<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

チラシの裏SS投稿掲示板


[広告]


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[38142] 【習作】キノの旅~いくつもの物語~
Name: 第22SAS連隊隊員◆143f6d7d ID:d6ee3393
Date: 2013/07/26 03:14
キノの旅の二次創作SSです。

・短編連作形式のSSとなっております

・物語によってはオリ主が出てくる話もあります

・物語によっては他の作品とクロスしている話もあります



[38142] 確率の国
Name: 第22SAS連隊隊員◆143f6d7d ID:d6ee3393
Date: 2013/07/26 03:14
確率の国

季節は夏。青い空の真上に白い太陽が浮かび、容赦なく地上に熱線を降り注いでいる。緑一色の地表、森の中に一本だけ灰色の線がまっすぐに走っている。灰色の線、舗装された道路を一台のモトラド(注・二輪車。空を飛ばないものだけを指す)が走っていた。
運転手は耳を覆うたれの付いた黒い帽子を被り、銀色のゴーグルをかけ、黒いジャケット着た十代中頃の精悍な顔つきの旅人。旅人が運転するモトラドの荷台には様々な旅荷物が詰まれており、モトラドの振動に合わせて揺れている。
旅人の右腿の位置には黒いリヴォルバータイプのハンド・パースエイダー(注・パースエイダーは銃器。この場合は拳銃)がホルスターに収まっており、腰の後ろにも自動式のハンド・パースエイダーをつけている。
旅人は額や首に汗を浮かばせながら舗装された道路をひたすら走っていた。

「暑いねぇ、キノ」

「そうだね、エルメス。一刻も早く涼しい場所に行きたい」

キノと呼ばれた旅人がエルメスと呼んだモトラドの言葉に同意する。
周りの森によって幾分かは涼しく感じられるが、やはり暑いものは暑い。キノがほんの少しだけハンドルを捻ると、エルメスが先程よりも加速する。
加速したことによって前から受ける風がその分だけ強くなり、キノの汗が少しだけ引いた。
しばらくの間、森の中を走り続けるとやがて森を抜けて丘が見えてきた。草原の丘にも道路はまっすぐ続いており、その先は丘に隠れて見えない。遥か彼方には幾つも連なる山脈が見える。
キノはエルメスのハンドルをやや強く捻ると、エルメスは更に加速する。「気持ちはわかるけど、安全運転でね」というエルメスの言葉にキノは生返事を返した。
遮る物がない道路を走り続け、丘を二つ越えた所で前方に灰色の物体が見えてきた。

「やっとついたね」

「ああ、早く熱いお湯の出るシャワーを浴びて真っ白でふかふかのシーツに飛び込みたい」

キノはそういうとエルメスを減速させて、国に繋がっている道路をひたすら走り続ける。
それから間もなくして国に着いた。キノはエルメスを降り、灰色の城壁の入り口を守っている兵士に三日間の入国審査を伝えようとしたところ、

「ようこそ旅人のキノさん、モトラドのエルメスさん! 三日間の滞在ですね? こちらにお名前と滞在日数と滞在目的をお書き下さい。また、国内ではパースエイダーの持ち込みは禁止されている為、こちらで二丁とも預からせて頂きます。熱いシャワーと清潔なベッドがあってモトラドも入れる安い宿は、大通りの赤い看板の宿です」

「……」

キノがこれから言わんとしていることを番兵は一気に喋った。キノは特に何もいわず、差し出された書類に自分の名前とエルメスの名前、滞在日数を書くと番兵に返した。
番兵が礼を言いつつ受け取ると「他に何かありますか?」と笑顔で訪ねてくる。キノは何もありません、と言うと右腿と腰後ろのパースエイダーを差し出す。
責任を持って預からせて頂きます。と番兵が言い。詰所の中に入って城壁の入口を開けると、キノはエルメスに跨り入口を潜って入国した。
番兵に言われた通り、大通りを走っていると右手に赤い看板の宿屋が見えてきた。エルメスを乗り入れてカウンターでチェックインをしようとすると。

「やぁ、ようこそキノさん。三日間だね? モトラドの乗り入れが大変だろうし、直ぐそこの部屋を手配してあります。お食事はここから右に真っ直ぐ進んだ場所ににあるカフェがオススメですよ。安くてたくさん食べられますよ」

またもやキノが言わんとしていることを宿屋の主人は全て喋った。キノは黙って部屋の鍵を受け取ると、廊下を少し進んだ場所にある部屋に鍵を使って入る。
エルメスをベッドの脇にスタンドで立たせると、真っ白でふかふかのシーツが敷いてあるベッドに腰掛けた。

「どう思う、エルメス?」

「実はこの国の人達は超能力者で、キノが考えていることが全て分かるとか?」

「それは嫌だな、頭の中を覗かれるのは良い気がしないよ」

「全くだね」

キノはどこか困った様な笑みを浮かべると室内のシャワールームに向かい、ここまでの道中で流した汗を綺麗にシャワーで洗い流した。
新しいシャツに着替えると汗が染み込んだ服や肌着が入った洗濯籠が脱衣所の指定の位置に置いてあるか確認し、エルメスを押して部屋を出た。
宿を出て十分もしない場所に宿屋の主人が言っていたレストランが見えてきた。敷地内の一部はオープンカフェとなっており色とりどりのパラソルが咲いている。
キノは空いている席の脇にエルメスを立たせると自分も席に着く。白いテーブルの上にあるメニューを手にしようとした所で、キノはこちらに向かってくるウェイターを見て手を止めた。ウェイターが運ぶお盆の上には白い陶磁器の器に盛られている山盛りのサラダが。

「こんにちはキノさん。ご注文はこちらの季節野菜の盛り合わせサラダと川魚の蒸し焼きでよろしいですね? 万が一、ご注文が違いましたら遠慮なくお申し付け下さい」

若い男のウェイターは持ってきた料理と領収書をキノが座っているテーブルの上に置くと、恭しく礼をして去って行った。
キノは自分の席に置かれたサラダをじっと見詰めると、メニューを手に取り目の前の料理を探す。やがて同じ料理を見つけると写真と値段を何度も確認してからメニューを閉じ、フォークを手にとってサラダを食べ始めた。

「キノ、それで良かったの?」

「うん、他のメニューも見たけどボクだったら間違いなくこの二つを頼むね」

「理由は?」

「安くてたくさん食べられるから」

「さいですか」

エルメスが呆れたような返事を返す。キノはその間にも次々とサラダを口に運んでいた。
サラダと魚を食べ終え、領収書を握り締めてキノは店内に入って行く。入口脇のレジに向かい領収書に書かれた通りの金額を支払うと、

「この国の観光名所は北にある遺跡群に東にある歴史博物館です。始めに遺跡を見てから博物館に立ち寄るのが特にオススメですよ」

レジの女性にそう言われたキノは「ありがとうございます。早速行ってみます」と言うと再びオープンカフェに向かった。
エルメスのスタンドを畳んで、ハンドルを手で押しながらキノはこれから向かう場所をエルメスに話した。

「エルメス、これから北にある遺跡群と次に東にある歴史博物館に向かうよ」

「レジの人にその二つがオススメだって言われた。かな?」

「……うん、全く持ってその通り。一字一句そのまま」

「やっぱりね」

「もしかしてエルメスも心が読めるの?」

「まっさかー」

「そうだよね」

キノは道路までエルメスを押すと、エルメスに跨ってエンジンをかけて北に向かって走って行った。





その日の夕方。観光を終えたキノは宿泊している宿屋に戻ってくると、来た時と同じようにエルメスをベッドの脇にスタンドで立たせるとベッドの上に腰かけた。
一度伸びをしてからベッドの上にそのまま倒れ込み、観光の感想を呟く。

「中々面白かったね」

「うん、国もあの遺跡の保護の為に予算を惜しみなく使っているみたいだし。歴史博物館も細かいところまで解説してあって分かりやすかったね」

「思わずおみやげを買いそうになったよ。ちょっと危なかった」

キノは小さく笑うと、部屋の壁に掛けてある時計を見た。今の時間は午後六時の少し前。キノは上半身を起こすと腕を組んで何か考えるような素振りを見せる。
やがて考えが纏まったのか、ベッドから弾みを付けて降りると部屋を出てカウンターに向かう。主人が居なかったのでエントランスに置いてあった新聞を読んで待っていると、カウンターの奥から主人が出てきた。

「ああ、すみません。キノさんが来るのは分かっていたんですが手が離せなくて。申し訳ありません」

「いえ、気にしないでください。それよりも」

「ご夕食は宿の向かいにあるレストランが良いですよ。旅人であることを伝えればサービスしてくれます。それとキノさんが知りたがっていることは明日になったら国の中央に向かえば分かりますよ」

キノは礼を言うと部屋に戻り、荷物から財布を取り出すとエルメスに向かいにあるレストランで夕食を食べる事を告げる。
財布の中身を確認して、キチンとポケットにしまったことを確認すると部屋を出て行く直前にキノはエルメスにこう問いかけた。

