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[38827] 【チラ裏より】嗚呼、栄光のブイン基地(艦これ、不定期ネタ)【こんにちわ】
Name: abcdef◆fa76876a ID:14aa3c64
Date: 2018/06/30 21:43
※オリ設定の嵐です。要注意重点で。
※俺の○×はこんなんじゃねえ! と言われかねん表現が多用されています。ご容赦ください。
※今も昔も地理と歴史は駄目駄目です。勘弁してください。
※人によっては一部グロテスクかと思われる描写有ります。
(※2013/11/10初出。2015/01/17、アニメ第一話よーやっと見れた記念にpixiv様にて投稿始めましたnovel/show.php?id=4799810)
(※2018/6/30、その他板への移動に伴い題名変更)





 こちら『あさうみ2000』! クソッたれ、バケモノだ! ……喰ってる、喰われてる!!


                           ――――――――回収されたブラックボックスより




 平静25年、天気明朗なれど波高し。




 最初に、手元のメモ。続いて、今しがた自分が乗って来たバス(という名前のお古の軽トラック)に目をやってみます。

「えぇと。大帝国海軍ブーゲンビル飛行場発、ブイン仮設要塞港行き……うん。これなのです……よ、ね?」

 手元のメモと、バス(という名前のお古の軽トラック)に書いてあった文字、そして、バス停(ヤシの木)の表示に間違いはありませんでした。
 ブイン仮設要塞港。
 それが私、艦娘式暁型駆逐艦、電(イナヅマ)が新しく配属されることになった基地の名前なのです。
 が、

「……要塞?」

 潮風で風食し、角っこが取れて丸みを帯びたコンクリート製の護岸。その隣の砂浜から直接伸びた古ぼけた木板の桟橋。そしてその桟橋の端っこで麦わら帽子をかぶって釣り糸を垂らしているおじいさんと猫とカモメ。
 どう見ても故郷のと変わらない田舎の港です。本当にありがとうございました。

「気のせいじゃないよ、艦娘のお嬢ちゃん。間違いなく、ここがブイン基地さ」
「え?」

 運転手さんのその言葉が信じられず、命令受領書の裏に書いてあった走り書きに再び目をやってみました。

「……え?」



 ウチの如月ちゃんがエロ過ぎて困る&ウチの如月ちゃん轟沈追悼の艦これSS

『嗚呼、栄光のブイン基地 ~ 最初はグー』



「ここが、ブイン基地」

 そこは基地とは名ばかりの、二階建てのプレハブ小屋でした。適当な大きさの板切れを近くのヤシの木にヒモで括り付けただけの看板には、やる気の感じられない文字で『1F:食堂、通信室、あとついでに基地司令の執務室』『2F:各提督執務室(201~204号室)』と殴り書きされていただけなのです。
 はっきり言って、ショックでした。
 私と同じ工場で少し前に生産されて、佐世保や呉の鎮守府に配備された私と同じ電ちゃん達から届いた手紙は、それはもう幸せいっぱい夢いっぱいでした。

(私が配属されたこのブインだって、南太平洋に浮かぶ、常夏の楽園だって聞いてたのに……)

 あたりを見まわしてみれば、恐ろしく澄み渡った青い空、天高くに広がる白い雲、どこまでも続く遠浅の紺碧、純白の砂浜、寄せては返す優しい波の音、南国の定番ヤシの木に……まとわりつく疫病バエや蚊を尻尾で追い払う牛さんに、手入れのスキをついて中途半端に伸び始めた雑草まみれのイモ畑、そして私の足首をコツコツコケーと軽くついばむニワトリさん達。
 うぅ、記憶の中にある原型(オリジナル)の電のお母さん。電は早速くじけそうです。涙が出そうです。






 ブイン基地(という名前のプレハブ小屋)の203号室。
 そこが私の提督がいる、執務室です。私の配属先は第203艦隊だそうです。
 まさかとは思いますが、部屋割り=艦隊名なのでしょうか……
 人の気配と話し声がしますね。男の人と、女の人の声です。何を喋っているのかまでは分かりませんが、どうも険悪そうです。天候不順で到着が丸一日遅れたのがいけなかったのでしょうか。

(……)

 ノックを前に最終確認。
 状況1:室内に提督以下、先任艦隊全員が揃っており、一糸乱れぬ厳格そうな雰囲気だった場合。

 ――――艦娘式暁型駆逐艦、電(イナヅマ)! 現時刻を持って提督の指揮下に入りました! 高性能をご期待ください! いざ、暁の水平線に勝利を刻まん事を!!
(何か硬すぎるかも……)

 状況2:室内に提督以下、先任艦隊全員が揃っており、和気あいあいとした雰囲気だった場合。

 ――――えっとぉ、初めましてぇ~。私は~、艦娘式暁型駆逐艦の~、電って言います~。よろしくお願いいたしますね~♪
(何か絶対に違うかも……)

 状況3:その他の状況だった場合。

 ――――艦娘式暁型駆逐艦、電です。世に平穏のあらん事を。
(これなのです!)

 ノックを4回。
 つい緊張しすぎて返事よりも先に扉を開けちゃったのは内緒です。

「し、しつれいしみゃ!?」

 扉を開けた私の目の前は、何かの辞書でした。
 ごっすん。と、私の顔面から聞こえてはいけないような音がしました。ですが、こんなナリでも私は艦娘――――戦闘艦です。分厚い広辞苑の顔面直撃程度でどうにかなるような安っぽい装甲の持ち合わせはありません。でも痛いものは痛いのです。涙が出そうなのも気のせいなのです。

「ぐーか! ぐーで殴りやがったな! オレを! 乙女の顔を! ぐーで! このクソ提督ぶっ殺す!!」
「上ォォォぅ等だこのクソ軽巡! 億兆倍にして熨斗もセットの半額セールだこの野郎! 折って畳んで昨日作った干物と一緒に庭の隅っこで日干しにしてやる!!」

 真っ白い将校用の軍服に身を包んだ男の人――――多分この人が提督さんだ――――が、私よりもずっと大きな身長で、龍の角のような機械製の耳をピコピコといからせ、左目に機械的な眼帯をした艦娘さんともの凄い悪口を言い合いながら大ゲンカを繰り広げていました。
 予想外にも程があります。

「あらあら。大丈夫?」

 床に座り込んだまま、目の前の大ゲンカをただ眺める事しかできなかった私に手を差し伸べてくれたのは、緩やかに波打つ黒の長髪が綺麗な、女の人でした。
 ですがその人の背中には、大きな金属製の部品(煙突?)があり、前髪には紫色の蝶の羽のような髪留めが、そして後ろ髪を結えていた簪だと思っていたのは、背中から伸びていた電探の帆でした。

 ――――この人も、艦娘さんだ。

「可愛い新人さんね。初めまして。私は艦娘式睦月型駆逐艦2番艦『如月』よろしくね」
「は、はい。よよろしくお願いいたします。世に平穏のあらん事を」
「な、なかなか斬新な挨拶ね……」

 そう言って、如月さんは何故かひきつった笑顔になってしまいました。やはり、遅刻したのが駄目だったのでしょうか。

「それはそうと……おほん。総員、傾注!」

 一瞬で如月さんは今まで浮かべていた柔和そうな笑顔を消し、引き締まった表情になって、そのまま教本にでも乗せられそうなほどきれいな敬礼をしました。

「ようこそ、駆逐艦『電』。我々、ブイン基地所属井戸少佐麾下第203艦隊は、貴女の着任を歓迎します!」

 壁際でけんかの行方を見守っていた他の方々――――多分、私や如月さんと同じ艦娘だと思います――――も、一瞬遅れて一糸乱れぬ敬礼をとりました。
 提督さんと、あの艦娘さんはまだ取っ組み合いの喧嘩を続けています。

「じゃあ、改めて自己紹介ね。私は、艦娘式睦月型駆逐艦2番艦の『如月』よ。よろしくね」

 元の温和な笑顔に戻った如月さんに続いて、他の艦娘さん達も自己紹介をしてくれました。
 如月さんの次に答えてくださったのは、金の飾り紐をあしらった巫女さん服のようなものを着た、溌剌とした雰囲気の艦娘さんでした。

「Hi! ワタシは艦娘式金剛型戦艦の『金剛』デース! 4649ネー☆ 所属はお隣の202号室の、水野中佐の202艦隊ネー」

 なんで203艦隊に? と聞き返すよりも先に、私の提督のトコの紅茶切れたからおすそ分けして貰いに来てただけデース。と、金剛さんが答えてくれました。図々しい。
 思っていたよりもブイン基地というのはご近所付き合いが多いのでしょうか。
 二人目。弓道着と胸当てと赤く短い袴を履き弓掛を挿した、真っ直ぐな黒髪と肩盾のような飛行甲板が特徴の、大和撫子の見本のような艦娘さんです。

 黙っていれば大和撫子の見本のような艦娘さんなのですが……一心不乱に食べる姿は残念の一言です。

「ハッフ! ホフ! ハフハフホフホフホフマン大佐!  我々に援軍(お代わり)はあるのですか!? うおおおおおぉぉぉン! 今私がしているのは食事ではない、これが予の間食である。でも今の私はまるで艦娘式発電所だ!! あ、私はこの203艦隊所属の艦娘式正規空母『赤城』です。あと早速で悪いんだけど何か胃に溜まるもの持ってない? 入渠中って食べるか寝るかお風呂入るかお布団の上で資材(ボーキサイト)齧って漫画読むくらいしか自由が無いし」

 ごめんなさい。帝国を出る際の検疫で唯一持ってこれたポンカン飴は、昨日全部食べちゃいました。

「そっかー。ヤシもヤシガニも、今日の上限までたべちゃったしなー」

 赤城さんは、口の端から甲殻類か何かの脚を覗かせながら……い、いえ見間違いです! きっとヤシの実か何かのスジです。私は何も見ていませんし、聞いてません『うん。すごく好きなのよ……ヤシガニ』なんて呟きも聞こえていません!
 三人目。探査灯のような形状に機械化された左目が特徴の、セーラー服の艦娘さんです。バトーさんの御息女? どなたですか?

「初めまして。重巡洋艦の古鷹といいます。わたしもこの203艦隊の所属なんですよ」
「よ、よろしくお願いします」
「本当はあと二人いるんですが、今遠征に出ているんですよ。あと、後ろの二人は203艦隊の司令官である井戸少佐と、同艦隊の総旗艦である軽巡洋艦『天龍』さんです。今の二人は、まぁ、その……あの……」

 古鷹さんがチラリと後ろを振り返って、それきり言い詰まってしまいました。
 無理もないと思います。

「ヲ級の変異種と護衛艦隊をオレと赤城と古鷹の三人共同で全艦撃沈! リ級を単独で3隻!! 黄金は無理でも銀剣はどう考えても確実だろ! なのに何でオレだけ出場停止なんだよ!? 二人も一緒じゃねぇのかよ!!」

 天龍さんが納得がいかない、といったように提督さんに詰め寄ります。
 軽巡単独で重巡3隻を撃沈。
 いったいどこの戦意高揚映画の主人公でしょうか。確かにその戦果なら銀剣突撃徽章も――――授与条件が一会戦中に、単独で軽巡以上を7隻轟沈ですから――――まぁ、ひょっとしたら夢ではないです。
 しかし、その提督さんは、天龍さん以上の大声で怒鳴り返しました。

「五月蝿ェぞ! 手前ェがソロでやった重巡3隻が問題なんだよ!! 何なんだよあの報告書は!『タンカー掴んで木刀の代わりにしました。途中で折れました。次はもっと頑丈なタンカー寄こしてください』だぁ!? ふざけんじゃねぇぞ! 三月に一回の大補給の機会フイにしやがって! 昨日の合同会議の時に俺がどんだけ肩身の狭い思いしたと思ってやがる!! 一兵卒から基地司令まで、廊下で誰かとすれ違うたびに舌打ちされるんだぞ!? 給食のおばちゃんにだって露骨に量と中身減らされてるんだぞ!? 具の入って無い雑煮ってなんだよ!? 今日もまた基地司令から直で呼び出し食らってるんだぞ!? 通信中継とはいえ大将以下勢揃いの軍法会議だよ! 俺の胃の痛さが解るかこのヤロウ!!」

 天龍さん、それは流石に……

「知るか馬鹿! テメーだってあの時オレに乗ってたじゃねーか! しかも『コイツら絶対ブッ殺す!』ってオレと一緒に思ってたじゃねぇか! ならテメーだって同罪だろうが!!」

 提督さん、それはさすがに駄目ですと電は思います……

「あ、あはは……ごめんなさいね電ちゃん。本当は皆、貴女の歓迎会をしたかったのだけれども、この様子じゃあ――――」

 突如として、今までの雰囲気をすべて引き裂くような、けたたましく、不吉なサイレンの音が鳴り響きました。
 そのサイレンはこの部屋の中だけではなくて、島中に配置された拡声器を通じて、ブイン島の隅から隅まで鳴り響いていました。

『緊急放送。緊急放送。203艦隊第一種戦闘配置。203艦隊第一種戦闘配置。定期巡回中の201艦隊より緊急入電。ブイン島沖東150キロの地点にて有力な深海棲艦を確認。雷巡チ級、軽空母ヌ級を複数認む。応援求む。繰り返す。203艦隊第一種戦闘配置。203艦隊第一種戦闘配置』

 出撃。
 そのためにブインくんだりまで来たはずなのに、サイレンと共に響いてきた放送の内容を聞いた私の頭は真っ白になってしまいました。
 今の今まで骨肉以下の醜い子供の喧嘩を繰り広げていた提督さんと天龍さんが、一番最初に反応しました。

「天龍、水野中佐と202艦隊は!?」
「はい。水野中佐は現在、特殊任務を遂行中です。第202艦隊の所属艦は、入渠中だったそこの紅茶……金剛を除いて水野中佐と共に全艦出撃中です」
「Oh,ソーデシター。ワタシの提督からの伝言Forgottonデシター。水野中佐麾下、第202艦隊所属、艦娘式金剛型戦艦『金剛』は、提督不在の本日のみ、かつ緊急の場合に限って一時的に203艦隊総司令、井戸少佐の指揮下に入りマース」

 そりゃあ助かる。と提督さんは言い、続けて私たちの方に振り替えると、今までとはまるで別人のように違った引き締まった表情で叫びました。

「第203艦隊総員! ドッグに向かって駆け足、すゝめ!!」
「「「了解!!」」」

 艦隊の皆さんに遅れること一瞬、私も敬礼を返してそのままプレハブ校舎を飛び出し、すぐ裏のイモ畑と隣接した港のドックに向かって駆け出しました。





「報告! 第203艦隊総司令井戸提督麾下、軽巡洋艦『天龍』以下3隻+1現在地! 2隻遠征中!!」

 203のドックこと、ブイン港の桟橋の端っこに整列した私達と対峙する形で天龍さんの報告を聞いた提督さんが、説明を始めました。

「よろしい。諸君らも知っての通り、当ブイン基地の201号室に在住の、オーストラリア海軍のファントム・メナイ少佐率いる第201艦隊が定期哨戒中に航空戦力を含む有力な敵部隊と遭遇、現在も遅滞戦闘を継続中である。少佐の艦隊は旗艦の『愛宕』……ああ、今は『ハナ』だったな。兎に角、旗艦以外は全て通常戦力である。少佐ならば負けはしないだろうが、それでも元々の数が――――」

 それにしても、この提督さんも天龍さんも、第一印象がアレすぎたからかもしれませんが、こういう真面目な表情をしているとなんだか違う人みたいです。
 おっとっと。提督さんの話に集中しなければ。

「――――したがって、我々第203艦隊は全力を持って敵主力の側面から打撃ををかけ開囲を試み、201艦隊の撤退をより確実なものとする。何か質問は?」
「はい! ハイハイハイ! 提督、全力ってことは、オレも――――」
「お前は黙って謹慎してろ、天龍」

 あっさりと断られた天龍さんの機械耳は、彼女の表情の落ち込み方と連動するかのように、ぺたんと倒れてしまいました。

「代わりにと言っちゃあなんだが天龍、新人のお守を頼む。お前にしか出来ないし、お前にしか頼めないんだ。頼む」

 ――――お前にしか出来ないし、お前にしか頼めないんだ。

 そう言われた途端、今度は天龍さんの表情が今までに無いくらいに明るく輝き、機械耳もピコピコと激しく振り動いていました。

「え……オレに任せろ! 任せとけ!!」

(……なんだか、原型(オリジナル)の電が実家で飼ってた犬みたい)
「電、お前は今日のところは見学だ。配属初日で連携も何もあったもんじゃないからな」
「りょ、了解しました」
「よろしい。では編成を発表するぞ。隊形は単縦陣。前衛から順に如月、古鷹、金剛、赤城」
「「「「はい!」」」」
「なお、金剛と赤城は艦隊に随伴しなくても良い。入渠中だしな。後方からの支援に徹してくれ。赤城、金剛、水上機の無線周波数を合わせておけ」
「「了解しました」」

 こないだヘシ折ったタンカーの中にあったのが補給用のボーキサイトだったので、動かせる艦載機は赤城に載っているので全部だ。と提督さんは言いました。
 戦艦の決戦火力で地均し(この場合は海均しでしょうか?)、快速の駆逐艦で傷口を広げ、重巡洋艦の砲打撃で撃ち漏らしを片付ける。と言ったところでしょうか。でもそれなら集中砲火を受ける如月さん(駆逐艦)と古鷹さん(重巡洋艦)の配置が逆の方がいいのでは?
 そう意見具申しようとしたちょうどその時、提督さんは私と天龍さんの配置を発表するところでした。なので、結局言えませんでした。

「天龍、電は金剛の艦橋にて待機」
「「はい!」」
「なお、本作戦の作戦旗艦は如月とし、私も同乗する」

 私も同乗する。

 その一言を聞いた瞬間、如月さんはこの世全ての法悦を極めたような表情のまま、何故か自分の体を抱きしめるようにして、内股でガクガクと痙攣していました。凄く艶っぽくて、でもとても破廉恥な雰囲気でした。
 一方の天龍さんは、可愛がってもらっていた飼い主から突如として殴るけるの暴力を受けた時の子犬のような表情をしていました。絶望や恐怖には鮮度があるって本当だったんですね。とっても素敵です、天龍さん。

「では状況を開始する。如月以下、順番に展開始め!!」
「如月、提督と一緒にイきます、イっちゃいます!『展開』ッ!!」

 如月さんは、無駄に洗練された無駄しかない無駄に艶やかな掛け声と共に三回転半月面宙返りで海に飛び込み、直後、もの凄い大爆音と閃光が周囲を包み込みました。
 光と音が過ぎ去った後、海の上には人の形をしたものは無く、あったのは鋼鉄の艦船が一隻だけでした。

『駆逐艦『如月』解凍作業終了いたしましたわ。さ、提督。如月はいつでもオッケーですわ』
「よし。総員、搭乗開始」

 その艦のどこからともなく響いてきた如月さんの声と共に降りてきたタラップを駆け上がり、提督はそのまま艦橋へ。私たちはそのまま甲板の縁付近で待機です。

『展開』の二文字が示す通り、圧縮保存状態――――俗に言う『艦娘』としての私達は、いわば待機状態なのです。
 軍事関係にあまり詳しくない民間の方はよく勘違いされがちなのですが、我々はあくまで戦闘艦なのです。こちらの姿――――全長数十メートルオーバーの戦闘艦の方が我々の本来あるべき姿なのであり、艦娘としての姿は日々進化を続ける深海棲艦に対抗するべく生み出された形態の副産物なのであり、日々の整備・保守点検を容易にするためなのであり、ごはんがおいしくてお布団ふかふかなのです。

「如月、抜錨! 最大戦速で目標海域まで進め! 搭乗中の各艦。沖に出次第、間隔をあけて順次展開に入れ!」




 ブイン島が小さな点になった頃、最後に残った金剛さんの『展開』が終了し、私と天龍さんはそちらに移りました。私と同じ駆逐艦程度ならほんの数秒で回復する程度の爆音と閃光だけで済むのですが、彼女と同じ大戦艦クラスの『展開』時には、小型のキノコ雲が発生するほどのエネルギーが周辺に爆発的な勢いで放出されるので、本当にこういった沖合でしか『展開』できないのです。
 もし、基地周辺で彼女達が『展開』するようなことがあった場合、それはもうその基地は陥落寸前で、そんなことを気にかけている場合じゃあないのだと思います。

『提督、第203艦隊+α、作戦参加中の全艦、配置完了しましたわ』
『金剛さん、赤城です。水上機隊が敵艦隊を目視確認。今そちらに諸元を送りますね』
「Oh,サンキューデース」

 そんな事を金剛さんの艦橋で考えている内に、ついに敵艦隊を捕捉しました。まだ水平線の向こうですが、ここからでも黒煙がいくつも上がっているのが見えました。

「かんむすさんかんむすさん。でーたがとどいたのですよ」
「しょげんにゅうりょくしょげんにゅうりょくしょっぎょむっじょ」
「このいっせんに、こうこくのこうはいはありなのですか?」

 艦橋の隅っこにある補助席に座っている私たちを尻目に、あたりでは妖精さん達――――展開時の余剰エネルギーを利用して作られた艦娘式戦闘艦の無人運用システム群の総称――――が、忙しなげに動き回っていました。赤城さんに搭載されている艦載機や、対空砲座の運用、ダメコン要員も全てこの妖精さん達が賄っているのです。私たち艦娘だけでもひとまずの運用は出来ますが、艦内装置の操作や舵取りやキングストン弁の自抜などの大雑把なものに限られてしまいます。
 例外は――――

『GOODデース! 全砲門、オープンファイヤー!!』

 無人の艦長席の隣に立つ金剛さんが、水平線の彼方を指さして号令をかけました。
 直後、防音・防衝撃処理が施されているはずの艦橋が大きく震えました。









【提督、金剛さんからの第一砲が着弾しました。弾着評価、近、近、直、遠。挟差。軽巡ヘ級の撃沈を確認】
「第一射で挟差、かつ直撃とは……流石は『魔術師』水野中佐の右腕といったところか」

 艦長席に深く座して状況を静観していた井戸が、顎の無精の剃り残しを何度も何度も撫でつけながら呟いた。
 駆逐艦としての本来の機能と形状を取り戻した『如月』に、井戸は手招きをし、それに呼応したかのように井戸の背後の虚空から艦娘状態の如月が顕現――――妖精さんシステムのちょっとした応用だ――――し、井戸の背後から手を回してそのまましだれかかるようにして顔を近づけ、囁いた。

【ねぇ、提督……そろそろ、欲しいの】

 妖精さんと同じ、疑似的な物質となるまで緊密化された情報体状態になっている今の如月に匂いなどあるはずがないのだが、その囁きに乗って微かに甘い香りが己の鼻腔に届いたように井戸には思えた。

「……そうだな。そろそろ包囲の外側からの攻撃だと気づかれるだろうし、頃合いか」
【! 提督、では!】

 如月の立体映像の表情が明るく輝く。ともすれば、先ほどの天龍にも負けないくらいだ。

「うむっ。203全艦に緊急連絡だ。これより作戦旗艦『如月』は超展開に入る! 超展開中の支援、よろしく頼まれたし!」

 井戸からの通信に答えるかのように、古鷹と金剛らによる砲打撃の圧力が一層強くなった。敵――――深海棲艦隊も、そちらに気を取られていて、艦隊から少し離れて単独で接近する『如月』にはまだ気づいていない。
 艦長席の背もたれに深く身を預けた井戸に、まるで幽霊が取り憑くかのようにして如月の映像が重なっていく。
 それと合わせて駆逐艦『如月』の方でも大きな変化が起こっていた。何と、被弾や破損は無いのに艦体が垂直方向を向き、その船底を大気に晒し始めたのだ。

「【如月、超展開!!!】」

 如月と井戸の掛け声に答えるかのように、船体が太陽のように激しい光を放ち始め、輝く。
 丁度その時、井戸の脳裏には次々とありえない記憶と思い出が次々と浮かんでは消えていった。

 母様からもらったお下がりの蹴鞠、マスコミにリークされた我々の存在、隣の美代ちゃんと一緒に行った町合同での予防接種、『愛宕』の適性個体が見つからない、同じような金属の破片を何枚も何枚も触らせ続ける検査、進まない開発と迫る納期とTeam解体の危機、校長室に呼ばれた私、悪魔の囁き、厚生省人事部の入江さん、化石のような選民思想の攘夷過激派、そして――――

 間違い無い。これは如月の記憶だ。混入している。
 混ざるはずが無いモノが混ざった結果の拒絶反応として、井戸の体が大きく痙攣する。

 自分は今艦長席に座っているし座らせているしさっきは背後から首筋に手を回して耳元で囁かれたけどこれでもちっとも振り向いてくれない提督のイケズでも私はそんな貴方がいや待て俺は私は誰だ誰かしら白い服なら海軍さんかでも最近は女性の提督も多いしそうだ鏡だ自分の顔を見よう艦娘式に乗る者なら必須の折り畳み式の小さな鏡だ左ポケットを漁って出す。見る。男だ。男の顔だ。自分かそうじゃなくて、男の顔だ。
 なら俺は男だ。鏡の中の顔が男なら俺の方は井戸だ。ブインの203の井戸だ。
 以前はここまで記憶の混同は酷くなかったのに。如月での超展開は初の実戦だからか?

【うふふっ。提督ったら、そんなにビクビク震えちゃって……んもう、可愛い】

 脳裏に直接囁かれたイメージには、ユーモアと茶目っ気が多分に、そして侮蔑や嘲笑、優越感に近い概念が多少含まれていた。

 ――――このヤロウ、わざとか。

 ここいら辺、天龍だったらしっかり弁えてくれているし、あー見えてこちらを立ててくれもするから超展開もやりやすいんだがなぁ。という愚痴に近い概念が如月にも伝わったのか、嫉妬や侮蔑、焦燥や劣等感といった概念が一瞬だけ滲んだような気がした。

【んもう。こういう時に他の女の事なんか、考えちゃ駄目よ】
 ――――それもそうだな。超展開はどうなった?

 その時にはもう、先程まで駆逐艦として海に浮かんでいた如月は存在しておらず、代わりにいたのは、艦娘としての如月だった。外観は多少機械の部分が多くなっており、背中の煙突からは心臓の鼓動のように規則正しく排煙と汽笛を吐き出し続けており、左胸の心臓――――動力炉から燃えるような輝きの光が装甲越しにも見えているとはいえ、普段艦娘としてブインにいる時の如月とそう変わらない形状をしていた。
 ただ、そのサイズが異常であった。
 超展開――――文字通り、展開状態の艦艇をさらに展開させることによって得られた、全く新しい戦闘艦の形態。一言でいえば艦娘を巨大化させただけともいえるのだが、それだけでないのが超展開の“超”たる所以である。

【如月、超展開完了しましたわ。機関出力120%。維持限界まであと180秒】
 ――――よろしい。では、行こうか。
【はい! さぁ、深海凄艦さん達。この如月が、極楽浄土の快楽でイかせて差し上げますわ、海の底まで!】

 艦長と艦娘、二人の意識を繋ぎ合わせて大きな一つとし、艦の装備品や超展開中の艦そのものを手足の如く扱い、戦場を圧倒する。
 この超展開も、艦娘の量産システムも、日々進化・増殖を続ける深海棲艦に対抗するべく、世界中からの非難を浴びつつも帝国の陸海両軍の技術を総動員して生み出された、鬼子の如くに忌み嫌われた技術なのである。

“お前たちは、お前たちの孫や娘たちと同世代の子供達を兵器として加工するのか!?”

 艦娘の量産方法はいたって単純で、存在する艦娘のおおよそ殆どはクローン養殖品である。
 栄えある母体として選抜されたオリジナルは、クローニングを容易にするためにスープ状に加工され、未分化の細胞塊(カルス)単位で培養され、薬品処理で急速成長と老化停止処置を施された後に、各地の鎮守府や造船工場に出荷されている。

“ごくわずかな手間と資源であいつらと相対できる戦力を量産できるでしょうに。何をお怒りになられているのですか?”

 一方、超展開機能を持った戦闘艦の製造方法はかなり複雑、かつ心霊力学的(オカルト)な方向に傾いた技術である。
 旧大戦時の戦闘艦の残骸を片っ端からサルベージし、集められた被験者に片っ端から物理的に接触させ、親和値の高い個体を選抜。
 それを艦娘の母体として先述の方法でクローンを製造し、その過程で、あるいは出荷先の工場や鎮守府で親和値の高かった艦の破片の一部を移植。肉体に馴染ませながらクローンを完成させるとあら不思議。破片でしかなかったはずの戦闘艦も同じく(圧縮保存状態でとはいえ)完成している。
 そのあたりの詳細な理論は紙面および軍機の都合により省略させていただくが、手っ取り早く言ってしまえば、ビリー・ミリガンやヴィネガー・ドッピオに代表されるような一部の多重人格者が、人格の交代と共に身長や体格がまるで異なってしまうという現象を、医学・薬学・心霊力学的に再現したものである。更なる詳細を知りたい方は各人で『21グラム理論』『音叉的な類比感染呪術について』『心霊力学基礎論』『異なる植物間における細胞融合を、動物細胞と無機金属類の異種融合へと応用した際に確認された各種反応について』などの学術書や論文を熟読していただきたい。

 そして肝心の被験者の徴収には、市町村あるいは学校単位で予防接種とでも銘打って集められることが多い。最悪の場合はテロや大事故に見せかけた拉致もありうる。

 閑話休題。

 だが、鬼子でもなんでも、それが使えるのならば使うしかない。実際に帝国はそう言うレベルにまで追い詰められていたのである。
 南方の資源地との海路はほぼ完全に寸断され、操業中の漁船だろうが護衛満載のタンカーだろうが何だろうが、深海凄艦の連中は兎に角片っ端から襲い掛かってくる。空輸では輸送量よりも消費の方が大きすぎるし、迂闊に低空を飛ぼうものならヲ級やヌ級の艦載機に雲霞の如く集られて、文字通りの意味で食われる。
 絶対無敵を誇るイージス艦隊も、途切れた南方資源地への打通作戦の失敗と続く撤退戦でその数を大きく減じて以来、再建の目途は立っていない。
 虎の子の対艦ミサイルは確かに有効だった。火力神話は健在だった。だが、数の暴力はもっと偉大であった。おまけに徐々に徐々に耐性の高い個体が現れ始めており、コストパフォーマンスという名前の怪物に膝を屈する日も近いだろう。
 某国では核の集中運用も大真面目に検討されていたようだが、政治的に色々とあったらしく、実行はされなかった。
 おまけにその筋からの情報によると、最近では合衆国の西海岸や帝都湾の近海にもその姿が見え始めたそうだ。合衆国もベトナムでの敗北以来重たくなっていた腰をついに上げたそうだし、大本営はいつまで噂話を噂話のままで留めておけるのだろう。
 ふと、井戸は思った。こんな娘達を最前線で指揮して戦わせている自分は死んだら極楽浄土なぞ良くて門前拒否だろう。きっと。だが、天龍や如月達はどうなるのだろう。
 そういえばこないだ逮捕された共生派の連中、変な事言ってたな。たしか、深海凄艦と言うのは元々――――

【……提督、維持限界まであと170秒ですわ】
 ――――カカト・スクリュー、全力運転開始! まずは最寄りの雷巡から片づける!!

 井戸の思考はそのまま如月にも伝わっていたはずだが、如月は完全にそれに対して触れないでいた。井戸も彼女の意図に乗っかり、目の前の問題を片付ける事に集中した。
 水中で水をかき回し続けるカカト・スクリューの回転数がさらに増し、人間でいうところの歩行動作の補助も借りて、如月は腰まで海水に浸かりながらも、駆逐艦の名に恥じぬ速度で、未だにこちらに背を向けて魚雷を吐き出し続ける雷巡チ級に向かって突撃していった。

 雷巡チ級――――異形の頭部のような下半身と、完全な人型の上半身からなる深海凄艦であり、従来の艦隊戦に文字通りの意味での格闘戦という概念を持ち込んだ戦犯であり、超展開を含めた艦娘システムを開発せざるを得なくなった最大の要因である。
 雷巡チ級以前までに確認された種の中には、軽巡ヘ級やホ級のように、腕や頭が確認できるものがいる。それらは兵装の保持や姿勢制御の補助システム(例えるなら、原付ボートにオールを用意したようなもの)であると考えられてきたし、実際にそういう使われ方をしていた。
 だが、この雷巡級は違った。
 遠距離では砲弾をばら撒き、魚雷で逃げ道を塞いで接近し、その巨大な腕で艦橋を直接殴り壊し、艦上構造物を片っ端から薙ぎ払ってくるのだ。
 たとえ戦闘艦が被弾による損害を計算されて建造されているといっても、加害方法の如何が前提なのだ。大砲や魚雷の直撃ならまだしも『殴られました。物理的に』など誰にも予想できる筈が無い。
 火力はあっても足の遅い重巡では割に合わない。駆逐艦や水上機母艦では火力が足りない。戦艦や正規空母はそもそもの数が足りていない。
 はっきり言って、超展開機能を含めて艦娘は、このチ級と戦うために開発されたといっても過言ではない。
 座学でとはいえ、その事を知っている如月は自らの提督に向けて攻撃衝動を発信する。が、その井戸からは逆にどうどう、と飼い犬を宥めるかのような概念が流れてきた。

【い、犬っ!? わ、私が犬っ……!? 提督の犬……提督だけの飼い犬……提督専用の雌犬……ぁ】
 ――――如月、61センチ酸素魚雷、安全装置の解除と弾頭活性化。
【わ、わんっ! じゃじゃなくてハイ!】

 如月の自我命令により、その左腕部に装着された投射管の中にある魚雷4発の弾頭が全て活性化され、投射管の最終以外の全ての安全装置が解除される。

 ――――合図で飛ぶ。一撃で首を取る。動作制御任せた。
【いつでもイけますわ!】
 ――――よし、飛べ!!

 その合図で、文字通り如月が跳んだ。駆逐艦サイズの構造物が、文字通り下半身の屈伸運動で跳躍したのである。
 この時点で、雷巡チ級も己の背後から忍び寄っていた死神の存在に気が付き、背後に回頭しようとしていたが、もう遅い。

 ――――61センチ魚雷、撃ェい!!

