたん……ぐぉっ!?」

フードの娘の口元はニヤリと笑っていた。
途端、男が宙を舞う。

「ちょっと!? あなた何して──きゃあ!?」

続いて、女のハンターも同じように飛んだ。

「へへへっ!」

何とその娘は、二人をハンマー――アルアロタスでかち上げたのだ。
麻痺の属性が込められたこのハンマー、クエスト終わりだというのに何故か新品同様に綺麗である。


「うぐ……いてて」

「いただきぃ!」

その隙に二人が討伐したリオレウスから剥ぎ取りを始める。

「やったっ! 紅玉ゲットぉ! 今日はついてるなぁ」

「おい! 一人じゃ不安だからって言って着いて来たくせに何て事しやがる!!」

「うぅ……そうよ! 全然手伝いもしないでこんなことっ……!」

顔を真っ赤にして怒る二人。
しかしそれを聞いた娘はフードを取り払い、べぇと舌を突き出した。


──ふわり。

肩に触る位の長さで揃えられた白い髪が、軽やかに風に流れる。

日光に照らされて銀色に煌めく髪に、二人は一瞬怒りを忘れて見惚れてしまった。

「あははっ! 騙される方が悪いんだよ! 私の為にどうもありがとねー!」

「っ……てめぇ!!」

「ま、待ちなさい!」


じゃあね! そう言って笑いながら逃げ出す彼女の名前はチョモ。
両親から貰った、古い伝説にある気高き山からつけられた名前だが、これはその名を地に落とすかのような振る舞いをしている彼女が更正し、後に「天山の女神」とまで呼ばれる伝説のハンターになるまでの――そんな話である。





◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆






小さな村の酒場に一際響く声が一つ。

「いっただっきまーす!」


豪華絢爛。


嬉々としてフォークとナイフを構えるチョモの前には、甘くとろける匂いが香り立つ女帝エビのソテーや、皮がパリパリと音を立てそうなキングターキーの丸焼き、色鮮やかなピンクキャビアのサラダなど、貴族でも宴でしか食べないようなの高級料理がいくつも並べられている。

「いやぁ、こう毎度楽に稼げるなんて……みんなチョロいよね~」

彼女が料理に舌鼓を打っていると、バンッ! と大きな音を立てて酒場の扉が開かれた。

「おい! チョモ! お前……またやらかしやがったな!」

「……フレア」

チョモは即座に顔をしかめる。

入ってきたのは、燃えるような赤い長髪に、紅く整ったベストを着た青年――名はフレア。
現役のギルドナイトであった。
背中には、髪色と同じ真紅の大剣が背負われている。

「ギルドへのハンターからの苦情……これで何十件目だと思ってやがる!」

酒場に響く声に客の注目は二人に集まる。

「そんなぁ苦情だなんて……だいたい悪い事なんかしてないし! アタシが『ちょっと』道に迷ってる内に『たまたま』討伐が終わっちゃってただけだよ?」

「ほう……何時間もベースキャンプで寝てんのが迷うって言うのか?」

「う、何で知って……って違うっ! その時は体調が急に悪くなったの!」

「毎回毎回か? そ・れ・が・そうだって言ってんだよ!」

「な、何かの間違いだよ!」

そんなやり取りを続けていると、フレアは「ハァ」と深いため息をつく。

「お前なぁ……こんなことばっかしてると、いつか絶対後悔するぞ?」

その言葉に彼女はキッ! とフレアを睨んだ。

「ふん! あんな狩りの腕に自惚れて周りも見れない奴らをカモにして何が悪いってのさ?」

「ひ、開き直りやがった……なぁ、手癖ばっかり悪くしてねぇでよ、狩りの腕を少しでも上げた方が絶対お前の為に……」

「うっさいなぁ! アンタは父親のコネだか何だか知らないけど、一人で勝手にギルドナイトなんかになって偉そうにさ!」

チョモはフレアの言葉を遮ると、おもむろに立ち上がった。

「なっ! 親父は関係ねぇだろ! 俺はちゃんと……っておい! 待てっ!」

「フレア……アンタ、やっぱり昔と変わったよ」

そう言い残したチョモは、すでに酒場を扉を抜けた後であった。

「あいつ……それはこっちの台詞だろうが……」

会話が終わり一瞬の静けさが訪れるが、二人のやり取りを見物していた客も次第にフレアから視線を外し、酒場はすぐに賑わいを取り戻した。


「──フレア君も大変だねぇ。幼馴染みがあんなに元気だと」

扉を睨んでいるフレアの肩を酒場の料理長がポンと叩く。

「おばちゃん……別に俺はただ任務として……」

料理長はそう言うフレアに対して、ニコリと笑いかけると、

「でさフレア君、チョモちゃんの代わりにここのお勘定、貰ってもいいかな?」

「は?」

バッと机を見ると、そこにはキチンと領収書が置かれていた。

「あ、あの野郎………っ!」

酒場に二度目の怒声が響き渡ったのは言うまでもない。


        ◇


「皿洗いって本当にやらされるんだな……」

げっそりとしたフレアは、沈みかけの太陽を見て更に愕然とする。

「チョモのやつ……今度会ったらタダじゃ済まさねぇ……!」

そう毒づきながらフレアは夕暮れの村道を歩いていた。


「………」

『一人で勝手にギルドナイトなんかになってさ!』

『フレア……アンタやっぱり昔と変わったよ』


頭の中にチョモの声が響く。

「あいつがああなっちまったのは……やっぱり俺のせい……だよな」

そう呟くと、途端に過去の記憶がフラッシュバックする。

村の中でも裕福な家の子供だったフレア。

彼は幼少期の頃から活気溢れる少年で、毎日のように探検と称して様々な所に出掛けていた。

そんなある日のことだ、村外れにある小さな森へと迷い込んだのは。


「忘れるはずねぇ……その時だ……あいつと初めて会ったのは──」





◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




「すげぇ! なんかお城みてぇだ!」

少年時代のフレアが森の中で発見したのは、小さく切られた岩で組み立てられた古い建物だった。

これは凄いものを発見したぞ! と中へ入る場所を探したフレアだったが、

「ちぇっ……柵があって入れないや」

建物の周りには庭が広がっており、鍵のかかった入り口から庭を囲むように高い木の柵が立てられていたのだ。

「うーん……どっかに……」

何とか入ろうと、穴でも無いかと柵の周りをぐるぐると回っていると、

「あ!」

柵が痛み、何とか抜けれそうな穴が出来ているのを見つけたのだ。

「よし潜入ー!」

そこへ入ろうと身を屈めた時、

「………誰?」

急に上から声が聞こえた。

「え?」

ふと顔を上げると、柵の向こう側には一人の少女がいた。

フレアは一瞬にして目を奪われてしまった。

風になびく、腰まで伸びた純白の髪。

純銀に輝くそれは、自分のまだ短い人生の中で最も美しい光景だった。

「……あなたは何処から来たの?」

「えっ……あ、俺は村から来たんだけど」

「あの村から? ねぇ、あなたの村ってどんな所なの?」

「え? そりゃ家が沢山あって……」

フレアは我に返ると、少女と互いの事について話し合った。


           
      ◇


「ふーん、ここの外ってそんな感じなんだ」

柵越しに話す彼女はチョモという名前で、この『こじいん』という建物で『しすたー』なる人と暮らしているのだそうだ。

「あ、他にも友達はいたんだよ?」

皆、外へ出ていっちゃったけどね……、と彼女は顔を寂しげにうつ向かせた。

儚げなその表情、揺れる白髪。
何故かドキリとしてしまう。

「じゃ、じゃあさ! 一緒に外に遊びに行こうよ!」

フレアの口は考える間も無くそう言っていた。

「え? でもシスターが外へ出ちゃダメだって……鍵もかかってるし」

「ほら、ここから出れるんだ。村を見に行こうよ! すぐに戻れば平気だよ!」

その提案にチョモは少し考えるように、また少しうつ向いたが、

「……うん! わたしも村を見てみたい! 案内お願いね? フレア」

「うん! 任せて!」

そして二人は森を抜け、村へとやって来た。

「凄い! 家が沢山あるよフレア!」

酒場や雑貨屋……村の建物は少なかったが、チョモを喜ばせるには十分だった。

二人はその後、森の中を散策した。
木登りに挑戦したり、小さな湖で涼んだり、とにかく夢中で遊びまわった。

「すっごく楽しいよフレア! 私外がこんなに広いなんて知らなかった!」

「だろ? でも、まだまだ外はこんなもんじゃないんだぜ?」

「ほんとに!?」

「あぁ!」

チョモは初めて会った時の何倍も輝いた笑顔をしていた。


     ◇


充分に遊んだ二人は再び柵の前まで帰ってきていた。

「今日はすごく楽しかった! ありがとうフレア!」

にぱっ、と笑う彼女の笑顔はとても嬉しそうで、

「だったら明日も明後日も一緒に遊びに行こうよ!」

そう言わずにはいられなかった。

「ほんと!?」

チョモの顔がさらに輝く。

「もちろん!」

それからフレアは毎日のようにチョモを連れ出しては村へ行き、森で遊んで過ごした。

酒場の料理長などと顔馴染みになったチョモは、次第に村人にフレアの幼馴染みだと認識されるようになった。
しかし孤児院から勝手にチョモを連れ出して手前、フレアは父親に怒られるかもしれない。だから村人にはチョモの所在を誤魔化して説明していた。

同年代の子供が村にいなかったのでフレアは毎日がとても楽しくなり、このままずっとチョモと一緒に遊んでいたい──そんなことを考えていた。





───あの日までは。






「フレアー! 待ってよー!」

「早く来いよチョモ!」

二人が出会って数週間が過ぎたある日、二人はいつもの様に森で遊んでいた。

「待ってったらー!」

「あはは! ……っと……いてっ!」

後ろを向いて走っていたフレアは木の根に躓いて転んでしまった。

「大丈夫!? フレア!」

「うん。ちょっと擦りむいちゃったけど、ほら、全然平気!」

そう言って擦りむいた膝をチョモに見せる。

膝は少し血がにじんでる程度で、怪我としてはほとんど心配ないものだった。


だが。

「………チョモ?」

それを見たチョモは突然ガクガクと体を震わせ始めた。

「ち……血……!! いや……いやぁぁぁぁぁ!!」

そして急に錯乱したように頭を押さえて倒れたのだ。

「チョモ!? どうしたんだよチョモ!」

「うぁぁぁ……ぁぁぁ!」

うずくまったまま呻く彼女。
チョモの様子は尋常ではなかった。

「……!? い、医者につれてかなきゃ!」

フレアはすぐにチョモを背負うと、村の医者の所まで全力で走った。

 
          ◇


「フレア! 何故、孤児院にいたチョモを連れ出したりしたんだ!」

その日の夜、フレアは父親から激しい叱りを受けていた。

「ご……ごめんなさい!」


フレアの父親は厳格な人で、やんちゃなフレアが唯一恐れる存在だった。
その父が今までで見たこともないほど激怒している。


「でも……チョモがとても寂しそうで……だからっ……!」

「言い訳など聞きたくない! どんな理由があろうともお前のしたことはただの偽善でしかないんだ! それが彼女を危険に晒したんだぞ!」

「………!」

ビクリ、とフレアの肩が震える。

「だが……この家の長男なら知らなくてはいけなかったことか……」

フレアの父親は少し考えるように黙り込むと、「いいかフレア」と話始めた。



「あの子……チョモは私が助け、村に連れて来たのだ。戦場でな」

「戦……場……?」

普段では聞くことのない単語にフレアは戸惑う。

「この国と隣国が長年対立関係にあるのは知っているだろう?」

「それは……知ってるけど」

「うむ。それによって、大規模……とまではいかないが、それでも一つの村や町を巻き込むレベルの争いは絶えることがない」

モンスターによる被害も増えてきているしな……、と父は顔をしかめる。

「私はそんな争いを疎んでいる。出来ることならやめさせたい……そう躍起になったこともあった。だが、たかが地方の領主では出来ることは少なかった」

「父さん……」

悔しそうに歯を食いしばる父をフレアは心配そうに見つめる。
父は懺悔をするように続けた。

「だから私は孤児院を建て、戦場で取り残された子供を拾っては孤児院へと預けてきたのだ」

「父さんがあれを……?」

フレアの父親は紛争が起きる度にその地へと赴いて、取り残された子供を孤児院へと送り、体と心の傷が癒えた頃に里親を探すという活動をフレアが生まれる前から続けていた。

チョモも四年ほど前に孤児院へと送られた一人だった。

「だがチョモだけは心の傷がいつまで経っても癒えることが無かった」

「なんで……チョモだけが?」

その問いに父親は少し躊躇った後、重い口を開いた。

「恐らくチョモは目の前で親を無くしたのだろう」


「!?」

幼いながらも、それが『どんなことか』はフレアにも容易に検討がついた。



[37857] 第三章 『女神と呼ばれたハンター』 2話
Name: 楽太郎◆a3215f1c ID:4717fa5c
Date: 2013/12/13 19:31
父親の言葉は大きな衝撃をフレアに与えていた。


「血を見ると錯乱してしまうのはその為だろう……」

「チョモは今どうして……!?」

聞かずにはいられなかった。

「大丈夫だ。少し時間が経てば落ち着くだろう」

「よかった……」

安心したフレアだったが、父親の次の一言で再び驚愕することになる。

「フレア、もうすぐお前は10になるだろう」

「え? ……そうだけど」

「いい時期だったのかもしれないな……」

父親は何かを決心したように口を開いた。
そしてこの一言が、今日の経験がフレアの人生を大きく変えることになる。

「──領主……いや、父親として命令する。知識をつけ、鍛練を積むためにここを離れ、街へ行きなさい。そこでお前の未来を決めてこい」

「街へ……? でも……」

「確かに急な話だ。お前が納得するまで話をしよう」


父親の話はチョモ、そしてフレアの為にも重要な話であった。
今のチョモにこれ以上刺激を与えれば心身共に危険にさらすことになる。
これ以上チョモのような子供を増やして欲しくない、そのためにはお前の力が必要なのだ──父親の言葉はフレアの中の正義の心を燃え立たせるには十分であった。


──次の日の朝、フレアは村を静かに後にすることになる。


「チョモ……ごめん。行って来るな」

ポツリと、再会を許されなかった友人に別れを告げる。
しかし顔はすでに決意に満ちており、胸には秘めた熱意が溢れていた。

──きっとチョモは分かってくれる。

幼い彼は理由も無く、そう信じていた。





◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




当時の私は大人しい子供だったらしい。

貧しくも、明るい父親と優しい母親と一緒に暮らしていた。

だけど、あの時…… 。

私の目の前は一瞬にして真っ赤になった。

その後の事はよく覚えていない。

気付いたら知らない天井を見ていた。

するとシスターという優しく顔の女性が、混乱して涙が止まらない私をいつまでも抱き締めてくれたのを覚えている。

「ねぇ、シスターさん。どうして他の子は居なくなっちゃうの?」

ある時、私はシスターにそう聞いたことがある。

すると。

「あの子達は新しい希望の光を見つけたのよ。大丈夫……あなたにもすぐ見つかるわ」

と言って、いつもより強く抱き締めてくれた。

「……? シスターはいなくならない?」

「えぇ。私はいなくなんてならないわ、あなたが光を見つけるまでは」

シスターの説明はよく分からなかったけれど、シスターがいてくれるならそれで良かった。

でも、しばらく経つと私以外の子供はついに一人も居なくなった。

シスターは「それは、良いことなの」と言っていたが、友達がいなくなることの何が良いのか全く分からなかった。


一人で一日の大半を過ごすことに慣れた頃、私は柵の外の世界に思いを馳せることが多くなっていた。
ぼんやりと覚えている外の記憶……でもよく思い出そうとすると頭が痛くなるからやめた。


そんなある日だ、私は一人の少年と出会ったのは。

フレアと名乗ったその少年、私の憧れていた外の子供だった。

「外に出てみようよ!」

彼は私の憧れを一瞬で現実にしてくれた。
眩しいくらいに明るく、暖かい心を持つ彼。

フレアと遊ぶことは今までのどんなことより楽しく、新鮮なものだった。

シスターにばれないかと不安だったが、彼の協力もあり何とか誤魔化せていた。


「俺さ、ギルドナイトになるのが夢なんだ」

森にある小さな湖、そのほとりである日、寝そべりながら彼は夢を語った。

「『ぎるどないと』って?」

初めて聞く言葉に私は首を傾げる。

「悪い奴やモンスターを倒して平和を守るカッコイイ人達なんだ! 俺の憧れの存在だぜ!」

そう言ったフレアの目はキラキラと輝いていた。

「そんなカッコイイなら、私もなりたいなぁ」

思わずそんなことを呟く。

「チョモならなれるよ! 一緒に村の平和を守ろうぜ!」

「うん!」

私とフレアは指切りを交わした。

「ずっと一緒な!」

「ずっと一緒!」

約束を交わすというのがこんなにもドキドキするものだったなんて、私は嬉しくてたまらなかった。

私はシスターの言っていた『光』と言うのはフレアに違いないと思った。
本当に心から楽しくて、幸せだったのだから。


一緒に森を走り回って遊んでいたフレアが転んで怪我をした時だって、平気そうに笑ってる彼を見たら不安なんて吹き飛んでいた。



シスターからの『怪我をした人には絶対に近付いてはいけない』
という唯一の約束も、この時はすっかり──。



──大丈夫!? そう言って駆けつけた後の記憶が、私にはない。







そして目が覚めたら……。





フレアは村からいなくなっていた。




理由は、誰も話してくれなかった。




ずっと一緒だと、約束したばかりだったのに。




騙された。




裏切られた。



…………どうして?



どうして皆、私の前からいなくなってしまうの?




約束を破られるのがこんなに辛いものだなんて、私は胸が今にも張り裂けそうだった。



私が寄り掛かろうとしていて光は、あっという間に見えなくなってしまった。






───その頃からだろうか、私の心が酷く、醜くネジ曲がってしまったのは。








それから数年経った頃、孤児院から強引に出た『アタシ』はハンターになっていた。




──理由?



報酬がいいから。


それを期に髪はバッサリと肩まで切った。


──何でかって?


邪魔だったから。


昔から『アイツ』と森で罠などを作って遊んできたせいか、手先は器用だったからギルドの規定年齢なんて簡単に偽造できた。



私が選んだ武器はハンマー。



刃物と違い、苦手な血が無駄に出ないからだろうか……自然にこの武器に手が伸びていた。


始めはアタシも一生懸命戦っていた。

けれどアタシはすぐに気付くことになる。



自分には狩りのセンスが無かったと。



大量の血を見ればまだ震えてしまうし、結局殴り付ける感触も慣れなかった。

そんな当時のアタシの面倒を見てくれたのは、夫婦で狩りをやっているというハンターの二人組だった。

彼らはとても優しく、「君はそこで見てればいいから」と笑って二人で狩ったモンスターの報酬を無償で分け与えてくれた。

彼らも最初の内くらいは……、と考えていたのだろうが、徐々に手伝えるようになるだろうと考えていたのだろうが。



──あろうことか、私は『それ』にヤミツキになってしまっていた。



何も働かないで報酬だけを貰う。

こんな楽なことがあるだろうか?

夫婦も暫くはそれを許してくれていた。

だがある日、急に別れを告げられた。

その時私が思ったのは、悲しみでも後悔でもなく、
「あぁ、次の相手を見つけないと」という無機質な考えだった。

それからは一緒に狩りをしてくれるハンターを転々とし、様々な理由をつけて彼らから報酬を奪っていった。

しかしそんな横着が永遠に許されることはなかった。ある日、噂を聞き付けたギルドナイトが私に警告を伝えにやって来たのだ。





──それがフレアとの再開だった。




「お前……もしかしてチョモ……なのか!?」

「………あんた、フレア?」

彼を見た瞬間、懐かしさが一気に込み上げる。

実に五年ぶりの再開だったから。

「お前……今までどこに居たんだ! 何でこんな事を……俺は必死に──」

「──うるさい!」

でも私の口から出たのは拒絶の言葉だった。
懐かしさと一緒にそれ以上の憎しみが浮かび上がってきたのだ。

「私を置いて勝手に村を出て……もうお前の事なんか知らないんだよっ!!」

それでも……。

「チョモ……俺は……」

嗚呼……とアタシはそれでも自覚した。

アタシは……私はこんなにも寂しかったのだと。
一番感じた強い思いは、悔しいことに喜びだったのだから。

それからもアタシは活動をやめることなく、その度にフレアはアタシの元へとやって来た。

初めは激しく拒絶していたが、フレアのあまりのしつこさにアタシも拒絶することを諦め……昔とはだいぶ違うが、普通に会話を交わすようにもなっていた。



──そして今に至る。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




ずいぶん長く回想をしていた様な気がする。

夕方の草むらに寝そべっていたチョモは足音を聞いて起き上がった。

「あ、フレア……」

やけに哀愁を漂わせながら歩くフレアを発見したのだ。

フレアからは死角になっていてこちらの姿は見えない。

(あ……そういえば領収書置いて出ていっちゃったんだっけ……もしかして皿洗いでもしてたとか?)

彼女の小さな良心がチクリと疼く。

「……でもアイツが怒鳴り込んでくるから悪いんだ」

そうやって一人で弁護していると、

「──あいつがああなっちまったのは……やっぱり俺のせいだよな」

彼らしくない、えらく沈んだ声が聞こえてきた。

(……フレア)

彼が自分が倒れたのがきっかけで村を出たことは、後で村人から強引に聞きだしたから知っていた。

(違う……確かにきっかけはそうだったかも知れないけど、その後は私の……)

「おい! ついに見つけたぞ!」

「………──っ!?」

突如、チョモは後ろから何者かに後頭部を殴られ、彼女は静かに意識を落とした。



             ◇




ピチャン、と水滴の落ちる音でチョモは目を覚ました。


「…………ここは?」

辺りは暗く、様子は分からない。

「……うっ!」

動こうとしたら頭に激痛が走った。
どうやら、だいぶ強く殴られたようだ。

そうしている間に少しずつ目が慣れてきた。
どうやら倉庫のようだが、周りはやはり暗くてよく見えない。

「………っ! 体が動かない!?」

ここでチョモはようやく自分が腕と足を縄で縛られていることに気付いた。

「──おっ、目が覚めたみてぇだな」

「誰!?」

不意に後ろから声をかけられ、チョモはそちらに顔を向ける。

「は? まさか俺を忘れたわけじゃないよな?」

「……お前っ!」

そこに立っていた男は以前チョモが手柄を横取りしたハンターの一人だった。

「まだまだいるぜ?」

ぞろぞろと後ろの暗がりから現れたのも今までチョモが騙してきたハンター達だった。

「私たちはねぇ……見りゃ分かると思うけどさ、アンタの被害にあった連中の集まりよ。まさか、忘れたわけじゃないでしょうね?」

またもや見覚えのある一人の女がそう言って私を睨み付けると、 その横にいた男も憎々しげな表情で怒鳴り出した。

「散々ギルドに文句を言っても全く被害が減らねぇからよ、調べたら一人のギルドナイトがてめーのことを庇ってるやがった! ギルドナイトが庇ってんならラチがあかねえ……だからこうして集まって直接お前に報復してやろうって決めたんだ」

(まさか……フレアが?)

チョモの頭に彼の姿が浮かぶ。

「でもお前の周りにはいつもその邪魔なギルドナイトが引っ付いてやがって……今日は運が良かったぜ」

『いつか必ず後悔するぞ!?』

(フレアはアタシがヤバイことを知ってたからいつも近くに………?)

「よくもこんな人数を手玉に取りやがったな……生きて帰れると思うなよ? ……っておい! 聞いてんのか!」

倉庫中に怒声が響き渡る。

「……っ!」

怒鳴った男が近くに落ちていた角材を拾うと、それを持ってチョモに近付く。

「全く反省してないようだからな、この際しっかり反省させてやるよ! 死ぬまでな……」

(コイツら……本気でアタシを殺す気だ……)

「す、好きにすればいいだろっ!」

そうは言ったが体が恐怖に震えるのを止められない。

「その威勢がいつまで持つかな? 順番にコイツでぶん殴っていこうぜ、まずは俺からだ」

(これが報いなの……? そりゃそうだよね、あんな酷い事してたんだもんね……)

「覚悟しろよ」

冷たい低い声でそう言うと、男は角材を振りかざす。

「ひっ……!」

それを見たチョモは咄嗟に目を瞑る。



(ごめん……フレア)



きつく閉じた瞳から一滴の涙が零れ落ちる。
孤児院に連れて来られた時以来流れることは無かった涙が後悔の念で押し出されたその瞬間──鈍い音が、倉庫に響いた。






「ぐあぁぁ!?」

チョモは驚いて目を開いた。
初めに目に映ったのは角材を落として吹き飛ぶ男の姿。


──そして。


「へっ……ちょっとは反省したみてぇだな」


「え……?」


そして次に映ったのは紅。

「……何とか間に合ったようだな」

「てめえ! 何で邪魔しやがる!」

取り巻きの男が怒鳴る。




「てめぇら……チョモに手ぇ出してんじゃねぇよ!!!」

フレアは叫び、長く赤い髪が怒りを体現するか如く宙に舞う。

その瞬間、フレアはハンター達を一蹴していた。

その髪は倉庫の合間から入り込んだ月の光に照らされ、まるでルビーのように輝いていた。

「あ…………」

一瞬で目を奪われる。

「チョモがこんなことをしちまったのはなぁ! 全部弱かった俺の責任なんだよ! だからな、コイツに危害を加えてみろ! 全員ぶっ飛ばすぞ!」

「ふ……フレア!」

フレアは鬼神のような形相でチョモの前に立ちはだかっていた。

「ちっ……! あのギルドナイトかよ……だがよ! お前のやってることは正しいのか!? 俺たちは被害者だぜ? ギルドナイトだったらまずソイツをとっ捕まえろよ!」

ギルドナイトは並みのハンターでは太刀打ち出来ない強者の称号。

すでに大半のハンターは逃げ出しており、追い詰められた男はフレアにそんなことを口走っていた。

だが、フレアがその言葉に揺らぐことは無かった。

「俺がギルドナイトになった理由は2つ。1つはあらゆる戦争を終わらせること」

そしてもう1つは……とチョモを指差した。

「コイツを守ってやることだ! 分かったらとっとと失せやがれ!」

「……くそっ、いかれた野郎め! 覚えてやがれ!」

フレアの一括に男は完璧な捨て台詞を吐いて、慌てて逃げ出していった。

「ふぅ」

場が収まると、フレアは軽く息を吐く。

「フレア……?」

初めて本気で怒ったフレアを見て、チョモが恐る恐るといった様子で声をかける。

「俺はさ、あの日からお前を守るって誓ってたんだ」

フレアはチョモに背中を向けたまま話り始めた。


「だから親父から街へ行けと言われた時、チャンスだと思った。あの時の俺はまだ何も持っていなかったからな」

「フレア……私は……」

「だけどな! 今は違う。5年間ギルドナイトになるために必死でやった!」

フレアはそう言ってチョモの方に振り返った。
額から赤い筋が何本か流れた。
角材が当たっていたのだろう。

「お前を置いてきちまったことを悪いと思ってたから、今まで様子を見ちまったがな! こんなことになるならもう遠慮はしねぇ! 引っ張ってでもお前を更正させてやる! 二度と目を離さねぇから覚悟しとけよ!」

ビシッ! とチョモに指をさすフレア。

急な展開にポカンとしていたチョモだったが、

「へへっ……よろしくね! フレア」

昔のような眩しい笑顔をフレアに向けた。

「あ……ああ! 任せろ!」

昔、同じような会話をしたような気がした。



[37857] 第三章 『女神と呼ばれたハンター』 終話
Name: 楽太郎◆a3215f1c ID:4717fa5c
Date: 2014/11/02 07:13
「と、とにかくだ! これに懲りたら二度と無茶なことすんなってことだ!」

 勢いで言ってしまったことを後悔しているのか、フレアは照れ臭そうに横を向いてしまう。


「…………ありがとね」

「ん? 何か言ったか?」

「別に」

 不思議だ。
 フレアの横顔を眺めていると、心にふんわりと暖かいものが流れ始る。

 ──忘れかけるほどに久しぶりの感覚だった。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





「うぅ……」

「チョモ……流石になまりすぎだろ……」

 フレアの呆れた声で言う。
 あれから三日後、二人は孤島へ狩りの練習に来ていた。

「し、仕方ないでしょ! 真面目に戦うなんてホント久々なんだから!」

 チョモは肩で息をしながら真っ赤な顔で怒鳴るが、フレアの表情は変わらない。

「いや、だって下位のクルペッコだぜ……? 肩書きは上位ハンターなのになぁ……?」

 今はそのクルペッコにまんまと逃げられ、仕方なく先回りを終えたところであった。

「私もここまでとは思わなかったけどさ……」

 あの一件以来、なぜかチョモは一人称を『私』に戻した。
 髪も以前より少し伸び、少し大人っぽいイメージになった気がする。

「ふむ……」

 フレアはそんなチョモを見ながら少し考えた後、何かを思いついたように手を叩いた。

「よし、分かった。お前は後ろに下がっとけ」

 フレアはそう言って大剣を握ると、地面に降り立ったクルペッコに向き合う。

「ちょっと! それじゃ……」

 前と変わらないじゃん! そう言おうとしたチョモだったが、フレアはクルリと彼女の方を見ると、

「ちげぇよ、誰がサボっていいっつった───チョモ。お前さ、俺のサポートに回ってみてくれないか?」

「さぽーと?」

「あぁ、粉塵とか罠とか一応持ってきてただろ? お前はそっちを全力でやってみてくれ」

「……あ! わ、分かった!」

 狩りはただ攻めるだけではない。
 一人一人役割を分担することで狩りを何倍も有利に進めることが出来る。そんな基本をチョモは今思い出した。

「手が空いたらそのハンマーで遊撃しながら麻痺を狙ってくれ! 大丈夫。お前なら、出来るさ」

「……任せて!」

 心のどこかで焦っていた自分がいたのかもしれない。フレアの言葉はチョモのそんな焦りを見越したように、力強く胸に響いた。


 チョモの眼は、初めて、ハンターの眼になっていた。



 ──そこからのチョモの活躍は、彼女の実力を知ってるものが見れば目を疑う程のものであった。
 幼い頃に培ったテクニックで的確に罠を仕掛け、フレアが傷ついた時には抜群のタイミングで回復させた。
 ずっと相手の様子見を続けてきた彼女の目は、とても優秀な観察眼へと育っていたのだ。

「す、すげぇ……。サポート一人いるだけで、普通こんなに狩りが楽になるか?」

 ふとした思い付きから彼女の隠された才能を発見してしまったフレアは若干の焦りを感じたものの、それを知ってか知らずかチョモは着々と腕を磨いていった。


「こりゃ、どえらいのを起こしちまったかもなぁ……」


 ───組めば全く怪我をしないで狩猟から帰ってこれる、女神のようなハンターがいる。
 そんな噂が広まるのは時間の問題だった。







 数ヶ月後。
 二人は村を離れ、街のギルドに拠点を移していた。

「フレアー! また狩りに誘われたから一緒に来てよ!」

「またかよ!? この人気者が……俺はまだギルドナイトの仕事が残ってるんだぞ。たまには一人で行って来たらどうだ? 『天 山 の 女 神』 様 よ!」

 大層な二つ名を貰ったもんだ とフレアはニヤリとしながらそんな彼女の顔を見た。

「ちょっ……! そんな名前で呼ばないでよ! それに目を離さないって約束したじゃん!」

 チョモはぷぅと膨れてフレアに詰め寄る。

「あぁ、そうだったな」

 そんな彼女の様子に、フレアはやれやれと腰を上げる。

 今、チョモはフレアと一緒にギルドナイトの仕事をしながら狩りの依頼をこなしている。

「じゃ、行こっか!」

 にぱっと微笑むチョモ。
 装備している日向シリーズという防具も相まって、本当に女神のようだ。
でもそんなことは思っても絶対に言いたくはない。
 そんな彼女がハンター達の絶大な人気を獲得し、ギルドも説得して『ギルドナイト補佐』という美味しいポスト(低労働高報酬!)を無償でもらってフレアを大変悔しがらせたのは少し前のことである。









「……チョモ。少し大事な話がある」

 狩りの帰り、前を歩くチョモにフレアは真面目な声で呟く。

「ん?」

 チョモはきょとん とした顔でこちらを向いた。

「また紛争が始まった。しかも今度は大きい」

「…………」

 それを聞いた彼女の表情も引き締まる。

「紛争を止めに行くっていうの?」

「……そのつもりだ。上には話を通してある」

 フレアの表情は揺るぎのないものだった。

「なら私も行く」

 そんなフレアを見て、チョモは即座にそう答えた。

「駄目だ。お前にはお前の仕事が……」

「私がギルドナイトの補佐になった理由を教えよっか?」

「………」

「アンタをサポートするためだっての!」

 フレアの肩を叩き、ニッ! と笑う彼女の顔もまた揺るぎないものであった。

「はぁ……言っても、止まらねぇよな」

 頭を掻いて、フレアは本日何回目かのため息をついた。

「……よろしく頼むぜ? 相棒」

「うん! 任せて!」

 数日後、彼らは共に紛争地帯へと向かうことになる。












 各地でモンスターの古龍化騒動が起き始めたのはこれから五年後……。
 ユクモから一人の少女が旅立つ所から始まる。







[37857] 第三章 『M237』
Name: 楽太郎◆a3215f1c ID:4717fa5c
Date: 2016/06/06 12:06
M237──このたった四文字の羅列が、彼女を彼女たらしめる唯一の言葉だった。


砂漠と樹海の間にある険しい岩場。
その一歩踏み間違えれば、そのまま奈落の底へと消えてしまうであろう切り立った崖の前で。
彼女は一人、そこに佇んでいる。



「また、戻って来ちゃったか……」


その一言は崖下の暗がりから吹き抜ける風の音にかき消された。
しかしそんな風も、彼女の頭に未だ響く声までは消してくれない。

強風の吹き荒れるこの場所は昔から危険地帯とされ、近付く者は皆無。
だが、だからこそ『施設』はそこに存在していた。

国によってひた隠しにされるこの施設は、戦場で駒にされる兵士の育成を主としている。
『義勇軍』……そんな風に言えば聞こえは悪くないのかもしれない。
劣勢の戦場に唐突に現れて、犠牲も構わずに勝利への道を切り開く彼らは戦場では英雄扱いを受けていた。
しかし、幼い頃から休む暇なく一般教養や世界情勢、戦闘に戦略……ただ勝つ為だけの情報のみを教わってきた彼等にとって、周りからの風評などは全く意味の無いものであった。
甘い汁を啜るのは、そんな彼等の上にふんぞり返って、何のリスクも背負わない重役達。
だか、そんな事も彼らにとってはどうでもいいことであった。


そんな生活の中で、彼女が嫌ったのは毎朝に行われる意味の無い整列だった。

いや、意味はあるのだろう。
それでも、と彼女は思う。
これに意味を見出だすのは馬鹿げている、と。

戦争があれば『国の為』と戦地に駆り出され、生き残れば再び息苦しいこの場所へと戻される。

すると大抵、番号順に並んだ彼女の前後には以前の見知った友人の姿は消え、番号を繰り上げられた知らない人間が立ち並んでいるのだ。


今回もまた、いなくなった。

戦場で響き渡る悲痛な叫びは暫く頭から離れることはない。
施設での洗脳まがいの教育を受けながら十年……彼女は楽になろうと、しようと促す心に逆らい、永遠とも思える時間を戦ってきた。


──私達は、ただ在るべき所に戻るだけよ。


前回まで彼女の前にいた女性はそう語っていた。

戦場で拾われた私達は、やはり戦場に還るのが自然よね──そう言って微笑した友人が最後、どのように還っていったのかは知らない。

そうなのかもしれない。
それでも、私が私でなくなるのはきっと──凄く恐ろしいことだと思うから。
だから彼女は今まで生き残り続けた。

人一倍頑丈だと思っていた心が、静かに壊れ始めていたことに気付かずに。




「──やぁ、また会ったね」

そんなM237の心を救い上げたのは、ある日を境に彼女の前に居座り続けた一人の男であった。

「……あんたはまだ、死なないんだね」

「いきなり失礼だな、君は」

始めての会話はこんなものだった。

「私の前後は特によく死ぬ」

彼女は淡々とした口調で目の前の男を見上げた。
視線ら男の顔を向いていたが、その瞳の色は濁っており何を見ているのか定かではなかった。

「でも僕は随分と長く君の前にいるよね」

男はそれに飄々と言葉を返す。

「……だから久々に興味が沸いたんだ」

少しだけ──そう付け足した彼女の目には、僅かに焦点が定り始めていた。

「それはありがたいことで」

──実は僕の前後もよく死んでたんだ、後で男は相変わらずの軽い口ぶりでそんなことを言っていた。








それから何ヶ月か経った頃。
二人は暑さから逃れるように木陰を探し回っていた。
日の光が執拗に身を焦がす炎天下、砂漠の近くにあるこの場所にとって夏場はまさに地獄である。

「それにしても……あんたのお陰かな? ここに帰ってきても声にうなされなくなった」

「……それにはこちらこそ、と言わなきゃならないかもね」

涼しい日陰を陣取って座っていた彼女の謝礼に、男は多少驚きながらも礼を返す。

お礼がしたいんならそこを譲って欲しいんだけど……、と汗を拭きながら提案するが「いやだ」と一蹴されて男はがっくりと肩を落とした。


戦場での毎回の活躍により優遇された二人は、訓練さえこなせば比較的自由な時間が与えられている。

だから初めて会話したあの日から、互いに興味を持った二人は時間を見つけてはなんということのない会話を交わしてきた。

戦友……外の平凡な世界でなら親友と呼ばれてもおかしくない仲になるのに、時間はそれほど掛からなかった。

「なぁ、124」

いちにいよん、そんな間抜けた呼び方で彼女は男に話しかける。

「何だい?」

「名前……ってあるでしょ? ……あんたは欲しいと思わない?」

「これのことじゃなくて?」

男は胸に付けられた『M124』のプレートを指差す。

「いや……何というかもっと意味のある言葉、……かな?」

二人が初めて言葉を交わしてからの数ヶ月で、彼女の顔には生気が戻っていた。

「……でもこんなところじゃ必要ないんじゃないかな?」

そう言って首を傾げる男もそれは同じだった。
会話をする、心を通わせる……たったそれだけのことが出来ないだけで、心は簡単に壊れてしまう。
それに気付いてから、二人は会話する時間を特に大事にしていた。

「でもさ、皆同じような呼び名じゃん? 個性は必要だと思うんだ」

「ははっ、個性か……教官が聞いたら鞭が飛ぶだろうね」

『傭兵たるもの個人より集団を重んじるべき』とは彼等を『熱心』に教育している教官の口癖である。

「茶化さないで。でもさ、昔は私たちにだってあったはずだよね?」

「……全然覚えてはいないけどね」

戦場で拾われた彼等に施設が施すのは、彼等に番号を付け、記憶と一緒に名前を忘れさせること。
個々の感情を消すには、それが一番効果的なのだそうだ。教官が自慢気にそう話しているのを盗み聴いたのことがある。

「でもやっぱりもう一回欲しいよ」

「付けたとしても、ここで使ってもらえる訳じゃないし……最悪、処罰が下るかもしれない」

突発的なことを彼女が言うのはいつもの事だったので、男はたしなめるように言った。

「ねぇ、試しに二人で名前を付け合ってみようよ! 私達だけで使う内緒の名前! それにもしさ、世界に出たときに名前がなかったら大変だよ?」


──もし世界に出たら。


これは最近の彼女の口癖だった。
血生臭いこの世界を一歩越えた所にある広大な世界。しかし逃げることの許されない彼女らにとっては途方もない一歩。

それは彼女も分かっているはず。
それでも彼女は諦めない。

「さぁさぁ!」

わくわく、といった言葉が溢れるように彼女は彼を捲し立てる。

「君も大概話を聞かないね……でもまぁ、ちょっと面白そうかな」

ここまで彼女が促すことも珍い。
男はやれやれ、と両手を広げて押し負けた。

「でしょ! じゃ、お互いにお互いのを考えようよ。あ、ちゃんと意味も考えてね!」

「はいはい……」

二人はしばし考え、悩んだ。

「決まった?」

「まだ。そっちは?」

「もうちょい」

『うーん……』

二人が揃って唸る。
いつの間にか男も名前を考えることに夢中になっていた。


「決まった! そっちは決まった?」

「うん、今しがたね」

「じゃあこの紙に書いて発表しよう!」

「無駄に用意がいいね……」

「書けた? じゃあせーので発表しよう!」

「分かった分かった」

彼女の喜喜とした表情に、男までワクワクしてきてしまう。
会ってから前半は確かに男が彼女を助けていた。
だが、彼女が男と同じ程度にまで回復してからは、ずっと彼女の笑顔に男は救われてきた。
彼女にだけは笑顔を絶やして欲しくなかった。

だからこそ、男はそんな名前を彼女につけたかったのかもしれない。



『せーの……』



彼女の合図と共に、男は同時に紙を見せ合った。




         
 ◇





彼等のイニシャルはそれぞれの役割で決められている。

A~なら単純な戦闘部隊。
I~なら情報戦略部隊。




M~なら、対モンスター部隊。




戦場には血の臭いを嗅ぎ付けたモンスターが頻繁に現れる。
そのモンスターを討伐、撃退するのがMのイニシャルを持つ者の任務である。

ギルドのハンターと同じような働きをするが、こちらは登録されない非合法なハンター。ギルドではやらせないようなことも平気でやらされていた。

特に優秀な人材がこれに当てられるが、一番に危険も多い。

それでも人を殺すのより何倍もいい、とはあの男が言った言葉である。



──その男が。


「おい! 目を醒ますんだっ! 『───』!」


戦火の真っ只中、飄々としてる普段の様子からは想像出来ない程の声を張り上げていた。

激しく燃え上がる家々。
倒れた人の上を逃げ惑う人々。
それに襲いかかる小型の鳥竜種。

そして、

二人の目の前、死屍累々の光景の上に事切れていたのは巨大な一匹の轟竜であった。

「ごめん……『───』。今度は……私が還る……番みたい」


男の腕の中で、かすれた小さな声で彼の名前を呼んだのは、あの日『名』を与え合った相棒。

彼女の背中には巨大な爪痕が残っており、何が起きたかを明白に物語っていた。止まらない血は、まるで二人を呪うかのように辺りを紅く染め上げる。

「…………っ!」

自分の為を思ってか、こんな状況でも笑みを絶やさない彼女を見て、男は渾身の力で歯を食いしばった。
いつかはこんな日が来ると分かっていたつもりだった。
だけど、その時は自分が死ぬと思っていた。

「君はもっと広い世界を見たかったんだろ! ……その為に戦ってきたんだろ!?」

段々と息が弱まっていく彼女に男は必死で話しかける。

「私は……あんたに凄く感謝してる。私が……最後まで私でいられたんだから」

弱々しくも彼女はそういって笑いかける。
いつも爛漫とした彼女からはかけ離れた姿だった。

かけ離れ過ぎていた。

過酷な環境に敷かれながらも懸命に生きようとした。潰されそうな心を奮い立たせて『自分』を貫き通してきた。

そんな彼女の最後がこんな呆気ないものなのか!?

動かない彼女を抱いたまま、気が付けば男は空に向けて叫んでいた。

「こんなのあんまりだろう!? 神様って奴がいるなら出てこい!!! どんな代償でも払うから! 払ってやるから! 『───』に! 彼女に世界を……広い世界を見せてやってくれ!!」




───叫びは空に大きく木霊する。

















──白い稲妻が一つ、落ちた気がした







◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




…………?

………ここは?

薬のツンとした臭いが鼻孔を刺激する。

辺りを確認するために身を起こそうとするが、

「痛っ!?」

突然走った背中の痛みに思わず声が出た。

「嘘!? 気がついた!? よ、良かったぁ……」

声を聞き付けてやって来たのか、若い女性の声が私の元へ届いた。

「ここは……うっ……!?」

目覚めたばかりだからか目の前がボヤけてうまく見えない。

「今は起きない方がいい。アンタ、あのままだったら今頃……」

真剣な声。

私は相当危なかったらしい。

戻ってきた視力が捉えたのは、彼女の白い髪がふわりと揺れるところでだった。

「……ありがとう」

痛みを堪えて何とかその一言を絞り出す。

「いいって。私がしたのは応急措置だけ。礼を言うならアンタを見つけた私の相棒と医者に言いな」

相棒に手出したらダメだぞ……って怪我人に何言ってるんだか──とからからと笑う彼女。

私が目を覚ましたのが随分と嬉しいらしい。

「あ、自己紹介しとかなくちゃね、私はチョモ。色々やってるけど、今は医者の卵をやってるの。アンタは?」

「私は………──っ!?」


言おうとして言葉に詰まる。


え?


あれ?


あれ……?


記憶は……ある。

施設で傭兵をやってて……戦場で……誰かを庇って怪我……したん、だよね?

名前は……そっか初めから……ない………いや、

あった。

あったはず………なのに……。


「うう……っ!」


何故か、思い出せない。


「大丈夫? やっぱりまだ休んでたほうが……」

焦りが顔に出ていたのだろう、チョモが心配そうにこちらを見る。

「私の……」

「ん?」

「私の荷物に何か……」

何かあるはず……

「えっと、アンタの荷物は……この小さな袋だけみたい」

私は彼女から引ったくるように袋を受けとった。
間違いない、私が身に付けていた小物入れだ。

急いで中を確認すると、施設の登録標が入っていた。

急いで名前を確認するも、そこには「M237」と書かれているだけ。

(違う……これじゃない!)

袋をひっくり返すように探していると、ひらり、小さく折り畳まれた紙切れが落ちた

何だかとても懐かしい気がする。

素早く、しかし丁重に紙を開いていくと、何やら文字が書かれていた。


かすれたようになぞられたそれは、

【Hammer】

という六文字。

すとん、とその言葉は彼女──ハンマーの胸に収まった。

(あぁ……そうだ。これが私の名前……)

「思いだした。私の名前は……ハンマー」

「ハンマー……? えらく突飛な名前だねぇ……由来は?」

思い出せない誰かがつけてくれた名前。

『君の好きな武器とかけてみたんだ』

誰とも分からない声がした気がした。

でも由来を聞いて、無理やりすぎだろう、と大笑いしたことだけは覚えている。


「『傭兵なんて肩書き、【叩き潰せ】』!」



本当に……思い出せないのに、涙が止まらないくらい……可笑しい。


「おかしいな……本当に……無理やりな名前なのに……」

ハンマーはしばらく、自分を抱きしめるようにして泣いた。







「それじゃあ、またねチョモ」

「うん、ハマちゃんも気を付けて」

怪我も完治し、仲良くなったチョモに礼を言って別れた後、ハンマーはハンターズギルドへと向かった。


理由は二つ。

一つは慣れた仕事だから。

二つ目は、治療を受けているとき彼女に言われたのだ。



──世界を知りたいならハンターになればいいよ、と。



「んー、まずはドンドルマかな」

自分の事を調べるため、この名前を授けた人間を探すため。

そして──夢だったこの世界を見て歩くため。


「きっといつか見つかるでしょ。世界はこんっなに広いんだから!」


ハンマーはニッと微笑むと、ゆっくりと歩き始めた。



[37857] 第四章 『狩人クライシス!』 1話
Name: 楽太郎◆a3215f1c ID:4717fa5c
Date: 2013/12/19 11:08
「竜 撃 砲 ! 点火ぁ!」

いい年をしたオヤジが豪快に吠える。

「属性解放突き……フィニッシュ!!」

同時に銀髪の少年が叫ぶ。

「溜っ……さぁん! スタンプぅ!!!」

それに続くようにナルガ装備の女性が、担いだ大槌を力の限り叩きつける。


三人の猛攻により、一瞬にして目の前が爆風に包まれた。

「おぉ………」

私はあまりの衝撃に思わず、感嘆を漏らしてしまう。


【目標を達成しました】


為す術もなく倒れる黒轟竜を見ると。
そんなテロップが流れそうな光景であった。

「お疲れさま! いやぁー、今のかなり良かったよね!」

「おうとも! やはり最後は大技でドカンに限るな!」

「だよねぇ! わかるわかる!」


「「「あっはっはっはっ!!」」」

三人は肩を組み、すっかり意気投合して笑っている。


(仲むつましいのはいいことだな………ん?)

そこでふと思った。

(……む? この状況、もしや私……所謂『くうき』というやつなのではないか!?)

先程の激闘を熱く語る三人の傍らで黒髪の弓使い──モモは一人、愕然とした表情で佇んでいた。


       

       ◇


──さて、突然ではあるがここで少々自己紹介をしてみようと思う。

私の名は桃姫(ももひめ)。

この名前は大袈裟で嫌いだ。
普家の生まれの私にこんな大層な名前をつけた両親が少々恨めしい。
その為普段、他人と接する際には『モモ』という略称で通している。


私はシキ国──この大陸でいう『東の国』と呼ばれる国近くの出身で、修行の為この地で狩人を営んでいる。


何故先程、他の狩人達と温度差が出来ていたかと?


うむ、それは……しかしあれは私が悪いのであろうか?




兎に角の始まりは、私がとある小さな港町のギルドの酒場を訪れた時のことだ──





◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




「それでは! この依頼書にサインをお願いしまーす!」

昼間から騒がしく、酒の臭いが立ち込める酒場──大体どこのギルドに行ってもうるさかったが──の喧騒に負けないように声を張り上げる受付嬢に若干申し訳ない気持ちになりながら私は署名……サインをした。

「これでお願いする」

「んん?? この何て読むんですか??」

受付嬢の表情には『はてな』の記号が読んで取れる。やはりそうなるか……。

「すまない、東の国の文字なんだ。言葉は慣れたのだが……どうにもこちらの文字は苦手で」

すると受付嬢は『ああ、東の』と言うと、慣れた様子で他の受付嬢に呼び掛けた。
呼ばれてきた彼女はどうやらこちらに精通しているらしい。契約書をペラリと眺め、把握したように顔を上げる。

「お待たせしました。桃姫様ですね。確かに契約を承りました」

「恩に着る」

「では掲示板に貼っておきますので、準備が出来ましたら申し付けてください」


何とかクエストの受注を終わらせる。
今回は割とスムーズに出来たが、このやり取りをクエスト終了後もやらなければいけないかと思うと、些か肩が重くなる。

もはや契約書もモモで通してしまおうかとも思うが、契約不履行だなどと面倒事が起こるのは御免なのでそれは止めておきたい。

「さて……」

そう言ってモモは掲示板の前に立ち、酒場を見渡した。


クエストは貼った。
後は協力者が申し出てくれれば心強いのだが……。

そう思いながら声をかけるに値する狩人を探す。


何せ今回の相手は……


「お、黒ティガじゃん! 何々? お姉ちゃんが受注者?」

私の横、丁度肩下の位置から声をかけられた。
顔を斜め下へと傾け、声の主を確認する。

「あぁ……そうだが、少年はハンターか?」

「あぁ! 姉ちゃんも俺をガキ扱いすんだな!?」

そう言われても……と言葉に詰まる。
齢は十五程だろうか、銀髪に浅黒い肌の少年が『お姉ちゃん』などと呼び掛けてくるのだ。
依頼人かとも思ったが違うようだ。

「オイラはこれでも23! しかもれっきとした上位ハンターだぜ?」

「な、何!?」

少年は腕を首の後ろに組み、私をキッとした目付き(しかし上目遣いのせいかジト目にしか見えない)で睨み付けている。

流石に嘘だと思ったが、よく見ると背にはこちらの大陸で普及している武器だという剣斧……スラッシュアックスが刃を光らせているし、何より目についたのが……銀髪から覗いている尖った耳。

これには心当たりがあった。

「少年は竜人族か?」

「だから少年じゃないっての! ……そうだよ。爺ちゃんが竜人だったらしいから、オイラみたいなのは『くおーたー』っていうみたいけど」

竜人族は人間や獣人とは別の種族で、人間よりも遥かに長い寿命を誇り、鍛冶や調合などの高度な技巧を備えている。しかし反面人口は少ない。
ポッケ村のギルドマネージャーや村長、行商婆さんなどがそれにあたる。

「竜人族のくおーたー? ……あぁ、少年の竜人の血は薄いということだな」

聞き慣れない単語が飛び出したが、頭を回転させれば意味くらいは理解できる。
覚えなければいけない言葉はまだまだ多い。

「薄いっつってもその辺のハンターよりかは頑丈に出来てるぜ! なぁ、オイラも丁度腕試しがしたかったんだ! 連れてってくれよお!」

手を合わせ、今度こそ上目遣いで覗き込んでくる。
こうしてお願いする姿はどこまでも少年なのだが、これで私とあまり変わらないとは……。

「いいだろう。こちらこそ宜しく頼む」

「任せといて! オイラはヨルヴァ。お姉ちゃんは?」

「モモと呼んでくれ。それと『お姉ちゃん』はやめてもらいたいんだが……」

どうも呼ばれ慣れない。

「分かったよモモ姉ちゃん!」

「…………」

ニシシといたずらっぽくヨルヴァは笑っている。

……さてはこの少年もどき、遊んでいるな……?

一言戒めてやろうと口を開きかけた時、後ろから心臓が止まるかと思うほどの大声が飛んできた。

「おぅおぅ!! 黒轟竜だな? ワシも参加させてくれい!」

「……え? わっ!?」

黒轟竜の大咆哮のような声に驚いて振り返ると、更に驚いた。

アオアシラと見紛う程の巨体。
厳つい顔つきに色濃く強調するヒゲ。鍛えられた体は鎧の上からでもはっきりと分かる。

「何だよこの馬鹿デッカイおっさんは!?」

ヨルヴァが一番驚きの声を上げていた。

「おっさんではない! 今年でまだ40半場だぞ!」

「それはもうおっさんだって……」

確かに、彼が纏う雰囲気は圧倒的な中年……もといベテランのオーラだった。

「ほれ、これがワシのギルドカードだ」

「あ、オイラのも! はい」

「あ、私のも受け取ってくれ」

三人はギルドカードを交換し合う。
ギルドカード交換はこの世界での挨拶代わりである。

相手の名前や装備、力量までおおまかに分かるのだから、便利なものだ。


「ハルクヴィン・ベルンハイト……凄い名前だな」

どこぞの貴族の生まれなのだろうか?
しかも驚くことにG級だ。
まじまじと大男を見上げる。

「ハッハッハッ! 大層な名前だろう? だが色々と面倒臭いからハルクと呼んでくれれば助かる!」

ハルクは豪快に吠えると、手を出してモモとガッシリと握手を交わした。

「私はモモだ。宜しく頼む、ハルク殿」

「俺はヨルヴァ! ヨロシクな! ハルクのおっちゃん!」

「どのぉ? そんな呼び方せんで普通にハルクと呼んでくれ。そのほうが気兼ねせんでいいわ。それよりも小僧! ワシはまだおっさんじゃないと言ってるだろうが!」

「ワシなんて言ってる時点でもうおっさんだよ!」

「何だと!」

唸るハルクにヨルヴァが食って掛かった。
大柄なハルクに物怖じせずに怒鳴り返す。

そこなのか?
ヨルヴァ、指摘する場所はそこであっているのか?

モモも急に繰り広げられた口論に混乱してるのか、些かずれたことを考えながら二人を見ることしか出来なかった。

険しい剣幕で口論する中年と少年……見ているこっちがハラハラする光景だ。

しかしそんなこんなで口論は五分ほど続いた。

はぁはぁと肩で息をしながらハルクはヨルヴァを睨み付ける。

「ふん、ハッキリとよくモノを言う小僧だ。嫌いじゃないぞ」

そしてニッと笑い手を差し出した。

「ヘヘッ! あんがとよ!」

後で訊いた話だと『魂を分かち合った』らしい……そんな二人がガシリと握手を交わしたところで、モモは二人に話しかける。

「もういいだろうか? 二人の腕が確かなのはギルドカードを見れば分かったが、相手はティガレックス亜種だ。出来ればもう一人欲しいと思うんだが……」

ティガレックス亜種……通称『黒轟竜』。
温泉地で有名なユクモ村のギルドが発見した、いないとされてきたティガレックスの亜種。
通常種より凶悪かつ狂悪な行動、咆哮というレベルを超えた衝撃波……どれをとっても全力以上を尽くさなければ一瞬で命を落とす相手だ。

「確かにそうだなぁ。モモ姉ちゃんは弓だろ? ならもう一人近接がいたほうが安定するね」

ヨルヴァの翆色をした眼がキラリと光る。
流石は上位ハンターだ。戦略の話になると雰囲気がガラリと変わった。

「ならワシに心当たりがあるぞ」

それに続いて、むすっとした顔(後にこれが普通だと分かるのだが)のハルクが口を開く。

「本当か?」

モモがハルクを見上げた。G級ハンターの見立てなら期待ができる。

「ほれ、あそこの席に二人組がいるだろ? あの二人は恐らく相当やるぞ」

ハルトの指した方向には確かに二人の女性ハンターが座っていた。
……一人は寝ているのだろうか? 机に突っ伏しているようだった。
昼間から飲み潰れているようなら、少し不安になる。

「私が声をかけてこよう」

オイラも行こうか? と言うヨルヴァに大丈夫だといってモモは二人の席へと向かい足を進めていった。

頼み事をするのだから複数でいくのは礼儀に反する。

近付くていくと、二人の会話が聞こえてきた。

「アクア……? 大丈夫?」

桃色の髪をした女性が、机に伏せているポニーテールの女の子に声をかけているようだ。

「無理です……いくらユクモに急いで里帰りするためとは言え……安い! 早い! が売りの船で海越えはキツいでした……」

「言葉がおかしいよ……うーん、こりゃしばらくダメだなぁ」

「ちょっと失礼する」

困ったようにポリポリと頭を掻く彼女にモモは声をかけた。

「ん? 何か用?」

「実は──」

きょとん、とこちらを見る彼女にモモは訳を話した。

「黒ティガかぁ~。私まだ戦ったことないから是非とも参加したいんだけどね……」

ちらり、と机の少女に目をやる。
やはり彼女が心配なのだろう。

「うぅ……ハンマーさん、私はしばらく休んでるので……行ってきてください」

具合の悪そうな声でアクアと呼ばれた少女は机に伏したまま彼女にそう言うと、再び動かなくなった。

どうやら船酔いらしい。
この酒場のあるギルドは小さな港を構える町にある。話によると、やはり彼女たちは他の大陸からやって来た旅のハンターだった。

「ん~じゃあせっかくの頼みだし、アクアは受付嬢に頼んで見ててもらうとするか」

ハンマーと名乗った彼女のギルドカードを見るとこちらもG級。ハルクの見立ては正しかったようだ。

「あ! モモ姉ちゃん交渉成立?」

ハンマーを連れて二人のところに戻ると、それを見たヨルヴァが駆け寄ってきた。

「私はハンマー! どうぞよろしく!」

「カッコイイ名前だなぁ!」

「まったくだ! やはり期待できるな」

「本当? 嬉しいねぇ」

そして四人は自己紹介と軽い雑談を交わした後、準備を済ませて黒轟竜が住まう火山へと向かったのだった。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



そして冒頭のシーンに戻る。

三人の働きは素晴らしかった。
ハルクは隙の無い豪快なガンランスの攻撃で的確に黒轟竜を弱らせ、ヨルヴァは素早い身のこなしで剣斧を振り回し、ハンマーさんはその名の通り巨大な鎚を盛大に敵に打ち付けた。

その後ろで私は黙々と弓を射る。
三人のような豪快な技は無いけれど、この武器が私に一番合うと思っている。


龍木という特殊な素材を東の国の技術で加工して出来たこの弓──龍弓【日輪】。

相棒であるこの弓は、この大陸に伝わる『曲射』という技術こそ出来ないものの、大変優れた性能をもつ武器だ。

だからそれはいい。

だがこの『あうぇい』感は流石に寂しい。

「皆……お疲れ様。手伝ってくれて感謝する」

おずおずと話しかけたモモ。

すると、どういうことだろうか

「お! 今回のMVPのお出ましだ!」

ハンマーがモモを見るなりそう言った。

えむぶいぴぃ……?

どういう意味だろう?


困惑するモモを『待っていました!』とばかりに取り囲み、三人が口々に話しかける。

「ありがとな! モモ姉ちゃんのお陰でスッゲー楽に動けた!」

「うむ、特に突進してきた時の奴の牽制! 見事だったぞ!」

「よくあんなとこ狙えたよねぇ! 狩り中なのにちょっと感心しちゃったよ!」

「あ………あの?」

初めて贈られる称賛の嵐にモモは挙動不審になってしまう。

弓なら援護して当然、そんなことを言われてきたモモにとって、三人の言葉は胸に染みるものだった。


「皆だった最後の大技、本当に感動したぞ!」

負けじと称賛の言葉をかける。

「お! やっぱりモモ姉ちゃんから見ても凄かった?」

「やっぱりさっきの、外からみたら凄かったでしょ? 私も見たかったなぁ」

「仕方ないだろう。 ワシ達はずっとモモの弓の技術を堪能したんだ。最後くらいワシ達も目立たんとな!」

「そんな……それは買い被りすぎだ!」

「あ、照れてるの?」

「ち……ちがう!」

「モモ、自信を持たなくては駄目だぞ?」

「そうそう。私なんてほら! 自信の塊だし」

「……モモ姉ちゃんはこうなっちゃダメだからね?」

「えー? なんでよ?」

『あはははは!』

お互いを誉め、認め合う。それがとても大事なことなのだと改めて思い知らされた。

「さぁ! 次は何に行こうか?」

「ワシは強い奴なら何でもいいぞ!」

「あー! 私ももう少しこのメンバーで狩りたいなぁ。アクアに言ってもう少し滞在しようかな」

「そうしなよハンマーのねーちゃん! モモ姉も喜ぶよ! ねぇ?」

「もちろん! 是非とも宜しくお願いしたい!」

「オッケー! 今度はアクアも紹介するからね!」

「っていうかヨルヴァ……その呼び方は流石に恥ずかしいんだが……」

「いいじゃん! 似合ってるって!」

「全く……」

胸がまだ暖かい……

そうか私はこれを学ぶ為にここに…………


「モモねー! 次はジエンモーランだって!」

「!? 流石に急すぎるだろう!」

「大丈夫大丈夫! この私に任せときなさい!」

ハンマーが私の肩を叩く。

「ワシの力とどちらが上か、比べてやるわ!」

ハルクが高らかに吠える。

「おっちゃん、そんなことやったら砂漠に落とすからね?」

ヨルヴァの呆れた声が聞こえてくる。


仲間と打ち解けるのは簡単なことなんだ。
自分の心を開けばいい。
そうすれば時間なんていらない。

「なら私は大タル爆弾を持っていくぞ!」

「えぇ!? じゃあ起爆合戦だ! ジエンの戦闘中に飛び交う爆発……カッケェ!」

「なら私はマタタビ爆弾かなぁ。ピンク色にしてやる!」

「ガンランスの威力を忘れてもらっちゃ困るな!」

四人の笑い声が火山の岩場に響く。


ただ狩るだけが狩人じゃない。
そんな簡単なことに今気づいた。
こうして人の輪は広がっていき、世界が広がっていく。


その世界はどのくらい輪を広げれば包むことが出来るのだろうか?


モモはクスリと笑った。


これからの狩りがとても楽しみなんだ。






[37857] 第四章 『狩人クライシス!』 2話
Name: 楽太郎◆a3215f1c ID:4717fa5c
Date: 2013/12/19 17:25
「どりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「うるぅぅぅぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


昼下がり、水没林の一角に熱い雄叫び(×2)が響き渡った。

「………はぁ」

また始まるのか……とモモは呆れるようにため息をつく。
初めこそ慌てたが、今となっては驚くこともできない。

そんなモモの前で、小規模の爆炎は男達を包み込んだ。

「うわぁ!?」
「ぐぉお!?」

同時に反対方向に吹き飛ぶ二人。
その場に残ったのは、脚を引きずる弱ったロアルドロス一匹だ。

「はぁ……」

モモは呆れ顔をしつつも素早く矢をつがえ、弱った水獣の眉間を的確に射抜く。
急所を射られたロアルドロスは力なく呻いた後、地面に横たわり動かなくなった。

「ふぅ………『クエスト』は無事に終わったな」

周りを確認し、一息ついてモモは大弓を背にかける。

さて………問題はこの後なのだ。

「おっちゃん! 砲撃するときは周り見ろってあれだけ言っただろ!?」

「小僧こそ無闇やたらに斧を振り回しおって! 最後の属性解放も少しは位置取りを考えたらどうだ!」

「んだと!!」

「やはりか……」

険しい剣幕で焦げ臭い二人がまたもや言い合いを始めている。
ガルルと睨み合い、一発触発の雰囲気である。

「あのさぁ、とりあえず小僧ってやめろよ! オイラもう20過ぎてるって言ってんだろ!」

「儂からみれば10も20もケツの青いガキに変わりないわ!」

「都合のいい時だけオッサンアピールしやがって! だから年寄りは嫌なんだよ!」

「なんだと! お前こそ少しは年上を敬ったらどうなんだ!」

今にも掴みかかりそうな雰囲気だ。
流石に止めようとモモは二人に詰め寄った。

「二人とも、少し落ち着い……」

「モモは下がっていろ!」
「モモねぇは下がってて!」

「ぐぬ……」

二人は同時に振り向くと、モモに同じ言葉を吐く。
綺麗にハモっていたが、そんなことを言ってる場合ではない。

「………ううむ、一体どうすれば」

尚も言い合いを続ける二人を見据え、モモは困り果てて天を仰ぐ。
一本に纏められた長い黒髪は、そんな主とは裏腹にさらりと風に泳いでいた。






ハルクとヨルヴァの喧嘩が起こり始めたのはハンマーさん達がパーティーを抜けてからのことだった。
元々一時的にパーティーを組んでいただけではあったが、別れの日が訪れた時はやはり名残惜しかった。

『ごめんね……私達もまだいたいんだけどさ』

『すみません……待ってくれてる人がいるので』

『そんな寂しそうな顔しないでよ! ハンターなんだ。また何処かで会えるよ』

『あ! なら連絡取れるようにしましょうよ!』

『それだ! ………ほら、これで。何かあったらいつでも頼ってよね!』

そういって手渡されたのは二人のギルドカード。
ギルドカードは情報の掲示だけでなく、ギルドを通せばカードの持ち主がいるギルドまで手紙を出すことが出来るという事を私はこの時初めて知った。
方法は簡単。カードにそれを許可する特殊な署名を書き足せばいい。
しかし重要な個人情報の為、信用のおける間柄でないと行ってはいけないという鉄則があるが。


ともあれ、二人と別れた後、私とハルク、ヨルヴァの三人は『パーッと狩って寂しさを紛らわせよう』とクエストに行ったのだ。
しかし、早くもそこで気が付かされた。

あの二人は極めて優秀なハンターだったということに。
一つ分かりやすい部分を挙げれば、人と人との繋がりを円滑にすることに長けていたのだ。

考えてみれば、ガンランスとスラッシュアックス、そしてハンマーか太刀……これらは近接ではかなり個性的で癖を持つ武器。
慣れないパーティーでそんなものを好き勝手に振り回せば他人に影響を与えるのは必至であったのだ。

案の定、向かったクエストではハルクの砲撃にヨルヴァが巻き込まれ、ヨルヴァのスラッシュアックスはハルクの攻撃を何度も妨害。加えて私の矢も二人に襲いかかるという散々なものであった。

何故上手くいっていたか……その理由に気付くいたのは愚かにも二人が居なくなってからだったのだ。

あの二人の戦闘中の指示を思い出す。

『おっちゃんは翼を重点的に! ヨルヴァは尻尾を! 私は頭で、モモも私の攻撃の合間に頭を狙って!』

『ヨルヴァ君は足元を! ハルクさんは固い顎をお願いします! モモさんは柔らかい腕を!』

今思い出しても惚れ惚れするほど的確な指示だった。
各武器の特性とその立ち回りを配慮しながら絶妙なタイミングでそれを伝えていた。

聞いてみればハルクもヨルヴァも、加えて私もほとんどソロで活動していたハンターでパーティープレイの経験値が圧倒的に少ないのだ。

「大体小僧は立ち回りというのを全く考えていない! がむしゃらに突っ込むだけが戦法ではないぞ!」

「オイラはオイラなりにちゃんと考えて行動してんの! オッサンこそそろそろ歳を自覚して引退したらどうだよ!」

「ワシはまだまだ現役だ!!」


──にも関わらず、狩りが上手くいっていたのは自分たちが優秀だからだと過信していた結果がこれだ。
こんな言い争いをしている時点でチームワークも何もあったものじゃないのかもしれないが。


「 二人ともよさないか! もうじき帰還時間だぞ!」

私は思い切って二人の間に割って入った。
その甲斐あってようやく喧嘩は収まったが、雰囲気は険悪なままだ。

「ふん、次は気を付けろ」

「そっちこそ」




私があの指示を真似しようとしたこともあったが、上手く出来ず逆に反感を買い、結局各々が好き勝手に行動してしまった。
今回私は仲介役をしているが、口論に交じることも多々ある。
その場合、それを止めてくれるのは……情けないことにネコタクを引っ張ってくるアイルー達なのだ。



「…………」

このままではパーティーの解散は近い……。
そう感じさせる雰囲気で三人はギルドへと帰還した。

何とか策を考えなくては……。




      ◇




恥ずかしい話だが結論から言おう。
困りに困った私はハンマーさんの元へ相談の文を綴った。

二日と経たず返事の文はギルドに届いていた。
返って来ないのでないかと不安だったので彼女に心から感謝したのだが……。

届けられた文には、思わず首を傾げるような内容が綴られていた。

『広い視野と広い心をもって、最後に大きな一つ決断をしなさい。モモにはその才能があるよん』

書かれていたのはこれだけ。

「…………?」

……あんまりだ。
申し訳ないが全くをもって分からない。
まさか更に困惑することになるとは思わなかった。
そして文末の『よん』……。
余計に腹が立つ。

「不味いな………」

頼りにしていた友人の言うことは不明で、あの二人も今のところは酒場で騒げば喧嘩は収まっているがそれも何時までも続くとは思えない……。

(決断……? 何を決断しろというのだろうか……?)

うむむ、と悩んでいるとヨルヴァが慌てた様子で駆け寄ってくるのが見えた。

「モモ姉! なんか凄そうな人が一緒に狩りに行きたいって!」

相変わらず恥かしい呼びかたを変えない少年だが、問題はそこではない。

「凄そうな人が?」

「うん! ほらあっちに………ぶふぉ!!??」

「!?」

後ろを振り向いたヨルヴァの目の前には何時の間にか妙齢の女性が立っていたのだ。
寝むそうにも見える細目に、腰まで伸ばされた黄緑色のポニーテールをしていた。

ほぼ0距離だったため、ヨルヴァは勢い良くそんな彼女の豊かな谷間へと突っ込んでいた。

ハルクがこの場にいたなら『何とも羨ましい!』と豪快に笑っていただろう。
喧嘩中? きっと構わずに笑う。彼はそんな男だ。

「ぷはっ……ごごご、ゴメンナサイ! おおおおおオイラそんなつもりじゃ!!!」

目を回し、顔を真っ赤にさせたヨルヴァが尻餅をつきながら必死に弁解している。
生意気を言う割には意外と純粋なようだ。

「……気にしてないわ。それより、貴方達のパーティーに参加したいの」

「えっ……」

足元で騒ぐヨルヴァを気にも止めない様子で、彼女は澄んだ眼をジッと私に向けてくるのだ。少しどぎまぎする。

「それは別に構わないんだが……何故私達のところへ? 他にもっと優秀なパーティーがいると思うが?」

「…………」

何故そんなことを訊いたかと言えば、彼女の装備がそれを語っていたとしか言いようがない。
彼女の身に纏った防具はガブルSというもので(酒場の男達は『ちゃいな!』『ちゃいなだ!』と意味の分からない言葉を発していたが……)それほど珍しい類いではない。眼を惹いたのは持っている武器だ。

蒼い海竜の甲殻で作られたバレル。少し形は違うが同じ色のフレームとストックを組み合わせたヘビィボウガン。

聞いたことがあったのだ。砂漠に建てられた街『ロックラック』。そこでは一般のハンターが使っているボウガンとは違い、パーツを組み合わせることによって様々な性能のボウガンの作成が出来る、と。

「……あ、あの、素晴らしい武器をお持ちのようで……少し拝見してもよろしいですか?」

気付けば、今するべき内容では絶対にない言葉が私の口から漏れていた。

「……別に構わないけれど」

この時の彼女の「……」が決して嫌そうだったり、怪訝な雰囲気を浮かべていなかったことをまず弁解しておきたい。
あくまで無表情。
彼女は喋る前に一度相手の顔をじっと見る癖があるようなのだ。
だから自然と間が空くのだ。
ほんとに。


「こ……これは……!」


話は飛躍するが、何を隠そう私はボウガンが大好きなのだ。
ただ死ぬほど残念なことにボウガンとの相性が悪かった為使うのは諦めている。

「凄い……雷迅砲サンダークルスのバレルにあえて雷砲サンダークルスをセッティングか……! なるほど、これで撃てる弾が……ここもこんなに!? ……素晴らしい………!」

「モモ姉……目付きが怖いよ?」

目を光らせ、息づかいを荒くしてボウガンを凝視している私にヨルヴァは若干距離を置きながら、傍らの女性に話しかける。

「おねーさん、名前は?」

言われた彼女はスッとギルドカードを差し出した。
名前の部分には『am』と記されている。

「……アム?」
「……アンよ」

無表情で即訂正された。よく間違われるのだろうか。

「ふーん、ねぇアン姉さん。それでどうしてオイラたちのとこに?」

常識人のはずの私が戦闘不能のため、ヨルヴァが代わりを勤めてくれた。

「……気分ね。たまたま」

「ふーん、そっか。で、お姉さんは何を狩りたいの?」

並みの人間なら威圧されそうな程の無表情で話すアンにヨルヴァは気にせずに質問を続ける。

「……黒轟竜」

「黒ティガ……か。うん、分かった。……でもオイラ達の今の現状、ギルドから聞いてはいるよね?」

二人が抜けて以降、些細なことで争いが絶えずクエストを失敗し続け、今ではロアルドロス程度のクエストにしかこなせなくなっていた。
だからこそ、アンが自分達のパーティーに入ろうとしているのかが気になったのだ。

「……私に任せて欲しい」

「……よく分んないけどオッケー。でもこれでダメならこのパーティー……マジに潮時かもね」

ヨルヴァはボソリと悲しそうに呟くと、『モモ姉! クエストだよ!』と未だボウガンにへばりつく私を引っ張っていった。



     ◇



大量の溶岩を噴射する巨大な火山の麓にあるベースキャンプ。離れていても熱帯並みの温度が辺りを包んでいる。

クエストの舞台である火山は今の我々の雰囲気を代弁するかの様に荒々しい姿を見せていた。

「小僧……分かっているな?」

「……おっさんこそ」

クエスト開始から険悪な雰囲気が立ち込め始める。
お互いクエストを無事に終わらせたいと思っているだけなのに何故か噛み合わない。

「二人とも──」

「……早く行きましょう」

たしなめようとした私より先にアンが三人を促す。
ハルクより高いランクのG級ハンターの言葉に二人は睨み合うも渋々としたがった。

「見当たらんな……」

「隠れてんのかな?」


いくつものエリアを黙々と進み、クーラードリンクの空き瓶が二つばかり転がった頃、
ついに特徴的な背びれを溶岩の中に発見した。

「……いたわ。構えて」

「しゃあ! やってやるぜ!」

「速攻で終わらせてやるわ!」

「よし………」

遂に目的を発見し、四人は武器を構えた。
近接であるハルクとヨルヴァは我先にと走りだす。
私だって、と勇んで弓に手をかけた。


──その時だ。


「……モモ。あなたは下がっていなさい。戦闘に参加しなくていい」

アンの口からあり得ない言葉が出たのだ。

「そんな!? 一体何を考えて……!」

「……黙って。静かにそこで、しっかり見ていなさい」

「………っ!」

有無を言わさないアンの剣幕に押され、私は何も言うことが出来なかった。

(何故!? 最後の狩りになるかもしれないのに………!)

薄々感じ取っていた。
ヨルヴァが、恐らくハルクもそう考えていることに。
だからこそ絶対に成功させるべく念入りに支度もしたのに。


──なのに私は、こんなところで棒立ちを食らっている。


(この様は何だ!?)


もうあんな女の言うことなど無視して狩り場に出てしまおうか……そう考えた時、私の目に映ったのはあり得ない……いや、懐かしい光景だった。

「はぁ!」

「せやぁ!」

二人がお互いを邪魔することなく攻撃をしている。

何故……と思ったが答えは目の前にあった。

アンの撃つ弾は二人の間をすり抜け、黒轟竜の額に直撃し怯む。

「……ハルク、後ろへ」

静かだがよく通る声でアンはハルクに指示を飛ばした。

「む!」

「そりゃあ! ──おっさんナイス立ち回り!」

それを聞いたハルクが後ろに回り込み、切り上げを始めると、前にいたヨルヴァがティガレックスの頭に属性解放突きを撃ち放っていた。

「ははっ! 小僧めやりおる!」

「凄い………」

モモは怒りを忘れて驚いていた。

ヨルヴァの独特な動き、ハルクの癖、そしてそれを察して指示を出しながら攻撃するアン。
彼らの動きを外側から見ることによって、モモは自分の視界が遥かに広がったのを感じた。

そして理解した。
アンの指示は二人の動きを的確に読んで行っていて、同時に少しでも間違えると即、大事に至ってしまうという事も。

そんなリスクを私は負う覚悟があっただろうか?
いや、無かったから半端な指示しか出来なかったのだ。


「そうか………」

あの手紙の意味がやっと分かった。

「ココ……コココ……!!」

「……今よ、前に出て」

「おっしゃあ! ドンピシャ!」

「今こそ勝機!!」


アグナコトル最大の武器である熱線も、アンの指示通りに戦っている彼らにすれば攻撃のチャンスに変わる。

「……」

「どりゃあぁぁぁぁ!!」
「うるぅあぁぁぁぁ!!」

そしてアンの放った水冷弾がダメージを蓄積させた胸殻を打ち破り、露出した胸部に二人の息の合った攻撃が叩き込まれた。



【目標を達成しました】


久々にそう思える瞬間であった。

「すげぇ! きちっと狩れたよ!」

「うむ! 素晴らしい指示だった!」

クエストが終わった後、二人は直ぐ様アンに駆け寄っていた。

「……ありがとう」

やはり無表情だったが、二人は久々の大成功に舞い上がっており全く気にしていない。

「アン姉さん! よければパーティー組もうよ!」

「ワシからもお願いしたい!」

指示以外でも彼女の働きは常軌を逸していた。ポーチから他のボウガンのパーツを取り出し、その場で組み替え、あらゆる弾丸をばら蒔いていたのだ。ロックラックのガンナーでもパーツの変更は加工屋に任せているはずなのだが……。
彼女のパーツ変更は間違いなく加工屋のそれよりも素早く行われていた。
そんな彼女をパーティーに引き込みたいと思うのは当然だ。

「……それは無理ね。私はもうここを発ってしまうから」

しかしあっさりと断られてしまう。

「そんなぁ……」

ヨルヴァは心底ガッカリしたように肩を落とした。

「でも、代わりに指示を出せるリーダーを紹介するわ」

「何だと?」

「代わりって?」





「……モモ、もう大丈夫でしょう?」

「……」

アンの後ろから、モモはゆっくりと顔を出した。

「モモ姉が……?」

「モモがリーダーに?」

二人とも少し不安そうな顔を浮かべる。
それもそのはずだ。初めての狩り以来、活躍という活躍は全員が出来ていなかったのだから。

「二人とも、私は今回アンさんに多くのことを教わった。まだ未熟なところはあると思うが、二人のことは誰よりも見てきたと断言っきる。だから私に二人の命……預けてくれないか」

モモの黒い瞳は凛と輝いていた。
その眼を見て二人はニッと笑う。

「……ふん、ちょっと目を離した隙に随分と逞しい眼になりおって。なぁ?」

「うん。モモ姉……なんか凄く頼もしくなった」

「そんな面と向かって言われると……照れる」

「あはは! モモ姉、顔赤いよ!」

三人は久々に沢山笑った。これから、もっと笑えるようにしたい。
モモは今日得た教訓をしっかりと心に刻み込んだ。


「…………」

それを見ていたアンは、少しだけ微笑んでような気がした。






◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇





「いやぁ……! 久々の温泉だぁ!」

「ハンマーさん! だからちゃんとタオルは巻いて……あぁ! 全くもう……」


ユクモの温泉にドボン! と大きな湯柱が立つ。


「いやぁ~、久しぶりの温泉は最高だねぇ!」

「そうですねぇ。ポッケからここに来たのが二年前になりますからね……。まさかまた旅に出るとは思いませんでしたけど」

「やぁ~、有意義な旅になったんじゃないかな? にしても……やっぱりユクモの温泉は格別だわ」

「それは納得ですね……。それにしても良かったんですか? モモさんにあんな意地悪な手紙書いて」

「んにゃ、『あれ』は人によって見方が違うからね。私があれこれいうと逆効果になりかねないんだ」

んー、と伸びをしながらハンマーは答えた。

「あっなるほど。ハンマーさんも色々考えてはいるんですね」

アクアは感心したように頷く。

「何か失礼なこと言わなかった? あとね、その道のプロにもお願いしておいた」

「プロ? 誰ですか?」

「私の知り合い。一部じゃ伝説なんだよ?」

「へー、じゃあハンマーさんより凄いんですね」

「その言い方は何か悪意があるよね………でもあながち間違いじゃないから困るかも。ま、もうじき紹介するよ」

「……そろそろですもんね。皆、集まればいいんですけど」

「まぁ何とかなるでしょ」

「ふふっ……相変わらず前向きなんですから」

月光が温泉の湯気を照りつけ、どこか幻想的な雰囲気を作り出している。
その中で二人はカチリと酒杯を交わした。

久々の故郷で二人はのぼせるまで語り合った。



[37857] 第四章 『狩人クライシス!』 3話
Name: 楽太郎◆a3215f1c ID:4717fa5c
Date: 2013/12/21 13:23
プォォ、と到着を知らす角笛が鳴り響く。
それと同時にとたた──と桟橋を駆け渡る足音が一つ。
足から伝わる木の感触が固く安定したものへ変わったかと思うと、嗅ぎ慣れた潮の香りが、濃い魚介の匂いが加わった港特有の匂いが鼻孔一杯に広がった。


「到着~~!」

久々に地面を踏みしめると喜びと期待が一気に込み上げてきて、シャワは思わず叫んでしまった。

「バルスー! やっぱり揺れない地面は素晴らしいわぁ!」

珍しいほどの上機嫌で手を振っている。そんな彼女に遅れて船を降りた全身黒づくめの怪しい男──バルスは酔っているのか、こめかみを押さえながら桟橋を渡って来た。
二人がドンドルマを発って数カ月、二人はついにユクモ村のある新大陸に到着していた。

「シャワ……頭に響く。そんなに大声出さなくても聞こえるからね?」

「早く早く! 出店とかあるわよー!」

シャワはバルスの呻きなど全く聞こえていない様子でピョンピョンと跳ねている。
肩下まで下ろされた眩しいほどの金髪が上下に、ブナハSの赤いフリルが横にふわりと広がり、舞う。
赤と黄のその彩りは青一面に広がる港町の風景に見事に溶け込んでいた。

おぉ、とバルスは思わず声をこぼしてしまう。

出発を待ち切れなかった彼女が『せっかく新大陸に行くんだから装備も一新しないと!』と、新大陸の素材をこちらの大陸から取り寄せた時のことは未だにトラウマである。
届けられた箱を何気なく覗いたら、虫の素材が余す所無くぎっちりと詰まっていた……なんて事はそうそう経験出来ることではない。

こんな面(スカルフェイスだが)の割に虫が苦手だったバルスは、その一件で更にダメになったという。

(あの時は虫の展覧会でも開くつもりかと思ったけど……こんなに綺麗に化けるとはね……)

着色を薄めの赤にしたのは、向こうに置いてきたザザミ装備への感謝の気持ちなのだそうだ。

(虫素材を着色……ねぇ)

色々な意味で加工屋の凄さを認識していると、不意に腕をぐいと引っ張られた。

「ちょっと何、ぼーっとしてるのよ! バルスと違って私はこの大陸初めてなんだから、しっかり案内しなさいよね?」

「え」

普段は吊り上がりがちな(大体がバルスのせいだが)眼を綻ばせてジッと見上げられたら、もはや「船酔いしたからちょっと休みたい」などとは言えない。

うん、僕は紳士だから。
紳士なんだから仕方ない。

「……分かったよ。にしてもシャワは元気だね」

「だいたい船酔いするってハンターとしてどうなのよ?」

「あはは……まぁね」

バレていた。
知り合いのユクモ少女は更に酷い乗り物酔いをするのだが、そんなことを引き合いに出しても仕方ないので笑って誤魔化す。

「ま、そのうち慣れるわよ」

「だといいんだけど……シャワは苦手な物無いのかい?」

「……あ、あるわけないじゃない」

「……ふーん」

彼女をシャワと呼ぶようになったのはつい先月のことだ。
『いつまでも子供扱いしないで!』と怒られたので彼女の指示通りに呼ぶと、顔を俯かせた彼女にいきなり殴り飛ばされたのは今でも謎である。

「何よ変な顔して。立ち話も何だし、とりあえず何かこっちの食事を口に入れたいわ」

「そうだね……って、あ」

頷きかけたバルスが、突然何かに気付いた様に動きを止めた。

「バルス? どうしたのよ?」

不意に固まったバルスはポーチに手を突っ込み、硬貨を入れる袋を取り出した。

「今回の船賃で所持金が全部飛んだんだった……」

袋を逆さにしてみるが、もはやゴミ一つ出てこない。
かつては裂けんばかりに膨れていた袋が今は無惨に萎んでおり、哀愁をも漂わせていた。

「え!? 何て計画性の無い……って、嘘……私の財布も……空!?」

防具の精算をした時、使い切ってしまったのに気づかなかったらしい。
潮風がそんな二人を笑うかのように吹き過ぎていった。

「はぁ……調子に乗って防具を揃えなければ良かったわ……」

シャワは先程までのテンションを恥じるように肩を落としてしまった。
ここまでしょげられると、何だが可哀想になってくる。

「いやいや、似合ってるから良かったと思うよ?」

「に、似合っ!?」

バルスの言葉にシャワは顔を赤くして驚いたが、すぐ我に返ったようでジトッとした目をして男を睨んだ。

「い、今はそんなこと言ってる暇じゃ無いでしょ!? このままじゃ宿も取れないわよ……」

「確かに……」

「──なぁ、兄ちゃん達。ちょっといい?」

そうやって無一文の二人が船降り場から動けずに呆然としていると、その様子を見かねたのか一人の少年がちょこちょこと寄って話し掛けて来た。

ふわりとした癖っ毛の銀髪に尖った耳。子供好きじゃなくても思わず撫でなくなるような無邪気な笑顔。

そんな少年が怪訝そうな目でこちらを見つめる。

「口挟むようで悪いんだけどさ、兄ちゃん達ハンターだろ? 金ねーならさ……普通にクエストこなせばいいだけじゃないの?」

新大陸でもやはり怪しまれるのか、少年はバルスにそんな分かりやすい顔をして問いかけた。

「あ」
「あ」

──長い船旅のせいか、あろうことか本業を忘れていた。

揃って間の抜けた声を上げる二人に少年は呆れ顔を見せるも、尖った犬歯を見せてすぐにニシシと笑う。

「だろ? ならさ、ちょっとオイラのクエスト手伝ってくんねーかな?」

少年はジャギィSシリーズという装備を身に付けており、へルムを抱えた彼が上位ハンターであると雄弁に物語っていた。








「シャワ、そっちの準備は済んだかい?」

飛竜の唸り声のような音と共に、大きな波飛沫が岩場を濡らしていく。

場所は孤島と呼ばれる狩り場。
海辺に数ある岩場の中には人の手によって加工されアーチ状になった岩が複数見られ、遥か昔に人が暮らしていた様子が垣間見られる。
その中でも浅く、海水の滴る浜辺へ細く伸びている比較的安定した岩場。そこで二人はベースキャンプを組み立てていた。
骨組みを建てて天幕を張るという、一人では難しい作業を協力して終わらせた所である。

「うん、大体完成ね。バルス! そっちはどう?」

「こっちもOKだ」

お互いに完了のサインを確認した後、シャワは何かに気付いたように岩場から孤島内部に続く一本道視線を向けた。

「あ、向こうも丁度来たみたいよ」

「うわ、あれは危なそうだな」

二人は、身の程もある桶一杯の水をヨタヨタと運んで来る少年を見つけると、すぐにそちらに足を向けた。

「お疲れ様、ヨルヴァ。後は僕が運ぶよ」

しかしヨルヴァと呼ばれた少年は、それに対しむすっとした表情を見せた。

「兄ちゃんもオイラをガキ扱いすんのか? こう見えても……」

「『もう20代の竜人族』なんでしょ? でもそう言われても……ねぇ?」

「うん、やっぱり見てると心が……ねぇ?」

大体にして竜人族の20代が人間にしてどの程度なのかも分からないが。

「優しさの押し売りは御免だい! クエストに誘ったのはオイラ! 一番孤島に詳しいのもオイラなの! だからこのくらい……!」

「まぁまぁ……ここはお兄さんに『 任 せ て 』……ね?」

強情なヨルヴァにバルスは腰を下ろしてずいと顔を近づける。
黒塗りのスカルフェイスは昼間でも恐ろしく不気味で、怖い。

かつて屈強な兵士達をも恐れさせた『それ』を間近で見せつけられた少年は短い悲鳴を上げてしまった。

「ひっ!? わ……分かったからその顔を近づけるのはや、やめてくれよ………」

カタカタと震えるヨルヴァから桶を受け取ると、バルスはニッコリと笑いかけた。

『 あ り が と う 』

「ひぃっ!? 髑髏が歪んだ!?」

重低音で響く声と若干口角が吊り上がった髑髏に、ヨルヴァは涙目になって後ずさる。

『クックックッ……ほぉれ、ほれほれ』

「うわぁぁぁ!?」

「怖がらせるんじゃないわよ!!」

「あだ!?」

不気味に笑っていたバルスは後頭部を殴り付けられ、地面へ勢いよくめり込んだ。

「っ!!?」

「あ……」

シャワはしまったと言いたげにぷいっと目を逸らしたが、もう遅い。
ヨルヴァは双方に怯えた表情を見せていた。

「うぐ……君だって人のこと言えないじゃないか。見て、こんなに腫れちゃったよ……」

そう嘆くバルスの土まみれになった頬は元の倍以上に腫れ上がり、相当な威力だったことが窺える。

「う、うるさいわよ!」

腫れ上がるスカルフェイス、そして防具越しに人を殴り飛ばす豪腕の女ガンナー。

「……兄ちゃん達何者?」

ギャーギャーと騒ぐ二人をヨルヴァは恐ろしいものでも見るような目で見つめていた。






五分程経過しただろうか、落ち着いた二人はヨルヴァと共に今回の狩りについて話し合っていた。

「相手が相手だからね、油断は出来ないよ」

パニックから回復したヨルヴァが、人差し指を立ててそんな事を話始める。

「そのクルペッコっていう鳥竜種はそんなに厄介なの?」

シャワの知っている鳥竜種と言えばランポスやイャンクック。加えてイャンガルルガという強敵もいたが、あれは少し例外だろう。

「んーとね、クルペッコ自体は飛竜に比べたら確かに劣るんだけど、面倒なのはその習性…っていうか持ってる能力なんだ」

「そうだね、あれは確かに厄介だ」

「能力?」

ヨルヴァとバルスの説明をシャワは念入りに確認していく。
敵を知らないということはそれだけで命に関わる。
それはこれまでの経験で嫌になるほど学んできている。

「角笛とか狩猟笛ってあるだろ? クルペッコはそれを合わせた感じのモンスターなんだよね」

「そう、周りのモンスターを回復させたり硬化の効果――ちがう、駄洒落じゃないよ……を持つ旋律を響かせて周りのモンスターを鼓舞するんだ」

バルスが細かな情報をつけ加える。

「……でも何より問題なのは、その角笛の効果──『モンスターを呼ぶ』ことだよ」

「モンスターを呼び寄せる? それって鳥竜ならよく見る特徴じゃない?」

シャワのいた大陸でもドスランポスなどの鳥竜種が手下のランポスを呼ぶ習性はよく知られている。
しかしバルスは「ちょっと違うんだ」と声を落とした。

「クルペッコが呼ぶのは小型のモンスターの場合もあるけど、時に大型のモンスター……ボルボロスやリオレイアなんかまで呼び出してしまうんだ」

「リオレイアまで!?」

シャワは驚きの声を上げる。最悪大型を二体同時に相手をしなければならない……この能力は予想以上に危険だ。

「ま、それは最悪の場合だけどね」

策はあるから任せてよ、とヨルヴァは先程とは打って変わって真面目な顔をして呟いた。

「そう、なら任せるわ」

そう返した後、シャワは妙にそわそわとして「ちょっといいかしら?」とヨルヴァの方にずい、と近づく。

「あなたのその装備、向こうじゃ見たことなくて。どんなものか……少し教えてくれないかしら?」

「ん、これはスラッシュアックスって武器さ!」

ヨルヴァがその背に背負っていたバンカーバスターに手をかける。
シャワのいた大陸には生息しない『ボルボロス』という獣竜種の素材を紅蓮石を溶かし込んで強化した猟斧で、使い勝手のよい作りになっている。

「この武器はすげーんだぜ? まずはこれ!」

ヨルヴァはバンカーバスターを、グリップを握って正面に構える。すると真ん中にあった板のようなパーツが上下にスライドし、アックスという名の通りの巨大な斧が姿を現わした。
斧の切っ先には刃は無く、代わりに土砂竜の頭部を思わせるパイプ状の突起が連なって重々しい雰囲気を発している。

「普通のスラッシュアックスならここにも刃が付いてんだけど、これは叩き潰す感じになってるんだ。そしてここからが更にすげーんだよ!」

すげーすげーと連発するヨルヴァはいうなりバンカーバスターの柄のグリップをまた捻る。
すると機械音と共に斧の部分が手元まで下がり、その上にもう一つのパーツがスライド、回転しカシン! と小気味のいい音を立てて接続したのだ。
ひと繋ぎになったプレートの先端には刃が取り付けられており、先程の形とは別の大剣に似た片刃の武器へと姿を変えていた。

「凄い! 変形するんだ」

ギミックのある武器はいくつか見たことがあったがここまでの物は見たことがなく、シャワは思わず目を丸くしてしまう。

「すごいだろ? この刃はボルボロスの堅殻を削って作られてて、鋼を越す強度を持ってんだぜ! あ、変形は内部機構のエンジンで動いててさ………あと剣モードには………ちなみにガードは出来なくて……」

「うんうん!」

「…………」

延々と続くスラッシュアックスの説明を、シャワは「ふんふん」と真面目に話を聞いていた。









「──なるほどね。大体分かったわ! ありがと」

「へへっ! どういたしまして! 実はさ、もっと凄い『とっておき』があるんだけど、これは狩りでな!」

「なら楽しみにしてるわ」

シャワの反応が嬉しかったのか、ヨルヴァは鼻を擦りながらニカッと微笑んだ。

「……あ、講義は終わったの?」

そんな白々しい声が後ろから聞こえてきた。
振り返ると、バルスは隅でこんがり肉の調理を勤しんでいた。
異国の言葉を聞いてるようで途中で逃げ出していたのだ。

「……あら、ずいぶん沢山焼いたのね」

「返すようで悪いけど、ずいぶん沢山喋ってたね」

バルスの後ろには、数えるだけで20は越えるだろう大量の肉の山が出来上がっていた。

「か、狩りには必要な知識なのよっ!」

流石に喋りすぎたと思ったのか、少々苦しそうに言い訳をする。

「ま、勉強熱心なのを責めるのもあれだしね。ところで──」

バルスはヨルヴァの方に顔を向けた。

「それは上位のボルボロスから作った武器だよね? 一人で狩るなんて大したもんだ」

「へへっ、結構やるだろ?、オイラ基本ソロでやってんだ……って、ん? 何で一人で狩ってるって分かったの?」

「いや、クエストを三人で受注した時にギルドの受付嬢が君を珍しそうに見てたから、もしかしたらってね」

「うへぇ…よく見てんなぁ。オイラさ、あんまり大勢で狩るのって好きじゃないんだ……なんか窮屈でさ」

ま、協調性がないって言われたらそれまでなんだけどさぁ、とまるで自分に言うようにヨルヴァは呟いた。

「でもクルペッコは予想外の奴を呼ぶ時があるから、今回だけは用心ってことで仲間を探してたんだ。……でもなかなか見つかんなくてなー」

「だから港に新しく来るハンターを探してたのね」

「そゆこと。んん、やっぱ人脈って大事なのなぁ」

ヨルヴァは腕を組んでうんうん、と頷いてみせる。
大人ぶった態度をとっているが、どうみてもシャワよりもちんまい少年だ。
これでシャワよりも歳上とはやはり見えない。

(仲間が見つからなかったのはこの容姿のせいも……というか半分以上そうだろうな)

そう思いつつ、バルスは今の話で気になった部分を訊くため、再び質問を口にした。

「ヨルヴァ、嫌いなことまでしてどうしてクルペッコを狩ろうとしてるんだい? 防具の新調? ……でもボルボロスを狩れるならそっちの防具のがいいか」

その質問に、ヨルヴァはチャームポイントだというつぶらな瞳を険しくさせ、苦虫を噛み潰したような顔になる。

「うーん……ちょっと面倒い話になるんだけど、いい?」

「もちろん」

「聞きたいわ」

出会って間もないが、元気印が特徴であろうヨルヴァがこんな顔になる理由に興味をそそられないはずがない。

ヨルヴァは「わかったよ……」と言うと、おもむろに息を大きく吸い込んだ。


「オイラはいつか幻のリオレウス希少種を狩りたいんだ。だからその為に弱点の雷属性の武器が欲しいんだけど、その雷属性の武器を作るためのクルペッコ亜種の素材が足りない。んでもってクルペッコ亜種の弱点である氷属性も無いからベリオロスを倒さなきゃならなくて、そのベリオロスを倒すための火属性のスラッシュアックスを強化するにはクルペッコを討伐しなきゃならないんだぁ!」





「なるほどね……」

「その気持ちはよく分かるわ……」


とても親近感の沸く理由だった。
ハンターなら誰しもがこの無限に続くようなループに直面する。


「はぁ、はぁ……そう言って貰えると嬉しい……よ」

肺の空気を出しきるようにまくし立てたヨルヴァは、息を切らしながら苦笑いする。
が、次の瞬間仰天したように目を見開いた。


「ってあれ!? よく見たらシャワの姉ちゃんの持ってるボウガンって銀リオレウスのやつじゃない!? 初めて見た! すげぇ……羨ましいなぁ……」


ヨルヴァは目をキラキラとさせてシャワをまじっと見つめる。

「あぁ、これは私の師匠から譲り受けたものよ……ちょっと癪だけど、これ以上に使えるボウガンに私はまだ出会ってないから」

シャワは愛用しているボウガン──『シルバースパルタカス』を肩から外し、「好きに見ていいわよ」とヨルヴァに渡した。

シルバースパルタカス。
火竜の延髄と骨を基盤に組み立てられた銃身を銀火竜の堅殻と上麟で覆い、その接続をノヴァクリスタルで施されたこのボウガンは、射撃の衝撃に全て吸収し強力かつ様々な弾丸を撃ち出せる非常に高性能な武器だ。
これを持っていて、なおかつ使いこなせるハンターは数える程しかいない一品である。

すげえすげえ! とまたもや連発する少年を見て、バルスはズイッとヨルヴァに近付いた。

「僕の武器はどう?」

バルスも負けじと、得意気に愛用の『トキシックジャベリン』を見せつける。
ギギネブラの不気味な皮で巻かれた赤色のグリップと三ツ又に別れた先端が特徴的な、猛毒を持つ優秀な武器であったのが……ヨルヴァには「あぁ、それは見たことあるからいいよ」と軽く一蹴されてしまった。



「……さぁ! 下準備も出来たことだし、そろそろ出発しましょうか」

がっくりと膝をついてうなだれるバルスを尻目に、シャワが手を叩いて空気を切り替えをする。

「そうだね。ん? バルスの兄ちゃんどうしたの?」

「いいんだ……ランサーの良さは分かる人にしか分からない……」

「ほ……ほら、頑張りなさいよ。ちょ、ちょっとタイミングが悪すぎただけだって」

「うい………」

ブツブツと呪詛のような独り言を呟きながらもシャワに促され、バルスはのそりと立ち上がる。

「んー、大丈夫かなぁ……?」

自分のせいとは露知らず、若干の不安を覚えるヨルヴァだった。







孤島と言えば「海だ!」というハンターが多いが、深い森や野原、洞窟など幾つもの自然が集まってこの絶海の離島は成り立っている。
様々なモンスターが訪れるのもこの多彩な環境によるものだ。


「うわ……随分高いとこまで登ったのね……」

そう言ったシャワの口元は若干ひきつっている。

拠点を発ち、大型のモンスターが入り込めないような細い道を登り続けた三人は、孤島の中腹付近までやってきていた。

岩山を基盤に出来たこの島にも草木は力強く根付いており緑豊かな風景を作り上げている。
崖下を眺めてみると遥か下には青くきらめく海が延々と広がっているのが窺え、空中には鳥達が遊ぶように飛び交っていた。

「でも綺麗な眺めだろ?」

ヨルヴァが得意気に笑うも、下を覗き込んだシャワはお腹の辺りがキュッとなり、青ざめながら身を引いた。

「ごめん、無理……」

「高いとこが苦手ってハンターとしてどうなのかな?」

「……っ!」

ここぞとばかりにバルスがからかうも、涙目でギロリと睨まれ口をつぐむ。
これは落とされるかもしれない、と直感が死を告げる。

「あー、クルペッコは下の水辺にいることが多いからさ、とりあえずここを降りようよ、ね?」

バルスの危険を察知してか、ヨルヴァはシャワにそう促し下へと続く道を指差した。

「そうね……馬鹿は放っておいて早く降りましょ」

そう言うとシャワはそそくさと道を下っていく。
その馬鹿を見て、ヨルヴァは「……あれはないよ。バルスの兄ちゃんって絶対に尻に敷かれるタイプだよね」と言い残し、シャワをちょこちょこと追いかけて行った。

「…………」

残されたバルスの頭上では鳥達が「あほーあほー」とやけにやかましく鳴いていた。







「滝から小川が伸びてるのね」

二人が道を下った先は岩の合間を小川が通る、縦長に開けたエリアであった。

「そう。この先に広い水辺が……ん? どうしたの?」

先を歩いていたシャワが片手でヨルヴァを制する。



「あそこに何かいるわ」

「あ……! まだ距離があるのによく気がついたね。ジャギィだよ」

シャワが発見したジャギィと呼ばれるモンスターはランポスよりも一回り小さな鳥竜種で、紅い体と背を通る紫の一本すじが特徴である。顔の周りにはエリマキがあり、大きいほど強さの証明になっていると、ヨルヴァは手早く、簡潔に説明した。

「ふぅん、肩慣らしには丁度いいわね」

言うがいなや、シャワは肩のシルバースパルタカスを手に取り、通常弾Lv2を装填し始める。

「ちょこまか動くから気を付けてね」

「了解よ」

バンカーバスターに手をかけながらジャギィへとゆっくり歩み寄る少年に続いて、シャワもしっかりと照準を定める。

「二匹か……オイラとシャワ姉ちゃんで一匹ずつだね」

二匹のジャギィはまだこちらに気付いていないものの、気配を感じているのか体を伸ばし、しきりに辺りを見渡している。

「油断しちゃダメよ?」

「もちろん!」

ヨルヴァは静かに、かつ素早くジャギィの元に駆け始めた。

「だぁぁぁぁ!」

十分に距離を詰めると、掛け声と共に斧モードのバンカーバスターをジャギィの腹部に勢いよく叩きつける。

「ギャウ!?」

不意討ちを受けたジャギィは弓なりにのけ反り、大きく吹き飛んだ。

「よしゃ!」

「ギャオ!!」

仲間がやられたことに気付いた、もう一匹がすぐさまヨルヴァに鋭い牙を剥いて飛びかかる。

「わっ!?」

武器を振り切っていたヨルヴァは反動でまだ動くことが出来ない。
アプトノスの丈夫な鱗に守られた皮膚を容易く噛み裂く、強靭な顎が大きく開かれる。
ずらりと並んだ牙がヨルヴァの目の前まで迫っていた。

「ギャン!?」

ところが目前のジャギィは空中で大きく軌道を変えて吹き飛び、ドサリと地面に体を打ち付けて動かなくなる。

「ありがと!」

ヨルヴァが後ろに向かって礼を飛ばす。
シャワの放った弾丸が的確にジャギィを捉えていたのだ。

「もう、油断しちゃダメっていったじゃない……ま、照準はばっちりね。腕は落ちてないみたい」

愛銃を肩に背負い直すと、ヨルヴァが興奮したように走り寄ってきた。

「オイラも絶好調だった! そっかガンナーと組めば……いやでも……んー、シャワの姉ちゃんだからかな?」

「たった一回戦っただけで何言ってるのよ。そんな訳……」

「いや、そうかもしれないよ?」

二人が剥ぎ取りをしながら話していると、後ろから予期せぬ返事が返ってきた。

「バルス! そういえば何処行ってたのよ?」

「バルスの兄ちゃん、そういえば居なかったね」

「…………ちょっと心を空に解き放って、ね」

「……それは放心っていうんじゃないの?」

急いで走ってきたのだろう、肩で息をしながら存在感の薄い不審者はよく分からない言い訳を口にする。

「まぁいいわ。それよりヨルヴァ、この先にクルペッコがいるのね?」

「可能性は高いよ。下位のクルペッコに何度か行ったことがあるけど、ほぼ毎回この先で見かけてるんだ」

「恐らくクルペッコにとって好ましい環境なんだろうね」

足首まで浸かる小川を下っていくと、浜辺のような広間に出た。
岩に囲まれるようにして出来たこのエリアの奥に、一つだけ浮いたように鮮やかな点が動いている。

「いたわ!」

「よし、僕とヨルヴァで奇襲をかける。シャワはその間にペイント弾を撃ってくれ」

小声でのバルスの指示にシャワは黙って頷くと、弾の切り替えに取りかかる。

「兄ちゃんいける?」

「問題ないよ」

二人はなるべく水音を立てないように、足場を選んで走り出した。

(こいつと戦るのも久々だなぁ)

極彩色の、まるで道化師のような姿の巨鳥に気付かれないように二人は敵の背後へと回り込む。

バルスがこちらの大陸を離れたのは、ドンドルマを訪れる三年ほど前。ギルドナイトの仕事の一環であった。
自分の過去を探すうちに、各地で仕事をしながら調査するスタイルが染み込んでいたバルスは、転機だとあちらの仕事を積極的に受けていたのだが、手詰まり状態であった。

──そこで出逢ったのがシャワだ。
彼女はバルスの重荷を黙って支えてくれた。
再びバルスに希望を与えてくれた。

(……っと思考が脱線したな)

「兄ちゃん?」

ヨルヴァが下から覗き込むように見つめていた。

(いけない、心配させるほど呆けていたのか……)

「ん、大丈夫だよ」

頭を降って自分に渇を入れる。この奇襲が成功するかしないかでこの後の流れが随分と変わってしまう。
失敗は許されない。

「クルル……」

クルペッコは小川の魚に気を取られているのか、川面を覗き込んで動かない。

「今しかないね」

「よし……行こう!」

合図の声と共に強く地面を蹴って足を踏み出し、大胆に距離を詰める。

足音にクルペッコが反応するも二人はすでに間合いに飛び込んでいた。

「だりゃぁぁぁ!」

ヨルヴァが背中のバンカーバスターを剣に変化させながら切り込む。変形切りと呼ばれる攻撃方法で、麻痺ビンによって神経毒を塗り込まれた刃がクルペッコの黄緑色の胴体に斜めに通る。

「クォォォ!?」

突然の痛みに驚いたのかクルペッコはわずかに跳ね上がり、ヨルヴァと向き合った。

「さぁぁぁぁぁ!」

その隙に更に背後に回り込んだバルスが連続してトキシックジャベリンを突きつける。
槍の先端からはギギネブラの毒線か抽出された猛毒が染みだし、徐々にクルペッコの体内に蓄積していく。
ここまでは順調だった。

「クォォ!!」

しかし挟み撃ちにあっていると理解したのか、クルペッコは体を捻り扇状に広がった尻尾を二人めがけて振り回し始めたのだ。

「くっ!?」

咄嗟にバルスは盾でガードに成功したが、振り回された尻尾はそのまま風を切ってヨルヴァに向かう。

「うわっ!?」

(やば……反応が間に合わねぇっ!)

直撃する……そう思った刹那、クルペッコの頭部でパン、と乾いた音を立てて何かが弾けた。
ピンクの煙が頭上に立ち籠める。

「──クア!?」

「あんまり暴れないでよね!」

シャワの放ったペイント弾がクルペッコを一瞬怯ませたのだ。
その隙にヨルヴァはクルペッコの間合いから急いで抜け出す。

「また助けられちゃったなぁ。……にしても流石にベテランだね、反応が早いや」

ヨルヴァは相手への警戒を強め、体を引き締める。

「やっぱりモンスターを呼ばれる前に何とか倒したいけど……――っ!? ヨルヴァ避けろ!」

短く会話を交わす二人を睨み付け、クルペッコは両翼の先端を打ち付けながら今にも襲いかからんとしていたのだ。

「っ!!」

ヨルヴァは声に反応して咄嗟に横へ飛ぶ。

その直後、細い脚からは考えられない程の脚力で飛び出したクルペッコは、ヨルヴァのいた場所に人間一人分はある巨大な爆炎を作り出していた。

「あっぶなぁ……」

チリチリと舞い散る火の粉の熱を肌で感じながら、ヨルヴァは急いで体を起こす。
『アレ』をまともに浴びては、火に弱いこの装備はたちまちに黒こげになってしまうだろう。

「せやぁぁっ!」

バルスはヨルヴァが起き上がる隙をつくるためにクルペッコの背を何度も突いて注意を逸らす。
加えてシャワの氷結弾が彩鳥の頭に降り注ぎ、クルペッコは煩わしげに首を振った。

「シャワの姉ちゃん! その調子でクチバシを狙って!」

態勢を立て直したヨルヴァがシャワに向かって叫ぶ。

クルペッコは独特の音色をラッパ状に変形したクチバシで作り出している。
それに傷をつけてしまえば、クルペッコは目的の音色を出すことが困難になり、普段より二倍ほど時間が掛かるようになる。
つまり絶好の攻撃チャンスへと変わるのだ。

シャワがこちらに手を挙げる──了解の合図だろう。
その間も、撃ち出す氷の弾丸は頭部を狙って揺るがない。

「すげ……ってオイラもやられっぱなしで終われるかよ!」

プシュ、という蒸気音と煙を立ててバンカーバスターが斧の形に変化する。
重心が一点に掛からない分、こちらの方が身軽に動けるのだ。

「はぁぁぁ!」

軽やかなステップを踏んでクルペッコの足元まで近づくと、大きく足を踏み込み斧の先端をクルペッコの胸部に突っ込んだ。

「ルルゥ……!」


「くっ!」

「うわっ!」

柔らかい部位を攻撃されたクルペッコは小さく呻くと翼を羽ばたかせ、大きく後ろにバックジャンプして距離を取った。風圧に押されて二人は止めること出来ない。

「くそっ! あんな遠くまで……」

「クルル、クオックオッー! クオックオッー!」

地上に降り立ったクルペッコは体を踊らせるようにくねらせ、胸部を風船のように大きく膨らませている。

「仲間を呼ぶ気だ!」

ヨルヴァは舌打ちし、すぐに走り出す。
しかしこの距離では走ったところで間に合わない。

駄目か……そう思った瞬間、ヨルヴァの横を黒い影がとんでもないスピードで過ぎ去って行った。

「兄ちゃん!?」

「うおぉぉぉぉぉぉぉ!!」

重量のあるランスを地面と水平に構え、重心を前のめりに倒しながら驚異的な脚力で突き進む。
『突進』というシンプルな技だが、疾風のような早さで突き進むランサーの一突きは飛竜の堅固な甲殻にも風穴を開ける。

「りゃぁぁぁぁぁっ!!」


「グオォォ! ……ォォ!?」

鳥竜の声とは思えない、リオレイアによく似た咆哮を上げ始めたクルペッコ目掛け、バルスは突進の勢いをそのままに全体重をかけた一撃を放った。

「クォ……ォォォ!!!」

胸部に深傷を負ってパニックを起こしたクルペッコは、クルリと反転してふらふらと走り出したかと思うと、地面に勢いよく倒れ込んだ。

「チャンスだ……ヨルヴァ!」

「あいよ!」

今の一撃で大半のスタミナを消耗したバルスは膝をつく。
ヨルヴァはバルスに変わるようにその横を通りすぎ、バタバタともがくクルペッコに向かって巨大な刃を振るった。

「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

上段から袈裟懸けに振り抜き、刃を切り返し上へと切り上げる。
そして足を踏み込み腰、肩へと力を込めて、頭上で小さな円を描くようにして斧剣を振り回し横に薙ぐ。

「クルルル……ッ!?」

流れるような連撃の中、何とか立ち上がろうとしていたクルペッコにある変化が起こった。

「ク……アァ……ァ!!」

体を小刻みに震わせ、動こうと試みるも自由が効かない様子のクルペッコ。
バンカーバスターに塗り込まれた麻痺毒が全身に回ったのだ。

「今しかねぇ!!」

ヨルヴァはそう叫ぶとバンカーバスターを一度引き込み、勢い良くグリップを捻りながら再び突き出す。
すると二つのパーツを縦に割るようにして内部構造が現れ、莫大なエネルギーが彩鳥へと流れ込んだ。

「クォォォォ!!!」

突然の苦痛に思わずクルペッコも悲痛な声を漏らす。

「りゃぁぁぁぁぁ!!」

『属性解放突き』と呼ばれるその技の反動は凄まじいようで、ヨルヴァの体は大きく震えていた。

「凄い……あれがヨルヴァの言ってた『とっておき』、ね」

シャワは思わず固唾を飲んでしまう。。
『変形』という特殊な技巧まで施されているあの武器に、まだあのような大技が隠されていたのかと。

「ラストいくぜぇぇぇ!!」

ヨルヴァがそう叫ぶと、放出されていたエネルギーが刃の一点に集中していくのが分かった。

(強力なのが来るっ!)

直感でシャワがそう思った瞬間、バンカーバスターの先端で大きな爆発が起き、ヨルヴァはその威力を体現するかのように大きく後ずさった。

「うっ……まだダメか!」

「ル……ルルゥ……」

瀕死のクルペッコが足を引きずり始める。

「逃がさないわっ!」

シャワが氷結弾を撃ちつけるも、逃げることに必死のクルペッコはそれを意に介さずに飛び立ち始めた。

「しまった……もう届かない」

「すぐ追おう!」

「ええ!」
「うん!」

このままでは回復を図られてしまう……三人はクルペッコの休息場であるエリアを目指そうと走り出した。



──次の瞬間



「クェェェ……ェェェェ!」



遥か頭上でクルペッコの断末魔が聞こえたのだ。


『!!?』

三人が咄嗟に上を見上げると、クルペッコの死骸と共に『何か』が巨大な音を立てて地面に降り立った。




「クルペッコが……呼んだのか?」

「いや……確かに呼び声は妨害したし、あの鳴き声はリオレイアのものだった。……つまり『乱入』ってやつだね。クルペッコが弱ったのを見て出て来たんだ」

「なんて狡猾……いえ、自然でそんなことを言うのは無粋ね。私も、こいつの話くらいは聞いてるわ……『無双の狩人』とは言ったものね」


「ウォォォォォォォン!!」

黒焦げになったクルペッコを巨大な脚で踏みつけながら、雷狼竜──ジンオウガは盛大に遠吠えをあげた。





[37857] 第四章 『狩人クライシス!』 終話
Name: 楽太郎◆a3215f1c ID:4717fa5c
Date: 2014/03/02 19:53
 穏やかな海に浮かぶ自然豊かな離島。
 その温暖で喉かな狩り場に今、凄まじい緊張感が交錯していた。

「ウルルルルゥ……」

 低く唸り声を上げる巨大な影。
 碧色の鱗を覆うようにできた黄色の甲殻。その合間には純白に輝く体毛が生え揃っている。狼を思わせる頭部には、鋭く尖った角が二本。鋭い爪を持つ四肢は逞しく、無数の甲殻に覆われた尻尾が地面をえぐる。こんな特徴を聞けば、子供だってすぐに理解して悲鳴を上げるだろう。
 無双の狩人、雷狼竜……数々の異名を誇る牙竜──ジンオウガは悠々と立ち塞がっていた。

「何……だよ……これ……か、下位の奴の比じゃねーぞ……」

「…………」

 絶句するヨルヴァの隣で、バルスは無意識の内に巷で言われていたモンスターのサイズの計り方を思い出した。


 「大きい」と思う奴は大体通常サイズ。
 「大きすぎる……これは金冠だ」と直感する奴はまず銀冠サイズ。
 「冗談だろ………」と一瞬呆け、死を直感してしまうのが金冠サイズ、だという。

 ハンターよりも一回りも大きなクルペッコを、丸々隠してしまえる巨大な前脚の持ち主。一体どれ程の年月を生きてきたのだろうか……この雷狼竜は間違いなく選択肢の最後に該当していた。

「何食べたらこんなになるんだよ……」

「まぁ、パンやパスタじゃないことは確かだね……」

 そんな軽口を叩いてる場合ではない──が、そうでもしないとプレッシャーに押し潰されそうだった。

「どうしよう……兄ちゃん……」

「バルス……」

「……動いたらダメだ。目を逸らさないで」

 バルスは二人にそう促すと、自分もすぐに武器を出せるように身構えながら、ジンオウガを真っ直ぐに見据える。

「グルルゥ…………」

 ジンオウガはまだこちらを睨んだ動かない。

(このまま立ち去ってくれればいいんだけど、ね……)

 しかしそんな願いも虚しく、雷狼竜は四肢に力を入れて体を大きく伸ばし、頭を空に傾けた。

「ウォォオオオオン!!」

 先程とは明らかに違う“敵意”を持った咆哮。
ビリビリと耳から体の芯まで震わせるバインドボイスに答えるように、三人は武器を取り出した。

 開戦の合図である。


「うおぉぉぉ!」

 一番近くにいたバルスが、クルペッコを捕らえたままの前脚へトキシックジャベリンを勢いよく突き立てる。敵の気配に呑まれてはいけない。
 バルスは表情を強張らせる二人が動けるようになるであろう数秒を稼ぐ為に、あえて声を上げて飛び出したのだ。

「っ!?」

 しかしガキンッという拒絶音と共にランスは大きく弾かれた。

「固い……!」

「なら頭よ!」

 いち早く集中を取り戻したシャワが装填し直した氷結弾を撃ち込む、しかしジンオウガは全く怯んだ様子を見せない。

「嘘!? 氷が弱点なはずでしょ……!」

「なら効くまで攻撃するだけだぜっ!」

 そう言ってヨルヴァが弾かれにくい剣形態でジンオウガに切りかかるも、ひらりとバックステップで躱されてしまう。

「あの図体であんな身軽なんてありかよ!」

 ヨルヴァが舌打ちをするも、直ぐ様バルスが警告の声を発した。

「何か来る!」

 ジンオウガは背中を青白く光らせたかと思うと、軽く跳脚して光を振り払うように体をこちらに捻らせる。すると、背から二つの光る球体が飛び出し、曲線を描いてこちらに向かってきた。

「雷の球!?」

 バルスは叫ぶと同時に球体をガードする。
 すると雷球は激しい音と共に電撃を放出した後、チラチラと光る粒になって四散した。
 ほのかな光を発して飛び去るそれは――よく見知ったもの。

「これは……雷光虫か?」

「ジンオウガは雷光虫から電気エネルギーを吸収してるみたいなんだ!」

 もう一つの雷球を躱したヨルヴァがバルスの元に駆け寄る。

「大雷光虫とは少し違うみたいだね……ヨルヴァ、僕もシャワもジンオウガとは戦ったことがない。簡単でいいから奴の情報を教えてくれないか」

「オイラも下位の奴を一度倒したっきりだから、上位にどこまで通じるかは分かんないけど……」

「それでもいいわ。……無いよりは全然マシよ」

 シャワが遅れて二人の元にやって来た。それを見計らって、バルスはジンオウガに向けて閃光玉を投げ付ける。
 パン! と音を立てて中から眩い光が放出された。

「ウォォン!?」

「今のうちに!」

 視界を奪われたジンオウガが遠くで暴れ始めたのを見届け、三人は情報の共有を急いだ。



     ◆



「グルルルル……」

 ジンオウガが首を振って視界を取り戻す。決して長い時間ではなかったが、三人は既に武器を構え終えていた。

「情報通り、帯電をさせないように立ち回るんだ!」

「了解!」
「了解よ!」

 バルスの号令と共に行動を開始する三人。
 ジンオウガの左右に展開した二人が同時に腹部を攻撃を仕掛け、シャワの弾丸は弱点である頭に標準を絞る。

「ウォォォ!!」

「「!?」」


 綺麗な陣形が決まり、必ずダメージを与えられると思った刹那、近接の二人が大きく吹き飛ばされた。

「バルス! ヨルヴァ!」

「う……」

「今何が……」

 何が起こったか理解出来ていない二人にシャワが叫ぶ。

「尻尾よ……!」

 シャワは目撃していた。ジンオウガが尋常でない速さで尻尾を、体ごと強引に振り回したのを。

「OK。大体は分かった……もう喰らわないぞ」

「オイラも……が、頑張る」

 当たり所が良かったのか、二人はすぐに立ち上がって回復薬を飲み干すと、滋養効果を身体中に行き渡らせるためにぐいと体を伸ばす。
 隙だらけでただ危険で無駄な行為に見えるが、これをしないと効果が半減……最悪回復したい部位に行き渡らず、傷を癒せない場合だってある重要な動作だ。
若手のハンターほどこの行為を疎かにし、窮地に陥ってから重要性を再確認するのだ、

「行ったわよ!」

「むっ」

「うわっ!」

 シャワの声に二人はハッとする。
 回復薬で隙を逃さず、ジンオウガ攻撃を仕掛けてきたのだ。二人が横に跳んだ瞬間、ジンオウガの巨体がそこを埋め尽くす。
 ヨルヴァはわずかに避けきれず、軽い裂傷を負うもすぐに武器を振るった。

「はぁぁぁ!」
 
 厄介な尻尾に麻痺毒を塗り込んだ刃で切り込むも、ダメージの通りが良くないと腕の感覚が訴えていた。

「こいつ滅茶苦茶かてぇ!」

「尻尾が持ち上がった瞬間に裏側を狙うんだ! ほとんどのモンスターはそこが柔らかい!」

 バルスは固い甲殻を避けながら的確に猛毒を注入していく。

「オォォゥ!」

 そんな二人を鬱陶しそうにしてジンオウガは前脚を振り上げ、踏みつけを仕掛ける。

「くっ!」

 ガードしたバルスだったが、全体重を乗せたその威力に大きく仰け反る。完璧には防ぎ切れず、ダメージがビリビリと体に残ってしまう。

「なんて重い攻撃だ……!」

 踏み締められた地面は盛大に陥没していた。まともに当たれば即スクラップだろう。

「グルルルァァ!!」

 一発防いだだけでも限界のバルスに向けて、更にジンオウガは脚を振り上げる。

「……っ!」

「させるかぁぁぁ!」

「ウウォゥ!?」
 
 ヨルヴァの重い斧の一撃が頭部に直撃し、雷狼竜はたまらず怯む。
 
「助かった!」

「へへっ! 借りは返したかんね!」

 猛攻を抜け出したバルスは一旦距離を取る。

「シャワ、もうすぐヨルヴァの麻痺と僕の毒が効いてくるはずだ! 『あれ』を使ってくれないか?」

 その言葉にシャワが驚いたように口を開いた。

「あれを……この修羅場で? ……上手く出来るか分からないわよ?」

「大丈夫、信じてる! あいつがまだ本気じゃないうちにダメージを蓄積させたい」

「っ! 分かったわよ!」

 それを聞いたバルスは親指をビッと立てると(古い)、ヨルヴァの加勢に走っていった。

「こんなことなら師匠にちゃんと教わっとくんだったわ……」

 ボソリと呟いていると、交代するようにヨルヴァが下がって来た。回復薬を一口に飲み干すと、一人で相手はきつすぎるよ……とぼやいている。

「ところでシャワの姉ちゃん、『あれ』って何やるの?」

 竜人族の尖った耳は伊達ではないのか、先程の会話を聞いていたようだ。

「あなたの麻痺がネックなんだから早く戻りなさいよね……こうするのよ」

 シャワがシルバースパルタカスに手をかける。
 すると銀色に輝くライトボウガンはバラバラと三つに分解してしまった。

「こ、壊れた!?」

「違うわよ! パーツの付け替えをするの」

 そう言いながらシャワは荷袋から白いパーツを取り出した。

「ボウガンのパーツ?」

「ええ。これは『テイルカタパルト』っていうライトボウガンの一部よ」

 テイルカタパルトは雪獅子の剛毛に包まれた耐寒性を持つライトボウガンで、氷結弾を連続して撃てる『速射』という機能を持っている。

「シルバースパルタカスのバレルをこっちに付け替えて………これで氷結弾の速射が出来るの」

「すげぇ! 複雑すぎて何やってたか分からなかったけど……」

「師匠はもっと上手く……ってヨルヴァ! さっさとバルスの加勢に行きなさい!」

「は、はいっ!」

 ビクリと肩をすくませて走り去るヨルヴァを見てから、二人に背中を任せて最後の調整に取りかかる。

「本当、どこ行っちゃったのよ……」

 そう呟くと、いつものキリッとした目に一瞬哀愁の色が浮かぶ。

「シャワの姉ちゃん! 麻痺ったよー!」

「毒もかかった!」

「! OK、いくわよ!」

 シャワは頭に浮かんだ雑念を振り払うと、ジンオウガに向けて引き金を引いた。






「はぁ……はぁ……」

「………遊ばれてるのかな?」

「考えたくもないわね……」

 戦闘開始から二時間が経とうとしていた。未だに帯電のモーションすら見せないジンオウガに振り回され、三人はベースキャンプで三度目の休息をはかっている最中である。

「回復薬は二人でシャワの分まで使ってしまったし……これが最後の回復手段だね」

 バルスが支給品ボックスの応急薬を分配しながら言う。

「私は一つでいいわ。被弾しやすいあなた達が……」

「いや、恐らくあっちもダメージは溜まってるはずだ。次で必ず帯電を図ってくると思うから、シャワも用心して持っててくれ」

「……分かった」

「あれだけやって角を一本折っただけだもんなぁ……体力的にそろそろやばいよ」

 くたっとベッドに座り込んでいたヨルヴァが「んん」と立ち上がる。
 それは他の二人も同じ。リタイヤも考えたくなる状況だった。
 士気を上げなくては……と考えたバルスがあることを思い立った。

「ねぇ、ヨルヴァ。ジンオウガって雷属性でしょ?」

「ん? そりゃ見たら分かるよ」

「あいつの武器作ればさ、楽に雷属性のが出来るんじゃない?」

「!!!!」

 ヨルヴァの顔色が目に見えて変わった。

「さぁ! 二人とも! 早くジンオウガをぶっ倒しに行こうよ!!」

「仕方ないわね……ケリをつけに行きましょうか」

 ムードメーカーのヨルヴァが復活したお陰でシャワにも気力が戻る。

「よし、次で最後だ! 決着をつけよう!」

「ええ!」

「おっしゃー!」

 三人は掛け声と共に武器を拾い上げた。




     





 いつからここに棲んでいたのかは思い出せない。
 だが『ハンター』と呼ばれる人間がやって来るようになる前からいたことは確かだ。

 奴等は何度も私に挑んできた。
 私は何度も奴等を蹴散らした。
 回数を重ねる毎に小賢しい手段を使ってくる奴等に対し、私の体はより敵を倒す為に特化していった。

 何時しか私はその競争に勝ち、手錬れのハンター達は限界を悟ったのか手を引いた。
残った馬鹿な連中は私利私欲のままにぶつかって来るだけ。
 だから私は次第に本気を出すことをやめていった。


 そんなつまらない日々が続いた今日、面白い連中がやって来た。
 何度蹴散らそうとしても立ち上がり、あの手この手で私を倒そうと向かってくる。
 昔の連中が帰ってきたような、そんな懐しい気持ちが込み上げた。

 連中の孫だろうか?
 曾孫だろうか?
 元気のいい奴等だ。
 悪くない。
 
 私も長く生きた……。向こうでは奴らが武器を磨いて待っているのかもしれない。
 恐らく最後になるだろう戦いに備え、私は何十年かぶりに雷光虫に強く呼び掛けた。






「……向こうも準備万端ってわけだ」

「……あれがジンオウガの本気なのね」

「二人共! しっかり!」

 バチバチと強力な雷光を身に纏う雷狼竜に一瞬圧倒される二人にヨルヴァが声をかける。

「勿論、大丈夫だよ」

「同じくいけるわ!」

「ウォォォォォォォ!!」

 ジンオウガが空に向かい雷鳴のような音量で吠える。
 それを合図にバルスとヨルヴァは武器に手をかけて走り出した。シャワもすでに撃ち終えた氷結弾の代わりに通常弾Lv2を装填、先制攻撃を同時に仕掛ていた。

「はぁぁぁぁ!」

 走った勢いのままにトキシックジャベリンを突き立てる。その傷口には猛毒が注ぎ込まれるも、耐性が出来つつあるのだろう、序盤のような効果はもう望めない。

「麻痺も、もう無理っぽいっ!」

 ヨルヴァもジンオウガの間を縫いながら剣形態のバンカーバスターで切り込んでいるが、同じような手応えを感じているようだ。

「でもダメージは通ってる! このまま一気にいこう!」

「おっしゃ!」

 強擊ビンが切れたヨルヴァは流れるように形態を斧に戻し、そのまま横凪ぎに打ち付ける。

「グルルァァ!」

「ふっ……ふっ……!」

 ジンオウガの三連続で打ち込まれる踏みつけをステップで躱し、最後の一撃にカウンターを試みた。

「せいやぁぁぁ!」

 耐えに耐えた力を返すようにして放った一突きは、ジンオウガの胸部に大きな傷をつけることに成功した。

「ウォォォォォ……」

 今の一撃が効いているのか、ジンオウガは普段とは違う静かな咆哮を上げ始める。

「んっ!?」

 チャンスだと攻め込んでいたバルスは、足元が急激に光り始めたことに気がつかなかった。

「ぐあぁぁぁっ!!?」

 突如バルスが地面から現れた一本の雷の柱に包まれ、吹き飛んだ。

「バルス!?」

 シャワの位置からは、ジンオウガの周りに次から次へと雷の柱が現れるのが見てとれた。

「止んだ……今だ!」

 雷の柱が止み、隙が出来たと感じたヨルヴァが一気に間合いを詰めて切りかかる。

「待って! まだ……!」

 何か嫌な予感がして叫んだシャワだったが、その瞬間ジンオウガから特大の雷光が吹き出し、ヨルヴァはそれをまともにそれを喰らってしまった。

「がっ……!?」

「ヨルヴァ!!」

 吹き飛んだバルスとヨルヴァはダメージが大きく、電撃の痺れも相まって立ち上がることが出来ない。

「今粉塵を………――ダメッ!」

 シャワが生命の粉塵を使おうと急いでポーチに手を伸ばすが、そこに信じられない光景が飛び込んできた。

「バルス!!! 避けて!!!」

 ジンオウガが巨体を奮わせ、まだ起き上がれないバルスに向かって突進していたのだ。

「……っ!!」

 バルスは何とか盾を構えるが、不意にジンオウガの姿が目の前から消えた。

「……えっ?」

「上ぇぇぇぇぇぇ!!」

「──っ!?」

 上を見上げた時には既に遅かった。
 ──ジンオウガはバルスの手前で大きく跳脚。
 そして鋭く尖った背中を下にしてバルスへと落下していたのだ。

「バルス!!」

 落雷が落ちたかのような轟音が響く。




「……え?」



 粉々に砕けたトキシックジャベリンの盾の破片がこちらまで飛んできても、シャワは事態を把握出来ないでいた。






「あ…………」



 バルスがエリア端の岩に叩き付けられていた。
 その岩は、赤黒く染まっている。

 彼の置かれている状況を、シャワはようやく理解することができた。


「────!!」

 シャワは持っていた持っていた粉塵全てを一度に振り撒く。
 白い粉は輝きながら周囲に広がり、三人を癒すが、バルスはピクリとも動こうとしない。


「兄ちゃん……何……寝てんだよ? 起きろよ!!」

 粉塵で回復したヨルヴァもその光景に唖然とし、叫ぶ。
 ジンオウガはそんなことは意に介さずといった様子でこちらに向き直った。
 仕留めた相手には興味がない、とでも言いたげに。


「……うぁぁぁぁぁぁぁ!」

 頭が真っ白になったシャワが通常弾を乱発する。
 乱雑に飛んだそれは辺りにばら撒かれ、無数の穴を作った。

「うわっ! 姉ちゃん落ち着け! まずは兄ちゃんをキャンプまで運ばないと……!」

 シャワの弾丸が頬を掠めて、何とか冷静を取り戻したヨルヴァが、ジンオウガの動きを止めようと閃光玉を投げつける。

 しかし。

「嘘だろっ……!?」

 ジンオウガはふいと顔をそむけて閃光を回避してみせたのだ。

「……な、なら倒すしかねぇじゃねぇかぁぁぁぁ!!」

 その有り得ない光景と現状に必死に耐えていたヨルヴァも限界であった。ぷつり、頭に血を昇らせたヨルヴァが弾丸の嵐の中をやけになってり走り出す。
 中心となる人物が崩れると、どれ程パーティーは脆くなってしまうのか。そんなことを思わせる壮絶な光景がそこには広がっていた。

 冷静さを欠いたハンターの先にば死゙があるのみ。
 
 初めに叩き込まれる重要な教え。
 しかし今の二人にはそんなことを思い出す余裕すら無かった。






 もはや狩人とは言えない無様な姿だな。
 たった一人殺しただけでこの有り様……やはりこいつらも奴らと同じか。

 無謀に走り、近付いてくる少年に向けてジンオウガは脚を大きく振り上げた。

 これで終わり、か……。
 少しは楽しめたが、残念だ。まだ死ぬ時ではなかったというだけだが。

 さあ降り下ろそう、そう思った時である。
 
 ゾクリ、とジンオウガの長年の勘が危険を告げた。
 初めて感じる纏わり付くような危機感。



 ──この感覚は……久しいな。昔は心底嫌ったものだが。



 ジンオウガは振り下ろそうとした脚を止めて後ろを振り返る。





 死神が、そこにはいた。










「嘘………」

「兄ちゃん……!」


 その異様な光景に二人はハッと意識を取り戻した。
 ふらりと立ち上がったのは一人の、一匹の黒い死神。



「クク……ククク……ハハハハハ!」


 『それ』は壊れたように笑うと、砕けて機能しない盾を投げ捨てて両腕で槍を掴み、人間とは考えられないような速さで駆け出した。

「グァァァァ!」

 ジンオウガがそんな男を迎え撃とうと尻尾を円を描くように振り回す。

「……クク」

 バルスはそれをジャンプして躱してみせると、その勢いで槍をジンオウガの背中に突き刺した。

「──ッ!?」

 あまりの痛みにジンオウガがのけ反って暴れまわる。
 槍を引き抜きながら再び跳脚すると、男はシャワの近くへと降り立った。
ジンオウガは背の痛みに地面を転げ回っている。


「ば、バルス……?」

 槍を片手にふらふらと立っている男に恐る恐る声をかけた。
 普段は何となく読める表情が全く読めない。
 そんな死神が、不意に反応するかのようにシャワに向き合った。

「…………」

 虚ろに空いた双方の眼孔からは、怪しげな紅い光が溢れている。
 そこから溢れ出ている気配にシャワはゾクリとした。今はジンオウガに向けられているそれがもしこちらに向けば……その想像に寒気すら覚える自分がいた。

(こいつ……正気じゃない!)

 今のバルスは危険だ。
 そう感じたシャワの行動は早かった。

「……このっ! しっかりしなさいよ馬鹿バルス!!」

 鋭い平手のぶつかる、乾いた音が髑髏に響く。

「──っ!??」

 途端、ふっと光が消えて眼孔は元の漆黒に戻った。
 纏わり付いていた嫌な感じも消え失せる。

 元のバルスが、そこにはいた。

「あれ? ……ん? シャワ?」

「バルス……よかった……。心配かけさせるんじゃないわよ!!」

 ぼけっとしているバルスにシャワが怒鳴る。

「いやぁ、ごめん……あいつの一撃を受けてから記憶が無くてさ……。粉塵使ってくれたの? ダメージが抜けてるね」

「無意識であんな動きをしたっていうの……? それにあれだけ血を流して無傷なわけ?」

「……? あれ!? 盾が無い!」

 空いた片手を見て驚いた声を上げる。
 どうやら本当に意識が無かったようだ。

「さっきの攻撃で砕けたのよ!」

「あ、そっか………ん?」

 バルスがトキシックジャベリンを両手でくるくると振り回しながら首を傾げた。

「どうしたの?」

「このスタイル……何故かな? しっくり来るんだ」

「しっくり?」

「うん。昔……こうやって戦ってたみたいな……」

「それって記憶が……!」

 シャワが期待に目を大きくさせたが、バルスは申し訳なさそうに首を振った。



「ごめん、それ以外はさっぱりだ。取り敢えず話は後だ! あいつを倒す!」

 話している間にジンオウガが起き上がり、距離の離れていたヨルヴァを狙おうとしていた。
 ごくりと応急薬を飲み干すと、再び片手に槍だけを持った状態でジンオウガへ向かって行った。


「兄ちゃん! 無事で良かった……ってなら早く援護してくれよ!」

 バルスが到着してみると、汗だくのヨルヴァがジンオウガの攻撃をギリギリで、しかも半泣きで避けてながら応戦していた。

「ごめんごめん!」

 そう言いながらバルスは毒槍を振り上げる。

「だぁぁぁぁぁ!」

 斜め上から袈裟懸けに降り下ろし、その軌跡をなぞるように切り上げる。
 そして頭上で槍をヒュンヒュンと回しながら跳び、遠心力と重量を乗せた一撃を頭に叩きつける。
 トキシックジャベリンの柄が大きくしなり、ジンオウガは弾かれたように仰け反った。

「グォォォ!!?」

 そんなトリッキーな動きと攻撃にジンオウガは対応しきれず苛立たしげに呻く。

「あんな動き見たことねぇよ……」

 限界……っ! と一度戦線を離脱していたヨルヴァがあんぐりと口を空ける。
 重く堅牢な盾を無くすことで身軽になり、リーチが長く素早い攻撃を繰り出すことが可能になったバルスの新しいランスの型。
 その変化は片手剣から双剣に派生した事象によく似ていた。

「はぁぁぁ!」

 疾風のごとき突進を可能にする強靭な脚力と、突き立てた槍の反発力で飛び上がり、空中からの襲撃も可能にする。
 それは巨体の欠点である大きな死角を、最大限に活かした戦法でもあった。

「あぁぁぁぁぁ!!」


 バルスは切り裂こうと振り回した凶爪をひらりと回避し、その腕を踏み台にして一気に駆け上がった。無防備な背中を槍で執拗に攻撃していく。

「ウォォォォォ!!」

 痛みに悶えながらも雷狼竜は体を振るってバルスを振り払うが、既にバルスは地面へ降り立った後であった。

「グルルルル………」

 深手を負いながらも、激しい敵意を剥き出しに唸るジンオウガ。
 果てが無いと思われた戦いの終焉が今、確実に近づいていた。

「バルスばかり活躍されちゃたまらないわ! 私達も加勢するわよ!」
 
「おっけぇ!」

 ヨルヴァの斬撃が後ろから、シャワの弾丸が横からジンオウガを襲い、バルスに向けられていた意識を散乱させた。

「ありがとう! 一気に攻め立てるよ!」

 援護をうけ、バルスも武器を強く握り直す。

「だぁぁぁぁぁ!」

 その間もヨルヴァのバンカーバスターはジンオウガへ麻痺の刃を食い込ませていく。

「……ッダメだ! やっぱ麻痺は止めて斧モードで……」

「ヨルヴァ、そのまま攻撃を続けて! 私がチャンスを作るわ!」

「──っ! 了解! 頼んだぜ、シャワの姉ちゃん!」

「ほらほら! こっちだよ!」

 シャワとヨルヴァがチャンスを作ろうとしている間、バルスは上下左右へとジンオウガの周りを駆け回り、翻弄していく。

「ウォウゥゥゥ………!」

 何とか仕留めようと食らいついていたジンオウガだったが遂に動きが鈍り、涎を垂らし始めた。疲労状態に陥ったというサインである。

「今よ! これを喰らいなさい!」

 シャワは大きな反動を受けながら特殊な弾丸を撃ち放った。
 カラ骨にゲネポスの牙から抽出した麻痺毒をふんだんに詰めた、麻痺弾Lv2である。

「おおーすげぇ! 麻痺った! ……ってことはぁ」

 ヨルヴァがニヤリとし、バンカーバスターを引き戻す。

「再びこいつをぶつけるチャンス到来だぁぁぁぁぁぁ!!」

 バンカーバスターから強力なエネルギーが溢れ出て、ジンオウガへと流れ込む。

「はぁぁぁぁぁ!」

 それに合わせ、バルスが重心を落としトキシックジャベリンを高速で何度も突き出した。暴風のような突きの嵐はジンオウガの固い甲殻をお大きく削り取っていく。

「必殺! 五月雨突き! ………なんてね!」

(バルスが攻撃しながらにやけてる気がする……気味が悪いわ)

「これでフィニッシュだぁぁぁぁぁぁ!」

 本日二回目のエネルギーの収束。
 それは運良くか、ジンオウガの急所で解放された。

「オォ………ォォ」

 爆炎が晴れると、もはや瀕死の状態のジンオウガそこに立っていた。
 そしてゆっくりと地面に倒れ始める。

「……クエスト完了っ! いやったぁぁぁぁぁぁ!!」

 疲労困憊のヨルヴァが叫びながらどさり、と腰を下ろした時。

「ウォォォォォ!!」

「……えっ?」

 ジンオウガは倒れかけた体を前足を突き出して支え、シャワに向けて走り始めたのだ。

「ひっ……!!」

 安心した瞬間に起きた出来事に固まって動けないシャワ。

「姉ちゃん! ……くそっ! 動けよっ!」

 すぐに起き上がろうとしたヨルヴァだったが、足はすでに疲労の限界を越していたらしく、全く動こうとしない。

(避けなきゃ………避けなきゃ……っ!)

 そう必死に念じるものの、完全に体が竦み上がってしまっているシャワは、迫り来る猛威をただ見ることしか出来なかった。

 後五メートル。
 ジンオウガにとってはたったの一歩だ。

(ダメだわ……)

 目をつぶろうとした瞬間、黒い壁が目の前に立ちはだかった。

「大事な相棒に手を出さないでくれるかな?」

「!?」

『!?』

 ハンターにとって命そのものである武器──トキシックジャベリンをも投げ捨てて走ったバルスが今、シャワの前で仁王立ちしていた。

「ば、バルス………」

 勿論、人ひとりが壁になったところでこの巨体を止めることは出来はしない。
 だがバルスが前に立った瞬間の、言いようの無い安心感は今でも忘れられない──と、後にシャワはそっぽを向きながら語ることになる。



「う、嘘………」

「これは一体……」

 ジンオウガを前に二人は唖然とした声を漏らした。

「ウォルルゥ……」

 バルスが壁となって立ちはだかった瞬間、ジンオウガはピタリと突進をやめた。
 そしてまるで我が子にかけるような、そんな優しい声で鳴いた後、ゆっくりと地面へ伏したのだ。

 パァッとジンオウガから雷光虫が一斉に飛び去る。

 ──それは宿主の完全な死を物語っていた。

「なんか……『ありがとう』って言ってた気がしたわ」

 シャワがぼそりとバルスに呟く。

「奇遇だね、僕もだ。……ねぇ、どういう意味だったんだい?」

 そう言ってバルスは傍らで眠るジンオウガに語りかけるも、その口が再び開くことは無かった。


「二人ともー! 大丈夫!?」

 バンカーバスターを杖にして、ヨロヨロとヨルヴァが歩み寄ってきた。

「平気よ! 今度こそクエスト完了ね」

「よかったぁ! あ、へへっ……実は二人に見せたいものがあるんだ!」

 身体中傷だらけのヨルヴァがニシシと笑う。
 どこで拾ってきたのか、ひらひらと振っている手には碧色の宝玉がしっかりと握られていた。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 あれから二年。
 オイラは修行の旅を終えてこの港町に帰ってきた。


 身長は全然伸びなかったけど、実力は大分ついたと思う。

 あの二人は無事に仲間と会えてるのかな?
 オイラもそんな仲間が早く欲しいなー……。



 ……うん! ここならすげーいい出会いが出来そうな気がする!

 あの二人に負けないくらい、最高にいい仲間を見つけてやる!
 喧嘩出来るくらい信頼できて強くて、常に冷静で的確な指示をくれる――そんな仲間を!

「……へへっ、ちょっと欲張り過ぎかな?」

 鼻をポリポリと掻いてギルドの扉に手をかける。

「こんちわー!! うわ、すげぇ人数! とりあえず、なんかいいクエスト探すか……黒ティガとか貼ってないかな?」


 そう言って扉の奥へと消えていくヨルヴァの背中には、黄と碧のスラッシュアックス――王牙剣斧【裂雷】が堂々と背負われていた。



[37857] 第五章 『Lost Memorys』 1話
Name: 楽太郎◆a3215f1c ID:4717fa5c
Date: 2014/01/02 22:38
とある山間(やまあい)の谷に湧き出た温泉を中心に築かれた村『ユクモ』。

季節によって色合いを変えるこの穏やかな山村には、「ユクモの木」と呼ばれる良質な木材が扱われており、さまざまな地へと出荷されている。
それに加えて、ギルドが運営する集会所と露天風呂をかねた大規模な入浴施設があり、その高い効能から観光地としても高い人気を博しているのだ。

「はぁ………」

そんな浴場で彼女は一人、ぷかりと温泉に浮かんでいた。
各地から特別な湯元を引いてブレンドされた湯は、その効能を示すかのように艶やかな色彩を揺らしている。
やわらかな湯煙の漂う中で、水面にゆっくりと波紋が拡がっていた。

「あ、いたいた! アクアー!」

「う……ハンマーさん」

足音と共に温泉に明快な声が響くと、アクアと呼ばれた少女は湯の中でむくりと体を起こす。

「探したんだよ? そりゃ里帰りして早々村長に泣きながら迎えられたら逃げたくなるのも分かるけどさ……土地勘の無い私を残していくのはどうかなぁ?」

頭以外をナルガ装備で固めた桃色ブナハスレイヤーの女性――ハンマーはそう言いながらジトッと家出娘を睨む。

その恨めしげな声にアクアは「……すみません、つい……」と言ってブクブクと鼻頭まで頭を湯に沈めてしまう。

「コラァッ! いい加減出てこーい!」

「…………」

そんな彼女の声にもアクアは無言のまま上目遣いで見つめ返すだけで、動こうとしない。

「アクアー? 早く私に村の案内と温泉のマナーを伝授しないと……」

ニコリとしながらゆっくり背中の大鎚を置くハンマー。その様子にアクアはゾワリと急激な不安に襲われた。

「えっ? ……ハンマーさん? ちょっ……何を!?」

「こうなるぞぉぉぉ!!」

「きゃぁぁぁぁっ!?」

ナルガもびっくりの速さで脱衣したハンマーが、脱いだそのままに温泉に飛び込んだのだ。

盛大に水飛沫が飛び散り、溢れたお湯が洗い場の桶を浴場の端まで押し流す。

「……ぷはっ!? 何するんですか!?」

大量のお湯を浴びたアクアが頭を振るわせながら抗議すると、ハンマーはニヤリとして高らかに笑い始める。

「あはははは! うじうじしてるからそうなるんだー!」

「なぁっ!?」

その一言にムッとした表情を浮かべたアクアは、両手を筒状に重ね合わせ、標準を定める。

「喰らえ! ユクモ流水鉄砲!!」

その両手から発射されたお湯は、物凄い速さで直線を描き、ハンマーの額に直撃。水鉄砲にあるまじき着弾音を響かせた。

「いっっったぁ!!! 何その水圧っ!? ならこっちはポッケ式水鉄砲!」

「えぇぇ!?」

目頭に涙を浮かべながら両手を正面に突き出すハンマー。瞬間、アクアの目の前にお湯の壁が立ちはだかった。

「ぶわっ!? げほっ、げほっ! ただお湯を被せただけじゃないですか!」

「勝てば、いいんだよ……」

「めちゃくちゃ悪い顔してますよっ!?」

その後も二人はああだこうだ言いながら遊び散らし、お湯が半分になるまで続いたのだった。


     



「はぁ……疲れた」

ぐでーっと背中を岩場にもたれてハンマーが呟く。

「誰のせいですか誰の。てかタオル巻いてくださいよ。マナー違反ですよ? 混浴なのに」

「だって誰かさんが教えてくれないんだも……って混浴!? ちょちょ……タオルタオル!」

「更衣場にあったじゃないですか! まったくもう……」

慌てて更衣場に駆けていくハンマーを見ていたアクアであったが、不意に彼女の口から笑いがこぼれた。

「……ふふっ」

(本当に帰ってこれたんだ……ハンマーさんと一緒に)

「うーん」と足を伸ばしてアクアは、懐かしい温泉の香りに身を任せ、ゆっくり瞳を閉じる。

これからどうしようか、何をしようか……そんなことを考えながら。





この物語はアクアとハンマーがヨルヴァ達と出会う、およそ2年前の話である。




      ◆



「うーん……のぼせたかも……」

「鍛え方が甘いんですよ!」

「こちとら雪山勤務だったんだから……しょうがないじゃん……」

これ見よがしにニヤリと言い放つアクアに、顔を蒸気させたハンマーはふらふらと言い返す。

「とりあえず一旦休憩にしましょうか。特製ドリンク飲みます?」

「うん……何かスッキリシュワッ! としたのない?」

「沢山ありますよ?」

「じゃあ何か適当なのをお願……」
「一緒に選びに行きましょう!」

「え、私は少し横に……ちょっ、引っ張んないでぇ……!」

力なく引っ張られていくハンマー。
後にも先にもアクアが主導権を握れたのはこの時だけだという。





「ぷはぁー、やっと生き返った!」

「そのボコボコーラってどんな味です?」

「ん、一口いる?」

「じゃあ私のユクモラムネもどうぞ」

二人が集会所の椅子に腰かけてドリンクを飲んでいると、入り口の方から騒がしい声が聞こえてきた。


「えー? いいじゃん、せっかくの混浴なんだよ?」

「だからなぁ! 混浴だからって必ず一緒に入らなきゃならない訳じゃねぇだろ!?」

やって来たのはアクアよりも少し年上に見える、浴衣を着た男女だ。女性は美しい白髪、男性は燃えるような赤髪をしている。

この集会浴場の階上や周囲には宿泊施設が造られており、怪我や万病に効くという効能を聞いて遠くから湯治にやって来る客やハンターは多い。

(浴衣を着ているってことは多分あの二人も……でもなにか様子がおかしいですね)

「何さ、減るもんじゃなし」

「そういう問題じゃねぇって言ってんだよ……てかまず手を離せ」

「いーやーだー」


浴衣(ご当地ギルド限定販売! 桃色アイルーダルマ(ver 1980z)の女性がニヤニヤしながら男性の腕を引っ張る。
赤髪の男性は抵抗しながら困り半分、イラつき半分にため息をつく。

アクアの感じた違和感は簡単に分かった。男は温泉に入ることを非常に嫌がっているのだ。

(あぁ……きっとインナーとタオル着用のことを知らないんですね。可哀想に思いっきりからかわれて……ん?)

アクアが不憫そうな顔をしている横で、ハンマーが二人の方を見つめながら、腕を組んで黙り込んでいたのだ。出会った頃からしていた、考え事をする時の癖だ。

「どうかしたんですか?」

「いやさ、あの子どっかで……」

ハンマーは浴衣の女性を見つめていた。

「知り合いなんですか?」

その質問にハンマーは「んー」と唸っていたが、突然表情をパッと光らせ嬉しい悲鳴を上げた。

「あぁぁ!!! やっぱりそうだ!」

ハンマーはすぐに手を振って駆け寄ると、浴衣の女性の手を取ってブンブンと振り回す。

「チョモ! チョモじゃん! 久しぶり!」

浴衣の女性──チョモは突然の出来事に「わっわっわっ!?」と困惑していたが、ハンマーの顔を見た途端、こちらもパッと表情が輝いた。

「おぁぁー! ハマちゃんじゃん! ホント久し振り! どうしてここに? っておいコラ」

感動の再開。そんな雰囲気の中、浴衣の男はどさくさに紛れての逃亡を図ったが、ガッチリと帯を捕まれてしまい観念する。

「いやーマジで、ホントに久しぶりだね。五年ぶり位?」

「それくらいだね。へー、その様子じゃしっかりハンターやってるみたいじゃん! で、そっちの彼女は?」

ハンマーと握手を交わしていたチョモは、ハンマーの後ろで様子を伺っていたアクアに視線を向けた。
きらりと輝く白髪と笑顔が合間って思わずアクアはドキリとしてしまう。

「あっちはアクア。この村出身のハンターで、色々あって今は私の相方なんだ!」

「あ、相方ってそんな……」

面と向かってそんなことを言われると少し照れ臭くなってしまう。
そんなアクアを見てチョモはニヤニヤとしている。

「ふぅん、そかそか。ハマちゃん、ハンター以外もうまくやってるみたいだねぇ」

「いやーそれほどでも、ある」

「ハンマーさん何言ってるんですか!? てかさっきから呼ばれてるハマちゃんって……?」

アクアは突然のやり取りにすっかり困惑してしまっていた。

「ハマちゃんは単純に名前が紛らわしいから自然に」

「あぁ……納得です」

「あ、自己紹介が遅れたね。私はチョモ。んでこっちでムスッとしてるのがフレアね。二人ともギルドナイトをやってるんだ」

「ギルドナイト! 凄い……初めて見ました!」

アクアは自分の質問をサラッと躱されたことも忘れて驚いてしまう。
実質ハンターのトップが目の前にいるようなものなのだ。

「いやいや、普通のハンターが公務を嫌々こなしてるだけだから! そんな尊敬されるもんじゃないって」

そう言いながらも、にやけながら手をひらひらさせるチョモ。
まんざらでも無さそうだ。

「ん? 今フレアって言った?」

「そうだよ? こいつがフレア。あ、ハマちゃんはコイツとちゃんと会ったの初めてか」

「あの時はゴタゴタしてて言えなかったから、遅れたけど今言わせて。五年前は世話になったよ……本当にありがとう、フレア」

「たまたまだったんだ。気にすんな」

フレアはそれだけ言うとプイッと横を向いてしまう。

「何照れてんのよ! いいのよハマちゃん。こんな奴だから、もう恩義なんて感じることないわ」

「何でお前が勝手に締めてんだよ!?」

再び言い合いを始めた二人を尻目に、アクアはハンマーに小声で話しかける。

「あの、ハンマーさん……五年前って?」

「あぁ私ね、五年前の紛争でフレアとチョモに助けられたんだ。まぁ命の恩人って感じ」

「そんなことがあったんですか!?」

さらっと話された過去に驚きを隠せないアクア。
そんなアクアにハンマーは申し訳なさそうな顔になる。

「ごめん。別に隠してた訳じゃないんだけど、内容が内容だし……なかなかタイミングが、ね」

「いいんですよ。ちょっと驚いちゃいましたけど、時間は沢山ありますから。じっくり聞き出してやりますよ」

「あはは! 期待してるよ」

「ねぇねぇ! せっかく会ったんだしさ、クエストに行こうよ!」

口論が終わったのか(よく見たらフレアが膝を着いていた)、チョモが二人にそんな話を持ちかけてきた。

「お! いいね。じゃあ何に行く?」

「さっきさ、丁度いいのが貼ってあったんだよ。ほらこれ」

チョモがひらりと1枚の紙を取り出した。

「『雨に煙る、双子の山 』って……ど、ドボルベルク二頭ですか!?」

「水没林で探索隊が緊急信号を発信してるらしいの」

「なら急がなきゃですね」

「よし、じゃあ各自用意を済ませたらここに集合して、すぐに出発しよう!」

その後、それぞれが準備へと向かいおよそ10分が経過した頃、チョモを除いた三人は既に集会所に集まっていた。

「おっせーなぁチョモの奴……何してんだ?」

「まぁまぁ、私たちも今来たばかりですし……」

三白眼をギラギラとさせているフレアをアクアがなだめる。

「ふーん、フレアって大剣使いなんだ」

ハンマーがふとフレアに話しかけた。

「そういうアンタはハンマーなんだな」

フレアの武器は焔剣リオレウス。火竜の上鱗や翼膜、獄炎石をふんだんに使用した大剣で、ハンマーのデッドリボルバーと同レベルの威力を持つ武器であった。

「………」
「………」

二人は互いの武器をじっと見つめた後、何気ない一言を放った。

「ああ、火力バカなんだ」
「ああ、火力バカなのな」

一瞬、空気が止まる。

「はぁ!?」
「あぁ!?」
「えぇ!?」

突如険しい剣幕で睨み合い始めた二人にアクアはおろおろとする。

「おいおい、聞きづてならねぇな! 誰が火力バカだって? 俺はきちんと戦略立てて戦ってんだ! そっちの『トンカチ』と違って振り回すだけとは違げぇんだよ!」

「トンカチ!? 何言ってんの、私のちゃんと理にかなった立ち回りに鈍い大剣が敵う訳ないじゃん! ただの『板』が出来るのはせいぜいピロピロした尻尾を切るくらいだけでしょ!」

「い、板だと!? ふざけんな! 俺の愛剣になんてこと言いやがる!」

「なにさ!!」

「あ……あの、二人ともあることないこと言わないほうが……」

少なくともハンマーさんの立ち回りは『理』にかなってはないです……。
静かに突っ込むアクアを意にも介さず二人が口論を続けていると、酒場の扉が開く音がした。






[37857] 第五章 『Lost Memorys』 2話
Name: 楽太郎◆a3215f1c ID:4717fa5c
Date: 2014/01/05 22:13
少なくともハンマーさんの立ち回りは『理』にかなってはないです……。
静かに突っ込むアクアを意にも介さず二人が口論を続けていると、酒場の扉が開く音がした。

「お待たせー! いやぁ浴衣って脱ぐの難しいねぇ。こんがらがっちゃ……って何してんの?」

「あ、チョモさん……実は……」

アクアは経緯を簡潔に説明したのだが、チョモはケロッとした表情で聞き終えてこう言ったのだ。

「ふんふん……なるほど。んじゃ、クエスト出ようか」

「ええっ!?」

この人は話を聞いていたのだろうか……そう思ってしまうほどあっけらかんとした顔をした彼女はすぐにクエストの手続きを済ませてしまった。
そしてトテテ、と口論真っ盛りの二人に近づく。

「へい! 野郎ども! ここで言い合っても仕方ないんだからさ、もっといい方法で決着つけなよ」

「いい方法で?」

「決着? てか私も野郎!?」

二人は興味が沸いたのか、口論を止めてチョモの方を向く。
そんな二人にチョモはニヤリとして言い放った。

「今回のターゲットはドボルベルクは二頭……。この意味は分かるね?」





     ◆




「チョモさん……ホントに大丈夫だったんでしょうか?」

ジットリと湿った地面に足を取られないように用心しながら、アクアは不安な表情を浮かべて言った。

クエストの舞台である水没林はその名の通り、半分ほどが川に沈んでしまった湿林帯で水陸に対応した狂暴な生物が数多く生息している危険な区域である。

今は時期の関係で普段水没している場所も歩けるような水位に落ち着いているが、肌にまとわり付くような生ぬるい空気は変わらずに心地悪い。
水位が落ちているため海竜と呼ばれる危険な種類は息を潜めているが、代わりに姿を現すモンスターもいる。
ドボルベルクはその内の一匹である。
普段の二人なら問題ない相手なのだけれど……。

「大丈夫だって。アクアちゃんはハマちゃんが本気でそんな下らない理由で喧嘩すると思う?」

『私に考えがあるから』と喧嘩中の二人にドボルベルク一匹を任せた自称策士(と自分で言ってた)が言うのだから何か考えがあるのだろう、それは分かるのだが。

「んー……それは確かにそうですけど」

実際に喧嘩を見ているので答えが鈍ってしまうのだ。

「ま、ハマちゃんが大剣使いを、フレアがハンマー使いを苦手にしてるのは確かなんだけどねぇ」

「そうなんですか?」

これまた初耳である。
でもなんで……?

