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[38496] 【真愛編】Battle Over 九州!【Muv-LuvAL×ガンパレ】
Name: 686◆1f683b8f ID:b7d39a38
Date: 2019/01/13 20:44
(この物語はフィクションであり、実在する人物や組織とはいっさい関係ありません、Muv-Luv板へ移転しました)



【Muv-LuvAL×高機動幻想ガンパレードマーチ】



※中編、マブラヴガンパレクロスSS、ご都合主義、設定改変、GPM側裏設定多少有り

1999年7月の自然休戦期中、熊本における決戦に勝利し、九州失陥を免れた日本国陸上自衛軍第106師団を中心とする学兵部隊と神族(!)が、1998年7月の日本帝国九州地方へ転移、対BETA戦になし崩し的に参加する話になります。序盤から都合良く実包を備えた部隊が付近にいる、弾薬等の備蓄がある高等学校ごと転移している等、そのあたりが所謂ご都合主義となります。










 Battle Over 九州!







 1998年7月7日。

 長崎県松浦市、佐賀県唐津市に師団規模のBETA群上陸。

 本土防衛軍は避難民と国土を後背に、全力を以て反撃を開始。
 超大型台風接近の最中、着上陸した敵群に痛烈な打撃を与え、8日には一部を海に追い落とすことに成功した。
 が、翌日には、九州北部にBETA群第二波が追上陸、更に九州中部――超大型台風の影響で、哨戒が困難となっていた天草灘・島原湾を通過し――熊本県八代市にも、師団規模のBETA群が強襲上陸。
 九州中部に突如として現れたこのBETA群は、九州北部のBETA群との死闘に臨む本土防衛軍の背を衝く。

 熊本県八代市内にて海岸線の監視と避難民の誘導、この両任務にあたっていた第123歩兵連隊は、僅かな対戦車火器と小火器でこれにあたったが、機械化歩兵装甲をもたない自動車化歩兵連隊の勇気は報われることなく、避難民と一緒くたに蹂躙された。
 また一方で戦略予備として後方に保全されていた各師団は、避難民の大海と河川の氾濫、土砂災害を前に攻撃発起点への移動がままならずにいた。

 そして同日、また別の要因が九州全土に混沌を呼び寄せる。

 BETA八代上陸の一報が各師団本部に達すると同時に、前線部隊から奇妙な報告が集まり始めたのである。







「所属不明の武装集団が前線、後方問わず展開中。――"日本国陸上自衛軍"、"生徒会連合"を自称する彼らは、BETA群に対し突撃破砕砲撃を開始せり」







―――――――







「自殺行為じゃねえか」



 熊本県八代市東町、竜峰山の麓より見た黒雲渦巻く西の空はまさしく、燃えていた。

 遠目からでも60m級大型幻獣が、八代市街を我が物顔で闊歩するのがよく見える。
 あの蜘蛛のそれを連想させる脚の下では、未だ逃げ惑う市民が――そして彼らの背に食らいつく小型幻獣どもが蠢いていることだろう。
 更に蠍を模した中型幻獣キメラに酷似する新型幻獣や、トリケラトプスの頭だけが動いているような新型幻獣が、その巨体を存分に震って破壊の限りを尽くしている。
 高層建築物が簡単に突き崩され、電柱が引き倒され、人々が生活を営む市街地の姿は、瞬く間に醜いものになっていく。
 ……どうやら彼ら新型幻獣群は、生体噴進弾を備えておらず、それが唯一の救いであった。

 既に熊本鎮台は、避難民の救助を諦めたのか。
 激しい砲爆音が八代市一帯に殷々と響き渡る。
 15榴にMLRSだ、と山麓に集合した第123普通科連隊に協同する第2313独立機動小隊の面々は、そうあたりをつけた。
 恐らく百単位で降り注ぐ榴弾と噴進弾は、光砲によって空中で半分程が蒸発させられながらも、残り半分は市街地で炸裂した。
 建築物という建築物が大小の幻獣と共に薙ぎ倒され、火焔と破片と爆風が一緒くたになったものが、路上に存在する物体を消滅させる。
 ……そこに人と幻獣の区別はない。

 だが新型幻獣の群れは止まらない。

 建造物が林立する市街地において、火砲の威力は吸収され大幅に漸減することは、戦場に立ってまだ数ヶ月の第2313独立機動小隊の学兵達も知っていた。
 そして奴らがあそこにいる限り、友軍の弾雨によって民間人は倒れていくことも。

 行軍訓練・実弾演習を切り上げて、万難を排し北進中の本隊――第123普通科連隊を待っている暇はない。
 熊本県内に百個ある精鋭、独立小隊がひとつ第2313独立機動小隊も、戦時装備で行軍訓練中に、突然視界が暗転したかと思えば、次の瞬間には、眼前に炎上する八代市街と暴れ回る新型幻獣の群れが現れた。
 流石の突飛さに即時突撃を彼らは躊躇ったが、燃える街を前にしてもう小隊員は腹を括っていた。



「光砲科の新型が出張ってるみたいだね」

「高度は10mで進入する」



 臆する小隊員は誰一人いない。

 史上初、自然休戦期に強襲上陸してみせた師団規模の幻獣軍。年に数体しか出現しないはずである、60m級大型幻獣の同時実体化。
 全ての幻獣が新型という特異性。
 突如として一帯を襲う暴風雨。
 昨年の戦闘で灰燼と化した筈の八代市街――。

 事態は全て常識の範囲外にあったが、もはや学兵にとって眼前のそれは、看過出来るものではなかった。
 一個小隊が突撃を掛けたところで、新型幻獣群を撃退出来る道理はなく、また救える人命もたかがしれていよう。
 いや、結局この八代平野で避難民と共に、全滅する公算が大きい。
 だが彼らは自身が闇を払う銀の剣であることを、少しも疑ってはいなかった。

「用意はいいよな。八代駅に避難民を集めろ……そして県道14号線以東には、幻獣を通すなよ。1時間もすれば、国道3号線を走る本隊が到着する。それまで頑張ろう」

「……ところで生き残ったら何か奢ってくれんの?」

「なんも」

「そこは焼き肉奢るとか言うところだろ!」

 週給15000円という薄給、実家に仕送りまでしている小隊長は、笑った。
 週給2500円である小隊員も、週給7500円である分隊長も、小隊長の事情を知っているので、「まあ金出し合ってどっか行きましょう」と笑い、「あとで熊本鎮台(陸自第6師団)に強襲かけましょう。賃金上昇の為です」とも冗談を飛ばす。
 ああ、生き残ればそうしよう、と小隊長はひとしきり笑ってから、音頭をとった。



「金の為に命を賭けてもつまらないかんな。さあ"あしきゆめ"をおとぎ話の世界に押し戻そうじゃないか。オールハンデッド――」



 儀式は成った。

 ガンパレード! の雄叫びが、第2313独立機動小隊の41名による空中強襲開始の号砲となる。
 瞬間、装甲戦闘服(ウォードレス)の腰部に存在する96式リテルゴルロケットが爆炎を噴き、9000kgという爆発的な推力をもたらして小隊員達を空中へ押し出した。

 当然、原種(オリジナル)の人間がこれを装備すれば、骨格が破壊されるか無惨にも建造物や地面に叩きつけられて死ぬであろう。
 だが彼らは人類の敵、幻獣との戦闘を目的として"改良"された第6世代クローンであり、ウォードレスとの相乗効果によって、これにこのべらぼうな推力に耐える。
 そして姿勢制御も背中に生える不可視の翼"力翼"によって行うのだから、まさしく彼らは人間ではなかった。

 数秒で彼らは亜音速にまで達した。
 上昇限界は3000m。
 しかし空中で砲弾が蒸散する光景を見て、そんな高度を取るつもりは一切なかった。
 榴弾・噴進弾が正確に迎撃されたところを見るに、敵新型幻獣にしてみれば、機動小隊による亜音速突撃の阻止など難しいことではないだろう。
 彼らがとった高度は10m以下。
 新型光砲科幻獣を警戒して、し過ぎないことはない。

 そして5分もしない内に、彼らは空中でロケットパックを離脱させ、化物と避難民でごった返す、火焔渦巻き瓦礫積み上がる戦場に降り立った。



「散開しろ、散開!」

「応射なし! 飛び道具なし、敵飛び道具なし!」

 路面で受け身を取り、身体を起こした第3分隊の水原往人小隊員がまず見たのは、体高2mはある小型幻獣が大挙して逃げまどう避難民の後背に迫り、捕らえ食らっている光景である。
 筋肉質な腕が伸びる度に、人間が口に押し込まれ、咀嚼されていく。
 ……捕らえられた民間人も抵抗はするものの、生身では到底かなわない。
 すぐに物言わぬ物体に貶められ、こぼれ落ちた内臓は小型幻獣に踏みにじられていく。
 避難民に混じる数名の自衛官が、自動小銃で応戦しているのが見えた。
 どうやら新型幻獣の防護力は対したことなく、拳銃弾でも射貫するらしい。
 前列の小型幻獣の皮膚が弾け、崩れ落ちる……だがその肉塊の上をまた新手、新手と後続の連中が現れる。
 自衛官らが持つ数丁の自動小銃では、とても白い奔流を止めることは出来そうになかった。

「水原、ボーッとしてんな! やるぞ!」

「了解です!」

 分隊長に檄を飛ばされ、水原はすぐさま我に返る。
 2ヶ月前までこんな光景、日常だったじゃないか。
 小型幻獣の群れに捕食される訳でもなく殺され、オブジェとして再構成される人々。
 顔面を剥がされて幻獣の身体に接がれる人々を、何遍も見てきた。
 その度に、絶対にこれを繰り返させないと誓ったじゃないか。

 水原は、避難民を避けながら白い小型幻獣の前に躍り出、重量6kgにもなる鉄塊――96式手榴弾乙型を投擲した。
 それは空中で炸裂すると、水原が期待した通りの結果をもたらした。
 指向性を持った破片の雨は、非装甲の彼らにとって災厄そのもの。
 最前列の幻獣は軒並み足を止め、後列の幻獣は動かなくなった同胞を押し退けて行こうとする。
 が、それはかなわない。

「撃てッ!」

 第3分隊の携行小火器が一斉に火を噴き、彼らを薙ぎ倒し駆逐してみせた。
 "小火器"とは言うが、口径は12,7mm。
 この世界の重機関銃に相当する代物で、筋力と骨格が強化されている第6世代クローン故に、両手で保持出来る火器であった。
 市街地に存在する如何なる遮蔽物をも、容易に粉砕してみせる12,7mm弾が殺到した後の新型幻獣の横陣は、ずたずたに引き裂かれ、死骸と死骸が幾重にも折り重なる惨状を呈した。

「助かった! 守護天使だ!」

「機械化装甲歩兵か?」

「無駄に予算喰ってる割におせえんだよ!」

 避難民の海に揉まれながらも応戦していた自衛官――否、第123歩兵連隊の生き残りである帝国軍人たちが、口々に軽口を叩き、機動小隊の来援を讃える。
 機動小隊の小隊員も悪い気はしない。
 避難民を見捨てず応戦を続けるとは、自衛官(おとな)の中にも骨がある奴らがいるじゃあないか――と、正規軍を見直した思いもしていた。
 何せ2ヶ月前の戦闘では、もはや本職の自衛官は居らず、専ら学兵のみで臨んでいたのである。



「悪いな。こちとら学業優先なもんで。で、あんたらは何処の部隊だ?」

「第46師団第123歩兵連隊第2中隊だ。そっちは?」

「……俺たちは第106師団第123普通科連隊の第2313独立機動小隊だが」



 この一言二言の問答で、両者ともに相手に対して抱いていた違和感が、確固としたものとなる。

 帝国陸軍第123歩兵連隊の将兵は、何度か機械化装甲歩兵と協同し、丘陵に陣取ったBETA群に逆襲を掛けるという想定の演習に参加したことがあったが、果たして機械化装甲歩兵は、目の前の連中が用いている装備を運用していたであろうか?
 重機関銃を個人で振り回す姿を見たことはあるが、あんな馬鹿でかい手榴弾を携行していたか?
 そして聞いたことのない師団名――第106師団。
 しかも歴史と伝統に裏打ちされ、他部隊とは決して被ることのない連隊ナンバーが、同じとはどういうことか?

 一方で学兵も、帝国軍人とは何か、何故俺たちと同じ連隊ナンバーの所属なのかと疑問に思った。
 帝国軍人も学兵も、目の前の人間が未知の存在であることを理解したのである。

 だが互いに詮索している暇はなかった。
 眼前には未だに掃討しきれていない小型幻獣の群れ、そして後背には無秩序に逃げ惑う避難民の大海。
 そして第3分隊の分隊長には、小隊長より通信によって中型幻獣の群れがこちらに向かっていることが伝えられていた。

「とりあえずこっちは八代駅周辺を確保する! 民間人をそこに誘導してくれ。ウチの本隊が到着後に後送するつもりだ。この化け物どもは我々が何とかする」

 非装甲の兵士では、小型幻獣を相手取るのは辛い。
 そう考えて、分隊長は民間人の誘導を頼んだ。実際、機械化歩兵装甲もなく、重機関銃や迫撃砲といった重火器もない第123歩兵連隊の生き残りにやれることは少ない。
 正体不明、謎の武装集団に敵を任せるほど、情けないことはないだろうが、機械化歩兵装甲や強力な火器を持たない、自身の分(ぶ)を弁えているのか、帝国軍人たちは応、と返事をして避難民に併走しはじめた。
 そして。



「頼んだぜ! 戦友!」

 

 駆けて行く帝国軍人が、学兵に叫んだ。
 ことさら強調された"戦友"、という言葉に小隊員は薄く笑う。

 互いの所属、素性など関係ないではないか。
 そうお互いのバッタ(※普通科・歩兵科を指すスラング)は思った。
 恐らく連中は迫る理不尽の荒波を押し止め、武器のとれない市民(臣民)の代わりに戦い抜こうとしている。
 ならば、戦友ではないか。

 一瞬だけ口の端を歪め、微笑をつくった分隊長は、すぐに自身の部下に命令を下した。



「いいか、中型幻獣が近づいているらしい。第2分隊の突撃破砕射撃も間に合いそうもないそうだ! どうせ豆鉄砲じゃ倒せん。いいか、蹴り殺すぞッ!」







 この陸上自衛軍第106師団第123普通科連隊に協同する第2313独立機動小隊の空中強襲が、日本国陸上自衛軍と敵性地球外起源種BETA間における、初の交戦例となった。
 そして両第123連隊の共闘が、日本国陸上自衛軍と帝国陸軍、時空を超えた初の共同作戦になる。






[38496] "BETAの日"(前)
Name: 686◆6617569d ID:da378e14
Date: 2014/10/05 17:24
"BETAの日"(前)







 破局を迎えつつあることを第46師団司令部の人間は、認めざるを得ない。

 八代市内に侵入したBETA群と相対した第46師団の編制は、端的に言えば貧弱であった。
 主戦力は二個歩兵連隊(第123/147)、一個戦術機甲大隊・戦車大隊(第59・第48)、一個砲兵連隊から成る。
 聞けばそこそこの戦闘力を持っているように思えるが、その実情は惨憺たるもので、中核を成す第123歩兵連隊と第147歩兵連隊は、機械化歩兵装甲を持たない自動車化歩兵に過ぎず、対BETA戦に秀でた装備もない。
 第59戦術機甲大隊は77式戦術歩行戦闘機"撃震"36機を、第48戦車大隊は74式戦車37輌を――両大隊とも近代化改修が十分でない、他部隊から回ってきた"お古"を運用している有様。
 砲兵連隊に至っては、牽引式155mm榴弾砲を僅か30門有しているに過ぎなかった。

 誰かが呼んだ訳ではないが、北部九州に駐屯する師団に較べた際、第46師団はろくに対BETA戦闘力を持たない二線級師団である、と言えよう。
 それを九州防衛を任務とする帝国陸軍西部方面軍司令部も理解していた為に、第46師団は戦略予備として九州中部に保全され、消防・警察と協同しての後方支援任務が割り当てられていた。
 その為に第123歩兵連隊、第147歩兵連隊も八代市街における避難誘導、市内を南北に分かつ前川・球磨川の水量監視の任務に就いていたのだ。

 ……昨日までは。



「第147歩兵連隊と協同する第48戦車大隊の損耗は、もはや無視出来ません。後者は被撃破数16輌」

「後退は許可出来ない。……戦車大隊が脱けるのは痛いぞ。戦術機甲大隊は?」

「八代市役所周辺で阻止戦闘中です。残存21機」



 BETA八代強襲上陸の一報を受けた際、第46師団司令部は、市内で避難誘導にあたっていた第123歩兵連隊に即時応戦を命じ、隷下の全部隊に八代市内入りさせた。

「島原半島に上陸せず、よりによって人工密集地に上陸するとは……」

「海軍は何をやっていた、警報なぞ碌に出ていないぞ」

 BETA上陸の一方を受け恐慌に陥る参謀を前に、師団長は冷静であった。
 天草灘、島原湾の海底監視網と連合艦隊の哨戒網をパスしたということは、BETA群の規模も小さく、せいぜいが大隊規模、最悪を想定し最大限見積もっても連隊規模程度なのではないか、と推測した。
 また本土防衛軍統合参謀本部・帝国陸軍西部方面軍司令部も、第46師団師団長と同じ判断を下したのであろう、水際防御・即時反撃を第46師団司令部に命じたのである。
 大隊・連隊規模のBETA群が相手ならば、来援を待たずとも第46師団一手でも何とかなる、また市民と市街への被害を小さく抑えることを第一に考えれば、即時反撃すべきだった。

 そして第46師団は、師団規模のBETA群を連隊規模、あるいはそれ以下と誤認したまま、無謀にも市街戦に突入した。
 ……その結果、第123歩兵連隊本部は通信途絶、第147歩兵連隊は少なからず被害を被り撤退、戦車大隊と戦術機甲大隊もそれぞれ1個中隊分以上の損害を出している。



「〇九四〇時。第58師団第51・52歩兵旅団が球磨川南沿岸に展開終えました」

「時計を見ることが癖になってしまっているな」

「第48師団及び第50師団は万難を排し行軍中ですが、市内入りは一二〇〇時……約2時間後になるそうです」

「全部この天候が悪いんだ、仕方がない。だが2時間後には、現在敷いている前川・球磨川沿岸の防衛線は破綻しているよ。せめて戦術機甲大隊だけでも前倒しさせるように懇願してくれ。統合参謀本部お抱え砲兵師団の出前の件、あれはどうなった?」

「一〇〇〇時より10分間の火力投射を以て撃ち切り、とするそうです。またMLRSは既に陣地転換、転進を開始しています」

「馬鹿な……応援の第58師団は強行軍で、砲兵を連れて来れていないんだ。歩兵連隊(バッタ)の迫と第46師団(ウチ)の15榴30門で何とかしろと言うのか」

「第58師団の師団砲兵は先程申し上げた通り、一一三〇時には到着する見込みです」

 部隊移動は超大型台風直撃の影響もあり、砲兵科・機甲科の展開が著しく遅れている。
 特に九州中部の二線級師団の砲兵連隊は、牽引式榴弾砲を運用している部隊が多く、更に時間を喰う羽目になってしまった。
 しかも本土防衛軍・西部方面軍が直轄する砲兵部隊は、八代市内への砲撃を止め、陣地転換・転進するらしい……。



 本土防衛軍統合参謀本部及び、西部方面軍司令部の方針は、こうだーー"八代市街を南北に分かつ前川・球磨川に沿って第46師団及び第58師団は防衛線を敷き、BETAの南侵を防ぐ。BETA群が浸透した八代市街北半分は、放棄する"。

 指導に則り現在、第46師団第147歩兵連隊と第48戦車大隊は、急派された第58師団第51・第52歩兵旅団と共同で、球磨川の南岸に陣取り、南下しようとするBETA群を阻止すべく戦闘を展開している。

 ……前川・球磨川以北の八代市街に未だ残る市民については、何も考えられていない。

 大を生かすために小を……いや。



(大を生かすことも出来ないかもしれんな)



 球磨川沿岸に張り付く歩兵連隊も戦車大隊は、そして球磨川北岸に残留し厄介な突撃級や光線級を狩る戦術機甲大隊も、限界を迎えつつある。
 経過に関わらず1時間後には防衛線に穴が空き、他部隊も各個撃破され、大勢も決するであろう。

 西部方面軍司令部及び、第46師団司令部が持つ監視部隊の報告を鑑みるに、八代市街に上陸したBETA総数は、師団規模、約3万強。
 内2万は熊本市方面へ北上を開始、残り1万は八代市街に残留し東進・南下の動きを見せている。
 果たして首尾良く第46師団と第58師団が1万の敵群を封じ込め、増援と共に包囲殲滅出来たとしても、その後はどうなるであろう。
 師団長が視野を広げ、北部九州に眼を向ければ、そこにはやはり破滅の材料しか残っていないように思える。

 長崎県松浦市から佐賀県伊万里市にかけて、追上陸で勢力を盛り返したBETA群が約3万が存在。
 佐賀県唐津市、BETA群約2万。
 福岡県博多湾にひしめくBETA群、推定2万。
 熊本県八代市より北上するBETA群、2万。

 そして更なる追上陸の可能性。



「第123歩兵連隊第3中隊だと? 無事なのか」

 戦略的な観点からはともかく、八代市民の大半を棄民とする心苦しさから沈黙した師団司令部に、通信兵の報告を受けたひとりの参謀の素っ頓狂な声が響き渡り、全員の視線を集めた。
 師団長も期待するわけでもないが、参謀を一瞥した。喜ぶべきことではあるが、今更一個中隊が無事だったところで戦況が好転することはない。
 だが。

「八代駅に避難民を集め、県道14号の線で防衛線を敷いている? だが救援には行けないぞ。今更前川・球磨川の対岸に出張って、民間人を収容することは出来ない。心苦しいがな……国鉄に無理を言って、運行させる訳にもいかないんだ」

「それについては、国道3号線を現在北上している第123連隊なる部隊が、避難民を収容するそうです」

「第123連隊? 第123歩兵連隊は、全滅……いや球磨川以北、八代市内で戦闘中ではないか」

「それが、帝国陸軍の指揮下にない部隊だそうです」

「在日米軍か!」

「いえ、日本国陸上自衛軍第123普通科連隊、だそうです」

「それは民兵組織ーー郷土防衛隊か?」

「正規軍に等しい装備を持ち合わせているようです。現在第3中隊は、その第123普通科連隊の指揮下にある独立機動小隊なる部隊の援護を受けているそうです」



 参謀は小首を傾げ、救いを求めるように師団長を見た。
 師団長はそれに気がつかないふりをして、目を瞑った。
 その日本国陸上自衛軍なる組織が、独力で八代市街に突入し、帝国臣民を救出出来るのであれば悪い話ではない。
 また帝国陸軍の指揮下にない連中が、どんなに出血しても知ったことではなかった。







ーーーーーーー







「所属と官姓名を言えッ!」

「第123普通科連隊第2中隊第2小隊、篠崎勝敏百翼長(=少尉・中尉相当)であります! 同時に小隊長を任じられております!」

「普通科? ひゃくよくちょう? ……そもそも第123連隊は、八代市内にて有力なるBETA群に対し、鬼神も哭く壮絶な抵抗戦を展開中と聞くが。よもや逃亡兵ではあるまいな?」

「はい! いえ! 憲兵少尉殿ッ! 自分とその部下は、第106師団司令部および第123連隊本部より命令を受けて活動しております!」



 本土防衛軍が召し上げ、部隊移動用の軍用幹線道路として利用している国道3号の交通整理を担当する帝国陸軍の憲兵たちは混乱していた。
 熊本県八代市に有力なるBETA群上陸の一報が入ると同時に、国道3号の交通量が爆発的に増加したのである。

 最初は見覚えのある高機動車や73式各種トラックが走り、予め決められた誘導作業に必死になっていた。
 だが暫くすると、九州に展開する本土防衛軍各部隊が装備していない――正確には、帝国陸軍が制式採用した覚えのない装備品を駆る連中が現れ始めたのである。
 また装備品に入る部隊章にも、全く見覚えがない。

 それに気がついた交通整理担当の憲兵たちは慌てて彼らを制止し、すぐに尋問を開始した。
 すると彼らはさも平然とした顔で、存在し得ない部隊名や取って付けたような階級名を持ち出し、「正式な命令だから」と押し通ろうとするのである。
 現場からの報告を受けた西部憲兵隊司令部は、すぐさま人員を派遣した上で検問所を増設し、問題となった国道3号は勿論、九州中の幹線道路に、所属不明の怪しい者をひとりも通さぬ検問を敷いてみせた。

 これによって国道3号線は――否、熊本県下の殆どの幹線道路は、交通麻痺に陥った。



「第106師団なぞ聞いたことがない……本土防衛軍統合参謀本部の命令書はあるか?」

「本土防衛軍とは……生徒会連合、それとも熊本鎮台(陸自第6師団)の命令書でありますか?」

「鎮台……? 貴様は明治時代の人間か? ふざけるな!」

「はい! 自分は昭和生まれの人間であります! 部下には平成生まれの年齢固定型もおりますが!」

「うん?」

「申し訳ありません、聞かれていないことまで答えました!」



 途中の検問所で憲兵少尉に捕まった第2小隊の篠崎も必死であった。
 現状偵察とは名ばかりの実弾を携行しての行軍訓練(ピクニック)の帰り、第123普通科連隊本部と第106師団司令部より、"八代市内に師団規模の新型幻獣出現、急行されたし"との命令を受けた。
 ところが現在。
 何故か自分は、泣く子も黙る憲兵隊に敵前逃亡の嫌疑を掛けられている。慌てふためくのは当然といえよう。
 "敵前逃亡を犯した者は銃殺どころか、クローン工場のベルトコンベアに載せられ粉々にされた後、生体部品や次世代クローンに再利用される"――聞き流したはずのそんな噂話が思い出され、最早篠崎は平常心では居られなかった。
 しかもお偉方にも顔の利く連隊本部の面々と、第1中隊は先に通っていってしまった。
 残りの第2中隊と続く第3中隊、2個独立機動小隊、そしてかの英雄的5121小隊を範として新設された、第2301独立対中型幻獣小隊は足止めを食らってしまっている。



「とにかく所属が明らかでなければ、このまま拘束する他ない!」

 憲兵に道を塞がれ、しかも逮捕の危機となれば、小隊員も黙ってはいられず、「おい篠崎! 何がどうなってんだ?」と同級生……ではなく部下たちが声をあげた。
 背後は既に長蛇の列となり、篠崎小隊長も憲兵達も尋常でない焦燥感に駆られ始めた時である。



『こらあ! なにをやっとるかあ~っ!』



 この豪雨の中でも殷々と響き渡る、外部スピーカーから放射された甲高い女性の声。
 これはやばい、と事情を知っている第123普通科連隊第2中隊第2小隊のメンバーは、国道脇に転がり込み姿勢を低くした。
 遅れてどすんどすん、と怪獣の足音を連想させる地鳴り。
 そして渋滞して動けない車列を無視するかのように近づいてくる黒い影。
 それを見た憲兵達は咄嗟に戦術機か、と思ったがそれにしてはフォルムが違いすぎる。

「近づいてくるぞ――!?」

 怯えた数人の憲兵が、携行する9mm機関拳銃を咄嗟に構える。
 だがしかし渋滞して動けない車輌と車輌の合間を足場として、彼らの眼前に現れたそいつは、小火器ではどうすることも出来ない相手であることが、すぐに分かった。

 華奢な印象を人々に持たせる第2世代戦術機よりも、既に見慣れている重量感ある第1世代戦術機よりも、遙かに無骨な戦術機が、憲兵達の前にいた。

(見たことがない……いや、本当に戦術機か)

 その人型兵器はまず従来の戦術機に較べれば、体高が非常に低い――恐らく10mに満たないであろう。
 更にあって然るべき跳躍装置を持たず、代わりに腰には大太刀を佩いている。
 そして装甲は非常に厚そうに見える。
 第二次世界大戦中に運用されていた中戦車の正面装甲ほどはありそうだ。
 装甲表面は無駄な塗装はなく、暗灰一色で塗りつぶされている。

 無骨で飾り気はないが頼りになる武者、というのが憲兵達の第一印象であった。
 なんなんだこいつは、という気圧された憲兵の呟きに答えるように、武者が怒鳴った。



『本機は日本国陸上自衛軍普通科第106師団隷下ぁ! 第2301独立対中型幻獣小隊、通称"にゃんたま"小隊の一番機だぁ!』



 その特異な戦術機の外部スピーカーから流れ出る女性の声――というよりは女子高校生のそれに、小隊員たちとその後背の第123普通科連隊の人間は溜息をつき軽口を叩き、憲兵達は表情を強ばらせた。

「幾ら独立対中型幻獣小隊の愛称は自由に名乗れるからって、そらねえだろ」

「いい歳してよ……中学生じゃねえんだぞ」

「あんな奴乗せて、士魂号が泣くぜ。まったく」

(日本国……陸上自衛軍……?)

 一方で憲兵達は戸惑うばかりである。
 見慣れない装備、見たこともない階級章、出鱈目にしか思えない階級名、存在し得ない部隊名、そして目の前には新型戦術機。
 所属が分からない、官姓名も明瞭でない不審であるという理由で頑張っていたが、もはや目の前の人間が軍事組織に所属していること、そして帝国陸軍の指揮下にないことは明らかである。

 そして、独立対中型幻獣小隊1番機パイロットが絶叫する。



『憲兵を名乗り戦略上重要な道路を封鎖するとは、人類同胞のやることではない! 貴様等幻獣共生派には、法による権利は一切与えられていない以上、通さぬというならここで撫で斬りにしてくれる!』



 そうして暴走少女を御者とする鋼鉄の武者が、明確な敵意を放射しつつ、腰の超硬度大太刀に手を掛けたものだから、たまったものではない。
 混乱に拍車が掛かる憲兵とは対照的に、(やっちまった……)と陸自側では一兵卒から中隊長までが頭を抱えた。



 結局のところその後も押し問答は続き(1番機は2番機が羽交い締めにして後退させた)、学兵達は「いや正式な軍令はまだ出ていないが、先行するよう指示を受けている」だの「敵群上陸の混乱で指揮系統が麻痺しているのでは?」といった適当な言い訳を散々に並べ立てた挙げ句、それでも通行出来ないと見るや、生徒会連合より派遣されている督戦隊に相談した。

 生徒会連合役員と各中隊本部士官は協議し、彼らは偽の憲兵であり(実際に軍装が旧軍のもので、陸自のものとは細部が異なっていた)、逮捕し後送すべき、という結論を出した。
 斯くして日本国陸上自衛軍第123普通科連隊将兵は、陸自西部憲兵隊司令部より派遣された憲兵に偽装し、部隊移動を阻害していた幻獣共生派を緊急逮捕。
 戦場たる熊本県八代市に向けて、国道3号を再び北へ驀進しはじめたのであった。



(後)に続く






ーーーーーーー

以下私見。






 黒い月がBETAに蚕食された世界に出現した場合、幻獣はBETAも人類も同時に攻撃することになると思います。但し幻獣はBETAに対する切り札には、中々成り得ません。幻獣実体化の仕組が人々の想念と密接に関係している為に、彼らが戦闘を展開出来る場所は、人類が存在する場所=人類が観測出来る場所に限られると考えられます(=最前線で三つ巴の争いはあり得る、BETAvs幻獣は人類が認知する範囲でしか惹起しない)。勿論、地球環境を食い荒らし、占領地を不毛の砂漠に換えるBETAと、占領地を緑豊かな自然に還す幻獣はお互いに相容れない存在ではあります。

 また黒い月が出現した場合、対BETA戦に宇宙空間を利用している人類は、著しく不利な状況に陥るのではないでしょうか。幻獣は宇宙空間に存在する人工物を排除するでしょう(第五世界では宇宙空間は幻獣に封鎖されています)。航空偵察が困難な人類にとって頼みの綱である偵察衛星、ハイヴ攻略の定石となった軌道爆撃等が実施出来なくなる可能性もあります。

 現時点では、"あしきゆめ"たる幻獣の登場は考えていません。



[38496] "BETAの日"(後)
Name: 686◆6617569d ID:628e2dff
Date: 2013/10/05 23:33
"BETAの日"(後)



 40mm高射機関砲から放たれる凶悪な火線は、押し寄せた蠍型幻獣の波を停滞させ、打ち砕き、一帯を血肉の海に換えてみせた。過去の戦場を振り返った際、対空機関砲は対地戦闘に転用されると大抵、"挽き肉製造機"といった血なまぐさい渾名を頂戴するのだが、この40mm高射機関砲もその例に洩れない。
 既に第2分隊員が個人携行する機関砲は、その破壊力を発揮して数十の中型幻獣を撃ち砕いていた。

「弾切れさえなきゃどうにでもなるな」

 ひとりの学兵が残弾を確認しながら、呟いた。強がりでも何でもなくそれは素直な感想であった。新登場の蠍型幻獣は単純に的がデカく、前腕を除いては殆ど非装甲で「どうぞ殺してください」とばかりに突っ込んでくるだけ。しかも生体誘導弾・噴進弾も生体光砲も持っていない。つまり接近を許さなければ、ワンサイドゲームで終わる。応射がないのだから、こちらも一々陣地転換をする必要はない。

『はやぶさ131号より入電! "ケバいデカブツ2、並走、県道250号を東進"。来島と大森は待ち伏せして仕留めろ!』

「了解」

『バスターよりデコチャン、250に対中2名。直協求む』

『デコチャン了解』

 分隊長に指名された来島と大森は、県道250号沿いの崩落し掛けている雑居ビルに身体を預けた。

 ケバいデカブツ、とは一目見た学兵曰く「トリケラトプスの頭だけで走っているような」新型幻獣である。これは厄介であった。正面装甲が堅牢であり、40mm高射機関砲では歯が立たない。恐らく99式熱線砲でも射貫することは難しいだろう。つまり歩兵の携行火器では一切抜けないということだ。
 だが相手が兵器である以上、弱点は必ずあるもので後面ならば40mm機関砲弾でも貫徹する。現在では、動物兵器である89式隼の航空偵察によりケバいデカブツの接近が分かれば、前進した学兵が廃墟に隠れて突撃をやり過ごし、後面に機関砲弾をお見舞いする戦術が採用されている。

「くっそ添田のヤロー、俺にばっか貧乏くじを引かせやがる」

 来島は40mm高射機関砲の長大な砲身が、身を隠す廃墟より飛び出ないように細心の注意を払った。新型幻獣の対人索敵能力がどんなものかは分からないが、デカブツの突進を喰らえば間違いなくお陀仏だ、用心に越したことはない。

「出張班展開終えた。現在位置はデカブツの走行コース内に入ってないだろうな?」

『待て……はやぶさ131号の観測では大丈夫だ。5秒後、デカブツとすれ違うぞ』



(5……4……)

 5秒のカウントダウンを来島は開始した。
 近くでは突撃銃が12.7mm弾を吐き出す音が聞こえる。第4分隊が協同して、周囲の小型幻獣を排除してくれているに違いなかった。重火器を抱え、中型幻獣に伏撃を喰らわせようと息を潜める学兵は、小型幻獣にとって無防備で鈍重な、格好の獲物である。

 小型幻獣の恐怖に気をとらわれていた来島は、すぐ地震にも等しい揺れとバケモノがまき散らすコンクリの砂嵐に襲われる。慌てて眼を瞑り、残りのカウント。

(2、1ーー!)

 パッと横を見れば目の前を、4mはある大黒柱の如き脚に支えられた緑色の高層建築物が通り抜けていくところであった。生きた心地がしない。
 加えて2秒数え、あんなの反則だろ、と心の中で悪態をついてから、隠れ場所から飛び出した来島、そして仲間の大森は40mm高射機関砲をたっぷり1秒半、その背中にお見舞いしてやった。あんな化物の突進に巻き込まれれば、命などない。ただやはりデカすぎる! 最悪だが、地面に這えば下腹部と地面、あるいは下腹部と脚の合間の空間を通り抜けて助かるかもしれないな、と来島は思った。
 そのデカブツも後背に40mm機関砲弾を受ければ、ひとたまりもない。

「よっしゃあ!」

「敵撃破ぁ!」

 あまり射撃が得意ではなく、力自慢故に対中型幻獣班に配属された大森も、今回の戦いでは殆ど無駄弾を出していない。大森はずっと理由を考えていたが、やっと分かった。新型幻獣は軒並みデカいし当たりやすいのがひとつと、誘導弾や噴進弾を撃ってこないので、落ち着いて照準出来るのだ。

「こいつ脚デカいし、正面からでもいけんじゃねえかな?」

「……確かに待ち伏せてて、方向転換した奴に踏み潰されるのはゴメンだよ。いまも死ぬんじゃないかと思った」



 後々語り継がれる馬鹿馬鹿しい事態も発生した。
 40mm高射機関砲を運用するのは第2分隊のみであり、当然押し寄せる中型幻獣に手が回らなくなる。
 前線を支える第4分隊では、案外数の多い"タコ助""蠍型幻獣"に悩まされていた。12.7mm弾では、装甲された前腕は勿論、胴体部を貫いても効果が薄い。少なくとも20mm機関砲以上の威力がなければ、撃破は困難だという話になった。

 そうなると彼らIQ400以上(※但しこの知能指数、第7世界の算出方法とは異なる方法をとっていると考えられる)の頭脳が導き出した"タコ助"への対処法はひとつであり、やはり蹴りしかない。
 彼ら第6世代クローンは、原種(オリジナル)のおよそ10倍の身体能力と強化骨格を持ち、更に装甲戦闘服(ウォードレス)を着用することで対幻獣兵器としての能力を十全に発揮する。その身体から繰り出される蹴りは、非装甲の中型幻獣の脚を吹き飛ばし、小型幻獣を屠る。
 但し中型幻獣には、生体光砲や生体噴進弾といった攻撃手段を持たない種はおらず、小型幻獣ですら戦斧を投擲してくる以上、普段の戦闘では白兵戦は積極的に行われないのだが、目の前の新型幻獣は飛び道具を持たないらしい。
 つまりこの新型幻獣、割と与み易い相手なのである。
 対中型幻獣装備をもつ第2分隊の手が回らない際、第4分隊は平気で"タコ助"の脚を千切り飛ばし、前腕を付け根からもぐ等、やりたい放題であった。何しろ"タコ助"の武器は前腕を大振りに振り回す格闘くらいなもので、いったん懐には入ってしまえば後は小型幻獣に気をつけること、蹴り殺した後に"タコ助"に押し潰されないことに気をつけるだけで良かったのである。



「対中型幻獣戦闘! "タコ助"だッ!」

 そして伝説は生まれた。
 またもや40mm機関砲弾の雨を潜り抜けた"タコ助"は、第4分隊の前に突き進む。すると何をとちったか、ひとりの学兵が全力疾走でその"タコ助"に向かい突進しはじめた。

「まずい、奴を止めろ!」

 誰かが叫ぶ。この時既にもうその馬鹿がどうなるか、ビジョンが見えていたのかもしれなかった。
 比喩ではなく、風となったその馬鹿はそのまま路面を蹴り、飛び蹴りーー特撮ヒーローの如き、綺麗な飛び蹴りの姿勢を取り、"タコ助"に突っ込んでいったのである。
 そして幸か不幸か、前腕によってその蹴りを阻害されず、右足は"タコ助"の頭部(尾ではない)を捉えた。

 そして右足はその表皮を突き破り、肉を穿って拡げてゆき、その凄まじい初速故に下半身と折り曲げていた左脚までもが凶器となり、その傷を拡げて中の肉にまで達する。
 瞬間的にこれはヤバい、とその馬鹿も気づいたのであろう、腕を突っ張ったがその突っ張った手までもが、あまりにも付けすぎた助走故に、凶器と化して"タコ助"の表皮を破り、肩まで肉の中に埋没した。
 最初に右足が表皮に触れてからこの間、1秒ない。

 つまりこの馬鹿は助走というにはあまりにオーバーな全力疾走により、その身を巨大な砲弾(勿論比喩表現だ)にまで昇華させ、蹴りで"タコ助"を吹き飛ばすどころか、右足から下半身、上半身に至るまでその身を"タコ助"の体内に埋めてしまったのである。

「やっば、抜けねえ! 助けてくれ!」

「ばっかやろお! 顔までいかなかっただけマシだと思え」

 "タコ助"から生えている、馬鹿はそこで思い当たった。もう少し速度を上げて突っ込んでいれば、恐らく頭まで"タコ助"に埋没していたであろう。そうなれば頸椎が破壊されて昇天か、救出されるまで息がもたず窒息死かーー死ぬかもしれなかった。

「抜いてくれえ!」

「ちょっと待ってろ!」

 馬鹿の尻拭いも大変である。結局彼らは"タコ助"を掃討した後、馬鹿をふたり掛かりで引っこ抜いた。







ーーーーーーー







 "撃震"の電子の瞳を通じて網膜に投影される光景は、衛士達を苛立たせるのに足るものである。既に視界には人々が平穏な生活を営む空間は一切残っていなかった。今やBETAの蹂躙と砲弾の炸裂によってそれは根刮ぎ略奪され、かつての街はコンクリート製の荒野へと変貌しつつある。
 そして路上を埋め尽くすBETA群は、未だ満足せずに死の領域を広げようとしていた。



『ウォーベア・リーダーよりポーラーベア・リーダー。10時方向、距離1000。要撃級30と雑魚が南下中、それ以上進ませるな』

『ポーラーベア了解。見えるな? 楔で10秒、10秒で仕留めるぞ!』

『了解』

『ブラウンベアはポーラーベアの両側面を援護しろ』

『ブラウンベア・リーダー了解、A小隊は左翼、B小隊は右翼をカバー!』



 第3中隊(ポーラーベア)の撃震5機は、中隊長機を中心とした鋭い楔型陣形をとり、南下するBETA群との距離を詰めはじめる。遅れて第2中隊(ブラウンベア)が小隊単位に分かれ、駆け抜ける撃震に飛びかかろうとする第3中隊側面の小型種を掃討、そして第1中隊(ウォーベア)が後進しながら殿を務める。
 次々にFOX3、と突撃砲の使用を宣言する衛士達。軽口を叩く余裕はない。ひたすら敵を照準・捕捉して引き金を弾く。第3中隊前方の要撃級と小型種の群れは、左側面から鋼鉄の礫を雨霰と撃ちかけられ、5機の撃震へ方向転換する間もなく粉々となる。

 第46師団第59戦術機甲大隊は、機動防御で必死となっていた。突撃級や要撃級、戦車級の大群が突っ込んでくれば必要に応じて跳躍、引っかき回しながら迎撃する。大型種が自身らを無視し、前川・球磨川を渡河しようとすれば、それを優先的に狩る。

 だがこの作戦行動も、いつまでやれるか分からない。

 既に第59戦術機甲大隊は、定数36機の内17機を喪失している。なりたての衛士が多かった第3中隊(ポーラーベア)に至っては、12名中7名が愛機と共に運命を共にし、最早小隊単位としての働きしか出来ない。
 この衛士17名の犠牲は、敵中に吶喊する光線級狩りを、HQに請われるまま二度敢行した代償であった。それでも光線級は未だ狩り尽くせず、大隊各機は満足に空中機動を行えずにいる。

(とかくやりづらい!)

 第59戦術機甲大隊を率いる押蔵将人中佐は今更になって、市街戦の苦しさを痛感していた。
 彼は任官以来、戦術機畑を歩んできた生粋の衛士であり、大陸派遣軍には参加しなかったものの、南満州・朝鮮半島での戦闘を経験した同期から、市街地における機動と敵視認の困難さを聞いていた。だがやはりそれが実際に現実のものとなって眼前に現れると、否応なしに苦戦を強いられる。
 まず瓦礫の山、路上を埋め尽くすBETAの死骸、とにかく足場が悪い。また光線級に頭を抑えられている為に、高空に飛び上がることも出来ず、緊急回避や高速移動には低空を滑走する(サーフェイシング)他ないのだが、雑居ビル・病院・小中学校校舎・スーパーマーケット……崩落した後もそれなりの高さをもつ"障害物"が多く、機動の邪魔になる。
 人々が暮らしていた街は今やBETAに恭順し、残り17名の衛士を疲労させ、終いにはくびり殺してしまう罠としての機能を働かせはじめていた。



『おいっ、ブラウンベア! 至近に戦車級! 右手の校舎跡から病院裏まで湧き出してる……2時方向だッ! 距離30ない!』

 第2中隊(ブラウンベア)の2時方向、流れ弾によって倒壊した小学校校舎の影から、戦車級の群れが現れるのを視認した第1中隊4番機(ウォーベア4)が注意喚起した。

『なぁ゛っ』

『B小隊、跳べ! 退がれ! 近すぎる!』

 最右翼の第2中隊第2小隊(B小隊)は、現れた戦車級の群れと30mも離れておらず、36mm砲弾を浴びせかけても全てを殲滅することは難しい。このままサーフェイシングで駆け抜けても、恐らく取り付かれる。頭上を光線級に抑えられている以上、短噴射、後方へ水平跳躍することで距離をとる以外の選択肢は、第2小隊には残されていなかった。

『無理だッ! その場で撃て!』

 実際のところ、後方跳躍は出来ない。彼ら第2小隊の背面には、上階が崩れたビルや病院が建ち並び、それが跳躍の邪魔をしている。また機動出来そうな"道"も着地出来そうな場所も、それが限られている為に、小隊機同士が激突する可能性もある。これが何もない平野、あるいは木造建築物の建ち並ぶ地域ならば、何の躊躇もなく跳躍しただろうが、今回は駄目だ。一般家屋ならばともかくビルや病院の廃墟に接触すれば、脚部ユニットは間違いなく破損する。

「ちっくしょお!」

 悪態。撃ち殺す他ないが、36mm機関砲弾を喰らわせるのでは間に合わないーー咄嗟に判断した第2小隊の中堅衛士、佐伯保少尉は虎の子を出さざるを得なかった。
 先頭の戦車級が跳ぼうとする直前に、炸裂した2発の120mm砲弾。弾種は発射後に分裂するキャニスター弾であり、その威力は十分に発揮された。肉塊となって一掃される戦車級の群れ。その一部は吹き飛ばされ、校舎の廃墟へと吸い込まれていく。硫黄臭を放つ肉塊は、ガラスの砕け散った窓枠から教室内にぶちまけられ、小学生たちの思い出を汚した。

「佐伯少尉……助かりました」

 佐伯少尉とエレメントを組む衛士が、礼を言う。昨年ウィングマークとったばかりの彼女は、突然の出来事に何も考えられなかった。妙な想定だが、恐らく小隊員が全員自分であったならば、戦車級に食らいつかれて全滅していただろう、とまで思った。

「今ので在庫切れだ」

 佐伯少尉は何とか余裕ぶることが出来た。市街地では機動が制限され遭遇戦が増える関係から、キャニスター弾に頼る場面も多く、佐伯少尉のみならず大隊各機の弾倉から、キャニスター弾のみならず120mm砲弾は尽きようとしていた。また前述の通り、既に大隊機は約半数にまで減っており、残存機1機1機の相手するBETAの数は単純に考えて2倍、弾薬の消費速度も2倍となっている。
 方向転換してこちらのケツに追い縋る要撃級と小型種に36mm機関砲弾をお見舞いしていた押蔵大隊長が、残弾量の表示をちらと見た時、福音がもたらされた。



『CPよりベアーズ、お待ちかねの補給コンテナが対岸にご到着だ』



 第59戦術機甲大隊は、補給コンテナを搭載したトレーラーを待たず、機体と最低限の兵装を載せた車輌のみで最速で現地に展開していた為、戦闘開始から現在まで"補給コンテナ待ち"の状態であった。が、やっとその補給コンテナが到着したらしい。

「ウォーベア・リーダーよりCP、了解した。早速中隊単位で補給を受けさせたい。許可を」

『こちらCP、了解した。国道42号線に沿って前川・球磨川を渡河、指定ポイントーー小学校校庭に補給コンテナが設置されている』

「こちらウォーベア・リーダー、了解した。聞いていたな? ポーラーベア(第3中隊)より交代で補給に向かえ」

『了解!』

 第3中隊の残存5機が、地を這うような低空飛行で南下を始める。勿論、建造物を盾とすることを意識しながら。二度の吶喊で狩り尽くせなかった光線級は専ら八代海沿岸に留まっているが、用心するに越したことはない。

 一方第3中隊が抜けたことで、残った第1・第2中隊計14機に対する圧力が増す結果になったが、堪えるしかない。少しでも迎撃が容易な地形を求め、両中隊は周囲に小・中学校の校庭や市立公園が集まり、平坦で視界が利く八代城跡公園に移動した。そこに方陣を組み、北西から雪崩混むBETA群に36mm弾を浴びせかけるのが、彼らの新しい仕事となる。
 機数自体は減ったが、廃墟から突然の奇襲を受けることはなくなった。迫る敵は多いが、それは目に見える範囲にしかいないーー精神的なつかえが取れたのか、第2中隊(ブラウンベア)の中隊長が大隊長に聞いた。

『ところで押蔵中佐、気づいてますか?』

「何がだ?」

『前川・球磨川以北に残ってるのは、どうも俺たち戦術機甲大隊だけじゃあないですよ』

「……確かに八代駅方面には、俺たちが倒した覚えのない突撃級・要撃級の死骸が転がっていたな」



 2回目の光線級に対する吶喊の後、一旦BETA群の圧力に抗しきれなくなった彼らが、東ーー八代駅方面に後退した際、確かに大型種の死骸が転がり小型種BETAの死骸の山が築かれていた。実際に押蔵大隊長が電子の眼を通して見たのは、それだけでない。廃墟の上からは火線ーー恐らくは機関砲の曳光弾が迸り、突撃級の側面や要撃級に突き刺さる光景も目にしていた。
 押蔵大隊長は、信じられない思いでそれを見た。生き残りの第123歩兵連隊かまた別の歩兵部隊が、廃墟を拠り所として大型種や小型種の大群に抵抗していたのである。

(確かに大物は可能な限り我々が狩っている、また敵主力は南下を試みて球磨川南の第46師団各部隊と戦闘中だ。とはいえ、取りこぼした突撃級や要撃級、そして小型種の群れを相手に抗戦を続けるとはな)



『それだけじゃあないです、押蔵大隊長。戦闘中の機械化装甲歩兵も確認しました……よくやりますよ』

「バッタ(歩兵)に……俺たちもまだまだ負けられない、か!」



 殺すか喰われるかの戦闘中、視界の端で捉えたものであったから見間違いかとも思ったが、やはり味方だったかーーと、部下の言葉で自身が見た光景が現実のものであったことが証明され、大隊長の心中はやや明るくなった。確固たる活力の源を、彼と彼の部下は得た。
 そこで、前述の佐伯少尉とエレメントを組む衛士も、「私も見ました!」と興奮した、ちょっと早い口調で喋った。



「私なんか猫が連中を三枚卸しにするところを見ちゃいましたよ!」

『そういうのいいから』

『ヒヨっこは口動かす前に撃て!』

「ホントですって、ねえ! 小隊長ぉ!?」



 相方のあまりにぶっ飛んだ"目撃談"は、とても信じられなかったようで、仲間達はそれは流石に見間違いだ、と結論づけた。実を言うと相棒の佐伯少尉も、戦車級を解体する猫や犬を見ている。だがやはり自分も相方も、動物がBETAの犠牲になっている場面を見て、勘違いしてしまったのだろうと結論づけていた。

 増援が来るまであと1時間はある。
 だが第59戦術機甲大隊は、まだまだ戦えそうだ。







ーーーーーーー







「退くがいい、此処の者どもは未だ生きることを諦めておらぬ」



 猫が駆ける。愛玩動物としての姿は其処になく、古来より神として崇められてきた不可思議な存在として、彼らは駆け巡る。その跡には肉塊の他は残らない。装甲の厚さも、身体差も、膂力の差も問題にはならない。
 その猫に続いて、犬が、兎が、鳥がーーあらゆる動物達が駆けてゆく。彼らは、"よきゆめ"であった。百獣と人族が暮らす世界に、必ず現れる"あしきゆめ"。それは摂理であるが、増長して直接人に危害を加えるのであれば、それをおとぎ話の世界へ押し戻すのが"よきゆめ"の役目である。



「してどうであった」

 若い猫神族に問われた鳥神族がひとり、雀之児従四位下左衛門督は神族にはあるまじき昂奮した口調で叫んだ。

「ああ見たとも。終ぞ一言も巨人族は喋らず。だがな空を駈け、醜悪なる"あしきゆめ"を懲悪の火焔にくべていた。眼は青だ、巨人族はまた人族についたぞ!」

 若き猫神に空中偵察を任された雀之児従四位下左衛門督は、確かに見た。地面を這うように空を駈け、肉を喰らい死臭漂わせる"あしきゆめ"に引導を渡す巨人族の姿を。記憶にある巨人族とは、姿形が大分違うが、全身を鋼鉄の冑によって固め、"あしきゆめ"の合間を駆け回る姿は頼もしい限りであった。

「"あしきゆめ"はどれくらいいる」

「到底勘定出来ぬ。屠っても屠ってもまた足りんよ! だがな人族の営みの中に我らは在る、幾らでも"あしきゆめ"を屠ろうぞ!」



 ああ、と若き猫神族の後に続く神族は思った。
 鳥神族自体は決して人族との関係が密という訳ではなく、先の戦いでも人族に協力しない神族もいた。だがしかし彼ら雀神族は人族の営みの中で暮らし、信仰を集めてきた種族である。かの冬の神ハードボイルドペンギンがかつて人族に味方し続けたように、雀達も今回はそうするのだろう。いま灰燼に変貌しようとするこの人里も、雀神族にとっては、愛着あるふるさとなのである。
 雀神族だけでなく、人族を愛する、友とする神族は少なくない。


 
「鳥神族が一柱、雀之児従四位下左衛門督翁の思いは分からないでもない」

 人族が契った最古の盟友たる犬神族の出身、齢200歳余りのシロが人族に闘志級と呼ばれていた化生の鼻をもぎ、それを棄てながら呟いた。

 彼が異変に気がつき人里駈けたとき、野良としてこの人里で暮らす犬族の子らが、"あしきゆめ"に似た化生どもに食われていたのを見た。それは犬神族シロにとって、決して許される行為ではなかった。以前まで姿を現していたかの"あしきゆめ"は人族を滅ぼさんとしていたが、犬族を含む他族にまで危害を加えることはなかったというのに。

「此奴らは"あしきゆめ"ではないのかもしれぬ。もっと別の存在ーー"あしきゆめ"とは異なる、もっとあってはならぬものに思える」

「同感だ」



 太古の昔、この場に集った神族さえ未だ生まれていなかった時代、人族と神族の間で結ばれた"盟約"は、未だ生きている。……いやごく最近に蘇ったのである。
 この"盟約"は神族が危機に瀕すれば人族がこれを扶け、人族が滅びの道を辿ろうとする時には神族が助ける、相互扶助条約。例え相手が"あしきゆめ"であろうと、なかろうと問題はない。

 また人族だけでなく、他族まで殺し尽くす化生どもを脅威に思ったからこそ、すぐさま数十の神族は集まり、列を成して征伐にあたりはじめたのである。そして現在もあちらで一柱増え、こちらで二柱増え……神々とそしてその子らによる大行列が出来つつある。先の"あしきゆめ"、幻獣との闘争では人族に失望し、神族によっては"盟約"の無効までもを訴え、そう手助けはすまいと傍観を決め込んだ神族もいたが今回ばかりはそうはいくまい。



「人族と繋がりの薄い大神族も蜘蛛神族も、山を荒らされれば黙ってはおるまいて」

「かの蟲神族も己の身を護り山を鎮るがため、発つのではないか?」

「ところで宝剣の使徒にしてアルゴーナウタイ、そして猫神族の王ブータニアス卿はいずこに?」

「鳥神族の偵察では、遙か北でも此奴らは跳梁跋扈しているとのこと。恐らくそちらへあたられているのでは?」

「ならば我らは人族、巨人族と合流しこの"あしきゆめ"を鎮め、それよりブータニアス卿と合流しようではないか!」

「応ッ!」



 神族の士気は昂揚していた。

 日本国陸上自衛隊と帝国陸軍が互いの立場を理解しないまでも、協力し脅威にあたろうとするように、漸く神族も一丸となって事にあたる機会が来たのである。







ーーーーーーー
以下私見。







 神族の登場に関しては、リタガンの影響を強く受けています。ゲーム本編では、殆ど神族が助けてくれることはありませんでしたが。Muv-Luvの世界には神族は存在せず、今回幻獣との戦いの後も熊本県内に逗留していた神族が、そのまま転移してきたという設定です。現在も公式サイトで閲覧出来るWEB小説"Return to GunParadeMarch"ではブータが、神族を召集する為に書状を準備しており、また"光の軍勢"復活とのこともありで、5月上旬にはかなりの神族が集まったと考えられます。
 帝国軍人も同調能力が高い者は、神族と共同作戦がとれるかもしれません。それと神族が現れた際に、電子機器や銃火器等が使用不可能となる"物理域変動影響"については考えないということにします。正確には神族の概念に反する物が使用出来なくなるそうですが……具体的にどういった物がガラクタになるのか分からないので。

 第2313独立機動小隊は4個分隊から成ります。着用するウォードレスは"互尊"や"バーニィフォックス"のような汎用性のあるもので、重ウォードレス"可憐"は戦車小隊の随伴歩兵が着用している想定です。専ら第2分隊が対中型幻獣装備を運用しています。



[38496] "一九九九年"
Name: 686◆6617569d ID:8ec053ad
Date: 2013/10/22 23:42
"一九九九年"



「それで貴方はこの事態を、どう考えるのかしら?」



 九州軍統合幕僚本部がおかれている私立開陽高等学校生生徒会室。
 日本全国より集められた高校生――学兵を指揮し、半年に及ぶ熊本戦を指導し抜いた女傑、林凛子九州軍総司令は、向かいに座る肥満体の男に問いかけた。

 "この事態"とは、約1時間前……〇九〇〇時より目下進行中の難題を指す。

 〇九〇〇時、熊本県外の陸海空自衛軍及び外国各軍の諸部隊との通信が途絶。隙あらば横槍を入れてきた、九州地方における純粋な大人の軍隊たる陸上自衛軍第6師団(熊本鎮台、所在は福岡市)は勿論、対幻獣戦において緊密な連携をとっていた陸上自衛軍第5師団(広島鎮台)とも連絡が取れず、海上自衛軍の一大拠点である佐世保・呉とも交信が行えない状況に陥った。当然、"東京"――日本国国防委員会とも通信は途絶。
 また熊本県外に繋がる軍用回線の断絶に加え、国営放送・県外放送局の電波さえも傍受出来ない(傍受出来たのは怪電波ばかり)という半ば非常識な事態に、幕僚達の頭は揺さぶられた。

 そして、すわ幻獣共生派テログループの仕業か、と色めきたった九州軍統合幕僚本部を襲った次の一報は、「師団規模の新型幻獣群、熊本県八代市に強襲上陸」。
 1400万の幻獣軍を迎撃し、38万の自衛官が骸を晒すこととなった1998年の八代会戦を連想させる急報に、幕僚達はその瞬間、凍りついた。――海上自衛軍連合艦隊、航空自衛軍西部航空集団との連携は勿論、陸上戦力も熊本県外の諸部隊は掌握出来ていないこの現状で、師団規模の幻獣群を撃滅出来るのか?



「中国・韓国海軍とも不通か! 艦隊・個艦単位で呼び出せるか?」

「熊本空港より緊急発進した"紅天"2機、宇城地区上空で光砲科幻獣の迎撃を受けました!」

「第123普通科連隊の前川・球磨川渡河と北進を前倒しさせろ、2313独機がもたないぞ」

「一〇二〇時、第5戦車連隊動員完了です」

「第106特科連隊、宇土市に展開完了。八代市より北上する敵幻獣群に突撃破砕砲撃を開始します」



 結局のところ林凛子以下幕僚達の出した答えは、手持ちの戦力で何とかする、であった。
 幸いにも福岡・宮崎・鹿児島が陥落する凄惨な九州戦の余波もあり、陸上戦力は熊本県内に未だ集中したまま残っており、航空戦力も少ないながらも熊本空港に展開していた部隊を掌握出来ている。一定範囲に存在する幻獣を対象に、時間を遡りその存在自体を否定することで消滅させる戦略兵器も九州軍は保有している。客観的に見ても、初動さえ誤らなければ勝算は十分にあった。



「芝村は幻獣共生派を囲っていることくらいは公然の秘密。どうせ泳がせているのも相当いるんでしょう? もったいぶらずにその方面のことを話してもらえる?」

「……」



 幻獣軍を包囲殲滅すべく、矢継ぎ早に指示を飛ばす幕僚達の声を背中に、林凛子九州軍総司令に向かい合う男は、その潰れた両生類の如き顔に不愉快そうな表情を張り付けたまま黙っている。彼が不機嫌そうにしている理由は、幾つか想像出来る。彼は公園で野宿することを最上の娯楽としている人間であり、今日は一日をそうして過ごすつもりであったが、幻獣軍八代上陸の一報でそれがふいになってしまった。あるいは生徒会連合風紀委員会に露見すれば、銃殺か一生幽閉となる裏の仕事に邪魔が入ったか。そんなところであろう。



「熊本県内の幻獣共生派に目立った動きはなかった」

 実際のところ肥満体の男も全知全能ではなく、そういった兆候は何も掴めていなかった。彼の情報網・諜報網は広範かつ深深であり、かつて彼が熊本城にて幻獣軍と雌雄を決する作戦(熊本城攻防戦)を立案した際には、幻獣軍を誘き寄せる餌として「熊本城地下にて幻獣の原種(オリジナル)が発見された」と幻獣共生派に嘘の情報を流し、狙い通り人類軍と幻獣軍の決戦を誘発させたこともある。だが幻獣陣営内部まで伸びるその触角は、今回は機能しなかった。



「だが県外通信途絶、自然休戦期を破っての幻獣軍電撃上陸、これを偶然と見做すほど我らはお人よしではない」

 ただ単に幻獣勢力が巻き返しの為に、乾坤一擲の大勝負に出たという解釈、それ最も常識的な解であろう。
 幻獣陣営に立って大勢を俯瞰すれば、焦るのも分からないでもない。人類を日本列島・南北アメリカ大陸・南アフリカ共和国に押し込め、勝利を目前に1998年の八代会戦で大打撃を蒙り、また熊本戦によって足止めどころか更なる損害を重ね、本州上陸に二の足を踏んでいる合間に、人類軍は逆転を可能とする特殊兵器の運用と、体高50mの巨大人型兵器(第7世代クローン)の投入を本格化させようとしているのだ。
 45年の幻獣出現より夏期――日本列島では6月下旬頃から8月一杯は、幻獣は実体化せず、人類側はこの時期を勝手に自然休戦期と呼んできたが、もはや休息する間も惜しいというのが、幻獣側の本音なのだろう。



「奇襲効果を望める自然休戦期を選び、現状打破の一手を打ってきた。更に奇襲効果を増大させる為に、部隊移動・部隊間通信の妨害に乗り出した。……芝村にしては、常識的な答えね」

「ああ、実に理解しやすい。熊本県内の学兵10万に説明するのに、丁度良いくらいだ。だが現実はもっと難解で不条理だ。一族の言葉に、超展開、というものがある。取り巻く情勢は、まさにそうだと言えよう」

「私達が体験しているのは"タイム・マシン"? それとも"発狂した宇宙"?」



 "タイム・マシン"は未来や過去を自由に行き来する機械を用いて主人公が冒険するSF小説であり、"発狂した宇宙"もまた、主人公が偶然に平行宇宙、つまり元々いた世界とは別の世界に転移してしまうSF小説である。
 これが九州軍総司令の口から飛び出すのだから冗談かと思うだろうが、彼女の口調は真剣そのものであった。実を言うと彼女は学生時代に、ハードボイルドペンギンといった神族や仲間と共に幾度か冒険小説の如き活躍を見せ、世界の危機を救ったことさえある。非常識的事態にはある程度耐性があり、かつ九州軍総司令としてはどんなにあり得ない状況であろうと、それを正確に把握し指揮を執る責任がある。馬鹿げている、ふざけているの一言で片付けることなく、ひとつひとつの可能性を吟味するのが彼女の仕事だ。



「空に黒い月が浮かび、怪物が実体化し、クローン兵士が闊歩するこの世界、今更何が起こっても驚きはしないつもりだったがな」

 肥満体の男――芝村勝吏幕僚長(参謀長)は、そこで初めて微笑し、すぐ破顔した。

「どうやら第123普通科連隊の行く手を遮った連中は、帝国陸軍を名乗っていたそうではないか。それも帝国陸軍・本土防衛軍なる組織を名乗る者どもは、熊本県内外に数多いる。そして新型幻獣群と交戦中。我らは1946年前後に時間跳躍したのではないか――俺は、前者に賭ける」

 靴下三年もの1kgを賭けても構わない位、芝村勝吏は時間移動説を確信していた。
 歴史を踏まえればあり得ない話でもないのだ。第二次防衛戦争(アジア太平洋戦争)は、東京原爆投下・江戸幕府滅亡、続く幻獣出現によってなし崩しに終結を迎えた。その後大日本帝国陸海軍は日本列島に出現した幻獣軍と刺し違える形で、歴史上から姿を消す。戦後すぐの九州地方に熊本県内の学兵部隊が時間移動したのであれば、現在の状況にも一応の説明がつく。新型幻獣の一報も、40・50年代に主力であった旧型幻獣を目撃し、見たこともない新型、と判断してしまっただけであろう。

 しかし林凛子の考えは違っていた。



「私は、ここが平行宇宙、別世界。つまりパラレルワールドだと思うわ」

「ここは江戸幕府・旧軍が存続しており、幻獣と戦い続けている世界か。どうせならば剣と魔法の世界に来たかったものだ」

「時間移動よりもよっぽど現実的な話よ」



 世界の謎を追う者は、人類が幻獣と戦う世界の他にも、幾つかの世界があることを知っている。行き過ぎた科学技術によって資本主義が崩壊した世界、高度な情報技術によって誰もが通信を楽しめる世界――。林凛子とてそれらの世界を実際に目で見た訳ではないが、そうした世界が実在するのならば、旧軍が壊滅せずに、幻獣と戦い続けている世界が存在していてもおかしくはあるまい。



「面倒な話だ」

「ええ、本当に。どちらにしても帝国陸軍なる組織と接触をもつべきだと思うの。この世界・敵幻獣の情報を踏まえて、そして私達が何をするべきかを考えなくてはいけない」

「何をするべきか、か。確かに我々は慈善団体ではない。また転移した原因が分からず、いつ何の拍子で元の世界に戻るかも分からない。戻ったときに"異世界の戦闘で兵力が尽きました"は許されないからな」

「そういうこと」

「旧軍の駐屯地でもあたるつもりか?」

「こちらが解析出来ない電波の送受信が集中している場所。短絡的に思えるかもしれないけれど、そこは間違いなくこの世界の軍隊、帝国陸軍に関係する施設のはずよ」

「帝国陸軍か。また正規軍の連中とやり合わねばならないと思うと、寿命が縮まる思いがするが。では当分は、我々を向こうが無視出来ないように、新型幻獣を相手にして大目立ちすればいいのだな」

「まずは第123普通科連隊に大暴れしてもらう。次に現在、監視部隊が張り付いている北上中の幻獣群――それを全力を挙げて撃滅すること」



 対中型幻獣戦に特化した独自装備を採用・導入し、練度の低い寡兵で以て熊本決戦に望んだ過去から、賭博師とも渾名される林凛子九州軍総司令。
 そして世界を守る為ならば合法・非合法問わず、まさに手段を選ばない――清濁併せ呑む芝村幕僚長(参謀長)。
 幾度となく世界を救済し、熊本戦を指揮し抜いたこのふたりは、再び学兵10万を導き、死地たる九州を戦わねばならなくなったのである。







―――――――






 熊本市内。尚敬女子高等学校校門前には、50輌以上の戦闘車輌が大行列をなしていた。
 第5戦車連隊の有する装輪式戦車士魂号L型や、ホバークラフトに似た構造を持つ対戦車自走砲モコス(熊本弁で頑固者の意)と、熊本県内でしか見られない独自の戦闘車輌は勿論、陸上自衛軍熊本鎮台から供与されたお下がりの74式戦車改や61式戦車改の姿も見られる。
 鋼鉄の獣達は静かに作戦行動開始の命令を待っていたが、その乗り手達はそうもいかなかった。彼らを制御するのは尚敬女子高等学校の女子生徒――14歳から18歳の少女達であり、熊本戦を戦い抜いたとはいえ、現実をすぐに受け入れるのは酷な話である。



「本当にまた戦争をするのでしょうか」

「大丈夫だって! どうせまたドッキリだよ」



 そこかしこで彼女達は、もしかしたら最後になるかもしれない自由なお喋りに興じていた。興じざるを得なかった。数分後、いや極端な話、1秒後には作戦開始の命令は下り、もう戦車を動かすひとつの歯車、戦車兵として活動しなければならないと思うと、もう黙っていることは出来ない。
 第5戦車連隊は、敵中型幻獣の攻撃を一身に集めそれに抗堪し、その圧倒的な火力で敵を叩きのめして戦線を押し上げる、学兵部隊の最先鋒。故に、死の機会は彼女達ひとりひとりに、平等かつ頻繁に降りかかる。戦車と言えば、厚い装甲に護られ強力な戦車砲をもつ兵器であり、歩兵よりは安全に思えるかもしれないが、結局程度の問題であり、危険なことには変わりない。
 むしろ戦車兵の戦死者は、大抵悲惨な姿となることで有名であった。図体がでかい分逃げも隠れも出来ず、狭い車内に押し込められたまま、光砲を受けて蒸発させられるか、生体誘導弾の直撃を受けて超高温の鋼鉄片を全身に浴びるか。あるいは……。



「いやだ」

 忌むべき愛車から降り、その影でげえっと嘔吐した装填手は、以前に同級生の遺体を見たことがあった。その同級生達の死に様が、今更になってその彼女の頭から離れようとしない。
 忘れもしない4月22日。一心不乱の戦闘が一旦終了し、生存者を探す段になって、彼女は中型幻獣に踏み潰されて、ぺしゃんこになった駆逐戦車士魂号L型を発見した。その撃破された戦車に乗っていたのは、同じクラス、同じ中隊の同級生達――のはずであった。だがしかしそこに在ったのは、鋼鉄片と一緒くたになった肉塊と血溜り。捻じ曲がりながらも奇跡的に残っていたドックタグだけが、人間が乗車していたことを示す唯一の証拠であった。人間は血液の詰まった風船みたいなものだ、という誰かの言葉が思い出されたほどだった。



「ねえ、桐嶋さん。だいじょうぶ?」

「あ゛、あい……」



 嘔吐する影に気がついた戦車長の呼びかけに、装填手の桐嶋は吐き気を堪えて返事をした。大丈夫ではなかった。ここにいれば死ぬ、今回の戦闘を切り抜けたとしてもいつ除隊になるか分からない現状では、希望なんて持つことが出来ない、というのが本音だった。
 だいたい桐嶋が乗る車輌は、近代化改修もろくにされていない61式戦車。戦死の確率はより増している。1961年に制式採用された主力戦車、と言えばいかにこれが旧式の車輌か分かるであろう。



「申し訳ないけど、がんばって」

 桐嶋と同じ車輌の戦車長、鐘崎春奈は彼女の事情を知っていた。ハンカチを取り出して、桐嶋の切り揃えられた前髪や額に付いた嘔吐物の跳ねっかえりを拭ってやる。桐嶋は実戦経験は豊富であり前線には是非とも必要な人材であるが、軽度のPTSD(軽度の、というのは軍医の診断である)に悩まされており砲手や操縦手は任せられない。そこで自動装填装置のない旧式戦車の装填手に、彼女は丁度いいのではということで、鐘崎の車輌に廻されてきたという過去がある。

「はい……」

 嘔吐の苦しさか、瞳を潤わせた桐嶋はまた力なく返事をした。
 本当は逃げたくて仕方がないが脱走すれば、まず家族がその責を問われるだろうし、憲兵に逮捕されれば即時銃殺もあり得ない話ではない。国を敵に回して逃げおおせる自信など有りはせず、結局実行するどころか考える勇気すら起きなかった。



「皆噂してるよ。どうせ訓練だ、ドッキリだって。まだ戦争だって決まったわけじゃないんだからさ、もうちょっと気楽に考えようよ」

「はい……」



 間違いなく作戦行動であることを両者理解しているが、それでも希望的観測に縋ってしまうのが人の心理である。鐘崎も(あたしって無責任だな)と思いながら、「それに5121小隊みたいなスーパーエースが、ばばーっとやっつけてくれるかもしれないよ。そうすればあたしも桐嶋さんも出番なしで終わりだから!」と力説した。
 桐嶋は、髪を束ねたポニーテールを揺らしながら拳を振りかざし、幻獣を叩き潰すポーズをとる戦車長を前にして、少しだけ明るい声で「はい」と返事をする。私ひとりの為にここまでさせてしまって申し訳ないな、という思いから無理にでも明るい声を出したのだった。

「そう! その調子だよ!」

 鐘崎戦車長は青い眼を光らせて、無邪気に笑った。
 このままで桐嶋さんが装填手の役割を果たせるのか、このまま放っておけば砲弾の装填速度は落ちに落ち、私達は桐嶋さんに殺されるのではないか、それは何としても避けたい――そんな打算的な気持ちが、鐘崎にない訳でもなかったが、同じ車輌の仲間として助けられる範囲では助けてあげようという思いがやはり強かったのだ。

「やつらをやっつければ、今度こそ自然休戦期で夏休みのはずだからね!」

 結局彼女はお人よしであった。呻く桐嶋の背をさすりながら、励ましの言葉を掛ける。本日7月9日は本来ならば自然休戦期、幻獣は現れない時期に当たるはずだが、向こうの都合など一学兵になど分からない。だが今回は間違いなくイレギュラーな事例であり、恐らくこれを乗り切れば、暫く幻獣は出現しないだろう、と鐘崎は思っていた。
 一方で人心地ついた桐嶋は、遂に心中でずっと考えてきた問題について、他人に聞く好機が来たことに気が付いていた。楽観主義を地で行く戦車長は、私の質問にどう答えるのだろうか――?



「戦車長、聞いてもいいですか?」

「彼氏ならいないよ。うちは女子高だしねえ」

「……戦争はいつ終わるんでしょうか?」



「え?」と戦車長は面食らって、一瞬黙り込んだ。が、すぐに「うーん、すぐには終わらないんじゃないかな」と適当な答えを返した。ユーラシア大陸は勿論、オセアニア・アフリカ方面も幻獣軍の勢力下におかれている現状では、数年で戦争が終わるとは思えない。45年の幻獣出現以来、半世紀掛けて奪われた土地を奪い返すには、同じく50年前後は掛かるのではないかと単純に鐘崎は考えた。

「そんな未来のことまでは考えたことないよ」

「それってつまり、私達は死ぬまで戦い続けるってことですか」

 戦争終結が遠い未来だとすれば、その記念すべき日に自分は生きていないだろう、という確信が桐嶋にはあった。
 学兵に除隊の期間等は、特に定められていない。法整備もろくに済んでおらず、高等学校卒業後には、徴兵されたまま自衛軍入りになるのかもしれなかった。そうなると仮に40歳で退役が認められるとしても、あと20年弱は戦い続けなくてはならない計算になる。勿論、戦線が安定し正規軍たる自衛軍が再生し、学兵・徴兵が廃止される可能性もあるだろうが、それは希望的観測であろう。一会戦で8割が死ぬ組織(八代会戦では陸自全兵力約50万が参加、うち38万が戦死)に、誰が好き好んで志願するというのか。



「仕方ないんじゃないかな」

 だが当然自身も学兵のひとりである、鐘崎戦車長は特に逡巡することもなく、そう言ってのけた。

「仕方ないって……」

「だって私達が戦争しなかったら、戦う人はいなくなる。小学生に銃は持たせられないよ」

「……」



 鐘崎の正論に、桐嶋は黙った。
 どこかの誰かの未来の為に戦って死ね、とは突撃行軍歌が斉唱される際、指揮官がよく絶叫する台詞であるが、それがまさに学兵の存在意義であり、真理だ。自分達の世代が戦わなければ、小学生が銃を持って戦争に行くことになるし、いまこの瞬間戦うことをやめてしまえば、日本人は無抵抗のまま殺されて海に追い落とされることになる。



「頑張ってみます」



 ……そんなことはわかっていた。







ーーーーーーー









 一般学兵からすればいい迷惑です。本来ならば7月9日は自然休戦期、幻獣との戦闘は惹起しない時期にあたり、僅かとはいえ青春を謳歌出来る期間。それがふいになってしまったのですから。彼らは帝国軍人のような精神は持ち合わせておらず、精神的にはかなり脆弱です。それでも前線に立ち続ける理由は、大人の軍隊が壊滅した現在、自身が最後の一線であることが分かっているからだと思います。



[38496] "異界兵ブルース"
Name: 686◆6617569d ID:8ec053ad
Date: 2013/10/04 11:47
"異界兵ブルース"



 熊本に拠って防戦を展開する学兵部隊は、防護力や機動力、整備性、そういったものを切り捨てた装備品を多数運用してきた。
 彼らが優先するのは、何をおいても最大火力・瞬間火力。12,7mm重機関銃を歩兵に携行させ、重ウォードレスを着用した歩兵には40mm高射機関砲どころか、フルスケールの120mm砲をも背負わせる。そして戦車駆逐車には長砲身の120mm戦車砲、あるいは整備性の悪い電磁投射砲(レールガン)まで積載させ、人型戦車には160mm無反動砲(ジャイアントバズーカ)まで運用させている。
 過剰とも思える大火力は、堅牢な装甲と生体光砲・噴進砲を備えた中型幻獣を撃滅することだけに火砲を特化させていった結果であり、寡兵の学兵部隊が熊本戦を戦い抜く上で大きな一助となった。

 勿論、普通科連隊の装備も、この火力偏重主義の例に漏れない。

 第123普通科連隊が前川・球磨川を渡河する際、彼らの対岸に屯していた新型幻獣達は不幸であった。重ウォードレス可憐D型が後腕に保持するフルスケール120mmリニアキャノンが、弾薬の消費量に糸目を付けず稼動し、歩兵用対中型幻獣火器――腰部に装着する噴進砲や対中型幻獣誘導弾が宙を引き裂いた。
 比喩でもなんでもなく殺到した鋼鉄の雨に、新型幻獣の群れは無慈悲にも遮蔽物ごと吹き飛ばされていく。火力を狂信して止まない彼らは、橋頭堡を確保する為にひたすらその大口径弾を弾き出し、廃墟を平坦なただの荒地に換えた。携行弾数と消費弾量、砲身状態、そんなことには頓着せず、動く目標があればそこに弾を叩き込む。弾薬貯蔵のない末期戦ならいざ知らず、現在は休戦期の真っ只中、母校に帰れば幾らでも砲弾はある。

「撃ち方やめ!」

 普段ならばここで幻獣側からの反撃を避ける為に陣地転換するのだが、新型幻獣は光砲科を対空防御に運用しているだけで、誘導弾や噴進弾を装備している中型幻獣の所在を暴露させない為か、それとも砲兵の役割を果たす幻獣を運用していないのかは分からないが、火砲による反撃は一切しない。
 それを連隊長や、連隊本部の将兵はむしろ不気味に感じた。
 第二次防衛戦争中(アジア太平洋戦争)、島嶼における戦闘で旧日本軍は火砲の位置を暴露させないように巧妙に隠蔽し、米軍が着上陸した後に散々に撃ちまくり、上陸軍に出血を強いる戦術をとったことがある。幻獣軍の意図は、旧日本軍のそれかもしれない――わざと火砲をもつ中型幻獣の存在を隠し、油断したところを一気に吹き飛ばすのだ。
 可能性は拭えない。普段ならば航空偵察を実施し、敵幻獣群の布陣を見定めるところだが、空を光砲科幻獣に押さえられている上、現在は何よりも時間がなかった。先行投入した独立機動小隊の限界が近い以上、二の足を踏んでいる訳にはいかない。



『我らが直協の人型戦車は何処ですか?』

『さっき偽憲兵に足止め喰らった時に、連中士魂号を派手に動かして大騒ぎしてたろ? あの時、捻挫したらしい』

『エッ、じゃあ整備中ですか』



 砲爆撃を受ける可能性も捨てきれない中、前川・球磨川に架かる国道3号北進の先頭を任されたのは、第3中隊第1小隊である。この2331小隊は重ウォードレスを運用する部隊であり、敵の抵抗と反撃を粉砕する尖兵としては、まさに最適の戦闘集団といえた。
 ところが彼らに随伴し、直接援護する予定だった人型戦車は、検問を敷いていた偽憲兵を恫喝した際に故障したままで、この場にはいない。

『……そういうことだ。歩兵の勇気を見せるしかない』

 言ってから、小隊長は歯噛みした。
 こういう肝心な時に限って、連中は出てこない。整備性の悪さや限られた稼働時間の関係からか、奴ら人型戦車を駆る対中型幻獣小隊が登場するのは、だいたい彼我入り乱れての乱戦となり、もう少し、ここ一押しで勝てる、というタイミングなのだ。良いところばかりを掻っ攫っていく。勿論、結果として勝利を収めることが出来るのだし、助けられたことも一度や二度ではないが、歩兵としては敵味方がぶつかり合う緒戦から、最後まで戦い通して欲しいのが本音である。
 小隊員も約半年戦い抜いた勇士揃いだが、流石に敵を駆逐して橋頭堡を確保する任務を前に、全く緊張しない訳ではない。彼らは行動開始の命令が出るまで、作戦が有利になりそうな材料を探していた。

『熊本鎮台の連中は?』

『あいつらか?』

 前川・球磨川の南沿岸に展開している部隊は、第123普通科連隊だけでなく熊本鎮台の将兵と思われる連中もいた。何故か彼らは奇異の目でこちらを見つめてきていたが、言葉をかわす必要もない。

『平常運転だろう』

 もう慣れた、というのが小隊長だけでなく小隊員達の共通した思いであった。
 陸上自衛軍第6師団。通称熊本鎮台は、未だ純粋な自衛官によって構成されている、稀有な大人の軍隊であり、それでいて学兵達の間では役に立たない組織の代名詞になっている。彼らは橋頭堡確保や退却戦の殿といった、ともすれば大損害を蒙る恐れのある任務には絶対に参加しない。幻獣軍の砲火を一身に浴びるのは学兵から構成される第106師団の役割で、第6師団は学兵を盾として自身の損害を減らし、確実に戦果を挙げる。これが"平常運転"、である。
 今回もそうなのであろう。第106師団隷下第123普通科連隊が血路を開き、そこを彼ら大人の軍隊が悠々と行進する。そういったビジョンがいとも容易く想像出来てしまう。

 実際には前川・球磨川南岸に展開している部隊は、BETA南進を阻止せよ、と死守命令を受けた帝国陸軍諸部隊であり、命令さえあれば彼らは自身の命を引き換えにしてでも、避難民の保護とBETAの駆逐に全力を挙げたであろう。だが帝国陸軍の存在は、未だ前線の一般学兵までは降りていない。大人の軍隊=熊本鎮台という考えに陥るのも仕方がないと言えた。



『こちら委員長。行動開始です。クールよりホット。繰り返す、クールよりホット』

『よし前衛抜刀! 一気に突破するぞ!』

 何の脈絡もなく発信された作戦行動開始の命令に、すぐさま小隊長は反応した。お喋りや希望的観測に縋る時間は終わった。
 前衛の阿修羅が、前腕で保持する二枚の大盾を掲げ、後腕で二振りの軍刀を構えた。熊本鉱業高等学校より貸し出されている重ウォードレス可憐A型、その9機が横隊で肩を怒らせる姿は、見る者を圧倒する。可憐A型は火器運用を考えず、前腕に盾を、後腕に剣を固定武装として運用する。火器は一切運用出来ないが、白兵戦においてはまさしく最強、敵陣に斬り込む部隊の先鋒としてはうってつけである。
 国道3号線上に転がる死骸を盾で押し退け粉砕しながら、悠然と前進する可憐A型の後に続くのは、重機関銃を4丁携行する可憐通常型と120mm砲を装備する可憐D型、過剰なまでの火力を有した四本腕の怪獣どもだ。生半可な抵抗線ならば、簡単に打ち崩す陣容だが、彼らも彼らに続く部隊も気は抜けなかった。



『敵幻獣来ます!』

『受け止めろ、押し返せッ!』

 蜘蛛の如き小型幻獣の群れの突進を、前衛が辛うじて前腕の盾と驚異的な膂力で押さえ込み、赤い奔流を受け止める。足を止めた小型幻獣は次の瞬間には、頭部や上顎部を可憐通常型の射撃によって粉砕されて、物言わぬ死骸となった。
 彼らにとっての難敵は生きている小型幻獣ではなく、死んだ後の小型幻獣だった。

『くそ、邪魔だ!』

『軍刀を放棄しろ! 後腕で死骸を川へ投げ棄てろ!』

『前衛が丸腰になりますよ!』

『後衛に片付けさせればいいんだ! このままじゃ射線が確保出来ないどころの話じゃねい! 引っかかって前進出来ないぞ!』

 斃れれば霧か霞のように消失する怪物。その姿がまるで幻影そのもののようであったから、人類の敵は幻獣と名づけられたのであり、死骸が残る幻獣と交戦するなど学兵達は始めてであった。
 勿論前進を開始する前から、熊本鎮台(帝国陸軍)が敷いた防衛線によって、国道上には死骸の山が気づかれていたが、特に問題視することなく普段の感覚でいたのが失敗だった。殺した先から小型幻獣はそのまま障害物となり、射線を塞ぎ視界を遮る。
 それどころか、大口径火器の保持や後腕を採用した構造上から両肩が張り出し、全幅の広い重ウォードレス可憐は、死骸と死骸の合間をすり抜けることが出来ない。白い小型幻獣の死骸は別に問題にはならないが、赤い蜘蛛型幻獣の死骸は前進の邪魔になる為に、排除して進まなければならなかった。
 小隊長の命令に、前衛の可憐は惜しげもなく後腕に保持する軍刀を棄て、その腕を以て死骸の排除を開始した。確かに唯一の武器を棄てることで、非武装、丸腰の形にはなるが怪力を誇る後腕による格闘は中型幻獣にも通用する。可憐A型の強みが失われる訳ではないのだ。



『まずい!』

『"鼻付き"が飛び越えたぞ!』

 もうひとつの誤算は、"鼻付き"と呼ばれる小型幻獣の存在であった。これまで二次元的な近接戦闘を経験していた彼らにとって、跳躍力と俊敏性のあるその新型幻獣は厄介な相手だった。前衛を務める可憐A型の後腕は、命令と実行にラグが殆どない為、大方の小型幻獣に対応出来るが、"鼻付き"にだけは攻撃が追いつかず、頭上を飛び越すのを許してしまうこともしばしばあった。
 こうなると後衛を務める可憐、否、可憐そのものの欠点が浮き彫りになる。

『撃つなよ、撲殺しろ!』

『こいつ……ちょこまかと』

 重ウォードレス可憐は、火力偏重主義から生まれた装備であるということは前述の通りであり、開発者は大火力さえ運用出来ればそれでいいと考えていた節があったのであろう
。通常型は重機関銃を4丁、D型は120mm砲を後腕に2門を固定武装として備えている。可憐用の火器はそれ以外には殆ど開発されておらず、また近接格闘用装備は一切ない。
 後衛の可憐はつまり接近されれば最後、懐の敵を効率よく駆逐する武器は持ち合わせていないのだ。何もない平地ならば、後衛の可憐通常型が重機関銃で反撃すればそれで済む話だが、ここは狭い橋上。しかも前にも横にも味方がいる状況で、発砲すれば間違いなく味方撃ちになる。
 くそっ、と小声で悪態をつき、可憐通常型を纏う学兵のひとりは重機関銃を保持したまま、その前腕を"鼻付き"の顔面に振り下ろす。ぐしゃり、という確かな感覚に遅れ、目の前の怪物は崩れ落ちた。

『拳銃が欲しいくらいだ』

 目の前の小型幻獣を殺せ、かつ味方の装甲板を貫通しない手頃な護身火器が欲しいところであったが、無い物ねだりは出来ない。やれることといえば弾倉を脱落させ、重機関銃を暴発の恐れがなくなった純粋な鈍器として、"鼻付き"を殴ってやることくらいだ。だが火器ではなく、近接格闘で敵を捕捉することは難しい。
 自身らの大口径火器が、戦場と相手にそぐわないことを思い知ったひとりの学兵が同級生でもある小隊長に意見具申しようとした。

『駄目だッ、小隊長! 状況がわるっ』

 彼は言い切ることは出来なかった。
 状況が悪い、いったん退くべきだ、と言う前に彼の頭部は宙を舞っていた。横合いに着地した"鼻付き"への対応が遅れ、その鼻に首ごと持っていかれたのである。これが肩や腕ならばその驚異的な膂力で、逆に"鼻付き"を地面に叩き潰してしまうことが出来ただろうが、首ではどうしようもなかった。

『どうした!』

『た、田口小隊員戦死! 田口小隊員戦死です!』

『士魂号はまだかッ!』

 これが新型幻獣の新戦術か、とまでは思わないが、予期もしない事態に小隊員達は動揺を隠せなかった。物事に相性があることくらいは分かっているが、大口径火器がここまで不利に働くとまでは、この瞬間まで彼らは思いもしなかったのである。対中型幻獣戦では一騎当千の働きを見せる鬼神の群れも、その得物が巨大過ぎて十全に動くことが出来ない。

 前進は、頓挫した。







―――――――







 足下の小型種を無視し、前傾姿勢で街中を駆け抜ける7機の撃震は、球磨川方面に向かおうとする突撃級群の無防備な背後に躍り出ると、主腕の突撃砲を向ける。同時に兵装担架が水平に起き上がり、マウントされた突撃砲が背後に屯する要撃級の群れを照準に収めた。
 巨人の腕と背中が、火を噴く。
 突撃級は背後に現れた災厄の源に気が付いたかもしれないが、旋回性能の低い彼らは脆弱な背中を向けたまま、砲弾がその身を貫く時を待つ他なく、また要撃級は突如として張られた弾幕に突っ込み、その硬質な前腕を除いて全てがただの肉塊へと還元される。
 主腕と副腕ともいえる背面兵装担架を利用した同時射撃は、その精度は落ちるものの砲弾をばら撒き、面制圧するには丁度いい。通常ならば主腕と兵装担架の双方に突撃砲を装備する機体は、ポジションが限られている。しかし現在、第2中隊では現場の判断で、どの機体もポジションに関係なく、補給の際に主腕に1門、副腕たる担架に1門ずつ、最低2門の突撃砲を保持することにしていた。第2中隊で5機、大隊全体では約半数の戦術機が撃破されており、喪失分の戦術機が有していた火力を取り戻すには、単純に携行する突撃砲の数を増やせばいい。そういう判断であった。

『長居無用!』

『ちっこいのは無視だ!』

 第2中隊(ブラウンベア)各機は、大型種を駆逐し終えたと判断するや、また匍匐飛行でBETAの海から離脱する。
 補給を終えた第59戦術機甲大隊は中隊単位に分かれて、大型種を優先して狩る機動防御の任務を継続していた。球磨川沿いに防衛線を張る友軍は、第147歩兵連隊・第51/52歩兵旅団が主力であり、対戦車火器といえば無反動砲や使い棄ての対戦車ロケットしかもっていない自動車化歩兵に、大型種を相手にさせるのは荷が勝ちすぎる。要撃級ですら一匹たりとも通す訳にはいかなかった。
 また彼らが大型種を優先して撃破していると、同時に小型種の死骸もいつの間にか積み上がっていく。これは標的である大型種を外れた突撃砲の流れ弾が、小型種の群れに突っ込んだから跡では決してなかった。その死骸の創傷を見ればよく分かるが、1匹1匹が小火器で胴体を撃ち抜かれている。



『大尉……』

『どうした』

『もう考えるのをやめます』

『それがいいさ』



 犯人は、兎であった。
 兎が第2中隊3番機(ブラウンベア3)の肩に立ち、サブマシンガンを振り回して撃震の足下や廃墟に蟠る小型種どもを撃ち殺している。頭を抑えられているとはいえ、水平噴射跳躍で目まぐるしい機動を見せる撃震の肩に、仁王立ちしている兎の姿を見れば、誰もが驚き自身の正気を疑うであろう。そしてその兎が前足で火器を振り回している姿を見れば、もう思考を停止して「そういうものなんだ」と受け入れる他はない。
 "猫がBETAを三枚卸しにするところ見た"と語った、新人衛士も最初こそ「言ったじゃないですか! 動物が助けてくれているんですよ!」とはしゃいだが、兎のファンタジーの欠片もない得物を見ると、幻滅したのか黙ってしまった。

 兎神族は太古は弓を、中世には火縄銃を用いて"あしきゆめ"を退けてきた。現代においても絶技戦を展開する際は、自身のオーマがもつ武楽器を以て戦うが、基本的には小火器や重火器を用いて人族を助けている。彼らは先進的な、新しいモノが好きな性格なのかもしれず、実際この撃震にしがみつく兎神族は「甲冑纏い天翔る巨人族を援護しようではないか」と意気込んでそこにいる。



『ウォーベア・リーダーよりブラウンベア・リーダー。12時方向、距離2000。要塞級をやれ』

『こちらブラウンベア・リーダー、了解。……聞いていたな、正面のデカブツを狩るぞ』

 撃震駆ける先の2000mの距離に、体高2000mの怪物が蠢いていた。その脚を以て建築物を貫き路面を踏み抜き、その外殻で雑居ビルを破壊しながら、球磨川方面へ向かうのがブラウンベア各機から確認出来た。主力戦車の戦車砲でさえ、当たり所が良くなければ撃破は難しいその化け物を、歩兵主体の防衛線に到達させる訳にはいかない。
 だがまずは要塞級に対して有利な位置を占位する為に、随伴する要撃級と戦車級を駆逐しなければならなかった。

『A小隊が射点確保、B小隊が120mmで片付ける!』

『了解!』

 全周を堅く厚い装甲で覆われた要塞級の弱点は、頭部や尾節の結合部であり、そこを狙撃する為には、側面からでは脚が邪魔となる。確実に要塞級を撃破することを考えれば、7機の撃震はBETAの群れを掻き分け、正面に射点を確保する他ない。
 先行するA小隊(第1小隊)が撃ち出す120mmキャニスター弾と36mm機関砲弾が、一筋の道を切り拓き、B小隊はその後を追随する。駆り尽くせなかった脇や廃墟の裏から要撃級や戦車級が飛び掛るも、その醜悪な腕が撃震の肩に掛かるより、突撃砲が火を噴く方が早い。

『前200で?』

『200なら外さん!』

『よっしゃ――行け! B小隊!』

 A小隊が前面に火力を集中させる。数発の120mmキャニスター弾が、要塞級の前方200mの位置に射点となる空き地をつくってみせた。チャンスは5秒あるか、ないか。6秒後にはこの120mmキャニスター弾で敵を吹き飛ばして作った空間に、小型種の群れが押し寄せ、死骸を乗り越えて要撃級達が集ってくるであろう。

『任せろ!』

 B小隊はその時間制限付きの射点へ着地し、突撃砲を200m先の要塞級に向けた。

『当たれ!』

『この化けもんが!』

 必殺の一撃が弾き出された。
 弾種は戦術機が携行する砲弾の中でも、最も貫徹力のある120mmAPFSDS弾。それは撃震と要塞級の合間で後部から火焔を噴出して再加速すると、要塞級の胸部や脚部の接合部へと消えた。
 尾節が胴から脱落し均衡を失ったのか、約60mの巨体はゆっくりと傾げ、後ろのめりに崩れていく。
 それはB小隊(第2小隊)が放った徹甲弾が、化け物を打ち倒した証であった。

『よっしゃああああああ』

『よし、離脱するぞ! 急げ……』

『ああ゛っ!』

 思わず歓喜したブラウンベア中隊の衛士は、崩れ落ちた要塞級の死骸から覗く巨大な瞳と眼を合わせた。凍りつく心臓、一瞬で冷えついた頭脳、予備照射を受けて響き渡る警報音。光線級の予備照射を感知した撃震が、己の御者に危険を知らせた。
 回避だ、と誰かが叫んだが、中隊長はそれに被せるように「撃て!」と怒鳴っていた。

 どちらも間に合わない、と第2小隊の佐伯少尉は思った。周辺に遮蔽物となるものはなく、また7機の撃震が密集している状態での咄嗟の回避や、乱数回避は機体同士が衝突する危険性がある。射撃には自信があるが、光線級はその下半身を要塞級の外殻に隠し、その瞳だけを回転砲塔の如く露出している。目標にして直径1mはない。狙撃出来るはずがないではないか。

 そして次の瞬間、佐伯は光線級の眼が輝くのを見た。



「え?」



 何故、見ることが出来ている?

 佐伯は、ブラウンベア中隊の衛士全員は、生きてその白閃を見た。
 高空を超音速で飛翔する航空機ですら撃ち漏らさない光線級の破壊光線は、何故かこの時だけ7機の撃震を中空で逸れ、見当違いの場所――具体的にはブラウンベア中隊に再び集ろうとしていた、大型種や小型種の群れを直撃していた。多くの戦術機を一撃で行動不能にするその閃光は、要撃級を数体まとめて貫き、主力戦車の正面装甲を溶解させる熱量は、容赦なく小型種の群れを焼き殺す。

「はあっ?」

『馬鹿、撃てッ撃て!』

 中隊長が叫んだ。仮にBETAが感情を持ち合わせていれば、友軍誤射の衝撃に茫然としたであろう。衛士達もあまりの幸運に驚愕したが、感嘆している暇はなかった。
 光線級が再照射に掛かる時間は、12秒。呆けている時間はない。撃震の突撃砲が雁首を揃え火を噴く。殆どばら撒かれるように吐き出された数十発の砲弾の内、運の良い数発が要塞級の外殻と外殻の合間を縫って光線級の瞳を穿ってみせた。

『離脱する、俺に続け!』

 ツキすぎている、と佐伯は思ったくらいだった。7機の撃震が、匍匐飛行で光線級の残骸の上を通過し離脱する。光線級のレーザー照射が中空で逸れる、そんな事例は座学でも、ベテラン衛士からも聞いたことがない。勿論、噂にも。光線級の瞳と本照射の両方を見て、生きて帰った衛士は殆どいないだろう。

「ラッキーでした」

 ね、と佐伯が言おうとした時、彼は前を往く中隊長機の後頭部に何かが乗っていることに気がついた。……和服の少女が腰掛けている。彼は叫びそうになりながらも、「いやいやもう驚かんぞ」と彼女を注視してやると、そのおかっぱ頭の少女は電子の瞳越しに見られていることが分かったようで、薄く笑って見せた。


 





―――――――
以下私見。







 基本的に熊本戦に投入された学兵達の装備品は、一に火力、二に白兵戦を重視しており、重ウォードレス可憐がその典型的な例となります。幻獣軍は切り札として、まさに存在そのものが災害ともいえる大型幻獣をもっていますが、基本的に主戦力は強力な火砲と装甲をもつ中型幻獣と数頼みの小型幻獣です。通常の軍隊ならば中型幻獣に対しては主力戦車や航空機を以て対抗するところですが、学兵部隊は錬度が低く、また戦車兵や航空兵の育成にも時間が掛かります。そういった事情もあって、歩兵の携行火器の大口径化は進んだのかもしれません(図書館資料には林凛子が、対中型幻獣戦に特化するよう主導した、という記述があった気がします)。

 光線級のレーザー照射を逸らしたのは、蜘蛛神族の一柱です。彼らは人族や他神族と交流をもつ際は人の姿を借りて現れます。

 そこまで書けるかは分からないので、マブラヴとガンパレの技術交流について触れておきたいのですが、第5世界(ガンパレ世界)の基幹技術はご存知の通り生体技術であり、第6世代クローンをマブラヴ側で再現出来るかは分かりませんが、それでも戦線好転の一助になりそうな技術・概念はありそうです。対BETA戦線では人的資源が枯渇しかかっている印象を受けるので、年齢固定型クローンの大量生産はどうでしょうか。第5世界では様々なタイプの年齢固定型クローンが就役しており、割と普遍的な技術のように思えます。またガンパレに登場する下士官、若宮は確か陸軍関係の教育機関を95年前後に卒業していたはずです。人口が激減したかの世界において、養成期間がたった数年の兵士ほど魅力的なものはありません。ただしマブラヴ側では未だ宗教が力を持っている為に、倫理的な騒動を巻き起こしそうではあります(オルタネイティヴ5計画において重要な役割を果たすG弾が、キリスト教関係団体を刺激したように)。

 またマブラヴ側がリードしている技術は、戦術歩行戦闘機や再突入駆逐艦に用いられている航空技術であると思います。ただ第5世界の軍隊が、戦術歩行戦闘機を対幻獣戦争に投入することはまずいかもしれません。最初の半年は幻獣を圧倒出来るでしょうが、そのうち撃震ゾンビ、陽炎ゾンビが出現し、最後には対戦術歩行戦闘機用幻獣が万単位で就役することになるからです(人型戦車士魂号の対策として出現した、誘導弾を装備し中距離戦に対応、更に厚い装甲・前腕により格闘能力を高めた中型幻獣ミノタウロスが好例)。機械化装甲歩兵の噴射装置をウォードレス兵が導入出来れば、使い捨てのロケットと併用して機動力が増しそうです。

 ぶっちゃけた話、マブラヴとガンパレは敵に合わせた形で科学技術がとんでもない発展の仕方をしてしまっており、また戦争に関係しない面の技術はかなり似通っていて、その世界に一番合ったやり方が採られているようなので、技術交流によって革新的な何かが開発・導入されるということはないと思います。

 御指摘頂きました、――(ダッシュ)については順次、修正していきます。御指摘ありがとうございます。



[38496] "前線のランデヴー"
Name: 686◆6617569d ID:8ec053ad
Date: 2013/10/27 21:49
"前線のランデヴー"



「黒田! 後ろ!」



 一目見ればもう間に合わないことは分かっていたが、それでも第2313独立機動小隊の水原小隊員は叫ばずにいられなかった。
 目の前に蹲る"鼻付き"の頭へ、とどめとばかりに拳を叩き込んだ同小隊の黒田は、背後に忍び寄る影――新手の"鼻付き"に気づかなかったらしい。水原の注意を受けて振り返ろうとした時には、既に黒田の首は"鼻付き"の象の如き鼻によってもぎ取られ、胴体から離れていた。
 宙に鮮血のアーチが架かる。水原はそれを見ながら躊躇することなく、同じ小隊の仲間であり同級生でもある黒田ごと、その影を撃ち抜いた。何の感慨もない訳ではなかったが、次は我が身となるこの戦場では、その死を弔ってやることは出来ない。

 最初の突撃から数えて、30分以上戦い通している第2313独立機動小隊は、苦戦を強いられていた。初めに交戦した小型幻獣(本職の自衛官は、"兵士級"と呼んでいた)は、一番の雑魚であったらしい。「新型幻獣は飛び道具をもたない雑魚」と当初は考えていた小隊員達も、中型幻獣や"鼻付き"、"赤蜘蛛"を撃退する度に、「白兵戦闘では無類の強さを発揮する厄介者」と認識を改めざるを得なかった。
 蠍を模した中型幻獣キメラに似た新型幻獣や、トリケラトプスの頭だけが走っているような新型幻獣は、40mm高射機関砲を運用する第2分隊の活躍もあり、そこまで恐れる必要もなかった。路上を駆け回り避難誘導を行い、小型幻獣を狩る第3・第4分隊にとって一番の脅威であったのは、"鼻付き"でありその敏捷性と怪力は、第6世代クローンを苦しめるのに足る性能であった。
 既に"鼻付き"の馬鹿太い鼻によって、第3分隊でも2名の犠牲者が出ている。だがその死を悲しんでいる暇はなく、彼らは押し寄せる群れをただの肉塊に換え続けなくてはならない。

『水原、1時方向』

 分隊長の言葉にそちらを見やれば、倒壊した建物と中型幻獣の骸の合間から、"赤蜘蛛"が湧き出すのが見えた。彼我の距離は200mあるかないか。"赤蜘蛛"の走力はかなりのもので、体感だが時速約100km前後は出るようだ。こんな距離などすぐに詰められてしまう。
 水原は舌打ちすると、自身の突撃銃を腰溜めに構えて阻止弾幕を張った。原種の人間では耐えられない反動を無理やり抑え込み、12,7mm弾が"赤蜘蛛"を全滅させることを祈る。
 だが。

(ジャムった! ……いや、弾切れか!)

 無傷の"赤蜘蛛"を2匹残して、突撃銃は火を噴くのを止めてしまった。
 水原の感覚的には弾詰まりではなく、単に弾切れである。今回の戦闘では敵の応射もなく、一方的に撃ち放題であったから弾薬の消費量が普段より激しい。既に換えの弾倉はなく、頼りの相棒はただの鉄棒と化したのだった。
 水原に、迷う暇などなかった。
 彼は突撃銃を投げ捨てると、左腰に吊った帯剣――超硬度カトラスの柄に手をやり、覚悟を決めた。火器を失っても刀剣が、剣折れても四肢がある。近接戦闘を得意とするのは、目の前の化物だけでなく、人間の姿をした怪物たる第6世代クローンも同じだ。

 自身目掛け突進する"赤蜘蛛"を冷静に見つめる水原は、そのまま突っ立っていればその体当たりを喰らった上で、転倒したところを前腕を以て解体され、巨大な口へと放り込まれていただろう。
 だが"赤蜘蛛"に触れるか触れないかの瞬間、水原は右へ跳んでいた。遅れて"赤蜘蛛"が左に傾き、かく座する。その左脚の数本には、鋭い斬撃が加えられた痕。第6世代クローンの剛力によって、抜刀からの一撃、返し刃、と振るわれた不可視の斬撃が"赤蜘蛛"の脚を断ち斬ったのである。

 戦闘の"赤蜘蛛"を行動不能にせしめた水原に、間髪入れず襲い掛かった2体目の"赤蜘蛛"の方は僅か数秒で粉砕された。水原の頭を掴もうと伸ばした腕は、廻し蹴りで千切れ飛び、胸部下でがちりがちりと音を立てていた歯は前蹴りで瞬く間に粉砕され、下顎は蹴り飛ばされて本体より分離した。
 1対1の状況ならば、超硬度カトラスを使うよりも蹴り殺した方が早い。水原の容赦ない蹴りによって、"赤蜘蛛"は全身のパーツを四散させて行動を停止した。

『お見事!』

 視界の端で水原と"赤蜘蛛"の格闘戦を捉えていた仲間が、ささやかな勝利に声を上げた。水原はどうも、と片手を挙げながら、左脚に痛手を負い行動不能となった一匹目の"赤蜘蛛"にとどめの蹴りを入れ、崩落しかけている雑居ビルへ叩き込んだ。

「こいつら本当に幻獣か?」

 水原はやってられない、とばかりに叫びながら今度は正面、瓦礫を乗り越えて現れた兵士級の群れに突進する。対する白い小型幻獣達は、向かってくる人間を喰らおうと腕を伸ばし、その口へ運ぼうとするがその意図は全く叶わない。先頭の兵士級の腕は瞬く間に斬り払われ、更に胴体を蹴り飛ばされて後続を巻き込んで転倒した。

(こいつらは消えもしないし、撤退の素振りも見せない……何しろ口がある。どうなっている?)

 水原だけでなく、この新型幻獣群と相対した小隊員の誰もが思っていることであった。火砲で、火器で、刀剣で、拳で、とにかく武器で殺せば、彼らは霞のように消え死骸は残らない。彼らが"幻獣"と呼ばれる所以である。ところが目の前の連中はどうだ?
 また幻獣は、理性なきただの怪物ではない。
 人類軍に比肩する戦略眼と戦術を持ち合わせ、全長数十kmにも及ぶ大型幻獣の投入、火砲による間接射撃や対地航空支援をこなす中型幻獣の運用、万単位での浸透作戦・兵站破壊を任務とする小型幻獣の統率。彼らは歴とした現代軍であり、今回の戦闘のように中型幻獣と小型幻獣を考えなしで混在させ、前線に押し出すような馬鹿な真似はしない。そして彼我の火力差によって被害が続出し、組織的戦闘が困難になると悟れば、撤退するのが常であった。
 そして幻獣には、感情がある。彼らがよくやる汚い戦術には、わざと捕虜に残虐な罰を加え、それを擲ち見せしめにすることで、陣地に立て篭もる歩兵を釣り出そうとするものがあり、少なくとも人間の感情を理解する知性があることは確かだ。それに自衛軍の火力が優勢なところへ、飛び道具も持たずに玉砕覚悟で突っ込んでくる幻獣などいない。そもそも(ヒトウバン等を除いて)口を持っていること自体が、幻獣としてはイレギュラーなのだ。もし幻獣達に口があれば、人類と幻獣間でとっくの昔に和平条約が結ばれているだろう。……勿論、人類側の譲歩に次ぐ譲歩によって。それはともかく彼ら幻獣は本来、こんな自殺的攻撃を仕掛けてはこない。



「ちっ、こっちも弾切れが近いか」

 水原にお見事、と声を掛けた小隊員も射撃の手を止めて、最後の弾倉交換。既に自身が銃殺した敵の数は、百では収まりがつかない。彼の経験上では、敵も撤退を考える頃合いである。だが目の前の連中は、先を往く同胞が殺されても殺されても、ただ無抵抗に突っ込んでくる。
 再装填を終えた突撃銃が火を噴き、白い幻獣の群れを文字通り薙ぎ倒す。自殺志願者の群れを捌いていく死神の気分。だがその死神も、到底捌ききれない数の自殺志願者どもが、彼の前に現れていた。
 ちくしょう、と小隊員は悪態をつく。弾薬が無くなったとしても、ウォードレスの稼動限界まではあと数時間はある。それまで白兵戦を挑めば、今まで殺した数の倍は打ち倒せるだろう。だがそれでもこの新型幻獣の群れを殺しつくせるかは、分からなかった。

『数の暴力か』

『98年を忘れたか? 八代会戦! 幻獣1400万対陸自50万! それよりはマシだろが』

『ハゲ! それでもたった28:1じゃねえか!』

 弾薬の欠乏が深刻な段階に達しようとしていた分隊は、第3分隊だけでなく、第123歩兵連隊の生き残りと共同して避難民を直接守る第1分隊、対中型幻獣戦を担当する第2分隊、同じく第3分隊と県道14号の線で機動防御する第4分隊もそうであった。
 新型幻獣の物量に任せた特攻戦術は、従来の対幻獣戦に慣れ、緒戦から大火力で敵を圧倒し、そのまま撤退に追い込む戦術をとってきた機動小隊に対しては衝撃的かつ効果的であり、この調子で戦闘が続けば彼ら小隊員は、全員で近接戦闘に参加する惨事となっていただろう。



 だが結論から言えば、そうはならなかった。対中型幻獣小隊の人型戦車の直掩を受けた第123普通科連隊第1中隊が、橋頭堡を確保。後続の第2・3中隊が県道14号の防衛線に合流したのである。

『引継ぎの時間だッ! てめえら無駄撃ちすんなよ!』

『トマホーク(※小型幻獣の投擲武器)なし! トマホークなし!』

『ひゃっはあああああ! 敵だあああああ!』

 遥か南で検問に引っかかり、動けないまま冷たい雨に打たれて醸成された鬱憤が爆発し、新型幻獣の屍山血河が出来上がる。新型幻獣達は飛び交う鉛弾の雨に負けじと、新しく現れた資源の山に向かうも、すぐさま機能停止へと追い込まれていく。
 対中型幻獣火器も、弾を惜しむことなく猛威を振るった。40mm機関砲弾と40mm擲弾が雨霰と小型幻獣の群れ、中型幻獣を問わずに降り注ぎ、平等に肉片へと換えてしまう。
 新型幻獣への憎悪の感情は、独立機動小隊第1分隊からの無線による報告や、それを盗み聞きしていた隊員と何も知らない隊員同士の噂話によって育まれていた。



 新型幻獣は無防備な民間人を貪り殺しているらしい――いや柔らかい女子供ばかりを喰らい、男は皆殺しにしているようだ――やはりゴブリンのように、捕虜を八つ裂きにしてオブジェにでもするんじゃないか――わざと四肢をもぎとって、そのまま殺さないって話もあるぜ――。



  既に新型幻獣は、学兵達の怒りを集める存在となっていた。
 元々彼ら学兵は青春を享受すべき、享受する権利の或る中高校生。義憤にも駆られやすくそれこそ理屈抜きで、避難民を残虐な方法で殺す侵略者を、そして自身の平穏な生活と青春の日々を奪い去った相手を、許すつもりは毛頭ない。
 正規軍を恨み、敵を憎み、銃後の為だけに戦う。それが学兵の存在意義だと云っても、過言ではない。







―――――――






 超大型台風は、本土防衛軍将兵の噴気にあてられたかのように、急激にその勢力を弱めながら、九州を通過していく。1時間前まで激しかった豪雨も今や小雨となり、激しい突風も生易しいそよ風におちこんだ。まるで事態が好転していることの証拠のように、帝国陸軍第123歩兵連隊第3中隊の生き残り達には思えた。実際、この自然災害さえ収まってしまえば、荒天によって中止を余儀なくされていた艦砲射撃や、NOE飛行で戦域に突入出来る攻撃ヘリの運用が再開されるであろう。ぐっとBETAの駆逐は進むはずだ。
 生き残りの表情は、僅かに明るさを取り戻している。
 彼ら帝国陸軍第123歩兵連隊第3中隊は、第2313独立機動小隊の増援を受けて、避難民の誘導、駅周辺の安全確保、防衛線の確立に奔走。そしてその1時間後には、陸上自衛軍第123普通科連隊を名乗る部隊と合流し、機械化歩兵装甲をもたない彼らは、普通科連隊本部と第3中隊本部が急遽おかれた八代駅前まで後退した。



「一本もらえるか」

「すまんね、うちは煙草の支給がないんだわ。未成年ばっかで」

「そうか」

 煙草をせがんだのは帝国陸軍第123歩兵連隊第3中隊の陸軍軍曹で、それを断ったのは第2313独立機動小隊第1分隊の分隊長。両者ともに前線で兵士を纏め、何遍も死線を越えた経験をもつ典型的な下士官である。陸軍軍曹の方は鉄帽を外し、89式小銃を置いて胡坐を掻き、分隊長の方もその長大な突撃銃を下ろして、屯する避難民の方をぼんやりと眺めている。
 駅前の光景は、見ているこちらが惨めになる思いであった。
 八代駅駅舎や防衛線の内側に存在する施設に収容出来た人数はごく僅かであり、その他の民間人は屋根のない路上に待機してもらう他ない。雨に打たれずぶ濡れとなった身体は、冷えと何よりも幻獣(BETA)への恐怖で震えている。彼らの中には、知人や友人、家族を、目の前で幻獣(BETA)によって失った者もいるだろう。時折、親族のそれだろうか、名前を呼ぶ声がふたりの耳にも届く。

「給養がしょぼくてさ。週給7500円(※十翼長の週給額)」

「……そりゃ大変だな」

「貧乏な懐事情とは関係ないけどね、申し訳ないけど避難民の食事もすぐには賄えないよ。とるものもとりあえず駆けつけたから。うちの普通科連隊が絶食したとしても、500食分用意出来るか出来ないかってとこ」

「地方の人(※民間人)はメシどころじゃないさ。それと通信科からの零れ話だが、やはり鹿児島本線は運休したままだ。避難民の移送に鉄道は使えない」

「棄民ってやつか」

「いや路線状況を確かめんことには動かせない、だそうだ。……物は言いようだ。レールの保守点検なんざ、全力でやりゃすぐ済むのによ」

「じゃあ車輌でえっちらおっちら運ぶしかないね」

「……そうなると問題になるのが、重傷者だ」

 命からがらBETAの毒牙から逃れてきた人々の中には、腕や脚を兵士級や闘士級に奪われ、あるいは重度の火傷を負った重傷者がいる。彼らは第123普通科連隊到着後、すぐに簡易の野戦病院に収容されたが、容態は思わしくなかった。

 すまん、と分隊長が呟いた。結局のところ第123普通科連隊は、敵を避難民から引き剥がす盾の役割を果たしているだけで、直接彼らに救いの手を差し伸べられている訳ではなかった。八代市街といえば先の八代会戦直前に、疎開が加速的に進んだはずの土地であり、避難民の人数を完全に読み間違えていた。糧食も天幕の数も、全く足りない。普通科連隊は当然、医療スタッフ(衛生兵・軍医)を引き連れており、重傷者の治療くらいは何とかなるのではないか、と一時は思われたが、それも全く駄目であった。
 普通科連隊の医療スタッフが所持している医療用器具・治療薬は、学兵部隊の根幹を為す第6世代クローンと自衛官(おとな)の世代である第4世代クローン用に特化した代物であり、不可思議なことに第4・6世代クローンでない避難民達には、到底使用出来なかったのだ。……医療スタッフは結局、最低限の止血や消毒といった、極めて原始的な治療しか行えずにいた。
 だが陸軍軍曹の方は手を振って、微笑んでみせた。

「いや、あんたらが謝ることじゃあない」

 確かにこの陸上自衛軍を名乗る連中は、少々理解出来ないところがある。恐らく軍令によって編成された後方支援軍組織なのだろうが、それ故か対BETA戦に不慣れであったりするところが目立った。……だが彼らが駆けつけなければ、今頃重傷者も避難民も陸軍将兵も皆、連中の胃袋の中であったろう。
 色々と腑に落ちないこともあるが、現在はとにかくこの奇妙な戦友と情報を交換し、生き延びる可能性を少しでも上げることが先決だ。

「そうだ、5,56mmNATO弾は余ってないか? 89式小銃(こいつ)の弾が心許ないんでね」

「後方部隊が持っている97式突撃銃(やつ)か。だいじょうぶだ、すぐ用意出来るよ」

 前線の下士官は横の連携を強めなければ、情報収集も弾薬・食料の融通もままならない。兵もそうだ。故に一度でも共同戦線を張った陸自部隊と陸軍部隊の関係は、少なくとも下士官・兵のレベルでは良好なものになっていた。



 下士官が弾薬共有や情報交換に勤しんでいる頃、第123普通科連隊本部では両軍士官が避難民を如何に後送するかで頭を悩ませていた。
 連隊長は勿論、中隊長クラスが軒並み行方不明となり、第1・第2中隊がほぼ(文字通りの意味で)全滅した帝国陸軍第123歩兵連隊の最先任は、第3中隊で中隊長の副官を務めていた北上静陸軍中尉。
 一方で第123普通科連隊側から話し合いに臨んだのは、補給担当幕僚(第4科)と情報担当幕僚(第2科)である2名の千翼長(中尉・大尉に相当)である。

「帝国陸軍第46師団(そちら)の本部はなんと?」

「鹿児島本線の運行を認める訳にはいかない、とのことです」

「そうですか」

 前述の通り、第123普通科連隊本部はとんだ思い違いをしていた。
 97年の朝鮮半島失陥(仁川防衛戦)と98年の幻獣九州上陸以降、九州全県で民間人の疎開は進んでいたし、九州地方を脱出出来なかった各県民は熊本市内に収容されていた。まさか復興途上であるはずの八代市街に、万単位の市民が残留しているとは考えていなかったのである。本部幕僚の想定では、保護すべき避難民は約300人前後といったところで、これならば仮に鉄道が不通であっても、手持ちの車輌を往復させれば輸送可能な人数だ。ところが、駅周辺に集まった民間人の数は、その30倍はくだらないように思える……。

「現在我が第106師団本部は、混乱の中で熊本県内の交通機関を掌握出来ていません」

「我々の避難民の規模想定に、致命的な誤りがあったようです。車輌による移送が可能であると考えていたのですが……。とんだ間違いでした」

 申し訳ありません、と頭を下げたふたりの千翼長を前にして、北上中尉は「いえ、市民の安全と財産を守るのは、我が本土防衛軍の大任。本来ならばこちらが謝るべきです」と尤もらしいことを言ってみせたが、内心、(この陸上自衛軍という組織、どこか抜けている)と呆れると同時に、警戒心も抱いていた。

(八代市は熊本県内でも有数の人口密集地だ。しかも折から疎開が進んでいない状況で、更に北部九州の避難民が流入していた。到底車輌での輸送なぞ適わないに、決まっているではないか!)

 そもそもまず北上中尉は、陸上自衛軍という組織を知らない。
 最初は自衛軍という名称から、BETAの九州上陸を受け、退役した在郷軍人を集め急遽編成した、銃後を守る組織であろうと彼女は考えた。だがしかし彼らの装備は正規軍たる本土防衛軍に劣らず、また帝国陸軍が採用していない機械化歩兵装甲をも運用している。そして聞いたこともない階級が、彼らの中で罷り通っている。銃後の守り、後方支援が任務とはいえ、本土防衛軍将兵と共同して物事にあたることがあろう、そうした時に階級が一致していなければ、命令系統に齟齬が発生すると、上層部は考えなかったのだろうか?

 陸上自衛軍側は北上中尉が何を考えているかなど、思いもよらない。
 話題を切り換えたのは、情報収集と分析を担当する幕僚であった。

「では鉄道輸送が出来ず、車輌による輸送も適わないとなれば、もはや敵を撃滅するしか道はないですね」

「個人としては、異論ありません。ですが……千翼長、本土防衛軍――第46師団本部は、球磨川以北の八代市街は放棄する旨を知らせてきています。増援は期待出来ないかと」

「学兵部隊(われわれ)と正規軍(あなたがた)の間では、原則的に指揮権はそちらが優越します。ですがそれはあくまでも、正規軍たる熊本鎮台の判断。第106師団司令部は、第5戦車連隊及び数個歩兵連隊を4時間以内に八代入りさせます」

「そうですか」

(……この陸上自衛軍なる組織、話もろくに通じん。勿論、彼らの増援がなければ、我々は全員奴らの腹の中だろうが)

 千翼長の発言を北上中尉流に解釈すれば、「本土防衛軍の命令に、陸上自衛軍は従わない」というところである。本土防衛軍統合作戦本部の決定は、即ち征夷大将軍・皇帝陛下のご意思であり、これに叛逆することは本来許されることではない。
 だがなんにせよ第123普通科連隊本部が、第106師団司令部と独自のパイプを有し、第106師団が八代市民の救出に動いてくれるのであれば、これに優ることはない。現場の判断による戦闘行動は戦後に弾劾されるであろうが、一度見捨てられかけた身だ、もはや帝国臣民をひとりでも多く南へ逃すことが出来れば、悔いはなかった。



「少々宜しいでしょうか」

「なんでしょう」

 北上中尉は、陸上自衛軍の両士官に話しかけられ、思考の海から意識を引き揚げた。第2科の小磯千翼長、第4科の大山千翼長、といっただろうか、やはり特異な階級名である。二人はあまりにも若いし仕事が出来る人種には見えないが、連隊本部付の士官のことだ、それなりに頭は切れるのであろう。
 口を開いたのは、情報収集と分析を担当する第2科の士官、小磯だった。

「帝国陸軍、帝国陸海軍とはなんでしょう」

「何を……謂わずと知れた、我が日本帝国の正規軍。現代まで帝国領と帝国臣民を守護してきた――」

「やはり、どうやら我々、認識が根本から間違っていたようです」

「は?」

「我々日本国自衛軍は、壊滅的被害を蒙った大日本帝国陸軍に換わり発足した、極東における人類軍の中核として対幻獣戦争に臨む軍事組織です」

「……ま、待って下さい。陸上自衛軍とは、軍令によっておかれた陸海軍協同の大陸派遣軍、本土防衛軍のような軍組織ではないのですか! いまの話では……所属する国体自体が異なるように聞こえました」

 今更ながら北上中尉は混乱した。
 彼女は"日本国陸上自衛軍"を、軍令によって編成された"本土防衛軍"に並ぶ軍組織のひとつであると考えていたのである。だがまるで小磯千翼長の話を聞く限りでは、異なる国体の軍事組織のようにしか聞こえなかった。

 北上中尉が真剣に思考を巡らし疑問点をまとめる一方で、陸上自衛軍の両幕僚は何となくそういう予感を捉えていたこともあって、くだらないことしか考えていなかった。



(うわあああマジかよ!)

("戦国自衛軍"じゃねえんだぞ!)

(これパラレルワールドか? 週刊マガデーの打ち切り漫画みたいだ)

(道理で検問に引っかかる訳だ!)