 如月が上方より落下しつつ渾身の左ストレート。チ級が上半身を無理矢理ひねり、下半身で全速で回避しようとするが、致命的なまでに手遅れだった。
 如月の拳がチ級の顔面に突き刺さるのと同時に、その衝撃によって魚雷発射管の最終安全装置が解除。限界までたわめられた金属バネと圧搾空気の力によって装填されていた魚雷が発射され、即座に着弾。意図的に指向性を持たされた4発分の弾頭炸薬による爆発はさながらネコ科動物の爪の如くに伸び、チ級の頭部構造をいとも容易く貫き、その大部分を消し飛ばした。
 頭部の消し飛んだチ級が自己再生の素振りすら見せずに、その体組織を急速にグズグズに劣化させつつ海の底へと還って逝く。

 ――――【次!!】

 如月と井戸が同時に吼える。

『提督、重巡洋艦の古鷹です。周囲に敵影無し。メナイ少佐の艦隊はすでに安全圏に達した模様で……ま、待ってください! 二時方向、空母ヲ級が急速浮――――』

 古鷹との通信が不自然に途切れた。
 通信を中継するために上空を旋回していた水上偵察機が一機、火と煙を上げながら墜落していくのが遠目に見えた。妖精さんはすでに落下傘を使って脱出していた。
 直後、如月の左右を縫って、古鷹から発射されたいくつもの魚雷が新たに表れたヲ級に向かって突き進み、赤城がなけなしのボーキサイトを食って補充した対艦爆撃仕様の攻撃機の編隊が波飛沫を被るほどの超低空からの匍匐飛行と、高高度からのウミドリ・ダイブによる立体的な連携攻撃を仕掛けた。
 全て無駄だった。
 空母ヲ級。
 二対の太く長い触手を持った異形のクラゲを頭にのっけた、完全な人型をした少女型の深海凄艦であり、数年前の硫黄島打通作戦において、初めてその存在が確認された比較的新しい艦種である。
 空母の名の通り、クラゲ様の器官の内外に無数の飛行小型種を寄生させており、それを人類側の艦載機の如くに操って戦場を制圧するのがヲ級の基本的な戦闘行動である。
 だが、今現在如月と井戸の前に立つ個体はまるで違っていた。
 その特徴的な二対の触手を俊敏かつ正確無比に動かして、近づく魚雷を、吐き出された爆弾を、不用意に接近しすぎた爆撃機のいくつかを。
 そのことごとくを例外無く迎撃していた。
 数秒間ほど続いた爆発と砲煙の後、そこにいたのはまるで無傷のヲ級本体と、根元から吹き飛ばされ、それでもその半分以上がすでに自己再生を終えていた二対の触手、そして残骸となって波間で洗われている艦載機の残骸だけだった。

【提督……このヲ級】
 ――――ああ、間違いない。三日前に撃沈したのと同じ、例の変異種だ。





『……井戸提督と、井戸提督のところの如月ちゃんがヲ級の変異種と交戦に入って15minitesデスかー……』
『この距離だと砲撃は巻き添えの可能性がありますし、魚雷はさっきので看板ですし……』
『お腹空いたー。ねー、古鷹ちゃーん。ボーキサイトもーないのー?』
『やめてください戦闘後の会計で死んでしまいます』
『Hmm……この後方からの支援は無理デスカー。井戸提督のところの古鷹さん、敵艦隊の増援は?』
『さっきのヲ級が1隻だけですね……このままここにいても意味が無いですし、これより私達後方支援部隊はプランBに移行しようと思うのですが、赤城さんに金剛さん、どうでしょう』
『オッケーデース!』
『プランBは何?』

『『零距離直接火砲支援』』



 如月の12センチ単装砲が吠える。ヲ級の触手がそれを弾く。4、5発も当てればさしもの触手も耐えきれずに千切れ飛ぶが、他の触手が受け持っている間に再生を終える。さっきからその繰り返しだ。先の飽和攻撃の時に比べれば明らかに再生能力は衰えているが、それでもこちらの12センチ砲弾が尽きるのが先だろう。
 いや、尽きた。

『ていとくさんていとくさん。こうげきぶたいはぜんいんぶじなのですよ』
『でもかんさいきはこっぱみじんなのです。あとでふるたかさんがでんたくかたてにめそめそなのです』
『やあやあさめさんさめさん。ぼくらときみたちどちらのかずがおおいか、あの古鷹さんまでいちれつにならんでかぞえてあげましょう』

 如月と一つになっている井戸の意識に、撃墜された妖精さん達からの通信が、囁きとなって流れてきた。

『あとあと、あのしょくしゅはながくないです。せいぜいにばしんがせきのやまみたいです』
『でもはやいです。みじかくてはやいとかさいあくなのです』
『たすけて鉄棒ぬらぬら先生』

 ――――それは良い事を聞いた。こっちは拳一つ分だぞ糞ッたれめ。

 井戸が無意識に体を動かそうとし、井戸と繋がっている艦娘としての如月が中継し、艦体としての如月が動作を完了する。
 その誤差、僅かに0コンマ002秒未満!

【ついでに言うと提督。私に挿入ってた酸素魚雷はその四本で最後ですわ】
 ――――最悪だ、畜生め。

 左半身を相手に向けた状態で屹立し、指先までまっすぐ伸ばした左腕は肩まで上げ、軽く握った拳の右腕は胸元に。
 とある陸軍将校が編み出し、気が付いた頃には陸海を問わず広く伝わっていた防衛術の型。
 名を、桜花の構え。

【次の出撃までに、火炎放射器でも作っておいたらどうかしら? 流石に炎までは防げないと思うの】

 軽量二脚型の如月、射突型酸素魚雷、左手に火炎放射器。

 ――――……良い案だな。

 小ジャンプ移動、亜空間とっ突きカウンター、熱暴走という謎の単語が井戸の脳裏をよぎったが、目の前のヲ級がそれ以上の考察を許さなかった。
 こちらの弾切れを悟ったのか、ヲ級の変異種が未だ不完全な再生しか終えていない4本の触手の先端をこちらに向けて、大波小波をかき分けて急速接近してきた。
 またしても井戸と如月の意識が重なる。

 ――――【え?】

 艦載機は?
 という二人の疑問に答えたわけではないのだろうが、ヲ級頭部のクラゲ様の器官にへばりつくようにして寄生していた最後の小型種が数匹、音も無くその肉の中に沈んでいった。直後、触手が完全に再生した。

【成程。エサですの】
 ――――航空母艦としては大失敗作としか思えんがな。

 兎に角余計な邪魔が入らないなら好都合と考えた二人もヲ級を迎え撃つべく、桜花の構えを維持したまま最大戦速で走り出す。
 先手は、ヲ級が取った。
 単純明快な真っ直ぐの突きが4つ同時に発射された。牽制、フェイント、そういった無駄な要素の全てを廃したが故の速度と精密さが如月の頭と心臓にそれぞれ2発ずつ伸びる。
 それを予想していた井戸と如月はすでに弾切れで無用の鉄塊となっていた12センチ砲の砲塔を部分脱落(パージ)。盾にして防御。

 ――――良し、刺さっ

 突き刺さった4つ全て触手を強引に振り回され、砲塔を手元から奪われる。

【ンアーーーー!!】

 しかもそれを奪っただけでなく、元々器用に動く触手の力を利用して、上下に左右にと勢いをつけてハンマーのように振り回し、如月を何度も何度も殴りつけてきた。
 我慢して近づこうにも一定の距離を保ったまま、近づこうとも遠ざかろうともしない。

 ――――このままハメ殺すつもりか……!
【はっ、ハメ!?】

 提督が私を提督を私が提督が私を……と如月の方から何やら実際卑猥な概念が流れ込んできたが、今の井戸にそんな事を構っている余裕は無かった。
 元々、井戸と如月の同調率は訓練の時でもさしたる数値ではなかったのだ。当然、超展開中の今現在も同じような数字であり、その微妙な齟齬からくる不快感や違和感に、如月のフィードバックで受けるダメージ感覚によって脳がボロ雑巾の如く絞られている幻覚、そして目の前のヲ級変異種。この3つの敵を同時に相手取って井戸は戦っているのである。
 如月の動きが鈍る。止めを刺す好機と見たヲ級が天高くハンマーを振り上げる。

 ――――待ってたぜ、この瞬間を!!

 都合十数発目にしてようやく待ち望んでいた真上からのハンマー振り下ろしを右肩一本の犠牲で受け止め、引き戻されるよりも早く左手で触手を掴みとり、触手の引き戻しに合わせて如月も同時に全力でヲ級に向かって跳躍。

 ――――人類なめんな、エロ触手!!

 砲弾の如き速度で射出された如月は左の拳を振り上げ、そこに残された61センチ酸素魚雷の射出管に激発信号を送る。ヲ級と目が合った。海の底のように光を返さぬ薄い緑の瞳は、確かに怯えの感情を宿していたように見えた。
 如月怒りの拳が振り下ろされんとしたまさにその時、引き戻しの終わった触手が再び射出されようとしていたが、自らが突き刺して武器としていた12センチ砲の重量が枷となって、迎撃は絶対的に遅れた。
 それでも恐怖に突き動かされたヲ級は力任せに砲身をバラバラに引き千切って触手を撃ち出し、如月の艦装甲を貫き、左腕を肩口からもぎ取って、間に合わなかったはずの迎撃を成功させる。

【左兵装保持腕大破! 右腕も信号が通りません! 提督!!】

 如月の恐慌的な概念に対し、返答を返すという事すら蒸発させた井戸が如月を前進させる。
 貫通した触手によって拘束されていた左舷わき腹装甲を、力任せに前進することによって触手ごと強引に引きちぎり、足元に伸びていた別の触手を足場にして全力で前方に跳躍。
 狙うは死人色の首筋。限界近くまで口を開け、

 ――――衝角、突撃。

 今度こそ、本当に、ヲ級にはなす術は無かった。







 本日の戦果:

 駆逐イ級        ×6
 軽巡ヘ級        ×0.5(202艦隊との共同撃破のため)
 雷巡チ級        ×1
 空母ヲ級(未確認変異種)×1
 小型飛行種       ×100弱(※小型飛行種は撃墜手当に含まれず)

 各種特別手当:

 大形艦種撃沈手当
 緊急出撃手当
 國民健康保険料免除

 以上




 本日の被害:

  駆逐艦『如月』:大破(左右兵装保持腕脱落、主装甲全破損、索敵装備半壊、超展開用大動脈ケーブル断裂、主機異常加熱etc etc ......)
 重巡洋艦『古鷹』:小破(至近弾による一部装甲の破損)
 軽巡洋艦『天龍』:健在(出場停止処分による)
  駆逐艦『電』 :健在(今日は見学)
   戦艦『金剛』:小破(元々入渠中だった事による。本作戦中での被害は皆無)
   空母『赤城』:小破(元々入渠中だった事による。本作戦中での被害は皆無)
 軽巡洋艦『那珂』:たぶん健在(現在遠征中につき詳細不明)
  駆逐艦『大潮』:きっと健在(現在遠征中につき詳細不明)

  零式艦戦21型:健在2、 未帰還機16
    九九式艦爆:健在10、未帰還機8  
    九七式艦攻:健在1、 未帰還機37

 各種特別手当:

 入渠ドック使用料全額免除(※1)(※3)
 各種物資の最優先配給(※2)(※3)

 以上


 ※1 ただし、やんごとなき一族からお預かりした大事なタンカーを武器代わりにした挙句に大破させ、国民の血税の結晶ともいえる各種補給物資を海の藻屑と化した井戸少佐を除く。

 ※2 ただし、やんごとなき一族からお預かりした大事なタンカーを武器代わりにした挙句に大破させ、国民の血税の結晶ともいえる各種補給物資を海の藻屑と化した井戸少佐は緊急の必要性が無い限り、高速修復触媒以外の全ての物資は必要最低限の配給量とする。

 ※3 追記。Team艦娘TYPEに今度の新しい実験体として送らなかっただけ有難く思え。(By基地司令)




 みなさんおそようございます。重巡洋艦の古鷹です。
 現在のブイン島は現地時刻で午前3時。夜逃げには絶好の機会です。逃げたいです。この書類の山から。この現実から。
 そしてこの、圧倒的歯車小宇宙の如く暴力的で鬼のようなボーキサイトの消費量から。
 備蓄残量がマイナスってどういうことですか。ふるたかちゃんはもうわけがわからないよ。

「「お、終わった……この仕事も、この艦隊も……」」

 提督のその絶望の呻きは、まさに今の私の心情と同じでした。もしかしたら、今の提督と私が超展開をしたら、歴代最高の同調値を出せるのではないでしょうか。
 せっかくの大金星を上げたというのに、この被害総額では元の木阿弥、いえ、それ以下です。
 遠征に出ていた大潮ちゃんと那珂さんが、例のタンカーの沈没地点と周囲の海底図をマッピングしてきてくれたのと、沈没した貨物の一部を引き揚げてくれたおかげでこの基地全体の資源不足はどうにかなりそうです。
 が、詳しくは軍機の壁に阻まれて解らないのですが、どうもあの二人、もっと厄介なものまで引き上げてしまったようなのです。昨日の戦闘終了後にお二人が基地に帰った途端に憲兵隊に拘束されて、今も返ってきません。
 スピーカーが自動的にオンになりました。おかしいですね。主電源は落としてあるはずなのですが。

『諸君、私だ。基地司令だ』

 基地司令からの最優先放送でした。抜き打ち検査じゃあるまいし、何もこんな時間にやらんでも。と思ったのは井戸提督や、就寝中だった他の部屋の方々も同じようでした。あ、提督の表情が私と一緒です。ちょっと、嬉しいかもです。

『作戦を伝える。さる先日、第203艦隊の遠征部隊が、深海凄艦のオリジナルを発見・回収した』

 !?

 という書き文字が、私と提督の頭上に浮かんだような気がしました。

『大本営はすでに動いている。今日より二週間以内には本土から増援として十個艦隊および合衆国の孤立艦隊が到着する予定である。諸君らはほぼ確実に発生するであろうブイン島要塞攻防戦に参加してもらう。詳細は本日〇六三〇時の朝礼のついでに伝達する。以上だ。英気を養え』

 基地司令の唐突な辞令に、私も提督も、そして今しがたの放送でたたき起こされた他の艦隊の艦娘さん達や提督さん達の動揺がここまで聞こえてきました。
 ですが目下のところ、最大の問題は――――

「目覚ましは〇六一五時に合わせておきますね」
「……パーフェクトだ、古鷹」

 それではみなさんおやすみなさい。








 提督たちの戦いはこれからだ!


 続かない!!



[38827] 【不定期ネタ】嗚呼、栄光のブイン基地【艦これ】
Name: abcdef◆fa76876a ID:14aa3c64
Date: 2013/11/11 17:32
※前話同様にオリ設定の嵐です。
※よくも俺の○×を!! と言われかねん表現が乱用されています。お許しくださいメガトロン様。
※作者は地理も歴史も駄目駄目です。かといってプロレスとかのスポーツもダメダメです。お察しください。
※人によってはグロテスクな表現が一部にあります。
※今回引用した『ファイレクシアのアートは感染する』は、ネット上に実在する読み物です。今回の話を書くにあたりとても参考になりました。
※(11/11追記:副題および本文の一部が消えていました。訂正済)






(中略)――――実際、我々は目の欠如をファイレクシアの暗示としている。鍵は目というものが物語ることだ。目はコミュニケーションを助け、その由来を明らかにし、そして魂をその中に見ることができる。
 救済しがたい怪物を作るなら、その目をめちゃめちゃにしてしまえばよいのだ。膿漿で覆うか、目を無くしてしまえば、そのクリーチャーは謎めいていて不可知で、それゆえひどく恐ろしいものになる。


                           ――――――――読み物『ファイレクシアのアートは感染する』より一部抜粋





「井戸少佐」
「はい。水野中佐殿」

 先日の緊急出撃より開けて翌日。井戸らは寝坊する事無く、他の提督や艦娘達と共に、プレハブ小屋脇のグラウンドに整列していた。
 が、朝礼が始まる直前、井戸は隣に立っていた別の提督から声をかけられた。
 水野中佐。
 井戸のお隣202号室に居を構える第202艦隊の司令官であり、身長185センチ――――食の肉食化が進んだ現代帝国でもそうそうお目にかかれない背高のっぽだ――――が、その高すぎる位置から、獲物を狙う大鷲のような鋭い殺気と視線を井戸に向かって照射していた。
 何故に。

「貴様、昨日の緊急出撃で俺の妻(※翻訳鎮守府注釈:金剛の事かと推測される)を出撃させたそうだな。そこに直れ、殺してやる」

 駄目だコイツ。早く何とかしないと。と井戸が思ったかどうかは定かではない。

「はい。中佐殿。ですが自分の指揮下で運用せよとの御通達だったはずでは?」
「覚えているとも。その必要があったとも理解しているとも。だが、俺の理性と感情が納得しないのだ」
「はい。中佐殿。理不尽すぎます」
「半分は冗談だ。忘れろ……時に井戸少佐」

 じゃあどこまで本気なんだよ。とは言い出せなかった。

「はい。中佐殿」
「海(sea)も彼女(she)も、どちらも読みはシーだな」
「はい。中佐殿」
「海の彼女。つまりは愛しい愛しい我らが艦娘達の事だ」
「はい。中佐殿」
「海の彼女こと艦娘にはシーが二つ。つまりはC2(しーしー)だ」
「……はい。中佐殿」
「艦娘にはしーしー。艦娘がしーしー。俺の愛しい金ご、もとい艦娘が羞恥に顔を赤く染めながら海の中でC2……」
「はい。中佐殿。憲兵詰所はあちらです。基地司令の訓示まであと1分もありますのでお早目に」





 201から203艦隊までの全ての人員、および艦娘達が全員、プレハブ小屋脇のグラウンドに集まったのを見て、基地司令が口を開いた。

「諸君、おはよう。昨日はよく眠れたか?」

 ――――ふざけんな馬鹿野郎。あんな時間にいらん放送で叩き起こしやがって。

 その場にいた全員から、貴重な睡眠時間を削られたことに対する負の感情と殺意がたっぷりと乗せられた気迫が上がり、近くの木に止まっていた野鳥が驚いて地面に落ちた。間違い無く基地司令にも感じ取れたはずである。が、司令はそれを意に介した様子も無く続けた。

「昨夜の緊急放送でも言ったと思うが、203艦隊の遠征部隊の二名――――軽巡洋艦『那珂』と駆逐艦『大潮』が、深海凄艦のオリジナルを発見・回収した。二人は現在、更なる詳細を聞き取るために別室にて質疑応答中だ」

 ――――ふざけんな馬鹿野郎。だったらまずは俺らを通せ。
と、その二人が属する203艦隊の面々――――昨日付けで配属された電を除く――――が、一様に顔をしかめた。基地司令にバレないようにコッソリと。

(なぁ、提督)
(とりあえずとは言え、あんなのでも基地司令だ。私語は慎め天龍)

「ああ、それと。何か誤解している連中が多いようだから言っておくが、深海凄艦のオリジナルというのは、全ての深海凄艦の生みの親という意味ではない。ただ単に、新たな超大規模発生源が確認されたというだけである。諸君らにはその殲滅作戦に従事してもらいたい。回収してきたというのはどこぞのバカが沈めたタンカーの中身の一部を、という意味だ。本日の朝礼は以上だ。仕事に入れ」

 ――――ふざけんなクソ野郎。紛らわしいんだよ。

 今この瞬間、ブイン島仮設要塞港基地に属する全ての人員と艦の心が一つになった。約一名を除いては。





 深海凄艦がどこからやってくるのか。そしてどうやって生まれてくるのか。それを知る事は、人類が深海凄艦との戦争を勝利するために必要不可欠な研究の一つであった。
 長きに渡る研究の結果、海底に何かがあって、放置したままだと比較的高い確率でヤバイ。という事だけは体験学的に判明した。

 超大規模発生源――――誤報だったこのブイン近海を除いて今までに十数ヶ所確認された――――ディーペスト・ホールとも、単に大巣穴とも呼ばれるそれは、かつての世界大戦当時の艦船と、彼女らと命運を共にした英霊達が眠る地である事が多い。なお、誠に遺憾ながらこのホールには歩兵用のグレネードをいくつ放り込んでも潰せないのであしからず。
 そういった背景から、深海凄艦はかつて沈んだ艦に怨霊が憑りついただの、夏の昼間が夕暮れ時に見えたらそれは新たな深海凄艦が生まれる直前であるだのといったオカルトな話の温床にもなっており、海軍上層部は噂話として流れ出たそれら一部事実を噂話のままに留めておく事に奔走され、結果として一応の成功は見せているが、そのシワ寄せでブイン基地のように半ば放ったらかしにされている前線の基地は意外と多い。
 佐世保や呉なんかの、本土に近くて有名どこなんて週にいっぺんの割合で大補給があるのにこっちは三月に一回だぞ畜生め。凶器使ってブン殴るんだったらせめてタンカーじゃなくて左手のマストブレード使えよ畜生。とは、ブイン基地に所属するとある提督からのコメントである。

 閑話休題。

 無論、超大規模というからには、対となるごく小さな発生源もあり、そういった小さな物がシーレーンの付近で見つかった場合は、普段の定期巡回や遠征任務のついでに、爆雷をしこたま放り込んで丁寧に潰して処理手当を貰うおまけに鎮守府やシーレーンの安全確保に努めているのだが、この“大巣穴”があるとまるで話は違ってくる。
 普段なら駆逐艦の1、2隻で仕事の片手間に済ませてしまうような子供の小遣い稼ぎが、数ヶ月から数年単位で消化される専用のミッション・プログラムが組まれ、最低でも大戦艦クラスを複数有する6個艦隊が日替わりで――――それでも足りない場合は全セルに対潜アスロックを満載したイージス艦隊から完全爆装の空軍スクランブル機や、陸軍の弾道弾迎撃ミサイルや気化爆撃デバイス群までが――――全力出動するような大騒動に発展するのだ。
 しかも。
 しかも、それだけの資材人材を投入しても、人類が大巣穴を完全に無力化できた作戦は、かなり少ない。
 現在までに成功を収めたミッションは、

 合衆国主導による真珠湾奪還作戦『シナリオ11』
 帝国独力による硫黄島打通作戦こと『桜花作戦』
 そしてシドニー解放作戦『オペレーション:ハシント・ブレイクダウン』

 このたったの3つのみである。
 しかもこのブインにいるのはたったの3個艦隊で、しかも203艦隊の井戸提督のところは先日配備された電が来てようやく一個艦隊の定数――――6隻を超えたばかりで、挙句に201艦隊には、艦娘式高尾型重巡洋艦二番艦『愛宕』の他には通常戦力しかいないというのだからもう笑えない。
 そんなわけで、本土からの応援が来るまでの間、この3個艦隊の提督達は普段の仕事の片手間に連携訓練や戦術共有、そして超展開中の艦娘を含めた実戦形式の演習を繰り返していたのである。
 が、

『爆撃雷撃なぞ花拳繍腿! (砲)打撃技こそ海戦の王者の証!!』
【YEEES! 提督、最高デース!! でもワタシの体で中指一本立ちはNO! なんだからネー】

 第202艦隊の水野中佐と総旗艦である戦艦『金剛』に、第203艦隊の井戸少佐と同艦隊の総旗艦である軽巡洋艦『天龍』

『天龍、落ち着け! 栓抜き! 栓抜きはマズイ! 一応とはいえこれ模擬戦だ!!』
【五月蝿ェクソ提督! このまま殴られっぱなしは趣味じゃあねぇんだよ!!】

 そして第201艦隊のファントム・メナイ少佐と、書類上では同艦隊の旗艦となっている重巡洋艦『愛宕』(同少佐は『ハナ』と呼称)

【て、提督……じゃなかったパパ、大丈夫!? 同調酔い!? 人類色とは思えない顔色よ!?】
『……黙れ、お前はハナじゃない!』

 超展開したこの3隻と、彼女らに乗り込んだ3名の提督たちによる模擬戦は、なんか違っていた。




 伊19ちゃんの中破立ち絵と羽黒ちゃんの中破時ボイスから立ち上るHANZAI臭が凄すぎて、思わず『うむ』と頷いた俺はもう駄目だ記念

『嗚呼、栄光のブイン基地 ~ 暁の水平線』




「……えー。ブイン基地所属の皆さん。本日はお疲れ様でした」

 その日の夜。プレハブ小屋1階の食堂に集合した艦娘達、および提督らに、くたびれた声色で井戸が労いの声をかけた。

「「「お疲れさんでぇす……」」」

 それに返する彼ら彼女らも、大体似たようなくたびれ方だった。
 何の事は無い。あの朝礼の後から定期巡回と事務処理を昼メシ前に終わらせ、少し休憩を挟んでから夕食の時間である一九〇〇時現在までぶっ通しで3艦隊合同の演習を行っていたのである。
 艦娘達は良い。補給(食事とは別個である)と食事を済ませ、簡単なメンテナンス(入浴とは別個である)を済ませ、残るは食事と湯浴みと就寝とあとついでにこのブリーフィングだけなのだから。
 翻って、三人揃って不吉三兄弟と揶揄される井戸、水野、メナイの三提督達は演習終了後の報告書の作成と、これから行う事前ブリーフィングのための突発的な資料作りに奔走されられており、メシ風呂どころかクソする暇も無い。というのが彼らの現実である。
 そして夕食を終えた現在、第201から第203までの全艦隊に所属するすべての艦娘とシップクルー達、および提督らは、来るべき2週間後の大作戦に備えて、ここ――――プレハブ小屋の一階にある、食堂に集合していたのである。

「では、不肖このわたくし井戸が説明させていただきます……二週間後に予定されていた大巣穴潰し作戦ですが、増援は来ません」

 時間が、止まった。

「駆逐艦一隻、猫一匹たりとも増援は参加しません。1から〆まで全てやれと、ブイン基地でやれと、帝国海軍大本営、およびオーストラリア海軍総司令部からお達しが来ました」

 一瞬の沈黙の後、驚愕と罵声とその他もろもろの大絶叫により、食堂のドアと窓のガラスにヒビが入り、運よく赤城が食べ残したヤシの実を狙って木に登っていたヤシガニが驚きのあまり地面に落下した。

「はっ!? なっ、ば、ばはばばばば馬ッ鹿じゃねぇの!? もしくはアホか!?」

 とは我らが203艦隊の天龍で、

『nice joke.』

 とはお隣202艦隊の旗艦、金剛の談である。どうでもいいが吹き出した紅茶くらい拭ってほしいものである。折角の美人が台無しだ。

「あー。落ち着け落ち着け落ち着いてください! 説明続けますので静粛に。静粛に!!」

 手元の机にバインダーの角をカンカンメゴリ、と裁判長よろしく打ち鳴らし、周囲が静かになるのを待った。
 続けて井戸は、最も入口に近い席に座っていた201艦隊のシップクルーの一人に部屋の電気を消してもらうと、あらかじめ準備してあったOHPにフィルムを通し、その内容を壁に投影させた。

「まずはこれを。人工衛星からの撮影です」
「んだよ、コレ」

 天龍の疑問ももっともだった。映っていたのは、ただひらすらに紺碧な写真だったからだ。
 中央付近は群青色と藍色の中間地点のような円形を描いており、それ以外に特徴らしい特徴と言ったら、小さな白い線のようなものがその中によく映えていたくらいのものであった。
 203艦隊の電――――電は202艦隊にもいるので、見分けが付くようになるまでは実に紛らわしいのでそれぞれ『202』『203』の名札を胸につけている――――が、おずおずと、その小さな手を上げた。

「あの、提督さん。これってもしかしてブルー・ホールですか?」
「半分正解。正確には『展開』あるいは『超展開』時の余波による、人為的な海中クレーターだな」

 へぇ、真上からは初めて見た。と、水野が呟いた。

「サイズから察するに、重巡洋艦クラスの余波です。……次を映します。一枚目の拡大写真です」

 クレーター中心部のアップのようだった。
 中途半端に荒い解像度のせいで所々にデジタルノイズが走っている静止画像の中央部。青の中に小さく、黒い影が伸びていた。

 何か、いる。

「三枚目。衛星搭載のPRBRデバイスで、同地点のパゼスト逆背景放射量を視覚化したものです」
「Possessed? お化けでも出たんデースカー?」

 これから出るかもしれんがな。

 金剛のその疑問に、井戸は心の中だけでそう返すと、フィルムを入れ替えた。
 今までの澄み渡ったブルーは隅に追いやられ、代わりに、真っ黒の下地に赤交じりのオレンジ色に塗りたくられた光の帯が、写真の中央にいる何かの影を起点にして、歪んだ放射状に伸びているのが写っていた。

「これが撮影されたのが今から約6時間前。最新の画像です。そして……」

 ここで、井戸が言い詰まった。

「……? 提督?」

 すでに大本営からは、戦局の変化に伴い、ある程度の情報開示も止む無し。との指令は降りてきている。だが、どこまで真実をバラしていいのやら。

「提督……如月は提督がお望みならいつでもどこでもオーケーですが、作戦会議中の焦らしプレイは流石にちょっと……」

 おそらく、いや間違い無くここから先の情報は劇薬だ。上手い事取り扱わなければ取り返しのつかないことになる。
 自分は前の職業柄故に知っていたが、軍歴の長いメナイ少佐や、何かと帝国海軍上層部に顔の利く水野中佐ですら夕方の大本営からの通信指令でようやく聞かされるまで知らされていなかったわけだし。

「……えー。まー、その。あの、これはつまり」
「何だハッキリしねぇな、おい」

 腕と足を組んで椅子にふんぞり返って座っていた天龍が、苛立たしげに貧乏揺すりを始めた。
 天龍と目が合った。俺は全て知ってるから大丈夫だし、下手打っても何とかしてやるぜ。と言わんばかりにウィンクされた。コイツ、天龍に加工される前と全然変わってねえなぁ。と井戸は心の片隅で思った。
 同時に、心の固さが少し取れたような気がした。

「……まー。あー、一言でいうとアレです。羽化直前の深海凄艦が発する特殊な力場を可視化して撮影したものです。この規模なら、あと3日か4日と言ったところでしょうか」

 再び、食堂の中にざわりとした動揺が走る。
 スライドが4枚目に入った。

「で、こちらが比較用の大巣穴――――朝に基地司令が言ってた超大規模発生源のPRBR画像です」

 4枚目のスライドには、生物の内臓のように複雑怪奇で不快な曲線を描いた、赤交じりの黒が写真一杯に映っていた。
 それ以外の色など、どこにもなかった。

「撮影時期は1999年、現地時刻の6月30日。はっきり言うと『シナリオ11』の戦闘開始直前に撮影されたオアフ島です」

 ――――島どこだよ、島。

 とその写真を見ていたすべてのものが思った。
 これ以上話が長くなると面倒だし、いつボロ出すかわからんと思った井戸は早々に話を切り上げることにした。

「この二枚を見比べて見れば一目瞭然でしょうが、昨日発見されたアレは超大規模発生源ではありません。重巡クラスの深海凄艦が一隻、羽化しかけているというだけの事です。故に増援の必要無し、と上は判断したものです。2週間後に本土からやってくる十個艦隊とやらも合衆国の孤立艦隊が本土に向けて帰港するのを途中までお見送りするだけ。との事です」

 ずいぶん派手なお見送りだな、おい。と201艦隊のシップクルーの誰かが漏らしたが、誰も咎めなかった。

「なお、先の羽化直前であるという理由により、作戦は大幅に前倒しとなります。明日からは第203艦隊は全ての遠征任務を中止。通常通りの定期巡回任務と緊急出撃のみを許可します。明々後日中に全ての艦の整備を終え、日付変更と同時に、我々が出撃します。201艦隊はタンカーの引き上げミッションを優先してください。202艦隊は定期巡回をお願いします」

 若輩者が先輩方を差し置いて心苦しくありますが、何卒宜しくお願いします。と井戸は頭を下げて締めくくった。
 部屋の電気が再び点る。
 水野は水野で、俺の金剛がいらんケガせんでええから許したる。とにべも無く言ってのけ、メナイ少佐の方も、確かに我が艦隊には大形サルベージ艦が2隻ありますし、サルベージダイビングの経験者も多数いるので適任でしょうな。と快く承諾した。


 その日の夜の男子風呂の中での事である。

「……深海凄艦、か。改めて考えると、不可思議な連中だな」

 固く絞った手拭いを頭の上に乗せ、肩まで大湯船に漬かってアイン、ツヴァイ、グーテンモーゲン……と100まで大声で数え終わったファントム・メナイ少佐湯船から身を出して言った。

「いきなり。というか、何を今更ですね。メナイ少佐」

 ちょうど風呂から出ようとしていたメナイと出入り口で並ぶ形となった水野が、バスタオルの一つを手渡しながらそちらを振り返って答えた。
 水野の身長は帝国人としてはかなり長身の部類に入る185センチだが、メナイは190センチとさらにその上を伊19。
 俺はどこぞの旅行記に出てきた巨人の国にでも紛れ込んだのだろうか。それともアレか。ここが神話として語り継がれる巨人と火の忘都、アノール・ロンドなのだろうかと、一足先に風呂から上がってパンツの穴に片足を通していた井戸(175センチ)は思った。

「ああ。ふと思っただけさ。奴ら、雷巡チ級や重巡リ級みたいに上等な連中になればなるほど、人間と似通ってくるじゃあないか」

 こないだ井戸が噛み殺したヲ級に至っては完全な人型だったしな。と水野は笑いながら返答した。

「そう。そこなんだよ。連中、どこから来たんだ?」

 寝間着代わりのTシャツに首を通していた井戸の動きが止まった。二人は気が付いていない。
 メナイ達はさらに続ける。

「どこって、そりゃあ仄暗い、海の底からでしょうに」
「それはいままで戦ってきた深海凄艦――――連中との戦いで傷つき、沈められた艦が浸食汚染されて変質化したモノの事だろう。駆逐から空母級まで。だが、私が言いたいのはそうじゃあない」
 井戸は、Tシャツに首を突っ込んだままという不自然な姿勢のまま、そろそろ口挟まないとヤバイかなー。とタイミングを聞き測っていた。
 とうとう言った。

「表沙汰になっていないとはいえ、貴国の『あさうみ2000』が連中とのファースト・コンタクトだろう。私が言いたいのはそれ以前の事だ。ならば、そこで接触する以前、一番最初の深海凄艦というのは、いったい――――」
「メナイ少佐」

 Tシャツに首を突っ込んだままでも井戸の声は、この狭い脱衣所の中ではよく通った。

「それ以上は、駄目です。そこから先は、黒服連中の対象です」

 黒服――――各基地や鎮守府に数多いる憲兵隊の中でも一際異彩で、そのくせ一切の詳細が不明な連中の事だ。
 当然、このブイン島にも存在しており、黒の角刈りに黒のサングラスに黒いネクタイと黒の上下スーツという、見事なまでに非個性的に統一された黒服どもについて解っている事はただ二つ。
 基地司令の特例権限でも逆らえないほど上位の権力で動いている事と、そいつらに連れてかれた連中は二度と帰ってこないという事だけだ。

「あ、ああ……ありがとう」
「さすがに、知った顔が黒服に捕まるのは嫌ですから。それではお先に」

 Tシャツに首を突っ込んだまま、井戸が脱衣所を後にする。ややあって、外から『司令官さーん、ジャミラごっことか年齢バレるなのですー!』と、どちらかの艦隊の電の声が聞こえてきて、そこでようやく男二人は我に返った。

「……出るか」
「……出ますか」


 夜が更ける。
 メナイ少佐の下に黒服共がやって来たのは、幸いにも彼の夢の中だけで済んだ。






 男どものシャワーシーンから二日後。
 203艦隊はかねてからの予定通り、深夜の海の上を月明かりと夜間哨戒機の目を頼りに、水溜り同然の珊瑚浅瀬の隙間を縫うようにして、目的地まで静かに進行していった。
 本作戦に参加している艦は、旗艦の天龍と電の2隻のみである。
 目標――――羽化直前の深海凄艦が確認されたのがここ、珊瑚平原だの水溜りだのと揶揄されるほどに水深が浅く、駆逐艦や軽巡洋艦のような艦以外には侵入不可能な海域であったためである。もう一隻の駆逐艦『如月』は先の戦闘による損傷が激しく、高速修復触媒による修復はかえって危険との事で、絶対安静で入渠中である。因みに、以前の戦闘で天龍が件のタンカーをヘシ折ったのも、この珊瑚平原の別の水域である。
 しかも、船が通れるほどの深い水深域が食中毒を起こしたウミヘビのように細く複雑にうねっており、夜間という事も相まって艦のみで進むのは危険と判断した井戸が夜間哨戒機を一機、水先案内人として飛ばしてもらったのだ。

『MidnightEye-01よりFlagship,MidnightEye-01よりFlagship. 前方300で進路変更。ターンレフト60。それが最後のコーナリングだ』
【Flagship天龍よりMidnightEye-01。貴君の正確無比なる誘導に感謝する】
『MidnightEye-01よりFlagship.なぁに。こんな美人のエスコートならいつでも大歓迎さ』

“飛ばしてもらった”の表現からもわかる通り、この夜間哨戒機は203艦隊のものではなく201――――メナイ少佐麾下の飛行機である。
 しかも、

「……FlagshipCommanderよりMidnightEye-01。確か貴様は『何で手柄横取りした他所様の艦隊の手伝いしなきゃならねーんだよ!?』と作戦前に叫んでいた気がするが?」
『MidnightEye-01よりFlagshipCommander.……あー。それは、だな。い、いや。それはですね。最初からこんな美人さんがいると知っていたらたとえ火の中水の中に決まってやがるだろうが……です』
「FlagshipCommanderよりMidnightEye-01。とりあえずはそう言う事にしておいてやる。海図だと目標まであとしばらくあるが、そちらでは確認できるか?」
『MidnightEye-01よりFlagshipCommander.現在高度では目視確認できない。周囲にも敵影無し。PRBRデバイスも穏やかなままだ……です』
「FlagshipCommanderよりMidnightEye-01。了解した。では予定通り、到着後は夜明けを待ってから攻撃開始だな。……しかし、メナイ少佐も太っ腹だな」
【ホントだぜ。オレ、飛んでるジェット戦闘機なんて初めて見たぞ】
【電も、公園に飾ってあるのなら見たことがあります】