「エルメス、今ボクが聞こうとしていることが分かるかな?」

「人の心が読める国は前に立ち寄ったけど、あれは同じ薬を飲んだ人じゃないとわからないし。そもそも読めるのだったら離れて暮らしているだろうし、試しに宿屋の主人に『夕飯を食べる場所と何故、人の考えていることがわかるのか』の二つをどの順番で聞こうか考えて、直前に順番を変えたけどやっぱり読まれていた。かな?」

「……うん、本当に凄い。エルメスってやっぱり心が読めるんじゃないの?」

「まっさかー」

「そうだよね」

昼間のカフェと同じやり取りをすると、キノは部屋を出た。
しばらくして腹をさすりながらキノが部屋に戻ってくると「どれだけ食べたの?」というエルメスに質問に対して「サービスで一品無料だったから、一番量がある料理を頼んだ」とキノは答える。
エルメスが呆れるとキノはシャワールームに向かい、たっぷりと時間かけてシャワーを浴びた。シャワールームから寝巻に着替えた姿で出てくると、キノは部屋の電気を消してベッドに入った。
「おやすみ、エルメス」「おやすみ、キノ」と寝る前の挨拶を一人と一台が交わすと、キノはそのまま眠りについた。
翌朝、キノは夜明けと共に起きた。
本来ならば日課であるパースエイダーの抜き撃ちの訓練と整備を行うのだが、生憎パースエイダーは入国の際に預けてある。キノは格闘の練習を何時もより多めにすると、流した汗をシャワーで全て綺麗に洗い流した。
部屋を出てカウンターに向かうと丁度、宿屋の主人も起きたらしく眠そうな目をこすりながら「おはようございます」と朝の挨拶を交わした。
「朝食なら昨日のカフェが良いですよ」と伝えられると、キノは御礼を言って部屋に戻り。まだ寝ているエルメスを文字通り叩き起こして昨日の昼に昼食を取ったカフェへとエルメスを走らせる。
まだオープンカフェは開いていなかったが店内に入り、席に着くと同時にキノの元に料理が運ばれてくる。運ばれてきた料理は鶏肉と野菜のサンドイッチに暖かいスープだった。
昨日の昼と同じようにメニューから同じ料理を探し、値段と写真を何度も確認するとスープを飲み始める。食べ終えて会計を済ませると昨日と同じレジの女性から「キノさんがこれから向かう場所はまだ開いていません。雑貨屋はここから西に向かった通りに何軒かありますよ。オススメは二件目の雑貨屋です」と言われた。

「おかえりー、西の通りにある雑貨屋だね。一通り見て回った頃には丁度いいんじゃないのかな?」

「……エルメス、やっぱり君は心が読めるんじゃないの?」

「え、ウソ? 今のは適当に言っただけなのに」

キノがエルメスのタンクを軽く叩くと、レジの女性に勧められた西の通りに向かう。既に何軒かの雑貨屋は開店しておりキノは二軒目の雑貨屋の位置を確認すると、他の雑貨屋の様子も見て回った。
一通り雑貨屋を見て、キノが通りに設置された柱時計で時間を確認すると既に午前九時を過ぎていた。キノは国の中央に向けてエルメスを走らせる。
やがて、厳重に警備されたゲートが見えてきた。ゲートの周りだけでなく国の中央を囲んでいるであろう塀の周りにも等間隔で警備員と監視カメラが目を光らせている。
キノはゲートの少し前でエルメスから降りてゲートに近付くと、ゲート脇にある詰所の青い制服を着た警備員が笑顔で出迎えた。

「ようこそキノさん、お待ちしておりました。このネームプレートを他の人から見えるように首から下げてください。また、このネームプレートはここから先では決して取らないでくださいね。それではどうぞ」

キノは警備員からゲストと書かれた手の平ほどの大きさのネームプレートを首から下げると、エルメスに跨ってゲートを抜けた。
途中で何人もの警備員とすれ違い、ようやく国の中央に到達した。中央には小さなドームが建てられており、入口にはスーツを着た歳老いた男が立っている。
キノは少し前でエルメスから降りて手で押し、男の前まで辿り着くとお辞儀をした。

「お待ちしておりましたキノさん、エルメスさん。煩わしい歓迎のあいさつも何ですし、ささ、こちらへ」

キノはエルメスを押したままドームに入って行く男の後を追った。ドームの内部は白い空間になっており入口の向かいにはエレベーターらしき扉、天井や壁には幾つもの監視カメラやセンサーが男とキノ、エルメスを睨んでいる。
歳老いた男はエレベーター脇のパネルに手を乗せると次に直ぐ上にあるセンサーを覗きこんだ。小さな電子音がなるとエレベーターの扉が開き、男とキノとエルメスが入ると同時に扉が閉じた。
男が壁に幾つも付けられた階層を表す数字が描かれたパネルの内、一番下。5と書かれたパネルを押すと二人と一台を乗せたエレベーターは下へと降りて行く。
扉の上にある階層パネルが数字の順番通りに光り、やがて目的の地下五階に到着すると再び扉が開かれた。歳老いた男が先に出て、次にキノがエルメスを押しながらエレベータを出る。

「ようこそ、我が国の頭脳へ」

そういった男の後ろ、巨大なガラス張りの向こうには巨大な黒い直方体があった。
直方体のあちこちからは数え切れないほどの様々な色のコードが伸びており、直方体の下では白衣を着た何人もの人間が忙しそうに走り回っていた。

「さて、ここでずっとキノさんが知りたがっていたことの秘密を教えましょう」

「はい」「やっとだね!」

「この国では数十年前にありとあらゆる出来事が起こる確率を計算できる巨大な演算装置。要するにコンピューターの開発に成功しました」

「それがおっちゃんの後ろにある『頭脳』なんだね」

「その通りです。この頭脳が完成してから国は目覚ましい発展を遂げました。ありとあらゆることを計算し発生確率から予知することが出来るのです。我々は常に最善の選択を行い、より良い国を創るためにここまで来ました」

男は感慨深そうに何度も頷くと、気を取り直して説明を続ける。

「これにより、我が国を訪れる人々はとても満足してくれます。それこそ、キノさんの様な旅人さんが。種明かしをした時は皆さんとても納得しておられましたよ」

「よかったねキノ。ここが超能力者の国じゃなくて」

「うん、そうだね」

「無論、予知の結果は国家機密となっております。その情報を必要とする人間の元に、必要最低限の結果だけが知らされる様になっておりますゆえ、プライバシーの管理は万全の態勢となっております」

「これでキノさんが聞きたいことは全てですかな?」と歳老いた男はどこか悪戯っぽい笑みを浮かべて言った。キノがその通りですと言うと男はこの施設の各階層の案内と昼食を御馳走すると言い、キノと男エルメスは再びエレベーターに乗り込んだ。
夕方、キノは見学を終えて男に御礼を言って国の中央を後にした。現在、キノは朝に場所を確認した雑貨屋に向けてエルメスを走らせている。
目星を付けておいた二件目の雑貨屋に到着すると、エルメスを店の表に止めて雑貨屋に入った。雑貨屋に入ると入口脇のレジから中年の店主が顔を出し、カウンターの上に紙袋を置いた。

「いらっしゃい、旅人さん。三日分の携帯食料に四四口径のパースエイダーの弾丸に液体火薬。一応、全部あるか確認してくれ」

キノは紙袋の中身を確認すると、これから自分が買おうとしていた物が全て揃っており数も一致していることを確認した。代金を払って商品を受け取り、店を後にしようとした所で表に一台のパトカーが停車した。
パトカーから髭を生やした警官を先頭に後ろ二人の若い警官が店に入ると、令状を店主に突き付けながら一方的に宣言する。

「お前を傷害罪、器物破損。その他の罪で逮捕する」

店主が疑問を口にする暇も与えず、後ろに控えていた若い二人の警官があっという間に店主の両手に手錠をかけた。

「ちょ、ちょっと待って下さい。私は何も――」

「黙れ。お前は今晩、店を閉めた後に酒場に立ち寄るつもりだったな? お前はそこで酔って他の客と口論になり、先程の罪を犯すのだ。この確率は極めて高い」

「ま、待って下さいよ! 確かに私は今夜は酒を飲もうと思いましたが――」

店主の言葉には一切耳を貸さずに警官は店主をパトカーに押し込んだ。髭を生やした警官はキノに「お見苦しい所をお見せしました」といって頭を下げるとパトカーに戻り、あっという間に去って行った。
雑貨屋で買い物を済ませたあと、キノは宿屋に戻って昨日と同じく向かいにあるレストランで夕食を食べた。またしてもお腹を擦りながら戻ってきたキノを見て「本当に良く食べるね」とエルメスは言った。
そのままシャワーを浴びてキノはベッドで眠りについて。次の日の朝、キノは夜明けと共にに起きた。
この国での最後のシャワーをたっぷりと時間かけて浴びて、朝食をこの二日間と同じカフェで食べ、クリーニングされた服を受け取ると宿屋をチェックアウトした。
国の出入り口で出国の手続きを行い城門を潜ると、入国の際に手続きを行った兵士が話しかけてくる。