そんな表情を見て取ったのかチョモは続けて話し出す。

「んん……フレアのほうは私が原因なんだけども……」

チョモは「あはは」と恥ずかしそうに笑い、次に困ったような顔になる。

「実はね、ハマちゃんのほうはよく分かんないんだよねぇ……」

「話してくれなかったってことですか?」

「いや、どうやら本人も分かってないみたい。本気で嫌いな訳じゃないし、大剣の利点だって十分に理解してるっていうんだけど……何でか苦手意識が出ちゃうんだって」

「不思議な話ですね……知らずにトラウマとか抱えてたり?」

「あの子にトラウマとか全然想像出来ないけどね」

「同感です!」

「あはは! やっぱりそうかぁ……。ねぇ、ハンマーと会ったときの話聞かせてよ、ドボル探しがてらさ。向こうは問題ないはずだし」

「いいですよ。その代わりハンマーさんの昔話、聞かせてください。あの人……ほとんど話してくれなくて」

「……分かった、私の知ってることなら。でも許してあげて? アイツお姉さんぶってるから、あなたに弱いとこ見せたくないんだと思う」

「……それは分かってます。結構無理、させちゃってますから」

「そっか……なら教えるべきだろうね。でもそっちのほうが先だよ! その後でちゃんと話すからさ」

そんなチョモにアクアは「約束ですよ?」と言い、ゆっくりと思い返し始めた。忘れもしない、あの日。

「懐かしいですね……あれは、とある理由で私がポッケ村を訪れた時のことです……びっくりしましたよ、あの人屋根の上から―――」

二人はしばらくの間思い出話をし、アクアは『ハンマー』について、その過去を初めて知ることになる。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「いた!」
「いた!」

「俺が先に見つけたぞ!」
「私が先に見つけたよ!」

「……何っ!?」
「……なっ!?」

一方その頃。
話題の二人は相変わらずの様子で、蒸し暑い水没林の空気を更に居心地の悪いものにしていた。

「アンタは下がってろ。こいつは俺一人で仕留める」

「何言ってるの? ここは私だけで大丈夫だから二人のとこに行ってきなよ」

「ホントに強情だな」

「そっちこそ」

ぐぬぬ……と睨み合っていると、不意に辺りが暗くなった。

「な……何?」

「おいおいおい! ヤバイぞ上だ!」

「えっ……うわぁ!?」

二人が咄嗟に横へ飛んだ瞬間、その場には巨大な塊が深々とめり込んでいた。
圧倒的な質量による衝撃に二人はバランスを取れずによろける。

「くっ……あんなデカイ奴の攻撃に気がつかなかったなんてよ!」

体を軸にして尻尾を回転させ、その勢いで飛び上がり相手を叩き潰すドボルベルク最大の攻撃――通称『ムロフシ』。名前の由来は定かではないが、東方の島にいるという英雄の名から取られたというのが有力だ。

「言い合いなんてしてる場合じゃなかったね……!」

「全くだ……! んの野郎、俺がぶった切ってやる!」

フレアはドボルベルクの正面に回り込むと、反動で動けない隙をつき顔面に強烈な溜め切りを叩きつけた。

「ヴォォォォ!!」

呻き声と共に強固な角が片方砕ける。

「見たか! これが大剣の……っておい!?」

自慢しようと後ろを振り返ったフレアは、あり得ない場所で彼女を発見した。

「甘い! 弱点を直接、叩けばいいんだ、よ!」

ドボルベルクの巨大な背中を息を切らして駆け登っていたハンマーは、ドボルベルクのスタミナの源、そして弱点でもある露出したコブに向けて、デットリボルバーを勢いよく振り下ろした。

「あり得ねぇだろ……」

背中で起きる衝撃と爆炎。
呻き声と共に倒れるドボルベルクと、ドヤ顔のハンマー。

「………」

一撃でダウンを取ってしまった彼女にフレアは一瞬唖然とするが、すぐに自分の仕事を思い出し駆け出した。

「全部持ってかれて堪るかよ! 最後はきっちり頂くぜ!」

言うなりフレアはダウンして目の前にさらけ出された柔らかいコブに向かい、自慢の大剣を叩きつける。

「オォォォォ!!」

ドボルベルクの口から悲痛な叫びが上がり始めた。
切り口から溢れ出した炎がコブを一瞬で包み込み、たちまちに背中の苔や茸に燃え移ったのだ。

「どうだ! 俺の火力舐めんなっつんだ!」

「うわぁ……何この無茶苦茶な火力……」

そんな二人の視線の先で燃え盛る火炎は、ドボルベルクの驚異的な生命力までも飲み込み、水没林で猛威を奮っていた怪物を動かぬ山へと還したのだった。

「やるじゃん」

ふぅ、と息をつくフレアの元にハンマーは歩み寄っていた。

「別に。耐久度から見てもこいつは下位のランクだ。そっちこそ滅茶苦茶なもん見せてくれたな。確かに効率……のいい立ち回りだったわ」

「あんなのその場の勢いだよ。フレアこそ、何なのあの無茶苦茶な火力! 上位の武器にしちゃ強すぎでしょ」

「あぁ、加工屋に頼んだ特注品だからな! 扱いが少し難しいが頼りにしてんだ」

「あはは! 結局『火力命!』じゃん」

「うるせぇ! そっちだって結局は力まかせじゃねぇか」

「………」

「………」

再び沈黙が流れ出す。しかしその沈黙は、堪えきれずに吹き出したハンマーによって簡単に破られた。

「やめやめ! ごめんね、本気で言ってた訳じゃないんだ。ただちょっと熱入っちゃって……ね」

その言葉にフレアもフッと肩の力が抜け、バツの悪そうな顔になる。

「悪ぃ、俺もそうだ。アンタが本気で言ってないのは分かってたんだがつい……な」

こんがり焼け焦げたドボルベルクを背景に、二人の周りでよどんでいた空気は綺麗さっぱり消え去っていた。

「いやぁ……私、自分でもよく分からないんだけど大剣使いってのがどうも苦手で……」

「トラウマか? 俺も昔のトラウマでハンマー使ってる奴をつい警戒しちまう……」

「それ……もしかして、チョモのせいだったり?」

「……昔のアイツの話は知ってんだろ?」

「……一時は相当だったらしいね」

過去を思い返してげんなりするフレアに同情するような顔を浮かべていたハンマーだったが、何かを思い出したように慌てた表情を浮かべた。

「いけない、あと一匹いるんだった! 二人を手伝いに行かないと!」

「そうだった! ……ってちょっと待て」

「ん?」

ハンマーを引き止めたフレアはニヤリとして言い放った。

「焦る必要ねーよ。向こうにはいるのは俺のおっかない相方とアンタの相棒だろ?」

慌てていたハンマーも、その言葉にはたと思い止まる。

「ああ……確かによく考えたら……」

二人は彼女らが戦っている場面を思い描くと、アハハと笑って傍の切り株へと腰を下ろした。

「全然心配ないね」
「全然心配ねーわ」

むしろドボルベルクが可哀想に思えてくる。
後は向こうが終わるのを待つだけという結論に達し、くつろいでいるとハンマーが思い出したように口を開いた。

「あ、実は私の相棒も意外とおっかないんだよ」

その言葉にフレアは片眉を吊り上げ、意外そうな顔を浮かべる。

「マジか。そんな風には見えなかったけどな」

「いやいや、さっきだってさ……」

「嘘だろ? でもそんなこと言ったらチョモの奴はな……」

「それにアクアのトウガラシ好きっていったらさ……」



     ◆



「……チョモさん、なーんか失礼なこと言ってますね」

「うん。ばっちし聞こえてる」

愚痴に花を咲かせる二人から、およそ五メートル離れた木陰。
そこには話題の相方達がとっくにドボルベルクを討伐して隠れていたのである。

「一応心配して来てみたら何なのあれ? 流石のおねーさんも怒っちゃうよ?」

「私も最近ハンマーさんに甘くし過ぎてたかなぁと思う節がありまして……ねぇ」

二人分の冷たい視線が突き刺さっていることに当の二人はまだ気付いていない。

「──そこでチョモの奴が言うわけよ!」

「アハハハ! それだったらアクアだって──」

二人の盛大な笑い声に木陰の葉が次第に震えてくる。

「……いくか」

「ええ」

もし誰かがこの場にいたなら、木陰から迅竜が飛び出したと錯覚しただろう。

切り株に座って呑気に談笑していた二人がその殺気に気付いた時にはもう遅く、ピタリと背後まで迫られていた。

「うぐっ!? ……が……ぁ……チ……チョモ……さん?」

がっちりと裸絞めを決められたフレア。
色々な意味で血の気が引いていく。
そして追撃の如く、後ろから凍るような言葉が襲いかかってきた。

「おい。人が散々心配して気ぃ回してやったってのに何しくさってんだコラ。その鬱陶しい髪刈り上げてボンズスタイルにしてやろうか? え?」

(やばいやばいやばいやばい……これ『昔』のチョモに戻ってるじゃねーか! しかも全盛期のだ……)

「黙ってちゃ分かんねーだろうが!」

「はい! すみません!」

(こっちの方が断然怖いだろっ!!?)


フレアの叫びは心の中で木霊し続けた。





「ア……アクア? この喉元を通って地面に突き刺さってるモノは……ひぃっ!?」

一方、アクアは突き刺した太刀をピタリと喉に押し付け、ゆっくりとハンマーの耳元に囁いていた。

「ねぇ……、ハンマーさん? 私、そろそろユクモ天の一式から装備を変えたいなぁ──なんて思ってるんですよ。ナルガ装備にしよっかなぁ……とか」

「アクア……さん?」

アクアが後ろでにっこりと微笑むのが分かった。

「その装備、ひん剥いていいですか?」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ!! やっ、やめて! そこ外したら取れちゃ……だめだめだめぇ!」


(絶対にこっちがおっかないでしょ!!?)

着崩れたハンマーが涙目になって叫ぶ。

今後一生ハッキリしないであろう議題が浮かんだ瞬間だった。






[37857] 第五章 『Lost Memorys』 3話
Name: 楽太郎◆a3215f1c ID:4717fa5c
Date: 2014/01/10 11:56
その頃、隣のフレアは朦朧とする視界にあるものを捉えていた。

「お……い、あそこに…………何か……」

弱々しく震える手で一点を指す。

「ん? そんな浅はかな嘘でアタシの気を引こうったって……」

そう言いながらもその方向へ視線を向けたチョモは、有り得ないものを目撃することになる。

「何……あれ」

チョモが見たものは薄暗い木々の奥を移動する影。
その影はふらふらと動いており、人間でいう後頭部から背中にかけてが大きく膨れ上がっているように見えたのだ。
奇怪な動きとその容姿が相まって不気味であり、無意識に腕に力が入ってしまう。

「アクアちゃん……ちょっと、あれ見て」

「……え? どこですか?」

若干息遣いの荒いアクアが、我に返ったように返事をした。

「あれあれ! へ、変なのがいる!」

「……な、何ですかあれ!? な、何かちょっと怖いというか……お化けチックな雰囲気がしませんか?」

(※人の喉元に刃物を突き立てています)

「わー! 言わないで! 余計怖くなるからっ!」

(※人の首を絞めています)

「わ、私だって怖いですよっ!」

(※強引に人の服を剥がそうとしています)

そんなやり取りをしていると、更に驚く事が起きた。今までふらふらと動いていた影が不意に止まり、そのまま地面に吸い込まれるように草むらへ消えていったのだ。

「消えたっ!!?」

半ばパニックになって更に腕に力の入るチョモにアクアは慌てた声を飛ばす。

「あれは倒れたんですよ! お化けじゃなかったのんです! 様子を見に行きましょう!」

「わ、私も行くの?」

「私だけじゃ色々と不安なんです! それに本当に怪我人だったら大変ですよ! 治療出来るのはチョモさんだけなんですから。さ、行きますよ!」


アクアは行きたくないオーラたっぷりのチョモの手を取る。その眼には有無を言わせない光が灯っていた。

「うぅ……分かったよー。でも怖かったらすぐ戻るからね!」

そう言ってチョモはぐったりとするフレアを地面に転がし、同じくハンマーを放り出したアクアと一緒に影が倒れた場所へと走り出した。



「ふぅ……何とか助かった。危うく全裸だよ」

二人が走って行くのを見届けると、ハンマーは安堵の息をついて冷や汗を拭った。

「フレアは大丈夫? 結構危なかったんじゃ……ってフレア!? ……顔が真っ青じゃん!? 死ぬなぁ!」

ハンマーは慌ててフレアのみぞおちを殴りつけた。

「……──がっ!?」

「生き返ったか……流石私」

ハンマーの渾身の一撃を受けたフレアは血の巡りは良くなったものの、暫く起きることはなかったという。



  





「チョモさん! 人ですよ! 女の子が倒れてます!」

いち早く駆け付けたアクアが慌てたようにチョモを呼ぶと、草葉の陰からチョモが飛び出してきた。

「良かった……お化けじゃなかった……って容態は!?」

「見たところ、どこにも外傷はないみたいですね。気絶してるだけみたいです」

うつ伏せに倒れていたのはシャワよりも年下に見える少女だった。赤地に黒が混じった縞々の髪に、赤い棘のついた甲殻で作られた装備を身に付けている。
細めのツインテールの片方には白い羽根飾りが付けられており、そして背中には……。

「なるほど、あの膨らみはこれかぁ」

少女の背中には熊の頭を模した、『リノプロヘルム』と呼ばれる巨大な防具が背負われていたのだ。
荷袋代わりにしていたのか、倒れた衝撃で中に入っていただろう様々な種類の草木が散らばっている。

「これは野草……ですかね?」

「んー見たことないものばっかりだね」

「一体どうしてこんなところを……」

「イャンクックの装備を着けてるってことはハンターなんだろうね。それに……」

チョモが何か言いかけた時、少女の体がピクリと動いた。

「んん……」

「動いたっ! 大丈夫!?」

「………」

何かを言おうとしているが、声が小さくて聞こえない。アクアは膝をついて少女の口元に耳を近づけた。

「おなか……」

「えっ?」

「おなかすいた……」

アクアはゆっくりと立ち上がる。

「……チョモさん」

「その子何て?」

「この子、治療いらなかったです」

「へ?」

持っていた携帯食料4、こんがり肉3、水2ビンを提供したところ少女はたちまちに元気になった。








「私、ルシャ! さっきはありがとうございました!」

ルシャ、と名乗った少女はペコリと頭を下げる。
先程の出来事など無かったかのように回復したルシャは、アクアとチョモ、そしてコソコソ様子を見に来たハンマーへ可愛らしい笑顔を振り撒いていた。

「元気になって良かった! ちゃんとお礼も言えて偉いねー」

先程の怒りは何処へやら、アクアはニコニコとしながらルシャの頭を撫でる。

「良くしてもらったら、ちゃんとお礼言うように言われてるの!」

言葉には若干の片言が混じっており、イャンクックの装備とも合わさって何処か異国の雰囲気を纏っていたが、アクアはそんなことは気にならないようでルシャに負けないくらいの笑顔を見せていた。


「そっかー。ルシャちゃん偉い偉い!」

「えへへー」

「えへへへー」

(あれ? この子こんなんだっけ……?)

(アクアって、どうも年下に甘いとこがあるんだよね……。あんな笑顔、私も見たことないよ! 一線越えなきゃいいんだけど……)

(いやいや……流石にそこまでは……)

「ハンマーさん! チョモさん!」

「なっなに!?」

「なにかなっ!?」

ひそひそと話していた二人だったが、アクアがバッとこちらを振り向くのでビクッとしてしまう。

「一先ず村に帰りませんか? 目的も果たしたことですし、ルシャちゃんのこともあります」

「確かにそうだね」

この少女が何故行き倒れていたのか、その理由も聞かなくてはならない。

「じゃあここはギルドナイトの私が連れてくよ。その方が話も進むだろうし……面子的にもねー。二人はクエスト完了の手続きをお願いできるかな?」

「分かりました。じゃあルシャちゃんはこのお姉さんに着いていってね。また後で合流するから」

「はい! またね、アクアお姉ちゃん!」

「!?」

途端アクアの顔が赤くなった。

「……ちょっと、もう一回言ってくれないかな?」

「アクアお姉ちゃん?」

「もう一回!」

「アクアお姉ちゃん!」

「……もういっ──」

「ストップストップ! アクア! それ以上は何か危険だよ! チョモ、早く連れてって!」

「任せて!」

「むぐっ──!」

ガッチリとアクアの顔面にアイアンクローを決めたハンマーの言葉に促され、チョモはルシャの手を引くと、倒れているフレアに向かって足を上げる。

「いつまで寝てんのっ! さっさと行くよ!」

「……──っ!? おま……誰のせいだと──いや、分かった! 分かったから引きずるなぁ!」








「ふぁんふぁーふぁん、ほぉろほぉろふぁなひてふぉらへまへんふぁ?」

三人がエリアの外へ出た頃、くぐもった声がハンマーに聞こえてきた。

「あ、ごめんアクア……大丈夫?」

「ぷはっ。さっきはすみません……ちょっとテンション上がりすぎました」

「いや……私もちょっと強く掴み過ぎたかも」

アクアの顔にはしっかりと手形がついていた。

「いえいえ、多分丁度良かったですよ」

「あはは……」

少し前に怒られてる手前、若干腰が引けてしまう。

「ところでハンマーさん」

「なっ、何?」

不意に口調が固くなったアクアにハンマーは覚悟を決めて身構える。

「……チョモさんから聞きました。ハンマーさんの昔話」

「私の……昔話?」

突然の告白にハンマーはキョトンとしてしまう。

「今回チョモさん達に出会って思いました。私、ハンマーさんのこと良く知ってるつもりだったけど、全然知らなかったんだなって」

「いやいや、私の過去なんてそんな大したこと……」

「私が辛かった時にハンマーさんは助けてくれたのに、ハンマーさんが辛かった時に私が何も出来なかったことが悔しくて……」

「アクア……」

「まぁ、そんな気持ちでここに来たら悪口大会やってたんで腹は立ちましたけども」

「………………」

「っとその話は置いといて、私こう思ったんです。まだ遅くないかなって」

アクアがハンマーに負けないくらい明るい目をして笑いかけた。

「ハンマーさんと出会ってから、私も成長してきたつもりです。これからはバンバン支えていきますからね! 相方として、です」

「……そんなこと言われたら期待しちゃうよ?」

「ふふ、期待しちゃってください!」

──いつの間にか、ここまで信頼されてたなんて。

同時にハンマーは思う。

──いつの間にか、私もこんなに信頼してたんだ。

つい、無性に嬉しくなって、笑いが込み上げて来た。

「あはは! じゃあ改めてよろしくね? アクア!」

「ええ、よろしく! ハンマーさん!」

二人はお互いに笑い合うと、クエストの手続きをするためにベースキャンプに向かい始める。


「それにしても……こんなタイミングで言われるとは思わなかったなぁ」

ハンマーが苦笑してそう言うと、アクアは凛として答える。

「確かに変なタイミングでしたけど、あそこで言わないとまた色々とはぐらかされるような気がしたんです」

「あー、まぁ確かにねぇ……。ごめん、言うような話じゃないなって遠慮してた」

「遠慮なんてしないでください。相方だってハンマーさんが言ったんですよ?」

「そうだね。じゃあ頼らせてもらいますよ? 相方!」

「了解ですっ!」


以前からお互いに対してほんの小さなものだが遠慮、気遣いというものがマイナスの意味で存在していた。出会ってからそれは次第に薄まっていたのだが、最後の一欠片が取れないでいた。
心にいつまでも刺さっていたそれが、今ようやく取れた気がした。
周りから見たら些細なことだろうが、二人はたまらなく嬉しくて。


この時の二人は、これからどんなことが起きたとしても大丈夫だと、信じていた。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「ルシャちゃんただいまー!」


「おかえり! アクアお姉ちゃん!」

クエスト終了の手続きを済ませたアクアとハンマーは足早にユクモ村へと帰還していた。

「ごめーんハマちゃん! ちょっと仕事のほうを先にしてて、この子のことまだ簡単にしか説明してないんだ」

「仕事? そっか、休暇で来てた訳じゃなかったんだ」

「失礼な! 私達が遊んでるように見えた?」

「見えた」

「すいません、見えました」

「………」

「まぁそうだろうさ」

喉をさすりながらやって来たフレアがうなだれるチョモの頭にポンと手を置いた。

「俺たちがここに来たのは、ある調査をするためなんだ」

「ある調査?」

「あぁ、実は……」

その時、集会所の外から女性の悲鳴が上がった。

「──何だっ!?」

「行くよフレア!」

「ああ!」

ギルドナイトの二人が慌てて飛び出す。

「私たちも!」

「はい!」

それに続いて二人も外へ出たが、そこで待っていたのは予想を上回るものだった。





「……だからさ、あれほど止めときなさいって言ったじゃない!」

「えぇーそんなに変かな?」

「変過ぎるわよ! 完全アウトよ! 犯罪だわ!」

「そこまで言わなくても……せっかく買ったのになぁ……」

「大体、頭に装備二つって事態おかしいのよっ!」

「いや、『これ』は装備にカウントされないんじゃないかなーって……」



「ハンマーさん……あれって」

「駄目だよ……目を合わせたら仲間だと思われる」

見ればギルドナイトの彼らも唖然としている。

そこにいたのは真っ黒なスカルフェイスの上に真っ赤な帽子『ギルドバードロポス』を被った変人と、それを良く通る声で罵倒する金髪の少女だった。

「バルス! 何やってんだお前!」

我に帰り、それが知り合いだと気づいたフレアは少女とバルスの間に割り込んでいた。

「大丈夫かっ? こいつは変人だが悪い奴じゃないんだ! 許してやってくれ! ──おいバルス! 俺に捕まるような真似だけはするなって言っただろう!」

「……それは知ってるわ、ありがとう。で、バルスこの人誰?」

「ごめんフレア、その子僕の連れなんだ」

「んだと!? じゃあさっきの悲鳴は……?」

フレアが辺りを見渡すと、一人の村人がおずおずと前に出た。

「すいません……私が驚きすぎて」

「いや……気にしなくていい。正当な判断だ」

「それ酷くない?」

「反論の余地なんか無いわよ!」

場が落ち着いたのを見計らってアクアとハンマーも二人の前に出る。

「バルスさん、シャワちゃん! お久しぶりです!」

「わぁアクアさんにハンマーさん! 久しぶりね!」

「黒いのは相変わらずだね……。元気してた?」

「ふふ、こっちはいつも通りだよ」

「ハマちゃん! なにこの面白そうな人達! 紹介してよ!」

知ってる者。初対面の者。互いに互いが挨拶を終えた時、そこには六人のハンターが揃っていた。

「私もまぜて!」

「あ、ごめんねルシャちゃん。この人たちは私とハンマーさんの友達。強いんだよ?」

「私、ルシャ! よろしくね!」

「ルシャちゃんだね、僕はバルス。よろしくね」

「シャワよ………。よろしく」

二人が挨拶を済ませた時、それは起きた。



「──大変だ!! 空が! 空がぁ!」

血相を変えた村人がこちらに走って来たのだ。
アクアが真っ先に上を見上げ、驚いた声を上げた。

「皆さん! 空を見てください!」

全員がアクアの指差す方向を見る。

「……っ!」

指さされた方向は、ユクモ村で霊峰と呼ばれるこの辺りで一番高い山。
その頂に巨大な渦巻く黒雲が浮かんでいたのだ。

「……情報は本当だった──って訳かよ」

苦虫を噛み潰したような顔でフレアが呟く。

「情報って?」

「ギルド本部にある垂れ込みがあってな。そいつがどうも引っ掛かって調査に来たんだ」

チョモがそれに続けて口を開く。

「垂れ込み内容は『近い内にユクモに嵐龍──アマツマガツチが現れる』ってのでね。まぁサボりがて……ん゛ん゛! 調査に来てみたら村は平穏そのものでさ。てっきりガセだと思ってたんだけど……」

「あんなに早い古龍の出没予想なんて、古龍観測所だって出来ねぇよ。……これは何かあるぜ」

「アマツマガツチ……ユクモ村でも遥か昔の御伽噺にしか出てこないレベルの古龍なんだよね……」

フレアとチョモが神妙な顔をする。
本来なら応援を呼んで対応しなければいけない事態なのだが、今からだと間に合わない可能性の方が高い。
なら戦わなくてはならないが、古龍を果たして少人数で倒せるのか、倒せなかった時の被害はどうなるか──。

そんなことを悩んでいると、横にいたシャワが呆れるように口を開いた。

「どうして悩んでるの? 会って間もないけど、二人が強いっていうのは分かるわ。皆で協力すれば、勝てる相手かもしれないじゃない」

シャワはそう言うと「それに……」と続けた。

「貴方たちなら信頼出来るわ。バルスの……そしてハンマーさんとアクアさんの知り合いなら尚更、ね?」

フレアとチョモは苦笑して答える。

「そうだな」

「倒しちゃえば万事解決だ」


「バルス、せっかくのユクモだけどまだ温泉に浸かる暇はないみたいね?」

「一番楽しみにしてたのはシャワだけどね」

「う、うるさい!」

「アクア、いっちょやってやろうか!」

「はい! 大事な村なんです……! 皆さん! どうか私と一緒にこの村を守ってください!」

『もちろん!』

予告された古龍の出没。
不穏な空気を含んだこの依頼に、六人のハンターはいつもと同じ口調でお互いを向き合った。

「それじゃ──」



『ひと狩り行きますか!』



[37857] 第五章 『Lost Memorys』 4話
Name: 楽太郎◆a3215f1c ID:4717fa5c
Date: 2014/01/14 00:43
この世界には数多くの伝説が存在する。


初めてハンマーという武器を使用し、それを広めたという老ハンターの話。

かつて老山龍の尾を切断したと言われる巨大な龍人族の長の武勇伝。

一人のハンターと協力し、一代にして交易盛んで豊かな村を築いた男の逸話。

自分達の狩りを自伝として公表し、時に泣き時に笑う内容で人々に希望と勇気を振り撒いた猟団の物語。

並べあげるとキリがないが、その中で何が一番有名かと聞けば誰しもが口を揃えてこう言うだろう。


『ココットの英雄』だと。



まだハンターという言葉が存在せず、人間が今以上にモンスターの脅威に脅かされていた時代。
ココット村で育った彼が3人の仲間と共にモンスターを狩ることを生業としたことがモンスターハンターの始まりと言われている。
一角竜の狩猟は単身のみで行うなどその技量は今のハンター以上とも言われており、今も彼はココット村の村長兼生ける伝説として存在しているのだ。

そんな彼が犯した、取り返しのつかない失敗が一つだけある。




────────────────



『ハンター』が職業として認められた後も彼と仲間の三人は村の為、ギルドの為に狩りを続けていた。
そんなある日、雪山に謎のモンスターが出没しているとの情報を知った彼らは、一緒に行きたいという婚約者のハンターを振り切れずに五人で狩猟に向かったのだ。
『自分達なら守れる』そんな考えが満身だと気付いたのはターゲットに出会った後であった。
今までに見たことの無いような激しい動きとパワーに奔放された四人は苦戦し、彼は重傷を負ってしまう。
動けない彼に迫り来る剛爪。絶体絶命の彼の前に飛び出したのは、他でもない、ハンターになって間もない守るべき婚約者、その人だった。


────────────────



【五人以上でハンターが狩りに出ると、死人が出る】

後に『ココットジンクス』と呼ばれるこの言い伝えは、このような悲しい事件が二度と起こらぬよう彼が提案したギルドの掟の数々と共に今も全てのハンター達に受け継がれている。





◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




「──今回、ココットジンクスのことは忘れようか」

「えぇっ!?」

アマツマガツチ討伐を決意して、一時間が経過した頃である。
各自が出来る限りの準備をして集会浴場に集まり、人数制限のことを思い出して慌てていると、遅れてきたハンマーがそんな一言を放ったのだった。

「で、でもギルドから許可が降りないんじゃないですか?」

アクアがそう言うことを分かっていたかのようにハンマーはチッチッと指を振る。

「私が何のために遅れてきたと思う? 論破してきましたよ! 当然!」

ハンマーが自慢気に鼻を鳴らす横でバルスが確かに、と頷く。

「あまり前例のない古龍討伐だけど、昔から古龍に関しては五人以上での狩りが認められるケースがあるね」

「でもどうしてかしら? 五人以上の狩りが認められないのは、ジンクス以前の問題に大人数だと指揮系統の乱れや混乱を招きやすいからでしょ?」

シャワの投げ掛けた疑問にチョモが顔を上げた。

「指揮とか、作戦なんか通用しないくらい強力だからじゃない? 考えてみ? ティがレックス相手にオルタロス4匹で何が出来ると思う?」

したり顔で言うも、シャワはその問いに疑問の表情を崩さない。

「……想像してみたけれど、オルタロスじゃ5匹どころか100匹いたって敵わない気がするんだけど……」

「あー例えが悪かったかも。でも私が言いたいのはそんな感じのこと」

「どんな感じだよ! チョモ……お前ギルドナイトのくせしてそんなことも分かってねぇのか?」

「うっさい! そう言うフレアは分かってんだろうね!?」

「あぁ? ったりめーだろ。いいか? まずクエストが四人までってのはハンター条約第一章の……で古龍が出没した時には第五章に書いてある緊急時における被害状況とその予測が規定値を上回るから………でまぁここで簡単に言えばジンクスとルールの逆転が起きるから五人以上でもいいってこと。わかるか?」

「全然わかんない」

「分かります」

「私も分かるわ」

「僕も知ってる」

「私ってばいつの間にかそんな難しいことを論破してたのか……」

「みんな何話してるの?」

「チョモぉ! お前より年下の奴等が分かってんぞ!?」

「うぐ……だぁーもういいじゃん! もう済んだ話を掘り返す男は嫌われるよ?」

「ぐ………」

ギロリとジト目で睨まれてフレアは渋々と本題に入る。

「各自温泉は入ったんだな? なら六人の許可はもう降りてんだ、後は霊峰に行ってアマツマガツチをぶっ倒すだけだ。ハンマーの言った通り今回はジンクスに縛られてる暇はねぇ! 死にたくなきゃその前に動くだけだ! 行くぞ!」

フレアの言葉にメンバー全体の闘志に火がつくのが分かった。

(チョモ、何かいつになく勇ましいねフレア)

(あらバルスいつの間に横に。一応ギルドの騎士団長だからねー。士気上げんのは日々上手くなってんのよ)

そうして六人はネコタクに乗り込み、暗雲立ち込める霊峰に向けて出発した。



「──のはいいがよ。『これ』はどういう事?」

ネコタクで運ばれた霊峰の麓。そこで発せられたシャワの言葉に全員が空を仰ぐ。

「どうしたの? みんな?」

「何でこの子が着いてきちゃってるわけ!?」

シャワの怒声にも臆さず、何も分かってない様子でニコニコとしているルシャを前に、他のメンバーはしどろもどろに言い訳を始める。

「いやぁ……僕も見覚え無い樽が積んであるとは思ってたんだけどね?」

「私はてっきり誰かの荷物だと……」

「お、アクアも? 私もそう思ってた」

「寝てた」

「私も」

ギルドナイトの二人は弁解すらしない。

まさかの七人目の登場に一同は混乱を極めたが、その時アクアが思い切って「皆さん!」と注目を集めた。

「もう敵は目前なんです。来てしまったものは仕方ないと思いませんか? ちょっと不安ですが、ルシャちゃんにはキャンプで待機してもらって討伐に向かうべきです」

敵の行動が分からない以上、決して安全とは言えないキャンプに一人残すのは危険極まりないが、それでも戦前に共に出るよりは安全だと思えた。

「確かにアクアの言う通りだ。もう戻ってる暇はないしね。ここで食い止めれなかったら村が危ない」

「ハンマーさん……ありがとうございます」

他はどう? というハンマーの視線に残りの四人も無言で首を縦に振る。

「ルシャちゃん、危険だからここから離れちゃダメだよ? 必ず戻ってくるから」

「アクアお姉ちゃん、ごめんなさい。私置いてかれたくなくって……」

涙目で謝るルシャを数回撫でると、アクアは山頂への入り口を睨んだ。

「パパッと終わらせましょう!!」


アクアの号令と共に全員が戦地へと足を踏み出した。眼には恐れはなく、狩人の光を灯している。

(こんなに頼りになる仲間……他にいませんね!)


自然と力が沸いてくる。
アクアは愛刀の柄を力強く握りしめた。











目の前が暗い。
体は鉛のように重く、節々に刺すような痛みが走る。


「う…………」

何とか体を起こし、痛みできつく絞られていた目を開ける。

腕、脚……何とか五体満足のようだ。

「皆は……」

アクアはポーチから回復薬グレートを取り出して飲み干すと、太刀を杖代わりに体を引き起こす。
他の仲間はまだ倒れたまま動いていない。

「早く、助けないと……!」

最低限の回復をしたアクアはまだ重い足を引きずって走り出した。
早く、早く。そうしないと、本当に殺されてしまう……っ!


アマツマガツチを初めて見た印象は昔の書物でみた天女であった。
ひらひらと帯のようなものを身に纏った神々しいその姿に一瞬心を奪われる。
しかし嵐龍の猛烈な敵意を含んだ咆哮に、相手が自分達の命を脅かす存在だと改めて気付かされた。

宙を泳ぐかの様な動きと捉えがたい攻撃に六人は苦戦しつつも、比較的順調に戦えていたと思う。
アクアとハンマーの連携にフレア、バルスの攻撃。そこにシャワの弾、チョモの笛による援護が入り、初めてとは思えない動きが出来ていたのだ。

誰しもが「いける」と思った時、異変が起きた。
嵐のような天候が更に黒々く、雷鳴轟く禍々しさに変わり、アマツマガツチ自体も同じような禍々しさをその体に現したのだ。

今までは遊びだったのだと思わせる激しい動き。
それについて行けずメンバーには次第に傷が深まっていく。
何とか回復する隙を見つけるべく立ち回っていた六人だったが、その時不意にアマツマガツチが天へと舞い上がった。

やっと隙を見せた! そう思い各自が回復薬へと手を伸ばしたとき、ハンマーの怒声が飛んだ。

「何かヤバイのが来る!! みんな避けろぉぉぉっ!!!」

次の瞬間、天より一本の水柱が地上に突き刺さり、そのまま山を切り裂いた。



     
結果的にハンマーのお陰で直撃は免れたものの、その後地面から吹き出した強烈な水流にアクア達は弾き飛ばされた。

それでも切り裂かれた岩や地面を見て、もし腕の一本でもあれに当たっていればと思うとゾッとする。

「ハンマーさん! 大丈夫ですか!? これを……」

ダメージで身動きの取れないハンマーに回復薬を流し込む。
薬も底を尽き始めていた。

「アクアさん! こっちは大丈夫よ!」

「こっちも! アマツマガツチは拘束弾で足止めしてある! 今の内に!」

「チョモさん! シャワちゃん!」

離れて支援をしていた二人は無事だったようで、それぞれがフレアとバルスの治療を行っていた。

「アクア……私はもう大丈夫」

「ハンマーさん!? ダメですよ! まだ体が……!?」

アクアは驚いて目を見張った。かなりのダメージを負っていたはずのハンマーがむくりと立ち上がったのだ。

「どうして……っ!? それ……秘薬ですか!?」

「あはは、なりふり構ってられないっしょ」

世の中にはハンターにしか調合、使用を認められていない強力な薬品が存在する。狂走薬や鬼人薬など、使い続けると体に悪い影響が出るものがそれに当たる。ハンマーの使用した秘薬という薬は、その中でも特に効果と影響が高いものだった。

「負けて後悔するより、勝って喜んだ方が何倍もいいでしょ?」

「……帰ったらお説教です!」

私たちは拘束の解けたアマツマガツチに猛然と挑み続けた。
巨大な竜巻を操りながら襲いかかるアマツマガツチの攻撃を躱し、時に庇いながら休む間もなく攻め続けた。
六人の体力はとっくに限界を通り越していたが、アマツマガツチの動きも段々と鈍くなっているのが分かっていたからだ。
どちらが先に倒れるか、終わりは確実に近づいていた。


──その時である。


「そこまでです」

私達とアマツマガツチの丁度間。
そこに何かが投げ込まれたかと思うと、突然目の前が激しい光に包まれた。

「閃光玉!? 一体誰が………っ!!?」

アクアの体に突然痺れが走り、そのまま倒れ込む。

(麻痺!? 今度は何が……!?)

目の前に古龍がいるというのにこのままでは自殺行為だ。
何とか状況を把握するために目の回復を必死で待ち、やっと視界が回復した瞬間、アクアは目の前の光景に言葉を失った。

「嘘………なんで………」

遠くでは目を回して暴れるアマツマガツチ。
目の前には同じく倒れて動けないであろうメンバー達。そしてその奥には二つの人影が立っていた。
一人は赤い衣を纏い、リノプロヘルムを被った人物。後ろには黒い布を巻いた大剣が背負われている。


そしてもう一人は……。

「……ルシャちゃん?」

「はいー。皆お疲れさまー」

ニッコリと微笑む彼女の両手には、アイルーとメラルーを模した双剣が握られていた。

「どうして……? 一体何が……」

「あはは! どうしてって? お姉ちゃん達は利用されたってことにまだ気付かないの?」

「私……達を、利用?」

「うん。私を助けるとこから……むしろその前からぜーんぶね」

「! まさかあの垂れ込みはお前が……!」

怒りを露にしてフレアが怒鳴った。だがルシャはそれを楽しむように話し始める。

人懐こい笑顔はもう浮かべていなかった。



[37857] 第五章 『Lost Memorys』 5話
Name: 楽太郎◆a3215f1c ID:4717fa5c
Date: 2013/06/18 10:35
「私、薬とか得意なんだ。 空腹に見せるお薬やお姉ちゃん達に使った痺れ薬もぜーんぶ手作りだよ。痺れ薬の使い方は簡単、ここに塗ってチョコッと引っ掻くだけー!」

じゃーん! とルシャは得意気にアイルーの双剣を見せつける。
パペット人形に棒が付いたそれだけの物に見えるが、その小さな腕の先端にはギラリと細長い爪が光っていた。

「てかほんとね、いくらマリさんの指示だからってあんな演技やだよ! 人に媚なんか売りたくないし! それに……」

ぷくりと頬を膨らませるルシャだったが、次の文句は隣の人物に手に阻まれることになる。

「んむっ!?」

「ルシャ、お喋りはそこまでです。奴の眼が回復しますよ」

「むぐっ!」

リノプロヘルムのせいで声はくぐもっていたが、ぞくりとする冷たさが感じられる女性の声だった。

「あいつ痺れさせる?」

「必要ないです」

そう言うと女は背中から大剣を取り出した。
はらりと落ちた黒布。その中から出てきたのは怪しい紫色の光を纏った、見たことの無いほど歪(いびつ)な武器。

「ギュオォォォォ!!」

視界の回復したアマツマガツチは、一番近くにいた女に目掛け巨大な水の塊を吐き出す。
しかし女は大剣を片手で軽々と振るい、まるで煙でも払うかのように水弾を掻き消してみせた。
大剣を包み込んでいる光はその輝きを増し、陽炎(かげろう)が大剣をまるで生きているかのように揺らめかせていた。

「ハンマーさん……」

ハンマーの横からアクアが小さな声で呟く。

「あれは……あってはいけない剣だと思います……」

その声は微かに、震えていた。

「……私もあんなに不気味な武器は初めて見るよ。しかも大剣……今までで一番嫌な気持ちだ」


気持ちが悪い。

今すぐ逃げ出したい。

そんな気持ちに刈られたが、動かせるのは首から上だけの状況では会話するくらいしか出来ない。
後はただ、ただ見ているだけ。

「ギュオォォ!!」

自分の攻撃が効かなかったと分かったのか、激昂したアマツマガツチは風を纏って突進を仕掛けた。
巨体は風に乗り、恐るべきスピードで女へと向かう。当たればひとたまりもないだろうその攻撃を女は何故か避けようともしない。

「あの人死ぬ気ですか!?」

そう叫んだアクアは次の瞬間、異常な出来事を見ることになる。

「手負いの古龍なんて片手で十分です」

女はそう言うと大剣を高く振り上げ、体を大きく捻り勢いよく剣の腹をアマツマガツチの頭部に振り下ろした。





信じられない、と誰しもが思った。
黒い雷が散ったと同時に、何とアマツマガツチは地面へと叩きつけられたのだ。固い地面に頭が半分ほど沈んでいる……相当な威力で無ければああはならない。


「ルシャ、血を」

「はーい」

この出来事に全く動じていない様子で、ルシャは懐から注射器を取り出して動けないアマツマガツチから血を抜き取る。

「採れたよー、アマツマガツチの『生き血』」

「上々です……なら、もうこれは用済みですね」

女は再び大剣を振り上げると、瀕死の古龍に今度は切っ先を向けて躊躇無く振り下ろした。

「そんな……」

自分達が弱らせたとはいえ、たった二撃でアマツマガツチを沈めてしまったのた。
素顔の見えない女にアクアは得たいの知れない恐怖を感じた。返り血を浴びたリノプロヘルムがより一層の不気味さを醸し出している。

「さて、と」

目的を達成したのか、貴重なアマツマガツチの素材に見向きもせずにこちらに体を向ける。

「ルシャが『お世話』になりました。私はマリアンと言います」

「よく言うぜ! 全部てめぇ等の作戦だったんだろ……っ! ……ん?」

その時フレアがハッとした表情になった。

「お前……この前の古龍化騒動の時に目撃されてたリノプロ女か!?」

「おやおや、目撃されてましたか」

「あの事件の……関係者?」

アクアの目が大きく見開かれる。

「あなたが……あのクシャルダオラやモンスターの古龍化を?」

「まぁ、そういうことになりますね」

髪の毛が逆立つのを感じた。

「お前がっ…! お前が居なかったらお父さんとお母さんはっ!!!」

「アクア落ち着いて! 興奮すると毒が回っちゃう!」

「………でもっ!!!! ……っ、……すみません」

必死にアクアをなだめたハンマーだったが、そこに再び冷たい声が聞こえていた。

「彼女には可哀想なことをしました。しかし、貴女も落ち着いてる場合ですかね?」

「……どういう意味?」

「忘れたんですか? 随分と都合のいい頭をしてるようですね」

マリアンはそう言うとリノプロヘルムに手をかけた。

「え、マリさんそれ取っちゃうの?」

「元々そのつもりで連れてきましたからね。そう言えばルシャ。持って来させたリノプロの替えを薬草まみれにした件には、キツイ仕置きを用意しておきますからね」

「だ……だってリュック持てなかったし……丁度収まったし……」

「………」

「ご、ごめんなさい」

「………」

「い、いやぁぁぁ! オンプウオの踊り食いはもう嫌ぁぁぁぁ!」

「……少し黙っててください」

マリアンは躊躇無くルシャを大剣でかち上げる。
「あぁぁぁぁ」とルシャはアマツマガツチの上へとぽすりと落ちて動かなくなった。

「話がずれましたね。『ハンマー』と言いましたか? まずはこれを見てください」

マリアンはリノプロをゆっくりと外し、素顔を晒す。

「え…………」

ゴトリ、と置かれたリノプロヘルムの音は静かに木霊している。


「ハンマー……さん?」

全員が息を飲んだ。防具の下から現れた素顔はハンマーにそっくりだったのだ。

違うのはハンマーよりも冷たく鋭い目と、片側だけ長く胸元まで垂らされた、ウェーブのかかった髪だけ。

「何でそんなに私に………」

驚きの隠せないハンマーにマリアンは「はぁ」と息を吐くと、倒れたハンマーに近づき胸倉を掴んで吊り上げた後、後ろへと放り投げた。

「ぐ……っ!?」


「ハマちゃ……っ!? ……てめえ!」

「ハンマーさん!? 大丈夫ですか!? 何て事をっ……!!」

「記憶を二度失っている……そんなことは分かっているつもりでしたが、こうも憎く思えるとは」

「記憶を……二度?」

力の入らない状態で放り投げられたのだ。相当の苦痛だろうがハンマーは気丈に質問を返す。

「一つは傭兵施設に入れられた時。もう一つは紛争が終わった時。私が関係しているのは一つ目の記憶です」

「私が施設に入る前の記憶……? 私は紛争中に捨てられて……」

「まどろっこしいですね! それは施設ですり替えられた記憶でしょう!」

淡々と話していたマリアンが初めて声を荒げた。





「単刀直入に言ってしまいましょうか……私と貴女は双子です」

「……………っ!?」

「物語ではよくありますよね? 生き別れた兄弟や姉妹の感動の再開……良く出来ていますよねぇ? でも現実ではそんな夢物語は存在しません」

冷たい、冷たい嗤い。
そしてアクアは耳を疑うことになる。
マリアンはそのままの口調でこう続けたのだ。









「そうでしょう? ハンマー……いえ、『マリディア』」


「マリ………ディア?」

「そう。それがあなたの本来の名前です。今の名前はただの……」

「違う! この名前は私の大切な……っ!」

ハンマーが動揺を隠せずに叫ぶ。
しかしマリアンは「ふぅん」と嘲るように笑った。
他の者は突然の出来事に声も出せない。

「誰から貰ったかも分からないで、ですか?」

「!? 知ってるのか!?」

「ええ、知ってますとも。ですがそれを教える義理はありません。言ったでしょう? 私はマリディア、貴女を強く憎んでいます。殺されないだけでも感謝して欲しいものです」

「私が……何を?」

その瞬間、アクアはマリアンの冷たい目の中に一瞬儚げな色が揺らめくのを見逃さなかった。

「あなたは当時、やんちゃな子供でした。両親と私は仕事をサボって遊ぶ貴方の代わりに働いたものです」

「とは言ってもそれに強い不満を覚えることはありませんでした……あの日までは。あの日、紛争の被害はついに私たちの村にまで広がりました。あの時、皆と村から逃げず、家に隠れるという危険な選択を取らざるを得なかったのはマリディア、あなたがドジをして足を挫いていたからです」

「…………」

「父は優秀な兵士でした。父の率いる兵隊は村を守る最後の砦……しかし敵兵は村へとやって来ました」

マリアンは淡々と話を続ける。失った自分の過去……自分の咎……それを聞いているハンマーがどんな表情を浮かべているのか、アクアの位置からは窺うことは出来ない。

「私たちを残して家を飛び出した母親がどうなったか、想像するのは易いことでしょう。私は双子の姉として震えるあなたを抱き締めていました。母に任されていましたからね」

「敵兵は幾許(いくばく)もせずにやって来て家を叩き壊しましたよ。倒れてくる柱からあなたを庇い、大怪我を負って呻く私の目の前で無傷の妹は兵士に連れられていきました」


「取り残された私は酷く絶望しましたよ。結局自分以外の者のためにいくら尽くしたとしても、返ってくるものは無い。無いどころかマイナスになって返ってくる。この世界を憎みました。呪い壊したい程、ね」

「マリアン……お前……」

「瓦礫から自力で抜け出した後の経緯は省きます。下らないものですから」

結論から言います、そう言ったマリアンの次の一言は全員を戦慄させた。



「私はこの世界を壊します」

その言葉は重く、胸に食い込んだ。とても嘘とは思えない。それが出来るという自信を持った本気の言葉だった。

「マリアン! 憎いのはこの私だろ!? 世界は関係ない!」

「先程も言いましたが、私が憎んでいるのはそんな小さなものではありません。世界中を歩いて分かりました。弱いものが貶められ、自分の事しか考えれない金と権力の持ち主だけが得をする世界……こんなもの壊れて当然です」

「そんなこと……っ」

「『そんなこと無い』……本当に言えますか? 『ハンターになって世界を見る』でしたか? あなたが今まで見てきたのは、世界のほんの一部だって本当は気付いているんでしょう?」

「私は……」

「世界を見て回るだなんて言いながら、楽しむだけ楽しんで嫌なことには見向きもしない。好きなときだけ人助けを気取って満足して終わり。あなたのやってきた事は只の自己満足なんですよ」

「………っ!」

「そんなことありません!!」

「アクア……?」

アクアは叫ばずにはいられなかった。

――だって私が背中を追い続けたこの人は………。

「私はずっと見てきたから分かります! ハンマーさんは何時だって真っ直ぐでした。緊急性の高いクエストを進んで受けて、必要だと感じたら依頼以上のこともやってました。一緒に温泉に入ったとき気付きましたよ……身体中傷だらけ。どんなことにも全力でぶつかっちゃう不器用な人だけど……ハンマーさんは立派なハンターです!」

――そして私の一番の目標だ。

「熱弁ありがとうございます。でもね、アクアさん。その一時的な救済で一体何が変わると思いますか? たった一度問題を解決したところで人はまた繰り返す。上辺だけを取り除いたところで本質なんか変わりようがないんです」

しかしマリアンの言葉にアクアの心は揺らぐことは無かった。







[37857] 第五章 『Lost Memorys』 6話
Name: 楽太郎◆a3215f1c ID:4717fa5c
Date: 2014/01/24 10:15
第五章 『Lost Memorys』 6話


「マリアンさん。今でも、ギルドからハンマーさん宛に沢山の手紙が届くんです。村から、街から、家族から……文字で手紙が真っ黒になるほどの内容で。私も昔、マリアンさんが言った疑問を持ったこともありました。でも手紙を一つ一つ読んでみて『あぁ、もうこの人達は大丈夫だ』って思えたんです。ハンマーさんが関わった人たちは、悪人だろうが何だろうが全員が最後には笑っていました」

そして私も……、とその言葉は心の中で呟く。

「……何だか白けました。ルシャ、何時まで寝てるんですか? 帰りますよ」

マリアンは冷たい目をしたまま私達に背を向けて歩き出す。

「……え? もう? ……あい」

ルシャはアマツマガツチの中からよじよじと這い出ると、空高く音爆弾を投げつけた。普通のものよりも若干低い音が山に木霊する。

「さて、ギルドの狗さん。正義の名をかざすなら、是非とも世界を救って貰いたいですねぇ」

「……そんなことを言うためにわざわざ呼んだって訳じゃねぇだろ……何が目的だ」

と、睨むフレアにマリアンは冷笑を向けて言う。

「別に理由を言おうが言うまいが、貴方達は備えるしかない……そうでしょう?」

「アンタねぇ! あんまギルド舐めてるとただじゃおかないよ!」

「寝たまま何を凄んでも、脅しになりませんよ?」

「くっ……」

それを言われるとチョモも流石に押し黙ってしまう。毒を受けて10分は経つはずなのに、まだ体はピクリとも動かない。ブナハブラの麻痺とは比較にならない程強力で、部分調整の利く毒。医療を専攻しているチョモにはこれがどれだけ有り得ないものかを実感していた。

「あ、お姉ちゃん達。その毒はもう少しで抜けるからご心配なく! ……あ、マリさん来たよ!」

バサリ、重たい音が山脈の奥から聞こえてくる。

「バルス! 後ろから何か来るわよ!」

「翼の羽ばたく音だ……それも大きなものだね」

山々の間から、赤い点が近付いて来るのが分かった。

「り、リオレウス!?」

「バルスぅ……また刺々しいのが突っ込んで来るんだけど……」

「いやぁ僕にもどうにもこうにも……」





「うわっ!」
「きゃ!」

羽音の主はバルスとシャワの上すれすれを通過し、ルシャの前へと降り立った。黒金の二人が安堵の溜息をついたのは言うまでもない。

「ありがとうねクク。もうひとっ飛びお願い!」

「コココココ」

そう嬉しそう声を漏らしてルシャに撫でられているのは、あまりに巨大なイャンクックであった。

「でか……リオレウスよりも大きいんじゃない?」

チョモが唖然としている横で、バルスも同意するように頷く。

「間違いなく金冠サイズだね……立派な個体だ」

「さて……あぁ、そうそう。一つ言い忘れてました」

マリアンは慣れた手つきでイャンクックの背に飛び乗ると、六人に向かって不思議な言葉を口にした。





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

数多の龍を駆遂せし時
伝説はよみがえらん
数多の肉を裂き 骨を砕き 血を啜った時
彼の者はあらわれん
土を焼く者
鉄【くろがね】を溶かす者
水を煮立たす者
風を起こす者
木を薙ぐ者
炎を生み出す者
その者の名は ミラボレアス
その者の名は 宿命の戦い
その者の名は 避けられぬ死
喉あらば叫べ
耳あらば聞け
心あらば祈れ
ミラボレアス
天と地とを覆い尽くす
彼の者の名を
天と地とを覆い尽くす
彼の者の名を
彼の者の名を

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


それは古い、古い伝承。

「マリディア、そしてアクアさん、それとギルドの狗方。世界を守りたいと言うならこれをヒントに抗いなさい。舞台が揃うのは二年後の今。その時、世界の何処かで破滅の産声が上がるでしょう」

マリアンはそれだけ言うとルシャに出発を促した。

「……今、私もギルドの一員に入れられてなかった?」

「シャワ、まず気にするところはそこじゃないと思うな」

「じゃ、お姉ちゃん達! 騙してゴメンねー」

ルシャはニッコリと笑うとククと呼んだイャンクックの背中を叩く。

「クエェー!」

大きないななきと共にバサリと再び巨大な羽音と風圧を巻き起こしながら、大怪鳥は空へと舞い上がり始める。
その時、上から再び冷たい声が聞こえてきた。

「それともう一つ、言い忘れたことがありました。バルス、と言いましたね? 貴方の記憶は『ある事』の代償として失われています。それを無理に掘り返せば、生じるのは契約の不履行……記憶の代償に得たものは泡と消えます。そのことに精々気をつけながら生きることですね。長生きしたいのなら、ですが」

「ある事の……代償!? 待て! それは一体………っ!」

しかしバルスの問いはイャンクックの風圧に掻き消され、気が付くと二人は飛び去った後であった。






沈黙。



アマツマガツチが討伐され、晴れ渡る空の下では痺れが解けて動けるようになった六人が押し黙っていた。


突然知らされた、自分の謎。

破滅までのカウントダウン。

知られざる仲間の過去。


ルシャ、マリアンのこと。

それらが交差し、誰もが言葉を出せなかった。



「一つ……謝らなければいけないことがあるわ」

初めに口を開いたのは、シャワだった。

「私、会った時からあの子……ルシャに違和感を感じていたの。自尊に聞こえるかもしれないけど、私より年下のハンターの話なんてギルドで聞いたこと無かったの。いるとしたら不正規のハンター……でも確証が無くて……ごめんなさい……」

俯き、悔しそうに拳を握る少女の肩をチョモがポンと叩く。

「大丈夫だよー、シャワちゃん。結果的に怪我人は一人も出なかったんだ。それにあの状況じゃ私やフレアが絶対に飛び出したし、返り討ちにあったと思う。痺れてて良かったよ」

落ち込んでいるシャワにアハハ! と笑いかけるチョモであったが、今度はフレアがそんな彼女の頭に手を乗せた。

「チョモ……無理すんな。お前もあんまし余裕ねぇだろ」

「だってっ……」

口を開こうとしたチョモを制し、フレアは全員に聞こえるように声を上げた。

「皆、聞いてくれ。さっきの話のショックに、狩猟の疲れもある。ひとまず話は村に帰ってからだ」

「そう……ですね」

「シャワ、あの状況であの子を疑うなんて無理だよ。僕等にだって責任はあるんだ、そんなに背負い込む必要は無いよ」

「バルス……」

「さぁ、山の天気は変わりやすいんだ。急いで支度すんぞ」

フレアの言葉に皆が頷き、帰還の準備を始めたが、ハンマーだけは座り込んだままであった。

「ハンマーさんも……一度、ゆっくり休みましょう」

「………」

アクアに声を掛けられたハンマーはハッとしたように立ち上がるが、足がふらつくのかバランスを崩してしまう。

「ハンマーさん!? 大丈夫……ですか?」

心配そうな顔を浮かべて体を支えたアクアに、ハンマーはニコリと微笑んで言った。

「さっきはありがとうね、アクア。ごめん……でも頭ん中ぐるぐるしちゃって……先に帰っててくれないかな? ちょっとしたら村に戻るから、さ」

「ハンマーさ……」

「アクアちゃん。……今は一人にさせたほうがいい」

チョモに言われ、アクアは引き止めようとした手を引っ込めた。

「そう……ですね」

(でも……あんな無理した笑顔……見たことない……)

一人で頂上に佇むハンマーの背中を、アクアとチョモは不安気に見ながら下山していった。







後になって彼女達は後悔することになる。





この時、無理にでもハンマーを連れて帰るべきだったと。



[37857] 第五章 『Lost Memorys』 終話
Name: 楽太郎◆a3215f1c ID:4717fa5c
Date: 2014/03/02 19:53
──霊峰での一件から三日。



「ハンマーさんはまだ見つかっていないんですかっ!?」

 アクアはギルドに押し掛け、もう何度目になるか分からない問答を繰り返していた。服は泥にまみれており、腕や足には擦り傷だらけで、ぶっきらぼうな赤髪の友人に会った瞬間「一体何があったんだ!?」と目を見開かれるような有り様であった。

──ハンマーが、行方不明になったのだ。

 ハンマーを探すため、嵐の後で地盤の緩い山々を駆け巡り、村に帰っては情報収集、そしてまた村を出る……一晩経ってもハンマーが帰らないことに気付いてから、アクアは不眠不休でそれを繰り返していた。

「霊峰から渓流のエリアまで降りて捜索をしていますが、未だに……」

「あの人……あんな体で何処に………」

「アクアさん……申し訳ありませんが、探索を始めて明日で三日。明日以内に見つけられなければ探索は規定により打ち切りとなります」

 頭を下げたままそう言った受付嬢の言葉に、アクアは思わずカウンターに乗り出した。

「そんなっ!? あの人は必ず何処かにいるはずです! 私たちの助けを待ってるに違いありません!」

 だが受付嬢は申し訳なさそうに、しかし頑なに首を振った。

「……いいです。私は探し続けますから!」

 疲労なんて感じてる暇はない。アクアが再び渓流に赴こうとした時、よく通る声がギルドに響いた。

「おい、見つけた! ハンマーを見つけたぞ!!」

 肩まで荒く伸ばされた、見慣れた赤髪が視線に飛び入む。事情を聞いた瞬間、仕事を放り出して捜索を手伝ってくれた友人の一人──。

「フレアさん!? 本当ですかっ!!?」

「あぁ、やっぱり霊峰だった。あいつ気付きにくい場所に倒れてやがって……ま、俺にかかれば楽勝だったぜ」

 ぶっきらぼうに言うフレアの姿はボロボロで。
 傷だらけで。
 泥だらけで。
 彼がどれだけ必死で探し回っていたかを物語っていた。

「今ハンマーさんは……?」

「チョモが医療室で治療してる。安心しろ、特に外傷は無かったから秘薬の反動と心的ダメージが原因だろうとよ。……命に別状はねーよ」

「よかった……本当によかったで……す」

「お、おいっ! 大丈夫か?」

 安心したからか、今までの疲労が一気に吹き出たのだろう。糸が切れたようにペタリと座り込んだアクアは、そのまま倒れるように眠り込んでしまった。

「ったく、こんなになるまで無茶しやがって……」

 と、悪態をつきながら集会場の長椅子までアクアを運んで寝かした時、医療室の方から部下の一人が駆けつけてきた。

「フレア様! チョモ様がお呼びです。大至急、と」

「何だって!? 分かった今行く!」

 チョモが大至急などと言って呼び出すのは初めてのことだった。
嫌な予感で渦巻く心を押さえ込みながら、フレアは医療室へ足早に向かっていった。
 医務室の扉を開けると、チョモは待ちわびたという様子でフレアに駆け寄ってきた。

「フレア……これ……見て」


 チョモはいつになく真剣な顔だ。それでいて青ざめた彼女の表情、そして『それ』を見た瞬間、フレアの予感は確信に変わった。

「おい……『これ』はもう治ったはずだろ!?」

 フレアは驚愕を隠せなかった。彼が見たのは診療台でうつ伏せに寝かされているハンマーの背中。酷く汗ばみ、顔色の悪い彼女の背中には白い包帯が、否、『白かった』包帯が巻かれている。 
 それはアマツマガツチと戦った時には無傷だったはずの場所。それどころか、ここへ運び込む時すら無かった箇所に──赤黒い三本線がはっきりと滲んでいたのだ。

「原因は分からない。それでも……それでも五年前にハマちゃんを瀕死に追い込んだあの傷が開き始めてるんだ」

「何で今更……秘薬飲んだってこうはならねぇだろ?」

「勿論……秘薬は酷使しない限り、副作用は強い倦怠感ぐらいで済むよ」

「だったらなんで……変だろうが! 必ず原因があるはずだろう!」

「そんなこと言ったって……でも、そっか……」

 チョモはふと思い出したように顔を上げた。

「……思えばさ、あの時だって変だったんだよ。フレアが運んで来た時のハマちゃんの傷……今だから言えることだけど完全に致命傷だったんだ。そのはずなのに……何でか治癒しかけてた。てっきり私は誰かが、いにしえの秘薬クラスの薬を使ってくれたのかと思ってたけど……」

「……嘘だろ? あの時、周りには人間と轟竜の死体以外何も無かった。それに……あの戦場にはそんな薬持ってる大層な身分の奴いねぇよ」

「んじゃ……奇跡でも起きたって言うわけ?」

「そんなこと言って……いや、待て……!」

 フレアの頭の中で、バラバラだった記憶がパズルのように組み立てられていく。あの戦場、バルスの出現、ハンマーの重傷……。
 そして最後の1ピース。霊峰での一件、マリアンの言葉を組み込んだ時、フレアは戦慄した。

「嘘だろ……でもそんなことある訳……っ! チョモ、ここは頼んだぞ!」

「えっ!? フレア、何か分かったの?」

「あぁ! だから早く止めねぇと!」

「ちょっ! 止めるって何をさ!?」

「急がないと取り返しのつかないことになんだよ!」

 チョモの呼び掛けにも答えず、フレアは勢い良く飛び出した。医務室を出て、集会場を抜け、橋を渡る。そしてたどり着いたのは、村の小さな広場。その木陰で雑談をしていたのは黒金のコンビであった。

「──ねぇ……思い出しそうって、まずいんじゃないの?」

「いや、僕だってまずいと思うんだけどさ……。あれから、どうも勝手に頭が意識しちゃって……やばい、何か閃きそう……!」


「その記憶飛びやがれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」



 頭を捻るように天を仰ぐバルス。思わずフレアはその黒い後頭部に飛び蹴りをかましていた。


「おごふっ!」と蛙が潰れた様な声を上げ、吹き飛んだバルスは奥にある池に水柱を立てて沈んでいった。

「ば、バルス!? ちょっとフレア、アンタ何すんのよっ!」

「それはこっちの台詞だ! てめぇら、命懸けの雑談してたんだぞ!?」

「は!? それってどういう………」

 初めこそ怪訝な顔をしていたシャワだったが、勘のいい彼女はすぐに表情を引き締めた。

「記憶の代償……っていうのが分かったのね?」

「あぁ。これは俺の勝手な憶測だが、恐らくほとんど間違っちゃいないはずだ。だからお前にだけは言っておく──昔、バルスとあいつ……ハンマーの間に起きた『ある事件』の話だ」






 フレアの話はシャワに衝撃を与えるには充分なものだった。





「バルスとハンマーさんが……同じ施設に、ね。それなら確かに時期もタイミングも一致するわね」

「あぁ。だからハンマーがティガレックスに襲われた時も二人は一緒だったんじゃないかってな。大方、バルスの奴を庇ってやらかしたんだろう」

「それであの赤衣の話と繋がるって訳ね……。ま、あのバカのことだわ……そんな状況なら確かに悪魔にでも魂を売るでしょうね」

 少し目を伏せ、シャワは俯きがちに呟いた。

「売ったのが、ただの悪魔ならまだ良かったのかもしれねぇがな。恐らくマリアンの計画はそれと大きく関係してるんじゃないかと思う」

「……そっちは貴方達に任せることにするわ。ギルドナイトの情報網って凄いんでしょう?」

「こんな話も本来なら機密にしなきゃならねぇんだが、場合が場合だからな……。悪いがシャワ、だからこの話は……」

「誰にも口外するな……でしょ? 特にバルスに。それは勿論、分かってるわ」

 溜め息混じりに頷くシャワに、フレアは珍しく頭を下げた。

「……話が早くて助かる。バルスの記憶はハンマーの命と確実にリンクしていんだ。あいつには悪いと思うが、もし解決法が解る前に……」

「それも言わなくていいわ。……いざとなれば、殴ればいいのよ」

「……全く、俺の周りの女性陣は本当に心強いな。なら話はこれで終わりだ……俺はハンマーの様子を見に戻る。バルスのこと、すまんがよろしく頼む」

「分かったから早く行きなさいよ公務員」

「……辛辣な応援ありがとよ!」




「さて……と」


 フレアが髪を掻きながら集会場へ戻っていくのを見届けてから、シャワはバルスの落ちた池へと向かって行った。そろそろ引き上げてやらなくては記憶どころの話では無くなってしまう……そんなことを考えながら歩いていたシャワだったが、池に着いた時……その足はピタリと止まってしまった。

「…………本当、お人好しな男だわ」

 そこにいたのは仰向けに浮かぶ髑髏の男。自ら頭を岩に打ち付けたのだろう、近くの一抱えもある岩が半分ほど砕けていた。


「……やだ、私ったら……こんなにひねくれてたかしら」

暫く黙って佇んでいた彼女だったが、そう呟くとバルスの足を掴みズルズルと引き上げ、五発のビンタを見舞った。

「おはよ、バルス。行水した感想はどう?」

「……取り敢えず、一発目で目覚めた僕に放った残りの四発について聞きたいんだけど……ていうか何で僕は池に?」

 バルスはフレアに蹴られた所から見事に記憶が抜け落ちているようだった。

「……あんたが暑い暑い煩いから池に突っ込んであげたのよ。感謝なさい」

「突っ込むなら方向を考えて欲しかったかな! 見て凄いタンコブ! 絶対あの岩に直撃したよね!?」

「……あとで薬草くらい塗ってあげるわよ」

「あれ? 何かいつもより優しいね? どうかしたの?」

 怪訝な声を出す男を、シャワはギロリと睨んで黙らせた。

「文句あるなら火薬草でもいいのよ?」

「シャワはいつだって優しいよね。うん、知ってた」

「………」

「あれ? ……怒ってる?」

「怒って……ないわよ」

「……? ならいいんだけど」

 首を傾げるバルスの横で、シャワは見えないように唇を噛んだ。


──ねぇバルス。あなたは冷たい池の中で何を聞いて、何を考えて、岩に頭を打ち付けたの? どうして、貴方だけ何もかも失わなければいけないの……?

 そんな二人の後ろで魚でも跳ねたのか、大きな波紋が出来た。その波紋は、大きく広がっていき、最後には消えるように見えなくなった。

     


 その頃、フレアは医務室へと駆け込んでいた。

「チョモ! ハンマーの様態はどうだ!?」

 一人、医務室で待っいたチョモは待ってたとばかりに立ち上がった。

「それが聞いてよフレア! あの後ハマちゃんの傷が一回落ち着いたんだけど、その後どんどん悪化していっちゃって……もうダメだって思った瞬間、すぅっ……て煙みたいに傷が消えちゃったんだよ! アンタ一体何したのさ? ちゃんと説明……ってフレア聞いてる?」

 早口で捲し立てるチョモだったが、フレアの表情は次第に険しく変わっていった。

「ちょっと待てよ……ってことはあの馬鹿野郎……! 悪い、もう一回行ってくる!」

「ちょっと! もう! 待ってってばぁ!」

 フレアは再び走った。
 あいつは間違いなく、正しいことをしたのだろう。
 本来ならよくやったと言わなければならないのだろう。
だがそれでも、それでもフレアは馬鹿で優しい戦友を一発殴らずにはいられなかった。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




──まずいな、って思うんです。

 初めから主人公(?)としてやってきたはずの、みんなの先頭にいなければならないはずの。
 そんな私の影の薄さ具合に……。だからこそ、こんな形でしゃしゃり出て来たのです。

 そう……今、この物語は私だけの目線。
 
 ──私の中心の、世界。

 ……うーん、何かとっても自己中心な発言に聞こえちゃいますね。

 まぁ、それはともかく。

「うーん………」

 そんな私は今、全身泥だらけでギルドの床に転がされています。
 いえ、フレアさんが悪いんじゃないんです。私はちゃんと長椅子に寝かされていました。
 けれど。恥ずかしい話ですが……私、実は寝相が少々悪いんですよね。フレアさんが駆け足で医務室に向かって行った五秒後には見事に転げ落ちていました。仰向けに寝かされてましたから、半回転寝返りを打って落下。鼻を強打したわけです。

「いったぁ………」

 疲れよりも痛みが僅差で勝ったようで、私は涙目になって鼻を押さえた──それで痛みが引くわけではないですが……何となく、楽になりますよね?

「うわ……改めて見ると酷い格好。ハンマーさんのお見舞いの前に一回体を洗って着替えた方がいいかなぁ」

 抑えた手に着いた汚れに気付き、自分を見渡してみると服には乾燥した泥がこれでもかと付着していて、動かす度にポロポロと土が落ちていました。
 成る程……さっきから受付嬢さん達の視線が痛いのはこのせいか。立ち上がった私の足元には、軽く砂遊びが出来るんじゃないかという量の土が広がっている。流石にこれは、お見舞いに行ける姿ではない……よね?

「は、肌もかさついてるし……サッと温泉に入ってこようかなぁ~」

 はい。逃げました私。
 明日からも毎日顔を合わせるのにどうしよう。……うん、心が汚くなってしまったのは体が汚れているからだと言い聞かせることにしよう。

「ふぅ~……疲れが取れる」

 そうして、温泉に浸かる私。流石、我が地元の名物温泉(ここから逃げ出してたことは今は忘れましょう)。

「さてと、早く上がってあの土を片付けないと……」

 ガブラスの行水ほどに短い時間でしたが、温泉に浸かり心も体も綺麗になって罪悪感の復活した綺麗な私。すぐに替えの服(スペアのユクモ装備)に着替え、清々しい顔で掃除をしようと外へ繋がる暖簾(のれん)をくぐりました。


 ──が。

「あ……れ……?」

 ……うわぁ。
 うわぁうわぁうわぁ。

 思わず私は息を飲んでしまった。

 そこにあったのは……いえ、そこに無かったのはさっきまであったはずの土。

(ど、どどっどどうしよう!?)

 私が少しの間……ほんの少しの間、温泉に浸かってる間に片付けられちゃった!?

 二人いた受付嬢の一人がいなくなってる(残りの上位担当の方──ササユさんは、にっこりと私に笑いかけてます。とても怖いです)ということは……。

「………あらあら、アクアさん。温泉ではくつろげましたか?」

「……はははは、はい」

 箒と塵取りを持ち、直前まで土を外に捨てに行っていただろう下位担当同い年のコノハちゃ──コノハ様。にっこりと冷たい営業笑いを私に振り撒いて下さいます。さっきまで私の文句をニコニコと聞いていてくれていたのに……。


 (いやいや、普通に考えれば分かる話じゃないですか! ここは公共の施設で彼女達は従業員。汚れていればすぐに片付けなくてはならないのは当然の摂理……心が汚れるとそんな当たり前の事も見えなくなってしまうのかぁ!?)
 

「あぁ……また逃げ出したい……」



 ──そんな、全く進歩のないことを考えていた時。




「悪い! ちょっと通してくれ!」


 フレアさんが血相を変えて集会浴場の外へと走っていったのです。

「あ、フレアさ……」

 フレアさんは私に気付く余裕も無い感じでした。

「………?」

 その様子に急な不安に襲われて、私は反射的に彼を追いかけていました。

「はぁ……はぁ……足早っ……」

 ダッシュするフレアさんを更に猛ダッシュで追いかけ、辿り着いたのは村の広場。広場には何かを話すフレアさんとシャワちゃんの真剣な顔がありました。

(本当ならこんなこと、したくないんだけど……)

 私は二人の死角になるようにして近くまで移動し、聞き耳を立てた。何故か聞かなきゃいけない気がしたのだ。

「──バルスと……ハンマーの過去に……」

 聞こえてきたフレーズに私は思わず眉をひそめた。

 (バルスさんとハンマーさんの過去……?バルスさんとはつい最近出会ったばかりのはずじゃ……?)

 そんな疑問が後を立たなかったが、私は気持ちを落ち着かせて続きに耳を傾けた。














 聞かなければ良かったのかもしれない。
 ……最近後悔ばかりだ。

「そん……な……」

 フレアさんの仮説が正しければ。
 本当に、正しいのなら。
 ハンマーさんの命はとても細い糸で繋がれているようなものだ。

 人の記憶なんて、何時ふと思い出されるか分からない、とても不安定なもの。怪我とは違い、するのは一瞬だが治りは遅い……なんてことは限らない。

「ハンマーさんが……死……?」

 口を手で押さえ、大きく目を見開く。動悸が荒い……私は目眩にも似た気持ち悪さを感じ、その場にへたり込んだ。

──だって、あの人の笑顔が失われるなんてこと……今まで考えもしなかったのだ。

 ハンターだから、もしもの事があることは常に考えている。でも、こんな可能性は想像も出来なかった。

 どこまでも元気で。
 明るくて。
 活発で。
 そんな彼女の存在がそんなに儚いものだったなんて。

「人」の「夢」と書いて、『儚い』。今の ハンマーさんはまさに夢のような状態で生きているのだ。


──チャプリ。

「っ!」

 その時、近くで水の音が聞こえた。気の動転していた私はビクリとその方向へと顔を向ける。

「あ……」

 慌てていて気付かなかったけど、私の側には池があった。
岩で囲まれた、風流のある少し小さめの池。

「……」

 私はあまりの光景に声を出すことが出来なかった。
 そこに水滴を溢しながら男が、黒い男が──バルスが立ち尽くしていたのだから。

「………」

 バルスは池に写った自分の姿を黙って眺めた後、恐らくだが私に向けて──こう言ったのだ。

「──彼女を、シャワをよろしく頼むよ?」

「バルスさんっ!?」

 彼が盛大に頭を岩に打ち付けたのは、その後すぐのことだった。












 その後のことはよく覚えていません。

 シャワちゃんはバルスさんをどうしたのか……フレアさんもチョモさんもいつも通りで……ハンマーさんも元気になった今、大事なことはみんな上手く胸の奥に仕舞い込めたみたいです。
 上手く、深く。


「アクアどうしたの? 元気ないぞー? あ、私がいなくて寂しかったんでしょー!」

「ちっ、違いますよ! 私なんかずっと温泉でぬくんでましたからね!」

「聞いたよー? 必死で探してくれたんでしょ? ありがとね。そしてごめん……もうあんなことしないから」

 彼女の本気で申し訳ないという顔を見て、チクリと心が痛んだ。

「……本当にですか?」

「うん。本当」

「……なら許しましょう」

「許して貰えたー! ありがとアクア!」

「わっ!? ちょっと抱き付かないでくださいよ!?」

 それでも。彼女の笑顔を見ると、何だが上手くいくんじゃないかと思えてしまうのは一体何なんでしょうね? 今ここに居る全員が、同じことを思ったんだと何と無く分かりました。

「おーおー仲睦まじいことで」

「お前ら、式には呼べよ?」

「フレアさん! チョモさん! 見てないでこれ剥がしてくださいよ!」

「ふーむ………」

「何? 羨ましいのバルス? だったら丁度良いクエストがあるわよ。ハチミツ塗ってアオアシラに行ってきなさいな」

「そんなハードなのは求めてないよ!?」



──そんな訳で、短い間でしたが私の語りはこれで終わりです。



 大変な出来事が続いてしまったので、願うならこの後は少し休みが欲しいなぁ……と思うのですが。

「ハンターさん! 大変だ!」

「ど、どうしたんですか!?」

 運命の女神様がいるなら、随分とひねくれているに違いないです。

 アマツマガツチの時とはまた違った顔で村人──説明し忘れてましたがあの時駆け込んできた人と同一人物です。更にいうなら村の『自称』鬼門番さんです──はこう続けたのだ。

「いい今、村に『イーゼンブルグ家』の御当主、ダイガス=イーゼンブルグ様が来てるんだ! 何でも娘を連れに来たとかで、それを探して欲しいんだと……でもこの村にそんなお嬢様がいるってのかよ?」

「イーゼンブルグ!?」

 イーゼンブルグ家といえばドンドルマでも有数の上流貴族の家柄だ。
どれだけ凄いかというと……私でも知ってる位と言えば伝わるでしょうか?

「落ち着きなよ、まず娘さんの名前と容姿は? それが分かんなきゃ探しようがないよ」

 ハンマーさんが呆れたように言う。鬼門番はよほど慌てていたのだろう、言われてからハッとした表情になった。

「あぁ、た、確かに言う通りだ。御令嬢の名前はシャルワナ……シャルワナ=イーゼンブルグ様。金髪青眼の少女だそうだ」

「んー? ……そんな名前は聞かないね」

「確かに……金髪なんて結構いるしね」

 ハンマーさんやバルスさんは揃って首を傾げる。

 しかし。
 私には……その名前が出た瞬間彼女が──シャワちゃんがピクリと体を震わせたように見えたのだ。







──私のお話はこれで本当にお終い。次はきっと、もっとふさわしい人が話してくれると思うから。では、またの機会に。



[37857] 第六章 『ルナティック・バンブス』 1話
Name: 楽太郎◆a3215f1c ID:4717fa5c
Date: 2014/02/11 14:10
──昔、一人の少女がいた。

 少女の名は、シャルワナ=イーゼンブルグ……ドンドルマで一、二を争う上流貴族『イーゼンブルグ家』に生まれた娘。
 
 そしてイーゼンブルグ家の長女にして、期待の次期家長であった。


──幼い頃からの過酷ともいえる教育により、文武両道、才色兼備にして類い稀なるカリスマ性を持っていた少女。

 そんな彼女が、世代交代まであと一年半というところでその姿を消した。
 ただ、消えたといっても忽然と消えたわけではない。ちゃんと父親から了解を取っていた。
 断固として、生まれてから一度も、一人での外出許可でさえ出さなかった父親から。
 

 文字通り、言葉と力でその許可を『奪って』姿を消したのだ。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「……」

「……」

──そして現在。少女とその父親は、ユクモのギルドにて一年半振りの再開を果たしていた。しかしそこには当然、感動的なムードは存在しない。

「さあ帰るぞ、シャルワナ。約束の日はとっくに過ぎている。これ以上の我が儘には付き合えん」

「………」

 現イーゼンブルグ家の長、ダイガス=イーゼンブルグの重く低い声が静まり返ったギルドに響かせる。黒々とした髭を生やし、豪華な外套に身を包んだその風格は威厳に満ち、決して大柄ではないその体格を見かけ以上に大きく見せていた。
 全員がこの事態に唖然として息を飲んだ。しかし、シャルワナと呼ばれだ少女──シャワだけはそんなダイガスを鋭い目つきで睨み返していた。

「黙りか……。シャルワナ──シャル、お前だって分かってるはずだろう」

「その呼び方で呼ばないで。私はもう、子供じゃないわ」

 冷たく、棘のある言葉。
 そんな彼女に対して、ダイガスはおどけるように言ってみせた。

「おいおい、父に向かって随分な口ぶりじゃないか。シャル……もしかしてお前は自分の力だけであの時、事を為せたと思ってるんじゃないか? あの時、私が後を追わせなかったのはお前の決意に対してのちょっとした手向けのつもりだったんだぞ?」

「後からなら……いくらでも言えるわよ。そんなこと」

 それに──とシャワは続ける。

「私だけの力だなんて傲慢なこと、思ってない。私は大事な時、苦しんだ時、いつもの誰かに助けられて来たもの……けれど、それは少なくてもお父様の力では無いわ」

 その言葉にダイガスの目がギッと険しくなる。

「……どうやらお前は自由でいられる最後の時間を棒に振ったようだな。お前ならイーゼンブルク家をよりよく継げると思っていたが……どうやら私の見込み違いだったようだ──例の件も諦めるんだな」

 その瞬間、強気だったシャワの瞳が震えるように大きく見開かれた。

「か、勝手に決めつけないで! いつまでも家柄にこだわり続けて……守るべきものを切り捨てて……その為に一体どれだけの犠牲が払われたと思ってるの!?」

「…………」

 空気が不穏に変わる。しかし少女は感情的に続けた。

「家を出てからドンドルマの街で暮らして、旅をして、色々調べたわ。……やっぱり私の家はおかしかった。意固地なプライドなんか張らずに、下らない伝統なんか捨てて、手を取り合えば……皆幸せに、自由に出来た……はずなのにっ……本当に大切なものだってちゃんと守れたはずだった! お母様だって……!」



 シャワは憎しみの籠った瞳で、今にも飛びかかりそうな剣幕で実の父親を睨んで叫んだ。

「今だってそう……! この家のせいであの子は……っ! こんな家のせいで──!」

「下らん。……もはや口で言っても無駄なようだな。喚くだけでは何事も変わらないことを教えてやる」

 ダイガスはそんな視線を一蹴し、おもむろに腕を振り上げる。彼の細身ながら鍛えられた腕はシャワの頬に向かっていった。

「……っ!」

 ビクリと身体を震わせ咄嗟に目を瞑ったシャワだったが、その腕が降り下ろされることは無かった。



「……貴様、何の真似だ」

「──貴方は少し冷静になるべきだ。生憎ここはハンターズギルドの中……ギルド内での争いは僕たちギルドナイトが取り持たせて貰うことになっているんでね」

「……え?」

 シャワは顔を上げて驚いた。ダイガスの腕をしっかり掴んだ、漆黒のギルドバードシリーズに身を包んだ男が彼女の前に立ち塞がっていたのだ。

「バ、バルス……なんで……」

 いつになく弱々しく名前を呼ぶシャワにバルスは振り向かずに答えた。

「紳士としては、見過ごせない所だったんでね」

「……ありがと」

──シャワが怯えて震えていた。彼女が泣きそうになっていた。

 バルスがダイガスの前に立ちはだかる理由はそれで十分だった。

「実の娘に手を上げるなんて、紳士にあるまじき行為ですよ?」

 バルスが飄々と言ってのけるが、ダイガスは不快そうに鼻で笑った。

「ふん、素顔も見せない奴の戯れ言など聞かん。不気味な不審者め、さっさとそこをどけ」

 バルスの腕を振り払い、なおも傲慢に押し退けようとするダイガス。

──しかし。

「ならなら、素顔の見えるギルドナイト二名追加で文句無いですかね?」

「改めて言う、ここは俺たちギルドナイトが取り持たせてもらう」

「次から次へと……」

 いつの間にかチョモとフレアがバルスの隣に並んでいた。

「ふ、二人とも……!」

「おい金髪、さっきの勢いはどこいったんだよ? 親父の前だからってビビってんのか? ……そんなたまじゃねぇだろうが」

 フレアがニヤッと笑うと、チョモも同感だと言わんばかりにウインクを送った。

「シャワ、君も冷静になるんだ。君がいつも何か考えてたのは知ってたよ──何かに備えて決意してたのも……。だから君は何時だって強くあろうとしていた……ここが正念場なんだろう? 僕等がついてるんだ、心配なんてするんじゃない」

「そうですよ、シャワちゃん。いつものシャワちゃんならきっと大丈夫!」

「こんな時ぐらい、私達にも頼ってよねー」

 シャワの後ろでは、アクアとハンマーがいつでも出れるように身構えていた。

──こんな誰もが呆けるような急展開でも、理由も聞かずに味方してくれる人達がこんなにいる……シャワは次第に表情を、そして知らずうちに白くなるほど握り締めていた拳を緩めていった。

「ふふっ……そうよね。一体何を怖がっていたのかしら」

 何処かにまだ、昔からの父への畏怖が残っていた。しかし、その最後の枷は──今完全に外れた。

「もう大丈夫よ。皆……ありがとう」

 その言葉に三人はスッと後ろに下がる。再び父親と合間見えたシャワの目には憎しみではない、いつもの──いつも以上に強い光が宿っていた。

「お父様。時期が来たら私から伺おうと思ってたのに、わざわざ出向いて下さってありがとうございます」

「ふん、やっとまともな口を開いたかと思えば……その目付き、気に入らんな」

 ダイガスが低く唸る。シャワの周りには、今やダイガス以上の威圧感が漂っていた。

「約束通り、一年の自由を終えた私はイーゼンブルク家を継がせてもらうわ」

「分かればいい、なら早速……」

「──ただ」

 シャワの話は終わりではなかった。一年間考えてきたことを、バルスと共に行動して気付いたことを、見つけ出した自分の答えを。



──今、父親にぶつけようとしていた。



「私が継ぐのは『イーゼンブルク家』のみ。お父様の、イーゼンブルク家の下らない伝統を引き継ぐ気はさらさらないわ。我が家が我が家であるために、身を削るような犠牲が必要だというなら……そんな家はいらない」

「なんだとっ!? 正気で言っているのか!」

 シャワは、怒りに体を震わせるダイガスと、その後ろに控える従者にも聞こえるように、大きく胸を張り、高らかに声を張った。

「聞きなさい! イーゼンブルク家の当主となることを、今ここに宣言するわ! それにあたって、土地や資源における殆どの権利をドンドルマに明け渡します」

「な、何を勝手な……!」

 シャワの発言にダイガスは憤慨を露にする。しかしここからが彼女の本当の隠し玉だった。

「そして、裏で行っていた闇取引やモンスターの違法取引の撤廃よ」

「!?」

 ざわり、周りで様子を窺っていた村人やハンター達にもどよめきが広がった。どちらも厳罰に値する大罪であることは言うまでもない。

「……こんなことまでして家の威厳を取り持ちたいなんて、知ったときは正直驚いたわ。全部が全部、ギリギリで法の穴をすり抜けていたから気付くのに時間がかかったしギルドが手を出せないのも分かった。でもね、ギルドが見逃しても私が見逃さないわ。証拠はギルドへ提出するから、しかるべき罰を受けてください……お父様」

「……そんなところにまで、よく気付いたな」

「私を誰だと思ってるのよ、むしろ喜んで欲しいわ。お父様の教育のお陰で娘がここまで優秀になれたんだってね。……何も知らないで、私が人形みたいに表面上の家長を継だけだとでも思った?」


「……流石は我が娘といったところか」




 心配するように駆けつけた従者を振り払いながら、ダイガスは尚も威厳を崩さずにシャワを見た。

「私が手を汚してまで守りたかったもの、守らなくてはならなかったものが何なのか……いずれ分かる。その時にどういう決断をするか、せいぜい今の内に考えておくんだな」

「私は私のやり方で、我が家を守っていくつもり。心配なんか要らないわ」

「心配か……ふん、今のお前にそんな気遣いはせんよ」

 ダイガスはカカと笑い、そのまま後ろを向いて堂々とギルドを出ていった。その姿に苛立ちは感じられず、むしろ嬉しそうでもあったという。



     ◆


「……皆、本当にごめんなさい! 何て言っていいか分かんないけど、こんな家庭の事情で騒がせてしまって……」

 ダイガスが去りいつもの喧騒が戻ったギルドでシャワが開口一番に口にしたのは、胸の前で手を合わせての謝罪の言葉だった。

「いやいや気にしないで! 私たちも余りの急展開にノリで動いちゃったって言うか……ねぇフレア?」

「あ、あぁ。俺もつい反射的に……なぁチョモ?」

「ハンマーさん! 私たち結局何もしてないじょないですか!」

「違う! カットされただけだから! 私はね!」

「私は!?」

「アクアはあれのせいでしょ!」

「あ、あれって何の事ですか!?」

「それにしても、こいつがあのイーゼンブルグのお嬢様だったとはなぁ……」

「ほんとだよね! ね、ね、やっぱりゼニーのお風呂ってあるのかな?」

「そんなのあるわけないでしょ!」

「チョモ……お前の金持ちのイメージ古くないか?」

「そ、そんなこと無いよ何言ってんの! 私なら絶対やるかんね!」

「ていうか皆! 騒ぎすぎよ!」

 皆が皆、シャワの問題が解決したであろう事に喜び、彼女を囲んでそれぞれの心境をぶつけ合った。それは勿論、彼女の素生に対しての驚きも相まっていた。



「………」


 そんな喧騒の中でただ一人、バルスはじっとシャワのことを見つめていた。





──夜、皆が騒ぎ疲れて寝静まった頃。村の広間で横に並び、焚き火で暖を取る二つの人影があった。

 別段、焚き火をつけるほどの寒さでは無かったのだが、何となくそうしたいと感じたのだ。



「じゃあ……ハンターを辞めて、ドンドルマに帰るんだね?」


 バルスが、確認するようにゆっくりと言った。


「えぇ。今、家は大分ごたついてると思うし、私が行かないとやっぱりダメね」

 シャワは少し寂しそうにクスリと笑う。


「私の旅は一旦終わり。貴方のこと散々聞いておいて、私は結局……最後まで言えないままだったわね。……本当にごめんなさい」

「レディの秘め事を詮索する紳士が何処にいるのさ? ……大丈夫。何となくだけど、分かっていたさ」

「そっか……」

 そう言って、しばらく揺れる炎をぼんやり眺めていたシャワだったが、やがて「ねえ……」とおずおずとした表情で顔を上げた。

「我が儘かもしれないけど。そうやって私の重みを背負わせようとする、ずるいことなのかもしれないけど……バルスには知ってて貰いたいの。
私が旅に出た理由。世間知らずだった幼い私の、笑えないくらい稚拙な話を……」

「勿論」

 不安気に見つめる少女に、バルスはそう一つ返事で頷いた。
 焚き火が瞬いて彼の真っ黒な横顔を一瞬だけ照した時、その仮面の下で彼が優しく微笑んでるのが──シャワには分かったような気がした。



「……三年前、彼女がイーゼンブルグ家を訪れたことから私の物語は始まったの」

 そんな彼に微笑んで、シャワは思い返すようにゆっくりと語り始めた──。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「お父様! こ、この家にハンターが来るって本当ですか?」

 金髪の少女が、大慌てで父親の元へと走って来た。


──当時十四だった私はその話を聞いた時、大興奮でお父様のもとに駆けつけたんだっけ。

 ダイガスはそんなシャワに書類を見ながら答えた。

「そうだ。ちょっとした依頼と、お前に外にどれだけ危険があるかを教えておきたくてな」

「うわぁ、凄い! 一体いつ来るの?」

──当時の私は箱入り娘もいいところで、外の世界のことなんて勉強でしか知ることが出来なったの。お父様はハンターに憧れていたらしく、家にはハンターの冒険談や英雄の伝記が沢山あった。だから私も、ハンターっていう職業に強い尊敬と憧れを持っていたのよね。

「明日には着くだろう。それよりもシャルワナ、何度も言うが私と話すときは……」

「け、敬語でしたね。すみません……」

 少女は項垂れるようにして頭を下げた。

──これは私が十になった時に言われたこと。でも今まで普通に接していた父親にいきなり敬語を使えと言われて戸惑っていたのは確かよね。……思えばあの頃からお父様は変わってしまっていたのだと思う。

「……まあいい。ともかく、明日は我が家の長女として名を汚すこと無いよう心掛けなさい」

「はい!」

 憧れのハンターが家に来る。その事で夢中になっていたシャワは怒られたことなどもう忘れて、無邪気な返事を返していた。

「あなた、もうそろそろ……後の用意は私がしておきますから」

──……。

「うむ、そうするか。では頼んだぞ、シエラ」

「さぁ、シャルも明日の為に早く寝ておきなさいな」

──本当に優しい声だった。今でも鮮明に思い出せる……。

「はい、お母様。おやすみなさい!」

──少なくとも、あの頃の私は。何も知らなかったあの頃の私は幸せだったのだろう。小さな小さな、鳥籠の中で。あの時の私は、街が戦火に包まれていようとも呑気に明日与えられる朝食のメニューを考えていたのではないかと思う。



[37857] 第六章 『ルナティック・バンブス』 2話
Name: 楽太郎◆a3215f1c ID:4717fa5c
Date: 2014/02/22 13:30
「……これが依頼の品よ」

「うむ……素晴らしい。そしてこれが報酬だが……本当に『これ』でいいのか?」

「……ええ、問題ないわ」

「ふん。何に使うかは知らないが、ほどほどにしておけよ」

 翌日、客間にはハンターが訪れていた。ダイガスとハンターが軽く言葉を交わした後でそれぞれの品物を丁重に交換していると、客間の扉が開く音が小さく響いた。
 恐る恐る顔を出したのは言うまでもなく忍んだつもりのシャワであったが、それを見逃すダイガスではない。すぐさま怒声が響き渡った。

「シャルワナ! 部屋で待っていろと言っただろう! 覗き見など低俗なことをするんじゃない!」

「ごめ……す、すみません!」

「全く──! ……ん?」

 しかし再び響くであろう叱責の直前、『彼女』はもう動いていた。気付けば、先程まで椅子に座っていたはずのハンターが、音も立てずにシャワの目の前に移動していたのだ。

「えっ!?」

「……別に構わないわよ。私はアン。あなたはシャルワナね? お父様から聞いているわ……初めまして」

 アンと名乗って手を差し出したハンターはどこかミステリアスな雰囲気を持つ美しい女性で、シャワの想像してハンター像とはまるきりかけ離れていた。
 滑らかな若葉色をしたポニーテールに、ブランゴシリーズと思われる鼻から下を隠すようにつけられた逆三角形の布、そして自分の何倍かも分からない豊満な胸部。それら全てが美しく圧倒的で、シャワは先程の驚きと合わせて頭が真っ白になってしまった。

「あっ……うっ……ふぁ、ふぁい!」

──……緊張した私は酷い有り様だったわ。

「……顔が真っ赤よ?」

「うぇっ!?」

「ぐ……シャルワナ。後で話がある」

──今思えば、このせいで私は人見知りにかかったようなものよ……。怒りに震えるお父様の声もあの時は全然聞こなくて、後でたっぷり怒られたっけ。

「……よろしくね?」

「よ、よよよろしくお願いします!」

「……小さくて可愛らしい手ね」

 よよよ、と震えながら握手を交わすシャワ。この時も、アンは手袋をしていた。


──しっとりと冷たい、革の感触を今でも覚えてる。そしてこれが、私とアンさん……師匠との最初の出会いだったわ。



     





「り、リオレイアを見たいんです!」

 リオレイア──雌火竜、陸の女王と唄われる、火竜リオレウスと対をなす代表的な飛竜。鮮やかな深緑色の甲殻に身を包んだその圧倒的な雰囲気に魅力されるハンターは後を絶たず、リオレイアを討伐することはハンターとしての大きなステータスとなっている。イーゼンブルグ家にはそんな伝記が数多くあり、シャワは小さい頃から夢中になってそれらを読み漁っていた。伝記の中の生き物が実際に存在すると知ったのは何年か前。彼女はそれからずっと雌火竜を実際に見たいと思い続けてきた。
 アンと出会って三日。父の計らいで、外の様々な話を彼女から聞く内にすっかりアンと打ち解けたシャワは、ずっと心に秘めていたそんな願望を思い切ってぶつけていた。


「……リオレイアを? いいわよ」

「断られるのは分かってました! でも私、諦める気はありま……えっ?」

「……?」

「い、いいってことですか? でもでも危険だったりお父様が許さなかったりしませんか!?」

 あまりに簡単に許可が出たので逆に慌ててしまったシャワだったが、それを見たアンは表情を変えずに軽い溜息を吐いた。

「……貴方は何を思って私に頼んだの? 何らかの覚悟は貴方の目から見て取れるし、貴方の父親からは『少しの間、面倒を見てくれ』なんて厚かましいことも、頼まれている。……なら特に拒否する理由は私にはないわ」

 アンさんは眠そうにも見える細目で私をじっと見ながら、小首を傾げた。……挙動の怪しい自分を不思議がっているのだと分かった。
 元々無表情な上、口元を隠す三角巾のせいで更に表情が読み取れないが、恐らくそうだ。

(やっぱり外と私とじゃ色々とずれてるのかな……?)

 思わず不安になる。

「……シャル」

 そんな戸惑いを見据えてか、静かな声でアンが口を開いた。

──ああ。師匠は癖なのか、喋り始めはまず沈黙から入るの。だから寡黙だと誤解されることもよくあるわ。……けれど結構喋り好きな彼女にしてみれば面白くないらしくて、初めは無口を演じて機会を見計い急に饒舌になって相手の驚く様を楽しむことにしたと言うのだから笑えないのよ。ええ……私も驚かされたわ。


「……話が決まったなら早く出発しましょう。侍女達はしっかり言いくるめて、そうね……私と街で課外活動するとでも言っておきなさいな。……口煩い貴方の父親にバレないためにもね」

「は、はい! ありがとうございます!」

「……感謝するのはまだ早いわ。仕事柄、私の言うことをちゃんと聞けば必ず守ってはあげるけれど、もし勝手なことをしたいなら死んでしまっても仕方ないと覚悟して行いなさい。外ではちっぽけな貴方の我が儘なんて……一切、通らないのだから」

「──っ!? も、もちろん分かってます!」

 ぞくりとするほど、眼に凄惨な微笑みを浮かべるアン。

──そう、師匠はそういう性格だった。えぇ、そうね……これが私に多少なりとも影響を与えなかったとは言えないわ……。




「ふふふっ!」

 いくら脅しをかけられたとはいえ、生まれて初めて憧れのリオレイアに会えるのだ。思わずニヨニヨとしてしまう。
 この日、お父様は用事があると外出中。お母様もそれに付き添っているので、屋敷の中には今、シャワと侍女達しかいない。
 シャワは手早く侍女達に話をつけた。

『優秀なハンターと一緒に少し街に散歩へ出掛けたい』

──ええ。説明はこれで十分だったわね。元より自由に外へ出れない私を気に病んでいた彼女達だったから、快く協力してくれたわ。ちゃんと自分達に責任がいかないよう、私の部屋の窓から縄を垂らしておく徹底ぶりでね。



「……準備は出来たようね」

「はい。しっかり着替えました!」

 そう言ったシャワの格好はいつものドレス姿ではなく、アンの用意した『レザー装備』と呼ばれる初心者ハンター御用達の身軽な防具。身軽とはいっても本格的なハンターの装備だから、安全度はドレスと比べると雲泥の差である。

「……布の服とたびびとの服くらいの違いと言えば分かりやすいかしら」

「え? 何ですかアンさん?」

「……こちらの話よ」

──外に出てからギルドへと向かうのは楽だった。レザー装備を装備してしまえば誰にも私とは………いえ、違うわね。『普通の格好』をしていても誰も私のことなんか分かりっこなかったんだわ。社会に、街へ自由に出られるのは家長を継いでから……それが我が家の掟だったんだから。……本当に下らない掟。だから誰も私に気付く訳ないのにちょっとドキドキして……あの時の私は馬鹿なことを考えてたものだわ。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「うわぁぁぁぁぁぁぁ! すっごい!!」

 ネコタクに揺られて数時間。アンとシャワは森丘のベースキャンプを出た先のエリアを訪れていた。
 木陰の中にあったベースキャンプから出た時、シャワはその暖かな眩しさに思わず目を瞑ってしまった。しかし、再び目を開いた時、彼女の目に映ったものは見渡さん限りの青々しい緑や太陽の光を暖かく照らし返す小川、そして遠くで草をはんでいる大小豊富なアプトノスの群れ。
 全てが全て新鮮で、シャワの興奮した声が響くのはそれからすぐのことであった。

「……あまり遠くに行かないで頂戴、シャル。ここが森丘と呼ばれる狩り場よ」


 駆け出そうとしたシャワはその言葉にピタリと止まる。
 クエストは何のことはない、ネコタクチケット納品の素材ツアーであるが、どんな危険が潜んでいるかは分からない。

「り、リオレイアはどこにいるんですか?」

「……今はそう遠くない所にいるわ。その前にいくつか忠告をさせて頂戴」

 興奮気味のシャワだったが、アンの静かな瞳を見て無言で頷いた。
 この人の言う事を聞かないで、損することはあれども得することがない事は短い付き合いだがよく分かっていた。

「……一つに、私の言うことを今のように必ず遵守すること……『それがどんなことでも』」

「は、はい!」

「……二つに、ここまでの道のりを必ず覚えておきなさい。私に何があっても必ず戻れるように」

 アンの表情には有無を言わせないものがあった。

「! そ、それは……」

「……違うわ。場合によってはあなたを先に逃がす場面がくるかもしれないということよ」

 安心なさい、とアンはシャワの頭をくしゃくしゃと撫でた。
 撫で方は存外雑である。

「……あとそうね、先に言っておくけれど、今回はリオレイアを近くで見れる訳では無いわ。繁殖期のレイアはとても凶暴で手に負えないから、遠くから視るだけよ。……いいわね?」

「はい。……そっか、近くでは見れないんですか」

 少し肩透かしを喰らった気になる。
 そんなシャワの様子に、アンはクスリと笑ってみせた。

「……死にたいなら止めないけれど。……まぁ、そう落胆する暇はないと思うわ」

「どういうことですか?」

「……文字通り『行けば分かる』、よ」

 不思議がるシャワにアンは再びニッコリと笑いかけた。

「……!?」

 シャワは何故だかぞくっとする背筋に疑問を覚えつつも、「後ろについて来なさい」というアンの後ろにぴたりと付いて歩いて行くしかなかった。


──ま、当然よね。師匠がどうしてあんなに爽やかに、かつ残酷に笑ったかなんて、当時の私に分かるはずが無かったんだもの。


 それから三十分。二人は傾斜の激しい道をひたすら進んでいた。

「はぁ……はぁ……」

「……もう少しよ」

「……はい」

 息も絶え絶えのシャワの横で、汗一つかいていないアンが呟く。

(やっぱりハンターって凄い……)

 そう思いながらもシャワは黙々と進み続けた。

 自分で頼んだことだから。
 夢中で、半ば意地で。
 弱音なんて吐いてられない。

「……あの上よ。まだ歩けるかしら?」

 アンが少し先の丘の上を指差す。
 シャワは少しムッとした。
 何なら手を引いてあげましょうか? そう言うような口ぶりだったからだ。

(私はまだ頑張れる!)

「私、先に行きます!」

 シャワは駆け足気味にアンを越して、一気に丘を登りきった。

 すると、


「わぁ………」


 気が付くと、目の前が青空で埋まっていた。
 まるで自分が空の一部になったんじゃないかと思うくらいに開放感溢れる景色の中に少女はいたのだ。
 
「綺麗……」

そう言って、彼女は足をもう一歩進めた。

 



 この時までシャワは正直、家の中も外の狩場も危険度なんてあまり変わらないのではと考えていた。アンの言葉を「転ぶと危ないわよ」位に考えていた節があった。


「えっ……!? うわ……うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」


 右足が土を踏まなかった。宙を踏み抜いていたのだ。
 反動で首がガクリと下を向いた時、彼女は全身の毛穴が開き、背筋が凍っていくのを感じた。






 崖だったのだ。


 それも下で見た、見上げる程の木々が、豆粒に見えるほどの高さの崖の上に彼女はいた。

 止めようにも、踏み出した足は止められない。
 時間が不思議な程ゆっくりと経過しているように感じたが、確実に、着実に彼女の体は巨大な空間へと倒れ込んでいっている。

「……ぁ…………!!!!」

 助けを呼ばなくちゃ……! そう思ったが、余りの恐怖に喉が詰まり、悲鳴すら上げられない。


 地上に残った左足の踵が浮き上がっていく。
 落ちる瞬間が迫っていく。

 そんな時だ。

「……私の後を付いて来なさいと言わなかったかしら?」

 アンが後ろ襟を掴んでくれたのは。

 そしてそのままの状態で、つまりシャワを半身以上崖に乗り出した格好のままにして彼女は話続ける。

「……何時いかなる場面でも危険は降りかかるってことは解ったかしら? これからは常に平常心を心がけながら行動しなさいな」

「はっ……はぁっ……!」

 涙目で言葉にならない返事をしながら激しく頷くシャワをアンは確認するように見つめると、ようやく少女は地上へと戻された。

「……わかったかしら?」

「……は、はい゙」


──そりゃ涙声にもなるわよ! 今考えたら師匠は私に言う事を聞かせるために、わざと私を先に行かせるように仕向けたのよね……。お陰でハンターとして大事なことは刻み込まれたけど……ええそう。私が高い所苦手なのはこれが原因よ。


「……ほら、あそこが見えるかしら」

 未だカタカタと震えているシャワに声をかけながら、アンは一点を指差した。

「向かいの山の中腹辺りに洞窟……ですか?」

 何とか声を絞って答えると、アンはゆっくりと頷く。

「……そう、あそこが飛竜の巣。リオレイアが中で卵を守っているわ」

 これを、とアンが筒のようなものを差し出した。

「これは?」

「……双眼鏡よ。細い方を目に当てて、あの洞窟を覗いてごらんなさい」

 言われた通りにシャワが双眼鏡を覗き込むと、目の前に巨大な竜の顔が現れた。

「きゃ!?」

 思わず双眼鏡を取り落としそうになってしまった。

「か……かか顔が見えました!」

「……倍率が強かったかしら? ちょっと貸して頂戴」

 アンはシャワから双眼鏡を受けとると、何やら操作をして再び手渡した。

「……これでもう一度」

 シャワは再び、恐る恐る双眼鏡を覗く。

「あれが……リオレイア」

 全身を覆う緑の艶やかな鱗。
 折り畳まれた巨大で力強い翼。
 長く刺々しい逞しい尾。
 睨んだだけで獲物を殺してしまえそうな金色の瞳。
 そして全身からほとばしる圧倒的な威圧感。
 それら全てが女王の風格を体現したような出で立ちであった。

「怖い……でも綺麗」

「……良い感想ね。今は彼女が最も強く、そして美しい時期なの」

 ……でもね、アンは目を見張っているシャワに忠告するように続けた。

「……あれは貴女が今感じている以上に恐ろしい生物よ。決して興味本意で近づいてはダメ」

「……」

 もっと近くで見てみたい。そんな気持ちを見透かしたようにアンは言った。

「……さぁ、日の暮れる前に帰りましょう」

「……はい」

 シャワは道を踏みしめながら無事にアンと帰った。
 装備は記念だとプレゼントして貰ったので、自室に大事に隠しておいた。



 そして。




──あの時の私は大馬鹿者よ。それに関しては弁解の余地なんてないわ……。
当時だって分かってた。



──けど、それでも、あの時の私は……。



 アンが仕事でいない日を見計らって。


──どうしても、彼女を見に行かずにはいられなかった……。



 シャワは初めて家を抜け出した。



[37857] 第六章 『ルナティック・バンブス』 3話
Name: 楽太郎◆a3215f1c ID:4717fa5c
Date: 2014/02/24 18:22
「よし……誰もいない」

 早朝、まだ暗い街の中。
 少女は小さな足音を響かせていた。 
 昼間は人々で賑わう大通りも今はがらんとしていて、普段より広く見える。


「確かこっちのはず……」

 身を包み込むように纏った、黒色のローブが暗闇に溶け込む。
 目立たない為の配慮なのだが、ハンターの装備独特の造形がその下からでも、その存在を強調している。
 レザー装備を身に付けて。キッチンから持ち出した果物ナイフを腰に差して。
 少女……シャワはギルドを目指していた。

「もう一度リオレイアを……もっと近くで見るんだ」

 高ぶる気持ちを抑えられずに震えた声で呟く。頭は、そのことで一杯だった。


――おかしいと思わない? つい先日、せっかく死の恐怖を教えて貰ったばかりなのよ?

 双眼鏡の小さなレンズに映った、自由のままに生きる雌火竜。
 彼女は、シャワが欲しいものを全て持っていた。
 束縛され、決められた日常を強いられてきた少女にとって、それがどんなに魅力的に見えただろうか。


――でもあの時の私は……そんな『彼女』の全てに、魅せられてしまっていたのだと思うわ。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「ちょちょ、ちょっと待って!」

「……な、何よ?」

 話を遮ったバルスに、私は若干不満げに答える。

「ってことはシャワは一人で、繁殖期のリオレイアの所に行って……帰って来たってことだよね? うわー……よく生きて帰れたね……」

「ちょっと! それについてはこれから話すところでしょうが! 何で先に結末を言っちゃうのよ!? ていうか……何で私が会いに行けたって決めつけてる訳?」

「いやいや、シャワなら成功させちゃうでしょ? 小さくてもシャワはシャワちゃんだった訳だし」

「……あのねぇ」

 またこの男はそんなことを飄々を言ってのける。
 私はため息を吐いてからギロリとバルスを睨み付けた。

「わ、私だって初めからこんな、えーと……美しくて優雅? で? さ、才色兼備? だった訳じゃないのよ?」

「……そこまでは言ってないよ。何で無理してまで言うのさ」

「……うるさいわね。でもあの時は本当にたまたま、成功しただけなの。誰かが外に放置してた竜車に、たまたま乗り込めただけなんだから」

「いやいや、それも才能の内だって」

「誉め言葉は可憐でキュートから受けとるわ」

「………。まぁ……それが『良かったのかどうか』は別だろうけど、ね」

 先程の軽口とは打って変わっての、重みのある言葉だった。

 「そうね……」
 
 私は頷く。
 言わなくても、彼には全てが分かっているのかもしれない。

「さ、ここからは一気に話しちゃうわ……あまり、話していて気分の良いものでもないしね」

 いよいよ、話の本題に入る……のか。

「……大丈夫かい?」

 少し気後れしていると、バルスが私の頭を撫でた。



 ……撫でた?


 撫でた!!?



「ななな!? さらっと何するのよ!」

 背骨が痛む程のけ反り、慌ててその手から逃れた私。
 危なく椅子から転げ落ちるところだった。

「ごめんごめん。なんかつい、ね……」

 しかし本人は悪びれた様子はない。
 それじゃ私だけ馬鹿みたいじゃない。

「もう……ちゃんと話すわよ。次は口挟まないでよね! 私も、もう余計なことは挟まないから」

 気が付いたら不思議と、気持ちが軽くなっていた。



 ……………。



 とにかく、と私は再び過去を語り始める。



 焚き火の炎が少しだけ、熱く感じた。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「つ……着いた」

 見知ったベースキャンプへの入り口に、少女は無事に辿り着いていた。

「アプトノスがちゃんと進んでくれて良かったぁ……」

 人の足なら何倍もかかっていただろう。
 竜車の扱い方を本で読んでおいて本当に良かったとシャワは初めて勉強に感謝していた。
 しかしここからは自分の足で歩かなければならない。


「持っていくのは必要なものだけにしないとね……」

 双眼鏡や家から持ってきた森丘の地図、水筒、そして一束の薬草をポーチに詰め込む。
 この薬草はアンから貰ったものだった。
 彼女は前回の森丘に向かう際、こう言って薬草を手渡した。

『……傷を癒す道具は武器よりも重要なものよ。ひのきのぼうよりも薬草のほうが高価でしょう……?』

『ひのき……? 何でちょいちょいよく分からないことを言うんですか!?』

『……とにかく、薬草は大事になさいね』


 ………。

 とにかく薬草は大事なものなのだ、そう自分に言い含める。
 飲めば体調の回復、傷に刷り込めば回復力を強めてくれる薬草は、ハンターに留まらず街でも頻繁に使われている。もっとも、ハンターが使用するものは市販品よりも効果と味が強力だという。
 
「この薬草は後者のものらしいから、出来れば使いたくはないんだけど……」

 そんなことを考えながら黙々と進んでいくシャワ。
 時間はまだ朝が明けた頃なので、活動している生物は少ないのが幸いした。
 そして見覚えのある丘まで辿り着く。
 以前落ちかけた、あの崖の場所だ。

「ふぅ……やっと着いた。リオレイアは……まだ寝てるのかな?」

 洞窟を双眼鏡で覗いてみるが、奥にいるのか姿は確認出来ない。

「……よし、行ってみよう」

 場所はこの崖から伸びる坂道を通っていけば迷わず行けそうだ。

「結構急だけど、ゆっくり行けば大丈……わわっ!」

しかし足を踏み出した瞬間、脆くなった地面が崩れて片足が崖へと落ちかけた。

「ひゃ――――っ!?」

 崖下からは落ちた岩の音は聞こえない。ただ自分の悲鳴が木霊するだけだ。
 何とかバランスを取れたものの、これ以上進むことは出来ないだろう。
 今、自分を助けてくれる人はいないのだ。


「下の森を通るしかないかぁ……」

 鬱蒼と覆い繁る崖下の森を見下ろし、不安の入り交じった溜め息をつく。
 でも目的のためには手段は選んでられない。
 シャワは丘を降り、大きく迂回する形で森の中へと進んでいった。


    

     ◆



「うわぁ……不気味」

 巨大な脱け殻や毒々しいキノコ、不気味な顔が刻まれたカボチャなどが転がる森を、シャワはナイフ片手に進んでいた。
 戦闘では全く使えないであろう薄刃のナイフも、覆い繁る草や蔓を切るには役に立つ。降りる途中で森から洞窟まで続く小道を見つけていたので、迷うことなく進むことが出来た。

「ハンターが使ってる道なのかなぁ。今日はついてるな」

 そう言った時である。
 身体の芯まで響くような重低音が、背後から聞こえてきたのだ。

「っ!?」

 シャワは反射的に振り返る、すると。



 そこには先程の脱け殻の主であろう、蚊とも蜂ともつかない巨大な昆虫が空中を漂いながら迫っていた。

「ひぃっ……!?」

 それは『ランゴスタ』と呼ばれるモンスターであった。
 尾にある鋭い針にはハンターをも麻痺させる強力な麻痺毒が仕込まれており、まだ幼い彼女が受ければショックで命まで止まることもあり得る。

「きゃぁぁぁぁぁ!!」

 そんな知識はまだ持ち合わせていなかった彼女だったが、相手が危険だというくらいは一目で感じ取れた。
 シャワは悲鳴と共に森の奥へ全力で逃げ出したのであった。
 途中、奇妙な面をつけた小人や髑髏の頭をした変な男などを見た気がしたが、彼女はそれに構うことなく無我夢中で走り続けた。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「………ね、ねぇ。言ってて思い出したんだけど……」

「あれ? もう注釈はしないんじゃ?」

「挟まずにいられる訳ないでしょ! な、何でバルスがあそこにいたのよ!?」

「三年前っていうと、紛争も片付いてもうあっちで色々と活動を始めた頃……あ、そうか、あの時すれ違ったのは君だったのか」

「あぁもう……! 何で今まで思い出さなかったのよ……私、あの時あなたを見てたのね……。パニックでそれどころじゃなかったけど……」

 そこではたと思い出す。

「バルス! あなたギルドで会ったときに初対面だって言ってたじゃない!」

「いやいや、本当に記憶に無かったんだよ! 僕があの時見たのは金色の何か――今考えれば茂みから見えた君の頭だったんだろうけど――と大量のランゴスタでさ、そいつらが急に方向を変えて僕目掛けて襲って来たもんだから、確認するどころじゃなかったんだよ……」

「……蜂が黒いものを襲うってのは本当だった訳ね。てか後ろのランゴスタそんなに増えてたんだ……」

(そっか……だから気を許せたのかしら? 結果的にそのお陰で助かったわけだし……)

「うん、一つすっきりしたわ。過去を話すのも悪いことばかりじゃないわね」

「僕は虫嫌いになったトラウマを思い出して鬱だけどね……」

「あ、それ私のせいだったんだ……」




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「はぁ……はぁ……追ってきてない……良かった」

 どれくらい走っただろうか。
 気が付くとシャワは森を抜けることに成功していた。
 ランゴスタがいなくなった原因を、尊い犠牲を彼女はまだ知るよしもない。

「よし……もう少し、もう少し……」

 目的の洞窟は森から少し山を登ったところにある。
 夢中で走ったせいで枝や棘に引っ掛かり、ローブはもうボロボロ。
 仕方無しに脱ぎ捨てたが、下にあるレザー装備のお陰で身体には大した傷は付いていなかった。

「ハンターの装備って凄いなぁ……」

 一般の衣服だったら、あのローブと同じくボロボロになり、身体が生傷がだらけになっていたはずである。
 初級の防具と呼ばれてるなんて思えない丈夫さ。それに加えて軽く、動きやすい無駄の無い作り。
 これらが全て、戦いの最前線に身を置く彼らの、絶え間無い戦いの歴史が生み出したことは間違いなかった。
 ハンターの技術に改めて感心しつつ山を登っていると、いつしか目の前には巨大な洞窟が口を開いていた。

「………」

 実際に来てみると、予想以上に大きい。
 縦幅だけでも十メートルはあるだろうか。加えて中からは唸り声のような音が響いている。


 ――怖い。

 そう本能が告げていたが、ここで怖じ気づいても仕方がない。

(こんなチャンス……もう二度と無いかもしれないんだから!)

 今まで漠然と過ごしてきた、そんな毎日に何かを見出だせるかもしれない。
 自由とは何かを、彼女はただ知りたかった。
 やがて拳をギュッと握り締めて覚悟を決めた少女は、リオレイアの棲まう洞窟へゆっくりと足を踏み出していった。



    ◆


「少し……寒いな」

 一本道の洞窟を恐る恐る進んでいく。中は思ったより暗くなく、明かりがなくとも歩くことが出来た。しかし、雌火竜の寝息だろうか、唸り声のようなものは進むごとに大きくなっていた。

「…………」

 冷たい岩肌を片手でなぞりながら前進していくと、奥に開けた場所が見えてきた。

「あそこに……リオレイアが?」

 恐怖心よりも好奇心が勝った彼女は、思わず広間へと走り出してしまった。
 この瞬間、彼女に火球が飛んで来ても決しておかしくはなかった。

「うわっ……!?」

 しかし、代わりに降り注いだのは暖かな光であった。

「眩しい……」

 洞窟の奥は天井が崩れたせいで大きく穴が開いており、このエリアを日の光が照らしていたのだ。
 しかし奥まで見渡せるエリアの何処にも、リオレイアの姿は見つけられなかった。

「なんだぁ……ん? あれ……ってもしかして!」

 落胆しかけたシャワだったが、そんなときエリアの中央に何かがあるのを見つけた。
 駆け寄ってみると、そこにあったのは両手でも抱えきれない大きさの白い岩のような物体。


――本で見たままの飛竜の卵だった。


「凄い……」

 リオレイアがこの時期、洞窟を根城にするのはこのためだったのだ。



 卵を守るために……。





「あ…………」



 そこで気付いた。



 何故リオレイアは、『ここに居ないのだ』。
 何故、大切な卵に『ここまで敵の接近を許しているのか』。
 
 もしリオレイアの姿があったなら、いくら無謀な彼女でもここまでの卵に接近することは無かっただろう。いや、ちらりと目にしただけでもすぐに洞窟から逃げ出していたはずだ。
 そこまでに卵を守る、子を守る飛竜の気迫は凄まじいのだ。


「あ……うぁ………」

 ここで何故、雌火竜がいなかったかの話に戻る。
 考えればすぐに分かることなのだが、今、足が竦んでいる彼女は自分でそれに気付いた訳ではない。

 気付かされたのだ、『彼』に。

 ハンター達は繁殖期のリオレイアが凶暴だからという理由だけで、この時期の狩りを避けている訳ではない。




 卵を守っているのが『母親だけ』ではないからだ。




 力強く羽ばたく音が上からゆっくりと降りてくる。
 交互にする見張り、そのほんの僅かな交代の時間。
 そんな刹那の一時に彼女は『運良く』入り込んでしまったのだ。

「ギャォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!」

 入り口から聞こえた『風鳴り』なんて比較にならない。
 天井から現れた、空の王者――リオレウスの激昂は洞窟を飛び出し、森丘中に響き渡った。






[37857] 第六章 『ルナティック・バンブス』 終話
Name: 楽太郎◆a3215f1c ID:4717fa5c
Date: 2014/03/03 19:51
「………ぁ…………」

 うまく声が出せない。
 頭の中で警笛が鳴り響く。
 しかし、シャワは深緑の鋭い眼孔に全身を貫かれ身動きすら取れないでいた。
 後ろからは、火竜の足音が唸る声と共に近付いている。

 ──絶体絶命。

 そんな中、初めて間近で見た彼女の姿。
 危険を冒してまで見たかった、その姿は──。


 美しいなどと思う余地もない程に──。
 ただ、ただ恐ろしかったのだ。




『ギャォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!』


「……──っ!」

 洞窟に響き渡る火竜の咆哮。
 少女はその緊迫した状況で頭が真っ白になりながらも、咄嗟に洞窟の入り口に向けて走り出していた。
 次の瞬間、シャワの後ろで灼熱の炎弾が爆ぜ、熱風が彼女を吹き飛ばした。
 その行動は直感や反射を超えた、古来より受け継がれる人間の生存本能が起こした奇跡であった。
 

「いっ……たぁ……」

 シャワは入り口へと繋がる通路まで飛ばされていた。後ろを振り返ると、立ち込める黒煙の中から火竜の怒りの声が聞こえてくる。

(今のうちに……!)

 シャワは擦り剥き、切り傷だらけの手足の痛みを気にする暇無く、再び走り出した。

「はっ……はっ……! はっ……うぅ……うぁぁぁぁぁ!!」


 全力で走ったことなど無かったシャワは息も絶え絶えに足を動かしながら、ようやく込み上げてきた恐怖に襲われて泣き叫んだ。
 走る度に足元に散らばっている枝や鳥竜種の骨が音を立てて踏み砕かれていく。それが否応無くここが飛竜の根城であることを示し、最悪の末路を頭へと浮かばせる。

(逃げ切れる……。逃げ切れる逃げ切れる!)

 彼女はそんな絶望感に飲まれないようにただそれだけを考えて走り続けた。彼女が見つめる先には、外の光が差し込む出口の輝き。リオレウスは卵の無事を確認しているのか、まだ気配は無い。

(あそこまで行けば助かるんだ……!)

──そう思った時だったわ。

「……えっ!?」

 シャワは思わず、か細い驚きの声を上げた。
 先程まで見えていた光が急に無くなったのだ。まるで『巨大な何かに遮られた』かのように。
 僅かに漏れ出していた光が深い緑色を反射させていること少女が気が付くのは、それから間も無くのことであった。


「そんな……待ち伏せ……なんて……」

 そう震える声を絞り出した時。
 既にシャワは双眼鏡で見た時とさして変わらない距離まで雌火竜に接近してしまっていた。思わず後ろへ下がったシャワだったが、後ろからこちらへ響いてくる咆哮を聞いて、すぐに動けなくなった。
 繁殖期につがいとなった火竜と雌火竜の絆は深く、歴戦のハンターでも翻弄される程の連携を仕掛けてくる。また一方が危機に陥れば必ずそれを察知して助けに向い、『怒りの声を上げた時』にも同じく反応を示すという。

『グルルルルル……』

 身体を震わせるシャワに対し、リオレイアは「逃げられる訳がないだろう」とでも言いたげに唸り声を上げていた。





「……うぅ……」

 雌火竜と目が合って、どれくらいが経っただろうか?
 思わず自ら喰らい付かれに行ってしまいなくなるような、そんな絶対的な力強さを持つ金色の瞳が少女をいる
 恐怖が全身を打ち震わせ、意識が遠退きそうになる。しかしそれを果敢にも堪え、少女は視線を合わせ続けた。

「くっ……!」

 今ここで死ぬとしても、憧れ続けたこの飛竜の、この強い瞳から逃げたくは無かった。だから絶対に目を逸らしてなるものかと、必死に少女は。
 時間にすれば五秒にも満たない僅かな時であったが、シャワにはそれが何十分にも何時間にも感じられた。

(あ……嫌……駄目……意識が………)


 ハンターでも精神を削られかねない飛竜のプレッシャー。
 それを果敢にも浴び続けた彼女の気力は、既に限界を越していた。

 徐々に視界がぼやけて、霞む。

(ごめんなさい……アンさん。……私……)

 そして響いた咆哮の中、シャワは崩れるように倒れ込み、そのまま意識を手放した。

(ごめんなさい………お母様………お父――)







 その後に起きる閃光を、叫びを、爆音を、風を切って走る音を、心地よい無言の声を、少女が知ることはない。







 目を覚ますと、シャワは見覚えのある背中に背負われていた。

「アン………さん?」


 彼女は黙々とベースキャンプに続く道を歩いている。


(嘘……、私……た、助けられた……の?)


「……私はとても心配したのよ?」

 驚きと安堵で頭が回らないでいると、唐突にアンさんが静かなトーンで背中の私に語りかけた。

「………怒らないんですか?」

 まだ夢か現実かの区別もつかないまま、思わずそう聞いてしまう。自殺行為と呼んでおかしくない行為をした挙げ句、最悪の事態を引き起こしたこんな私を助けるために彼女は危険を冒したのだ。

「……勿論怒っているわ。けれどね、それは私の役目ではないの」

「え………?」

 どんな叱咤にも耐える覚悟だったシャワはその答えに疑問を覚えたが、自分がどれ程に幼稚で愚かな考えであったかをすぐに知ることになった。


「シャルワナっ……!!」

 ベースキャンプに着いた時、いや、着くよりも前に。
 キャンプから悲痛な声を上げて、母、シエラ=イーゼンブルグ飛び出して来たのだから。。


「お母様……!?」

 信じられない。
 まずはそう思ってしまった。

 本来、体が弱く、大人しい人なのだ。
 そんな母が肩で息を切らし、ボロボロに破けたドレスと土だらけの素足でいることがまず信じられなかった。

「お母様どうし――っ!?」


 乾いた音が辺りに響いた。


「あ………」

 シャワは頬を抑えてポカンと声を漏らす。
 母から平手を受けたのは、生涯でもこの時ただ一度だけだった。

「モンスターを見てみたいという強い気持ちも……それを実行する勇気も蔑ろにはしません! でもね、シャル……無謀なことだけはしないで! それだけは……それだけは見極めれる人間になりなさい!」


 ふらふらとしながら、シエラはキッと目を見張って私にそう言った。
 私と同じ金色の髪がそれに合わせて揺れる。


(あ…………)

 私はある一つの事実に気付き、愕然とした。

(お母様は今日『体調が良くなくて病院に行っていた』はずなのに………なんで、どうしてこんな所に…………)

 初めて受けた母の叱咤。
 そして彼女は涙を流して私を強く抱き締めた。

「ごめんね……あなたの気も知らずに縛り付けてしまって……出掛けたかったよね……遊びに行きたかったよね……色々なものを見たかったよね…………」

「お母様……違うの……私……私、何てこと……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい!」

「………」

 アンさんは無言でキャンプを離れ、暫くしてから促すようにネコタクを引き連れて来た。
 帰り道、二人は何かを話していたようだが、私はまた眠りについてしまった。 
 
 そして、気がついたら自室のベッドの中だった。

「………」

 ぼんやりとした頭で私は母の言葉を思い返す。

『無謀なことだけはしないで!』




 その言葉が彼女の遺言に変わったのはそれから二日後のことだった。







 母の葬儀から二日が経った。
 未だに頭が上手く動かない。

 あの騒動から二日目の朝、出掛けの父を一人の男の凶刃が狙った。
 それを母は咄嗟に身を呈することで守ったのだそうだ。

 逆恨みによる犯行らしく、男は間も無く取り押さえられ、捕まった。
 母は致命傷こそ免れたものの、病院での治療中に息を引き取ったそうだ。




 体力の低下が原因だったらしい。



 急な体調の、悪化が。





 そして父は娘が行方不明になった時も母の葬儀の時も、一人で商談を進めていたそうだ。


 それも、私は後に知った。



 何も、知らなかった。


 あの後、私は精神的な疲労からの高熱で寝込んでおり、一度も母と会う機会がなかったのだ。


 何も知らないうちに全てが終わっていた。


 全てがあの雌火竜を見てから起きた。
 そんな言い訳まがいの恨みをあの飛竜にぶつけたいと思ったが、それこそただ自由でいただけの『彼女』にとっては何の関わりも無いことで、私の我が儘に過ぎない。

 全て自分が招いた。
 私が無知だったから。
 非力だったから招いたことだから。




「アンさん……私を弟子にしてください」


 私が最後の我が儘を言ったのは、それからすぐのことだった。



「……なら今から私のことを『師匠』と、呼びなさい」

 私の気持ちを知ってか知らずか、アンさん……師匠は淡と言った後、元から細い眼を更に細めた。

「……ただ私の教え方は少し厳しいわよ」

「……構いません」


 『最も選びたくない死に方百選』というハンター御用達の冊子に『彼女への弟子入り』という項目が記されていることをシャワが知る由もなかった。


 【アン】――数少ないG級ハンターの中でも五本の指に入ると謳われているガンナー。彼女の情報は少なく、何を目的に狩りをするのか、どのような狩りをするのかさえ分からないことが多いが、どんなクエストでも必ず成功させており、ギルドの信頼も厚い。弟子入りを熱望するハンターは絶えないが、彼女を探しに行って帰ってきた者はいないという。 ――ハンター大全集番外編『生きた伝説と呼ばれるハンター達』参照






 ……そして一年の歳月が経った時。


 日の照りつける砂漠に銃声が一つ響いていた。

「……右。左へ。そこでリロード、速射……そう」

「はぁ……はぁ……やった……!」

 アロイ装備に銀火竜のライトボウガン『シルバースパルタカス』を掲げた私の目の前には、力無く倒れるダイミョウザザミの姿があった。

「……初戦でそれだけ動ければ上出来ね」

「あ、ありがとうございます! 師匠!」

「……そのボウガンはそのまま貴女が使いなさい、討伐記念よ。私はもう使わないから」

「あ、ありがとうございます!」

 アンさんに弟子入りしてから約一年。
 地獄の方がマシでは無いかという訓練を文字通り死に物狂いで乗り越えた私は、ついに念願のハンター登録をしたのも束の間、いの一番で盾蟹の狩猟に連れて来られたところであった。

 父には外の環境を学ぶ研修だとごまかしての強行だ。
 バレたら止められるどころではなかっただろうが、そこはアンさんが上手く取り計らってくれた。

「ふぅ……それにしても、何とかなったわね……」

 帰りの分のクーラードリンクを飲み干して軽く息をつく。始めは少し苦戦したが、ダイミョウザザミのプレッシャーも攻撃も師匠に比べれば大したことなかったように思えた。

「……勝てたからといって油断を生んではダメよ? それは貴女が一番嫌うことに近いものよ」

「はい。分かっています!」


「……ならもう、……あら、気球が何か反応してるわね」

 普段動きを見せない気球が信号を慌ただしく発していた。

「本当ですね……一体何が……っ!?」

 その瞬間、気球すれすれに何か巨大な影が飛び去って行った。
 姿は逆光で分からなかったが、見たことのない容姿をしていたように思える。

 それに――。

「師匠! あの方向には街が……!」

 慌ててそう言ったが、アンは何故か含み笑いを浮かべ、自前のボウガンに手をかけていた。

「……丁度いいわね。行くわよ、『シャワ』」

「はい!」

 シャワという名前はギルドに登録した際につけた偽名だ。
 初めは違和感があったが、呼びやすいのかアンは普段でもそう呼んでいて、私もすっかり偽名のほうに慣れてしまった――なんて今はそんなことを思ってる暇ではない。
 素材の剥ぎ取りもそこそこに、急いで私たちはドンドルマへと向かった。





「何よ………これ」


「……やっぱり大物ね」


『グルルルルルゥ……』


 私たちが辿り着いたとき、そこでは燃え盛る街と炎王龍『テオ・テスカトル』が、盛大に爆炎を散らして盛大に咆哮をあげていた。






◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「ドンドルマに炎王龍……あの時か」

 シャワの話を聞いたバルスが、顎に指を添えながら呟いた。

「……もしかしてあの場にいたの?」

 この男もギルドナイトの端くれだ。
 また出会っていたかもしれないと思い訪ねてみたが、バルスは「いや」と首を振った。

「僕はその時別の場所で仕事をしていたよ。話は後から聞いたんだけど……炎王龍、君が倒したのかい?」

「……違うわよ」

 やけにブスッとした返事になってしまった。

「盾蟹を倒したくらいで浮かれてた私は役立たずだったわ……私は師匠の後ろで援護していただけ」

 ガンナーの更に後ろから援護よ、と皮肉めいた口調で言う。

「テオ・テスカトルをほぼ一人で倒しちゃったのは師匠……アンさんよ。そして手柄を私に全部譲って姿を消したの」

「手柄を全部……? じゃあシャワのHRが急に上がったのって……」

「そう、テオ・テスカトルを討伐したってことで上がった訳。お陰で出来たことがあってね……本当にあの人はどこまで考えてたんだか」

「! 出来たことって、もしかして……」

 バルスが最後まで言う前に、私は人差し指を立ててそれを止めた。

「それは私に言わせて。……これが最後の話だから」

 焚き火の火は大分小さくなっていた。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 炎王龍の襲来から数ヶ月が経った夜、ちらほらと灯った松明の間を縫って一つの影が街を駆けていた。
 ザザミ装備とアンさんから譲り受けた銀色のボウガン『シルバースパルタカス』が背中で軽くぶつかり、乾いた音が小刻みに鳴る。
向かっている先は我が家であるイーゼンブルグ家の屋敷だ。
父は母の死後、何かに憑かれたように家を空けることが多くなった。
私のことも気にかけず、それどころか炎王龍の襲撃の後は私を家から追い出し私兵を雇って身を固め、近づくことさえ難しくなっていた。
しかし私はどうしても父と話がしたかったのだ。アンさんがいなくなってから一人でクエストをこなし続け、ある程度の信用も会得した今が行動の時期だった。

「何者だお前は! ……まさかあなたは――グッ!?」

「ちょっと通らせて貰うわよ?」

私は、堂々と屋敷の真ん前から突入した。
父の私兵を薙ぎ倒して奥へ進む。私の家でもあるんだから遠慮はしない。



「お父様、こんばんは」

ダイガスは大広間に一人、椅子に腰かけていた。

「よく来たなシャル。今はシャワと呼んだ方がいいのか?」

しばらくぶりにはっきりと見た父の顔は少し痩せているように見えたが、威厳のある態度は変わりない。

「……全部知ってて、やってたのね」

「さぁ、どうだろうな」

ライトボウガンを片手に持ったシャワに対してまるで動揺することなく接するダイガスに、シャワは憤然と言い放った。

「お母様の事……何だと思ってるの!? 葬儀にも来ないで……商談がそんなに大事?」

「随分と口が悪くなったな、シャル。きちんとした言葉遣いを教えたはずだが」

 確かに私の性格はあの一年で大きく変わっていた。
 あんな淑やか(しとやか)な性格では乗り越えられる訳がない。

「お父様には関係ないことよ。今夜は一つ言いたいことがあって来たの……私、この街を出ることにしたわ。ハンターとして、旅をしながら知識を得るの」

「ほぅ……」

 その言葉に初めてダイガスは驚いたような顔を浮かべた。

「なら我が家を継がぬと、そう言いたい訳だな?」

「……そうよ」

 その瞬間、ダイガスが勝ち誇ったような顔を浮かべたのが分かった。

「……なら『あの子』に継がせてもいいと、そういうことだな?」

「なっ……!!」

 シャワの顔が青く変わる。

「あの子には関係ないでしょ!?」

「そうだろう、そうだろう。何も知らぬ妹に重い責を被せようなどと、姉が思うはずがないな?」
 
 額から嫌な汗が流れ落ちる。
 やはり引き合いに出されてしまった。
 考えてはいたが、そんなことを言うはずがないとどこかで願っていたのに。

 ――私には妹がいたの。歳は5つ程下ね。

 だがその妹は、イーゼンブルグ家の『跡継ぎ候補は一人のみ』という仕来たりによって生まれてすぐに隣街の修道院に預けられた。男の跡継ぎを願っての第二子だったが、生まれたのはまたもや娘。
 体の弱いシエラに考慮して、第三子は断念され、長女シャルワナが正式に跡継ぎ候補となったのだ。

 妹と会ったのは、五年以上前のとある式典での一度きり。離れ離れの姉妹を嘆いた侍女達がこっそりと会わせてくれたのが最後だ。
 自分の分まで自由に生きて欲しいと、そう願うことで今までの束縛に耐えてこれた。

「……分かったわ、家は継ぎます」

「うむ、それでこそ姉だ」

 大事な妹に責任を負わせるわけにはいかない。
 ここまでは想定済みだった。
 負ける訳にはいかない。

「でも条件があるわ」
 
 ここからが勝負だった。
 シャワはある提案を持ちかけた。




「――……成る程。家を継ぐ時期までの自由か」

「もし断ると言うなら覚悟をしたほうがいいわよ」

「いいだろう、ここまで辿り着く実力があるなら、野垂れ死ぬ心配もあるまい……最後の自由時間を有意義に使うといい」

「……契約は成立ね。もしその間にあの子を継がせるなんて話が出たら、分かってるわね?」

「当たり前だ。私は契約に嘘は含まん」

 やはりこの家を一代で築き上げただけはある。
 ハンターである私がボウガンを突きつけた状態で、ここまで譲歩せざるを得なかったのだから。
 私はそのまま黙って父に背を向けると、屋敷を出て隣街のギルドへと向かった。
目的は当面の資金集めと、情報収集。
 アンさんを探しながら世界を見るために旅にも出たかったが、一人だとまだ不安だ。

(頼りにできる仲間……か。そんな人に会えたらいいな)

 期待と不安を背負って屋敷の門を抜ける。
 一年半後の対決に向けての準備の始まりだった。


 ダイガスがユクモに現れるまでの一年半。
シャワが自分の人見知りさに絶望したり、怪しい男に出会うのは、もう少し先の話であ る。



「カカカっ、あやつ……昔のシエラによく似てきおったわ!」

 そんな娘の旅立ちにダイガスは一人、部屋で盛大に笑っていたという。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「…私、父を信じていたかったの」

 話が終わり、焚き火も消えた頃、黙っていたシャワがポツリと口を開いた。

「でも調べても調べても悪い噂ばかり……会って話せば何かが変わるかもって期待していたけど、それもダメだった」

 話ながら、自分に諦めをつけているのが分かる。
 しかしそんな中、バルスがふと思いたったように顔を上げた。

「……何かを隠してるんじゃないかな?」

 いつの間にかバルスは真っ直ぐにこちらを見ていた。

「え?」

「実際に会ってみて思ったんだけど、シャワのお父さんはとても優秀な人だ。一代で富を築くなんてことは並大抵の事じゃない」

「でもそれは裏で色々と……」

「それに、シャワが行方不明になっと時もお母さんの葬儀の時も、お父さんは商談なんかには行っていなかったと思う」

 その言葉にシャワは目を見開いた。

「なんで……そんなことが?」

「お父さんを狙っていたのは恐らく個人じゃない」

「!?」

「お父さんみたいな人は周りに敵が出来るのが必然なんだ。その危険が周りに降り掛かるのを抑える必要が彼にはあった」

「じゃあ家に立て籠ったのも……」

「炎王龍の騒動に紛れての行動を予測してたんだろうね。シャワがハンターになるのを止めなかったのももしもの護身が出来るようにしてほしかったからだろう。アンさんも一枚噛んでるかもしれない。君が行方不明になった時は、人質目当ての誘拐じゃないかと情報戦を繰り広げてたんじゃないかな」

「な………」

 言葉が出せない。
 そんなこと、考えも出来なかった……ただ噂に振り回されて……。

「そして一年半の歳月をかけて、君に自ら会いに来たってことは、その問題を解決したってことだと思う」

「それじゃあ今まで……!」

「君に安全な家を継いで欲しいっていう親心と、プライドなんじゃないかな?」

 何てことだろう……私は言い様のない気持ちを抑えて空を仰いだ。
 お父様に何て顔向けすればいいのか分からない。

「でもシャワがしっかりと行動してくれたからこそ、だと僕は思うね」

「……あんまりフォローになってないわ。結局お父様の手のひらの上だったんだし」

「素直じゃないなぁ。それって信用の裏返しじゃない」

「いいのっ! 今は私が当主なんだから、家は私が切り盛りしないといけないんだし、早く帰らないといけないわね」

「あ、それなんだけど」

「ん?」

 バルスがやや視線を外しながら呟く。
 バルスにしては珍しい仕草だ。

「まだ敵がいるかも分からないし、んん……ここは一つ騎士のレンタルはいかがかな?」

 頼りになる、私の相棒は立ち上がってすっと手を差し伸べた。
 ちょっと慌てそうになったが、そこは当主のプライドで踏みとどまる。

「……ふふっ、なら長期契約ってことで一つ頼もうかしら?」

 私はゆっくりと、しっかりとその手を取って立ち上がる。

「じゃあ出発は早朝! 着いたらバリバリ働いて貰うわよ!」

「えぇっ! もう空が明るんできてるけど!?」

「なら急いで準備しなさい! 寝れるなんて思わないでよね!」

 二年後に何が起こるかは分からないけど、私には私でしなければいけないことがある。
 理想の家を目指して、今度はモンスターより聞き分けの悪い敵を相手にしていくのだ。



 彼女がドンドルマに着いてから数ヶ月。
 相棒だったシルバースパルタカスは、念入りに手入れされながら自室に飾られている。



[37857] 最終章 『氷ノ皇子』
Name: 楽太郎◆a3215f1c ID:4717fa5c
Date: 2014/03/07 10:35
「いやぁ、アイスさんマジでカッコイイですわ!」

「…………」

 悪天候な凍土の夜。
 普段なら透き通った空に満天の星と光の幕が絶景なのだが、今夜は一メートル先もまともに見えない猛吹雪に見舞われていた。

「うっひゃー! マジ寒い! アイスさんは何で平気なんスか?」

「…………」

 ハンターどころか氷の世界の生き物でさえ滅多に出歩かない吹雪の夜。
 そんな中でハンターは言葉を交わしながらたった二人の行軍を続けていた。

「なるほど! しゃべらずに無駄な体力を使わないことが大事なんスね! 流石ッス!」

「…………」

 言葉を交わすと言ったが、先程から喋っているのは後方の男で、前方の男はそれに一切答えずに先を歩いている。


「ちょちょ! 速いですって! 待ってくださいよぉ!」

「……………」

 例えるなら陰と陽、氷と炎。
 この物語はそんな二人の会話をただ聞くだけの話だ。


「いやしかしホントすげえっス! 氷属性の片手剣しか使わなくて、防具もアグナU一式! こだわりがもうすげぇ!」

 先程からひたすらに喋っている男の名前は『ショウコウ』。
 名前はカンジというよく分からない文字で書くらしいが、正直どうでもいい。
 知っていることは変わった杖をつき、『忍の装束』と呼ばれる装備を纏っているただのハゲだということ。
 それ以外は知らない……というのも、コイツは凍土の探索中に出会った『ただの他人』だからだ。

「…静かにしろ」


「なのに狩り場は凍土限定! ……とかじゃなくて火山とかも行っちゃうとかアイスさん、まじヤバいっすよねー! いや良い意味でねっ!?」

 なのにこっちの名前やら何やらを知っていて、怪しい事この上ない。


「…黙れ」



「アイスさんってば見かけも寒そうなのに言葉まで冷たいんだもんなぁ! マジ噂通りっすよ! 流石『氷の皇子』! かっけぇッス! ってわわっ!?」

 ……その呼び名は好きじゃなかった。

「…それ以上喋るなら、…その舌を落とすぞ」

「ごめんなさいごめんなさい! そんなつもりじゃなかったんスよ! だからそのナールドボッシュを下ろしてくださいってっ! 俺はただアイスさんが気に入って……ってうぉぉっ!?」


「…躱した、か……」


「マジだ! マジに殺りにきた! すみません! もう黙ります!」

「…………」


「……ブファっ、だっはっはっはっはっ! ダメだ! 俺黙ってんの無理なんすよ! うひゃはははは! 」


「…雪に還れ」


「うぉぉぉぉっ!? 頭かすった! 髪散ったよ! って俺ボンズスタイルだった! 髪無かった! セーフ! あはははは!」

「…っ!」

「危ない危ない危ないっ! すげぇ! 片手剣っていってもそんな速さ有り得ないですって! やばいやばい当たる当たるっ! 当たるから!」

 何で当たらないんだ。

「……お前は一体何なんだ」

 この一連のやり取りを見て、それ以外のことを思う人間はまずいないだろう。


「え? 俺? 俺っスか!? 俺はアイスさんに憧れて着いて来た、只のファンですよ! てかやったぁ! やっとアイスさんが俺に興味を! もう相棒でいいっすか? 相棒でいいっすか!? 相棒でいいですよね?」

「…帰れ」

「そぉんなこと言わないでくださいよぉ! 俺、アイスさんのサポート、バッチシしちゃいますんでぇ!」

「…この剣を躱せるなら実力は相当だろ。他を当たれ」

「いやいやいやへやん! やっべ噛んだ! あはは! 違いますよ! 俺はアイスさんの人柄に惚れこんだんス! あっ理由聞いちゃいます? 長くなりますよ? ……あれはまだ俺がこっちに来て間もない頃……あ、俺東の国出身で『ボーサン』って職業やってんすよ! そんでお師匠様に『お前は見聞を広めてこい!』なんて言われちゃって! それで別の大陸に島流しにあって、右も左も分かんないときにアイスさんが通りかかって、直感で『この人パネェ!』って………っあれ!? アイスさんちょっと待ってくださいよぉ!?」

「…興味がない」

「ここからがいい話なのにぃ! ん? どうしたんスか? 急に止まったりして」

 コイツの大声に呼ばれたか……全く面倒な奴だ。

「…来た」

「来たって何がッスか? 別に何も見え……うおぉ!? なんスか!? 地震!?」

「…早くそこを退けろ」

 喰われたくなかったら、だ。

「は、はいッス! これくらいでいいす……どわぁぁぁぁぁぁ!?」

『ギュオォォォォ!』

「何だこいつでけぇぇぇぇ! さっきの俺の足元から出てきた! なにそれこわいっ!」

「…下がってろ、俺の獲物だ」

 アグナコトル亜種。
 今此処等を縄張りにしてる奴だ。

「流石アイスさんカッケェ……って本当に大丈夫なんスか!? そいつ氷が友達って面してますよ!?」

「…黙ってろ」

「コココココ……」

「ヤバイ! アイスさん、あれなんかヤバイんじゃないすか!?」

「…ふっ!」

 こいつのパターンはもう見飽きている。
 どの個体も図体ばかりで成長しない奴らだ。

「ギュオッ……!?」

「すげぇ! ブレスをかわして、更に柔らかい腹に剣を刺した!? でもその一撃だけじゃ………あれ?」

「……ォォォ」

「…………」

「うっそぉ!? たった一撃であの巨体が倒れた!? アイスさんどんな魔法使ったんですか!?」

「…どんな奴でも中身は生き物である以上体温がある。だからそれは奪えるし、凍る。俺は奴の急所を狙っただけだ」

「す……すっげぇ! 常人が出来ないことをそんな簡単に! どんだけサイコーなんすかアイスさん!」

「…御託はいい。いい加減本当の理由を話したらどうだ? …わざわざこんなところまで着いてきた訳があるだろう?」

 これ以上付き纏われるのも面倒だしな。

「へ? や……やだなぁ! 何もないですよぉ! 俺は単に……」

「…まぁ『あの女についての情報を聞き出せ』。そんなとこだろう」

「げ」

「…どうせ依頼主はギルドの物好きなジジイ連中だろう」

「うはぁ……全部お見通しだったんすね」

 ここまで隠すのが下手なやつも珍しいと思うが。

「…当たり前だ。そうでもなければ俺に着いてくる奴なんていない」

「でもでもっ! 俺がアイスさんに惚れ込んだのはマジですからっ! というかここに来てから正直依頼のこと忘れてました! やっべこれ怒られる! あははは!」

「…お前、相当のアホだな」

「よく言われるっス! よっしゃあ! 俺、このままアイスさんに着いていきまっす! 依頼主には怒られちゃいますけど!」

「…俺の知ったことではないが、奴等は腐るほどお前みたいな奴を雇ってる……もともと数撃てば当たるだろうっていう考えの連中だ」

「じゃあ一人二人消えても問題無いってことっすか!?」

「…まぁそれ以上に俺に付きまとう途中でおっ死ぬ連中が多いがな」

「……じゃ、じゃあやっぱさっきのはガチで殺りに来てたんスね……殺気だけに」

「…この環境についてこれなかった奴が多いだけだ」

「ってことは手を出したのは俺だけってことじゃないスか!! しかも突っ込みなしとか!!」

「…悪いがお前とはここまでだ」

「へ? いきなりどうしたんスか?」

「…これをやるから帰れ」

「これモドリ玉じゃないスか! ってもう煙出始めてるし!」

「…最後に一つだけ教えてやる。どこで知ったか知らないが、俺の名前は『Is(イズ)』だ」

「そうだったんスか!? てっきりアイスって読むもんだと……」

「…読み間違えるな」

「いやホントに俺あなたのこ…… 」

 緑色の煙が立ち上ぼり、同時に男の姿も消え失せた。

「…行ったか」

「…ならこれを引き抜くとするか……」

 そう言って足元にある一本の柄に手をかける。
 かつて浮岳龍ヤマツカミを葬った片手剣『氷牙』。
 奴を帰らせたのはこれを見られるわけにはいかなかったからだ。


「…またこれを使うような敵が出るってことか……まぁ姉さんの呼び出しなら仕方ないが」

「――ほほぅ! イズの兄貴はあの古龍ハンターの弟さんだった訳ッスね!」

「…っ!?」

 頭上を見上げると、そこには一抱え程の大きさの昆虫に捕まって飛んでいるショウコウの姿があった。

「ニンポー身軽の術! なんてのは嘘で崖上から相棒に頑張ってもらって滑空しただけ……ボハァ!?」

 重かったのだろう、昆虫に腕を離されてショウコウは雪に上半身を埋める形でめり込んでしまった。

「…………」

 呆れて言葉も出ないが、
 ベースキャンプからここまで再びやって来た徒労を認めて引き上げてやる。
するとショウコウは調子に乗った様子で騒ぎ始めた。

「助けてくれたってことはあれッスね? 噂のツンデレってやつだ! えっ? 違う? そんなぁ!」





「…その昆虫は何だ?」

 見たことのない虫だ。
 形状からするとオオクワアゲハに近いが、ブナハブラ以上の体格を持っている。
 気になって観察していると、ショウコウは視線に気づいたように「あ、コイツッスか?」と言って杖を引き抜いた。

「相棒はこの操虫棍――エアリアルグレイプで操ってる猟虫っス!」

「…操虫棍……?」

「知らないッスか? イズの兄貴にも知らないことがあるんスね!」

 杖だと思っていた先端にはギミック式の刃が取り付けられており、後ろの柄には何やら緑色の球体のような物が埋め込まれている。
 確かに奇妙な形をした武器であることが窺えた。

「さぁ! どこまでも着いていくッスよ!」

「…もう勝手にしろ」

 騒がしいバカだが、慣れたのか不思議と悪い気はしない。
 うんざりするほど長い付き合いになりそうな、そんな予感がした。






 しかし、パーティーを組んで僅か数分後のこと。


「…ああ、ところで俺はこれからとある高難関のクエストに向かうが、お前のHRはいくつだ?」


「え? こっちじゃまだ『1』っスけど?」

「…………」

「い、いや、俺まだ登録したばっかりで……」

「…ランクを上げてから出直してこい」

「そんなぁ!? え、あぁ!? またモドリ玉っすかぁぁぁぁ!?」

「……………はぁ」


 パーティーは早速、一時解散したという。




[37857] 最終章 『とある村の話』
Name: 楽太郎◆a3215f1c ID:4717fa5c
Date: 2014/03/12 11:50
 ある大陸、とある森に小さな村があった。
 その村には、他には無い特異な伝統が存在した。


 『神』とを祀りあげる――そんな伝統が。



 その伝統は、昔より受け継がれるただの悪質な妄想などではない。
 ただただ何らかの生物を祀るだけとも違う。

 ――神と呼ばれる生き物は確かに存在し、数十年に一人、その神と意思の疎通が、会話が出来る人間――『巫女』が産まれるのだから。

 村のしきたりによって巫女は神の一つ下の位に着き、神同様に崇められ、村人の声を神に届けた。
 そして神の声を村人に届け、村人は神からの恩恵を授かった。
 神のお陰で森深くの村にも関わらず危険なモンスターは寄り付かず、果実の実りや作物の育ちも良い。村人は恵まれた穏やかな生活を過ごすことが出来ていた。

 そして神は代償を求めなかった。
 村人が恵みを喜ぶならそれでいいと。
 そんな神に村人は大変感謝していた。


 そんなある日、新たに神に選ばれし巫女が産まれた。
 代替わりの時期を案じていた村人達は知らせを受けて大変喜んだが、その巫女を見た時、彼らは大きな衝撃を受けた。
 
 巫女と他の村人との違いは一目で分かる。
 村人は全員が黒髪だが、巫女は何割か『神の色』を持つ頭髪を授かって生まれてくるのだ。
 授かる色が多いほど力が強いとされており、平均して全体の一割、多くて二割強が常だったのだが……。

 ――その巫女は半分以上が神の色――鮮やかな朱色に染まっていたのだ。

 力が強いということは、それだけ神に惹かれるということ。
 巫女は時が経つにつれて、人よりも神の方に心を開いていった。
 物心つく前に親元を離れ、森に住み着き、森を探索し、神と共に自然を学び、自然を愛する巫女。

 そんな巫女を村人が恐れ始めるのは時間の問題であった。

 今まで、神の加護を受けた巫女は常に村人の側の存在だった。
 だがしかし、今回の巫女は神と異常とも呼べるほどに親しくなっていた。



 ――その子供が神に何か良くない事を吹き込むかも知れない。

 言いようのない不安感が、そんな理由のない疑念に変わるのに時間は掛からなかった。
 理不尽とも言える疑心暗鬼が、村を瞬く間に包み込んだ。
 長年、神に全てを託し、依存し続けてきた村人たちの心は、非常に脆く、歪んだものに変わってしまっていたのだ。


 巫女は、先代たちと比べて神と少し距離が近かったというだけで、村人のための仕事はしっかりと行っていた。だがしかし、強い先入観に侵食された村人には彼女のどんな行動も裏切にしか見えなくなっていた。

 
 そんな時、一人の村人が口を開いた。


 ――神は、いつの日か我々を油断させたところに襲いに来るのではないか。

 ――あの子供がそれに歯車を掛けているに違いない。


 と。


 そう言ったのは、巫女の父親であった。


 その後、村人達は次々に武器を持って立ち上がった。
 彼らはただきっかけが、理由が欲しかっただけなのだ。
 この不安感を拭えるなら何でもいいと。 
 心の壊れた彼らは、自分たちが何をしようとしているのかすらも理解出来なくなっていた。

 我々は我が身を守るだけなのだ。
 そうだ、それならば罰は下らないだろう。
 早くしなくてはやられてしまう。
 殺される前に殺してしまおう。
 そうだ、そうだ。
 我々は悪くない。 
 ワルクナイ。

 そんな矛盾した反撃に神と巫女は困惑した。
 あの優しかった村人達が恐ろしい顔をして向かって来る……これは一体何なのか、と。

 戸惑いながらも、優しい神と巫女は、村人に手を上げることは出来なかった。
 曲がりなりとも今まで愛して、守ってきたものだったから。

 村人達に追われ、傷だらけになりながらも巫女は神と共に森を走った。



 いつまでも狂ったように追いかける村人達。そこには両親の姿もあった。
 何が彼らをあそこまで駆り立てているのか、巫女には理解出来なかった。

 
 ――ただただ、自然と村人を愛していただけだったのに。


 そして遂に追い詰められ、死を覚悟した時。
 


 村人達は皆崩れるように倒れ込んだ。




 ――別に助けた訳ではありませんよ。ただ彼らの行いが見るに耐えなかっただけです。


 そう言って木陰から現れたのは、奇妙な被り物をした奇妙な女性だった。
 礼を言い、ついでにその被り物は何なのかと尋ねた巫女に、女性は平然と答えた。




 ――可愛くありませんか、これ?




