確率の国
季節は夏。青い空の真上に白い太陽が浮かび、容赦なく地上に熱線を降り注いでいる。緑一色の地表、森の中に一本だけ灰色の線がまっすぐに走っている。灰色の線、舗装された道路を一台のモトラド(注・二輪車。空を飛ばないものだけを指す)が走っていた。
運転手は耳を覆うたれの付いた黒い帽子を被り、銀色のゴーグルをかけ、黒いジャケット着た十代中頃の精悍な顔つきの旅人。旅人が運転するモトラドの荷台には様々な旅荷物が詰まれており、モトラドの振動に合わせて揺れている。
旅人の右腿の位置には黒いリヴォルバータイプのハンド・パースエイダー(注・パースエイダーは銃器。この場合は拳銃)がホルスターに収まっており、腰の後ろにも自動式のハンド・パースエイダーをつけている。
旅人は額や首に汗を浮かばせながら舗装された道路をひたすら走っていた。
「暑いねぇ、キノ」
「そうだね、エルメス。一刻も早く涼しい場所に行きたい」
キノと呼ばれた旅人がエルメスと呼んだモトラドの言葉に同意する。
周りの森によって幾分かは涼しく感じられるが、やはり暑いものは暑い。キノがほんの少しだけハンドルを捻ると、エルメスが先程よりも加速する。
加速したことによって前から受ける風がその分だけ強くなり、キノの汗が少しだけ引いた。
しばらくの間、森の中を走り続けるとやがて森を抜けて丘が見えてきた。草原の丘にも道路はまっすぐ続いており、その先は丘に隠れて見えない。遥か彼方には幾つも連なる山脈が見える。
キノはエルメスのハンドルをやや強く捻ると、エルメスは更に加速する。「気持ちはわかるけど、安全運転でね」というエルメスの言葉にキノは生返事を返した。
遮る物がない道路を走り続け、丘を二つ越えた所で前方に灰色の物体が見えてきた。
「やっとついたね」
「ああ、早く熱いお湯の出るシャワーを浴びて真っ白でふかふかのシーツに飛び込みたい」
キノはそういうとエルメスを減速させて、国に繋がっている道路をひたすら走り続ける。
それから間もなくして国に着いた。キノはエルメスを降り、灰色の城壁の入り口を守っている兵士に三日間の入国審査を伝えようとしたところ、
「ようこそ旅人のキノさん、モトラドのエルメスさん! 三日間の滞在ですね? こちらにお名前と滞在日数と滞在目的をお書き下さい。また、国内ではパースエイダーの持ち込みは禁止されている為、こちらで二丁とも預からせて頂きます。熱いシャワーと清潔なベッドがあってモトラドも入れる安い宿は、大通りの赤い看板の宿です」
「……」
キノがこれから言わんとしていることを番兵は一気に喋った。キノは特に何もいわず、差し出された書類に自分の名前とエルメスの名前、滞在日数を書くと番兵に返した。
番兵が礼を言いつつ受け取ると「他に何かありますか?」と笑顔で訪ねてくる。キノは何もありません、と言うと右腿と腰後ろのパースエイダーを差し出す。
責任を持って預からせて頂きます。と番兵が言い。詰所の中に入って城壁の入口を開けると、キノはエルメスに跨り入口を潜って入国した。
番兵に言われた通り、大通りを走っていると右手に赤い看板の宿屋が見えてきた。エルメスを乗り入れてカウンターでチェックインをしようとすると。
「やぁ、ようこそキノさん。三日間だね? モトラドの乗り入れが大変だろうし、直ぐそこの部屋を手配してあります。お食事はここから右に真っ直ぐ進んだ場所ににあるカフェがオススメですよ。安くてたくさん食べられますよ」
またもやキノが言わんとしていることを宿屋の主人は全て喋った。キノは黙って部屋の鍵を受け取ると、廊下を少し進んだ場所にある部屋に鍵を使って入る。
エルメスをベッドの脇にスタンドで立たせると、真っ白でふかふかのシーツが敷いてあるベッドに腰掛けた。
「どう思う、エルメス?」
「実はこの国の人達は超能力者で、キノが考えていることが全て分かるとか?」
「それは嫌だな、頭の中を覗かれるのは良い気がしないよ」
「全くだね」
キノはどこか困った様な笑みを浮かべると室内のシャワールームに向かい、ここまでの道中で流した汗を綺麗にシャワーで洗い流した。
