"青春期の終わり"(前)
八代海に面した熊本県下益城郡松橋町一帯では、北上するBETA群約8000に対し、帝国陸軍第19師団が後退を重ねつつも、反撃を加え続けていた。
松橋町やその南の下益城郡小川町には幾筋かの河川が存在するも、その幅は30mもなく、荒天にも関わらず小型種でも渡河出来る水深であり、かつ流れも穏やかである。山地や丘陵もなく松橋町一帯は平坦な地形、BETAの進撃を阻むものは何もない。
逆に言えば、光線級に占領されると厄介な高地を抱えていない、ということをも意味している。たかが標高300m程度の小山であっても、重光線級や光線級に占領されれば、そこを中心として数百km圏内、戦術機や攻撃ヘリは完全に動きを封じられてしまうことになる。山地や丘陵は、なるほどBETAの進撃を遅らせる要害となるが、同時に守りきれなければ人類側を窮地に追いやる諸刃の剣なのであった。
『CPよりジャガー、後退を許可する』
『了解! てめえら、短噴射の連続で退がれ! 絶対に頭上げんなよ!』
とはいえ光線級の脅威は、高地の存在しない市街地であってもなくなりはしない。
数十分に渡り、押し寄せる戦車級と闘士級の群れを撃退し続けた機械化装甲歩兵小隊に、ようやく後退の許可がおり、小隊長は『絶対に頭を上げるなよ』と繰り返し怒鳴った。
小隊員達は言われるまでもなく、連続した短噴射、水平方向への機動を以て、速やかに後退していく。
恐らく光線級の照射を受ける危険がある高度は、15m以上――つまり機械化装甲歩兵にはあまり関係がない高さであるが、それでも跳躍装置を噴かし過ぎて、要撃級の胴体部や周囲の建築物を超える高度まで飛び上がることは、絶対に避けるべきであった。
『ちくしょおおお、後退許可が遅すぎるん……わ゛っ』
数十m先にまで迫った戦車級を撃破し、すぐ後退に移ろうとした先頭の機械化装甲歩兵は、すぐ傍の雑居ビルの屋上から飛び降りてきた影に捉えられた。跳躍装置から推力が生み出されようとした瞬間に、数体の闘士級の圧し掛かられた彼は、バランスを崩して転倒してしまう。そして彼の強化外骨格に、象に似た鼻が襲い掛かる。
『中村ァっ!』
闘士級に圧し掛かられた機械化装甲歩兵とペアを組む相棒は、咄嗟にその名前を呼び、片腕にマウントされている12,7mm重機関銃で、闘士級達を駆逐せんと狙いをつけたが、遅かった。彼が狙いをつけた時、既に闘士級は、中村の腰部跳躍装置を破壊した上で、87式機械化歩兵装甲の構造上、装甲が薄くなっている脚部をもぎ取ってしまっていた。
『てえええええ゛え゛!』
『すまないッ! 中村……』
相棒は結局、悶絶する中村とそれに群がる闘士級に対して、12,7mm重機関銃弾ではなく、左肩に備えられている擲弾を叩き込んだ。闘士級と中村は破片と爆風によって、すぐさま絶命した。
仮に闘士級を駆逐したとしても、この戦場で跳躍装置という重要な足と、自身の脚を失った中村は、どの道死んでいたであろう。仕方がなかった、と中村とペアを組んでいた機械化装甲歩兵は心中でつぶやいてから、後退を開始した。
『こちらジャガー3。こちらジャガー3。ジャガー4――中村上等兵、戦死です。建築物上からの奇襲を掛けてきた闘士級にやられました』
『……だ、そうだ。こちらジャガー・リーダー! 屋根の上に気をつけろ!』
『了解!』
彼ら帝国陸軍歩兵第73連隊が運用する機械化歩兵装甲は、12,7mm重機関銃や7,62mm機関銃、各種擲弾投射機、無反動砲等を装備しており、兵士級や闘士級は勿論のこと、戦車級にまで対抗することが可能であるが、それらの火器は専ら水平に構えられている。上面から攻撃してくる敵を、一切想定していない。平地における戦闘ならばそれでいいが、市街地における三次元戦闘では、不利になることもあった。
