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[37891] 【ネタ】BETAスレイヤー【Muv-Luv】
Name: 葉川柚介◆9ddbfd91 ID:2ffe867f
Date: 2013/06/21 21:18
 並行世界、というものがある。
 あるのだ。たとえ観測することはできなくとも、ここではないどこか、ここに似ていて、だがどこか違う世界というのは、確かにあるのだ。
 普通はそれを知ることはできない。何人たりとも、観測することはできない。

 そう、「普通」ならば。何事にも、例外はある。

「純夏……冥夜……みんな……」

 無限に連なる並行世界のただ中を漂う一つの意思がある。世界を、自分を救ってほしいという声に導かれ、数多ある世界を旅してきた魂。たどり着いた世界に己の宿命を呼び込むそれを、かつての恩師は「因果導体」と呼んだ。

 だが、そんなものは何になる。大切だった、だが守れなかった人たちの名を呟きながら、形を持たない歯が噛みしめるのは、ただ己の無力のみ。世界を変えることはできても救うことはできなかった、生き地獄のような幾多の生の記憶だ。

――!
「……呼ばれ、てる」

 そんな因果導体の魂がまた、ひとつの世界に引き寄せられる。自分を求める声に導かれるまま、再び絶望と戦いの渦へと。
 魂は呪った。自分の宿命を。無力が故に大切なものを助けられない弱さを。もっと力があれば。……奴らを殺しつくせる力があれば。そのためなら、この魂全てを復讐に捧げることすらいとわないのに。

 何度願ったか知れない、世界の狭間にただ掻き消えるべきその祈り。

 ――だがこの時、その願いを感じ取ったソウルがあった!


(((オヌシ、力が欲しいか)))
「……力」

 声はジゴクめいた響きで語りかける。魂しかない今ならばわかる。そのソウルが持つ悲しみと絶望、憎しみと悔恨。そして全ての敵を殺してしまいたいと願う……怒り!

「……力が、欲しい。たとえ……魂と引き換えにしてでも」
(((ウム。ならば我がソウルと一体となれ。今より我らの願いは一つ。為すべきことは一つ)))
「為すべきこと……たった一つ……BETA、殺すべし!!」

 二つのソウルは混じり溶け合い、絶望渦巻く世界へと勢いよく舞い降りる。

「Wasshoi!」

 並行世界を震わせる、カラテシャウトと共に!


◇◆◇


「ム……」

 むくり、と身を起こす。頭痛と吐き気がわずかに残り、しかしすぐに体の奥へと消えていく感覚。見慣れたはずの自室で目を覚ました、かつて白銀武であった男は自分の体にみなぎる圧倒的なカラテの力を感じていた。

「鏡……鏡はどこだ」

 自身の変化を確認するため、彼は部屋の中を見渡す。この部屋の様子が勝手知ったるものであったのは並行世界を渡る宿命を持つようになる前の話。どこに鏡があったかを思い出すのにすら難儀して、しかし体が覚えていたかのようにすぐに見つけた身だしなみを整えるそれに、姿を映す。

 そこにいたのは、ニンジャであった。
 カラテによって鍛え上げられた精悍な顔つき。幾多のイクサを潜り抜けて鋭く光を放つ目。赤黒のニンジャ装束。そして顔を覆う「BETA」「殺」と書かれたメンポ。それは紛れもないニンジャの証! コワイ!

「やはり……か。行くとしよう。時間が惜しい」

 しかし彼は変わった自分の在り方に悩まない。今更姿の一つが変わったからなんだというのだ。魂は幾度とない戦いの中ですり減り、いまだ白銀武と呼べる部分が残っているかすら怪しいものだと、何度となく自嘲した。涙も、枯れ果てるほどに。

 だから彼は迷うことなく家を出る。部屋を一歩出た時から、外の世界とつながりを持ち、瞬く間に朽ちる景色。扉を開ければ、家に倒れ込むのは糸が切れたジョルリめいて動かないハイ・テックなロボットと荒れ果てた街並み。まさに、古事記に記されたマッポーの世がそこにある。

「……インガオホー」

 つい口をついて出た言葉は、メンポの中にこもって誰の耳にも届きはしない。ほんの一時だけ景色を見つめ、目に焼き付け……彼の大切なものを踏みにじったものへの怒りを激しく燃やす。この怒り、忘れるものか。


◇◆◇


「……ん、なんだあれ?」
「誰か、近づいてきてるのか?」

 国連軍横浜基地、正門前。女狐の狡猾さで絶大な権力をかっさらうという暗黒メガコーポめいた方法を使い、しかし世界を救うための研究を進める香月夕呼の根城たるこの基地の門番二人は、その時基地に近づく何かを見つけた。

 荒れ果てた荒野の道を黙々と歩いてくる人影。どこから現れたのか、その歩みは間違いなく彼らのいる基地を目指している。門を守る彼らは、その存在に警戒もあらわにする。こんなところに、一体何が。

「お、おい……なんだあれ!?」
「俺に聞くな! で、でもまさか……あれは!」

 その人影が近づくにつれ、彼らの間に動揺が走る。人影は赤黒のニンジャ装束に身を包み、マフラーめいたぼろ布を風になびかせ、顔を覆うメンポに刻まれた「BETA」「殺」の禍々しいショドーがはるか彼方から威圧の風を轟かせる……ニンジャなのだ!

 ナムアミダブツ! サツバツたる異様から漂うジゴクめいたアトモスフィア。間違えようのないニンジャの姿に、二人は心底震え上がる!

「ドーモ、BETAスレイヤーです。……香月副指令への取り次ぎを頼みたい」
「ア、 アイエエエエエ!」
「ニンジャ!? ニンジャナンデ!?」

 BETAスレイヤー、と名乗ったニンジャの奥ゆかしいアイサツ。しかしニンジャリアリティショックのただ中にある門番の耳には届かない。両手に持った銃をがくがくと振るわせ突きつけながら、恐怖の叫びをあげるのみ。

 それも無理からぬことだ。ご想像いただきたい、日々を善良に生きる読者諸氏の前に、もしも突然ニンジャが現れたら……? しめやかに失禁することは確実であろう! しかしこの兵士たちは逃げない。持ち場を離れることによるケジメの恐怖も無論あったが、それでも使命感は彼らの足を縫いとめた。

 しかし、悲劇は起こる。怯え震える兵士の指が、なんとトリガーに伸びてしまった! BRATATATA! 引き金が引かれ、大量の弾丸がBETAスレイヤーめがけて吐き出されたのだ!