 そう言い切る彼女を見て、巫女は――少女は初めて人間と触れ合えた気がした。
 村人達はいつも自分の後ろの「彼」を見ていただけだったから。
 女性に連れられて村を離れた後も、少女はその女性に刷り込まれた幼鳥の様に慕った。神と呼ばれていた生き物も一緒に付いて来てくれた。初めは迷惑そうに離れろと、どこかに行けと言っていた女性だったが、そのうちに女性も諦め、何時しか親しい仲になっていった。
 もともと無邪気な性格だった少女は、彼女の教える外の世界の知識をすぐに吸収していった。  
 森で活動していたためにハンターとしての身体能力も十分にあり、自然の知識も豊富だったことから状態異常に対する特異な才能もすぐに開花した。


 ルシャ。
 その後、名前の無かった少女を女性はそう呼ぶようになる。

 後にルシャは、友である神には『イャンクック』と呼ばれる沢山の同族がいることも学び、友がその中でも特に巨大なのだということも知った。 
 彼から古くなった、特上の甲殻を譲り受け、強力な防具も作ることができた。


 ただただ恩人である彼女の助けになりたかったから。
 彼女の言う目的を達成する為ならどんなことでも手助けすると誓った。
 中には疑問に思うようなこともあったが、ルシャはそれに異議を唱えようとはしなかった。

 そんな二人はやがて、強大で禍々しい龍と対峙して、勝利を納めた。
 彼女はそこで目的を達成するための強力な力を手に入れた。


 ――私はたとえ憎まれようと、最後には皆が笑っていられるような世界を作りたいんですよ。


 その晩、彼女はルシャと夢を語り合い、笑いながら夜を過ごした。







 しかし、彼女が笑ったのはそれが最後だった。












 後にルシャは思う。
 あの時既に、もう後戻りの出来ない所まで来てしまっていたのではないかと。

 それでも、とルシャは思う。


 彼女には不幸になって欲しくない。
 ルシャは今も異議を唱えずに、彼女の傍らに付き従っている。
 彼女の先にあるものを守るために。




 それはかつての村人が自分にしていた事だと、少女はまだ気付いていない。




[37857] 最終章 『Last Guidance,』 1話
Name: 楽太郎◆a3215f1c ID:4717fa5c
Date: 2014/03/27 04:06
「──私、皆にお別れを言わなきゃならないの」

 早朝、皆が朝食を取りにギルドに集まった時のこと。
 全員が大きな円卓を囲むように座り、それぞれが注文したメニューに舌鼓みを打っている最中だったが、そんなシャワの唐突な一言にギョッとして顔を上げた。
 一つの席に全員の視線が集中する。バルスの横にちょこんと座っていた彼女は真剣な眼をして、背筋を伸ばすためにテーブルに隠れている膝へ真っ直ぐに手を突いている。その様子は先程の台詞が冗談ではないことをハッキリと物語っていた。

「皆が揃うまで待っていたんだけど、これからすぐにバルスとドンドルマへ帰らなければならないのよ」

「い、いきなりどうしたんですか!?」

 真向かいで起きた突然の告白に、アクアは頬張ろうとしていた『頑固パンのレッドチーズと砲丸レタスの激辛サンドイッチ』を思わず取り落とすところであった。

「昨日の騒動で、私は家の家長を継いでしまった」

 シャワは自分の現状を噛み締めるようにゆっくりと話し始めた。

「私が正式に家長を継ぐと言ってしまった以上、私が家の指揮を取りに帰らなければ混乱が起きてしまうの。それに……暫くはハンターとしての活動も出来なくなるわ」

「確かにあの家は昼夜人が動き回ってっからなぁ……それを指揮するなら時間はいくらあっても足りねぇよな」

 フレアが神妙な顔をして頷くと、その横でチョモも同じように頷く。

「私達の職場より、全然忙しそうだよね」

「……それ、お前の半径一メートル以内だけだからな?」

「えー……?」

 そんなやり取りがされる横で、アクアはまだ落胆していた。

(やっと落ち着いて一緒に狩りに行けると思ったのに……)

 正直な所、そんな気持ちが無かったと言えば嘘になる。
 しかし、シャワの瞳を見ればどれほどの決意をしているかなど容易に理解出来る。
私情を挟むことは出来なかった。
 
「……せめて霊峰の一件について話し合いだけはしたっかったんですが、仕方ないですね」

 アマツマガツチの一件の後、ハンマーの捜索やダイガスの来訪、ギルドへの報告など慌ただしい日々が続き、今朝やっとまともな朝食を取れたところなのだ。
 二年後に向けての話の整理や対策もまだ出来ていない段階で、聡明なシャワとバルスがいなくなるのはとても痛いことだった。
 彼女もそれは分かっているようで、おもむろに立ち上がると私たちに深々と頭を下げた。

「ごめんなさい。出来るならここで協力して話し合いたいのだけど……一刻も早く戻って指揮を取らないと駄目なの。……守る人間がいないとあの家はまた……」

 最後の方は小声でよく聞き取れなかったが、テーブルを向いた彼女の顔には焦りの色が浮かんでいた。
 昨日、父親に向かってあれだけの啖呵を切ったばかりなのだ……今、この少女が背負っている責任には計り知れないものがあるのだろう。

「分かりました、話し合いは私達に任せて下さい。二年後への対策の、方向性だけでも決まったらすぐに連絡します」

「ありがとう、アクアさん。助かるわ」

「ん! んぐ! んぐぐ!」

「――っ!?」

 突如響いた場違いな呻き声に今度は全員の視線が別の席に移る。呻き声の発信源はアクアのすぐ隣の席であった。

「……ぷあー。そ、それなんだけど、ちょっといいかな?」

「……何ですか? ハンマーさん」

「一つ提案をさせて頂戴」

 先程までワイルドベーコンをその名の通りにがっついていたはずの彼女が、タイミングを見つけたと言わんばかりに真面目な顔をして立ち上がっていた。

「確かに二年後に何が起こるかは分からないけどさ、まだ時間は十分にあるんだ。だから今ここでどうこう考えるよりも、いっそ今まで通りに行動したほうがいいんじゃないかな?」

「え?」

 アクアは一瞬顔をポカンとさせたが、すぐにシャキっと顔を引き締めた。

「そ、それは話し合いなんかしないでもう解散しようということですか!?」

 あまりに突拍子もない発言に思わず愕然としてしまったが、ハンマーは「そうだよ?」と更に続けた。

「そんでさ、二年後にまた『ここ』に戻ってくるのさ」

「ここ……ユクモに……?」

「そ。結果発表って感じ?」

 アクアは更に困惑したが、彼女の話を続けるのを待った。普段はおちゃらけた人だが、ここぞという時に最適解を出すのはいつも彼女だったからだ。

「大体、私達がここで悩んで分かるような問題ならさ、それこそ悩む必要なんか無いと思うんだよね。特に私なんか座って考えるタチじゃないし」

 ふふん、と両腕を腰に当てて言い切るハンマー。
 全員に衝撃が走ったのは言うまでも無い。

「なる……ほど?」
 
 アクアが声を絞り出して納得しかける。
 確かに……。だけどそんなハッキリ言われると認めたくない……。そんな微妙な顔を全員がしていた。
 しかしハンマーはそれに構わず続けて話し始める。

「私は、皆が活動してるうちに気付くことの方がずっと多いと思うんだ。世界の危機なんて言うんだからさ、ハンターとして直に世界に触れるからこそ見えてくるものが絶対にあるはずなんだよね」

 真っ直ぐな純黒の瞳が皆の迷いを断ち切るように全員を見つめる。

「ま、本当は二年間もドギマギなんてしてられないって言うのが正直な気持ちなんだけどね!」

 ヘヘヘと笑うハンマー。
 アクアはそんな彼女の思いつきとも聞こえる発言で、不思議なほど心が軽くなっているのに気がついた。

「と、いう訳なんだけど……どうかな? フレア達だって、何時までもここにはいられないでしょう?」

「まぁな」

「確かにねー」

 まだ遠い未来に悩んで、足踏みしてしまうのは確かにもったいない。

「……」

 しかし言葉では表せない、何か妙な違和感を覚えたのも確かだった。しかし他の人たちは微塵もそんなことは思わなかったようで、賛成の声が次々と上がり始めた。


「そうなると俺らの情報収集はギルドの仕事をしつつになるか。だが俺も忙しい身だからなぁ……皆、何か分かったら教えてくれると助かるわ」

 頭を掻きながらフレアが言う。
 先程までお皿に乗っていた七味ソーセージは綺麗に無くなっていたが、嫌いなのか付け合わせのミックスビーンズだけは隅によせられている。

「またフレアはそうやって楽しようとするんだから。休暇目的だった私たちが言っても信用ないっしょ!」

 真面目な話をしているフレアに嬉々として茶々を入れるチョモ。
 真っ赤なシモフリトマトを指先で回して器用に弄んでいるのが何故かよく似合っている。

「うっせ! お前よりは仕事してるわ!」

「豆を残してるお子様には言われたくありませーん」

「このやろ……っ! 豆は関係ねぇだろ豆は!」

「関係あるよ! 豆みたいな顔して!」

「どんな顔だ!!」

「あのっ……二人とも……」

 これではまた話が脱線してしまう……。
 そんなことを危惧していたら、ハンマーさんがおもむろに私の肩に腕を乗せてニヤニヤと笑いかけた。

「夫婦喧嘩は後にしてもらいたいもんだ。ねぇ、アクア?」

「な、なんで私に振るんですか!? 変なこと言ってないで止めて下さいよ!」

「だれが夫婦喧嘩だ!」

「そうだよ全くもう! こんなのと夫婦になったら豆が移っちゃうよ!」

「俺はどんな奴だよ!」

「……」

 止まない口論。
 焦るアクアだったが、同時に先程からの違和感を更に強く感じていた。

(何かが足りないような……)


 その時である。

「バルス!? ちょっとどうしたのよ!?」

 シャワの焦ったような声、ガシャンと食器がぶつかる音と共に、バルスが机に勢いよく突っ伏したのだ。
 途端、喧嘩の途中だったフレアが跳ねるように駆けつけてきた。

「おい!奇襲か!? 一体どうしたってんだ……っておい、これってまさか……」

 フレアは動かない彼の手元にあった料理を見て、表情を青白くさせた。

「こ、このオッタマケーキ……材料が間違ってるぞ……」

 確かにバルスが手をつけたであろうオッタマケーキには、普通とは『ちょっと』違う着色がなされていた。
 明らかに人が食べてはいけない色をしている。

「昔でチョモに喰わされたことあるやつだぞこれ……何というか……意識の遠退く味がするんだよ」

 見るのも嫌なのかテーブルから顔を背けた彼の横で、チョモさんは「懐かしいなぁ……」と何故か誇らしげに腕組みをして頷いていた。

「店ではまず出さねぇ……作ったのは誰だ?」

「……私」

 恐る恐るといった様子で手を上げたのは金髪ロングの少女。

 シャワだった。

「バルス……それ食べてからずっと何かに耐えるように震えてて……私はとにかく皆に言わなきゃいけないことがあったから、放っておいたんだけど……」

 どうりで何か違和感があったはずである。
 普段飄々と会話に混ざってきたり、さりげなくフォローを入れたり、喧嘩に巻き込まれたりする人が全く動いてなかったのだから。

「シャワちゃん! 私だって最近はちゃんと出来るようになったんだから! 練習すれば大丈夫だよ!」

「私……チョモさんより下手なの?」

 若干泣き顔になって動揺するシャワ。
 
(いやそれは流石に失礼じゃ……)

 咄嗟にそんなことを考えたアクアだったが、フレアはそんな考えを一蹴するようにチョモを睨んだ。

「いや、チョモ……お前今も大差ねぇから」

「嘘ぉ!?」

「嘘な訳あるか! この前だってなぁ────!」

 


 ――その後も朝の食事会は盛大盛り上がりを見せ、笑い声はがギルドを抜けて村中に響き渡った。


 皆が別れを惜しみながら、それぞれの道を踏み出したのはそれから少し後の事。

 そして驚いたことに、この食事会から二年の間、皆が一同に揃うことは一度もなかったのだ。

 当時はそれを寂しく思ったりもしたけれど……皆、何となく二年後の再開を大事にしたかったのだろうと、今になっては思う。







 解散した後、私とハンマーさんは一緒に各地を回りながら情報を集め、積極的にクエストをこなす日々を過ごしました。
 その中でも私はハンマーさんから戦法や技術を学ぶことに専念し、ハンマーさんは情報収集や他のハンターさんへの根回しをしてくれていたようです。

 でもそんな話はここでは割愛して、そろそろ次の話に移りたいと思います。



 長いと思っていた二年も毎日を必死に過ごしていると案外短くて、
 気付けばユクモに集まる日は間近に近づいていました──。






 私はこの出来事を決して忘れることはないでしょう。
 深く、深く胸に刻み込むべき、この導かれし物語を──。





[37857] 最終章 『Last Guidance,』 2話
Name: 楽太郎◆a3215f1c ID:4717fa5c
Date: 2014/03/30 07:30

「んん~、朝風呂って最高!」

「……ここ一週間ずっとそれ言ってませんか?」

 早朝、ユクモ村の大浴場にはある二人の声が響いていました。

「朝の日光を浴びて煌めく湯煙、瞬く水面、輝く私。この良さは最近の若者には分からないか……」

 そのうちの一人。「やれやれ」とわざとらしく溜め息をついたのは、薄桃色をしたウェーブの髪を肩下まで垂らした女性。
 通称はハンマーさん。
 本名はマリディア。
 しかし彼女は本名で呼ばれるのを酷く嫌がる。

「失礼な! ここは私の故郷ですよ? 温泉の良さは誰よりも分かってるつもりです。煌めく湯煙、瞬く水面、もっと輝く私! 素晴らしいじゃないですか!」

 そしてもう一人。飛沫を飛ばしながら立ち上がり、憤然と言い放ったのは他でもない、私ことアクアです。
 ユクモを離れてから二年が経った……と言っても容姿が劇的に変わったなんてことは無く、二人とも髪が少し伸びたくらい。
 やれ『何年後……』などと書くと急成長を遂げた主人公達が颯爽と現れたりします。
 しかしそんな話は物語の中だけ、現実はこんな程度です。

「さてと、何時もならもう上がってるとこだけど……今日はもう少しのんびりしようか。温泉にゆっくり浸かってられるのも、これが最後かもしれないしね」

「……そうですね」

 そう、今日は皆と交わした約束の日。
 待ちきれなくて一週間前からユクモに来ていた私たちは、もはや恒例となっていた最後の温泉を満喫している最中なのでした。

「アクア、緊張してるでしょ?」

 ハンマーさんがニヤリと笑う。

「……ちょっぴり、です」

「いいよ、私だって不安だもん……でもやるべきことは全部やってきた。そこだけは自信に思おう」

「……ですね」

 シシオドシが小気味良い音を立てる中、ハンマーさんは今までのことを思い返すように目を瞑った。私もつられて目を閉じると、湯の流れる涼やかな音が湯気と共に心にまで浸みてくる気がする。
 私は今なら心に溜まった不安も押し出せるかもしれないと、「ほぅ」と息を吐いて頷いた。

 そうは言ったものの、日増しに強くへばりついていくこの感情は最後の時まで拭えはしないだろう。

 『彼女』が世界を破滅に導くと言ったのは今日この日。
 何時何が起きるか解らない……そんな瞬間を過ごしてるかと思うと胸は締め付けられるように苦しくなり、温泉で暖まってるはずの体には震えが走る。

 ……でも心には諦めの言葉なんかは微塵も入り込んでいない。
 何が起きても動じない覚悟は、この二年間でしっかりと培ってきたから。

 だからここで言えるのは一つだけ。

「絶対に負けるわけにいかないですもんね!」

「……その意気よ、頑張りなさい」

「きゃ――――!? だだだだ誰ですか!?」

 動揺しまくり。
 私の背後。無人だったはずの場所から聞こえた声に、二年間の努力は早速無に還された。

「お、アンさんじゃん。もう来てたんだ」

 湯煙の中から現れたのは、ライトグリーンの長髪と鼻から下を覆ったタオル (後から聞いたら温泉仕様とのこと) が特徴的な女性だった。

「……思いの外、早めに来れてね」

「なるー。あ、この前はありがとね! 大丈夫だったでしょ?」

「……ええ。問題無いわ」

「ん、じゃあ手筈通りに?」

「……えぇ、もう外に」

「あの……何の話を? この人は一体……」

 私がハッとして割って入ると、。

「あぁ、ごめんごめん。ほら、この前紹介するって言ってた『その道のプロ』だよ」

「あぁ! 『あの』!?」

 この一週間で何度も耳にしていた言葉だ。

「じゃ、じゃあ『伝説のハンター』なんですね?」

「……そんな大袈裟なものじゃないわ。私はアン。話は聞いてるわ……よろしくね、アクア」

「はい、こちらこそ……」

 そう言ってからハッとする。

「このタイミングでここに来たってことはもしかして……」

「そ、アンさんも今回の件に協力してくれるんだ」

「……利害の一致ってやつね」

 水面に自分の髪を浮かべて、軽く弄びながら彼女は答える。

「あ、あのアンさん!」

「……何かしら?」

 ハンマーさんから聞いた彼女の逸話をどうしても聞いておきたかったのだ。

「ボウガンをその場で組み替えて狩りが出来るってのは本当なんですか?」

「……えぇ、そうよ」

「わ、凄い! じゃ、じゃあ狩りでは新鮮な弾を使うために毎回ジャギィとかを解体(バラ)してカラ骨を補充してるってのも本当なんですね?」

「…………え?」

「あ、アクア! ……ちょっと待ったぁ!」

 何故かハンマーさんが焦った声で何かを言っていたが、ちょっと興奮して耳に入んないです。

「あと、イビルジョーがアンさんを見ただけで服従のポーズを取ったり、竜の卵の納品クエストの時にはリオレイアが自ら卵を差し出したとか!」

「……………」

「わーわーわー!! アクアぁ――!!」

「そのマスクの下には伝説級のモンスターが封印されてて、それを外すと世界が滅びるんですよね……凄すぎます!」



「……マリディア?」

「ちょっ! 何でその名前知って……」

 ハンマーさんはそれ以上言葉を発することは出来なかった。

「……私の情報網を甘く見ないことね。……それよりも、あの子にあることないこと吹き込んだのは……貴女よね?」

「い……いやぁ、ソノデスネ……じょ、冗談っていうかぁ……」

 私は目を疑った。
 青ざめているハンマーさんの顔から数センチ横、背もたれにしていた岩には先程まで無かった大きな窪み(くぼみ)が出来上がっていたのだ。


(あながち、さっきのも嘘じゃないのかもしれない……)


「……次はこの『水鉄砲』、当てるわよ?」


「すみませんでしたぁ!!」


「……以後慎むように」


 そして私は水中土下座というものを初めて見たのでした。




      ◇



「アクアー。私もう嘘も冗談も言わない真っ当な人間になるよぉ……」

「はい。無理でしょうがそれがいいと思います」

 などと軽口を交わしながら私たちは温泉を上がり集会所に向かっていた。
 先に上がった(途中でいつの間にか消えていたので多分そうだ)アンさんの話だと、他にも助っ人をギルドに呼んでいるそうなのだ。

「一体どんな人なんですかね?」

「アクアもすぐに分かると思うよ」

「え? それってどういう……」

「あ、船酔いのアクア姉ちゃんじゃん! ハンマーの姉ちゃんも!」

 私が言い終わる前に一際明るい声が響く。
 声の主は癖っ毛の銀髪に尖った耳をした見覚えのある少年だった。

「ヨルヴァ君!? 何でここに?」

「アンさんに呼ばれたんだよ。ほら、皆も一緒だぜ?」

「アクアさん、ハンマーさん! 先日は……」

「おおぅ、二人とも! あの時は世話になったなぁ!」

 モモさんの挨拶を食い気味に、吠えるような声を出したのはハルクさん。
 相変わらず熊みたいな体格の人だ。

「ハルク殿! 台無しではないか!」

「そうだよ! おっちゃん声でかいんだから」

「おぉ! すまんすまん!」

 モモさんとヨルヴァ君に同時に怒られ、少し小さくなるハルクさん。
 そのギャップに思わずクスリとしてしまう。

「……皆さん相変わらずのようで何よりです」

 でもこの三人がいるだけで雰囲気がグッと暖かくなるのだから不思議だ。

「それじゃ皆さんがアンさんの言っていた助っ人なんですね?」

「うん、話はアンさんから聞いてるよ。任せて! どんな奴が出たってオイラ達がいれば百人力さ!」

「皆さんには返しきれないほどの恩義があるからな。精一杯助太刀させてもらいます」

「なに、久々に腕が鳴るってもんよ! なぁ、小僧よ?」

「そうともおっちゃん! オイラ達の新コンビネーションを見せてやろうぜ! ね、モモ姉?」

「うむ、任せてくれ!」

 何があったかは分からないが、三人の絆が一週間前よりも深まっているように見えた。
 きっとこれがアンさんの手腕の成せる技なのだろう。

「で、アクアの姉ちゃん! これから一体何が起こるんだ?」

「えぇっと……それがね、まだ分からないの」

 やる気に満ちた少年には悪いが、今はまだそうとしか答えられなかった。
 外の景色は至って平穏そのもの……もっとも、まだメンバーが集まっていない内に何か起きても困るのだけれど。




「……誰か来たわね」

 それからしばらく、待機という名目で雑談を繰り広げていた六人だったが、不意にアンさんがドアの方に目を向けたのをきっかけに静まり返った。
 確かに遠くから尋常ではない足音が聞こえていた。
 まるで遠方から休まずに竜車を飛ばして来て、こちらへ急いで駆けてくるような足音。
 それは迷うこと無くギルドの入り口まで辿り着き、ドアを勢い良く開け放った。


「おい! 全員揃ってるか!? 緊急事態だ!」

 肩で息をしながら飛び込んできたのは、赤髪と白髪の長髪を揺らした男女。
ギルドナイトの二人だった。

「フレアさん、チョモさん!?」

「のんびりしてる場合じゃねぇ! やられた!『こっち』じゃなかったんだ!」

「数時間前に私達が待機してた港町に連絡が入ったの……正体不明の巨大な龍が二体、シュレイド城とラティオ火山の奥地に突然現れたって!」

 二人とも真剣な顔をしていた。
 冗談なんかでは無いのだ。

「それがもしかしてあの時の……!?」

「間違いねぇ。今、俺たちの騎士団がシュレイド城の方へ回ってるが圧倒的にハンターが……G級のハンターが足りないんだ」

「なら早く加勢にいかないと!」

「でもシュレイド城や火山って向こうの大陸だろ? 今から行ってもオイラ達……間に合うのかなぁ……?」

「心配無いよ、二人とも。もう手は打ってある」

 ハンマーさんが私たちをなだめるようにニヤリと笑った。
 ……まるでこのことを予知していたかのように。

「……一ついいかしら?」
 
 後から静かだがよく通る声が響いた。
 アンさんだ。

「誰だアンタ……ってまさか――!」

「……しー」

「むぐ……っ!?」

 何かを言おうとしたフレアさんだったが、瞬く間に移動してきた彼女の指にその口は封じられていた。

「な……ななな!」

「……黙って聞きなさい」

 驚いて口をパクパクさせているチョモさんを無視して、アンさんは皆に向き直った。
 
「……その報告が真実なら、出現する龍は二体じゃないわ。三体よ」


 今まで黙って話を聞いていた彼女の口から出た言葉は、更に事態を重くさせるものだった。

「そんなバカなっ! その辺のモンスターじゃ比べ物にならない大きさだぞ? もう一匹いたら気付かないわけがない!」

 アンさんの指を振り払って、フレアさんは動揺を隠せないように否定する。
 しかしアンさんは涼しい顔で、まるで面白がるようにして口を開いた。

「……場所が『古塔』で、まだ『出現』してないなら?」

「なっ……!?」

 フレアを見据えた、アンさんの目が怪しく光る。

「……『ミラボレアス』。霊山の頂で赤衣の女がそう言ったのよね?」

「あぁ……確かにそうだ」

「……ミラボレアスという名はそのまま運命の戦いを意味するの。この名が初出するのは、古シュレイド王国の創設者が裏切りのうちに命を落としたとき、いずこかより現れた赤衣の詩人の詠じたという唄の中においてよ」

 そしてアンさんは淡々と古い言葉を紡ぎだした。

『数多の飛竜を駆逐せし時、伝説はよみがえらん。 数多の肉を裂き、骨を砕き、地を啜った時、彼の者はあらわれん。土を焼く者、、鉄を溶かす者、水を煮立たす者、風を起こす者、木を薙ぐ者、炎を生み出す者……その者の名は「ミラボレアス」。その者の名は、宿命の戦い。その者の名は、避けられぬ死。喉あらば叫べ……耳あらば聞け…………心あらば祈れ。ミラボレアス……天と地とを覆い尽くす彼の者の名を。天と地とを覆い尽くす、彼の者の名を。彼の者の名を』

「その言葉……あの時の……」

 アンさんの言葉は、あの時赤衣の女でありハンマーの姉である『マリアン』が唄ったものと同じものであった。

「……私は昔からミラボレアスについて調べて回っていたの。古い文献によればミラボレアスは全部で三体。『黒龍』『紅龍』『白龍』が存在しているわ」

「白龍……」

 『白龍』。
 その言葉が何故か心に突き刺さった。

「白龍は……塔にいるんですね?」

 アンさんは私の言葉に驚いたように目を見張ったが、やがて納得するように頷いた。

「…………そうよ」

「なら私は塔に行きたいです! 行かなきゃならない気がするんです!」

「アクア、焦る気持ちは分かるけど少し落ち着いて。今から三ヵ所に全員を割り振るから……」

「ハンマーの姉ちゃん、そんなの後にして早く港に向かおうぜ? 船しか行く方法ねーんだからさぁ」

「ふふん、ヨルヴァ。手は打ってあるって言ったでしょ? もうじき着く頃なんだけどな」

「着くって何が……?」

 ヨルヴァが小難しそうに首を捻っていると、外から村中に響くような大音声が響いたのだ。

『皆いるー? 遅れたわね!』

「な、なんだ!?」

 驚いて皆が外に出ると、辺りが異様に暗い。
 何かの気配を察知して上を見上げると、村の上空には巨大な船が浮かんでいた。

『ドンドルマ発、ユクモ行き! そして今からはユクモ発、旧大陸行きの気球船「シエラ号」、只今到着よ!』

 その甲板に立ち、鳴き袋を加工して作られた『拡声器』で上空から声を響かせるのは、金髪の美少女。
イーゼンブルグ家当主、シャルワナ=イーゼンブルグ……シャワちゃんの堂々たる登場であった。



[37857] 最終章 『Last Guidance,』 3話
Name: 楽太郎◆a3215f1c ID:4717fa5c
Date: 2014/05/04 20:09
 気球船が村に着陸してから数分後のこと。
 異変はすぐに分かりました。



「んしょ……っと」

 まず、気球船から飛び降りたのはシャワちゃんでした。
前と同じ黒色ブナハのスカートを軽く押さえ、梯子も使わずに猫のようにしなやかな着地をしてみせた彼女。

 史上最年少のG級ハンターで、イーゼンブルグ家の当主。

 そんな物凄い肩書きを背負いながらも、ずっと前を見据えて頑張っている。私よりも年下の、可愛くて強い女の子。

 私の目の前に降り立ったのはそんな頼もしい友人だった。

「久しぶりね、アクアさん」

 二年ぶりに聞いた声は、変わりなく透き通った色をしていた。
 落ち着いた物腰で隣にいたハンマーさんとも会釈を交わし、申し訳なさそうな顔を浮かべる。


「遅れてごめんなさいね。少しアクシデントがあって、しかもドンドルマはもう巨龍、巨龍の大騒ぎ……抜け出すのに苦労したわ」

「向こうは……そうでしょうね」

 突如として現れたという二体の龍。
 それが向こうの人々にどのような混乱を招いてるか、少し考えただけでも恐ろしい想像が出来てしまう。


「それにしても……まさか気球船で来るなんてビックリしましたよ」

「あら、聞いてなかったの?」

「え?」

「ハンマーさんったら相変わらずね……」

「あはは! 誉めないでよー」

 何故か照れ笑いするハンマーさんに対し、呆れながら苦笑いするシャワちゃん。
 この二年で一番、いい意味で変わったのは彼女かもしれない。

「酷いですよハンマーさん。分かってたなら教えてくれたっていいじゃないですか」

「えー、だって驚かせたいじゃん? ねぇ?」

「……私をグルにしないで欲しいわ」

「アンさん並みに冷たいよ!?」


 私とシャワちゃん。もはや『どっちが年上か?』なんて問われても、身長以外に言い張れる部分が無いかもしれない。
 ……いや、身長もかなり迫られている。
 だとするとスタイルとかの勝負に──って私は何を張り合ってるんだろう……。


「あっれぇ!? もしかして、いやもしかしなくてもシャワ姉ちゃんじゃん! どうして気球船なんかから!?」

 私がそんな変なことを考えていると、それをまるごと吹き飛ばすような声が後ろから響いてきた。


「ヨルヴァ!? 凄い久し振りじゃない! 何か少し大人びて……でも背は伸びてないようね」

「せ、背はどうだっていいだろ!? でもかなり逞しくなっただろ?」

 ムンと胸を張っても、やはり少年な竜人族にシャワちゃんは苦笑いしてしまう。

「うーん……。とりあえず元気にはしてたみたいで良かったわ」

「もちろん! お陰で元気も元気さ! ようやく仲間も出来てさぁ──」


 驚いたことに二人は知り合いのようだ……一体いつ知り合ったんだろう?


「──ってそういえばバルスの兄ちゃんは? また殴られて寝込んでるとか?」

「今回は違うわよ!」

 ……ホントにどんな知り合い方したんだろう。

「……んん。まぁ、そうだったら良かったんだけどね……」

 そこでシャワちゃんは困惑したように顔を曇らせ、気球船を見上げた。

「『あれ』、どうしたらいいのかしらね……」


 ──ここで冒頭の『異変』のくだりに戻ります。

「……え?」

「何だ……あれ?」


 気球船を囲んでいた村人の中でもざわめきが大きくなる。
 気球船の梯子を伝って降りてきたのは、謎の生物だった。

 鮮やかな青と黒のストライプ模様をした身体、そして赤いトサカを頭部に生やした、人のようなモノ。
 手足は人のそれで尻尾もないが、後ろ姿だけでも限りなく不気味なフォルムをしていることが分かる。

「シャ、シャワ? アイツは一体……?」

「…………」

 ハンマーさんでさえ目を白黒させている中、その生物は地面へと降り立った。

「………」

 ぼんやりと正面を向いて佇むソレに、私は二つの意味で見覚えがあった。

 頭部のトサカの下には竜特有の眼に黄色いクチバシ。そのクチバシは大きく開かれており、鋭く並んだ牙の奥には黒い髑髏の妖艶な眼孔がちらついていたのだ。


 そんな時だ。
 『彼』の口からボソボソと小さな言葉が漏れたのは。


「……ランポスダヨー」



「………は?」



 【ランポス】
 種族:鳥竜種 竜盤目 鳥脚亜目 走竜下目 ランポス科。
 温暖な地域を中心に幅広い範囲に生息する小型の鳥竜種。
 環境への適応力が高く、様々な地域で活動する事が出来る。
 ………以下略。



「バルス!!? バルスだよな? 何だその格好!? 一体どうしちまったんだよお前!!?」

 そんな騒ぎに気付き、村人を押し退けて来たフレアさんが悲鳴に近い声を上げて駆け寄った。


「……ランポスダヨー?」


 ひたすらにそんな台詞を、力無く吐き続けるバルスさん。
 ……前言撤回します。


「……二年もあれば人はあんなに変われるんですね」

「いいえ……たった一晩でこうなったわ」


「……おいシャワ。そりゃ一体どういう事だ?」

 頭を抱えながら尋ねるフレアさん。
 もう完全にお手上げの様子である。

「……龍の話題が出る少し前の事よ。その時、私の家が主催のパーティーみたいなものが開かれたの。それでバルスが流れで急に場を沸かせることになったんだけど……」

「……まさか一発芸を外して大ブーイングを喰らったショックでこうなったと?」

「……話が早くて助かるわ。ここまで引っ張ってくれば自然に治ると思ったんだけど、そう上手くはいかないみたいね」

「この事態になんっつー下らない……」

「……全くね」

「そうでしょ……まったく何……で……」

 シャワちゃんは不意に聞こえた静かな声に神妙に頷いた後、飛び上がった。

「し、師匠っ!?」

「アンさんっ!?」

 私とシャワちゃんがギョッとした表情で後ずさる。
 やっぱりアンさんのこの登場の仕方は心臓によくないです。

「な、ななななななんでここに!?」

「……あら? 聞いていなかったの? ハンマー、貴女やっぱり相変わらずね」

「んふふ、だから誉めないでってば」

「……ハンマーさん、少なくとも私の貴方への印象は急降下しっぱなしですからね?」

「いやいや、そんな」

「いやいや、まじです」

「師匠……私が今でどれだけ探したか……!」

 シャワちゃんが喜びや怒りの入り混じった表情でアンさんに詰め寄ろうとしたが、彼女は静かにそれを制した。

「……シャワ、話は後にしましょう。……まずはこの男」

「……ボクランポスダヨー」

「……悪いけれど、時間が余り無いのよ」


「アンさん!? そんなに助走をつけて何……をっ!?」


 飛ぶ、左ストレート。
 跳ぶ、偽鳥竜。


 逆さまになって失神するバルスさんを見て、アンさんがシャワちゃんの師匠だという事を身をもって確信した私でした。




        ◇



 ひとまず、バルスさんは何とか一命を取りとめ……いえ正気に戻りました。

「ごめん……シャワ。よく覚えてないんだけど、迷惑かけたみたいだね」

「いいのよ、バルス。困ったときは助け合おうって決めたじゃない」

「シャワ……恩に着るよ」

 相棒の優しさに触れ、ハンカチを目元に当てるバルスさんの横で私は苦ーい笑顔を浮かべていた。

 師弟間で『彼は殴っても大丈夫という暗黙の了解が出来た』のだと、裏でシャワちゃんが嬉しそうに語っていたことを……私は生涯黙っていかなければならないだろう。


「皆、改めて久し振り。見ない顔もいるけど、変わりなく元気そうで良かったよ」

 顔は大惨事になっていますが、それでも挨拶は欠かさない自称紳士。
 恐らく今日がスカルフェイスが一番役に立った日でしょう。


「ん、じゃあこれでやっと全員集合だね」

「あ……」

 ハンマーさんの言葉にハッとして周りを見渡す。


 黒い髑髏がトレードマークのバルスさん。

 優秀なガンナーでしっかり者のシャワちゃん。

 伝説のガンナーの異名を持っている、少しミステリアスなアンさん。

 元気一杯のヨルヴァ君に、豪快なハルクさん。そして二人のまとめ役を頑張るモモさん。

 勇猛果敢、熱血を絵に描いたようなフレアさんに、医療ハンターでちょっとお茶目なチョモさん。



 ──そして、いつも通り隣にいてくれるハンマーさん。
 
 ちょっと悪ふざけが過ぎたり、信じられないようななことを平気でやったりする彼女が。

 どんな時も支えてくれて、ずっと守ってくれたこの人が今も傍にいてくれる。


 見渡す限りに、こんなにも沢山の頼れる仲間達がいるのだ。

 それは奇跡といっても決して過言じゃないと思う。


 それぞれが関わり係わりあい、助け助けられてきた数々の見えない軌跡が、私なんかの考えが及びもしない沢山の物語があったはず。


 そして、バラバラに見えたそれらが今、私の前に──ここに集結したこと。

 奇跡だ。

 それを皆が物語っている。

 皆が証明している。

 そして、私の物語もその中に……。




「アクア、でもまだ終わってないよ」

 ハンマーさんが、私の考えを見透かしたようにウインクする。

「ええ。そうですよね」


 そんな奇跡を、ここで終わらせてはいけない。

 終わらせる訳には、いけない。

 物語の終結は、ここから更に『向こう側』。
 最後の試練はもう目前までやって来ているのだから。



「絶対に……絶対に生きて! また、この村に集まりましょう!」

『おぉ!!』




 幾重にも重なった仲間達の声は、湯元から溢れる波紋のようにゆっくりと、しかし揺るぎない速度で村中へと広がっていった。



[37857] 最終章 『Last Guidance,』 4話
Name: 楽太郎◆a3215f1c ID:4717fa5c
Date: 2014/06/01 14:53
「すっげぇぇぇ! 気球船ってこんなに高く浮かぶんだな!」

 ユクモの村人総出の送迎を受けて、気球船『シエラ号』が空高く飛び立ったのはつい数分前のことです。


「ヨルヴァ、あまり下を覗き込んだらダメだぞ。も、もし落ちたりしたらどうするのだ!」

「そうだぞ小僧。うぅむ……しかし、この歳でこんなものに乗ることになるとはな……いやいや、べ、別に怖くなどないがな! はっはっはっ……」

 甲板ではヨルヴァ君達が騒いでいる。何を話しているのかは分からないけど、遠くから眺める分には楽しそうだ。

「でも本当に凄いなぁ……」

 荷物を部屋に置きながら、私は思わず呟いた。
 凄いと言ったのはもちろん気球船の広さのこと。どれ程かというと、ウラガンキンが大体5匹分。
 いや、全員が武器やアイテムを積み込んでも十分にくつろげるスペースがある、と言った方が分かりやすいでしょうか?
 こんな代物、貴族でも手に入れるのは容易ではないはずだけど……。

「ふぅ……これで全部かな?」

 それはともかく、持ち込んだ荷物は戦いに備えた物のため、量は相当。そのため私も含めて、他の皆もまだ荷物を整理している途中なのです。
 ちなみにヨルヴァ君達はまだ荷物すら置けていません。
 さっきは楽しそうなんて言いましたけど、恐らくは搭乗した直後から甲板に張り付きっぱなしのヨルヴァ君をモモさんが引き戻そうとしているだけなのでしょう。
 ……ハルクさんが目をギュッと閉じ、心無しか内股気味になっているのは少し気になりますが。

「アクアー! もう荷物は置き終わった?」

「わっ!?」

 突然の声に驚いて振り向くと、大荷物の間からハンマーさんがピョコリと頭を出していた。それも大きな眼をキラキラとさせながら。いつもよりテンション高めだ。

「はい、丁度。ハンマーさんも終わったみたいですね」

「もちろん! さ、私たちも甲板に出ようよ。今ならなんと、シャワっこのガイド付き!」

 荷物の裏からこちらに回り込みながらそんなことを言うハンマーさん。
 肝心のシャワちゃんがいないだろうと思いきや、彼女はしっかりとハンマーさんの横に捕まっていた。どうやら荷物の裏からでは身長差で見えていなかっただけらしい。

「何よシャワっこって……ていうか、どうせ海しか見えないわよ?」

 そんな私の視線に気付いたのか、ハンマーさんの言動にほとほと呆れたのか、シャワちゃんは少しムスッとした表情を浮かべている。

「それに、悪いけど私はちょっと用があるの」

 ムスッとした様子とは裏腹に、「用がある」と言った彼女の言葉には若干の申し訳なさが混じっている。
 どうやら本当に用事があるようだ。

「用って?」

 すかさず問いただすハンマーさんに、同意するように私も「うんうん」と頷く。

「別に隠すようなことじゃないんだけどね。実は皆に言わなくちゃいけないことがあって……その準備をしないといけないの」

 いつもキパキパとしているシャワちゃんには珍しく妙に歯切れが悪い。

「私でよければお手伝いしますよ?」

 少し心配になって言ってみたが、少女は困ったように微笑みながら首を横に振って見せた。

「気持ちは嬉しいんだけど、こればかりは私じゃないと……」

「きゃぁぁぁぁぁぁ!?」

 その時、悲鳴と共に大部屋の奥にあった「扉(『関係者以外立ち入り禁止』と書かれている)が音を立てて吹き飛んだ。
 
 「!?」

 三人が驚いて後ろを振り向くと、扉があった場所には女の子が立っていた。
 初めて見る、金髪ショートの小柄な女の子だった。

「おい! 何事だ!」

 フレアさんが物音に反応して駆け付けて来た。ギルドナイトを率いる騎士団長だ。異常事態に対しての行動は恐ろしく素早い。
 しかしその行動はモンスターに対しては有効でも、この少女には逆効果だった。
 金髪の少女はそんな私達の様子に戸惑ったような、怯えた表情をし、更に甲高い悲鳴を響かせたのだ。

「ひゃぁぁぁぁぁぁぁ!? こ、怖い人が走って来ましたぁぁ!」

「どどどど、どうしようアクア!?」

「わ、私に言われても……!?」

「俺のせい……なのか!?」

 後ずさり、おろおろとする泣き顔の少女を前にして、私達は固まって動けないでいた。大型モンスターがどんなに咆哮を上げて暴れようと怯むまないのがハンターだが、怯える少女をなだめるのが得意なのは誰もいなかったのだ。
 しかし一人だけ違う理由で驚いているハンターがいた。少女はそのハンターに気付いた瞬間、パアッと顔を綻ばせて駆け寄っていったのだ。
 そして弾丸のように飛びついた。

「お姉さまぁぁぁ!!」

「ちょ、ちょっと!? うぐっ……!」

 そう呼ばれて抱きつかれた本人は(一瞬呻いたような気がしたが)顔を赤らめて、少女の肩に手を当てて引きはがすと焦ったように言った。

「フィリア!? まだ向こうにいなさいと言ってたじゃない!」

「シャワちゃんが……お姉……さま?」

 私はポカンとしてその様子を見るしかなかった。
 そう。少女が「お姉様」と呼んで抱きついたのはシャワちゃんだったのだ。
 確かに、よく見るとフィリアと呼ばれた少女はシャワちゃんにとてもよく似ていた。
 シャワちゃんの長髪をショートに揃え、いつもの強気なつり目を不安そうな垂れ目にし、身長を少し低くすればそれだけでフィリアちゃんになるのだ。

「だ、だっていつまでも一人で……不安になってしまったんですもの……」

 シャワちゃんと瓜二つな少女は大きな瞳を今にも泣きそうに潤ませて、抱きついたまま離れようとしない。

 んんー、しかしあれです。
 私は変な笑みをを浮かべそうになる口元を片手で押さえながら思った。
 おどおどとした表情で弱気な瞳を浮かべるシャワちゃんそっくりな彼女を見ると……。

「『どうにも少し新鮮で楽しい想像をしちゃうなー』……なんて考えてそうな顔してるけど大丈夫かしら? アクアさん」

 …………!!!?

「と、とんでもない! や、やだなぁシャワちゃんったらもう!」

 顔を真っ赤に染めて両手を振ってみせるが、イーゼンブルグ家の長女はジトッとした目で私を訝しげに睨み続ける。
 とんでもないどころか的中である。何故ばれたのだろうかと困惑していると調子を取り戻したハンマーさんが腕を組んで頷いた。

「アクアはすぐ顔に出るからねぇ……でもその気持ちは凄く分かるっ!」

「ハンマーさんはちょっと黙っててくださいよ! 話がややこしくなるじゃないですか!」

「ふふ……今日はやけに誉められる――」

「誉めてませんっ!」

 そんなやりとりをしていると部屋から下へ続く階段から足音が聞こえてきた。

「──なになに? 何の騒ぎって……あらら、どうしたのこの子?」

 騒ぎを聞き付けてチョモさんがバルスさんを連れて(引っ張って)やって来たのだ。大部屋の下は操縦室になっており、チョモさんはバルスさんに操縦を教わっていたところだったはずだ。
 なら今は誰が操縦しているんだろうかと、非常に重大な疑問が浮かびかけたがヨルヴァ君達が甲板から続いて来たためにその疑問はあえなく霧散してしまった。

「バルス……お前ついに顔だけじゃなく誘拐までやっちまったのか……」

「バルスの兄ちゃんが誘拐!? ……そりゃいつかはやるかなって思ってたけど」

「いやいや、僕さっきまで君たちと話してたじゃないか。もし疑うとしたら明らかに他の……いやいや、どうして女性陣はそんな目で僕を見るのかな!?」

「もう……しょうがないわね」

「これ以上騒ぎにも出来ないし」、そうため息がちに言うとシャワちゃんは、後ろに隠れていた少女をくるりと手前に押し出した。

「お、お姉さま!?」

「バルス以外は知らないでしょうから、少し早いけれど紹介するわね、この子はフィリア。私の妹」

 ポンと言われたが全員が寝耳に水である。盛大にどよめきが起きたが、シャワちゃんはそれを制するように続けた。

「で、ついこの前まで街外れの修道院にいて、やっと実家に帰ってきたばかりなの」

 そう言って、シャワちゃんが妹の肩を軽く叩く。途端、フィリアちゃんがハッとして私達に向き直った。お姉ちゃんの優しいリードであった。

「み、皆さん初めまして。フィ、フィリアです……。 こ、今回はその、どうしても気球船に乗ってみたくて……す、すみません! お騒がせしました!」

 彼女はペコリと頭を下げると、またすぐにシャワちゃんの後ろに隠れてしまった。

「この子は結構人見知りなとこがあって……。それに、ずっと修道院にいたから男の人とかほとんど見たこと無くてね、ちょっと緊張してるのよ。だからあまり刺激しないであげて。特に男性陣!」

「シスターさんって訳か……ちょっと感慨深いな」

 チョモさんが何かを懐かしむように微笑したが、すぐに眉間にしわを寄せて盛大にため息をついた。

「しかし……はぁ……初めて会った男がフレアとバルスってさぁ………。フィリアちゃん……もっとましな男は沢山いるからね? 誤解しないであげてね?」

「は、はいっ……?」

「チョモ、お前なぁ……」

 女の子を泣かせてしまって傷心気味だったフレアさんが恨めしそうに相方を見る。そんな友人を見かねてか、バルスさんが近寄ってこそっと耳打ちをした。

「フレア……実は彼女、初めて僕に会った瞬間気絶したんだよね」

「お、お前……! ……心中察するぜ」

 なにやらフレアさんとバルスさんが肩を組んで男泣きしているが、私はそんなことを気にしている場合ではなかった。
 もし、私が昔聞いたシャワちゃんの話が本当だったなら……。

「妹さん──フィリアちゃんが修道院から出たっていうことは、シャワちゃん……」

「ええ」

 シャワちゃんは私に小さく頷いて見せると、それ以上は何も語らなかった。
 きっとフィリアちゃんには何も伝えていないのだろう。

「おめでとうございます。そしてお疲れ様でした」

「ふふっ、ありがと!」

 その満足そうな笑顔が、彼女の今までの頑張りを体現しているように思えた。

「さてと、紹介も終えたしフィリアはまた部屋で休んでいてもいいわよ?」

「はい、お姉さま。あ、あの……皆さん、本当にお騒がせしました……」

「またねー、フィリアちゃん。後で話を聞きに行ってもいいかな?」

 ハンマーさんがにっこりと笑いかける。
 さっきまでフィリアちゃんと一緒におろおろしていたのを隠すように大人ぶった対応をしているのだ。大人(?)ってずるい。

「は、はい。私なんかの話で良ければ是非……」

「ちょっとハンマーさん。あんまり意地悪したらダメよ?」

「分かってるよー。しっかしシャワも立派なお姉さんになったねぇ」

「な、何でニヤニヤしてるのよ!」

 シャワちゃんがまたもや顔を赤くして怒るのを見て、私達もついついニヤニヤしてしまい、妹想いのお姉ちゃんに雷を落される。
 その後も何故か(理由は明かですが)墜落し始めた気球船を慌てて立て直し、責任としてギルトナイトの二人が渋々ながら操縦させられたりと、様々なイベントが私達を飽きさせることはなかった。。

しかし、そんな楽しいやり取りが出来たのも、気球船が航路の半分を飛ぶまでだった。







 

「た、たたた大変だ! 姉ちゃん達! 早く外に来てくれ!」

 全員が荷物の整理も終え、フィリアちゃんも交えてのんびりと談話をしていた時。一人景色を楽しみに甲板へ出ていたはずのヨルヴァ君が、血相を変えて部屋へ飛び込んできた。

「一体どうしたんですか!?」

 あまり慌てているのか、龍人族の少年は私の問いかけにも答えず、しきりに青い顔で外を指差し続けた。

「と、とにかく早く見てくれよぉ!」

 ヨルヴァ君の様子は尋常では無い。
 ハンマーさんが真剣な顔で私の手を引いた。
 
「アクア、行ってみよう」

「はい!」 

 ハンマーさんと共に甲板に出た私だったが、そこには想像を絶する光景が広がっていた。


「ハンマーさん……あれって……」

 あまりの惨劇に、上手く言葉が出せない。

「うん。大陸のあちこちに火と煙が……かなりの規模だ」

 甲板出てきた全員が唖然としている。
 大陸のあちこちから見える、揺らめくような赤い光。そして立ち上る黒い煙。それが最初に私たちを出迎えた光景だった。

「これが全部……巨龍の仕業なんですか?」

「……あれはモンスターの仕業だけじゃないと思うよ。僕たちが気球船で飛び立つ前にも、巨龍騒ぎに乗じた『騒動』が結構起こってたんだ」

 バルスさんが冷静に、しかし何かを抑えるように言った。

「ということは、人が……?」

「ええ……苦々しい話だけれど。ドンドルマはギルドが混乱を抑え込んでるからまだ何とかなっているけど、それもいつまで持つか分からないわ……」

 シャワちゃんも、顔を強張らせている。

「そんな……」

「これは……早く原因を何とかしないととんでもないことになるぞ……」

 ハンマーさんもいつになく真剣な表情で。
 皆が皆、焦る心を必死で抑えていた。

「……まずは一度ドンドルマへ。話はそれからよ」

「バルス! 操縦室に戻るわよ! いつまでもチョモさん達に代わりを任せるわけにはいかないわ」

「了解!」

 そう言って走り出す二人の傍らで、モモさんとハルクさんに支えられるようにしてやって来たヨルヴァ君はギリリと歯を噛み締めていた。

「アクアの姉ちゃん……オイラ……不安だよ。こんなことになった原因の巨龍を許せねぇ! って気持ちと、そんな奴をオイラ達だけで何とか出来るのかな? っていう気持ちがグルグルして……狩りの時のワクワク感が全然沸いてこねぇんだ」

 気持ちは、痛い程分かった。

「ヨルヴァ君……私も同じだよ」

「アクアの姉ちゃんも……?」

 私は不安そうに見つめるヨルヴァ君に笑って頷いてみせた。ここで私まで怯えた顔をしてはいけない気がしたのだ。

「うん。でも、ここで持たなきゃならないのはそのどっちの気持ちでもないの」

「どっちの気持ちでもない……? じゃあ一体どんな気持ちを持てばいいんだ?」


 それは私が今までかかってやっと見つけた答え。
 もっとも、まだ答えを出した『つもり』であって確証はないのだけど。



「仲間の力をもっと信じること……かな。私たちが持たなきゃならないのは人間としての、ハンターとしての絆の強さを信じて戦うことなんですよ。そしてその絆を築き上げれた自分のことを誇りに思う気持ち……それを忘れないことだと思うの」

「うーん……? なんか難しいなぁ」

「……私もまだ、まとめれてないみたい。でも、私がハンマーさんと出会ったように、ヨルヴァ君がモモさんとハルクさんと築いた絆は素晴らしいものでしょ?」

「それはオイラもそう思うけどさ……」
 
 今一、ピンときてない様子のヨルヴァ君。

「なら、それを無駄なことなんかには出来ないよね?」

 ピクンと、ヨルヴァ君の三角の耳が動いた。

「当たり前だい!! モモ姉は……あとまぁ、ハルクのおっちゃんも、オイラの大事な仲間だからな! 無駄なことなんか一つもありゃしないぜ!」

「おい小僧今何で……むぐっ!?」

 ハルクさんが口を挟もうとした瞬間、後ろからモモさんの細い腕が懸命に彼の口を塞いでいた。

(ハルク! 今は黙ってないと駄目だ!)

「むぐぐ……」

「……きっとその気持ちが一番の力をくれるはずだよ」

「そっか……何となくアクアの姉ちゃんの言いたいことが分かった気がしたぜ。ありがとな! もう大丈夫。そうと決まれば、おっちゃん! 空飛んで足がなまったらいけないからな、アップしとこうぜアップ!」

「こ、ここでやるのか!? 小僧よせっ、やるなら中で……やめろ揺らすんじゃないっ!」

「二人とも! こ、ここで暴れるのは本当にやめてくれっ!」








 ヨルヴァ君は二人に室内へ連れて行かれた。遠ざかる三人の声を聞きながら、まだ遠い大陸を見つめていると、いつの間にかハンマーさんが隣に並んでいた。

「──アクアさ、半分位自分に言い聞かせてたでしょ?」

 いたずらっぽく言われて、私も思わず苦笑いする。

「……えへへ、バレました?」

「何年一緒にいると思ってんの?」

「何十年も一緒みたいに言わないでくださいよ。まだ三年です」

「三年か……」

 ハンマーさんはしみじみとした様子で甲板の柵にもたれ掛かる。

「ええ、今までで一番長い三年でしたけどね」

「まだ始まったばかりじゃん。これからでしょ、アクア?」

「……そうですね。 生き残るためにも私たちの絆の力、ぶつけてやりましょうか」




「……なかなかに臭い台詞ね」

「アンさん!? いつの間に後ろに……さっきバルスさん達と中に入ってませんでした?」

「……瞬間移動はプロハンターの嗜みよ」

「……それは……嘘ですよね?」

「……ええ」

「……」

「……」

 突っ込みづらい!
 咄嗟にハンマーさんに助け船を求めて横を向いたが、すでに居なくなっていた。まさかあの人も習得していたとは……。



 私とアンさんの二人しかいなくなった甲板。
 そこに特に意味を感じなかった私だったが、そこでアンさんがポツリと発した言葉に私は耳を疑うことになる。








「……貴女の両親から遺言を預かっているわ」

「……え?」

 甲板に流れた風が、私たちの間を強く吹き抜けていった



[37857] 最終章 『Last Guidance,』 5話
Name: 楽太郎◆a3215f1c ID:4717fa5c
Date: 2014/09/15 19:46
『……貴女の両親から遺言を預かってるわ』


「…………え?」

 一瞬、アクアは何を言われたのか分からなかった。
 ただ、ドクン、と自分の心臓が跳ね上がったことだけは分かる。

「……正確には手紙だけれどね。受け取るか受け取らないかは貴女の自由よ」

「よ、読ませて下さいっ!!」

 考える前にそう答えていた。
 何故アンさんが? どうして今になって? そんな疑問が浮かぶ余裕などありはしなかった。

「……そうよね、そう言うだろうと思っていたわ」

「アンさん……」

 もう吹っ切れたと思っていた。仇であるクシャルダオラを打ち倒し、ユクモ村にも帰ることができ、落ち着く暇など無いような仲間との日々にすっかり心の傷は癒えたと思っていたのに。
 私は、『両親の手紙』という言葉に驚くほどに反応していたのだ。
 そんな私を見て、アンさんはゆっくりと頷いた。思慮深い翡緑の細目が更に細くなる。

「……なら、まずは貴女に今まで黙っていた理由から話さなければならないわ」

「理由……」

 淡々と、静かに言葉を紡ぐアンさんにはどこか人を落ち着かせる雰囲気があった。幾分か冷静さを取り戻した私だったが、まだ胸の鼓動を収まる様子を見せない。私の急かすような視線を感じてか、アンさんは昔を思い出すように本題を切り出した。


「……私は貴女の両親とは昔から付き合いがあったの。自分達に何かあった時のために──当時は重度の心配性だって、随分と馬鹿にしたものだったけどね」

 そう、少し寂しげに笑うアンさん。私が知らない両親との思い出がそうさせるのであろうか、そんな彼女を見ると胸が何故か寂しくなる。

「その時、貴女宛の手紙とそれを渡す為の条件を託されたのよ」

「条件……ですか?」

 条件という固い言葉に、不安を覚える。
 もし条件を満たせていなかったらどうしようと気を揉んだが、アンさんはそんな私の心の準備を待つことなく話し出した。

「……ええ。まず一つは20歳の誕生日を迎えること」

 それならもう満たしている。
 アクアの無言を続きを促すものと解釈してアンさんは言葉を続けた。

「……二つ目に、貴女がハンターになっていること」

 これも満たしている。なんだ、心配するほどではなかったな──そう考えた次の瞬間、アンさんの続けた言葉に戦慄することになった。

「──ただし自分達の仇討ち以外の目的でハンターになっていること。そして三つ目に私が認める程の人間になっていること──この三つよ」

「あ……ちょ……ちょっと待って下さい!」

 凍りつくような寒気がして思わず両手を突き出した。
 私には、どうしても聞き逃せないフレーズがあったのだ。

「……何かしら?」

「私がアンさんみたいな方に認められてるっていうのも何かの間違いだと思うんですが……それ以前に私がハンターになった理由は……」

 折角のお母さん達からの手紙をチャンスを潰してしまうなんて、何を考えているんだと心で叫ぶ自分がいたが、言わないわけにはいかなかった。私は不安で震える拳を必死に抑えて、乾いたような声を絞り出した。

「──理由は、仇討ちなんです。両親の手紙を受け取る条件なんて……馬鹿な私は満たしてないんです……」

『……なら、駄目ね。残念だわ』

 そんなアンさんの言葉を覚悟して、私はギュッと目を閉じて俯いた。
 流石のアンさんでも知らなかっただろう。友人の娘が、本当にそんな理由でハンターになってしまってたなんて……。


「……勿論知っているわ」

「……え?」

 私はまたも耳を疑った。

「な、ならどうし──」

「……貴女は今そんな理由でここにいるのかしら?」

 静かな声が私の言葉を優しく遮る。

「いえ……い、今は……違います。で、でも初めの理由は──」

「……初めの理由なんか関係無いの、問題は『今』、『どうあるか』でしょう? そんなこと、何時までも背負うようなものじゃないわ」

 再び私の言葉を遮った静かな声。
 その声には不思議な説得力があり、私の反論は喉から先へ向かう前に泡のように消されてしまった。

「……受け取ってくれるわね?」

「…………はい」

 強引に言いくるめられてしまった気がする。子供の言い訳を包み込んで、罪を認めさせるような優しい圧力に。そんな風に言われてしまってはもう降参するしかなかった。
 私が諦めたように頷くのを見ると、アンさんはその言葉を待っていたかのように眼で微笑み、少し待つように言い残して部屋の中へと入っていった。

 とたん、風の音以外何も聞こえなくなる。

「………お父さんとお母さんからの……」

 嬉しいような、悲しいような。
 とうの昔に克服したはずなのに、そんな気持ちが溢れてくる。
 今でも時々、両親の死を受け入れようとしない自分が出てくるのだ。家に…… 今はもう誰も住んでいない家に、当たり前のように待っていてくれているのではないかと、そんな想像をしてしまう私が。
 そうだ。
 私は思う。
 いつか割り切ろうと考えていた。でも結局ずるずると引きずってしまっている私への絶好の機会じゃないか。
 そう考えて潤みかけた瞳を擦っていると、後ろから唐突に「待たせたわね」と声をかけられた。

「……いえ、そんなことな──」

 流石にもう慣れましたよ──と、内心ドキドキの自分を隠すように振り向いた私だったが、そんな付け焼き刃は速攻で叩き折られた。

「な、何ですか!? その大きな袋!」

 アンさんの脇に置かれていたのは、彼女の腰程までに膨れ上がった大袋だった。地味に垂皮竜の皮を鞣して作った防水仕様のやつ。

「……貴女の両親は大層な心配性でね。『もし娘がハンターにならなかったら』とか『もし何処の馬の骨とも分からない男と交際していたら』とか……数百通りのパターンの手紙を用意していたのよ」

 ため息混じりにアンさんが言った。

「へ……?」

 思わず変な声が漏れる。
 アンさんのため息は後でシャワちゃんに話したところ『五年に一度つくかつかないかの激レア』だったらしいけれど、今はそれよりも私の両親へのイメージが大分崩れたのが問題だと思う。

 あれ……?
 もっといい方向で真面目な人たちだった気が……。


「……真面目だから故の親バカなのよ」

「な、なるほど」

もはや心の声を読まれてることに違和感を覚えなくなってしまった。

「……とりあえず、アクア。これが今の貴女に一番ふさわしい手紙よ」

 そう言ってアンさんが手渡したのは、少し(センスが)古びた便箋に入れらたずっしりとした手紙だった。

「……な、何でこんなにずっしりとしてるんでしょうか?」

「……私が知りたい所ね」

 彼女は何年もの間『これら』を持ち続けていたのだ。その期間を私が伸ばしてしまっていたことに対し、大きな罪悪感がのし掛かって来る。
 絶対に早く渡してしまいたかっただろうに……律儀に待っていてくれたアンさんを正直、申し訳無さすぎて直視できない。

「……私が好きで承諾したことだから気に病むことはないわ。それより、早く読んでしまいなさいな……風に飛ばされてしまう前に」

「は、はい」

 急かされて、私は慌てて便箋を開ける。やはり中には何束にもなった手紙が入っていた。

「では読みますね……」

 恐る恐る一枚目の手紙を開く。
少両親が最後に残したメッセージ……私はゆっくりと読み上げていった。

「『やっほー☆ アクアちゃん! 二十歳の誕生日はもう終わっちゃったかな? ごめんねぇ……遅れたけど誕生日おめでとう~! パチパチ!』…………すみませんちょっといいですか」

 反射で勢いよく手紙を閉じてしまった。
 ……これ絶対読み上げれないやつだ!

「……………ごめんなさい、後は……ふふっ……一人で読んでくれるかしら」

 アンさんがお腹を抱えて悶絶している。
 これもシャワちゃんにも教えたかったけれど、この事は誰にも言えそうにない。
 ていうか言いたくない……。
 その後も延々とやけに華やかな文章が書かれていたが、最後の一枚だけは文体が違うのに気がついた。

「これは……お父さんの字かな……『アクア、俺の言いたかったことは全部彼女が書いてくれてるからな。俺は必要なことだけを書こうと思う』……間違いないですね」

「……続きを」

 アンさんも既に顔を上げて私が読み上げるのを待っている。

「はい……『ドンドルマのイーゼンブルグ家を訪ねろ。俺たちが残したものがお前の力になることを願う』……イーゼンブルグって!」

「……図らずも行き先は同じということね」

「シャワちゃんの実家に何が……?」

 そんな思惑が止まないまま、気球船は目的地であるドンドルマに近付いていった……。

「あ、まだ続きが……『お母さんのこと、誤解しないでくれな。彼女はお前のことになると人が変わっちまうからな』……って、うううーん……分かってるなら止めて欲しかったような」



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「アンさんは入らないんですか?」

「……ええ。私は何かと嫌われているから」

「すみません師匠……すぐに戻りますから」

 私達はドンドルマの外れに気球船を止めた後、徐々に混乱が増し始めている街中をフィリアちゃんを庇いながら進み、イーゼンブルグの屋敷の近くまで辿り着いていた。

「それにしても驚きよね。まさかアクアさんの御両親が私の家に……お父様に何かを預けてたなんて。世間ってやっぱり狭いのかしら?」

 歩みを進めながらシャワちゃんがそんなことを呟く。

「うーん……そんな言葉で片付けちゃいけないような……。それにしてもちょっと緊張するなぁ……シャワちゃんのお父さん怖いから」

「いや……ここだけの話なんだけど、この前お父様……今度は私に『パパ』って呼べだなんて言ったのよ?」

「それは……ちょっとキツいな……」

 引きつった笑いを浮かべた私に、少女は盛大に眉を吊り上げて頷いた。

「でしょう!? 今更何? って感じよ。……まぁ、今まで敢えて厳しくしてた反動が来たんでしょうねー」

 久し振りに出会った直後は少し固くなってしまっていたが、会話に花を咲かせている内に私達はかなり打ち解けていた。

「でも……お父さんがいるっていうのはやっぱり楽しそうだね」

「あ……ごめんなさい! アクアさんの前でこんなこと……」

 慌てて謝るシャワちゃんに私は更に慌てて首を振った。

「あっ、そんな意味で言ったんじゃないです! ただ単純に会うのが楽しみになってきてね?」

「んん……そんな期待されてもイメージ通りだと思うけれど……」

「お姉さま! パパは優しいですよ?」

「あ、あなたいつの間にパパだなんて……! ダメよ。お父様と呼んでやりなさい。貴女の今後に響くわ」

「は、はい、お姉さま。お父様は優しいです」

「よろしい」

 一連のやり取りを聞いた、私は感心して頷いた。

「……お父さんよりお姉さんの方が優先なんですね」

「まぁ、姉妹なんてそんなものよ。立場的にも今は私の方が偉いしね」

 そう言って子供っぽい意地悪な笑みを浮かべるシャワちゃん。そうしていると年相応な雰囲気にコロリと変わってしまう。
 そんな会話をしている間に、私達はすでに屋敷の門を叩いていた。
 門の前には怖そうな兵士が二人立っていたが、シャワちゃんの顔を見るなり敬礼して道を開けた。

「わぁー、やっぱり偉いんだ」

「あまり自慢してもしょうがないものだけどね」

 流石に会話も抑え、屋敷の中を道なりに進んでいく。
 地味過ぎず、豪華過ぎずの装飾に関心しつつ階段を上っていくと、シャワちゃんの足が一つの扉の前で止まった。
 どうやらここがダイガスさんの部屋らしい。

「じゃ、入るわよ」

「はい」

 シャワちゃんはそう言うと扉を二度ノックし、重装のドアノブをゆっくりと回した。



[37857] 最終章 『Last Guidance,』 6話
Name: 楽太郎◆a3215f1c ID:4717fa5c
Date: 2014/09/17 11:45
 ギィ、と木材と金属の擦れる鈍い音がした。
 夜の暗さを抱え込んでいた廊下に、暖かな光が漏れ出す。
 暖炉が灯っているのだろうか、扉の中には暖かな空気が篭っていた。

「お父様、入るわよ」

「お父様しつれいします」

 慣れた様子で部屋へと入って行く金髪姉妹の後に続き、私も慌てて足を踏み出す。

「し、失礼しま──」

「む……シャルにフィリアか」

 私が声を発し終わる前に、渋く低い声が部屋の奥から聞こえてきた。彼女らの声に気付いて顔を上げたダイガスさんは、部屋の奥にある机で分厚い書類に目を通している最中であった。

「わ……すごい」

 私はつい驚くように部屋を眺めてしまった。
 ギルドの集会所と間違える程に大きな部屋。その一面に壁代わりの本棚が置かれており、唯一本棚が無い場所には嵌め込み式の大窓が一つ、月明かりを招き入れている。その他の家具は大窓の前にあるダイガスさんの使っている作業用の机と、客用であろう椅子とテーブルが空いた部屋の真ん中にポツリと置かれているだけ。
 書斎なんてものではない、図書館と呼んでもおかしくない程の見事な部屋だった。

「よく帰ったな。予定よりも遅かったから心配していたのだぞ」

 そんな空間に一人溶け込んでいる彼には、以前ユクモで見た粗暴な印象はまるっ見受けられない。部屋の壮観さも合わさり、私の認識は既に博識で厳格な男性という印象に変わっていた。

「……だがフィリアよ、何故私の呼び方が変わっている? パパと呼びなさいと言っただろう!」


「………」

 博識で厳格な印象を受けなくなった。

「はい。でもお姉さまがよくないって言ったのでやめました」

「何……だと……? シャルワナ! またお前は私の……私の楽しみを一体何だと──!」

「そんなこと知らないわよ! ファザコンにしても程があるわっ! それよりもほらっ、お客様よ!」

「何?」

 たった今気が付いたようで、初めて私に目を向けるダイガスさん。
 どうやら娘しか目に入っていなかったらしい。

「ど……どうも」

 ちょっと気まずい雰囲気の中、取り敢えずエヘへと笑ってみせる私。

「……それは失礼した。む、確かユクモにいたハンターの一人だったな?」

「お久しぶりです。アクアと申します。実は私の両親から遺言を預かっていまして──」

 私は早速手紙の内容をダイガスさんに話した。
 時間も母の尊厳を陥れようとする気持ちも無かったので、手紙の内容は少し(九割大)割愛したけれど。
 ダイガスさんは私が話し終えると同時に苦々しい顔をして、大きくため息を漏らした。

「なるほど……お前が奴等の娘だったのか。よく見れば確かに……忌々しくも面影があるか。それに……いや、それは後だ」

 『奴等』……?
 ダイガスさんと両親は親しい間柄では無かったのだろうか?

「ダイガスさんと両親の間には何があったのですか……?」

「……悪いが、それについては話すことは何も無い」

 質問は予測していたのだろう。質問はすっぱりと切り捨てられてしまった。

「そうですか………」

 気を落とした私に「だから」とダイガスさんは続けた。

「結論から言ってしまおう、確かにこの家にはお前の両親からの預かり物──今は形見と言った方がよいか──がある」

「本当ですか!?」

 本当にあったんだ──そんな驚きのままに期待を顔に浮かべた私にダイカスは不敵な態度で頷いた。

「ああ。それに関しては遺言通りお前に渡すとしよう。ただし、私から一つ条件があるがな」

「条件……ですか?」

「あぁ……何、手間は取らせん」

 そう言うとダイガスさんは一人の使用人を呼び出し指示を出すと、大きな箱が二つ台車に乗せて運ばれてきた。

「今から条件を話すが、その前に娘──アクアと言ったな。背にある太刀を私に見せろ」

 箱が運ばれて来るのを見届けた後、ダイガスさんは席を立って私たちの方に歩み寄りながらそう言った。
 有無を言わせない口調である。

「は、はい。……どうぞ」

 渡したのは私が長年愛用している太刀『霊刀ユクモ・真打』。
 以前クシャルダオラと戦った時に破損してしまったが、ポッケ村の加工屋さんに再び叩き直してもらった代物だ。

「ふむ……」

 それを受け取ったダイガスさんは刃を鞘から滑らし、一通り眺めた。

「………やはりな」

 そして一言、聞き間違えたんじゃないかと思うような一言を私に言い放ったのだ。

「よくも今まで、こんなもので生き残って来れたな」

 そう言って──。




 私の太刀を叩き折ったのだ。



「──────っ!?」


 驚きで声が出ない。
 代わりに動いたのは隣にいた少女だった。金の柔らかな髪を逆立て、エメラルドの瞳に怒りをたぎらせながら父に食ってかかった。

「お、お父様……何てことをっ!! アクアさんがどれだけその太刀を大事にしてたか分かって──え? 何よ!? 何で止めるのよアクアさん!?」

 呆然となりながらも、今にも父親に掴み掛かろうとするシャワちゃんを、私はその手を掴むことで引き止めていた。
 ハンターの命とも言える武器を破壊され、本来ならばシャワちゃんと同じかそれ以上の反応をしなければならないはずだ。
 だが、それとは別の本能が凄まじい違和感を私に告げていた。

「……違う」

 そして気付いた。

「何が違うのよ!? 現にあなたの太刀が折られてるのよ!?」

「え? ええ? 何が起こってるのです?」

 フィリアちゃんは何が起きてるのか分からないようで私たちの後ろでオロオロとしている。オドオドとするウサギの様で可愛らしいが、残念ながら今は彼女を愛でている余裕はない。

「……おかしいんです」

「だからおかしいってどういう──あっ……」

 どうやらシャワちゃんも同じことに気が付いたようだ。
 さも当然の様に行われた行為のせいですぐには気付けなかった。だが少し落ち着いた今なら分かる。私たちが見たのがどれ程『あり得ない』光景だったのかを


 ダイガスさんは今、私の太刀を折った。
 飛竜の堅固な甲殻を切る為の、耐久性は折り紙付きなはずのハンターの武器を『素手で叩き折った』のだ。
 改めてダイガスさんの方を向き直る。私の表情から何かを読み取ったのか、彼はゆっくりと、確認するように口を開いた。

「……加工屋に何か言われなかったのか」

「い、いえ……」

「この武器、ユクモ村の武器だろう?」

「はい……そうです」

 あくまで淡々と、それでいて遠回しに確認するようにダイカスさんの質問は続いた。

「それを別の村で強化した……そうだな?」

「……」

 黙って小さく頷く。
 何となく、理由が分かってきた。

「その村の加工屋の技術は素晴らしかったのだろう。この武器をG級でも扱えるよう、丹念に鍛えられている。だが、元は異国の技術で作られた武器……ほんの少しのずれが、僅かずつだが軋轢を生じさせていたのだ」

「確かに……太刀の強化にはユクモの堅木でなく、他の木材を使ってもらいました」

 ユクモの堅木はこちらの大陸では取り扱いが少ない上に時期が決まっている。決戦が近かった私にはユクモの木を取り寄せている時間が無かったので、加工屋にそう頼み込んだのだ。

「理由は他にもあるだろうが、恐らくはそれが一番の原因だろう」


 ダイガスさんの言葉が深く胸に突き刺さる。
メンテナンスにも、折れた時の修理にも私は太刀に本来の素材を使ってはいなかった。もしこのまま討伐に向かっていたら……考えだけでも背筋が凍る。
 だけど何でダイガスさんが……? そう考えているとダイガスさんはふん、としかめっ面をして(この仕草はシャワちゃんとそっくりだった)、箱の一つに歩を進めた。

「……両親に感謝することだな」

「………え?」

 言葉の意味が分からない。そんな私の様子にダイガスは再びため息をつく。

「全く……。何処までが奴等の考えか……考えるのも恐ろしいわ」

 そして一つの箱を勢い良く開け放ったのだ。

「これ……」


 箱の中身に私の目は釘付けになる。
 太刀だった。
 それも相当な代物だという雰囲気を纏わせた一振りが、丁重に仕舞われていたのだ。

「『九十九牙丸(つくもきばまる)』と呼ばれる物らしい。お前の両親が預けた、生産法も何もかもが不明の東国の業物だ」

「アクアさん……太刀を使わない私でも分かる。これ……凄い武器ね」

「ええ……」

 恐る恐る手に取ってみる。ずっしりとした重みが腕に掛かる……鞘を抜くと、吸い込まれる様に鋭利な波紋が刃に刻まれていた。

「こんな太刀を私に……? でも両親は私が太刀を使うことなんて知らないはずなのに……」

「……さぁ、アクアよ。余興の時間だ、『これ』をその太刀で切ってみろ」

 ダイガスさんは私の言葉を無視してもう一つの箱に手をかけた。入っていたのは金属光沢を煌めかせた、一抱えもある、ずんと重々しい黒い塊。

「これ……ウラガンキンの顎ですか!?」

「左様。とある商人から仕入れた代物でな。その太刀ならば切ることが出来るはずだ」

 私は思わずゴクリと喉を鳴らした。
 固い甲殻を持つ爆鎚竜の部位の中でも特別固いと言われている顎。
いくつもの鉱石を溶岩の熱で塗り固めて作られたそれは万物を弾かんという金属質の虹彩を放っていたが、ここで引く訳にはいかない。

「や……やってみます」

 そう言って私は太刀を上段に構える。腕先から太刀の先端まで、身体の延長と思えるまでに意識を張り巡らせて集中させた。

「やぁぁぁぁぁ!」

 気合いと共に九十九牙丸を振り下ろす。

「っ!?」

「アクアさん!?」

 嫌な金属音が部屋に響いた。
 振り下ろした太刀は飛沫を飛ばし、再び上に上がっている。

 弾かれたのだ。

 ダメだ……一瞬諦めかけた私だったが、頬に冷たいものがかかったことに気が付いた。

「飛沫……? そうか、この太刀……水属性なんですね」

「……そう言えば、お前の母親はやけに水属性の武器を愛用していたな。何やら水属性を扱うことに長けた体質だとか言っていたが……まぁ、信じるには値しない話だがな」

「お母さんが……」

 そう言えば今まで水属性の武器を使ったことは無かったな……もっとも水以外の属性も使ったことないけれども。
 ──もっと属性を……水を意識してやってみよう。
 そう考えながらもう一度、太刀に意識を浸透させる。意識を水面に広がる波紋の如く広めるように。
 さっき飛沫が上がったのは水の属性を上手く扱えていなかったからだ。一点に集中出来ず、拡散してしまったのだ。
 もっと集中して……切っ先に水の力が加わるように……。
 お母さんが出来なのなら私にだって──。

「はぁぁぁぁぁぁ!」

「むっ」

 ダイカスさんがピクリと眉を吊り上げた。
 再び振り下ろした太刀は、浮き上がることはなく、飛沫も上がらなかった。
しかし私も結果が怖くて頭を上げることが出来ない。



「やった……やったわよ! アクアさん!」

「………」

すシャワちゃんの歓喜の声に恐る恐る顔を上げると、そこにはしっかりと二つに割れた塊があった。

「やった………!」

 思わず喜びの声を上げると、ダイガスさんはやや悔しそうな顔をした後に腕を組んで後ろを向いた。

「条件を満たしたからには仕方ない。とっとと持って行ったらどうだ、時間が無いのだろう?」

「もう! お父様のせいなのに!」

 シャワちゃんが父親そっくりに眉を吊り上げる。

「……ありがとうございました。さ、シャワちゃん行こう」

「いやでも……」

「ま、まあまあ……」

 まだ文句が言い足りないシャワちゃんをなだめながら、その横にいる妹に膝を折って話し掛けた。

「フィリアちゃん、騒がしてごめんなさいね」

「と、とんでもないです。アクアさん凄かった……」

 フィリアちゃんは先程怯えていたのが嘘の様に目をキラキラさせていた。
 ──今度休みが取れたら絶対会いに来よう。
 そんな黒い考えは隅に置き、にっこりと笑いながら頭を撫でた。

「ありがとう。また会おうね」

「はい、ぜひ!」

「じゃあ、いい子にしてなさいねフィリア」

「はーい、お姉さまも気をつけて!」

 そう言って私たちが部屋を出ようとすると、後ろからシャワちゃんを呼び止める声がした。

「……何? お父様」

「………いや。……やはりお前も行くのか?」

「当たり前でしょ! 大事な友達との約束なのよ?」

「そうか」

 その後、ダイガスさんは一瞬黙ったが、後ろ向きのまま言葉を続けた。

「……今度は早めに帰って来るんだぞ」

 と。

「……もちろん。フィリアを待たせたりはしないわ!」

 ふふん、と胸を張ってそう言ったシャワちゃんは、何故かとても嬉しそうに笑っていた。




[37857] 最終章 『Last Guidance,』 7話
Name: 楽太郎◆a3215f1c ID:4717fa5c
Date: 2014/10/20 21:24
「あ、すみません。お待たせしました」

ユクモの太刀をイーゼンブルグ家に預け、シャワちゃんと館から出ると、アンさんが静かに待っていてくれた。

「……あら、太刀が変わってるわね。びっくりだわ」
 
 そう言ってオーバーに両手を広げるわりには、眉ひとつ動いてない。しかも夜の暗さで背中の太刀なんて、ろくに見えないはずなのだけど……。

「アンさん……ひょっとして知ってました?」

「……さぁ、一体何をかしら?」

「…………」

 ジトッと見つめると、ふいと目を(わざとらしく)反らされる。
 何故こんなにも疑わしい動きが出来るのか。

「ちょっと、師匠もアクアさんも話してないで急ぎましょう! 予定よりも時間が掛かっちゃってるんだから!」

「あ、ごめんなさい!」

「……見ないうちに可愛げがなくなっちゃって」

「なぁっ!? 何言ってんですか!」

 少し顔を赤くさせたシャワちゃんに急かされながら、私達は気球船までの道を走り始める。しかし、その矢先に私は横道から出てきた人に思い切りぶつかってしまった。

「きゃあっ!?」

「うぉ!?」

 聞こえたのは覚えのある若い男の人の声。

「いたたた……」

 幸いにも尻餅だけで済んだが、暗さもあってぶつかった人が誰なのかよく分からない。そうしてる間にシャワちゃんが慌てて駆け戻って来た。

「あ、アクアさん大丈夫!? ちょっと誰よ、危ないじゃない!」

「わ、悪ぃ! 急いでたもんでな……ってうわっ!? あぶねぇよ!!」

 シャワちゃんはグワリも牙を剥いて男に詰め寄ると、松明を顔に突きつけた。すると目に映ったのは見覚えのある紅い長髪。

「フレアさん……?」

「ちょっとフレア! 猪みたいに突っ走って、前見ないからぶつかんのよ! ちゃんと謝んなさい……ってあれ? アクアちゃん達じゃん! 」

 後ろからチョモさんの声もする。間違いなく気球船にいるはずの二人だ。

「何だ……アクア達かよ。おい、悪いな。大丈夫か?」

「は、はい。ありがとうございます」

 フレアさんが差し出してくれた手を掴み、お礼を言う。
 こういう、さり気ない対応はバルスさんより紳士なのではないでしょうか。

「ちょっとフレアったら無視!? もうギルドナイト失格! その地位よこせ! しかもなによ紳士ぶってさぁ!」

 ぴょんぴょんと跳ねながらフレアさんの後ろで文句を言うチョモさん。
フレアさんの肩から頭が出たり引っ込んだりしている。

「……それにしても遅かったじゃねぇか。何かあったのか?」

 しかし彼はまるで聞こえないかのように会話を続ける。

「おいこらフレア」

「私の父がちょっとね。あなた達……もしかして私たちを探しに来てくれたの?」

 その質問に、フレアさんはいつものように面倒くさそうに髪をかきあげる。

「それもあるんだがな、実は予定に少し変更があったんだ。それを伝えに来た」

「予定の変更ですか?」

「ああ。ハンマー達とも話し合ったんだが、実は………ぐぅっ……!?」

 フレアさんが答えようとした瞬間である。突如としてフレアさんの後ろから二本の腕が生え、ぎりりと彼の首を締め上げたのだ。

「時間が無いとこ悪いけどさぁ……無視されちゃうとねぇ……私もちょーっと寂しいんだよねぇ?」

 ミシミシ……と、首からしてはいけない類いの音が聞こえてくる。フレアさんの顔が暗闇でも分かるほど白くなっていく。

「かは……てめぇ本気で……ぐ……わ、分かった………謝る……あやまるから……!」

「あっそ。ならよろしい」

「げほっ……ごほっ……はぁはぁ……」

 スッと腕が後ろに消えると同時に、フレアさんの顔に血の気が戻っていく。

「ちょっと! なんで皆この忙しい時に遊びたがるのよ! しっかりしなさいよもぉー!」

 ついにシャワちゃんの怒声が路地に鳴り響いた。
 少し弁解したいところでしたが、イライラしてるシャワちゃんには触らぬが吉です。
 バルスさんならこの段階でもう殴られてますし。

「と、とにかくだ。俺たち二人はここで降りることにしたんだ」

「え? それってどういう──」

「──……シュレイドに向かうのね?」

 私が質問する前に、後ろにいたアンさんが静かに口を開いた。
 フレアさんも真剣な顔をして頷く。

「……そうだ。黒龍ともう一匹、紅龍の場所が火山の奥地だと分かってな……俺らはドンドルマでギルドナイトをかき集めてシュレイドに向かうことにした。……黒龍ってのはハンターズギルド最古からの宿敵だからな」

 その話なら聞いたことがあった。
 ギルドの掲げる龍のエンブレムは黒龍討伐の意思を表したものだという話。
 単なるおとぎ話だと思っていたけれど、今ならそれが真実だったと分かる。

「……残りは私達が引き受けるということね」

「塔にしても火山の奥地にしても、地形的に多数で挑むことは出来ねぇからな……少数精鋭で頼むしか無いんだ」

 出来ることなら全ての龍を討伐したいと考えているのだろう。フレアさんは悔しそうに眉間にしわを寄せる。

「場所の特定が出来ても喜べる情報は無いんですね……」

「そんな弱気にならないでよアクアちゃん! 逆に考えるんだ、奴等も狭いとこで動かなきゃならないと!」

 フレアさんの体ががぐいと横にずらされ、チョモさんがようやく姿を現した。
どうやら難しい話はフレアさんに一任してたらしい。

「確かに、前向きに考えないといけませんね」

「いや……狭いのはそこまでの道のりであって、奴らがいるのは広い場所だからな?」

「そうそう。アクアちゃんは難しく考え過ぎなんだから、普通の狩りみたくリラックスしていきなよ」

「ったくお前は……もう少し情報をしっかり聞いとかなきゃならないって何度もいってんだろーが」

「普通の狩りもそこまでリラックス出来るようなものじゃないんですけどね……」

「そうそう、そうやって少しでも笑えば緊張もほぐれるってね!」

苦笑いしながらそう答えるも、いつもの調子のチョモさんを見ているうちに不安は何処かに行ってしまった。

「っておい! さっきから聞いてんの──ぐぅ!?」

「うっさいなぁ! さっきから!!!」

 気持ちのいい音がしてフレアさんの鳩尾に副団長の拳がめり込む。

「……て、てな訳で……早めに騎士団の連中を集めなきゃならないんでな……悪いが俺らは先を急ぐぞ……」

「アクアちゃん達も頑張ってね! 全部終わったら皆で祝杯を上げよう! さぁフレアさっさと行くよー」

 強靭な精神力で私たちに話し掛けるも、チョモさんに引き摺られるその足はふらふらとおぼつかない。

「……チョモさん、それって死亡フラグになりませんかね?」

 そんな私の一言にチョモさんは振り向くとニヤリと笑ってみせた。

「……私、この戦いが終わったら結婚するんだ」

「それもです。ていうか嘘……ですよね?」

「ここは私に任せて先に行くんだ!」

「それもですけど、ここで言うのはおかしいですよね!?」

「こんな奴等と一緒にいられるか!私は自分の部屋で寝る!」

「それは主にミステリー物でしか使えませんから!」

「それならねぇ………っ!? ………ふ、フレアそろそろ行こうか! じゃあね皆! フレア早く」

「痛ってえ! おい何いきなり慌てて…………っ!? そ、それじゃあ頑張ってくれよな! ……おいチョモ早く行くぞ」

「あれ? どうしたんでしょういきなり慌てて……………あ」

「………始めに言っておくけど、私は何もしてないわよ?」

 私が最後に見たのは後ろで、今にも泣きそうかつ恐ろしい顔で震えていたシャワちゃんの姿だった。

「あぁもう!! 静かにしろって言ってんでしょうがあんた達はぁぁぁぁぁぁぁ────!!!!!」


 シャワちゃんは大人びたのではなく、ただ我慢強くなっただけだったのだと、私はこの後猛烈に反省することになる。





◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




「……という訳で何とか気球船まで戻ってきた訳です」

「それが僕の殴られた理由の説明になってるとは到底思えないんだけど!?」

「いやいや、ここは無事にシャワちゃんから生還したアクアを誉めるべきじゃない?」

「ちょっと私をモンスターみたいに言わないでよ! ハンマーさん!」

 夜も深くなった頃、気球船の中ではそんな怒声が響いていた。
 結局夜も遅いということで飛行は断念。出発は明日の朝、日差しと共にということになった。


「ごめんなさいバルスさん……でも、あのシャワちゃんを止められるのはバルスさんしかいなかったんですよ?」

「結果止められてはいないけどね……?」

 バルスさんはヒビが入り腫れ上がった頬を撫でながらやんわりと指摘を入れた。その間にもそのヒビは修復されている……本当に不思議なスカルフェイスだ。

「それにしても……本当にそのメンバーだけで大丈夫でしょうか?」

 私は改めて口を開いた。
 先程聞いた明日の決戦についての話だ。

「うん、火山方面にはモモ、ヨルヴァ、ハルク、そしてアンさんの四人が。そして塔にはバルスとシャワ、アクアに私が向かう。ヨルヴァ達にはアンさんが着いてくれるって言うし、そこまで心配は無いんじゃないかな?」

「……ギルドには私から話をつけたわ。少数精鋭ならあなた達が適任なのよ。……私としては塔の方に興味があるのだけど、彼らだけに任せるのはね」

 ……優先順位は間違えられないわ、と若干残念そうなアンさんの目線にはヨルヴァ君達が映っていた。

「んん……もうポポノタンは一杯なんだってば……」

「ううん……ダメだ……そんなこと認めないぞ……」

 聞いたところ、三人はどうやら待ちくたびれて寝てしまったらしい。 
 私たちが帰ったときには既に毛布がかけられていた。
 むにゃむにゃと眠るヨルヴァ君。こんな少年が有能なハンターだとは誰も思わないだろう。ハルクさんは咆哮のようなバインドボイスを上げている……いびきなんて呼べません。

 昼間は平気そうにしてはいたが、(ハルクさんはともかくとして)残りの二人にはかなりの負担が溜まっていたのだろう。
 まだチームを組んでわずかの期間で、歴史に刻まれている程のモンスターとの戦いに駆り出されたのだから当然だ。

「でもアンさんやハンマーさんが見込んで、……それに私だって信頼してるんだから頑張ってくださいね?」

 そう言ってヨルヴァ君のずれた毛布をそっと直すと、彼は年相応のくすぐっそうな笑顔を見せた。
 ──いい夢でも見ていればいいのだけど。

「では明日はまず先に火山へ向かって、塔に向かうのは最後なんですよね?」

「うん。僕がいないと操縦が誰も出来ないからね」

 バルスさんが少し得意気に言う。

「あれ? シャワちゃんの気球船なのにシャワちゃんは操縦出来ないんですか?」

「……墜落してもいいならやるけど?」

「彼女は操縦席に立たすと固まっちゃうからねぇ」

 苦笑がちに言うバルスさんを、むすっとしたシャワちゃんはギロリと睨むがそれ以上はしようとしない。
 どうやらシャワちゃんの高所恐怖症はまだ健在らしい。

「さてと、じゃあ私たちもそろそろ寝ようか? 明日に備えてね」

 ハンマーさんがあくびをしながらそう言うと、すぐに毛布にくるまり始めた。

「あれ、もう寝ちゃうんですか?」

「ん、元気は蓄えといて損はないからね」

 いつもなら一番遅くまで騒いでるハンマーさんが珍しいものだ。
 そんなことを考えていると彼女は更に珍しいことを言ってきた。

「ねぇ、アクアー。今日くらいさ、一緒に寝ないかい?」

「え、えぇ!? どうしたんですか急に……まさかハンマーさんともあろう人が緊張してるんですか?」

「まっさかぁ! アクアが寂しがるだろうと思ってねー。……嫌かな?」

「いえ、そんなことないんですけど……少し恥ずかしいというか……。……でも今日くらいは甘えておきましょうか」

「あ、ずるい。なら私も混ぜてよ」

「なら僕もー! 僕も!!」


 結局、私たちは三人で枕を並べて寝ました。
 たわいもない話をした他には、特に語らうこともありませんでしたが、いつもよりも安らかに眠れた気がします。
 ハンマーさんがやけに大人しく少し心配になったけれど、すでに寝入ってしまったようで静かな寝息が聞こえていた。

 そーっと寝顔を見てみると、満面の笑みで眠っていたので私も思わず笑みがこぼれてしまった。

「明日も、その後もよろしくお願いしますよ?」

 そのままハンマーさんの背中にうずくまるようにして、私はいつの間にか暖かい眠気に包まれていった。

 ──ちなみに、バルスさんはす巻きにされて甲板に放り出されました。
流石に擁護の余地無し、です。



 明日何が起きるか。何が待っているか。果たして帰ってこれるのか。
そんなことを考えながらいつしか私は眠りに落ちていた。



そして、決戦の日が明ける──。



[37857] 最終章 『Last Guidance,』 8話
Name: 楽太郎◆a3215f1c ID:4717fa5c
Date: 2014/11/04 21:07
「火山の奥ってこんっなに暑いのかよ……オイラもう溶けちゃいそうだぜ……」

 額から流れる汗を拭って、ヨルヴァ君が呻くように呟く。
 早朝にドンドルマを発った気球船は、爽やかな空の旅から一転。黒煙立ち込める火山の更に奥地へと降り立っていた。
 未開のエリアであるこの場所に、気球船を降ろせるスペースがあるのは幸いであった。ミラボレアスがいるとされるエリアの丁度上に位置する高台であり、溢れ出る溶岩の熱気も直には届かないのだが、それでも汗が止まらない。

「うーん……。ダイエットにはいいのかもしれないけど……ここはちょっと遠慮したいわね」

「……え? シャワ? 君ダイエットなんか続いたこと無かっ……違う違う違う。いい意味で。いい意味でね!? そんな目で睨まないで!」

 よせばいいのに余計な一言を発したバルスさん。彼が再び縛られそうになっているのをぼんやりと眺めながら、私もじわりと汗ばむ額を腕で拭った。
 クーラードリンクを飲んだばかりだと言うのに、ほとんど効果が出ていない……そう思える程に気温が高く感じるのだ。
 流れる汗がすぐに乾き、その上を再び汗が流れる。
 ──これはかなり肌に悪いに違いない。

「それにしても火山にこんなエリアがあったなんてねぇ」

「ハンマーさんでも知らなかったんですか?」

「そりゃまぁねえ。こんな何も無い場所になんか物見遊山で気軽に来れないよ……」

 暑さのせいか、いつもより覇気の無い様子のハンマーさんが言う。
 そんな彼女は何処から持って来たのか団扇を持ち、ナルガX装備の胸元を引き延ばして中をあおいでいた。
 
「ちょ、ちょっとハンマーさん。ヨルヴァ君もいるんだから止めて下さいよ」

「いや……私としてはあんたのユクモ装備のほうが暑苦しいんだけど」

「それは私に服を着るなと言いたいんですか?」

「何でそんなに極端なのさ!?」

 ここは普段ハンターが活動しているエリアの裏側で、有益な資源もモンスターの餌になるものは何も無い不毛の土地。だからここに生物は生存しない──ことになったいる。
 だが、ハンターが立ち寄らない理由は他にある。ギルドから立入禁止令が出されているからだ。理由は『地殻変動が活発で危険が大きい為』……しかし今回の件を含めて考えると気味の悪い違和感が生じてくる。

「……何が起こってるにしろ、ここが火口よりも高温だなんて有り得ないわ。恐らく火山の活動自体が活発になっているのね」

 だがそう言うアンさんの顔は涼しいものだ。伝説のハンターともなると汗もかかないのだろうか……。そんなアンさんはヨルヴァ君に助言を施している最中である。

「この先、更に温度が増すかもしれないわ。ヨルヴァ、クーラードリンクにクーラーミート、氷結晶イチゴまで持てるものは全部持っていきなさい」

 そう言いながらボウガンの整備を念入りに行っている。
 とんでもない数のパーツを素早く手入れしていて、どれが一体何なのかなんて恐らく本人とシャワちゃん位しか分からないんじゃないだろうか。
しかしアンさんの手は止まらず、細かなパーツにしか見えなかったそれらがみるみるうちにボウガンの姿になっていくのは非常に面白い。

「えぇ!? 氷結晶……イチゴ? そんなの持って来てないぞ!?」

 少年がそんなことを言うものだから、私は思わず身を乗り出した。

「ヨルヴァ君、それなら私のを分けてあげますよ?」

「え、ホントかよアクア姉ちゃん!」

 無邪気に喜ぶヨルヴァ君。そんなに喜ばれると私まで嬉しくなってしまう。既に彼のポーチは無数のアイテムでパンパンに詰まっていたが、その位なら大丈夫だろう。

「うん。本当はおやつにしようかと思ってたんだけど、私が持ってるよりも役立ちそうですから」

「やった!」

 顔を輝かせて私から小袋を受け取ったヨルヴァ君だったが、次の瞬間真剣な顔のハンマーさんにその手を捕まれていた。
 そして私に聞こえないように耳打ちをすする。

「………ヨルヴァ、悪いことは言わない。アクアから貰った『食べ物』は食べない方がいい」

「えぇ!? 何でだよハンマーの姉ちゃん! ほら、こんなに真っ赤で旨そうなのに」

「いや、それがヤバいんだってば……!」

 何となく面白くなさそうな話をしてそうなので、ニッコリと笑って詰め寄ってみる。


「──ヒソヒソと何を話してるんですか?」

「──!? い、いやいや何でもないよ?」

 予想通り焦ったように引き釣った笑みを浮かべるハンマーさん。二人の様子はがどうにも様子がおかしい。ヨルヴァ君も困惑顔を浮かべてるし。

「あ! もしかしてハンマーさんも欲しいとか? いいですよー、まだありますし」

「え゙。そう……だなぁ……雪山の奥地なんかへ行く時にでも……貰おうかな」

「雪山で氷結晶イチゴなんて変な人ですね……あ! そういえば、私の知り合いにも採れたてのトウガラシをすぐにボックスの奥深くに閉まってしまう変な方がいるんです。そんなに大事にしなくても……そのまま食べてくれればいいんですけどねぇ?」

 全く、トウガラシは鮮度が命だと言うのに……。
 ハンマーさんも私の気持ちが分かるのか、渋い顔をしている。

「……………そりゃそうよ。というか私からしたら何を作るにもトウガラシを練り込むほうが変だと思うんだけどな……」

「あ! ほらこんなところにトウガラシが生えてますよ! 補充しとかなくちゃ」

「聞いてないし……」

 そんなやり取りをしていると、軽快な足音と共に重い振動が近づいてきた。

「アン殿! 荷物は全部降ろし終わったぞ! というかヨルヴァ何をサボっているんだ!」

「げ……ばれた」

 ヨルヴァ君が舌を出して首を竦める。
 私がトウガラシを摘んでいる間に、気球船からモモちゃんとハルクさんが荷物を運んで降りてきたのだ。

「ガッハッハッ! なぁに、小僧などいなくても儂の手にかかればあっという間よ!」

 ハルクさんは体力を相当持て余しているのだろう、モモちゃんの軽く五倍はある量の荷物を上機嫌で運んでいた。

「……ご苦労様。後はもう一人の到着を待ちたいのだけど……」

「応援を頼んでいるんですか?」

「……ええ。でもそんなには待てないわね」


 少し離れた火山の最奥部からは風鳴りなのか咆哮なのか分からない音が絶えず響いている。

「……ギリギリまで待って、駄目ならこのまま行くわ」

「そうですか……」

 なら自分が──そう口を開きかけたが、アンさんはそれを見越したように気球船を指差した。

「……ここは大丈夫だから、あなた達は塔へ向かいなさい。……きっと、それが一番重要なことよ」

 その声色には有無を言わせないものがあった。
 確かにもう、出発の予定時間は過ぎている。

「そう……ですか……分かりました。ではアンさん、そしてモモちゃん達も気を付けて下さいね」

「……貴女こそ、気をつけなさいね」

「任せて下さい。……必ず全員無事に帰ってきますから」

 私の横でモモちゃんが力強く頷く。

「その粋だ、アクアさん! 私もしっかりここを守りきってみせる!」

「む? モモ、それは違うぞ。倒すことが最大の目的だっただろう!」

 ハルクさんが吠えるように異論を唱えると、ヨルヴァが驚いたように眉を吊り上げた。

「いやいや、おっちゃんこそなに聞いてたんだよ!? 龍をここに押し止めるのが最優先! 後から来る援軍を待ちながら戦うんだろ!」

「甘い甘い! 初めから倒す気で向かえば……いや寧ろ倒してしまえば何の問題も無かろう!」

 私の聞いた話ならどちらも違うのだが、この調子だと話を聞いてくれるかどうか怪しいところだ。
 また言い合いになるかと思われたが、次の瞬間、澄んだ一喝が雷として二人に落とされた。

「──二人共こんな所まで来て口論するんじゃない!! というかアンさんの指示は全然違うだろう! 」

 モモちゃんが向き合う二人の間にズズイと顔を近づけて割り込んでいた。何か言いたげに視線を送る二人をギロリと目で黙らせる仕草はどこか手馴れたものになっている。

「あれ? そうだっけか? 昨日の夢とごっちゃになっちまったかなぁ?」

「む……そうだったか?」

 途端に静かになり、しどろもどろの言い訳をする二人。互いの役割を見つけたのだろう、もう彼等の心配は要らないようだ。
 モモちゃんは逃げようとするヨルヴァ君を捕まえ、再びハルクさんと拠点作りに向かって行った。

「なら……そろそろ行かせて貰うわね。バルス、出発の準備をして頂戴」

 シャワちゃんがキリッと指示を飛ばすものの、バルスさんは体の節々を摩りながら渋る素振りをし始めた。

「いやぁ……シャワ、さっきまで縛られてたもんだから体の可動域がまだ……」

「……あなた。まさか、『あれ』で『許された』とでも思ってるのかしら?」

「すぐ支度するね」

 シャワちゃんが表情、言い方ともにアンさんにそっくりに。そして目だけは氷のように冷ややかに睨むと、バルスさんは脱兎のごとく駆けしていった。
 そんな彼をニコリと微笑んで見送るシャワちゃんの手には、ゴツい荒縄が握られている。

「はぁ……。あれが皆の憧れで、畏怖されるギルドナイトだってんだから。……世も末だよねぇ」

 あっという間に見えなくなったバルスさんを尻目に、ハンマーさんは呆れたように溜息混じりで呟く。

「そしたら私達も行こうかアクア」

 そう言ってくるりとアンさんを振り返り、手をヒラヒラと振ってみせた。

「じゃ、またねアンさん。後は頼んだよー」

「……貴女こそ、あまり馬鹿なことは考えないようね」

「あはは! 大丈夫だって!」

 アンさんの言葉を軽く笑い飛ばしたハンマーさんだったが、次の瞬間彼女は跳び上がった。

「…本当に大丈夫だと言う人間なら、ポーチにマタタビ爆弾など入れないはずなんだがな」

「うぉっ!? 誰だ!?」

 後ろからの声に跳び上がったハンマーさんが、妙なファイティングポーズを取とって振り向く。彼女が後ろを取られるなんてそうそうないことだ。
 ハンマーさんの後ろに立っていたのは全く知らない男の人だったからだ。

「……あらイズ。随分と遅かったわね」

「…先に着いていたから一人で様子を見に行っていた」

 全身をアグナコトル亜種の装備で固めている男性──イズさんはそう言って頭装備を鬱陶しげに持ち上げた。
 するとアンさんと似た細めの瞳と、短く整えられた緑色の短髪が現れる。だがその目つきはアンさんの眠たそうなものとは違い、とても鋭い。

「……そう。それで、どうだったのかしら」

「…姉さんからしたら歓喜するんだろうが、俺は一目見て帰りたくなったね。九人足らずで戦うなんてのは酔狂のやることだろう」

 二人は睨み合うように向かい合い、黙々淡々と会話を進め始めた。

「……実際にはここから四人程抜けるけどね」

「…はぁ……正気かよ」

「……勿論」

「…」

「……」

「………ねぇ、な、何なの? この沈黙が異常に重い二人は」

 ハンマーさんが耐えきれずに私に耳打ちしてくる。

「……もしかしなくてもご姉弟でしょう。あの人、アンさんを姉さんとか呼んでましたし」

「だよねぇ……知らなかったわ」

「まさか師匠に弟さんがいたなんて……」

 話し合いは終わったのか、相変わらず仏頂面のイズさんを残してアンさんがこちらへやってきた。

「……遅れたけど紹介するわね、この男はイズ。見ての通り私の弟だけれど、それを抜きにしても信用出来ることは約束するわ」

「…火山なんて本当は専門外なんだがな。しかもこんな奥地まで……報酬はしっかり貰うからな」

 仏頂面の一番の原因は如何やらこの暑さのようだ。それでも汗をかいていないところをみると確かに姉弟らしい。
 イズさんの抑揚の無い言葉に応戦するかのように、表情の読めない顔をしてアンさんは肩を竦めた。

「……私が今まで契約を反故にしたことがあったかした?」

「…さぁ、どうだったかな」

「……」

「…」

「分かったぁ! 分かったからさ、ジッと無表情で見つめ合うのは止めて!」

 ハンマーさんが堪えきれずに割って入っていった。
 どうやら重い沈黙は彼女にとってかなりの苦痛のようだ……覚えておこう。

「さてと……無事揃ったみたいだし、私たちも早いところ出発するとしましょう」

「そ、そうですね……」

 流石にアンさんの沈黙には慣れてるのだろう、シャワちゃんが物怖じせずに取り仕切ってくれた。

「あ! アクアの姉ちゃん達、もう行っちまうのか!?」

「うん。ヨルヴァ君、皆をよろしくね?」

「おう! 任せとけってんだ!」

 そう胸を張るヨルヴァ君を頼もしく思いながら、集まってきた皆を見る。


「いよいよ……一旦のお別れですね」

 私が呟くと、皆が皆(アンさん姉弟以外)、それぞれの目を見てニコリと頷いた。
 これ以上の別れや激励の言葉は、もうかけない。
 ──それが一番の信頼の証だと思うから。

「私──」

「皆ぁ!! 出発の準備が出来たよ!!」

 私の声をかき消して、見計らったようにバルスさんの声が拡声器で気球船から響いてくる。

「もうっ! うるさいし遅いし台無しだし!! 何なのよあんたは!!」

「働いても暴言!?!?」

「あーもう、ほら! さっさと行くよ!」

「ちょ!? ハンマーさんそんなに押さないで下さいよ!」

 ワァワァと──騒ぎながら残された五人に背を向けて気球船へと乗り込み、私達は一度も振り返ろうとはしなかった。







 何となく、怖かったから。







「……皆無事に帰ってこれますよね?」

 甲板から徐々に小さくなる彼らを見つめながら、ようやく私はハンマーさんに答えの出せない質問をした。

「勿論。そんな柔な連中じゃないのはアクアも知ってるでしょー?」

「……そうですよね」

 それでも即答して笑いかけてくれる彼女に、私はどれだけ助けられているのだろう?
 私はいつだってこの笑顔に助けられてきた。
 
──いつか恩返しをしたいな。

 遠くなっていく火山を見ながら、私はそんなことをふと思ってむず痒くなる。
 高く飛んでも火山の煙の影響で咆哮の主の姿は見えない。見る事が出来るの火山に残った彼らだけだ。
 遠くなる大地を見つめながら私は一本結びにしていた髪を解き、高めの位置に結び直した。

「あれ、昔のケルビテールに戻したの?」

 ハンマーさんがちょっと驚いたように言う。

「ええ。やっぱりこっちの方が気が引き締まりますからね」

 ──背伸びするのはもうやめる。

「うん、やっぱりそっちの方がアクアらしいね。あ、いやいや、一本結びも似合ってたけどね?」

「ふふ、ありがとうございます」

 ──等身大で戦える強さを、教えてくれた人が横にいるんだから。


 高く上がった気球船はこれから火山を越え樹海を進み、その奥にある古塔へと向かうだろう。
 ただ待つしか出来ない私たちは、無事に目的地まで着くことを祈りながら最後の準備へと取り掛かるのだった。








◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇







「緊急事態よ……!」

緊迫した表情で甲板に駆け上がって来たシャワちゃんに、私とハンマーさんも強く頷いた。
 現在地は樹海の奥地。古塔がようやくその姿を現したところだったのだが、同時に有り得ない光景まで見え始めていたのだ。

「あの黒い塊……全部ガブラスですよね?」

「……ちょっと信じたくないけどね」


 ガブラスの群れが作り出した空中に蠢く巨大な塊は古塔の一部を覆い隠してしまう程の大きさ……まるで巨大な蚊柱だ。
 風をとらえて進む気球船の進行方向を変えることは不可能で、木が覆い繁る樹海では着陸することも出来ない。
 ──直撃は必須だった。

「……バルスには、もしもの時に備えて高度を下げるように頼んであるわ。私達の役目は前方のガブラスを出来るだけ減らすことね」

「も、もしもの時って………」

「アクア……時には深く考えたら駄目な時もあるさ」

 ハンマーさんが片手で漆黒の大槌をブンブンと回す。器用に縦回転する夜行鎚は風を切り、それは獲物を狙う迅竜の唸り声にも聞こえてくる。
 目瞳が爛々と輝き、既に戦闘態勢に突入している。
 ──私も負けてはいられない。

「……とにかく前だけ殲滅出来ればいいんですよね。やってやりましょう!」

「私はボウガンだし、アクアさんはリーチのある太刀だからいいけど……ハンマーさんはこの不安定な場所で大丈夫?」

「ふふふ……なぁにを心配してるのな?」

 心配気に話しかけたシャワちゃんに怪しく笑うハンマーさん。
 そうだ。こんな状況でこそ活躍出来る手を、彼女は持っているのだ。
 ハンマーさんがポーチから取り出したのは、くの字に曲がった五枚の黄色い板。

「このブーメランマスターの活躍の場が遂に来たようだね!」

「はぁ……私は見るのも嫌なんですけどね……」

 もうすぐ切れそうな尻尾を何度この板で持っていかれたことか。
 でもそれだけ腕が確かだということか……。

「……どうやら大丈夫そうね」

 ハンマーさんの妙な自信に圧倒されたのか、シャワちゃんもぎこちなく頷いてみせる。
 うん、普通はそうです。

「ただ、注意して欲しいことが一つあるの」

 シャワちゃんはそう言って甲板から上を見上げて指差した。

「この気球なんだけど、正面は丈夫に出来てるけど側面の耐久度はかなり弱いのよ。だから私は正面から散弾でガブラスを落とすから、二人は取りこぼしたガブラスから左右を守って頂戴! 側面に突っ込まれたら終わりなの!」

「そういうことなら任せて!」

「了解しました!」

 段取りが決まると、私とハンマーさんはすぐに甲板の両端へまわり、シャワちゃんが正面でボウガンを構えた。
 そうしている間にも黒い塊は刻一刻と迫り、ガブラスの大量の羽音や鳴き声が近づいてくる。

「来るわよ!」

 シャワちゃんが声を張ったのと、気球船に気付いたガブラスが徒党を組んで向かって来たのはほぼ同時だった。

「っ!」

 一瞬にして真っ暗になった視界に怯みつつも、私は集中を高めて九十九牙丸を振り上げた。

「やぁぁぁぁ!」

「「シャ――――!」」

 シャワちゃんの散弾でかなりの量のガブラスが落下していくが、多勢に無勢。逃れたガブラスもかなり残っている。そんなガブラス達を一気に三匹、袈裟懸けに切り払い、返す刃で4匹、更に横に逃れようとするガブラス二匹を切り下がりで切り落とす。

「あっ……!」

 しかし固まって襲い掛かるガブラスを抑えきれずに二匹を後ろに通してしまった。しかもその内の一匹は気球の部分へと向かっていく。

「いけない………──っ!?」

 何とかしなくてはと後ろを向いた瞬間、黄色い物体が頬を掠めた。
 驚いたのも束の間、それは蛇竜の翼を的確に襲っていった。付け根から半分だけを切り裂かれ、機動力を失ったガブラスを下へ落とした後、持ち主の元へと華麗に旋回して戻っていった。

「駄目だよ気を抜いちゃ」

 片手で大鎚を振るいながら、返ってきたブーメランを見もせずに受け止めたハンマーさんがニヤリと笑う。

「ハンマーさん……ありがとうございます! それに助けられるのは些か不満ですが」

 そうしている間にも彼女の空いた手には三本、四本と仕事を果たしたブーメランが戻って来ているのだから驚きだ。

「凄いわね……。私も拡散弾とか使えればいいんだけど……ここじゃあ流石にね」

 散弾が切れたのか、感心しながら貫通弾を連射して的確に数匹ずつ落とすシャワちゃん。
 私も負けてはいられない。

「よし! どんと来いです!」

 気合いを入れ直してガブラスの群れに向き合った私だったが、横から聞こえた不穏な一言に思わず手を止めてしまった。







「──ありゃ? ……もう一本どこいった?」





「……はい?」

 そういえばブーメランは結構な確率で暴投してしまうアイテムだったような。


「……!」

 咄嗟にシャワちゃんの方を向くと目が合った。彼女も同じことを考えていたようだ。

「……!」

「……」

「……っ!」

「……」

 そのまま目を逸らそうとするハンマーさんとも強引に視線を合わし、私達はゆっくりと上方に視線を向けた。


 見上げた場所は私たちが守るべき気球の側面。




「……」

「……」

「……」






 全員の顔からサァーっと血の気が引いていく。









「「「……ブーメランがぁっっっ!!!」」」






 ──それはさながら、長年手塩にかけて作り上げた創作物が些細な拍子に壊れてしまった時のような……。


 気球の側面に深々と刺さった黄色い板を見ながら、そんな悲痛な叫びが樹海の空に広がっていた。



[37857] 最終章 『Last Guidance,』 9話
Name: 楽太郎◆a3215f1c ID:4717fa5c
Date: 2016/10/24 12:51
 ──苔の生えた石板が敷き詰められた冷たい地面の上、ボロボロになった気球船の横で私は目を開けた。

「痛たた……皆、大丈夫ですか?」

 痛む節々に顔をしかめながら他の二人に声をかける。
 私の身体にはあちこちに土や草木の欠片が付いていたが、大きな怪我は無さそうだ。

「ええ……」

「うん、何とかね」

 シャワちゃんとハンマーさんからすぐに返事が返ってくる。衝撃で甲板から振り落とされた私達だったが、二人とも軽傷で済んだようだ。

「うわ……よくこんなところに着陸出来ましたね」

 前にも来た場所なのでここが何処かはすぐに検討がついた。
 浮力を失った気球船が不時着したのは樹海と古塔の境にあたるエリア。切り立った崖もある危険な地帯だ。
 ここに無事に着陸出来たのはバルスさんの操縦の賜物だろう。

「あれ? そういえばバルスさんはどこに?」

 ふと気が付き、辺りを見渡しても彼の姿は何処にも見当たらない。


「……何処か別の場所に落ちたのかしら?」

「いや、バルスは最後まで操縦室にいたから……もしかしてまだ中にいるかも」

 様々な事態が想像され、私達は焦りを浮かべて互いに顔を見合わせた。

「怪我とかしてたら大変ですよ! 私、見てきます!」

 そう言って気球船内に向かおうとした時である。


「──その……心配は、無いよ」

 バルスさんの声は気球船の正面──棘の生えた痛そうな植物が群生している場所の中から聞こえていた。
 その茂みがガサガサと揺れたかと思うと、次の瞬間彼はその姿を現した。


「バルス、無事だったのね良かっ──!?」


 シャワちゃんを始め全員が息を飲んだ。


 特注品だと言っていた黒いギルドバードスーツはズタズタに破けて目も当てられない有り様。
 腰に差していた大切な儀式用の剣は半分に折れてしまっており、身体についた大量の引っ掻き傷もかなり痛々しい。

「やぁ……」

 まさに満身創痍の格好だったのだ。

「バルスさんがこんなにやられるなんて……一体近くにどんなモンスターが!?」

「バルス! もう大丈夫だからすぐに傷の手当てを!」

「どこのどいつだ! 大槌で漬物にしてやるから出てこい!」

 各々が武器を構えてバルスさんを囲んだのだが、彼は「ちょ、ちょっと待って」と焦るように言った。

「……皆違うよ。これはそう、事故なんだ」

「じ、事故?」

 何か嫌な予感がした。
 バルスさんは腕組みをしてうんうんと頷く。

「まずいきなり気球船が墜落し始めたのは君たちも知ってるだろう?」

「え!? えええ、エエ。ねぇ? アクアさん」

「そ、そうデスね。イキナリもう……びっくりしましたよ。ね? は、ハンマーさん」

「そ、そうダネ! ほ、本当にビックリした!」

 不自然に頷きまくる私達に、バルスさんは更に続けた。

「……それで何とかこの場所に不時着させたまでは良かったんだけど、その瞬間後ろから何かが僕を外へ押し飛ばしたんだよ」

「何かに?」

「後ろから?」

「押し飛ばされ……あっ……!」

 急にシャワちゃんが声を上げ、その後で「しまった」というように口元を手で抑えた。

「どうしたの、シャワ?」

「……ええと、いやその……実はね?」

 流石に誤魔化すのは無理だと判断したのか、シャワちゃんは気まずそうに口を開く。

「私、安全強化の為に……操縦室に衝撃を関知したら空気を取り込んで膨らむ緩衝装置を取り付けてたんだけど、位置がその……取り付けた部品が真逆だったかも……ってね?」

「つまり……操縦者の後ろから飛び出す仕様になってたってこと?」

「……うん、ごめん」


 確認するように言うバルスさんに、シャワちゃんは申し訳なさそうに頭を下げた。おずおずと上目遣いで見上げる姿は、とてもしおらしくて可愛い。

「まぁ、服のスペアもあるし、僕は丈夫が取り柄だからね。それはあまり怒ってないんだけど……」

 ……だけど?
 バルスさん以外の全員が自然に目配せをする。
 でも、幸いあのブーメランは墜落の衝撃で抜け落ちているから、あの出来事は絶対にばれないはず……。

 そうなら何も怖いものはないはずだ。

「気球船が落ち始める前に上から聞こえてきたんだよね」

 しかし願いは空しく、バルスさんの眼は真っ赤に光っていた。

「『ブーメランがっ!』ってさ?」


「……げ」

 ハンマーさんから呻き声にも似た悲鳴が漏れる。


「誰? 誰がそんな危ない物使ったの? そして他の人は何で止めなかったのかな? 皆の命に関わるんだよ?」

「……えーと」

「そ、それは……ですね」

「……皆、ちょっと座ろうか?」


 幸い気球船は修理可能だということだったが。
 バルスさんの優しくも淡々としたお説教は足が痺れるまで続いた。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「さぁ、気を取り直して古塔へ向かおうか!」

「ちょっと待って……」

「まだ足が……」

「歩く度に痺れて……」

「何言ってるんだい。もし誰が怪我してたらこんなもんじゃ済まなかったよ?」

 まさか。
 まさかのまさか。
 古龍との決戦の目前で正座することになるなんて!
 ……誰も思わなかったでしょう。
 怒る内容が気球船のことから私的な事に移った頃には足の位置を三度は入れ換えていました。
 むしろ逆に、特に理由の無い暴力に耐えてきた(理由があったことも数知れませんが)彼の内なる怒りが。この程度で済んで良かったと言ったほうがいいのかもしれませんが。


「でも、まぁ。遊んでられるのもここまでだね」

 古塔のエリアに入る目前、バルスさんはそう呟いた。
 人目で人の手が加えられたことが分かる石造りの床や石柱に階段、そして高々とそびえる古塔が異様な雰囲気で私たちを出迎える。

「何なんですか……これ……」

「これは、酷いね……」

 誰がいつ建てたのかも分からない古代の遺跡。
 その一面に大量のガブラスの死体が散らばっていたのだ。

「……私たちが倒したガブラスかしら?」

「それにしては量が多すぎませんか? でも何か刃物で切られた跡はありますね。傷口が妙にギザギザしてるから私の太刀じゃないですし……っ!?」

 調べようとガブラスの傷口に指先が触れた瞬間、ビクリと私の身体が跳ねた。

「アクア!?」

「どうしたのアクアさん!?」

「い、いえ、大丈夫です。何か一瞬……電気みたいなのが走って……」

 とても嫌な感じかした。
 この感じ……前も経験したことがあるような……。

「小型とはいえ飛竜種を一太刀で仕留めている傷痕だ。毒があるかもしれない……あまり触らないほうがいいね」

「元からここにいたガブラス達を誰かが全滅させたんだね。あの大量のガブラスはそれを察知して集まったんだろうさ……まぁ、それが『誰か』は予想がつくけど」

 ハンマーさんが忌々しげに顔をしかめる。
 これはこの先に確実に『彼女』がいるという証拠でもあるのだ。

「考えても仕方ないわ、早く移動しましょう。ここにいれば、いずれあのガブラスの群れを相手にする羽目になるわよ」

 頭上を見上げると気球船の突撃で散ったガブラスがまた集まり始めていた。
地上であの量を相手にすれば無傷では済まなかっただろう……危険な目に逢った甲斐はあったようだ。

「確かにこりゃゆっくりしてる暇は無さそうだ。一本道だし、もしもの為にも固まって移動しよう」

 そんなハンマーさんの言葉に従って、私達は古塔へと真っ直ぐに続く道を歩き始めた。


「……」


 そこからは皆無言になり、古塔の入り口まで幾数のガブラスの屍体を踏み越えていく。
 一歩進むごとに、重苦しい圧力のようなものが襲い掛かってくるが、これがプレッシャーなのか何なのか、もう分からない。

「後は登るだけですね……」

 ようやく古塔の入口に辿り着いた時、私が沈黙に耐えきれずに呟いた。
 前のように飛竜が住み着いてるということはなく、大雷光虫もいない。
 ──異様な程の静けさだった。

「ここまで来たんだから帰りたいなんて言わないでよ?」

「い、言うわけ無いじゃないですか!」

「足が震えるなら僕がおぶってあげようか?」

「バルスさんまで何言って……え?」

 ふとバルスさんに目をやると本当に私に背を向けて腰を落としていた。

「ちょっとバルス! こんな時まで何言ってるのよ!」

「何だい、シャワもかい? いいだろう……さぁ、二人とも僕の背中に飛び込んでおいで!」

「……いえ、遠慮しておきます」

「い、嫌に決まってるでしょ!」

「……ちょっと、コントは後にしてよ」

 ハンマーさんが飽きれ顔で言うが、バルスさんの冗談のお陰で四人の雰囲気は大分ほぐれていた。

「くそっ……このタイミングならいけると思ったのに」

 本人は真面目だった。

「……」

 でも正直、さっきの嫌な感じはまだ拭えていない。
 むしろ、指先からじわりと広がってくる気さえするのだ。

「……」

 そんなこと、心から来る弱さに違いないのに。

「さぁ! 最上階目指して進みましょう!」

 私は拳をきつく握りしめて大きく声を響かせた。


「お、アクアったらやけに元気だね」

 ──もう怯まない。

「もう弱気になってる暇なんてないですからね。私は早く帰ってトウガラシの苗に水をあげるんですから──行きましょう!」

 四人は頷くと古塔内部の螺旋階段を進み始めた。





「待ちくたびれましたよ?」

 古塔の最上部に着いた時だ、そんな冷たい声が響いたのは。

「……二年ぶりですね」

 かつては白銀の鋼龍が鎮座していたこの場所に今、肌で感じられる程の禍々しい気配が渦巻いている。
 そんな中心にマリアンはいた──傍らにルシャちゃんを従えて。

「……待ちくたびれただって? まるで私達が止めに来るのを心待ちにしていたような口振りだね」

 ハンマーさんの問い掛けに、マリアンは冷ややかな笑みを浮かばせる。

「まさにその通りですよ、マリディア。笑えますよね、正義を振りかざしてやって来た貴女達が……まさか世界を終末に向かわせる片棒を担うことになるなんて」

「何だってっ!?」

 まだ分からないんですか? とマリアンは呆れたように首を振った。
 同時にシャラン──と気味の悪い不協和音が響く。

「目的の為に必要だからここに『呼んだ』のですよ」

「だから、あの時私達にあんなことを言ったっていう訳……?」

 シャワちゃんがワナワナと身体を震わせた。

「ええ。我ながら安い挑発をしてしまったと反省していましたが、こうも易々と引っ掛かってくれるとは思いませんでしたよ。ふふ、もし我が身可愛さに引き籠っていたなら……世界は滅びずに済んだかもしれませんね?」

「そんな……!」

「ふざけた事言わないでよっ!」

「シャワ、アクアちゃん、耳を貸しちゃいけないよ。彼女の話を聞いていなくたって、どのみち僕等はここに来たことを忘れては駄目だ。自分をしっかり持つんだ──僕らのやるべきことは一つだろう?」

「……そうね。そうだったわ」

「すみません……取り乱しました」

 バルスさんの言葉に自分を取り戻す。どんな時でも自分を見失わない彼の存在はとても頼もしく思えた。
 しかし、マリアンの冷笑は増すばかりであった。

「ふふ……自分をしっかり持つ? 貴方からそんな言葉が出るとは驚きですね。まだ『それ』を被っている貴方にそんな資格があるのですか?」

 てっきり私欲に負けてしまうとばかり思っていましたが……とマリアンは滑稽だと言わんばかりの嘲笑を浮かべて言う。

「……君には関係ないだろう」

「いえいえ、大ありです。マリディアも消して記憶を取り戻し、自責のあまり姿を消してくれれば、邪魔者も減って大変助かったのですよ?」

「二人とも助かるために今まで耐えてきたんだ。今日、ここで終わらすために」

 そう睨むバルスさんを見て、三度マリアンは冷たく笑った。
 シャラン──とまた音が鳴る。

「私をどうしたところで解決できる問題ではないんですけどねぇ……まぁ、ぞそも私をどうにかできるとは思えませんが」

 今、彼女の装備は二年前とは大きく違い、大剣と同じ黒紫色の禍々しい防具を身に付けていた。先程から不快な音を響かせているのもあの装備だ。
 そして初めから素顔を晒しており、あのリノプロヘルムも持っていない。

 ──いや、持っていない訳ではなかった。

 マリアンの傍らに目を移すと、ルシャちゃんが今も沈黙を守って佇んでいる。
 マリアンに目立った変化は見られなかったが、ルシャちゃんは二年前より少し背が伸びているように見えた。
 しかし、前のような不敵で活発な笑みは浮かべていない。それどころか暗い表情をしているが、背中には相変わらずリノプロヘルムを背負っていた。

「なら、君を捕まえて聞き出すまでさ」

 バルスさんが背中の槍に手をかける。
 それを合図に私達も一斉に武器を構えた。

「力ずくで、ですか? 構いませんよ、私もその方が好きですし」

「……っ!」

 マリアンも背中の大剣を抜き出して構える。
二年前と変わらない禍々しい気配が大剣からあふれて、私の身を震わせた。

「煌黒大剣アルレボ……」

 思わず私はその大剣の名を呟いていた。

「おや、アクア。物知りですね」

「……二年もあればその位は分かります」

 もちろん私の知識ではない。
 私がまだ見たこともない『神』、『天災』とも称される古龍──煌黒龍「アルバトリオン」。私がまだユクモ村にいた時に現れ、謎のハンターによって極秘裏に討伐されたという古龍の話も。その角から作られた、災いを呼び、持ち主の行方をくらませるという闇の武器の存在も……全部アンさんが教えてくれたことだ。
 恐らくあの防具もアルバトリオンのものだろう。

「……戦う前に教えてください。私達をここに来させた本当の目的は何ですか?」

「アクア……?」
 
 私の剣幕に驚いたのだろう、ハンマーさんが心配するようにこちらを見る。
 でも、そう聞かずにはいられなかった。

 引っかかったのはバルスさんやハンマーさんを邪魔者だと言ったこと。それならばバルスさんに着いてきたシャワちゃんもそうだと言うことになってしまう。

「ふふ……その顔はもう予想がついているんでしょう? ハッキリと聞いたらどうですか?」


 ──なら、答えは一つなんだ。



「『私』の何が目的なんですか!!」



「その通り、貴女ですよアクア。祖龍復活にはね──」

 マリアンの顔に淀んだ笑みが浮かび上がった。








 ──『少量でも古龍の血が混じったことのある人間の血液』が必要なんです。






 声が出なかった。
 軽々と持ち上げられた大剣の切っ先が真っ直ぐ私へと向けられる。
 ……アルレボにはとても強い龍属性が秘められている。これもアンさんから聞いていた。

『……気を付けなさいね、アクア』


 アンさんの言葉が甦る。



「そっか……だから……」



 今更ながら嫌な感覚の正体とその理由が分かった。




 ──私の体にはまだ龍の因子が残っているのだ。



[37857] 最終章 『Last Guidance,』 終話
Name: 楽太郎◆a3215f1c ID:fcc5c063
Date: 2014/11/06 09:38
 正直、ショックだった。
  あの時も、さっきだって……私はただ龍属性に拒否反応を起こしていただけだったのだ。
 そんなこと、すぐに気付いてもおかしくなかったのに。

「そっか……私、まだ……」

 ……単に認めたくなかっただけのかもしれない。
 あの時の悪夢がまだ終わっていなかったなんて。心が氷に沈むように冷たくなっていくのが分かる。
 もしかしたら何かの拍子にまた──。


「ふざけるな! アクアを利用なんかさせてたまるか!」

「──!?」

 鋭い一喝に、思わず私は顔を上げた。

「そうよ! 絶対に思い通りになんかさせないんだから! バルス、分かってるわね! 守るわよ!」

「勿論。くくく……、ようやく本職を全う出来そうだ」


 続いて放たれた二人の言葉。
 皆の声で我に帰る。
 そうだ、こんな所で戸惑ってる場合じゃない。


 ──その覚悟はしてきたんだ。



「アクア、前も言ったでしょ? 私が、ついてるって。側にいるからって。だから……安心して戦いな」

「ハンマーさん……」

「アクアちゃん、君に何があったかは分からない。けど今は自分を信じるんだ。僕も、君を信じる」

「あいつの言葉なんか気にしちゃ駄目よ!」




「皆……ありがとうございます」



 以前この場所に立った時は、たった一人だった。
 不安な気持ちを一人で必死で抑えていた。
 あの時、私が取った手段は恐らく……一番危険なことだったのだろう。
 でも、あの時の決断が間違っていたとは思えないし、思わない。 結果として私は目的を達成させることが出来たのだから。




 だから、その代償がこれだと言うのなら──私は喜んでそれを受け止めてやる。
 私はもう迷わずに戦える。



「マリアン! これ以上貴女の好きには絶対にさせません!」

 太刀を強く握り、大きく声を張る。

「おや、もっとショックを受けるものだと思っていましたが……」

「挑発はもう聞き飽きました!」

 マリアンの言葉を遮るように叫ぶ。
 そう、全部受け止めた上で私を貫き通してやるんだ。

「これが最後の忠告です。大人しく武器を置いて投降してください」

「そんな馬鹿馬鹿しいこと言わないでくれませんか。貴女達はこれから、ただ蹂躙されるだけなのですよ?」

 不敵に笑うマリアン。 
 片手に持った大剣に力が込められるが分かる。

「そうですか……」

 言うだけのことは言った。
 もう交渉の余地は無い。

「さぁ、茶番はもう終わらせましょう」

 一歩、マリアンの足が前へと動いた。

「アクア、シャワ! 私とバルスが攻めるから二人は後援をお願い! ルシャを食い止めて!」

 戦いの合図に、一番早く行動を起こしたのはハンマーさんだった。
 バルスさんがすぐそれに反応し、私達が頷くのを合図に二人は勢いよく地面を蹴り出す。

「頼むよ、バルス」

「ああ。ケリを着けよう」

 ハンマーさんは溜めのモーションに、バルスさんはランスを両手に持って中段横に構えながら閃光のように走る。
 それを見たマリアンは更に笑みを歪ませた。

「おやおや、わざわざ向かって来てくれるなんて……ルシャ、貴女はアクアの確保を」

「……」

 ルシャちゃんは無言で小さく頷くと、二本の双剣を取り出した。
 霊峰で私たちを一瞬で行動不能にさせた劇薬の双剣が再び牙を剥く。今、どんな毒が塗られているかは検討もつかない。

「させないわよ!」

「──っ!」

 ルシャちゃんが足を踏み出そうとした瞬間、一発の麻痺弾が彼女のすぐ横を通り抜けた。

「前の借りはしっかり返すわよ!」

 ──シャワちゃんだ。
 この機を逃す訳にはいかない。

「はぁぁぁぁぁ!」

 掛け声と共に飛び出し、九十九牙丸を袈裟懸けに振るう。

「──っ!?」

 まさか狙う相手が自ら向かって来るとは思わなかったのだろう。
 虚を突かれた彼女は確実に反応が遅れていた。 太刀は彼女を的確に捉える。

「──くっ!」

 にもかかわらずルシャちゃんは強引に体を捻って紙一重でそれを避けたのだ。

(……やっぱり少し遅れた。でもこのタイミングでも外すなんて……)

 心の中で舌打ちした後で、身体ごと素早く刀身を引く。
 刀の向きは、普段とは逆の峰打ちだった。








 目的は『敵の無力化』。
 これはここへ来るまでにハンマーさんが決めたことだった。

 ──殺す気で迫る相手にそんな甘いことを言ってると、僕らが死ぬことになるよ?


 それを聞いたバルスさんは歩みを止めて厳しい口調で言ったが、そんな彼にハンマーさんはニヤリと笑ってみせた。

「私達は戦場に兵隊として行く訳じゃない。『ハンター』としていくんだ。そんなクエスト、今まで何度もクリアしてきたでしょ?」

「ハンターとして……」

 一瞬ポカンとしたバルスさんだったが、すぐにクククと笑い出した。
 そして彼は「了解」と呟くと、槍の猛毒を抑える為に安全装置を掛け始めたのだった。






 ハンマーさんの提案は確かに私達の中に燻っていたものを取り除いてくれたが、それが今回の闘いのハードルを跳ね上げるのは言うまでもない。
 現に今も刃先を反転させる僅かな隙を突かれて躱されたのだ。
 少し離れた場所からも武器と武器がぶつかり合う音が聞こえてくる。様子を窺う余裕は無いが、あちらも苦戦しているようだった。

「……くっ!」

 向こうに少し気を取られていると、太刀を躱しながら繰り出したルシャちゃんの一撃が鼻先を通り過ぎた。
 僅かに掠りでもしたら終わりなだけに、背筋に冷たいものが走る。

「……動かないでよ!」

 シャワちゃんのボウガンが休むことなく狙い続けているのにも関わらず、彼女はそれを僅かな動作でギリギリに避けながら双剣を振るってくる。
 そんな彼女を見て、私はハッとして声を出した。

「……っ、貴女はどうしてマリアンに荷担してるんですか!? こんなこと間違ってるのは分かってるでしょう!?」

 そんなルシャちゃんの猛攻を防ぎながら、私は思わずそう語りかけていた。

「……うるさいっ!」

 明らかに、彼女の動きが鈍る。
 太刀で彼女の両剣を受けながら私は更に続ける。

「……ルシャちゃんが本当は優しいこと、私は知ってるよ。だってそうじゃないと──」



 そんな顔────しないでしょう?



「うるさいうるさいうるさいうるさい、うるさいんだよ!!!」


「わっ……──!?」

 怒声と共に少女とは思えないような力で太刀が押し込まれた。

「貴女に何が分かるって言うの!? 私もマリさんも、もう後が無いんだ!」

「後が無いってどういう──」















「ルシャ、まだ遊んでいたんですか?」








 背後から聞こえた凍るような声。
 援護射撃はいつの間にか止んでいた。


「──っ!?」


 ぞくりと首筋に悪寒が走る。
 私は反射的に双剣を払い除けると、後ろへと太刀を振り払った。



 しかし──。


「遅いですよ」

「うっ──きゃっ!?」

 すでに真横には唸るような勢いで大剣が迫っていたのだ。
 構えた太刀が間に入ったお陰で直撃は免れたものの、衝撃で軽く十メートル以上は吹き飛ばされてしまった。
 地面に勢いよく叩きつけられる。


「かはっ……げほっ……っ!」


 まるでディアブロスの尾先でも喰らったのかと戸惑う程の威力だった。
 起き上がることはおろか、呼吸すらまともに出来ない……。次第に全身に鈍い痛みが広がり始め、口の中に鉄の味が広がってくる。
 遠くからそれを嘲笑うようにマリアンの声が聞こえてきた。

「おやおや、防ぎましたか……意外と粘りますね。でも、すぐに他の三人のようにしてあげますよ」

「!?」

 言われて目を疑った。
 霞む視界に映ったのは、マリアンの奥で武器を手放して倒れている人達。
 それは紛れもなく頼りにしていた仲間達だった。

「威勢のいいことを言っていた割に、軽く撫でてあげたらあのザマですよ。残念なことに、まだ息はあるようですが……」




 ──息はある。



 しかし、その言葉に安心などしている暇は無かった。
 残り三メートルまでマリアンが迫っているのに、体は意に反して立ち上がる素振りさえすることが出来ないのだ。





「あの三人は貴女を楽にしてから……ゆっくりと弄んであげますよ」








 あと二メートル。









「絶対……させない……!」

 想像以上に重いダメージが私の行動能力を奪う。
 どんなに動こうとしても、最早どうすれば動くのかすら分からなくなっている。

「その割には動こうともしませんね。いいんですか? 早く起きないと皆仲良く旅立つことになりますよ?」


「くっ……させないったら……させません!!」


 何で私はあれだけのことで動けないでいるのか。
 私が動かなければ全てが終わってしまうのに。




 あと一メートル。
 全身に壊れんばかりに力を振り絞る。
 それでも、身体は動かない。








「……っ…!」




 あまりの悔しさと絶望に涙が込み上げてくる。


 
 私たちが目指した結末はこんなものだったのか?



 この日のために努力してきたことが無惨にも踏みしめられる……圧倒的な絶望が、そこにはあった。





 『勝利』が『希望』が……何処にも、思い描けない。





「さぁ、私の為に糧となりなさい」



「──……っ!」










 あと、一歩。










「もう止めてよマリさん!!!」




 悲痛な叫びが目の前で響いた。



「……ルシャ? 邪魔です。退きなさい」

「ルシャ……ちゃん?」


 私の前に立ちはだかっていたのは、先程まで私と戦っていたはずの少女だった。

「……何で? 血なんか少しの量でもいいはずでしょ!? どうしてそんなに大剣を振り上げてるの!?」

 ルシャちゃんの体は小さく震えていた。
 それが怒りなのか恐怖なのかは分からない。

「貴女には関係無いことでしょう。一緒に切られたくなければ、すぐに退きなさい」

「おかしいよ、マリさん……! 二年前から……それよりも前から! その剣を持ってからマリさんが段々おかしくなってるの分からないの!?」

「……? 私は昔から変わりませんよ。ただ目的の為に行動してきただけです」

「じゃあこれは!? 何で前みたいに使おうとしないの!?」

 ルシャちゃんが背中から外して見せたのは年期の入ったリノプロヘルム。
 あちこち何度も修復した跡が見られ、どこか懐古な雰囲気を思い起こされるものだった。

「あの時……マリさんが何て言ったか……覚えてないの?」


「何を言ってるんです?」


 マリアンはそれを一蹴し、訝しげに首を捻った。


「前にも言ったと思いますが、何故そんなものをまだ持っているんです? 邪魔なだけでしょう?」

「あっ!?」

 そう言ってリノプロヘルムをルシャちゃんから取り上げ、遠くへと投げ捨てる。
 瞬間、ルシャちゃんの表情が変わった。
 
「う、うあぁぁぁぁ────!!」

 涙を湛えた瞳を強く光らせ、叫び声と共に双剣をマリアンに向かって突きつけたのだ。

「!? 何をするんですルシャ!」

 それを大剣で防ぎながらマリアンが叫んだ。
 彼女にはルシャちゃんが敵対する理由も、その涙の訳も分かっていないようだった。

「お前はもう……マリさんじゃない! 昔のマリさんを……マリさんを返せ!」

「──っ、馬鹿なこと言ってるんじゃありませんよ!」

「きゃっ!?」

 ルシャちゃんが私の後ろまで吹き飛ばされた。
 マリアンが双剣を大剣で振り払った後、彼女を強く蹴り上げたのだ。

「っ……マリ……さ……」

 ルシャちゃんは一度呻いた後、糸が切れたように意識を失った。

「……全く、手間をかけさせます。さて、では今度こそ……ぐ──っ!?」

 大剣を構え直そうとしたマリアンが突然顔色を変えて膝をついた。

「小娘……よくも……っ!!」

 怒りの形相を私の向こうに向ける。
 蹴りを食らう直前に双剣を掠らせたのだろう、マリアンの足には小さな切り傷がついていた。

「………くっ……あと……少し……で……」

 塗られていたのは強烈な睡眠毒だったようだ。目を朦朧とさせながらも、しばらく膝をついて耐えていたマリアンだったが、やがて力尽きたようにその場に倒れ込んだ。



「アクア! 大丈夫!?」

──その時である。 遠くからハンマーさんの声と足音が近づいてきたのだ。

「ハンマー……さん? どうして? 怪我は……?」

「今はアクアの方がよっぽど重傷だよ……。まずはこれを飲んで」

 息を切らして駆け付けたボロボロの彼女は、そう言ってポーチから回復薬を取り出し蓋を開けて飲ませてくれた。
 私がゆっくりと飲み干すのを手伝いながら、悔しそうに顔を俯かせる。


「シャワが最後、私に回復弾を撃ってくれたんだ。……守れなくてごめん」

「大丈夫……ですよ、血は流してませんし。それに、ちゃんと……来てくれたんですから」

「結局、ルシャの助けを借りちゃったみたいだし……格好はつかないけどね」

 ハンマーさんは少し困ったように笑う。

「そうだ……ハンマーさん、私はもう大丈夫ですからルシャちゃんの様子を見てくれませんか? 気を失ってるみたいなんです」

「うん、色々聞きたいこともあるし、ちょっと見て──」


「──危ないっ!!」



「……えっ!?」

 気付いたら私はハンマーさんを突き飛ばしていた。
 立ち上がったハンマーさんの後ろに見えたのは、投げナイフを構えて起き上がっていたマリアンの姿。




「っ……!」



 ハンマーさんの急所を狙って放たれたそれは、私の肩に深々と突き刺さっていた。

「アクアっ!? な、何で庇ったりなんか……!」

「っ……ごめんなさい……思わず、体が動いて……」

 肩が焼けるように痛む。
 思わず意識を失いそうになったが、不気味な高笑いが私の意識を引き留めた。

「ふふ、ふふふ……あはははははは! 私が、解毒剤を用意していないとでも思ったのですか!?」

「マリ……アン……!」


 マリアンはまだ完全には回復していないようで、ガクガクと震えながら無理矢理に身体を起こしていた。
しかし眼だけがギラギラと怪しげに見開かれており、その様子はまさに狂気そのものだ。

「少し手間取りましたが、目的は達成されました」

「……っ!」


 ハッと我に帰って肩の様子を見る。
 私の肩から溢れ出た液体は、既に腕を伝って流れ始めていた。
 止血を試みたが、すでに止められる量ではない。


「ごめん……私が、油断したばっかりに……」

 ハンマーさんが歯を食い縛って言う。

「私こそ、ごめんなさい……。ハンマーさんなら、あれくらい避けれましたよね……」

「馬鹿……買い被りすぎだよ」


 彼女は私を優しくたしなめた。






 そして血はやがて指先へと届き、一滴の赤い雫が作られる──。









 ──地面が少しだけ、湿った。







『────っ!?』

 その瞬間。
 私の血が落ちた地面から白い雷のような光が勢いよく溢れ出したのだ。


「地面が、揺れてるっ……!?」

「ふふふ……あはははははっ!」

 それはマリアンの高笑いと共鳴するかのように広がり、やがて塔全体に広がっていった。

「アクア……何が起こるか分からない! 応急処置だけでも今のうちに!」

「は、はい。お願いします!」

 あまりの光景に呆気に取られていたが、ハンマーさんに促され私は慌てて肩の治療を託した。
 ナイフを抜かれ、綺麗な包帯で肩が巻かれていく。

「一体何が……起きるっていうんですか……?」

「分からない……。でもまだ、終わった訳じゃ、ないはずだ。いや、終わらせちゃいけない!」

 手当てを受けている間も光は広がっていく。
 それは古塔だけに留まらず、やがて樹海を越えて更に遠くへと拡散し始めた。


「あははは! マリディア! 私が二年前、何故アマツマガツチを討伐したか分かりますか?」

「……何だって?」

 先程まで狂ったように笑っていたマリアンが唐突に語り始めた。 ハンマーさんは咄嗟に身構えたが、マリアンは眼に狂気を宿したまま話し続ける。

「まぁ、分かりませんよねぇ。仕方ありません、もっと前の話から教えてあげましょうか……私の属していた組織の名前は『赤衣』。赤衣は数十年以上前からこの日のための準備をしていました」

「準備……?」

 痛みを堪えながら私は聞いた。
 目的が達成できて満足しているのか、今のマリアンは異常に口が軽くなっている。
 こうなってしまっては手遅れなのかもしれないが、もしかしたら彼女の話から突破口が見つかるかもしれない。

「ええ、彼らは大きな野望を持っていました。その準備として、古塔を中心とした大陸を血で染めようとしたのです」

「大陸を血に……!?」
 
 気球船から見た悲惨な景色がフラッシュバックする。
 そしてふと、恐ろしい想像が私の頭を過った。
 マリアンが口元に歪んだ笑みを浮かべて私たちに問いかける。

「ふふ……おかしいとは思いませんでしたか? 何故この大陸では両者に利益の無い紛争が長年続いていたのか」

 それを聞いたハンマーさんの髪が逆立つのが分かった。
 自分の人生を滅茶苦茶にした紛争が意図して起こされたものだった……それを聞いて落ち着いていられるわけがない。
 だけど、それを見て私は一つ引っ掛かったことがあった。

「マリアン……貴女だって赤衣のせいで紛争の被害にあっているはずです。何故、わざわざそんな組織に……?」

 その質問にマリアンは一瞬固まった。

「……おやおや、言わなくては分かりませんか? 私は──私は……?」

「──あの紛争が、本当にわざと引き起こされたものだって……言うのかい?」

 その時、マリアンの言葉を遮るようにくぐもった声が響いた。

「……おや、もう起き上がってきたのですか」

「あんまり……甘く見ないでよ」

「バルスさん……シャワちゃん……」

 バルスさんはシャワちゃんに肩を貸す形で立っていた。
 ダメージはまだ残っているようで彼も槍を杖代わりとして使っている。

「そうですよ、バルス。それに貴方達が躍起になって終わらせた紛争はどのみち潮時でしたからね、むしろ手間が省けました」

「……全く、フレア達には言えそうにないなぁ。『 そ れ 』はさ」

 恐ろしく低い声。
 握られた槍に強い力が加わるのが分かる。キシキシと、柄が悲鳴を上げていた。

「ふざけないでよ……バルス達がどんな思いで争いを止めたと思って──……あぅっ!」

 横にいたシャワちゃんが感情を露に声を上げたが、途中で脇腹を抑えて体を折り曲げた。

「シャワ……無理して話さなくていい」

「っ……だって……だって……! それじゃバルス達が……!」

 状態は分からないが、かなり辛そうだ……今の状態ではボウガンの反動にも耐えられないだろう。

「我慢せずともすぐに楽にしてあげますよ。もう、他の血を流さないように手加減する必要もないのですからね」

「……やっぱり手加減してたのか。でも、そう簡単にいくと思うのかな?」

「いきますよ。もうじき毒は完璧に中和されますしね」

 そう言うとマリアンは体をゆっくりと起こし、大剣を持ち上げなが首を回す。。
 言う通り、回復は間近に迫っていた。

「バルス! 二人で今の内にマリアンを……」

「もう遅いですよ、マリディア」

「──なっ!?」


 ハンマーさんがマリアンに攻撃を仕掛けようと踏み出した瞬間、彼女の喉元には大剣がピタリと突き立てられていた。

「今、殺しても構いません。が、それでは少し面白味がありませんね。貴女には折角のメインイベントを体験させたいんですよ」

「──そんな体験、ごめんだっ!」

 ハンマーさんは怒声と共に素早く大剣を横から蹴り上げた。
 そして、再び黒鎚を振り被ろうとする。


「………あ」

 ──が、一瞬上を見上げたかと思うとその動きをピタリと止めてしまったのだ。


「ハンマーさん一体どうし……!?」

 続いて上を見上げて私も固まってしまった。

「おや、肝心の話をする前に始まってしまったようですね」

 異変が起きていたのは先程まで黒い雷雲で満たされていた空。

「何ですか……あれ」

「あんなの見たこと無いわ……」

 真っ黒に染まった空の中心に、更なる深淵を覗かせる巨大な穴がポッカリと開いていたのだ。
 白い雷を激しく走らせながら、天に向かって渦巻く大穴。
 それは今にも何かが現れそうで……絶望感と恐怖心を体の芯から込み上げさせるのに十分な光景だった。

「では始めましょうか」

 あまりの光景に四人が言葉を失っている中、マリアンは両手を挙げて大声で叫び始める。



「各地で集めた多種多様の古龍の血液を振り撒き、最後に龍の加護を受けた娘の血をもって完成させたのは、偉大なる龍の祖の完全なる復活の狼煙! 今ここに破滅と想像を司る白き龍! 祖龍『ミラアンセス』の降臨を導く!」


「ミラ……アンセスだって!? 今だ誰も見たことのない……ギルドで隠蔽されていた黒龍と違って、完全にお伽噺に出てくる龍の名前だぞ……!」


 バルスさんが信じられないといった様子で叫ぶ。

「で、でも……アンさんは言ってました。『龍は全部で三匹いる』って……『白い龍』がここに現れるって!」

「ふん、い、今さら驚かないわよ……! 龍が一匹や二匹増えただけじゃない!」

 そんな私達をマリアンが面白そうに嘲笑する。

「ふふ、威勢がいいのもここまでです。さぁ、間もなく貴方達を絶望が襲うことなるでしょう」

「マリアン……お前、そんな龍を呼んで、自分だけは助かる見込みがあるっていうのか?」

「おや? 妹はこの姉が心配だとでも?」

「そんな訳ないだろ! 方法があるならそれを聞き出して切り抜けてやるって言ってるんだ!」

「残念ですが方法はありませんよ。もともと私もろとも祖龍に世界を破壊してもらう予定なんですから。それに、もしここから逃れられたとしても死期が少し伸びるだけですよ」

「ハンターを……舐めるなよ」

 ハンマーさんの力強い眼差しがマリアンを射抜いていた。

「いくら祖龍が強くたってこの世にハンターはごまんといるんだ! 絶対にハンターが勝ってみせる!」

「……貴方は祖龍の力を知らないからそんなことを言えるのですよ! 存在すら不安定な状態の祖龍が今まで一体この世に『どれだけ』のことをもたらしてきたかが分かってるのですか?」

「…………どれだけのこと……だと?」






 誰もが黙り込んだ瞬間、上空からその気配は現れた。






「ハンマーさん! 来ます!!」

「!」




 初めに見えたのは白く輝く二本の後足だった。
 次に見えたのは長い蛇のような尻尾。



「え………?」


 私は目を疑った。
 だって続いて現れた引き締まった輝く胴体も、その上方から伸びた短めの前足も、私は『知っていた』から。



「そんな……なぜ……?」

 マリアンの表情が次第に青ざめていく。

「アクア……あれって……」

「……はい」


 力強く羽ばたく両翼も、多数の角が連なって出来た白い角も『知っている』。
 ──誰が忘れるものか。



「……白いクシャルダオラ!!」



 渦から降りてきたのは私が討伐したはずの両親の仇だった。
  喉元に見える傷跡……間違いない。



『ギャォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!』



 クシャルダオラはあの時と同じ白い金属光沢を放ちながら、空中で高らかに咆哮を上げた。












「また……また邪魔をするのですか!」

 空中で咆哮する鋼龍を見るなり、マリアンが憎らしげに怒声を響かせた。

「邪魔……ですって? あのクシャルダオラは貴女達に協力してたんじゃないの?」

 シャワちゃんが私が思った事を先に口にしていた。

「協力? 逆ですよ……っ! あのクシャルダオラは祖龍の差し金。赤衣は私が入る前から計画の妨害を受けていたのです」

「……!? じゃ、じゃあ古龍化事件は何のために起こしたって言うんですか! 古龍の血が必要だったからクシャルダオラにやらせたんじゃ!?」

 私の言葉にマリアンは舌打ちをした。

「……それが逆だと言うんです。赤衣が必要としたのは『本物の古龍』から採れる古龍の血……奴はそれに気付いて紛い物を溢れさせたのです」

「そんな……」

「まぁ、もっとも……あのクシャルダオラもその力をコントロールするにはかなりの時間を要したみたいですがね。最初の頃は自らを制御出来ずに暴れまわっていたと当時の組織の記述に書かれていましたから。そしてある村に襲撃し、ハンターを死傷させた後に姿を眩ませた、と」

「まさか……その村って… …そのハンターって……」




 聞きたくない、反射的にそう思ってしまった。
 しかしマリアンは躊躇いもなく口を開く。




「そう、ユクモ村の貴女の両親ですよ。貴女は暴走していたクシャルダオラの力に当てられて生還した唯一の人間なのです。そして、クシャルダオラはその一件の後、古龍化事件──恐らく自分の力を制御出来るまでの間、その姿を隠していたのでしょう」


 クシャルダオラは好きで暴れていた訳ではなかった。赤衣と、マリアンの野望と戦うために取った行動による事故だったのだ。



「………」


 その真相を知らされても、両親が殺されたことは事実。
 私にはまだ割り切るとは出来なかった。
 当のクシャルダオラを見上げると、私たちの会話を待つように空中で羽ばたき続けている。


「そして私は、その当時の記録、古龍化事件の最中のクシャルダオラの様子を観察している内に、あることに気付いたのです」


 マリアンが上空の鋼龍をきつく見据えながら言った。




「あの愚かなクシャルダオラは、貴女に罪滅ぼしをしたがっていたのだとね」





「え………? でもクシャルダオラは私を襲って……」


 信じられないといった顔を私が浮かべている中、マリアンは私とクシャルダオラを交互に睨みながら話を続けた。

「アクア、貴女は危険な目に逢いながらも奇跡的に助かってきましたよね? でもよく考えてください、あり得ますか? ラージャンに襲われた時、あのタイミングで『古龍化したディアブロスが突っ込んで来る』なんて。エスピナスが結果的に『貴女以外のハンターだけを排除したこと』を不思議に思いませんでしたか?」

「それ……は……」

 上手く言葉が出せない。
 偶然だと言ってしまえば片がつくはずなのに、何故か否定できない。



 ──そんな……そんなことって……それじゃあ……







「どうやら気付いたようですね。アクア」





「そう、クシャルダオラは『貴女に殺されるため』に、古龍化したモンスターを操り、貴女を誘導していたのですよ。奴がどうして祖龍に味方し、古龍以上の能力を扱えるのかは分かりませんが」

 古龍化事件という赤衣への妨害の中に紛れ込ませて上手くやったものです、そう言ってマリアンは憎々しげにクシャルダオラを再び睨む。

「私からすれば茶番のようでしたが、厄介なクシャルダオラを確実に倒せるチャンスだったので敢えて行動を起こさずに結末を見届けたのです。おやおや、喋らせるだけ喋らせたらもう用済みですか?」

 マリアンの口から次々と出てくる衝撃の事実に頭の整理が出来ないでいると、いつの間にかクシャルダオラがマリアンの目の前に降り立っていた。

 白い鋼龍は私に背を向けるように立っており、敵意は完全にマリアンに向かっている。

『………ヴゥゥゥ』

 クシャルダオラがマリアンに向かって唸り声を上げた。

「きゃっ!?」

 途端、嵐の様な暴風雨が吹き始め、クシャルダオラの周りを風の鎧が纏い始める。

「あなた……」

 私はマリアンの話が本当だったのだと確信した。






 だって私と戦った時──クシャルダオラは風の鎧どころか嵐さえ、呼んでいなかったのだから。







 あまりの緊張にそんな余裕は無かったのかもしれないが、鋼龍とハンターが対峙した時に静寂が訪れることなんて有り得ないのだ。
 そんなことにも気付かないで私は敵討ちのことばかり考えて、復讐を果たした後でも恨み続けていたのだ。
 ──命を賭けた償いに、気が付けなかった。
 

「私……ごめんなさい……ごめんなさい!」


 自然と涙が零れ落ちる。
 当の古龍はそれを知ってか知らずか、マリアンと戦い続けていた。

「祖龍復活のための力を利用して、のこのこと……! すぐにその首を叩き切って再び祖龍を復活させる!」

 マリアンが怒りのままにアルレボを振るうが、クシャルダオラはそれを軽々と躱しながら風を叩きつけ、ブレスを吐き、彼女に主導権を握らせない。

「何故避けられる……! 私は古龍も凌駕する龍殺しの力を得たはずなのに!」

 凄まじい気迫の中、ぶつかり合う二者を私たちは見ることしか出来なかった。
 出来ることなら手助けしたかったが、もう体に力が入らない。

「アクア……今はあいつに託すんだ」

「ハンマーさん……でも──わっ!?」


 気が付けばハンマーさんは私の頭を優しく撫でていた。不思議と心が落ち着き、ざわつき静まっていく。

「あいつはきっと自分一匹分の命じゃ自分の罪を償えないって、ずっと思ってたんだ。じゃなきゃこのタイミングで私たちを助けに来ないよ」

「そんな……もう十分なのに……!」

「本当に後悔した時、本当に償いたいって思った時ってさ……どこまでやってもまだ足りないって感じるんだよね。それが取り返しのつかないものであるほど……さ」

 ハンマーさんは少し寂しそうな顔をしていた。

「……私には分からないです、その気持ち」

「分からない方が幸せだよ。……でもいつか分からなきゃいけない時が来るかもしれない──その時はもう、後悔しないように全力で向かうしかないんだ」

「……ハンマーさんは一体何を後悔したんですか?」

 思わずそう聞いてしまった。

「うん? あはは! 私が後悔なんかするはずないでしょ? これは受け売りさ」

 ハンマーさんはおどけたように笑って見せる。


「……嘘つき」



「──アクアちゃん! クシャルダオラが!」

 バルスさんの声にハッとして視線を戻すと、クシャルダオラの周りに白い稲妻が落ち始めていた。

「雷……?」

「師匠が言ってたわ……白い雷を見たら──それは祖龍の雷だって」

 シャワちゃんが弱々しい声で言った。

「白い稲妻……全てを浄化し、無に還す光……か」

 バルスさんがそう呟く最中、まばらに落ちていた雷に変化が起きた。

「くっ……! 何です……これはっ!!」

 白い稲妻がまるで生き物のようにマリアンの周りに纏わり始めている。
 やがて白い稲妻は集まり、大きさを増していき──。




「ぐ……あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」






 激しい音と叫びの中。
 一本の巨大な雷が禍々しい紫の大剣を避雷針にして降り注ぎ、剣を真っ二つに砕き割った。




「あぐ……あぁ……そんな……」



 力の抜けたようにマリアンはガックリと膝を着く。
 クシャルダオラはそんなマリアンをじっと見据え動こうとしない。
 先程まで痛いほどに吹き荒れていた嵐は、もう止んでいた。


「あ、あれ!」

 私は驚いたように声を上げた。
 割れた大剣から、紫色の煙が立ち上ったのだ。
 そのまま上空に昇っていこうとする禍々しい煙に向かって、クシャルダオラが風のブレスを見舞う。
 すると煙はすうっと色を無くし、やがて消えて見えなくなった。


「──マリさん!!!」


 その途端、私の横を小さな赤いものが通り過ぎた。

「マリさん、マリさん! 大丈夫!?」

「ル……シャ………?」

「良かった……マリさん、もう……大丈夫だよね?」

 マリアンは困惑したようにルシャの顔を見上げている。
 彼女の瞳からは妖しい輝きは消えており、あの嫌な雰囲気はなくなっていた。
 身に付けている鎧や折れた大剣からも禍々しい紫色は消えており、灰のような白色に変わっている。


「……これで、終わったんですね」

 私はそれを見て、何故かそう確信した。


「あ……あぁ……私……私は────私は!!!」

 マリアンは顔色を蒼白にして項垂れる。



『…………』


 クシャルダオラはそれを見届けると、勢いよく空へと飛び上がった。
目的は分からないが、火山の方角へと飛び立っていったように見えた。

「一体何をしに……」

「……」

 その時、横にいたハンマーさんがマリアンに向かって歩き始めた。

「ハンマーさ……」

 咄嗟に止めようとした私だったが、ハンマーさんの横顔を見て止めた。

「マリアン……」

 ハンマーさんがマリアンの前で立ち止まった。
 武器こそ持っていないものの、腰にはハンターナイフが光っている。

「マリディア……私は人間として、侵してはならない罪をしました。……好きにしなさい」

「だ、ダメだよマリさん! せっかく大剣の変な力が無くなったのに! ……絶対にさせるか!」

「いいんです、ルシャ」

 ルシャが立ち塞がろうとするのをマリアンが止めた。

「だって……そしたら……!」

「ルシャ、貴女だってもう私と一緒にいる必要はないんです……それに殺されかけたマリディアが許すはずもありません」

「マリさんっ!!」

「──マリアン……私は憎んでなんかないよ」



「え……?」


 マリアンとルシャちゃんが驚いたように瞳を広げた。

「大剣の事もあるけど……元々、あの時私たちが逃げ遅れたのは私のせいだったんでしょ? それに、私とマリアン……どっちがどっちの道に進んでもおかしくなかったんだ。きっと私が同じ立場になったら同じようなことをしたと思う」

「マリディア……それは──」

「でも私はこっちの道に進めたことを感謝してる。沢山の仲間に出会えて素敵な体験が出来たことを、感謝してる。こっちの道に進ませてくれたマリアンに──姉貴に感謝してる」



 ──だから、とハンマーさんは思いがけない行動に出た。



「私も最後のけじめってやつを着けないとね」

 そう言ってマリアンの横へ手を伸ばし、あるものを拾い上げた。

「これが祖龍を呼び出すために使った媒介だよね? ふむ。アンさんの言ってた通りだ」

 それは古く風化した、白い一本の角。

「貴女何を……まさか!」

 マリアンの顔に見る見る焦りが浮かぶ。
 ハンマーさんはニヤリと笑ってくるりと踵を返すと、私たちの元へと走り出した。

「やめなさい! マリディア!!!」

 マリアンの必死な声が響くが、それでも彼女は足を止めない。
 そして驚いて固まっている私の横を通り過ぎる時、ハンマーさんが申し訳なさそうに小さく呟いた。

「……アクア、ごめんね」

「──!!」


 私は彼女の目的を理解して、戦慄した。
 だがその時には既に、ハンマーさんはバルスさんの頭に祖龍の角を突き立てた後であった。

「何っ──!?」

「ば、バル……きゃっ!?」


 小さくシャワちゃんの悲鳴が漏れる。
 白く眩しい光や稲妻と共に、どんなに叩いても壊れなかったスカルフェイスにヒビが入り崩れ始めたのだ。




 崩れ始めたスカルフェイスに驚いて頭を抑えたバルスさんだったが、やがて全てを理解したように呟いた。





「僕は────そうか、そうだったのか……。ハンマー……君ってやつは……本当に……」




「うん……悪いね、『また』さよならだ」





 ハンマーさんは申し訳なさそうな顔をして言い、今度は私たちの方を向き直った。




 同じように白い光に包まれ始めたハンマーさんは照れ臭そうに笑った後で、皆に聞こえるように大きな声で言った。








 ──初めて見る、泣き顔をして。








「皆……ありがとう、楽しかったよ!」











 光が消えると同時に、ズシンという重量感のある音を立てて──大鎚だけが地面へと落ちた。










「あ…………嘘…………やだ……なん……で……」








 響くのは私の掠れるような声だけ。
 誰も、声など上げれなかった。








 地面にめり込んだ、あの人愛用の大鎚だけが私たちの目の前にあるだけ。








 それ以外には『彼女』のものは何も残っていなかった。









 ──まるで初めから存在していなかった。




「────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────!!!!!!」




 声にならない私の叫びが、塔に木霊した。

















































 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇











「寒……もう朝かぁ」




 ──あれから、二年は経ったでしょうか。

 あの後、クシャルダオラは何処かに消えてしまいました。



「お茶でも淹れようかな」


 私はポッケ村に正式に移住し、専属ハンターとして村を守る日々を続けています。
 他の皆も別れ、それぞれの道を歩んでいますが、手紙が毎月送られてくるので退屈はしていません。




 シャワちゃんは家の規模を着実に拡大中。
 昔のようないさかいも起きず、イーゼンブルグ家が率先して交易の輪を広げているお陰でドンドルマの発展が急速に進んでいるくらいです。
 次は旅のキャラバンにバルスさんを派遣し、他の街と交流させて更に進出させるんだと意気込んでいました。


 記憶の戻ったバルスさんは、ギルドナイトを辞めて本格的にフリーのハンターに。
 旅を続けながら今まで培った人脈を広め、シャワちゃんの交易の助けをしているそうです。
 バルスさんは昔を語ろうとはせず、相変わらず皆には素顔も見せませんが、その話をした時にシャワちゃんが一瞬得意気な顔をしていたのが少し、いや、かなり気になります。
 前に会った時、シャワちゃんの頼みで旅のキャラバンに同行し新たな地へと旅立つことになって、皆(特にシャワちゃん)に会えなくなるのが寂しいとのろけていました。思わず太刀の柄で叩いたら……何故か喜んでいました。
 私を慰めに来てくれたことは分かっていますが、もう少しマシなことは出来なかったのかとちょっと残念な気持ちになったことを覚えています。




 チョモさんとフレアさんは今も騒がしくギルドナイトの仕事をこなしているそうです。一月前にチョモさんから『本人の了解無しでも籍なんかを入れることが出来ないだろうか』と言う相談の手紙を貰ったまま放置していますが、多分問題無いでしょう。



 ヨルヴァ君とモモさん、そしてハルクさんは今も三人で元気一杯に狩りを続けているようで、噂は遠く離れたここまで聞こえてきます。
 ……近頃は何やら様々な問題も起こしているようですが、それを含めても彼らの活躍には元気を貰っています。
 モモさんからの相談の手紙も最近はかなり落ち着いてきたので、リーダーとしてしっかりと二人をまとめているんでしょう。




 アンさんは現在消息不明。たまたま雪山で会ったイズさんが言うには「…またどこかに放浪中だ」だそうで。
 そういうイズさんもなかなか連絡が取れませんが、今もきっと寒冷地を探索してるに違いありません。




 マリアンとルシャちゃんはあの後の混乱の最中、いつの間にか姿を消していました。
 大きなイャンクックが飛び去るのを見たとシャワちゃんが言っていたので、恐らくは空に。




「……皆、満喫してるなぁ」

 雪山草のお茶を啜りながら私は少しため息をつく。
 お茶で暖められた白い吐息は部屋の上まで立ち上ぼり、やがて消えた。
 別に今の生活に不満がある訳じゃない。
 ただ少し、「私達」の家が広く感じるだけ。
 ユクモに行く際、ここのアイルー達には休暇をあげたままなので、本当に今ここに住んでいるのは私だけだ。


「うわ、またこんなに積もってる……これはお昼までかかるかなぁ?」


 それでも寒冷期が近付く雪山には毎晩のように大雪が降るため、毎朝の雪降ろしや道作りで寂しがる暇なんかは無いのだ。



「………」



 何時か、扉を開けてあの人が元気に帰って来るんじゃないかと期待していた時期も、とっくに過ぎて。
 それでもあの人の部屋の掃除を欠かせない、未練がましい心が私をこの場所に繋ぎ止めている。



「いっそまたユクモに戻って私の家に住みなおそうかな……ってどっちの村長さんにも『落ち着きがないっ!』って怒られちゃうか」

 あはは、と一人で軽く笑ってお茶をまた一口啜る。
 いつもは優しく感じる雪村の静けさも、今日は何故か冷たい。


「……さてと、まずはこの家の雪を降ろしちゃうか。無駄に大きい分積もる量も半端じゃないし」

 もし家が潰れたりしたら怒られちゃうならなぁ、そう言って私は苦笑する。


 誰に?