『CPよりジャガー、後退を中止されたし。12時方向距離350、戦車級20が前進中。迎撃せよ』
『こちらジャガー・リーダー、了解! 横陣をつくれ、阻止弾幕を張る!』
『了解!』
『それよりCP、木偶どもの支援はないのか?』
機械化装甲歩兵の一隊を率いるジャガー・リーダーの云う、"木偶ども"とは、光線級の照射圏内にて動きが鈍った戦術歩行戦闘機のことを指す。歩兵科は戦車級を狩るのでも一苦労であるが、戦術機ならば戦車級の群れなぞ、それこそ一蹴出来るのだから、彼らの支援の有無が気にかかるは当然といえよう。
『こちらCP、もうこの辺り一帯は光線級の視野に入っている。あとは分かるな?』
『大型種はともかく、小型種を狩りには現れないってことか』
大型種との近接格闘、武器弾薬の積載量増加を念頭においた為に、全高約18m前後の威容を誇る戦術歩行戦闘機は、光線級の射程範囲内で活動するには巨大過ぎた。
第19師団が抱える第23戦術機甲連隊(三個大隊、定数108機)は、光線級を狩るタイミングを図りつつも、現在は大隊単位に分かれ、光線級に見咎められない範囲でこそこそと大型種を撃破している。
師団司令部及び連隊本部では、戦力が残っている内に、光線級を駆逐させたいところであったが、未だ全ての光線級の所在を掴みきれていないのが現状であり、飛び出した途端に、思いも寄らない方向から照射を受けて、損害を出すことだけは避けたかったのである。
『CPよりエエカトル、前進中止ッ! それ以上進むと、障害物とBETAの死骸が切れる、八代市北西部に確認されている光線級に狙われるぞ!』
『エエカトル・リーダー了解、全機後進50! 北上する要撃級30をそこで迎え撃つ』
『こちらコヨルシャウキ・リーダー! C小隊、射撃続行!』
『了解ッ! チャーリー、FOX3!』
小型種を撃退するのが機械化装甲歩兵の仕事であるならば、大型種を駆逐するのは全高があり射界が確保出来る戦術機の仕事であった。機械化装甲歩兵が携行する対戦車榴弾では、要撃級すら相手にするのは困難であり、障害物の多い市街戦において、全高の低い主力戦車はその火力を十二分に発揮することは難しい。
逆に光線級の存在によって機動を制限されている戦術機は、瓦礫と瓦礫、死骸と死骸の合間を進む小型種に意識を割けない為に、歩兵と戦術機で役割分担が自然と成立していた。
『頭上げるなよ!』
第2中隊(コヨルシャウキ中隊)の衛士達は、膝射の射撃体勢を自身の愛機に強いた。
片膝を地に付け、射撃姿勢を低くすることによって、光線級の存在する戦場における戦術機の不利を、少しでも補おうというのである。これは大陸満州、朝鮮半島で、散々光線級に苦しめられた大陸帰りの衛士達が普及させた、戦術機の射撃体勢だ。
立射の姿勢に較べれば、膝部ユニットに掛かる疲労は大きくなるが、光線級による照射の危険を鑑みればこれも致し方がない。
『ブラヴォー、FOX3!』
『コヨルシャウキ2、FOX2!』
瓦礫の山を乗り越える際に晒される、軟らかい要撃級の下腹目掛け、各機は次々と36mm弾と120mm弾をお見舞いしていく。建築物が邪魔になり下腹が狙えない場合は、高い位置にある尾部が丁度いい的になった。BETAの死骸や廃墟を縫い、うまく戦術機に接近出来た個体も居るには居たが、結局120mm弾で至近距離からぶち抜かれて、何も出来ないまま機能停止に追い込まれた。
戦場に腐るほどいる要撃級はそこまで脅威ではなく、光線級が存在する戦場において一番厄介なのは、やはり突撃級だ。
『こちらブラヴォー・リーダーッ! 1時方向、距離300、戦車級20だ! 小隊各機、撃ちまくれ!』
『こちらコヨルシャウキ4! B小隊! B小隊より10時方向、距離1000、突撃級9!』