「イヤーッ!」

 BETAスレイヤーは流麗なブリッジで回避! そのまま五連続バックフリップで距離を取り、だがすぐさま再び距離を詰める!

「イヤーッ!」
「アバーッ!?」

 そして暴れまわる銃を掴み、ニンジャ握力で粉砕! 兵士には傷一つないが、二人そろってしめやかに失禁!

「私は怪しい者ではない! 香月夕呼に会いに来た……シロガネ・タケルと伝えろ!」
「ヨロコンデー!」

 腰が抜けたままおたおたと基地へ向かって行く兵士たちを眺めながら、BETAスレイヤーの心は揺れる。二度と使わない覚悟でいたかつての名前。並行世界を辿った記憶がこの名を出さねば進めないと囁くのに従い使ったが、同時にかつての仲間達の、散っていった姿が去来し胸をえぐる。

「私はもはや、誰かを守ることはできない。だから、せめて……BETA殺すべし。慈悲はない!」


◇◆◇


「あれが……白銀武? ……ほんとにぃ?」

 基地の正門におかしなニンジャがいる。その報告を聞いた時、香月夕呼は己が耳を疑った。世界を救うカギとなる00ユニット開発に熱中するあまり、うっかりバリキドリンクのオーバードーズでもしてしまったか。そんな懸念を感じすらした。

 だがあまりにも荒唐無稽なその話、嘘にしては的を外れすぎていると考え、自室から正門の様子を撮影しているゲキシン・ガーゴイルの映像を確認した。すると……そこにたたずむのは、まさにニンジャである!

 香月夕呼は、しかし驚きはしない。奇妙と思いはしても、天才科学者たる彼女にとってニンジャの放つアトモスフィアとて物理的要因の一部、観測すべき事象に過ぎないのだ。タツジン!

 それよりも彼女が気になるのはそのニンジャが名乗った「シロガネ・タケル」という名のほうだ。その名を口にするということは、あるいはこのニンジャこそが00ユニット完成の鍵になるのでは。悟りめいたインスピレーションが彼女のニューロンでスパークする。

 しかし、すぐに否定する。彼女の信じる科学に、コミックの世界に描かれるようなニンジャの法則は適用されない。あれはただのおかしな輩だろうと、すぐに吐き捨てる。

 ……それが、ニンジャへの無知からくるウカツであることを、彼女はすぐに痛感することになる。

「まあありえない……っ!? な、何今の……カメラ越しに、こっちを見た!?」

 ゲキシン・ガーゴイルのカメラの位置は秘匿されている。しかし、BETAスレイヤーはその位置をニンジャ観察力によって見つけ出し、基地のIRCネットワーク越しに自分を観察する視線を感じ取り、睨みあげたんどあ。

「……」
『……』

 モニタ越しに見つめ合う夕呼とBETAスレイヤー。目をそらさず、言葉を発さず。世界を救う鍵となる二人のこの世界における初めての出会いは、直接相対することなく交わされた。


◇◆◇


 そして、夕呼に会ったBETAスレイヤーはすぐにも行動を開始する。かつての仲間たちと同じ207B文体に配属され、衛士になるための訓練に明け暮れる。全てはそう、BETAを殺すために!


「……本当に、強い?」
「彩峰っ!? 何を言っているの!」
「……オヌシ自身で確かめよ」
「BE……白銀も、挑発に乗ってどうするのよ!?」

 BETAスレイヤーが見せる威圧的なアトモスフィアに、時に反発されることもあった。

「イヤーッ!」
「ンアーッ!」

 彩峰のミリタリーカラテをBETAスレイヤーのジュー・ジツが破る!


「えっと、それじゃあ狙撃訓練を……って、あれ。白銀さん、ライフルはどこに」
「必要ない。イヤーッ!」

 数百m離れた狙撃用の的を、BETAスレイヤーの放つスリケンが正確に射抜く! タツジン!


「武。そなた、こんな時間に何を……?」
「チャドーには、このような月夜がいい。スゥーッ! ハァーッ!」

「……月読中尉、放っておいていいんですか、アレ」
「ばっ、バカモノ! あれはニンジャだぞ!? 我々がどうにかできるものか!」

 ワビ・サビの心を通して冥夜との絆を紡ぎ、BETAスレイヤーは着々と衛士への道を歩んでいく。

 ……しかし、それだけか?
 BETAスレイヤーは、BETAを殺すものは、本当にそんな日々を過ごすだけの存在か?


「……」

 夜の隊舎に、静かに眠る影がある。そう、彼こそはBETAスレイヤー。フートンに包まれ安らかに眠っている……ように、この部屋の様子を覗いたものがいれば誰もが思うだろう。

 誰も気づかない。夜ごと基地への侵入者を警戒する漢字サーチライトの光輪の隙間を抜けて、夜の闇へと消えていく赤黒の影があることを。


◇◆◇


 新潟県、佐渡島。横浜基地からネオサイタマを抜け、中国地方を越えたドサンコにほど近い地。現在日本に唯一のハイヴがそびえたつ、BETAに支配された異形の大地。24時間体制で監視の目が向けられるその地に、近頃奇妙な動きがあった。
 日本海を挟んで本土側から観測を続ける帝国軍のレーダーに、毎夜BETAの活発な動きが捕えられているのだ。

「ザッケンナコラー!」
「スッゾコラー!」

 BRATATATATA! 緊急発進した戦術機が本土に上陸したBETAを蹴散らす。日本の衛士ならば誰もが知る「たくさん撃てば実際当たりやすい」という平安時代の哲学剣士、ミヤモト・マサシのコトワザに従って、海から上がるたびにネギトロに変えていく。

 衛士たちが自らを鼓舞するために叫ぶ身も凍るような恐ろしさのヤクザスラングも高らかに、突如勃発したイクサは夜の闇に火花を散らす。

 だが、誰かが気付いていただろうか。
 BETAたちがまるでなにかから逃げるかのように統制も何もない動きで本土に上陸してきたことに。そして戦術機が本土で戦っているこの瞬間も、佐渡島上ではまるで同規模、いやそれ以上の激しいイクサが行われているかのような光の明滅があることに。