 そんなことを聞いてくる相手も、ここにはいない。

「よいしょ……」

 少し錆び付いたスコップを片手に家のドアを開ける。
 
 上に登るための梯子、埋まってなければいいけど……。
 
 外に出た時、私の目に映ったのは晴れ渡る青い晴天と、一面に広がる雪の二色のみ。
 凍るような寒さに白い息を吐きながら思わず身震いする。

「……やっぱり埋まってたかぁ。屋根の雪は凄い盛り上がってるし……つついたら屋根から落ちてきそうで危ないな」

 そんなことを言いながらも何とか梯子を掘り出して屋根へと架ける。
 屋根からの景色は白と青に、冬越えする木々の緑色が加わっていた。

「私が初め来たときもこの位降ってたなぁ……」

 思い出して少し楽しくなり、少し辛くなる。
 ついこの間まではポッケ村に来たばかり新人だった気がする。
 だけど、もうあれは何年も前の話なのだ。

「ここから始まって、また帰ってきて……次はどうなるのかなぁ」

 頭の中でささやかなイメージを膨らませながら暇を潰し、黙々と雪を下に落としていく。落とす分には気持ちがいいけど、落とした分後で片付けなければならないので気分は重くなる一方だ。






「……ん? 足音……?」



 そんなこんなで30分は作業をしていただろうか。
 遠くから新雪を踏みしめる音が聞こえてきた。

「また村長さんが差し入れでも持ってきたのかな?」

 そう思い、私は屋根の上からひょいと下を覗いたのだ。






















──嘘。

















 白銀の雪景色に一輪、桃色の花が咲いていた。










「……やぁ。そこにいるのはもしかして、最近暗いって噂のアクアかな?」







 あの時と位置は逆だけど、懐かしい声が私の耳に届いた。






「あ………」









 眩しい位に明るくて、悪戯っぽい笑顔。
 私の心を一瞬で晴らしてくれる透き通った声。
 桃色のふんわりした髪に、少し色の変わった見慣れた防具。
 そして背中に背負っているのは大きな──。







「……ハンマー………さん……?」








「……ごめん、待たせたよね」






 懐かしい彼女の姿。
 冷えてしまっていた心に、再び温もりが戻っていく。



 真っ白な景色の中、桃色に咲いた一輪の花──その光景を私は一生忘れはしないだろう。









「〜〜〜〜〜〜〜っっっっ!!!!! お帰りなさいっ!!!!!!!」









 私は屋根からスコップを片手に、手を振るあの人の元へと、勢いよく飛び降りていた。
 そして、彼女を思いっきり抱き締めてやる。


「おわぁ!? ちょ、ちょっ、アクア!? 苦しいってば!」


「何言ってるんですか! これくらいで丁度いいんですよっ!」



 ──きっとこれからはこの位の距離感で。



 お互いにちょっと涙ぐんだ顔で笑い合う。



「本当に……本当にお帰りなさい!」


「うん……ただいま! ……ただいま!!」




 また、新しい旅が始まるんだ。



 私はその笑顔を見て、そう思った。





 ──今度は目的も道標のない、気ままで自由な本当の旅が。






【ガイドポストは龍の調べ】 END,



[37857] 最終章 『Last Guidance,』 【後日談】
Name: 楽太郎◆a3215f1c ID:210d014f
Date: 2014/11/09 18:19

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


──『ルシャの場合』──




 赤い大きな『友達』の背に乗りながら、私は迷っていた。


「……ね、ねぇ、マリさん」

 そして、決心して……私は帰ってきた『彼女』に声をかける。


「何です? ルシャ」


 返ってきたのは冷たい声ではなく、昔のように柔らかな声。
 それは懐かしく、嬉しく思う。


──だからこそ、なのだけど。


「あのさ、これ……なんだけど」

 正直、少し緊張した。
 ゆっくりと後ろの『例のもの』を手に取り、彼女へと見せる。


「それ……拾ってきてくれたんですね」

 先程より少し低い声。
 そこから彼女の心意を窺うことは、私には少し難しい。

「マリさん……またこれ、つけて……くれる?」

 おずおずとした声で、勇気を振り絞って訊ねる。
 声がちゃんと出ているか、自信はなかった。


「何、言ってるんですか」

「!」

 その言葉に私は思わず目を瞑ってしまった。
 期待してしまった分、拒絶の言葉が怖い。
 
 ──やっぱり……だめ?


 そんな私を見て何を思ったのか、マリさんは私の手から『それ』を優しい手つきで取り上げた。

 「え?」

 「被るに、決まってるでしょう?」

 マリさんは、久し振りに、本当に久し振りにニッコリと微笑んだのだ。
 思わず涙ぐむ私の頭を、そのまま暖かい手で撫でて、あの時と同じ台詞を口にした。

「──クマちゃん、可愛いじゃありませんか」

「あ……」


 色々な感情が混ざり合って、目頭がかぁっと一気に熱くなる。

「マリ……さん……。うわぁぁぁぁぁぁん! マリさぁぁぁん! 」

 本当に──帰ってきたんだ。

 私がずっと待ってたマリさんが──。

「おやおや、そんな泣き虫に育てた覚えはありませんよ?」

 呆れたように微笑むと、泣きじゃくる私をマリさんは優しく抱き寄せてくれた。









「心配かけて、本当にごめんなさい」

 そのままの格好でしばらく経った頃、マリさんはそう謝ると、強い眼差しで私をじっと見つめた。


「ルシャ……よく聞いて。私はこれから償いのために生きなくてはなりません。まずはこの貰った命で、あの優しい妹を助けるために」

「……うん」

 それは、今まで見たことのない決意の瞳。

 そして伏し目がちに、やや言い辛そうにこう続けた。

「もし、もしですよ。貴女が許してくれるというなら……」

 マリさんは不安そうな顔をして一旦言葉を切ると、大きく息を吸って私に頭を下げた。

「……また手伝って貰えませんか?」

「当たり前でしょ!!!!!! 何言ってるの!?」

 私はとびっきりの笑顔で、間髪入れずに答えていた。
 そしてそのままマリさんの懐に思いっきり抱きつく。

「もう! マリさんに何があってもずぅーっと付いて行くって言ったでしょ! 嫌って言ったって離さないんだから!」




「マリー……私は人生でこの子を得たこと……これだけは……これだけは幸福に思います……」

 マリさんは私に聞こえない声で何かを呟くと、リノプロヘルムを深々と被ってしまった。

「うん、やっぱり似合ってるね。でも……どうして今被るの?」


 マリさんはしばらく黙った後、少し震える声で言った。

「……風が少し、目にしみるからですよ」

「……? またマリ難しいこと言うねー」


 首を傾げた私の頭に付けられた、クックファーの髪飾りが風でふわりと揺れる。


『クエェェェェェェェ!』

 二人を乗せたイャンクックは鳴き声を響かせながら雲の中へと吸い込まれていった。






 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


──『アクアの場合』──



 一年?
 いや、二年でしたか。

 少なくとも私には何十年にも感じた日々の末、あの人は帰ってきた。
 あの時と同じ見かけ、同じ年齢のまま……まるで時が止まっていたかのように。



「──ということはマリアン…………さんがハンマーさんを助けてくれたんですか?」

「どうやらそうみたい。気が付いたら塔の最上階にいてね、姉貴がルシャと一緒に私の前にいたんだ」

 泣いたり怒ったり笑ったり、待たされた分の感情を思いっきりぶつけた後で、私はハンマーさんを質問攻めにしていた。


「また何か難しいことをしたみたいなんだけど、何も言わずにそっぽ向いて帰っちゃってさ。……何かルシャが途中ニヤニヤしながらマリアンに叩かれてたけども」

 あの人がそんなことを……今回ばかりは彼女に感謝しないといけないな。

「装備の色も変わってますけど……それは?」

「あぁ、これはね」

 ハンマーさんが悪戯っぽい色を瞳に浮かばせる。
 彼女のナルガX装備は以前の黒色ではなく、あのクシャルダオラのような純白に変わっていた。

「二人が帰っちゃった後は、私も流石に混乱しててね。一人で状況を整理をしてたんだけど、その途中で色が白くて時々消える変なナルガクルガに襲われたんだよ──まぁ、こいつで返り討ちにしたんだけど」

 ハンマーさんは古塔の頂でずっと主人を待ち続けていた夜行鎚を自慢気に叩いた。

「それで倒したナルガの素材を立ち寄った街で丸ごと加工して貰ったってわけ」

「そんなナルガクルガがいたんですか……」

 ていうか遂に丸ごと持ち帰っちゃったんだ。
 加工屋さんもさぞかし驚いただろう。

「その辺で私が知らない内に二年も経ってるって知ってさ、色んな情報も入って来るしで、かなり慌てたよ」

「そうだったんですか……」

 考えれば、分からないことだらけだ。
ハンマーさんが消えてしまった理由も、また戻って来れた理由も、祖龍の事も……あのクシャルダオラの事だって、はっきりとしたことは分からないのだから。

「……世界はまだまだ広いってことですね」

 ポツリ、そう呟いた。

「そう、私もそう思ったんだ!」

 するとハンマーさんはその言葉に反応するかのように身を乗り出した。

「思えばさ、アクアと出会ってからだよ。毎日があんなに楽しくなったのはさ」 

「それは……」

 ──私もです。
 そんな言葉を胸の中で呟きながら、彼女の話を聞く。

「アクアの不思議な力にビックリして、一緒に古龍化事件や黒龍騒動やら不思議な事にも一杯出会って、それに仲間も沢山出来た。そりゃあ、しんどい時もあったけどそれ以上に私はこれ以上無いって位楽しかった」

 ──だからね、と言いながらハンマーさんは私から少し目を逸らした。

「帰ってきて早々なんだけど……また一緒に旅に出たいなって思っちゃったんだよね」

 ダメかな?
 ハンマーさんが少し申し訳なさそうな顔をする。

「何言ってるんですか。ハンマーさんが一ヶ所に留まってられる人なんかじゃないこと位、とっくに分かってますよ! ファンゴやゲリョスみたいに走り回るんですから!」

「うぐ……そこまで言うか」

 ハンマーさんが引き攣った笑顔を浮かべるが、私は止まらない。

「言いますよ! 全くもう! 何のために今まで待ってたと思ってるんですか! 本当に昔から変なとこで遠慮しますよね、ハンマーさんは!」

「アクアぁ……ごめんってば」

「上目遣いしたって駄目です!!」

 怒ったふりをして私はそっぽを向く。
 また少し泣きそうだったから。

「──ありがとね」

「なななっ!?」

 そんな私を後ろからギュッと抱きしてめて、ハンマーさんが耳元で呟いた。

 ──それは反則でしょう。

 焦りを顔に出さないように頑張って、ツンと顔をそらせる。

「代わりに、次どっか行ったら承知しませんからね! はぐれたらすぐ置いてくんですから!」

「ぜ、善処します……」

「よろしい」

 そう言って、思わず二人で笑い出す。

 初めて会ったときから五年。
 また同じ場所に立って。


「改めて、また宜しくね! アクア!」

「こちらこそ。宜しくお願いします、ハンマーさん!」

 二人は再び強く握手を交わした。





「じゃあ今度は何処に行こうか?」

「ってもうその話ですか? ハンマーさんったら本当にせっかちなんだから……そうですねぇ──────」



 これから先に、一体どんな世界が待っているんだろうか。
日々広がっていく世界に向けて、私たちは何処までも足を進めていこう。


 どんな人達が。
 どんなモンスターが。
 どんな土地が。


 どんな冒険が。


 一杯のワクワクがこの先の世界に待っているんだ。




 そんなことを考えながら。
 後ろを追っかけてばかりだった人の横に並んで、私は歩んでいく。




END.



[37857] 番外章Ⅰ 『シュレイドの夜』 1話
Name: 楽太郎◆a3215f1c ID:4717fa5c
Date: 2014/12/04 14:14
 ──フレアは走っていた。

 街頭に沿って焚かれた篝火が、幻想的な光で街道を照らしている。そんな
橙色の道を走り抜けると、火の熱が絶え間なく頬にぶつかり、額の汗が余計に滲む感覚を嫌という程伝えてくる。
 ドンドルマには今、慌ただしい足音だけが響き渡っていた。
 そしてフレアは部下達を見かける度に同じ内容を口にする。

「各隊員に告ぐ! シュレイド城へ黒龍討伐に出陣する! 至急本部へ戻り、戦闘準備を整えた後、直ちにシュレイドへ向かえ!」

「……──っ! はっ!」

 長期の勤務に加え夜間ということもあり、疲れを顔に浮かべていた兵士達だったが、フレアの命令を聞いた瞬間に表情を強張らせ、緊迫した様子で走り出した。

「はぁ……、ひとまずはこれで完了か」

 街中に足音が響くのを見届けて、フレアは肩で息をしながら額の汗を拭った。
 夜中の街道だが辺りはかなり明るい。 普段の三倍以上に灯された炎が、街を昼間の様に照らしているからだ。

 ──闇は人々の心に恐怖と狂気を流し込む。

 篝火は街民の暴走を抑え込む為の策の一つでもあった。

「ねぇ……な、何でフレアが走り回る必要があったのさ? ぶ、部下達に任した方が効率良かったんじゃ……ないの?」

 フレアが呼吸を整えていると、後ろから不満げな声が聞こえてきた。
 振り返ると、同じく息を切らしたチョモが頬を膨らませている。
 理由も分からずに連れ回されたことにかなりご立腹だ。

 ──いや、違うだろ。

 とフレアは思う。

  何故こいつは『騎士団長補佐』のはずなのに話を聞いていないのだ。
 彼女の役目は別にあるとは言え、最低限の知識位は頭に入れておいて欲しい。

「……それは無理だ。いくら戦力が欲しいからってドンドルマにいる奴らを全員動かす訳にはいかねぇだろ? だから最低限の人数は残さなきゃならねぇ……ここまでは分かるな? んで、その人数や配置位置を一番把握してるのは俺で、その場で指揮の出来るのも俺だから、俺が動いた方が効率いいんだ」

 かなり噛み砕いた説明を一通り終えたフレアは、酸欠気味になった頭を治すために深呼吸ながらチョモの反応を窺う。
 しかし、彼女の顔を見ると何も理解していなかった。

「……ふーん。ま、とにかくお疲れさま」

「……おい、理解する気が無いなら初めから聞くな。そして怒るな」

 とにかく鬱憤を晴らしたかったのだろう、チョモは唇を尖らせながら不服そうな顔をする。

「分かりやすく言わないフレアが悪いし!」

「これ以上どう噛み砕けって言うんだ!? ……というかな、問題はここからなんだ」

「……どういうこと?」

 フレアの言葉にチョモが首を傾げる。
 基本的に指揮統制的なことはフレアに一任しているため、こういった事には本当に無頓着である。
 いい意味でフレアを信頼しており、悪い意味で勉強嫌いで理解が悪い上に面倒臭がりでマイペースで暴力的な為、重要なことは再三言い重ねる必要がある。

「人数が全然足りねぇんだ。いくらギルドナイトだからって俺やお前みたいにG級モンスターを相手に出来る奴等は限られてる……。下位や上位ランクの連中は必然的に援護に回るから、そっちの数は足りてるんだが、直接的な戦力がな……」

 そこまで説明されて、ようやくチョモにも焦りの表情が浮かんだ。

「ちょ、ちょっと! あんなに大口叩いちゃったのに街を守れませんでしたなんて許されないよ!?」

「いや、主に任せろって言ってたのはお前じゃ……まぁいい。実はな、まだ当てが無い訳じゃないんだが……」

「あらあらー、お困りのようね。お二人さん?」

 突然、二人の後ろから若い女性の声が聞こえた。

「……噂をすれば……ってか」

 背後に立たれたことにまるで気が付けなかった。

「あら……どうしたのそんなに嫌そうな顔して? 私に何か頼みたいことがあるんじゃないの?」

 そう言って含みのある笑みを浮かべた彼女は、よく見知った【黄色】の受付嬢の格好をしていた。チョモよりも大人びた雰囲気と、ブロンドに染まった長髪の艶ややかな輝きに目を惹かれる。まさに『大人のおねえさん』という言葉がぴったりと当てはまる女性であった。

「フレア……この人、誰?」

 何故かジト目で睨んでくるチョモ。段々と表情が険しくなっていく。
 面倒臭がって説明しなければ身の危険を感じるので、フレアは頭を掻きながら説明した。

「こいつはシェリー……ギルドの裏で暗躍してるギルドナイトの一人だ。お前も何度か会ったことはあるはずだけどな」

「え? 嘘!?」

 その言葉にチョモが驚いていると、シェリーは可笑しそうにクスリと笑う。

「『それ』に気付けって言うもの可哀想なことじゃないかしら。それと、一言二言足りないんじゃない?」

 シェリーの射抜くような視線を受けて、フレアは苦々しい表情で口を開いた。


「………俺の上司で師匠だよ」

「そうそう、それが大事なのよ」

「じょ、上司!? ってことは普段フレアに指示出してる、いつも深めに帽子被ってた変なギルドナイトって……!」

「そう、私よ。でも変ってあんまりじゃないかしら?」

「あ……しまった、つい」

 チョモが慌てて非礼を詫びる。流石のチョモも上司(フレア以外)相手には大人しい。

「おい、シェリー。それより、ここに来たってことは協力してくれるんだな?」

 フレアの言葉にシェリーの口元が僅かに動く。

「あら、貴方の団員だけで勝てると言うならそれでもいいのよ? 私にも色々予定があるんだからね」

「……あぁ、分かったよ」

 どうにもやりにくいようで、フレアは再び頭を掻いてから、ぎこちなく頭を下げた。

「頼む、協力してくれ」

「そうそう。素直が一番よ?」

 シェリーはそう言って微笑んだ後、少し声を落として語りかけた。

「……そう言えば、彼は元気?」

 ピクリ、とフレアの眉が動いた。

「……元気だよ。あんた、一体どこまで知ってるんだ?」

「あら、私はちょっとした知り合いっていうだけよ?」

 ──ほんの少し、ね。

 フレアの訝しむ表情に対してシェリーはそう言って微笑み、小首を傾げた。
 
「……っ!」

 その仕種にフレアは思わずゾクリとしてしまう。
 
 ──思い出すのも嫌になる。

 村を旅だった後、ギルドの訓練兵になった時代のことだ。
 少年だったフレアは何故か通りすがりのシェリーに気に入られ、戦闘においてのイロハを叩き込まれたのだった。
 その数多く受けた訓練の一つに、「シェリーに攻撃を一発入れる」という単純なものがあった。
 武器も持たない彼女に何度木剣を夢中で振ったフレアだったが、小首を傾げるだけで全て避けられてしまったのだ。
 そして疲れ切った頃にシェリーがこの表情で笑い、鬼のような反撃が始る。
それを死に物狂いで防がなければならなかったのだから、トラウマになるのは当然である。
 その訓練はシェリーが任務でそのギルドを離れるまで続けられたが、ついにフレアの剣は彼女に掠ることさえ出来なかった。
 特訓の甲斐あって、フレアの戦闘技術はかなりのものになっていたのだが、そのことだけは今でも無念に思っていた。

「あんた……あの頃からほとんど変わらねぇよな」

 ポツリとフレアが呟く。
 彼女がギルドの上官であると知ったのはそれから大分経った頃。丁度バルスと紛争に終止符を打とうと奮起している時であった。
 彼女が自分より歳も階級も遥か上の上官に敬語で接させていて、その上で彼らに指示を下していたのは記憶に鮮明だ。

「あら、当たり前よ。まだまだ若いんだから」

 そう微笑んではぐらかす彼女の実態は、全くの不明である。

「……俺らも話してばかりいられねぇな。チョモ、急いでシュレイドに向かうぞ」

「ん、了解」

「シェリーも来てくれるな?」

 確認するように言うと、彼女は申し訳なさそうな愛想笑いを浮かべた。

「貴方に土下座までされたんだから、行くしかないじゃない」

「そこまではしてねぇ!」

 ところがシェリーの指揮するギルドナイトはとっくシュレイドに派遣されており、それを知ったフレアが「またやられた!」と盛大に悪態をつくのは少し後のことである。







「ようやく見えてきたか……」

 ドンドルマから急ぎの竜車を走らせて数時間──時刻は真夜中を廻った頃、ようやくフレア達の目にもシュレイド城の輪郭がぼんやりと見えてきていた。
 廃墟となったシュレイド城の周りには、見るだけで重苦しくなるような暗雲が雷を轟かせながら渦巻いており、否応なく不安感を掻き立てる外見をしていた。

「あれが竜も逃げ出すっていうお化け城か……確かにまぁ、かなりの雰囲気だな」

「何て言うか……本能的にすぐに逃げ出したい感じ」

 チョモが少し青い顔をして言う。
 それはフレアも十分過ぎる程に感じているものだった。しかし、騎士団長たるもの何事にも動じるわけにはいかない。

「かつて起きた、ミラボレアスが起こしたとさせる災厄をきっかけにシュレイド王国は滅び、東西に分割されてしまったのよね……」

 現にシェリーは涼しい顔をして歴史の一端を披露しているのだ。

(まぁ、この程度の知識ならチョモの頭にだって……)

「へ、へぇ……そうなんだ」

 しかしシェリーの解説にチョモは興味を惹かれたように耳を傾けている。

(こいつ……逆に何を知ってんだ!? 帰ったら座学を一から叩き込んでやる!)

 フレアが歯を喰い縛って頭を抱える隣で、シェリーは語りを淡々と進めていった。

「ええ。そして、あそこは『人の住めない地』ということになっているから、今のところあのおばけ城は東西シュレイド両国の間で『不可侵地帯』となっているのよ」

「ん? どうして人が住めないってことになってるの?」

「勿論政策的な意味もあるけど、シュレイド城にはあまりいい噂が流れていないからかしらねぇ……」

 シェリーが含みのある笑みを浮かべる。

「おい、その話は──」

「へえー、どんな噂?」

 フレアが慌てて遮る前に、チョモが釣られて尋ねてしまった。

「ふふ、それはね──」

「そりゃな──ギルドから派遣された腕利きのハンターが探索に向かったきり帰って来なくなったり、生還した奴等も怯えてて話を聞こうにも震えながら黙りを決め込んだりしてな。挙げ句の果てには……──何て噂が昔、広まっていたんだよ」

 シェリーが答える前にフレアが簡潔に答えていた。
 実際にそんな人間をフレアは見たことが無かったが、シュレイド城の怪奇についての伝承は奇妙な程に色濃く残っている。
 だが文献を調べてもそのような事は一つも書かれていなかった。
 隠蔽か、工作か。それは分からないが、不自然に穴が開けられた記述にはどこか妙な違和感を感じる。
 ギルドの闇に葬られたはずの秘密が、自らの足で這い出て来たような……人づてこの噂を聞いた時、そんな不気味さをフレアは感じたものだった。

「あらあら、私の言いたいこと全部言われちゃったわね。──それも随分勿体無く」

 シェリーがお株を取られたとばかりに非難の表情を浮かべる。

「あんたに言わせたら同じ話でも数十倍恐ろしく語っちまうだろうが! 戦いの前に怖がらせてどうすんだよ」

「こんなにいい語り時は滅多に無いのに……残念だわー」

 シェリーがつまらなそうに頬杖をついた一方、その横ではチョモがカタカタと小刻みに震えていた。

「私は十分にこ、怖いんだけど……うぅ、行きたく無くなってきたぁ」

「大丈夫よ、昔の噂話ですもの。……でもそんな噂だけで国が──しかも両国が不可侵領域に定めるなんて、ふふふ……随分とおかしな話よねぇ?」

「いやぁぁ!? ふ、フレアぁぁぁ! やっぱりあんたに任せるぅぅぅ!!」

「お、おい! 今更何言ってんだ! お前、仮にもギルドナイトの一員だろ!?」

「補佐だからいいもん! っいたたたた!?」

 半泣きで言い切るチョモの頭にフレアががっちりとアイアンクローを決めていた。

「補佐だからこそなぁ! 普段ろくに働かない高給取りなんだからよ! こういうときに働かないでいつ働くんだよ! おい、シェリー! 取り敢えずあんたは着くまで口を塞いどけ!」

「はーい」

「いやだぁぁぁ!」

 フレアの怒鳴り声やチョモの悲鳴で騒がしく揺れる竜車は、それでも確実にシュレイド城へと近付いていった。
 そして数十分が経った頃。
 岩石で堅牢に作られた円形の城壁に埋め込まれた身の丈三倍程の鉄扉の前に、三人は立ち尽くしていた。


「うぅ……ホントに不気味じゃんか……。フレア、シェリー……もう帰ろうよ、ね? ね?」

「……チョモ、ちょっと待て」

 シュレイド城を目前にしてもチョモはまだ震えていたが、フレアとシェリーは城の様子に妙な違和感を覚えていた。

「おい……兵士たちはどうした?」

「……変ね。私たちよりも先に向かったはずでしょう?」

「えっ? えっ? 何!? どうしたの!?」

 シュレイド城の重苦しい城門の前に辿り着いたフレア達だったが、先に待機させていたはずのギルドナイト達が一人も見当たらないのだ。
 篝火はちらほらと灯されており確かに人がいた痕跡はあるのに、だ。

「一体どうなってやがる……まさか、先に中へ向かっちまったって言うのか?」

  夜の暗闇の中で黒龍に立ち向かうのは無謀だと判断しての指示だったのだ。しかし、何らかのアクシデントがあったのかもしれない──。

 その時。

「……」

 フレアの目はゆっくりと城門へと向けられた。
 先程まで閉まったいた城門が三人を誘い込むかのようにわずかに開いている。

「あ、あれ? ねぇ、さっきまで……っ!?」

「仕方ねぇ……行くしかねぇな」

 そう言って足を進めようとしたフレアの腕を、チョモが引いた。

「お前なぁ、怖がったってしょうが──」

「ま、待ってフレア。…… 誰か来るみたい!」

「何?」

 再度城門に目を向けると、確かにボロボロになったギルドスーツの男が一人、ふらふらとこちらに向けて歩いて来ているではないか。

「お、おい! 大丈夫か!? 一体何があった!?」

「あ、あぅぅ……」

 フレアが慌てて駆け寄ると、ギルドスーツの男は憔悴しきった様子で虚ろな瞳をしながら話し始めた。

「皆……あの声を聴いておかしく……ふらふら、と城のなかに……もう……助……」

 男は色褪せたスーツの袖を震える両手で握り、自分を抱き締めるかのようにその場でうずくまってしまった。

「おい! しっかりしろ!」

「…………」

 しかし男はうずくまりながら震えており、フレアの声にも反応しない。
 今は何を言っても無駄なようだった。

「……もう大丈夫だ。俺らが何とかするからここで待ってろ、いいな? チョモ、シェリー! 行くぞ!」

 フレアの声に反応するように、二人も視線を門扉に向ける。

「原因も分からない内に城内に入るのは気が進まないけれど……そうも言っていられないみたいね。私の可愛い部下達を助けにいかないと」

「うぅ……怖いけど早く皆を助けなきゃ……!」

 そんなチョモの肩をフレアがポンと叩く。

「にゃ!?」

「その粋だ。変な声出してないで、よろしく頼むぜ。チョモ」

「ま、任せなさいな!」

「さぁ──行きましょうか」

 三人はそれぞれ武器を手に取り、赤黒く渦巻く空の下、今にも崩れ落ちそうな錆びついた城門を潜り抜けていった。



[37857] 番外章Ⅰ 『シュレイドの夜』 2話
Name: 楽太郎◆a3215f1c ID:4717fa5c
Date: 2014/12/02 00:45
「おかしいな……誰もいねぇぞ」

「確かに……妙ね」

 錆色の城門を潜りシュレイド城内に入ったフレア達。
 黒龍との対峙も想定していた彼らだったが、中には不気味な程に広い空間が伸びるだけであった。
 生温い風が頬をなぞり、チョモは身体を竦ませて辺りを見渡した。

「う〜……中もやっぱり不気味……早いとこ皆を見つけないと」

 しかし、内部を見渡したが、黒龍どころか部下達の影一つ見当たらない。
 その事実は明らかな異常事態を三人に突きつけていた。

「何も、いないわね」

「くそ……どうなってやがるんだ!」

 部下の安否も分からない状態に、思わず焦燥の声が漏れる。
 これで冷静でいろというのが無理な話だと、フレアは片手で髪を乱暴にかいた。

「こらフレア、団長が落ち着かないでどうするんだよ」

 そんなフレアに、チョモが気遣うような、それでいて厳しい一言を横からぶつけた。

「チョモ……」

 フレアはハッとして彼女の方を見る。
 いつの間にか、チョモは真面目な顔をしていた。
 頼りになる、何時もの顔だ。

「えっとね、ほら、ここと向こうの広間の間に小部屋があるみたい。もしかしたら、あそこにいるのかもしれないよ?」

 彼女の指差す方向を見ると、暗がりに紛れるようにぽっかりと入り口のような穴が城壁に設けられている。

 言われなければ気付けなかっただろう。
 自慢の観察眼はこんな所でも、その力を発揮していた。

「……悪い、冷静じゃなかったな」

 素直に謝ると、チョモはニッとした表情で両腕を腰に添え、平均サイズの胸を得意げに張った。

「全くもう、フレアがしっかりしないとさ、私が頼れないでしょー?」

「……」

 当たり前のように言うギルドナイト補佐。
 目を見れば分かる、これは大真面目に言っているのだ。


「……あぁ、そうだな。そういうことに関してはしっかり仕事やってるよ、お前は」

「えー? 誉めても何も出ないんだけどぉ?」

「誰が誉めてんだよ!!」

 キッパリと言い切ってから、フレアは改めて城内を観察する。
 先程は焦りもあり、ただ内部を回っただけであったが、今は冷静に見ることが出来る。
 シュレイド城よ内部は瓢箪型になっており、周りは高い城壁に囲まれていた。中でも目を引いたのが、瓢箪の中間にあたる位置に取り付けられた巨大な鉄柵であった。
 恐らく両側から鎖のついた滑車を回して引き上げるタイプのものだろう、それが今は高らかに引き上げられている。

「……急に落ちたりしないよね、あれ」

 チョモが不吉なことを口にした。
 彼女が言うと洒落にならない。

「いくら何でも、まだそこまで古くない城の設備だぜ。強度は問題ない、はずだ」

「はずかよ」

「あら、ねえ見て……流石、大国の城ね。あんなものまであるわよ」

 そう感心したように言ってシェリーが指を指したのは鉄柵の奥のエリア──三人から見て対極の位置に見えた『巨大な穴』であった。穴からは鋭く尖った突起が顔を覗かせている。

「おい、あれってまさか……」

 フレアは『それ』を知っていた。
 ギルドナイトだから、という話ではなく上位以上のハンターならば必ず見たことがあるだろう代物だった。
 その名前は『撃龍槍』。
 古龍の様に強大なモンスターを撃退するためだけに設置された、不動にして強大な機械槍だ。
 蒸気の力で回転し、勢いよく飛び出す──確かそんな仕組みだったか、とフレアは朧気な知識を呼び起こす。

「ドンドルマみたいにさ、大きな街を守るために設置するのは分かるけど……一つの城にこんなもの取り付けるなんて何か……変じゃない?」

「……確かにな」

 チョモの疑問に、フレアは同意するように唸った。
 ドンドルマの龍撃槍にしても、ラオシャンロンやシェンガオレンといった超巨大モンスターの進行を研究の末に予測し、それを誘導して初めて使用できるものだ。
 一国の城の、それも城内にわざわざ設置する意味が分からなかった。

「取り付けざるを得なかった……のかもね」

 すると、シェリーがポツリとそう呟いた。
 
 ──どういうこと?
 
 チョモがそう尋ねるよりも早くシェリーは続ける。

「『シュレイドには災厄が降臨する』……昔の『古龍占い師』達がある日、口を揃えて急にそう言ったらしいわ。国のお抱え占い師は勿論、国と一切交流のない占い師まで次々に警告を促したらしいの」

「……それは警戒せざるを得ないな」

「でも災厄に関しての資料は、どこを探してもここまでしか残っていなかった」

 それは、最終的に災厄はここに降臨したのか、ここで一体何があったのか──憶測にまみれた真実を確認する術が、今はもう存在しないということに他ならない。
 深い沈黙が三人の間に流れる。
 聞こえるのは上からか下からかも分からない場所から響く、呻き声にも似た風鳴りだけ。

 何かしていないと気が狂いそうだった。


「……ここで考え込んでもらちが明かねぇな。取り敢えず、チョモの言う通り辺りを散策してみようぜ」

「……そうね」

 耐えきれずに言った言葉にシェリーが頷く。それは意見に同意したというより、フレアと同じく反射的なものであった。
 
「ちょっと二人とも、元気無いよ! 皆が一斉に消えちゃうなんてあり得ないって! きっとすぐに見つかるよ!」

 チョモの言葉に、フレアとシェリーは思わず苦笑してしまった。

「お前さっきまであんなに怖がってたくせに、どんだけ立ち直り早ぇんだよ! ……けどまぁ、今回はその元気、少し分けさせて貰うか」

「そうね、まだ諦めるのはまだ早かったわ。ありがとね、チョモ。ここの陰湿な空気のせいで、ちょっと気が滅入っちゃったみたい」

「へへ、どういたしまして! じゃ、改めて探索開始だね!」


 チョモの号令で探索を始めた三人。
 だが、彼らの期待はすぐに破られてしまった。




「…………」

 三人は鉄柵の両側にある小部屋を調べたが、古びた武器や休憩施設があるのみで人がいた痕跡すら見つけられなかった。
 それどころか、部屋の広さ的にフレアとシェリーの部下全員を収容すること事態が不可能だったのだ。
 三人はしばらくの探索を終えて、小部屋の簡易ベッドに腰かけて休憩している最中であった。

「……他に人が隠れられそうな場所はもうないわ」

「隠し部屋なんか……ある訳ねぇよなぁ」

 フレアがくたびれた様子でそう言う。
 
「……あったら私がすぐに気が付くはずだよ。昔、遺跡の探索とかやってたし」

「お前、そんなことまでやってたのか……」

 フレアが軽く引いたように仰け反るので、チョモは慌てて両手を横に振った。

「あ、あくまでも昔の話だよ! 今考えたらあんな暗くて怖いとこ、よく一人で行けたよねぇ……」

 あの時のお前より怖いもんなんてねぇよ!

「………」

 そう叫びたいフレアだったが、気力が尽きかけていたこともあり、唇を噛むことで何とか押し留めることが出来た。

『口は災いの元』。

 彼が体で学んだ座右の銘である。


「フレア……これからどうしようか?」

「そうだな……。今知りたいのは部下達の行方だが、門の前で出会った奴の情報が間違っていたとしか思えねぇな」

 フレアの意見に、シェリーも頷いた。

「精神状態も安定してなかったみたいだしね。元々の情報に何か間違いがあった、というのも考えられるけど」

「あ! そうだよ、さっきの人の様子を見に行かないと! 容態が悪化してたら大変!」

 チョモが思い出したように慌てて立ち上がった。

「だな。黒龍もいねぇ、部下もいねぇ……なら一旦あいつを連れて本部に戻るしか──」



 ──ねぇだろ。


 そう言おうとした時だった。





































「──っはぁ……! はぁっ……!」

 フレアは咄嗟に背中の大剣を抜き放っていた。
 それは横にいたチョモも、シェリーも同じであった。

「何だ!? 『今の』何だよっ!?」


 髪は逆立ち、動機も荒く、フレアは半狂乱になって叫んでいた。
 身体中から冷や汗が大量に流れて止まない。

 後ろから、巨大な『何か』に握り潰されるような──否、握り潰されたはずの体が何故か残っているような感覚。

 絶対的な死の感覚がストレートに彼らに襲い掛かったのだ。

 G級ハンターとして、幾つもの死線を潜ってきたからこそ辛うじて耐えれたようなもので、常人ならば瞬く間に精神が壊れてしまっただろう。

「これ……そ、外から……だよね?」

 チョモが震える声で言う。

「あ、あぁ……」

 そうポカンとして言いながら、フレアは無意識に考える。



 ──確認しにいかなくては。


 ──アレの正体を?



 ──危なイ。



 ──危ケンダ。



 ──ニゲロ。



 ──ハヤクシナイト。




 ──コ ロ サ レ テ シ マ ウ ゾ。




「フレア!!」

「フレア! 自分をしっかり持ちなさいっ!『持っていかれる』わよっ!」


「──はっ!?」


 チョモとシェリーの一喝で、フレアは正気に戻された。

「フレア……大丈夫!?」

 いつの間にか膝をついていたフレアの横でチョモが心配そうに見つめている。

「あぁ……もう大丈夫だ」

 そう言って立ち上がると、フレアは気付けに頬を腫れるほど強く叩いた。 一瞬出来た心の隙間に、深く入り込まれしまったのだ。

「……もうすぐ、広間に降りてくるわ」

 確かに伝わってくる。

 ──迫り来る、ドス黒い怨念の様に暗い、負の感情。

 少しでも気を抜けば、先程の様に心を蝕まれてしまうだろう。

「……っしゃ!」

 なら、『気を抜かなければ』問題ない。

「チョモ、シェリー! やられっぱなしなんて我慢できねぇ! 来るってんなら向かい撃ってやろうぜ! 『災厄』をよ!」


 ──燃えるような深紅の瞳。

 それは強い光を湛えたハンターの眼差し。こうなったら邪龍であろうと彼の心を揺さぶることは出来ない。




「ええ、勿論、……久々に本気の出せる相手みたいだわ」


 ──恍惚する様に浮かべた不敵な笑み。

 小首を傾げて魅せたそれは、百戦錬磨の彼女が本気の牙を剥いた証。
 見た者は皆無と言っていいほどの、彼女の『戦闘体制』。



「二人とも、くれぐれも無茶だけはしないでね。そしたら──絶対に守ってあげるから」


 ──透き通るような白の長髪。

 先程まで小刻みに震えるだけだった毛先が、今は誰もが見惚れるほど軽やかに舞っている。
 それは天山の女神と称された彼女が与える、揺るぎ無い安心感と勇気──そして希望の神風。

 足取りは勇ましく、一切のぶれはない。
 今の彼らに、狩人の彼らに恐れる相手はいない。




「──んじゃあ、ひと仕事といくか」

「ラジャー!」

「了解よ」


 まだ見ぬ敵への反撃の狼煙が、今上がろうとしていた。



[37857] 番外章Ⅰ 『シュレイドの夜』 3話
Name: 楽太郎◆a3215f1c ID:4717fa5c
Date: 2014/12/12 11:40
──数多の飛竜を駆逐せし時、『伝説』は蘇らん


──数多の肉を裂き、骨を砕き、地を啜った時


──浮き世が深紅の血に染まりし時


──彼の者は現れん


──土を焼く者


──鉄を溶かす者


──水を煮立たす者


──風を起こす者


──木を薙ぐ者


──炎を生み出す者


──その者の名は『ミラボレアス』



──その者の名は、『宿命の戦い』



──その者の名は、『避けられぬ死』



──さぁ




──喉あらば叫べ  



──耳あらば聞け



──心あらば、祈れ



──ミラボレアス



──天と地とを覆い尽くす、彼の者の名を



──天と地とを覆い尽くす、彼の者の名を



──彼の者の名を……





◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「──ちっ……あのリノプロ女の『唄』が頭から離れやしねぇ」


 フレアがそう忌々しげに呟いたのは、城壁内の小部屋から出た直後。
 上空から響き伝わってくる重苦しい音が、まるで数百匹もの飛竜が現れたのかと勘違いするような──生物の闘争本能を根本から掻き立てる異音が聞こえてきた時のことであった。

「貴方の言う『それ』は、シュレイド王国崩壊時に謎の赤衣の男が歌ったと言われる唄でしょう?」

 その遥か上空から聞こえる巨大な羽音を、待ち遠しそうな顔で聞きながらシェリーが言った。

「あぁ……てか何で知ってんだよ」

 フレアが疑心に満ちた瞳で睨む。
 マリアンの言葉を聞いた時、間違い無くシェリーはそこにいなかった。フレアが隠密にギルド本部の書庫を漁って同じような文献を見つけた時も、誰にも気付かれていなかったはずだった。

 しかし、シェリーは事も無げに笑うのだ。

「ふふ、貴方のする事なんて全部お見通しなのよ?」

「……さいですか」

 ニッコリと言われてしまっては、フレアは閉口せざるを得ない。黒龍の降臨を前にして、フレアは彼女を上司に持ったことを先に呪ったのだった。


「さて……伝説の黒龍相手に俺等の武器は通用するのかね?」

 間も無く対峙するであろう強敵の気配をひしひしと感じながら、フレアは自分の愛剣である『輝剣リオレウス』に目をやった。
  二年前は『焔剣』の名を掲げて真っ赤に染まっていたそれは、今は冷たく美しい銀色に燃えている。
 ギルドの任務の中に偶然現れた幻の銀火竜。
 フレアはチョモや団員と共に死闘を繰り広げ、更なる業火を銀色の甲殻によって大剣へ封じ込めることに成功したのだ。凝縮された銀の炎が灼熱の巨刃となって敵を焼き払う──それはフレアの相棒が生まれ変わったという、証明の産声であった。


「いや、フレアはそれしか持ってないんだから、迷う余地なんてなかったでしょ」

  何でも火属性でごり押しするのは卒業したら? そう飽きれ顔で言うチョモが持っているのは狩猟笛『アヴニルオルゲール』。

 火山より発掘された『太古の塊』と称される謎の物体を、研磨加工した末に蘇った古代文明の産物。
 機械的な外見と金色に輝く巨大な円盤が特徴の、オルゴールに似た楽器はギルドの調査の一環で発見されたものだったのだが、当初は今一つ使い方が分からずに研究員達は頭を抱えていた。

 その時、話を聞き付けたチョモがほぼ強奪する形で持っていったのだ。

『どうせよく分かってないんだから私が試しに使ってあげるよ!』

 彼女に救われたギルドナイトは数知れず、もはや頭の上がらない存在になっていたチョモを前に研究員たちは、引き釣った笑みを浮かべながら快く提供したのだった。
 試しにフレアを引き摺ってクエストに行った所、二人はその能力に舌を巻いた。息を吹き込むと円盤が回転し音を奏でるという不思議な構造のそれは、吹けば一時的に筋力が増す旋律を得意とした上に、強力な龍属性を秘めた強力な武器であったのだ。

『お、お前……それが狩猟笛だって……いや、そもそも武器だと知ってて手に入れたのか?』

 フレアは驚いてそう聞いたものだったが、チョモはポカンして言うのだ。

『へ? これピザカッターみたいで、格好いいなって思っただけだけど?』

『いや……でもお前ちゃんと旋律吹いて……』

『ん? 何か吹けそうな場所があったから吹いたら音が出て楽しいなぁって思ってたけど……これ、狩猟笛なの?』

『………はぁ』

  結局ギルドに報告はしたものの、何故かこの狩猟笛を吹けるのは彼女だけだったので、本当にそのまま貰い受けることになったのだった。

「ていうかお前も持ってるのそれ一本だけじゃねぇか!」

「わ、私のは万能な龍属性だからいいの!」

「どこが万能だ! イャンクックや蟹に龍が効くかよ!」

「二人とも、喧嘩は少し後にしなさい」

 シェリーが見かねて割って入る。
 彼女の武器は『双聖剣ギルドナイト』と呼ばれる双剣。ピュアクリスタルを軸に作られた透き通るような二振りの洋剣は、ギルドナイトでも最上位の人間にのみ持つことを許された強者の証。
 切りつけると強烈な水流が流れ切れ味を何倍にも跳ね上げる仕組みを備えたこの双剣は、歯こぼれもせずに堅固な甲殻をも両断する。

「私たちの武器はG級でも問題なく通用する威力がある。けれど……黒龍に通じるかどうかは正直、分からないわ」

「……そうか、あの伝承の通りなら……」

「ええ……」

「ちょ、ちょっとちょっと! 二人だけで会話しないでよ! どういう事!?」

 意味深げに黙る二人にチョモが焦ったように詰め寄った。

「あぁ、悪い悪い。つっても、その伝承も憶測レベルなんだがな」

「あまり気分のいい話でも無いしね……」

 どうにも歯切れが悪い。
 チョモはそんなフレアの鼻先まで、ずいっと顔を近付けた。

「それでもいいよ! 私だけ知らないなんて嫌だもん! ……あ、それに情報は少しでもあったほうが安心でしょ?」

「安心……できるかねぇ」
 
 吐息が掛かる距離で捲し立てるチョモに顔を逸らしながら、フレアは助けを求めるようにシェリーに言う。

「ふふ、いいわ。なら教えてあげる」

「おい……」

「邪魔しないでね、上司命令よ」

 (どんな命令だ……)

 先程、怪談話を遮られたのを余程気にしていたのだろう。目は爛々と輝き、舌なめずりさえしそうな表情の彼女。もう止められそうにない。

「ありがと! じゃあ早く早く!」

 シェリーは怖がらせる気満々の顔なのだが、チョモは何故か気付いていない。

(よくこんな状況でそんな話したがるよな……。聞く方にも問題はあるが)

 フレアは呆れ顔でそんな二人を見るが、迫り来る黒龍の羽音が気になって気が気ではない。

(俺だって落ち着かねぇのに、何でシェリーは──いや……そうか、そうなんだよな)

 そこでフレアは先程の考えを取り消した。

 何故なら、シェリーは黒龍が間もなく降り立つというこの状況を『こんな状況』などとは考えていないのだ。
 ハンターズギルドから『非常事態宣言』が発令されているこの状況をむしろ──楽しんでさえいるのだから。

「──だからミラボレアスはね、挑んでくるハンターの装備を持ち帰って、身体の熱で溶かして自分の甲殻に付け加えちゃうの」

「えぇ……!?」

「でもモンスターが装備だけ持ち帰るなんて器用な真似、出来ると思う?」

「あ、無理! ってことは……嘘?」

「違うわよ──」


 フレアは彼女のことを自分の師であること、また上司であることしか知らない。

(何聞いてもはぐらかされるし、調べても何も分かんねぇし……あんた一体何者なんだよ)

「──手っ取り早い方法があるじゃない。何もわざわざ防具を取らなくったって、そのまま……ね?」

「え? そのままってどういう……──っ!?」

 思っても口には出せない。彼女が何者かなんて今は関係が無いし、これからもきっとそうだろう。

 ──シェリーはシェリーだ、それは変わらないのだから。

 フレアは何度目かの同じ答えを出して無理矢理に頭の隅へ押しやると、 愛剣を構えて声を張り上げた。


「さぁ! そろそろお見えになる頃だぜ……ってチョモ、お前何て顔してんだおい!?」

「へ? ……ひゃ、ひゃんでもにゃいで、ですよっ!?」

 気合いを入れて振り向くと、そこには涙目の相方の姿があった。

「呂律回ってないじゃねぇか! ガタガタ震えてるし……おい、シェリー?」

「てへぺろ」

「お前なぁ……」

 可愛らしく舌を出してウインクしてみせる彼女に嘆息するが、本当にこんなことをしている場合ではないのだ。

「おいチョモ、ちょっと耳貸せ」

「へ?」

 そう言って、カチコチと未だ挙動のおかしい彼女の耳元へ、フレアはそっと口を近付けた。

「お前よぉ、もしここでやられたりしたら……の……にある……が……だぞ?」

「………っ!」

 途端、チョモの顔が真っ赤に染まった。

「な、何で、ああああんたがそれをしし知って……!?」

「さぁーねぇ? でも早く戻らないと……な?」

「コイツ……どさくさに紛れて殺ってしまおうか……!」

 今にも襲い掛かりそうなチョモの様子を見て、フレアは内心ホッと一息をついていた。 
 彼女の働きが無いと、勝てる見込みすら無くなってしまう。


(代わりに俺の寿命は減ったかもしれないが……)


「流石リーダー、助かったわ」

「次やったら承知しねぇからな……む」

 悪びれもせずに微笑むシェリーをギロリと睨んでから、フレアは空を見上げた。
 チョモも。
 シェリーも、同時にそれを見た。


『──来た』


 黒い、見たこともないほど長く禍々しい邪龍の尻尾を。

 雲を割って現れたそれを。



 ──災厄の降臨の瞬間を目の当たりにしたのだった。








「あれが……黒龍──ミラボレアス」

 徐々にその全容を現す『それ』を固まったように見上げながら、フレアは呟いた。
 蛇竜ガブラスを巨大かつ凶悪にしたような、正にドラゴンと呼ぶべき圧倒的な姿がそこにはあった。

「……でかいね」


 光を吸収してしまいそうな、禍々しい漆黒の色の鱗や甲殻で覆われた全身。
 全長はラオシャンロンに及ばないが、鎧竜グラビモス以上の巨大さ。
 そして、長い首の上には四本の角の生えた頭部があり、背中ではその巨体を包み込めるほどの巨大な一対の翼が、先程から聞こえているおぞましい羽音を響かせている。

「もうすぐ降りてくるわよ、用意はいい?」

「ああ、何時でもOKだ。なぁ、チョモ?」

 隣のチョモはフレアを見て真顔で頷く。

「うん、私は早く倒して帰りたい」

 切実な回答だった。

「なら戦闘の準備を──」




『ちょ~~っと待ったぁ!』


 シェリーが号令を出そうとした時である。
後ろで、騒がしい男の声が響いたのだ。


「……何なの貴方達」

 号令を阻害され、不機嫌そうに後方を見るシェリー。後ろにはハンターであろう、二人の男がふんぞり返っていた。

 一人はランスを担いだ大柄の、いかにも野蛮な男。
 もう一人は片手剣を腰に指した小柄な男で、目の窪んだ土気色の顔がニヤニヤと歪んでいる。二人とも明らかにフレア達を見下した表情をしていた。

「ギルドが騒がしいと思ったらまさかの黒龍騒動!」

 大柄の男が舌なめずりでもしそうな顔で笑うと、小柄な男も笑みを更に歪ませた。

「急にギルドナイトが飛び出したから怪しいと思い着いてきたら……案の定のビンゴォ!」

「優男とお嬢ちゃん達じゃ死ぬのがオチだ。ここは俺らに任せて帰りな」

「フレア、この人達……誰?」

「あぁん!? 狩猟笛のお嬢ちゃん、もしかして俺たちを知らないのぉ!?」

 小柄な男がバカにしたように言って、自分の片手剣を自慢気に振りかざした。

「俺は一つの村をこの『デッドリィタバルジン』で救った西の英雄! ダノン様よ!」

 それを合図にして、大柄の男もランスを高らかに掲げた。

「俺はこの『激槍グラビモス』で村を救った東の英雄! ライザー様だ!」

『二人合わせて狩猟団【DOUBLE HERO’s】(ダブルヒーローズ)!! 黒龍なんてすぐに片付けてやるぜ!』

「だの……らい……だぶ……?」

 チョモが急な展開に目を点にしている。

「おい、悪いこと言わねぇからすぐに帰れ」

 G級ハンターを前に上位武器を自慢気に見せつけ、挙げ句に黒龍の力量も把握出来ていない。
 完全に上位へ上がったばかりの、名を売ることに夢中な連中の類いだった。

(噛ませだ……)

(噛ませね)

 フレアとシェリーはそう目配せしたが、チョモは何とか二人を帰らせようと説得していた。

「大丈夫だって! ちゃんとあんた等にも少しは報酬やっから! な?」

「おう、だから安心してここは任せろ!」

「違うって! 本当にあんた達レベルじゃ死んじゃうんだって!」

「心配すんなってお嬢ちゃん! そうだ、終わったら後で一緒にお茶しようぜ?」

 ダノンと名乗った男はそう言いながらチョモの肩に手を掛けようとしたが、彼女が光の速さで身を引いたので軽く舌打ちを漏らした。

「んだよ……つれねえな」

「おいおいダノン! 抜け駆けは無しだぞ!」

「あっひゃっひゃ! 悪い悪い!」

 大袈裟に抗議するライザーに馬鹿笑いするダノン。
 そうしている間にも黒龍は地上にみるみる近づいていく。
 チョモの顔に焦りが広がっていくのが分かる。どんな人間であろうとも、無駄に傷付かせたり死なせたくない──それが彼女の生きる道なのだ。

「あんたらいい加減私の話を聞きなよ! だからさ──!」

(こいつら……)

 この手の連中はいくら説得しても無駄なことをフレアはよく知っていた。こわな奴らにチョモが労力をかける必要は無い。少し怪我をさせてでも、武力行使で追い払おう──そう決断してフレアが一歩踏み出した時である。



「──別にいいんじゃないの? 行かせても」


「……は?」

「……え?」

 ──冷たい目をしたシェリーの腕が、フレアの行く手を遮ったのは。



[37857] 番外章Ⅰ 『シュレイドの夜』 4話
Name: 楽太郎◆a3215f1c ID:4717fa5c
Date: 2014/02/12 07:32
――別にいいんじゃない? 行かせても。




人々を守り、ハンター達の安全と秩序を守るのがギルドナイトの役目。
そのシェリーがはっきりと口にしたのだ。



二人の人間を捨て駒にしろ、と。



「……おい、何ふざけたこと言って……――っ!」


怒鳴ろうとして、フレアは思わず後ずさってしまった。



「………」


じっと二人を見据えるシェリー。
口に嘲笑を浮かべてはいたが、彼女の目にはそれほどの殺気が込められていた。

そしてシェリーは、ゆっくりとフレアに向き直る。


「少しでも黒龍の動きを把握したいのよ。どうせ早死にする種類の輩なんだし、折角なら役立てないと……ねぇ?」

「お前っ……!」


――本気で言ってるのか?


フレアはそう怒声を吐くつもりであったが、それよりも早くシェリーの雰囲気はいつもの穏やかさを取り戻していた。

「ふふ……冗談よ。ちゃんと死なれる前に助けてあげるわ」

「……本当か?」

「ええ」

微笑を浮かべてニッコリと頷く彼女。
そう言われてしまうとフレアにはもう先の話を蒸し返すことは出来ない。
シェリーは黙る彼を通り越すと、睨み合っているチョモの横に行きやんわりと肩に手を掛けた。

「チョモ、ありがとう。もう大丈夫よ」

「え? でも……」

戸惑うチョモを尻目にシェリーは、男達に向かって先程とはかけ離れた、可愛らしい声色で話しかけた。

「――それじゃあ、ここは頼もしい貴方達にお願いしちゃおうかしら?」

「お、そっちの姉ちゃんは物分かりがいいなぁ!」

「へへ。なら早く後ろに下がってろ、じっくりと見物でもしてな!」

男達は自信に溢れた顔でそう言うと、足取りも大きく黒龍が降りて来るであろう場所へ歩き出してしまった。


「ええ……そうさせてもらうわ」

「……」

ポツリとそう呟くシェリーの後ろでフレアはじっと空と、遠ざかる男達を見つめていた。





「くっ……くくく……」

ダノンは笑いを堪えきれずにいた。


(今日はついてやがる! まさかこんなに早く最強のハンターに名を連ねるチャンスが来るなんてよぉ!)


笑みを堪えて思わず横を歩くライザーに目をやる。
すると彼も同じ顔をしていたので、ダノンの感情は更に高ぶった。

「くく……おぅ、ライザー! 抜かりはねぇな!?」

「へへ……あぁ、ダノン! 回復薬に薬草、それに奮発して回復薬グレートだって持ってきた!」

「完璧だな! リオレウスやグラビモスだって俺らの敵じゃなかった! 黒龍なんて名前ばかりの張りぼて野郎、目じゃねぇぜ!」

「だな!」

実際には、リオレウスやグラビモスを無事に討伐出来たのは彼等を手伝った他のハンター達の活躍が大半だった。
ここまで五体満足でいられるのは本当に運のいいことでしかない。
しかし、そんなことにも気付けない実力のままにここまで来てしまった二人。

古龍に挑むというのに舐めきり、補助の道具は一切持ち込まず、用意したのは先程言った回復系統と僅かな砥石のみ。

二人の実力はフレアの見込み通り、上位のイャンクックを二人でようやく討伐出来る程度のレベル。


経験不足の上に無駄な自信を着飾った彼らには、近付いて来る黒龍の圧倒的な気配にも気付くことが出来ないでいたのだ。




――そしてその時が来る。


「……うお」


「で……でけえな……」


彼等の上空を覆い尽くすのは漆黒の闇にも劣らない黒一色。
間もなく降り立とうとする黒龍を見て、二人は本能的に生唾を飲み込んだ。


――今まで見てきた相手とは、何かが違う。


臆病風に吹かれそうになった二人だったが、そこでダノンが負けじと啖呵を切った。


「はっ! こんなやつ図体だけだろ! ライザー、とっとと終わらせようぜ!」

「お、おう!」


「しゃあ! なら先手必――」


二人が武器を取り出そうとした瞬間――彼等は五メートル近く吹き飛ばされた。



「……ぐっ………ぁ……?」


「な、なん……だ……?」


黒龍は只、地面に降り立っただけのこと。
その際の強烈な風圧に押されただけなのだが、二人は何が起こったのか分かっていない。

「やってくれたな! こんな攻撃痛くも痒くもねえよ! ライザー、いつまで寝てんだ!」

「お、おう。へへ、この程度なら余裕だな。おい! 今度はこっちからいかせてもらうぞ!」


『………』


二人が再び武器を構えると、黒龍はようやくその存在に気付いたように二人を見つめた。


「何だ? 何見てやがるんだ! お前は今から俺様達に殺られるんだよ!」


しかしミラボレアスの視線は吠える二人をすぐに通り越し、その後ろで自分を射るように睨んでいる三つの目線と交差した。
そして始めて敵意の色を水晶の瞳に浮かべる。

「あいつ……見ただけでハンターの実力が分かるっていうのかよ」

「そのようね」

フレアは改めて敵のレベルを痛感するが、今はまだシェリーの指示で動くことは出来ない。

そんなとき、横にいたチョモが大きな声を出した。


「何か来るっ!」


チョモがそう言った時には、すでに黒龍は長い首を後ろへと引っ込ませ始めていた。

「あの動作、まるで反動をつけてるみたい……でもあの距離じゃ何も……まさかっ!」

チョモが目を見開いたのと同じ時、ダノンも奇跡的に何か本能的な危機を察知していた。


「……ライザー……た、盾だ」

ぽつり、呟く。

「え?」

「……盾だ」

「だから盾がどうし――」

「いいから早く盾を構えろライザァァァァ!!」


「――!?」


ダノンの絶叫。
ライザーが盾を構えるのと、ミラボレアスが巨大な火球を放ったのはほぼ同時であった。


激しい爆発音と黒い煙が上がり、一瞬で二人の姿が消え失せる。


(なんて威力だ……っ!)

フレアは思わず息を飲んだ。
リオレウスの火球が可愛いものに見える、そんな光景だった。



「はぁ……はぁ……助かったぜダノン……」


そんな中、徐々に晴れる煙の中から声が聞こえた。

「あ、ああ……俺に任せりゃどうってことねぇよ」


現れたのは肩で息をしながら盾にしがみつくように立っている二人。

「あいつら……よく無事だったな」

「元々あの火球は私たちを狙ったものだからよ。真芯なら消し炭だったんじゃないかしら。ミラボレアスはあの二人なんて初めから見てやしないわ」

「………」

フレア達がそんな会話をしている時、ダノン達にはある異変が起きていた。

「それにしてもよく防い――っ!? おいライザー、盾っ!」

「え? うわっ!?」

二人は慌てて盾から飛び退いた。
溶岩の温度にも耐えるはずの鎧竜の甲殻で作られた盾が、水飴のように溶け始めたのだ。

「う、嘘だろ……こんなんまともに喰らったらお陀仏じゃねえか……!」

「お、おいダノン! 『黒龍は伝説だって持て囃されてるだけで大したことない』なんて言ったのはお前だろ!? どうなってんだ!?」

ライザーが発狂したようにダノンに掴みかかるが、ダノンも顔面を蒼白にさせている。

「お、俺だって知らねえよ! 俺はただ――ひぃっ!?」

ズシリと、黒龍の巨体が一歩二人へと近付いた。
自分の攻撃を邪魔した二人に、先程には無かった殺意が向けられているのは間抜けな二人でも分かった。

「あ……あぁ………」

「た……助け……」

ここに来て二人はようやく自分たちがとんでもない勘違いをしていたことに気が付いたのだ。

「うわぁぁぁぁぁ! 助けてぐれぇぇぇぇ!!」

「お、おい待てよライザー! 俺を置いていくなぁぁぁ!!」

情けない、悲鳴にもならない声を上げながら武器を捨てて一目散に城の出口へと走る二人。

そんな二人に向けて、黒龍はすぐに追撃の火球を放っていた。

「危ない!!」

思わずチョモが叫ぶも、盛大にわめき声を上げながら走る彼らにはまるで聞こえていない。
無防備な背中には灼熱の火球が凄まじい速度で迫っていく。

「シェリー! どうしよう!?」

「………」

シェリーはじっと彼等を睨んだまま動こうとしない。

「ふ、フレ――うわっ!?」

ならばフレアにと振り返そうとしたチョモ。
しかしその瞬間、巨大な爆発音と同時に赤い爆炎が舞い上がり、二人の姿はまたも炎に包まれて見えなくなった。

「もう……駄目だ。やっぱり殴ってでも止めるべきだったんだ……」

どんな人間でも、目の前で死なれるのは辛い。


(……むしろ死なれる前にとりあえず殴りたかった)

チョモは後悔でギリリと拳を握っていたが、次の瞬間思わず耳を疑った。
なんと「ひぃぃぃぃぃ!」と言う耳障りな声が煙の中から聞こえてきたのだ。

「嘘っ!? 何で!?」

煙から出てきたのはすす汚れたダノンとライザー。

今のは確実に真芯だったし、武器を捨てた彼等に防げるものは何もないはず。

「一体何が……――えっ!?」

そう言いかけてチョモはあることに気が付いた。

「嘘……いつから……じゃ、じゃあ……!」


慌ててチョモは爆煙の中を見る。
隣にいたはずのフレアの姿は、いつの間にか消えていた。







「ぐっ………何とか持ってくれたか……」

苦しげにそう言って煙の中から現れたのは、輝剣リオレウスを地面に突き刺して押さえているフレア。
膨大な熱量を受け止めたであろう白銀の大剣からは、白い煙と陽炎がゆらゆらと立ち上っている。

そして熱を持ったままの大剣を引き抜き、今度はミラボレアスに向けて突き立てると、フレアは不敵に言ってニヤリと笑って見せた。

「おい、お前の相手は俺等だろ? メインディッシュ前にしてつまみ食いなんてしてんじゃねぇよ!」


『…………』


彼の言葉を理解してかしないでか、黒龍はただ形容しがたい唸り声を上げてじっとフレアを睨んだ。




「シェリー……訳は後でたっぷり聞き絞ってやる! だから今はこっちに集中しろ!」

睨み合った状態でフレアは、後ろのシェリーに向かって声を張った。

「………!」

シェリーの目が軽く見開かれる。

「アンタが考えてることは分からない。だけどな――」

フレアは話す。

シェリーは二人が死に直面しても動こうとしなかったこと。
あの時、微笑みながら小首を傾げなかったこと。
それはフレアが唯一の知ってる彼女が嘘をつく時の癖だったこと。


だからこそ、フレアはすぐに飛び出すことができたのだ。

「後で、ちゃんと話してくれよ。何で俺に『こんな真似させたのか』をよ」

「……ええ、分かってるわ」

シェリーは伏し目がちにそう言って、再び目に力を宿した。
そして黒龍と向き合っているフレアの元に駆け出した瞬間、チョモに向かって一言呟く。

「――ちょっとここ、お願いね」

「もちろん」

チョモはシェリーの言葉を瞬時に理解して武器を構えた。


――自分だってむしゃくしゃしているのだ。


そしてチョモは、走り去るシェリーと代わるようにこちらに走ってきた二人に向け、勢いよくアヴニルオルゲールを叩き付けた。

「ひぃっ!?」

「うわぁっ!?」

二人の鼻先を掠めて地面にクレーターを作った狩猟笛を見て、再び尻餅をつく二人。

「何すんだ! は、早くどけっ! 今はそれどころじゃ……――ッ!?」

慌てて文句を言おうとしたダノンだったが彼女の表情を見た瞬間、固まったように動けなくなってしまった。

――それに、分からないことだらけのあの二人の会話。それもかなりムカツク。

――でもまずは『コイツら』だ。


「おい、今は――なんだって?」


お伽噺の中にしかいないはずの般若が、そこにはいた。

「あ……いや、その……」

それを見て、冷や汗をどっと吹き出したダノン。
ライザーに至っては顔面蒼白で体をガタガタと震わせている。

流石の二人もチョモの形相を見て、吹き出ている殺気が致死量に達している事には気付けたらしい。



「アンタ等、あんだけでかい口叩いておいてさぁ……すぐに尻尾巻いてとんずらこいて……挙げ句の果てに命まで助けて貰ったってのにさ、何? その態度」

「い……いや……」

口調は静かなものだが重さが違う、目などもはや直視出来ない。

(こ、このままじゃどっちに行っても間違いなく殺されちまう……どうしたら……)

ダノンの頭の中はこの状況をどう逃れるかだけで一杯だったが、次の瞬間そんな思いは掻き消された。

「おい! 話聞いてんのか!!!」

「――ッ!?」

慌てて顔を上げると、狩猟笛を今にも叩きつけそうなチョモの姿があった。

「き、聞いてる! 聞いてるよ!」

あたふたと手と首を振って必死に否定したが、それは彼女の表情は更に厳しくさせるだけであった。

「いいや、あんたのさっきの顔はここからどう逃げようかってだけを考えてる顔だったよ。あんまりアタシの眼、舐めんなよ」

「ぐ……だ、だけど……もう俺達には何も……」

苦し紛れにライザーそう言った瞬間、チョモはニコリと笑った。

「あんた達さ、回復薬沢山持ってるんだよね?」

「あ、あぁ」

「そうだ、が……」

意味が分からないと言うように頷く二人。

「ならさ、『広域化』のスキルはついてる?」

広域化――支援スキルの一つで、自分が飲んだ回復薬や解毒薬などの効果を周りのハンターにもリンクさせるという不思議な効果をもたせるスキルだ。
効力の解釈は様々な分野で研究されているが、現在では条件反射――レモンを見ただけで口内が酸っぱくなり、唾液が溢れるといった現象を強烈にさせたものの根源にハンターがなるのではないかと考えられている。
例えば、広域化持ちのハンターが回復薬を飲む動作、音、匂い、そういったものが他者の回復薬を飲んだ際の記憶を極限まで呼び起こし、あたかも自分が回復薬を飲んだのだと信じこませ、効果まであらわさせる……言い換えれば非常に強力な暗示だ。
回復薬などを使用したことのないモンスターに効果がないこともその裏付けとされており、この解釈は多くの人々を納得させた。
しかし、身に付ければサポート力を大幅に上げることが出来るが反面、スキルを得るのは容易ではない。
もちろん二人もそんなスキルなど持っているはずなく首を振ったが、チョモはうんうんと笑顔で頷いてみせるのだった。

「大丈夫大丈夫、アンタ等どうせ装備のスロットなんて使ってないでしょ? 見て。ここに私が趣味で持ってきた大量の友愛珠がありまーす!」

そう言ってポーチから取り出したのは、桃色に光る広域化の力を秘めた珠の山。

「そ、それを一体……」

とても嫌な予感がしたダノンだったが、聞かずにはいられなかった。
チョモの貼り付いたような笑顔が、今は無性に恐ろしい。

「勿論、アンタ等につけて支援してもらうんだよ。たださぁ、その装備のスロット一杯に取り付けても全然足りないだろうし、私も素人だから規定量取り付けても効果は薄いと思うんだよね」

――知ってる? スキルの珠って直接体に取り付けるとかなり効力が大きくなるんだって。もちろん、イロイロと危険だからギルドでは禁止してるんだってー。

「 だ け ど ぉ 、そんなこと言ってられないよなぁ?」

ダノン達が青ざめて息を飲む中、チョモの笑顔はゆっくりと般若に戻っていった。

「お前等の穴っちゅう穴に珠詰め込んでやるよ!! 広域化+2……いや+3になるまでつけてやっから黙って後ろで支援しやがれ!!」

「んなっ!? +3なんて聞いたことな……――い゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」








「おい……後ろから汚ねぇ悲鳴が二重で聞こえるんだが、アイツ何してんだ?」

黒龍と向き合っている最中のフレアは、隣へやって来たシェリーを見るなりそう呟いた。

「さぁ? でももう彼女もこっちへ来るみたいだし、『いろいろ』と楽になりそうね」


そう言いながらも視線は外さず。

「はぁ……アイツやっと昔の面影が戻ってきたと思ってたのにここに来てまた振り出しかよ……」

「あら、一概にそうとは言えないんじゃない? 貴方だって分かってるでしょう?」

そう言いながらも構えた武器は一切ぶれず。

「まぁ……な。おい、雑談はこれくらいにしとかねぇと、奴さんも待つ気は無いみたいだぜ」



『イ゛ィア゛ァァ゛ァァァァァァァ゛ァァァ゛ァァァァ゛ァァァ゛ァァァァ゛ァァァァァァァァァ!!』



敵意を交差させた相手は遂に戦いの合図を轟かせた。


それは、その叫びはどこか、悲痛な人間の叫びにも似て。
何千、何万もの悲痛な大合唱となってフレア達の耳に襲いかかる。


「うおぉぉぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「はぁぁぁぁぁ!!」

そんな咆哮に二人は怯むどころか真っ向から向かっていった。


片や、肩に背負った大剣の柄をあらん限りの力で握り締め。

片や、両手に持った双剣の切っ先を目先の黒塊に向け。

龍とハンター。
その二種しか存在いないこのシュレイド城の大広間で今、各々の存亡を賭けた戦争が始まろうとしていた。



[37857] 番外章Ⅰ 『シュレイドの夜』 5話
Name: 楽太郎◆a3215f1c ID:4717fa5c
Date: 2014/02/12 07:33
駆ける狩人が二人。

目の前に君臨するのは、伝説の古龍――ミラボレアス。

「はぁぁぁぁぁぁ!」


フレアはそんな古龍に向かい、輝剣リオレウスを勢いに乗せて振りかぶった。

相手は巨体で、大剣の巨大さをもってしても攻撃が届くのは両足と腹部のみ。
加えて相手は未知の敵、並みのハンターなら咄嗟の判断に迷うだろう。

「おらぁぁっ!」

彼は迷わず片足を切りつけていた。
裟懸けに切った剣先から、小さな爆炎が舞い上がる。
切り口を焼くことで敵の回復力を押し止める火属性武器の、最大火力を誇る輝剣リオレウスの一撃。

『…………』

しかしミラボレアスはまるで効いていないかのように微動だにしなかった。


「痛―――ってぇ!?」


まるで鉄の塊に切りかかったような感触。
炎こそ舞い上がったものの、フレアの大剣は大きく弾かれていた。

「くそっ……足は固い部位だったのか!」

「違うわ、よく見なさい!」

痺れる腕を抑えながら悪態をつくフレアだったが、横から声にもう一度敵の足元を確認する。

「……あの野郎っ!」

フレアの狙った場所にゆらゆらと漂っていたのは、身の丈と同じ程に伸びた尻尾の先。

「固いのはあの尻尾って訳か」

「巨大な敵と戦う際に有効なのは足を狙って転倒を誘うこと。確かに定石だけど、向こうも対策済みだったみたいね」

「シェリー。さっきもそうだったが、こいつ並の頭じゃねぇぞ!」

自分の弱点を知って隠す生物は多々いるが、敵の動きを読んで的確に防ぐなど聞いたことがない。

しようとすれば、それこそ人間並みの知能が必要になる。

「そうね。でもそれは足が弱いって教えてくれてるようなもの……よっ!」

言いながら今度はシェリーが弾丸のような早さで黒龍に向かっていく。

しかし双剣の切っ先を足に突き立てようとした瞬間、その間に細長いものが差し込まれた。

「シェリー! 尻尾だ!」

「予測済みよ!」

言って彼女は大きく片足を踏み出して地面を強く蹴りつける。

「はぁぁぁぁ!」

そして90度横に飛ぶと、その勢いのまま回転して逆の足を斬りつけた。

『!』

どす黒く赤い血が、黒龍の足から勢いよく吹き出る。


『オォォォォォ!』



黒龍が、呻き声を上げて仰け反った。

「よし! いいぞ!」


――攻撃が通じる。


――なら倒せない相手では……ない!



フレアはその事実に俄然、気力が沸き始めた。



力を合わせれば絶対に倒せる、そう確信した。



――吹き飛ばされたシェリーが自分の横を通り過ぎるまでは。


そして自分の視界が一瞬、赤に染まる。


「―――っ!?」


慌てて目を拭うと、鼻先に刺すような痛みが走った。
確認してみるとフレアの鼻先には、浅くではあるが鋭い切り傷がつけられていたのだ。

(何……だ? 何が起こった? そういえばミラボレアスが身体を回したと思った瞬間、何かが俺の横を……)


「――シェリー!? しっかりして!」

「!?」

背後から響いた、悲鳴のようなチョモの声を聞いてフレアは跳ねるように後ろを振り返った。

「……大丈夫よ。半分は自分で跳んだの」

そこには腹部を押さえて上半身を起こしたシェリーがいた。
それを見て、フレアは何が起こったのかがやっと理解出来た。


――奴が尻尾を振り払ったのだ。

(嘘だろ? まるで見えなかった……)

チョモの手を借りて立ち上がったシェリー。
ダメージはそれほど深くないようだが、それでもすぐに動けはしないだろう。


(ここは俺一人でやるしかねぇ!)

「――とか思ってるんじゃないでしょうね?」

「そうだよ、今日のフレアは突っ走り過ぎ」

「なっ!?」

両側から聞こえた声にフレアは驚く。

「シェリー! お前なんでそんな早く……チョモの治療が必要なんじゃ?」

「大丈夫よ、あれを見なさい」

「あ? 何を――何だあれ!?」

『あれ』と言って伸ばした指の先を見てフレアはまたも驚いた。

ここからかなり離れたエリアの端で、桃色に輝く男達が回復薬をせっせと呷っていたのだ。

「『いろいろ楽に』ってそういう意味かよ……」


道理で腕の治りが早いはずだ。

「さぁフレア、もう目も慣れてきたでしょう? ナルガよりも少し早い程度よ」

「……」

それは今までの敵の中で一番早いということじゃないだろうか?

しかしそんなことは戦いの妨げにはならない。

「あぁ、もう少しで慣れるぜ」

「一対一じゃ勝負にならないわ、三人で上手く牽制していきましょう」

「了解。私はちょっと旋律吹くから、出初めは二人でお願い出来る?」

「任せろ! シェリー、いけるな?」

「勿論。さっき付けた傷を狙っていくわよ!」

「おう!」

チョモが笛の旋律を奏で始める中、フレアとシェリーはゆっくりと近付く黒龍へ向かい左右に別れて特攻を仕掛けていった。






(………)

走りながらフレアはある一点を注視する。

問題はどちらに振り向くか。


――俺の予想なら……


『…………』


黒龍はシェリーの方を振り向き、鋭い爪が生え揃った前足を振りかぶった。
同時に鞭のようにしなった尻尾がフレアに向かい襲い掛かる。

「予測済みだぁ!」

脅威的な威力を誇る尻尾の一撃だが、一つだけ弱点がある。

それは打点が低いこと。

フレアは両足を屈めて前方へ一気に飛び出した。
そして飛び前転の要領で尻尾を躱そうと試みたのだ。
「………!」

思ったよりも武器の重さが足を引っ張りあまり高く跳べなかったが、それでも尻尾はフレアの遥か下を通り過ぎていく。

「……っと!」

転がるように地面に着地したフレアはそのままミラボレアスの背後から足を狙いに走る。

黒龍はまだシェリーに攻撃を仕掛けている途中で、敵はこちらなど気に掛けていない。


「もらったぁぁぁぁ!」


振りかぶったフレアの一撃が、今度こそ黒龍の足に直撃した。



『グォォァァァ――!!』

不意を突かれた足への一撃に、黒龍はバランスを失い地面に倒れる。

――今ならいつもは届かない頭が狙える!

しかしフレアは武器を振るった反動でまだ動けず、シェリーも攻撃を避けたことによって距離が離れている。

(二人なら無理だ。だが……)

フレアは確信していた。



「――頭、いっただきぃ!」


昔と変わらない、白銀の長髪が舞う。

思わず、ニヤリと微笑んでしまった。



そう、俺はあの時から信じてたんだ。
自分が出来ないことは相方【アイツ】が必ずやってくれると。







「さて、と」

二人がミラボレアスへ向かった直後、チョモはすでに吹き終わった自分強化の旋律を、改心率UPへと切り替えていた。

それは人間の内なる集中力を高め、武器を振るった一撃の鋭さを増加させる旋律。
聴覚保護【大】は黒龍が降り立つ前に吹き終えていたので、これがチョモの狩猟笛で吹ける最後の旋律だった。

『あの』二人には怪力の種と忍耐の種も渡してあるので、それの効果も合わさりフレアの一撃は相当な威力を持つだろう。

「もしダウンを取れれば頭を狙うことが出来そうだけど、今のままいっちゃうとフレア達はそこまで辿り着けないだろうなぁ」


――それくらいのことは『観てれば』分かる。


「そうなればそこは私の役目になる訳だけど……」


だけど、とチョモは思う。

その為には先程シェリーが避けられなかった一撃をフレアが躱さなくてはならない。

――何故そこまで見込めている自分がいるのだろうか?

「……へへっ」

自分で疑問に思い、すぐに自分で答えが出た。


「だって、信じちゃってますから!」


自分の真正面に落ちてきた頭に向かい、ニヤリとしたままチョモはアヴニルオルゲールを力一杯降り下ろした。






「………おかしい」


シェリーは思う。


不意討ちも決まって、ダウン時に頭に一撃も決められてここまで順調なはずなのに。

――なのに、何故違和感を覚えるのだろうか?


『…………』

一撃を加えたチョモがその場を離脱するのと同時にミラボレアスはその身体をゆっくりと持ち上げ始めた。

――本当にあの子は敵をよく見てるわね

彼女にこの違和感を話せばすぐに何かを見つけてくれるかもしれないが、ここまでの違和感だ。
恐らくは目に着くところにその正体は隠れているはず。

「―――っ!?」

そしてシェリーはすぐに『それ』に気がつくことが出来た。


(私たちが足に付けた傷が……無くなっている!?)

シェリーとフレアの攻撃は確実に敵の鱗を切り裂いたはず。
なのに今、その傷は一切見当たらない。


「それがあなたの『伝説』、そして『強さ』の一部だと言うのね……」

命を掛けて付けた傷が一分も経たない内に完治されてしまった。


「これは……ちょっと皆と話さなきゃならないかしらね」


――私達だけでも勝てないかもしれない、と。







「なっ……傷が回復!?」

「………」


シュレイド城の小さな休息所でフレアの大声が響いた。



ダノンとライザーに指示を出した後、三人は一つずつ持ち込んでいた非常用の『モドリ玉』で一時的な退却を図ったのはつい先程の事。
シェリーが発見した事実を伝えるためであったが、黒龍が何をするか分からない以上そこまで時間を取るわけにはいかない。
そんな緊迫した状況の中で話し合いは行われた。

「俺の渾身の一撃を叩き込んでも治っちまうとなると確かに……厳しいかもしれない。だけどよ! ここでアイツを野放しにしたらどうなるか分かんねぇぞ!」

「でも何も対策出来ずに死ぬまで攻め続けたとしても、結果は同じことよ」

「そ、そうだぜ! 勝てねえなら逃げた方がいいって!」

「それがいいぜ! な?」

「……貴方達は黙ってくれないかしら。全身桃色で気持ち悪いのよ」

「で、でもこれは姐さんが……」

言われてチョモがギョッとした顔をした。

「ちょっ、姐さんとか呼ばないでよ!」

「俺等、分かったんです。姐さんの下で働くのが幸せだって!」

ライザーが声高々に叫び、ダノンもしきりに頷いていたが、次の瞬間二人は仰向けに卒倒してしまった。

「悪いけど本当に時間が無いの。そこで静かに寝てなさい」

シェリーは彼らの額に刺さっている眠り投げナイフをポーチにしまうと、再び二人に向き直った。

「私は黒龍の回復力を上回る攻撃力が必要だと思うんだけど、何か他に気付いたことはないかしら?」

「――あのさ」

チョモが小さく手を挙げた。

「もう一度エリアに行かなきゃハッキリとは分からないんだけど、私が頭を殴ったときに出来た傷……あれも治ってるのかな?」

「チョモ……どういうことだ?」

フレアが身を乗り出して訊ねた。

「私の武器には、龍属性がついてるんだよね。フレア達が付けた傷が元に戻っていってたのは気が付いてたけど、私の付けた傷は治る気配が無いように思えたんだ」

「なるほど……確かに古龍には龍属性がないと破壊できない部位がある。ミラボレアスは全身がそうなのかもしれないわね。なら私とフレアが援護に回ってチョモを攻撃の主軸にすれば……可能性が見えてくるかもしれないわ」

「試してみる価値はあるよね!」

まだ出来ることは残っている。
この事実に彼女達は再び希望を目に宿したが、そんな中でもう一本手が挙がった。

「あのよ、これは討伐の話とは余り関係が無いんだか……」

「何でもいいわ、続けて?」


フレアは自分の中でも思考を巡らせるように目をつぶって一拍置いた後、誰もが予想し得なかったことを呟いた。



「バルスのスカルフェイス……あれってよ、もしかして黒龍の力が関係してるんじゃねぇか?」



[37857] 番外章Ⅰ 『シュレイドの夜』 6話
Name: 楽太郎◆a3215f1c ID:1e7dc3fb
Date: 2015/03/07 01:07
「彼の───」


「────あのスカルフェイスが?」



「ああ」

 驚いたように口を開ける二人へ向け、フレアは少し間を置いてから真剣な表情で頷いた。


「そう思って考えてみるとよ、二つの共通点が見えてくるんだ」

 バルス本人でさえ最後まで分からなかった、謎のスカルフェイスの正体。彼は黒龍との壮絶な戦いの最中に、ついにその片鱗を見つけようとしていた。

「一つに、アイツの黒いスカルフェイスはどんな傷でもあっという間に治っちまう。この回復力はさっき見た黒龍の特性と同じだ」

「あ、確かに!」

 チョモが目を丸くして手を叩いたが、シェリーは考え込むように片手を頬に当てた。

「でも、それだけじゃ確実とは言えないわよね。もう一つの理由は何?」

「それなんだが……」

 赤髪の騎士団長は少し悩まし気に頭を掻いた。

「……こっちの理由が決定的なものなんだが、これは俺の主観だから正直、お前らを納得させる理由にならないかもしれねぇ。……それでもいいか? ──そうか」

 二人が無言で頷くのを見て、フレアは決心がついたように口を開いた。


「……俺がバルスと初めて出会った時のことだ。牢獄であいつを見た瞬間、俺は感じたことが無いくらいに動揺した」

 今でも思い出しただけで嫌気がさす、暗くカビ臭い牢屋。

「暗がりだったから、あの黒い骸骨頭が首無しに見えて驚いた──と俺は思っていたんだが、ここで『奴』と向き合ってようやく分かったぜ」

 それは、ついうっかり滲み出てしまったものだったのかもしれない。
 あの場所が、あの雰囲気がそれを呼び出しやすい環境にあったのかもしれない。
 更に『それ』はあまりにも一瞬だった。だからフレアは認識出来ず、反射でしか反応することが出来なかったのだ。


 今になってフレアは思う。驚いて、松明を取り落としそうになったからといって数々の修羅場を潜った自分が『冷や汗が出る』程に取り乱すだろうか、と。



「当時の俺は、それ自体を本能的に拒否していたのかもしれねぇ。ビビったことを認めたくなかったのかもしれねぇ。でも──」




 ───今は向き合わないわけにはいかねぇ。





「俺はあの一瞬、黒龍から出てる『殺気』と同じものをバルスから向けられていたんだからよ」



 そう言ったフレアの表情は少しばかり青ざめていたが、目はしっかりと仲間達を見据えていた。
 あの時フレアがバルスを地上へ無理矢理引きずり出した本当の理由は、あのまま彼をあそこに放置することが、とても危険なことに繋がると、生物の原始的な生存本能が働きかけた結果だったのだが──彼がその事を知ることはない。






「………」

 二人は終始黙って彼の話を聞き終えた。
信じる、信じない。
 そんなことは彼の目を見ていれば明らかな事だ。
 ここにシャワやヨルヴァがいれば、即座に納得していただろう。
三人が巨大なジンオウガと一戦を交えた時も、バルスは一時の間、同じ殺気を放っていたのだから。



「つまり貴方はミラボレアスと彼のスカルフェイスは何かの繋がり──リンクがあると考えてる訳ね?」

「あぁ、少なくとも無関係では無いと思う」

「あなたがそこまで言うならそうなんでしょうけど……」

 シェリーは少し考えるように目を閉じてから、言葉を選ぶように言った。

「やっぱり討伐に役立てる情報ではないわよね。彼を苛めたからといってミラボレアスが苦しむとも思えないし」

「そりゃそう───」

 だ。
 フレアがそう言いかけた時である。

「それだ!」

 チョモが椅子から立ち上がって声を上げたのだ。

「な、何だよチョモ! いきなりデカイ声出しやがって! 少しは落ち着いて話をだな……」

「逆だよ逆! 逆なら有り得るかもしれない!」

「……バルスをボコボコにすれば黒龍が弱るかもなんて言うんじゃねぇだろうな?」

 やや青ざめるフレアだったが、チョモは興奮したようにフレアに捲し立てた。

「ち、違うよ。ミラボレアスを倒せばバルスのスカルフェイスが壊れるかもしれないんだよ! 少なくとも大きなダメージを与えればスカルフェイスの呪いは弱まるんじゃないかな? そうすればハマちゃんとのリンクも弱まって向こうも助かるって寸法だよ!」

「待て待て待て! 落ち着いて話せよ! ……確かにそうなら希望が持てるが、お前何か確証があって言ってるんだろうな?」

「無いよ! 勘に決まってるじゃん!」

「……勘ってお前」

 フレアは呆れるように肩を落としたが、シェリーは横でクスクスと楽しそうに笑った。

「いいじゃない、女の勘は当たるものよ?」

「そうだよ! それにただ闇雲に攻めに行くより、何か目的があったほうが燃えるじゃん?」

「──あぁ、分かったよ、分かりました! ならお前を信じて挑めばいいんだろ!?」

「よろしい!」

「……ったくどこまでも当てずっぽうなんだからよ」

「何だよー別にいいでしょ?」

「へいへい」

 肩をすくめ、フレアはわざと大袈裟に言ってみせた。
彼女たちはそうと決まれば動かないだろうし、何より落ちかけた士気が戻ってきているのだ。
 その邪魔は出来ない。

(……てか事の発端は俺の話だしな。それに──)


「もし本当に上手くいけば……あいつら、助かるのか」

 ふとフレアの頭に、あのどこまでも人騒がせなお人好しの後ろ姿が並んで見えた。

「そうだよ! 早速作戦会議をしなきゃ!」

「おっしゃ! ならまずは立ち回りの作戦を──うぉっ!?」

 そんな時である。
 突然、部屋全体が激しく揺れ始めた。

「な、何だってんだ!?」

 バランスを取ろうと壁に寄りかかろうとしたフレアだったが、咄嗟にチョモに腕を引かれ壁際から引き剥がされた。

「何すんだ!?」

「壁に触らないで! 継続的じゃなくて断続的……うん、やっぱりこれって……早く部屋から出ないとやばい! 行こうシェリー!」

 チョモはシェリーの手を取ると勢いよく外へと駆け出した。

「あら。フレア、こういう訳だから後はよろしくね?」

 シェリーは軽くウインクしたかと思うとフレアの後ろを指差し、すぐに外へと姿を消していった。

「ちょ、ちょっと待て!」

 しかし二人の姿はもはや見えない。そして振り返ったフレアの視界に入ったのは──。

「そういうことかよ……くっそ……重ぇな畜生!」

 フレアは泡を吹いているダノンとライザーの足を持つと、二人を引き摺りながら後を追いかけたのだった。






「───なっ!?」


 外へ出た瞬間、フレアは全てを理解して声を張り上げた。


「あの野郎っ! 大人しく待ってりゃいいものを!」


 彼の目に映ったのは、城壁に強烈な頭突きを繰り出しているミラボレアスの禍々しい姿だった。すでに石造りの壁は大きく凹み、巨大な亀裂も入って非常に危険な状態なのが見て取れる。
 慌てて気絶している二人を隅に投げやり、先に出ていたチョモ達に駆け寄る。

「アイツ……私たちの逃げ場を無くす気だよ」

「やってくれるぜ……!」

 チョモがそう言ってまもなく、先程までいた小部屋は音を立てて瓦礫の山へと姿を変えた。

「ここに誘き出すだけじゃなく退路も断つ気かよ……うざい位に頭が回る奴だな!」

 フレアがそう言ったのは部屋を破壊されたからだけではない。
 ミラボレアスは城門───唯一の出口を塞ぐ形で陣取っていたのだ。黒龍は三人の反応を楽しむかのようにフルルル、と鳴き、その場に悠々と佇んでいる。


「……どうしても倒さないと帰らしてくれねぇみたいだな」

 改めて黒龍と面向かうとプレッシャーが一気に押し寄せてくる。

 ───奴を、本当に倒せるのか?

 ギルドナイトを率いるようになってから、何度も部下と共に死線を潜り抜けてきた彼だからこそ、いつも傍らには被害を最低限に押さえる作戦を忍ばせていた。
 だが今目の前にいるのは未知、災厄、そして絶望の象徴だ。
先程までよりも明らかに危険な気配を醸し出している。
 今までのは恐らく様子見。ここからは奴も本気で向かってくだろう。

(……安全な作戦なんてあるはずねぇ! でも仲間は絶対に失う訳にはいかないんだ!)

 決意と同時に浮かんできたのは迷い。
 浮かぶはずのない名案をグルグルと必死に考えていると――

「ねぇ、フレアまた難しいこと考えてない? 作戦なんて信頼できりゃ何とでもなるんだからさ。私達はあいつを倒すだけ! 元からそのつもりでしょ?」

 チョモが不敵な顔をして言うのだ。



「あぁ……そうだったな」

 途端、張り詰めていた気持ちが軽くなる。

 ──お前、本当に成長したよなぁ。


 人のことを顧みなくなり、誰よりも自分本意になっていたチョモが、今では誰よりも人を信頼しているのだ。


(本当に立派なギルドナイトだよ、お前は)


 フレアは災凶の敵を前にして、自然にそう思えた。



「……チョモ」

「ん?」

「あの時、お前を引っ張っていくていったよな? あれはもう、止めにする」



「……え? どういうこと?」



「遅くなっちまったけど、これからは一緒に何かを引っ張って欲しい。俺に出来ないこと、必要なこと、俺だけじゃ救えないことを──俺の相棒として」









「……な、何それ……プロポーズ?」

 耳まで真っ赤になり、見たこともないヘンな目でこちらを凝視するチョモの顔がそこにあった。

「違ぇよ! ちゃ、ちゃんとパートナーとしてっつうか何というかよ……色々あんだろっ!」



「はぁ……──ふふっ」


 チョモは呆れたように溜息を吐いてから、相変わらずの笑顔で笑ったのだ。




「だから私はあの時から言ってんじゃん。フレアをずぅーっとサポートするって!」



「チョモ……」



「でしょ?」






「──ねぇ、クーラードリンク無かったかしら? うーんと氷結晶の効いたやつ。ていうかあなた達、状況分かってる? ねえ?」



「「!!!?」」


 シェリーの冷めた声に二人は我に返った。


「わ、分かってるよ! なぁ!?」


「う、うん! もちろんだよ!」

「はぁ……ならいいんだけどねぇ」


 そうため息をついて、シェリーはおもむろにギルドナイトセイバーを抜き出した。

「お陰様で鬼人化もすんなり出来そうだし───そろそろ行かせて貰おうかしら?」

「お、おう───そうだな」

「結局は作戦無しのアドリブでいいんだっけ?」

「んん、作戦というか目的は私の狩猟笛を叩きつけることだから、その為のダウンは取って欲しいんだよね」

「そうね。ならそれは私とフレアに任せて、貴女はとりあえず笛のサポートをお願い」

「任せて!」

「よし、じゃあ……───! 待て!」

 指針が全員に伝わったところで真っ直ぐ向かおうとしたフレアだったが、黒龍が再び火球のモーションを取っているのに気付いて声を上げた。
 それと同時に火球は放たれたが、すでに三人はその場から退避した後であった。

「そう何度も受けねぇよ!」

 間近で起きた火球の爆風を片手で防ぎながらフレアは言うが、黒龍はすでに二回目のモーションを取り始めていた。

「……何だ? やけにワンパターンだな」

「あれは火球じゃない! 二人とも後ろに下がって!」

「何っ!?」

 確かによく見ると仰け反り具合が違う。
急いで距離を取ると、急に周りの気温が跳ね上がった――黒龍が先程とは違う、螺旋状の火炎を吐き出し始めたのだ。
 それはまるで横向きに渦巻いた、巨大な炎の渦。
それだけでも尻込みする光景だったが、黒龍はそれを横凪ぎに払い始めたのだ。

「火球だけじゃなかったのか!!」

 フレアが驚いたように叫ぶ。ヂリヂリと大量の火の粉を飛ばしながら、それはフレア達の十メートル程前を通り過ぎていった。その熱量に、下の地面は黒く焼け焦げている。

「……あのまま近付いてたら御陀仏だったな。──どうする?」

 フレアはチョモの方を向いて尋ねた。あれを連発されれば近付く手段など無い。
 しかし、チョモはそんなフレアの不安を見越したようにニヤリと笑って見せた。

「大丈夫。さっきのブレスはいつもの火球よりもモーションが長いし特徴的だから、覚えたよ。来たら私が合図を送る」

 全 誰よりも信頼している彼女の言葉に、フレアの迷いは断ち切れた。

「了解。なら任せたぞ! ──シェリー!」

「ええ、行きましょうか」


 ──勝つためなら何度だって挑んでやる。

 そんな覚悟を胸に秘め、フレアは再び黒龍へ向かい走り出した。



[37857] 番外章Ⅰ 『シュレイドの夜』 終話
Name: 楽太郎◆a3215f1c ID:1e08bfcb
Date: 2015/03/07 22:01


「───畜生が! やってやろうじゃねぇか!」

 気合いを入れ直し、シェリーと共に黒龍の元へと向かうフレア。

 ──障害は全て、後ろの相方が知らせてくれる。
 それだけで彼の足は再び力強く大地を蹴ることが出来た。

「シェリー。目的を達成するにゃ、もう一度奴の脚に攻撃を入れなきゃならねぇ訳だが……どうする? もう一度試すか?」

 走りながら問い掛ける。
 昔から頭で悩むよりも、行動しながら流れと共に勝機を掴んでいく方が彼は得意だ。それは、彼に特訓を施したシェリーも同様であった。

「……そうね。また同じ手が通じるとも思えないけど、今はそれよりいい案は思い浮かばないわね」

 退路を絶たれている時点で、元々悪かった分は更に低くなっている。そんな状況で名案が沸くように閃くなどと、フレアもシェリーも考えてはいない。


「でも彼女の演奏が終わるまでの足止め位にはなるでしょう。もう一度、二手に分かれるわよ」


 考えるのはその先──。


「よし、了解だ」

 フレアがそう短く言った後、二人はミラボレアスに向かい左右に別れて接近を図った。
 前回とは少しでも違いを作るため、フレアがミラボレアスの注意を引き始める。

「おいおい、どこ向いてんだ? さっきテメェをぶった切ったのはこの俺だぜ?」

『ヴヴヴ……』

 果たしてモンスター相手に挑発が効いたのかは定かではないが、ミラボレアスはシェリーから眼を離してゆっくりとフレアの方を向き直った。
 重く、金色に光る水晶の双眼が唸り声と共に自身の足元へと向けられる。

「へっ、殺る気満々って面してんなぁ……上等だ」

 フレアはいつでも抜刀出来るよう、柄に手を掛けて近づいていた。まずは怯ませるような攻撃を叩き込まなくては何も始まらないのだ。

「狙うは胸から脚にかけてのライン……だな」

 背の大剣をどう振り抜くかをイメージしながら、一瞬のタイミングを図る。
 ハンターを長くやっていると、少し対峙すれば初見の敵でもある程度の肉質が見えてくる。尻尾の異常な硬さからは、背部の硬さが。脚の柔らかさで、近くの腹部まで刃は通るであろうこと。
 勿論、そんな情報だけではそんなことは分からない。
しかし実際に刃を交えたハンターには分かるのだ。武器を振るった時の感覚や手に伝わって来る振動。膨大な経験と研ぎ澄まされた勘で相手を判断する、チョモのものとはまた別の観察眼。
 それらが最善の一手を教えてくれるのだ。
 狙うなら相手が棒立ちしている今が最大の機会……。


 ──だからこそ、フレアにはある疑問が浮かび上がっていた。


(あいつ……何で柔らかい部位をそのままにしてるんだ? あの位知能と能力が高けりゃ、余すとこなく硬い甲殻で覆っても良さそうなもんだがな……。正面からなら迎え打てるっていう強者の余裕ならいいんだが……もし──)



「──フレア! 危ない!」

「!!」

 チョモが叫んだのとフレアが大剣を盾にして防いだのは、ほぼ同時だった。
 防いだ──というよりは、その急激な出来事から逃げることが出来ず、『防ぐことしか出来なかった』というのが近い。
 フレアに襲い掛かったのは、黒い巨影。全体重を掛けてフレアを押し潰そうとする、黒龍の巨体そのものであった。

「──っ畜生が!!」

 ガリガリと嫌な音を立てて削られる大剣を犠牲に龍の下から弾かれるように抜け出したフレアだったが、彼は防御の姿勢を解くことは出来なかった。

「お前等! 黒龍の直線上に立つな!」

 叫んで、ギリリと歯を食いしばる。今になってフレアは先程の疑問の答えを見つけていた。


(コイツ……このまま動き回るつもりだ!)


 ───四足歩行。


 通常のトカゲなどの爬虫類を見ても、この態勢が自然の形だと考えるのが妥当だ。最大の弱点である頭部こそ下がる姿勢であるが、同様にこの態勢では最大の武器となり得るため迂闊には近付く事は出来ない。
 しかし、更に予想以上の出来事がフレアを襲うことになる。


『ヴォォォォォォ!』


「……! ……っ! ……がっ!?」


 地響きのような足音。
 それと同時にフレアの大剣とミラボレアスの身体が激しくぶつかり合う音がけたたましく鳴り響く。
 新たに大地へと着いた細くも強靭な前脚と、この態勢によって本来の筋力を発揮した後ろ足。咆哮を上げた黒龍は、それらを駆使して凄まじい突進を繰り出してきたのだ。

「………が……はっ……っ!」

 まさに全身が凶器と化したミラボレアスの突進は、瞬く間にフレアのガードを突き破った。

「フレアぁっ!!」

 チョモが悲痛な叫びを上げる。
 フレアが物理法則を無視したような飛ばされ方───つまりほぼ地面と平行に吹き飛ばされて壁へと叩きつけられるのを、彼女はただ見てるだけしか出来なかった。

 だらりと崩れ落ちるフレア。そこへ迫ろうとする黒龍。
 すぐさま演奏を中断して駆け寄ろうとしたチョモだったが──。



「大丈……夫だ! お前はお前の……仕事をしてろっ!!」



「──っ!?」

 怒声にも近いその声量に、チョモは驚いて足を止めてしまった。

「嘘……だってあんなに壁めり込んで……」

 絶対に普通の人間ならば動くどころか意識すら手放す衝撃であったことは、壁の凹み具合で容易に分かる。
 しかし、フレアは装甲の剥がれ始めた銀色の大剣を支えにしてガクガクと起き上がって見せたのだ。

「へっ……こんなの、ちょっとキツめの準備運動……だぜ」

 フレアは倒れないように懸命に体を支えながらも懐から厳重に封をされた小袋を取り出すと、封を強引に破いて中にあった赤色の丸薬を一気に噛み砕いた。


 ──それは『いにしえの秘薬』と呼ばれる調合薬。

 失った体力とスタミナを瞬時に回復させる強力な薬であるが、その効果は同時に身体に大きな負担を掛けるためにギルドから持ち運びに厳重な制限が掛かっている。フレアは今回、この劇薬を無断で拝借してきた。

「……ぐっ! はぁぁぁぁ……」

 軽い呻きを上げながらフレアはゆっくりと息を吐いた。
 自分の細胞が、フルスピードで身体の回復に働きかけているのが分かる。普段よりも激しく鼓動する心臓が、再び熱い血液を身体中に巡らせ始めた。
 その凄まじい回復の速度に思わず意識を手放しそうになるが、フレアはそんな状況でニタリと笑って見せた。


「──つまり、完全回復って訳だ」


 ここで倒れる程ぬるい鍛え方はしていない。


 ──俺は、な。


「……俺と、『アイツ』にそこまでさせた代償はでけぇぞ」

 大剣を担ぎ直すと、フレアは『自分に背を向けている』黒龍の元へと駆け急いで行った。






 黒い激流のような黒龍の突進。
 正直、あそこにいたのが彼でなかったら確実に死んでいただろう。

「それ以上あの子に手を出したら承知しないわ!」

 黒龍の真横に近付き、双剣を強く握り直したシェリーはそう思いながら声を張り上げた。
 飛竜種の物とは比べ物にならないほど硬い漆黒の鱗は、黒龍が這いずっている今なら触れただけで喰らうように肉を削り取るだろうが、それよりも強靭な武器を当てればその力を利用して敵の肉を裂くことも出来る。
 そしてシェリーの双剣は、極めればどんな鉱物でも切り裂ける高水圧の刃で作られている。
 だから、たとえ黒龍の甲殻が貴重な鉱物から精製されたハンターの防具を溶かし、纏ったものであっても刃は必ず通る。
 その点だけはシェリーも確信していた。


──その点だけは。



「はぁぁぁぁぁぁ!!」

 シェリーは気合いと共に黒龍の進行方向とは真逆の方向に身体を回転させて、双剣を渾身の力で振り抜いた。



──しばらく観察していれば今の黒龍が左右の動きに弱いことは分かる。先述の戦法はそれを踏まえてようやく導き出せるものだ。しかしシェリーはフレアが吹き飛ばされたと分かった瞬間、そんな情報も無いままに飛び出していた。
 そして、有効とは言っても、少しでも距離を間違えれば、少しでも擦れば、あっという間に黒龍の動きに巻き込まれる──本当に危険な、無鉄砲と言ってもいい手段だ。
 ましてやそれをぶっつけ本番で行うなど……。



 ───正気の沙汰ではない。



 もしも、実際に黒龍と戦ったハンターがいるならば、誰もがそう思うはずである。
 だがシェリーは、シェリーだけは違った。



「させないって言ってるでしょう!!」


『…………!!』

 双刃が、何かを切り裂く音が確かに響いた。
 同時に響いた嫌な音と共に。


 黒龍が動きを止め、再び立ち上がって後ろを振り返る。


「───ふふっ……そうそう、そんな顔が見たかったのよ」

 ミラボレアスが驚きと殺意に満ちた眼で睨むのに対し、シェリーは悠々とそれを見返す。
 彼女は、フレアを狙う黒龍の動きを見事に抑えて見せたのだった。


──だが。

「……でも私の出番はもう終わりね。もう少し遊びたかったのに残念だわぁ」

 そう、嘲笑気味に言ったシェリーの両手には──双剣は握られていなかった。
両腕の五指は力無く開かれており、肩から下はまるで力が入っていない。骨から筋繊維にかけて、そして全身に多大な負荷が掛かったであろうことは容易に窺える。
 足下に落ちた双剣の刃が欠けていなくても、武器を手に取ることは叶わなかったであろう。
 だがシェリーは笑みを崩さない。
 他者なら腕はへし折れ、巻き込まれ、原型さえ留めることがなかったであろう
行動をした直後に笑ってみせる。

「ふん。このくらい、その気になれば一人でも治せるのよ。それから私があなたを倒してもいいんだけど……」

 激痛で冷や汗が流れる中、視界の端に映る赤い人影を捉えたシェリーはニッコリと小首を傾げてみせた。

「もう流れ、掴んじゃったみたいよ。ざまみろこのトカゲ野郎」


「───だぁぁぁぁらぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


 狩猟笛の旋律と支援の広域化によって強化されたフレアの渾身の一撃が、始めよりも深く、そして大きく黒龍を切り裂いたのは、そのすぐ後のことであった。






『ギィィィィヤァァァァァァァ!!!!』

 黒龍のつんざくような咆哮がシュレイド城中に響き渡る。
 だが、黒龍が再び倒れることは無かった。
 脚を踏み出して耐えているのか、姿勢は低くなったものの転倒する気配は無い。

「なっ……!? 完璧に入ったはずだってのに……何でだ!?」

「──多分、アイツも分かってるんだろうね。次倒れたら、自分がやばいってことがさ」

「チョモ!?」

 いつの間にか、フレアの後ろにはチョモが笛を構えて立っていた。

「お前何で武器構えて……つかそれってハンマーの溜めじゃ……」

 自分の体から冷や汗が吹き出ている事に気付いた時には、もう遅かった。

「嘘だろおいやめ───」

「てな訳で行ってこい、相棒!」

 ニタリと笑うチョモ。
 みしり。と背骨が優しく、それでいて無理矢理な力で反らされるのが分かった。

「うぉぉぉぉ──────!? 」

 フレアは黒龍に向かって、狩猟笛で高々とかち上げられたのであった。

「ふざっけんな……っ!」

 中和された重力が再び掛かる不快感に襲われながらも、フレアは見事に黒龍の真上──頭部へと降下していた。

「は、はは。まさか、伝説の龍を見下ろす日が来るなんてな……!」

 チョモの破茶滅茶には慣れているのでパニックはすでに収まっていたが、不安定なこの状況で果たして上手く攻撃を当てられるかどうか──その点を危惧してフレアは集中を高める。

 チャンスは一度切り。この好機を逃してはならない。

「頼むよフレア!」

 チョモの声援が遥か下から聞こえてくる。

「おう!」

 気合いは十分。

「おっらぁぁぁ!」

 空中でバランスを取りながらフレアは大剣をミラボレアスの頭に向けて振り下ろした。

 ──が。

「あぁあぃ!?」

 あまりの出来事にフレアは素っ頓狂な声を出した。
自慢の大剣『輝剣リオレウス』の柄がメシリという音と共にひしゃげてしまったのだ。

「くっそ……嘘だろ!?」

 やはり幾度となく黒龍の攻撃を受けたことが祟ったのだろう。お陰で攻撃は中途半端になり、黒龍に倒れる程のダメージを与えられないだけでなく、フレアもバランスを崩してしまう。

「っ! フレ──……あれ?」

 落下を危惧して叫んだチョモだったが、フレアが地面に叩き落とされることはなかった。

「……あ? 何だここ……地面じゃねぇな、妙にゴツゴツして……なっ!?」

 状況を理解したフレアは、珍しく引き吊った表情を漏らした。

「ふ、フレアがミラボレアスの頭に乗ってる……!」

 恐らくは一番乗ってはいけないものに間違いはない。そんなとんでもない光景にチョモも目を白黒させている。

「ど、どうすんだよこれ!?」

「わ、私もそこまでは考えてなかったよ!」

『…………グオオォ!』

「うおっ!? こいつ……っ……急に暴れ出しやがった……っ!」

 ミラボレアスは頭のフレアを振り落とそうと暴れまわるが、生え揃った角を滑り止めにしてフレアは必死にしがみついていた。

「そりゃ、黒龍だってそんな暑苦しいアクセは付けたくないって」

「──んだと!」

「うわ、嘘でしょ聞こえてたよ」

「それ……より、ここから……どうすりゃ……!」

 身体をこれでもかとしならせて暴れまわる黒龍に精一杯張り付きながらも、次第に体力の限界が近づいていく。
 しかし、フレアの体力が切れる前に黒龍の動きが収まった。
下で聞こえる黒龍の呼吸が荒いのが伝わって来る。

「……へっ、お前も大分消耗してんだな」

「──フレア、今のうちよ! 攻撃しなさい!」

 その時、そんなシェリーの声が耳に届いた。

「攻撃っつってももう武器が……」

「武器なら腰についてるでしょう」

「腰ってまさか……」

 フレアの反応にシェリーは満足そうに頷いた。

「そ。剥ぎ取りナイフよ、その位安定してるなら使えるはずだわ」

 慣れ親しんだ仕草で、目を向けることなく剥ぎ取りナイフを抜き出す。滑らかに光る銀色が、眩しい。 
 繊細で扱い辛いと思っていたそれが、今は妙に頼もしく感じた。

「成る程ね……ならこっちの番だ!」

 頭上まで振り上げて突き立てたフレアだったが、直後に襲って来た手の痺れに思わずナイフを取り落としそうになってしまった。
 痺れの原因は、ほぼ無傷の黒龍の頭殻がはっきりと物語っている。

「硬──ってぇぞおい!」

「ただ刺すだけじゃ効果は薄いに決まってるわ! 何度も同じ場所に突き立てて、柔らかい箇所まで切り込んでから一気に突き立てなさい」

「…………了解」

 先に言え──とは助けて貰った手前、流石に言うことは出来ない。文句の前に、まずは目の前の仕事だ。

「さぁ──覚悟しやがれ」

 フレアが狙ったのは角の付け根。

「おらおらおらぁっ!」

 危険を察知して暴れる黒龍の合間を狙って、着実に切り込んでいった。すぐ塞がり始める傷口を根気よくナイフで突き立て続けるフレア。慣れてきたのか、途中からはスペアの剥ぎ取りナイフを取り出し両手で交互に切り結んでいく。

「あと……少しっ!」

 その時、フレアの耳に彼女のよく張る声が響いた。

「フレア! もう少し! こっちまで連れてきて!」

「何ぃ!?」

 フレアは声のする方を見て、驚いた。
 暴れる黒龍を御する内に、少しずつ位置が動いていたのだろう。100メートル程先に鈍く光る槍先があったのだ。
 その撃龍槍の稼働スイッチに向けて、純白の髪を振り上げて走るチョモと目が合う。
 上手くあの方向に黒龍を倒すことが出来たなら──。


『ギィヤォォォォォォォォ!!』

 時に咆哮、時に狂ったように身を捩る黒龍の最後の抵抗に必死で食らいつき───ついに硬く身を護っていた甲殻に僅かな隙間が生じたのを、フレアは見逃さなかった。

「そこだぁぁぉぁ!!」

『…………ッ!!』

 渾身の力で突き立てた剥ぎ取りナイフはミラボレアスの頭殻を破り、頭に深々と突き刺さる。
 ミラボレアスは身体に電流が走ったかのようにビクリと全身を痙攣させ、ゆっくりと地面へ倒れていった。
 同時にフレアも地上へと投げ出されるが、その途中で盛大に叫ぶ。

「撃てええええええぇぇぇ!!!」



 カツン、という小気味いい音と共に、待っていたかのように撃龍槍がキャリキャリと回り出し……黒龍の右肩を大きく抉った。

『────────!!!!!!』

 声にならない高音の悲鳴を上げ、ミラボレアスがのたうつように暴れながら倒れる。急所にこそ当てることは出来なかったが、フレアは笑みを隠せなかった。

 おかげで受け身を取るのを忘れ、強かに体を打ち付けたが、それでも笑いは止まらなかった。

「……痛っ、くく……! ───はははっ! んな女帝エビみたいに反らなくてもいいだろうがよ!」

 痛みも忘れて思わず噴き出してしまう。

「このアヴニルオルゲールの重ったい一撃を……喰らえ──そんでハマちゃんとバルスを解放しろぉっ!」

 高台から飛び降りた、チョモの二度目の一撃は、一度目とは比べ物にならない威力だった。
加わったのは、想いの強さ。

「せいりゃぁぁぁぁぁぁああ!!!」

 金色のオルゴールはギュルギュルと音盤を回転させ、龍殺しの稲妻を纏って黒龍の四本ある角を全て叩き折った。



「へへっ……。ギルドナイトを舐めるなってんだ!」



───それは奇しくも、古塔でハンマーがバルスに祖龍の角を突き立てたのと同刻のことであったという。








「……で、角を折ったのはいいけどよ。この後どうするんだ?」

 ダウンした黒龍を背にドヤ顔でこちらに帰って来たチョモにフレアは苦い顔つきで尋ねた。

「……へ?」

「へ? じゃねぇ」

 フレアが溜息混じりに頭を掻く。

「目的は達成できたが、俺らのピンチは一層濃くなってんだぜ?」

 ミラボレアスは怒り心頭といった様子ですでに起き上がり始めている。
 撃龍槍を当て、角を破壊して弱らせたといっても、黒龍にはまだ余力があり、再び出口を塞いでいるのだ。

「……起きたら入り口を見張らせようとした、あの二人はどうした?」

「まだ白目よ」

「……少しでも期待した俺が馬鹿だったぜ」

「そうね。問題はここからどうするか、よ」

 再び溜息を吐くフレアの横で、シェリーはいつの間にか腕を組んでいた。しかし流石に戦える状態ではなく、フレアだって強制的な働かせている肉体がいつまで持つか分からない。
 フレアはいにしえの秘薬の効果で体力を強制的に引き上げているが、いつ再び限界が訪れるか分からない上に武器を破損している。
 五体満足に動けるのは最早チョモ一人だけであった。

「あー……ちょっとヤバイかも?」

「ちょっと……じゃねぇなぁ、女神様」

「こんな所に援助なんて来やしないでしょうし……何とか『あそこ』から抜け出すのを試みるしか、手段は無いのかしらね」

 シェリーはそう言って黒龍の巨体に埋め尽くされた扉に目をやる。

「……本気でそれが出来ると思ってんのか?」

「まさか。私が言ったのは手段が限定されてるって話であって、助かる見込みがあるなんて言ってないわよ?」

「だよな……アンタは昔からそうだったわ」

「何よ、元から私はこうなの。私が私じゃないことなんて、しないわ」

「あぁ……そりゃそうだ」

「ま、私だって諦めたくはないけどね」

 シェリーはクスリと笑ってみせる。


「フレア……黒龍の隙をみて駆け抜けるとして──まだ動ける?」

 二人の会話を不安そうに見つめながら、チョモがおずおずと聞いてきた。

「いや……正直俺にも分からねぇ。いつバッタリいくかなんて、それこそお天道様の匙加減ってとこだろうな。あの状態の黒龍が隙を見せるとも思えないしよ」

 フレアは普段より荒く髪を掻いた。
 それに加えてこの閉ざされた『檻』の中、いつ黒龍の気が変わって火球を吐いて来るかも分からないのだ。
 状況は、絶望的だった。

「お天道様……か」

 チョモは真上の禍々しく渦巻く暗雲を眺めた。
あの上にはちゃんと太陽が照っているのだろうか……?


「……ん?」

 その時、チョモの目に妙なものが映った。



「今何か光って───フレア! あれ見て!!」

「あ? 今はそれどころじゃ……って何だ!?」

 二人の目に映ったのは、暗雲に輝く白銀の光。
遠すぎて正体は分からないが、城の遥か上空をまるで旋回しているようにも見える。
 シェリーは驚いたように目を開いた。

「あれは……ということは───」

「二人とも見て! 黒龍が!」

「──っ!?」


 目を離してるうちに襲って来たのかと、慌てて視線を戻した。

「なっ!?」

 しかしフレアは全く別の意味で驚きの声を上げた。ミラボレアスは上空を一瞥した後、巨大な翼を広げ始めたのだ。



 ──先程までの殺意は、既に薄れていた。


『…………』

 黒龍は不服そうに三人を睨むと、翼を思い切り羽ばたかせた。

「きゃあ!?」

「うおっ!?」

 爆風のような風圧に視界を一瞬遮られる。
 再び目を開いた時、既に黒龍の姿は目の前から消え失せていた。

「……何だってんだ?」

 空を見上げても暗雲ばかりで、もう白い光も黒龍も見当たらない。

「どうやら向こうも終わったみたいね。私達の仕事も、これにて一件落着ね」

「……お前、さてはまだ何か知ってやがるな?」

「さぁ?」

「……はぁ」

 もはや隠そうともしない様子でただニコリと微笑むシェリーに、フレアは呆れるように肩を落とした。

「私達……助かったんだよね?」

 その横でチョモがぺたりと座り込み、シェリーに確認するように言った。

「そう。でもね、運が良かったっていうのは確かな事なのよ?」

 ホッと胸を撫で下ろしたチョモに、シェリーは噛み締めるように言った。

「様々な奇跡に加えて───簡単に言えば人の心……なのかしらね。それが積み重なったからこそ、私達はおろか世界は今、無事で済んでいるのよ」

「……?」

「あー……チョモはもちろんなんだが、俺も今一ピンとこないぞ」

 首を傾げる二人にシェリーはクスリと笑う。

「ま、帰ったらゆっくり話してあげるわ。ひとまずはドンドルマに帰りましょう」

「そうだね! 私もクタクタだよ」

「いや、お前は一番無傷だろうが」

「何言ってんの? サポートがどんだけ気を遣うか、アンタ分かってないでしょ」

「いや、それよりも黒龍の頭にぶっ飛ばされた時の気持ちを理解出来るのかよ!」

「私の苦労も労って欲しいんだけどねぇ。貴方たち、減給するわよ?」

「シェリーさん、肩を揉みましょうか?」

「嫌よ。とっても痛めてるんだから?」

「シェリー……さん、粉塵を使いましょうか?」

「さっきまで気持ちの悪い粉塵ばっかり使われてたんだから、もう沢山よ」

 帰れると分かって気が抜けたのか、雑談しながら城門を潜る三人。

「そんなこと言わずに───」




「止まって!」

 一歩外に出た瞬間。突然、チョモの声が響いた。



 ──暗がりの中で、大量の『何か』に囲まれている。


 二人もすぐにそれに気が付き、表情を瞬時に強張らせた。



「……一体何者だ?」

 チョモ達二人をさり気なく後ろに下げ、フレアが警戒心を強めて口にした。
 暗闇でも、足音や衣擦れの音でそれがモンスターではなく人間だということは分かる。

「──おいっ! 答えろ!」

 すると向こう側から合図を出すような男の声が聞こえてきた。声色は、フレアと同じように警戒したものである。

「……ん? ──うおっ!?」

 次の瞬間、フレアは思わず腕で目を隠した。
 周りに広がったのは、眩しい位に暖かいオレンジ色の光。消えていたはずの松明に一気に火が灯ったのだ。

「──だ、団長?」

 先程と同じ、聞き慣れた声が自分の名を呼んだ。

「お前等……っ!」

 灯りで照らされた城門の前にいたのは、あれだけ探しても見つからなかったギルドナイト猟団『赤鷲』と、シェリーの率いる騎士団員達であった。

「一体今まで──!」

 何をしてたんだ、と聞こうとしたフレアだったが、それよりも先に団員を率いていた兵長がとんでもないことを口にしたのだ。

「……何故、我々より後に出たはずの団長達が先に着いておられるのですか?」

「……は?」

 首を傾げ続ける兵長の話によると、ギルドナイト達はドンドルマからここまでの一本を飛ばして来たようで、後から出たフレア達が抜けるはずがないと言うのである。

「いや、おかしいだろ……それどころか俺らは何時間もここに……!」

 自分で口にしてフレアはハッとした。
 そもそもフレア達は朝に着けるようにと深夜に出発していたのだ。なのに加えてあれだけの時間──ゆうに三時間以上も城内に居たはずなのに、夜が明けることはなかったである。

「私達が閉じ込められていたのは単に城の中だけ……という訳では無かったようね」

 アワアワしているチョモの横でジッと様子を見ていたシェリーが面白そうに言った。

「とにかくだ、黒龍はもうここにはいない」

「ま、まさか討伐したのですか!?」

「いや……撃退に近いが、三人じゃとても倒せる相手じゃ無かった。──運が良かったんだ」

 撃退、と聞いて団員達の間で大きなどよめきが広がった。中には命を捨ててでも足止めしようと考えていた団員もいたのだ。そんな相手を自分達が移動している間に撤退させたと言うのだから。どよめきの中にはそんな驚きや喜びも含まれていた。
 後ろの方では「あのシェリー様が倒し切れない相手がいるなんて……」と別の意味で驚愕しているギルドナイトもいたが、それがどこの所属かは明白である。

「無駄働きをさせちまったが、作戦は終了だ。直ちにドンドルマへ帰還して報告するぞ。あと、城の中に規約違反のハンターが二名転がってるから連れて行け!」

「はっ!」

 団員達の反応は素早かった。

「おぅ、なんだぁ!? こいつら!!」

「や、やめろ! 俺らが何したっていうんだよぉ!」

「だ、駄目だやめろぉ! 無理に珠を引き抜くんじゃ──うぎゃあああぁあ!!」

 などという悲鳴が聞こえてきたが、気にはしない。

 彼等はその後、到着して間も無かったこともあり、あっという間に帰還の準備を済ませた。そしてフレアとシェリーは救護用の竜車に乗せらせ、チョモによる本格的な治療を受けることが出来た。

「痛てて……! おい、ちょっとは加減しろよ!」

 消毒液をぶちまけられたフレアが少し涙目になって怒鳴る。

「何言ってんの! よく見たらあちこち火傷してるし、擦り傷だらけだし、化膿したらどうすんの馬鹿!」

「────っ!?」

 包帯を巻き終わった腕をバシンと叩き、のたうち回るフレアを残念な顔で眺めていたチョモだったが、ふと竜車の外を眺めるとパアッと表情を明るめた。

「見て! 朝だよ!」

「あら、なんだか久し振りね」

「……あぁ、目の前がチカチカしてんのはそれ……か?」

 暗雲の隙間から何本もの光の柱が降り始め、永遠にも思えた夜が終わりを告げたのを三人はようやく実感することが出来た。

「これでドンドルマも落ち着けるかな?」

「だな……」

「不思議な体験だったね。でも私達は伝説の黒龍と戦って、無事に帰ってこれた──これは自慢してもいいんじゃない?」

「あぁ、そのオルゴールを奪われた学者達にも土産話を聞かせてやろうぜ。……しばらくは引っ張りダコになるだろうな」

「ふふ、ある意味軟禁状態でしょうね」

 今更ながら黒龍と対峙していたという実感が湧いてきた三人は、ようやく腰を落ち着かせて話し合うことが出来た。
 竜車はゆっくりとシュレイド城を後にし、次第にその禍々しい建造物は見えなくなっていく。

「あ、そういやあん時の理由、話すって言ってたよな? 折角だ、今教えろよ」

「この状況で聞くの? ……貴方意外とデリカシーがないのね」

「ううん、フレアはいつもデリカシー無いよ。バルスと一緒になってからは特に」

「んだと!? あいつと一緒にするんじゃねぇ! てかあいつらはどうなったんだろうな……?」

「あー! 確かに気になる!」

「帰ったと思いたら早速手配してみましょう」













『…………助けてくれ』



 ガヤガヤと騒がしく進む竜車の後ろで、シュレイド城の重々しい扉が独りでに閉まったのを───誰も知ることはない。





 誰も、色褪せたギルドナイトスーツの男の事を───思い出すことはない。




 彼は今も、誰かが仇を撃ってくれる時を──永遠に待ち続けている。



[37857] 番外章Ⅱ 『紅の狩人』 1話
Name: 楽太郎◆a3215f1c ID:158d8ea8
Date: 2014/06/08 12:48
──辛い。



──辛い辛い辛い辛……痛い痛い痛い痛い痛い!



──熱い熱い熱い……でもなんか……寒……い……? 寒い寒い寒い!



「どうなっ……てんだよ……『これ』!?」

 ヨルヴァは困惑した顔で咽びながら、涙目になって叫び声を上げた。
その横ではハルクが泡を吹いて倒れている。

「い、一体何が起きたというのだ……?」

 モモはそんな彼等の異常事態を見て、呆然と立ち尽くしていた。
 何しろ本当に訳が分からないのだ。だから顔色を赤へ青へと交互に変化させて呻く少年を、彼女はただオロオロと見守るしかなかった。
 この異常事態の正体……事の始まりは、紅龍の足止めを自分たちに託して古塔へと向かったハンターの一人──アクアから貰った数粒の氷結晶イチゴだったのだから。


「ま、真っ赤に熟……して、う、旨そうだと思ったら……ここ、これ! と、とととととトウガラシじゃねえかぁ────! うぎゃあああああ辛い! 辛い辛い辛いいいいいい!」

「だ、大丈夫なヨルヴァ!? 気を確かに持つんだ!」

「……あの娘、私達の中じゃ一番まともだと思っていたけれど……そう、味覚がぶっ飛んでいたのね」

 辛さを紛らわせるために叫びながら転げ回るヨルヴァを嘆かわしそうに見つめながら、アンは感心したように頷いた。

「……でも失神するほどの辛さのはずなのに汗一つ掻いていないところを見ると、氷結晶の効果は残っているのね。……大した技術だわ」

「い、いや、アン殿……感心している暇は無いのではないか? このままでは紅龍と間見える前に戦力が半減してしまうぞ……」

 モモは焦りを隠せずにいた。
 ハルクなど一粒口にしただけで生命の危機に瀕しているのだ。紅龍もいつまでこの場に留まっているか分からない……このままでは任務を遂行するのもままならないかもしれないのだ。焦るなと言うほうが無理であった。
 しかしアンはモモと違って涼しい顔で、無表情のまま自身の後ろを指してみせる。

「……安心しなさい。イズが今、辛み止めを調合しているところよ」

「え……? そ、それは有難いが、何故イズ殿が?」

 思わず首を傾げてしまった。
 彼が薬を調合出来るということにも驚きだが、別にアンはイズに指示など出しておらず、彼が率先して行動する人柄とも思えなかったので不思議に思ったのだ。
 しかしアンの言う通り、彼女の後ろを覗くと確かにイズは何かを混ぜている。

 それも、割と必死の形相で。


 モモはそこではたと思い出した。


(嗚呼。そういえばヨルヴァはイズ殿にもお近付きの印にと、あのイチゴを渡していたのだったな……)


 思えば、それも確かアンがこっそりと提案していたことであった。確かにあの二人に食べるなと言うのは至難の技であるが、事の解決にこのような方法を取るとは……。

 被害者を減らすのではなく、あえて増やして解決させる。

 もはや発想が違う。

(流石、伝説のハンターと名を馳せるだけはある……と言ってもいいのだろうか?)

「…出来たぞ。効果は俺が保証する。早く、飲ませてやれ」

「きゃあ!?」

 モモは短く、それでいて可愛い悲鳴を上げた。
 考え事をいる間に特効薬が完成していたらしく、こちらにやって来たイズが急に彼女の手を取って薬を手渡したのだ。

「こ、これが辛み止め……なのか?」

 不覚……と思いながら、こみ上げてくる恥ずかしさを隠すようにモモが分かり切ったことを尋ねた。
 驚くと情けない声を上げてしまう癖をモモは幼い頃から恥と考えている。その事を知っているハルクやヨルヴァはそれをモモの貴重な女らしさだと言って聞かないが、当の本人達には残念ながら今、それを耳にしている余裕は無かった。

「…当たり前だろう。他の何かに見えるのか?」

「い、いや。そんなことは無いが……」

「…が、何だ?」

「……ちょ、ちょっと驚いただけだ!」

「…そうか」

──どうもこのイズという男は取っ付きにくい。

 気を取り直そうとモモは受け取った辛み止めをしげしげと見つめてみた。掌で転がったものは、小指の先に乗るような小さな丸薬。色は透き通った金色で、微かにだが薔薇をより甘美にしたような香りがする。

「これは一体──」

「…大量のハチミツにモノブローズのエキスと黄金芋酒、それにポッケクォーツとにが虫の粉末を少量混ぜ、熱を加えて高圧縮を施したものだ。ただ甘いだけでなく、辛味を緩和する成分が直に働きかける即効性も備えている。…応急処置としてはこれ以上のものはないはずだ」

 モモが尋ねるよりも先にイズが丸薬の説明を加えてくれた。先程の反応を気にしての説明なのかもしれないが、正直説明されてもいまいちピンと来ない。

「…効果が不安なら一粒口に入れてみろ」

「う、うむ……」

 促されたモモは恐る恐る金色の粒を摘み、一思いに口へ放り込んでみる。

「んぁ──────っ!?」

 モモは再び変な声を上げることになった。舌で転がそうとした丸薬が、一瞬で消えるように溶けた──そう思った時にはもう、とんでもない甘さが口内を襲っていたのだ。
 口いっぱいに広がるハチミツと薔薇の香りが絶妙にマッチして、それはそれは甘美な風味で……。

「うぐ……」

 異常な程、甘過ぎる……もはや辛いと感じるレベルだ。
 かぁっ、と口と顔が灼けつくのがはっきりと分かる。砂糖やシロップを大量に飲み込んでもここまでの甘さを感じることはないだろう。

「…これでようやく、氷結晶トウガラシの辛みを多少緩和出来るレベルだ。…全くとんでもない物を食わせてくれる」

「こ、この甘さで少し緩和出来る程度……!?」

 モモは再び驚いた。

──それならあのハルクが倒れるのも無理はない。

 むしろヨルヴァがよく耐えていると思った。

「──そ、そうだ! ヨルヴァだ! ヨルヴァ、早くこれを!」

 モモはぐったりしているヨルヴァに駆け寄ると、急いで抱き寄せて辛み止めを数粒放り込んだ。

「あ……あんがと……モモね……」

 ヨルヴァは顔色を少し戻したかと思うと、再び倒れ込んでしまった。

「ヨルヴァ!?」

「……大丈夫よ、少し休めば平気だわ。それより、彼にも早くそれを」

「……あ!」

 アンに言われ慌ててハルクを見ると、白目を向いて痙攣していた。後日談だが、ハルクはこの時しっかりと花畑を見ていたという。

「こ、こんなことで死ぬな! しっかりしろ! あの世で何と説明するつもりだ!」

 モモが残った丸薬を全て口に叩き入れると、ハルクも何とか(強面であるが)表情を穏やかなものへと戻したのであった。

「ふぅ……間に合ったか。危なく戦いの前に全滅するところであった……」

 モモがやれやれと息を吐いたが、横にいたイズがとんでもない事を口にした。

「…だがこの調合物、どんな調合をしたかは分からないが冷却効果がクーラードリンクの比じゃないぞ。…姉さん達も食べたらどうだ?」

「え?」

「……あら、それは凄いわね。折角だし、頂こうかしら」

 アンは言うなりイズから氷結晶トウガラシを受け取ると、口を開けているであろうマスクの下へとそれを放り込んだ。

「え、ええ!?」

「……あらあら、ふふっ……中々刺激的ね。こんなの久し振りだわ」

 そして辛み止めを食べない。正気の沙汰とは思えなかった。

「……さ、モモ。最後は貴女の番よ?」

「あ……いや……」

 イズの方を向くと、残りのトウガラシがしっかり一粒乗せられている。

「…大丈夫だ。丸薬はまだある」

「い、いや、私は辛味は少し苦手で……」

「……大丈夫よ、二度死ぬ程ではないわ」

「一度は死ぬのか!?」

 怖々と赤色の粒を見つめてみる。突きつけるように差し出された『それ』はギラギラと赤く輝いており、溶け始めてきたのか開き直ったのか知らないが目が痛くなるほど毒々しい香りを立ち上げている。

──無理、無理無理。絶対無理。

 そんな気持ちを読んだのか、アンはモモになだめるように優しく声をかけた。

「……さっきのは冗談だけれど、真面目に考えて御覧なさい。紅龍と対峙している時にクーラードリンクを飲むリスクを考えたら安いものじゃないかしら?」

「う……ぐぐ……」

 そう言われてしまえば、返す言葉がない。それにこの状態では自分が聞き分けのない子供のようではないか……そんな焦燥感をモモは確かに感じていた。

 しかし、だ。

──辛さや痛みが襲ってくると分かっていながらそれを実行する。その為には相当の勇気がいるということをご存知だろうか?

「……あらあら、そんなに怯えることはないのよ?」

「…そうとも。痛いのは一瞬のことだ」

「ひっ……」

 頭では覚悟しても本心が猛烈に拒否してしまう。すずいと迫る姉弟に怯え、モモはたじたじと後退するも、背中には厚い岩壁があるのみであった。

「あ……あぁ……」

「…さぁ」

「……さぁ」


 最早、逃げ場は何処にも無かった。


「う、うわ……やめろ……やめ……きゃぁぁぁ──────!!」






 その数十分後、涙目のモモが口を赤くして作戦会議の場に佇んでいたという。








「──これが二人が寝ている間に立てた計画だ」

「うーむ……」

 モモが些か喋りにくそうに話し終わった後、ハルクは釈然としない様子で口を開いた。

「確かにそれ以外には無いだろうな。それは分かったが……その前に何故ワシは寝ていたんだ? 口の中が妙に甘ったるいような気も……」

「え? そ、それは……」

 モモは言葉を濁らせた。どうやら記憶が飛んでいるらしい。プライドの高いハルクの事だ、理由はともかく自分が白目を剥いて泡を吹いていたなんて知ったらまた一悶着起こしかねない。

「つ、疲れが溜まっていたんだろう……気球船からの荷下ろしも多くやっていたからな。私が他の支度が終わるまで休んでいいと言ったらすぐに眠ってしまったぞ?」

「そう……だったか? 確かに何かを言われた気がするな……」

「そ、そうだとも。眠って記憶が曖昧になるのはよくあることだろう?」

 ──よし、何とか丸め込めそうだ。

 そう、モモが内心でガッツポーズを取ろうとした時──横から突拍子もない声が聞こえてきた。

「はぁ? モモ姉、何言ってんだ? おっちゃんはオイラがあげたやつ食った後で泡吹いて倒れたじゃ───へっ?」

 瞬間、ヨルヴァが宙を舞った。
 少年はふわりと体で円を描くと、その勢いで地面に落ちていく。

「──ふげっ!?」

 少年は受け身も取れないまま地面に体を叩きつけられ、そのまま目を回して動かなくなった。

「……ふぅ、危なかった」

 そう言って、モモは満足気にヨルヴァの腕から手を離した。我ながら素早い行動だったと自分で感心する。久々に使ったが、母国で学んだ「アイキドウ」は錆び付いていないらしい。

「……お陰で作戦の移行が遅れることに関しての埋め合わせはあるのかしら?」

 後ろからアンの呆れたような声が聞こえてきた。

「い、いや……それは……」

 言い訳しようと口を開きかけたが、追い打ちを掛けるようなイズの言葉がモモを固まらせた。

「…それに間に合ってもいないようだぞ?」

「……え?」

 恐る恐る大きな仲間の方を見ると、わなわなと震えるハルクの姿がそこにあった。

「思い出した……思い出したぞ! ワシはあんなもので気を失って……うおぉぉぉぉぉぉ!! 男として何と無様なことを……!! 」

「待てハルク、少し落ち着いて──」

「モモ、あのイチゴのようなやつをもう一度くれ! もう一度! もう一度ワシにリベンジを──!! 」

「ハルク! 済んだことだろう! アレはもう無いんだから、そんな事でいちいち叫ばないでくれ!!」

「そんな事とは何だモモ! これはワシにとって、ワシにとってなぁ──!!」

「いや……だから──」

「うぉぉぉ! 何て情けないことを──!」

「う……ぐぐぅ……」

 叫ぶハルク、倒れるヨルヴァ、待ち受ける紅龍、呆れる鬼畜姉弟に、ヒリヒリする口……モモの中で何かがぷつりと切れた。

「うるさいうるさいうるさい! この馬鹿親父! 私だってなぁ……私だってなぁ!!」

「な、何だと!? も、モモお前一体どうし──」

「何でこう上手くいかないのだぁ! 私はただ皆と協力したいだけなのにぃ! 二人の馬鹿馬鹿馬鹿ぁ! うぁぁぁぁぁぁ!!」

「わ、分かった! ワシが悪かったから泣きながら矢を振り回すんじゃない!」







「…なぁ、姉さん。俺らはこんなメンバーで紅龍を倒そうってのか?」

「……ふふ、そうね」

 小型のモンスターの討伐でも、もう少し緊張感があるだろう──そう呆れるイズに対し、アンは楽しげに笑った。

「──……でもきっと、面白いものが見れると思うわよ」

「…ふん、どうだかな」


 気球船を降りてから、かれこれ一時間。五人はようやく火山の奥地──『決戦場』と呼ばれる場所へと足を踏み入れていった。








「あ、あいつが紅龍……? 何だよあれ……まだオイラ達には気付いてないはずなのに、ビリビリした殺気が凄え伝わってくるぜ」

 ヨルヴァは冷や汗を拭いながら思わずスラッシュアックス──王牙剣斧【裂雷】の柄を握り締めた。
 先程のエリアから急斜面を下った先にある、円形の広大な平地。全て岩に囲まれ、内部には溶岩が幾重にも流れているこのエリアに、逃げ場は何処にも存在しない。元のエリアに帰ろうとしても、崖を登っている無防備な姿を襲われて終わりである。
 加えて足場さえもままならず、意識して動かなければあっという間に焼き尽くされてしまうだろう。そんな場所に紅龍──ミラバルカンは君臨していた。
 ヨルヴァ達とは対極の位置にいるその紅龍の姿は、シュレイド城に現れた黒龍──ミラボレアスと大差はない。違うのはその名の通り灼熱に染まった真紅の甲殻と、片側が歪に成長した角の存在であった。

「何て邪悪な気配だ……。それにこの強い陰の気は怒気……か?」

「……そうねモモ、これは異常な怒気よ。伝承では紅龍は黒龍が怒りによって真の力を解放した姿と言われているけれど……その黒龍は今、シュレイド城に顕現しているのよね。……まぁ、だからといって別種だとは断言出来ないのだけれど」

「…姉さん、うんちくは後にしてくれ。倒して『バラせば』分かる話だろう」

「……あらイズ、今日は妙にやる気なのね」

「…当たり前だ。こんな殺気を当てられてのんびりしている程……俺は平和ボケしていない」

 イズが片手剣──『氷牙』を抜いてぶっきらぼうに言い捨てると、遠方の紅龍を射るように見据えた。目は既に狩人のモノと化している。

「イズの兄ちゃん……まだあんなに遠くにいるんだから武器を抜くのはいくらなんでも早──」

「何言っとるか小僧! 『奴』が来るぞ!」

「え……──っ!?」

 ハルクの一括に慌てて紅龍を振り向くと、遥か向こうにある紅の巨体が──怪しく光る瞳が、ギョルリとこちらに向けられていたのだ。
 蝙蝠のような巨大な翼が大きく広がり、上下に振れ始めると、紅龍はゆっくりとその身を空へと持ち上げた。

「────っ!」

 巨体がその丈ほど浮いた時、ヨルヴァは突然これまでにないほどの悪寒に襲われた。

 ──ここにいたら間違いなく殺される。

「……横に飛びなさい!」

 そう感じた瞬間にはもうアンの指示が飛んでいた。反射的に横へと大きく跳ぶと──先程の地面は既に『無くなっていた』。
 出来たばかりの直径五メートル程の溝にはすぐに赤い溶岩が鮮血のように噴き出し始め、新たな溶岩溜まりが既に完成している。

「うそ……だろ」

 ヨルヴァは尻餅をついた状態で遥か上空を見上げる。口が乾いて上手く声を出すことが出来なかった。
 灼熱の鱗、赤黒い甲殻。そして邪気と怒気が合わさった殺気の塊。

『ヴォォォォォォォォ…………』

 その持ち主──ミラバルカンが目の前に一瞬で現れたのだから。
だが、ヨルヴァの焦りはそれだけでは無かった。

「──ヨルヴァ! 大丈夫か!?」

「モモ姉ちゃん!? 皆無事か!?」

「ああ! 待っててくれ! 直ぐに合流するから!」

「わ、分かった!」

 そう言いながら、急いで状態を整える。ヨルヴァは立ち位置の関係で他の四人とは逆の方向に跳んでしまっていたのだ。
 先程全員が居た場所は紅龍によって完全に割かれており、合流する為には溶岩溜まりを避けて大きく回らなければならない。
 それだけでも十分危険な状態なのだが……。

「何でこっちを向いてるのかな……この紅龍はさぁ……」

 ヨルヴァは引き攣る頬を抑えようともしなかった。既に引き抜かれているスラッシュアックスの柄を懸命に握り締める。


 地形悪し。援護、暫く期待出来ず。

 竜人族の少年vs紅龍──。

 ヨルヴァの孤軍奮闘が始まろうとしていた。




[37857] 一冊の日記 ~Hope diary~
Name: 楽太郎◆a3215f1c ID:4717fa5c
Date: 2014/11/07 17:49
 ―月――日 晴れ

 お母さんが「お姉さんとしてしっかりやりなさい」なんて口を酸っぱくして言うので、今日から日記を書くことにしました。
 最近お父さんもお母さんも忙しそうにしているので、いたずらばかりするマリーのめんどうはお姉さんの私がしっかり見ないと。






 ―月―日 晴れ

 マリーのいたずらにはもううんざり!
 つりカエルなんか私に投げてきて、おこった私がマリーを木の枝につるしたら私がお母さんにおこられた。
 ……「かげん」というものが大切みたい。





 ―月――日 雨

 マリーが珍しく大人しく働いてると思ったら、家のカベに穴を開けていました。
 お母さん達は忙しいから私達で直しなさいって言われたけど、今日は雨なので明日村に二人で木の板を貰いに行くことに。
 久々のおでかけなのに、こんな用事でなんて……マリーのバカ!






 ――月―日 晴れ

 マリーが私にプレゼントをくれた。
 ピンク色のくまちゃんで、とても可愛いぬいぐるみを。
 何かまた悪いことをしたんじゃないかと言ったら、急に怒ってしまい顔を合わせてくれなかった。
 ……勝手なんだから。私は悪くない。





 


 さっき気づいた、今日は私の誕生日……帰ってきたお父さん達に言われるまですっかり忘れていた。
 急いで謝りに言ったら笑顔で「いいよ」って……。
 明日はマリーのために木苺のジャムを作ることにしました。
 ごめんね、マリー。
 くまちゃんの名前はルーシアにしました。






 ――月――日 雨

 マリーが風邪をひいた。
 お母さんも仕事でいなかったので、私がおかゆを作ってあげた。
 初めて作ったおかゆだったけど、マリーは「おいしい」って言ってくれたので嬉しくなっちゃった。
 また作ってあげるために、お母さんにもっとおいしいおかゆを教わっておこう。






 ――月―日 くもり

 今日は何か村の皆の様子がおかしかった。
 村長さんが家まで来て怖い顔でお父さん達と何か話をしていた。
 聞いても何も教えてくれなくて……なんか怖い。







 ――月―日 晴れ

 お父さんとお母さんに私一人呼ばれて、話をされた。
 『ふんそう』っていう大きな喧嘩が広まっていて、それが私達の村にまで来るかもしれないって。
 「これからお父さんもお母さんも、もっと忙しくなるから……マリーを頼む」って。
 怖い。
 でも、私がしっかりしないと。
 いいお姉さんに、ならないと。






 ――月―日 くもり

 マリーと喧嘩をした。私たちのお手伝いが増えるのを嫌だと言うので、つい怒ってしまった。
 反省……これじゃ昔と一緒だ。
 事情はまだ、心配させたくないから言えないけど……皆忙しいんだからって、ちゃんとマリーを説得しないと。







 ――月―日 くもり

 マリーに怪我をさせちゃった……。
 仲直りした後、二人で薪を運んでる時……土で足を滑らした私を庇って下敷きに……。
 私が謝ると、「しっかり者のお姉ちゃんが怪我するより何倍もいいよ」なんて……。
 こんな時だからこそ、二人で力を合わせなきゃいけないのに……マリーは事情を知らないのに、私が一方的に怒ったせいで……。
 いつもそう。
 何だかんだ文句を言っても最後にはちゃんと働くマリーのこと、本当は誉めなきゃいけないのに……私は悪いところを見てばっかり。
 もう一度ちゃんと謝って、事情をちゃんと話して、痛み止めの薬草を買いに行ってあげないと。







 ――月――日 くもり

 薬草がどこにもない。
 ついに紛争がすぐ近くまで来てしまったみたいで、お店の物はみんな持っていかれてしまった。
 お父さんも村を守るために出掛けてしまって、残ったのは私とお母さんと足を痛めているマリー。
 村の皆は逃げる準備をしていたけど、怪我したマリーを背負ってこの山道を降りるのは無理だからって、三人で家に隠れることにした。
 ちょっと怖いけど、大丈夫。
 皆慌ててるけど、お父さんが守ってくれるから。







 月  日

なんで?
お父さんは?

向こうか 大きな声 近づいて……
 

も 日記 書け─

























――月――日

 マリーが連れていかれた。
 お父さんもお母さんも家もいなくなっちゃった。
 残ったのは私とこの日記とマリディアのくまちゃんだけ。
 でも、このくまちゃんもほとんど焦げちゃったから、やっぱり残ったのは私と日記だけ。












――月――日

 まだ無事な村を転々として、あてもなく歩いているけど、もうそろそろ限界。
書いてる鉛筆も無くなりそうだし、もう日記は書けないかもしれな










































――月―日 晴れ

 荷物の奥から、久々に見つけたこの日記。懐かしさに負けて久々に書き込んでいます。
 この紛争を引き起こした主格の組織を掴んだので、これからハンターとして潜入するつもりです。

 絶対に潰してみせる。
 お父さんとお母さんの敵のためにも。

 連れていかれたマリーの行方はまだ分からない。せめて生きているかどうかさえ分かれば……。







――月――日 晴れ

 ある街の加工屋で『リノプロヘルム』なるものを衝動買いしてしまった。
 何故だろう……何か懐かしい気がする。
 それはともかく、被り心地がとても良い……もとい、顔を隠すのにも丁度いいのでこのまま装備していくことにします。








 ――月―日 晴れ

 ある村を立ち寄ったところ、村人に襲われている少女を目撃したのでつい助けてしまった。
 やけになついてしまい、ついて来るのですが、どこか面影がマリーに似ているせいで追い払うに払えない。どうしたものでしょうか……?







