身体が、痛い。
始まりは、それだった。
意識を取り戻し、確認するとここは自分の部屋だ。
本がぎっしり詰まったカラーボックスと白い壁、昨日かってそのままにしていたカップラーメンが入ったビニール袋。それらが、薄暗い光の中、真横に映っている。
どういう訳か、自分は寝ていた。
あれ、と声に出そうとして、既に声になっていない事に気づく。調子はずれのうめき声だ。
そして、同時に体を動かそうとしたのが失敗だった。
「ウャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァッ!!!!!!」
体じゅうの神経という神経に熱が集まり、神経という神経を食いちぎられている。
あまりの痛みに最早冷静に考えることが出来ない。イタイ。文章で思考することが出来ない。痛みにはある程度耐性があるはずの許容を大きく超えた痛みだった。
イタイ
イタアアアアイイイイ
イタアアアアアア
アアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
ナンデ
ドウシテ
イタイイタイ
タスケテ
ダレカ
シヌ
シンジャウ
イタイ
泣きわめき、叫んで、熱くて。自分がどろどろに世界に解け、グルグルと自分がかき混ぜられるのを感じる。
イタ イ
これ以上何も感じることが出来なくなって、ようやく私は真っ暗に途切れる。
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突然の落ちるような感覚に、目が覚めた。
動悸が激しい。
嗅ぎなれない布団の匂いに気づき。布団に横たわった状態で微動だにせず自身の状況を確認していた。
白いカーテン、パイプイス、白い壁。遠くに聞こえる鳥の声と、人の声。顔に感じる温い空気、消毒の匂い、舐めつくような大量の人の匂い、埃の匂い。
病院だ。
自分は病院のベットにいる。
そうわかるとようやく体を起こす。痛くはなかったが、違和感があった。体が萎えている。布団を掴むことすら重労働のようだ。
一体どれほど眠っていたんだろうか?
己の身体の様子を考えならがら、ふとカーテンの向こうの人間が起きていることに気づく。自分が起きた事に耳を傾けている。忍びだろうか?いや、自分が今気づいたのは自身が弱っているためだろう。気配を隠しているわけじゃない。入院するのが久しぶりで緊張しているのだ。
そんなに弱ってしまったのか。
チャクラを軽く練ってみると、問題はない。やはり体の関節の様子からして、長時間寝ていたのだ。そうだ、家で倒れたのだ。自分は何か病気の発作に見舞われたのだろうか。それとも敵から毒でも受けたのか。いや、忍術ということもある。こんなに時間差でかけられたら驚きだが。
まあいい、医療忍が教えてくれるだろう。
それよりも現在の状況であった。とにかく隣の人間について確認したい。確認しない事には安心できない。
隣にいるであろう右側のカーテンを開けようとして、腕を伸ばしてバランスを崩しそうになる。あきらめて冷たい床に降り、カーテンを開けた。
「……あ」
目が合った。
誰もいないベットの向こう。窓際のベットに横たわっている銀髪。左目には傷が走り閉じたままで、右目だけでこちらを見ていた。
「どーも」
「……どーも」
数秒遅れて返事する。
写輪眼のカカシだ。
口元まで布団が引き寄せられていて目元しか顔が見えなかったが、逆にそれがはたけカカシであることを示していた。
天才、変人、気難しい。
そんな単語が脳内を駆け巡ぐり、第一印象が大切だと結論付ける。
「はじめまして、鬼火ユウキと申します。相部屋よろしくお願いしますね」
「俺は、はたけカカシ。いやはや、入院して三日も起きないからどうしたもんかと思ったけど目が覚めてよかったね」
三日間ずっと寝ていたのか、そりゃ体も疲れるだろう。
なかなかいい人そうでよかった。
「俺みたいなおっさんが同室でごめんね? 何だか風邪が今流行っているらしくてベットがいっぱいらしいのよ」
「なるほど。でも、おっさんなんてそんな、五、六歳の違いでしょう?」
「……え?!」
笑いながら答えると、びっくりした反応が返ってきた。
「え?」
何かおかしなことを言っただろうか?
「俺、26よ?」
「全然若いですよ、私20になったばかりです」
「……君、20歳なの?」
「はい」
しげしげと顔を見つめられる。更には左目も開いて見つめられる。年齢で写輪眼を使われるとはどういうことか。
何かおかしいのか、自分の病院服を確認して異常に気づく。
胸が、ない。
どうやら自分はきちんと目が覚めきっていなかったらしい。
眼をつむり、体のチャクラをきちんと回して、脳に血液を送る。深呼吸もして、それからもう一度目を開けると、やはり胸がなかった。
「え」
急いで腕、足を確認する。
傷がない、というか小さい、細い。
まるで、
「鏡ならそこにあるよ」
言われて壁に鏡があることに気づく。
己の足ではないような小さい足を一歩、鏡の前に近づけ、そして見つめる。
右を向き、左をむき、手を振ってみた。
見慣れた、いやそれとも懐かしいはしばみ色の大きな瞳と、特徴的なきりとした眉。しかしそれらは今朝見た時よりも位置やサイズが若干違う。
……ああ、うん。
カガミニウツッテイルノハワタシ、
ケド、
「……なんジャあ、こりゃあああああああああああああああぁああ?!!!!!」
恥も外聞もなく、全力のシャウトをする。
ありえねえ、まじでありえねえ。呟いてみた所で変わらない。
鏡には小さな少女が、アカデミーを出たころの私が、映っていた。