 ふたりは別に頭が切れる訳でもなんでもなく、第2科・4科に務めるただの17歳の学兵である。勿論仕事に対する熱意、判断・事務能力は本職の自衛官にも負けないが、思考は男子高校生に限りなく近い。彼らは顔にこそ出さないものの、細かいところの疑問点も払拭され、内心では酷く興奮していた。

「お、お答えいただきたい」

 顔色を変えずに押し黙ったままの両千翼長を前に、北上中尉は自分が何かまずいことでも言ってしまったかと考えた。結論から言えば、何もまずいことは言っていない。
 ただ両千翼長は……否、両男子高校生は(ってことはこの人、マジもんの帝国軍人かよ)とか(厳しそうな人だなって思ったけど、案外慌てる姿はかわいいな)とか、そんなことを考えていたのだ。

 士官レベルの相互理解は、あと暫くかかりそうであった。







―――――――
以下私見。








 第6世代クローンが装備している外世界の珪素生命体、多目的結晶体の存在をBETAの上位存在が関知するには、時間が掛かりそうです。私はBETAの指揮系統・連絡手段については詳しくないのですが、第6世代クローンを捕食し、多目的結晶体を体内に収めたBETAがハイヴ反応炉に接触し、上位存在へその結晶体の存在が伝わる……という形をイメージしています。少なくとも九州に上陸したBETAが大陸のハイヴに撤退するか、横浜にハイヴを構築するまでは、結晶体の存在が上位存在に伝わることはないのではないか、と考えています。多目的結晶体には意思があり、ESPによって意思疎通が可能であることが明らかになっていますが、確か同調能力が高いののみタイプですら、「敵ではない、味方である」ことくらいしか分からないという設定があった……気がします。上位存在が見做す生命体の条件が未だはっきりしていない以上(私が知らないだけかもしれませんが)、対話が出来ないことから多目的結晶体を生命体と見做さない、あるいは気づかない可能性もあるのではないでしょうか。

 この作品のタイトルは、北海道稚内に上陸を果たし南侵するソ連軍に、在日米軍の援護なしで立ち向かう自衛隊の奮戦を描いた、小林源文先生の「バトルオーバー北海道」からとりました。また各話タイトルは感想掲示板でお話が出た通り、SF小説のタイトルからつけています。"BETAの日"はモンスターパニックのはしり、殆どの人類がめくら(※原文まま)となった世界で、自走する食人植物トリフィドの恐怖を描いた「トリフィドの日」からとったのですが、最近は全く違う邦題がついているようです。

 NEPについては、「この世界に本来存在しない異物を、別世界へ放逐する道具」、そういう認識が一般的です。しかし第6世界の宇宙戦争(最低接触戦争)で異星人に対してNEPが乱用されたことも、Aの魔法陣掲示板で示唆されています。……どういうことなんですかね。



[38496] "ヤツシロの優しい巨人"
Name: 686◆6617569d ID:8ec053ad
Date: 2013/10/08 01:42
"ヤツシロの優しい巨人"



 かつて熊本市内で神話が復活したように、またここでも伝説の再現が行われようとしていた。崩れ落ち廃墟となった八代市役所庁舎に、そのおとぎ話の旗手が仁王立ちし、超硬度大太刀とジャイアントアサルトを振り回している。
 対空防御を担当している新型光砲科幻獣を求め、随伴歩兵を置き去りにして斬り込んだはいいが、敵の数が予想以上に多く、進むどころか退くことも出来ない状況に第2301独立対中型幻獣小隊は陥っていた。

 だが3機、たった3機の人型戦車は危なげなく敵を屠り続けている。

――JRSVGTWJFS(右跳右斬回避転換前跳刺突)。

 1番機は要撃級の横殴りを右に跳躍し避け、着地点にわだかまる小型種をまるで雑草でも斬り払うかのように、右手の大太刀で一掃する。そのあまりにも大雑把かつ、大威力の斬撃から何とか逃れた戦車級が喰らいつこうと飛びかかるが、1番機はこれを半身になって避けつつ方向転換。今度は前方に跳躍し、要撃級の上に圧し掛かると、大太刀をその無防備な背中に突きたてた。

――GAGWGPWJBB(射撃摺足殴打後跳)。

 要撃級を大太刀で貫いた1番機が一瞬硬直し、隙が生まれる。
 その隙を埋めるべく2番機は援護射撃に動いた。519番式ジャイアントアサルトの銃身が回転し、20mm機関砲弾が吐き出され、1番機に集ろうとする要撃級の下腹を貫く。撃ち終わるや否や、脇から飛び出してきた戦車級を銃身で殴りつけ、小型種との距離を置く為に一旦後ろに跳んだ。
 コマンドの先行入力と所謂コンボによる行動実行時間の短縮化は、人工物たる人型戦車に生身の侍と同等の動きをさせている。その働きぶりは、"士魂号"の名に決して恥じない。

『ヘルキャット01よりヘルキャット03、援護求む』

『ヘルキャット03、受諾』

 3番機は跳躍と疾走を繰り返し、射点を確保するとその両手に保持した92mmライフル砲で、1番機を取り囲む要撃級を捕捉する。発砲。瞬く間に尾の如き感覚器が吹き飛び、地表へ血肉の雨を降らせた。
 感覚器が頭上で弾ける中で、1番機は瞬く間に周囲の要撃級を蹴り飛ばし、叩き潰し、斬り捨てていく。感覚器を破壊されたこともあってか、要撃級の前腕は空を掴むばかりで、回避と攻撃を一体化させた鋼鉄の侍を捉えるには至らない。それどころか接近した瞬間、頭を蹴りで潰されるか、胴を叩き斬られるのか、多くの要撃級が迎える末路である。

 飛び掛かる戦車級を空中で蹴り殺し、前腕を振り上げる要撃級を射殺せしめ、肉薄する突撃級を紙一重で回避しつつ、脚に斬撃を加える。突撃級の殻を盾として要撃級の前腕を防ぎ、斬り落とした要撃級の前腕を蹴り飛ばして、その先に固まっていた小型種の群れを押し潰す。
 仮にこれを帝国陸軍の衛士が見ていれば、「機械とは思えない」と評したであろう。
 そうとも、士魂号は機械ではない。
 悔恨と憎悪に絡めとられた虜囚、太古の眠りより叩き起こされ、殺しを強要されし巨人族の末裔。

 彼らの存在意義は、どこまでも殺しにある。

 いや、そうではない、と1番機の足首にしがみついている猫神が呟く。
 おまえは守るために戦うのだ。純粋なる殺しの存在が、どうしてここまで戦えようか。おまえがいま戦い続けていられる理由は、ただひとつだ。うらみつらみの声をあげながらも、あすをわらって生きたいと思うものどものを守ろうという意思があるからではないか。

 彼らはその魔法の如き言葉に、肯定も否定もせず、沈黙したままである。苦悶と絶望の声もあげず、士魂号はただひたすらにもの言わぬBETAを殺していくだけだ。
 2番機は新手の要撃級に20mm機関砲弾を浴びせ、瞬く間に蜂の巣となった姿を曝すそれを見ている余裕もなく、側面に迫る小型種の群れに鉛弾のお裾分けをくれてやった。だがGAGWAG(連射)のコマンドは、士魂号に硬直する時間を僅かにでも強いる。
 その隙を、衝かれた。
 死角より躍り出た要撃級の横殴りに振るわれた前腕の一撃が、2番機を見舞った。クリティカルヒット――脚一本どころか腰を捉えた要撃級の前腕は、士魂号の下半身全部をもっていく。
 残った2番機の上半身が、虚空に浮くのを僚機である1番機は見るや否や、自身の五感に没投入された操縦者の意識を、強制的に戻した(士魂号の操縦方法は概ねふたつ、士魂号に意識を没投入し、操縦者は士魂号の補助装置となって士魂号自身に行動を任せるか、もう一方は意識を保ったまま手動によって、士魂号に命令を与えるかのどちらかである。前者が主流)。
 意識を回復した1番機パイロット空見ひなた百翼長は、戦闘行動の主導権を士魂号から受け取ると同時に、かく座した2番機パイロットの名前を叫んだ。

「胆振っ! いま助ける!」

 白い血液を撒き散らしながら地に叩きつけられた2番機は、既に機能を停止したらしく、指一本動かさない。下半身を失い屍となった士魂号に群がろうとする戦車級を、1番機は手早く駆逐し、その骸に寄り添う形で防戦を開始した。戦友であり同級生である同僚を守るには、2番機に敵を寄せ付けてはならない。

「馬鹿!」

 ペリスコープから外の様子を覗いていた2番機パイロットの胆振勲十翼長は、無線通信が奇跡的に生きていることに気がついて怒鳴った。

「馬鹿、退けッ! ばか空見――おまえがやられるぞ!」

 空見の腕ならば、例え単機で100の幻獣を相手にしても、幾らでも戦い続けることは可能であろう。だがそれは自由に機動が出来ることが前提条件であり、かく座した僚機を守る為に一点に留まって戦えば、数分ともたない。それを士魂号パイロットである胆振は、よく知っていた。故に叫んだ。腰骨が粉砕され背骨が断絶した死に体、再生も望めない士魂号と道連れになる必要はない。
 だが1番機は決して退かなかった。要撃級の前腕を超硬度大太刀で受け止め、脚で頭部を蹴り潰すと方向転換しながらジャイアントアサルトを振り回し、戦車級の群れを一掃する。死角に迫る要撃級や突撃級は、3番機の放つ92mm砲弾が無力化していく。

『ヘルキャット03よりヘルキャット02へ意見具申。脱出を推奨』

『さっきから試しているが、脱出出来ない。俺はいいから、お前らは随伴歩兵が来るまで粘れよ!』

『胆振ぃ、心配ご無用! 悪いけど、撃墜数を稼がせてもらうよぉっ!』

 なんのこれしき、と1番機パイロットである空見は強がってみせた。
 左側面に迫った小型種の群れへ、弾倉に存在する残り僅かな20mm機関砲弾を全弾ぶち込んだ後、ただの鉄塊となったジャイアントアサルトを投擲し、正面に迫っていた戦車級の群れを押し潰す。そうして作った僅かな間に、空見機は倒れ伏す2番機の掌から武器をもぎ取った。

『ここからは、銀剣突撃章、月従軍章、そしてすぐに黄金剣突撃章を貰う予定の、空見ひなた百翼長が相手するぞ!』

 外部スピーカーより吐き出される不退転の宣言と共に、1番機は死骸の山の上に立つ。2番機より得た超硬度大太刀を保持する左手を前に突き出し、半身となって右手の超硬度大太刀を上段に構える。装甲した二刀の巨人は、向かってくる敵を全て斬り殺すつもりでいる。
 啖呵を切ってみせた空見機へと、周囲のBETAは引き寄せられる。その数は大型種だけでも100、200はくだらないであろう。
 足首にしがみついていた猫神は、そろそろ頃合いか、と呟いて歌を編みはじめた。

「口より出づ。体より発す。我は我の身命を――」

 だがその必要はなかったらしい。
 猫神のリューンへの呼びかけは途中でやんだ。



 空見機に縋るBETA群が、一気に弾けた。

 36mm機関砲弾を弾き出す突撃砲の憤怒の唸りが、BETAを威圧し、駆逐していく。周囲の小型種は勿論、空気を圧して迫る大型種までもが、36mm機関砲弾のシャワーと、狙いすました120mm砲弾の一撃に斃れる。
 空見機が正面の要撃級を斬り殺し、何事かと後ろを見やれば、そこには人型戦車とは異なる外見をもつ巨人たちが存在していた。腰からは翼を連想させる噴射装置を生やし、後背にも補助腕をつけたその巨人は、士魂号では到底出せない高速を以て、敵を撃破する。
 空見機と士魂号3番機はガンカメラでその機体を捉えると、友軍としてIFFに登録した。3番機が92mmライフル砲の弾倉を交換しながら、その増援に会釈をする。7機の空翔る人型戦車――否、77式戦術歩行戦闘機撃震は、答礼する間も惜しみ、36mm機関砲弾を小型種の群れにご馳走していく。

『すまない、遅れた!』

『胆振機かく座! 繰り返す、胆振機かく座!』

『前方、新型幻獣……個体数測定不能!』

 そして人型戦車に置いてけぼりを食らっていた随伴歩兵達も、ようやく行動を停止した2番機を取り囲むBETA群を射程に収める位置まで辿り着いた。人型戦車ですら進むも退くもままならない状況下、彼ら随伴歩兵もやっとの思いでここまでやって来たのである。ところが、かく座した2番機と彼らの間には、未だに数え切れない異形が屯していた。

『射線気をつけろ! ……あの新型には絶対当てるなよ!』

『よォし、撃てェえッ!』

 だが次の瞬間には、道が拓けた。
 まるで最初からそこにBETAなど存在しなかったかのように、突撃級も要撃級も戦車級も等しく消滅していた。
 随伴歩兵2名により運用する、自走式120mm電磁投射砲による全力の火力投射。大火力主義の結晶であり、純粋な破壊力ならば熊本最強のそれが、前方のあらゆる障害を吹き飛ばしたのである。普通科連隊が運用する関係から、この電磁投射砲は携行弾数が少なく、また砲身強度に問題があり連射は出来ない。だが1発1発の破壊力だけは、この世界で後に試作される電磁投射砲に比較しても遜色ないもので、戦車砲ですら歯が立たない突撃級の正面装甲をも貫徹し、貫徹するどころか四散させてしまうそれは、小型種相手ならば擦過するだけで群れごと蒸発させる威力をもつ。

『質の悪い冗談だ』

 人型戦車の危急に駆けつけた第59戦術機甲大隊第2中隊(ブラウンベア)の衛士達は、もうレールガンの大威力を前にしても驚きはしなかった。新型兵器の開発に成功したのだ、という形でもう脳内で処理が終わっている。あるいはもう正気が失われていたのかもしれない。何せ衛士達の目には、僚機の肩や担架にしがみつく動物達が映っているのだから。

『中隊長、機械化装甲歩兵より手旗信号! "ら・ゆ・う・ぐ・ん・な・り"――こちら友軍なり! こちら友軍なり、です!』

『B小隊は機械化装甲歩兵を援護! A小隊は新型戦術機の直掩に回れ!』
 
 了解、と唱和した衛士達は愛機を駆り、要撃級の前腕と戦車級の体当たりを低空滑走で器用に避けながら、新型兵器を運用する友軍の援護を開始する。

『こらぁ! 獲物をとるなあ!』

 両手共に超硬度大太刀を保持した1番機は、外部スピーカーから怒りの声をあげた。空見ひなたの中型幻獣単独撃破数は、現在61。黄金剣突撃勲章授与条件は、中型幻獣単独撃破数75、空見は自分で言っていた通りこの戦闘で75の壁を越えるつもりだったのである。ところが火砲をもつ友軍が現れたものだから、白兵戦に臨まんとした空見機にはてんで敵が回ってこなくなった。
 不満そうな空見を、2番機に閉じ込められたままの胆振が注意する。

『馬鹿言ってんなよ! 命あっての物種だ!』

「……それはこっちの台詞なんだけど」

――JFSVJLSVFS。空見は呟きながら、手動で自身の士魂号を前に出した。前へ跳躍し、着地先の要撃級を叩き斬ると、今度は左へ跳び小型種の群れを蹂躙してみせる。そして後背に迫る要撃級にTWGFS――振り向きざまの斬撃を加えようとした時、戦術機の突撃砲が彼女の超硬度大太刀よりも早く、その要撃級を撃破していた。

「うわぁっ、横取りぃ?!」

 空見がちぇと拗ねると同時に、突撃砲の主である戦術機は何も保持していない拳を突き出し、親指を立ててみせる。戦術機側とすれば、助けたつもりなのであろう。しょうがないなあ、と空見は笑って――次の瞬間には新しいコマンドを入れ、小型種の群れを蹴り飛ばしていた。



 航空技術の発達したこの世界の対BETA主力兵器、戦術歩行戦闘機はその特殊性――敵中へ他兵科を置き去りに斬り込み撹乱・誘引する、独特の地形をもつ敵本拠たるハイヴに進入するといった任務――により、機械化装甲歩兵や主力戦車の援護を受けられる機会が少ない。
 逆に日本国の存在する世界、第5世界においても、人型航空兵器"紅天"は存在するものの、敵の火網を掻い潜り高速で低空侵入を果たせる兵器――人型戦車の手の届かないところを叩ける兵器は存在しなかった。
 装甲車輌と同等の火力を持ち、戦術機に追随出来る人型戦車と、敵地に斬り込み敵砲兵を叩くことが出来る戦術機。時空を超えて、ようやく互いを補完し合える存在に戦術歩行戦闘機は、そして人型戦車は出会うことが出来た、と言えよう。







―――――――
以下、設定改変点等







 勲章授与条件の基準を、原作より変更しています。機甲科の学兵の場合は、「単独・あるいは共同での中型幻獣撃破数(共同の場合は0,5ないしそれ以下)」によって勲章が授与されることにします。原作のように小型幻獣も無条件でカウントしていると、戦車乗りは一発りゅう霞弾を撃つだけで撃墜数を荒稼ぎ出来ることになり、運さえ良ければ300撃破なんて簡単に出来てしまいます。……もちろんこの世界で軍部が勲章授与のハードルを上げなければ、黄金翼突撃勲章授与者(撃墜数150)はぽこじゃがぽこじゃが生まれることになりそうですが。絢爛舞踏章は単に撃墜300を数えるだけでなく、戦況に多大な影響を及ぼした人物に授与されるということにします。

 人型戦車もOPにあった噴進装置さえあれば、戦術機に追随出来ます……出来るはずです! 人型戦車は、基本的にBETAとの相性はいいです。大型種の主力たる要撃級に体格では劣ります(士魂号は体高約9m)が、生体部品を多用したことで得られた人間の如き動作により生み出される、優れた回避性能と格闘能力は対BETA戦において非常に有利です。光線級との対決も後々描きます。



[38496] "光を心に一、二と数えよ"
Name: 686◆6617569d ID:8ec053ad
Date: 2013/10/26 20:57
"光を心に、一、二と数えよ"



 世界は平行して存在していることは、紛れもない事実。現段階では人類と幻獣が死闘を繰り広げる第5世界より、学兵部隊がBETAに蚕食されたこの宇宙へとやって来たことが、何よりの証明であり、また後に本格的な動きを見せるオルタネイティヴ4計画は、後にまた異なる平行世界より現れた少年の活躍によって、一応の成功を収めている。

 1999年7月9日、現在日本帝国九州地方には10万以上のBETAが着上陸を果たし、その殺戮のための橋頭堡を築き、また前述の通り前川・球磨川以北の八代市街には、北上を開始するBETAを除いても、市街に留まり破壊の限りを尽くすBETA群が1万弱存在している。
 この1万弱の敵群を相手取るは、陸自の1個連隊(第123普通科連隊)と帝国陸軍第58戦術機甲大隊。
 前川・球磨川の南岸には、数個歩兵連隊と1個戦車大隊が張り付いているが、彼らは第46師団司令部及び各々の上級司令部によって、「球磨川絶対防衛線の構築」を命じられていた。絶対防衛線とは聞こえはいいが、結局のところ球磨川以北を見捨てよ、という命令である。
 BETA1万、旅団規模。対して避難民を守る人類軍は、陸自と帝国陸軍合わせ1個連隊強。
 未だBETAは、海岸沿いに要塞級と光線級を多数残している。例え学兵部隊が優れた装備を運用していたとしても、帝国陸軍の衛士らが獅子奮迅の活躍をみせたとしても、増援がなければ、いずれBETAの大波に消えることは明らかであった。

 もしもこの情勢を観測している人間が――何らかの手段を以て、BETAが上陸したこの九州地方の惨状を観測している人間が居れば、誰もが思うであろう。
 なんとかならないか、と。
 その傍観者の中には、力及ばず同級生の戦死や年少者の餓死、謀略に巻き込まれた恋人の落命を目撃した者もいたであろう。オルタネイティヴ5の発動とG弾投下を前提としたハイヴ攻略戦によって、未曾有の大災害に見舞われた地球を見た者もいるかもしれない。
 だがその悲劇を傍観者の立場から、あらゆる手段を用いて回避した経験をもつ者も、少なからずいる。



 7月9日1109時、何者かが本土防衛軍の指揮系統に介入した。

 中部九州地方の方面軍・軍司令部と、第46師団司令部をはじめとする幾つかの師団司令部、前線部隊と前線部隊を繋ぐあらゆる戦術・戦域データリンクに、不正な命令が捻じ込まれた。前線部隊はそれを疑いもせず、実行に移した。部隊によっては折り返し上級司令部に確認をとったが、返答は「命令に誤りはない、貴隊の勇戦に期待する」。逆に上級司令部には、前線部隊より当たり障りのない報告が上げられた。
 この状況は中部九州で1300時まで続き、戦闘終了後には情報畑の将兵による原因の究明が行われるも、介入の方法等は全く明らかにはならなかった。責任問題も発生したが結局のところ、前線部隊による状況に即した柔軟な作戦行動ということで決着、この件に関して処分を受けた者は、誰一人出なかった。



OVERS・OVERS・OVERS・OVERS・OVERS・OVERS・OVERS・OVERS・OVERS
――This Omnipotent Vicarious Enlist a Recruit Silent System――

宛 帝国陸軍第147歩兵連隊本部
発 帝国陸軍第46師団司令部

 貴隊は現時点を以て、現防衛線を破棄。前川・球磨川を渡河、一路北上し八代市街へ進入。以降、帝国陸軍第59戦術機甲大隊及び日本国陸上自衛軍第123普通科連隊と合流後、臨時戦闘団として八代市内のBETA群撃滅に臨まれたし。

臨時戦闘団名:光の軍勢

臨時戦闘団指揮:陸上自衛軍第106師団司令部

 陸上自衛軍第123普通科連隊本部、及び陸上自衛軍第106師団司令部が利用する無線周波数は、追って知らせる。以上、帝国陸軍第147歩兵連隊の勇戦を期待す。

OVERS・OVERS・OVERS・OVERS・OVERS・OVERS・OVERS・OVERS・OVERS







「第58師団第51歩兵旅団、続いて第52歩兵旅団! 動きます!」

「第48戦車大隊、補給完了」

「よし第147歩兵連隊(われわれ)も出る。第1中隊から渡河し、橋頭堡を確保しろ。第48戦車大隊の花道をつくってやるんだ」



 自動車化歩兵連隊は対BETA戦において、あまりにも軟過ぎる人類の剣である。その悲惨さ足るやとても語り尽くせず、攻勢でも防戦でも撤退戦でも犠牲者を多く出すのは、前線の歩兵と相場が決まっていた。第147歩兵連隊も、上陸直後の遭遇戦と南進するBETA群に対する阻止戦闘で、既に多くの将兵を失っている。
 それでも彼らの士気は、高かった。

「撃て撃て撃て撃てえッ!」

「前進! そうだ、前進しろ! さっきの機械化装甲歩兵どもに、俺らの勇姿を見せてやれ!」

 帝国陸軍歩兵連隊は、対岸で戦う友軍を見捨てるような組織であってはならない。八代市庁舎の上で太刀を掲げBETAを斬り棄てる新型戦術機と、それを援護する見慣れた撃震、そして直協する機械化装甲歩兵の姿を見て、将兵達は自分が安全圏にいることに安堵しつつも、どこかで「これでいいのか?」と考えていた。対岸には未だ市民が残っていることは、大局を知る権限のない一兵卒でも分かっていたし、前川・球磨川以南で逼塞していれば、彼らを助けることが出来ないことも理解していた。友軍を助けることが出来ない、歯がゆさもある。僅かでも安堵感を得た自分に、嫌悪した兵士もいた。
 そうしてフラストレーションが溜まっていたところに、遂に前進の命令が下った。

 機械化歩兵装甲もない、歩兵戦闘車もない。
 期待出来る援護は、歩兵連隊持ちの迫撃砲だけという有様。
 どこまでもただの自動車化歩兵連隊が、敵地に斬り込んで往く。
 対BETA戦史上初かもしれぬ、自動車化歩兵連隊単独による肉薄突撃・敵中突破。彼らが往くそれは常識で考えれば、死・全滅と通ずる道であろう。だが、この日彼らは、勝利への道をひた走っていたのである。



―――――――



 神々は遂に集った。
 太古の昔"あしきゆめ"を相手取った総力戦たる悲しみの聖戦当時には勿論、ふた月前の火の国(熊本)における一大決戦よりも駆けつけた神族の数は少ないが、僅か一刻と少しで往来を埋め尽くすほどの神族が集ったのだ。これはやはり醜悪なるものどもの闊歩を、人族に味方するしない以前の問題として、到底看過することは出来ないからであろう。
  悲しみの聖戦に参加した経験もある、英雄にして戦神、猫神族のブータニアス卿の子――スパルタクスは、天翔る巨人に付き添っていた兎神に問うた。

「其方はどうであった」

 第58戦術機甲大隊第2中隊機にしがみつき、BETAにたっぷりと鉛弾を喰らわせた兎神は、自身の愛銃に拳銃弾を詰め直していた。空翔る巨人に張り付かなければ、敵中で弾切れに陥り立ち往生するところであった、と彼はおもったほどだ。巨人自体も何度か危うい目に遭い、絶技を使用するべきか、と考えたことも一度や二度ではない。

「……天翔る異形の巨人は、我らが知る巨人族とは何もかも違う。いくさぐるまのようなものだ、何の神格も感じられん。だがこの"あしきゆめ"に引導を渡してやらんとする思いは、同じであろう」

 鋼鉄の甲冑を身に纏った巨人からは何の神格も感じられず、瞳はなるほど、青い半透明な覆いに隠されている。恐らくその瞳自体は、"よきゆめ"も"あしきゆめ"も宿していない。つまり御者の意思によってその立場を変えるのであろう。だが少なくともいまは人族側に立ち、"あしきゆめ"と対峙している。

「そうか」

 スパルタクスは自身の武楽器を振るうまでもなく、手近の化生を八つ裂きにした。血飛沫が路面を汚し、肉塊がぼとりぼとりと落下する。
 こやつらはなんだ、とスパルタクスはおもう。絶望と静止そのものである"あしきゆめ"、その顕現たる幻獣はこの世の繋がりが絶たれれば、またこの世ならざるところへ還るのが常。だがこやつらは斃れ伏しても、まだこの世に骸を曝している。これはどういうことだ?

「スパルタクス、そろそろ狼煙をあげてはどうだ」

 思考していた猫神に、鳥神族の一柱が話しかける。スパルタクスが顔を上げると、案の定頭上には、血気さかんな古参の雀神の雀之児従四位下左衛門督がさえずっていた。彼は空よりの物見だけには飽き足らず、片っ端から地を這い蹲る化生どもに襲い掛かっていたが、まったくもって溜飲は下がらないらしい。
 それを聞いた神族たちも応、応と声をあげた。

「もう役者は揃ったであろう」

「応とも、ブータニアス卿にいつまでも頼るわけにもいくまいて。今日こそは我ら聖戦を知らぬ若輩者も、希望の担い手となり、"あしきゆめ"を折檻しようではないか」

「見れば川を渡りて、数千の人族も我らの旗の下に馳せ参ずる趣。この戦、人族には決して後れはとれぬなあ」

 同調能力の低い人間が傍から見れば、ただ動物たちが威嚇の声をあげているだけにしか聞こえないであろうが、それでも憤怒の感情だけは感じ取れるはずだ。
 これは心根より出でし、真の言葉である。いまこの"あしきゆめ"を屠らずして、いつ屠るというのか。この醜悪なるものども、混沌呼び寄せんものどもをあと一刻もこの地上に生かしておくことも我慢ならない。

 スパルタクスは、口の端を歪めて微笑すると後ろ足で立ちあがり、前足を振るった。脱けた一本の毛が宙を舞ったかと思えば、一秒掛からずそれは彼の得物、"鼓杖"へと姿を変える。それを右前足で器用に掴んだ猫神は、鼓杖で地をついた。
 ぼんっ、と杖の先端についた小さな鼓が、打たれたような音を立てる。
 それが、神々を統率する号令となった。

「ならば武楽器構えられたし! 先陣は我ら猫神族が戴くぞ!」

 スパルタクスに続く猫神がそれに倣い、同じく鼓杖を構えた。ぼんっ、ぼんっとリズミカルに打たれる鼓。未だ武器と楽器が分離していなかった時代、戦闘と歌唱が深く結びついていた時代より受け継がれてきた神々の得物は、音を反響させながらこの戦場に清浄なる空間を作り上げていく。同時に兎神達が、己の火器を上空に向け信号弾を打ち上げた。幾千本もの閃光は曇天の空を貫き、一時的に八代一帯に光を取り戻す。
 猫神の鼓杖と兎神の信号弾は、世界の意識子、情報子、霊子、精霊、数多の別名をもつリューン――一言で言えば、「世界そのものの意志」を行使する絶技戦の合図であった。そしてもう一度、否、何度でも、地に希望を、天に夢を取り戻す、臨時戦闘団光の軍勢が作戦開始の合図でもあった。

「犬神族(われら)はその脇を固める」

「猫神族は多くの英雄・戦神を生む武神の集まり。先陣は譲ろう。やむをえん、討ち洩らしは我らに任されよ」

 猫神族が先鋒、その脇を猫神達に追随する犬神族が固める先頭集団が前へ。次鋒は絶技は不得手であるがその腕力では、神族一の猿神族と銃器を取り回す兎神族が並び、先頭集団が討ち洩らした化生を倒す構えだ。鳥神族は上空からの援護。その他の神族は数こそ少ないが、鼠神、大神、蛇神、蜘蛛神、蟲神、蛙神、亀神、馬神、牛神、猪神、山羊神、象神、熊神――人里、山、ひいては遠国の動物園より参陣している。
 まさにこの世界、生きとし生けるものの総力戦に相応しい陣容であった。
 前途にわだかまるは、幾千の敵。その向こう側では、人族と巨人族が万の敵を相手取る。彼らと合流するには、目の前の敵陣を貫き、駆逐して往く他ない。スパルタクスは、最初からそのつもりでいた。
 "あしきゆめ"はようやく、彼ら光の軍勢を敵、あるいは障害と見做したようであった。白・赤・緑、けばけばしい色彩が湧き出しては、対抗するかのように密集陣形をとりはじめる。神族はそれをにらみつけた。
 お得意の蹂躙突撃か、ならばよい。
 居並ぶ神族はいっせいに、歌を編みはじめた――"あしきゆめ"、きさまらが大手をふって歩けるのも、今日までだ!

「それは深き絶望にて残る一握の希望」

「それは深き闇に燦然と射す一条の光」

「この大地の生きとし生けるものよ、万物の精霊よ! 歓喜せよ! 我ら光の軍勢が、世界の最終防衛機構としての役目を果たさんと戻ってきた!」

 あらゆる神族の合唱を前に、結集を終えた"あしきゆめ"が、畏れもせず雪崩をうって前進を開始した。人家を破壊し、電線を断ち切りながら押し進む先頭は、緑の巨体。その足元を固めるのは、厭らしい赤と白。少し奥には海坊主のような、巨大な化け蜘蛛もみえる。それでも神族は怯まない。神族にとってはこの一戦、再来した光の軍勢の初戦だ、寧ろ敵に不足はないであろう。

「猫、第一撃用意!」

 スパルタクスの絶叫とともに、猫神族が協力し、世界を形作らない攻性リューンを使役して、"あしきゆめ"の軍勢と光の軍勢、彼我の間に絶対物理防壁を作り出した。攻撃的な性格をもつとされる攻性リューンを、防御に転用することは本来難しいとされる。だが彼らは無為に、戦後の時を過ごしていた訳ではなかったのだ。
 厚さにして1mm、だがあらゆる物理干渉を遮断する、不可視のシールドが形作られ、何もわからないまま緑の巨体がそれに激突していく。重量数十トン、時速約200kmの物体が衝突しても、シールドは身じろぎもせず、彼らを跳ね返した。

「猫前進!」

 むしろ赤(ビアナ)のオーマに属する猫神族の本領は、ここからであった。
 絶対物理防壁によって敵勢を抑えるや否や、スパルタクスの号令の下、彼らは横隊のまま空中へと駆け上がり、その不可視の障壁を自身に纏わせる。

 そして、シールドを前に押し立てての、最大加速敵中突撃。

 猫神一柱、一柱が砲弾の如き速度で緑や赤の色彩に突っ込み、その装甲を拉げさせ、潰し、遂には押し退けてしまう。絶対物理防壁を展開してからのシールド突撃は、猫神族の十八番(この戦術を生み出したのは、グレーター招き猫)であり、"あしきゆめ"が絶対物理防壁を破る手段をもたない以上は、この戦術は非常に有効。猫神族が、大抵の戦で先陣を務める理由は、ここにある。
 猫神族が、"絶対物理防壁展開"、"バレルロール"、"シールド突撃"の絶技連続使用によって抉じ開けた風穴を、雷球をぶん回す犬神族が支え、後続の神々が討ち洩らした"あしきゆめ"に引導を渡していく。惜しげもなく繰り出される絶技の数々。熊神が吼え爆速突撃、"あしきゆめ"どもを一掃したかと思えば、牛神が茨や鎖を作り出し、敵を絡めとっては廃墟へと叩き込む。

 戦、というよりは蹂躙に近かった。この程度の敵勢に手こずるようでは、生命を守る最後の一線、世界の最終防衛機構、正義最後の砦としては落第だ。世界の意識たるリューンも荒ぶっていた。人を喰らい、動物を喰らい、植物を喰らい、大地をも喰らうその所業に、リューンは憤怒しながらも何も出来ず、己を使役する者が現れるのをずっと待っていたのだ。
 この日BETAは初めて、全炭素生命体の憤怒と相対することとなった。



「人々が寝静まる夜を守り、人々が覚醒す朝に消える我らだが、今日よりは無休!」

「我ら生まれは違えども、心はひとつ――相違ないな! 力を貸すぞ、小童ども!」

 前川・球磨川を渡河したはいいが、未だ多く残る小型種の群れを前に、ともすれば前進を挫折しそうになる帝国陸軍第147歩兵連隊の将兵達の大半は、そんな空耳を聞いた。声を聞いた歩兵が慌てて周囲を見回しても、前方には兵士級と闘士級の群れ、両隣、後背には見るまでもないであろう、荒い息を抑えながら、89式小銃を構える友軍兵士しかいない。
 他にはBETAや歩兵の合間を駆け抜ける、犬猫の姿くらいだ。動物とて必死であろう、BETAは基本的に兵器を運用する人間を攻撃の最優先目標とするが、最後には動物達も闘士級や戦車級の餌食となり、突撃級に踏み潰されてしまう。当座生き延びたとしても、BETAの占領地は不毛の大地となる以上、絶滅は免れない。
 うまく逃げろよ、と誰かが呟いたとき、目の前のBETAの横陣が崩れた。闘士級も兵士級も、まるで見えない壁にぶちあたったかのように前進を止め、あるものは転回してこちらに背を向ける始末。

「馬鹿! 好機だ、撃て撃て撃て撃てえ!」

 一瞬戸惑いを見せた兵士達も、下士官の怒号によって我に返り、小銃弾と機関銃弾を機能不全に陥ったBETAの群れに撃ち掛け、死骸の山を作りあげる。
 不思議なこともあるもんだ、と思ったひとりの伍長は、次の瞬間には5,56mm小銃弾のシャワーの中を運良く生き残った数体の闘士級が、死骸の合間から顔を出すのを見た。
 まずい、あれを撃て、と周囲に注意喚起する前に、彼ら闘士級は数回勢いをつけるように小跳躍し距離を詰め、一気に歩兵の頭目掛け、大跳躍をしてみせる。伍長は、空中で鼻を振り上げる一体の闘士級と、視線があった。咄嗟の出来事に身体が反応しない。死ぬ――と伍長が確信したとき、空中で小さな影がぶちあたり、闘士級は路上へと墜ちた。見れば他の闘士級も、地面に叩きつけられ起き上がろうとしたところを、小銃弾で射抜かれている。
 半ば放心状態で、自身を狙っての攻撃に失敗した闘士級を撃ち殺した伍長は、どうも今日は幸運に恵まれすぎている、と思った。

「前進しろ! 前進!」

 下士官達があちらこちらで怒鳴り、歩兵達は一歩一歩確実に前進する。
 戦闘終了後、彼らの多くは自身が体験した奇跡を語り、まるで何かに後押しされていたようだ、とも語った。ともあれ彼らはこの日、機械化歩兵装甲をもたないにも関わらず、敵を駆逐しながら前進し続けた。戦死者は出なかった。史上稀にみる偉業を、彼らは成し遂げた。







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(歴史的補講)

 7月9日1130時。八代海及び八代市一帯において、急激な天候回復が認められた。帝国海軍連合艦隊第四艦隊は、光線級の照射圏にある八代海へ一路突入、洋上より艦砲射撃を開始。旗艦のミサイル巡洋艦「鹿島」以下、駆逐艦等の小艦艇から成る第四艦隊は、決死の覚悟でこの任務に臨んだが、光線級は別方角を照射し続け艦艇を無視、損害は発生しなかった。
 ちなみに1200時より1300時、艦砲射撃と陸上部隊によって放たれた砲弾の光線級迎撃率は僅か4%であり、光線級が八代海に遊弋する第四艦隊所属艦艇でもなく、降り注ぐ各種砲弾でもなく、何を目標として照射を行っていたかは、戦闘終了後も明らかになることはなかった(一部将兵は、途中でレーザーが屈折したと証言している)。

 1200時には、帝国陸軍第48師団及び第50師団所属部隊が八代市街へ突入、臨時戦闘団光の軍勢と共同で、BETA掃討を開始。
 1300時、帝国陸軍西部方面軍司令部は指揮系統を回復(同時に不正な命令によって編成された、臨時戦闘団は解散)。現状の再確認が行われつつも、八代市内のBETAは一部小型種を除いて掃討が完了しており、1500時に上級司令部は各師団に、球磨川以北に残る市民の避難誘導と、中部防衛線の再構築を指示した。

 本土防衛軍は約700名(帝国軍人戦死・行方不明者数)の犠牲と引き換えに、八代市街で破壊行動を行っていたBETA約11000の掃討に成功した。人類史上、稀にみる歴史的圧勝。だが前線将兵は、この勝利を手放しに喜ぶことは出来なかった。八代市民の死者・行方不明者は万単位となり、前線部隊内では前川・球磨川以南に部隊を留め、戦力を温存しようとした上級司令部の姿勢に対し、戦略的・戦術的には頷けても、やはり疑問を抱く者も現れていた。

 一方で陸上自衛軍第123普通科連隊は、この一戦で携行弾薬を全て使い果たし、一旦中部戦線を離脱し南下、学兵部隊が収容されている高等学校にて補給を受ける必要性が生じていた。
 また陸上自衛軍第106師団司令部及び九州軍総司令部では、現状の把握と八代市街より分派し、北上する2万のBETAを食い止める為の防衛線の構築を急いでいたが、帝国陸軍側の前線部隊とのトラブルもあり、部隊移動が捗らない。帝国陸軍との連携は、もはや避けられないことは明らかであった。帝国陸軍第123歩兵連隊や緊急逮捕した帝国軍憲兵より得た情報から、早急に日本帝国との接触をとるべく、林凛子九州軍総司令以下生徒会連合の人間は行動に出ようとしていた。

 しかしながら人神一体の奮戦も未だ大局には影響を与えず、九州戦線全体を見れば、未だ人類劣勢は変わらない。帝国陸軍は北部九州で約7万のBETAを相手に後退を続け、帝国海軍連合艦隊は荒天の影響から、思うように洋上からの支援が出来ずにいる。また中部九州に着上陸後、早々に八代市街を出て北上を開始したBETA群2万は、宇城地区(宇土市・宇土郡・下益城郡の総称)へ侵入。――その宇城地区を抜ければ、そこはもう日本国陸上自衛軍の本拠、熊本市である。

 そして7月9日1500時、中国地方に激震が走った。







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 リタガン18話の影響を大きく受けています
 以下考察







 士魂号M型(99式士魂号)は7月9日時点では、約50機前後が運用されている設定です。図書館資料によれば総生産数は192機、完成数は51機。熊本戦中に完成した51機の多くは少なからず損傷を受けたはずですが、熊本戦後に未完成機を解体し、共食い整備させることで、多くの士魂号を戦線復帰させることに生徒会連合は成功した……という想定をしています。また士魂号パイロットは、熊本戦を愛機と共に戦い抜いた猛者揃いなので、かなりの錬度でしょう。
 
 第5世代は、市井に紛れ込んでこちらに転移した可能性があります。といっても何か強い影響力をもっている訳ではなく、イメージ的にはリタガンに登場した幻獣共生派グループのリーダーを務め、後方撹乱に実体化するといった働きを見せる程度です。図書館資料にあるような、1万の大型幻獣と1億の中小型幻獣の群れを率いたりするような化物は、野放しにはされていないという方向で(あるいは芝村が匿っている)。

 NEPについて考えたのですが、「この世界で使用出来るのか出来ないのか」、よりも「BETA相手にNEPを使用しても構わないのか」という問題も大きいことに気がつきました。幻獣はその特性上、幾らNEPの標的にしたところで何の憂いもありません。幻獣はどんな世界に転移させようが、転移先では黒い月との繋がりが絶たれますから、すぐに消失するからです。しかしBETAの場合は――仮にNEPを本編中に登場させるならば、この問題を扱うことを、避けては通れません。
 NEPと関連してこの第5世界、PBEの開発・製造は為されていることにします。ゲーム原作中ではブレインのような大型幻獣が出現しなかったこと、またあまりの非効率さから運用されなかっただけで、芝村の管理下で戦略兵器として死蔵されており、今回の転移に巻き込まれました。……賛否あると思いますが、そういうことにしておいてください。
 PBEはTVアニメ「ガンパレード・マーチ~新たなる行軍歌~」に登場する特殊兵器で、年齢固定型クローン(幼児)によって起動、一定時間が経過すると炸裂します。敷設方法は、士魂号2機掛かりによる運搬です。有効範囲は約2km程度でしょうか。G弾に酷似している兵器で、起爆後はマイクロブラックホール(のようなもの)が発生し、有効範囲内を呑み込んだ上、幻獣は勿論、地表の建造物をも消滅させる兵器です(原理も説明されてませんし、こんなことしか書けません)。



[38496] "天使のハンマー"
Name: 686◆6617569d ID:8ec053ad
Date: 2013/10/22 23:54
笑い事ではないのですが、我ながら爆笑しました。現在は修正しましたが、感想欄でもお話が出たとおり、米軍基地の所在を広島県岩国市としていました。正しくは山口県岩国市です! ご指摘ありがとうございます。それと某作品の復活もありそのSSを書きたい方の中に、"686"のHNを使いたいよ、という方がいらっしゃったら、感想掲示板まで。すぐに改名致します












"天使のハンマー"



 新発見の彗星が、地球に激突するよりも遥かに低い、低い、まさに天文学的な数字の壁を乗り越えてか、あるいは必然の作用か。人類が対BETA戦に臨む平行世界へ、突如として放り込まれた日本国陸上自衛軍(生徒会連合九州軍)と、強襲上陸したBETAより国土を死守せんとする本土防衛軍(厳密には帝国陸軍西部方面軍)。
 両者は、互いを求めていた。
 既に九州軍総司令部では、自身らに起きた非常識的事態を呑み込んでいたし、本土防衛軍――九州地方を管区とする帝国陸軍西部方面軍司令部も、八代市街における一戦を通し、日本国陸上自衛軍の存在を認知した。
 特に北部九州に着上陸したBETA群と相対し、そして中部九州に現れたBETAへの対応を迫られた西部方面軍にしてみれば、突如熊本県内に出現した謎の武装集団は、まさに天の助け。
 指揮系統の不具合による共闘は誤算であったが、八代市街での戦闘経過を第58戦術機甲連隊及び、他師団隷下の部隊より聞き取る限り、陸上自衛軍なる組織は正規軍と同等の戦力を持ち合わせているらしい。正体なぞどうでもいいから、彼らを九州中部戦線に加えたいというのが本音であった。
 ファーストコンタクトへの道は、八代市街における戦闘により、非常に平易なものとなっていたのである。



 7月9日1430時。
 九州軍総司令林凛子、第106師団長、陸自第106師団司令部の幕僚達と、極少数の護衛から成る日本国陸上自衛軍の代表は、帝国陸軍西部方面軍司令部が存在する北熊本駐屯地(熊本市北区)内にて、西部方面軍司令部の参謀と顔を合わせ、九州中部戦線に関係する話を進めていた。
 会談が手早く実現したのには、事前に互いの存在を認識していたこともあるが、何よりも地理的に彼我の距離が近かったことが大きい。九州軍総司令部がおかれているのは、熊本市南区に存在する開陽高等学校内であり、熊本市北区の北熊本駐屯地とは、目と鼻の先の距離に等しかった。会談の申し入れは、前線部隊(帝国陸軍第123歩兵連隊や臨時戦闘団として共闘した部隊)を通して行い、北熊本駐屯地に軍用車輌で乗りつければ、それで林凛子以下陸自の人間は、西部方面軍司令部の人間に会うことが出来た。



「正直なところ、我々は九州北部戦線を支えるだけで精一杯」

 西部方面軍司令部作戦部長は、現状を有りの侭に話した。
 それはこの西部方面軍独力では、九州死守は到底不可能である、と宣言することと同義であり、これを本土防衛軍統合参謀本部や、中国・近畿地方の防衛を担任する中部方面軍司令部の人間が聞けば、「誉ある帝国軍人が何を言うか」と激怒したであろう。
 だが無敵皇軍の矜持では、迫るBETAには抗しきれないのが現実であった。
 九州地方に拠る帝国陸軍野戦師団は十数個存在するが、その師団の内容と錬度は均一ではない。来るべき時に備えて、装備の充実と定数充足が万全の師団もあらば、本土派遣軍として大陸で辛酸を舐め、錬度は高いが未だ再編途中の師団もある。そして朝鮮半島の陥落と鉄原ハイヴの建設を契機に、有り合わせの装備を以て、新編されたばかりの師団もある――。

 第106師団長には、作戦部参謀達の心中を察した。前線部隊というのは辛いもので、政治に振り回され、大抵は万全とは言えない状況で戦闘しなければならないものだ。彼は激励と、自身への戒めの言葉を口にした。

「いえ……化け物との戦争に、恥も外聞もないでしょう。ここで勝てなければ、更なる醜聞を晒すだけです。我々の二の舞にだけは、ならないで頂きたい」

 第106師団長は元々予備役の老齢将官(おとな)であり、生徒会連合に出向している身であった。敗者の身に降り掛かる惨たらしさは、身にしみている。正規軍を失った日本国は学生を根こそぎ動員し、厳しい戦況を前に、九州軍は熊本県下の中学校卒業を一年繰り上げ、中学生をも戦線に投入した。元正規軍の人間として、一個の人間として、師団長は自身の非力さを嘆いたほどだ。

 対する作戦部長は、小さく頷いた。
 既に日本国陸上自衛軍や学兵動員、敵性勢力幻獣についての説明は受けている。別世界の存在など、どこまでも狂人の夢物語に思えたが、作戦部の人間にとって、真偽はどうでも良かった。彼らの語る陸上自衛軍のように、九州において大敗を喫し、学徒を出陣させる事態だけは回避しなければならない。

「お心遣い痛み入る。……貴軍には九州中部戦線、熊本県内のBETA群を撃滅して頂きたい」

「我が帝国陸軍の一個軍団が現在、八代郡内から宇城地区(宇土市・宇土郡・下益城郡の総称)にかけ、BETA2万と交戦中です。但し旗色が悪く、既に一部戦線では小型種が浸透、彼我で接近戦が展開されています」

 作戦部長の言葉に続き、作戦部の参謀が、机上に広げた野戦図を陸自側の人間に示した。専門用語が書き連なる野戦図からは、3個師団が北上するBETA群を抑え込もうとするも、八代海海岸線側の守備を担当している、右翼(つまり西側)の一個師団が、逆に押し込められている状況が見て取れた。
 それを見た陸自側の若い幕僚が、ずけずけと聞いた。

「右翼がこっ酷くやられているのに、何か理由があるのですか?」

「着上陸した敵BETA群の主力を相手取っているからです。水上艦の支援はなく、要塞級・光線級ともに未だ多数健在」

 世界有数の大艦隊を擁する日本帝国のこと、海岸線沿いに北上するBETA群なぞ、本来ならば容易に吹き飛ばすところだが、まだ艦艇が活動出来るほど天候は回復しておらず、また荒天を無視して活動出来る大艦揃いの第一戦隊や第二戦隊は、残念ながら八代海にいない。

「ひとつお聞きしても? 敵性勢力の光砲(レーザー)の威力・精度・射程について教えて頂きたい。我が軍は未だ、この光線級とやらと未交戦でして」

「光線級は小さい個体でも距離にして約200km前後離れている移動目標を、命中率9割以上の精度で狙撃し、威力は主力戦車の正面装甲をも溶解させます。これは、地対地・地対空の両用レーザーです。重光線級と呼ばれる個体となると射程はほぼ無制限となり、主力戦艦の装甲さえ射貫します。詳しい情報は、後で纏めて差し上げます」

「それほどの威力となると、とても荒天や煙幕では減衰しなさそうですね……照準方法は? 幻獣軍光砲科は、"眼で見て"敵を捕捉・攻撃する為、煙幕が有効だったのですが(※実際は光砲科幻獣の生体光砲が、煙幕で無効化出来る理由は別にある)」

「光線級の照準方法は不明です。勿論、我々とて対策を怠ってきた訳ではない。それも後でお教えします」

 参ったな、と陸自側の幕僚は顔をしかめた。
 学兵部隊が誇る大火力は、直接照準の火器(戦車砲や機関砲等、砲弾が水平に飛ぶ火器)に支えられており、間接照準の装備(自走砲や迫撃砲等)は、帝国陸軍のそれと変わらない。幻獣を駆逐するように、この光線級と直接照準の火器で殴り合えば、間違いなく全滅するのは学兵側だということは明らかであった。
 ちなみに日本国陸上自衛軍は、この帝国陸軍をはじめとする諸国軍が装備する、所謂AL弾のような、重金属雲によってレーザーを減衰させる装備は保有していない。技術的には熊本県下の高等学校でも開発・製造が出来たであろうが、前線では目晦ましの煙幕で事足りていたし、使用すれば重金属粉による汚染が問題となったろう。

「対光線級のノウハウについては、後でご教授願います。……話を元に。我が日本国陸上自衛軍は、九州中部戦線に派兵します」

 光線級の能力に驚きを隠せない幕僚達の中、ひとり涼しい顔をしていた林凛子が話を元に戻した。

「現在の防衛線が破られれば、我々の本拠たる熊本市が危うくなる。それは日本国陸上自衛軍の継戦能力が失われることになりますから、我々としては絶対避けたいところ。中部戦線のBETAに対しては、我が陸上自衛軍第106師団、全力を以てあたりましょう」

 両者の利害は一致していた。
 帝国陸軍西部方面軍としては、これ以上BETAの闊歩を許してはおけないし、また中部九州のBETAを叩き潰すことが出来れば、戦力を北部九州に集中することが出来る。
 また日本国陸上自衛軍としてはこのままBETAの北上を許せば、自然休戦期明けを見据え、備蓄と能力の強化を継続してきた、熊本市内の兵站を喪失することになる。特に熊本鉱業高等学校や開陽高等学校等を失えば、ウォードレスは勿論、武器弾薬の新規開発もままならなくなってしまう。
 両者は何としても、北上するBETAを撃滅しなければならないのである。

「協力感謝する。……ところで現在、貴官の指揮下にある日本国陸上自衛軍の規模は――?」

「一個軍団・軍規模、と考えていただいて結構。この第106師団には、特殊な事情がありまして」

 一個師団と言えば、戦時においても定数は2万程度であるが、陸自第106師団はその実、10万に達しようとしていた。これには壮絶なる九州戦の経過と、その後に控える自然休戦期における部隊再編の遅れに原因がある。

 九州戦は全体を通してみれば、戦術的には人類の大敗と言えた。
 1999年3月末、九州南部戦線瓦解(鹿児島・宮崎両県陥落)。4月上旬には福岡県が陥落し、福岡県を介した連携が取れなくなった北部九州戦線――佐賀・大分両県の人類軍は、優勢なる幻獣との決戦を避け、ゲリラ戦に徹する。そして幻獣軍に制海権を奪われ、補給がままならなくなった長崎県内の人類軍は、継戦能力を失っていた。
 この過程で九州南部戦線や九州北部戦線で、組織的抵抗が不可能となった部隊が、小隊・中隊規模で続々と第106師団に合流した。気づけば第106師団は軍団規模に膨れ上がり、最後には熊本城攻防戦で幻獣軍に対して、一矢報いたのである。
 この九州戦中に合流した部隊は、自然休戦期に入ってからも再編待ちとなり、熊本市内に駐屯していたところを、やはり第106師団と同じく転移に巻き込まれている。更に自然休戦期中には、駐留部隊の再編成も終わっていない段階で、国防委員会の指示によって増援部隊が続々と派遣され、既存の指揮系統――第106師団の下に入った。かくして第106師団は、師団の名に似合わぬ大兵力を擁する軍団と相成ったのである。

「我が陸上自衛軍は、既に1個戦車連隊と4個普通……4個歩兵連隊、2個砲兵連隊の動員を終え、一部は宇土市(熊本市の南に位置)に展開を終えております。これらの部隊はすぐにでも、帝国陸軍と共同戦線を構築可能です」

「貴官の協力に感謝する。では担当戦区は、如何しよう」

「我々は九州中部戦線における作戦行動に関しては、西部方面軍司令部の指揮に従います。その代わり派兵する際に、西部方面軍にお願いしたいことが幾つかあるのですが」

 なにかね、と聞き返しながら、作戦部長は半ば安堵していた。恐らく、参戦に対する見返りの話であろう。正直言って作戦部長は、交換条件や取引の色を全く見せず、話を進めてきた林凛子九州軍総司令以下に、恐怖めいたものさえ感じていたのだ。彼らの話が真実ならば、陸上自衛軍は異世界の軍隊の為にタダで血を流すことになる。
 だが、ここに来てやっと、リターンの話が出てきた。

 結局のところ、林凛子は西部方面軍司令部で、幾らでも実現可能なことしか要求しなかった。

「まず我々陸上自衛軍は兵站が貧弱であり、武器弾薬は都合がつくのですが、戦闘糧食の方が間に合いません。九州中部戦線に参戦しているで構いません、幾らか糧食を融通して頂きたい。ふたつ目は帝国陸軍憲兵に、陸上自衛軍の存在の認知、これを徹底させること。そして最後は西部方面軍と九州軍総司令部間で、数人ずつ将兵を交換し、助言役をつくりたいのです。我々は対BETA戦に関しては殆ど無知ですし、失礼ですが貴軍は、我々学兵部隊の戦術をご存知ない。そこで互いの士官を交換し、それを助言役とすることで相互理解に努めよう、という提案です」

 作戦部長は、頷いた。

 最初の糧食の件に関しては、兵站部と相談になるが幾らでも都合がつくであろう。大量生産される合成食品は弾薬とは別で元々余裕がある、また死傷者の増加に伴い、いずれ余剰分が出る。これを幾らでも廻すことは可能だ。
 帝国陸軍憲兵と学兵部隊のトラブルの回避、そして互いの司令部で士官を交換し、助言役を作る、というのは要求よりも、作戦行動を円滑に進める上で絶対必要となる提案である。これに反対する理由はない。

「戦闘糧食の件に関しては、兵站部と相談する必要があるが、恐らく融通出来る。また続く二件は全面的に賛成である」

 戦闘糧食で一個軍団・軍が援兵となってくれるのならば、悪い取引ではなかろう。作戦部長が満足げに微笑んだ。他の幕僚達も、概ね明るい表情である。八代市街における戦闘での陸上自衛軍の活躍を聞き及んでいる者もいたし、例え正体が理解出来ずとも一個師団以上の戦力が、自身の指揮下に殆どタダ同然で転がり込んできたのだ。

「では仔細を――」

「作戦部長!」

 作戦部長が話を詰めていこうとしたところで、会談に用いられている会議室に、ひとりの参謀が飛び込んできた。すぐに周囲の人間がたしなめようとするも、その尋常ならざる様相を前にして彼らは硬直してしまった。おそらく間違いない、戦況の急変を知らせに来たのであろう。陸自側の幕僚達も、何事かと浮き足だった。
 件の参謀は作戦部長の耳に口を近づけ、小声で急報を知らせた。
 尤も過度な興奮によって、声のボリュームを絞ることに失敗していたが。

「山口県下関市・長門市、島根県出雲市に、BETA群強襲上陸。いずれも規模は師団相当――!」






―――――――






 中国地方、1500時。

 主力戦車の正面装甲をも溶解させる何条もの破壊光線が、山陰本線を走る列車を貫き、乗客達を一瞬で昇天せしめた。この光の奔流の中で消滅することが出来た乗客達は幸いであり、生き延びて車輌から脱出した生存者達は、すぐに内陸へと侵攻する突撃級と戦車級の大群に蹂躙された。BETA群着上陸の警報が遅れた為に、山陰本線は運行を中止しておらず、海岸沿いを走る山陰本線の車輌は、人々を拘束し死へと誘う棺桶になったのである。
 BETAが着上陸した市町村の人間は、誰もが驚愕した。「警報も流れていないではないか」「戦場は九州ではなかったのか」「帝国海軍は、連合艦隊はどうしたのだ」と。
 彼らにしてみれば、BETA九州強襲上陸は対岸の火事であり、普段より帝国陸海軍将兵と懇意にしている者は、「帝都への玄関口たる中国地方には、皇軍も米軍も精兵揃い。心配することはない」という言葉を聞いていたし、それを信じて周囲に吹聴していた。すわ敵が現れれば、すぐさま連合艦隊が、呉の陸戦隊が、岩国の米海兵隊が叩きのめしてくれるはずであり、まさか自分達非戦闘員がBETAを目にすることはあるまい、とたかをくくっていたのである。
 全山口・島根両県民にとって、この7月9日は試練の日となり、そしてその多くが試練を乗り越えられないまま、BETAの腹の中へ収まってしまった。
 まさに電撃的といえるBETAの侵攻速度は、民間人の避難速度を大いに上回っており、市街地の通りという通りでは人怪一体の有様を呈している。

「ふざけんな! くそがっ」

 避難民の間では、無慈悲な生存競争が始まっていた。
 老若男女が後背に迫るBETAを振り切らんと駆ける中、長身の男がひとりの老人を突き飛ばす。後続の避難民は、悲鳴を上げながら前のめりに倒れこむ老人を見たが、手を貸すこともせずにその脇をすり抜けていく。
 彼らは分かっていた。
 落伍した老人を捕まえたBETAは、彼を処理している間は足を止める――つまり時間が稼げる。老人ひとりの犠牲によって、自分達は生き残る可能性が上がるのだ。逆に自身が立ち止まって、いちいち老人を助けていれば、間違いなくBETAからは逃げ切れない。
 ごめんなさい、と謝りながらまた別の女性が、老婆を引き倒した。勿論、後ろめたい思いはある。だが、おばあさんはこれまで生きてきたのだし、老い先だって短い。恐らく事故がなければ、私よりも先に亡くなるだろう。ならばその短い命、皆の為に……と、彼女は老婆を倒す際に、心中でそんな理論をぶち上げていた。
 老婆は何の抵抗もなく、地に伏した。
 顎をしたたかに打ち、くぐもった悲鳴をあげる。と同時に、腕をぶん回して自分を引き倒し、そのまま走り去ろうとする女性の足首を絡めとった。
 老婆を引き倒して走り去ろうとした女性は、予想外の出来事と老婆の腕力に驚いた。彼女は無言のまま、足に絡みつく老婆の腕を振り払おうとしたが、とてもかなわない。まるで老婆は、地獄から天国に通ずる蜘蛛の糸にしがみつくかのように、女性の足首を離さずにいる。

「ねえ、おばあさん! 離して! 離してよ!」

 老婆を振りほどけなければ、女性は老婆と共に避難民の流れから落伍する。つまりBETAの手で無抵抗に殺され、時間稼ぎをする側になるのだ。半ば錯乱して老婆を怒鳴りつける女性は、すぐにやり方を変えた。このくそ婆ァ、と女性は怒鳴ると空いている側の足で、思い切り老婆の頭を踏みつけはじめる。だが老婆はその暴力の嵐にもめげず、女性の足にしがみついたままであった。

「ちくしょおおお! 婆ァ、離せえ! ……誰か! 誰かこの人を殺してえ! この婆あを! ――おい無視すんなよ!」

 その脇を駆け抜ける避難民は、女性と老婆を道端の石のように無視した。
 当たり前であろう、こんな狂人コンビに付き合っていれば間違いなく自分達も、"時間を稼ぐ側"になってしまうのが、目に見えていたからだ。

「くそがあああ」

 絶叫しながら狂ったように老婆を踏み続ける女性、もはや女性の足首を捉えたまま絶命したかのように動かない老婆は、その後すぐ兵士級の群れに捕まり、避難民達に僅かな時間を与えた。



 ともあれ逃げ惑う避難民達も、先は長くはなかった。
 女性と老婆が兵士級に解体された頃、ようやく市街地大通りの一端に、鋼鉄の巨兵が姿を現した。スーパーホーネットだ、米軍機だ、と誰かが叫び、それが伝播して人々の快哉へと繋がる。
 大海原に合わせた迷彩色、所謂ネイビーブルーのカラーリングが施されたF/A-18Eは、山陰地方の市民にも馴染み深い。極東における米国軍海兵隊の一大拠点が、山口県岩国市に存在する関係で、訓練や移動するF-18Eを、帝国陸海軍機以上によく見かけるのである。
 この時ばかりは、戦術機や戦車といった正面装備を愛する軍国少年から、普段海兵隊機の騒音被害に悩まされていた市民らも、それは歓喜した。助かった、と思ったであろう。メディア露出も多く、その姿形が浸透している帝国陸海軍機F-4EJ撃震に較べれば、一見して華奢に見えるが、目の前で戦闘行動を取ろうとするF/A-18Eは、制動に確かに力強さがある。
 きっとすぐさま、BETAどもを駆逐してくれるに違いない……。
 彼らはそう考えたであろう。そう考えたまま、死んだ。

 F/A-18Eスーパーホーネットは、主腕に保持した突撃砲をBETA群に向けると、小型種の群れを一掃するのに最適な120mmキャニスター弾を弾種選択し、何の躊躇いもなく発砲した。
 空中で分散し、広範囲に広がった散弾は、横殴りの暴風雨の如く民間人をなぎ倒し、かつ貫通し、兵士級と闘士級の大群を一挙に屠る。
 まだだ、撃て、と海兵戦術機甲部隊の指揮官が命じた。
 120mmキャニスター弾が、市街あらゆるところで炸裂し、戦術機の存在に気づいた大型種の群れに対して、注意喚起の意味で36mm曳光焼夷弾が投射される。火焔を噴きながら要撃級に突き刺さった砲弾は、弾け飛び周囲の可燃物――主に逃げ遅れた人々の死体に、火をつけた。
 市街地特有の視界の狭さと、赤く塗り潰されたレーダー画面の所為で、大型種の存在に気づいていなかった第2中隊が、曳光焼夷弾の閃光と火焔によってその位置を把握した。
 彼らは足元など頓着せず、主脚移動で建築物と建築物の合間を縫うように移動し、彼我通じる射線を確保するや否や、36mm機関砲弾をばら撒いた。
 次々と砕け散る大型種。
 長距離砲撃戦に秀でる、米軍衛士の面目躍如である。だがやはり命中率は100パーセントという訳ではなく、敵を駆逐する過程でどうしても流れ弾が出る。目標を外れた36mm機関砲弾は、高層建築物の外壁を抉り、貫き、大量の瓦礫を地に降らせた。

『光線級の座標は?』

『こちらCP、ちゃんと掴めてるよ! サムライはそのエリアから前進しないでね、そこから出ると高層建築物群が切れて黒こげになるよ』

『もうデータリンクに反映されてら、ありがとさん!』

 人類が運用するあらゆる兵器を無力化する光線級は、未だ揚陸しきれておらず、また建築物が立ち並ぶ市街地は、戦術機の機動を制限する反面、遮蔽物に恵まれた良い狩場にもなる。戦術機甲部隊各機は、ここで持てる弾薬を全てばら撒くつもりであった。
 
 この戦闘に巻き込まれながらも、生きながらえた人間も一握りいた。
 だが彼らは、もう身動きが取れなかった。
 落雷の如き爆音と飛び交う各種砲弾、濛々と立ち上り周囲へ流れる黒煙、弾けるBETAの死骸、引き倒される電柱と千切れ飛ぶ電線、雨の如く降り注ぐ建築物の破片。避難民達は最早、路上の端で蹲り耳を手で押さえながら、じっとうずくまることしか出来ない。
 ひとりの少年は、何が戦術機だ、何が軍隊だ、と胸中で呪詛を紡いでいた。彼は主脚移動する戦術機が、人を蹴り飛ばしては押し潰す場面を、はっきりと目撃していた。その時、彼は理解したのだ。戦術機というのは、軍隊というのは、敵を倒すために存在しているのであって、人の命を守るためにあるものではないのだ、ということを。
 戦術機は市街にあって、破壊神として君臨していた。一方で少年はどうであろう、やめろと鋼鉄の巨神の前に飛び出ることも、勿論制止することも出来ない。無力――。

 米軍衛士とて、民間人をBETAごとを撃ち殺していることに気づいている。
 それでも平然と作戦行動を続けていられる理由は、黄色人種を蔑視しているからだとか、民間人は帝国臣民で自国民でないからだとか、そういうことではない。
 撃つことを躊躇ってはならない。避難民がそこにいるからといって、撃つことを躊躇っても何の解決にもならない。撃とうと撃つまいと、避難民は死ぬ。撃たなければ避難民はBETAに食われて死ぬだろうし、そうした結果小型種の浸透を許せば、最早収拾がつかなくなる。多くの市民が死ぬ。
 岩国の米国衛士の中には、在韓米軍の部隊に身をおき、朝鮮半島での戦闘に参加した者もいる。彼等は幾度となく、こうした市街戦を経験してきた。突撃砲によって、主脚によって、跳躍装置の噴射によって殺戮せしめた民間人の数は、百はくだらないであろう。彼等は幾度となく悲歎したが、後悔したことはなかった。
 10人殺せば、100人が。
 100人殺せば、1000人が助かる。
 彼等はそう信じ、そこで思考を停止させて、戦い続けている。

 民間人とBETAを纏めて扼殺する市街戦は、九州地方、中国地方のあらゆる場所で生起していた。そしてすぐに四国や近畿にも、戦禍は広がっていく。







―――――――
 以下後書き。







 

 書き方の問題で誤解をさせてしまったかもしれません、中国地方に激震走る、とはBETA上陸を指す、緑の章等が関係してくるということではないです。申し訳ありません。次回より九州中部戦線が舞台です。「一九九九年」で登場した、陸自第5戦車連隊が登場します。

 1999年時点で召集され、九州へ投入された(重点は熊本)学兵は10万。その後、戦術的敗北が続き、熊本県内・熊本市内へ退却する部隊が続出し、熊本戦終盤には陸自第106師団は大兵力となっていた、という設定です。

 九州軍が転移したことで、第5世界の九州は空白地帯となっていますが、転移が発生した日時は自然休戦期にあたり、幻獣は出現していません。自然休戦期が明けるまでに学兵部隊が戻らなければ、国防委員会はおそらく第7世代と年齢固定型クローンの大量就役で、急場をしのぐでしょう。

 林凛子が糧食がやばいから支援してくれ、と発言しましたが、実際は自然休戦期に陸路・海路が復活している為、かなりの量の食糧と弾薬が備蓄出来ています。熊本市内に農業プラントを新規に建設し、食料生産をせずとも数ヶ月はもつ……ということにしておいて頂きたいです。
(BETA大戦世界では、高度な化学技術によって人工的に合成した食品が普及しており、燃料等は未だ生きている産油国から輸入していますが、一方で第5世界の食料・燃料事情はどうなっているのでしょうか。これは私見ですが、第5世界の基幹技術はバイオテクノロジーですから、食料問題は、徹底的に改良されて促成栽培が可能になった農作物を、工場において大量生産することで解決し、また燃料は、炭化水素を生成する藻類を用いて生産していると思われます。燃料に関しては、もはや産油国は、アメリカを除いて全滅していますし、自然休戦期の短い期間で海外より賄うことは、まず不可能だと考えます)




[38496] "タンク・ガール"
Name: 686◆6617569d ID:8ec053ad
Date: 2013/11/01 09:36
感想掲示板でご指摘頂いた通り、私の方で地名・行政区分について検証が不足しており、誤った舞台設定を採用していました。90年代には宇城市は存在しない為、過去に投稿した話("一九九九年"等)で宇城市と記述していた箇所は、宇城地区や宇土市に修正・変更致しました。またアドバイスして頂いた通り、今回投稿した"タンク・ガール"においても、第5戦車連隊は"宇城市入り"ではなく"下益城郡入り"、と修正させて頂きました。










"タンク・ガール"



 7月9日1545時。
 1100時に熊本市を出発した陸自第5戦車連隊は、1530時、ようやく下益城郡入りを果たした(位置関係は、北より熊本市――宇土市――下益城郡――(八代郡)――八代市)。
 こうも時間が掛かった理由には、民間人の避難経路が把握出来ておらず、行軍に使える道路を見つけることに苦労したのと、やはり帝国陸軍憲兵なる者の制止を受けて、暫く足止めを喰わされたからだ。
 現在は各中隊・大隊に分かれ、郡内の小中学校や近隣市町村の運動公園等にて大休止。前線は既に八代市との境にまで迫っている関係から、ここで中隊・大隊単位で各車長を集めた最後のブリーフィングが行われることになった。

 公立中学校のグラウンドに乗り入れた、陸自第5戦車連隊第1大隊第3中隊も、各車輌から戦車長達が集められ、第3中隊の中隊長から作戦行動の計画を伝えられることになっていた。
 その中には当然、車内にPTSDの症状をもつ装填手、桐嶋を抱える戦車長、鐘崎春奈十翼長もいる。

 ブリーフィングに使用されるのは、ほんの少し前、もしかすれば昨日までは、授業が行われていたかもしれない空き教室であった。
 高校生にとっては、少し脚が短い椅子に座り、中隊長らが現れるのを待つことになった戦車長達は、正規とはまた異なる情報筋から得た、与太話を交換するのに必死となっていた。
 やれ南では、演習中の部隊が敵をさんざんにやっつけたらしい、だとか、特科連隊は民間人を巻き添えにするような砲撃戦が実施されている、だとか、そういった噂話が飛び交う中で、同じ車輌の戦車兵達を気遣うことで精一杯になっていた鐘崎は、特にこれといった情報は持ち合わせておらず、しかし持ち前の明るさで「それじゃあ挟み撃ちに出来るかもね!」だとか、「あくまでそれは噂だよ!」だとか、話を合わせていく。
 すると同じく出所も分からない噂話に対して、「ふーん」だの「ほーん」だのと、適当に相槌を打っていただけの少女が、突然、鐘崎の肩を叩いた。

「それよりあんたんとこ……だいじょうぶなの?」

「えっ、何が?」

 微笑して返事をした鐘崎に、桐嶋のことよ、と少女は言った。
 実を言うと第1大隊第3中隊の戦車長は全員、鐘崎が指揮する車輌の装填手が、PTSDの症状を呈していることを知っていた。表には出さないが、鐘崎に桐嶋を押し付けてしまっている、という負い目を皆は持っており、いま話しかけた短髪の少女も、桐嶋というよりは鐘崎の心配をして話しかけたのだった。
 すると鐘崎は「ああ、桐嶋さんのこと?」と笑った。

「だいじょうぶだよ。さっきも話をしたけど、頑張れそうだって」

「頑張れそう、って……」

「うん、戦闘になってもだいじょうぶだ、って!」

 短髪の少女――鐘崎と同じく、第3中隊が車輌のひとつを預かる戦車長、比和栄子十翼長は頭を抱えたくなった。
 僅か半年に満たない軍隊生活であるが、比和は、戦闘等々がきっかけとなって罹った精神病は、平時に本人が大丈夫だと言っていても、肝心要の戦闘時にどうなるか分からないものだ、ということを知っている。そして同僚の足を一番引っ張るのは、平時は平常にやれても、戦闘となるとてんで駄目になるタイプの人間だ、ということも。
 桐嶋のミスで、桐嶋だけが死ぬのならばいい。

「楽観し過ぎ! 桐嶋のせいで、あんた死ぬかもしんないのよ!」

 比和は激しやすいタイプであり、ついつい怒鳴るような形になってしまった。
 噂話で盛り上がっていた教室が、しんとなり、すぐに比和の言葉が、例の装填手に関係している、と分かった戦車長達はバツの悪い表情を浮かべていた。
 だがしかし比和が、怒鳴るのも無理はなかった。事実、桐嶋のせいで、鐘崎が死ぬという可能性は大いにあるのだから。
 同じ戦車内の戦車兵は、一蓮托生だ。ひとりのミスが、全員を殺す。
 操縦手が昏倒すれば、戦車は動かない鋼鉄の棺桶となるし、砲手が戦闘不能となれば、これを戦車長が交代しなければならず、戦車全体の戦闘能力は落ちる。そして装填手が自分の役割を果たせなければ、戦車は一発も撃てないまま、ただの的として戦場に現れることになる。
 比和をはじめとする戦車長達の視線が集まる中、鐘崎はうん、と頷いた。

「確かに私は、桐嶋さんに殺されるかもしれない」

「……」

 当たり前の事実を確認させただけの結果となった比和は、あたしバカだ、と思った。わざわざ地雷を掘り起こして、それをぶち抜くようなものであった。実際に、教室内の空気は最悪となった。前述の通り戦車長達は全員が、鐘崎に桐嶋を押し付けている、という負い目を感じているからだ。
 だが鐘崎は、「これは戦争なんだし、しかたないよ」と言ってから、更に続けた。

「まだ半年くらいしか戦ってなくて――何言ってんだって感じだよね! でも同じ戦車に乗り合わせた戦車兵は、家族みたいなものだと私は思ってるから」

「まだなんとかなるわよ……最悪の手段だけれどね、桐嶋さんを逃走したことにして、撃てばいい」

 誰かが低い声で言った。
 戦車兵は家族――綺麗事に潜む本音ほど、見抜きやすいものはない。鐘崎さんだって、怖いに決まっている、と戦車長達は思っていた。出来ることならば桐嶋さんを降ろして、他の装填手に交代させたいだろうし、戦闘自体に出たくもないであろう。
 戦車長の誰かが言った、最悪の手段を実行することは不可能ではなかった。
 ブリーフィングが終わった後、戦車兵達を戦闘配置につかせ各車輌内に押し込める。戦車兵達には、戦車長だけで最後の話し合いをやるように思わせておく。こうして目撃者を最小限に留めておいて、戦車長達は桐嶋を連れ出して銃殺。取調べでは、逃走を企てたので殺した、ということにすれば良いだけだ。軽度のPTSDという軍医の診断書も有利に働くだろうから、間違いなくこの作戦は成功する。
 鐘崎の指揮する61式戦車は自動装填装置をもたない為、装填手がいなければ戦闘は不可能。よって桐嶋さえ消えれば、鐘崎は今回の戦闘には参加せずに済むのだ。

 だが鐘崎はかぶりを振った。

「桐嶋さんは――ほんとにだいじょうぶだって! 私だって、最後まで部下の面倒を見てやるのが、戦車長のリュウギってやつだと思うしね! それに――」

 鐘崎が言い終わる前に、教室の扉ががらりと開いた。
 戦車長達は一斉に口を噤んで、前を向く。入ってきた中隊長は、教壇に立つなり、戦況図を黒板に張り付け、端的に戦況の説明と作戦行動についてを説明した。詳細な作戦行動のタイムテーブル等は、最終的に左掌に埋め込まれている多目的結晶体を通して、各戦車長の元に行くようになっている。ならばどうして、部隊長がわざわざ顔と顔を合わせるブリーフィングをやるかと言えば、部下の状態の観察や、質疑応答の時間が後になってからでは取れないからである。

 第5戦車連隊の任務は、宇城地区西南部(八代海沿岸)に展開する、帝国陸軍第19師団なる友軍部隊の支援。相対する敵兵力は、新型幻獣8000強と想定されている。第1大隊は、第2・第3大隊に先んじて、現地友軍と協同する。我が第3中隊は大隊の先頭集団として、あらゆる障害を跳ね除け、敵を撃滅する。新型幻獣の性能に関しては、後に多目的結晶体を通じ、追って知らせる……。


 




 鐘崎春奈は、結局どこまでも優しい少女であった。

 桐嶋を謀殺するなど論外であったし、彼女を装填手とし共に戦場に臨む以外に、選択肢はもとよりなかった。中隊長に桐嶋の症状を大げさに申告すれば、事前に彼女を装填手から外すことも決して不可能ではなかったはずだ。それをしなかった理由は、ひとつ。桐嶋を仮に装填手から外せば、もう彼女は戦車兵としてはやっていけなくなる。
 戦車兵でなくなれば、彼女は次にはかなりの確率で、歩兵となるであろう。だがPTSD等の精神的な傷を負った人間が生き残れるほど、普通科は甘くない。あまりに足手纏いとなるようであれば、後ろ弾――つまり人為的な友軍誤射で殺される可能性だってあるのだ。
 その一方で同じ車輌の操縦手や砲手を務める少女は、桐嶋のことをどう思っているだろうか。これは自分ひとりの独り善がりに過ぎず、操縦手や砲手のふたりは、桐嶋のことを快く思っていないのではないか、と不安に思っていたし、実際に桐嶋を抱えるということは、操縦手や砲手の命が、危険に晒されることと同義であった。
 仮に桐嶋のせいで、操縦手と砲手の少女が命を落とせば、それは桐嶋を罷免しなかった鐘崎の責任である。……無論、責任も何も3人が死ぬ時は、鐘崎も死んでいるだろうが。

 鐘崎とて死にたくない。いつも自信満々で明るく振る舞ってはいるが、それはどこまでも虚勢であった。実際には内心の思いを抑え付け、発言と行動には、自分が考える最強の戦車長、理想の戦車長をイメージしてから、取り掛かるのである。
 桐嶋を励ます行動は、本来ならば理想の戦車長の立場から出たものであった。だがしかし実際には、生き残る可能性を上げたい、という自分の"打算的な気持ち"が働いていた。桐嶋と相対するとき、一瞬だけ卑怯な自分の気持ちが滲み出ていたのだ。

(限界、ってやつなのかな)

 押し寄せる圧倒的な死の予感。そして桐嶋との会話で意識させられた、自分達が生きている間は戦争は終わらないという現実。

 戦車兵として、死ぬしかない。

 その酷烈たる事実を実感してしまえば、鐘崎戦車長はともかく、中身たる鐘崎春奈は打ちのめされてしまう。
 彼女とて女子高生だ。戦争さえなければ、勉強はそこそこに放課後の部活動やサークル活動に全力で打ち込み、文化祭や体育祭で同級生と共に準備や練習に励んでいただろう。友人達と帰路に寄り道したり、アイドルや恋愛の話で盛り上がったりもしたであろう。そして他高校の男子学生と、彼氏彼女の関係になることだってあり得た。

 だが現実はどうだ!

 彼女は学籍のまま前線に放り込まれた学兵であり、授業数の半分以上を埋めるのは軍事教練、放課後の時間は、専ら車両整備や部隊運営に関係する雑務に忙殺される始末。当然、文化祭といった行事は、戦闘に次ぐ戦闘で中止となろう。対中型幻獣戦に臨めば、その帰り道には両手で収まらない数の、同級生の認識票を手にしている有様だ。友人間の話題と言えば物価や戦況、部隊における配給量、そんな話ばかり。

――これが一生続くのだ!



 その後、随伴歩兵は付かないのか、航空支援はないのか、との質問に、「第3中隊には、第113普通科連隊より一個分隊が協同する。航空支援はなし」と中隊長が答え、ブリーフィングは終了。その後戦車長達は、自身の車輌へと戻り、部下である戦車兵達に、作戦行動の概要を伝えはじめた。

「……という訳で、私達の任務は本隊に先行、敵と適当に戦うことだね!」

 暗澹たる心中を覗かれないように、全身から陽気さを放射した鐘崎戦車長に対して、やはり戦車兵達の反応は芳しくなかった。自然休戦期の戦闘ということで士気も奮わないし、未だ交戦したことのない新型幻獣では、これまでの経験が通用しない。所謂ゲームセルで言うところの、"初見殺し"――知っていれば回避出来るが、事前に知らなければまず確実に殺されるような戦術をとる新型幻獣もいるかもしれない。

「一番手ですか、フラグが揚がりましたね……」

「チュー太(※中隊長を指す)の日頃のポイント稼ぎが足りないんだよ! 胡麻すり袖の下がちゃんとなってれば、うちの中隊が先頭に廻されることなんてないんだよ!」

「……」

 そして、その戦術・性能共に未知数の新型幻獣に、戦車連隊で一番最初に相対するのが、自身らであるとなれば、それは勿論たまったものではなかった。
 砲手と操縦手は不満を口にし、装填手の桐嶋は血の気の引いた顔で、口を真一文字に結んでいる。もう模擬訓練という可能性は完全に消えたいま、彼女に残っているのは実戦に対する恐怖だけである。

「ごめんね、私にもっと発言力があれば」

「61式戦車じゃあ戦死確実だっての」

「明るい面に目を向けませんか? 先陣を任されたということは、敵には困らない。20体を単独撃破し、銀剣突撃章(シルバーソード)をとれるチャンスかもしれません」

 それは無理だから、と操縦手を務める少女は思った。
 彼女達の愛車、61式戦車は前述の通り1961年に制式採用された主力戦車であり、中型幻獣とソ連製中戦車T-34やT-54/55に対抗する為に開発された。旧軍の貧弱な中戦車が未だ機甲連隊の中核を成していたその当時は、61式戦車は攻・守・走がよく揃った兵器であった。
 だがそれも昔の話だ。
 40年の月日の中で中型幻獣の性能は急激に上昇し、61式戦車の90mm戦車砲では、中型幻獣ミノタウロスの正面装甲を射貫することは難しく、また敵の生体誘導弾等の性能向上は著しく、こちらの装甲はあまりあてにはならない。
 それを鐘崎戦車長も知っている。

「あんまり無理しないでいこうね」

 中型幻獣を単独で20体撃破した戦車兵に与えられる勲章、銀剣突撃章(シルバーソード)なぞ夢に見たこともない。第1大隊第3中隊が得意とする戦術は、小隊単位で同一目標を狙う伏撃だ。しかも一発撃ち込み、こちらの所在が敵に露見した時点でさっさと逃げるものだから、あまり戦果はあがらない。せいぜい中隊全体、一度の戦闘で中型幻獣を10撃破出来ればいい方である。
 だが、それでいい。
 鐘崎戦車長や戦車兵達が普段思っているのは、手柄を立てての立身出世ではなく、ただ明日を生きたいということだけなのだから。







―――――――







「ここまでありがとうございました」

 少女は降車するなり、自分を尚敬高等学校校門前まで送迎してくれた高機動車の運転士に、一礼してみせた。運転席の学兵は、「いや、それより遅くなっちまってすまない! ……急いだ方がいいぜ!」と人懐こい笑顔と共に、尚敬高等学校校舎の方を指差した。実際、到着予定時刻――1600時を5分程、超過していた。
 たしかにまずい、とは思いつつも、高機動車が走り去って視界から消えるまで、彼女はその場に留まり見送っていた。この律儀な性格の為に、少女は遅刻することになったのだが、これは他の学兵にはそうそう見られない、古武術を伝える道場で鍛えられた、彼女の美徳である。
 だが何にせよ、遅刻は遅刻。
 少女は袴の裾を踏みつけないように気をつけつつも、全力疾走で尚敬高等学校の敷地内へ踏み入った。
 恐らく目的地に待っているであろう人間は、どんな事情があっても「バカヤロー! 戦争じゃあ、5分の遅刻が命取りなんだよ! おめーらが5分ごとにポロポロ戦場に来たって、ひとりずつぶち殺されるのがオチだ!」と遅刻者を怒鳴りつけるであろう。以前は何度かその恩師と衝突することもあったが、結局のところその教師の言うことは合理的だったのだ。
 いま振り返ると、懐かしいばかり。
 知らないうちに少女は、微笑んでいた。

 少女は校舎内には入らず、日もあたらないぬかるんだ校舎裏を走ってゆく。緋色の袴の裾が汚れるのも、気にはしていられない。
 花壇も舗装路もないこの校舎裏も、彼女にとっては思い出の場所であった。
 ここは街を守った英雄が、女子高生達に囲まれる花道であり、対人戦技の授業が行われる場所でもある。そしてよりよい結果を求めて、衝突する小隊員同士が拳で決着をつける決闘場。少女も、ここで小隊内一の軟派な男をしばいたことがあるほどだ。

 校舎裏を駆け抜けると、少女の目にいよいよ目的地が飛び込んできた。
 校庭に連なるトレーラーの列と幾つかの仮設テント、そして建材が立てかけられている二階建てのプレハブ校舎。二階手すりから掛けられた小隊横断幕はなくなっていたが、すぐに新しいものが掛けられることになるであろうことを、彼女は確信していた。あの芝村さんは、この地震があらば崩れそうなプレハブ校舎を、粗末な即席整備キャンプを、正義最後の砦と呼んでいた。なるほど名前負けしない威容をもった、堅牢なる要塞である。どんな逆境にあろうと、小隊員の心は決してここから離れることはなかった。

 熊本城攻防戦において幻獣軍を完膚なきまでに叩きのめし、その後幻獣軍の新型兵器と目される敵機を撃滅せしめ、その正義を守り通した最後の小隊、第5戦車連隊第1大隊第2中隊第1小隊――通称、5121小隊の本拠が、彼女の前にそびえるこのプレハブ校舎である。

 そして自身も5121小隊1番機を任され、黄金剣翼突撃勲章を保持する剣神、壬生屋未央はプレハブ校舎の外階段を駆け上がる。
 もう一度、伝説を戦友と打ち立てるために。



 5121小隊は熊本戦後まもなく、解体された。英雄を輩出したこの伝説的部隊が解散の憂き目に逢った原因は、半ば芝村の私兵部隊となっていた5121小隊の作戦遂行能力を脅威と捉えた国防委員会の横槍である。自然休戦期に入り、国防委員会と対立してまで5121小隊を存続させる必要はない、と考えた林凛子と芝村勝吏は、要求を容れて5121小隊を解体し、小隊員を熊本県内の各部隊に再配属させていた。

 だが記念すべき7月9日1600時。プレハブ校舎1組教室に、熊本県中に散ったかつての小隊員達が再び集められた。
 異世界転移、未知の敵勢力・人類軍との遭遇というこの非常事態において、自身の手先となり、更に対新型幻獣(BETA)戦の切り札ともなる存在を欲した芝村準竜師は、1000時の時点で熊本県内各地の部隊より、機材と元5121小隊員を徴発し、かつて最強の名をほしいままにした小隊を、即時復活させることにしたのだ。



「壬生屋、壬生屋! ひさしぶりじゃねーか!」

 1組教室に入った壬生屋に声を掛けたのは、5121小隊2番機パイロット滝川陽平であった。
 熊本戦を通して自身の過去と決別し、本物の元気さ、陽気さを取り柄とした滝川は、かつての戦友との再会に胸を躍らせていた。一方の壬生屋もそうだ。教室を見回せば、約1ヶ月しか離れていないというのに、懐かしく思える顔ぶれがある。

「いよいよ復活けんね!」

「あっ壬生屋さんちょっとええか!? 今度、加藤屋ゆうてな、なっちゃんとごつい商売はじめるさかい、是非とも協力を……」

「お、おいっ! いまはいいだろ!」

 加藤祭と狩谷夏樹の痴話喧嘩を横目に、みなさんお変わりないようで嬉しいです、と壬生屋は挨拶してみせた。

「みっちゃんも何も変わってないね! ボク少し安心したよ」

 壬生屋のことをみっちゃん、と気安く呼んだのは新井木勇美である。田辺真紀のことをマッキーとあだ名をつけ、森精華をモリリンと呼んでみせる親しみやすい彼女の性格も変わっていないらしい。
 だが、彼女を見ておや、と壬生屋は思った。身長が低いのはあまり変わらないが、筋肉がついたのか、以前より体つきがよくなったように見える。

「新井木さんは、5121小隊解散後はどこに?」

「ボクは解散するとき、戦車連隊じゃなくて、普通科連隊に配属を希望したからね。て・ん・こ・う、ってやつ! らしくないって思うでしょ、それがさあ……」

 新井木勇美は小隊解散後は、普通科連隊の前線部隊に配属されたらしい。彼女は5121小隊では整備士として活躍し、戦闘に参加することはなかったが、決して運動は苦手ではなかった。戦技教練に日夜励み、うまいことやっているようである。
 何故歩兵に転向したのか、と壬生屋が尋ねると、新井木は「ひみつ」とかわしてしまった。
 では、と壬生屋は1組教室に入って以来、ずっと胸に抱いていた疑問を口にした。

「来須さんや厚志さん、委員長達の姿が見えないのですが」

「……みんなが熊本県内にいたわけじゃないみたい。だから合流に時間が掛かるんじゃないの?」

 実を言うと、5121小隊全員揃い踏み、とはいかなかった。
 特に1組はほとんど集合出来ていない。
 10歳にも満たない身体で年齢固定されながらも、明日を信じて周囲を鼓舞し続けた東原ののみ。前線で苦しむ学兵部隊を救うべく、悪意渦巻く戦場(とうきょう)へと戻った善行委員長や、寡黙だが頼りになる戦士、来須銀河。「芝村をやっている」と挨拶し傲岸不遜ぶりから、最初こそ皆に忌避されていた芝村舞、絢爛舞踏章を獲得した後も敵を倒し続け、遂に生ける伝説となった青の厚志。

 そして――士魂号重装甲西洋型を駆り、青の厚志が駆る希望号と激突、絢爛舞踏章の重さ、絢爛舞踏とは何であるかを知らしめた瀬戸口隆之。

 彼らは熊本県外の部隊に再配属された、あるいは行方不明となった関係で、ここにいない。

 また2組も、九州軍総司令部にて幕僚としての経験を積んでいる最中だという茜大介や、善行を追いかけるように東京へ向かったとも、米国に技術研究へ渡ったともいわれる原素子、整備士として5121小隊を裏から支えた岩田裕や小杉ヨーコらもいない。

「彼らもあとからやってきますよ」

 桜の騎士こと遠坂圭吾は確信しているかのように壬生屋に言ったが、彼女はやはり寂しさを感じずにはいられなかった。せめて瀬戸口の動向だけでも知りたい壬生屋は、遠坂に何か知らないかを重ねて聞こうと思ったが、それはかなわなかった。
 あの不良教師、本田節子が10分遅刻して飛び込んできたからであった。

「悪りぃ! 遅れたっ!」

 







―――――――







 新生5121小隊の陣容は、かなり変わっています。
 正面戦力は、1番機と2番機(重装甲型士魂号・通常型士魂号)とその予備機併せて4輌、戦車随伴歩兵は若宮、新井木らが務め、本田節子二等陸尉と加藤祭が指揮車に乗り、指揮を執ります。整備部門の責任者は森精華が務め、田辺・遠坂・田代・狩谷・中村らが整備士として各機の整備にあたります。石津萌は従来通り、生活環境を整えることが仕事となります。
 2組生徒だけでも4名が欠け、後方支援職より前線メンバーに加藤・新井木が引き抜かれている現状では、部隊運営が非常に苦しくなることが予想されますが、熊本戦時とは異なり物資はふんだんにあります。人手不足の方は互いにカバーして、なんとかやっていけるでしょう。









 以下、裏設定解説。青の厚志や士魂号重装甲西洋型とは何か。但しGPMのネタバレとなります(もはや原作とほとんど関係ない以上、ネタバレというかは分かりませんが)。
















Q."青の厚志"とは? 原作1周目の主人公、速水厚志ではないのか?

 "青の厚志"は、速水厚志が名乗る謂わば「本当の名前」です(私はそう解釈しています)。

 原作では触れられていない裏設定となりますが、速水厚志(実験体46号)は研究所で実験に供されており、原作開始前にその研究所から脱出しました。ところが脱出直後の実験体46号には、名前も身分もありません。途方に暮れていた折、幻獣共生派のテロ攻撃によって、ひとりの学兵が命を落とします。それを見ていた実験体46号は、死んだ学兵の身分証を得て「速水厚志」に成り代わりました。
 つまり(裏設定を原作に反映させるのであれば)原作に登場した速水厚志は、偽名をつかった人間です。

 その後具体的な日時は分かりませんが、5121小隊の面々や芝村舞と情愛を深めていく中で、彼は偽名である「速水厚志」を名乗ることに苦痛を覚え、また希望号到着をきっかけに「青の厚志」と名乗るようになりました。



Q.希望号とは何か?

 希望号とは第5世界(ガンパレの世界)外で製造された、特別仕様の士翼号です。リタガンの記述を信用するのであれば、5月上旬、5121小隊に届けられました。



Q.士魂号重装甲西洋型とは何か?

 絢爛舞踏用に製造されたであろう士魂号で、1機しか存在しない、まさにワンオフ機です。
 搭乗していたのは5番目の絢爛舞踏受賞者速水厚志ではなく、4番目の絢爛舞踏受賞者瀬戸口隆之(の精神・魂魄)でした。女子高生達の間で、死を告げる舞踏、と噂になったのがこの機体。また詳細は不明ですが、速水厚志(青の厚志)が駆る希望号と、この士魂号は刃を交えており、新旧絢爛舞踏対決が行われたそうです。



[38496] "青春期の終わり"(前)
Name: 686◆6617569d ID:8ec053ad
Date: 2014/10/05 18:00
"青春期の終わり"(前)



 八代海に面した熊本県下益城郡松橋町一帯では、北上するBETA群約8000に対し、帝国陸軍第19師団が後退を重ねつつも、反撃を加え続けていた。
 松橋町やその南の下益城郡小川町には幾筋かの河川が存在するも、その幅は30mもなく、荒天にも関わらず小型種でも渡河出来る水深であり、かつ流れも穏やかである。山地や丘陵もなく松橋町一帯は平坦な地形、BETAの進撃を阻むものは何もない。
 逆に言えば、光線級に占領されると厄介な高地を抱えていない、ということをも意味している。たかが標高300m程度の小山であっても、重光線級や光線級に占領されれば、そこを中心として数百km圏内、戦術機や攻撃ヘリは完全に動きを封じられてしまうことになる。山地や丘陵は、なるほどBETAの進撃を遅らせる要害となるが、同時に守りきれなければ人類側を窮地に追いやる諸刃の剣なのであった。



『CPよりジャガー、後退を許可する』

『了解! てめえら、短噴射の連続で退がれ! 絶対に頭上げんなよ!』

 とはいえ光線級の脅威は、高地の存在しない市街地であってもなくなりはしない。
 数十分に渡り、押し寄せる戦車級と闘士級の群れを撃退し続けた機械化装甲歩兵小隊に、ようやく後退の許可がおり、小隊長は『絶対に頭を上げるなよ』と繰り返し怒鳴った。
 小隊員達は言われるまでもなく、連続した短噴射、水平方向への機動を以て、速やかに後退していく。
 恐らく光線級の照射を受ける危険がある高度は、15m以上――つまり機械化装甲歩兵にはあまり関係がない高さであるが、それでも跳躍装置を噴かし過ぎて、要撃級の胴体部や周囲の建築物を超える高度まで飛び上がることは、絶対に避けるべきであった。

『ちくしょおおお、後退許可が遅すぎるん……わ゛っ』

 数十m先にまで迫った戦車級を撃破し、すぐ後退に移ろうとした先頭の機械化装甲歩兵は、すぐ傍の雑居ビルの屋上から飛び降りてきた影に捉えられた。跳躍装置から推力が生み出されようとした瞬間に、数体の闘士級の圧し掛かられた彼は、バランスを崩して転倒してしまう。そして彼の強化外骨格に、象に似た鼻が襲い掛かる。

『中村ァっ!』

 闘士級に圧し掛かられた機械化装甲歩兵とペアを組む相棒は、咄嗟にその名前を呼び、片腕にマウントされている12,7mm重機関銃で、闘士級達を駆逐せんと狙いをつけたが、遅かった。彼が狙いをつけた時、既に闘士級は、中村の腰部跳躍装置を破壊した上で、87式機械化歩兵装甲の構造上、装甲が薄くなっている脚部をもぎ取ってしまっていた。

『てえええええ゛え゛!』

『すまないッ! 中村……』

 相棒は結局、悶絶する中村とそれに群がる闘士級に対して、12,7mm重機関銃弾ではなく、左肩に備えられている擲弾を叩き込んだ。闘士級と中村は破片と爆風によって、すぐさま絶命した。
 仮に闘士級を駆逐したとしても、この戦場で跳躍装置という重要な足と、自身の脚を失った中村は、どの道死んでいたであろう。仕方がなかった、と中村とペアを組んでいた機械化装甲歩兵は心中でつぶやいてから、後退を開始した。

『こちらジャガー3。こちらジャガー3。ジャガー4――中村上等兵、戦死です。建築物上からの奇襲を掛けてきた闘士級にやられました』

『……だ、そうだ。こちらジャガー・リーダー! 屋根の上に気をつけろ!』

『了解!』

 彼ら帝国陸軍歩兵第73連隊が運用する機械化歩兵装甲は、12,7mm重機関銃や7,62mm機関銃、各種擲弾投射機、無反動砲等を装備しており、兵士級や闘士級は勿論のこと、戦車級にまで対抗することが可能であるが、それらの火器は専ら水平に構えられている。上面から攻撃してくる敵を、一切想定していない。平地における戦闘ならばそれでいいが、市街地における三次元戦闘では、不利になることもあった。

『CPよりジャガー、後退を中止されたし。12時方向距離350、戦車級20が前進中。迎撃せよ』

『こちらジャガー・リーダー、了解! 横陣をつくれ、阻止弾幕を張る!』

『了解!』

『それよりCP、木偶どもの支援はないのか?』

 機械化装甲歩兵の一隊を率いるジャガー・リーダーの云う、"木偶ども"とは、光線級の照射圏内にて動きが鈍った戦術歩行戦闘機のことを指す。歩兵科は戦車級を狩るのでも一苦労であるが、戦術機ならば戦車級の群れなぞ、それこそ一蹴出来るのだから、彼らの支援の有無が気にかかるは当然といえよう。

『こちらCP、もうこの辺り一帯は光線級の視野に入っている。あとは分かるな?』

『大型種はともかく、小型種を狩りには現れないってことか』

 大型種との近接格闘、武器弾薬の積載量増加を念頭においた為に、全高約18m前後の威容を誇る戦術歩行戦闘機は、光線級の射程範囲内で活動するには巨大過ぎた。
 第19師団が抱える第23戦術機甲連隊(三個大隊、定数108機)は、光線級を狩るタイミングを図りつつも、現在は大隊単位に分かれ、光線級に見咎められない範囲でこそこそと大型種を撃破している。
 師団司令部及び連隊本部では、戦力が残っている内に、光線級を駆逐させたいところであったが、未だ全ての光線級の所在を掴みきれていないのが現状であり、飛び出した途端に、思いも寄らない方向から照射を受けて、損害を出すことだけは避けたかったのである。

『CPよりエエカトル、前進中止ッ! それ以上進むと、障害物とBETAの死骸が切れる、八代市北西部に確認されている光線級に狙われるぞ!』

『エエカトル・リーダー了解、全機後進50! 北上する要撃級30をそこで迎え撃つ』

『こちらコヨルシャウキ・リーダー! C小隊、射撃続行!』

『了解ッ! チャーリー、FOX3!』

 小型種を撃退するのが機械化装甲歩兵の仕事であるならば、大型種を駆逐するのは全高があり射界が確保出来る戦術機の仕事であった。機械化装甲歩兵が携行する対戦車榴弾では、要撃級すら相手にするのは困難であり、障害物の多い市街戦において、全高の低い主力戦車はその火力を十二分に発揮することは難しい。
 逆に光線級の存在によって機動を制限されている戦術機は、瓦礫と瓦礫、死骸と死骸の合間を進む小型種に意識を割けない為に、歩兵と戦術機で役割分担が自然と成立していた。

『頭上げるなよ!』

 第2中隊(コヨルシャウキ中隊)の衛士達は、膝射の射撃体勢を自身の愛機に強いた。
 片膝を地に付け、射撃姿勢を低くすることによって、光線級の存在する戦場における戦術機の不利を、少しでも補おうというのである。これは大陸満州、朝鮮半島で、散々光線級に苦しめられた大陸帰りの衛士達が普及させた、戦術機の射撃体勢だ。
 立射の姿勢に較べれば、膝部ユニットに掛かる疲労は大きくなるが、光線級による照射の危険を鑑みればこれも致し方がない。

『ブラヴォー、FOX3!』

『コヨルシャウキ2、FOX2!』

 瓦礫の山を乗り越える際に晒される、軟らかい要撃級の下腹目掛け、各機は次々と36mm弾と120mm弾をお見舞いしていく。建築物が邪魔になり下腹が狙えない場合は、高い位置にある尾部が丁度いい的になった。BETAの死骸や廃墟を縫い、うまく戦術機に接近出来た個体も居るには居たが、結局120mm弾で至近距離からぶち抜かれて、何も出来ないまま機能停止に追い込まれた。
 戦場に腐るほどいる要撃級はそこまで脅威ではなく、光線級が存在する戦場において一番厄介なのは、やはり突撃級だ。

『こちらブラヴォー・リーダーッ! 1時方向、距離300、戦車級20だ! 小隊各機、撃ちまくれ!』

『こちらコヨルシャウキ4! B小隊! B小隊より10時方向、距離1000、突撃級9!』

 この時第2小隊(B小隊)は、前面の廃墟の合間から突如湧き出た戦車級の群れへ、阻止弾幕を張らんとして周囲への注意が疎かになっており、10時方向から要撃級の死骸を押し退けて突進してくる突撃級の群れに、まったく気づいていなかった。この差し迫った危険に気づいたのは、第1小隊(A小隊)に所属する4番機であり、咄嗟に第2小隊へ警告する。
 だが、遅かった。

『なにッ! 全機撃て!』

『無理だッ! A小隊、突撃級の側面を撃て!』

 すぐさま第2小隊各機は突撃級へ火器を指向し、120mm弾と36mm弾を雨霰と叩きつけたが、進路上に居合わせた不幸な自動車化歩兵と、逃げ遅れた機械化装甲歩兵を踏み潰しての時速150km超の突進は、そう押し止められるものではなかった。運のいい何発かの120mmAPFSDS弾が、突撃級の正面装甲をぶち破ってみせたが、それでも撃破出来たのは9体の内たった2体のみ。

『回避しろ!』

『うわあああああ』

『ばっ』

 A小隊の側面への射撃も間に合わず、迫る突撃級を前に衛士達の行動は、恐慌状態に陥り、跳躍装置を全開で噴かして直上へ逃れようとした者と、水平方向への短噴射で回避を試みた者である。
 前者はすぐさま光線級の照射を受け、なるほど突撃級の石頭を避けることに成功したが、光線級の照射を受け、数秒で爆散した。また後者は3機中2機は回避に成功したが、運の悪かった1機が、横陣で突っ込んできた突撃級を避けきれず、大破全損の憂き目に逢った。

『くそがあああ』

 水平方向への機動で突撃級を避けた第2小隊の小隊長機は、激情に突き動かされるようにすぐさま反転し、主腕と副腕に保持した突撃砲を以て、遠ざかる突撃級の背中に36mm弾をお見舞いしてやる。

『ブラヴォー・リーダーッ! 背面、距離150、戦車級を忘れるな!』

『ちくしょうが!』

 光線級の存在する戦場では、戦術機の強みである三次元機動と行動範囲が大きく制限される関係から、正面装甲が堅牢で、かつ突進力のある突撃級を捌くのは、非常に困難となる。水平方向への回避機動が取れる戦術機ならばともかく、歩兵にとっては対策の取りようのない存在であり、戦線右翼を支える第19師団は、この光線級と突撃級の為に損害を出し続け、後退を余儀なくされているようなものであった。



 この戦場に1630時、陸自第5戦車連隊の車輌が姿を現した。
 ブリーフィングで確認されたとおり、先頭を駆けるのは、正規軍お下がりの74式戦車改と61式戦車で構成された第1大隊第3中隊。その後に続くのは、装輪式戦車士魂号L型を主戦力とする、第1・第2中隊である。
 有効な戦術とはいえ悪意ある陣形、と言っても過言ではなかった。大隊指揮班は、旧式戦車から成る第3中隊に戦果を期待していない。第3中隊の役割は、敵の攻撃を一身に浴び、同時に敵の位置をあぶり出すことであり、自身の位置を暴露した敵を撃破するのは、第1・2中隊の仕事である。
 鐘崎や桐嶋が所属している第3中隊は、一言で言えば囮だった。

『こちらカメリア、ツバキサク、繰り返すツバキサク』

 大隊長は所定の戦闘行動を開始するよう、各中隊指揮班に命じた。第3中隊を囮として運用することに、彼は何の痛痒も感じていなかった。
 大隊長は陸上自衛軍第6師団(熊本鎮台)より出向している将官であり、学兵を駒としてしか見做さない冷徹な戦術眼と、何よりも最悪なことに、戦果を挙げて熊本鎮台に返り咲こうという名誉欲があった。前者はなるほど、学兵からしてみればたまったものではないが、戦術に情を挟まないことは作戦成功に繋がる大事な要素だ。だがしかし後者の名誉欲は弁護のしようのない、腐臭を放つ害悪であった。

『こちらハサン、ツバキサク了解。ハサン、ツバキサク!』

 第3中隊(破産中隊)が前進を開始する。74式戦車改4輌から成る第1小隊が先陣を切り、その右後方、左後方を第2、第3小隊が往く。楔形陣形、所謂パンツァーカイルと云うやつだ。但しここは建造物が乱立する市街地、幾分か崩れた形になっている。

『イロコイ、ツバキサク了解』

『ロマンス、ツバキサク了解』

 続いて第1中隊(色恋中隊)、第2中隊(ロマンス中隊)が動く。



 大隊長は勝利を確信していた。
 既にBETAと呼称される新型幻獣の性能は、頭に入っていた。新型幻獣は光線級以外、如何なる幻獣も火砲を持っていない。まるで旧日本軍と同じ、否、それ以下だ。誰が接近戦になど持ち込ませてやるものか、要塞級も突撃級も要撃級も戦車級も、前面1000m以内に形成されるキルゾーンに沈ませる。光線級だけは厄介極まりない存在だが、これは先行した第3中隊が、位置を全てあぶり出してくれる。その後は、本命の第1・2中隊に狩らせればいいだけだ――彼は、そう考えていた。
 BETAの恐ろしさを知り尽くしたこの世界の戦車兵からすれば、唾棄すべき楽観的思考に基づいた作戦行動であった。

 この時、戦車連隊本部も隷下の戦車大隊指揮班も、「火砲をもたない敵を蹂躙してやろう」くらいにしか考えておらず、また帝国陸軍第19師団本部との連携も十分とは言える状態ではなかった。帝国陸軍と陸上自衛軍間で、未だ助言役の交換は為されておらず、第5戦車連隊は前線を押し上げんとする考えなしの突撃を開始した。



「よぉし、破産12号車ぁ! 前進するよ!」

 鐘崎が戦車長を務める破産中隊(第3中隊)12号車も、どうっと爆音を轟かせて前進を開始した。ツバキサク――所定の作戦行動を開始せよ、の命令は既に中隊指揮班から下されており、他の車輌も同じく前進している。
 車輌の背には、協同する陸上自衛軍第113普通科連隊のウォードレス兵が、しがみついている。戦車跨乗(タンクデサント)というやつで、敵砲兵が生きている場合は一番の地獄を見る役回りだが、主力戦車と共に移動出来るのだから、非常に効率がいいやり方である。

『こちらアルファ・リーダー、敵阻止火網なし』

『こちらブラヴォー・リーダー、前方距離800に友軍発見せり。帝国陸軍のウォードレス兵の模様』

 事前に送信されてきた新型幻獣の情報は正確なもので、やはり一発も撃ってこない。従来の幻獣であれば、すかさずゴルゴーンが生体噴進弾を撃ち掛けてきているところであろう。
 気をよくした中隊指揮班はいよいよ、更なる前進を指示する。第3中隊が、後退してきていた帝国陸軍第73歩兵連隊の機械化装甲歩兵を追い越してしまうのに、時間は掛からなかった。

『こちら第73歩兵連隊本部より陸自第5戦車連隊本部、貴隊の戦車大隊が単独前進中。すぐに引き返させるべきと考えるが?』

『こちらゴルゴダ、向こうは花火を持参していないらしいではないか。この大祭、せいぜいこちらが盛り上げてやらねば』

 火砲はもちろん航空戦力をも所持していない軍隊に、機甲戦力が押し止められるはずがない。至極当たり前の常識に、戦車連隊本部の人間も完全に囚われていた。

『こちらアルファ・リーダー! 前方にグ、要撃級2見ゆ! 2号車まで右、4号車まで左を!』

『ブラヴォー・リーダーです、小隊各車は、前方の戦車級を攻撃してください!』

 第3中隊では、遂にBETAの群れを射程に捉えていた。
 第1小隊の74式戦車改が、105mmライフル砲の照準を前方の要撃級に合わせ、第2小隊は戦車級の群れへと、りゅう霞弾と機関銃弾を叩きつける。一応FCS(火器管制装置)は、最新鋭車輌90式砲戦車のそれに劣らない74式戦車改であり、優れた命中力を発揮した。要撃級の顔面から胴体までに105mm徹甲弾がめり込み、片や戦車級の群れは炸裂した砲弾の破片と機銃弾でばらばらに引き裂かれる。

『撃破ぁ!』

『こちらカメリア。カク、ツバキサク続行せよ』

『こちら第23戦術機甲連隊CPより第5戦車連隊第1大隊(カメリア)、部隊を後退されたし。このままでは先頭の中隊が、現在までに存在が確認されている光線級の前に出ることになるぞ』

 大隊長は、第23戦術機甲連隊からの忠告を無視して、ほくそ笑んだ。先頭を往く第3中隊は、光線級の位置を捉える為の人柱だ。
 それどころか彼は、新型幻獣はやはり大したことはないことを確認し、各中隊には更なる前進を命じた。勿論前進しすぎれば、大隊は敵中に孤立することとなろうが、すぐに第2・第3大隊が、そして第113普通科連隊本隊が続く予定だ。
 第3中隊は得意の行進間射撃で、次々とBETAを撃破しながら、前線を押し上げていく。

『りゅう弾装填急いで!』

『は、はいッ!』

 その頃、鐘崎戦車長は胸をなでおろしていた。あれだけ心配していた桐嶋装填手だが、結局のところちゃんと仕事をこなすことが出来ている。
 所属する第3小隊は、向かってくる小型幻獣にりゅう弾とりゅう霞弾を何度も浴びせ、現れる要撃級には百発百中の精度で、徹甲弾を食らわせて撃退していた。要撃級は的が大きく、また非装甲の部位が多すぎる。戦術機が苦戦する突撃級も、車高の低い戦車からしてみれば、弱点である脚部が狙いやすい脆弱な目標であった。
 各小隊は単独、あるいは共同で次々と撃墜数を増やしていく。
 楽勝であった。次の瞬間までは。

『こち』

 第1小隊の先頭を往く2号車の戦車長は、何も言うことが出来ないまま、蒸発した。戦車級の死骸の山を乗り越え下る最中に、装甲の薄い砲塔上面にレーザー照射を受けたのであった。仮にこれが砲塔・車体の正面装甲であったならば、10秒前後は耐え、他の車輌に警鐘を鳴らすことが出来たであろう。

『こちら随伴歩兵の船目だッ! 光線級だ!』

 爆散する直前に、2号車の背から離れた戦車随伴歩兵が、光線級の存在を通報するが、だからといって後退出来るわけではない。第1小隊の1・3・4号車、そして続く第2・3小隊は、そのまま前進し、彼我で鋼鉄と閃光を用いる殴り合いを開始した。

『撃てッ!』

『4号車、照射されてる! 回避して、ねえっ! お願い、香奈枝ぇっ!』

『7号車大破炎上!』

『駄目だ、後』

『脚だ、脚を狙え!』

 一度閃光に捉えられた車輌は、もう回避することなどかなわない。戦術歩行戦闘機も初期照射併せて数秒耐えられることを鑑みれば、それ以上の装甲厚をもつ主力戦車は、レーザー蒸散膜が無くとも10秒前後は耐えられる。だが主力戦車の鈍重さでは、初期照射から本照射の間に光線級の視界から逃れるなど無理な話であった。
 第1小隊は瞬く間に全滅し、照射と照射のインターバルの間に、第2小隊と第3小隊は死ぬ物狂いで戦車砲を光線級へと指向し、105mmと90mmの各種砲弾を放った。だがしかし、未だ照射を行っていなかった光線級に、その砲弾ごと車体を射抜かれる車輌が続出した。
 戦車の背から逃れた随伴歩兵達はというと、廃墟や車輌の残骸から光線級への攻撃を開始する。12,7mm弾で光線級の脚や胴を狙い、確実な撃破を期す。だがこちらもやはり、光線級の標的となった。歩兵は戦車よりも悲惨で、初期照射から本照射に入った直後のコンマ1秒で蒸発させられてしまう。

 第3中隊は、瞬く間に全滅の憂き目にあった。
 鐘崎の12号車も例外ではない。照射を受ける。12号車車体正面装甲をぶち破る閃光、蒸発する操縦手。だが幸運なことに、その後閃光は上方へ逸れた。破壊光線は戦車砲を溶解させ、防盾を爛れさせた後に天を衝く。12号車に照射を浴びせていた光線級は途中、12,7mm弾によって脚を失い、バランスを崩した為に、照射が上方に逸れたのである。
 生きながらえた鐘崎はすぐに怒鳴った。

「下車、下車ぁ!」

 砲塔上面から飛び出した鐘崎はそこで、黒煙を吐き、崩れ落ち、爆散した後の車輌の群れを見た。彼女は酷く冷静に、全滅だ、とだけ思った。

 先程まで無線上で飛び交っていた怒号と、エンジンの轟音と、友軍車輌が爆散する断末魔に耳がおかしくなっているのか、遠くから笛の音が聞こえてきていた。
 死を告げる、笛の音が。






"青春期の終わり"(後)に続く。



[38496] "青春期の終わり"(後)
Name: 686◆6617569d ID:8ec053ad
Date: 2013/11/01 14:37
(先にアルファ・システム公式サイトで公開されているweb小説、みんなのガンパレードより「瀬戸口くんのガンパレード」を読んで頂ければ、内容をより理解出来ると思います。なお感想掲示板で岩田の立ち位置が分からない、との話が出ていましたが、「瀬戸口くん~」に登場する"岩田"とは5121小隊員岩田の、"父"であったと私は記憶しています)


















「芝村準竜師は"九州中部戦線の光線級なる新型幻獣を全て駆逐されたし"と要請してきています。……いいのですか? 貴方に戦う理由はもう――」

「いいや。無償の愛ってやつを、いつだってだれかひとりくらいは、振り撒いていなきゃ駄目なのさ」

 男は豪華絢爛たる戦装束に身を包むと、破顔一笑。
 白い歯がみえた。
 そして史上四番目の絢爛舞踏章受賞者は、再び戦場へ赴く。







"青春期の終わり"(後)



「畜生、戦車級来ます! 8体!」

「こちら第3中隊随伴歩兵、応援求む! 繰り返す、応援も求む!」

 12の車輌の残骸が転がる第3中隊の墓場では、生き残った随伴歩兵が押し寄せる小型種を撃ち殺すのに必死になっていた。彼らの携行火器は12,7mm重機関銃であるから、にじり寄る小型種どもを撃退するのは難しくはなかった。だが要撃級はともかくとして、突撃級はどうしようもない。突撃級や要塞級が現れれば、現地点を放棄する他ないであろう。
 だが現時点では、後ろに退がることも出来なかった。数体の光線級が周囲に未だ健在であり、生き残った学兵達は戦車の残骸やBETAの死骸から離れれば、すぐさま照射を受けることになるからだ。

「くそっ、煙で視界が……」

 大破炎上する74式戦車改から上がる煤煙が、兵士級や闘士級の姿を隠す煙幕となり、学兵達を悩ませる。状況は最悪で、気を抜けば小型種の浸透を許すことになる。生き残りの随伴歩兵達は、躍起になって重機関銃を振り回し、弾幕を張るのに必死になっていた。
 12,7mm弾が戦車級と闘士級を一緒くたに粉砕する中、生き残ったひとりの戦車長は、レーザー照射で大穴の空いた車体前面から車内に侵入した。操縦席だったスペースには、殆ど何も残っていなかった。微かに香る焼肉の臭いを無視して、戦車長は這いつくばって車内を進み、装填席でうずくまるひとりの少女の肩を掴んだ。

「はやく出てっ!」

 鐘崎の言葉に対し、桐嶋は意味もない呻き声で返事をして、肩に掛けられた鐘崎の手を身じろぎして外そうとする。彼女の頭の中では、車内は絶対安全だという妄信がこびりついてしまっているらしい。実際は逆である。操縦席が破壊され、かく座した戦車に執着する戦車兵ほど死に易いものはあるまい。
 それよりは外に出て、押し寄せる小型幻獣を殺す方が、遥かに生存の可能性は高まる。戦車兵の着用するウォードレスは筋力増幅率が低く抑えられている為、随伴歩兵のような白兵戦は出来ない。だがしかし彼女達は、降車後の自衛用火器として短機関銃や銃身を切り詰めた97式騎兵銃を携行している、小型幻獣とやりあうことは幾らでも可能だ。

「……ここにいたら、死んじゃうよ!」

 鐘崎は桐嶋を、そして自分を鼓舞し、桐嶋の小柄な身体を抱き締めると全力で車内から引きずり出した。勢いをつけ過ぎて尻餅をついてしまったが、ともあれ鐘崎は桐嶋を装填席から引き離すことに成功した。

「鐘崎戦車長、ここは離脱すべきでしょうね」

 車体に空いた大穴の傍らでは、鐘崎と桐嶋と同じく生き残った砲手が、短機関銃の引き金を引き、お世辞には分厚いとは言えない弾幕を張っていた。目標はハイエナの如く、どこからか沸いてきた兵士級と闘士級の群れに対してである。
 鐘崎戦車長は、その通りだ、と思った。出来ることなら光線級に照射される危険を冒してでも、すぐに後方に退がるべきである。
 だがその前に、やらねばならないことがあった。

「ごめん、もう少し待ってて! ……桐嶋さんをお願い!」

 鐘崎は地面に座り込み、ただただ泣きじゃくる桐嶋の腰から携行火器とその弾倉を抜き取り、砲手の足下に置いてやると、手近な戦車の残骸に向かった。生存者が居ないか確認するつもりであった。死者を悼む暇は時間は必要ないが、生存者を探す時間は幾らでも欲しかった。
 だが車輌の損害は軒並み激しく、中には車体側で爆発を起こし、車体も砲塔も吹き飛んだような残骸も転がっている有様であり、とても生存者がいるようには思えない。

「おいッ、そっちは駄目だ! そっちは大型種の死骸も、戦車の残骸も無い! 光線級に狙われる、迂回しろ!」

 また真っ直ぐ残骸に向かおうとすれば、光線級の視界に入ることになる。その度に迂回を余儀なくされ、途中には浸透してきた兵士級とかち合い、短機関銃を振り回しての接近戦を演じる羽目にもなった。そうして残骸と残骸の合間を駆け巡るも、見つかったのは捻じ切れたドックタグや腕や脚、あるいは鋼鉄の破片を全身に浴びた死体であった。
 厭な焼肉の臭いに耐えながらも、諦めきれずに向かった7両目の残骸で、ようやく鐘崎は、一人目を見つけた。

「ぶじ、だったの」

 既に死に体であった。
 吹き飛んだ砲塔に倒れこみ、いままさに生命の灯火が尽きんとしている少女の名前を、鐘崎は知っていた。比和栄子。最後のブリーフィングが始まる直前に、鐘崎に桐嶋の状態を聞き、心配の色を見せた少女だ。鐘崎と比和の関係は、戦車長同士の付き合いだけではない。いつでも強気で頑なな性格を発揮する、鐘崎のクラスメイトでもあり、親友とはいかずとも、良好な友人関係を築いていたのだ。

「大丈夫? 立てる?」

「わけないでしょ……!」

 と、口では言いながらも比和は、言うことをきかなくなった両脚に力を入れようとしたが、両脚は萎えたままであった。その様子を見ていた鐘崎は、しょうがないなあ、と呟いて、比和を背負おうとする。だがその行動は、他ならぬ比和に押し止められた。

「……もうむりって、わからない?」

 それでも鐘崎は比和の身体を背負った。すぐに夥しい量の血液が背中を汚し、荒い呼吸音が死を告げる笛の音を掻き消して、鐘崎の耳に届く。本当は動かしてはならない容態であろうが、一刻でもはやくこの死地から逃げなくてはならないのだ。比和には耐えてもらう他なかった。

「最後まで諦めちゃ駄目だから」

「またそんなことばっか」

「本当だよ、嘘じゃないよ!」

 鐘崎春奈の本心だった。
 だが戦車長として分析する現状は、最悪そのものだ。光線級にこの辺り一帯は睨まれている上、爆発炎上した車輌に引き寄せられるかのように、兵士級や闘士級、戦車級が集り始めている。こうなるともはや、独力での後退は困難だ。帝国陸軍は分からないが、光線級の威力を前にして、続く第5戦車連隊の車輌が応援に来るとは到底思えなかった。
 つまり比和が持とうが持ちまいが、この場所に釘付けにされたまま、物量に押し潰されるのが最期となろう。それでも戦友の生命の為に抗ってやるのが、鐘崎戦車長の流儀であった。
 だがその努力も、水泡に化そうとしていた。

 既に重機関銃の弾も尽き、手榴弾と素手で兵士級の奔流を押し止めていたひとりの随伴歩兵が、BETAの死骸越しにどうにもならないものを見た。体高60m、全身を堅牢な外殻に覆われ、溶解液を滲出させる衝角を振り回す怪物を。

「……要塞級だ! 12時の方向、距離400!」

 多目的結晶に送信された情報が正しければ、要塞級を撃破するには対戦車火器を以て、限定された脆弱な箇所を狙う他ないはずだ。だが随伴歩兵は、主力戦車に接近する小型幻獣を駆逐することを任務とする関係から、対中型幻獣ミサイルといった火器をもたない。第6世代クローン得意の格闘戦も、挑むだけ無駄であろう。結末は、脚部に吹き飛ばされるか、突き殺されるか、はたまた衝角で殴り殺されるか、といったところだ。

「96式手榴弾ならいけるか?」

「無理だ……大型幻獣と同等のサイズだぞ!」

 大型幻獣、という言葉に学兵達は震えた。体高50mから全長200kmまで、とにかくデカい幻獣がカテゴライズされる大型幻獣に、45年以来人類軍は敗北し続けてきた過去をもつ。砲爆撃を無力化する障壁を張るG・トード、大口径光砲と生体爆弾を以て友軍陣地を灰燼とするオウルベア、共生する100万単位の幻獣を揚陸するヘカトンケイル――彼ら大型幻獣に抵抗した人類軍が得た教訓とは、偏に"大型幻獣が現れたら逃げろ"だったのだ。

「ちくしょおおお」

「馬鹿! 撃たれるぞ!」

 ひとりの学兵が恐怖に駆られ、周囲の学兵の制止も聞かずに、BETAの死骸と車輌の残骸の山から飛び出した。だが30m走ったところで生き残りの光線級の照射を受け、瞬く間に蒸発してしまう。

「……だがどうする? 俺達がもっている最大火力は、馬鹿でかいこの手榴弾だけだ! 到底要塞級は……」

 将棋等で云うところの、詰み、というやつかと学兵達は思った。要塞級を撃破する手段も、光線級を撃破する手段もない。こうなれば何人かが照射を受けることを承知で、全員でここから後退する他ないのかもしれない。そうすれば、1人、2人は生きて後方へ退けるだろう。
 ……だが、それでいいのか? 全員が生き残る可能性のある術は、何かないのか?

 リーダー格の戦車随伴歩兵は、つぶやいた。

「全員が無事に離脱出来る方法なんて、ない……」



 絶望わだかまる戦場に、死振り撒く饗宴の始まりを告げる笛の音が、響き渡った。



 突如としてBETA群の一角が崩れた。
 脚を粉砕された要塞級がバランスを崩し、要撃級と小型種の群れを巻き添えにして倒れ込んだかと思えば、全速突進で戦術機甲連隊の向かっていた突撃級の大群、その先頭集団が絶命し、後続が二の足を踏まされる。小型種の群れは、限りなく音速に近い速度で振るわれた四肢によって、血飛沫と肉片を撒き散らした。
 帝国陸軍第73歩兵連隊の前面に迫る、戦車級と要撃級の群れを剣鈴の一薙ぎで喰らい尽くし、第23戦術機甲連隊の周囲に押し寄せる大型種の群れを、すれ違いざまに物言わぬ肉片へと換えてゆく。
 そして黒い影は、駆け、駆けに駆けて、小型種を粉砕しながら、第5戦車連隊第1大隊第3中隊前面に現れた要塞級へと向かった。火器をもたない黒い影を認めるや否や、要塞級は数本の衝角を以て、それを迎え撃つ。だが黒い影は衝角の軌道を見切っていた。衝角の全てを、敢えてTVゲームで喩えるのであらばドット1つの差で回避し、その懐に入るや否や、跳びあがる。

 要塞級が崩れ落ちた。

 そして勝者――巨人は悠々と、倒れ伏した敗者の上に立つ。
 死を告げる笛の音が、低く重苦しく響き渡った。私こそが戦場の王、お前達は――人は、幻獣は、BETAは、等しく無力な存在なのだ、と宣言するかのように。絶望わだかまる戦場の空気を揺り動かし、対等な彼我が殺し合う空間を、絶対的存在が一方的に大鉈を振るう屠殺場へと換えていく。
 要塞級の外殻の頂点に立ち、笛を吹き鳴らす巨人を、その場に居合わせた全ての存在が注視した。西洋の騎士を連想させる重厚な甲冑を纏い、鉄兜からは一対の角が伸びている。その鉄兜の下には血肉通わぬ髑髏、眼窩にはあるべき眼球はなく、口元に巨大な角笛があてがわれ、死と絶望を振り撒く舞踏の開始を告げている。

「……なんだ、あれは」

「こちらエエカトル・リーダーよりCP……所属不明機が戦場に侵入! 友軍部隊に問い合わせてくれ」

「黒木大尉はあれが友軍とでもお思いですか……」

 かつて夜な夜な現れては幻獣を殺し続け、整備する間も惜しんで殺し続け、血飛沫と錆で赤茶けた黒鉄の甲冑。それはこの世界にあってはならないものに、衛士達には思えた。あれが友軍のはずがない、一瞬で眼前の敵を駆逐したそれは、友軍機というよりは、死を望む怪物。対等な決闘すら望まず、殺戮すら楽しまず、生物の死だけを好む化物にしか思えなかった。

 死霊の如き騎士の背面装甲には、この世界の者には読めない字で、こう刻まれていた。

 "我は豪華絢爛たる死を呼ぶ舞踏。我は世界の総意により世界の尊厳を守る最後の盾。朝を迎える間際、闇の中でひときわ量濃を増す暗黒。絶望を内包し、汚辱を忌避せず、あらゆる災禍を汚濁で塗り潰す絢爛舞踏"。

 血塗れた騎士の主は自身に集まる視線に気付いていたが、特別どうといった感情をもたなかった。絢爛舞踏とはそういうものだ、謗りを受け、妬まれ怨まれてなお、敵を殺し続ける存在。恐怖するならば恐怖しろ、それでいい。恐怖されるということは、それは俺に敵を殺戮することによってこの街を救う力がある、という証明に他ならないのだから。
 学兵達が「死を告げる舞踏だ」とつぶやいた時、夕闇迫る空に眩しい光が迸った。まるで暗闇に抗おうとするかのように光線級が放った数条の閃光は、呆気なく巨人の正面装甲を溶解させ、貫いてみせた。

 だが、笛の音は止まない。

 騎士装束を模した甲冑を纏う巨人――士魂号重装甲西洋型の正面装甲は確かに溶解し、その胴には風穴が空いていた。では何故、死霊の如き騎士は未だ立っていられるのか。何のことはない、光線級の照射を回避出来ないと悟った絢爛舞踏は、その閃光を急所を外して受けた、ただそれだけだ。
 そして絢爛舞踏仕様である士魂号重装甲西洋型は、踊り始めた。
 光線級に次射の機会は訪れなかった。夕闇と一体化し、瞬間移動するが如き視認し難い高速で、彼は光線級に襲い掛かる。限りなく音速に近い速度で放たれた蹴りに、光線級の矮小な身体は弾け、空に血飛沫のアーチを架けた。
 過去と未来を見据える筈の両眼をもたない眼窩は、それを一瞥することなく、次の目標を定める。屈辱と殺戮に彩られた過去も、糾弾と畏怖に塗れる未来も、何の価値ももたない。絢爛舞踏に必要なのは、現在だ。人を殺め、街を焼く敵が存在するいまこの瞬間に、全力を振るわねばならないのだ。だから眼球など必要ない。
 体高9mの巨人にしても長大に過ぎる剣鈴が、高速でBETAの間を行き来する。要撃級の前腕を受け流し、頭部を叩き斬り、後背に迫る新手の要撃級をも斬り刻む。飛び掛かる戦車級の群れに剣鈴を薙げば、数十の肉塊が地面に転がった。その剣鈴の刃が唸る度に、先端の鈴が鳴り響く。剣鈴が振るわれる度に血塗られた甲冑が軋み、万の怨嗟の声をあげる。
 大型種の中核を成す突撃級と要撃級が、絢爛舞踏の駆る士魂号重装甲西洋型へと突進するも、如何なる打撃も届かない。届かないまま、剣鈴によって斬り捨てられていく。元を正せば作業用ユニットである彼らが、人よりも少し速く動き、人よりも少し多く殺すことを積み重ね続けて戦闘に特化し、遂には人であることを辞めた絢爛舞踏に敵うはずがないのである。絢爛舞踏の戦闘力が1だとすれば、BETAの戦闘力は0だ。0が幾ら集まろうと、1を超えることはないのは自明の理であろう。
 髑髏が笑っているように、みえた。
 かつて人々の裏切りに逢い人間を見限った絢爛舞踏は、1000年の間、失望と濁流の中に身を置き、あらゆる汚濁を吸っていまここにいる。全身から撒き散らされる圧倒的なまでの死は、百、千のBETAを殺すに足りた。
 盾としても機能する角笛で以て要撃級の横殴りを受け止め、既にここまで百単位のBETAを屠っている剣鈴で以て反撃する。
 一薙ぎすれば十が、十薙げば百の死骸が士魂号の周囲に生まれる。仮にBETAに感情があれば、その同胞の壮絶な最期を前にして後退したに違いなかった。事実、かつて絢爛舞踏が駆る士魂号重装甲西洋型に相対した幻獣軍の幻獣達は、彼を前に後退し続けた。尤も後ずさりした幻獣は突き殺され、背中を見せた幻獣は袈裟懸けに斬殺されたのだが。
 剣鈴によって転がる肉塊が増えるに従って、次第にBETA達は絢爛舞踏を捕捉することすら困難になっていた。黒い影は大型種の死骸と死骸の合間を走り抜け、まごつく突撃級の背面に現れこれを斬り殺し、更に駆け、感覚器を動かして索敵中の要撃級の脇腹を抉る。幽鬼の如く死骸と死骸の合間から現れては殺し、殺しては消える士魂号に翻弄され、BETA達は手も足も出ない。
 長大な射程を誇り陸戦兵器に対しては無敵であるはずの光線級も、前を往く要撃級と突撃級に射線を阻まれ、また死骸と死骸の合間を縫って死を振り撒く士魂号をその視界に収めることが出来ない。
 一瞬だけ動き回る黒い影を認めた重光線級は、次の瞬間には背面に回り込んだ士魂号に蹴り殺されていた。戦車の発展兵器たる人型戦車士魂号の真骨頂は、その機動。近くに居合わせた光線級が予備照射を開始した時には、もう絢爛舞踏は廃墟と死骸の中に隠れてしまっている。そして数秒後にはまた光線級の背後に、血塗られた騎士が剣鈴を振りかぶって現れる。

『……こちらCP、敵中に斬り込む所属不明機は、陸上自衛軍九州軍総司令部芝村参謀長(幕僚長)直属機と判明。コールサインは、”ゴージャスタンゴ”。但し援護は不要とのこと。ゴージャスタンゴが光線級を駆逐する、貴官らは、前面のBETAを引き続き撃退されたし』

『了解! ……元よりあんなの援護出来やしねえよ』

 絢爛舞踏を初めて見た帝国陸軍将兵の思いは、あの怪物に援護など必要あるのか、逆に我々の援護は邪魔にしかならないのではないか、というところだ。まるで息をするかのように歌うかのように、働き続ける殺戮機械。BETAをただひたすらに殺し続けるその姿は、心強いというよりは、むしろ恐ろしい。
 ゴージャスタンゴと呼称される異形の戦術機は、それを動かす人間は、まさしく人類の境界を越えた向こう側にいる。全く以て異質、異形の存在。

『絢爛舞踏(ゴージャスタンゴ)……ダンサーなんかじゃねえ、あれは鬼神(オーガ)だ』

 誰が彼と轡を並べて戦えようか、そんな思いに帝国陸軍将兵は駆られたのだ。
 それもそのはずであった。絢爛舞踏は人であることをやめた、最も新しき伝説。未だ人間であることを辞めていない彼らでは、到底並び立つことなど出来ない存在。それ故に人は、絢爛舞踏を畏れ、謗り、拒絶する。

 いつしか学兵も帝国軍人も、死骸の海に消えた絢爛舞踏を捕捉することは出来なくなっていた。ただ戦場の随所で赤い巨柱がぶち上がり、要塞級が崩れ落ちる。士魂号重装甲西洋型が、未だ死を告げる舞踏を続けていることだけは、分かった。



「本当はソファーとかが良かったんだけど……」

 BETAが絢爛舞踏によって駆逐された後、鐘崎は未だ形を保っていた民家に押し入ると、敷布団を拝借した。息も絶え絶えの比和を運ぶ、担架の代替にしようと考えたのである。砲手に添え木や即席担架を作る上で必要な補強財を探してもらい、大破した車輌から持って来た救急医療キットで比和に出来るだけのことをした鐘崎は、徴発した敷布団に彼女を移した。

 そしていざ運ぶ段になって浮上したのは、運び手の問題であった。担架の片方を鐘崎が持つとして、もう片方はどうする? 道中、撃ち洩らした兵士級や闘士級に襲われないとも限らない、それを考えると砲手には護衛について貰った方がいい。小型幻獣を狩ることが仕事である、随伴歩兵にも頼めない。
 となると、もう彼女に頼むしかなかった。

「桐嶋さん、手伝って!」

 だが桐嶋は、車内から鐘崎に引き出された場所から、うずくまって動こうとしない。もう一度彼女は、自車の装填手に「比和さんは自分で動けないから、運ばないと駄目なんだよ!」と呼びかけたが、桐嶋は全く身じろぎひとつしない。それを見た鐘崎は、何に差し置いても怒りを覚えた。

「ふざけるな!」

 表面的には平静を保っていても、鐘崎春奈は既に限界であった。視界曇らせる煤煙は、かつて第3中隊車だった鉄塊から巻き上がるものだ。鼻を衝く異臭は、かつて同級生だった焼死体から発せられるものだ。だがしかし自分達はいま、生きている! 戦友達を悼んでいる時間があるのならば、生きる為に時間を費やさなくてはならない。
 なのに何故、桐嶋装填手は動こうとしないのだ?