 ―月――日 晴れ

 少女がついて来るのにもいい加減慣れてきてしまった。
 そろそろ名前を付けてあげないと呼びづらい。
 何かいい名前……そんなことを考えてると、ふとルーシアという名前が浮かぶ。
 ……何でしたっけこの名前。


 そうだ、少女の名前はこれを少し変えて……そうだ、ルシャにしましょう。







 ――月――日 晴れ

 ルシャに何気なく武器を持たせてみたところ、驚くほどの才能を見せました。
 特に双剣がお気に入りのようでアイルーのぬいぐるみを双剣に改良してプレゼントしてあげると、昔覚えたという妙な調合をして強力な状態異常を付属してしまったのです。
 マリーにはこんな器用な所はなかったなと、ふと思い出して笑ってしまった。

 ……ルシャが不思議そうな顔をしてみている。晩御飯でも獲りに
いかせましょうか。







 ――月―日 晴れ

 ルシャが初めて料理を作ってきました。
 ……あの意識の遠くなるような味を料理と呼べるかは定かではありませんが、それでも昔を思い出すようで嬉しかった。
 明日からは、少しスパルタに料理の特訓でも始めましょうか。







 ――月――日 雨

 ルシャが熱を出した。
 だからあれほどお腹を出して寝るなと言ったのに……。
 普段うるさいほど活発なルシャが大人しいと少し調子がおかしくなりますね。
 久々に作ったお粥、出来は微妙でしたが「おいしい」と言ってくれたので良かった。
 全く、余計な心配をかけて……治ったら、いつもの三倍は働かせてやりましょう。







 ――月――日 雷

 明日、赤衣の依頼で火山の奥地に出現したという煌黒龍『アルバトリオン』の討伐に向かう。
 強力な古龍のようだけれど、きっとルシャと一緒なら大丈夫だろう。
 ここで信用を勝ち取れば、きっと真相に近づくに違いない。
 待ってて……マリー。







 ――月――日 晴れ

 見事にアルバトリオンを討伐した報酬として、幹部から内密に作られたという煌黒龍の大剣を貰えることになりました。
 力があれば、いずれこの組織を潰せるのですから、快く申し出を受けました。
 これも手伝ってくれたルシャのお陰……少し照れ臭いですが、何かご馳走でも用意してあげますか。
























 月  日

憎い。
憎い憎い憎い。

全てが憎い。

 何故今まで気付かなかったのだろうか? 思えばこんな運命を辿る羽目になったのは全てマリディアのせいなのだ。どんな理由はだったか……そんなこと覚えていないが、あの時あいつが怪我さえしなければ、アイツさえいなければ全てが上手くいっていたのだ。

 この世の全てはそう……悪だ。

 希望の光などない。

 マリディアへの復讐、そしてこんな腐った世界など……私が終わらせてやる。




 月  日

 ついにマリディアを見つけた。
 マリディアが絶望していく様を私はひたすら喜んで……違う……いや、違わない。
 私はじっくりとアイツが弱るのを見ていこうと思う。
 




 月  日

 一体何者なんだ、あの男は。
 飄々としながら、幾度と無くマリディアの命を救っている。
 ……邪魔ですね。
 奴だけでも消してしまおうか。


 




  月  日

 マリディア……どうして庇った。
 お前はそんな男、簡単に見捨てるはずじゃなかったのですか。

 だが奴はあろうことか祖龍の魂を、その力を呼び寄せた。
 あの重傷を綺麗さっぱり治すことが出来るなんて……。
 やはり祖龍は存在したのだ。
 マリディアが助かったのなら、もうここには用は無い。
 早く祖龍復活の段取りをすませないと。





 ……さっきどうして、私は『助かったなら』などと書いたのでしょう?
 時々、自分が分からなくなる。
 マリディアは、妹はただ憎むべき存在のはずなのに……。

  私は何かを忘れている……?

 そんなはずはない。
 思い出すのは憎い思い出だけだ。

 きっと日記にもそんなことが書かれているに違いない。
 だけど何故でしょう……私は日記を読み返すことが出来ない。


 手が、一人でにそれを拒むのだ。





 やはりダメだ。読めない。


 そうか。
 きっと、読むに足らない内容だからに違いない。
 そのうちルシャにこれを捨ててくるように頼もうか。




 


  月  日

 最近、ルシャと会話が合わない事がある。

 私が変わった……?
 私は私のはずなのに、何を言っているんでしょうか。

 そうだ……これも世界が絶望に溢れているから。

 世界が憎い、マリディアが憎い、憎くて憎くて、全てが憎くておかしくなってしまいそうだ……



 何故こうなった?
 何がいけなかった?



 ……何時から全てが憎く見えるようになった?



 何処へ行ってしまった?



 
 美しく見えるものは、確かにあったはずなのに──。




 日に日に、何か恐ろしいものが私の中に染み込んでいく気がする。






 はやく


……なんとかしなければ



 わたしは──





 マリー…………

































――月――日 はれ


 れいざんでの出来事の少し前から、マリさんはわたしとお話しなくなっていった。
 もう……マリさんがなにをかんがえているのか、わたしにはわからない。

 でもあのマリさんはやさしくて、こわくて、すこしてれやなマリさんだから。

 わたしがついてあげないと……だめだから。

 わたしにはまりさんしかいないから、ついていきます。

 いつかまた、もどってくれるよね?

 わたしとの、たのしかった1日を、このにっきにかいてくれるよね?


 マリさんのにっきのじは、むずかしくてよめないけど、きもちはつたわってくる。

 まだ、まだマリさんはここにいるんだ。


 あれからいちねんとはんぶん……たぶんのこりはんぶん……そこできっとなにかがはじまっちゃう。



 だれか……とめてください。


 おねがいです、やさしかったマリさんを、とりもどしてください。



 こんなこと、ぜったいにまちがってるから。






 だれか、わたしといっしょにたたかってくれるひとへ……このいのりがとどきますように。

るしゃ



[37857] BRAVERY PROOF 〜その名の行方〜
Name: 楽太郎◆a3215f1c ID:0425d9e7
Date: 2015/03/11 13:55
「やぁ。今度はバルバレに行くんだって?」

 ここは砂漠の街『ロックラック』。
 砂の味がする懐かしい風を感じながら、私は彼にそう尋ねた。
 格好は何故か黒のインナーのみで、他の人達から白い目を向けられていたがこの男のセンスを指摘するのも今更な気がしてやめにした。
 ドンドルマからモガの村まで船、そこからタンジアの港へ行って飛行船に乗──らず、料金の安いネコタクエクスプレスへ乗ってガタガタとここへ辿り着き、ようやくバルバレ行きの砂上船へ乗り込もうとしている黒髪の男はピタリとその足を止めた。


「……!?」

 そして驚いたように後ろを振り返った。

「久し振り」

 私はニヤリとして言うと、男は更に驚いた顔をした。
何せ誰も素顔を知らないはずの自分が声を掛けられた上に、その声を掛けた人物がもういないはずの人間だったのだから驚くのも無理はない。

「でもそんなに驚くことはないんじゃない? バルス」

「ハンマー……」

 口をポカンと開けていた彼だったが、その点は流石ですぐに表情を整えて涼しい口調で話し始めた。

「どうして──しかもその装備の色は一体……いや、君のことだ、理由は聞かないよ。……お帰り」

 くぐもっていない彼の声は本当に久々に聞いたが、飄々とした感じは相変わらずだ。

「アクアちゃんにはもう会ったのかい? 彼女、随分と元気を無くしていたよ」

 アクアを元気づけに行ってくれたのは感謝しなければいけないが、大方嫌がらせになったのではないかと思うと素直にお礼は言えない。

「いや。アクアに会っちゃったらもう当分離れられないと思ったから、先にここに来た」

 落ち込んでいるアクアの顔なんて見てしまったら本当に離れられない気がする……というかその前にどんな顔して会いに行けばいいかも分からない。
 だからこそ、まずこの男に『ある』けじめをつけなければいけないと思った。
 そしてその男が間も無く旅立つと、古塔で優しい姉が教えてくれたからこそ、私は急いでここに来たのだった。






「──もう使わないなら返してもらおうかなと思ってさ」




「……怒ってるかい?」



 ──何を?
 とも言わず、本題を切り出した私にバルスはそう尋ねた。

「そんな訳ないさ」

 そう言ってから思う。

──来て、正解だった。

 この男は、記憶が戻ってからずっと気にしていたのだろう。

「お互い自分を救ってくれた名前がさ、一番いいに決まってる」

「………」

 そう。
 バルスが気にしていたのは『バルス』という名前そのもの。
あの時私が送った名前を忘れ、使っていなかったことを、無駄に律儀なこの男はズルズルと引き摺っているのだ。

「でも……」

「でももデルクスも無いって。だから返して貰いに来たんだ」

 その位しないとこの男はいつまでも気にするに違いない。その気持ちは嬉しくもあるが、そのせいでこの男をこれ以上苦しめるのはごめんだ。

「……分かったよ」

「よろしい。んじゃ改めて紹介しよう──出ておいで!」

 私が後ろの荷台に呼び掛けると、小さな黒い影が勢いよく飛び出した。

「よ、呼ばれて飛べ……飛び出て、ニャ!」
 
 うん。
 少し噛んだけど打ち合わせ通り。

「あ……アイ……ルー……だと?」

 バルスが珍しく困惑した表情を浮かべた。
 いや、珍しくはないか。
 もともと顔に出るタイプだったし、ずっとスカルフェイスを付けていたから表情を隠すことも忘れていて、非常に分かりやすくなっているのだ。

「まさか……」

「そう、そのまさか」

 私は新しく雇った漆黒色のアイルーの両脇を抱えて高らかに持ち上げた。

「この子がバルスの旧名を授かることになった私のオトモアイルーでーす!」

「……………」

 バルスは何と言っていいか分からず絶句していた。
 まさか自分の思い出の名前をアイルーに付けられるとは思っていなかったようである。

 ふふん。
 これ以上無いって位の嫌がらせだ。
 でも、これ位しないとこいつは納得しないのだから仕方ない。

「だ、旦那さん、高いニャ」

「おっと、ごめんごめん」

 毛をぶわっと逆立てて震えるアイルーをゆっくりと胸元まで降ろして抱え直す。名前と違い臆病な性格だったのをすっかり忘れていた。

「どうしたの? そんな変な顔して」

「いや……それは……ちょっと……」

「何さ、私の家族に文句つける気?」

「でもそれは流石に複雑な……やっぱり怒ってるんじゃないのかい?」

「バルス」

 嫌がらせはここまで。
 わたしはしっかりと、その名で呼んでやる。

「私にだって分かる。あんたは『バルス』だ」

「………」

 言ってやらなければ、どちらも前へは進めないから。


 砂上船の出発を告げる鐘が鳴る。
 もう時間はあまり残されていない。
 私はアイルーを撫でながら続けた。

「お前が私を、私がお前をこの名前で呼んでたあの時、確かに私達は救われてたさ。その時間は確かに大切なものだったよ……でもさ、私達が世界を知って、本当の意味で救われたのは『あそこ』を出てからだろう? 私が本当の名前を知ってからもハンマーを名乗ってるのは、どの名前が一番『自分自身』に相応しいかを考えた末なんだ。確かに変な名前だって言われたり、ややこしかったりするよ。両親から貰った『マリディア』のほうがいいんじゃないかって悩んだりもした」

「………」

「でも、私達は誰より名前の大切さを知ってるからこそ悩むことが出来るんだ。そんな私達が悩んで決めた名前を誰だって──私だって否定することは出来ないんだ」

「ハンマー……」

 バルスの顔にはもう迷いは無かった。
 それを見て私もようやく笑うことが出来た。

「ちゃんとさ、胸張って行っておいでよ。もう出発しちゃうよ?」

「……ありがとう」

 バルスはそう言って、ゆっくりと私に背を向けた。




「じゃあね」

 遠ざかっていく黒い背中に、密かに別れを告げる。もう当分、話すことは無いだろう。




「あ」


 そう思った矢先。
 桟橋に足を掛けたバルスが思い出し
たように振り返った。

「一応言っておくけど、僕は別に君のネーミングセンスが悪かったからとかそんな理由で───」

「台無しだよ! もう帰ってくんな!」

「痛い!? ってこれ──」

 私は、渡たしそびれていた黒い破片を投げつけていた。
 それは粉々に砕けた中で、唯一形を保っていた「バルス」の冒険の証。


「………」


 バルスは無言でそれを拾って大事そうに懐へと仕舞い込むと、ニッと笑った。



 黒の長髪。少し浅黒い肌。不思議な色を秘めた瞳。柔らかい笑み。
 あの時、あの場所で出会った時と変わらない、彼の素顔がそこにあった。


「じゃ、行ってくるよ。皆によろしく」

「ん、お土産忘れないでね。あと、あの子には頻繁に手紙出してやんなよ?」

「僕の近状よりも仕事の進み具合を知りたがってると思うけどね……」

 バルスはそれでも楽しそうに笑ってから、私に軽く手を振ってみせた。

「それじゃ」

「うん」


 最後は淡白な挨拶で、私達は暫く振りの再開と、別れの挨拶を終えた。


「さて、と」

「……ニャ?」

「──行かなきゃ」

「!?」

 徐々に遠ざかる砂上船を見ながら、私は隣のアイルーを抱えて勢いよく走り出した。





──こうしちゃいられない。

 私の帰りを信じてずっと待ってる人がいるんだから。
 私は飛行船乗り場に着くと突っ込むように受付に噛り付いた。


「すいません!」


 速攻でここからドンドルマに帰り、ポッケ村に行こうとすれば普通は最低で三日はかかる。



 一日で行こう。

 やれるかどうかじゃない。やるんだ。
 本当、こんなゆっくりしている場合じゃなかったかもしれない。
 二年も待たせてアクアがグレていたらどうしよう。




「ねぇ! この中で一番速い飛行船はどれ!?」

「──こちらでございますが、少しお値段の方が……お支払いはどのように?」





「あー……ドンドルマのイーゼンブルグ家。そこのバルスって男に払わしといて」

「かしこまりました。料金はこちらになりますが、よろしいでしょうか?」



「…………うん」



 私は予想よりも二桁多い額から目を逸らして、飛行船乗り場へと急いだ。




「……ま、このくらいはいいよね?」



 バルバレについたバルスの元へ届いた手紙に、シャワの怒声が殴り書きされていたのは言うまでもない。




 飛行船の搭乗口に着いた私は、抱えたままだったアイルーをゆっくりと地面に降ろした。




「じゃあね、ディーン」

 私は『先程助けたばかり』の野良アイルーにそう別れを告げる。

「……本当にこの名前、貰ってもいいのかニャ? 大事なものじゃないのかニャ?」

 黒いアイルーはおずおずと上目遣いで尋ねる。
 そんなディーンを撫でながら、私は優しく言った。

「その名前には『勇気』が入ってる。自分も同じ位ボロボロなのに、それでも他人を守れるくらいの覚悟を持てる勇気が。私が無い頭を捻って考えた、そりゃ大事な名前だよ」

「ニャ……それじゃやっぱり……」


 でもさ──と私は少し照れ臭そうに笑った。

「そんな名前を使わずに持っておくのも勿体無いじゃん? だけども身近に置くのはちょっと恥ずかしいんだ。だから必要だと思う奴にあげようって決めてたの」

 それがアイルーになるとは私も思ってなかったけどね、とクスリと笑う。

「アイルー族の名前の付け方は大陸や部族によって決めるって聞いてたけど、ディーンの所は『一人前』だと自分で決めたら、でしょ?」

「そうニャ……でも僕はまだまだ未熟者ニャ。だからさっきも虐めらてたのニャ……」

 私が見た時、ディーンは天然柄のアイルー達に毛並みを馬鹿にされていた。
自信の無い性格はそうやって虐げられてきたのにも原因があるのだろう。

「こんな色のアイルーなんて、僕だけなんだニャ……」

 俯いてそう言うディーンの頭を私はポンと叩いてやる。
そして、ビクリとして涙目で私を見上げる小さな猫をニヤリと見返した。

「ディーン、お前もまだ世界の広さを知らないんだ。お前より派手な、赤虎がらや紫色のアイルーだって自信満々に生きてるだよ?」

「ほ、本当ですかニャ? 嘘じゃないですニャ?」

「勿論。信じられないなら、自分の足で確かめてみたらいいよ」

「僕が……ニャ?」

「お前の優しさは一人前だよ。その心さえ忘れなけりゃ、きっとやっていけるさ」

「でも僕……優しいだけじゃなくて、旦那さんや旦那さんの友達みたいに強くなりたいのニャ。それにはどうすればいいのニャ?」

「その答えも旅の途中で見つけていけばいいさ──さぁ、私はもう行くよ。何処かで私の知り合いに会ったらよろしくね!」

「あ、ありがとうニャ……旦那さん。ぼ、僕、いつか一人前になって……この名前に負けない位の勇気を持って旦那さんに会いに行くニャ!」

「その時を楽しみにしてるよ。バイバイ、ディーン!」

「さよならニャ! 僕、頑張るニャー!」



 私は、そんなアイルーの声を背に飛行船に乗り込んだ。
 ディーンのことは心配だが、更に心配なことを考えながら。

「アクアに……なんて言って会えばいいんだろう……」

 ズーンと、思わず頭を抱えてしまう。

 いきなり全部説明しようったって無理だろうし、そもそも私にそんな余裕があるかも分からない。

「そう言えば……初めてアクアに会った時、私は何て言ったんだっけ……?」

 今の時期は丁度アクアがポッケ村にやって来た時期だ。雪を多い頃だし、私のように雪かきに駆り出されているに違いない。
 彼女が私の下をポツポツと歩いて来た時、あの時感じた気持ちは今でも忘れない。

「ああ……そうだった。ふふ、懐かしいなぁ」

 私は、あっという間に過ぎたあの日々を頭に思い描きながら、飛行船の一室でくすぐったい笑みを浮かべていた。



[37857] スパイシー・ラヴァーズ
Name: 楽太郎◆a3215f1c ID:158d8ea8
Date: 2014/06/08 11:52
 トウガラシ。
 一口かじるだけでも火をふく辛さ。体はあったまるけれど、このままではちょっと……。

「辛さが足りませんよね」

「アクア、今の説明聞いてた?」

 嵐龍が霊峰を襲ったあと、アクア達はそれぞれに別れて二年間の別行動を取ることにした。
 あれから一ヶ月が経った頃、アクアとハンマーはポッケ村の自宅に拠点を置いて活動していた。
 大陸各地を見て回ろうと決めた二人だったが、しばらく家を開けないといけないので色々な手続きを兼ねて数日前からここに滞在しているのだ。
 今日は折角泊まらせて貰ってるんだからとアクアが一人、腕をふるって夕食を作ったところであった。

 「いや、アクアが辛いもの……っていうかトウガラシ好きなのは知ってたけどさ、これはあまりでないかい?」

 唇を真っ赤にしてジト目気味にアクアを睨むハンマーの目の前には、カラフルで熱々の、『見た分』には非常に美味しそうな料理が広がっていた。

「このやけに辛いピーマンの肉詰めとかさ……」

「ああ、それはトウガラシの肉詰めです」

「…………。じゃあこのミートパッパラパスタは──」

「はい。シモフリトマトの代わりにトウガラシを使ってみました」

「………………」

「あ、冷製のトウガラシジュースなんかも用意してるんですが──」

「嫌がらせかっ!!」

 あくまでニッコリとして手料理の数々を披露するアクアに、ハンマーが珍しく突っ込んだ。知らずに一気に食べでもしたら村の井戸が枯れてしまうところだ。

「とんでもないですよ! 私は丹精込めて昼から下準備をですね……」

「ちゃんと作れるのに! センスもいいのに!! 美味しそうなのにっ!!!」

 ハンマーはいつもの明朗とした様子からは考えられない、懇願するような顔をして本気で悔しがっていた。
 アクアの手料理を食べないなんて選択肢をしたい訳がない。
 むしろ毎日味噌汁だけにとどまらずフルコースを振舞ってくれと言いたいところだが、出されるのが劇薬ならばそうも言っていられない。

「……なんで全部辛くしちゃうかなぁ?」

「ごめんなさい、口に合わないことは重々承知だったんですけど……」

 人差し指を加え、少し泣きそうに目を潤ませるハンマーにアクアはしょんぼりと項垂れて謝った。

「トウガラシの良さを少しでも分かって貰いたくて……」

「加減を知ろうか」

 ハンマーが雇っていたキッチンアイルーのサルサ達は昨日から長期の休暇を与えている。涙ながらに(ハンマーだけ)別れたばかりなので、今は料理を作ってくれる猫たちはいないのだ。今机に広がっている料理はアクアが平らげるとして、ハンマーは何か新しい晩御飯を考えねばならなかった。
 しかし得意な料理などはないので、答えは一つである。

「アクアはさぁ、何でそんなにトウガラシが好きなわけ?」

「……理由、ですか?」

 アイテムボックスからゴムジャーキーと黄金芋焼酎を取り出しながら聞いてみると、トウガラシの肉詰めを頬張っていたユクモの少女はきょとんとして
首を傾げた。

「うーん……何でしょう? 気が付いたら大好きだったような……?」

「……忘れるような理由でここまで酔狂に好けるかな?」

 激辛パスタをデザートか何かのように食べるアクアに苦笑しながら盃を傾けると、少女はドヤ顔をして年相応に膨らんだ胸を貼って見せる。

「酔狂とは酷いですねぇ。理由はどうあれ、私は愛してるんですよ!」

「誰を?」

「トウガラシをですよ。何でここで話がぶれるんですか」

 しかし、ハンマーが懸念した通り、アクアにはトウガラシとの刺激的な出会いが存在していた。
 ただそれを、アクアが忘れているだけに過ぎない。

 その出会いは、アクアがまだユクモ村から逃げ出す前にまで遡る。



◇◇◇



「……刺激が足りないなぁ」

 集会浴場の片隅、昼間から温泉や酒盛りで訪れるハンター達の喧騒から少し離れた席に突っ伏して、アクアは呟いた。
 アオアシラとの対峙で古龍化の症状が現れてから、暫く経った頃。意思とは関係なくモンスターを倒してしまうことにもある程度慣れてしまったアクアは、モンスターを倒すという喜びを実感として味わえないことにかなりの不満を感じていた。
 しかしハンターとしても人間としても未熟なアクアにはその原因が分からない。ただただ正体不明のモヤモヤに苛立ちを覚えるばかりであった。

「目次の次のページを開いたら、もうあとがきが書いてあるような気分ですよ全く……」

 覚えたばかりのお酒をちびちびとあおり、ほろ酔い状態のアクアはキョロキョロと辺りを見渡してみた。
 事件の前なので、今のアクアはまだ村の誰からも怖がられてはいない。噂の新人として持て囃される期間もピークを終えており、今は料理を運んでくれる受付嬢くらいしかアクアの席には訪れない。自分からパーティーの誘いを断り続けた報いだといっても、その寂しさがアクアの鬱憤に歯車をかけていた。

「どこかで何か面白そうなことやってないかなぁ……ん?」

 二つほど離れた席に、妙に盛り上がりを見せるハンター達がいた。

「だぁ──くそっ! また負けた!」

「はっはっはっ! 残念だったなぁ!」

 クルペッコ装備の男がインゴット装備の男の前で悔しがっている。どうやら達人ビールで一気飲み対決をしていたらしい。

「んじゃ、約束通り罰ゲームを受けて貰うぜ」

「罰ゲーム?」

 ニヤリと笑うインゴット装備の男の言葉に、アクアはピクリと反応した。

「いいぜ、いいぜ。何でもしやがれってんだ!」

 ペッコ装備の男は強気な態度で構えているが、何しろ一般人からはかけ離れた『ハンター』のする罰ゲームだ。不安を隠せないのか膝が笑っている。
 アクアも何をするのだろうかとドキドキしながら盗み見ていたが、インゴット男の取り出したアイテムに思わず目を奪われた。

「何だ……その粉は?」

 ペッコ装備の男が思わず眉をひそめる。
 取り出させたのは、小瓶に入った鮮やかな赤色の粉だった。赤という原色をこれでもかと主張しており、爆薬によく似ている代物だった。

「お前にはこれを振りかけた料理を食ってもらう」

「ふざけんな! 爆薬なんか食えるかよ!」

 ペッコ装備の男もそう見えたようで顔を赤くして怒鳴ったが、男は笑いながら首を振った。

「爆薬なんかじゃねぇよ。これはちゃんとした調味料だ──嘘じゃねぇよ、爆薬なら特徴的な匂いがするだろうが。罰ゲームなんだから大人しく食ってみろって」

 そうなだめて、インゴット装備の男は運ばれてきた特産キノコのソテーに赤い粉をこれでもかと振りかけた。薄茶色だったソテーがみるみる鮮やかに変わっていく。

「よ、よし。こいつを食えばいいんだな?」

「おうよ、早く食え」

 匂いを嗅いで爆薬でないことを確認してから、ペッコ装備の男は急かされるように箸に手をかけた。真っ赤で、熱々の、厚さを持たせて切られた特産キノコを恐る恐る口元へ運んでいく。
 他のハンターたちも会話をやめて、その光景をニヤニヤしながら眺めていた。どうやらあの粉の正体を知ってるらしい。

「一体どうなるんだろう……」

 アクアもドキドキしながら見守る。狩場で、モンスターを見つけた時の緊張感だ。狩場だったらこの辺で記憶が飛んでしまうが、ここはモンスターもいない村の中。最後まで見ることが出来る。

「……おらっ!」

 意を決したようにペッコ装備の男がキノコを口の中に放り込む。
 その瞬間、インゴット装備の男が一言呟いた。

「水、飲むの禁止な」

 その言葉の重要性を、男はすぐに知ることになる。

「あ゛あ゛あ゛あ゛────────っ!!!???」

「────っ!?」

 ガタンと何かが倒れる音、周りから起きる爆笑。隠れて見ていたアクアには、何が起きたのかまるで分からなかった。

「なっ!?」

「あ゛あ゛あ゛!! みずっ……みずぅっ……!!!」

 思わず立ち上がって見てみると、キノコを食べたペッコ装備の男は絶叫して、口を裂けんばかりに開いたまま床に倒れて転げ回っている。
 屈強で何事にも音を上げないことが自慢のはずのハンターがこれほど苦しむとは、ただ事ではない。

「水は禁止っつったろう? これはな、トウガラシの粉末だよ。少しで良かったのにあんなに食っちまいやがって……はっはっはっ……本当に知らなかったんだな!」

 ペッコの男とは違った涙を流して笑うインゴット男だったが、次の瞬間驚いた。

「な、なんだお嬢ちゃん!?」

「あの……そのキノコ、一口頂いてもいいですか?」

 いつ席を立ったのか、何故そんなことを言ったのか、その時のアクアにも分からなかった。ただ、目の当たりにした『刺激』に身体が勝手に動いていたのだ。
 急な、あり得ないお願いにインゴット男は慌てて首を振った。

「だ、ダメだダメだ! こんなものお嬢ちゃんが食ったら死んじまうよ!」

「お願いします! どうしても食べてみたいんです!」

 この期を逃したらもう食べれないかもしてない。そう感じていたアクアはすがるようにインゴット男に頭を下げ続けた。

「そんなこと言われてもなぁ……」

 困り果てた男だったが、横で見ていたハンターの一人が面白そうに言った。

「おい、その子最近噂の新人ハンターだよ。折角だから食わせてみようぜ」

 これには、図に乗ってるであろう無知な新人ハンターにお灸を据えてやろうという意思があった。他からも内心アクアを妬んでいたハンターからも次々と賛成の声が上がる。
 この流れに反対すれば間違いなく反感を買ってしまうであろう。こんな少女が苦しむのを見て楽しむ趣味は無かったが、仕方なしにアクアへ皿を渡して上げた。

 「いいか、あくまで味見だぞ? 一欠片くらいにして──おいっ!? 何やってんだっ!?」

 インゴット男は思わず目を剥いた。ユクモ装備の新人はトウガラシまみれのキノコソテーを全てかっ込んでいたのだ。思わず血の気が引いた。男は小瓶に入った粉末を見栄えのために全て使っていたのだ。小瓶とはいえ、粉末にしたトウガラシの量は十本ではきかない。ショック死する可能性もある危険な量であった。

 ──しかし、少女の反応はそれを上回るものであった。

「んんんっ!? ……んふんっ……んんんっ!!」

 顔を真っ赤にし、少女とは思えない妙に艶かしい声を上げてアクアはビクビクと小さく震えていた。
 あまりの様子に、周りも言葉を忘れてその様子を見守っている。
 その時、アクアの頭の中では言いようもない感情が爆発していた。
 口の中を尋常ではない熱さと痛みが襲ってくる。しかし、独特の香りが、身体の芯まで響くような刺激が堪らなくゾクゾクする。一時全てを忘れてしまうような感覚に、アクアはすっかり虜になってしまっていたのだ。
 やがて、まるで恋でもしたかのように頬を赤く染め、ほぅ、と熱い吐息を漏らしたアクアは、とろんとした表情で言ったものだ。

「あのぅ、これ……もっと無いですかぁ?」

 ハンター達が逃げ出さなかったのは、砕けそうになる腰を必死に抑えていたおかげであったという。



◇◇◇



 その後、アクアはトウガラシについて憑かれたように調べ始めた。アクアがユクモ村から出て行くまで、彼女の生活は狩りとトウガラシに関する研究の二つのみに絞られた。
 初めは料理にトウガラシを加える程度であったが、それだけでは物足りなかったのか調合にまでトウガラシを持ち出し始めた。
 調合はとても繊細な技術だ。間違ったり、調合書を持たずに行えば失敗することもざらである。しかしアクアはトウガラシを含む調合物はコツさえ掴めばトウガラシの分量を増やしても失敗しないことを発見した。さらに、通常二つのアイテムで行う調合物にもトウガラシは特定の方法であれば曲げ合わせることが可能であることも編み出したのである。

 ──『トウガラシは何にでも合う「究極」の調味料なんです』。アクアは後にそんなことをハンマーに語るが、その意味は実はかなり深い。アクアの編み出した調合方法は実用性こそ無いが、ギルドの研究班からはアクアを尊敬視する者もおり、『赤色のアルケミスト』なんて、こっそりと呼ばれているという。

「──ああ、そうそう。ハンマーさん、私最近辛味の増したトウガラシを栽培することに成功したんですよ」

 すっかり料理も食べ終わり、ハンマーの晩酌に付き合っていたアクアが嬉しそうに言った。

「ううーん……あまり喜びたい話じゃない気がするけど、そんな凄い事どうやったのさ?」

 普通に品種改良である。大陸中探してもそんな高等技術が出来る人間がいるだろうか。

「私、普通のよりも辛いトウガラシとか先祖返りしたシシトウを見分けるの得意なんですよ」

「ああ……だからあんたの買ってくるシシトウは当たりばっかりなのか」

 なんて要らない能力なんだろう。そう思わずにはいられなかったが、アクアにしてみれば必須スキルなのだろうから口には出さない。

「で、今回の肉詰めにも使ったピーマンみたいなトウガラシがそれだったんですよ」

「ははぁ、あれがか。量も質も高いって本当に誰得よ」

「私得ですね」

「だよねー……」

 こればっかりは分かり合えそうにもない。アクアも武器でハンマーは使わないし、そこはお互い様だろうか。
 そんなことを考えていると、アクアがニコニコして弾んだ声を出した。

「それで私、そのトウガラシに新しく名前をつけたんですよ。ギルドでも興味を持ってくれたようですし、もしかしたら市場に並ぶかもしれませんよ?」


「そりゃ凄い! で、どんな名前にしたの?」

 ハンマーの問い掛けに、アクアは少し恥ずかしそうに笑う。

「ハンマーさんには何時も助けられてるんで、そのお礼になるかなーと感謝の気持ちを込めて付けたんですよ」

「……へ?」

 嫌な予感が脳裏をよぎる。この種類の予感は、残念ながら当たってしまうものだ。先程のトウガラシのせいか、首筋に汗を流して次の言葉を待つ。
 そしてアクアは満面の笑みで名前を発表した。

「『ハマネロ』です♪」

「よしギルドに行こうか。そんな色々危ない植物、私が根ごと叩き潰してやる」

「何でそんな酷いこと言うんですかっ!?」

「こっちの台詞だよ!」

 しかしながら、ハンマーの頑張りも虚しく『ハマネロ』は一部の人間の人気を獲得。二年後には本当に市場に並ぶことになるのを、彼女はまだ知らない。






 



[37857] 【番外話】ブラッド・レッド
Name: 楽太郎◆a3215f1c ID:158d8ea8
Date: 2015/07/31 13:21
◆1


 フラヒヤ山脈近くの雪山の麓に抱かれた村──ポッケ村の片隅には、とある建物が存在する。
 昔こそ多人数が活動の拠点としていた施設であったが、今は殆どの人間が村を立ち去っており、現在では民家として機能している建物である。しかし『賑やかさでは昔を上回る』と村人達は口を揃えて言うものだ。
 日中であれば、その慌ただしい家主達の姿も見られるが、今は高く昇った月のみが静かに建物を照らしている。
「お休みなさい、ハンマーさん」
 そんな家の一室で、眠たそうに目を擦りながらインナー姿の彼女が私に声を掛けた。
「ん。おやすみ、アクア」
 振り返ってそう言うと『まだ寝ないんですか?』という問い掛けを彼女の青い瞳に見つけ、思わず微笑みを浮かべてしまう。私は手製のロッキングチェアに深く体を沈み込ませながら、膝上の毛玉を優しく撫で始めた。
「今日は、まだちょっとね」
 側にある暖炉には、まだ大きな火が赤々と燃えている。パチパチと木々が跳ねる音と、膝上の暖かさが妙に心地よく、妙に離れがたかったのだ。
「……もう。寝坊しても明日は起こしてあげませんよ?」
 彼女は頬を膨らませたように言うと、キシキシと床の軋む音が遠ざかり始めた。寝室へと向かうその途中で、パサリという音が聞こえた。彼女が束ねていた後ろ髪を解いたのだ。
「あ……」
「……どうしました?」
 透き通るようなマリンブルーの髪を首下まで垂らした彼女が、不思議そうな顔でこちらを振り返る。
 自分が再び後ろを振り返っていたことに、今更ながら気付く。
 少し間が空いてから、私は「ごめん、なんでもないや」と笑って誤魔化した。
「変なハンマーさんですねぇ。まぁ、何時ものことですが」
 アクアは不思議そうな顔をしたものの、それ以上は何も言わずに寝室へと消えていった。
 静けさの色合いが濃くなり、暖炉から漏れる音が強くなるのを確認して、私は軽く息を吐き出した。
「未だにドキッとしちゃうなんてねぇ……」
「フミャ……?」
 私の膝の上で眠っているアイルーのホリーが、寝言のような鳴き声をあげて耳をピクリと動かした。
 その愛らしさに苦笑し、私はそのふかふか頭を優しく撫でる。
 二年間も留守にしていた私の下に、再び戻ってきてくれたホリー。
 新しい生活もあっただろうに、そんな素振り一つ見せずに料理を仕立てるこの子に……私はまだ恩を返せていない。
「アクアが初めて会った私のアイルーもホリーだっなぁ」
 思い出して、少し笑いそうになる。二人で暮らすと知って驚いた時の彼女の顔は、忘れられるものではない。
 そしてあの時のことも思い出す。
「……やっぱ忘れられないよねぇ」
 今でこそ私の相棒だと胸を張って惚気られるアクア。
 真面目で、心優しくて、少しだけ変な食癖を持つ彼女。

 ──そんな彼女と私は、本気の刃を交えた事がある。

 今の彼女は、それを覚えてはいない。
 当時の彼女は古龍化の影響を色濃く受けており、自分の力の暴走を何よりも恐れていた。
 そんな彼女を説得し、私は対策の為の特訓を開始したのだったけれど……。
「…………」
 私はジッと燃える炎を見つめた。
 アクアは今でも古龍化の克服を私の荒療治のお陰だと信じているが、実際は大きく異なっている。
 それは、特訓を開始した一ヶ月の間に起きた出来事だった。
 あの一ヶ月がなかったら、今のアクアは存在しなかっただろう。
「あれから、もう五年も経つのか……」
 今となってはもう少し方法があったんじゃないかなんて、そんな甘い事を考えたりもする。けれど、どう足掻いて考えても、最後にはあの結末になってしまう。
 それが果たして良かったの悪かったのか、それは分からない。
 けれど私は、後悔だけはしていない。
「いや……違うな」
 私は一人と一匹になった部屋で呟いた。
「……しちゃ、いけないんだ」
 ──だから、だから私だけは忘れない。
 私は暖炉の火の中に、遠いあの日の出来事を振り返る。
 アクアが親を亡くし、古龍化の影響によって村を追われた悲しみと絶望が……皆が思っている以上に、遥かに深かったことを。
 全ての因果が合わさって現れた、『彼女』の存在を。
 あの日の発端は、アクアの古龍化を抑える特訓の一環で二人きりの狩りに出ていた時のことだ。
「あの時は……ダイミョウザザミを狩ってたんだっけな」
 その片鱗は初めてイャンクックを倒した時、既にあった。しかし、あの時の私は情けない事に、そのことに関しての結論を先延ばしにしていたのだ──。
 

◆2


「アクア! いた、中央だ!」
「了解です!」
 セクメーア砂漠──ハンター間では通称『砂漠』と呼ばれる巨大な狩場の中で、私は声を張り上げた。
 色合いの薄い景色の中で、岩のように鎮座する朱色の甲殻が陽炎のように揺らめく。
「サイズは中の小ってところか……これなら特訓にもってこいだ。いくよ、『例の』サポートは私に任せて!」
「わ、分かりました」
 ギチチ……と甲殻を軋ませながら、盾蟹──ダイミョウザザミは飛び出た黒い双眸をこちらに向ける。
「気付かれた。先制仕掛けるよ!」
「はい!」
 アクアの切れのいい返事と共に、私達は勢いよく同じ方向に砂を蹴った。
 普通であれば、左右に分かれて攻撃に入るのが定石であるが今回は目的が違う。
「ハンマーさん……太刀、抜きます!」
「よしきた!」
 後ろで私が応えるのを確認すると、アクアは盾蟹の正面に向かって走りながら、背負っているユクモノ太刀の柄に手を触れた。
「……っ!」
 途端、アクアの顔から表情が消え始める。
 このままでは数秒後に、雰囲気の豹変したアクアによってダイミョウザザミは細切れにされるのだろうが、それでは私がついている意味がない。
「そりゃあ!!」
 私は掛け声と共に、右手をアンダースローの要領で正面向かって振り回した。狙いはアクアの腰より少し下。
 スパン、と小気味よい音が砂漠に響く。
「──きゃん!?」
 可愛らしい悲鳴と同時にアクアがお尻を抑えて飛び跳ねた。
「おお、頭を叩くより反応早いな」
「う、打ち合わせと違うことしないで下さいっ!」
 涙目で睨むアクアであったが、目の前に盾蟹がいる状況ではそうも言ってられない。手に握られた太刀の柄を、アクアは力強く握り締めた。
「……でも、おかげで暫くは大丈夫そうです!」
「よし。また危なくなったらセクハラするから任せといて!」
「こ、これ以上叩かれたらお風呂入れなくなっちゃ……絶対に狩り切ります!」
 妙なベクトルで気合いを入れたアクアはダイミョウザザミに猛然と切り掛かった。
「やあぁぁぁぁ!」
 鋭い切っ先は盾蟹の胴を狙って振り下ろされる。本来なら研ぎ澄まされた刃が閃く場面だが、今回は乾いた音と共に太刀は大きく弾かれた。
 どうやらダイミョウザザミが胴を守るように両爪を正面に構えていたことに気が付かなかったようだ。弓矢さえも弾き返す絶対防御の構えだ、アクアの太刀が通るはずがない。
「爪……硬っ!」
「盾蟹って名前は伊達じゃないさ。本来ならじっくり教えたいしたいところだけど、今は戦える時間を増やすのが目的だからなぁ……」
 隣で刃こぼれを嘆くアクアにそう言って、私は背中の獲物に手を添えた。
「アクア、一度武器を閉まって後ろに下がるんだ」
「わ、分かりました!」
 アクアが慌てて後ろに下がると同時に、私が盾蟹に向かい始める。
 既に攻撃態勢となっていたダイミョウザザミは私に巨大な爪を振りかざすが、こちらも既に愛用の獲物を振り回していた。
「そぉりゃぁぁぁ!!」
 左下から斜め上に大振りした夜行槌【常闇】が、黒い塊となって盾蟹の爪の先端を砕き飛ばす。
『ギシャアアア!!』と、どこから出てるのか分からない悲鳴を上げながら盾蟹は後退するが、私は更に大槌を構えて突進する。
「むむっ!?」
 下位のダイミョウザザミとはいえ、今回の相手は頭の回る奴だったらしい。盾蟹は私の攻撃を迎え撃とうと、四本の脚で強く体を固定して両爪を口元へと運び始めたのだ。
 不気味な口からジワジワと泡状の液体が溢れ出す。
「泡ブレスか、いい手だけど……」
 私はスピードを緩めず、嬉々として夜行槌を構えた。
 鈍器で相手を攻撃する際に気をつけなければならないのは、『どれだけ力を逃さず叩き込めるか』である。いくら私の力が強くても(自賛)、とても優秀な武器を持ってたとしても(自賛)、叩く対象がビヨビヨしたゲリョスの尻尾なら威力は到底望めない。
 その点、コイツは泡ブレスの反動を抑えるために四肢をしっかりと地面に固定してくれているのだ。どこにも威力がブレることはない。
「──待ってたんだよねぇ!」
 私は夜行槌の重さを身を任せながら跳ねると、身体をぐるりと一回転させた。走る速度、武器の重み、そして回転で得た遠心力を全て夜行槌に乗せ、真正面で構える盾蟹の両爪と、その奥の頭部に叩き込む。
『ギュ──!!!』
 盾蟹の悲鳴と共に、真芯を捉えた反動が腕を通して背中まで伝わってくる。両爪ごと頭部に衝撃を受けたダイミョウザザミは力無く砂面へと崩れ落ちていった。いわゆる『スタン』状態である。
 そして私はすかさずヒビの入った両爪に槌を振るい、内部の美味しそうなところをさらけ出す。
「よし、アクア! これで──っ!!」
 後ろを振り向いた瞬間にぞくり、と私の背中に冷たいものが通った。アクアの周りを数匹のヤオザミが取り囲んでいるのだ。
「しまった……砂下に潜んでたのか!」
 ぐぅっ、と苦い音が私の喉から漏れる。何より問題なことは、ヤオザミ達が『既に横一文字に両断されている』ということだ。
「……」
 紫色の体液で染め上げられた砂面の中心で、ギラリと光る獲物を無動作に振るう少女がそこにいた。
「あっちゃぁ……」
 最近頻度が減ってきたことに、浮かれてしまっていたのかもしれない……。私はアクアから溢れる殺気から逃れるように、ジリジリと彼女と盾蟹を結ぶラインから遠ざかった。
 今から巻き起こるだろう暴風雨に、わざわざ踏み込む危険は冒せない。
「……っ!」
 無表情にダイミョウザザミを見据えたアクアは、予想通り一直線に赤い標的物へ猛進した。この状態のアクアはモンスター以外に見向きもしない。
「……っ!?」
 そう思っていた私は、アクアが目の前を通り過ぎた瞬間、妙な違和感を覚えた。
(え……? さっき……こっちを横目……見てなかった……?)
 見間違いかも知れないが、だとすればこの心のざわめきに説明がつかない。アクアがダイミョウザザミの四肢を切り刻んでいく間も、私はその出来事に漠然とした胸騒ぎを抱いていた。




「アクア……やっぱりさっきのことは覚えてない?」
「すみません……ハンマーさんにお尻叩かれたことは覚えてるんですが……」
「それは忘れてもいい」
 ポッケ村のギルドカウンターで盾蟹討伐の報酬を受け取ると、私とアクアは酒場の隅にあるいつものテーブルに腰を下ろしていた。
「ごめん。今回は私のミスだね……ヤオザミのことをすっかり忘れてた……」
「いえ……油断して、ヤオザミの真上を踏み抜いた私が悪いんです……」
 どこか気の抜けた声でアクアが呟いた。好物であるトウガラシのサラダにもまだ手をつけてさえいない。
 『あの状態』が終わると、アクアは少し感覚が麻痺したようにボーっとしてしまう。初めの頃はそんなことは無かったが、最近になってそんな状態が強くなり始めていた。
「アクア……」
 ──大丈夫? そう言いかけて私は口を噤んだ。
 大丈夫なわけがない。しかし、悪化させないための方法を私は強制力に訴えるしか知らないのだ。
 一番いいのはこれ以上狩りをさせないことなのだろうが、両親の仇を気力の芯としているアクアにそれを言うことは憚られた。これ以上アクアの心の逃げ場を奪ってしまったら、彼女がどうなってしまうのか検討もつかない。
(こんな時……あの人なら何て言うんだろうな)
 ふと、この村を訪れる前に出会った友人のことを思い出す。ボウガンを手足のように使いこなし、不思議な雰囲気を醸し出す彼女は、私が知る中で最も優秀なハンターであった。
(……いけない。人に頼ってばかりじゃ駄目だって決めたんだ)
 私は弱る気持ちを振り払うように、ポピ酒の満たされた杯を傾けた。値段の割に度数の高いアルコールが私の喉を熱く潤す。酔うにはまだまだ足りない量だが、気分をほんのり上気されるには十分だ。
 アクアにも何か酒を注文してあげよう……そう思った時、酒場に誰かが駆け込む音が聞こえてきた。
「すみません……! ハンターさんですよね? 夫が……夫が帰って来ないんです!」
「え……?」
 気付けば、注文の為に上げかけていた手を、一人の女性が必死の表情で掴んでいたのであった。

 
◆3


 テロス密林の小さな入江に作られたベースキャンプに、カンカンと小気味いい音が響き渡る。
 太陽の光が瞬く穏やかな浜辺で、二人のハンターが拠点作りに精を出していた。
 私はてきぱきと作業に取り掛かっていたが、アクアは表情を曇らせて座り込んでいる。
「……アクア、大丈夫? やっぱり休んでたほうが良かったんじゃ……」
「……だ、大丈夫です……私が……受けるって言ったんですし」
「アクア……」
 明らかに痩せ我慢な笑顔だった。
 酒場での女性の依頼は薬草を採取しに向かった夫の捜索であった。私はアクアの様子から難色を示したが、その彼女が『受けます!』と立ち上がり、サラダを一気に平らげたのだから、体調は戻っているはずだ。
「それ、船酔いだよね?」
「ご、ご名答……うっ……」
「ちょちょっ!? ベッドで吐くのは駄目だよ!?」
 私が慌てたように駆け付けてアクアの背中をさすると、彼女は慌てたように振り返り、再び笑顔を作ってみせた。
「……大丈夫ですよ──まずは早く見つけてあげないと」
 私は再度不安を覚えた。アクアは一日に二回『変わった』ことは無い。負担も考えて、私が言い含めていたからだ。依頼こそ討伐でないが、今は繁殖期を終えた寒冷期だ。飢えたモンスターが闊歩していないとは限らない。
(アクアにはここに残って貰ったほうが……)
 しかしその思考は響き渡る悲鳴に押し込められた。
「今の悲鳴……救援依頼の旦那さんじゃ!?」
 悲鳴の色に危機感を感じ取り、私は急いで武器を担いだ。
「近い!」
「行きましょう!」
「……っ」
 彼女に残るよう説得している時間は無い。私達は砂浜を強く蹴り出した。
「こっちだ!」
 風を切ってキャンプエリアを抜けると、悲鳴が一回り大きくなる。それと同時に嫌な獣臭さが鼻につき始める。
 私は走りながら、言葉を選んで口を開いた。
「アクア、今回はあんたに戦わせられない。それは分かるね?」
 後ろから彼女の小さな吐息が漏れるのを聞いて、私は続けた。
「今回は村人の保護を優先して欲しい……私の指示があるまで、武器は抜いちゃ駄目だ」
「……分かりました」
「……」
 私は背中の大鎚──夜行槌【常闇】の柄を強く握り締めた。
 その少し悔しそうな返事に、心の中で謝罪を告げずにはいられない。
 私は『あのアクア』の強さを知っている。底知れない強さを彼女は確かに持っている。
 だからこそ、その代償は計り知れない──私はそんな予感がしていたのだ。
「──ハンマーさんっ!」
「っ!」
 考えに没頭してしまっていたらしい。目の前には既に、こちらに向かって走ってくる男性と、その後を追う巨大な影が見え始めていた。
「たすっ……助けてぐれぇ!!」
「……んなっ!?」
 その巨体を見て、私は戦慄した。
 極彩色のトサカ、太い腕から伸びた長い爪、鱗のように発達した黒い腹部に、尾先に握られたニトロダケ。
 これだけ見れば下位でもよく見かける桃毛獣──ババコンガだが、目の前の獣は体毛の色が全く異なっていた。
 色は──深い、緑色。
「ババコンガ亜種……っ!」
 限られたハンターにしか許されない、G級の称号。その称号が無ければ狩猟どころか会うことすら禁じられたモンスターの名を私は口にした。
 私は夜行槌を電光石火の勢いで手元に運び、その場に立ち塞がるように見構える。
「アクアっ! 急いでその人を連れてベースキャンプに!」
「わ、分かりました!」
 頷いたアクアが私の横を走り抜ける。村人の手を引き、ババコンガ亜種の視界から外れるように駆け出そうとする。その瞬間、私は愕然とした。
「早くこっちに……きゃっ!?」
 アクアな村人と共に弾けるように転がり倒れのだ。
「アク……──っ!!」
 ここで私は自分のミスに気が付いた。
 溺れている人を助けるのが困難なように、パニックを起こした人は救いの手を見つけると、それに縋る事のみに熱中してしまう。
 だから村人が『抱きつくようにアクアに飛び掛かり』、『彼女を盾にするように隠れた』のも予期しなければならないことだったのだ。
 ハンターと言えども、経験が一月しかなく、ましてや人を助けたことなど皆無な彼女にそれを踏まえた行動をすることは出来ない──そのことを私は失念していた。
「助けて……助けてっ……!」
「ちょ、ちょっと! は、離して下さいっ!!」
 村人は震えながらアクアの身体を抱き締めるように固まっており、不完全な態勢のアクアはそれをふりほどけない。
『ブオオオオオ!!!』
 そうしてる間にもババコンガ亜種は猛り狂ったように二人に向かって突進していた。
「くそっ……!」
 がむしゃらに走り出した私だったが、絶望的に開いた僅かな距離が、私が間に合わないことを冷酷に告げている。
 G級モンスターの攻撃力は下位のモンスターと比較することも出来ない程のものだ。ポッケ村で言えば、マフモフに近い防御力しかないアクアの装備など、紙屑のように引き裂いてしまうだろう。
「アクア! 逃げろぉぉぉぉ!」
 猛然と近付いていく緑毛獣の巨体を前に、私は心臓が捻じ切れるような痛みを感じた。
(──前にも……こんなことが……)
 覚えの無い記憶に囚われそうになった時、冷水を浴びせられた様な感覚が私に襲い掛かってきた。
『ブフォ──!?』
 響いたのは、アクアたちの声ではなく、牙獣の野太い悲鳴であった。
 そして地面が一瞬、地震でも起きたかのように大きく揺れる。
 私はスローモーションのように視界に入った光景に目を疑った。
 銀線の如き一撃がババコンガ亜種の鼻先を掠めたかと思った瞬間、牙獣はつんのめるようにして真横へと転がり倒れたのだ。
「──っ!?」
 一瞬の出来事に、何が起きたのか分からなかった。アクア達がいた場所を確認すると、泡を吹いた村人が倒れているのみで彼女の姿が無くなっている。
 跳ねるように辺りを見渡すと、倒れた緑毛獣の横で、青い長髪が揺れているのが見えた。
「──あらあら……またアンタか」
 私は目を見開いた。
 聞こえてきたのは、確かにアクアの声だった。しかし、彼女の雰囲気は全く異なっていた。
 緑毛獣の鼻先を深く切り裂いた際の返り血を頬や腕など至る所に浴び、鮮やかな青色だった瞳には爬虫類の様な縦長の瞳孔が開いている。
「……っ!」
 気付けば私の肌には鳥肌が立っていた。大鎚の柄を手が白くなるほど握り締めながら、変貌した彼女を睨みつけた。
 辺りに聞こえていた鳥や虫達の声も、何時の間にかぱったりと消えている。
「あいも変わらずこんな所で何をしてるかと思えば……この子は……」
 トレードマークのケルビテールを解き、長い髪を露わにした少女は、私とババコンガ亜種を交互に見比べると、太刀を構えてニヤリと顔を歪ませた。
「──さて、どっちから狩ってあげようか」
「一体……何を言って……」
 私は『アクア』の口にした言葉が理解出来なかった。向けられた、ギラリと冷たい切っ先に、私は思わず後ずさる。
 彼女の様子は、前回とはまるで違っていた。あの時の『アクア』は私に見向きもせず、剥き出しの敵意をモンスターだけに向けていたはずだ。
 しかし、今の彼女はそうではなかった。前回は殺意だけを纏わせた無表情だったのに対し、今は感情の色をありありと顔に浮かばせている。
 チクリと、先程の狩りで彼女が横目で私を見たことを思い返す。あの時すでに異常は起きていたのだ。
 私は付近の様子を確認しながら、ゆっくりと彼女に問い掛けた。
「アンタ……一体、何者なんだ?」
 その質問に、彼女はただ肩をすくめるだけであった。
「お前はただ朽ちればいいのさ。こいつと同じように……ね」
 『アクア』は振り向きもせず、背後に迫る緑毛獣の顔面を太刀で切り裂いた。
『ゴファァァァァァ!!!』
 しかし、顔面を怒りに染め、激昂したババコンガ亜種は怯みもせずに『アクア』に向かって両腕を振り回す。当たれば大木でさえ薙ぎ倒す威力のそれを、彼女は僅かな動きで見切ってみせた。
『ゴフッ! ──ゴフゥッ!』
 攻撃が当たらないことに苛立ったババコンガ亜種は、更に力任せに体を捻る。しかし力任せの猛攻は空を切るばかりだった。
 そして無理な攻撃は体勢の崩れを生む。上半身の動きに下半身がついてこれず、バランスを僅かに崩した瞬間を彼女は見逃さなかった。
「……ふっ!」
 彼女は軽く息を吐くと同時に地面を強く蹴り出した。よろけるババコンガ亜種の背面に滑るように回り込み、抱きつく。そして両手で緑の分厚い毛皮を握り、力の流れに任せて身体を捻じらせた。
 私は、この一連の動きをただ見ていることしか出来なかった。太い腕を掻い潜る間も、緑毛獣の巨体を持ち上げた瞬間でさえ──彼女の視線は私に行動する隙を許さなかったのだ。
 相手の勢いを加速させる形で力を加えて軸をずらし、僅かに浮いた巨体の下に身体を滑り込ませる──そして彼女は梃子の原理を利用して、牙獣の頭を地面に露出した岩に叩きつけた。
 身体が浮くような振動が響き渡る。
 相手の力を巧みに利用したブレーンバスターは、ババコンガ亜種の頑丈な頭蓋骨の中にある脳を揺らし、意識を奪うには十分な威力だった。
 私は思わず戦慄する。
 ババコンガ特有の切り札である放屁や口臭ブレスを使う間を与えなかったこと。それを鉄鉱石で作られた太刀と素手で成し遂げたことも、確かに凄まじい。
 だが、それよりも──ひとつ間違えれば圧死するような行為を躊躇なく行った、『彼女』自身に恐怖を覚えていた。
 これは、がむしゃらに突っ込むあの戦い方の比ではない。
「──流石にこの武器と身体じゃ仕留めは出来ない、か。ふん、コイツはいずれ目を覚ます──場所を変えよう」
 彼女は私に向けて、ニヤリと笑う。
 ──こいつはアクアじゃない。
 何かの間違いであってくれ……そんな想いはわ彼女の笑みを見て崩れ去った。
 彼女の底知れぬ圧力にわを握りしめて耐えながら……私はただ頷くことしか出来なかった。


◆4


 数刻前まで穏やかな雰囲気に包まれていたベースキャンプは、凍りつく殺気に満たされていた。
「そいつを置いてこっちに来るんだ」
「……」
 私はここに到着するまでの数分を、永遠とも思える程に感じていた。
 リオレイアの卵を抱えながら逃げた時だって、ここまで緊張したことはない。
 一体何度、刀が我が身を貫く想像をしただろうか。村人をやや乱暴にキャンプのベッドに転がした頃には、私は全身にびっしょりと汗をかいていた。
「おやおや、そんな怖い顔するなよ」
 私が身軽になったのを見計らって、浜辺で待っていた彼女が私に妖艶な笑みを向けた。
「そんな殺気振りまいて……よくそんなことを言えたもんだね」
 武器を手放せば即、首がふっ飛ぶような感覚に襲われながら、私は夜行槌の柄を一層強く握り締めて再度問い掛けた。
「アンタ……誰だ?」
 彼女は再びニヤリと嗤った。
「……私? 私は『私』だろう。お前もよく知ってるんじゃないか?」
「私は『アンタ』なんか知らない……!」
 水面が痺れるような怒声を飛ばすも、彼女は表情を愉快にさせるだけであった。
「私は私だ。お前……あの子がいつもへらへらしてるからって『大丈夫』なんて思ってるんじゃないのか?」
「それは……!」
 何も言えなかった。
 俯く私を前に、彼女はスラリとユクモノ太刀を抜き放ち、気だるように自分の肩に乗せる。
「思い当たる節はあるんだろ? そんなお前をさ、私はこのままにする訳にいかないのさ」
 息が詰まるような重さを纏わせて、彼女はゆっくりと間合いを詰め始める。
「アクアを悩ませてるのは……アンタの方だろう。アンタのせいでアクアは村を……人を信じられなくなったんだぞ」
 「──違うね」
 彼女は冷たく言い放った。
「お前、出会って一月も経ってないのに、あの子の何を分かってるのさ?」
「……アクアが苦しんでるってことなら、痛い程分かるさ」
「はぁ……」
 彼女は呆れるように天を仰いだ。
「そこからズレてるのさ。自分の意思で戦えない? 気が付けば戦闘が終わってる? それを苦痛に思ってるって? アンタ、本当にこの子が戦いを望んでるなんて考えてると思ってるのかい?」
「……え?」
 彼女は自分の腕や体を舐め回すように眺める。
「口じゃ仇を討つとか大層なこと言ってるけどね。本当は太刀なんて、背負うだけでも嫌だろうさ──分かるか?」
「憎しみと悲しみに耐えかねて、その気持ちに精一杯の蓋をして、太刀を握った──その矢先に直面した恐怖と絶望の感覚をさ……?」
 私の脳裏に、アクアがアオアシラに襲われたという話が過ぎった。
『気付けば、私は地面に倒れて……アオアシラを見失って……』
 アクアの震える声が鮮明に思い出される。
「──その時にはもう、私はこの子の中にいた。そして押し出されるようにして、この子の身体を得た……その時にはもう私は理解してたさ、私が『目の前の相手を排除するため』の存在なんだってね」
「……」
「私はこの子が強く望むからこそ、出てくるのさ。理解出来てるかい? 今、この『瞬間』も私がいる意味を」
 「……どういう……」
 気付けば、私は夜行鎚を地面に落としていた。
 そんな私の前で、冷ややかな声が響く。
「この子の精神はもう限界だよ。心の疲弊と、それでも戦わなければいけない現実を前に、気力や憎しみだけじゃどうしようもないところまで来てる。だから私が『ここまで』出てくることが出来たのさ」
「私は……」
「これ以上、この子を苦しめるな。アンタがいなくなってからも──私がずっと守ってやるさ」
 カチャりと冷たい金属音が鳴り、彼女の太刀が振り上げられるのが分かる。
 だけど、身体は動かすことが出来なかった。
「……私は……お節介だったのかな?」
 私がアクアを助けようとしたから──?
 もし私の行動がアクアを更に傷付けていたのなら──。
「……」
 私は言葉にならない呟きをして目を閉じた。
 ──そうか……これは、何でも自分で解決出来ると自惚れた私への罰なのだ。
 瞼の裏に今まで出逢った様々な人々が浮かぶ。

──……世界は私には、まだ広過ぎたみたいだ。
 瞳の裏で、白髪の彼女がジロリと睨む。その隣では赤髪の男性が何かを言いたげに頭を掻いている。
 口元をマスクで覆うあの友人は、こんな時でも何を考えてるか分からなかった。
 そして、記憶の一番奥で──黒髪の、ぼやけた誰かが小さく呟いた。


 ──もっと自分を信じるんだ。彼女には、君の光が必要だよ。



 「──っ!」
 いつまでも太刀が振り下ろされないことに違和感を覚えて顔を上げると、私と彼女の間に一本の矢が砂埃を立てて突き刺さっていた。

「──こら」

 そして二人だけだったはずの浜辺に、三人目の声が凛と響く。
「お二人さん、ここで何をしてるのかね。ここはそんな風に武器を出したらいけない場所よ?」
 私は思わず声の方向を見上げた。
 浜辺からそそり立つ崖の遥か上で、ボブカットに揃えられたグレーの髪がふわりと風に舞う。
 突然の登場に私達が呆然とするたも中、弓使いは両腕を腰に添え、場にそぐわない高いテンションで叫んだ。
「私は人呼んでオトモハンター『歌丸。』! 絶賛迷子中なりっ!!」



「……は?」
 私は思わず、間の抜けた声を発していた。
「あ、母ちゃんのは誤射だからセーフね!」
 それに構わず、自分のことを『母ちゃん』と称して胸を張る妙齢の女性は、よいしょよいしょと言いながら蔦を伝って下まで降りてきた。
 色黒の肌が見える首筋から下は、青を基調にオレンジを織り交ぜた見たことのない装備が身に付けており、背中にはティガレックスの素材で作られたとみられる弓が背負われている。
「……」
 あまりの展開に、あの『彼女』ですら驚いたように彼女を見つめていた。
「えーと……誰?」
「いやいや。何も言わなくても良いのよ? 分かってる、分かってわ」
「……え? え?」
 私の質問を完全に無視した彼女は、わざとらしく腕捲りをしながら近づいて来る。
「──青春してたんだよね? うんうん、分かるわよ。母ちゃんも経験あるから」
「いや全然違──」
「こんな時はね、ちゃーんと決められた言葉があるのよ?」
 歌丸。と名乗った女性はニコニコとしながら片手を拳にし、両手をバシバシさせながら物騒に言い放った。


「──喧嘩両成敗!!」
 二発の轟音が同時に浜辺へと響き渡った。
(──重っ……!?)
 脳天に振り降りた、凄まじい衝撃が私の意識を奪っていく。
 その最中に、あのアクアの声が頭に響いてくる。
『次は──こうはいかないからね。覚悟、決めておくことだ』
 私の視界は何時の間にか黒く染まっていった。





「んん……って痛っ!?」
 ズキズキと頭部を穿つ痛みで目を覚ますと、暖かな焚火の光がぼんやりと目に入ってきた。
「お、気が付いたかな? ごめんよ、母ちゃん『猫の拳闘術』をつけてたのをすっかり忘れててね……」
 ホホホ、と照れたように笑う女性は間違いない。突如現れて私を殴り倒した歌丸。という女性だった。
「あの村人は母ちゃんがちゃんと送り返しておいたわよ。褒めて」
 色々と突っ込みどころがあるように思えたが、まだ頭がついてこない。
「ここは……?」
 鮮明になりつつある意識で辺りを見渡すと、場所は変わりなくベースキャンプの浜辺であった。しかし日はすっかり落ち込んで、白い月が地上を照らしている。
 そうしている内に今までの場面が次々と頭に飛び込んできた。記憶が意識に追いついたのだ。
「……っ! アクアは!?」
 跳ね起きようと動いた時、視線の端を青色が掠めた。バッと真横を見てみると、毛布に包まったアクアがスヤスヤと寝息を立てているではないか。
「ふーん。そっちの暴れてた子はアクアちゃんていうのか……人を傷つける子には見えないけどねぇ」
「あ、あれは……っ!」
 喉まで出かかった言葉を私は慌てて飲み込む。
(どこまで話を聞かれていたか分からないけど、アクアの事を他の人に話すべきじゃないな……)
 私が悩んでいるのを見越してか、歌丸。はニンマリと笑った。
「ん、いいのよ言わなくて。若いうちは色々あるからね?」
「歌丸。さん……」
「あら水臭いわね、もう知り合いじゃない。母ちゃんでいいのよ?」
「母……ちゃん……? いや、それもどうかと……」
 どうにも会話で押し負けてしまう。アクアとの会話では考えられない出来事に戸惑いを隠せない。
 さあさあ、呼べ呼べと圧を掛けてくる彼女の対応に窮していると、後ろから久しく聞いてなかったかのような可愛らしい声が聞こえてきた。
「んん……ここどこ……てか痛っ!?」
「アクア! あ……」
 私は咄嗟にアクアに抱きつこうとしたが、あの時の彼女の言葉を思い出して踏み止まる。
『──私はこの子が望むからこそ、ここにいるのさ、今この瞬間もね』
 アクアが、心の底では私を憎んでいるのなら、私がアクアに近付く資格は無い。
 私は固まったように棒立ちとなってしまっていた。彼女の顔を見ることが出来ない。
「……ハンマーさん、どうしたんですか? 何で夜に……頭も痛いし……この方は……?」
 アクアが首を傾げているのが分かったが、私は何と言っていいか分からなかった。
「あらら、何だか複雑なことになってるのね? 大丈夫よアクアちゃん。母ちゃんに任せて、ね?」
 そんな時、いつの間に歌丸。がアクアの手をしっかりと握っていた。
「え、ええと? は、ハンマーさん?」
 狼狽えるように助けの視線を向けるアクアに、私は諦めたように深く溜息を吐く。
「……アクア、これも何かの縁かもしれない。この人に……私達の事を相談してみないかな」
「わ、私のことを……ですか?」
 この見ず知らずの女性には、人の心にするりと入り込んでくる不思議な暖かさがある。
 もしかしたら、アクアの問題を解決する糸口が見つかるかもしれない──そんな気がしたのだ。
「もしかして……私、また……?」
「……また……止められなかったんだ」
 アクアの視線をまともに見ることが出来ない。どうしても『あの目』が重なり、どうしていいのか分からなくなる。



「はいはい注目ー」
 凍りかけた空気をぶち壊した声の主を、私達は思わず振り返った。
「二人とも、そんな顔しちゃ台無しよ?」
 歌丸。は変わらない笑みを浮かべてどっかりと座り直していた。
 そして何故か懐かしい、優しい声色で彼女はふわりと口を開く。
「──何でも母ちゃんに話してごらん?」
「歌丸。さ……母ちゃん……」
「ほら、特製カレーももうじき仕上がるのよ?」
 鼻に香る刺激的な匂いにお腹が途端に反応し、空腹を告げ始める。
「……ふふっ 」
「とりあえず……いただきましょうか」
 カレーをよそわれ、空腹を満たすと、私とアクアは導かれるように話始めていた。
 アクアとの出会い、彼女の変貌、そして重く苦しい過去──そして私が今感じている後悔と、置かれている状況を。
 溜め込んでいたものを吐き出す二人を眺めながら、銀の月は弧を描くように通り過ぎていった。



「──つまりハンマーちゃんは、アクアちゃんに嫌われてないかどうか不安なわけだ?」
「どうしてそうなっちゃうかな!?」
 私は思わず歌丸。に詰め寄っていた。
「そうだったんですか……」
 傍ではアクアが器を持って頷いている。
「いや、あんたは感心しちゃダメだよね?」
 私は早速相談したことを後悔していた。
 こんな話を信じて貰える訳がないのだ。全部聞いてもらったところで茶化されるのがオチだったのだから。
 私が激しい後悔の渦に囚われようとしたとき、凛とした声が夜の浜辺に静かに響いた。
「──そこなのよ」
「え?」
 歌丸。はしたり顔で微笑んでいた。
「ハンマーちゃん、話を深く考えちゃ駄目よ? アクアちゃんにはね、ハンマーちゃんを嫌うなんてこと──思わず感心しちゃうほど、心当たりのお話なのよ」
「いや、でもそれは……」
 歌丸。は私の言いたいことなどお見通しのように答えた。
「深層心理なんて言うほど深くなんて、ないのよ? 大丈夫。母ちゃんから見てもアクアちゃんはハンマーちゃんを大好きだもの」
「ちょ、ちょっと歌丸。さん!? そんな語弊のある言い方……」
 あわわ、と顔を赤くして手を振り回すアクア。
「あの時、太刀を止めてたのはアクアちゃんなのよ。アクアちゃんの──心が止めさせてたの」
「母ちゃん……」
 歌丸。は真剣な顔で私を見つめていた。
「ハンマーちゃんは見てなかっただろうけど、あんな辛そうな顔をする人なんてそうそういないわよ。母ちゃんが思わず止めに入っちゃった位に、ね」
 歌丸。はそう言うと立ち上がって身支度をし始めた。
「さて、日もそろそろ登るわね。母ちゃんは旦那と子供を探しに行くとするわ」
「ありがとうわ母ちゃん……」
「こんな母ちゃんの話が役立ったなら良かったわ。──クエストの延長許可は貰ってるから、後は気の済むまでやんなさい」
 朝日の柔らかな日差しを浴びて、歌丸。はニコリと微笑んだ。
 結局彼女は、自身が何者かも告げないままキャンプから去っていったのだ。
「歌丸。さん……一体何者だったんでしょうね?」
 遠ざかっていく背中を眺めながら、アクアが呟いた。
「さてね……でもきっとまた会えるさ」
 朝日の溢れる砂浜で、私はそう言って夜行槌を担ぎ直す。なんとなくの行動だった。
「私の中に意思を持った別の存在がいること……ショックは受けましたけど、驚きはしなかったんです」
 そんな中で、アクアが私に背を向けてポツリと呟いた。
「いつも意識が遠のく前に、後ろから肩を引かれるような感覚があったんですよ。だから、誰かがいるんだなって思っていました」
「アクアは……狩りは嫌い?」
 青いポニーテールが左右に揺れる。
「私には目的がありますから」
「なら……仇が討てたら?」
 今度は髪が揺れなかった。
「……私は臆病ですよ。モンスターを見れば怖いんです。逃げ出したいんです」
「……っ!」
 それは紛れもなく、アクアの本音であった。その言葉に胸が締め付けられる思いに駆られる。
 だが、アクアの言葉はそこで終わらなかった。
「でも……今の私の隣にはハンマーさんが居てくれます。ハンマーさんが居なければ、私は狩りを好きになんて……なってなかったでしょう」
「好き……に?」
「そうですよ」
 振り向いたアクアは、にっこりと微笑んでいた。
「ハンマーさんが教えてくれたんじゃないですか。『やるなら楽しめ!』って」
 言われて私は息を飲んだ。
 そうだ、私は見てきたじゃないか。
 自分をコントロールするためにひたむきに努力するアクアを。
 私に隠れて努力していたアクアを。
 自分の力で狩れた時の、あの笑顔を。
 上辺だけじゃない、アクアの本心を私はちゃんと見てきたじゃないか。
「……そうだよね。でもそれなら何でアイツは私を……?」
「そりゃ毎回お尻とか叩かれるのに内心不満が溜まって……あっ」
「おい」
 原因そんなものでいいんかい。
「ま、きっかけに過ぎなかったんだろうけどね。でもこれ以上アクアの体が蝕まれれば、事態はもっと深刻になるはずだ」
 その些細(?)な不満によって私が彼女の標的になったのであれば、今後の生活がどのようになるかは想像に難くない。
「私……どうすれば……」
「──大丈夫」
 困惑した様子で私を見上げるアクアの肩に、私は優しく手を置いた。
 今の彼女はいつ爆発してもおかしくない状態だ。そんな彼女に、私だからこそ出来ることがある。
「だから安心して寝てて。起きれば──皆終わってるから」
「え? ハンマーさ……──!」
 アクアの鳩尾目掛けて打ち込んだ拳は、予想通り『彼女』の手によって防がれた。アクアの表情が妖艶なものに変わっていく。
「──ほう、私の手に掛かる覚悟が出来のかい?」
「違うね。アンタからアクアを取り戻す覚悟が出来たんだよ」
 彼女は一瞬目を丸くしたが、やがて物騒な笑顔を浮かばせる。
「私を見て腰を抜かしてた小娘が、何の冗談だ?」
「今までとは覚悟が違う。『本気』でやらせてもらう」
 瞬間、アクアの太刀が私の首の位置を切り裂いたが、私は既に彼女の目下まで迫っていた。
「はあぁぁぁっ!」
「──ちぃっ!」
 槌の一撃をバックステップで躱して彼女は感心したような顔つきで私を見つめる。
「へぇ、言うだけはあるじゃないか」
「アンタが居なくても、アクアは大丈夫だ! これ以上負担をかけたら、アクアがアクアでなくなることはアンタも分かってるだろう!?」
 彼女は初めて、僅かに眉を動かした。慣れた動作で結んでいた髪を解いて、左右に首を振る。大海を包んだような青が彼女の肩まで流れていった。
「私が初めて手を下した人間は、あの子の狩りを失敗させようと目論んだ最低な奴らだった」
「──!」
 それは同時に、アクアの心に突き刺さる言葉を投げつけたハンター達のことでもあった。
「私はあの一件でハンター……いや人間という存在に失望した。そんな私の影響を多少なりとも受けたんだろう──あの子は同じように心を閉ざしていった。これでもう裏切られる心配はないと、安心したものさ」
 彼女は吐き捨てるように言い、私を睨み付ける。
「そんな時、あの子がまた心を開こうとする人間が沸き出した──っ!」
「くっ──っ!」
 閃く銀色が瞬く間に私へと襲い掛かる。咄嗟に夜行槌を盾にするも、本来守りには向かない武器だ。鍔迫り合いの中で迅竜の黒燐がボロボロと削ぎ落とされていく。
「私はあの子を守る存在だ。あの子は守らなければならないんだ……!」
「アクアは……アイツはそんなに弱い人間じゃ……ないっ!」
 気合いと共に彼女の太刀を弾くと、夜行槌の柄を短く持ち直して一気に前に詰め寄る。
「私がアクアを見守っていくさ。ただ守るだけじゃない。一緒に強くなるために!」
「ぐ……っ!」
 私は蛇のように放たれる無数の斬撃を根元から弾き続け、彼女に肉薄を試みる。側から見ればまるで見えない斬撃と打撃の応酬の中、夜行槌を形成する迅竜の鱗や皮が飛び散ちり、みるみる形を失っていった。逸し切れない斬撃が私の体も切り結んでいくが、それでも私は前進し続けた。
「お前……死ぬ気か……!?」
「こんなんで死んでたら……私はここになんていない!」
 鋭く放たれた突きが肩口を掠める。
「──っ! このっ……!」
鮮血に濡れた太刀を私は左手で握り締め、渾身の力で引きつけた。
「ぐおっ──……っ!?」
「覚悟を決めるのは──お前だ!!」
 砂面に愛槌の沈む音が小さく響く。武器を手放した私の右手は彼女のユクモノ胴着の下──柔らかな腹部に沈み込んでいた。
「……大人しく見守っててくれないか」
「ふん……やれば……出来るじゃないか」
 彼女を取り巻く殺気が薄れていくのが分かる。
「お前が私より強ければ……私が出てくる必要もない……か──だが、忘れるな」
 彼女は私の右手を掴むと、不敵な笑いを浮かべてみせた。
「私が消えても、力は残る──例え目的を果たしても、その根元は残り続ける……それを忘れるなよ」
「ちょっと待て、それはどういう……っ!」
「あの子を……どうか頼……」
 その瞬間、彼女は倒れるように地面に膝をついた。
「……ハンマー……さん? ここは……?」
「アク……ア?」
 先程までの凍りつくような雰囲気は、既に無くなっていた。
「私……なんでこんなところにいるんですか? あれ? 特訓……の途中でしたっけ?」
「……もう終わったんだよ、アクア」
 私は不思議そうに首を傾げるアクアをギュッと抱き締める。
 彼女は今日の記憶をほとんど失っていた──まるで誰かが一緒に持って行ってしまったかのように。



 後にアクアはこう語った。
「私、肩を誰かに引かれるように意識が無くなったって言ってましたよね? 今になって思うんです──あの手の感触……何だか凄く懐かしい感じがしたって」



 暴走しなくなったとは言え、アクアにはハンターとしての基礎を山程叩き込んでいかなくてはならない。
 アクアにとって、第二の地獄とも言える猛特訓はこの日を境に幕を開くこととなる。
 帰りの船に乗り込むと、私は元気よく言い放った。
「さて、今日はお祝いだ! 何でも好きなものを奢ってあげよう!」
「本当ですか!? ならハンマーさんに紹介したいとっておきのメニューがあるんですよ!」
「わ、私はアクアが満たされれば私はそれでいいから……遠慮しておくよ」
「何でですか!?」
 彼女が最後に言った言葉の意味は分からない。
 だけど『彼女』との約束を、私は生涯守り抜かなければならないだろう。
「ねぇ、アクア」
「はい?」
 私はアクアにニッ笑いかけた。
「これからもよろしくね?」




 







「──本当に良かったの? あんな不安定な子を野放しにしても」
 二人が密林を去るのを見届けていた歌丸。の後ろから、受付嬢の格好をした女性が声を掛けた。片手でババコンガ亜種の尻尾を引きずっている。
「あらシェリーちゃん、お疲れ様」
 歌丸。が労いの言葉をかけると、血に濡れた双剣の手入れをしていたシェリーはムスッとした表情で彼女を睨んだ。
「私をちゃん付けで呼ぶのは貴女くらいよ……歌丸。さん──いえ『ギルドマスター』」
「やあねぇ──母ちゃんはもう隠居の身よ?」
 歌丸。はホホホと笑ってみせるが、シェリーの目は笑っていない。
「全く……『アレ』に関わるあの子の様子を偵察に来た。と言うならそれらしいけれど、貴女の場合……本当に迷ってるんだものね」
「そこは気にするなし。でも大丈夫よ、ハンマーちゃんなら、アクアちゃんとちゃんと進んでいけるわ」
「……その根拠はどこからくるのかしら?」
「そりゃ母ちゃんの勘よ」
 僅かに沈黙が訪れる。
「……今のギルドの基礎を作ったのが貴女だなんて、この目で見てなければ到底信じられないわ」
 溜息混じりに呟くシェリーに、歌丸。はニタリと笑みをたたえる。
「それでも迎えに来てくれる部下を持って母ちゃん嬉しいわ。そういうとこ好きよ、シェリーちゃん?」
 シェリーは片手で額を抑えると、そのまま天を仰いだ。
「だからちゃん付けは止めて下さいって……」
「ところでほら見て? アクアちゃんがくれたのよ、この赤いお菓子」
 歌丸。の手には小指サイズの真紅の塊が数粒転がされていた。塊はギラギラと怪しい光沢を浮かべている。
「赤いお菓子……ってこれ……」
「ん?」
 シェリーはジリリと後ずさりながら小首を傾げて歌丸。に笑いかける。
「いえ、何でもないわ。凄く羨ましい。なんか美味しそう。是非早く食べて欲しいわ」
「だよね! 丁度小腹も空いてきたし、一粒と言わず皆頂いてしまおう!」
 あーん、と口を開けて高密度の干しトウガラシを放り込んだ歌丸。の横で、シェリーが見えないように合掌する。




「うわあああああぁぁぁぁん!!! 」
という絶叫が密林に響き渡ったのは、言うまでも無い。





[37857] 黒蝶の溜息
Name: 楽太郎◆a3215f1c ID:158d8ea8
Date: 2015/07/17 01:35
 一体何なのだろうか?
 彩はこの狩りで何度目かの溜息をついた。
 今回の相手は、青い甲殻に鎌状の鋭い爪を携えた凶暴な甲殻類──ショウグンギザミだ。
 ぬかるんで足場の悪い沼地での狩りだが、回避行動の取りやすいパピメルS装備に鎌蟹の苦手とする麻痺属性のランス──ダークを背負った私の敵ではない……はずだったのだけれど。
「……なんであの人達攻撃しないの?」
 今回のチームは、目的を同じくする初対面のハンター達と組んだ──通称『野良』と呼ばれる即席の狩り同盟だ。
 いつもは狩り仲間と狩るのだが、一人は花粉症を悪化させて寝込んでおり、もう一人は異国──バルバレにて『未知の樹海』と呼ばれるエリアに探索に行ったまま帰ってこない。だから仕方なく、連携の練度が少なくてもいいようなクエストに赴いているのだけど……。
「うおぉぉぉぉぉぉ!! どぉりゃぁぁぁぁぁぁ! 掛かってこいやぁ!!」
 その顔と体格にあった厳つい声で叫んでいるランス使いは、掛け声とは裏腹に巨大な盾を構えたまま全く出てくる気配が無い。大きな隙を見つけてはチクリ。また暫くしてからチクリ。何ヶ月掛かるか分からないような攻撃しかしていない。
「ひゃぁーっはっはっぁ! ひっひっひぃ!」
 もう一人の片手剣使いは細身の身体から、顔に似合った不気味な声を上げて鎌蟹の周りを一定間隔上げてぐるぐると走り回っており、一切攻撃する気配が無い。
 唯一攻撃してくるのは私がショウグンギザミを麻痺らせた時や転倒させた時のみで、鎌蟹が体勢を立て直した瞬間には何メートルの離れた場所にいるのだ。
「貴方達、いい加減ちゃんと戦いなさいよ!」
 我慢しかねて彩は二人に向かって怒声を発した。その間にも圧倒的にヘイトを稼いでいる彼女に向かって鎌蟹が両腕を広げて突進してくる。
「ほら姉ちゃん、そっちに行ったぞぉ!」
「あー、あれは大変だなぁ!」
 間の抜けた声がショウグンギザミの後ろから聞こえて来る……労力の甲斐なく、反省の色は無いらしい。
「……全く!」
 これまた何度目かの舌打ちをして、彩は鎌蟹に対してくるりと背中を見せた。
「おいおいおい、見ろよライザー! 敵に背中を見せるなんてよぉ、剣士としてどうなんだぁ?」
「何やってんだぁ、危ないぞぉ」
「……見てなさいよ」
 二人の野次に苛立ちが湧いてくるが、今はこちらに集中しなければならない。
 ふぅ、と息を吐いて身体の力を抜くと、黒く染め上げられた防具からサラリと鱗粉が舞い散る。オオツノアゲハの羽を防具に鍛え上げたパピメルシリーズには、風を受け流し、空気抵抗を弱める特徴がある。これにより、普段では出せないような速度で攻撃をすり抜ける技──回避性能と呼ばれる回避術が可能になるのだ。
 ショウグンギザミの鋭い爪が彩の身体を切り裂かんと襲いかかる、その瞬間──彩の姿が一瞬にして消え失せた。
「なんだぁ!?」
「消えたぞ!?」
 二人が驚きの声を上げている間には、彩はショウグンギザミの後ろへと回り込んでいた。
「遅いわよ? ザリガニさん」
 鎌蟹が気付いて振り向こうとしている間に、間髪入れずに麻痺槍を三、四と連続で突き付けていく。
「……一体何が起こったんだ?」
 ランス使いの大男が首を捻っている。それもそのはずである、今の彩の動きはランスでは考えられないものだったのだ。
 ランスの回避は武器の重さや取り回しの都合上、通常は後ろか横にステップするしかない。他の武器であれば前に転がって避けることが可能だが、ランスにはそれが出来ない──彩はその点に不満を覚えていた。
 そこで彩が編み出したのが、パピメルの回避性能と合わせて、後ろ向きにステップするという回避方法であった。あの二人には見えていなかっただろうが、先程彩は鎌蟹の爪の真下を、海老のように身体を曲げて飛び抜けていたのだ。
「はぁぁぁぁ!」
 気合いと共に放たれた一突きが鎌蟹の硬い甲殻を突き抜けて、体内に麻痺毒を注入する。ランゴスタの即効性の麻痺毒はたちまち鎌蟹の自由を奪い去った。
「今だ!」
 両腕を下げ、頭部を天に向けて痙攣するショウグンギザミに更にランスを放っていると、後ろからバチャバチャとうるさい足音が聞こえてきた。
「行くぜライザー!」
「おうともダノン!」
 声だけは勇ましく、ここぞとばかりに武器を振るう二人に内心ギリリと歯を食いしばったが、そろそろ討伐しなければ制限時間が危うい。
 弱らせるのは二人に任せ、彩はポーチからシビレ罠を取り出しに掛かった。これだけ弱らせれば捕獲出来るだろうと考えてのことだったが、焦りが彩の手元を狂わせた。
「ああぁ!?」
 シビレ罠を使用可能な状態にし、後は地面に設置すればいいだけだったのだが、スルリと罠を地面に落としてしまう。
「い、いけない!」
 慌てて鎌蟹の下に潜り込み、シビレ罠を設置しようと地面で作業に取り掛かるが──。
「おらおらおらぁ!」
「ひゃははははぁ!」
「痛っ!? ちょ、ちょっと足ぶつかってるから!」
 バタバタと動き回る二人に邪魔をされて上手く設置出来ない。
 ようやく設置出来たのは麻痺が解けた鎌蟹がエリア外に逃げ出した後のことであった。
 それを見た二人が腹を抱えて笑いだす。
「おいおい、俺らが颯爽と戦ってる最中に足元でゴソゴソしてると思ったら……とんだ無駄罠じゃねえか!」
「うははは! 本当だな!」
「……」
 ──こんなことなら家で帰りを待ってるオトモアイルー達を連れてきたほうがマシだった。
 心配そうに耳を垂らす朱理達の顔を思い浮かべながら、彩はしみじみと考えてた。
 何故こいつらはこんな腕前で上位まで辿り着けたんだろうか……。
 そこまで考えて彩はがっくりと頭を落とした──きっと私のようなハンターが他にも大勢いたのだろう。
「帰ったら真っ先にギルドにブラックリスト登録してやるから……」
「ん? なんか言ったか?」
「何でもないわよ。早く倒して帰りましょう」
 そう言って、急足でショウグンギザミが寝床とするエリアまで移動すると、案の定鎌蟹は寝床でジッとしているのが見えた。
「よっしゃ! あとは寝起きの一撃を入れて仕留めてやるぜ!」
 ウキウキとした様子でライザーがショウグンギザミに近づいていく。手柄を横取りされるようで少しムッとしたが、それを上回る疲労感が彩に襲い掛かっていた。三人掛かりで倒せるレベルの鎌蟹をほぼ一人で倒したのだ──オーバーワークにも程がある。
(でもこれでようやく帰れる……もうしばらく野良は止めておこうかな)
 そんな安心感から思わずハァ、とあう溜息が喉元まで出かかった瞬間──ダノンから初めて聞く緊張した声が漏れた。
「待てライザー……あの鎌蟹、何か変だぞ」
「あ? 何が変だって……ん? なんだあれ?」
 二人の声を聞いて、訝しげに鎌蟹の方を向いてみると、鎌蟹からは紫色をした奇妙な湯気が立ち上っていた。
「一体何なの……?」
 もっとよく様子を見ようと思い一歩足を踏み出した瞬間──目の前を鎌が通り過ぎていた。
「なっ──!?」
 茶色の前髪が数本、空に舞う。
 目の前には濃い紫色を纏ったショウグンギザミが二本目の鎌を振り上げていた。
「あっ……」
 驚いのあまり、彩は回避どころか反応すら出来なかった。
 妙にゆっくりと経過する時間の中で、自分を強く責めた。
 ──散々二人に真面目にやれと言っておきながら、慣れているからといって、たかが鎌蟹だと油断していたのは自分の方ではなかったのか、と。
 こんな鎌蟹にやられるなら仕方ないか……そう覚悟して、ギュッと目を瞑るのと、ガキィンという無骨な重音が聞こえたのは──ほぼ同時であった。
 彩と鎌蟹の間に、いつの間にか盾を構えたライザーが滑り込んでいた。
「あ、貴方……!」
「おい、何ボーッと突っ立ってるんだよ。こんな危ない真似させやがって!」
「ひゃっはぁ! ライザー、そっちは任せたぞ! どうせ最後の馬鹿力だぁ、とっとと終わられようぜぇ!」
 鎌蟹の後ろから片手剣を振るう小気味よい音が響いてくる。ダノンが自慢の毒武器を振るっているのだ。
「おうよ! ダブルヒーローズの力、ガツンと見せてやろうぜ!」
 明らかに異様なオーラを纏っている鎌蟹に対し、変わらぬ調子で武器を構える二人がそこにいた。
(こ、こいつらもしかして……ショウグンギザミの異変に気付いてない!?)
 あんぐりと口を開けてしまった彩だったが、同時に動揺していた自分が馬鹿らしくなってきた。
──何なのよもう!
「せあぁぁぁぁ!」
 言い表せない様々な思いが乗った渾身の一撃は、紫色の泡を吹く鎌蟹の眉間に深々と突き刺さっていった。


「ひゃはははは! 俺らに掛かれば鎌蟹なんて余裕余裕!」
「おうとも! 何たって三人とも傷一つ負ってないんだからなぁ!」
 酒場全体の喧騒に負けないくらいの馬鹿声が耳元に響いてくる。
 彩はうんざりして達人ビールの追加注文をした。あれからどうやって酒場まで帰って来たのか、正直よく覚えていない。
「…………はぁ」
 私と貴方達じゃその理由が全く違うでしょ──と喉まで出かかった文句をかろうじて引っ込める。過程がどうであれ、救われたことに違いはないのだ。今頃ギルドでは、謎の現象に見舞われた鎌蟹について盛大な討論が行われているころであろう。
 本当に、生きて帰ったらだけでも幸運な場面だったに違いない。それを勢いで倒してしまったものだから後が大変である──この打ち上げは散々ギルドから事情聴取された彩がやけになって開いたものであった。
(すっごく嫌だけど……一度はお礼を言っておかないといけないよね)
 ここ三十分だけでも彩は自分と葛藤しながら、そのタイミングを計り続けていた。
(よし、今だ! お礼を言ってとっとと退散しよう)
 意を決した彩だったが、次の瞬間、彼等の放った言葉に彼女はギロリと目を吊り上げた。
「──しっかし、どいつもこいつもてんで相手にならねぇよなぁ」
「そうだよなぁ、もっと骨のあるやつはいねえもんかよ」
 プツリと何かが切れる音がした。
「……貴方達ねぇ! だったら黒龍でも倒して来なさいよ!」
「……こくりゅう?」
「……なんだそれ?」
「なっ……し、知らないの!?」
 ポカンと口を開ける二人に彩は黒龍に纏わるおとぎ話を半ば怒鳴るようにして説明した。すると二人の顔がニヤニヤしたものに変わっていく。
「伝説の黒龍なんておとぎ話に出てくるだけのモンスター、簡単なものでしょ? ──そんなに実力があるならね」
 彩の言葉を最後まで聞いたか聞かないかのタイミングで、二人は勢いよく立ち上がった。
「聞いたかライザー! 早速ドンドルマに行って準備するぞ!」
「おっしゃあ!」
 そのまま勢いよく酒場を駆け出していく。
「あーあ……本当に行っちゃった──まぁいいか」
 どうせおとぎ話なんだし、と彩は一人ビールを飲み直す。
 まさかこの後、本当に黒龍がシュレイド城に舞い降ることになるとは露も知らずに。
 




 



[37857] ほへいの樹海探索記
Name: 楽太郎◆a3215f1c ID:158d8ea8
Date: 2016/08/13 21:23
 ──XXX年、一人の男が地上へと降り立った。彼の名前は『ほへい』。宇宙の彼方からやってきた【タマゲタ族】の末裔である!

「……ここはどこだろうなぁ」

 足元では自分の入っていた隕石がモクモクと白い煙を出している。

 ──どこかに着陸したのは間違いない!

 ほへいは辺りを見回した。
 周りにあるものは崩れた遺跡、生え渡る緑の植物、澄み渡った青い空……どれも知らないものばかりだ。
 大きく息を吸い込んで、ほへいは自分の成功を確信した。

「ここが未知の樹海かぁ」

 ──ほへいに託された任務は『タマゲタ族の復興』である! その為には遥か遠い惑星の【未知の樹海】に眠るという『紫色のネコハンマー』が必要なのだったのだ!

「まずは何か着ないとな」

 ほへいは辺りに落ちていた骨や布切れを使って器用に服を作り始めた。
 この星では『ボーン装備』と言われる衣服を纏って、ほへいは歩き出す。温度は快適だし、何より空気が美味しい。これなら目当ての物もすぐに見つかるだろうと、ほへいは機嫌よく進み続けた。

「ん?」

 樹海を散策していると、行き止まりに突き当たってしまった。
 しかし、そこにはテントの様なものが設置されており、焚火の用意や、ベッドまで備え付けられているではないか。

「たまげたなぁ……」

 ──未知の樹海がここまで快適なものだとは、思ってもいなかったほへいである。ほへいは即座にここを拠点と決め、ベースキャンプ(BC)と名付けたのであった!

「おや?」

 早くも使命をサボり、半日をBCでのんびり過ごしたほへいは、BCの片隅であるものを発見する。

「この植物は故郷のものに似ているなぁ」

 これが故郷と同じ植物なら、あるものが作れる。ほへいは慣れた手つきで『ドキドキノコ』を掴み取り、タマゲタ族に伝わる秘伝の方法で調合を施した。

「成功だ。これでいつでもここに帰ってこれるぞ」

 ほへいが作ったのは緑色の奇妙な玉であった。

 ──後にこれが不思議アイテム『モドリ玉』となるのだが、それはまた別の話である!

 モドリ玉も作り、BCを満喫したほへいは再び樹海の探索を開始した。
 途中、樹海の木の下で小さな穴を発見したほへいは、その中で不思議な空間を発見する。

「これは、たまげたなぁ……」

 ──ほへいが目にしたのは発掘武器や防具、激運のかけらなど、貴重なアイテムの宝庫であった!

「何か封じられてるな……まあいいか」

 そんなことも露知らず、手頃な片手剣一つを拾ってほへいはその場を後にした。
 武器も手に入れたほへいは、樹海の奥地へと進んでいった。ところが最後のエリアに到達しても目当ての物は見つからない。

「何もないなぁ」

 しかしほへいは、こちらに禍々しい気配が近付いていることに気が付いた。

「なんだお前は!」

 ほへいの前に降り立ったのは、全身を白金の鱗に覆われた、6本の脚を持つ巨大な龍であった。

「わははは! ほへいよ! ネコハンマーは渡さぬぞ!」

 ──ほへいの前に立ち塞がったのは、古龍とは仮初めの姿……宇宙海賊【ソラソウヨ】のボス『シャガルマガラ』(Lv140)であった!

「たまげたなぁ……」

「お前をBC送りにしてやろう!」

「それには及ばん」

「なにっ!?」

 そう言うなり、ほへいはポーチからモドリ玉を取り出して地面に叩きつけた。

『BC待機してますね^ ^』
と書かれた紙を残し、ほへいはBCへと姿を消したのである!

「さて、ネコハンマーを探す為にはあいつが邪魔だな」

 BCに着くと、ほへいは探索中に拾ってきた大タルを並べ始めた。しばらく考えて、手を叩く。

「そうだこれで爆弾を作ろう」

 そうと決まれば話は早い。
 
 ──ほへいは樹海の途中にあったアイルーの溜まり場を訪れ、『ほたて』という名のアイルーを猫質に、アイルー達を脅したのである!

「さあ火薬をよこせ」

「や、やめるニャ! そんなにマタタビを押し付けたらほたてがフニャフニャになっちゃうニャ!」

「そーかそーか」

 ──ほへいはマタタビぐりぐりを止めない!

「わ、分かったからやめるニャ!」

 ──そしてほへいは、大量の『猫の火薬』を貰い受けたのである!

「これだけ作ればいいだろう」

「この人……人でなしニャ」

「そらそうよ」

 ついでに貰ってきたほたてにも手伝わせ、ついに完成させた大量の大タル爆弾を前にほへいは満足気に頷いた。

「よし、あいつを倒しに行こう」

「やめた方がいいニャ……あいつはこの辺りの主なのニャ。あいつのせいでこの辺りには……腕利きのハンターさえ来なくなったのニャ!」

「なせばなる」

 ──ほへいには、ほたての言葉は届かなかった!

「覚悟!」

「正面から来るとはいい度胸だ!」

 ──そしてほへいは、ほたてに引きずられてBCにとんぼ帰りしたのである!

「瞬殺されたわ」

「そらそうニャ」

 折角用意した爆弾も、使う暇が無ければ意味がない。
 隣では、ほたてが腕を組んで尻尾をブンブン振っている。どうやら怒ってるらしい。

「ほへいしゃんは立ち回りとか以前に防具から見直したほうかいいニャ! ハッキリ言って防御力は僕以下だニャ」

「うそん」

「それに片手剣ニャのにスキルもおかしいニャ!」

「ちなみにどんなスキルなんだ」

「KO術と笛吹き名人ニャ」

「oh……」

「とりあえず何か別のに着替えたほうがいいニャ?」

 しかしほへいは首を振る。

「この服は故郷の戦闘服によく似ている。だからこの見た目は変えたくない」

「そんニャ変態みたいニャ装備で何が出来るのニャ!?」

「出来るさ」

 ほへいはニヤリと笑った。

「俺は勇者だそうだからな」

 ──ほへいは再びシャガルマガラの前に立ちはだかった!

「解せぬ」

「だからそらそうニャって言ってるニャ!」

 再びほへいを引きずったほたてが息も絶え絶えに怒鳴る。

「このままだと、いつか僕もほへいしゃんと一緒に食べられちゃうニャ!」

「こう、そろそろ主人公的な何かが起きてもいいんじゃないか?」

「僕の話を聞いて欲しいニャー!」

「よし、もう一回行こうか」

「──っ!? ────っ!! ────!!」

 ──何かを怒鳴るほたてを抱えて、ほへいは再びシャガルマガラへと挑むのであった!

「さぁもう一度だ」

「わははは! 何度来ても同じことだ!」

 ──無駄にテンションの高いシャガルマガラを無視し、ほへいは遂に作戦を実行する!

「まずは隠れる」

 ──ほへいは隠れた!

「無駄なことを!」

「そして角笛を吹く」

 ──角笛が鳴り響いた!

「馬鹿め! 位置が丸分かりだ!」

 シャガルマガラが角笛の方向に突進すると、大きな木が音を立てて倒れた! しかしほへいは見当たらない!

「馬鹿め、そっちはほたてだ」

「引っかかったニャ!」

「何!?」

「覚悟!」

 ほへいは片手剣をシャガルマガラの頭に叩きつけた!

 ──折れた!

「たまげたなぁ……」

 ──未研磨の武器をそのまま使ったのだから当然である!

「わははは! 今度こそ終わりだ!」

「それは見飽きた」

 振るわれたシャガルマガラの両腕をひらりと躱して、ほへいは倒れた木の下にある穴へと潜り込んだ。

「まだ逃げるか!」

「逃げぬさ」

 ──ほへいの手には新たな武器が握られていた!

「しまった! そこは宝部屋か!」

「俺のターンだ」

 飛び出したほへいは、手にした武器でシャガルマガラの頭を殴りつけた。

「ぐぉ……っ!?意識が遠のく……」

「この武器はやけにしっくりくるなぁ」

 手にしたハンマーを肩に担ぐと、ほへいは目眩を起こしたシャガルマガラの周りにこれでもかと爆弾を置いていく。

「起爆はどうするのニャ?」

「これを投げるのさ」

 ──ほへいは気付いていない。今手にしているそれが『紫のネコハンマー』だということに!

 派手な爆発と共に消し飛ぶシャガルマガラとネコハンマー。
 
 ──その瞬間、ほへいの身体が紫色に輝き始めた!

「なんだ、これは」

『よくぞネコハンマーを破壊してくれましたね、勇者ほへいよ』

 不思議な声がほへいの耳に聞こえてきた。

『タマゲタ族の貴方はこれより、この星のハンターとして生まれ変わりました。復興とはつまり、そういうことです』

「たまげたなぁ……」

『さぁ、ほへいよ! 新たな旅立ちを迎えるのです!』

「いえっさ」















「……俺はこれを、何て報告したらいいんだ?」

 樹海の片隅で、事の結末を見届けたフレアは呆然と言い放った。
 謎の生物を討伐するべく、偵察の任務についていたフレア。しかし任務の途中で奇妙な隕石を目撃したことから、彼の観察を開始し始め、今に至る。

「いいのよフレアちゃん、あるがままによ」

「うぉっ!? ぎ、ギルドマ──っ!?」

 大声を上げようとするフレアの口元を指先で抑えながら、歌丸。はムスリと唇を尖らせた。

「だから母ちゃんはもう隠居してるんだってば──いいかねフレアちゃん」

「何でこんなところに……また迷子ですか?」

「言うな。ところで、私は楽しそうな人と狩りをするのが好きです。意味は分かるかな?」

「……はぁ」

「生返事するなし」

「いやだってあれ人かどうかも怪し──むぐっ」

「大事なのは今よ。なうなのよ」

 そう力説して歌丸。はフレアの肩を叩く。

「君も、もうじき騎士団長の身だ。目の前のことを広い心で受け入れるのも大事なことよ? これ、母ちゃんからのアドバイスね」

「……了解」

 よしよし、と頷いて歌丸。は謎の男へと近づいていく。

「おい! ……本当に行くのか!?」

「フレアちゃんも、ハンターとしての楽しみを忘れちゃ駄目よ? ……──そこの勇者さん、私とご一緒しないかね?」

「なんだお前は」

「お前とはなんだ。私は母ちゃんだ」

「……」

 すでに会話を始めた彼女を呆然と見つめて、フレアは髪を掻くことも無く帰路を辿り始めた。
 入り口に詰めていたギルドナイトに解散を命じ、肩を落として竜車に乗り込む。

「俺にはまだ早い世界だわ……」

 ──どうして俺の周りの人間は理解の範疇を超える人物ばかりなのだろうか。竜車に揺られながら、そう考えずにいられない彼であった。










「やっと着いた……」

 フレアが立ち去った後、一人の女性が入れ替わりに樹海の入り口を訪れた。
 彼女の名は彩。上位に上がりたてのソロハンターだ。
 彼女はこの地に、観光としてやってきていた。

「ここが……上位の未知の樹海でいいんだよね?」

 折角異大陸に来たのだから、噂の発掘武器を手に入れて帰りたいらしい。

「何だか妙にドキドキするな……」

 そう呟きながら、彩はゆっくりと樹海に足を踏み入れていく。
 彼女はまだ知らない。
 ここで発掘武器など霞むような、衝撃の出会いが待っていることを。


 











 未知の樹海は不思議な場所である。
 人々は様々な思いを込めてこの地に踏み入り、何かを得て、何かと出会い、または何かと別れ、失っていく。

 樹海は深く、我々の調査力は圧倒的に足りていない。
 未だに全く開拓されていない未知の土地だからこそ、惹きつけてやまないロマンがあるのだろう。ハンター達は競うように樹海へと旅立つが、大抵は肩を落として帰って来るか、もしくは帰らない。
 それでも足を止めない彼等の探究心を持ってしても、樹海の全容を掴むことは未だ出来ないのだ。

 ここでは想像を超える現象が日常茶飯事で起き続けていることは間違いない。
 その一端に触れたからと言って、全てを理解することなど到底不可能だ。
 そう感じられる程にあの樹海は『未知』で溢れていた。

 しかしここで一つ忠告をしておきたい。並みの思考を持っているのであれば、どうか未知との遭遇などに夢や希望を持たないで欲しい。
 我々はそのような人材をこれ以上求めはしない。

報告書
赤鷲騎士団 兵士長
フレア=ヴェンダース






 















[37857] 第3回アイルー会 in バルバレ
Name: 楽太郎◆a3215f1c ID:158d8ea8
Date: 2016/08/13 21:23
 居酒屋『猫BAR』。
 ここは、いつもはハンター達にオトモアイルーなどを斡旋するネコ婆が時折気まぐれで営業する、幻の居酒屋である。
 今回暖簾が下りたのは、バルバレのとある広場の片隅。
 今夜もまた、各地から日頃の鬱憤を溜め込んだアイルー達が誘われるように暖簾をくぐっていく──。


ホリー「こんばんニャー、やってるかニャ?」

ネコ婆「はーいんばらぐ」

ホリー「よかったニャー」

ほたて「やっと来たニャー。もう始めてるニャよ?」

ホリー「あれ? ほたて!? それに皆も……どうして集まってるニャ?」

なのは「偶然ニャよ。皆さっき会ったとこニャー」

ホリー「そうだったのニャー。皆、久し振りなのニャー」

なのは「久し振りだニャー」

ヨダ「……別に会いたかった訳じゃ無いニャ。たまたまニャ」

ホリー「ヨダにゃんもお久しぶりニャ (相変わらず、天使みたいな素晴らしい声ニャ)」

なのは「もしかしたらと思って待ってて良かったのニャー」

ほたて「皆揃ったから早速始めるニャよー。おばちゃん、マタタビール4つとおつまみニャー」

ネコ婆「はーいんばらぐ」

なのは「ありがとニャ。では、僕らの出会いと、五体満足の無事を祝って乾杯ニャー!」

ホリー「乾杯ー! って縁起でもないのニャ!」

ほたて「ぷあー。いやいや、僕らはあのご主人達の下でよく頑張ってると思うニャ。僕なんてここまで来るのにどれだけ迷ったか……ほへいしゃんは樹海に篭り過ぎだニャ」

ホリー「確かにうちの旦那さんもよくハンマーで僕をかち上げるけど……」

ほたて「運が悪ければそのままパプルボッカのお口にすっぽりニャー」

なのは「あはは。ハンマー使いの旦那さんあるあるニャね」

ホリー「笑えないニャ……。でもおかげで丈夫にはなるニャねー」

ヨダ「頭まで馬鹿になってるんじゃないかニャ」

ホリー「ヨダにゃんそれ言い過ぎニャー……(でもそれがいいニャ)」

ネコ婆「はーいんばらぐ」

なのは「あ! ガーグァの唐揚げニャ! 僕これ好きニャー」

ほたて「ポポノタンの鉄板焼きとザザミソも来たニャー」

ホリー「ああ美味いニャ……僕らのために料理をちゃんと冷ましてくれてるんだもんニャー」

なのは「こんなサービスネコ婆のとこだけだもんニャー」

ホリー「さて、これでビールが進む……ってヨダにゃんのがもう空っぽニャ!?」

ヨダ「……おかわり」

ホリー「あ、おかわりニャね (やっぱりめっちゃいい声ニャ)」

ほたて「おばちゃん、マタタビール追加ニャー (ほんとそれニャ)」

なのは (いつも無愛想トゲトゲニャけど、声とのギャップがたまらないニャー)

ホリー(激しく同意ニャ)

ほたて(声だけは天使だニャ)

ヨダ「何ニャその目は」

ネコ婆「はーいんばらぐ」

ホリー「ありがとニャー。はいヨダにゃん、おかわりニャよ」

ヨダ「……んニャ」

ほたて「んニャー! ここのザザミソはやっぱり絶品ニャね。なんでこんなに美味しいのかニャ?」

ネコ婆「はーいんばらぐ」

なのは「ええ! 隠し味にガノトトスの削り節が入ってるニャ!? 美味しいはずニャ!」

ほたて「そんなに凄いのかニャ?」

なのは「はっきり言って入手難度は天鱗以上ニャ……。東の国でしか作ってない上に個数も少ないし、何よりこっちまで出回る可能性を考えたら……涎が止まらないニャ」

ほたて「流石キッチンアイルー達の師匠だニャー」

ホリー「ダメニャ! 隠し味が分かったら、見つかっちゃって味が無くなるから、バレたら入れちゃダメって旦那さんが言ってたニャ!」

なのは「ええ!? 本当かニャ!?」

ほたて「……ホリー。それお前の旦那さんが言った、アクアしゃんへの必死の屁理屈だと思うニャ」

ホリー「そうなのニャ?」

ほたて「というか意味不明だニャ。どんな料理を前にして言ったのか……想像に難くないニャー」

なのは「なんだ、びっくりしたニャー」

ヨダ「相変わらず呆れた二人ニャ」

ホリー「何故かヨダちゃんの当たりが僕の旦那さんにだけ強いニャ……」

なのは「何か恨みでも買ってるじゃないかニャー?」

ホリー「恐ろしいこと言うんじゃないニャ!」

ほたて「ところでヨダにゃんのご主人は最近どうニャ? 僕のご主人は樹海ばっかりニャけど」

ヨダ「……別に普通ニャし」

ほたて「ははーん。ということはヨダにゃんにべったりニャー?」

ホリー「歌丸。さんとヨダにゃんはいつも一緒で羨ましいのニャ」

ヨダ「……」

なのは (あ、なんか地雷踏んだニャ)

ヨダ「……っ!」

ホリー「ヨダにゃん!? そ、そんな一気に飲んだら……」

ヨダ「……ニャ……ご主人はぁ……母ちゃんは僕がいないと……駄目なのニャー……」

ほたて (げ、激レアニャ。ヨダにゃんの酔いデレタイムなんて……滅多に見れるもんじゃ無いニャ!)

ホリー (これはもう踏まれてもいいニャね……)

なのは (なんでお前らまで陶酔してるニャ)

ヨダ「……なのに最近は一緒に連れて行って貰えないのニャ……下位だから、リハビリだって……ホリーの主人と狩りに出掛けて……別にどうでもいいけどニャ」

ホリー (げ、矛先が僕に。さっきからの当たりの強さはこれが原因かニャ)

ほたて (ホリー、一先ず少し離れるニャ。そこはまだ爪が届く範囲ニャよ)

ホリー (とんだとばっちりニャ……)

なのは「よしよし、ヨダにゃんは歌丸。さんのこと大好きだもんニャー」

ヨダ「べ、別に大好きなんかじゃないニャ。少し心配なだけなのニャ」

なのは「うんうん、分かるニャー」

ヨダ「ついて行って笛吹いたり、ちゃんと囮になってあげないとニャ? ……昔は弓を引く余裕すらなかったのに……」

なのは「いい声だニ……げふん……ヨダにゃんがいたからこそ、旦那さんはたくましくなったのニャー。ヨダにゃんはいつも通り、凛と見守ってあげればいいのニャー」

ヨダ「……でもニャー」







ほたて「……よし、ヨダにゃんはなのはに任せるとして、僕等は男の会話でもするニャ^ ^」

ホリー「ほたて……お前最近旦那さんに似てきたニャ」

ほたて「そらそう……な訳ないニャ!   ホリーはお留守番、寂しかったりはしないのニャ?」

ホリー「全然? おうちに居ればアイテムボックスから食べ放題ニャし」

ほたて「聞く相手を間違えたのニャ……」

ホリー「失礼ニャ。にしても、ほへいさんは色んな武器使ってて羨ましいニャー」

ほたて「ほへいしゃんは探求心だけは無尽蔵だからニャー」

ホリー「僕のご主人はニャー……『旦那さんはハンマーが好きニャ?』なんて言うのも、もう馬鹿らしくなってきたニャ」

ほたて「あの人はしょうがないニャー……あ、でもアクアしゃんと同棲……じゃなかった同居してるよニャ? アクアしゃんなら色々武器使わなかったニャ?」

ホリー「いやいや。収録の時はずっと太刀だからニャー」

ほたて「そうかニャ……ってあれ? 収録の話ってして良かったニャ?」

ホリー「あ……しまったニャ。オフレコでお願いするニャ」

ほたて「仕方ない奴だニャー」

ホリー「ご主人は『次回作でハンマーの時代は来る!』って言って聞かないニャ」

ほたて「確か今回はふぐう? だったニャ?」

ホリー「それで喜んじゃってニャー……。浮かれてハンマー集め過ぎて、ついにアイテムボックスの底が抜けちゃったのニャ。団長さんに凄い怒られたニャよ……」

ほたて「……底が抜け……あれそんなに重いニャ?」

ホリー「旦那さんのは特注だからニャー。前に旦那さんがラージャンに拘束された時なんて、旦那さんを投げようとしたラージャンの肩が外れちゃったニャ」

ほたて「まじでかニャ」

ホリー「まじでニャ。クエスト放棄して、僕と旦那さんでラージャンの肩を治したのニャー」

ほたて「色々無茶苦茶ニャね……」

ホリー「ほたてに言われたくないニャ」

ネコ婆「はーいんばらぐ」

ホリー「わぁぁ! サシミウオの盛り合わせニャー!」

ネコ婆「はーい」

ほたて「限定メニューをサービスなのニャ? ありがとうだニャー!」

なのは「ちょっと! 僕達にも頂戴ニャー」

ほたて「あれ、もう終わったのニャ?」

なのは「どの口が言ってるニャ」

ヨダ「……何も覚えてないニャ」

ホリー「酔いがすぐ醒めるのもわマタタビのいいところニャねー」

なのは「僕一人に任せて雑談なんて猫でなし過ぎるニャ……罰としてヨダにゃんと僕の分、これだけ貰っていくニャねー」

ホリー「ニャー!? 8割以上持って行かれたニャー!」

ヨダ「残りも寄越すかニャ?」

ホリー「頑固拒否ニャ! ほたて、ここに防衛戦線を引くニャ!」

ほたて「引くって言っても……貝ひもくらいしか無いニャ?」

ホリー「そんな美味しいもので引いてどうするニャー!」





なのは「──しかし僕らの付き合いも結構長いよニャー」

ほたて「確かにニャー」

ヨダ「まぁニャ」

ホリー「僕以外は前からの付き合いだもんニャー……少し羨ましいニャね」

ほたて「そう妬くニャよ、ホリー」

なのは「今ある出会いが大事なのニャ」

ホリー「ありがとうニャー。やっぱりなのははいい事言うニャ」

ほたて「気配りもフォローも良くしてくれてるし、狩りも活躍してるし。なのははよく僕らをまとめてくれてるニャー」

ホリー「やっぱりオトモアイルーは旦那さんに似るって言うからニャー。彩さんのおかげニャね」

ヨダ「唯一の常識人ニャ」

なのは「いやいや……僕の旦那さんは巻き込まれ体質だからニャー」

ほたて「また皆で集まって狩りに行きたいニャー」

ホリー「まぁ、4人集まったら僕等はお留守番だけどニャ」

なのは「あはは。その時はまた酒場で乾杯だニャー」

ほへい「たまげたなぁ……」

ほたて「そうだニャー……ってほへいしゃん!? 何でここにいるニャ!?」

歌丸。「そりゃ可愛いヨダちゃんがここにいるって言うから見にきたのよ。これはいい店だわぁ」

ヨダ「あ、母ちゃ……げふん。旦那さん、何しに来たのニャ」

ハンマー「いやー、そこで偶然皆と会ってねぇ」

アクア「何だかとても居心地いいですね、ここ」

ホリー「旦那さん! アクアさんも!」

彩「こんばんは、驚かせてごめんね」

なのは「旦那さん!」

彩「なのは! いないと思ったらこんなとこにいたんだ」

なのは「勝手に抜け出してごめんなさいニャ」

彩「いいのよ、仲間と飲むなら楽しまなきゃ」

ハンマー「私達、何だかんだでもう1年以上の付き合いになるんだよねー。だからここらで一つ、祝杯でも上げようかって話になったのよ」

なのは「そうだったのニャー!」

歌丸。「丁度いい店があったから入ってみたけど、まさか皆のアイルーも集まってるなんてねぇ。これも必然なのかしら……母ちゃんもたまげたわ」

ほへい「──と言う訳で、飲もうか。今夜は全部母ちゃんの奢りだ」

ハンマー「やったー!」

アクア「ありがとうございます!」

ネコ婆「はーいんばらぐ」

アイルーズ『やったニャー!』

歌丸。「ええっ!?」

ハンマー「私、黄金芋酒と幻獣チーズフライ!」

ほへい「とりあえず高いの」

アクア「トウガラシのお料理ってあります? え、15種類も? なら全部2つずつで」

ほたて「僕らもどんどん頼むニャー!」

ホリー「了解ニャー!」

歌丸。「ちょっと待って! ちょっと待ってぇぇぇぇぇぇ!!!」







 こうして今夜も居酒屋は大盛況の様子。
 どこか幻想的で、懐かしい香りの立ち込める居酒屋『猫BAR』──あなたの町に暖簾を下ろすのは、明日かもしれない。















[37857] 第4回アイルー会 in ユクモ
Name: 楽太郎◆a3215f1c ID:5d7e9c89
Date: 2016/08/13 21:23
 居酒屋『猫BAR』。
 ここは、いつもはハンター達にオトモアイルーなどを斡旋するネコ婆が時折気まぐれで営業する、幻の居酒屋である。
 今回暖簾が下りたのは、ユクモ村に沸く温泉の横。
 しかし今夜のアイルー達の顔色は、何時もよりも少しだけ険しいようで──。


ホリー「みんな集まったかニャ?」

朱理「んー、ほたてが来れば揃うニャね」

ほたて「遅れてごめんニャ! ほへいしゃんの血が緑色に……ってこの話は置いとくニャ」

ヨダ。(……気になるニャ)

ホリー「やっと揃ったニャね。じゃあ早速本題に取り掛からせて貰うニャ」

朱理「こんなに急ぎで僕らを呼び出すなんて、そんなに大変な事なんだニャ?」

ホリー「そのとおり。これはえーと、ゆにゅ……にゅにゅ? あ、ゆゆしき事態なのニャ!」

ほたて「なら早く言うのニャ」

ホリー「……ギルドに、僕らが狩りでサボってる事がばれたニャ」

ほたて「ニャ!?」

朱理「ええ!?」

ヨダ。「……っ!?」

ホリー「……どうやら、ニャンターとして活躍してる僕らの先輩達の戦いぶりをギルドが見ちゃったらしいのニャ」

ほたて「げ、マジかにゃ」

ホリー「それでギルドが僕らアイルーをハンターのオトモとしてじゃなく、正規のハンター枠として採用を予定しているらしいのニャ」

朱理「うにゃ……ニャンターはアイルーの中でも特別でエリートな存在なのをギルドは知らないのかニャ……」

ほたて「まぁ単純にサボり癖が無くて、あぐれっしぶ? なアイルーのことなんだけどニャ」

ヨダ。「……適当に笛吹けば旦那さんが喜んでくれる楽な仕事だからやってたのにニャ」

ホリー「本当それニャ。でもこの話がギルドで広がれば、僕らへの期待度がスネークサーモン登りなのは避けられないかもしれないニャ……」

朱理「……つまりこのままサボってれば」

ヨダ。「……クビ」

ホリー「このままじゃ僕らはろとう? に迷うことになってしまうニャ……」

ほたて「マタタビ酒4つと、アプトノスステーキ、あと古代魚の塩焼きも下さいニャ」

ネコ婆「はーいんばらぐ」

ホリー「ほたて! 今は絶対注文するタイミングじゃ無いニャ!」

ほたて「ホリー、少し落ち着くニャ。これはある意味チャンスでもあるんニャよ?」

ホリー「チャンス?」

ほたて「うん。僕らの権威を高める絶好の機会なのニャ」

朱理「確かに……僕らがハンターと同じ位戦えるのが広まれば……」

ホリー「ハンターがいつも食べてる美味しいご飯にふかふかベットが……僕らのものに!?」

ほたて「いや、キッチンアイルーが作ってるし、ベットは僕ら勝手に使ってるニャ」

ヨダ。「……っ! 母ちゃんのヘソクリ……!」

ほたて「いや……ヨダにゃん、それも違うからニャ?」

朱理「ふふ……僕らがハンターを従える時代が来るかもしれないんニャね」

ヨダ。「……うちはもう半分従えてるニャ」

ホリー「と、とにかくだニャ。新しい狩猟地域が解禁されるまで間もないニャ! いつでも本気出せるようにトレーニングしないといけないニャ」

ほたて「だるいけど……しかたないニャー」(直前にやればいいニャ)

朱理「久々に本気出すかニャ」(明日から……いや明後日からやろうかニャ)

ヨダ。「……そうだニャ」(母ちゃんならサボっててもバレなさそうだニャ)

ホリー「みんなの意見がまとまって嬉しいニャ!」

ほたて「……」

朱理「……」

ヨダ。「……」

ホリー「ニャ?」

ネコ婆「はーいんばらぐ」

ほたて「あ! 料理がきたニャ! それじゃあ、僕らの未来の頑張りに乾杯ニャ!」

朱理「乾杯ニャ!」

ヨダ。「かんぱーい」

ホリー「あ、乾杯!」

ネコ婆「はーいんばらぐ」


 こうして今夜も居酒屋は大盛況。
 どこか懐疑的で、不思議な香りの立ち込める居酒屋『猫BAR』──あなたの村に暖簾を下ろすのは、明日かもしれない。














[37857] アンスール・アライブ 0話
Name: 楽太郎◆a3215f1c ID:5d7e9c89
Date: 2016/08/13 21:23
『乾杯ニャー!』

【クロス・プロローグ】



「……なんかそこの屋台で、聞いたことのある声が聞こえてきますが」

「んー? 気のせいじゃないー?」

 のんびりと言い放つ彼女に私はむむ、と眉をひそめる。

「……ハンマーさん、流石にだらけ過ぎです」

 白い湯気が湧き立つ温泉で、私は隣に浮かぶ相方の横っ腹をつつく。すると彼女は「うひゅっ」と妙な声を出して身をよじり、湯水の中に沈んでいった。

「げっほっ! 鼻に入った……っ! 酷いなアクア!」

「あなたはこの温泉、しばらく入れないんですから……もう少しちゃんと入って下さいよ」

「いやいや、だからこそ今までのやったこと無い入り方をだね……」

「効能重視です! 全身浴、半身浴、足湯以外は認めません!」

「えー……」

 私の温泉指導が不満なのか、彼女は湯に顔を鼻まで沈めると、ブクブクと泡を立て始めた。そして、湯中で聞こえるか聞こえないかのトーンで小さく呟く。

「……温泉バカめ」

「バカとはなんですか!」

「よく聞こえたねっ!?」


 ハンマーさんがギルドから、新たな狩猟地である「ベルナ村」に向かうよう頼まれたのは、つい先日のことであった。
 新しい土地、新しいモンスターがいる環境に一番に出向けるのは名誉な事であるが、それは同時に恐ろしいことでもある。
 ハンターの大半は、敵を知り、対策を練り、その知識を共有して共闘することで壁を乗り越えるものだ。私のような、ハンターになって数年の若手は、先人が命を賭して集めた情報に何度も助けられてきた。
 「知らない」ということは、それだけも生命に直結する場合がある。それを痛いほど学ばされてきた。
 そして今、新たな未知を開拓し、後陣の我々のためにハンマーさんは行こうとしている。


「私も絶対について行こうと思ってたんですがね……」

「仕方ないさ、ポッケ村に誰も残らない訳にはいかないんだから」

「そりゃそうですけど……」

 どこに行くにしても必ず一緒に行くと思っていた分、寂しくないと言えば嘘になる。
 いっそ隠れてついて行こうかなどと考えていると、横から大きな溜息が聞こえてきた。

「……てか」

「てか?」

 疑問符を浮かべて横を見ると、ハンマーさんはハンター代表としてはやけに不満な顔をしていた。

「変われるもんならさ、変わって欲しいよ……聞いた? 今回の件」

「……え? 何かあったんですか?」

 彼女は肯定する変わりにガックリと肩を落としてみせる。

「……私って一応さ、ギルドの代表として送り出させる訳じゃん」

「……はい、そうですね」

 聞けば聞くほど、にが虫を噛み潰したような顔になるハンマーさん。彼女がここまで嫌がるのも珍しいので、私は続きを急かさずにじっくりと待った。

「……名前」

「え?」

 瞬間、ハンマーさんは盛大に飛沫を上げて立ち上がった。

「ベルナ村でのハンター登録な正式な本名じゃないとダメなんだとさ! 何で知ってんだギルド!」

「えと……本名って言うと『マリディア』になるってことですか?」

「そうだよ、本名マリディアですが何か?」

「私を睨まれても……」

 珍しくジト目な彼女に、私は何と声を掛けたものか暫し逡巡する。

「わ、私は嫌いじゃないですよ? その名前」

 しかし、結果口から出たのはありきたりなフォローだった。逡巡は無駄だったらしい。

「……その割にはしっくりきてない顔してるけど?」

「うぐ」

 ご名答。ありきたりなフォローだから仕方ない。でも言ったからには、ここで引き下がる訳にはいかなかった。

「呼び慣れてないだけですよ。試しに呼んでみましょうか、えと、マリ……ディアさん?」

「……やめい」

「……何で横向くんですか」

 この時、私は見逃さなかった。彼女が一瞬頬を赤らめたのを。

「……そっちだって呼ばれ慣れてないじゃないですか」

「……うるさいな。呼ばれたの何年ぶりだと思ってんのさ」

「マリアンさんもアンさんも呼んでたじゃないですか」

「どっちもまともに考える暇なんて無かった時だろうに! ……ってかアクアに呼ばれるのは初めてだったから、なんか妙な感じでさ」

 今まで、こんなにしおらしいハンマーさんがいただろうか、否。
 彼女にもこんな一面があったのかと目を丸くする。名は体を表すと言うが、マリディアという名前は『ハンマー』という名前の鈍重で無骨なイメージを見事に取り払っていた。
 そんな私の考えを見抜いたのか、彼女は私に近づくとそっと耳打ちをした。

「……今だから言えるんだけどさ、バルスってネーミングセンス無いよね」

 あまりの爆弾発言に私は周りも気にせず吹き出した。

「そ、それをあなたが言ったらダメでしょうに!」
 
「いやいや、私も別に嫌いなわけじゃないんだけどさ」

 そう言ってから、彼女は虚空を見つめて呟いた。

「……でも自己紹介する度に首を傾げられるのも、いい加減面倒だとは思ってた」

「……バルバレにいるバルスさんが聞いたらさぞかし嘆くことでしょうに」

「あいつだって私のあげた名前無駄にしたんだから、おあいこだよ。それよりアクア」

「……何ですか?」

 ニヤリと笑った彼女は耳打ちの状態から顔を横に動かし、私の目前にズズイと迫った。
 嫌な予感がする。こういう時は決まって何か企んでいるのだ。

「折角私の名前を変えて呼んだんだ、もう一段階変えてみやしないかい?」

「……ど、どういうことです?」

 更に近付こうとするのを、私に両手を合わせる形で牽制される中、ハンマーさんは更に続けた。

「敬語は仕方ないとしてもさ、『さん』付けどうにかならないのかってこと! 何年の付き合いだと思ってんのさ。ちょっと呼んでみてよ」

 そんなこと意識もしていなかったため、私は思わず目を丸くした。

「……あー。いや、何ていうかハンマーさんはハンマーさんという名前で認識してまし──むぐっ!?」

 私の口を指で塞いだ彼女の目は、相変わらずのジト目。半分ヤケになっている目だった。
 
「御託を並べてないで、ほら早く」

「……むぐ」

 こうなっては逃げ場がない。私は意を決して口を開くしかなかった。

「マリ……ディア」

「もう一回」

「マリディアっ! もういいでしょう!」

「よし」

 マリディアは再び温泉に身体を沈ませると、子供のように無邪気な笑顔を私に向けた。

「……何か照れくさいね」

「……言わせておいて何を言うんですか」

 頬の熱が微かに増すのを感じたが、これが温泉によるものなのか、照れによるものなのかは分からなかった。
 しばらくの間、流れる湯の音だけが響いていたが不意にマリディアが真剣な顔をして私に向き直った。

「……アクア。暫くは帰ってこれないと思うけど、ポッケ村やユクモ村は頼んだよ」

 私は彼女の狙いを察して、同じく真剣な顔を作って頷いた。

「安心して下さい。マリディアが帰って来るまでちゃんと守っておきますから」

「……くっ」

「……ふふっ」

「これは……」

「違和感で……腹筋が……」

 そして大きな笑い声が温泉に響き渡った。
 こうして再び笑い合えるのは、今度は何時になるだろうか。再び彼女の名前を呼べるのは何時になるだろうか。
 そう考えると目尻に少々熱いものが込み上げたが、それは温泉の飛沫と共に誤魔化した。
 後日、私は彼女を見送ることになるだろうがが、その時は笑顔で見送ろう。


(正式にギルドからベルナ村が解禁されたら、いの一番で会いに行こう)


しかし、私は知らなかった。
ポッケ村とユクモ村に忍びよる巨大な影を。
そして再開の日が意外にも近かい事を。

私はまだ知る由もない。

 





[37857] アンスール・アライブ 1話
Name: 楽太郎◆a3215f1c ID:5d7e9c89
Date: 2016/08/13 21:24
◇ 「プロローグ」



「母ちゃん、そっちにいったぞ!」

「あいよぅ!」

 引き絞られる弦の音、鈍器の引き起す震撃。麻痺毒が弾ける炸裂音、つん裂くような咆哮──古代林の奥地で、普段の静寂が嘘のような轟音が響き渡る。
 その最中、彼女は巨大な石剣を背負い、標的へと一直線に走っていた。晴天の空が覗く深緑を噛み締めるかのように、剣の重みを乗せた足が腐葉土に沈み込む。

「……」

 彼女は一瞬迷った。
 続く道は平らな地面。彼女の『得意』とする一手を仕掛けるには、あるものが足りないのだ。
 リスクを承知で更に踏み込もうかと逡巡した刹那、無骨な影が目の前に飛び込んで来る。

「いけ、シーグル」

「ほへいさん……!」

 間合い、勢い、タイミングの全てが整った。
 しゃがんだ彼の肩を右足で踏み込むと、渾身の力を込めて宙へと舞い上がる。手慣れた動作で構えられた大剣に、急激に力が満ちていく。

「──はぁぁぁぁっ!」

 それは地上と決別し、宙を制した彼女の一撃。気合いと共に落とされた断撃は、速度と重力を纏って大地へと叩き付けられた。
 標的の堅固な尾は、遥か頭上へと切り離され、古代林の木漏れ日を浴びながら放物線を描いていく。
 その光景を不思議と懐かしく感じながら、彼女は剣を収め、ふわりと地面を蹴り出した。

「こいつに勝てば……分かるかもしれない」

 半日に渡る戦いも、いよいよ終盤へと差し掛かっていた──。







◇ 第1話 「シーグル」



 ──暗い……。ここは……どこ?


『■■■なんて■■■で■■■■』


 ──誰? ……うまく聞こえない。


『■■■■……なら、もう■■■■■■■■』


 ──何を、言ってるの……?


『■■■、■■』


 ──段々声が遠く……。お願い、待って。






 ──……行ってしまった。







『まさかこんな事になるとは……』


 ──さっきと違う声……誰?


『あれが原因だろう。……こうなっては……』


 ──今度は聞こえる……何を話してるの?


『……仕方ない』


 ──ねぇ、あなたは誰?





『起きろ、シーグル。そう──お前はシーグルだ』










「──はっ!?」

 目を覚ました瞬間、眩しい日の光が視界に入り、彼女は思わず顔をしかめた。

「……私は……一体……?」

 彼女はゆっくりと体を起こそうと試みるが、上手くいかない。思うように体が動かず、異様なほど重たいのだ。

「何なの……──え?」

 ようやく身体を起こした彼女は、目を丸くした。

「ここ……どこ?」

 全く、記憶に無い場所であった。
 どこかの一室なのだろう。隙間なく組まれた木の壁には窓が開けられており、そこから明るい光が差し込んでいる。
 部屋の床や家具の殆どが木材で作られていた。新鮮な木の香りがふわりと漂っている。
 棚の小物はきちんと並べられており、部屋の主は几帳面なのだろうと予想がついた。

「……あ」

 そこまで考えてようやく、彼女は自分が部屋主のベッドに寝かされていることに気が付いた。慌てて降りようと彼女が藻掻いていると、部屋の奥で簾が静かに持ち上がった。

「──よかった。目、覚まさないかと思ってた」

 部屋の奥から、鈴のなるような声が聞こえた。

「あなた、三日も寝てたんだから」

 次に目に飛び込んできたのは、琥珀色に光る長髪。

「ちょっと……ねぇ、聞きてる?」

「あ……ええ」

 世間では、新たな狩場がギルドから発表されるという噂で持ち切りの頃。
 紅葉が舞い落ちる、ユクモ村から少し外れた一軒家の中。
 これがこの物語の始まりであった。



「私……どうしてここに?」

「……何も覚えてないの?」

 彼女は淹れたての緑茶を私の前に置き、ベッドの横に置かれた椅子へと腰掛けた。流れるように自分の緑茶を手元に運ぶと、一口啜って温かな吐息を漏らす。
 
「ふぅ……あなたもどうぞ」

「……頂きます」

 言われて従うと、新鮮な茶葉の香りが口に広がった。温かな液体が喉から体内へと流れ落ち、身体が次第にほぐれていく。焦る気持ちが少しだけ落ち着くのが分かった。
 
「あなた、渓流の奥で倒れていたのよ」

「……けい……りゅう?」

 場所を言われたことは分かるが、ピンと来ない。

「ユクモ村は分かるわよね?」

「ゆくも……?」

 彼女の様子に女性も違和感を感じたらしい。少し考えてから、ニコリと笑って話を切り替えた。

「いきなり難しい話をしても仕方ないわよね。まずは自己紹介から始めましょうか」

 私が小さく頷くのを見てから、彼女は続けた。

「私は彩(あや)よ。あなたは?」

「私は……っ」

 改めて自分の事を考えて驚愕した。私は何一つ自分のことを覚えていなかったのだ。

「ちょっと、どうしたの……?」

 ──名前も言えないのでは怪しまれるかもしれない。
 そんな考えに至った彼女は、気付けば頭に残っていた単語を口にしていた。

「……シーグル」

 不思議と、しっくり馴染む名前だった。
 彩も安心したように笑いかける。

「シーグルね、いい名前じゃない。改めてよろしく」

「こちらこそ、よろしく」

 彩の差し伸べて手を、シーグルはつられて握る。不思議な感覚だった。これだけで彼女への信頼感が少し増すのが分かる。
 それは彩も同じようで、笑みに柔らかさが生まれている。しかしその後、困ったように眉を吊り下げた。

「あなたについては色々と聞きたいことがあるんだけど……ちょっと厳しいかしら?」

「私……ほとんど記臆が無くて」

 彩はやっぱり、という顔で頷いた。

「ショックで記憶が曖昧なのかもしれないわね……もう暫く休んでおきなさいな」

「え、でもそんな……悪いよ」

「遠慮しない!」

 彩は勢いよく立ち上がると、布団を掴んでジワジワとにじり寄り始めた。

「拾われたなら最後まで診させなさい」

「拾われ……?」

 ひとしきりの押し問答があったが、最後に折れたのはシーグルであった。
 羽毛布団をしっかりと掛けられたシーグルは、湯のみを片付けるべくお盆を持った彩をジト目で見つめていた。

「なんで見ず知らずの私にここまで……」

「行き倒れを見つけたら助けるのがハンターズギルドの決まりだしねー。それに、あなたはどうも放って置けない気がしてね」

 そのまま簾をくぐって部屋を出ようとしたが、何かを思い出したように振り返った。

「言い忘れてたけど、あなたと一緒にアイルーも倒れてたのよ」

「アイルー……?」

「そこの隅でまだ寝てるけど、起きたら何があったか教えてくれるかもね……あら」

 遠くで何かの音が聞こえた気がした。彩の瞳の色が少し険しくなる。

「……お客さんだわ。私はちょっと仕事があるから、ここで大人しく休んでてね。いい? 絶対に外に出てきちゃ駄目よ」

 彩はそう言うと早足で簾の奥に消えていった。彼女の後を追おうかとも考えたが、家主の言いつけを破ることも気が引けた。

「あいるーがどうのって言ってたけど……あいるーって……何?」

 彼女の指した場所を覗いてみる。すると、二つの毛玉が浅い木箱の中で丸くなっていた。
 一つは深い青色。もう一つは深い緑色。恐らくこれがアイルーなのだろう。シーグルは恐る恐る、接近を試みた。

「……家主はやっと行ったか」

「えっ!?」

 突然青い毛玉が言葉を発したのだ。
 驚いて口をパクパクさせていると、青い毛玉は起き上がり、小さく溜息をついた。

「驚くな。そのうち分かる」

 それは毛玉ではなく、二本足で立ち上がる生き物であった。
 見かけによらず低い声で話す生き物をまじまじと見ていると、彼らに関する記憶がようやく戻ってきた。

「そうだ……獣人族の、アイルー」

「んん……ここはどこニャ……?」

「わっ、こっちも喋った」

 声を聞きつけてか、青いアイルーの隣で寝ていた緑のアイルーが声を漏らしたのだ。
 二匹のを見比べると、同じ種族でも大分違うのが分かる。青いほうはつり目で耳も立っているが、緑のアイルーは垂れ目で耳も垂れているのだ。
 興味津々の妙な視線を受け続け、青いアイルーは嫌そうな顔をしていたが、ややあって話を切り出した。

「お前は、何を覚えている?」

「……何も。少し夢を見てたような気がするだけ」

「夢の記臆は?」

「ほとんど分からなかった……ただ、シーグルって呼ばれたような」

 青いアイルーは小さく頷いた。

「それがお前の名前だ」

 途端、先ほどの夢がフラッシュバックする。

「あなた……もしかしてあの夢で──」

「ねぇねぇ、僕の名前は何なのニャ? 僕も何にも思い出せないんニャけど」

 言いかけたシーグルの目の前に、緑色の毛玉が飛び込んで来た。青色と違って明るいトーンで話すこのアイルーも、どうやら記憶が無いらしい。

「お前はラーグだ。お前とシーグルは以前より共にいた」

「……そうなんだ。ごめん、何も覚えてない」

「気にしないニャ、僕も覚えてないし」

 そう言って大きく欠伸をするラーグ。彼らの性格は極端にかけ離れているらしい。
 しかし混乱するこの状況下で、ラーグのお気楽さは支えとなった。

「なら改めてよろしくニャ、シーグル」

「うん、よろしく」

「えへへ、何だかワクワクするニャー!」

「……離して。暑苦しい」

 まとわりついてくるラーグを手で払いのけ、シーグルは浮かんだ疑問を彼に投げかけた。

「あなたの名前は? どうして、あなただけ私達のことを知っているの?」

「……」

 青いアイルーは、予め定めていたかのように口を開いた。

「私はユール。お前たちを見届けるためにここにいる」

「私達を……見届け……?」

「どーゆうことニャ?」

「これ以上私から話すことは無い」

 ユールはその後、一切の質問に答えようとしなかった。疑問は増すばかりであったが、彼女はそれを考えることは出来なかった。
 更なる異変が彼女を襲ったのだ。
 揺れたのは、足下であった。外で木の倒れる音と、何者かの鳴き声が響き渡る。

「……何っ?」

 シーグルはベッドから飛び降りると、簾を超えて彩の姿を探した。しかし、彩の姿は見当たらない。ただ、外への扉だけがシーグルを誘うように開かれていた。

「行ってみるニャ、シーグル」

「ラーグ……そうね」

 いつの間にか隣へ来ていたラーグと頷き合うと、彼女は扉の外へ走り出す。何時しか身体の違和感は無くなっていた。

「彩! ──っ!?」

「──シーグル!? 家に戻って!」

 彩が叫ぶのと、冷たい飛沫が頭上を通過するのは同時のことであった。
 
「……!」

 目の前には巨大な盾と槍を構えた彩と、その前に立ちはだかる竜の姿があった。
 竜の口元からは水滴が滴っている。
 黒い蝶のような装備を身に纏った彩は、シーグルを庇うように立ちはだかった。

「何度来たってここは通さないわよ……タマミツネ!」

『クルル……』

 タマミツネ──そう呼ばれた竜は桃色をした優雅なモンスターであった。トカゲのような体をし、胸から尾にかけて紫色の毛が生え揃っている。頭部にはヒレ状の突起が花弁のように生え揃い、口元に伸びる牙は竜が肉食であることを示していた。

「……っ」

 シーグルは声を上げることが出来なかった。
いつしか冷や汗が全身から吹き出ている。
 しかしシーグルの動揺は、タマミツネとの対峙が理由では無かった。

「何で……? 何で私……」

 状況を見れば彩がタマミツネに襲われている、と考える妥当であり当然である。従ってシーグルは彩の指示に従うのが正解だった。
 だが、この時のシーグルの思考は違った。

「……なんで私、彩に味方するのを躊躇ってるの?」

「……シーグル?」

 ラーグの問いかけにシーグルはハッとする。
 改めてタマミツネを観察し、ハッとしたように口を開いた。

「……そうかあの子……飢えてるんだ」

「シーグルにはそれが分かるのかニャ?」

「何となく……だけどそんな気がする」

 飢えて餌を求める竜と、その被害から守ろうとする彩……どちらが正しいのだろうか。それを天秤に掛けてしまう自分にシーグルは困惑していた。
 その間にもタマミツネと彩の攻防は続いている。タマミツネから吐き出される虹色の泡を的確に突き割りながら、彩は再度シーグルに叫んだ。

「早く家の中に! 流石に守りきれな……きゃっ!?」

 バランスを崩し、大きく転倒する。破られることによって地面に溜まっていた泡に足を取られたのだ。

『クオオオーン!』

 瞬間、タマミツネは狡猾さを露わにし、牙の並んだ口を大きく開いて飛び掛かる。

「くっ……!」

 全身に纏わりついた泡により、彩は盾を構えることさえままならない。無防備な体を敵の目前に晒し続けている。
 このままでは……シーグルがそう思った瞬間、横で低い声が響いた。

「決めるのはお前だ。シーグル」

「ユール……」

 その言葉に弾かれるように、シーグルは彩へ向かって走り出していた。

「シーグル!?」

「はぁぁぁ!」

 叫ぶラーグの声を遠くに感じながら、彼女は目の前へ渾身の蹴りを放った。
 放たれた先は、彩の頭上。
 シーグルの蹴りは、まさに噛みつこうとしていたタマミツネの顎を的確に捉えていた。

 ──それは迷いの無い一撃であった。

 顎から脳天に掛けて強烈な蹴りを受け、もんどり打って倒れるタマミツネ。のたうつ竜の前に立ち、シーグルは低い声で呟いた。

「──巣に戻れ。帰るんだ」

 タマミツネは一瞬怯んだ様子を見せると、そのまま踵を返し、渓流の茂みの中へと消えていった。

「……彩、大丈夫?」

 タマミツネが逃走したのを見届けると、シーグルは彩へ恐る恐る手を差し伸べた。

「……」

 その手を無言で掴み、起き上がる。そして彩は深い溜息と共にシーグルの頭を軽く小突いた。

「痛っ……くない?」

「あなたねぇ……強いなら初めからそう言いなさいよ。私まだ上位なのよ?」

「上位……?」

「……いいわよ、もう」

 再び首を傾げるシーグルに再度溜息を吐いた彩は、立ち上がると意を決したようにシーグルに向き直った。

「シーグル、あなたにお願いがあるんだけど」

「お願い?」

「もしかしたら、あなたの悩みも解決するかもしれないわ」

 そう言って彩は、シーグルに一枚のチケットを差し出した。

「私の代わりにベルナ村へ──龍歴院に行って欲しいの」



[37857] アンスール・アライブ 2話
Name: 楽太郎◆a3215f1c ID:5d7e9c89
Date: 2016/08/13 21:24
◇ 第2話 「ベルナ村へ」



「ベルナ村……? 龍歴院……?」

「ごめんね、急な話をしちゃって。一度家に戻りましょ、そこで説明するわ」

 突然の話でポカンとしているシーグルを、彩は居間へと案内した。

「綺麗な部屋……」

 先程は慌てていて見逃した居間。シーグルは寝室同様、木の匂いが香る空間を改めて見渡した。

「いい匂いでしょう?」

 シーグルの表情を見て、彩は嬉しそうに微笑んだ。

「この香りはね、ユクモの木って呼ばれてる特別な木のものなの」

「ユクモって、さっき言っていた村?」

「ええ。温泉の沸く、美しい村よ」

 居間にユクモの木で作られたテーブルが設けられている。型はシンプルだが、四人まで囲めるしっかりとしたものだ。
 「たまに仲間と食事するの」と説明しながら一つの席をシーグルに勧めると、残りの空席も引き出した。

「あなた達もいらっしゃい」

「ニャ! いいのかニャ!」

「……」

 ラーグ達二匹を座らせると、四人の席に淹れたての緑茶がコトリと置かれた。

「ここはね、ユクモ村の一番外れに建てられた家なの。ほぼ空き家になっていたこの家を、私はあるハンターの友人から貰ったんだ」

「こんないい家を……どうして」

 シーグルの質問に、彩は少し目を伏せた。

「私も詳しくは知らないけど……友人が言うには少し、広過ぎるんだって」

「そうかニャ? 僕には丁度いいと思うけど」

「……ラーグ、少し静かにしていろ」

 軽口を叩くラーグをユールが窘めると、緑アイルーは渋々お茶を舐めた。

「……ユールは理不尽ニャ? 熱っ!」

 そんなラーグに、彩はクスリと笑う。

「譲り受けた時に教えて貰ったんだけど、この家は本来ユクモ村を守るためにあったんですって」

「守るため?」

「ここはユクモ村に隣接する狩場、通称『渓流』からの獣道に通じているの。だから、人里を求めるモンスターは、ほぼ必ずここを通る」

 シーグルは合点がいったように頷いた。

「彩は……ユクモ村を守っているんだね」

「そういうこと。ま、柄じゃないんだけど」

 彩は照れくさそうに笑った。

「この家の持ち主だった友人は、今ポッケ村に移り住んでるの」

「ポッケ村……フラヒヤ山脈の近くにある村ね」

 彩は驚いたよう目を開いた。

「……何であなた、ユクモ村を知らなくてポッケ村を知ってるのよ?」

 それにシーグルも首を傾げて答えてみせる。

「分からないけど知ってた、みたい」

「何よそれ……」

 苦笑いする彩。表情から察するに、彼女はこういった対応に慣れてるらしい。

「でもそれって、記憶が戻ってるってことじゃない? 記憶喪失って一気に戻るものとは限らないし」

「だといいんだけど……」

 シーグルはその考えに違和感を持っていた。記憶喪失にしては何かがおかしいのだ。
 テーブルや家具と言った単語の意味は分かるのに、アイルーや村の名前は分からなかった。これだけなら断片的な記憶喪失で済むが、問題なのは時間が経つにつれて、分からなかった記憶が湧くように現れてくることだ。
 今のシーグルはユクモ村のことも知ってるし、ハンターとは何かと言う知識まで備わっている。あまりにも都合が良すぎるような気がしたのだ。
 しかし彼女の考えは彩の声によって遮られた。

「いけない、話が脱線しちゃったわね。それでね、代わりにこの村を守るハンターが必要になったの。そこで色々あって……流れのハンターだった私に白羽の矢が立ったわけ」

「流れのハンターから専属ハンターに……色々と大変じゃない?」

 その質問に彩は力強く頷いた。

「確かに村を中心に動くわけだから、前より自由は減ったと思うわ」

 でもね、と彩は続けた。

「前では味わえなかった、村人達の暖かさっていうのをね……今は一杯感じることが出来るの」

「暖かさ……私にはまだ分からない感覚だな」

「大丈夫、あなたもいつか必ず分かるわ」

 彩は、シーグルの目をじっと見つめて呟いた。その力強く、真っ直ぐな瞳をまじまじ見つめ返したシーグルは、羨ましそうに呟いた。

「……私も、そんな綺麗な瞳になれるかな?」

 これには彩が赤面した。

「ちょ、ちょっと真顔でそういうこと言うのやめてよ!」

「……言っては駄目なの?」

「駄目って言うか……うーん……そうね、駄目よ」

「そう、わかった」

「あなたといると、不思議と話が進まないわねぇ……」

 困り顔で溜息をつくと、彩はお茶のお代わりを注ぎ足した。彼女は溜息が癖になっているらしい。

「うん、端的に言うわね。さっきあなたが追い払ったタマミツネ、奴が問題なのよ」

「あの子が?」

「ええ。タマミツネは最近になって姿を見るようになった海竜種なんだけど、頻繁に村へ近付こうとしてくるの」

「あれは、確かに危険な相手だった」

「そうね。絡め手の技と切れのある攻撃を持ってるから、かなり危険だわ」

 彩の言う『危険』はシーグルのものと若干の食い違いがあったが、彼女は気付くことなく続けた。

「またいつ襲って来るかも分からないし、私はここを離れる訳には行かないの……仮にも専属ハンターだしね」

 なのに──、と彩は恨めしそうにシーグルの手元を指した。

「そんな時に届いたのが、そのチケットなのよ……」

「……」

 シーグルは受け取った(受け取らされた)チケットの内容に目を通してみる。するとチケットにこのように書かれていた。


【派遣ギルド特別許可書 龍歴院区】


「派遣……ギルド?」

「簡単に言えば、新しい狩猟地区へ行ける先行券よ」

 本来一つのギルドに所属すれば、他のギルドが統括する区域での狩猟は行なうことが出来ない。ギルド内の技術や情報は秘匿とされており、ギルドを移ることは原則禁止とされている。もし特例でギルドを移る場合であっても武器から所持品まで、ありとあらゆるものを預けて行かなければならない。
 しかし、最近ではその流れは変化を見せてきている。 比較的容易にギルド間、大陸から間を行き来するハンター達が増加し、一種のグローバル化が起き始めているのだ。
 理由としては様々な技術が交易などを通して広まり、各ギルドにおける秘匿情報が減少したことなどが原因に挙げられている。
 各ギルドは、飛躍的に情報量や交易頻度を増したこの環境変化を認めざるを得なかった。そしてわこれを増長する方向に決意を固めたのだ。

『新しい風を、更なる技術を』

 このチケットはギルドから選抜された、各代表のハンターのみに送られる。ベルナ行きのチケットの価値は、そんなギルドの大きな希望を託された重要なものであった。

「龍歴院ではモンスターに関する様々なことを研究しているの。加えて研究の途中で沢山の発見があるから、院にはあらゆる分野の知識が集まっているのよ」

 見てきたように語る彩。よほど龍歴院行きを楽しみにしていたのだろうが、彼女は小さく肩を落とした。

「残念だなぁ、折角母ちゃんの推薦でユクモ村代表のチケットを貰ってたのに……」

「母ちゃん……お母さんから?」

「あ、母ちゃんってのはそういう意味じゃなくてね……」

 彩によると、『母ちゃん』というのは一人のハンターであるらしい。

「とっても面白い人だから、シーグルもきっと仲良くなれるわ。私から母ちゃんに連絡しておくから、ベルナ村で会えると思う」
 
「……私がベルナ村に行くのはもう決まっているのか」

 彩は意外そうな顔をした。

「……嫌だった? 行く当ても無さそうだから、丁度いいかなって思ったんだけど」

「……」

「図星ニャもんね」

「うむ」

「……」

 二匹に諭され、シーグルは少しばかり肩を落とした。目覚めてから驚かされてばかりで、どうにも自分のペースにならない。未知の場所へ次々と押し進められるようで、どうにも気が休まらないのだ。

「うーん……」

 ここに居ても、期待するような進展は無い気もした。恐らくこれが元々の性分なのだろう。やや諦め半分に納得し、彼女は頷いた。

「……分かった。ありがたく頂戴するよ」

「ありがとう。大丈夫、きっと母ちゃん達が力になってくれるわ」

「……達?」

 シーグルは彩の含みのある口ぶりに首を傾げた。

「他にもいるの?」

 彩はニッコリと頷いた。

「ええ。個性的な仲間が、ね」








「……」

「……要らない」

「……」

「……要らないって」

「……!」

「この大量のトウガラシをどうしろって言うのさ!?」

「私の代わりを受け取れないって言うんですか!?」

 暦の上では温暖期だが、ポッケ村にはまだ若干の雪が降り積もっていた。
 気球乗り場が設営されて以降、来村する人々は増加傾向を辿っている。極寒の地であることに変わりはなく、この時期以外の客足は未だ少ないが、以前より活気づいたことは間違いない。
 そんな寒気を気にすることもなく、彼女達は気球船乗り場の手前で熱気を振りまいていた。

「もうちょっと何とかなるでしょ!? 数本にしとくとかさぁ!」

「数本!? 数本で私のトウガラシ愛が届くはずないでしょう!?」

「そんな愛は要らない!」

「はぁ……」

 アクアは白い溜息をついてガックリと項垂れる。

「マリディアには……最後まで分かって貰えませんでしたね……」

「今生の別れみたいに言っても駄目だって……」

 およよ、と泣き崩れるふりをするアクアにマリディアは困ったように首を振った。

「……駄目でしたか」

「……当たり前じゃん」

 マリディアは今、ユクモ装備に身を包むアクアとは違い、真新しい装備を身に付けている。
『ベルダー装備』と呼ばれる、旅人の姿を模した防具だ。 
 頭にはターバン状の白い布が巻かれており、腰部分には小さな杖が備え付けられている。更に彼女の背中には、化石素材で作られた『ベルダーハンマー』が吊るされていた。
 これらは全て、今回の調査派遣時に龍歴院から支給されたものである。

「これ、似合うでしょ」

 その場でくるくると回ってみせるマリディアだったが、アクアはムスッとした顔でそっぽを向く。

「……ソウデスネ」

「何で今になって拗ねてんのさ……」

 ギルドとの契約により、一切の武器防具、アイテムの持ち込みは禁じられている。これは正確な調査をするために龍歴院から依頼されていることであった。

「ともかく……」

 マリディアは未だ腕を組んで横を向く相方をジロリと睨んだ。

「私の出発、明日だからね?」

「……それは知ってますけど」

「……だよね」

 それで何故こんな流れになっているのか。大いに問い詰めたいマリディアであったが、そこでようやく自分達が買い物の途中であることを思い出した。
 マリディアのベルナ村行きを明日に控え、二人は送別会の準備をしている最中であったのだ。

「ふぅ……で、あとは雪山草詰めに使うガーグァだけだっけ?」

「そうでしたね」

「それじゃパパッと済ませちゃおう」

 二人はハンターズギルドの出張所がある方向へ歩き出した。ポッケ村では貴重品であるガーグァの肉を行商婆ちゃんに依頼しておいたのだ。

「はいよぅ」

「ありがとうございます、お婆ちゃん」

 ガーグァ肉は、氷結晶で丁寧に袋詰めされた新鮮なものであった。それを背負い、帰路につく最中、アクアは隣を歩く相方にポツリと呟いた。

「今更ですけど……別に主催者が手伝わなくても良かったんですよ?」

「んー……確かに」

 マリディアは頭の後ろに手を回し、考えるように上を向いた。その後で、少し照れ臭そうにアクアに笑ってみせる。

「やっぱ私も寂しいからね」

「……そんな顔しないで下さいよ。持たせる唐辛子の量増やしましょうか?」

「嫌がってるの分かっててやってんだな……」

「えへへ……」

「何で照れる!?」

 普段通りの和気藹々として雰囲気。しかし異変は唐突に訪れた。

「──痛っ!」

「アクア!?」

 アクアが突然額を抑え、よろめいたのだ。間一髪で支えたものの、彼女の表情は青ざめたままだった。

「だ……大丈夫です。ただの立ちくらみですから」

 その言葉にマリディアは表情を厳しくさせる。

「この前も立ちくらみを起こしたじゃないか! ただのって事があるか!」

「平気ですって……いつもすぐに治るんですから」

 言う通り、アクアはすぐに自力で立って歩けるようになった。

「さぁ、早く支度を始めないと料理が間に合いませんよ!」

「……うん」

 早足で遠ざっていくアクアの後ろ姿。
 それを見つめながら、マリディアは何か得体の知れない不安感を胸に抱いていた。







「おおおおお! やはり抜きおったか!」

「何だこれは……たまげたなぁ」

 伝説と伝統の生きる村『ココット』。普段は物静かな村であるが、この日だけは凄まじい熱気に包まれていた。

「やったニャ! ほへいしゃん! 本当に英雄の剣を抜いちゃったニャ!」

 未知の樹海で迷った挙句、ほへいとほたてがココット村に辿りついたのは、つい先程の事であった。







「なんだここは……」

 見たことのない村の入り口に立ち尽くす彼──ほへいは呆然と村を眺めていた。

「ほへいしゃん……何だか大陸から違う気がするニャ!? だ・か・ら、未知の樹海は早く出ろって言ってたのニャー!」

「はっはっはっ。まぁいいじゃないか」

 機嫌よく笑うほへいの前に、村から一人の小さな老竜人がやってきた。彼は一人と一匹の前に立つと、深々と頭を下げる。

「そうこそ、旅人よ。ワシは、このココット村の村長でな……む?」

 村長はほへいを見た瞬間、眼を輝かせた。

「お主……只者では無いな。何か、我々とは違う星の下で産まれたような……そんな印象を感じるのう」

「そらそうよ」

 遥か宇宙の彼方から馳せ参じた、『元』タマゲタ族の人間それがほへいである。
 彼はあれやこれやと言う間に英雄の剣が眠る大樹の元に連れて来られ、一体何が起きているかまるで理解していないほへいに対し、村長はこう告げた。

「ほへいよ、もしお主がこれを抜くことが出来たなら……この剣と、英雄の称号、更にココット村代表の資格を与えよう!」

 村長はほへいをいたく気に入っているようで、その目は期待と確信に満ちている。
 ほへいは諦めたように肩を竦めた。

「たまげたなぁ……ま、これを抜けばいいんですかね」

 彼は言うなりヒーローブレイドの柄を握ると、力を込めて上に引き上げた。

「おお……うおおおおお!!」

 ギシリという音と共に、ヒーローブレイドが僅かに引き上がり始める。そして……ぬん、と言う気合いと共に、ヒーローブレイドはほへいの手で高々と掲げられたのだ。

「はっはっはっ」

「凄いニャ! ほへいしゃんはやっぱり凄かったのニャ!」

 ほたての声が上がると共に、固唾を飲んで遠巻きに見守っていた村中のハンター達が爆弾のような歓声を上げた。

「英雄だ!」

「新しい英雄が生まれたぞ!」

「英雄ほへいの誕生だー!」



「うーん、何かゴロが悪いな」

 そのほへいの一言で、村中の空気が止まった。

「ヒーロー……王様……うーん、アレックス……は違うな……勇者……うん、いいな。村長、勇者にしようか」

「……う、うむ。其方が望むのであれば致し方なかろう。……ゴホン。では、勇者ほへいよ! 其方をココット村の代表として、ベルナ村へ行くことを許可する!」

「英ゆ……勇者ほへいバンザーイ!」

「えい……勇者ほへいワッショーイ!」

「はっはっはっ」

 ほへいは歓声とも悲鳴とも受け取れる合唱の中、村長から貰ったチケットを持って気球船へと向かって行ったのだった。







「どうやら、三つの村の代表が決まったようね」

「おや、シェリーちゃん。もう決まったの?」

「ほとんどが貴女の采配でしょうに……」

「だって今回の件さ、どうにもキナ臭いでしょ? なら、やっぱり明るくて楽しい実力者を集めないとねぇ。それに──」

 ベルナ村の中心部で、ふかふかのムーファに無理やり跨がろうと格闘していた歌丸。はニヤリとしてシェリーに呟いた。

「何だか大事件が起きそうな気がするしね」

「私にとっては頭の痛い話ですがね」

 各村の気球船がベルナ村へ向かって出発するのは明日の朝。騒動はそれを待つことなく始まっていく──。



[37857] アンスール・アライブ 3話
Name: 楽太郎◆a3215f1c ID:aa10e3cb
Date: 2016/08/13 21:24
◇ 第3話「調べの呼ぶ先へ」



 かつて『古龍化事件』と呼ばれ、多くの人々を恐怖に陥れた、あの事件を覚えているだろうか。白銀に輝く風翔龍がもたらした、悲劇と出会いの物語を。
 その昔、とある目的のために莫大な龍エネルギーを蓄積させた風翔龍──クシャルダオラは、暴走の果てに私の両親を奪い、幼い私にあるものを残していった。異様なほどに特殊な、龍のエネルギーをだ。
 このエネルギーは、モンスターに急激な体質変化を引き起こさせた。しかし人間である私へは、何故か精神面へ影響を及ぼしたのだ。私にこの話を伝えた古竜研究所も、その理由までは分からないという。



「……どうして、今更」

 私は一人、体を強く抱えて呟く。



 白い鋼龍はやがて私達を救い、世界の危機を防ぐことになる。でも、それが過去を取り戻すことにはならないのだ。
 私は与えられたモノに助けられてきた。おかげで多くの仲間にも出会い、様々な経験をして、新しい生き甲斐すら得ることが出来た。本来、それが自分とは相容れないモノだと……忘れそうになるほどに。
 原因であった風翔龍を討った時、古龍化していたモンスターからは金色に光る龍エネルギーが離散したらしいが、私からはそれが出ていくことは無かった。
 合わないが故、一度結び付けば離れることも無い──そういうものであることは、理解しているつもりだった。



「……お願い……だから。もう……離れないって……決めたんだから……」

 ──分かってるつもりだった。



 あれから二年以上経った今も、私は心に龍を抱えて生きていた。しかし心配していたような出来事は、今まで一度たりとも無かったのだ。
 このまま何事もなく、皆と生活出来れば、それでいい。そんな思いが絶たれたのは、ほんの数日前のことであった。
 昼前の平凡な一時。部屋でマリディアと過ごしていた私を、急な頭痛が襲ったのだ。耳鳴りがし、マリディアの声がやけに遠かったのを覚えている。やがて頭痛は治ったが、耳鳴りだけはその後ずっと私に付きまとうようになった。
 人の声とも風鳴りとも分からない小さな音。その音は、それから少しずつ大きくなっていった。不思議と怖さは無かったが、私の中で何か異変が起き始めているのは確かだった。
 今夜は雪のせいか、周りの音はほとんど聞こえなかった。そのせいか、耳鳴りだけが嫌に大きく聞こえていた。

「……」

 私はちらりと、隣のベッドを見る。ベルナ村行きを明日に控えた彼女は、スヤスヤと寝息を立てていた。

「……」

 この寒い中、布団と衣服をはだけさせている。毎度のことだが、やはり呆れてしまう。
 そんな事はつゆ知らず、彼女はむにゃむにゃと寝返りを打ち、布団が更にずり落ち始める。

「本当……しょうがないんだから」

 そんな様子に苦笑して、掛け直そうと起き上がった瞬間のことだった。
 身体が、硬直していたのだ。
 彼女へ伸ばした手が、虚しく空を掴む。

「……っ」

 声を上げることすら出来なかった。
 自分の中で、何かが意識を刈り取ろうとしている。それは昔のあの感覚に、よく似ていた。
 このままでは、自分が何をしてしまうか分からない。眠るマリディアを見て、背筋が凍りつく。

──あんな事を繰り返させなんかしない。

 身体を強張らせ、薄れゆく意識を懸命に抑えつけながら、私は耐え続けた。しかし、それも限界が訪れるを


「…………もう……」

 身体の力が抜けていき、意識が白色に染まり始める。
 ああ、そうか。と私は落ち行く意識の中で理解する。
 周りが静かなのではなかったのだ。
 僅かばかりの安堵と、悲しみが心を突き抜ける。

「……ごめ……なさ……」







 ──約束……守れませんでした。









「……行かなくちゃ」

 暫くして、アクアはポツリとそう呟いていた。

「……呼ばれてるんだ」

 アクアはぼんやりとした表情のまま立ち上がる。そのまま部屋を出て、家の扉を押し開く。
 雪風がアクアを襲うが、彼女は顔色一つ変えずに外へと足を踏み出した。

「……歌が聞こえる。……あの調べが、私を……」

 アクアはうわ言のように呟きながら、一人、夜の村を抜け出していく。







「……アクアが居なくなった」

 早朝、冷えた腹の影響で盛大なくしゃみをしたマリディアは、いち早くその事に気が付いた。
 元来自分より早起きのアクアは、いつも朝食を用意してくれている。空腹を刺激するいい匂いで目を覚まし、トウガラシを投下しようとしている彼女を止めるとこまでが朝の流れなのだが、今朝は暖炉に火さえ入っていなかった。
 玄関のドアが開きっぱなしで家の中に少量の雪が積もっている。晴れた空を見れば、かなりの時間が経過していることを察することが出来た。

「一体どこに……」

 既に村の中は全て探し尽くしてある。農場のトウガラシ畑(マリディア立ち入り禁止)まで探したのだから、村にも居ない。
 アクアが黙って居なくなることなど、今まで一度足りとも無いことだった。マリディアが村外への捜索を躊躇したのはそれもあってのことだったが、更に看破出来ない理由があった。

「あいつが、これを置いて行く訳無いってのに……」

 マリディアは握りっぱなしだった小袋を見つめた。

 アクアのアイテムボックスには、所持金やユクモノ笠、南蛮刀【九十九牙丸】、そしてトウガラシ袋(十本入り、常食用)が全て入れられたままであったのだ。装備を置くことはあっても、寝る時以外携行しているトウガラシまで置いて行くなんてことは、絶対に有り得ないことだった。
 何か、とんでもないことが起きたのかもしれない。丸腰で外へ出なければいけない事件を想像して、背筋が冷水を浴びたように冷たくなる。
 
「ハンマー……いや、マリディア殿」

 焦りながら村をうろうろしていたマリディアは、不意に呼び止められて顔を上げた。

「ネコートさん……」

 リンと涼やかな音を立てたアイルー──ネコートが鋭く目付きでマリディアを見つめていた。
 いつの間にか大マカライトまで歩いてきていたらしい。村長はベルナ村の関係でギルドに顔を出しており、今はネコートだけが静かに佇んでいた。

「マリディア殿、何という顔をしておるのだ。アクア殿を探し始めて、まだ数刻も経ってないだろう」

「……で、でも、アクアが居なくなるなんて……」

 ネコートは更に目を険しくさせた。

「マリディア殿は、比べ物にならない程の消え方をしたと聞いているがな。それから二年だ。二年間、アクア殿はずっと信じてお主を探しておったのだぞ」

「それは……」

 マリディアは小さく俯いた。
 別れる間際の、そして2年越しに再開した時の、彼女の表情が脳裏に蘇る。

「……今度はお主の番では無いのか?」

 マリディアはハッとして顔を上げた。
 ネコートの緑玉色の瞳は、厳しくも優しい色を浮かべていた。

「アクア殿が急に姿をくらますとは私も考えられない。何か必ず理由があるはずニャ……ごほん、はずだ。私も裏から手を回してみよう」

「ネコートさん……ありがとう!」

「だ、抱きつくニャ!」

 鋭い爪を閃かせ、完全に捕まる前にマリディアを遠ざけたネコートは自身のコートのずれを直しながら、彼女をじとりと睨んだ。

「お主の馬鹿力は洒落にならぬのだ……」

「そんなぁ……」

「全く……このコートがガムート製で無ければ何度背中を痛めたことか」

 マリディアは『ガムート』という聞き慣れない単語に眉をひそめた。

「ガムートって私、知らないな。新種?」

「私が何年このコートを着てると思っておるのだ。ガムートはこの村が出来る前からここに生きておるよ」

 ネコートの説明によると、ガムートは『巨獣』と呼ばれる4足歩行のモンスターらしい。

「でも不思議だな。私はもう何年もここでハンターしてるけど、ガムートなんて名前はクエストボードに載ったことも無かったよ?」

「それはな、マリディア殿。奴と我々では生きる時間が違うからだ」

「生きる時間?」

「左様。悠久の時を過ごすガムートは雪山の深部まで生活帯を有しておる。この村に危害が及ぶほど近付くのは珍しいことなのだ。現にガムートの被害はここ十年程出ておらぬ」

「十年!?」

 ネコートは意味深く頷いた。

「その分ガムートの素材は貴重なのだ。どのような違法ハンターでも、このフラヒヤ山脈の奥地にまで足を運ぶような愚か者はおらぬ。もっとも、仮に相見えたとしたも討伐するのは容易では無い」

「うむ、かのティガレックスですら返り討ちにあったようだ」

 かつてウカムルバスが雪山の奥地に現れた時、その調査に赴いていた古龍観測隊員が偶然その場に目撃したのだという。

「ともかくだ。貴殿にガムートの話をしたのは、もうじき奴が現れてもおかしくない時期だからだ。アクア殿の失踪とは関係無いであろうが、頭に入れておいてくれ」

「うん……ベルナ村に行ってる場合じゃ無くなっちゃったね」

「うむ、それは仕方がないだろう。ベルナ村には私と村長で代替を……む?」

 ネコートの耳がぴくりと動く。

「何やら村の入り口が騒がしいな」

 それを聞いてマリディアは素早く踵を返した。

「アクアが見つかったのかも……行ってくる!」

 マリディアが入り口にたどり着くと、マフモフを着込んだ青年が大声で何かを叫んでいた。

「だから本当に見たんだって!」

「落ち着けジモン。それは分かったから詳しい場所を教えるんだ」

 青年の前では加工屋のジルが難しい顔をしていた。
 ジモンは道具屋の見習いとして働いている青年で、今日は早朝から下の村まで雪山草を届けに行っていたはずである。
 よほど急いで来たのだろう、肩で息をしている青年の帽子は取れ、服も何箇所か破れていた。

「ジモン、何があったの?」

「あ、ハンマーさん……! 本当なんだ! 俺見たんだよ! ガムートがいるのを! あんたなら信じてくれるだろう!?」

「ガムート……!」

 先ほどのネコートの言葉が脳裏を過ぎった。

「俺が雪山草を届けた帰り道に、行きには無かった大きな岩があって……不思議に思って近づいたらそいつ、動きやがったんだ!」

 ジモンの顔は蒼白で、思い出したかのように震え始めた。

「目があった時の恐ろしさ……あれはティガレックスとは別種の恐怖だった。逃げ出した俺は近場の洞窟に隠れて、ほとぼりが覚めてからここに来たんだけど……逃げる時に見たんだ」

「何を?」

「村の方向から誰かが歩いて来るのをさ! 遠かったからはっきりとは分からなかったけど、あれは多分アクアさんだったと──っ!?」

 マリディアは咄嗟にジモンの胸ぐらを掴んでいた。

「位置と時間はっ!」

「こ、ここから下の村まで半分くらいの場所で、三十分くらい前だ……っ!」

「ありがとう……っ!」

 自宅に戻り素早くマフモフを着込むと、立て掛けてあるアンヴィルハンマーを手に取ってマリディアは村の外へ駆け出した。

「ま、待て! マリディア殿!」

 ネコートの声が微かに聞こえたが、マリディアは足を止めるとこなく、半ば転がり落ちるように斜面を駆け下りていく。数分ほど経って、ようやく彼女はその足を止めた。

「……いた。見つけたぞ」

 普段、道として利用している緩やかな山道。しかしそこには、あるはずのない白い塊が静かにそびえていた。雪を被った大岩のようにも見えるそれは、僅かだか上下に息づいている。こいつが巨獣だ──とマリディアは本能的に理解していた。
 巨獣は休んでいるのか、動くような素振りはない。アクアが襲われているのではないか、という危惧が杞憂と分かり、マリディアは少しばかり安堵の息を漏らした。

「でも近くにいたはずだよな……争った形跡もないみたいだし」

 辺りを見渡しても、人影は見当たらない。再び雪が降り始めたこともあり、ジモンの足跡も残ってはいなかった。

「しかしこれが巨獣か……初めて見たけど本当に大き──っ!?」

 その巨獣に近付いた瞬間、マリディアの背筋に冷たいものが流れ落ちた。
 彼女は信じられない速度で背の大鎚を引き抜き、その巨体へ力任せに叩きつけた。

「──早くそこを退けっ!!!!」

 巨体の下に見つけたのは、見覚えのある色をした布の一部だったのだ。

『パオォォォォォォォォォ!!!!』
 
 休憩を邪魔された巨獣の、山鳴りのような怒りの咆哮が響き渡った。体から雪を雪崩のように落としながら、巨獣はその体を起こし始める。

「アクア……っ!」

 急いで下を確認したマリディアは、大きく安堵の息を吐いた。ユクモ装備の一部に見えたそれは、ジモンが雪山草の運搬に使っていた風呂敷だったのだ。
 
「よかった……──っ!」

 安堵したのも束の間、自分を攻撃対象と認めた巨獣の一撃を後ろに飛んで躱す。
 大きく距離を取って巨獣を見上げたが、その巨体のせいか、とても近く感じる。

「こいつがガムート……」

 先ほどまでは岩しか見えなかったが、その姿はポポに良く似ていた。しかしポポの十倍程の大きさを誇り、長く発達した鼻と牙が決定的に違う。四肢は甲殻のような外皮に覆われており、長時間圧迫された雪の塊が付着している。
頑丈そうな毛皮や雪の甲殻……まるで重鎧を思わせる風体であった。

「アクアがいないなら、もう用は無いけど……流石に黙って帰してはくれないよねぇ……ん?」

 突然、目の前が暗くなる。巨獣が上半身を大きく持ち上げ始めたのだ。後ろ足を支えにして両方の前足を振り上げる──ただこれだけの動作に、マリディアは戦慄した。

「やばっ……!」

 踏み固められた雪が、有り得ないほど大きな軋み音を立て始める。巨獣の重心が少しずつ、こちらに移動しているのだ。

『オオオオンッ……!』

「くっ……!」

 重苦しい鳴き声と共に落とされた踏みつけを、1メートル弱の距離で避ける。しかし、その攻撃範囲はマリディアの予想を僅かに上回っていた。巨体の生み出す振動が、雪で不安定な彼女の足を直撃したのだ。

「おわっ……!?」

 振動により緩くなった雪面に足を取られる。更にそこに向けて、大量の雪が降り注いだ。

「──っ!」

 まるで岩が落ちてきたかのような衝撃に、彼女の息が詰まる。その雪はガムートが移動した際に踏み固められたものであった。気付けば雪はわ彼女を包むように積もり固まっていた。
 
「やば……動けないわこれ」

 取るものも取らずに出てきた彼女のポーチには消散剤など入っているはずも無く、普段着同様のマフモフはダメージをほとんど緩和することはない。それに加えて、彼女の選んだハンマーが輪を掛けて負荷を掛けていた。
 アンヴィルハンマーは金属製の超重量。火属性の武器ならいざ知らず、アンヴィルハンマーは雪によりその温度を下げられ、雪と共に完全に固まってしまったのだ。更にその重さのまま背中に固定されたため、彼女が起き上がることをより困難にさせていた。

 普段なら絶対に犯すことのないミスが今、強大な牙となって彼女に突き刺さっていた。
 そんな彼女へ、ガムートが地鳴りをさせて近付いて来る。あの踏みつけを食らえばひとたまりもないだろう。焦りに身を任せたことを後悔するが、それよりもマリディアはアクアのことを気にかけていた。

「……まぁ、きっとネコートさんが見つけてくれる、か」

 後の心残りは、このガムートと本気でぶつかれなかったことであった。

「まさかこんな強敵が地元にいたとはねぇ……やっぱり世界は広いや」

 ガムートの足が持ち上がり、暗い影が真上に現れる。しかし無様な死に方だな、と観念して苦笑した瞬間──凄まじい衝撃がマリディアの体を横っ腹を突き抜けた。

「んな……っ……!?」

 大きく吹き飛ぶと同時に、身体を拘束していた雪も砕け散る。まるで蹴りを食らったような衝撃だったが、その威力はリノプロスの突進を超えていた。
 先程まで自分がいた場所には粉雪が盛大に待っていたが、そこには一つの人影が佇んでいた。

「アクア……?」

 一瞬そう思ったが、すぐにその考えを否定する。アクアにしてはあまりにも背が低すぎる。

「やっと、見つけ……た……?」

 幼い少女のような声が粉雪の中から聞こえてきた。徐々に消えていく粉雪から、声の主が段々と姿を現し始める。
 それは自分の半分くらいの背丈の少女であった。表情の読めない顔をした彼女は、ぞくっとするような美しさを醸し出していた。

「やっと見つけた……」

 グレーの長髪をなびかせた彼女は、青色の瞳でマリディアをジッと見つめ、やがてとんでもないことを呟いた。

「探したよ、お母さん」

「……へ?」

『パオオォォォォォン!!』

 微笑を浮かべる少女と、猛る巨獣。両者を前に、彼女は今までに無いほど困惑した顔を浮かべていた。



[37857] アンスール・アライブ 4話
Name: 楽太郎◆a3215f1c ID:4716d9e2
Date: 2016/08/13 21:24
◇ 第4話「集結の日を共に」



「お、おか、お母……さん?」

 少女の言葉にマリディアは盛大に首を傾げると、大きく首を振った。
 いやいやいやいや。こんな大きな子を産んだ覚えはない。

「な、何かの勘違いじゃ──」

「お母さん、私……」

「いや、だから──」

「私は……」

 話を聞かない子だった。
 どういう状況だこれは──そう考えて頭を抱えそうになったマリディア。
 その時である。雪風が少女の横を吹き抜けたのだ。

「──っ!?」

 マリディアは思わず息を飲んだ。
 淡い銀光を纏った長髪。滑らかに揺れるそれは、雪と共に優雅に舞い上がった。
 雲間から照らす日光がその雪を照らし、ダイヤモンドダストが少女の周りに輝く。
 ほんの一瞬の出来事。しかしそれは、思考という名の時間を止めるのに十分なものであった。マリディアはおろか、猛る巨獣ですら例外ではない。雪に舞う少女の姿は、雪の精霊かと見紛うほどに優美で、我々の視線を釘付けにしていた。
 少女はそんな私の側まで近づくと、静かに微笑んだ。

「私は、ずっと探してたの。今は、会えて嬉しい。ただ、それだけ」

「……一体どういう」

「話は、後で。今はここを、離れましょう」

「え、うわっ!?」

 ガクンと、マリディアの体が大きく傾いた。少女が彼女の手を引いて走り出したのだ。
 ブルファンゴに勝るような力で引っ張られ、引き摺られ気味になるマリディア。

「ちょっ、待ってってば!? 後ろにガムートが……」

「大丈夫、だから」

「えっ……?」

 振り返ると、妙なことにガムートはこちらの様子を窺ったまま動こうとしていない。

「なんで……」

「早く行こう、お母さん」

「わわっ!?」

 一体どこからこんな力が……──彼女を掴むその手は華奢で冷たく、伝わる力が嘘のように小さい。
 ともかく、足を動かす(される)以外は現状することが無い。マリディアはこの不思議な少女について考えを巡らせた。
 少女の顔立ちはまだ幼さが残るが、その瞳にそのような甘い色は無い。やや細めがちで、マカライトのように澄んだ青を浮かばせるその瞳は、不思議とアクアを連想させる。
 背丈はシャワくらいかな……と彼女の体に目を移したマリディアだったが、その服装を見て驚愕した。

(嘘でしょ!? この子よく見たら白い布一枚に裸足!?)