 そう。MidnightEye-01が乗る夜間哨戒機とは、月光やヘルキャットなどのかつての世界大戦当時の名機――――海沿い各国の復刻戦艦と同じく復刻戦闘機と呼ばれる――――ではなく、深海凄艦の跋扈により資源不足が表面化する直前まで世界の空を飛び回っていた、第5世代型のジェット戦闘機だった。
 しかもその背中に、自機よりも大きな丸皿状のレドームを(無理矢理)取り付けて限定的ながらも早期警戒機としての機能を持たせた、関係者の間では『人類製のフライング・ソーサー』『ある意味スーパーグッピーより凄惨い』などと揶揄される変態飛行機であった。

「FlagshipCommanderよりMidnightEye-01。貴様も、とても頼りになっている。我々だけでは途中で何度も座礁していただろう。貴君の正確無比なる誘導に感謝する」
『……まー、ウチの艦隊は、タイプ・艦娘と満足な数以外は大体揃ってる。ってのが最大の売りだからな』

 ただ、そのおかげで島の反対側は全部201所属の空母やら何やらで埋め尽くされているんだがな。と井戸は心の中だけで付け足した。
 今作戦で再び旗艦に舞い戻れた天龍――――作戦行動中なので、当然『展開』済みである――――が、己の艦長席に深く座っていた井戸に艦内放送で質問を飛ばした。これならば他の艦や機には伝わらないからだ。

【なぁ、提督。こないだのブリーフィングで言い淀んでたところだけどよ……】
「うん?」
【多分、あのまま言っちまってても大丈夫だったと思うぜ。どうせいつかは対面することだろうし。そりゃ流石に新人の電や、食い殺したばっかりの如月にはちと荷が重いかもしれないけどさ。それでもあいつらだって艦娘――――戦闘艦だぜ。何とか折り合いを付けるだろうさ】
「……」

 確かに、そうかもしれない。だが、そうじゃあないかもしれない。誰も彼もが皆、天龍のように強い心の持ち主という訳ではないのだ。
 そして井戸は前の仕事柄故に、真実を知った者は最悪の場合、壊れる。という事を知っている。特に、心が壊れる確率は普通の人間よりも艦娘達の方が遥かに高い傾向にある事も。
 さて、実際ウチの面々にはどう説明すべきか。天龍はもう知っているし折り合いもつけているから大丈夫だとしても、如月辺りは大丈夫だろうか。今後ずっと肉が食えなくなるんじゃあないのか。
 その長考による沈黙を何事かと勘違いした天龍が、慌てたように続けた。

【あ、あぁと。そ、そう! お前がいつもらしからぬ暗い顔してたから張り合いが無かっただけなんだよ! べ、別にお前が元気なさそうだったから大丈夫かなー。なんてお、思ってなんかいないんだからな!! 大体お前はだな――――】
「……」

 慌てたような天龍の声と連動するかのように、井戸の背後で艦橋と通路を遮る重金属製の気密扉がバコンバコンとひとりでに開け閉めを繰り返していた。多分、いつもの耳ピコピコに相当するアクションなのだろう。

 ――――やっぱコイツ、天龍になる前から全然変わってねぇや。

 同時に、今の今まで小難しく考えていたのが馬鹿らしく思えてきた。出たとこ勝負。成るように成れ。小細工ハッタリスカしにフカし、どれもこれも初体験という訳じゃあない。コイツを連れて軍に逃げ込む前にやってきた事ばっかりじゃあないか、井戸よ。

「……なぁ、天龍」
【――――だし、だからいつもシャツとか上着にアイロンかける前にちょっとぎゅっとしたり臭いをにゃあああああー!?】
「て、天龍!? どうした、敵襲か!?」
『MidnightEye-01よりFleet203,レーダー、およびPRBRデバイスの反応はネガティブ。まさか、ステルスか!?』
【だ、大丈夫大丈夫! な、なな何でもない! 何でもないったら! うん、ちょっとびっくりしただけ、だけだから!!】

 大慌てたような天龍の声と連動するかのように、井戸の背後で艦橋と通路を遮る重金属製の気密扉、および通路各所に設置された緊急災害用の隔壁シャッターがガシャコンガシャコンとひとりでに開け閉めを繰り返していた。多分、大慌ての心理状態に相当するアクションなのだろう。
 そして今まで静聴していたはずの電が、止めを刺した。

【人のシャツに顔突っ込んで臭い嗅ぐとか、天龍さん、やっぱり原型(オリジナル)の電が実家で飼ってた犬さんみたいなのです】

『MidnightEye-01よりFlagship.……ぅゎぁ』
「……なぁ、天龍。何やってんだよ。ていうか何やってたんだよ」
【……面目無いです】

 今度は艦内照明がしょんぼりと薄暗くなった。可愛い奴め。
 その時、目標上空で旋回待機していたMidnightEye-01から、緊急の通信が入った。
 お遊びの時間の終わりを告げる口調だった。

『PAN,PAN,PAN. MidnightEye-01よりFleet203. PRBRデバイスにhit. 発生源1。D係数22.5、30、30.5、40、55、……オイ、どんどん上がってきているぞ! あと3日は大丈夫じゃなかったのかよ!?』

 そんな馬鹿な。 
 井戸のその叫びは、MidnightEye-01の更なる絶叫によってかき消された。

『D係数90突破! 羽化するぞ!!』





 暁の水平線に、朝日が昇る。

 血のように赤く、しかし深い海の底のようなドス黒さを宿した、不吉な色味の夜明けだった。
 しかし大気や太陽に異常があるわけではない。
 異変の原因は、この珊瑚平原にぽっかりと空いた底の浅いクレーターの中央部に位置する、見ているだけでも不安になってくる不気味な形状をした黒い物体――――深海凄艦の繭とも蛹とも呼ばれる、材質不明のオブジェクトから煙のように立ち上る、ガスでも蒸気でもない、全くの未知なる物質(軍内部では暫定的に『瘴気』と呼称されている)によって周囲の空間が汚染されているためである。
 オブジェクトにヒビが入る。その開いたヒビから更に濃い瘴気が勢いよく噴出する。ガス圧ならぬ瘴気圧で小さな亀裂の拡大がさらに加速し、瘴気の噴出量もまた、一段と増加する。
 そしてついに、オブジェクト全体が内側からの圧力に耐えかね、弾け飛んだ。
 晴れた瘴気のその中には、一つの人型が何をするでもなく、ただ朝日を惚けたように眺め、立ち尽くしていた。
 そして天龍、および電がある程度自由に動ける海中クレーターの中に侵入してくると、そちらの方に顔を向けた。

【提督、アイツは……】
「数値や形状から察するに重巡リ級。か? だが……」

 何かと深海凄艦に関して造詣の深い井戸と天龍であったが、その二人も困惑していた。
 空母ヲ級と同じく完全な人型、剥き出しの歯茎と歯が並ぶ大顎状に変化した黒色の異形の両腕。黒のビキニ。
 そういった特徴がある以上、とりあえずは重巡リ級と見て間違いは無いのだろう。

 だが、その深海凄艦には、顔が無かった。

 正確に言うと、歪な形の真っ黒な兜――――恐らくはあの繭の破片の一部が上手い事収まったのだろう――――がすっぽりと顔の上半分を覆い隠しており、目が全く見えなかったのだ。そしてその隠れて見えない目元からは、真っ黒い油のような物が二筋の流れとなって、涙のように滴り落ちているのが見て取れた。

「また変異種か?」
【さぁな。だけど、やる事は変わらねぇだろ】
「ああ、そうだな」

 艦としての天龍の艦長席に座る井戸の右真横。そこにはいつの間にか艦娘としての天龍が顕現しており、手すりに預けてあった井戸の手の上にその手を重ねていた。
 二人の目が合う。同時に頷く。
 艦娘式天龍型軽巡洋艦『天龍』の船首が天を目がけて大きく傾いていく。船底が大気に晒されていく。

「【天龍、超展開!!】」

 光と音、そして現在いる場所ほどの規模では無いが、新たな海中クレーターが出来上がるほどのエネルギーの奔流が二人を包み込んだ。

 今日もあいつは夜勤、手元に届いた『天龍』の適性個体候補生のリスト、貰ったスペアの合鍵、目を疑う、よし今日はあいつの好きなヒヨコ豆とソラ豆のトマトスープにしよう、詰め寄る、戸棚を漁る、『それはギャグで言っているのか?』という表情のチキンブロス大尉、手が滑って床に落ちて潰れたトマト、俺的ケース991『考えたくもない事態』、立てつけの悪いドアに鍵が差し込まれる音、試作段階でポシャった生体デコイと高速培養剤はどこだ、そして――――

【天龍、超展開完了! 機関出力150%! 維持限界まで600秒!!】

 先日の『如月』の時のような酷い記憶混濁は無かった。

 ――――天龍、攻撃開始。電、砲雷撃で支援頼む。
【おっしゃあ! 行くぜ井戸、電ァ!】
【はいなのです!】

 超展開状態となった天龍が一直線に駆け出す。元々が珊瑚平原などと言われていただけあって、今の天龍と井戸にとっては、この海中クレーターの中でも本当に少し深めの水溜り程度にしか思えないほどだった。
 右腕部の14センチ砲を乱射しながら天龍が一直線に距離を詰める。
 この時点で、ようやく敵――――重巡リ級は己が狙われている事を悟ったのか、怯えたように2、3歩後ずさった。

 ――――ぶちかませ!!
【応よ!!】

 コマンドはそれだけで十分だった。
 天龍が自我コマンドで61センチ酸素魚雷の最終以外の安全装置を解除。勢いそのままにアッパーカット気味なボディブロー。4つ同時に炸裂する魚雷の炎。
 攻撃失敗。右腕を挟まれた。
 めげずに続けて左の魚雷でボディを集中砲火、流石に堪えられなかったようで、リ級がくの字に体を折ったところで素早く両手でリ級の頭を掴んで左のヒザを連打連打連打!!
 都合数発目の膝蹴りで、ようやくリ級が、腕を振り回して天龍を振り払おうとしていた。既にズタズタになっていた腕から真っ黒い油の飛沫が天龍の顔に飛んできた。目に入りかけた油に怯んだ隙に拘束を解かれる。指で拭うついでにぺろりと舐め取る。

 ――――油?
【いや、コレはオレらも使ってる統一規格の燃料だ。しかも結構質がイイ】
『MidnightEye-01よりFlagship. 目標のD係数、なおも上昇中!』

 深海凄艦が何故? と考える暇も無く、リ級に変化があった。
 顔面の上半分こそ黒い殻に覆われて見えないが、殻の隙間や、憎々しげに食いしばられた歯の隙間からは赤みを帯びたドス黒い瘴気が湯気と立ち上っていた。
 リ級の口が何事かを呟くかのように動かされる。井戸も天龍も、地獄耳や読唇術などという高尚な技能の持ち合わせは無かったため、何を言っているのかは――――いや、そもそも本当に言葉だったのかすら不明だが、兎に角何も――――解らなかった。

 十分すぎる油断だった。

 リ級が見た目を裏切らぬ素早い動きで突進。健在な左腕でのウェスタンラリアット。
 首にモロに決まった天龍が仰向けに吹き飛ばされつつ倒れ込む。そのままマウントをとろうとしたリ級を、背後から殺到した12.7cm連装砲の弾幕と魚雷が阻む。

【なのです!!】

 その隙に天龍が横に転がって危機を脱する。油断無くリ級を見据えながら、左腕を支えにして艦体を立ち上がらせる。その際こっそりと魚雷を2本だけ抜き取る。1つは手の中、残りは海中。激発信号を送る。発射数2。接触起爆、遠隔点火。READY。READY。

 ――――やる気になったようだな。
【ヘッ、丁度いい。弱い者イジメは趣味じゃあねぇんだ……よっと!!】

 左手に掴んだ魚雷を投擲。水しぶきに合わせて海中の魚雷にもGOサインを出す。続けて突進。

【オレをなめんなッ!!】

 全て読まれていた。
 空中に投擲した魚雷は死に体だった右腕一本を千切り飛ばしただけで終わり、海中の魚雷は半歩ほど足の位置を外に開くだけで避けられた。

 重巡リ級。

 かの悪名高き雷巡チ級に対抗すべく艦娘式戦闘艦が量産され、一定以上の戦果を上げ始めるようになり、開戦当初のように深海凄艦何するものぞという雰囲気が各地の最前線に流れ出した頃に登場した、深海凄艦側勢力の艦娘式戦闘艦へのカウンターメジャー(対抗手段)である。
 その形状は、魚雷発射管と主砲群格納殻を兼ねている異形の大顎のような形状の両腕以外は後の空母ヲ級と同じ完全な人型であり、チ級以前の種と違って、何と首と足がついている。
 超展開機能を有する艦娘式戦闘艦と渡り合うために、魚雷以外にも中距離戦に対応するべく連装砲を有している。
 そして何よりも、

 ――――待て、天龍! 早まるな!!

 そして何よりも、この重巡リ級最大の特徴は、雷巡チ級より備わった格闘戦能力を、さらに先鋭化させている事にある。

【クソが! なめ】

 健在の左腕のみによるワンツーのカウンターが綺麗なまでに天龍の顎に入る。その衝撃で天龍の索敵系が瞬間的にシステムダウン。システム復旧までの数瞬を井戸がコントロール。咄嗟に天龍の上半身を祈るように丸め、両腕を十字に組んだクロスガード。次の衝撃は後頭部と背中に来た。
 復旧した天龍のメインシステムデバイス維持系は、右のカカトと敵主砲の8inch三連装砲だと、天龍と井戸の二人の脳裏に電子の文字で答えた。
 盛大な水音と水飛沫を上げ、再び水溜りに倒れ伏す。リ級が主砲のみを電の方に向けて牽制射撃を行いつつ、ストンピングによる追撃をかける。

 ――――舐めるなと言ったはずだ!!

 上位コマンドで天龍の制御系を一時的に奪った井戸がリ級の軸足を掴んで倒し込む。続けて天龍が右腕部の14センチ砲を乱射するよりも先に全身を捻って足首の拘束を強引に振り払ったリ級が回転の勢いそのままに距離を取って主砲を向けるよりも先に今の今まで乱戦状態だった上に、そっぽ向いてた割に無駄に精密な照準の敵主砲から逃げ回っていたために援護の出来なかった電が今までの鬱憤を晴らすかのごとく主砲と魚雷を一斉発射。当の電が『くたばれワカメ野郎』と呟いたように聞こえたのは戦闘ダメージの蓄積で脳が幻覚を起こしただけに違いない。
 しかしそれでもリ級は残された左腕一本で倒立し、電と天龍からの十字砲火を全弾回避。

【……信じらんねぇ。コイツ、本当に生まれたてか?】
 ――――わからん。あるいはこれが、噂のタイプ=エリートとかいう亜種なのかもしれん。

 そのありえない光景に、井戸も天龍も電も、動きを止める。
 そして何故か、当のリ級までも。

【……あ?】
 ――――何かの罠か?
【そのまま死んでくれてたら楽なのです】

 井戸と天龍の意識に流れ込んできた電とよく似た声色の幻聴を意識的に無意識の外側に追いやり、未だに水面を向いたまま動こうとしないリ級を警戒し、そろりそろりと天龍がにじり寄る。
 猪突猛進の天龍も、このリ級の格闘戦能力には文字通り痛い目を散々味あわさせられたためか、今までのような衝動的な攻撃概念は鳴りを潜めており、代わりに警戒と疑心暗鬼、そして不安の概念が渦巻いていた。

 ――――大丈夫だ、天龍。俺がいる。俺が何とかする。

 井戸としてはそこで思念の流出を止めるはずだったのだが、やはり一体化している現状では如何ともし難く、結局逃げ出すも捕捉され、結局『天龍』として加工される所まで流れ出してしまった。

 ――――スマン。ヤなとこ思い出させた。

 だが、天龍から返って来た概念は穏やかで優しいものだった。

 ――――天龍。
【あ……】

 二人の意識と概念がレイヤー階層的に重複し始める。
 直後、何かが盛大に着水した音と水柱で二人が我に返った時には、リ級が水面に倒れ込み、大の字になって日が昇った青空を見上げていた。
 電の追撃によるものだった。

【司令官さん……戦場で女房恋人の名前を口に出していいのは、死にかけの甘ったれだけに許された特権なのですよ? それと、敵は死ぬまで敵のままなのです】

 なにこの娘、すごいおっかねぇ。

 井戸と天龍がそう思ったかどうかは、目下のところ調査中である。




【海底に戻りやがれ。なのです】

 電(とよく似た幻聴)が12.7cm連装砲を試し撃ち。
 反応無し。

 ――――完全に機能停止したな。多分。

 超展開中の井戸と天龍が、14センチ砲の砲口で頭の殻をつつく。
 口元が動いたのを確認できたのは、井戸だけだった。

【しかし、これだけ激しく動いても取れてないのな。この黒い殻だかヘルメットだか】
【折角ですから、剥ぎ取って基地の皆さんへのお土産にしてみたらどうでしょう】

 ――――……。

 井戸から天龍への秘匿通信。
 しかし当の天龍は眉の動き1つすらも変化させずに電と、上空に待機していたMidnightEye-01に向けて言った。

【……それもいいかもなー。じゃあ二人は先に帰っててくれよ。剥ぎ取ったらすぐに追いつくからよ】
『MidnightEye-01よりFlagship. 言われずともそうさせてもらうぜ。燃料がヤバイ。行きの時のルートデータは入ってるな?』
【は、はいなのです……】
『それひっくり返せばそのまま帰りのデータだ。……あー、MidnightEye-01よりHOMEBASE. ミッションコンプリート。RTB』
【あ、あの天龍さん、私もゆっくり進みますので、それではお先に失礼いたします】

 あれ? さっきのドス黒い発言をしていたのはいったい誰だったんだろう? という井戸と天龍の疑問はもっともだったが、それを探るには、二人に残された時間はあまりにも少なかった。

 ――――維持限界まであと3分切ってる。天龍、頼む。
【……ああ】

 思い返してみれば、不自然な点はいくつもあったのだ。
 こちらを認識してもなお、積極的な攻撃行動を起こさなかった事。明らかに場馴れし過ぎているとしか思えない格闘戦能力。流れ出した統一規格燃料。
 そして、あの倒立中の不自然な硬直。

 あの時、リ級は下を見ていたのではない。水面に映った己の顔を見ていたのだ。見てしまったのだ。

 両手を開けた天龍がリ級の頭部を覆い隠していた殻の破片に手を掛ける。黒い油色の涙は、未だに流れ続けていた。
 殻の破片は、予想を裏切ってあっさりと外れた。

「……だめ。見ないで……見ないでぇぇぇぇ!!!!」

 殻の内側にあったもの。重巡リ級かと思われていたもの。
 その正体は、艦娘式妙高型重巡洋艦四番艦『羽黒』だった。

【……やっぱり、かよ】
 ――――よりにもよって、一番辛い成り方とは……

 殻の内側にあった瞳は、既に深海凄艦特有の、光を返さぬ浅い緑色に成り果てていた。
 もう、手遅れだ。
 天龍が、14センチ砲を向ける。狙いは、艦娘の魂の場所ともいえる心臓部だ。

「見ないで、見ないでよぉ……ペナンの時も、今も、私が戦わなきゃ、あの子たちが……私が 守らなきゃ……提督、援軍にCallを、」

 羽黒が、もう途中から先の無い右手を宙に伸ばす。その緑色の瞳には、何が映っているのだろう。

【……】
 ――――……

 天龍が、狙いを定めていた14センチ砲を静かに降ろす。

「提督、Callが、繋が 、 みんな、あの娘達、ちゃ んと逃げ切れ 、 って。 か   た    」



 もう、その必要は無くなったのだ。











 本日の戦果:

 重巡リ級        ×1

 各種特別手当:

 大形艦種撃沈手当
 緊急出撃手当
 國民健康保険料免除

 以上




 本日の被害:

 軽巡洋艦『天龍』:中破(竜骨ユニット応力異常、背面装甲板破損、内臓機器一部浸水、索敵装備機能不全、、主機異常加熱)
  駆逐艦『電』 :小破(数発の全貫通を確認。誘爆・引火・浸水の恐れ無し)
 軽巡洋艦『那珂』:恐らく健在(現在尋問中につき詳細不明)
  駆逐艦『大潮』:もしや健在(現在尋問中につき詳細不明)

 各種特別手当:

 入渠ドック使用料全額免除(※1)
 各種物資の最優先配給(※1)(※2)

 以上


 ※1 ただし、やんごとなき一族からお預かりした大事なタンカーを武器代わりにした挙句に大破させ、国民の血税の結晶ともいえる各種補給物資を海の藻屑と化した井戸少佐は除く。

 ……と言いたかったところだが、タンカーの中身が無事だったので不問にしてやる。有難がる様に。(By基地司令)


 ※2 追記。貴様からの陳情にあった艦core用の高速浄化剤と培養剤の手配と浄化槽の再運用の件であるが、浄化剤と培養剤は地下第2倉庫のK2コンテナに期限切れ間近のストックがあり、浄化槽も同じ第2倉庫内で埃被ってるので、使いたきゃ勝手に整備して使え。
 ただし、書類への記入を忘れないように。(By基地司令)









 本日のNG(没)シーン1


『嗚呼、栄光のブイン基地 ~ 故郷はブイン ‐Summer evening‐』


「海軍大本営からの命令を伝えます。『重巡“羽黒”を抹殺セヨ。誰ニ正体ヲ知ラレル事無ク、一ツノ、凶悪ナ深海凄艦トシテ葬リ去レ』……以上です」

 ここまで書いて心が【石臼/Millstone】で削られていったので没になりました。



 本日のNG(没)シーン2


「三枚目。衛星搭載のPRBRデバイスで、同地点のパゼスト逆背景放射量を視覚化したものです」
「Possessed? お化けでも出たんデースカー?」

 これから出るかもしれんがな。

 金剛のその疑問に、井戸は心の中だけでそう返すと、フィルムを入れ替えた。
 今までの澄み渡ったブルーと違い、真っ黒の下地に、赤交じりのオレンジ色に塗りたくられた光の帯が、写真の中央にいる何者かの影を起点にして、歪んだ放射状に伸びているのが写っていた。

「これが撮影されたのが今から約6時間前。最新の画像です。そして……」

 ここで、井戸が言い詰まった。

「……? 提督?」

 すでに大本営からは、戦局の変化に伴い、ある程度の情報開示も止む無し。との許可はもらっている。だが、どこまで真実をバラしていいのやら。

「でよ、結局これは何なんだよ」

 おそらく、いや間違い無くこの情報は劇薬だ。上手い事取り扱わなければ取り返しのつかないことになる。
 自分は前の職業柄故に知っていたが、軍歴の長いメナイ少佐や、何かと帝国海軍上層部に顔の利く水野中佐ですら夕方の大本営との通信報告で聞かされるまで知らなかったわけだし。

「……えー。まー、その。あの、これはつまり」
「何だハッキリしねぇな、おい」

 腕と足を組んで椅子にふんぞり返って座っていた天龍が、苛立たしげに貧乏揺すりを始めた。コイツ、天龍に加工される前と全然変わってないなぁ。と井戸は心の片隅で思った。

「つまりですね天龍さん。これは、撃沈された艦娘さんが深海凄艦にどれだけ汚染・変質しているかをあらわしているんですよ」

 誰もが電を――――どっちかは分からなかったが兎に角そちらの方へと――――振り返った。

「衛星搭載で帝国側に供給されているってことは、デバイスはジオメトロニクス・アンド・パッチワークス社のGPC-LSatOnlyLens-1999αシリーズですよね。ならパゼスト逆背景放射のカラーが赤交じりのオレンジってことはまだ汚染はフェイズ2で、最悪でも真皮装甲の剥離と運動デバイスの除染さえ済ませればほぼ確実にその艦娘さんは助かる。という事ですよね。司令官さん」
「な……」

 誰もが、信じられない化け物を見るような目付きで二人の電を見ていた。
 202の電は『私知らない! 何も知らない!』とでも言いたげな必死の表情でブンブンと首を横に振っていた。

「な……何ごく普通にS3機密バラしちゃってるのこの娘―――――――!?」

 叫ぶムンクもビックリな驚愕の表情を浮かべた井戸の叫びで、辛うじてヒビだけで済んでいた窓ガラスが木端微塵に砕けた。



 今度こそ終れ。











「……ねー! 提督ー!! もう長めのオフとか欲しがりませんからー!! 早く迎えに来てー!!」
「大潮はまだ大丈夫だから大潮はまだ大丈夫だから大潮はまだ大丈夫だから大潮はまだ大丈夫だから大潮はまだ……」



[38827] 【不定期ネタ】嗚呼、栄光のブイン基地【艦これ】
Name: abcdef◆fa76876a ID:14aa3c64
Date: 2013/11/20 07:57
※相も変わらずオリ設定の嵐です。
※ぼくのしってる○×とちがう! と言われかねん表現が多用されています。もうかんにんしてつかあさい。
※地理と歴史は駄目駄目です。勘弁してください。
※人によっては一部グロテスクかと思われる描写は無いはずです。今回だけは。多分。きっと。だといいな。






 こちら『あさうみ2000』今から約10秒前、水深2000メートル付近にて、何かが船外カメラを横切りました。
 かなり大きい。ライト、灯火します。

                           ――――――――回収されたブラックボックスより





 ちょうどその時、電は見た。

「提督と天龍さんが朝帰りなのです!?」

 誤解が無いように言っておく。

 先の重巡リ級との戦闘後にて“発見・回収”した、艦娘式重巡洋艦『羽黒』の艦コアを、突貫で整備した浄化槽に放り込み、無事に運転を開始したことを見届けたら既に朝だった。という次第である(時計の針が二時間ほど遡っていたという怪現象については目下調査中である)。決してやましい意味ではないし、井戸と天龍の二人と、現実逃避を兼ねて二人の作業の手伝いをしていた古鷹にはそんな事をする暇も無かったことだけは明記しておく。
 重巡リ級との戦闘より丸2日。

 ブイン島仮設要塞港は、そして本日全休の第203艦隊は、平穏そのものだった。




E-2で何で旗艦ばっかり狙い撃ちするんだこのヤロウ俺の古鷹ちゃん改が大破して涙目な立ち絵がそんなに好きか俺もだこのヤロウ記念の艦これSS

『嗚呼、栄光のブイン基地 ~ 死ぬがよい』





 その日の朝、天龍は(強制的に)入渠した。

 普段と同じ、艦娘状態でのそれではなかった。戦闘艦としての形状――――非圧縮状態のまま、この島唯一のドライドックへの強制入渠だった。
 正真の非常事態である。
 それはつまり、艦娘形態に圧縮させる際の些細な負担すらも致命傷となるほどに艦の損傷が激しい事に他ならないからである。

『おい、オレを戦線離脱させるな! 死ぬまで戦わせろよ!!』

 そんな大損傷であるにもかかわらず、主砲の14センチ単装砲塔がぎゅいんぎゅいんと忙しなく動き回り、左右後部のプロペラ・スクリューが右に左にとピッチを変える。駄々でも捏ねてんのか、コイツは。と、それを見ていた井戸や整備の面々は思った。

「無茶言うな天龍。今のお前は見てくれこそ健在だが、中がヤバいんだよ。俺も艦娘とは付き合いが長いがな。竜骨ユニットがエラー吐いたとか、初めて聞いたんだぞ」

 スパナ片手に腕を組む整備班長殿の言うとおりである。
 先の重巡リ級との格闘戦による後遺症として、この竜骨ユニットを初めとして、天龍の内装系には多大なダメージが遺されていたのである。

『大ーィ丈夫だって! ちょっと背骨がギシギシするだけだからよ!』
「大ーィ丈夫……なワケ無ェだろうが! 竜骨がギシギシするってこたぁ、ヘシ折れる直前じゃねぇか!!」
「何考えてんだお前は!!」

 井戸と整備班長殿が同時に天龍の側舷装甲に向かってツッコミ代わりの蹴りをくれる。
 竜骨とは、人体で言うところの背骨に相当する部分である。しかし、艦の背骨は人のそれとは違って、その構造目的上ヒョイヒョイと曲がるようには出来ていない。
 重巡クラスと真正面から文字通りの意味で殴り合い、おまけにその主砲を背中に叩き込まれてその程度で済んでいる方が奇跡なのだが、それを口にすると間違いなくこのバカは図に乗る。その程度は読めるくらいに井戸と天龍の付き合いは古いのだ。
 元々、超展開中の艦娘による格闘戦は、まともな近接防御手段を持たない雷巡チ級やそれ以前の種への一方的な殲滅戦を想定したものであり、また、潰しても潰しても沸いて出てくる深海凄艦を相手にどこまで砲弾やミサイルなどの使いきりの兵器に使う資源の量を減らせるのか。という、海軍どころか帝国全体の世知辛い懐事情に対する返答の一つでしかなかったのだ。
 解り易く言うなら、艦娘システムも超展開機能付きの艦も、雷巡級やそれ以下の種を相手に、とことん資源をケチりながら弱い者イジメするために開発されたのであり、重巡級以上との殴り合いなど最初から想定されていなかったのだ。

 そういった経緯から駆逐艦『如月』や軽巡洋艦『天龍』などの高速水雷戦隊が真っ先に超展開機能を付与され、雷巡狩りに多大な貢献を果たしたのは事実だが、今度は艦娘狩りに特化した重巡リ級や軽母ヌ級が世に出回ってくる頃になると事態は一変。今回の天龍のように中破大破の這々の体で何とか生還、あるいは何もできないままに轟沈されられる艦が急増して、後方の補給線や生産ラインを圧迫し始めるようになったのだ。
 それら、あるいは今後登場するであろうと予測される新種の深海凄艦に対抗・撃破すべく重巡や戦艦、航空母艦などの引き揚げ計画が前倒しになり、それらに急ピッチで艦娘システムと超展開機能が搭載されたのは、割とつい最近の事なのだ。

「いいか天龍」

 井戸が天龍に言う。

「お前は大事なんだ。俺だってわかってる。お前がなぜ、どうしてそこまで戦いたがっているのか、何度も何度も同調したんだ。心の底からよぅく理解しているとも。だから、今は、休め。休んで、次に備えるんだ」
『……わかった。けどさ』

 大丈夫だ。仕事が終わったら終わったらすぐ迎えに行くからよ。と井戸が天龍の側舷側装甲を優しく撫でながらそっと囁くと、渋々とした感じで、自発的に主機から火が落された。
 直後、周囲でそのやり取りを見守っていた整備班の面々や整備担当の妖精さんの群れが天龍の周りに群がり、作業を再開した。



 ちょうどその時、電(203)は砂浜で島民の子らと一緒に遊んでいた。

「入ーれーてー!」
「いーいーよー!」

 波打ち際での鬼ごっこ、ヤシの実のボールと電が普段から手にしている魚雷(弾頭脳死処理済)のバットによる野球、砂に書いたケンケンパー、鉄筋代わりに砕いた貝殻や珊瑚片を混ぜた砂での高層お城の建築作業など、一日だけでも多岐に及んだ。
 リハビリついでに保護者代わりとして同伴していた如月は開始から一時間少々でダウンしたので、近くのヤシの木の下で子供たちを見守っていた。
 実に長閑な光景だった。そして、そんな光景が、如月にはとても尊く思えた。不鮮明かつおぼろげに脳裏に浮かぶ、原型(オリジナル)の記憶に思いを馳せている時のような、ほんのちょっぴりだけ心が温かくなるような感覚だった。

(平和って、きっとこういう日みたいなことを言うんですのね)

 こんな日がいつまでも続けられるように、こんな日をいつの日にか日常とするために。そのために私達がいるのですわね。と如月は思いを新たに両の拳を強く握りしめる。
 繋がったばかりの両肩から聞こえてはいけない音がした。



「お見事ですな。井戸少佐」
「メナイ少佐」

 ドライドックを出てすぐ外、天然の洞窟の一部をくり貫いて増築された対爆コンクリート製の壁に背中を預けていたメナイに呼び止められた。
 井戸がすかさず敬礼を行う。自身と同じ階級でもあちらの方が先任だ。それに、軍隊生活の長さが全然違う。その辺の石ころとトライデント級ICBMくらいの差がある。そういった意味でも、敬礼というものは後任から先にすべきなのだ。

「いやなに。そう固くならんでもいいよ。この間助けてもらった礼もまだだったしな。一本どうだい?」
「はぁ、そういう事でしたらありがたく」

 差し出された紙巻き煙草を一本口に加え、メナイ少佐が差し出したライターで火を付ける。目を見開く。

 ――――これ、天然モノの葉っぱだ。

 普段眠気覚まし以外の目的では吸わない井戸でもその程度は分かった。海外との流通がほぼ断絶した今の帝国では、何かと権力を通しやすい上級将校の間ですら合成品か代用品くらいしか出回っていないのが現状なのだ。

「お気に召したようで何より。しかし、流石は井戸少佐だ。あのテンリュウをいとも容易く手懐けるとは」
「……きちんと面と向かって話せば、ちゃんと理解してくれますよ。彼女はね」

“あの”とは何様のつもりだ。お前如きが俺の天龍の何を知ってやがる。と井戸は心の中で思ったが、先のタバコの礼もあるし、口と顔には出さないでいた。

「……失礼ですが、少佐は以前にも艦娘を見た事が?」
「……ああ。私は、シドニーの生まれ育ちでな」

 シドニー。

「という事はまさか、シドニー解放作戦にも少佐は……」
「ああ。当時の帝豪混成偵察部隊に所属していてな。あの頃から『ストライカー・レントン』の艦長だったよ」

『ストライカー・レントン』の姿形と名前なら井戸でも知っている。ブイン島の反対側にいつも停留している、タイコンデロガ級空母をベースにして改造した、世界最新最後の突撃型狙撃戦艦の名前だ。
 そして、帝豪混成偵察部隊の方はもっと有名だ。
 後の『シナリオ11』や『桜花作戦』で名を馳せたボディバッグ・レギオンや報国献身隊と同じ強襲偵察部隊――――前情報無し、自衛以外の武装無し、敵中枢の情報送ったら死んで良し。の、悪夢のような生還率を約束された先遣部隊の事である。
 普通はその任務の性格上、快速の駆逐艦や超々高速度偵察機で構成されるはずなので、普通に考えれば元空母の戦艦などというドン亀なんぞが動員されるはずが無いのだが、メナイ少佐の胸元で燦然と黄金色に輝く略式勲章――――ゴールデンアイズ・リボンバーの存在がその話の信憑性を高めていた。

「……ひどいものだったよ。あんなに綺麗だったジャクソン・ベイはあっちからこっちまで敵味方の肉片と残骸と瓦礫と水死体だらけ。我らが聖地、ハシント・スタジアムも準備砲撃の巻き添えで地盤ごと崩れて海の底。いやホント、参ったよ」

 だが、一番キツかったのは病院だな。とメナイは一度言葉を区切った。

「病院、でありますか?」
「ああ。帝国からの派遣戦力が入院している棟のな、一角が艦娘用に割り当てられていたんだ。そこに入渠していた各艦隊の艦娘の、特に、タイプ=テンリュウ達だったんだが……」

 メナイが煙草を一息に吸う。吐く。

「……正直、怖かったな。どいつもこいつも井戸少佐のテンリュウなんかよりもずっとひどい損傷で、普通の人間なら立つどころか喋る事も怪しい程の大怪我でも、そんなの知るかとばかりに大暴れしてスタッフ総出で取り押さえられていたのさ。それでも足りずに怪我の少ない艦娘達も取り押さえるのに駆り出されてたな。囚人用のベルトで拘束されて、鎮静剤打たれてようやく一人静かになって、一息つく間もなく次の奴の拘束に向かってさ。今でも耳に残ってるよ。もっと戦わせろ。死ぬまで戦わせろ。って叫びが」
「……」
「だからな。正直びっくりしたぞ。さっきのテンリュウを見た時は」