 鐘崎戦車長はつま先で、うずくまる桐嶋装填手の喉元を蹴り上げて仰向けに叩き起こした。
 ふざけるな、ともう一度、戦車長は言った。それが最後通牒であることに気がつかなかったのか、一切動きを見せなかった桐嶋は、続いて戦車長の一方的な私刑を受けた。それは、砲手が鐘崎戦車長を止めるまで続くことになった。



[38496] "岬にて"
Name: 686◆6617569d ID:8ec053ad
Date: 2013/11/05 09:04
"岬にて"



 1900時。某所。

「我々としても慙愧の念に堪えませんが」

 と前置きした上で在日米軍司令部スタッフが本土防衛軍統合参謀本部の将兵へ提案した打開策は、中国地方に着上陸したBETA群に対する核攻撃であった。
 その瞬間、地下大会議室に居合わせた帝国陸海軍と、在日米軍司令部スタッフを除いた国連軍の全将兵は、如何なる動作も止めて、沈黙した。
 核攻撃。それは国内に戦場を抱える前線国家にとっては、忌避すべき最終手段にして、唯一無二の逆転の切り札、そして人類の未来を繋ぐ希望だ。かつてソビエト連邦・中華人民共和国、陸軍大国たる両国は軍団・軍規模のBETA群東進に対して、戦術核による飽和攻撃で対抗した。これは守るべき国土と国民を代償として、もろともBETAを煉獄へ叩き込む悪業である。自由主義諸国・先進国に較べて人間の生命が相対的に安い国家であっても、軍部高官はその使用に苦悩したに違いなかった。
 だが核兵器は、人類全体の延命に大きく寄与している。最終的には自身の国土を焼きながら、ソ連邦は沿海州地方・北米大陸へ、中国は台湾へと撤退を余儀なくされたが、それでもユーラシア大陸陥落まで、かなりの時間を彼らは幾百回もの核爆発を以て稼いだ。また北米大陸に着陸したBETA降着ユニットを迎撃し、これを破壊せしめたのも思えば米軍の核兵器である。

「……」

 沈黙した帝国陸海軍の高級参謀達とて、核兵器の威力を知らぬはずがない。かの朝鮮半島における所謂、彩峰中将事件による作戦計画の崩壊、その尻拭いに用いられたのはやはり中韓連合軍が有していた戦術核であった。在日米軍スタッフと相対する帝国陸軍参謀本部の中には、実際に大陸派遣軍として当時朝鮮半島に赴いていた将官もいた。

「国連軍による核兵器の使用に関しては、貴国の関係省庁とも現在協議中です」

「……」

 佐官クラスの帝国陸海軍参謀達は、口を真一文字に結んだまま在日米軍司令部のスタッフを見つめることしか出来ない。この提案を跳ね除けなければ、帝国領内で核弾頭が炸裂する。
 だが、どうしてこれに反対出来ようか。
 会議室に居合わせる国連軍将兵の中には自国領を核で焼き払い、焼き払ってなお国土を捨てざるを得なかった前線国家出身の者が多く居る。彼らの前で「BETAを通常戦力で押し止めることは困難だが、核戦力には頼りたくない」旨の発言など、到底出来るものではない。それは子供の我侭に過ぎない。

「……攻撃目標は?」

 国連軍太平洋方面第11軍に属する参謀のひとりが問う。
 すると在日米軍司令部のスタッフ達は、事前に検討していたのであろう、核兵器使用を前提とした作戦計画を淀みなく説明し始めた。
 彼ら在日米軍がまず標的としてあげたのは、戦況の悪化著しい中国地方、山口県長門市から下関市まで海岸線を覆い尽くすBETA群約2万と、島根県出雲市・松江市周辺にて殺戮に興じるBETA群約1万。用いるのは日本近海に展開する米潜水艦が有している戦術核弾頭を搭載した巡航ミサイルで、また光線級による核弾頭迎撃を回避する為に、帝国海軍連合艦隊と米第7艦隊より荒天下でも戦闘可能な巨艦を抽出し、艦砲による同時飽和攻撃の実施も計画に盛り込まれている(つまり通常砲弾を囮として核弾頭を生かそう、という意図だ)。

 実際のところこの計画すら、在日米軍司令部内では核弾頭の運用数を抑えた案だった。

 現在の戦況はやはり芳しくない。

 九州中部戦線では本土防衛軍は想像以上の粘り強さを見せ、BETAを抑え込みつつあったが、九州北部戦線はまだまだ予断を許さない。長崎県内では国連軍基地佐世保を中心として抗戦が続き、佐賀県内も未だ長崎自動車道以北で防戦中。福岡県では博多湾沿岸にて、彼我一歩も譲らぬ激戦が展開されている。対BETA防衛線は簡単に言えば、佐世保市――佐賀市――福岡市で結ばれており、血と鉄の応酬が続く。

 一方で中国地方では、本土防衛軍・在日米軍共に後退が続いていた。BETAの電撃的な侵攻速度を前に適切な処置が取れないまま、山口県ではその大部分を既に失陥、関門海峡を保持すべく下関市内で防戦中の1個師団と、在日米軍及び国連軍太平洋方面第11軍の一大根拠地たる岩国基地に拠る諸部隊のみが、辛うじて踏みとどまっているという状況。更に島根・広島県内へのBETAの浸透も激しく、両県保持も絶望的とみられていた。

 在日米軍司令部において考案された初期案では、核兵器の全面使用による戦局挽回が盛り込まれていた。
 まず九州北部博多湾沿岸のBETA群を複数の核弾頭を用いて排除し、九州北部戦線に掛かる圧力を和らげ、また下関市の防衛部隊が相対する山口県内のBETA群を核攻撃することで、九州地方への更なるBETA流入を防ぐ。……この過程で博多湾・玄界灘は放射性降下物によって大いに汚染され、山口県全域は文字通り死の大地となることであろうが、それには一切頓着せず、以降も中国地方全域を標的とした核兵器の運用が考えられていた。

 だが流石に、この核兵器積極運用案を本土防衛軍側も承服しまい。
 そう判断した彼らは、当会議では核弾頭使用範囲を抑えた計画を提案したのであった。ただ北部九州で抗戦中の西部方面軍の側面を守る為にも、下関に押し寄せる山口県内のBETA群、また島根県出雲市から松江市に未だ残留する予備兵力となるBETA群を、核兵器で以て殲滅する。九州戦線の安定化と国連軍撤退の時間稼ぎの為に、この2点だけは譲れなかった。

「確かに山口県内のBETAに下関市を突破されれば、関門海峡を通って北九州市だ――BETAに帝国陸軍西部方面軍は横腹を衝かれますな」

「……認めるのも腹立たしいが、中国地方で敗退続きなのは事実。再編成と防衛線再構築の時間は、少しでも欲しいところです」

 国連軍太平洋方面第11軍の幾人かの将官は、間接的な表現を以て賛同の意を表したが、やはり在日米軍の人間を除いた将兵の多くは非常に難しい顔をしている。実際には通常兵器であっても、劣化ウランを封入した弾薬の使用や重金属雲を発生させるAL弾等、土壌・水質を汚染する代物はごまんとあるが、それらと核兵器との間には凄まじいまでの隔絶がある。核兵器の使用についての判断は、国際法的にはどうあれ、やはりその国家の人間が判断すべきだと、彼らは確信していた。
 そして帝国陸海軍の佐官クラスの将兵はやはり諾とも否とも、返事を出来ずにいた。
 通常戦力で抗しきれない以上は、国土を穢し、帝国臣民を害するこの最終手段をとる他ないことは分かっている。また人類全体の対BETA戦略を考えれば、ここで東アジア随一の軍事力を有する不沈空母、来るユーラシア大陸奪還のその日に、足掛かりとなるべき日本列島を喪失することはあまりに痛い。
 対BETA戦は、もはや日本帝国一国の問題ではない。日本列島からBETAを追い落とす、それは全人類に対する責務となっている。もしも日本帝国が潰え、本州をBETAが蹂躙する結果を迎えようとも、その時まで帝国陸海軍は持てる全ての手段を以て、散々にBETAに出血を強要し、人類軍が新戦略を打ち出すまでの時間を稼がねばならない。
 ……かつてのソビエト連邦や中華人民共和国のように。



「申し訳ないが、西日本における戦術核運用に小官は反対させて頂く」

 だが帝国陸海軍側から、遂に発言する将が現れた。中肉中背、凄みもなく鬼気迫る何かも無い、一見して何の取り柄もなさそうな老将が、枯れた枝の如き腕を挙げている。彼の肩書きは、帝国陸軍中部方面軍司令官。中国地方・中部地方防衛の責を負うべき、現在まさに敗将となろうとしている男であった。
 在日米軍司令部のスタッフは苛立つでもなく、中部方面軍司令官を務める帝国陸軍大将の言葉を待った。帝国陸海軍側から反対意見が出ることは既に想定済みであったし、彼ら在日米軍将兵とて愛する郷土をもつ一個の人間だ。自国領が外国軍の手によって灰燼と化す、それが如何ばかりの苦痛であるか理解することが出来る。

「超大型台風は大いに勢力を減じている。だがしかし今だその影響著しく、中国地方では荒天続きだ。その状況下で戦術核を運用すれば、放射性降下物は想定以上の広範囲に拡散することになる」

「戦術核弾頭は日進月歩で改良が進められてきました。放射性物質は数ヶ月で半減期を迎え、1年以内には殆ど無害化されます。貴国領への汚染は広範囲に渡るものになるかもしれませんが、ごく一時的なものになるはずです」

「恥ずかしながら我が中部方面軍は勿論、東部方面軍・西部方面軍――帝国陸軍はNBC(核・生物・化学)戦争下に適した装備を有していない。我々は、戦わずして無力化されることになります」

 つまり死の灰が降りしきる中、我が軍は作戦行動を取ることは出来ない、と中部方面軍司令官は言っているのだ。
 これは半分嘘で、半分は本当であった。
 光線級が放つレーザーの減衰を目的として、被迎撃時に重金属雲を発生させるAL弾を帝国陸海軍は装備しており、同時に制式採用されている戦術歩行戦闘機や機械化装甲歩兵は、当然ながら人体に悪影響を及ぼす重金属雲の中でも活動出来るものを採用している。また機械化歩兵装甲を運用しない歩兵部隊も、必ず防毒面を装備している。つまり彼らは死の灰に、"直接"曝されずに済む条件を満たしている。
 だがしかし、完全に放射線被曝を防げる訳ではない。戦術歩行戦闘機は、宇宙線に曝される環境下での開発を想定して設計された作業用ユニットから発展しているが、現在では地上戦兵器として進化を遂げており、再突入型駆逐艦が有するような高度な対放射線防護力はない。また機械化装甲歩兵も気密性こそあれど、当然被曝を防げるほどの装甲はない。つまり放射線量の高い戦場において、長時間の戦闘行動が可能なのは、十分な装甲厚のある主力戦車か第1世代戦術機くらいであろう。歩兵は何をいわんやである。
 また除染設備の問題もある。帰投した戦術機に付着した異物(BETAの体液等)を洗い落とす設備は、どこの駐屯地にでも備えられている。だがしかしNBC戦争に適応し、死の灰が付着した戦術機を洗浄出来る設備は主要基地にしか存在しなかった。無害な前者とは異なり、後者を放置することは戦術機を駆る衛士の被曝量を増大させる可能性を生む。仮に西日本が放射性降下物に襲われ、高放射線量を示す戦場が現出すれば、ただでさえ人手に対して仕事量が飽和気味の整備畑は、完全に破綻する。

「降雨によってある程度は、拡散が防がれるのでは?」

「我々は専門家ではない以上、何とも言えないでしょう……中国地方には曇天強風の地域もあります」

「降雨によって生まれた水流によって、逆に放射性物質が集中し、高放射線量が確認されることもあり得る」

 半ば外野となっている国連軍太平洋方面第11軍の高級参謀の幾人かは、中部方面軍司令官の言葉に頷いた。実を言えば国連軍太平洋方面軍、太平洋艦隊とて除染のノウハウが充実している訳ではない。実際人類国家の中でNBC戦争下での除染能力を十分に有しているのは、在日米軍ぐらいのものであり、では戦術核による時間稼ぎを常套手段としてきた中国・ソビエトはどうかと言えば、主力兵器の稼働率上昇のみを考え、除染等は一切考えていなかった。

「優先的に予算配分を割り当てられている軍ですら、情けないがこの有様。死の灰降りしきる中、他の関係省庁は深刻な機能不全に陥ることになる。反対意見は小官だけでなく、日本政府の総意として上がってくるはずだ」

 中部方面軍司令官は、そう結論付けた。
 自国領が放射性物質によって汚染されるといった事態は、検討されてこなかった訳ではない。だが関係省庁が事前に想定していたケースは、寄航中の米原子力空母に万が一の事態が発生する、といったあくまでも限定的な放射能汚染であり、西日本全土や第一帝都が放射性降下物に襲われるという大規模汚染については、徹底した考慮が為されていない。
 死の灰に襲われた道路、建造物の除染は? 西日本一帯の全臣民に行き渡るだけの防塵マスクを確保出来るのか、放射性物質の体内蓄積を防ぐ薬剤は充分にあるか? 恐慌状態に陥るであろう市民を鎮撫する術は――?
 実際に死の灰がばら撒かれる範囲が、既に市民が死に絶えたBETAに蚕食された国土に留まったとしても、流言の類が帝都に飛び交い、騒擾状態となる可能性は否定出来ない。総力戦体制で臨む日本帝国は、既に多くの苦難を帝国臣民と他国難民に強いている。前者はともかく、後者が大規模行動に出る可能性も否定出来ない。
 日本政府にとって、核攻撃は非常に厄介な代物であった。

「なるほど。人道的見地からは勿論ですが、実務的な面からも核攻撃には難があるということですか」

 在日米軍側も頷かざるを得ない。この場で日本政府の不備を詰るのは容易いが、それでは何の解決にもならない。また在日米軍司令部スタッフの中には、NBC戦に精通した専門家もいたが、彼を以てしても、人類側で完全に制御された核爆発とはいえ、放射性物質がどこまで飛散するのか、その予測は難しかった。
 日本帝国領内における戦術核一斉使用は米国政府の意向であったが、彼らも今頃は日本政府側から反対意見を聞かされていることであろう。

「……ご理解頂けたようで幸いだ」

 帝国陸海軍側の参謀達は、どうやら戦術核の使用は避けられそうだ、と早合点した。
 実際には在日米軍司令部スタッフは、更に上を往く悪辣な代替案を用意しているというのに。
 それに気づくことなく、中部方面軍司令官はあくまで通常戦力のみを運用しての今後の防戦案について語り始めた。

「本土防衛軍統合参謀本部では、鳥取・岡山間以西の保持は絶望的と考えている。我が中部方面軍は今後BETA占領地奪回の為の足掛かりとなるべき、四国地方を何としても確保。そして兵庫県西県境を帝都第一防衛線を位置づけ、これより一歩も退かない腹積りだ」

「防衛線再構築に必要な時間は、どうやって捻出するおつもりか?」

「心苦しいが、鳥取・岡山間以西は全土を灰燼に帰す。それくらいの覚悟を以て、核爆発を除いたあらゆる手段を用い、これに対抗する。具体的にはS-11の集中利用等だ。核地雷のような運用を考えている」

 BETAの侵攻路を割り出した上で、指向性を持たせることで範囲は限定されるものの、戦術核と同等の威力を持つに至ったS-11を配置し、西日本の主要都市もろともBETA群を葬りさろうというのである。S-11は生産コストが安い訳ではないが、戦術歩行戦闘機の自決用兵器として搭載されるほどにかなりの数を、帝国陸海軍は有している。場合によっては戦術歩行戦闘機の搭載分を、中部方面軍司令官はこの戦略のアテにするつもりであった。
 対する在日米軍司令部スタッフは、彼の提案に懸念を述べた。

「だがBETAの行動には、常に不確定要素があります。我々の常識では推し量れない――例えば地中侵攻等を行われれば、地上に設置されたS-11群は肩透かしを食らうでしょう」

 堅牢な要塞線は、押し寄せる師団規模のBETA群など簡単に弾き返してしまうが、地中侵攻によってあっさり抜かれる。これは欧州戦線等で、人類が学んだひとつの教訓であった。
 対BETA戦の基本は、機動防御。多少割高であっても、迅速な部隊展開が可能となる攻撃ヘリや戦術機を多数運用し、押し寄せる敵は勿論、後背に現れた敵を迅速に、かつ積極的に迎え撃つ。

「既に敷設されている地中侵攻警戒のシステム、また前線散布式の無人振動検知機を大量運用すれば、それも恐るるに足らないと小官は考える」

「在日米軍(われわれ)は、もっと確実を期すやり方をご提案出来ます」

「お聞かせ願いたい。核弾頭の運用抜きであれば、どんな案でも一考の余地はある」

 中部方面軍司令官とてBETA群地中侵攻の可能性を鑑みれば、S-11の集中運用には不安を覚えずにはいられない。在日米軍司令部スタッフが言うとおり、その提案がより確実性ある良策であれば、喜んでそれを作戦計画に盛り込むつもりであったし、これ以上のBETA蚕食を防げるのであらば在日米軍に主導権を明け渡してもいいくらいに、彼は考えていたのである。帝国陸軍大将としての下らない矜持など、なかった。
 だが在日米軍スタッフの提案は、戦術核の一斉使用よりも問題がある代物であった。

「我が米国政府が長年研究を重ね、既に実戦配備も完了している新型爆弾。国連主導のオルタネイティヴ計画、その予備案たるオルタネイティヴ5遂行に欠かせぬ新型爆弾――五次元効果爆弾の使用を提案します」

「……新型爆弾、だと」

 ええ、と頷くなり在日米軍司令部スタッフは、新型爆弾の利点を力説しはじめた。
 曰く新型爆弾は、戦術核・戦略核にも劣らぬ破壊力を有しており、また起爆後その悪影響が広範に及ぶことは決してないという。俗な表現をすれば、爆心地にはぺんぺん草一本生えない荒野となるが、ともかく放射能汚染等の心配はないらしい。彼らの説明を素直に受け取るだけならば、「極めてクリーンな核弾頭」という印象を受ける。戦術核の代替として、最高の兵器に思えるほどだ。
 だが帝国陸海軍側の将兵は、当然警戒感を募らせた。

「申し訳ないが、当方は新型爆弾についての情報が不足している。よく分かっていない代物を、本土防衛戦に投入することは到底出来ない」

「お気持ちは理解出来ますが、我々としてはこれが最善策であると信じています」

「その五次元効果爆弾、実戦投入は初めてになる。言い方は悪いが、貴官ら……否、貴国は我が国土を実験場とするつもりか?」

「我々としても五次元効果爆弾を、貴国領で実戦初投入することに抵抗を感じざるを得ません。ですが事態は急を要しており、これを使用しなければ我々国連軍も貴軍も、極東の人類軍全体が大損害を被ることになるのです」

(人類全体の利益を守る為、新型爆弾を利用する。結構な大義だ)

 だがそれはあくまでも建前に過ぎないということに、中部方面軍司令官は嫌でも気づく。
 最高機密となる国連主導のオルタネイティヴ計画、帝国陸海軍のヒラ参謀ではそういった計画の存在する程度しか情報を得られないが、帝国陸軍大将の彼はオルタネイティヴ計画の仔細まで把握出来る。それを巡る各国の思惑も。

(帝国領内で新型爆弾、通称G弾を利用しBETA群の侵攻を阻止すれば、それは世界各国に対する最高のデモンストレーションになる。未だ何の結果も残せずにいる、本計画に採用された日本帝国が推進するオルタネイティヴ4。対して米国が推進する予備計画、オルタネイティヴ5。G弾の有効性を証明すれば前者に較べた時、後者の存在感はより大きなものとなる)

 G弾については、中部方面軍司令官も殆ど無知に近かった。元よりG弾はオルタネイティヴ5計画の産物ではなく、それ以前に米国内で研究が重ねられていた機密中の機密だ。
 起爆後の威力も、影響も全く分からない。故に、警戒せざるを得ない。G弾が有効であり、更に悪影響を及ぼさないクリーンな兵器であるならば、国際情勢なぞ知ったことか、是非とも保有する全弾を中国地方にぶち込んで貰いたいほどだが。

 結局のところ比較的理性的なやり取りが続いたのは、ここまでであった。この後はそれまで沈黙を貫いてきた帝国陸海軍側の参謀達が、G弾使用を恐慌に主張する在日米軍司令部スタッフと激烈な討論を始めることになる。







 防諜が完璧であるはずの、この一室でのやり取りを不正に傍受していた人間がいた。
 文字通り世界外の技術を用いて盗聴を行ったその男は、日本帝国と在日米軍等のおかれている状況を全て把握し、もう少し情報収集してから上層部に纏めて報告するであろう。
 そして彼らは、揃いも揃ってほくそ笑むことになる。

 世界間を自由自在に移動し、世界という世界に武器を売りつけ、その世界に対する発言力を確保した上で、武器の対価としてその世界に介入する。そうして最後にはその世界の未来を頂く死の商人、セプテントリオン。

 彼らにとって、人類が敵性勢力と対決し滅亡の危機に瀕しているこの世界、事業を展開するのに丁度いい。もしも介入に失敗、商品の売り込みが困難となったとしても、その時は新商品の実験場として、せいぜい利用してやるだけだ。

 いま滅亡の危機にある日本帝国も、名実共に人類最大・最強の国家たる米国も、オルタネイティヴ計画の成否も、当然BETA大戦の行く末も、彼らからすれば思いのまま。

 この世界も近いうちに、セプテントリオンによって存分に利用される運命にある。











―――――――



 第5世界より何故学兵部隊が転移したのか、死の商人セプテントリオンがこの世界に介入出来るのか。逆に何故、Muv-Luv世界が別世界に影響を与えないのか。その辺りは適当に説明づけるつもりですが、これまで明かされた世界の謎(裏設定)とは矛盾するところも出ると思います。……それは既出の情報がダミーだった(ご都合主義)ということで、ひとつご了承ください。



[38496] "超空自衛軍"
Name: 686◆6617569d ID:8ec053ad
Date: 2013/11/16 18:33
 セプテントリオンとは世界間移動組織であり、自分達が開発した商品を殆ど無料同然で目につけた世界に売り込んでは、対価としてその世界の未来を頂く死の商人です。
 具体的に説明すれば、優れた武器を供与することで、その世界に対する発言力・影響力を確保する、また工作員を利用しての権力者の殺害・恫喝といった非合法手段をも駆使することで、その世界を思いのままに運営していく。それが彼らのやり口になります。まさにその世界の未来を、セプテントリオンが手に入れてしまうのです。
 第5世界(ガンパレ世界)でも、この死の商人セプテントリオンは暗躍していました。99式熱線砲(レーザーライフル)といった兵器は、セプテントリオンによって世界外からもたらされた技術によって生み出されたものです。
 何故彼らは世界に介入するのか? 多数の世界を手中に収めることに何の意味があるのか? その目的は未だ謎ですが、とにかく彼らは市場拡大の好機を逃すことはしません。









"超空自衛軍"



 7月9日2000時。

 苦戦に次ぐ苦戦によって手痛い打撃を被った第5戦車連隊は、戦線維持を第113普通科連隊と第145普通科連隊に任せる形で、早々に九州中部戦線より撤退。現在は負傷者の後送と再編成の為に、熊本市南区にまで退がっていた。
 先頭切って敵群へ斬り込んで行った第1大隊第3中隊を筆頭に、第1・第2中隊も被撃破車輌が続出。続く第2大隊も被害甚大の憂き目に逢い、終始強気であった各大隊指揮官も意気消沈、第5戦車連隊本部も作戦行動を見直すどころか、すぐさま前進を中止した上で撤退を決意せざるを得なかった。第5戦車連隊全体の被撃破数は41輌。戦車連隊に配備される戦車数が約120輌前後であることを考えると、戦力の約1/3を僅か3時間余りで喪失した計算になる。
 だが何よりも痛かったのは41輌の車輌自体を喪失したことではなく、その被撃破車輌に搭乗していた戦車兵約100名を失ったことであった。
 主力戦車が1輌全損するということは、最低でも2名の戦車兵が犠牲になる、ということを意味する。車輌は1ヶ月もあれば補充出来よう、だがそれを動かす熟練の戦車兵を養成するには、年単位の時を待たねばならない。九州軍としては、たまったものではなかった。やっと中堅レベルにまで練度が向上し、まだまだ伸び代ある戦車兵約100名が、緒戦の僅かな時間で戦死したのだから。
 この世界において対BETA戦に臨む部隊が、たった一戦で戦力の3割を喪失することは珍しいことではない。だがしかしそれまで幻獣軍と現代戦を繰り広げてきた第5戦車連隊からすれば、たった一戦で3割の戦力を失うなどあってはならないことであった。彼らにとってこの7月9日は悪夢の日となった。

 この大被害の原因は、どこまでもBETAがもつ性能の認識不足にあった。
 強力な光砲を有する光線級は絢爛舞踏が片付けたが、結局光線級が全滅した後も、第5戦車連隊は酷く苦戦した。厄介であったのは、偏にBETAの機動力。時速150kmを超える速度で駆ける突撃級は勿論、掃いて捨てるほど存在する戦車級ですら、時速80km程の高速で接近してくるのだから、まさしくこれは脅威であった。
 正面の要撃級に応戦している間に、側面から突っ込んできた戦車級の群れに食いつかれる、あるいは突撃級の突進に対応しきれず蹂躙される、そういったケースが頻発した。従来の幻獣のように組織的な攻撃はないが、それでもBETAは個々が優速であり鈍重な戦闘車輌では中々抗しきれないのである。BETAの脅威は物量である、と単純に語られることが多いが、実際には人類軍の車輌を遥かに上回る行動速度が彼らを脅威たらしめている。
 とにかく彼らは今日、高すぎる授業料を払ってBETAの威力を学んだ。
 戦闘を経験しつつも後退に成功した、あるいは戦闘自体に参加することがなかった第5戦車連隊の車輌達は、緩慢な動きで熊本市内を北上していく……。

(負けたんだ)

 と、鐘崎戦車長は思った。
 彼女のように自身の車輌を失いながらも生き残った戦車兵達は、友軍車輌の背に載せられて、惨めな撤退を経験する羽目になった。勿論車輌を失うことも無く、自身の愛車と共に引き上げる戦車兵達も敗北感に打ちのめされていた。……彼らの中には、僚車ごとBETAを撃退する経験をした者も少なくない。戦車級に集られ解体されようとしている友軍車輌に榴弾の集中射を浴びせ、恐らく未だ無事であったろう戦友共々小型種を一掃した小隊もあった。小型種の浸透を防ぎ、部隊全体の被害低減を考えれば間違った判断ではなかったはずだが、やはり味方撃ちの衝撃は大きい。悔恨の念も自然と湧き上がる。
 鐘崎もずっと考えている。
 何故、第3中隊は全滅しなければならなかったのか? 何故、装備も劣悪な第3中隊が先頭集団を務めなければならなかったのか? 何故、自分達は生き残ったのか――? 彼女にとって唯一の救いは、重傷を負っていた比和を早々に野戦救急車へと引き渡せたことであった。但し桐嶋に暴行を加えてから、比和を救急車へと連れ込むまでの間のことを一切覚えていない。
 戦車長失格だな、とも彼女は思った。
 温厚で頼りになる戦車長。それが彼女の理想であり、思い通りに動こうとしない部下に逆上し暴力まで振るうその姿は、"私の考える最高の戦車長"からはどこまでも乖離している。
 一方で装填手の桐嶋はというと、鐘崎の隣で砲塔に身を預けて視線を下に落とし、無言のままぼうっとしていた。そんな彼女に鐘崎は、何の言葉も掛けられないでいる。

 南下を急ぐ友軍部隊とすれ違う第5戦車連隊の車列は、較べて酷く短かった。



「第5戦車連隊長をただちに出頭させろ。第5戦車連隊第1大隊長は更迭する」

 九州軍統合幕僚本部がおかれている私立開陽高等学校生徒会室の一角をどかりと占領している小太りの男、芝村準竜師は自身の部下にそう命じた。
 第5戦車連隊は、熊本県内にて転移に巻き込まれた唯一の戦車連隊であり、まさに貴重な機動打撃戦力だ。これをさして重要でもない戦闘で損耗させることは、まさに愚の骨頂であった。異世界での戦争で多くの血を流すことを望んでいない芝村勝吏幕僚長(参謀長)は、第5戦車連隊第1大隊長に無能の烙印を押した。
 
「意見させて頂くと、第1大隊長は熊本鎮台からの出向者です。何の協議もなしにこちらの独断で処分を下すことは、避けた方が賢明かと」

 対して慎重な意見を、部下は述べた。
 未だ前線において戦闘が継続している最中、連隊長を召喚し大隊長クラスの指揮官の首を挿げ替えることは、士気に関わる恐れがある。また第5戦車連隊第1大隊長は、陸上自衛軍第6師団――つまり熊本鎮台(大人の軍隊)から指揮官として出向している人間であり、これを学兵部隊側の一存で罷免することは彼我の間で遺恨を残す結果になろう。
 だが唯我独尊を地で往く芝村勝吏幕僚長(参謀長)は「それがどうした」と取り合わなかった。異世界転移によって熊本鎮台とは完全に連絡が途絶している以上、彼らの意向など考える必要はない。政治的な問題は、全て元の世界に戻ってから解決すればいいことであって、今は何があっても実を取るべきだ――そう彼は考えていたのである。

「この異世界で戦功を焦る将ほど有害なものはないわね」

 西部方面軍司令部と共闘の話をつけた後、帝国陸軍北熊本駐屯地よりこちらへ帰還していた林凛子九州軍総司令も芝村準竜師に同調した。
 あくまで九州軍の敵は転移前の世界に巣食う幻獣であり、この異世界に蚕食する宇宙生物ではないことを忘れてはならない。BETAと呼称されるこの世界の敵性勢力を幾ら打ちのめしたところで、元居た世界の日本国が救われる訳ではないのだから。それを理解しないままに目前の敵の駆逐に熱を上げる前線指揮官など、有害以外の何者でもなかろう。
 転移前の世界にいつ戻れるのか、そもそも元の世界に再転移する――戻れる可能性自体あるのかも分からないが、逆に言えば原因が分からない以上、いまこの瞬間に元の世界――幻獣と人類が雌雄を決する世界に戻る可能性も0ではないのだ。
 いままさに国家危急の秋を迎えつつある日本帝国には申し訳ないが、日本帝国九州地方から日本国九州地方への帰還を果たした後のことを考えると、対BETA戦に全力を挙げる訳にはいかなかった。熊本市内に備蓄されている弾薬も食糧も、転移を果たした学兵ひとりひとりも、幻獣軍を叩き潰す為に集積された日本国なけなしの物的・人的資源なのだ。林凛子九州軍総司令の使命は、あくまでも帝国陸軍と協同し、最小限の出血で九州地方のBETAを撃破、九州軍が有する戦力を保全することである。

「第113普通科連隊、第145普通科連隊の損耗具合はどう?」

「ほとんど死傷者は出ていない。……今のところはな」

「BETAに対しては普通科を当てた方がいいようね」

 第5戦車連隊が大打撃を被った原因は、勿論第一には前線指揮官の独断専行と認識不足が挙げられるが、BETAに対する機甲戦力の相性の悪さもあろう。対幻獣戦において機甲戦力は、敵火砲に対してその持ち前の装甲力で抗堪しながら戦場を駆け、前線を突破し逃げ惑う敵を蹂躙する切り札であったが、どうも対BETA戦においては分が悪いらしい。

「先史以前より戦闘種族としての人類は、絶えず戦術を駆使して猛獣や幻獣を狩ってきた。戦術とは即ち、有利な位置を占位し続け、かつ敵を翻弄する機動のこと。……とすれば悔しいがな、優速であるあの怪物どもの方が戦術には長けていることになる」

「人類はネコ科の猛獣を撃退する為に、彼らよりも速く走ったりはしないわ。私達が負けているのはあくまで機動戦。猛獣を待ち伏せて嬲り殺しにする――普通科連隊の大火力を活かした集団戦を徹底させた方が良さそうね。主力戦車は、歩兵の直協任務に充てましょう」

 幻獣に対して陣地や拠点に立て篭もっての抗戦は、瞬く間にその位置を特定されて、生体噴進弾や生体誘導弾、航空爆撃で潰されてしまう為に禁忌とされている。だがしかしBETAはただ突進を試みてくるだけの怪物集団なのだから、密集してでも強力な阻止火網を形成した方が良いだろう、という判断であった。
 芝村幕僚長(参謀長)は苦い表情を浮かべている。熊本戦においては人型戦車を集中運用する5121・5122・5123小隊を創設し、自身の直轄部隊としたことから伺えるように、彼が好む戦術は機甲戦力を中核とした機動戦であり、歩兵による粘り強い持久戦ではない。
 だが同時に靴下以外の物事に固執するほど、彼は愚かではなかった。

「……第5戦車連隊の再編成については、保留としよう。それと中部戦線の優勢なる敵群を片付ける火消し役を第5121小隊にやらせる」






―――――――







『こちらラピッド! 連中が食いついた!』

 機械化装甲歩兵から成る分隊が、BETAの群れに背中を見せて逃走する。跳躍装置を全力で噴かした彼らは、背中に迫らんとする怪物どもから決死の敗走――否、誘導を試みていた。彼らを追跡するBETA群の内訳は戦車級が50、要撃級が8、9といったところか。先頭集団が戦車級の為に、進行速度は時速80km程で抑えられているが、とても機械化装甲歩兵の貧弱な跳躍装置では振り切れない。
 敵BETA群の誘引。
 それが帝国陸軍に所属する機械化装甲歩兵達に与えられた役割であった。彼らは跳躍装置を備えており、地べたを這いずり回ることしか出来ないウォードレス兵と比較すれば、優れた機動力を持っている。BETA達を友軍が形成した強力な火網へと誘い込むのに、その(歩兵科にしては)高い機動性能はうってつけであった。

『了解! お前ら、絶対誤射だけはするなよ! いまだ――撃てッ!』

 そして機械化装甲歩兵としては生きた心地のしない追いかけっこは、BETAの蒸発によって終わりを迎える。
 それまで直線的な動きで背後のBETA達を誘き寄せていた機械化装甲歩兵達が、左右に掃けると同時に、磁力によって高初速を得た120mm砲弾が一斉にBETAの群れに襲い掛かり、要撃級の装甲されている前腕をも粉砕し、戦車級を擦過するだけで解体してしまった。重ウォードレス可憐D型が、2門ずつ保持するフルスケールリニアカノンによる一斉射。この大威力の前では、如何なる装甲も紙に等しい。
 ウォードレス兵は、機械化装甲歩兵とは真逆の存在であった。主力戦車・戦術機にも負けない瞬間的火力を有するが、機動力が著しく低い。特に120mmクラスの火砲を有する四本腕の重ウォードレス可憐D型や、40mm高射機関砲を保持した一般ウォードレス兵は、どうしても動きが緩慢になってしまう。腰を落ち着けての火力戦は得意だが、彼我の位置がめまぐるしく変わるような戦闘は苦手なのだ。
 こうして自然と、機動力を有する機械化装甲歩兵と大火力を誇るウォードレス兵との間で、役割分担が成立していた。前者が敵を誘引し、待ち構える後者は大火力を以てこれを一網打尽にする。殺到するBETAに対して、人類軍が編み出した新たな戦術であった。

 結局のところ九州中部戦線で最も活躍した兵種は、歩兵であった。体高のある戦術機とは異なり光線級の標的になり難く、また視界・射界が制限される市街戦においても小型種に即応出来ることが大きい。
 12,7mm重機関銃と数に限りのある対戦車榴弾で武装した、従来の機械化装甲歩兵では量においても性能においても優る大型種は手に余る相手だったが、大火力を有するウォードレス兵の登場によって、ようやく歩兵科は対BETA戦の主力としての地位を取り戻そうとしていた。

『こちらラピッドよりサイモン、敵の殲滅を確認!』

『こちらサイモンだ。すまんが引き続き、援護を頼む。闘士級がきやがる』

『了解、お前らついてこい!』

 機械化装甲歩兵は後退を止め、主脚走行によって射撃ポジションへと前進する。
 重ウォードレスが最も苦手とするのは、何よりも小型で機動性の高い闘士級であった。見晴らしのいいところを群れで固まりとなって突っ込んでくるのであれば、大火力を以て叩き潰してやればいいだけだが、彼らは散開してBETAの死骸と崩落した廃墟の合間を縫って、接近を果たさんとする。一体一体を撃破するのに、120mmフルスケールリニアカノンや40mm高射機関砲を用いるのは弾薬の無駄であるが、懐に入られれば彼ら対戦車火器を持つウォードレス兵は、苦手とする白兵戦に臨まなくてはならなくなってしまう。

『ラピッドB、撃ちます!』

 そこですばしっこい闘士級を狩るのに活躍するのが、機械化装甲歩兵である。跳躍装置によって素早く有利な位置を占位し、7,62mmと12,7mm機銃弾の雨を闘士級に浴びせかける。幾ら瞬発力のある闘士級といえども、連射される小口径弾を回避しきれるはずがなかった。

『黒澤、右ッ!』

『っと、危ねえ!』

 廃墟の影から飛び出してきた闘士級に気づいた機械化装甲歩兵は、短噴射で素早く後退して象の如き触腕を避け、次の瞬間には7,62mm機関銃で目の前の敵を肉片に換えてしまう。

『サンクス、すまねえな』

 難を逃れた機械化装甲歩兵――黒澤は戦友に礼を言うなり、すぐに次の獲物を探し始める。
 彼は任官から向こう九州備えの一兵卒であり、実戦はこれが初めてであったがよく落ち着いていた。
 座学でも教わっていたが闘士級は距離さえとっていれば、機械化装甲歩兵の相手ではない。自動小銃を携行火器とする生身の歩兵からすれば、一度だってお目にかかりたくない敵であるが、機械化装甲歩兵は威力も装填数も連射速度も小銃を上回る軽・重機関銃を携行している。遠距離で闘士級を捉えれば、まず確実に撃退できる。
 また主力戦車や戦術機に較べて申し訳程度の厚さしかないが、機械化装甲歩兵は全身を装甲板で覆われている。特に上半身は非常に分厚い装甲が張られており、仮に闘士級に取り付かれたとしても連中が引っぺがせるのは、肩部等にマウントされた擲弾発射器くらいのものだろう。装甲が比較的薄い腕部や下半身は危ないが、それでも気休めの防弾チョッキのみで前線入りする歩兵よりは遥かにマシである。

「ちっ」

 黒澤はすぐさま新手を見つけた。
 今度は7,62mm機関銃ではなく、片腕にマウントされた12,7mm重機関銃を指向する。その先には恐らく群れをはぐれたのであろう、一匹の戦車級が単独で疾走していた。戦車級は基本的に直線的な動きしか見せないため、対処しやすい敵ではあるが、機械化装甲歩兵よりも優速だ。しかも戦術機や戦車をも解体してしまうその前腕に捕まってしまえば、もう醜悪な大口に運ばれる未来が確定するのだから恐ろしい。
 ドドドッと火を噴いた重機関銃は、優れたFCSの助けもあってすぐさま戦車級を蜂の巣にしてしまう。

 我ながら冷静にやれてんな、と黒澤は自分を評価した。電子の瞳やナイトスコープ越しに見るBETAは、何遍も繰り返したシミュレーション映像のそれと変わらないように思える。現実感がないのが、大きいのかもしれない。恐らく自動車化歩兵としてここにいれば、こうは冷静にはいられないであろう。

『こちらセバスチャン。突撃級4をご招待だ!』

『こちらサイモンよく見える、すぐに片付けるぜ!』

 ここまで冷静でいられるもうひとつは、心強い援軍の存在もあろう。
 突然前線に現れた、新型の機械化装甲を駆る歩兵達。黒澤の知る限り最新の機械化歩兵装甲は97式機械化歩兵装甲であるが、それとは似ても似つかない外見をしている。ごてごてと装甲板を備え付けた従来のそれとは異なる、衛士専用の強化服に近い非常にスリムなフォルム。それまで影も形もなかったそれは、恐らくは試作・試験段階のものなのだろうが、何故かその非制式歩兵装甲が百・千単位で運用されているのだから驚きだ。
 彼らの正面に突っ込んできた突撃級は、すぐさま側面や脚部を40mm高射機関砲に射抜かれ、民家や雑居ビルを押し潰しながら前のめりに崩れ、すぐに擱座してしまった。
 巨大な体躯を誇る突撃級が前進を阻まれる一部始終が、黒澤からも見えた。
 彼が何よりも頼りにするのが、新型機械化装甲歩兵が有するこの大火力であった。
 連中は信じられないことに、確実に20mm以上の口径をもつ機関砲を両腕で保持して運用しているのだ。また四本腕の機械化装甲歩兵は、後腕を使って戦車砲まで担いでいる。
 彼らのお陰で本来ならば手も足も出ない大型種をも、歩兵科は相手出来ているのであった。

(もしもあの機械化装甲歩兵が普及すれば、BETAなんぞ敵じゃなくなる)

 黒澤は次の目標を血眼になって探しながら、そんなことまで考えていた。



 その前線遥か後方。
 第145普通科連隊第3大隊本部にて周辺警備にあたるふたりの学兵は、他愛も無い噂話に興じていた。戦時にしてはあまりにも緊張感に欠けている雰囲気だったが、大隊本部の警備は直接に生命が危険に晒されることのない任務であり、まあ仕方の無いことであった。

「何でもいま戦っている相手ってのは、幻獣じゃあないみたいだね」

「幻獣じゃない、か。じゃあなんなんだ?」

「ベータとか云うらしい。何でも殺しても死骸が残るって噂だ」

「……黒い月も出てねえ。どうなってやがんだ」

 1945年の幻獣初実体化に前後するように姿を現した天体、黒い月。
 それが今日、空を見回してもどこにも見つからない。

「でもいつもと変わりないよね」

「ああ……それどころか力が漲るほどだ。ここの空気は――最悪最低だ。人間の悪意と絶望が染み付いちまってんだ」

「5121小隊が前線に出るそうだよ……千載一遇のチャンスだよ。これは」

 彼らの無駄話は、その後も暫く続いた。
 学兵の眼は、どこまでも赤い。





[38496] "ベータ・ゴー・ホーム"
Name: 686◆6617569d ID:8ec053ad
Date: 2013/11/25 01:22
"ベータ・ゴー・ホーム"



『駄目だ、支えきれない!』

『泣き言抜かすな、この童貞野郎!』

『ママにお腹に帰りたい? だったらこいつ等を殺るしかねえんだよ!』

 寄せてばかりで返らないBETAの荒波を打ち砕き続ける米第12海兵戦術機甲群の衛士達は、叱咤と罵倒で以て自身と友軍を鼓舞しながら、岩国前面に立ち続ける。
 だがしかし岩国基地に所属する国連軍諸部隊は、BETA強襲上陸から未だ5時間しか経っていないにも関わらず、限界を迎えようとしていた。山口県内で転戦を重ねる内に被害は増大、大方の各連隊で損耗率は30パーセントを超えており、特に機動防御に駆り出された戦術機甲連隊や戦車連隊等は損耗率が50パーセントに達しようとしている。
 現在戦場の主導権を握っているのは、予想外の侵攻速度を見せたBETA側であった。既に下関市と岩国市を除く山口県内から人類軍を叩き出した彼らは、島根県をも抑え、広島県内へも侵入を果たしている。
 対する帝国陸軍と在日米軍を主力とする国連軍は、全てにおいて対応が後手に回っていた。水上艦による着上陸阻止も、機動打撃戦力による水際防御も失敗し、BETAの浸透を許してしまった日本帝国・国連両軍は、民間人を巻き添えにした不本意な市街戦を余儀なくされている。しかも内陸部においての戦闘も、帝国陸軍が一方的に蹂躙される展開が終始続いた。「敵主力の目標はあくまで九州北部にあり、中国地方(こちら)への上陸個体数は極めて少ないはず」という観念に囚われ、強襲上陸したBETAの規模を読み誤った上で即時の応戦を試みた各部隊は、物量に押し潰されたままその場で各個撃破されていた。既に軍都として知られる呉・広島は、既に陥ちていた。
 岩国基地に拠る国連軍各部隊と帝国陸軍の敗走部隊は、その場に踏み止まって戦う他なかった。前述の通り広島が陥ちた以上、陸路を以て東へ撤退するのは困難であり、現在は船舶による四国への撤退準備が進められているが、まだ時間を稼ぐ必要があった。帝国陸軍が反撃に成功し救援に来る、あるいは海路を用いた撤退の準備が可能になるまで、彼らは踏ん張らなくてはならない。

『ちくしょう! 山田太郎、お仲間はどこいった?!』

『悪いなジョン・スミス、みんな奴らの腹ん中だ――うおおおおお!』

『相変わらず無茶するサムライだ!』

 岩国基地より北に数キロ地点、標高約300mの岩国山を背に、戦術機と諸兵科からなる混成部隊が防衛戦を展開していた。
 長刀を青眼に構えたまま敵中へ吶喊する第1世代戦術歩行戦闘機"撃震"に、立ち塞がる要撃級達は前腕で殴りかからんとする。傍目から見れば、愚かなスーサイドアタックにしか見えなかっただろうが、勿論撃震の衛士とて、自殺を志願して斬り込む訳ではなかった。撃震の相手をしようと方向転換した要撃級が晒す軟らかい横腹、そこを砲撃戦に秀でる米軍衛士の駆るF-18Eが、36mm機関砲弾を以て狙撃する。
 その後も撃震は長刀を振るうことなく、前線をただ駆けた。無視して前進しようとする要撃級に急接近し、こちらの存在を気づかせるや否やすぐ退く。彼の役割はその機動で以て敵を掻き回し、友軍にチャンスを与えることであって、長刀は最低限の自衛用に保持しているだけのこと、使わないに越したことはない。

(これが不知火なら――)

 と、急加速・減速の繰り返しに呻く帝国陸軍衛士は、頭の片隅で思わずにいられなかった。
 自身の乗機が第2・3世代戦術歩行戦闘機であったならば、遠慮なく長刀を振るっていただろうが、残念ながら自分が駆るのは第1世代の撃震だ。関節強度が陽炎や不知火に比較すれば酷く劣る為に、重量ある長刀や増加装甲を用いた格闘戦を連続して行えば、主腕はすぐにガタが来てしまう。岩国に至るまでの連戦によって、既に彼の撃震の主腕コンディションは即時整備を要するレッドにまで達していた。
 敵の鼻先を機動し、前腕の打撃を短噴射による機体制御で避け続け、そうしてBETAの気を引き付けて友軍に狙撃させる。射撃の腕が米海兵隊衛士よりも劣ることを自覚している撃震の衛士は、自機が最後まで活躍出来る戦術はこれしかあるまい、と考えていた。
 だがしかしF-14を初めとする第2世代戦術機に慣れ親しんでいる米海兵隊の衛士からすれば、F-4ファントムなど骨董品に等しい。それを駆り敵前に躍り出るなど、正気を疑う行動でしかなかった。鈍重なF-4のことだ、単機で前に出ればすぐさま戦車級に掴まるのがオチではないか。

『――ったく見てらんないね!』

『ナイヴス9!』

 勝気な海兵少尉が駆るF-18Eが僚機の列から突出し、撃震の死角をカバーすべく前進する。黒剣を交差させたエンブレムを左肩部にもつそのスーパーホーネットは、両主腕に保持した突撃砲を以て、撃震に追い縋ろうとする周囲の戦車級と要撃級を粉砕していく。

『ファントムで無茶するんじゃないよ! オツムは大丈夫かい!』

「……すまん」

 自動翻訳された女性衛士の言葉に、撃震の衛士はただ一言そう呟いた。
 自身が前進して敵を惹きつけ、友軍機に狙撃のチャンスを与えるこの囮戦術は一介の帝国陸軍衛士として彼が出来る、最大の贖罪でもあった。BETA強襲上陸から向こう帝国陸軍は敗戦に次ぐ敗戦を重ね、その代償として世界最強の名に恥じない米海兵隊の優秀な衛士達は、この日本帝国陸海軍の失態の為に死のうとしている。
 それが、許せなかった。
 いつの間にか半包囲されていた撃震は、最後の斬撃を繰り出した。振るわれた74式接近戦闘長刀は、周囲に迫る要撃級どもの感覚器を叩き斬り、頭部を叩き割ってみせる。だが4体目の要撃級を行動不能に追い込んだところで長刀がすっぽ抜けた。ダメージを蓄積を危惧していた関節部よりも、兵装を保持するマニピュレーターが先に駄目になったのである。
 だがそれでも、彼は機動をやめない。
 ただひたすらに慙愧の念が、この帝国陸軍衛士を突き動かしていた。本来所属する部隊の戦友達は、先の呉防衛戦で全員戦死しており、本来ならば自分はそこで死んでいるべき存在であった。……ならば、ここで米海兵隊の衛士達の為に命を呉れてやるべきであろう。それが彼の覚悟するところであった。
 返り血に塗れた鋼鉄の敗残兵は、バックステップで要撃級の横殴りを回避し、戦車級の群れを誘惑するように彼らの鼻先へと移動する。

『馬鹿野郎! 援護出来ないじゃないか!』

 ナイヴス9のコールサインをもつ女性衛士が思わず叫ぶ。目の前のファントムはまるで援護など必要ないとでも言うように、こちらの射線を塞いでみせる。
 そしてナイヴス9と米海兵隊の衛士達が戸惑っている間に、撃震は数体の戦車級に捉えられてしまった。

『だから言わんこっちゃないんだ!』

「いや」

 撃震の御者は不敵に笑った。
 実を言えば戦車級が撃震の前部装甲、肩部、膝部に齧りついたこの状況、彼にとっては"狙い通り"といったところであった。戦車級達はその前腕と大顎を以て、すぐさま撃震の解体作業を開始するが、第1世代戦術歩行戦闘機の特徴たる重装甲を簡単には引き剥がせそうにない。与えられた猶予の時間は、十分であった。

「すまんな……本当にすまん! 日本帝国を任せたぞ!」

 自国の運命を他国軍の将兵に背負わせるのだからこれは随分な身勝手だな、と自覚はしていたが、帝国陸軍衛士はそう叫ばずにはいられなかった。そして、彼はスロットルレバーを押し込んだ。撃震の跳躍ユニットが青白い火焔を吐き出し始め、残された噴進剤を凄まじい勢いで費やして、べらぼうな推力を自機に与える。

「うおおおおおお――!」

 最大速度による敵中吶喊。
 この撃震の突撃に、周囲のBETAは阻止戦闘を殆ど行わなかった。要撃級の前腕も、光線級の照射も撃震を襲うことはない。BETA同士は決して誤射・誤認戦闘は行わないという習性を逆手にとった、衛士の思惑通りに事態は進んでいた。撃震に齧りついた戦車級は、急加速にも振り落とされずにいる――これが彼にとっての絶対の盾となっていた。

『おい……! 戻って来い! 戻って来いよ!』

『衝撃に備えろ! スーサイドアタックだ!』

 米国衛士と各兵科の将兵が撃震を駆る帝国陸軍衛士の意図に気づいた数秒後に、彼は即時起爆のキーを廻していた。彼が最後に聞いたのは、『日本帝国の、いや! 人類の未来! 確かに頼まれたよ!』という威勢のいい返事であった。
 撃震の腰部前面装甲内に格納された自決用高性能爆弾S-11が、炸裂した。
 撃震が内部から弾け跳び、取り付いていた戦車級を引き裂いた上でその血肉と装甲板の破片が周囲のBETAに襲い掛かる。同時にS-11が起爆と同時に吐き出した爆炎と爆風は、小型種は勿論有効範囲内――半径数百m以内に存在していた大型種までもを一掃してみせた。戦術核に匹敵すると評されるS-11は、下馬評通りの破壊力を発揮したのである。300m前方に仁王立ちしていた要塞級すら、爆風によって吹き飛ばされた突撃級と要撃級の死骸の直撃を喰らって擱座させられていた。1発とはいえ敵中で炸裂したことで、密集していた敵主力が前進を頓挫させたのは間違いなかった。

『ナイヴス各機は岩国基地(ホーム)に退がって補給を受けろ。……あのサムライが与えてくれた時間を、無駄にするな』

 帝国陸軍衛士の壮烈なる自殺攻撃を目の当たりにした米国衛士達は、もう軽口を叩く気にもなれなかった。
 それほどに彼から託されたものは、重すぎた。







―――――――







 九州中部戦線、その最前線より1km後方の地点に、数輌のトレーラーが路上に停められている。その傍らでひとりの少女が、部下であり同級生でもある整備士達へ矢継ぎ早に指示を飛ばしていた。
 そこは整備士が、機械相手に戦闘を展開する戦場であった。
 人型戦車はその複雑な構造もあって、整備性は最悪の一言に尽きる。爆発的な機動力をもたらす人工筋肉・神経系は、"ナマモノ"でありコンディションの調整が難しく、また稼動によって劣化し易い。生体部品の供給量が安定しているとは言い難い状況下、整備士は常に困難な選択・作業を強いられている。

「1番機・2番機整備士は、神経動作確認の補助を。狩谷さんは人工筋肉の状態確認をお願いします」

「森主任、20mm機関砲弾の確認終了です。……不良弾は別にしてこづんどったよ」

「ありがとうございます。……申し訳ありませんが中村さんはすぐに、狩谷さんのお手伝いに回ってもらってもいいですか?」

「よかよ。……主任もしっかせぇよ」

 熊本戦中は整備学校で培った技術を活かし、2番機付整備士として活躍した森精子はかつて整備主任を務めていた原素子の後任として、現在はその整備士達を取り纏める立場を継いでいた。2番機整備士時代にも感じていた、自身の整備不良によってパイロットを殺してしまうかもしれない、という思いは更に重いものとなって、彼女の双肩に圧し掛かることになったが、それを放り投げて逃げ出すことは当然許されない。

「よっし!」

 だが自然と気力が漲っていた。
 かつての原先輩もたぶん、こんな不安だったろう。でもそんな様子はまったく見せずに、主任として先輩は人型戦車の整備状況を万全に保っていた。まだまだ自分は彼女には全く追いついていないだろうが、それでも経験を積みベテランの域にまで達した有能な部下達がいる。
 なんとかやれるはずだ。

「あっ! あっ! すいませんすいません!」

 がらがらがっしゃーん!

「なにしちょるねえええええ!」

「てんめえええコラ! 今日という今日はゆるさねえぞ!」

 ……なんとかやれるはずだ。

 大方20mm機関砲弾の山を田辺が突き崩し、整備士の誰かを下敷きにしてしまった、というところであろう。森は不幸な被害者を助けるべく、現場に向かった。

「タイムテーブルの変更はしませんからね! 予定通りきっかり10分後に、両機とも出撃させますよ!」



 後方でどんちゃん騒ぎが巻き起こっている最中、前線では小柄な少女が駆けていた。
 高機動型ウォードレス"アーリィフォックス"を纏った彼女は、両手に保持した短機関銃を振るいながら突進する。脇から殴りかかる兵士級は、その分厚い弾幕に圧倒されてそのままなぎ倒されていく。
 飛び掛かる闘士級も意に介さない。白い帽子を目深に被った少女は、地を蹴った。空中で闘士級と少女が交錯するほんの一瞬、少女の蹴脚が象の如き蝕腕を吹き飛ばし、二撃目が数個の眼が光る頭部を粉砕していた。

「弱い」

 そのままBETAの群れの中に着地した少女は、弾の切れた短機関銃を投げ捨てると徒手空拳で格闘戦を開始した。兵士級を貫手を以て絶命せしめ、闘士級を殴り殺し、戦車級を蹴り飛ばす。全方位から襲い掛かる化物を退ける少女は、もはや人間の域から脱していた。
 だがそれでも彼女は思わざるを得なかった。

「まだボクは弱い!」

 少女が被る白い帽子、それを託してくれた先輩の背中はまだまだ遠いという事実をを、彼女は打撃を繰り出す度に再確認させられていた。
 先輩は、来須銀河は、もっと強かった。対戦車火器の一撃にも抗堪する正面装甲と、主力戦車の正面装甲をも貫徹する生体誘導弾を備える怪物ミノタウロスを、他でもない来須銀河は一撃で殴り倒していたほどだ。
 それに比べれば、こんな化物どもなど物の数ではない。
 戦車級の前腕を半身になって避けると、蹴りによる反撃で下顎を吹き飛ばす。少女を一切恐れることなく突進してくる戦車級と闘士級は、瞬く間に打撃によってのみ解体させられていく。来須銀河の一撃が剛腕から繰り出される力任せのものであれば、少女の一撃は速度と技巧を尽くしたものであった。持てるだけの速度を乗せた打撃を、敵の脆弱な箇所に叩き込んでいく。
 特に彼女が秀でていたのは、蹴りであった。
 小柄な身体で敵の攻撃を避け、反撃に鋭いのを一撃食らわせる。小型種は大抵、これで沈む。
 だが少女にとっては、まさに雑魚である小型種を撃破することは造作もないこと、呼吸の如きものであり、彼らを倒すことに何の意味も見いだせなかった。遥か先を往く来須銀河に肩を並べるという目標をもつ彼女にしてみれば、雑魚を幾ら倒しても前進は出来ないどころか、時間の無駄に過ぎない。

「やっぱりデカいのを狩らなきゃダメだね」

 少女は呟くなり跳躍し、兵士級の頭を、戦車級の背を足場にして敵中へと踏み込んでいく。その行動は狂戦士のようにも思えるが、どこまでも正気だ。偉大な先輩にいつか追っ付くという目標が、ただ彼女を突き動かしていた。

 それを援護すべき相方の若宮は「突っ込んでいくのは本来、俺の役割なんだがな」と愚痴をこぼしながら、重機関銃により小型種をなぎ倒し、ペアである少女の新井木の後を追おうとしていた。そうしてすぐにでも彼女を捉まえて、引き戻す腹積もりであった。5121小隊戦車随伴歩兵は、人型戦車出撃前に敵の威力偵察を行うことを目的として前線に出たのだが、敵を見るなり新井木は突っ込んでいってしまったのである。
 
「まったく心配を掛けさせる……」

 来須銀河とコンビを組んでいたときは、どちらかと言えば敵中へ斬り込むのは若宮であり、来須が援護射撃を担当していたが、いまでは何故か来須の薫陶を受けたはずの新井木が突撃を敢行している。

「来須、お前はとんでもないやつを託してくれたな」

 後に彼女が史上6番目となる絢爛舞踏章を受賞した上、「人類の決戦存在」「HERO」とまで呼ばれる存在にまでなるとは、兵を見る目に長けたベテラン下士官である若宮も思ってもみないことであった。





[38496] "バトルオーバー九州!"(前)
Name: 686◆6617569d ID:8ec053ad
Date: 2013/11/29 20:02
"バトルオーバー九州!"(前)



 東京湾から海坊主の如く現れた人型兵器は、手近に居合わせた警備任務中の在日米軍所属機F-15Eの胸部、股下、左主腕を引っ掴み、背負い投げの要領で数秒前まで自身が潜んでいた海面へと放り投げる。重力に捉えられたまま海面を割り、為す術もなく海中へ没するF-15E。
 哀れ海の藻屑となった相棒とエレメントを組んでいた僚機は、突如として現れた強襲者に突撃砲を向け、零距離射撃を試みる。だが36mm機関砲弾が弾き出されるよりも数瞬早く、無謀にも徒手空拳の人型兵器は彼に襲い掛かった。
 右主腕で保持する機関砲と滑腔砲が一体化したAMWS-21の砲身を巨大な掌で押さえつけられたF-15Eは、すぐさま空いている左主腕で膝部装甲から格納されている近接戦闘短刀を引き抜いたが、その左主腕にも巨大な掌が襲い掛かり、その動きを封じてしまう。そうして両腕を押さえつけられたことで近接戦闘は勿論、後退も出来なくなったF-15Eはその異形と相対することとなった。
 F-15Eを拘束した人型兵器は、米国衛士がこれまで一度たりとも見たことがない機体であった。彼は慌てて、対人戦を想定している関係上、全米軍機にインストールされている戦術機データベースから該当する機体情報を呼び出そうと必死になった。
 だが結果は該当なし。地球人類の盟主たる米国が誇る情報網は、あらゆる国家の運用する戦術機の情報を取り揃えているはずだというのに!
 彼を嘲笑うかのように、国籍不明機の頭部の前面と後面に取り付けられたふたつの顔は古拙の笑みを浮かべたまま、F-15Eに引導を渡そうと動き始める。突撃砲を保持する右主腕、短刀を保持する左主腕を封じたその人型兵器には、まだ腕が6本余っていた。正体不明の人型兵器は前面に4本、後面に4本の腕をもつ怪物であった。

『両主腕がロックされた! 逃げられない!』

『全機、火力を集中しろ!』

『HQ、帝国海軍横須賀基地(おとなりさん)にさっさと応援を要請してくれ!』

 国連軍太平洋方面第11軍横須賀基地中央飛行場にハワイから到着した輸送機――正確にはその積荷――の護衛任務にあたっていたF-15E一個中隊、その全機が突撃砲を8本腕の怪物に指向し、遠慮なく引き金を弾いた。だがしかし闇夜を易々と引き裂いた10本の火線は、その怪物が纏う白色の装甲を貫徹することは出来なかった。36mm機関砲弾の効果の程は、鋼鉄に小石を叩きつけるようなもの、120mm砲弾でさえその磨き上げられたかのような装甲板の表面を少々曇らせる程度の効果しか見せなかった。同じく警戒任務にあたっていた機械化装甲歩兵達が、対戦車榴弾と対戦車誘導弾を雨霰と怪物に撃ち込むが、外世界で発掘・製造されたその試作兵器の反応といえば僅かに身動ぎしただけで、何の痛痒も感じないらしい。
 敵火力の程度を知った怪物は周囲に脅威が存在しないとでも考えたのか、悠々と自身が捕らえたF-15Eを高々と掲げてみせ、そして余裕の表れであろう、残りの空いている腕を用いて解体を開始した。腕の関節は順・逆両方向に稼動するのか、前面後面の腕がフル利用される。3本目の腕でF-15Eの頭部を叩き潰し、4本目の腕で左脚を、5本目の腕で右脚を、6本目の腕で跳躍ユニットを、7本目の腕で腰部を引きちぎった怪物は、最後8本目の腕で腰に佩いている超硬度長剣を引き抜き、胸部正面装甲に突きたてた。

『リチャード、いま助ける! ――剣を保持する腕を狙撃しろ!』

 砲撃戦に長ける在日米軍の衛士達は、目標を敵胴体から超硬度長剣を保持する8本目の腕へと移して撃ちに撃った。36mm機関砲弾が腕部装甲の表面を舐め、直撃した120mmAPFSDS弾が装甲板を侵徹せんと運動する。だが比較的脆弱とも思われる関節部でさえも抜くことが出来ず、遂に8本目の腕が保持する剣はストライクイーグルの胸へと押し込まれていく。

『助けてくれ……こんなの、こんなのあ』

 刃自体が振動することであらゆる物体を破断する高周波剣は、いとも容易く胸部正面装甲を分かち、その奥に格納されている戦術機管制ユニットを貫いて内部の衛士を絶命せしめた。この8本腕の怪物の厭らしいところは、胸部正面装甲に切っ先を突き当ててから衛士を殺すまでの一連の動作を酷く時間を掛けて行ったところにある。
 まるで死の恐怖をF-15Eの主に与えようとするかのように。

『リッチャアアアアアド!』

 頭部と四肢を破壊され、所謂達磨となったF-15Eの背面装甲から機械油と鮮血に塗れた刀身が露となるのを見た米国衛士達は激昂した。8本の腕を用いて長剣からF-15Eの胴体を外した次の瞬間にはその微笑を湛える顔面に120mm弾が激突したが、その表情が歪むことはいっさいなかった。
 8本腕の怪物は地面にその残骸を叩き付け、続けて足蹴にすることで周囲を取り巻く米軍機を挑発してみせる。

『お安い誘いに乗るなあっ! 遠距離からケツにどでかいのをお見舞いしてやれ!』

 だが米軍機はあくまで距離を取り、全火力を叩きつける。例え装甲板を一撃で貫徹出来ずとも、それが兵器である以上はいずれ限界が来るものだ。……これが単なる野戦ならば気の長い悠長な砲撃戦も許されただろう。
 周囲を駆け巡り、豆鉄砲を撃ち続ける戦術機に対する興味を、8本腕の怪物は早々になくしたらしい。どちらにしても高速機動する戦術機を足止めする術を、彼は持ち合わせていなかった。この8本腕の怪物――後に世界の謎を探求する多くのエース達を撲殺せしめることになる"エースキラー"は、如何なる敵をも一撃で粉砕する必殺武器を有しているが、一方では機関砲といった敵の機動を阻害させるような防御火器を一切持たない。
 だが怪物の目標は戦術機の殲滅でも、横須賀基地の破壊でもない以上、周囲を跳びまわるうるさいハエを叩き落す必要はなかったのだ。

『くそがっ! 無視すんな!』

『国籍不明機、前進中! 中央飛行場B滑走路――駐機している"グランド・マザー"に向かいます!』

『狙いは輸送物だ! 止めろ! やつの脚を止めろ!』

 怪物の目的はハワイのオルタネイティヴ5計画関連施設から、空輸によって到着した輸送物の奪取にあった。怪物の主は輸送物がハワイから横須賀基地に空輸された後、第7艦隊所属艦艇に搭載され西部戦線に投入される予定だという情報を掴んでいた。輸送物奪取を狙う怪物の主にとってすれば、九州・中国地方の悪天候が味方した結果となる。九州・中国地方が雨雲に覆われていなければ、この輸送物はわざわざ艦艇に搭載されることもなく、衛星軌道上から投入されていただろうからだ。

 怪物の数km前方、中央飛行場B滑走路には着陸したてで未だ積荷を降ろせていない輸送機が、無防備なまま駐機している。

 この場に居合わせた護衛役の衛士・歩兵、誰もが知らないことであった。
 輸送コンテナに収められているものは、オルタネイティヴ5遂行に欠かせない新型爆弾――五次元効果爆弾、通称G弾であることを。
 そして8本腕の怪物が、世界移動組織"セプテントリオン"が派遣した試作兵器であることを。

『撃てッ! 撃て!』

『滑走路はどうなっても構わないそうだ! これ以上進ませるな!』

 緊急事態発生の一報が飛び交い、飛行場に駆けつけた増援の機械化歩兵と主力戦車がこれもまた持てる限りの火力を怪物に指向した。世界最強と目される主力戦車エイブラムスとレオパルト2の長砲身120mm戦車砲が火焔を噴き、騎兵・歩兵戦闘車と自走対空車輌が大小口径機関砲による弾幕を張る。
 だがそれでも怪物を止めるには、火力不足に過ぎた。世界外の技術が多用され、不可視の障壁さえ装甲表面に張り巡らしたその怪物を打倒するには、陸戦兵器のみでは最低でもエイブラムス等が有する長砲身120mm戦車砲や所謂重MATと呼ばれる対戦車誘導弾による飽和攻撃しかない。しかも瞬間的に最大火力を叩きつけるのではなくて、瞬間的に出し得るレベルの最大火力をぶつけ続けることが出来なければ、怪物の撃破は不可能であった。
 120mmAPFSDS弾と対戦車榴弾が怪物に殺到し、中には目標を逸れて基地施設を破壊したが、基地司令はそれでもあらゆる火器の使用を許可した。基地司令だけは空輸されてきた積荷がどういった種別のものかを認知しており、何としても怪物の阻止を優先しなければならなかった。

『積荷を載せたままでいい、輸送機を再離脱させられないか!?』

『無茶言わないでください!』

『こちらHQ! 第110機甲連隊は敵進路に割り込み、防衛線を張れ! 第43歩兵連隊は戦闘を継続せよ――ハク(迫撃砲)を使え! ハクを! 上面からの攻撃なら破れるかもしれん!』

『第92航空隊のアパッチ(攻撃ヘリ)を出せ!』

 命令を受けて40輌あまりの主力戦車とそれを援護する騎兵戦闘車や自走式対空機関砲、併せて62輌が怪物の進路上に立ち塞がり、彼の正面装甲を乱打する。結果から言えば、これは効いた。正面に集中した62本の火線は、8本腕の怪物の足を止めた。……たった2秒だけだが。
 怪物に鬱陶しい、邪魔くさい、と認識されたのが第110機甲連隊の将兵に悲劇をもたらした。前面最上段の2本の腕を怪物は機甲連隊に所属する車輌に向けるや否や、数瞬遅れて二の腕に備え付けられている160mm擲弾発射器から死神を撃ち出した。世界外では既に廃れつつある実体弾による攻撃だが、この世界では未だ有効であった。初速の遅い擲弾でも装甲の薄い主力戦車砲塔上面をぶち抜くことは容易であり、更に装甲の薄い騎兵・歩兵戦闘車の車列は、発生する爆風と飛び交う破片によって滅茶苦茶に蹂躙されてしまった。
 160mm擲弾の洗礼を生き延びた車輌も、今度は前腕下段2本の腕が有する大口径レーザー砲――99式熱線砲のスケールアップ版――によって次々と撃破されていく。1秒ないし2秒程度の照射で主力戦車の正面装甲は、いとも容易く溶解し貫徹されて、中の乗員は蒸発する運命を辿った。

 まるで怪獣さながら第110機甲連隊を僅か数十秒で無力化した怪物は、そうして悠然と輸送機にまで接近し、その後部ランプを引っぺがすなり格納されていたコンテナを引き出してみせる。
 この時には周囲の砲火は止んでいた。仮にG弾が格納されているコンテナが流れ弾で破壊され、未だその機能が全て解明されているとは言い難いG元素が漏れることを避ける為に基地司令が戦闘を中止させたのである。
 こうしてセプテントリオンはまず、G弾なる兵器を解析する為の第一歩となる小さな勝利を収めた。あとは洋上での事故を想定し耐圧加工が施されているコンテナを抱えたまま、東京湾へ離脱し世界外へ繋がるゲートへ帰還するだけであった。世界移動組織セプテントリオンは、重力偏重等を引き起こすという新型爆弾、G弾が如何なるものか興味をもったのだが、恐らく合法的に接触し武器・技術取引を行ったとしてもG弾供与や情報提供を望むことは出来ないであろう。……そう判断した彼らは、絶好の機会を逃さず活かし、G弾奪取に動いたのであった。

 G弾強奪さるの一報に、在日米軍司令部は震撼することになる。
 だがその情報は当然ながら帝国陸海軍に伝わることはなく、本土防衛軍は新型爆弾の影に脅えるあまり、戦況好転の為の博打に出る。






―――――――







 九州中部戦線が、爆発した。
 再補給を終えた陸上自衛軍第106特科連隊、第206特科連隊、併せて200門あまりの火砲が弾薬量に糸目をつけず155mm榴弾を撃ちかけ始め、それに遅れる形で普通科連隊の重迫撃砲中隊が120mm、81mm迫撃砲弾を5秒に1発のペースでリズミカルに撃ち出す。
 絢爛舞踏が撃ち洩らした光線級によって、空中で蒸発させられる大小砲弾も現れるがそれでも多くの砲弾はBETAの頭上に降り注ぐ。その様を光線級によって、封じられた大空から見下ろす存在があった。
 全長3m、全幅8mにもなる巨大な猛禽。
 陸上自衛軍が運用する動物兵器89式隼、彼は遺伝子操作を受けた"兵器"であったが、同時に動物であるが故に光線級の照射を免れることが出来ていた。腹部に取り付けられている偵察ユニットを用いて、砲兵たる特科連隊に光線級の所在や敵群が密集している地点を送信するのが彼の任務である。偵察機材も電子機器である以上は89式隼が光線級の目標になってもおかしくはないが、電子機器自体の程度が極めて低いのと、戦場においては落下する砲弾が優先的に迎撃されるためか、動物兵器は投入から向こう照射を受けた例はない。

「"コタカ"より入電です! "G-7、F1、L9"――グリッドG-7に要塞級1、光線級9です」

「"オオタカ"より入電、"D-5、F2、HL3、L3"!」

「帝国陸軍の砲兵連隊にデータ廻してやれ! 連中の瞬間火力頼みだ!」

 動物兵器の運用によって光線級の所在を割り出した陸上自衛軍特科連隊本部は、すぐさまその情報を帝国陸軍砲兵連隊本部へと転送する。
 そうしてようやく真打の大火力が投射された。
 "鋼鉄の嵐"とも形容される破壊力をもつ最新式のMLRSは、北部戦線に抽出されてしまっているものの、中部戦線における帝国陸軍砲兵連隊は、旧式とはいえ30発の130mmロケット弾を連続発射出来る75式130mm自走多連装ロケット弾発射機改を有しており、その他にも203mm自走榴弾砲といった大口径火砲をも運用している。弾薬備蓄量の問題から、長時間に渡る集中砲撃は実施出来ない帝国陸軍だが、短時間ならば陸上自衛軍を超える大火力を発揮することが出来る。
 360発の130mmロケット弾がまず一区画を飲み込み、一瞬で灰燼にせしめる。先の榴弾と迫撃砲弾を迎撃した直後のことで、光線級は再度の迎撃が出来ないままに炸裂したロケット弾になぎ倒され、その巨体を蠢かせ前進を続けていた要塞級は、その上面に多数の直撃弾を受けその重撃に耐えかねて崩れ落ちた。
 陸上自衛軍特科連隊と帝国陸軍砲兵連隊の激しい砲爆撃が、敵前衛から後衛へと破壊をもたらし始めると、遂に両軍戦線の押し上げ始められた。

 本土防衛軍統合参謀本部から九州中部戦線早期決着を打診された帝国陸軍西部方面軍司令部は、やむなく中部戦線全部隊を南進、BETA撃滅を期す作戦を発動したのである。有機的に組み合わさった火網を形成し、BETAを効率よく撃退出来る防衛線が形づくられたところでそれを放棄することになる反攻作戦は、無謀というか愚かにしか思えない。だが在日米軍司令部から戦術核やG弾の運用を提案された本土防衛軍は、早期に九州戦線の安定化を図ることで「帝国陸海軍は大量破壊兵器に頼らずとも、通常兵器で本土防衛を達成出来る」と国連軍に主張出来る材料を手に入れようとしていた。故に本土防衛軍統合幕僚本部は西部方面軍に、攻勢に出るよう要請したのだった。
 帝国陸軍西部方面軍司令部は、上位組織たる本土防衛軍統合幕僚本部の意向に逆らうことは当然出来ず、出来ないままに小康状態を破る形で九州中部戦線においての攻勢を開始させた。

 特科連隊と砲兵連隊の準備砲撃が過ぎ去った後の前線に、鉄の巨兵が立つ。平安武士さながらの鎧兜姿、大きく張り出した肩部装甲と烏帽子の如く屹立する頭部レーダーユニットが印象的な鋼鉄の武者――5121小隊1番機が、九州中部戦線における一番太刀の栄誉を得た。
 士魂号重装甲仕様は両手で保持する一振りの超硬度大太刀を大上段で構えたまま、要撃級に急接近、一撃の下で尾部の感覚器から頭部までを両断する。古流剣術を極めた1番機パイロット壬生屋未央の技量と、刃自体が振動することで如何なる装甲をも破断する超硬度大太刀に施された技術力の相乗効果が如実に現れた結果であった。
 更に新手、新手の要撃級が現れるが、士魂号重装甲仕様は一歩も退かずにその場に留まり、斬り殴られるの激しい格闘戦を演じ始めた。退こうにも避けようにも1番機が纏う519番式重装甲は、あまり重すぎる。故に壬生屋の駆る士魂号は、要撃級の打撃を超硬度大太刀で受け流し、刀身で以て防ぎきれないものは肩部に備え付けられた展開式増加装甲によって、真正面から受け止める他なかった。
 漆黒の大鎧は要撃級の前腕による打撃に抗堪し、すぐさま練りに練られた斬撃を以てこれに報いる。打撃に次ぐ打撃に耐え、斬撃に次ぐ斬撃によって敵を撃破する、熊本戦の頃から何も変わっていない壬生屋未央の流儀であった。
 だが傍目から見れば、それは死地にひとり身を置いて敵と殴り合う無謀な戦術だ。いい加減にしてくれ、と続く2番機パイロットは呟きながら、1番機目掛けて前進する小型種の群れに2丁のジャイアントアサルトを指向する。引き金が弾かれると共に回転を始めるふたつの砲身は、20mm機関砲弾を吐き出しはじめ、戦車級を肉片へと変えていく。

「だから突っ込みすぎんなって!」

 操縦席でお決まりのように声をあげる、5121小隊2番機を駆る滝川陽平。1番機を駆る壬生屋とは共に熊本戦を戦い抜いた相棒だが、その戦闘スタイルにはいつも肝が冷える思いがする。結局のところフォローをするのは、いつも彼の役周りだ。
 1番機とは異なり、古代において九州の守りについた防人の如く、飾り気のない甲冑を纏った巨人は、前方を遮る要撃級を蹴り殺すと自身も最前線に立ち、機関砲弾をばら撒き続ける。フルオートで砲弾を吐き出すジャイアントアサルトを振り回し、四方八方に蹴りを食わしながら敵を寄せ付けない。
 これが5121小隊のやり方だった。常に最沿線に立ち彼と壬生屋の2・1番機が派手に戦って、敵の目を惹きつけ、敵群を周囲に集中させる。
 そして。

『ありがとよ鈍亀さん!』

「うっせえ! さっさと片付けてくれ!」

 2機の人型戦車に集るBETAどもを一網打尽に片付けたのは、戦術歩行戦闘機の一個大隊であった。敵の大群と対峙していた人型戦車が後ろへと飛びのくと同時に、制圧支援の任務を負うF-15J陽炎が、肩部に装備した92式多目的自立誘導弾を全弾投射する。先程の砲兵連隊の砲撃には到底及ばないが、前面に押し寄せるBETA群を駆逐するには十分過ぎる破壊力が発揮される。撃ち出された誘導弾は密集する小型種の群れや要撃級の胴、遠方に居合わせた要塞級等に直撃し、跡形も無く吹き飛ばしてしまう。
 押し寄せた敵群が誘導弾で一掃される光景を、滝川は懐かしい思いで見ていた。熊本戦時、5121小隊においてこの役目を負っていたのは、同じく多連装誘導弾を背負う士魂号服座型であったが、いまはパイロットの厚志も芝村もいない。そして跳躍装置なる装備を有する友軍機には、鈍亀呼ばわりされる始末だ。

「援護よろしくお願いいたします」

『まかせときな侍さんよ!』

 今度は超硬度大太刀を下段に構え、相変わらず猪突猛進ぶりを見せる1番機、その脇を固めるように主脚走行で前進しながら87式突撃砲を撃ち続ける陽炎。その陽炎の膝部装甲の上からふたつの影が、地面へ降り立った。

「申し訳ないけど、ボクにも稼がせてもらうよ!」

「新井木! 調子に乗るなよ!」

 5121小隊の誇る戦車随伴歩兵のペアであった。随伴歩兵は使い捨てのロケットパックを運用する他には自身の脚で移動する他なく、やはり機動力に欠ける。それを補う為に経験豊富な戦車随伴歩兵は、よく人型戦車等に掴まって適当な移動手段とすることがある。
 地面に降り立った新井木は案の定呼吸するが如く、さも当たり前のように脚技を以てBETAを屠りはじめたし、若宮は新井木と人型戦車、戦術機に集中する小型種の群れに機関銃弾を浴びせていく。

『てめえら化けもんか何かかよ!』

 全弾撃ち尽くした92式多目的自立誘導弾ユニットを切り離しながら、制圧支援の戦術機の衛士は素直に感嘆の声をあげた。この時彼は、身近まで戦車級がBETAの死骸と廃墟を縫って、接近していることに気づいていなかった。

『アステカ11、4時方向! 戦車級!』

『な――!』

 制圧支援機に飛び掛かる戦車級の群れを目撃した僚機の衛士が注意喚起したが、除装に伴い機体が硬直状態にあった陽炎は回避機動をとれない。取り付かれる――と制圧支援機の衛士も、僚機の衛士も思った瞬間であった。

『驚くのはまだ早いけんねえ……じゃなかった。まだ早いな』

 ひとりの男が、空中で全ての戦車級を叩き落した。
 衛士は今度こそ驚愕したであろう。白い学生服に身を包む小太りの男は、口の端を歪ませながら着地すると両手に持ち合わせた得物を以て戦車級の脚を砕いていく。機械化歩兵装甲すら装備していなければ、その男の両手にあって猛威を振るうそれは、一般常識でいえば"武器"ですらなかった。白い、白い靴下。BETAの返り血を浴びても、その純白を失わない靴下を彼は手にしていた。
 それが彼の、得物だった。

『コールサインはソックスバトラーだ』

 5121小隊整備士のひとり中村光弘――ではなく、小さな星の、小さな島国の、更に小さなひとりの人間、靴下をこよなく愛するただひとりの人間、ソックスバトラーは両手に保持する装甲靴下を振るい、戦車級の脚をただひたすらに砕いていく。砕く度に装甲靴下に用いられている、尚敬高等学校で採集された1年物靴下の繊維から激臭が迸った。その度に、ソックスバトラーの行動速度は桁違いに跳ね上がっていく。
 常人ならば耐えられないその激臭を、中村み……ソックスバトラーは力にすることが出来る特異体質をもっていた。出鱈目ではない。これでもBETAの死骸が発する硫黄臭によって、まだ身体機能の向上が抑制されている方であり、条件に恵まれれば彼は光速の攻撃さえも捌けるまでになるのだが、いまは無理であった。

『むちゃくちゃだ……』

 衛士の呟きに、ソックスバトラーは口の端を歪めたまま答えた。

『限界、とは超えていくためにある。俺たちは人間の限界を何度か超えてしまっている、ただそれだけだ』

 脚を失って擱座した戦車級の群れを、ソックスバトラーは粘着靴下爆弾を放り投げて始末する。そして遅ればせながら更に第2、第3のソックスハンター達が現れ、ソックスバトラーに続いて戦闘を開始した。

 5121小隊とは、何でもありの戦闘集団であるということを、直掩の戦術機甲大隊の衛士達は思い知ることとなる。











続く






 あと1、2話で九州編は終了、舞台は京都へと移っていきます。
 ソックスバトラーが靴下の臭いを嗅ぐことで身体能力を強化出来る理由は、彼がクローニングされる際用いられた遺伝子情報・設計に何らかの欠陥があったからではないかと筆者は推測するのですが、こればっかりは靴下に魅せられたソックスハンターにしか分からない物理法則が働いているのかもしれません。ソックスバトラーが光速の攻撃に対応可能というのは、レーザー光線を対レーザーコーティングされた靴下で偏向させることが出来る、程度のものです。



[38496] "バトルオーバー九州!"(後) 【九州編完】
Name: 686◆6617569d ID:8ec053ad
Date: 2013/12/06 19:31
"バトルオーバー九州!"(後)



 九州中部戦線におけるBETA群早期撃滅を図り、前進を開始した日本国・日本帝国両軍はともすれば攻勢を頓挫しかけた。戦闘に最適化された兵員から充足する普通科連隊を有する陸上自衛軍普通科連隊はともかくとして、帝国陸軍の主力を為す歩兵連隊には、機械化歩兵装甲をもたずトラックのような非装甲車輌を足とするだけの自動車化歩兵から成る部隊もある。そうした部隊は当初より被害が続出し、10m前進するだけでも一苦労という状態に陥っていた。
 先鋒を任された5121小隊や戦線各所で斬り込み役となった戦術機甲部隊は、快調に敵群を破ることに成功していたが、結局のところ主力戦車や支援装甲車輌から成る機甲部隊や歩兵連隊がついて来ることが出来なければ、敵中で孤立することを避ける為にも彼らはいずれ退却しなければならないことになる。
 戦線押し上げとBETA群の覆滅が成るか否かは、スーパーエースたる5121小隊や人類の剣、陸戦の花形ともてはやされる戦術機甲部隊ではなく、その他大勢に括られる歩兵達に掛かっていた。

『こちらCP、足を止めるな。貴隊が2230までにあと100m前進しなければ、"アロー"が孤立することになる』

『ふざけるな、無理だ! もうこっちは対戦車火器がほとんどない! それとD-4に要塞級、いいか! フ・ォ・ー・ト級だ! そいつが邪魔で前進出来ない!』

『こちら"ニンジャ"、グリッドC-5に要撃級の群れが直撃した! どこの歩兵部隊か分からんが蹂躙されている……増援を出してやってくれ!』

 帝国陸軍歩兵連隊にとって悪夢であったのは、要塞級と要撃級の群れであった。突撃級がいないだけマシだったかもしれないが(突進力に優れる突撃級は早々に防衛線の火網に絡み取られて全滅した)、貧弱な火力しかもたない歩兵部隊にとっては要撃級の突破力も厄介であったし、要塞級の堅固な外殻も歩兵が携行する対戦車榴弾や対戦車ミサイルで撃破するのにも厳しいものがある。

 C-5と便宜上呼称される区域まで前進していた歩兵連隊がいい例となる。
 前面に立ち塞がる小型種を擲弾銃と軽機関銃の乱打で排除した彼らは、当初調子よく前進していたが、それも要撃級の群れにぶちあたるまでの話であった。先頭の数体を84mm無反動砲や使い捨ての対戦車兵器パンツァーファウスト3等で撃退したところで、前衛の一個中隊が要撃級の群れに飲み込まれてしまい、その後も敵味方が混濁する中で有効な反撃が出来ず、手酷くやられてしまっていた。

「そっちは生きてるか!」

「駄目だ! うちの班は、俺ともうひとりしか残ってねえ!」

「くそっ、対戦車火器を集めろ!」

 頭部や胴体を対戦車榴弾で撃ち抜かれ、力なく横たわる要撃級の死骸と死骸の合間に歩兵達は銃架を据え付け、死体漁り屋(スカベンジャー)さながら集ってくる小型種に鉛弾を撃ちかけ続ける。その後背では数人の兵士が本来の持ち主を失った弾薬や手榴弾、対戦車火器を掻き集めていた。兵士級と闘士級の群れは脅威と言えば脅威だが、それよりも大型種の方が遥かに厄介な相手であった。



「ちっ、要塞級なおも前進中!」

 D-4と呼ばれる区域を目の前にして進撃を止めたのは、学兵部隊と帝国陸軍将兵から成る大隊規模の混成部隊であった。学兵部隊の白兵能力と帝国陸軍将兵の集中射撃によって、こちらは大型種をも退けながら前進を続けることが出来ていたが、遂に大きな障害にぶちあたった。
 全高66m、学兵の感覚からしても超ド級と形容しても差し支えない怪物、要塞級がD-4区域に居座っていたのである。要塞級の武器はその巨体と50mは伸長する衝角であり、接近さえしなければ損害を受けることはない。だがしかしその分厚い装甲は生半可な火器では到底貫徹し得ず、主力戦車や戦術機が運用する120mm戦車砲ならばともかく、結局のところ歩兵の携行する対戦車火器では、接近して零距離から攻撃する他にこれを撃破する方策はなかった。

「なにか案はあるか!?」

 最前線を支える帝国陸軍の分隊長が、学兵にアイディアを求めた。彼も自ら自動小銃を手に取り、バースト射撃で要塞級前面にわだかまる兵士級と闘士級を狙撃する。要塞級の衝角による迎撃もそうだが、小型種がまだ多数要塞級の周囲をうろついているのも、接近を難しくしているひとつの要因であった。
 一方で先頭を往く学兵を指揮する学兵側の分隊長は、6kgもの重量を誇る96式手榴弾を数個連ねた手製の即席対戦車武器を幾つか作っていた。密着させて使えば要塞級の脚くらいならば吹き飛ばせるかもしれない、そんな考えの下に作られたものだが、小型種も多く存在しており悠長にやっている時間はとれそうもなく、どうも出番はなさそうだ。

「ないですね。馬鹿正直に多方位から接近して運良く生き残った奴が、あのくそったれに一撃食らわせる感じでいきましょうか?」

 既に数人の学兵と帝国兵は使い捨ての対戦車ロケット、パンツァーファウスト3を抱えて待機している。全員で一斉に躍り掛かりさえすれば確かに衝角の迎撃は受けるだろうが、2、3人の犠牲で要塞級を撃破出来るかもしれなかった。古来より歩兵が要塞を攻略する際には犠牲を省みぬ肉薄攻撃が必要とされてきたものであり、それが今日も繰り返されようとしていた。

 要撃級を主とする大型種の突撃破砕に足をとられ、立ち塞がる要塞級に一歩の前進もままならなくなる――これはいまや九州中部戦線のあらゆる場所で見ることが出来る光景であった。支援砲撃を実施する特科・砲兵科も舞い込むオーダーに対応しきれず、また大火力を誇る重ウォードレス"可憐"や自走式電磁投射砲といった装備は、前線でそう多くは運用されていない。
 歩兵達は正真正銘、自身の勇気だけでこれを退けなければならなかった。

『ドラム缶野郎、何退がってきてやがんだ!』

『馬鹿か! もう俺たちしか残ってねえんだよ!』

『てめえらが邪魔で……くそっ!』

 また戦場の一角が、要撃級の群れに飲み込まれた。
 津波の如く押し寄せる厚いBETAの陣容を前にして、先を往く機械化装甲歩兵達は無秩序に後退。彼らにとって最悪であったのはその機械化歩兵装甲の誇る巨体によって、後方から火力支援にあたっていた学兵達の射線が遮られたことであった。学兵達は保持する40mm高射機関砲は迎撃に使用出来ないままに、無慈悲にも機械化装甲歩兵達を弾き飛ばした要撃級の群れに蹂躙されることとなった。

『っ……ああ゛っ!』

「駄目だッ! 退くな!」

 前線において学兵達を取り纏める下士官が周囲を叱咤激励する。
 自身も40mm高射機関砲を躊躇なく投げ捨て、超硬度カトラス片手に要撃級と白兵戦を演じていた。だが周囲では押し寄せる要撃級の勢いに呑まれたまま勝手に後退をはじめる学兵が現れ始め、ごくごく僅かなものだけが踏み止まってそこで戦おうとしている。上半身を逸らして要撃級の前腕を避わした下士官は、それに気づいて舌打ちした。
 ここで組織的抵抗を止めて散を乱して逃げ出せばもうここは破られる。そしてここが破られれば、両隣の戦区も崩壊する。
 要撃級の頭部を蹴り込みながら、どうしたものかと思案に暮れた下士官はじきに部下達の中からあがる声を聞いた。

「その心は闇を払う銀の剣!」

 次の瞬間、言葉を紡いだ学兵と要撃級が激突した。前腕の動きを見切ることに失敗した学兵は、強烈な横殴りを喰らった上で物言わぬ肉塊となって空中へと吹き飛ばされる。ウォードレスの装甲板と人工筋肉が四散し、生体部品に用いられている白い血と、第6世代クローンの全身を駆け巡る赤い血が路面を汚す。
 だが彼の紡いだ言葉を、すぐに隣の学兵が継いだ。

「絶望と悲しみの海から生まれ出て」

 それは、死の歌だった。

 高らかに歌い上げた瞬間にその学兵は無残にも要撃級の前腕で撲殺され、優速かつ巨大な体躯に吹き飛ばされて肉片ひとつ残らず吹き飛ばされた。それでも歌は続いた。無線通信を介して伝播する歌声は戦区の別を超え、いつしか戦線の至るところで歩兵達の耳に入った。

「戦友達のつくった血の池で」

 歌い手達は、要塞級に撲殺され、

「涙で編んだ鎖をひき」

 要撃級に轢殺され、

「悲しみで鍛えられた軍刀を振るう」

 戦車級に食い殺される。

 だがそれでも歌は止まなかった。

「どこかのだれかの未来のために!」

 押し寄せるBETAを目前にして、終始押されっぱなしであった機械化装甲歩兵達が足を止め、無駄とわかっていながらも12,7mm機関銃弾と数少ない対戦車榴弾を撃ちかけて敵勢の漸減を試みる。そこにウォードレス兵達が肩を並べ、機械化装甲歩兵の手に負えない大型種に対して40mm高射機関砲弾と凶悪なまでの格闘能力をぶつけはじめた。
 戦線全域で生を求めての後退と停滞が消える。

「ちくしょう……誰だマーチを歌い始めたのは!? ひきょうだ……ひきょうだぞ!」

「立てッ、もうやるしかねえんだ! いいか敵陣をぶち抜いて、蹂躙してやろう……じゃあなきゃ駄目だ! どこかで勝てなきゃもう駄目なんだよ! いま勝てなきゃ、もうずるずると俺たちは逃げ続けちまうことになるんだ!」

 そして前線が爆発的に押し上げられた。
 歩兵達の行く手に待つのは死。だが戦友の屍を乗り越え、その死を更なる死で上書きしながら人類軍の決死的な突撃は敢行された。

「よし突撃しろ! わかってるだろ? この戦い最後に男と女がひとりずつ残ってりゃ俺らの勝利だ、ってやつだ!」

「くっそ……子に明日を! 人に愛を取り戻そう! われらはそう――!」



――戦うために生まれてきた。



「全力突撃(ガンパレード)!」

「聞いたか、突撃行軍歌だ! 全軍突撃(ガンパレード)! どこかのだれかの未来の為に! 戦って死ね!」

「全員抜刀(オールハンデッド)、全力突撃(ガンパレード)!」



 絶叫。
 前方にそびえる要塞級に言霊を叩きつけた歩兵達は、無謀とも思える吶喊を開始した。それまで身を隠していたBETAの死骸や廃墟から対戦車火器を抱えて躍り出た歩兵に、すぐさまその衝角は襲い掛かり、機械化装甲歩兵もウォードレス兵も生身の歩兵も大差なく吹き飛ばされ、先端より滲出する溶解液によって瞬間的に蒸発させられてしまう。
 それでも彼らは足を止めなかった。全世界に宣言するかのように叫んだ歌の手前、もはや後退はあり得ない。要塞級の周囲を固める小型種の群れが、ばら撒かれた96式手榴弾によって跡形もなく吹き飛ばされ、衝角による迎撃を掻い潜った機械化装甲歩兵がようやく要塞級の懐へと飛び込むことに成功した。

「それは子供の頃に聞いた話、誰もが笑うおとぎ話」

「でもわたしは笑わない、わたしは信じられる」

 機械化装甲歩兵の携行する対戦車榴弾が、要塞級の尾部や胸部を直撃する。数発の対戦車榴弾から成る第一波は僅かに要塞級を身動ぎさせたに過ぎなかったが、合流したウォードレス兵も加わっての第二波は、要塞級の胸部をようやく穿った。至近距離から放たれた対戦車榴弾は要塞級の堅牢な外殻をぶち抜き、更に数少ない2、3の対戦車ミサイルが要塞級の最も脆弱な箇所――脚部や尾部の接合部位に激突する。

「あなたの横顔を見ているから」

 66mのあまりにも高い壁が、歩兵の力のみで崩れた。脚部、尾部が胴体から脱落し、地鳴りと共に要塞級が前のめりに突っ伏する。神々の援軍も超兵器の掩護もないただただ人間の底力が、生ける要塞を粉砕した瞬間であった。周囲に未だ生き残っていた兵士級が脱落した要塞級の脚や外殻に押し潰され、侵略者に相応しい無残な姿を晒す。

「いけいけいけいけッ! 全力突撃(ガンパレード)!」

『こちらHQ、ひとたび前進を停止せよ……』

「はるかなる未来への階段をかけあがる」

 九州中部戦線全域で突撃行軍歌が、悪態交じりに歓喜交じりに、絶叫と共に歌われた。突撃行軍歌に慣れ親しんでいる学兵は勿論、歌詞を知らないはずの帝国軍人すらもがそれを歌った。そうして全前線部隊による無秩序かつ出鱈目な突撃が開始され、BETA大戦史上であり得ない事態が発生する。

「弾がない? ――全員着剣、抜刀しろ! 俺に続け、突撃しろ!」

「あなたの瞳をしっている――ちくしょおおおおお!」

 機械化歩兵装甲もウォードレスも身に着けていない、生身の歩兵達による銃剣突撃。その行く手には兵士級と闘士級の群れがある――彼らは格闘を以てそれを殲滅せんとする。非力な人類が取るべきではない無謀な戦術、それにBETA達は機械的に対処した。
 闘士級の鼻が次々と歩兵達の頭を捥ぎ、四肢をむしり取る。膂力と俊敏性では闘士級にはかなわない歩兵達だが、それでも闘士級が動きを止める一瞬にその白刃を喰らわせた。隣の戦友が殺される瞬間――その鼻を以て、隣の戦友を殺す瞬間だけ闘士級は動きを止める。その戦友が生命と引き換えにつくった僅かな時間に、彼らは闘士級に斬撃と刺突を喰らわせるのだ。

「いまならわたしはしんじぃ……あ゛っ」

「っ――あなたのつくる未来がみえる!」

 闘士級を1:3(闘士級:歩兵)のキルレシオで退けた歩兵中隊は、そのまま兵士級の群れに突っ込んだ。炸裂するM26手榴弾、閃く白刃が兵士級に襲い掛かり、兵士級はその両腕を以て命知らずの歩兵達を迎え撃った。その腕に捕らえられた歩兵は為す術もなくその身体を砕かれるか捕食されるが、そうして兵士級が非力な人間を解体する間に、新手が続々と殺到する。

「うおおおおお!」

 前を疾走していた戦友の解体に勤しむ兵士級に、新手の歩兵達が群がり着剣した89式小銃を以てその全身をめった刺しにする。兵士級の死骸と戦友のそれが一緒くたになった肉塊を乗り越え乗り越え、歩兵達はどこまでもBETA群に肉薄する本来ならばBETAの専売特許であるはずの被害を度外視した突撃戦は、今日だけ人類の得意戦術となっていた。

「あなたの差し出す手をとって」

「わたしも一緒に駆けあがろう」

 歩兵が、戦車が、戦術機が等しく肩を並べて吶喊する。残弾が確認されることなく吐き出される大小口径弾が、小型種大型種の別なくBETAをなぎ倒す。弾薬がなくなればあとは
あらゆるものを武器として突撃を継続した。すなわちそれは銃剣であり、銃身であり、刀剣であり、四肢であり、履帯だった。これは世界の最終防衛機構たる"絢爛舞踏"や、人類決戦存在たる"HERO"によく似た戦い方であった。如何なるものをも武器に転用し、ひたすらに敵を殺し続けるやり方だ。

「幾千万のわたしとあなたであの運命に打ち勝とう!」

「ガンパレードマーチ! ガンパレードマーチ!」

 74式戦車が路上に打ち捨てられた乗用車を踏み潰しながら、時速60kmで猛進し小型種の群れに突っ込んでいく。兵士級を正面装甲で弾き飛ばし、履帯で踏み潰す。前面に立ち塞がった戦車級をも弾き飛ばした鋼鉄の獣は、砲塔上面に取り付けられたリモート式重機関銃を乱射しながら更に前進していく。
 なんとか追い縋り74式戦車に引っ付くことに成功した戦車級も現れたが、彼らはすぐに鉄片と爆風のダブルパンチを下腹に喰らって吹っ飛んだ。74式戦車全周に取り付けられた爆発反応装甲が起動し、自身を小爆発させることで密着した戦車級を駆除してみせたのだ。
 更にその後を96式装輪装甲車や73式装甲車が続き、装甲車上面にしがみついていたウォードレス兵達が飛び降りて追い縋る小型種や近づいてくる要撃級に逆襲を掛ける。

 最先頭を往く5121小隊と戦術機甲部隊の前進速度は、いよいよ神速の域にまで達しようとしていた。既に多くの弾倉から砲弾は消えていたが、それはあまり関係がなかった。突撃行軍歌が無線通信一杯に入り込む戦場では、弾切れはごく当たり前であり接近戦は是とすべき戦術であった。
 士魂号が超硬度大太刀を手に、不知火が近接戦闘長刀を手に吶喊する。

『闇をはらう黄金の翼をもつ少女』

『それはこどものころに信じた夢』

 胸部・腹部装甲の至るところが抉られ、凹まされ、満身創痍といった様相を呈しながらも5121小隊1番機の士魂号重装甲仕様は要撃級を刀の錆にしながら突き進んでいく。突撃行軍歌ガンパレードマーチが歌われるこの戦場で、退くようなことがあればその時は芝村さんに笑われるでしょうね――などとそんなことを壬生屋は考えていた。

『誰もが笑う夢の話』

 そして聞き覚えのある声が、壬生屋の耳に入り込んだ。
 次の瞬間には壬生屋機に横合いから急接近した要撃級が、比喩でもなんでもなく八つ裂きになる。壬生屋のそれにも比肩する疾風怒濤の斬撃の主は、士魂号重装甲西洋型――絢爛舞踏であった。既に単機で1000のBETAを屠殺した彼は不敵に笑いながら、自機を士魂号重装甲仕様の脇に寄せた。

『よお、元気そうだな』

「……どこいってたんですか」

 対する壬生屋もすこし頬を緩ませながら、大太刀を構え直す。
 ふたりはそう言葉をかわさないままに、戦場を吹き抜ける風となった。日本大鎧を纏った人型戦車と西洋甲冑を纏った人型戦車が並び立ち、剣先は音速にも届こうかという速度で振るわれる大太刀と剣鈴が目前に迫るBETAどもを物言わぬ肉塊へと変えていく。

『でも私は笑わない、私は信じられる』

『あなたの言葉おぼえているから』



 そして全ての前線部隊は、5121小隊に追いつかんとただひたすらに突撃を敢行していく。彼らは「全員抜刀、全軍突撃」を合言葉に遂に一歩も退かなかった。その代償は大きかったが、その戦果も大きかった。日付が変わり7月10日0100時には、九州中部戦線からBETAの姿は消えていた。
 人類がBETAに勝利する――それがいつの間にかおとぎ話になりつつあったこの絶望的な世界で、この一瞬だけ九州中部戦線の将兵だけはおとぎ話を現実にすべく、突撃行軍歌を歌った。どこかのだれかの未来の為に、地に希望を天に夢を、子に明日を人に愛を取り戻す。この時代、彼らはまさにその為だけに生まれてきた。それを思い起こした彼らは自身の生命を擲って、勝利を拾った。



 そうよ未来はいつだって

 このマーチとともにある

 ガンパレードマーチ……ガンパレードマーチ








【九州編】完、【京都編】に続く

【京都編】は「明らかにあり得ない設定」、つまりチラシの裏でしか出来ない展開になると思います

 突撃行軍歌ガンパレードマーチは絶技であるとも言われており、これを歌うと異世界と繋がるゲートが開かれ、新たな可能性や世界外の法則が降りてくるという話もあった……気がします。実際に原作中ではステータスが上昇後、戦域から撤退不可能になりますから、戦意高揚の一言では片付けられない、何か常識外の力が働くのは間違いなさそうです。
 幻獣共生派には【京都編】で活躍してもらいます。【九州編】内で5121小隊、あるいは戦術機甲部隊にぶつけようとも思いましたが、完全に登場させるタイミングを失いました。
 それとセプテントリオンの試作兵器(RB)、"8本腕の怪物"はウェブ上で行われたTRPG(一応公式)に登場した機体です。端的に言えば士翼号(の特別改修機"希望号"、更に性能三割増の"改")の100倍の性能を誇るそうですが、ぶっちゃけ詳細はわかりません。大口径スペシウムレーザーバズーカを有する希望号や宇宙空間で敵艦の撃破を目的として水爆を運用する"人形"の100倍(もしかすると200倍)の火力を持っているってどういうことなんですかねえ……。そんな超科学を誇るセプテントリオンにとってもG弾やBETA由来素材は非常に魅力的な代物です。(副次的効果とはいえ)時空間をねじ曲げたり、重力を偏向させる超兵器を未だセプテントリオンも実用化出来ていないからです。

 以降は開発話なんかを入れたいのですが、開発・外交・戦略は輪をかけてお粗末な話になりそうです……



[38496] "見知らぬ明後日"
Name: 686◆6617569d ID:8ec053ad
Date: 2013/12/10 19:03
"見知らぬ明後日"



 国道178号線をひたすらに東進し、鳥取砂丘南を大した抵抗も受けずに素通りしたBETA群は兵庫県入りの瞬間に跡形もなく蒸発した。国道178号線に設置されたS-11弾頭が起爆し、戦術核並の威力と評されるその爆風と熱線が突撃級と要撃級から成る先頭集団を呑み込んだのである。先頭を往く突撃級の正面装甲は堅牢であり、またその巨体が盾の役割を果たした為にその効果はせいぜい200ないし300の大型種を仕留めたに過ぎなかった。
 後続のBETAがすぐさま行動不能となった先頭集団を押し退けて、前へ躍り出て順調な東進を再開しようとする。こうして新たに、要撃級を主として戦車級がちらほら混じる先頭集団が形成され、彼らは兵庫へと侵入せんとする。

『2番起爆!』

『2番起爆!』

 その様を監視していた工兵連隊は、再び起爆装置のキーを廻した。
 最初に起爆した弾頭の10m後方に配置されていたS-11弾頭が爆発し、新手のBETAを一掃してみせた。突撃級の数も少なく、比較的軟らかい要撃級から成るBETA群に対する効果は絶大であった。密集隊形をとったまま愚かにも突進してくる彼らは、指向性をもった爆風と衝撃波に曝され、無慈悲にも後方へと洗い流されるかのように吹き飛ばされる。爆風に曝された小型種は接地もかなわず空中へと弾き飛ばされ、大型種の死骸に叩きつけられて四散し、舞い上がった突撃級の外殻は後続のBETA群の頭上に降り注ぎ、大量の同胞を圧死させた。
 高性能爆薬S-11は、防衛戦における時間稼ぎに最良の兵器であった。破壊力こそ従来の大量破壊兵器たる核兵器に劣るが、起爆時に指向性(爆風・熱線の向き)を自由に選択出来る為に、S-11を連ねる形で重複配置することも可能であるし、S-11弾頭の後方に友軍を待機させておくことも出来る。防衛戦においては一旦起爆すれば周囲を無秩序に破壊する核弾頭よりも、指向性を持ち一定範囲のみを破壊するS-11の方が使い勝手がいい。

「第42戦術機甲大隊、交戦開始」

「交戦っつっても、結局はS-11の取りこぼしを狩るだけだからな。気楽なもんだ。震動センサーと地中用レーダーに異常はないだろうな」

 兵庫県西県境全線には7月11日現在、近畿・北陸・東海地方のあらゆる基地、軍需工場、果ては戦術機から掻き集められた500はくだらない数のS-11弾頭が設置され、BETA群を待ち構えていた。地中侵攻対策としては、BETAが地中侵攻する際に出す騒音・震動を捉える震動計と地中を探査するレーダーによる監視網を張り巡らせている。仮に地中に動きがあれば、現在は予備戦力として京都で睨みをきかせている帝国陸軍第1師団、第16師団といった精鋭師団と、ことに正面装備の優秀さでは正規軍に劣らない斯衛軍(第2連隊)が、これに即応し撃滅する計画だ。

 在日米軍の戦術核集中運用、新型爆弾使用案に衝撃を受けた本土防衛軍統合参謀本部、帝国陸軍中部方面軍司令部によって築かれた第一帝都絶対防衛線は、兵庫県以西を焦土としながらもその役目を十全に果たし、何の綻びもみせないままにBETA群を弾き飛ばして揺るがない。天候回復も成り、海を圧す帝国海軍連合艦隊の日本海哨戒網はその機能を回復、また四国地方では九州地方からの援護を受けて、未だ第40師団(高知)・第55師団(善通寺)が粘り強い抗戦を続けており、近畿地方南部が奇襲を受ける可能性はほとんど無くなっている。
 九州地方は奇跡的にも中部に強襲上陸したBETA群の撃滅に成功しており、また更に北部戦線も8割以上のBETAを既に海へと追い落としつつあると帝国陸軍西部方面軍司令部は、本土防衛軍統合幕僚本部に報告していた。

 帝国領防衛の総指揮を執る本土防衛軍統合参謀本部には、7月7日のBETA九州北部強襲上陸以来悲観的な空気が漂っていたが、ここにきてようやく雰囲気が和らぎ始め、参謀達も蘇生した思いでいた。やらねばならないことは山積している、緒戦を巡る大失態の責任追求もあろう、自身の首は繋がらないかもしれない――だが日本帝国滅亡だけは回避したぞ、と。

 実際には彼らのあずかり知らぬところで、破滅が迫っていた。

 本土防衛軍統合参謀本部にいっさいの非はない。
 ただBETA地球侵攻以来、敗北を重ねてきた人類の歴史がいま日本帝国に最悪の結果をもたらそうとしていた。



―――――――



 人の口に戸はたてられないとは、よく言ったものである。
 国営放送では一貫して虚飾に塗れた戦況を報じていたが、いよいよまずいという噂を聞いた近畿・東海・北陸地方の民間人達は方々へと避難を開始しはじめた。
 以前より各市町村行政は疎開を指導しており、また7月7日以降避難"命令"も出ていたが、やはり自身が慣れ親しんだ土地を捨てて見ず知らずの他地方へと移るのは簡単に決心できるものではない。市民達が普段から抱いている帝国陸海軍への絶対の信頼は、「BETAは九州で撃滅されるであろう」という楽観に繋がり、故に「慌てて他地方に避難し、火事場泥棒に逢ったのではたまらない」という思考に陥らせていた。
 だがBETA九州上陸後も交通機関・行政の麻痺(受け容れていた九州・四国・中国地方の避難民と、近畿・東海・北陸地方の民間人、合わせて約3000万が東へ逃れようというのだから当然の現象であろう)を理由に、関東・東北地方への疎開を渋り続けていた彼らも、「呉を巡って激しい戦いが起こっている」だとか「いや、既にBETAは兵庫入りしようとしているらしい」といった噂話を耳にすれば、嫌でも重い腰を上げずに入られなかった。
 ……しかしそういった風聞にも動揺することなく、全く疎開の動きを見せない人種が集中する地域もあった。

 征夷大将軍と皇帝陛下のおわす帝都、その中枢たる京都市である。

 彼らは平時より京都近郊に駐屯する帝国陸軍第1師団や、正面装備の充実ぶりならば正規軍にも優るとも劣らない斯衛軍の勇姿を目にしており、地球外生命体だか何だか分からない賊軍など帝都を前に戦場の露と消えると信じきっている。
 また何より帝国臣民の精神的支柱たる将軍が帝都を離れないことも、彼らの心理に少なからずとも影響を及ぼしていた。古風な考え方をもつ一部都民は、征夷大将軍の下で武家と帝国将兵が敵軍を迎え撃たんとしている最中に、自身のみが後方へ逃げ隠れするのはどうも後ろめたいと思っていた。また普段から武家を小馬鹿にしている連中も征夷大将軍や皇帝陛下以下が未だ京都を脱出していないということは、つまりまだまだ京都は安全であるか、あるいは他地方よりも堅固な防衛体制が敷かれているということではないか、と邪推していたのである。
 有力武家である"黄"や"赤"とは異なり、比較的地下(庶民)にその距離が近い"白"の武家の中には、無責任にも市井にて「戦とならば民草は恐れる必要はない」「どうして慌てふためきこの帝都を捨てる必要がある?」と鼓吹する者も多かった。影ではそれを「ヒラ侍が何を言ってやがる」と馬鹿にする者もいただろうが、それでもそんなものかと納得する人間も少なからずいたであろう。
 中には勿論、使用人に「ここは戦場になるから」と手づから金子を渡して暇を出し、懇意にしている庶民に軍事機密に抵触しない範囲で精一杯の忠告をする武家の人間もいたが、後者よりも前者の方が遥かに声が大きかった。
 ようやく我らの出番が来たと勇躍する武家と、戦う力もなくただただ時流に翻弄される他ない庶民の姿に心痛める武家。誰も彼らの行動を責めることは出来ないし、後にその責任を追及することも出来ない。彼らは等しく討ち死にする運命にあった。前者は心底自身らがBETAを討ち滅ぼすと信じていたし、後者は"神州"、"1000年の歴史をもつ帝都"が特別にBETAの魔手から逃れられるとは思っていなかった。どちらにしても彼らの判断を指弾することは、決して出来ない……。

「この帝都を離れることは末代までの恥ぞ! まだ齢20にも達しておらぬ御方が戦に臨まれようとしているというに……お前も元防人ならば恥を知れ!」

「なあ、いい加減にしてくれ。時代錯誤にもほどがあんだよ……」

 京都市山科区の某家では戸主である老人とその孫が、帝都を出る出ないで論争を繰り広げている。
 今年で79歳となる老人はかつて大東亜戦争における南方戦線に従軍したという経歴の持ち主であり、足腰は多少衰えたとはいえその気勢は往年より全く変わっておらず、凄まじい怒鳴り声をあげて孫に意見……というよりは説教をしていた。対する孫は大陸戦線帰りの元戦車兵であり、戦線復帰不可能なまでの戦傷を負った為に本土帰還と共に退役した身だった。その意味では対BETA戦の現実を帝国国内で、どこまでもよく熟知している人間である。

「御向かいさんは親戚を頼って青森行き、三丁目の磯野さんとこに至っては、どんな伝手を使ったが知らんがオーストラリア行きだぜ。さあ俺らもこんなとこに執着してても仕方がないんだよ。ほら兄貴も千葉(ウチ)に来いって言ってたろが――」

「出て行くのならばお前だけ行けばいいだろうが!」

 激昂して杖を振り回す父を前に、申し訳程度の握力しかもたない右掌を額に乗せてため息をついた息子は、くそこのジジイは何も分かっちゃいないとだけ思った。幾ら1000年の帝都を枕にやんごとなきお方が戦死されるからといって、俺たちが殉死する必要はまったくない。

「……いいか言っとくけどな、まず斯衛軍なんざ対BETA戦争には何の役にも立たねえ。帝国陸軍だって民間人を懐に抱えて戦いたくはないだろうよ」

 斯衛軍なぞはどこまでも城内省の私兵に過ぎず、まともな軍隊組織ではない、というのが彼の考えであった。現役時代はよく彼らのことを「はりぼて」と嘲ったものである。80年代から戦術歩兵戦闘機といった、高価な"玩具"を買い揃えてきた斯衛軍。それだけで帝国陸軍に肩を並べたつもりでいたのだろうが、一方で砲兵科・工兵科・補給科といった後方支援を任務とする兵科を軽視する風潮がある(部隊によっては一切そういった兵科をもたない)。――彼らはBETA戦において、「押し寄せる賊軍に鬼神も啼く防戦を繰り広げるも、多勢に無勢、全員壮絶な討ち死にを果たす、悲劇の武装集団」を演じることしか出来ないであろう。彼はそう、斯衛軍を評価していた(実際には斯衛軍諸部隊の編成は機密情報であり、これはあくまで彼の先入観に基づいた評価である)。
 逆に帝国陸軍には全幅の信頼をおく彼だが、物事には絶対というものはない。
 ……大陸戦線がいい例だ。当時の東亜戦線には"核兵器"という究極のオプションを保有する人民解放軍や、米国の支援を受け西側諸国製の戦術歩行戦闘機や主力戦車等を揃えた韓国軍、質では前者に劣るが"量"、特に兵站をよく支えた大東亜連合軍、そして実戦経験が乏しかったとはいえ、質に恵まれ定数も満たしていた優良師団が揃い踏みする日本帝国大陸派遣軍が参加していた。だが戦況は人類劣勢のまま推移し、消耗に次ぐ消耗の後に戦線は破綻したではないか。
 そして民間人の避難速度を軍隊の後退速度が上回った時に戦場で何が起こるかといえば、BETAと他ならぬ軍隊による大量虐殺である。大型種に轢殺され、小型種に食いつかれる民間人を前にした東亜戦線の将兵は、ある者躊躇うことなく、ある者は命令されるまま機械的に、ある者は抗命に抗命を重ねた末に――BETAと市民が一緒くたになった混沌へとあらゆる火砲を向けた。
 実際に彼(孫)も某所にて、この大虐殺劇に加担していた。
 後続を小型種に食いつかれた避難民の大群へと105mm戦車砲を指向させた彼は、躊躇いもなく発砲を命じたし、砲手は躊躇いもなくそれを実行した。横陣を敷いた戦車中隊の放った12の榴霞弾は、逃げ惑う大量の民間人と僅かな小型種を吹き飛ばし、次に放たれた12発の榴霞弾が僅かに生き残っていた民間人と大量の小型種を絶命せしめたことを、彼は一生忘れないであろう。

 象と象が争う時、傷つくのは草だ――。

 どうせやんごとなきお方はいざとなれば脱出するに決まっているであろう、そうなると結局は帝都に居残る民草は哀れBETAの腹の中に納まるか、他でもない帝国陸海軍の砲火に倒れるしかない。
 ……たとえあらゆる交通機関が麻痺していたとしても、一歩でも最前線から離れてやるのが銃後の務めというやつだと、彼は信じていた。

「この帝都が陥ちることはない!……この帝都に賊の手が伸びるくらいならば、もはや日本帝国は消え失せるであろうよ。どこに逃げても無駄だ」

「人は別に郷土を、国土を棄てても生きていけるもんだよ、爺さん」

 共に敗戦した戦争に従軍したふたりだが、神州不滅を信じ護国の盾としての役割を果たしぬいた前者と、各国から流入してきた避難民を目の当たりにしながら何も出来ず、ただひたすらに人類全体に奉仕する剣として働き、"親から与えられた生来の"両眼と四肢を喪った後者とでは思考に大きな隔絶があった。
 ……どちらも、正しい。
 戦局がどう転ぶか分からないBETA大戦真っ只中のこの時代では、あらゆる意見・思考が正解になり得るし、間違いにもなり得るのだから。



―――――――



「……田中あおい十翼長。麦穂落ちて新たな麦となるように、彼女は落ちて新たなものとなる。その身と魂は、我らの知らぬところで新たな生となるだろう。……次もまた、ともに戦う戦友となることを願う。良い旅を。ゴッドスピード」

 日本国九州地方から日本帝国九州地方へ敷地ごと転移した各高等学校では、体育館や運動場を利用して戦死者を悼む葬儀が行われていた。葬儀といっても僧侶が経をあげる訳ではなんでもなく、校長や担任の教師が戦死者の名前を全校生徒の前で読み上げ、学兵お馴染みの文句となっている言葉を一言二言掛けるだけの簡単な儀式である。幽体化と実体化を繰り返し、戦線に休まることがない熊本戦に参加する学兵に、他者の死を悼む為に与えられる時間はあまりにも少なかった。
 特に九州中部戦線における戦闘で、多大な戦死者を出した第5戦車連隊の学兵達が通う尚敬高等学校では100名を超える女子生徒の名前が読み上げられた。

「――大平勝子戦士。麦穂落ちて新たな麦となるように、彼女は落ちて新たなものとなる。その身と魂は、我らの知らぬところで新たな生となるだろう。……次もまた、ともに戦う戦友となることを願う。良い旅を。ゴッドスピード」

 知人の名前が読み上げられる度に、生徒達は身を震わし葬場にはざわめきが起こる。ゴッドスピード、と冥福を祈る言葉を紡ぎながら、かの一連の戦闘を生き延びた鐘崎春奈戦車長は(あの子、死んじゃったのか)と知人の死を心中で確認した。
 恐らく故人と同じ中隊かクラスに所属し、大変親しかったのであろう少女が嗚咽しその場に崩れ落ちる。周囲の人間が彼女を連れて、未だ葬儀の続く体育館を去る――鐘崎にとってはもう見慣れた光景であった。敵軍に対して勝利を収めたとしても、ひとりの戦死者も出ないということはあり得ないのだから。



「生徒会連合役員一同は、今後全学兵に士気阻喪の動きが出ると考えています」

「……軍紀を引き締めてもダメだろうな」

「はい。学兵は"日本国の"九州地方、及び後背に控える郷土、家族、友人を幻獣から守るためならば無制限に戦意を高揚させ、従来どおり無類の強さを発揮するでしょう。ですが――」

「"日本帝国の"九州地方、見知らぬ市民を賭けた戦場ではその限りではない、ということだな」

 その通りです、と幾島佳苗は頷いた。
 各高等学校で行われた集団葬儀終了後、九州軍総司令部(開陽高等学校生徒会室)では林凛子九州軍司令、芝村勝吏幕僚長(参謀長)、そして生徒会連合本部がおかれている南芝村高等学校の生徒会長、"稲妻の狐"を駆る幾島佳苗による話し合いが行われていた。
 林凛子が組織のトップ、芝村勝吏が作戦部のトップならば、幾島佳苗は前線部隊のトップに立つ人間である。専用ウォードレス"稲妻の狐(ライトニングフォックス)"をもち、戦場で縦横無尽に駆け巡る幾島は、前線では鬼神と称されるが、平時では何処の高等学校でもひとりはいるような眼鏡を掛けた知的な女性、そして九州軍司令に直接意見を言える人間の中で一番学兵の心理を理解している人間であった。

「私とて納得した訳ではありませんが、ここが"日本帝国"九州地方であり、敵が幻獣とはまったく出自を別とする宇宙生物"BETA"であったということが明らかとなれば、学兵達は不満を抱きます」

 青春を擲ってまで学兵達が戦うことが出来るのは、あくまで幻獣軍と戦うことが家族や友人、生まれ育った街を守ることに繋がるからだ。職業軍人でもない彼らが、その守備範囲を無制限に――つまり異世界人を、異世界の国家まで――広げることは出来ない。いや、まだ相手が幻獣軍であれば納得も出来たであろう。異世界でなんであれ、幻獣を一匹でも殺すことは元の世界を救うことに繋がるかもしれないからだ。だが相手は全くの別勢力である。
 確かに「全く関係ない世界であっても追い詰められた人類を見過ごせない」、という学兵もいるかもしれないがそれは稀有な例であろう。大抵の学兵は真実を知れば、「徴兵されてまで、まったく関係ない世界(国家)でまた別の敵性勢力と戦うなんざ馬鹿馬鹿しい、何故異世界の戦争に命を懸けなければならないんだ」と考えるに違いなかった。

「九州中部戦線における先の戦闘は自衛的要素が多分に含まれていましたから、学兵達も一応は納得するでしょう。ですが今後、日本帝国と関係を深める中で中国・四国・近畿、日本国外へ学兵部隊を派遣することになれば――」

「承服しない学兵部隊も出てくると?」

「……九州軍10万の学兵が相撃つ事態も想定すべきかと」

 幾島佳苗が提示した最悪の未来予想は、荒唐無稽と断じることは出来ない。
 八代に上陸したBETAとの戦闘は、自身の生存圏である熊本を脅かされたということもあり、自衛戦闘ということで学兵達も納得するであろう。だがしかし九州軍総司令部が、学兵達を無制限に対BETA戦に参加させれば、彼らは激発するかもしれなかった。
 各高等学校には充分過ぎるほどの武器弾薬が貯蔵されているし、日本国九州地方の各都市を略奪すればある程度は持久戦の構えをとることが可能であり、これを鎮圧するのは骨が折れることは間違いない。
 しかし日本帝国との協力路線を棄てることは、いまの九州軍司令部には出来ない。両国間(両軍間)に協定や条約等は未だ存在していない以上、現時点で日本帝国九州地方において日本国陸上自衛軍の存在が許されているのは、現地軍である西部方面軍が黙認しているからに過ぎないのだ。もしも今後の交渉の中で「我が軍は自衛目的でのみ、具体的には九州地方熊本県内においてのみ対BETA作戦行動を取ります」などと表明すれば、間違いなく話はこじれる。
 一応、芝村勝吏幕僚長(参謀長)は解決策を考え出していた。

「熊本県外における作戦行動は、志願制とすればいいだろう」

 異世界の為に流血をも厭わない学兵達のみを志願制で集めておき、日本帝国の要請があればこの志願学兵からなる特別部隊を参戦させる。そうすれば内乱の危険性はぐっと減る。

「私も志願制案には賛成するけれど、あくまでも熊本県外に派兵すること自体を避けるつもりよ。最悪――いや、最良の事態が私たちに発生した場合は、彼らが取り残される可能性も考慮しなければならないわ」

 林凛子九州軍司令の方針は、"無制限の技術供与も兵器供与も辞さない構えで熊本県外への派兵を回避する"であった。何が作用して九州軍が、日本国から日本帝国に転移したかが解明されていない以上、またいつ日本帝国から日本国、あるいは他世界への転移が起こるのかが分からないのだから……。不用意に主力となり得る部隊を熊本県外に出せば、それをむざむざと失う羽目になるかもしれなかった。

 その後も九州軍の運命を左右する話し合いは続いていく。



 日本国と日本帝国あらゆる人間が生き残ることを目的として頭を働かせている中、何の関係もないところで全てが決定づけられようとしていた。
 まず第4世界から第5世界へと繋がっていたゲートを、悪意と絶望、より強いあしきゆめに感応した"かのもの"が別世界へと繋げ直したことに第4世界人は気づかなかった。それに気づかないまま、彼らは未だに第5世界へと繋がるゲートをハッキングし続けているつもりでいたし、第5世界への侵略路を現在も確保し続けているつもりでいた。
 次にやはり守るべきものを守れなかった兵士達の無念の声、生きたまま食われる己の運命を呪う民間人の声――呪詛と怨嗟の叫びに惹かれた、聖銃と"かのもの"に寄生された士翼号が第5世界を離れて漂流を再開していた。

 勿論このβ世界(BETA大戦世界)においても、その予兆がいっさい捉えられなかった訳ではない。世界各国が打ち上げていた偵察衛星は、中国地方、小笠原諸島、津軽海峡をすっぽりと覆い隠す白い雲(実際には霧・靄)を捉えていた。だがしかしそれらは、ありきたりな、あるいはちょっと不思議な自然現象として片付けられてしまった。

 第4世界軍。通称"幻獣"。

 第5世界の極東最後の拠点、日本国の陥落を目的とした一大攻勢作戦を彼らは発動させようとしていた。まず本州の食料庫・弾薬庫たる北海道の補給路を切断、また巨大な予備戦力である関東生徒会連合を拘束すべく、小笠原諸島を攻め上ることで日本国首都東京へと圧力を掛ける。そして思い切った飛び石作戦、中国地方に主力軍を投入し、順繰りに人類を絶滅させていく――本州・東京が陥ちれば、北海道・九州は熟柿が落ちるように陥落するであろう。それが幻獣軍の狙いであった。
 ただ前述の通り、彼らはゲートの機能が書き換えられたことにも気がつかず、β世界(BETA大戦世界)に侵略の矛先を向けようとしていた。

 異世界と異世界を繋ぐゲートを通過し、別世界に実体化する際にその姿を歪められてしまうその異形の軍隊は、いまは靄や霧といった形でしかβ世界に存在出来ないが――。







―――――――



まあチラシの裏だからなんでも許されるという訳ではないと思いますが、お付き合いいただければ幸いです。

"かのもの"(彼のもの)とは物理法則の外にある存在であり、世界間移動さえする災厄そのものだといいます。それは世界全体に影響を及ぼす力をもっており、疫病やもっと異なる形態をとって人間を変質させたり、怪物を実体化させたりするそうで、第4世界人(幻獣)が第5世界に攻撃を仕掛けているのも、"かのもの"による圧迫を受けたかららしいです。

ガンパレやマブラヴオルタ等の世界観が好きな方は、小松左京さんの「見知らぬ明日」を読まれることをお勧めします。冷戦期真っ只中、航空機事故に巻き込まれた新聞記者の主人公は中国西部において、核兵器をも用いた"戦争"に遭遇。中国奥地では人民解放軍・ソ連軍と"敵"の間でNBC兵器の応酬がはじまっていたのです。だがしかし冷戦構造から中国・ソ連・米国間で情報の共有が為されないまま、"敵"の伸張は止まらずインド、モンゴル、ソ連領が脅かされる結果に。殺戮を続ける"敵"を前にして足を引っ張り合う人類、そして"敵"との戦闘は全世界規模にまで拡大――という粗筋です。人型戦車や戦術機のような"秘密兵器"は登場しませんし、グロテスクな宇宙生物等は描写されませんが、よくマブラヴオルタ等を語る上では"宇宙の戦士"、"宇宙戦争"といった古典SF以上に重要な作品であると私は考えています。




[38496] "月は無慈悲な夜の――"
Name: 686◆6617569d ID:8ec053ad
Date: 2013/12/13 22:08
感想掲示板の方でご指摘頂いた通り、今回本文中に差別的表現がありました。不快な思いをされた方には申し訳ありません、既に本文の方は修正させて頂きました。これからも応援よろしくお願いいたします







"月は無慈悲な夜の――"



 日本国陸上自衛軍、転移現象の発生より4日目となる7月13日朝。
 先日持たれた話し合いで幾島佳苗が恐れたとおり、学兵達の士気は最低にまで落ち込んでいた。誰もが不快げな表情を浮かべ、口々に不平不満を並べ立てていた――朝食を前にして。

「なんじゃこりゃ、食べられたもんじゃねえぞ!」

「くそっ……この肉、ゴムか?」

「絶対混ぜ物してある……ダメだこんな米食えるか!」

 帝国陸軍西部方面軍から融通してもらった合成食品に対する、学兵の評価は散々であった。
 転移前まで(こちらの世界でいうところの)天然食品を口にしてきた学兵にとって、化学合成によって製造された食品など到底食べられたものではなかったのである。肉は総じてどこかゴムのような風味を醸し出していたし、マシはものでも牛肉とも豚肉とも鶏肉ともつかない妙な食感をもっていた。また主食たる米飯は、ジャポニカ米とは思えないほどパサついている代物だった。……ただでさえ娯楽の少ない軍隊生活の中、学兵達が楽しみにしている食事がこの有様では、文句のひとつやふたつも出ようというものだ。
 最初は「何をお前ら贅沢なことを、食べられるだけマシだと思え」などと周囲をたしなめていた下士官も、最後にはあまりの不味さに降参してしまい、補給科の人間に「帝国陸軍印のある食料品は平時は備蓄に廻しておき、他の食料品が底を尽きた際にのみ放出するのが望ましい」旨を伝えたほどであった。
 だがとにかく幾ら不味かろうと出されたものを食べる他、学兵達には選択肢はなかった。普段ならば配給に頼らずとも、金さえ出せば一通りの物を買える売店を利用するなり、寮で自炊するなりして自身の食事を賄うことが出来るが、7月9日以降、各高等学校生徒会は学兵達に高等学校の敷地外から出ることを一切禁じている為に、それはかなわない。
 ……無論、生徒会と風紀委員会の監視の眼を潜り抜けて高等学校の敷地外に出たとしても、そこは日本帝国。自分の寮など存在するはずがないし、食料品を購入しようにも所持している通貨自体が異なるからどうしようもないのだが(そもそもBETA強襲により店舗自体もう閉鎖されているだろう)。

「……」

 開陽高等学校生徒会室にて合成食品を口にした芝村勝吏幕僚長(参謀長)も、合成食品の不味さには閉口し、その爬虫類面に更に人間離れした表情を張り付けた。彼はその肥満体からは想像し難いが、ちょっとしたアウトドア派であり、公園等で野宿したり自炊することを最上の喜びとしている。彼の味覚が好むのは"天然"、素材そのままの味であり、プランクトンやらを掻き集めて化学合成された食品の、謂わば偽物の味などは到底受け入れられるものではなかったのだ。

「……食事は古来より士気に関わる。帝国陸軍から供与された合成食品は、全て緊急用の備蓄に廻してしまえ」

「はっ、了解です。……しかし帝国軍の支援物資なしで食い繋いでいけますか」

「俺がなんとかする」

 合成食品をなんとか胃袋へと収めた芝村勝吏は、奇しくも前線部隊の下士官と同じ内容の指示を飛ばしていた。勿論、指示のみに終わらないところが芝村らしい。すぐに彼は正規の部下ではない、腹心達に連絡を取り始めた。

「俺だ、Mr.Bだ。ソックスバトラー、指令を与える。なに……? これは九州軍の未来を賭けたミッションだ。日本国高官に"ソックス"に目覚めている者を炙り出せ。いいな、ソックスサムライもつける」

 かつてソックスファルコンの二つ名をもっていた芝村勝吏幕僚長(参謀長)は、自身らが所持しているソックスの価値を正確に理解していた。マニアによっては、靴下に同重量の金塊と同じ値をつける者もいるほどだ。芝村勝吏はそういう人間を日本国内に探し出す、あるいは目覚めさせてから靴下を以て篭絡し、もっとマシな食料を調達しようと考えていたのであった。
 今後九州軍が必要となるのは食料だけではない。政治力、武器弾薬、燃料――あらゆるものを日本国との繋がり、交渉の中で得ていかなければならないのだ。その時を見据えて、いまから政府高官に渡りをつけておくのも悪くはないだろう。彼は、そう考えたのだ。
 ソックスファルコン――いまは引退してMr.Bと名乗っている――は、自身のコレクションを充実させるだけを考える偏狭な人間ではなかった。ここで1足の靴下を投げれば、2足、3足ものリターンが望める――そういった状況にある場合は、目先の利益に囚われない合理的な手が打てる人間であった。

 結局、帝国陸軍西部方面軍から供与された合成食品は、熊本鉱業高等学校に集積された後、適切な処理によってペースト状の蛋白燃料となった。人間は食事の味に文句をつけるが、人型戦車は味には頓着しない。"士魂号"の蛋白燃料に加工する為の原料に、合成食品は丁度良かったのだった。



―――――――



 兵庫西県境に形成された第一帝都絶対防衛線は、殺到する師団規模のBETA群を弾き返し、弾き返し続けて見せた。兵庫以西を灰燼とする覚悟で集中運用されたS-11弾頭は、突破力あふれる突撃級と要撃級から成るBETA先頭集団を無力化することで、その侵攻の出鼻を挫き、更に後続集団を文字通り蒸発せしめた。
 勿論、S-11弾頭による防御陣地と戦術機による遊撃戦のみでは、到底BETA群を押し返し続けることは出来なかったであろう。
 防衛線が持ちこたえていられる理由には、鳥取沖にに展開する帝国海軍連合艦隊と米第7艦隊――世界二強の両艦隊の存在が大きかった。両艦隊の大小口径艦砲と対地ロケットによる容赦ない砲爆撃は、海浜を往くBETA群を一匹残らず撃滅。途中から中国地方全体に濃霧が立ち込めたが、ミサイル巡洋艦・駆逐艦が搭載する無人航空機を大量に運用することで、BETA群の追跡と弾着観測は継続された。
 いまや広大な射爆場と化した中国地方、その地表を蠢くBETA群は師団規模だろうが軍団規模であろうが、もはや大した脅威には成り得なかった。
 激戦は、概ね絶対防衛線の内側で行われた。

 7月13日2000時。
 最前線の10km後方にて、BETA強襲を知らせるコード911が駆け巡った。
 夜陰に紛れて地を割り現れるBETA群。幾らS-11や艦砲を並べたところで、地中侵攻を試みるBETAはどうしようもない。だがしかし振動・声紋センサーと地中用レーダーによって形成された帝国陸軍の監視網は、BETAの地中侵攻を完全に捉えていた。
 3、4秒遅れて地中から這い出したBETA群の直上に、榴弾と噴進弾が雨霰と降り注いだ。榴弾が破片を弾き飛ばして小型種の群れを薙ぎ倒し、火焔を噴きながら急降下した噴進弾は大型種の上面をぶち破って内部で爆発すると、一瞬でその身体機能を奪い尽くした。
 155mm榴弾と130mmロケット弾の混声合唱が一帯の空気を振動させる度に、愚かにも密集陣形で地上に顔を出すBETA達がその肉体を四散させていく。戦車砲や機関砲ではびくともしない堅い外殻をもつ要塞級も、大口径弾が連続して弾け、叩きつけられるこの戦場では3分ともたなかった。要塞級に搭載されていた光線級や、何とか地表面にその瞳を覗かせることに成功した重光線級はすぐさま閃光を迸らせるが、一条の光線に対して、8発も9発も砲弾が突っ込んでくる現状では彼らはどうしようもなく無力であった。
 それでも砲兵科が催す歓迎会は、全てのBETAを迎え入れられる訳ではない。飛礫と爆風の嵐から抜け出した突撃級、要撃級、戦車級――機動力ある大・中型種が東進を開始する。その先にはBETAにとっての地獄を現出させた主、帝国陸軍第53砲兵連隊が無防備な姿を曝していた。当然ながら砲兵連隊は直接照準による接近戦なぞ想定しておらず、BETAに食いつかれればそのまま蹂躙されることはまず間違いなかった。
 だが結論から言えば、BETA群は24の巨影に食い止められた。

『こちらドラム・リーダー、頼んだぜ侍さんよ!』

『こちらハイドラ・リーダー、確かに承った! 各々方宜しいか、一匹たりとも撃ち洩らすな!』

 手に手に87式突撃砲と74式近接戦闘長刀を構えた戦術機の群れが、BETA群と帝国陸軍第53砲兵連隊の合間に割り込み、そのまま跳躍装置を全開に戦場を駆け抜ける。先頭を往くは、全身を群青色で染め抜いた鋼鉄の武士(もののふ)。その後に迷彩効果をかなぐり捨て、黄や白の単色でその身を染め抜いた23機の戦術歩行戦闘機が続く。
 第3斯衛大隊だ。
 皇帝陛下・征夷大将軍、帝都を守護を担う斯衛軍が有する戦術機甲部隊がひとつ。2個中隊基幹(定数24機)と他の戦術機甲大隊(定数36機)に較べれば数の上で多少見劣りはするが、それでも82式戦術歩兵戦闘機"瑞鶴"といった高性能機を駆り、質においては高い水準にあると評されている。
 特に先頭を駆ける戦術歩兵戦闘機は、まさに最良といっていい機体であった。

「ハイドラ・リーダー、祟宰恭子――参る!」

 青藍の強化服に身を包んだ女性衛士は、名乗りをあげながらスロットルを押し込んだ。
 87式突撃砲を以て前面の要撃級を射殺した青い戦術機は、高速のままBETA群の中に吶喊、小型種を跳ね飛ばしながら機体を廻らすと突撃級の無防備な背面に回りこんで、36mmの鉛弾を叩き込む。途中、要撃級の前腕や戦車級の飛びつきに逢ったが、それらを青い戦術機はすべて紙一重でかわしてみせた。ほとんど全方位からの攻撃に対して反応・回避が可能であったのは、祟宰恭子と名乗りをあげた衛士の腕もあるが、何よりもその機体性能に拠るところが大きい。

『ハイドラ・リーダーより各機! ハイドラ甲(第1中隊)は敵中へ吶喊、敵群をその場に拘束! ハイドラ乙(第2中隊)は砲撃戦を以て前進する敵を撃滅せよ!』

『ハイドラ乙1番、了解! 突撃級はお願いしますよ!』

『祟宰殿、調子に乗られてその御馬を壊されぬよう!』

 茶化した部下が云うところの"御馬"、青い戦術機はこの日本帝国でも未だ数機しか製造されていない代物で、従来の戦術機とはあらゆる面で一線を画す性能を秘めていた。予定通り2年後に制式採用された後は00式戦術歩行戦闘機"武御雷"と呼称されるであろうそれは、間違いなく世界最強の名を欲しいままにする兵器のひとつだった。
 威圧感を醸し出す中世武士の烏帽子の如き形状をもつ頭部ユニットと所謂"睨み目"と呼ばれる同メインセンサー、多連装誘導弾等の運用を度外視した設計、彼我密着しての戦闘を念頭においた固定武装が施された四肢。その威容はまさに勝利を欲する武人そのもの、といったところか。

『我らも続くぞ!』

『光線級はまだ穴の淵なんでしょう、じゃあお供しますよ伊賀守殿!』

『BETAぁあああああ! 畜生道にもう一度叩き落してやろうかあああああ!』


 譜代武家が駆る山吹の瑞鶴が突撃級を僅かな高低差で飛び越え、主腕と背面担架に有する突撃砲3門をフルオートで乱射し、周囲のBETAを大型種・小型種の別なく粉砕する。それに遅れて純白の装甲を月光に煌かせながら、10機の瑞鶴が敵中へ斬り込んでいく。――ハイドラ甲、第1中隊は自身を囮とすることでBETA群を足止めする腹積りであった。
 武御雷の御者であり大隊指揮官でもある祟宰恭子は、正面に殺到した要撃級の群れに36mm機関砲弾をお見舞いしながら、戦域情報データリンクから必要な情報を読み取った。地中から出現したBETAは師団規模、但し第53砲兵連隊の容赦ない砲爆撃によってか、出現地点に釘付けにされてしまっている。いま第3斯衛大隊と対戦しているこの群れは、せいぜい大隊規模(1000匹程度)かそれ以下でしかない。

(大丈夫よ、やれる)

 斯衛軍は今上陛下と御大将軍を守護を専らの責務とする為、実戦経験が酷く欠如している。反して大陸派遣任務等を通し、実際に血を流しながら経験を積んできた帝国陸海軍将兵が、陰口のような形で「斯衛軍は張子の虎、飛んだ予算食い」だ、と評論しているのを祟宰恭子も知っていた。だが逆に実戦経験を度外視すれば、間違いなく斯衛軍の錬度は帝国陸軍の諸部隊――その中でも最精鋭とされる富士教導団にも負けはしないであろう。

『足を止めるなよ!』

『わかっておるわッ、磐田氏!』

 彼らは少々逸っていたが、分隊単位で相互を援護しつつ大型種の合間を駆け巡るその姿は、間違いなくまさに歴戦のそれであった。要撃級の前腕を避け、突撃級の鼻先を走り抜ける。光線級が出現地点に釘付けにされており、比較的自由な機動が許されているとはいえ、経験の浅い衛士では到底実現出来ない動きであろう。我こそは武門出身、戦場で恥ずかしい働きは出来ぬという自戒が恐怖を押し殺し、平時からの演習に次ぐ演習によって培われた実力が、ほとんど初陣に近い彼らを熟練の衛士にも負けない域にまで引き上げていた。
 特に青藍と山吹、両機の動きが目に見えて優れていた。武御雷はあらゆる体勢から斬撃を繰り出し、背後を追従する瑞鶴は87式突撃砲により全周のBETAを相手取ってみせる。このエレメントに負けまいと、各々一般武家出身の衛士が駆る純白の瑞鶴も手当たり次第にBETAを戦場の露と変えてゆく。

『こちら帝国陸軍第53戦術機甲大隊! すまねえな、あと3分で駆けつける! 攻撃ヘリも一緒だ。戦車大隊は15分!』

『こちら第3斯衛大隊、貴隊の来援に感謝する!』

『いや感謝すんのはこっちだよ、わざわざ帝都から出張ってきてもらってんだ! 持ちこたえてくれ!』

 それでも流石に2個中隊のみで、大隊・連隊規模のBETAを抑え続けることが難しいことはわかっていたため、帝国陸軍第53戦術機甲大隊来援の一報に、祟宰恭子は内心で胸をなでおろした。網膜に投影されているレーダー画像には、第53戦術機甲大隊を表す36のマーカーと十数機の攻撃ヘリから成る第51対戦車航空隊を表す青いマーカーが浮かんでいる。
 猛々しい武御雷の機動とは裏腹に、内心では(助かった)と祟宰恭子は安堵した。正直な話、幾ら五摂家の兵と言えどもそれを表面上は隠し通しているだけで、恐怖心は人並みにある。だがしかし一個戦術機甲大隊と攻撃ヘリ、戦車大隊等の来援はそれを吹き飛ばすほどに心強かった。

 だがその僅か1分後。
 それまで約30年に渡って人類が培ってきた常識、その全てが塗り替えられる事態が発生した。

『むっ! 祟宰殿ォ!』

 祟宰恭子が駆る武御雷の正面に、突如として分隊(エレメント)を組む山吹の瑞鶴がずい、と割り込んだ。連携を無視した突発的な僚機の機動を、祟宰が咎めようとする。が、その瞬間には、山吹色の瑞鶴は下半身しか残っていなかった。祟宰は辛うじて主腕や頭部ユニットだったものが四散し、地表や周囲のBETAに叩きつけられる光景を見ることが出来た。

『光線級!?――違う! 友軍誤』

『乙3被弾大破炎上ォ! 退いてください! 砲爆撃に巻き込ま』

『退けッ! 退けい! BETAから離れよ!』

 友軍誤射。背筋も凍る単語が飛ぶなり、祟宰恭子は反射的に後退を命じていた。だがしかしその時には既に、第3斯衛大隊の周囲には百・千単位の飛翔体が降りかかった。音速を超えて落着するロケット弾のようなそれは、戦術機とBETAの区別もなくただただその場に居合わせたものを吹き飛ばしていく。……不幸なことにこれが帝国陸軍第53砲兵連隊によるものだと、祟宰恭子は勘違いしていた。

『ハイドラ・リーダーだ! HQ、HQ! ドラム・リーダーに砲撃を中止させろ! HQ!』

『祟宰殿! ……部隊間データリンクが切れています!』

『馬鹿なッ!』

 悲鳴じみた声をあげた祟宰は、そこで衛星を介して部隊間で情報共有が為されるデータリンクが断絶していることに気がついた。つまり部隊内での通信やレーダー情報の共有は可能だが、第3斯衛大隊外と他部隊とでは情報の共有が不可能になっている――つまり第3斯衛大隊は孤立したということだ。

 実際には、事態はもっと深刻であった。
 第53砲兵連隊は既に容赦ない"誤爆"によって全滅していたし、来援の第53戦術機甲大隊も同じく阻止砲撃によって身動きが取れないままに殲滅されてしまっていた。……第53師団本部も同じく生体ロケット弾の直撃を受けて、参謀は師団長以下全員が吹き飛ばされてしまっていた。

 彼らは気づかない。

 あらゆる星の光を奪い尽くし、月光すら喰らう黒い月が頭上に浮かんでいることに。



 本来ならば人が恐怖と共に知覚しなければ存在していられないはずの幻獣は、この世界においてはその限りではなかった――BETA戦によって世界中に飛び交い続けた怨嗟、苦痛、悲哀の叫びは、愛と勇気のおとぎ話を捻じ曲げる黒いリューンを活性化させ、"あしきゆめ"たる幻獣の実体化を大いに助けていた。。

 人類にとっての恐怖、脅威、災厄そのものである"あしきゆめ"幻獣、人々に退化を強いる黒い月は、ハッピーエンドを奪い尽くし、もはや先の見えない混沌への道を拓く。



 7月13日。
 空をBETAに奪われた人類はこの日、宇宙空間をも失った。

 黒い月の到来と同時に衛星軌道上に実体化したデブリ型の幻獣群は、その身を宇宙空間に存在する全ての人工構造物に叩き付けた。偵察衛星・通信衛星・再突入駆逐艦、対BETA戦に活用されてきたあらゆる設備が、瞬く間粉砕され、地球を周回するただのゴミに換えられていく。宇宙空間に実体化した幻獣達は、かつてアポロ計画によって打ち上げられた無抵抗のアームストロング船長を殺したように、いとも容易くこれらを無力化してみせた。各国宇宙軍の反撃は皆無であった――BETAは衛星軌道上の目標は攻撃しない、また宇宙空間においては降着ユニット内で休止状態であるから、防御措置など考えられてこなかったのである。
 ところが相手は幻獣であった。
 BETAの降着ユニットを迎撃する為に戦略核を搭載しているユニットも、何も出来ないままに幻獣に食いつかれ予定の軌道を外れていく。
 再突入駆逐艦や宇宙ステーションの喪失は、優れた乗組員の落命を意味する。僅か1時間余りで、宇宙空間から人類は絶滅させられた。だがそれよりも重大な問題であったのは、軍事目的に打ち上げられた衛星の一切が、その機能を失ったことだ。現代において地上部隊は衛星を介して情報を共有することは当たり前にやっていることであるし、国家間の通信でも衛生を介する場合がある――つまり地上組織はひとつひとつが孤立状態に追い込まれた。また高空を封じられた人類にとって、衛星軌道からの偵察行動が不可能になったということは、ハイヴ間を行き来するBETAの動きの一切を掴めなくなったということを意味する。
 宇宙空間封鎖、それは50・60年代から宇宙開発に邁進してきた人類に光線級の登場と航空機の無力化以上の衝撃を与えたであろう。そしてアメリカ合衆国が主導する予備計画オルタネイティヴ5も、このまま何かしらの修正が為されなければ、頓挫するであろうことは間違いなかった(流石に彼らの政治力を以てしても、移民船団による脱出無しではこの計画は通らない)。その実際がどうであれ、希望の一翼を人類はもがれたのである。

 そして宇宙人類の絶滅に遅れて、地上人類の終焉が始まろうとしていた。

 第5世界(GPM世界)において人類の生存圏は、僅か南北アメリカ大陸の一部、南アフリカ共和国、日本列島であることは前に述べたとおりである。つまり幻獣軍の前線は、別段日本列島にだけ存在する訳ではないのだし、当然占領済みの地域にも彼らは存在し、また各国の通航を切断する為に、多くの水棲幻獣が投入されていた。
 端的に言えば黒い月の出現と同時に、億単位の幻獣が別世界からこちらの世界に湧き出した。

 日本列島では概ね1000万の幻獣が、突如として実体化した。日本海と太平洋に水棲幻獣が万単位で出現、青森、小笠原諸島には100万、そして中国地方に約700万の幻獣が実体化。第5世界における八代会戦に約1400万が動員されたことを思えば、日本列島全体に投入される幻獣の数は少ないようにも思えるが、幻獣軍とて無限の物量を有している訳ではない。先の八代会戦、熊本戦における敗北の影響がまだそれなりに残っていたのである。
 だがこの世界の人間にとっては、全てが埒外だった。対BETA戦を遂行してきた人類からすれば、ハイヴ攻略戦であっても相対する数は軍規模(10万)が複数といったところだ。BETA収容数が30万以下であるフェイズ4ハイヴでさえ、これまで人類は手こずってきた。だというのに、だ――。
 偵察衛星が撃破されたことによって幻獣軍の正確な数を把握出来ないことが、人類にとっては逆に幸いであったかもしれない。



 7月13日2030時。
 第1帝都絶対防衛線に約1500万発の生体噴進弾が叩きつけられ、先頭集団(幻獣軍約60万)が有する50万の大・中口径生体光砲が指向された。








―――――――



【九州編】が「日本国陸上自衛軍vsBETA編」だとすれば、この【京都編】は「帝国陸海軍vs幻獣編」といったところでしょうか。結局のところ第5世界1999年における九州戦の勝利は、世界規模で続く人類・幻獣間戦争という観点で見れば、局地的な勝利でしかありません。「年齢固定型第6世代クローン及び第7世代の大量就役が見込める2000年まで、幻獣を九州に釘付けにする」という戦略目標は、熊本に拠った生徒会連合九州軍の奮闘もあって果たされましたが、その過程で幻獣軍はほとんど出血していません。端的に言えば学兵部隊は張り巡らされた古代結界を頼りとして、幻獣軍の眼の上のたんこぶで居続けただけでした。幻獣軍は未だ圧倒的な物量を保持しており、また異世界に存在する兵站はまったくの無傷です。……八代会戦にて蒙った痛撃から、既に立ち直っていても不思議ではなく、故に作中では数百万という軍勢が再び動員されています。

連載開始時から「幻獣とBETAで殺し合わせて、人類は漁夫の利を狙うしかない」旨の話がよくみられますが、どちらかというと土地に固執しなければならない人類陣営よりも、幻獣陣営が「この下等生物に人類を駆逐させる」方策を採り易いと私は考えます。幻獣は物量でBETAに優っている為に一方的に勝利を収めることが出来ますが、飛び道具を持ち戦術を駆使する人類相手では多少なりとも苦戦する為、出来ればBETAに人類を潰してもらいたいところ。幻獣はある程度の時間は掛かりますが、実体化と幽体化を自由に行えるため、「実体化後、人類の防衛線を蹂躙」→「幽体化、BETAが防衛線を突破し、人間を駆逐するのを眺める」→「再び実体化、圧倒的物量で飛び道具も何ももたないBETAを駆逐する」といった戦術が可能だからです。幻獣軍からすればハイヴも大型幻獣を運用すれば攻略も不可能ではないため、荒野になった旧人類領を再占領すればいいだけです。

BETA「捕まえても消失する、資源にならない連中を捕まえて何になる?」

幻獣「なんかこの下等生物どもに人類は苦戦してるみたいだし、適当にやらせておこう」

果たして人類は、2001年10月22日を迎えることが出来るのでしょうか――?