「異常ないか」
「異常ない」
「ユウジョウ!」
「ユウジョウ!」

 翌朝、往年のカチグミサラリマンめいた完璧な連携で佐渡島に降り立つ2機の戦術機があった。互いの背中を守り合いながらゆっくりと警戒して進む彼らに課せられた任務は、昨夜異常な動きがあった佐渡島の調査である。

 連夜のごとくBETAが佐渡島上で不審な動きを見せ、まして昨夜はレーザー級のレーザーが空に向かって照射されることすらあり、本土にまでBETAが上陸した。これまではBETAの夜間活動で済ませることもできていたが、ここまでのことが起きればそうはいかない。調査の必要がある。

 今のところBETAの姿はない。ここまで当たり前のように来られただけでも奇跡だということを考えれば、何かが起きていたのは間違いない。それも、彼らの常識を飛び越えるような何かが。

「……おい見ろ、あそこだ!」
「おぉ……ブッダ!」

 ナムアミダブツ! 彼らがついに見つけた異常! それは一面に広がる……無数のBETAの死骸!

「すげえ、まるでツキジだ」
「ブードゥーめいてやがる。こんなに大量のBETAが、たった一晩で……?」

 二人は戦術機のIRCネットワークにすぐさま連絡を入れ、位置情報を転送。仲間を呼ぶとともに情報収集重点のボタンを押す。

 BETAの死骸は様々だ。闘士級から要撃級、突撃級、果ては要塞級まで、ありとあらゆるBETAが死んでいる。死因とみられる痕跡は様々だ。体中穴だらけになったもの、ズタズタに切り裂かれたもの、しめやかに爆発四散したもの。
 もしこの中で唯一の共通点を見いだせるとするならば、いずれもが殺戮者の果てしない怒りを感じるほどのネギトロになっていることくらいである。

「……なあ、こんな噂を聞いたことあるか?」
「噂?」

 任務中の軽口。場合が場合ならばケジメはおろかセプクすらあり得ることだが、今の状況ならば許されよう。衛士に求められる精神、ヘイキンテキを保つため、チャドーを知らない彼らにとってはこれが一番の近道なのだ。

「最近さ、見たってやつがいるんだよ。夜になるたび、本土から佐渡島の方へ向かって走っていく、赤黒い人影を」
「……まさか、そのゴーストがこれをやったって言うんじゃないだろうな?」
「まあ聞けって、続きがあるんだ。そのゴーストはな、赤黒い装束を着て、生身なのに戦術機みたいに速くて……顔にメンポをつけてたんだってよ」
「おい、それじゃまるで……」

 相棒の言葉に、衛士は喉元まで登ってきた言葉を飲み込んだ。
 笑いをこらえているようだった相棒の声もまた、どこかひきつってはいないか? 衛士は相棒も決して正常な精神にはないことをようやく理解した。

 周りに散らばるBETAの死骸。
 要塞級の甲殻に空いた無数の小さな穴は、連続カラテパンチによるものではないか?
 戦車級をバラバラにしている鋭利な切り傷は、スリケンが切り裂いたことによるものではないか?
 全ての脚をへし折られた要塞級は、なんらかのジツによって倒されたのではないか?

 無数のBETAを一晩で、しかも戦術機の反応もさせることなく倒しきるからには、恐ろしいカラテのワザマエがなければなしえない。そんな力を持つ存在を、彼らは知っていないか。遥かな過去、平安時代から日本人の遺伝子の中に、その存在が刻まれてはいなかったか。

 ニンジャ、という言葉は、最後まで二人の口をついて出ることはなかった。

 事後の報告書において、「まるでニンジャのイクサの後のような」という言葉は一度書いた後に削除され、提出された。




 BETAスレイヤーのイクサは終わらない。この地上から、全てのBETAを滅ぼすその日まで。走れ、BETAスレイヤー、走れ!


「……ドーモ、あ号標的=サン。BETAスレイヤーです」


◇◆◇

登場人物名鑑

BETAスレイヤー

 本名シロガネ・タケル。数多の並行世界を渡る因果導体であり、今回も新たな世界に降り立とうとしていたが、その時謎のニンジャソウルが憑依。それによりBETAを殺すもの、BETAスレイヤーとなりBETAが蠢く地球へと降り立った。
 元々因果の流入による軍人として鍛えられた体を持っていたところにニンジャソウルが宿ったことで、圧倒的なパワーとカラテのワザマエ、人知を超えた多数のイクサを乗り越えたことによるジゴクめいたアトモスフィアを放つニンジャとなった。
 赤黒のニンジャ装束に「BETA」「殺」と禍々しくショドーされた鋼鉄製メンポをつけ、ユウコ先生たちと共にオルタネイティブⅣの達成に協力する傍ら、普段は207B分隊とともに衛士になるための訓練を積んでいる。彩峰のミリタリーカラテや冥夜のイアイドーと渡り合い、壬姫の狙撃と同等の命中精度を誇るスリケンのワザマエを示すことによって徐々に溶け込んでいっている。
 一方で、誰にも知られることなく夜な夜な基地を抜け出しては佐渡島に赴き、その名の通りBETAを狩るサツバツとした日々を過ごしている。
 ニンジャとなる前から保有していたユニーク・ジツであるフラグ・ジツは今もって健在であり、ヒロインとニンジャを増やし続けている。


コウヅキ・ユウコ

 BETAスレイヤーの協力者、に半ば強制的にさせられる科学者。紛れもない天才であるが、科学技術への造詣は深い一方でニンジャ科学への無知がたたり、BETAスレイヤーが引き起こす数々の奇跡的なカラテの前にニューロンが焼き付きそうになる。最近バリキドリンクが手放せない。
 目的のためなら犠牲をいとわず手段も柔軟に変えていける彼女の美点は、幸か不幸か00ユニット完成のために必要な最後のピースを自力で手に入れるに至る。00ユニットのボディを、ハイ・テックによって作り出したニンジャのボディにすればいい、というアンタイブッダ的結論によって。
 世界を救うために奔走しているが、同時にこの人がやらかしたことによってこの世界にもニンジャが生まれてしまったりする。