「おはようございます、キノさん。滞在中はお楽しみいただけましたか?」

「ええ、とっても」

「この国の『頭脳』って凄いんだね」

「ええ、お陰で我が国はここまで繁栄することができました」

兵士がまるで自分の事のように誇らしげに胸を張ると、キノとエルメスの遥か彼方に連なる山脈を指差した。

「キノさん、エルメスさん。今夜は流星群がとても良く見えます。キノさんが野営する予定の山の中腹ですが、少しだけ頑張って山の頂上まで登って下さい。そうすれば流星群を眺めながら野営することが出来ますよ」

「わかりました、今夜は是非ともそうします」

「お気を付けて!」

兵士の敬礼を受けながら、キノは次の国へと向かう道。すなわち遥か後方の山を目指してエルメスを発進させた。
そして、その日の夜。キノは危険な夜の山道を慎重にエルメスを運転しながら山頂まで登り、そこで野営することにした。
テントを張り、お湯を沸かしてお茶を飲んでいるとキノの視界の端を何かが走る。キノが視線を上げると、暗い夜空に幾つもの線――流星群が流れていた。
キノの頭上を中心に四方八方に流れ星が夜空を流れては消え、夜空を流れては一瞬で消えて行く。

「綺麗だね、エルメス」

「うん、あの兵士さんが言っていた通り。危険な山道を登ってきた甲斐があったね」

キノはお茶を飲む手を止め、しばらく流星群を眺めていた。ふと、キノが視線を下げると遥か彼方には今朝、キノが出国した国の明かりがとても小さく見えた。
と、数え切れない程に夜空を流れる流れ星の一つに明らかに他とは様子が違う流れ星が夜空に現れた。
他の流星と比べて流れる速度が遅く、色や形も白い線にしか見えない流れ星に比べて白く太い。キノとエルメスはその流れ星に気が付くと眼で追い始める。
流れ星は時間と共に色は光り輝く程の白になり、尾はより太くなって行く。他の流れ星と違い何時まで経っても消える気配が感じられない。
やがて流れ星は地上との距離をどんどん縮めて行き、

「あ」「あ」

キノが出国した国に直撃した。
遥か彼方で光が爆発し、しばらく間をおいてから音と揺れがキノとエルメスの元にやってくる。
キノはエルメスが倒れないようにしっかりと押さえ、揺れが収まるとゆっくりと顔を上げて辺りを見回した。
辺りは不気味な程に静まり返っており、幾つかの虫の小さな鳴き声が聞こえるだけである。

「エルメス……」

「うん、あの国の人たちは間違いなく全滅しちゃったね」

「それもそうだけど……」

「『あれだけ正確な予知が出来るのに、なぜこのことは予知できなかった?』でしょ。簡単だよ。流星の一つが国に直撃する確率が天文学的な確率で低かったんだ」

「つまり……、あの国のコンピューターは流星が直撃することを予知していたんだけど、その確率が余りにも低すぎて結果から弾いていた。ってことだよね?」

「そうだね。0パーセントと1パーセントは似ているけど。0は絶対に起こらない、1は100回に1回の確率で起こるから絶対にないとは言い切れないんだよね。今回はまさしくその1、いや1パーセント以下の確率が見事に当たっちゃったわけ」

キノはエルメスの説明を聞き終えると、かつて国があった方角を向いた。
そこには先程までにはあった小さな明かりはなかった。



[38142] 正義の話/動物愛護の国
Name: 第22SAS連隊隊員◆143f6d7d ID:d6ee3393
Date: 2013/11/20 01:29
正義の話

ある日、バギーに乗ったシズと陸とティーと、その隣を馬に乗った男が道を進んでいました。
二組はこれから向かう先が同じなので、そこまで一緒に旅をしていました。
三人と一匹が道を進んでいると、道端で頭から血を流して倒れている男と、すぐ傍にパースエイダーを握った男が居ました。
「何があったのですか?」とシズが聞くと。

「この男が突然、襲い掛かってきて。殺されそうになったから撃ち殺したんだ」

それを聞いた途端、馬に乗っていた男は憤慨した様な表情を浮かべ。馬を降りて男に詰め寄ります。
それから男は「貴方はなんてことをしたんだ」「どんな人でも話し合えばきっと分かりあえる」「武器を使うなんて野蛮人のすることだ」などと捲し立てて、男に熱弁を振るいます。
やがて、男の熱弁が終わると。パースエイダーを持っていた男は笑顔を浮かべていました。

「なるほど、確かに貴方の言うとおりだ。パースエイダーを使うのは間違っていたよ。これからはどんな相手にも話し合いで解決するよ」

二人の男は握手を交わして笑顔になっていました。その横をシズ達は黙って通り過ぎました。



ある日、モトラドのエルメスに乗ったキノと、その隣を馬に乗った男が道を進んでいました。
二組はこれから向かう先が同じなので、そこまで一緒に旅をしていました。
二人と一台が道を進んでいると、道端で頭から血を流して倒れている男と、すぐ傍にパースエイダーを握った男が居ました。
「何があったのですか?」とキノが聞くと。

「この男が突然、襲い掛かってきて。殺されそうになったから撃ち殺したんだ」

それを聞いた途端、馬に乗っていた男は憤慨した様な表情を浮かべ。馬を降りて男に詰め寄ります。
それから男は「貴方はなんてことをしたんだ」「どんな人でも話し合えばきっと分かりあえる」「武器を使うなんて野蛮人のすることだ」などと捲し立てて、男に熱弁を振るいます。
やがて、男の熱弁が終わると。パースエイダーを持っていた男は真剣な表情を浮かべていました。

「なるほど、確かに貴方の言うとおり話し合いで解決できたかもしれない。しかし、世の中にはどうしても話の通じない相手がいるんだ。そんな相手に話し合いなんて自殺行為だよ」

パースエイダーを持った男は自分の考えを話始め、二人は言い争いを始めました。その横をキノ達は黙って通り過ぎました。



ある日、黄色い小さなボロボロの車に乗った師匠と、車を運転している弟子の男と、その隣を馬に乗った男が道を進んでいました。
二組はこれから向かう先が同じなので、そこまで一緒に旅をしていました。
三人が道を進んでいると、道端で頭から血を流して倒れている男と、すぐ傍にパースエイダーを握った男が居ました。
「何があったのですか?」と弟子の男が聞くと。

「この男が突然、襲い掛かってきて。殺されそうになったから撃ち殺したんだ」

それを聞いた途端、馬に乗っていた男は憤慨した様な表情を浮かべ。馬を降りて男に詰め寄ります。
それから男は「貴方はなんてことをしたんだ」「どんな人でも話し合えばきっと分かりあえる」「武器を使うなんて野蛮人のすることだ」などと捲し立てて、言い終わる男に撃ち殺されました。
「どうして撃ったのですか?」と師匠が聞くと。

「この手の輩は自分が絶対に正しい、自分の正義に異を唱える者は悪だと決めつけるから性質が悪い。だから俺は自分の正義に従って撃ち殺した」

――なるほど、と師匠は納得したような声を出すと。「では、私も自分の正義に従います」と言って車を降り。二人分の死体から、弟子の男と共に金目の物を漁り始めました。
パースエイダーを持った男は呆れたような表情を浮かべると、黙ってその場を立ち去りました。





動物愛護の国

太陽が真上で輝き、どこまでも続く青い空とまばらに千切れ雲が浮かぶ下。緑色の草原に真っ直ぐに伸びる茶色い道を、黄色いボロボロの車が走っていました。
排気管からは黒い煙を吐き出し、塗装は禿げ、窓がひび割れている。もはや走っていることが奇跡のような車でした。
そんないつ壊れてもおかしくないボロボロの車を運転する、背の少し低いハンサムな男は、助手席に座る女性に話しかけます。

「師匠、そろそろ車を買い換えましょうよ。金なら山賊達から奪った分がたんまりとあるじゃないですか」

「その内にでも」

師匠と呼ばれた長い黒髪を持つ女性は、開けられた窓から流れ込む涼しい風を浴びながら、そう言います。全く興味がなさそうです。
男はどこか困ったような表情を浮かべると、アクセルを深く踏み込んで車を加速させました。車は先程よりもほんの少しだけ加速しました。
やがて丘を二つ越えると、地平線の向こうから灰色の城壁が姿を見せてきます。

「師匠、国が見えてきましたよ。今回はどうします?」

「携帯食料と燃料が残り少ないので買い足しましょう。弾薬も安ければついでに買います」

「了解。ついでに新しい車も見ておきますか?」

「気が向いたらそうしましょう」

――わかりました。男はそう言って更にアクセルを踏み込みます。車はよく見ると分かる程度に加速しました。
それから車に乗った二人は城壁に辿り着くと、入国審査官に、買い物で明日まで滞在したいと伝えました。必要書類にサインを書くと城門が開き、黄色い車は国へと入国します。
お昼時でお腹が空いていた二人は、まずは腹ごしらえと昼食を取ることにしました。大通りを車で走っていると、左側にステーキの看板を掲げたお店が見えてきました。