[38496] "幻獣の呼び声”(前)
Name: 686◆6617569d ID:8ec053ad
Date: 2014/01/07 23:04
"幻獣の呼び声"(前)



『こちら大空山3番観測所! 西方全域に敵影認む! 数は、数は――わからない! 観測可能な範囲全部に敵がいやがるんだ! 国道9号は連中で全部埋まっちまってるぞ! HQ、HQ! ――不通かよ、くそっ!』

『こちら城山2番、爆炎と煤煙が凄まじすぎる……。第一帝都絶対防衛線方面は――第53師団及び第118師団の守備範囲はもう何も見えない――何も――』

『こちら善防山ぁっ! 姫路市街炎上ッ! 新種BETAによる砲爆撃なおも止まず! 空中を飛翔する大型種の大編隊はなおも東進を止めない! 概ね時速約40kmで爆撃継続中! ――このままでは明石、ひいては神戸が灰燼になるぞッ!』

『こちら第111歩兵連隊本部だ! HQ、HQ! 第54師団本部、聞こえるか!? 現在、受け持ちには師団規模の敵勢が殺到中! 揖保川を盾に姫路市内への新種BETA群浸透を防いでいるが、もう少しばかり支援がないと保ちそうに……なんだあれは――』

『こちら第231歩兵連隊だ! 国道29号線に殺到している敵勢力は、控えめに見積もっても軍団規模(約5万)、いや軍規模(約10万)はいやがるぞ!』


(以上、7月14日0200時交信記録)






―――――――







 7月13日2100時。

 兵庫西県境に設定された第一帝都絶対防衛線は、火焔と煤煙の中で潰えた。
 降り注いだ1500万発の生体ロケット弾は、全線に渡って敷設されたS-11弾頭を薙ぎ倒し、小型種の浸透を阻止する為に防御陣地を形成していた歩兵連隊を蹂躙し、撃ち洩らした大型種に対処する目的で待機する戦術機部隊を直撃した。それどころかその大火力は前線より遥か後方にまで延伸し、BETAに対して砲撃を加えていた帝国陸軍砲兵連隊をも呑み込んで喰らい尽くした。長らく火砲をもたない敵との戦闘に慣れ切り、陣地転換の概念を忘れていた彼らは、1発撃てば10発の砲弾が返ってくるこの戦場で全滅した。
 この一方的な制圧射撃の中、幸か不幸か生き残った将兵は続いて地平線を埋め尽くす赤い光点の山を目撃した。中国地方に出現した幾千万ものその赤く輝く瞳は、破壊と殺戮の限りを尽くさんとぎらつき、瞬く。その光景が与えた衝撃は、どこまでも大きかった。
 積み上げた土嚢の裏で、あるいは転がった車輌の後ろで歩兵達は絶望し、帝国陸軍の誇りもなげうって異世界軍に背を向けた。
 ……その殆どは生きて、後方へと退がることは出来なかったが。

 第一帝都防衛線を固める前線部隊の行動は、3つに分かれた。

 この熾烈な砲爆撃を味方による誤爆と判断し(実際に砲撃はBETAをも一瞬で撃滅していた)、反撃をも試みないまま壊滅する部隊。
 敵・味方の区別なく落着するロケット弾の豪雨の中で、やむを得ず現防衛線を放棄して後退していく部隊。
 そして最後は、これを敵勢力――新種BETAによる砲撃だと断じ、敵中へと吶喊する部隊である。この熾烈な砲撃が我々へと向けられたものだとすれば、自分たちが敵中へと押し入って彼我混濁の状態を生み出すことで砲爆撃を回避することが出来るはず、死中に活を見出すとはこのことだ、とばかりに敵群へと殺到した。

 ……結局のところ幻獣軍へと突撃した部隊は、彼らに少しの被害も与えることが出来なかった。
 蠍に酷似した外見をもつ中型幻獣キメラや、複脚を蠢かす蛇の如き中型幻獣ナーガによる密集陣地の真正面に飛び出した彼らは、数千門、数万門の光砲に狙い撃ちにされてずたずたに引き裂かれた。光線級ほどの出力はないものの、それでも申し訳程度の装甲しかもたない戦術歩兵戦闘機や機械化装甲歩兵には充分過ぎる威力であった。それが槍衾ならぬ光衾となって、回避不可能な密度で放たれるのだからもうどうしようもない。

 そうして兵庫西県境の第一帝都絶対防衛線は、圧倒的な火力によって突き崩され、そこから幻獣軍700万と生き残った僅かなBETAが兵庫県内へと捻じ込まれていく。



 同2100時。


「民間通信網を速やかに接収しろ! なに、電電公社(日本電信電話公社)の連中が――? すぐに逮捕しろ! 役人は戦争を理解していないのか、とにかく近畿一帯の通信網をおさえるんだ!」

「衛星通信を介する回線(リンク)11から16はやはり沈黙。……衛星軌道上で何らかの異変が発生したとしか思えません。上空に出現した天体が通信に影響している可能性も――」

「各陸軍基地との通信はどうにでもなる! とにかく日本海全域に展開中の連合艦隊との通信を回復させることだ。連合艦隊の小沢提督はうまいことやってくれるだろうがな……第七艦隊との情報同期(データリンク)復旧も急がせろ!」



 恐慌状態に陥った本土防衛軍統合幕僚本部において特に繁忙を極めたのは、通信科の幕僚達が占有する一角であった。新たに出現した敵性勢力によって通信衛星そのものを破壊されたとはつゆ知らず、参謀達は衛星を介した通信網が沈黙した原因の究明、衛星通信再開を急がせた。特に衛星軌道上を周回する十数の通信衛星は、米軍第七艦隊と帝国海軍連合艦隊との情報同期(データリンク)、連合艦隊と海軍基地間の通信等を専ら担っている。これを復活させることが出来なければ、機動打撃群を有する第七艦隊は、そして超ド級戦艦を擁する連合艦隊は、ろくな連携も取れない二流艦隊と化す。

 また衛星を介する回線の不通に伴い、平時は衛星通信を利用していた部隊が一斉に大気圏内の通信回線で実施するようになった影響からか、軍用無線通信も不調が続いている。
 こちらの対策は容易に立てられた。
 民間通信網――日本電信電話公社が有する電話回線を接収することで、少なくとも陸上基地間の通信だけは確保、また大気圏内における軍用通信回線の負担を軽くしようという狙いがあった。
 日本電信電話公社は国営会社ではあったが、中には気骨のある者もいたらしい。「電話・電報を取り上げられた近畿地方の臣民は、どうやって連絡を取り合うのですか。苦しい逃避行の中で、家族と落ち合おうとするときにどうやって連絡を取り合えばいいのですか!」――そう言って激発する社員もいた。
 勿論その後抵抗する社員はすぐさま逮捕され、通信網は帝国陸海軍が掌握したが。

 結果から言えば後者はともかく、衛星通信を回復させようとする前者の試みはまったく無駄な努力だった。

 前述の通り制宙権を得た幻獣軍はその種別を問わず、宇宙空間に存在する人工物を全て破壊していたし、また海上を遊弋している"はず"の米軍第七艦隊各艦艇とその将兵は既に海底にて永遠の眠りについていた。
 突如として実体化した巨大なイカ――水棲幻獣クラーケンの大群がミサイル駆逐艦に絡みつき、百体、千体が一斉に運動してこれを水面下へと引きずり込んだかと思えば、海中に振り落とされた哀れな海軍将兵に海蛇型幻獣サーペントが喰らいつく。
 直掩の駆逐艦が効果的な対潜水・対水上戦闘を実施出来ない状況で、米海軍の力の象徴たる正規空母は艦底に幾つもの小孔をぶちあけられた。これはサーペントに寄生する水棲バカが、魚雷の如く殺到した結果であった。人類軍の運用する魚雷とは異なり、炸薬等は搭載されていないためにその威力は著しく低いが、それをやはり百・千単位で大量集中運用することで決定的打撃不足を補った。百を超える破孔を艦底に負った米水上艦艇は、ダメージコントロールも間に合わないままに沈む他なかった――。

 幻獣軍のテリトリーは陸上のみに留まらない。
 独潜水艦の活躍が光り、また自軍は米潜水艦による交通破壊に苦しめられた大東亜戦争の反省を深め、また海底を進行して渡海する対BETA戦を想定し続けてきた連合艦隊にとって、未知の敵勢力を相手とする対潜戦闘はまさに望むところであった。だがしかし高い対潜哨戒能力を誇る連合艦隊でさえ貴重な砲戦力である超ド級戦艦を、物量で圧す水棲幻獣クラーケンやサーペントから守り抜く自衛戦闘がやっと。
 仮に通信機能が取り戻されたとしても、彼らの相手をしながら陸上支援を実施することはどだい無理は話だった。



 通信機能の回復を試みる通信科参謀達の騒々しさとは正反対に、帝国陸海軍・在日米軍・国連太平洋方面軍の作戦部等各参謀が集合した会議場は重苦しい雰囲気に包まれていた。
 ぽつりぽつりと入る前線部隊からの報告を総括するに、どうやら帝都第一絶対防衛線が崩壊した"らしく"、遂に帝都の玄関口にてBETAとの一大決戦に臨まなくてはならなくなった帝国陸海軍は当然として、在日米軍をはじめとする各国軍の将兵の表情も酷く昏かった。彼らは指揮下にある自国部隊・自国艦隊どころか、現状では本国とも連絡が取れなくない状況に陥っており、自身が孤立したのではないかという猜疑心に捕われていたのである。
 実際のところ彼らの危惧は、杞憂に終わらない。人類軍の言葉を借りるのであれば、既に幻獣陣営の北米方面軍・南米方面軍・南ア方面軍は実体化を終え、現地軍と苛烈な砲撃戦を展開していたし、幻獣軍からすれば既に平定したはずの他地域でも彼我の間で殺戮と破壊の応酬がはじまっていた。
 だがしかしそうした情報は、衛星通信が利用出来ない現状では全く入手出来ず(近代には海底ケーブルによる電信設備等もあったが、管理が煩雑であって現代では完全に廃れた)、彼らは大なり小なり不安な思いを胸にしながら祖国より遠く離れた日本帝国での作戦会議に臨まなくてはならなかった。

 まず口火を切ったのは、国連太平洋方面第11軍の作戦参謀であった。

「まず第一帝都絶対防衛線の実情について、情報提供を願いたい。前線部隊の損耗程度によっては、遅滞戦術を以て時間稼ぎを行いつつ新防衛線を――舞鶴・明石以西に急遽定め、敵を撃滅すべきです」

 そうしてから会議の場を和ませようとしたのか、彼はハイスイノジンというやつです、と日本語で付け足した。西欧出身の彼は前年まで国連欧州方面軍の作戦部に務め、河川や山岳といった地形を用いた阻止戦略・阻止戦術のエキスパートとして知られており、本土防衛策に奔走する帝国陸海軍にとってはありがたい助言者になっている。
 彼の頭の中では既に、想定し得る最悪が組み立てられていた。
 既に絶対防衛線などと仰々しい名前が付けられた現防衛線は、BETAの衝撃力に耐え切れずに寸断済み。おそらく前線部隊が連隊、あるいはそれ以下の部隊単位で前面の敵に応戦している状態であろう。もはやこれを立て直すことは出来ないであろうから、日本海における国連・帝国両海軍の一大拠点である舞鶴と、四国方面から援護を見込める明石を結ぶ防衛線を新たに構築することで、神戸・大阪・琵琶湖運河、そして帝都の防衛に万全を期すべきだ、彼はそう考えていた。
 その新防衛線構築の為にもまずは、正確な最前線の情報が必要であった。
 現防衛線を放棄するか、しないかはともかくとして、他国軍の参謀達も情報を欲していた。
 国連軍に参加している各国軍はこの通信関係の混乱の中、最前線はどうやらBETAの侵攻に晒されているらしいことは独自の情報筋で掴んでいたが、その実情は全く分かっていない。

 中部方面軍司令部の参謀が立ち上がり、言った。

「前線部隊からはほとんど情報が入ってきておりません」

「ほとんど――つまり不確実であっても幾らかは報告があるのですか」

 実際、帝都第一絶対防衛線に配置された前線部隊から入る情報は、皆無に等しかった。それもそうである、折からの通信回線の不調に加えて幻獣軍の砲爆撃は各部隊の連隊本部や師団司令部を粉砕してしまっており、最前線で接敵した部隊の悲痛極まる訴えは一切後方へと伝わらない形になってしまっていたのだ。そもそも最前線で幻獣と交戦した前線部隊の多くは、その圧倒的物量に鎧袖一触叩き潰され、窮状を訴えることすら出来なかった。
 それでも弾雨の中を駆け回り、敵前逃亡の謗りも恐れず後方の司令部等に駆け込んで実情を知らせる将兵も少なからずいたことも確かであった。
 だがしかしそうした最前線の証言を鵜呑みにするほど、彼ら作戦部参謀はお人よしではなかった。

「ええ。第一帝都絶対防衛線より敵前逃亡したとみられる第53工兵連隊所属の兵卒が、第111歩兵連隊に"軍(約10~20万以上)規模のBETAが襲来"した旨を報告。ただ絶対防衛線後方にて予備戦力として待機中の帝国陸軍第64師団は、"現在、前線砲兵連隊及び連合艦隊は全力を以て火力投射中、火焔と土埃が巻き上がり、立ち上る煤煙に前線の様相は見えぬも優勢を確信す"る旨の報告を上げてきています」

「……彼らの報告を鑑みるに彼我拮抗している、といったところでしょうか」

「帝国陸軍中部方面軍司令部は、第一帝都絶対防衛線は未だ機能しており、全線に殺到中のBETAは軍団規模(約5万前後)と判断、これに対して前線部隊は事前計画に従い反撃を実施中であると推測しています」

「些か楽観視し過ぎているのではないか?」

 ……作戦部参謀達による会議は、互いの国籍を超えて極東のちっぽけな小島にしがみつく約1億の人命を救うことを目的に、慎重かつ真剣に進められた。
 だが彼らの考案する戦略・戦術は全てBETAを相手取ることを大前提としたものであって、BETAの上を往く圧倒的物量と火砲を有する幻獣軍を想定したものではなかった。
 この場に居合わせた参謀の誰が想像したであろうか。

 軍団規模、軍規模どころか、中国地方に出現した新たな敵性勢力が数個軍集団規模――約700万にも及び、第64師団の報告にあった前線砲兵連隊と連合艦隊による砲撃は、実際には幻獣軍中型幻獣による制圧砲撃であり、世界最強の米第七艦隊は琵琶湖に展開した艦艇を除いて海の藻屑となり、そして――。
 大気圏内における通信状況の回復と共に、凶報が立て続けに舞い込んできた。



「高松防衛中の第111師団本部より入電、"倉敷・岡山一帯にBETA見ゆ! また倉敷・岡山上空に多数の未確認飛行物体を確認せり! また前者・後者共に新種!」

「藤無山観測所より入電! "第一帝都絶対防衛線以西全域、敵影のみを認む。天地共に見ず、見ゆるは敵影のみ。友軍見えず。敵は当地に迫りつつあり、我自決す"――以上です」

「第125師団司令部から入電、"第一帝都絶対防衛線に殺到中のBETA群、いずれも新種と認む。曲射の形態で撃ちこまれる高速飛翔体、赤穂市一帯を蒸発せしめ、前線部隊は軒並み戦闘能力喪失"!」



―――――――



(こんなのどうしろってんだよ……!)

 歩兵達はみな一様に戦意を喪失して、ある者は捲れ上がった芝生の絨毯の上に転がる装甲車の裏にうずくまり、ある者は爆撃痕に出来た大穴の中に潜んでとにかく嵐が過ぎ去るのを待つだけであった。
 彼ら第388歩兵連隊は第125師団司令部の独断により、ただならぬ事態が発生している第一帝都絶対防衛線へ向かおうと赤穂城跡公園一帯に集結したところでまったく動けなくなってしまっていた。理由は、幾筋もの黒煙が昇っていく大空にあった。普段ならば幾つもの星が瞬き美しい月が浮かぶ夜空は今日、赤い光を全身に灯す大影に埋め尽くされていた。
 体長約40m。水上艦や主力戦車の装甲をぶち破る大口径光砲1門、全身に中口径光砲を14門備え付け、無数の爆弾倉を有する飛行船に似た怪物が、歩兵が見ることの出来る範囲の夜空全てを覆い尽くしていた。九州戦線では約2万体が投入された空中要塞、外骨格属浮殻科中型幻獣スキュラはこの日、異世界の中国地方に約10万体が実体化していた。10万とは出鱈目な数に思えるかもしれないが、幻獣軍の物量を思えばむしろ少ないと言えた(何しろこの空中要塞は90年代から、終戦に至るまで約70億体が就役している。第5世界・第7世界のベストセラー戦闘機MiG-21ですら約2万、スキュラと性能が似通っている重爆撃機B-17は約13000機前後、B-29は約4000機前後しか製造されていないのだから恐ろしい物量である)。
 彼ら10万のスキュラは勿論、ただ異界の空を遊弋しているだけではなかった。対空戦闘など全く考えていない人類軍に、非情かつ執拗な絨毯爆撃を実施して眼下を瓦礫の山にしてみせた。爆弾倉から放たれる生体誘導弾を地表に存在するあらゆる人工物に撃ち付けて根こそぎ粉砕してみせた上、逃げ惑う車輌や人間を14の射線で虱潰しに蒸発させていく。
 そこに戦闘員・非戦闘員の別はなかった。

「打つ手なしですか! 我々は何も――」

「限り有る予算の中、対BETA戦闘に不要な装備を更新出来る訳がないからな……」

 反撃の術もなく悔しそうに歯噛みする部下に、連隊長は努めて冷静につぶやいた。彼らも雑木林の中に隠れ、この空爆をやり過ごそうとしていた。既に指揮車や通信機材を載せた各種車輌は、飛行船に酷似した外見をもつ新種BETAのミサイル攻撃(?)によって吹き飛ばされてしまっていた。
 この新大型種に有効な反撃手段を第388歩兵連隊はまったく持っていなかった。仮に歩兵が携行出来る地対空誘導弾や自衛用の高射機関砲があれば、動きが緩慢で図体のでかいだけのあの怪物に一矢報いることも出来たであろうが、そんな高価かつ(対BETA戦において)無駄なものはまったく配備されていなかった。第388歩兵連隊の所属する第125師団全体で見ても、対空戦闘用の装備はほとんどないであろう。
 航空型BETAが存在しない以上、高価な地対空誘導弾を歩兵連隊に装備させるのはまったくな無駄であるし、自走高射機関砲は対地戦闘に転用すれば小型種掃討に便利ではあるが、せいぜいそれは機関砲数門でも代用可能な活躍しか期待出来ない。ただでさえ戦術歩行戦闘機の導入によって予算が食われている帝国陸軍に、地対空装備が普及していないのは当たり前といえた。

「だがここにきて新種の投入とは、してやられたよ」

 幻獣の存在を知らない帝国陸軍将兵にとって、中型幻獣スキュラは新大型種BETAに他ならず、空対地攻撃を可能とする新種の登場はあまりにも衝撃的であった。かつて光線級の出現によって人類は空を喪ったが、この航空型BETAの出現もまた対BETA戦の様相を大きく転換させるであろうことは間違いなかった。
 いま歩兵達はただただ、闇夜を切り裂いて高空から地上へと叩き落される赤い光芒をぼんやりと眺めることしか出来なかった。ある者は、嗚咽していた。かの米国を相手どった大東亜戦争でさえ、ドゥーリトル中佐による航空母艦から陸上爆撃機を飛び立たせるという奇襲爆撃以外、当時内地と呼ばれていた日本本土が敵影に脅かされることなどなかったというのに。

 第5・第7世界で跳梁跋扈する重爆撃機が軍事施設・軍需工場・市街地の別なく無差別に絨毯爆撃を実施し、艦載機の大群が日本国民を虱潰しに銃撃した歴史がこの世界でもいま再現されていた――。



幻獣の呼び声(後)に続く







―――――――







実際にはアジア太平洋戦争勃発以前に中華民国空軍機が九州地方上空に飛来、厭戦ビラをばらまいていた覚えがあります。

BETA・幻獣両陣営相手取るにしても、バビロン作戦発動後の地球(TDA)よりはまだ幾許か救いがあると思います。G弾の大量投入によって地球上からBETAの過半数を駆逐したかの世界、我々はもはや回復不可能なまでに荒廃した地球環境に注目しがちですが、たしか重力偏差の影響からか宇宙空間(衛星軌道)の利用も出来なくなっていた覚えがあります。つまり増援となるBETAの降着ユニットを大気圏外で迎撃出来るシステム(シャドウとか云ったと思いますが)は、もう機能していないことは間違いなく、ユニットが降着する位置によっては核攻撃も難しい(感知すら出来ない)のではないでしょうか……。ぶっちゃけTDAでバビロン作戦以後が描かれる以前は、「G弾ってちょークリーンかつすげー兵器じゃね? 横浜ハイヴ殲滅したしその跡地に基地が出来てるんだから影響も大したことねーじゃん、佐渡島だってG弾20発分のなんか凄い爆発でふっ飛ばしちゃったし、あと40発くらい世界中で使っても大丈夫なんじゃね?」とか思ってました。

エースキラーは間違いなくG弾なら撃破可能で、とにかく正体不明の障壁(火星ではない以上、星のかけらを用いた絶対物理防壁が展開することは出来ないことが救いです)を破る、無力化出来る大威力の攻撃を叩き込むことです。PBE、NEP、戦術核等は勿論のこと、TRPGでは対要塞砲なる代物でダメージを与えることが出来ているので、通常兵器ならば大口径艦砲等も有効だと思います。

京塚曹長に優るとも劣らない料理の腕をもっている人間はそうそういない為に、学兵達は最悪はまずい飯を食い続けなくてはならなくなってしまうかもしれません。料理上手といえば中村光弘や速水厚志がまず思い浮かびますが、前者は料理人が本職という訳ではないですし後者も家庭的な一面があるってだけなんですよね……。

感想掲示板の方で"バカ"についての疑問が寄せられていたので、こちらで解説させて頂きます。"バカ"は中型幻獣に寄生する小型幻獣であり、誤解を恐れず言えば脱着式の武器です。その機能は多岐に渡り、大型・中型幻獣の表皮に寄生することで装甲としての役割を果たす、あるいは生体弾として撃ち出される等、攻守共に用いられています。例をあげれば、体高9m、格闘戦に特化した中型幻獣ミノタウロスは腹部に1000体前後のバカを寄生させ、増加装甲兼生体弾として運用しています。
"水棲バカ"はオリジナル幻獣(そもそもサーペント、クラーケン自体、設定のみの存在)ですが、幻獣は基本的に群生・共生の形態をとるという設定があるので(作中の生体ミサイル・ロケット弾も実は小型幻獣です)、水中にバカに相当する小型幻獣が存在しないのはおかしいと考え勝手に登場させてしまいました。

次回は帝国陸軍と日本国陸上自衛軍側の会談と、姫路前面での幻獣軍と帝国陸軍の対決を描きたいと考えています。



[38496] "幻獣の呼び声”(後)
Name: 686◆6617569d ID:8ec053ad
Date: 2013/12/30 15:07
作中の描写を見る限り、幻獣の非実体化は可能だと思われます。GPMでは戦闘開始時に幻獣軍の戦力が人類軍のそれに対して大きく下回っていると、オペレーターが「敵、非実体化を開始。撤退します!」と報告、幻獣ユニットが消滅して戦闘が終了(その後5121小隊は増援として他地域へ)することがあります。但し非実体化・実体化を繰り返す戦術は、人類軍に大してあまり有効ではないと筆者は考えています。ご存知の通り幻獣は実体化にそれなりの時間を要する以上、人類軍に先手(具体的には「実体化した瞬間に集中砲火を浴びせて殲滅する」といった戦術)をとられやすいからです。……うろおぼえでは幻獣の行動制限は20年前後だった気がしますが、これは単純な稼動限界でしょう。何故ならばゴルゴーンやキメラ、スキュラといった幻獣達は、芝村氏の言葉を借りるならば単なる"乗り物(兵器)"だからです。

行政区分についてはやはり誤りが多いようで、アドバイスを頂いた通り2000年以前の地図が見つかればいいのですが現時点では手元になく、四苦八苦している状況です。ご指摘して頂いた箇所については、多少時間が掛かると思いますが修正させて頂きます。







"幻獣の呼び声"(後)



 時は遡る。
 7月13日2030時。



「武装解除により装備の一切を一旦明け渡し、我らが本土防衛軍、帝国陸軍西部方面軍司令部の指揮下に入って頂きたい。それが最も平穏な道です」

「我々は貴国に駐留する"在日米軍"の如きものだと考えて頂きたい。日本国からやってきた助っ人、といったところです。勿論、正式な地位協定等は後々に締結したいと我々は考えています。基本的に高等学校敷地内を"日本国陸上自衛軍駐屯地"として――」

「政治的な話は小官が云々する立場にはありませんが、おそらく本土防衛軍統合参謀本部及び榊内閣・帝国議会は"日本国"の存在を認めないでしょう。実際に"日本国"との交渉がもてない以上、貴軍は我が帝国領内においては"無法の武装集団"でしかない」

 続いて「共闘した我々とて、いまだに貴方がたが異世界に存在する国家の軍隊である、というお話を信じられずにいるのです」と帝国陸軍西部方面軍司令官、園田衛一郎陸軍中将は異世界の九州軍司令林凛子にそう言った。この言葉を最後に、西部方面軍司令部(北熊本駐屯地)に沈黙が訪れた。

 第一帝都絶対防衛線がおかれている苦境など、彼らは知る由もなかった。
 何せ人工衛星を介した長距離通信網は幻獣軍によって徹底的に破壊されていたし、中部方面軍の混乱と黒い月の影響によってか無線通信に大きな障害が発生していたために、この時九州の防衛を担う西部方面軍と中国・近畿を防御する中部方面軍との間で、情報が完全に断絶していたのである。

 そうして彼らは暢気にも北熊本駐屯地に集まり、今後の協力体制を確認する会議を開いていた。
 日本国陸上自衛軍(生徒会連合九州軍)側からは、九州軍司令林凛子、同参謀長(幕僚長)芝村勝吏、生徒会連合会長幾島佳苗、陸自第106師団師団長、同師団司令部幕僚、海兵第109師団第2連隊連隊長鈴木銀一郎、開陽高等学校生徒会役員、熊本鉱業高等学校生徒会役員といった学兵部隊首脳が出席。
 帝国陸軍側も北部九州におけるBETA撃退が成功しつつあり、相当な余裕が生まれたらしく西部方面軍司令官以下、多くの参謀達が参加していた。

 だが両軍の雄揃うこの華々しい会議も、冒頭から雲行きが怪しかった。
 九州中部戦線で活躍した学兵側としては、早々に日本帝国領内においての一定の地位を認めてもらいたいところであり、そうしなければ食料供給や弾薬の供与も安定して得られないだろうし、状況によっては外貨を稼いでの売買も出来ないのであるから、これは死活問題とも言えた。
 だがしかし地位協定等の締結を求めた生徒会連合に対する帝国陸軍西部方面軍の回答は、ある意味で事務的・常識的なものであり、彼らを失望させた。西部方面軍司令部一存では、日本国陸上自衛軍の処遇についての決定することは出来ない、今後将来のことを考えれば装備の一切を帝国陸軍に引渡し、指揮下に入ることが一番平穏な道だと彼らは答えたのである。
 いちばん初めに沈黙に耐えられなくなったのは、陸自第106師団長であった。
 全国高等学生を死地に追いやる狂気を実践することを強いられ続けてきた中年男は、いま見た目よりも酷く老けてみえる顔面をぐしゃぐしゃに歪ませていた。帝国陸軍西部方面軍司令官の言い草は、熊本鎮台と生徒会連合の板ばさみとなりながらも死力を尽くした苦闘の半年間を否定するようなものだったからだ。屈辱に唇を震わせながら、彼は言葉を紡いだ。

「我々の話を与太話と笑い飛ばすのは結構。ですが改めて強調させて頂きたい、我が陸自本来の任務はあのような下等生物どもを相手にすることではありません。最悪は今後の便宜を図ってくれずとも結構、せめて干渉だけはしてくださるな……」

「そうはいきません。貴方がたが現在"不法占拠"している土地に関してはおそらく、各市町村ともに早々の明け渡しを要求するでしょう」

(これでは本当にボランティアではないか……!)

 これでは何のためにBETAなる宇宙生物と戦ったのか、これでは本当に自衛目的だけの戦闘ではないか。――何とか西部方面軍司令部からも便宜を図ってはくれないかと言葉を紡ごうとした第106師団長は、次の瞬間呻くばかりで喋ることが出来なくなった。1999年1月以来、過度なストレスによっておかしくなった彼の肋間神経を、強烈な痛撃が駆け巡ったせいである。
 神経痛に苛まれる脇腹を押さえながら、怒りから今度は苦悶の表情を浮かべる第106師団長を横目に、九州軍司令林凛子は仕方がないですね、とつぶやいた。

「まあ貴国が法治国家である以上は、譲れぬところもあるのでしょう。我が軍の処遇に関しては我々自身が貴国内閣・議会に対して交渉をもち、超法規的措置を引き出せるよう運動していくつもりです」

「……ご理解感謝します」

 熊の如き体躯をもつ西部方面軍司令官、園田陸軍中将は無理やりその巨体を折り込んで頭を下げた。はっきり言って異世界からやって来たと名乗る彼らの処置は、西部方面軍司令部の手に余る。九州地方からBETAを退けた現在、正直なところさっさと内閣なり外務省なりに彼らの処置を丸投げしたいところであった。
 制服の下からでも分かる鍛え抜かれた肉体をもつ園田陸軍中将とは対照的に、肥満体もいいところの芝村勝吏参謀長(幕僚長)は皮肉げに口の端を歪めた。

「その"不法武装集団"の手を借りて、BETAを撃退した貴官らが法治国家だの議会だのと言い出すとは全く予想だにしなかったがな」

「……」

 帝国陸軍側の参謀達は眉や唇を僅かに震わせ、何か言おうとしたがすぐにやめた。芝村と名乗る参謀長の言うとおり、戦況逆転を優先するあまり、不法に土地を占拠し武器を所持している武装集団に独断で協力を求めたのは事実であった。戦いは終わったから、お前らは出て行くか装備を明け渡してウチの指揮下に入れ、とは確かに身勝手極まりない。
 また彼ら"不法武装集団"、日本国陸上自衛軍の助力がなければおそらく西部方面軍は、北部九州に着上陸したBETA群と中部九州に強襲上陸したBETA群に挟撃されて潰滅していたであろうことは間違いなく、それを思えばとても無碍に扱うことは出来る立場ではなかった。
 ……だがしかし彼らはあくまで一法治・民主国家の組織であり、独断で陸自の処遇を決められる訳ではない――西部方面軍司令部所属の参謀達は、非常に心苦しい思いでいた。

「ふん。だいたい我々"不法武装集団"と貴官らは現に交渉をもっているではないか、大いなる矛盾だな。さっさと警察とでも協力し、我々10万の凶悪犯罪者を捕縛してみたらどうだ? ――やれるものならな」

 そんな彼らの胸中を知ってか知らずか、遠慮ない芝村参謀長(幕僚長)の毒舌は止まらない。
 西部方面軍司令部が気まずい雰囲気に陥りかける中、生徒会連合本部の長にして武人、幾島佳苗が話題を変えた。

「ところで九州北部戦線の戦況は如何ですか。先日に頂いた情報では、所謂"防人ライン"の損耗率は想定を大きく上回っていたようですが」

 眼鏡を掛け事前に準備してきた資料を片手に質問する姿は、一見どこにでもいる委員長・生徒会長タイプの女性であるが、その眼光は"稲妻の狐"の名前に恥じないほどに鋭い。
 自然と気圧された作戦参謀は、気づけば粉飾することないありのままの情報をべらべらと喋り出してしまっていた。

「長崎県松浦市から佐賀県唐津市に至る海岸線に着上陸したBETA群は、既に殲滅しました。無人航空機による偵察行動を継続していますが光線級は勿論、戦車級以上の目標は掃討し終えたと判断してもいい状況です。博多湾に押し寄せていた2万のBETAに対しては我が軍は水際防御に成功しており、あとは福岡市街に侵入した2000体前後の小型種を掃討完了を待つばかり――といったところでしょうか」

「BETA群追上陸の可能性は?」

「断言は出来ないでしょうが、重慶・鉄原の敵策源地に収容されているBETAの数を鑑みるに可能性は低いと考えられます。……既に中国地方にも相当数のBETAが上陸しているはずですから」

 中国領内・朝鮮半島に存在する敵策源地としては重慶・鉄原ハイヴが挙げられるが、フェイズ4の状態にある前者(後者は未だフェイズ4に達してはいない)であっても、BETA収容個体数はせいぜい20万から25万程度である。今回はこの両ハイヴからあぶれた個体が日本列島に雪崩れ込んできたわけであり、その飽和個体数は多くとも10万から15万程度であろうと推測されていた。つまり既に来るべき数のBETAは、九州戦線だけでもその半数以上を駆除し終えた計算になる。

(嫌な予感がする)

 と、鈴木銀一郎は思った。
 理由はない。だがしかし卓上遊戯を病的なまでに嗜む白い髭が印象的な老将は、どこまでも直感に優れていた。その勘の鋭さは、もはや一種の未来予知に近い働きをするほどである。

(もしも自分がBETAならどうするか)

 "第一に必勝の信念、第二に投入量"――もしも自身が敵陣営の将であれば人類の極東における背骨を叩き折る為にあらゆる手段を用いるだろう、それこそ自身の占領地を空にしてでも。







―――――――







 重厚な陣容を誇る幻獣軍が、ひたすら東進する――。

 第一帝都防衛線崩壊以降、帝国・国連両軍は組織的退却もままならずただひたすらに壊走を続けた。組織だって前進すればまるで潮の如く押し寄せる破壊光線の洗礼に遭い、後進すれば後背に回り込んでいる空中要塞スキュラによる執拗な爆撃の対象とされ、さりとて動かなければ生体弾を雨霰とぶつけられるのだからどうしようもない。
 逆に700万の幻獣軍は、大した損害もなく東進を継続していた。
 彼らの目的は、大阪府・京都府といった第5世界でも有数の人口密集地を破砕することにある。幾ら工場で人間が製造出来るとはいえ、日本国の人的資源が枯渇しかかっている(何せ熊本戦では3月に中学2年生を卒業させ――つまり義務教育を打ち切り、"高校生"として戦線に投入したくらいだ)ことを幻獣軍もよく理解していた。一気に日本国民を根絶やしにせんと攻め上り、その過程で工業地帯、特にクローニング施設を破壊することが幻獣陣営にとっての勝利の近道であった。
 一方の帝国陸軍は、何としても幻獣軍を兵庫県内に押し止めなければならなかった。
 兵庫県が抜かれれば、次の戦場となるのは未だ民間人の避難が終了していない神戸・大阪といった人工密集地だ。また大阪に侵入を許せば、兵站維持に大きく貢献してきた日本海と瀬戸内海を結ぶ琵琶湖運河を失陥することにもなる。

 7月14日0000時。
 後に姫路攻防戦と呼称されることになる戦いが生起した。

 道中赤穂市にて帝国陸軍第125師団を粉砕し、まさに破竹の勢いで姫路前面に押し寄せた幻獣軍先遣軍集団100万と、姫路市西側を流れる揖保川を盾に防衛線を敷いた帝国陸軍第17師団・第54師団合計4万の将兵による決戦は、両陣営とも何としても勝利を掴むべく知謀と勇気の限りを尽くした戦闘となった。
 第17師団司令部の参謀達は無人航空機等を用いた偵察によって、新種BETA群の圧倒的なまでの物量を認知していたが、命欲しさに退くつもりは一切なかった。姫路(ここ)を抜かれれば明石――神戸――大阪と一直線、特に明石・神戸間を失えば四国からの援護が見込めなくなる。

「予定通りにやれ。砲撃開始せよ」

 両師団司令部の参謀は、それこそ最後の一兵まで100万の軍勢を姫路に釘付けにする腹積もりであった。

 とはいえ姫路を防衛を念頭に置いた揖保川を巡っての戦闘は、最初の10分で大方の趨勢が決まった。
 彼我の砲撃戦は、帝国陸軍側の2個師団が有する155mm榴弾砲138門と大小迫撃砲、そして幻獣軍側が有する人類側で云う砲兵科の役割を果たす中型幻獣ゴルゴーン5万(生体ロケット弾携行数約450万発)によって演じられたが、物量の桁が違い過ぎていた。
 陣地に立て篭もる旧日本軍と圧倒的な米軍が如き……第5・第7世界の大東亜戦争で見られた事象が、10倍酷くされてこの異世界でも再現された。帝国陸軍側が砲撃を加える度に、幻獣軍は飛翔してくる砲弾の弾道から帝国陸軍の火砲の所在を割り出して、10倍の火力で反撃する。陣地転換が間に合わなかった火砲は、次々と生体ロケット弾の餌食となる――。

 あとは草食竜を髣髴とさせる外見を持つ中型幻獣ゴルゴーンと、中型光砲科幻獣キメラによる一方的な火力投射が続けられた。あらゆる防御施設が吹き飛ばされ、蒸発していく。歩兵達は積み上げた土嚢の裏側で肉片ひとつ残らず蒸発させられただろうし、投影面積の広い戦術歩行戦闘機や主力戦車は激しい砲撃の中を生き残ることなど出来なかっただろう。

 帝国陸軍の有する2個師団は、戦わずして潰滅した。

 渡河命令が出たのであろうか。
 それまで中型幻獣の足元で待機していた小型幻獣達が戦列を組み、粛々と行軍を再開する。彼ら万単位の小型幻獣による一糸乱れぬ戦列は、古代ローマにおける所謂密集陣形ファランクス等を連想させるものであった。
 百人長よろしく、小型幻獣の中でも抜きん出て巨大な体躯をもつ亜人、ゴブリン・リーダーが士気高揚を狙ってか、自身の戦斧を掲げて見せた。その先にはおそらく途中で屠ったのであろう、人間の首が括りつけられている。見れば周囲の亜人ゴブリン達も手に手に戦利品と思しき人間の四肢を掲げ、ある者は鉄帽を被ったままの首を弄んでいた。
 彼らは異界軍は、BETAとは性質を違える。
 捕食はいっさいせず、人間をひたすら殺し、殺すどころか残虐な、捕虜や非戦闘員を嬲るような行動までとってみせる連中だ。仮に彼らが帝都まで達することがあれば、京都は残虐行為の嵐に蹂躙された都市として一生記憶されることとなるであろう。……無論、人類の系譜が続いていく限りだが。
 もはや姫路は陥ちた。
 この後も彼らは物量に任せて、大阪を、帝都を、どこまでも帝国の版図を叩き潰していくであろう。有り得ない話ではない。幻獣軍は実際に、第5世界の殆どを手中に収めていたのだから。

 先頭の亜人達が、いよいよ揖保川に架かる橋梁を渡り始める。
 だがしかし万単位の小型幻獣は当然、短時間で橋梁を渡りきれる筈がなく、自然と橋の手前で大渋滞が発生してしまった。これは敵前においては絶対に避けるべき事態であった。部隊単位の行動は阻害されてしまうし、集中射を喰らえば死傷者が大量に出ることになる。

「キョーキョキョキョキョ!」

 下士官役のゴブリンリーダー達が頭蓋を震わせ、周囲に指示を出すも渡河を前にした混濁状態はよりいっそう深刻なものになっていく。整然とした密集状態から混沌とした密集状態へ――茶けた亜人どもは押し合い圧し合い、積み重なって我先へと橋梁へ向かう。だがしかしその雰囲気は、そこまで緊迫はしていなかった。

 なにせ既に帝国陸軍各部隊は全滅して――。













『HQより全部隊へ、ジャコウアゲハ飛ぶ! 繰り返す、ジャコウアゲハ飛ぶ!』









――いなかった。

「食い放題だ! 撃て撃て撃て撃て!」

「逆襲掛けるぞ、続け!」

「受けてみやがれ、下等生物ども!」

 揖保川東岸が爆発した。
 度重なる砲爆撃によって廃墟と化した姫路市街のあらゆる場所から銃口が突び出し、5,56mm小銃弾が、12,7mm重機関銃弾が、40mm擲弾が、ありとあらゆる種別の大小口径弾から成る火線が水面上を迸り、亜人どもを喰らい始めた。
 橋梁に取り付いていたゴブリン達は勿論、橋梁前で大渋滞を起こしていた小型幻獣の群れはドミノの如くばたばたと斃れ、屍を曝すことなく無に還っていく。同胞の死体が幻に還っていく中で遮蔽物などありはせず、哀れゴブリン達はただその場に伏せって銃弾をやり過ごす他にしようがなかった。
 普段ならば中型幻獣キメラやナーガが光砲により、この抵抗を粉砕するタイミングであるが今回に限ってそれはかなわなかった。歩兵科による伏兵どころか74式戦車改、90式戦車改までもが倒壊した建築物の裏から湧き出て、榴弾と榴霞弾を立て続けに食らわして小型幻獣を蹴散らすと、徹甲弾を以て前衛を張るキメラを乱打したからだ。
 全弾撃ち尽くさんとばかりに連続射撃を実施する戦車部隊を相手にした砲撃戦に中型光砲科幻獣は拘束され、小型幻獣群の支援にまでは手が回らなくなってしまう。

 突然の事態に何も出来ないままに硬直しているゴブリン・リーダーが、次の瞬間に見たのは小銃弾どころかこちらへ向かってくる巨弾――155mm榴弾であった。もし彼らに口があったのならば、(ふざけるな、敵火砲は全滅したのではなかったのか!)と叫んでいたであろう。

 そうとも彼ら帝国陸軍野戦2個師団は、圧倒的な敵火力から戦力を防護しつつ、敵を引き付ける目的からいとも容易く全滅した"演技"をしていたのである。倒壊した建築物の後背に、大都市に張り巡らされた地下空間に息を潜めていた彼らはただひたすら幻獣軍の歩兵たるゴブリン達を手ぐすねひいて待ち構えていた。
 幻獣軍は帝国陸軍将兵約4万の一世一代の大演技に、まんまと騙されたのだった。

 次の瞬間、密集陣形をとっていたゴブリンの戦列が崩れに崩れた。
 155mm榴弾一弾一弾が飛び込む度に、百単位の小型幻獣が霧散していく。そしてこの火焔の洗礼を生き延びた小型幻獣達は、今度は高速で吶喊する機械化装甲歩兵達を相手にしなければならなかった。

「キョーキョキョキョキョキョ」

『このバケモンがあああああ!』

 飛翔する機械化装甲歩兵にゴブリン達は組み付くも、その優速を得た鋼鉄の塊を前にして逆に弾き飛ばされ、あるいは機関銃弾をお見舞いされて幻へと還っていく。徒手空拳による残忍な集団暴行を得意としウォードレス兵でさえ撲殺してしまうゴブリン達も、鋼鉄の鎧を纏い跳躍しながら突進してくる機械化装甲歩兵には手も足も出ない。
 小型幻獣で機械化装甲歩兵に対抗し得るのは下士官役のゴブリン・リーダーと、大型犬が如き外見を持ち、眼からレーザーを放つコボルトくらいなものであったが、帝国陸軍の砲撃によって密集陣形が寸断された影響もあってか如何せん対応する数が少ない。

『こちらアゲハ・リーダー、死んだふりごっこはおしまいだ!』

 そしてあろうことか、崩落した高層ビル街の陰からはF-4EJ改"撃震"と"不知火"の混成戦術機甲部隊が時速400kmの高速で飛び出し、歩兵の頭上越しに揖保川を渡河、一気に幻獣軍の中心へと斬り込みを敢行する。その数は、144機(4個戦術機甲大隊)にも及んだ。

『ロケット弾を背負ったトリケラトプスみたいなのをやるぞ! あれさえ潰せば、こっちにも勝機はある! 全機、武器使用自由! 一発ぶちかませ!』

『了解ッ!』

 大隊単位での楔形陣形、所謂アローヘッド・ワンで敵中へとその身を投じる彼らの狙いは、遮二無二中型幻獣ゴルゴーンであった。とにかく曲射が可能な砲戦力を潰すことさえ出来れば、未だ100門近い榴弾砲と重迫撃砲を残している帝国陸軍にも勝機が生まれるかもしれなかった。逆に幻獣軍の砲戦力を潰すことが出来なければ、彼らはまた圧倒的火力に捻り潰されるだけだ。
 対して殺到する戦術歩行戦闘機を迎え撃つは、密集陣形をとって前衛を固める中型幻獣、ナーガとキメラであった。だがしかし74式戦車改や90式戦車との砲撃戦に拘束されている個体も多く、また彼らの射撃性能は残念ながら光線級程優れてはいなかった。
 1000は下らない数の光条が迸る。
 しかし実際に撃墜出来たのは、僅か十数機であった。彼らキメラはこれまで時速数百キロで、低空を、なおかつ複雑な機動を以て肉薄する敵機と交戦する機会などなかったのだ。目標は人型戦車よりも遥かに巨大であったが、キメラの眼は戦術機の挙動に追いついていなかった。
 FOX3、FOX2、といった宣言が無線上で飛び交うごとに、36mm機関砲弾と120mm砲弾がナーガとキメラを粉砕していく。キメラはともかく、ナーガは機関砲弾にも抗堪することが出来ない。高速で肉薄されたが最後、光砲科の幻獣は殆ど一方的に撃破されてしまう。

 だが幻獣軍は、すぐに陣形を変更させることでこれに対応した。
 光砲科幻獣は引き続き破壊光線を連射、弾幕を張りながら後退を開始。
 それに入れ替わる形で対人型戦車(アクター)を念頭において開発された中型幻獣、牛の如き体躯をもつ二足歩行のミノタウロスが前進する。

『ノロマさん、撃墜数を稼がせてもらう!』

『ブロッサム4、逸るな! まずは様子を』

『だいじょ――なあ゛っ!』

 のそのそと現れた中型幻獣ミノタウロスに対して、正対する位置で突撃砲を構えた不知火。だが不知火を駆る衛士はレクティカルにミノタウロスを収めた瞬間に、胸部装甲――兼生体誘導弾が離脱するのを目撃した。すぐさま亜音速にまで加速したその生体誘導弾は、脇目も振らずに不知火へと突撃する。本能的に衛士は機首を廻らしてこれを回避せんとしたが、時速約600km程度の速度で引きずられる全高18mの巨体では、これを振り切ることは不可能であった。

『ブロッサム4ォ!』

『ミサイル来るぞッ! 散開(ブレイク)しろ! 散開!』

『駄目だッ! 振り切れない!』

 対戦車陸戦兵器の雄として開発・量産された中型幻獣ミノタウロスは、撃震と不知火の携行火器によく抗堪して盾の役割を果たすと同時に、その生体誘導弾の飽和攻撃で以て戦術歩行戦闘機を足止めすることに成功した。対して生体誘導弾の回避に躍起になる戦術機の群れは、あとは圧倒的な物量とBETAにはない組織力の前に押し潰されるだけであった。
 そして誘導弾との生死を賭けたダンスに臨む戦術機達に対して、半包囲する形に陣地転換を終えたナーガ・キメラ集団の光砲、その全てが火を噴いた。次の瞬間、幾千本の破壊光線がまるで巨大な網の如く、高速飛翔する人型兵器達を絡めとった。



 幻獣軍の規模に対して、帝国陸軍側の火力は僅少に過ぎた。
 戦術歩行戦闘機と機械化装甲歩兵が吶喊を繰り返して幾ら敵戦列を撹乱しようとも、隠蔽していた砲兵で敵密集陣を叩こうとも、それは100万の軍勢を突き崩すにはどこまでも足りなかった。幻獣同士は同調能力によって連携を緊密に保ち続け、また一時は恐慌状態に陥っていた小型幻獣達も頭蓋を震わせて指示を出し続けるゴブリン・リーダーの必死の指揮によって、密集陣形を取り直すことに成功していた。

『こちらブラヴォー、チャーリー! そっちに小人どもがいくぞ!』

『デカイ奴とイヌをさっさと殺れ! 斧といいレーザーといい、こいつらなんでもありだ!』

『駄目だ、身動きがとれん! 前面にイヌが大量にきやがった――こちらデルタだ!』

 橋梁を伝い、あるいは水流をもろともせずに強硬渡河をした小型幻獣と、帝国陸軍歩兵連隊との間で激しい戦闘がはじまった。結局のところ中型幻獣と戦術機の決闘は、この姫路を巡る戦いの勝敗にはあまり関係がない。実際には幻獣軍の兵卒と人類軍の歩兵、どちらの勇気が優っているかが問題であった。
 帝国陸軍歩兵連隊はかつての姫路市街をそのまま要塞として活用し、重火器を多用した抵抗線をそこかしこに築いていた。崩れかけた雑居ビルが監視塔となり、平屋建ての建築物が軒並みトーチカとなり、路地という路地は銃弾吹き荒ぶキルゾーンに、地下道という地下道が連絡路に、放置された大型バスがバリケードとなり――市街は幻獣を殺戮せんが為の巨大な存在に変貌、主たる人類に与する。
 対する小型幻獣群はとにかく数頼み、所謂ゴリ押しの戦術で姫路市街の攻略を試みる。亜人ゴブリンを主力に、三つ目の犬とでも形容しようか獣の如き小型幻獣コボルトと空中を往く人頭、ヒトウバンから成る彼らはとにかく建築物をひとつひとつ虱潰しに占領せんとする。

「ふざけんなよ……新手来るぞ!」

「馬鹿ぁっ! 頭下げろ!」

 路肩へ積み上げた土嚢に雑多な小火器を据え付け、前方100m先の瓦礫の山を乗り越えて来る小型幻獣達に凄まじい銃弾を浴びせていた歩兵達目掛け、レーザーと斧、人の頭、腕、脚、鉄帽、あらゆる物体が投げつけられた。
 歩兵が撃ち出す大小口径弾と小型幻獣達の雑多な反撃の応酬は、そこかしこで行われてた。5,56mm小銃弾がゴブリンを引き裂いて無に還したかと思えば、次の瞬間にはゴブリン・リーダーが投擲した戦斧が鉄帽ごと歩兵の頭をかち割る。擲弾が小型幻獣をまとめて吹き飛ばしたかと思えば、コボルトの集団が眼からレーザーを照射して歩兵にとっての生命線といえる遮蔽物を削り取る。

「撃てッ! あのデカいやつを狩れ!」

 大通りを進軍していた小型幻獣の合間を12,7mm銃弾が奔り、ゴブリンの群れの中でも頭ふたつみっつ抜きん出た体格をもつゴブリン・リーダーの頭部をぶち抜いた。脳漿も血液もごったになったものが霧状にぶちまけられ、ぶちまけられた瞬間にはゴブリン・リーダーの死骸は空に消える。
 突然の出来事に動けなくなった小型幻獣の群れをいいことに、更に次の凶弾がどこからか飛んできては、他のゴブリン・リーダーを貫いていく。

「キョーキョキョキョキョ!」

 対物ライフルによる狙撃だ――すぐにゴブリン達はそう気付いたが、だからといって何が出来る訳でもなかった。狙撃手の位置を割り出そうにもどちらの方向から銃弾が飛んでくるかも分からず、ただ恐怖の中で立ち尽くす他なく、また対物ライフルといえば有効射程は1000mを超える――このコンクリートジャングルにおいては狙撃手の位置を確認することなど不可能に近かった。

 幻獣軍にとって分かっていても、苦戦を強いられるのが市街戦であった。
 物量で幾ら優っていても市街地における戦闘では、戦術に幅のある人類軍の方がやはり一枚も二枚も上手。中型幻獣を投入すれば対戦車火器あるいは肉薄攻撃で忽ち撃破されてしまうし、得意の制圧砲撃も障害物が林立する市街地に立て篭もる敵には大した効果をもたない。熊本戦で敗北を喫した理由も幻獣軍がこの泥沼の如き市街戦に引きずり込まれ、人型戦車やウォードレス兵の市街地を活かした戦術に痛手を負わされたからであった。
 ……だがここは熊本ではない。
 この状況を引っくり返す策が、幻獣側にはあった。

「ごろ゛じでぐれ゛よ゛おおおおおぉおおお」

「畜生ォ! お望みどおり殺してやれ!」

「くそが……この下等ォ生物が! てめえら許さねえぞ!」

 生かしたままに人の顔を自身に張り付ける球体型の小型幻獣、ヒトウバンの群れは帝国陸軍の将兵に恐怖と憤怒を呼び起こすことには成功していたが、だがしかし非力に過ぎる。何の飛び道具も持たず腕も脚もなく、ただただ接近戦を挑むやり方は現代戦においてはほとんど無謀というものだ。
 県道27号を往く500あまりのヒトウバンは、小口径弾の集中射を受け続けて無為に全滅した。

「こいつらなんなんですか!」

「こっちが聞きたいくらいだ……こうわらわらと新種が出現するとはな」

 放置車輌を利用してつくった即席のバリケードに張り付く歩兵達は、一時ではあるがようやく息をつくことが出来た。押し寄せる赤目の小人どもと飛び交う人頭の化物は数こそ多かったが、正直なところ闘士級や戦車級に較べれば遥かに組み易い敵であった。
 だがしかし、従来のBETAよりも遥かに厭らしい。
 暗視装置越しに見やれば、路地のあちこちに奇妙なオブジェが出来ているのが見えた。
 それは、人で出来ている。肉塊によって築いた土台に四肢を突き刺して、まるでかかしのようなものを彼らは方々につくっていた。……中にはまだ生きているオブジェもある。
 だがそれを助けに行くことは、絶対に許されない。

「だ……けてくれ……!」

 腕があるべき場所からただただ夥しい量の血を流し、電信柱に吊るされるままにされた友軍兵士をじっと見ていたひとりの歩兵はつぶやいた。

「連中、あれをやって俺らを誘き寄せようとしてやがんだ」

 ……小型幻獣ゴブリンの常套手段であった。防御陣地に立て篭もった歩兵に対し、突撃するのは愚の骨頂。ならば引きずり出せばいい――わざと敵兵を生かしたまま辱めることで、救出しようとする陣地に立て篭もる歩兵達を誘き出す。それが彼らのやり口であった。

「くそったれが」

 せめてもの慈悲、銃弾が飛んでそれまで生きていたオブジェの一角が吹き飛んだ。

「BETAとは思えませんよ、こいつら……それともなんですか? 俺たちの座学には"戦場の真実"ってのはあんまり反映されてなかった、ってことですかね」

 さあな、と分隊長が呟いた時であった。

「……っ! 地震か?」

 到底立っていられない震動に襲われた歩兵達は、土嚢や放置車輌で作った即席のバリケードにしがみついた。大口径弾の着弾時とは明らかに異なる種別の震動に、勘のいい古参兵達は「地中侵攻かもしれん、全周警戒!」と怒鳴ったが、実際には地中侵攻の比ではない悲劇が迫ろうとしていた。

「分隊長ッ! 前方――山が、動いています……!」

「何を馬……くそっ、ここに来て要塞級か!」

「違います! シルエットが違い過ぎる……!」

 遥か前方にそびえる小山が、舗装路を踏み潰し建造物を文字通り押し退けて粉砕しながら迫る光景は、歩兵達を畏怖させるのに充分過ぎた。

「いいか、ありったけの対戦車火器を浴びせてやるぞ! 撃ち方用意しろ!」



 際限がない市街戦に付き合うつもりのない幻獣軍は、早々に切り札を投入した。
 第5世界の人類軍をして「逃げるしかない」と評され、実際に戦術核や第7世代クローンの投入でしか撃退出来た例のない怪物、大型幻獣がそれである。
 歩兵に"山"と称された大型幻獣オウルベアーは後脚でその10000トンの自重を支えながら、姫路市街を一望した。全高140mの怪物は、市街地に潜む歩兵達からすれば脅威に映ったが同時にいい的でもあった。すぐさま対戦車榴弾が、どこからともなく叩きつけられる。けれどもそれらは全て無駄弾でしかない。

「直げ――違う!」

 歩兵達の眼には、自身らが放った砲弾が空中で爆散したように見えた。
 実際にそうであった。
 オウルベアーは腹部を中心として前面に物理障壁を展開することが出来、これは歩兵が携行する火器では到底破ることの出来ない高度な防御力を有している。
 "災害"とも形容される大型幻獣は――オウルベアーは、G・トードは、ヘビモスは――姫路に投入された50体の大怪獣達は、軟弱に過ぎる市街地の路面に苛立ちながら大蹂躙戦をやってのけた。実際のところ彼らがローラーの如く歩調を合わせて東進するだけで、姫路に立て篭もる人類軍を全滅させることは容易かったであろう。
 光学・物理共に遮断する障壁と数十門有する大口径レーザーを備え、攻守ともに隔絶した戦力を有する彼らは帝国陸軍から組織的な継戦能力の一切を奪い去った。









――――――――



次話、「世界の終わりとハードボイルド・ペンギン伝説」(予定)ガンパレ・マブラヴ両原作に登場した人物を主人公として幻獣の青森上陸を描こうと考えているのですが、多分にご都合主義になりそうです。ご理解ください。



[38496] "世界の終わりとハードボイルド・ペンギン伝説"
Name: 686◆6617569d ID:8ec053ad
Date: 2014/01/07 22:57
"世界の終わりとハードボイルド・ペンギン伝説"



 くたびれたスーツ姿にカンカン帽子、市井に紛れ込めるだけの凡庸な風貌を備えたひとりの男は、年貢の納め時かと呟きながらも、先程まで路地にてひとり泣いて立ち尽くしていた少女の手をしっかと握り締めたまま疾走した。

 もう一方の掌にはシグ・ザウエル、これまで絶対に懐から抜いたことのない自動拳銃が収まっている。
 現場第一主義を特別に信条としている訳ではなかったが、彼は情報省外務二課課長に就任した後も情報を自らの足で稼ぐことが多く、そうした都合から一応持ち歩いている代物だった。
 撃てば当たるくらいの腕はある、そう男は自負している。
 だがそれだけで自身と居合わせた少女を守り抜くことが出来るかは、わからなかった。
 相手がアラスカ経由の人間ならば幾らでも切り抜けられただろうが、今回はおとぎ話の世界から飛び出してきたような醜悪な怪物どもが相手であり、非常に分が悪かった。

(怪物退治は王子様、と相場が決まっているはずだがねえ)

 そう思った途端、長年の汚れ仕事の中で研ぎ澄まされた勘が警鐘を鳴らした。
 男は立ち止まるなり少女の手を引いて、少し戻って裏路地へと入ると古ぼけた自動販売機の後ろに隠れる。

「キョーキョキョキョキョキョキョ!」

 暫くすると先程まで自身が走っていた表通りから、もう大分聞き慣れた鳴き声が聞こえてきた。
 傍らの少女が息を呑み、生存本能に従ってか叫び出さないように口に手をあてるのが感じ取れる。
 少しずつ大きくなる生理的な嫌悪感を誘う声に、BETAとは鳴き声ひとつにつけても心底地球人類に嫌がらせをする存在なのだな、と男は思った。
 男は表通りの喧騒から少しでも少女の気を紛らわせてやろうと、彼女の耳元で囁いた。

「……きょうは一段と暗いからね、だいじょうぶだよ」

 いまここ青森市街は、怪物達が闊歩する異界へと姿を変えていた。
 空には白く輝く星々を押し退けるように漆黒の月が君臨し、どこまでも黒い水面があるはずの青森湾は見渡す限り赤い光点が浮かび、そして路地という路地には怪物――BETAの影。
 男が異変に気づいたのは、21時を少し回ったあたりであった。
 表立っては到底話せない大陸絡みの問題があり、日中は青森湾沿岸に存在する旅客船・フェリーに関係する企業等を探る情報収集活動にあたった彼は、20時には情報省が用意したホテルの一室で休憩、予定通り同じく情報収集にあたっていた部下と21時から話し合うつもりで、資料等を整理していた。
 だがしかし21時を過ぎても部下は一向に現れず、どうもおかしい、もしかするとこのセーブハウス自体が何かの策謀によって準備されたものではないか、とまで思い始めた頃、尋常ではない震動と何かが引き裂かれる音を聞いて窓の外を見やれば、もうそこは異世界であった。

 表通りから聞こえる甲高い声は、遠ざかろうとしている。
 ただどこからか聞こえてくる呻き声や押し殺した悲鳴、遠雷の如く聞こえる砲撃音や建築物の倒壊音は止むことがない。凌辱と破壊の宴はまだ始まったばかり、大した武器も持たない男と貧弱な少女のふたりが乗り越えるには、この夜は危険を孕み過ぎていた。
 だがしかし生き残ることを男は諦めていなかった。
 その根拠は当然ある。
 男はあくまで情報畑をゆくベテランであって軍事に精通している訳ではないが、知識として帝国陸軍第105歩兵連隊が、青森市内に駐屯していることを知っていた。
 彼らが反撃を開始すれば、BETAとて市街地の破壊活動に集中してはいられなくなるであろう。
 交戦に巻き込まれる可能性もあるだろうが、そこは紛争地帯をも渡り歩いてきた自身の経験で乗り切るつもりであった。

(……しかし、私も甘くなったものだ)

「お嬢ちゃん、お名前は」

「……」

「このハードボイルドなおじさんの名前はね、左近というんだよ」

「……しらないひととはおはなしするな、っておとうちゃんにいわれてるの」

 男は柔和な表情を顔面に張り付けたまま、しくじったか、とまで思ったがそれ以上までは考えないことにした。
 既に崩壊していた警察署を前に踵を返し、目的を市外への脱出に切り換えた際、男は路上で泣きながら立ち尽くすこの少女を見つけ、その時ばかりは彼のよく回る頭脳は十全に働くことなく、気づけば彼女の手を引いて逃げ始めていたのである。

 客観的に考えれば少女は、完全に男にとって足手まといの存在だ。

 それを彼自身も分かっていたが、さりとて今更彼女を見捨てるつもりはさらさらなかった。
 時には同僚をも切り捨てることを強要される汚れ仕事さえやってきた男ではあったが、今日だけは何故か駄目だった――脳裏に半年前に見たきりのひとり娘の顔が浮かび上がっていた。
 男はぽん、と彼女の頭に手をおいた。

「お父さんは一緒だったのかい?」

 切り揃えられたおかっぱ頭に、白地に水玉の浮かぶワンピース。
 風体から察するに彼女の歳はだいたい小学校低学年――6歳くらいだろう、と男はあたりをつけていた。
 当然、ひとりで夜の街を歩くような歳ではない。

「くらげをみにったかえりでね、すごいおとがして、そのあと……っ……べーたがっ……ひっぐっ」

 嗚咽しはじめた少女を掻き込むように抱いた男は、その後涙声混じりとなった少女の言葉から事情を飲み込んだ。
 要は水族館に行った帰りに、少女の一家はBETA襲撃に遭遇、逃げる最中に彼女はひとりはぐれてしまったらしい。

(家族、父親を捜索すべきか? だがこの混乱の中、この娘の父が無事である可能性はほとんどない……)

 実際に父親からはぐれた彼女が無事であったのは、ほとんど奇跡に等しかった。
 情報省が準備したホテルを出て状況確認の為に警察署へと向かう道中で、男は幾つもの暴虐を見てきた。
 この青森市街は、既に人間の存在が許されない空間へと変貌を遂げており、男が途中に見た数少ない「生きている人間」も既にどこかが欠損していた。
 ……正直なところ少女の家族が、現在もなお人間の尊厳を保っているかさえ怪しいところであった。

「水族館はどうだったんだい、楽しかったかい」

 また「キョーキョキョキョ」という耳障りな声が戻って来ていたこともあって、行動を再開するタイミングを失った男は、少女の気を紛らわすつもりで水族館の話を振った。

「……っ……しろくまが、おおきかった……」

「ホッキョクライオンは?」

「そんなのいないよ。……"ペンちん"もいなかった」

 少女の答えに男は、ふっと表情を緩めた。
 男の言った"ホッキョクライオン"は少女を気遣ったジョーク、当然存在しない動物であるが、一方で少女の言う"ペンちん"も非実在の動物だった。
 "ペンちん"とは商売柄満足に娘の傍にいてやれない男も目にしたことのあるような、就学前児童を対象とした雑誌「月刊児童」に登場する大人気キャラクターのことだ。

「今度また行けばいい、お父さんとね。"ペンちん"に会うためにも、まずはBETAから逃げなきゃ駄目だよ。いいかい、ついてきてくれるかい……よし、いいこだ」

 少女が頷くのを見ながらも男は周囲に気をやっていた。
 既にあの耳障りな鳴き声は消えており、BETAの存在は感じ取れなくなっている。
 男はまた少女の手を引いて、歩き始めた。



 このとき幻獣軍による津軽海峡の封鎖は、殆ど成功していた。

 北海道・青森間で多くの水棲幻獣が実体化し、通行中の船舶に対して無差別攻撃を開始。
 更に陸奥湾・青森湾沿岸一帯には、中・小型幻獣を主力とした幻獣群が実体化、中型幻獣は港湾施設の破壊を、小型幻獣は市街地への攻撃を開始した。
 ……前者は通商破壊を、後者は人的資源の漸減・人と幻獣の混濁状態を生み出すことで人類軍の反撃を遅延させる、そういう目的で実施された作戦行動であった。
 対して北海道側には、幻獣軍は陸上戦力は一切揚陸させていない。
 陸上自衛軍最強と目される機械化師団、第7師団を恐れての処置だった。

 一方で帝国陸軍としては寝耳に水、といった状況であった。

 津軽海峡にて大型船が転覆している、対岸に火が見えるといった民間人からの通報により異常事態が発生していることをまず北海道・青森県警が認知したものの、その時点ではそれが武力攻撃であることなど全く分からない。
 その異形をはじめて視認したのは消防ヘリという有様、初動は酷く遅れた。
 青森市内に駐屯する歩兵連隊は勿論、青森県内の各部隊は幻獣軍の攻撃に即応することが出来ない。
 せめてもの救いは幻獣軍が内陸部への浸透を考えていない、あくまで沿岸地域の破壊のみを考えていたことであった。



 ふたりの逃避行はそう上手くいかなかった。
 全周警戒を得手とする男としても、いまや100万の赤目が蠢くこの街を駆け抜けるのは酷く難しい。
 小型種達による解体場に出くわすことも多く、その度に男は迂回を余儀なくされ、また屋根の上に立つ歩哨役のBETAの視界を避けることの出来る死角を探しながら進まねばならない。
 そして暫くも行かない内に、彼らの頭上から怒声が降ってきた。

「ごろしでぐれえええええええ!」

「掴まって、眼を閉じろ!」

 言うなり男は少女を抱えあげ、跳んだ。
 それに遅れて人頭くらいの大きさの怪物が上空から急降下、一瞬遅れて男の背を捉え損なった。
 それでも人間の頭部の一部を自身に張り付けて飛翔する性悪な小型幻獣、ヒトウバンはその犠牲者が叫ぶままに任せ、諦めずに男と少女の人としての尊厳を奪わんと空翔る。
 ヒトウバンを撒くことは難しいことではない、問題は彼の絶叫にあった。

「キョーキョキョキョキョ!」

 ヒトウバンの叫びを聞いた小型幻獣ゴブリン達は、哀れな犠牲者を解体し自身の芸術へと昇華する手を止めて空を仰ぎ、すぐさま同調能力によって男と少女の存在を認知した。
 そして一斉に、駆け出す。

(1匹居れば32匹居る、とはゴキブリのことだが、まさかこうなるとは……)

 ちらと背後を見やれば、そこは既に赤目と褐色の洪水。同胞の背をも乗り越え乗り越え、ただ一心不乱に男の背へと腕を伸ばそうとする亜人の群れがそこにあった。
 オブジェ作りに興じた為に真っ赤に染まっている彼らの腕、それに捕らえられればどうなるかは簡単に想像出来る話だ。
 少女を片手で抱えながらも人間離れした身体能力で跳び駆ける男と、敏捷性だけで言えば第6世代クローンにも負けぬ小型幻獣ゴブリンの追いかけっこはそう決着がつきそうになかった。
 背後のゴブリン、頭上のヒトウバンを避け続ける男は、ともすれば悲鳴を上げそうになる脚を叱咤しながら駆ける。

「ころじでえっ! ころ」

 シグ・ザウエルが火を噴き、前面のヒトウバンをお望み通りに射殺してやった男は、だがしかし次の瞬間に2体、3体と増援に現れたヒトウバンを目撃することになる。
 だが諦めない、彼は最後まで諦めるつもりは毛頭なかった。
 真正面のヒトウバンを撃ち殺し、自身に鞭打ち更に加速することで右手左手から突っ込んでくるヒトウバンの合間をすり抜ける。

「キョーキョキョキョキョキョ!」

「く……先回りしていたか」

 だがしかしすり抜けた向こう側には、数体のゴブリンが屯していた。
 ……ゴブリンに対して、頭みっつよっつも抜きん出た体躯をもつ怪物さえもそこにいる。
 巨大な戦斧を抱え、瞳に残忍な赤を纏わせたそいつは、ここまでだ、とでも言いたげにそこに佇んでいた。

 それでも前進する他なかった。

 後ろは既に亜人と人頭の群れが、迫ってきている。
 男自身はここまでか、とは微塵にも思わなかったが客観的に見れば既に追い詰められた状況だった。

(戦斧と亜人の腕を避けて進む他ない……!)

 男は自身が歯軋りしていることにも気がつかないまま、無謀にもそのまま突っ込んでいく――。
 その時またもや頭上から、今度は重低音が如き声が響き渡った。



「ぶるわぁあああああああああっ!」



 頭上から降ってきた怒声に戸惑い、一瞬硬直した幻獣達は次の瞬間には弾け飛んでいた。
 男に掴みかからんとしていたゴブリンの頭頂部を拳銃弾が粉々に砕き、後続の小型幻獣達も何も出来ないままに頭蓋を貫かれて幻へと還り、それなりの装甲をもつゴブリン・リーダーだけが空から降ってくる影に一撃をくれてやるべく、戦斧を構えて迎撃の姿勢をとった。

 影を狙って振るわれる必殺の一撃。

 だがしかし並のウォードレスの装甲をも叩き割るその斬撃は、影を捉えることなく空振りに終わる。
 そうして次の瞬間には空中で身を捻って刃を避けた影の、人間にしてはあまりにも短すぎる脚から繰り出された一撃がゴブリン・リーダーを夜の闇に溶かしていた。

「だいじょうぶか」

「……動かないで頂きたい」

 大量の薬莢と共に着地し、こちらに歩んでこようとする影に対して、男は胸ポケットに挟んだペンを模したカメラの電源を入れつつ拳銃を向けていた。

「……」

「驚きましたなあ、喋るペンギンとは。BETAの新種、さしずめ"愛玩(ペット)級"といったところでしょうか」

 内心の動揺を隠しつつ、男は平時の余裕ぶった口調で言った。
 銃口の先に立っていたのは灰色のトレンチコートを纏い、両手に黒光りする軍用拳銃を持った影――だがしかし袖口から出ているのは羽先、帽子の下から覗くはクチバシ、身長80cm前後のペンギンであった。

「……"ペンちん"?」

 ペンギン、という単語に反応してか、それまで必死でまぶたを閉じていた少女が顔を上げる。
 対してペンギンの方は、ばつの悪そうな声色をしながら、男との会話に集中しようと言葉を続けた。

「なぜペンギンかは、聞くな――この世界では"あしきゆめ"をベータと呼称しているのか?」

「"あしきゆめ"とは初めて聞く言葉ですがねえ……まずペンギンさん、貴方はなんなのですか? BETAではないのですか。新種のキングペンギンが発見された、という話を聞いたことがありませんがねえ」

「俺は見ての通り、ハードボイルドだ。職業は探偵。いちおう昔は横浜で事務所をもっていた」

 そういう次元の話をしているのではない、と男は内心で突っ込んだ。
 どうやらBETAでもペンギンでもなく、あくまでも探偵らしいペンギンは、小首を傾げながらクチバシをぱくぱく開閉し時折「クワックワッ」と啼いてやって少女を楽しませている。

「失礼、喋る動物に出くわすことが今までなかったもので」

「気にするな。最近は動物の声を聞ける者が、随分と少なくなった――ところで銃を下ろして貰えるか? いや、別に下ろさなくてもいい。ちょっと喫わせてくれ」

「ただでさえ短命な鳥類、喫煙は体に毒だと思いますがねえ」

「言ってくれるな、いいだろう。小さなこどももいるからな」

 と言いながらも残念そうに肩を落とすペンギンを前に、男は軽い眩暈を覚えていた。
 常識というものが、粉々になる幻聴さえ聞こえそうだとも思った。
 拳銃を得物としてBETAを打ち砕き、人語を解し、(あの口の形状では不可能なはずだが)人語を操るペンギンに男はともすれば自身のペースを崩されそうになっていた。

「……そういえばお礼がまだでしたな。危ないところを助けて頂き、ありがとうございました」

「ペンギンさん、ありがとう!」

「いや礼には及ばない。もとより"あしきゆめ"と戦うは、我々"よきゆめ"の宿命だ」

「先程から口にされる"あしきゆめ"、とは何でしょうか。我々はああいった手合いの怪物を、BETAと呼称しているのですが」

「あれは憎悪、嫉妬、怨嗟、人の厭らしいところが寄り集まった掃き溜めのようなものだ。人族はあれを幻獣、と呼んでいた」

「幻獣?」

「ああ――」

 ペンギンは喋りかけ、男が銃口を突き付けていることを忘れたかのように、男と少女にくるりと背を向けた。
 自慢の自動拳銃をホルスターにしまい、夜闇をどこまでも見通す青い瞳でじっと遠くを睨みつける。
 ……赤目どもが迫っているのを、彼は感じ取っていた。

「どうしました?」

「……"あしきゆめ"が来る。ここは俺が食い止めてやる、だからさっさと往け」

「一緒に逃げるべきでしょうな。貴方は自身が絶滅危惧種とだということを自覚した方がいい」

「ぶわっははははは」

 ペンギンが笑った。

 男はこの独特な笑い方と喋り方、どこかで聞いたことがある、と思った。
 確か国連軍関係者、南アジア系の参謀――パウル・ラダビノッドがこんな笑い方をしていたような気がする……パーティ等で酔いが回ると「まぁ~すおくん」だのなんだのと、意味不明なことをのたまうのでよく覚えていたのだ。

 だがいまは関係ない。

「人間よ、お前も中々よく茹で上がったハードボイルドだな。地面に叩き付けられても、踏みつけられても挫けないガチガチの茹で卵だ。……だが今日は、その娘のためにも往け。そしていまお前とその娘という希望の火を消さない為にも、俺はここに残らせてもらう」

 話をしている内に闇に慣れた男の眼にも、ハードボイルド・ペンギンが睨みつける光景がおぼろげながらも見えてきた。
 恐らく中型種・大型種とも見える影と、ともすれば星と勘違いしてしまいそうになる程の、大量の赤い目があらゆる場所を埋め尽くしていた。

 確かにこれでは、誰かが囮にならなければ逃げられそうもない――。

 殿を申し出るということは、このペンギンがあの怪物に対して有効な戦術をもっていることは間違いないかった。

「何故そこまで私たちを助けてくれるのですか?」

「お前は少女を助けるのに理由を必要としたか? 俺も同じだ」

「……わかりました。後日お暇でしたら、日本帝国情報省へ。その受付に"ペンギンだ、外務二課の鎧衣に用がある"と申し付け下さい。すぐにお話させて頂きます」

「わかった。それと"熊本と芝村を頼め、北斗七星(セプテントリオン)を信ずるな"」

「まったく意味がわかりませんね。それが辞世の句とならないことをお祈りしますよ。さあお嬢ちゃん、ペンギンさんにご挨拶して」

「ばいばいっ、ペンギンさん!」

 少女が言うが早いか、男は駆け出す。
 正直な話ペンギンがどうなろうと知ったことではなかったが、鎧衣左近は、この夜を忘れることは絶対あるまい、と確信していた。







「行ったか」

 齢3200歳、冬の神にして少年の護り手、ハードボイルドペンギンはニヒルに笑うと、港湾施設の破壊を終えて内陸へと侵攻を開始した小・中型幻獣の群れと正対し、自身の得物――琴弓を執った。

「これは闇夜が深ければ深いほど、燦然と輝く一条の光!」

 世界の意志そのものに喩えられるリューンによって精製された、「い」の矢がつがえられる。
 魔法とも呼ばれる絶技の行使は、ハードボイルドペンギン自身あまり好むところではなかったし、少年たちにも「ガンプ・オーマが強いのは、絶技が使えるからではない」と説いてきた彼であったが、今日は出し惜しみしている場合ではなかった。

――何せ目算で、迫る連中は万はくだらない。

 実際、このときハードボイルドペンギンの前面に押し寄せた幻獣の数は、8000を優に超えていた。
 彼らは青森湾沿岸の港湾施設を破壊し、大いに気炎をあげて南下を開始。
 光砲科幻獣キメラ、ナーガを中核に多くの小型幻獣達がこれに追随していた。
 この異形の群れ前にして、たった一羽の男は宣戦布告となる言葉を紡ぐ。

「屈さぬ人の心が、闇を裂く!」

 彼は久しぶりに良いものを見た、と彼は思っていた。
 掛け値なしに他者を救おうとする、なかなかのハードボイルド、鎧衣と名乗った男との出逢いは久しぶりに彼の心を高鳴らせた。
 まだまだ人族も棄てたものではない。

「あしきゆめよ、覚悟しろ――これは、悲しみが深ければ深いほど、絶望が濃ければ濃いほどに、心の中より沸きあがる暗闇をはらう意志の弓!」

 ハードボイルドペンギンは琴線が如きその弦をぎりぎりまで引き絞り、地球外起源種と異界兵の暴虐に怒るリューンを掻き集めていく。
 暴虐の赤目を喰らい尽くさんと集まり、その密度のあまり可視化さえした幾千万の白青のリューンが嘯いた、「使え」と。

「この手は弓もつ手! この心は闇をはらう心! この矢は――つなぐ一矢! 完成せよ、"いろはの弓"! ――この矢は"異"形を砕く!」

 闇夜と赤目が支配する青森市街を、解き放たれた一条の閃光が疾駆した。
 まず最初に放たれた「異」形を砕く矢は、既に勝った気でいた幻獣軍の最前線、中型幻獣キメラの頭部をいとも容易く貫通。
 小型幻獣が崩れ落ちるキメラの下敷きとなり、中型幻獣達は突如の攻撃に慌てふためき狙撃手の捜索を開始する。
 だがしかし幻獣の視力を以てしても距離にして2000、身長80cmの狙撃手をそう簡単に見つけ出すことは不可能だ。

「この矢は"路(ろ)"を絶つ矢――この矢は"刃(は)"となる矢――この矢は"荷"となる矢――この矢は"火(ほ)"が如き矢――この矢は"減(へ)"ることない矢――この矢は"屠(と)"殺せんが矢――この矢は"智"もつ矢――この矢は我に"利"する矢――」

 ハードボイルドペンギンは、ひたすらに光条を曳く魔法の矢を連射し続ける。
 いろはの弓から放たれる矢は、敵の退路を断つ矢となり、敵を切り刻む矢となり、敵を生かしたまま痛手を負わせる矢となり、敵の内部で爆裂する矢となり、敵群の目前で分裂して多くの敵を射殺す矢となり、敵の急所をぶち破る矢となり、脆弱な敵を確実に仕留める矢となり――いろは歌の歌詞に対応した効果しか矢に付与出来ないという制限はあるものの、とにかく様々な用途を以て、幻獣へと殺到した。
 その光条が赤目の山に到達する度に中型幻獣が粉砕され、小型幻獣がまとめて幻に還っていく。
 「輪」を描く矢が横殴りにゴブリンの群れをなぎ倒し、「牙(が)」となる矢がミノタウロスの頭部を叩き潰す。
 このままではいろは歌に対応した全ての矢が打ち尽くされるまで、幻獣軍は手酷い打撃に耐えなければならなかったろう。

 だがしかしようやく狙撃手の位置に目星をつけた光砲科幻獣が、半ばあてずっぽうにレーザー照射を開始した。

「この矢は――ぬう゛っ!」

 主力戦車の正面装甲をも溶解するその破壊光線、防御力に関してはただのペンギンとさほど変わらない彼はすぐにいろはの矢を中断し、跳ばざるを得なかった。
 おそらく擦過するだけでも重傷となることは間違いない中口径光砲は、平屋建ての建築物を蒸発させながら狙撃手を求めて乱射される。
 数撃てば当たるとはよく言ったものであるが、とにかくまぐれでも当たりさえすればハードボイルドペンギンも無事ではいられない。

「むうっ」

 遠距離戦の不利を悟ったハードボイルドペンギンは、彼我の距離を一気に詰めるべく疾走する。
 あしきゆめに対して絶大なまでの威力を発揮する絶技も、詠唱に時間を要し、更に自身の位置を暴露してしまう欠点がある為、敵の手数が多い場合はどうしても不利になりやすい。

 だがしかし一羽の男は、決して諦めない。

「大嘘つきの少女に告げる、今宵もまた俺はその嘘を突き通す!」

 そのちいさな足で幾千もの修羅場を越え、そのちいさな背中で圧し掛かる闇を撥ね返してきた男は、己の誇りに賭けてこの夜も踏破してみせる。
 いや賭けるのは、己の誇りだけではないか。

「白にして黄金の我は、万古の契約の履行を要請する!」

 掛け値なし、伊達酔狂でもない。

「我は世界の尊厳を守る裁きの鳥! ただの鳥より現れて、歌を教えられし一翼の誇り!」

 正義の味方という職業はない故に、仕方なく探偵となったと嘯く男は、鎧衣と名乗った男と少女を逃がす為の時間稼ぎどころか、この期に及んでもあしきゆめを殲滅するつもりでいた。

「我は絶望と戦う命の輝き! 我は号する、子に明日取り戻す鳥の拳!」

 おそらくこの世界で初めて紡がれるであろう、精霊を掻き集めるべく謡われる太古の文句。
 この25年間を無為に漂ってきたリューン達が、遂にハードボイルドペンギンの手羽先へと集結する。
 怒りに震えるリューン、彼の右手に集まるそれは一千万を優に超えていた。
 闇夜を引き裂いて殺到する赤い閃光に対抗するように、ハードボイルド・ペンギンの右手は青白く輝く。
 古来より人々を導いてきた北極星の如き、白青の煌きはキメラからすれば格好の目標でしかなかったが、それでも彼は駆けた。
 鮮血を連想させる閃光で形成された弾幕の合間を潜り抜けて、彼は走り続ける。
 進めば進むほどその光線の数は増えていくが、そんなこと彼は今や意に介していなかった。

「我が拳は暴虐防ぐ鳥の拳! 我は悪意斥けん者なり!」

 彼はもはや何も考えていない――この拳を叩きつけてやること以外には!

「希望繋ぐこの翼、いま魔術を使役する!」

 ハードボイルドペンギンが跳躍した。

 彼の光輝く右手が残光を曳く。
 空中に飛び出した目標に一瞬呆気に取られた幻獣であったが、その誰もが(愚かな)と思ったに違いなかった……空中では回避のしようがないではないか。
 光砲科幻獣達はすぐに光砲の仰角をあげて、対空戦闘を開始しようとする。
 だが破壊光線が放たれるより一瞬早く、その原初の魔術は完成していた。







「完成せよ――精霊手(しょうろうしゅ)!」







 あらゆる汚濁を分解する光輝の奔流が、幻獣の群れを呑み込んだ。
 右手から放たれたリューン達は怒りのあまり吼え、その場に居合わせた幻獣達をその身体が取り得る最低の単位、分子や原子といったレベルにまで情報分解していく。
 対する幻獣達のあらゆる装甲は、無意味だった。
 防御力如何に関わらず、リューンをぶつけることでその装甲を構成している情報を分解する、つまり防御不可能な打撃を与えるこの原始的な絶技に対抗出来るとすれば、同じく絶技の他ない。
 幻獣どもを喰らい尽くしてもなお荒れ狂うリューンが、プロミネンスのように高空まで立ち昇り青森市街を照らした。












 だがしかしこの希望の光も、終わりゆく世界そのものに抗おうとする僅かな輝きに過ぎない。

 いまはまだいい。

 だが物理的に他国との連絡が不可能となり、国際連合もが実質その機能を停止し、幻獣・BETAの脅威に単独で立ち向かわなければならなくなる全世界の人類国家は、どうなるというのか。
 国連のくびきから解き放たれ、大量破壊兵器を集中運用し地球環境を今までに無いペースで破壊する国家も現れるであろう。
 幻獣群によって物流を遮断され、そのまま立ち枯れていく国家も現れるであろう。
 偵察衛星が喪失したことで、国内にてハイヴが建設されていることも察知出来ないままに蹂躙される国家も現れるであろう。

 先の精霊手の一撃も、日本国陸上自衛軍の力戦も、約30年にも及ぶ人類の敢闘も、ただ人が滅ぶその瞬間を後延ばしにしただけであったのか。

 その答えがどうであろうと、戦う他はないのだが。



[38496] "強抗船団"
Name: 686◆6617569d ID:8ec053ad
Date: 2014/01/17 14:19
感想掲示板でのご指摘ありがとうございます。方位に関しては完全にとぼけており、既に訂正させて頂きました。これからも応援よろしくお願い致します!







"強抗船団"



 吹けば飛ぶような小艦艇しか有していない海上自衛軍護衛艦隊を専ら相手にしてきた幻獣軍にとってしてみれば、帝国海軍連合艦隊は恐るべき対戦者であった。

 海上自衛軍護衛艦隊は巡洋艦クラスがせいぜいであるのに対して、帝国海軍連合艦隊は大和型戦艦「大和」「武蔵」「信濃」「美濃」、出雲型戦艦(改大和型戦艦)「出雲」「加賀」、紀伊型戦艦(超大和型戦艦)「紀伊」「尾張」――主力戦艦を8隻、更に最上級をはじめとする大型巡洋艦以下多数の大小艦艇を擁し、名実共に世界最強艦隊のひとつに数えられる。
 東西冷戦たけなわの40・50年代はソ連太平洋艦隊を仮想敵として、欧亜陥落が現実味を増した80年代は専ら沿岸部における対地支援を念頭において、そして90年代は海底を進行中の、あるいは着上陸したBETA撃滅を研究、歴年研鑽を積んできた帝国海軍連合艦隊の威力は幻獣軍に対して如何なく発揮された。
 水棲幻獣による緒戦の奇襲に一時的な混乱状態に陥った各艦隊ではあったが、海上勤務に続く海上勤務によって練磨されきった艦隊司令達の指揮の下、幻獣出現から数時間後には彼らも組織立った反撃を開始していた。



 漆黒の海面を推し進む鋼鉄の巨城が吼えた。
 左舷、姫路方面に指向された3連装50.8cm砲4基が火焔を噴き、光線級が複数体取り掛かってもなお蒸発させることが困難である巨弾が空中へ叩き出される。
 同時に艦艇周辺には海面が放射状に波打つほどの凄まじい衝撃波が発生し、横舷に張り付いていた数体のクラーケンは爆圧に耐え切れずに海面へと吹き飛ばされてしまった。

 戦艦「尾張」。

 超大和級とも呼称されている紀伊型戦艦2番艦、世界最大・最強の戦艦であり、現在は帝国海軍第2艦隊旗艦を務めている。
 全長約300m、全高約50mのその巨体に、かの著名な戦艦大和の3連装46cm砲を上回る主砲(前述の3連装50.8cm砲4基)、副砲として三連装15.5cm砲2基と76mm単装速射砲8門を構え、更に対地・対空・対潜誘導弾を格納するVLS(垂直発射装置)100セル以上を抱えたこの水上の怪物は、突如として現れた幻獣に対してその持てる全ての火力を指向していた。
 勿論ここ播磨灘で反撃を開始した艦艇は、尾張だけではない。
 緒戦の奇襲による混乱から立ち直った第2艦隊十数余隻の大小艦艇は、水棲幻獣を阻止しつつ、姫路を突破した幻獣群を大いに叩いた。
 戦艦「尾張」、大和型戦艦3番艦「信濃」、同4番艦「美濃」が単縦に並び、幻獣軍を圧倒する驚異的な火力を投射し続け、主砲使用に伴って無防備となる超ド級戦艦を輪形陣を組んだ水雷戦隊――駆逐艦や巡洋艦が水棲幻獣とスキュラから防禦する。
 夜間とはいえ勝手も知ったる播磨灘、彼ら鋼鉄の城郭は何ら制約も受けずに活動し、陸上、海上、空中、全ての幻獣に破滅を強いた。

 弾き出される巨弾は一切の迎撃を受けることなく、空中で炸裂して数百もの破片――というよりは火と鋼鉄の柱となって降り注ぎ、進撃を続ける幻獣達を市街地ごと蒸発させてしまう。
 幻獣側は防御手段など持ち合わせていなかった。
 BETAの光線級・重光線級のように、精度・出力共に砲弾を迎撃するに足る性能を持つ光砲科幻獣は存在しない。
 播磨灘沿岸を進軍していた中・小型幻獣の多くは、何も分からぬままに闇夜に消えていき、僅かな生存者達は空中要塞スキュラや水棲幻獣は何をしているのだ、と歯噛みした。
 この時確かに水棲幻獣クラーケン、海蛇を模した水棲幻獣サーペント、鯨が如き体躯を誇るリヴァイアサンが帝国海軍第2艦隊を叩き潰すべく行動を開始していたが、圧倒的な物量を以てしてもこの大和級戦艦・超大和級戦艦を海底へと引きずり込むことは出来なかった。

 実体化直後の混乱の中で米第7艦隊の大過半を無力化することに成功していた幻獣軍は、第2艦隊に属する第2水雷戦隊の駆逐艦「磯風」「浜風」を大破せしめる(両艦共に淡路島に座礁)ことに成功していたが、戦果はそれだけであった。
 静粛性を極めるソ連原子力潜水艦と海底を進行するBETAを念頭に置き、平時より厳しい対潜戦闘訓練に明け暮れてきた水雷戦隊は水棲幻獣達をまったく寄せ付けない。
 水中に潜み攻撃の機会を窺っていたクラーケンとサーペントは、対BETA戦用に改良された71式4連装対潜迫撃砲(ボフォースロケットランチャー)の餌食となった。
 アクティヴソナーによって捉えられた幻獣群のど真ん中へ、このロケットランチャーによって投射される炸薬量約100kgの爆雷は、爆発するなり水面下を地獄へと一変させてしまう。
 爆雷そのものの爆発に巻き込まれて一瞬で絶命する幻獣、そして爆発と同時に発生した球泡は収縮と膨張を繰り返して一定の衝撃波(バブルジェット)を生み出して、更に広範囲の幻獣達をずたずたに引き裂く。
 鋼板でさえ抗堪することが出来ないこの破壊力には、彼らもされるがまま蹂躙される他なかった。
 反撃に放たれる水棲バカもこの爆雷の爆発に巻き込まれれば、それまでである。
 外洋に比較すると深度の浅い播磨灘では、爆雷の効果は著しいものがあった。

 さりとて水面上に顔を出せば、各艦1門ないし2門備えた127mm速射砲に狙われることとなる。
 対水上・対空、両用砲となるこの速射砲が毎分約25発のペースで撃ち出す砲弾は、装甲を纏うことのない水棲幻獣にとって脅威以外の何物でもない。
 炸裂してなお爆風と破片によって水棲幻獣を制圧するその砲弾は立て続けに撃ち込まれ、異形を波間へと消してゆく。
 海上自衛軍護衛艦隊を超越する射撃管制システムを備えた帝国海軍水雷戦隊に、幻獣陣営は酷く手こずる羽目になった。
 彼らはとにかく物量を以て、敵水雷戦隊の端に喰らいつき一隻一隻を孤立させて撃破しようと運動するも、前述の対潜ロケットと更に長射程を誇るアスロック(対潜ミサイル)の集中射によって思うようにいかない。
 
 たとえこの爆雷と速射砲の網を掻い潜り、主力戦艦に喰らいつけたとしてもそれは無駄な徒労でしかなかった。

 理由は単純。

 水棲幻獣の攻撃では、物理的に大和級戦艦を無力化することは不可能だからだ。

 紀伊型戦艦は攻守共に、ソ連太平洋艦隊を圧倒することを目的に設計されている。
 戦艦長門と同口径の41cm主砲を有するソビエツキー・ソユーズ型戦艦や、グラニート重艦対艦ミサイル、超高速魚雷シグヴァルを運用するソ連水上艦艇との殴り合いを想定し、それに競り勝つべく建造された超大和級戦艦、また改良された大和型戦艦はあらゆる水棲幻獣の攻撃を撥ね返してみせた。

 米ソ冷戦構造が生み出した怪物、人類の叡智を背負い込んで浮かぶ鋼鉄の獣。

 光線級・重光線級を念頭においた近代化改装により、その装甲厚は若干削減されたが、それでも小型幻獣バカの直撃では到底破れない壁として存在している。
 戦術歩行戦闘機や主力戦車の装甲を意図も容易く溶解せしめる、バカが撒き散らすその強酸も装甲の表面を舐めて溶かす程度で、到底艦内部にまでは至らない。
 更にハリネズミの如く突き出された副砲と速射砲の阻止射撃もあり、轟沈どころか艦上構造部を破壊することさえも難しい有様である。

 だがしかし幻獣軍は、一見自殺行為にしか見えない攻撃を続けた。
 水雷戦隊の堅陣を10体で抜けなければ20体で、20体で抜けなければ100体で殺到する。
 当然彼らは爆雷で一網打尽に、あるいは速射砲で滅多撃ちにされて消滅させられてしまうが、とにかく攻撃を継続することが肝要であった。
 物事には必ず終わりがあり、絶大な破壊力をもつ爆雷も高速で発射される速射砲弾にも限りはあるのだから。



「小沢提督、第2水雷戦隊各艦の弾薬消費量は手持ちの7割に達しようとしております」

「退くべきだろうな。対地打撃戦で東進するBETAの漸減には成功した、一応の目標は達した……」

 照明等が制限され、電子機器の画面が発する青白い光が煌々と燈る一室。
 戦艦「尾張」内部に設けられた戦闘指揮室(CIC)にて、第2艦隊を預かる艦隊司令小沢提督とその副官、安倍大佐は目の前の戦術的勝利に喜ぶほど愚かではなかった。

 まるで天に大穴を空けたか、ぽっかりと浮かぶ漆黒の月の出現。
 米第7艦隊との通信途絶、また衛星を介した長距離通信・情報伝達・射撃管制装置の不具合。
 そして陸、海、空、その活動場所を問わずに湧いて現れた新種BETA群――。

「空中目標の動向はどうかね」

「40m級空中目標群は現在、姫路市上空に位置。概ね25ノット(時速45km)前後で東進中です」

「……」

 高性能対空火器管制能力(米国製イージス・システム)を備えたミサイル巡洋艦「金剛」が捉えた多数の空中目標――おそらく空を往くBETAの出現は、小沢提督以下多くの将官に大きな衝撃を与えていた。
 更にその数は対空戦闘に特化し、200以上の目標を同時追尾可能な「金剛」でさえ捕捉しきれない。
 仮に彼らが南へ変針し、この第2艦隊を襲撃すればどうなるか?
 小沢提督は、薄ら寒いものを感じていた。
 従来の対BETA戦において重要視されてきたのは、海底を進行、あるいは着上陸するBETAを撃滅する為の対潜・対地戦闘能力であり、対空装備はほとんど無視されてきた。
 実際、第2艦隊ではミサイル巡洋艦「金剛」がスタンダード艦対空ミサイルを僅かに持っているだけで、この戦艦「尾張」や大和型戦艦「信濃」「美濃」は勿論、ほとんどの艦艇は対空誘導弾を持たず、代わりに対地巡航ミサイルの類を大量に搭載している。
 だが今は関係ない。
 小沢提督は弾薬が欠乏しつつある第2艦隊を、この海域から離脱させるべく命令を下した。

「一旦大阪湾に退き、琵琶湖に展開しているであろう補給艦"十和田"、"常盤"から補給を受けよう。第2水雷戦隊に変針命令。「尾張」「信濃」「美濃」は舵このまま――殿はこの第2戦隊が引き受ける」

 BETA海洋種の攻撃は「尾張」「信濃」「美濃」にはほとんど通用しないことは明らかであり、また大和級・超大和級戦艦も速射砲数門とアスロック(対潜ミサイル)を有し、水雷戦隊と同等の反撃手段を有している。
 装甲も薄く打たれ弱い軽巡洋艦・駆逐艦から成る水雷戦隊を先に逃し、攻撃力・防護力に優れた主力戦艦が殿となる、これは合理的な判断と言えた。

「はっ!」

 副官の安倍大佐は返事をするなり、部下の参謀へ命令を下そうとする。
 だがその前に電子機器を操作する下士官と話し合っていたひとりの少佐が、安倍大佐に告げた。

「金剛より入電、"40m空中目標群、分派。1-8-0、南へと変針、速度は20ノット(時速36km)前後――数は測定不能"。……彼我の距離は約27nm(約50km)ほどです」

「来たか――! 小沢提督、対空戦闘許可を!」

「駄目だ、接敵回避を優先する」

「現時点で分派した敵目標は、"金剛"が装備する艦対空誘導弾SM-2の射程内にあります。アウトレンジから一方的に攻撃出来る絶好の機会かと」

「"金剛"のSM-2も29発しかあるまい。……いまや帝国領空を脅かすに至ったBETAを、一体でも撃つ滅ぼしたい安倍君の気持ちはよくわかるが、いまは辛抱してくれ」

「はっ……」

 勇猛果敢、積極攻撃を好む安倍君らしい意見具申だ、と小沢提督は一瞬口元を綻ばせたが、次の瞬間にはさてどうしたものかと思考を開始していた。



――帝国海軍第2艦隊と幻獣軍空中艦隊との激突は、また後の出来事となる。







―――――――







 7月14日0430時。
 星明りひとつない闇夜に、跳躍装置が噴く火焔が煌いた。
 帝国陸軍が接収した佐渡空港より、12機の撃震が緊急発進する。

『連合艦隊の目は節穴か、ちくしょうめ!』

『田辺少尉、憤慨する気持ちは俺も同じだがいまは後回しだ。――いいか貴様ら、目的は単純だ。他兵科が展開する時間を稼ぐ。ただそれだけだ』

『簡単に言ってくれますね、敵サンがせいぜい大隊規模(約1000体程度)であることを祈りますよ!』

 外海府海岸(佐渡島北西部)BETA上陸――。

 山地に設けられた監視施設から入った急報に叩き起こされた衛士達は、待機所を飛び出すや否や5分も掛からず愛機に搭乗し、跳躍装置に火を入れていた。
 日本海に万全の哨戒網を敷いているはずの帝国海軍からの通報もなく、奇襲を受けた形になり苛立ちを隠せない衛士も居たが、いまは連合艦隊の追及や原因に関して推理をしている場合ではなかった。

 この佐渡島に存在する戦力は、そう少なくはない。

 朝鮮半島鉄原ハイヴ建設以来、本土防衛軍はBETAの大規模渡海を警戒し、日本海沿岸の防備を固めることに邁進。
 佐渡島では住民の早期疎開が行われ、佐渡空港を戦術歩行戦闘機及び航空機の補給基地に、また真野湾(南西部)や両津湾(北東部)を哨戒任務に就く艦艇の泊地とし、日本海・日本海沿岸部防衛の要として整備が進められてきた。
 そういった事情から佐渡空港には2個戦術機甲大隊が常時配備、また能登半島や新潟沿岸へのBETA着上陸にも速やかに対応出来るよう、佐渡市近郊に展開能力に優れたLCAC(ホバークラフト)を多数有する戦車大隊や機械化歩兵連隊が置かれている。

 緊急発進した戦術機甲部隊の役割は、この地上部隊が佐渡島内で戦闘態勢を整える時間を稼ぐことにあった。
 BETA群第一波に痛撃を加えて、その出鼻を挫く。
 戦車部隊や機械化歩兵部隊の援護もない状況で、ほとんど無傷でかつ密集している突撃級と要撃級の大群にぶちあたっていかなければならないのだから、この水際防御は戦術機甲部隊にとって苦戦を強いられる任務であると言えた。

『シミュレーション通りにやれよ。敵は食い放題だ、逸るなよ』

『逸るどころかちびっちまいそうですよ』

『大丈夫だ、俺もだよ。しかも最近は過敏性腸症候群とかなんとか……デカイ方もまずい』

『……ウイングマーク取り上げられるんじゃないんですかね、それ』

 そしてその任務に当たる衛士達は、誰もが初陣であった。
 何も珍しい話ではない。
 帝国陸軍がBETAと対峙する機会は、これまであまりにも少なかった。
 大陸派遣軍として戦った衛士は、日本帝国が擁する衛士の中でもほんのひとにぎりに過ぎないし、旧満州・朝鮮半島から帰還がかなった衛士は更に少ない。
 つい先日ウイングマークを取得したばかりの衛士から、小隊長を務める中堅衛士、前線において指揮を執る中・大隊長クラスの衛士に至るまでがみな等しく初陣――違和感を覚えるかもしれないが、普遍的にみられる光景だったのである。

『トイレパックの交換は誰かに手伝ってもらわないで、自分ひとりでやった方がいいですよ』

『わかっている、最初からそのつもりだ――さて、ここを抜ければ見えてくるぞ!』

 12機の撃震は佐渡空港を発進後、光線級の照射を警戒しつつ、北部の山間部を走る県道81号線に沿って北上、途中から81号線を抜けて山と山の合間を潜るようにNOE(地形追随)飛行し、海岸線へと接近していった。

 そして、最後の稜線を越える――。

『なんだ、これは――』

 電子の瞳越しに見た海岸線は、BETAで埋め尽くされていた。
 見渡す限り突撃級の外殻と、要撃級の感覚器(尾)がひしめきあい、その合間を戦車級とおぼしき影を往く。
 とても大隊規模(約1000体)や連隊規模(約2000体)では利かない数であった。

『ふざけんなあああ! 師団規模はいやがるぞ!』

『数にびびるな! むしろデカイ奴らのおかげでレーザーが飛んでこない、有利だと思え! 制圧支援(ブラスト・ガード)、ぶっ放せ!』

『了解!』

『小隊単位で横陣となれ、あとは全機武器使用自由ッ! 交戦距離は武器射程内に入り次第――とにかく連中を近づけさせるな、近接戦闘なんてやってみろ、すぐに押し潰されるぞ!』

『了解!』

 制圧支援(ブラスト・ガード)のポジションに就く撃震の両肩から白煙が噴き上がり、2機合わせて72発の誘導弾が空中に飛び出した。
 中隊長が言ったとおり、大型種が邪魔になって迎撃が出来ないのか、確実に海岸線のどこかにいるはずの光線級による迎撃はない。
 突撃級の正面装甲を一撃で貫徹し、炸裂すれば大型種数体を行動不能、あるいは数十体に及ぶ小型種の群れを吹き飛ばす威力をもつそれは、それぞれ自律行動を取って散開しBETA群の中央に突っ込んだ。

 だがしかしそれでも、衛士達が見る光景は殆ど変わらない。
 血肉と爆炎で構成された柱が立ち上がったのも一瞬、次の瞬間には誘導弾に吹き飛ばされたBETAの死骸を踏み潰して新手、新手が押し寄せる。

『突撃級来るぞ! 膝射姿勢からなら脚を狙える! 撃て!』

『神崎ッ! 光線級が顔を出した――いま座標を送る!』

『こちらバーバリアン・リーダー、HQ応答してくれ! 敵個体数測定不能、おそらく師団規模! 繰り返す、師団規模!』



 何故このタイミングで、日本海渡海が始まったのか。

 原因は遥か遠く、オリジナルハイヴと呼称されている甲1号目標カシュガルハイヴにあった。
 甲1号目標カシュガルハイヴから突如東進したBETA群は、同中国領甲14号目標のドゥンファンハイヴへ。
 甲14号目標ドゥンファンハイヴにて収容可能数を大幅に超過した飽和個体達は、一路モンゴル領甲18号目標ウランバートルハイヴへ。
 フェイズ2ないしフェイズ3でしかない甲18号目標ウランバートルハイヴにて、反応炉にありつけなくなった飽和個体は、またもや極東ソ連領甲19号目標ブラゴエスチェンスクハイヴへ――。

 こうした謂わば玉突きの如き現象の結果、甲19号目標にて反応炉にありつくことが出来なくなったBETA群は、重慶ハイヴから東進し九州地方に上陸したBETA群とは別経路を辿って、同じ日本帝国領佐渡島へと押し寄せたのである。

 これは単なる偶然ではない。

 人類はこの時知る由もないが、オリジナルハイヴの主たる存在は、最近認識した新資源(おそらく自身らと同じ作業機械)の解析を実施する為に作業機械を大量に投入することを決定していたのである。
 物体が高速で分離・衝突する想定外の災害によって遅延を余儀なくされている現状で、(人類の感覚で言えば)再利用可能な新資源の発見はひとつの光明であり、またおそらく自身と同じ被創造物、作業機械であろう彼らを解析、研究することは有意義なことだった。
 その為に彼は新資源が大量に存在する場所へ、作業機械を誘導した。

 作業機械が誘導された先が、九州地方であり、中国地方であり、そして佐渡島だったのである。



 ……彼はおそらく、所定の目的を達したと認められる報告が届くまではその誘導を止めることはないであろう。










―――――――
以下後書き。












作中では東京都内での謎の転進等から、「人類の調査――被検体の入手の一環としてBETAは日本侵攻を開始した」という解釈を採用していますが、何故鑑純夏だけがあのえげつない実験に供されたのでしょうか。原作中で触れられていたのかもしれませんが、忘れてしまいました……。



[38496] "異界の孤児"
Name: 686◆6617569d ID:8ec053ad
Date: 2014/01/17 14:25
"異界の孤児"



 7月14日0900時。
 HRを終えた教員達が戻った尚敬高等学校職員室には、久しぶりに戦時の雰囲気が戻ってきていた。
 今日明日には一握りの遺骨に、あるいは認識票一枚になるかもしれない生徒達と相対する職員達の悲痛な表情。齢14歳の少年少女に速成教育を施し、彼らを一人前の兵士として数えなければならない教官達の苦悩。「生徒達が生き残る可能性を少しでも上げる為に」――軍事教練を優先したい陸自出向者と、「生徒達に戦争以外にも生きる道があることを教える為に」――一般科目を履修させようとする本職教師の間で繰り広げられる、授業時間を巡っての抗争。
 子供による戦争が再開する時、大人の格闘もまた始まるのだった。

「いったいどういうことなんでしょうね……こりゃあ」

 髪の毛を紫に染色して逆立て、緋色のライダースーツに身を包む女性。
 自身も担任するクラスのHRを終えた、尚敬高等学校に出向中の陸上自衛軍二等陸尉本田節子は、職員室に持ち込んでいる自身の私物(!)の自動小銃を分解し、その部品のひとつひとつを卓上に並べながら同僚に話を振った。

 異世界転移、日本帝国、宇宙生物、絶滅戦争――。

 彼女が今日のHRで生徒達に話したのは、荒唐無稽な事象を取り扱ったものだった。
 九州軍司令部によれば、7月9日を以て日本国熊本県内に駐屯していた全部隊は、異世界となる日本帝国熊本県に転移。日本帝国は宇宙生物BETAと戦争状態にあり、我が九州軍も自衛を目的としてこのBETAなる敵性生物と交戦しこれを撃退した。……だいたいそんな内容を、彼女は、というよりも熊本県下全高等学校の職員達は生徒達に発表したのだった。

「考えるよりもまず備えるべきです。あなたらしくありませんね」

 対して本田の隣のクラスを受け持つ同僚である坂上久臣教諭は、異世界転移も宇宙生物も大して驚くべきことではない、とでも言いたいのか、平然と番茶を啜っている。いつもどおりの仏頂面、サングラスに隠された瞳、そこから感情はまったく読み取れない。
 元戦車随伴兵であり大陸帰りの猛者でもある坂上は、実際のところ異世界転移の原因や宇宙生物の正体などは心底どうでも良かった。それを考えるのは芝村や九州軍司令部の人間がすることであり、前線部隊の将兵が考えるべきことは、如何にして明日の戦闘に勝利するか、そして最終的に戦争を生き残り日本国の復興に尽力出来るか、であった。

「昨夜の戦闘で5121小隊は直接的損害こそなかったものの、20mm機関砲弾等の弾薬消費量が激しい。また92mmライフル砲やジャイアントバズーカといった重火器がほとんどありません。人型戦車の整備と再調整に生徒達が忙殺されている現在……これを確保するのは、我々の仕事です」

「オレだってこんな身なりをしてても自衛軍の人間ですよ、んなこたあ分かってます」

 実は既に手は打ってあった。
 本田は独自に芝村勝吏参謀長(幕僚長)との繋がりを持っており、また焼きそばパンから対戦車砲まで取り揃えるブラックマーケットにも顔が利く。僅か2、3日の内に、大抵の中型幻獣を撃破することが出来る重火器が、自身の担任する5121小隊宛に届く予定であった。
 驚くには値しない。
 九州軍前線部隊の将兵とその関係者はあらゆる手を使って、装備を整えるものだ。
 民間から機材を徴発することは当たり前にやるし、権力者に通じて補給品を陳情することもある。場合に応じては、物資集積場や軍需工場にまで出向き、「お話」することで目当ての代物を手に入れることもままあるほどだ(逆にこうした非合法な行動によって、計画通りの補給の実施が順調にいかなくなるのだが、これをやらなければこの5121小隊でさえ"無補給戦闘"を余儀なくされる)。

「幻獣に代わる新敵性勢力との戦闘は、学兵にとっては酷となりますが、なんとかやってもらう他ありません。私たちはそれを手助けすることしか出来ない」

 坂上自身も対BETA戦術の検討の為に、5121小隊の人型戦車が搭載するガンカメラの映像を何度も見直していた。5121小隊が損害を出すということは万が一も有り得ないことだが、それでも油断せずに教え子達が思い至らない隙を埋めてやることが大人である自身の役割だと、彼は考えているらしい。
 勿論そいつは分かっているつもりです、と本田が返事を返そうとした時、第三者が会話に割り込んできた。

「……みんなは、戦わなくてはならないのでしょうか」

 副担任を務める芳野春香教諭が、ふたりの背後に立っていた。
 芳野教諭の担当教科は国語。彼女は陸上自衛軍から出向している本田や大陸帰りの坂田とは異なり、純粋な民間出の本職の教師であり、以前から教え子を戦場へ出すことを極度に恐れ、またその恐れを頻繁に言動で表すタイプの人間であった。
 悪い言い方をすれば、現実を見ない理想主義者、といったところか。実際に幻獣共生派とは言わないまでも、反戦主義者として何らかの処罰を下されてもおかしくはない言葉を口にすることもままある。……だがしかしそういった言動をとる芳野を、同僚の本田は嫌な奴だとも悪い奴だとも思ってはいなかった。

「芳野センセイ。しょうがないんですよ、こればっかりは。敵ってのは思うように動いてくれないもんで、落ち着いたかと思えばまた湧き出して来る、そんなもんなんですよ」

 振り向いて俯き加減の芳野の顔を見つめ、本田は言い訳めいたことを言った。
 芳野春香が戦争を極度に恐れることには生まれもっての理由があり、その為に豪快な性格で知られる本田も、なかなか彼女に厳しいことを言うことが出来ないのだ。
 学兵達第6世代クローンが幻獣と戦うことを目的に生み出されたのだとすれば、彼女――芳野春香は教える為に生まれてきた。これは比喩ではない。芳野春香は成人の状態で製造された年齢固定型クローンであり、生まれながらの国語教師である。国語に関する知識しかない。彼女自身が自覚しているかは不明だが、何か物事を教えることのみが彼女の存在意義であり、彼女にとって戦争とは教える対象を奪う理不尽な事象だ。そして生体工場で生み出され、すぐさま教職に就いた彼女にとって生徒とは、肉親に等しい存在である。
 常人より輪をかけて、戦争を恐れる、嫌う、彼女の生い立ちを考えれば止むを得ないことだった。

「ですが本田先生、九州軍の発表が確かならば、この世界は私たちとは何ら関係がありませんし、今度の敵は宇宙生物なんですよ……何も生徒達が行って戦う必要なんてないじゃないですか……」

 何故わざわざ教え子を、対岸の火事へ飛び込ませなければならないのか。
 芳野の意見は、正直ほとんどの教職員が心中に抱える共通のものであった。異世界にて宇宙生物と戦争など、望んでやる必要などないではないか。BETAなる宇宙生物はこの世界の各国軍が相手にするべきであり、九州軍は元の世界へと帰還する方法の発見に全力を注ぐべきではないのか――?

「九州軍とて馬鹿ではありませんよ」

 その問いに答えたのは、坂上であった。

「基本的に戦力の温存に全力を挙げるでしょう。BETAとの戦闘で大損害を被っては元も子もありませんから、無理な戦争はしないはずです」

「そ、そうですか?」

「ええ」

 坂上の言葉を聞きあからさまに表情を明るくした芳野を見て、本田は(なんか納得いかねえ!)と思った。
 実を言えば坂上と芳野は相性が良い――この坂上クローンと芳野クローンの大本となったオリジナルの坂上と芳野は、結婚さえしているのだから当然であると言えた。



「――我らを使え! 使って人を救え!」

 同調能力をもつ人間しか聞き取ることの出来ない、人型戦車士魂号達の怒号が飛び交う整備キャンプから出てきた青い髪の少女はため息をついた。太陽は燦々と輝き、その光線を以て容赦なく田辺真紀を貫く。薄暗い整備キャンプに篭っていたせいで眩しい思いをした田辺は、これが異世界だとは到底思えないな、とだけ思った。
 今日も取り止めになった授業の代わりに、人型戦車や指揮車の整備に取り組み、友人とお喋りして、母と弟が待つ自宅(公園)へと戻ってその日あったことを話す。

――その日常は、失われた。

 公園は、母と弟は、こちら側へ転移していない。
 田辺としては、恐ろしく不安だった。彼らの安全を考えてのこともあるが、何よりも田辺家の生活費は彼女が稼いでいたからだ。彼女が得るあまりにも少なすぎる学兵の給料(十翼長週給7500円)と、不定期でシフトを入れさせて貰っていた味のれんでのアルバイト代が一家の収入であった。

 田辺家のように前線部隊の学兵が家族の生活費を稼ぐ、そうした例はそう珍しくない。
 "コンビニアルバイトの方がよっぽどマシ"と評される学兵の給料、戦時中にも関わらず熊本市街に居残る商店でアルバイトして得た賃金、物資を闇市場で売りさばいて得た資金。これらを学兵達はせっせと家族の口座へ振り込んでいく。どうせ前線にいれば金を使う機会はあまりないし、戦友愛も働いて必要なものは大した出費もなくほとんど揃ってしまうのだから、手元に余る資金を持っていても仕方がない。そして彼ら学兵自身は決して認めないだろうが、まあ親孝行的な心情が働いていることは否定出来ないところだった。
 ……工場で製造された第6世代クローンである学兵達は、親の世代である第4世代クローンとは何の血の繋がりもないが(人類はごく僅かな例を除き、既に生殖機能を失っている)、それでも両者の間には肉親の情愛というか、年長者と年少者の絆というか、そういったものは確かにあったのだ。

 母と弟の前途を憂い、沈鬱な表情を浮かべる田辺。
 それを見かねてか、近づいてくる影があった。

「どうかされたのですか」

「あっ、と、遠坂さん……」

 遠坂圭吾。彼は田辺と同じく人型戦車の整備士を務める学兵であり、その長身と整った顔立ち、物静かで優雅な立ち振る舞いから女子高生から絶大な人気を集めている青年であり、田辺にとっても憧れの人物ではあった。

「なんでもないです、気にしないでください」

 だがいまは到底、遠坂と話す気にはなれなかった。
 田辺は遠坂が巨大商社の御曹司であることを知っている。謂わば住んでいる世界が違いすぎる、遠坂も家族は向こうの世界に置いてきたには違いないが、その家族が生活に困窮することはないであろう。相談したところで大した共感をしてはもらえまい、と勝手に思い込んでしまっていたのだ。
 実際には微笑を以て田辺の目の前に現れた遠坂も、内心では肉親のひとりを心配して気が気ではなかった。
 彼には、酷く病弱な妹がいた。化学物質過敏症である妹にとっては人類文明自体が油断ならない敵であり、彼女の病変と発作は急激に訪れる。彼は多少度を越して、妹思いであった。……それこそ妹の治癒の手がかりを見つける為に、あるいは人類文明を後退させて自然を取り戻す為に、幻獣共生派に参加する程度には。

 約10万の学兵達は平気な顔をしていても、やはり心中どこかで不安を抱えていた。元の世界から切り離され、戦友と教師を除けば全くといっていいほど知らない人間しかいないこの世界。

 自分達は、この世界でも戦わなければならないのか?