ヘイズシュライン

 ヤシロ・カスミがBETAスレイヤーとの初対面時、ユウコ先生の指示で彼をリーディングしたことで魂が変質し、ニンジャソウルとなってしまったことで生まれたバイオニンジャめいた存在。ニンジャとなったあとはBETAスレイヤーからのインストラクションを受け、素手でBETAをネギトロに変えられるほどのカラテのワザマエを手に入れる。またニンジャになる前からのユニーク・ジツであるドクシン・ジツが強化され、周囲の人、動物、機械を問わずあらゆる意思を読み取り、また投影することが可能となった。
 生まれ方が特殊なため彼女のニンジャソウルはどこのクランにも属していないが、当人は勝手にウサギ・ニンジャクランのニンジャと名乗っている。


セレンミラー

 私は大丈夫、とか言っときながら実はばっちり遅効性のニンジャリアリティショックにやられていたユウコ先生により、00ユニットのボディはハイ・テックニンジャボディとなった。そしてそのボディへとカガミ・スミカのソウルが移される際、BETAへの凄まじい憎しみの感情からニンジャソウルへと進化を遂げたことにより、実際ニンジャ存在となって生まれた00ユニットニンジャ。
 くまなくサイバネ化された体から繰り出されるテクノカラテと、LAN直結することなしに電脳コトダマ空間にアクセスしてネットワークを掌握できるというヤバイ級ハッカーすら超越するハッキング能力を持つ、極めて強力なニンジャ。ヒサツ=ワザはBETAスレイヤーを大気圏外まで吹き飛ばす威力を持つといわれるスゴイギンガパンチ。
 起動直後はBETAへの憎しみから暴走し、BETAスレイヤーに止められなければ横浜基地の全施設と全戦術機部隊を壊滅させていただろうと言われるほどの力を見せる。数少ない欠点は、サイバネボディであるため定期的にスシを摂取しなければ体が動かなくなってしまうこと。


 BETAスレイヤー、ヘイズシュライン、セレンミラーの3人は数々の困難を乗り越えてオリジナルハイヴの奥深くあ号標的の元までたどり着き、戦術機が全て壊れていたので3人の力を合わせた決死のカラテによってこれを粉砕する未来が待っている。



[37891] マシン・オブ・ヴェンジェンス・ウィズ・カラテ
Name: 葉川柚介◆9ddbfd91 ID:159b9d7d
Date: 2014/07/07 22:42
「敬礼!」

 リーダーを務める者の合図とともに、居並ぶ新人が一斉に敬礼をする。緊張感にあふれるその敬礼は、堅苦しさを嫌う夕呼の直属部隊A-01ではなかなか見られない物だ。そのことに初々しさを感じながらも、特殊任務部隊A-01、通称伊隅ヴァルキリーズの隊長を務める伊隅みちるは微笑ましく思う。

 今日はめでたい日である。なにせこの伊隅ヴァルキリーズに新任が配属となる。激戦に次ぐ激戦で人員を減らし、新しく着任することとなる彼女らにも辛い戦いばかりを経験させることになるだろうが、それでも仲間が増える喜びは筆舌に尽くしがたい。彼女らを守り抜き、いつか彼女らが自分たちを守ってくれるようになれば。今からそんな未来を望んでやまない。

「榊千鶴です。207B分隊では隊長を務めていました。よろしくお願いします!」

 キビキビとした言葉遣いからも几帳面な性格が伝わってくる、おさげとメガネの少女が率先して名乗った。人格的な相性の面はもとより、政治的な思惑が複雑怪奇に絡み合って訓練が遅れに遅れていた207B分隊を最終的には何とかまとめあげ、総合技術演習を見事合格に導いた指揮能力はA-01の面々も聞き知っている。先んじて着任した207A分隊の涼宮茜とはライバル関係にあるとも聞き及んでおり、それらが良い刺激となって優秀な指揮官に成長してくれれば良いと期待が膨らむ。

「御剣冥夜と申します。剣術は得意としていますが、改めて実戦での戦いをご指導のほど、よろしくお願いいたします」

 凛とした雰囲気とは彼女のためにある言葉だろう。人知を越えてとんがっている髪型はどうやってセットしているのか同じ女性としてかなり気になるところであるが、ともあれ彼女もまた新任としてビシバシ鍛えていかねばなるまい。日本人としてはその顔付きにそこはかとなくデジャヴを感じずにはいられないのだが、勤めて気にしないようにすることが必須であろう。

「彩峰慧。突撃前衛希望、です」

 前二人と打って変わって不遜な態度を示す慧に対し、千鶴がさっそく横目で鋭い視線を向ける。この二人は207B分隊のころから犬猿の仲であり隊の関係をぎくしゃくさせていたということだが、総合技術演習までには互いを認め合うようになったという。不敵な顔付きをどう料理してくれようかと、獰猛な笑みを浮かべているA-01の現突撃前衛筆頭たる速瀬水月が喜びのあまり可愛がりすぎないように注意しなければならないだろう。。

「た、珠瀬壬姫です! えーとえーと……がんばりましゅっ!」

 噛んだ。微笑ましさにほっこりしてしまうが、A-01メンバーの顔に侮りと失望の色はない。ドのつくあがり性というのは聞きしにおよび、見てもわかることではあるが、彼女にはそれを補って余りある狙撃の才能がある。あがり性の気質は完全にはなくなっていないようだが、仲間とともにその弱点を克服した精神をこそ、みちる達は高く評価していた。

「鎧衣美琴です。精一杯がんばります!」

 元207B分隊は個性的な面々だが、この場において緊張の様子が全くないのはただ一人、美琴のみだ。マイペースな性格はあらゆる局面で発揮されるようだが、それは常に自分を見失わないという長所にもつながる。身に着けたサバイバル能力の高さも含め、部隊の生存力の向上に大いに貢献してくれることだろう。


 ……初々しくも頼もしい、新任達。これから苦楽を共にすることになる彼女らを受け入れる。受け入れているのだが。

 今回の新任は、この5人だけではなく。




「ドーモ、ヴァルキリーズ=サン。BETAスレイヤーです」


「アイエエエエエ!? ニンジャ!? ニンジャナンデ!?」
「アイエエエ!」

 ニンジャの……新任!
 国連軍の制服に身を包み、しかしなぜか「BETA」「殺」と書かれたメンポをつけたニンジャが、207B分隊のメンバーとしてA-01に着任したのだ! コワイ!
 いかに歴戦の衛士といえど、A-01の彼女らもまたモータルであることに変わりはない。これまで必死に視界に入れないようにしていたが、直接アイサツをされてしまえばニンジャアトモスフィアから逃れるすべはない。新兵として初陣を迎えた時でもこうはならなかったというほどの、ニンジャの恐怖に震えるA-01たち。むしろ失禁しなかったことをこそ彼女らの強靭な精神力として誉め讃えるべきだろう。

「懐かしい反応だな」
「私達も、最初はこうだった」
「大丈夫ですよ、BETAスレイヤー=サンはこう見えてBETA以外にはとっても優しいですから」
「BETAに対して慈悲はないけどね」


 BETAが地上を覆いつくし、人類の滅亡が極めて現実的な可能性となった未来。
 そのマッポーの世に降り立ったニンジャ、BETAスレイヤー。
 彼の戦いはまだ、始まったばかりだ!