 もう一本どうだい? と差し出された煙草を辞退し、井戸が立ち去ろうとした時、メナイが呟いた。

「……ところで、君は軍に入る以前――――」
『メナイ少佐、お電話が入っております。至急201号室までお戻りください』

 放送での呼び出しに、メナイが軽く舌打ちする。

「? 少佐殿?」
「ああ、いや。何でもない。すまないが失礼するよ」

 メナイがその場を後にする。何を言われかけたのかと思った井戸だったが、ややあって、自分にもやるべき事が山とあったのだと思い出し、足早にその場を後にした。

『井戸少佐にもお電話が入っております。至急203号室までお戻りください』



 ちょうどその時、那珂ちゃんと大潮は釈放された。

「自由だ――――――!!!」
「シャバの水と光と風の中に向かって全力疾走です!!」

 今日のブイン島は一日中曇り空。ところと時間によりスコールに見舞われるでしょう。植木鉢などは強風で飛ばされないように物陰や屋内などに避難させてください。



 その日の昼、井戸は電話をしていた。

「……はい。確かに凸状刻印でしたし、登録番号も……はい。そうです。そちらのものと一致しました……はい」

 ブイン基地のプレハブ小屋の203号室には、井戸少佐の執務室がある。
 執務室と言えば聞こえはいいが、ぶっちゃけ艦娘達との共同スペースも兼ねているので、1つの執務室ごとにちょっと小さめの教室くらいの広さはある。この基地を設計した奴は小屋の意味を辞書で調べてから出直してこい。
 各提督達の縄張りである部屋は共通規格であるが、艦娘達用の仕事机が人数分と、部屋の奥側に提督用の執務机が置いてあり、その上まで電話回線が引いてあり、やはり人数分の汎用ロッカーが部屋の片隅に置いてあるくらいしか共通点は無い。
 裏を返せばそれ以外は全然違うという事であり、そこが各提督の部屋ごとの個性というものでもある。

「……ええ、そうですね。ですがそれだと明日以降の任務にも差支えがあるのでは?」

 例えば201号室に住まう、オーストラリア海軍のファントム・メナイ少佐の執務室は、長年軍人として生活してきただけあってものの見事、あるいは御美事としか言いようのない程に手入れが行き届いている。だって仮眠用のベッドシーツに10円玉落としたら跳ね返るんだぜ。
 おまけに部屋にある物と言ったら、艦娘『愛宕』を含めた幹部格のシップクルー達の机と汎用ロッカー、そして大入りゴミ箱と掃除用具入れに仮眠用ベッドくらいしか物が置いてない。唯一持ち込まれた私物らしい私物と言えば、メナイ少佐の背後の壁に壁に掛けてある大形タペストリーくらいのものであるが、そこに刺繍されているのが『微妙な笑顔を浮かべている猫の両前足を掴んで勝ち誇ったような顔をしている、二頭身にデフォルメされた少女』と言うのだから笑えない。しかも士気昂揚のためと称して同海軍のZ旗にこれを落書きして、敵味方を大混乱に陥れて二階級降格させられたのだから、そんなのを背中に飾っているメナイ元大佐というのは意外と大人物なのかもしれない。

「ええ、その方がそちらにとっても悪い話ではないと思いますが……左様ですか」

 次にお隣の202号室に居を構える不正規軍人、水野中佐の第202艦隊であるが、はっきり言ってここは酷い。
 ここもやはり机やロッカーなどの共通備品などはあるのだが、これらはすべて隅っこに追いやられており、キングサイズのダブルベッドが1つ、部屋の中央に置いてある。当然枕は二つ、掛布団は1つである。
“お部屋に帰りたくない”とは、202の電および、かつてこの202艦隊に所属していた艦娘達『龍驤』『雷』『暁』『響』らの口癖である。
 ついでに言うと過去のとある作戦で金剛と電以外の皆が帰らぬ艦となってからも、この部屋には6人分の机と椅子があるし、彼女ら四人のシフト表にはずっと『パトロール中』の文字が入っているし、彼女たちの机の掃除を水野が欠かした事は一日たりとて無い。

「……はい。なるほど。では輸送には――――」

 さて、次は203号室こと、第203艦隊総司令官井戸少佐の執務室であるが、井戸も水野中佐と同じく軍人として鍛えられたわけではない、不正規のインスタント――――艦娘式戦闘艦との同調適性値の高低だけで引っこ抜かれてきた者らの意――――だけあって、彼の部屋も大概である。
 提督用の机があって電話線が引かれていて、壁には汎用ロッカーが並んでいるのはいいとして、部屋の中央には艦娘達の作業机の代わりなのか、若干足の長さの違う大きな丸ちゃぶ台が二つ置いてあり、部屋の片隅にはお布団が畳んでおいてあり、その隣には段ボール一杯に山と詰め込まれた何かの書類や古雑誌がいくつも放置してあり、日々の掃除の妨げとなっている。あ、ほら、今日の掃除当番である古鷹が足引っかけた。
 そんな小規模な紙雪崩を起こした書類と古雑誌の中に、一枚だけ様子の違う紙が存在していた。

「チラシ……?」

 興味を惹かれた古鷹が片付けついでにその紙面を読む。



『Team艦娘TYPEからのお誘い:(このチラシは、艦隊運営費や資源備蓄が赤字になった提督への専用のご通知です)

 当Team艦娘TYPEでは、常に新しい被検体を募集しております。採用となった方はその場で赤字運営費の代払い、不足分の資源配給、各種触媒の無償譲渡などを行っております(※1)
 サポート体制も万全であり、どなた様でもご安心してお申込できます(※2)
 あなたもこの実験で生まれ変わってみませんか? 興味のある方、借金や資材の過剰借用で首の回らなくなった方は是非、以下のアドレスもしくは電話番号までご連絡ください(※3)

※1:なお、支払上限はありませんが、支払い目的はあくまで不足分の相殺のみと限定させていただきます。あらかじめご了承ください。
※2:なお、サポート内容は被験者の戸籍の改竄、被験者の回収担当員のアリバイ工作などに限定させていただきます。あらかじめご了承ください。
※3:なお、人体実験の都合上、心身の保証は一切いたしません。あらかじめご了承ください』



「……」

 怪しさ大爆発である。

「ええ、承知いたしました。ではそのように。……はい。はい、それでは失礼します……ん、どうした? 古鷹」
「い、いえ。ちょっとゴミを捨てていただけです」

 危険な汚物にでも触ってしまったかのような表情をしてゴミ箱の中に何かを摘まんで入れていた古鷹を見つけた井戸が、受話器を置きながら尋ねた。

「ところで提督、どなたとお話していらっしゃったんですか? 提督があんな真面目な喋り方をする人なんて、基地司令くらいしかいなかったと思うんですけれど……」
「ん? ああ。お前も知ってるだろ。昨日回収してきた艦コアを浄化処置してるの」

 それなら古鷹も知っている。足りぬ足りぬはどっかの工夫が足りないはずと信じて、備蓄残高がマイナス3ケタという未曽有のストック量になったボーキサイトと、共産主義者も真っ青になりそうな額の艦隊運営費(借入)をどうやって工面するか一日中仕事机の上の端末の前で頭を抱えていた時に、港から地下倉庫に運ぶの手伝えと言われ、嬉々として参加したからだ。
 現実逃避と笑うなかれ。クソがつくほどの真面目さが取り柄な古鷹は当時いい感じにテンパっており、こうなったら夜な夜な街に出向いて○X△な事でもして稼ぐしかないのかと追いつめられていたくらいなのである。

「はい。わたしと同じ、重巡洋艦の型のコアですよね。たしか、コアの刻印は羽黒さんでしたよね」
「そうだ。昨日の戦闘の後に“偶然”見つけてな。損傷はそこまで酷くなかったが瘴気汚染が著しかったので、昨日の騒ぎだ」

 すまんな。突発で浄化槽の掃除と整備まで手伝させて。と井戸は拝むように片手を上げて礼を言った。

「いえ。お気になさらないでください」

 良い現実逃避になりました。と古鷹は心の中だけで付け足した。

「ああ、それでさっきの話なんだがな。どこで知ったかは知らないが、その羽黒の所属先の提督さんから連絡が来たんだ。引き渡しの礼として、運営費の幾らかを払っていただけるそうだ」
「ほ、本当ですか!?」

 古鷹がいきり立って井戸に詰め寄ろうとして、ダンボール箱の中身がまた紙雪崩を起こした。

「落ち着け。兎に角、今日の正午には輸送任務の帰りにブインの近くを通るそうだから、そのままこっち来るそうだ。それまでに桟橋1つでいいから開けとかないとな」

 古鷹が井戸の背後の壁にかかっている時計を見る。
 午前11時55分。
 続けて、入り口脇の壁に引っかけてあるホワイトボードの方に振り返る。

 本日のシフト:203:休み!(※ただし正午から202艦隊が砲雷撃演習を行うので、物資の搬入等は午前中に全て済ませる事)

 井戸と古鷹の目が合う。

 続けて部屋の外から聞こえてくる砲爆撃の音と、遠くから響き渡る第202艦隊に所属する面々の声。

 ――――Hey、提督ゥー! 何か知らない艦隊の娘が一隻紛れ込んでるんですけどどうしマースカー!!
 ――――あれが指示されてた演習目標じゃないんでしょうか……? 司令官さん、どうしましょう?
 ――――目標、敵スカイドン! 撃てぇぇぇぇぃ!!

 井戸と古鷹が同時に窓枠から身を乗り出して叫ぶ。

「「撃つなああああああぁぁぁぁぁ!!!」」

 聞こえるはずが無かった。



 ちょうどその時、釈放された那珂ちゃんと大潮はイモ畑で雑草を抜いていた。

 二人が地方巡業(物資輸送 and/or 輸送艦隊護衛)の合間を縫って丹精込めて育てていたイモ畑は、たったの三日で見るも無残な雑草畑と成り果てていたからだった。
 たかが三日。されど三日。雑草むしりを忘れた真夏の畑を甘く見てはいけない。嘘だと思うなら10×10メートルの1aほどの小さな畑で試しに青首大根でもおナスでも何でもいいから育ててみると良い。死ねるから。

「プロデュ……提督ー! 天龍さーん!! 私のいない間に雑草むしりくらいやってても罰当たらないのにー!!」
「草むしりだって全力疾走です!! それそれ、そーれ!」

 絶望的な作業量に彼女たちの心が折れるまで、あと少し。



 その日の午後、井戸と古鷹は土下座をしていた。

 やっぱりというか予想通りと言うべきなのか、浄化処置の終わった羽黒の艦コアを受け取りに来た、件の提督が乗っていた軽巡洋艦『那珂』が撃沈されかかったためである。所属艦隊を示すエンブレムマークは、炎に包まれたスズメバチと炊飯器。そして燦然と輝く『TKT』の意匠化文字。
 こんな悪趣味なマークを付けた艦隊は、世界広しと言えども一つしか存在していない。

(て、提督、慌てないで。ま、まだああ慌てるようなじじ時間じゃじゃじゃ)
(むむむ無茶言うな。なんでこんな危険人もとい有名人がこんな所来てるんだよ!?)

「我が心の総旗艦の回収と保護、実に大儀であった……と、正直言いたいところだが」

 Team艦娘TYPE名誉会長。

 それがこの重巡『羽黒』のコアの受け取り主の肩書である。
 軍どころか帝国勢力圏で最も怒らせてはいけない連中の筆頭格である。
 そして井戸が羽黒のコアをえぐり取って持ち帰ったのは純粋な善意や好意などではなく、とうの昔に消え失せたと思っていた学術的な好奇心がグングンと湧いて来ていたからである。何せ、あそこまで――――瞳の色が完全に変色し、首から下が完全に――――深海凄艦化していながらも自我がハッキリしている個体(サンプル)など、今の今までお目に掛かった事が無かったからだ。
 どこだ。どこで情報が漏れた。今日一日かけてじっくりデータ取ろうとしていたのに。浄化も終わってゴーストマップまで書き上げたばっかだったのに。メンタルログの吸い出しもまだだったのに。誰かタイムマシンを発明してください。電話口で名前を聞いた時は同姓同名の人物もいるんだなー。などと呑気に構えていた数分前の自分を殺してやりたいので。と井戸は心底思っていた。

「死ぬがよい」

 ――――それなくね?

 井戸と古鷹の心臓が冗談抜きで一瞬止まった。

「嘘だ」

 当の会長は(目以外で)笑って許してくれたが、その隣にて静かに佇み、こちらの一挙手一投足を警戒している艦娘状態の那珂ちゃん(無表情)の姿が怖かった。と、井戸と古鷹はそれぞれその日の日誌にそう記している。お前笑顔と泣き顔以外の表情パターンは仕様上実装されない予定じゃなかったのかよ。とも、後年に発見された当時の井戸提督の日誌には追記されている。
 そんな彼らのやり取りを余所に、元の戦闘艦の姿へと解凍・展開した那珂ちゃん(無表情)の貨物室に件のコアが納められた機密コンテナが搬入され、ベルトロープとフックで念入りに固定される。

「では、確かにお渡しいたしました」
「ご苦労だった。基地に帰って十分休んでくれ……と、言いたいところだが」

 いよいよかと二人が身を強張らせる。そこで一度言葉を区切った提督が、

「……井戸少佐。本当に、本当にありがとうございました」

 名誉会長――――襟元の階級章は大佐だった――――が、一介の少佐風情(土下座なぅ)に深々と頭を下げている。
 かなり異様な光景であった。

「た、大佐殿!? お顔を上げてください! 私どもめなぞには過分に過ぎます!!」
「さ、左様でございます!!」

 井戸より先に古鷹が反応した。井戸よ、お前その娘の上役だろうが。

「いいや。言わせてくれ。あの時私は――――否、我々『世海改竄素敵艦隊』は、あの子一人置き去りにして、逃げたのだ」

 とても凄惨いネーミングセンスだ。と井戸と古鷹は同時に思ったが、顔と口には全力で出さないでいた。

「あの子が殿を自ら買って出たとはいえ、そんなのは言い訳だ。あの時の我々ではどうしようもなかったのだ。だから言わせてくれ。あの子を助けてくれて、ありがとう。本当に、ありがとう」

 会長は、ありがとうありがとうと、ぼろぼろと大粒の涙を流して泣いていた。
 井戸も、古鷹も、何も言えなかった。



 ちょうどその時、釈放された那珂ちゃんと大潮はブイン島唯一の商店街で歌って踊っていた。

「「「урааааааааа! урааааа!! урааааааааарааааааааа!!!!!」」」
「みんなー、応援ありがとー。今のが『鬼神憎帝オチュウゲイン』テーマソングでしたー! 続けて『異剣愚神モノモース』行っちゃう? それとも『愛MY猛攻オチャ=ニゴス』のOPも歌っちゃおうかなー!!」

 何気に選曲が偏っている上にかなり古い。
 帝国本土ではどれもこれも2~30年くらい前に放送の終了したロボットアニメの主題歌だが帝国海軍一部有志の手によって持ち込まれたそれは、娯楽の少ないブイン島や周辺地域では立派な大衆娯楽の一つであり、現在進行形で絶賛大放映中の番組である。
 無論、那珂ちゃんによる今回のゲリラライブもまた立派な娯楽であり、帝国海軍による正式な宣撫活動の一環なのでもある。

「「「урааааааааа! 那珂チャンурааааааааа!!!」」」

 商店街の仮設ステージの上の那珂ちゃんのダンスに合わせて、大潮が部分的に『展開』したスピーカーから大音量のBGMをガンガンに掻き鳴らす。

「おっけー! それじゃあいっくよー!『たたかえぼくらのE.G.F.マダー?』!!」

 お捻り代わりのジャガイモやトウモロコシ――――トマトや生卵じゃないだけ肯定的であるはずだ。たぶん――――がステージに投げ入れられる中、大潮のBGMのテンポと音量が更にアップされる。
 ノリにノってる観客達も一斉に唱和しだす。


\\\あーおいこのうみまっもるためー、えーばーぐりーんよしゅっつどうだー♪///


 歌って踊れる艦隊のアイドルの本領発揮である。




 その日の夜、事務仕事を終えた(※翻訳鎮守府注釈:古鷹に全部押し付けて泣かせた と読みます)井戸は、机の引き出しの二重底の那珂に隠してあった酒瓶を2つほど選んで取り出し、再びドライドックにその足を向けていた。朝の天龍との約束を果たすためである。

 船底装甲の全てを取り外され、剥き出しになっていた新しい竜骨ユニットをスパナでガンゴンと叩いて異常音が無いかを確かめていた整備班長殿に断りを入れ、差し入れとして持ってきた酒瓶を近くの整備員に持たせると、整備の丁稚連中が忙しげに行き来するキャットウォークを伝って天龍の甲板に乗り込み、そのまま中に入って艦橋へと進んでいった。

 外から入ってくるライトと非常誘導灯以外の明かりが存在しない、薄暗い艦橋の艦長席に座ると同時に、薄ぼんやりとした灯が灯った。
 続けて、どこか拗ねたような天龍の声も。

【遅かったじゃねぇか】
「いいのかよ、今通路で電装系のチェックやってたとこだぞ」
【いいんだよ。今使ってんの非常用の独立電源だから。バレやしねぇよ】

 そうか。あとで整備班長殿に何言われても知らんぞ。とだけ言い、艦長席のシートを最大限に後ろに倒す。
 途端、今まで押し隠していた疲労が吹き上がってきた。

【何かいい事でもあったのか?】
「どこをどう見りゃそんな感想が出てくるんだよ。死ぬほど疲れた一日だったに決まってるだろうが」
【や、だってさ】

 すげぇ笑ってるじゃん、今。と天龍に指摘されて、そこでようやく井戸は、己がどのような表情をしているのかに気付いた。

「……あー。如月の肩がまた外れた。電が畑脇の肥溜めに片足突っ込んで泣いて帰って来た。ボーキが足りねぇつって赤城がメナイ少佐の艦隊に自分の燃料売りに行った。那珂ちゃんと大潮が持ち帰った材料でカレー作ったら燃料不足で腹空かせた赤城に全部喰われた。古鷹はまだ仕事やってる。俺がTeam艦娘TYPEのお偉いさんに目ェつけられた」
【ぅゎぁ】

 思い出すだけでも嫌になる事が満載の一日だった。
 だが、

「けどよ――――」

 誰も死ななかったし、出撃も無かった。

「すげえいい日だったよ」
【……みたいだな】
「……」
【……】

 しばしの沈黙の後、艦長席に寝そべる井戸から微かに寝息が聞こえてきたのを確認した天龍は、照明を落として艦内暖房をタイマー付きでONにし、整備班長殿にどやされる前に今度こそ完全に動力炉の火を落として眠りについた。

【おやすみ】

 目覚まし用のブートタイマーをセットし忘れた事に気づいていなかった。







 本日の戦果:

 ジャガイモ60kg    ×1箱
 ニンジン        ×いっぱい
 ピーマン        ×たくさん
 タマネギ        ×ごろごろ
 トウモロコシ      ×ぽいぽい
 生卵          ×ぐちゃー(破損のため可食不能)
 トマト         ×べちょー(破損のため可食不能)
 米俵          ×一俵
 カレールー       ×どばー
 ボーキサイト      ×250単位

 各種特別手当:

 大形艦種撃沈手当
 緊急出撃手当
 國民健康保険料免除

 以上




 本日の被害:

 軽巡洋艦『天龍』:中破(入渠中)
   空母『赤城』:小破(食べ過ぎ)
  駆逐艦『如月』:小破(左右兵装保持腕脱臼)
  駆逐艦『電』 :健在(脚部ユニット完全洗浄済み)
 重巡洋艦『古鷹』:健在
 軽巡洋艦『那珂』:健在
  駆逐艦『大潮』:健在

 各種特別手当:

 入渠ドック使用料全額免除
 各種物資の最優先配給

 以上



 本日のNG(没)シーン
 ぼくのかんがえた、とってもかっこいいうみのおふね(1)


 オーストラリア海軍所属 第五世代型超弩級狙撃通常戦艦『ストライカー・レントン』

 ブイン基地所属のファントム・メナイ少佐および彼の秘書艦『愛宕』(同少佐はハナと命名)が乗る、事実上の201艦隊の総旗艦。現在では唯一竣工している第五世代型の通常戦艦であり、艦娘式戦闘艦や深海凄艦の存在を除けば、地球最強の高速戦艦でもある。
 タイコンデロガ級大型空母を母体とし、飛行甲板上に同艦とほぼ同じサイズの海水冷却式の巨大な熱光線砲を装備しているのが最大の特徴。
 後先を考えなければその最大有効射程圏は月まで届き、空気抵抗や気象条件などの諸々の要素を省けばその精密狙撃能力は、月の表面に愛合い傘を描けるほど。


 今度こそ終れ。



[38827] 【不定期ネタ】嗚呼、栄光のブイン基地【艦これ】
Name: abcdef◆fa76876a ID:14aa3c64
Date: 2013/12/02 21:23
※変わらずのオリ設定の嵐です。
※○×は俺の嫁! ▲◆はワシの娘! と言う方々は念のためお覚悟ください。そしてご容赦ください。
※高校時代の国語と地理と歴史と英語の成績は4でしたが、たった今1になりました。あしからず。
※人によっては一部グロテスクかと思われる描写有ります。
※翻訳鎮守府=サン大活躍。





 昨日の昼、第201艦隊の整備クルーのスティーブさんとスコット君とエリアスさんと麻雀をやった。
 スティーブさん、やたらついていたのはきっとイカサマに違い有りません。ですが、一航戦の誇りに掛けて18回連続轟盲牌からの天地創造を見事成功させてやりました。大負けしたけど。
 それにしても、レートが1万点=燃料1ccもしくはボーキサイト1単位というのはちょっとやりすぎたかしら。でも約束のボーキサイト、はちゃんと スコット君が
届けてくれるっていうし、いまから
            楽しみ     お腹
 空かせて
         っ  てま
               す。



 ボーキ、サイト  スコットー 、 来た。

 ボーキ、 良い匂いなんでブン り、 うま  ったです。



 ボーキ
 うま


                          ――――――――回収された手記『赤城の日誌』より






 水平線の彼方が赤く染まっている。

 朝焼けではない。夕焼けでもない。どちらにしても発生源が小さすぎるし、いくつもいくつも新たに現れたりしない。それらは全て、燃えて尽きて深い海の底へと沈んで逝く炎の明かりだ。作戦通りなら、それらは夜闇に紛れてブイン島へと進軍していた深海凄艦の本隊だったものである。
 さらに火柱が追加される。水平線の向こう側にも広がっている夜の世界が、また炎色でほんの少し染め上げられる。そして、その炎の明かりが届かぬ水平線のこちら側、縦一列に並んだ四隻の戦闘艦が静かに静かに闇の上を進んでいた。

『お~、燃えとる燃えとる~。こらええな~、夜道で迷子にならんで済むわ~』

 その四隻の最前線。空母のようなまな板状の甲板を持ち、空母に見えるくせに真正面から眺めてみると逆三角形のシルエットをしているという、復元性や旋回性という言葉を横浜船渠の中に置き忘れてきたかのような形状の艦が、単距離光学リレー通信で後ろの三隻に語りかけた。
 軽空母『龍驤』
 それがこの、胡散臭い関西弁を喋る軽空母の名前であり、この声の主の名前でもあった。

『龍驤さん。ここは海の上なんだから、そもそも道なんて無いような気がするのよね』

 光学通信に返信。返信元は龍驤のすぐ後ろを行く一隻の駆逐艦からだった。
 名を『暁』と言った。

『おー、暁ちゃんは賢いな~。どれ、お姉ちゃんがいい子イイ子したるで~』
『えへへへへ……って、子ども扱いしないでよね! ていうか、今のままだと手が無いじゃないの!』
『そんなの簡単や。暁ちゃんの隣にちょいと並走んだらな? ウチの上部甲板を、こう傾けてな?』
『う、うわわわわっ!? た、転覆れる! 転覆れる!!』

 龍驤の艦体が左右に大きく揺れ動く。格納庫の中に納められた各種艦載機の搭乗員である妖精さん達の罵声や悲鳴が聞こえた。ような気がした。

『ねぇ、ちょっと貴女達。いくら主戦場から離れてるとはいえ、少しは緊張感持ちなさいよ』

 作戦行動中であるにも関わらず、騒々しい二人(2隻か?)を窘めるかのように、3隻目に位置する駆逐艦――――雷(イカズチ)から通信が入った。

『ほら、響ちゃんを見習いなさいよ。静かにしてるでしょ』

 雷が、己の真後ろを航行している最後尾の駆逐艦の名を挙げた。
 それに対する響からの返答は静かながらも、その名の通り三人に対してよく響いた。

『足りない』
『え?』

 何言ってんだコイツ。という意識が響に向けられた。

『ウォトカが足りない。もう駄目。主機の震えが止まらない』
『……』
『……』
『……』

 艦隊が沈黙に包まれる。
 そのアルコール臭い静寂を破るかのように、龍驤が声を上げた。

『……ま、まー! これはほら、アレや。ここはあっちから大分離れ取るし暗いから大丈夫やろ。それに、ウチの艦載機のみんなが周辺を見張っててくれてるんや。もう何にも怖い事なんてあらへんあらへん』

 龍驤が火の消えた探査灯で見つめる闇の先。その空には、龍驤から発艦した零式艦戦21型が周辺空海域を索敵しているはずだ。
 件の零式艦戦21型に乗っている妖精さん達から通信が入る。

≪そのとおりですぞ。あかつきどのー。このぜろしきかんせん21がたこと『えあろ号』と、このわたしスミスにおまかせあれー≫
≪きょうもまた、あかつきのすいへいせんにしょうりをきざむだけのおしごとがはじまるを……≫
≪あかつきちゃんはおうちにかえってでんこうせんきでもやってるがよいー≫

 水平線の向こうで、一際大きな火柱が上がったのがここからでも見えた。上空の妖精さんからは戦艦ル級の撃沈を確認との事だった。光学接続された感嘆の声が4つ上がった。
 ため息交じりに龍驤が呟く。

『……これで水野少佐も帝国海軍史上3人目の黄金剣翼突撃徽章持ち……昇進はもう確定やな』
『その割には嬉しくなさそうじゃない』
『ビールなんて小便と同じ……』
『そらそうや。ただでさえ少佐とは距離があるんさかい。もっと離れて行ってまう気がして、なぁ……』
『『『……』』』

 龍驤が憂鬱になっているのは階級だけの話ではない事を、この駆逐艦3人娘達(と、今この場にはいない電)は知っていた。

『それに、少佐は金剛はんにお熱やさかい……ウチの事なんて目もくれてへん。でもええねん』

 お?
 と暁、雷、響の駆逐艦3人娘は思った。いつもならここでネガティブスパイラル思考に陥った龍驤のジメジメとした愚痴と泣き言の中間地点みたいなのでログが埋め尽くされるのに。

『ウチが逃げ出さんように今のうちにみんなには言うとくわ』
『何何? 何の話?』
『私が聞いててあげるから、しっかり言ってみなさいよ』
『ウォトカが無いならせめて洗浄用のエチル、いや、この際メチルでも……』
『う、うん……あんな、ウチな……』

 龍驤の探査灯が2つ、内側に向き合ってくりんくりんと動いていた。両手の人差し指を合わせてツンツンに相当するアクションなのだろうか。
 とんでもない爆弾文章が飛び出した。

『ウチな、今日の作戦が終わったら、水野少佐に告白するねん』

 会話線が完全な沈黙に包まれた。響の酒分不足からくる震えすら止まっていた。

『男と女として好きです。二番さんでもええから愛してください。って』

 突然の色恋話に大興奮した駆逐艦3人娘の黄色い歓声で、会話線が瞬間的に沸騰した。

『キャ―――――――!! キタキタキタ! 漣ちゃんじゃないけどキタコレ! 艦これ! 来たよこれ!! 昼ドラ、やるドラ、家政婦のロベルタさんがミタじゃなくても見たい!!』
『そう。やっと覚悟を決めたのね。頑張ってきなさいよ。駄目だったら朝まで自棄バケツに付き合ってあげるから』
『お父さん、お父さん。魔王が。リア充候補生の魔王が酒瓶片手に僕を居酒屋に誘っているよ!』

 龍驤が掻き消えそうな声でさらに呟く。

『実はもう、花束まで買ってあったりして』
≪正面より発砲炎! 回避、回避!!≫

 妖精さんからの緊急通信は、致命的なまでに手遅れだった。

 数秒遅れの風切り音を引き連れて飛来した砲弾は龍驤の頭上を飛び越し、艦隊の最後尾にいた響の艦首に着弾。全ての装甲板と隔壁を一瞬にして貫通し、艦娘の魂の座ともいえる動力炉に直撃。十分すぎる重量と速度のあった砲弾は、着弾の衝撃と自身の運動エネルギーで炉やその周辺構造物をズタズタに粉砕しながらもまったく速度を緩めずにそのまま艦尾装甲板を内側から撃ち抜き、大小入り混じった破片や響の一部だったものを後方へと盛大に弾き飛ばして海面に着弾。海中深くまで潜った時点でようやく起爆信管が作動して、盛大な水柱が上がった。
 この時点で、響からのIFF反応も、光学接続されていたステイタス表示も、完全に消失していた。
 それでもなお前半分だけは原型を留めていた駆逐艦『響』の艦体は水面の上を進んでいたが、それはただ単に惰性とか慣性とか呼ばれるものであり、ややもしない内に静かに海の底へと沈んで逝った。

 真っ先に反応したのは、色恋話で惚気ていたはずの龍驤と、暁だった。
 誰が何かを言うよりも早く、暁が生身の脳ミソ特有の並列処理能力で砲弾が飛来した方向におおよそのアタリを付け、電子頭脳最大の武器である高速演算で誤差をパッチし、問答無用で手持ちの酸素魚雷の3分の1を吐き出した。
 龍驤は龍驤で、搭載中の全艦載機および、軽空母としての『龍驤』のメインシステム統括系にスクランブル発進と滑走路照明の即時点灯をリクエスト。
 システムは被発見の可能性および夜間飛行のリスクから即座に申請を拒否。龍驤が毒づく。

『なんでや! 何が『無人空母の運用上における安全性の確保』や! ウチは機械やないし、ウチの敵は深海凄艦だけや! ここで飛ばさんでいつ飛ばすんや!!』

 格納庫内の妖精さん達から緊急Callが届く。

≪龍驤さーん! だしてくんろー! わしらひこうきのりはおそらでしにたいんじゃー!!≫
≪そうじゃそうじゃー! シャッターあけてくんなかば、ここでばくだんばさくれつさせちゃるどー!!≫
≪21型のれんちゅうだけにおいしいめにあわせるわけにはいかんのじゃー!!≫

 二発目の敵砲弾は、各艦ごとに乱数回避を取っている艦隊のド真ん中に着弾した。

『……』

 すでに捕捉されている可能性が高い事を示唆した上で龍驤がシステムに再要請。2秒間ほどの審議時間の後、申請が受理され、FCSおよび艦内機能の全権限が『龍驤』のメインシステム統括系から艦娘としての龍驤に移行される。龍驤が即座に自我コマンドでシャッターを解放。照明弾を撃ち上げると同時に探査灯を灯し、滑走路を明るく照らす。

『艦載機のみんな、真っ暗で無茶やけどお仕事頼んます!!』
『雷、雷撃戦準備完了! 妖精さん、照準補正お願いね!』
≪がってんしょうちのすけー≫

 直後、爆炎混じりの盛大な水柱が闇の中に上がった。暁が放った魚雷の着弾だった。
 その一瞬の明るさの中に、1つの人型があった。
 人ではない。超展開中の艦娘でもない。人にしては巨大すぎるし、この時間帯にこの周辺で超展開している艦娘は、あの水平線の向こうで囮となって敵主力部隊を引き付けている水野少佐と金剛、そして二人に追加の弾薬と燃料を運搬すべく島と戦場との間をピストン輸送している電(※翻訳鎮守府注釈:イナズマだよ。イカヅチじゃないよ?)以外には存在しない。つまりは全くの不明艦であり、そういったものはどこの国の海軍のどの派閥に所属していたとしても例外無く敵として扱われる。
 そして、この世界の海で出会う人類以外の敵とは、深海凄艦に他ならない。
 真っ先に敵を捕捉した暁が全周波数で叫ぶ。

『正面! 戦艦ル級1! 新手!!』

 敵戦艦のほぼ真上で落下傘を開いた照明弾に照らされ、敵――――深海凄艦側の戦艦ル級の姿が闇の中より露わになった。
 完全な人型。死人色の肌。新月の夜のようなストレートロングの黒髪。金属様の光沢を放つ漆黒のボディスーツ状の表皮装甲。ウニのトゲのようにいくつもの大口径砲を生やした、黒瑪瑙色のブ厚い装甲に覆われた両腕。

 戦艦ル級。

 深海凄艦側が人類側の切り札たる艦娘式戦闘艦を圧倒するために――――重巡リ級のように対抗が目的ではない。圧倒なのだ――――生み出した、超大型種に分類される深海凄艦である。
 この4隻の指揮官を務めている龍驤が叫ぶ。

『みんな! 手持ちの火力を全部かましたれ!! 相手は戦艦級! 出し惜しみしてたら死ぬで!?』

 妖精さん達が意気軒昂に叫び返す。

≪かえってきたらおいしいパインサラダでかんぱいじゃー≫
≪おいおまえ! しんかいやろうとつるぺたおんな、どっちがすきだ!?≫
≪ことばをつつしみたまえー。きみはいまー、みらいのげきついおうのまえにいるのだぞー≫

 暗闇の空へと、完全爆装した艦載機の群れが龍驤から飛び立っていく。続けて、あの水平線の向こう側にいるであろう金剛と水野、そして二人への弾薬運搬に専念しているであろう電に向かって上空の21型を中継して通信を送る。

『こちら龍驤! 別働隊の戦艦ル級に捕捉されてもた! 作戦放棄! 交戦開始!!』

 龍驤の雷撃隊が。暁と雷からの砲雷撃が。照明された戦艦ル級に向かって一直線に突き進む。

≪しねよやー≫
『響ちゃんの敵!』
『死ね! 死んで海の底で詫び続けろ!!』

 砲弾が、魚雷が、爆弾が。
 次々と戦艦ル級に直撃し、大爆発を起こす。ル級は、避けも防ぎもしていなかった。
 なのに、

『なんでや……』
『こちら水野! 待ってろ、すぐに向かう!!』
『司令官さん、敵増援が急速浮上中なのです! 重巡4、至近!!』

 全て無駄だった。

『何で傷一つついてないんや!?』
『逃げろ! 逃げろ龍驤!!』



 今からおよそ一年前。ブイン島仮設要塞港第202艦隊の艦娘達が、まだ6隻だった頃の話である。




 第六駆逐隊に龍驤混ぜると何か歳の近い妹たちの世話して頑張ってるお姉ちゃん感がもの凄いような気がしないでもないという宇宙の真理に気が付いた今日この頃皆様いかがお過ごしでしょうか私はキサラギ派だったのに気が付けば古鷹ちゃんの健気さとと金剛さんの一心さに浮気しててもう駄目です。記念の艦これSS

『嗚呼、栄光のブイン基地 ~ ダ号目標破壊作戦 - Destroy target Darksteel.』(前編)