この時第2小隊(B小隊)は、前面の廃墟の合間から突如湧き出た戦車級の群れへ、阻止弾幕を張らんとして周囲への注意が疎かになっており、10時方向から要撃級の死骸を押し退けて突進してくる突撃級の群れに、まったく気づいていなかった。この差し迫った危険に気づいたのは、第1小隊(A小隊)に所属する4番機であり、咄嗟に第2小隊へ警告する。
だが、遅かった。
『なにッ! 全機撃て!』
『無理だッ! A小隊、突撃級の側面を撃て!』
すぐさま第2小隊各機は突撃級へ火器を指向し、120mm弾と36mm弾を雨霰と叩きつけたが、進路上に居合わせた不幸な自動車化歩兵と、逃げ遅れた機械化装甲歩兵を踏み潰しての時速150km超の突進は、そう押し止められるものではなかった。運のいい何発かの120mmAPFSDS弾が、突撃級の正面装甲をぶち破ってみせたが、それでも撃破出来たのは9体の内たった2体のみ。
『回避しろ!』
『うわあああああ』
『ばっ』
A小隊の側面への射撃も間に合わず、迫る突撃級を前に衛士達の行動は、恐慌状態に陥り、跳躍装置を全開で噴かして直上へ逃れようとした者と、水平方向への短噴射で回避を試みた者である。
前者はすぐさま光線級の照射を受け、なるほど突撃級の石頭を避けることに成功したが、光線級の照射を受け、数秒で爆散した。また後者は3機中2機は回避に成功したが、運の悪かった1機が、横陣で突っ込んできた突撃級を避けきれず、大破全損の憂き目に逢った。
『くそがあああ』
水平方向への機動で突撃級を避けた第2小隊の小隊長機は、激情に突き動かされるようにすぐさま反転し、主腕と副腕に保持した突撃砲を以て、遠ざかる突撃級の背中に36mm弾をお見舞いしてやる。
『ブラヴォー・リーダーッ! 背面、距離150、戦車級を忘れるな!』
『ちくしょうが!』
光線級の存在する戦場では、戦術機の強みである三次元機動と行動範囲が大きく制限される関係から、正面装甲が堅牢で、かつ突進力のある突撃級を捌くのは、非常に困難となる。水平方向への回避機動が取れる戦術機ならばともかく、歩兵にとっては対策の取りようのない存在であり、戦線右翼を支える第19師団は、この光線級と突撃級の為に損害を出し続け、後退を余儀なくされているようなものであった。
この戦場に1630時、陸自第5戦車連隊の車輌が姿を現した。
ブリーフィングで確認されたとおり、先頭を駆けるのは、正規軍お下がりの74式戦車改と61式戦車で構成された第1大隊第3中隊。その後に続くのは、装輪式戦車士魂号L型を主戦力とする、第1・第2中隊である。
有効な戦術とはいえ悪意ある陣形、と言っても過言ではなかった。大隊指揮班は、旧式戦車から成る第3中隊に戦果を期待していない。第3中隊の役割は、敵の攻撃を一身に浴び、同時に敵の位置をあぶり出すことであり、自身の位置を暴露した敵を撃破するのは、第1・2中隊の仕事である。
鐘崎や桐嶋が所属している第3中隊は、一言で言えば囮だった。
『こちらカメリア、ツバキサク、繰り返すツバキサク』
大隊長は所定の戦闘行動を開始するよう、各中隊指揮班に命じた。第3中隊を囮として運用することに、彼は何の痛痒も感じていなかった。
大隊長は陸上自衛軍第6師団(熊本鎮台)より出向している将官であり、学兵を駒としてしか見做さない冷徹な戦術眼と、何よりも最悪なことに、戦果を挙げて熊本鎮台に返り咲こうという名誉欲があった。前者はなるほど、学兵からしてみればたまったものではないが、戦術に情を挟まないことは作戦成功に繋がる大事な要素だ。だがしかし後者の名誉欲は弁護のしようのない、腐臭を放つ害悪であった。
『こちらハサン、ツバキサク了解。ハサン、ツバキサク!』
第3中隊(破産中隊)が前進を開始する。74式戦車改4輌から成る第1小隊が先陣を切り、その右後方、左後方を第2、第3小隊が往く。楔形陣形、所謂パンツァーカイルと云うやつだ。但しここは建造物が乱立する市街地、幾分か崩れた形になっている。