「師匠、久しぶりにステーキなんてどうです?」

「いいですね。たまに贅沢をしてもバチは当たらないでしょう」

男は嬉しそうに鼻唄を歌いながら、やけに空いているお店の駐車場に車を止めます。鍵をしっかりと閉めたことを確認してからお店に入ると、お昼なのにお客さんは殆どいませんでした。
男はちょっと不思議そうな顔をすると、落ち着いて食べられるから良いか。と前向きに考えて、大通りに面する窓際の席に女性と共に座りました。
二人はテーブルの上に置いてあるメニューを手に取り広げて。さぁ、どのステーキを食べようか、と男が考えた所で。

「あれ?」

男は首を傾げました。彼が開いたメニューには、おいしそうなステーキの写真が載せられていますが、その写真の全てに赤いバツ印が書かれています。
次のページを捲ってみると、同じようにステーキの写真には赤いバツ印が書かれていましたが、サラダやデザートには書かれていませんでした。
不思議に思った男が、近くを通りかかった若い女性店員さんに「このバツ印はなんですか?」と聞くと。

「すみません、当店ではステーキをお作りすることが出来ないんです……」

と、とても申し訳なさそうな表情になりました。更に男が「何か理由があるんですか?」と続けて尋ねると。

「それはね、旅人さん。あいつらが原因だよ」

男の後ろの席に座っていた老人が窓の外を指さしました。男が視線を店員から窓の外に向けると、そこには幾つものプラカードを掲げる人の大行列が通りを歩いていました。
プラカードにはステーキの絵に赤いバツ印が書かれていたり、檻に収められた動物の絵の下に「動物を閉じ込めるな!」と書かれていたり、と様々な種類があります。
それを掲げている人々は、大声で何かを叫びながら通りを進んでいきます。

「あれはなんですか?」

「この国の動物愛護団体さ。この店でステーキが食えないのも、全部あいつらが原因だ」

そう言った老人は腹立たしげにテーブルを叩きます。

「以前はまともな団体で、ペットを捨てないように呼び掛けたり、ペットの里親を探したりとちゃんとした活動をしていたんだ。ところが団体の規模が大きくなるにつれて活動が過激化して行き、終いには動物の肉を食うなだの、動物園から全ての動物を開放しろだの。無茶苦茶を言う様になったんだ」

「それで、肉を出す店に対して抗議と言う名の妨害を行い、店の方はやむなく肉料理を止めた。ということですね」

「その通りです」

師匠の言葉に老人は何度も頷きました。それを聞いていた男はとても残念そうな顔でメニューを眺めていました。結局、男と師匠は野菜炒めとサラダのセットを頼み。残さず食べると代金を支払って店を後にしました。
二人はボロボロの車に乗り、携帯食料や燃料を売っているお店を探します。その間に幾つものお店を目にしましたが、どれもこれも活気がありませんでした。
しばらく車を走らせて雑貨屋を見つけると、二人は手早く必要な分の携帯食料を買い込み、会計の際に店主からガソリンスタンドの場所を聞いて店を後にしました。
店主から聞いたガソリンスタンドへ車を運転している途中、角を右に曲がろうとすると、小さな影が車の前を横切りました。

「うわっ!」

運転していた男は慌てて急ブレーキを踏むと、車は前につんのめりながら急停止します。
ハンドルに額を勢いよくぶつけた男が、額を抑えながら顔を上げると、車の前には小さな黒猫が驚いた顔で男を見ていました。
黒猫は少しだけ男を見詰めると、やがて何も無かったように道路を渡って、路地に消えて行きました。
男が溜息を一つ吐いて、ブレーキから足を離そうとしたところ。

「おい、あんた! 何してんだ!!」

見知らぬ男が運転席に近付いてきました。それだけではありません、男の後ろには老若男女を問わず、十人程の人々が同じく車に近付いてきます。
人々は黄色いボロボロの車を取り囲むと「あやうく小さな命が失われるところだった」「あんたみたいな人間は車に乗る資格は無い」「親の顔が拝みたい」等と、一斉に捲し立てます。
それに対して運転席の男は「すみません」「今度からは気を付けます」「私も動物は好きです」と、答えます。
やがて、人々は気が済んだのか「次は無いからな!」と言うと、車を離れて行きました。最後尾の人間が曲がり角の向こうに消えた所で、男は溜息を一つ吐きました。

「やれやれ、熱心なことですね」

「そうですね、次からは気を付けましょう」

「いっそのこと、この前みたいに適当にそこらの動物を撃ち殺して。どこに動物がいますか? とでも言いますかい?」

「やるなら貴方が一人で勝手にしてください。私は遠慮しておきます」

冗談めかしてそう言った男に、師匠は素っ気なく答えます。男は肩を竦めて、今度こそブレーキから足を離すと、車を発進させました。そして、目的のガソリンスタンドで燃料を補給し、次は泊まる宿を探します。
直ぐにでも止まれるように、のんびりと車を走らせていると。大きな門の前で人だかりが出来ていました。男は門からやや離れた場所に車を止めて、様子を窺がいます。
人だかりの中からは、何本かプラカードが飛び出しており、そこにはステーキハウスで見た物と同じような絵が描かれていました。
門の前の人々は口々に何かを叫んでおり、その度にプラカードが突き上げられます。しばらく叫ぶと、人だかりは門の前を立ち去って行きました。門の前には作業服を着た、歳老いた背の低い男が項垂れていました。
男は車を発進させ、門の前に止めると。歳老いた男に挨拶をします。

「こんにちは」

「ああ、こんにちは。旅人さんですかな?」

「その通りです。さっきは何があったんですか?」

「ここは動物園でして、私が園長を務めています。先程の人達は動物愛護団体の方たちでして……」

「ああ、動物を見せものにするとは何事だ、とか。動物を開放しろ。と言われたんですね?」

「はい、その通りです……。オマケに連日に渡って抗議に来るもので、お客さんも全く寄り付かなくなってしまって……」

そう言った園長は悲しそうな表情を浮かべます。
男が「あれだけ過剰な活動で、営業妨害で警察は動かないのか?」と質問すると。

「それが、警察の上層部が賄賂を受け取っているらしく、動いてくれないんです。お陰でやりたい放題にやられてしまって……」

園長はがっくりと頭を垂れると、大きな溜息を吐きました。男は頑張って下さい、と言うと園長に手を振って動物園を後にしました。
夕方になり、やがて二人は宿泊する宿を見つけると、車を駐車場に止めます。やっぱり異常なほど空いていました。
二人はフロントで一泊したい旨を告げて鍵を受け取ると、夕飯の時間まで部屋でのんびりと過ごします。夕飯の時間になり、二人は宿の食堂で夕飯を食べました。やっぱり肉料理は一つもありませんでした。
夕食のあと、二人は部屋で交代でシャワーを浴びて寝巻に着替えると、照明を消して二つ並んだベッドに潜り込んで、そのまま眠りました。
次の日の朝、二人は夜明けと共に起きました。軽い運動をして眠気を覚ますと、昨日と同じく食堂で朝食を食べます。メニューは野菜中心でした。
部屋に戻って忘れ物が無いか入念にチェックを行い、確認を終えると、フロントでチェックアウトを済ませます。
二人は車に荷物を乗せ、男が運転席に座りエンジンをかけます。調子が悪いのか何度かキーを回すと、やっとエンジンがかかりました。排気管から黒い煙を吐き出しながら、小さな黄色いボロボロの車は宿を後にします。
出国の為に城門に向かっていると、昨日の動物園が見えてきました。門の前では、園長が竹箒で落ち葉や塵を集めています。

「おはようございます、園長さん」

「おや、昨日の旅人さん。これから出国ですかな?」

ええ、そうです。男がそう言おうとした瞬間、門の奥から悲鳴が聞こえてきました。

「きゃあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「だ、誰か助けてえええぇぇぇぇぇ!!」

男と園長が何事かと呆気に取られていると、門の向こうから園長と同じ作業服を着た、若い男が大慌てで走ってきました。
若い男は門を両手で掴むと、泡を飛ばしながら喋ります。

「え、園長。大変です! 愛護団体のメンバーが何時の間にか侵入して、猛獣の檻を開けました!! 愛護団体の人達が襲われています!!」

「な、なんだって!?」

若い男の報告を聞いた園長は、一瞬で顔が真っ青に染まりました。
こうしている間にも、動物園の中からは悲鳴と猛獣の吼える声が響いてきます。

「直ぐに他の飼育員と共に出入り口の封鎖を確認して、麻酔銃と万が一に備えて猟銃を持ってくるんだ! 死者が出る前に何とかするぞ!」

園長は若い飼育員の男に指示を飛ばしました。若い男は頷いて、腰に下げたトランシーバーで連絡を取ろうとします。
と、そのタイミングで車に乗っている男が声をかけました。

「あのー、それはまずいんじゃないんですか?」

「まずいって、一体何がまずいと言うんですか、旅人さん?」

「だって、麻酔銃はともかく猟銃って、最悪の場合は動物を射殺するってことですよね? そんなことしたら愛護団体がまた騒ぐと思いますよ。殺さなくても他に方法があったはずだって」