◇◆◇


「戦術機のOS?」
「ウム」

 国連軍横浜基地の地下深く。かつてのヨコハマ・スゴイフカイハイブを改造したこの基地の最奥にて人類の救済のために戦う女性こそ、ユウコセンセイである。執務室の机で横浜基地副司令としての執務をこなしながら、異様な風体の訪問者BETAスレイヤーとの会話を両立する。

「戦術機の動きが悪いって、そりゃあんたからすれば……い、いやなんでもないわ」

 ユウコセンセイは、書類から目を上げることがない。溜まった仕事が膨大であることと、いかにユウコセンセイとはいえニンジャをまともに直視すれば失禁は免れえないが故のことだ。初めて面と向かったときに晒してしまった醜態は、ユウコセンセイ自身のテンサイを駆使して記憶から抹消してある。

「確かに戦術機は強い。だがニンジャのカラテを引き出すには足りぬ」
「それで、あんたの記憶にあるXM3? を作れっていうわけね」

 ユウコセンセイはBETAスレイヤーの提案を吟味する。OSを作るということ自体は、対BETA戦への対応としてさほど的外れでもない。ニンジャソウルに由来しない、シロガネタケル自身の記憶に由来するという、コンボやキャンセルといった戦術機の挙動自体は確かに現在の技術でも実現が可能で、なおかつ有用でもある。当然ユウコセンセイでもなければたやすく作るはできないが、だからこそ現状の戦力を増強することに加えて、政治的なカードとしても使える可能性を秘めている。なかなかに、悪くない手だ。

「……まあ、いいわ」
「手を貸してもらえるのか」
「私にとってもメリットがあるからよ。それに、この程度のことだったら難しいものでもないわ。私は知能指数が高いのよ。霞、さっそく取り掛かるわよ」
「ハイ、ヨロコンデー!」

 そしてユウコセンセイの命を受け、かつて社霞と呼ばれていたニンジャ、ヘイズシュラインがUNIXを操作する。BETAスレイヤーのニンジャソウルを自身の持つドクシン=ジツによって読み取った結果、自身の魂もまたニンジャソウルへとなった少女だ。それ以来BETAスレイヤーからのインストラクションを受け、いまやそのカラテは熟練の衛士ですら遠く及ばぬものとなっている。ニンジャとモータルの間にある差は、それだけ大きい。
 だがそんな彼女の仕事は本来ユウコセンセイの補佐。彼女はニンジャとなってからより一層鍛えられたUNIX技術を、今日も人類のために駆使している。

「任せてくださいBETAスレイヤー=サン。さっそくOSの作成に取り掛かります」
「よろしく頼む、ヘイズシュライン=サン」
「……はあ」

 そして、ユウコセンセイを頭痛が襲う。人類を救おうと、そのためならどんな汚名でも被ろうと決意してはいたのだが、このニンジャ密度はさすがのユウコセンセイをして凄まじい精神疲労を避けられない環境だった。とりあえず引出にしまっておいたバリキドリンクを一本煽る。

「あー、イイ。遥かにイイわ」

 脳がすっきりと晴れる感覚と共に寿命が縮んでいる気もするが、今は背に腹は代えられなかった。このニンジャアトモスフィアに飲まれれば、どうなるか。天才の頭脳をしてすら想像したくないことというのは、存在する。


◇◆◇


 後日!
 佐渡島!


「イヤーッ! イヤーッ!」
「BETAスレイヤー=サン、私達のことは気にしないで、もう……」
「黙っていろ! イヤーッ!」

 日本国内に唯一残る佐渡島ハイブから、BETAがあふれ出した。定期的に間引きと呼ばれる数減らしをしているにも関わらず、どういうわけか大量のBETAがハイブから溢れだし、その対応のためにA-01にも呼び出しがかかったのだ。
 新人が配属されているとはいえ、A-01は歴戦の精鋭部隊。任された戦場は最前線以外の何物でもない。そのため全員が必死の奮闘をし、結果、BETAスレイヤーを含めた今日が初陣の衛士たちも、初陣の衛士が生き延びられる平均時間「死の8分」はとうに過ぎている。

「アイエエエエエ!」
「コワイ! アイエエエエアバーッ!?」

 しかし他の全ての衛士もそうあるわけではない。目の前に迫りくるBETAの大群は既に戦術機部隊を包囲して、まさにミヤモトマサシのコトワザ「前門の虎、後門のバッファロー」のごとし。BETAリアリティショック状態に陥った者から順にBETAによって戦術機ごと爆発四散していく。
 その中でなお旧207B分隊の隊員が生き残っていられるのは、熟練のA-01先任たちと、そしてイクサにおいてはA-01すら上回る経験を持つBETAスレイヤーの奮闘があればこそだ。
 だが状況は極めて悪い。長時間にわたる戦闘により一人が大破し、一人が跳躍ユニットを破壊され、と次々戦闘不能に陥っていく。既にして完全に五体満足の状態で動けているのは、先任を除けばBETAスレイヤーの一機のみ。他はみなどこかしらを損傷し、戦力の低下は著しい。
 しかもBETAスレイヤーの武装は既にアウト・オブ・アモー。卓越したニンジャ反射神経による機動によってBETAを翻弄し、辛うじて動けなくなった仲間達をかばっているに過ぎない。

(ヌウゥッ、カラテさえ、カラテさえあれば……!)