 ブイン島仮設要塞港基地所属第203艦隊において、各種資材の窃盗が確認された場合、真っ先に疑うべくは外部の者ではない。

「ひぃ、ふぃ、みぃ……やっぱり足りない。ていうか無い!!」
「んー? どしたの、古鷹ちゃん」
「古鷹さん、何が無いんですか? 危機感ですか?」

 電卓片手にちゃぶ台の上に置かれたノート型端末と睨めっこをしていた古鷹が、荒だたしげに席を立った。普段大人しい古鷹の異様(※翻訳鎮守府注釈:古鷹=サンは昨日(第3話)から寝ていなんです。お察しください)に何事かと思った那珂ちゃんが、同じくちゃぶ台の上に置かれたノート型端末で大本営向けの弾薬補充の陳情書を作成していた手を止めて古鷹の方に顔を向けた。那珂ちゃんと同じちゃぶ台で週刊『正規空母』――――引き揚げられた件のタンカーの中から回収された雑誌の一つで、この基地の中では最新分だ――――を読んでいた電も、本を読む手を止めてそちらの方に振り返った。

「無いんです! 資材が! 何もかも!!」
「「は?」」

 古鷹によって目の前に突き付けられた端末に表示されたエクセル表の数字には、昨日から203艦隊の備蓄分の各種資材が急激かつ大量に消費された事を示していた。

「どうせまた赤城さんが齧ったに決まってます!」

 ボーキサイトが無いのはまぁ、ほぼ確実にいつも通りで赤城さんの仕業だろうが、それ以外の資材すら無いとはどういうことだ。ついこないだ引き揚げたタンカーの中にあった古鷹宛に届いたコンテナに満載されていた合成オイル(送り主の住所は信じられないところからだった)は赤城さんの趣味ではなかったはずだ。一口飲んで『メッコールより不味い』とか言って吐き出してたし。と那珂ちゃんは思っていた。
 電は電で、こいつらやっぱり危機感が足りてないのですと思った。読んでいた週刊誌によると本土ではいよいよ資源不足が末期化しているらしく、民間の方ではとうとうガソリンだけではなく書籍関連にも『図書券』なる配給キップが配られ始めたとの事。1000円分の配給キップってどういうことなのでしょうか。電が想像するに、きっときらきらピカピカなのです。

「今日という今日は我慢なりません!」

 古鷹の左目が意図的なウィンクと同時に切り替わる。あの娘の光るライトの目、くるりと回って戦闘モード。

「ペンフレンドの草餅少佐さんから分けていただいた本土の珍味だっていう合成オイル、楽しみにしてたんですよ! アリやカビのトラブルよ右腕からさらば! のはずだったんですよ!? 断罪です!!」
「あ、待って待ってー。私も行くー!」

 どすどすどす、と古鷹が足音も高らかに203号室の外へ出て入渠棟―――隣接するもう一つのプレハブ小屋に向かう。面白半分、息抜き半分で那珂ちゃんもその後を追う。電は部屋の戸締りをしてから二人の後をついていった。
 入渠棟――――といっても、こちらは倉庫の2階部分を下から完全に隔離してベッド二つと本棚を並べて置いてあるだけの、本当に小さな部屋だ――――のドアノブに手を掛けた古鷹の動きが止まる。

「? どしたの?」
「シッ」

 3人がドアに耳を張り付け、那珂から聞こえてきたかすかな物音に注意を傾けた。

( ゆい うま)

 何か、固い物を齧る音と、誰かの呟き声だった。入り口脇の名札掛けには『203 赤城』の札しか掛かっていなかった。
 こいつは完全なクロだと見切りをつけた古鷹が、勢いよくドアを開ける。

「ちょっと赤城さん、これはいったい――――」

 古鷹の動きが止まる。何何ー? と彼女の後ろから中の光景を覗き込んだ那珂ちゃんと電も、言葉を失った。

「……畜生スティーブさんめ、イカサマしたに違いないわ。スコット君とエリアスさんもグルね。でなきゃあの時のツモでみんなまとめて死んじゃってたはずだったのに」

 薄暗い部屋の中、赤城は、入り口側に背を向けて何かを一心不乱に貪っていた。
 はっきり言ってすげぇ怖い。
 床には誰かが――――201整備クルーのフライトジャケットが見えたが、頭部はちょうど赤城の陰で見えなかった――――誰かが、倒れていた。
 赤城の手の中から何かが床に落ちて転がる。ちょうど人間の頭大の何かだった。


 ⇒そっと戸を閉める。


「……」
「……」
「……」

 そして開く。

「ボーキ うま……ん?」

 気配を感じて振り返っていた赤城と目が合った。床には人間の頭大のボーキサイトの塊が転がっていた。

「「「ごゆるりと……」」」

 恐怖に負けて再びそっと扉を閉めた彼女らに罪は無いはずだ。




「鋼材泥棒? 私がですか」

 いえホント早とちりでしたすみません眠気の至りです。と古鷹が可哀そうになる位に縮こまって頭を下げていた。赤城はさしたる問題じゃあないですよとでも言わんばかりに笑って手を振った。流石に一航戦の女は懐の広さが違った。

「わかっていただけたのなら良いんですよ。ところで、鋼材泥棒というのは、ひょっとして天龍さんと如月さんの事なのでは?」





 ――――井戸、ちょっと待ってろよ。オレも如月も、新しくて綺麗になった体を見せてやるからよ。
 ――――提督、如月はますます強く、美しくなって帰ってまいりますわ。それに、殿方が乙女の着換えを覗くものでは……あ、でも提督ならいつでもオッケーですわ。

 ドライドックから一度外に追い出された井戸に、天龍と(肩に脱臼癖のついた)如月は確かにそう言っていたはずだ。
 だが、

 ――――目の前にいる二人の艦娘さん達は、あんだけ大量の資材を喰っておいて、いったいどこが変わったというのでしょうか。

 井戸はそう思っていた。
 井戸のすぐ隣に立っていた203艦隊の他の面々――――古鷹と電と赤城と那珂ちゃんと大潮も、彼と大体同じ表情だった。

「どういうことなの……」

 井戸が説明を求めて視線を彼女らの奥にいた整備班の面々に向ける。

「おう、説明するぜ」

 スパナ片手に腕を組んだ整備班長殿が一歩前に出て、自慢げに説明を始めた。

「まずは『如月』の嬢ちゃんの方だが、見ろ。以前言ってた火炎放射器を実装してみたぞ」

 如月の背中には、子供のおもちゃの水鉄砲(大型タンクのついてるアレだ)を、如月サイズにまで拡大したものがああった。タンクの隣の与圧チューブは兎も角、スピーカーは何に使うのだろう。

「もちろん、超展開中でも使えるし、外部スピーカーとテープレコーダーも放射器本体に取り付けてあるから、放射と同時にちゃんと掛け声も流れるようにしてあるからバッチシだぜ! 次に、お前の嫁さんの天龍の方だが、こっちはまず竜骨ユニットと背部装甲板の全交換と、周辺設備や電装系の漏電対策が主な改修点だな。あとは天龍からのリクエストで、CIWSを積んである」
「CIWSをですか?」

 CIWS――――Close In Weapon System. 戦闘艦の最終防衛ラインとして機能する兵装システムの略称であり、一般的にはチャフやデコイ、有名どころではバルカンファランクスやゴールキーパー砲などが例として挙げられる。

「応よ。こないだのリ級相手に格闘戦で散々手こずっちまったしな。その対策だぜ」

 整備班長殿に代わって自信満々に答えた天龍の姿を見る。顔、自慢げに機械耳がピコピコしている。首から肩、細っこくて柔ーらかそうだが外見上の差異無し。そこより下を見る。
 が、

「CIWSを……ですか?」
 
 が、天龍の外見上にはそれらしいものなどどこにも見当たらなかった。

「どこ見てんだよ。ここだよ、ここ」

 天龍が己の左手一本で佩いていた大太刀――――マストブレードを掲げて見せた。よくよく見れば、確かに刃の部分がキラキラと輝いていた。

「ハッ!」

 その時、井戸は理解したッ! 光っているのは、刃の表面にサメの歯やノコギリのような微細なエッジが無数に並んでおり、それがドライドックの天井につりさげられた照明に反射しているのだ!!

「フフフ、どうだ。見えた事が怖いだろう」

 だが、腑に落ちない。
 井戸が整備班長に問いただす。

「それに資材を使ったはいいとして、いくらなんでもこの消費量は大きすぎやしませんかね。整備班長殿」
「……あー。この装備が超展開中にも使える。とはさっき言ったよな?」

 スパナ片手に腕を組んだ整備班長殿が、バツが悪そうに説明を始めた。

「いやな。装備自体はすぐに出来たんだが、コイツらの――――天龍と如月のメインシステム電子免疫系がな? 作った装備を不明なユニット扱いして受け付けなくってな? ソフトに詳しいウチの若い衆にデバイスドライバ組んでもらったんだがそれでも弾かれちまってな? 仕方なくフレームごと新しく作り直したんだが、これが考えてた以上に難航してだな……」

 スパナ片手に顔の横をポリポリと掻いた整備班長殿の視線が泳ぎ始める。井戸と古鷹の背後に一瞬だけ固定される。それにあざとく気が付いた二人が振り返る。203の面々も振り返る。
 そこには、

「スマン! 試作品でほとんどの資材喰っちまった!!」

 そこには、山と積まれた巨大な――――超展開中の艦娘サイズの――――火炎放射器とマストブレードの試作品が無数にあった。
 ブイン島の地下洞窟を対爆コンクリートで強化したドライドックの中に、井戸の悲鳴と古鷹が顔面から倒れ伏した音が響いた。





「全員揃ったな。では作戦を説明する」

 その日の夕方、島内放送で基地司令室に集められた井戸、水野、メナイの3提督は、急遽として海軍大本営から下った作戦を聞かされていた。

「今回の作戦目的は敵目標の確実な撃破。貴様らも知っての通り、あと数日ほどで本土を出港した合衆国の孤立艦隊が最後の補給のためにここ、ブイン島に寄港する予定になっている」

 合衆国の孤立艦隊といえば、帝国の人間なら最近の5歳児でも知ってる有名な艦隊だ。
 深海凄艦側の大攻勢によって帝国が諸外国から断絶された際に脱出し損ねた、あるいは意図的に残留した者らによる、ある種の義勇軍的な組織であり、日常的な哨戒から、数年前の硫黄島打通作戦こと『桜花作戦』においても多大な献身を果たした――――まぁ、そうしないと生きていけなかったし、桜花作戦も本国帰還の第一歩と考えていた――――事により、国内では一躍スタアのような扱いを受けている連中の事である。

「だが、トラブルが起きた。太平洋上を北上中の深海凄艦の輸送艦隊が、先鋒さんの進路と重なっていたのだ。当然、排除の為に前衛部隊を出したのだが……前衛部隊は全滅したそうだ」

 冗談だろう。と言う表情が3人の顔にはありありと浮かんでいた。孤立艦隊の護衛には本土でも腕っこきの10個艦隊が付いていたはずなのに。前衛と言えども質・量それなり以上の物であるはずなのに。たかが輸送艦隊の護衛程度が相手なのに。

「敵護衛の数は1。対してこちらは戦艦3、正規空母3に、重軽巡および駆逐艦があわせて12。文字通りの全滅だったそうだ」

 基地司令が机の上のリモコンを操作する。壁際に置かれていた漬物石(代わりに使っていたブラウン管TV)に光が灯りはじめ、激しい音が聞こえてきた。
 この部屋にいる者らには自分の鼻息よりも馴染み深い、砲雷撃戦の轟音と絶叫同然の通信の怒号だった。

『――――着弾、今! 加賀、爆撃隊の再編成はまだか!?』
『爆弾の再搭載完了まであと1分。宮藤中佐と扶桑さんの砲撃の方が早い。提督、今の砲撃の戦果は?』
『二人とももうやられた! 直撃4、効果無し! 俺も加古ももうやば――――』

 男の声が耳障りな金属音と共に途切れると同時にブラウン管に映像が映った。直後、カメラの方に向かって『く』の字に折れ曲がった戦闘艦――――古鷹型重巡洋艦二番『加古』が、嘘のような高さから放物線を描き、ゆっくりと回転しながら落ちてきていた。
 宙を舞っている途中までは艦娘の姿を維持していた――――超展開中だった――――という事は、そこで維持限界を迎えたか、あるいは艦長か艦娘のどちらかがそこで死んだという事に他ならない。
 画面の中の加古が着弾と着水の中間地点くらいの勢いで海面に接触し、回転の勢いそのままにカメラの後方遥かに跳ね飛ばされていった。別の誰かが叫ぶ『友兼提督、死亡確認!』
 この時点で、敵――――深海凄艦の姿が明らかになった。戦艦ル級。現在“公式に”確認されている深海凄艦の中では最も巨大で、空母ヲ級と並んで最も新しい種である。

「シドニーで迎撃に出てきた連中よりもデカいな」

 メナイが呟く。

「自分は映像資料でしか見た事が無いのですが、それほどなのでありますか?」

 井戸がテレビを見たまま質問する。メナイも視線をテレビに固定させたまま返す。
 ブラウン管の向こう側では、40秒というギネス級の速度で再編成を終えた加賀の日の丸スツーカG-1爆撃隊が、ル級の真上から雨あられと爆弾を降らせていた。
 多数の大型爆弾がル級の頭部――――普通の艦でいうところの艦橋部分に直撃し、いくつもの爆発の華を咲かせる。

「ああ。デカいとも。見たまえ、あのスツーカがカメムシ程度の大きさにしか見えないぞ」

 昔見たヤツはカナブンくらいだったのに。と続けるメナイを余所に、ブラウン管の中の加賀(と思わしき声)が呟く。

『艦首、艦橋、腕部対空砲塔群に直撃弾多数。鎧触一蹴……うそ、そんな……馬鹿な』

 ――――なんでや、何で傷一つついてないんや!?

 水野の耳に、そんな声が聞こえてきたような気がした。
 爆弾を吐き出し尽してなおも据え付けの機銃でル級の気を惹かんとしていた爆撃隊の挺身には目もくれずに、ル級はカメラの方に向かって両腕の装甲から生えている無数の砲塔を向ける。この時点で撮影者(艦か?)も身の危険を感じたのか、画面がゆっくりと動き始めていた。ル級が発砲。ほんの一瞬だけ青い空が見えたかと思うと、次の瞬間には画面は砂嵐になっていた。

「……以上が前衛部隊が遺した全ての情報だ。目標は戦艦ル級の突然変異種と推測される。見ての通り、その異常なまでの装甲・防御能力が特徴で、大本営はこれを親和に登場する金属になぞらえてダークスティール――――ダ号目標と呼称している」
「ダークスティール……」

 見つけた、ヤツだ。水野が口の中だけでそう呟いた。

「これは大本営直々に下された任務である。増援のアテはある。個人的なコネだがどうにかしよう。それ以外の質問はあるか? 無いならブイン島仮設要塞港基地各員、ダ号目標破壊作戦、状況を開始せよ」
「「「了解!」」」

 3人が同時に敬礼し、部屋を後にする。扉が閉まる直前に聞こえた、畜生ショートランドの連中に押し付けようと思ったが何でご使命なんだよこうなったらあいつもこいつも巻き添えだこのヤロウ。という呟きは、珍しく真面目な雰囲気だった基地司令の顔を立てて聞かなかった事にした。



「出撃、ですか」
「しかも3艦隊合同とは穏やかじゃねぇな、オイ」

 整備班らの暴走による心労でブッ倒れた古鷹が横たわる入渠棟、そこのベッドの横に勢揃いした203艦隊の面々は、遅れて入って来た井戸から新たな作戦を命じられた事を知った。

「ああ、そうだ。知ってる中では一番ヤバイ。我々203は誰も戦艦級と一度も戦ったことが無い。装甲が異様に硬すぎる以外の情報が入って無い。基地司令が言ってた増援だって本当に来るのかどうかすらも解らない。無い無い尽くしのオンパレードだ」
「最悪なのです」

 電の言うとおりだった。さらに付け加えるなら、戦艦ル級(普通)の装甲を貫けるだけの火力と敵方からの砲打撃に耐えうるだけの装甲能力を持った戦闘艦――――戦艦が、202艦隊の金剛と、201艦隊の通常艦『ストライカー・レントン』の二隻しかいないという事実もあった。扶桑型戦艦3隻と加賀型空母3隻に寄って集ってフクロにされても平然と返り討ちにするような相手にどう立ち向かえと。
 だが、それでも命じられれば征くしかない。軍人とはそういうものなのだ。そこは正規軍人だろうとインスタントだろうと関係無い。ただ、水野中佐と金剛ら202艦隊はえらく血気盛ん――――というか妙に殺気立っていたが、昨日の夜に何かあったのだろうか。主に金剛との夜戦で。
 下手すりゃ何人か帰ってこれないかもな。とは、口が裂けても言えなかった。
 何か策がいる。それも、6面サイコロ1つで7や8を出すような奇策が。
 とっかかりは無いかと窓の外を見る。嫌味なくらい晴れ渡った真夏の青空が四角い窓の外には広がっていた。




 後半へー、続く。








 本日のNG(没)シーン1





 最初は小じんまりと始めようと思います。
 まず、この釣り針をですね、整備班長殿の尿道にですね?

                          ――――――――203の会計担当、古鷹




 ――――井戸、ちょっと待ってろよ。オレも如月も、新しくて綺麗になった体を見せてやるからよ。
 ――――提督、如月はますます強く、美しくなって帰ってまいりますわ。それに、殿方が乙女の着換えを覗くものでは……あ、でも提督ならいつでもオッケーですわ。

 ドライドックから一度外に追い出された井戸に、天龍と(肩の脱臼癖のついた)如月は確かにそう言っていたはずだ。
 だが、

 ――――目の前にいる二人の艦娘さんは、いったいどなた様でしょうか。

 だが、井戸はそう思っていた。

「We are perfection made flesh」(※翻訳鎮守府注釈:見て見て、この輝く肌……ふふっ、もっと近くで見て見てぇ)
「Our voice calls out to the lost and the broken」(※翻訳鎮守府注釈:フフ、どうだ。怖いか?)

 怖いです。敵に回したら恒常的に-2/-2の修正受けたり、アップキープの開始時に生贄に捧げられてしまいそうなくらい怖いです。お肌も白磁器の如く輝いています。
 井戸のすぐ隣に立っていた203艦隊の他の面々――――古鷹と電と赤城と那珂ちゃんと大潮も、彼と大体同じ表情だった。

「The Great Work of New Modification is Complete」(※翻訳鎮守府注釈:提督、改装作業終わりましたわよ)
「New Engine and keer power the Tenryuu Orthodoxy」(※翻訳鎮守府注釈:新しい主機と竜骨がオレに力を与える! これこれ、こういうの欲しかったんだ!)
「「Beneath Kanmusu skin, the heart of Battleships burns...!!」」(※翻訳鎮守府注釈:艦娘の皮膚の下で、戦闘艦としての心が燃えている……!)

「どういうことなの……」

 井戸が説明を求めて視線を彼女らの奥に向ける。
 そこでは、スパナを片手に握った整備班長殿以下、妖精さんを含めた整備班全員が土下座をしていた。特に、大量の資材を勝手に持ち出された古鷹に至ってはそちらを見向きもせずにラジカセと釣針と眼鏡と親指締め具を探し出して持ち出して来ていた。何に使う気だ。
 
「……スマン! はっちゃけた!!」
「「Daughter of battleships... ――――We are comming」」(※翻訳鎮守府注釈:艦娘……我々は帰還す)
「Saver」(※翻訳鎮守府注釈:提督達の救い手にして)
「Destroyer」(※翻訳鎮守府注釈:深海凄艦の破壊者)

 途方に暮れた井戸が呟く。

「どういうことなの……」


 どんな外見になったのかはご想像にお任せします。
 今度こそ終れ。



[38827] 【不定期ネタ】嗚呼、栄光のブイン基地【艦これ】
Name: abcdef◆fa76876a ID:14aa3c64
Date: 2013/12/22 04:50
※オリ設定が盛ーり盛りです。
※お、俺の○×ー!? と言われかねん表現が濫用されています。ご勘弁ください。
※作者に対して、国語力や地理歴史軍事科学的な描写や知識等を期待するのは……その、なんというか、宗教に近いです。
※作者は格闘技とか全然サッパリな人種です。お察しください。
※人によってはそこそこにグロテスクかと思われる描写が一部有ります。
※後編へ続くと言っておきながら、ひと月近くかけておいてこの体たらく……まこと申し訳ありません。




 ダ号目標破壊作戦決行は、3日後だと基地司令官は言っていた。
 作戦が発令された昨日までとはうって変わって、今日は朝から雨だった。



『嗚呼、栄光のブイン基地 ~ ダ号目標破壊作戦 - Destroy target Darksteel.』(中編)



 ブイン島仮設要塞港基地こと二階建てのプレハブ小屋の1階には、基地の運営に関して最も重要とされる3つの部屋がある。
 一つ、食堂。
 これは当然である。温かくて美味くて硬すぎない食事が将兵の士気に直結している事もあるが、食事の度に一々町の定食屋なりどこへなり行くのは効率が悪すぎるからである。第一、外出中に出撃警報が鳴ったらどうしろというのだ。
 己の秘書艦の手料理という選択肢もあるが、ほぼ完全な自給自足(ただし食住のみに限る)が可能なブイン基地ではどちらかと言えば艦娘同士や一部の有志らでローテーションを組んで給仕当番(給食のおばちゃんのお手伝い)を回している。おばちゃんのフォローもあるが、それでもメシの不味いヤツが当番だった日は胃薬片手に覚悟を完了すべし。
 次に、基地司令の執務室。
 これは書類上はともかく実際には正直どうでもいい。
 語弊が無いように言っておくが、このブイン基地の、現在の基地司令だから言えるのである。なぜならば、現在の基地司令は指令としての仕事を全部彼の秘書艦の駆逐艦『漣』に放り投げて、自分は銭勘定と現地住民の雇用捻出という屁理屈で採掘させた金(キン)の横流しと着服に専念しているようなクズだからである。ただしこのクズ、その際に基地運営に必要な各種物資や時間という名の最重要資源をきっちりもぎ取ってくるあたり、単なる無能のダメ人間ではないという事を物語っている。が、この男の場合、本土からの目が届かない場所で甘い汁が吸えなくなるのが嫌なだけ。という可能性も十二分に考えられる。
 最後に、通信室。
 ここも文字通りの場所ではあるが、各地の軍司令部と直結している大型テレビや電話の中継器やインターネット(衛星中継のため接続時間は1日最大15分まで)設備の他にも、ファクシミリにカラーコピー機に押し切り裁断機にラミネートメイカーにファイル棚やマグネット付きホワイトボードにM+計算の出来る大形電卓など、通信室とは名前だけで、中には事務仕事に必要なあれこれの大半がそろっている。実際、古鷹や202の水野や基地司令のところの漣も事務仕事が溜まった時には執務室ではなくてこの部屋でカンヅメになっている事の方が多い。

 そしてその日、井戸は朝も早よから通信室に籠っていた。

 新ジャンル『引きこもり軍人』の開拓ではない。ただ単に、関係各所に総当たりして敵――――ダ号目標に対する情報を掻き集めていただけである。映像資料、交戦データ、数少ない生存者からの証言を纏めたプリントにTeam艦娘TYPE以外のその他色々。ガセか真実かはさておいて、兎に角情報源の母数を増やして多角的なアイデアは出てこないかと悩んでいたのである。丸いコインも横から見ると四角い。美味しそうなリンゴも裏側は虫食いかもしれない。つまりはそう言う事である。
 本土との慰問通信(各艦隊に付き週1回。1人15分まで。インターネットの使用時間も含む)に訪れた各艦隊の面々の罵声や懇願を右の耳から左の耳へと吹き流してまで調査に没頭していた井戸が掴んだ結果は、

“侵徹性能に優れた徹甲弾か何かあればいけるんちゃうの?”

 というひどく曖昧なものだった。
 交戦した各艦隊の装備品を洗ってみたところ、どいつもこいつも対空用の三式弾やCIWSや広域制圧用の有澤弾ばかり――――察するに、少数の大型艦よりも無数の小型艦艇や航空機による四方八方からの浸透戦術を警戒していたものと思われる――――で、対戦艦級の装甲を貫けそうな砲と言ったら35.6cm連装砲くらいのもので、九一式徹甲弾すら積んでいなかった始末なのである。お前らそんなに小型種が怖いのか。それともそんなに面制圧が好きなのか。
 つまり結論としては、陸軍さんが『貫通弾のゴールデンスタンダード』などとフカシをこいているAPFSDSなる徹甲弾(12センチだなんて豆鉄砲がスタンダードとは笑わせてくれる)をどうにかして用意するか、それ以外の各種徹甲弾頭を、数を揃えてからのつるべ撃ちで穴開きチーズにしてやるのが一番確実なのでは。と井戸は扉の外で殺気立っていた面々にホワイトボードの図解入りで説明した。

『五月蝿え黙れ能書きはいいからとっととそこを開けろ』

 普段は大人しいはずの赤城や古鷹を含めた関係者面々――――というか201から203までの大半の面々にそのような類の事を殺気立った形相で言われて首根っこを掴まれ、部屋の外に放り出された井戸に弁明の機会は無かった。




「水野中佐、おられますか?」

 顔にしこたま青アザをこさえた井戸がノックを3回。ややあって中から返事が返り、失礼しますと一言だけ告げて中に入った。
 外は雷混じりの大雨なのに電気も付けていなかった部屋の中はひどく静かで薄暗かった。この部屋の主である水野は窓の縁に腰掛けて、手にしていた大きなペンダント――――井戸の立っている位置からは何かの破片にチェーンを通しただけの無骨なものに見えた――――を見つめており、金剛と電はこの部屋の大半を占拠しているベッドの縁に腰掛けて水野を静かに見守っていた。
 水野が破片を胸元に仕舞ってから顔を入り口に向けた。

「応。井戸か。どうした……どうした、その顔も」
「はい。慰問通信の時間です。作戦前という事で基地司令が特別に基地要員全員に通信室を解放したので。顔は気にしないでください」
「そうか。分かった。今行く……金剛、電。お前らはどうする」
「私はどこまでも提督について行きマース」
「わ、私もご一緒します……工場で同期出荷だった電ちゃん達とも久しぶりにお話がしたいのです」

 水野達が部屋を後にする。入り口にて井戸とすれ違った際に、嗚呼、そうそう。と水野が思い出したかのように告げた。

「今のうちに言っておくが、あいつは――――ダ号目標は、俺が、俺達が殺る」

 何かの罠か。一瞬で井戸はそう考えた。
 だってこないだの重巡リ級の繭の時も金剛が傷つくからヤダみたいな事抜かしてたし、その前の前の、天龍単艦でタンカーブン回してリ級3隻を沈めた時も何か似たようなこと言ってたし。

「……とでも言いたげな表情だな。だがな、井戸少佐。今回は大真面目だ。本気と書いてマジと読め。何もするなとは言えんし言わん。むしろ積極的に手伝え。だが、最後のトドメだけは俺達に討たせろ。無茶な事を言っている自覚はある。だが、頼む」
「井戸少佐、私からもお願いしマース」
「お、お願いします……」

 水野だけではない。いつの間にか彼の背後に立って彼と一緒に頭を下げていた金剛と電からも、普段の様相からは想像できないほどの、深くて冷たい圧迫感を静かに放っていた。
 ただ事ではない。

「それは構いませんが……何か、あったのですか?」

 井戸のその問いかけに水野は、やっぱ話さなきゃ駄目だよな。と頭をボリボリと掻きながら言った。

「あれは――――ダ号目標は、1年間探し続けてきた敵だ……と思う。龍驤達が最後に送ってきた情報とも一致している」

 龍驤? という疑問が井戸の顔に浮かんでいたのか、水野が付け加えた。

「貴様がここに着任する半年くらい前の話だ。その日、餓島方面から進出してきた深海凄艦の大群がブインに向けて進撃を開始してな。ショートランドからの選抜部隊と、俺と金剛と電が正面で派手に暴れて敵の目を引き付け、メナイ少佐の艦隊と、龍驤、暁、雷、響の4人が大きく迂回して敵の背後から魚雷と艦雷でまとめて仕留める。その予定だった」

 そこで水野はだが、と一度言葉を区切った。

「だが、連中も似たような事を考えてたらしくてな。別働隊と鉢合わせしたそうだ……作戦終了後に海底を総ざらいして見つかったのは、駆逐艦『響』の前半分と、響のコアの一部だけだった。暁と雷と龍驤の3人に至っては欠片1つ見つかりゃしねぇ」

 そのコア片や残骸だってTKTの連中が研究用の材料として持って行っちまいやがって、手元に残った『響』は、もう隠し持ってたこれだけになっちまった。と、胸元に仕舞っていた破片を取り出した。

「今でも夢に出てくる。4人の声が海の底から響いてくるのだ。助けてよ、どうして来てくれないの、と。だからお願いだ。井戸よ。俺に、俺達に敵を討たせてくれ!」

 ブイン島仮設要塞港基地所属、水野蘇子中佐。
 ここではメナイ少佐と並んで最先任であり、帝国海軍でも3人しかいない黄金剣翼突撃徽章持ちでもある。そんな大英雄が一介の少佐に頭を下げているのである。
 井戸に、否と言えるはずが無かった。



「アラ、新しい方のイナズマちゃん」
「あ、商店街のおばーさん、こんにちわなのです」

 ちょうどその時、203の電は慰問通信を行わず、商店街を歩いていた。
 通信を掛けたところで本土には誰も出る相手がいないという訳ではない。佐世保や呉に配備された同期出荷の電達とは今でも手紙でやり取りをしているし、203の電はクローン養殖品の艦娘にしてはたいそう珍しいコンタミ艦(※翻訳鎮守府注釈:contamination.(汚染、混入)の意。ここでは艦娘以前の記憶のそれを表す)である。超展開中で意識容量や処理速度が大幅に拡張されている訳でもないのに、生まれ故郷の所在番地も当時通っていた学校のクラスメイトの名前も実家で飼っていた犬の名前と好きなオヤツも空で言えるし、自分をミキサーにかけてスープにしやがった執刀医のチョコレイト先生の厭らしいニヤケ面だってまだしっかりと覚えている(執刀中に麻酔が切れたのは絶対に故意だと、この電は今でも考えている)。
 彼女ほど濃い記憶を持った艦娘は、稼働中の全ての艦娘を総ざらいしても滅多に居ないだろう。前もって申請しておけば今日の慰問通信でも、電はやろうと思えば実家に電話を掛ける事も出来るし、機密に触れない程度の会話ならできたのである。
 だが、それをしなかったのは単に気が乗らなかったのか、それとも見知った顔が一度に何人も何人も同時に電話をかけてくるのはちょっとアレかな。という考えが頭をよぎったからである。

 閑話休題。

「イナズマちゃんイナズマちゃん、ゴコーキ=サンが出撃するってホントなのかい?」
「ご……ごこ?」

 ひこーきゴゴゴ……なのです? と電が首をかしげていると、商店街のばーちゃん(煙草屋)は、ああそうそうと手を打って、

「護国鬼=サンだよ護国鬼=サン。ゴコーキ・ミズノチューサ=サンのことだわさね」

 護国の鬼。水野中佐。
 何それ怖い。

 電には、その厳めしい二つ名と、真っ昼間から自分ンとこの旗艦と壮絶な夜戦(意味深)を繰り広げている、あの助平のお隣さんがイコール記号で結ばれているなど、まるで想像できなかった。
 その後、電はばーちゃんに対して、詳しくは分からないのですが水野中佐も出撃するみたいなのです。とだけ答え、翌日の出撃に備えて早々に基地内に戻り、同じ事を考えていた他の艦娘達と一緒に整備と砲弾の補給を済ませ、早めの夕食を取り、入浴を済ませ、そのまま就寝した。途中、202の電や金剛らと合席した時に昼間の事を聞いてみたが、良い顔はされなかった。

 電を初めとした203艦隊の面々がブイン島の『護国の鬼』を拝むまで、あと1日。


 そして作戦当日。
 有効な策など、何もなかった。


『MidnightEye-01よりAllFleet, MidnightEye-01よりAllFleet. 衛星が確認した接触予定海域まであと7分。予定海域に深海凄艦の大型種を確認。作戦海域に変更無し。繰り返す。作戦海域に変更無し』

 上空で旋回警戒していたMidnightEye-01――――以前の作戦と同じ機体と同じ乗組員だ――――が、警告を促す。

 結局ブイン艦隊が採れたのは、衛星での定時撮影および航空機による広域索敵で敵の潜伏海域を割り出し、201および203艦隊が先行して精密索敵&先制攻撃。そしてダ号目標をこちらが有利に戦えるような海域まで誘導し、202艦隊と合流して手持ちの全火力を後先考えずに叩き込む。という、策どころか最低限の戦術ですらなかった。映像資料にあった前衛部隊も大体同じような事をやって全滅したというのに。
 数少ない救いと言えば、交戦予定海域内で目標らしき深海凄艦が見つかった事と、井戸が各艦隊に用意出来た徹甲弾の存在と、202艦隊の士気の高さに、201のエアカバーくらいのものである。救いの手はゼロやマイナスではなく4つもあった。ここは悪魔に基地司令の寿命を売っ払ってでも5つ目が欲しかったが、誰も悪魔の電話番号など知らなかった。
 そして現在、第203艦隊は、同艦隊最大の火力を持っている正規空母『赤城』を中心に輪を描いたような陣形――――輪形陣――――で、最後にダ号目標が確認された地点へと移動していた。
 その輪形陣よりもさらに単独で先行していた同艦隊の旗艦『天龍』が通信を返す。

【Fleet203天龍よりMidnightEye-01. 大型種の詳細を知りたい。それは目標か?】
『MidnightEye-01よりFleet203天龍。詳細は不明。偵察衛星が送って来たPBGRの波長および周波数から、高い確率で戦艦ル級と思われるが、脅威ライブラリ内の数字と一致しない。要警戒されたし』
【Fleet203天龍。了解だ。実際見て見なきゃ分からねぇってことか……さー来い来い。新装備で全員纏めてブッ潰してやる。囮役が獲物を仕留めてはいけないなんて法律無いしな!】

 出港後に戦闘艦としての本来の姿への展開作業を終えた第203艦隊に所属する艦娘の面々が程度の大小こそあれ、天龍のそれに同意した。何せ、電が赴任してきて以来の全艦艇での出撃任務は事実上これが初だったからであるし、天龍の言葉に間違いは無かったからである。見た目のナリや材料は小娘でも、その本質はあくまでも戦闘艦。策が無いだの攻撃が通らないだのと言った多少の逆境如きで萎える士気の持ち主は一人もいない。それが艦娘である。

「相手が大型艦なら、喫水線の下を狙える魚雷が一番有効ですよね! 大潮頑張ります!!」
「定数は満たしておりませんが、一航戦の名に恥じぬ制圧爆撃、とくとご覧に入れましょう」
「那珂ちゃんはー、何も無いから歌を歌うねー」

 普段は地方巡業(遠征任務)を専門職としているはずの那珂ちゃんと大潮、そして201クルーから麻雀で巻き上げ、燃料を売っ払ってまで求めたボーキサイトのありったけを喰ってどうにか定数の半分は艦載機を補充できた赤城までもが艦隊に加わっていた。
 そして宣言通りに那珂ちゃんが歌いだした。いつも通り大潮のBGM付きで。


\\われはーかいぐん、わがてきはー、うみーのそこのあーおびょうたーん♪ それーにしたごうつはものはー、ともーにびょうじゃく、死人面ー♪//


 それ陸軍さんの行進曲じゃねーか!! というツッコミが帝国海軍の軍人2名および彼らの所属する全艦艇から入ったのは、歌い出してから間もなくの事だった。井戸と水野の二人に至っては、構造上開かないはずの艦橋の窓を開けてまで那珂ちゃんに向かってツッコミ代わりのネジを投げつけていたし。

『……MidnightEye-01よりFleet203. お前らずいぶんと楽しそうだなぁ』
「203CommanderよりMidnightEye-01. まぁ、大目に見てやってくれ。今日がウチの電の初陣なのでな」
『MidnightEye-01より203Commander. ああ? この間の珊瑚平原の時はどうした? ……んですか』
「艦隊全員での出撃では。という意味でだよ」
『Oh, I see.……っと』

 上空を先行偵察していたMidnightEye-01との会話線が、強制的に緊急コール回線に切り替わった。

『PAN,PAN,PAN. PBGRデバイスにhit. 発生源6。急速浮上中。20秒後に艦隊と交差。構成、中型3、小型3。大形もそちらに移動を開始している。こいつら囮だぞ』