新しいシャツに着替えると汗が染み込んだ服や肌着が入った洗濯籠が脱衣所の指定の位置に置いてあるか確認し、エルメスを押して部屋を出た。
宿を出て十分もしない場所に宿屋の主人が言っていたレストランが見えてきた。敷地内の一部はオープンカフェとなっており色とりどりのパラソルが咲いている。
キノは空いている席の脇にエルメスを立たせると自分も席に着く。白いテーブルの上にあるメニューを手にしようとした所で、キノはこちらに向かってくるウェイターを見て手を止めた。ウェイターが運ぶお盆の上には白い陶磁器の器に盛られている山盛りのサラダが。
「こんにちはキノさん。ご注文はこちらの季節野菜の盛り合わせサラダと川魚の蒸し焼きでよろしいですね? 万が一、ご注文が違いましたら遠慮なくお申し付け下さい」
若い男のウェイターは持ってきた料理と領収書をキノが座っているテーブルの上に置くと、恭しく礼をして去って行った。
キノは自分の席に置かれたサラダをじっと見詰めると、メニューを手に取り目の前の料理を探す。やがて同じ料理を見つけると写真と値段を何度も確認してからメニューを閉じ、フォークを手にとってサラダを食べ始めた。
「キノ、それで良かったの?」
「うん、他のメニューも見たけどボクだったら間違いなくこの二つを頼むね」
「理由は?」
「安くてたくさん食べられるから」
「さいですか」
エルメスが呆れたような返事を返す。キノはその間にも次々とサラダを口に運んでいた。
サラダと魚を食べ終え、領収書を握り締めてキノは店内に入って行く。入口脇のレジに向かい領収書に書かれた通りの金額を支払うと、
「この国の観光名所は北にある遺跡群に東にある歴史博物館です。始めに遺跡を見てから博物館に立ち寄るのが特にオススメですよ」
レジの女性にそう言われたキノは「ありがとうございます。早速行ってみます」と言うと再びオープンカフェに向かった。
エルメスのスタンドを畳んで、ハンドルを手で押しながらキノはこれから向かう場所をエルメスに話した。
「エルメス、これから北にある遺跡群と次に東にある歴史博物館に向かうよ」
「レジの人にその二つがオススメだって言われた。かな?」
「……うん、全く持ってその通り。一字一句そのまま」
「やっぱりね」
「もしかしてエルメスも心が読めるの?」
「まっさかー」
「そうだよね」
キノは道路までエルメスを押すと、エルメスに跨ってエンジンをかけて北に向かって走って行った。
◆
その日の夕方。観光を終えたキノは宿泊している宿屋に戻ってくると、来た時と同じようにエルメスをベッドの脇にスタンドで立たせるとベッドの上に腰かけた。
一度伸びをしてからベッドの上にそのまま倒れ込み、観光の感想を呟く。
「中々面白かったね」
「うん、国もあの遺跡の保護の為に予算を惜しみなく使っているみたいだし。歴史博物館も細かいところまで解説してあって分かりやすかったね」
「思わずおみやげを買いそうになったよ。ちょっと危なかった」
キノは小さく笑うと、部屋の壁に掛けてある時計を見た。今の時間は午後六時の少し前。キノは上半身を起こすと腕を組んで何か考えるような素振りを見せる。
やがて考えが纏まったのか、ベッドから弾みを付けて降りると部屋を出てカウンターに向かう。主人が居なかったのでエントランスに置いてあった新聞を読んで待っていると、カウンターの奥から主人が出てきた。
「ああ、すみません。キノさんが来るのは分かっていたんですが手が離せなくて。申し訳ありません」
「いえ、気にしないでください。それよりも」
「ご夕食は宿の向かいにあるレストランが良いですよ。旅人であることを伝えればサービスしてくれます。それとキノさんが知りたがっていることは明日になったら国の中央に向かえば分かりますよ」
キノは礼を言うと部屋に戻り、荷物から財布を取り出すとエルメスに向かいにあるレストランで夕食を食べる事を告げる。