 BETAスレイヤーはメンポの中で唸る。
 戦術機は確かに強い。巨体とパワー、豊富な武装。それらを駆使すれば、BETAスレイヤーが生身で戦うよりも多くのBETAをネギトロにすることができる。しかし、しかしそれでもテックには限界がある。
 カラテパンチならば一撃で倒せたBETAがいた。ヤリめいたサイドキックを放てればまとめて数体のBETAを葬れた局面があった。BETAスレイヤーは脳裏に浮かんだそれら状況判断を必死に押し殺し、戦術機に見合った動きでBETAを屠り続けていた。
 それでも、BETAスレイヤーは強い。今日が初陣とは思えぬ落ち着きを持っているうえ、ニンジャ動体視力はあらゆるBETAの奇襲を許さず、ニンジャ耐久力がこれまでの長期戦を支え、ニンジャ腕力はいまだ衰えることなく操縦桿を握る。
 だが、それでも。

「IYAAA!」
「グワーッ!」

「BETAスレイヤー=サン!?」

 理由は何か。蓄積した疲労、戦術機の反応の遅れ、死角からの攻撃、回避してしまえば仲間が代わりに犠牲になるかもしれないという迷い。それらのいずれか、あるいはすべてがBETAスレイヤーの回避機動を鈍らせ、要撃級の格闘腕によるショートフックがBETAスレイヤーの乗る戦術機を殴り飛ばした。
 幸いウケミは間に合った。しかしダメージは深刻で、跳躍ユニットは全損。本体の動きにこそ支障はない物の、もはやBETAを翻弄していた機動力を発揮することはかなわないだろう。仲間達の悲痛な叫びが何よりその事実を証明している。
 だがそれでも、BETAスレイヤーは戦術機を立ちあがらせた。

「……スゥーッ、ハァーッ」
「……! だめです、BETAスレイヤー=サン! 逃げてください、私たちに構わず、早く……!」
「珠瀬の言う通りだ、せめてBETAスレイヤー=サンだけでも!」
「気に、しないで……」
「そうそう、覚悟はできてるしさ」
「ええ、そうね。それが一番正しいって、わかっているでしょう?」

 通信から漏れ聞こえてくるチャドー呼吸に、BETAスレイヤーの闘志がいまだ折れていないことを悟る仲間達。しかしそれはBETAスレイヤーを自分たちと同じ確実な死に追いやるアブナイであることもまた理解していた。
 彼女たちは覚悟を決める。ここで自分達が死ぬことになろうとも、BETAスレイヤーが生き残れば、自分達が生き延びて殺す以上のBETAを殺してくれるだろうと。悲痛にして壮絶な覚悟を、乙女達は当たり前のこととして、既に胸の奥に受け入れている。

 ……その運命に抗う者は、この場においてただ一人。

「それはできぬ」

 BETAの大群を前にして、ジリー・プアー(徐々に不利)な状況を理解してなお否と叫ぶ、BETAスレイヤーのみである。

「なっ、何を言っている!?」
「私はBETAを殺す。全て、殺す。慈悲はない。……それだけだ」

 そう、BETAスレイヤーはBETAを殺す者。この地上に蔓延る全てのBETAを殺し尽くし、幾多の世界で失われた命の復讐を果たす者。しかし、世界そのものを相手取るに等しい怒りの源は、仲間を、人々を、誰一人死なせたくないと願った一人の青年の優しさに端を発するものだ。

 生き残れば、より多くのBETAを殺せる。そうするためには、仲間を見捨てることも時に必要となるだろう。
 しかしそれを良しとする道理は、BETAスレイヤーにはない。全ての仲間を守ること。全てのBETAを殺すこと。その双方を為すための力こそ、ニンジャソウルが授けたカラテであり、シロガネタケルの鍛えたテックを操る技術なのだから。


「IYAAA!」
「ヌゥッ!?」

 しかし、現実は非情である。
 正面から迫りくる突撃級BETAの、スモトリに匹敵するブチカマシを前にして、BETAスレイヤーの操る戦術機はもはや回避の術を持たないことにこのときはじめて気付かされる。

 せめて跳躍ユニットが生きていれば。
 あるいは、カラテを自在に使うことができたならば。この程度のチャージを回避することなどベイビー・サブミッションであったというのに……!

 BETAスレイヤーの胸中に湧き上がる怒り、悔恨、焦り……! 迫りくる突撃級が激突するまで、残る距離は畳30枚分!
 戦術機の脚力ではすでに避けられない! どうする、どうするBETAスレイヤー!


 ……そのとき!


『BETAスレイヤー=サン!』


 声が、UNIXから響き渡る!

「! Wasshoi!」

 その声に導かれ、BETAスレイヤーは操縦桿を力強く握り、カラテシャウトとともに戦術機を動かした!

「IYAAA!?」
『イヤーッ!』

 すると、おお、見よ。BETAスレイヤーの操る戦術機は先ほどまでのぎこちない動きから打って変わり、まさしく人間めいて跳躍。側転からの5連続バックフリップで見事突撃級の攻撃をかわしてのけた! さらにそのままパルクールめいて周囲の地形を最短距離で走り、体当たりを失敗して通り過ぎた突撃級BETAの背後に肉薄! 畳1枚分、すなわち人間サイズに換算してワンインチ間合いへと瞬く間にたどり着き……。

「イヤーッ!」
「ABAAAA!?」

 中腰姿勢の戦術機が放ったパンチ……あれは、ポン・パンチだ! 背後の弱点を突かれた突撃級BETAはそのまま地面と水平に吹き飛び、その先にいた戦車級や闘士級を引き潰し、要撃級や要塞級BETAの脚にぶつかるたびピンボールめいて跳ねまわり、周囲にBETAにとってのアビ・インフェルノを巻き起こす弾丸となった。

「こ、これは……」
『なんとか間に合ったようですね、BETAスレイヤー=サン』
「ヘイズシュライン=サン!?」

 咄嗟のことで、流れるようなカラテ・ムーブメントがなぜ実現できたのか、当人自身理解しきれていないBETAスレイヤーの目の前に、UNIXがヘイズシュラインの姿を映しだした。

『頼まれていたOSがようやく完成しました。戦闘中の直接転送は危険な賭けでしたが、成功したようです』
<新OS転送中ドスエ。最低限のモーションパターンは転送済。残り10%ドスエ>