男の言葉を聞いた園長と若い飼育員の男は、動きが止まりました。黄色いボロボロの車の運転席に乗る男を黙って見詰めます。

「麻酔銃も止めた方が良いかと思います。あれだけ過激な団体なら文句を言ってきてもおかしくありません。園長さん達は動物が外に逃げないように注意して、あとは事態が収まるのを待つのが一番だと思います」

助手席に乗る師匠の言葉を聞いた園長は、さっきとは打って変わって顔の血色も良くなり。表情もとても落ち着いていました。そして、のんびりとした口調で若い男に改めて指示を出します。

「それもそうですな。君、さっきの指示は変更だ。他の飼育員と共に出入り口の封鎖だけを確認して、あとは事態が収まるまで外で待機するように。決して手を出さないようにな」

「わかりました」

飼育員の男ものんびりとした口調でそう言うと、まるで散歩にでも行くようなゆっくりとした足取りで、動物園の奥に向かいました。飼育員の背中が見えなくなると、園長は運転席の男に会釈します。

「それでは旅人さん、良い旅を」

「ありがとうございます。それでは、失礼します」

男は園長に向かって小さく手を振ると、車を発進させました。
後ろから先程よりも多くの悲鳴と、猛獣の吠える声が聞こえてきましたが、男も師匠も全く気にしませんでした。



その日の夜。出国した師匠と男は今日の野営地を決め、焚き火を焚いて晩御飯の準備をしていました。焚き火の上には四角い鉄板が載せられ、黒い鉄板の上では何枚もの肉が美味しそうに焼けています。

「さて、あの国でステーキを食べられなかった分、今日は思う存分食べましょう!」

焚き火の傍に座る男が食べごろのお肉を箸でつまみ、よく冷ましてから口に運びました。よく噛んでから飲み込むと、男はとても嬉しそうな表情になっています。

「いやぁ、やっぱり肉は最高ですね」

「そうですね」

男の反対側に座る師匠も、良く焼けたお肉を箸で掴み、小皿に注がれたタレに付けてから食べます。
二人は黙々と焼き肉を食べ、やがて鉄板の上からお肉の姿が消えました。男が小皿に箸を置いて、代わりに何枚もの生肉が乗った紙皿を手に取ります。
そこから数十枚の新しいお肉を鉄板の上に乗せると、お肉が焼ける美味しそうな音がまた聞こえてきました。

「動物を守るためにこんな美味しい物が食べられないなんて、愛護団体の人達は随分と損をしてますね」

そう言うと、男は隣に横たわるお肉の塊。夕飯前に仕留めた大きな鹿を見ました。
額には穴が一つ開いており、そこから乾いた黒い血の跡が一筋流れていました。鹿の目に光は宿っておらず、代わりに赤い焚き火を映していました。

「師匠、俺は美味い物だったら何だって食べますよ。食事は人生で最高の娯楽って言うじゃないですか」

「ええ、次の国ではどんな物が食べられるか楽しみです」

星が瞬く夜空の下、焚き火を囲む二人は、お腹が一杯になるまでお肉を食べ続けました。



[38142] 学園編 お前の顔が蒼に染まるまで
Name: 第22SAS連隊隊員◆143f6d7d ID:d6ee3393
Date: 2013/11/25 02:51
学園編 お前の顔が蒼に染まるまで

ここは日本のとある場所、そこに学校がありました。太陽は高い位置に昇り、時間はお昼を暫く過ぎた頃です。
校舎の中では生徒たちがお昼の授業を受けている真っ最中。昼を食べた後に加えて、気温も日向ぼっこには絶好の温度です。コーラを飲んだらゲップが出るのと同じくらい、当たり前のように睡魔が忍び寄ってきます。
しかし、ここで居眠りをして今後のテストで赤点を取る訳にはいきません。生徒たちは睡魔との見えない戦いを繰り広げながら、必死に板書をノートに書き写しています。
とある高等部三年生の教室です。皆が黙々と黒板に書かれた英語の問題を解いている最中、一人の男子生徒はぶつぶつと小さく何かを呟いています。
一見すると単語か何かを呟いている様に見えますが、実際は全く関係のないことを呟いていました。

「はぁ、これだけ努力しているのに何で成績が上がらないんだろう。トップの人達って、どんな勉強しているんだろう」

この出席番号六番の男子生徒は勉強はよく出来る方なのですが、それが返って周りから過剰に期待されてしまい、彼にとって凄まじいプレッシャーになっていました。
今まで以上に勉強を頑張るのですが思う様に成績が上がりません。それが原因で更に努力しますが、やはり成績は伸び悩みます。

「よーし、それじゃあこの問題を……。今日は六日だから出席番号六番の人。この英文の翻訳は?」

「え? あ、はい! 私は貴方の提示した条件に同意し、契約します」

「お見事! 実に素晴らしい答えだ」

悩んでいた男子生徒はいきなり指名されたにも関わらず、スラスラと答えを口にしました。教師は男子生徒に拍手を送ると、それにつられて周りの生徒も拍手を送ります。男子生徒は照れくさそうな表情を浮かべていました。

「それじゃあ契約成立だな」

教師の言葉は拍手の嵐に掻き消されて誰にも聞こえませんでした。生徒達の拍手が鳴り止みます。当然です、だって件の男子生徒の身体が黒いタールのような物で覆われ始めましたから。
非常ベルが鳴りました。非常ベルのやかましい音が生徒たちの寝惚けた頭に鳴り響きます。みんなビックリ仰天。
十秒にも満たない時間でベルは鳴り止み、代わりに黒板の上に設置されたスピーカーから面倒臭そうな生徒の声が流れてきます。

『校内に魔物が出現しました。生徒は速やかにグラウンドに避難してください』

教室にいた生徒たちは歓声を上げます。これで午後の授業は中止確定、そりゃ嬉しいですよね。
生徒たちは担任の先生を先頭に慌てず騒がず一列になって教室を出て行きます。そしてここは誰も居なくなった、とある高等部三年生の教室です。
開けられた窓から涼しい風が教室に流れカーテンを揺らしています。と、教室の後ろ。掃除用具を入れるロッカーが開きました。
中から出てきたのは短い黒髪に白い詰襟の制服を着た男子生徒です。名前は静、この学校では知らぬ者はいないのほどの有名人です。
そして彼の肩にはどうやってロッカーに潜んでいたんだ、と突っ込みたくなるような大きなボストンバッグを掛けています。オマケに腰には黒鞘の日本刀が一振り。

「ふむ、避難したようだな」

静は歩きながら誰も居ない教室で呟きます。教室の中央、木で出来た自分の机の前に立つと、肩のボストンバッグを机の上に置きました。

「今日の私は、一味も二味も違うと言うことを見せてやろう」

そう言いながら静はボストンバッグのファスナーを勢いよく開けました。





同じころ、高等部一年生のとある教室から一人の女子生徒が出てきました。
姿を見た限りは全くと言っていいほど変化が分かりませんが、彼女の名は木乃。否、今の彼女は謎の美少女ガンファイターライダーキノです。彼女の使命、それは魔の誘いによって魔物と化してしまった人を元に戻すことです。一応は。
キノは教室の出入り口から顔だけを出して廊下の左右に視線を走らせます。当然のごとく誰もいません。キノは教室から出ると、腰に巻いた幾つもの緑色のポーチの一つに右手を突っ込みながら嬉しそうに呟きます。

「ラッキー、これで午後の授業は中止が確定ね。お昼の後で本当に良かったわ」

「キノ、ヒーローの言う台詞じゃないよ」

気持ちはわかりますが、ちょっと不謹慎なことを言うキノを窘める声が聞こえました。先程も言いましたが廊下には誰もいません。
声の主、その正体はキノの腰にぶら下がっている緑色の皮と黄色い金属で出来たストラップでした。

「はいはい、わかっています。さぁ、魔物をとっとと倒して放課後を満喫するわよ、エルメス」

エルメスと呼ばれたストラップは「絶対にわかって無いでしょ」という台詞を口にせず、内心で零しました。
当のキノはおばあちゃんから貰った銃器満載のポーチの中を探っています。やがて本日の得物が決まったのか、ポーチから勢い良く右手を引き抜きました。その手には一丁のアサルトライフルが握られていました。
本日の銃器はこちら! 銃口の下の部分には銃剣ではなく幾つもの小さな刃が並んでいます。マガジンもアサルトライフルにしては異様に大きいです。それもそのはず、このマガジンには五十発もの弾薬が収まっていますから。
外見は確かにアサルトライフルですが、それにしては異様な部分がやけに目立つ銃。キノが選んだ本日の得物はギ○ーズ・オブ・ウォーを象徴するチェーンソー付きアサルトライフル、ランサーアサルトライフルでした。作者もこの銃は大好きです。
キノが具合を確かめるためにランサーのエンジンを始動させます。チェーンソーの部分から黒煙が吹き上げ、並んだ刃が動き出します。それに合わせて規則的な心地よい振動がランサーを通してキノの手に伝わります。どうやらランサーの機嫌は非常によろしいようです。
具合を確かめるとキノはランサーのエンジンを切り。腰にぶら下がっているエルメスに話しかけます。