財布の中身を確認して、キチンとポケットにしまったことを確認すると部屋を出て行く直前にキノはエルメスにこう問いかけた。
「エルメス、今ボクが聞こうとしていることが分かるかな?」
「人の心が読める国は前に立ち寄ったけど、あれは同じ薬を飲んだ人じゃないとわからないし。そもそも読めるのだったら離れて暮らしているだろうし、試しに宿屋の主人に『夕飯を食べる場所と何故、人の考えていることがわかるのか』の二つをどの順番で聞こうか考えて、直前に順番を変えたけどやっぱり読まれていた。かな?」
「……うん、本当に凄い。エルメスってやっぱり心が読めるんじゃないの?」
「まっさかー」
「そうだよね」
昼間のカフェと同じやり取りをすると、キノは部屋を出た。
しばらくして腹をさすりながらキノが部屋に戻ってくると「どれだけ食べたの?」というエルメスに質問に対して「サービスで一品無料だったから、一番量がある料理を頼んだ」とキノは答える。
エルメスが呆れるとキノはシャワールームに向かい、たっぷりと時間かけてシャワーを浴びた。シャワールームから寝巻に着替えた姿で出てくると、キノは部屋の電気を消してベッドに入った。
「おやすみ、エルメス」「おやすみ、キノ」と寝る前の挨拶を一人と一台が交わすと、キノはそのまま眠りについた。
翌朝、キノは夜明けと共に起きた。
本来ならば日課であるパースエイダーの抜き撃ちの訓練と整備を行うのだが、生憎パースエイダーは入国の際に預けてある。キノは格闘の練習を何時もより多めにすると、流した汗をシャワーで全て綺麗に洗い流した。
部屋を出てカウンターに向かうと丁度、宿屋の主人も起きたらしく眠そうな目をこすりながら「おはようございます」と朝の挨拶を交わした。
「朝食なら昨日のカフェが良いですよ」と伝えられると、キノは御礼を言って部屋に戻り。まだ寝ているエルメスを文字通り叩き起こして昨日の昼に昼食を取ったカフェへとエルメスを走らせる。
まだオープンカフェは開いていなかったが店内に入り、席に着くと同時にキノの元に料理が運ばれてくる。運ばれてきた料理は鶏肉と野菜のサンドイッチに暖かいスープだった。
昨日の昼と同じようにメニューから同じ料理を探し、値段と写真を何度も確認するとスープを飲み始める。食べ終えて会計を済ませると昨日と同じレジの女性から「キノさんがこれから向かう場所はまだ開いていません。雑貨屋はここから西に向かった通りに何軒かありますよ。オススメは二件目の雑貨屋です」と言われた。
「おかえりー、西の通りにある雑貨屋だね。一通り見て回った頃には丁度いいんじゃないのかな?」
「……エルメス、やっぱり君は心が読めるんじゃないの?」
「え、ウソ? 今のは適当に言っただけなのに」
キノがエルメスのタンクを軽く叩くと、レジの女性に勧められた西の通りに向かう。既に何軒かの雑貨屋は開店しておりキノは二軒目の雑貨屋の位置を確認すると、他の雑貨屋の様子も見て回った。
一通り雑貨屋を見て、キノが通りに設置された柱時計で時間を確認すると既に午前九時を過ぎていた。キノは国の中央に向けてエルメスを走らせる。
やがて、厳重に警備されたゲートが見えてきた。ゲートの周りだけでなく国の中央を囲んでいるであろう塀の周りにも等間隔で警備員と監視カメラが目を光らせている。
キノはゲートの少し前でエルメスから降りてゲートに近付くと、ゲート脇にある詰所の青い制服を着た警備員が笑顔で出迎えた。
「ようこそキノさん、お待ちしておりました。このネームプレートを他の人から見えるように首から下げてください。また、このネームプレートはここから先では決して取らないでくださいね。それではどうぞ」
キノは警備員からゲストと書かれた手の平ほどの大きさのネームプレートを首から下げると、エルメスに跨ってゲートを抜けた。
途中で何人もの警備員とすれ違い、ようやく国の中央に到達した。中央には小さなドームが建てられており、入口にはスーツを着た歳老いた男が立っている。
キノは少し前でエルメスから降りて手で押し、男の前まで辿り着くとお辞儀をした。