 それに対する203艦隊の反応は、劇的だった。

「203CommanderよりMidnightEye-01. 了解。全艦、敵浮上予定地点にヘッジホッグ全弾投下!」
【了解! 赤城と古鷹以外の全艦、爆雷投射! 面だ、徹底的に面で押しつぶせ!!】
『『『了解!』』』

 井戸の指示を天龍が復唱し、各艦娘達が一斉に自我コマンドを入力。駆逐艦と軽巡洋艦用の固定装備として搭載されている汎用投射筒から一斉に連鎖起爆式の爆雷が吐き出され、さしたる音も水柱も立てずにに海の中へと吸い込まれていった。
 しばしの静寂の後、海中より連続した爆発音。
 那珂ちゃんが叫ぶ。

『やったか!?』
『MidnightEye-01よりFleet203! 中型2健在! 重巡リ級! 浮上!!』

 艦隊の真正面に立ち上がる大きな水柱が二つ。MidnightEye-01からの通信にあったとおり、敵前衛の生き残りである重巡リ級だった。

【お、おい井戸!】
「構うな! 201のエアカバーに任せろ! この至近距離でリ級の相手は無理だ!! 全艦、最大戦速を維持!!」
『りょ、了解なのです!』
『Balmung-01 FOX1!!』
『Balmung-02 FOX1!!』
『Balmung-03 FOX1!!』

 井戸の声が聞こえた訳ではないだろうに、上空後方から急降下してきた3機編成(ケッテ)の大型巡航機『バルムンク』が、一斉にそのどてっぱらに抱えていた、はげたか級の特殊巡航ミサイル『スレイプニル』を発射し、シャバの空気を吸い込んだばかりの重巡リ級2匹を、再び暗く冷たい海の底へと叩き落とした。

『BINGO!』
「203CommanderよりBalmung, 支援に感謝する!」
『良いってこ――――』

 前方に抜けていった3機のうちの右端が突如として爆発四散。残った二機は雲の中へと急上昇しつつ散開して退避。それすらも喰われる。

『MidnightEye-01よりFleet203! 戦艦ル級が増速した! それだけじゃない、敵エスコートパッケージを確認。構成、駆逐ハ級2、重巡リ級1、軽母ヌ級1。戦艦の陰に隠れて逆背景放射を誤魔化してやがった! ケニー達をやったのもこいつらだ!』

 その通信からほんの数瞬で、井戸は思考を煮詰める。
 あの戦艦ル級が目標かどうかは分からない。だが、ここまで来たら逃げられない。この距離で回頭運動でも始めようものなら、どんなヘボでも2発に1発は当てられるはずだ。つまり結論、殺らなければ殺られる。
 203艦隊に無線を飛ばす。

「203艦隊、砲雷撃戦用意! 赤城、艦隊指揮任せる! 天龍『超展開』行くぞ、隊から距離とれ! 203各艦、超展開中の支援頼む!!」
『赤城、了解しました! ……メインシステム統括系からも受理下りました、これより一航戦赤城、艦隊の臨時指揮を取ります!!』

 艦娘システムの最大の利点は、普段の整備や補給の容易化・超高速化以外にも、こういったところにもあると井戸は思う。彼女達には確かな自我も知性もあるし、焼き込みの戦術データと座学だけとはいえ出荷前から海戦や艦隊運用に関してのかなりの知識も有しているし、世界大戦当時の記憶や経験だって(個体差は激しいが)しっかりと持っている。解り易く言うなら人と機械の美味しいトコ取りしているようなものだ。ハッキリ言ってそんじょそこらの新品少尉なんぞよりも、進水したばかりの新品の駆逐艦娘の方が数千倍はマシな仕事をする。ましてや赤城程の大物になれば何をいわんやである。
 もしも艦娘システムが存在しなかったら、今頃人類はどこら辺まで追い詰められていたのだろう。いや、ひょっとしたらそれに相当する別の技術なり兵器なりを開発していたかもしれないな。と井戸は戦闘中にも拘らず、そんな不謹慎な事を考えていた。

『MidnightEye-01よりFleet203, 201艦隊も超展開を実行した。完了まであと5分。頼む、あいつらの敵を討ってくれ!!』

 MidnightEye-01からの懇願に井戸と天龍は答えず、行動で示した。
 艦隊から独り離れた軽巡洋艦『天龍』の艦体が、天を目がけて大きく傾いていく。船底が大気の中に露わになる。そちらに攻撃が向かないよう、赤城が航空隊を発進させて敵に圧力をかけ、古鷹らによる砲打撃が激しくなる。

「【天龍! 超展開!!】」

 飛来したいくつかの砲弾の軌道を光と音とエネルギーの奔流で逸らしながら、軽巡洋艦『天龍』が輝きの中に消えていく。
 丁度その時、井戸の脳裏には様々に入り乱れた記憶と思い出が次々と浮かんでは消えていった。


 肺と培養槽の中から抜き取られる保護液、解放されるカプセルユニットの固定具、艦生初の肺呼吸、所長との契約、目の前で泣いているコイツがオレの提督か? 最濃・最密の原液による意図的な完全コンタミ艦、そんなにオレが怖いのか、高速培養剤で水増しした余所行き用の『天龍』など知った事か! 昔の事を喋って落ち着かせようとしたらさらに泣かれた、戦争は終わらせる、もう訳わからん、終わったらまた元の体に戻してやるからな、元に? そして――――


 記憶の混濁で、井戸の脳の片方から悲鳴が上がったが、如月の時ほど酷くはなかった。
 片頭痛が収まる頃にはもう、軽巡洋艦として海に浮かんでいた天龍は存在しておらず、代わりにいたのは、艦娘としての天龍だった。外観は多少機械の部分が多くなっており、背中の煙突からは心臓の鼓動のように規則正しく排煙と汽笛を吐き出し続けており、左胸の心臓――――動力炉から燃えるような輝きの光が装甲越しにも見えているとはいえ、普段艦娘として井戸と喧嘩してたり、井戸と一緒に干物作ってたりしてる天龍とそう変わらない形状をしていた。
 ただ、そのサイズだけは艦娘とは言い難い巨大さだった。

【天龍、超展開完了! 機関出力155%、維持限界まであと600秒!!】
 ――――天龍、最大戦速で前進! 敵エスコートと距離を詰めろ! 後方のル級に砲撃される前に残らず片づけろ!!
【応よ!!】

 超展開状態となった天龍が、腰の近くまで海水に浸かりながらも竜骨のついでに新調した主機のパワーとカカト・スクリューの力を借りて、水の抵抗をまるで感じさせない力強さで水をかき分けてリ級に向かって進んでいった。いつぞやの珊瑚平原の時のように走り回る事は不可能だったが、それでも海の上を行く船としては破格の速度だった。
 対するリ級も、その異形の大口と化した腕から砲身を生やし、牽制射撃を行いながら天龍との距離を詰めてきていた。

【……なぁ、井戸?】

 天龍と一体化している井戸の意識に、そわそわとした好奇心のような概念が不意に流れ込んできた。
 やれやれと思いつつもちゃんと意識して答える。後で拗ねるからだ。

 ――――……天龍、CIWS抜刀せよ。
【待ってました! 戦闘電圧チャージ完了、ソー全力回転中!!】

 やれと言われる前に済ませるのは美徳だが、これはちょっと違うのではないのか? という井戸の懐疑的な概念などどこ吹く風で、天龍は嬉々とした概念を隠すことなく滲ませて、左手で佩いていた大太刀を両手でしっかりと握り、大上段に構える。
 指呼の距離にて天龍と相対した敵リ級が、主砲を生やしていない、もう片方の腕から射突型21inch魚雷を叩き付けようとさらに接近する。
 まさしく天龍の望んでいた状況だ。

【海底に戻りやがれ!!】

 振り上げていた大太刀を力の限り叩き付ける。リ級が咄嗟に砲身を掲げてガード。天龍がさらに力を込める。リ級も負けじと開いていたもう片方の腕も添えて押し返しにかかる。接触部から激しい火花と金切音が連続して立ち上り、徐々に徐々に砲身に刃が喰い込んでいく。否、高速で回転する無数の超硬度チェーンチップが、その砲身をヤスリ掛けするかのようにゆっくりと削り取っているのだ。
 砲身を半ばまで削り取られたリ級はその事に気付き、他の仲間に助けを求めるようにして背後を振り返る。駆逐ハ級はすでに2匹とも海中に没し、軽母ヌ級も赤城の航空隊によって、搭載していた飛行小型種の殆どを撃ち落され、自らも古鷹の同時攻撃で撃沈寸前の有様である。頼みの綱の戦艦ル級に至っては、この距離で砲撃支援を頼もうものなら自分ごと撃ち抜かれるのがオチだ。再び天龍の方に首の向きを戻す。目が合う。壮絶な笑顔が返って来た。海の底でもないのに視界が滲んできた。
 ついに砲身が切り取られる。




【これでラストをっ!?】

 護衛艦隊の最後を仕留めたと思ったら、後方の戦艦ル級からの砲撃が始まった。第一砲ははるか後方に着弾。なのに天龍のいるあたりまで衝撃波が届く。

 ――――どうやら奴さん、相当お冠のようだ。
【らしい、な!】

 天龍が14センチ単装砲を発射。1発目は大きく後方に外れ、二発目で至近弾を得、三発目がル級の左肩に直撃するも、角度が悪かったのかその丸みで弾かれ、後方で爆発を起こす。

【マジかよ……ぉわぷっ!?】

 敵ル級が再度発砲。至近弾による爆発で、天龍が大きくバランスを崩して顔面から海に突っ込む。反射的に目を閉じたまま海底に手を付き、何とか立ち上がろうとした天龍の右腕を、何かが掴んだ。
 反射的に目を開けた天龍と、それこそ口付けでもできそうなほどの超至近距離に重巡リ級の顔があった。

 ――――【ッ!!?】
『MidnightEye-01よりFleet203! さらに敵増援、急速浮上中! 中型の反応多数!! 包囲されたぞ!! 201の金剛がそちらに向かっている! それまで何とか時間を稼げ!!』

 もう少し早く言え。
 そう言った愚痴が二人の脳裏に浮かぶよりも先にリ級が天龍の腕を全力で引っ張る。すぐ目の前にあったほぼ断崖同然の大陸斜面――――浅瀬続きの大陸棚の終わりで、深海の始まりだ――――へ引きずり込まれる。

 更なる深みへと沈むよりも先に重巡リ級が残りの両手両足を天龍に絡ませ、動きを拘束するのとほぼ同時に天龍と井戸の生存本能がコマンド。背中の艦橋状ハードポイントにマウントしてあった14センチ単装砲を零距離接射。即座に着弾。空気中よりも遥かに強く早く伝わる海中衝撃波に脳と顔面を揺さぶられながらも何とか拳一つ分のスペースを引き離し、手にしていた大太刀を突き立てようとする。さらに衝撃。腕と足と腰に何かが更に絡みつく。新手のリ級が3匹。
 完全に拘束された。
 二人の脳裏の片隅に表示されている簡易の高度計に意識を傾けてみれば、自重と数体のリ級による引き込みによって、恐ろしい勢いで数字がマイナスに傾いてゆく。天龍の各所を包む金属装甲から、水圧に耐えかねて歪みに呻く不吉なうめき声が聞こえてきた。

【ひっ……や、やだ! し、沈!?】
 ――――天龍! 全バラスト緊急ブロー! カカト・スクリュー、マックストルク!! 何が何でも振りほどけ!!

 まだごく普通の軽巡洋艦『天龍』だった頃の、かつての世界大戦当時の最後の記憶がフラッシュバックしつつも天龍は、そのトラウマから逃げ出すためにも、正確無慈悲で知られるTeam艦娘TYPE発行のカタログスペック以上の出力を発揮。単純な馬力差で引き剥がせないはずの4匹のうち、真正面に組み付いていたリ級との間に再び拳一つ分の隙間をこじ開け、再び大太刀をその隙間に割って入れさせる。
 戦闘電圧を出力。チェーンソーが深い海中であるにも拘らず高速で回転し、周囲に不吉な高転音を響かせる。そして間髪入れずにそれを押し付ける。
 元々、相手もこれ以上離されまいと力を込めて全身で締め付けてきていたのだ。高速回転する微細なチェーンチップは面白いほど勢い良く相手の胸元に吸い込まれていく。
 焦燥と恐慌に駆られた天龍が叫ぶ。

【死ね! 死ね死ね死ね! 早く死ね!!】

 リ級の前面装甲を食い破り、生物で言うところの筋肉のような形状と機能を有した運動デバイスを粉砕し、最後の守りであった肋骨状の内部装甲を木端微塵に砕き飛ばし、その最奥部に安置してあったコア(と思わしき無駄に硬い手応えの何か)に到達したあたりで、最早不気味な痙攣を繰り返すだけであったその重巡リ級から完全に力が抜ける。
 唯一動く首と頭で不格好な頭突きを入れて完全に体から引き剥がし、間髪入れずに大太刀を逆手に持ち返る。背後の2匹目に突き立てる。

 ――――て、天龍! い、いぞげぼぼ……!! ほゔのごんどろーる゙ ごっぢ、……に゙ !!

 海中にいる艦体としての天龍と一体化しているために、自分は確かに空気を呼吸しているはずなのに、肺の奥まで海水の味と感覚が流れ込んでくるという、およそ最悪の部類に分類される幻覚に殺されかけながらも、井戸が激と指示を飛ばす。
 井戸に指揮権が譲渡された2門の14センチ単装砲が両足を拘束していた2匹の重巡リ級に照準される。天龍が背後のリ級を斬り捨てると同時に斉射。左右それぞれの頭部に直撃。大破撃沈には至らずとも、その衝撃で拘束が外れる。
 全ての枷が外された天龍が、現状出せる最高速度で海面を目指す。
 光を感じるよりも先に、空気の存在を知った。
 最初の一呼吸目よりも先に、片足を引っ張られる。

 ――――【ッ!!?】

 見なくても理解できるが理解したくない。今しがた振り払った2匹だ。足元を振り返るよりも先にもう片方の足も拘束される。手を伸ばせばもう肩の近くまで大気に触れているのに、そこから先がどうしても届かない。
 井戸のパニック的な概念が天龍にも感染する。

【Hi! 今日は雨だからッテー、そんな所で沈んでるのはNo,なーのデース!】

 不意に、場違いに明るい割り込み通信が二人の脳裏をよぎった。それに反応する暇も無く、誰かに伸ばしていた右腕を掴まれ、足元の2匹のリ級もろともに海面に引きずり出される。

 ――――こ、金剛か! スマン、助か

 っていなかった。

 完全な人型。死人色の肌。新月の夜のようなストレートロングの黒髪。金属様の光沢を放つ漆黒のボディスーツ状の表皮装甲。ウニのトゲのようにいくつもの大口径砲を生やした、黒瑪瑙色のブ厚い装甲に覆われた両腕。そして超展開中の天龍よりも頭二つ分は突き抜けた巨躯。
 流れ込む海水に耐えて目を開いた井戸と天龍の手を掴んでいたのは、戦艦ル級だった。

 ――――【。】

 二人の脳ミソが事実を理解するよりも先に体が動いた。拘束されていない左腕で握りしめていた大太刀を起動。文字通り目と鼻の先にあったル級のどてっ腹目がけて高速回転する刃を突き出す。黒いスーツにも見える表皮装甲に接触。猛烈な勢いで火花が飛び散り、刃がジリジリと喰い込んでいく。それ以上突き刺そうとしたところで、ル級が手すきの左腕部装甲から生えている大口径砲群の一門のみを発砲。腕を掴まれて拘束されていた天龍にそれを避ける術は無く、精々が体を捻って心臓部への直撃を避けるくらいのもだった。
 ただ、それを成した対価として、発射された敵砲弾は体を捻った天龍の右肩付近に瞬間的に着弾。大爆発を起こして天龍の右腕部のシステムを完全に絶命させる。続けてル級は、天龍の腕を握りしめたまま――――それこそ子供が濡れタオルで遊ぶかのように軽々と――――ブンブンと上下に振り回して幾度も幾度も海面に叩き付け、最後にはアンダースロー気味に天龍を軽々と放り投げた。
 軽巡洋艦としてのサイズと重量を持つはずの天龍はまるで嘘のように盛大に宙を舞い、再び海面に顔面から叩き付けられ、海面を数回バウンドしてからようやく勢いが収まった。
 ここまでされてもなお、右腕が繋がったままであったのは整備班らによる近代化改修のお陰か。
 天龍のメインシステムデバイス維持系より無数のエラーと警告ウィンドウが二人の脳裏に吐き出されるも、それらすべてを意識の隅に追いやり、立ち上がる。

【右兵装保持腕信号途絶! 酸素魚雷は投射管ごと脱落!!】
 ――――天龍、足を止めるな!!

 井戸が指揮権を握ったままの14センチ単装砲を乱射。背腰部の艦橋状のハードポイントにマウントされた、左右2門のそれらの発射のタイミングをずらす事で簡易の弾幕を張る。ル級は左腕で顔面を、右腕でボディを守るような体勢を取り、左右腕部装甲から生えている無数の大口径砲群から砲弾をバラまきつつ天龍ににじり寄る。先程から数発がニアミスするも顔を防御している弊害か、まともな照準など付けられていないようだった。
 こちらの放った徹甲弾仕様の14センチ砲弾が直撃。黒瑪瑙色の分厚い腕部装甲に醜い砲痕がいくつも出来、大口径砲群のいくつかが不具合を起こしたのか、砲撃の頻度と密度が劇的に低下する。

 ――――天龍、CIWSで切り刻んでやれ! さっきは傷が出来てた!!
【応よ!!】

 その隙を縫って接近戦に持ち込もうとした井戸と天龍だったが、突如としてル級の左右を固める様にして浮上してきた2体の重巡リ級――――先程からこちらの足を引っ張り続けている連中だ――――が阻止砲戦を開始。
 あと数歩で必殺の間合いに入れたはずの天龍がその余波でたたらを踏む。逆にリ級の片方が距離を詰める。大きく振りかぶった異形の大口と化した左腕から、射突型21inch魚雷が付き出される。

 ――――魚雷!!
【!!】

 艦体のバランスを致命的なまでに崩していた天龍にそれを避ける事は出来ず、ただ、己の顔面に向かって突き進む魚雷弾頭を眺める事しかできなかった。
 異様に遅く感じられる時間の中、何の前触れも無くリ級が横っ飛びに吹き飛ばされる。数瞬遅れで飛来した爆発の衝撃波に、天龍が三度海面に顔面をぶつける。顔を上げたちょうどその時に、最後の重巡リ級が吹き飛ばされるのが見えた。艦砲射撃。
 誰だ。203の面々は包囲網の一点突破に集中していてこちらの援護などする暇など無いのに。
 井戸と天龍の意識に割り込み通信。
 202艦隊の水野中佐と、その旗艦『金剛』からだった。

【Hey,提督ー。何かちょっとギリギリSAFEな感じだったみたいデース】
【ふむ。だがまぁ、間に合ったようだな。おい。井戸。離れろ。その位置だと巻き込むぞ】

 戦艦ル級に対して半身になり、腕を組んで不遜な笑みを浮かべて背中の大兵装の照準を付けていた金剛――――言うまでも無く超展開中だ――――が再び主砲の35.6cm連装砲を斉射。着弾時の爆発衝撃で、天龍の上半身が後ろにハッ倒されそうになる。
 この時点で敵、戦艦ル級も金剛を最大級の脅威と認識したのか、止めを刺す絶好の機会と位置にあった天龍を放置して金剛と向き合った。ここで初めてル級は拳を作り、金剛に対する構えをとった。両拳で顎を重点的に守るスタイル――――ピーカブースタイルだ。

【金剛、CIWS起こせ】
【Sir,Yes Sir!】

 対する金剛も、水野中佐の指示を受けて格闘戦へと移行する。その白魚のように綺麗な指を握って作った二つの拳を、胸元で力強くぶつけ合う。
 一度二度までは大岩同士がぶつかり合うような低く鈍い音だったものが、3度目には分厚い鋼鉄の板同士をぶつけ合ったかのような金属質の大低音が響き渡った。
 金剛の両手は、展開機能をちょっと応用して格納していた鋼鉄製のボクシンググローブ(のようなおっかない何か)によって覆われていた。錆止めのオイルを塗っただけの青みがかった暗い鉄色のそれは、人間用のボクシンググローブなんかとは違って溶接リベット剥き出しで、ブ厚いゴム板で鋼鉄板同士を繋いで最低限の関節稼働領域を保証しただけの兎に角無骨な見てくれの角ばった鉄塊だが、その分当たれば痛いどころの話ではない。そんな雰囲気をにじませている凶器だった。
 そんな凶器で拳を握った金剛が、無造作に距離を詰める。一応の構えは取っているのだが、格闘技にはまるで素人な井戸の目からしても隙だらけである事が容易に見て取れた。
 先手は、ル級が取った。
 牽制ついでの左ジャブ。それを金剛は、あろうことか右のアッパーで迎撃。ル級の上半身が泳いだのを見逃さなかった金剛が左のフックでル級の脳天に追撃を掛ける。完全にバランスを崩したル級の脳天に、祈るように握りしめられた両の手によるハンマーナックルを振り下ろす。ル級が苦し紛れに無茶な格好からボディを狙い撃つ。無茶な体制故に力なぞ入らなかったはずだが、それが元々の地力の差か、調子付いていた金剛の体が『く』の字に曲がる。

【上等DEATH!!】

 更に足を止めての殴り合いは続く。そのどれもが、ただの一撃で周辺に轟音と軽い衝撃波をまき散らす必殺の攻撃である。戦艦同士の殴り合いを初めて、しかもこんなかぶりつきの特等席で拝む事になった井戸と天龍はただひたすらにその光景に圧倒された。

 ――――こ、これが大戦艦同士の戦いか!!
【ブ、ブインにいる時は俺と同じくらいの背の高さだったのに!?】

 それからさらに数号撃ち合い、決着の時が訪れた。

【HIGH!】

 金剛の右ストレートがル級の顔面を強かに打つ。

【KNEE!!】

 その反動で半ば無意識に下がったル級の顔面を、金剛が両手で掴んで右の膝で力強く蹴り付ける。

【YEAH!!!】

 脱力した一瞬の隙をついて金剛がル級の体を持ち上げ、肩の上に乗せるようにしてル級の顎と足を拘束。そのまま自分の首にマフラーでも掛けるかのようにして、ル級の竜骨を曲げてはいけない方向へと曲げていく。
 霧島直伝の艦娘式アルゼンチン・バックブリーカー。
 己の末路を予想出来たル級が最後の抵抗とばかりにもがくが、金剛は微塵も拘束を緩めない。それどころか掴んでいる首と足を握りつぶさんとばかりに力がますます籠められる。
 その数秒後、ル級の竜骨が完全にヘシ折れた事を首元の感触で知った水野と金剛はル級だったものを無造作に投げ捨て、呟いた。

【どうやらダークスティールではなかったようだ】
【NewWeaponの出番までも無かったデース】
『MidnightEye-01よりFleet202,203. MidnightEye-01よりFleet202,203.』

 MidnightEye-01よりの緊急通信。
 こちらの無事を伝えるよりも先に、MidnightEye-01が最悪の事態を告げた。


『目標発見。至急ブイン島へ急行せよ。ダ号目標および随伴艦隊が上陸を試みようとしている。現在、201艦隊が防衛戦を展開中。繰り返す。目標発見。至急ブイン島へ急行せよ!』







(今度こそ)後半へ―、続く。





 本日のNG(没)シーン1

Q:前篇の龍驤が言ってた『無人空母の運用上における安全性の確保』って何? どういう意味?
A:最近の核兵器は小型高性能化が著しいですね。それこそ戦闘機や潜水艦に積める位に。つまりはそう言う事です。


 本日のNG(没)シーン2

 出港後に戦闘艦としての本来の姿への展開作業を終えた第203艦隊に所属する艦娘の面々が程度の大小こそあれ、天龍のそれに同意した。何せ、電が赴任してきて以来の全艦艇での出撃任務は、事実上これが初だったからであるし、天龍の言葉に間違いは無かったからである。見た目のナリや材料は小娘でも、その本質はあくまでも戦闘艦。策が無いだの攻撃が通らないだのと言った多少の逆境如きで萎える士気の持ち主は一人もいない。それが艦娘である。

「相手が大型艦なら、喫水線の下を狙える魚雷が一番有効ですよね! 大潮頑張ります!!」
「定数は満たしておりませんが、一航戦の名に恥じぬ制圧爆撃、とくとご覧に入れましょう」
「那珂ちゃんはー、何も無いから歌を歌うねー」

 普段は地方巡業(遠征任務)を専門職としているはずの那珂ちゃんと大潮、そして201クルーから麻雀で巻き上げ、燃料を売っ払ってまで求めたボーキサイトのありったけを喰ってどうにか定数の半分は艦載機を補充できた赤城までもが艦隊に加わっていた。
 そして宣言通りに那珂ちゃんが歌いだした。いつも通り大潮のBGM付きで。

\\.........yyyyyYYYYYYEEEAAAAAAAAA!!!!!//

 途端、穏やかな海原には似つかわしくない、デスメタル調のロックビートが大音量で鳴り響いた。


\\私はブインの運送屋! 昨日は燃料運んDAZE! 明日は鋼材運んでやれ!! 運べ運べ運べ運べ運べ運べ!!//
\\UNPANせよ! UNPANせよ! UNPANせよ! UNPANせよ!(by大潮)//


 ( ゚д゚). . .

 ( ゚д゚ ). . .


 那珂ちゃんの歌を聞いた面々の顔と表情を表すと、大体以上のようになる。
 そんな呆然とした面々を余所に、那珂ちゃんの歌と大潮のBGMはさらに激しくクライマックスに向かって突き進んでいく。


\\あの島にボーキ生ゴム欠片も無ぇ!(←赤城の声真似で)それは私が運んだから! キス島の守備隊誰もいねぇー!?(←K提督の声真似で)それは私が運んだからー!!//
\\UNPANせよ! UNPANせよ! UNPANせよ! UNPANせよ!(by大潮)//


 大体そんな感じの歌詞が続く事およそ5分間。
 その無駄に長く感じられた300秒間に渡る熱いパトスの迸りを肺腑のドン底から絞りつくした那珂ちゃんは、全てを成し遂げたもの特有の穏やかな笑みを浮かべ、こうのたまった。

「万雷の拍手をどうぞ、世の愚民どもめ☆」

 直後、手前ェ五月蝿ぇんだよKAITAIすっぞ!! というツッコミが帝国海軍の軍人2名および彼らの所属する第202および203の全艦艇から入ったのは語るまでも無い事だろう。井戸と水野の二人に至っては、構造上開かないはずの艦橋の窓を開けてまで那珂ちゃんに向かってツッコミ代わりのネジを投げつけていたし。

『……MidnightEye-01よりFleet203. お前らずいぶんと楽しそうだなぁ』



 今度こそ終れ。



[38827] 【不定期ネタ】嗚呼、栄光のブイン基地【艦これ】
Name: abcdef◆fa76876a ID:14aa3c64
Date: 2014/01/28 22:46
※恨み辛みに身を任せて突貫で書きました。誤字脱字の可能性大です。
※いつも通りのオリ設定てんこ盛りです。
※彼氏彼女が大好きな●×がちょっとアレな事になっているかもしれません。ご容赦ください。
※ダ号目標破壊作戦の後編を期待していた方、申し訳ありません。そちらはもう少々お待ちください。そんなモノ好きいるとは思えないけど。
※ルイージ・ガルヴァーニ大先生、草葉のこっち側からごめんなさい。
※あけましておめでとうございます。(1/3)
※(1/28追記)恨み辛みに身を任せず誤字脱字修正&本文一部追加。




 こちら『あさうみ2000』。見えますか、沈没船です。艦の名前は……『コンバイラ』!?
 あの伝説の、20世紀最後の冒険船です! 信じられない!!


                           ――――――――回収されたブラックボックスより





「ん……ぁ、駄目、提督……すぅ……ヲ級ちゃん……触手なんて入ら……すぅ……ら、らめなの電気はらめぇぇぇ、触手が如月でガルバーニしちゃうのほおおおお……ふぅ……すぅ……ぴぃ……zzz」

 以上が平静26年度、一月一日深夜から一月二日早朝未明にかけて観測された、ブイン仮設要塞港基地第203艦隊所属、艦娘式睦月型駆逐艦2番艦『如月』の寝言の全てである。いったいどんな夢を見ているやら。
 以上の事を踏まえて、本日はブイン島に駐在する他の面々の寝顔を見ていこうと思う。





 クリスマス? 年末? 正月三箇日はお休み? ンな贅沢品、社畜にゃあ無ェよ。忌念の突貫艦これSS(のような物体)

『嗚呼、栄光のブイン基地 ~ 新春初夢ショー』




 戦争が終われば。

 そうすれば、艦娘達は――――天龍はお役目御免で軍を退役できる。またあの頃の、元の生活に戻れる。帰ってこれる。アイツが天龍になる前の世界に帰ってこれる!
 戦争は終わらせる。
 俺が、俺こそが――――

「なんだ井戸水中尉。そんな事をして贖罪のつもりか? お前に自罰志向があったとは、今世紀最大のジョークだな」

 不意に、背後から声がした。
 振り返ると同時に背後の闇にスポットライトが照明される。ライトの下には、よれよれの白衣を着た見知った顔の女が立っていた。

「草餅少佐……」

 その顔を見た時点で、これは夢だと自覚した。なぜならば、その話をした当時の顔ではなかったからだ。
 彼女は冗談半分で受けた適性検査で、自分に軽巡洋艦『川内』との高い親和値があると判明した時点で自分の記憶と人格データを当時最新鋭だったモトコ=モデルの日の丸人ボディにコピーして、その足でクローン製造用のスープミキサーに飛び込んだのだから。

『他の者にやらせる位なら自分が『ガルバーニしちゃうのほおおおおお!! ……ふぅ』とか言ってミキサーのスイッチを入れたのはお前だろう』
「な……」

 夢から、覚める。



「何故に動物電気ィィィ!?」

 何かどこかからひどい叫び声が聞こえたような気がして、井戸は布団の中から跳ね起きた。

「ゆ、夢……?」

 つい今しがたまで鮮明に覚えていたはずの夢は、意識の覚醒と共に急速にその輪郭をぼかして消えていった。やがて、その内容を完全に思い出せなくなった井戸はぐちゃぐちゃになっていた掛布団を綺麗に直すと再び体を突っ込んで眠りについた。

「正夢にしたくねぇ……でも、どう話せばいい、ん  だ  か ……」

 心は醒めていても肉が眠りを欲する。井戸の呟きは、すぐに寝息に取って代わられた。



 古鷹が歌っていた。

「あーさーだ。よあけーだー。きょうもおふとんはいれないー♪」

 それも、ただ普通に歌っていたのではない。何が楽しいのか悲しいのかよく分からないような、右で笑って左で泣いているような左右非対称の表情で、壁に貼ってあった剥がれかけのミルフィーユ王国の王妃の影武者急募のポスターに視線を固定したまま、ブラインドタッチでキーボードを叩きながらである。
 古鷹ただ一人だけがいる203号室に、抑揚の全く存在していない平坦な歌声だけが響いていた。

「わかさーみなぎるー、艦の娘ーがー、三徹事務勤務ー。月月火水木金金ー♪」
『動物電気ィィィ!?』

 1サビまで歌い切ったあたりで、古鷹の目は覚めた。

「…………………………………………………………………………………ふぇ?」

 最初は、状況を理解できなかった。
 ついさっきまで誤搬入されたアイテム類の一覧表を作成していたはずの203号室は全ての照明が落され、端末の液晶モニタから吐き出される光と、窓枠型に切り取られた月明かり以外の光は存在していなかった。
 朦朧とした意識のまま周囲の闇に耳を傾けてみると、203艦隊に所属する艦娘達の寝息がすぅすぅと聞こえてきた。
 モニタの中の作りかけのリストを見てみると、

『送付先02:ショートランド泊地、青葉

 射命丸文&犬塚研一合同写真集『弾幕なぅ』
 奥村英二写真集『光の庭』
 アラン・ビロッツ著『故郷は地きゅうううううううううううううううううううううううううううううううううう(以下略)

 で終わっていた。指先を掛けたまま寝落ちしてしまったらしかった。

「……」

 古鷹が寝ぼけ眼のままちゃぶ台の片隅に慎ましく鎮座していたデジタル表記の目覚まし時計の常夜針に目を向けてみる。
 1月2日。午前3時30分。

「……正夢?」

 冗談じゃあねぇ。
 正気に戻った古鷹が真っ先に思った事がそれだ。今日はもう寝よう。全力で寝よう。そしてさっき見た夢をみんなに話して悪夢の実現を全力で阻止しよう。
 皆を起こさぬよう、心の中だけでそう固く決意した古鷹は、音を立てずに普段着代わりのセーラー服と下着を部屋の片隅に隠しおいてある脱衣籠の中に放り投げて寝巻に着替え、今しがたまで書類を作成していた端末の電源ボタンを押して電源を落とすと、タオルケットの中に潜り込んだ。
 冷えたタオルケットの感触と、月明かりと共に窓から流れ込んでくる優しい波打ちの音に、古鷹の意識は急速に闇の中に包まれていく。
 意識の最後が闇に包まれる瞬間、この世の何よりも恐るるべき事態に遭遇した。

 ファイル、保存、してねぇ。

 その恐怖で古鷹の意識は、覚醒してイチから書き直すよりも屈伏して惰眠を貪る事を選んだ。
 書類の提出期限はあと3日。古鷹の悪夢が正夢になるまで、あとおよそ5時間弱。




 ちょうどその時、203の電は手に持っていた打突式酸素魚雷(弾頭活性化済)で、執刀医のチョコレイト先生を滅多打ちにする夢を見ていた。

「なのですなのですなのですなのですなのですなのですなのですなのですなのですなのですなのですなのですなのですなのですなのですなのですなのですなのですなのですなのですなのですなのですなのですなのですなのです(中略)なのですなのですなのですなのですなのですなのですなのですなのです!!!!!」

 見開き7ページ半に渡るなのですラッシュの末、先生が『燃えるゴミは月・水・金。厳守重点で』と注意書きのされたゴミ収集車の中に叩き込まれるまで、あとしばし。



 那珂ちゃんは歌って踊っていた。
 それも、いつぞやの時のようにブイン島唯一の商店街の仮設ステージの上などではない。アイドルならば誰もが夢見る、帝都の国技館をまるまる借り切ってのワンマンライブだ。

「みんなー! ありがとー!!」
『『『урааааааааа! 那珂ちゃんурааааааааа!!』』』

 会場どころか最寄駅まで入場待ちの列が出来ていたほどである。世界はとうとうこの私の魅力を理解してくれたのだ。日頃の努力が実を結んだのだ。ニワトリが鳴き出すよりも早くから毎日行っていた感謝のサイン練習一万回は無駄ではなかった。

「みんな知ってるー!? 那珂ちゃんの2-4-11はねー!」
「燃2弾4鋼11なのです」
「え?」

 スキダイスキセカイデイチバンダーリンガスキダッチャと続けようとしたその瞬間、背後からの声に遮られた。

「燃2弾4鋼11なのです」

 背後の暗闇にスポットライトが照明される。その小さな光の輪の中には、203の名札を胸に付けた電がいた。
 しかし、その顔は普段のあどけなさを色濃く残した少女と同じとは言い難いものであった。目なんてボールペンか何かでぐりぐりと乱雑に描いた丸印みたいな感じだったし。

「燃2弾4鋼11なのです」
「え?」
「燃2弾4鋼11なのです」
「え? え?」
『『『燃2! 弾4!! 鋼11!!!』』』

 観客達までもが一斉に絶叫する。いつの間にか、観客達も全てがステージ上の電と同じになっていた。

『『『燃2! 弾4!! 鋼11!!!』』』
「や、やだ……」
『『『燃2! 弾4!! 鋼11!!!』』』
『『『月月! 火! 水、木金金!!!』』』
「やめてよ……」