「エルメス、魔物の位置は?」

「うーん、それがどうにも気配を隠しているみたい。大まかな方向はわかるけど具体的にはちょっと……」

「それで十分よ。で、方向は?」

「とりあえず、職員室に向かって」

キノはランサーのグリップをしっかりと握りながら職員室に向けて歩き始めました。





そして、またも同じころ。校舎の屋上で真っ白な長い髪を後ろで一纏めにした、真っ黒なダブルボタンのコートを着た男がいました。
男の顔にはサングラスが掛けられており黒いレンズには青い空と太陽を映しています。男――ワンワン刑事はしばらく空を眺めたあと、視線を空から眼下に佇む校舎に向けます。

「行くか」

そう呟くと彼は自分の後ろにある、校舎へと続く階段に姿を消しました。





その頃、キノとエルメスは目的地の職員室に到着しました。既に教員も避難を完了しており、やはり誰もいません。
キノはランサーを構え、視線と銃口の動きを合わせながら職員室にゆっくりと足を踏み入れます。キノが一歩踏み出す度に職員室に足音が響きます。
机の影、天井、窓と魔物が襲い掛かってくるであろう場所を警戒しながら、キノは職員室の中央に来ました。そこでぐるりと室内を見回します。やはり魔物が襲ってくる気配はありません。

「エルメス、どう?」

「うん、間違いなく居るよ。直ぐ近く。こっちの様子を窺がっているのかも」

「わかったわ」

キノはそう言うとランサーのグリップを握り直します。それからゆっくりと時計回りで改めて職員室を見回します。今度は視覚だけでなく聴覚や嗅覚、ありとあらゆる五感に意識を集中させて魔物の気配を探ります。
キノが半回転したところで彼女の真後ろの並んだ机の群が吹き飛びました。机があった場所には全身を緑色の鱗で覆われた、二足歩行する背の低いトカゲの化け物の群れが。

「来たか!」

キノは出せる限りの速さで振り向き、瞬時に銃口を化け物の群れに合わせてトリガーを引きます。
ボルトが往復し銃口から火が吹いて銃弾が発射されました。放たれた銃弾は真っ直ぐに化け物に向かい、命中と同時に化け物は灰になって消えて行きます。
しかし、一匹だけ倒した所で化け物は怯みも止まりもしません。耳障りな雄叫びを上げながら両手の鋭い爪を振り被ってキノに一斉に襲い掛かります。
キノも負けじと向かってくる化け物達に銃口を向け、今度はトリガーを引きっぱなしにします。ボルトが往復動作を繰り返し、銃口から立て続けにマズルフラッシュが瞬きます。
弾丸の群れは化け物の群れに突っ込み、命中したトカゲの化け物を次から次へと灰にして行きます。弾丸が四十九発放たれたところでキノはランサーのマガジンキャッチを押して新しい物と交換します。
空になった大きなマガジンがキノの足元に落ち、ポーチから取り出した新しいマガジンをキノはランサーに叩き込みます。速い、とてつもなく速いです。パーフェクトリロードの成功で弾丸の威力が25%アップ。
しかし、キノにとって今の状況は威力よりも手数が欲しいところでした。魔物から生み出される無数の化け物、この化け物たちの厄介なところはとにかく数で押してくることです。
そもそも化け物は生命体ですらない文字通り使い捨ての駒、恐怖も何も感じる訳が無いので、大量の化け物がひたすら目標に向かって突撃してきます。
いくら銃器の扱いに慣れているキノであっても、リロードの隙やランサーの連射を上回る勢いで突っ込んでくる化け物の群れに徐々に押されていきます。じりじりとキノは後退し、遂に職員室の隅に追い詰められてしまいました。

「くっ……」

キノの頬を冷たい汗が流れました。ピンチ、大ピンチです。そしてピンチと言えばアイツ。そろそろ奴がやってくる頃合いです。
化け物の群れはキノを睨み付けながら一歩、また一歩と距離を縮めていきます。両手の爪が先程よりも鋭く見えています。
ああ、このままキノは化け物の爪にズタズタに引き裂かれてZ指定な展開になってしまうのでしょうか。と、その時です。

「ピンチだな!」

来ました、遂に奴が来ましたよ。でも、何故か声がくぐもっていますね?

「正義の少女がピンチの時――」

今回は一味も二味も違うそうです。何が違うのか楽しみですね。

「今一人の剣士が天空の彼方より舞い降りる!」

さぁ、満を持して登場です。台詞が言い終わると同時に職員室の窓に線が走り、次の瞬間にはそれらは斬撃となって窓を切り刻みました。同時に白い影が職員室に飛び込んできます、白い影は化け物の群れに飛び込むと縦横無尽に走り始めました。
白い残像が職員室を駆け回り同時に何かが煌めきます。煌めきに合わせて化け物が片っ端から手足を切られ、頭を切られ、身体を両断されていきます。職員室に灰の山が徐々に出来上がってきました。キノは思わずむせます。
やがて全ての化け物が切り刻まれて職員室が灰まみれになりました、室内はもうもうと灰が舞い上がってなにも見えません。

「ゲホッゲホッ。また性懲りも無く現れたわね。今回はなに? サモエド仮面アインス? ツヴァイ? はたまたドライ?」

「怪我は無いか? 謎のキノ。それと我はサモエド仮面ではないぞ」

「だからその名で呼ぶなと……。あんた、何よその格好は?」

灰の煙幕が徐々に収まり少しずつ視界が開けてきました。キノは灰のカーテンの向こうに佇む影、毎度毎度に勝手に現れては勝手に暴れて事態をややこしくする変態仮面、サモエド仮面に文句を言いました。灰色の壁の向こうからくぐもった声が返ってきます。
そして灰が完全に収まってサモエド仮面の姿が見えるようになった時、そこに居たのはサモエド仮面ではありませんでした。

「我の名は謎の仮面剣士――ハクケン!!」

白い背中が振り向くと同時に、両足に赤い点が四つ入った真っ白な具足が鳴ります。そこに居たのは何も描かれていない真っ白な丸い面を付けた変態でした。頭から逆立った一対の銀の長髪が耳の様に見えます。
両腕には手甲の部分に二つの赤い点が入った腕の上半分を覆う真っ白な籠手と、胴体には鳩尾から膝を覆うこれまた真っ白な軽装鎧を身に付けています。

「ハクケン?」

「如何にも」

「冗談はよしなさいよ。制服見えてるからバレバレよ」

キノの言うとおり確かにハクケンは籠手、具足、鎧を身に付けていますが、鎧に隠れていない腕の下半分や胸から首、脛などの覆われていない部分から白い詰襟制服が見えています。
それでもハクケンは首を横に振りながら、自分はサモエド仮面で無いことをくぐもった声で主張します。それに合わせて背中に背負った二メートルはある直刀が鳴りました。

「何度言ったら分かるのだ謎のキノ。我はハクケン、断じてサモエド仮面などではない」

「ああ、はいはい。もうそれで良いわよ……」

「それもそうですね、一刻も早く魔物をなんとかしないと」

「ワンワン刑事さん!」

新たにワンワン刑事の登場です。職員室の出入り口に腕を組んで寄り掛かっています。キノ、頼もしい人物の登場に非常に嬉しそうです。
これからどうするかと三人で話し合った結果。校内を回り魔物が現れるのを待つという結論に辿り着きます。エルメス曰く今も魔物は直ぐ近くにいるが姿を表す気配が無いとのこと。
化け物をけしかけ続けてこちらの消耗を狙っている可能性もありますが、いくら待っていても埒が明かないので、こちらから校内を歩き回り向こうの反応を窺がう作戦を開始ます。三人は一先ず職員室を後にして近くの教室を調べに向かいました。
と、そうは問屋が卸さない。廊下に出た瞬間を狙い天井をぶち破って化け物の群れが三人の背中に襲い掛かります。狙うは最後尾のハクケンです。
幾つもの鋭い爪が彼の背中に迫り、あわや白い鎧と制服が真っ赤に染まるかと思われた時です。

「ズェア!」

ハクケンの掛け声が響きました。仮面を被っているせいか妙な掛け声に聞こえます。
長刀に手を掛けて振り向くと同時に抜刀、横一閃の斬撃が化け物の群れを一匹残らず両断しました。大量の灰が職員室を舞い散ります。

「行くぞ」

「え、ええ」

「そ、そうしましょう」

ハクケンが一瞬だけ見せた凄まじい気迫に若干押されつつも、二人は返事をして職員室を出て行きます。
最後にハクケンは長刀を振って血払いをすると、それを背中の鞘に納めて二人の後を追いました。





「エルメス、どう?」

「うーん、相変わらず近くに居るんだけど……」

「一向に出てこないな」

「随分と我慢強い魔物ですね」

それから一時間後、三人はキノの教室にいました。
あれからひたすら校内を歩きまわりますが魔物は一向に姿を見せません。散発的に化け物が襲い掛かってきますが、三人はいとも容易くこれを迎撃。これの繰り返しでした。
はてさて、これからどうするべきか。三人寄れば文殊の知恵と言いますが良い案が浮かびません。すると机に座っているキノの腰のストラップ。エルメスが一つの提案を出します。