 ヘイズシュラインの言葉に被さり、電子マイコ音声が新OSへの書き換えが行われていることを告げてくる。戦闘中の戦術機に直接OSを転送するなどというタツジンを成し遂げたヘイズシュラインは額の汗をぬぐい、垂れる鼻血をメンポで隠した。
 おそらく、この突貫作業は彼女にとっても限界を越え、危険を伴うことだったのだろう。画面の隅に映るザゼンドリンクの空き瓶の数は、ヘイズシュラインがオーバードーズも恐れずこの瞬間のために持てる力の全てを賭してくれたことを雄弁に物語っている。

<新OS転送完了ドスエ>

 OS転送中というある種無防備な状態でありながら、BETAスレイヤーは周囲への警戒を怠らず、それを察してかBETAは遠巻きに様子を伺い、攻めては来ない。突然見違えるほどの動きをしたことを警戒しているのだろう。
 だがそれは、絶望的なまでに悪手だった。もしもBETAに未来を見通す能力があったのであれば、たとえ佐渡島ハイブの全BETAをこの瞬間のBETAスレイヤーにぶつけて、刺し違えてでも倒していたに違いない。

 OSが書き換わったのと同時、戦術機の全身に力が満ちたように感じたのは気のせいか、はたまたニンジャ第六感の為せる技か。

「おお、これが……XM3!」
『いいえ、違います。このOSの名は……』

 しかし真実、それは錯覚ではない。

『Karate Abnormal Reaction Against extra Terrestrial Enemy……KARATEです!』

「KARATE……カラテ!?」

 この瞬間、戦術機に、モーターシラヌイに、カラテが満ちた!


 ニンジャ。

 ニンジャとは、平安時代の日本をカラテによって支配した半神的存在である。しかし現代に生きるニンジャはそのほとんどが、突然宿ったニンジャソウルによって心身を変じたものに過ぎない。かつてのニンジャがキンカク・テンプルでハラキリ・リチュアルを行ったことで、時空を超えてディセンションしたニンジャソウルが宿った者が、インストラクションや己のトレーニングによってカラテを満たすによってニンジャとなる。

 では、モーターシラヌイはどうか。
 戦術機のソウルともいうべきコクピットに座すパイロットはニンジャ。BETAスレイヤー。そしてその身に満ちるのは、ヘイズシュラインがBETAスレイヤーのカラテを十全に発揮するために作り上げた新OS、KARATEの力。
 ソウルにニンジャを、体にカラテを。それぞれ宿したモーターシラヌイはもはや、実際ニンジャである!

「……感謝する、ヘイズシュライン=サン。必ず朗報を持って帰る」
『はい。私ができることはここまで。……信じています、BETAスレイヤー=サン。カラダニキヲツケテネ!』

 力強い励ましの言葉とともに通信が切れる。これで戦場に残るのは、朽ちかけた戦術機とモーターシラヌイ、そして無数のBETAたち。

 だがもはや、BETAスレイヤーに恐れも焦りもない。目の前の全ての敵は、元から変わらず殺すべき敵。そして不安は全て消え去った。ゆえに。

『ドーモ、BETA=サン。BETAスレイヤーです』

 モーターシラヌイは、アイサツを決めた! 礼節!

 決断的なアイサツは言葉を解さぬBETAにすらカラテを伝えたか、一瞬BETAの集団にざわめきが走る。しかしモーターシラヌイはそれを意に介さず顔を上げ……そこには、「BETA」「殺」と書かれたメンポが!
 いつの間に現れたのか、顔の下半分を覆うマスク装甲が焼き付き浮かぶ文字! そして、おお、なんと……全身の装甲の色が、赤黒く染まっていく! カメラアイにセンコめいた赤い光が灯る!
 ボディの内に膨れ上がったカラテの作用か、はたまたモーターシラヌイ自身がサイバネニンジャめいた存在へと変わったか。ただ一つはっきりしていることは、モーターシラヌイにもはや、敵はないということだけだ。

『BETA殺すべし。……慈悲はない!』

 そして、モーターシラヌイがジュー・ジツを……構えた!


「IYAAA!」
『イヤーッ!』
「GUWAA!?」

 迫りくる要撃級の右ショートフック! それに対してBETAスレイヤーは避けず、防がず、逆らわず、受け流すことで得た回転力をカラテに変えて、懐に飛び込んでのショートフックを返した。胴体に突き刺さるモーターシラヌイの拳に、サソリの尾めいて反りかえっていた首のような器官がうつむき苦悶の様子。だが要撃級のジゴクはまだ終わっていない。

『イヤーッ!』
『あれは伝説のカラテ技、サマーソルトキック!』

 ゴウランガ!
 バク宙を繰り出しながらの蹴りあげが要撃級の首めいた部分を捕え、一撃で刈り飛ばして天高く舞い上げた!

 この攻防を見てからも、明らかだ。既にBETAという巨大な生物は、モーターシラヌイと一体化したBETAスレイヤーとどこまでも対等の相手に過ぎず、そしてニンジャではない。すなわち、全てのBETAがネギトロになる未来を運命づけられたということだ。

『貴様たちは殺す。ハイクを詠め』

「……無理だと思うわよ?」
「気にするな速瀬。おそらく我々の理屈は通じない」


『イヤーッ!』
「GUWAA!」

 突撃級の背後にヤリめいたサイドキック!

『イヤーッ!』
「GUWAA!」

 要塞級の頭を掴み、下半身に伸びるトゲに向かってアラバマ落とし!

『イヤーッ!』
「GUWAA!」

 群がる戦車級の群れを、一発のポン・パンチが巻き起こした衝撃波がすべて吹き飛ばす!

『イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!』
「GUWAA!」
「GUWAA!」
「GUWAA!」

 足元の闘士級や兵士級に激しいストンピング!

 まさにマッポーの一側面。縦横無尽に戦場を駆け、その行く先々でBETAを屠る殺戮者が赤黒の風となる。周辺のBETAはただ為す術もなく、BETAスレイヤーとモーターシラヌイのカラテの前に次々と爆発四散する。

 しかし、BETAも反撃できないわけではない。

『……ヌゥッ!?』

 BETAスレイヤーのニンジャ第六感が危機を告げる! はるか彼方より、自身を狙う者がいる!
 そのとき、BETAスレイヤーは知らなかった。戦闘が長引き濃度が下がってきた重金属雲の間隙をついて、はるか畳3000枚分の彼方から自身を狙う光線級BETAがいたことを。いかにモーターシラヌイといえど、レーザーの直撃を受ければ機体が焼けて死ぬ。ただでさえ正確な狙いを持つ光線級の狙撃が放たれてしまえば逃れる術はなく、BETAスレイヤー諸共爆発四散する運命は避けられない。

 ……先ほどまでの、モーターシラヌイであったならば!