 那珂ちゃんの顔から血の気が引く。口からカチカチと固い音がし始める。そしてついにはマイクを投げ捨て両の手で耳を塞いで、その場で固く目を閉じて蹲ってしまった。

『『『燃2! 弾4!! 鋼11!!!』』』
「やめて! その名前で私を呼ばないでよ! お願いだから!!」

 心が折れて惰眠を貪る事にした古鷹と入れ替わりで夢の世界から絶叫と共に現世に帰って来た那珂ちゃんが最初にやった事は、トイレに行ってからの二度寝だった。
 明日、皆にこの夢の事を話そう。そうすれば夢は夢のままで終わらせる事ができるんだ。嗚呼、アイドルとしてのイロハを教えてくれたウェスカーさんごめんなさい、夢で終わらせないって約束してたのに夢で終わらせようとしています。
 那珂ちゃんの固い決意と共に、夜は更ける。



 ちょうどその時、天龍はうなされていた。

「んぁ……どうだ……怖いか、俺の荷電粒子砲は……や、やめろー、陸奥ー……すぅ……お前はかたつむりかー……バリアをはるなー……中、で……ぴぃ……夕張改/ZERO をかん そう、するなー……くぅ……4スロット、だから 、って 装甲も4種類て……なんだそれ……すぅ……す、ストライク・酸素魚雷・クロー…、はやめろー…ぴぃ……」

 まるで意味が解らない寝言と共に、夜は更ける。



「今日も紅茶が美味しいデース」

 その日、かつてブイン島仮設要塞港基地の、第202艦隊の総旗艦を務めていた金剛は、日傘を突き立てたテーブルの下で午後3時のティータイムを楽しんでいた。
 金剛が視線をやったその先には、高く上った太陽の日差しを反射して白銀色に輝く穏やかな海面が広がっており、波打ち際では、暁、響、龍驤、雷、電などのかつて己が指揮下にあった駆逐艦娘達が戯れていた。何、一人だけ違う? そう大差無い大きさだろうが。

「嗚呼、全くだな。生きてこのような時代を迎えられるとは、正直言って思っていなかったぞ」

 金剛の隣には、彼女自身が愛する旦那様こと水野中佐――――今では海軍大将だ――――が金剛とおそろいのティーカップを片手に座っていた。
 カップの中身は、まだ半分くらいは残っていた。
 今二人が使っているテーブルの中央に置かれた小さな古ぼけたラヂヲから、若干のノイズ交じりにアナウンサーがニュース原稿を読み上げていた。本日は深海凄艦戦争終結30周年記念であり、記念パレードの際にて赤褌締めた合衆国大統領が大気圏外から軍用コンテナでスカイダイブを決めたとかなんとか。

「さすがは我が妻(翻訳鎮守府注釈:金剛の事かと推測されまする)だ。まさか全ての深海凄艦を倒してしまうとは! 俺が惚れた女だけの事はある!」
「モー! ほめ過ぎデース!」

 顔どころか耳まで真っ赤になった金剛が恥ずかしさを誤魔化すために紅茶のお代わりを注ぐ。一気に飲み干す。

「今日も紅茶が美味しいデース。提督もいかがですカー?」
「嗚呼。もちろん頂こう」

 金剛の隣には、彼女自身が愛している比翼連理のダーリンこと水野中佐――――今では大元帥だ――――が金剛とおそろいのティーカップを片手に座っていた。
 カップの中身は、まだいくらかは残っていた。
 今二人が使っているテーブルの中央に置かれた小さな古ぼけたラヂヲから、若干のノイズ交じりにアナウンサーがニュース原稿を読み上げていた。本日は深海凄艦戦争終結70周年記念であり、記念パレードの際にて白褌締めた合衆国大統領が大気圏外からロードローラーでスカイダイブを決めたとかなんとか。
 金剛が視線をやったその先には、高く上った太陽の日差しを反射して白銀色に輝く穏やかな海面が広がっており、波打ち際では、暁、響、龍驤、雷、電などのかつて己が指揮下にあった第六駆逐隊の皆が戯れていた。何、一人だけ違う? そこまで大きさには大差無かろうが。

「さすがは我が妻(翻訳鎮守府注釈:金剛の事かと推測されまする)だ。まさか全ての深海凄艦を倒してしまうとはのう。ワシが惚れた女だけの事はあるってぇもんよの!」
「モー! ほめ過ぎデース!」

 顔どころか耳まで真っ赤になった金剛が恥ずかしさを誤魔化すために紅茶のお代わりを注ぐ。一気に飲み干す。

「今日も紅茶が美味しいデース。提督もいかがで……」

 金剛の隣の椅子には、誰もいなかった。
 ただ、テーブルの上には金剛とおそろいの、中身が空っぽになったティーカップだけが置かれていた。
 かつて彼女が唯一愛した、一人の男が使っていたものだった。
 今彼女が使っているテーブルの中央に置かれた小さな古ぼけたラジヲから、若干のノイズ交じりにアナウンサーがニュース原稿を読み上げていた。本日は深海凄艦戦争終結100周年記念であり、記念パレードの際にて虹色に輝く不定形の泡状の褌を締めた合衆国大統領が大気圏外からホワイトハウスでスカイダイブを決めたとかなんとか。

 ――――さすがは我が妻だ。

 不意に、そんな幻聴が聞こえてきたような気がした。
 もちろん、幻聴は幻聴であり、誰かがいた形跡なぞ無かった。
 何の思惑もなしに金剛が視線を遠くにやる。その先には、高く上った太陽の日差しを反射して白銀色に輝く穏やかな海面が広がっており、波打ち際では、暁、響、龍驤、雷、電などのかつて己が指揮下にあった駆逐艦娘達が戯れていた。
 誰も、あの頃と――――深海凄艦との生存競争を繰り広げたあの大激動の時代と、何一つ変わらない姿形をしていた。
 暁も、響も、龍驤も、雷も、電も。
 そして、金剛自身も。

「今日も紅茶が美味しいデース」

 その日、かつてブイン島仮設要塞港基地、第202艦隊の総旗艦を務めていた金剛は、日傘を突き立てた簡易のテーブルの下で午後3時のティータイムを楽しんでいた。
 金剛が視線をやったその先には、高く上った太陽の日差しを反射して乾いた砂色に輝く穏やかなヒビ割れの荒野がどこまでも広がっており、その所々には、暁、響、龍驤、雷、電などのかつて己が指揮下にあった戦闘艦の、朽ちて尽きて成れ果てた姿があった。
 カップを口に運ぶ。飲む。カップを下ろす。カップの中身が空になったら、テーブルの上に置かれたポッドから熱々の湯気が立つ赤い液体をなみなみと注ぐ。
 ただひたすらに、機械的にそれだけを繰り返す。
 ただひたすらに。もう何も考えなくてもいいように。
 今彼女が使っているテーブルの中央に置かれた小さな古ぼけたラジヲから、若干のノイズ交じりにアナウンサーがニュース原稿を読み上げていた。本日は深海凄艦戦争終結10000年と2000周年記念であり、記念パレードの際にてバカには見えない褌を締めた合衆国大統領が銀河のはちぇから不正コイルでプレインズウォークを決めたとかなんとか。

「紅茶は美味しいデース」

 ポッドを傾ける。中身が出てこなくなった。すぐに顔から血の気が引き、指先の震えが大きくなった。

「紅茶? 紅茶が……紅茶が無いとワ、私は……どうすれば……」

 金剛が己を抱きしめるようにして腕を組む。

「これから先、貴方が居ないこの世界で、私はどう……」
『だから言ったのです。それはきっと、とても辛い、終わりの無い旅の始まりになるのです。と』

 砂を被り、日光劣化しつくしたテーブルの上の赤錆びたラヂヲから、ノイズにまみれた電の声が響いてきた。第六駆逐隊はもういない。
 ならばこの声は――――誰だ?

『本当はあの時、金剛さんは天龍さんと一緒に、解体作業を受けるべきだったなのです』

 この電が言う解体とは、圧縮保存(艦娘)状態で飛び出ている艦の艤装部分を物理的に除去して、生身の艦娘部分のみを残す。という意味だ。そうやって艤装を外した場合、艦娘はシステムから破損したファイル扱いされるため、超展開はおろか通常の展開も出来なくなるために自動的にお役御免になってシャバの世界へと解き放たれるという仕組みだ。
 だが、そんなものは大本営発表でしかないという事は、試験管を出たばかりの新米金剛でも知っていた事だ。
 彼女は覚えている。艤装が無い以外は自分と同じ顔、同じ姿形をした艦娘達が、次々と研究所の最奥区画へと運ばれ、あるいは自らの足で進んでいったのを。
 金剛は知っている。自分たち艦娘は基本的にオリジナルのスープの一滴から培養されたクローンであるのだと。そして、そのスープの原液が足りなくなった時はどこから調達されるのかという事も。

『だけど、あの天龍さんだけは特別なのです。そして、あの時の金剛さんも、多少の無茶を通せるくらいの発言力はあったのです』

 淡々と、電は事実を告げる。

『でも、まだ手遅れではないのです。今からでも、水野中佐の後を追うくらいは出来るなのです』
「!!!」
『そうなのです。“護国鬼の妻”とまで呼ばれた貴女ならば』
『やめて! その名前で私を呼ばないでよ! お願いだから!!』

 悪魔のような笑顔を浮かべた電の笑顔が幻視出来た。金剛の耳元に纏わりつくように囁く電に何事かを叫び、ラヂヲに掴みかかろうとした拍子に、金剛は夢から覚めた。
 虚空に伸ばされた右腕は掛け布団の端っこを握りしめており、全身はじっとりと寝汗で湿っていた。己の隣で静かに寝息を立てている水野と電の他には、誰かが使い終わったトイレの水が流れる音だけが廊下から小さく響いていた。

「ゆ、夢でよ良かったデース……」

 心の底から安堵の溜息をついた金剛は、そのまま布団の中を這い寄って、電を挟んで水野の背中に密着するとそのまま掛け布団を掛け直した。

「Goodnightデース。明日の朝、私の夢のお話をしましょうデース」

 まるで親子にしか見えない三人の寝息が、202号室の中から響いてきた。






 ちょうどその時、水野は井戸と対峙していた。

【何故ですか、水野中佐!? 何故“彼”を逃がす! これでは戦争は終わりません、いや、終わらなくなってしまう!】

 超展開した金剛と対峙する形になった天龍――――当然こちらも超展開中だ――――と一体化した井戸から、困惑と怒りに満ちた概念通信が流れ込んできた。
 答えろ、さもなくば。と途中で質問を止めた井戸と天龍が大太刀状のCIWSを正眼に構えた。
 対するこちらも、金剛に銘じて両拳のCIWSを起動させた。

「……井戸少佐、知っているか。深海凄艦の数が激減した今、各国で燻っていた火種がまた燃え始めたのを」
【突然何を……】
「戦争だよ。人類対人類の。それがもう間もなく始まろうとしている」
【だから何を――――】
「その戦争になった時! 俺の金剛や貴様の天龍に召集令状が来ない道理など無いだろうが!!」

 井戸から、衝撃に打ちのめされたかのような、強烈な概念が伝わって来た。

「俺の金剛も、貴様の天龍も、有名になりすぎたんだ。本土で俺達が何て呼ばれているのか知ってるか? 平静のビッグ7だぞ? ビッグセブン」
【……】
「除隊していれば、とか、民間人が、だとか言うなよ? そんな道理が通用するほど戦争ってのが甘くないのは俺も貴様も身をもって知っているだろうが」
【……】
「だが、な。それもこの戦争が終わったらの話だ。この戦争さえ、この深海凄艦との戦いさえ永遠に続いていけば、そんな未来は絶対に来ない。金剛に人殺しをさせるような平和なんていらない。金剛が笑っていられるなら、地上を地獄にだってしてやる」
【……水野中佐。俺は、俺の天龍はもう限界なんです。人間性を喪失し過ぎたんです】

 古来より、人が争う理由はたった一つだけである。

【次にもう一度超展開をするような大戦闘をやったら、二度と帰って来れなくなるんです。だからここで、全部の戦いにケリつけなきゃいけないんです。ここで元凶の“彼”を殺して、戦争を終わらせて、天龍を解体処分させて、それからやっと始まるんです。俺と、天龍の――――】
「もう良い。もう喋るな」

 ――――話が合わねぇ。

 水だの宗教だの食い物だのと言った余計な不純物を取り除いていくと、人々が争う理由というのは最終的に、ただこれ一つに集約されるのである。
 そして話の合わない彼、あるいは彼らを、古来より人は“敵”と呼んでいる。
 それを傍観する電(名札には203とあった)は、クスクスと嘲嗤う。

「電の掌の上で戦うのです。勝った方は電が全身全霊で良かったシールをくれてやるなのです」

 二人が同時に駆け出した。
 叫ぶ。

「戦争だ! 我らにはそれが必要だ!! 金剛が人類同士の戦争の道具にされずに済むためにも!!」
【戦争は終わらせる! 俺と、俺と天龍が歩む未来のために!!】

 ――――二人の決意が未来を救うと信じて……!
 ――――ご愛読、ありがとうございました。



「ご愛読ってなんじゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!?」



 その日、ブイン島基地に所属する各艦隊の面々は、目覚まし時計や鶏よりも先に発生した、謎の大音量によって強制的に叩き起こされたという。
 そしてその日の朝食時、皆が電(203)を見る目がいつもとは若干違っていたという。






 本日のOKシーン。


「雷ちゃんは―、何で泳ぐのんー?」
『電ですけどー』
『Hey,龍驤サーン。提督がベッドの上でお待ちデース! 甘く、優しく、激しく!!』
『暁もいるわよ。響ちゃんも、雷ちゃんも、みんなみんなここにいるわよ』

 光も届かぬ深い海の底、かつて英雄の一人だった龍驤はひとり繭の中で夢を見る。

「ウチ……頑張ったんよ。もうす ぐ 帰ルカら、いっぱい褒めて~な~……」

 優しい悪夢という名の鎖が、彼女をここに縛り付けているのか?




 今度こそ終れ。



[38827] 【不定期ネタ】嗚呼、栄光のブイン基地【艦これ】
Name: abcdef◆fa76876a ID:9f5c6e5e
Date: 2014/02/24 21:53
※安心と信頼のオリ設定です。
※『俺の○×に何をするだー!』な事になっているやもです。御堪忍ください。
※人によってはグロテスクかと思われる描写があります。ご注意ください。
※この世界線では、全パラカンストで士気キラキラで復讐に燃えた金剛だろーが、戦力ゲージMAXの姫だろーが、兎に角当たり所が悪ければ死にます。
※慈悲も無く、容赦も無く、死にます。
※なのでそういうのが嫌な人はご注意ください。
※死にます。
※(01/28初出。2/24誤字修正)




『拷問だ。とにかく基地司令を拷問に掛けろ!!』

                          ――――――――ブイン基地、今月の標語



 ブイン島に向かって最大戦速で帰還する第202、203艦隊の耳に聞こえてきたのは、サイレンの音だった。かつて203の電が井戸の艦隊に配属された当日に島内全域に鳴り響いたのと同じサイレンだった。
 ブイン島が近づくにつれて目立ち始めた重巡リ級や雷巡チ級、軽巡・駆逐級の各種深海凄艦の死骸に、未だに黒煙を上げ続けて海上を漂う通常艦の数々と無数の脱出艇。そして水平線の近くにも関わらず、ここからでもその威容を見せつける、ひときわ巨大な深海凄艦――――ダ号目標の後ろ姿。
 超展開の維持限界を超え、元の戦闘艦の姿に戻ってしまった天龍が、サイレンと共に風に乗って流れてきた砲声に戸惑いを隠した口調で――――天龍型はうろたえない――――言う。

【お、おい。井戸。これって】
「ああ、最悪の一歩手前ってとこだな」

 戦艦ル級突然変異種――――帝国海軍暫定呼称『ダークスティール』は、既にブイン島の目と鼻の先にまで迫っていた。



 最早続きを覚えている人いないんじゃないかと戦々恐々しつつうpする今日この頃、皆様ますますご健勝の事かと思われます。ノロだのインフルだのでダウンした挙句に便器に顔突っ込んでゲロの海で朝まで気絶してました。などという事が無いよう、皆様もお体にはお気を付けください(実体験)。それは兎も角最近ウチの金剛さん漸く改二になったら大メシ喰らいになったでござる。記念の艦これSS

『嗚呼、栄光のブイン基地 ~ ダ号目標破壊作戦 - Destroy target Darksteel.』(後編)



『Delta-01 Fox3!!』
『Albatrus-02 Fox3!!』
『Kerberos-13 Fox3!!』

 メナイ少佐の艦隊に所属する航空機の生き残りを集めて再編成した混成部隊が、抱えていたミサイルのありったけを吐き出す。
 彼らが今しがた発射したのは先の支援に回った『バルムンク』らが搭載していたはげたか級巡航ミサイルほど巨大なものではなく、空対空用の小型高速ミサイルであった。
 人類との戦争という、ある意味ヘタな自然環境よりもずっと過酷な淘汰を生き抜いて進化を続け、ゴキブリ並の速度で耐性を得た深海凄艦には、もう対空用のミサイル程度ではまともな傷を負わせるのも難しくなってきていた。
 しかし、その程度でへこたれないのが戦争民族ホモ・サピエンス・Lである。

『GUN,READY,FIRE!!』

 一発では怯まない。三発でも無駄。ええいならば十五でどうだこのヤロウ。今ならお買い得セール期間中につき復讐者御用達の30mm機関砲弾4ケタも御付けいたします。
 メナイ少佐率いる第201艦隊は足りない火力を手数で補い、少なくない数の敵――――深海凄艦を海の底へと叩き返す事に成功していた。
 だが、同艦隊に所属する人員からして『艦娘と満足な数以外は揃っている』と自虐的に言っているブインのコンビニこと第201艦隊である。そんな散財じみた戦術がそうそう長続きするものではなかった。

『メナイ少佐、戦闘機用のミサイルの在庫がもうありません!』
「対地攻撃用のロケットポッドはどうした!」
『K2Eに乗ってる連中へ補給したのが最後です!!』
「無ければ工兵用のC4束ねた集束爆弾でも爆薬詰め込んだキッチンでもトイレでも何でもいい! 兎に角飛行機は武器を積んで発進させろ!!」

 事実上のブイン島最終防衛ラインとなっている元空母の狙撃戦艦『ストライカー・レントン』(※コイツだけ燃料不足に付き浮砲台なぅ)のCICで、メナイ少佐が矢継ぎ早に部下達に指示を出していた。彼の隣にいつもいるはずの艦娘式重巡洋艦『愛宕』(同少佐はハナと呼称)の姿は無かった。彼女もまた、戦場に出撃していたからである。

【パパ! じゃなかった。提督、護衛艦隊はみんなやっつけたわ。でも……】
「ハナ、兎に角撃ちまくれ! ダメージは無くとも足を鈍らせる事はできる! もうすぐ水野中佐と井戸少佐が帰ってくる! それまでの辛抱だ!!」
『少佐! 基地弾薬庫の回収部隊、ただいま戻りました!』
「受け入れハッチ開け! 15分で換装しろ!」
『そ、それが……! 無いんです!! 納品表の半分以下しか!!』
「以下でも未満でも良いから兎に角持って来い!!』

 あの基地司令、あとで殺す。
 メナイは腹の底から湧き上がる殺意と罵声を思わず辺りに吐き散らしたくなったが、上に立つ者の義務とたしなみとしてそれを何とか舌の付け根よりも下に押し込めて、その決意を再確認するだけに留めると、己の艦隊の指揮に戻った。

「少佐」

 このCICの中にいる幹部クルーの中では、最も信頼のおける副官がそっとメナイに耳打ちした。

「マズイです。燃料はこの間の203のミス・アカギから買った分で回せてますが、今のペースで弾薬を消費すると、次の補給で尽きます」

 この艦隊の分も、基地の備蓄も。と言外に滲ませていた。

「……非常事態だ。202と203のストック分をかっぱらう」
「もうやりました。それでもあの量です」

 あのクソ野郎、金(キン)だけじゃなくて弾薬まで横流ししてやがったのか。

 いつの間に。という奇妙な感心と至極真っ当な憤りを覚えつつ、メナイは周囲に漏れ出ないように口の中だけでそう吐き捨てると片手で顔を覆い、天を仰いで瞑目した。
 長考に入った時のメナイの癖だ。

「ビッグボディ級2番艦『レオパルドン』轟沈! クルー全員の脱出を認む!!」
「制圧ヘリ『K2E』残弾0! 指示を求めています!!」
「ショートランド泊地より緊急通信です。読みます【敵ノ大攻勢。戦艦ル級6隻ヲ認ム。応援求ム】」
『MidnightEye-02よりFLAGSHIP!! PRBRデバイスにhit! 感多数! 敵増援です! こちらと202、203との航路を遮る形です!!』

 幹部クルーやRECONチームからの悲鳴じみた報告が立て続けに入る。そのどれもこれもが、今のメナイにとっては聞きたくない類の代物ばかりだった。

「……タイプ・艦娘を開発してた頃の帝国の連中も、きっとこんな気分だったんだろうなぁ」

 ややあって、何かを決意したように顔と姿勢を元に戻し、手元にあったマイクに火を入れ、前線で戦う『愛宕』に通信を繋げた。

「ハナ、一度戻ってこい。もう弾薬が無い。第201艦隊はこれより『超展開』による格闘戦を行う」
【パ、じゃなくて提督! 提督は私との同調率が……!!】

 大丈夫だ。酔い止めの薬は飲んだ。とメナイは聞き分けのない娘を諭す時のように優しく語りかけた。



 鎧触一蹴。

 第202艦隊総旗艦の金剛の働きを表すなら、まさにその一言で事足りた。

【討ちます! FIRE!!! AIM!! READY!】

 前方を遮る駆逐イ級やロ級やハ級の群れは主砲で文字通り木端微塵に粉砕され、そいつらを囮に左右から回り込んで魚雷を叩き付けようとした2匹の重巡リ級はCIWS――――ボクシンググローブのフリをした例のおっかないアレだ――――による左右同時の裏拳であっけなく迎撃され、金剛の片手ずつで掴まれたそれぞれの頭部から生卵を握りつぶした時のような音と液体を爆ぜさせながら呆気なく撃沈する。

『もう全部金剛さんと水野中佐だけでいいんじゃないかな』

 那珂ちゃんのその呟きに、思わず203艦隊の全員が頷いてしまったが、そうは問屋が卸してくれないのが現状である。何せ、彼らの帰るべき基地と島がある方向から、敵がやってきているのである。
 島がある方向から光が起きる。超展開中は完全に無防備になる艦娘と艦長を保護するための意図的な余剰エネルギーの嵐だ。

『前方にまた敵増援なのです!』
『MidnightEye-02よりFLAGSHIP!! PRBRデバイスにhit! 感多数! 敵増援です! こちらと202、203との航路を遮る形です!!』
『全ユニット離れろ! 超展開したアタゴ……じゃなくてハナが突撃するぞ!!』
『こちらK2E! 弾が無い! 補給はまだか!?』

 不意に、無線が混信した。201艦隊は相当に混乱しているらしい。そんな混乱を吹き飛ばすかのように、超展開中の金剛が全砲門を一斉射。新たに海面に浮上した駆逐級の群れを、文字通り一撃で粉砕する。

【202Commander水野よりMidnightEye-02. 敵はどこだ!!】
『!? 帰って来た! MidnightEye-02よりALLUNIT! 202と203が帰って来たぞ!』
【敵はどこだと聞いている! 敵は!? ダ号目標はどこだ!!】
【水野中佐か! ここだ! こっちだ!】

 水野がダ号目標に視線を向ける。
 上空のMidnightEye-02を介してデータリンク更新。アップデートされた情報には『Huge Battleship [Target Da] is Approaching fast.』と表示されていた。

「デ、デカ……っ!」

 思わず漏らしてしまった井戸のその呟きは、202、203の面々全ての心境を表していた。
 ダ号目標――――ダークスティールは巨大だったのだ。
 映像ではそんなものかと思っていたが、実際に見上げてみるとまるで違った。先の戦艦ル級よりも、頭2つか3つ分は抜き出ている。
 仮に、今ここに超展開した『如月』『天龍』『金剛』と、戦艦ル級、ダ号目標を一列に並べてみれば、大体以下のような並びになる。
 ダ号目標が一番の背ェ高のっぽで、その胸のあたりに戦艦ル級と金剛が、天龍はダ号のおヘソのチョイ上あたりで、如月(というか駆逐艦娘全般)に至っては、足の付け根よりも下といった具合である。
 そして超展開した重巡『愛宕』は、そんな大巨人の足を集中的に狙っていた。
 左の膝にローキック。左の膝にローキック。左の膝にローキック! 馬鹿の一つ覚えのようにそれだけを繰り返していた。現在の『愛宕』が取れる攻撃オプションの中で最も有効であると思われるのがこれしかないからである。なけなしの弾薬をつぎ込んだ20.3センチ砲の密着砲撃も、資材や燃料の代わりに海水を満載したタンカーによる殴打も、爆薬の詰まったトイレやキッチンによる集中空爆も、さしたる効果をあげられなかったからである。
 ダ号目標は、愛宕必死の防戦すらも意に介さず、まっすぐ島に向かう航路をとっていた。

【いいから手伝え! もう基地に弾が無い! 全然止まらん!】

 意図せずしてダ号目標の無防備な背後を取る事になった水野が、金剛に命じる。

【金剛、主砲発射用意! 弾種徹甲弾! お前の得意料理だ。熱々の穴開きチーズにしてやれ!!】
【ラジャー! 撃ちま、ああっ!?】

 突如として金剛の主砲塔群が爆発四散。背後での爆発に金剛がつんのめる。金剛のメインシステム索敵系は、外部からの攻撃によるデース? と簡潔に答えた。
 さらに追い撃ちで、破壊された砲塔の残骸に小口径砲と思わしき小さな衝撃がいくつも走る。水野と金剛が振り返るよりも先に、主犯の駆逐ロ級に那珂ちゃんと天龍が主砲の14センチ砲を叩き込み、死にかけを完全に死んだに変えた。

『このヤロ! まだ生きてやがった!!』
『今のでホントに取り巻きは最後みたい! 金剛さん、やっちゃえー!』
【Oh、サンキューデース!】

 水野の指示で金剛が大破して完全にデッドウェイトになった主砲塔群をパージ。ダ号目標に向かって一気に増速する。
 井戸は203の各艦に指示を飛ばし、残り少ない魚雷と艦爆の全てを、ダ号目標の左足に集中させる。

「メナイ少佐! 魚雷と艦爆撃ちます! 合図で離れて!」
【何時!?】
「今!!」
【もう少し早く言え!】

 超展開した愛宕(メナイ少佐はハナと呼称)が飛び退く。直後、艦爆と魚雷が直撃。膝の裏という、人体を模した構造上避けられぬ脆弱な部位に連続して加えられた衝撃で、ダ号目標の無敵装甲に大きなヒビが走り、姿勢が大きく崩れる。
 各艦隊の面々が沸く。

「「「おおっ!?」」」
【やったか!】

 那珂ちゃんがいらん事を叫んだ直後、ヒビ割れの隙間からクリーム色をした粘液状の物質が滲み出し、大気と激しく反応して急速に発泡した。
 そして次に泡が波によって洗われた時にはもう、傷一つ無い元の輝きを取り戻していた。

「「「じ、自己修復とぉ!?」」」
【何てインチキ!!】

【【インチキでも何でも!】】

 ダ号目標が体勢を立て直すよりも先に、ダメ押しで金剛が超低空弾道の飛び蹴りを後頭部にかます。霧島直伝の艦娘式32文キック助走付き。立ち上がりかけていたダ号目標と金剛が同時に着水。津波めいた盛大な大波飛沫を周囲に飛び散らかせる。
 いち早く立ち上がった水野と金剛が同時に吼える。

【【こいつは無敵じゃない! 壊せる! 殺せる!】】

 再び起き上りかけていたダ号目標の顔面に変則的な打ち下ろし気味の右フック。続けてやはり顔面に左フック。再び右。鋼鉄の装甲に鎧われた拳がダ号目標の顔面に突き刺さるたび、大形トレーラー同士の正面衝突事故どころでは済まされない轟音と衝撃波が周囲に撒き散らされる。

【【敵討ちだ! これは雷の分! 響の分! 暁の分! そして龍驤の分!】】

 左右ラッシュのペースがますます上がる。ダ号目標は、何もできないまま、ただ打たれ続けるだけであった。

【【あの世で皆に詫び続けろ!】】

 全身のバネを使った、渾身の右ストレートが顔面に突き刺さる。
 しばしの静寂の後、卵の殻をゆっくりと握りつぶしていった時のような、何かがひび割れていく音が聞こえてきた。小さな破片が波間に沈んでいく。

 砕けたのは、金剛の拳を包んでいたCIWSだった。

 誰もが、信じられない物を見たかのような表情で固まっていた。先程の重巡リ級なら容易く沈められたのに。先程の戦艦ル級ですらものの数発で小破させる事が出来たのに。
 そんな彼らを余所にダ号目標が、何の違和感も見せずにゆっくりと立ち上がる。そして、頬を撫でるようにして張り付いていたCIWSの破片を取り除くと、その下からは全く無傷の死人色の皮膚状物質――――戦艦ル級の数少ない非装甲部分だ――――が現れた。泡の一つすらもついて無かった。
 ここで初めてダ号目標がリアクション。左で握り拳を作る。上半身を目いっぱいに捻る。
 振る。

【【ッ!!】】

 深謀も遠慮も何も無い、心臓狙いの左ストレート。
 痙攣と同じメカニズムで反応した水野と金剛の生存本能が両腕を交差させてガードするも、何事も無かったかのように艦体ごと後方に吹き飛ばされる。先の天龍の時とは違うのだ。大戦艦クラスの全長と重量を持つ構造物を一撃で、しかも水の抵抗をものともせずに後方に吹き飛ばすほどのパワーである。
 映像資料の中にあった、重巡洋艦『加古』の竜骨を一撃でヘシ折るほどの攻撃を受けた金剛が当然無事で済むはずが無く、ガードした両腕は、艦娘達の魂の座ともいえる動力炉の無事と引き換えにほぼすべての機能を喪失した。

【提督! 左右兵装保持腕各所から断線警報デース! 五指トルクアクチュエイターのpingが毎秒6しか返りませんネー! Oilの内出血も止まりまセーン!!】
【拳を握れて肩が動くならそれでいい!】

 指が駄目でも腕が動くなら最悪絞め殺せる。
 屈辱と苦痛と憤怒、そして若干の殺意と恐怖が入り混じった概念を滲ませた金剛に、意識してそう返答した水野が海底を踏みしめ、前に進もうとしたが止まる。足の裏の砂がやけに滑る。
 砂が、

【……砂?】

 何かに気付いた水野が艦体としての『金剛』を後ろに振り向かせる。振りむいた金剛のそのすこし背後。
 そこは、もうブイン島の海岸線だった。

【い、いつの間にこんなところまで……】
【て、提――――】

 水野が驚愕にとらわれていたのはほんの数秒も無かったはずだが、それでも致命的な隙だった。金剛の悲鳴に水野が咄嗟に前に振り向き戻ったのと同時に、小さなビルのごときダ号目標のブッ太い腕が金剛の胸目がけて叩き付けられた。
 技術も何も無い、力任せの一撃。ただそれだけで、金剛のシステム群が一時にエラーを起こし、不気味な痙攣を繰り返す。
 その光景に誰もが絶句し、戦場から一瞬音が消えた。
 ダ号目標は、敵に容赦しなかった。

『し、司令官さん!!』

 二発目の拳が、同じ傷口に突き刺さる。






【メインシステムデバイス維持系より最優先警告:コア外殻にグレードBの亀裂発生。コア内核にグレードFの応力異常発生。機関部への浸水を確認。即時離脱を推奨します】
【メインシステムデバイス維持系より優先警告:区画211に火災発生。大動脈ケーブル一部断線。電圧低下】
【メインシステムデバイス維持系より警告:電圧低下により中枢を除く艦内電装システムを維持できません。300秒後に超展開状態を強制解除します】
【メインシステムデバイス免疫系より報告:コア保護膜『硬』『蜘』『髄』に異常無し】
【メインシステム戦闘系より報告:左腕部CIWSの想定耐久値が10%に低下。装備換装もしくは投棄を推奨します】

 ダ号目標のハートブレイクショットで水野の意識が飛び、彼と同調していた艦娘としての金剛の意識も巻き添えで一瞬途切れた。
 次に金剛が意識を取り戻した時、世界は闇に包まれていた。
 艦娘の三半規管と戦艦搭載の三軸ジャイロは、仰向けになって倒れている事を無言で伝えてきた。と同時に、暗闇の中の金剛の意識にいくつもの囁き声が流れ込んできた。戦艦としての金剛のメインシステムと、妖精さん達からの緊急Callだった。

(金剛さん金剛さん。きかんぶへのしんすいはおさまったのですよ。でもでもろっこつユニットのぜんこっせつとたーびんぶれーどはどうにもならないです)
(ていうかひけしとさいつうでんだけでせいいっぱいなのです)
(きてー。めいんだめこんはんはやくきてー! おいるべんがしまらないのー!!)

 目を開いている感覚はあるのに暗いのはどういうことかと思ったが、何の事は無かった。ケーブルが何ヶ所かで断線していただけだった。自我コマンド入力。生き残った回路をバイパスして視覚野を復旧させようとする。失敗。仕方なくガンカメラと艦各所の監視カメラ群に接続。一部成功。
 普段の艦娘状態の肉眼よりもはるかに画質の荒い、砂嵐交じりの青空が視界いっぱいに広がった。聴覚野もデータリンクも途絶。そうだ今のヘタれたシステムでは復旧すらままならない。簡単でもいいから提督にケーブルの接続を頼もう。そっちの方が早い。提督とのアクセスを、
 提督との、

 提督は?