「……? 痛かったら言ってね。わたし、力の加減が苦手、みたいだから」

 マリディアの顔色を誤解したのか、少女が小さく問いかける。

「いや、それは大丈夫だけどさ……」

「そう……? なら、もう少し、しっかり握るね」

「……へ? ──いだだだだだ!?」

 みしみし、と何かが軋む音がした。
 最重量のハンマーを操るマリディアだ。握力には相当の自信があり、知り合いの男性陣にも握力勝負で負けたことは一度もない。
 しかし万力のようなこの力には、流石の彼女も根を上げざるを得なかった。
 リミッターが外れているだとか、そういったレベルではない。ラージャンに腕を掴まれた時だって、これほどでは無かったはずである。

「……っ!」

 マリディアの反応に驚いたのか、少女は弾けるように手を離した。

「ご、ごめんなさい。ちょっと、強くし過ぎたかも……」

「……何とか無事みたい。うん、少し加減を覚えようね……」

 手には小さな手形がくっきりと残ってはいるが、少女の顔を見ればそれを責めるのは酷である。
 辺りを見渡せば、先程より随分高所まで登っていた。巨大なガムートの姿も既に無い。

「大丈夫、あれは追ってこないよ」

 少女はマカライトの瞳に不思議な色を浮かべて言う。先程同様、それは妙に説得力のある響きだった。

「……ならもう走る必要もない、か」

 結局アクアの行方は掴めなかった。不安は残るが、今はこの少女を村に送り届けるのが先決である。小さな村だから住民でないことは明らかなのだが、気球船で訪れた観光客の子供の可能性もある。
 にしては気になることが多すぎるんだけどね──と彼女は心の中で肩をすくめ、少女と並んで風の止んだ雪道を歩み始めた。







「ジル! 子供サイズのマフモフ一式頂戴! 早く!」

 マリディアは村に着くなり、加工屋のカウンターに飛びついていた。

「おいおいどうしたってん……」

 加工場からのっそりと出てきた男──ジルは、その光景に言葉を失った。

 普段ではまずお目に掛かれないマリディアの青ざめた顔も驚きだが、その傍らにいる少女の姿はその比では無かった。

「──な、なんだその格好は!?」

 半分悲鳴に近い声を上げるジル。
 炉の火で色黒に焼けた肌と整えられたヒゲが似合う彼だが、腕は一流の鍛冶職人であった。
 ハンマーしか作らないハンターと、ユクモ装備しか着ないハンターに頭を抱える生活を送ってこそいるが、どんな加工難度の素材でも扱える彼の腕は素晴らしく、大陸を超えて訪れるハンターもいるほどである。
 狩場の環境にも合うように狩りの前のメンテナンスも請け負い、いかに場に適した武具を提供するかが誇りである彼にとって、目の前の光景は衝撃の一言で抑えられるものでは無かった。
 白い布一枚と素足。
 ここは大陸の極地、聳え立つフラヒヤ山脈の麓にある村だ。オーロラだって見れる。
 正直、耐寒性能に優れたマフモフを着込んでも寒いのだ。なのに布一枚だと……!
 そんなジルの表情を見て何かを察してのか、マリディアも青ざめた顔のまま両腕で身体を抱き締めた。

「やっぱ寒くなるよね? 私も見てるうちにどんどん寒くなってさぁ……」

 違う、そうじゃないだろ! ジルはそんな叫びを辛うじて飲み込んだ。彼女にそういった常識を求めることが無駄なことは、この数年の付き合いでよく学んでいる。
 
「待ってろ、すぐに持ってくる……!」

 ジル程になれば測らなくても正確なサイズを分析出来る。命を守る重要な防具であれば正確な計測もするのだが、今回は何より速さを求められた。在庫のマフモフから適度なサイズを選び、手早く微調整した後で少女に手渡す。

「さぁ、早くこれを着な」

「これは……?」

 マフモフ一式を手渡された少女はやや首を傾げ、辺りをキョロキョロと見渡した。付近を歩く村人は皆マフモフを身に付けている。

「……着るものなのね」

「よかったね、ジルからのプレゼントだってさ。よし、着替えに行こうか」

 よしよしと少女の頭を撫で、そのまま家に連れて帰ろうとするマリディア。

「待てこら」

 その背中にジルは冷ややかに言い捨てた。

「どういう事情か知らないが、お代はあんたからしっかり貰うからな? 勿論、特別手数料付きだ」

「えぇ!?」

「えぇ!? じゃない! 迷子だか隠し子だか知らないが、面倒見るならしっかり責任取りやがれ!」

「か、隠し子ちゃうわい!」

 そう言い捨て、どしどしと帰るマリディアを見届けると、彼は溜息一つ吐いて加工場へと戻っていった。何時もの事ながら、彼女に付き合うと神経への負担が大きいのだ。
 加工場に戻ると、その一角を占領する骨や金属の塊が重苦しい雰囲気で彼を出迎えた。

「あぁ……ベルナ村に行くからってあいつの武器のメンテナンス、頼まれてたんだった……」

 ジルはもう一つ溜息を吐いて炉に向き合った。
 まだ彼の一日は始まったばかりである。





「どう? 暖かいでしょ」

 マリディアの家の一室で、マフモフ一式を身に付けた少女にマリディアはホッとしたようにに問い掛けた。

「体が、カタカタしなくなった」

「カタカタしてたんかいっ!」

 思わず大声で突っ込むマリディアだったが、少女は怯えるどころか不思議そうな顔でこちらを見つめている。
 アクアがいたなら『またそうやって女の子に大声上げて!』とお叱りを受けただろうが……
そう考えて、ようやくマリディアは自分が少女に救われた身だったことを思い出した。
 
「そうだごめん、お礼を言い忘れてたね。さっきは助けてくれてありがとう」

「ううん。私はお母さんを、助けただけ」

「お母さん……ねぇ」

 マリディアはしゃがみ込み、少女に優しく質問した。

「ねぇ、貴女の名前を教えてくれる?」

 マカライトの瞳が揺れ、少女の小さな口がゆっくりと開いた。

「私はマリン。お母さんと、もう一人のお母さんの子供」





 え?
 今なんて?





「もう一人の……お母さん?」

 恐る恐る聞き返すと、少女──マリンはニコリと答えた。

「うん。名前は、分からないけど……青い髪の、お母さん」

「……」



 もしかして……?



「あと、辛いの? が好き」

「……」



 やっぱりアクアじゃん。



 マリディアは額を抑えてへなへなと座り込んだ。
 どうすればそうなる。
 迷子になった少女が、現実逃避のために自分を母親と誤認した──そんな風に考えていたのだが、今の爆弾発言で全てが吹き飛んだ。
 確かに言われてみれば目元はアクアに似ているし、頭髪の頂上部に一本逆立って垂れている髪の毛は私の気にしている癖っ毛に似ている。
 だが、だからと言って到底ありえる話ではない。

「マリン、あんた一体……」
 
「──私も、それしか分からないの」

 マリンはその言葉の続きを察したように首を振った。

「私が覚えてるのは、自分の名前と、お母さん達のことだけ。気が付いたら、あの山にいたの」

「なら、何も……分からないってこと?」

「うん。だけど、一つだけ目的を思い出せた」

 マリンの燕雀石の瞳が、真っ直ぐにマリディアを見つめる。それは意思の強さと、どこか儚げな色を湛えていた。

「お母さん達に会うこと。それが私の目的で、願い──だからお母さん」

 マリンは、マリディアの手を強く握って彼女の顔を見た。

「もう一人のお母さんを、探しに行こう」

「…………うん」

 マリディアは汗の滴る顔でぎこちなく頷いた。そして震える声でマリンにゆっくりと話し掛けた。

「マリン……手……ちょっと離そうか」

「え?」

「手……ちょっとイッたかも……」

「えぇ!?」

 よく見るとマリンが渾身の力で握ったマリディアの手は白く変色しており、何処と無く曲がらない方向に曲がっている気がする。

「ごごご、ごめんなさい、私……」

「……構わん。が、とりあえず正座だ」

 彼女の指は持ち前の頑丈さで脱臼及び捻挫で済んだが、マリンは力の加減についてこってりと説教されることになった。







 ジルがマリディアの家に駆け込んで来たのは太陽も登りきった昼過ぎであった。

「おい! ハンマーさん……って、あんたら何してるんだ?」

 扉を開けて目にしたのは、包帯を両手に巻いたマリディアと、正座をしてプルプルしている少女であった。ジルは最大限優しい顔をしてしゃがむと、やんわりと少女に話し掛けた。

「何があったか知らないが、悪いのは全部そっちの姉ちゃんだ。君がそんなことをする必要はないぞ?」

「そう……?」

「ジル。私の現状を総スルーしてその言動とは、恐れ入るね」

「誰があんたの怪我の心配をするか……って違う、そんな話をしに来たんじゃないんだ。アクアちゃんの目撃情報があった」

「どこで!?」

 マリディアが頭突きする勢いでジルに詰め寄った。手に包帯が巻かれていなかったら胸倉を掴んでいたに違いない。

「飛行機のアイルーだ。早朝便でベルナ村に資材を運んでいた奴がが戻ったんだが……っておい!?」

 マリディアは既に扉の外に消えていた。部屋にはジルと──マリディアを追いかけようとしたのだろう──うつ伏せで倒れている少女のみが取り残されていた。

「あ、足が動かな……い、なんで……?」

「それがそのお仕置きの怖いところだ。……おい頼むからそんな顔をするな、奴はすぐ戻ってくるさ」

 ジルは勝手知ったる様に部屋の椅子に腰掛けた。そしてすぐに出発するだろう彼女のために、ベルナシリーズの手入れに取り掛かった。



 飛行船乗り場ではマリディアがアイルーの両脇を掴んで抱き上げていた。
 包帯は道中で解いたらしい。恐ろしいことに両手は回復薬が効いたのか完治している。加えて彼女の剣幕はいつになく険しかった。

「アクアを見失ったって、どういうとこさ?」

「だ、だから気付いたら居て、気付いたら居なくなってたのニャ!」

「そんなざっくりした話はいいから、詳細を話すの!」

「たた、助けてニャー!」

「アノ、もしもし?」

 盛大にアイルーをモフモフしている彼女の後ろで、小さく呼ぶ声がした。

「ん?」

 振り向くと、黄色の衣装を着たアイルーが気まずそうにこちらを見上げている。飛行船窓口のアイルーで、名をクルーンと言ったはずである。

「青い髪でユクモの服を着た女の人を見かけたのは本当ですのニャ。詳しくはワタクシが話しますので、一旦ソノ新人乗組員を離して下さいますかニャ?」

「クルーンだっけ、一体どういうことなの?」

 マリディアはアイルーを降ろすと、クルーンの近くにしゃがみ込んだ。降ろされたアイルーは、一目散にクルーンの後ろへと駆け戻っている。黄色と白のストライプに彩られたお揃いの服を着ている彼らは、兄弟のようでひどく愛らしい。
 クルーンはガクガク怯える新人乗組員を困ったような目で眺め、軽い溜息をついた後でマリディアへ説明を開始した。

「ワタクシとコノ新人乗組員──ジョーンは早朝便でここからベルナ村に出発しましたのニャ」

「ぼ、ぼくらは雪山の突風が怖いから、なるべく山の近くを飛ぶのニャ。だ、だから今朝も山の側面に沿って運転していたのニャ!」

 クルーンの後ろに隠れながら、ジョーンが怖々と補足する。たかだか高い高いしただけ(放り投げて『凄い高い高い』もした)でこんなに怯えられると逆に心配になってくる。
 以前名を与えた黒いアイルーは元気だろうか……、ふとそんな事を考える。

「航海は順調にスタートしましたニャ。ダケド雪山超えも半分に差し掛かったころ……」

「お、大きな音と一緒に、何かが甲板に落ちてきたのニャ!」

 クルーンはその場の状況を思い返すように腕を組んだ。

「ジョーンは大型モンスターの襲来だと慌ててましたが、モンスターならトックにあの船はツイラクしていますニャ。ワタクシはジョーンを落ち着かせて、二匹で様子を見に行ったのですニャ」

 ジョーンが思い出したように震えだす。

「それは初め、雪だるまみたいだったのニャ……でも突然動きだして差し掛かった中から手がっ!」

「結論から言ってシマエバ、それが雪まみれでユクモ装備を着た女の人──アクアさんだったのニャ 」

「アクアが……雪山から飛び乗ったってこと?」

 マリディアの問いに、クルーンは少し考えて首を振った。

「イクラ山肌の近くとはいえ、輸送用の小さな飛行船に飛び乗るなんて自殺行為ですニャ。雪まみれだったことを考えると、運良く転がり落ちてきた、というのが現実的ですが……」

 クルーンは再度考えるように首を捻った。

「──にしてはどうも様子がおかしかったんですニャぁ……」

『……このまま乗せて下さい』

 甲板の上でアクアは一言、そう言ったそうだ。

「あ、あとはどんなに話しかけても反応しなくて……諦めてそのままベルナ村に向かったんだけど……ベルナ村に着く少し前に様子を見に行ったら、いい……居なくなってたのニャ!」

「ワタクシ達の船は着陸に向けて低空飛行をハジメテいましたが、まだ陸地は遠い位置……到底飛び降りれる高さではありませんでしたニャ」

「でも……居なくなってた。そういうことだよね」

 クルーンは申し訳なさそうに俯いた。

「スミマセンですニャ。お客サマに満足頂けるために始めた飛行船でこんなことが起きるなんて……」

「いや、クルーンとジョーンは悪くないよ。貴重な情報をありがとう──よしっ!」

 マリディアはグッと膝に力を入れると勢いよく立ち上がった。

「クルーンはギルドに連絡して! 私は予定通りベルナ村に向かう!」

「はいデスニャ!」

「ジョーン、私の他にもう一人乗員が増えるから準備してくれる?」

「は、はいですニャ。……一体誰が乗るのかニャ?」

 ジョーンの問いに、マリディアは困ったように頭を掻いた。

「よく分からないけど……私の娘らしい」



 午後の太陽が傾きを見せた頃、ポッケ、ユクモ、ココットの三村から飛行船が出発した。
 各村の代表を乗せた飛行船は大空へと舞い上がり、大陸の一点を目指す。
 行き先は──ベルナ。


 
「これはこう着て……この武器は……んんー、どう使うんだ?」



「おおー見ろホタテ、空気が美味しいぞ」

「どうして甲板の先端に立つのニャ! ? 落ちたらどうするつもりニャ!!」



「高い……けど何だか、好き」

「ブーメランだけはしまっておかないとな……」




 様々な思いが交錯する中、ベルナ村では不穏な空気が流れ始めていた。

「……飛行船が神隠し?」

「何でもある空域を通過する飛行船の何割かが消息不明になってるみたい」

 シェリーの表情からは何時も余裕は窺えない。

「久々に動くべき、じゃないですか? 『song of circle』の名に賭けて」

「……何そのだっさい名前」

 歌丸。はゲンナリしたように天を仰いだ。

「崇高なファンが多いみたいですね。何でも実名を呼ぶのは畏れ多い、とかなんとか」

「いやソング何ちゃらのがよっぽど悪質だと思うけど!?」

 ともかく、と歌丸。は咳払いしてシェリーを黙らせた。

「大丈夫、母ちゃんは既に手を打っている」

「あら、お早いことで。それで、その手の信頼度は?」

「ん、三割」

「え……?」

 しかし歌丸。は面食らったシェリーの肩を力強く叩いた。

「大丈夫大丈夫。三割の可能性引けないような連中を集めてないから!」

「……そうですか」

 作り笑いを浮かべてシェリーは、心の中で選ばれし生贄達に深く祈りを捧げた。

 ──恨むなら、この人を。



 何も知らない飛行船はゆっくりとベルナ村へ向かう。
 危険空域まで、残り時間は数刻も無い。



[37857] アンスール・アライブ 5話
Name: 楽太郎◆a3215f1c ID:18c0d220
Date: 2016/08/13 21:25
◇ 第5話「緊急飛行」


 風を切って進む飛行船で、一人の笑い声が響いていた。

「はっはっはっ。風が気持ちいいなぁ」

 甲板の先端で腕を組み、落ちるか落ちないかの絶妙なバランスで直立している男──『勇者』ほへいは、自分の肩に乗っているアイルーを横目に呟く。

「ホタテよ。気持ちいいなぁ?」

「…………」

 しかしアイルーからの返答は無い。ベルダーネコシリーズを身に纏ったホタテは、生気の無い瞳で虚空を見つめている。

「はっはっはっ」

 勇者も口では笑っているものの、その瞳には一片の笑みすら浮かんでいなかった。
 ひたすらに乾いた笑いと涼やかな風が吹き抜ける、飛行船の甲板。
 原因は、数刻前に遡る。

 『ベルダーシリーズ』。ターバンや肩掛けが特徴的な防具で、布や毛皮と少量の鉱石を元に作られた龍歴院考案の逸品だ。
 あらゆる環境下で行動しやすい柔軟な作りで、登山杖など旅路に役立つアイテムも豊富に取り付けられているこの防具は、使い込むにつれて自分専用に馴染んでいく。その特性から、旅をする者には多くの愛好家が存在するという。
 ベルナ村へ航海をするにあたって、この防具を着ることがギルド並びに龍歴院からの条件であった。
 これは厳密な調査を実施するために、段階を踏んだ武具使用が考慮されている──というのがギルド側の意見であるが、実際の目的は異なる。
 龍歴院は独自の武具製作にも取り組んでいるが、辺境ということもあり、その高い技術力は正統な評価をされないでいた。しかし今回の政策では、強力な消費者であるハンターに己が武具の優位性を宣伝することが出来る。そこで高い評価を受ければ、最終的にはハンターズギルドへと進出し、技術提携による龍歴院優位な交易の発展も可能であると目論んでいるのだ。
 そんな理由を知ってか知らずか、ほへいはこれに猛反発した。

『どうして俺が、こんなごわごわしたものを着なければならないんだ』

 ギルドや龍歴院の研究員の説得を一切受け付けず、決して防具を脱ごうとしない勇者。
 流石に初の政策で特例は設けられない。となれば勇者と言えどもお引取りを願うしか──龍歴院の研究員達の考えはそんな方向へ動こうとしていた。
 そんな彼のボーン装備をホタテが強引に剥ぎ取り、半壊させたのは英断と言えよう。
 しかし彼は盛大にヘソを曲げてしまった。
 結果、哀れなアイルーは彼の腹いせの標的にされることとなったのだ。

「し……信じられない、ニャ……馬鹿なのかニャ……あ、あれから……何時間ここにいるのニャ……」

 落ちそうで落ちない。一瞬ぐらついて、落ちる何度と思っても落ちない。常人であればとっくに神経が摩耗消滅していてもおかしくない。
 勇者の肩から垂らされる形で固定され続けているホタテが、目を回しながら健気に呪詛を吐く。ほへいは気にせずに真下を見下ろし続けいる。

 飛行船は海を渡り、現在は一風変わった島の上空を飛んでいる最中だ。
 この島は龍歴院が管理、調査しているものであり、一般のハンターは立ち入り禁止となっている。『古代林』と呼ばれる貴重な動植物が生息する深森が広がっているのニャ──というガイドアイルーの説明の聞いたのは、つい半刻ほど前であった。
 黒煙が立ち上る活火山や森を貫く巨大なゼンマイなど、どこか故郷(未知の樹海)を思われる風景が広がっており、ほへいはホタテへの腹いせと称しながらも、割と景色を楽しんでいたのだ。

 それが今回は幸いした。

「……ん?」

 最初に気付いたのは勇者であった。

「何……ニャ? 今森にお星様がぁ……?」

「何か……いるなぁ」

 見えたのは、小さな火花のようであった。
 ガイドアイルーによれば、この島には『斬竜』という火花を散らして尾の大刃を研ぐ特殊な獣竜が生息しているという。
 ならば今のがそれか、早く実物を見てみたいなぁ──そう思った直後、その考えは搔き消えた。

「なんだぁ……あれは?」

 森の中で何かが弾けた──そう思った瞬間である。赤黒い稲妻の巨大な柱が、飛行船目掛けて向かってきたのだ。稲妻は飛行船の中心部へと伸びており、直撃すれば墜落は免れない。

「ほっ」

 ほへいは迷う事なく空中に身を投げ出した。

「──∠*〻£◆∂$△¥!!!」

 ほたての声にならない悲鳴が飛行船から遠ざかっていく。彼らは迫り来る稲妻へ急降下を始めていた。
 強烈な風を受け、ほへいの頭頂部に結われた黒髪がヤシの木のように激しく揺れる。そんな中、勇者は腕に取り付けていた『あるもの』を稲妻に向けて突き出した。

「英雄の武器だから、きっと大丈夫だろう」

 装飾の施された、白く滑らかな盾を構えて稲妻に突っ込むほへい。

「ウォァァァァァ────!!!」

「〒*〻£∟#∂◇∀∽★────!!!」

 二つの声(悲鳴)が重なり、勇者の盾と極太の稲妻が凄まじい光と共に衝突した。

「ぐむ……!」

 盾で弾かれた稲妻の残滓が勇者の身体を少しずつ焦がしていくが、盾の恩恵なのかそれほどのダメージは無い。
 重力と推進力に挟まれ、空中に浮くように攻防を続けていたほへいであったが、勝利の女神は彼に微笑んだ。

「ぬんっ!」

 ほへいが力任せに稲妻を薙ぎはらうと、稲妻は僅かに方向を変えて飛行船の横を通り過ぎ、遥か空へと伸びて消滅した。同時にその衝撃波によって、ほへいとホタテは見事、甲板への生還に成功したのである。

「ふぅ、何とかなったなぁ」

 プスプスと音を立てる盾は最早炭と区別がつかない。ほへいは少し考えた後で盾を空中へと放り捨てた。

「土に還るといい」

「──たニャ」

「ん?」

 焦げた衣服を払っていると、俯いたホタテが何かをブツブツと話していた。
 近付いて覗いてみると、その目は虚ろで床の一点を見つめている。

「おいホタテ、どうし──」

「し、失敗して落ちたらどうするつもりだったニャーーーー!!」

 ホタテはほへいが声を掛けるや否や、クワッと目を見開いて彼に飛びかかってきた。

「おおっと」

 鋭い爪の一撃をひらりと躱すが、ホタテの猛攻は止まらない。

「そもそも落ちるどころか、僕らがこんがりする可能性を考えなかったのかニャ!? よくあんな無茶なことが出来るニャね!? 」

「はっはっはっ、そう怒るな。結界オーライだからいいじゃないか」

 ウニャー! とホタテは更に激昂して毛を逆立てる。

「良いわけないニャ! もううんざりだニャ! いつもいつもいつもいつもいつもいつもぉ! これ以上ほへいしゃんに付き合ってたら僕は干からびちゃうニャ!!!」

「はっはっはっ、なら主人を変えてはどうだ?」

 ほへいの言葉にホタテはうぐぐと歯軋りするも、再度飛びかかってポカポカとほへいを叩いた。

「それが出来たら苦労は無いニャァァァァァ!!」

「はっはっはっ! 諦めろホタテ! 空気が美味しいぞ!」

「笑い過ぎだニャ!!」

 大空を飛ぶ飛行船の甲板の先端で、ほへいの笑い声は何時までも続いていたという。







「んんー……! 空の上は気持ちがいいね」

 やっとのことでベルダー装備に着替えたシーグルは、ラーグとユールを連れて甲板に景色を見に来ていた。

「何だろう、風を受けるのがとても楽しいな」

 白金色に染まった髪が、柔らかく風になびいて流れる。頭防具のターバンは巻いていない。どうしても付け方が分からなかったのだ。
 シーグルは早々に諦めて、着いてから教えて貰おうと『ベルダーターバン』だけはこっそりポーチに詰め込んでいた。

「ん……何だろう? 今、向こうで変な光が……」

 シーグルの視界の端で、赤黒い光が立ち上ったような気がした。しかし、その方角を見ても何も見当たらない。

「ん? そうだったかニャ?」

「……」

 ラーグは丸い目をキラキラさせながら下に広がる古代林を眺めており、全く気付いた様子はない。
 ユールは気付いたのかそうでないのか分からない。猫にあるまじき鋭い目で先程の方角を睨み続けているものの、何かを言う気は無いらしい。

「気のせいだったのかな……」

 そう呟いて景色から目を離そうとした時、足元から鋭い声が飛んできた。

「進路を変えろ」

「……え?」

 視線を下に向けると、先程まで押し黙っていたユールが険しい表情を浮かべていた。

「早急に進路を変えるか、速度を上げろ」

「ユール、どうしたのニャ!?」

 その様子にラーグも驚いたのか、慌てるようにシーグルの下に走り寄ってきた。

「──でなければ、死ぬぞ」

 重苦しい言葉がユールから出た瞬間、シーグルは髪の毛がぞわりと逆立つのを感じた。
 気付けば彼女は、飛行船の操縦者であるロイドへと詰め寄っていた。

「進路変更、出来るか!」

「どうしたんだ急に──」

 操縦桿を握るロイドは戸惑いの表情を浮かべるも彼女の剣幕に何かを感じたのだろう、すぐに真剣な顔になった。

「この島の上空は大気の流れが決まっている。だから進路の変更は不可能だ!」

「なら速度を上げることは!」

 シーグルは掴み掛からんばかりにロイドに詰め寄った。
 記憶の上ではまだ短い付き合いのユールだが、彼は不必要なことは一切喋らない。そんな彼から発せられた緊急事態。対策しなければ彼の言葉通り、死は避けられないのだとシーグルは直感で理解していた。

「……それも同じだ。風を一番の推進力にしている以上、速度は風力次第だ!」

「なら強い風を当てれば……!」

 風なら簡単だ──そう思って船の後部に走ったシーグルだったが、そこではたと立ち止まった。

「……何で私は今、簡単──だなんて……?」

「シーグル! これなんてどうニャ?」

 一瞬の思考停止、しかしそれはラーグの声によって霧散した。

「えっ……?」

「これニャこれニャ! 何かに使えそうじゃないかニャ?」

 ラーグはあるアイテムを指差していた。それは一抱えもある楕円形の木箱であり、飛行船の一角に複数個が厳重に固定されている。

「これは……まさか!」

 すん、と鼻に付く火薬草の濃い匂い。この木箱の中には大量の火薬がぎっしりと詰まっていらしい。
 シーグルは木箱を一つ抱え上げると、再び船の最後尾を目指した。

「お、おいハンターさん! 大タル爆弾で何するつもりだ!」

 ロイドが慌てたように怒鳴った。
 なるほど、これは『大タル爆弾』と言うのか。爆弾は確か、爆発する危険な調合品……となるとこの木箱は大タルという事になる。

「すまないが、この大タル爆弾を借りるぞ!」

「だから何する……っておい!」

「よい……せぇいっ!」

 シーグルは大きく身体を仰け反らせると、空中へ大タル爆弾を勢いよく放り投げた。

「ラーグ!」

「あいあいニャ!」

 ラーグはウインクと共に、手元のブーメランを大タル爆弾に向けて放り投げる。
 放物線を描いて回転するブーメランは見事爆弾に当たり──。

「うわぁ!?」

「ニャ────!?」

 勢いよく爆散した大タル爆弾の爆風が飛行船に襲いかかり、勢いよく船を前進させる。
 シーグルとラーグは飛行船の上で七転八転し、ややあって身体を起こすと飛行船は至る所が黒く焦げてしまっていた。

「痛ったぁ……。大タル爆弾……凄い威力だな」

「馬鹿野郎! 俺たちの船をオジャンにするつもりか!?」

「わわっ!?」

 打った頭をさすりながら起き上がるシーグルに、怒髪天をついたロイドから更なる爆弾が降り注いだ。

「一体どういうつもりか知らないが、このことは後できっちり──うぉっ!?」

 ロイドが再び怒声を上げようとした瞬間のことであった。凄まじい音と共に急に背後が暗くなったのだ。次の瞬間、先程の大タル爆弾が霞むような衝撃波が飛行船に襲い掛かった。

「うわっ──!?」

「ニャニャニャ──!?」

 激しく揺れる船体から振り落とされないように、必死にしがみつくシーグルとラーグ。シーグルは渾身の力を振り絞って元凶へと顔をむけた

「何……あれ」

 シーグルは思わず呟いた。
 先程まで飛行船があった場所にそびえるのは赤黒い稲妻の柱。膨大なエネルギーを持ったその柱が太さを変えることなく天へと伸び続けていた。
 バチバチと荒ぶるエネルギーを弾けさせながら立ち上る柱の周囲は、その熱量からか陽炎が生じて景色を歪ませている。

 とても、嫌な気配だった。
 あんなものが直撃すれば、塵一つ残らない。ましてやあんなものを『防ぐ』なんて、出来る訳がない。この災害級の熱柱を回避するならば、今のように急発進する以外に方法は無かったであろう。
 やがて稲妻はゆっくりと薄れていき、細くなった柱は天へと消えていった。

 ようやく船に静けさが戻り、噴き出た汗を拭う余裕が出来てから、シーグルは小さな相棒達へと微笑んだ。

「ありがとう。ユール、ラーグ」

「……」

 今まで何処に居たのか分からないが、彼は当たり前のようにラーグの隣に戻って来ていた。そして相変わらずの黙りを決め込み、踵を返すと再び景色を眺め始めた。

「……ユールは相変わらずなのニャ」

「ま、仕方ないんじゃない? ラーグもありがとね、まさかあんな方法を思いつくなんて」

「へへ、それほどでもないニャ」

「……おい、ハンターさん」

 ラーグが得意気に照れていると、先程まで唖然としていたロイドが話しかけてきた。
 しまった、さっきの説教の続きだ──そう思って身構えると、ロイドは深々と頭を下げた。

「さっきは怒鳴ってすまなかった。俺は飛行船を飛ばして随分になるが……あんなものを見たのは初めてだ。もしあれを受けていたから……ハンターさん、本当に助かった」
 
「い、いやいや、そんな……」

 不意にお礼を言われ、戸惑うようにシーグルは首を振った。何だか顔の奥がむず痒くなり、そわそわする。

「何だろう……変な気分だな」

「シーグル、それが多分『照れてる』ってヤツニャ」

「てれ……てる?」

 これがそうなのか、と一人納得する。
 感情というのはまだまだ奥が深いらしい。

「さてと。まずは早く帰って、今の出来事を龍歴院に報告しないとな」

 ロイドが力強く操縦桿を握る。
 龍歴院……それで何かが分かるだろうか。

「早く……着かないかな」

 様々な感情が入り混じる中、シーグルはふと先程のことを思い出し、ある事に気付いた。



『おい、ハンターさん!』

『ハンターさん、本当に助かった』



「そうか。私は『ハンター』になったんだ」

 彩の頼みはシーグルが龍歴院のハンターとなり、任務をこなすこと。そして、その行程で自身のことを思い出すことがシーグルの目的。

「何の肩書きも無かった私に、名前と職業が出来た──何だろう、心が満たされるような……不思議な気分だ」

 ──この気持ちの正体もいずれ分かるだろうか。シーグルは胸に芽生えた感情を胸に、海の遥か先を見つめる。

「ふふっ、ワクワクしてきたな」
 
 ベルナ村まで、残す行程は三分の一。気持ちでは裏腹に、飛行船は静かに大空を飛んで行った。







「マリン、しっかりしろ!」

「うぅ……うぁぁ……」

 マリディア達が乗る飛行船は焦燥に包まれていた。

「い、一体どうすればいいのかニャぁ!?」

「ジョーン、落ち着くのデスニャ」

「何……これ……景色が回って……落ちる……!?」

 マリディアはマリンの背中を必死でさするも、少女の顔色は戻らない。

「船酔い……だね。飛行船の」

「のりもの……よい?」
 
 マリンは青い顔をして、自身に起きている不可思議な現象に戸惑っている。

「乗り物の独特な揺れで気分が悪くなっちゃつことなんだけど……マリン、前にもこういうことは無かった?」

「……っ……!」

 マリンは口を開く余裕も無いのか、小さく首を振る。しかしそのせいで更に気分が悪くなった少女は、口元を押さえて小さくうずくまってしまった。

「コレはベルナ村まで持ちませんデスニャ」

 そう決断したクルーンの行動は素早かった。規定通りの時間に顧客を運ぶことよりも、大切なのは皆サマの満足。
 クルーンは古代林のある島を通る最短ルートから大きく外れる経路を選ぶと、途中途中で小さな村に着陸してマリンを休ませながらベルナ村へと舵を取ったのである。
 これが彼らを危機から救ったと分かるのは、しばらく先の話である。



[37857] アンスール・アライブ 6話
Name: 楽太郎◆a3215f1c ID:1cb64ef2
Date: 2016/08/13 21:25
◇ 第6話「ベルナの一番長い日」



◆1


 カランという軽やかな音で、少年は目を覚ました。
 間近で香る若草の柔らかな匂いが鼻腔をくすぐる。牧草地の木陰で休んでいたはずが、うたた寝をしてしまったらしい。

「んん──……」

 仰向けに寝転がったまま大きく伸びをして、ゆっくりと身体を起こすと、彼の頬をふんわりとした微風が撫でた。
 後方に広がる牧草が、まるで風に挨拶をするかのようにその頭を下げて道を開けていく。

「ん……?」

 本来ならば、これ以上無いと言うほど快適な空間での目覚めだ。しかし、この時の少年は怪訝そうに首を傾げていた。
 朝にしては、風がやけに生温いのだ。

「まさか──!?」

 ハッとして頭上の木を見上げ、少年はあんぐりと口を開いた。地平線近くで輝いていたはずの太陽が、今は枝の隙間から自分を見下ろしていたのだ。

「いけないっ!」

 慌てて跳ね起き、枕にしていたターバンを引っ掴んだ少年は、走り出そうと強く大地を蹴り出した。
 まだ間に合う、まだ大丈夫──少年の頭にはそんな思いが充満しており、自身の責務など丸ごと忘れてしまっていた。

「ぐえっ……!」

 結果、急に後ろ襟を引かれて少年は弓なりにのけぞる事になる。

「ぐ……苦し……な、何……!?」

 混乱した少年は必死に抵抗を試みるも、彼の首は刻一刻と締め付けられていく。
 寝起きの状態で急に立ち上がった彼。血のめぐりは当然よろしくない。そんな状態で首の血管への負担が加わる……少年の意識がみるみる薄れていくのは必然であった。
 一体どうしてこんな目に……自分はただ……朝早くに起きて……。

「……あっ!」

 そこでようやく、少年は自分がとんでもない『もの』を忘れていたことに気が付いた。

「……ご、ごめん……っ! ちゃんと……連れて……帰るから……は、離して……うわっ!?」

 何とか酸素を取り込むべく、引かれ続ける首元に指を入れて必死に伸ばしながらそう言うと、少年はあっさりと解放された。

「げほっ、げほっ……ご、ごめ──わぷっ?!」

『メェェェェ!』

 涙目の少年は再び呼吸困難に陥った。彼が振り返った刹那、クリーム色の毛玉が顔面に飛び込んで来たのだ。

「…………ちょ……っ! ぷはっ…………! チャム! 僕……急がなきゃ……ならないんだ!」

 クリーム色の毛玉をかきわけ、新鮮な息を吸い込みながら、少年は動く毛玉をぐいぐいと押しやった。

『メェェェ〜』

 「チャム」と呼ばれた毛玉は彼の焦りを察したのか素直に押しやられた。心なしか残念そうな鳴き声を上げるチャムを見て、少年は仕方なさそうな笑顔を浮かべた。

「よしよし、いい子。また今度遊んであげるから許してね。さて急がなきゃ──アップル、ジンギス!」

『メエエエエエ!』

 少年が二つの名前を呼ぶと、近くで草を食んでいたチャムと同じ毛玉達が首元のベルを鳴らして寄って来る。
 ケルビのように四足で跳ね回るこの三匹の毛玉達は、ムーファ──別名、雲羊鹿(うんようじか)と呼ばれる小型の草食獣である。雲のようにふわふわの毛皮と渦巻く角が特徴的な大人しい生き物だ。
 少年は寄ってきたムーファ達の頭を順に抱いて撫でていく。

「ごめんごめん、ずいぶん待たせたよね。さぁ家に帰ろう……っとその前に」

 少年は手慣れた手つきで、寝癖のついた茶髪をターバンで纏め始めた。最後に柄付きの紐をターバンの間に簡単に潜らせ、余りの部分を少しだけ垂らす。

「よしっ! 行こうか」

 少年は満足そうに頷くと、嬉しそうに跳ねるムーファ達を率いて家へと急ぎ始めた。
 
「太陽があの位置だと……うわ、三時間以上も寝てたのか。草、少し食べさせ過ぎたかも……」

『メエエエ?』

「……まぁ、しょうがないか」

 少年はご機嫌なムーファ達を見て、小さく笑いをこぼす。
 ムーファは一見ただの愛玩動物にも見えるが、少年の住むベルナ村にとっては無くてはならない重要な生き物である。
 その角や毛、搾られるミルクなどを使用した畜産業、脚力を活かして荷物の運搬や伝令役としても活用されている。加えて彼らのミルクで作られたチーズは絶品とされ、村を飛び出して一大ブームを巻き起こしているのだ。
 今、大慌てでムーファを引き連れている少年も、彼等の毛やミルクを売って生計を立てているムーファ飼いの一人なのであった。
 
「あ! ウォロさん!」
 
 途中、牧草地から少し外れた小道にメガネを掛けた竜人の後姿を見つけて、少年は慌てたように声を掛ける。

「おや? エージャじゃないか」

 少年が駆け寄ると、若い竜人は振り返って笑顔を浮かべた。綺麗に一本結びに纏められた長い金髪が、慣性に従ってふわりと流れる。

「まだムーファ達の世話をしてたのかい? キミならとっくに広間へ行っていると思っていたよ」

 ウォロが意外そうに言うと、エージャは肩を落として気恥ずかしそうに視線を逸らした。

「僕のそのつもりだったんだけど、実は放牧中に寝過ごしちゃって……」

「ふむ、日頃の疲れも出ているんだろう」

 そんな少年にウォロは真剣な表情で頷き、その肩を軽く叩いた。

「大丈夫。たまに羽を伸ばすのも悪くはないさ、キミもムーファ達もね」

「……まだ間に合うかな?」

 不安そうに自分を見つめる少年。若い竜人はエージャの頭を撫でると、手持ちの書類へ目線を落とした。

「飛行船の到着時間だが、どうも少し遅れているそうだ」

「本当!?」

 途端、エージャはパッと表情を明るくさせた。暗かった褐色の瞳が、一瞬で鮮明な色へと変わる。
 しかし、少年はすぐに笑顔を曇らせた。

「でもどうして遅れてるのかな? 何か悪いことでもあったんじゃ……」

「安心しなさい。少しアクシデントがあったとは聞いているが、情報が入ってくるということは、情報を発信出来る位の余裕があるということでもある」

「そっか!」

 それを聞いて再び笑顔になるエージャ。浮き沈みの激しい少年の表情に、ウォロは小さく吹き出した。

「ふふっ。ともかく、キミが今すべき事はムーファ達を家に帰して、急いで村の広間に向かうことだろう? いくら遅れてるとはいえ、飛行船のクルー達が遅れを取り戻そうと躍起にやっているだろうからね」

「わっ、それもそうだね」

 慌てて家への帰路を急ぎ始めた少年だったが、途中で思い出したようにウォロを振り返った。

「ウォロさんはこの辺で何をやってたの? 散歩?」

「……ふふ。それはね──」

 エージャの問いに、竜人はメガネを軽く持ち上げる。

「飛行船が遅れた分、午後にやるはずだった地質調査のサンプルを取りに来ていたんだ」

「うわぁ……」

「予定通りに採取は終えたから、僕もこのまま広間へ向かうつもりさ」

「……流石、竜歴院の主席に無駄は無いんだね」

 寝過ごして時間を浪費する自分とは正反対だと苦笑いするエージャ。

「飛行船は様々な影響で遅れる場合があるからね。今回も事前に何通かの予定を立てて準備してたのさ──それに加えて最近は……」

 そこまで言ってウォロはハッとして口を噤んだ。

「ん?」

「……いや、何でもないよ」

「そっか。よし、僕も急がないといけないから広間でね!」

 言葉を濁したウォロだったが、少年はそれを気にしている余裕は無い。エージャはウォロへの別れを済ませると、家への帰路を小走りで駆けて行った。



◆2



 ベルナ村の飛行船乗り場の周辺には、大勢の人間が集まっていた。
 その殆どがベルナの村人と竜歴院の研究員であり、皆どこか熱気を帯びた目で空を見上げている。

「皆さま、これ以上進まれると着陸の妨げになるので控えて下さいニャー!」

 乗り場担当アイルーが精一杯の声を張るが、大人数の扱いに慣れていないのか、やや押され気味である。

「間に……合っ……た……」

 そんな村の広間へ到着したエージャは、まだ飛行船が到着していないことに大きく安堵の息を吐いた。肩で激しく呼吸をしながら、額の汗を拭う。
 焦るとロクなことが無いというのは間違いない。ムーファ小屋の鍵を掛け忘れてチャムが脱走したり、忘れ物をして家に駆け戻ったりと、普段の数倍の時間を掛けて辿り着いた少年は既に疲労困憊であった。

「エージャ! 良かった、間に合ったようだね」

 汗だくの少年とは正反対の表情をしたウォロが、人々の間を縫ってやってきた。その手には冷えた井戸水の入ったコップが握られている。
 エージャはそれを一息に飲み干すと、ようやく人心地ついた様子で顔色を明るくさせた。

「ありがとう、ウォロさん」

「いいさ。それより……もうすぐだよ」

 ウォロが空を見上げる。少年もつられて同じ方向を見ると、竜歴院で研究中である巨大な構造物の上空に黒い点が見えた。それはこちらへと一直線に近付いている。

「飛行船だ!」

 思わず叫んだエージャの言葉を受け、周囲の人々も一斉に同じ方向を見上げてざわめき始める。

「竜歴院が選抜した凄腕のハンター……かぁ」

 エージャが小さく声を漏らした。
 『ベルナ村にハンターがやってくる』──ウォロからそれを聞いた時、少年は飛ぶほど喜んだ。それは他の村人たちも同様である。
 ベルナ村には専属ハンターがいない。平穏な小村であるし、大きな問題が発生した際は竜歴院所属のハンターに依頼すれば解決していたからだ。
 その考え方を変えるきっかけとなったのは、最近各地で発生している奇妙な現象である。
 『密林を根城にして猛威を振るっていたモンスターが忽然と消えた』、『生息域から大きく外れた地域にモンスターが現れた』
──こういった現象が発生し、予想外の被害を受けたり、不可解な顔をして帰ってくるハンター達が相次いだのだ。
 その影響がベルナ村にまで及ぶのに時間は掛からなかった。今まで見たこともなかった轟竜【ティガレックス】や火竜【リオレウス】などの危険なモンスターがベルナ村の周辺に現れ始めたのだ。
 それだけでなく、亜種や希少種とも違う特異個体──通称【二つ名モンスター】が現れ始めたのも、丁度この時期である。
 この問題を重く見たのが竜歴院の首席研究員のウォロであった。すぐさまギルドと連絡を取り合い、以前より話のあったハンターの長期委託にベルナ村の守護を含めた契約を加えさせた上で迅速に話を進めたのだ。

「大丈夫さ、エージャ。きっとキミの両親も早く帰って来れる」

「ウォロさん……ありがとう」

 少年の両親は現在、出稼ぎに出ていたロックラックで足止めを食らっている。
 日増しに増加する異常現象に対し、ロックラックギルドが一時的に街全体に交通規制を掛けたのだ。気象の掴みづらい大砂漠において、予想外のモンスターの出没は生死に関わる。それを懸念してのことであった。
 
「僕はギルドに頼んで、ハンター業の盛んな村々から代表のハンターを選んで貰った。それには色んな理由があるけれど、今はハンター達が無事に到着したことに感謝しよう」

「え?」

 妙に安堵した顔を浮かべるウォロを見てエージャは首を傾げる。
 実際のところ、各村の村長は『強者』という極めてざっくりとした選定基準をギルドから指示されている。
 経験において他の追随を許さない村長らにとっての『強者』。それは『村の代表』などという平凡な枠組みから範大きく外れている連中を指すのだが、そんなことをウォロが知る由も無い。
 そんな時、周りの村人達がざわめき始めた。

「……あれ?」

 エージャが視線を上げると、飛行船は既に船体の色が分かるほどに近付いていた。
 その色にエージャは目を疑った。

「あの飛行船……何か焦げてない?」

「──何だって!?」

 途端、ウォロが血相を変えた。
 慌ただしい手つきで懐から双眼鏡を取り出すと、食い入るように覗き始める。

「ウォロさん!?」

 主席研究員の慌てようにエージャも驚きの声をあげた。周りにいた研究員達も「まさか……!」などと声を漏らし、村人とは別種の驚きを浮かべている。
 驚き、不安、焦燥……様々な感情がおり混ざったベルナ村。その中でエージャはただ一人困惑した表情を浮かべていた。

「一体……何が起こってるの?」

 そんな村の様子を知る由もない二隻の飛行船は、ゆっくりと村の広間へと降り立ち始めていった。



◆3



「ほへいしゃん、何か下が騒がしくないかニャ?」

 ようやく地上が見え始めたころ、甲板の先端でホタテは首を傾げていた。

「はっはっはっ、きっと歓迎してくれてるのさ」

 腕を組んだほへいが悠然と答えるが、どうも納得がいかない様子である。

「……歓迎してるようには見えないんだけどニャ」

 数刻も吊るされていれば慣れもするようで、平然とした様子で下を眺めるホタテ。
 村人達に手などを振る様子はなく、互いに話をしていたり、研究員と思われる白衣を着た者達などは走り回ってさえいるのだ。

「やっぱり変だニャ」

「行けば分かるさ」

 ホタテは、村が小さく見え始めた頃に一隻の飛行船が村へ降り立っていったことを思い出した。

「先に着いた飛行船の人達は歓迎されてるのかニャ? あっちも何処かの村の代表ハンターなのかニャー?」

「はっはっはっ、会えば分かるさ」

「……」

 この人は考えとか不安に思うとかが無いのであろうか──ホタテは横に立つほへいを呆れ半分、羨ましさ半分で見つめる。
 何があっても余裕を崩さないこの男は、ホタテの知るハンターの中で最も強く、勇ましい。
 少し頓珍漢な奇行や言動も目立つが、出身が出身だ。付き合いが長くなるうちにホタテもそれに関しては諦めがついていた。
 そんなほへいが、ようやく甲板を離れた。失った盾の代わりにクルーから貰っていた樽の蓋を荷袋へ無動作に放り込む。

「さぁ、新しい探索が始まるぞ。ほたて」

「樹海が無ければいいんだけどニャ……」

「はっはっはっ」

 人間の世界には『毒の入った料理を食べるなら、皿まで食べてしまおう』などという奇怪な言葉があるそうだ。
 初めは何を馬鹿なことを──と思っていたホタテであったが、最近は何となくその意味が分かってきた。

「……けど、何処までも付き合うニャよ。ほへいしゃん」
 
「ホタテよ、何か言ったか?」

「何でもないニャ。どくをくらーばさらまで、ニャ!」

「む?」

 一人と一匹を乗せた飛行船は間も無く新天地へと降り立っていく。





「一体何があったんですか!?」

「どうやってここまで辿りついたのですか!?」

「あともう一隻の飛行船はどつなったのですか!?」

「えっ、えっ、えっ? あの、えっと?」

 同時刻、シーグルは混乱の最中にいた。
 村の代表として歓迎されると聞いていたのだが、これではまるで好奇の対象だ。
 到着した彼女を歓迎しようとした村人たちを押し退けて、白衣の研究員たちがこぞってシーグルの周りに押しかけてきたのが始まりである。

「い、一体これはどーいうことをなのニャ!?」

 尻尾を逆立ててシーグルの肩に避難してきたラーグが叫ぶが、そんなこと彼女にも分からない。

「だからユール……アイルーが教えて──」

「アイルーが危険を察知したのですか!?」

「一体アイルーは何を察知したのでしょう!?」

「そのアイルーは何処に!?」

「ゆ、ユールならそこに……あれ!? いない!」

 面倒事を避けるためであろう、忽然と姿を消したユール。しかし研究員達の熱気は収まらない。
 これ以上詰め寄ってきたら殴り倒す……っ!──シーグルが仕方なしに拳を握った時、一人の男の声が響き渡った。

「やめないかお前たち! 何事にも順序があるだろう!」

 熱に満ちた空間が、水を打ったように静まりかえった。ハッとした様子の研究員たちが道を開けるように退がると、声の主である金髪の若い竜人がこちらに向かってきた。

「大変すまない。驚かせてしまったね」

「いや……大丈夫、だけど」

 あと一秒で殴るとこでした──とは流石に言えず、シーグルは曖昧な笑みを浮かべる。

「改めて歓迎しよう。ようこそ、ベルナ村へ」

 にこやかに差し出されたウォロの手をシーグルが握り返す。
 他の研究員達が血走った目でウォロを急かしているのが目に見えて分かるが、それを若い竜人は背中で威圧している。
 こちらに敵意は感じられない。隙の無い男だが、ここでは一番信用出来るだろう──シーグルは勘でそれを察知していた。

「一先ずは自己紹介をしよう。私はウォロ──竜歴院の研究員だ。貴女はシーグルさんだね? 話は聞いているよ」

「そう。なら改めてよろしく」

 ウォロは頷くと、表情を真剣なものへと変えた。

「詳しい話はもう一隻の飛行船が到着してからしたいのだけど、その前に一つだけ確認させてくれないか?」

「何かな?」

「一体……『何に』襲われたんだ?」

「──!」

 周りから驚きの声が漏れた。
 シーグルが凄まじい速さでウォロの胸ぐらを掴んだのだ。

「ぐ……っ」

「な、何するんだ!」

 シーグルと同じような格好をした少年がシーグルの足を引っ張って叫んでいるが、彼女の力は緩まない。

「あなた達……私達が『何か』に襲われると知っていながら、飛行船を飛ばせたの?」

「違う……誤解だ! 話を……聞いてくれ……」

「……」

 嘘は言っていない。シーグルはウォロの声色からそう判断して、ようやくその力を緩めた。

「でも何かが起こる可能性がある……それは知っていた、違う?」

「……それは認める。凄いな、キミは人の心が読めるのかい?」

 直前まで吊り上げられていたウォロだったが、紳士的な態度を崩さずにそう問うと、シーグルは首を振った。

「言葉を発する流れに嘘が混じっていれば、分かる……それだけ」

「……それでも十分過ぎるな」

 困ったように笑うウォロを見て、シーグルは少し笑みを浮かべた。彼の言葉に敬意を感じたからだ。

「私達が見たことを説明するわ。他のクルー達も呼んだほうがいいと思う」

 高台にある飛行船乗り場で様子を見ていたロイド達を手招きする。
 研究員達がクルーに話を聞こうと移動を始めた時、ウォロはシーグルに小声で呟いた。

「……これはキミにだけ話すことだ。他言無用、いいね?」

「……話して」

 シーグルが言うと、ウォロは無言で頷いた。

「ここ最近で多発している異変に隠れているが、飛行船の消失事件が分かっているだけでも数件発生している。その中には我々の仲間も含まれている──だが我々はその原因を突き止められずにいた」

「──!」

 シーグルは合点がいったように目を開いた。

「分かったようだね。キミ達が唯一、消失事件に遭遇して生還したと思われる人間なんだ」

「……もし私達が見たのが事件の原因な
ら、他の飛行船はもう……」

「大丈夫、キミ達が生還できた事で希望が持てた」

 ウォロが真摯な目でシーグルを見つめる。それは全く諦めていない目であった。

「貴方が諦めていないのに、私が否定しちゃいけないよね」

 ニコリと笑うと、シーグルは当時の状況を説明し始めた。




「──となると、突然地上なら熱戦のようなものが飛んできたということか」

「ああ。だがあれはグラビモスの熱線の比じゃ無かったぜ」

 ロイドが神妙な顔をして言った。

「場所の座標を教えてくれないか?」

「あそこは丁度、古代林のある島の上だ」

「なるほど……ダザ、地図を取ってくれないか」

「はい!」

「うーん……」

 ウォロを筆頭とした研究員とクルー達が真剣な表情で話し合うのをシーグルは座って眺めていた。
 あの時を思い返して見ると、やはり生還出来たのは奇跡だったと思える。ユールの警告、あれが無ければ今頃は飛行船共々消し炭であっただろう。
 ユールに話を聞きたいが、彼の姿はベルナ村へ着いた時から一回も見ていない。流れるチーズに張り付くラーグなら見かけたが、あれに話を聞いたところで答えが分かるとは思えない。

「あの……」

 考えに耽っていたシーグルがハッと顔を上げると、そこにはベルダー装備を身につけた少年が目の前に立っていた。
 少年の格好を見てはたと思い出す。

「君は確かあの騒ぎの時にいた……」

 自分の足を掴み、ウォロを助けようとしていた少年であった。

「……ごめん、あの時はああするしか──っ!」

 シーグルは少年の目を見て、息を詰まらせた。
 人は真意を奥に隠す習性がある。
 意識を取り戻してからまだ日は浅いが、彩のように素直な人間は珍しいということは学んでいた。
 人は窮地になれば必ず真意が浮かんでくる。
 もし実際に、シーグル達の飛行船がウォロ達に利用されていたのであれば、自分だけでなくクルー全員の命を脅かす許されない行為だ。
 それを確認するためにも、あれが正しい選択であった──そう考えていた。
 それは今でも変わらない。
 しかしそのシーグルは今、少年を前に息を詰まらせている。

「私は……君にそんな顔をさせるようなことを……したんだね」

 力で全てを解決させる……そんな慢心を抱いた覚えは無かった。
 しかし、その答えは目の前にある。
 気付けば彼女は、少年に深々と頭を下げていた。

「軽率な行動で君の親しい人を脅かし、君を怯えさせた……本当にごめんなさい」

「えっ!? えと……い、いいんです!」

 彼女の行動に少年は驚いたように首を振った。

「ごめんなさい、そんな顔してましたか……確かにちょっとだけビックリしたけど」

 先ほどの出来事を思い返したのか、少年はクスリと笑った。

「でも僕思ったんです。飛行船……あんなに焦げてて……きっと凄い大変なことがあったんじゃないかって。それにウォロさんも内心かなり焦ってたから、ハンターさんが誤解するのも仕方かったじゃないかなって……上手く言えないけど……」

「………………」

 シーグルは内心で大量の冷や汗をかいていた。
 あの焦げは私の投げた大タル爆弾で……──とは口が裂けても言えない。

「だからハンターさんが謝ることなんて無いです。むしろ僕がお礼を言いたいくらいで……」

「え?」

 思いがけない言葉にシーグルは俯きがちだった顔を上げた。

「僕、エージャって言うんだ。ハンターさんが村を助けてくれるって聞いて、とても嬉しかった!」

「へっ? う、うん?」

 緊張が解けたのか、先程とは打って変った眩しい笑顔を浮かべる少年。
 突然の少年の変化に戸惑いながらもシーグルら曖昧な笑みを返したが、少年は彼女の手を取ってにじり寄ってくる。

「ハンターのお姉さん、初めは怖い人かなって思ったけど……今は全然怖くないよ! 美人さんだし!」

「えっ!? あ、ありがとう……?」

 面と言われ、シーグルは少し照れたように目を逸らした。
 少年は握ったシーグルの手を振りながら、更に顔を輝かせる。

「僕、ハンターに憧れてて……お姉さんみたいになるにはどうしたらいいのかな? やっぱりトレーニングとか必要なのかな?」

「ええっと……その……」

 何処までも真っ直ぐな少年は、シーグルの領域にぐいぐいと入り込んでくる。
 ちらりと広間にヘルプの視線を送ってみるが、ウォロはクルー達と熱心に話をしており、気が付く様子は無い。
 そんな彼女に、エージャは無邪気に追撃を掛けていく。

「あ、そうだ。名前、シーグルさんって呼んでいいかな? 話し合いが終わったら、シーグルさんにベルナ村を案内したいんだけど……だめ?」

「えっと、いや、その……」

 彼女はある意味では運が悪かったと言えよう。『初めての専属ハンター』という、エージャの好奇心に対する爆速剤のような肩書きを得てしまったのだから。

「だめかな……?」

「んんっと……」

 目をキラキラとさせる少年にたじろぐシーグル。
 彼女は非常に焦っていた。
 こんな親しみの弾丸ような生き物と話した経験が無かったからだ。
 しかもこのエージャという少年は、悪意や駆け引きといったものと対極の感情でシーグルに詰め寄ってくる。
 悪人やモンスターであれば蹴散らして終わりなのだが、このような小動物を扱うのはどうも苦手だと痛感していた。

 ──そんな時、救いは空からやって来た。

「──あ!」

 エージャが空を見上げて声を上げる。
 それを見てシーグルもホッと息を吐いた。
 二隻目の飛行船が、今まさに着陸せんと頭上を通り過ぎたのだ。

「見に行ってくるね! シーグルさん、またね!」

「うん、また……」




「はぁ……」

 少年が走り去るのを見届けて、シーグルはがっくりと膝をついた。

「なんであの時逃げたのか、何となく分かったよ……ユール」

「悪いが、馴れ合いは好かない」

 いつの間にか横にいた青色のアイルーを横目に、彼女は深い溜息をついた。

「……男の子の思考回路って分からないよ。あの雰囲気から、どうして180度の方向転換が可能なんだろう……」

「若いと言うことはそれだけエネルギーを溜め込んでいるということだ」

「……私もまだ若いはず、だよね?」

「……」

 珍しくよく喋ると思っていたユールが黙り込む。
 妙な沈黙が続く広間の外れに再びどよめきが聞こえて来たのは、それから間もなくであった。

「飛行船が到着したのかな、ちょっと見てくるよ……遠巻きに」

 飛行船が到着したのはシーグル達の飛行船が降りた場所から少し離れた船着場であった。
 広間で話し合いをしていたウォロ達の姿は既に見えない。恐らくもう出迎えと態勢を整えているのだろう。
 船着場に近付くにつれ、村人達のざわめきが大きくなっていく。

「あれは……!」

 降り立った飛行船が見える位置まで来た時、シーグルは驚きの声を上げた。
 到着した飛行船の甲板や部品の一部が黒く焼け焦げているのだ。
 飛行船のクルーと思われる人達は意気消沈といった様子で項垂れている。
 そんな船の惨状はシーグル達の飛行船の比でなかった。

「一体何が……まさか私達と同じ──っ!?」

 飛行船から降りてくる人影を見て彼女は更に息を飲んだ。

「何だ……あれは……?」

 初めに降りてきたのは一人のハンターとそのオトモと思われるアイルーである。
 その彼等の状態が尋常では無かったのだ。
 ハンターはバランスよく筋肉のついた中肉の男だった。腰には白銀に輝く片手剣と何故か樽の蓋が括られている。
 シーグルと同じベルダー装備と思われるものを身につけているが、目元は布で隠れてよく見えない。
 アイルーはラーグ達と同じベルダーネコシリーズを着込んでいる。
 他の村から来た選抜ハンターであると予想がつくが、周りにいる村人や研究員たちはひそひそと話すばかりで誰も近付こうとしなかった。

「ちょ、ちょっと! 見えない! 見えないよぉ!」

 大人数に遮られ見ることが出来ないのか、エージャが人だかりの外側でピョンピョンと跳ね回っている。

「……」

 シーグルは無意識に少年から離れる。しかし、その視線は飛行船のハンターに釘付けであった。

『アフロだ……』

『焦げた服にアフロ……?』

『アイルーもアフロ……あれどうなってるんだ?』

 彼等の頭上にこんもりと乗っかっている黒い塊。そして程よく焦げた装備。
 シーグルは鼻をひくつかせて、察したように眉をひそめた。

「あの匂い……」
 
「はっはっはっ。実はしばらく前にホタテが怒ってなぁ……大タル爆弾を投げまくったんだ」

「あれはほへいしゃんがムチャクチャするからニャ! あんなに大きなビームを弾くなんて、ホントどうかしてるのニャ!」

『──!!??』

 一瞬にして、広間の騒めきが大きさを増した。

「あ、あの……その『大きなビーム』とは、もしかして赤黒い……?」

 シーグル達から話を聞いていた一人の研究員が、勇気を出してアフロのハンター達に問いかける。

「そうニャ」

「……飛行船を飲み込むくらいの大きさの?」

「そうだニャ?」

「……それをどうやって弾い……たと?」

「む? 盾でぶん殴ったら逸れた」

 ほへいが胸を張って答えると、研究員はメガネをずり落とさんばかりに口を開いた。

「……あなたが?」

「そらそうよ」

 広間の村人達はいよいよ、収集がつかない規模で騒ぎ始めた。

「あれを……弾いた……? あの人が……?」

 シーグルも愕然として目を見張っていた。
 
「いやー……どう考えても無理があるニャよね」

 傍で、ヒゲにチーズを付けたラーグが神妙な顔をしていた。その横にいるユールさえ驚いている気がする。

「あの人……とんでもないな」

 これ以上の感想は出そうにない。
 しかし、研究員達は不屈の精神でほへいに質問の嵐を投げ始めた。

「お前達……だから落ち着い……うわっ!?」

 あまりの熱意にウォロですら押しやられる始末。
 飛行船消失事件は龍歴院の研究員も被害にあっているという。彼等は持ち前の探究心に加え、仲間を助けたいという熱意に突き動かされているのだ。
 
「一体どうやって……っ!」

「何か方法が……っ!?」

「襲ったものの正体を知っているんですか……っ!?」

 あまりの圧力に押され、ラーグのようにホタテもほへいの肩へ登ってきた。

「ほへいしゃん! 何だか囲まれ始めたニャ!」

「えらい人気だなぁ」

「そんなこと言ってる場合かニャ!?」

「いけない……何とかしないと!」

 このままでは自分の時より事態が悪化してしまう──力づくでも引き離そうと、シーグルが走り始めた時、彼女はやって来た。

「──はい、皆さん。下がって下さいね」

 いつの間にか、ほへい達の横に居たのは、ブロンドの髪をした若い女性であった。
 ギルドの受付嬢が着るような可愛らしい服に身を包み、小首を傾げて笑う彼女。

「──!」

 突如、シーグルはゾワリとした感覚に襲われた。気付けば三歩ほど後退していた程だ。
 周囲の気配や言葉の威圧感が尋常ではない。
 興奮状態であった研究員達も瞬時にそれを感じ取ったらしく、冷や汗をかきながら黙り込んで引き下がる。

「先程到着したハンターさんも、此方のハンターさんも、ギルドと龍歴院が選んだ大事なお客様よ。その対応はあんまりじゃないかしら?」

 ガクガクと震え始める研究員の中で、ウォロだけが「言わんことか」という表情で天を仰いだ。

「シェリーさん、本当にすまない。僕の責任だ」

「ウォロさん。飛行船の件はギルドでも問題となっていることだから、この件に関しては後ほど、話し合いの場を設けるわ……それでいいわね?」

「ああ、感謝する」

 ホッとした様子でウォロが礼を言うと、他の研究員達はボロボロと崩れ落ちた。中には「生きてる……」などと泣き始める者までいたくらいだ。

「一体何者なんだ……」

 額に流れる汗を拭ってシーグルが一人呟く。
 彼女が『龍殺し』や『冷徹の微笑』などの異名で恐れられるギルドナイトであるとウォロに教えられたのは、それから暫くしてからのことである。

「間もなく、遅れている最後の飛行船が到着するわ。くれぐれも……ふふ、これは言わなくても分かるわよね?」

 ニコニコと、表面上は完璧な笑顔を浮かべるシェリーを前に、研究員達は全力で頷くほかない。

「たまげたなぁ……」

 一人平常を保っていたほへいの呑気な言葉が、やけに静かに響いていた。



◆4



「間もなく、ベルナ村に到着致しますニャ」

「ふぅ、やっと着いたね」

「ごめんなさい……お母さん」

 マリディアとマリンを乗せた飛行船が到着したのは、ほへい達から半刻が経った頃であった。

「頑張ったね。これでしばらくは休めるよ」

 未だに少し青い顔のマリンをマリディアが軽く撫でると、少女は難しい顔をして俯いた。

「まさかこんな弱点があるなんて……特訓しないと……」

「……いや、一つくらい弱点があってもいいと思うよ?」

 お揃いのベルダー装備を着た娘(自称)が落ち込むのを見て、マリディアが苦笑した。

「そう……かな?」

 マリンが恐る恐る顔を上げる。
 自分の酷い船酔いが原因で飛行船の進行を遅れさせたことに、責任を感じているのだ。

「大丈夫だよ。さ、到着準備をしよう」

「う、うん」

 冷静で大人びていると思っていたマリンの新たな一面を発見して、マリディアは少しホッとした顔をする。
 マリンは、はっきり言って謎だらけの少女である。
 雪山にいた理由、マリディアとアクアを母親だと言い張る言動、そして無駄に強い握力など、考えてもさっぱり見当がつかない謎がこれでもかと揃っているのだ。
 しかし、少女のアクアを探したいという気持ちは本物であり、マリディアはそれで充分なのだった。

 来る人拒まず、去る者おらず──これがマリディアという人間である。

「あの下に見えるのが、ベルナ村……」

 少ない荷物を抱えながら、マリンはポツリと呟いた。

「もう一人のお母さん……絶対に見つけてみせる」

「マリン! 着陸するよ!」

「うん、準備は大丈夫」

「皆サマ、お疲れ様でしたニャ」

 クルーンが深々と頭を下げる。
 飛行船の的確な操縦、マリンへの対応、どれを取っても人間のクルーに顔負けしない素晴らしいものであった。

「クルーンもありがとう。また飛行船に乗る時はよろしくね?」

「それはそれは、マコトにありがとうございますニャ」

 ゆっくりと飛行船は着陸場へと降り立っていく。
 マリディアとマリンがベルナ村に降り立った時、広間には大勢の村人と研究員がいたが、彼らは「お待ちしていました」と非常に穏やかな表情で彼女らを出迎えたという。

「やぁ、あんたがポッケ村のハンターか」

 焦げたベルダー装備を脱ぎ払い、意気揚々とボーン装備に着替え終えたほへいがマリディアに声を掛けた。

「そうだよ。あなたも何処かの村の代表なのかな?」

「うむ、確かココット村だ。俺はほへい、こっちはホタテだ。よろしく頼む」

「よろしくなのニャー」

「私はハン……違った、マリディアだよ。こっちはマリン。こちらこそよろしく」

「……よろしく」

 互いとがっちり握手を交わしてニヤリと笑う両者。早くも気があったらしい。

「ああ、そうだ」

 一通り挨拶を終えた時だった。ほへいは思い出したように手を叩いたのだ。

「もう一人、ユクモ村からもハンターが来ているんだ」

「へぇ、そうなんだ」

 様々な村の代表が来るとは聞いていたが、ユクモ村からハンターが来るとは聞いていなかったマリディアが興味深そうに眉を上げた。

「さっきまで話してたんだが、あんたが到着する少し前に研究員達に捕まってなぁ……よし連れてこよう」

 ほへいは言うなり村人達の間をずかずかと進んでいき、間も無くして一人のハンターの手を引いてやって来た。

「ちょ、ちょっと、どうしたんですかほへいさん!?」

 シーグルが後ろの研究員とほへいを交互に見ながら、慌てたように引っ張られてくる。
 そんな彼女に、ほへいはマリディアを指差してみせた。

「ほら、ポッケ村のハンターだ」

「ポッケ村の? は、初めまし──」

「ん?」

 マリディアを見たシーグルの動きが止まった。先程までの困惑した顔が一瞬にして驚愕に変わり、彼女の淡い金髪がざわりと逆立つ。

「どうし──」

 マリディアが言えたのはここまでだった。
 
「────えっ」

 突如、シーグルが飛び出してマリディアに向かって拳を振りかぶったのだ。
 百戦錬磨を謳うマリディアだが、流石に呆気に取られ、一秒ほどの隙を生んでしまう。その僅かな隙に、シーグルの拳が信じられない速度で入り込んで来た。
 拳が当たる、鈍い音が広間に広がる。



「……?」



 衝撃が来ないことを訝しんで目を開けたマリディアは驚いた。
 傍にいたはずのマリンがシーグルの拳を体で受け止めていたのだ。マリンが倒れるのと同時に、シーグルを一人の女性が瞬く間に取り押さえる。

「マリン!?」

「……大丈夫。お母さんこそ、平気?」

「あ……う、うん」

 倒れたマリンを抱え起こしながら、何が起きたのか理解できないマリディアは呆然と頷いた。

「──貴女、どういうつもり?」

「私……何を?」

 状況を理解出来ていないのはシーグルも同じであった。シェリーに取り押さえられた彼女はきょとんとした表情を浮かべていたのだ。
 一瞬の出来事に、広間の空気が凍りつく。ほとんどの者が状況を理解出来ていなかった。

「たまげたなぁ……」

 そんな広間の中で、しれっと避難していたほへいが呟く。
 それを合図としたように、広間の村人達の間でようやく喧騒が広がり始めた。

「えっと……」

 何かまずいことをしてしまったらしい──シーグルは自分の置かれる状況からそう判断するが、先程自分が何をしたのか皆目見当がつかない。
 
「貴女にはしっかり話を聞かないといけないわね。そのためにはこの騒ぎをどうにかしたいんだけど……ね」

「わ、私なら多分もう離しても──いたたた!?」

 流石のシェリーでも一人を拘束しながら騒ぎを静めるのは困難である。
 後のために表立って騒いでいる者の顔を記憶しながら、彼女は最終兵器を投入するべく、よく通る声を響かせた。

「──そろそろお仕事してもいいんじゃありませんか?」

 混乱の絶頂を迎えようとした最中。
 その中でマリディアは、昔聞いたことのある声を聞いた気がした。

「──こるぁ! ここは騒いでいい場所じゃないでしょーがぁ!」

 広間の全員がビクリとして静まり返る。
 昔、母親に怒られた時の気持ちを思い出すような怒声であった。

「母……ちゃん?」

 小麦色の肌に銀の短髪。
 数年前、アクアの暴走を止めた『あの』ハンターが腕を組んで仁王立ちしていたのだ。

「人呼んでオトモハンター『謳丸。』!! 満を持して只今登場!! ……ってこれでいい?」

「ええ、助かりました。流石はソングオブサークル」

「……え、それ本当に引っ張るの?」

 歌丸。がにが虫を噛み潰したような顔になるが、シェリーは変わらない微笑みを浮かべている。

「勿論です。私、他でもない貴女のためにしっかり布教しておきましたからねぇ」

「……え?」

 小首を傾げるシェリーを見て、歌丸。は頬を引きつらせた。
 広間の中で、別種の騒めきが広がり始める。

「ソングオブ……サークル……」

「あの、伝説の……?」

「あのお方が、今のハンターズギルドの創設者……」

「ソング……オブ……サークル……S……O……C……?」

「SOC……」

「SOC……!」
 
「うおおお! SOCだ!!」

『SOC!!!』

『SOC!!!!!!』

『SOC!!!!!!!!!』

「ちょっとぉ!? 何これ何これ何これ!?!?」
 
 突如として巻き起こったSOCコールに歌丸。は後退りしながらシェリーを見るが、彼女は相変わらずの微笑を浮かべるだけである。

「ほら、何とかなったでしょう?」

「何をどう布教すればこうなる訳!?」

「それは秘密です。ほら、村のみんなが寄ってきてますよー?」

「うわあああああん!!!!」

 この騒ぎはSOCが逃げ出すまで続いたという。
 結果として、この影響でシーグルの件はうやむやとなった。

「──はぁ、これから忙しくなりそうね」
 
 ぐるぐる巻きにされたシーグルの後ろでシェリーが短く嘆息する。

「えっと、私はどうなる……のかなぁ? ──ら、ラーグ! ユールぅぅ!」

 シェリーの率いるギルドナイトに黙々と引かれながらシーグルが叫ぶも、二匹のアイルーは助けに現れる気配は無い。




 今日はベルナ史で一番長い日。
 少し傾いた太陽が、そんなベルナ村を見下ろしていた。

 



[37857] アンスール・アライブ 7話
Name: 楽太郎◆a3215f1c ID:8cec52c8
Date: 2016/08/13 21:25
◇ 第7話「白麗の夢」



◆1



 彼女は白くぼんやりとした空間に一人、佇んでいた。

 ──ここは……?

 周りを見渡すが、どこまでも続く白があるばかりで、他には誰も見当たらない。
 異常な光景に不安を覚えた彼女は、あることに気がついた。

 ──呼吸が……息が出来ない……!?

 意識した瞬間、刺すような恐怖が心に芽生えた。
 このまま一人、孤独の中で死んでいくのか……そんな不安に押し潰されそうで、じわりと目元が熱くなる。

 そんな時、彼女の周りを小さな風が吹き抜けた。

 ──大丈夫、怖くないよ。

 風の囁く小さな声。
 それはどこか懐かしく、不思議と安心感をもたらすものであった。
 風はそのまま、彼女の後ろへ吹き抜けていく。

 ──待って、行かないで……。

 慌てて振り向いた彼女の声は届かず、風はそのまま果てなき白へと消えていく。
 途端、凪の中にいるような静けさが再び彼女に襲い掛かる。
 煩いほどの無音が重圧のごとく降り掛かるが、先程のような苦しさはもう何処にも無かった。
 いつの間にか、暖かくて、とても小さな風が彼女の中を巡っていたからだ。

「……そうか」

 彼女は真っ白な空間の中で一人、嬉しそうに呟いた。

「私は……────」











「──はっ!?」

 白い部屋のベッドの上で、シーグルは跳ねるように身を起こした。

「今のは……夢……?」

 最後に何かを言いかけていたが、途中で目覚めてしまったらしい。

「……というか、ここは……?」

 辺りを見渡したシーグルは、自分が横になっていたものに気付き、嘲笑気味に目を細めた。

「またこの上……か」

 ──ユクモ村で倒れていた時から何も変わらない。

「ここに来れば何か分かると思ったんだけど、な……」

 結果として分かったことと言えば、自分の乱暴さだけである。

「私はどうして……その人を襲ったりしたんだろう」

 考えても分からないことを口にして、小さく伸びをする。
 そこで彼女はあることに気がついた。

「あれ? 確か私、縛られてたはずだよね?」

 どう思い返しても、縄が解かれた記憶などない。
 気が付いた時には取り押さえられおり、縛られた後、ギルドナイトに連れて行かれたところまでは覚えているが、その先の記憶がぷつりと途絶えているのだ。

「もう一体何がどうなって……ん?」

 シーグルの目覚めた部屋は木製で、必要最低限の家具が揃えられているだけの質素なものである。当然、彩の家のように色彩豊かな小物などは置かれていないはずだ。
 なのに彼女の視界の端、ピンク色のものが映り込んだのだ。

「何だろ……──ってわぁ!?」

 視線を横にずらして、彼女はぎょっとした。

「やぁ、気分はどう? 急に気を失ったもんだからビックリしたんだよ」

 なめらかに波打つ桃髪が、日の光を反射して柔らかい光を湛えている。
 シーグルの側に、一人の女性が立っていたのだ。

「あ……」

 その色合いには覚えがあった。
 記憶が飛んでしまう、ほんの少し前のことだ。

 ──私が殴りかかったっていう人じゃないか。

「あ……っと……その……」

 驚き一色に顔を染めた彼女は懸命に口を動かした。

「ん?」

「あの……えっと……」

 シーグルは驚愕した。
 何を言えばいいのか、何をすればいいのか……こんな時どうすればいいのか。
 まるで自分の中にそんな言葉が存在しないかのように、何一つ浮かんで来ないのだ。

「マリディアだよ」

 彼女の言葉が、真っ白になっていたシーグルの頭に響く。

「マリ……ディアさん?」

「そう」

 柔らかな表情のまま、マリディアは悪戯っぽく微笑んだ。

「広間でのことは覚えてるかな?」

 その言葉を受けて、ようやく活動を再開したシーグルは咄嗟にマリディアへ頭を下げていた。

「さっきは私……貴女にとんでもないことをしようとしたみたいで……本当にごめんなさい!」

「いいさ、誰も怪我一つしてないんだから──それよりもだ。顔を上げて、私の顔をよく見てくれる?」

「え……?」

 何をされても仕方ないと覚悟していただけに、彼女の一言はシーグルを困惑させる。

「──ほら、早く早く」

「──っ!?」

 急かされて顔を上げたシーグルは目を見開いた。
 マリディアの瞳が目の前にあったのだ。

「どしたの?」

「え、いやちょっと……近……」

 動揺するシーグルの瞳を、ダークブラウンの瞳が力強く見つめ返す。
 
 ──この目、どこかで見たような……。

「どう?」

「ど、どう……と言うと?」

 更に近付かれて慌てるシーグル。それを見てマリディアは吹き出した。

「ははっ。その様子なら、大丈夫そうだね」

 彼女は後ろを振り向くと、部屋の入り口に向かって得意気に呼びかける。

「──ほら、言ったでしょ?」

 すると誰も居ないと思っていた部屋の外から、一人の女性が不満そうに現れた。
 流れるようなブロンドの髪が、彼女の苛立ちを代弁するかのように大きく風になびいている。

「……貴女は相変わらずね」

 シーグルは「あっ」と声をあげそうになった。彼女は自分を取り押えたギルドナイト──シェリーだったからだ。

「アンタには言われたくないよ」

 辛辣な表情でそれに答えるマリディアを見て、シーグルは確信した。

 ──この人は……マリディアさんは、体を張って私の安全を証明してくれたのか。

 謝辞を述べたかったが、未だにマリディアとシェリーの口論は続いており、口を挟める雰囲気ではない。

「ふふ。あなたはいつもそんな調子ねぇ」

「だからアンタには言われたくないっての」

「心外ねぇ」

 どこか互いを見知ったような会話。
 そんなをやり取りを見て、シーグルはあることを思ってしまった。
 思うだけなら、まだ良かった。

「あの……」

 彼女の失敗は、それを言葉にしてしまったことだ。
 

「二人は……知り合いなの?」


 シーグルはこの時の言葉を激しく悔いることになる。

『……』

 シーグルの質問に、二人は揃って嫌そうな顔になる。

「昔……少しね」

 ニコリと微笑み、話をはぐらかそうとしたシェリーだったが、マリディアはわざとらしく溜息をついた。

「よく言うねぇ……まぁ、アンタにとっちゃ他愛もない話だろうけどさぁ」

「あら、そんなことないわよ」

「どうだかね……。アンタは逃げ出した──それは確かなことだろう?」

 マリディアの目が段々と険しくなり、シェリーは禍々しい気配を帯び始める。

「あなたが逃げれなかった──の間違いでしょう? 世渡り下手な兵隊さん?」

「別に世渡り下手でもいいさ」

 マリディアが力強い瞳でシェリーを射抜く。

「けどね、アンタみたいに沢山のモノを見捨ててまで生きていたいとは思わない。私は、この手で守れるものは絶対に守るって決めたんだ」

「ふふ……あなたはそうやって、あの狂犬も飼い慣らしたのかしら?」

「──なに?」

 その言葉に、マリディアの雰囲気が変わった。彼女の瞳に飛竜をも怯ませるような怒気が浮かび上がる。

「もしそれがアクアのことなら……覚悟、出来てるんだろうね?」

「あら、何の覚悟かしら?」

「その嫌味な笑顔、二度と出来なくしてやるって言ってんだよ」


「…………」

 ──私、何かとんでもない地雷を踏んでしまったのでは?
 このままでは非常にまずいと直感したシーグルは、無我夢中で手を上に伸ばしていた。

「あ、あの……」

「──何かしら?」

「──どうかした?」

 途端、極寒の冷気がシーグルに襲いかかる。

「え、ええ……と……」

 何とかしなければ──という一心での行動だったため、話す内容など浮かんでいる訳がない。
 
「──ねぇ、何とか言ったらどうなの?」

「……その……それで、私はどうなるのかなぁ……なんて。あはは……」

 愛想笑いを浮かべながら、彼女は思った。
 今すぐにでもここを離れて、優しい香りに満ちた彩の部屋に帰りたいと。

「……まさか、そんな事のために割り込んだのかしら?」

 小さく首を傾げながらシーグルに近づくシェリーの肩を、マリディアが強引に掴んだ。

「やめろよ」

「──触らないでくれるかしら」

 苛立つシェリーを無視するように、マリディアはシーグルに笑いかける。

「ちょっと待っててね。これ、すぐ黙らせるからさ」

「……何を、どうするですって?」

 シェリーの静かな問いかけに、マリディアは大げさに苦笑した。

「ありゃー、聞こえなかったのか。流石に耳の歳までは誤魔化せないのかな」

 瞬間、シェリーのこめかみに極太の青筋が浮かび上がる。

「……あらあら、随分なことを言うじゃない──死に損ないの癖に」

「言っちゃ悪いのかな──裏切り者」

「……………あはは」

 一度出した愛想笑いを引っ込める余裕すらないシーグル。とっくの昔に彼女の表情筋は限界を迎えているが、少しでも動けばどんな目に遭うか分からない。

「──どうやら」

「本当にケリをつけたほうが良さそうだな」

 空気が研ぎ澄まされた刃のように緊迫していく。
 いよいよ逃げ出したいシーグルだったが、動くこともままない。

「後で後悔しないでよね……?」

「そっちこそ……ね」

 ──彩、ごめん。何一つ分からないまま終わってしまうかもしれない。
 青ざめながら微笑むシーグルは、諦めるようにゆっくり目を閉じた。




「シーグルさーん? あ、いたいた」




「……え?」

 そんな時である。聞き覚えのある声がドアの向こうから聞こえてきたのだ。
 パタパタ走る少年が、触れるだけで死にそうな空間を難無く通り抜け、シーグルの元へと駆け寄って来る。

「ありゃ……まだ顔色悪いね。大丈夫?」

「あ……う、うん」

 ニコリと微笑まれ、彼女はおずおずと頷く。
 信じられなかった。
 エージャの登場で、あの空間が一瞬で消え去ってしまったのだ。

「ありゃ……私としたことが」

「……興が削がれたわね」

 バツが悪そうに頭を掻くマリディアの横で、シェリーも小さく息を吐く。

「あっ……」

 エージャは初めて二人の存在に気付いたようで、申し訳なさそうに項垂れた。

「……勝手に入ってごめんなさい」

「いや、むしろこっちがお礼を言いたいくらいさ」

「そうね。話が脱線するところだったわ」

「そうなの? 良かった……怒られたのかと思った」

 『脱線』なんてレベルじゃなかっただろう──ホッとして笑うエージャの横で、シーグルは大きな溜息をついた。

「いけない、時間を無駄にし過ぎたわ。早く始めないとあの人が痺れを切らすわよ」

「……あ。それはちょっと怖いかも」

「怖い、なんてものじゃないわよ。あの人の癇癪で台無しになった回数、教えてあげましょうか?」

「聞きたくないなぁ……」

「えっと、始める……って?」

「そういえば言ってなかったわね」

 ようやく自分の質問が受け止められ、シーグルは内心ホッとした。

「各村の代表ハンターへの説明会よ。だから貴女が目覚めるのを待っていたの」

「あ……ごめんなさい。なら早く支度をしな……」

「──必要ないわ、あと30秒」

「……え?」

 シーグルの言葉を、シェリーの微笑みが遮った。

「会議開始まであと30秒って言ったのよ。もし、あのご隠居が暴れ始めたら……分かっているわよね?」

「え……」

 言うなり忽然と姿を消すシェリー。
 気付けばマリディアの姿も見当たらない。

「え……えっ!?」

 状況判断が追いつかず、慌てるシーグルの横でエージャが心配するように呟いた。

「……シーグルさん、急いだほうがいいんじゃない? ここは一階で、会議室は五階だよ?」

「──っ!?」

 その後シーグルは、自分がどうやって会議室まで走ったのかよく覚えていない。

「──おっそいっ! こんなに待たせて干物にするつもりかぁ! 帰る帰る! 母ちゃんもう帰るんだからね! うわああああん!」

「母ちゃん落ち着けってば!」

「いい加減にして下さい! これ以上私の仕事を増やさないでっ!」

「はっはっはっ」

「ごめんなさいごめんなさい!?」

 気付けばシーグルは、皆が集まる会議室で暴れる歌丸。を必死で抑えていたのであった。



◆2



 龍歴院。
 かつて謎の構造物と思われていた、太古のモンスターの巨牙に付随するように設けられた研究機関である。
 モンスターの生態に関する研究を行っており、王立古生物書士隊や古龍観測所といった研究機関の取りまとめ役も担っている。
 現在は古代林が存在する島の調査をハンターズギルドと協力体制を組んで実施中である──。

「──と、前置きはこのくらいかしら」

 龍歴院の最上階。その大半を占める会議室に設置された円卓を見渡して、シェリーは呟いた。
 癇癪を起こした歌丸。を何とかなだめすかし、ようやく説明会が形になったところである。

「ほーう、知らなかった」

 当の本人である歌丸。は机に頬杖をついたまま、シェリーの説明を感心して聞いている。
 それを見たマリディアは、呆れたように苦笑した。

「いや、母ちゃん……アンタは知ってなきゃおかしいだろ」

「いやいや。母ちゃんだって何でも知ってるわけなかろーもん」

「え……でも、主催者ならそのくらい知ってたほうがいいんじゃないの?」

「ふふん」

 本気で心配するマリディアに、歌丸。は得意そうに鼻を鳴らす。

「いーのよ、マリマリ。母ちゃんはその辺、全部シェリーちゃんに任せてるから!」

「……夜道に気を付けなよ。ってかマリマリって何さ」

「え、可愛いでしょ?」

「えぇ……いや、どうも嫌悪感が……」

「えー、何でよぅ」



「………………」

 そんな二人をシェリーはニコニコとしながら眺めている。

「ねぇ、シーグルさん……あの二人何とか……」

「無理だよ……ウォロ。私だって空気くらい読める」

 二人の横では、ほへいが黙々と持参したチーズを胃に放り込んでいる。

「……御愁傷様」

 シーグルはダメだと言わんばかりに首を振った。円卓を囲んでいるのはこの五人だけである。






「──さてと。早速だけど私達ギルドと龍歴院が抱えている問題を説明していくわね」

 しんと静まり返る会議室で、シェリーが資料をめくる音だけが響き渡る。
 騒がしかった二人は、シェリーの麻痺投げナイフによって仲良く机に突っ伏していた。
 その光景を呆れるように眺めていたシーグルは、シェリーの言葉をメモするためにペンに力を入れた。

「まず一つ目は、あなた達も知ってる通り、世間を騒がせているモンスターの異常発生や消失よ。これに関してはギルドも総力を挙げているけれど……まだ手掛かり一つ無いわね」

 この話はシーグルも知っていた。今回のベルナ村派遣はこの応援が理由だと、ギルドから全員が聞かされている。

「二つ目に、あなた達も遭遇した飛行船の襲撃事件よ。私は、一つ目の事件と何か関連があるんじゃないかと思ってるわ」

「──それは、飛行船を襲ったものの正体がモンスターの生態系を乱している……ということかい?」

 同じことを考えていたのだろう、ウォロが確認するように口を開いた。

「可能性は高いわね。どちらも発生の時期が近いし──あとはハンターの勘……かしら」

 ウォロはそれを聞いて、ニヤリと笑みを浮かべる。

「僕の研究者としての勘もそう言ってるよ」

「あら。研究員の首席様が勘だなんて、簡単に言うものじゃないわよ」

 シェリーが面白そうにたしなめるが、首席研究員は意見を曲げるつもりはないらしい。
 
「研究は考えるよりも信じることから──ってね。僕のモットーさ」

「ふふ。あなたが首席になった理由、少し分かったわ」

「……すごいな」

 シーグルは驚いて口を開けた。
 先程までシェリーに怯えていた彼が、会議が始まった途端に強気な発言をするようになったからだ。
 彼女は無意識のうちに理解していた。
 ここが彼のホームグラウンドなのだと。

 ──私の戦場はどこにあるんだろうか。

 そう考えながら、シーグルは黙々とペンを走らせる。初めは文字など読めもしなかった気がするが、今ではすらすらと書けている──思い出したのか、そうでないのか。
 それは彼女にも分からなかった。

「──三つ目は、最近ハンターの間で出回っている妙な武器についてよ」

「ほう。それはどんな武器だ」

 チーズを食べ続けていたほへいが、初めて手を止めた。
 この男もシェリーにナイフを投げられた一人だが、恐ろしいことにそれを躱し退けている。
 シェリーもそんなほへいを認めているらしく、彼へ向ける瞳は比較的優しかった。

「黒くて歪(いびつ)な武器、だという話よ」

「黒くて……歪……」

 ちくり、と小さな頭の痛みがシーグルを刺激する。

「手にしたハンターが奇行に走ったり、意味不明な言動をしたなんて噂が流れてるけれど、真相は判然としないわ。これについては私の部下が調査に当たっている最中よ──これに関してもう一つ」

 シェリーが資料から目を上げて、周りを見渡した。

「この武器を破壊して回るハンターがいる、という話よ」

 ぴくり。
 机に突っ伏していた歌丸。が僅かに反応した。

「……」

 麻痺による痙攣の可能性もあったが、彼女を見るシェリーの瞳は険しい。

「中には武器屋や骨董品屋の武器も被害に遭ってるわ。現場は勿論確認してるけど、不思議なことに壊されたという武器は破片すら残っていないのよ」

 ぴくぴくん。
 またしても歌丸。が反応する。
 よく見ると彼女はだらだらと大量の冷や汗をかいていた。

「……」

 自然と視線が一点に集まる。
 恐らくは全員が察したであろう。
 この人、何かを知ってる──と。
 シェリーは微笑み、小首を傾げた。

「SOCの尋問は会議が終了次第、すぐに実施するわね」

「か、母ちゃんは何も知らないわ!?」

「黙りなさい」

 ガバリと起きたSOCの抗議を、シェリーは再び麻痺投げナイフで黙らせる。

「……主な問題はこの四つね。細かい内容はまた後で──」

「待った! もう一つ残ってるだろ!」

 突っ伏していたマリディアが、シェリーの言葉を遮って立ち上がった。

「アクアの捜索も加える約束だろう! もちろん他の問題を解決するためにも働くけど、私に関してはアクアの件も優先させて貰うよ」

「アクア……さん?」

 初めて聞く名前にシーグルが首を傾げる。

 ──いや……でも、どこかで……。

 知らない名前のはずなのに、妙に記憶の隅へ引っかかった。
 マリディアの目を見た時も同じような感覚を覚えたが、彼女の場合は目の色だけで、名前に関してはピンとこなかった。

 ──私は何を忘れているんだろう。

 シーグルが考えを巡らせる中、シェリーは小さく溜息をついた。

「……正直てんてこ舞いなのよねぇ。でとポッケ村の村長やネコートからも依頼されてる件だし、それは許可するわ──それに」

 シェリーは書類をまとめながら、付け加えるように呟く。

「あの子のことだから、何かの問題と関連している可能性があるかも……ね」

 シェリーの発言を最後に、説明会はお開きとなった。
 今後の依頼については龍歴院の受付から各々に届けられるという。



「全く……あの子達、どこに行ったんだろう」
 
 龍歴院を出て、久々に新鮮な空気を吸い込んだシーグルは不満気に呟いた。
 あの騒動以降、薄情なことにラーグ達は行方すら分からない。
 
「ほへいさんとこのアイルーが羨ましいな……」

 ほたてを見ていると、いかにほへいが愛されているかが分かる。
 自分のアイルーとは何かが違う──そんな気がしてならなかった。

「……あ」

 ふと龍歴院近くの広間に目を向けて、シーグルは思わず口を開いた。
 この広間には飛行船乗り場のほかに、クエストを受注する集会所やギルドストア、食事処などが設けられており、ハンター達に非常に重宝されている。

「サリュ! 待ってましたよ。ユーのためにミィのとっておきチーズを用意しておきましたニャ!」

「はっはっはっ。これは実にとろけてるなぁ」

 その中の一つ。巨大なチーズフォンデュ、通称『チーズファウンテン』を経営しているアイルー、ニャンコックと談笑しているハンターを見かけたのだ。

「流石、お解りですかニャ。これぞ、ミィをここまで育てた奇跡のスペシャルチーズなのです」

「ほう。ならば持って帰って、ほたてに食べさせてみよう」

「ミィのスペシャルチーズを食べれば、種族を超えて大きく成長するのは間違い無しですよ」

「ほうほう」

 山ほどのチーズを抱えながら、巨漢のアイルーと共に怪しい笑顔を浮かべるほへいがいたのだ。

「……」

 説明会が終わった瞬間に会議室を飛び出した彼を不思議に思っていたが、これが理由か──彼女は納得して頷いた。

「ふぉお、ふぃーぐる」

 買い物を終え、口一杯にチーズを詰め込んだ彼がシーグルを認めて手を上げる。

「ほへいさん……まだチーズ食べるの?」

「むぐむぐ。ここのチーズは本当にとろけるぞぉ」

「そうなんだ……」

 彼の自由奔放さは正直羨ましく思うが、真似したいかと言われれば首を振りたくなる。実に不思議な人である。
 この人は、今起きている事件についてどう思っているのだろう──シーグルは、ほへいの瞳をじっと見つめて詰め寄った。
 
「ほへいさんは、会議の問題についてどう思う?」

「む……」

 彼のライトグリーンの瞳が思慮深く閃いた。
 もしや重要な手掛かりを……そう期待したシーグルであったが、ココットの勇者は愉快そうに笑う。

「はっはっは。半分以上聞いてなかったから何とも言えんなぁ……俺は依頼があれば赴くだけさ」

「なる……ほど……」

 相談する人を間違えた。
 大きく肩を落とすシーグルに「まぁ頑張れ」と一欠片のチーズを分け与えると、彼は人混みの中へ消えていった。チーズの実験を行うべく、ほたてを探しに行ったのだろう。
 シーグルは少し肩を落として、貰ったチーズを口に入れる。

「……」

 本当にとろけて美味なだけに、少し悔しい。

「……とりあえずラーグを探そうかな」

 神出鬼没のユールを探すのは不可能と諦めているシーグルは、緑色のアイルーを探すことに決めたらしい。
 ラーグなら目立つところに行けば向こうから寄ってくるだろうと、村の方へ向かおうとした時だった。

「──し、シーグルさんっ!?」

 突然、大きな物音と人々の騒ぎ声が広間を包み込み、彼女のもとに息を切らしたエージャが飛び込んで来たのだ。

「エージャ!? 一体どうし……」

「──鬼ごっこは終わりですよ。早く『それ』を寄越しなさい」

 人混みの中から聞こえた、聞き慣れない女性の声。
 その声を聞いて、シーグルは何故が背筋が凍りついた。

「……何……? 寒い……」

 激しい悪寒が、彼女を束縛するように包み込む。
 しかしその傍らで、恐怖に怯えるエージャの声が聞こえてきた。

「し、シーグルさん……」

「……大丈夫」

 エージャが震えてる……助けないと──必死で悪寒と戦いながら、震える腕でエージャを抱き寄せたシーグルは、彼の手元を見て目を疑った。

「エージャ……?」

「シーグルさん……ごめんなさい……」

 突如として体の力が抜け、シーグルはがくりと膝を着いた。

「ごめんなさい……なんで……ごめんなさい……っ!」

 涙を流し、青ざめる少年の手には黒い片手剣が握られていた。
 その歪んだ刀身を、赤黒い血が踊るように流れる。

 ──身体が……まるで氷みたい……に。

 シーグルの意識と共に、それは地面を黒く染め上げていった。



[37857] アンスール・アライブ 8話
Name: 楽太郎◆a3215f1c ID:21f0d3ea
Date: 2016/08/13 21:25
◇ 第8話「ベルナハント」前編



◆1



「──シーグルさん!」

 焦燥に駆られた彼女の表情を見て、少年は思わず手を前へ伸ばした。
 しかし、シーグルは淡黄色の髪を翻し、一陣の風の如く少年の横をすり抜けていく。

「──待って!」

 ──言わなきゃ、これだけは伝えないと……。

 他でもない、彼女のために。
 エージャは大きく口を開いた。

「左から行った方が近……って、もういないや」

 時すでに遅く、彼女の姿は入り口から右へと消えてしまう。

「……左の階段から上った方が早く着いたんだけどなぁ」

 右の階段から響く凄まじい足音を聞きながら、少年は小さく溜息をついた。

「説明会、間に合えばいいけど」

 まるで姉を心配する弟のような口ぶりで呟く少年。彼は考え込むように腕を組んで、天井を見上げた。

「……さて、どうしよっかなぁ」

 村へ来た目的はハンターに会うことだったが、肝心のハンター達は会議室に集まってしまって見ることも出来ない。

「昨日の内に今日の分のアップル達の世話は全部終わらせちゃったし……夕方の餌やりまでは暇なんだよなぁ」

 今回は物を売りに村へ来たわけでも無いため、売り物になるミルクや毛皮も持ってきてはいないエージャは「うーん」と考えて唸り始める。

「……とりあえず村をぶらぶらしてみようかな」

 ベルナ村は素朴な村だが、今はハンターが来ると聞いてやや活気付いている。
 見慣れぬ行商などが出店を出していたりと、いつもよりも賑わっているのだ。
 買い物にはさほど興味が無かったエージャだが、珍しい店も覗くだけなら悪くはないなと頷いた。

「ん……?」

 しかし、休憩室から出て右に曲がった所で少年は足を止めた。
 先程シーグルが駆け上っていった階段の下に、一人の少女が佇んでいたのだ。

「……」

 少女は銀色の髪を風になびかせなら、じっと階段を見上げている。

「ねぇ、君。こんなところで何してるの?」

 不思議に思ったエージャは思わず声を掛けていた。
 
「……お母さんを待ってるの」

 透き通るような青い瞳がじろりと見つめられ、少年は息を呑む。
 可愛らしい少女なのだが、その小さな唇は鋭く尖っており、細い眉は互いに喧嘩しているかの如く吊り上っている。
 明らかに機嫌が悪かった。
 
「えっと、お母さんを……?」

 内心ハラハラしながらも、少年は彼女がどこの子供なのかを考えていた。
 龍歴院関係者の子供かとも考えたが、エージャはすぐに否定する。
 今までこんな子は見たことが無いし、一般利用の飛行船が停止している今、他所からやって来たとも考え辛い。

 飛行船──?

 少年の頭に、微かな記憶が過ぎる。
 あの騒動が起きた時、エージャは広間の出来事を遠くから見ることしか出来なかった。
 しかし、一瞬だけ開けた村人の隙間から、誰かに抱えられる少女の姿が見えた気がしたのだ。

「もしかして君、最後のハンターさんと一緒に来た子?」

「そうだけど……?」

 不思議そうに頷く少女に、エージャは血相を変えて詰め寄った。
 
「……ってことは、あの時倒れてたのも君だよね? 大丈夫だったの?」

「うん。ちゃんと受け止めたから平気」

「受け止……?」

 華奢な少女からは想像も出来ない言葉にエージャは首を捻る。
 少女も同じように首を傾げた。

「貴方は誰?」

「あ、僕はエージャ。村の外れに住んでるんだ。君は?」

「私はマリン、フラヒヤの山から来たの。よろしく、エージャ」

 ニコリと微笑んで手を差し出すマリン。その姿は可憐な少女にしか見えない。
 さっきの言葉も何かと間違いだろうと少年は一人納得し、その手を握り返す。

「よろしくね、マリン」

 一回、二回、三回。
 小さく握手を交わした後、互いに手を離す。

「……よし」

 すると握手を終えたマリンが何故か小さくガッツポーズをした。

「ん?」

「何でも無いよ……大丈夫。同じ失敗はしないから」

「……?」

 どこか得意気な様子のマリン。少年にはその理由が分からなかったが、どうやら彼女の機嫌は直ったらしい。
 そうだ、と少年は手を叩いた。

「ねぇ、マリン。少し外へ散歩しにいかない?」

「……え?」

 驚いたように少女は目を見開いた。

「美味しいチーズ屋さんとか、色々案内するよ?」

「美味しい……チーズ……?」

 その言葉にマリンは一瞬目を輝かせたが、すぐに表情を曇らせて視線を落とす。

「駄目。待っててって、お母さんに言われたもの」

「君のお母さんって、上の会議室で説明を受けてるんだよね?」

「そう。だから待たないといけないの」

 それを聞いてエージャは微笑んだ。

「説明会、当分終わらないと思うよ? さっき始まったばかりだから」

「……そうなの?」

「大丈夫、僕が保証するよ」

 自信たっぷりに頷いてみせるエージャ。
 その保証の根拠であるシーグルは今、必死で歌丸。を押さえつけている最中なのだが、それは少年の知るところでは無い。
 少し考えるように俯いたマリンだったが、顔を上げるとエージャに小さく笑いかけた。

「……なら、お願いしようかな」

「勿論! やったぁ!」

 当初の目的は何処へやら、エージャは久しく居なかった近い年の友達を連れて元気に龍歴院を飛び出した。

「わっ、いい風だね」

 入り口を出た途端、草の香りが混じった柔らかい風が通り過ぎた。
 風は龍歴院の広場を超え、ベルナ村へ続くなだらかな坂道を駆けるように吹き抜けていく。

「……綺麗」

 風によって草が一斉に頭を下げる光景は絶景である。
 そんな高原地帯の景色に吸い込まれるように、マリンは小さく息を吐いた。

「来た時は広間が混んでたから、よく見えなかったんだね」

「うん」

「僕はね、ここからの景色が大好きなんだ」

 ベルナ村付近の高原には、自然の作り上げた美しい景色が多く存在する。そして、その美しさの上に作られたベルナ村には、この地を敬う村人達の長年の愛が込められている。
 村は高原を愛し、高原は村を恵む。
 そんな二つを同時に眺めた時、少年は何故か無性に嬉しくなるのだ。

「ここが、僕が生まれ育った村だよ」

 エージャは目を輝かせるマリンの前に立ち、両手を大きく広げてみせた。

「改めて──ようこそ、ベルナ村へ」

「ふふ、ありがとう」
 
 嬉しそうに笑う彼女を見て満足そう頷くと、少年は広場に向かって走り出した。

「行こう! 美味しいチーズが待ってるよ」

「チーズ……──ま、待って!」

 マリンが少年の後を追うように走り出す。自覚は無いが少女もまた、初めての友人を得て心が弾んでいた。



「──行きましたか」

 二人の姿が段々と小さくなり、完全に龍歴院から見えなくなった頃、建物の陰から一人の影が現れた。

「全く……だから昼間のうちに動くのは嫌なんです。けれど仕方ありませんね」

 妙にくぐもった、女性の声が静かに響く。

「龍歴院所属のハンターのほとんどは任務で出払ってますし、代表のハンター達も今は龍歴院の奥。今なら被害を最小限に抑えられるでしょう──『八本目』は手早く済ませますよ」

「──了解」

 そう言って、建物の陰から一人の少女がするりと現れる。

「大丈夫だよ、私もあれから色々『特訓』したんだから」

 少女は鼻歌交じりに腰の双剣に触れると、遥か先の目標を補足する。

「何時でも行けるよ」

 女性は小さな相棒を見下ろすと、軽く頷いた。

「失敗は許しませんよ?」

 彼女は隠すように置かれていた木箱から、一振りの大剣を取り出す。
 鈍い異色の輝きを放つそれを背中に担ぐと、二人はゆっくりと広間へ足を進め始めた。
 


◆2



「はぁ……まるで冷めたチーズのように解しがたい問題ですニャ」

「これ……アイルー……なの?」

「そうだよ、凄いよね」

 エージャとマリンが訪れたのは、ベルナ村産チーズの大元締め──ニャンコックであった。
 しかし彼は、浮かない顔でチーズ鍋をひたすら混ぜ続けている。

「どうしたの? ニャンコック」

「……サリュ……エージャじゃありませんか。ユーの売るミルクはいつも上質で素晴らしいですが、今はちょっと買えそうにありません」

 その巨漢に似合わない哀愁を醸し出している彼は、少年をちらりと見て再びチーズ鍋に視線を戻した。
 そんなニャンコックにエージャはずずいと詰め寄った。

「ミルクを売りに来た訳じゃないよ。今日は客として来たんだ」

「おや……そうでしたか。それはニャンとも失礼を──」

 初めて顔を上げたニャンコックだったが、エージャを見て軽い驚きの表情を浮かべた。

「ニャ、ニャンと、可愛い女の子まで連れるのですね……デートですか?」

 エージャは顔を赤らめて首を振った。

「ち、違うよ。僕はただニャンコック特製のチーズを分けて貰おうかと思って……」

「──と、特製の……チーズ……!」

 その言葉にニャンコックが野太い声を上げる。

「……実はミー、そのことで悩んでいたのです」

 巨漢のアイルーは糸目を更に細くして、足元で煮えているチーズ鍋を見下ろした。

「このチーズはミーがこよなく愛するエレガントかつトレビニャーンな逸品なのですが、最近苦情を受けましてね……」

「苦情……?」

「ええ……ミーのチーズを食べたアイルーがそれはもうメキメキと成長したらしく、雇い主のハンターから高価な防具が入らなくなったと」

「あー……」

 それが原因かとエージャは天を仰いだ。
 ニャンコックは巨漢に似合わずナイーブなところがあり、一旦落ち込むと中々元に戻らない。
 これはチーズを貰えるまでしばらく掛かりそうだ──そんなことを考えていた少年だったが、ふと隣を見て驚いた。

「マリン、どうかした?」

「……あの人達、変」

 先程までニャンコックの大きさに無邪気に驚いていた少女が、真剣な顔つきで広間を歩く二人組のハンターを睨んでいる。

「変?」

 つられるように二人組を見たエージャは首を傾げた。
 どちらも30代くらいのハンターで、一人は黒髪を八の字に分けたような髪型をした瘦せ型の男。もう一人は虎刈りの金髪が特徴的な大柄の男である。
 両者とも誠実とはかけ離れた顔つきをしているが、これと言って妙な印象は持てない。

「マリン、どこが変なの?」

「雰囲気と言うか……とにかく嫌な感じなの。特に瘦せ型の男」

「確かに……見たことはない人だね」

 瘦せ型の男は普段着なのか赤いオーバーオールのような服を着ている。
 二人は何かを話しているらしく、かしましい笑い声がここまで聞こえてきた。

「ひゃっはっはっはっ! やったなライザー、まさかこんな掘り出し物が手に入るなんてよぅ!」
 
「おうともダノン! そいつぁ絶対に掘り出し物だぜ。あの露店のじいさん、ボケてやがったんだ!」

「ひゃははっ! 絶対になぁ!」

 下卑た笑みを浮かべたダノンが、懐から縦長の木箱を取り出す。

「なぁ、ライザー。へへ、こいつ……もう一度見たいか?」

「ははは! 頼むよダノン、もう一度見せてくれ!」

「へへへ……一回だけだぜぇ?」

 満足そうにニヤついたダノンが木箱の蓋に手をかける。
 その瞬間、マリンが叫んだ。

「──駄目っ!」

「マリン!?」

 エージャは少女の行動に目を見張った。マリンが突然、二人組へ向かって走り出したのだ。

「待って! ──ぐぇっ!?」

 慌てて追いかけようとしたエージャの後ろ襟を、巨漢のアイルーが引き寄せた。

「エージャ……ミーの話を途中で切り上げようとするニャンて酷いですよ……」

「ぐ……ちょ、まっ……」

 一瞬今朝の記憶が過るが、そんなことを考えている暇はない。早くマリンを追わなければならないのだ。

「だ、大丈夫だよニャンコック! そのチーズは素晴らしいし、きっとその人も分かってくれるよ! どんどん売ればいいと思う!」

「本当ですか……ならもうすぐ来る常連さんにもプレゼントしていいんですかニャ?」

「勿論だよ! とっておきのをあげるといいと思うよ!」

「本当ですか!」

 ──今だ!

 僅かに緩んだニャンコックの手をすり抜けて、少年は広間に向かって走り出した。
 マリンはもう二人組の元へのたどり着いており、何やら口論になっているようだった。

「──あぁん? 何だ嬢ちゃん」

「ダノンのお宝を手放せって? 可愛い嬢ちゃんのお願いでもそりゃ聞けねえなぁ、こいつはダノンが爺さんから百ゼニーでふんだくった……」

「──おい、それは言わなくていい!」

「それは宝物なんかじゃない。そのままそれを、地面に置いて下がって」

 マリンの言葉にダノンとライザーは顔を見合わせてニヤリと笑う。

「そんなこと言われたらよぉ……」

「逆に見せびらかしたくなっちまうよなぁ……」

「な……!」

 マリンは彼らの反応に絶句した。
 何故そんなことを言うのか、まるで理解出来い様子であった。

「マリン!」

 そんなマリンの前に、エージャが間に割って入ってきた。
 ニヤニヤと笑う男達を睨みつけながら、後ろの少女に声を掛ける。

「大丈夫……?」

「駄目、エージャ……離れて!」

「えっ?」

 マリンの言葉にエージャが驚いて振り返ろうとする。
 しかし、その言葉は僅かに遅かった。

「じゃーん、御開帳ぅ!」

「──!」

 ダノンが箱から取り出した物に、エージャは目を奪われた。

 鈍く輝く、紫色のいびつな片手剣。
 片刃の大型ナイフのような形をしており、刃先は吸い込まれそうな程に研ぎ澄ませれている。
 エージャの目を釘付けにしたのは、その刃の間から漏れ出る薄紫色の怪しげな光であった。

「んー? どうだぁ、ボウズ。羨ましいだろう──こいつはアルスタっつう名前らしいぜ」

 自慢気にアルスタを振るうダノンだったが、その怪しげな光に目を奪われたのはエージャだけでは無かった。

「──くれ……そいつをくれよダノン……くれぇ!!!」

「はぁ? ら、ライザー!? 一体どうしたってんだよ!」

 突如、怪しく目を光られたライザーがアルスタを奪おうと襲ってきたのだ。

「下がってエージャ!」

「──わっ!?」

 マリンは咄嗟にエージャの後ろ襟を引き寄せる。
 そんなにこの襟、掴みやすいのかな──一瞬そんなことを考えたが、そんな状況ではない。

「マリン……あの人どうしちゃったのかな」

「分からない。けど、私の傍から離れないで」

 エージャを庇いながら、二人を警戒するマリン。

「──おい、なんだどうしたんだ」

「──喧嘩? 嫌だわぁ……」

 騒ぎを聞きつけてか、周りには人が集まり始めていた。
 ハンター同士の喧嘩へ仲介に入るような豪胆者はいないようで、村人達は彼らの様子を興味半分、怖がり半分で見物している。
 ダノンはそんな視線に構う余裕は無いようで、アルスタを取られないように必死でライザーを押しやっていた。

「や、やめろライザー! ど、どうしちまったんだよ!?」

「くれぇ……よこせっ……!」

「く、来るな、よせっ……──あっ!?」
 
 ダノンが大きな声を上げた。
 もみ合いの拍子に、ダノンの腕から抱えていた木箱が滑り落ちたのだ。落下の衝撃で、中に入っていた小盾が転げ落ちる。

「お、俺の盾がぁ……!」

 ダノンの叫びも虚しく、剣同様に怪しげな光を放つ盾は地面を転がるとある人物の足へぶつかった。
 その人物を見て、村人達は驚いたようにどよめき、一斉に距離を置いた。

「おや、手間が省けましたね」

 そこには【ダマスクシリーズ】と呼ばれる高価な鎧に身を包み、頭部には恐ろしい違和感を醸し出す【リノプロヘルム】を被った女性が立っていたのだ。
 彼女は足元の盾を見据えると、小さく呟いた。

「──ルシャ」

「はいはい、マリさん」

 何処からか少女の声が響く。次の瞬間、ダノン達はピタリと動きを止めた。

「なん……だ……?」

「体……が……動かな……」
 
 同時に倒れた彼らの背後から、双剣──【アイルー様メラルー様】を構えた少女が現れる。
 
「今回はねぇ、オオマヒシメジと強力麻痺袋! どう? 効くよねぇ?」

 赤と黒のマーブルカラーのツインテールを閃かせ、ルシャが嬉しそうに足元の二人を見下ろした。

「ルシャ、お喋りしている暇はありませんよ」

 リノプロヘルムの女性──マリアンはそう言って、足元に転がった小盾に向かって大剣を振りかざした。

「忌々しい……」

 彼女の持つ武器は、恐暴竜イビルジョーの牙から作られた大剣──【アングイッシュ】。
 緑色の巨大な剣身の刃先に無数の黄色い突起がついたその大剣は、黒い稲妻を纏って小盾を粉々に破壊した。

「逃がしませんよ」

 破壊された小盾から紫色の煙が立ち上るが、それもマリアンが大剣の一振りでかき消す。

「後は剣だけですね……おや?」

 アルスタを破壊しようと再び大剣を構えた彼女が動きを止めた。
 いつの間にか彼女の前に一人の少女が立ちはだかっていたのだ。

「何の真似です?」

「……私にも分からない。けど──」

 拳を握り締め、彼女を射殺さんばかりに睨みつけると、マリンはその姿を消した。

「────っ!?」

 マリアンが気付いた時には、少女の拳は彼女の無機質な被り物を正確に捉えていた。

「マリさん──!?」

「くっ……! 貴女、一体……」

 マリアン愛用のリノプロヘルムが吹き飛び、彼女の素顔が露わになる。
 マリディアに良く似たその顔は、驚きに染まっていた。
 ひと蹴りで間合いをゼロに詰めた脚力、丸腰で飛び込んで来る胆力、そして恐ろしい威力の拳。見せかけだけの少女では無いことはすぐに理解したマリアンだったが、すぐに笑みを浮かべた。
 
「ルシャ、後で褒めてあげますよ」

「な──」

 ちくりとした感覚と同時にマリンは意識を手放した。
 倒れ込む少女をルシャが抱き抑える。

「よいしょっ……と。凄い力だったねぇ、マリさん大丈夫?」

 少女をゆっくりと地面に寝かせると、ルシャは転がったリノプロヘルムを拾い上げる。

「うわっ……めちゃくちゃ凹んでるし!」

「これは……」

「ちょ、ちょっと落ち込まないでよマリさん」

 リノプロヘルムの惨状に驚愕の表情を浮かべたマリアンにルシャが慌てて駆け寄る。

「仕方ないよ、また何処かで恨み買ったんでしょ?」

「……流石に心当たりが多すぎますね」

 見事に顔面が凹んだリノプロヘルムを哀悼の意を込めてさすり、マリアンは再び大剣を握り締めた。

「……急用が出来ました。早く八本目を破壊して帰りましょう」

「……急用って修理だよね?」

「当たり前でしょう」

 キッパリと言い切って、マリアンは大剣を振り上げる。長い桃色の髪が風圧で大きく舞い上がる。
 しかしその大剣は、空中で迷うように動きを止めた。

「剣が……ない……?」

 マリアンは泡を吹いて倒れているダノンを見下ろして眉をひそめる。
 彼がしっかりと握っていたはずのアルスタが無くなっているのだ。

「──マリさん、あれ!」

 ルシャが叫んだ方向を見てマリアンは目を見開いた。
 先程まで少女の後ろにいたはずの黒髪の少年が、アルスタを握って人混みの中へ消えていくのを捉えたのだ。

「早く取り戻しましょう──怪我人だけじゃ済まなくなりますよ!」

「ま、待ってよマリさん!」

 人混みを蹴散らすように走り出したマリアン。ルシャは慌てて彼女の背中を追いかけ始めたのであった。




◆3


「──はぁ……はぁ……っ!」

 エージャは走り続けた。
 呼吸は掠れるほどに荒く、目の前は真っ暗で何も見えない。
 止まれば自分が自分でなくなってしまう。そんな気がして、少年は逃げるように走り続けた。

「──待ちなさい!」

 誰かの声が聞こえた気がしたが、少年にそれを聞く余裕は無い。
 胸の奥が引き裂かれんばかりに締め付けられている。心臓や骨よりも、もっと深い場所──心そのものが蝕まれる感覚に、少年は酷く怯えていた。
 もう全てをかなぐり捨て、慟哭して暴れまわりたい。
 湧き上がるこの感情が本心なのか、そうで無いのか、それすらも分からなくなっていた。
 マリンがリノプロヘルムの女性に飛び掛って行った時も、マリンがツインテールの女の子に倒された時も──少年はダノンの持つアルスタから目を離すことが出来なかった。剣から漏れ出す淡い紫の光を、少年は凝視し続けていたのだ。
 それは人知を超えた魔性の輝き。少年の心に黒い感情が湧き上がりがり始めたのは、それからすぐのことである。
 マリンは既にマリアンの前へと飛び出しており、エージャの異変に気付く者は誰一人として居なかった。

 ──これ、僕のだ。早く……持っていかないと。

 倒れるダノンへと歩み寄ったエージャは、彼の握るアルスタをするりと抜き取った。
 硬く握られていたはずのアルスタは、まるで自分の意思で抜かれたかのように元の持ち主の手を離れる。
 手に取った剣は、不気味なほどに軽かった。少年はそれを隠すように懐にしまい、聞こえてくるマリアン達の声を背にして人だかりの中を走り始めたのだった。

「──危険です下がって……下がりなさいと言ってるでしょう!」

 周りから大きな物音が響き渡る。大剣を構えて走るマリアンに驚き、村人達が屋台や物を倒しながら逃げ惑い始めたのだ。
 大人と子供の脚力の違いは顕著で、村人をすり抜けながら必死に走るエージャへ、マリアンは徐々に近づいている。
 絶対に捕まっちゃいけない──酸欠で朦朧とする頭に何故かそんな気持ちが浮かんでくるが、少年の体力は限界に近付いていた。
 そんな時、少年の前をまだいるはずの無い人物が通り過ぎた。

「──し、シーグルさんっ!?」

「エージャ!?」

 思わずシーグルに飛びついたエージャだったが、彼女の声と背中の温もりについ気を緩めてしまう。
 
 ──ねぇ、シーグルさんを刺してしまおうよ。

 エージャはゾッとした。
 知らない自分の声が、頭の中で勝手に響いたのだ。

 ──そんなの嫌に決まってるだろ!

 頭の中で頑なに拒絶した少年だが、身体はまるで乗っ取られたかのように、ゆっくりとアルスタを握り始める。
 必死でシーグルに危険を知らせようとしたが、彼女は何故か身体を震わせて俯いていた。

 ──チャンスだ、今しかないよ。

 無邪気な少年の声が頭の中で警鐘のように響き続ける。
 このままでは意識諸共刈り取られてしまう──そんな恐怖に震えながら抵抗を続けていたエージャだったが、不意に視線を上げたシーグルと目が合った。

「……し、シーグルさん」

 そこに映ったのは、自分を心配そうに見つめるシーグルの姿。

 ──逃げて、早く僕から離れて!

 そんな叫びを目で訴えたが、シーグルは青い顔ながらに微笑んでエージャを抱き寄せる。

「……大丈夫」

「あ……」

 ──ダメだよ……シーグルさん。

 エージャは震える瞳で手元の刃を見つめた。

「エージャ……?」

「シーグルさん……ごめんなさい……」

 ──そんなこと言われたらホッとしちゃう……力が抜けちゃうよ……。

 一瞬うちに視界が暗転し、次に気がついた時には心を支配していた黒い感情は綺麗に抜け落ちていた。

「────!?」

 不思議に思って手元を見つめた少年は、その光景に愕然とした。
 血に染まった自分の両手、握られた黒い柄──そして、シーグルの腹部に突き刺さる煌黒の刃。

「あ…………あぁ…………」

 自分が、何をしてしまったのか。
 それを理解した時、全身の血が凍りついたように冷たくなった。

「ごめんなさい……なんで……ごめんなさい……っ!」

 アルスタの柄から手を離し、へたり込むように崩れ落ちたエージャは、同じように膝をついたシーグルを茫然と眺めることしか出来なかった。

「……大……丈夫。大丈夫……だか……ら……」

 そんな少年の肩を、シーグルが震える手で掴んだ。
 そんな彼女を煌黒の剣から流れる赤黒い稲妻が侵食していく。

「でも……でも……!」

 エージャは消え去らんばかりの声でシーグルの手を掴む。
 しかし腹部から流れ出る血はその勢いを止めず、次第に周りを赤く染め上げ始める。

「──……っ! ルシャ!」

 その時、人混みを突破したマリアンの号令が広間に響いた。

「……な、なにマリさん──って何これどうしたの!?」

 呼ばれたルシャが息も絶え絶えにやって来るが、シーグルの状態を目にしてすぐに表情を変えた。
 
「誰か新しいタオルを持ってきて!」

 周りにいた何人かの村人が慌てて走り出す。それを見届けると、ルシャはシーグルに近づき、彼女を仰向けに寝かせた。

「うっ……」

「大丈夫、私に任せて」

 シーグルの容態は目に見えて悪化していた。血は流れ続け、青ざめた顔からは大粒の汗が吹き出ている。

「シーグルさんを……シーグルさんを助けて……!」

「君は少し離れてて」

「は……はい……っ!」

 ルシャは少年を引き離して彼女の横に座ると、ポーチから数個の赤黒い木の実と器を取り出した。
 硬い実の殻を手早く砕き、中から溢れた汁を器へ流し込んでいく。
 その様子を見て、マリアンは深刻な表情を浮かべた。

「ルシャ、彼女はやはり……」

「……うん、酷い龍アレルギーが出てるよ。手持ちの龍殺しの実で足りればいいけど」

 龍殺しの実のエキスを全て器に入れ終えたころ、村人の一人が大量のタオルを抱えてやって来た。
 ルシャはそれを受け取ると、赤い液体を十分に染み込ませてシーグルの横へ運んでいく。

「マリさん、手伝いお願い」

「分かりました」

 マリアンがシーグルを挟む形でルシャの前に膝をつく。
 ルシャは赤く染まったタオルをマリアンに渡し、もう一枚を自分の手に取る。
 用意が出来ると、少女とマリアンは互いに小さく頷いた。

「マリさん、せーのでいくよ」

「ええ」

 マリアンが赤いタオル越しにアルスタの柄を握り、ルシャがシーグルの着ている装備の布を掴む。

「せー……」

「……のっ!」

 息の合った掛け声を合図に、マリアンがアルスタを引き抜いた。
 開いた傷口から多量の血が噴き出すが、ルシャがすぐさま装備をはだけさせ、傷に龍殺しの実のエキスが染み込んだタオルを押し付ける。

「う……あああああああぁぁ!!」

「マリさん抑えて!!」

 シーグルが悲痛な叫びとともに暴れ始めるが、二人は懸命に彼女を抑え続けた。
 傷口からは何かの焼けるような音がし、紫色の煙がタオル越しに立ち上り始める。

「──全員離れなさい!」

 マリアンが片手でシーグルを抑えながら、背中のアングイッシュを空中で大きく振り回す。
 紫色の煙は逃げるようにアルスタへ流れ込むが、マリアンがすかさず大剣でそれを叩き砕いた。するとアルスタは白い灰となって、その形状を崩していく。

「ううぅ──っ……はぁ……はぁ……」
 
 すると苦しんでいたシーグルの表情に赤みが差し、呼吸が次第に穏やかになっていく。

「……抜けましたか?」

 マリアンの問いに、ルシャは額の汗を拭いながらムフンと微笑んだ。

「うん、後は止血だけ」

「なら、もう大丈夫でしょう。帰りますよ」

「ええぇ、もう!?」

 ルシャが辺りの屋台を見渡しながら名残惜しそうな声を上げるが、そんな少女の頭をマリアンが大剣の腹で軽く小突いた。

「あぅん……!?」

「目先の欲に捉われるなと言ってるでしょう。用は済ませましたし、『面倒事』はもうごめんですからね」

「はぁい……」

 ルシャはそう言うと、唇を尖らせながら渋々荷物をまとめ始める。
 マリアンも小さく溜息をついて大剣を背負いかけたが、その手がピタリと動きを止めた。

「──このまま帰れるなんて、思っているのかしら?」

「ま、マリさんっ!?」

 気づけば二人は、真紅に染まる「ギルドナイトスーツ」を身にまとった男六名に取り囲まれていた。
 そんな彼等を率いる女性は、「メイドシリーズ」と呼ばれる受付嬢専用の装備を身につけ、両手に構えた双剣──「マスターセイバー」を二人へ突きつけている。

「……これは」

「な、なんで……?」

 顔に戸惑いの表情を浮かべる二人。
 蜘蛛の子を散らすように逃げ出す村人を気にも止めず、ギルドナイト達は彼女達を捉えるべく、ジリジリと近寄き始める。

「……マリさんどーしよう」

「……」

 ルシャは辺りを落ち着きなく見渡しているが、マリアンは彼女から目を離せないでいた。
 ギルドナイトは一人一人が強者であるが、到底マリアンには及ばない。しかし、彼女──シェリーだけは別格であった。
 赤いベストにチェックのフリルスカート、黒タイツに革のブーツというメイドシリーズは彼女の戦闘装束である。

「私だって、そろそろウンザリなのよねぇ……」

 ブロンドヘアーをなびかせ、ギルドナイトセイバーの最終強化形であるマスターセイバーを構えたシェリーは、まさに怒り心頭といった様子であった。

「連日のマスターの世話に加えて、モンスターの異変だの飛行船の事件だので忙しい時に──変な黒い剣は出てくるわ、それを狙う不審者は現れるわ……おまけに貴女のその顔……」

 シェリーは真っ黒い微笑みを浮かべ、ゆっくりと小首を傾げた。

「……私の知り合いに似てて、とっても腹が立つのよねぇ」

「──ルシャ、周りを頼みます!」

 マリアンが指示を出すと同時に、激しい剣撃が彼女へ襲い掛かった。
 アングイッシュを盾にして二本の双剣を受け止めるマリアンだったが、マスターセイバーの威力と切れ味に負け、大剣に小さなヒビが入り始める。

「し、シーグルさん……! こっちに……!」

 危険を感じたエージャが、シーグルを引き摺って円の外へと連れ出した。
 外にいた数名のギルドナイトが彼等を竜歴院へと運んでいく。おそらく治療を行うのだろう。
 それを待っていたかのように、吹き出す清き水と龍エネルギーの稲妻──互いに折り合わない属性同士が弾けるように霧散した。
 シェリーはその反動を利用して双剣を引き抜くと、再び地面を蹴って進み出る。

「──ふっ!」

 体を屈め、斜めに構えられたアングイッシュの陰に潜り込んだ彼女は、マリアンの足を狙ってマスターセイバーを二閃する。
 僅かな手応えが剣から伝わったが、攻撃は浅い。舌打ちして振り返ったシェリーだったが、彼女は僅かに目を見張った。
 彼女の前にあるのは地面に刺さった大剣のみで、マリアンの姿が忽然と消え失せていたのだ。

「──!」

 咄嗟に身を引き、辺りを見渡そうとした彼女の横に何かが降り落ちた。
 地面に転がるそれは、金色の金属片──マリアンが身に付けているダマスクコイルのスカート部分であった。
 ハッとして上空を見上げたシェリーの瞳に、大剣の柄を軸にして空中へ飛び上がったマリアンの姿が映り込む。

「──はぁ!」

 マリアンは軸にしていたアングイッシュの柄を掴み、引き抜くと同時にシェリーに向かって振り下ろした。
 咄嗟に飛び退いたシェリーだったが、マリアンの重い一撃は地面を抉り、彼女の視界を大量の土煙が覆い尽くす。

「くっ……なんて力なのよ」

 更に下がり、双剣を構え直したシェリーは、土煙の中からこちらへ向かってくるマリアンを迎え撃とうとした。
 しかし、ぞくりとした危険信号が脳裏を過り、シェリーは咄嗟に横へ跳んでいた。

「地衝斬っ!」

 剣を引き摺るように走ってきたマリアンが、土煙の中から気合いと共に渾身の力でアングイッシュを振り上げる。
 その凄まじい剣圧によって発生した衝撃波は、大地を縦に穿ち、先程までシェリーのいた地面を吹き飛ばした。
 周りのギルドナイト達が吹き飛ばされる様を見ながら、シェリーが小さく溜息をつく。

「……初めて見るわね、そんな技。こっちも──なりふり構ってられないかしら」

 マリアンがピクリと眉を動かした。シェリーの雰囲気が変わったのだ。

「あんまり好きじゃ無いんだけど──仕方ないわねぇ……」

 彼女は左右の剣を擦り合わせながら、ゆっくりと姿勢を低くして構え始める。すると、彼女の周りに視認できる程の禍々しい練気が纏い漂い始めた。

「覚悟しなさい……加減なんて出来ないんだから」

 彼女はこれを獣宿し【餓狼】と呼んでいる。
 『怒り喰らうイビルジョー』の龍エネルギーの纏い方を研究し、ハンターの練気でそれを体現することに成功した、シェリーの奥義とも呼べる技。
 濃紫色の練気がシェリーを包み込み、眼がナルガクルガよりも禍々しい光を湛え始める。

「面妖な風貌ですね……」

「──そんなに無防備で大丈夫かしら」

 シェリーは怪しく微笑むと、一瞬にして姿を消した。
 次の瞬間、アングイッシュの刃先に凄まじい衝撃が襲い掛かり、火花が飛び散った。

「……ぐっ……」

 反射神経を限界まで研ぎ澄まし、あらゆる攻撃を予想していたマリアンだからこそ、辛うじて反応出来た速度だった。
 シェリーは突進の勢いを身体の回転力に変え、遠心力によって二本の双剣を巨大な丸ノコのように振るい続ける。
 これは【突進連斬】という双剣独自の技であり、双剣使いが好んで使用しているものである。

「……っ……くっ……!」

 普通の突進連斬なら難なく受け止め、反撃も出来たマリアンだが、今回はその重みが違った。
 獣宿し【餓狼】はよって常人なら正気を失う密度にまで気を練り上げる技。その気を纏った斬撃は小さな真空波を生み出し、実体を持つ残像のように相手を切り刻む。
 言わば、一撃ニ斬。

「──はぁぁぁぁぁぁ!!」

 シェリーの怒涛の剣撃が二重になって襲い掛かり、堅固な恐暴竜の大剣を少しずつ削っていく。
 大剣を支えるマリアンの足が剣圧によって地面に沈み始めるが、シェリーの回転連斬は止むどころか更に勢いを増していった。
 削られた切り口が初撃によって生じたヒビに届き始め、大きく軋み出す。
 その音を聞いてマリアンは舌打ちした。

「いい加減に……しなさいっ!」

 マリアンが大剣の前へと飛び出して、片足を大きく上に蹴り出した。彼女の足がシェリーの腕を捉え、握られていた双剣の一本が大きく吹き飛んだ。
 予想外の反撃にシェリーは思わず口を大きく開く。

「ば……馬鹿なの……!? 一歩間違えば足が飛んでいたのよ!」

「馬鹿なのはどちらです。十秒も見てれば目なんて慣れますよ」

「へぇ……簡単に言ってくれるじゃない……」

 一本になったマスターセイバーを構えながら、少しずつ歩み寄るシェリー。
 再び剣が交じり合うと思われた刹那、マリアンが大剣を手離した。
 近くでギルドナイト数名を手玉に取って遊んでいたルシャにも、止めるように合図を出す。

「──この辺で終わりにしませんか。そもそも、どうして貴女達ギルドナイトに襲われているのかも分かりません」

「何を寝ぼけたことを言ってるのかしら? あれだけの騒ぎを起こして──」

 瞳に怒りを滲ませたシェリーの言葉を、マリアンが彼女の後ろを指して遮った。

「──あそこにいる、貴女の上司からの命令ですよ?」

「──は?」

 シェリーが指の先を追うと、広間の隅に置かれていた大タルの一つが僅かに動いた。

「まさか……」

 恐ろしい視線で大タルを見つめるシェリー。そんな大タルに向かって、マリアンは大きな声で呼び掛けた。

「隠れてないで、そろそろ出てきたらどうですか──歌磨呂。」

「──誰が歌磨呂。か!」

 怒鳴り声と共に大タルの蓋が吹き飛んだ。中から現れたのは、銀色のツーブロックショートが映える色黒の女性──歌丸。である。

「……へぇ」

「……あ、あら。シェ、シェリーちゃん……?」

 表情を消したシェリーを見て我に返ったのか、歌丸。 の顔色がみるみる青ざめていく。

「そ、それじゃ、母ちゃんはこれにて……ってひぃぃぃっ!?」

 そそくさと逃げようとした彼女がタルの中で器用に仰け反った。
 タルの中心に突き刺さったマスターセイバーは、歌丸。の防具を貫通して胴を肉薄していた。

「うわ、うわわっ!?」

 無理な体勢と刺さった衝撃で大タルが大きく傾き、彼女はごろりと横転してしまう。必死に転がって逃げようとするが、剣が邪魔をして上手く転がることも出来ない。

「あ、あるぇ……?」

 まさに手も足も出ない状態の彼女を、ギルドナイトがぞろぞろと取り囲んでいった。

「うわあああん! 離せ離せぇ!」

「あらあら、歌丸。さん──元気が良いわねえ」

 ぐるぐるに縛り上げられた(元)ギルドマスターを、一人の部下がニッコリと見下ろした。

「ちょっと遅れたけど──さっそく尋問を始めましょうか」

「わ、分かった分かった! 言うから! お、教えるからぁ!」

 彼女の剣幕に顔面蒼白となった歌丸。は、あっさりと口を割った。

「ま、マリアンちゃんとルシャちゃんは非公式のギルドナイトなのよぉ!」

「……非公式の、ギルドナイトですって? そんなの私、初めて聞いたわよ」

 シェリーが眉をひそめて詰め寄る。 
 歌丸。は、じたじたと暴れて逃げようとしたが、余りの紐を手綱のように握られ、観念したようにうな垂れた。

「い、色々と事情があったのよ……。隠密で『煌黒』シリーズの武器を抹消して貰うにはどうしてもさ……」

「煌黒って……確かアルバトリオンの素材で作られた武器よね。持てば正気を失うって──なるほど……そういうことなのね」

 シェリーがハッとした表情をする。
 人の心を惑わせる煌黒の武器。呪われているとも言われているそれを手にしたハンターならば、様々な影響が出てもおかしくはない。
 そして、その煌黒の武器を秘密裏に抹消していたのがマリアン達──二つの問題の全容がようやく判明したのだ。

「……あなた、どうしてそれを私に教えなかったんです?」

「た、たまには暗躍してみたいなぁ……なんて思ったり……?」

 冷や汗まみれで微笑む歌丸。にシェリーは小首を傾げて頷いた。

「そう。ならそのまま闇に葬られて頂戴」

「え」

 歌丸。縛るロープに火を放ち、動かないように双剣で固定するシェリー。
 迫り来る炎に慌てふためきながら、歌丸。は必死に叫んだ。

「待って待ってぇ! もう解決したから! 煌黒シリーズの武器は『九本』全部、マリアンちゃんがしっかり壊したからぁ!」




「……それは違います」

 歌丸。とシェリーのやり取りを黙って見ていたマリアンが、小さく呟いた。

「え? アルスタが最後の一本じゃ……?」

「九種類の武器は、貴女に伝えたとおり確かに見つけました──ですが……」

 マリアンがギリリと歯を噛むのを見て、歌丸。は察したように頷いた。

「……何かあったのね?」

「はい。そのことについて報告しようと、アルスタをここまで泳がせていたんです。実は──」

 マリアンが口を開きかけた時だった。不意に後ろから声が聞こえてきたのだ。







「──母ちゃん、何で燃やされてんの? あと、何かマリンが向こうで痺れてたんだけど……」

「ま、マリマリ! 助けて! 燃える! そろそろ燃えちゃうから!」
 
 その声を聞いたマリアンは、凄まじい速度で振り返った。

「マリディア……っ!」

「うわっ!? マリアン!?」

 マリンを背負ったマリディアが、お化けでも見たかのようにギョッとする。

「アンタ、何でここに──むぐっ!?」

 マリディアが言い終わる前に、双子の姉は呑気な妹の胸ぐらを掴んでいた。

「な、何すん──」

 突然の行動にマリディアは驚き戸惑ったが、姉の顔を見てハッとした。
 その表情はどこまでも真剣で、昔の記憶が脳裏を過ぎった。幼少期、彼女を心配して怒る時に姉はこんな表情をしていたのだ。
 しかしそんな思い出も、マリアンの次の言葉で搔き消えた。

「──あの娘は! アクアはどこにいるんです!」

「……え?」

 姉の口からアクアという名前が出たことに驚くマリディアだったが、彼女は視線を落として無言で首を振る。
 その様子を見て、シェリーがマリディアの代わりに答えた。

「……アクアさんは今、行方不明なのよ──三日前からね」

 アクアが消えたのは飛行船に乗る一日前。飛行船の中で一夜を過ごしてベルナ村へ来ているので、アクアがポッケ村から姿を消してから大体七十二時間以上経過していることになる。

「やはり……ですか」

 マリディアの心中を察してか、マリアンは感情の炎を弱めて静かに呟いた。

「私は二日前にアクアに会いました」

「アクアに……会った……どこで!?」

「ドンドルマ近くの小村です。もっとも……私が会った彼女は、以前会った時のアクアとは全く違っていましたがね」

 マリアンは目元を険しくさせ、思い出したかのように拳を握り締める。

「違ったって……どういう……」

「あの娘は人に平気で刃を向けたり、危害を加えることの出来る人間でしたか?」

「そんな訳──……っ!? まさか……」

 マリディアが察したようにマリアンの顔を見つめると、彼女は黙って頷いた。

「あの娘は急に現れ、私に襲い掛かって来ました。そして、私が破壊しようとした八つ目の武器──漆黒爪【終焉】を奪って消えたのです」

「漆黒爪……!」

 その名前を聞いて、シェリーが顔色を変えた。

「煌黒の武器の中でも一二を争うって言われてる危険な武器じゃない……彼女はどこへ?」

「……分かりません。あの消え方は、まるで闇に溶け込むかのようでした」

 行方不明となった腕利きのハンターが、最大危険度の武器を手にし、今も行方が知れない。
 アルスタを軽く握っただけのライザーやエージャでさえあのような問題を起こしたのである。それを実力者のアクアが持てばどうなるか──。
 これはギルドどころか、大陸を揺るがす大問題であった。

「……会議を」

 しばらく続いた沈黙の後、シェリーが呟いた。

「もう一度会議を開くわ。もう隠密だの言ってる余裕も無いから、今度はベルナ村にいる全研究員、ハンターを集めて協力体制を整えましょう──ほら、何燃えてるんですか! 早く行きますよ!」

「うわああああん! 人でなしぃぃぃぃ!!」


 その後、ベルナ村の全ハンターによるアクアの捜索が開始された。
 各地にハンターやギルドナイトが散らばったが、マリディア達には特別な任務が課されたのであった。

「──さてと、なら手っ取り早く終わらせようか」

 噴煙立ち昇る火山を背景に、巨大な野草がひしめく島──通称『古代林』の巨大な景色を、マリディアがベルダーハンマーを担いで見上げる。
 アクアの進行先と距離を計算した竜歴院の研究員が割り出したこの島は、彼女が目指しているであろう地であり、飛行船襲撃事件の発生地なのだ。
 依頼はベルナ村の抱える全ての問題の解決──任を託されたのは、各村の代表のマリディア、シーグル、歌丸。にほへいである。

「たまげたなぁ……チーズを食うだけの予定だったんだが」

「いや、ほへいさん……流石に村の代表なんだから頑張らないといけないんじゃないか?」

「シーグルちゃんは病み上がりなんだから、無理しちゃだめよ?」

 最初の課題は、古代林に君臨する斬竜──ディノバルドを討伐すること。

「よーし、それじゃあ行こうか」

 木々の奥から、刃物を研ぐような金属音が聞こえてくる。
 戦闘の瞬間は、すぐそこまで近付いていた。




[37857] アンスール・アライブ 8話
Name: 楽太郎◆a3215f1c ID:21f0d3ea
Date: 2016/08/13 21:26
◇ 第8話「ベルナハント」前編



◆1



「──シーグルさん!」

 焦燥に駆られた彼女の表情を見て、少年は思わず手を前へ伸ばした。
 しかし、シーグルは淡黄色の髪を翻し、一陣の風の如く少年の横をすり抜けていく。

「──待って!」

 ──言わなきゃ、これだけは伝えないと……。

 他でもない、彼女のために。
 エージャは大きく口を開いた。

「左から行った方が近……って、もういないや」

 時すでに遅く、彼女の姿は入り口から右へと消えてしまう。

「……左の階段から上った方が早く着いたんだけどなぁ」

 右の階段から響く凄まじい足音を聞きながら、少年は小さく溜息をついた。

「説明会、間に合えばいいけど」

 まるで姉を心配する弟のような口ぶりで呟く少年。彼は考え込むように腕を組んで、天井を見上げた。

「……さて、どうしよっかなぁ」

 村へ来た目的はハンターに会うことだったが、肝心のハンター達は会議室に集まってしまって見ることも出来ない。

「昨日の内に今日の分のアップル達の世話は全部終わらせちゃったし……夕方の餌やりまでは暇なんだよなぁ」

 今回は物を売りに村へ来たわけでも無いため、売り物になるミルクや毛皮も持ってきてはいないエージャは「うーん」と考えて唸り始める。

「……とりあえず村をぶらぶらしてみようかな」

 ベルナ村は素朴な村だが、今はハンターが来ると聞いてやや活気付いている。
 見慣れぬ行商などが出店を出していたりと、いつもよりも賑わっているのだ。
 買い物にはさほど興味が無かったエージャだが、珍しい店も覗くだけなら悪くはないなと頷いた。

「ん……?」

 しかし、休憩室から出て右に曲がった所で少年は足を止めた。
 先程シーグルが駆け上っていった階段の下に、一人の少女が佇んでいたのだ。

「……」

 少女は銀色の髪を風になびかせなら、じっと階段を見上げている。

「ねぇ、君。こんなところで何してるの?」

 不思議に思ったエージャは思わず声を掛けていた。
 
「……お母さんを待ってるの」

 透き通るような青い瞳がじろりと見つめられ、少年は息を呑む。
 可愛らしい少女なのだが、その小さな唇は鋭く尖っており、細い眉は互いに喧嘩しているかの如く吊り上っている。
 明らかに機嫌が悪かった。
 
「えっと、お母さんを……?」

 内心ハラハラしながらも、少年は彼女がどこの子供なのかを考えていた。
 龍歴院関係者の子供かとも考えたが、エージャはすぐに否定する。
 今までこんな子は見たことが無いし、一般利用の飛行船が停止している今、他所からやって来たとも考え辛い。

 飛行船──?