「お待ちしておりましたキノさん、エルメスさん。煩わしい歓迎のあいさつも何ですし、ささ、こちらへ」
キノはエルメスを押したままドームに入って行く男の後を追った。ドームの内部は白い空間になっており入口の向かいにはエレベーターらしき扉、天井や壁には幾つもの監視カメラやセンサーが男とキノ、エルメスを睨んでいる。
歳老いた男はエレベーター脇のパネルに手を乗せると次に直ぐ上にあるセンサーを覗きこんだ。小さな電子音がなるとエレベーターの扉が開き、男とキノとエルメスが入ると同時に扉が閉じた。
男が壁に幾つも付けられた階層を表す数字が描かれたパネルの内、一番下。5と書かれたパネルを押すと二人と一台を乗せたエレベーターは下へと降りて行く。
扉の上にある階層パネルが数字の順番通りに光り、やがて目的の地下五階に到着すると再び扉が開かれた。歳老いた男が先に出て、次にキノがエルメスを押しながらエレベータを出る。
「ようこそ、我が国の頭脳へ」
そういった男の後ろ、巨大なガラス張りの向こうには巨大な黒い直方体があった。
直方体のあちこちからは数え切れないほどの様々な色のコードが伸びており、直方体の下では白衣を着た何人もの人間が忙しそうに走り回っていた。
「さて、ここでずっとキノさんが知りたがっていたことの秘密を教えましょう」
「はい」「やっとだね!」
「この国では数十年前にありとあらゆる出来事が起こる確率を計算できる巨大な演算装置。要するにコンピューターの開発に成功しました」
「それがおっちゃんの後ろにある『頭脳』なんだね」
「その通りです。この頭脳が完成してから国は目覚ましい発展を遂げました。ありとあらゆることを計算し発生確率から予知することが出来るのです。我々は常に最善の選択を行い、より良い国を創るためにここまで来ました」
男は感慨深そうに何度も頷くと、気を取り直して説明を続ける。
「これにより、我が国を訪れる人々はとても満足してくれます。それこそ、キノさんの様な旅人さんが。種明かしをした時は皆さんとても納得しておられましたよ」
「よかったねキノ。ここが超能力者の国じゃなくて」
「うん、そうだね」
「無論、予知の結果は国家機密となっております。その情報を必要とする人間の元に、必要最低限の結果だけが知らされる様になっておりますゆえ、プライバシーの管理は万全の態勢となっております」
「これでキノさんが聞きたいことは全てですかな?」と歳老いた男はどこか悪戯っぽい笑みを浮かべて言った。キノがその通りですと言うと男はこの施設の各階層の案内と昼食を御馳走すると言い、キノと男エルメスは再びエレベーターに乗り込んだ。
夕方、キノは見学を終えて男に御礼を言って国の中央を後にした。現在、キノは朝に場所を確認した雑貨屋に向けてエルメスを走らせている。
目星を付けておいた二件目の雑貨屋に到着すると、エルメスを店の表に止めて雑貨屋に入った。雑貨屋に入ると入口脇のレジから中年の店主が顔を出し、カウンターの上に紙袋を置いた。
「いらっしゃい、旅人さん。三日分の携帯食料に四四口径のパースエイダーの弾丸に液体火薬。一応、全部あるか確認してくれ」
キノは紙袋の中身を確認すると、これから自分が買おうとしていた物が全て揃っており数も一致していることを確認した。代金を払って商品を受け取り、店を後にしようとした所で表に一台のパトカーが停車した。
パトカーから髭を生やした警官を先頭に後ろ二人の若い警官が店に入ると、令状を店主に突き付けながら一方的に宣言する。
「お前を傷害罪、器物破損。その他の罪で逮捕する」
店主が疑問を口にする暇も与えず、後ろに控えていた若い二人の警官があっという間に店主の両手に手錠をかけた。
「ちょ、ちょっと待って下さい。私は何も――」
「黙れ。お前は今晩、店を閉めた後に酒場に立ち寄るつもりだったな? お前はそこで酔って他の客と口論になり、先程の罪を犯すのだ。この確率は極めて高い」
「ま、待って下さいよ! 確かに私は今夜は酒を飲もうと思いましたが――」