「みんな、とりあえず体育館に行ってみない?」

「そうね、良い考えも浮かばないし体育館に向かいましょう」

「賛成だ」

「同じく」

三人はエルメスの提案に賛成し体育館に向かうことが決定しました。
ワンワン刑事とサモエド仮面が立ち上がり、それに続くようにキノが立ち上がったところ。

「へっくしょん!」

可愛らしさの欠片も無いキノの大きなくしゃみ。

「うー、戦いで掻いた汗が冷えてきた……」

「風邪か、謎のキノ。薬を飲んで良く寝るのだ」

「……はいはい、そうするわよ」

「……さぁ、二人とも。早く行きましょう」

三人は教室を出て体育館に向かいます。歩いている間も周りを警戒しますがやはり魔物は姿を現しません。
そうこうしている内に体育館に到着しました。天井付近の壁には歴代校長の写真が並び、体育の授業中だったのかあちこちに赤い三角コーンや様々なボールが転がっています。
三人はそれぞれ別の方向を警戒しながらゆっくりと体育館に足を踏み入れます。そして体育館中央に円形に貼られたテープに入った瞬間。衝撃と爆音が館内を駆け抜けます。

「来たな、物の怪め!」

ハクケンが叫びました。白い面が向いている方向、跡形も無く吹き飛んだ体育館奥のステージには、全長三メートルはありそうな巨大なトカゲの化け物が三人を睨んでいました。
両手の長い爪は今まで戦ってきた化け物の爪が可愛らしく見えるほどに鋭く見えます。化け物が雄叫びを上げるとその口には杭のような大きな牙が何本も並んでいます。あんなのに噛みつかれたら無事で済むわけがありません。
キノ、ハクケン、ワンワン刑事はそれぞれの得物を構えました。キノはポーチからランサーを、ハクケンは背中から長刀を、ワンワン刑事は両袖からコルト社製の拳銃M1911を。
巨大な化け物は身を屈めて突進すると、三人も化け物に向かって駆け出します。戦いの火蓋は切って落とされました。
先制攻撃を決めたのはワンワン刑事です。両手のM1911を連射、パンパンという銃声に合わせてスライドが往復し金色の空薬莢が舞い散ります。
銃口のマズルファイアを突き破って鉛弾が化け物に疾駆します。腕や腹、顔に命中しますが放たれた弾丸は全て緑色の鱗に弾かれました。
ワンワン刑事に続いて今度はキノが攻撃をしかけます。ランサーの照準を巨大トカゲの顔に合わせて引き金を引きました。M1911よりも重い銃声が連続して響き、ボルトが往復して次々と弾丸が撃ち出されます。
流石の化け物もこれはマズイと思ったのか、キノがランサーを構えた時点で右手の長い爪を揃えて盾の様に構えます。拳銃よりも強力なアサルトライフルの弾は白い盾に全て防がれてしまいました。キノ、悔しそうな顔です。

「我の出番だな」

ハクケンのくぐもった声が聞こえました。ハクケンは踏み出した右足に渾身の力を籠め、次の瞬間に白い残像となって化け物に斬りかかります。
長刀が煌めき化け物の右腕を狙います。これに対して化け物は右手を開いて爪を槍のように突き出しました。

「はっ!」

ハクケンが気を吐くと突き出された爪を長刀で薙ぎ払います。刃と爪がぶつかり硬い音を立てて、化け物の右手が弾かれました。同時に緑色の巨体が微かに怯みます。
この隙を逃さずワンワン刑事が巨大トカゲの懐に滑り込みます。スライディングで化け物の真下に滑り込み、背中を床に付けて仰向けの状態で両手のM1911を再び連射しました。先程よりも距離が近いお陰か命中した箇所に小さな傷が付きました。

「弾丸でダメならぁ!」

続いてキノのターンです。キノはランサーのエンジンを始動しチェーンソーを起動させました。ようやっと出番が回って来て嬉しいのか、ランサーが嬉しそうに振動します。
キノが化け物の手前で跳躍して、頭上にランサーを振り被って落下と同時に振り下ろしました。猛烈な速さで回転するチェーンソーが緑色の鱗で覆われた左肩を斬り付けます。
鱗は恐ろしく硬いのか、ランサーで斬り付けている箇所から盛大に火花が上がっています。

「うおらああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!」

女の子らしくない雄叫びを上げながらキノはランサーを化け物の左肩に押し込みます。更に大きな火花が上がりました、キノに今にも引火しそうな勢いです。
ハクケンは巨大トカゲの右手を弾いたあと、返す刀でトカゲの首を狙います。右に振り抜いた刀の勢いを利用して時計回りに一回転。回転によって更に勢いを付けた長刀で巨大トカゲの短い首に刃を叩きつけました。ぶつかると同時に火花が散ります。
三人からの一斉攻撃を浴びた化け物は痛がる素振りを全く見せず、鬱陶しそうに左腕で床を叩きます。

「うわ!」

「くっ!」

「ぬぅ!」

キノ、ワンワン刑事、ハクケンは叩き潰される前に化け物から距離を取ります。剛腕が体育館の床を砕いてクレーターを作りました。衝撃の余り体育館の窓が全て砕け散ります。

「銃も刀も効かないなんて、どすうれば……」

「仕方あるまい。二人とも、危険だから離れるのだ」

ハクケンが左腕でキノとワンワン刑事を制します。そのくぐもった声はどこまでも真剣でした。何かを察したのか、二人は黙って引き下がります。
二人が自分から十分に離れた事を確認すると、ハクケンは長刀を改めて構え直します。身体を少し捻って刀を両手で水平に持ち、握った両手を鳩尾の前に持ってきます。

「……」

ハクケンは仮面の内側で静かに呼吸を整えます。身体を微動だにせず深く息を吸い込み、そして長い時間をかけて静かに吐き出しました。
準備を整えたのか、ハクケンが長刀を左手で持ち自分の前に垂直に構えます。峰を右手で抑えながら流れるように口から言葉が溢れます。

「我は栄、我は養、我は素。我は一振りの剣にて全ての敵を刈り取り、魔を滅する!! 」

ハクケンの髪が一層に逆立ち同時に彼の身体が青白く輝きます。輝きが最高潮に達すると纏まっていた一対の銀髪が一瞬だけ散らばりました。

「我が名はハクケン、推して参る!」

長刀を再び水平に構えてハクケンは右足を踏み込みます。余りの脚力にハクケンの右足を中心に小さなクレーターが出来ました。
そして、ハクケンは疾風となって化け物に飛び込みました。
長刀の間合いに化け物が入った所で獲物を左から右に振り抜き、その軌跡は黒い太い太刀筋となって緑色の巨体を両断します。斬撃は一つではありませんでした。
次に袈裟切りで黒の太刀筋が化け物を斬り、更に頭から股を同じ斬撃が襲います。
次から次へと黒の斬撃が化け物を切り裂き、徐々に緑色の巨体が黒く塗りつぶされていきます。

「虚空陣奥義……」

言いながらハクケンは長刀を背中の鞘に納めていきます。
黒の斬撃によって化け物の姿は完全に塗り潰されました。姿が全く見えません。

「悪滅!」

ハクケンが刀を完全に鞘に納め納刀音が響きました。同時に黒い太刀筋が砕け散り、後に残っていたのは巨大な灰の山でした。

「凄い……」

「なんと……」

二人はハクケンが見せた技に圧倒されます。さっきのは完全にゲームの必殺技です。カッコいいです。
ハクケンが灰の山に背を向けて二人の元に歩み寄り始めた時でした、体育館の天井が切り刻まれ瓦礫と共に何かが落下してきます。
すわ、化け物の新手か!? 三人が身構えます。しかし、落下してきたのは化け物ではありませんでした。それは白い物体でした。
白い物体は先に落下して出来上がった瓦礫の山の頂上に着地します。

「なんだ今のは!? 魔物が現れたのか!?」

キノとワンワン刑事に聞きなれた声が聞こえました。着地の際に衝撃を吸収するために屈めていた膝を伸ばし、付いていた両手を離します。俯いていた顔を上げると、そこには――。

「「サモエド仮面!?」」

「なに奴!?」

なんということでしょう! そこに居たのは我らがサモエド仮面でありませんか!
トレードマークの白いマントに鼻から額にかけての白い仮面、頭には真っ赤なリンゴを乗せています。どっからどう見てもサモエド仮面です。
いきなり現れたサモエド仮面にキノとワンワン刑事は大混乱です。無理もありません、サモエド仮面の新たなバリエーションだと思っていたハクケン、それなのに当のサモエド仮面が目の前に現れたのですから。