 人類勝利の為ならば戦えよう。戦友の為ならば戦えよう。守るべき熊本市民、見知らぬ日本国民の為でも戦える。
 だが……。

(連中、また監視しているな)

 遠坂は田辺と会話を続けるきっかけを探しながら、校庭外れ、裏門の方角に"連中"を発見していた。
 微笑ましい反戦ポエムの朗読から人類軍内部情報の横流し、軍事施設に対する爆弾テロまでやってのける幻獣共生派、風紀委員によって厳しく取り締まられる靴下の収集活動に精を出すソックスハンター(彼のコードネームはソックスタイガー)……汚点とも言えるそれらの経験は、非合法な活動やそれを追う警察・憲兵に対する鋭い嗅覚を与えていたのだ。
 ここ数日、校門や敷地周辺でそういった活動に従事する人影を見る。
 おそらくは日本帝国の息がかかった者だろう、と彼は考えていた。

(九州軍と日本帝国陸軍との関係がうまくいってくれればいいが)

 その非合法な活動に手を染めていた彼とて、直接人間を手に掛けたくはなかった。



「……待て、待て! 戻せッ! そうだ、そこだ、ズームでお願いします!」

「うわあああああ! これ絶対おかしくね? ちょっとトイレ行ってきます!」

「解像度を上げろ、解像度を上げるんだ……これエロ過ぎぃ!」

 さて。まったくの同時刻、熊本鉱業高等学校情報処理室では男子高校生達が凄まじい盛り上がりようを見せていた。異世界転移? そんなこたあどうでもいい! どこにいようと現在を生きる! そんなポリシーを持っている訳でもあるまいに、彼らがエキサイティングしている訳には、かなり不純な理由があった。
 彼らが食い入るように見つめるディスプレイには、人型戦車士魂号のガンカメラや89式隼が撮影した動画や画像が映し出されている。

 異世界国家の軍隊である帝国陸軍の装備、特に戦術歩行戦闘機と呼称される人型兵器の研究。

 そういったお題目の下で前線部隊から複製した映像を眺めていた男子高校生達は、とんでもないものを発見してしまったのである。



――戦術機に乗降する女性衛士の姿だ。



 遺伝子操作によって得られたIQ400という第6世代クローンの頭脳をフル回転させ、半年前から新兵器開発に没頭してきた熊本鉱業高等学校に在籍する高校生達にとって、その姿はあまりにも刺激的に過ぎた。
 戦術歩行戦闘機を駆る衛士達が身につける衛士専用強化服は、負傷部位を明らかにすることを目的に、また設備の整わない前線での羞恥心鈍化を狙った設計が為されている。衛士の身体に密着する構造、更に胸から腹部に掛けてはまるで色の付いたサランラップ、半透明色の保護皮膜で覆われており、強化服をまったく見たことのない彼らにとって、それは酷く劣情を催させる格好であったのだ。

「これやばすぎだろ、なんでこんなデザインしてんだよ」

「あれだろ、"協同する男性随伴歩兵の士気高揚を狙って"~とかじゃねえ?」

「あー納得。でもこれ胸部から腹部に掛けても、何かしらの装甲で覆った方がいいんじゃないか?」

「どうもこの上に"可憐"みたいな強化外骨格を纏うようだから、必要ないみたいだわ」

「うーん、でも納得いかねえ!」

 女性用ウォードレスはこの九州軍でも運用されているが、衛士専用強化服のように――悪い言い方をすれば、変態染みたデザインはしていない。対幻獣戦に特化した第6世代クローンとはいえ、内臓をやられれば学兵も原種(オリジナル)と同じく絶命する。少なくとも胸部は拳銃弾に抗堪する装甲板が採用されており、強化服のように皮膜で覆われていることは有り得ない。

「あの皮膜の素材や採用に至った理由については、向こうの技術者に聞いてみなきゃ分からんさ」

「もしこちらが思いつかないような、合理的な判断に基づくものだったら?」

「戦車兵用にでも採用するか?」

「……止めといた方がいいだろうな、俺たち女子どもに殺されちまうよ」

 半透明の保護皮膜がどういった事情で採用されたのか、男子高校生達にはまったく思い至らない。だがしかし半透明の保護皮膜を用いたウォードレスを、女性用ウォードレスを開発すればどうなるかくらいは想像がついた。女子達には指弾されることは間違いなし、他校の男子からは圧倒的な軽蔑を受けるであろう(ちょっとは尊敬の念が集まるかもしれないが)。それでもデザイン性だけでなく、防護性の問題からも指摘が集まるのは間違いなさそうだ。
 戦術機に搭乗する衛士は戦闘中に脱出する場合は、前述の通り強化外骨格を身に纏っている為、衛士専用強化服自体の防護性は二の次にしてもよく、衛士の救命を第一に考えた構造が優先されることになる(故に保護皮膜が採用されている)。
 だがしかし一方で陸自主力戦車に搭乗する学兵達は、脱出後は身に着けているウォードレス姿のまま小型幻獣と戦わなければならない為に、ある程度の防護力を求められるのである。

「視察の許可とか下りないかな……?」

「下心有り過ぎだろ! とりあえず次だ、次、この人型兵器について――」



 異世界は新発見の宝庫か、熊本鉱業高等学校の学生達はああでもない、こうでもないとお喋り交じりの議論を開始する。
 幻獣を市街地へ引きずり込み、泥沼の戦闘を繰り広げた経験はただの中高生達をずいぶんと強くしていたのかもしれない。








―――――――







「東部方面軍第31・32師団の中国戦線投入は中止! 日本海戦線に廻せ!」

「中部方面軍司令部より報告、BETA群は豊岡市(兵庫県北東部)――明石市(兵庫県南部)を結ぶ線まで前進」

「遅滞作戦の効果が現れなければ、明日には舞鶴・神戸間、明々後日には小浜(福井県北部)・大阪間まで押し込まれてもおかしくないぞ……!」

 本土防衛軍統合参謀本部の作戦参謀達は、中国戦線・東北戦線・日本海戦線、三戦線への対応を迫られることになった。特に「BETA群師団規模、佐渡島上陸」、この一報は参謀本部に大きな衝撃をもたらした。兵力不足に喘ぐ中国戦線へと転用しようと、東部方面軍から引き抜かれることが決まっていた幾つかの師団は、据え置かれて日本海戦線にあてられることとなる。
 佐渡島の戦況は思わしくない。
 BETA群の上陸範囲は佐渡島北西部の海岸線の広範囲に渡り、その師団規模ということもあって、即応した戦術機甲部隊で押し止められるような状況ではなかった。既に戦線は内陸部へと入り込み、佐渡空港近郊では戦線を突破した戦車級と歩兵連隊の間で激しい攻防戦が始まっている有様だ。
 仮に佐渡島が陥落すればBETAは余勢を駆って更に渡海、対岸の新潟市に上陸する可能性もあり、それを考えると日本海戦線をおざなりにすることは許されなかった。

「中部方面軍司令部は、"現有兵力では、BETA東進阻止に算段は付かない"とまで言ってきています。また兵庫県内上空に遊弋するBETA新属種"爆撃(ドロップ)級"の空爆が激しく、日中は部隊移動が困難とのこと。高射教導隊が運用するような、高度な防空システムを求めています」

 作戦参謀達から、自然とため息が漏れた。
 中部方面軍は情けない、とはみじんも思わない。むしろ手持ちの戦力を考えれば、よくやっている方だと言える。
 中国戦線に現れた新種BETA群は師団規模(約2万前後)、軍団規模(約5万前後)どころか、軍集団規模(約100万)と考えられている。……中部方面軍司令部の参謀達からすれば、発狂してもおかしくない数字だ。野戦では有り得るはずのない、否、ハイヴ攻略戦でさえ有り得ない敵個体数(フェイズ4ハイヴのBETA収容個体数は、たったの20~30万前後である)。
 対する中部方面軍は既に戦力の多くを喪失していた。緒戦と姫路攻防戦により、投入していた第17師団、第53師団、第54師団、第118師団、第125師団――計5個師団を喪失しており、優良師団の第1師団や第16師団を手元に残しているもの、かなり苦しい状況に追い込まれている。

 彼らの中でも古参にあたる参謀が立ち上がり、口をひらいた。

「弱気になるのも仕方がない、それは分かる。新種BETA群との緒戦で、中部方面軍が被った被害はあまりにも手痛すぎた。だがその後背には、未だ疎開を終えていない数百万の非戦闘員が控えていることを忘れているんじゃないか。……俺は斯衛軍に話を付けに行ってくる」

「斯衛軍に?」

「……戦力を帝都から抽出してもらう。彼らの正面戦力は是非とも欲しい、中部方面軍の歩兵連隊や砲兵連隊、補給連隊と合流してもらい臨時戦闘団を編成、中国戦線で活躍してもらおう」

 もはや面子を気にしている場合ではなかった。土下座してでも皇帝陛下、征夷大将軍を警護する一兵のことごとくまで借り受け、BETA東進阻止の為に使う――古参参謀は並々ならぬ覚悟を決めていた。



 その隣室では、ふたりの参謀が怒鳴りあっていた。エリート中のエリートである彼らとて人間であり、連日の睡眠不足と激務によって溜まり切った疲労が、彼らの理性を少々損ねることもある。多少感情的になるのは、仕方がないことだと言えた。

「いいか、今日明日中にでもやってくれ!」

「言っていることが無茶苦茶です! 分解状態で保管中の機体を組み立てて再整備、更に空対空兵装まで調整し、対空戦闘が可能な状態に持っていくどれくらいの時間が掛かると思っているのですか!」

「そんなこと俺が知るか! 間に合わせるのは、貴様ら航空畑の人間がやることだ!」

 激昂した参謀は帝国陸軍所属、そしてもう一方の参謀は帝国航空宇宙軍に所属している。
 帝国陸軍に関して今更の説明は必要ないであろうが、帝国航空宇宙軍は戦後創設された帝国空軍の流れを汲む組織であり、再突入駆逐艦や偵察衛星等の運用、近年になってからは国連軍と協力しての軌道爆撃も担当している。……正直なところ彼ら空軍・航空宇宙軍は航空機が無力化されてから向こう、対BETA戦では裏方に徹してきており、あまり思うような活躍は出来ずにいる組織であった。

「……いや、すまない。言い過ぎた、貴官や貴軍を侮辱するつもりはない。焦燥感ばかりが募ってしまって……。現状を考えてみてくれ、帝都に至る空中回廊を阻むものは何もないこの現状を」

「苛立つ気持ちも分かります。……ですがやはり即日の戦力化は難しいと思います。第一、現役の超音速戦闘機乗りがいません」

 ふたりが話し合っていたのは他でもない、現在退役状態にある純然たる制空戦闘機の再就役と航空隊の再編成についてである。
 中国戦線及び東北戦線に出現した新属種"爆撃(ドロップ)級"(中型幻獣スキュラ)の威力は凄まじく、これまで対空戦闘に備えてこなかった陸海軍に打撃を与え続けている。この爆撃級に対して、いまは運用されていない――部品の状態で全国各地に眠っている制空戦闘機を当てようという考え方が出てくるのは、ごく当たり前のことだと言えた。

「それは衛士に機種変換訓練を受けさせる――精神主義は俺も嫌いだが、なんとかする」

「ならば戦術歩行戦闘機に対空誘導弾を積んでは?」

「駄目だ。だいたい戦術歩行戦闘機自体が、空対空戦闘がやれるような構造をしていない」

 戦術歩行戦闘機が空中を往く爆撃級に対して、攻撃を仕掛けることは不可能ではない。実際に中国地方に投入されている戦術機甲連隊では上空に舞い上がり、36mm機関砲弾を食らわす防空戦闘をやっている。
 ……だがしかし戦術歩行戦闘機という兵器が空対空戦闘に向いていないことは、あまりにも明らかであった。理由は単純に、「遅い」上に「手足が邪魔」だからである。水平方向への機動においては、撃震は時速400~500km、不知火は時速600km~700km程度がせいぜいであり、上昇速度は更に落ちる。これは大東亜戦争中のレシプロ戦闘機と、同程度の速度でしかない。そして飛ぶことに必要ない、寧ろ空力特性の上で最悪的に邪魔である四肢が存在するせいで、まともな空戦機動を取ることが出来る衛士はほんのひとにぎりとなってしまう。まるでミサイルのように、生体組織の一部を飛ばしてくる爆撃級に抗することは難しい。

「……ともかく一度考えてみてくれ。それにこれは航空戦力復権のまたのない好機だ。新種BETA群には、従来の光線級は確認されていない」

「本当ですか」

「ああ。レーザーを有する新属種"強襲(アサルト)級"、"重強襲級"(中型幻獣ナーガ、キメラ)が出現しているが、精度は著しく落ちている。戦術歩行戦闘機で高速飛翔すれば、彼らの火網を突破出来るほどだ。仮にこの状況で、かつての制空戦闘機F-104J"栄光"や攻撃機A-4J"大鷹"を復活させてみろ。航空戦力によるBETA駆逐は不可能ではない――」

「分かりました、善処します。具体的には3日……いえ、2日以内に一個制空飛行隊(定数12機)を再就役させてみせます」

 航空戦力復活。

 それは航空宇宙軍の人間ならば、一度は抱く夢であった。

 いいように乗せられたかな、と思いつつ航空宇宙軍所属の参謀はともかくやってみようと決意していた。かつて大空を支配していた「最後の有人戦闘機」を、その栄光を今一度復活させよう。参謀は音速の2倍速で駆け巡り、空対空誘導弾や空対地誘導弾を撃ちまくる超音速戦闘機の姿を虚空に幻視していた。








 某所。



「我が国の安全保障に関わる重要な機密の為に、具体的な位置を教えることは出来ません。ですが現在、我が在日米軍司令部では2隻のオハイオ級戦略ミサイル原子力潜水艦との通信を回復させることに成功しています」

「即時運用出来る核弾頭は何発ある?」

「貴国領中国地方に出現した、新種BETA群を殲滅出来る程度には。潜水艦発射弾道ミサイルのみならず、巡航ミサイルにも核弾頭が搭載されています。一発あたりの威力は、概ねベルリン投下型原爆の4倍から5倍程度でしょうか」

「……分かった」

「心中お察しいたします」

「中部方面軍、統合参謀本部は私がその方向でまとめる。内閣や関係省庁に話が回るのはそれ以降のことになるが――最悪間に合わなければ、私が全ての責任をとって貴軍にお願いする」

「了解です。私と貴方の名誉を引き換えにして、連中を葬ることが出来るならば本望ですよ。両国間では揉めるかもしれませんがね、言っては悪いですが政府の判断を待っていれば機を逃します――この国も、世界も終わります」

「そのとおりだ……国賊の名を背負ってでもやるしかないのだ」









―――――――
以下私見







 50年代に宇宙進出を遂げているのだから、航空兵器もこちらの世界より発展を遂げていてもおかしくないのでは(だからF-104Jが登場するのはおかしいんじゃない)? と考えられる方もいらっしゃるかもしれませんが、その辺はなんとも……。大東亜戦争で繰り広げられた日米艦隊決戦は、戦艦大和と戦艦モンタナが活躍するような超ド級戦艦と超ド級戦艦の殴り合いであり、戦中・戦後、軍用機は急発展を遂げることなく、結果こちらの世界と同じペースで進歩したということにしておいてください。……正直な話、翼等が見当たらず、全身からゴツゴツした突起物が出ている戦術歩行戦闘機は、どうやって揚力を得ているのでしょうか。私は航空機の仕組みに詳しくないので、なんとも言えませんが。



[38496] "TSF War Z"
Name: 686◆6617569d ID:8ec053ad
Date: 2014/01/24 19:06
「新種BETA群は従来のBETAとは一線を画す、まったく別種の存在よ」

「俺には両方、救いようのない下等生物にしか思えませんが。ただ戦術めいたものをもつ新種BETAが多少上等ってだけで」

「新属種"兵卒(プライベート)級は戦闘員・非戦闘員問わず、暴行を加えて殺害した者を目立つ位置に放置、あるいはオブジェ化するそうよ――まるで示威行為、あるいは挑発行為にも思えるわね。それだけじゃないわ、前進一辺倒だった従来のBETAとは異なり、強固な陣地があればそれを迂回、あるいは一旦後退することもある、と報告が上がっているの」

「はあ」

「腑抜けた返事ね。つまり彼ら新属種は、感情や知性を持ち合わせているんじゃないかしら」

「BETAが知性を? ちょっと信じられないですよ、そいつは」

「示威や挑発といった行動を鑑みるに、少なくとも新属種は人類がもつ"感情"を理解している、と考えてもおかしくないわ」

「そういう奇天烈な発想を臆面もなく口にするから、博士は白い目で見られるんですよ」

「これよりオルタネイティヴ計画直属部隊であるA-01連隊第6中隊"ファンブル"には、正式な命令が下されることになるわ。新種BETA群に対して情報収集を行う偵察機の護衛任務よ。絶対に失敗は許されないから、そのつもりで宜しく」

「人の話を聞いちゃいませんね博士」







"TSF(戦術機)War Z"







 1998年7月16日深夜、中国地方某所。

 闇夜は、人類に有利に働く。
 歩兵達は廃墟に身を隠し、携行火器を以て幻獣達の思いも寄らない方向から攻撃を加えることも出来るし、戦車や装甲車も幻獣の赤く輝く眼を目印にすることで目標を見つけ易い。
 逆に幻獣達は、廃墟と化した市街地にわだかまる闇の全てを敵に回すことになる。大型幻獣ならば些細な反撃など無視して蹂躙することも可能ではあるが、幻獣軍の中でも大型幻獣の運用数は極めて少なく(2万体の1体の割合)、どの全線に渡って投入出来る訳ではなかった。仕方なく彼らは奇襲に脅えながらも、廃墟のひとつひとつを占領し、歩兵と装甲車が出入りする拠点を虱潰しに制圧していかなければならなかった。

 小火器が連射する軽い銃声と小型幻獣ゴブリンが頭蓋を震わせて発する「キョーキョキョキョ」の声が響く旧市街地を前に、新手の小集団が突撃準備を開始する。ゴブリン・リーダーの指揮の下でゴブリン達が戦列を組み、それを支援するキメラが要所要所へ前進。そうして前面に広がる、狂気と闘争の坩堝へと足を踏み入れんとする。
 だがその直前に、12の巨影が彼らの側面目掛けて突っ込んだ。
 36mm突撃砲が弾き出す火線がゴブリンの戦列を舐め、比較的装甲の薄いキメラの側面を直撃したかと思えば、近接戦用長刀を携えた不知火が肉薄して慌てて回頭する中型幻獣を斬り伏せる。突然の奇襲に小型幻獣達は逃げ惑い、中型幻獣の迎撃は遅れた。敵を認識したキメラは、前腕に備えられた眼球を発光させレーザー照射を開始するも、至近距離を駆け巡る不知火を捉えることは出来ない。

『このくそったれサソリを先に潰せ! ただブリーフィング通り、兵卒級(小型幻獣ゴブリン)は無視しろ』

 キメラ達は一旦後退し、砲戦に有利な距離を稼ごうと試みるがかなわない。94式戦術歩行戦闘機不知火は、後退速度を遥かに上回る速力で彼我の距離を詰めるとその長刀を胴部、あるいは昆虫めいた頭部に突き立てていく。戦車砲に抗堪する正面装甲も、この世界の工業力の結晶たるスーパーカーボン製白兵戦用武器の前では紙に等しい。
 観測用に働く眼球がついた尾と生体光砲を抱えた前腕が振り回され、赤い閃光が幾筋も飛び交うがどれもが虚しく闇夜を引き裂いただけだった。余裕綽々で避け、閃光の照り返りを受けながら不知火は次々と幻獣達を無に帰していく。
 その不知火の肩には、UNの文字。日本帝国2600年の歴史が生み出した傑作機、そして多くの機密を抱える94式戦術歩行戦闘機不知火は、国連軍の通常部隊では一切運用されていない。日本帝国はオルタネイティヴ計画招致の際に必要機材を提供したが、戦術機は大多数が77式戦術歩行戦闘機撃震、そして少数の(そもそも調達数自体が少ない)89式戦術歩行戦闘機陽炎であった。

『こちらファンブル5、こっちは粗方片付いた!』

『おいッ、まだ前衛(バンガード)級が残ってやがるぞ!』

 ただしオルタネイティヴ計画直属部隊、A-01連隊はその限りではない。

 周囲のキメラを撃破し尽した小隊が次に襲い掛かったのは、外見を直立歩行する牛とでも表現しようか、全身に生体装甲と生体誘導弾を纏った怪物、前衛級(中型幻獣ミノタウロス)であった。数は僅かに4体。人型戦車に対抗すべく開発されたこのミノタウロスは、九州地方外ではキメラほど配備が進められていない。

『散開(ブレイク)! 生体弾来るぞ!』

 不知火が散る。
 遅れてミノタウロスの腹部が弾け、各々数十発の小型幻獣バカが解放された。後尾で化学反応を起こして推進力を得たバカ達は、跳躍装置を全開に飛び上がった不知火目掛けて飛翔する。
 だがファンブル中隊の衛士達は、既にこの生体誘導弾への対策を事前に練っていた。不知火達は全力噴射で直線機動を取り、自機を狙って追い縋るバカを見定める。そして主腕に保持する突撃砲で以て、これを撃墜し無力化せしめた。一見無茶な戦術にも思えるが、ミノタウロスの対地誘導弾は超音速にまでは達しない。撃震ならばいざ知らず、優れた機動性と火器管制装置を備える不知火ならば――そしてオルタネイティヴ計画直属部隊に抜擢されるような、優れた衛士が乗り込んでいれば――不可能ではなかった。

『この下等生物がッ!』

 人間の物真似をしやがって、と叫びながら中隊長は自機を垂直方向に跳躍させ、120mm砲弾をミノタウロスの後頭部へと叩き込んだ。頭部が潰れて空中に四散したミノタウロスは倒れながら、瞬く間に闇夜に消える。
 本土防衛軍に新属種前衛級と呼称されている中型幻獣ミノタウロスは、人類が運用する戦車と同じ思想をもっており、基本的に後面の装甲は薄い。ミノタウロスに対して戦術機はとにかく第一撃を避けた後、その機動性を以て背面に回りこんで叩くことを基本戦術としていた。
 戦術機と比較すれば遥かに鈍重な人型戦車との殴り合いを想定し、誘導弾による中距離戦闘と肥大化した前腕による白兵戦に特化したミノタウロスでは、戦術機には抗しきれない。残るミノタウロス達も、120mm砲弾、あるいは36mm機関砲弾の乱打の背面に受けて、漆黒の闇に溶けるように消えてしまった。

『デカブツは片付きましたね』

 不知火を駆る衛士達は、そこでようやく自機を休ませた。周囲には未だに小型種(小型幻獣)の群れが蠢いているが、彼らはそれをまるっきり無視する。勿論、衛士達は彼らの存在には気づいているが、今回の任務では彼ら小型種を殺すことはご法度であった。

『調度いい小規模の群れを見つけられて良かったよ。――こちらファンブル・リーダー、HQ聞こえるか? 大型種の排除に成功した。バケネコを進入させてくれ』

『こちらHQ、了解した。特殊偵察機を進行させる。ファンブル中隊は引き続き周囲の警戒、接敵あれば大型種を優先的に駆逐せよ――大ポカをやらかすなよ』

『こちらファンブル・リーダー、了解した。まあ任せておけよ、このコールサイン結構気に入ってんだ。オーヴァー』

 そうして交信を終わらせたA-01連隊第6中隊中隊長の脳裏には、いつでも余裕ぶった表情を浮かべる忌々しい顔が浮かんでいた。人類救済へ繋がる糸口を見つけ出すことを目的にぶちあげられたオルタネイティヴ計画、その責任者である香月博士はまったく以て人使いが荒い。また特殊任務の性質上、その目的がどこにあるのかを当事者である衛士達も知らされないこともある。最近は部下のモチベーション低下防止に、苦労することも多かった。

『今回は中隊規模が相手でしたから良かったですけど、新手が来たらあの特殊偵察機(バケネコ)、守りきれないですよ』

『レーダーに大型種の影はない、大丈夫だろう。連中が連隊規模かそれ以上で救援にやって来たとしても、こっちの方が逃げ足は速いんだ。例のバケネコだって、腐っても第2世代機の雄猫だぜ……さあいらっしゃった』

 第6中隊の衛士達が"バケネコ"と渾名している戦術歩行戦闘機は悠々と巡航速度で戦場に現れると、逃げ惑う小型幻獣の群れを掻き分けて中隊長機の傍らに着地した。
 その姿は、かなり異質である。
 主腕や背面担架には一切の武装が施されておらず、その代わりに各種情報収集に活用する巨大なセンサーと、また無線通信が困難となるハイヴ内でも情報の送受信が可能なように改良された通信装備が全身に取り付けられている。まさに偵察任務をこなすことを目的に、その他は――自衛戦闘すら放棄した外見だ。

 正式名称を、F-14AN3マインドシーカーという。

 この機体はかつてソビエト連邦が主導していたオルタネイティヴ3計画の下、米国製第2世代戦術歩行戦闘機F-14をベースに生み出された特殊偵察戦術機であり、専らBETAの思考を読み取ることを目的に養成されたESP発現者を搭乗させての情報収集、あるいはハイヴ内へ侵入させての偵察任務にあてられてきた。護衛機が援護するとはいえ敵中へ偵察を敢行する、しかも偵察機材のせいで戦闘がままならない関係もあって損耗も激しかったが、貴重なデータと少数機はオルタネイティヴ3計画終了後、オルタネイティヴ4計画へ引き継がれた。
 A-01連隊第6中隊の前に現れたこの機体は、おそらく以前も特殊偵察任務に用いられたであろう僅かな生き残りの内の一機なのである。

『こちらファンブル・リーダー、あんたを歓迎するぜ。すまないがさっさと終わらせてくれ』

『……』

 中隊長の言葉に対して、特殊偵察機を駆る衛士から返答は帰ってこない。ただマインドシーカーの全身に取り付けられたセンサー類は、それぞれ青白く発光して唸りを上げ始めている。どうやら居眠りをしている訳ではなさそうだった。
 第6中隊中隊長は、特殊偵察機に搭乗している衛士のことをまったく知らない。正確には知らされていない、が正しい。オルタネイティヴ4計画最高責任者である香月博士は、特殊偵察機の搭乗者について一切の情報を彼に与えなかった。

『こちらファンブル2、中隊長なめられてますよ』

『帰投したら奴さんの顔、拝んでやりましょう』

『ただ仕事熱心なだけだろうよ。お前等もちょっとは見習った方がいい』

 第6中隊は帝国陸軍から香月博士が強引に引き抜いた熟練の衛士から成っており、そういう理由で腕前を買っていても国連軍外との繋がりを警戒しているのかもしれないな、と中隊長は思った。任務完遂を第一に考えるのならば、護衛役である衛士達と特殊偵察機に搭乗させる衛士を引き合わせても、プラスにこそなりはしてもマイナスにはならない。
 中隊長は不知火のメインカメラで、ゴテゴテした偵察機材をまるで拘束具の如く取り付けられたF-14をしげしげと見つめ、最低限の警戒心と共にただ無為に流れる時間を思索に費やすことに決めた。

 護衛役の第6中隊に詳細は説明されていなかったが、今回の任務は新種BETAの思考リーディング実験であった。第6中隊が脅威となる大型種を駆逐した後、ESP能力者が搭乗するF-14AN3マインドシーカーが小型種と接触し、思考を読み取ろうという計画である。もしもこれが成功し、新種BETA群に思考や知能が存在することが判明すれば、元々地球外生命体(BETA)とのコミュニケーション方法の確立を目的に発動されたオルタネイティヴ計画は、大きな前進を見せる。対BETA諜報を成し遂げるべく日本帝国が主導しているオルタネイティヴ4計画自体も、国際的にアピール出来る実績を残せる。
 香月博士は新種BETAの出現を人類の危機として捉えると同時に、ひとつの好機とも考えていたのだ。人類のもつ感情を理解し戦術を組み立ててきた新種BETAは、謂わば従来の機械が如きBETA側から一歩、人類に歩み寄った存在である、とさえ思っていた。
 実際にF-14AN3マインドシーカーの偵察活動は、順調にいっていた。
 新種BETAもとい幻獣は口がない為に、人間と安易なコミュニケーションを取ることが出来ないだけで、知性や思考は人類並に備わっている。幻獣と同じ同調能力、つまりテレパスの類の超能力さえあれば、彼らが考えていること思っていることを読み取るだけでなく、会話をすることも不可能ではないのだ。……相手が応じるかは別として。
 不知火による幻獣の殺戮劇を前にして、恐怖に駆られた小型幻獣達はみな口々に哀訴と悪態、祈り、そういった声をあげるのがF-14AN3マインドシーカーのESP能力者には、手に取るように分かった。分かることは、ひとつの興奮でさえあった。座学で教わった怪物達にも、人並みの感情はあったのだ。
 だがその時、マインドシーカーの前部座席に搭乗するESP能力者の脳内に、強く、明瞭な声が響き渡った。







(――私の声が聞こえていますか?)







『こちらファンブル2! レーダーに感あり。11時の方向、距離1万、数は4。時速約150km、こちらに向かってきます』

 第6中隊の不知火が有するレーダーが、幾つかの機影を捉えた。
 だがしかし衛士達の声に、緊張感はあまりない。レーダーが映し出す光点は、IFF(敵味方識別装置)により所属部隊がはっきりと表示されていたからだ。不知火が捉えたのは、戦術歩行戦闘機である。

『こちらでも捉えた。どうやらBETAじゃなさそうだ。……サード・インペリアル・バタリオン? 第3斯衛大隊所属機らしいな』

『斯衛大隊? この辺りに展開していましたっけ?』

『よく分かんないけど、連中なら自分勝手に斬りこんで行って適当に戻ってくるなんてことも有りえるんじゃないかね』

 口々に勝手な推理を並べ立てる部下達を半ば無視して、第6中隊中隊長は上級司令部に問い合わせることに決めた。彼自身は政治については無知に等しいが、オルタネイティヴ計画を快く思っていない勢力もいることは想像がつく。機密性の高い任務に就いているという自覚はあり、計画を巡ってはまた暗闘も繰り広げられることさえも有りそうな、きな臭ささえ感じ取っている彼は、嫌な胸騒ぎを覚えた。

『こちらファンブル・リーダー、HQ応答せよ』

『こちらHQ、どうかしたか』

『第3斯衛大隊所属の4機がこちらへ向かってきている。だが当該作戦域に斯衛大隊は、展開していたか? ちょっと確認してもらいたい』

『こちらHQ、了解した。すぐに確認を取る』

『ああ、頼むぞ――全機、迎撃準備を取れ。いいかオルタネイティヴ計画には、何かと敵が多そうだからな、気を付けるに越したことは――』

 中隊長が迎撃準備の指示を下すのと、光点が急加速するのはほぼ同時であった。
 時速150kmという低速で接近してきていた光点は、レーダー画面の中で加速して今や時速400kmを超えようとしている。これは第1世代戦術歩行戦闘機の最大速度に近く、決して燃料や電池が節約出来るような経済的な速度ではない。要は、戦闘中に出す速度だ。

『目標急加速! 真っ直ぐ来ます、距離7000!』

 こちらと合流を企図するには、速度が速すぎる。

『ファンブル2、斯衛大隊機に交信を試みてくれ』

『こちらファンブル2、第3斯衛大隊機応答せよ! 繰り返す、こちらファンブル2! 聞こえているならば応答せよ……当方は国連軍所属の特務部隊である!』

 第6中隊機の呼びかけも虚しい。
 通信機が壊れているのか、第3斯衛大隊機は応答しない。

『距離4000! 高度20mで来ます!』

『全機兵装使用自由、但し彼らが明確な敵意を――こちらを捕捉照準(ロックオン)してきた時点で反撃を認める。いいか、12対4だ。分隊単位(エレメント)で叩けば余裕だ』

『くそっ……応答しろッ、何をやっているんだ!』

『マインドシーカーは退がれ! 交戦になれば即時退去!』

 もはや戦闘は避けられない。
 そんな雰囲気が生まれ始めた最中、遂にHQが彼らの意志を固めさせた。

『こちらHQ! 第3斯衛大隊は、14日付で全滅している! それは所属を偽装した部隊だ!』

『距離2500!』

 中隊員の報告と同時に第6中隊機の操縦席内を、警告音が襲った。自機が敵機に照準されたことを通告する警告音に、第6中隊の衛士達は何よりも反射的に機体を操り、噴射装置を全開にして散開する。もはや敵意が有る無しは関係ない、捕捉照準された状態でまごついていれば次の瞬間には36mm機関砲弾でずたずたに引き裂かれてしまう可能性がある。
 実際に火を曳いて奔る36mm機関砲弾が、一、二秒前まで第6中隊機が存在していた場所を通過する。

『撃ってきた?!』

『退がるな、前に出ろ! マインドシーカーをやらせる訳にはいかない! 巴戦(ドッグファイト)に持ち込んで奴の足を止めるんだ!』

 火線を避けた不知火は各々分隊単位で前進し、偽の第3斯衛大隊機を迎え撃つ。12対4、数の上では圧倒的、想定外の対人戦に戸惑いはあるがそれでも負けはしない。自身のもつ技量にも自信のある衛士達であったが、だがしかし次の瞬間に信じられないものを見た。

『――ファンブル3、ファンブル4、大破ぁ!』

『馬鹿な、何をやっている!』

 先頭を往く3・4番機は、突如として急加速――おそらく時速800kmにも達しようかという高速で単機突進してきた敵に、すれ違いざまの一撃で叩き落されてしまった。失速して地面に叩きつけられた両機をよく見れば、操縦席が格納されている箇所に大穴が空いているのが分かっただろう。しかも驚くべきことに敵機の主腕には、武器が保持されていないように見えた。
 すぐさま他の中隊機がその単機に突撃砲弾をお見舞いしようとするが、その影は照準に収まらない。
 有り得ない、と不知火を駆る衛士は思った。第3世代戦術機である不知火を超える機動性をもつ戦術機など、日本中探しても有りはしない。アメリカ・欧州ならば高機動性を誇る戦術機もあろうが、それでも不知火に機動性で優るということはほとんど有り得ないはず――。

 そう思った瞬間、衛士は絶命していた。
 彼が最後に見た光景は眼前一杯に広がる蒼と、主腕から伸びて閃く隠し刃であった。



『武御雷、だと――』



 自身も撃震と思われる敵機と交戦しつつ、部下の最後を横目で見た中隊長は思わず呟いていた。
 斯衛軍向けに開発中と噂されている、第3世代戦術機武御雷の存在は衛士達の間では知れ渡っていた。不知火を大きく引き離す高機動性、新素材の採用により関節強度を増すことで得られる高い継戦能力、全身に配された隠し刃――嘘か真か分からないところも多かったが、制式採用された後はなんとか一度搭乗してみたいと評判の機体だったのである。

 その武御雷は、すぐ目の前にいた。
 しかもその塗装は青。青藍一色に染め上げられた機体は、即ち征夷大将軍さえも輩出する家柄である五摂家出身者が駆っている代物である。当然大量生産されるものではなく、ふんだんに金と時間を掛けて製造される高性能機だ。

『隊長ォ、こっちは瑞鶴ですよ!』

『こいつら……っ……動きが違いすぎる!』

『武御雷は俺がやる! お前等は瑞鶴を片付けろ!』

 第6中隊中隊長は回頭して武御雷に正対するや、すぐさま右主腕に保持する突撃砲で以て先制射撃を加える。だがしかし武御雷は射撃を予期していたか、対BETA戦に慣れきった衛士にとって死角となる垂直方向に跳躍することでこれを避け、急降下と共に再三の接近戦を中隊長機に仕掛けた。

 望むところであった。

 中隊長は左主腕に保持する接近戦用長刀を以て、これを迎撃する。
 武御雷の固定装備である隠し刃は、長刀に比較すれば酷く短い。最初から砲戦を考えずに有利な条件で接近戦に臨めば、勝機はある――彼がそう考えるのは、当然であったろう。
 だが結果は、惨憺たる有様だった。
 横薙ぎに払われた接近戦用長刀の一撃を、武御雷はまるで一個の生物のように見切り、上半身を大きく逸らして回避すると隠し刃を突出させた右主腕を一気に突き立てにきた。

『反則だろ!』

 中隊長は素早く後方へ噴射跳躍し、その凶刃を逃れる。
 退きながらも副腕と右主腕で保持する突撃砲で以て、弾幕を張ることを忘れない。かなりいい加減な照準で吐き出される36mm機関砲弾ではあったが、突撃砲2門による弾雨の中を突進しようとまでは武御雷はしなかった。

 ……もはや武御雷が手を下すまでもなかったからであろう。

『隊長! 左ッ!』

『――なあ゛っ!』

 間に合わない。
 だが幸運なことに左側面から襲い掛かった36mm機関砲弾は、不知火の左主腕と背面担架をぶち抜いただけで、操縦席や跳躍装置、主脚等、致命傷となる箇所への被弾は避けることが出来た。

『くそっ、新手――なに?』

 機首を廻らして9時方向、撃ってきた敵を見定めようとした中隊長はそこに有り得ないものを見た。



 不知火であった。



 こちらに突撃砲を向けていたのは、瑞鶴でも武御雷でも、他の機体でもない。
 国連軍のカラーリングに身を包み、肩部にはUNの文字が存在するよく見知った不知火が――武御雷によって操縦席を抉られ、搭乗している衛士が絶命したはずの不知火がそこに平然と立ち、こちらに突撃砲を指向していたのであった。

『馬鹿な――そんなはずが――』

『こちらファンブル11! ファンブル3、ファンブル4、ファンブル5が再稼動――! 来ます! 攻撃して来ます!』

 武御雷によって抉られた胸部をそのままに、再稼動した不知火はまるで操られるかのように突撃砲と接近戦用長刀を以て、未だ一度目の死を経験していない不知火に襲い掛かる。まるで機械とは思えない滑らかな動き、武御雷に負けず劣らず一個の生物を思わせる動きで迫る彼らは、どこまでも脅威的であった。

 不知火12機と武御雷・瑞鶴4機の戦闘は、国連軍所属不知火9機と斯衛軍――否、幻獣軍所属不知火ゾンビ・武御雷ゾンビ・瑞鶴ゾンビ7機の戦闘に様変わりしていた。

 非骨格群体属寄生科の幻獣達は、ようやく戦術歩行戦闘機の構造を理解して仕事をはじめたのである。機体内を神経を模した役割を果たす寄生科幻獣を張り巡らせ、また腰部の跳躍装置には誘導弾に使用されているような化学反応によって飛翔する小型幻獣を配置すれば上手くいくことに気づいた彼らは、すぐさま戦術機の残骸に取り付き始め、これを幻獣陣営の戦術機として再就役させた。戦術機に対しては戦術機ゾンビをあてる、少なくとも対戦術機幻獣が就役するまではそれが幻獣陣営の基本戦術となった。

 結論を言えば、この日幻獣軍は珍しいカラーリングの不知火ゾンビを、一個中隊分も手に入れることに成功した。

 F-14AN3マインドシーカーは、捕らえられた。
 前部座席に登場していたESP能力者とともに。












―――――――
以下後書き











 後で加筆します。撃破から寄生、再起動が早いのは演出です。
 【京都編】はあと2、3話で終わりにする予定であり、また見通しとしてはあと2編、【横浜編】【真愛編】を以て終わりにしたいと考えています。事情もあって2月から3月に掛けては更新が滞りますが、とりあえずそれまでは現段階の投稿速度を落さずにやっていこうと思います。



[38496] "暗黒星霜"
Name: 686◆6617569d ID:8ec053ad
Date: 2014/02/02 13:00
――幻獣が有する同調能力を操作し、幻獣を圧倒する身体能力を以て、幻獣を殲滅する。



 そんなコンセプトの下で開発された新人類、第5世代クローンは大いに戦果を挙げた。
 その高度かつ強力な同調能力は、念話によって形成される幻獣の指揮系統を撹乱するだけでなく、彼らの身体を幻獣を殺すことに特化せしめた。瞬く間に光砲を化した腕を振りかざせば千の幻獣が蒸発したし、彼らが放つ蹴りは虚空で巨大な大樹と化し中型幻獣さえも打ち倒した。幻獣が反撃すれば障壁によりこれを遮断し、また表皮を硬質化させることでこれを凌ぐ。そして次の瞬間には、異形と化した四肢を以て幻獣を叩き潰す。

 ……幻獣を殺戮するその姿は、どこまでも幻獣に酷似していた。



 幻獣の力を以て、幻獣を制する。

 人類軍にとって、第5世代クローンは希望であった。

 そして同時に、恐怖の対象でもあった。
 その姿を異形へと変貌させて、同じ異形を狩る怪物。もはや彼らは、一応人間の外見をしている何かに過ぎなかった。前線将兵は彼らを歓迎すると共にその破壊の矛先が自身らに向かないか気が気でなかったし、政府高官は第5世代クローンが幻獣を巻き込んで叛乱すれば、国家転覆さえ容易い、と彼らを恐れていた。そして第5世代クローンの直接的な親とも言えるラボの人間は、彼らを少年少女としてではなく、対幻獣兵器として扱い続け、幻獣を如何に効率的よく殺せるかだけを教授し続けた。



 第5世代クローンが人類陣営を離れ、幻獣陣営へ鞍替えするのに、そう時間は掛からなかった。



 理由は幾つか考えられる。

 自身を生み出してくれた母とも言える人類を救済する、そんな意志で戦ってきた第5世代クローンは、自身に猜疑心を以て接する人々に嫌気が差したのかもしれない。またそういった戦う目的を持たず、ただただ悲鳴上げる幻獣を殺し続けてきた者達の厭戦気分はピークに達していただろう。
 ともかく一部でも第5世代クローンが幻獣陣営へ奔ったことに衝撃を受けた人類は、手当たり次第に彼らの抹殺を図り、対する第5世代クローンは幻獣共生派のグループに潜んでテロリズムに加担するか、幻獣陣営に割り込んでその指揮能力を発揮するか、あるいは人類の他世代に入り込んで暮らすか、いずれにしても人類軍を去った。



 こちらの世界にも学兵部隊に紛れ込む形で、この第5世代クローンが転移してきていた。



 
 







"暗黒星霜"







 兵庫・鳥取県境、山岳地帯。

 F-14AN3マインドシーカーは、広葉樹をその鋼鉄の身体で押し潰ながら、しゃがみこむような形で停止した。ワンテンポ遅れて突撃砲を携えた瑞鶴ゾンビ達が、その脇を固めるように着地する。生体組織による侵食を受けて赤く発光する頭部カメラは、マインドシーカーの一挙手一投足を注視している。
 武御雷率いる戦術機ゾンビに第6中隊が全滅させられてから向こう、捕獲されたマインドシーカーが逃亡が成功する可能性は皆無であった。F-14AN3は腐っても第2世代戦術歩行戦闘機、偵察機材を投棄して全力機動を取れば瑞鶴を撒くことも出来たかもしれないが、マインドシーカーを駆る衛士は(F-14AN3は複座式であり、後部座席搭乗者が機体を制御する)それをすることが出来なかった。前部座席に搭乗するESP能力者はまだ身体的には未成熟であり、戦術機の超機動に晒されれば命が危ない。
 偵察機材によって悪化した機動性、一切の武装が施されていない機体、オルタネイティヴ3計画の遺産、全てが枷となってF-14AN3を幻獣軍の捕虜たらしめたのである。

「キョーキョキョキョキョ!」

 機材が大量に取り付けられた不恰好な戦術機が駐機するのを見て、害はないと判断したのか、木々の合間から百はくだらない数のゴブリン達が現れて突如として現れた憎むべき鋼鉄の巨兵を仰ぎ見た。
 一方でマインドシーカーは頭部ユニットを僅かに振り、周囲の状況を窺う。木々の合間から現れたのは兵卒級(小型幻獣ゴブリン)のみだが、木陰には無数の赤い目が光っているのが分かる。おそらく士官級(ゴブリン・リーダー)やもしかすれば大型種もがこの森林には潜んでいるかもしれなかった。

「さしずめ新種BETA群の駐屯地、といったところか。辺鄙なところに来てしまったものだ……」

 半ば自嘲するかのように呟いたのは、F-14AN3の後部座席に搭乗し、専ら機体制御を担当する衛士であった。
 彼女は大陸派遣軍にて初陣を経験した後、富士教導団で戦技を極めた歴戦の兵(つわもの)であったが、あまりに非現実的な事態の推移に戸惑いを隠せずにいる。彼女の常識――否、人類の一般常識で言えば、BETAが知能の片鱗を見せた挙句に捕虜をとるなどということは有り得ないはずなのだ。

「だが、これは好機でもある」

 "あんた以外に任せられる人間がいないのよ、こっちも人手不足でしょうがなくて――"そんな憎まれ口とともにF-14AN3を託した、上司(というよりは盟友)である香月博士の信頼に応えるには、生きて先程取ったのデータを持ち帰り、同時にこの体験を語らねばならない。生還の目は、まだある。まだ自身もESP能力者である特務少尉も無事、F-14AN3も物理的拘束が為されている訳ではない。
 神宮司まりもは、脱出を諦めることなく策を練り始めていた。

「……」

 対して前部座席に座る少女は、沈黙を守っている。
 ただ彼女が装着するヘッドセットから生えた、"ウサミミ"とも呼称される触角だけが左右に揺れていた。
 既にF-14AN3の各種センサーは機能を停止していたが、それでもESP能力を保持する彼女は周囲の思念を拾うことが出来ていた。操縦席の外部から雪崩れ込んでくるその思念は、恐怖であったり、怒りであったりがほとんどであった。少女は、驚きもしなかった。彼らにとって戦術歩行戦闘機は、同胞に死を撒き散らす憎悪の対象である。
 だがその謂わば負と総称される思念の中に、一筋の、だがしかし周囲の怨嗟に負けないだけの強さをもつ感情があった。

 好奇心である。



(――私の声が聞こえていますか? 歓迎します)



「頭の中に直接……! 特務少尉ッ!」

「っ……!」

 鼓膜を介することなくふたりの頭脳へ送信されたメッセージは、強く、はっきりとしたものであった。オルタネイティヴ計画に携わる香月博士の手伝いを始めてから、その存在を認知したESP能力について、実を言えば懐疑的な立場でいた神宮司は勿論のこと、ESP発現体として育てられた少女も驚きを隠せない。ESP能力の強弱は個人ごとにバラつきがあるが、神宮寺のような非ESP発現者に明確なメッセージを送信出来るほどの強い力を持つ者は、ほとんど居ないからだ。
 オルタネイティヴ3計画に携わっていたソ連ESP研究者を以てして、「最高傑作」と謡われた少女でさえ距離が離れた相手に対しては思考や記憶を読み取るのが精一杯である。

「ESP能力、です。私と同じ――」

(そうです、トリースタさん。いえ、違いましたね。やしろかすみさん)

 神宮司が気づけば、マインドシーカーを取り囲んでいた兵卒級達と、木々の合間からこちらを覗いていた無数の赤い目は、いつの間にか夜闇へと消えていた。BETA陣営に寝返った瑞鶴さえもが、跳躍装置を噴かして飛び去っていく。まるで何かに命じられたかのように。

 場に残ったのはF-14AN3と、ひとりの少女だけ。

 電子の瞳を通して少女を見た神宮司は新兵か、と思った。
 サイズの合っていない迷彩服に身を包み、頭のに対してあまりに吊り合わない大きさの鉄帽を被った少女は、先程の瑞鶴が着地する際に押し潰した樹木の幹に腰を下ろして、こちらを見上げている。……おそらく、彼女が"声の主"なのであろう。そして新種BETAと何らかの関わりがあることは、間違いなさそうであった。でなければ、BETA占領地に単身残留する彼女は、とっくの昔に殺されていたであろう。

(その通りですよ、じんぐうじさん。私が声の主です。名前は新子。……でもあまり貴方と話すことに魅力は感じません)

「……小官は某衛士訓練学校に務めている、神宮司まりも軍曹だ。不躾で申し訳ないが、貴官は新種BETA群とどういった関わりをもっているのか教えて欲しい」

(貴方がかすみさんの傍にいること自体が、嘆かわしいことです、そしてその知識はあまりに貧弱で哀れにも思えます。貴方が"新種BETA"と呼称しているそれは、人類がこれまで戦ってきた敵性地球外起源種とは異なります。別の世界で私を作り出した人間は、彼らを幻獣と呼称してきました)

「幻獣――別の世界とは――」

(会話での情報伝達はまどろっこしいですね)

 心底うんざりしたような口調で以て声が響いた後、神宮司とESP発現者の脳内に、走馬灯の如く様々な光景と文章が浮かんでは消え、この世界とは異なる世界の常識を全て叩き込んでいく。



 8月19日東京原爆投下――黒い月の出現――米太平洋艦隊撃滅――第二次防衛戦争(アジア太平洋戦争)講和成功――幻獣出現――欧州陥落――仁川防衛戦――欧亜陥落――九州戦――。



(この世界で私は、かすみさんと同じ役割――いえ、少し違いますね。幻獣殲滅を目的に開発された生物なのです。実を言えば新子、という名前も、第5世代215号からとったものです)

「……我々をここまで連れてきた理由は、なんだ。我々に何の目的がある――?」

(正確にはじんぐうじさん、貴方には何の用もありませんよ。むしろすぐさま、殺してやりたいくらいです。是非ともお話したいのは、貴方の前に座っている異界の同胞――やしろかすみさんに対してだけです)

「何だと――?」







(かすみさん、我々幻獣陣営に参加しませんか。貴方の自由を奪っている人類をやっつけて、本当の貴方の人生を勝ち取るために)







 それはまるで児童が友達に、遊びへ誘うような気楽さで語られた。
 前部座席に搭乗するESP発現者――社霞特務少尉は、肩をぴくりと震わせたまま身動ぎもしない。人類滅亡、それを回避する為に製造された彼女は、その存在そのものが母と言える人類を滅ぼすといった大それた考えは、夢想したことさえなかった。
 動揺し口がきけない霞に代わって、神宮司が半ば吼えるように叫んだ。

「馬鹿げたことを云うな、だいたい貴官も同じ人間ではないか! 世界が異なるとはいえ同じ人類では――」

(少なくとも私がいた世界では、我々第5世代クローンは人間扱いされていませんでしたよ?)







 彼女は、第5世代クローンであった。
 先程、神宮司の脳内で再生された映像の中には、第5世代クローンに関する情報も含まれていた。

 社霞の第6世代ESP能力者がBETAとのコミュニケーション実現を目的に開発された通信機械であるならば、彼女達第5世代クローンは幻獣殲滅を目的に製造された謂わば最終兵器であった。
 第5世界(GPM世界)における人類は、勝利の為ならば如何なる方策も採った。新兵器開発と共に、遺伝子を弄繰り回し最強の人類を製造することに力を注いでいた。そうして新子達が、この世に生を受けたのである。幻獣を人為的に操作する為の同調能力、また直接の戦闘を想定し幻獣と同等の身体能力を得た怪物、第5世代クローンは就役と同時に多大な戦果を挙げた。彼女達がもつ高度かつ強力な同調能力は、億単位の幻獣を制御するだけの力を持っていたし、戦闘ともなればその姿を異形へと変貌させ、生体光砲を以て幻獣達を焼き払った。

 その姿は、他ならない幻獣そのものであった。

 故に彼らは排斥された――。







(人類の手によって製造された第6世代ESP発現体のやしろかすみさん、貴方は自分の意志でこの任務にあたられているのですか?)

「……」



 霞は、口をきかない。
 何かを考えることさえ放棄した。
 いま何かを出力すれば、彼女は私の何かを切り崩しに来る――そんな確信があった。



(大方、そのこうづきと云う研究者に命令されるままに動いている、そうではありませんか)

「……」



 図星であった。

 だが霞にとって、それは当たり前のことでしかない。
 オルタネイティヴ3計画に携わっていた研究者は彼女を最高傑作の"対BETA翻訳機"として見做してきたし、彼女自身もそう思っている節がある。増してや香月博士は、謂わば霞の保護者――母の如き存在であった。彼女に「やってくれるわね」と聞かれれば、当然霞の返答は「はい」だ。自身の意志が反映されることはない――そもそも意志を表明する立場に自身はないと、彼女は思い込んでいる。



(こうづき博士は結局のところ、貴方を貴重な機材として用いるばかりで人間としては扱っていない。どうですか……我々幻獣陣営に付けば、人間らしさ、貴方らしさが尊重される生き方を手に入れることも出来ます。――私のように)

「……」



 そもそも霞には理解出来ない。
 香月博士に道具扱いされることが、何故悪いことなのか。
 来る人類救済の日に備える、それが自身に生まれながらにして課せられた使命であり、オルタネイティヴ計画遂行に尽力する、それ以外のあり方を霞は知らない――。

 黙りこくる霞。
 一方で黙っていられないのは、神宮司であった。
 実際に社霞と香月博士の関係を知り尽くしている訳ではない。だがしかし彼女には、確信があった。目的を達成する為にはあらゆるものを利用し尽くす香月夕呼であっても、典型的なマッドサイエンティストのように、自身の影響下にあるものを虐待したりすることは決してないと断言出来る。



「何か勘違いしているように思えるな……香月博士は貴官の世界で幅をきかせていた研究員とは大いに性質を違える。確かにその立場上任務遂行を第一義にしなければならず、故に香月博士の直属の部下である社特務少尉は前線に出向くことになった。しかし彼女は真っ当な人間だ――決して、社特務少尉を道具だとは考えていない!」

(やっぱりどこの世界でも信用ならないのは、研究者と軍人ですね。――いいですか? かすみさん、だいたい貴方くらいの年頃の"人間"というものは、家族と共に食事を摂り、友達と公園で遊び、漫画を貸し借りしては感想を共有し、時には喧嘩をし、学校に通い宿題の見せ合いっこをしたり――そんな生活を送っているものなんですよ、それが人間らしい生活というものです――違いますか、かすみさん。そしてじんぐうじさん)



 と言っておきながら、彼女が挙げた"人間らしい生活"の具体例は想像でしかない。第5世代クローンである彼女は幼少期を全てラボの一室で過ごし、成長してからは戦場とラボの往復のみを経験してきた。当然、「家族と共に食事を摂り、友達と公園で遊び、漫画を貸し借りしては感想を共有し、時には喧嘩をし、学校に通い宿題の見せ合いっこをした」生活経験など皆無だ。
 だからこそ第5世代クローンの新子は、こうづきなる人物に拘束され、現在進行形で普通の生活を失っている少女を放っておくことは出来なかったのだ。戦術機ゾンビの一隊を指揮し第6中隊を全滅させたのが彼女であれば、ESPの"念"を感じ取ったF-14AN3を瑞鶴ゾンビに捕獲するよう命じたのも彼女だった。



「……社特務少尉はその類まれなる素養により、重要計画に参画している。対BETA戦勝利の為、能力がある者にはそれ相応の責任がつきまとうものだ」



 神宮司まりもとて、後ろめたい思いはある。
 大陸戦線を戦い抜き、富士教導団入りした言うなれば"護国の鬼"たる神宮司にも少女時代はあった。だがしかし大人たちはいま社霞に、一般人ならば享受出来る十数年分の平穏な生活を返上させてしまっている。大陸戦線を戦った軍人として、人類劣勢の戦況打開を果たせなかった先に生きる一個の人間として、社霞がいまここに居ることを、全国で徴兵年齢が引き下げられようとしていることを恥じない訳にはいかない。
 だがその恥を忍んで言えば、いまは人類滅亡の瀬戸際なのだ。
 持てる物的・人的資源を全て注ぎ込んででも、勝たねばならない。勝利しなければ次の世代は平穏な生活を享受するどころか、生まれることさえなくなってしまう。この時代では悲しいかな、能力のある者は何人たりとも人類の勝利に貢献してもらわなければならないのだ。

 幼い少女に貴方には選択の自由があるはずだ、と説く新子。
 人類劣勢の昨今には止むを得ないこともある、と考える神宮司。

 どちらも、正しい。



「わかり、ません……」



 そして渦中の人物、社霞の回答はそれだった。

 前述の通り、彼女に自由という概念はない。
 オルタネイティヴ計画により生み出され、育てられた彼女にとって、軍を離れるという考えは有り得なかった。それなのに急に人間らしい自由な生活を提示され、これを実現する為に力を貸そう、と提案されても何と答えていいのかわからない。

(そう)

 新子はただ寂しげに、そう呟いた。
 彼女は強制されることを嫌う、また他人に強制することも嫌う。
 その"他人"が幼き日の自分に近い、人工的に生み出された少女であれば、なおさらのことであった。



(ではまた後日、お話しましょう。じんぐうじさん、幻獣達には帰路は手出しさせません)

「解放するというのか……こう言っては何だが、私を殺して特務少尉を手中に収める方が合理的だと思うが」

(かすみさんは貴方の死を望んではいませんし、それにただで帰す訳ではありません)

「何――?」

(かすみさんの記憶を垣間見させてもらいました。こうづきなる人物は、我々とのコミュニケーション、そしてあわよくば、講和まで考えていたようです。彼女の見通しは端的に言って甘い――いいですか、私とて人類が全て滅びていいと思っている訳ではないんですよ。私が考える講和の条件を、こうづきなる人物に伝えて頂きたいんです)

「新種BE……いや、幻獣との講和か」

(いいですか、こう伝えてください。"幻獣陣営とて一枚岩ではない。長年の戦争に飽き、また新たな世界との戦争に突入した現状を憂い、人類軍との講和を模索する和平派もいるが、過去行われたその幻獣和平派と陸上自衛軍の話し合いでは「人類軍が九州地方から完全撤退する」――これが講和の条件だった。仮に私達が仲立ちに入り、主戦派さえも納得させる条件といえば――)









――人類の武装解除ならびに文明の破棄"、です。









「馬鹿な……!」

 半ば希望を掴んだ思いでいた神宮司は、驚愕のあまり一瞬何も考えられなくなり、暫くしてから止め処なく思考があふれてくる。人類の武装解除、文明の破棄。人類国家間では、絶対に有り得ない講和条件であった。無条件降伏に近い。……いや、文明の破棄が具体的に何を指すのかは分からないが、これは無条件降伏よりも性質が悪い響きをもっている。
 新子はマインドシーカーの頭部ユニットを見上げながら、続けた。



(武装を解除し、文明さえ棄て一個の動物として幻獣が生み出す調和の中で暮らすのであれば、幻獣達も人類を根絶やしにまではしないでしょう。そして人類は種の保存に成功するという訳です――貴方達が散々手こずってきたBETAは、幻獣軍が駆逐します)



 幻獣の占領地には、大自然が生まれる。
 その調和の中にこれまで築いてきた文明を棄てて合流するのであれば、幻獣は歓迎するであろうし、外敵たるBETAからは幻獣が守ってくれる、というのである。
 だがしかしその条件を、日本帝国が、世界中の国家が認めることなど、神宮司には有り得ないことだとしか思えなかった。



「人類の意志が、その方向で一致するはずがない。生殺与奪の権利を異種へ明け渡すような、そんな条件が受諾出来るはずがない!」

(では、人類は滅びる他ありませんよ)



 少女はさもつまらなさげに言った。



(知性の欠片も持たない一千万、二千万足らずの宇宙生物の駆除に手こずってきた貴方達が、億単位の軍勢を誇る異世界軍との現代戦に勝利出来るとでも思っているのですか……? 繰り返します、私とて人類全部が死んでいいと思っている訳ではないんですよ。貴方のような軍人はともかく、何の罪もない子供や赤子、かすみさんのように人工的に製造された少女は何とかして助けたい。そう考えている同志は、幻獣陣営には一定数居るんですよ。私達第5世代クローンと、幾許かの幻獣を中心としてね)

「……全ては香月博士に話をしてからだ」



 神宮司は、そう言うのが精一杯であった。












―――――――
以下解説。












 幻獣陣営にも厭戦派はいます。原作中では和平派と、九州軍参謀長(幕僚長)芝村勝吏の息が掛かった者が会談を行いました(プレイヤーは所持する技能と役職によっては、この会談を邪魔する主戦派幻獣を撃破する"降下作戦"に参加します)。講和の条件は「九州地方の明け渡し」。その後、幻獣和平派の中心人物シーナが主戦派に拘束されてしまい、講和の話は流れてしまいました。
 幻獣陣営からすれば、ゲートが第5世界(GPM世界)から別世界へ繋ぎ直されたことで、侵略状況は振り出しに戻ってしまいました。そういった関係から幻獣軍内でもある程度は厭戦気分が蔓延しており、第5世代クローンはそこに「人類の武装解除・幻獣への恭順」をもっていくことで幻獣・人類間の講和を為そうとしている訳です。

 今回、第6世代ESP発現体として社霞を、後部座席にて戦術機を駆る役どころとして神宮司まりもを登場させましたが、かなり無理があると筆者も思っています。香月夕呼の手許に自由に動かせるESP発現体は社霞しか居らず、またある程度の信頼関係が築かれている衛士は神宮司まりもしか居ないという想定の下で登場させました。特に前者は戦術機に搭乗するにはかなり幼いように思えますが、ESP発現者は衛士適性も高い傾向にあるということで、戦闘機動でなければ大丈夫であるということにさせてもらっています。

 混沌とした情勢になりつつありますが、これからも応援よろしくお願いします。



[38496] "霊長類東へ"
Name: 686◆6617569d ID:8ec053ad
Date: 2014/02/08 10:11
"霊長類東へ"



 本土防衛軍が接収し、中国戦線を支える一大物資集積所として利用されていた京都駅はいま、燃えていた。巨大な駅ビルと駅舎は崩れ落ち、京都駅地下街は瓦礫の山に埋まった。当然そこに集められ、鉄道網による輸送を待っていた補給物資は全滅し、火焔によって灰になる時を待つばかりであった。
 煤煙巻き上げる京都駅の上空を、2機の攻撃ヘリが遊弋している。
 胴体側面の兵器架からロケット弾を吐き出し、機首下に存在する30mm機関砲は立て続けに鉄の飛礫を撃ち出し続ける。光線級の存在しない戦場においては最強の存在として君臨し、BETA駆逐に絶大な威力を発揮するその兵器はいま――帝都へ攻撃を加えていた。
 白煙を曳きながら飛翔するロケット弾は、京都駅周辺に乱立するビル群へと吸い込まれ、殺到する30mm機関砲弾は1、2km圏内で逃げ惑う人々を一瞬で消失せしめる。撃たれた彼らは一体何が起きているかも分からないまま、絶命したであろう。警報を受けて避難民の誘導に駆り出されていた警官は、30mm機関砲弾が殺到する数秒前にヘリの機影を認めていたが、まさか帝国陸軍の攻撃ヘリが人々を攻撃しているとは夢にも思わなかった。

 続いて京都市上空へ、戦術歩兵戦闘機が進入する。

 F-4EJ撃震、82式戦術歩行戦闘機瑞鶴、94式戦術歩行戦闘機不知火――彼らは京都市内に分散して着陸するや否や、その巨大な突撃砲を京都市民へと指向した。撃ち出された120mmキャニスター弾は、空中で炸裂すると無数の破片を伴った爆風となって大通りを往く市民を文字通り一掃した。
 彼らにとってそれは戦争ではなく、単純な遊戯であった。
 如何に異種を殺せるか――子供が蟻を効率よく殺せるかを試す、そんな遊びに近い。
 まだ生きている自身のIFF(敵味方識別装置)を有効活用し、戦術歩行戦闘機と軍用ヘリの一部が、幻獣軍の手に陥ちていることを未だ把握していない本土防衛軍の哨戒網をいとも容易く突破した。そうして戦線の背後に回り込んだ彼らは、前線へ向かおうと集結していた部隊を奇襲し、各地の補給基地を潰滅させながら、遂に帝都上空にまで到達したのであった。

 抉られた胸部を褐色の生体組織で埋めた国連カラーの不知火ゾンビが、主腕と副腕で保持する突撃砲2門を以て、地表への掃射を開始する。既に突撃砲の弾倉に人類が製造した36mm機関砲弾はない。代わりに同口径の生体弾が発射され、事態を把握出来ないまま逃げ惑う人々へと襲い掛かった。
 主力戦車の側面装甲をもぶち抜く弾雨の中で、京都市民は為す術もなく砕けてゆく。どうしようもなかった。人間の足では戦術歩行戦闘機から逃げ切れるはずがないし、遮蔽物に隠れた避難民は、遮蔽物ごと吹き飛ばされる。

 撃震ゾンビが、市内を駆け抜ける。
 それだけでその跡には、屍山血河が出来ていた。戦術歩行戦闘機の鋼鉄の四肢は、簡単に人間をミンチにしてしまう。放置車輌をも押し潰し、蹴り飛ばし、道中で機動隊車輌を粉砕した撃震ゾンビは振り返り、自分の通過跡を見た。主腕に保持するは、ロングバレルを採用することで狙撃性能を高めた36mm支援突撃砲。その砲門は、まだ道路脇で僅かに生き残っていた人間に向けられていた。

 単発で撃ちだされる36mm砲弾――命中。

 撃震ゾンビの疾走に巻き込まれずに済んだ幸運な市民は、上半身が霧散し下半身がどこかに吹き飛ぶ。次弾――3発目――4発目――撃震ゾンビの狙撃は止まない。撃震を前に腰が抜けて動けない市民も、背を向けて走り出す市民も、等しく彼の狙撃を受けて絶命していく。

 残忍だった。
 彼ら寄生型幻獣は、愉しんでいた。無力な非戦闘員を、本来彼らを守護する為に製造された兵器を以て、虐殺することに昏い喜びを覚えていた。
 ひとりの人間を殺すには、あまりにオーバーキルに過ぎるあらゆる手法を彼らは採用した。四肢により逃げ惑う人々の生命を刈り取り、接近戦用長刀を振り回し建造物を斬り崩すことで大多数の避難民を圧死せしめる。いま京都は、彼らの一大遊戯場と化していた。

 撃震ゾンビが、またもや36mm支援突撃砲の引き金を弾く。安定した弾道を描いて飛ぶ砲弾は、またもやひとりの人間を刎ね飛ばして霧散させてしまった。これで34発目、成績は全弾命中。彼はまだスコアを伸ばすつもりか、支援突撃砲を保持したまま次目標を探し始める。



 そのままの姿勢で撃震ゾンビは、上半身を粉砕された。
 後に開発された第2・3世代戦術機とは異なり、ある程度の装甲厚が確保されている第1世代戦術機撃震ではあるが、それでも36mm機関砲弾を機体背面に受ければひとたまりもない。兵装担架を貫徹し、背面装甲をも穿孔した機関砲弾はなおも止まらず、寄生幻獣によって形成された生体部位を打ち砕いてみせた。
 寄生していた幻獣が即死した以上、撃震ゾンビが立っていられる道理がない。
 僅かに残った上半身を載せた腰部、その腰部から生える主脚は力なく膝を折る――そうして撃震はようやく2度目の死を、今度こそ永遠の安息を手に入れた。

 突然の逆襲に驚き、虐殺行為に働く手を一旦止めた戦術機ゾンビ達は、高空に12の機影を認める。赤、黄、白――迷彩効果を投げ打ち、単色に染め抜かれた斯衛軍所属機がそこに居た。攻撃ヘリと戦術機に寄生する幻獣達は、それぞれ自機に備えられたデータバンクから必要な情報を引き出して、向かって来るそれが82式戦術歩行戦闘機瑞鶴と呼称されている戦術機であることを確認した。
 戦術機ゾンビが各々得物を構え、各所を侵食する褐色の生体組織に備えられた瞳が赤く輝く。発光信号による連携確認、不知火ゾンビと瑞鶴ゾンビが積極的にこれを迎え撃ち、機動性の上で両者に劣る撃震ゾンビと攻撃ヘリは支援する構えだ。
 対して12機の瑞鶴は、上空から京都を蹂躙する亡者の群れへ、逆落としの一撃を食らわせるべく急降下する――!



『嵐山中隊、全機兵装使用自由! ――掛かれ!』



 ほぼ同時に噴射装置を全開に、急上昇する不知火ゾンビ。
 両者の突撃砲が互いを指向し、36mm機関砲弾と36mm生体弾が交錯する。



『志摩子――!』

『なんで、なんで当たんないのよッ!』



 上空を占位した上に、此方が優速という好条件を生かせず、早くも2機の瑞鶴が36mm生体弾の直撃を受けて脱落した。36mm機関砲弾を全身に浴びて、空中で爆散する瑞鶴。そしてもう一機は機体を制御する衛士が絶命したのか、全力噴射のまま高層ビルに激突し、瓦礫と一緒くたにその身体を散乱させた。
 一方で不知火ゾンビ達は、華麗に射線を避けてみせた。36mm機関砲弾は敵を捉えることも出来ずに、虚しく地上の舗装路に突き刺さり、コンクリートの破片を撒き散らしただけに終わる。彼らはその高機動性を遺憾なく発揮し、瑞鶴達の未熟な照準をかわしてみせる。
 第1世代戦術機と準第3世代戦術機とでは、空力特性が違い過ぎる。
 ……その上、瑞鶴を駆る衛士達の錬度は、お世辞にも高くないときていた。嵐山補給基地に駐屯する彼ら嵐山戦術機甲予備中隊は、BETA日本上陸の一報を受けて繰り上げ任官した武家出身の少女から成る。ほんの少し前までは訓練生であった彼らに、対BETA戦どころか、実質対人戦となる戦闘は無謀というものであった。

『うろたえるなッ! 第3小隊は支援ッ……打ち合わせた通りにいくぞ!』

『――了解!』

 戦術機ゾンビ達が放つ36mm機関砲弾と生体弾による射線を避けるように、緋色の高機動型瑞鶴が率いる第1小隊と、譜代武家の駆る黄色の瑞鶴が率いる第2小隊が二手に分かれる。両者とも孤を描くように火線を避けながら疾走し――その先に、たった一機の不知火ゾンビを捉えた。

『もらったあ!』

 彼らとて自身の練度不足は自覚している、単機対単機の戦闘では勝てないことは分かっていた。ならば、多数対単機を相手に強いるのみ。小隊で敵1機にあたるどころか、中隊一丸となって、敵1機を確実に仕留める――それが彼らが採用した戦術であった。
 吶喊する第1・2小隊が有する8門の突撃砲が火を噴き、濃密な火網が不知火ゾンビに被せられる。ニ方向から浴びせられる火線から逃れようと回避を試みた不知火ゾンビは、早々に噴射装置を射抜かれて失速し、そのまま爆散した。

『やった!』

『気を抜かないで! 来るよ!』

 同胞が撃破されるのを、戦術機ゾンビ達はただ黙って見ていた訳ではない。
 彼らは一旦散開するや否や、第1小隊と第2小隊を包囲に掛かる。後方に控える第3小隊が主腕と副腕に保持した突撃砲を連射して彼らの妨害を試みるが、戦術機ゾンビの巧妙な機動を取り止めさせるには至らなかった。

『垂直方向へ逃げろ――撃て!』

 噴射装置を全開に第1・第2小隊が急上昇し、一気に狭まる戦術機ゾンビの包囲環から逃れた。斯衛軍向けに強化された、噴射装置だからこそ出来る芸当か。そして未だ地表面を這うように機動している戦術機ゾンビへと突撃砲を指向し、36mm機関砲弾の雨を降らせる。
 だがそれを想定していたか、戦術機ゾンビ達は急に方向を翻して後方へ跳躍し、反撃するでもなくこれを避ける――。

 そして遮蔽物のない空中へと舞い上がり、無防備な姿を晒している瑞鶴目掛けて、それまで遠まきに戦闘を眺めているだけであった攻撃ヘリが、30mm機関砲弾とヘルファイア対戦車ミサイルを放った。

「これを狙っていたか!」

 自律誘導により一直線に突進して来た対戦車ミサイルへ、高機動型瑞鶴は左主腕で保持する追加装甲(盾)を突き出した。だがしかし主力戦車の正面装甲をも貫徹するそれに堪えられるほど、追加装甲は分厚くなかった。硬化処理が為された表面をぶち破り、ヘルファイア対戦車ミサイルは盾の内部――左掌に達する直前で炸裂した。
 空中に浮かび上がったその体高約18mの巨体は、あまりにも無防備に過ぎた。空中機動に不慣れであり回避運動が遅れた純白の瑞鶴が、30mm機関砲弾の直撃を受け、機体の自由を失って地面へと堕ちる。

『散開(ブレイク)しろ! 第3小隊は、敵ヘリの駆逐急げ!」

 ヘルファイア対戦車ミサイルの直撃を受け、左主腕を二の腕の半ばまで大破させた高機動型瑞鶴の主は、ワンテンポ遅れる形で指示を出す。
 だがその散開、回避の行動を戦術機ゾンビ達は待ちかねていた。回避機動を取る為に散開した瑞鶴へと、戦術機ゾンビが複数機で殺到する。先程とは打って変わっての、単機対複数の構図。猟犬の如く襲い掛かる不知火ゾンビと瑞鶴ゾンビは、純白の瑞鶴を手際よく撃墜してゆく。

『なんで――なんで振り切れ――あっ!』

『安芸ッ!』

 また1機、通常型瑞鶴が墜とされる。
 進行方向を瑞鶴ゾンビに塞がれ、進路変更の為に減速した瞬間を、後背に迫っていた不知火ゾンビは見逃さなかった。彼が素早く送った射弾は瑞鶴の腰部と跳躍装置を粉砕し、これにより突如として推力を喪失した瑞鶴は、機体の制御を失って地表面へ叩きつけられる。舗装路に叩きつけられ大きく一回弾んだ後、放置車輌を跳ね飛ばしながら惰性で前進する機体に搭乗した衛士は、この時には既に絶命していた。
 小隊単位どころか分隊単位での行動も出来ず、単機で逃げ惑う瑞鶴達を追う戦術機ゾンビ達。彼らにとってもうこれは、戦闘ではなかった。先程まで非戦闘員を相手に行ってきた、ゲームの続き。生身の人間に比較すると、対象の速度が上がったために多少難易度が増した、その程度の感覚だ。

『くっ……駄目だ! 退け!』

 緋色の瑞鶴を駆る中隊長は、組織的な退却を指揮することさえ出来なかった。彼女自身も、正面の不知火ゾンビと背面の撃震ゾンビの相手取っている。とても満足に指揮が取れる状況ではなかった。
 通常型の瑞鶴に更に改良が為された緋色の――高機動型瑞鶴は、撃震を辛うじて振り切ると、抜刀して突進する構えを見せる不知火に対して射弾を送る。



 が、次の瞬間、緋色の瑞鶴に濃紺の影が覆い被さった。



『なんで……なんで……!』

 山吹色の瑞鶴を駆る少女は、なんとかまだ生き残っていた。
 そして生きて、その光景を見た。

『武御……雷……!』

 斯衛軍将兵の端くれにとって、それは衝撃的な光景であった。
 濃紺一色にその身を染めた武御雷が、緋色の瑞鶴を一刀の下に斬り捨てた。一刀両断、頭頂部から割り入った接近戦用長刀は胸部ユニット、腰部ユニット、股下までを縦一文字に両断せしめ、左右に分断された瑞鶴は地面に崩落した。

 そしてその武御雷が、次の目標に定めたのは比較的至近の距離に居る、山吹の瑞鶴――!

『うわあああああああ!』

 意味もなく叫ぶ衛士。
 山吹の瑞鶴は迷うことなく、照準に収まっている武御雷へ右主腕に保持した突撃砲を指向して全力射撃を実行する。だが武御雷は、すぐにその射線から僅かに外れ、外れながらその長刀を振りかぶる。時速800kmで猛進する武御雷に、瑞鶴は反応すら出来ない。







(あ――山城さん――)







 勝負あり。

 何故か同期を下した、模擬戦のことが思い返された。







 だが武御雷の長刀の一撃が、瑞鶴に届くことはなかった。

 武御雷と山吹の瑞鶴の合間に割って入った影がある――。



『大事ないか!?』



 同じく青藍の巨体が、そこに在った。
 接近戦用長刀で以て、山吹の瑞鶴に迫ったその凶刃を防いだのは。

――82式戦術歩行戦闘機瑞鶴、五摂家仕様。

 武御雷を駆る寄生幻獣に表情筋があれば、にやりと笑ったであろう。武御雷五摂家仕様と瑞鶴五摂家仕様の激突――本来ならば有り得ないカードだ。そして勝負にならないカードでもある。第1世代戦術機の改修機と第3世代戦術機の合間には、巨大過ぎる性能差がある。その性能差を衛士の腕で埋め、どこまで喰らいついていくるか――落胆させるなよ、と武御雷の頭部メインカメラに寄生する赤い瞳は、そう言っていた。
 そこから始まったのは、斬撃の応酬である。
 武御雷が繰り出す刺突を瑞鶴はいなし、返し刃で褐色の生体組織がこびりつく武御雷の胸部ユニットを狙う。閃く刃、下方から上方への斬り上げ。だがこれを武御雷は後方跳躍で避けてみせる。

 五摂家仕様の2機が剣戟をぶつけあうその周囲では、新たに京都市上空へと駆けつけた第16斯衛大隊機と、戦術機ゾンビによる乱戦が始まっていた。
 赤、黄、白の瑞鶴と、その身を褐色の生体組織の侵された戦術機の戦闘力は、五分五分と言ったところであった。繰り上げ任官した新人から成る嵐山中隊とは異なり、第16斯衛大隊は脂の乗り切った熟練、中堅衛士で固められている最精鋭大隊であり、また帝都防衛戦ということもあって士気も高い。乗機こそF-4ファントムの改修機である瑞鶴だが、それでも不知火ゾンビと互角の戦闘を繰り広げられるのにはそういった理由があった。

『嵐山補給基地所属機は宇治へ撤退せよ、この戦は我ら第19斯衛大隊が引き受けた!』

 緋色の瑞鶴が疾駆する。
 その傍に居合わせた不幸な撃震ゾンビは、一刀の下で斬り捨てられていた。彼ら武家出身者は古流剣術を嗜んでいる関係か、伝統的に白兵戦を重視する関係か、接近戦闘における機体制御に秀でている。

『者共、恐れるな――死ねや! この都を守りて逝けい! この逆賊どもを討ち滅ぼせ!』

 青藍の瑞鶴が振るった74式接近戦用長刀が、武御雷ゾンビが保持する長刀を半ば強引に跳ね飛ばした。捻じ切れ、折れ曲がる武御雷ゾンビの指、宙を舞う長刀――得物を失った武御雷目掛け、瑞鶴は袈裟懸けに渾身の一撃を食らわす。勝利を確信する斬撃、右肩口から左腰へと抜ける刃は武御雷ゾンビを分かつ――ことはなかった。
 武御雷ゾンビの掲げた鋼鉄の篭手、そこから伸びる隠し刃が、瑞鶴の斬撃を空中に押し止めていた。そして手甲からだけでなく武御雷ゾンビの全身から、スーパーカーボン製の凶刃が突出し、そのフォルムは更に刺々しいものへと変貌する。

『固定武装か――!』

 ただの回避機動さえも、如何なる装甲をも易々と引き裂く斬撃に換えてしまう構造設計。密集するBETA群との対戦を想定したそれは、対人格闘戦においても絶大な威力を発揮する。何せ、手数が違う。
 武御雷が、乱舞する。
 右腕、右肩、左肩、左腕、それぞれの刃が瑞鶴を削り取らんと襲い掛かる。
 青藍の瑞鶴を駆る衛士は、自然と防戦に専念する他ない。瑞鶴は一振りの長刀しかないが、武御雷には全身に備えられた幾つもの刃が備えられている。単純な数的優位が、瑞鶴の衛士にそれを強いていた。



 その脇を撤退命令を受けた山吹の瑞鶴が、駆け抜けてゆく。
 ……嵐山中隊で生き残ったのは、その1機だけであった。







―――――――








 同時刻。前線もまた、崩壊を迎えていた。
 700万という未曾有の軍勢を前にして帝国陸軍各師団は文字通り消滅し、東部方面軍より抽出された増援は、敗走する前線部隊とそれに喰らいつく幻獣群に呑み込まれて何も為すことが出来なかった。
 実際のところ自身の目で敵を目撃し、攻撃出来た者は幸運であった。東から西へ向かう部隊は、前線に到着する前に爆撃級(中型幻獣スキュラ)の執拗な空爆に遭い、戦闘車輌から輸送車輌までの悉くを破壊された上、逃げ惑う歩兵ひとりひとりを狙い撃ちにしたからだ。本土防衛軍では超音速戦闘機の再就役が進められていたが、一朝一夕に完了するものではない。また高射教導隊のように高度な対空装備を有する部隊は、期待されたほど活躍することは出来なかった。対空兵装を有していることを、幻獣側は察知していたのであろう。高射教導隊は、スキュラの1000体編隊に袋叩きにされた。
 前線部隊は戦闘力を急速に喪失しはじめ、後方では補給基地や物資集積所、幹線道路を戦術機ゾンビに破壊されてしまっている。

 帝都防衛は、もはや諦める他なかった。







 自律誘導機能をもつ一発の巡航ミサイルが、兵庫県中部某所上空へ達した。
 幻獣達は流星の如く空を翔るそれを見ても、大した脅威には思わなかったであろう。
 そして彼らは、幻に消えた。

 日本近海よりトマホーク巡航ミサイルが運んだその弾頭内部にて、核反応が起こり、万分の1秒の合間に莫大なエネルギーが発生した。閃光がまず弾頭直下の幻獣を襲い、続けて音速を超越する空気の圧力波が、地表面に存在するものを圧し潰す。放射能を帯びた塵と幻の如く消えてゆく幻獣の生体組織が、まるで大規模な雪崩か、津波か何かのように地表を呑み込んだ。また生み出された人工の太陽から放射された熱線は、幻獣達の生体組織を焼き尽くし、遥か遠方まで廃墟となった市街地に存在する可燃物に火を点けて、あらゆるものを焼却に掛かる。
 そしてやがて猛烈な上昇気流が発生し、旧市街地と幻獣を構成していた地表面の塵が巻き上げられ、高さ約10kmにも及ぶ巨大な雲がそこに立ち上っていた。それはかつてのドイツ、カナダ、ソ連、中国――いままさに、あるいはいずれ敗戦を迎える国家領内で見られる現象であった。

 続いて兵庫・鳥取両県内で、続けざまに複数個の核弾頭が炸裂した。
 それはかつての第二次世界大戦中、ベルリンに投下されたそれの数倍では済まされない破壊力をもっていた。

 市街地を蠢いていた中型幻獣達は、建造物の合間を廻り込み、反射する衝撃波に薙ぎ倒され、装甲をもたない小型幻獣達は砕け散ったガラス片を全身に浴びて、急速にこの世界との繋がりを絶たれていく。衝撃波の第一撃を辛うじて生き延びた幸運な幻獣も、その後に発生する暴風と、それに乗って弾丸の如く飛び交う金属や建材に貫かれて絶命させられてしまう。
 爆心地直下に居合わせた幻獣は、まず間違いなく幻に還った。
 大型幻獣でさえ少なからず重傷を負い、まだ行動可能な個体も、その場に伏して幻獣達を回復させる苗床になることを選んだ。だがしかしその巨体を朽ちさせてもなお、爆心地を緑化させるのには、相当な時間が掛かることは間違いなさそうであった。
 中型幻獣スキュラによる空中艦隊も、前線に出張っていた編隊を除けばほとんど潰滅した。空中核爆発、発せられた閃光は容赦なくスキュラの表皮と、そこに寄生する幻獣達を貫き、手痛い熱傷を負わせたし、衝撃波とその後の激しい気流の変化に巻き込まれた個体は、航行が不可能なまでの致命傷を負った。
 幻獣達が駐留していた山野は、一瞬にして灰になる。爆心地より放射された熱線は数キロ圏内に存在していた有機物の殆どに火を点して、巨大な火焔となって大地を呑み込んだ。閃光熱傷を負い、動けなくなった小型幻獣達は横たわったまま火葬され、猛火の中を中型幻獣達は逃げ場を求めて彷徨う。

 中国地方に出現した幻獣軍は、僅か1時間の内にその戦力の2割前後を喪失していた。
 約150万という数の幻獣が死の灰と共に塵となって虚空に消え、爆心地の傍で生きながらえた個体も大なり小なり負傷した。無事であった幻獣達も舞い上がった塵灰と、広範囲に広がる火焔によって身動きがとれなくなった。
 彼らとて核兵器の存在を知らないわけではない。
 だがまさか自身の生存領域が極端に狭まっている状況で、人類軍が戦術核の集中運用をやってのけるとは思わなかった。あれを使えば、戦術的勝利を手にするのは容易い。だがそれでは人間や動物が恩恵に預かる山河は焼き尽くされ、汚染されてしまうではないか。

 たまたま爆心地から遠く離れていたことで生き残ることが出来たスキュラは、その巨大な瞳を動かし、爆心地より舞い上がる雲を見ていた。
 高空では地表面よりも空気の流れは速い。
 スキュラは思った。大地と同胞とを焼いた灰は、じきに近海に降着するか、もう少し遠い地へと運ばれるであろう、と。












―――――――
 【京都編】は次回を以て完結とさせて頂きます。チラシの裏からの移転は、現時点ではあまり考えていないです。仮に移転するとすればMuv-Luv板かその他板のどちらかで連載を続けることになるかと思いますが……。



[38496] "京都の水のほとりに" 【京都編完】
Name: 686◆6617569d ID:8ec053ad
Date: 2014/02/08 10:32
"京都の水のほとりに"







 7月20日正午。

 先の戦術機ゾンビと攻撃ヘリゾンビの大虐殺を生き延び、続く亡者と斯衛の戦闘に巻き込まれずに済んだ京都市民は近江大橋(県道18号)と国道1号線を伝い、琵琶湖運河を越えて東日本へと向かう。
 彼ら避難民の装束は、異様であった。
 晴天だというのに誰もが傘を携帯し、帽子や適当な布で頭髪から首までを覆いつくし、長袖・長ズボン、あるいは合羽を着用して、まるで宗教上の理由でもあるかのように皮膚を晒すことを極端に恐れていた。あまりの暑さに赤ん坊が泣き出す。乳母車に乗せられた彼もまた、顔全体を布で覆われ、目だけが出ている格好であった。この日、正午の気温は35℃前後にまで達している。この過酷な炎天下でも、そういった格好をしなければならない理由が彼らにはあった。

 既に帝都一円には、白い粉が降り積もっていた。

 それは核放射線を発する代物であり、中国地方における人類軍勝利の代償でもあった。
 不幸なことに核爆発直前まで、南から北へと流れていた爆心地上空の空気の流れは、徐々に南西より北東、西より東へと変わり、その核爆発に伴って生み出された死の灰は東へと流され、近畿地方へと降着しはじめたのである(BETA占領に伴うユーラシア大陸環境破壊と、幻獣による気象衛星の破壊により、日本列島を巡る気象状況の予想は困難を極めている)。
 鋼鉄の巨兵同士の戦いを間近に見、もはや帝都が安全でないことを知って避難を開始しようとしていた都民達は、これによって自宅や公共施設での待機を強いられた。
 死の灰が降りしきる中での避難は危険であるし、官公庁としては最低限の除染を実施して、気休め程度でも安全となる避難経路を確立しておく時間が欲しかったからだ。かつての冷戦時代に製作された、「帝都上空核弾頭炸裂直後ニ於ケル避難誘導要綱」なる古ぼけたマニュアルを引っ張り出され、官公庁――特に警察・消防・本土防衛軍が一体となって、最低限の避難準備が為された。



「申し訳ありませんが、この子に水を――」

「分かりました。どうぞ――この暑い中、大変とは思いますが頑張ってください。運河を渡った後は、岸辺の緑地で飲料水と食事が準備されています」

「ありがとうございます――」



 本土防衛軍は限られた幹線道路でのみ、民間人の避難を許した。
 車輌を持たない人々が持てる食料はたかが知れているし、水道水も汚染の可能性がある以上、口にさせる訳にはいかない。炊き出しや安全なボトル詰めの水、灰に汚された身体を洗浄する仮設施設、汚染された衣服を処理して新たな衣服を支給するテント、そして内部被曝のリスクを軽減する薬剤等の配給――官公庁が用意した支援を、集中させ易くすることを狙った処置であった。
 またこの方策は、治安維持等にも役立つ。
 避難路にはジュラルミン製の盾や自動拳銃を携えた警官が要所、要所に立ち、略奪や暴行を働く輩が現れることを抑止している。また普段から市民と接する巡査級の、所謂お巡りさんと呼ばれる警官も多く動員されており、こちらはともすれば避難を諦めそうになる老人を、物的にも心的にも励ましに掛かっていた。



「この天気が暫くもてばいいんですが」

「だがご老体や子供たちには苦しい天気だ」



 普段は恨めしいばかりの無風の真夏日だが、今日ばかりは風がないことを、避難路に立つ警官達は喜んだ。既に近江大橋や国道1号線とその周辺に降着した灰は、多少の被曝をもろともしない人海戦術で片付けてしまったが、それでも未だ近畿地方全体を見れば莫大な量の死の灰が積もっている。もしも強風に晒されれば、それらは舞い上がって避難民を襲うことは間違いなかった。
 薄々、警官達は感づいていた。
 既にこの近畿地方は、守るに値しない土地となっていることを。
 中国地方における核爆発直後、核放射性物質を大量に含んだ雨が中国地方と近畿地方の一部に降り、土壌に深く染み渡り、おそらく核の灰を含んだ水は近海へ流れ込んで、酷い放射能汚染をもたらしたであろう。
 そして広範囲に渡って降り注いだ、放射性降下物。放射性核種の半減期は、一般的にヨウ素が8日、セシウムとストロンチウムが約30年、プロトニウムが24000年とされている。科学的な知識をそれほど持ち合わせていない一般警官にしても、年単位のそれは恐ろしい数字であった。
 とにかくその死の灰に汚染されてしまった土地は、どうにもならない。対BETA戦線が接近する関係もあって人は住みたがらないだろうし、農作物の生産にも使うことは出来ず、また海洋汚染の問題から漁業や、プランクトンを掻き集めて合成食品を生成する食品工場を操業させることも難しい。



「あっ! 戦艦だ――戦艦紀伊だ!」



 視線を落として歩く避難民の中、子供たちが人差し指を琵琶湖の方向へ向け、また無邪気に手を振ったりしている。
 その先には確かに、超大和級とも呼称される紀伊型戦艦2番艦尾張が浮かんでいた。傍には大和型戦艦3番艦信濃、同4番艦美濃もそこに在った。彼ら大和ファミリーは、帝国海軍連合艦隊において最強の艦艇群であり、メディア露出の機会も多い。戦術歩行戦闘機や主力戦車、主力戦艦に憧れる軍国少年にとっては、まさにスーパースターであった。
 だがその姿は、よく見れば対BETA戦参加前に比べ、酷く変貌してしまっている。

 一言で言えば、満身創痍。
 
 大阪湾にて爆撃級(中型幻獣スキュラ)の大編隊と交戦した連合艦隊第2艦隊は、手酷い打撃を受けた。大口径生体光砲と生体誘導弾は容赦なく所属艦艇を叩き、旗艦尾張と大和級戦艦の脇を固める水雷戦隊の駆逐艦・巡洋艦の悉くを撃沈し、超大和級戦艦の尾張と大和級戦艦信濃、美濃へ襲い掛かった。
 爆撃級の編隊に対して、その長大な50,8cm主砲・46cm主砲、15,5cm副砲は無力であり(対空榴弾は用意されていなかった)、超ド級戦艦は76mm速射砲を以て彼らに抗う。だがしかしその物量には、かなわない。
 生体弾の雨が尾張、信濃、美濃の艦上構造物を薙ぎ倒し、1隻あたり数十本の閃光が常時照射される。対地支援に活躍した巨大な主砲は、溶解し、折れ曲がり、生体弾の迎撃に躍起になっていた高性能20mm機関砲(CIWS)は、一瞬で蒸発した。その巨大な艦橋は折れることこそなかったが、やはり大なり小なり被害を受けた。それでもこの鋼鉄の怪物は、沈むことはなかった。

 航空機の攻撃では、戦闘行動中の主力戦艦は沈まない。

 大東亜戦争から常識は、遂に潰えることはなかった。
 大和型戦艦の就役まで最強と謡われ、連合艦隊旗艦まで務めた戦艦長門、そしてソビエト連邦の誇るソビエツキー・ソユーズ型戦艦がもつ41cm主砲に堪える、超大和級・大和級戦艦の装甲は、幻獣軍の攻撃では決して破れない。
 だがしかしその不沈艦も、艦上に存在する艦砲を失ってしまえば、ただの浮かべる鉄屑となるだけだ。それが爆撃級の狙いであった。彼らとしてみれば、とにかく厄介な三連装主砲を沈黙させることが出来ればそれで良かったのだ。



「あっちには他の軍艦もいるよ!」

「……」



 無邪気な眼差しを向け、興奮した様子を見せる少年たちに対して、主力戦艦とそれに随伴する補助艦に向ける大人たちの眼差しは、どこか冷たい。



『視線が痛いですね』

「やむをえんさ」



 避難路周辺を固めるのは、何も警官だけでない。
 本土防衛軍としては自身の面子に掛けても、先の敵対機の攻撃(この時本土防衛軍は、戦術機が幻獣の手に陥ちている実態を理解し切れていない)を二度と許す訳にはいかない。元要所要所には虎の子の87式自走高射機関砲や、牽引式40mm機関砲等が配置され、また帝国陸軍第1師団と斯衛軍第1斯衛連隊が、協同して警戒にあたっている。
 特に約18mの全高を誇る戦術機はよく目立ち、避難民達の視線を集めた。
 ……やはり、その視線もどこか冷たい。



「臣民を守るべき帝国軍人が、その守護すべき対象に牙を剥いた。中国戦線における敗戦に続いて、この不祥事――地方人(民間人)の不信感は募って当たり前だろうな」



 帝国陸軍第1師団が擁する戦術機甲連隊の衛士は、電子の瞳を通して避難民の群れを見下ろしながら言った。しかもこのザマでは、大方戦術核を運用して中国戦線にケリをつけたのは間違いない、と彼は思った。通常兵器で対処かなわず、ならば大量破壊兵器を運用してでもBETAを叩き潰す、その姿勢は間違ってはいない。積極的に理解されることはないであろうが。

 事実、避難民達の多くは「裏切られた」という思いでいた。
 日本帝国の財政を常日頃から圧迫してきた戦艦紀伊は、戦術機は、いったい何をしていたのか。帝都の護りを題目に、実際に必要かも分からない戦術機を買い漁ってきた斯衛軍は、あまりにお粗末すぎやしなかったか。そしてまさかの造反、何がどうなっているのかさっぱり分からないまま、隣人が、家族が戦術機によって殺された。
 勿論、それが自分勝手な不満であることは、彼らにも分かっていた。
 もしも戦艦紀伊がなければ、今頃は京都はBETAに蹂躙されていたかもしれないし、戦術機が配備されていなければ中国戦線はもっと早く崩壊を迎えていたかもしれない。都民を虐殺する不審機を撃退し、追い散らしたのも斯衛軍だ。
 ……だがやはり、もう少しなんとかならなかったのか、という思いを彼らは隠すことが出来ないでいた。



 幻獣軍の戦略は、ある程度成功していた。

 友軍が友軍に、他国軍が自国軍に、民間人が軍人に、不信感を抱く。
 一枚岩になってもかなわない人類軍が、心底に友軍や民間人に対する不信感や後ろめたさを抱えて戦って、勝てるはずがない。







―――――――







 本土防衛軍統合参謀本部内は、酷く混乱していた。
 従来型BETA群新潟上陸、新種BETA群津軽海峡占領、新種BETA群小笠原諸島占領――そして、在日米軍による対中国戦線戦術核弾頭集中運用が、本部に詰める参謀達を恐慌の坩堝に巻き込んだ。
 実を言えば戦術核の集中運用は、中部方面軍司令官と在日米軍司令部スタッフの独断によって実行に移された作戦だった。中国戦線とされている場所に配置されていた部隊は消滅し、既に"戦線"など無くなっていることを理解していた中部方面軍司令官は、本国との通信が途切れる以前より、米大統領から全権を渡されていた在日米軍司令部に、戦術核集中運用を打診。両者が結びついて、それは実行された。
 内閣や国防省を初めとする文官は勿論、本土防衛軍参謀本部の人間にもこの作戦は一切相談されることはなかった。

「言い訳はすまい。もはや中部方面軍司令官として打てる最善手は、これしかなかった」

「在日米軍から戦術核の運用を提案された際は、あれだけ強硬に反対されておられたのに……!」

「……」

 中部方面軍司令官に、数人の参謀が「なぜこんな馬鹿なことを」と詰め寄っていた。
 戦術核の運用しか手がなかったのならば、何故内閣に――いや、同志とも言える我々参謀に一言相談してくれなかったのだ。そう彼らは思っていた。彼らとて、もはや百万を超える敵群を通常兵器だけで、押し止められるとはまったく考えておらず、どこかで逆転案を、それこそ大量破壊兵器の運用をも視野に入れた作戦を模索していたのだ。

「一言ご相談くだされば、我々も共に」

「良いのだ……」

 額に脂汗を浮かべ、尋常ならざる中部方面軍司令部の形相に、参謀達は黙る他なかった。

「これより、俺は、国防省にでも行って一言詫びてこなければならん――ではな」



 彼の腹は、既に一文字に断たれていた。
 比喩表現ではない。
 彼は、陰腹を切っていた。軍服の下では幾重にも巻かれたさらしの下では、内臓や筋繊維がいまにも脱落しそうになり、大量の血液が流れ出そうとしている。予め腹を切り、詫びて回る――これは中部方面軍司令官の贖罪であり、我侭でもあった。
 彼は生きて、国賊と罵られることに耐えられそうになかったのだ。







「上越にBETA群上陸! 従来型、師団規模(約2万)!」

「帝国陸軍第52師団、第93師団に水際防御を命じろ!」

「上越、柏崎、新潟――合計の個体数は最低でも5、6万。連中が新属種でないだけ幸運か」

 その隣室では帝国陸軍東部方面軍司令部の参謀達が、新潟防衛線の維持に追われていた。数日前に佐渡島は陥落し、危惧していた通り本州へのBETA上陸が開始された。最初は大隊規模(約1000体)での散発的上陸でしかなかったが、現在ではその規模は師団規模にまでなっている。
 対する帝国陸軍東部方面軍は、思うような迎撃体制を構築出来ずにいた。
 日本帝国が抱える戦線が新潟防衛線だけならば、太平洋方面の部隊を日本海側に矢継ぎ早に動かして、新潟防衛戦の強化を図るところであるが、実際には現在、新種BETA群推定10万(実際には100万)が、小笠原諸島に陣取っている。この個体群はいつ北上を開始するかも分からず、東京湾沿岸の防御を疎かにすることは許されない。また津軽海峡にも新種BETA群が居座っており、東北地方の戦力を抽出することは出来なかった。

「水際防御を諦めてはどうでしょうか。海岸線付近でまとまった数を相手にするには、限界があります。敵を内陸に誘引し、勢力を分散させながら――」

「内陸への進出を許せば、もう取り返しがつかなくなるぞ……弱気な考えは捨ててくれ。それにまだ非戦闘員の避難は完了していないんだ」

「新潟県警より通報! "BETA小型種30、魚沼にて確認せり! 警邏隊が交戦中! 救援求む!"」

「馬鹿なッ! 小型種はそこまで浸透していたか!」

 実際にはかなりの数のBETAが、この時点で内陸への進出を果たしていた。
 幻獣によって偵察衛星を破壊されたことで、帝国陸軍はBETAの正確な上陸地点や進出位置を掴みづらくなっている。

 ……佐渡島にてハイヴが建設されつつあることも、まったく分からない。



 7月21日、BETA群は新潟防衛線を蹂躙。

 その後彼らは分派。
 一方は新潟――魚沼――前橋(群馬県)――秩父(埼玉県)――。
 もう他方は上越――松本(長野県)――甲府(山梨県)――八王子(東京府)――。

 そして、横浜にて両BETA群は合流を果たした。







―――――――







「あぁ~イイっ! 最高ォです!」

 全身白タイツ、更に道化めいた化粧を顔面に施した男は、酷く無邪気な笑みを浮かべていた。幾何学的な模様が走り、紅白の色に染め抜かれた奇怪な部屋にて、男はその身をソファーに沈みこませながら壁に引っ掛けられた大モニターに視線を注ぐ。
 世界間移動組織セプテントリオンにおいても、ある程度の発言力をもつ男、岩田は、けらけらと笑いながらそれを視聴していた。

 画面の中では、少女が、解体されていた。

 幾本もの触手が彼女に備わる穴という穴に抜き差しされ、電気信号の伝達・認識に必要ないと判断された部位が、脱落させられていくさまを、彼は見ていた。
 少女から四肢が消え、脂肪が消え――あらゆる部位が次々と削ぎ落とされていく。
 その画面の右上には、「横浜ハイヴLIVE」と小さく字幕されている。これはセプテントリオン製の超微細偵察機を用いて、甲22号横浜ハイヴより中継されている映像であった。決して、作り物のビデオなどではない。いままさにひとりの少女が、BETAによって解体されていく最中を映している。
 それを岩田は、最高、と評しながら鑑賞を続ける。
 勿論これがただの動物解体ショーならば、岩田は大した評価をこれに下すことはなかったであろう。彼を興奮させているのは、少女が解体される直前にあった出来事が関係している。

 横浜ハイヴ建設後、BETAの捕虜となった人間達はひとりずつ連れ去られ、彼らの生体実験に供される。現在解体されている少女と、その幼馴染らしき少年はBETAの捕虜となった後、脅えながらも励ましあって恐怖に耐えていた。タケルちゃん、と少女に呼ばれていた少年は、何度も何度も「俺が守るから、大丈夫だ」と少女に言い聞かせ、そして実際に少女が兵士級なるBETAに連れ去られる際、その異形に反撃を試みたのである。

 愚かでしかなかった。

 この世界を支配する法則は、愛と勇気ではない。

 絶技も持たず、銃器も持たないただの少年は、当然のことながら兵士級に殺された。少女の目前で四肢を引きちぎられ、芋虫のような姿になってなお意識を手放さず、少女を取り戻そうとした少年は、頭部を踏み潰されて終いには食われた。
 残ったのは、少女の絶望。

 そして岩田は歓喜した。

「彼女は最ッ高ォの竜になりますねえええええ! かぁがあみ、すぅみいかあああああ!」

 "竜"。

 絶望と悲しみの海から生まれ出て、憎悪と怨嗟の声をあげながらあらゆる不可能を可能とする存在。かつて死の商人セプテントリオンが手許に置こうとして、失敗した存在。その"竜"となる素材――鑑純夏を、岩田は偶然見つけたのだった。鑑純夏はBETAの実験機材に凌辱され、四肢を奪い取られ、自身の肉体がそぎ落とされる度に、憎しみを募らせた。
 絶命したタケルなる人物への思いは、いつしかBETAに対する憎悪と殺意へとすりかわり、彼女の心中を最終兵器に相応しい構造へと変えてゆく。

 気づけば、快感に喘いでいた少女の声は止んでいた。
 鑑純夏から、既に顔面や発声器官は失われていた。それよりも先に、肺が切除されていたかもしれなかった。
 ……実際の順番は、どちらでもいい。
 彼女には既に、脳髄しか残っていなかった。
 それだけになってなお、BETAの実験機材は執拗に電気信号を送り続ける。

 岩田はその光景を、飽きもせずに眺め続けた。


 
 暫くしてから、岩田が篭る部屋に部下の声が響く。

『ただいまお時間よろしいでしょうか』

「構わない」

『既に我が工廠では、77式戦術歩行戦闘機"撃震"、89式戦術歩行戦闘機"陽炎"、94式戦術歩行戦闘機"不知火"の量産体制が整いました。現在は試験的な意味合いを込めて、日産100機体制に留めていますが、その気になれば日産10万機を製造可能です』

「わかった。生産ライン数は、据え置きで頼む。撃震を36機、陽炎を36機、それと1個戦術機甲連隊(定数108機)が満足に運用出来るだけの保守部品、武器弾薬を寄越してくれ。これを手土産にして接近を図るつもりだ」

『不知火は――』

「警戒される。あれは日本帝国が独自に開発した、謂わば機密の塊とも言える代物だ。連中にも、プライドというものがある。当面は世界的にライセンス生産が行われているF-4EとF-15Cの改修機――撃震と陽炎を格安で売り込み、連中の心を掴んでやろう」

『はっ』

「……アルファ・システムとアルファ・フジオカの動きはどうだ」

『彼らも自身の生産ラインを稼動させている模様ですが、恐らく生徒会連合九州軍の兵站を支えるので精一杯、我々のように帝国陸軍に売り込みをかけるだけの余裕はないと思います』

「連中は一点モノを送り出すことにだけは長けている。気を抜くな――!」

『はっ』



 世界間移動組織セプテントリオンは、遂に表立っての行動を開始する。
 第6世界に工廠をもつ彼らの工業力を以てすれば、戦術歩行戦闘機の量産など容易い。岩田はこちらの世界では考えられない格安価格で、撃震と陽炎を帝国陸軍に売ってやるつもりであった。10000機でも100000機でも、構わない。戦術歩行戦闘機だけでない。主力戦車でも装甲車でも熱線砲でもウォードレスでもラウンドバックラーでも、何でも売ってやるつもりだった。どうせならば無料でもよかった。

 だが当然、その投資の対価をセプテントリオンは望む。



「さあ商談のお時間ですよ……日本帝国ぅうううううっ!」



 その対価とは、オルタネイティヴ計画の成果であり、BETA由来の素材であり、そして鑑純夏であった。







【京都編】完、【横浜編】へ続く







―――――――
 本編に搭乗させた岩田とは、5121小隊に属するイワッチの父です。
 【横浜編】は、三つ巴の戦いを描かせて頂きます。小笠原諸島から北上する幻獣軍は伊豆諸島に上陸後、横浜ハイヴ周辺にてBETAと戦闘を開始。それを察知した帝国陸海軍と国連軍、そして四国・近畿・東海を経て援軍に駆けつけた学兵部隊から成る生徒会連合義勇軍は、乾坤一擲、横浜ハイヴ攻略作戦を発動する――そんな筋を考えています。



次回は秋の撃震10円祭り開催です!



[38496] "あるいは異世界のプロメテウス"
Name: 686◆6617569d ID:8ec053ad
Date: 2014/02/13 17:30
アルファシステム公式サイトで公開されているSSに登場する岩田には、「5121小隊の岩田」と「5121小隊の岩田"の父"」とがいます。5121小隊に属し、黄色いジャンパーを羽織って絶技のハッタリさえかましてみせた岩田は前者であり、幻獣を殺戮する絢爛舞踏を観戦して股間を怒張させ、セプテントリオンの手先として暗躍する岩田は後者です。芝村氏はミスリードを誘う為に、わざと同じ苗字を用いて両者を描写しています。
本作に登場する岩田は、勿論後者、つまり「5121小隊員である岩田裕"の父"」です。












"あるいは異世界のプロメテウス"







 1998年9月中旬。

 書類と文献が机と棚の上とを問わず雑多に積み上げられ、床に白衣が無造作に放り投げられている研究室内の惨状に眉をしかめながらも、神宮司まりもは香月夕呼の次の言葉を待つ。
 対する香月博士は回転椅子の背に身を預け、脚を組み直してから、言った。

「私の試算では日本帝国は、もう2年ともたないわ」

 香月夕呼の言葉には、一種の諦観さえ漂っていた。
 幻獣なる新敵性勢力の出現は、対BETA戦に疲弊していた人類国家に再起不能なまでの大打撃を与え、あと10年は確実にあったであろう人類の未来を消し飛ばし、軍事組織のあらゆる抵抗をせせら笑って一蹴した。あらゆる分野に転用可能な優れた頭脳を誇る天才物理学者、香月夕呼が試算したところでは、日本帝国が国家機能を喪失するまで――いや、日本列島から人間が消え失せるまで、残された時間は、僅か2年。

 幻獣は遠洋における海上封鎖と通商破壊を徹底しており、その為に海外から食糧・燃料・原料・製品を調達出来ない状況に日本帝国は追い込まれている。
 端的に言えば、日本帝国陸海軍と国連軍太平洋方面第11軍は、今後一切の補給を望むことは出来ない。日本列島に存在する資源では、BETAとの消耗戦に必要となる量の武器弾薬が製造出来ないことは明らかであり、また今後の継戦に必要不可欠となる燃料も、人造石油の製造では調達に限界がある。
 既に国内の戦術歩行戦闘機の製造ラインは停止しつつあり、また2ヶ月前の戦闘で小中破した艦艇の修繕も見合わせとなり、戦艦尾張は仙台沖に無残な姿を晒したまま浮かんでいる。

 また戦争以前の問題として、食料がない。

 日本帝国は大東亜戦争以降、国家の威信に賭けて食料自給率100パーセント(米等)を死守してきたが、それは1998年7月以前の数字。9月現在、北海道からの食料輸入が見込めず(北海道・東北間は封鎖されている)、中国地方を喪失し、死の灰で近畿地方を、更に甲信越地方全域を重金属によって汚染しつくした日本帝国には、食料が生産出来る土地など限られている。化学合成工場を全力稼動させたとしても、合成食品は霞から製造される訳ではなく、やはり原料に汚染されていない有機物が必要となる以上は、日本帝国の食糧事情は厳しくならざるを得ない。

「2年……」

 神宮寺まりもは、絶句した。
 彼女とて日本帝国を取り巻く情勢は理解しているつもりだ。理屈だけでなく、市街を歩けば、否が応でも物価の高騰を感じざるを得ないし、また大陸派遣軍・富士教導団時代の知り合いからは、やはり保守部品が欠乏がちであるとか、景気の悪い話ばかり聞いている。日本帝国に限界が近づいていることは、彼女も認めざるを得ない。だがしかしそれでも2年、という期間は、彼女が漠然と考えていた残り時間よりもかなり短かった。

「分かっているかもしれないけれど、まず大半の帝国臣民は、来春を迎えることが出来るかわからない情勢よ。難民キャンプはもちろん、市街には餓死者が溢れることになるでしょうね」

 農林水産省が保有する合成備蓄米で12月までは凌げるかもしれないが、それ以降1億の帝国臣民を食わせ続ける食糧の蓄えはどこにもない、と香月夕呼は結論付けていた。
 食糧事情を解決するには、より効率良く食品を化学合成出来る方法を見つけ出す、あるいは日本列島の食料庫、北海道への通交を復活させる。または――。

 帝国の現自給率に見合った頭数にまで、餓死者を出し続けることしか有り得ない。

 神宮寺まりもは、独ソ戦における市街戦を連想していた。かの戦いでは万単位の敵軍に包囲された市街で、市民は街路樹を燃料代わりに用いて暖を取り、犬から鼠まで食べられるものは何でも食べた。それでも極寒と飢餓に堪えられず、多くの市民が犠牲となった。
 四方を取り囲む海を押さえられた日本帝国は、まさに一個の巨大な市街、あるいは城郭であり、帝国臣民と帝国陸海軍は大規模な籠城戦をやっているようなものか、と彼女は思った。
 籠城戦は敵の侵攻を遅滞させ、手こずらせる意味で有効な戦略・戦術であるが、救援軍の望みがなければ、それはただ単に破局を先延ばしにするだけの虚しい努力である。

「米国ならば海上封鎖を突破して、他国と通交することも――」

「7月の戦闘で、米第7艦隊がこっ酷くやられたところを見ると、あんまりアテにしない方が良さそうね。……だいたい彼らだって自国の防衛に必死、日本帝国を救援する余裕はないわよ」

「……」

「他国間の通交が不可能となった現在、もはや国際連合はその機能を停止。オルタネイティヴ計画も、先行き真っ暗の現状じゃあね」

 香月夕呼は自嘲気味に呟いて、手に取ったマグカップを口まで運ぶ。
 オルタネイティヴ4計画の悲願、対BETA諜報網の完成が為されたとしてもそれが何になるというのか。香月博士には、オルタネイティヴ計画の成果を他国間で共有することも出来ないまま、BETAと幻獣の物量に押し潰されて、日本帝国が滅亡するビジョンがありありと視えていた。

 むしろオルタネイティヴ計画は、人類滅亡を早める可能性がある。

 仮に国際連合、国際協調の楔から解放された米国は、何をするか。
 香月博士は、米国が人類地球外脱出を除外したままに、オルタネイティヴ5を独自に発動する可能性があると踏んでいた。幻獣出現と同時に人工衛星が利用出来なくなったことを鑑みると、宇宙空間が幻獣に封鎖された可能性は高く、オルタネイティヴ5予備計画に含まれた「人類10万の地球外脱出」は困難となる。
 一方で五次元効果爆弾の威力は、異形の怪物どもに追い詰められた国家としては、非常に魅力的な代物だ。
 だがしかし香月博士は、米国が独自にオルタネイティヴ5予備計画を発動した場合、人類が、ではなく、地球の自然環境はもはや回復不可能なまでの打撃を被ることとなるのではないか、とも危惧をしていた。




(重力偏差による大海崩――南北米大陸、水没。塩の大地と化す、大西洋・太平洋。オセアニアからは、呼吸に足る大気は消失――。仮に米軍が自国領にてG弾を集中運用した場合、被害はそんなものかしら)



 謂わば"G弾災害"とでも言おうか、五次元効果爆弾炸裂後に発生する重力偏差により、地球上の重力が一定でなくなることで発生する全地球規模の災害、その余波を受ければ日本列島とて簡単に海底に沈む。大規模海面移動に伴う大津波を回避出来たとしても、干上がった大洋跡から巻き上げられ降着する塩に大地は包まれ、あるいは大気変動に伴い発生する異常気象に見舞われ続けることとなる――。

 香月博士は日本政府が主導するオルタネイティヴ4計画の最高責任者であり、未だ研究を続けてはいるが、だがしかし人類救済の道を見失っていた。もはや尋常なるやり方では現状打開は不可能であり、故に日本政府のオルタネイティヴ4計画に対する期待はより大きくなっているのであるが、奇想天外、荒唐無稽と評価されたことさえある同計画でさえ、人類救済案とは成り得ない。
 博打でも何でもいい。
 乾坤一擲、一発逆転が可能となる案を、香月夕呼は模索している。

 研究室に沈黙が訪れた。







「……」

「……」

「悪魔と契約する気ィ、ございませ――」







 香月夕呼でも、神宮司まりもでも、この場に居ない社霞のそれでもない声が響く。
 ぎょっとするふたり、香月夕呼はマグカップを持ったまま声がした方向――研究室の出入り口を見、神宮司まりもは携帯していた9mm自動拳銃を抜くや否や、扉の前に突如として現れた長身の男に射弾を送り込んだ。
 一発、二発、三発、四発――続く拳銃弾は虚空で逸れ、道化師染みた格好をした男には一向に当たらない。まるで何かに反発するかのように、9mm拳銃弾は研究室の床や棚に突き刺さり、あるいは跳弾して研究室中を滅茶苦茶にしてしまった。それでも神宮司は狼狽することなく、9mm自動拳銃の引き金を引き続ける。

「ッ――」

 弾切れ。
 換えの弾倉を携帯していない神宮司まりもは、9mm自動拳銃を捨てるや否や、香月博士を背後に庇いながら視線を走らせる。白塗りの顔面に赤と青のペインティングを施し、白タイツで身を包んだ男の両手には一切の銃器は握られていない。
 隠し持っているであろう武器を、男に使わせる時間を与える訳にはいかない――神宮司まりもが有無を言わさず、彼目掛けて一気に距離を詰めると、強烈な蹴込みを鳩尾に叩き込んだ。

「げええええッ!」

 身体をくの字に曲げた白タイツの男は吐血して、研究室の床を汚す。
 だが神宮司まりもの動きは、一切鈍らない。彼女には白タイツの男の吐血が、血糊を吐き出しただけの演技であることを看破していた。神宮司の左拳が男の鼻筋を砕き、怯んだ彼の顎を右掌底が捉える。掌底の一撃を喰らった男は、「イヒヒャハハハハハ」などと笑いながら、後ろのめりにぶっ倒れた。
 鼻の骨は確かに砕いた、だが有効打とはなっていない、と判断した神宮司は、更なる一撃を白タイツの男に浴びせんとする。しかし神宮司が次なる打撃を繰り出す直前に、香月博士が声を上げた。

「軍曹、一旦止めなさい」

 金的を踏み抜かんとしていた神宮司の足が、虚空で止まる。
 一方で白タイツの男は、状況が分かっているのかいないのか、なおもふざけた台詞を吐いた。

「手荒い歓迎ですね……ワタシがこのゲームのラスボスです! カモン、カモォン!」

「動かないことね、変質者。銃は私も持っているの。撃ち殺されたくなければ、こちらの質問に答えなさい」

 席を立ち、自身が携帯する9mm自動拳銃を構えていた香月夕呼は、その銃口と冷徹な視線を白タイツの男に指向する。
 一般常識で考えれば、この男、単なる変質者にしか思えないが、基地外から研究室までの警備を掻い潜ってここまで辿りつき、神宮司まりもの打撃を喰らってなお昏倒しない辺り、彼は非常識的な何かを持ち合わせている特別な人間のように、香月博士は思った。

「その原始的なブラスターで、ワタシを脅すとはいい度胸です!」

「……営門からここまで、どうやって警備を突破してきたの」

「テレポートですよ」

 男は、不敵に笑った。
 香月夕呼はその回答を出任せであると判断したが、実際男は正直に自分の侵入方法を申告していた。テレポート自体は、ある程度のプログラミング技術が必要とされるが、第5世界の学兵でもやろうと思えば出来る。

「じゃあ質問を変えるわ。あんたの名前、所属、目的を答えなさい」

「岩田。こちらでの所属は、そうですねえ、セプテントリオン、北斗七星(セプテントリオン)、そうですねえ、七星重工、の営業マンとしておきましょうか。目的はただひとつ、オルタネイティヴ4計画の最高責任者、香月博士とねんごろな関係になりたいといったところですか、ねえええええ!」

「お断りよ」

 こいつはどうしようもない狂人だ、と香月博士は思った。ただの狂人ならばいいが、半ば機密を知っているだけに性質が悪い。岩田と名乗ったこの男の行動力を鑑みるに、監禁して手許に置くことも難しかろう。ここで始末しておくしかない。
 香月博士は、9mm自動拳銃の引き金に指を掛けた。
 だが岩田は、動ずることもなく、まるで正気でも取り戻したかのようにまともな口調で喋り出す。

「人類救済に必要となるあらゆる機材、技術、ノウハウ、全てを提供する、と言っても?」

「何の話?」

 香月博士は、聞いた。
 岩田は、かかった、と思った。

「簡単な話、悪魔の契約だ。俺と取引をしろ。電磁投射砲、レーザーライフル、人型機動兵器、大気圏外用艦艇、高性能生体CPU、魔道兵器、全自動製造工場、テラフォーミング技術――あらゆる未来技術をくれてやる。代わりにオルタネイティヴ計画の成果、その全てを寄越せ。そしてオルタネイティヴ4の舵取りを、我々七星重工にやらせろ」

「何を言い出すかと思えば、嘘八百を並び立てるのね」

「何とでも言えばいい。既に七星重工(ウチ)の連中は、帝国陸軍と日本政府に売り込みをかけている。正直なところ、香月夕呼、お前がどう答えようとオルタネイティヴ計画は我々の掌中に収まる。我々の魅力的な商品を前に、日本政府は七星重工の傀儡となるからだ。日本帝国の圧力には、さしものの"魔女"も抗えんだろう?」

「随分と商売の見通しが甘いのね。……帝国陸軍は貴方のようなペテン師集団の言葉なんて聴かないだろうし、光菱重工を初めとする軍需産業だって黙ってはいないわ。貴方達ぽっと出の新興企業なんて、簡単に叩き潰される」

 ふはははははは、と岩田は笑った。







「77式戦術歩行戦闘機"撃震"は、10円だ」

「は?」







「89式戦術歩行戦闘機"陽炎"を20円で、将来的には94式戦術歩行戦闘機"不知火"を30円、そうだな、武御雷は1円で売って、武家連中に吠え面をかかせてやろう! この低価格、しかも数に限りなどなく売り捌く我らに、旧資本主義軍需産業が競争するぅ? お前たちと我らの間では、旧石器時代と工業化時代、その程度の技術格差があるということを思い知らせてやろう」

「遂に気が狂ったのね。誇大妄想狂もいいところだわ」

「七星重工、我らセプテントリオンに縋るしか、日本帝国には活路はない。いずれ日本政府は我々の手に陥ちる。香月夕呼、俺は寛大だ。もう暫く待ってやる」

「もう聞く気はないわ」



 香月博士の言葉と同時に、神宮司まりもが行動を再開する。
 だが一方で岩田も素早い。床にぶっ倒れていた彼は、首と腕の力を使って全身を跳ね上げ、その場に立ち直り神宮司を迎撃に掛かる。先程までのふざけた姿勢は、既にそこにはない。その証拠に、彼が従えるリューンが集合をはじめ、更に彼の両手には凶器が握られていた。

「靴下……!?」

 彼の長い腕が振り回すそれは、何の変哲もないただの靴下に見えた。無地の靴下。当たっても大したことのなさそうな、ただの布。しかし嫌な予感を覚えた神宮司は、その靴下の一撃を上半身を逸らして避けた。

 次の瞬間、砕けた棚や床の破片が宙を舞った。

「馬鹿な……」

「装甲靴下も知らないとはな」

 岩田が振り回す靴下、その打撃を受けた棚は見るも無残な姿となり、蔵書を辺りにぶちまけ、打撃を受け止めた床は粉々に砕け、その下の基礎にまでひびが入る有様。仮にこの靴下の一撃を生身の人間が受ければ、ひとたまりもないであろう。
 岩田はその長い四肢を連続で繰り出して、神宮司まりもを苦しめる。
 靴下による必殺の打撃と蛇の如く襲い掛かる脚技に、"狂犬"の渾名をもつ神宮司でさえ手も足も出ず、反撃の隙を窺うことしか出来ない。

「警備、何やってんの!」

 一方で香月博士は、マイクに怒鳴っていた。
 実は彼女、岩田が現れた時点で机上にある通報ボタンを押し込んでおり、警備兵が雪崩れ込んでくるのを今か今かと待っていた。だがあまりにも遅すぎる。何らかのトラブル、あるいは人為的な妨害によって来られないのだ、と考えた方が良さそうであった。

「弱い、弱すぎるぅ! 絶技を使うまでもありませんねえええええ!」

「舐めるな!」

 片やソックスハンター兼セプテントリオンの工作員、片や衛士訓練学校の教官。
 共に洗練された肉体を持ち、格闘術に精通する両者ではあったが、やはり体格の差もあってか、岩田が終始押している。靴下を振るえば振るうほど打撃の速度を上昇させ、多少のダメージならば靴下の臭いを嗅ぐことで回復させてしまう怪物に対して、あくまでも常人の範囲で最強の部類に入る神宮司まりもは、決定的な一撃を浴びせられない。
 
「貴方は明日からぁ! ワンちゃんの名前しかぁ、出てこないようにして差しあげますですよォ!」

 "○○の名前しか喋ることが出来ないようにしてやる"、という岩田家独特の勝利宣言と同時に、岩田の右回し蹴りが神宮司まりもの頭を捉えていた。足の甲が強かに、彼女の左側頭部を打つ。神宮司はよろめきながらも、辛うじて頭部を襲った衝撃に堪えた。
 ……だが彼女も続く2発目、岩田が放った後ろ回し蹴りを受けて、遂に床に崩れ落ち――。



――崩れ落ちる前に靴下による一撃が、下から上へアッパーの要領で、神宮司まりもの顎を打ち抜いていた。



「あ゛……おあ」

 仰向けに吹っ飛び、血糊で汚れた床に全身を叩きつけた神宮司は、意識を保ってはいたものの、身体が言うことをきかず、その口から意味のある言葉は何ひとつ出なかった。だらしなく空けられた口からは、少量の血と共に幾つか砕けた歯の欠片が零れ落ちる。このザマではさしものの彼女は、敗北を認めざるを得ない。

「囁きっ! 詠唱ぉっ! 祈りぃいいいい! 念じろぉおおおおおおお!」

 岩田は狂人の如く喚き散らし、弱者を甚振る快感に浸る為、横たわる神宮司まりもにひとしきり蹴りを入れてから、自身が持つ多目的結晶体にテレポートセルを食わせた。
 岩田が身に着ける腕輪に備えられた多目的結晶体が赤く発光し、香月博士と動けない神宮司の視野を塞ぐ。

「香月夕呼、またお会いしましょう!」

 赤い光が消え失せた時、岩田は研究室から消え失せていた。
 残された香月博士はただ唖然としながらも、今度は神宮司まりもを治療させるべく、医務室への連絡を試み始めていた。この時、彼女は自身の失敗に、薄々気づいていた。岩田と名乗った彼は、ただの狂人ではなかったのだ、と。







―――――――








 どこからともなくやってきた車輌の群れが突如として仙台市街を埋め尽くし、交通網を一時的に麻痺に追い込んだ。
 車線を大きくはみ出して道路を占拠した大型トレーラー群は、砲塔と車体で分離させた90式戦車や、主腕や主脚ユニットといった形で細かく分解された戦術歩行戦闘機を積載しており、また続く他の車輌は120mm各種砲弾や36mm機関砲弾をはじめとする大小口径弾を満載していた。
 京都より首都機能が移転したばかりの仙台市で、この車列は酷く目立った。市井では燃料不足が著しく、路上を走る民間車輌はほとんどないだけに、市民は物珍しげにこの車輌群を見、そして首を傾げた。

「七星重工……?」

 恐らく武器弾薬を満載する車輌側面には、聞いたこともない企業の名前が踊っている。日本帝国の大手軍需企業と言えば、光菱重工、あるいは河崎、大空寺といったところであるが、七星重工とは聞いたこともない。市民たちはこの車列に、偉く景気のいいことだ、と畏敬の視線を送った。

 その車列の先頭は、補給統制本部の存在する帝国陸軍仙台駐屯地に乗り入れようとして、営門前を固めていた警備兵達に制止させられていた。一番驚いたのは、警備兵達である。七星重工なるメーカーからの納品等当然予定になかったし、何よりもその規模に驚き、そして七星重工を名乗る連中の厚かましさに舌を巻いた。

「通せ――この商品を全部売ってやる」

「一応上に連絡を通しましたが……七星重工株式会社さん、ですか」

「ああ」

 先頭の車輌から降りた男は、無表情で頷き、警備兵にさっさとしろと顎で促す。
 対して営門を固める警備兵達は、不審感を隠すこともなく、七星重工の車列に険しい視線を送った。七星重工といったメーカー名など聞いたことなどなかったし、車体に積載されている代物が、真っ当な商品である保障などどこにもない。彼らは今日ほど、自身が携える9mm機関拳銃が頼もしく思えたことはなかった。

「アポイントメント等は、お取りになっていなかったようですが……」

 警備兵は言いながらも、敷地内を一瞥する。
 七星重工の男が釣られてそちらを見ると、完全武装の男達十数名がこちらに走ってくるのが見えた。……どうやら新手のテロリストか何かと勘違いされているらしい、と男は思い、思ったがしかし、その不遜な態度を改めることはせず、黙りこくって警備兵を睨みつけた。

「スイマセン」

 その後ろの車輌に乗っていた女性が、営門前までやって来ていた。
 警備兵は、更に警戒の色を強くする。
 だが迷彩服を纏った黒人女性は、警備兵の視線も、彼らがもつ銃器も気にすることなく幾度か頭を下げた。

「ワタシたち、あたらしい企業デス。簡単に言えば、これ、飛び込み営業デス」

「飛び込み営業ォ? ああ、失礼……飛び込み営業ですか」

 正面装備や武器弾薬、燃料を飛び込み営業とは聞いたことがない、と警備兵達は思った。だいたい戦術歩行戦闘機や主力戦車、砲弾、燃料、糧食、そういった代物は大蔵省や国防省のお偉方が額をつき合わせて、この年はこれだけの量を発注する、これを採用する、といったことを決定する。だから仮にどんなに良い商品を持ってこられたとしても、既に調達の為の予算は決定してしまっているのだから、国防省・帝国陸軍が購入出来るかは分からない。
 一兵卒では縁の無い、政治的力学もそこには働いてくるであろう。
 とにかく正面装備を初めとする軍需品の取引は、巨額の金が動く。
 ほいほいと商品を持ってきて、これを買って下さいなんていうことは、有り得ない。

(というか、よくまあ新興企業が、現物を先に製造するだけの金があったな、おい)

「リッショウご苦労様デス……バクダン、テロ、とても怖いこと分かります。なので積荷、見てもらっても構いません」

 黒人女性は、営門前を固めていた警備兵と敷地内から様子を窺う完全武装の新手に、そう言って笑いかけた。
 64式小銃を携えた一個分隊が、黒人女性と立哨の警備兵の間を駆け抜けて、車輌が積載している商品を覗きに行く。
 その背中を暖かい視線で追う黒人女性を見て、この人は何も分かっちゃいないんだ、と思ったひとりの警備兵が、いたたまれない表情で彼女に言った。

「そういう問題じゃないんですよ……説明するのは大変ですけど、とにかくウチで、はい買い取ります、とはなかなかならないと思いますよ」

「ふつうならそうデス。武器を買うことはたくさんのお金かかります。でも日本テーコク、テーコク陸軍いまとてもキビシイ。なのでサービスしマス」

「いやあ、そういうことではなくて……」

 警備兵は頬を掻きながら、毎朝適当に読む朝刊や、毎週暇つぶしに読んでいる雑誌に書かれていた情報を引き出していた。戦術歩行戦闘機は一機あたりの値段は、撃震で30億円くらい、陽炎で50億円くらいだった気がする。90式戦車でだいたい、5億円前後といったところだったか。とにかく凄まじい額だ。
 幾らサービスするといっても億単位の金が動くのだから、そんな簡単に話は進むはずがない。

 だがしかし、七星重工の黒人女性が提示した金額は、度肝を抜く値段となっていた。



「100円デス」



「は?」

「きょうワタシ達が持ってきた武器のすべてを、100円で売りマース」







 この日、帝国陸軍補給統制本部は、独断を以て七星重工と契約を交した。

 77式戦術歩行戦闘機"撃震"36機、89式戦術歩行戦闘機"陽炎"36機、90式戦車13輌、保守部品多数、36mm機関砲弾20万発を初めとする各種弾薬の代金は、たったの100円であった(後日払うこととなるであろう米国へのライセンス料は、全て七星重工が負担する)。
 帝国陸軍補給統制本部としては、七星重工の企業実態が掴めていなくともどうでも良かった。何せほとんどタダで、莫大な量の現物を手に入れることが出来る。しかも品質は最上級ともなれば、この商談を逃さない訳にはいかなかった。これで多くの将兵が助かる、前線が息を吹き返すと思えば、政治的思惑など何処かに吹っ飛んでしまう。
 翌日には帝国陸軍関東補給処に89式戦術歩行戦闘機"陽炎"48機、攻撃ヘリAH-64が12機、保守部品、武器弾薬、燃料が100円という非常識的価格で売り込まれ、その後も七星重工は撃震を1機10円、陽炎を20円前後の価格で製品を売り続けた。
 また彼らは日本政府に、天然食材の売り込みも開始した。

 こちらもほとんど無料提供に近かった。












―――――――
日本帝国の貨幣価値はとりあえず、こちらの世界の貨幣価値と同等ということにしておいてください。セプテントリオンが戦術歩行戦闘機を100円以下で販売出来るからくりですが、単純に工業化が進みすぎた世界(第6世界)で、商品を製造しているからに他ありません。第6世界においては、機動兵器は基本的に100円前後で販売されています。知類(人類を含めた知性ある生物の総称)のコントロールから半ば外れた作業機械が、同種の作業機械を大量生産し、生産力が余り過ぎている為にハードウェアは格安で市場に流通しているのです。またこの作業機械は農業でも活躍しており、第6世界全体では食料は有り余っている状況にあります。

セプテントリオン「海上封鎖が原因で、工業生産は出来ないし食料も足りないんだろ? じゃあ俺たちが全部提供してやるよ、その代わりにオルタネイティヴ計画への参入を認めてくれや^^」



[38496] "地上の戦士"
Name: 686◆1f683b8f ID:8ec053ad
Date: 2014/03/11 17:19
"地上の戦士"







 未だ十代の帝国軍人達は逃げ出したい衝動に駆られながらも、何とか持ち場について、多摩川に殺到するBETA達を迎え撃った。
 機械化歩兵装甲も、機械化歩兵強化装備も与えられず、生身の上に64式小銃といった小火器だけを与えられた彼らは、有体に言えば敵の衝撃力を和らげる盾であった。彼らはただひたすらに、申し訳程度に築かれた防御陣地に身を隠し、かなりいい加減な照準で撃ちまくっていた。川底を這い渡った兵士級や闘士級が、一度水面上に頭を出せば、過剰なまでの射撃が彼らに加えられる。
 彼らは遮二無二、恐怖の感情を振り払うかのように撃ち続けた。

 1998年9月現在、掛かる大小の橋のほとんど全てが破壊された多摩川は、横浜ハイヴから北上するBETA群に対する絶対防衛線となっていた。とはいえ多摩川は、到底天然の要害とは云い難い河川であり、小型種の進行を多少遅滞させる程度の役割しかもたない。突撃級や要撃級といった大型種や、突破力に優れる戦車級は、いとも容易く多摩川を渡河してしまう。
 本土防衛軍にとって幸いであったのは、横浜ハイヴから北上するBETAが従来種であった(幻獣ではなかった)ことと、横浜ハイヴの機能拡張に個体数が割かれているのか、BETA侵攻は、小規模かつ散発的なものに留まっていることだ。精々2週間に連隊規模(2000体前後)のBETAが北上する程度でしかなく、本土防衛軍は辛うじてこれを多摩川以南へと押し留めることが出来ていた。
 とはいえ多方面、東北や日本海方面にも敵を抱える帝国陸軍に、余裕はない。
 多摩川に張り付いている部隊は、僅かに2個師団――帝国陸軍第1師団と、新兵で戦力の回復を図った帝国陸軍第61師団のみ。仮に大規模侵攻があれば、本土防衛軍の苦戦は間違いない状況であった。

 義務教育終了後に徴兵された日本帝国の少年少女は前述の通り、僅か半年か1年程度の教練を施されてBETAと対戦することを余儀なくされていた。老練な下士官から離れ、蛸壺(個人・少人数用の壕)に配置された新兵達は、有効射程も考えずに渡河しようとする小型種に射弾を送る。下士官の指揮の下で戦う新兵も緊張からか、ほとんど命中弾を出せずにいた。

(くそっ、なんでなんだよ)

 心中呪詛を吐き続ける兵士は、激しい動悸と不規則な呼吸によって照準を定めることが出来ず、狙いとは大きくかけ離れた場所に鉛弾を送り続けていた。彼はただ幸運を期待し、生き延びたい、とだけ考えている。心臓が跳ね、咽喉が渇き、胃が重い。戦術機でも砲兵でも何でもいいから、目の前の敵を早く焼き払ってくれ、と彼は祈っていた。
 新兵達の放つ小銃弾は、地面を穿って土埃を上げ、水面を切り裂いて水柱を立たせ、幾らかのBETAを仕留める。それでも小型種の撃ち洩らしが出ないのは、熟練の下士官や射手が操る軽機関銃や重機関銃が、戦車級以下のBETAの群れをまとめて粉砕しているからに他ならない。

「何処狙って撃ってやがんだ!」

 幾らかの死線を潜り抜け、逞しくなった先任の兵士達が怒号を飛ばす。だがしかし恐怖に慄く新兵に、どの程度の効果が及んだかはわからない。日常では鬼より恐ろしい下士官達の叫びも、今の彼らの耳には届かず、そして永遠に届かないままに彼らは終わりを迎えた。

「突撃級、要撃級――多数!」

 突撃級と要撃級から成る大型種の群れが旧川崎市街を踏み潰し、そのままの勢いで多摩川防衛線の一角に殺到する。
 彼らを引き受けた前面の歩兵は、突撃級に小銃弾を浴びせながら、あるいは84mm無反動砲といった重火器を振り回している最中に、ろくすっぽ物を考えることも出来ないままに轢殺された。突撃級に踏み潰されることを免れた防御陣地も、要撃級の前腕の一振りで根こそぎ吹き飛ばされ、肉片となった歩兵達は宙に消える。絶命する瞬間まで彼らは、自身の武器を要撃級に指向していたが、それはあまりにも貧弱過ぎる代物だった。要撃級の表皮にめり込んだ小銃弾は、それ以上深く入り込むことをせず、大きなダメージを与えることは出来ない。

「ちくしょ――」

「隣の陣地が!」

「それどころじゃねえ、小型種来るぞ!」

 大型種が抉じ開けた穴に、戦車級を先頭とした小型種の群れが雪崩れ込む。突撃級と要撃級の奔流から外れた場所に防御陣地が位置していた関係で、命拾いした歩兵達は、自身の得物を構え直してこれに対処しなければならなかった。
 特に骨が折れるのが、戦車級の対処だ。小銃弾や拳銃弾では、到底破れない外殻を有する彼らを撃破するには、重機関銃や対物ライフルといった重火器が必要となる。だが戦車級は優速な上に的も大型種ほど巨大ではない為に、狙撃はどうしても困難となってしまうのだ。
 一発で成人男性の大腿を吹き飛ばす12,7mm重機関銃弾が飛び交い、戦車級の何体かを多摩川の一歩手前で粉砕するも、多くは他の兵士級や闘士級を引き連れて、水面下へと姿を消してしまう。焦った射手は水面へ盲目撃ちを始めたが、威力が大幅に減衰する水中の恩恵を受けた彼らは、遂に多摩川北岸への侵入に成功した。

「地雷は? 地雷はどうなってんだよ!」

「連中の突進でおじゃんだ! 撃て! 撃ちまくれ!」

 岸辺に仕掛けられた地雷は、大型種の突進で一掃されており、小型種の浸透を更に許す。
 こうなるともう彼らを阻むものは、小銃弾と機関銃弾によって形成された弾幕しかないが、時間の経過と共に鉛弾に倒れて積み重なる小型種の死骸が、遮蔽物となって歩兵達を苦しめる結果となる。先頭を進んでいた戦車級の死骸を盾として、後続の小型種達は小銃弾を恐れることなく、防御陣地との距離を狭めることが出来た。

「小隊長ォ、撤退を!」

「戦術機が来るまで持ち堪えろ! 2週間前と同じだ、あと10分耐えるんだ!」

 この段階に至ると歩兵達は火消し役とも言うべき、戦術機の来援を待つ他なくなる。
 中隊長・大隊長クラスの人間は、自身の部隊がおかれている惨憺たる現状を、どれだけ惨めに上級司令部へ伝えられるか、そしてどれだけの援護をもぎ取れるかが試され、兵卒達は神仏に祈るよりも、まず戦術機を駆る衛士の気まぐれを願った。
 死骸の影からいつ闘士級が飛び込んでくるか、死角からいつ兵士級が頭を出すか分からないこの最悪の状況を、戦術歩行戦闘機は一発の120mmキャニスター弾で解決してくれるのだから、鋼鉄の巨兵が歩兵の信仰を集めるのは、当然の成り行きだと言える。

「こちらアルファ! チャーリー、応答せよ!」

「分隊長、駄目です! 隣は食いつかれてます!」

 たった一匹の闘士級に飛び込まれた、塹壕や土嚢から成る防御陣地は瞬く間に潰滅した。
 闘士級の着地点に居合わせた、歩兵の首が2、3飛ぶ。気管と切り離され、声帯を引きちぎられた彼らは、悲鳴を上げて周囲に注意喚起することも出来ないままに、当然即死した。歩兵の首を容易く捻じ切った闘士級は、蝕腕の先で咥えた首を打ち棄て、音も立てずに静かに防御陣地内にて行動を開始する。
 そして前面に迫る小型種を狙撃することに必死となっている周囲の歩兵達は、後ろに忍び寄る闘士級に気づくこともないままに、次々とその首を捥ぎ取られていく。たとえにじり寄る影に気づいたとしても、出来ることは少ない。俊敏な動きを見せる闘士級を、至近の距離で撃ち抜くことは容易いことではない。

 そして多摩川防衛線中央には、BETA陣営の強力な破城槌が迫っていた。
 体高60m強、歩兵が携行する対戦車榴弾や戦術機や戦車が運用する120mm砲弾をも撥ね返す怪物、要塞級とそれを直接援護する要撃級の群れが、じりじりと彼我の距離を詰め始めていた。

「要塞級4、大型種多数視認ッ!」

「敵主力のお出ましか――座標送れ!」

 観測役を果たす将兵が、後方へと敵の位置情報を送信。情報は適切に処理された後に、砲列を並べた砲兵連隊が155mm榴弾を雨霰と撃ち掛け、敵勢力を大きく漸減する――つい1ヶ月前までは、それが可能であった。
 だが現在は、せいぜい十数発の155mm榴弾が申し訳程度に撃ち込まれる程度で、それで砲兵連隊の突撃破砕砲撃は終了となる。