『イロコイ、ツバキサク了解』
『ロマンス、ツバキサク了解』
続いて第1中隊(色恋中隊)、第2中隊(ロマンス中隊)が動く。
大隊長は勝利を確信していた。
既にBETAと呼称される新型幻獣の性能は、頭に入っていた。新型幻獣は光線級以外、如何なる幻獣も火砲を持っていない。まるで旧日本軍と同じ、否、それ以下だ。誰が接近戦になど持ち込ませてやるものか、要塞級も突撃級も要撃級も戦車級も、前面1000m以内に形成されるキルゾーンに沈ませる。光線級だけは厄介極まりない存在だが、これは先行した第3中隊が、位置を全てあぶり出してくれる。その後は、本命の第1・2中隊に狩らせればいいだけだ――彼は、そう考えていた。
BETAの恐ろしさを知り尽くしたこの世界の戦車兵からすれば、唾棄すべき楽観的思考に基づいた作戦行動であった。
この時、戦車連隊本部も隷下の戦車大隊指揮班も、「火砲をもたない敵を蹂躙してやろう」くらいにしか考えておらず、また帝国陸軍第19師団本部との連携も十分とは言える状態ではなかった。帝国陸軍と陸上自衛軍間で、未だ助言役の交換は為されておらず、第5戦車連隊は前線を押し上げんとする考えなしの突撃を開始した。
「よぉし、破産12号車ぁ! 前進するよ!」
鐘崎が戦車長を務める破産中隊(第3中隊)12号車も、どうっと爆音を轟かせて前進を開始した。ツバキサク――所定の作戦行動を開始せよ、の命令は既に中隊指揮班から下されており、他の車輌も同じく前進している。
車輌の背には、協同する陸上自衛軍第113普通科連隊のウォードレス兵が、しがみついている。戦車跨乗(タンクデサント)というやつで、敵砲兵が生きている場合は一番の地獄を見る役回りだが、主力戦車と共に移動出来るのだから、非常に効率がいいやり方である。
『こちらアルファ・リーダー、敵阻止火網なし』
『こちらブラヴォー・リーダー、前方距離800に友軍発見せり。帝国陸軍のウォードレス兵の模様』
事前に送信されてきた新型幻獣の情報は正確なもので、やはり一発も撃ってこない。従来の幻獣であれば、すかさずゴルゴーンが生体噴進弾を撃ち掛けてきているところであろう。
気をよくした中隊指揮班はいよいよ、更なる前進を指示する。第3中隊が、後退してきていた帝国陸軍第73歩兵連隊の機械化装甲歩兵を追い越してしまうのに、時間は掛からなかった。
『こちら第73歩兵連隊本部より陸自第5戦車連隊本部、貴隊の戦車大隊が単独前進中。すぐに引き返させるべきと考えるが?』
『こちらゴルゴダ、向こうは花火を持参していないらしいではないか。この大祭、せいぜいこちらが盛り上げてやらねば』
火砲はもちろん航空戦力をも所持していない軍隊に、機甲戦力が押し止められるはずがない。至極当たり前の常識に、戦車連隊本部の人間も完全に囚われていた。
『こちらアルファ・リーダー! 前方にグ、要撃級2見ゆ! 2号車まで右、4号車まで左を!』
『ブラヴォー・リーダーです、小隊各車は、前方の戦車級を攻撃してください!』
第3中隊では、遂にBETAの群れを射程に捉えていた。
第1小隊の74式戦車改が、105mmライフル砲の照準を前方の要撃級に合わせ、第2小隊は戦車級の群れへと、りゅう霞弾と機関銃弾を叩きつける。一応FCS(火器管制装置)は、最新鋭車輌90式砲戦車のそれに劣らない74式戦車改であり、優れた命中力を発揮した。要撃級の顔面から胴体までに105mm徹甲弾がめり込み、片や戦車級の群れは炸裂した砲弾の破片と機銃弾でばらばらに引き裂かれる。
『撃破ぁ!』
『こちらカメリア。カク、ツバキサク続行せよ』
『こちら第23戦術機甲連隊CPより第5戦車連隊第1大隊(カメリア)、部隊を後退されたし。このままでは先頭の中隊が、現在までに存在が確認されている光線級の前に出ることになるぞ』