「IYAAA!」

 チャージが完了した光線級BETAのレーザー! 光の速さで致死の熱線がモーターシラヌイに迫りくる。

 だが、既に!

『イヤーッ!』


 おお、ゴウランガ! なんとモーターシラヌイは間一髪、ニンジャ第六感によって察知したレーザー照射のコンマ1秒前に流麗なブリッジ回避を決めていたのだ! モーターシラヌイの上半身があった位置を焼く光線は何者をも焼くことなく空に消える。

『イヤーッ!』

 すぐさまバックフリップで狙われた位置から離れたBETAスレイヤーは、その時すでにこちらを狙った光線級の位置をニンジャ視力で特定している。着地と同時に光線級へと向き直り、体勢も整えた。

『……イイイィィ』

 そして、その手に……光が集う!
 その正体は、レーザーから戦術機を守る重金属粒子。レーザー級に迎撃させ、レーザーを減衰する役目を担っていた重金属雲。戦場に漂うその粒子を手の中で凝縮させ、モーターシラヌイが作り上げた物。それは……スリケンだ!

 カラテを込めて作り上げられたスリケンを放つのは、モーターシラヌイの腕。縄めいたスパークが走るその腕に込められた力は人知を超え……ついに! 放たれる!

『イィィヤアァァァァーーーーーッ!!』
「GUWAA!」
「GUWAA!」
「GUWAA!」


 ツヨイ・スリケン! 音速を超えたスリケンは空気を斬り裂いてソニックブームを巻き起こし、周辺のBETAすらマグロめいて真っ二つに斬り裂きながら飛翔する。目指す先には当然、BETAスレイヤーを狙った光線級BETA。

「……ABAAA!」

 ブルズアイ! 畳3000枚分の距離の先にいた再チャージ中の光線級はレーザーを放つレンズを完璧に両断され、爆発四散した。

「す、すごい……」
「これが、BETAスレイヤー=サンの本当の実力……!」

「……いや、なんか違わない?」
『気にしちゃダメよ水月。BETAスレイヤー=サンのカラテに不可能はないみたいだから』
「遥!? あんたもそっち側に行くつもり!?」

 A-01のメンバーは唖然として事態を見守るよりほかにない。BETAスレイヤーの圧倒的なカラテと、それを完全に実現してのけるモーターシラヌイ。BETA達に等しく死を運ぶ赤黒の風となって戦場を駆けるその姿はまさしく死神であり、しかし紛れもなく、人類にとっての希望だった。

『イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!』
「ABAAA!」
「ABAAA!」
「ABAAA!」

 BETAの密集地点に飛び込み、回転しながら飛び上がって全方位へとスリケンを放つヒサツ=ワザ、ヘル・タツマキ! 一つの仕損じもなく、一つのスリケンが複数のBETAを貫くことすらある正確無比にして慈悲のないワザマエを見せつけられて生き残っていたBETAは、もはやない。
 モーターシラヌイはわずかに残ったBETAをすべて一つ所に誘導し、一網打尽に仕留めてのけたのだ。カラテ、テック、状況判断。全てを兼ね備え、もはや大地にBETAの影は一つとしてなく、BETAスレイヤーが、モーターシラヌイだけがそこに立つ。


「ハァ……ハァ……。スゥーッ! ハァーッ! スゥーッ! ハァーッ!」
『やりましたね、BETAスレイヤー=サン!』
『む……? どうした、返事がないが……BETAスレイヤー=サン!?』

 モーターシラヌイのコックピット内で、BETAスレイヤーはチャドー呼吸で息を整える。あまりにも激しい戦いは、BETAスレイヤー自身の体にも深い疲労となって蓄積されていた。モーターシラヌイの巨体と機械のパワーから繰り出されるカラテは強烈であるがゆえに、それを操るBETAスレイヤー自身の血中カラテもまた大量に消費してしまった。
 BETAスレイヤーがコックピットの中で気を張っていられたのはその時まで。UNIXから聞こえるIRC通信に応えることもできず、BETAスレイヤーは全身を包む疲労に逆らえない。


 ただ一つの心残りとして、ヘイズシュラインにスシを用意しておいてくれと頼むことを忘れたことに、自分の腹が鳴る音で初めて気が付きながら。




 ついにこの星に、BETAスレイヤーの真なる力が解き放たれた。
 しかし地上に蔓延るBETAはいまだ数限りなく、モータルを虫けらめいて殺している。その全てを滅ぼす日まで、戦え、BETAスレイヤー!




登場人物名鑑

 モーターシラヌイ
 日本の暗黒メガコーポ三社合同で開発された第三世代型戦術機<不知火>のBETAスレイヤー専用カスタム機。ハード自体は元々拡張性が低いため他の機体とほとんど違いがないが、搭載しているOS<KARATE>の力により、BETAスレイヤー自身が持つカラテの全てを戦術機のサイズとパワーで繰り出すことが可能となっている。
 KARATEのインストールは実戦の最中に行われ、完了と同時にマスク状のパーツが出現して「BETA」「殺」の文字が刻まれ、全身のカラーリングが赤黒く変色し、カメラアイにセンコめいた赤い光が灯るという謎のカラテ現象を示す。
 戦術機にとってのソウルともいうべきパイロットとしてニンジャを、そして体を動かすOSをカラテとすることで、実際ニンジャに等しい存在となった。そのため「BETAスレイヤーが動かす戦術機」というよりも「機械の体で巨大化したBETAスレイヤー」と呼んだほうがより正しい説明になる。BETAに対する戦闘能力は極めて高く、単独でのハイヴ攻略すら可能ではないかと推測される。
 戦術機が使える武装をそのまま使える他、徒手空拳によるカラテの数々と、対レーザー弾頭が展開する重金属雲の粒子を集めてスリケンを作り出すことができる。


 エターナル
 ユウコセンセイがNRSにやられてうっかり作ってしまった、BETAスレイヤーの身体能力を再現できるサイバネ義足をとりつけられたスズミヤハルカのこと。サイバネ義足の性能により、常人の三倍の脚力を持つ。


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