「……分かってはいましたが、寂しいものですね」

「光線級捜索を目的とした探り撃ち、それが砲兵連隊第一の任務だ」

 弱りきった日本帝国の屋台骨は、前線にも如実に影響を及ぼしていた。
 日本政府が推し進めていた対BETA戦線より離れた東南アジア、オーストラリア方面への工業力移転が完全に裏目に出、海上封鎖の影響により、大破壊力を有するMLRSの227mmロケット弾は勿論、一般的な155mm榴弾さえ今後の国内製造の目途がつかない為に、砲弾使用量は大きく制限が加えられている。
 現在、砲兵連隊が射撃を許されるのは、現状光線級の炙り出しを目的とした索敵射撃のみ。光線級の個体数を超える砲弾を撃ち込み、敵を殲滅するような物量任せの砲撃は許されていない。

 撃ち出された僅かな砲弾も虚空で光線級により蒸発させられ、結局要塞級を中心とする大型種の群れは一切の砲爆撃を受けることもなかった。当然要塞級や突撃級の正面装甲は、小銃弾や機関銃弾で破れる訳が無く、大型種の群れは容易に多摩川の渡河を果たし、歩兵達が詰める防御陣地に殺到する。
 たまたまそこに配置された部隊の人間は、ただただ不幸だとしか言いようが無かった。突撃級と要撃級の群れが通り過ぎたその跡には、土と肉が一緒くたになったものだけが残る。大型種の蹂躙を免れた歩兵達は何とかその場に踏み止まり、ありったけの火器を以てBETAの突撃を破砕せんとするが、虚しい努力だった。
 突撃級と要撃級が巻き上げた砂煙をぶち破り、青白い光線が一閃する。光線級の放ったそれは、後退しながら行進間射撃を試みていた74式戦車を溶解させ、また光線級と74式戦車の合間に居合わせた歩兵達を擦過と同時に蒸発させてしまう。レーザーと戦車砲の激しい応酬の中で、歩兵はその煽りを受けて死んでいく。

「ふざけんな! ちくしょうが!」

 頭上をいまこの瞬間にも通過するかもしれないレーザーに脅える歩兵は、塹壕の底で這い蹲り、無意識の内に悪態をつき続けていた。周囲をプラズマ化させながら大気中を奔る光線級のレーザーは、直撃せずとも生身や機械化強化装備の歩兵を焼き殺すことが出来てしまう。まったく以て公平ではなく、そして理不尽だ。

「幾らなんでもBETAの浸透が早すぎるぞ! どうなっている!」

「多摩川流域が、BETAの死骸で埋め尽くされているんです! 大型種の死骸を伝って――死骸の上を歩いて、小型種が簡単に渡河をっ……!」

 後方に設けられた観測所からは、屍山血河と化した多摩川を見て取ることが出来た。
 主力戦車の戦車砲や歩兵の無反動砲の攻撃を受けて、多摩川を渡河する最中に絶命した要撃級の死骸。更に上流から流されてきた小型種の死骸が、要撃級の死骸に引っかかり折り重なるようにその場に滞留する。BETAの膨大な量の死骸は、多摩川のあらゆるところに沈み、重なる。……そうして積み重なった死骸の上を、小型種の群れが突き進んでいく。

 多摩川防衛戦は、著しく一方に不利な消耗戦になろうとしていた。
 






―――――――







 熊本県立開陽高等学校正門前には、熊本県警と帝国陸軍による警戒線が張られ、方々には機動隊車輌と機関砲を備えた歩兵戦闘車が屯ろしていた。その周辺では積み上げられた土嚢と重機関銃による即席の銃座が設営され、まるでBETA小型種の群れを待ち構えるかのような厳戒態勢が取られている。そして開陽高等学校の敷地、その一歩手前には、全高約18mの威容を誇る77式戦術歩行戦闘機"撃震"が、実弾を装填された87式突撃砲を携えて、そこにいる。

 対する開陽高等学校側も、この帝国陸軍のあからさまな恫喝に抗議するかのように、学兵達を出動させて防御体制を取らせていた。
 屋上には99式熱線砲を保持した狙撃手達を、前庭には重火器を携えたウォードレス兵を配置し、正門前や境界手前には、全高9mの人型戦車士魂号が仁王立ちして警官と歩兵達を見下ろしている。腰には超硬度大太刀を佩き、両肩に展開式増加装甲を括りつけた鋼鉄の武者は、時折首を廻らし、鉄兜の庇に隠した瞳で、目前の警官や歩兵だけでなく、遠方に見える戦術歩行戦闘機を睨みつけていた。

 たとえ何かの間違いでどちらかが発砲しても、恐らく大規模な戦闘には発展しないであろう。
 幻獣やBETAといった異種敵性勢力が存在する世界で、人類と人類が殺し合い、互いの戦力を漸減するほど愚かなことはない。最初の混乱で死傷者が出たとしても、後に続くのは個人間での遺恨のみであり、無益な戦闘は継続しないことは確定的であった。

 だがしかし、それでも両者は互いを恐れ、とにかく生徒会連合九州軍司令部と、本土防衛軍統合参謀本部による会談の成功をひたすらに祈っていた。

 学兵達は、直接的手段に出て高等学校を封鎖に掛かり、生徒会連合から譲歩を引き出そうとする帝国陸軍(大人の軍隊)に嫌悪感を覚え、戦うことに大した抵抗を持ってはいなかった。
 それに、戦えば勝つ、という確信が学兵達にはあった。
 正直に言って、帝国陸軍将兵の能力は、ハード・ソフト両面で自分達に劣っているのでは、と学兵達はそう、九州中部においての共闘を通して考えていた。
 だが完勝とはいかない。
 戦術歩行戦闘機と機械化装甲歩兵の機動性には、手が付けられない。ロケットブースターを持たない通常型の士魂号や装甲車輌は、戦術機によって瞬く間に撃破されてしまうであろうし、ウォードレス兵も機械化装甲歩兵とは相性が悪い。遠距離から中距離においての戦闘では、火力の面で有利なウォードレス兵が有利だが、近接戦闘では跳躍装置を有する機械化装甲歩兵に分がある。

 逆に帝国陸軍は、西部方面軍全戦力をぶつけても九州軍を撃破出来ないのではないか、と考えていた。
 九州中部戦線で目の当たりにした大火力は、彼らを驚愕させた。
 機械化装甲歩兵が戦車砲と同等か、それ以上の火砲(フルスケールリニアカノン)を携え、機械化歩兵強化装備を纏った歩兵が、戦術機と同口径の機関砲や、重機関銃を振り回す様は、彼らからすれば非常識的な光景であった。また戦車級程度ならば、徒手空拳で片付けてしまう程の格闘能力も、帝国陸軍の将兵を驚かせた。彼らがもつ機械化歩兵強化装備は、どれだけ軽量かつ効率的で、強力なのか、と――(こちらの世界の人間に、強化されたクローン人間という発想はなかなか出来ない)。
 一介の歩兵が装甲車輌と同等の火力を発揮し、戦術機に劣らない戦闘力を発揮する異世界軍を撃滅するには、西部方面軍と、四国地方に残る中部方面軍を磨り潰さなければならないのではないか、とさえ唱える参謀もいるほどだった。

 とにかく衝突すれば、最初期に発生する数十分の混乱だけで、多くの死傷者が出ることは間違いない。だがしかし互いに相手の存在に怯える彼らは、交渉が終わるまで部隊を退かせる訳にはいかなかった。

 開陽高等学校の直上、約40mの位置を分隊単位(エレメント)で94式戦術歩行戦闘機"不知火"が、巡航速度で通り過ぎる。その後を、少し遅れて日本国自衛軍即応部隊、「守護天女〈ガーディアンプリンセス〉」の戦闘攻撃機"紅天"が、ペアを組んで飛んでいく。
 両者共に手足のある航空機には違いないが、かなり毛色が異なる。
 不知火が人型をした形状に、申し訳程度の翼(跳躍装置)を取り付けた代物であるならば、正反対に紅天は戦闘機の下部に無理矢理、腕部と脚部をくっ付けたような形状をしている。低空を駆け、空を封じられれば地上に降りて戦う、彼らの基本戦術も似通っているところがあるのに、その形状が全く違うことは、不思議だと言えよう。



 両者が立てる轟音は、生徒会連合九州軍司令部がおかれている開陽高等学校生徒会室にまで響き、九州軍と本土防衛軍の人間は、一旦口を紡がざるを得なかった。両陣営の幾人かは、顔をしかめて相手を睨みつけ、騒音の中に居ることをいいことに早口で悪態をついてみせた。

 九州軍司令、林凛子はこの僅かな時間を使って、思考を一旦落ち着かせる。
 いま開陽高等学校生徒会室には、本土防衛軍統合参謀本部よりやって来た高官達が、自身の要求――幻獣(新種BETA群)の情報提供、日本国陸上自衛軍・生徒会連合が有する技術の開示、一部機材の提供、そして九州軍の関東圏出兵――を受け容れるよう押しかけている。
 まったく虫のいい話だとしか言いようがない、というのが、林凛子やその脇に座る肥満体の男、芝村勝吏幕僚長(参謀長)の共通の見解であった。九州軍がもつ情報、技術、機材を寄越せ、兵員も遣せ。これでは九州軍は、帝国軍に併合されるようなものではないか。
 日本国陸上自衛軍、日本帝国軍、両者は平等な立場のはずだ。生徒会連合九州軍は、確かに正規部隊(大人の軍隊)に比較すれば一等低い扱いを受けているが、日本帝国軍の指揮下にはないのだから、一方的に要求をされる謂われはない。九州軍司令部の人間としては、生徒会連合九州軍が本土防衛軍に手駒のように思われているようで、不快でならなかった。

 不知火と、紅天が、往き去った。



「やはり無条件で貴軍の要求を呑む訳にはいかない」

 初めに口を開いたのは、芝村勝吏であった。
 傲岸不遜の肥満男は、爬虫類面を歪めて嘲笑さえも、対面する本土防衛軍の参謀達に飛ばしていた。
 だがそれを受け止める参謀は、涼しい顔で云う。

「我々としては、人類間に在る時空を超えた友誼に期待するものである」

「我が生徒会連合九州軍司令部も、2つの要求をさせてもらう。生徒会連合に参加する高等学校、その生徒会執行部に各高等学校敷地内における自治権を認めろ。10万の人間が食っていけるだけの食糧を寄越せ。そうすれば幻獣に関する情報と、ある程度の技術はくれてやる」

 芝村勝吏は相手の言葉を無視し、半ば強引に条件を突き出した。
 対して本土防衛軍の参謀の眼は、一瞬だけ輝き、表情もほんの一瞬だけ和らいだ。
 高等学校敷地内の自治権、10万ぽっちの人間が食べてゆくだけの食糧、それを与えるだけで情報と技術が手に入るのならば、安い買い物だと言えるであろう。
 だが彼らにとって一番重要であったのは、不利な戦況が続く関東圏への九州軍派兵である。七星重工(セプテントリオン)と名乗る新興企業のおかげで、物資面のやり繰りには目途が付きそうだが、企業からは人間を買うことは出来ない。とにかく彼らは、関東圏の人的資源の補充を急ぎたかった。

「では、関東圏への派兵についてはどう考えるか」

「却下だ。我々が血を流す必要性を感じない」

「我が日本帝国と貴軍は、一蓮托生だということを忘れている」

「勘違いするな。俺は日本国の防衛に勇気を奮う戦士を、日本帝国に使い潰されるのは御免だ、と言っているだけだ」

 本土防衛軍参謀本部よりやって来た参謀は、眼を細めた。顔面の筋肉を動かし、さも不快げな表情を作り出す。正対する芝村勝吏は、だからどうした、と不敵に笑ってみせる。これをたしなめるべき立場にあるはずの、九州軍司令林凛子は黙ったまま身動ぎもしない。

「――我々の立場も理解して頂きたい」

 こうした状況で仲裁の役回りをするのは、破天荒な人物と女傑を上司とする常識人、陸自第106師団師団長である。過度なストレスに苛まれ、上は偏頭痛、下は下痢に悩まされる貧相な男は、青白い顔に汗を浮かべながら言葉を続けた。

「現在、我々が転移した原因は突き止められていないのです。もしかすると次の瞬間、我々はまた元の世界に戻り、幻獣と戦わなければならなくなるかもしれない。我々が求めるのは、日本国と日本国民の――我が世界の人類の存亡を賭けた戦争に勝利すること。この世界でBETAなる宇宙生物との戦いで疲弊することは、決して許されないのです」

「では貴官は、この地に住まう日本民族を見殺しにするおつもりか」

「勿論、我々九州軍将兵にも、この異界で現在進行する惨劇を前に、義憤に駆られる者が少なからずおります。……我が隷下に広く義勇兵を募り、生徒会連合義勇軍を編成し、関東圏へ派兵する。そういった形を取ることを許して頂けるのならば、貴軍に協力することもやぶさかではありません」



 窓の外。
 撃震の肩に止まっていたカラス達が、一気に飛び立つ。彼らは笑って、鋼鉄の甲冑を纏った巨人族と、生身の肉体を持たないからくりの塊へと翼を振った。巨人族はカラスを一瞥すると鋼鉄の面頬の裏で唇を歪ませ、一方で全身を鋼で造られた巨人は、翼を振ったカラスを黙殺した。

「鳩神族も口にしていたがな、どうもあの天翔る巨人族とは仲良くなれそうもないわい」

「かの天翔る巨人と衝突する子らも多い。……だがその問題を解決するのは、この戦いが終わってからだ」

 人間と共生する鳩神族や鴉神族にとって、高速で空飛ぶ鋼鉄の塊は大変危険な存在であり、実際に多くの鳥神族の子が、鋼の胴体や発動機に巻き込まれて落命している。かつてあしきゆめたる幻獣との戦いにおいて、鳥神族が人族につくことを渋った理由がこれであった。決して棚上げにして良い問題ではない、だがしかしいまは人族と共闘すると決めた時分だ。鳥神族のみが光の軍勢から足抜けし、和を乱すことはあってはならない。
 鴉神族は、種子島を持って互いに睨みあう人族の頭上を越え、同じ熊本市内にある高等学校――尚敬高等学校敷地内に設けられた、臨時戦闘団光の軍勢の本拠へと降り立った。人族が整備テントと称する天幕が、それである。看板には猫神族の言葉で、「正義最後の砦」と刻まれており、天幕の周囲には光の軍勢として集った神族が、地面に描かれた絵図を囲んで軍議を開いている。

「ただいま帰ったぞ! ブータニアス卿!」

「顎で使って申し訳ない。この埋め合わせは何かでしよう」

 天幕の天蓋に留まった鴉神族を、一柱の猫神族が見上げた。
 体長1mはあろうかという巨躯、赤い外套を纏い、神々の中心に居座る彼こそが、猫神族にして戦神と讃えられる大英雄、ブータニアス卿。1000年前のあしきゆめとの決戦にも、鳥神族にして冬の神たるハードボイルドペンギンや、神族の域にまで到った人族、菅原道真公、青白く光る神の拳をもつジョニー・サザーランドと共に参戦した百戦錬磨の猛者であり、此度の戦いでも戦闘団長として神族の指揮を執らんとここにいる。

「では後で猫缶でも寄越して貰おう……さて、どうやら人族も火の国(熊本)を出立し、坂東(関東地方)へ向かうようだぞ」

「海路はあしきゆめに、陸路はかの醜悪な化生(BETA)に押さえられているのではなかったか」

「九州・四国間、四国・上方間の海路は生きている。陸路は東山道を使えるそうだ」

 ほう、と幾柱かの神族が唸った。化生が佐渡を経、甲信越を蹂躙し東海地方へ到った以上は、東への交通は当然絶たれているものだと思っていたからだ。海路、陸路が生きているならば、どうやら血路を開きながら進む必要はなさそうだ。

「連中の巣穴は佐渡と相模に在り、雁神族の話では相模に化生は集中しているらしい。佐渡と相模間は一時的な通行があっただけで、連中に居座られている訳ではないそうだ」

「だが巣穴が巨大になり、彼らの頭数が増えればその陸路も封ぜられてしまうやも」

「海路は鯱(しゃち)神族が護りについていてくれているのかもしれん。ブータニアス卿、山地での戦いは我ら猿神族が得手とするところ。我らに辻の防御を命じてくれい」

「我ら犬神族も先発し、陸の化生を平らげて人族の道を作ろう」

 ブータニアス卿は、苦笑いしてその巨大な前脚で自身の顔を洗った。幾月か前、人族に見切りをつけ、自身があしきゆめと戦う最後の神、最後のよきゆめであると思い込んでいた頃には、想像だにしなかったであろう光景であった。神族は確かに、一旦は人族の前から去った。だが決して、古の盟約を――人族危うき時神族はこれを扶ける、神族窮する時、人族これを救う――忘却した訳ではなかったのだ。

「我ら神族は人族に先行し、坂東までの道を支えんとする!」

「応ッ!」

 返事を合わせた神々に、ブータニアス卿は更に言葉を継いだ。

「そして此度の戦は、彼の"最も新しき伝説"も参戦する予定となっている」

「夜明けを告げる騒々しき足音、――絢爛舞踏が来るか!」

 ああ、とブータニアス卿はうなずいた。
 小人神族が進軍喇叭を吹き鳴らし、鳥神族が弓を引き絞っては矢継ぎ早に撃ちかけて、馬神族に跨った人族が突撃を繰り返す時代は終わった。巨人族が槌や大剣を振るってあしきゆめを吹き飛ばし、その脚の合間で猫神族が魔術を編む時代はもう来ない。よきゆめの全盛はとうに去った。
 それでも猫神族の大英雄は、その身滅びるまで戦うことをやめるつもりはなかった。いつの時代もどこの世界も、知類の意地――「殴られたならば、殴り返せ」は変わらない。人族が滅びようとするこの世界に、いまあらゆる希望が集結せんとしていた。



[38496] "メーカーから一言" 【設定解説】追加致しました
Name: 686◆1f683b8f ID:e208e170
Date: 2014/03/16 20:37
"メーカーから一言"



 九州軍首脳陣と本土防衛軍統合参謀本部の会談の翌日、生徒会連合に参加する高等学校在籍者に一枚の紙が配布された。
 "生徒会連合義勇軍結成につき、学兵諸君の義憤に期待する"――そんな言葉が並ぶそのプリントは、要は対BETA戦に参加せんが為、関東圏に赴く義勇兵を募るものだった。紙の最下部には、「私は生徒会連合義勇軍への参加を ・希望する ・希望しない」と解答欄が設けられている。希望するか、しないか、丸をつけて出せ、ということだ。
 義勇軍は、完全なる志願制であった。
 義勇軍への参加者を命令の形で、強制的に確保することは容易い。だがそれをすれば、学兵達は暴動さえも起こしかねないであろう。日本全国から召集令状により掻き集められた10万の学兵は、当然ながら権力と権力に振り回されることを嫌う。
 生徒会連合義勇軍の要職は、学兵受けする人物が就任している。生徒会連合義勇軍の司令官は、高機動型ウォードレス"ライトニングフォックス"を纏い、常に前線を駆けてきた生徒会連合会長、"稲妻の狐"こと幾島佳苗。参謀長(幕僚長)には、芝村勝吏が就く。芝村勝吏は自衛軍の人間には蛇蝎の如く嫌われているが、学兵達からの評価はそう悪くない。その評価は、やることはやってくれる変人、といったところか。
 他にも生徒会連合義勇軍司令部には、学兵達の反発を避ける為か、自衛軍出向者の割合を小さくし、各高等学校生徒会役員を多く参加させている。

「どの程度集まるでしょうか」

 尚敬高等学校生徒会室では、生徒会連合義勇軍司令官に就任した幾島佳苗と、尚敬高等学校生徒会長が、同じ机で昼食をとりながら話をしていた。
 眼鏡を掛けたスレンダーな女子高生、幾島佳苗は一見すればどこにでもいる知的な女性にしか見えないが、実際は敵味方に恐れられる絢爛舞踏章受賞者となってもおかしくない怪物である。尚敬高等学校生徒会長も、それは知っていた。仮に彼女がその気になれば、2秒とかからず自身は解体されてしまうであろう。
 だがしかし、周囲の人間は彼女を忌避しない。戦場では鬼神の如き活躍を、後方では適切な指示を飛ばす彼女は、周囲の人間の尊敬と支持を集めていた。……美少女とは、得である。

「1000人も集まれば御の字」

「割合にして、1パーセントですか」

「妥当な数字だろう。一応、"稲妻の狐"、熊本鉱業高等学校生徒会役員"純白の可憐"、5121小隊――客寄せパンダは揃っているが、話が話だ。稲妻の狐の名を使われることは、はなただ不本意だがね」

 幾島佳苗は、自身で苦笑した。
 彼女からすれば、"稲妻の狐"という異名自体がどうもくすぐったいし、"稲妻の狐"と呼ばれることも恥ずかしく思っている。

「それで、だ。尚敬高等学校の学兵の按配は」

「……人は集まらないでしょうね」

「そうか」

 特に落胆する素振りも見せず、幾島佳苗は頷いた。
 女子校の尚敬高等学校は、生徒会連合に加盟する高等学校で唯一となる戦車連隊、第5戦車連隊が駐屯する高校である。尚敬高等学校(ここ)で人数を集めることが出来なければ、生徒会連合義勇軍は熟練・中堅どころの戦車兵を得られない。

「第5戦車連隊(ウチ)は、先の戦いで他校よりも遥かに多い死傷者を出しましたから」

「わかっている。強制するつもりはない。ただ義勇軍が関東へ向かう際に、尚敬高等学校の戦車連隊が有する車輌や備品を借り受けることになるかもしれない」

「ウチの装備品は、幾らでも持っていって下さい。残る学兵達も、後ろめたい思いがあります……文句は出ないでしょう。本当ならば誰だって、一緒に戦いたいんです。この熊本に集結した10万の学兵は、家族よりも強い絆で繋がっています。義勇軍に参加しないことを戦友が戦っている中で、熊本に引き篭もっている自分を情けなく思う学兵もいるでしょう」

「……わかっている」

「でも、怖いんですよ。戦争が」
 
 あらゆる理不尽が、友人や先輩、そして自分自身の生命が失われるという理不尽がまかり通る戦争を前にすれば、どんな奇麗事も色褪せてしまう。第5戦車連隊のほとんどの学兵は、義勇軍に参加することはないであろう。







―――――――







 第1世代戦術歩行戦闘機、77式戦術歩行戦闘機"撃震"は、大陸戦線から本土防衛戦に至るまで、帝国陸軍の対BETA戦力の中核を担ってきた。光線級の予備照射を浴びながらの行動や、要撃級との打撃戦を想定した重装甲。光線級から逃れる為に強いられる接近戦を考慮して採用された、74式接近戦用長刀。継戦能力を喪失した後も、最後まで勝利に貢献せんとする衛士の意気に応じて改良された、S-11弾頭を収納可能とした腰部ユニット。

 ……良くも悪くも帝国衛士の為に製造されたF-4ファントム日本帝国仕様機は、いよいよ退役の時を迎えようとしている。

 本来ならば老朽化・陳腐化著しい77式戦術歩行戦闘機撃震を代替する次期主力戦術機には、94式戦術歩行戦闘機"不知火"、その改良型があてられる予定であった。
 1994年に出現した時点で、世界各国が有する戦術機を凌駕する機動性をもち、最新技術の多用により高い継戦能力を誇るに至った国産戦術機不知火。準第3世代戦術機不知火が制式採用された時点では、不知火、あるいは不知火の改良機が、撃震が退役した後の対BETA戦力を補完するに相応しい機体となると、誰もが考えていた。

 ところが機体の限界を突き詰めた94式戦術歩行戦闘機不知火は、その性質から拡張性に余裕がない。
 例えば跳躍装置を改良し機動性を向上させても、不知火には増槽を設置するスペースがない為に、酷く燃費が悪くなってしまう。また空力特性を最大限求めた機体設計の関係上から、後の国際情勢によっては必要となるかもしれない、機体のステルス化が困難である。時代が下ってもなお、主力機として一線に立ち続ける為の改良を施すだけの余力がない不知火は、採用から10年はともかく、20年もすれば陳腐化してしまうことは明らかであり、設計に大きな変更を施さない限りは、主力戦術歩行戦闘機としてははなただ不適格と評価せざるを得ないのだ。
 帝国陸軍が求めるのは、多くの派生機を生み出したF-4ファントムやF-15イーグルが如き、後に多岐に渡る可能性が残せる戦術機であり、機体性能の限界に挑戦した高性能局地戦用機ではない。

 そして1998年9月、帝国陸軍は更にもうひとつ次期主力戦術歩行戦闘機に必要な要素として、「従来種に加え、対新属種(幻獣)能力を有する戦術歩行戦闘機を、次期主力戦術歩行戦闘機採用の必須要件とする」ことを決定した。
 第2世代・第3世代戦術機は、光線級の予備・本照射、大型種の打撃を回避することを最要件として、装甲を薄くしてでも機動性を重視する設計が為されたが、今回帝国陸軍は先の新属種との戦訓を取り入れた、新方針の下で改良された戦術機を欲したのである。
 具体的には機動力と防護力の高い水準での両立。
 装甲の厚い第1世代戦術機のタフさと、軽装甲・軽量の第2・第3世代戦術機の高機動性を併せ持つ戦術機を、帝国陸軍は各メーカーに求めることにしたのだ。対従来種戦に高機動性は不可欠であるが、さりとて無数の実体弾と光砲をもつ新属種(幻獣)と対峙するには、撃震と同等、それ以上の装甲厚が必要となる。
 "装甲厚:77式戦術歩行戦闘機と同等以上(60mm以上が望ましい)"、"最高速度:時速600km以上"、こういった項目が次期主力機の仕様要求には同居する。
 無茶苦茶な仕様要求だ。
 光菱重工をはじめとする各メーカーの技術者は、「対従来種戦術機と対新属種戦術機で、2種開発にした方が良い」と考えたほどだったが、もはや帝国陸軍は妥協を知らない。
 どこから原料を調達し、どこで製造しているかも分からないインチキ臭い七星重工(セプテントリオン)による生産を除外して考えた際、2種の戦術機とその保守部品を大量生産出来るほど、日本帝国には原料も工業力もない。

 更に次期主力戦術歩行戦闘機選定に、試作機をエントリーするメーカーには更に厳しい条件が突きつけられた。

 "次期主力戦術歩行戦闘機は、従来機の改修機が望ましい。試作機は1999年1月に完成せしめ、採用試験に供する"。

 つまり、「第1世代戦術機と第2・第3世代戦術機のいいとこどりをした新戦術機を、従来機を発展させる形で設計し、1999年1月までに完成させろ」と言っている訳だ。
 もはや恥も外聞も無い。
 帝国陸軍はすぐにでも、戦況挽回に効果的な威力を発揮する次期主力戦術歩行戦闘機を欲していた。
 だが声を掛けたからと言って、困難なものは困難だ。兵器開発は年単位のスパンで行われるものであり、次期主力戦術機として、今後20年は戦場の花形として活躍出来る機体を、たったの半年でモノにしてみせろなど、通常の企業では不可能である。実際にこの世界で戦術機のライセンス生産や、武器弾薬の製造に関わる有力企業――光菱重工や河崎重工は、匙を投げた。



 自然、この次期主力戦術機開発レースに参加する企業は限られる。

 筆頭かつ有力なのは、異世界(第6世界)の大工業力を背景に、この世界の市場を席巻せんとする、「七星重工(セプテントリオン)」。
 世界と世界を股に掛け、多様な兵器を手掛けてきた彼らならば、戦術歩行戦闘機を弄繰り回すことは容易く、また自前で資材から技術、試験場まで用意出来てしまう。
 日本帝国をホームとする光菱重工や河崎重工とは異なり、異世界をホームとする七星重工には制約がない。彼らにとって、次期主力戦術機選定の話は、とても美味しいものだった。自社の戦術機が次期主力戦術機に選ばれれば、いよいよ七星重工の日本帝国における影響力は揺ぎ無いものとなる。
 実際、正直なところ、国防省の人間も七星重工だけが、次期主力戦術機の開発に参入するであろうと予想していた。



 だがしかし七星重工の他に、もう一社が名乗りをあげた。



「Alpha&ageインダストリ、ですか?」

 次期主力戦術歩行戦闘機選定について詳しい話を聞きたい、そう言って現れたふたりの男が差し出した名刺を手に、国防省技術研究本部の人間は、思わず聞き返した。
 ひとりは黄色いジャンパーを羽織った肥満体の男、もうひとりはスーツを着込んだ中肉中背の男。如何にも胡散臭げなふたり組に、応対する技術本部の中佐は(なんだこいつらは……光菱や大空寺の人間ではないのか)と不信感を隠せない。
 そんな陸軍中佐の心中を知ってか知らずか、スーツ姿の男は自社の紹介をぺらぺらと喋り始める。

「ええ、アルファアンドアージュインダストリです。株式会社機動建設アルファシステムと、株式会社アシッドソフトウェアの共同出資・共同経営から成る新興企業となります。まだまだ歴史は浅いですが、皆様に名前を覚えて頂けるよう、最高の――」

「あ、いや。申し訳ありません――田好さん、芝村さん、お掛けください」

「失礼いたします」

 名刺を交換した後立ちっぱなしであることに気がついた陸軍中佐が、ふたりに着席するように勧めると、スーツ姿の男――"田好鋼紀(たよしこうき)"は一礼し、用意された座席に着席。もう一方の安っぽい黄色のジャンバーを羽織った男――芝村雄吏(しばむらゆうり)は、会釈もせずにどっかりと腰を下ろした。
 技術研究本部の応接間は、酷く殺風景である。壁紙も何も張られていない、コンクリートが剥き出しの壁。古風な机と椅子を除けば、部屋に置かれているものは屑籠といまにも枯れそうな観葉植物だけだ。

「重工業に携わる方ならば、ご存知だとは思いますが、現在我が日本帝国は未曾有の危機に晒されています。帝国陸軍は一機でも、より良い性能をもつ戦術機を求めている。勿論、審査が通れば、我々技術研究本部が有する最先端技術も使って頂いて構いません。……ですが冷やかしだけは止めて頂きたい。私も貴方方も、時間の無駄になるだけですから」

 長身の陸軍中佐は、巌のように厳しい表情を浮かべて、そう言った。
 戦術機の開発などは、一朝一夕で簡単にやれるものではない。技術や設備は勿論のこと、長年に渡るノウハウが物を言う。それまで名前も聞いたことのないような無名の企業が、「やります」と言って出来ることではないのだ。
 威嚇に近い声色に、田好は怯んだ。
 一方で倣岸不遜を地で往く芝村は、ふん、と鼻を鳴らしてみせる。

「我ら機動建設アルファシステムは、以前より61式戦車・74式戦車といった主力戦車、装甲車輌、攻撃ヘリといった航空兵器の保守部品の製造に携わってきた。戦術歩行戦闘機のような、人型機動兵器のそれもだ。無論、下請け、孫請けでやってばかりだったからな、名前は知られていなくて当然だ」

「調べても構いませんな?」

「構わない。嘘はついていないしな」

 芝村雄吏は、嘘をついている。

「……株式会社アシッドソフトウェアは、アダ……いえ、失礼しました、戦術歩行戦闘機の火器管制装置をはじめとするソフトウェアの方に長年携わってきました。ウチは米国でのお仕事が多かったのものですから、やはりこちらではあまり名前は知られていないようですね」

 田好鋼紀も、嘘をついた。

 陸軍中佐はそうですか、と呟き、両者を安堵させるように頷いてみせた。
 全面的に信用を寄せる訳ではないが、彼らふたりが言うことが真実であれば、ズブの素人という訳ではないらしい。だが素人でないのであればますます、何故次期戦術歩行戦闘機開発に乗り気なのかが見えてこない。同業者ならば七星重工の凄まじさ――兵器を10円、100円単位で売り捌く埒外の、どこで製造しているかも分からない、ともすればインチキ臭い力を熟知しているはずだ。

「忠告となりますが、兵器開発には多額の費用が掛かります。当然補助金は出ますが、七星重工に機種選定で負けることがあれば、その負債は多額に及びますが、それでも?」

「七星重工の目論見を潰す。我らは絶対に負けない」

「私どもは危機感を覚えているのです。七星重工におんぶにだっこで戦争が続けば、彼らの影響力は計り知れないものになる。……終いには七星重工が、この日本帝国を思い通りに操る――七星重工が帝国陸海軍を指導し、日本列島の全てを自身の実験場とする、そんあ事態さえ起こるのではないかと、我々は考えています。……我々は七星重工と、戦います」

 Alpha&ageインダストリ――第7世界においてはあまりにも弱小に過ぎる中小企業2社が、いま世界を股に掛ける大企業と、真っ向から戦うことを表明した瞬間であった。勿論、勝算はある。物事の実行は多くのエースを抱えるアルファシステムと芝村が、指揮を執る参謀役をこの世界を知り尽くす田好が務める。



(物語を修正してみせる)

 特にこの世界を長らく観測してきた、田好は並々ならぬ思いでいまここにいる。

(あいとゆうきのおとぎばなしに、流れを繋ぎ直してみせる!)







 なお同時刻、第7世界においてアダルトゲームを扱う某ソフトウェアメーカーが、自社新商品発売予定日の延期を発表した。これを知ったブランドのファンやコアなげーマーは、「またか」と苦笑混じりに呟いただけだった。このメーカーが発売日を延期することは、よくあることであり、逆に発売予定日がきっちり守られることはほとんどない。タイトルによっては、年単位で遅延することもよくあるほどだ。

 よくあることだ――特に騒がれることはなかった。

 製作の都合から、発売日が延期された。
 ただそれだけのこと。

 代表取締役が異世界に出張り、第7世界に残留しているスタッフが総出で戦術歩行戦闘機のソフトウェアと、94式戦術歩行戦闘機"不知火"の図面を弄繰り回し、次期主力歩行戦闘機選定に「94式戦術歩行戦闘機"不知火"壱型戊」を間に合わせるべく活動しているせいで、ゲーム製作に時間が割けなくなった。

――そんな馬鹿な話が、あるはずがないのである。



















○「世界の謎」(裏設定)解説

【第4世界】→幻獣のホーム
【第5世界】→ガンパレの舞台
【第6世界】→驚異的な技術・工業力を有する
【第7世界】→高度な情報技術をもつ。我々の世界

【セプテントリオン】
 世界を股にかける死の商人。【第6世界】を牛耳っている。【第5世界】を自身の新兵器の実験場とし、また陸上自衛軍にも多数の兵器を売り込んだ。また【第5世界】に幻獣が侵攻する遠因をもつくった。【第7世界】2014年現在、内部抗争により活動停止中

【アルファ・システム】
 【第7世界】で【第5世界】の熊本戦をシミュレーション出来る「高機動幻想ガンパレード・マーチ」を発売し、【第5世界】の破滅を回避すべく運動した。【第7世界】2000年代半ばに【セプテントリオン】の攻撃を受け、他世界に干渉することが出来なくなりただのゲーム会社に

【アシッド】
 【第7世界】の企業。端的に言えばエロゲメーカー。新商品の発売日はよく遅延する、特に主力タイトルの第1作目は発売日が2年程度延びた。最近は全年齢向けを対象とした商品展開に力を入れており、主力タイトルの外伝がヒットしている。この物語はフィクションであり、現実の企業・個人とは何の関係もない

【Alpha&ageインダストリ】
 株式会社機動建設【アルファ・システム】と株式会社【アシッド】ソフトウェアの合同企業。七星重工(【セプテントリオン】)に対抗すべく、他世界への干渉を開始する



[38496] "かくて幻獣は猛る"
Name: 686◆1f683b8f ID:e208e170
Date: 2014/03/29 14:11
 世界の謎、裏設定についての解説を前話の最後に追加させて頂きました。
 感想掲示板でもお話している方がいらっしゃったのですが、彼らの製品、某オルタにOVERS(とそれに類する代物)がインストールされていた可能性もなきにしもあらず、といったところでしょうか。第7世界のプレイヤーに、「白銀武が世界の延命に成功する」シミュレートを反復させることで、「白銀武が世界の延命に成功した」情報を、かの世界に送信し続けることで世界の運命を変えようとした可能性もあります。












"かくて幻獣は猛る"



 篁唯衣は、頭を下げた。「能登和泉は私の同期でした」の言葉の後、篁唯衣は頭を下げて、もうその後は何も言えなかった。ゆっくりと彼女は、面を上げることも出来ないままにそっと拳を出して、目の前に座る青年でそれをひらいてみせる。
 そこには先の京都防衛戦で戦死した、斯衛軍少尉能登和泉の遺品があった。彼女が肌身離さず、最後の時まで所持していたそれが、斯衛軍少尉篁唯衣の掌にあった。能登和泉は、篁唯衣と同期――同じ衛士訓練学校に通い、京都防衛戦の折に繰り上げ任官した少女である。そして、京都市における市街戦で叛徒が操る戦術歩行戦闘機、瑞鶴に撃墜されていた。
 京都市街で破壊活動を行った戦術機群に対抗した嵐山中隊の内、生き残ることが出来たのは篁唯衣ただひとりであった。そして彼女はただひとり、生き残った者としての責任を果たそうとしていた。

 対して篁唯衣の正面に座る青年も、どうしてよいのか戸惑っているようであった。能登和泉の戦死を、彼は既に知っていた。突然の来客、見覚えのある少女の遺品――どこにでもあるようなロケットを前に、彼も何と言っていいのか分からないらしい。
 能登和泉と交際していたこの青年――田上忠道は、帝国陸軍東部方面軍に属する人間である。階級は陸軍少尉。BETAが本土上陸を果たした7月時点では、彼は帝国陸軍西部方面軍に属し、九州中部戦線においてBETAとの戦闘に臨み、九州中部戦線では我が身を省みない活躍ぶりをみせ、戦闘終結後には連隊長から感状を受け取っている。
 そんな"勇猛果敢"な彼も、言葉に詰まった。
 能登が最期までお世話になりました、ありがとうございました、とでも言えばいいのか。本土防衛の任務の最中の戦死、能登も本望だと思います、とでも言えばいいのか。……どれも違う気がする。
 そもそも田上は、自身が生き残り、彼女が鬼籍に入るという状況を想定していなかった。
 最前線九州地方の防人と、帝都の護りにつく衛士、どちらが先に斃れるかを考えれば、前者が先に散るが道理ではないのか。

「悔しいですね」

 田上は、ただ一言そう呟いた。
 詳報に載った戦死者名簿に、能登和泉の名前を見つけた時の、衝撃と遅れてやって来た悔恨の念が、いまここでまた彼の心中で復活した。もしも俺が、一匹でも多くのBETAを殺していれば、九州中部戦線に惹きつけてさえいれば、能登は死ぬことはなかったのではないか。嵐山中隊も、手酷い損害を出さずに済んだのではないか、とさえ思ってしまうのだ。
 勿論、そんなことは幾ら考えても詮がないことだ。
 これが戦争か、とだけ田上は、思う。戦争ならば、仕方がない。あらゆる理不尽が許される戦場、運がなかった、の一言で全てが片付けられてしまう戦争ならば。

 だがしかし、田上は東部方面軍に転属してから、聞き捨てならない噂を耳にしている。



「能登は、叛徒が操る戦術歩行戦闘機との戦闘の最中に、戦死したと耳にしました」

「それは……」

「本当のところはどうなのですか。緘口令でも敷かれているのか分かりませんが、京都から逃げ帰ってきた避難民の方には、"戦術機が京都を焼き払った、青い戦術機もいた"とお話している方もいます」



 実は日本政府と帝国陸海軍・斯衛軍は、青い武御雷が率いる戦術機と攻撃ヘリによる京都空爆をひた隠しにしている。"敵機"と対決した嵐山中隊や、これを撃退した第19斯衛大体には緘口令が敷かれ、"敵機"の存在が他部隊に、とりわけ地方(民間)に気取られないような処置がとられている。
 理由は単純だ。
 人類の剣たる戦術歩行戦闘機が、友軍を撃つなど"ありえない"ことであり、これが明らかとなれば国内を騒擾せしめることは間違いない。国連軍に参加する各国軍の将兵にも申し訳が立たない。

 斯衛軍としても、これはなんとしても隠蔽しなければならない一件だった。

 京都市街を炎上せしめた賊軍を率いていたのは、"青藍の"戦術歩行戦闘機。

 嵐山中隊の篁機と第19大隊大隊長斑鳩機のガンカメラが捉えた機影は、紛れもなく試験中の最新鋭機「武御雷」――五摂家仕様。識別信号から、第3斯衛大隊、祟宰機であることは間違いなかった。
 五摂家仕様の"青い"戦術機は、起動・制御に生体認証が必要となる。
 通常の戦術歩行戦闘機とは異なり、フルチューンが為されたそれは専用機として、他人は絶対に搭乗出来ない。つまり、祟宰恭子本人が戦術歩行戦闘機武御雷を駆り、無辜の臣民を殺害した、ということになる。
 陣頭に立ち日本臣民を守る征夷大将軍、それを輩出することが許される家柄の五摂家、その人間が駆る機体が都民を虐殺した――征夷大将軍を精神的支柱とする斯衛軍将兵にとって、これほど衝撃的な事実はなかろう。また斯衛軍の存在意義自体が問われることになる。最悪、斯衛軍の解体さえも現実となるだろう。

 実際には、人間が操る戦術歩行戦闘機が京都の街を襲ったのではなく、幻獣が寄生した戦術歩行戦闘機が大虐殺を行った。それが真実である。だが帝国陸軍・斯衛軍は、BETA新属種(幻獣)が戦術機に寄生するなど考えもしない。戦術歩行戦闘機は人類の剣であり、訓練を受けた将兵しか搭乗出来ない、これがこの世界の常識であった。



「それは……お答え出来ません」



 篁唯衣は、田上を正視することが出来ず、俯いた。
 篁唯衣は、能登和泉の友人である。同時に、斯衛軍少尉でもある。
 斯衛軍の命令には従う他無く、また斯衛軍少尉の身でも仮にこの話が国内に流布されれば、どうなるか容易に想像がつく。
 国防省や城内省の要職に就く人間も辞職を余儀され、国連軍に参加する多国籍軍の将兵は、帝国軍を猜疑の目で見るようになる。民衆の心は本土防衛軍と斯衛軍から離れ、武家の求心力は失われるであろう。……決して隠し通し、後回しにしていい問題ではない。ではないが、この熾烈な本土防衛戦の最中にこれが公表されれば、日本列島に集う人類軍将兵の足並みは大いに乱れる。

 半ば噂話が真実であり、また立場上それを篁唯衣が話せないということを確認した田上は、「そうですか」と頷いて追及を止めた。
 田上の個人的な感情としては、能登の最期をもっと詳しく知りたい、との思いがあったが、彼も帝国陸軍という組織に属して戦う戦士だ。篁唯衣の立場は、よく分かっている。組織の保身が大事か――檄しそうな思いもない訳ではないが、それを目の前の少女にぶつけたところでどうにもならない。
 彼は心中で、(能登の最期が公表される時まで、せめて生きて延びてやろう)と決心するに留め、「ありがとうございます、そのロケット受け取ります」と言って、篁唯衣の掌に載ったままの能登の遺品を受け取った。

「お義父さんお義母さんの反対を押し切って、無理矢理にでも籍を入れてやれば良かったんでしょうけどね」

 田上はもう余裕を取り戻し、冗談さえ口にしてみせた。
 徴兵対象年齢は16歳からだが、既婚者はその限りではない。武家ならば継嗣の問題もある、16歳なりたてで結婚することも別段おかしいことではないであろう。無論、周囲からは「あの家は娘を戦地に行かせまいと躍起になって」と陰口を叩かれるかもしれないが、それで命を拾えるのならば安いものだったのではないか――それが田上の考えだった。

「……和泉はいつも、田上さんが送ってくださるお手紙を大事そうに読んでいました」

「それはこっちもです。彼女は筆まめで。篁さん達同期や教官のことや、衛士訓練学校での出来事、いろんなことを逐一書いて来て」

 田上が篁から受け取ったロケットを開くと、そこには自分自身が写った写真が収められていた。任地の問題から、98年に入ってからはまったく会えず終いであったことを、今更ながら田上は寂しく思わざるを得なかった。
 それから彼は時計も見ずに、早口で篁唯衣に告げる。

「わざわざ来て頂いて、ありがとうございました。申し訳ありませんが、この後中隊員を集めての対人戦研究会がありますので」

「こちらこそ、ただお時間を使わせてしまって……では失礼致します」

 篁唯衣は能登和泉のことを思い出したのだろう、暗い表情をして、帝国陸軍松戸基地の面会所から出て行く。

「いや……本当にありがとう! 篁さんの武運、祈ります!」

 彼女の背中にあまり効果のない励ましの言葉を送った田上も、その背中を見送るなり、すぐに面会所を出、周囲の人間が二度見するほどの早足で廊下を歩き出した。
 田上は嘘をついていた。
 篁唯衣に言った、中隊員を集めての対人戦研究会など大嘘であり、そんなものは予定されていない。
 田上が向かった先は、個室トイレであった。



 そこで田上は、嗚咽を押し殺してひとり、泣いた。







―――――――







 幻獣にとって、BETAは邪魔でしかない。
 彼ら幻獣がこちらの世界に転移した際、BETAに対して抱いた感情は、嫌悪、あるいは憎悪であった。同じ人類と対峙する存在としての、親近感のようなものは一切ない。幻獣の眼には、彼らは醜悪な怪物にしか見えなかった。自分たちの第2の故郷となる世界の資源を喰い尽くし、あくまでその過程で共通の敵――人類を食い尽くしてゆくBETAの存在を、幻獣は肯定するはずがなかった。
 幻獣が異世界への侵略を開始した理由には、未曾有の危機に晒されている自身らの世界から人々を脱出させなければならないという切迫した事情がある。具体的には幻獣の世界で、生物を異形へと退化(あるいは進化)させる郷土病(所謂ヤオト化)が猛威を振るっており、これを放っておけば、自身らの世界はいずれ終焉を迎える。幻獣達はただ単純に人類を滅ぼす為に戦っている訳ではなく、移住先を求めた、自身達の存亡を賭けた戦争をやっているのだ。
 つまり人類を滅ぼせばいい、という訳ではない。重要なのはむしろ、人類滅亡後に幻獣達が居住するに足る地球環境が残っているかが問題なのだ。

 BETAは確かに人類滅亡を促進している。利用する手もない訳ではない。
 だが彼らは、人類滅亡に働くだけでなく、地球の自然環境を破壊し、欧亜大陸を荒涼たる砂漠に変えようとしている。
 かつて第5世界(ガンパレ世界)、近代において北海道の開拓と防御を目的に派遣された屯田兵が如く、異世界の地球環境回復と占領後を見据えた対人類戦を遂行する幻獣にとって、BETAは――邪魔だ。



「特に横浜ハイヴ」



 ひとり海岸に佇む少女は、ぽつりと呟いた。

 小笠原諸島を根城にいよいよ東京を攻撃せんとする幻獣軍としては、BETAの策源地、横浜ハイヴは特に邪魔だった。同じ日本帝国内であっても、佐渡島ハイヴの存在は、人類軍の戦力を日本海側に惹きつける意味で、幻獣軍としてはむしろ歓迎したいくらいだが、一方で横浜ハイヴは場所が悪かった。

 小笠原諸島から戦略目標東京を攻撃するには、陸上に橋頭堡を築かねばならない。

 人類軍の池とも呼べる東京湾に水棲幻獣を展開し、陸自第1師団――否、帝国陸軍第1師団をはじめとする精鋭が待ち構える東京湾沿岸に、直接幻獣を揚陸することは絶対に避けるべきであった。東京湾は高速哨戒艇が緊密な警戒網を張っており、多摩川防衛線の支援任務の関係もあり、大小艦艇が常時存在していることは分かっている。仮に東京都(東京府)に直接戦力を送れば、陸上戦力に足止めされている間に、海上から一方的に叩かれ、敗北することは間違いない。
 では千葉県南端、房総半島に橋頭堡を築いてはどうか。……それも駄目だ。まず千葉県南部の丘陵地帯で、人類軍はゲリラ戦を仕掛けてくる。幻獣軍が山岳戦、対ゲリラ戦を不得手とする、ということは先の九州戦、山地を活かして人類軍が立て篭もった、佐賀・大分両県を陥とせなかったことで証明済みだ……。そこを抜けたとしても千葉県中部・北西部には木更津基地、松戸基地、習志野基地、下志津基地――人類軍最精鋭とも呼べる陸上戦力が収容されている施設が集中している。

 幻獣軍は、横浜ハイヴが存在する神奈川県側に、橋頭堡を築かざるを得ない。



「東海・甲信越の敵戦力が、希薄だということは分かっています。挟撃されることはない。私達としては横浜で手持ちの戦力を整え、多摩川防衛線を破るのが一番やり易いんです。だから横浜ハイヴが、邪魔になる……わかりましたか、みなさん」



 少女は、三浦半島の海岸で、ひとり砂を蹴る。

 その正面。百メートル先で、少女の存在に小型種BETA達が気がついた。
 兵士級と闘士級が、久しぶりに見る種類の資源を認識し殺到する。彼らにとって人類とは、再利用可能な資源であり、原始的な生命体(戦術機)に寄生する"何か"であり、自身達の活動を妨害する"災害"に関係している何かであった。
 少女からすれば、BETAとはただの醜悪な怪物であった。人間と変わりない。

「害虫駆除、といったところでしょうか」

 少女の背後――三浦半島の海岸全域を覆い尽くさんかという規模の、靄が揺れる。
 だがそれをBETA達は、脅威と認識することが出来なかった。

 出来ないままに、次の瞬間小型種の群れは薙ぎ倒されていた。

 異形へと姿を変えた少女は、掌に生成した赤い瞳から何ら躊躇することなく生体光砲による砲撃を繰り出し、こちらを認識している小型種を吹き飛ばし、こちらに気づいていなかった小型種の群れ、そして戦車級、遠目に見える要撃級を貫いてゆく。
 本来幻獣を滅ぼすべく開発・製造された第5世代クローンは、幻獣と同等の能力を有する。
 それは、強力な同調能力を活かした生体兵器の"実体化"と――。



「来てください」



――幻獣の指揮能力。

 少女の背後で、それまで霞、霧といった自然現象として存在していたそれが、急速に実体を得る。夜闇に燈った一対の赤い灯火は、爆発的にその数を増やし、その怒りに燃える瞳の下では、靄が凝固し分厚い生体装甲が生成され、次々と実体を得た異形の足が三浦半島の砂浜を踏みしめる。
 BETAは従来の物理法則を超えたその現象を、未来永劫理解することは出来ないであろう。大気中に蔓延する人類のBETAに対する憎悪、敗北に伴う諦観、そういった負の感情――あしきゆめを掻き集めて、今宵実体化した幻獣の数は約2万。そして彼らはBETAに対する宣戦布告として、生体噴進弾9万発による制圧射撃をお見舞いした。





 

 10月1日、神奈川県三浦半島。

 重光線級と光線級は、幻獣を脅威として認知することが出来ない。
 彼らの迎撃優先順位は第1に曲線を描いて降下する"災害"、第2に高性能電子機器を積んだ"災害"であり、未だ彼らはこの宇宙で未だに観測されたことのない、資源にもならない「よくわからないもの」をどう処理していいのか分からないでいる。
 だがそれでも、三浦半島南端に上陸した幻獣群が放つ生体弾を、彼らは正確に撃ち落さんと天を仰ぐ。……そしてそのまま生体弾の直撃を受け、吹き飛ばされていく。数の限られる重光線級と光線級、一照射後に次発を照射する為に掛かるインターバルは、前者が36秒、後者が12秒。これでは物量任せ、幻獣軍の容赦ない制圧砲撃を捌ききれるはずがなかった。
 砲兵役の中型幻獣ゴルゴーンが、夜闇を貫く閃光を目印に、積載している90発の生体噴進弾を叩き込む。幻獣軍は、光線級を脅威と見做していた。一発必中のレーザー照射、人類軍がBETAに苦戦している理由も、この光線級の存在が大きい。
 故に、最優先に潰す。
 曲射軌道で突っ込んで来る生体弾を認識した重光線級は、その巨大な瞳から正確無比の精度を誇るレーザーを放ち、空中でそれを蒸散させた。だが照射が終わった途端に、その足元に新手の生体噴進弾が着弾し、破裂した弾体から弾け飛んだ強酸に足回りをとられて転倒する。……そして強酸の池の中に、遂にその胴体、瞳まで沈んでゆく。

「武御雷の情報によれば、光線級の照射インターバルは12秒。……消し飛ぶまでに、いったい何回照射出来るのでしょうか」

 ミノタウロスの肩に腰掛ける少女は、同調能力で矢継ぎ早に周囲の幻獣に命令を下していく。
 ゴルゴーンの激しい砲撃の下、中型幻獣ミノタウロスと中型幻獣キメラが横陣を敷き、その脚の合間にはゴブリン達が小隊を組んで突撃の準備を整えた。
 ゴブリンの群れの中、下士官役のゴブリン・リーダーは目前の光景を見、自軍の勝利を確信する。彼の赤い瞳には、生体弾が着弾の際に巻き上げる砂煙だけが映る。閃く光は、いっさい眼に出来ない。幻獣軍は僅か数分で、敵の砲兵(光線級)を叩き潰したということだ。
 あとは物量任せ、一気呵成に叩き潰すだけだ。

 そんな楽観的な思考と戦斧を携え、突撃命令を今か今かと待ち侘びるゴブリン・リーダーは、次の瞬間土煙の中から巨影が出現するのを見た。
 ゴブリン達が恐慌に駆られて、キーキーと鳴く。土煙の中から現れた巨影は、一体だけでない。百は下らない数の怪物の、横隊が迫ってくる――ゴブリン達は、キーキーと鳴いたまま、彼らは巨影に轢き殺された。全高10m以上にもなる怪物は、時速200km前後の速度で小型幻獣達を吹き飛ばし、幻獣軍の堅陣を蹂躙しに掛かる。

「目標、突撃(デストロイヤー)級。全軍、全力で阻止射撃お願いします」

 少女の言葉と同時に、中型幻獣キメラが前腕の光砲を突撃級に指向し、中型幻獣ナーガの群れが、自身の横側面に備えられた複数門の光砲を食らわせるべく、陣地転換を開始する。
 ……だが、間に合わない。
 光線級のそれと同じく、中小口径光砲も発砲には溜めを要する。人類軍との悠長な砲撃戦に慣れた光砲科幻獣にとって、突撃級の蹂躙突撃は速すぎた。蠍めいたキメラの頭部を一撃で踏み抜いた突撃級は、そのままキメラの背、尾を踏み潰して後続の幻獣を潰しに掛かる。迎撃に有利な隊形を取ろうと、陣地転換を開始したナーガ達は、複数体まとめて跳ね飛ばされ轢き殺されていく。

「光砲科は即時射撃を開始してください。陣地転換をやっている時間はありません。前衛は突撃級を抑えつけて――後衛、ゴルゴーンを守ってください」

 ミノタウロスと突撃級が衝突する。
 その勝敗は、五分五分といったところであった。
 生体誘導弾と肥大した前脚で突撃級を迎撃するミノタウロス、堅牢な正面装甲と優速を武器に突撃を掛ける突撃級。一方ではミノタウロスが突撃級を殴り飛ばし、他方では突撃級がミノタウロスを押し倒し踏み潰す。

 その足元ではゴブリン・リーダーが、同調能力で部下を纏めながら逃げ回っていた。
 自身がもつ戦斧や、部下の集団戦術では到底突撃級にはかないようがない。自分たちの相手は、この後にやって来るであろう、敵の随伴歩兵役だ。
 張り出した装甲の下に隠れた双頭をミノタウロスの拳に潰された突撃級が、止めの一撃を喰らい、横転する。廃墟を巻き込み、押し潰して転がる突撃級を横目に、ゴブリン・リーダーは集結させた部下を、次々と遮蔽物の陰に隠した。
 その頭上を、赤黒い破壊光線が閃く。
 遅ればせながら陣地転換を終えたナーガ達が放つ、生体レーザーは後続の突撃級、そして遅れて押し寄せる要撃級の群れに殺到する。突撃級の正面装甲を射貫することはかなわないが、体高の低いナーガはその脆弱な脚を狙うことは出来た。
 たまらず擱座する突撃級。
 その横合いを、戦車級の群れが駆けてゆく。
 これに対するは、ゴブリン・リーダー率いるゴブリンと、幾許かの犬を模した小型幻獣コボルト。時速80kmは小型幻獣からすればあまりにも速すぎる突撃速度だが、それでもやるしかなかった。

「キョーキョキョキョキョ!」

 ゴブリン・リーダー達の指揮の下、コボルトが額の眼から放つレーザーで弾幕を張り、敵の進撃路を限定する。彼らの生体レーザーは貧弱だ、貧弱だが戦車級の頭部生体ユニットを破壊するには充分な威力を有していた。そしてゴブリン・リーダーは、鋼鉄をも易々と引き裂く戦斧を実体化させた傍から投擲してゆく。
 そして下っ端、兵卒の役回り、ゴブリンは無謀にも戦車級に飛び掛り、何とかしがみつきしがみつくことに成功した個体は、その貧弱な腕力で、戦車級を殴りつけ、その外殻をひっぺがさんとする。

 ゴブリン・リーダーは駄目だ、とだけ思った。相手は人類軍の主力戦車と同程度の速度を有し、素手ではどうにもならない装甲をもつ――ゴブリンには荷が重過ぎる。
 彼は正面に迫る戦車級の頭部と胸部を投擲した戦斧でかち割り、その後も惰性で前進を続けるそれを斬り捨てると、ゴブリン達に撤退を命じる。だがしかしその撤退命令を聞くことが出来たゴブリンは、あまりにも少なかった。多くのゴブリンは、戦車級の前腕に捉えられ、その毒牙に掛かり幻に還ってゆく最中にあった。
 ゴブリン・リーダーに口腔があれば、舌打ちをしていたであろう。

「小型幻獣は退きなさい」

 ゴブリン・リーダーのそれよりも遥かに強力な同調能力が、小型幻獣達の行動に干渉する。引き波が如く、意地を張ることもなく後退する小型幻獣の頭上を超えて、中型幻獣が放つ生体弾と生体光砲の乱打が、小型種BETAをただの肉塊へと変えた。だがその弾雨を前にしてもなお、BETAは遮蔽物となる突撃級や要撃級の死骸を縫うようにして、ひたひたと幻獣群に迫る。
 生体光砲の斉射を突撃級の外殻の裏側で凌いだ戦車級は、中型幻獣ナーガやキメラに喰らいつき、その装甲板を引き剥がさんとする。それを見た小型幻獣達は、むざむざと中型幻獣をやらせはしないと再び戦車級に立ち向かってゆく――。



 ここまで幻獣実体化から数十分間の戦闘は、BETA側が優勢であった。愚かにも思える拙速は、逆に幻獣にとっては想定外であり、その勢いに呑まれる形で幻獣軍は厳しい戦いを強いられた。だがしかし幻獣軍に強みは、その物量にある。

 夜の闇が凝固し、際限も無く彼らは現れる。

 それまで人類をその物量で圧していたBETAは今日、物量で競り負けようとしていた。



[38496] "地には闘争を"
Name: 686◆1f683b8f ID:e208e170
Date: 2014/03/29 14:14
 群馬・栃木県一帯に駐屯する帝国陸軍第12師団は、先のBETA新潟上陸、そしてBETAの東日本縦断、横浜ハイヴ建造を阻止すべく、積極的に運用された。
 彼ら第12師団は、近年徴兵年齢の引き下げにより新設された二線級師団よりも、優れた戦闘力をもっていた。戦術機甲連隊(連隊定数108機)3個を基幹とし、また機械化歩兵装甲を多数有する4個歩兵連隊、完全自走化された砲兵連隊をも有する、言うなれば対BETA戦に特化した機械化師団。精鋭中の精鋭と言ってもいい。

――故に先の戦いにおいて、彼らが投入されたは、常に最前線。

 彼ら第12師団は、優勢なるBETA群の前に立ち塞がり、打撃を与えては後退し、打撃を与えては後退する遅滞戦術を実施し、恐慌に陥る本土防衛軍諸部隊に貴重な時間をもたらした。
 その代償は無論、大きかった。
 被撃墜(全損)戦術機数は98機、小中破機は69機。
 機械化装甲歩兵、機械化強化歩兵が多く配されていた歩兵連隊も、4個の内2個が全滅――誰一人帰らなかったという意味での、全滅――の憂き目に遭っている。

 だがしかし少なくとも書類上では、帝国陸軍第12師団の快復は早かった。

 10月7日、帝国陸軍第12師団隷下第12戦術機甲連隊が駐屯する宇都宮基地に、また大量の補給物資が到着した。鈴なりに連なる大型トレーラーの群れ、彼らが背負い込むは新規製造されたばかりの戦術歩行戦闘機、89式戦術歩行戦闘機"陽炎"。また第12戦術機甲連隊に同居する衛士訓練学校向けにか、77式戦術歩行戦闘機"撃震"が少数機混じっている。……それらの機体の随所には、宣伝目的であろう北斗七星をあしらった企業マークが描かれている。



「七星重工様様ですな」

「ああ」



 宇都宮基地敷地内に設けられた宇都宮飛行場、その管制塔の一室を借り、衛士訓練学校の実機訓練を眺めていたはずの将校ふたりは、ついつい七星重工の車列に目を向けてしまう。
 七星重工。新興軍需企業として1ヶ月前に営業を開始した彼らは、今や帝国陸軍が必要とするあらゆる装備品を製造し、しかも無料同然で販売している。七星重工のその能力は、一介の野戦将校である彼らも実感しており、また感謝せざるを得ない。……平時でも到底考えられないペースで、この宇都宮基地に戦闘糧食、各種砲弾、保守部品、そして新造機体が送られてくる。
 だが同時に、彼らは何か薄ら寒いものさえ感じていた。
 BETA新属種に海上通商が破壊され、海外から原料を調達出来ない現在、如何にして彼らが兵器を製造しているのか。光菱重工や河崎、大空寺を押し退けるだけの多売を可能とする工業力は、どこにあるというのか。BETA本土上陸の影響で、国内・国外に在る工業力は大きく衰えた。現在、製造プラントの国内移転先となっていた北海道との連絡は取れず、また日本企業の軍需工場の主な対外移転先となっていた東南アジア・オーストラリアとは、通交が一切出来ない状況だというのに。
 ……いったい七星重工の製造ラインは、そこに乗せられる原料は、どこにあるというのだろうか。



「まあ前線部隊(われわれ)としては、物資が潤沢になるだけ、随分楽になりますよ。整備の連中も、快哉を叫んでます」



 第12戦術機甲連隊連隊副官は、宇都宮基地敷地内へ続々と進入する七星重工の車輌を眺めながら、そう言った。
 七星重工の操業、その実態を探るのは情報省の人間がやることであり、国防省、それも前線で命を張る野戦将校が考えることではない。むしろ考えるべきは、彼らの製造した商品を、如何に使えるか、だ。



「だが装備品だけでは、戦争は遂行出来ない」



 対して第12戦術機甲連隊連隊長を務める男は、至極まっとうな言葉を口にした。
 幾ら戦術歩行戦闘機が配備されようと、砲弾・燃料が潤沢にあろうと、それを使う衛士が居なければ何の意味もない。物は幾らでも造ることが出来る、だが人は買うことは出来ず、また人を一からものにするには十数年を要する。先の対BETA戦で第12戦術機甲連隊は、48名の衛士を完全に喪失した。全損した戦術歩行戦闘機は、七星重工から購入すれば良い。だが衛士(こちら)の穴は、簡単には埋まらない。
 副官とて、それはわかっている。
 第12戦術機甲連隊の勇気ある衛士、そのほとんど半数を戦死、あるいは行方不明と認定する、その辺りの事務処理を行ったのは彼だ。52名――BETA上陸が7月、僅か3ヶ月の戦闘で第12戦術機甲連隊に所属する百余名の衛士の内、ほぼ半数の衛士が戦死している事実を、彼は当然軽視していない。

 連隊副官は、七星重工の車列から目を離し、宇都宮飛行場の片隅で起立した撃震に視線を注いだ。機体の肩口は蛍光色で塗装が施されており、衛士訓練学校が保有する訓練機であることが分かるようになっている。



「そういえば……Alpha&ageインダストリは、ご存知ですか」

「聞いたことがないな」



 Alpha&ageインダストリ。連隊長は、恐らくメーカー名であろうその単語に、一切の覚えがなかった。第12戦術機甲連隊の一切を預かる彼ではあるが、やはり最近は七星重工の出入りが多く、他企業の名前を見聞きする機会が少ない。どこぞの中小企業か、別段覚える必要も無かろうと、連隊長は思う。
 だが連隊副官は、七星重工と同時期に出現したこの企業を、よく見知っていた。



「最近、全国の衛士訓練学校に出没しては、"試供品"のシミュレーターを設置していくそうです。制式採用はされていませんが、学校関係者、現場の教官、訓練生には概ね好評。……シミュレーターの数自体が限られている状況ですから、大助かりだとか。真に迫る映像投影、訓練生用の音声支援機能も受けているようです」

「地味だが、随分と痒いところを掻いてくれる」

「宇都宮飛行場を出入りしているところを捕まえて、お話を伺ったのですが、シミュレーターだけでなく、今後は戦術歩行戦闘機の新作OSの製造等も行っていきたい、とのことでした」

「……難しいだろうな」

「ええ」



 戦術歩行戦闘機に採用されるOSは、戦術機のまさに根幹を為す。
 幾ら優れた機体に優れた衛士が搭乗しても、ソフトウェアに欠陥(バグ)があれば、戦わずして戦闘不能になる恐れもある。OSの開発メーカーに求められるのは、冒険心というよりは実績、堅実さだ。歴史も浅く実績もない、新興企業がシェアを獲得出来るほど、甘いものではない。少々改良が為された程度のそれでは、欠陥が改善され尽くした既存OSを駆逐することは難しい。
 それこそ革新的、かつ対BETA戦に大きく利する機能をもつOSでなければ、制式採用は有り得ないであろう。

 だがしかし第12戦術機甲連隊本部で連隊副官を務める男は、今後かの企業が興隆する未来図をありありと描いていた。伸び代がある、何かをやってくれる、そう確信させるだけの何かがある。彼が宇都宮飛行場で出会った営業担当者はこう言っていた――「七星重工が出来ないことを、ウチがやります」と。


 






"地には闘争を"









 払暁。

 未だに夜闇がしがみつく浜辺では、実体化を開始したばかりの幻獣達が蠢き、また生体弾を撃ち尽くし戦線離脱した中型幻獣ゴルゴーンが、新たに実体化した生体弾役の超小型幻獣達を寄生させ、補給を完了させる。
 中型幻獣の足元ではゴブリン・リーダー達が、新たに実体化した小型幻獣ゴブリンや、犬に酷似する小型幻獣コボルトを掌握し、小隊・中隊単位で北上を開始する。戦闘能力が乏しい彼らだが、それでも機動力等を買われ、敵群の位置特定・観測、BETA小型種の掃討、旧市街地の調査といった任務を与えられている。

 三浦半島南部に強襲上陸を果たした幻獣軍は、殺到する新手のBETA群を撃退しながら、その橋頭堡を更に拡大し、より強固なものにした。
 幻獣軍は非力な小型幻獣を中心に多大な犠牲を払ったが、代わりに軍団規模(約5万)の小・中型幻獣大規模実体化や、幻獣軍の決戦兵器とも呼べる大型幻獣の投入を可能とするだけの空間を確保することに、彼らは成功した。これにより後続の幻獣達は、実体化後に戦闘態勢を整え、戦況を把握した後に余裕を以て対BETA戦闘に臨むことが出来るようになった。

 幻獣軍が押し上げた戦線は、既に横浜ハイヴ外縁部にも迫ろうとしている。
 幻獣先遣集団の指揮を執る第5世代クローンは、1週間で旧横浜市街及び地表構造物を制圧し、その後たっぷり数ヶ月掛けて横浜ハイヴ中枢を完全攻略する腹積もりであった。
 幻獣陣営は人類が多大な血を流して得た、ハイヴに関する情報の殆どを入手している。
 ハイヴは複雑な地下構造を有しており、帝国軍呼称"甲22号目標横浜ハイヴ"、未だフェイズ2のそれであっても、高速突入・三次元機動が可能な兵器、人類軍の戦術歩行戦闘機のような兵器が必要となる。"地に足をつける"陸戦型幻獣が主力の、幻獣軍が雪崩をうって突入したところで、複雑な地形をもつ地下構造を攻略することは不可能だ。
 高速力を発揮する陸戦兵器――"対戦術歩行戦闘機用幻獣"は目下開発中、現状では戦術機のような兵器を"ほとんど"持たない幻獣軍は、人類軍を範とする速戦速決の戦術をハイヴに用いる訳にはいかない。

 ではどうするかと言えば、幻獣軍が採る対ハイヴ戦術は、端的に言えば「ハイヴ地表面を抑え、馬乗りの構図で殴り続ける」ことであった。

 地表面を占領し、占領するだけで無理な突入は企図しない。
 ただひたすらに湧き出すBETAを殺し、殺し続け、大型幻獣を主力とする大群で、ハイヴを砲撃し、砲撃と工作を続けて頑強な地上・地下構造自体を破壊し、「ハイヴを作り変えた」ところで少数精鋭による突入を敢行する。それが彼らが、現段階で考えている戦術だった。勿論、敵策源地の頭上に居座り続けるのだから、被害は続出することは間違いない。だがしかし物量ではこちらが圧している――先に力尽きるのは絶対にBETAだ、という確信が幻獣側にはあった。



 神奈川県横須賀市、国道134号は放置車輌とBETAの死骸に埋め尽くされ、到底幹線道路としての能力を喪失していたが、それは小型幻獣達には関係が無かった。
 亜人の群れを引き連れるゴブリン・リーダーは、突撃級や要撃級の死骸の合間を進み、また死骸をよじ登って北上を続ける。それに倣ってゴブリンやコボルト達もそれぞれ四苦八苦しながら、国道134号を進んだ。
 体高15m以上はある突撃級の死骸を登りきったゴブリン・リーダーは、悠然と周囲を見回す。死骸と死骸、車輌と車輌、廃墟の合間に眼を凝らすが、BETA小型種の姿は見えない。見えるのは人類が残した文明の残りカスと、BETAの死骸のみ。
 ゴブリン・リーダーは、同調能力を用いて同僚や他の幻獣達と連絡を取り始めた。
 既にこの辺りは、先遣隊が掃討を終えた区域となっていたが、それでも油断は出来なかった。彼らは飛び道具こそ持たないが、白兵戦能力に秀でている。兵士級はともかくとして、闘士級が一匹でも残っていれば苦戦は必至であった。俊敏性でヒトウバンに優り、腕力においてもゴブリン・リーダーに優る闘士級を仕留めるには、コボルトのレーザー射撃か、あるいは50体、100体のゴブリンをけしかけて動きを封じる人海戦術しかない。

「キョーキョキョキョキョ!」

 どこかに潜んでいるかもしれない小型種を炙り出す為に、幾度かわざと頭蓋を震わせて交信するも、やはり反応はなかった。BETAには知性というものが、おそらくはない、とゴブリン・リーダーは考えている。こちらの存在に気づけば、連中は必ず自身の姿を露にするに違いない。

「キョーキョキョキョキョ」

 木霊のように、別群を率いる、あるいは後続のゴブリン・リーダー達も頭蓋を震わせ、威嚇を兼ねた発声をあげる。

 それから数秒待ち、BETAは潜んでいないと確信したゴブリン・リーダーは、他の小型幻獣達を手招きしながら進行を開始した。
 彼としては、時間が惜しかった。
 ゴブリン・リーダー率いる小型幻獣達には、明確な目標が与えられている。

 第5世界で云うところの陸上自衛軍武山駐屯地(本土防衛軍武山基地)をはじめとする、人類軍軍施設跡地に残された機密情報及び機材の強奪が、彼らに課せられた任務であった。BETA侵攻の際、本土防衛軍は相模湾に臨む武山基地を放棄しており、今回幻獣軍は「武山基地再占領」を最優先目標のひとつに掲げ、作戦行動を実施していた。
 横浜ハイヴ建設から1、2ヶ月が経過しているとはいえ、武山基地や併設されている衛士訓練学校、射爆場等は、未だBETAによる"資源回収"が為されていない可能性は大いにあり、情報戦及び人類兵器の鹵獲・運用を重要視する幻獣にとっては、これを捨て置く選択肢はなかったのだ。癪ではあるが、人類がこれまで収集してきた対BETA戦に利用可能な情報は、僅かでも欲しいというのが本音であり、また寄生幻獣の宿主となる人類兵器は貴重な戦力になる。

 BETAの血肉で滑る路面を駆け、国道134号を一心不乱に北上した小型幻獣達は、1時間後には武山基地の営門を潜ることが出来ていた。既に方々には光砲科中型幻獣や、前衛を張る中型幻獣ミノタウロスが中隊単位で立ち、運良く前線を突破したBETAに備えている。小型幻獣にとっては、頼もしい限りだ。

「キョーキョキョキョ」

 "帝国陸軍武山基地"と看板が掲げられた南門から侵入した小型幻獣達は、分派して残る施設の再占領を開始する。
 武山基地は帝国陸軍の歩兵連隊や戦術機甲連隊等の実戦部隊を収容するのみならず、衛士訓練学校、帝国海軍の横須賀教育隊等も置いている大規模な軍施設だ。先の人類軍とBETAの戦闘の余波、その後のBETAの活動等で破壊された箇所もあるが、予想通りかなりの部分が手付かずのまま放棄されていた。
 その強力な同調能力で、ゴブリン・リーダーと視界を共有している第5世代クローンは、自身の意図が当たっていたことにほくそ笑んだ。
 ゴブリン・リーダーは施錠されている建築物の扉を戦斧で叩き割り、その内部にはゴブリン達が雪崩をうって捜索に入る。彼ら自身には電子機器の取り扱いは出来ず、また有用な書類の区別等はつかないが、第5世代クローンは、彼らの瞳を通して情報を得てゆく。
 非力な小型幻獣は、お世辞にも対BETA戦に直接貢献出来るとは言い難い。だがしかし屋内や、地下施設の制圧・捜索にはこれほど適した存在はいないであろう。

 他の群れは、戦術機甲連隊の機体が収容されている格納庫に向かった。だがしかし中型幻獣ミノタウロスが抉じ開けたハンガー内には、既に機体はなかった。BETA侵攻の折に早々に出計らったか、放置されたままBETAに喰われたかのどちらかであろう。
 だが小型幻獣達は、それでも捜索を止めなかった。
 ここまで来て有用な物を得られないまま、帰る訳にもいかない。人類兵器は様々な用途で使える。直接的戦闘力もさることながら、人類軍内部の離反や抗争、後方撹乱にこれほど活躍する兵器はない。
 根気強い褐色の亜人達は、殺風景な格納庫内を駆けずり回り、そうして幸運なことにそれを見つけた。――地上・地下を繋げる機体搬出用昇降機、つまりエレベーターだ。ゴブリン・リーダーは同調能力により、エレベーターの操作法を獲得すると地下空間への扉を開いた。

 地下ハンガーには、77式戦術歩行戦闘機"撃震"と94式戦術歩行戦闘機"不知火"、合わせて十数機が、立直不動の姿勢のまま眠りについていた。恐らく地下格納庫で整備中であった機体であり、動かすに動かせず放棄されたのであろう。
 小型幻獣達は、居並ぶ鋼鉄の巨兵を見るなり歓喜する。
 ハイヴ攻略を目的に開発されたそれは、幻獣軍が最も求めていた種の兵器だ。

 だが小型幻獣達と同調能力で繋がっている第5世代クローンは、それだけで満足しなかった。更にゴブリン達は、求められるままに格納庫内の捜索を開始する。戦術機が必要とする突撃砲、接近戦用短刀が準備されている庫内で、ゴブリン達がそれを見つけるのにはかなりの時間を要した。
 赤い瞳が映したのは、黄と黒の警戒色がマーキングされた物体。

「ようやく手に入れた――」

 帝国陸軍が戦術歩行戦闘機腰部前面装甲に格納する、ハイヴ反応炉破壊用高性能爆弾S-11。
 中国戦線にて鹵獲した戦術機には、S-11弾頭が予め外されていた為に(帝都第一絶対防衛線に転用された為)幻獣軍はこれを運用することはかなわなかった。だがしかし、ようやく手に入れた。
 第5世代クローンの少女は、戦術歩行戦闘機及び軍施設から得られた情報から得られた、S-11の性能諸元を思い返していた。威力自体は戦術核弾頭にいま一歩及ばないものの、その特殊な起爆方式(電子励起方式)から誤爆発の可能性もなく、指向性をも与えることが可能な為に使い勝手は非常に良い。またハイヴ内の如き閉鎖空間では、より絶大な威力を発揮する。



「それと、都市部でもね」



 そして戦術機腰部装甲に収められる形状までに小型化された代物は、非常に、使い勝手が良い。







―――――――







 事実上、日本列島に集う人類軍――帝国陸海軍、国連軍に参加する多国籍軍の最高司令部となる、本土防衛軍統合参謀本部には剣呑な空気が漂っていた。特に本国と連絡手段が失われ、日本帝国に居候の身となっている在日米軍、他国軍はその憤りを隠そうとしない。誰もが憤怒を抱いた視線を帝国陸海軍の参謀に、そして末席に居座る場違いな男に注いでいた。
 国連太平洋方面第11軍、東洋系の参謀が出来得る限り感情を隠し、淡々と述べる。



「甲22号目標、横浜ハイヴ攻略作戦を、1998年12月を目途に発動する――これは国際連合、人類全体に対する裏切りですぞ」

 国際連合に加盟する人類国家は、単独でBETAの策源地たるハイヴに攻勢作戦を発動する権利をもたない。
 かつて中国軍が単独での軍事作戦に拘り、オリジナルハイヴを直前に大敗を喫した歴史を繰り返さない為に、各国軍は攻勢作戦を国際連合における議決を受け、国連軍の指揮の下、あるいは国連軍と共同で実施しなければならないことが、70年代末に発効されたバンクーバー協定で定められている。

 だがいま、本土防衛軍はその、人類全体との約定を破り、行動に移ろうとしていた。
 本土防衛軍統合参謀本部が国連太平洋方面第11軍に提案したのは、この日本列島に居合わせた現有戦力、その独力での「甲22号目標横浜ハイヴ攻略作戦」であった。

「7月7日より向こう、我々国連軍は手酷い打撃を被り、現在もその勢力を挽回出来ているとは言い難い。それは貴軍も同じこと。仮に国際連合の議場で、甲22号目標の攻略作戦が認可されるとしても、それは99年6月以降のことになるでしょうな。時期尚早かと」

 国連太平洋方面第11軍に参加する各国軍としては、現有戦力で横浜ハイヴを攻略可能だとは考えていなかった。帝国陸海軍は急速な戦力を回復を為し得ているが、それでも先の戦闘で帝国陸軍は多くの衛士を、帝国海軍は多くの大小艦艇を喪失している。
 また国連太平洋方面第11軍は、米第7艦隊所属艦艇をはじめとする有力な艦艇をほとんど失った。宇宙軍とは、通信途絶。……軌道爆撃及び艦砲射撃による対地支援は、見込めない。
 いま横浜ハイヴ攻略作戦を発動すれば、帝国陸軍と国連軍は、ハイヴ前面で斃れ伏す。
 人類の悲願、ハイヴ攻略は未だ為し得ていない偉業、人類にそびえ立つ巨大な壁だ。その困難を万全とは到底言い難い状態で、攻略出来る道理がない。横浜ハイヴ攻略作戦、それは集団自殺を目的とした作戦である、と酷評しても構わないほどの無謀。……だが日本帝国に居候している身として、仮にそれが始動するのであれば、国連太平洋方面第11軍は付き合わねばならない。



「横浜ハイヴの規模段階は未だフェイズ1、ないしフェイズ2と見做されています。時期尚早、拙速の感が拭えないのは否定しかねますが、いま叩かねば横浜ハイヴは手の付けられないBETAの一大策源地となります」

「ここ数日、多摩川防衛線前面に敵影認めず。連日の間引き作戦が、効を奏していることは間違いありません。いまならば我々に残された陸上戦力でも、十分横浜ハイヴ攻略を為しえるかと」



 一方で帝国陸海軍としては、万難を排して横浜ハイヴを攻略したいところであった。
 BETAの製造プラントとも目されるハイヴが、日本列島の腹中にあるこの現状、放置しておくには危険すぎる。

 無論、現有戦力では厳しい。……"人類の"現有戦力だけでは!



「ご覧頂きたい」

 そこで初めて末席に座る、明らかに場違いな男が口を開いた。
 口調こそ真面目だが、その格好はまさに道化。白塗りの顔面には思い思いのペインティングが為され、その長身を白タイツで包んだ男、彼は七星重工の営業担当者であった。恰幅のいい体を制服で固めた参謀達が集う場には、明らかに居てはならない存在が、そこにいる。
 国連軍将兵は呆れ返るばかりで、彼の存在をとやかく言いはしなかった。

「これは我が社の超微細偵察機が捉えた映像です」

 本土防衛軍統合参謀本部・国連太平洋方面第11軍の将兵が集う一室の照明が落とされ、投影機がそれを映し出す。



 石英の結晶が如き、無機質・幾何学的地表構造物。その周辺には荒野と、かつて横浜市街を構成していた建築物が疎らに残る。そしてBETAが地表と地下を出入りする為の、"門"が複数穿たれていた。観測されている範囲では10門に達してはいないが、これを放置しておけばBETAが湧き出す門は更に増加するであろうことは明らかであった。

 フェイズ2――BETA収容数はおそらく20万以下、主縦坑の深さは300~400m前後。

 門から湧き出すBETA達は、北ではなく南を目指す。
 突撃級と要撃級、そして要塞級から成る大型種の群れは、旧横浜市街を踏み潰しながら一路南進。
 だが彼らは横浜市境を跨いだ辺りで、幻獣軍の激しい突撃破砕砲撃に晒される。中型幻獣ゴルゴーン(本土防衛軍呼称"砲撃級")が放つ生体弾は、文字通り空中を埋め、そして高速でBETA群目掛けて落着。面制圧を目的とし、精度はそう良くない――はずの生体噴進弾による砲撃は、いま優れた精度を以てBETA群の頭上に降り注ぐ。
 精密砲撃が可能となっている理由、それは瓦礫の合間に隠れ、観測役を務めるゴブリン・リーダー(本土防衛軍呼称"士官級")が弾着修正を要請し、それを第5世代クローンがゴルゴーンへと中継しているからであった。
 無数の生体弾が要塞級に突き刺さり、その足元を往く要撃級はたった一発の被弾で胴部を溶解させられる。小型種の群れは言うに及ばず、直撃を避けても撒き散らされる強酸に蒸発してゆく。BETAが砲兵部隊の前進観測役の存在に気づかない限り、この弾雨は止むことはない。
 それでもBETAは歩みを止めることなく、寧ろ速度を上げて幻獣の群れへと殺到する。前を往く足の遅い小型種が蒸発し、進行上に踏み潰してはならない味方が消えたことで、突撃級と要撃級の群れの進行速度は、最高速――時速150km前後にまで達した。
 これを迎え撃つのは、中型幻獣の横陣。
 百足めいた外観をもつ光砲科幻獣ナーガ(本土防衛軍呼称"強襲級")は、複数門の光砲が備えられたその身体側面を敵群へ向ける。砲戦陣形をとった個体数は3000体を超え、このとき大型種の蹂躙突撃を破砕すべく指向された光砲は、2万門を超えた。彼らのもつ生体光砲は、光線級のそれに較べれば酷く精度も劣り、破壊力も程度が低い。

 だがしかし、それを数で補う。

 彼我、距離800m。
 2万本の光条が、深紅の破壊光線が大型種に襲い掛かった。最先頭を疾走する突撃級に向かった閃光は、ほとんどがその分厚い正面装甲と衝角に命中し、何の役にも立たなかったが、それでも幾本かは衝角の下に隠れる双頭や、巨体を支える脚を貫き、その活動を強制的に停止させた。
 最前列の突撃級、要撃級は絶命するか、足回りをやられて擱座するか、どちらかの運命を辿り、後続の大型種達の進行を妨げる。
 そして次なる2万本の破壊光線は、10秒と掛からず撃ち出された。
 幻獣が重要視するのは、質よりも数であった。個体数と手数の多さは、命中率や攻撃力を補う重大な要素。例えばナーガのレーザーが主力戦車の正面装甲を貫けずとも、10発撃った中の1発が戦車砲を直撃し、それを機能不全に陥らせることが出来れば、敵の戦闘力を失わせることが出来る。性能で劣っていても数で補う。それが幻獣軍の戦術・戦略。

 3回目の斉射の後、幻獣前面に殺到したBETA群の動きは、完全に停滞していた。
 脚を失いながらもまだ生きている突撃級や、絶命して転がる要撃級の死体が邪魔となり、後続は動けないまま、続く生体光砲の一斉射撃と、照準修正したゴルゴーンの激しい砲撃に晒され、斃れてゆく。
 4射目を区切りとして、ナーガの群れは引き下がる。
 代わって最前線に現れるは、タンクハンターこと中型幻獣キメラ(本土防衛軍呼称"重強襲級")と中型幻獣ミノタウロス(本土防衛軍呼称"前衛級")。

 そして――。

 約10000トンの重量に堪え切れずに舗装路は砕け、全長10mはあろうかという足は地中に埋まる。人工の手が加わったことで軟弱となった地盤に難儀しながらも、一々地下へ埋まる足を引っこ抜きながら、その怪物は一路横浜ハイヴを目指して進行する。地上から100m以上離れた位置にある彼の瞳は、その幾何学的な構造を持つ地表構造物を睥睨し、怒りに燃えていた。
 直立二足歩行で進むその毛むくじゃらの大怪獣は、人類軍に大型幻獣オウルベアーと呼称されている。直脚属障壁科。外見を端的に表現するならば、「体高100m超えのアリクイ」。第5世界(ガンパレ)世界の人類軍をして、「逃げるしかない」と言わしめる大型幻獣の一種である。

 オウルベアーの腹部が、赤く輝く。

 次の瞬間、オウルベアーとハイヴ構造物の合間を、極太の破壊光線が奔っていた。光速で放たれたそれは、生死を問わずそこに居合わせたものを蒸発させ、如何なる人類兵器も傷ひとつ与えられないハイヴ地表構造物に直撃した。
 この一撃、ハイヴは堪えた。
 たった一発で人類軍の組織的抵抗力を根こそぎ失わせる大威力を誇る大口径生体光砲の直撃も、ハイヴを砕くには至らない。さりとて、無傷だとも言えなかった。旧横浜市街を見下ろすようにそそり立つ、40mの地表構造物は若干、北に傾いだ。
 一撃では粉砕出来ないことなど、幻獣陣営も人類から得た情報で分かっていた。衛星軌道上からの爆撃にも抗堪する構造物を、一瞬で吹き飛ばす一撃があれば、それは戦略レベルから考案され、設計され、その陣営がもつ全力が傾注された存在が放つ乾坤一擲の一撃であろう。量産兵器のひとつである大型幻獣の大口径生体光砲如きでは、到底砕くには至らない。

 横浜ハイヴの南側に展開するBETAは、この巨体に反撃を開始する。
 運良く生き残っていた重光線級と光線級は、オウルベアーの腹部にわだかまる熱源を探知したか、迅速かつ正確にレーザーを照射する。その巨体に集まるは、十数本の予備照射レーザー。これが本照射となった瞬間に、オウルベアーはその上半身を喪失するであろう。

 このまま、何もしなければ。

 重光線級と光線級が照射出力を上げる前に、オウルベアーがその防御手段を発動させる方が早かった。オウルベアーが腹にもつ28の瞳の内、14の瞳が瞬くや否や、虚空に可視光が凝固して強力な光学・物理障壁が発生する。
 人類軍のあらゆる攻撃に堪え、核爆発の熱線と爆風さえ遮断するその障壁は、迸る青白の閃光を空中で受け止め、オウルベアーの表皮に触れさせることをしなかった。オウルベアーに対して何かしらの有効打を与えるには、後背に回り込み大口径の対戦車火器を浴びせる他はないのだが、そんなことはBETAには分からない。
 本照射を防ぎきったオウルベアーは、嘲笑した。
 物量で勝てず、戦術をも知らない陣営が、我々幻獣陣営に勝てるはずがない。長く尾を引くレーザー照射は、自身の位置を暴露することに他ならず、故に射手には敵を沈黙させるだけの連射性能、あるいは迅速なる陣地転換(移動)が求められる。
 オウルベアーの視界の中で、彼らはそのどちらもせず、つぶらな瞳を覗かせている。
 彼は大口径生体光砲をたっぷり数秒間放射し、横浜ハイヴ周辺を薙ぎに薙ぎ、射撃能力を有するBETAを一匹残らず殲滅すると、その同調能力で指示を出す。

 BETAの御株を奪うが如き、中型幻獣の群れによる蹂躙突撃が始まろうとしていた。







 10月某日、本土防衛軍統合参謀本部及び国連太平洋方面第11軍は、「12月を目途に甲22号目標横浜ハイヴ攻略作戦を発動する」ことを決定した。BETA従来属種とBETA新属種は、目下横浜ハイヴ周辺を巡り戦闘を継続中。これは極東戦線における人類勢力挽回のまたとない好機であり、バンクーバー協定違反ではあるのの、国連太平洋方面第11軍も作戦発動の必要を認める――。

 全てが七星重工の思惑通りに進行していた。
 実を言えば横浜ハイヴ攻略作戦案は、今や日本帝国陸海軍どころか、日本帝国のスポンサーと化した彼らが、帝国陸軍参謀本部に強く働きかけたものであった。
 七星重工の目的はただひとつ。
 横浜ハイヴの排除による極東戦線における人類勢力の挽回などではなく、横浜ハイヴ最奥部に捕らえられた鑑純夏を――敵を殺す兵器の管制生体ユニットとして、最高の適性を誇る彼女を得たいが為。それと、在日米軍から奪取したG弾がどの程度の威力を有するか、そんな辺りも試してみたい。

 そんなことを、考えている。



[38496] "火曜日は日曜日に始まる。"
Name: 686◆1f683b8f ID:e208e170
Date: 2014/04/07 18:56
 11月上旬。

 甲22号目標横浜ハイヴの周辺に、BETAの姿は見受けられない。
 在るのは、赤い瞳を怒りに燃やす異形の姿。その数、軍団規模(約5万前後)は下らない。小・中型幻獣の大量運用と大型幻獣の本格投入により、BETA陣営を捻じ伏せた幻獣軍は、未だ地中に潜むBETAを殲滅すべく、横浜ハイヴ地表構造物を中心として地上に防御陣地を築いていた。
 横浜ハイヴ周囲に存在する地表と地下構造物を繋ぐ、所謂"門(ゲート)"は十数門。その全てに数千の中型幻獣が張り付き、湧き出すBETAを粉砕すべく包囲環を形成し、小型幻獣達は門の内外で哨戒任務についている。
 これはBETAが門を使用し、地上奪回に動くことを見越した対策であった。仮に万単位のBETAが、地中から地表へ、複数の門を用いて一斉に逆襲を掛けたとしても、生体弾と生体レーザーの猛射を浴びることとなる。……BETAによる地表への侵攻及び、奪回はまず不可能に近い。
 また横浜ハイヴ最外縁部――特に北側では、数多くの中型幻獣が厚い防御陣を敷いていた。足下の敵、BETAを時間を掛けて嬲り殺しにする上で、人類陣営の存在を忘れるほど、幻獣軍の詰めは甘くない。
 光砲科幻獣と対地・対空噴進弾を備えた中型幻獣ゴルゴーンの群れは、人類軍に多摩川渡河の動きがあれば、すぐさま激しい砲撃を喰らわせる腹積もりでいる。その幻獣軍砲兵陣地の前面には、本土防衛軍に"前衛(バンガード)級"と渾名された中型幻獣、ミノタウロスと小型幻獣の群れが厚い防御横陣を作り上げ、人類軍南進を警戒する。
 赤目をぎょろつかせ、BETAが喰らった旧川崎市街を睥睨する怪物の最中には、今まで人類軍が対峙したことのない、未知の幻獣がいた。
 2脚、細い腰――そんな華奢な下半身に、どこまでも不釣合いな甲殻種めいた上半身が載せられている。肩に相当する部位からは、四本の長い腕が伸び、その先端には如何にも白兵戦に有用そうな巨大な鋏。有する武装は勿論それだけでなく、両肩部には生体誘導弾として機能する幾百もの小型幻獣を寄生させている。

 中型幻獣グレーター・デーモン。

 カニを連想させる顔面には、威嚇的な赤い瞳が複数輝く。
 グレーター・デーモンは、戦術歩行戦闘機により甚大な被害を蒙った幻獣軍が急遽ロールアウトさせた新型機であり、対戦術機能力を有し、同時に対BETA戦においても活躍することを期待されている新鋭中型幻獣であった。
 特筆すべきは腕の鋏でもなく、両肩部の生体誘導弾でもない。
 グレーター・デーモンの背中には、生体噴進弾の尾部、つまりロケットモーターと同じ働きをする小型幻獣が群生しており、この寄生する小型幻獣こそが、彼を「対戦術歩行戦闘機用新型幻獣」たらしめている。戦闘の際には、この背面に寄生する小型幻獣が火を噴くことで、グレーター・デーモンに高速機動を可能とさせるのである。
 鹵獲した戦術機を分析し、「噴進装置により推進力を得る陸戦兵器」の概念を得た幻獣軍渾身の最新兵器。コスト高や継戦能力の低さ、薄過ぎる下半身装甲厚等、未だ欠点は多いものの、間違いなく"戦場の王"となるだけの能力を有している。……おそらく年内中に幻獣軍はグレーター・デーモンを万単位で就役させ、人類滅亡までに10億体近くを製造するであろうことは間違いなかった(第5世界における"史実"では、世界中で40億体が確認されている)。

 ハイヴ構造体に寄り添うように直立する大型幻獣オウルベアー、その周囲で立哨する小中型幻獣の群れ。その足下でつまらなそうに自身の手駒を指揮する少女は、グレーターデーモンを北辺防衛ラインに配備しながら、害虫駆除とはこうやるんです、とだけ呟いた。
 
 幻獣軍とて、理解していた。
 人類軍は間違いなく、多摩川を渡河し南進して来る。彼らにとって、BETAと幻獣の衝突はまさに好機。これを逃せば、関東圏の戦況挽回は不可能となる。必ずや人類軍は、全力を振り絞って、ここ横浜ハイヴに殺到する。
 故に第5世代クローンの少女は、引き篭もって出てこない足下の敵に対する備えよりも、横浜ハイヴ外縁部の防御陣地に注力した。博打ではあるが、逆に言えば幻獣軍にとっても好機なのだ。うまくいけば「幻獣対BETA」の構図に釣られ、堅固な防御陣地からのこのこと現れた人類軍に、大打撃を食らわせてやることが出来る。







"火曜日は日曜日に始まる。"







 1998年11月11日。生徒会連合義勇軍、帝国陸軍古河駐屯地到着。

 九州は熊本より慣れ親しんだ校舎と仲間達に別れを告げ、異界人類防衛の任に起った学兵達はようやく関東圏に腰を落ち着けた。その数、4559名。彼ら全員、義勇軍参加に進んで志願した義勇兵であり、この4559という数字は、元の世界から異世界転移を果たした生徒会連合九州軍全体の約4.5%に当たる。この数字は、義勇軍参加将兵は1000人ないし2000人程度しか集まらないのでは、と考えていた生徒会連合義勇軍司令、幾島佳苗の想像を遥かに上回るものであった。
 もちろん4559名の学兵から成る生徒会連合義勇軍に、大局を動かすだけの力はない。実際に前線で戦闘を繰り広げるのは、その内の約半数強程度であり、残り半数は本土防衛軍と共同で前線部隊の支援――つまり兵站の維持に忙殺されることになる。生徒会連合義勇軍の戦場における影響力は、微々たるものだろう。
 だがしかし本土防衛軍の生徒会連合義勇軍への評価は、低くはない。
 確かに純粋な戦力として考えるならば、義勇軍は一個師団規模にも相当しない。が、小部隊でBETAの大群を捌けるだけの装備、また本土防衛軍統合参謀本部が呼称するところの、BETA新属種(幻獣)に有効な戦術、新属種の情報をもっていることもまた事実。来る横浜ハイヴ攻略作戦では、義勇軍に突破口を拓いてもらう腹積もりであるが、彼らとの交流、共闘から得られるものもまた大きい、と本土防衛軍統合参謀本部は考えている。

 当の本人達、義勇軍に参加した学兵の士気もまた低くはなかった。
 これまでも何度か触れたように、実際のところ、この異世界における戦況がどうなろうと、元居た世界の戦況には何の関係もない。
 だが学兵達は思うのだ。無視していいものか――この日本列島にも、形質は違えども人々が生活しているという事実を、である。生徒会連合義勇軍に参加した学兵には、九州中部戦線にてBETAによる殺戮の痕を目撃した者が多い。これ以上宇宙生物にいいようにされてたまるか、大人の軍隊があてにならないのなら俺たちがやってやる――生徒会連合義勇軍に参加した学兵の多くは、大なり小なり義憤に駆られ、そういった関係から士気はそれなりにあった。

 そして生徒会連合義勇軍到着の翌日から、本土防衛軍統合参謀本部以下、関東圏に集った人類軍将兵は、横浜ハイヴ攻略戦に向けて忙殺されることとなった。
 作戦参謀達は如何に横浜ハイヴ地表面を占領するBETAと幻獣を駆逐し、ハイヴ地下への侵攻に利用する門を占領するか、思考に思考を重ねることを強いられ、またかつて人類が突入に成功した甲5号目標ミンスクハイヴ(70年代当時フェイズ3)、甲13号目標ボパールハイヴ(90年代当時フェイズ4)の戦訓を分析し、横浜ハイヴ突入戦の研究に余念がない。
 もはや横浜ハイヴ攻略作戦に、失敗は許されない。
 参謀達は身体、精神、あるいはその両方に不調を来たしながらも、それを無視し作戦立案に全力を挙げた。



「横浜ハイヴ攻略作戦、緒戦は生徒会連合義勇軍・帝国陸軍・帝国航空宇宙軍共同の陸空共同機動戦による、敵勢力漸減を提案します」



 白を基調とした学生服を纏った、生徒会連合義勇軍の若き作戦部幕僚は、居並ぶ本土防衛軍作戦参謀にも物怖じすることなく、自身の作戦案「茜プラン」を議場にて語り始める。

 彼の横浜ハイヴ攻略作戦第一段階は、快速部隊の浸透から始まる。

 リテルゴルロケットパックを装備した生徒会連合義勇軍ウォードレス兵・人型戦車士魂号、帝国陸軍戦術歩行戦闘機・攻撃ヘリが、横浜ハイヴ周辺を占領している幻獣群に殺到し、同時に帝国航空宇宙軍制空戦闘機F-104J栄光、攻撃機A-4J大鷹が対地攻撃を敢行する。
 幻獣の対空性能はたかが知れており、高速殺到する陸上・航空戦力を捌くことはまず不可能。奇襲効果を期待した高速突撃。密集陣形を取る敵陣を掻き乱し、敵の組織的反撃力を喪失させることを目的とした第一撃である。

 だがこれは従来のハイヴ攻略戦の定石からは、かけ離れている。
 案の定、本土防衛軍統合参謀本部の作戦参謀が、挙手とともに発言した。

「先の甲13号目標攻略作戦は、軌道爆撃と砲兵部隊の飽和攻撃から開始された。衛星軌道上の国連及び帝国航空宇宙軍は通信途絶状態ではあるが、我が帝国陸軍の有力なる砲兵部隊は健在。また横浜ハイヴは、帝国海軍連合艦隊の艦砲(て)が届く範囲にある。甲22号目標攻略作戦もまた、入念な準備砲撃から開始すべきと考えるが」

 従来のハイヴ攻略作戦は、まず地表面を活動する無数のBETAを砲爆撃によって、出来うる限り駆逐することから始まる。AL(対レーザー砲弾)を放ち、主戦域に重金属雲を発生させつつ、光線級の位置を探りながら通常弾を叩き込み、地上部隊が接近出来る状況を作り出す。これがハイヴ攻略作戦の、定石である。
 だがしかし生徒会連合義勇軍の作戦部幕僚が考えるハイヴ攻略作戦に、この準備砲撃は一切含まれていない。
 まさに武人、といった風貌を持つ強面の作戦参謀に対し、中性的な顔立ちをしたフランス系の生徒会連合作戦部幕僚は、苦笑を浮かべて答えを返した。

「生徒会連合義勇軍独立山岳中隊による航空偵察によれば、横浜ハイヴ地表面は既に貴方方の言うところのBETA新属種――幻獣に占領されています。従来の対BETA戦術は忘れて頂きたい……仮に作戦発動と同時に準備砲撃を実施すれば、それは幻獣に"これから攻撃します"と教えるようなもの」

 奇襲効果を最大限に望むならば、準備砲撃は行うべきではない。
 それが生徒会連合義勇軍の作戦部幕僚、茜大介が考えるところであった。
 彼は、更に続ける。

「また幻獣軍と比較した際、我々人類軍が有する砲戦力はあまりにも貧弱。中途半端な予備砲撃で、こちらの砲兵部隊の位置を暴露することは止めた方が宜しいかと。圧倒的反撃に予備砲撃開始最初の10分間で、帝国陸軍砲兵科の諸部隊は壊滅します」

「なるほど。……敵が優勢なる砲戦力を有していることを鑑みれば、電光石火、乾坤一擲。敵勢の懐に入り込み、彼我混濁の状況を生み出すことが最適、そういうことか」

 質疑を口にした作戦参謀は、一応納得した。
 居合わせる"大人の軍隊"の作戦参謀達も、頷いている。彼らとてBETA新属種が、圧倒的な砲撃力を有していることを理解している。相手は見た目10代半ばの少年ではあるが、なるほど、対BETA新属種戦闘に精通していることは間違いなさそうだ、と幾らかの大人達は、先入観による評価を改めた。

 その後も"茜プラン"の開陳は続く。



「まず多摩川絶対防衛線中央の敵前衛横陣を食い破るは、国道1号沿いを南進する生徒会連合義勇軍独立機動大隊及び帝国陸軍第27師団隷下第27戦術機甲連隊と、国道15号を進む帝国陸軍第16師団隷下2個戦術機甲連隊。また陽動兼助攻役としてその東側、第3京浜道路を国連軍太平洋方面第11軍隷下多国籍混成1個戦術機甲連隊が侵攻」

 国道1号・国道15号は、東京都内から神奈川県内旧横浜市街――横浜ハイヴまでを結ぶ幹線道路である。そこに突破力に優れる生徒会連合義勇軍と、戦術機甲連隊を主力とする帝国陸軍諸部隊を充て、一気呵成に横浜ハイヴ周辺の後方集団を叩く。

「東京湾沿いを走る国道6号及び首都高速湾岸線を、第1師団隷下3個機甲連隊及び第4対戦車ヘリコプター団が南進。各部隊は多摩川・鶴見川(多摩川の南を走る河川)間の幻獣群を突破し、横浜ハイヴ周辺に展開中の、本土防衛軍呼称"砲撃(ブラスト)級"、生徒会連合呼称"中型幻獣ゴルゴーン"を主力とする後方集団を蹂躙する」

 幻獣前衛を適当に相手しつつ、高速突破。
 そして砲兵役の中型幻獣へ高速吶喊。

「そして横浜ハイヴ攻略作戦第2段階――」



 そこで、本土防衛軍統合参謀本部所属の作戦参謀が思わず挙手をした。

「……本土防衛軍呼称"超前衛(ちょう・バンガード)級"、生徒会連合呼称"大型幻獣オウルベアー"。あれをどうするおつもりか」

 大型幻獣オウルベアー。
 西日本防衛戦の最中、第一帝都絶対防衛線前面(姫路)において出現したその怪物は、あらゆる通常兵器による攻撃を無効化し、姫路市街に立て篭もる帝国陸軍諸部隊を、まさに鎧袖一触粉砕した。怪物、怪獣といった表現をも通り越して、大災害とも形容したくなるその存在が、横浜ハイヴ地表構造物付近で確認されている。……本土防衛軍としては、悪夢以外の何物でもない。
 大型幻獣オウルベアーについては、発言した作戦参謀だけでなく、本土防衛軍統合参謀本部全体が悩まされていた。第一帝都絶対防衛線より、戦術歩行戦闘機が持ち帰ったガンカメラの映像には、あらゆる種別の砲弾が可視障壁に防御される様が映し出されており、これを如何なる兵器ならば貫徹せしめることが出来るかが、大きな課題となっていた。
 だが茜大介は、さしてオウルベアーの存在を問題視していなかった。

「あれですか」

「本土防衛軍(こちら)が準備出来得る最大火力は、戦艦紀伊の三連装50,8cm主砲、あるいは――」

 陸戦兵器では全く歯の立たなかった大型幻獣オウルベアーを撃破するには、超ド級戦艦の主砲や、海上艦艇がもつ対地巡航ミサイルが必要なのではないか、と作戦参謀は懸念する。
 だが、茜大介は手を振ってそれを遮った。

「大型幻獣オウルベアーは――生徒会連合義勇軍独立対中型幻獣小隊、5121小隊が撃破します」

「5121小隊? たかが一個小隊で、あれに対処するというのか……!」

 作戦参謀達は、そんな馬鹿な、と口々に呟いた。
 こちらの攻撃を完全無効化し、大口径レーザーと近接戦闘用対地爆弾をも有する怪物を、たった一個小隊で撃破出来るはずがない。統合参謀本部内では、S-11を装備した一個戦術機甲連隊(定数108機)を使い潰して、ようやく刺し違えることが出来るか、と考えられている怪物を、たかが一個小隊で殲滅出来るはずがない。それが本土防衛軍作戦参謀達の、偽らざる本心であった。
 だが、茜大介はその自信を一切揺るがすことなく、半ば宣言するように言った。



「甲22号目標攻略作戦発動と同時に、本土防衛軍呼称"超前衛級"、生徒会連合呼称"大型幻獣オウルベアー"を、生徒会連合義勇軍独立対中型幻獣小隊5121小隊が、空挺強襲を以て撃破する」



 言ってから、茜大介は苦笑した。

(5121小隊を買い被り過ぎている、かな)

 と自分自身を客観視しつつも、彼は半ば本気で5121小隊ならば可能だと思っている。
 大型幻獣オウルベアー単独撃破はもとより、「やれ」とさえ言えば横浜ハイヴ単独攻略をもやってみせるだろう、と。そう思わせるだけの何かが、あのくそったれなプレハブ校舎と、整備キャンプ"正義最後の砦"にはある。

(さっさと戻って来い。芝村、それと速水――いや、青の厚志)

 元5121小隊員として最大限、最高の舞台を整えてやる。








―――――――








食欲の秋、読書の秋とは、この世界では当てはまらないらしい、と生徒会連合義勇軍に参加する学兵達は思わざるを得ない。
 週刊マガデーやホラー小説といった、娯楽を目的とした印刷物は、ほとんど帝国陸軍駐屯地では販売されておらず、では新聞や週刊雑誌を読んでみるかと思えば、情勢のまったく分からないこの異世界日本の話、どうも興味が沸かない。そんな理由でまず後者、読書の秋は楽しめない。
 では前者、食欲の秋はどうか、と言えば――。

「食え食え食え! 午後からは、連中と共同訓練だ! 食わなきゃもたんぞ!」

「くっそ――駄目だ、水を寄越せ! 流し込めッ」

 やはり合成食品の不味さがネックとなり、食欲など沸くはずもない。
 帝国陸軍古河基地の食堂で昼食を摂る学兵達の食は、どうもいまいち進まなかった。当然、彼らは午前中、対BETA戦術の研究や横浜周辺の地理についての座学、あるいは戦闘訓練に勤しんでいる。だがしかし空腹に勝るソースはない、とは第5世界の何某かが言った言葉であるが、その空腹なる最強の調味料を以てしても、合成食品はどこまでも不味い。
 巨大食堂の長卓につく学兵達は、たまたま居合わせた帝国軍人の目など憚らず、「まずいまずい」と連呼しながら食事を掻き込んでゆく。
 その場で食事を摂る学兵達の合間で、さっさと食事を摂るように指示を出す先任下士官達も、正直内心では、こんなもの食えたものではないと思っている。食糧事情が最悪の状況で、1999年1月から半年間戦い抜いた猛者でさえ、合成食品を素直に歓迎することは出来ない。
 ひとりの学兵は、シチューをぶっ掛けた白飯を一掬いするも、そのまま硬直して口に運ぶことを躊躇った。

(熊本戦では物々交換もする余裕もないまま、ジャガイモばっかり食していたが……)

 手段を選ばず手に入れたジャガイモ60kgを、物々交換で他の物に換え、それを材料に炊き出しを行う。あるいは物々交換も出来ないままに、正真正銘の芋煮会を開催する。福岡県陥落と共に食糧事情が悪化した4月以降、熊本県内の高等学校で恒常化した風景であったが、そんな惨憺たる経験をした学兵でさえ、目の前の食事を忌避してやまない。
 匙で掬ったそれは、見た目は湯気を立てとても美味そうには見える。
 だがそれを口に含んでみれば、どうもルーが臭い。その臭いは発酵食品のそれと言ってもいいかもしれず、またそのシチューの下の白飯はやはりパサついている。絶望的にまで不味いそれに、学兵は苦しめられる。

(化学合成で生み出した牛乳に、化学合成で生み出した材料を混ぜて作ったルーだから不味い、そういうことなんだろうな)

 仮に元の世界に戻ることが出来れば、この世界で呼称されるところの自然食品、もっと噛み締めて食おうと決意する学兵であった。

「これなんとかならないっすかね」

 学兵達が食事を摂る卓の端の方では、思わず傍に居合わせた帝国軍人に"攻略法"を聞き出そうとする者も現れた。どんなに不味い携行糧食であっても、美味く食べる方法というものは、必ずひとつはあるもの。それを時空を超えた戦友の誼で、聞き出そうというのである。
 だが迷彩柄の戦闘服を纏った厳つい歩兵科の帝国軍人達は、「どうしようもねえよ」と相手にしてくれず、割と優しい部類に入るのであろう戦術機甲科の衛士達は、「俺達はかなり慣れちまってるからな」と正直なところを言った。三食合成食品の日本帝国の人間にとって、既に合成食品の不味さは当たり前のものであり、どれをどうやれば美味く食べられるか、など考えたこともないらしい。
 この不味さを誤魔化す為に、適当に調味料を掛けて食ってみるか、と考えた学兵は、すぐさま周囲の戦友に止められた。
 何せ調味料の味自体が、既知のそれとは違う。日本独特の調味料の筆頭、醤油は独特の酸味も甘味もなく、誇張表現ではあるが「塩味の油」と学兵に評されるような代物であった。化学合成した材料と材料を足し合わせる調味料は、基本的に壊滅的。ソースは何故か生臭く、マヨネーズからは硫黄の臭いがする。この二種は、挑戦することさえ憚られた。

 とりあえずこの日、学兵達は工夫の術も思い浮かばないままに、酷くカルキ臭い水で目の前の固形物を胃へ流し込んだ。



 空挺強襲用として熊本鉱業高等学校が製造した、人型戦車用リテルゴルロケットパックを装備した士魂号が、大地を抉り、大量の土砂を飛沫のように巻き上げながら着陸。と同時に膝射姿勢となって、各々が所持する火器から模擬弾を吐き出し、仮想演習システムが投影する戦車級の群れを、瞬く間に肉片へと換えてゆく。
 死骸を盾として弾幕を掻い潜り、士魂号に取り付こうとする戦車級もごく少数現れたが、それが数体では到底脅威には成り得ない。純然な機械の戦術機と異なり、ナマモノである士魂号は反射的に人工筋肉を膨張させ、長大な凶器となる腕、あるいは脚を振るい、接近する戦車級をひき潰す。
 そして士魂号に遅れる形で、戦域に撃震や不知火といった戦術機が中隊単位で進入し、人型戦車士魂号の背後から激しい攻撃を仮想のBETAに浴びせてゆく。
 体高が低く、頑丈かつ白兵戦に優れる士魂号が前衛、体高が高く射線が幅広く取れ、また携行弾数が多く弾種も豊富な戦術機が後衛を務める戦闘隊形だ。人型戦車士魂号は92mmライフル砲を以て突撃級や要撃級を一撃で仕留め、戦術機は120mm砲弾の集中射により要塞級を沈め、また長砲身突撃砲による狙撃で手際良く、こちらに気づいた光線級を撃破する。

「よし、降りろ! 降りろ! 降りろ!」

「ふざけんなよ! 成功したからいいものを! 俺ぁ二度とやらん!」

「うるせえ! 右側面、戦車級の群れが迫ってきてるぞ!」

 着陸後すぐさま、正面の敵へと砲撃を開始した戦術機。その側面へ迫るBETA群に対処するのは、随伴歩兵の仕事である。ウォードレス兵達は、戦術機の脹脛部分に追加溶接された取手からその手を離して飛び降りると、側面に迫る戦車級の群れに12,7mm弾の射弾を絶え間なく送る。
 一般的に普及しているウォードレス兵用リテルゴルロケットパックは、基本的に使い捨てである為、戦術機を援護する随伴歩兵は、"戦術機にしがみついて移動する"ことが最適解。類人猿と同等の握力を持つ学兵だからこそ可能となる無茶なやり方だが、だがしかしこれならば随伴歩兵も戦術機と同等の速度で移動出来る。

「ちくしょおおお!」

 勿論、生きた心地はしない。
 戦術機から飛び降りた学兵達は、弾幕を張って小型種の群れを片付け、また衛士と連携を取りながら99式熱線砲や40mm高射機関砲といった重火器で、人型戦車と戦術機を援護してゆく。

『連中、人間じゃねえな』

『まったくだ……』

 戦術機を操る衛士からすれば、学兵はまさに人外にしか思えない、というのが偽らざるところだ。最初は学生か新兵の集まり、程度にしか考えていなかったが、戦術機に掴まって移動する、重機関銃や機関砲を2本の腕で振り回す、こういった光景を見せられれば、もう第一印象を捨てざるを得ない。

 学兵と帝国軍人の意識の摺り合わせ、両部隊の連携を確認する共同演習は、毎日のように実施された。人型戦車士魂号及びウォードレスに、本土防衛軍が利用している仮想演習システムを導入することで、本物に等しい挙動をする仮想BETAを相手とした戦闘訓練が実施出来るようになり、学兵達の戦闘経験は高まった。
 問題がひとつあるとすれば、本土防衛軍が採用している仮想演習システムには、BETA新属種、幻獣の情報が登録されていない。現在、熊本鉱業高等学校と国防省技術研究本部が共同し、急ピッチで準備を進めているが、横浜ハイヴ攻略作戦発動までに完成するかは微妙なところであった。

 甲22号目標攻略作戦発動までに残された時間を、本土防衛軍と生徒会連合義勇軍の全将兵は休む暇なく、連携強化に費した。













次回、次期主力戦術機選定作業
既存機の派生型となりますが、オリジナル戦術機を登場させて頂きます



[38496] "TOTAL OCCULTATION"
Name: 686◆1f683b8f ID:e208e170
Date: 2014/04/10 20:39
"TOTAL OCCULTATION"







 対BETA新属種戦及び対戦術歩行戦闘機戦に対応した、次期主力戦術歩行戦闘機を決定する選出作業は、半ば出来レースのようなものだ。少なくとも国防省内の人間は誰もがそう考えていたし、帝国陸海軍の将兵や他省庁の人間もそう信じて疑わなかった。誰もが、次期主力戦術歩行戦闘機は、七星重工が開発する機体に間違いなく決定するであろう、と考えていた。たとえ開発競合に名乗りを上げる企業が現れるとしても、日本政府とあらゆる分野で結びついた、七星重工の圧倒的政治力によって排除されてしまうに違いない、とも。

 だが現実には、最後の最後まで七星重工に喰らいつく企業があった。



 1998年12月1日。

 帝国陸軍習志野演習場において、七星重工新開発の次期主力戦術歩行戦闘機候補が、詰め掛けた本土防衛軍将官達の前に姿を現した。
 戦術機甲連隊が模擬戦闘に用いる演習場、幾つもの鋼鉄の足が踏み固めたその荒地に立つそれは、夜闇を思わせる漆黒に身を包む。橙色に輝く頭部センサーが印象的な、鋭角的な頭部ユニットの形状は、戦術機に関わる人類軍将兵ならば誰もが見知っているF-15J陽炎のそれである。
 だがしかし首より下の形状は、本土防衛軍将兵が記憶しているF-15J陽炎のものとは、多少異なっていた。おそらく敵レーダーが発する電波を乱反射させ、自機の位置を隠蔽することを目的としてか、機体の随所が直線的な形状に改められている。
 要は米国といった戦術機先進国で研究が進められている、ステルス化が為されていた。
 胴部・腰部ユニットは、原型機よりも概ね巨大化している。ステルス処理を実施する段階で、また耐弾性の向上を狙って、機体を大型化する必要があったのであろう。
 この七星重工開発の新機体、細部を除けばその外見、第7世界(我々の世界)にて観測可能である、"史実"におけるF-15SEJ"月虹"に等しい。

 習志野演習場の片隅に設けられた、仮設天幕内。
 双眼鏡を用いて自分の眼で直接、あるいは監視モニターに映し出された映像でこの新戦術機を確認する将兵に、毎度お馴染みとなった道化師、岩田が機体の解説を開始する。



「社内呼称はF-15SEP。F-15J陽炎を基にステルス処理を施し、同時に耐弾性・静粛性の向上に努めた新型戦術歩行戦闘機です。搭載している電子機器の関係で、アクティヴ・ステルス能力ではいま一歩劣りますが、コスト、攻撃力、防護力、機動力――総合的な対BETA戦闘力においては、ロックウィード社製YF-22、ノースロック社製YF-23を間違いなく優越していると自負しております」



 かつて米国国内にて、次期主力戦術機の座を賭けて争った高性能機、YF-22、YF-23の存在については、その性能含めて国防省の高官や本土防衛軍将官は当然認知しているし、また特に実戦配備も間近と噂されるYF-22(F-22A先行量産機)は、メディア露出の機会も多く、帝国国内の航空ファンを魅了している。「最強の」、「最新鋭の」、「革新的な」、そんな形容詞が用いられて然るべき戦術機だ。
 その"最強の"第3世代戦術機、YF-22を超越するF-15SEP。
 常識的に考えれば、最強を超える最強、F-15SEPは文句なしの採用と相成るであろう。

 だがしかし全身を鋼鉄で固めた黒騎士を眺める、本土防衛軍将兵達の反応はそこまで芳しくない。

(ステルス、か――)

 正直なところ戦術機の隠密性は、対BETA戦闘を第一に考えた際、特に重視する必要のない要素だ。従来種は勿論のこと、新属種も索敵に電波を用いておらず、対レーダー欺瞞を考慮する必要性は薄い。
 F-15のステルス化に伴い、製造工程の複雑化が想定されるのも問題と言える。いまは七星重工が好きなだけ売ってくれる為に問題はないが、七星重工と絶交状態に陥った場合を考えると、「工程数が嵩んで、自力ではとても数が揃いません」では話にならない。国防省はわざわざ生産性をある程度確保することを目的に、「既存機の改良による次期主力戦術歩行戦闘機候補の開発」を各メーカーに条件として出したのだから、工程の複雑化が予想されるステルス化は失点とも言える。
 また戦術歩行戦闘機のステルス化は、実を言えば対BETA新属種戦闘を考えた際には、更なる失点となる。

(BETA新属種に鹵獲運用された際、隠密性能に優れる戦術機を、我が方の戦術機は撃破出来るのか――?)

 やはり未だ前線将兵や一般臣民には周知させていないが、本土防衛軍統合参謀本部及び国防省高官は、「BETA新属種が人類兵器を鹵獲、運用する」という情報を、生徒会連合義勇軍経由で得ている。仮に対戦術機戦闘に有利なステルス性能をもつ戦術機が、敵の手中に落ちた場合、人類陣営の戦術機はこれを撃破するのに手こずるであろうことは、容易に想像出来た。

「……ふむ」

 既に何度か繰り返された基本試験を元に出された、総合的な性能の数字は、関係者全員の手元にある。そしてそのどれもが、94式戦術歩行戦闘機"不知火"を超越している。F-15SEPの性能は惜しい。だがこの高性能ステルス戦術機が、敵中に陥ちる可能性に思い至った将官達の表情は、みな揃って暗かった。

 一方で岩田はと言えば、関係者の表情など取立てて気にしてはいない。政争を以てすれば、七星重工製新型戦術機F-15SEPの採用は容易く決定するであろうし、仮にF-15SEPが不採用に終わったとしても、この世界における七星重工の発言力は揺るぐことはない。
 正直な話、岩田は対BETA戦・対幻獣戦など、一切考慮していなかった。

(いずれ不要になる日本帝国を潰す際、一番都合が良い機体はこれだ)

 横浜ハイヴを陥とし、最高の生体管制装置(鑑純夏)を入手し、あらゆる敵を撃破可能な「最強のワンオフ人型機動兵器」を完成させた後は、帝国政府は不要となる。わざわざ潰す必要はないが、邪魔となるならば日本帝国の存在など、七星重工(セプテントリオン)は許さない。
 七星重工が「最強のワンオフ人型機動兵器」の完成後に必要となるのは、あくまで広大な実験場――幾多のワールドタイムゲート(異世界と異世界を結ぶ門)を有する日本列島であって、日本帝国ではないのだから。

(突如叛乱部隊が決起し、迅速に日本帝国主要機関を制圧・掌握する。そのシナリオに最も適している機体は、これだ)

 そんな未来絵図を、岩田は思い浮かべている。
 勿論、以前横須賀を強襲し、G弾を奪取する際に用いた人型機動兵器(ラウンドバックラー)"エースキラー"を1機運用すれば、帝国政府関係者及び本土防衛軍全将兵を皆殺しにすることも容易いが。



「汚い汚い七星重工(セプテントリオン)らしい戦術歩行戦闘機だな」

 関係者が詰める天幕、そこに現れた肥満体の男が、独り言を呟いた。

「顧客のニーズに合っていない。廃業でもして火星の運営に専念してはどうだ」



 岩田は、肥満体の男――Alpha&ageインダストリの一柱、株式会社アルファ・システム社員にして、第7世界にて「高機動幻想ガンパレード・マーチ」製作に関わった男――を一瞥する。芝村勇吏(偽名)。岩田にとっては仇敵ではあるが、彼は国防省・本土防衛軍関係者の前で、檄する無様な真似はしない。
 度胸があるのか何も考えていないのか――と考えてから、岩田は苦笑しながら反撃する。



「顧客のニーズ。特定客層を狙わざるを得ない、零細ゲームメーカーとエロゲーメーカーの言葉だと思えば深みがありますなあ」

「ふん」



 芝村勇吏が笑い飛ばすと同時に、国防省及び本土防衛軍の関係者がどよめく。
 Alpha&ageインダストリ製新型戦術歩行戦闘機が、習志野演習場の大地に立った。

 頭部ユニットは、94式戦術歩行戦闘機"不知火"のそれと同じ。
 だが先のF-15SEPと同じく、頭部より下の形状は全く違う。
 端的に言えば、重装甲。77式戦術歩行戦闘機"撃震"、あるいは人型戦車士魂号を思わせる、ステルス性を微塵も感じられない無骨な装甲を纏った不知火は、習志野演習場の大地をしっかと踏み締め、いまF-15SEPに相対する。



「これが、94式戦術歩行戦闘機"不知火"――壱型戊及び壱型己(仮称)」



 壱型戊及び壱型己(仮称)。
 端的に言えば、第1世代戦術機の防護性能を持たせるべく、従来の不知火壱型に増加装甲を纏わせた代物である。敵鹵獲戦術機との交戦を想定し、正面増加装甲は36mm機関砲弾の掃射に抗堪、側面及び背面も跳躍ユニットや兵装担架が稼動する上で、邪魔にならない範囲で装甲が増設されている。壱型戊は単座、壱型己は複座であり、今回の試験には複座型の壱型己が参加していた。

 勿論、増加装甲分の重量が増加している関係があり、不知火現行最新モデルである、不知火壱型丙に比較すれば機動力は劣る。
 だが従来の第3世代戦術機との速度差を少しでも埋めるべく、壱型戊及び壱型己(仮称)には、異世界と他企業の技術が幾らか採用されている。増加装甲の随所に、リテルゴルロケットパック(第5世界で学兵達が運用する装備)と、大空寺閥が開発したF-15J陽炎改に用いられている追加スラスターが併設されており、少なくとも瞬間的加速力では、第3世代戦術機に優るとも劣らない。
 ただスラスターの増設による強引な機動力の向上は、燃費の悪さに直結する。

「手元にある資料を読み解けば、総合的継戦能力は壱型丙と同等――あまり感心しないな」

 相手が七星重工でない気安さか、不知火壱型戊及び壱型己(仮称)の欠点を幾人かの将官が口にする。
 独自の空力特性を活かすことで燃料消費を節約する、それが94式戦術歩行戦闘機不知火を代表する日本帝国製戦術機の特徴であり、跳躍ユニットやスラスターの大出力を以て高機動性を発揮する、これは米国製戦術機の設計思想に近い。

「装甲厚増で確かに耐弾性は上昇しているだろうが、それに伴う重量増により主腕・主脚関節部に無用な負担を掛けるのでは?」

「米国製A-10等の例もあるから、戦闘に堪えないって訳じゃなさそうだがな。手元のデータでは関節部に発生する負荷は、撃震のそれと同程度らしい」

 外見を一目見た関係者は、思いつくことを口にし続ける。

 一方で芝村勇吏は鈍色の鋼鉄を纏った不知火を見つめたまま、特に反論することもなく黙りこくっている。
 芝村にとって問題は、この後だった。
 単なるお遊戯だが、だが決して負けたくない勝負が始まる。

 数秒の沈黙が流れ、責任者である国防省技術研究本部の佐官が口を開く。

「では、よろしいでしょうか」



『これより七星重工製試作戦術歩行戦闘機F-15SEPと、Alpha&ageインダストリ製新型戦術歩行戦闘機不知火壱型己(仮称)による模擬戦闘を開始します』



 瞬間、黒鷲が舞い上がる。
 爆発的推力を得たそれは太陽を背負い込むなり、突撃砲を眼下に向ける。照準に壱型己の頭部ユニットを収め、鋼鉄の指が引き金を弾く――ここまで3秒と掛からない!
 未だ地上に足をつけたままの壱型己目掛けて降り注ぐ、F-15SEPが保持する突撃砲が吐き出した36mm模擬弾。だが炸裂する36mm模擬弾は、虚しく大地を蛍光色に染めるばかりで、壱型己を捉えるには至らなかった。壱型己は、前面胸部装甲に備えられたリテルゴルロケットパックより得た推力を用いて、急速後進。黒鷲の爪先から、容易く逃れる。
 だが機動力で優るF-15SEPは、上空を占位しつつ壱型己を執拗に追う。壱型己の機動を予測し、想定出来る未来位置に射弾を送り続ける。一方で壱型己は、全身のロケットパックと、"通常では実現不可能と思える"急制動によって、黒鷹の射線から逃れ続ける――。

「想像以上の機動力だが……」

 一見すると対戦術機戦に不利そうな外見の壱型己が、擬態語で言えば"ぬるぬる"射弾を避ける姿に、関係者は驚きを隠せない。敵機に有利な位置を占位され、遮蔽物のない空間を逃げ回る――それは、第3世代戦術機でさえ困難を極める。

(余程の熟練衛士が不知火壱型己を駆っているのか、それとも――)

 関係者達は、地面を這い回る壱型己の挙動から目を離せない。
 仕方なく解説役としてやって来ている芝村勇吏は、種明かしをする。



「手を加えたのは、ハードウェアだけではない。壱型己(あれ)には、Alpha&ageインダストリ製新型OS"XM-OVERS"を搭載した。製作者は田好鋼紀(偽名)及び、しろがねたける。従来の戦術機用OSを過去のものにする革新的OS、とでも言っておこうか」



 芝村は新型OS"XM-OVERS"の開発には、一切関係していない。
 彼は、戦術機の分野には極めて疎い。ただ原理は分からないものの、戦術機に凄まじい機動を可能とさせることは間違いない代物だ、ということは理解していた。田好鋼紀に聞いたところでは、"史実"で数年後に完成する、"XM3"なるOSを目指して開発したものらしい。本来ならば後世の発明を利用することは避けたいところだが、もはや出来得る限りの干渉を実施しなくてはならない状況まできているのだから、仕方がない。
 不知火壱型己の非常識的機動は、Alpha&ageインダストリに参与する2社、総力を挙げての突貫作業(デスマーチ)の成果が実を結んだ証明だ。だがそれでも"史実"においては後日、白銀武が提案し香月夕呼・社霞が手掛けた、"本家"にはまったくもって及ばない。万能天才物理学者と、人類総力挙げての戦略計画が生み出した少女を超えることは、やはり一般専業集団では難しかった、という訳である。

 国防省及び本土防衛軍関係者に、その驚異的な回避性能を見せ付けた不知火壱型己は、相手が放った1555発目の模擬砲弾を避けると同時に、反撃に打って出る。
 肩部増加装甲上面が開け放たれ、青空に36本の白煙がたなびく――先端を模擬弾頭に換装された自律式誘導弾が、上空を駆け巡る目標目掛けて突進する。対するF-15SEPはあらゆる欺瞞手段を以てこれを無効化しようとするが、36発の誘導弾の内、目くらましに成功したのは約半数の19発。残るはF-15SEPが機体から発する微弱な電波と、僅かな赤外線を頼りに、追尾を続行する――。

 空中に、火焔が撒き散らされた。

 F-15SEPが簡単にやられてくれるはずもない。
 空中に撒き散らされたのは、F-15SEPが備える誘導弾の"眼"をくらます強烈な熱源(フレア)と、電波を撹乱する金属片(チャフ)。幾ら静粛性・隠密性に長けるステルス機といえども、自身が発する赤外線等をゼロに出来る訳ではなく、当然直接的な誘導弾対策は備えている。
 黒鷲は混乱する誘導弾を回避し、あるいは亜音速で迫る誘導弾をその卓越した射撃技術を以て撃墜することに勤しむ。
 一方、F-15SEPによる追撃から、一時逃れることに成功した不知火壱型己は、空となった自律誘導システムを除装し、回避運動に専念する敵機を突撃砲の照準に収める。
 そこからは、激しい砲撃戦と相成った。
 誘導弾を全て排除したF-15SEPはその高機動性を以て、不知火壱型己を撃破しに掛かる。
 多少身軽となったとはいえ、未だ機動性で劣る不知火壱型己は、持ち前の重装甲を盾に被弾を恐れることなくこれに受けて立つ。

「互角、という印象を受けますな」

 模擬弾を利用した新型戦術機同士の戦闘を眺めていた将官達は、特に思うところなく気楽に構えてこれを見ている。
 正直なところこの模擬戦闘、勝者が採用となり敗者が不採用となる訳ではない。ただの余興である。仮にF-15SEPが不知火壱型己を降したからといって、それがBETA新属種に有効である証になる訳でもなく、また他機種に対する優越の証拠になる訳でもない。不知火壱型己がF-15SEPを降したとしても、同じことである。ただ「選定作業最終段階にて実施された模擬戦闘においては、甲が乙を降した」という結果は、一般臣民や前線将兵にとってすれば、「わかりやすい強さ」の指標にはなる。
 それでも採用には、関係がない。
 故に、ある程度両者の特性を掴んだ関係者は、一種の遊戯を見るかのように、この模擬戦闘を観戦している。

 そんな穏やかな雰囲気の中で、七星重工側の代表者岩田は、殺気滾らせた視線を不知火壱型己に向けていた。優れた機動と射撃の腕を見せる不知火壱型己に――正確には"複座型"の戦術機に、岩田は苛立ちを隠せず、そして芝村に問いかけた。

「あれは――もしや」

「答える義理はない」

 突き放した芝村勇吏の言葉に、岩田は内心で激昂した。
 幾らOSが優れていようと、重装甲・重量級第1世代戦術機のそれに近い機体設計の不知火壱型己が、機動性を重視する第2世代戦術機の系譜を引くF-15SEPにここまで戦えるはずがないのだ! ハードでもソフトでも劣る不知火壱型己(あいて)に、ここまで手こずる理由があるとするならば、ただひとつ。

「……」

 卓越した腕を持っている衛士が、あの壱型己を操っている。
 それもこの世界では、到底達することの出来ない域にまで達した衛士が。
 そしてあれは、"複座型"だ――。

「殺せ」

 岩田が呟いた。

 途端、不知火壱型己が放つ模擬砲弾の雨の中を翔るF-15SEPは、回避機動の最中に、突如として両主腕に携えた突撃砲から弾倉を除装する。演習用模擬砲弾が装填されたその弾倉は、周囲の空気を震わせ、土煙を上げながら大地に横たわった。
 副腕が換えの予備弾倉を、左右両突撃砲に渡す――。
 そして次弾以降、F-15SEPが装備する突撃砲から吐き出されたのは、実弾であった。左右両門の突撃砲から吐き出された36mm機関砲弾は、蛍光色に汚れた地面を穿ち、両者の合間に存在する空気を切り裂いて、不知火壱型己に――正確無比な射撃が放つ凶弾は、不知火壱型己の胸部に殺到する!
 