店主の言葉には一切耳を貸さずに警官は店主をパトカーに押し込んだ。髭を生やした警官はキノに「お見苦しい所をお見せしました」といって頭を下げるとパトカーに戻り、あっという間に去って行った。
雑貨屋で買い物を済ませたあと、キノは宿屋に戻って昨日と同じく向かいにあるレストランで夕食を食べた。またしてもお腹を擦りながら戻ってきたキノを見て「本当に良く食べるね」とエルメスは言った。
そのままシャワーを浴びてキノはベッドで眠りについて。次の日の朝、キノは夜明けと共にに起きた。
この国での最後のシャワーをたっぷりと時間かけて浴びて、朝食をこの二日間と同じカフェで食べ、クリーニングされた服を受け取ると宿屋をチェックアウトした。
国の出入り口で出国の手続きを行い城門を潜ると、入国の際に手続きを行った兵士が話しかけてくる。
「おはようございます、キノさん。滞在中はお楽しみいただけましたか?」
「ええ、とっても」
「この国の『頭脳』って凄いんだね」
「ええ、お陰で我が国はここまで繁栄することができました」
兵士がまるで自分の事のように誇らしげに胸を張ると、キノとエルメスの遥か彼方に連なる山脈を指差した。
「キノさん、エルメスさん。今夜は流星群がとても良く見えます。キノさんが野営する予定の山の中腹ですが、少しだけ頑張って山の頂上まで登って下さい。そうすれば流星群を眺めながら野営することが出来ますよ」
「わかりました、今夜は是非ともそうします」
「お気を付けて!」
兵士の敬礼を受けながら、キノは次の国へと向かう道。すなわち遥か後方の山を目指してエルメスを発進させた。
そして、その日の夜。キノは危険な夜の山道を慎重にエルメスを運転しながら山頂まで登り、そこで野営することにした。
テントを張り、お湯を沸かしてお茶を飲んでいるとキノの視界の端を何かが走る。キノが視線を上げると、暗い夜空に幾つもの線――流星群が流れていた。
キノの頭上を中心に四方八方に流れ星が夜空を流れては消え、夜空を流れては一瞬で消えて行く。
「綺麗だね、エルメス」
「うん、あの兵士さんが言っていた通り。危険な山道を登ってきた甲斐があったね」
キノはお茶を飲む手を止め、しばらく流星群を眺めていた。ふと、キノが視線を下げると遥か彼方には今朝、キノが出国した国の明かりがとても小さく見えた。
と、数え切れない程に夜空を流れる流れ星の一つに明らかに他とは様子が違う流れ星が夜空に現れた。
他の流星と比べて流れる速度が遅く、色や形も白い線にしか見えない流れ星に比べて白く太い。キノとエルメスはその流れ星に気が付くと眼で追い始める。
流れ星は時間と共に色は光り輝く程の白になり、尾はより太くなって行く。他の流れ星と違い何時まで経っても消える気配が感じられない。
やがて流れ星は地上との距離をどんどん縮めて行き、
「あ」「あ」
キノが出国した国に直撃した。
遥か彼方で光が爆発し、しばらく間をおいてから音と揺れがキノとエルメスの元にやってくる。
キノはエルメスが倒れないようにしっかりと押さえ、揺れが収まるとゆっくりと顔を上げて辺りを見回した。
辺りは不気味な程に静まり返っており、幾つかの虫の小さな鳴き声が聞こえるだけである。
「エルメス……」
「うん、あの国の人たちは間違いなく全滅しちゃったね」
「それもそうだけど……」
「『あれだけ正確な予知が出来るのに、なぜこのことは予知できなかった?』でしょ。簡単だよ。流星の一つが国に直撃する確率が天文学的な確率で低かったんだ」
「つまり……、あの国のコンピューターは流星が直撃することを予知していたんだけど、その確率が余りにも低すぎて結果から弾いていた。ってことだよね?」
「そうだね。0パーセントと1パーセントは似ているけど。0は絶対に起こらない、1は100回に1回の確率で起こるから絶対にないとは言い切れないんだよね。今回はまさしくその1、いや1パーセント以下の確率が見事に当たっちゃったわけ」
キノはエルメスの説明を聞き終えると、かつて国があった方角を向いた。
そこには先程までにはあった小さな明かりはなかった。