 少年の頭に、微かな記憶が過ぎる。
 あの騒動が起きた時、エージャは広間の出来事を遠くから見ることしか出来なかった。
 しかし、一瞬だけ開けた村人の隙間から、誰かに抱えられる少女の姿が見えた気がしたのだ。

「もしかして君、最後のハンターさんと一緒に来た子?」

「そうだけど……?」

 不思議そうに頷く少女に、エージャは血相を変えて詰め寄った。
 
「……ってことは、あの時倒れてたのも君だよね? 大丈夫だったの?」

「うん。ちゃんと受け止めたから平気」

「受け止……?」

 華奢な少女からは想像も出来ない言葉にエージャは首を捻る。
 少女も同じように首を傾げた。

「貴方は誰?」

「あ、僕はエージャ。村の外れに住んでるんだ。君は?」

「私はマリン、フラヒヤの山から来たの。よろしく、エージャ」

 ニコリと微笑んで手を差し出すマリン。その姿は可憐な少女にしか見えない。
 さっきの言葉も何かと間違いだろうと少年は一人納得し、その手を握り返す。

「よろしくね、マリン」

 一回、二回、三回。
 小さく握手を交わした後、互いに手を離す。

「……よし」

 すると握手を終えたマリンが何故か小さくガッツポーズをした。

「ん?」

「何でも無いよ……大丈夫。同じ失敗はしないから」

「……?」

 どこか得意気な様子のマリン。少年にはその理由が分からなかったが、どうやら彼女の機嫌は直ったらしい。
 そうだ、と少年は手を叩いた。

「ねぇ、マリン。少し外へ散歩しにいかない?」

「……え?」

 驚いたように少女は目を見開いた。

「美味しいチーズ屋さんとか、色々案内するよ?」

「美味しい……チーズ……?」

 その言葉にマリンは一瞬目を輝かせたが、すぐに表情を曇らせて視線を落とす。

「駄目。待っててって、お母さんに言われたもの」

「君のお母さんって、上の会議室で説明を受けてるんだよね?」

「そう。だから待たないといけないの」

 それを聞いてエージャは微笑んだ。

「説明会、当分終わらないと思うよ? さっき始まったばかりだから」

「……そうなの?」

「大丈夫、僕が保証するよ」

 自信たっぷりに頷いてみせるエージャ。
 その保証の根拠であるシーグルは今、必死で歌丸。を押さえつけている最中なのだが、それは少年の知るところでは無い。
 少し考えるように俯いたマリンだったが、顔を上げるとエージャに小さく笑いかけた。

「……なら、お願いしようかな」

「勿論! やったぁ!」

 当初の目的は何処へやら、エージャは久しく居なかった近い年の友達を連れて元気に龍歴院を飛び出した。

「わっ、いい風だね」

 入り口を出た途端、草の香りが混じった柔らかい風が通り過ぎた。
 風は龍歴院の広場を超え、ベルナ村へ続くなだらかな坂道を駆けるように吹き抜けていく。

「……綺麗」

 風によって草が一斉に頭を下げる光景は絶景である。
 そんな高原地帯の景色に吸い込まれるように、マリンは小さく息を吐いた。

「来た時は広間が混んでたから、よく見えなかったんだね」

「うん」

「僕はね、ここからの景色が大好きなんだ」

 ベルナ村付近の高原には、自然の作り上げた美しい景色が多く存在する。そして、その美しさの上に作られたベルナ村には、この地を敬う村人達の長年の愛が込められている。
 村は高原を愛し、高原は村を恵む。
 そんな二つを同時に眺めた時、少年は何故か無性に嬉しくなるのだ。

「ここが、僕が生まれ育った村だよ」

 エージャは目を輝かせるマリンの前に立ち、両手を大きく広げてみせた。

「改めて──ようこそ、ベルナ村へ」

「ふふ、ありがとう」
 
 嬉しそうに笑う彼女を見て満足そう頷くと、少年は広場に向かって走り出した。

「行こう! 美味しいチーズが待ってるよ」

「チーズ……──ま、待って!」

 マリンが少年の後を追うように走り出す。自覚は無いが少女もまた、初めての友人を得て心が弾んでいた。



「──行きましたか」

 二人の姿が段々と小さくなり、完全に龍歴院から見えなくなった頃、建物の陰から一人の影が現れた。

「全く……だから昼間のうちに動くのは嫌なんです。けれど仕方ありませんね」

 妙にくぐもった、女性の声が静かに響く。

「龍歴院所属のハンターのほとんどは任務で出払ってますし、代表のハンター達も今は龍歴院の奥。今なら被害を最小限に抑えられるでしょう──『八本目』は手早く済ませますよ」

「──了解」

 そう言って、建物の陰から一人の少女がするりと現れる。

「大丈夫だよ、私もあれから色々『特訓』したんだから」

 少女は鼻歌交じりに腰の双剣に触れると、遥か先の目標を補足する。

「何時でも行けるよ」

 女性は小さな相棒を見下ろすと、軽く頷いた。

「失敗は許しませんよ?」

 彼女は隠すように置かれていた木箱から、一振りの大剣を取り出す。
 鈍い異色の輝きを放つそれを背中に担ぐと、二人はゆっくりと広間へ足を進め始めた。
 


◆2



「はぁ……まるで冷めたチーズのように解しがたい問題ですニャ」

「これ……アイルー……なの?」

「そうだよ、凄いよね」

 エージャとマリンが訪れたのは、ベルナ村産チーズの大元締め──ニャンコックであった。
 しかし彼は、浮かない顔でチーズ鍋をひたすら混ぜ続けている。

「どうしたの? ニャンコック」

「……サリュ……エージャじゃありませんか。ユーの売るミルクはいつも上質で素晴らしいですが、今はちょっと買えそうにありません」

 その巨漢に似合わない哀愁を醸し出している彼は、少年をちらりと見て再びチーズ鍋に視線を戻した。
 そんなニャンコックにエージャはずずいと詰め寄った。

「ミルクを売りに来た訳じゃないよ。今日は客として来たんだ」

「おや……そうでしたか。それはニャンとも失礼を──」

 初めて顔を上げたニャンコックだったが、エージャを見て軽い驚きの表情を浮かべた。

「ニャ、ニャンと、可愛い女の子まで連れるのですね……デートですか?」

 エージャは顔を赤らめて首を振った。

「ち、違うよ。僕はただニャンコック特製のチーズを分けて貰おうかと思って……」

「──と、特製の……チーズ……!」

 その言葉にニャンコックが野太い声を上げる。

「……実はミー、そのことで悩んでいたのです」

 巨漢のアイルーは糸目を更に細くして、足元で煮えているチーズ鍋を見下ろした。

「このチーズはミーがこよなく愛するエレガントかつトレビニャーンな逸品なのですが、最近苦情を受けましてね……」

「苦情……?」

「ええ……ミーのチーズを食べたアイルーがそれはもうメキメキと成長したらしく、雇い主のハンターから高価な防具が入らなくなったと」

「あー……」

 それが原因かとエージャは天を仰いだ。
 ニャンコックは巨漢に似合わずナイーブなところがあり、一旦落ち込むと中々元に戻らない。
 これはチーズを貰えるまでしばらく掛かりそうだ──そんなことを考えていた少年だったが、ふと隣を見て驚いた。

「マリン、どうかした?」

「……あの人達、変」

 先程までニャンコックの大きさに無邪気に驚いていた少女が、真剣な顔つきで広間を歩く二人組のハンターを睨んでいる。

「変?」

 つられるように二人組を見たエージャは首を傾げた。
 どちらも30代くらいのハンターで、一人は黒髪を八の字に分けたような髪型をした瘦せ型の男。もう一人は虎刈りの金髪が特徴的な大柄の男である。
 両者とも誠実とはかけ離れた顔つきをしているが、これと言って妙な印象は持てない。

「マリン、どこが変なの?」

「雰囲気と言うか……とにかく嫌な感じなの。特に瘦せ型の男」

「確かに……見たことはない人だね」

 瘦せ型の男は普段着なのか赤いオーバーオールのような服を着ている。
 二人は何かを話しているらしく、かしましい笑い声がここまで聞こえてきた。

「ひゃっはっはっはっ! やったなライザー、まさかこんな掘り出し物が手に入るなんてよぅ!」
 
「おうともダノン! そいつぁ絶対に掘り出し物だぜ。あの露店のじいさん、ボケてやがったんだ!」

「ひゃははっ! 絶対になぁ!」

 下卑た笑みを浮かべたダノンが、懐から縦長の木箱を取り出す。

「なぁ、ライザー。へへ、こいつ……もう一度見たいか?」

「ははは! 頼むよダノン、もう一度見せてくれ!」

「へへへ……一回だけだぜぇ?」

 満足そうにニヤついたダノンが木箱の蓋に手をかける。
 その瞬間、マリンが叫んだ。

「──駄目っ!」

「マリン!?」

 エージャは少女の行動に目を見張った。マリンが突然、二人組へ向かって走り出したのだ。

「待って! ──ぐぇっ!?」

 慌てて追いかけようとしたエージャの後ろ襟を、巨漢のアイルーが引き寄せた。

「エージャ……ミーの話を途中で切り上げようとするニャンて酷いですよ……」

「ぐ……ちょ、まっ……」

 一瞬今朝の記憶が過るが、そんなことを考えている暇はない。早くマリンを追わなければならないのだ。

「だ、大丈夫だよニャンコック! そのチーズは素晴らしいし、きっとその人も分かってくれるよ! どんどん売ればいいと思う!」

「本当ですか……ならもうすぐ来る常連さんにもプレゼントしていいんですかニャ?」

「勿論だよ! とっておきのをあげるといいと思うよ!」

「本当ですか!」

 ──今だ!

 僅かに緩んだニャンコックの手をすり抜けて、少年は広間に向かって走り出した。
 マリンはもう二人組の元へのたどり着いており、何やら口論になっているようだった。

「──あぁん? 何だ嬢ちゃん」

「ダノンのお宝を手放せって? 可愛い嬢ちゃんのお願いでもそりゃ聞けねえなぁ、こいつはダノンが爺さんから百ゼニーでふんだくった……」

「──おい、それは言わなくていい!」

「それは宝物なんかじゃない。そのままそれを、地面に置いて下がって」

 マリンの言葉にダノンとライザーは顔を見合わせてニヤリと笑う。

「そんなこと言われたらよぉ……」

「逆に見せびらかしたくなっちまうよなぁ……」

「な……!」

 マリンは彼らの反応に絶句した。
 何故そんなことを言うのか、まるで理解出来い様子であった。

「マリン!」

 そんなマリンの前に、エージャが間に割って入ってきた。
 ニヤニヤと笑う男達を睨みつけながら、後ろの少女に声を掛ける。

「大丈夫……?」

「駄目、エージャ……離れて!」

「えっ?」

 マリンの言葉にエージャが驚いて振り返ろうとする。
 しかし、その言葉は僅かに遅かった。

「じゃーん、御開帳ぅ!」

「──!」

 ダノンが箱から取り出した物に、エージャは目を奪われた。

 鈍く輝く、紫色のいびつな片手剣。
 片刃の大型ナイフのような形をしており、刃先は吸い込まれそうな程に研ぎ澄ませれている。
 エージャの目を釘付けにしたのは、その刃の間から漏れ出る薄紫色の怪しげな光であった。

「んー? どうだぁ、ボウズ。羨ましいだろう──こいつはアルスタっつう名前らしいぜ」

 自慢気にアルスタを振るうダノンだったが、その怪しげな光に目を奪われたのはエージャだけでは無かった。

「──くれ……そいつをくれよダノン……くれぇ!!!」

「はぁ? ら、ライザー!? 一体どうしたってんだよ!」

 突如、怪しく目を光られたライザーがアルスタを奪おうと襲ってきたのだ。

「下がってエージャ!」

「──わっ!?」

 マリンは咄嗟にエージャの後ろ襟を引き寄せる。
 そんなにこの襟、掴みやすいのかな──一瞬そんなことを考えたが、そんな状況ではない。

「マリン……あの人どうしちゃったのかな」

「分からない。けど、私の傍から離れないで」

 エージャを庇いながら、二人を警戒するマリン。

「──おい、なんだどうしたんだ」

「──喧嘩? 嫌だわぁ……」

 騒ぎを聞きつけてか、周りには人が集まり始めていた。
 ハンター同士の喧嘩へ仲介に入るような豪胆者はいないようで、村人達は彼らの様子を興味半分、怖がり半分で見物している。
 ダノンはそんな視線に構う余裕は無いようで、アルスタを取られないように必死でライザーを押しやっていた。

「や、やめろライザー! ど、どうしちまったんだよ!?」

「くれぇ……よこせっ……!」

「く、来るな、よせっ……──あっ!?」
 
 ダノンが大きな声を上げた。
 もみ合いの拍子に、ダノンの腕から抱えていた木箱が滑り落ちたのだ。落下の衝撃で、中に入っていた小盾が転げ落ちる。

「お、俺の盾がぁ……!」

 ダノンの叫びも虚しく、剣同様に怪しげな光を放つ盾は地面を転がるとある人物の足へぶつかった。
 その人物を見て、村人達は驚いたようにどよめき、一斉に距離を置いた。

「おや、手間が省けましたね」

 そこには【ダマスクシリーズ】と呼ばれる高価な鎧に身を包み、頭部には恐ろしい違和感を醸し出す【リノプロヘルム】を被った女性が立っていたのだ。
 彼女は足元の盾を見据えると、小さく呟いた。

「──ルシャ」

「はいはい、マリさん」

 何処からか少女の声が響く。次の瞬間、ダノン達はピタリと動きを止めた。

「なん……だ……?」

「体……が……動かな……」
 
 同時に倒れた彼らの背後から、双剣──【アイルー様メラルー様】を構えた少女が現れる。
 
「今回はねぇ、オオマヒシメジと強力麻痺袋! どう? 効くよねぇ?」

 赤と黒のマーブルカラーのツインテールを閃かせ、ルシャが嬉しそうに足元の二人を見下ろした。

「ルシャ、お喋りしている暇はありませんよ」

 リノプロヘルムの女性──マリアンはそう言って、足元に転がった小盾に向かって大剣を振りかざした。

「忌々しい……」

 彼女の持つ武器は、恐暴竜イビルジョーの牙から作られた大剣──【アングイッシュ】。
 緑色の巨大な剣身の刃先に無数の黄色い突起がついたその大剣は、黒い稲妻を纏って小盾を粉々に破壊した。

「逃がしませんよ」

 破壊された小盾から紫色の煙が立ち上るが、それもマリアンが大剣の一振りでかき消す。

「後は剣だけですね……おや?」

 アルスタを破壊しようと再び大剣を構えた彼女が動きを止めた。
 いつの間にか彼女の前に一人の少女が立ちはだかっていたのだ。

「何の真似です?」

「……私にも分からない。けど──」

 拳を握り締め、彼女を射殺さんばかりに睨みつけると、マリンはその姿を消した。

「────っ!?」

 マリアンが気付いた時には、少女の拳は彼女の無機質な被り物を正確に捉えていた。

「マリさん──!?」

「くっ……! 貴女、一体……」

 マリアン愛用のリノプロヘルムが吹き飛び、彼女の素顔が露わになる。
 マリディアに良く似たその顔は、驚きに染まっていた。
 ひと蹴りで間合いをゼロに詰めた脚力、丸腰で飛び込んで来る胆力、そして恐ろしい威力の拳。見せかけだけの少女では無いことはすぐに理解したマリアンだったが、すぐに笑みを浮かべた。
 
「ルシャ、後で褒めてあげますよ」

「な──」

 ちくりとした感覚と同時にマリンは意識を手放した。
 倒れ込む少女をルシャが抱き抑える。

「よいしょっ……と。凄い力だったねぇ、マリさん大丈夫?」

 少女をゆっくりと地面に寝かせると、ルシャは転がったリノプロヘルムを拾い上げる。

「うわっ……めちゃくちゃ凹んでるし!」

「これは……」

「ちょ、ちょっと落ち込まないでよマリさん」

 リノプロヘルムの惨状に驚愕の表情を浮かべたマリアンにルシャが慌てて駆け寄る。

「仕方ないよ、また何処かで恨み買ったんでしょ?」

「……流石に心当たりが多すぎますね」

 見事に顔面が凹んだリノプロヘルムを哀悼の意を込めてさすり、マリアンは再び大剣を握り締めた。

「……急用が出来ました。早く八本目を破壊して帰りましょう」

「……急用って修理だよね?」

「当たり前でしょう」

 キッパリと言い切って、マリアンは大剣を振り上げる。長い桃色の髪が風圧で大きく舞い上がる。
 しかしその大剣は、空中で迷うように動きを止めた。

「剣が……ない……?」

 マリアンは泡を吹いて倒れているダノンを見下ろして眉をひそめる。
 彼がしっかりと握っていたはずのアルスタが無くなっているのだ。

「──マリさん、あれ!」

 ルシャが叫んだ方向を見てマリアンは目を見開いた。
 先程まで少女の後ろにいたはずの黒髪の少年が、アルスタを握って人混みの中へ消えていくのを捉えたのだ。

「早く取り戻しましょう──怪我人だけじゃ済まなくなりますよ!」

「ま、待ってよマリさん!」

 人混みを蹴散らすように走り出したマリアン。ルシャは慌てて彼女の背中を追いかけ始めたのであった。




◆3


「──はぁ……はぁ……っ!」

 エージャは走り続けた。
 呼吸は掠れるほどに荒く、目の前は真っ暗で何も見えない。
 止まれば自分が自分でなくなってしまう。そんな気がして、少年は逃げるように走り続けた。

「──待ちなさい!」

 誰かの声が聞こえた気がしたが、少年にそれを聞く余裕は無い。
 胸の奥が引き裂かれんばかりに締め付けられている。心臓や骨よりも、もっと深い場所──心そのものが蝕まれる感覚に、少年は酷く怯えていた。
 もう全てをかなぐり捨て、慟哭して暴れまわりたい。
 湧き上がるこの感情が本心なのか、そうで無いのか、それすらも分からなくなっていた。
 マリンがリノプロヘルムの女性に飛び掛って行った時も、マリンがツインテールの女の子に倒された時も──少年はダノンの持つアルスタから目を離すことが出来なかった。剣から漏れ出す淡い紫の光を、少年は凝視し続けていたのだ。
 それは人知を超えた魔性の輝き。少年の心に黒い感情が湧き上がりがり始めたのは、それからすぐのことである。
 マリンは既にマリアンの前へと飛び出しており、エージャの異変に気付く者は誰一人として居なかった。

 ──これ、僕のだ。早く……持っていかないと。

 倒れるダノンへと歩み寄ったエージャは、彼の握るアルスタをするりと抜き取った。
 硬く握られていたはずのアルスタは、まるで自分の意思で抜かれたかのように元の持ち主の手を離れる。
 手に取った剣は、不気味なほどに軽かった。少年はそれを隠すように懐にしまい、聞こえてくるマリアン達の声を背にして人だかりの中を走り始めたのだった。

「──危険です下がって……下がりなさいと言ってるでしょう!」

 周りから大きな物音が響き渡る。大剣を構えて走るマリアンに驚き、村人達が屋台や物を倒しながら逃げ惑い始めたのだ。
 大人と子供の脚力の違いは顕著で、村人をすり抜けながら必死に走るエージャへ、マリアンは徐々に近づいている。
 絶対に捕まっちゃいけない──酸欠で朦朧とする頭に何故かそんな気持ちが浮かんでくるが、少年の体力は限界に近付いていた。
 そんな時、少年の前をまだいるはずの無い人物が通り過ぎた。

「──し、シーグルさんっ!?」

「エージャ!?」

 思わずシーグルに飛びついたエージャだったが、彼女の声と背中の温もりについ気を緩めてしまう。
 
 ──ねぇ、シーグルさんを刺してしまおうよ。

 エージャはゾッとした。
 知らない自分の声が、頭の中で勝手に響いたのだ。

 ──そんなの嫌に決まってるだろ!

 頭の中で頑なに拒絶した少年だが、身体はまるで乗っ取られたかのように、ゆっくりとアルスタを握り始める。
 必死でシーグルに危険を知らせようとしたが、彼女は何故か身体を震わせて俯いていた。

 ──チャンスだ、今しかないよ。

 無邪気な少年の声が頭の中で警鐘のように響き続ける。
 このままでは意識諸共刈り取られてしまう──そんな恐怖に震えながら抵抗を続けていたエージャだったが、不意に視線を上げたシーグルと目が合った。

「……し、シーグルさん」

 そこに映ったのは、自分を心配そうに見つめるシーグルの姿。

 ──逃げて、早く僕から離れて!

 そんな叫びを目で訴えたが、シーグルは青い顔ながらに微笑んでエージャを抱き寄せる。

「……大丈夫」

「あ……」

 ──ダメだよ……シーグルさん。

 エージャは震える瞳で手元の刃を見つめた。

「エージャ……?」

「シーグルさん……ごめんなさい……」

 ──そんなこと言われたらホッとしちゃう……力が抜けちゃうよ……。

 一瞬うちに視界が暗転し、次に気がついた時には心を支配していた黒い感情は綺麗に抜け落ちていた。

「────!?」

 不思議に思って手元を見つめた少年は、その光景に愕然とした。
 血に染まった自分の両手、握られた黒い柄──そして、シーグルの腹部に突き刺さる煌黒の刃。

「あ…………あぁ…………」

 自分が、何をしてしまったのか。
 それを理解した時、全身の血が凍りついたように冷たくなった。

「ごめんなさい……なんで……ごめんなさい……っ!」

 アルスタの柄から手を離し、へたり込むように崩れ落ちたエージャは、同じように膝をついたシーグルを茫然と眺めることしか出来なかった。

「……大……丈夫。大丈夫……だか……ら……」

 そんな少年の肩を、シーグルが震える手で掴んだ。
 そんな彼女を煌黒の剣から流れる赤黒い稲妻が侵食していく。

「でも……でも……!」

 エージャは消え去らんばかりの声でシーグルの手を掴む。
 しかし腹部から流れ出る血はその勢いを止めず、次第に周りを赤く染め上げ始める。

「──……っ! ルシャ!」

 その時、人混みを突破したマリアンの号令が広間に響いた。

「……な、なにマリさん──って何これどうしたの!?」

 呼ばれたルシャが息も絶え絶えにやって来るが、シーグルの状態を目にしてすぐに表情を変えた。
 
「誰か新しいタオルを持ってきて!」

 周りにいた何人かの村人が慌てて走り出す。それを見届けると、ルシャはシーグルに近づき、彼女を仰向けに寝かせた。

「うっ……」

「大丈夫、私に任せて」

 シーグルの容態は目に見えて悪化していた。血は流れ続け、青ざめた顔からは大粒の汗が吹き出ている。

「シーグルさんを……シーグルさんを助けて……!」

「君は少し離れてて」

「は……はい……っ!」

 ルシャは少年を引き離して彼女の横に座ると、ポーチから数個の赤黒い木の実と器を取り出した。
 硬い実の殻を手早く砕き、中から溢れた汁を器へ流し込んでいく。
 その様子を見て、マリアンは深刻な表情を浮かべた。

「ルシャ、彼女はやはり……」

「……うん、酷い龍アレルギーが出てるよ。手持ちの龍殺しの実で足りればいいけど」

 龍殺しの実のエキスを全て器に入れ終えたころ、村人の一人が大量のタオルを抱えてやって来た。
 ルシャはそれを受け取ると、赤い液体を十分に染み込ませてシーグルの横へ運んでいく。

「マリさん、手伝いお願い」

「分かりました」

 マリアンがシーグルを挟む形でルシャの前に膝をつく。
 ルシャは赤く染まったタオルをマリアンに渡し、もう一枚を自分の手に取る。
 用意が出来ると、少女とマリアンは互いに小さく頷いた。

「マリさん、せーのでいくよ」

「ええ」

 マリアンが赤いタオル越しにアルスタの柄を握り、ルシャがシーグルの着ている装備の布を掴む。

「せー……」

「……のっ!」

 息の合った掛け声を合図に、マリアンがアルスタを引き抜いた。
 開いた傷口から多量の血が噴き出すが、ルシャがすぐさま装備をはだけさせ、傷に龍殺しの実のエキスが染み込んだタオルを押し付ける。

「う……あああああああぁぁ!!」

「マリさん抑えて!!」

 シーグルが悲痛な叫びとともに暴れ始めるが、二人は懸命に彼女を抑え続けた。
 傷口からは何かの焼けるような音がし、紫色の煙がタオル越しに立ち上り始める。

「──全員離れなさい!」

 マリアンが片手でシーグルを抑えながら、背中のアングイッシュを空中で大きく振り回す。
 紫色の煙は逃げるようにアルスタへ流れ込むが、マリアンがすかさず大剣でそれを叩き砕いた。するとアルスタは白い灰となって、その形状を崩していく。

「ううぅ──っ……はぁ……はぁ……」
 
 すると苦しんでいたシーグルの表情に赤みが差し、呼吸が次第に穏やかになっていく。

「……抜けましたか?」

 マリアンの問いに、ルシャは額の汗を拭いながらムフンと微笑んだ。

「うん、後は止血だけ」

「なら、もう大丈夫でしょう。帰りますよ」

「ええぇ、もう!?」

 ルシャが辺りの屋台を見渡しながら名残惜しそうな声を上げるが、そんな少女の頭をマリアンが大剣の腹で軽く小突いた。

「あぅん……!?」

「目先の欲に捉われるなと言ってるでしょう。用は済ませましたし、『面倒事』はもうごめんですからね」

「はぁい……」

 ルシャはそう言うと、唇を尖らせながら渋々荷物をまとめ始める。
 マリアンも小さく溜息をついて大剣を背負いかけたが、その手がピタリと動きを止めた。

「──このまま帰れるなんて、思っているのかしら?」

「ま、マリさんっ!?」

 気づけば二人は、真紅に染まる「ギルドナイトスーツ」を身にまとった男六名に取り囲まれていた。
 そんな彼等を率いる女性は、「メイドシリーズ」と呼ばれる受付嬢専用の装備を身につけ、両手に構えた双剣──「マスターセイバー」を二人へ突きつけている。

「……これは」

「な、なんで……?」

 顔に戸惑いの表情を浮かべる二人。
 蜘蛛の子を散らすように逃げ出す村人を気にも止めず、ギルドナイト達は彼女達を捉えるべく、ジリジリと近寄き始める。

「……マリさんどーしよう」

「……」

 ルシャは辺りを落ち着きなく見渡しているが、マリアンは彼女から目を離せないでいた。
 ギルドナイトは一人一人が強者であるが、到底マリアンには及ばない。しかし、彼女──シェリーだけは別格であった。
 赤いベストにチェックのフリルスカート、黒タイツに革のブーツというメイドシリーズは彼女の戦闘装束である。

「私だって、そろそろウンザリなのよねぇ……」

 ブロンドヘアーをなびかせ、ギルドナイトセイバーの最終強化形であるマスターセイバーを構えたシェリーは、まさに怒り心頭といった様子であった。

「連日のマスターの世話に加えて、モンスターの異変だの飛行船の事件だので忙しい時に──変な黒い剣は出てくるわ、それを狙う不審者は現れるわ……おまけに貴女のその顔……」

 シェリーは真っ黒い微笑みを浮かべ、ゆっくりと小首を傾げた。

「……私の知り合いに似てて、とっても腹が立つのよねぇ」

「──ルシャ、周りを頼みます!」

 マリアンが指示を出すと同時に、激しい剣撃が彼女へ襲い掛かった。
 アングイッシュを盾にして二本の双剣を受け止めるマリアンだったが、マスターセイバーの威力と切れ味に負け、大剣に小さなヒビが入り始める。

「し、シーグルさん……! こっちに……!」

 危険を感じたエージャが、シーグルを引き摺って円の外へと連れ出した。
 外にいた数名のギルドナイトが彼等を竜歴院へと運んでいく。おそらく治療を行うのだろう。
 それを待っていたかのように、吹き出す清き水と龍エネルギーの稲妻──互いに折り合わない属性同士が弾けるように霧散した。
 シェリーはその反動を利用して双剣を引き抜くと、再び地面を蹴って進み出る。

「──ふっ!」

 体を屈め、斜めに構えられたアングイッシュの陰に潜り込んだ彼女は、マリアンの足を狙ってマスターセイバーを二閃する。
 僅かな手応えが剣から伝わったが、攻撃は浅い。舌打ちして振り返ったシェリーだったが、彼女は僅かに目を見張った。
 彼女の前にあるのは地面に刺さった大剣のみで、マリアンの姿が忽然と消え失せていたのだ。

「──!」

 咄嗟に身を引き、辺りを見渡そうとした彼女の横に何かが降り落ちた。
 地面に転がるそれは、金色の金属片──マリアンが身に付けているダマスクコイルのスカート部分であった。
 ハッとして上空を見上げたシェリーの瞳に、大剣の柄を軸にして空中へ飛び上がったマリアンの姿が映り込む。

「──はぁ!」

 マリアンは軸にしていたアングイッシュの柄を掴み、引き抜くと同時にシェリーに向かって振り下ろした。
 咄嗟に飛び退いたシェリーだったが、マリアンの重い一撃は地面を抉り、彼女の視界を大量の土煙が覆い尽くす。

「くっ……なんて力なのよ」

 更に下がり、双剣を構え直したシェリーは、土煙の中からこちらへ向かってくるマリアンを迎え撃とうとした。
 しかし、ぞくりとした危険信号が脳裏を過り、シェリーは咄嗟に横へ跳んでいた。

「地衝斬っ!」

 剣を引き摺るように走ってきたマリアンが、土煙の中から気合いと共に渾身の力でアングイッシュを振り上げる。
 その凄まじい剣圧によって発生した衝撃波は、大地を縦に穿ち、先程までシェリーのいた地面を吹き飛ばした。
 周りのギルドナイト達が吹き飛ばされる様を見ながら、シェリーが小さく溜息をつく。

「……初めて見るわね、そんな技。こっちも──なりふり構ってられないかしら」

 マリアンがピクリと眉を動かした。シェリーの雰囲気が変わったのだ。

「あんまり好きじゃ無いんだけど──仕方ないわねぇ……」

 彼女は左右の剣を擦り合わせながら、ゆっくりと姿勢を低くして構え始める。すると、彼女の周りに視認できる程の禍々しい練気が纏い漂い始めた。

「覚悟しなさい……加減なんて出来ないんだから」

 彼女はこれを獣宿し【餓狼】と呼んでいる。
 『怒り喰らうイビルジョー』の龍エネルギーの纏い方を研究し、ハンターの練気でそれを体現することに成功した、シェリーの奥義とも呼べる技。
 濃紫色の練気がシェリーを包み込み、眼がナルガクルガよりも禍々しい光を湛え始める。

「面妖な風貌ですね……」

「──そんなに無防備で大丈夫かしら」

 シェリーは怪しく微笑むと、一瞬にして姿を消した。
 次の瞬間、アングイッシュの刃先に凄まじい衝撃が襲い掛かり、火花が飛び散った。

「……ぐっ……」

 反射神経を限界まで研ぎ澄まし、あらゆる攻撃を予想していたマリアンだからこそ、辛うじて反応出来た速度だった。
 シェリーは突進の勢いを身体の回転力に変え、遠心力によって二本の双剣を巨大な丸ノコのように振るい続ける。
 これは【突進連斬】という双剣独自の技であり、双剣使いが好んで使用しているものである。

「……っ……くっ……!」

 普通の突進連斬なら難なく受け止め、反撃も出来たマリアンだが、今回はその重みが違った。
 獣宿し【餓狼】はよって常人なら正気を失う密度にまで気を練り上げる技。その気を纏った斬撃は小さな真空波を生み出し、実体を持つ残像のように相手を切り刻む。
 言わば、一撃ニ斬。

「──はぁぁぁぁぁぁ!!」

 シェリーの怒涛の剣撃が二重になって襲い掛かり、堅固な恐暴竜の大剣を少しずつ削っていく。
 大剣を支えるマリアンの足が剣圧によって地面に沈み始めるが、シェリーの回転連斬は止むどころか更に勢いを増していった。
 削られた切り口が初撃によって生じたヒビに届き始め、大きく軋み出す。
 その音を聞いてマリアンは舌打ちした。

「いい加減に……しなさいっ!」

 マリアンが大剣の前へと飛び出して、片足を大きく上に蹴り出した。彼女の足がシェリーの腕を捉え、握られていた双剣の一本が大きく吹き飛んだ。
 予想外の反撃にシェリーは思わず口を大きく開く。

「ば……馬鹿なの……!? 一歩間違えば足が飛んでいたのよ!」

「馬鹿なのはどちらです。十秒も見てれば目なんて慣れますよ」

「へぇ……簡単に言ってくれるじゃない……」

 一本になったマスターセイバーを構えながら、少しずつ歩み寄るシェリー。
 再び剣が交じり合うと思われた刹那、マリアンが大剣を手離した。
 近くでギルドナイト数名を手玉に取って遊んでいたルシャにも、止めるように合図を出す。

「──この辺で終わりにしませんか。そもそも、どうして貴女達ギルドナイトに襲われているのかも分かりません」

「何を寝ぼけたことを言ってるのかしら? あれだけの騒ぎを起こして──」

 瞳に怒りを滲ませたシェリーの言葉を、マリアンが彼女の後ろを指して遮った。

「──あそこにいる、貴女の上司からの命令ですよ?」

「──は?」

 シェリーが指の先を追うと、広間の隅に置かれていた大タルの一つが僅かに動いた。

「まさか……」

 恐ろしい視線で大タルを見つめるシェリー。そんな大タルに向かって、マリアンは大きな声で呼び掛けた。

「隠れてないで、そろそろ出てきたらどうですか──歌磨呂。」

「──誰が歌磨呂。か!」

 怒鳴り声と共に大タルの蓋が吹き飛んだ。中から現れたのは、銀色のツーブロックショートが映える色黒の女性──歌丸。である。

「……へぇ」

「……あ、あら。シェ、シェリーちゃん……?」

 表情を消したシェリーを見て我に返ったのか、歌丸。 の顔色がみるみる青ざめていく。

「そ、それじゃ、母ちゃんはこれにて……ってひぃぃぃっ!?」

 そそくさと逃げようとした彼女がタルの中で器用に仰け反った。
 タルの中心に突き刺さったマスターセイバーは、歌丸。の防具を貫通して胴を肉薄していた。

「うわ、うわわっ!?」

 無理な体勢と刺さった衝撃で大タルが大きく傾き、彼女はごろりと横転してしまう。必死に転がって逃げようとするが、剣が邪魔をして上手く転がることも出来ない。

「あ、あるぇ……?」

 まさに手も足も出ない状態の彼女を、ギルドナイトがぞろぞろと取り囲んでいった。

「うわあああん! 離せ離せぇ!」

「あらあら、歌丸。さん──元気が良いわねえ」

 ぐるぐるに縛り上げられた(元)ギルドマスターを、一人の部下がニッコリと見下ろした。

「ちょっと遅れたけど──さっそく尋問を始めましょうか」

「わ、分かった分かった! 言うから! お、教えるからぁ!」

 彼女の剣幕に顔面蒼白となった歌丸。は、あっさりと口を割った。

「ま、マリアンちゃんとルシャちゃんは非公式のギルドナイトなのよぉ!」

「……非公式の、ギルドナイトですって? そんなの私、初めて聞いたわよ」

 シェリーが眉をひそめて詰め寄る。 
 歌丸。は、じたじたと暴れて逃げようとしたが、余りの紐を手綱のように握られ、観念したようにうな垂れた。

「い、色々と事情があったのよ……。隠密で『煌黒』シリーズの武器を抹消して貰うにはどうしてもさ……」

「煌黒って……確かアルバトリオンの素材で作られた武器よね。持てば正気を失うって──なるほど……そういうことなのね」

 シェリーがハッとした表情をする。
 人の心を惑わせる煌黒の武器。呪われているとも言われているそれを手にしたハンターならば、様々な影響が出てもおかしくはない。
 そして、その煌黒の武器を秘密裏に抹消していたのがマリアン達──二つの問題の全容がようやく判明したのだ。

「……あなた、どうしてそれを私に教えなかったんです?」

「た、たまには暗躍してみたいなぁ……なんて思ったり……?」

 冷や汗まみれで微笑む歌丸。にシェリーは小首を傾げて頷いた。

「そう。ならそのまま闇に葬られて頂戴」

「え」

 歌丸。縛るロープに火を放ち、動かないように双剣で固定するシェリー。
 迫り来る炎に慌てふためきながら、歌丸。は必死に叫んだ。

「待って待ってぇ! もう解決したから! 煌黒シリーズの武器は『九本』全部、マリアンちゃんがしっかり壊したからぁ!」




「……それは違います」

 歌丸。とシェリーのやり取りを黙って見ていたマリアンが、小さく呟いた。

「え? アルスタが最後の一本じゃ……?」

「九種類の武器は、貴女に伝えたとおり確かに見つけました──ですが……」

 マリアンがギリリと歯を噛むのを見て、歌丸。は察したように頷いた。

「……何かあったのね?」

「はい。そのことについて報告しようと、アルスタをここまで泳がせていたんです。実は──」

 マリアンが口を開きかけた時だった。不意に後ろから声が聞こえてきたのだ。







「──母ちゃん、何で燃やされてんの? あと、何かマリンが向こうで痺れてたんだけど……」

「ま、マリマリ! 助けて! 燃える! そろそろ燃えちゃうから!」
 
 その声を聞いたマリアンは、凄まじい速度で振り返った。

「マリディア……っ!」

「うわっ!? マリアン!?」

 マリンを背負ったマリディアが、お化けでも見たかのようにギョッとする。

「アンタ、何でここに──むぐっ!?」

 マリディアが言い終わる前に、双子の姉は呑気な妹の胸ぐらを掴んでいた。

「な、何すん──」

 突然の行動にマリディアは驚き戸惑ったが、姉の顔を見てハッとした。
 その表情はどこまでも真剣で、昔の記憶が脳裏を過ぎった。幼少期、彼女を心配して怒る時に姉はこんな表情をしていたのだ。
 しかしそんな思い出も、マリアンの次の言葉で搔き消えた。

「──あの娘は! アクアはどこにいるんです!」

「……え?」

 姉の口からアクアという名前が出たことに驚くマリディアだったが、彼女は視線を落として無言で首を振る。
 その様子を見て、シェリーがマリディアの代わりに答えた。

「……アクアさんは今、行方不明なのよ──三日前からね」

 アクアが消えたのは飛行船に乗る一日前。飛行船の中で一夜を過ごしてベルナ村へ来ているので、アクアがポッケ村から姿を消してから大体七十二時間以上経過していることになる。

「やはり……ですか」

 マリディアの心中を察してか、マリアンは感情の炎を弱めて静かに呟いた。

「私は二日前にアクアに会いました」

「アクアに……会った……どこで!?」

「ドンドルマ近くの小村です。もっとも……私が会った彼女は、以前会った時のアクアとは全く違っていましたがね」

 マリアンは目元を険しくさせ、思い出したかのように拳を握り締める。

「違ったって……どういう……」

「あの娘は人に平気で刃を向けたり、危害を加えることの出来る人間でしたか?」

「そんな訳──……っ!? まさか……」

 マリディアが察したようにマリアンの顔を見つめると、彼女は黙って頷いた。

「あの娘は急に現れ、私に襲い掛かって来ました。そして、私が破壊しようとした八つ目の武器──漆黒爪【終焉】を奪って消えたのです」

「漆黒爪……!」

 その名前を聞いて、シェリーが顔色を変えた。

「煌黒の武器の中でも一二を争うって言われてる危険な武器じゃない……彼女はどこへ?」

「……分かりません。あの消え方は、まるで闇に溶け込むかのようでした」

 行方不明となった腕利きのハンターが、最大危険度の武器を手にし、今も行方が知れない。
 アルスタを軽く握っただけのライザーやエージャでさえあのような問題を起こしたのである。それを実力者のアクアが持てばどうなるか──。
 これはギルドどころか、大陸を揺るがす大問題であった。

「……会議を」

 しばらく続いた沈黙の後、シェリーが呟いた。

「もう一度会議を開くわ。もう隠密だの言ってる余裕も無いから、今度はベルナ村にいる全研究員、ハンターを集めて協力体制を整えましょう──ほら、何燃えてるんですか! 早く行きますよ!」

「うわああああん! 人でなしぃぃぃぃ!!」


 その後、ベルナ村の全ハンターによるアクアの捜索が開始された。
 各地にハンターやギルドナイトが散らばったが、マリディア達には特別な任務が課されたのであった。

「──さてと、なら手っ取り早く終わらせようか」

 噴煙立ち昇る火山を背景に、巨大な野草がひしめく島──通称『古代林』の巨大な景色を、マリディアがベルダーハンマーを担いで見上げる。
 アクアの進行先と距離を計算した竜歴院の研究員が割り出したこの島は、彼女が目指しているであろう地であり、飛行船襲撃事件の発生地なのだ。
 依頼はベルナ村の抱える全ての問題の解決──任を託されたのは、各村の代表のマリディア、シーグル、歌丸。にほへいである。

「たまげたなぁ……チーズを食うだけの予定だったんだが」

「いや、ほへいさん……流石に村の代表なんだから頑張らないといけないんじゃないか?」

「シーグルちゃんは病み上がりなんだから、無理しちゃだめよ?」

 最初の課題は、古代林に君臨する斬竜──ディノバルドを討伐すること。

「よーし、それじゃあ行こうか」

 木々の奥から、刃物を研ぐような金属音が聞こえてくる。
 戦闘の瞬間は、すぐそこまで近付いていた。




[37857] アンスール・アライブ 9話
Name: 楽太郎◆a3215f1c ID:ee8ed745
Date: 2016/08/13 21:26
◇ 第9話「三歩目の軌跡」



◆1



「えぇぇぇぇぇっ──!?」

 龍歴院の会議室はそんな叫び声で盛大に満たされた。

「ちょ、ちょっと待って!? な、何で母ちゃんが!?」

 青ざめた歌丸。が椅子を倒す勢いで立ち上がる。その目は異議の色に満ちており、「そんな面倒事は御免だ」という表情をありありと滲ませていた。

「あら、何か文句があるんですか?」

 そんな彼女の抗議をニコリと切り捨てたのは、黙っていれば麗しの受付嬢であるシェリーである。
 今後の方針を決める会議ということもあり、会議室にはベルナ村の有力者やハンター、研究員が百名ほど集まっていた。

「ほへいさん……また騒動になったりしないかな?」

「こればかりはわからんなぁ、主席殿」

 ウォロとほへいのヒソヒソとした会話がやけに部屋に響く。
 数分前までら研究員とハンター達が熱く議論を交わしていたのだが、今はシェリーと歌丸。のみが静まり返る会議室を賑わせていた。

「さっきも言いましたよね? 古代林での任務は、実力の認められた各村の代表ハンターが担当するって。貴女、うんうん頷いて賛成してたじゃないですか」

 会議室の面々がシェリーを肯定するかかのように黙って頷く。
 それを見た歌丸。は残像が残る速度で首を振った。

「違うから! 母ちゃんは若い子達に花を手向けようとしただけで……ね?」

「……まさか自分がベルナ村の代表になっているとは思っていなかった、と?」

「そう、それ! 母ちゃんが代表とかありえないわ!?」

「……へーえ」

 シェリーは底冷えた瞳で元ギルドマスターを見据えると、会議室にいる人々へ問い掛けた。

「皆さーん。この人、歌丸。──SOCが自らベルナ村の代表として調査に赴くことについて、どう思うかしら?」

 一瞬、会議室の空気がしんと静まり返った。

『song of circleが……代表……』

 一人のハンターがポツリと呟く。
 それを合図にしたかのように、少しずつ人々は声を上げ始めた。

『あのSOCが……代表……!』

『SOC……』

『SOC……っ!』

『うおおおおおお! SOC!!!』

 次の瞬間、盛大なSOCコールが回答てして鳴り響いた。
 コールに混じって「明日も遊びに来いよ!」「約束忘れるなよ!」などの声も聞こえてくる。

「また!? 何なのさ、何なのよこれぇ!?」

 歌丸。が怯えた表情で壁へと後退するが、彼女への声援は勢いを増すばかりである。

「残念だけど、ベルナ村でこれだけの支持を仰いでるハンターって貴女だけなのよね。仕事をほったらかして遊んでいた功績が認められたようで、私は嬉しいですよ?」

「……で、でも母ちゃんはオトモハンターだし? は、ハンター業もしばらくやってないし?」

「母ちゃん諦めろ」

 しどろもどろの彼女の肩をマリディアが叩く。その横では、ほへいがニヤニヤして頷いていた。

「そうだそうだ。SOC殿はまだまだ現役だろう」

「SOC言うのやめい! 分かったわよぅ! やればいーんでしょ!」

 諦めた様子で歌丸。はどっかりと椅子に座り直した。
 それを見届けてシェリーは最後の議題に取り掛かる。

「あとはシーグルさんの代わりね……ユクモから彩さんを呼ぶわけにもいかないし」

「あの娘は大丈夫なのか」

 それを聞いて、ほへいが思い立ったように尋ねた。
 別れた後すぐの出来事だったためか、彼は珍しく気にしているようであった。

「大丈夫よ、私の部下に有能な医療ハンターがいてね。『彼女達』のお陰で傷の悪化も無いし、命に別状はないそうよ」

 そう言ってマリアンとルシャ、ついでに歌丸。をジロリと見やる。

「どうしよう姉マリマリ……まだシェリーちゃん怒ってるわ?」

「姉マリ……」

 歌丸。の隣に座っていたマリアンがババコンガの糞でも見るかのように彼女を睨む。しかし当の本人は既に空気との同化を試みており、まったく気付いていない。

「そうか。それならいいが、はやく四人目を決めないとなぁ」

 ほへいがそう言った時、会議室のドアの向こうから騒がしい音が聞こえてきた。
 それは勢いよく階段を駆け上がる、聞き覚えのある足音。足音は真っ直ぐ会議室へ突き進み、扉が勢いよく開かれる。

「私を……私も戦える!」

 全員の視線を一点に浴び、会議室の入り口でそう言い放った人物。それは未だ治療中であるはずのシーグルであった。
 淡黄色の柔らかな髪が風を受けて大きく舞い、意志の色をつよく灯した金色の瞳が会議室の奥を貫く。
 腹部には痛々しい包帯が巻かれたままであったが、怪我など無いかのような振る舞いでシーグルは会議室に乗り込んで来たのだ。

「貴女……まだ動ける傷じゃないでしょう!」

「……」

 階段を駆け上って来たのだろう、少し息が荒いシーグルは何も言わずにシェリーを見つめている。

「──シーグルさん。私はギルドの代表として、怪我人を危険な任務に就かせるわけにはいかないわ」

 静まりかえる会議室で放ったシェリーの言葉は、重い響きを湛えていた。その目は厳しく、シーグルに負けない確固とした意志が宿っている。

「お願いだ。傷も動ける程には治癒してる」

 しかし、シーグルも一歩として引く様子は無い。階段を駆け上がったにも関わらず、包帯からは血が滲んでいないことからも、確かに止血は済んでいるようであった。

「……そこまでして、この任務に就きたい理由は何なの?」

 シェリーは呆れたように腕を組み、溜息混じりに問い掛ける。
 いつの間にか会議室の全員から視線を受けていたシーグルは、小さく息を吸うと、会議室中に聞こえるような声で心の内を明かした。
 



「私は……記憶がほとんどない」



 会議室にざわめきが巻き起こるが、シェリーがそれを片手で制する。

「続けなさい」

 シーグルの記憶が無いことは歌丸。を通してシェリーも知っていた。
 記憶の喪失、それは正に地獄の苦しみである。狩猟時に受けた傷の後遺症で記憶を失った者と、その末路を何度も見てきた彼女はそれを痛いほど理解していた。
 しかし、シーグルはいつも戦っていた。
 飛行船での出来事や着陸してからのウォロとの一悶着、エージャを守ろうとした時、そして今でさえも、シーグルは未知を受け入れ、未知と戦っていた。
 良くも悪くも感情のままに動くその行動には迷いなど存在しない。そんなシーグルの原動力が一体なんであるのか──それをシェリーは確かめたかった。
 シーグルもそんなシェリーの思いを察したのか、瞳を和らげわ自分の胸に手を添える。
 それはまるで、心と向き合っているかのようであった。

「ユクモ村の外れで目を覚ました時、私は自分が何故ここにいるのか、私が誰なのかさえ分からなかった──そんな私を彩が救ってくれた。私の理由を探すための道まで作ってくれた。だから私は、私が私である理由を探すために、ここまで来た」

 シーグルは一旦言葉を打ち切った。
 大きく息を吸い、目の前を真っ直ぐに見据えると。






「──けど、そんな私情はもう、どうだっていい」






 その言葉にシェリーは驚いた。
 シーグルはここへ来る目的だったはずの理由を、あっさりと投げ捨ててみせたのだ。

「私が今すべきことは、そんなことじゃない。彩から教えて貰ったことは……」

 シーグルは金色の光沢を帯びた目で、会議室にいる一人一人を見渡した。
 ここにいるハンターや研究員、ギルドナイト達は全員ベルナ村のために立ち上がった者達である。
 彼らはシーグルの瞳に同じ色を認め、小さく頷いた。

「私はただ、皆とこの村で起きている事件を解決したい。事件のせいで行方不明になったり、怪我をしたり、ショックを受けている人が……沢山いる。私は、その人達のために戦いたい」

 シーグルはそう言って、自分の横腹を静かにさする。

「私はユクモ村代表の肩書きを彩から譲り受けた。それと一緒に、彼女の心も受け継いだつもりだ」

 彼女の目を見て、シェリーがやれやれと言った様子で溜息混じりに頷いた。

「色々と言いたいことはあるけれど、言っても無駄みたいね……ちゃんと、生きて帰って来なさいよ」

「……! ありがとう、助かる」

 弾けるようにお辞儀をしたシーグルに対して、一人のハンターが小さな拍手を送った。
 すると、拍手は瞬く間に会議室中へと広がり、大喝采を浴びたシーグルは驚いたように後退る。

「何やってんのさ、ここまでやりきったんだから胸張りな」

「あ……」

 つい逃げ出したくなった彼女の肩を、マリディアが優しく抑えていた。
 彼女はシーグルの頭を叩くように撫でると、小さくウインクしてみせる。それはまるで「よくやった」と言っているかのようで、シーグルは思わぬ祝福につい笑みを漏らした。
 そんな彼女に、シェリーが表情を引き締めて詰め寄る。

「任務は明日の早朝からよ。装備や支度は今日中に整えておきなさい──余計な怪我をしないためにもね」

「……ありがとう。シェリー」




 高かったベルナ村の日差しも八割ほどが沈み、会議室の窓からは鮮やかな橙色の光が溢れている。
 ハンター達の輪から外れ、一人窓から下を見下ろすと、夜間も営業する店が既に火を灯し始めているのだろう、ちらほらと揺らめく光が瞬いている。

「武器……か」

 窓の外を、夕焼けに焦がれた風が帰路につくかのように彼女の頬を撫でて過ぎていく。
 この村に来て、ようやく狩人らしい考えを巡らせたな──そう考えて思わず苦笑する。
 武器など触った記憶も無いシーグルだったが、自分の使いたい武器は既に決まっていた。
 
「朝まで特訓……かな」

 賑やかな空間と化した会議室の中で、言葉とは裏腹に楽しそうな顔をして呟く。
 そうしている間に、シェリーの会議終了を告げる声が高らかに響き渡った。



◆2



 荒く削り研がれた無骨な巨岩の板。太古から星の圧を受け続け、密度を高めた化石を加工した大剣──ベルダーブレイドを握ったシーグルは、村の外れで一人頭を抱えていた。

「重い……ハンターは皆、こんなのを自由に振れるの……?」

 懸命に特訓を重ねるが、彼女は大剣を上手く扱えず、逆に重さに振り回されてしまう。
 力が無いわけではない。一振りすればベルダーブレイドは轟音を纏って空を一閃していることがその証拠だ。
 しかし、その勢いは振り終わっても止まることなく暴れまわり、ふらつくならまだしも目を回して倒れ込んでしまうのだから目も当てられない。

「駄目だ……こんなの戦えたものじゃない」

 泥だらけになったシーグルが弱音を漏らしたが、そんな彼女の後ろで大袈裟な溜息が聞こえてきた。

「やれやれ、見てられないニャー」

「ふん、全くだな」

「ユール……ラーグ……! 今まで何処に行ってたんだ!」

 飛び跳ねて彼らに詰め寄ったシーグルだったが、二匹の真摯な眼を見て彼女は思わず立ち止まった。

「ん? 何処にも行ってないニャー」

「その通りだ。お前の側にいた」

 何処を探しても見つからなかったのに、何故が彼等は嘘をついていないような気がした。

「それよりも、ニャ。何なのニャ? その泥臭い格好は」

「これは……その、大剣を練習しようと……」

 ラーグの言葉にシーグルは今更ながら自分の格好に気付き、恥ずかしさに言葉を詰まらせる。あれだけ大見得を切ったにも関わらず、未だに武器の一つも扱えないなどとは口が裂けても言うことが出来なかった。
 体を動かすことと、武器を自身の刃として扱うのでは勝手がまるで違うのだと、今更ながらに気がつかされたのだ。

「もう少し……掛かりそう……かな」

 明日の朝までの時間は刻一刻と迫っている。このままでは到底間に合うことは出来ない。
 焦りや不安の感情が渦巻き、情けないやら不甲斐ないやらでシーグルは小さく拳を握り締める。

「シーグル。お前は陸と空、どちらが好きだ」

 そんな時、ユールが彼女に静かに問いかけてきた。

「え……」

 突然の質問にシーグルは一瞬戸惑ったが、陸か空か──そんなことは考えるまでもなかった。

「私は空が好き」

 飛行船に乗った時、シーグルは初めての空をとても懐かしく感じた。まるで自分の世界はここであるかのように、体が地上にいる時よりも軽くすら思えたのであった。

「──なら空を生かせ、風を感じろ。お前にはその力がある」

「ユール……ありがとう」

 彼の言葉に、シーグルは不思議と力が湧き上がるのを感じていた。
 
 ──発想を変えるのだ。皆の真似をするのでは無く、自分だけのスタイルを見つけるんだ。

 そう意識すると、彼女の視界は大きく広がった。シーグルの目が、広間にある一抱え程の大きさの岩を捉える。

「あれを使えば……!」

 シーグルはベルダーブレイドを背負うと、岩にに向かって走り出した。
 大剣の重さを背に受けるが、手に持って運ぶよりも負担は何倍にも小さくなる。

「はっ!」

 一歩目で岩に向かって大地を蹴り飛ばし、二歩目で真下の岩を叩き踏む。その一瞬に足の筋肉をバネのように軋ませ、たぎらせた力を上空に向かって一気に解き放つ。
 途端、心地よい風が彼女を包み込み、身体が羽のように軽くなった気さえした。
 普段の跳躍では考えられないほど高く跳ぶことに成功したシーグルは、背の大剣の柄を握って遥か下の地面を見据る。
 眼下に仮想の敵を作り出し、心の中で最後の一歩を踏み締めた。

「やぁぁぁぁぁ!」

 武器の重さと高所からの勢いを大剣に込め、近づいていく敵に向かって渾身の力でベルダーブレイドを振り落とす。
 地上では逃げてしまった力が全て一点に集中し、大剣は仮想の敵を捉え、真っ二つに切り裂いた。

「これは……」

 気付けば、ベルダーブレイドは柄を残して深々と地面に沈んでいた。

「ユール……ラーグ……戦える……これなら……戦えるよっ!」

 大剣の手応えに自信を取り戻したシーグルが満面の笑みで後ろを振り返る。

「あれ……?」

 しかし、そこには回復薬が一本置かれているのみで彼等の姿は何処にも見当たらなかった。

「そんな……折角お礼を言おうと思ったのに。というか……この回復薬、私のじゃないか!」

 喜びと怒りの入り混じった声で叫ぶも、ラーグ達は出てくる様子がない。

「……とりあえず村に戻ろうかな……って、うわ」

 大剣を引き抜こうとしてシーグルは驚いた。
丈夫な化石で加工されていたはずの大剣が柄だけを残してポッキリと折れてしまっていたのだ。

「……もう少し丈夫な大剣を新調しないといけないな」

 思わず苦笑して、シーグルはラーグ達が置いていった回復薬に口をつけた。
 薬草とアオキノコを調合しただけのシンプルな苦味と爽快感が口一杯に広がる。

「一緒に飲めばいいのに……変なラーグ達だな」

 そう一人ごちて、シーグルは村への帰路につく。
 朝には武器を新調して古代林への向かわなければならない。そこで何が待ち受けているのか……そう考えると、不安と期待が競い合うように胸の中で躍り出す。

「明日……上手く戦えるかな」



 彼女は歩く。その先にあるのが決して希望だけでは無くても。
 彼女は歩く。例えその先に決断が待ち受けていたとしても。




 シーグルは歩く。未来を、自分の手で切り拓くために。
 



[37857] アンスール・アライブ 10話
Name: 楽太郎◆a3215f1c ID:aedfda64
Date: 2016/08/13 21:26
◇ 10話「悠久なる最古の地」



◆ 1



 漆黒の帳に瞬いていた光の粒が、徐々にその姿を薄め、高くそびえる山の頂から淡い光が溢れ始める。
 しつこく張り付いていた闇が緩やかな速度で消え去り、彼女を包むメイドシリーズの洗練された色合いが明らかとなった。

「くれぐれも注意して、異変があれば一度戻って状況を知らせること──いいわね?」

 早朝のベルナ村では、既に古代林行きの飛行船が始動を開始していた。
 広間にはシーグル達四人に加え、シェリー等数名のギルドナイトが集まっている。
 彼らは任務の段取りについて最後の話し合いを行っている最中であった。

「何度も言わなくても分かってるって」

 渋々と言った様子で頷いたマリディア。彼女とシェリーの間には昨日の様な険悪な雰囲気は無い。互いにプロのハンターだけに、今は割り切ることを選んだようである。
 しかし、マリディアの視線はそのままシェリーの横へと移された。

「……で、アンタがここにいる理由は何だっけ、チョモ?」

「何度も聞かないでってば! 休暇でここに来ましたぁ! 忙しいフレアをドンドルマに残して一人で休暇取ったら上司に捕まりましたぁ!」

 純白の髪が不満そうにバサバサと振り乱れる。
 ぬがー、という謎の呻き声を上げ、何度目かの詰問に辟易しながら、チョモは昨日の自分に降りかかった不幸を嘆き続けた。

「くっそぉ……折角フレアの目を誤魔化してチーズ三昧と洒落込もうと思ったのにぃ……妙な治療はさせられるわハマちゃんには虐めれるわ……あ、今はマリディア──マリちゃんなんだっけ?」

 先ほどとは打って変わり、ケロッとした笑顔で笑いかけるチョモにマリディアは呆れたように苦笑した。

「相変わらずだねぇ……ま、お陰でシーグルが狩りに行けるんだから感謝しないと」

「なーに言ってんのさ、マリちゃんは私に対してもうちょっとくらい感謝を示して貰いたいとこなんだけどなぁ」

「分かってるってば。感謝してますよ」

「んふふ、ならよし」

 悪戯っぽく笑う彼女──チョモはシェリーと同じギルドナイト。それと同時に、昨日の一件で重症だったシーグルを動けるまでに治療した名医でもある。
 元々狩りや素材集めに利用していた天性の観察眼を医療の道に向けたところ、彼女は驚異的な才能を開花させた。
 増えた仕事に文句を言いながらも、彼女がひたむきに仕事に向き合ったのは、フレアが彼女を支えていたからに違いない。


 そんなチョモの左手の薬指には今、銀色の指輪が光っている。


 現ギルドマスターであるフレア=ガルシアを、彼女がチョモ=ガルシアとして支えたのは一年以上も前の話。
 チョモが純白の髪と同じ色のドレスを身に纏い、とびきりの笑顔を浮かべています光景は昨日のことのように思い出される。
 だからこそ──マリディアは彼女に意地悪な視線を送りつけた。
 
「気ままに遊んでるからこんな目にあうのさ。もう少し旦那孝行でもしなよ」

「人聞き悪いなぁ、ちゃんと帰ってるって。出掛けるのは勉強と娯楽のためでーす」

「だーから、それが……」



「──二人共、もう出発の時間はとっくに過ぎてるのよ? 与太話に咲かせる花があるなら、そこらのムーファにでも食わせてしまいなさい」

 言葉とは裏腹に、花もムーファも凍りつくような言葉が二人を突き刺した。じっとりとした、嫌な汗が自分の背中を伝うのが分かる。

「分かった。シェリー。乗る」

 余計なことを口走らないように一言一言区切ってから、マリディアは逃げるように飛行船へと乗り込むと、桃色の髪をたなびかせて悠々と言い放った。

「さぁさぁ、皆出発だ!」



「マリマリ……」

「ははは。見上げた心意気だ」

「……行こうか」

 傍観していた仲間たちはそれぞれの感情を胸に彼女を見上げ、飛行船へ乗り込んだのであった。



◆ 2



「──母ちゃん、来るぞ!」

「あいさ!」

 横薙ぎに振るわれた一撃が、周囲の木々を円を描くように切り倒す。
 ある者はしゃがみ込み、ある者はその真上を跳び避けて再び武器を構え直した。
 熱気の土の匂いが入り混じる空間で、四人と一匹は死闘を繰り広げる。その時間は既に数時間を経過していた。

『ヴォォォォォ──ッ!!』

 不快な金属音が混じる咆哮を上げ、斬竜──ディノバルドは自身の尾を大きく振り上げた。
 その尾の先端は『斬竜』という名を体現するような大刃。自身の尾を灼熱の炉の如き口内で鍛え、研ぎ澄ますという特異な生態を持つこの獣竜種は自らの武器を最大限に生かして襲ってくるのだ。

「うわあああん! 今掠ったよね!? マリマリ、母ちゃん生きてる!?」

「どう見ても五体満足だろ!」

 地を断ち切るように振り下ろされた巨大な尾を転がるように躱すと、歌丸。は猛る焔の色に染まる大弓──『勇猛と光明の凄烈弓』の弦を引き絞り、斬竜の眉間へと狙いを定めた。

「オトモハンターを虐めるなんて、母ちゃん許さないんだからね!」

 空を切る五つの矢音が、被矢の瞬間に目の前が白くなるほどの爆発を巻き起す。
 
『ヴォォォ……!!』

「ナイス、母ちゃん!」

 古龍──炎王龍テオ・テスカトルの爆破塵粉が惜しげもなく使われた矢の一撃はディノバルドを怯ませるには十分な一撃であった。
 マリディアが隙だらけの斬竜の頭に、黒曜石の如く光る石塊──オブシドハンマーを叩きつける。

「いよっし! 手ごたえあり!」
 
 額に流れる汗を拭いながら、間合いを取った彼女はディノバルドの様子を窺った。
 堅固な頭殻を突き抜けた衝撃は正確に斬竜の三半規管を揺らしたらしい。倒れた獣竜は起き上がることが出来ず、空を蹴って暴れ出した。

「チャンスだ! 叩き込めぇ!」

「おっけぇ!」

「了解!」

「待て慌てるな」

 三人が怒涛の攻撃を仕掛ける中、ほへいはディノバルドの足先にあるものを仕掛ける。
 それは三半規管の回復したディノバルドが起き上がると同時に足元で作動した。

「はっはっはっ、落とし穴……大成功だ」

「睡眠ビン付けるよー! 寝るまでざっと16秒ってとこ!」

「了解、母ちゃん!」

「よし、俺も参加するかな」

 赤い薬を刀身に塗り込んだほへいがマリディアと共に斬竜へ攻撃を仕掛けていく。
 歌丸。の合図と同時に三人が引くと、その瞬間にディノバルドは大人しくなり、がくりと頭を地面へ埋め込んだ。睡眠ビンの効果で眠りに落ちたのだ。
 ディノバルドは今、頭と尾を残して完全に地面に沈み込んでいる。

「凄い……」

 シーグルは攻撃しながらも、その流れるような連携に羨望の眼差しを送っていた。
 僅かな言葉のやり取りで個人の力を最大まで活かし、圧倒的な存在であるディノバルドを翻弄していく。
 強靭な力の中にある、信頼と経験。どちらも今のシーグルには足りていないものであった。
 昂ぶる焦りと憧れが、彼女の心の内を焦がしていく。
 ──一体どうすれば……。

「さぁ、シーグルちゃん」

 歌丸。の声にシーグルはハッとして前を見た。
 睡眠状態によって完全に体が弛緩しているディノバルド──そんな敵の前で、三人がこちらを見ている。
 大タル爆弾を持ち込んでいない今回、あの状態のディノバルドに最大のダメージを与えられるのはシーグルの持つオブシドブレイドなのだ。
 マリディアとシーグルが持つオブシドシリーズの武器はベルダーシリーズを鍛え上げることで精製される優秀な武器で、シーグルがベルダーブレイドを壊したことから改めて支給された武器である。その威力は、ほへいや歌丸。の持つ武器に肩を並べるレベルだ。

「……よし」

 彼女は覚悟を決めると、標的へと一直線に走りだした。

「いけ、シーグル」

「ほへいさん……!」

 彼女の『スタイル』を理解していた彼は、自らの台となるために彼女の前で構えを取る。そんな彼の肩を右足で踏み込むと、シーグルは渾身の力を込めて宙へと舞い上がった。
 洗練された動作で抜き構えた大剣に、烈風の如き力が満ちていく。

「──はぁぁぁぁっ!」

 地上と決別し、宙を制した彼女の一撃は、気合を乗せて速度と重力を纏って大地へと叩き付けられる。
 狙いであった堅固な刀尾は、遥か頭上へと切り離され、古代林の木漏れ日を浴びながら放物線を描いていく。
 その光景を不思議と懐かしく感じながら、彼女は剣を収め、再び走り出す。

「こいつに勝てば……分かるかもしれないな」

 弱りを見せたディノバルドに、四人は一斉に攻め込んだ。半日をかけた戦いにも、ようやく終わりが差し掛かり、全員が淡い期待を浮かべたのは仕方の無いことであっただろう。



『ォォ────────────』



「……ん?」

「今……何か聞こえなかった?」

 マリディアと歌丸。が不意に動きを止めて辺りを見渡たす。人の声とも獣の咆哮とも言い難いその怪音は、二人の心に警告を打ち鳴らしていた。

「ねぇ、ほへいさ……っ!?」

 振り返ってほへいを見たマリディアは驚いた。彼は今までに無いほど真剣な顔をして武器を構えていたのだ。

「動くな。今は自分の身を守ることだけを考えろ」

「何か来る……何か、危険な存在が」

 その横ではシーグルが警戒を顔に浮かべている。突如として辺りを包んだ異質な空気と、裂けるような緊張感を彼女は強く感じていた。

『ヴゥゥ……』

 何かを感じ取ったのはディノバルドも同様のようで、首を左右に振って何かを探っているようであった。



 そのディノバルドが、一瞬にして木々の中へ引き摺り込まれた。


「なっ……!?」

 まるでそこだけ重力が変動したかのように、ディノバルドは木々を薙ぎ倒しながら古代林の深部へと消えていく。

「たまげたなぁ……」

「これがシェリーちゃんの言ってたモンスター消失事件……なのかしら」

 皆が驚いて、その足を止めた中。
 たった一人、ディノバルドが消えた方向へと駆け出した者がいた。

「シーグル! 駄目だ!」

「向こうに事件の犯人がいる! それが分かっていながら、引くなんて出来ない!」

 マリディアの制止を跳ね除け、シーグルは古代林の奥へと消えていく。

「……っ……あの子は全く……っ!」

 ここにフレアがいたなら盛大に頭を掻きむしっただろう。マリディアは舌打ち一つして、シーグルの後を追い始めた。

「二人はシェリーにこのことを伝えて! シーグルは必ず私が連れ帰──って、ちょっと!?」

 マリディアの台詞を遮って、二つの手が彼女の両肩を叩く。

「何言ってるのよマリマリ。私らはチーム、一連托生でしょ?」

「そうだそうだ。早く事件を解決して食うチーズはうまいぞぉ」

「……あーもう。仕方ないチームメイトだな」

 手負いとは言え、あのディノバルドを圧倒する力を持つ正体不明の敵である。情報不足で挑めば敗色は濃厚に違いない。しかし、一度戻っていたら二度と遭遇することが出来ない可能性も高いのだ。

「ここは一つシーグルの勢いに掛けてみるか……」

 覚悟を決めたマリディアは、二人と共に動かす足に力を加えてシーグルの後を追い続けた。
 無残に倒された木々の間を進むだけなので、シーグルの後を追うのは非常に簡単ではあるのだが、徐々に増していく不吉な気配がマリディアの胸を締め付ける。

「ここは……」

 彼女達が足を止めたのは、木々を抜けて開けた場所に出た時だった。
 そこは木や巨大植物の代わりに膝下程までの草が生えた広場で、その中央部には小規模な湖が広がっている。

「シーグル!」

 湖の前にシーグルの姿を認め、走り寄ったマリディアをほへいが手を掴んで引き留めた。

「なっ……離せ! ほへいさん!」

 彼の突然の行動に驚いてマリディアは声を荒げたが、ほへいは真剣な顔のまま彼女の手を離さない。

「よせ、あそこはまずい。あいつをこっちに呼ぶんだ──シーグル! 危険だ、戻れ!」

「……」

 ほへいの声は届いているはずなのに、シーグルは湖畔から目を離さない。
 湖をよく見ると、水面からディノバルドと思われる紅蓮色の甲殻がちらりと見えたが、それも一瞬で水中へと消え失せた。

「出てこい……私がお前を見極めてやる」

 オブシドブレイドの柄を握り、挑発するように言葉を湖に投げるシーグル。


『ォォ──────────』


 彼女の言葉に答えるように、湖の遥か下から先程と同じ音が響く。

 そして──ゆっくりとそれらは水面に現れた。

 白く、酷く歪な頭部。
 白く、そしてどこまでも長い歪な首。
 水面から伸びる二本の歪な怪物は、再び見極めた全体を震わせて音を発した。
 
 

『ォォ──────────……』


「何だ……こいつは……」

「骨……?」

「これは……たまげたな」

 三人が呆然とするのも無理はない。
 水面から現れた怪物は、まさに骨の竜そのものであった。首の下がどうなっているのかは分からないが、その二つの双眸は青い異質な光を
湛えており、底知れぬ悪寒が全員に襲いかかった。

「二首の怪物……か、何だか昔を思い出すな」

「言ってる場合じゃ無いわ、マリマリ。これ以上は駄目、撤収するのよ」

「……だね。あいつはちょっと規格外だ」

「待て。その前にあいつを何とかしたほうがいい!」

 ほへいの声で湖に目をやって、二人は驚いた。シーグルが気合いと共に骨の竜に斬りかかっていたのだ。

「はぁぁぁぁぁぁ!」

 相手は湖の中。足元に足掛かりも無い状況下での一撃は──いとも容易く躱された。
 
「くっ……」

『ォォ────』

 空振り、焦るシーグルの虚をついて、骨の竜は体をしならせると彼女の胴に強烈な頭突きを食らわした。

「が…………っ!?」

 大きく吹き飛んだシーグルを、駆けつけたほへいが受け止める。
 傷口が開きかけているのか、腹部の装備からは血が滲んでいる。しかし、衝撃で息が出来ないシーグルは、なおも歯を食いしばり竜に向かおうとする。
 そんなシーグルをほへいが怒鳴りつけた。

「馬鹿野郎! 死んでどうするんだ! 無茶をしても何も解決出来ないぞ!」

 シーグルはハッとしたような顔をし、そのまま倒れるように意識を失った。
 そんな彼女を背負うと、ほへいは来た道を全力で走り出す。

「すまんが……少し足止めを頼む。流石にこのままじゃ、追いつかれる」

「ああ、任せとけ」

「うんうん、母ちゃんとマリマリに任せてなさい」

 ほへいは感謝するように頭を下げると、すぐに茂みへと消えていく。
 それを見送った二人は、改めて骨の竜と向き合った。

「さてさて、マリマリ? ほへいさんの手前ああは言ったけども、既に足がプルプルしてる母ちゃんなんですが」

「三分! 三分頑張ったら逃げよう!」

「分かった三分! 三分ね!」

『ォォ────────』

 骨の竜は二人を睨むと、ゆっくりとその体を湖の岸辺へと運び始めた。
 近付いてくると、改めてその大きさが分かる。古代林に生息する首鳴竜──リモセトスと同等か、それ以上に巨大なのだ。

「これじゃディノバルドでも襲われるはずだ──母ちゃん頼む!」

「あいよぅ。あれを陸にあげたら不味いわよね」

 既に引き絞られていた炎王龍の弓から、五本の矢が縦に並んで解き放たれる。殆どの矢が骨に阻まれて弾き返されるが、一本だけが骨をすり抜け──

『ォォ────────……!』

『!!』

 二人は見逃さなかった。骨の合間に突き刺さったか矢の箇所から吹き出る青黒い鮮血を。

「お化けじゃないなら、殴れるならどうにかなりそうだ」

「うんうん。弓が当たるなら三分と言わず何分でも……」

 異形な風体をしている骨の竜が、同じ生物なのだと分かり、二人は少しであるが希望の光を見出した。

「──なっ!?」

「──えっ!?」

 しかし、その希望はすぐに打ち消された。突如として水面下から襲いかかってきた粘液の塊に囚われ、動くことが出来なくなってしまったのだ。

「何これ何これ! うわあああん! 気持ち悪いいい!」

「何だこれは……動けない……消散剤でもあれば効きそう……だけど」

 青黒い粘液は粘性が高く、体の自由を半分以上奪っていた。動けば動くほど、体に木や草がまとわりつき、更に動くことが困難になっていく。

『ォォ────────』

 骸の竜は当然彼女らの回復を待つことなく、ディノバルドのように水中へ連れ込むつもりなのかゆっくりと首をこちらに伸ばしてくる。

「か、母ちゃん。弓の爆発使えば逃げられないかな?」

「あほう! そんなことしたら捕まる前に爆散するわよぅ!」

 地面を転がるように動き回る歌丸。は早くも草団子のようになっており、口を動かすのがやっとの状態である。

「いやああああ! 私なんて美味しくないわよぅ! 隣にもっと若い子いるからぁ!」

「おいこらぁ!」

 マリディアの怒声から逃げるように、歌丸。は樽の時のように決死の逃走を図り始めた。
 要は全力で転がるだけなのだが、歌丸。は来た道ではなく湖のほうへと転がっていく。

「ま、待って母ちゃん! そっちじゃない!」

「何々!? 聞こえないわああああああ──!?」

 言って間もなく、歌丸。は竜の本体が沈んでいるであろう湖へと体を放り込んでいた。
 盛大な水飛沫と共に聞こえる悲鳴を聞いて、マリディアは思わず心の中で十字を切る。
 しかし次に聞こえて来たのは予想外の言葉であった。

「マリマリ! これ水に入れば溶けるわよ!」

「何ぃ!?」

 歌丸。は自由になった体で湖を這い上がっており、マリディアを助けようとこちらに向かっているが、僅かに距離が遠すぎる。加えて彼女の弓はマリディアの側に落ちており、遠距離からの攻撃は不可能であった。

『ォォ────……』

 そうしている間にも、異形の竜はその腐臭に近い臭いが分かるほどに近付いて来ている。

「水……水って言っても回復薬の入ったポーチは開かないし、転がろうにもハンマーが邪魔で転がれないし!」

 非常にまずい事態だとは分かっていながらも、何も出来ない。正にまな板のサシミウオと
化したマリディアは顔を引き攣らせて奇跡に身を委ねるしかなかった。
 ──その時。



 ──鉄と鉄が打ち合わされる、乾いた金属音。遠ざかっていく異臭と共に、懐かしい香辛料の香りが鼻を刺激した。

「──全く、本当に私がいないとダメなんですから」

「……え?」

 目を開いて一番先に飛び込んできたのは、どこまでも青い海の色をした髪。
 次に映ったのは、橙色を基調とした、異大陸の古風な装備。
 彼女はニコリとした笑顔で、尻餅をついたマリディアを見下ろしている。

「アクア……?」

「何で疑問系なんですか、ちゃんとアクアですよ」

 呆れたように笑うアクアを見て、マリディアは思わず涙を滲ませる。

「良かった……無事で……本当に……」

「少し居なくなった位で……本当に仕方の無い人ですねぇ」

 紫色の歪な太刀を使い、骨の竜を跳ね除けたアクアはしゃがみ込むと、再びマリディアへ低く笑いかけた。

「さぁ。一緒に戦いましょうよ──ハンマーさん?」

 



[37857] アンスール・アライブ 11話
Name: 楽太郎◆a3215f1c ID:4e9d394b
Date: 2016/08/31 19:39
◇ 11話「悠久なる最古の地 後編」







『──────────!』

 筆舌しがたい咆哮が地中から響き渡る。
 予想外の反撃を受けた骸の竜が、轟かんばかりの怒りの咆哮を上げているのだ。
 その中で歌丸。は手を叩いて喜んだ。
 行方不明になったとしても、不穏な噂が流れたとしても、やっぱりアクアはマリディアの危機に駆けつけてくれたのだ、と。

「アクアちゃん……! 良かったわ!」

 マリディア達の絆を祝福しようと駆け付けた彼女に対して怒声が響いたのは──それから数秒後のことであった。

「──来るな!」

「え……!?」

 マリディアの大声に驚き、その剣幕に褐色肌の弓使いは驚いて立ち止まった。
 その瞬間──彼女の顎下を漆黒の刃が通り過ぎる。その正体を見て歌丸。は更に驚いた、アクアが自分に向かって躊躇なく大鎌を振り抜いたのだ。
 数本の銀髪がはらりと宙を舞う。弓使いは虚を突かれたように目を見張ることしか出来なかった。

「……あ……アクアちゃん?」

「離れろ母ちゃん。こいつは……アクアじゃない」

 乾いた粘液を振り払い、マリディアがゆっくりと立ち上がる。
 粘液は時間経過でも剥がれるようで、自由となった彼女は迷うことなくアクアに武器を突き付けた。

「……どうして、分かったんです」

 瞳から光が消え、無表情になったアクアが不思議そうに尋ねる。つい先程、知人に刃を向けたことなど、すっかり忘れているかのような──そんな虚無の表情。
 ぞくり、と心が戦慄する。
 闇で満たされた、底の知れない漆黒の瞳。その瞳に睨まれた瞬間、マリディアは感情を逆撫でされるような嫌悪感に襲われた。
 彼女がアクアなのは間違いない──でも、その心は……。

「……」

 アンタは一体、誰なんだ──そんな思いを飲み込んで、マリディアは答えた。

「……アクアは。今のアクアは、私のことを『マリディア』って呼んでくれるんだよ。まだ呼び慣れてないんだろうね、何処かぎこちない言い方でさ」

「マリ……ディア……へぇ……」

 聞き慣れない、とでも言いたげに復唱するアクア。

「それに……だ」

 そんな彼女に向かってマリディアは続ける。
 透き通るようなブラウン色の瞳を、彼女の心の奥底へと真っ直ぐに向けて。

「アンタの太刀筋は荒過ぎる。本物は、もっと流れるように綺麗なユクモの剣技だ」

 ──くすり。
 アクアの口角が吊り上がり、無表情のまま、不自然な笑顔へと変わる。
 彼女は漆黒爪【終焉】を担ぎ直すと、何かを諦めたかのように小さく溜息をついた。

「……そっか」

 ポニーテールを解き、流れるような青い長髪を露わにした彼女は、冷酷な目でマリディアを見下した。
 その瞳の中に、燃えるように赤い縦筋が浮かび上がる。
 
「なら……仕方ないですよね」

 気付けば、マリディアは跳ぶように後ろに下がっていた。
 人間とは思えないような、重く陰湿な負の気配──古龍と対峙した時のような独特のプレッシャーを感じたのだ。
 それを証明するかのように、彼女の両腕には龍鱗のような青い痣も浮かび始めている。
 
「あんた……一体……」

 飲み込んでいた言葉が、思わず口から零れ落ちる。しかしアクアは、表情を変えることなく呟いた。

「さて、ね。ただ、一つ言えるのは……」

「……ッ!」

 咄嗟に顔を逸らしたマリディアの目前を、漆黒の大鎌が通り過ぎる。

「──邪魔をするなってことです」

「どういう──うわっ!?」

 アクアが突如繰り出した蹴りは、人間の──ハンターの反射速度を超えていた。まるで対応出来ず、マリディアは数メートル蹴り飛ばされた。
 呼吸が止まるほどの一撃に悶絶するが、驚いたのはその後であった。

『ォォ────────!!!』

 先程までマリディアがいた場所が一瞬にして消滅したのだ。首ごと頭部を叩きつけた骸の竜の一撃は地面を大きく穿っていた。

「なっ……!?」

 マリディアの背筋に冷たいものが走る。アクアに気を取られるあまり、襲い掛かる竜の攻撃に気が付いていなかったのだ。
 アクアが自分を助けたのかと考えたが、彼女の表情にそんな考えは吹き飛んだ。アクアは苛立ったように竜の頭部を踏み付けていたのだ。

「邪魔しないで下さいよ……お前の相手は今じゃない。半端に欲張れば──痛い思いをすることを教えてあげましょうか」

 そう言って笑ってアクアは、漆黒の刀身を持ち上げて力任せな動作で竜の頭部を地面ごと斬り払う。
 自身へと降り掛かる体液を躱すと、分断された頭部を湖に向かって蹴り飛ばした。

『────────────!!』

 頭部を失った竜は痙攣したようにその首を水中へと引き込ませた。残った一対の竜は睨むようにこちらを見た後、ゆっくりと水面下へ沈んでいく。

『ォォ────────────……』

 遠ざかっていく鳴き声を確認した後、アクアは改めて刃をマリディアへと突き付けた。

「……これ以上私を追えば、次は容赦しません」

「お前は……お前達は……何で、アクアの自由ばかりを奪うんだ」

「……自由?」

 その問い掛けに、彼女は動きを止めた。

「……貴女は『私』の背負う責を何も理解していない。『私』の得たモノは何か、何と繋がっていて、何処から来たものなのか……貴女は何も知らない……これは……私の為すべき責務なんです──だから、私にやらせて下さい」

「……っ!」

 一瞬だけ。ほんの一瞬だけ彼女の無機質な目にアクアの色を感じた。しかし、すぐにその気配も漆黒の闇に溶け消えていく。

「これ以上、この島に立ち入らないで下さい」

 彼女は釘を刺すように言うと、踵を返して湖の奥の茂みへと消えていく。
 マリディアは動くに動けず、迷いを浮かべた瞳で奥の茂みを見つめることしか出来なった。

「アクア……一体何処までがアンタの……」

「考えるのは後。今は一旦帰るわよ」

 いつの間にか、歌丸。がマリディアの隣で弓を拾い上げている。どうやって回収したのか、反対側の手には青黒く汚れた骨と肉の塊を持っていた。

「考えても分からないことは皆で考えるのよ。得た情報は予想以上だったんですもの、一先ずは胸を張りんさい」

「……そうだね、母ちゃん」

 モンスター消失事件の原因は、未知の巨大生物の捕食活動であったこと。
 巨大生物は骨の竜を思わせる外見をしているが、血の通っている歴とした生き物であること。
 様子のおかしいアクアが、古代林で何かをしようとしていること。

 これらの情報があれば、研究が大きく進むこと間違いない。
 マリディアは後ろ髪を引かれる思いを断ち切り、アクアの進んだ方向とは真逆の帰路を進みだした。

『──貴女は『私』の背負う責を何も理解していない』

 彼女の言葉を思い出し、マリディアはギリリと歯を噛み締める。
 もう終わったことだと思っていたことは確かだし、密林でのアクアの豹変について話すのを控えていたことも確かだ。

 ──アクアはあの笑顔の裏で、ずっとこうなることを考えていたのでは無いか。

 そう考えると、眩暈にも似た嫌悪感が蝕むように身を包み込む。。

 ──結局、私はアクアをまだ助け出せていなかったんだ。

 それが例え人智を超えた問題であっても、一緒に解決策を考えることは出来たはずだ。
 理由をつけて考えることから逃げ、上辺だけの満足を得ていたに過ぎない。

 ──アクアはきっと、今も一人でケリをつけようと戦ってる。その身がどんなことになろうとも……きっと迷うことなく戦うに違いない。

 先程垣間見たアクアの瞳は、そんな意思を湛えていた。

「助ける……今度こそ」

 妹のようであり、時に親友でもあり、時に家族でもあり……そんなアクアをこれ以上一人にする訳にはいかない。
 そんな時──。



「あー、もしもし? ごめんなさいなんだけどニャ。一緒に村まで連れて行って貰えないかニャー?」

「……頼む」

「……ん?」

 声がした方向を見上げると、倒された木に緑と蒼の毛玉が引っかかっている。

「えっと、確か……シーグルのとこのアイルー達? 何でそんなとこにいるのさ」

「説明は後ニャ……とにかく……早く助けて……」

 助け出されたアイルー達は弱っているようで、歩くこともままならない様子であった。マリディアは何も言わずにユール、ラーグを名乗る二匹を肩に乗せて歩き出す。

「最近見ないと思ってたけど、ずっとこんなとこにいたの?」

「いや……引っかかったのはさっきなのニャ……でも何で引っかかったのか分からないのニャ……?」

「ここに来てこれは……。何故……いや……まさか、な……」

「こら、一緒に喋るんじゃない。ユールに関しては私の話聞いてないだろ!」

 ラーグ達と話すことで、ようやくマリディアの顔に明るさが浮かんでくる。
 そんな彼女を見て、歌丸。は後ろでうんうんと頷いた。

「やっぱりマリマリにはアイルーが似合うわねぇ」

 時折ビクリと動く骨竜の頭部を握力で黙らせつつ、マリディアの跡を追って歩き続けていた彼女だったが、ふと立ち止まり手元の異物をしげしげと眺めた。

「んんー。この頭って、もしかすると……もしかするわねぇ」

「母ちゃん? 何か言った?」

「うんにゃ、何にも」

 数分後、二人と二匹は歩兵たちが待つ飛行船
へと到着することなる。







 ウラガンキンが顎を地面に叩きつける音──と言えば想像出来るだろうか。

「──────…………ッ!!!!」

 頭を押さえてうずくまるシーグルの前で、仁王立ちするシェリーは依然として厳しい視線を向けている。
 摩擦で拳から煙が上がるのを初めて見たが、今はそんなことを気にしている場合ではない。
 あの拳骨がいつ、どんなタイミングでこちらに飛んでくるか分からないのだ。
 説明のためにシーグルと共に竜歴院へやって来たマリディアだったが、彼女は早くも後悔していた。

 ──危機察知能力に関しては、どうもあの二人に勝てる気がしない。

 一体どんな感覚をしているのか、シーグルにお呼びがかかった時には既に歌丸。は姿を消しており、ほへいに至っては目視が難しかった。  
 とはいえ。彼女が逃げ遅れたことに変わりはなく、怒髪天のシェリーが繰り出したギルドナイトにシーグル諸共連行されて今に至る訳である。

「私の少ない、最低限の命令をことごとく破ってくれたみたいだけど……何か御立派な理由でもあったのかしら?」

「……」

 シーグルは、視線を落としたまま答えようとしない。
 攻撃を受けた腹部は幸いにも怪我は無く、開きかけた傷も今は塞がっている。村の医師の見立てだが、やはり彼女の回復力は並大抵のものではないらしい。

「貴女の無謀とも言える行動は貴女だけじゃなく、他の3人の命まで危険に晒したのよ──それくらいは理解していると思っていたけど」

「……申し訳ない」

 シェリーの突き付けた言葉にシーグルの瞳が揺れた。絞り出したような謝罪が彼女の口から零れるが、それでもシェリーの表情が和らぐことはなかった。
 シェリーの拳は未だ握れたままだ。このままではもう一発、いやこちらに二発目もあり得る──遅めの危険察知を働かせる、マリディアは意を決してシーグルへ助け船を出すことにした。

「……シェリー、でも今回は……」

「──貴女に言われなくても分かってるわ」

「……」

 助け船はすぐに転覆した。
 しかしマリディアは、シェリーの表情をみてあることを感じ取った。
 どうやら助け船は出すまでも無かったらしい。

「今回得た重要な情報は、貴女達が退避を選択していれば得られなかったものよ。だから、私は貴女の行動に関して責めているわけじゃないの」

 私が怒っているのは──そう続けて彼女は、しゃがみ込んでシーグルの瞳をまっすぐに見据える。
 その瞳の色は不思議な程に深みがあり、シーグルは自分の心が見透かされるような錯覚に陥った。

「貴女が『仲間』を置いて単独行動に出たことよ。焦りは何も生まないし、失うものが増えるだけ。一人で出来ることなんて、たかが知れているんだもの。どんなに高く跳ぼうと、いくら気を張っても……」

 シェリーはそこで一旦言葉を切った。
 そして、言い聞かせるかのようにゆっくりとシェリーは言葉を紡ぐ。

「貴女は、モンスターじゃなくて人間なのよ。個々が合わさる強さ、人の強さの根源に貴女も気が付いているでしょう?」

 ──貴女は、モンスターじゃなくて人間。

 不思議なことに、その言葉はシーグルの心にすとんと収まった。それはごく当たり前のこと──しかし、彼女はそれが一番言って欲しかった言葉であったのだと痛感していた。

「私は……ハンター越しにモンスターの強さに憧れていたのかも知れない。憧れ……渇望、とでも言うのかな。彼らの溢れるパワーやエネルギーが、時折堪らなく羨ましく感じるんだ」

 少し寂しそうに笑ったシーグルだったが、真っ直ぐに立ち上がると何かを決断するかのように目を閉じて深く俯いた。
 時間にして、僅か数秒。
 だが、その様子を見ていた二人は確かに感じていた。
 その数秒で彼女の心が決意したものは、とても大きく、大切なものであったと。
 その証拠に、顔を上げた彼女は笑顔で、その目に迷いの色は無かった。
 だが、それだけではない。その笑顔は何かを切り離した痛みに耐えるかのようで、痛々しくも酷く美しい──そんな、形容することなど出来ない表情であった。

「でも……それは逃げだったんだ。人の強さと弱さを同時に知って、戸惑って、尻尾を巻いて逃げていたに過ぎないんだ。シェリー、確かに私は見たよ──ハンターの、人の強さを……心を……信頼と絆が生む、奇跡の力を。だから、もう大丈夫……もう、大丈夫……」
 
 シーグルは赤い目で我々に微笑んだ。流れ落ちた一滴の雫が、竜歴院の地面を僅かに濡らす。
 それは──彼女が人前で見せた初めての涙であった。

「シーグル」

 そんな彼女に、どこから現れたのか黒青毛のアイルーが歩み寄る。彼は相変わらずの無表情だったが、シーグルはその瞳に何処か感情の揺らめきを感じ取った。

「ありがとうユール。でも大丈夫、私は迷わない」

 ユールが何を言いたかったのかは分からないが、それでも彼女の答えは変わらない。
 そんな心内を察したのか、ユールは呆れたように小さく笑った。

「……礼など要らない。お前達を見届ける──私の役目に変わりはないんだ」

 そんなユールを押し退けるように、彼の後ろから黒緑色のアイルーがシーグルの腕に飛び付いた。

「僕も混ぜてニャ! 何だかよく分からないけど、一緒に頑張ろうニャ!」

「ラーグ……ありがとう。分かったから離れてくれるかな」

 ラーグの首の皮を摘み、引っかかる爪の抵抗を受けながらベリベリと毛玉を引き剥がす。
 並んでシーグルを見上げる二匹を見て、シーグルはあることに気が付いた。
 この二匹は、自分が目覚めた時からずっと自分だけを見ていてくれるのだと。

「どうしたのニャ、シーグル」

「どうした、顔が妙だぞ」

「……んふふ。何でもないよ」

 シーグルの笑みには暖かさが戻っていた。

「二人ともありがとう。ユール達となら頑張れそうだ」

 そう言って、シーグルは後ろのマリディアを振り返る。戸惑い顏の彼女に歩み寄ると、シーグルはおもむろに頭を下げた。

「一つ、頼んでもいいかな……。さっきのディノバルドを翻弄した、あの連携について詳しく教えて欲しいんだ」

 一瞬キョトンとしたマリディアだったが、すぐにニヤリと笑ってシーグルの肩を抱き寄せた。

「えっ……わっ!?」

「そんなことなら喜んで。それじゃ母ちゃんとほへいさんを呼んで作戦会議と行こうか」

 戸惑い顏のシーグルを半端拉致するように部屋から連れ出す途中、後ろから溜息と共に声を掛けられた。

「あの人が採取してきた骸の竜のサンプルだけど、研究員が調べ終わるのにはあと一日は掛かるそうよ……それまで精々頑張りなさい」

「ありがとう……シェリーさん」

 おや、という表情を浮かべたシェリーだったが、すぐに扉が閉まって二人の姿は見えなくなった。
 遠ざかる足音を聞きながら椅子に腰を下ろすと、彼女は困ったように口元を吊り上げた。

「あの子、会う度に要らない棘が抜けていくわね。ああは言ったけど、あの成長力は間違いなくモンスター級だわ……」

 ──色々な意味で、ね。
 そう付け加えたシェリーはふと既に薄暗くなった窓の外を眺める。

「そういえば……遅いわね」

 深みを増す夕空は何も語らず、ただ朱色の雲が流れるばかり。
 しかし司令塔として、シェリーはこの村を離れる訳にはいかないのだ。

「もどかしいったらないわね……シュレイドの時みたいにまたはしゃぎたいんだけど」

 あの人もこんな思いだったのかと少し同情するが、ただただ好きにさせるのも違うだろうとシェリーは嘆息するしかないのであった。

 



[37857] アンスール・アライブ 12話
Name: 楽太郎◆a3215f1c ID:f272cf5b
Date: 2016/10/14 01:10
◇ 第12話 「第二陣営」



「──私も、一緒に連れて行って」

「……何故、貴女を、私が?」

 少女の申出に、腕を組んだマリアンは心底嫌そうな様子で返答をする。
 マリディア一行が古代林へと飛び立ってから半日が過ぎた頃。飛行船乗り場では、そんなやり取りが繰り広げられていた。
 マリアンとルシャは密かに飛行船に乗り込もうとしていたのだが、そこを少女に引き止められたのだ。
 恐らくはマリディアに置いていかれたのだろう、目尻の赤いマリンの表情にはかなりの焦燥が見て取れる。
 どれだけ悩んだのかは分からないが、少女は自分が敵対した相手をすがって頼みに来ているのだ。それを考えると、彼女の覚悟は相当なものであろう。

「……私達は失敗した任務の後始末をしに行くだけです。そこに貴女が来る必要も、連れて行く理由も無いでしょう」

「ある。そこにはお母さんがいるんだもの」

「お母さん……?」

 その言葉に首を傾げたマリアンだったが、次の瞬間ギョッとして顔色を変えた。
 この少女がマリディアが連れられてきたということは聞いている。加えて、少女の容姿は何処と無く妹に似た顔立と髪質をしている──結果として、彼女の脳裏には恐ろしい仮説が浮かび上がったのだ。

「まさか貴女……マリディアの……」

「そう、あの人も私のお母さん」

 少女の発した一言。
 その一言に、マリアンは電撃に打たれたように立ち尽くした。

「……そん……な」

 血の気を失い、呆然とした様子で膝をつく。

「マリさん! しっかりして!」

「マリディアが……一体、相手は……何故、知らないうちに……」

 ルシャが駆け寄り、その背中を抱き抱えるが、マリアンは生気のない目で瞳で虚空を見つめている。

「え……どうしたの……?」

 自分にとっては何気ない一言であったため、その様子には流石のマリンも困惑した。困ったように彼女を見下ろしていると、ルシャが申し訳なさそうに、かつ少し不満げに口を開いた。

「あのね、マリンちゃん。実はマリさんは、超がつくほどの妹好きなの。普段はツンケンしてるけど、マリディアお姉ちゃんのことになるといつもこんな感じなんだよね……。でも大丈夫、もう少しすれば治るから」
 
「──っ! いけない……私としたことが……!」

 ルシャが話し終わるとほぼ同時に、マリアンは跳ねるように立ち上がった。
 倒れていた素振りなど微塵も感じさせない動きで腕を組み直すと、彼女はいつもの仏頂面で少女に問い掛けたのである。

「──貴女、さっき『マリディアもお母さん』って言いましたよね。それはどういう意味ですか?」

「……え、えっと──」

 あまりの切り替えの早さに戸惑うマリンだが、それを顔に浮かべなかっただけ、少女も多少は成長していると言っても良いだろう。
 少女も頭の中で気持ちの切り替えを済ませると、真面目な顔を作って彼女の質問に答えた。

「もう一人、青い髪のお母さんがいるの。名前はアクア。私はそっちのお母さんを探してるの」

「……」

 今度はマリアンが表情筋を試される番であった。

「……お父さんは?」

「いないけど……?」

 表情筋どころではなかった。
 マリアンは盛大に頭を抱えて、再び膝を落とした。
 もしここにマリディアがいれば『でしょ? そうなるよね?』と同情しただろうが、生憎ここには助け船を出せる者は存在しない。

「……確かに……目などはあの娘に似ていますが……いやでも……まさか……」

 表情の裏では動揺がめまぐるしく行き交い、精神の安定を求めて無意識にリノプロヘルムを手繰り寄せると、彼女はそれを強く抱き締めた。
 熊の頭部を抱きかかえ、独りでに何かを呟くその様子は、端からみれば酷く危険な光景である。しかし、ルシャも動きを止めて考え込んでいる今、それを止めようとする者もここには存在しなかった。

「あの……ええと……二人は、あなたが思う普通のお母さんじゃない……と思うの」

 そんな異様な空間の中で、一番に口を開いたのは当のマリンであった。

「……どういう意味です?」

「それは上手くは言えない……けど」

 マリンはジトリとした目を更に細める。その状態で眉間にしわを寄せ──俗にいう嫌そうな顔で──マリアンをじとりと見つめたのだ。

「何でだろう……あなたもどうしてか、お母さんに近い感じがするし」

「……全く意味が分かりませんが、腹が立ちますね」

 しばし互いに睨み合う二人だったが、マリアンの耳元でルシャが困ったように囁いた。

「マリさんマリさん……。飛行船のアイルーが皆こっち見てる……早く乗った方がいいかも」

 ルシャに促され上を見上げると、確かに五匹以上のアイルーがジーッとこちらを見下ろしている。気付けば出発の予定時間もとうに過ぎており、彼等の尻尾が苛立たしげに振られているのも見てとれた。

「……分かりました。連れて行ってもいいですが、自分の身は自分で守りなさい。二人分の子守は出来ませんからね」

「……もちろん」

「ちょ、ちょっと待ってマリさん! 私それ不服! 不服なんだけど! わ、私だってちゃんと成長してるし!」

 子供扱いされたことに猛反発するルシャだったが、生憎癇癪に付き合っている時間はない。
 マリアンは出し惜しみするなく切り札を切った。

「では貴女の大量の恥ずかしエピソードの一部を紹介していきましょうか。一つ目、インナーにオオマヒシメジを──」

 その単語に、興奮していたルシャの顔から血の気が一気に失せていく。

「わあああああ! ごめんなさいごめんなさい!! すぐ乗るから! それだけは言わないで!!」

 慌てて乗り込んだルシャを追いかけるようにして三人がようやく飛行船に乗り込むと、船は待ち兼ねたと言わんばかりに空へと浮かび上がり、古代林への進路を取り始めた。

「先程の言葉、忘れないで下さいね」

「……大丈夫。自分のことくらい、自分でできる」

 ムッとした様子で言い切る少女だったが、マリアンはまもなく知ることになる。


 この時、何が何でもマリンを連れてきてはいけなかったのだと。











「──言ったじゃないですか……自分のことは自分で出来ると!!」






「…………き、気持ち悪い」

 出発前までリンゴ色だった頬は土気色に変わり、『何か』を堪える様子で震えるマリンを前に、二人は今までに無いほどの焦燥に襲われていた。

「これはまずい──ルシャ! は、早くバケツか袋……もう何でもいいです! あの子に何か入れ物を……!」

「ごめんマリさん! り、リノプロヘルムしかないよ!」

 涙目になりながら、混乱した表情で『容器』を差し出したルシャを見て、マリアンの目が大きく開かれた。

「な、何を馬鹿なこと……や、やめなさい! それだけは──だ、駄目……あああああああ!!!」





 解毒薬と消臭玉があって良かったね──決して目を合わせずにそう言ったルシャだったが、マリアンは到着まで一度も口を開くことはなかったという。
 その横で小さな寝息を立てる少女は、それはそれは晴れ晴れとした表情をしていたという。







「──向こうからお母さんの気配がする」

 大型の首長竜──リモセトスが跋扈する広大な草原の片隅で、少女は唐突に呟いた。
 池の水でひたすら洗い、丁寧に水気を拭き取ったリノプロヘルムを日光のよく当たる場所で天日干しにする──そんな作業を繰り返していたマリアンは怪訝な表情を浮かべた。

「……どうして分かるんです?」

「……どうしてか、分かるの」

 言葉に棘も覇気も無くし、疲れ切った様子のマリアン。飛行船での粗相が尾を引いているのか、少女も心なしか遠慮がちに答えている。
 そんな様子を見兼ねてか、ルシャがマリアンの防具を小さく引っ張った。
 
「行ってみようよマリさん。どうせ当てがあるわけじゃないし」

「……それは構いませんが、一つ確認したいことがあります」

「確認?」

 彼女は首を傾げるルシャから少女へと視線を移した。マリンに近付くと、彼女の顔が正面に来るように腰を曲げる。

「今、この島にはあの娘の他にマリディアも来ています──同じ母親の気配でも、区別はつくのですか?」

「区別は出来る。けど、ここにはお母さんは一人しか居ないよ──多分、途中ですれ違ったみたい」

「マリディア達が……帰った?」

 その言葉にマリアンは眉をひそめた。
 彼女達の任務は事件の解決だ。もし途中で帰るとすれば、何か大きな発見をしたか──あるいは誰かが重傷を負った時のみである。

「連絡を取りたいところですが、こちらはこちらで動きましょう。しかしいつの間に……航路は一緒のはずなのに──ってあぁ……」

 そこまで言ってマリアンは、手を額に当てて天を仰いだ。自分達が飛行船で終始何をしていたのかを思い出したのだ。
 しかし、これ以上少女に責任を負わせるのも流石に気が引けた。彼女は咳払いと共にマリンに問い掛ける。

「あの娘が居る方向へ案内して下さい。ここは貴女を信じて進んでみましょう」

「……距離までは分からないけど」

 そう言ってマリンが差した方向は、巨大な植物が鬱蒼と生え揃う密林帯。そこは竜歴院がディノバルドの出現の報告をした場所であり、マリディア達が向かったエリアでもあった。

「分かりました──ルシャ、出発しますよ」

「はいはい、マリさん」

「……」

 出発の前にマリアンは、広間の片隅に停められた飛行船を一瞬だけ振り返った。そこにあるのは飛行船と干されたリノプロヘルムのみ。

「どうしたの、マリさん?」

「……いえ。出発しましょう」

 マリンの指示に従い、三人は特に障害もなく古代林を進み続けた。
 古代林特有の植物や昆虫にルシャは目を輝かせ、時折採取しては嬉々としてポーチに詰めていく。

「何かの素材にもなりそうにないのに、あんなに採取して……どうするの?」

「あれはあれで、中々馬鹿に出来ないんですよ」

「……そうなんだ」

 そうしている間にも、ルシャは得体の知れないキノコやら小さな虫まで採取していく。
 とても何かの役に立つとは思えないだけはそんな思いが顔に出てきたのだろう、マリアンはふと思いついたように口を開いた。

「にが虫とマヒダケ、雷光エキスにラティオ活火山の灰を少量」

「……え?」

「村の広場で貴女を麻痺させた、即効性の薬の成分ですよ──強力なのにすぐ抜けて、その後の影響も無し……そんな薬はどこの調合屋にもありません」

 聞けば、ルシャは他にも多種多様の新薬を作り出しているという。
 誰にも思いつかない発想と技術。それは、生まれながらにして自然と触れ合い続けた彼女へ届けられる、自然の声の導きなのかもしれませんね──そう語るマリアンの表情は、普段よりも優しく感じられた。

エリアの中央部に差し掛かった時にその足を止めた。

「これは……」

 マリアンが辺りを見渡して、小さく息を吐いた。
 根元から寸断された木が円形の空間を作り出し、地面には至る所に大きな切り傷が残っている。明らかに戦闘が行われた形跡がこれでもかと残されていたのだ。

「ベルナ産の回復薬……ここでマリディアお姉ちゃん達がここで戦ったのは間違いないね」

 地面に落ちていた空き瓶を拾い上げ、ルシャが断定する。その傍らに突き刺さった巨大な尻刃を見上げて、マリアンは腕を組んで考えた。

「相手はディノバルドでしょう──しかし妙です。ここは明らかに戦闘の中心部なのに、残されたのはこの尻尾のみ……討伐や捕獲の形跡すら無いなんて」

「誰かが大怪我したような感じも無いし、ディノバルドは何処行っちゃったんだろうね?」

「残る可能性は逃亡ですが、それにしては……」

 マリアンはそう言って、エリアの横に広がった空間を見つめる。
 不自然に拓かれたこの空間は、明らかに大型モンスターの移動した形跡では無かった。
 木々は根元から轢き潰され、周りの木や岩も何かが無理やり通ったかのように削れている。

「マリン、大体は分かっていますが……」

「うん。お母さんはこっちの方向にいる」

 迷いなく答えた少女の指先は間違いなくこの不自然な空間の奥を指している。

「仕方ありません、進むしかないでしょう」

 マリアンがそう言った時──三人が同時に上空を見上げた。

「……何かに見られてるね、マリさん」

「このタイミングで邪魔を入れるなんて──よっぽど命を散らしたいようですね」

 三人の頭上では切られてもなお大量の木々が上空を覆っている。その何処か一角から、三人はこちらを狙う捕食者の視線を感じ取っていた。
 武器に手を掛けた二人だったが、それを少女が片手で制した。

「どうしました、マリン」

「……ここは私にやらせて欲しい」

 そう言って少女は、背中のベルダーブレイドに細い手を伸ばす。
 止めようかと考えたマリアンであったが、ベルナ村で対峙した時のマリンの異様な戦闘力を思い出して手を引いた。

「分かりました、手出しはしません。その代わり、自分の身は──」

「──自分で。大丈夫、分かってる」

 その返答が実力に裏付けされたものだと感じ取り、マリアンは本格的に戦闘態勢を解いた。
 この少女がどれだけ戦えるかを知るためにも、この戦いを任せてみる価値がある──そんな結論に達するだけの覇気を、マリンは既に発散していたのだ。

『ホゥ……』

  暗闇にぼんやりと灯りが灯るような、不確かな鳴き声。
 そんな鳴き声が聞こえたと思った瞬間、夜鳥──ホロロホルルは音も無く木々の隙間から飛び掛かってきた。

「──ふっ!」

 背後から襲い掛かる鋭利な鉤爪。それをマリンは体を捻るだけで躱してみせる。灰色の髪が数本散る中、少女は背中の大剣を無防備な夜鳥へと振り抜いた。

「硬い……」

 石の刃は夜鳥の翼を叩き打ったが、響いたのは鈍い金属音だった。バランスを崩したホロロホルルは数メートル先に着地するが、翼には傷らしいものは見当たらない。
 夜鳥は背を向けたまま、頭を百八十度曲げて後方の三人を見やる。左右に垂れた耳を揺らし、ホロロホルルは小さく嘴を開くと不満げに囀った。

「わ!? 首が凄いことになってるよ!?」

「私も詳しくは知りませんが、そういう柔らかい構造をしているようです」

 秘密裏に研究員から得た情報をルシャに教えるマリアン。

「へぇー、変わった鳥さんだね」

「ルシャ、ホロロホルルは鳥ではなく鳥竜種ですよ」

「そうなんだ!」

 目を輝かせてマリアンの説明に聞き入るルシャ。尊敬の眼差しを受けた彼女はどこか得意げな顔をしているようにも見えたが、残念ながらマリンは表情から感情を読み取ることに関しては未熟であった。

「……倒してくるから、待ってて」

 後ろの勉強会に見切りをつけ、マリンは自分の獲物に向き合った。
 改めて夜鳥を見ると、ルシャが見間違えるのも仕方ないと思われた。ホロロホルルはイャンクックのように硬い鱗や甲殻に覆われてはおらず、その体は羽と羽毛で覆われているのだ。
 その身に纏う色は、濃い夜明けの青に、沈みかけてなお輝く金色。
 その中で一層輝くのは、夜空を見下ろす、一対の真紅の星。薄暗い古代林でも昼間のように見透すその眼は、マリンを敵と定めたのか一層輝きを増して少女を睨みつけた。

 ──だが、少女はその瞳をものともしない。
 溢れんばかりの闘気が腕を伝い、構えた大刃へと浸透していく。マリンは握った柄の感触を確かめると、夜鳥に向かって一直線に走り出した。





「……何です、あれは」


 最初に気付いたのはマリアンであった。


 狩人の狩猟技術は目まぐるしい進歩を遂げている。
 武器の技術はハンターの代を重ねるごとに進歩していき、遂にはハンターを育成するギルドの外へと飛び出していった。
 今はまだ名こそ付いていないが、シーグルの編み出した【スタイル】や、シェリーやマリアンの編み出した【狩技】もまた、その例の一つである。

 ──しかし。
 それはあくまでも、狩人達が自分の能力を限界まで知り尽くした上で、能力を最大限活用したものに過ぎない。
 決して、狩人達は限界を超えたわけではない。

 だからこそ、マリアンは少女から目を離せなかった。

 少女の構えは、マリアンの地衝斬に良く似ていた。
 しかし、その大剣は背中で斜め上を向いている。
 使い手よりも重い刃を、下手をすれば振り回される力を、いかに上手く扱うか──それが大剣を使う上で重要なことなのだ。
 それを抜身で、背後に構えて、走れる訳がないのだ。

「はぁぁ……!」

 小さく声を上げる少女。
 その声に呼応するかのように、構えられた大剣で練気が膨らんでいく。

「走りながら……大剣の溜めを……いや……」
 
 マリアンの脳裏にふと、自分と良く似た容姿の女性の姿が浮かび上がる。

「まさか、大剣をハンマー代わりに扱う気ですか……?」

 だが、マリンの行動は予想を上回るものであった。少女によって大剣に込められた練気が、徐々に黄色を帯び始め、やがて真紅の色へと染まっていく。
 その光景に最早、マリアンは声を上げることが出来なかった。その色は、その練気は──彼女の額からはやけに冷たい水が流れ、知らぬ間に握られていた拳では、骨が悲鳴のような軋みを響かせる。


「──……っ!」

 無言の掛け声と共に放たれたそれは、地上から天へと輝く赤い満月。

 ──気刃大回転斬り。

 本来の技の威力を遥かに超えた一撃は、ホロロホルルの硬い翼を切り裂き、胸部に深い傷を負わせていた。
 自分が何をされたのかも分からない様子で、夜鳥は静かに古代林の大地へと沈み込む。
 その様子を見届けてから、マリンは小さく溜息をついた。

「……少し外した」





「いやいや! そんな問題じゃな──むぐっ!?」

 異論を唱えようとしたルシャだったが、言い切る前にその頬が手の形にめり込んだ。
 クック娘を黙らせた彼女は、マリンに近付くとその頭を軽く叩く。

「──お疲れ様でした。ホロロホルルは戦闘が長引くほど厄介な相手ですから、お手柄です」

 その言葉に驚いたのか、マリンは少し目を丸くさせた。
 マリアンは少女の反応を見ずに、背を向けて先に進み始めた。ルシャの口を塞いだまま先を行く彼女の表情は、少女からは伺うことが出来ない。
 マリアンは何を言われても止まらずに進むつもりであった。しかし、結果として彼女は足を止めることとなる。







「あ……ありがとう」

 


 


 少女の口から溢れた言葉に、マリアンは歩みを止めた。ゆっくり振り返ってみると、マリンは恥ずかしいのか、顔を少し下に向けている。

「……マリン」

 マリアンは口元を菊一文字に結び、迷うように少女の名を呼んだ。

「貴女があの二人と関係があるということは、信じましょう。ただ……」

 そこまで言いかけて、マリアンは再び口を閉ざす。首を傾げる少女を僅かに見つめると、再び踵を返した。

「……何でもありません。先を急ぎましょう」

「……?」

 戸惑う少女を背に無言で歩みを進めるマリアンだったが、やがて小さな声で呟いた。




「──私は……どうすればいいんでしょうかね」



 その言葉に顔を上げ、ルシャは息を飲んだ。
 自分の頬を掴むその手が、小さく震えている。
 しかし、何も言えない。言いたくても口に出来ない。
 口を抑えられていて良かったと、ルシャは心からそう思った。きっとこれは、私が口を挟んではいけないものなのだ──そう心で呟き、視線を彼女から逸らす。
 二つの足音が静かに響く後ろから、三つ目の足音が追いかけてくる。
 
「遅いですよ、マリン。貴女が案内しなければ、ここから先は進めないんですからね」

  少し早まる足音を聞きながら、マリアンがルシャから手を離す。

「あ……」

 何か言いたげな小さな相棒に、彼女は僅かに微笑んだ。

「ほら、変な顔してないで行きますよ」

 足並みを揃えひたすらに目的地を目指し続けた三人が巨大な洞窟を発見したのは、それから半刻が過ぎた頃であった。





[37857] アンスール・アライブ 13話
Name: 楽太郎◆a3215f1c ID:32303bed
Date: 2016/12/10 23:00
◇ 第13話 「龍ノ墓場」 1/2



「ね、ねぇ。向こうに登る道もあるみたいだしさ……向こうから行かない……?」


 ルシャは強張る表情筋をどうにかなだめ、全力で無邪気な微笑みを作り続けていた。


「……どう?」


「待ちなさい、おや……ここにも何か」


「……うぅ」


 キリキリと痛む胃に鞭打ち、先程のような提案を投げかけること五回。 それが、あろうことか全て空振りに終わっている。
 嫌な気配がする作戦もダメ。具合が悪い作戦もダメ。どんな手を尽くしても彼女達の気を引くことは出来なかった。
 いよいよ打つ手が無くなったルシャは、ついには涙目になってマリアンの袖を引き始めた。


「ねぇってばぁ、マリさぁん……一旦戻ろうよぉ……」


 『普通』の洞窟ならルシャだってここまで嫌がりはしない。むしろ、特異な素材を入手しよつと率先して突入しているだろう。
 だが目の前の洞窟は明らかに普通ではなかった。
 ディノバルドが丸々入っても余裕がある程の巨大な洞穴。その内部からは異様な臭いが立ち込め、地面には何かが引きずり込まれたような跡まで続いている。
 ここが一連の事件を起こしている標的の根城、もしくはそこへ続く巣入り口なのは間違いない。


「ここは本当にまずいよぉ……」


 ルシャは青い顔で洞窟の側面を見つめた。そこに残されているのは無数の生々しい爪痕。幾重にも残されているそれは──犠牲となったモンスター達の最後の抵抗だ。
 食物連鎖のピラミッドに君臨する生物の中の王者達。彼等が死力を尽くせば、その抵抗力は並大抵のものではない。それを力づくで、ねじ伏せ、引き摺り込み、搾取する。それがどんなにあり得ないことであるか、ハンターであるルシャには到底受け入れたくないものであった。
 聞こえるはずのない断末魔が耳元で微かに響いた気がして、ルシャの背筋に冷たい汗が流れた。ここに『居る』のは、今まで戦った敵とは何かが違う……そんな気がしてならなかった。
 だからこそ、今すぐに逃げたいし、絶対に入りたくもない──そう訴え続けているにも関わらず、この二人は入り口に張り付いて離れやしないのである。


「……あった、森の中にあったのと同じ甲殻の欠けら」


 少女が赤黒い小さな欠けらを拾い上げると、隣にいたマリアンが考えるようにして頷いた。


「ディノバルドがここに引きずり込まれたのは間違いないようですね。それに、中へ続いているこれは……」


 彼女の視線の先にあるのは、深淵へと続く小さな足跡。それも堅固な防具の跡ではなく、独特の足袋の跡である。
 マリアンの言わんとすることを察したのか、少女も小さく頷いた。


「……これ、お母さんの足跡だ」


「やはりそうですか……となると──」


「──うん」


「むぅ……」


 ルシャは眉間にしわを寄せた。
 いつの間に仲良くなったのか分からないが、先程からマリアンと少女は額がぶつかりそうな位置まで顔を近づけて話し合いを続けている。
 ここから離れるように二人を説得するのが最優先事項であることは変わりないのだが、何だか母親を取られたような気分であり、大変面白くない。
 しかしここでそんな文句を言ってしまえばどうだろうか……。マリンという少女がいる手前、あまりに大人気ない行為である。
 でもでも、とルシャは頭を振る。マリアンと話をして、その関心を一手に受けるのは自分だけでいいはずなのだ。
 最早論点がすり替わっているのだが、それに気付く余裕もないらしい。
 そんな時である、彼女の耳元で優しい声が囁いたのだ。


「──ルシャ」


「ま、マリさん……?」


 自分に向けて発せられた、甘露の蜜よりも甘い声。きっと自分の訴えが彼女に届いたのだと、娘は嬉々として顔を上げた。
 しかし、ルシャはすぐに固まることになる。  
 彼女の表情は、予想していたものとは大きく外れていたのだ。


「──さっきからうるさいんですよ」


 いつもよりトーンの低い、底冷えする声。
 あ、これ駄目なやつだ──そう感じた娘は、唇を噛み締めて覚悟を決める。


「少し頭を冷やしなさい」


 繰り出される足。ズンと響く鈍い音。そして、鋭く痛む自分のお尻。


「ふぇあぁぁぁぁ──────!?」


 前のめりの状態で、ルシャの小さな体が漆黒の洞穴へと飲み込まれていく。その声と何かにぶつかるような物音は暫く続いたが、やがて下に辿り着いたらしく悲鳴のような声が響いてきた。


『──流石に酷すぎるよマリさぁん!! ていうか何これ!? 気持ち悪いんだけど!』


「ふむ、道はあるようですね」


「あ……う、うん」


 一連の流れに唖然としながらも、マリンは頷くしかなかった。追い続けてきたアクアの気配が、洞窟の奥へ色濃く続いているのだ。
 道が続いているのなら、進んでも大丈夫だろうと、先陣を切って洞窟の中へ一歩踏み出す。湿った土の感触が足から伝わってくるが、その確かな手応えに少女は安堵した。


「少し滑りそうだけど、この傾斜ならゆっくり進めば大丈夫……」


 安定を求めて洞窟の壁に手を当てようとする。その瞬間、予想外の力が少女の掌に伝わった。


「──!?」


 マリンは思わず後ろを振り返った。しかし再度確認しても、マリアンの手は自分の手をしっかりと握っている。
 自分はどうして手を握られているんだろう──そう戸惑う少女に対してマリアンは、仕方なくですよと言って壁を指した。


「その壁はあまり触らないほうがいいです」


「……え?」


 マリンは先程触れようとした壁を確認してみる。すると、壁には地面にはない妙な光沢があることに気が付いた。


「これは……」


「待ちなさい、今調べます」


 近付こうとするマリンに下がるように伝え、マリアンは近くに落ちていた枝を物色し始めた。そして少し葉のついた約一メートル程の枝を拾い上げると、入り口に近付いて壁の内側を枝でなぞり始めた。


「こんなものでしょうか……ほら」


 取り出された枝を確認すると、葉や枝に青い粘液が付着していた。


「それは……?」


「分かりません……初めて見ますね」


 マリアンは、戦闘の現場をもう少し確認するべきだったと後悔した。もしこれが敵のものだとするなら、あの場所にも残されていた可能性が高い。目では隈なく見渡したつもりであったが、それでも十分だったとは言い難い。


「マリアン、これ……!」


 少女の驚いたような声が聞こえ、マリアンはハッとして視線を戻した。


「これは……」


 マリアンは興味深そうに枝に顔を近付ける。先程まで粘液だったものがいつの間にか硬質化し、葉と枝を接着して固まっていたのだ。


「これは、少し調べる必要がありそうですね」


『マリさん!? マリン!? まだぁ!?』


 洞窟の奥から響く声を無視しながらマリアンは粘液を調べていたが、やがて唸るように呟いた。


「なるほど、少しでも光に当たると硬質化し始めるわけようです。硬質化している時間はそれほど長くはないですが、粘液状態時には高い粘着性質がある。もし身体に付着すれば、あらゆるものを巻き込んで接着し、硬質化する……今回の敵がこれを使うなら厄介なことになりますね」


「これを大量に浴びたら……って──」


 マリンはその説明を聞きながら、あることを思い出した。淡白な顔色にみるみる青みが差し、慌てて洞窟を覗き込む。
 少し前まで我々を呼んでいた声は、いつの間にか聞こえ無くなっていた。


「じゃ、じゃあ……壁にぶつかりながら落ちたルシャは……」


「ああ、そうなりますね」


 焦る少女とは裏腹に、マリアンは涼しい顔をして頷いた。


「そろそろでしょうから、行ってみましょうか」


「そろそろ? ──えっ!?」


 引かれる手の感覚、それと同時に視界が暗転する。身体中に生暖い風が当たり、先程よりも濃い異臭が鼻を襲う。
 マリンはようやく事態を理解した──自分は今、洞窟を勢いよく駆け下りているのだ。


「わわっ……危なっ……痛っ!?」


 凸凹やカーブの激しい洞窟を駆ける内に体中に粘液が付着していく。それと同時に足元の感触にも変化が訪れた。土の混じった湿った岩場の上に、乾いた何かが転がり始めたのだ。次第に増えるそれを踏み砕きながら、二人は更に奥へ駆け抜けていく。
 もう何がなんだか分からない──引かれるままに洞窟を駆け下りていた少女だったが、終わりは段々と近付いていた。
 坂道が平らになった瞬間、マリアンが突然その手を離したのだ。


「うわ……わっ!?」


 勢いを上手く殺せず、足を地面に引っ掛けたマリン。そのまま大きく転倒した彼女は、地面を二転三転した後にようやく止まることができた。


「……うぅん」


 幸い何かがクッションの役割を果たしたらしく痛みは少ないが、あまり愉快なものではない。すぐに起き上がろうとしたが、身体が思うように動けず、上手く立ち上がれない。
 

「え、何……これ……」


 恐る恐る自分の身体を確認して、マリンはギョッとした。
 骨。
 骨。
 骨。
大小問わず、様々な部位の骨片や骨、大骨がこれでもかと身体に付着し、達磨のように自分を覆っていたのだ。


「一体どれ程のモンスターを捕食したら、この量になるんでしょうね」


 じたじたともがく少女の前で、マリアンがうんざりしたように呟いた。それと同時に何かの液体がマリンへと振りかけられる。


「──っ!?」


 何か嫌な予感を感じて、マリンは咄嗟に目をつぶる。
 途端、彼女の体を小さな爆風が襲ったのだ。


「な……なんなの……!?」


 驚いて目を開けてみると、固まった骨が全て離散している。突然の現象に目を瞬かせていると、ルシャが得意げな表情でこちらにやって来た。


「どうどう? 私の調合した消散剤は?」


 話を聞けば、ルシャも入り口から落ちて骨まみれになったが、ポーチにストックしていた自作の薬品を使って抜け出したらしい。


「はじけイワシや増強剤を使わなくても、途中で拾った木の実と変な胞子を水で溶かすと出来ちゃうんだよねー」


 あれだけ入るのを嫌がっていた彼女にしては、妙に機嫌がいい。座り込んでいるマリンを見下ろして常にニヤニヤとしているが、当のマリンはよく分からずに首を傾げるばかりである。
 マリアンはそんなルシャの後ろ襟を掴むと、マリンから引き離すように持ち上げた。


「消散剤が効くことは分かりました、よくやりましたね──粘液の特徴について分かったことを教えますから、今すぐもっと効果の高い消散剤を作りなさい。作れるだけです、駆け足」


「わーい褒められ……あれ?」


 ルシャが喜びながらせっせと調合に取り掛かり始める中、マリンは改めて辺りを見渡した。
 広い洞窟の床一面が、骨で覆われている。
 洞窟は更に奥へと続いており、骨の量を見るに奥から押し流されて来ているものと判断出来た。骨の種類はマッカォと呼ばれる小型の鳥竜
種のものを始めとし、大きいものではイャンクックなどの中型モンスターまでが至る所に散らばっている。
 そして今、その捕食者はディノバルドすら捕らえているのだ。


「骨にそこまで古いものはありません。相手はとんでもない成長している……そう考えていいでしょう」


 マリアンが背負った大剣の柄を強く握り締める。入り口まで漂っていた異様な臭いの発生源は、もうすぐそこまで近付いているのだ。


「出来た! 一人二本分が限界だったけど……」


 ルシャの調合が完了したらしく、彼女が六本の小瓶を持って駆けつける。小瓶の中には粘液に似た青みがかった液体が揺れており、マリアンはそれ二本受け取ると、簡易ポーチへと収納した。


「マリンもルシャも、これをすぐ取り出せるところに収納しておきなさい。粘液が付着したら手に持っておくのがいいでしょう」


「はーい、マリさん」


 素直なルシャの返事を聞いて、少女はマリアンが洞窟に入る前から臨時ポーチを用意していたことを思い出す。
 先に洞窟に入ったルシャは粘液に効く効果的な薬を考察し、その間にマリアンは上で粘液について調査をする──結果だけを見れば効率よく敵への対策を完成させている。行動だけでは分からない、二人の見えない絆をマリンは間近で感じた気がした。


「相手は未知の敵です。どんな相手で、今現在どんな状況なのか、ハンターに必要なありとあらゆる情報が不足しています。戦闘になった時、我々が最初にやるべきことは──」


「──敵に関する情報収集、だよね?」


 ルシャがそう言って、ニヤリと笑う。

 
「その通り。特にマリン、貴女は戦闘経験の経験がほとんどない状態での戦いになります。貴女の能力がいかに高くても、単独で動こうとすれば必ず命を落とすでしょう」

 
「……うん」


 マリンは身体能力で言えばマリアンやシーグルを上回る程の力を持っている。しかし、体格や技術、経験においては二人に大きく劣る能力ものがある──マリアンはそのことを冷静に分析していた。


「ただ、貴女の力は勝つために必要な武器となります──それを忘れないで下さい」


 マリアンが微笑を浮かべて少女の頭に手を置いた。隣でルシャが凄い顔を浮かべていたが、マリアンは体を翻すと洞窟の奥へ進み出した。


「指揮は私が取ります。私の声が聞こえる範囲での行動を心掛け、くれぐれも単独行動はしないように」


「りょーかい!」


「分かった」


 三人はそれぞれ自分の武器に手を掛けながらゆっくりと、それでいて確実に洞窟の奥へと足を進めていった。







マリアンは眉間に皺を寄せていた。

 洞窟の最深部──そこには鍾乳石の連なる広大な空間が広がっていた。
 気付かないうちに山岳の中心部まで来ていたらしく、上は何処までも縦穴が続き、天井に開いた穴から覗く空はやけに小さく見える。


「これは……」


「……」


 ルシャは呆然と口を開け、マリンにあっては驚きを言葉に出来ないらしく、目の前の光景を息を呑んで見つめ続ける。
 空間の中央部には元々巨大な地底湖があったのだろうが、今はその水面の八割ほどが失われていた。

 膨大な、おびただしい量の骨によって──水面が死で埋め尽くされているのだ。

 骨の隙間には、見たことのある青色。
 粘液によって固められた骨の塊が巨大な浮島となって浮かんでいる──その光景はあまり愉快なものではないが、彼女たちが固唾を呑んでいる理由ではない。


 骨の大地を踏み折りながら、軽快に走り回る二足の足音。
 それを目掛けて二対の竜骨がその巨大な首を叩きつけるが、その度に赤黒い稲妻が光り瞬いていく。
 稲妻によって弾ける骨を大鎌で粉砕し、身につけた橙色の腰布が陰湿な空気を裂くように翻る。
 マリアン達が洞窟の最深部に到達した時、目に飛び込んで来たのはそんな光景であった。


「あれが……この大食の主ですか」


 あまりに異様な光景に、流石のマリアンも動揺を隠せない。
 巨大な骨の甲殻から、二対の首を生やす怪物。竜たちの墓場から死ながらにして蘇ったとでも言いたげなその姿は、今まで見てきたどのモンスターにも当てはまらなかった。

 マリアン達は知る由もないが、この時点で既にギルドと龍歴院によって対象の討伐指令が発令されている。


 ──骸龍【オストガロア】を討伐せよ、と。


 そんな中少女の目は、オストガロアの猛攻を躱しながら戦い続ける一人の女性に釘付けになっていた。


「おかさ……さん」


 モノクロの世界で唯一の色彩を強調するユクモの服。海のように青くたなびく長髪。
 彼女の名前はアクア──少女が遥か彼方から追い求めていた彼女をついに見つけたのである。
 だがその時、優勢だったアクアが突如膝をついた。その様子はとても苦しげで、迫るオストガロアの一撃を躱せるとは思えない──そんな危機的状況にマリンは思わず目を見開いた。


「お母さん……っ!」


 咄嗟に駆け出そうとするマリンだったが、その肩を強い力で掴まれた。


「待ちなさい! 先程言ったことを忘れたんですか」


「でもっ!」


「大丈夫、私が行きます」


 マリアンはそう言うと、焦燥に駆られる少女を掴む手の力を和らげた。
 

「あなた達には一先ず援護をしてもらいます。ここに何があるか、下に何が落ちているか分かりますね」


 早口でそう告げたマリアンは地面を蹴ると巨大な浮島へと跳躍し、そのままアクアの元へ駆けていく。
 ルシャとマリンは思わず顔を見合わせた。
 洞窟の出口から浮島までの間には十メートル程の水面があるのだが、躊躇っている時間はない。


「マリさんのためなら……っ!」


「お母さんのためなら……っ!」


 決死の覚悟で跳躍した彼女達だったが、ニメートルほど届かず見事着水。
 懸命に泳いで浮島へと辿り着いた二人は、マリアンの指示通りに二手に分かれて走り出した。
 目指すは墜落した飛行船の一部と思われる二箇所のバリスタ。二人は、骨に紛れて散らばる古びたバリスタの弾を拾い集めながら駆け抜けていく。
 マリンはその途中、視界の端で今にもオストガロアに襲われそうなアクアの姿を捉え、思わず立ち止まった。


「──お母さんっ!」


 その叫びが聞こえたのか、アクアがハッとしたように身を起こす。そのタイミングでマリアンが彼女を抱きかかえ、骸龍の一撃を回避したのでマリンはホッと息を吐いた。


「そうだ……バリスタっ!」


 急いで浮島の端にあるバリスタへと駆けつけ、状態を確認する。
 幸い壊れてはおらず、マリンの乗ってきた飛行船にも同じ型のものが備え付けられていたので、彼女でも扱うことは難しくなかった。


「すぐに……助けに行くから!」


 そう呟いて、マリンはオストガロアの頭部へとバリスタの標準を定め始めた──。








 ──助けて……。



 ──痛い……痛いよ……。



 ──やめて……嫌だ……やめてくれ。



 ──どうして……お願い……。



 ──なんで……こんなことに……。



 ──苦しい……苦しいよ……。



 ──誰か……。



 ──誰か……助け……て……。


 


「──ぐ……っ!」


 アクアは頭を抱え、骨ばかりの地面に膝をついた。尖った骨の欠けらが皮膚に刺さり、彼女は呻くように体を強張らせる。


『オゥォォ……』


 不気味な鳴き声が洞窟に響き渡った。
 骨のぶつかり合う、カラカラと乾いた音が二重に聞こえ、二対の頭がアクアへと近づいて行く。
 敵はこの機を見逃すつもりはないらしい。


「くっ……」


 竜達はゆっくりとその頭を持ち上げて行く。十メートルを越す巨塔が目の前にそびえ立つが、アクアは未だ動くことが出来ずにいる。
 


 ──誰か……嫌だ……。



 ──畜生……どうして……。



 ──アクア……ごめんね……。



 ──アクア……許せ……。



 ──アクア……。


 
 ──……さん。



 ──……あさん。



「──お母さんっ!」


「──っ!」

 
 次の瞬間、オストガロアの頭部が勢いよく振り落とされた。骨の棍棒と化したその一撃は地面である骨の山を砕き、アクアのいた場所を大きく穿つ。
 ハンターどころか並みの竜ですら屠る攻撃であったが、竜の下にアクアの姿はない。
 

「……余計なことを」


 アクアは抱き抱えられた状況で、憎らしげに桃髪の女性を睨みつけた。


「全くです……何で私がこんなことを」


 マリアンは忌々しげに言うと、手を離して無動作に彼女を落とした。尻餅をついたアクアは更に険悪な視線を送るが、マリアンは気にすることなくオストガロアへ大剣──アングイッシュを向ける。
 巨大な骨の塊のような胴体、骨の山から突き出る二対の首。白骨化した首長竜を思わせるが、その身体の至るところが青白く輝いている。それが生体反応であるかは定かではないが、ただ骨の塊が動いているわけではない──マリアンはそう判断した。
 

「貴女が今、どのような状況に置かれているかは知りませんが……目標は同じなのでしょう──まずは奴を片付けるべきです」


「……っ」


 アクアは一瞬何かを言おうとしたが、それを噛み殺すようにして立ち上がった。その身体はふらつき、額には汗をにじませている。
 やはりこの娘は本調子ではない──横目でそれを確認して、マリアンは小さく手を挙げる。
すると遠くから炸裂音が聞こえ、空を割く巨大な二本の矢が竜を貫いた。


「命中命中! 見てた? マリさん!」


「……当たった」


 離れた場所で、ルシャとマリンが小さくガッツポーズをとる。


『オオオオオオオオオオ──!!!』


 それぞれの矢は二対の竜の頭部に命中しており、竜は悶えるように体を振り回し始めた。


「ルシャ、マリン!」


 マリアンは合図を出すと、動けないアクアを残し、一斉に片方の首の根元へ詰め寄った。
 クックS装備に双剣という軽装のルシャが真っ先に辿り着き、特製のアイルー様メラルー様を振り抜いた。


「そりゃあぁ!」


 改良された鋭利な爪が、骨の骨の合間をすり抜けて内部を切り裂く。すると、青黒い体液が骨の中から勢いよく吹き出した。


「やはり骨の中に本体が……!」


「やあぁ!」


 マリアンとマリンが渾身の一撃を首へ叩き込む。アングイッシュとベルダーブレイドの切り筋が交差し、骨の鎧を打ち砕いて内部を切り結ぶ。
 耳をつんざくような鳴き声とともに、手傷を負った首は骨の山へと沈んでいく。


「残り……一本、ですかね」


 マリアンはアングイッシュについた血を振り払うと、もう一対の竜へ向かい始める。

 ──しかし……。

 戦況は現在有利。だがマリアンは纏わりつくつくような違和感を拭えずにいた。


『オオォォォォ……!』


 不気味な鳴き声が再び洞窟に響く。
 しかし、その声はやけに遠く感じられたのだ。


「私達は……何と戦っているんでしょう」


 彼女は独り呟く。
 何処か空を割くような手応え。敵と対峙できていないような、そんな違和感。
 戦闘中の迷い、そこに生じた一瞬の隙。


「──マリさんっ!」


 ルシャの声にマリアンはハッとする。
 足元が大きく膨らみ、先程沈んだはずの片割れが突如として地面から突き出したのだ。


「──っ!?」


 回避し損ね、宙へ飛ばされるマリアン。身動き出来ない彼女に向かって、もう片方が青い粘液を吹き掛けた。
 空中でアングイッシュを構え、どうにか粘液を防いだマリアン。

 ──しかし次の瞬間、彼女の背中は大きく仰け反ることになる。


「…………な……っ!?」

 
 彼女の死角から、もう片方が突進を仕掛けたのだ。ダマスクメイルの背面に亀裂が入り、マリアンの目が大きく見開かれる。

 …………マリさぁん!