「馬鹿な!」

「演習弾と実弾を取り違えているッ、中止しろ!」

 先程までそこにあった穏やかな雰囲気が一変、戦場かくやという緊張が走る。
 F-15SEPは自身の突撃砲に、誤って実弾が込められた弾倉を装填し、そして放った36mm機関砲弾は、真っ直ぐ不知火壱型己の胸部に吸い込まれた。これを見て、慌てずにいられるだろうか。模擬戦闘の運営に携わる人間は、すぐさまF-15SEPと不知火壱型己を駆る衛士に、戦闘中止を指示する。
 だが、両機は――というよりも、F-15SEPは停止しない。
 不知火壱型己に搭乗する衛士を殺す、その至上目的の下で動きはじめた黒鷲の衛士は、自身が放った実弾が有効ではないことに気づいていた。壱型己の胸部正面装甲には、確かに黒々と被弾痕が幾つかみられる。だが増加装甲はやはり前説通りの性能を発揮し、36mm機関砲弾の貫徹を許さなかったらしい。
 その証拠に、不知火壱型己は未だに活動を停止していない。模擬演習弾のみが装填された、今や何の役にも立たない突撃砲をかなぐり捨て、逃げに徹している。
 事故に見せかけた暗殺は、かなわなかった。
 だが黒鷲を駆る衛士は、壱型己目掛けての全力射撃を継続する。正面装甲は抜けないということは分かった為、側面に回り込み、かつ戦術機の"脚"とも言える跳躍ユニットを付け狙う。

「実包だってことに気づいていないのか!」

 試験中の模擬戦闘如きで、貴重な試作機を失う訳にはいかない。また実戦用砲弾は演習用砲弾に比較すると、射程が倍以上延びる。幾ら広大を誇る習志野演習場といえども、面積には限りがあり、その外には市街地が広がっており、はずみで36mm機関砲弾が場外に飛ぶことがあれば、想像したくもない大惨事が発生することは明らかだ。

「岩田サン、あんたから何とか言ってくれ! こっちの指示を聞いていないみたいなんだ!」

 鬼のような形相を浮かべた将兵が、七星重工代表者の岩田に詰め寄ったが、岩田はと言えば(これでいい)と考えていた。



(あの不知火壱型己を駆るパイロット、間違いなく元5121小隊の――芝村の末姫と、青の厚志だ!)



 岩田は、確信していた。
 Alpha&ageインダストリの不知火壱型己に搭乗するは、かつて第5世界(ガンパレ世界)でセプテントリオンの事業を台無しにした、5121小隊の芝村舞と、青の厚志! 特に後者、第7世界においてはゲーム「高機動幻想ガンパレード・マーチ」の主人公にも採用された青の厚志は、今でも世界間を股に掛け、部下を使ってセプテントリオンの妨害を働いている。
 以前、青の厚志によって事業を妨害され、一時失脚しかけた過去をもつ岩田は、事故と繕える範囲で両者を抹殺することが出来れば、と考えていた。
 かなり苦しいが、現在の状況は「実弾に切り替わっていることに気がつかなかった」と言い張り、うやむやに出来るギリギリの線だろう。事後は国防省・本土防衛軍関係者による追及もあろうが、相手はこの七星重工。徹底的とは程遠いあたりで、詮索は終わるに違いない。逆にあまりにも大っぴらな行動に出ることはまずい。……セプテントリオンの私兵、人型機動兵器(ラウンドバックラー)を、投入出来ないことが歯がゆかった。

 F-15SEPを駆る衛士は、岩田ほど余裕に構えてはいない。
 こちらが実弾を放ち、放ち続けているこの状況はそう長くは続かないだろうと考えている。技術研究本部関係者の「模擬戦闘中止」の勧告を無視している、と気づいた時点で、本土防衛軍は習志野基地及び近隣基地に駐屯する戦術機甲部隊を緊急発進させ、視覚的行動で停止を呼びかけるに違いなかった。そうなれば流石に、"模擬弾が実弾に切り替わっていることに気がつかなくてはならない"。
 ……仇敵を前にして、だがしかし与えられた時間は、あまりにも少ない!

 演習場に吹き荒れる36mm機関砲弾の暴風は、着実に不知火壱型己の装甲を削り取っている。だが流石"絢爛舞踏"青の厚志というべきか、同時に跳躍ユニットや頭部ユニット、主腕・脚の関節部位といった致命的箇所への被弾を、壱型己は悉く回避している。
 F-15SEPが保持する2門の突撃砲は弾丸を吐き続け、何とか壱型己をその火線に絡め取ろうとするが、逃げに徹した三次元機動を捉えるのは容易ではなく、するすると逃げられてしまう。国防省・本土防衛軍関係者の眼を盗み、持ち込めた実弾は残弾心許なかった。

(弾切れが早いか、邪魔が入るのが早いか――)

 ここで黒鷲の衛士は、切り札を切る。

 この公の場、世界外のそれを放つことに、彼女は何の躊躇いも覚えない。
 異界と異界を結ぶ門が呼吸する瞬間、こちらの世界に別世界の物理法則が流れ込む。F-15SE外装の裏に描かれた精霊回路が、不可視のリューンを載せた。まるで龍の如く張り巡らされたその回路上で、霊子や精霊などとも呼称されるリューンは、瞬く間に音速を超え、光速を超え、その倍、10倍もの速度にまで加速される――。



「完成せよ、純潔の鎖!」

――放たれるは、不可視の鎖!



 純潔の鎖は黒鷹の左腕部から吐き出され、不知火壱型己の右腕を捉える。増加装甲により通常型不知火よりも一回り太くなった二の腕に、リューンで編まれた鎖が絡みつき、絡み付いて離さない!
 異世界の魔法とも呼ぶべき絶技だが、国防省・本土防衛軍の人間には、不知火壱型己が突如として急停止したようにしか見えない。リューンは通常は不可視であり、余程大出力の絶技でなければ残滓すら観測することは不可能。精霊手ならばいざ知らず、純潔の鎖といった絶技ならば、公の場で使用してもなんら問題はない。
 右腕部を固定され、機動を制限された不知火壱型己は、たたらを踏んで立ち止まる。人型戦車士魂号ならば、任意で装甲板や生体部の一部を切り離すことが可能だが、残念ながら戦術歩行戦闘機に、右主腕全てを切り離せるような機能はない。
 一方で黒鷹は照準に不知火壱型己を収め直し、純潔の鎖が同じく絶技で無効化される、あるいは何か反撃の手を講じられる前に、突撃砲の引き金を弾く――。










『いま!』

『まかせるがよいっ』










 不知火壱型己の全身で、小爆発が発生する。

 不知火壱型己の増加装甲を固定している爆圧ボルトが一斉に炸裂し、重厚な装甲板が弾け飛ぶまでに掛かった時間は1秒以下。そして鈍色の鎧を脱ぎ捨てた不知火が、上空へ飛び出すのに掛かった時間もそれくらいだった。右主腕部に纏わりついた純潔の鎖は、内側から発生した圧力に堪えかねて弾け飛ぶ。分離した胸部増加装甲に120mm砲弾が接触した瞬間には、既に不知火は黒鷹の照準を外れて数十m近く上昇していた。



「――94式戦術歩行戦闘機不知火複座型(壱型乙)!」

「着脱式の増加装甲か――!」



 緊急発進した帝国陸軍戦術機の到着を今や遅しと待ち侘び、ただ事態の成り行きを見守っていた国防省・本土防衛軍関係者は呆気にとられ、増加装甲の下から現れた不知火壱型乙を注視する。
 白と暗灰で塗装された不知火。
 国防省・本土防衛軍関係者は勿論のこと、前線将兵、一般臣民大人から子供まで、日本帝国の人間ならば誰もが知る戦術機が、いまそこにいる。

(対幻獣戦においては重装甲・重武装で臨み、光線級・敵戦術機が存在する戦場では増加装甲を脱ぎ捨てて臨む。増加装備を導入するだけで、現行の通常型不知火も壱型戊・己に強化可能。……これがウチの回答だ)
 
 芝村勇吏が、薄く笑った。
 そして不知火は、姿勢を崩して急降下――逆落とし!

 一方で視界から目標を見失った黒鷲は、上空から逆襲を掛ける不知火への対応が一瞬遅れた。遅ればせながら突撃砲を指向し、36mm機関砲弾をばら撒くがやはり遅い。迸る火線は、不知火を捉えることが出来ない。彼我の距離は急速に縮まり、そして――。

 突撃砲を構えた主腕の内側、すぐ懐に飛び込んで着地した不知火は、左掌でF-15SEPの頭部ユニットを鷲掴みにするや否や、渾身の一撃を放つ。



 マニピュレーターが壊れることも厭わない、右掌による貫手!



 人型戦車士魂号を参考に、強化が為されたマニピュレーターはいとも容易く黒鷲の下腹部を貫き、貫いた後に、機能維持に必要となる黒鷲の腸を引きずり出す。潤滑油か、それに類するものでどす黒く染まった右甲手は、配線やら伸縮素材等がないまぜとなったF-15SEPの内部構造体を後ろへ放り投げた。

 それが、模擬戦終了の合図となった。












―――――――
以下妄想

不知火壱型甲→不知火通常型(単座)
不知火壱型乙→不知火通常型(複座)
不知火壱型丙→不知火改修型(単座)
不知火壱型丁→不知火改修型(複座)
不知火壱型戊→不知火増加装甲仕様(単座)
不知火壱型己→不知火増加装甲仕様(複座)

 手が加えられてピーキーになり過ぎた不知火壱型"丙"があるのならば、通常型は"甲"なのかな、と考えた次第ですが、完全なる妄想です

 次回から横浜ハイヴ攻略作戦
 【横浜編】はあと4話前後で終了とします



[38496] "人間の手いま届け"(前)
Name: 686◆1f683b8f ID:e208e170
Date: 2014/04/26 21:58
"人間の手いま届け"(前)







 七星重工製試作戦術機、模擬戦敗北。
 芝村舞及び速水厚志、抹殺失敗。

 だがしかし岩田は特に激怒するでもなく、落胆するでもなく、来る甲22号目標横浜ハイヴ攻略作戦発動に向けて、細々としたところまで精力的に指示を出し続けていた。
 模擬戦の敗北はそう痛手にはならない、また芝村舞と速水厚志の殺害も、あの場で成功する可能性自体が極めて低かったのだ。簡単に諦めがつく。……また青の厚志は、絶対に甲22号目標横浜ハイヴに現れるに違いなかった。そこが殺しの好機だ。

「私兵を入れる」

 東京府内に借り受けた雑居ビルの一室で、岩田は独自の通信網を通し、七星重工社員――セプテントリオンの工作員に指示を出してゆく。
 セプテントリオンが、私兵を横浜ハイヴ周辺へ展開させる目的は、ふたつある。
 ひとつは、攻略作戦中に必ず救援に駆けつけるであろう、青の厚志の抹殺。
 もうひとつは、本土防衛軍が横浜ハイヴ制圧した後、速やかに最深部に安置されている鑑純夏の脳髄を入手する為であった。出来れば鑑純夏の脳髄は、この世界の人間の眼に晒したくない。可能であれば本土防衛軍突入部隊の動きを見計らい、機先を制して反応炉を制圧し、鑑純夏を手に入れる、あるいは目撃者を始末することも視野に入れての行動だ。
 そして、切り札の準備も欠かさない。



「五次元効果爆弾(あれ)を準備しておけ」



 仮に通常手段による芝村舞、青の厚志の殺害が失敗するのであれば、以前に在日米軍横須賀基地から奪取した五次元効果爆弾を以て、両名を消し飛ばす。
 五次元効果爆弾(通称G弾)ならば、確実にふたりを殺せることは間違いない。
 炸裂の瞬間までラザフォード場を展開する五次元効果爆弾に対しては、如何なる迎撃も無効だ。地対空誘導弾や大出力レーザーでは、弾体周辺にて発生する重力偏差の為に、消滅あるいは捻じ曲げられ、迎撃は敵わない。制御解放、G元素反応開始後の爆発域に巻き込まれれば、防御も当然不可能。おそらく絶技、例えば"絶対物理防壁"等を展開させたとしても、反応境界面に触れたリューンは破壊されてしまうであろう。
 勿論、横浜ハイヴ周辺に居合わせた、全人類軍将兵を巻き添えにしての殺しとなる。だが岩田としては、芝村舞と青の厚志を殺す為ならば仕方がない、くらいにしか思っていなかった。

 そして事後は、在日米軍独断の凶行として処理されるであろう。

 常識的に考えれば、一企業がG弾を所持しているはずがない。
 "G弾は、米軍しか所持していない"のだから。
 疑いの眼は当然、在日米軍に向くであろうし、在日米軍はその容疑を晴らす術はない。オルタネイティヴ5予備計画の根幹に関わるG弾が奪取された件について、在日米軍はおそらく本土防衛軍には報告していまい。G弾炸裂後に、「実はG弾を一発紛失していました。使用されたのは、おそらく紛失したそのG弾です」などと言っても、本土防衛軍側としては信用出来るはずがない――。

 岩田にとって、甲22号目標横浜ハイヴ攻略作戦の主目標「反応炉の制圧・破壊」等、どうでもいい事柄であった。






――勝てない。

 それが甲22号目標横浜ハイヴ攻略作戦発動、1週間前を迎えた、国連軍太平洋方面軍司令部及び本土防衛軍統合参謀本部の共通認識であった。
 作戦発動1ヶ月前より幾度も繰り返された兵棋演習(シミュレーション)は、いずれも惨憺たる結末を迎えている。
 勝利に今一歩及ばない原因は、ただひとつ。
 彼我の戦力差が、あまりにも隔絶しているからに他ならない。横浜ハイヴ周辺に存在するBETA新属種(幻獣)の個体数は、少なく見積もっても30万。更におそらくハイヴ坑内には、軍団規模(約5万前後)のBETA従来種が潜んでいると考えられている。新属種の抵抗を粉砕しつつ、侵攻路に利用する門と坑内に確保した補給路を保持し続けることは、困難を極める。
 実際に兵棋演習では、坑内に侵入した戦術機甲部隊がBETA従来種の反撃に遭い、道中で足止めを食っている間に、BETA新属種の反撃により門及び補給路を維持出来なくなり、内外の部隊が全滅するケースが多発している。さりとてBETA新属種の殲滅に熱を上げ、地表面で数日に及ぶ会戦を展開すれば、今度はBETA従来種による地中侵攻が始まり、苦しい戦いを余儀なくされる。
 人類敗北の結果が出る毎に、幾度も計画は修正されてきた。
 仙台市内に駐屯する斯衛軍に作戦参加を要請し、帝国海軍連合艦隊は当然のこと、国連太平洋方面軍に参加する残存艦艇を、ありったけ掻き集めて作戦海域に配置、渋る生徒会連合九州軍からは、攻撃機"紅天"を借り受ける。
 国連軍と本土防衛軍は、恥も外聞もなく、勝利に全てを費やす姿勢を見せる。
 もはやこの機に横浜ハイヴを陥とす、と同時にBETA新属種(幻獣)に痛撃を与えなくてはならない。
 でなければ、結局物量に押し潰される。BETA従来種も、BETA新属種も、人類軍よりも早く戦力を補填し、増強する。時間を与えれば与えるほど、両者は――特に新属種(幻獣)の戦力は、手が付けられないほどに増大する。
 以前勃発した八代会戦(熊本県八代平野)においては、約1400万のBETA新属種が出現したという。仮に生徒会連合九州軍からの情報提供が真実だとすれば、BETA新属種はたった一局地に、1000万を超える兵力を注力出来るだけの動員力を有していることになる。個体数が10万単位で留まっているこの間に、橋頭堡を叩き潰すことが出来なければ日本帝国は滅びる!

 だがそれなのに、それなのに――兵棋演習でさえ、勝てない!

 甲22号目標横浜ハイヴ攻略作戦発動間際となっても、本土防衛軍統合参謀本部は、焦燥と悲観を拭い去ることは出来ずにいた。



 一方で生徒会連合義勇軍司令部は、勝利を確信していた。

 確かに通常兵器のみを並べた兵棋演習では、横浜ハイヴ攻略作戦は一回たりとも成功を収めることが出来ていない。だが生徒会連合義勇軍は、本土防衛軍統合参謀本部に申告していない反則級の"切り札"を、それも複数枚持っている。

――局地的に重力偏差を発生させ、防御無視の徹底的破壊を可能とする特殊兵器。
――時間遡行、現状改変、使いようによっては歴史さえ書き換えられる特殊兵器。

 世界中の人類国家を敵に回す可能性も生み出し得る武器を、いざとなれば生徒会連合義勇軍は全面運用し、勝利を掴む腹積もりでいた。

 そして同時に彼らは、誰しもが思考のどこかで奇跡を信じている。

 万策尽き圧倒的劣勢、赤目に埋め尽くされた地平線、全部隊組織全滅判定――仮にそういった状況に陥ったとしても、それでもなお彼らは、「夜闇が深ければ深いほど、燦然と輝く一条の光」を信じ、戦い続けることは間違いなかった。
 一戦場においてだけではない。
 先の見えない絶滅戦争、だが最後にはハッピーエンドを取り戻すことを信じて疑わない。

 子に明日を、人に愛を取り戻す日が――勝利の日が、絶対に来る、と。







―――――――







 1998年12月23日、払暁。
 地平線に暖色が僅かに滲み、朝日が顔を出さんとする直前。

 白み出そうとする空を仰ぎ、今日も、昨日一昨日と変わらぬ一日を過ごすことになろうと考えていた幻獣達は、次の瞬間には鋼鉄の暴風雨に呑み込まれ、火焔の中で揉まれた。異変を悟った亜人、小型幻獣ゴブリン達が頭蓋を震わして泣き叫び、遮蔽物目掛けて持ち場を離れようとする。そんな混乱の坩堝に、空対地ロケット弾が続けざまに撃ち込まれ、数十体のゴブリンをまとめて焼却する。
 事態を最も早く、正確に認識したのは、ゴブリン達を纏める下士官役、ゴブリン・リーダーであった。彼らは逃げ惑うゴブリン達を無理に制止しようとはせず、その限られた同調能力(テレパス)を用いて、周囲の小・中型幻獣に警報を出す――「敵空襲、対空防御」。
 だが対空噴進弾をもつ中型幻獣ゴルゴーンや、光砲科幻獣が多数配備された対空陣地に、その警報が行き渡るのには酷く時間が掛かった。

 混乱する地上を尻目に、帝国航空宇宙軍第1航空軍は横浜ハイヴ上空にまで達し、奇襲効果を十分に活かした航空爆撃を実施する。地表構造物と、それに寄り添う大型幻獣オウルベアー直上へ、高速侵入を果たした制空戦闘機F-104J"栄光"、攻撃機A-4J"大鷹"は、70mm/127mm空対地ロケット弾と500ポンド(約225kg)通常爆弾を、小・中型幻獣の密集団へ無慈悲に叩きつけた。
 大型幻獣オウルベアーは上体を反らし、腹部の光学・物理障壁を展開させ、襲い掛かる空対地ロケット弾からその身を防護する。だがその足下では直撃弾を受けた中型幻獣が斃れ、破片と猛火によって小型幻獣が急速にこの世との繋がりを絶たれてゆく。装甲や防御手段をもたない小型幻獣達は、ほとんど無防備に殺されてゆく他ない。

(うそ――)

 横浜ハイヴ周辺に展開した幻獣軍の指揮を執る、第5世代クローンの少女は、降り注ぐ鋼鉄と火焔から逃げ惑いながら思う。

(光線級出現以来、本土防衛軍は――帝国航空宇宙軍は固定翼機を、退役させていたんじゃ)

 幻獣が占領した帝国本土防衛軍基地や国連軍基地から得た情報に、本土防衛軍が超音速固定翼機を運用している旨は、一切記載されていなかった。光線級の出現により航空爆撃が無効化されて以来、従来の制空戦闘機や攻撃機、爆撃機はほとんど退役したはずなのだ。それなのにいま横浜の空を、超音速戦闘機と攻撃機が旋回している。
 策士策に溺れる、ではないが、人類陣営から得られた情報を絶対視し過ぎたが故、混乱も大きかった。
 少女はその身体を硬質化させ、あるいは障壁を張り巡らせて、宙を飛び交う破片を回避しつつ同調能力で状況把握に努める。すると、空爆を受ける後方のみならず、多摩川方面、最前線でも人類軍に動きがあることが分かった。



 多摩川南岸に布陣する前衛幻獣群は、人類軍地上部隊が動くのをいまか、いまかと待つ。遥か頭上から降り注ぐ轟音と、後方で響く爆発音を聞きながらも、一切の動揺を見せることはしない。小・中型幻獣達は、その赤い瞳で対岸を睥睨する。視界内には未だ敵影を認めることは出来ないでいるが、おそらく後方陣地が集中的な空爆を受けている以上は、人類軍地上部隊も渡河を試みるはずだ。
 光砲科幻獣達は即応射撃が可能なように光砲を構え、中型幻獣ミノタウロスも腹部の生体誘導弾を活性化させて、「その時」を待っていた。

 そして、砲撃音が轟く。

 多摩川遥か北方――おそらく人類軍砲兵陣地から放たれ、こちらに落下軌道を取る金属塊を、幻獣達は優れた動体視力で見極める。人類軍の制圧射撃――間違いなく、敵前渡河を前にしての準備砲撃だ、と知性ある幻獣は誰もが思った。大攻勢前の準備砲撃となれば、万単位の砲弾が殺到することは間違いない。
 中型幻獣達は装甲が一番厚い部位を上空へ向け、小型幻獣達は廃墟や砲弾痕に隠れ、激しい砲撃をやり過ごそうとする。

 だが、上空から降り注いだ金属塊は、炸裂することなく彼らの足元に転がった。

 シュー。多摩川南岸全域で、そんな何かを吐き出す音が響き渡る。
 中型幻獣の背へ、小型幻獣達が隠れる廃墟の中へ、実体をもつ幻獣の体重を支える路上へ、多摩川南岸全域に落着した円筒状の金属塊は、その両端から白、黒、赤――多種多様な色彩を吐き出した。大気中に張り巡らされたそれは、その場に滞留し、濃霧に等しい視界状態を人工的に生み出してみせた。



 ……煙幕である。



 155mm榴弾、あるいは130mm噴進弾といった砲弾が、幾度にも渡って降り注ぐのでは、と身構えていた幻獣達を、一瞬で煙が飲み込んだ。その赤く輝く瞳も、これでは使い物にならない。帝国陸軍、国連軍、生徒会連合義勇軍――人類軍が撃ち込んだありったけの煙幕弾は、幻獣の足元で多彩な煙を吐き出し、予定通り目潰しの役割を果たしたのであった。
 この日、関東圏は無風。
 前衛を張る幻獣達は、この煙幕展開が人類軍の攻勢準備だということに気づいたが、だからといって何が出来る訳でもない。光砲科幻獣達は密集陣形を取り、渡河を試みるであろう敵部隊を照準に収めようとするが、視界はゼロ。ただでさえ視界に恵まれない払暁、しかも10m先も見通すことが出来ない煙幕に巻き込まれたのだ。視界が利かない状況でも同調能力で仲間を呼び合い、迎撃準備が整えたところで、とても目標を捕捉しての照射までには至らない。
 無駄撃ち覚悟で弾幕を形成するか――?
 光砲科幻獣達がそこまで思考を進めたあたりで、彼らは遥か前方から響き渡る爆音を聞き取った。



 多摩川以北数キロの範囲で、鋼鉄の巨兵が一斉に覚醒した。頭部センサーアイから光を迸らせ、主機に火を入れた彼らは偽装用の天幕や網を振り払い、振り払って立ち上がる。
 横浜ハイヴ攻略作戦に参加する全戦術機甲連隊内で、最も行動が早かったのは、国連太平洋方面第11軍隷下多国籍混成1個戦術機甲連隊であった。彼らは陽動として戦線を突き崩し、横浜ハイヴ西部を衝く任務を与えられており、故に作戦行動開始時刻は最も早い。

 東京府立園芸高等学校敷地内に擬装用の漁網を掛けられ、うずくまっていた戦術機が起動する。
 腕部、膝部、脚部に備えられた鋭利なスーパーカーボンブレードが、草木を思わせる装飾が施された網を切り裂き、攻撃的なフォルムをもつ戦術機――殲撃10型が立ち上がった。中華人民解放軍第339戦術機甲大隊(現稼動機26機)。

 玉川堤美術大学校、東亜産業能率大学ではキャンパス内に押し入った大型トレーラーが背負う戦術機達が、一斉に起立する。
 各部異常なし、衛士達はトレーラー側で操作を実施する整備士と共同で、戦術歩行戦闘機に火を入れた。一番最初に荷台から一歩踏み出した純白の戦術機――F-15Kは、たまたまその場にあったマンホールを踏み抜き、踏み抜きながら自重を支えて、二歩目以降を繰り出す。韓国陸軍第21戦術機甲大隊(現稼動機19機)。

 東京府世田谷区駒沢公園では、既に展開を終えていた戦術機達が夜空を仰いでいた。
 待機する衛士達は思う、自分達の今後将来はどうなることやら、と。ソ連領に避難中の祖国に帰る時、この部隊はどういった処分を下されるのだろうか。帝国陸軍・在日米軍の全面協力により稼動状態を保っている戦術機達――MiG-23は、公園内でただただその時を待ち続ける。朝鮮人民解放軍第141親衛戦術機甲連隊(現稼動機11機)。

 そしてその遥か上空。高度300m。
 多国籍混成1個戦術機甲連隊の主力を為す、戦術歩行戦闘機達が翔る。ネイビーブルーに彩られた人類最強を自負する剣は、怒りと共に今宵集った。F-14トムキャット――F-18ホーネット――F-18E/Fスーパーホーネット――全56機が、雪辱を晴らさんと奔る。
 ここで、全戦全敗の人類の歴史を塗り替える!



『こちら<勝利>、貴隊に合流する!』

 まず彼ら米軍機に合流したのは、都市迷彩に身を包んだMiG-23の群れ。赤い星を肩口に輝かせる彼らは、在日米軍機の更に上空へ抜ける。他意はない。在日米軍機より性能の落ちる北朝鮮機は、少しでも空気の薄い高空を飛翔することで、速度を稼がなければ置いていかれてしまうのだ。



『こちらアメリカ・リーダー! 作戦中の不意撃ちだけは勘弁してくれよ――この戦いが終わったら、満足いくまで相手してやるからよ』

『そんな暇はない。これから平壌、ソウル、仁川の借りを返しに――そして横浜、佐渡島、鉄原と下等生物どもを駆除しにゆくのだからな』



 朝鮮人民解放軍第141親衛戦術機甲連隊<勝利>は、党がソ連領へ脱出した後も対BETA戦線を転戦してきた歴戦の部隊である。国際的孤立を避ける意図もあってか、指示を出し続ける本国政府の命令に従い、国連軍に身を置き続けて戦って来た。朝鮮民主主義人民共和国の首都でもあり、南朝鮮が実効支配するソウルでは多数の避難民を守るべく戦ったし、仁川、釜山でも、友軍撤退の為に死力を尽くした。
 連隊の戦闘記録は辛勝、あるいは惨敗。
 ソ連領に逃れた党から賜った、「親衛」の文字など要らない。

 <勝利>の連隊長はそろそろ、人類の決定的勝利を望んでいた。


 
『こちらイーグル、貴隊に合流する』

『こちらイレヴン、ブリーフィング通り先行する』

 続いて跳躍装置の火焔を浴びて溶解した舗装を後に、殲撃10型とF-15Kが合流する。
 米軍機を追い抜き、最前衛のポジションを得るは、中華人民解放軍第339戦術機甲大隊。彼らが運用する殲撃10型は、何より接近戦闘を得意とする。敵中一番に斬り込み、後続の血路を拓くは彼らの任務であった。

『北韓の連中が言う通りだ――ここで一勝、拾いにゆく!』

 F-15Kの群れはその下方、在日米軍機の直接援護に就いた。韓国軍衛士は、砲撃戦の錬度において、自身らが在日米軍の衛士に劣ることを自覚している。故に敵の反撃は自機が一身に引き受け、在日米軍機が砲撃戦に集中出来るよう、在日米軍機の下方についたのだった。

『仁川、広島、京都、随分と負けが続いたが――なるほど俺たちも横浜(ここ)で、負け犬の汚名を晴らす!』

 続いて米軍衛士が、気勢を上げた。名実共に人類最強の米軍は、世界中でBETAと戦い、そして惨敗を重ねてきた。敗北続きの米海兵隊。だがそれも、今日までだ――!



『こちらアヴェンジャーよりHQ! 攻撃を開始する!』



 まさしく壮観。

 十数機のF-14が、各自背負い込んだ長距離空対地誘導弾を解き放った。放射状に散開する数十発の不死鳥――フェニックスミサイルは、プリセットされた目標地点に向け、超音速で翔けてゆく。煙幕直下の前衛幻獣群、及びその後背に屯する幻獣達には、反応する時間さえ与えられない。フェニックスミサイルは直撃した中型幻獣を粉砕するに留まらず、火焔と爆風が一緒くたになったものを吐き出して、周囲の幻獣達を殺傷する。回避・迎撃共に不可能。完全なるアウトレンジ攻撃に、幻獣達は恐慌状態に陥る。
 そして人類勝利の旗の下に集った多国籍混成戦術機甲連隊は、全力噴射、加速に加速を重ね、分厚く滞留する煙幕により視界を奪われ、突如として到来した圧倒的破壊に慄く前衛幻獣群の上空を素通りし、中型幻獣ゴルゴーンを主力とする後方集団へ殺到する!

『応射来るぞッ!』

 対空噴進弾に換装済みの中型幻獣ゴルゴーンが、前脚を畳み、後脚を突っ張り、背中を持ち上げて発射体勢を取る。それを目撃した米軍衛士は、声を上げて僚機に注意喚起。当然、敵方が対空防御を巡らしているのは、想定済みである。
 空中に生体噴進弾が連続で吐き出され、凄まじい阻止弾幕が展開される一瞬前に、112機の戦術歩行戦闘機は、高度数百mの位置から地表面目掛けて急降下。対空防御を掻い潜り、一気に彼我の距離を詰める。

『殺った――!』

 その最先頭を往くは、漆黒の殲撃10型。
 低空進入を果たす戦術機の群れへ、照準修正を試みるゴルゴーンに36mm機関砲弾を食らわせながら、最高速で接近し、そして渾身の斬撃を、幻獣の海を駆け抜けながら振るう。片腕で振り抜かれる青龍刀。トップヘビーのその巨大な曲刀――77式近接戦用長刀は、ゴルゴーンを数体纏めて斬り倒して幻へ還す。
 懐に入られ自身の不利を悟ったゴルゴーンは、砲撃戦を諦めて肉弾戦を挑もうとするが、相手が悪過ぎた。目前の巨人を突き飛ばさんと急接近したゴルゴーンは、次の瞬間にはその草食竜めいた顔面を横一文字に抉られている。顔面を引き裂いたのは、膝部ユニットにマウントされた殲撃10型の固定武装、スーパーカーボンブレードの刃。全身を漆黒の鋼鉄と刃で武装した怪物は、単純な回避運動さえも必殺の斬撃に換える。
 幻獣を叩き斬ってゆく暗影の奔流を、誰も止められない。
 殲撃10型に対し、距離を取って砲撃戦を試みるゴルゴーンは、地上に降り立った米軍機の精密射撃によって撃ち抜かれてゆく。



 そして米軍機を攻撃しようと接近する幻獣達は、南北朝鮮機が引き受ける。

『6時方向ッ! 煙幕の切れ目から、来るぞ!』

 前衛幻獣群の中でも最も機動力のある中型幻獣グレーター・デーモンが、煙幕より飛翔突出し、後方集団に喰らいついた多国籍混成戦術機甲連隊を排除しようと現れる。
 長大なる四本腕に硬質な鋏、生体誘導弾・跳躍ユニットとしての役割を果たす小型幻獣を、全身に飼うグレーター・デーモンは、対戦術機戦闘を念頭において開発された新型幻獣だ。
 それに応じる歯第2世代戦術機の"成り損ない"、初の純ソ連製戦術歩行戦闘機MiG-23。
 グレーター・デーモンが、生体誘導弾として小型幻獣を解き放つ。対して人民解放軍衛士は、機体を直角方向へ急上昇させる。直上方向へ上昇するMiG-23に釣られ、グレーター・デーモンが放った生体誘導弾は、当然ながら全弾上昇傾向を辿る。

『いまだ! 同胞ッ』

『任せろ――絶対に外さねえっ!』

 敵が放った全生体誘導弾を惹きつけ、上昇するMiG-23。
 一方でその後方、地表ではノーマークの韓国軍F-15Kが、突撃砲を構えていた。既にグレーター・デーモンを照準に収めた韓国軍衛士は、苦笑いしながら引き金を弾く――吐き出された36mm機関砲弾と120mm砲弾は、甲殻類が如きグレーター・デーモンの外殻に吸い込まれ、内部構造を滅茶苦茶に粉砕してしまった。
 だが鉄飛礫を浴びたグレーター・デーモンが消失する傍から、続々と新手が現れる。幻獣の真骨頂は、物量であり質ではない。

『まだ来る』

 急上昇急降下、幻獣の群れの中を駆け巡り、生体誘導弾を振り払った人民解放軍衛士は、煙幕の合間から次々と現れるグレーター・デーモンを見やり、うんざりといった感じで呟いた。

『こちら<勝利>。アメリカ・リーダー、後背から突っ込んで来る敵が多過ぎる』

『了解した。アメリカ・リーダーより各機へ、更に前進する! 目標は――横浜ハイヴ!』

 こうして多国籍混成戦術機甲連隊の逃避行が始まった。
 幻獣後方集団を蹂躙しつつ、前衛群から抜け出て追い縋るグレーター・デーモンから逃げ回る、奇妙な逃避行が。








(グレーター・デーモンは急速後退、入り込んだ戦術機の駆逐を急いで下さい)

(ゴルゴーンは目標を戦術機から航空機に切替)

(前衛群は密集陣形を保ったまま、後退を開始。煙幕から脱出し、敵渡河に備えて下さい)



 第5世代クローンの少女は、隷下の幻獣達に指示を下す。
 全線に渡って多摩川南岸に煙幕が展開され、前衛幻獣群は視界を潰された。その混乱の最中、戦術機甲連隊が上空を通過して砲兵役のゴルゴーンの駆逐に奔る。
 ――少女は、やられた、と認めざるを得ない。航空兵器と地上兵器の合間を往く、戦術機に対する認識が甘かった。地表面を攻撃ヘリ以上の速度で駆け巡る人類の剣は、単なる対空防御では簡単に阻止することは出来ない。
 また大火力をぶつけて解決ともいかないのが、もどかしい。
 少女は横浜ハイヴ構造体に寄り添う、大型幻獣オウルベアーの巨体を見上げながら、そう思った。敵が純粋な地上部隊であれば、多摩川を渡河、あるいは渡河し終えたところを大口径生体レーザーで薙ぎ払えば、それで全ての決着はつく。だがハイヴ地表構造物さえも傾がせる大火力も、友軍の最中に紛れ込んだ戦術機に対しては、何の役にも立たない。

(戦術機甲連隊による斬り込みだけで終わるはずがない――グレーター・デーモンに戦術機を排除させた後、オウルベアーの長距離砲撃で多摩川以北に集結する人類地上部隊を攻撃する)

 少女は、気がつかなかった。
 その時空中を乱舞するF-104JやA-4Jに紛れて、3機の大型輸送機が急接近を果たしていることを。オウルベアー直上に達した在日米軍C-17グローブマスター3は、既に後部ランプドアを開放し、中の"積荷"を落下させる準備を整えている。
 C-17の最大積載量は、約70トン。
 当然、人型戦車士魂号など容易に運搬出来る。



 少女が頭上の大怪鳥の存在に気づいた時には、既に5121小隊がオウルベアーの背中目掛け、決死の空挺強襲を仕掛けるところであった。











―――――――

以下後書き



F-15Kは設定上は存在しない戦術歩行戦闘機であり、また北朝鮮も公式では一切触れられていない存在です(キーコーの話では宇宙開発史・BETA大戦以外の歴史は、基本的に史実と変わりない――つまり私の解釈は南北朝鮮分割・朝鮮戦争も勃発したでは、というところです)。ただ単に一致団結感を出したかった、というのが本当のところですが。
青の厚志はもちろん規格外、べらぼうに強いですが本作では「お助けキャラ」的な位置づけでいきたいと思っています。



[38496] "人間の手いま届け"(後)
Name: 686◆1f683b8f ID:e208e170
Date: 2014/04/26 21:57
"人間の手いま届け"(後)



 輸送機後部から飛び出した死霊を思わせる影は、一瞬の自由落下を経て、一直線にオウルベアーの頭部に覆い被さった。血塗られた四肢を以てその爬虫類めいた額に組み付いた、士魂号重装甲西洋型が凶器を振り上げる。血痕と錆に塗れた超硬度小太刀、その切っ先の延長線上には、オウルベアーの目蓋がある――!

 オウルベアーは、反応する暇もなかった。
 超震動する超硬度小太刀の切っ先は、オウルベアーの堅皮を分子単位で掻き分け、その奥に位置する左眼球を破砕した。
 鮮やかな手捌き、見事な一撃。
 だが絢爛舞踏、瀬戸口が駆る士魂号重装甲西洋型は、それに満足することなく、素早く小太刀を引き抜き、額を割る第二の刺突、上顎を破る第三の刺突と、執拗に攻撃を繰り出す。
 オウルベアーの頭部を鷲掴みにし、表皮を突き破り肉まで食む鋼鉄の足指。足場を確保した絢爛舞踏は、額の上で仁王立ちする。血塗られた漆黒の鉄兜、その庇の下、眼球のない眼窩は、ただ冷たく目の前の獲物を見下ろすだけ。士魂号重装甲西洋型の腕は、抉った箇所を更に斬り広げ、鋼鉄の拳を突き入れて内容物を引き出し、頭部の徹底破壊に動く。
 オウルベアーは堪らず首を振るい、あるいは上半身ごと身体を激しく揺さ振って、額の上に立つ士魂号重装甲西洋型を振り落とそうとするが、もうどうしようもなかった。絢爛舞踏の足回りは微動だにせず、オウルベアーの息の根を止めるべく、小太刀の切っ先と鋼鉄の拳を打ち落とし続ける。

 士魂号重装甲西洋型の激しい刺突に堪えかね、10000トンの自重を支える足が幾度も踏み鳴らされ、大地が抉られ、身動ぎする下半身はいとも容易くハイヴ地表構造物を削り取る。大型幻獣にとってはただの小運動に過ぎないが、足元では大破壊が巻き起こった。



『あっぶねえええええ!』

 士魂号重装甲西洋型と同じタイミングで輸送機後部より降下し、オウルベアーの背中で受身を取り、そのまま背中を滑降し地上へ着地するという大冒険を終えた5121小隊2番機(士魂号軽装甲仕様)パイロット滝川は、叫びながらオウルベアーから距離を取った。
 破壊をもたらすオウルベアーの足下から飛び退き、飛び退きながら、両手で保持するジャイアントアサルト2丁の引き金を弾く。高速で飛翔する20mm機関砲弾は、瞬く間にオウルベアー周辺に居合わせた、不幸な幻獣達を消し去ってゆく。
 振り回される銃口、地面を這う火線――。
 小型幻獣の群れは機関砲弾が擦過するだけで薙ぎ倒され、破片で以て吹き飛ばされ――そして逃げ惑う少女を追っていた。

(俺はもう――迷わない!)

 幻獣に殺されたBETA達の死骸を粉砕しながら、たまたま照準に収まった幻獣を吹き飛ばしながら、連射される20mm機関砲弾は第5世代クローンを執拗に追いかけた。だが僅かに相手の方が上手か、少女は幻獣やBETAの死骸の合間を駆け回り、物理法則を無視した回避機動によって、火線から逃れてみせる。
 5121小隊の殲滅対象は、大型幻獣のみに非ず。万単位、億単位の幻獣を統率する指揮能力をもつ、第5世代クローンも重要な目標に指定されていた。
 滝川はかつて抱いていた迷いを振り切り、ジャイアントアサルトの引き金を弾き続ける。
 幻獣はただの怪物ではなく、また人々の昏い想念そのものでもあり、そして幻獣共生派は、人類に絶望し裏切るべくして裏切った。かつては2番機パイロットとして戦い続けるべきか――ともすれば、ただの無職でいた方が良かったのではないか、とさえ思ったこともあった。
 だが結局のところ、誰かが戦わなければ、誰かが「エースパイロット」にならなければ、近しい存在が殺されてしまう。迷うごとに滝川の脳裏には、ミノタウロスに踏み潰されて戦死した女学生の笑顔がちらつくのだ。





――「映(あきら)っていうの。男の子みたいな名前でしょ?」――「合格。笑わないなんてYES。友達になろ?」――「これでもう、ね。自分が守られているとか、自分の代わりにだれかが死んでいくってことから逃げられるのよ。食事の時ごとに、押し潰されることもないの。……この戦車徽章って、ちっぽけなやつだけで、そう考えると、価値、あるよね」――「……あ、その態度YESじゃない」――「嘘、ちょっとYES。君って本当に魔法使いだね。……今度はゆっくり見せてあげる」――。

「映? ああ、あの娘ね。……死んじゃったよ。ミノタウロスに戦車ごと潰されてね。……死体収容するのに苦労したわ。もともと整備員がパイロットの真似事なんかするから」





 殺戮は誇るべきことではないが。
 だがその殺戮を経て、帰属する集団を守る為に戦うことは、決して恥じるべきことではないはずだ。

『こなくそ!』

 士魂号が跳ぶ。
 跳びながら射界を確保し、逃げる少女の背中に照準を合わせる。発砲――僅かに少女の方が早い。少女は中型幻獣ゴルゴーンの合間に隠れ、20mm機関砲弾はその周囲の幻獣達を薙ぎ倒すだけに終わる。そして肝心の少女を、見失ってしまう。



『悪りいっ、見失った!』

『何をやっているのですか!』



 滝川機の後背を付いて駆け回り、押し寄せる幻獣の群れを斬り伏せ続ける士魂号重装甲仕様のパイロット、壬生屋が滝川を叱った。
 黒鉄の大鎧を纏った人型戦車は、増加装甲を展開しゴルゴーンの突進を受け止め、二振りの超硬度大太刀で叩き潰して、撫で斬りにする。滝川機が背後を気にせずに撃ちまくれるのも、壬生屋機が敵中に斬りかかり、幻獣達の憎悪と攻撃を一身に集めているからに他ならない。

(もって10分!)

 壬生屋は小型幻獣の群れを踏み潰し、足場を確保しながら必殺の斬撃を放つ。一閃、返して二閃。これで間合いの範囲内にいる中型幻獣は、ふたつないしみっつの肉塊と化し、そして闇に消えてゆく。
 この作戦には元々無理があった。敵中への空挺強襲。孤立無援、一個小隊による攻撃で、敵重要目標――オウルベアーと幻獣使いを狩る。壬生屋達は、事前のブリーフィングでは、最初の5分で勝負がつく、と説明されていた。初撃で敵の頭脳を潰した後に、追加装備されたロケットパックを用いて脱出。逆に最初の5分で大型幻獣の排除と、幻獣使いの殺害が成功しなければ、統制を取り戻した幻獣達に包囲殲滅される。



『ボクが追うッ!』



 BETAの死骸の合間へ逃げ隠れた第5世代クローンを追うは、士魂号と共に降下を果たした戦車随伴歩兵(スカウト)新井木勇美であった。
 高機動型ウォードレス「アーリィフォックス」を纏った彼女は、ひたすらに地を蹴り、幻獣使いの追跡を開始する。彼女の脚は、瞬く間に人型戦車どころか戦術機を超越する加速を実現する。アーリィフォックスの人工筋肉が悲鳴を上げるのを無視し、時速数百キロという常人離れした速度で追随する新井木は、瞬く間に幻獣使いの少女の背中を視界に収めた。

 第5世代クローンの少女は、背後から迫る膨大な殺意に気づき、逃げられないことを悟ったのだろう。潔く反転した。この時、既に第5世代クローンの彼女は、ただの少女から、全身を堅殻と赤目で覆う幻獣へと変貌を遂げている。ウォードレス兵の一個分隊が相手であろうと、いとも容易く殺せてしまうであろう怪物は、幾つもの生体光砲を準備して、追い縋って来る新井木に照準を合わせる。

 幻獣使いの少女が考えていることは、ただひとつ。



(こわい)



 恐怖。原初の感情。
 人間相手ならば絶対に殺せる、そんな自信がある第5世代クローンの少女は、数十メートルの距離まで迫るウォードレス兵――新井木に恐怖を抱いていた。

(人間じゃない――人、間、じゃ、ない)

 あれは、人間なんかじゃない。例えるならば、条理を超えた、無機質な、無感情な、いうなればひとつの機構(システム)。仇為す者を駆逐するシステムだ。
 喚び出された生体光砲が、人間じゃない何かに向かって、赤黒い閃光を放った。だが闇を引き裂き、疾走する新井木に殺到した7本の破壊光線は、目標を捉えることなく、その背後にたまたま居合わせた幻獣を蒸発させる。
 この照射、足止めの意味ももたなかった。首を傾け、上半身を反らし、最小限の軌道修正を以て、照射を簡単に避けてみせた新井木は、速度を全く落としていない。

(いま、見てから、避――?)

 少女がそう思った瞬間に、彼我の距離は零になった。
 新井木の拳が、少女の顔面を捉えた。鼻骨を圧し折り、上顎を叩き潰し、そのまま拳に載せられた全力が、少女の顔面を大きくひしゃげさせ、後頭部を最先頭とした少女の全身を、弾丸の如く後ろへ吹き飛ばしてしまう。
 宙を舞う少女の終着点は、うずくまる突撃級の死骸。堅牢な外殻に全身を叩きつけられた少女は、顔面を覆う熱さと背中を走った衝撃に悶えつつも、素早くやることをやった。
 何もない虚空に、透明な防壁の発生が始まる。
 大型幻獣オウルベアーと同等とはいかないが、ウォードレス兵の攻撃を遮断するには充分過ぎるだけの防御力をもつ物理障壁が――。







「おっそい」







――少女と新井木の後方に、出現した。

 防壁が完成する寸前には、新井木は既に少女の目前にいた。
 叫ぶ少女、無表情の新井木。少女は一秒と掛からず、自身の両腕を強化し、更に複数本幻獣の剛腕を全身に形成する。対する新井木は女子高校生が有する、ごく普通の両腕を振り被る。人類が生み出した異端「第5世代クローン」と、人類の危機に応じて現れた「決戦存在」の拳が、交錯する。



(嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ――)



 対等な殴り合いは、2秒と掛からず少女の防戦に変わった。一撃を防御するだけで、2本ないし3本の腕が圧し折れて闇に消え失せる。すぐさま新たな腕を具現化させるが、それも実体化が終わった途端に粉砕される。もはや少女は攻撃などままならず、視認出来ない速度で突き出される拳を、防ぐことしか出来ない。
 殺される、と少女は思った。
 相手はずるい。高機動型ウォードレス「アーリィフォックス」の腕力増幅率は、大したことないはずなのに。怪物だ。到底、人間とは思えない。

 ふと、激しい打撃の応酬の中で、少女は気づく。

 既に相手が身に纏っているアーリィフォックスの腕部人工筋肉は、その運動量に耐え切れずに筋繊維がほつれ、断裂を起こしている。つまり、彼女はウォードレスの腕力増幅に頼ることなく、この大破壊力かつ高速を誇る拳撃を繰り出している――!

 人間じゃない――こいつは、人間じゃない。

「なんで……」

 なんで人間じゃないのに、人間じゃないのに――。



「ふざけるなあああああなんでわたしだけがぁぁぁぁぁなんで人間じゃないのに人間に組して戦うなんで人類に排斥されないでそこに立っているわたしもあなたと同じなのになのになんであなたは人類の側に立って戦うことが出来てわたしは人類の敵として殺されようとしていてあなたは――わたしと同じ怪物のはずなのになんでなんでなんでなんでえええええ」



 何故、排斥されずにそこにいる――!

 幻獣使いの少女は、吼えた。咆哮した。あしきゆめが弾け、同調能力が更に増幅する。喉から、脇から、脇腹から、へそから、股から、膝から、新たな腕が発生した。中型幻獣と同等の腕力を保持する、けばけばしい色合いをした醜悪な腕。それが、超高速で撃ち出される。
 だが、無駄であった。
 打撃戦は拮抗どころか、少女に不利になってゆく。醜悪な打撃は、繰り出される度に粉砕される。少女の拳は霧散する。新井木の拳に、否定されて少女の拳は消えてゆく。
 当然の結果だ。
 憧れの先輩を追う為に、人よりも僅かに速く動き、人よりも僅かに多く鍛えることを積み重ね、積み重ね、朝も昼も夜も授業も放課後も懸垂を続けることで手に入れた新井木の腕力に、殺意や憎悪、妬みが積み重なって実体化した、仮初の腕力が勝てるはずがなかった。

 ……出鱈目でもなんでもない。

 黒い月の影響下にて、憎悪を得て実体化する幻獣の肉体は、酷く脆弱だ。より強い意志の否定に晒されたとき、急速にその実体は、不安定なものになる。ましてやあしきゆめが、あいとゆうき、人類の決戦存在、世界の意志、そして新井木の意志に、勝てるはずがない。

 新井木は、じりじりと彼我の距離を詰める。
 両腕は疲れを知らずに、いっさい速度を落とすことなく叩き出され続け、一方で両脚は淡く光り始めた。青。青い燐光を帯びていることに、新井木は気づいていない。絶技ではない、だが絶技――精霊手、否、精霊脚と同等の働きを為す蹴撃が、繰り出されようとしている――。

 しかし、間が悪かった。



『新井木、退けッ!』

「なにいまいいとこ……マジ……?」



 こちらに、未だ実体を得たままのオウルベアーが、倒れ込んで来る。既に頭部は無く、腹部に存在する眼球が全て潰された大型幻獣が、力尽き、急加速しながら倒れ込むのを見て、新井木は少女に一撃を喰らわせることが出来ないままに、後ろへ飛ばざるを得なかった。







―――――――







『超前衛(ちょう・バンガード)級・大型幻獣オウルベアーの沈黙、確認せり!』

 本土防衛軍統合参謀本部の将兵が、湧いた。首を喪い、全身を膾斬りにされた巨体が崩れ落ちる一瞬を、偵察機の映像によって彼らも確認することが出来た。「わかりやすい」人類の勝利には、厳しい作戦指導に臨む参謀達も、表情に喜色を浮かべる。5121小隊の作戦遂行能力を信じきっている生徒会連合義勇軍司令部の人間は、当然だとばかりに平然とした顔をしていたが、内心ではほっと一安心していた。

 ここまで作戦は、順調に推移している。

 国連太平洋方面第11軍隷下多国籍混成1個戦術機甲連隊は、横浜帝国大学(横浜市、横浜ハイヴ西側)まで進出。戦線中央を食い破った第27戦術機甲連隊及び、生徒会連合義勇軍独立機動大隊は横浜市神奈川区(横浜ハイヴ北側)へ。極東最強の戦術機甲師団、帝国陸軍第1師団は、横浜市鶴見区(横浜ハイヴ東側)にまで前進。
 いずれの戦術機甲連隊も、"砲撃級"(中型幻獣ゴルゴーン)の駆逐に、期待通りの成果を上げている。本土防衛軍がBETA新属種に苦戦を強いられた理由のひとつ、圧倒的な砲撃力の剥奪に、捨て身の戦術で挑んだ戦術機甲連隊は成功した。
 また「要塞砲」とも呼べる、"超前衛級"(大型幻獣オウルベアー)も排除にも成功。これはそれまで大口径光砲の睨みが効いていた東京湾が、帝国海軍連合艦隊に解放されたことを意味している。
 幾度か実施された本土防衛軍統合参謀本部の兵棋演習(シュミレーション)では、前衛突破した戦術機甲連隊が包囲殲滅され、5121小隊が"超前衛級"排除失敗に終わることもままあり、仮にこの第1段階が躓けば、その時点で横浜ハイヴ攻略作戦は中止となる手筈になっていた(多数の"砲撃級"、"超前衛級"の攻撃力の前では、如何なる海上戦力も陸上戦力も粉砕される為)。

 それ故に本土防衛軍作戦参謀の喜びは、大きい。



 数個戦術機甲連隊の前衛突破と砲戦力を有する後方集団の漸減、本土防衛軍呼称"超前衛(ちょう・バンガード)級"、生徒会連合呼称大型幻獣オウルベアーの無力化を経て、甲22号目標横浜ハイヴ攻略作戦は、第2段階へ移行する。

 それまで沈黙を保っていた帝国陸軍砲兵連隊が、これまでの鬱憤を晴らすかのように活動を開始した。
 雁首揃えて並べ立てられた155mm榴弾砲、203mm榴弾砲、130mm多連装噴進砲、120mm重迫撃砲――あらゆる火砲が、それまで細々と蓄えてきた砲弾を空中に弾き飛ばす。もはや陣地転換の必要もない。東京府内のあらゆる箇所に隠蔽されていた全ての火砲が、この一日で砲身寿命を使い尽くすかの勢いで火焔を噴いた。

 多摩川南岸から横浜ハイヴに至る範囲に、豪雨の如き火力投射。

 幻獣からすれば、たまったものではない。
 特に横浜ハイヴ周辺に居合わせた幻獣達は、悲惨であった。BETAによって平らに均された地表面では、弾けた砲弾の破片と爆風から逃れる場所がない。逆にBETAの手が及びきっていない旧川崎市街や多摩川南岸では、点在する建造物に滑り込んだ小型幻獣達が、辛うじて難を逃れた。中型幻獣は、為す術もなく打ち倒された。

「キョーキョキョキョ……」

 空を翔け抜ける航空機が頭上へ叩きつける爆音と、遠く近くで雷鳴の如く響き渡る激しい砲撃音に脅えながらも、ゴブリン・リーダーは小型幻獣の掌握に努める。敵弾が抉じ開けた弾着痕に身を潜めた彼は、戦斧を幾本か実体化させて手許に置いた。煙幕弾でなく実弾を、これだけの規模で撃ち込んで来る以上は、いよいよ本命が来るということだ。
 破片が飛び交う路上を駈け、多摩川南岸に集合する小型幻獣達。ある者は弾着痕に、ある者は地下道へ隠れ、砲弾を避けてその時を待つ。



 そして幻獣達は、多摩川に殺到する人類軍を目撃する。

 装甲車輌が渡河支援を目的として多摩川北岸に殺到し、南岸に動く物体目掛け、激しい弾幕を張り、その支援の下で在日米軍海兵隊が運用する水陸両用装甲車輌AAV7と、浮航能力を有する帝国陸軍の73式装甲車が緩慢とした速度ではあるが、渡河を開始する。
 水上を渡る水陸両用車輌や、対岸で架橋準備を進める91式戦車橋目掛けて、小型幻獣達は戦斧や小口径光砲を浴びせようとするが、あまりにも貧弱な抵抗であった。小型幻獣コボルトや、砲撃の下を辛うじて生き延びた中型幻獣ナーガは、生体光砲による反撃を行う前に対岸に布陣する74式戦車の集中射に制圧されてしまう。
 生体誘導弾をもつ中型幻獣ミノタウロスや、中型幻獣グレーター・デーモンは、渡河を試みる陸上戦力の前に、終ぞ姿を現すことはなかった。煙幕による混乱、戦術機甲連隊の蹂躙突破、砲兵連隊の全力火力投射。人類軍の激しい攻撃は、前衛幻獣群に組織的抵抗力を奪い去っており、また幾らかの中型幻獣は戦線縮小を目的としてか、既に多摩川の線からの後退を選択していた。

 渡河の前後こそ、敵が最も柔になる。
 それは知性ある幻獣の間では常識であったし、動物と変わらない幻獣達も本能でそれを知っていた。
 だがどうあがいても、水際防御に成功しそうにない。小型幻獣達の指揮を執るゴブリン・リーダー達の中には、さっさと戦線を放棄する者も現れた。ゴルゴーンによる支援砲撃も見込めず、対戦車能力を有する中型幻獣も存在しない以上、ここで粘ることは出来ない。
 多摩川南岸には装甲車輌の渡河を支援する為であろうか、82式戦術歩行戦闘機瑞鶴が出張り、数少ない中型幻獣の掃討を開始する。その巨体を見て、先程の着弾痕で人類軍を待ち構えていたゴブリン・リーダーも、後退を決断していた。



 甲22号目標横浜ハイヴ攻略作戦第2段階は、陸上・海上戦力の本格投入による門(ゲート)の確保及び侵攻路の確立である。
 横浜ハイヴ坑内への侵攻口となる門を、渡河を終えた機甲連隊が確保、またハイヴ攻略に利用しない門は、工兵連隊が充填剤を注入し、これを封鎖する。またオウルベアーが有する大口径光砲の脅威から解放された東京湾には、帝国海軍連合艦隊が展開し、水上対地打撃戦を準備。帝国航空宇宙軍は引き続き対地支援を実施しつつ、戦術輸送機により補給コンテナを確保した門周辺に落着させ、ハイヴ攻略の補給線確立に勤しむ。

 肝心のハイヴ坑内突入、及びハイヴ最深部反応炉停止は第3段階となる。



 また人類軍が一丸となってハイヴ攻略に動く中、戦域から若干外れた場所で、もうひとつの戦いが始まろうとしていた。












―――――――
 以下私見。

 マブラヴ世界の韓国と北朝鮮について。うろおぼえで申し訳ないのですが、ソビエト連邦の超ド級戦艦、ソビエツキー・ソユーズ級戦艦は、大祖国戦争勃発に伴い建造停止、しかし朝鮮戦争勃発により日米海軍力に対抗する為に建造が再開。結局完成は間に合わなかったものの、BETA大戦でようやく活躍の場を与えられた、という話があったような気がします。ただ問題はこの朝鮮戦争が、我々が知っている朝鮮戦争のそれと同じかっていうことなんですよね。感想掲示板でご意見頂いたとおり、朝鮮には統一国家が生まれている状況が自然だとは思います。


 次回は青の厚志vsセプテントリオン、横浜ハイヴ攻略戦における人類軍最大の危機を描いていきます。
 それと5月に入って以降は、更新頻度が落ちるかもしれません。申し訳ないです。



[38496] "きぼうの速さはどれくらい"
Name: 686◆1f683b8f ID:e208e170
Date: 2014/05/01 15:34
"きぼうの速さはどれくらい"







 横浜市某所。

 巨大な黒鷲――七星重工製試作戦術歩行戦闘機F-15SEPが、どこからともなく飛来し、降り立った。一個大隊(定数36機)。ある一点を取り囲むように、半包囲の布陣を敷き、あらゆる凶器を手に、それこそ戦術機用の突撃砲から、世界外で製造された武器、レーザーライフルまでをも手にして、目標を捉える。

 黒鷲どもが翳す兵器の銃口、その延長線上には、世界外で建造された物体が立っていた。



 一言で形容すれば、それは「青」だ。



 全身を覆うは、海の青を、空の青を流し込んだかのような、青く透き通る装甲板。兵器に似つかわしくない華奢で、優美な姿勢。だが同時に見る者を惹きつける、煌びやかな力強さもそこにはある。幾千幾億もの祈りを背負った背部装甲には、どこかの誰かがどこかの誰かにあてたメッセージが刻まれていた。その全ての文字が、黄金に輝き、その光輝は、まるで黄金の翼のように周囲を照らす。
 また美しい曲線を描く胸部装甲には、引っ掻き傷が走り、この世界の何者も読めない字が刻まれていた――「我は全ての悲しみと戦いの終結を希望する。O・V・E・R・S」、と。
 頭部に被さるは、突き上げた拳を連想させる兜。その下では、未来だけを見据える単眼はやはり青く輝き、口元には古拙の微笑を湛える。それは、一種の美術品にしか思えない。

 そして両手からは、銀色の火焔が迸る。



 左手に収まるは、火の国の宝剣「ヒノカグツチ」。
 右手に収まるは、武楽器――「青」の武楽器、剣鈴。



 豪華絢爛の光輝を纏ったこの人型機動兵器、その名は「希望号」。



 あらゆる世界の人々の祈りや願望の同一存在。
 ハッピーエンドを望む人々そのもの。


 
――「主人公とヒロインが、この地球で子供を育てていける未来を得たい」。

――「人類の将来の為に、散った人々が報われる未来を得たい」。

――「EX世界のような、平和な世界と、無限の可能性を人々に与えたい」。

――「オルタネイティヴ5発動による、地球の荒廃を回避したい」。





 そして「本来の主人公である白銀武に、少しでもマシな形でこの物語を引き継がせたい」!





――様々な願いを抱いた人々の、同一存在が、この希望号!





 世界移動存在が製作・出版した、ゲーム、小説、アニメ、あらゆる媒体でこの世界の惨状を知った人々の「希望への渇望」が、意識せずともOVERSと、希望号を構成している。別世界の願望が掻き集められた同一存在、希望号は、カタログスペック上はともかく攻守共に実質最強。本来ならば無力であるはずの世界外の人々が、危機に瀕する世界に介入すべく作り上げた、ひとつの形。

 ハッピーエンドを渇望する、希望号(デウス・エクス・マキナ)。
 搭乗者は、青の厚志・芝村舞ペア。








 さて。
 この希望号、最初から横浜ハイヴ攻略作戦に参加していれば、人類軍に一切の損害を出すことなく、単機突入によって反応炉を破壊出来ていただろう。
 だがそれをしない、それが出来ない理由が、勿論あった。

 中隊単位で緊密な戦闘隊形を取る黒鷲達が、希望号の行く手を遮っている。
 横浜市内に大規模展開する七星重工、セプテントリオンの私兵の存在。これを排除しないままに希望号が横浜ハイヴ攻略作戦に参加すれば、セプテントリオンは人類軍ごと希望号の抹殺に奔ることは間違いなかった。攻略部隊を大混乱させる愚を冒さない為にも、希望号は、戦域から僅かに外れた場所で、こうしてセプテントリオンの刺客と相対している。



『そこを退いてくれ。あしきゆめを赦し、希望を後に繋ぐ。その為に、ここに来た』



 豪華絢爛の光輝を纏う希望号は、その厭らしさを体現した漆黒を纏う戦術機に、告げた。

 希望号に搭乗する青の厚志の言葉。

 これは最後通牒。

 だが、対峙するセプテントリオンの返答は、決まっていた。



『――くそくらえ、だ。各機に告ぐ、ここで希望号を討つ――』



 黒鷲が、一斉に動き出す。手持ちの火器を撃ち放ちながら、散開する36機のF-15SEP。その動きは、洗練されている。素早く三次元的な包囲網を形成し、光速のスペシウムレーザーと超音速の36mm機関砲弾による火網を希望号に被せる。
 72本の火線が、廃墟を蒸発させ、地面を穿つ。
 だが希望号本体を傷つけるには、至らない。その背に生やした黄金の翼――空間姿勢制御装置VG翼をはためかせ、急上昇した希望号は、全周から押し寄せる飛翔体を回避する。そして希望号の頭上へ降り注いだ弾体は、虹の輝きを前にして、全て運動エネルギーを失った。



『超次元防御システム――!』



 希望号が掲げる左甲手。七色の光輝を帯びる円盾が、そこにある。あらゆる物理干渉を遮断するそれは、当然の如く全ての高速飛翔体から、希望号本体を守った。36mm機関砲弾のシャワーは、虹色の盾を傷つけることはおろか、音を立てることもなく、ただの鉄の塊として盾の表面を転がり落ちてゆく。



『うろたえるな――絶対物理防壁と同じだ、あの盾は一面しか守れない!』



 そこからは激しいドッグファイト。

 物理法則を無視した機動を取る希望号は、火網をするすると潜り抜けて、黒鷲を翻弄する。照準に目標を収めることさえ出来ず、苛立つ刺客達は、とにかく希望号を追うことに必死になる――。
 そこに、連携のほつれが生まれる。
 まず突出した黒鷲が、剣鈴に叩き斬られた。銀の火焔を纏い、清浄なる鈴音を響き鳴らすその武楽器は、何の抵抗もなく刃を頭部から股下まで通し、哀れな鷲を両断。地へ落とす。
 次の犠牲者は、僚機が剣鈴に捉えられた瞬間を見、援護に入ろうとした黒鷲であった。
 突撃砲をかなぐり捨て、超高周波刃に換装済の接近戦用長刀を手にした黒鷲が、脇から希望号に斬りかかる。袈裟懸けの一撃。しかも左甲手による超防御を念頭においた、希望号右側面に仕掛ける斬撃であった。斬りかかる黒鷲の刺客は、間違いなく殺った、と思っただろう。
 
 次の瞬間に解体されていたのは、斬りかかった黒鷲の接近戦用長刀であった。

『ちっ――』

 最初の黒鷲を斬り捨てた剣鈴は、返す刃で向かって来る接近戦用長刀を、空中で無害な物体に貶めたのである。具体的には、その長大な刀身を12分割した。そうして黒鷲の斬撃を無力化した後に、火焔の塊を掴む希望号の左拳が、胸部正面装甲を一撃で穿った。
 この間、一秒と掛からず、向かって来る砲弾は、僅かな動きで回避し、回避不可能なものは、左拳から吹き上がる白銀の火焔が呑み込む。すべての土を従える不定形の炎剣――火の国の宝剣を、金属で構成される砲弾が突破出来るはずがなかった。
 その不定形の銀剣は、飛来する砲弾を喰らい尽くすと、更に火焔を噴き上げ、その刃を更に長大なものとする。



 ……次の瞬間、一定範囲内に居合わせた数機の黒鷲は、空に散ることとなった。



 希望号が、空中で身を捩じらせて半回転すると同時に、その両手から火焔の刃が迸る。銀の剣を構成する火焔は不定形、故に、射程は無限。そして左手に収まる火の国の宝剣には、あらゆる土、鉱物、金属が従属する――故に、如何なる装甲板も容易に断ち斬ることが出来る。火焔の刃は、装甲板を溶断するのではなく、刃が通る軌道上から「退かせて」しまうのである。

 過去あるいは未来の事象として、惑星をも両断したこともある反則級の斬撃が、一瞬にして黒鷲どもを斬り捨てたのだった。



『ヒノカグツチかッ!』



 セプテントリオンの刺客達に、動揺が走る。

 希望号が左手に握る、火焔。火の国の宝剣、「ヒノカグツチ」。あるいは「マジックソード・オブ・ムルブスベイヘルム」「ドラグンバスター」。
 一切の物理防御無視、射程無限、攻守共に最強の宝剣の存在は、彼らもよく知っているつもりではあった。だが目前でその威力を見せ付けられれば、驚くなと言う方が無理というもの。しかも火の国の宝剣「ヒノカグツチ」は、絶技を超える破壊力をもつが、絶技ではない。絶技発動に必要となる詠唱を、「ヒノカグツチ」は必要としない。

 刺客達は、素早く思考を巡らす。
 如何にすれば、「ヒノカグツチ」を突破出来るか。
 
 ……出ない筈の答えを考えている合間に、不定形であることを活かして拡大を続ける火焔の壁は、貪欲に飛来する砲弾を呑み込みながら、希望号を中心とした巨大な旋風となり、そして渦巻く炎龍は、青の厚志の前に立ち塞がった愚か者どもを、一瞬で呑み込む。

 今度は、全ての黒鷲を食い尽くした。

 後には、何も残らなかった。
 セプテントリオンが放った刺客は、存在した痕跡を残すことさえも、許されなかった。





 だが、またひとつ、希望号に相対する影が現れる。





『終わり、じゃないみたいだね』

『わかりきったことを。連中は、諦めが悪い……』



 地上に降り立った、希望号の背後。



 東京湾から、新手の人型機動兵器が、現れる。

 希望号が願望の同一存在だとすれば、そこに現れたのは、悪意の体現者か。



 頭部前面と後面に張り付いた顔には、残忍さを帯びる古拙の笑みが浮かぶ。胴部前面に4本の腕、胴部後面に4本の腕。合計8本の腕を有する怪物が、そこにいる。
 後にハッピーエンドを信じて戦う世界移動存在(プレイヤー)を、いとも容易く全滅させることになる魔道兵器――エースキラー。この世界においては、国連太平洋方面第11軍横須賀基地(在日米軍横須賀基地)を強襲し、駐留部隊を鎧袖一触粉砕し、五次元効果爆弾を奪取する働きを見せている。
 カタログスペック上は、このエースキラーは如何なる兵器をも超越する能力をもつ。第7世界の芝村裕吏氏の言葉を借りるならば、戦力は希望号の100倍。かつて「あくまで戦力"が"100倍ということですよね」という旨の介入者(プレイヤー)の疑問に対して、「他の性能面では200倍あることもある」旨を、芝村氏は語っている。
 ……つまり全能力値において、エースキラーは最低でも100倍、希望号より強く、能力値によっては200倍の性能を誇るのだという。



 人々の「希望」の体現と、セプテントリオンの「悪意」の権化。

 希望号とエースキラーが、対峙する。





 先に動いたのは、希望号。

 希望号は火の国の宝剣「ヒノカグツチ」を振るい、長大な火焔の刃を放つ。
 だが強力な障壁の境界面に激突した至高の斬撃は、それ以上肉薄することも出来ず、到底本体に達しない。希望号の100倍以上の防御力、これは誇張でもなんでもないということだ――だが青の厚志もそれは承知の上。希望号は火の国の宝剣を振るいながら、地を蹴って一気にエースキラーとの距離を詰めにかかる。

 一方でエースキラーは、前腕4本を掲げて迎撃の構えを取りつつ、後腕4本を前面に廻し(腕関節は逆関節構造になっている)、そこに保持している火器を、希望号へ指向した。

 ……正確にはそれは、火器ではない。
 一応銃器の形を模したそれは、防御無視の光線を吐き出した。



『N・E・P――!』



 希望号に搭乗する芝村舞が、思わず声を上げた。

 迸る青白の光線。
 希望号は、素早くその効果範囲内から逃れる。

 全てを「なかったことにする」、時間軸を遡り、存在自体を抹消する馬鹿げた兵器が放った閃光は、希望号を捉えることが出来ないままに、かつての横浜市街を構成する、幾許かの廃墟を消し飛ばしていた。よく誤解されがちだが……あくまで世界外の異物を排除する「だけ」の「聖銃」の能力を拡大した、最終兵器N・E・Pは、「情報分解→世界移動→再構成」のサイクルを、「情報分解→世界移動」で終わらせることで、如何なる物体も消滅させることが出来る。

 N・E・Pに対して有効な防御手段は、存在しない。

 それは希望号も、例外ではなかった。仮にN・E・Pの直撃を受ければ、希望号の存在さえも情報分解され、「なかったこと」にされてしまう。



 N・E・Pが放った閃光が消え失せた後は、彼我距離ゼロ。
 壮絶な白兵戦が始まった。



 地面を一蹴り跳躍し、エースキラーの懐に飛び込んだ希望号は、その頭部に剣鈴を振り下ろす。……刃は、エースキラーの頭部に届かない。主観で音速どころか光速に達するのではないかという速度で振り下ろされた剣鈴は、白刃取り、エースキラーの上部前腕2本で受け止められてしまっていた。
 そしてエースキラーの反撃は、下部前腕による殴打。握り締められた巨大な拳が、至近距離にいる希望号へ叩き付けられる――だが、これも希望号に達する前に停止した。剣鈴をあっさりと手放した希望号は、自由となった左手から虹色の盾を展開させ、この打撃を受け止めた。

 そこから、打撃の応酬は続く。

 エースキラーは上部前腕2本で掴んでいた剣鈴を投げ捨て、華奢な希望号を叩き潰そうと、その拳を振り下ろす。対する希望号は、それをまたもや左甲手の超次元防御システムで防ぎつつ、銀色の火焔を宿した右拳を叩きつける――物理障壁を、破れない。

 先に有効打撃を繰り出すことに成功したのは、エースキラーだった。

 下部左腕が繰り出した強烈な打撃が、希望号の腹部を捉える。

 蒼穹を思わせる追加装甲が、ひしゃげ、ひしゃげながらも何とか堪える。
 思わずたたらを踏む、希望号。

 そこに、暴虐が襲い掛かる。



 前面四本の腕が繰り出す猛烈な打撃を――希望号は、捌き、きれない――!



 希望号が、吹き飛ばされた。



 たった一瞬の攻防で、希望号が纏う装甲は、陥没し、砕け、崩壊した。部分部分で装甲板が剥がれ、内部構造が剥き出しになっている。内部構造へのダメージはない。だが、もう一撃、二撃喰らえば、恐らく全身が機械から成る希望号は、機能不全に陥ることは間違いなかった。
 自然回復も、間に合わない。



『装甲強度は数値にして、0になったぞ』

『うん。言われなくてもそれくらいわかるよ……舞、追加装甲のパージ、お願い』

『うむ』



 全身に纏わりついていた半損の追加装甲が、小気味いい爆音と共に希望号から脱落する。鏡の如く磨き上げられた、青い青い装甲板が、戦塵塗れる荒野に横たわる。一回り小さくなってから、希望号は、起き上がった。

 正直なところ、勝ち目は薄い。
 前述の通り、エースキラーの能力は、最低でも希望号の100倍。
 勿論このエースキラー、倒せないわけではない。将来の世界移動存在(プレイヤー)が、実際に撃破に成功している。……だがそれも100名近いプレイヤーが、エースキラーを完全に包囲した状態で、重火器を撃ちまくってようやく倒したのである。
 青の厚志と言えども、このエースキラーを単機で撃破することは、困難だと言わざるを得ない。



 それを承知で、希望号は、駈ける。

 ひとつしかない眼が、悪逆非道の魔道兵器を睥睨する。
 この先に、未来がある。



 戦塵を巻き上げ、荒野を踏み締め、最強の魔道兵器に挑む。四本腕が繰り出す打撃を避け、希望号は破ることが叶うか分からない障壁を殴りつける。両拳が纏う白銀の火焔が、吼える――貴様を倒す、それが世界の選択だ、と。地が揺れた。火の国の宝剣に従う、全ての土が、賛同の声を上げる。

 だがしかし、エースキラーは身動ぎもしない。
 どんな万感が篭った一撃も、現実として存在する障壁を破ることが出来ない。物語に触れたところで、その世界が辿る結末を変えることは出来ないように――とふたつの顔をもつ魔道兵器は嘲笑する――お前たちは、俺を止めることは出来ない。



 希望号が放った左腕の一撃と、エースキラーの放つ下部右腕の一撃が、交錯する。



 擦過する両腕。



 瞬間、希望号の左腕に残る外装の全てが衝撃波で弾け跳び、剥き出しになったインテチジェット・マテリアル・マッスルが解れ、綻び、内部構造が滅茶苦茶に大破し、みるみる内に圧壊し、肩関節から左腕部全てが脱落した。

 そして、擦れ違っただけで希望号の左腕を粉砕した、エースキラーの右拳は希望号の胴部を捉え、また再び空中へ吹き飛ばす。激しい衝撃に、希望号の全身が揺さぶられ、相当なダメージが蓄積していた四肢の内部構造が破損する。

『――ッ!』

 地に叩きつけられた希望号は、立ち上がろうとする。
 ……だが、その指は地を掴むばかりで、立ち上がれない。おそらく、脚部をやられた。先程の一撃で、操作系の一部が損壊したに違いなかった。












 完膚なきまでの、敗北であった。












 ただし、まったく無関係の他者から見れば、である。

 実際のところ、希望号に敗北は有り得ない。希望号は前述の通り、ハッピーエンドを渇望する人々の想念の体現である。故に、希望号は、エースキラーには敗北しない。我々が無限に抱くことが出来る願望が、この希望号の同一存在なのだから。

 第7世界の我々の、第6世界の知類の、第5世界のクローンの、第4世界の、第3世界の、第2世界の、第1世界の、そしてこの世界の人々の平和を渇望する想いの体現者。争いの調停者。

 それが、希望号。



 故に、希望号は、負けない。



 燃え盛る銀の剣「ヒノカグツチ」が、その姿を換える。

 水銀の如き流動体となって、希望号の全身を駆け巡り、瞬く間に損壊した内部構造の代替となって働き始め、喪った左腕を新たに形成する。



 希望号が立ち上がる。
 ……それが、世界の選択だった。



 希望号は、ここでエースキラーに勝つ!

 それが、世界の選択――否、我々の総意。



 希望号は、横浜ハイヴへ向かう。

 それが我々の総意。

 平和を渇望する我々の総意。

 あしきゆめを赦し、BETAを駆逐することを望む、我々の総意。







 全宇宙のBETAを駆逐する!

 末期戦染みた世界を、救済し、EX世界が如き世界へと還元せんとする!







 それが、我々の総意。





 希望号は、「ヒノカグツチ」によって再生した左掌を、何度か握り締め、開き、調子を確かめる。

 一方でエースキラーは、前腕四本を隙無く構え、また再び迎撃の姿勢を取った。
 悪意の権化たる彼自身に知性があれば、彼は言ったであろう――「剣鈴も、超次元防御システムも、火の国の宝剣もなしに、どうやって戦うつもりだ」、と。
 成る程、従来持っていた希望号の得物、剣鈴はエースキラーの足下にある。また最強火力の「ヒノカグツチ」は、希望号の内部構造と左腕の再生・維持に用いられており、いまはその刃としては利用出来ない。……最強の防具である超次元防御システムも、先程左腕を喪失した際に失われた。

 だが、誰かが言う。



「だからどうした」、と。



 希望号の全身を、青白い精霊が駆ける。

 掻き集められるリューン。

 青の厚志の下に集うリューン、その数は億に達した。
 超新星爆発が如き、眩い輝きが希望号を包み込み、その精霊回路を駆け巡って加速する。
 ……それを見れば、絶技を発動するつもりなのであろうことは、誰しもが予測のつくことだ。

 だがエースキラーは、桁外れの膨大なリューンを前にしても、別段平静を保ったまま動かない。青の厚志が放つであろう絶技は、間違いなく精霊手。そして計算上は、自身が纏う障壁と、こちらの絶技による防御を以てすれば、精霊手の直撃にも堪えられるはずだった。
 エースキラーを建造したセプテントリオンは、特に青の絶技に関しては全て想定済み、あらゆる対策を講じていたのである。



 絶技では――既知の絶技では、希望号は勝てない。



 膨大な光が、その左拳に集積される。
 それはまさしく精霊手。いまにも希望号の全自動決め台詞詠唱装置は、精霊手の完成を宣言し、光曳く拳は、その億単位のリューンを解き放たんとしている。……青の厚志とて、分かっている。精霊手では、魔道兵器エースキラーは倒せない。絶技では、第3世界や、第5世界、第6世界の技では、エースキラーは倒せない。

 だから――。







『我らは、この世界において最強の技を使わせてもらう!』
 




 
 
 全自動決め台詞詠唱装置を通して、青の厚志と芝村舞の叫びがエースキラーにぶつけられる。
 この世界における最強の技――どこか離れた場所で観戦している岩田は、目を剥いた。そんなものがあるはずがない。この世界の技術力は、たかが知れている。最強の武器と言えば、BETA由来の資源を用いて建造する電磁投射砲、あるいは荷電粒子砲がせいぜいであろう。当然、精霊回路の技術はなく、絶技もない。「この世界における最強の技」では、対希望号用に調整した、エースキラーの障壁と防御措置を貫くことは、まず不可能だ。……不可能なはずだ!

 だがはったりでもなく、希望号はこの世界の「最強」を発動しようとしている。

 希望号が、腰を沈める。
 青白く光る拳は、その光輝を弱めてまるで夢幻の如く儚く輝き、だがいまにも爆発しそうな勢いを内包したままそこにある。対するエースキラーは、魔道兵器としての能力を万全に果たし、あらゆる防御措置をとってこれに相対する。



『それは、とてもちいさな――』



 我々は、それを知っている。

 この世界における、「最強」を。

 故に我々の同一存在、希望号も、それを再現することが出来る。



『とてもおおきな――とてもたいせつな――』



 いとも容易く、大気圏外へ吹き飛ばす!



『あいとゆうきのおとぎばなし――!』







――白銀武を!

 いとも容易く大気圏外へ吹き飛ばす、最強の拳――!







『完成せよ――』



 希望号が、地を蹴る。
 速い。残光を曳く腰溜めの左拳だけが、僅かに視認出来る。
 1秒も掛からず彼我の距離を詰めた希望号は、その夢幻から現れた左拳を、放つ!











『どりるみるきぃいいい――ふぁんとぉおおおおおおおむ!』












 螺旋状に回転するリューンを纏った左拳が、爆発的に発光する。

 エースキラーの障壁は、瞬く間によじきられ、我々がよく知る鑑純夏の「幻の左」を再現したそれは、エースキラーの腹腔をぶち破り、そのまま上へ突き上げられる拳は、胸板を抉り、余波で四肢を粉砕し脱落せしめつつ、最後には嘲笑を浮かべるエースキラーの顔の底辺を捉えた。「幻の左」に顎を捉えられた以上、もはやその犠牲者の行く末はただひとつ。

 地球の重力を振り切る所謂、宇宙速度で、エースキラーは垂直に吹き飛ばされる。

 どりるみるきぃふぁんとむの直撃を受けた魔道兵器は、外装をぼろぼろと脱落させながら、対流圏、成層圏、中間圏、高度100kmのカーマンラインを超越して、大気圏外まで叩き出され、二度と地表に戻ることは出来なくなった。毎朝……とは言わないが、よくこの種の打撃を喰らう白銀武のように、地球上へ戻ってくることは出来ない。
 その反動たるや、凄まじい。
 希望号は空間姿勢制御装置VG翼を展開し、自身をその現空間に縛り付けていたから良かったものの、仮にそれをしていなければ希望号も対流圏(上空数km~十数km)にまで吹き飛ばされていてもおかしくはなかった。
 ……全身は、当然の如く大中破である。
 自立出来ているのが、不思議なほどだった。

 だが、とにかく、希望号は勝利を収めた。



 希望号の前途――横浜ハイヴへの道を塞ぐものは、もう何もない。
 














―――――――



 以下、言い訳。






※意図せず「マジックソード・オブ・ムルブスベイヘルム」(ドラグンバスター・ヒノカグツチ)の攻撃力弱体化。逆に性質強化("あらゆる火と土の主"という性質と、"不定形"という設定を活かした変化等)しました。

※エースキラーは「戦力100倍」仕様、滅茶苦茶強い設定にさせて頂きました。

※希望号(OVERS)の同一存在の範囲を広げました(イベントに参加した人間だけでない、また今回はマブラヴシリーズに触れた人間も含めます)。

※その世界における異物"しか"排除出来ないのは「聖銃」とします。NEPはその世界の物体でも排除可能(でなければ第6世界の宇宙戦争で、魔女艦隊に対して使用された理由がつかないから)です。

※最後のそれに関しては、OVERSの同一存在(=我々)が観測し得る、平行世界の中(アユマユオルタ含む)からの選択です。



 思ったよりも希望号vsエースキラーが長文と相成ったので、横浜ハイヴ攻略戦は次回以降で……申し訳ありません。

 次々回あたりで、【横浜編】を終了としたいです。



[38496] "宇宙戦争1998" 【改題しました】
Name: 686◆1f683b8f ID:e208e170
Date: 2014/05/10 17:05
 幻獣軍は、横浜ハイヴ南方へと撤退した。

 それは整然とした撤退ではなく、「壊乱」あるいは「敗走」に近かった。
 多摩川を渡河した地上部隊と合流し、更に勢いを増した人類軍に対して、遅滞戦術を採ることもなく、ただただ彼らはまるで争いに敗れた獣の如く、背中を見せて逃走した。特に大型幻獣オウルベアー被撃破から、2時間前後は幻獣から組織的反撃力は一切なくなっていた。
 これには理由がある。
 数十万の幻獣群の指揮を執っていたのは、知っての通り第5世代クローンの少女だ。
 彼女は人類決戦存在「HERO」――新井木勇美と対峙して、肉体的・精神的に大きなダメージを負い、それ故幻獣達を操る同調能力が本調子に戻るまでに、多くの時間を要した。彼女の同調能力が一時的に減衰した為に、幻獣達は少女が回復するまでの間、酷い壊乱状態に陥った。
 
 少女が命からがら後方へ下がり、その同調能力を回復した時には、もう遅かった。
 既に幻獣達は、無秩序かつ多大な損害を出した後で、横浜ハイヴ以南へ引き下がっていたという訳である。仕方なく第5世代クローンの少女は、ハイヴ地表構造物を盾として、ハイヴ南方に戦線を引き、逃げ腰になる幻獣達を掻き集め、反撃を開始した。……だが人類憎しで動く幻獣使いの少女も、現状ではこちらが覆しようもない劣勢であることを認めざるを得なかった。
 帝国海軍連合艦隊・帝国航空宇宙軍第1航空軍による激しい砲爆撃が、遠慮なく幻獣達の継戦能力を殺ぎ、連携を遮断していた。前述の通りハイヴ周辺はBETAの活動によって、地形が平坦に均されている為に、人類軍の火力投射をやり過ごすことは難しい。……小・中型幻獣は仕方なく、1、2ヶ月前に自身達が始末したBETAの死骸の中に身を隠して、地表を駆け巡る爆風と破片を回避するしか仕方がなかった。

 このまま横浜ハイヴに固執すれば、幻獣は間違いなく、全滅する。
 少女がプライドを捨て、敗北を認めた上で、三浦半島への撤退を命令するまで、そう時間は掛からなかった。








"宇宙戦争1999"







 甲22号横浜ハイヴ攻略作戦開始より、約4時間が経過した。
 太陽は東の空に昇り、ハイヴ地表面を巡って攻防戦を繰り広げる、人類軍と幻獣軍に陽射しを投げかけている。12月下旬とは思えぬ、春を思わせる陽気。……だがそれをのんびりと享受するだけの余裕は、両者ともになかった。

 この時点で既に人類軍は、横浜ハイヴ地表構造物以北の制圧に成功している。肝心の「門」も、旧国鉄東神奈川駅に築かれた「門」と、旧神奈川区立神奈川工業高等学校に築かれた「門」、2点を確保出来ていた。神奈川区内に存在する他の門においては、帝国陸軍工兵連隊による充填剤の注入作業が始まっており、人類軍の突入準備は着々と進んでいた。
 門の遥か上空を往く戦術輸送機が、後部ランプドアから続々と補給コンテナを投下する。戦術歩行戦闘機が運用する火器や、各種燃料が収納されているそれは、暫く自由落下した後、所定の高度で逆噴射を掛けると、BETAが均した広大な更地に落着。
 待機していた戦術歩行戦闘機が、順繰りに補給を開始する。白色と暗灰色のツートンカラーの不知火が、空弾倉を廃棄し、2000発の36mm機関砲弾が装填された新たな弾倉を補充。あるいは刃毀れ著しい接近戦用長刀を投棄して、新たな得物を手にする。
 横浜ハイヴ突入作戦の主力は、帝国陸軍第1師団であった。極東最強の戦術機甲部隊、帝国陸軍第1師団は、3個戦術機甲連隊(1個連隊定数108機)を基幹とする。前線を破り、緒戦で十数機を喪う損害を出したものの、それでも作戦参加機は未だ300機以上を超える。

 フェイズ2ハイヴの攻略は、決して夢物語ではない。

 但し帝国陸軍第1師団・その他戦術機甲連隊が突入する上での問題は、突入前補給に時間が掛かること、そしてハイヴ坑内の作戦行動中に必要となる物資量も必然的に多くなる、ということだった。
 後方からハイヴ地表面への補給品輸送は、戦術歩行戦闘機と戦術輸送機による空路、LCACによる揚陸、補給艦による積み下ろしで賄う。ハイヴ地表面から坑内への補給は、補給科所属の戦術歩行戦闘機(撃震等の旧式機)によるピストン輸送で実施することにはなっているが、全てが円滑に進むとは限らない。
 特に後方(多摩川以北)からハイヴ周辺への補給路が、今後どうなるか分からなかった。
 仮にBETAが地中より逆襲を掛けてくれば、光線級・重光線級の出現により、空路はもちろんのこと、海路による補給も怪しくなる。……多摩川防衛線構築の為に、多くの橋梁を破壊したことが痛かった。戦車橋による架橋等は行われているものの、やはり本数が少ない為に、陸路による補給はあまり見込めない。
 また門を潜りハイヴ坑内侵攻後も、奥へ進む主力への補給路が伸び、伸びきったところをBETAの奇襲を喰らって補給部隊が全滅――そんな事態も考えられる。
 甲5号目標ミンスクハイヴ、甲13号目標ボパールハイヴの事例を念頭におけば、間違いなく攻略部隊は「門」より侵入を果たした後に、最低でも師団規模(約2万)以上のBETAの反撃を喰らう。
 航空支援・水上対地支援・他兵科援護が望めないハイヴ坑内で、師団規模のBETA群と対峙する――これは間違いなく悪夢だが、だがしかし速やかに後退し、既に探査を終えた広間に立て篭もり、BETAの侵攻路を制限しながら阻止火網を張れば、これを撃退することは決して不可能ではない。
 問題はBETAが未探査の横坑から湧き出し、奇襲といった形で攻略部隊の後方に出現し、補給部隊に直撃した場合だ。……こうなると、もはやどうしようもない。敷設される有線回路は大型種に踏み荒らされて断絶し、攻略部隊の手元へ渡るはずの弾倉はそのまま連中の餌になる。攻略部隊は、最深層一歩手前で孤立する。

 ……最後の最後まで、不安はつきまとう。







 戦術機甲科諸部隊が着々と補給及びブリーフィングを実施している間にも、他兵科も任務を果たしていた。帝国陸軍航空科は、門よりハイヴ坑内へ無人偵察機を侵入させ、出来得る限りのルートスキャンを行い、また機甲科・歩兵科部隊はBETAが湧き出してくる可能性を念頭に置いて、それぞれの門に張り付いている。
 ハイヴ坑内への突入能力を持たない生徒会連合義勇軍も、地表面で門を監視する任務に就いていた。



「幻獣撤退か」



 門が存在する旧国鉄東神奈川駅より、そう離れていない地点で、生徒会連合義勇軍司令にして生徒会連合生徒会長、幾島佳苗は最前線からの報告を聞いた。高機動型ウォードレス「ライトニングフォックス」を纏い、超硬度カトラス片手に佇む彼女は、満足げに頷いてから微笑を浮かべる。もはや幻獣陣営に、継戦能力は残ってはいないのであろう。これでようやく、穴倉に潜む宇宙生物どもに集中出来る、という訳だ。
 一方で幾島佳苗に報告をした学兵や、幾島に付き従うウォードレス兵達は、(生徒会連合生徒会長殿も笑われるのだな)と思い、暫し彼女の表情を窺っていた。その横顔は、どこにでもいる女子高生――少し背が高くて、物静かな優等生タイプの少女のそれと、変わらない。彼女は実際、年相応の少女なのだから、当たり前である。



「どうした」

「いえ。なんでもありません」



 学兵達は、姿勢を殊更に正して返事をする。
 ただし幾島佳苗、周囲からは「普通の少女」だとは思われていない。「鬼神」「稲妻の狐」と、彼女は学兵から渾名されている。由来は説明するまでもないであろう。彼女はいつでも、陣頭に立つ人間であった。常に学兵達の先頭に立ち、大虐殺の先頭に立つ少女であった。日本国大統領に絢爛舞踏章を贈られることとなっても、周囲の人間は誰も驚かないであろう――それほどの働きをする人間であった。
 実際にいまも、幾島佳苗はいつBETAが湧き出て来るか分からない、門の前にいる。「生徒会連合本部には、優秀な幕僚が揃っているから私が居る必要はない」そう言って、常に最前線で幻獣を殺戮する生徒会長は、学兵達の憧れの的であった。仮に彼女が死地に赴くとなれば、彼らは喜んで付いてゆくだろう。



「そうか。……帝国陸軍が突入を開始するまで、この門を確保し続ける任務は酷く退屈かもしれないが、どうか頼む」

「はいッ!」



 気合の入った敬礼に、幾島佳苗は頷いてみせる。
 ……「殺しを楽しんでいる怪物」などと陰口を叩かれ、一挙手一動作、ひとつひとつが恐怖の対象となる、絢爛舞踏の例を挙げるまでもない。強大に過ぎる力は、歓迎されず、忌避される。だが絢爛舞踏(青の厚志)と同格の力を有する幾島佳苗は、むしろ学兵達の尊敬を集めていた。
 実際、絢爛舞踏と幾島佳苗の間で、何の差異があるかは分からないが、思い当たる節があるとすれば――美少女とは、得なものである、というところであった。

 さて。
 幾島佳苗は――というか、人類軍全将兵は、間違いなくBETAが逆襲を掛けて来る、と考えている。BETAに関しては、最悪の事態を想定しておく程度が丁度いい、それが本土防衛軍・国連軍共通の認識。攻略部隊突入前に、師団規模のBETA群が門から湧き出すくらいは、既に想定済みだ。
 未だ充填剤の注入が終了していない「門」に対しては、多くの部隊が張り付いて、今か今かとBETAの逆襲を待ち構えている。



「俺はもう思い残すことは何も無いぜ……!」

「んッ! ……ただのネズミか、脅かすなよ」

「俺、この戦いが終わったら、呉羽さんに告白するんだ――!」



 緊張を解す為か。巨大な巣穴を前にする学兵の何名かは、わざわざフラグを上げる発言を連発していた。彼らの娯楽である、週刊マガデーやゲームセル内の登場人物はよく、こういった所謂「フラグ」と呼ばれる台詞を吐いて、お約束の展開に巻き込まれていく。それをわざわざ再現してみせて、周囲の笑いを誘っているという訳だ。
 だがふざけた口調とは裏腹に、彼らの迎撃体勢はぬかりがない。対大型種戦闘の主力となる人型戦車士魂号、74式戦車改「清子さん」はその強力な火力をぶつける相手をひたすらに待つ。その合間では重ウォードレス可憐を纏った学兵や、40mm高射機関砲や12,7mm重機関銃を担いだ学兵達が、換えの弾薬を大量に持参してそこにいる。
 ……哀れなことにこの門から現れるBETA達は、フラグを立てまくった学兵達が被せる火網に惨殺されることになるであろうことは間違いなかった。



 そして、0956時。

 直下型地震を思わせる震動が、横浜ハイヴ地表面を占領する人類軍を襲った。



「――BETA来ます!」

 多目的結晶体と睨めっこしていた学兵が、幾島佳苗に報告する。
 自然現象ではない。地中用レーダーは確かに横浜ハイヴ主茎部想定位置から分派し、門が存在する北部へ向かって来る敵影を捉えている。その数は、分からない――だが、大隊規模や連隊規模の程度ではないだろう。
 幾島佳苗は無言のままに、超硬度カトラスを掲げて歩み始めた。銃器も銃弾もデッドウェイトと考えている彼女は、その一切をもたない。小型幻獣を斬殺して回り、中型幻獣を膾斬りにする「稲妻の狐」は、居並ぶ学兵の合間を通り抜け、最前線に立つ。その姿を見て、いよいよ学兵達の緊張は高まる。

『コード911発生ッ! 出現予測地は、G1「門(ゲート)」――旧国鉄東神奈川駅! 到達まで、5秒前――4――!』

 さあ、来るなら来い。学兵達は、携行火器の安全装置が外れていることをいま一度確認し、それぞれでカウントを開始した。BETAが何の略称かも知らないが、鉛弾のお土産食らわせて、火星に送り返してやるよ――H・G・ウェルズ、とはいかない!


 だが。

「2――1――0! ……あり?」



 門から、BETAが、現れない。
 それどころか震動が収まってゆくような感覚さえ、学兵達は覚えた。



『BETA群……G1ゲート素通りしました! 新たな侵攻路を掘り進んでいるッ――地中侵攻です! BETA、G1ゲートを素通り――出現予測位置修正、多摩川南岸――16番物資集積所直上ッ!』



 
 誰もがは、裏を掻かれたことに気づいた。

 人類軍の重包囲下にある、G1「門(ゲート)」(旧国鉄東神奈川駅跡)、G2「門(ゲート)」(旧神奈川区立神奈川工業高等学校跡)を素通りしたBETA群は、その遥か北方、陸上部隊の渡河が続けられている多摩川南岸に、向かう。「ハイヴに篭るBETAは、門から現れる」という固定観念があった人類軍の、痛恨の失策。
 BETAの新たな出現予測位置――渡河・物資集積の場となっている多摩川南岸は、ほとんど直接戦闘力のない歩兵連隊や砲兵連隊等が居合わせているばかりで、おそらくこのままでは地中侵攻するBETAに蹂躙されるだけだ。

 だが、救いはある。



『HQより"アヴェンジャー"、"ドラケン"、補給作業を中断。即時指定された迎撃位置まで反転北上せよ』



 新たに侵攻坑を掘り進めている以上、その侵攻速度は既存の坑を移動するよりも遅い。出現予測地点に先回り、迎撃体勢を整えさせる為に、「門」を固めていた戦術機甲連隊には反転北上の命令が下される。

 だがしかし、これで、終わりでは、なかった。



『次波BETA群来ますッ! BETA群第2波――出現予測地点、G1及びG2ゲートッ!』



 後背のみならず、門からも湧き出すBETA。
 人類軍は、正面と背面、挟み撃ちされる格好となった。

 門より出現したBETA、その数約2万。
 多摩川南岸に出現したBETA、その数約1万。

 日本列島全力を挙げてこの作戦に挑む人類と、横浜ハイヴに棲息するBETA全個体による決戦が、始まろうとしていた。







―――――――







 多摩川南岸を襲った激震、土煙、突如として開いた地獄の門は、その直上に居合わせた兵士達の生命を一瞬で奪い尽くし、また日本帝国全土から掻き集められた貴重な物資を、喰らい尽くした。
 そして現れるは、異形の集団。全高66mを超える怪物、要塞級がその衝角を振り回し、応戦せんとした機械化装甲歩兵を押し潰し、また溶解せしめる。……その巨大な胴部からは、双眼の小型種が、地に降りる。次の瞬間には、その瞳が凶悪な破壊力を発揮した。退避が間に合わなかったA-4J大鷹や、照射の危険を恐れずに滞空していた攻撃ヘリを、一瞬で火達磨に変える。黒煙を曳きながら墜ちてゆく炎の塊は、そのまま地表面に激突し、燃料を収納した補給コンテナに引火し、大爆発を起こした。
 大きく開いた土坑の淵からは、続々と突撃級、要撃級、戦車級が湧き出す。そこから本格的な、蹂躙がはじまった。立ち止まって応戦する者も、持ち場を離れて逃げ出す者も、みな平等に轢き殺され、踏み潰され、食い殺された。

『駄目だッ! 物資は捨てろ――撤退しろッ!』

『何処にだ、何処に撤退しろってんだ――うあ』

 運良くこの一瞬を生き延びたごくごく一部の兵士達は、すぐに逃げ場がないことに気がつく。背後に流れるは、多摩川。前面にはBETAの群れ。逃げるとなれば、機械化装甲歩兵や機械化強化歩兵は、全装備を脱ぎ捨て川に飛び込むしかない。勿論、BETAがそんな時間を与えるはずがなかった。
 要撃級の前腕が、補給コンテナと兵士を一緒くたに叩き潰す。横殴りに吹き飛ばされた車輌やコンテナが、逃げ遅れた歩兵や装甲車輌に衝突し、炎上する。立ち上る煤煙、その最中を幾数本もの光線が飛び交う。地上部隊はBETAに喰らいつかれ、航空支援及び艦砲射撃は、光線級に瞬く間に無効化される。

 多摩川南岸に居合わせた人類軍諸部隊は、総崩れの状況に追い込まれた。



『コウコクよりHQ――転進する!』



 混迷を極める戦場からの即時撤退を決めたのは、生徒会連合義勇軍独立山岳中隊の学兵達であった。陸上自衛軍正規部隊に使い捨てにされることの多い学兵は、負け戦に対して過敏に反応する、一種の嗅覚をもっている。山岳中隊の学兵達は、2トン半もの体重を誇るお化けヤギ、95式月光が背負っていた補給物資を何の躊躇いもなく放棄させ、それに騎乗して逃走を開始した。



『こちら生徒会連合義勇軍独立山岳中隊より戦友へ。これより敵中を突破し、生徒会連合義勇軍独立機動大隊及び本土防衛軍主力部隊との合流を目指す――ついて来たかったら、ついて来い!』



 巨大な獅子が咆哮する。
 第5世界の生体技術を駆使して生み出された動物兵器、99式雷電が、その殺戮本能を剥き出しにして駈ける。その背に跨る騎兵は両手に携えた12,7mm重機関銃を撃ち放ち、有象無象の小型種BETAどもを薙ぎ倒すように射殺する。迸る稲妻の目前に立ちはだかった戦車級は、次の瞬間には無残にも解体されていた。雷電の両肩から生える5本目、6本目の戦闘腕(脚)が、赤い怪物を引き裂いて打ち捨てる。

「逃げろ逃げろ逃げろ――!」

 異形の奔流が、異形の大海を引き裂く。
 6本脚の獅子と騎兵は、一丸となってBETA群の最中を踏破しに掛かる。要撃級に飛び移ってはその脳天を穿ち、戦車級を捻じ伏せてゆく99式雷電。獅子というよりは鵺(キマイラ)。戦闘に最適化された獣が、撤退路を無理矢理切り拓く。
 その後ろを頑丈な95式月光に騎乗する学兵達が、40mm高射機関砲や99式熱線砲を用い、突撃級を擱座させながら追随してゆく。流石の99式雷電と云えども、突撃級を相手することは難しく、これを排除するのは専ら重火器をもつ騎兵の仕事であった。

「掴まれえっ!」

 BETAの死骸の合間を、ヤギそのものの軽やかさで跳ね回る月光。それに乗る学兵は素早く身を乗り出して、到底独立山岳中隊の撤退速度について来れないであろう機械化強化歩兵を引っ掴み、第6世代クローン特有の怪力で、いとも容易くその背まで引き上げてしまう。

「恩に着るッ!」

「わかったから、撃ちまくってくれえ」

 必死で逃げ回っていたところを救われた機械化強化歩兵は、人心地つく間もなかった。99式雷電が切り拓いた血路は、すぐさま小型種の群れに埋め尽くされてしまう。95式月光は頑丈だが格闘能力には乏しい為、これを駆逐するのは専ら騎乗する人間の役割。機械化強化歩兵もすぐに89式小銃を撃ち始め、追い縋る闘士級を牽制する。

『こちら独立山岳中隊、転進するッ! 合流しろ、連中を抜くッ!』

 正規の命令は出ていないが、もはやどうしようもない。
 ここで踏み止まっても組織的反撃は出来ないまま死ぬ、という厳然たる事実に気づいた帝国陸軍諸部隊も、生徒会連合義勇軍独立山岳中隊が先頭を往く敵中突破に、遅れながらも参加することになった。生を賭けた逆攻勢。砲兵部隊は牽引式野砲を捨てて自走砲に飛び移り、戦車兵は小型種を轢き殺すことを厭わず、BETA群目掛けて前進を開始する。一瞬で戦車跨乗兵となることを決める機械化強化歩兵、そして水平跳躍で追随する機械化装甲歩兵達。

 黒猫の戦闘旗を掲げた戦闘指揮車と、トレーラーが、走る。
 主力部隊との合流を果たす為に、無謀とも思える前進を開始した臨時戦闘団の最中、5121小隊の姿もあった。但し戦闘部隊(ラインオフィサー)は不在。人型戦車士魂号や戦車随伴歩兵が携行する武器を整備する、後方支援(テクノオフィサー)達は単独でこの逃避行に参加せざるを得なかった。

「これが限界かッ!」

「なっちん、怒らんといて!」

 BETAの死骸で埋め尽くされた地面、装輪車輌では大した速度は出せない。迫る白と赤のけばけばしい色彩の群れに、ろくな戦闘力を持たない整備士達の焦燥は募る。戦闘指揮車は20mm機関砲を吐き出し、トレーラーの荷台からは歩兵部隊に所属していた経験のある田代が重火器を振り回して、追い縋る戦車級を肉塊に換えてゆく。だがやはり、火力量が足り無さ過ぎる。
 ……そんな中で、あまり冷静さを欠いていないふたり組がいた。



「遠坂――いや、ソックスタイガー。俺はやるぞ」



 ウォードレスすら身に纏わず、武器すら持たない男、中村光弘。整備学校をまあまあの成績で卒業し、ある程度の経験を積んで来た、しがない整備士は、尻ポケットに収めたブツを掴む。
 言うまでも無く、それはソックスである。生徒会連合風紀委員会によって所持を禁止されたソックス。伝説の一年靴下。それは仮に所持していることが露見すれば、女子ライフル狙撃部から女子ミサイル部まで、あらゆる私兵を動員した風紀委員に粛清されることになるであろう。……それを、彼は、使う。
 一方で、遠坂と呼ばれた男の方は、至極嫌そうな顔をした。
 既に彼はソックスハンターから、足を洗っている。だがしかし熊本最強の騎士――桜の騎士としての剣技を振るい、同級生を、戦友を助けることに何の躊躇いもなかった。

 かつて、だれかがいった――「人外の相手は人外がすべきだ」、と。

 ……人外だと後指を立てるのならば、そうすればいい。
 人ではどうにもならない相手をする為に、人類の決戦存在「HERO」が、絢爛舞踏が、神族が、世界移動存在が、ソックスハンターが、存在する。そして彼らは、いまその本分を果たそうとしていた。

 ソックスバトラーが二振りの靴下を手に、桜の騎士が自身の愛刀を手に掛け――。



『こちらホーンド1。当方、貴官らの合流運動を援護する――皆の者、掛かれ――!』



――踏み出すその直前に、この世界における人類の剣が現れた。

 5121小隊が走るトレーラーを後方から追い抜いた青と赤の戦術機は、36mm機関砲弾と120mmキャニスター弾を戦車級の群れへ撃ちかけながら、右主腕に保持する接近戦用長刀を構えて大型種の群れの最中へ飛び込んでゆく。瞬く間に2機の瑞鶴の先には、血飛沫があがった。要撃級の腕が飛び、突撃級の外殻が崩れ落ちる。
 遅れて黄、白、黒の戦術歩行戦闘機が、転進を試みる友軍の前に姿を現した。屈辱的な負け戦――西日本防衛戦を経て、ただひたすらに研鑽を積んできた衛士達が操る戦術機の挙動は、洗練されている。中隊規模の戦闘隊形を捨て、分隊単位で駆け巡り、光線級の視線をすり抜けてBETAを駆逐してゆく。

『第16斯衛大隊か――助かった!』

 予備戦力として保全されていた斯衛軍の来援に、全将兵は蘇生する思いがした。

 視線を上空に彷徨わせていた光線級が、高速機動する原色の塊を捉えようとする。瞬間、99式雷電が光線級を押し倒し、その胴体を噛み千切り内臓を引き出してしまう。酷い硫黄臭がする肉に、顔をしかめる鵺。騎乗する学兵が「そんなもん捨て置け」と促すと、また雷電は一啼きして新たな獲物を探し始めた。

『狩りの時間だッ、光線級を狙え! デカブツに助けられっぱなしは性に合わない!』

 逃走者達による、逆攻勢がはじまった。
 貧弱な火力でも、やれることは多い。20mm機関砲弾が重光線級の下半身を吹き飛ばし、40mm機関砲弾が突撃級の脚を止める。仰角を一杯にとった戦車砲が、要塞級を照準に収める。斯衛大隊、所詮は36機の戦術機――万単位のBETAを相手にするには、少なすぎる。救援に来た、斯衛をむざむざ殺させる訳にはいかない――それが彼らの一致した心情であった。



 多摩川南岸、門周辺にて、人類とBETAの壮絶な地上戦が繰り広げられる。
 前述の通り、横浜ハイヴに収容されていた大多数のBETAが、この地表に現れていた。大損害を被り幻獣軍が撤退した以上、この地上戦に勝利した陣営が確実にこの横浜の地を手に入れることが出来る。
 もはや本土防衛軍、国連軍、生徒会連合は戦力を出し惜しむことをせず、BETA群にぶつかってゆく。



 時は、12月23日1122時。



 この時、学兵の誰かが、突撃行軍歌を高らかに歌った。別世界の法則が、人類軍全部隊とBETA全個体の頭上に雪崩れ込む。撤退不可。これにて横浜ハイヴ直上に居合わせたあらゆる存在は、勝利へと驀進する他なくなる。人類軍は多摩川以北へ撤退することが許されず、BETAは横浜ハイヴへ撤退することも許されなくなる――。

 そして、その瞬間――絶技「突撃行軍歌」が完成したその瞬間。

 全てのBETAが、戦闘行動を停止した。全ての個体が例外なく、空を仰ぎ、光線級は戦術歩行戦闘機を初めとする人類兵器を無視し、上空へとその瞳を向けて照射を開始する。
 突然の事態に、人類軍全将兵は驚愕する。

 そして、BETAの視線の先に――破滅をみた。







 まるでオーロラか何かか。

 眩い燐光と禍々しい黒紫を纏った何かが、「落ちてくる」。

 光線級が放った幾百もの閃光を捻じ曲げ、捻じ曲げながら重力を無視した極めて緩慢な速度で、それはこの横浜ハイヴ目掛けて落ちてくる。







 あらゆる通常兵器による迎撃を無効化する五次元効果爆弾は、撤退不可能となった人類軍とBETAの頭上で、機関を臨界運転させ、その身を炸裂させんとしていた。元々西日本防衛線に投入されることを検討されていた弾体は、多くのG元素を内包しており、炸裂すれば横浜ハイヴ地表面及び旧横浜市街を消し飛ばすには、十分過ぎるだけの出力をもっていた。
 このままでは、横浜ハイヴ周辺に集結した人類軍は、みな揃って消滅する。青の厚志がそれを看過するはずがない――エースキラーによる希望号撃破が失敗したセプテントリオンの、悪辣な罠であった。



 横浜の地と人類軍もろとも、五次元効果爆弾を以て、青の厚志を抹殺する。



[38496] "盗まれた勝利" 【横浜編完】
Name: 686◆1f683b8f ID:e208e170
Date: 2014/05/10 18:24
"盗まれた勝利"



 光の軍勢が、駈ける。

 光輝を背負った彼らは、暗黒に押し潰されようとする横浜ハイヴへと、何の躊躇いもなく奔る。白銀の火焔と、黄金の翼、半壊した外装を纏った希望号に率いられるは、百柱を超える神族。そして億単位の、精霊達。東南から北西へ――横浜ハイヴ地表構造物へと向かう、銀、金、青の煌きを、人々は見た。

 学兵達は歓喜し、帝国軍人達は眼を疑った。

 先陣を切るは、猫神族が一柱にして、他族介入権を有する英雄族。最強の戦神ブータニアス卿。赤い外套を纏った大猫は、その身の丈に合わない長大な剣を振り回し、BETAを撫で斬りにしながら進む。古来より、竜を斬るは猫の役回り。彼は素早い身のこなしで大型種の足下をすり抜け、要塞級の脚に突進する。体勢を崩す要塞級は崩れ落ちながら、その竜殺しの剣鈴で、裁断されてゆく。
 猫神族が、続く。青の厚志に付き従う、精霊を用いてのシールド突撃。青白の盾が要撃級と突撃級を押し返し、いとも容易く駆逐する。横浜ハイヴへの道を、拓く。希望号と随伴する神族は、速度を緩めることなく疾走を続け、落下を続ける五次元効果爆弾直下、横浜ハイヴ地表構造物へと突き進む。この神々の進軍を邪魔しようとするBETAは、全て火の国の宝剣ヒノカグツチに情報分解させられた。堅牢で知られる突撃級の外殻も、元を質せばこの地球の土であり、土である以上はヒノカグツチに従属しており、故にヒノカグツチの刃に抵抗することは出来ない。

 そして光の軍勢は、ハイヴ直上にまでようやく達した。



「五次元効果爆弾(あれ)を止める術はあるのか」



 いつの間にか希望号の肩へ移動していた、猫神ブータニアス・ヌマ・ブフリコラが、青の厚志に尋ねた。
 世界の危機に対応する最終防衛機構(よきゆめ)は、如何なる絶望的状況にも立ち向かう。……たとえ状況打開策を有していなくとも、だ。戦神ブータが考えるに、天空より墜ちるこの「何か」は、火の国の宝剣による斬撃や、リューンを用いた絶技で対応出来る存在ではないように思えた。一線を超越する御伽噺の存在――怪物や魔法といった存在に対しては、絢爛舞踏や神族、絶技は非常に優れた抑止力と成り得るのだが、どうも「何か」は人族の技術を突き詰めたものであるらしい。



『ブータは、何か策はあるの』

「ないな」



 神族による援軍は、地上の混戦模様を一変させた。頭上のG元素反応に気を取られていたBETA達は、神族の格好の餌食となり、そして突撃行軍歌を斉唱する人類軍による激しい攻撃に晒され、その個体数を爆発的に減らしてゆく。
 だがこの優勢も、後に訪れる破滅を止めることが出来なければ、何の意味もない。
 展開したラザフォード場を以て光線級の照射を逸らし、地球の重力すら無視し、極めて緩慢な速度で迫るG弾は、既に地表から十数kmの高度にまで迫っていた。残された時間はあと10分とないであろう――地上の将兵が撤退するには時間が足りなさ過ぎるし、突撃行軍歌「ガンパレードマーチ」を斉唱してしまっている以上、そもそも撤退の選択肢さえない。



「あれが墜ちてくれば、我が守りでも防ぎきれるか」



 となれば墜ちてくるそれを破壊するか、防ぎ止めるしかない訳だが、そのいずれも不可能だと、ブータは本能で悟っていた。
 実際G弾は炸裂の瞬間までラザフォード場を発生させ、地対空誘導弾を初めとする通常兵器は勿論のこと、光線級のレーザー照射さえも防いでしまう。ラザフォード場が綿密な計算により展開されているのであれば、ラザフォード場に攻撃を集中させ、機関中枢に巨大な過負荷を加えることで、ラザフォード場を消失させることが可能かもしれない。……だが、G弾に採用されているML機関は、酷く単純であり緻密な計算を必要としていない。故に、通常兵器による迎撃は不可能。
 ラザフォード場を展開し、炸裂後は物質消滅境界面を拡大させるG弾を無力化可能な兵器は、同じ物質消失境界面をもつG弾しか有り得ない――。



 だが、それはあくまで「この世界」に限った話である。



『気は乗らないけど、僕にはある。――いくよ』



 希望号が、構えた。

 墜ちてくるG弾目掛け、両腕を突き出す――その両掌には、異世界の兵器が収まっていた。どりるみるきぃふぁんとむ直撃の衝撃波を受け、脱落したエースキラーの四肢。そこから回収した特殊兵器、「N・E・P」がそこにある。標的を問答無用で情報分解し、一般的な世界移動の際に働く法則を利用し、その物体・事象の時間軸に干渉――存在そのものを消し去るどころか、過去に存在したという事実さえも抹消し、歴史さえ書き換えてしまう凶悪な兵器が。

 希望号の対消滅エンジンより、稼動に必要となる動力を得たN・E・Pは、既に発射準備を整えている。N・E・Pに対する防御手段は、事実上存在しない――N・E・Pが大規模運用された第6世界の戦争、異種間宇宙戦争「最低接触戦争」において、それは証明されている。迎撃不可能のG弾と防御不可能のN・E・P――矛盾の故事に近い関係であるが、両者がぶつかった際に起こる現象は、簡単に想像出来る。

 ……N・E・Pの効果範囲内に指定された物体・事象は、それがラザフォード場であっても時間遡行による時間軸への介入を受け、その存在が抹消される。



 OVERSは躊躇もせず、希望号の選択に同意した。
 事実上この世界(マブラヴ)における全ての事象を第三者視点で把握している彼らは、G弾投入による横浜ハイヴ攻略は、紛れもない史実であり、鑑純夏が白銀武をこの世界に呼び込む為の重大なファクターであることを知っている。だがしかしだからといって、この横浜ハイヴに集結した人類軍将兵を見殺しに出来るほど、OVERSは冷徹な存在ではなかった。
 希望号が起動するN・E・Pは、G弾を穿ちその炸裂を阻止する――それが、世界の選択。



 青白の閃光が、天を衝く。



 天地を圧す偏向重力の塊は消失し、ただただ青い空が広がった。泥沼の地上戦を展開する人類軍将兵は、先程まで自身の頭上に在った存在が抹消されたことに誰一人気がつかず、またBETA達も直前まで頭上に存在していたG元素の爆発的反応など、最初からなかったかのように振る舞う。
 セプテントリオンに奪取され、横浜ハイヴ攻略作戦に投入された五次元効果爆弾など、最初からなかったのだ――ML機関とG元素を構成する物質自体が最初から存在せず、故に弾体が製造されることもなく、横須賀基地にG弾が運び込まれることもなかった。

 五次元効果爆弾投下阻止は、こうして成った。
 


 あとは人類軍将兵の勇気が、BETAの暴虐に優るか否かの問題であった。







(歴史的補講)



 1998年12月23日。
 本土防衛軍・国連太平洋方面第11軍・生徒会連合義勇軍は、甲22号目標横浜ハイヴ坑内制圧及び反応炉爆破に成功。同日、本土防衛軍統合参謀本部は、甲22号横浜ハイヴ攻略作戦完遂の旨を発表した。人類史上初となる、ハイヴ攻略成功――失地奪還・人類勝利の一歩となる敵根源地の攻略成功に、帝国陸海軍将兵、国連軍将兵は感激に打ち震え、日本帝国領に暮らす人々の誰もが歓喜した。帝国臣民は自国軍の働きにようやく満足したし、ユーラシア大陸から叩き出された難民達は、現実ではそううまくいかないと分かっていても、自国再建の希望を抱かざるを得なかった。

 だが市井の戦勝ムードは、そう長くは続かない。

 1999年1月4日、年始祝賀に浮かれる街が無差別テロの標的となった。東京市、仙台市にてS-11弾頭炸裂。戦術核と同等の破壊力を誇る特殊爆弾による爆破テロは、破滅的被害を日本帝国にもたらした。死者行方不明者は10万人に達し、榊総理大臣を初めとする多くの閣僚が一瞬で絶命。
 ……幻獣陣営の報復は、なおも続いた。
 主要都市は軒並み爆破テロに見舞われ、僅か一月の間に死者行方不明者は12万1019人にまで達した。問題は人的被害だけでなく、兵站を担う主要幹線道路や鉄道が寸断されたことも大きい。その後も巻き返しを図る幻獣陣営は、スキュラ編隊による絨毯爆撃を昼夜問わず実施し、日本帝国の継戦能力を奪い去りに掛かる。

 また横浜ハイヴ攻略成功から1ヶ月の合間に、セプテントリオンが本格的に動き出し始めた。
 1999年1月21日。日本帝国内に確固たる発言力・影響力をもつセプテントリオンは、日本政府に対して「オルタネイティヴ計画全成果の譲渡」を要求――榊総理大臣を先の爆弾テロで喪った日本政府に、これを突っぱねるだけの体力は残されていなかった。
 国際連合直属計画であるオルタネイティヴ計画に干渉出来得るまでに、セプテントリオンは、日本帝国内における影響力を伸ばしていたのだ。

 現状では帝国陸海軍が必要となる物資のほとんどを、七星重工が製造・販売しており、七星重工からの物資供給が途絶えれば、もはや本土防衛軍が立ち枯れることは間違いなかった。
 数字を見れば、それは明らかであった。先の甲22号目標横浜ハイヴ攻略作戦に投入された燃料・砲弾の半分以上は、七星重工より供給されたものだった。例えば多摩川以南に持ち込まれた、戦術歩行戦闘機用補給コンテナ1981個の内、1319個(約66パーセント)が七星重工製。また比較的備蓄のあるはずの戦術機突撃砲機関砲弾(36mm機関砲弾)でさえ、使用弾数約480万発の内、180万発(約37パーセント)が、七星重工から供給を受けたものであった。……事実上、七星重工の支援がなければ、横浜ハイヴを陥とすことは不可能であったに違いない。

 オルタネイティヴ計画の放棄・成果譲渡――セプテントリオンの援助なしには、対BETA戦が継続出来ないことを理解していた日本政府は、この屈辱的とも言える要求を呑まざるを得なかった。日本政府・帝国陸軍関係者の中には、これを良しとせず七星重工排斥を考える者も現れたが、結局のところ彼らも七星重工の重要性と脅威を無視することは出来なかった。
 特に日本帝国側からの抵抗もないままに、1月25日にはオルタネイティヴ4計画管理下にあった、G元素を初めとするあらゆる物品がセプテントリオンの手に渡った。



 そして。

 地球の反対側――米国では五次元効果爆弾大量運用による、幻獣北米方面軍殲滅作戦が発動されようとしていた。幻獣北米方面軍の兵力は、10億はくだらない。通常兵器による抗戦は不可能であることは明らかであり、G弾実戦投入による形勢逆転案は、米国政府・米国軍にとって魅力的に過ぎたのである。
 こうして米国は、地球人類に悲劇的結果をもたらすことになる。



 1999年2月28日。

 大海崩発生。
 大西洋消滅、太平洋激減、南北米大陸水没。

 大気移動。アフリカ大陸、大気消失。



 G弾炸裂に伴う重力偏差発生がもたらした全地球規模災害は、米国から遠く離れた日本帝国にも甚大な被害をもたらした。

 日本海を構成していた海水は全て北極海・北米方面へ誘引され、日本列島はユーラシア大陸と陸続きとなった。日本列島太平洋側には少しばかり海水が残り、完全に干上がるには至らなかったが、東北地方沿岸では艦艇が座礁・行動不可能となる程に海面が低下。東京湾――浦賀水道――相模湾――日本南海――東シナ海は、大海崩前後でも変化が見られず、帝国海軍連合艦隊全滅だけは辛うじて避けることが出来たのが不幸中の幸いであった。
 大海崩に伴い、日本列島内陸部も手酷い打撃を受ける。海水が全て流出し、干上がった日本海から巻き上げられた塩と、大旱魃が日本列島全土を襲った。貯水池は瞬く間に塩気を帯び、程なく枯れ、日本列島に暮らす人々は飲料水を地下水に頼る他なくなった。

 全地球規模の大災害は世界人口の8割以上を死に追いやり、更に残る人類から抵抗の術を奪い去った。南北米大陸に投入していた主力を、大陸ごと喪失した幻獣陣営は自軍の再建を優先せざるを得ず、侵攻の手を自然緩めることになったが、殆ど無傷のユーラシア大陸を策源地とするBETAにとっては、勢力拡大の絶好の機会となった。



 1999年某月 甲23号目標オリョクミンスクハイヴ(旧ソ連領中東部)建設。
 1999年某月 甲24号目標ハタンガハイヴ(旧ソ連領北部)建設。
 1999年3月 甲25号目標ムートハイヴ(旧エジプト領中部)建設。
 1999年3月 甲26号目標カルタゴハイヴ(旧チュニジア領)建設。
 1999年5月 甲27号目標ロンドンハイヴ(旧イギリス領)建設。
 1999年6月 甲28号目標セイジスフィヨルズゥルハイヴ(旧アイスランド領)建設。
 1999年8月 甲29号目標アシアートハイヴ(旧グリーンランド領)建設。
 1999年8月 甲30号目標モガディッシュハイヴ(旧ソマリア領)建設。
 1999年11月 甲31号目標メダンハイヴ(旧インドネシア領)建設。
 1999年11月 甲32号目標ハイヴ(旧大西洋上)建設。
 1999年12月 甲33号目標バギオハイヴ(旧フィリピン領)建設。
 1999年12月 甲34号目標ハイヴ(旧大西洋上)建設。
 1999年12月 甲35号目標ハイヴ(旧大西洋上)建設。



 1999年内だけでも、以上のハイヴが新設された。

 その後も世界各地で人類軍の敗退は続き、ハイヴ建設は進行。
 この間、幻獣軍は粛々と勢力圏を縮小し、インド方面・オセアニアにて兵力回復に努めるばかりで、対BETA戦を放棄し、ただただ人類がその勢力を縮小してゆく様を静観していた。

 世界の危機に対応する希望号と神々の軍勢は、日本列島の防御のみで精一杯であった。彼らは無類の強さを誇るが、だがしかしあまりにも少数に過ぎた。世界中のハイヴと幻獣を滅ぼし尽くすには、到底手が足らない。

 





 地球人類滅亡は、避けられないのか――?







 そして奇しくも2001年10月22日。

 横浜にて七星重工製新型戦術歩行戦闘機が、実用試験を実施する。







【横浜編】完。

完結編【真愛編】に続く。



[38496] 【真愛編】「衝撃、または絶望」
Name: 686◆1f683b8f ID:e208e170
Date: 2014/05/15 20:54
 異形の死骸と鋼鉄の残骸が累々と積みあがる、旧横浜市街。

 かつて戦場であった名残が延々と続く大地に、戦術歩行戦闘機が起立した。外装は00式戦術歩行戦闘機「武御雷」のそれであるが、全身に施された塗装は、斯衛機が纏うべき五色――濃紫・青藍・山吹・純白・漆黒――そのいずれでもなかった。



 その武御雷は、全身を薄桃で染め抜かれていた。

 頭部ユニットと跳躍ユニットには、薄黄の線が流れる。
 それが、まるで、リボンのように、見える。



 七星重工製、新型戦術歩行戦闘機「純武号(じゅんぶごう)」――。



 事情を知る者が居れば、悪趣味な名前だと思うであろう。

 実際にこの新型戦術歩行戦闘機の開発に携わった者は、上司の発想――生体管制装置に採用された脳髄が生前持っていた名前、すなわち鑑「純」夏と、彼女の幼馴染であり想い人である少年の名、白銀「武」から、それぞれ一字ずつを取っての命名――に吐き気さえ覚えた。「純武号」の名付け親である岩田は、少女と少年の想いをわざわざ踏みにじる為に、この外道染みた命名をしたという訳である。



『純武号、起動試験開始します』



 純武号の随伴機、F-15SEPに搭乗する七星重工関係者が、試験開始を告げた。
 武御雷特有の所謂「睨み眼」に、光が点る。どこか禍々しささえ感じ取れる赤光が、センサーアイを埋める。怨嗟の声さえ上げることを許されない、純武号の絶望と憎悪が、そこに現れた。
 BETAへの殺意に燃える少女の脳が、純武号の内燃機関に火を入れる。瞬間、1秒と掛からず、純武号周辺に転がっていた、BETAや戦術機の残骸が全て圧壊して弾け飛んだ。試験成功――この現象、純武号が自機の周辺へ、ラザフォード場の展開させることに成功した証拠であった。竜たる少女の脳と、それを補佐する少女達の脳には、膨大に過ぎる演算負荷が掛かったが、彼女達はそれを容易にやってのけた。



『純武号、ラザフォード場展開成功――ML機関出力安定』

「いーひっひっひひゃはあああああああ!」



 試験成功を告げるオペレーターの言葉に、純武号開発責任者の岩田は狂喜した。ML機関小型化、ラザフォード場安定展開――このふたつは、セプテントリオンの科学力を以てしても、そう簡単に実現出来るものではなかった。だが今日、ようやく全ての努力が報われたという訳だ。



 純武号の開発コンセプトは、単純明快――「最強の人型機動兵器」。



 管制装置に生体脳を用いることで、その挙動を実戦に堪え得る水準とした人型戦車士魂号を範として、純武号は、竜たる鑑純夏と適性のある少女達の脳髄を生体管制装置に据えることで、従来の戦術機・人型機動兵器ではあり得ない、自然な挙動と高度な格闘能力を有するに至った。
 また小型化したML機関を搭載、演算機能を前述の生体管制装置に担わせることで、最強の防御機能を付与する。ラザフォード場による重力偏向は、あらゆる通常兵器による攻撃を無効化することが出来、またこれは攻撃に転用することも可能だ。ラザフォード場の展開域を拡大・限定することで、目標を圧壊させるといった使い方が考えられる。
 また特筆すべきは、純武号の機動性能であろう。
 戦術歩行戦闘機の大気圏内における機動性は、セプテントリオンにとっても注目するに値した。腰部跳躍ユニットは当然採用、更にML機関を活用した重力干渉により、純武号は常識では考えられない高機動性を獲得するに至った。おそらく単機での大気圏外への、離脱も可能であろう。戦術歩行戦闘機の空力特性と、第6世界の人型機動兵器(ラウンドバックラー)の海中潜航能力を併せもつ純武号は、事実上、地上・空中・海中・宇宙全ての戦域への投入が可能となった。

 青の厚志が駆る希望号を、撃破する。
 セプテントリオンの事業の悉くを邪魔する、世界移動存在を叩き潰す。



 ただそれだけの為に、純武号は生み出された。

 純武号が生み出される過程で、あらゆる外道が行われた。



「……く……ふっ……ぁ……」

 純武号胸部装甲の奥に収まる、操縦席。複座式操縦席の後部には、純武号に戦闘命令を下す無人機が置かれている。そして前部には、ひとりの少女が搭乗していた。……正確には、拘束されていた。
 オルタネイティヴ3計画が生み出した最高傑作、オルタネイティヴ4計画に継承された大成果――兎の耳を連想させるヘッドセットを装着した少女は、自身がもつ異能を無理矢理引き出されていた。いまや彼女、社霞のESP能力が可能とする、思考読解といった超知覚の範囲は、純武号周囲数キロにまで拡大させられていた。当然社霞の身体に掛かる負荷は、大きい。普通ならば絶命してもおかしくはないし、能力拡張の過程では、幾度か心肺機能を失うこともあった。

「あっ……やめ――」

 だがセプテントリオンと純武号による調教は、社霞に不可能を可能とさせた。
 それでもしかし、その能力は社霞の精神を大いに苦しめる。敵機搭乗者の思考を読み取り戦闘行動に活かす、あるいはその精神に干渉する攻撃を可能とするまでに至った社霞の異能は、遠くにある目標の思考を読み取るよりもまず先に、最寄に居合わせた少女の思考を読み取ってしまう。

「やめてえええええええええ! やめてッ! やめて、やめてくださいっ! いやだ! いやだ……おかしくなる! ひゃあっ……おかしくなるゅッ! たすゅけてっ! たすけて、くださいいぃいぃいいいっ――かあああ! だれかあっ! もってかないでえええええもどしてッ! もどしてよおおおおおっもどしてくださいッ! ひゃあああああああ」

 掠れた喉を震わせて、社霞は、叫ぶ。

「……ぁめです! だめぇええええっだれかたすけてえええええ! ……だれ? たけ……? たけるうううぅうううぅううたすけてえええええ! なんでぇええええいやだあああああはああああうああああ! いっいいはああああいやだっいやなのにいいいいいあああぁっ」

 彼女はそのESP能力を最大限発揮する度に、生体管制装置に採用されている鑑純夏の記憶を、追体験する。それはつまり横浜ハイヴ内で行われた、徹底的かつ執拗な凌辱の記憶。脳髄に電気信号を流され、延々と快楽を与えられ、不要な器官を排除させられてゆく――鑑純夏の地獄を、社霞は追体験させられる。

「べえええええたああぁああぁころすうぅう! ころしてやる! なんでえぇええええふぁああああぁああああ! ころしゅぅうううぅううううあぁあ……ぁあ……っ……いやぁあああああ! ゆるしてえっゆるしてください! おねがいしますぅうううぅうううう! ぁああああああべええたああぁあ」

 触手がそのちいさな体中を這いずり回り、何の遠慮もなしに体内に侵入し、暴虐の限りを尽くす。四肢を捥ぎ取られ、肉が剥ぎ取られてゆく――だがしかし、社霞が激痛を感じることは出来ない。常時脳内を駆け回る電気信号が、それを許さない。圧倒的なまでの快楽が延々と与えられ、思考が押し潰され、自身の身体の状態を正確に判断することが出来なくなる。

 その地獄の最中で、社霞は一縷の思考を読み取った。



(これより純武号の実戦試験を開始する)



 純武号の初実戦。

 不幸にも最悪最強を誇る兵器の最初の標的とされたのは、青の厚志でも、希望号でも、神々の軍勢でも、世界移動存在でもなかった。日本帝国でも、国連軍でもない。純武号はただひとりの男を殺害する為に、これから戦闘行動を開始する。



「2001年10月22日だ。白銀武(イレギュラー)を抹殺する」



 第7世界の我々が、世界移動組織が発売したゲームによって、この世界における全ての出来事を熟知しているように、セプテントリオンもこの世界において発生すべき事象を全て押さえている、という訳だ。
 横浜ハイヴ直上でG弾が炸裂しなかった以上、白銀武がこの世界に喚ばれる可能性は低い。だがしかし、皆無だとは言い切れない。地球の反対側では、大海崩を発生させるだけのG弾が運用されたし、また生体管制装置と化した鑑純夏の傍にはML機関が存在している――白銀武が現れることが出来るだけの、時空が歪められた余地は、あるように思える。
 セプテントリオンにとって、白銀武は大した脅威にはなり得ない。仮に二週目以降の彼が呼ばれたとしても、もはやこの世界ではその未来知識は役に立たない。だが念には念を入れるべきだ。彼が香月夕呼と結びつくことがあれば、こちらが手こずることもあるかもしれない。白銀武は殺す必要がある――現時点で鑑純夏はこちらの管理下にある以上、白銀武を殺害することで、白銀武が10月22日に戻る、別世界に転移する、あるいは世界が再構築される可能性は、ない。



 白銀武の物語は、始まりと同時に終わらせるべきだ。



 それが、セプテントリオンの選択だった。
 白銀武の殺害に純武号を向かわせるのは、岩田の趣味が半分。また世界移動組織も、おそらくセプテントリオンが白銀武を殺害に動くことを読んでいるに違いなかった。白銀武の防衛に、彼らが動くことは間違いなく、それを排除するには純武号の戦闘力が絶対に必要であったのだ。



 純武号が――否、鑑純夏が、歩み出す。

 白銀武を、殺す為に。









【真愛編】「衝撃、または絶望」









 白銀武は、自分自身を奮う。

 携帯ゲーム機を初めとした「別世界の証明」が詰められた鞄のみを手にして、彼は自宅玄関に立っていた。目の前には見慣れた――そして懐かしいドアがある。それを前にして、白銀は動けない。白銀武は以前「元の世界」で、なんとかの猫なる例え話を聞いたことがあった。簡単に言えば、結果は箱を開けてみなければ分からない――それと同じだ。

(元の世界に戻ってる――)

 人類がBETAなる異種敵性勢力と戦争を繰り広げる世界を、白銀武は記憶している。人類敗北の結末まで。香月先生が指導していた計画が失敗し、その後少尉に任官した自分自身がどうなったかは覚えていない。
 ……だがおそらくは、最後は自分も、BETAに殺されてしまったに違いなかった。

(――そんな都合のいいことがあるわけ、ないよな)

 だが隣家は人型兵器に押し潰され、馴染みの街並みは廃墟と化し、学園は軍事基地となっている世界へ、「元の世界」から迷い込んだ際も、兆候めいたものは何もなかった……気がする。つまり、何が原因で「元の世界」からBETA大戦世界に迷い込んだか分からない以上、また大した理由もなく、BETA大戦世界から「元の世界」へ戻る、そんなこともあるかもしれない。



「いや」



 戻りたいのは、確かだ。

 だがBETA大戦に臨む、友人や先生――それが「元の世界」の人々に酷似した、まったくの別人だとしても、そこに生きる人々を助けられることならば、助けたい、という思いもある。
 幸いにも白銀武は、いうなれば「1週目」を経験している。最初に迷い込んだ2001年10月22日に、自身がまた戻ってきているのであれば、自分の「1週目」の知識を活用出来るのではないか――そう彼は考えているのである。自然災害やBETA侵攻といった、今後発生する出来事を香月先生に教えることで、少しでも先生の計画がうまくいけば、とそう考えている。……白銀武はこの世界で、香月夕呼をいちばん頼りになる大人として認識していた。勿論、油断ならないところもあるが。
 仮に、この世界が、またBETA大戦世界であれば――人類を救える、とまでは思わない。だがしかし、もっと「マシ」な結末を迎えることが、出来るのかもしれない。やってみる、価値はある。まずは、横浜基地に向かおう。今度はもっとうまくやれるはずだ、うまく――。

 深呼吸した白銀武は、ドアノブに触れると、間髪いれずに開け放った。

 そして広がる視界――。



「なんだよ……これ……」



 一面の白世界。

 崩壊した街並みすら、みえない。ただただBETAの死骸と人類兵器の残骸の山に、白いものが降り積もった光景。BETAのけばけばしい体色は、雪を思わせる何かに覆われて、ほとんど隠れてしまっている。そのくせ、気温は暑い――11月とは到底思えない、真夏が如き日射が白銀武に襲い掛かった。
 白銀武は、玄関から一歩踏み出し、二歩踏み出し、そこで足を止めてしまう。

「どこだよ……ここ」

 想像していた光景とは、あまりにかけ離れ、過ぎている――。
 眩暈を感じた白銀武は、うずくまった。何が起きているか、わからない。



(前に迷い込んだ時は、こんなんじゃなかったはずだ。たしか純夏の家が撃震の上半身に押し潰されていて――でも道路や建物もボロボロだった、でもオレが元いた町だと理解出来る程度には、物が残っていたはずだ――! オレは、また別の世界に――「元の世界」でも「前の世界」でもない、別の世界に迷い込んじまったのか!)