「校内中の化け物の発生源を潰していて遅れてしまったが……。む、貴様は誰だ。名を名乗れぃ!」

「我が名はハクケン、貴様こそ何者だ!」

「私は正義の騎士、サモエド仮面δ!」

二人の白い男は互いに名を名乗り得物を構えます。一体どちらが本物のサモエド仮面なのでしょうか? それにしても前の文、ちょっと変ですね。この場合だと後から現れたサモエド仮面が本物になりますし。
いがみ合う二人を見ながらキノとワンワン刑事はどちらが本物か悩んでいました。ハクケンは現れてから共に化け物と戦ってくれましたし、サモエド仮面δは何時もの見慣れた格好と聞きなれた声です。
いよいよ二人が刃を交えようとしたその時です。

「ねぇ、私ちょっと風邪気味なんだけど。こういうときはどうしたら良いのかしら?」

「む? 謎のキノ。先程も申した筈だ、そういうときは薬を飲んで良く眠るのだ」

「風邪か謎のキノ。だったら消化の良い脂肪とさけ糖質、たんぱく質を取り。栄養価の高い動物性たんぱく質も補給するのだ。ビタミンAとB1、Cも取り、水分補給も忘れるでないぞ」

「わかったわ、二人ともありがとう。そして――ニセモノは貴方ね」

キノは腰のポーチからリボルバー式マグナムのボルトックピストルを引き抜き――ハクケンに向けて躊躇い無く引き金を引きました。ハクケンが手甲で弾丸を弾きます。

「何をする謎のキノ」

「あら? 何時もみたいに刀で弾かないの? それにお得意のトマトはどうしたのかしら?」

言いながらキノはボルトックピストルのハンマーを上げました。隣のワンワン刑事も両手のM1911をハクケンに向けます。

「本物のサモエド仮面ならこういうときは風邪に効く栄養素を答えるわ。それなのに貴方は薬を飲めと言った」

「魔物は現れてからずっと僕たちの直ぐ近くに居る。だったら発生源を潰す為に校内を駆け回っていたサモエド仮面は魔物である筈が無い」

二人はトリガーに指を掛けました。あとほんの少し力を入れるだけで銃弾が放たれます。サモエド仮面δは切っ先をハクケンに向けました。

「……」

「さぁ、観念なさい!」

「くく…、くくく…。くかカカカカカ!!」

追い詰められたハクケンは何がおかしいのか、くぐもった笑い声を上げました。何ともおかしそうに両手で腹を抱えて大笑いしています。それに後半の笑い声がなんだかおかしいですね。

「まサか見破らレルとはネ。これハおドロろいたヨ」

すると、ハクケンの白い鎧と制服が徐々に黒く染まっていきます。純白が漆黒に染め上げられていき、ハクケンの身体も形を失っていきます。
ハクケンの身体が黒いタールのようにドロドロと溶け、黒い水溜りができました。水溜りの中央から同じ色の黒い何かが出て来ます。
それは様々な形に変形しながら徐々に膨らんでいき、やがて水溜りと細い糸で繋がった大きな漆黒の風船が出来ました。
風船の表面がグニャグニャと蠢き、漆黒とは正反対の純白の円形が風船の表面に現れます。更に円形に逆三角形に並んだ黒点が出ました。極限までシンプルに書いた顔のように見えます。

「まぁ、い さ ひとりの ら かたずけ  る」

「正体を現したわね!」

遂にハクケンが正体を――魔物の姿を現しました。キノ、ワンワン刑事、サモエド仮面δが一斉に攻撃を仕掛けます。銃声が轟き白刃が煌めきました。

「あれ?」

「む?」

「ぬ?」

そして、攻撃の全ては魔物の身体をすり抜けました。銃弾は反対側に飛び出し刃は何の手応えも無く魔物の黒い身体を通過します。

「むだむ おれ てき だ」

キノ達の攻撃を嘲笑い今度は魔物の番です。風船の一部から細い腕が飛び出し、それが膨らんで巨大な拳になります。拳はキノとワンワン刑事に殴りかかってきました。

「うおっと!」

「はっ!」

二人は飛び退いて間一髪これを避けるとお返しとばかりに再び引き金を引きます。やっぱり銃弾は魔物をすり抜けました。
攻撃後の隙を狙ってサモエド仮面δが魔物の腕を斬り付けました。同じく刃がすり抜けます。

「どうすればいいのよ!?」

「物理攻撃は効かないのか……?」

「むぅ、私の刃が通じぬとは」

「おれ さいきょ お は むて お が いちば だ」

魔物は自らの存在を誇示するように上下に揺れると体表から何かが出てきました。

「これで  らえ」

体表から飛び出してきた物――拳大の瓦礫や鉄骨が弾丸のように撃ち出されます。
ぶつけられただけでも痛いのに、それが銃弾と同じ速さでキノ達に迫ります。当たったら一溜りもありません。
銃使いの二人は銃器で的確に撃ち落とし、サモエド仮面δは刀で次々と弾いていきます。弾けなかった分はトマトで防ぎました、赤い果汁と果肉が飛び散ります。
魔物は絶え間なく瓦礫や鉄骨を撃ち出してキノ達に反撃の機会を与えません。三人の顔に焦りと汗が浮かびます。
と、瓦礫の一つがサモエド仮面δの頭に乗っている真っ赤なリンゴを粉砕しました。

「ああ! なんてことをするんだ! 何時もとは一味も二味も違う私を演出するために取り寄せた最高級リンゴが!!」

サモエド仮面δが叫びますが叫びながらも瓦礫群を弾く手は休めません。流石です。と言うか冒頭のセリフってリンゴのことだったんですね。なぜそんな所に金をかけたのでしょうか。
と、サモエド仮面δが瓦礫の一つを魔物に向けて弾き返しました。小さな瓦礫は黒豆を三つ並べた白いお皿のような魔物の顔に飛んでいきます。

「い っ!」

瓦礫が命中し魔物が痛がりました。同時に瓦礫と鉄骨の嵐も止みます。

「痛がった?」

「ということは……」

「もしかして……」

「みんな、あの魔物は顔が弱点だよ!」

今まで台詞が無かったエルメスが叫びます。敵の弱点が分かればあとはそこを攻めるだけ。キノ達の逆襲が始まりました。
ワンワン刑事が右に、サモエド仮面δが左に回り込み魔物の左右を挟みます。魔物の正面に立つキノはランサーを構えると魔物に向けて駆け出しました。それに合わせて左右の二人も攻め込みます。

「く、く な くる 」

弱点を知られた魔物が慌てて四方八方に瓦礫と鉄骨を撒き散らします。しかし、その密度は先程よりも明らかに劣っていました。
一方に集中させていた攻撃を三方に分散させているので当然です。キノ達は向かってくる瓦礫郡を楽々と迎え撃ちながら魔物との距離を詰めて行きます。

「食らえ!」

ワンワン刑事が白い顔に銃弾を浴びせ、怯んだ魔物に大きな隙が出来ます。

「せぃや!」

その隙を逃さずサモエド仮面δが一気に踏み込んで、峰で魔物の顔を打ち上げました。

「これでトドメ!」

キノは魔物を元の人間に戻せる一発しか撃てない唯一の武器。ビッグカノン~魔射滅鉄~を右腿のホルスターから引き抜いて、仰け反る途中の魔物の顔に向けて照準を合わせました。魔物の白い顔は蒼に染まっていました。
たーん! と軽い銃声が体育館に響き渡りました。





「いやー、今回も疲れたわ」

「お疲れ様」

夕焼けに染まる室内にキノはベッドに寝転がりながら溜息と共に言います。ここはキノが通う学園の学生寮です。
ビッグカノンが命中した魔物はあれからあっという間に元の男子生徒に戻りました。その生徒の顔を見たサモエド仮面δは何か思うことがあるのか、じっと男子生徒の顔を見詰めていました。使命を終えた三人はそれぞれ別の方向に逃げて今回の事件は幕を閉じました。

「さーて、そろそろ夕御飯の時間ね。今日は一杯食べないと」

「いつもお腹一杯食べてるじゃん」

そんなエルメスの言葉を無視してキノは寮の食堂に向かいました。





キノが今日の夕御飯を食べている頃のことです。

「……ここは?」

「目が覚めたかね?」

「あれ? なんで静さんが……」

ここは学園の保健室です。魔の誘いに乗ってしまった男子生徒は保健室のベッドの上に寝ていました。直ぐ隣には優しげな頬笑みを浮かべる静の姿が夕陽に染まって輝いています。

「君は魔の誘いに乗ってしまったんだね?」

「はい……」

「気にすることはないよ。人間は誰にだって弱い部分や脆い部分があるからね」

「……」

「君は成績のことで悩んでいたんだね? 君は本当に凄い努力家だ。努力の方向を勉強だけに向けるのはちょっと感心しないかな」

「え?」

「君ならきっと勉強だけでなく他のことも努力できる。きっと将来は大成するさ。だから、もっと気楽に生きて勉強以外の事にも目を向けても良いんじゃないかな?」

「……はい」

静の言葉を聞いていた男子生徒は何かから解放されたような無邪気な笑みを浮かべていました。
静は座っていた椅子から立ち上がると何も言わずに保健室を出て行きました。あとには再び眠り始めた男子生徒だけが残されます。

「うまー」

そしてキノは食堂で海老フライに齧り付いていました。


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.035125017166138