大隊長は、第23戦術機甲連隊からの忠告を無視して、ほくそ笑んだ。先頭を往く第3中隊は、光線級の位置を捉える為の人柱だ。
それどころか彼は、新型幻獣はやはり大したことはないことを確認し、各中隊には更なる前進を命じた。勿論前進しすぎれば、大隊は敵中に孤立することとなろうが、すぐに第2・第3大隊が、そして第113普通科連隊本隊が続く予定だ。
第3中隊は得意の行進間射撃で、次々とBETAを撃破しながら、前線を押し上げていく。
『りゅう弾装填急いで!』
『は、はいッ!』
その頃、鐘崎戦車長は胸をなでおろしていた。あれだけ心配していた桐嶋装填手だが、結局のところちゃんと仕事をこなすことが出来ている。
所属する第3小隊は、向かってくる小型幻獣にりゅう弾とりゅう霞弾を何度も浴びせ、現れる要撃級には百発百中の精度で、徹甲弾を食らわせて撃退していた。要撃級は的が大きく、また非装甲の部位が多すぎる。戦術機が苦戦する突撃級も、車高の低い戦車からしてみれば、弱点である脚部が狙いやすい脆弱な目標であった。
各小隊は単独、あるいは共同で次々と撃墜数を増やしていく。
楽勝であった。次の瞬間までは。
『こち』
第1小隊の先頭を往く2号車の戦車長は、何も言うことが出来ないまま、蒸発した。戦車級の死骸の山を乗り越え下る最中に、装甲の薄い砲塔上面にレーザー照射を受けたのであった。仮にこれが砲塔・車体の正面装甲であったならば、10秒前後は耐え、他の車輌に警鐘を鳴らすことが出来たであろう。
『こちら随伴歩兵の船目だッ! 光線級だ!』
爆散する直前に、2号車の背から離れた戦車随伴歩兵が、光線級の存在を通報するが、だからといって後退出来るわけではない。第1小隊の1・3・4号車、そして続く第2・3小隊は、そのまま前進し、彼我で鋼鉄と閃光を用いる殴り合いを開始した。
『撃てッ!』
『4号車、照射されてる! 回避して、ねえっ! お願い、香奈枝ぇっ!』
『7号車大破炎上!』
『駄目だ、後』
『脚だ、脚を狙え!』
一度閃光に捉えられた車輌は、もう回避することなどかなわない。戦術歩行戦闘機も初期照射併せて数秒耐えられることを鑑みれば、それ以上の装甲厚をもつ主力戦車は、レーザー蒸散膜が無くとも10秒前後は耐えられる。だが主力戦車の鈍重さでは、初期照射から本照射の間に光線級の視界から逃れるなど無理な話であった。
第1小隊は瞬く間に全滅し、照射と照射のインターバルの間に、第2小隊と第3小隊は死ぬ物狂いで戦車砲を光線級へと指向し、105mmと90mmの各種砲弾を放った。だがしかし、未だ照射を行っていなかった光線級に、その砲弾ごと車体を射抜かれる車輌が続出した。
戦車の背から逃れた随伴歩兵達はというと、廃墟や車輌の残骸から光線級への攻撃を開始する。12,7mm弾で光線級の脚や胴を狙い、確実な撃破を期す。だがこちらもやはり、光線級の標的となった。歩兵は戦車よりも悲惨で、初期照射から本照射に入った直後のコンマ1秒で蒸発させられてしまう。
第3中隊は、瞬く間に全滅の憂き目にあった。
鐘崎の12号車も例外ではない。照射を受ける。12号車車体正面装甲をぶち破る閃光、蒸発する操縦手。だが幸運なことに、その後閃光は上方へ逸れた。破壊光線は戦車砲を溶解させ、防盾を爛れさせた後に天を衝く。12号車に照射を浴びせていた光線級は途中、12,7mm弾によって脚を失い、バランスを崩した為に、照射が上方に逸れたのである。
生きながらえた鐘崎はすぐに怒鳴った。
「下車、下車ぁ!」
砲塔上面から飛び出した鐘崎はそこで、黒煙を吐き、崩れ落ち、爆散した後の車輌の群れを見た。彼女は酷く冷静に、全滅だ、とだけ思った。
先程まで無線上で飛び交っていた怒号と、エンジンの轟音と、友軍車輌が爆散する断末魔に耳がおかしくなっているのか、遠くから笛の音が聞こえてきていた。
死を告げる、笛の音が。
"青春期の終わり"(後)に続く。