 なんとか立ち上がろうとして、白銀武は、地面を覆う白い物体が何か見当をつけた。
 指で触ってみる――塩。塩が、まるで雪のように、全てに降り注いでいる。

(そんなバカなことって――)

 あってたまるか、と思った瞬間、白銀武はどこかでこの光景を見た憶えがあるような気がした。分からない。分からないが、どこか懐かしい。

「こういうのなんだったか――既視感(デジャヴ)だっけか」

 無音。風が時折吹く音以外は、まったく無音の世界で、白銀武はひとりごとを呟いた。
 そうして、冷静さを、取り戻してゆく。想定外の事態にいつまでも恐慌状態に陥るほど、白銀武は弱くはなかった。強固なる意志が、彼には宿っている。「前の世界」では「元の世界」と同じく、学園のみんなが居た。



(つまり「この世界」にも、まりもちゃんや冥夜達はいるかもしれない――もしかしたら純夏もいるかもしれない! 「前の世界」では先生に、そんな人間はいないって話されたけど、「この世界」にはいるかも――どこかで困っているかもしれない!)



 未来の知識は使えない。
 だがそれは大したことではないように、いまの白銀武には思えた。
 自力でも何とか出来るはずだ、そういう種の自信が白銀武には、ついていた。

 白銀武は、歩み出そうとしていた。

 まずは学園、あるいは横浜基地だ。全ての始まりは、そこにある。この荒涼とした世界で、学園や基地が機能しているとは思えないが、だがしかし純夏や冥夜達の手掛かりを得られる可能性は十分ある。そう、白銀武は考えた。
 塩が降りしきる荒野、何の目印もないが、毎日通い詰めた学園の方向は、たとえ忘れたくとも忘れられないものだ。

 一歩、歩み出す。



(――!)



 瞬間、空間が発光した。

 何が起こったかも分からず、だが爆発やそういった類を連想した白銀武の身体は、自然と地に伏せ、うずくまる防御姿勢をとっていた。端的に言えば、それは不正解だった。もっとも何か致命的なミスを、犯した訳でもなかったが。衝撃波も何も伝わらないことを不思議に思って、顔を上げた白銀武の目の前には――。



「なんなんだよ……これ……!」



 94式戦術歩行戦闘機不知火が、いた。

 尤も、白銀武の周囲に突如として出現した存在は、それだけではなかった。
 戦術歩行戦闘機、人型機動兵器(ラウンドバックラー)、主力戦車、装甲車輌、ウォードレス兵、機械化装甲歩兵――あらゆる種類の人類兵器が、そこにいた。戦術機の残骸やBETAの死骸を押し潰し、その上に突如として実体化した人類兵器。
 その全てが、ひとつの方向を――白陵柊学園・横浜基地の方向を向いている。彼らの合間に流れる空気は、戦場のそれに近かった。



「白銀君……だね?」



 戦闘行動を今にも開始しようとする兵器の合間から、ひとりの男が現れる。「元の世界」ならば、どこにでもいそうなスーツ姿の男だ。表情は、非常に柔らかい。だがしかし彼は白銀武に走り寄ると、有無を言わさぬ勢いで喋り始めた。



「いいか、時間がない。よく聞いてくれ。横浜基地があった場所は危険だ。絶対に近寄っちゃ駄目だ。逃げてくれ。いま日本帝国の首都は、仙台だ。仙台に逃げるんだ――そこに香月先生もいる、まりもちゃんもだ。暫く行けば、我々の仲間が君を拾ってくれるはずだから……」

「何を――ちょっと待ってください――何が何だか――!」

「申し訳ないが、全部説明をしている時間はない――いいか。この世界はまさしく、BETAと人類が戦争を繰り広げている、君が繰り返している世界だ。でも手違いが起こった。端的に言えば、98年以降の戦いで日本帝国は大敗し、君が知っているよりも日本帝国の勢力は落ちている、という――」

『こちらホークアイ! 反応ありッ――来る!』

「戦闘行動開始しろッ! なんとしても白銀が逃げる時間を稼げッ!」

『エースプレイヤーが頭を押さえるッ! 撃ちまくれ!』



 白銀武は、唐突に与えられた情報と、何か事態が急激に動き始めたことに困惑した。
 目の前の男が信用出来るかと言われれば、一切信用出来ない。
 だが彼は何と言ったか。

(香月「先生」、まりも「ちゃん」と言った、オレが別の世界から来たことも知っている――?)

 敵か味方か、分からない。
 だがしかし、自身の事情を理解している者であることは間違いなかった。



「いいか、君が元の世界からこの世界に渡ったことに、気づいている者がいるんだ。簡単に言えば、彼らは世界を渡り、そして繰り返す君を排除しようとしている。いまからそいつらが攻撃を仕掛けてくる――正直、退けられるとは思えない。でも時間は稼ぐ、逃げてくれ!」



 戦術歩行戦闘機が飛び立ち、人型機動兵器が駆け出し、戦闘車輌が始動する轟音に掻き消されないように、スーツの男は怒鳴った。その真摯な態度は、白銀の眼から見て、人を騙している演技だとは思えなかった。

 遠くで、爆発音が立て続いた。

 邀撃を敢行した戦術歩行戦闘機が、純武号に鎧袖一触撃破されてゆく。
 純武号は、火器さえ使用せず――防御用の重力場さえ展開せずに、戦術歩行戦闘機をその接近戦用長刀で叩き斬ってゆく。敵機を駆る人間の思考を読むことで、全ての戦闘行動を先読みして回避する純武号を、有志一同の戦術機が放つ射線は全く捉えることが出来ない。そして重力操作を利用して急接近した純武号が放つ斬撃に、彼らは次々と戦闘不能に追い込まれてゆく。鑑純夏を補佐する副生体管制装置が、生前に修めた「古流剣術」は、対戦術機戦でも酷く有効であった。



『ゆっこん、ケルベロス、511号、被撃破ッ!』

『何故当たらない――命中判定に失敗し続ける!』

『移動阻止しろ! 弾幕を展開して移動阻止ッ! しるか、ヴィルベル、ガンタンク、前に出ろ――対空火網強化!』



 戦術歩行戦闘機と対空自走砲が、通常の機動では到底回避出来ないだけの射弾を空中にばら撒く。
 だがしかし薄桃の武御雷に襲い掛かった各種機関砲弾と対空榴弾は、目標手前でその軌道を捻じ曲げられ、あるいは圧壊して運動エネルギーを喪失した。通常兵器による攻撃を無効化する、ラザフォード場――純武号の周囲に展開された力場の正体に気づいた戦術機の主は、気づいた時には既に実体を失っていた。



『ラザフォード場だ――ちくしょおおおおお!』

『落ち着けッ! 全火力を集中しろ――内部演算ユニットに負荷を掛ければ、ラザフォード場は破れる!』

『駄目だ、ベイルアウ』



 スーツの男が身に着ける無線からは、絶叫が聞こえてくる。
 事情をいまいち飲み込めていない白銀からしても、「何か」と戦う彼らが不利な状況にあることは、簡単に分かった。



「わかり、ました――」

「走れッ!」

「あんた――いやあなたの名前は」

「キー……いやKだ。――行け! 走れ!」



 踵を返して、白銀武は走り始めた。

 爆発音と、そしてKと名乗った男の怒声を背にして。





「白銀武、これだけは忘れるなッ! 別の世界には、世界中には、お前と純夏がハッピーエンドを迎えることを望んでいる人々がいっぱいいるんだッ! 俺たちがそうだッ――君たちがハッピーエンドを迎えることを望んでるッ――いつだって助けてやる! だから絶対に、諦めるな――!」





 こうして絶望的な戦いが、始まった。



 第7世界の情報網を通して、「白銀武を防衛する」為だけに集まった有志達の士気は高かったが、だがしかし純武号を足止めするには実力が足りなさ過ぎた。数は力であると考えた芝村一味は、媒体を問わずに有志を掻き集めてここに投入した。名前も、年齢も、職業も分からない、ただ「白銀武を救いたい」、その一念で参加した彼らであったが、強さが伴っているとは言えなかったのである。
 別世界への干渉を可能とする儀式魔術に参加したプレイヤー達と、セプテントリオンが放った刺客「純武号」との戦闘は、ほとんど一方的な展開に終始した。

 ……つまりは、単なる殺戮が続いた。

 某メーカーブランド関係のコミュニティに属する者、アルファ・システム関係のコミュニティに属する者、匿名掲示板をはじめとする別口から集まった者――鑑純夏の前に立ち塞がった世界移動存在達は、みな等しくこの世界との繋がりを絶たれた。
 擦れ違いざまに、某メーカーブランドファンクラブのプレイヤー達が駆るSu-27が、殲撃10型が叩き潰され、彼らの近接戦闘が隙を生むことを期待して、長距離砲撃戦を挑もうとしていたF-22先行量産型は、一瞬で彼我の距離を零に詰められた上で、破壊された。
 純武号に対する命中判定は勿論のこと、回避判定にさえ失敗し、次々と彼らはこれ以上の干渉が不可能な状況にまで追い込まれてゆく。

『TEのイーニァと同じだ――この武御雷ッ――こっちの動きを先読みしてやがる!』

『駄目だ、足止めも出』

『いつからマブラヴは、スーパーロボット路線になったんだよッ!』

 ラザフォード場による圧倒的な攻防力で捻じ伏せるしか、純武号に能がないのであれば、幾らでも対処の仕方はあったであろう。N・E・Pにより四肢や跳躍ユニットを狙撃することで、敵機を擱座、機動不可能な状況に追い込む――そうすれば、少なくとも白銀武が、BETAと戦術機の骸の中に隠れ潜み、逃げ切る為の時間は確実に稼げた。
 だが、社霞と鑑純夏をはじめとする少女たち純武号(そのもの)には、いっさい攻撃を命中させることが出来ない。プレイヤー達が放ったあらゆる攻撃手段は、社霞のESP能力によって、あるいは鑑純夏が操るラザフォード場によって、あるいは他の少女の脳髄がもつ「野性的感」によって、無効化され続ける。

 対要塞砲やスペシウムレーザーバズーカ、N・E・P――ほとんど装甲厚・防御無視の大火力投射に対し、純武号は軽々とその範囲から脱却し、接近戦用長刀、あるいはその身に隠した固定武装で以て、敵機を切り刻む。四方から躍り掛かった小隊単位の89式戦術歩行戦闘機陽炎は、彼我距離にして400mも詰めることも出来ないままに、強力な重力偏差に巻き込まれ、紙細工が如く引きちぎられる。
 頼みの綱の絶技――精霊手や絶対物理防壁といった魔法を発動しようとした者は、リューンを加速させ絶技を完成させることさえ出来なかった。思考する限り、純武号の掌の上で踊っているに過ぎない。

 戦術歩行戦闘機と、人型機動兵器(ラウンドバックラー)から成る機動部隊による抵抗線は、3分と経たず瓦解した。



『作戦失敗か――?』

『今更撤退判定など成功しない――やるしかない!』

『最後まで撃ち続けろ――!』



 そして足が遅く、機動部隊の迎撃戦に追随出来なかった戦闘車輌と、歩兵による戦闘団だけが後に残された。希望号改や戦術機が立て続けに撃破される様子を見せ付けられ、彼ら自身、勝てないとは気づいていたが、それでも敵を前にして逃走する者は誰も出なかった。
 ここはBETAと人類兵器の墓場、ウォードレス兵や機械化装甲歩兵にとってみれば、かなりプラスに働く戦場だ――もしかすると、一矢報いることが出来るかもしれない――彼らはまだ、諦めていなかった。ここで諦めるということは、白銀武の死を認めるということであり、白銀武を死を認めるということは、ハッピーエンドなどあり得ないと、この世界におけるハッピーエンドなど、あり得ないと認めることであった。

 言葉もなく、彼らの戦術は完成した。



『俺たちが惹き付ける――!』

 74式戦車改清子さん、レオパルト戦車清子さん2が行進間射撃を実施しながら、楔形陣形で疾走する。もはや命中を期してはいない――機関砲の掃射まで回避してみせる怪物に、戦車砲弾など当たるはずがない。実際に桃色の敵影は、三次元機動を以てこれを回避し、清子さんをはじめとする戦闘車輌一輌一輌に、その凶刃を突き立てに掛かる。

(後は頼んだぞ――!)

 戦車兵を演じるプレイヤー達の思念を、社霞が捉えた瞬間――純武号の周囲、BETAと戦術機の骸の隙間から、膨大な数の火線がほとばしり、幾つもの影が飛び出した。出来得る限り思考を殺し、またESP能力者がもつであろう思考読解の範囲から逃れるように、遠巻きにその身を隠していた歩兵達による、乾坤一擲、最後の総攻撃であった。
 パンツァーファウスト3、99式熱線砲、40mm高射機関砲、12,7mm重機関銃、7,62mm機関銃――あらゆる種別の携行火器が、主脚や跳躍ユニット目掛けて撃ち出される。そして隠密性に優れた「ハウリングフォックス」や、高機動型ウォードレス「ライトニングフォックス」を纏ったプレイヤーが、駆ける。

 すべてが、純武号一点に集束する――。



 僅差で、ラザフォード場の展開速度が勝った。

 巻き起こった重力偏差は、殺到する弾丸を全て無効化し、格闘戦を挑んできたウォードレス達を無力化する。遠距離狙撃の為に離れた距離にいた歩兵達は、この時点では全滅を免れたが、結局は早いか遅いかの違いでしかなかった。狙撃失敗を悟った彼らは、移動を開始するも、すぐさま虱潰しに撃破されてしまう。

 ……異世界より集った有志達は、全滅した。
 彼らが稼ぎ出した時間は、10分にも満たない。



 鑑純夏と、白銀武の合間を遮るものは、もう何もなかった。
 衛士としての経験を記憶している白銀武の全力疾走も、むなしい。僅かな時間では、社霞のESP能力範囲圏外へと逃れることも出来ず、また身を隠すどころの話ではなかった。純武号のアイカメラは、一歩でも自身から遠ざかろうとする男の背中を捉える。管制装置となった少女達の脳髄は、淡々と純武号の機能処理を実施するだけで、そこに何の感情ももたなかった。

 何が起こっているのか、全く分からないままに逃げる白銀武の頭上を追い越して、彼の数十メートル先に、純武号は降り立った。



「――!」



 目の前に現れた戦術機に息を呑んだ白銀武は、Kの言葉を忘れず、最後まで諦めずに逃げ切ろうと思ったが、同時にそれが無駄なあがきで終わることを直感していた。戦術機を乗りこなしていた衛士としての、直感。生身の人間が、本気で殺しに掛かって来る戦術機から逃げられるはずがなかった。

「ここまでかよ――!」

 純武号が、接近戦用長刀を構える――白銀武は、その姿をどこかで見たような気がした。無限鬼道流を修めたという少女の構え、おそらくあの構えからは、下段目掛けての横薙ぎが放たれるに違いなかった。



(冥夜――純夏――!)



 走馬灯の喩えとは、よく言ったものだ。

 白銀武の頭脳は平時ではあり得ない速度で、自身の学園生活を軸とした思い出を反芻し、自身が絶命する最期の最期まで、情報を引き出し続ける。全てが掛け値なし、かけがえのない思い出であった。……おそらくもう二度と、同じような体験は出来ないであろう、いま思えば奇跡的な、平穏なる日常であった。







【真愛編】1話、「衝撃、または絶望」終

【真愛編】2話、「ふたりの出会いに、意味があるのなら――」につづく



[38496] 【真愛編】「ふたりの出会いに、意味があるのなら――」
Name: 686◆1f683b8f ID:e208e170
Date: 2014/05/22 18:37
――どりるみるきぃぱんち――夕呼先生が駆る車に撥ね飛ばされる純夏――料理対決をはじめる純夏と冥夜――ラクロス対決に燃える委員長、反発する慧――牛丼特盛りつゆだく――誕生日――温泉、バルジャーノン、尊人――婚約の夢――。







【真愛編】「ふたりの出会いに、意味があるのなら――」







 静止した空間に、白銀武と武御雷だけが、いる。

 薄桃色の塗装を施された武御雷は、古流剣術必殺の一撃を放たんとする姿勢のまま動かず、白銀武は深紅に発光する武御雷のセンサーアイを睨みつけたまま、動けない。……もはや逃げることがかなわないことは、白銀武も分かっていた。たとえ接近戦用長刀の一撃を、奇跡的に回避出来たとしても、二の太刀――いや、戦術機が生身の人間を殺すのに、武器など必要ない。ただ主腕、あるいは主脚を振り回すだけで、事足りる。

 だが、武御雷――純武号は、動かない。

 実はこの時、純武号は致命的な障害に陥っていた。
 社霞が読み取った白銀武の思考が、純武号の根幹を為す生体管制装置に伝達された途端に、その障害は発生した。主管制装置たる生体脳――鑑純夏は、あくまでも「目の前の目標(BETA)」を殺そうとしたが、副管制を務める他の生体脳が、それを静止。特に純武号が直前まで実施しようとしていた戦闘行動――下段斬撃は、鑑純夏が預かる行動ではなかった為に、純武号は行動停止に陥った。

 一種の葛藤が、純武号の体内ではじまっていた。

 鑑純夏は、既に白銀武のことを忘れてしまっている。彼女が抱いているのは、BETAに対する殺意のみ。他の少女達も、誰一人として白銀武のことなど知らない。
 だがどうしてか、社霞から与えられた情報には、白銀武と生前の自身が共に生活する、そんなビジョンが含まれていた。戦争の気配などいっさい感じさせない、圧倒的なまでの平穏。まやかしに、決まっていた。しかし、どこか、懐かしい――!
 セプテントリオンも、この事態をまったく予測していなかった訳ではなかった。
 全ての事象は、理論だけで片付くものではない。白銀武と彼女達が接することで、何か予測出来ない事態が発生する可能性も、否定はされていなかった。だが確率自体は、酷く低いものだと考えられていたのだ。なにせ、白銀武と、この世界で生体管制装置に供された少女達は、何の関わりもないのだから。



「純武号を回収する。……白銀武は、捕獲しろ」



 少女に幼馴染の少年を殺させることに失敗した岩田は、やむなく部下に新たな命令を下した。純武号は、回収。無防備な状態にある白銀武の処理は、殺害から捕獲に切り替わった。純武号不正挙動の理由は、白銀武にある。仮にここで白銀武を殺せば、純武号が更なる行動を起こす可能性も否定出来なかった。
 モニタリング映像を眺める岩田の傍に控えていた副官が、横浜市内に待機中の私設部隊に指示を出し、出し終わると、岩田に問いかけた。



「あの白銀武(イレギュラー)――はどうするおつもりで」

「あのうさぎほど愉しめそうもないですものねぇええええええ――純武号の調律が完全となった時点で、生体部品にでも加工する。それまではヨーコ、お前に預ける」

「はっ」



 岩田の副官、ヨーコ小杉は、女性にしては長身に過ぎる身体を折り曲げて返礼する。
 元5121小隊隊員、現セプテントリオン幹部の彼女は、岩田よりはまだ「常識的な」人間であった。貪欲なまでに愛を求め、薬物に溺れ、運命を信じる、有体に言えば弱い――弱いが故にセプテントリオン内で伸し上がり、「BL」というコードネームを手に入れるまでに至った人間だ。
 この時点では、彼女は白銀武や鑑純夏に対して、何の特別な感情も持っていない。





『おい――なんなんだアンタらッ! 帝国、いや国連軍か! 先生にッ! 夕呼先生に会わせてくれ! 香月夕呼博士に――何しやがる! 放せ、放せよ! 香月博士に伝えてくれ――俺は白銀武だッ! 5番目の計画を阻止――4番目の計画を成功させる為にやってきた! 4番目の計画を成功させて、人類を――! 畜生ォ――!』





 画面の向こう側では、工作員達に羽交い絞めにされる白銀武が映し出されていた。
 おそらく香月夕呼にコンタクトを取る為か、必死になってオルタネイティヴ計画の存在を仄めかす言葉を絶叫している姿が、事情を知る岩田にとっては滑稽に、ヨーコにとっては哀れに映った。既にオルタネイティヴ計画はセプテントリオンに接収済み、香月夕呼は大した活動も出来ない状況に追いやられているというのに。
 F-15SEPから成る一個戦術機甲連隊が、純武号と白銀武の周辺警戒にあたり、拘束された白銀武は、引き摺られるように装甲車へと押し込められる。幾ら衛士経験があるといっても、多勢に無勢、彼らを振り解いて逃げることなど出来ようがなかった。

 純武号は、その光景をただただ、見つめているだけであった。



――タケルちゃんを、とらないで。



 いまも心のどこかは陵辱の最中にあり、また意志のすべてを憎悪に傾けている鑑純夏は、ほんの一瞬だけ心を揺るがせたが、だがそれだけだった。純武号は、微動だにしない。この時、鑑純夏が決断していれば、純武号はあらゆる停止命令に逆らって、白銀武を救助する為の行動を開始したであろう。

 だが、彼女は、動かなかった。
 動けなかった。


 タケルちゃんは、BETAに殺された。

 もしもタケルちゃんが生きていたとしても、もう会って話をする資格なんて、ない。

 BETAにきもちよくさせられて、こわくて、おこって――タケルちゃんのことなんか、すぐにわすれちゃったわたしが――!



 そして鑑純夏は、自分の殻に閉じ篭り、白銀武を認識することを止めた。鑑純夏を補佐する少女達の脳は、鑑純夏に意見具申した。「白銀武を助けるべきだ」、と。だがしかし、戦術歩行戦闘機を担架する専用トレーラーが到達するまでの間、純武号はただただ立ち尽くしていた。

 純武号は、怖れていた。
 白銀武を。白銀武に、自分の正体が露見することを。









 試験を途中で打ち切られた純武号と、捕獲された白銀武が向かったのは、奇しくも甲22号目標横浜ハイヴ跡地であった。そこには、前世界で白銀武が所属した、国連軍横浜基地は存在しない。その代わりに横浜基地を上回る、巨大施設がそこにはあった。

 七星重工横浜工廠。

 反応炉が爆破された後、その機能を喪失した横浜ハイヴ跡地に建造されたこの横浜工廠は、複数個の七星重工戦術機甲連隊が駐留出来るだけの地上施設と、日産108機の戦術歩行戦闘機を製造可能となる地下生産設備、G元素を扱う研究設備を有しており、日本帝国のあらゆる軍事・工業施設を、質・量の上で凌駕する複合施設である。そして純武号のバックアップを担う専用設備を有する、唯一の施設でもあった。

 支援車輌後部担架に拘束されたまま、純武号は車輌ごと昇降機に載せられた。向かうは、地下19階に存在する純武号専用ハンガー。核爆発による破壊やN・E・Pの有効範囲から逃れる為に、地中奥深くに備えられた地下牢獄。そこは端的に言えば、異常空間であった。人型戦車が為の輸血用血液と、純武号搭乗者が撒き散らす小便の臭い――絶望の腐臭が充満し、「換えの生体脳」が浮かぶ専用の水槽が並べられる異常空間。

 純武号は、格納された。

 主機は既に停止している。その証拠に純武号のセンサーアイからは、あの怨恨を表現する灯火が失せていた。白銀武のことなど忘れたか――命令されるがまま睡眠休止状態に入った鑑純夏は、仮初の平穏をいま享受している。彼女が次に目覚める時は、また殺しを命じられる時であろう。



「降りろ」

「……」



 純武号に続く形で地下19階まで降ろされた装甲車から、セプテントリオンの工作員達が飛び出し、中の人間――白銀武に降りるように促した。白銀武は、抵抗の意志を見せることなく、言われるがままに装甲車から降車する。彼は既に方針転換を決めていた――つまり、彼ら不審者に対してはいま無抵抗を貫き、気力・体力を温存しておこう、と目論んでいた。
 地下19階に立った白銀武は、最初から吐き気を催した。嗅覚を襲った激臭と、視界に飛び込んできた光景は、白銀武にとっては刺激的に過ぎたのだ。嘔吐物と血液の入り混じった異臭と、水槽の中に浮かぶ脳、そして、薄桃色の武御雷が、彼の五感を責め立てた。



「酷い場所だろう」

「……」

「だが、“白銀武に紹介するように”命令されたのは、この地下19階自体じゃないんだ」

「……」

「こちらアルファ・リーダー。これから、お客様を歓迎する。手筈どおりにやれ」



 自身の傍らに立つ男の言葉に、白銀武は(こいつ、何言ってやがる)とだけ思った。
 相手は余裕綽々に、通信機で方々に命令を出し始め、一瞬こちらに注意を外す。白銀武は、眼だけを動かして、周囲の様子を窺った。武器を手にして傍にいる連中は、全部で4人――これくらいの「隙」では、とても逃げおおせるとは思えない。だが、いつかは逃げ出せる、と確信していた。



(こいつら、油断しまくりだ――!)



 注意力さえ失わなければ、連中の眼を掻い潜って逃走することも不可能ではない!

 白銀武がそう思った瞬間、その真正面にそびえる純武号に動きがあった。
 整備士達の操作によって、胸部装甲が開放され、操縦席が引き出される。白銀武は思わず、眼をすがめた。前の世界で戦術歩行戦闘機に衛士が乗降する光景など、見慣れている。ただ、操縦席に収まっている搭乗者が、気になった。Kを名乗る男と共に現れた、異色の大部隊を全滅させた衛士――白銀武はただ彼、あるいは彼女が、どんな人間なのか、一目見ようと思ったのだ。

 そして、思わず、仰け反った。



「どうだ、白銀武――」

「……」

「あれが、おまえを助けようとした愚かな連中を一蹴した怪物だ――」



 操縦席から昇降機へと倒れ込み、ゆっくりと地上へ降ろされる小さな影に、白銀武は見覚えがあった。兎の耳を思わせるヘッドセット、色素の抜け落ちたかのような銀髪、ちいさな体躯――前の世界で、白銀武は彼女を知っていた。純夏の代わりに、その世界に居た、少女。白銀武に絵に描いたゲームガイをプレゼントした、少女が――そこにいた。
 少女は、酷い姿を、白銀武に晒していた。
 彼女専用の強化衛士装備は、全身から垂れ流された体液に汚れ、額や手の甲には無意識下で行われた自傷行為の痕がみえる。玉の如き汗が浮かぶ顔面には、同時に憔悴しきった表情が張り付き、そして絶望だけを映す瞳は、沈んでいた。

 白銀武の傍らで通信機と拳銃を弄ぶ男は、口許を嘲りの形に変えながら、白々しく、言った。



「なんだ、知り合いか? ――行ってやれ」



 白銀武は男達に殴りかかるよりも、彼らの嘲笑を背中にして、社霞の元へ走ることを選んだ。白銀武は、全てを悟った。連中は年端もいかない少女、霞に戦争をさせているのだ。腸が煮えくり返る思いであった。この一瞬で、こいつらを絶対許さない、とまで決意したが、だがしかし、いまは社霞を気遣うことが優先すべき事柄だった。
 脱力し昇降機の床に崩れ落ちたままの社霞を、白銀武は抱き締め、その顔面を覗き込む。だいじょうぶか、かすみ、と呼びかけたが、反応は一切返ってこない。……社霞は白銀武の思考を読み、白銀武の全てを――元の世界からここに至るまでの道程全てを、一瞬で理解していたが、彼女が白銀武に対してみせたのは、消極的拒絶であった。

 先の第5世代クローンとの邂逅、そして七星重工に接収されて以来、少女は自身が「道具」であることを、完璧に理解していた。自身に必要なものは感情や思い出ではなく、機能や命令に対する履行能力。彼女は「前の世界」の自分とは異なり、白銀武なる人物との交流に対して価値を見出すことは、出来なかった。
 少女は白銀武に対して怒りさえ覚えることなく、次の命令を待った。

 その光景を、男達は――そして彼らの上司、岩田は厭らしい表情で眺めていた。



「おまえらッ――霞に何をしやがった!」

「社霞はESP能力者だ。それ相応の扱いをしたに過ぎない」

「何――」

「相手の思考を読み、それを搭乗機の管制装置に伝達し、戦闘行動に役立てる。それが、社霞の役割だ」

「霞を部品みたいに言うんじゃねえッ!」

「社霞は、オルタネイティヴ3計画の最高傑作――情報収集機の部品だ。横浜基地に社霞が居たのも、機材としての価値が認められたからに過ぎない。文句は、前の世界の大人に、香月夕呼博士のような大人につけることだな」

「……」



 白銀武は、激情と共に立ち上がる。

 まず、夕呼先生は関係ない、と白銀武は思った。確かに国連軍横浜基地に社霞が居た理由については、「前の世界」で詳しく知る機会はなかった。だが社霞が物のように扱われ、外道に過ぎる悪行の責任が先生に転嫁されようとしている。それを黙って認める訳には、いかなかった。
 怒りに震える白銀武を一瞥した男達は、握る拳銃を向けるでもなく、更に笑みをこぼした。



「だが、我々にも非はある」

「……」

「御剣冥夜を――鑑純夏を、こんな形にしてしまって申し訳ないな」

「な、に――なんでそこで純夏が出てくんだよ!」

「おおかた前の世界では、香月夕呼博士に、“鑑純夏という人物は存在しない”とでも言われたんだろ? ――それは、大嘘だ。鑑純夏は、お前が迷い込んだ世界に居たんだ。そして、この世界にも居る――それも、目の前になァ!」

「ふざけんなッ――! どこに、どこにいるってんだ――まさか――この脳味噌が――」



「バカが、お前の真正面にいるだろう――鑑純夏、御剣冥夜、榊千鶴、珠瀬壬姫、彩峰慧、鎧衣美琴――いまはもう、戦術歩行戦闘機純武号専用生体管制装置(ヴァルキリーズ)、と名前を変えてしまっているがな」



 何を言ってやがる、嘘を吐くのも大概にしろ!
 白銀武の叫びは、純武号と、脳髄を収めた水槽にぶつかって反響する。
 そして、何の変化も、及ぼさなかった。







 帝国陸軍練馬基地、某演習場。

 俄かに騒がしくなった空を仰ぎ、ひとりの帝国軍人が嘆息した。
 彼の頭上を翔る戦術歩行戦闘機は、帝国陸軍、斯衛軍はおろか、国連軍さえも制式採用した覚えのない機種であった。その機影は89式戦術歩行戦闘機陽炎に酷似しているが、細部が異なっている。七星重工製F-15SEP。それが大隊規模、戦闘隊形を堅持して翔け抜けるさまを、男は苦々しげに見つめていた。
 道理で考えれば、一国の主権が及ぶ領内にて活動する軍事組織は、政府によって認められた国軍か、条約等によって駐留を認可された他国軍に限る。だがその道理が堂々と踏み躙られているのが、現在の日本帝国であった。
 七星重工を名乗る「なにか」は、今や帝国政治の中枢に影響力を持つに至り、また多くの私兵を、帝国領内にて活動させている。国防省・城内省を除く帝国省庁は、既に七星重工の言いなり――榊内閣崩壊後の内閣も、親七星重工の閣僚が占めている。



(帝国陸海軍が、七星重工に呑み込まれるのも時間の問題――それどころか、日本帝国の国体が消滅する未来も、そう遠くはない……)



 彼は、自身の危惧が杞憂に終わって欲しいと願っていたが、どうもそうならないであろうことも同時に分かっていた。近い将来、自身が起たなければならなくなることも。実際のところ七星重工の存在がなければ、日本帝国は立ち枯れる。無辜の民が、命を落とす。だがしかし七星重工の跳梁跋扈を、看過することは、彼には到底出来なかった。

 七星重工には、黒い噂が絶えない。

 帝国臣民を拉致誘拐し生体実験に供している、また七星重工が買い占めた元官有地は、いまやNBC兵器の試験場になっているとも聞く。……現時点では、決定的証拠はない。だが逆に決定的証拠を掴むことがあれば、男は迷わず決起するつもりでいた。数週間前には、戦略研究会なる組織を主催して立ち上げ、対人戦闘研究や七星重工施設制圧の戦略・戦術的研究を開始していた。



「大尉」



 七星重工の悪行に憤りを覚え、今後の展望に思いを馳せていた男は、すぐ傍に自身の副官がやって来たことにようやく気がついた。黒縁の眼鏡を掛けた、知的な風貌の彼女は男の思想に賛同する理解者であった。衛士としての戦術眼はまだまだ甘いが、帝国軍人として信頼出来る人格を持っている、と男は彼女を評価している。



「お時間です」

「わかった」



 男――沙霧尚哉陸軍大尉は、頷いた。

 今日は午後より、戦略研究会について話を伺いたい、という第12戦術機甲連隊連隊副官との会談が予定されていた。
 帝国陸軍内でも七星重工閥――七星重工の私兵に成り下がる部隊も現れる中で、帝国陸軍第12戦術機甲連隊は、幸いにも非七星重工閥であった。この戦術機甲連隊、先の98年本土防衛戦においては、佐渡島より来襲するBETA群に常時対峙し続け、防戦によく努めた部隊であり、沙霧としては個人的に好意がもてる。
 必ずしも七星重工排撃の動きに同調するとは限らないが、だがしかし探りを入れて脈がありそうならば、是非とも同志に迎え入れたいところであった。

 ふたりは、演習場を後にして兵舎へ歩み出す。
 第12戦術機甲連隊副官との会談の場は、普段から下級士官達が屯し、いまは沙霧が掌握した同志達が集う士官次室(ガンルーム)。仮に第12戦術機甲連隊の人間に怪しい動きがあれば、すぐさま制圧を可能とする為の処置であった。



 白銀武防衛作戦に失敗したプレイヤー達に、後はない。もはやどんな手を使ってでもセプテントリオンによって始末される前に、白銀武を救出しなければならなかった。だが先の戦闘で実働部隊を喪失した彼らには、既に選択肢がほとんど残っていなかった。新たな儀式魔術を完成させ、実働部隊を再編成させるのには、酷く時間が掛かることは明らかであり、そうしていたのでは白銀武救出には間に合わない。

 故に芝村達は、賭けに出た。

 史実では帝国政府に叛旗を翻し、国連軍と対戦したクーデター軍――沙霧大尉ら「戦略研究会」を、七星重工横浜工廠にぶつけ、それを陽動として、エースプレイヤーを初めと擦る少数精鋭が工廠内に侵入し、白銀武を救出する。「白銀武奪還作戦」と名付けられたこの策には、賛否両論が噴出した。「そうするほかない」という消極的賛成と、「うまくいく可能性は低い」という消極的反対の意見がネット上で飛び交い、結局はこの策が採用された。
 白銀武奪還作戦において、沙霧大尉ら「戦略研究会」は捨て駒となる。薄桃色の武御雷を5分だけでも地上に拘束する役割を果たした時、彼らは全滅しているであろうことは間違いない。だがその5分があれば、エースプレイヤーは白銀武を救出することは不可能ではなかった。
 最大の問題は、「戦略研究会」を動かせるか、にあった。
 彼らは、買収や脅迫では動かない。

 芝村はAlpha&ageインダストリ経由で、非七星重工閥の帝国陸軍第12戦術機甲連隊に話をつけ、そして戦略研究会に赴く連隊副官に、複数枚の紙を手渡していた。ハードボイルドペンギンと鎧衣左近が調査した、七星重工の非道が纏められたそれは、間違いなく彼らを決起に導くに違いなかった。







「七星重工生体実験被験者一覧表」

【甲種】
 御剣冥夜
 珠瀬壬姫
 榊千鶴
 彩峰慧
 鎧衣美琴

【乙種】
 伊隅みちる
 速瀬水月
 涼宮遥
 涼宮茜
 柏木晴子
 宗像美冴
 風間祷子

【丙種】
 ……
 ……









【真愛編】2話、「ふたりの出会いに、意味があるのなら――」終

【真愛編】3話、「変わらないあしたなら、もういらない!」につづく



[38496] 【真愛編】「変わらないあしたなら、もういらない!」
Name: 686◆1f683b8f ID:e208e170
Date: 2014/06/03 11:18
 異常潮流によって航行が不能となり海岸に激突、大破して塩の荒野に残された船舶が転がり、本土防衛軍の阻止砲撃によって粉砕されたBETA群の死骸が、硫黄めいた死臭をあげる。積みあがるBETAの骸の合間には、全身を塩と血に食まれた戦術歩行戦闘機が倒れ伏す。かつての大海は、今や塩と鉄と骸に覆い尽くされる荒野に変貌を遂げていた。BETAの大策源地ユーラシア大陸と、未だ千万単位の人々が暮らす日本列島を隔てていた天然の要害「日本海」は、既に一滴の海水までも失い、その惨い姿を晒している。
 そしてこの荒涼たる大地に、塩が混じる砂煙が止む日はない。旧中華人民共和国領及び朝鮮半島を進発したBETAは、粉砕された同属の死骸を踏み潰し、抗戦した英霊達の痕跡を吹き飛ばしながら、旧日本海へ、そして日本列島へと殺到する。既に本土防衛軍の防衛線は、旧日本海上から旧海岸線付近にまで後退していた。

 度重なるBETAの侵攻とそれに応ずる人類軍決死の防戦によって、僅かに建物の基礎を残すのみとなった新潟市街の上空を、閃光と曳火が奔る。榴弾と噴進弾がほとんど平地となった市街地に降り注ぎ、上陸したBETA群を薙ぎ倒す。だが殲滅するには、至らない。単純な量の問題もあるが、遥か後方、旧日本海海上に展開する重光線級による防空照射によって、BETAに到達する砲弾数は酷く少なくなる。
 突撃級と要撃級から成る先頭集団のごく一部が、噴進弾の直撃を受けて擱座する程度しか、帝国陸軍砲兵連隊の攻撃は効果を及ぼさない。決死の思いで前進観測の任務に就く観測班と、砲兵連隊の努力も虚しく、師団規模のBETA群は新潟大学跡地を突っ切り、信濃川へと達した。かつて日本海に注いでいた雄大なる信濃川は、日本海と同じく干上がり、もはや見る影も無い。BETA群は旧信濃川流域に沿って、南下を開始する。
 この間、本土防衛軍の近接戦闘はいっさい行われない。
 帝国陸軍諸部隊は、新潟市南部――内陸に展開していた。上陸したBETA群が、優速の突撃級・要撃級・戦車級と、足の遅い光線級とに分離するように、わざと内陸へ誘引させるのが、彼らの基本戦術となっていた。もはや上陸直後の優勢なるBETA群目掛け、光線級吶喊をやるだけの体力は、本土防衛軍にはなかった。
 信濃川のかつての川底を走る突撃級の前脚が突如として破裂し、塩混じりの砂を巻き上げながら前のめりに停止する。その脇では要撃級が、下腹に火焔と破片が綯い交ぜとなった爆風を受けて、絶命した。対戦車地雷の大量散布。これが本土防衛軍が新潟市北部で行える、精一杯の応戦であった。動きを止めた大型種は、侵攻路を塞ぎ、後続に迂回を強要することになる。敵の衝撃力を和らげ、同時に少しでも時間を稼ごうとする、本土防衛軍の涙ぐましい努力であった。



『CPよりチューリップ。BETA群先頭集団は、新潟県庁跡地を通過。接敵まであと10分を予想』



 国道460号の線に展開した帝国陸軍第31師団は、既に戦闘態勢を整えていた。98年の本土防衛戦により、新潟市街は前述の通り更地に近い。視界は開け、射点の確保は容易であった。戦術歩行戦闘機や主力戦車は好射点を確保し、機械化装甲歩兵や防塵面を着装した歩兵達は、小型種に備え、一帯に散兵、更に重火器を備えた強力な火点を複数箇所設け、BETAが真正面に現れるのを、てぐすね引いて待っていた。
 30度を超える炎天下の最中だが、戦塵に気管をやられないように防塵面を着けた歩兵達は、自動小銃を抱えたまま、BETAが現れるであろう方角をじっと睨みつけていた。口うるさい下士官が、新兵達に幾度も「大型種は戦術機と戦車に任せろ、小型種を撃て」と告げている。
 それでいい、と第58歩兵連隊の某小隊長は思った。迫るBETAに圧倒された新兵達は、恐慌状態のままに大型種へと、全く意味を為さない射撃を行うことがままある。大型種を阻止するのは、あくまで機甲科の役割。戦車級を重火器で、その他小型種を携行火器で片付けるのが、歩兵の役回りだ。
 小隊長は悠々とした仕草を心がけつつ、もう一度、首を巡らせて周囲の布陣を確認した。旧式の61式戦車が主力とはいえ定数を満たした戦車大隊と、中隊規模の機械化装甲歩兵が居並ぶ光景は、壮観だ。そして図抜けて背が高い戦術歩行戦闘機が、その甲殻類めいた双眼を以て北の方角を睨む。正確にはそれは、戦術歩行戦闘機ではない。



『こちらネーデル。攻撃機の電探でも既に先頭集団を捉えている』



 81式強襲歩行攻撃機、A-6J「海神」がそこにいる。日本海消失以来、BETA上陸地点に逆襲を掛ける本来の運用が不可能となったまま、存在意義を失っていた海神は、いまは複数門の36mmチェーンガンを備える強力な固定砲台としての能力を期待されて、内陸の防衛線に配置されていた。
 最初こそ海神の実力に懐疑的であった陸軍歩兵達であったが、現在ではこの異形の戦術機に大きな信頼を寄せている。携行火器の破壊力は先頭を走る突撃級を真正面から粉砕するに足り、またその連射力は戦車級の群れを殲滅するに十分。彼らは本気で、「海神(こいつ)と同じ戦場でよかった」と思っていた。

 疲弊しきった帝国陸海軍ではあったが、まだ彼らは本土防衛を諦めていなかった。







【真愛編】「変わらないあしたなら、もういらない!」



 天井で煌々と点り続ける蛍光灯と、何も変化が起きない無機質な空間のせいで、白銀武は時間に対する感覚を失いつつあった。社霞と、鑑純夏と呼ばれた武御雷との対面の後、この独房へ叩き込まれてから、既に睡眠を3回、差し入れられる食事を6回摂っている。排便は、独房の隅に設けられた便器で2回。順当に言えば、経った日数は3日か――それとも2日か。白銀武は焦燥感を覚えるよりも、無力感に襲われたまま、独房の片隅に座り込んでしまっていた。
 脱出方法を考える為の、取っ掛かりがなかった。
 監視兵が常時居るならば、彼に罵声なりなんなりを浴びせて反応を窺うことも出来たし、拷問に掛けられるにしても、そこには独房を出入りする「移動」が付随する。そこには基地構造を理解する機会もあれば、もっと直接的に監視の隙を窺う機会もあろう。……だが白銀武には、独房に押し込められたまま、定時に食事が差し入れられるだけの「変化」しか与えられなかった。
 拷問、暴行はおろか、尋問さえ行われない。



(メシが運ばれてくる時を狙うしかないか――?)



 急病でもなんでも装って、食事を運んできた人間を油断させた上で脱出する――これは白銀武が何度も思い当たり、思い当たる度に没となる脱出案であった。食事は武装した人間が、鉄格子の一部に設けられた小窓を通して渡してくる。人数は、四人。食事を差し入れる男こそ両手に武器は持っていないが、残る三人は狭い空間でも取り回しの利く自動拳銃や多目的銃剣を携行している。
 急病を演じ、医務室に運び込まれて仮病が発覚する前に、四人を無力化することは、不可能に近かった。相手がただのごろつきならばともかく、相手はおそらく訓練を受けた正規兵に近い人間だ、と白銀武は踏んでいたし、実際そうであった。互いに徒手空拳の状態でも、白銀武は七星重工の人間を打ち倒すのは難しいであろう。
 ……手詰まりであった。
 何か変化を起こす為に、もう少し安全な方法はないだろうか。あるいは脱出に使えるものはないだろうか。「元の世界」で見たテレビ番組で、鉄格子に味噌汁を掛け続け、腐食させて脱出した話が紹介されていたことを白銀武は思い出したが、それはあまりにも時間が掛かり過ぎる。便所を破壊しての脱出や、天井を破壊しての脱出もやはり非現実的に思えた。

(……)

 そう言えば以前、同じような経験をした覚えがある、と白銀武は思った。「前の世界」、何も分からずに横浜基地へ向かった時のことだ。あの時、横浜基地で拘束された際は、何も分からないままに「御剣財閥が仕組んだドッキリに違いない」だとか、漠然と「夕呼先生がなんとかしてくれるに違いない」だとか、そんなことを考えていた。
 ……生憎と自分が囚われている状況は現実であったし、いまは「自分でなんとかする」しかなかった。Kを名乗った男の言葉を全面的に信じるのであれば、夕呼先生やまりもちゃん――香月夕呼博士や神宮司まりも教官は無事だ。だがふたりが、自分を助けに動いてくれる可能性は皆無に等しいだろう。現時点では自分と先生は、赤の他人だ。
 Kの話を思い出すと同時に、白銀武は、先程社霞との再会の場で男に聞かされた話――「前の世界」の夕呼先生が嘘をついていた、という話の真偽を考えざるを得なかった。社霞の素性、鑑純夏の存在――「前の世界」では、まったく分からなかったことだった。



(たしかにオレに秘密をバラしても、先生にメリットなんてない。でもウソをついて得することもないはずだ……ホントに「前の世界」に純夏がいたのかよ?)



 そして桃色の武御雷が、鑑純夏だ、という言葉の意味も白銀武はまったく理解出来ていなかった――脳髄だけになった少女達が、まさか管制装置として純武号に収められているとは、白銀武は到底信じられないことであったし、常識から言えばあり得ないことだった。戦術機の機能をコントロールするのは、機械(コンピューター)がやることだ。



「情報がない」



 白銀武は、つぶやいた。
 この場所では非人道的な「何か」が行われており、そして社霞が酷い目に遭っている。分かっているのは精々それだけで、この施設の構造や外の状況はおろか、自分を拘束した勢力の正体さえも分からない。これでは動きようがない。考え難いことではあるが、Kを名乗った男の勢力が本当の敵であり、自分を拘束した勢力が味方である可能性も、ない訳ではなかった。

「……!」

 白銀武が口を閉じ唇を合わせたあたりで、廊下から足音が聞こえてきた。
 白銀武は速やかに耳を澄ませる――たぶん、ひとり! 今までにない「変化」に、彼は興奮した。前述の通り食事の差し入れは、複数人で行われる。と、なると――。
 白銀武が何か動きを見せる前に、彼が収容されている独房の前にひとりの女性が立った。



「ヨーコ小杉、といいまス」

「……」



 白銀武は、ヨーココスギと名乗った彼女を素早く観察した。
 黒人女性、都市迷彩が施された野戦戦闘服。筋肉の発達具合は、成人日本男性ほどか。薄いプラスチック製の電子板を、小脇に抱えている。腰には自動拳銃。表情は柔らかい。母性さえ感じられる程だ。だが警戒を解くことは出来ない。



「何の用っすか」

「そろそろ退屈かト思ってきまシタ」

「アンタと話すことなんかない」

「ワタシも聞くこと、ありまセン」

「は?」

「岩田営業部長の、命令で来まシタ。これをご覧ください」



 ヨーコ小杉はそう言って、小脇に抱えていた電子板を白銀武に見せつけた。第7世界で云うところの「タブレット」に等しいそれは、自身の画面上にて動画を再生する。画面左上には「Live」の文字。



「岩田営業部長からの伝言でス――“何も出来ないままに、死んでゆけ”――だそうでス」



 白銀武の瞳が、見開かれる。
 そこには、BETAと本土防衛軍の死闘が、映し出されていた。







 突撃破砕砲撃も虚しく、大型種の群れが帝国陸軍の防御線を踏み潰す。後方跳躍で逃れようとした撃震は、一瞬遅れる形で突撃級の大波の中へ消えてゆく。行進間射撃を実施しながら全力後進を行っていた74式戦車が、要撃級が放つ横殴りの一撃で吹き飛ばされ、絶望的退避に移っていた歩兵達を巻き込んで転がっていく。



『新潟防衛線阿賀野川方面ッ――防衛線崩壊! 至急増援求む!』



 旧信濃川流域に殺到した師団規模のBETA群に続く形で、旧阿賀野川流域へ流入した軍団規模のBETA群約4万と対峙した本土防衛軍諸部隊は、全滅あるいは敗走に近い後退を余儀なくされ、組織的反撃を実施することが困難になりつつあった。
 砲兵連隊の間接砲撃や大量の対戦車地雷を以てしても、衰えることを知らない大型種の集団が誇る蹂躙突撃の衝撃力が、阿賀野川方面の防衛線に正面からぶちあたったのだ。氾濫する河川の激流と、それに立ちはだかる貧弱な堤防の関係を連想させる光景が、至るところで見られた。防衛線の脆弱な箇所がまず突き破られ、そして抉じ開けられた穴の周囲が瞬時にして突き崩されてゆく。
 数歩も退くことが出来ないままに歩兵が小隊・中隊単位で轢殺され、行進間射撃で前面の大型種を撃破しながら後退を試みる主力戦車は、戦車級に喰らいつかれて擱座し、そのまま乗員を捕食されて沈黙する。

『アップル各機、金刀比羅神社跡地まで後退する! ブラボー・チャーリー両隊は即時後退、アルファ小隊はこの場に留まり後衛戦闘!』

『こちらザンジバルッ――2時方向――県道27号方面から新手だ! HQ、指示を!』

『こちらHQ、北東からの新手はヤマト及びザンジバルが対応せよ。県道46号沿いに阻止線を張れ』

 衛士達は自機を操り、後退と射撃を繰り返す。彼らの網膜に投影される戦域図には、戦術歩行戦闘機以外の友軍マーカーは既に存在していない。戦車大隊及び随伴歩兵全滅。いま旧阿賀野流域に殺到した軍団規模の敵群と対峙するのは、たった二個戦術機甲大隊、72機以下の戦術機に過ぎなかった。
 旧阿賀野川を横断する県道46号まで後退した89式戦術歩行戦闘機陽炎から成る二個戦術機甲中隊は、押し寄せる新手の先頭――深緑の波頭を照準に収める。87式突撃砲が一斉に火を噴き、同時に衛士達は舌打ちをした。大抵の36mm機関砲弾は、突撃級の正面装甲を貫徹することも出来ずに弾かれてゆく。
 突撃級に対しては後背に回り込んでの射撃が有効――対突撃級戦術の定石は、机上の空論に近い。光線級が存在する戦場では、突撃級を飛び越えるだけの高度を取れないことが大抵であるし、仮に突撃級を飛び越えて背後に回りこんだとしても、そこはBETAの大海が広がっている。実戦においてはやはり、真正面から突撃級をぶち抜けるだけの威力をもつ120mm弾が重宝されるが、その携行弾数は36mm機関砲弾に較べれば酷く少ない。
 突撃級と陽炎の群れの合間は、みるみる間に縮まってゆく。
 一個中隊を預かる中隊長は、賢明な判断を下した。
 


『ヤマト・リーダーより各機。後退しろ、彼我距離1500を堅』



 そして、命令を下し終わる前に絶命した。
 僅か数秒閃いた青白の破壊光線は陽炎の胸部装甲を貫き、一瞬で中隊長を蒸発させ、彼の操る鈍色の巨兵を爆散せしめた。弾け飛ぶ装甲板と主腕が、周囲に居合わせた他の陽炎に衝突し、乾いた金属音を立てる。

『権田少佐機、大破炎上――』

 彼らの部下は、すぐに状況を悟った。
 光線級が、前線に顔を出した。89式戦術歩行戦闘機陽炎の頭部センサーアイが、素早く前線全体を走査する。閃光通過時に空中及び地上に残った熱を追跡し、光線級の居場所を特定する――大気をプラズマ化させながら奔るレーザー光線が放たれた発射位置を、探知することはそう難しいことではない。
 実際、中隊副官が駆る機体が、光線級を発見するのに掛かった時間は2秒以下であった。

『阿賀野川公園跡地に光』

 だが次の瞬間、中隊副官機は、阿賀野公園跡地とは全く別の方角からの狙撃を受け、上半身を丸ごと失っていた。

『ちっくしょォ! 公園跡地だけじゃねえッ――県道3号付近に光線級複数体――!』

 旧阿賀野川下流を渡る県道3号沿いに、若緑の表皮をもつ人外がいた。先程要塞級から降ろされたばかりの彼らは、そのつぶらな瞳をBETAの死骸の合間から覗かせている。体高18mの巨体を誇る戦術機達は、既に彼らがもつその視界に収まってしまっていた。
 そして始まるは、あまりにも分の悪い射撃戦。
 射程は事実上ほぼ無限、静物に対しては100パーセントの命中率を誇り、必殺に足る破壊力を誇る光線級と、有効射程は2000m前後かつ命中率を手数で補う形になる戦術機の突撃砲が、互いに攻撃を開始する。更に戦術機側の不利を加速させるように、彼らは光線級だけに集中することが出来なかった。

『8時方向ォ――デッ――突撃級複数体ぃ!』

『なっ、信濃川の連中は何をし』

『漆原――バーバリアン4、全損!』

 南西、新潟防衛線信濃川戦域方面からの新手の出現。端的に言えば「あり得ない」方向から阿賀野川戦域に雪崩れ込んできた新手のBETA群は、正面の光線級の対処に忙殺されていた戦術機甲部隊の横合いを衝いた。突撃級に突き飛ばされた94式戦術歩行戦闘機不知火は、そのまま転がされ踏み潰されて、ただの鉄塊へと換えられてしまう。

『こちらアップル・リーダーよりHQ――信濃川方面からBETA流入ッ! 状況はどうなってる!』

『こちらHQ、重金属雲発生の影響か、信濃川戦域の諸部隊とは連絡が取れない状況がつ』

『馬鹿かッ! そいつはァ全滅だ――!』

 近隣戦域崩壊に伴うBETAの大規模流入。もはや二個戦術機甲大隊が対処出来るレベルを超えている――中隊長の誰もが思った時には、もう遅い。彼らは既に半包囲された状況で、扼殺される時を待つことしか出来ない状況に陥っていた。
 光線級の一斉照射、回避機動を試みる陽炎は横合いに現れた突撃級に激突し、全壊して部品を撒き散らす。その脇では予備照射を振り切れなかった不知火が、本照射を浴びて溶解し、また別の不知火は跳躍装置を要撃級の前腕に捥ぎ取られ、BETAの海に孤立してゆく――。







「ふざけんなあああああああ!」

 白銀武は、吼えた。
 加速する無力感と焦燥感が、彼にそうさせた。

「なんで、なんで、見殺しにするんだよッ――お前らの力があれば、みんなを助けることだって出来るんじゃないのか!」



 白銀武の脳裏には、薄桃色の武御雷が、あった。
 あれさえ出張れば、現在前線に殺到しているBETAなど鎧袖一触で殲滅出来るであろうし、また前線将兵の死傷者は激減するに違いなかった。なのに、何故それをしようとしないのか。「前の世界」でも理解が困難な権力闘争があったようだけれども、それでも彼らの行動には「人類勝利」が念頭に置かれていたはずだ。勝利に至る道筋や、勝利の後の展望は違えども、BETAが当面の「共通の敵」であることは間違いなかった。
 ならば、現在進行形の殺戮劇を傍観、無視していられる彼らは何者なのか――。



「……わたしたちは、あなたたちがどうなろうと知ったことでハないのでス」



 ヨーコ小杉は白銀武の心中を読んで、答えた。

 実際、セプテントリオンはこの世界に存在する国家や、人類の存亡など心底どうでもよかった。この世界には大量破壊兵器の実験場に転用出来るだけの広大な更地があり、また新兵器の標的にはちょうど良い連中もいる。鑑純夏回収成功後、あと利用価値があるものがあるとすれば、BETA由来の新資源「G元素」程度であり、これの回収には現地国家の力など一切必要ない。故に、彼らとしては人類国家が壊滅しようと、現地人類が絶滅しようと、どうでもよいのである。
 白銀武はそのあたりの事情を何となくだが、悟った。



「目の前で苦しんでる人が居るのに、戦ってるヤツが居るのに――それを助けてやる力があるのに――それを見殺しにして! そんなこと――」



 許される訳ねえだろ、と叫ぼうとした白銀武を、ヨーコ小杉は制した。

 そしてあまりにも残酷な言葉を、吐いた。



「……武サン、わたしたちはスゴイ力もってまス。その気になれば、あなたを“元の世界”に戻すこと、出来まス。もちろん武サンの選択次第デスが」

「な……! なにを言っ」

「うん、と言え! ――お前自身が“この世界”を見殺しにすることを認めろ! そうすれば私達はお前を、“元の世界”に戻してやってもいい。その背伸びした偽善を棄てろ。そうすれば安楽な生活を取り戻せる、という訳だ。“何もかも元通り”とはならないだろうが、それでもこの滅びゆく世界よりはマシだ」

「ふっ――ふざけんなッ! オレは――オレは――」

「社霞や“この世界の”鑑純夏を見棄てろ。敗北を認めろ、それが条件だ。世界を救う、お前には荷が重過ぎた。何がしたいのか、言ってみろ。それを私は実現してやる――これは社霞の望みでもある」



 ヨーコ小杉は、白銀武が「元の世界に戻りたい」と認めるに決まっている、と考えていた。実際、第7世界において知られている「史実」では、彼は「元の世界」に一度逃げている。あれは恩師の死の直後もあってのことだが、白銀武が少なからず心の弱さをもっていることの証明でもあった。
 セプテントリオンにとって白銀武は、どうでもいい存在になりつつあった。因果導体となった白銀武を「元の世界」に戻し――周囲の人間が白銀武のことを忘却し、そして因果に惨殺されてゆく「元の世界」で――絶望へ追い込まれてゆくサマを観察することも、悪くない、程度にしか岩田は考えていなかった。



「オレは――」



 白銀武は、次の言葉を口にする決断が出来ずにいた。
 本音を言えば、何もかも忘れて元の世界には戻りたい。だがしかし、いままさに滅びの時を迎えようとする人々を「知ってしまった」、そして一生分滅び行く世界で過ごした経験をしただけに、全てを見棄てて逃げることなど、出来ようもなかった。



「オレは、この世界を、諦めない――!」



 それは、「オレが全てを救ってやる」といった、勇猛な感情のほとばしりではない。ふたりの少女に言い寄られ、そのふたりの合間で揺れ動くような、優柔不断染みた心情から来るものだった。要は実を言えば「元の世界」に戻りたいが、「この世界」を棄てるのはどうも後味が悪い、といった形である。
 だがしかしそれが真心であり、真心である以上は仕方がない。
 それに、経過がどうであろうと、結局白銀武は昂然とヨーコ小杉に告げたのだ。



「てめえらの事情なんざ知らねえッ――オレは霞を助け出す! 人類を救えるかは分からない――でも、オレは最後まで戦ってやる!」



 人類はもう一度「前の世界」と、同じ末路を辿るのかもしれない。
 そしてもう一度オレは、世界を繰り返すことになるのかもしれない。
 ……それでも、まだもう少し頑張ってみてもいいんじゃないか。



「……」



 ヨーコ小杉は、舌打ちをした。
 顔面全体に悪鬼が如き表情を張り付け、「面倒なことだ」とだけ呟いた。

 彼女は実を言えば、この独房に来る前に、社霞と約束をしてしまっていた。それは白銀武の望みをひとつ叶えてやる、という約束であった。白銀武を帰還させてやろうと思ったのか、社霞の真意は分からない。ところが蓋を開けてみれば、白銀武の望みは「社霞の解放と、戦う手段を得る」こと、であった。これをヨーコ小杉が、実現に移そうと思えば、セプテントリオンへの裏切りになりかねない。

 だがセプテントリオンがこの世界をどうでもいい、と考えているように、ヨーコ小杉もセプテントリオンなどどうでもいい、と考えている節があった。彼女にとっては、世界間移動組織より世界の命運より1億の生命より何よりも、幼女との約束が優越するのである。







【真愛編】3話、「変わらないあしたなら、もういらない!」終

【真愛編】4話、「千の覚悟、人の愛」につづく。



[38496] 【真愛編】「千の覚悟、人の愛」
Name: 686◆1f683b8f ID:e208e170
Date: 2014/06/07 18:55

 セプテントリオンに所属する工作員、BLことヨーコ小杉は幾つもの世界で戦争勃発の引き金を弾いてきた。セプテントリオン製兵器の市場を広げる為の、惨いやり口だった。相互確証破壊の名の下に備蓄されてきた大量破壊兵器が、互いを標的として放たれ、その下を機動兵器が走り回る。瞬間瞬間に人々の生命は消え、その代わりに兵器の需要が高まっていく。

 ヨーコ小杉は、良心の呵責など覚えない。
 だがしかし戦争に、歓びを感じる性質でもなかった。

 彼女はいつでも、虚無を感じていた。
 第5世界で学兵として5121小隊に在籍していた頃は、ブレイン・ハレルヤなる薬物(正確には違法生体プログラム)に手を染め、束の間の安息を得ることもあったが、それは結局は一時的な逃避に過ぎなかった。
 早くに父母と死別し、また別世界で育った彼女は、愛に飢えていた節がある。5121小隊では芝村舞に憎悪を燃やしながらも、同時にさまざまなことを感じる余地があった。特に、東原のぞみ(ののみ)の存在は、大きかった。

 東原のぞみは、幻獣との交感を目的とし、成長を人為的に停止させられた年齢固定型幼体第6世代クローンだった。寿命が訪れるまで幼い身体に縛られる少女に、ヨーコ小杉は特に哀れみさえ覚えなかった――はずだった。ところが実際には、ヨーコ小杉はよく東原望の面倒を見ていた。熊本(火の国)に伝わる御伽噺を語り、幻獣の本質と神性の存在を語り、共に歌を謡った。



 ただの欺瞞だ。



 そう彼女は、自身の行動を理解している。要は、5121小隊に溶け込む為の演技だったのだ。極東唯一生き残った日本国では、外国人に対する風当たりは強い――周囲からの反発を少しでも弱める為の、演技だった。
 そうしたヨーコ小杉の「人身掌握術」は、セプテントリオンに加入してもなお時折みられた。セプテントリオンは無防備な人間を虐殺してなお、良心の呵責を覚えない連中の溜まり場であり、そこでのし上がるにはヨーコ小杉の「欺瞞」や「演技」は、まったく以て無駄、むしろ有害であるはずだった。だが、彼女は実績で周囲を黙らせ、威圧した。策略だけではない、自前の戦力さえもつBL――ブラックレディに楯突くものは、自然居なくなる。

 そしてこの世界でも、彼女の悪癖が発揮されたという訳だ。

 第6世代ESP発現体である社霞に、ヨーコ小杉は「何かお願いしたいコト、あれば言ってくだサイ」と尋ねた。周囲が隠してきれない絶望的戦況、日々内容が悪くなる給食の内容にも負けず、部隊内の希望で居続けた東原のぞみとは異なり、社霞は全てを諦めて道具に成り下がった存在であり、どうせ大した望みもあるまい、とヨーコ小杉はたかを括っていたのだ。

 そうして彼女は自身の願いとして、「白銀武の願いを叶えて欲しい」とヨーコ小杉に告げた。このあたりの社霞がもつ感情の機微は、ヨーコ小杉には分からない。だが彼女は、それを快諾した。それがどんな結果をもたらそうと、構わなかった。多くの世界で戦争の火種を撒き散らしてきた黒姫は、自身より圧倒的に弱い存在に、愛情めいた何かを与えることに執着していた。
 常人では、到底理解出来ない姿勢と感情を、彼女はもっている。
 太陽の子――小杉陽子は、白銀武を脱牢させることも北斗七星を裏切ることも、あまり重大には考えていなかった。社霞との、約束の履行だけが彼女にとって最重要であった。



「出なさイ」



 小杉ヨーコはいとも容易く白銀武が独房の鉄格子を、簡便な絶技か、あるいは自身の腕力で捻じ曲げ、そこに身を捩じらせれば十分出入り出来るだけの空間を作り上げた。一方の白銀武はあまりにも非常識的な事態の推移に驚いて、ただ「どういうことだよ」とだけ呟いたまま、動こうとしない。何故、目の前の女性が自分を助けようとしているのか、まったく理解が追いついていなかったからだ。
 だが彼女には、白銀武の疑問を解決する気はさらさらないようであった。白銀武に独房から出るように顎で促しながら、自身は同時に腰部から自動拳銃を引き抜き、弾丸の装填数と動作の再確認をやっている。彼女は上司や部下を裏切るということが、どういうことかよく分かっていた。



「時間がなイ――すべてが手遅れになりマス」



 手遅れ、という言葉を小杉ヨーコが口にした瞬間、僅かに独房全体が震動した。
 また上階からか下階からかは分からないが、続けて銃声も聞こえてくる。



「これは――?」

「始まりまシタね。……身の程を知らない愚か者どもが」



 ヨーコ小杉は、さも呆れた、といった調子で吐き棄てる。
 既にこの横浜工廠で何が起きているのか、彼女は理解していた。帝国陸軍第1戦術機甲連隊が工廠上空で、七星重工私設部隊と戦端を開き、またアルファ・システムの世界移動存在(プレイヤー)が、白銀武を求めて行動を開始したのだ。横浜工廠の構造と駐留戦力を熟知しているヨーコ小杉からすれば、彼らはまさに愚者、あるいは道化としか思えない。

 幾ら密かに事を運んでいても、一個戦術機甲連隊――百機以上の戦術機が動く以上は、どうしても準備運動を隠蔽しきることは出来ないもので、実はセプテントリオンは戦略研究会の動向を全て察知していた。
 彼ら戦略研究会は、一定の奇襲効果を見込んでの強襲を掛けたつもりであろうが――横浜工廠には三個戦術機甲連隊(F-15SEP、324機)が、彼らを「待ち構えている」。



 彼らはただ単に、七星重工製戦術機の標的として散る運命にある。







【真愛編】「千の覚悟、人の愛」







 10月25日午前。

 仙台市内に帝国陸軍諸部隊が突如展開し、戒厳令の発令を宣言。同時に帝国陸軍第1歩兵連隊及び第2歩兵連隊の有志が、仙台市内に存在する官公庁に突入し、「親七星重工派」とされる官僚達を緊急逮捕した。歩兵連隊による占拠の対象は官公庁のみならず、市内警察署や新聞社等にまで及んだが、目立った混乱はなかった。

 仙台近郊に駐屯する帝国陸軍第2師団を初めとする帝国陸軍諸部隊は、この戦略研究会の息が掛かった歩兵連隊の動きに何の反応も見せなかった。ただ僅かに斯衛軍のみが宮城の守りを固めたのみで、クーデター軍に対抗する動きを見せた武装組織は他にみられない。彼らは帝国軍相打つ事態を恐れ、また同時に戦略研究会の行動を黙認していた――七星重工が日本帝国にとって忌まわしい存在となりつつあることは、誰もが認めるところであったからだ。



 そして同時刻。

 仙台市より遥か南方、旧横浜市街において、数百の戦術歩行戦闘機による空中決戦がついに生起した。横浜工廠を強襲した戦略研究会の首魁、沙霧尚哉陸軍大尉を筆頭とした第1戦術機甲連隊及び戦術機甲教導団(旧富士教導団)有志と、予め防戦を目的に展開していた七星重工私設部隊の攻防戦。鈍色の不知火と漆黒の鷲とが、上昇と降下を繰り返し互いに有利な位置を奪い合って激しい砲撃戦を展開する。

 戦略研究会の独自行動(クーデター)において、横浜工廠強襲は必ず成功させなければならない作戦と位置づけられていた。帝国国内における七星重工の影響力を漸減するには、この七星重工の一大拠点を排除し、更に横浜工廠を占領した後にその非道を明るみに出し、また民間企業に相応しくない過剰な武装を解除する必要があったからだ。

 そして順調に進行していた独自行動(クーデター)は、ここ横浜工廠で躓きをみせる。



 漆黒と鈍色が、蒼空を舞台に縺れ合う。

 目前のF-15SEPを照準に収めた94式戦術歩行戦闘機不知火が、背後を占位した他の敵機から射弾を受けた。背面兵装担架を射貫し、なおも留まらず背面装甲を貫徹した120mm弾は内部構造を滅茶苦茶に破壊し、前部装甲をぶち破り不知火の腹部から抜ける。この時点では衛士は無事であったが、被弾の衝撃と機体の破損により飛行が困難となった不知火は、瞬く間に失速し、軟着陸も出来ずに横浜工廠地表面に叩きつけられた。
 幾度か弾んだ後、不知火は土埃を巻き上げながら停止し、小爆発を起こして火焔と黒煙を吐き出す。

 その直上を、不知火を撃破した黒鷲が時速600km前後の速度で飛行通過し、それに少し遅れて追随する形で、被撃破機と分隊(エレメント)を組んでいた不知火が翔け抜けた。



『――貴様ぁあああああ!』

『冷静になれ! 単機突出しても――』

『小隊単位を堅持しろッ――!』



 周囲が忠告する間もない。

 我を忘れた衛士が操る不知火は、すぐさま反転を決めた真正面の敵機と、機体上面を占位していた黒鷲に挟撃された。36mm機関砲弾が不知火の正面装甲と背面装甲に襲い掛かり、瞬く間に外装と内部構造全てを喰らい尽くし、鋼鉄の巨兵を唯のがらんどうに換えてしまった。鉄屑となった不知火は、時速数百キロの速度を保ったまま高度をゆっくりと落とし、地面に激突してその死骸をばら撒いた。

 その瞬間を、他の帝国衛士は見なかった。連携から外れて落伍する機を気に掛ける余裕など、ほとんどない。見渡す限り敵機と火を曳く砲弾が奔るこの戦場で、一瞬でも余所見することは許されなかった。到底想定し得ない乱戦状態、彼らは中隊単位で戦闘隊形をとることさえ出来ないまま、小隊単位で黒鷲の群れに抗戦していた。



『っ――こちらクラウド5、跳躍装置不調! 地上より援護する!』

 流れ弾を受けて、跳躍装置が不調となった不知火が旧横浜市街に軟着陸する。主脚は無事、また火器管制装置や主腕の機能も失われていないということを確認した衛士は、すぐに主腕に抱えた突撃砲を空翔る黒鷲に指向すべく、眼球を巡らす――目標には困らなかった。何せ敵機は、腐るほどいる。

(ただの私設部隊とは思えない規模だ――こっちの倍はくだらない!)

 不知火が、発砲する。
 味方機を追いかける敵機が目標。彼我距離1800――とても命中が期待出来ない距離であったが、敵機の気を逸らせることが出来ればそれで十分と、36mm機関砲弾をばら撒く。数発に一発の割合で混ぜられた曳光弾が、黒鷲の周囲を通過し、その動きを鈍らせる。そして偶然か必然か、運の良い機関砲弾の幾許かは自身の役割を果たすことが出来た。

『クラウド5、敵機撃破を確認!』

 黒鷲の側頭部と胴部側面装甲に吸い込まれた36mm機関砲弾は、内部で炸裂しその機能に大きな障害を与えた。黒鷲が力なく失速し、前のめりに墜ちてゆく。
 だが。

『こちらクラウド4――東雲ぇっ、直上ォ――!』

 次の瞬間、帝国陸軍第1戦術機甲連隊第3中隊5番機(クラウド5)は、頭上から降り注ぐ機関砲弾の豪雨を浴びた。頭部が一瞬で粉砕され、36mm機関砲弾は胴部上面装甲を貫徹し、内部構造を滅茶苦茶に破砕し、衛士を絶命させてから股下へ抜けてゆく。……たった数秒間の斉射の後、幾百もの被弾痕を作った不知火は、ゆっくりと崩れ落ちた。

 クラウド5を頭上からの射撃で粉砕した黒鷲が、惨い鋼鉄の骸の上に降り立った。
 数秒前まで不知火を構成していた鋼板をその主脚で踏み潰した黒鷲は、頭部ユニットを巡らして、戦場全体を俯瞰する。この黒鷲を駆るセプテントリオン工作員の網膜には、自勢力の圧倒的優勢を表す情報のみが投影されていた。
 横浜工廠周辺戦域内にて活動する戦術歩行戦闘機の内訳は、94式戦術歩行戦闘機不知火が99機、F-15SEPが287機。

 敵ながらなかなかやる、と彼は余裕たっぷりに思った。

 こちらは戦略研究会の動きを全部読んだ上で、彼我戦力3倍の数的優位を確保したにも関わらず、予想外の苦戦を強いられている。概ね不知火と黒鷲のキルレシオは1:1。戦略研究会側は忌々しいことに、戦力差を感じさせない力戦を見せている。仮に同数同士の戦闘であれば、こちらは今頃敗北していたであろう。
 男は、頭部メインカメラの望遠機能を利用して、戦場の一角を見る。

 ……F-15SEPが複数機、爆散するところであった。

 跳躍装置を狙撃され推力を大いに減じた黒鷲は力なく地表に激突、また反転して追っ手に一撃食らわそうとした別の機体は36mm機関砲弾の奔流に捉えられ、数秒掛からず鉄屑と化す。粉砕されてゆく黒鷲の最中を、風雪の最中に溶け込むことを目的とした塗装、露軍迷彩が施された不知火が翔ける。
 全国戦術機甲連隊より選抜された衛士から成る、最精鋭戦術機甲部隊――戦術機甲教導団(旧富士教導団)は、演習において“仮想敵”を演じる関係上、対人戦闘に慣熟している。帝国陸軍の通常色である暗灰を纏った不知火よりも、北国の空模様や雪景色をその身に映した教導所属不知火の方が、遥かに手強い。撃墜された黒鷲のほとんどは、この教導団が墜としたものだった。
 男の視界の中で、また黒鷲が撃墜される。百戦錬磨の不知火へ不容易に近づいたのがいけなかったか、地面に叩きつけられた黒鷲の胸部には接近戦用短刀が突きこまれていた。

 だがしかしそうした光景を見ていても、数の信奉者である男は焦燥を覚えることはなかった。結局のところ、この数的優位を覆すことは難しい。哀れよな、帝国衛士――彼らも白銀武奪還を目指すアルファ・システムに、まんまと利用されたに違いなかった。

 彼は直属の上司となるヨーコ小杉――BLに通信を繋いだ。



『警備部よりBL。愚者と道化の10ダース、制圧まではあと30分』

『こちらBL、了解した。現在工廠内では銃撃戦が始まっている。こちらも鎮圧にはそう時間は掛からないだろうが、帰還の際には注意されたい。それと、岩田営業部長自ら出られるそうだ――』

『あの人の趣味趣向には――』



 大虐殺劇を楽しもうとする岩田の趣味に、苦笑を禁じえない男は、決戦から虐殺に変貌しつつある混戦の最中から、一機の不知火が突出するのを見た。暗灰と純白のツートンカラー、突撃砲と接近戦用長刀を携えている。
 単機吶喊とは愚かな。混戦の最中ではあるが、だからこそ戦闘隊形を維持しなければ、四方八方から黒鷲の襲撃を受けて殺される。自殺志願者か、狂人か、その両方か――だが眉をひそめた男の視界の中で、不知火は驚異的な機動を見せた。
 空力特性を生かしたまま身体を捻り、背面飛行の姿勢を取った不知火は、上空を占位する黒鷲に射弾を浴びせてこれを撃墜。続いて後方を追随して来ていた敵機目掛けて急速反転、彼我の距離をゼロに持ち込んで、擦れ違いざまに斬り捨てた。分割された黒鷲は、重力に引かれるままに地表に叩きつけられる。
 これを目撃した他の黒鷲達は、この不知火を遠巻きに射弾を送ったが、だが逃げ腰の姿勢から放たれる弾は不知火を掠ることさえなく、その代わり強烈な逆襲を受ける羽目になった。120mm弾の狙撃により、胸部装甲を穿たれたF-15SEPが力なく崩れ落ち、更に続く不知火の射撃は1分で2機の黒鷲を無力化してみせた。

 この間、不知火は無傷でそこにいる。



『――あいつが沙霧かあああああ!』



 男は確信し、自機の跳躍装置に全力噴射を命じた。
 F-15SEPは爆発的な推力を得て、不知火との距離を詰めに掛かる。同時に、突撃砲を指向する。三次元機動を取る動体に対する突撃砲の命中率は、遠距離ではかなり低い。だが彼を拘束することこそが、重要であった。戦略研究会の首魁、沙霧尚哉は戦略的思考こそお粗末だが、戦術眼と個人戦闘力に関しては優れていることを、彼は知っていた。沙霧を野放しにしておけば、大損害が出る。
 発砲。ほとばしる36mm機関砲弾――沙霧機は急制動、思い切った後退跳躍と左右への回避機動でこれを避けた。この時点で一方の沙霧機も、迫る敵機を突撃砲の照準に収めている。
 両者の間では、激しい砲撃戦が始まった。彼我距離600m前後を堅持しながら、互いに相手の弱点目掛けて砲弾を撃ち込む。黒鷲の右主腕が肘から先を喪い、不知火の腹部正面装甲が被弾によって破片を撒き散らす。
 致命的な部位への被弾は、ない。
 だがしかし少しでも集中力が途切れれば、その瞬間必殺の一撃を浴びて墜ちることになる――男はそう思った瞬間だけ、周囲の状況をまったく失念してしまっていた。

 その瞬間、沙霧機と相対していた黒鷲は、右側面に殺到した射線に絡め取られていた。沙霧と自身との狭い世界に一瞬だが入り込んでしまっていた男は、回避機動を講ずる間もなく絶命した。36mm機関砲弾は男と外界とを隔てる全ての側面装甲をぶち破り、操縦席を射貫して内部構造を滅茶苦茶に破壊し、F-15SEPのあらゆる機能を奪い去った。

『駒木中尉、救援有難い』

 沙霧大尉は突撃砲の弾倉に残された砲弾数を確認しながら、横合いから黒鷲を仕留めた自身の副官に礼を言った。戦域全体を俯瞰する指揮官らしき敵機を仕留めるとはいえ、省みれば単機突出、単機吶喊、あまり褒められたことではなかった。

『いえ――』何かを言いかけて、彼の副官、駒木咲代子陸軍中尉は自身の網膜に投影される戦域図に、新たな目標が現れたことに気づいた。『大尉――横浜工廠直上、新目標! 機種は――零式、武御雷ッ!』



 横浜工廠直上、戦術歩行戦闘機用昇降口から太陽の下に姿を現した「新たな目標」――薄桃に全身を染め抜いた武御雷は、その紅蓮の瞳で空翔る不知火達を睥睨した。94式戦術歩行戦闘機不知火は、内部にて「BETA」として処理され、生体管制装置に伝達される。そうして鑑純夏は、憤怒と憎悪を捻り出す。武ちゃんを永遠に奪い去ったBETAを殺すこと、それは何よりも優先すべきことだった。
 一見無防備な姿で直立する武御雷に、幾許かの不知火が気づいた。素早く彼らは小隊単位での戦闘隊形を取り、これに吶喊する。1対4、しかも相手は戦闘機動の最中にない――彼らが勝利を確信した瞬間、不知火達はただ運動エネルギーを保持したままの鉄屑と化した。
 その重力操作によって胸部装甲が捻じ切られ、搭乗ブロックを圧壊させられた不知火は、御者を失ったまま水平方向への機動を取り続け、純武号の脇を素通りしてゆく。



『こちら岩田だ、全警備部所属のF-15SEPは即時退去せよ。あとは鑑純夏が、片付ける』



 純武号には、前部搭乗席に社霞が、後部搭乗席には岩田が収まっていた。実際のところ純武号は無人戦闘が可能であるが、岩田はただこれより始まる虐殺劇を特等席で楽しみたいから、という理由でそこにいた。昆虫や動物よりも遥かに高等な人間や、優れた機械を、まるで蟻か何かのように潰すことに至上の歓びを感じる人種にとって、純武号は最高の道具だった。







「ご覧の通り、岩田に先を越されてしまいまシタ」

「そんなのは見れば分かるッ……」



 横浜工廠の地下某階。

 F-15SEPが整列する戦術歩行戦闘機用ハンガーの隅にて、ヨーコ小杉と衛士強化装備に着替えた白銀武は、携帯端末を用いて、周囲と外の戦況を確認していた。横浜工廠周辺における戦闘は、いまちょうど平等な闘争から一方的な屠殺へとシフトしたところであった。脱牢した白銀武と、それを手助けするヨーコ小杉は、最初から純武号と社霞の確保に走ったが、結局岩田の搭乗と純武号出撃には間に合わなかったのである。

 ヨーコ小杉は、内心でアルファ・システムの連中を罵った。

 彼らの勝手な救出作戦に伴う銃撃戦のせいで、工廠内の移動に時間が掛かり、そして純武号に白銀武を導くのが遅れてしまった。どこまでも人の邪魔をする連中だ、と彼女は思う。実際、このハンガー外では潜入工作任務や伏撃に最適のウォードレス、「ハウリングフォックス」を纏った連中と、こちらの警備員が激しい銃撃戦を展開していた。



「なんとかして、純武号(あれ)を止めないと――人間同士で殺し合うなんて馬鹿げてるッ!」

「だからこうして、戦術機の傍まで来ている訳でスが――武サンはF-15系統に搭乗シた経験は?」

「記憶にない――撃震なら――」

「……少々力不足かもしれまセンが、吹雪で手を打ちまショウ」

「吹雪があるのか!」

「ハイ――また特殊工作任務用として製造された、国連塗装のものがひとつ」



 ヨーコ小杉は、F-15SEPが居並ぶ横列の端を指す。確かにそこには青と空色の二色、高等戦術歩行練習機「吹雪」があった。
 白銀武は頷くと、ヨーコ小杉と共に走り出した。
 訓練生時代に慣れ親しんだ機体が、まさかここにあるとは思わなかった。吹雪はあくまで「練習機」であり、出力等は陽炎や不知火には及ばないが、第3世代戦術歩行戦闘機に通ずる軽快さがある。主機転換と武装換装さえ施されれば、十分実戦でも通用する。白銀武が、全幅の信頼をおく戦術機であった。



「整備士、こいつを借り受ける!」

「はッ――しかし、吹雪(そいつ)は――」

「問題はない。搭乗者は白銀武(こいつ)だ。手伝え」



 ヨーコ小杉――BLは不思議そうに尋ねる整備士達に対して、有無を言わさぬ口調で答え、かつ要求した。
 整備士達は吹雪を出す理由など分からなかったが、分かる必要もあるまい、と白銀武を搭乗させる準備だけを黙ってやった。セプテントリオン幹部の行動は全てセプテントリオンの為に行われることであり、それを阻害することは背信行為にあたる。彼ら幹部の秘密主義はいまに始まったことではなかった。

 整備士に武装状態や主機の状態について、幾らかの助言を受けた白銀武は、搭乗梯子を駆け上がり搭乗席へと収まる。身体が整備士の手によって座席に固定され、強化外骨格が彼の全身に覆い被さろうとした時、吹雪から少し離れた位置で整備士達を監督していたヨーコ小杉が怒鳴った。



「いいか、白銀武ッ――純武号(あれ)は鑑純夏だッ! 虚言ではない! 純武号の中枢には、鑑純夏の脳髄が格納されているッ! おまえが前の世界で見た、水槽に入っている脳髄――鑑純夏の脳髄がな! この馬鹿げた非道を――現実を、理解しろ! 純武号による殺戮を止め、社霞を解放するには、それしかない!」



 白銀武は、ただ頷いた。

 頷いた瞬間、吹雪の胸部から張り出していた搭乗ユニットが、ゆっくりと後退し、その胸部装甲の内側へと格納されてゆく。暗くなる搭乗席の最中、白銀武は未だに、あの薄桃の武御雷が鑑純夏だということを信じられずにいた。
 吹雪の胸部正面装甲が閉じられる。

 さて、とヨーコ小杉は思った。
 自分がやれることは、おそらくここまでであろう。
 あとは白銀武が純武号に真正面から戦って敗死しようが、知ったことではなかった。

 吹雪が、起動した。センサーアイに緑光を迸らせた練習機は、主脚による歩行で間近にある戦術機用昇降機にその身を収める。……鑑純夏と社霞との戦いに挑まんとする白銀武と、彼が駆る吹雪は何もなければすぐに地上へ送り出されたに違いなかった。







 その時、格納庫の分厚い鋼壁が粉砕された。黒鷲の横列はいとも容易く薙ぎ倒され、また幾らかのF-15SEPは反対側の壁側にまで吹き飛ばされる。破砕された壁と引き倒された戦術機の破片が飛び交った格納庫内に居合わせた整備士達は、そのほとんどが一瞬で絶命した。
 そして血の海と化した格納庫中央に、最低最悪の怪物が足を踏み入れた。格納庫の壁を粉砕したその八本の腕、白銀武とヨーコ小杉を求めて周囲を睥睨する四つの眼。古拙の笑みを浮かべた前後のふたつの顔。異形の怪物。希望号を敗北寸前まで追い込んだ魔道兵器。



 エースキラー。



 瓦礫の山の頂点で、ヨーコ小杉はせせら笑った。感づかれていたか。ガキひとり殺すのに、大した代物を持ち出したものだ。相手は青の厚志でも、忌々しい芝村舞でもない。ただの青臭いガキだというのに。

 ……だからこそ、助けてやりたくなるのかもしれなかった。



 一方のエースキラーはその瞳で、瓦礫の上に超然として立つヨーコ小杉と、その向こう側いままさに昇降機に乗り込み地上へ向かわんとする吹雪を見た。裏切り者と、捕獲対象者の姿を捉えたエースキラーの行動は、早かった。その両腕を振りかざし、そして希望号の100倍の速度で、両者の抹殺を図ろうとする――。



 が、それはかなわない。



 今度は、天井部が崩壊した。降り注ぐ瓦礫の山は、エースキラーに何ら危害を及ぼさなかったが、その動きを少しばかり阻害する。そして第2の乱入者は、降り注ぐ瓦礫の最中も微動だにしなかった小杉ヨーコの傍に聳え立ち、エースキラーに対峙する姿勢をとった。
 男の首を獲る愛の技、どんな闇の中も歩くことが出来る優しい心、世界の前部を敵に回しても己の道を往く勇気をもつ少女――小杉陽子、あるいは小杉謡子は、叫んだ。



「白銀武、行け」



 漆黒の人型機動兵器「太陽号」が、まるでロングスカートが如き七枚の腰部装甲板から収納された武器を引き抜き、エースキラーに叩きつける。彼女が抜き放った長大な大剣は、怪物が張り巡らす障壁を破ることは出来なかったが、だがしかしエースキラーの動きを完全に停止させることには成功していた。
 その背後で、事前に操作された昇降機が稼動する。格納庫と吹雪の合間に隔壁が閉じられ、そして百m以上の距離がある地上へと吹雪の運搬を始めていた。エースキラーは「太陽号」を押し退け、前進しようとしたが、流石にそれは無理であった。BLの名を棄てた小杉謡子の専用機、「太陽号」はその華奢な、女性的な外見に似合わず頑強に抵抗した。
 小杉謡子が、歌う。赤の絶技「純潔の鎖」が完成し、エースキラーの自由をごく僅かな時間だが奪い、「太陽号」の七つの武器が砕けながらもエースキラーを数秒だけそこに拘束する。これではエースキラーを撃破することはおろか、10分も時間を稼ぐことは無理であろう。
 だが、小杉謡子からすれば、吹雪を地上へ送り届けるだけの時間が稼ぐことが出来れば、それで勝利だった。







【真愛編】4話、「千の覚悟、人の愛」終

【真愛編】5話、「ふたりのものがたり、これからはじまる」につづく。



[38496] 【真愛編】「ふたりのものがたり、これからはじまる」
Name: 686◆1f683b8f ID:e208e170
Date: 2014/09/06 18:53
【真愛編】「ふたりのものがたり、これからはじまる」



 寒冷地を思わせる白と青を纏い、そして赤い星を肩口に付けた不知火が無力化された。

 接近戦用長刀を保持したまま振り上げられた右主腕は、接近戦用固定武装を全身に隠す純武号の斬撃に肘から先を切断され、轟音と共に地面に横たわる。右主腕を喪ったことで斬撃が失敗した不知火は、すぐさま後退を試みたが、更に続いて振るわれた純武号のカーボンブレードに、為す術もなく全身の四肢を捥ぎ取られた。左主腕、右主脚、左主脚が順繰りに吹き飛ばされ、不知火本体は屈辱的な姿で大地に叩きつけられる。

 この間、純武号を包囲する他の不知火は、誤射を恐れずにあらゆる方向から36mm機関砲弾と120mm弾を浴びせかけている。だがそれらは全て、純武号が発生させるラザフォード場に阻まれ、一発として装甲板の表面にさえ辿りつかない。通常兵器では到底破れない壁があることに、彼ら帝国衛士達は否が応でも気づいた。
 駄目だ、抜けない、と衛士のひとりは呟いた。呟きながらも、トリガーは引き続ける。それが不幸か幸いかは分からないが、従来の概念では計れない武装が施された戦術機を前にして、彼らに諦念を抱いたり絶望を意識する余裕はなかった。

 そしてそのまま、死んでいく。

 四肢を喪失した不知火を蹴り飛ばした純武号は、殺到する射弾を無力化し、あるいは掻い潜り、片っ端から帝国陸軍機を墜としに掛かる。小隊単位、あるいは中隊単位で張り巡らされる弾幕をも無視する純武号は、ほぼ回避不可能となる重力偏差と全身から突出させた戦刃で不知火を瞬く間に引き裂いてゆく。
 このままでは彼らが全滅するのも、時間の問題であることは明らかであった。



『止めろォ――!』



 横浜工廠周辺戦域一帯に、オープンチャンネルを介して少年の絶叫が響き渡る。



 人間同士で殺し合っている場合じゃないのに!
 人が造った物が人を殺す、人が人を殺してるなんて、おかしいだろ――!



 大海の青、大空の青。青い地球とそこに暮らす全ての人々、生命を守り抜く意志が籠められた青い装甲板が、照り付ける陽光に反射して輝いた。戦術機専用昇降口より地上に姿を現した、国連仕様97式戦術歩行高等練習機「吹雪」は、跳躍装置を全開に翔ける。その動きは軽快だ。純武号――鑑純夏と社霞のもとへ白銀武を送り届けるべく、吹雪は時速400kmまで急加速する。



『霞――いま助けてやるッ!』

『ようやく現れましたかァ、白銀武ぅううううう!』



 白銀武の叫びに、純武号の中枢に身を置く岩田が哄笑する。

 殺戮の中心に身を置く純武号が、頭部ユニットを仰いで空中の目標を捉えた。
 97式戦術歩行高等練習機「吹雪」。頭部センサーはそれを確実に捉え、吹雪を憎悪と抹殺の対象「BETA」として内部処理して生体管制装置――鑑純夏に伝達する。そこには何の感情の介在もなかった。鑑純夏の憎悪と絶望、怨嗟をそのまま体現した、どす黒い力場が純武号の周囲から沸き起こる。純武号はそれを機械的に突き出した右主腕から、先鋭化した形で展開し、吹雪を局地的な重力偏差に巻き込もうとした。
 オーロラが如き黒紫の禍々しささえ覚える発光現象を伴う、異常重力場の境界線が吹雪に迫る――が、ラザフォード場は微妙に揺らぎ、吹雪を僅かに逸れた。奇跡か僥倖か、それとも白銀武の絶叫が届いたか。ともかく無事に吹雪は、純武号の真正面に着地を果たす。

 吹雪が右主腕を振り上げた。

 掌に握り締められた、65式接近戦用短刀が閃く。



『お前の哀れな叫びが鑑純夏に通じるのが先か? それともお前が物言わぬ骸と成り果てるのが先か? やってみるか? 白銀武?』

『あんたをそッから叩き出して――霞を助けんのが先だッ!』



 吹雪が振り下ろした短刀と、純武号の左甲手から突出した接近戦用固定武装が激突した。65式接近戦用短刀を通じて走る衝撃に、鋼鉄の手指が悲痛な叫びを上げ、また主腕の関節駆動部が不気味に呻く。互いのスーパーカーボンブレードの刃から弾け飛んだ橙の火花は、薄桃を被せられた装甲板と、青空を纏った装甲板に吸い込まれる。
 押し切れない――吹雪が短刀を握り締めた右掌を退いて、新たな刺突を繰り出すべく備えたのと、純武号が右甲手の隠し刃を使うべく身構えたのは、ほぼ同時であった。



『うおおおおおお――!』

『その練習機で武御雷に勝つつもりですかァ! それは実際、“わたしは狂人です”と自己紹介しているようなものですよォ!』



 両者の武器が、再び交錯する。純武号が繰り出した斬撃を、吹雪は65式接近戦用短刀で受け流した。連続して響き渡る金属音。突出した右甲手の隠し刃は短刀の刃上を奔り、火花を散らしながら吹雪から逸れてゆく。

 ここまでは、ほとんど互角。
 だがこの後すぐに、吹雪の劣勢が明らかとなった。
 右掌に保持する65式接近戦用短刀のみを武器とする吹雪と、全身に十を超える固定武装を隠した純武号とでは、どうしても後者の方が手数が多くなる。次第に吹雪は防戦一方に陥り、回避運動に忙殺されてゆく。
 純武号の全身から吐き出される斬撃が、容赦なく吹雪の薄い装甲板を引き裂いた。右手甲に隠された刃が吹雪の胸部正面装甲を削り取り、左手甲の刃が吹雪の腰部装甲を抉る。

 その挙動、白銀武は見覚えがあった。



(この動き――ッ!)



 それはかつて確かに経験した覚えのある訓練兵時代、幾度も近接格闘訓練にて眼にした対戦相手(しょうじょ)の挙動だった。だが白銀武は何かを考える間もなく、ただ搭乗席や駆動部位といった部位への致命傷を避けるべく、己の反射を信じ、操縦に全神経を投じる。

 が、数合切り結び、十の斬撃を避けたところで、早くも決着はついた。



『しまっ――』

『デッドエンドへ一直線んッ』



 純武号が真っ直ぐ放った刺突が、吹雪の右肩を貫いていた。

 装甲板の破片が舞い、ほつれた電磁炭素帯が火花を上げながら千切れ飛ぶ。右主腕は機能を停止して、ただ右肩部から垂れ下がるだけの重しと化した。
 だが問題は、右腕が使えなくなっただけではなかった。手甲の隠し刃を先頭として右肩を貫いた純武号の左掌は、風穴が開いた吹雪の右肩を鷲掴みにして離さない。純武号に捕らえられた。吹雪は如何なる回避行動をも、完全に封じられていた。

 万事休す、そんな言葉が白銀武の頭の片隅をよぎる。

 吹雪の目前で純武号のセンサーアイを埋める赤い凶光が、更にその輝きを増した。
 純武号は、鑑純夏は、次の一撃で目の前の「BETA」を殲滅するつもりでいた。
 腰溜めに構えられた鋼鉄の右拳が、紫炎が如き力場を纏う。

 その仕草の全てに、白銀武は心当たりがあった。







『なんで――』



 そして、否が応でも理解した。

 目の前の武御雷が、純夏であることを。

 いま薄光を曳くこの拳は、間違いない。



『どりる、みるきぃぱんち』







 白銀武の呟きを待っていたかのように、純武号の拳が爆発的に輝いた。かつて白銀武が見てきた青白の燐光ではなく、赤、黒、紫の凶光を纏った拳ではあるが、それはまさしく「どりるみるきぃぱんち」と同じ軌跡を描く。そしてその軌跡の終着を、白銀武に求めるところまで、一致していた。

 迫る拳を避けることは――出来ない!







『純夏ぁあああああああ――ちくしょぉおおおおおおお!』







 だが、その拳が白銀武を収める胸部装甲を砕くことはなかった。

 突如、全速で翔けて来た94式戦術歩行戦闘機不知火が、純武号に組み付いた。思わぬ方向からの衝撃に、純武号は姿勢を崩し、たたらを踏む。この時、純武号は吹雪から手を離した。暗灰と純白の二色で塗り分けられた不知火の御者は、国連仕様の吹雪を駆る少年に叫ぶ。



『離れろ――!』



 反射的に機体を後退跳躍させた白銀武は、その数秒後に煉獄を見た。



『沙霧大尉――ッ』



 オープンチャンネル、誰かの悲痛な叫びが響く。

 94式戦術歩行戦闘機不知火の腰部正面装甲内に収められたS-11高性能爆弾は、その馬鹿げた破壊力を至近距離で純武号にぶつけた。戦術核と同等の破壊力、と称される火焔と爆風が一緒くたになったそれは、指向性を得て目標を蒸発させる。この至近距離、その閃光と衝撃波に堪えられる装甲など、存在しない。

 が。



『命拾いしましたねえええええ白銀武! きょうのあなたは大変幸運だッ――本来ならば敵となる存在に救われるとはッ』



 煤煙と砂煙の最中から、薄桃の色彩が現れる。
 五体満足の武御雷が、そこにいた。

 桃色の装甲板は、煤けてさえいない。
 純武号は瑕疵ひとつなく、そこに立っていた。

 ……ラザフォード場による防御は、完璧そのものだった。



 白銀武は眼球を巡らした。

 S-11爆発の余波を受け、機体状況の表示欄には幾つか黄色の警告灯が点っている。先程右肩部に刺突を受けた為、右主腕は致命的損害有/機能停止を表す「赤」に染まっていた。唯一の武器であった、右掌の65式近接戦用短刀は既にない。デッドウェイトにしか成り得ないと考え、突撃砲を携行しなかったのは失敗だったか、と後悔したところで、白銀武は機体脇に眼を止めた。



『ほぉ――まだやる気ですかぁ』

『言っただろうがッ――オレはあんたをそっから叩き出すって』



 おそらく撃破された不知火のものであろう。大地に突き刺さった形で放棄されていた74式接近戦用長刀を、吹雪は左主腕一本で引き抜き――そしてあろうことか、吹雪はその長刀を逆手で構える。白銀武が「思い出した」実戦経験が、「そうなるかもしれない」未来が、そうさせた。

 純武号の電子の瞳を通してそれを見た岩田は、ほんの一瞬であったが、吹雪を漆黒の武御雷に誤認した。だが彼は、ハッピーエンドに拘泥するその姿を、滑稽に感じただけだった。純武号の戦闘力を奪い、社霞と鑑純夏を助け出すことなど不可能だ。たとえお前の想念が、鑑純夏に届いたとしても、その時は生体管制装置を停止させ、手動戦闘(マニュアル)に切り替えるのみ。



『うおおおおおお!』



 最後の吶喊。

 最大加速、水平跳躍。
 純武号(ガワ)をぶっ潰し、純夏と霞を助ける。白銀武は、それしか考えていない。彼の操縦技量はこの時、一介の衛士が一生の内に得られるそれを大いに超越していた。跳躍装置のウイングを制動することで姿勢を捻ることで、吹雪は横方向に回転する。

 逆手、機体を捻り込んでの横回転。

 奇想天外の動作を前に純武号は、吹雪が仕掛けてくるタイミングを見失った。

 刃と刃が、交錯する。純武号の両手甲から吐き出された隠し刃が、吹雪が振るった横殴りの一撃を阻止した。一歩後退する純武号。斬撃吐き出す吹雪の舞踏は、まだ続く。両者のスーパーカーボンブレードが衝突し、独特の金属音が起こる度に、純武号は一歩ずつ、後退する。
 吹雪が、純武号を圧している。
 だが岩田は恐慌を来すことも、焦燥を感じることもなく、目前に迫る吹雪に怒鳴った。



『それで? 勝ったあとはどうするンですかあ? 鑑純夏と社霞に泣いて許しを乞う? 遅れて悪かった、愛してる、とでも無責任な言葉を口にして、それでなあなあで済ませるつもりでしょう――全てが、もう、遅すぎるんですよおおおおお!』



 岩田の叫びに呼応するように、純武号が全身から黒紫の力場を発生させる。加速する愛する者への愛憎、歪められた自身への失望と絶望、BETAへの殺意、その全てが彼女の右拳へと集積されてゆく。岩田の言うとおりであった。もう全てが遅すぎる。文明は終焉を迎える。人類は滅びる。少女達は異形に身をやつしたまま、セプテントリオンの道具として利用される。

 いまから人類を救済するなど。
 殺戮兵器そのものと化した少女を、愛することなど。
 不可能に決まっているではないか。



『そんな――』



 十数合目。

 吹雪の左主腕が悲鳴を上げた。ついに接近戦用長刀の重量に耐え切れなくなった幾本かの電磁炭素帯が千切れ飛び、左手首からは激しく火花が散る。負荷が掛かり続けた左小指は捻じ曲がる。そして74式接近戦用長刀は次の瞬間、吹雪の掌中から脱落していた。



『そんな――!』



 白銀武の瞳に投影される機体状況は、既に「継戦不可」を表していた。

 だが、彼は諦めていなかった。



『そんなこと、勝手に決めてんじゃねえええええ!』



 指のほとんど残っていない左掌を丸めて鉄拳を作った吹雪が、純武号に殴り掛かる。


 
 諦めてたまるか。
 遅すぎるなんてことはないんだ。
 遅すぎたかそうでないかは、最後の最後で分かること。

 そんな言葉で、霞と純夏を諦めていいわけがない!



『最後まで、やってみなきゃ――最後まで付き合ってみなきゃ、わかんねえだろうが!』



 たとえどんな状態にあっても、救ってみせる。

 白銀の思いが吹雪の拳から迸る。

 だが無情にも、万感篭る吹雪の拳は、岩田には届かない。

 一閃する刃――左甲手から伸びるスーパーカーボンブレードに撥ね飛ばされた吹雪の二の腕は、宙を舞い、曲線を描いて純武号の背後十数メートルの位置に落着した。無様にも姿勢を崩したまま、純武号へと突っ込む形となる吹雪。そして、万策尽きた吹雪に、純武号は強烈なカウンターを食らわせた。

 赤紫の曳光が、空中を奔る。

 その終着は、吹雪の胸部。

 鑑純夏のどりるみるきぃぱんちを模した、力場を纏う純武号の右拳は、吹雪の胸部正面装甲を容易く貫き、白銀武が収まっていた搭乗席を圧壊せしめ、内部構造を滅茶苦茶に破壊してから、吹雪の背面装甲をぶち抜いた。



 白銀武の想念も、絶叫も無視した、無慈悲な一撃。

 純武号の右拳が引き抜かれると共に、風穴を開けた吹雪が前のめりに転倒する。



 あいとゆうきのおとぎばなしは、これで幕を閉じた。







 哄笑する岩田。
 ただ呆然と前部座席(そこ)に座る社霞。
 軽く握ったままの右拳を胸の前まで戻す、純武号。







 そして次の瞬間、純武号の胸部装甲が引き裂かれる。

 岩田が手動制御に切り換えるよりも早く、純武号は左主腕を巡らし、その手甲から伸びる固定武装を自身の胸に突き立てた。材質自体は武御雷のそれと変わらない装甲板は、その自傷行為を阻むことが出来なかった。その切っ先は前部座席に搭乗する社霞のすぐ頭上を通過し、岩田が収まる一段高い後部座席を抉り取る。



「くっだらない三文芝居かァ!」



 スーパーカーボンブレードに捉えられる寸前に、テレポートの技能で脱出を果たした岩田は、それを見た。

 軽く握る右拳に、何かを保持しているのを。
 そして裂傷走る自身の胸に、右拳を突き入れるのを。

 ……どりるみるきぃぱんちは、確かに吹雪を貫いていた。
 その鉄拳は外装や内部構造と一緒くたに、搭乗席を完全に破壊していた。

 だが同時にその拳から発せられる力場は、その中核――白銀武を捉え、あらゆる危険から隔離していた。弾け飛ぶ破片と衝撃波から保護された白銀武は、まったくの無傷で吹雪の内部に留まり、そして純武号の掌中へ。岩田が哄笑し、デッドエンドを確信した瞬間から向こう、白銀武は彼女の右拳の中で生きていた。

 鑑純夏の叛乱は、成功した。

 奇跡でも何でもなく、白銀武の思いが鑑純夏を動かした。

 ただそれだけのこと。



「霞ッ!」



 胸部に走る裂傷から、破壊された後部座席へと放り込まれた白銀武は、前部座席に収まる社霞に気づいて声を上げた。だが社霞は振り向きもせず、返事もせず、ただ網膜に投影される情報を分析し続け、戦闘システムを構成するひとつの機械として、新たな操縦手を迎えた。



「胸部装甲に裂傷発生、戦闘継続に問題はありません」

「霞――」

「震動計に感あり――敵来ます。2時方向、距離2000。横浜工廠直上。登録機種名――」



 “エースキラー”の名を社霞が口にするのと、純武号の前方、横浜工廠直上に怪物が現れるのはほとんど同時だった。電子の瞳を通して、白銀武はその網膜に、異形を焼き付ける。八本腕の怪物が、そこにいた。古拙の笑みを浮かべたまま、彼は前面四本の腕を大きく広げてみせる。先程まで太陽号を一方的に甚振っていたエースキラーは、好敵手の出現に歓喜しているようであった。

 エースキラーが、駈ける。

 対する白銀武は、何をすることも出来ずただ前部座席の背もたれに掴まり、その八本腕の怪物を睨みつけることしか出来ない。だがそれだけで、鑑純夏を突き動かすには十分だった。握り直された純武号の右拳は、またもや新たな光を纏った。それは穏やかな青い燐光。平穏なる日常を守らんとする意志が籠められた青白の光。そして純武号の睨み眼が――鑑純夏の髪と同じ、鮮やかで、明るい、赤に輝く双眼が――八本腕の悪魔を睥睨する。



 白銀武の勇気に突き動かされ、絶望と怨嗟の深淵から這い出る。
 新たな選択をした鑑純夏に、迷いはなかった。







【真愛編】5話、「ふたりのものがたり、これからはじまる」終

【真愛編】6話、「終わらない、Why」につづく。



[38496] 【真愛編】「終わらない、Why」
Name: 686◆1f683b8f ID:a66849c9
Date: 2018/10/19 03:11
「……何か勘違いされているようですわ。芝村さん。私は“荒唐無稽な”と評された旧オルタネイティヴ4計画の推進者でしたが、初対面の方の、証拠や地のついた理論もないお話を信じるほどの狂人ではありませんわ」

「ふん。信じる必要はない。ただ我らに従って貰えればそれでいい」

「ハイヴ反応炉が生体端末が如き機能を有し、甲1号目標最深部には他のBETAとは一線を画す上位個体が存在する……正直申し上げますと、私も夢想したことはあります。また欧亜大陸防衛戦を通して、BETAの指揮系統に関しては様々な先行研究が為されている。しかし客観的事実・証拠がなければ結局これは文字通り、夢物語ですわ」

「夢、夢――夢に賭けてみるつもりはないか」

「旧オルタネイティヴ4成果を利用し上位存在を解析、構造体航行軌道の情報を奪取。軌道情報を基に、構造体が製造されたBETA勢力圏をN・E・Pで攻撃する――」

「N・E・Pによる攻撃が成功すれば、BETAは時間軸上から抹消される。BETA侵攻さえなければ幻獣も出現することは――」

「ふざけないで。マブラヴ攻略本、N・E・P、希望号。信じられない。時間の無駄よ。だいたいオルタネイティヴ4は……七星重工に接収されたわ」

「社霞なら、こちらが奪取した」

「……」

「そして、鑑純夏と白銀武もな」

「誰よ」

「全人類を救う、ヒロインとヒーローだ」



【真愛編】「終わらない、Why」


 甲21号目標横浜ハイヴ攻略成功の報復の傷跡が、未だ生々しく残る仙台市内を毎朝走る。

 それが神宮司まりもの日課となっていた。

 周囲に封鎖線が張り巡らされたままに放置されている、崩壊した高級ホテルや百貨店、旧仙台駅駅舎を横目に、旧東北本線沿いを彼女はただひたすらに走る。
 仙台駅周辺は歴史的大勝を収めた直後の1999年1月4日、S-11弾頭を用いたテロ攻撃の標的となり、その後も幾度か帝国陸軍呼称「新属種爆撃(ドロップ)級」、生徒会連合軍呼称「中型幻獣スキュラ」の空爆対象とされた。
 復興の望みは、薄い。
 仙台駅のみならず、東北本線全線が手酷くやられた。寸断箇所は数十。
 これでは青森に対新属種BETA防衛線を抱えている本土防衛軍も、物資の鉄道輸送を諦めざるを得なかった。
 塩と土埃が積もり、半ば砕けた舗装路を走る神宮司まりもの横――旧東北本線の軌道上を列車が走ることは、もう絶えて久しい。
 旧仙台駅・宮城県庁周辺には、人通りもほとんどない。
 仙台市は実質日本帝国の首都として機能しているが故に、テロ攻撃や空爆の対象になりがちであり、それを恐れてほとんどの民間人は1999年1月以降、郊外へ脱出していた。
 また政府機関・首都機能自体も、この仙台市の中心部には既になく、周辺市町村に移転している。
 爆撃級による攻撃が日本全土に及ぶ現在、首都機能を一極集中することは大変危険なことであった。
 そうした事情もあって、神宮司まりもが早朝にこの仙台市街中心部で人を見かけることは稀だ。
 ……だが実際には伝手もなく、また避難民を受け容れる施設のあてもない市民は、ここに残る他ないのが実情である。

「兵隊サン、おはようございます」

「おはようございます」

 戦闘服を纏い疾走する神宮司まりもの姿を認めた市民が、時折彼女に声を掛ける。
 その視線は暖かい。挨拶を返す度に、神宮司まりもは苛まれる。
 国土荒廃の責は、他ならぬ本土防衛軍・国連軍将兵にあるというのに。
 本来ならば投石を受けても、文句は言えない立場だ。
 彼らは現在も、この崩れかかった仙台市街のどこかで生活を続けているらしい。
 避難民の収容施設は仙台市外に幾つも存在するが、飽和状態であることは既に知れ渡っている。
 乏しい配給と主の消えた廃墟から使えそうな物品を見つけて、何とか生きながらえているのであろう。
 神宮司まりもは、最低限の挨拶を交わすと余計なことは口にせず、足早に去る。

(私は……何が出来る)

 常日頃から、彼女は答えを捜し求めていた。
 帝国陸軍より国連太平洋方面第11軍、オルタネイティヴ4計画に出向している神宮司まりもは、いま何をするでもなくただ無為に時を過ごしている。
 オルタネイティヴ計画の全成果を七星重工に譲渡し、仙台へ規模を大幅縮小する形で移設されたオルタネイティヴ4計画は、もはやなにひとつ動きを見せていない。
 予算も機材も与えられないまま、香月博士は飼い殺しの目に遭っている。
 そしてBETA新属種との意思疎通等、オルタネイティヴ4計画に深く関わった神宮司まりもも国連軍実戦部隊に転属、あるいは帝国陸軍へ戻ることも許されていない。
「歩く機密」と化した彼女達は、一箇所に留めておくのがよいと日本政府の人間は考えたのかもしれなかった。
 国家危急の秋に、彼女は武器を執ることさえ許されていない。

「……」

 気づけば神宮司まりもは、仙台市内を流れる旧広瀬川のあたりまで来ていた。
 かつて市民に愛された一級河川の面影は、そこにはない。
 1999年に日本列島を襲った未曾有の大災害からむこう、広瀬川は完全に干上がり、日々降り注ぐ塩を堆積させた無残な川底を晒している。
 川岸に設けられていた緑地帯にも、雑草一本見られない。
 河川独特の生臭ささえも、ここにはなかった。
 別段、珍しい光景ではない。
 太古の昔から大海原と河川に在った海水や淡水は、どこかに流れ出、あるいは日々続く苛烈な晴天に干上がり、そして旧日本海から巻き上げられた塩が日本全土に降り注ぎ、あらゆる植物を枯死せしめた。
 神宮司まりもは決して悲観論者ではないが、だがしかしこうした光景を前にすると「滅び」や「絶望」を意識してしまうことがある。
 彼女は架けられた橋の上で、無残な姿を横たえる広瀬川をぼんやりと眺めていた

「塩、塩、塩――うんざりだ。まさに、塩の大地」

 呆けた神宮司まりもに話かける者がいた。
 いつの間にか神宮司まりもの隣で、橋の欄干から上半身を乗り出して白く染まった川底を覗き込んでいる。
 神宮司まりもは訝しげに、彼を見る。
 迷彩柄の野戦戦闘服、戦闘帽、その下には病的なまでに白い顔。

(十代――新兵か)

 戦闘服と戦闘帽は、目の前の少年には酷く似合わない。
 兵科や所属を表す徽章は、神宮司まりもの馴染みがないもの――生徒会連合義勇軍普通科を示すものであった。
 だがおかしい。横浜ハイヴ攻略作戦にて重要な役割を果たした生徒会連合義勇軍は現在、青森にて対BETA新属種(生徒会連合呼称『幻獣』)戦線に展開中だと聞く。
 この少年に向けられる神宮司まりもの視線は自然、鋭くなる。
 貴様、脱走兵か――追及の言葉を呑み込んで、彼女は無言のままに少年の次の言葉を待った。
 待ちながら相手の腰に目を走らせる。
 ……銃器や武器の類は、持ち合わせていなさそうだった。

「俺は丸腰だよ――」

 神宮司まりもの視線に気づいたか、少年は彼女の方に向き直り顔面一杯に微笑みを湛えた。
 瞳は、赤い。
 赤い瞳。似合わない迷彩服。
 神宮司まりもはそうしたひとつひとつの要素に、既視感を覚えた。
 彼を知っている、あるいは彼に似た人物を知っている、と彼女は思う。
 そして続く言葉が、彼女に確信を抱かせた。

「――じんぐうじまりも、さん」

「第5世代クローン。BETA新属種か」

 平静を装いながら神宮司まりもは、少年を睨みつけた。
 第5世代クローンは、こことは異なる世界、生徒会連合義勇軍が元居た世界でBETA新属種、幻獣を殲滅すべく開発・製造された人工強化人間の一種である。
 戦闘に最適な形態へ身体を変化、あるいは現実を改変する能力や、幻獣を意のままに操る異能を持ち合わせており、後に人類陣営から幻獣陣営へ転じた存在だ。
 神宮司まりもは先の西日本防衛戦の折、この第5世代クローンの一個体と交渉をもった経験があった。

「よく堂々と出歩けたものだな」

 神宮司まりもの口調は苦々しい。
 幻獣を使役する第5世代クローンは人類軍にとっての最重要目標であり、またこの仙台市街を襲った卑劣なテロ攻撃は、おそらく幻獣陣営の頭脳である第5世代クローンが関係しているに違いなかった。
 個人的にわだかまりの残る相手でもある。
 だが第5世代クローンは、神宮司まりもの口調に気分を害する様子もない。
 彼は「交渉再開だ」と言った。

「交渉の余地はない。人類科学文明の破棄など、到底ありえない」

「あれから大分事情が変わった」

「なに……」

「我々は、この世界で戦い続ける意味を失った」



◇◆◇

【真愛編】「終わらない、Why」終

次話に続く。



私事ながら別名義でライトノベルのレーベルから商業デビューすることになりましたが、その前に当時多忙だったリアルにかまけて更新を止めていたこの作品を、けじめとして完結させようと思い立ちました。

私はこの作品を通して、創作の酸いも甘いも知りましたし、これを書かなければ兼業とはいえプロにはなれなかったと思います。
そういう意味で、この作品は自分の中ではかなり特別な存在です。

しかしいま読み返してみると、あからさまに表現力は2013年から2014年の方が上で、現在では設定も忘れ気味です。
今回の話の冒頭を読んでいただければ明らかですが、どう話を畳むつもりかももうおわかりかと思います(2014年に投稿している話の時点で、NEPは世界外の存在でも消去できると明言していることですし)。

それでもよければ、見守っていただければ幸いです。



[38496] 【真愛編】「最終兵器到来」(前)
Name: 686◆1f683b8f ID:8e482ba1
Date: 2019/01/13 20:26
 新潟防衛線は、崩壊した。
 新潟市・長岡市内の本土防衛軍諸部隊は、多大な損害を出しながら後退。
 その後、軍団規模のBETA群は水が低きに流れると同様に、山間部の突破を図るのではなく越後平野一円の蹂躙にかかった。

「敵主力は南進――長岡市方面に殺到」

「幸か不幸か。山間部を東進したBETA群の仙台市街への直撃はなさそうか」

「さりとて南進する有力なる敵群を阻止できなければ、長岡から小千谷、魚沼――上越新幹線に沿った侵攻路をとられる可能性が大だ。そうなるといよいよ前橋・高崎。戦場は関東平野に移る」

 本土防衛軍司令部の参謀たちの見解は共通していた。
 越後平野にてBETA群を、完全に殲滅しなければならない。
 現在の本土防衛軍をはじめとする人類戦力では、長大な防衛線を構築したり、これ以上に複数の戦線を抱えたりすることはできない。
 BETA群が多方面に分派した場合、これを防ぎ止められる自信は本土防衛軍司令部にはなかった。
 また戦術歩行戦闘機の運用や、火力支援が制限される山間部に入ったBETAを、捕捉・掃討するのは、至難の業でもあった。
 故に、BETA群に対して平野部で決戦を強い、これを撃破する必要があった。

「クラッカー3、4は対岸――信濃川東岸を警戒、渡河してくる敵を攻撃せよ! クラッカー2は引き続き、正面の小型種を掃討」
「クラッカー2、了解」
「クラッカー3、りょ、了解」
「クラッカー4、了解」

 本土防衛軍が防衛線を張ったのは、長岡市街中心部の北に広がる田園地帯であった。
 市街戦は障害物が多く、BETAの進撃速度が鈍るため、防戦側にとって有利なように思えるが、実際には戦術歩行戦闘機の行動が阻害される上、協同する他兵科も戦車級をはじめとする小型種の奇襲を受けやすい。
 一方で、障害物のない田園地帯ならば、戦術機と装甲車輛の射界が開ける。
 勿論、平坦な地形での防戦では、遮蔽物に乏しいために光線級が脅威になるが、要塞級・突撃級・要撃級といった大型種が数多く戦場にいる以上、友軍誤射を絶対にしない光線級から照射を受ける機会は極端に少ない。
 地の利は、本土防衛軍側にあった。
 だがしかし。煤煙で染まった空の下、長岡市内にて異形を迎え撃った本土防衛軍の戦力は極めて僅少かつ劣弱と言わざるをえない。
 市内北部に設定された防衛線に張りつく戦力は、再編成された諸兵科大隊から成る旅団戦闘団。
 と言えば聞こえはいいが、実際には新潟市街での戦闘を潜り抜け、BETA群に包囲殲滅される前に後退することができた生き残りの寄せ集めに過ぎなかった。

「クラッカー1、こちらイーグル1。駄目だ、小型種がそっちに行く!」

 戦術歩行戦闘機4個小隊16機に、幾ばくかの装甲車輛と機械化装甲歩兵中隊1個。
 それが長岡市内で軍団規模のBETAと対峙する臨時旅団戦闘団の陣容であった。
 故に彼らは敵BETA群の先遣――旅団規模約8000にさえ手こずった。

「クラッカー3、4! 聞いていたな、渡河せんとする敵を攻撃せよ。側面を衝かせるな!」

 戦区は南北に走る信濃川を境にして、東西ふたつに分かれている。
 だが両戦区ともに殺到するBETAを捌ききれず、特に東部戦区では大型種を撃破するだけで精一杯。
 東部戦区の撃ち漏らした戦車級や闘士級といった中型・小型種は干上がった信濃川を渡河し、西部戦区の側面を脅かす。

「クラッカー3、了解! この――!」

 クラッカー3――撃震を駆る衛士、伊隅あきらは東部戦区から流入する戦車級の群れを照準に収めるとトリガーを引いた。
 吐き出される36mm機関砲弾。
 火の曳く弾道は赤い怪物たちを瞬く間に挽肉に変え、肉片と血液を周囲にぶち撒ける。
 伊隅機の隣では僚機の撃震が突撃砲を連射し、闘士級・兵士級の群れを薙ぎ倒した。

「クラッカー1、こちらメタル1。こっちにもお出ましだ!」

「メタル1、クラッカー1了解――くそったれ、数が多い! CP、こちらクラッカー1。支援砲撃を要請する」

「クラッカー1、CP。支援砲撃は120秒後」

 西部戦区にもけばけばしい色彩の大波が襲いかかった。
 進行先に存在する物体すべてを破壊し尽くす要撃級と突撃級の密集陣形。
 対峙する者に破局を感じさせるそれに対し、撃震と陽炎から成る2個小隊はありったけの火線を叩きつける。
 瞬く間に彼(か)の侵攻速度は低下した。
 易々と引き裂かれて絶命する要撃級と、脚を撃ち抜かれて擱座し、後続の大型種に追突される突撃級が続出。
 だが撃破されたその死骸を押し退けるようにして新手新手が次々と現れ、斃れた大型種の合間をわらわらと深紅の衛士殺しが抜けてくる。

「ケルベロス、ファイア!」

 戦術歩行戦闘機が張り巡らせた弾幕を避け、防衛線左翼側に回りこもうとした一部のBETAは次の瞬間、105mmライフル砲の乱打を浴びた。
 74式戦車1個小隊による砲撃だ。
 たった4輌ではあるが、彼らは効率的にBETA群の足止めをした。
 先頭の突撃級や要撃級の脚を吹き飛ばし、わずか数秒で後続の人外どもに渋滞を引き起こしたのである。

「CPおよびTSF各機、こちらケルベロス! 352まで後退させてくれ!」

 が、この74式戦車をはじめとする機甲部隊や、機械化装甲歩兵たちは逃げ腰であった。
 戦術機の弾幕は戦車級や闘士級を捉えきれていないことは明らかであり、このまま現地点を守っていれば、10分とせずに小型種と近接戦闘を繰り広げることになる。

「ケルベロス、CP。国道352線のラインまでの後退を許可する。ただし、行進間射撃による戦術機の援護を実施しつつ、だ」

「CP、ケルベロス了解。行進間射撃で援護しながら後退する」

 再び105mmライフル砲が火を噴き、擱座した突撃級を乗り越えたばかりの要撃級を撃破して、BETAの死骸による防壁を一層高くした。
 整然とした後退。大型種の死骸の合間を潜り抜けてきた戦車級の奔流を、機械化装甲歩兵と60式装甲車の12,7mm重機関銃の連射が食い止める。
 装甲車輛と機械化装甲歩兵がじりじりと後退するのに合わせ、戦術機も前衛を務めながら一歩、また一歩と下がり始めた。
 このままでは保たないと伊隅あきらが一瞬思ったとき、オープンチャンネルから「こちらCP、支援砲撃が始まった」と声がした。
 その5秒後。防衛線上空が爆発した。
 長岡市の南、小千谷市内に展開している75式130mm自走多連装ロケット弾発射機から放たれた240発の対レーザー弾頭ロケット砲弾が、BETAの頭上に降り注ぐ。
 青白い光芒が、ぱっと迸る。

「BETA光線級によるレーザー迎撃、重金属雲が展開」

 前線観測班が間髪入れずに報告。
 狙い通り、対レーザー弾頭ロケット砲弾は余すことなく迎撃され、光線級のレーザーを減衰させる重金属雲を生成。
 鈍色の靄(もや)――それを突き破り、本命の榴弾が叩きつけられる。
 74式自走105mmりゅう弾砲、75式自走155mmりゅう弾砲、牽引式のFH70――急遽掻き集められた火砲による全力射撃は、これもまたレーザーによる迎撃を受けながら、だがしかし数分間たっぷりと続いた支援砲撃は、確実にBETAの数を減らした。

「や、やった……」

 伊隅あきらはふぅ、と安堵の息をつく。
 ぱたりと止んだ支援砲撃。視界に広がる死骸の海。1秒の静寂。
 そして再び、地響きが轟く。

「気を抜くな、次が来る」
「おい、さっきよりも数が多いじゃねえか! 全然減ってねえ、レーダー画面が真ッ赤――畜生ォ、さっきのはただの先遣集団に過ぎねえってことかよ!」
「メタル4、狼狽えるなッ!」

 先程とは比べ物にならないほどの密集したBETAの群れが、死骸を乗り越え、踏み潰し、押し退けて防衛線の前面に現れる。
 もはやそれは、壁という表現の方が正しいかもしれない。
 寄せ集め戦闘団の乏しい火力では、到底弾き返せないことは明らかであった。

「CP、クラッカー1! 後退許可を!」

「こちらCP。他兵科と連携することを条件に、後退を許可する。ただし県道23号線のラインを割ることは許されない。後方支援部隊と砲兵部隊の撤収が間に合わないからだ」

「クラッカー1、了解し――」

「CPおよびTSF各機ッ、左側面に敵来襲! ケルベロス各車、目標9時方向!」

「え……」

 74式戦車4輌を率いる小隊長の絶叫に、伊隅あきらは思わず呆然と声を漏らした。
 長岡市街西側に広がる山岳地帯から突如として現れたBETAによる、防衛線左翼への奇襲攻撃。
 最左翼を守っていた74式戦車4輌は、先頭の大型種を幾ばくか倒したものの、ものの十数秒で突撃級の餌食となった。

「馬鹿な、山間部を突破して――なんで哨戒に引っかからなかった!」

「必要以外のことを喋るなッ! クラッカー1、CP! 日本海側の山岳地帯を突破して、戦線左翼に師団規模のBETA群が殺到――!」

「メタル、CP。新手の頭を抑えろ」

「メタル1、了解!」

 陽炎の1個小隊がサーフェイシングで移動し、山間部から雪崩れこんできたBETA群に攻撃を仕掛ける。
 だがたった4機の抗戦で、これが食い止められるわけがない。
 山間部を通る国道352号線、県道48号線、23号線から溢れ出たBETAの奔流は、侵攻速度を鈍らせるどころか、いよいよ加速し、一挙に戦闘団の後背を脅かした。

「まずい、半包囲される!」

「逃げ場が――」

 退路が断たれることほど、前線将兵にとって苦しいことはない。
 これで仮に防戦を諦めて撤退するとなれば、東方の山岳地帯を飛び越えるほかなくなった。
 が、それは光線級の照射にその身を晒すことと同義である。
 そこからじりじりとBETAの包囲環が狭まっていった。

 怒号、悲鳴、絶叫。

 戦車級に食われ、要撃級に殴られ、突撃級に潰されていく。

「あ、ぁ……」

 伊隅あきらの撃震も満身創痍。
 盾を保持していた右主腕は肘から先を要撃級の前腕に持っていかれ、突撃砲の残弾と噴進剤も僅か。
 最悪なことに背中の副腕には戦車級が1匹取りついており、兵装を引き剥がしにかかっている。
 そして目前には要撃級、後背には戦車級の群れが迫る。
 自身の死。それを彼女は確信し、心の中で姉に謝罪する。

(ごめんなさい)

 突如、彼女の死角から飛びかかってきた要撃級の前腕が、撃震の胸部に迫る――。

(あきらめるな、あきら!)

「え?」

 幻聴を聞いた伊隅あきらは、反射的に噴射装置に火を入れた。
 幸運。撃震は辛うじて要撃級の前腕を躱(かわ)す。
 その1秒後、要撃級は血煙となって霧散していた。

「え」

「なに――」

 生き残っていた衛士たちが見たのは、赤桃(せきとう)の閃光。
 戦場を翔け抜ける疾風は、瞬く間に戦術機の周囲に居合わせたBETAを駆逐すると、立ち止まる。

「00式――武御雷!?」

 殺伐たる戦場に不似合いな桃色の塗装が施された戦術機が、“睨み眼”と呼ばれるセンサーアイで前面のBETA群を睥睨し、その両腕に付着した返り血を振り払う。
 轟ッ、と火の入る噴射装置。
 そして、空高く跳躍した。

「自殺行為だ、やめろ!」

 殺到する青白い破壊光線。
 この戦場一帯の重光線級、光線級のレーザーの奔流が桃色の戦術機を呑みこみ――無数に解け、曲線を描きながら、反転する。
 その先には、レーザーを放った側であるはずの光線級がある。

「うそ……」

 戦場一帯の光線級が、蒸発した。
 他でもない主力戦車さえ蒸発せしめる自身のレーザーを浴びて、である。

「夢……?」

 思わずつぶやいたあきら。

「夢じゃないさ」

 オープンチャンネルに、声が割り込む。
 満身創痍の撃震の横に、いつの間にか戦術歩行戦闘機が立っていた。
 その装甲板は純白。継ぎ目からは桃色の光が漏れる。
 そして純白の戦術機――第8世代戦術歩行戦闘機F-47の背後には、いつのまにか国籍も兵科も何もかも違う雑多な編成から成る援軍が揃っていた。
 74式戦車改“清子さん”、第4世代戦術歩行戦闘機テュフォーン、99式士魂号単座型、87式自走高射機関砲、ライトニングフォックス、10式戦車――もう1度、白銀武を助力すべくプレイヤーたちがログインしてみせたのだ。

「さあ、甲21号作戦といこうじゃないか」



[38496] 【真愛編】「最終兵器到来」(中)
Name: 686◆1f683b8f ID:a66849c9
Date: 2019/01/13 20:44
 空翔ける桃色の閃光。衝撃。
 上空に舞い上がった桃色の戦術機――純武号を、本土防衛軍将兵の誰もが見た。
 赤桃(せきとう)の燐光めがけて発射される光線級のレーザーは、強力なラザフォード場に阻まれ、阻まれるどころか軌道を捻じ曲げられて反転させられる。
 あり得ない。
 万単位の敵を前に、その身を晒す。
 まるでおとぎ話のヒーローではないか、と本土防衛軍将兵の誰もが思った。

「こちらはクラッカー1。貴機の所属とコールサインは」

 満身創痍の本土防衛軍所属機が、畏敬の念を持ちながら誰何する。

「クラッカー1。こちらは国連軍オルタネイティヴ計画直属戦術機甲連隊A-01所属。コールサインは……」

 対する白銀武は、万感の思いを以てこの世界に宣言する。

「……ヴァルキリー1ッ!」

 もうこの世界には、自身の戦友はいない――否、純武号(ここ)にいる。
 この世界と、国と、人々を守るために足掻こうとした戦乙女たちはいまこの純武号に宿っている。その武技と精神を、継承しているのだ。
 ならばコールサインはヴァルキリー、これしかあり得ない。

「ヴァルキリー、ヴァルキリー1か。こちらクラッカー1。救援感謝する」
「あとは俺たちに任せて、後退してくれ。往(い)くぞ、純夏――」

 急降下からのサーフェイシング機動。
 BETAの大海が割れた。
 全身から突出したスーパーカーボン製の仕込み刃は、大型種も小型種の群れも容易く引き裂いてゆく。
 その後に第4世代戦術歩行戦闘機テュフォーンが続く。
 欧州製第3世代戦術機に酷似した鋭角的なフォルムをしたそれは、全環境対応型突撃砲を乱射しながら純武号が生み出した突破口をさらに拡大させにかかった。
 テュフォーンだけではない。新たな援軍たちはいま日本海側のあらゆる場所で、前線を押し上げようとBETAの群れに挑みかかる。

「数だけは多いッ」

 反撃の最先鋒――純武号に敵の攻撃が集中した。
 突撃級の壁、要塞級の衝角、光線級のレーザー。
 対する純武号は突撃級を重力偏差で引きちぎり、要塞級の攻撃を回避して触手を斬り落とし、レーザーの軌道を変えて小型種の群れを蒸発させていく。
 BETAの肉壁を一枚一枚突破する純武号だが、このとき彼と彼女らには主武装と言えるものがなかった。
 日本海側防衛線の苦境を聞いた白銀武はいち早く前線に駆けつけるために、重量のある突撃砲や長刀を持たず、軽量化を徹底して出撃したためである。
 故に現在、彼は固定武装の隠し刃を用いた近接戦闘のみで、BETAの最中を渡り歩いている状況だ。
 純武号の機動に危なげはないが、確実に足止めを食っていることは事実であった。

「白銀武」

 後部座席の社霞が声を上げ、白銀武の注意を惹いた。
 それだけで彼には十分だった。
 殴りかかってくる要撃級を純武号は躱(かわ)すと、サーフェイシングで疾駆。
 BETAによる屍山血河の只中。崩れ落ちた陽炎の傍、要撃級の死骸に突き刺さる74式近接戦闘用長刀を引き抜いた。
 逆手持ち。
 途端に純武号は旋風と化した。
 大地の塩と血飛沫を巻き上げながら、BETAの大波を打ち砕く。
 そして順手に持ち変え、管制装置の記憶通りに純武号は構えをとった。

――無限鬼道流。

 血道が、拓けた。


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