 ルシャの声が妙に遠くから聞こえる。
 上下の感覚が分からなくなり、何かに激突したようだが、それが天井なのか地面なのか分からない。朦朧とした意識の中で竜が追撃を仕掛けようと近づいて来るのが分かるが、身体が重く、何もすることが出来ない。


「……戦闘中に……考え事なんて……私としたことが……」


 小さく呟くが、その声もカラカラと不気味に鳴り響く死への誘いに掻き消される。
 ここまでかと、覚悟を決めた瞬間──大きな衝撃音とともに地面が揺れた。


「……マリン!」


 石の刃を盾にして、叩きつけられた骨を防ぐ少女。どれだけの力で踏ん張っているのかは分からないが、その顔は苦痛に歪んでいる。


「やめなさい! 貴女まで潰されてしまいます!」


「マリアンへの借りは返せる時に……返したいの……!」


 そう吐き出すように言ったマリンの身体が徐々に骨の山に沈み込んでいく。
 しかし、少女はありったけの力を込めて竜の頭を押し返し続ける。


「私は……貴女が好きじゃない。だけど……それとこれとは話が別だから……貰った恩は、本物だから……!」


「……マリン」


 歯を食いしばり、必死で身体を支え続けていた少女だったが、限界は近付いていた。


「……うぅ……っ」


 腕が痺れ、膝が震える。
 徐々に押し込まれていく少女を見上げながら、マリアンは歯痒い思いで一杯であった。


「くっ……私が……不甲斐ないばかりに……」


 遠くではルシャがもう片方を必死で足止めしている。助けは見込めない。

 その時だった。
 助けは三度、天より舞い降りた。


「その骨、退けろぉぉぉぉ!!」


 振り抜かれる重石の塊。その衝撃で骨の竜は大きく吹き飛ばされる。
 その首に、鋼鉄のワイヤーが縫い付けられた二対の矢が幾重にも絡みつく。


「オトモハンター歌丸。! 華麗に登場ぅ!」

 
「俺も忘れて貰っちゃ困るなぁ」


 身動きの取れない竜に大タル爆弾が降り注ぎ、怯みを見せた瞬間──金の天使が舞い降りた。


「──はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 黒曜石の化石剣──オブシドブレイドが鈍い光を放って閃く。



「──少しは上達した……かな?」


 響き渡る異形の悲鳴。
 その中で確かな手応えを感じ、彼女は小さく拳を握る。

 シーグルの繰り出した渾身の一撃は、連撃の締めに相応しい威力を持って竜の頭部を切断していた。



[37857] アンスール・アライブ 14話
Name: 楽太郎◆a3215f1c ID:74986562
Date: 2016/12/10 22:58
◇ 第14話 「奈落の凶星」



「シー……グル」


 小さな驚きの声。
 マリアンの口から発せられたそれは、慟哭にも似たオストガロアの咆哮によって掻き消された。
 

「貴女に……だけは……」


 切り落とされた頭部の骨が落ちる音、仲間たちのざわめきも何処か遠くで聞こえていた。
 アングイッシュの柄を握り直し、支えようとするルシャを差し止めて立ち上がる。


「貴女にだけは……助けられる訳にはいかないのです!」


 シーグルへと襲い掛かる赤黒い稲妻に向かい、マリアンは気力を振り絞って大地を蹴り出した。







「なんだこれは……たまげたな」


 シーグルがオストガロアの頭部を切り裂き、ほへい達三人が連携を決める──ここまでは順調だった。
 切り落とされた頭部を見て全員が息を飲んだ。オストガロアの頭部には、あるはずの『中身』が無かったのだ。


「見て! あれ竜じゃないわ!」


 頭部を落とされた首を指して歌丸。が叫ぶ。
 今まで竜だと思っていたものには、初めから頭などついてはいなかった。
 骨の外殻が破壊されてようやく判明した真実──二対の竜は、巨大な触手であったのだ。


「じゃあ……本体は……」


 マリディアが発した言葉に答えるように、今まで胴体だと思っていた骨の塊がゆっくりとその向きを変え始めた。
 骨の大地が地響きと共に削り取られ、その振動で周りの骨がカタカタと笑うように揺れ動く。

 まず見えたのは、金色に光る双眸。
 二対の短い触手。
 全てを飲み込み、咀嚼するための丸く大きな口。


『オォォォキュイィィィィィィ──!』


 その口から、今まで地面で響いていたあの咆哮がつん裂くように木霊する。
 鋭利な骨の殻を身に纏い、骨の外殻を構築させた二対の触手を操る怪物──オストガロアがいよいよその本性を現わした瞬間であった。


「イカ……だわ。骨の貝殻を背負ったイカだわこいつ!」


「母ちゃん! 何かもっと言い方があるでしょ!?」
 

「ないわよう! パヘット芸ができるイカだろーもん!」


 マリディアと歌丸。は軽口こそ叩いているが、オストガロアの放つプレッシャーは並大抵のものではないことも感じていた。
 その体の周囲には燻んだ青い煙が漂っており、迂闊に近付けない雰囲気も醸し出している。


「たまげたな、母ちゃん。本当にあれはパヘット人形らしい──あいつら、さっきと頭が違うぞ」


「え?」


 ほへいの言葉に、シーグルがハッとして口を開いた。


「私の切った頭が……っ!?」


 本体ばかりに気を取られて気付くのが遅れたが、触手の先端が先程とは全く別のものになっていた。
 片方はディノバルドの尾刃や頭骨を組み合わせたような形をしており、もう片方は下顎部分に巨大な丸い塊を付着させていた。


「ディノバルドの骨と、もう片方はなんだぁ、あれは」


「ほへいさん、あれはウラガンキンの顎だ。……本当に何でも食べるんだな、あいつ」


 マリディアが改めてその凶暴性を感じ、武器を堅実に構え直した。
 四人はオストガロアの様子を見ながら距離を図っていたのだが、あることに気付けていなかった。青い煙の奥で、骸龍の口元から赤黒い稲妻が光り始めていたのだ。


「──いかん。何が来るぞ!」


 ほへいがそう叫んだ時には、赤黒い龍属性のブラスはシーグルに向かって放たれていた。
 飛行船を襲ったものよりサイズこそ小さかったが、人一人覆えるほどの大きさをした怪光線。


「──っ!?」


 完全に虚を突かれたシーグルは、それを防ぐ動作すら行うことが出来なかった。
 鮮血が飛び散り、瞬く間に白い大地が赤色に染まっていく。




「そんな……なんで……」


「マリさんっ……マリさんっ……!」


 シーグルの前に立ち、その身を呈してブラスを受け止めたマリアン。その身は強い龍属性に焼かれ、金色に光っていたダマスクメイルも無残に歪んでいる。
 シーグルは今起きた事が信じられず、震える声で問い掛けた。


「ど、どうして……そんなことを」


「気に……しないで下さい。単なる……自己満足です」


 赤く濡れた口角が僅かに釣り上がり、マリアンは嘲笑的に吐き捨てる。
 そのまま大剣を引き摺るように構え直したマリアンへ、ルシャが泣きそうな顔ですがりついた。


「馬鹿馬鹿馬鹿! 何やってんの! 死んじゃうよマリさんっ……!」


「大丈夫ですよ……ルシャ」


 マリアンは懐から赤い丸薬を取り出すと、口に放り込んで一息に飲み込んだ。
 途端、マリアンの身体に強烈な滋養成分が巡り始め、極限を超えた活動を可能にしていく。


「マリさん、それっ……!?」


「なりふり構ってなど、いられないんです」


「もう本当に……本当にもうっ……! 終わったら……ぐす……ぜったい……絶対に文句言ってやるんだからぁ!」

 
 『いにしえの秘薬』は古来に使用を禁止された、現在の秘薬を越す劇薬である。効能が切れた後、彼女の身に何が起こるかすら分からない。


 それでも──と、彼女は言う。


 満身創痍なマリアンの眼だけが、煌々と輝きを浮かべていた。
 ブラウンの瞳が燃えるような金色に変わり、アングイッシュを担いだ彼女は、巨大な古龍に向かい全力で走り出す。


「私はこれ以上……後悔などしたくないのです!」






「ははは、これはしんどいぞぉ」


 ディノバルドの尾刃を付けた龍頭骨の突撃をいなし、追撃で襲い掛かる爆炎を盾で防ぎながら、ほへいは額に汗を滲ませていた。
 彼が万全な状態であれば、どのようなモンスターであっても苦戦はしないだろう。例え相手が罠の効かない古龍種であろうが、必ず活路を見出してきた彼である。
 しかし、彼が右手で盾として使用しているものは──木製の鍋の蓋である。
 いつの間にか愛着が湧き、壊さないように大切に使ってきた鍋の蓋だったが、流石に耐久度の限界を迎えたらしい。


「うわあああああ! アレックスゥゥゥ!」


 ほへいの悲しみの叫びも虚しく、アレックス(鍋の蓋)はオストガロアの龍骨によって無残に粉砕された。


「必ず……仇は取るからな……」


 舞い散る木屑が目にしみる。
 目尻に光るほへいの哀悼に応えるように、骨の山の一点が微かに輝いた。


「む……?」


 ほへいは戦いの合間にその場所へと転がり込むと、骨の中におもむろに手を突っ込んだ。
 確かに手応えを感じ、輝きの正体を掘り起こしたほへいは思わず破顔した。


「おぉ……こいつはいいぞ」


 それは

 ほへいは気付かない。
その盾がかつて龍エネルギーに焼かれ、飛行船から捨てられたものだということを。

 ほへいは知らない。
 後にオストガロアに飲み込まれ、胃液によって変形したことに。

 ほへいは知る由もない。
 変形した盾に粘液が浸透し、青暗色の堅固な盾に生まれ変わったことを。


 だが、ほへいは分かっていた。
 この盾は、自分を守ってくれると。
 敵に打ち勝つ活路を与えてくれることを。


「ならば本気を出さねばなるまい」


 ほへいは言うなり、ベルダー装備を脱ぎ捨てた。インナーに着ていたのは、ほたてに隠れて身につけていたゾーン装備の肌着。
 ほへいはオストガロアの攻撃を躱しつつ、地面に転がっている骨板や頭骨を器用に肌着へ取り付けていく。
 間も無くして、ほへいは戦闘服であるボーンS装備を作り上げたのである。


「はっはっはっ、いい具合だなぁ」


 自慢のアフロを頭骨ですっぽりと覆い、各関節部分は堅固な骨で固める。
 腰部には立派な小型獣の頭骨をあしらい、まるで無防備な前面をより強調するデザイン。


 ──これぞ、タマゲタ流戦闘服。


「さぁ、行こうか」


 【極星刃ギリエ】の盾を振るい、勇者は襲い掛かる爆炎を裂くように打ち払う。
 【ヒーローブレイド】は白刃を閃かせ、龍骨に守られたオストガロアの本体を切り結んでいく。


「うおおあああああ!」


 勇者は一人──全力でオストガロアの龍骨を足止めし続けた。
 誰に言われずとも、彼は自分の役割を理解していたからだ。


「はっはっはっ。弔い合戦といこうか、アレックス!」


 笑い声と共に、ほへいは爆炎の中へと飛び込んで行った。







「避けて避けて避けてぇ!」


 マリディアの叫び声と同時に高密度の骨塊が降り落ちる。
 ウラガンキンの重厚な顎を先端に付けた龍骨は、巨大なフレイルとなってマリディア達に襲い掛かっていた。


「強烈だな……。母ちゃん、射抜いて爆破とか出来ない?」


「それがねぇ、ブレイドワイヤー射まくったら、属性強化ビン使い切っちゃったのよ」


「なんでそれに取り付けてたし!」


「忘れてただけだもん!」


「──二人とも危ない!」


『……おや?』


 急に暗くなった頭上。瞬時に戦慄し、二人は一気にその場から飛び離れる。
 

「危なく潰れたシモフリトマトになるとこだったね」


「マリマリ違うわ、ひしゃげたドドブラリンゴよ」


「……二人とも、どうしてこんな状況で雑談が出来るんだろう」


 呆れながらもシーグルはオストガロアの龍骨を見上げる。
 鈍い光沢を放つ金属質の塊──シーグルはまだ見たことがないが、あれはウラガンキンという火山に生息する獣竜種のものらしい。
 どうやって火山にまで脚を運んだのかは不明だが、その貪食性には思わず身慄いしてしまう。


「まずは、あの塊を何とかしないと……」


 目標は高所。龍骨の根元ではマリディアが大鎚を振るい、歌丸。は中距離を保って矢を放っている。

 ──となれば。


「母ちゃん、ごめん!」


「──ふみゃっ!?」


 歌丸。を足掛かりとして、シーグルが大きく跳躍する。狙うは塊よりも更に上だが、僅かに飛距離が足りていない。
 だがシーグルは躊躇することなく大剣を振り落とした。
 その瞬間、龍骨がガクリとその身を低くする。


「今だシーグル!」


 マリディアが大きく叫ぶ。
 彼女の渾身の一撃が龍骨に叩き込まれ、オストガロアの軸を大きく歪ませていた。


「はあああああ!」


 シーグルの一撃が、火花を散らして頭骨部分に叩きつけられる。
 オプシドブレイドの重撃はオストガロアの頭骨にヒビを入れ、顎塊が自らの重みで切り離された。
 それと同時に、反対側でもう一方の龍骨が爆散するのが見て取れた。


「ユール、ラーグ……半端な私だけど上手く戦えてた、かな?」

 
 シーグルは空中で下方を見下ろしながら、独り呟いた。
 オストガロアの本体をへ突き進む二つの影が視界に入り込む。


「これで……きっと……」


 そこまで言って、シーグルは首を振る。


「大丈夫
、迷いなんてない。何たって、彩に頼まれてるんだから」

 
 シーグルは身体に伝わる風を感じ、心地よさそうに目を瞑った。
 張り詰めていた気を、僅かに緩める。


 最後の命運は、彼女達に委ねられていた。







 龍骨の触手という最大の武器を封じられたオストガロアに、二線の剣筋が落とされる。


「……手助けなど要らないと、言っているのに!」


「……それは、貴女の都合でしょう!」


 アクアの大鎌がオストガロアの顔面を薙ぎ、マリアンの大剣は周りの触手を横一文字に斬り払う。
 オストガロアの龍骨二対が破壊された瞬間、本体を守っていた青い煙が掻き消えた。
 その好機を逃すことなく、二人は手を休めることなく猛撃を叩き込んでいく。


「……貴女は何時も、そうです。大事なところでマリディアを頼らずに、独りで何かをしようとする──そんなに、私の妹は頼りになりませんか!」


「……何を勝手な、ことを──貴女にだけは、言われなくない!」


 息継ぐ暇すらない攻撃の最中、二人はその口を止めようとはしなかった。
 オストガロアの体がその色を変え、空気が淀むほどの龍エネルギーを発出してもなお、止まらない。


「……悔しい、ですが──あの子に必要なのは、私ではなく貴女です」


「……っ!」


 アクアの瞳の奥で、小さな光が揺れ動く。
 オストガロアの口が激しい龍エネルギーで輝き出しても、二人は構わず攻撃し続けた。


「……私の時間は、あの時からまだ動けないでいます──私に出来るのは……っ!」
 

「──なっ……!?」


 マリアンがアングイッシュでアクアを空中へ弾き飛ばすのと、オストガロアが巨大な龍ブレスを吐き出したのは同時の事であった。


「……何時だって、夢に見ていました。あの時の悪夢を、荒ぶる風を、嫌な手応えと鉛の臭いを。その償いが、少しでも出来るなら──その機会が与えられたのなら……私は死でさえ斬り伏せて、奴を討つ道を切り開きます!」


 空気が振動するほどの赤黒い光が、マリアンを大剣ごと飲み込んでいく。
 後方でルシャの叫びが木霊する中、アクアはオストガロアの背面へと降下していく。
 降下していくごとに彼女の頭へ再び無数の声が響き出すが、アクアは唇を噛み締め、祈るように太刀の柄を握り直す。


「……もう……少し……っ! もう少し……だからっ!」

 
 ブレスの反動で動けないオストガロアの骨殻に着地した彼女は、その背の中心に向かって転がるように走り出す。
 そこに埋め込まれた巨大な宝玉──虹色に光るオストガロアの核を目指して駆け続けた。


 振り上げた大鎌、目前に迫る宝玉。


「これで……これで全てが──」


 もう狙いを外す位置ではない。
 アクアは持てる力を全て注ぎ込み、漆黒爪【終焉】を宝玉へ振り降ろそうとした。



 ──その時、彼女の時間が僅かに止まった。



 それは気の所為だったのかもしれない。
 しかし、アクアは導かれるように後ろを振り返る。


 全員が、激しい戦いの中で自分のことを見上げていた。

 龍骨を足止めしているマリディアやほへい達が。

 マリアンを懸命に治療しているルシャが。



 そして、淡黄色の髪をした女性と、銀髪の少女が──真っ直ぐに自分を見上げている。


 

 皆が祈るような表情をしている中、その二人だけが何を見届けるように微笑んでいた。
 そんな彼女達が僅かに頷いたように見えアクアは思わず息を飲む。


「そう……ですか」


 彼女は、強く口を引き締める。
 意識が飲まれていようと、心にまで嘘はつけない。
 だが、自分の行動を止めることは出来ない。




 黒い刃は、骸龍の残魄玉──後にそう語り継がれるオストガロアの宝玉へと突き刺さった。







「……そっか──そうだった」


 妖艶に揺らぐ虹色の光が、ゆっくりと空へ解き放たれていく。
 その中でマリンはうっすらとした微笑を浮かべていた。

 少女は結局、最後までアクアをお母さんと呼ぶことは出来なかった。否、全てを思い出したマリンには、最早彼女をお母さんと呼ぶことは出来なかったのである。

 マリアンが嫌いなわけだ、あんなに敵対していたのだから。

 アクアとマリディアに容姿が似るわけだ、自分と縁のある人間が彼女達だけだったのだから。

 でも──と、マリンは思う。

 あの時では出来なかったことが、出来たのだから。
 マリディアと様々な会話をし、マリアンと共に戦えた。


 そして最後に彼女を──ひたむきで、真っ直ぐで、心から私を憎み、心から私に謝罪してくれた彼女を──かつての私が愛した彼女を救うことが出来るのだから。


 命の恩人であり、育て親でもある白き龍への最後の願いによって、全てを捨ててここへやってきた私が──『クシャルダオラ』がアクアに償いをすることが出来るのだから。
 
 マリンは、亡骸と化した骸龍の上で倒れるアクアへと歩み寄っていく。
 様々な因果により、彼女の魂に深く強く絡みついた龍の因子は、このままでは彼女ごと理へと解き放たれてしまうだろう。


「──でも大丈夫。私がさせないから」


「……あなたは……あなたの……名前は?」


 朦朧とした意識の中でアクアが少女に問う。
 マリンは一瞬息を詰まらせたが、小さく、それでいて強く自分の名を口にした。


「──マリン」


「そっか……いい名前……だね」


 弱々しく微笑むアクアを、少女は何も言わずに抱き締めた。
 覆い被さるように自分を抱き締める少女。その頭をアクアは優しく撫で始めた。

 
「……震えてる。何か、怖いことがあるの?」


「……ある」


 ポツリと、マリンは言葉を零した。


「やっと、あなたに会えた。みんなと話すことが出来た。一緒に戦った。一緒に笑った。美味しいものも見つけた。友達も出来た──私……この思い出を無くすのが、怖い……辛くて……たまらない……」


 それは少女が持っているのものの全て。
 初めて得た、『生きる』喜び。
 それが今まさに失われようとしている──マリンはそれを理解していた。


「……大丈夫だよ」


「──え?」


 マリンが目を見張る。
 弱い力で、震える腕でアクアが少女を抱き締め返していた。


「……私が祈ってあげます。貴女が何処に行っても、眩しいくらいの日々が迎えてくれることを。私が願ってあげます。貴女がまたお母さんと……お父さんに迎えられることを。最後くらい……母親らしいことをさせて下さいよ、マリン」


「なん……で……」


 少女の目が、大きく見開かれた。



「おかあ……さん……」

 
 言葉と一緒に、大粒の涙がマリンの目から溢れる。
 説明できる理屈なんて、何も無い。
 無いからこそ、マリンは信じることが出来た。


 ──ありがとう。


 彼女の吐息が緩やかな寝息に変わるまで、少女はアクアを抱き締め続けていた。


「私が……持って行ってあげる。お母さんの……悪いところ、全部……」


 アクアの身体から、小さな光が粒となってマリンへと流れ込んでいく。
 それは、長年アクアを助け、同時に苦しませていた龍の因子。


「……これで、もう……大丈夫」


 マリンは小さく息を吐いてから、眠るアクアから身体を離した。


「……っ!」


 身体に大きな負担が掛かるのが分かる。
 彼女はこんな負のエネルギーを抱えて今まで過ごしていたのかと驚いたが、感傷に浸っている時間がない。


「あとは……」


 マリンは下を見下ろして、骨だらけの地面を見つめた。すると、そこでも小さな騒動が巻き起こっているのが見て取れた。


「あれくらい……なら……」


 マリンは無言でアクアに背を向けると、ゆっくりとその場を後にする。
 身体が張り裂けんばかりの痛みを訴えるが、少女の口元には笑みが浮かんでいた。

 これ以上、何を望むというのだ。

 あとは、彼女の明るい未来のために出来ることをしよう。

 誇り高き白き鋼龍はひたすらに前へと進む。

 いつだってそうだ。

 私が出来ることは、目の前の出来事を全力で受け止めるだけなのだ。



[37857] アンスール・アライブ 終話
Name: 楽太郎◆a3215f1c ID:a124d56d
Date: 2017/04/08 07:49
◇ 第終話「遠世のオセル」



 アクアの振り下ろした漆黒の鎌。
 黒い刃によって貫かれたオストガロアの核は、甲高い亀裂音を響かせて崩壊していく。


「おぉ……これは一体なんだ……?」


「何だか……綺麗ねぇ」


 ほへい達は、目の前で起きた光景に目を奪われた。
 ひび割れた核の内部から、無数の光の粒が溢れ始めたのだ。光の粒は、淡い虹色の光を放ちながら空へと昇っていく。
 それはまるで──天に昇る光の柱。
 その光はどこか嬉しそうに揺らめいており、解放されて喜んでいるように感じられた。


「……あのイカに、食べられた子達なのかしら」


「どうだろうね。ただ、アクアの目的が何だったのかは……やっと分かったよ」


 マリディアと歌丸。もしばらくその光景を見上げていたが、次の瞬間驚いて目を見張った。  
 立ち尽くしていたアクアが急に倒れたのだ。


「──アクアっ!」


 すぐに駆けつけようとしたマリディアの前に一人の少女が立ち塞がる。


「マリン……」


 少女の表情を見た彼女は動くことが出来なかった。


「ごめんさない。でも、大丈夫……あの人は、私が助けるから」


 それは強い決意の言葉。
 マリディアは少しの間口を引き締めたが、やがてゆっくりと頷いた。


「……分かったよ。でも一つ、お願いがある」


「……何?」


 マリディアは少し溜めてから、ニッと少女に笑いかけた。


「私をもう一度、お母さんって呼んでくれないかな?」


「……っ!」


 驚いた顔を浮かべたマリンだったが、彼女はすぐに視線を落として呟いた。


「……ごめんなさい」


 少女は寂しげに笑って、アクアの下へ駆け出した。


「……やっぱダメか」


 小さな溜息を吐き、それを見届けようとしたマリディアの後ろから、突然ほへいの声が響き渡った。


「──おい、シーグル! しっかりしろ!」


「──っ!!」


 マリディアが振り向いた時、彼女はほへいに抱えられ、ぐったりと仰向けになっていた。

 
「大丈夫、平気だよ……ほへいさん。こうなることは、大体……分かってた」


「……どう見ても大丈夫じゃないだろう! 何処か打ったのか」


「そうよシーグルちゃん! 変なものでも食べたの!?」


「あはは……ごめん、ね」


 弱々しく笑い、シーグルは困ったように仲間たちを見渡した。
 少し離れた場所では、ルシャに介抱されているマリアンが何か言いたげにこちらを見つめている。
 そんな彼女に、シーグルは小さく呟く。


「……そんな顔、しないで欲しいな」


 自分の身体から、大事なものが抜け出そうとしている。
 このままでは──そう覚悟したシーグルだったが、次の瞬間──彼女ぽかんと口を開けた。


「あれ……?」


「どうしたシーグル」


 シーグルの妙な反応を心配して顔を覗き込むほへいに、彼女は信じられないといった様子で呟いた。


「身体が、急に楽に……。それに何だろう……何かが無くなったような」
 

「──そうニャ。『これ』は僕らが引き受けたからニャ」


「ふん、仕方あるまい。この位は許されるだろう」


 隣から聞こえてきた声。
 それは先程まで、ここに居なかった者達の声であった。


「ラーグ……ユール……!」


「──うぉっ!?」


 跳ね起きたシーグルの額がほへいの鼻先を襲撃する。
 ひりひりする額を不思議に思いながらも、彼女は突然現れたアイルー達へ驚愕の視線を向けていた。


「マリマリ、あの子達って……」


「うん、一緒に村まで連れ帰ったはずなのに……」


 マリディア達が首を傾げる中、シーグルはアイルー達に詰め寄った。
 彼女はゆっくりと、その体に触れ始める。


「あなた達……一体何を……」


「ニャニャ……くすぐったいニャ!」


 感触はアイルー特有のふかふかな毛皮だ。
 だが、ダークグリーンとダークブルーに染まった彼等の体は少しだけ透け始めていたのだ。
 シーグルは直感する。
 この子達は存在そのものを失い始めているのだと──しかし二匹に悲観した様子はなかった。
 ラーグは戸惑うシーグルへ得意げにウインク
してみせた。

「簡単なことニャ。僕たちはシーグルだし、シーグルもシーグルなのニャ。だからこうしたのニャ?」


「え……?」


「ラーグ、それでは分からないだろう……」


「ニャ?」


 ユールが溜息をついて相方をたしなめる。


「そうだな……簡単に言えば──我々は、お前の『ある部分』を掠め盗ったんだ」


「私の……ある……部分……?」


 シーグルは震える声でそんな二匹を見下ろした。ユール達は話している間にも、少しずつその存在を薄めている。


「ああ。お前の大切なものだ」


 ユールは深い色を帯びた瞳で彼女を見上げた。その色は今までユールの見せたどんなものよりも優しいものであった。


「正直に言えば、私はお前に全てを話す気はなかった。お前には……思い出して欲しくなかったからだ。それは今も変わらない」


 だが──と、ユールは続けた。


「今のお前には知る権利がある。こうなった以上、それが最善だと私は考えた」



 全員が、静かに耳を傾ける。

 呼吸の音すら響かせまいと口を噤む。

 彼の言葉には、それほど深い重みがあった。



「お前は四年前に一度、その生を手放している──場所は、ユクモ村にほど近い霊峰と呼ばれる山の頂だ」


『──っ!!』


 ほへいと歌丸。以外の全員が息を飲んだ。
 その年、その場所には──心当たりがあった。


「……続けて」


 シーグルの淡い金髪が、金色の眼が僅かに揺れる。
 ユールの小さな口が、彼女の願いに応えるように静かに開いた。








「シーグル、お前の過去の名前は……アマツマガツチ。古龍『アマツマガツチ』だ」
 






 時が止まる。
 時間にして数秒、誰も声を出すことが出来ない。



 その中で、シーグルだけが大きな息を吐いた。


「……やっぱりかぁ」


 今までの苦悩や迷いに、ようやく答えを見つけたような──そんな深い吐息。


「理由を、聞かないのか?」


 ユールが静かに問う。
 色々ありすぎて──そう言って困ったように笑ったシーグルだったが、やがて思い付いたように人差し指で自分を指した。


「……そうだ。なら、この私は何になるのかな?」


「あ……それは僕も分からないのニャ」


 ラーグはううん、と唸って腕を組んだ。


「アマツマガツチは転生する古龍ニャ。その命を全うすれば、巡り巡って別のアマツマガツチに産まれ落ちるはずの生き物なのニャ……?」


「だがお前はユクモ村の外れで中途半端な転生を果たした。シーグルという人間と、我々ユール、ラーグというアイルーに別れてな」


「僕とシーグルはそのショックで殆ど記憶を失っちゃったのニャ。ユールだけは全部覚えてたみたいだけど……」


 じとっとした眼でユールを見つめるラーグだっが、当の青アイルーは当たり前だと言わんばかりに鼻を鳴らした。


「当然だ、私は古龍の永年の知恵を司っている。その私の見解では、シーグルが十分な力を取り戻し、異変の元凶さえ断てば我々は再び理へと還るはずだった」


 だが、とユールは続ける。


「お前が彩に助けられ、ベルナ村で経験を積むうちに、お前の中にアマツマガツチの時にはなかった『個』が形成されていった──それが今のお前なのだろう」


「古龍の生まれ変わりじゃない……私?」


「そうだ。ただ、それは『アマツマガツチ』として見ればただの異物。そのままではお前の存在自体が壊れてしまう危険があった」


「だから……あなた達は……」


 シーグルは改めて自分の身体を見つめる。
 外見に変化こそないが、身体を動かしてみるとある異変に気が付いた。


「体が……とても重い」


「今のお前は古龍の名残を全て失っている。力も人間同様になっているだろうし、風の恩恵も受けることは出来ないはずだ──だが、今まで得てきたものはその中にある」


「でも大丈夫ニャ。僕らが居なくてもシーグルは何とか頑張っていくのニャ!」
 

「……」


 シーグルは何も言えなかった。


 ラーグ達は間も無く、見えなくなってしまう。


 私の残して、二人は遠い場所へ還ってしまう。


 そんな彼らに何と言えばいいか、いくら考えても分からない。


 ──やっぱり、すぐには成長出来ないなぁ。


 肩を落としかけた彼女の背中に、力強い声が響いた。


「──シーグル!」


「おい、シーグル」


「シーグルちゃん!」


「──っ!」


 そうだ、とシーグルは思い出す。
 今の自分には、その背中を押してくれる仲間達がいるのだと。


「はっはっはっ、ほら笑えシーグル。こういう時は笑顔で見送るものだ」


「シーグルちゃん……よく分からないけど、アイルーちゃん達とのお別れなのね? そういう時は笑顔で……笑顔で……うぅ……マリマリ、ハンカチ!」


「母ちゃんが泣いてどうするのさ……ほら」


 手渡したハンカチが盛大に鼻水まみれになる音を聞きながら、マリディアは小さく頭を掻いた。


「シーグル、今の話が本当なら……私が何かを言う権利はないかもしれない」


 そう言いながらもマリディアは、真剣な表情で彼女を見つめる。


「でもね、何かを残すなら笑顔の思い出がいいに決まってる」


 かつての自分がそうであったように──そんな想いを胸に秘めた彼女は力強く笑ってみせた。


「……ありがとう、マリディア」


 その想いに応えるように、シーグルの瞳に強い光が戻る。先程まで曇っていた表情は、一陣の風に吹かれたように消え去っていた。


「私のこと、貴女達が気にすることなんてないよ。私はシーグルとして、ここに居られるんだから──」


 彼女はくるりと、ほとんど消えかかっているアイルー達を振り返った。


「──だよね……ラーグ、ユール」


 瞳から、かつての自分が流すことの出来なかったものが滴り落ちる。
 それでも。


「──ありがとう、また……会えるかな?」


 遥かな旅路を控えた彼等の前で、シーグルは確かに笑っていた。


「もちろんニャ、シーグル! あーでも今度は敵同士かも知れないけど……その時は僕の力をたっぷりと見せてあげるニャ!」


「……その表情が見れただけでも満足だ。後はこいつと気長にやっていくさ」


 そんな彼等の元に、マリンがゆっくりと近づいて来る。


「マリン……」


「アクアちゃん、大丈夫だった?」


「……」


 マリディアの問い掛けに答えることなく、少女は彼女達に背中を向けてアイルー達に語りかけた。


「もう……いいかな?」


「ああ」


「もう大丈夫ニャ」


「そう。なら、一緒に行こう……私がちゃんと導いてあげるから」


 マリンはそう言うと、膝を曲げてアイルー達を抱き抱える。



「これで……私の役目も終わり……」


 少女は瞳を閉じ、祈るように顔を天に向けた。すると、彼女の身体に淡い光が漂い始める。
 それは空へと昇る光の粒と同じ色をした光。
 光は徐々にその大きさを増し、マリンをラーグ達ごと包み込んでいく。


「──マリンっ!」


「……っ!」


 響いたマリディアの声に、マリンは肩を硬ばらせた。
 

「お願い……このまま行かせて」


 小刻みに震える肩。
 今から彼女に、全てを伝える時間はない。
 ならいっそ──それが少女の悩み抜いた末の答えだった


「……っ!?」


 だがマリンは次の瞬間、目を見張った。
 

「……アクアのこと、ありがとう。『ずっと』頑張ってくれて、ありがとう」


「どうして……」


 彼女の言葉と、後ろから強く抱き締められる感覚に少女の瞳がじわりと潤む。
 

「どうして……? 私のことを……いつ?」

 
「……あんたの喉にある、小さな傷だよ。介抱してる時に気付いたんだ」


 マリンはハッとした後、ゆっくりと表情を緩めていく。


「……そっか。まだ……残ってたんだ」


 自分の喉にそっと指を当て、マリンは柔らかな笑みを浮かべる。そこには小さな縦傷が──かつての自分が生きた証が、確かに刻まれていた。


「結局、『あの時』の私には……ああするしか方法は無くて。余計にあの人を傷付けてしまったのかもしれないけど……」


「あんたのお陰で出会えた絆がある、産まれた奇跡もある……それは変わらないさ。それは誇っていいんだよ」


「……」


 少女は何も言わずに俯き続ける。
 そんなマリンを、マリディアは優しく腕の中で抱き締めた。


「マリン、もう一度だけ……さっきのお願いをしてもいいかな。私はあんたの母親だった──少しの間だったけど、それも変わらないことなんだ」


 その小さな身体には、しっかりと熱があり、感触もある。光に包まれ始めていても、消え始めていても、それは確かなものだった。
 少女の震えはいつの間にかなくなっていた。マリディアの腕の中で、マリンは小さく呟く。


「……私も、誇りに思う」


 少女は最後に、彼女の言いつけをしっかりと守ってみせた。
 彼女の腕から離れ、アイルー達を抱き締めたマリンはくるりと振り返ったのだ。



「──ばいばい、『お母さん』」


「……っ!」


 初めて見せた満面の笑み。
 贖罪の為だけに生きた少女は、何の憂いも残さずに、光の粒となって空へと溶けていく。


 ──もう一人のお母さんを、よろしくね。


 そんな声が聞こえたかは分からない。
 光が一瞬、その輝きを増す。
 そして気付けば、 マリンという一人の少女は──かつて白き鋼龍として生きた彼女は、小さな光の気泡となって消え去っていた。


「マリン……」
 

 マリディアは何もない空間をぼんやりと眺めていた。腕に残っていた温もりが、徐々に無くなっていく。


「……マリン、貴女とはもっと話したかったよ」


 シーグルは、空を見上げて大きく息を吸い込む。どんなに高く昇ったとしても、絶対に伝わるように。


「ここで誓うから! 貴女の分まで、私はここで……ここで必ず生きてみせるから……っ! だから……──」


 
 持ち主を無くした一本のベルダーブレイドが残された龍ノ墓場に、眩い日差しが差し込み始める。


 オストガロアとの激しい戦いによって剥がれ落ちた天井に向かって、シーグルの叫びはいつまでも木霊し続けた。








「えっと、こう……かな?」


「だーからー、違うってシーグルの姉ちゃん!」


 ベルナ村の広場に少年の呆れた声が響き渡る。眉間にしわを寄せ、ベルダーアックスと格闘していたシーグルは不満そうに顔を上げた。


「大丈夫だよ、ヨルヴァ。ほら、ここをこうすればいいんだろう?」


 ガギギ……、という石と機械が軋む音が聞こえ、ヨルヴァの顔がみるみる青ざめていく。


「うわわわぁ!? 駄目だってそっちに曲げたら──」




 爆音とざわめきで広場が埋まる片隅で、歌丸。は半笑いでその様子を見つめていた。


「……大丈夫かしら、あの子達」


「母ちゃんに心配されるなら、まだ大丈夫さ」


 横に並んだマリディアが二ヤリと笑う。
 オストガロアとの一戦から数日。モンスターの異常行動も落ち着き、ベルナ村への交通網はすっかり回復していた。
 新しく解禁された古代林の話題性は強く、既に大量ハンターが集まっている。
 武器屋もキッチンも大賑わい。村はかつてないほどの活気を見せていた。


「もぉ……貸してよ。いい? シーグルの姉ちゃんほら、ここをこうしてさぁ」


「ふんふん、なるほど。そうか、それをそう使うのか」


「操作をちゃんと覚えるまでは狩りに連れて行かないよ。オイラの特訓は厳しいんだから!」


「え──わ、わかった。頑張る」


 必死にスラッシュアックスの使い方を説明しているヨルヴァも、真っ先にベルナへやって来たハンターの一人だ。
 後で自慢するために、他の仲間に抜け駆けで飛んで来たらしいが……最早本来の目的を忘れているらしい。


「頑張ってシーグルさん!」


「エージャ……あんまり見られると緊張するんだけどな」


 エージャは歳も近い(近く見える)ヨルヴァとすぐに仲良くなり、二人揃ってシーグルを囲んでいる。
 流石のシーグルも慣れたようで、苦笑しながらも今では二人と仲良くやっている様子である。


「しかしビックリしたよね。シーグルがマリンの大剣をスラッシュアックスにするなんてさ」


 彼女はあの戦いを機に、戦い方をガラリと変えた。
 高く跳ぶ戦い方『エリアルスタイル』をやめ、『狩技』と呼ばれる技術を多く扱えるスタイル──『ストライカースタイル』へと変更したのだ。


 ──みんなと一緒に地面に足を着けて戦ってみたくなったんだ。


 理由を聞かれた彼女は、照れ臭そうにそう言って笑ったものだ。


「マリマリ、シーグルちゃんは強くなるわよ。強い探究心や向上心が……今までずっと内に向いてたものが、全部外に向かって飛び出そうとしているんですもの」


「そうだね。私もノンビリしてられないね、マリアンもルシャと狩りに行ってるみたいだし」


「あんなに怪我したのにもう治っちゃうんだもんね。ルシャちゃんもいいお医者さんになるわぁ」


「なんか危なそうだなぁ、それ」


 そう言って笑い合う二人の後ろから、一人の女性が近付いてくる。


「──二人とも、何を話してるんですか?」


「あら、アクアちゃん」


 ベルナの地でも、変わらないユクモの服。
 青い髪は纏めずに、そのまま肩まで流している。
 アクアは小さく息を吐いて、マリディアの隣にくっついた。


「……初めてのベルナ村のはずなんですけどねぇ。どうにも見覚えしかないんです」


 アクアはポッケ村から古代林に行くまでの記憶を全て覚えていた。
 半分は自分の意思だったのだから、当然ではあるが──どうにも腑に落ちないと言う顔ぶりである。


「私、ベルナ村には寄ってないんですよ」


「私は、ちょっと心当たりあるけどなぁ」


 マリディアは少しだけ目を瞑り、懐かしそうに笑う。


「どういうことです……?」


 マリディアは何も言わずに指をさす。


「あれは?」


「龍歴院ですね」


「あそこにあるのは?」


「母ちゃんが隠れて転げた樽」


「おい」


「じゃあ、あそこは──?」



 マリディアの指す方向を見たアクアは、不思議そうに口元を押さえた。


「美味しい……チーズ屋さん」


「ほらね」


「……そういうことですか」


 マリディアはそれ以上言わなかったし、アクアと何も聞こうとしなかった。
 そんな二人の肩を歌丸。が両手で抱き寄せる。

「二人とも。しんみりする暇があったら、一狩行くわよぅ。まだまだ見てない面白いモンスターが一杯いるんだから!」


「母ちゃん……」


「うんうん、気にしなくていいのよ。母ちゃんはテンション上げ担当だから」


「いえ、母ちゃん……後ろ」


「……ん?」


 ニッコリと笑う歌丸。の後ろには、仁王立ちをするブロンドヘアーの女性が構えていた。


「──SOC、貴女の仕事はもう終わりよ? 早く仕事に戻りましょうか」


「しぇ、シェリーちゃん!? いつの間に後ろに……嫌だぁ! ホロロホルルでモフモフするんだああああ! 助けてえええ!」


 去りゆく歌丸。を見送りながらマリディアとアクアは顔を見合わせ、一気に噴き出した。


「くく……ほんとだね。テンション担当だ」


「ふふ……私達が悩んでも、仕方ないですもんね」


 これからの一時一時を、後悔しないように進むことが一番なのだ──二人は微笑んで空を見上げる。


「さてと、母ちゃん居ないから……ほへいさんでも誘ってクエスト行ってみようか。ほら、あそこでまたチーズ食べてるよ」


「そうですね、誘いましょう。さっき見かけた島トウガラシの納品クエスト、予約してきましたし」


「……相変わらずブレないね」


「何か不満でも?」


「……まぁ、今回はしょうがないか」


 ベルナ村はこれからもっと騒がしくなっていくだろう。
 新しい出会いさ勿論のこと、懐かしい出会いもきっと待っているはずだ。


「んじゃ行こうか、アクア」


「ええ、マリディア」


 新天地で、ようやく並んで笑い合う二人。



 ──物語は何処までも続き、交差し続ける。そんな予感を秘めて二人は歩き出していく。





『アンスール・アライブ 』【完】























 波の音が聞こえる小さな家で今日、小さな産声が上がった。


「おめでとう……二人ともよく頑張ったな……!」


「もう……貴方はお父さんになっても泣き虫なんだから」


 赤ん坊を見てくしゃくしゃになって喜ぶ父親に、母親は困ったように苦笑する。


「このままじゃ、この子に将来嫌われちゃいますよー。ねぇ、『マリン』」


 母親の言葉に父親が驚いたように目を開いた。


「あれ、名前もう決めちゃったのかい? あとで一緒に決めるって言ってたじゃないかぁ」


「ごめんなさいね、でも──」


 母親はそう言って、泣き疲れて眠っている赤子を愛おしく抱き締める。


「この子を見た時、そう呼んであげなきゃって思ったの。まるでこの子がそう言ってるみたいにね……変な話ですけど」


「変じゃないさ」


 父親は、にこりと笑顔を浮かべて赤ん坊の頭を撫でた。
 長い付き合いである。
 積み重ねて来た時間と信頼が彼女の話が真実であると伝えていたのだ。
 父親は、いつもの様に悪戯っぽい笑顔で『彼女』に笑いかける。


「──マリン、いい名前だ」


「ええ、本当に」


 母親と父親に囲まれて、赤子はぐっすりと眠り続ける。
 その表情は、まるで楽しい夢でも見ているかのように楽しげに微笑んでいた。



[37857] SOC奮闘記(アンスール・アライブ外伝)
Name: 楽太郎◆a3215f1c ID:a124d56d
Date: 2022/12/21 09:01
『SOC奮闘記』



◆1


「…………あーはん?」

 間の抜けた声がベルナ村の集会所に響く。 

「さあて、返事を聞かせてもらおうかSOCぃ!」

「そうだぜぇ、SOCぃ!」

「……」

 分かる人なら分かっていると思うが、私は【SMNG of CIRCLE】──人呼んで、麗しき"SOC"!……ではない。ただの母ちゃんである。

 分からない初見さんには、私の名前が『歌丸。』だとか、元ギルドマスターだとか、この前オストガロアを倒したばかりとか、美人のお姉様でしかも才色兼備だとか……それはもう多岐に渡る母ちゃんのプロフィールをつらつらと説明しなきゃいけないんだけれども、今はそんな余裕がないから割愛する。

 母ちゃんが今、どんな状況に陥っているのかって?

 そんなこと、こっちが知りたいくらいだわよ。

「おいおい、聞こえないふりなんてらしくないぜぇ?」

「そうだぜ、SOCぃ!」

「えぇ、あ、おおぅ……」

 そう。
 母ちゃんは今、二名のチンピラに囲まれいるのだ。
 集会所の、クエスト募集掲示板の裏手で。
 近道なんてするもんじゃないわ。

 最初に叫んだチンピラは、ちょび髭でオーバーオールの小物臭くていかにも胡散臭い男。 
 同じ合いの手しか入れられないお馬鹿な方は、ゴツい、暑苦しい、馬鹿面、ソフトモヒカンと、むさい部分が大集結したような男であった。

 そんな彼らに『とんでもない』台詞を吐かれたのは、つい先程のことだ。
 あまりの台詞に脳内リフレインが止まらない……恐らく母ちゃんは今、側から見れば随分と間抜け顔をしてるに違いない。
 
 あまりの精神的苦痛に魂が死にかけているのだろう。これまでの出来事が走馬灯のように脳裏を駆け巡り始める。

 そうだ。
 母ちゃんはただ、巷で話題のベルナ産チーズを求めて散歩をしていただけのはず。
 こんなの夢か人違いのどちらかに違いない──そうだわ……そうよ、これは人違いなんだわ?

 頭に霞がかかったのかのように、思考がゆっくりと停止していく。
 うん、そうよ。きっと近くに母ちゃん自慢の小麦ボディに瓜二つで、銀色に輝くショートボブが似合う美人のハンターがいたに違いない。

 そう考えると、頭とは裏腹に気分は晴れやかになってくる。
 何よもう、間違ったならそう言ってくれればいいのに。
 このチンピラ達も人が悪いわ?

「というわけでごめんなさい。人違いですよ、ほほほ」

 それじゃ、ごめんあそばせ──と和かにその場を去ろうとした母ちゃんの前に、先程のむさい方のチンピラが慌てて立ち塞がる。

「おいおい、待て待て! ここにはアンタ以外誰もいないだろぅ!?」

「そうだぜぇ、SOCぃ!」

 なんだこの、私の征く道を塞ぐクソ野郎共は……おっといけない。
 眉間に集合し始めた皺を強引に解散させる。筋肉は好きだけど、馬鹿な男は生理的に受け付けないのだ。

 思い込み作戦も失敗した今、祈りを込めて周りを見渡してみるが、勿論誰も見当たらない。
 クエスト受注板の裏に行ったことある? 行けたことある? 無いわよね? そう言うことだわ。

「よぉし、ライザー。そのまま道を塞いでおけよ──逃げようったって、そうはいかねえぜぇ?」

「おうよ、俺らは姉御から……絶対に目的を達成するように言われてんだからな」

 ぐへへ──と盲信的な笑みを浮かべた彼等を前にして、私の首筋に嫌な汗が一筋流れる。


「何度でも言うぜSOCぃ──」


 ──いや、やめろ。


「おう、聞き入れてもらうまで何度でもだ──」


 ──やめてよぅ。


 私の祈りは今日も虚しく砕け散り、肺一杯に息を詰め込んだチンピラ共の大口がガバリと開かれる。



『──俺たちを……弟子にしてくれえぇ!!』


「やめろおおおお!!!!! 馬鹿共おおおお!!」



 ベルナ村の晴天下、二度と聞きたくない台詞が再び私の耳に襲い掛かった。



◆2



「……こいつら、馬鹿なのかニャ?」

「馬鹿だから、よ……ヨダちゃん」


 ポツリと呟いた愛猫の辛辣な言葉も、暑苦しく迫る彼らの耳には届いていないらしい。
 私の放つ全力の拒絶オーラにも気付かないのか、じわじわと近寄ってくる。鈍感か。


「へっへっ、一生ついていきやすぜぇ」


「おうとも、離れやしねぇぜ」


「いや……離れておくれよぅ……」


 迫り来るむさ苦しい熱気から逃れるように後退するが、間も無くしてクエスト依頼板の分厚い背面に背中がくっついた。


「さぁ、逃げ場はないぜSOCぃ」


「へへへ、弟子にしてもらうまで離れないぜぇ?」


「どうしてこうなったし……」

 私は虚ろな目で天を仰ぐ。
 澄み渡るベルナの青空が堪らなく憎たらしい。このむさ苦しさを少し分けてやろうか。


「ヨダ。ちゃん……母ちゃんはこの現実を直視したくないわ?」


「……僕に言われてもニャあ」


 ヨダ。ちゃんが冷たい目で突き放す。
 助けておくれよ愛猫。


「おいおい、酷いことを言わないでくれよSOC……いや、師匠!」


「そうだぜ師匠!」


「師匠言うなし!」


 言って私は思わず頭を抱えた。
 私の望みは、たった一つ。
 ベルナを満喫したいだけなのだ。
 ふんわりとした牧草地に寝そべり、ムーファの鳴き声を聞きながらチーズを齧り、暖かな日差しをほんわかと感じる予定だったのにぃ……!


 私の脳裏にこれまでの鬱憤が様々と浮かび上がる。


 シェリーちゃんにベルナ村行きのスケジュールを伝えられ、バカンスだと浮かれてほいほい連いてきた私を待っていたのは──正に地獄だった。

 着くなり観光そっちのけでハンター召集の指揮を取らされ、指揮を取ってたはずなのにオストガロアの討伐に向かわされ(なんで?)……引退したはずなのに散々こき使われた挙句、なんで事件解決から数日経った今でも未決書類の山に追われ、仕事部屋から逃げた先でチンピラに絡まれなくてはなはならないのか!!

 これがいわゆる社畜というやつなのか!? そういうことなのか!?
 
 もう嫌だわ……こんな生活。

 
「うふふ……そうよ……母ちゃんは……ナウを、今を楽しみたいのよ」


 姦しく騒ぎ立てる二人に気取られないように、私は腰に下げた矢筒から二本の矢をそっと抜き出した。


「仕方ないの。そう、母ちゃんはね……もう手段を選べないんだわ?」


 後ろ手で矢尻に麻痺瓶をたっぷりと漬け込むと、2本の指に矢羽を引っ掛け、だらりと下げた両手に矢を一本ずつぶら下げる。

 私はどうしても休みを満喫しなければならないのだ。


「だって……だってよ? 痛いって……『お腹痛い』ってシェリーちゃんに嘘ついて逃げ出して来たのよ!? あ、ああ後が無いのよ!?」


 自分で言っておきながら、背筋に冷たいものがどばっと流れ落ちる。
 だけど……仮に束の間の一時だとしても……。


「せめてっ……せめてチーズくらい楽しみたいのよぅ!」


 そんな執念を込めて、私は隙だらけの二人に勢いよく麻痺矢を投擲した。
 シェリーちゃんには負けるけど、投擲技術にはそれなりの自信がある。
 矢は男共の臀部に突き刺さり、彼等は折り重なるように倒れ込む──そんな結末が容易に想像する出来栄えの投擲だった。



「……あるぇ?」


 けれど、私は目を疑った。


「──っ! ライザー!」


「おおぅ!」


 ダノンと呼ばれた小物くさいチンピラ──馬鹿1号が、私の挙動を視界の端に捉えた段階で相方に警告を発する。
 それを受けた巨漢のチンピラ──馬鹿2号ことライザーは体躯に合わない機敏な動作で大盾を構え、二本の矢を受け止めてしまったのだ。


「ひゃはは! 不意打ちなんて卑怯じゃねぇかよ、SOCぃ」


「そうだぜ、SOC。俺に麻痺矢なんてやめとけよ」


「……解せぬ。チンピラがやっていいことじゃないわ……?」


 信じられないが、万策尽きたことも確かだ。
 もはや此奴らを弟子にするしかないのか……?

 落ち着け、母ちゃん。思い出せ。
 何か忘れてる気がするのだ……。
 何か──。


「──そうだわっ!」


 私は思わずガッツポーズをした。


「ほほほっ! 残念だったわね!」


「……ああん? 何が残念なんだ?」


 ダノンが不可思議な顔をする中、私はドヤ顔で理由を教えてやる。


「それはね……シェリーちゃんが私を長時間野放しにするはずがないってことよ!」


「──ええ、ご名答」


 唐突に、私の頭上から低い声が響いた。


「シェリーちゃん……さっきぶりね?」


「ええ──ところで、『お腹の調子』は治ったようね?」
 

「いや……今まさにキリキリしてるけど」

「それは胃なのよ」

 クエスト募集掲示板の上に立ち、愛猫より冷徹な目で、私を文字通り見下ろす彼女。
 緑のロングテールとチェックのスカートが翻り、中身が……見えない!?  何でよ!?


「何だてめ……ってあんたは!?」


「おおおお前、何でここにっ!?」


「あら……ふぅん、なるほどね」


 シェリーちゃんを見たチンピラズが、何かを思い出したかのように後ずさる。
 知り合いなのかしら……どうでもいいけどこのチャンスを逃す訳にはいかない。


「ほほほほっ! それじゃ、母ちゃんは仕事があるからシェリーちゃんと帰るわね。さぁシェリーちゃん、何時ものように引っ張って行くのよ!」
 

 チーズを食べれなかったのは残念だが、チンピラズを弟子にするよりは仕事をした方がマシだろう。


 流石シェリーちゃん、たまには使えるわ。

 
 そんな風に顔に出したのがいけなかった。


 ピクリ、とシェリーちゃんの頬が引き攣る。



「──ああ、歌丸。さん。私の要件は別よ?」


「……へ?」


 彼女の頭が小さく傾がれ、ニコリとした表情をこちらに向ける。


「日頃から熱烈に申請していた『有給の許可』が『今ここで丁度』取れたから、教えてあげようと思ってね?」


「え……今……ここで……有給?」


「ええ、今から一週間たっぷりと」


 あれ、おかしいわ……どのタイミングで言われても嬉しいはずの台詞に……戦慄する。


「一週間……たっぷり……?」


「ええ、たっぷり。良かったわね?」


「……うん……よかった……?」


 呆ける私をそのままに、シェリーちゃんは足元のチンピラズに会釈する。


「──という訳だから、うちのSOCを宜しくね?」


「お、おう。あんたのお墨付きなら百人力だな!」


「おう! 何だやっぱりSOCは暇なんじゃねぇか! なら逃がさねえぞ!」


 ガクガクと体が震え始め、冷たい汗が背筋をなぞり落ちた。
 え……あれ……有給って……何だっけ?


「私はランチで名産チーズを食べに行くけど……あなたも折角の有給なんだから、時間を有意義に過ごしてね?」


「うわあああああああんっ!!」


 私は涙を振り撒いてチンピラズの間を全力で駆け抜けると、飛行船乗り場へ向かって猛然と走り出した。


「あっ! 逃げやがった!」


「待てSOC!」


「私は……! 有給を満喫するのっ! 龍識船とか乗ってスピンオフで活躍したいのっ!」


「……今日ちゃんと仕事をしてればランチにチーズ食べれる予定だったのに……まぁ今更だけどニャ」


 一緒に走りながら呆れるヨダ。ちゃん。
 後ろを追いかけて来るチンピラ二人。


 この三人と一匹で、母ちゃんの新しい冒険が始ま……ってたまるか!

 私の長い有給は……まだ始まったばかりである。
『SOC奮闘記』 最終話



◆3



「……さてと、っと」


 静けさが煩いほどに響く洞窟で、彼女は漸くその重い腰を上げる。
 眼下に広がるのは白い大地。
 僅か半刻程前まで、そこでは死闘とも言える戦いが繰り広げられていた。
 その後、続け様に起きた出来事はそれ以上に筆舌し難い。
 だが、彼女はその全てを傍観していた──彼女の役割は幕引きから始まるのだから。


「そろそろ行くよ」


 後方にそう告げて、彼女は洞窟上部にある横穴からひらりと飛び降りる。
 ゾグリ、という独特な感触が足に伝わり、後ろからもそれが二重に聞こえた。
 地底湖に築き上げられた骨の山──洞窟の最下部に聳えるその頂に立ち、彼女は目の前に佇む巨大な屍に目を向けた。


「オストガロア……奈落の妖星なんて、龍歴院の学者もよく言ったものだわ」

 巨大な殻を纏った青白い巨大は何も言わない。
 溢れんばかりの食欲や生命力、体内に蓄積されていた膨大な龍エネルギーも、今は片鱗すら見当たらない。
 突如として現れ、瞬時にして生態系を破壊してみせたこの生き物は一体どこからやって来たのか。
 色を失った眼窩がその答えを語っていたとしても──それは流石の彼女でも読み取れないことだ。
 

「姉御……そろそろ来ますぜ」


 後ろから掛けられた男の声。彼女は反応する代わりに短く嘆息してみせる。
 この男も『足元の連中』も、どうしてこんなにも風情がないのだろうか。
 しかし、それは言っても仕方ない。そんなことは初めから諦めていたことだ。


「──ああ、分かってる。二人とも準備しな」

「おう」

「任せてくださいってんだ」
 

 そう言って片方の男が片手剣を、もう片方がランスを構える。
 続いた彼女が金色に輝く狩猟笛を構えた瞬間──突如として『山』が蠢き始めた。


「蓋が無くなれば出てくるってのは自然の理だね。いつまでも『非常食』で終わるつもりはないらしい!」


 そう叫んで、彼女は狩猟笛を縦に大きく振り回し始めた。
 『エターナルオルゲール』と呼ばれる彼女愛用の笛へ巧みに空気を取り込み、本来なら響き渡るはず音を特殊な操作で圧縮し続ける。

「いっけぇっ!!」

 限界まで空気を溜め込んだ笛に向かってトリガーの一息を吹き込む──途端、彼女のやや内巻きの白長髪がぶわりとなびいた。
 解放された音の圧塊が、巨大な衝撃波となって洞窟中に爆散したのだ。

 【音震撃III】と呼ばれるこの狩技は狩猟笛最大の威力を誇り、直撃すれば飛竜をも吹き飛ばす威力を持つ。
 しかし、彼女の目的は目に見える攻撃ではない。
 音を苦手とする生物に効果的な高周波とは毛色が違うが、彼女は持ち前の演奏技術と洞窟の反響効果を利用し、高周波と同等以上の効果を引き出してみせたのだ。
 

 ──結果。


 ゾゾ──。


 ゾゾゾゾ──。


 ゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾ──。


「うお……この量は……すげえな……」


 片方剣の男が表情をひきつらせる。
 ブルファンゴ程の大きさの『オストガロアの幼体』が次々と、目を回すように地中から現れ始めたのだ。
 その数はおよそ──数百匹。


「ぼやっとするな、ダノン。自分の仕事を忘れたの?」

「い、いやとんでもねぇです姉御! ちゃんと分かってますって! ──ライザー行くぞっ!」


 焦ったように言って、片方剣の男──ダノンは走り出しながら相方のランスの男を急かす。


「おう、任せろ!」


 分かっているのかいないのか、急かされたライザーはダノンに付き従うように鎧を鳴らして走り始める。
 目を回して蠢くオストガロアの幼体を乗り越えながら、ダノンは目を皿にして目的の場所を探し求めた。


「ここだ! 見つけましたぜ姉御!」

「姉御はやめろっての!」


 そう怒鳴りつけながらも彼女──チョモは密かに感心していた。
 彼等が舎弟にしてくれと無理やり付いてきた時に比べると、今の二人の成長には目を見張るものがある。
 姉御姉御とうるさく、可愛げというものからは天と地ほどもかけ離れているダノンは、何とチョモの観察眼スキルをものにしてしまった。
 チョモほど正確とはいかないまでも、持ち前の勘の良さと相まってその見立ては非常に正確である。
 ただ──、そう考えて彼女は深い溜息をつく。
 もう一人に関しては、チョモでも見通せない方向に成長してしまったのだ。


「いくぜライザー!」

「よしこいダノン!」

「ひゃっはぁぁぁっ!」


 ダノンが甲高い叫びと共に黄色い片手剣──デスパライズを袈裟懸けに振り落とす。


「ぐぅぅ……!」


 巨漢のランサーが苦悶の表情を浮かべた。
 強力な麻痺毒の染み込んだ無数の牙が彼の臀部にチクリと突き刺さったのだ。

 それは傍からみれば意味の分からない行動。


 ──しかし、その場にいた三人全員がニヤリと笑った。


 次の瞬間、ライザーの臀部から黄色い電流が迸り、洞窟全体を包み込んだのだ。
 光が消えた時──状況が分からない者が見れば、驚愕する光景が広がっていた。


「ひっひっひっ! 見てみろライザー」

「あぁ、ダノン。こいつはすげえな!」

「……うわぁ、やっぱりエゲツないわ」


 麻痺毒を受けて横たわる、数百のオストガロアの幼体を見渡して──チョモは己の産んだ悪魔の御業に戦慄する。
 三人が麻痺耐性のスキルを用意して来なければ、彼等と同じ結末を迎えていたのだから。


 以前の黒龍戦時、彼の穴という穴に大量の広域珠を詰め込んだのが発端だったのだろうか……。
 ライザーは自分の周囲にありとあらゆる状態異常、回復効果を振り撒く──【広域化+10】とも言える特異体質を獲得してしまったのだ。


 一体、何をどうすればそうなるのか──。
 しかしそんなことを考えれば、ダノンやチョモの観察眼すら説明がつかなくなる。
 そういう体質なのだから仕方ない──チョモは無理矢理そう言い聞かせ、答えの出ない難問を胸中深くへと仕舞い込む。
 あとはこの一帯を幼体ごと、ギルド支給の退巨龍爆弾で吹き飛ばす簡単な作業だ。


「ダノン、ライザー。ほら、とっとと爆破して──」


 ──帰ろう、そう言いかけてチョモは少しばかり逡巡した。
 帰って、どうする?
 またこの『暑苦しい連中』を引き連れて、次の仕事に行かなければ成らないのだろうか。
 確かに彼等の能力、飛躍した戦闘技術は役に立つ──だが、どうしても暑苦しさが上回ってしまうのだ。


「ううーん……」


 彼等を引き連れている時の、フレアの微妙な顔が頭に浮かぶ。
 旦那としては、新妻が出処の分からないチンピラ二人を連れまわすのに抵抗があるらしい。
 そりゃそうだ──彼女自身も十二分に理解出来るし、新妻一人を任務に出すのも心配なフレアの苦悩もよく分かる。
 出来こそ悪かったが、『久々』の舎弟は中々に楽しめた──しかし、それもそろそろ潮時なのかもしれない。


「……そうだ」


 チョモの脳裏に名案が浮かび上がった。
 昔、フレアを散々虐めたというシェリーさんの上司──先程までここで戦っていたあの人になすりつけてしまおう。


「どうしたんです、姉御」

「お腹でも痛いんですか、姉御」

「……二人とも、聞いて欲しいことがある──」


 お頭の足らない二人に、私は彼女が如何に素晴らしいハンターか、彼女の元で学ぶことがどれほど私のメリットになるかを適当に説明した。
 

「……分かりましたぜ。俺らはその偉大なハンター『SOC』に絶対に弟子にしてもらいますぜ!」

「うん。あの人は絶対に弟子にするとは言わないと思うけど、それはもう試験が始まってると思ってグイグイ行きなよ?」


 これも適当な発言だが、あながち間違いではないだろう。


「んじゃ──私は真っ直ぐフレアのところに報告に行くから、二人はベルナ村で手筈通りに……ね?」


 彼等の返事を待たずしてチョモはその身を翻す。
 やがて響いた轟音が、オストガロアの幼体全てを殲滅したことを明確に告げる。


 ──ごめんなさい、『歌丸。』さん。


 チョモは心の中で一人呟く。

 旦那を虐めた貴女へと、新妻の細やかな復讐を許して頂戴──そんな風に言えば角が立たないだろうか。

 けど安心してほしい、意外と使える奴らだから──ね?
 チョモは足取りも軽く古代林を後にする。

 
 どれ、久々の有休を堪能することにしよう。




[37857] ほへいの古代林探索記
Name: 楽太郎◆a3215f1c ID:a124d56d
Date: 2017/04/08 18:01

『ほへいの古代林探索記』


 ──XXX年、一人の男が地上へと降り立った。

 彼の名前は『ほへい』。

 宇宙の彼方からやってきた【タマゲタ族】の末裔である!

 今日は『アンスール・アライブ』の初日。

 ココット村へと迷い込み、大冒険の幕を開ける日である!

 

「しかしあれだな──今日はどこにも行きたくないなぁ」

「同感ニャ──でもほへいしゃん、それは何故だかダメな気もするのニャ」

「そうなのか」

「そうなのニャ」


 未知の樹海に聳える巨木の洞で響く二つの声。

 ほへいとほたては無気力感に苛まれていた!
 

「確かに、樹海を散策して何処かの村に迷い込まなければいけない気がする。そしてなんやかんやで大冒険をしなければいけない気もするが──面倒臭いな」

「大きな船で飛んだり、落ちたり、黒焦げになったりしなきゃいけない気もするけど──いや、それは普通に嫌だニャ」

「よし、やめるか」

「そうだニャ」


 よいせ、と横になり少しばかりボーッとしていた時──それは起こった。


『──ほへい……』


「ん、呼んだか? ほたて」

「いや? 呼んでないニャ」

「そうか」


『──勇者ほへい……』


「おい、ほたて。お前やっぱり呼んでるだろう!」

「呼んでないニャ! 何でこんな至近距離でそんな勘違いするのニャ!」

『勇者ほへい! 呼んでいるのは私です!』

「む? 誰だ?」

 ほへいは声のする頭上を見上げる。

 するとそこには光り輝く女性の姿が浮かんでいた!

「悪いがそういうサービスは頼んでないぞ」

『どうして開口一番そんなことが言えるのですか! 私です、ほらあの時の!』

「なるほど……全く思い出せん」

『……おかしいですね、ニュアンスで伝わるかなーと思っていたのですが。ほら、私はなんやかんやでネコハンマーに封印されていたタマゲタ族の女神です。あの時ちゃんと説明したでしょう?』

「なるほどなぁ」

 ほへいは初めてこの地にやってきた時のことを思い出そうとして──やがて諦めた。
 だが女神が言うのだからそうなのだろう!
 

『私があなたに再び語り掛けたのは他でもありません……あなたはとんでもない過ちを犯してしまったのです』

「なんだそれは」

『何ということでしょう……あなたは本編ストーリーから外れたルートを歩んでしまったのです! それも面倒だという理由で!』

「なんだってー」


 淡白に驚きつつ、ほへいは思う。
 別にいいのではないだろうか、と!


『そんな訳にはいきません。あなたは本来ならベルナ村に赴き、古代林で起こる問題を解決するという重要な役割があったのです! しかしココット村の飛行船は既に出発……これではあなたが飛行船を守るという役割すら果たすことができません』

「果たせなかったらどうなる?」

『爆ぜます』

「えっ」

『あなたが役割を果たせなかった場合、タマゲタの神々から天誅が下り、おもむろに爆ぜます』

「ナンテコッタ」

「どどどうするのニャ、ほへいしゃん!」

「まて、あわてるな」


 ほへいはこの危機的状況下でニヤリと笑ってみせた。



「俺は勇者だそうだからな」


 ほたては胡散臭い目で主人を見つめた!


「……どうするのニャ?」

「まずはキノコを取りに行く」

「……どうするのニャ?」

「キノコを取りに行くと言ってるだろう!」

『何をする気か分かりませんが、飛行船は間も無く古代林上空に到達します。そこで起こる被害を防がなければ、爆ぜることになりますよ?』

「ああ、問題ない」


 そう言ってほへいは洞から飛び出し、近場にあるドキドキノコの群生地へと足を向けた。


「あった、これだこれ」

「これは何ニャ?」

「これは『ドスタマゲタケ』……こちらで言うなら『ドスドキドキノコ』だな。希少だぞぉ」

「確かに普通のより三倍は大きいけど……これをどうするのニャ?」

「このキノコはな、食べた瞬間にどんな奇跡でも起こすことが出来る!」

「それはすごいニャ!」

「ただしどんな悲劇でも起こることがある!」

「そんなもん使えるかニャ!」

「おちつけ。このまま使うとは言っていない」


 ほへいはドスドキドキノコを抱えると、女神の待つ家へと走り出した。


「──こいつで『あるアイテム』を作るんだ」


 ……。


「それで出来たのが『これ』かニャ」

「そう、『モドリ玉G』だ!」

「……何がどうGなのニャ?」

「説明すると面倒だから簡単に言うと……ここら辺一帯が全部古代林になるぞぉ」

「馬鹿なのかニャ!?」

『その玉は……まさか神々の力をも超えるというタマゲ玉では!?』

「何だそれは。とにかくだ──もう時間があるまい、使おう」


 ほへいがモドリ玉Gを地面に叩きつけると、濃厚な緑の煙が広大な未知の樹海を包み始め、そして──!


「見ろほたて。でかいゼンマイだな」

「何処なのニャ!? ここ何処なのニャ!?」

『たまげました、まさか本当に古代林に変えてしまうとは……』

「む、しかも『数ヶ月くらい前の古代林』にタイムスリップしてしまったらしい」

『──っ! ということはオストガロアが活動を始める直前、偶然にしても事件を未然に解決できる最適な時期!』

「流石はドスドキドキノコだな。なら、とっととオストガロアを倒すとしよう」


 その時である!
 突如として上空に青い稲妻が轟き始めた!


「なんだお前は!」

「わははははは! ほへいよ! ここは通さぬぞ!」

 ほへいの前に立ち塞がったのは、忘れ去られし飛竜にして最強の一角!
 青電主ライゼクス(超特殊許可)であった!


「わははは! お前をBC送りにしてやろう!」

「悪いな、今回はそういうわけにもいかん」

「ほう、いい度胸だ! 来い!」

「──ウオアアアアア!」


 ……。


「瞬殺されたわ」

「そらそうニャ! どうして毎回毎回正面から突っ込もうとするのニャ!」

『私の加護がなければどうなっていたことか!』

「しかしあれだ、今回は時間がない……奥の手を使う」

「どうするのニャ……?」

「普通に迂回しよう」


 ……。


「いいのかニャ!? これで良かったのかニャ!?」

「気にするな」

 少しばかり遠回りをして、ほへいは遂に流ノ墓場に辿り着いたのであった!

「あれがオストガロアか!」

「たたみかけるニャ!」

「ウオアアアアアァ!」



 そしてなんやかんやで勝利を得たのである!


 結果──!

 アクアは龍気で暴走せず!

 シーグルは輪廻の輪から落ちることなく!

 マリンもアクアのために顕現することもなく!

 ベルナ村の人々は何時ものように美味しいチーズを食べることができたのである!


『──ありがとう、勇者ほへい。あなたのおかげで、また一つの物語が終わりを迎えることが出来ます』

 ありがとう、勇者ほへい!

 本当にありがとう、勇者ほへい!

 彼によって再び世界は救われたのだ!





 ……。



「──ということにならんかなぁ」

「なるわけないニャ! ほら、日課の樹海散歩に出掛ける時間ニャよ!」

「仕方ない……少しだけ出掛けるか」



『──そうです、ほへい。あなたは勇者。守るべき者を助けるために、征かなければならないのです』

「む。何か言ったか、ほたて」

「? 何も言ってないニャ?」

「そうか、ならいい。今日はドキドキノコの群生地に行ってみよう──今ならドスタマゲタケドキドキノコが見られるかも知れないぞぉ」

「……変なところに移動したりしないニャよね?」

 
 今日も彼らは樹海を征く。

 その向こうには何が待ち受けているか……彼らはまだ知るよしもない。



[37857] 『プチっとXX(ダブルクロス)』 1話
Name: 楽太郎◆a3215f1c ID:ab9886d4
Date: 2017/04/15 18:42
☆【プチっとXX(ダブルクロス)】とは☆
 『モンスターハンターXX(ダブルクロス)』の重要性要素である龍識船、バルファルク、その他諸々の後半モンスターのイベントをすっ飛ばして語られる──【アンスール・アライブ】以降の小劇場である。(※ネタバレ有り)


【プチっとXX(ダブルクロス) 】1話

『着せ替えシーグル』



「……シーグルちゃんさぁ」

「ん?」


 我慢ならずといった様子で、歌丸。は目の前の狩り仲間にずいっと詰め寄った。
 場所は数機の飛行船を連結して作られた『龍識船』の集会酒場「ホーンズ」内の円卓。
 次の狩りに向かうべく熱々の『肉盛りマグマ丼』をかっ込んでいたシーグルは、彼女の突然の行動に目を白黒させた。


「なに? どうしたの母ちゃん?」

「ずっと言おうと思ってたんだけどね……シーグルちゃんの装備がチカチカして目に痛いのよ」


 言われてシーグルは自分の装備をまじまじと見直す。
 彼女が装備しているのは、閣蟷螂『アトラル・カ』を討伐した時に得た素材で作られた【ネセトシリーズ】と呼ばれる防具である。
 護石の効果を倍増させ、他の装備よりスキルと呼ばれる特殊技能が向上する稀有な特性を持ち、駆け出しのハンターからすれば垂涎ものの防具なのだが、金色の甲殻を持つアトラル・カ同様その外見は金一色。
 薄黄色の髪で色白のシーグルにはマッチしているのだが、いい意味でも悪い意味でも眩いのは事実だろう。

「いくらネセトが優秀だからって、そればっかり着るのはどうかと思うわよ?」

「うん、そろそろ別の装備を組んでみようとは思ってるんだけど……」

「あー、なかなかいいのが?」

「そう。見つからない」


 かく言う歌丸。も同様のネセトシリーズに身を包んでいるのだが、その容姿はシーグルとは大きくかけ離れていた。
 青を基調とした様々なモンスターの防具を組み合わせ、自身の豊満な肉体をこれでもかと前面に強調している。
 極め付けは、レギンスの装備を『ゼクスX』にしているところだ。
 ゼクス装備は必要箇所以外を透明な翼膜で加工しており、その部分はうっすらと地肌が透けて見える『スグレモノ』である。
 その部分を歌丸。は地肌の色に着色しているのだからタチが悪い。
 更に言えば腰にはインナーを隠さない『ガブラスーツXバンド』を装着する徹底ぶり。
 要するに──臀部がほぼ丸見えのセクシー装備を着て、自分で悦に入っているのである。


「なら、まずはネセトをちゃちゃっと合成しちゃえばいいわよ?」

「そうは思うんだけど、それもなかなかいいのが決まらなくて」


 彼女達の言う合成とは、最近龍識船の研究室で開発された『防具合成』という技術である。
 先程の歌丸。の装備も防具合成によるもので、その性能はネセトの特性、防御力を遜色なく引き継いでいる。
 

「そんなに難しく考えることないわよ?」


 色々と思い悩んでしまう性格のシーグルに苦笑しながら、歌丸。は自分の横を指差した。


「ほら、アクアちゃんを見てごらんなさいよ。どんな装備を作ってもユクモにしちゃんだから。この前作った黒炎王の一式はどうしたのよ?」

「……へ? なんです? 黒炎王?」


 『シナトマトの龍リゾット』をトウガラシの粉末で執拗に魔改造していたアクアは、歌丸。に呼ばれてようやくその顔を上げた。
 元から赤いはずのリゾットはもはや黒に近い色の物体へと姿を変えているが、彼女からすればまだ足りないらしい。


「……禿げるわよ?」

「禿げません。装備なら死にものぐるいで超狩猟許可のクエストこなして、速攻でユクモにしましたよ?」

「アクアちゃん……今ユクモ何着持ってんのよ」

「100から先は覚えてませんね」

「おういえ」


 全ての装備はユクモたれ。
 その信念(こだわり)のためだけに、狩り仲間の誰よりも早く超狩猟許可の難関クエストをこなした彼女──人呼んで『筆頭ユクモ』はそんなことを平然と言ってのける。


「シーグルさん、防具合成するならユクモが一番いいですよ。作りやすいし、見た目も満点です」

「何言ってるの、セクスィなお尻装備一択じゃろーもん」

「──なんだ合成の話か。ユアミにボーンレギンス、頭はグルニャンで決まりだろうよ」

 武器の手入れから戻ってきたほへいも、自身の奇抜な格好をおもむろに勧め始める。

「……皆、ありがとう。参考にさせて貰うよ」


 はっきり言って個性が強すぎて全く参考にはならない。
 多分それも決められない原因なんだろうな……とシーグルは心の中で大きな溜息をつく。

 ──参考になりそうな人を探さなければ。



「……で、私のところに来たわけだ」

「真っ当なアドバイスくれる人ってなかなか思いつかなくて……」

「まぁ、確かに私は装備に拘りあるほうじゃないけどね」


 うーん、と腕を組んで唸るのは頭以外を『ナルガSシリーズ』で身を包んだマリディアだ。
 彼女は現在、G級には上がらずに上位クエストだけをこなしている。
 ドンドルマギルドとの兼ね合いで、G級狩猟許可がまだ降りていないのだ。
 G級狩猟許可を龍歴院が与えれば、規約上は正式に所属ギルドが移行することになるからだ。


「新しい大剣装備作るつもりなんでしょ? なら同時にやっちゃったほうがいい」

「どうして?」

「悩んでネセトの見た目装備作っても、新しい装備作ったらまたすぐ見た目に悩むだろうからさ」

「……たしかに」


 自分の性格や悩みを見透かしたようにキッパリと答えるマリディア。
 腕も判断力もG級上位クラスのハンマー使い。豪快な狩りとは裏腹に細やかなクエストもそつなくこなすマリディアはどこの村でも評判が良い。
 そんな彼女をドンドルマギルドが惜しむ気持ちは理解出来た。


「自分の好きな通りでいいんだよ。シーグルが決めたことに、誰も文句なんて言わないさ」

「好きな通り……か。少しだけアドバイスを貰えないかな? マリディアの好みでもいいんだけど」

「そうだなぁ、私の周りには華がないからね」


 言って彼女は、同性でもドキリとする笑顔でニヤリと笑ってみせる。


「一つ、可愛くて格好いいやつを頼もうか」





「こんなものかな……」


 数日後。
 シーグルは龍識船の準備室で一人、鏡と睨めっこをしていた。
 今は寡黙ながらしっかり意見を言ったり、楽観的にアドバイスをくれるアイルーはいない。
 
 上半身は凛戦流シリーズの鉢金、城塞遊撃隊御用達の腰巻、セイラーシリーズの華やかなアームカバーですっきりと。
 下半身は青色に染めたシャガルマガラのフォールドに、獰猛素材を使ったティガレックスのグリーグで力強さを形取ってみた。
 全体的に青色を強くしたのは、遥か彼方にいるであろう同胞の名を服に込めたためだ。


「……なんて言ってはみるけど、結局は私の好みなんだよね」


 新しい装備に、好みの見た目。
 ネセトの金ピカも悪くはなかったけど、これでまた狩りが楽しくなるな──そこまで考えてシーグルは小さく噴き出した。

 あのメンバーと一緒にいて、これ以上楽しくなることがあるのだろうか。

 あるに違いない。

 まだまだやりたいことが沢山ある。
 倒したい敵がいる。
 作りたい装備がある。
 試したい戦い方がある。

 楽しくならないわけがない。

 いつか彩に会った時に。
 あの同胞と再開した時に。
 あの二匹と出逢った時に──目一杯の土産話を聞かせるために。

 無限に広がる果てなき世界に、シーグルは心躍らせた。
 マリディア達に装備を披露したら、早速出掛けようと心に決める。


「──さてと、今日は何を狩りに行こうか」

 
 
 



[37857] 『プチっとXX(ダブルクロス)』 2話
Name: 楽太郎◆a3215f1c ID:b343ff54
Date: 2017/04/17 08:00
☆【プチっとXX(ダブルクロス)】とは☆
 『モンスターハンターXX(ダブルクロス)』の重大要素である龍識船、バルファルク、その他諸々の後半モンスターのイベントをすっ飛ばして語られる──【アンスール・アライブ】以降の小劇場である。(※ネタバレ有り)


【プチっとXX(ダブルクロス) 】2話

『消え失せアクア』



「アクアちゃん……?」

「……ごめんなさい」

「俺の至高飯スキルがががが」

「……ごめんなさい」

「また行けばいいんだけど……ね?」

「……ごめんなさい」


 ここは集会酒場「ホーンズ」の円卓。
 表情穏やかでない三人を前に、アクアはしょんぼりと項垂れた。


「飛行船を降りて狩場についてさぁ狩りだ!」

「ア ク ア が 離 脱 し ま し た」

「よし、楽しい狩りを始めよう!」

「ア ク ア が 離 脱 し ま し た」

「……ごめんなさいぃぃ」


 歌丸。とシーグルに合わせ、とある言葉を差し込むほへい。
 最近、狩りの直前でアクアがドタキャンするということが続いていたのだ。
 一、二回ならまだしも、こう連日続くと流石のメンバーも力が抜けてしまう。


「せめて出発する前に分かればいいんだけど……まさか居なくなってるなんて思わないしねぇ」

「まぁ、まて。何か理由があるんだろう」

 ほへいの言葉に、歌丸。がハッとした。

「そうだわ! アクアちゃん、もしかして『そこ』のサイズを気にしての暴挙なのね!?」

 歌丸。の指差す先は、標高の低いアクアの胸部。


「──っ!」


 アクアは手で胸元を抑えるように隠すと、キッとした目で歌丸。を睨む。


「ち、違います! これはユクモの下にサラシを巻いてるせいですから!」

「……ふーん? じゃあ何がドタキャンの理由よぅ」

「そ、それは……私にもよく……」


 言葉を詰まらせて俯くアクア。
 そのまま黙り込んでしまう彼女を見て、歌丸。が閃いたように悪い顔を浮かべた。


「ほへいさん、クエストをお貼りなさいな」

「よしきた」

「シーグルちゃんはユクモっ娘を確保!」

「ラジャー!」

「え? えぇっ!?」


 デデーン! という謎の効果音とともに光の早さで渓流の採取ツアーが貼られ、背後へ回り込んだシーグルに羽交い締めにされるアクア。
 筆頭ユクモはジタジタと暴れるが、シーグルにガッチリと抑えられては為す術がない。


「ここじゃ言えない悩みなのね。飛行船でゆっくりと聞いてあげるわ──さぁ、クエストに出発よぅっ!」

「え、ま、待ってください!」


 嫌がるアクアをズリズリと引き摺り、クエストの出発口へと移動する歌丸。一行──しかし、予定外の事態が発生した。


「──きゃんっ!」

「……きゃん?」


 謎の奇声に歌丸。が振り向くと、引き摺られていたアクアが青い顔をして苦しそうに悶えている。


「ど、どうしたのアクアちゃん!」

「だ、大丈夫か!?」


 歌丸。とシーグルが慌てて介抱に向かうと、アクアは掠れるように呟いた。


「…………たい」

「え?」

「お腹……痛い……です……」


 その苦悶の表情は、冗談のそれではない。


「あわてるな、医者を呼ぼう」

「わ、わかった!」


 ほへいの言葉にシーグルが走り出す。
 程なくして、白髪の医療ハンターと桃髪のハンマー使いが駆けつけてきた。






「──結論から言うと、『トウガラシ胃腸炎』だね」


 男子禁制のプライベートルームに響く、一人の声。
 治療を終え、寝込むアクアの横で──チョモは難しい顔をして腕を組んだ。


「とうがらし、いちょうえん……?」


 聞き慣れない症状に歌丸。が首を傾げ、部屋の外で待機しているほへいに問いかける。


「ほへいさん知ってるー?」

『しらね』

「ですよねー」

「まぁ……分からなくはないかな」


 あれだけトウガラシを摂取すれば、いずれは起きたことだろう──そう言いたかったシーグルだったが、マリディアが大きく首を振った。


「いや、アクアはトウガラシに対しての免疫がアホみたいに高いんだよ。トウガラシの悪い成分を大量摂取しても分解しちゃうし、胃の粘膜も恐ろしいほどに丈夫なんだ──昔、チョモに調べて貰ったから間違いない」


「そ、そうなんだ」


 一体どんな経緯で調べるに至ったのだろう──大いに気になるが、今は置いておこうとシーグルは好奇心を心に留める。


「──でも問題はそれが弱まってるかもしれないってことなんだよね」

「チョモ、どういうことさ」


 マリディアの問い掛けに、チョモは確認するように問い返した。


「アクアのトウガラシ好きは駆け出し時代のストレスから来てるってアンタ言ってたじゃん?」

「そうだね。人間不信で心が病みかけてた時に食べたのがきっかけだって聞いてたけど」

「そっか。なら、やっぱり原因は一つだよ」


 チョモはそう言って、すやすやと眠っているアクアはちらりと眺める。
 顔色は既に戻っており、胃の炎症も特効薬でほとんど治っている。
 彼女はもうじき目覚めるだろう。


「──彼女には、もう過度なトウガラシで心を誤魔化す必要が無くなってるんだ。だから、トウガラシに耐性のあった体質が徐々に戻り始めてるんだよ」

「それに気付かずに摂取し続ければ、少しの緊張や気の緩みで本来の負荷が掛かっちゃう……この子は多分、クエストに向かおうとする度に原因不明の腹痛に襲われてたのさ」







「……あれ? 私、どうして寝て……?」


 それから少しして、アクアがその身体をゆっくりと起こした。
 周りにはマリディアを始めとした女性陣がこちらを見下ろしている。


「アクア、あんたは少しの間トウガラシを控えなさい」

「え″え″っ…………わ、分かりました」


 言われた途端、露骨に嫌そうな顔を浮かべたアクアだったが、チョモの無言の圧力に負けておずおずと頷く。


「その件に関しての説明は後にするとして……アクアちゃん」

「なんですか……? 母ちゃん」


 歌丸。はニヤニヤしながらアクアを見下ろし、ゆっくりと人差し指指をアクアの胸元に向ける。


「そのユルユルなサラシで、一体、ナニを、抑えていたのかしら?」

「──────っ!!!?」


 慌てたはだけた胸部を隠そうとするが、時既に遅し。


「アクア、私は知ってたからね?」

「うんうん。小さいことは悪いことじゃないのよ?」

「ええっと、大丈夫。アクアはそのままで十分魅力的だよ?」

「うううぅ…………っ」


 マリディア、歌丸。、シーグルがそれぞれ慰めの言葉を掛けるが、涙目のアクアにそれが伝わっていたかは定かではない。


「……また別のストレス抱えなきゃいいけど」


 その様子を眺めてチョモが苦笑した。


 今日もこの世界は平和である。


 
 



[37857] ユリウスの苦難 1話
Name: 楽太郎◆a3215f1c ID:7f225860
Date: 2017/06/10 16:50
◆1

 
 人間の悲鳴と甲高い生物の声が幾重にも交差する。
 その中で、伝令が息遣い荒く、あらんばかりの声を張り上げた。

「東の山岳から群れが……イーオスの群れが侵入した! 南門前の轟竜2体はG級ハンターとガーディアンズが対応中! 上位ハンターはイーオスの討伐を……下位ハンターは市民を避難所まで誘導願う!」

「くそ……まだ来るのか!」

 切り裂かれたランポスの体が弧を描いて吹き飛ぶ。
 紫色の片手剣──ツルギ【狼】を振るいながら、少年は舌打ちをした。
 小型とはいえ、今回の鳥竜種は上位相当の個体だ。彼らが徒党を組めば、危険度は大きく跳ね上がる。

 イーオスやゲネポスなどの鳥竜種の大群がこのドンドルマを襲撃したのは、今から数刻ほど前のことである。何かに追われているかのように興奮した鳥竜達は、ガーディアンズの牽制を物ともせず、その数を持って瞬く間に街内になだれ込んだ。
 街は瞬く間に壊れ始め、倒された篝火から炎が上がり出す。その中で鳥竜と人々が入り乱れる光景は──まさに絶望であった。

 そんな状態でも避難や消化作業が順調に行われたのは、偏にギルドマスターの尽力によるものだろう。
 だが、奮闘を続けるハンターやギルドナイト達にも流石に疲労の色が浮かび始めていた。
 

「ユリウス隊長、追加情報です! 東にG級相当のドスイーオスが現れた模様!」

「──っ!」

 部下の裂けんばかりの報告に、少年の表情が変わる。
 G級相当とは即ち、熟練の狩人であるG級ハンターのみに狩猟が許される強個体だ。イーオスの討伐に向かっている上位のハンターでは太刀打ち出来ない可能性が高い。
 ユリウスはツルギを納めると、東の街道に足を向けた。

「すぐに向かう。君達はここを!」

「はっ!」

 走りながら、少年は考える。
 ユリウスが率いる隊は、上位クラスの騎士で構成される狩猟騎士団(ギルドナイツ)だ。
 最近編成されたばかりの遊撃を主とした部隊であり、隊員は少数ながらも実力は高い。中でも隊長であるユリウスの実力はG級間近と呼ばれ、注目の騎士団としても評価されている。
 それだけに、今回の騒動は更なる名声を得るチャンスでもあった。

「そうは言っても、この状況は全然嬉しくなさすぎる……! 一体どうしてこんなことに……」

 鳥竜種の中でも特に体力が高く、大量の毒液を撒き散らすドスイーオスが相手であれば、ユリウスでも苦戦は免れない。
 そのリスクの大きさもさる事ながら、自分の出世のために守るべき街を犠牲にしたいとは露ほど思ったこともない。
 そんなことを考えている場合ではないと、若き隊長は小さく首を振った。

「戦況を考えろ……やれるか……」

 ドスイーオスに加え、首領の下で統率の取れたイーオス達の勢いは、ユリウス一人では手に負えるものではない。
 しかし、今も戦っているであろう上位ハンター達と連携すれば、配下のイーオスまで相手にする必要はないだろう。

「狙うは頭のみ……なら、やれる!」

 1対1であれば負けない──ユリウスにはその自信があった。
 しかし、彼は不意にその足を止めることとなる。

「……今、何か」

 ユリウスは訝しげに辺りを見渡した。
 周りにある建物のほとんどは、鳥竜の襲撃で壁などが大きく崩壊している。古龍種襲撃の被害に比べれば微々たるものだが、復旧には多くの時間が掛かるだろう。
 ある一角に目を向けたユリウスは、僅かに目を見開く。

「……っ」

 自分の行くべき方向と、その場所を見比べた後、少年は歯を食い縛って足を踏み出した。







「──いい加減にしてくれませんかっ!」


「──っ!?」


 年若い女性の怒声に、ユリウスは慌ててギルドの会議室へ意識を戻した。
 小さな円卓を見れば、先ほどまで座っていた女性が立ち上がり、キッと目を尖らせて周りを睨みつけている。

「おやおや、少々品が足りませんな」

「全くです。そう激昂しては話合いもままなりませんよ?」

「うむ! カルシウムが足りとらんのじゃないですかな!」

 そう口々に彼女を諌めたのは、初老を迎えた3人の男。その態度は褒められたものではないが、それに眉をひそめる者はいない。
 円卓にどっかりと座る彼等はこの会議の主賓であり、このドンドルマにとって重要な役割を持つ名家の当主なのだ。

 始めに口を開いたのは、街の生産工房を取り締まる名家『ブーケ』。
 小太りの男だが、整えられた黒髪に脂の光はなく、黒灰色のスーツを見事に着こなしている他、動作にも品位が伺える。

 冷静に相槌を打ったのは、交易関係を仕切る『サンドフィール』だ。
 細身でありながらその目には強い理の光が宿っており、長い銀髪と逆への字の髭が相まってかなりの威圧感がある。

 そして豪快に笑っているのが、ドンドルマの武具工房を牛耳る『エルグランデ』である。
 スキンヘッドの筋肉漢だが、膨大な鉱山を所有しており、ハンターズギルドでも一目置かざるを得ない存在だ。
 
「貴方達の言うことには、ドンドルマの現状が全く考慮されていません」

 そんな彼等の視線に怯みもせず、毅然とそう言い放つ女性。
 彼女こそ、彼等を、更にはドンドルマ全体を取り締まる名家『イーゼンブルグ』の当主──シャルワナである。
 その金髪緑目は宝石のように輝き、容姿端麗などお世辞にもならない。

「……」

 そんな彼女の隣には、黙して座る一人の男がいる。
 シャルワナが最も信頼していると言われる、バルスという名の騎士だ。
 彼に視線を向け、ユリウスは唇を一文字に結ぶ。同じギルドナイトである少年にとって、バルスの存在は異端にも思えたのだ。
 黒く染まったギルドナイトの礼服に、不気味な黒骨頭という風貌もさることながら、彼の経歴は全て謎に包まれている。
 高い実力があるにも関わらず、記録には一切名を残さず、ギルドの深い闇を歩いていると他者から仄めかされる存在──それが彼だった。
 その彼が整然と座ったまま動こうとしない。  
 それがシャルワナの実力と自信を暗示しているかのようで、3人の当主は僅かな動揺を顔に浮かべたが、彼等はすぐに反論を投げつけ始めた。

「しかしですな、現場の工房からすれば──」

「そもそも、ドンドルマの交易ルートにはですね──」

「大体だな、アンタの案には予算が全く──」

 街の運営などさっぱり分からないユリウスでも、彼等が単に彼女を困らせようと話を膨らませているのが手に取るように分かる。
 前当主であるダイガス・イーゼンブルグの時代には亀のように首を引っ込めていた連中だが、年若い彼女が上に座るとなると稚拙なプライドが刺激されるらしい。
 しかし、経験だけは豊富な古狸達の戯言は、ユリウスであればぐうの音も出ない正論だ。これには流石のシャルワナも返答に詰まるかもしれない──そんな少年の心配は杞憂に終わることとなる。
 
「そうね。それらを含めて、私から提案があります──」

 そこからの彼女の言葉は、少年には1割も理解出来なかった。だが彼等の顔色を見れば、鋭いカウンターパンチが決まったことは理解できる。

「……これが上に立つ人間の器ってやつなのかな」

 ユリウスは自傷気味にぽつりと呟く。
 謹慎中の身で、ギルド内の警護くらいしか仕事の無い彼にとって、シャルワナは青空で優雅に風を切る飛竜にも思えてしまう。

「……にしても、この会議はいつ終わるんだろうな」

 鍛えているとはいえ、難しい話を聞きながら棒立ちしているのは精神的に辛いものがある。
 猫背になりそうな身体に鞭を入れ、永遠続く話し合いの終わりを切望していると、少年の警護する扉の外から小さく言い争う3人の声が聞こえてきた。

『ちょっと……押さないでよ!』

『しょーがないじゃん狭いんだからぁ』

『誰よ今、足踏んだの!』

 扉のせいでくぐもっているが、口振りからしてどうやら女性の声のようである。
 次の会議の時間が来たのだろうかと一瞬思料したが、この会議室は一日貸切のはずだ。
 重要な会議の途中で誤って入られれば、それはユリウスの失態となってしまう。

「……仕方ない」

 少しでも可能性があるならば、早々に芽を摘むのが一番の対策である。
 扉の向こうにいる者達を窘めようと、小さく扉を開けたユリウスだったが、隙間からちらりと覗いた顔を見て、小さく息を飲んだ。

「……あ、やば」

 ヒクついた笑みでそう呟いたのは、超がつくほど可憐な少女だった。
 カールした茶髪はボブにカットされ、すっきりとした小顔には淡い化粧が施されており、彼女の朱色の頬をより鮮やかに染め上げていた。
 そんな彼女はくりっとした目でユリウスを見ると、ニコリと笑いかけ、自然な動作で両手をそっと扉に当てた。

「ごめんなさい部屋を間違えましたぁ」

「え、あっ……ちょっ……!」

 彼女の容姿に見惚れていたユリウスの一瞬の隙をつき、彼女は割と強い力で扉ごと少年を押しやった。
 パタリと扉が閉められ、見えなくなった部屋の外で、「ずらかるよ!」とか「ちょっと待ちなさいよ!」などの声が消えたが、その声も足音とともに遠ざかっていく。

「……まぁ、いいか」

 結局後ろの二人は確認出来なかったが、目的は会議を止めないことなのだし、必要はないはずだ。
 そう心に言い聞かせ、再び会議の内容に耳を傾けようとしたユリウスだったが、扉の外から再び聞こえた声に表情を変えた。

「──ユリウス『さん』。ギルドマスターがお呼びです」

「……すぐに向かうよ」

 少年は元部下の言葉を聞いて覚悟を決める。
 あれから数日間、ずっと恐れていた瞬間が訪れたに違いない。


 ついに──自分の処分が決まったのだ。







[37857] ユリウスの苦難 2話
Name: 楽太郎◆a3215f1c ID:7907dbcf
Date: 2017/06/11 21:50
◆2


「はぁ……ったく」

 フレア・ヴェンダースは執務室の机で短い溜息を吐くと、左手で真紅の髪をワシャワシャと掻き毟った。
 届いた手紙に再度目を通すが、やはり古代林を発端とした大事件の顛末が雑に記載されている。

「どこに遊びに行ったのかと思えば……おかげでこの前の騒動の説明はついたけどよぉ」

 彼のいる部屋は、街の中央広場から長い階段を登った先にある大老殿──に隣接した建物の最上層だ。
 その石造りの建物は街でも最大の部類であり、ドンドルマに住む者なら、その赤い屋根と旗からこの建物が公的な施設であると分かるだろう。
 一般的な住宅には緑の屋根と旗が掲げられており、ドンドルマではこの2色をそれぞれ火竜と雌火竜に見立ている。
 代表的な飛竜を掲げることによって、自然への感謝などを現しているのだ。
 赤い屋根の建物には『闘いと癒しの円形演技場』とも称されるアリーナや大衆酒場などが存在するが、フレアのいる建造物はハンターズギルドの『本部』と呼ばれる場所だった。

「にしても、アイツまさか全部分かってたとか言うつもりじゃねぇだろうな……っと、来たか」

 遠くの地で得意げに笑う妻を想像してげんなりしていると、こちらに近付く小さな足音が聞こえたため、フレアは慌てて服装を正した。
 最近『ギルドマスター』という新たな肩書きを得た彼は、数日前の事件で規律違反を犯した騎士を呼んでいたのだ。

 やがて、遠慮がちに入り口の扉を叩く音が聞こえてくる。
 自ら席を立ち、その無駄に豪華な扉を開けて迎え入れたい気持ちを抑えつけ、フレアは出来るだけ重苦しい声を喉から吐き出した。

「──入れ」

 数秒して「失礼します」と両開きの扉が開き、茶髪茶目の少年がフレアの前に姿を現した。
 歳は20代前半で、歳の割には小柄な体格だが、ブレのない歩き方からその実力の高さは窺えた。

「君がユリウスだな」

「はい。ギルドマスター」

「そう硬くなるな。フレアでいい」

「い、いえ……そういう訳には……」

「……そうか」

 身を硬くしてかぶりを振る少年を見て、フレアは内心で再び髪を掻き毟った。
 青白い顔の少年をリラックスさせるための発言は、どうやら逆効果だったらしい。
 平時でさえ「怒ってるの?」と妻に言われるほどの仏頂面だ。こんな場面ならそれが尚更際立つことをすっかり失念していた。

「なら本題に入らせて貰おう」

 強引に気を取直し、怯えるユリウスの目をフレアは真っ直ぐに見据える。

「君は街の東部に現れたドスイーオスの討伐に向かうと部下に伝え、現場に向かった──そうだな」
 
「はい」

「その途中で怪我をした街人を発見し、現場を断念してその者を救助した──間違いないな」

「はい」

「『騎士が守るべきは大衆であり、その理念である』──この規律からすれば、君は重大な規律違反を犯したことになる」

「……はい」

「馬鹿馬鹿しいと思わねぇか?」

「……はい?」

 突然砕けたフレアの言葉に、少年の目がポカンと丸くなる。
 それもそのはずだ。
 ユリウスの知るフレア・ヴェンダースは厳格な規律の下にギルドナイトを纏め上げ、伝説の黒竜すら討伐したと呼ばれる歴戦の猛者だ。
 規律を犯した者には厳罰を与え、『規律違反=騎士失格』という強烈なイメージを植え付けた厳格者だ。
 そんな人物が『規律なんて馬鹿馬鹿しい』と言ったのだから驚かないほうがおかしいだろう。

「俺からすれば、そんなの騎士じゃねぇ。大を救い、小も救ってこそ騎士ってもんだ」

 少年の目がハッと見開かれる。
 フレアはそれを見てニッと笑うと、更に続けた。

「お前は一般人を助け、俺の率いる『赤鷲』がドスイーオスを討伐した──それで終わりの話だ。裏を返せば、俺の隊はその一般人を救えなかったし、お前はドスイーオスを倒せなかった。互いに出来ることをしただけだ」

 そこまで言って、フレアはスッと表情を曇らせる。

「だが、それだけに……それを『良くやった』と言えない俺を許してくれ」

「……!」

 ユリウスはフレアの思いを汲み取った様子で、深々と頭を下げた。

「いいえ。僕なんかのために、そこまで言って下さってありがとうございます」

 フレアはドンドルマのギルドの頂点に立つ男である。そんな彼が、一人の規律違反だけを良しとする訳にはいかないのだ。
 フレアの熱い思いを知った少年の顔は、『貴方にならどんな罰を受けてもいい』と雄弁に物語っていた。

「お前に罰を言い渡す前に……少し愚痴を聞いちゃ貰えねぇかな──俺はギルドマスターなんかになるつもりは無かったんだ。したくもねぇ仕事も山積みだしよ……」

「……えぇ!?」

 ユリウスの驚愕の表情を見て、フレアは苦笑する。

「俺の父親は辺境の当主だ。普通に考えれば、その息子がこんな地位につけるはずないだろ?」

「で、でも貴方の功績なら……」

 過去にあった大規模紛争の沈静化、伝説の黒竜討伐に、騎士団長としての活躍の数々……フレアの功績ならギルドマスターになるには十分だろうと少年は言うが、フレアは細い目をして一蹴する。

「それだけじゃ、ダメなんだ。もっとでっかい、途方も無い壁を壊さなきゃならねぇ」

「なら……貴方はどうやって……?」

 フレアはその問い掛けに、血管を浮かび上がらせて微笑んだ。

「それは先代の糞ババ──」

 フレアが『それ』を言い終わる瞬間、巨大な矢が重厚な扉を突き抜けて彼の真横を掠めた。

「ぁ……──っ!?」

「…………!?」

 2人が絶句してビーンと壁に突き刺さった矢を見つめていると、後ろの扉が僅かに開かれる。
 
「……こんにちは」

 扉からチラリと顔を出したのは、鼻から下を白い布で覆った切れ目の女性だった。

「……それ、ベルナ村のあの人から、貴方に贈り物よ。『指定された時間』に『指定された方法』で確かに届けたから──それじゃ」

 謎の女性はそれだけ言うと、音もなく扉を離れていく。
 ユリウスが慌てて扉を開け放つが、その姿はすでに何処にも見えなかった。

「……ベルナ村の特産チーズだとよ。食うか?」

「……いえ」

 矢に括られた小包を解いたフレアの力無い言葉に、ユリウスも魂の抜けた返事を返す。

「こういうお方の強引な力添えって言えば……分かりやすいだろ?」

「そう……ですね」

 
 しばしの間。
 フレアはその間、全力で会話の戻し方を模索していたが見つかるはずもない。


「あ────! ちくしょうっ!」


 突如机を叩いたギルドマスターにユリウスがビクつくが、構わずフレアは少年に指を向ける。

「いいか、どうしようもない時は力で押せばなんとかなるんだ! よく聞けユリウス! 初めに言っておくが、俺はお前を団長の地位から動かす気は無い」

 それを聞いて、ユリウスの目に魂が宿るのが分かった。

「それはどういうことですか……!?」

「待て──勿論、すぐにって訳じゃねぇ。お前には落とした信頼を取り戻すだけの働きをしてもらう」

「だ、大丈夫です! そのためなら何でもやります!」

「……言ったな?」

 フレアはニヤリとして声を上げた。

「お前には……訓練所の教官をやってもらう」

 
 

 



[37857] 第一回ワールド争奪議論大会
Name: 楽太郎◆a3215f1c ID:9cf0a00e
Date: 2018/01/10 23:09
【第一回 ワールド争奪議論大会】



『ディスカッションルーム』


「……って、どういうことですか?」

 竜歴院の一室。
 集会酒場ほどの広さがある大部屋に設けられた縦長のテーブルに腰掛けながら、アクアは近くにある黒板の文字を怪訝そうに読み上げた。

「ディスカッションというのは、皆で議論をするという意味だね。あぁ、議論って言うのは──」

「皆それくらいは分かるわよ、バルス。今やるべき議論は、私たちがどういう目的でここに集められたかってことだわ」

 金髪の少女──シャワが、隣で余計な解説を始めた黒騎士をジロリと睨む。昔のように黒塗りのスカルフェイスを装着しているバルスは表情を読むことができないが、何となく嬉しそうな気配を醸し出しているのがひどく変質者くさい。

「うん、わかった。つまり私たちは、その『ですかっちょん』をすればいいってことだよね? じゃあ、やろう。すぐやろう」

「あー、チョモ? ディスカッションな。どうして書いてあんのに間違えんだよ……」

「……フレア。私はあえて、そう、あえてネイティブな発音に拘ってるんだよ?」

「ネイティブってお前、行商婆ちゃんみたいな訛りにしか聞こえねぇよ」

「うるさいなー、アンタは私の母ちゃんか!」

「旦那で上司だよ! 少しは敬えっつうんだ!」

「どこをどう敬えってのさ! ワーカーホリックで旅行にも連れてかない馬鹿亭主!」

「一人で勝手に旅行に行ったのは何処のどいつだ!」


「──で、だ」

 紅白夫婦の痴話喧嘩を見慣れた様子で流しつつ、マリディアはうんざりした顔で視線を上げた。

「ここで私たちに何をしろって言うのかな──母ちゃん、シェリー」

「ふふふ。君達を呼んだのは本当に議論してもらうためだわよ?」

「したり顔で中身のない答えをしないでもらえますか? 今回、貴方達には『新大陸』の調査権一名分を賭けてディスカッションをしてもらうわ」

「新大陸ですって?」

 シャワが小さな眉を吊り上げる。

「どんなところかは知らないし、興味もあるけれど、私とバルスはドンドルマの復興で手が一杯なの。悪いけれど、辞退させてもらうわ」

「うんうん」

 シャワが長とするイーゼンブルグ家はドンドルマをまとめる大貴族であり、オストガロアによる街の被害修復の要となる存在である。
 今の時期にシャワが長期間遠方に赴くことは、大都市ドンドルマにとって大きな痛手になることは自明の理であった。

「そう言うことなら俺とチョモも同じだ。土産話を楽しみにさせてもらおう」

「えぇぇぇ!? フレアってば新大陸行かないの?」

「お ま え も 行かねぇんだよ!」

「どうします、マリディア? 今の時期はトウガラシ栽培の大事な時期なんですよ……」

「そっか、それにアクアと一緒に行けないなら考えものだねぇ」


「──あら、いいのかしら?」

 次々と辞退を申し出る彼等を前に、シェリーは含みのある笑みをこぼした。

「今回の新大陸の調査は、大陸を跨いで結成された調査団による特大規模のクエストよ。その報酬は、数々の偉業を成し遂げだ貴方達ですら目の眩むものでしょうねぇ?」

「そうね、シェリーちゃん。今のドンドルマなら、頭金だけで軽く三回は復興出来ると思うわ?」

 息を合わせたように歌丸。が呼応する。

「でも残念ながら……」

「母ちゃんが推薦できる枠は残り一つだけ」

「まぁ、辞退者が出るなら……?」

「話が早くまとまって、母ちゃんは助かります!」

『ちょっと待った!』

 全員が口を揃えて叫び、勢いよく立ち上がる。

「そ、それなら話は違うわ! 行かせてちょうだい!」

「うんうん」

「おう、金色に同意だ!」

「あ、いいよフレアは残って──てか残れ。私が行く!  行くったら行く!!」

「マリディア……! そんなにお金が貰えるなら山ごとトウガラシ畑も夢じゃないですね!?」

「よし、アクアのためならお姉さん頑張ろう!」


「あら、全員参加なのね。なら、議論を始める前にクエストの説明をしようかしら」

 シェリーはおもむろに眼鏡を掛けると、腰のギルドナイトセイバーを指示棒代わりに黒板を叩いた。

「今回の目的は『古龍渡り』の解明──具体的には大型古龍『ゾラ・マグダラオス』を捕獲して貰いたいの

「古龍渡り……?」

「ゾラ・マグダラオス……?」

 シャワとバルスが首を傾げる。
 あの二人が分からないなら分かるはずないと、他の4人は早々と思考を放棄していた。

「古龍渡りと言うのはね、およそ10年に1度の周期で発生する現象で『古龍達が遥か彼方の新大陸を目指して海を渡る』ことを指すわ」

「ギルドは何十年間も調査が続けた末に、古龍渡りをゾラ・マグダラオスが行っていることが確認したの」

「それで母ちゃんは『第5期新大陸古龍調査団』っていうのを結成して、色んな大陸から凄腕ハンターを集めることにしたわけよ」

「あの、母ちゃん、そのゾラなんとかっていう古龍はどんな古龍なんですか?」

「いい質問だわアクアちゃん。ゾラなんとかはね、簡単に言うと、ラオシャンロンより大きな歩く活火山だわ」

「ラオシャンロンより……大きい……」

「歩く活火山……それを……捕獲ぅ?」

「へぇ……面白そうじゃないか」

 アクアとマリディアがあんぐりと口を開け、バルスが楽しげに嗤う。道理で莫大な報酬が出るはずだ。

「詳しく計画は、母ちゃん達もまだ分かってないし決まってないわ。今は誰が行くかを決めてほしいの。ちなみに母ちゃんと、規格外ハンターのほへいさんはメンバーに決定してるわ」

「あー、母ちゃんはともかくあの人は納得だわ。ソロでも何とかしてくれそう」

「……マリマリとは後でちょっと『お話』しないといけないようだわね」

「とにかく──」


 ざわめきが大きくなった部屋を、シェリーが手を叩いて静める。


「古龍化事件、三大邪龍、シャガルマガラにオストガロア……数々の難題に関わってきた貴方達にしか今回の依頼は出来ないと私達は考えてるわ」

「ちなみにシャガルマガラはうちのバルスがプライベートで解決したやつね。あとオストガロア事件に貢献したシーグルちゃんはユクモ村に絶賛慰安旅行中です!」

「さぁ。説明も大方済んだことだし、貴方達の中で誰が新大陸のクエストに挑むのに『一番相応しい』のは誰か……一人ずつ話してもらおうかしら」


 途端、ピリリとした空気が部屋中に満ちる。
 クエストの難易度、莫大な報酬、そして一名という狭き門……その両方がかつて肩を並べて戦った全員の、ハンターとしての魂とプライドを揺さぶった。


「これは恨みっこなしの全力勝負ってことですね……」

「そうだね、大人気ないなんて言いっこなしだよ?」

「望むところです」

 アクアとバルスがゆらりとした闘気を醸し出すと、他の4人も雰囲気を臨戦態勢へと変えていく。

「アンタらがやるって言うなら、私もちゃんとやろうかね」

「ふふ。どういう形であれ、まさかバルスと敵対することになるなんてね」

「フレア。『アタシ』、今日は容赦しないからね」

「……お、おう。そりゃ楽しみだ……な」


「──さぁ、トップバッターは誰かしら?」

 熱気のこもる面々を前に、シェリーの声がやけに部屋に響いて聞こえた。



[37857] 第一回ワールド争奪論議大会 2話
Name: 楽太郎◆a3215f1c ID:1479b595
Date: 2018/01/10 23:08
【第一回 ワールド争奪議論大会 2】


「──私がやります!」

 「トップバッターは誰?」というシェリーの問い掛けに、アクアが真っ先に手を挙げた。

「アクアさん、やけに張り切ってるわね……」

「……決まってるじゃん」

 シャワの疑問にマリディアがげんなりと答える。

「見なよ、あのアクアの目」

「物凄くキラキラしてるけど……もしかして?」

「そう。あれは完全にトウガラシモードさ」

 その言葉を聞いたシャワの首筋に冷たい汗が流れた。

「あれが……一晩でポッケ農場をトウガラシ畑に開拓し、一月で大陸中のトウガラシ市場を制圧したという……」

「……今のポッケ村はね、ウカムルバスどころかラオシャンロンですら進路を変える地獄の村と化しているんだ」

「どこまで冗談かはさて置くとして、このままだと本気で報酬をトウガラシにされかねないわね」

「うん。これは確実に寿命が縮む案件だ。主に私の」

 山に実る、山のようなトウガラシ。
 収穫時期にはトウガラシの香りで目が焼かれ、鼻は感覚を無くし、最後には嬉々としたアクアによる、地獄のフルコースで味覚と同時に命を失う──二人の脳裏にそんな光景が容易に想像できた。

「アクアさんは『あの』趣向さえなければ、普通にいい人なのに……」

「それ。いくらノリで頑張るとか言っても、人命には変えられないわけだ。保身の為にもアクアには『お留守番』してもらおう」

「賛成。私としても、街の復興費を無駄にする訳にはいかないもの」

「……やろうか」

「……ええ」

 硬い握手を結ぶ二人。
 部屋の片隅でそんな結束が結ばれる中、アクアは猛然と自己アピールを行っていた。

「──私の魅力は、様々な『個性』にあると言えます。聞いてますか、フレアさん、チョモさん!」

「え? あ、あぁ、もちろん聞いてる」

「うん、聞いてる超聞いてる」

「まずは『見た目』です!」

 そう言って、彼女は自分の慎ましい胸を叩く。乾いた音が部屋に哀しげに響いた。

「青いポニテ」

「ユクモ」

「そして、トウガラシ」

「もしこの世に『キーワードであらゆる物事を調べられるアイテム』があったなら、今挙げた三つの言葉で私がトップに上がることは間違いないでしょう!」

「フレア、フレア。アクアちゃんの言ってることがちょっと分からない……」

「俺もだ。何となく、次元の違う話を聞いてる気分だわ……」

 初っ端からトップギアで飛ばすアクアの猛攻に耐えていたフレア達が、ちらりとシャワ達を見る。その目には「何とかしろ」という念がありありと浮かんでいる。
 「無・理」と目で返したものの、少しでもブレーキをかけるべくシャワは質問を試みた。
 
「……待って、アクアさん。貴女の見た目がどういう利点に?」

 結果は火に油であった。

「簡単よ、シャワちゃん。はっきりとした個性は人の記憶に残りやすい──印象が強ければ団体の中でも主導権を握りやすいんです! 『あれー、この人見たことありましたっけー?(裏声)』となるより、『あ! ユクモでトウガラシの青いポニテの人! つまりアクアって人だぁ!(裏声)』となるほうが物事が円滑に進むというものです!」

「……い、言いたいことは分かるけど」

「ちょっとなにあの裏声聞いたことない可愛いだけど!」

「マリディアさんちょっと黙ってて」

 妙なテンションになりかけるマリディアを止めつつ、相方のバルスは何をしてるかと探してみれば、影を薄くして隅で傍観を決め込んでいるではないか。
 あとで〆る、と頭のスケジュール帳に書き殴り、シャワは止まらぬアクアのプレゼンに耳を戻した。

「更には『私』と言うキャラクター性です。初期では荒んでみたり、多重人格だったり悪堕ちしてみたりと幅が広く、まさに多種多様。この柔軟性は新大陸でも発揮されること間違いありません!」

「ちょちょちょ、待ってアクア……それ、自分で言っていいやつ? 本当に大丈夫?」

「勿論ですよ、マリディア。許可は取ってます」

「誰に!?」

「あ、私」

「何で母ちゃん!?」

 まずい、とシャワは表情を硬くした。
 このまま彼女の暴走を許せば、部屋には更なる混沌が満ち、堪え性のない面子ばかりのこの状況下では「もう論議なんてどうでもいいアクアでいいや」なんて結論になりかねない。
 論議という単語ですでにショートしてるチョモはともかく、常識人で割と頭の固いフレアを非常識論で思考停止させ、アクア依存症のマリディアを絡め手で籠絡、場が混乱すれば面倒ごとを避けたがるバルスはこれ幸いと影を潜める──これが計算づくだとすれば、どこまでどこまでトウガラシに執着してるんだと叫びたくなるが、シャワとしてもここで投げ出せばイーゼンブルグの名が泣くのだ。

「アクアさん……悪いけど、ここは心を鬼にさせてもらうわ」

 小さな肩に多くの物を背負う少女──シャワは目前で猛威を振るう『かつての主人公』に鋭い言葉の銃口を向けた。

「アクアさん、少し反論を言わせてもらうわ。まずさっきのキャラクター性についてだけど、そのせいで失踪したり物騒なことをしてみたり──安定性のない『ただのトラブルメーカー』だとも言えるんじゃないかしら!」

「──っ!?」

 1発目の弾丸がアクアを貫いた。

 







[37857] 第一回ワールド争奪論議大会 3話
Name: 楽太郎◆a3215f1c ID:9cf0a00e
Date: 2018/01/12 11:30
【第一回 ワールド争奪議論大会 3】


「金色、お前……」

「シャワちゃん……」

「それ言っちゃったか……」

 部屋は水を打ったようにしんと静まり返った。
 誰もが言わない、誰もが言えない事実を撃ち放ったシャワだけが、アクアに向けて再び心の撃鉄を起こす。

「それと見た目の話だけれど。髪はいいとして、そのユクモ装備は色々問題があるわよね?」

「えっと、そ……それは……」

 変に汗をかき、目を横に逸らすアクア。
 どうやら心当たりは潤沢らしい。

「序盤はいくら加工してるとはいえ『紙装甲紙耐久』だったから、素材集めてのクエストじゃ余計な被ダメでいつも肝を冷やされたわ? 最近は新しく開発された《防具合成》で装備の問題は無くなったけど、媒介のユクモ装備を作るために『山のようなユクモの木』が消費されたらしいじゃない? 最近はユクモ村からの良質木材の出荷が減少しているとか──私、ドンドルマの物流担当をしてるサンドフィール家から直々に相談されたのよ」

「ほう、それは初耳だな。そのユクモの木、もちろん正規のルートで入手してるんだよな? ギルドマスターとして確認しておきたいわけだが──っぐぇ」

 縮こまるアクアに詰め寄ろうとしたフレアの襟をチョモが後ろから掴み、そのまま手元に引き寄せる。

「待ちなって、フレア。アクアちゃんが『個性のため』だけに『ユクモ村の重要な資源を枯渇』させて、『環境破壊の一手を担った』みたいな言い方良くないよ──違うよね、アクアちゃん?」

「……えっと、それは……ですね」

 チョモの純粋な言葉に更に追い込まれたのか、アクアはしどろもどろしている。

「ちょ……チョモ、まじで締まってる……いい加減……離せっての……」

 フレアの表情も負けずに青ざめていくが、アクアも同じくらい顔色が悪い。しかしシャワの追撃はまだ止まらなかった。

「あと、アクアさんは当然のように自作のトウガラシを皆に勧めてるけど──実際のところ、この場だから言ってしまうけど、貴女のトウガラシの需要は世界的に見ても極一部で、一般的には劇物みたいな扱いを受けてるから!」

 その瞬間、満場一致で『よく言った!』という感情が部屋を満たす。

「そ、そんなっ──!?」

 その言葉が、その雰囲気がトドメになったのか、アクアが力無くガクリと膝をついた。

「アクアっ! 大丈夫!?」

「はい……」

 心配して駆けつけたマリディアに支えながら、アクアは申し訳なさそうに仲間を見上げる。

「そうですね……シャワちゃんに言われたこと……大体合ってます。それに、無茶苦茶なこと言ってるのは分かっていました」

 そう言った彼女の目は、既に普段の落ち着きを取り戻していた。

「今の話で少し言い訳をさせてもらうなら、ユクモの木は村長から売れ残りを安く譲ってもらってたんです。オストガロア事件の影響なのか分かりませんが、売り物になる木が少なかったようで……。あとトウガラシを身内に配ってたのは、全部分かった上での嫌がらせです」

「おいてめぇ」

「あ、でもマリディアは喜んでくれるので、ついサービスしちゃうんです」

「うそん……」

「ちょっ……!?」

 フレアの突っ込みをスルーしたアクアの発言で、ホッとしていたマリディアが立ちくらみを引き起こしたが、間一髪でシャワが支える。

「嘘だ……素で……? やっぱり、素なのあれ?」

「マリディアさん……気持ちは分かるけど……今はしっかり……!」



「それと、いつもは気恥ずかしくて言えないんですけど……」

 マリディアが復活する程度の間が空いた後、アクアはそう言って表情とトーンを落とした。

「マリディアは勿論、ここにいる皆や、ここにいない人達を含めて、皆が居なければ、恐らく私はここに立ってはいません。復讐に呑まれて身を滅ぼしたか、白いクシャルダオラ──マリンの想いに気付けずに破滅を呼んでいたかもしれません」

 ふぅと息を吐いてから、アクアは「だから」と満足そうに笑った。

「私は、こうして皆とワイワイ出来るだけで満足なんです。そんな皆と競ってまで代表を勝ち取ろうなんて、初めから思ってないんですよ」

 「だからちょっと、ええ、少しだけはしゃいじゃいました」と悪戯っぽく、恥ずかしそうに照れる様子に桃髪の一名が吐血。他数名が悶えるなどの症状に襲われたが、ようやく一人目の主張が閉幕した。

「あぁ、そうだシャワちゃん」

「何? アクアさん」

 席に戻る道すがら、アクアはニコニコとシャワに近付き、そっと耳元で小さく言葉を吐く。

「さっき『とっても褒めて』くれた私の自信作。貴女の家でも仕入れて貰えることになりましたから♪」

「え゛」

 ピシリとシャワの表情が固まる。

「な……なんで……」

「妹のフィリアちゃんが気に入ったみたいで、ダイガスさんがとっても張り切ってたから……次の夕食は皆で楽しんでね?」

 凍りつくシャワの横を抜け、機嫌よくマリディアの隣に座るアクア。そのやり取りを見ていたマリディアは、恐る恐る相方に問いかける。

「……アクア。今だから言うけど、私は別にト──」

「ええ、言わなくても分かってますよ。今度はもっと刺激的な料理を作ってあげますからね?」

「くっ……何て眩しい笑顔……私にはもう挽回する手は無いのか……っ!」

「展開が激しくてもうわかんねぇな……」

 フレアはその惨劇とも言える様子を眺めながら、ぼんやりと横の妻を振り向く。

「……なぁ、チョモ。俺らは隠し事とか無しに生きていこうな?」

「うん? してないし、するつもりもないよ?」

 あっけらかんと笑うチョモ。それを見たフレアは頭を掻きながら複雑な表情を浮かべた。

「……0か100かってのも考えものか……いやこれは贅沢な悩みなのか……?」

 各々が好き勝手な会話を交わし始め、シェリーは呆れたように手を叩く。

「──ねぇ、私も暇じゃないから次の人に始めて貰いたいんだけど……なんか大分消耗してるみたいね、続けられるのかしら?」

 彼女が辺りを見れば、シャワは「どうしよう……今日の会食出るって言っちゃったし……どうしよう……」と頭を抱えているし、マリディアは妙なしかめっ面で天を仰いでいる。
 フレアは何かを考えるように虚空を眺めているし、チョモに関しては周りが何をやってるかよく分からないようでぽけーっとしている。

「……はぁ。面倒だし、後で私が適当に選んで──」

「ちょっと待って、僕がやろう」

「あら……やっと出てきたのね」

「これ以上傍観してる訳にもいかないからね。頭を抱えてる彼女のためにも、少しは頑張るさ」

 バルスは皆の正面に移動すると、おもむろにスカルフェイスを抜き取った。

「皆、まずは僕の話を聞いて欲しい──」

 気付けば、いつものくぐもった声とは違う、凛と澄んだ声色が部屋を支配していた。


 



[37857] 第一回ワールド争奪論議大会 最終話
Name: 楽太郎◆a3215f1c ID:afc1705c
Date: 2018/01/13 15:50
【第一回ワールド争奪論議大会 4】


「皆、まずは僕の話を聞いて欲しい──」

 そう言ってスカルフェイスを脱いだ彼は、長めの黒髪を空気に馴染ませるように頭を軽く一振りする。
 全員がその様子に釘付けとなった。

 褐色の肌。
 黒い瞳。
 口上に生やされた泥鰌髭。

 どうやらサプライズに成功したようで、バルス改め──ダノンは口元に下卑た笑みを浮かべるのだった。

「ひゃははは! どうよ、ダノン様の演技は!  
 ドッキリ大成功ってなぁ! このまま新大陸に乗り込んでやるよ! なぁ、ライザー!?」

「がはは! おうともダノン!」

「踊るか!? もう踊っちまおうぜ!」

「おぉそうだ! 踊ろう踊ろう!」

『新っ大陸っ! あっそれ、新っ大陸! ひゃははは!』

 高笑いしながら腕を組み、部屋の真ん中でスキップきながら踊り回る二人組。
 それを呆然と眺めながら、狩人達はこの悪夢の覚まし方を永遠に模索するのであった──。





 ──と、そんな展開には流石にならず。


「僕らの中から誰か一人だけ……果たしてそんな問題が、話し合いで解決するかい?」

 漆黒という表現が似合う滑らかな長髪。
 年齢よりも若く見える色白の顔付きに、ダークブラウンの瞳が深い色を称えている。
 最早素顔と認識されかけていた漆黒の髑髏を脱いだ彼の印象は、不思議なほどに全員に違和感を与えなかった。
 それもそのはず、ここにいるメンバーは既に彼の顔を見慣れているのだ。
 
「いやバルス、それは全員が話してからじゃないと分からないんじゃない?」

「そうですよ、じゃないと私一人だけ何やってんだって話になるじゃないですか」

「うん、そこなんだよ──」

 素顔のバルスを初めて見た時にはかなり動揺していたアクアでさえ、今では平然としている。
 本来、バルスの素顔はシャワがきちんとした席を設けてお披露目する予定であった。
 しかし自由奔放なバルスは、各地でのやらかしによってそれを破綻させた。

 アクアとは、ユクモの温泉で偶然鉢合わせ。
 フレアとチョモに関しては、早朝に行なわれたギルドナイトの演習に寝ぼけて付け忘れて来るというどうしようもない失態で彼の素顔は公に露見した。

 お陰で全ての計画は台無し、彼女にしてみれば歯軋りものだったらしく、しばらく彼の顔はスカルフェイスが外れないほど腫れ上がったという。
 もっとも、当のバルスは「スカルフェイスの方がどこに視線を送ってるか分かりづらくていいんだ。特に夏場は」などと非常に紳士的な発言をしており、今でも好んで髑髏姿となっている。

「僕も初めはその可能性を信じようとしてた。でも、アクアちゃんの爆死で僕の予想は確信に変わったんだ──結局は誰かが野次を飛ばし、場が荒れ、全員が絶えぬストレスと心労で疲弊していく。それを全員分やるとなると、どうだい?」

「う……それは……」

 生き証人であるアクアが顔色を暗くする。

「確かに……。言われて気付いたけど私、バルスがどんな利点を言っても力ずくにでも黙らせる気でいた」

「俺もだ」

「あ、私も」

 マリディア、フレア、チョモが口々に納得する。

「……シェリーちゃん。どうしてバルバルはあんなに嫌われてるの?」

「嫌われてることは少し違うけど……そうね、変態だからじゃないかしら」

「なら納得だわ?」


「……とにかくだね」

 内野外野双方からのバッシングにもめげず、バルスは声を張る。

「どんなに議論しても、結局は一人しか新大陸に行けないんだ」

 どこかから「えっ?」という声が聞こえたが、バルスはそのまま話し続ける。

「どうだろう、ここは恒例、恨みっこなしの腕相撲大会で決め──」



「──ヌルい」



 円卓の一席から発せられた、一言。
 その一言は、今後の展開を大きく変えるものだった。

「何言ってんの? アタシからすれば、そんなのヌル過ぎる。論議? 腕相撲? 仮にもハンター達が雁首そろえて何言ってるのって感じ。アタシ達が一番求めてる、未知への冒険とその報酬が目の前にぶら下がってるんだよ? 少しはやる気出しなよ!」

「チョモ……お前……」

 円卓を叩いて喝を入れたチョモに、フレアがおずおずと話しかける。

「もしかしてお前……今まで話ほとんど聞いてなかったのか? シェリーの話の『新大陸』、『目の眩む報酬』くらいしか聞いてなかったのか!?」

「うん。皆で新大陸行けるのに何でこんな時間掛かってるんだろーなーって思ってたら、まさかこんな事になってるなんてね……」

「いや! 初めからそういう話だからな! 今更、それを混ぜっかえすんじゃね──ぐぅ……っ」

 チョモの渾身のボディブローがフレアを穿ち、机に突っ伏した彼を片足で踏んづけながら、チョモは拳を頭上へと高らかに掲げた。

「論議とか腕相撲とか、そんなめんどくさいこと必要ないよ! ハンターなら拳で語ればいいんだっ!」

「お、チョモ言うじゃん。私もそれに賛成!」

「え、え!? 二人とも何言って……ちょっとバルスさん……? 何でスカルフェイス被り直してるんですか!?」

「え、後遺症は少しでも軽いほうがいいだろう?」

「諦めるの早くないですか!?」

「ふふ……なーんだ。師匠から授かった右ストレートで全員倒せば、市場からあの劇物を抹消出来るのね」

「シャワちゃん、当初の目的忘れてる……というか今、えっ? 何を抹消するって言いました?」

 全員から古龍も怯えるような闘志が湧き出る中、外野の歌丸。は呑気そうに柑橘系飲料を啜っていた。

「あらやだ物騒。まぁ早く決まってれるなら、母ちゃんは何でもいいんだけど」

「え? 何言ってるのさ、我が社の大御所SOC(※song of circle=歌丸。の意)。そこの二人も参加するんだよ」

「……えっ?」

 豆鉄砲を食らったような顔をする歌丸。に、チョモは平然と言い放つ。

「今から始めるのは無礼講万歳な全員参加のバトルロイヤル。大御所はメンバーに決まってるみたいだけど、参加しなくていいって訳じゃないでしょ?」

「確かにそうね」

「しぇ、しぇ、しぇしぇしぇ、シェリーちゃん!?」

「言われてみれば、別に私が行ってもいいのよねぇ」

「……」

 この時、歌丸。は思った。
 ここで、この、おっかない部下、倒さないと、私の、新大陸バカンス、なくなる。

「空飛んだり、昆虫に襲われる夢見てる場合じゃないわ!?」

「あら、そんな夢見てたの?」

「うん。最近、何日かおきに必ず見るの。悪夢だわ?」

「──そうねぇ……なら、その夢の方が楽しかったと思わせてあげようかしら」

「…………え?」

「さぁ、早く始めよう!」

 チョモが白髪をたなびかせて爽やかに言う。

「──これが恨みっこなしの正々堂々なのさ!」

 




 後日談。



 部屋にお茶を運びに行った研究員のウォロや、偶然遊びに来たムーファ飼いのエージャ曰く。

 その日、竜歴院には古龍より恐ろしい者たちがいたという。

 堅固な化石岩で作られた自慢の建物は、何か凄まじい破壊力で砕かれたように半壊し、数時間前までの立派な姿は微塵も残っていなかったという。
 現場には多数のハンターが満身創痍の状態で倒れており、唯一軽症で病院に搬送されなかった赤髪のハンターからは、「この日ほど妻に感謝した日はない」とのコメントが寄せられた。

 なお、その事件の直後、死屍累々の瓦礫の上に立っていたのは、小首を傾げた──…………。



 この先の記述は失われており、現在、復旧班が建物の修復と同時に残された資料の解読に取り掛かっている。(広報竜歴院 No.74より抜粋)
   

   』



[37857] 新大陸の狩人達よ
Name: 楽太郎◆9d15824c ID:3b0b0760
Date: 2023/11/26 14:02
《序幕》


「──母ちゃんの【達人珠II】がないなった!」

『──っ!?』

 セリエナの集会所を貫いた『母ちゃん』の絶叫に、狩人達は凍りついた。

 古龍『ムフェト・ジーヴァ』の討伐を終え、ようやく訪れた安息──それが音を立てて崩れ去ったのだ。



《人物紹介》

【母ちゃん】
 匿名希望のアラウンドフォーティー。
 介護生活を夢見るパーティの紅?一点兼賑やかし担当。

【雨のち雪】
 アイルーフェイクの毒舌花火師。
 採取癖のある母ちゃんの足元に爆弾を仕掛けるのが最近の愉悦。

【ほへい】
 首から下が人間の謎大きクルルヤック。
 人語を理解している。

【アクア】
 トウガラシ狂いのユクモ娘。
 胸がないことを気にしている。


《1》

 緊張がディアブロスの咆哮のように広まる集会所の片隅で、アイテムボックスから頭を引き抜いた母ちゃんがゆっくりとシグレを睨みつけた。
 テルマエ装備を着合わせた通報一歩手前の格好(半裸)で、円卓でビールをあおる猫頭にズカズカと近づいて行く。

「盗ったでしょ、雨のち雪さん!」

「いやだなあ、僕はそんなことしませんよぉ」

 テーブル席に座って飄々と言ってのけるアイルーフェイクからは、その内に浮かぶ表情は読み取れない。
 性別不詳の猫人は犯人扱いされても慌てる素振りはなく、どうやって飲んだのか、被り物の口とヒゲにたっぷりと泡をつけて悠々と寛いでさえいる。

「うそだうそだ! いつもいつも足元とか通り道に小タル爆弾仕掛けるし、私に恨みがあったんでしょ! そうなんでしょ!」

「ははは、そんなことないですよ。怨恨なら八つ当たりも含めてその場で即⭐︎爆散させてますし」

「えーそうなの? なら他に誰がいるのさ」

 さらりと混入した問題発言には気付かず、眉間にシワを寄せて頭を捻るアラフォー。
 だから爆弾に引っかかるのだと内心ほくそ笑みながら、シグレは隣に座る知人の肩を叩いた。

「恨みって言うなら、ボクの他にもっと可能性のある人がいるじゃないですか、ねぇ?」

「……え? 何で私!?」

 急に話を振られた青髪ポニーテールはギョッとしてシグレから距離を置いた。
 赤い香辛料で満たされたグラタンスープが刺激的な色を揺らめかせながら引き寄せられる。
 凝縮されたホットドリンクの如き劇物を守るように抱えこみ、スプーンを握りしめた彼女は二人に文句の込めた目線を向けた。

「私はお昼を食べに来ただけです。大体母ちゃんに恨みなんてあるわけないじゃないですか!」

「はいダウト。この人、この前悪口言われたってめちゃくちゃ怒ってましたよ」

「まぁアクアったら! 散々エグレ胸エグレ胸言われたからって人の物を盗んだら駄目じゃない!」

「私じゃないって言ってるじゃないですか! 胸も抉れてなんていませんからね!」

「いいぞもっとやれ!」

 ギャーギャーと円卓周りが騒がしくなり、給餌のアイルー達が困った様子で耳を伏せ、近くの猿山ではギンセンザル達も怯えたように威嚇をし始めた。

《2》


「おいおいまたか……」

 集会所の異様な雰囲気に、クエスト受付カウンターでは一人の女性が笑顔を強張らせていた。
 ハンターズギルドからの派遣である受付嬢は、げんなりした様子でスケジュール帳を開くと本日の欄を大きくバツで塗り潰した。

 あの3人は彼女にとって最近一番の悩みの種なのだ。
 キッチンと給餌を泣かせる味覚障害(最近では禁止されてるトウガラシの自宅栽培までやりだした!)はまだいいが、所構わず花火を打ち上げ、火を放つ爆弾放火魔と犯罪紛いの薄着(やたらとケツを出したがる!)で集会所を彷徨った挙句、様々なトラブルを引き起こす年齢詐称オバサンには散々手を焼かされている。

 彼女達の騒動がこのまま終わる訳がない。
 今回もきっと散々揉めた後に乱闘騒ぎになり、最終的に意味もなく蒸気機関が爆発する辺りがオチであろうが……悪質性を考えるとネルギガンテの暴れっぷりのほうがまだマシかもしれない。
 例え騒動が終わっても、滞った業務の補填や集会所の修理清掃、アイルーと猿のメンタルケア──山積みの事後処理が脳裏を過ってズキズキと頭が痛む。

「ねぇ……ちょっとあれ」

「んー? まぁいいんじゃない?」

「チッ」

 隣の闘技場担当は管轄外だという顔で空返事だ。
 受付嬢は内心で盛大に舌打ちした。いや、少し漏れていたかもしれない。
 どう考えても仕事量に差があるのだ。
 こちらがフリークエストや調査クエスト、マム・タロトやムフェト・ジーヴァの緊急クエストまで管理しているのに、隣の色黒は需要の少ない闘技場クエの斡旋だけである。
 上のポストが空くまで、暇潰しに閑職勤務を謳歌している『エリート』様は違うと小さく舌を出し、闘技場のゴミ拾いでもしてろと悪態もつくが、それも虚しくなって彼女は天を仰いだ。

 この時点で既に長い残業が約束されたようなものなのだ。

(何も料理長の晩餐会の日に起きなくても……)

 脳裏に楽しみにしていた料理の数々が浮かぶ。
 食い意地の張った5期団の編纂者から、ギリギリで参加権利を競り勝った苦労は一体何だったのか。

(もしかして無くなった珠も忌々しいあの女が食べてしまったのでは……っ!?)

 おやつ代わりとかに普通にやりかねん。
 余ったという耐毒珠をハンターに貰って食べてるところを目撃したのはつい最近のことなのだから。

(おのれ二足歩行のドスジャグラスめ……!)

 全てがあの憎き編纂者のせいに思え、無意識に己の拳を硬くする。

「……ん?」

 受付嬢の精神に暗い影が差し始めた頃、彼女の視界の端に特徴的な人影が映った。

「もしかして……もしかして……っ!」

 首が折れんばかりの勢いでそちらの方向に目線を向けると、受付嬢はいよいよ破顔した。

「奇跡だわ! 今日はまだ出発してなかったのね!」

 彼女はすぐにスケジュール帳を取り出し、うきうきと赤丸を付け直したのだった。


《3》


『……』

 その『ある人物』は少しばかり周りを見渡し、すぐさま諸悪の根源を理解して円卓へ歩み寄った。

「ひがうふぉーん! わたしはひょっとふぁやとちりしただけだふぉーん!」

「何が早とちりですか! 頭に被ったパンツの中に紛れてたって……どうすればそんな事になるんですか! バカなんですか!?」

「ぶぁくぁってひったふぉーぐぁぶぁくぁなんだふぉん! ぶぁーくぁ!」

「ははは、いいぞもっとやれ!」

 ギリギリと頬を引っ張られた母ちゃんが、仕返しとばかりにアクアの胸の前を平手打ちを空ぶってみせる。

「ふぉーらふぉーら、むねなひー!」

「今、胸は関係ないでしょうが!」

「いいぞいいぞ!」


「──なんだ喧嘩か?」

「──おい、面白いことになってんぞ!」

 小さな花火を打ち上げながら的確に煽るシグレによって集会所は妙なエキサイトに包まれ、乱闘騒ぎは目前に迫りつつあった。

 その時である。



『ハァーーァ……』




 突如響いた巨大な溜息に、3人がビクリと身を震わせて押し黙った。
 彼女達は恐る恐る後ろを振り向き、その正体を目の当たりにして大粒の冷汗を流すことになる。

『……』

 直立歩行のクルルヤックが頭部をブルブルと揺らし、腕を組んで仁王立ちをしている。
 首から上の色は青。怒りを示す色である。

「げ、ほへいさん……」

「これは、その……ですね」

「わ、私悪くないもん! ちょっと勘違いしただけだもん!」

 3人が口々に弁解するが、ほへいは鳥頭以外微動だにしない。




『ハァーーァ……』




 二度の深い溜息と共に、鳥頭の青色が深みを増す。

『……すみませんでした!』

 鳥頭から放たれる圧に抗えず、頭を床に擦り付け声を揃えて謝罪する3人。


『……』


 ほへいの顔色が、徐々に通常色の黄色へと戻っていく。
 やがて完全に黄に染まった鳥竜の怪人は、頭を垂れる3人に目を向けることなく、翼竜に捕まって導きの地へと飛び去って行った。
 カウンターではそんな彼を受付嬢が拍手をして見送っている。



「……行きました?」

「……行ったと思います」

「……母ちゃんもそう思います」

 3人はしばらく土下座のポーズで固まっていたが、ほへいの気配が完全に消えたことを確認すると勢いよく床に転がった。


「……あの色は、やばかったですね」

 アクアがげっそりした様子でボヤく。

「僕が小タルを誤爆した時も……もう少し黄色掛かってましたよ」

「母ちゃんがクエスト中に迷子になって討伐まで合流できなかった時も、もう少し青味が薄かったわ?」

『『──いやあの時はもっとやばかった』』

 鳥頭が虹色に輝き始めたのはあの時が最初で最後である。
 その後、集会所へ帰るまでの記憶を誰も持ち合わせていなかったのが一層の恐怖であったが、それを当の本人が忘れているのがまた恐ろしい。


 彼の怖さについては、彼女達は身を持って知っている。
 突如、導きの地に現れた謎の鳥竜種ことほへい。そんな彼と対峙した時の苛烈さを思い出し、たまらず身を震わせた。

 ほへいは餌にするのか習性なのか、執拗なまでに『大霊脈玉』を求めて歴戦の古龍達を1人(羽?)で調和していた。
 それを問題視した大団長が単独で接触し、まんまと生け捕りにされたのが事の発端である。
 慌てたギルドから大団長の救援クエストを任命されたのが、今倒れている3人なのだ。

 ギルドへの様々な『ツケ』を理由にされて渋々向かった3人だが、森林エリアの木の枝に引っ掛けられていた大団長(早贄?)を救出したまでは順調であった。
 その場に直立歩行の首だけクルルヤック人間──ほへいが姿を見せるまでは。

 後日、3人が口を揃えてギルドに文句を言ったが何時もの冗談だと全く聞き入れて貰えなかった。
 鳥頭の男がフライドチキンを両手に構え、恐ろしい速度で迫ってくる恐怖を一体誰が理解してくれるのだろうか。

 元の同族やも知れぬ成れの果てを躊躇なく振るい、母ちゃんは踏まれ、シグレの爆弾は蹴り飛ばされ、アクアの操虫棍は真っ二つにされた上に猟虫にも逃げられる散々な始末。
 そんなほへいとなんやかんやで意気投合し、彼をセリエナに連れ帰ったのは功労者は当然のごとく母ちゃんである。

 ギルドも当初は驚いたものの、そこは強者がものを言う調査拠点の最前線、セリエナを訪れたほへいは瞬く間にハンター達の輪に溶け込んでいった。
 加えて彼は『腕前以外はどうしようも無い』で評判の3人をセーブ出来る唯一の人物だとも判明したのだから、ギルドは手をあげて喜んだものだ。

 その後、3人と彼と一緒に行動する様になって長くなるが、彼の生態については謎が多く、解明するどころか深まる問題ばかりである。

「ほへいさんの『アレ』、僕のと違って被り物じゃないもんなあ」

「クルルフェイクって、ギルドがカモフラージュ用に作ったらしいよ……」

「まじか」

 雨のち雪とアクアが床に転がったまま雑談に花を咲かせていると、母ちゃんがのそりと立ち上がった。

「さてと……ほへいさんを手伝いに行こうか?」

 何事も無かったかのように2人に爽やかな笑顔を向ける母ちゃん。

「ええ……疑われた僕には何もないんですか?」

「私も散々な目にあったんですが……」

 頭部の毛並みを整えたり、ユクモ服のシワを伸ばしたりしながら、2人は文句を交えて立ち上がる。
 しかし、文句を言われた当人はポカンとした様子で目を丸くするばかりであった。

「へぇ? なんのこと?」

 自分が悪いなどと言う負の要素は綺麗さっぱり忘れている。そんな顔を向けられた側はただただムカつくのみである。
 真の鳥頭とはこれを指すのだろう。
 改めて彼女の危険度レベルを上向き調整するべきだと2人は無言で頷くと、拳を振り上げた。

「少し前の記憶をお持ちでないっ!」

「何か言うことは無いんですか!?」

 殺意を纏った2つの拳を軽やかに避け、何故自分が攻撃されるのか全く理解していない母ちゃん。

「あーはん?」

「だめだ、もう完全に忘却してる……」

「記憶を・お持ちで・ないっ!」

 アイルーフェイクに青筋を浮かべて片手剣に手を伸ばす雨のち雪をアクアが羽交締めにさて抑える。

「諦めましょう……! 母ちゃんは一度忘れたこと(都合の悪いことに限る)は二度と思い出しませんから……!」

「さぁデッパツするよぉ!」



「……はぁい」

 2人は諦め半分で、装備を整えるべくアイテムボックスへと歩き出す。
 どうせ母ちゃん一人が加勢に行ったところで、ほへいさんに『一人のほうが速い』というリアクションをされるのが目に見えているのだ。

 シグレは手早く爆弾を吟味して母ちゃんの元へ向かっていったが、元々昼休みでろくに準備もしていなかったアクアはそうはいかない。
 大慌てでホットドリンクなどを急いでポーチへ詰め込んでいくが、ボックス内でひらりと舞い上がった紙片を見て、彼女はある事を思い出した。
 少しの間手を止めていた彼女の耳に、エリアの端から姦しい声が響く。
 
「アクアー、むねなしー、置いてくよー!」

「これはボックスに頭突っ込んで寝てるんじゃないですかねぇ……」

「寝てないし胸も少しはありますよ!」

 急いで準備を整えたアクアは、眉を吊り上げながらも僅かに口角を緩めた。

 もうすぐ、セリエナでは『万福の宴』が開かれるのだ。
 当面の課題を解決したギルドが趣向を凝らした大盤振る舞いをするとのお達しだった。

 ある人は新種の鳥頭を、ある人はまだ見ぬ花火を、ある人は新作のセクシー重ね着を求めて今まで以上に騒がしくなるだろう。

「──お待たせしました」

「遅い! もう30分も前から待ってるのに!」

「そうだぞ!」

「いや、30分前って母ちゃんが珠がないって騒いでた頃ですけど」

「えー? しらなぁーい」

「そういうとこだぞ!」

「あ、ところで。今度の宴はどのクエストから行きますか?」

「あ、それなら母ちゃんはねぇ──」

「うーん、僕は花火が貰えれば──」



 3人は近い未来の話に花を咲かせながら、翼竜に捕まって導きの地を目指していく。
 時代が幾つ移り変わっても、狩人達が狩人である限り、物語に終わりはない──。
 そんな想いが、セリエナの冷たい風に乗ってどこまで飛んで往く気がした。






 後日、ビルドアップした二足歩行で虹色に光るキブクレペンギンがセリエナを襲撃することおなるが、それはまた別の話である。





[37857] やさぐれ覚者のやり直し【ドラゴンズドグマオンライン】
Name: 楽太郎◆9d15824c ID:3b3bdfb4
Date: 2024/03/10 22:17
ドラゴンズドグマオンラインの二次小話

『やさぐれ覚者のやり直し』


※ ネタバレを多量に含んでいます。閲覧には十分注意してください。




















《1000リムを消費しました》
《1000リムを消費しました》
《1000リムを消費しました》
《1000リムを消費しました》
《1000リムを消費しました》
《1000リムを消費しました》

「耐性30きた……ってあぁぁ! 水濡れとかもうっ! もうっ……!」

「わ、悪いな……『これ』ばっかりはどうにも……な?」

「意味が分かりません、理解出来ません、『あなた』の存在理由も分からなくしてあげましょうか!?」

 ここはレスタニア大陸の中心部、白竜神殿【レーゼ】の一画にある作業場──クラフトルーム。
 普段は職人達が鉄を打ちつける音が響くだけの空間に、苛立たしげな大声と凄まじい地団駄が響き渡り、周囲の覚者たちがギョッとした表情をして次々と撤退していく。
 青髪の女性覚者が大柄な男を凄まじい形相で怒鳴りつけている現場だ、どう考えても関わりたくはない。
 ちなみにその女性覚者の名前はアクアといい、更にちなむと私その人であるのだが。

 私の前に立つ強面のハゲ親父──クレイグが叱られた大型犬のような顔をしているのが輪をかけて腹立たしい。
 ギッと目を吊り上げて睨んでやると、クレイグはすぐに視線を逸らした。
 それはそうだろう。

「ねぇ……クレイグさん。私は一体、貴方に何十万のリムをつぎ込めば良いんですか?」

「い、いや待て待て! 何度も言うが、俺はただ合成の素材に使ってるだけで──」

「はぁ……1000リムも使ってただの水濡れ防止加工、ねぇ……。街の仕立て屋なら子供のお小遣いでも出来ちゃいますけどねぇ。分かりますか、1000リムの価値を?」

「うぐ……」

 ハゲ親父の目が僅かに泳ぐ。
 それを見逃す私ではない。

「最近知ったんですけど、貴方……最近ディナン深層林にある秘弓師の住居に足繁く通ってるそうじゃないですか?」

「おま……!? どこでそれを!?」

 サッと青ざめるクレイグ。
 脂汗で頭皮が大変なことになっている。
 覚者様の情報網を甘くみるなよ。
 私はニマニマしながら脂坊主に詰め寄った。

「お相手はエリマスのロンドジールさん? それともジョブマスのリングディールさんですかねぇ? あーんな辺境を行き来するなんて……随分とリムの羽振りがいいじゃないですかぁ」

「はは……いやそれは……──っ!?」

 煤焦げた親父の匂いが鼻につくが我慢しよう。
 脂汗を流して笑うハゲ親父を、私は至近距離で睨みつけた。

「あと1回で当たりが出なかったら……分かってますよね?」

「そ、そんな無茶な……」

「へぇ……いいんですか?」

 私は輝きを失った目で薄く笑う。

「もし外れたら──さっきの件に加えて、貴方が私に使い古した自分のパンツを渡したって叫ぶぞ」

「なっ……!?」

「鍛冶屋の親父は歪んだ性癖持ちだって全サーバーにシャウトしてやる。あーあ、ディナン深層林にも届いちゃうなあ?」

「おいおいおい……!? それはもう済んだ話だろう、勘弁してくれっ!」

「あっと1回! それ、あっと1回!」

「すまねえ、それだけはだめなんだ! チョンボは認めるが、ガチャの結果は本当に分からないんだよ!」

「あははは! なら当たりを引くまでリムをタダにしてくれるなら考えてあげますよ!」

「頼む、頼むから許してくれええ!!」

 貴重なリムを代償に、鍛え抜いた武器や防具に特別な能力を付与する作業──通称『リムガチャ』にどっぷり浸かっていた私は、この通りヤサグレの境地にいた。
 単騎で竜すら屠る私が、ちまちまとリムガチャをして悶絶し、お使いをこなしてリムを集める毎日。
 戯れにウサギやシカを狩るだけでは発散出来ないほどのストレスが溜まっていたのは間違いない。

 そんな頃である。
 私に一人の依頼者が文字通り降臨したのは。



《──聞こえますか……覚者様》

「その声は……ミシアル!?」

 不貞腐れ、パートナーポーンすら追い出して自室のベッドで寝転んでいた私は、驚いて飛び起きた。
 かつて悪の錬金術師ディアマンテスの策略により(自ら)命を落とした少女──神官ミシアルの声が聞こえたのだ。

《私は、貴女に一つのお願いをするために、直接貴女に語りかけています》

「ミシアル……貴女、霊体で結構出世してるんですよね? その超常能力でリムガチャなんとかしてくれません?」

《この状況で逆にお願いされるのは想定外でしたが……そうですね、依頼に応えて頂けるなら、尽力しましょう》

「どうすればいいですか?」

《急に素直》

 かつてレスタニア、フィンダム、アッカーシェランという3大陸を救った私だ。
 彼女の願いがどんなものであろうと、リムガチャの苦難に比べれば大したことはないと考えていた。
 しかし、彼女の願いは驚くべきものだった。

《貴女の覚者人生をやり直し、過去から私が生きる未来を作り出して欲しいのです》

「ミシアルが生きる未来を……過去から?」

《私はぶっちゃけ……死ぬつもりはありませんでした。変に出世して、余裕ぶってますけど……もっと青春を謳歌したかったし。大体、私が死ぬ必要なんてなかったんですよ》

「それは……」

 それは私も常々思っていたことだった。
 イリスの拘束を逃れ、こちらに来るかと思いきや、向かった先は崖。『こうすることが私に残された唯一の道なのです!』などと屁理屈を喋って、止める間も無く飛び降りてしまった。
 この子……なんで死んでしまったん?
 今でも思っている。
 イリスの狼狽えぶりには笑ったが、彼女の『これ何……?どういうこと!?』にはちょっと同情したものだ。

 そんなことを思い出していると、低いテンションでミシアルが語り出した。

《私、神殿からほとんど出たことなかったし、攫われて外に出て少し興奮してたんですよ。いけませんね……その場のテンションで飛び降りては。どうも雰囲気に飲まれてしまって……》

 そりゃ後悔もするだろう。
 返答に困るので話題を変える。

「でも、過去なんてどうやって行けば……?」

《それなら簡単です。私はエピタフの英霊から過去へと渡る術を教わりました。今なら貴女をレオ達と出会う寸前まで導くことが可能なのです》

「へぇ、それは凄い」

《でしょう? 頑張りました》

 ミシアルはふふんと自慢気に言った。

《それに。レスタニアを始めとした全ての事件を熟知している貴女なら、私を救いつつ、全ての忌まわしき事件を未然に解決することが出来るのでは?》

「確かに……」

 最近は特にやることもなく、ひたすら自身の研鑽に努め、リムガチャをし、ヤサグレていた私にとってその提案は、非常に興味をそそられるものだった。
 加えて、脳裏に浮かぶ憎い顔は一つや二つではない。過去に戻れるなら盛大に鬱憤を晴らしたい。
 そのためには、時系列的にもまずミシアルの依頼を解決しなくてはならないだろう。

 ちなみに今の時間軸は、黒騎士を倒したのに黒竜が渡界にもたついており、竜武器の合成などで忙しくなる前の話である。

「ミシアルを救うには、あの場面みたいなことにならなきゃいいんだよね。なら単純に、イリスの洗脳を防げば……」

《いえ、彼女は真っ先に仕留めて下さい。確殺です。彼女は私の頭を足蹴にした女ですよ? 遠慮や慈悲など必要ありません》

 ミシアルがきっぱりと言い放つ。
 それでいいのか元神官。

「でもイリスは一応私の先輩で……」

 そこまで言って思い出す。

『ごめぇん、新人の指導は私の役目だけど、今忙しいんだ』

『悪いんだけど、一人でポーン卿に行ってくれるぅ?』

 新米覚者で右も左も分からなかった私を私情で放任したんだったアイツ。あの後、散々迷って大変だったのだ。
 それからもあのメンヘラには何度使い走りをされたことか……。
 思い出すと段々ムカムカしてくる。

「了解。イリスについては任せて」

《確実な駆除をお願いします》

「駆除言うな」

《と言うとこは、この依頼……受けてくれるのですね?》

「勿論です」

《やったぁ!》

 年相応の歓喜の声を上げたミシアル。
 しかし、彼女はすぐにコホンと咳払いをして取り繕った。

《えっと、一つだけ注意があります。貴女の経験や持ち物、ポーンなどは過去に運ぶことが出来ますが、貴女自身の研鑽値……所謂レベルについては非常にエネルギーが大きく、私では運ぶことが出来ないのです》

「ふぅん……まぁ大丈夫、当てはあるから」

《そうですか……申し訳ありません。では……》

 そう言うと、ミシアルの声は徐々に遠ざかり、私は光の粒に包まれ始める。

《過去の私を、どうかよろしくお願い申し上げます》

「ちょっと待って」

《はい?》

 トボけた声で返事をする神官だが、こいつは絶対分かってやってる。

「過去に戻ったら貴女との約束も無くなるでしょ。どう考えてもリムガチャが先」

《ちっ》

「舌打ちするな、元神官!」
 
 その後すったもんだあり、私は嬉し嬉しと生命治癒力30がついたマントに頬擦りしながら、淡い光に包まれる。

《こほん。今度こそ、よろしくお願いしますね》

「はいはい、約束は守りますよ」

 さてここからは依頼であり、任務である。
 自身以外の全てを断ち切り、過去へ飛ぶ──。
 不安が無いかと言われれば嘘になる。けれど、自信はある。
 向こうの顛末は全て分かっているのだから。


(あの時、私のジョブはファイターで、すぐにレオとイリスが駆けつけてきた……なら、チャンスはそこしかない)

 そんな思惑を考えながら、私は再びあの戦場へと転移したのであった。





 白い光と共に、私はとある場所へ降り立った。
 初めに認識したのは、煙の匂いだ。
 すん、と鼻を鳴らすと、嗅ぎ慣れた獣臭が鼻腔を突く。

 次に怒声、唸り声、そして激しい金属音が耳に煩く響き出す。

「さて、始めますか……」

 私はそう言って、ゆっくり目を開いた。
 見慣れた渓谷の細道、奥にそびえ立つ巨大なグリッテン砦。
 その雄々しさに変わりないが、今はオークの軍隊が攻め込んでいる真っ只中である。道は燃え、彼方此方にオークが闊歩して巨大な剣を振るっているのが見えた。
 その道を、オークを屠りながらこちらに走り寄る男女がいる。
 鎧を着込んだ青年──裏切り統率のレオは、私に向かってあの台詞を吐くだろう。
 私が返す言葉は既に決まっていた。

「新人覚者だな?」

「──違います」

「何!?」

 言うなり私は勢いよく地面を蹴り、横にいた弓使い──イリスの胴を剣で一突きにする。

「ぐふっ!?」

「い、イリスっ!? お前何を……っ!」

 驚くレオに向けて、私はニヤリと笑いかける。

「全ては理だと思いませんか? なら、壊してしまうのも一興かと思いまして」

「お、お前は一体何を言ってるんだ!?」

「こっちの台詞です。まぁ、いずれ分かりますよ」

「えっ……なに、これ……? ねぇ、レオ……どうしたらいい……?」

 イリスは何が起こったのか分からない様子で、呆然と自分に刺さった剣を見つめていた。

「今ここで貴女を殺さなくても、どのみち私が貴女を殺します」

「い、意味わかんないよ……ふざけないで……死にたくなんてないよ……!」

 胴体を貫いた程度では、覚者は死なない。
 反撃に出ようとするイリスの耳元で、私は切り札を切った。

「──ちょっと聞いてください、実はですね──」

 貴女はこれから、あーしてこーなって。

「……えっ」

 それからあーしてレオに……で、こうなるんですよ。
 

「……うそ」

 全てを聞かされたイリスの目が見開かれる。

「おい、イリスから離れろ! 新人、お前に白竜の覚者としての誇りはないのか!?」

「貴方にだけは言われなくないです、その台詞」

「何だと……!?」






「……なーんだ……すれ違いかぁ……」

「イリス……? すれ違い……?」

「私がいなくても──世界は変わらない……」

 納得したように頷いた彼女は、満足した顔でゆっくりと地面に倒れ、呆気なく事切れた。
 それを見たレオは驚き混乱しながらも、こちらに向けて剣を構える。

「何だと……イリスが……死んだ……!? すれ違い……何がだ? どうやって……貴様ぁっ!」

 レオは激高して私に剣を振るう。

「はあっ……!」

「くっ……」

 軌道を読んで剣を合わせるも、彼の力は相変わらず強く、勢いに負けて僅かに後退する。

「ふっ……いくら初陣の加護があろうと、貴様はまだ未熟な覚者に過ぎん。俺は誇りある白竜の覚者として、一人の騎士として、今ここでお前を討たねばならない!」

「自意識強すぎませんか?」

「黙れ! これはイリスの仇だ……我が剣の錆になるがいい──うおおおおぉ!」

 レオは気合いと共に、私の剣を腕ごと上に弾いた。

「うっ……! この気合、禊の神殿でも振るえば良かったのに!」

「何のことだか分からんが、もらった!」

 レオの剛剣が、無防備を晒す私に向けて振るわれる。
 低レベル故に能力は下がっており、防具も着の身着のままだ。このまま直撃すれば死は避けられないだろう。
 だからこそ、私はニヤリとほくそ笑む。
 
「確かに私のレベルは1です。けれど、それ以外は何も変わってないんですよ──ねぇ、ウェスター」

『──ええ、解っていますとも』

「……何っ!?」

 レオが驚愕の表情を浮かべ、大きく目を見開く。

『御機嫌麗しゅう。誉れ高き、裏切り覚者殿?』

「俺の剣を指先で止めただと……何者だ、この老人!?」

「プリーストのマイポーン、ウェスター(レベル100)です」

「馬鹿な……、ウォリアーの間違いだろう!?」

 彼が驚くのも無理はない。
 私とレオの間に突如として現れたのは、老人と言っても、熊のような筋肉を持て余し、白髪にピンクのリボンを付けた老人なのだから。

『主人殿、再び貴女と御一緒できるとは……このウェスター、無上の喜び』

 かつて共に死地を駆け抜け、戦い抜いた戦友は、茶目っ気たっぷりに私へウインクをしてみせる。勿論、その間も刃先は摘んで離さない。

「くそっ……その指を離せっ!」

『おっと、それはできませんねぇ』

 余程の怪力で摘んでいるのか、レオが懸命に引っ張っても彼の剣はピクリとも動かない。

「そいつはイリスを……そいつはイリスの仇なんだ! ここで葬らなければならない目をしているんだ……! そうだろうイリス!?」

『怒っていますねぇ、見苦しいことです』

 相変わらず余裕を見せるウェスターだが、ここで時間を無駄にするわけにもいかない。
 私は彼に目で合図を送る。

『ふむ……仕方ありません、軽くあしらってやりましょう!』

「うおおおぉ!? この──っ!」

 不意に剣を離されたレオは一瞬たたらを踏むが、流石は覚者の統率、すぐに態勢を整えてウェスターに斬りかかった。
 その太刀筋は鋭いが、ウェスターは僅かな動作で優雅に刃を躱していく。

『甘い甘い──当たるとでも?』

「くそぉぉぉ! イリスぅ!」

 昂ぶったレオの大振りが見事に透かされ、懐に致命的な隙を産む。それをウェスターは見逃さなかった。

『ふははは! この技を受け、せめて美しく散るといい!』

 ウェスターがワンドから無数の光の弾を放ち、レオの胴体に炸裂される。

「ぐっ、うぐぅ、うおぉぉぉ……っ!」

 プリーストとは言え、レベル100が放つ光弾は威力が高く、レオにまとわりつくようにぶつかり続け、やがて彼の体を大きく吹き飛ばした。

『おやおや、あまり血は見たくないのですが……』

「ぐおぉ──っ!? ぐふっ……」

 頭から地面に突っ込んで倒れるレオを見下ろして、ウェスターは自慢のヒゲを手で撫で付けて不敵に笑う。

『勝利の美酒を、竜と貴女に』

「はいご苦労様。帰っていいよ」

『そんな──っ!?』


 用済みのウェスターを還した後、私は倒れるレオに歩み寄る。

「う……ぐぐ……イリス……」

「『強くあれ』──とある幸薄神官からの伝言です。あと、考えてることはちゃんと皆に説明して下さいね──ややこしくなるから」

「何を……痛っ!?」

 軽くレオの頭を蹴り飛ばしてから、白竜の住まう神殿『レーゼ』へとリム転移する。
 グリッテン砦の戦いは所謂チュートリアルだ。砦の主であるヴァネッサが倒れたレオも含めて何とかするだろう。

「ふぅ……」

 白竜神殿の広間に着いた私は小さく息を吐いた。

「これでとりあえずは助かったかな……」

 心の中でかつての友人を想う。
 しかし、諸悪の根源はまだ残ったままであり、やる事は山程ある。
 私はレーゼの宿屋で強引にハイセプターに転職すると、その足で白竜神殿へと駆け込んでいた。

《……覚者よ──我に心臓を捧げし者よ──》

「ジョセフさん、これで!」

「ん? すまん、少し考えごとを……っぶっ!?」

 重々しく話しかける白竜を無視し、不動の上司こと神官長ジョセフの顔面に向かって課金アイテム【レベル100になる宝珠】を叩き込む。

「さて、ここからは駆け足になるかな」

 無事にレベル100に上がったのを確認して、アイテムボックスに入れていた武具を着込む。
 それからマイ拠点に記憶していた【フィンダム】の始まりの洞へとリム転移した。
 どうやら転移先である礎の解放は、時空を超えて共有されているらしい。

「な、何者だっ!?」

「あ、やっぱり居ましたね」

 精霊竜が守護する異界の大陸、フィンダム。
 その精霊竜を祭る洞の中央部に到着すると、フィンダム人の男──ロイグがまさに、大陸の要である巨大樹【芯なる樹】の根に向けて漆黒の液体を振り掛ける寸前であった。
 この液体が樹を蝕んで病魔の原因になり、それが竜の汚染へと繋がって世界が破滅に向かうのだ。
 つまり、原点であるここを断てば全ては解決するということ。

「初めまして、そしてさようなら。病人を見捨てない、運命に流されないフィンダムを作るので協力して下さい」

「何を──うっ!?」

 私は左手から魔力弾を放ち、ロイグの手から液体を弾き飛ばすと、追撃して消滅させる。
 そして一気に彼の懐に飛び込み、私は光の魔力を剣に纏わせた。

「食らえ、【光円月】!」

「ぬわーーーー!!」

 丸鋸のような光の斬撃は容赦なく後の元凶を切り裂いた。

「ぐふっ……何故、だぁ……わたしはフィンダムが大好きだ……ただ、それだけなのにぃ……」

「貴方の顔がモブじゃなかったら生存ルートもあったかも知れませんね──お、そろそろ来るかな」

 洞の大穴に落ちていくロイグを見届けながら、私は手の平で光の魔力を練り始める。
 やがて、禍々しい気配と共に目の前で黒い煙が噴き出し、中から黒い鎧の騎士が姿を現した。
 
『我の計画を邪魔するとは──』

「【エクリプス・ブラスト】ぉぉ!」

『ぐおおおおおおぉ──っ!?』

 圧縮させた光の魔力を黒騎士を中心として炸裂させる。不意を突かれた黒騎士は、やけにゆっくりと倒れ始める。
 無抵抗で崩れ落ちる黒騎士を闇の魔力を纏わせた剣──スキル【黒閃牙】で滅多刺しにしながら、以前理不尽にやられた仕返しをしていく。
 弱点多段ヒットの音がとても心地よい!

「お前が遅延に弱いのは、とっくに知ってるんですよ! この白竜の剣の錆になれ!」

『痛っ……み、見事だ……だが……痛っ……我を滅ぼすことは、ぐぅ……この世から闇を消すことに等しい……ぞぉ……』
 
 黒幕である黒騎士はそれだけ言うと闇の塵と化して消えていった。
 これでしばらくは大人しくなるだろう。

「よし。後はあっちですか。時期的には……ギリギリ間に合うかどうか」

 再び記憶の中から、今度は【アッカーシェラン】の火垂れ山野営地へと転移する。
 まだ野営地の出来ていない、広々とした火垂れ山の中腹に降り立った私は、辺りの異様な光景に驚いた。

「もう終わりだぁ!」

「く、黒い竜が火竜様を……っ!」

「邪悪な竜が火口に……!」


「間に合わなかったかぁ……」

 火竜を祀り、アッカー家を王とする異大陸【アッカーシェラン】。
 前の時間軸では、若き火竜が黒竜に倒され、悪しき竜に挿げ替えられる。その後、大陸がオークに侵略され、民が絶望に包まれたところから物語は始まる。

 最善なのはここで火竜を襲う黒竜を仕留めることだったが、別大陸では時間の流れが歪むのか、それは間に合わなかった。
 こうなっては悪しき竜を倒すしかないが、ただ倒しただけでは火竜の竜力が途絶えてしまう。

「確実なのは前と同じ状況に近づけること……か」

 確かこの後、王都メガドにオーク達が攻め寄せる。その混乱する城下で、唯一火竜の竜力を継承できる覚者──アッカー家の王子ネドが行方不明になって勝手気儘に歩き回るのだ。

「よし、そっちならまだ間に合うか」

 リム転移でオークが攻め込む前のメガド城下町に飛び、悪しき竜の異様な気配にざわめく街の階段を駆け登って城を目指す。
 城内を走っていると、混乱する兵士達の真ん中で、少年の叫ぶ声が聞こえてきた。

「──皆さん落ち着いて下さい! 母さんが……いえ、火竜がそう簡単に負けるはずがありません!」

「いた!」

「え──何ですかあなた……うわっ!?」

 兵士達を必死で指揮しようとするが、子供である王子が民の希望になるのは、大陸が絶望に包まれてからだ。
 そんな王子をどさくさに紛れて小脇に抱え、走り回る兵士の間を縫って離れると、そのまま王家の墓と呼ばれる場所に転移する。
 可哀想なことに、王子は知らぬ間に行方不明になったとされたのである。

「離して下さい……っ! 何なんですかあなたは!」

「暴れないで。王子をお母さんの所に連れてってあげる」

「え……?」

「王子はお墓の扉を開けてくれればそれでいいです」

 王家の墓前に転移した私は、ネド王子を抱えたまま墓の封印を解き、火垂れ山の火口を目指してショートカットを走り抜けた。


 最短で火口まで辿り着いた私達を待っていたのは──案の定、悪しき竜であった。


《グハハハハ! よくぞ来た王子よ、残念ながら貴様の母はもう居らん!》

「そんな……母さん、母さんっ!?」

「大丈夫、お母さんはあの竜の中にいます」

「ほ、本当ですか……!?」

「もちろん」

 取り乱しそうな王子を後ろから抱きしめて落ち着かせる。
 私は嘘は言っていない。

《最後の時間だ、喚きながら死ぬのも興醒めだな。少しだけ待ってやろう》

 なんとも都合のいい竜である。
 あとは王子を何とか瀕死にして放置しないといけないのだが、悪しき竜の盾にするのは流石に少しだけ忍びない。
 どうしようか考えあぐねていると、ネド王子が恐る恐る私に尋ねてきた。

「あの……あなたは声で女性だと思っていましたが……男性なのですか? なんかこう……感触に優しみが欠ける気が……」

《やーい、この洗濯板、抉れ胸ー》
 
 どこか違う世界線から、実に腹立たしい声が聞こえた気がした。



「──絶対に許さんっ!」

「え、えっ……うわああああ!?」

 気付けば私は、抱きしめた王子を渾身の力で持ち上げ、覚者式ジャーマンスープレックスを火山の大地へと撃ち込んでいた。
 鈍い音と共に王子の頭が火山にめり込み、そのまま動かなくなる。
 私はそれを確認すると、キッと目つきを鋭くさせ、悪しき竜に向かって武器を構えた。

「──おのれ、よくもっ!」

《……》

「……」

《……ふっ、人族の考えることは全く分からん……だが、我が力を前に戦いを挑むその心は褒めてやろう。誇れ。そしてその誇りを胸に、散れ!》

「やってやる! ウェスター!」

『おや? この辺りにジョブ修練敵がいるようですねぇ』

 出番とばかりに現れたウェスターが、牽制とばかりに煽りを入れる。
 だが悪しき竜と呼ばれる存在はそれどころでは無かったらしい。

《何だこの力は……この気配まさか……お前はレスタニアの覚者……!? 一体何故……どうやってここへ来た!?》

 結論から言うと、悪しき竜として生まれたばかりの奴は敵ですらなかった。
 自分が同じ理由で簡単に仕留められるとは思っても無かっただろう。悪しき竜の最後の顔はそんな驚きに満ち溢れていた。
 そして、悪しき竜の残した火竜の竜力により、王子は首をめり込ませた状態で復活した。
 
「えっ首痛……あれ? 悪しき竜は……? 母さんは……?」

「ネド王子……」

 未だ虚ろなクソガキに向かい、私は満面の笑みでこう答えた。

「お母さんは亡くなりました」

「うわぁぁぁぁん!」


 こうして、素早く2大陸を救った私は、メルゴダに転移して、待ちぼうけのディアマンテスを軽く嬲り、ミシアルと楽しく暮らしたのであった。【完】


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