【メインシステムデバイス監視系より警告:内装デバイスK02との接続が確認できません。デバイスが正しく接続されている事を確認してください】

 内装デバイスK02――――超展開中の艦娘に乗り込んでいる艦長の事だ。

 何故今の今まで忘れていたのか全く理解できない。電撃にも似た驚愕が金剛の心の中を走る。自我コマンドを上書き。未だ復旧できていない艦橋内部の監視システム群にアクセス。
 失敗。断線警報。
 竜骨まわりから血の気が退いていく音がする。

『……フ、フハ』
【て、提督!!?】
『フハハ、フハハハハハハ! ハーッハハハハハハ!!』

 辛うじて接続に成功したマイクからは、どこからどう考えてもこの状況には似つかわしくない笑い声が飛び込んできた。
 度重なる戦闘のショックでついに壊れたのかと金剛は思った。自分達の娘同然に可愛がっていた第6駆逐隊の娘達を皆失い、その敵討ちにも失敗して、とうとう心が折れてしまったのだと思った。

【提督、しっかりするデース! 傷は深くはな……!!】

 ようやくの事で再接続に成功した監視カメラの映像には、砕けてひしゃげた艦橋構造物に押しつぶされかけた艦長席と、胸に鉄パイプが突き刺さったままそこに座っている水野の姿が映っていた。
 金剛は、叫び声すら出せなかった。
 狂ったように笑う水野が片手で鉄パイプの周辺をまさぐる。

『フハハハ! すまん! すまんかった響!』
【て、提督……? 響ちゃんはもう……」
『チビで無愛想でぺったん娘で無口で紅茶よりもキツイ酒が好きそうっぽくて俺の好みとは性反対とかいつも思っててすまんかった響!』

 ガスか? それとも見えないだけで相当ヤバい量の出血なのか?
 今はもういないはずの娘の名前を叫びながら、懐から何かを摘まみ出した。金剛も、その時点で違和感に気が付いた。
 刺さった鉄パイプの周囲から、血が、一切滲んでいない。

『お前は最高だ! 金剛と俺の母ちゃんの次くらいには最高にいい女だよ、お前は!!』

 懐から抜き出された水野の右手には、彼の手元に最後まで残っていた駆逐艦『響』の装甲片があった。

【u,unbelievable……】
『Me tooだ。こんなの、マンガとか、戦意高揚映画の中くらいのものだと思っていたぞ』

 水野も金剛も、普段から深海凄艦などというお化けモドキを相手にはしているが、奇跡だの何某かの思し召しだのと言った類の事柄は一切信じていない。特にそれは一年前に第6駆逐隊の面々を失って以来顕著であり、今では悪霊退治には塩を撒くよりも四方をお札で囲むよりも金剛の主砲の一斉射で地形ごと薙ぎ払う方がよっぽど効果があると信じているくらいである。
 だが、そんな彼らでも、たった今見たこれに関しては、何者かの遺志が働いているとしか思えなかった。
 響は言っている(のかもしれない)。ここで死ぬべき定めではないと。
 不思議と、やる気が出てきた。

『金剛、いけるか?』
【Yeeees.私は、どこまでも提督について行きマース】

 水野と金剛の意識が再接続される。水野の脳裏に更新された、艦体としての金剛のステイタスは、最早動く動かないどころの損傷ではなかった。視覚野はガンカメラを除いて全滅。その他の感覚デバイスや通信系もほぼ壊滅状態で、おまけに断線と漏電で左腕以外まともに通電すらしていない。タービンブレードからはさっきから異常な擦過音と不整脈のような振動が鳴り響いているし、超展開の強制解除のカウントダウンは止まる気配が無い。
 お互いに満身創痍、なれど意気軒昂。あの憎き怨敵をブチ殺すには充二分に過ぎるというものだ。

『敵は?』
【ここデース】

 ガンカメラが切り替わる。横倒しになった視界の中、ほんのすぐそばでは超展開状態の『愛宕』が真正面から格闘戦を仕掛ける後ろ姿と、残るすべての艦が停留用のアンカーを使ってダ号目標を沖合に引きずり出そうと決死の牽引作業をしてるのが見えた。カメラの下側には、金剛の物と思わしき指先と白い砂浜が映っていた。
 島まで打ち上げられていたのか。と水野が心の片隅で思った。

『で、実際どこまで動ける?』
【……左腕なら、何とかいけマース】

 これでは戦うどころの話ではない。だが、あいつの足を引っ張ってやる位の真似ならできる。
 そう。例えば、今まさに停留アンカーの全てを引きちぎり、愛宕必死の防戦なぞハナから存在すらしていないかのような気軽さでこちらのすぐ傍を通り過ぎようとしているダ号目標のような。
 何を思ったのか、ブイン島の砂浜に第一歩目を上陸させたダ号目標の動きが完全に止まる。
 そしてそこは、ちょうど金剛が倒れているそのすぐ真横だ。

【左腕部CIWS、射ェ!!】

 金剛が、残り全ての電力を注ぎ込んで左腕を動かした。技量もへったくれも無い、ただ単縦な肘より先だけを動かすだけの屈伸運動による裏拳モドキ。
 しかし、大戦艦級の質量と速度を持った裏拳(モドキ)による弁慶の泣き所への奇襲である。棒立ちになっている深海凄艦の一隻如きが耐えきれるものでは無く、ダ号目標はまるでコント役者のように見事に顔面から倒れ伏した。

 ――――カマしてやったぜ、クソ野郎。

 そう言おうとしていた水野であったが、ダ号目標が倒れ伏した際に発生した局所的な大震動と砂煙に咄嗟に口と目を瞑ってしまったため言えなかった。もっとも、金剛との各感覚野の接続は、一部運動系と視覚野以外は金剛側から意図的に切断してあったために目に砂が入ったとしてもそのフィードバックが来る事は無かったのだが。
 砂煙が晴れる。口の端から湯気となったドス黒い瘴気をもうもうと吐き出す、怒りに満ち溢れた表情のダ号目標と目が合う。
 憤怒の形相そのままにダ号目標が手をついて立ち上がるよりも先にせめて一矢とばかりに不敵な笑いの一つでも浮かべようとした金剛と水野の随意運動よりも先に悲鳴同然の絶叫を上げた海上の艦隊の面々よりも先に、

 ダ号目標の腕が、何の前触れも無く、真っ二つに折れた。

 誰もが――――それこそ当のダ号本人すらもが――――信じられない物を見た。という表情をして折れた腕を見ていた。あのクリーム色の発砲粘液は確かに機能していたが、不自然に折れたまま再接合させてしまっては意味が無いだろう。
 ダ号目標の顔が再び砂浜に盛大な音と砂煙をまき散らしながら落着する。
 首だけを動かしてこちらに振り向き直ったダ号目標と目が合った。
 お前何やった――――その表情からはそう読み取れた。が、そんなのこっちが聞きたかったしわざわざ敵に教えてやる義理も道理も無かったが、無視は良くないしここは皮肉で返すべきが指揮官としての義務かつたしなみだと考えた水野は金剛に命じて返答を返す。

 伝統と格式ある中指一本立ち。

 それに怒り狂ったのか、まだ無事な方の片腕をついて立ち上がろうとする。失敗。先程よりも早く、さらに酷い崩れ方だった。
 それを見ていた超展開中の愛宕が何をトチ狂ったのか、沖合の軽巡洋艦『天龍』――――203艦隊の総旗艦だ――――を両腕で掴み、頭上に掲げ、そして上空高くに放り投げた。
 空中の『天龍』が掟破りの本日2度目の超展開を実行。自由落下の勢いそのままにダ号目標の背中に突撃する。愛宕もその後に続いた。
 傍から見れば、超巨大なお馬さんごっこだ。まるで意味が解らない。
 ホワイトノイズすら返さなかった金剛の通信系に砂嵐が混じる。否、音声データだ。

『 水野  佐! コイツ、陸に  っ タカアシガ  とヵ、 クジラ   同  ! 自重で  れて !!』

 一方通行の超強力な志向性の電波送信にも関わらず、歯抜けもいいところの、砂嵐交じりの短い接続。だが、水野と金剛が最後の1アクションを起こす動機となるには十分だった。

【金剛ォォォォォォォゥ!!!!】
【Sir! Yes!! SIR!!!】

 中枢区画の維持に使う電力すら唯一動く左腕に回して、出来損ないのバネおもちゃのように金剛が宙に跳ぶ。
 ダ号目標の頭上に落着。
 軽巡洋艦、重巡洋艦、大戦艦に、そして自重。
 海水浮力の存在しない陸上で、それだけの過重があんなちっぽけな両手両足に加えられているのだ。例え絶対無敵に等しい装甲を持っていようとも、最後に待つのは重量過多による圧潰・自滅という結末である。そう、陸に上がったタカアシガニやクジラが動けず立ち上がれず、ぐしゃりと潰れるように。
 それを本能的に理解したのか、ダ号目標が四つん這いのまま何とか海へと戻ろうとする。それをダ号目標の上にまたがる3人が頭をハタく、尻を叩く、腰の上でぴょんぴょん飛び跳ねるなどして妨害する。
 ハタから見るとダーク♀お馬さんごっこでしかないが、やっている方もやられている方も、どちらも必死なのだ。あ、ほら。ダ号目標がとうとう口の端から瘴気の代わりに泡吹いた。
 崩落。
 地響きと砂煙と共に、三度目の静寂が戦場にやってくる。

『……MidnightEye-01よりAllFleet. MidnightEye-01よりAllFleet. 目標からのPRBR反応を確認できず。繰り返す。目標の完全沈黙を確認!』

 さらに静寂。ややあって、周囲が大歓声に包まれる。その一言を待っていたかのようなタイミングで金剛の超展開が強制解除される。
 その時を待っていたかのようなタイミングで、上空から、小型飛行種数匹が金剛目がけてウミドリ・ダイブを仕掛けてきた。

『あ』

 艦隊が芥子粒以下の大きさにしか見えず、音も届かないほどの高度からの、太陽を背にしたほぼ垂直の急降下。連戦の疲労と勝利の隙を狙った、そのまま教科書にでも乗せられそうなほど理想的な襲撃。
 最初にそれに気が付いたのは、赤城だった。限定的ながらもAWACSとしての機能を有するMidnightEyeは、その限定された機能の殆どを対艦・対潜哨戒能力に割り振っていたので責めるのは酷であった。
 かつての己――――正規空母としての赤城――――も沈められた憎き状況。敵機直上。赤城の憎しみは、誰のどの電気信号よりも圧倒的な速度だった。
 心臓が膨らむ、自我コマンドの命を受けた迎撃部隊が発艦体制をとる、対空砲座の3次元照準が始まる、ターゲットエコーは3、いや4、くそ、太陽が邪魔だ。
 心臓がしぼむ。赤城の敵意が激発信号をトリガする。
 対空砲座が火を噴いた瞬間、4機が左右二手に分かれた。ピーナッツブレイク機動。文字通り、落花生の殻を二つに割って、中身を落とすような回避・投下機動。
 空飛ぶ落花生の中身は、対艦用の爆弾だ。

『――――――ッ!!』

 対空砲座が、落とされた4発中2発の空中迎撃に成功。1発は誰に当たる事無く海中に落ち、最後の1発は弾がかすった拍子に軌道が逸れ、よりにもよって赤城の飛行甲板のド真ん中に直撃。
 赤城の意識が恐怖で凍る。
 ここでようやく状況を飲み込めた他の面々が慌てて再配置につく。

「あっ、赤城! そ損害報告!!」
『ぶ、っぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶじでででででっでででです! ふ、ふは、ふはははははははつだん! ふは、不発弾です!!』

 飛行甲板のド真ん中に大型爆弾のケツだけが生えているという、大層シュールな光景であるが、笑ってはいけない。そのすぐ真下では妖精さん達が大慌てで飛行機用の燃料が詰まったドラム缶や弾薬箱を避難中なのである。声色からでも赤城が青ざめているのもよく分かるものである。
 そうこうしている内にも、メナイ少佐の有する戦闘機部隊の生き残り達が、手早く逃げの一手を指した小型飛行種達の追跡と迎撃に出向いていた。
“飛行種の連中は柔っこいし、速度も無いから東の連中に比べたら可愛いもんだぜ”とは、追撃から帰還した一人、Kerberos-13の後日談であるが、そんなの絶対嘘だろうとその話を聞いた203艦隊の面々は思っていた。

『MidnightEye-01よりAllFleet. MidnightEye-01よりAllFleet. 周辺海域にPRBR反応無し。AllClear. 繰り返す。周辺海域にPRBR反応無し。AllClear.』

 その報告を聞いたメナイ少佐は一度大きく頷き、全周波数帯で宣言した。

【うむっ。作戦終了! 我々の勝利だ!!】







 本日の戦果:(左から順に201艦隊、202艦隊、203艦隊の成果を示す)

 駆逐イ級        ×42、32、68
 駆逐ロ級        ×41、39、73
 駆逐ハ級        ×40、33、59
 駆逐ニ級        ×1、4、12(※大多数は作戦行動中に随時逃走)
 軽巡ホ級        ×18、45、12
 軽巡ヘ級        ×15、55、20
 軽巡ト級        ×12、25、18
 雷巡チ級        ×5、25.5、1.5
 重巡リ級        ×4、15.5、3.5
 軽母ヌ級        ×4、1、0
 戦艦ル級        ×2、1.5、0.5
 戦艦ル級(未確認変異種)×0、1、0
 小型飛行種       ×100強(※小型飛行種は撃墜手当に含まれず)

 各種特別手当:

 大形艦種撃沈手当
 緊急出撃手当
 國民健康保険料免除

 以上




 本日の被害:

 軽巡洋艦『天龍』:大破(右兵装保持腕機能停止、魚雷発射管脱落、艦内浸水・一部漏電、一部装甲の断裂・応力異常、超展開用大動脈ケーブル溶解、主機機能不全etc,etc......)
 軽巡洋艦『那珂』:小破(至近弾による一部装甲・艤装の破損)
   空母『赤城』:中破(飛行甲板損傷。爆弾の無力化・撤去作業進行中)
 重巡洋艦『古鷹』:中破(直撃弾による一部装甲・武装の破損、機関部不調)
  駆逐艦『如月』:小破(至近弾による一部艤装の破損)
  駆逐艦『大潮』:健在
  駆逐艦『電』 :健在(203艦隊所属)

   戦艦『金剛』:大破(コア内核以外に無事な所が見つかりません。現地修理不可能。応急処置の上で本土の造船所に送るか、新品の艦体にコアを移植した方が早いです)
  駆逐艦『電』 :小破(202艦隊所属。)

 重巡洋艦『愛宕』:小破(右後方装甲金属疲労、右腓骨ユニット亀裂、主機異常加熱 etc,etc......)


  零式艦戦21型:健在9、 未帰還機9
    九九式艦爆:健在15、未帰還機3  
    九七式艦攻:健在36、未帰還機2

 各種特別手当:

 入渠ドック使用料全額免除(※1)
 各種物資の最優先配給(※1)
 勲章授与(※2)

 以上


 ※1 基地の備蓄資材が枯渇しています。大本営に連絡を取ったので、追加物資が来るまで頑張ってください。

 ※2 第202艦隊総司令、水野蘇子中佐および、第203艦隊所属、艦娘式古鷹型重巡洋艦1番艦『古鷹』
 以上2名の類稀なる武勇奮戦を賞し、銀剣突撃徽章を授与するものとする。





「整備班長殿?」
「おお、来たか水野」

 この島の地下洞窟を対爆コンクリートで拡張改造して建造された、ブイン基地唯一のドライドック。そこでは現在、戦艦『金剛』の応急処置が急ピッチで施されている最中だった。
 唯一の、という言葉が示す通り、このドライドックの定員は1隻までである。
 常識的に考えれば、こんなガラクタ同然の金剛ではなく、掟破りの2回連続での超展開を実行した事により、ガラクタの一歩手前で踏みとどまっている天龍の方を優先して修理するべきなのだが、それは言わぬが花というものだろう。

「申し訳ありません。私の我儘を通して頂いて」
「なぁに。良いって事よ! お前の嫁さんはこの基地一番の大役者様じゃあねぇか! だったら、開演前と終演後の化粧に手入れは、俺ら裏方に任せとけってぇんだ! ……ところで、だ」

 スパナ片手に腕を組み、自分の言葉に酔っていた整備班長殿が、急に声と顔を真面目なものに変えた。

「ついさっき、サルベージされたっていう金剛の主砲塔群がこっち入って来たんだがよ……お前さん、いったい何と戦ってたんだ?」
「は?」

 整備班長殿がおーい、と手を上げて合図をする。天井付近の暗がりに、人間の胴回りくらいはありそうなブッ太いチェーンによって吊り下げられていた鋼鉄の塊がゆっくりと降りてくる。戦闘中に大爆発を起こしたためにやむなくアタッチメントごとパージした、金剛の主砲塔群だ。その周囲にへばりついている、“ボコボコと泡立つクリーム色の粘液”は、高速修復触媒だ。保存容器がそのまま掃除用のバケツの形をしているため、提督諸氏からは単に『バケツ』と称されることが多い。
 ひどく特徴的な壊れ方をしていた。
 艦娘状態、あるいは超展開中の金剛と相対する形でこの主砲塔群を見た場合、まず右側面が最もひどく破壊されているのが見て取れる。原型らしい原型などほとんど残っておらず、内から外側に向かってめくれ上がり、弾け飛ぶような破壊痕は、まるで悪魔の花が咲いたかのようにも見て取れる。
 次に、左側面。こちらはほぼ無傷であるが、一か所だけ大きな穴が開いているのが見て取れる。装甲が内側に向かって破断している事と、右側に向かって真っすぐの穴が開いている事から、ここが敵砲弾の直撃箇所であり、砲弾は左から右にそのまま抜けていったのだと見て取れる。

「こ、これは……!!」
「主犯は護衛の駆逐種だって聞いてるが、そりゃウソだろ。どう考えても」

 ほれ、あれが5inch単装砲の直撃痕さね。と指さす整備班長殿の視線の先、そこには、今しがたの大穴などとは比べるのもおこがましい、小さな凹みがあった。
 今の大穴を握り拳だとすれば、この凹みはせいぜい小指の爪サイズだ。

「5inch単装砲じゃあ威力も口径もちと足りんな。やるんだったらもっと大口径で速度の出る徹甲弾か……いや、今の人類だと運動エネルギーミサイルでも無いと超水平射撃でコレの再現は、いや待て待て……」

 スパナ片手にブツブツと独り言を呟きながら己の世界に没頭し始めた整備班長殿を余所に、水野はその傷跡を呆と眺めながら立ち尽くしていた。
 水野の記憶がフラッシュバックする。

 1年前の大侵攻。際限無く湧く雑魚の群れ。焼けつく砲身。別働隊の配置はまだか。電からの補給。最後の予備砲身。無線封鎖中の龍驤からの緊急通信。敵増援。殲滅。さらに大規模増援。全て潰す。作戦終了。海上・海底捜索。応答の無い周波数。発見された駆逐艦『響』の前半分。艦首付近の大穴。内側から破裂したかのような艦尾周辺。

 無意識に水野が呟く。

「響達を殺したのは……ダ号じゃ、ない?」



「メナイ少佐」

 クリップボード片手に現場で撤収作業の指示を出していたメナイ少佐の元に、一人の男が現れた。奇妙な格好をしていた。戦闘機乗り必須のフライトスーツを着込み、ヘルメットまで被ったままの姿をしていた。
 最後の最後に奇襲を仕掛けてきた小型飛行種の追跡に向かえた唯一の追撃者で『Kerberos-13』のコールサインで呼ばれていた男だった。
 さらに奇妙な事に、Kerberos-13は両手にそれぞれ奇妙な荷物を持っていた。機体側のデータディスクと、墜落時に回収される記録装置――――ブラックボックスだった。

「どうした?」
「お話があります。ここでは話せません」
「解った。……ハナ!」

 メナイが、耳に挟んだ小型の無線イヤホンでCallした。接続先は、今二人が立っている足元の持ち主である重巡洋艦『愛宕』(メナイ少佐はハナと呼称)である。

【提督、じゃなくてパパ、どうしました?】
「お前の会議室を使いたい。開けておいてくれ。何らかの指示が必要な時は私の副官に仰ぐように皆に伝えてくれ」
【わかったわ。お掃除の皆さんにはそこだけ切り上げてもらっておくわ】
「助かる……では行こうか」
「はい。了解しました」

 見事な敬礼を返したKerberos-13がメナイの後に続く。


「さて。部屋の入り口には鍵を掛けたし、窓も無いし、スタンドアロン端末もここには用意されている。内緒話には最適だな」
「はい。少佐殿。では端末をお借りします」

 口数少なく、Kerberos-13がデータディスクを立ち上げた端末に飲み込ませる。ややあってビューアーが起動し、ディスクの中身が再生され始めた。
 カラーなれど画質不鮮明。音声データ無し。ガンカメラによる映像のようだった。

「先の追撃戦の映像です」

 メナイは無言で映像を見る。Kerberos-13も余計な口を挟まない。映像の光景は淡々と進む。
 ボギーは4機。ピーカブーREADY、アイスハウンドREADY。FOX2、FOX2。ブレイク。スプラッシュ2。ボギー1減速。エンジントラブル? Kerberos-13、GUN。BINGO。最後のボギー4。右急旋回。急旋回。急旋回。ボギー4とKerberos-13の根競べ。ドッグファイト。さらに続く急旋回。
 ボギー4の軌道がブレる。速度が落ちる。FCSが照準。ターゲットマーカー出現。ボギー4急上昇。Kerberos-13も追従。太陽の光でカメラとIRセンサが漂白される。ピーカブーもアイスハウンドも先のFOX2で品切れだ。
 狙ったかのようなタイミングでボギー4が急減速。コブラ。瞬く間にフルスロットル状態のKerberos-13が追い抜く。Kerberos-13も急旋回。追撃の手を恐れて速度が落せない。ボギー4は遥か眼下。
 それでも追跡続行。ボギー4はもうほとんど水平線の辺りだ。その先に、敵空母がいた。
 ガンカメラが自動的に最大倍率。更に不鮮明になる画像。形状から察するに、軽母ヌ級。上顎を反対側まで倒した着陸態勢を取っているのが見て取れた。その滑走路代わりの口の中。

 何か、いる。

 不鮮明なKerberos-13のガンカメラからでは、人の上半身のようにも見えた。頭のような部分からは、放熱索のような、細長い何かの束が生えていた。そう、ちょうど、人の髪の毛のような――――
 小型飛行種を格納した軽母ヌ級が口を閉じる。そのまま垂直に急速潜航。
 Kerberos-13が端末を操作。映像を停止させる。

「……Kerberos-13、今の事実は他に誰か?」

 メナイの表情は、最早驚愕と言って差し支えないものだった。

「はい。少佐殿。自分と少佐のみであります。記録も、このディスクとブラックボックスだけであります」
「よろしい。君も他言無用だ。そのデータはこちらで預かる」
「はい。少佐殿。それともう一つ、奇妙な事が」
「何だ」
「はい。その軽母ヌ級がいた海域なのですが……IFFは第202艦隊を示していたのです」

 ちょうどその時Kerberos-13に背を向けていたメナイがどんな表情をしていたのか。
 それは、誰にも分らない。






 本日のOKシーン1


Q:基地司令がブリーフィングで言っていた応援とは何だったのですか?

A:拷問だ! とにかく基地司令を拷問に掛けろ!!


『いたか!?』
『いや、この部屋のどこかだとは思うのだが……』

 ちょうどその時、ブイン基地の基地司令は、己の執務室の片隅にある汎用ロッカーの中に隠れて息を潜めていた。
 待て。落ち着け。話せばわかる。
 そう言ってここを飛び出す事が出来ればどれほど楽か。普段なら、まぁ、骨の2、3本で済むだろう。が、今回は無理だ。殺される。あれだけ絶体絶命のピンチに、あれだけの大見得切っといて何もしなかったのだ。何もされなかったらむしろ罠の存在を疑う。
 だが、本当に何が起こったのか今でも解らないのだ。

 この基地司令が応援を求めたのは、横流ししている金(キン)の最大の取引相手、ガダルカナル島のリコリス飛行場基地の基地司令である。あっちの基地司令も相当のワルで、飛行計画をいじくれる立場にあるので色々と後ろ暗いお客さん達のフライト計画でコツコツ銭を稼いでいたらしい。
 そしてこちらは一攫千金の代名詞である金を、あちらからはお客さん達からの代金である武器弾薬や燃料、ちと国際法的にアウトなお薬などを融通してもらっていたのだ。
 そして今回、ブインの基地司令は支払いの焦げ付いていた前回の取引のツケを支払いも兼ねて、今回の作戦に援軍として無理矢理リコリス防空隊の連中をねじ込んでやろうと画策しており、意気込んで無線機に飛びついたのだが、

 ―――――リコリス? ソレガ、 ワタシノ、 イマノ、 ナマエ?

 その声が耳に入った瞬間、本能的に通信機上部に増設した自爆ボタンを押した。使用していた周波数帯には軍用出力のアクティブジャマーが突っ込まれたし、こちら側のログも火薬と酸で物理的に消去されたし、そもそもこの通信機自体がある種のリモコンであり、実際の通信には自前で無人島に敷設した偽装百葉箱(勿論自爆済み)を経由して通信していたので絶対にこちらの正体はバレないはずだ。

 ―――――ステキナ、 ナマエネ。 ヘンダーソン、 ヨリ、 ステキ。

 だというのに、あの、誰の物とも知らない女の声が耳にこびりついて離れないのだ。
 そう、今にも、このロッカーを開けてこちらにその手を――――

『いたぞ、この中だ!!』

 その後、ロッカーの中で体育座りをしてしめやかに失禁かつ失神していた基地司令が発見された。
 その姿はあまりにも哀れだったのか、それとも流石に拷問はやりすぎだと思ったのか、関係者一人につき一発(凶器持ち込みOK)で何とか許してもらえたそうだ。





 本日のNG(没)シーン


 ダ号目標破壊作戦終了から数日ほどたったある日の事である。
 銀剣突撃徽章を授与することになった水野と古鷹は、何故か基地司令の執務室でも、要人歓迎のために桟橋でもなく、通信室に呼び出されていた。
 何故か。
 その理由は、今まさに二人の手の中にあった。

「……あのー、水野中佐? 勲章の授与って、普通こういうやり方なんですか?」
「い、一年前の時は、普通に偉い人から手渡しで貰ったのだが、流石にこれは……」

 絶句する二人とその周囲の野次馬ども。
 彼らの手の中には、A4サイズのコピー紙が一枚ずつ収まっていただけである。その表面には、件の銀剣突撃徽章をビロビロに押しつぶしたようなものが最高画質でプリントアウトされており、その周囲にはわざわざご丁寧にも『のりしろ』『キリトリ』『やまおり』『たにおり』の文字や点線まで入っている始末である。
 故に、

「「「子供雑誌の付録かよ!!!」」」

 ……故に、怒った水野と古鷹がこの紙切れをズタズタに引き裂いてしまったとしても、それはやむを得なかったのだ。とは一応の弁明をしておく。あんなのでも正式な勲章であるわけだし。


























 本日のOKシーン2

【……お、戻ったん君だけ? お疲れやねー。……ホンマやなー。姫さん、話が違うっすよ。あの子は特別やー、て言うとったやないの。ねー? ……お、慰めてくれるん。ありがと。ほな、追撃隊が来る前に戻ろか? ……やっぱ水野少佐はカッコええし、強いなぁ。ますます惚れてまうなー、もー! 金剛はんやのうて、ウチの方に絶対振り向かせたるでー!】

 今度こそ終れ。



[38827] 【不定期ネタ】嗚呼、栄光のブイン基地【艦これ】
Name: abcdef◆fa76876a ID:9f5c6e5e
Date: 2014/02/22 22:49
※いつも以上にオリ設定増し増しです。
※『オラの○×さによぐも! 許゙ざん゙!!』な事になっているやもです。オー、ソーリー。
※人によってはグロテスクかと思われる描写が何気にあります。ご注意ください。
※戦術? 戦略? 地理? 何それ、おいしいの?
※(2/21初出。2/22追記:一晩おいて読み直してみたら何かいろいろと酷かったので誤字脱字修正)





 運用上の注意:

1:
 この娘は実弾を搭載した軽巡洋艦です。艦内は火気厳禁です。喫煙は喫煙所で。
2:
 仕様上の都合により、圧縮保存(艦娘)状態から展開する際にクラス3の熱衝撃波を発生させます。展開は周囲に味方と遮蔽物の無い海域で。
3:
 現地での再生建造の際にはお好みの分量の資材を投入してください。ぶっちゃけ余った資材でもコアに喰わせときゃそれなりの確率で自己再生します。
 それでも駄目な場合はお手数ですが、お近くのTeam艦娘TYPEまでご連絡ください。黒服が回収に参ります。
4:
 この娘は特例として、モジュール構造を採用しております。
 艦娘化しての入渠が不可能なほど損傷がひどい場合の修理には、破損したモジュールを取り外して新品の物と交換してください。
 最悪別の艦種のモジュールでも動作・運用は可能ですが、カタログスペックの保証は致しません。
 各モジュールごとの組み立て・連結には付属の用紙を参照してください。
5:
 圧縮保存(艦娘)状態では、とても頑張り屋さんで賑やかな子です。散々可愛がってやってください。
6:
 深海凄艦化したこの娘から切り出したコアは、真水か海水などで綺麗に水洗いすればそのまま再運用いただけます。
(※ただし平均汚染深度3.8未満に限る)

 そして……

7:
 できれば……過度のストレスや疲労を慢性的に蓄積させないこと。
 彼女は見た目以上に健気で一途なので容易には深海凄艦化しませんが、深海凄艦化した場合、その反動で恐ろしい怪物になる恐れがあるので注意する事。


                ――――――艦娘式川内型軽巡洋艦3番艦『那珂』運用上の注意ボツ草案より(原稿草案:Team艦娘TYPE 草餅少佐)






 今を遡る事数日前の事である。

『提督、ブイン基地とショートランド泊地から救援Callが来てるわよ』
「構わん。無視しろ」

 ダ号目標破壊作戦が最終段階――――ブイン基地の皆でダーク♀お馬さんごっこをやる少し前――――を迎える頃、ブイン基地より北西に向かった先にあるニューブリテン島、ラバウル基地では、比較的穏やかな空気が流れていた。
 本日のラバウル近海は晴れ。ところによる強風や天気の崩れも無く、穏やかな一日になるでしょう。
 天気予報でそう発表されていたラバウルの海を、大小2隻の艦が静かに進んでいた。

『……酷い事言うのね』

 その大きな方、艦娘式長門型大戦艦2番艦『陸奥』が批難するかのように艦内放送で己の艦長席に座る提督に呟いた。対する提督の方も後ろめたさがあるのか、陸奥の呟きに被せるようにしてやや口早に言った。

「し、仕方なかろう。主力艦隊の皆は今、本土からの大型タンカーの護衛に回っているんだぞ。今基地に残ってて、まともに動けるのはお前と雪風だけなんだぞ。仕方なかろう」
『大丈夫。シーレーン防衛の重要性くらい知ってるわよ』

 その割には、切り捨てるのには即答したわよね。と心の中だけで付け加えた。

「それでなくとも、ここ最近は基地襲撃が多いんだ。今までみたいな散発的なものでも、今日みたいに人手の無い時を狙われたら洒落にならんぞ。それにだな――――」
【しれぇ】

 さらに何事かを言い続けようとしていた提督の言葉は、無線越しに伝わった短い言葉によって遮られた。

【しれぇ、何か、来ます】

 駆逐艦『雪風』
 それがこの、舌っ足らずの少女の声の持ち主である。艦娘状態でのナリも大体そんなもんだ。だが、そんなナリでも声でもその本質は、かつての世界大戦をほぼ無傷で潜り抜け、大往生ともいえる最期を迎えた歴戦の艦である。
 そんな雪風が発した短い警告に、提督も、陸奥も、気持ちを即座に切り替える。

「敵か?」
【分かりません。でも、なんだか嫌な気持ちです】
『……』

 なんだか嫌な気持ち。
 雪風の、その曖昧とすらいえないような返答を聞いた陸奥が無言でFCSに弾道検出システムの冬眠解除と、第一、第二砲塔とのデータリンクのコマンドを送る。提督も、何時でも射撃指示が出せるように艦隊共通の周波数に合わせた無線機を握りしめていた。
 静かな緊張。穏やかな風も、波も、その全てがこの場にいる者らの神経を削り取っているかのようだった。
 ややあって。

「……船?」

 水平線の向こう。雪風が依然として警戒している方角から現れたのは、一隻の、今にも沈みそうなほどボロボロの艦だった。ただ、不思議な事に、そんなオンボロ艦のくせにその進みには危なっかしい所などどこにも無く、むしろ進水式を終えたばかりの新鋭艦のようにしっかりとしていた。
 提督も、陸奥も、その違和感に気が付いていなかった。

「いかん! 沈んでしまうぞ!!」
『提督、カッターボート降ろ……って、雪風ちゃん、何やってるの!?』

 今にも沈みそうなその艦に対して、雪風が問答無用で主砲の10cm連装高角砲を発射。2発の直撃弾が、今にも沈みそうなオンボロ艦の装甲によって弾かれた。
 雪風の突然の凶行に慌てた提督が提督権限によって雪風のFCSに割り込み、次弾発射を強制中止させる。

「な、何やってんだ!? 雪風、止めろ!!」
【それはこっちのセリフです! しれぇ、何で止めさせるんですか!? そこに、そこにいるんですよ! 見えないんですか!?】

 雪風が沈静化させられたFCSを再活性化。提督がそれを上位権限でキャンセル。その繰り返し。まるで子供の喧嘩だ。

「怖がるな、雪風。あれは敵じゃない」
『そうよねぇ。どう見てもただの船だし』
【雪風は敵だといってるのです!!】

 提督が陸奥を経由して雪風の索敵系にリクエスト。ナノ秒単位の誤差も無く返答が帰る。

【Device:PRBR_Detector-2014(version.2.18)/Negative-Flat.】

 PRBRデバイスに反応無し。
 なら共生派の自爆テロか? と提督は想像し、雪風に確認しようとした。
 だが、件の艦の艦首がゆっくりと天を向き始めたのを見た提督は、最悪だ沈没しはじめたぞ、とボヤきながらも救助艇の派遣を決心した。

 次の瞬間、滅茶苦茶に最悪な事が起こった。

 まず初めに、雪風に搭載された最新式の電子式PRBR計測器が原因不明のオーバーフローを起こして全ての回路がショートし、完全に沈黙した。
 次に、それとほぼ同時に、近代化改修の一環として陸奥の艦橋内に増設された簡易のPRBR検出器(薬液反応式)も突沸によって爆発した。
 この方式の検出器は深海凄艦が発するパゼスト逆背景放射の距離や線量に反応して薬液が沸騰・変色する使い捨てタイプの検出器である。不意の遭遇戦闘が当たり前だった開戦初期の頃は兎も角、アクティブかつ、より広範囲・より高精度での索敵が可能となった現代では故障の少ないお守り程度の期待しかされていない。
 だが裏を返せば、そんなお古ですら破裂するほどに強力なパゼスト逆背景放射を検出したという事は、よほど強大な深海凄艦が、よほどの近くに突如として現れたという事実を示しているのである。
 少なくとも、戦艦ル級程度には強力な存在が。
 最後に、転覆を始めたオンボロ艦の艦首がとうとう天を向き、船底を大気に晒し、爆発的な閃光と轟音があたりを包み込む。
 提督も、陸奥も、目の前にて現在進行形で起こっている異常事態にまだ気が付いていなかった。

 閃光が晴れたその海には、大小2つの艦と、1つの巨大な――――それこそ戦艦にも匹敵するような大きな――――人影があった。

 完全な人型。死人色の肌。上半身のみの水兵服。水着とも下着とも見て取れる、下半身の破廉恥な紐(紫のレース付き)。実際豊満なバスト。
 雪風に搭載されていた最新式の電子式計測器が焼死する直前に送信してきたデータは、脅威ライブラリ内にある、どの深海凄艦の数字とも一致していなかった。強いて言うなら、最近各地の戦線で確認され始めたという各種深海凄艦の亜種『タイプ=エリート』――――特に、戦艦ル級のそれと――――が、一番近い数字と波形だった。

「何……だと……!?」
『嘘、何で深海凄艦が超展開を……!?』

 その正体不明な深海凄艦と、陸奥の艦長席に座る提督との目が合った。
 その深海凄艦は優しく微笑みはしたが、その視線の奥には侮蔑や嘲笑に近いニュアンスがハッキリと見て取れた。

「し、島風よりも破廉恥とな!?」
『そんな事言ってる場合じゃないでしょ!?』

 正体不明の深海凄艦(紫のレース付き)が拳を握る。振りかざす。提督と陸奥が悲鳴を上げるよりも先に回避運動を取るよりも先に主砲の41センチ連装砲を向ける。雪風が主砲と魚雷の斉射で時間を稼ぐ。
 かつての雷巡チ級の初出現時にも匹敵する、最悪の超零距離白兵戦が始まった。






 nAKaちゃんがいろんな海域やいろんなレシピでぽこじゃか出てくる理由を考えたら、上のような『艦隊のアイドル=AKライフル的信頼感』になったでござる。
 が、そんな事よりも大和狙いで大型建造やってたら急に陸奥になるビームを何発も飛ばして開発資材も備蓄資源もほぼカラにしたのは誰ですか先生怒らないから出てきなさい今ならまだながもん出てきたので14送りか、ダンジョンの奥地で可愛い可愛いウサギさんの群れとじゃれ合うかのどちらかだけで許してあげますから。記念の艦これSS

『嗚呼、栄光のブイン基地 ~ ケンカの勝ち負け』



「マスクフィルター仕事しろよ」

 ダ号目標破壊作戦終了後から数日後の現在、井戸はリプリー2型パワードワーカーを着込んでえっちらおっちらとチェーンソーで死肉を切り刻んでは海の中に放り込んでいた。撃破したダ号目標のサンプルを取るついでの残骸処理である。
 サンプル採取後は駆逐艦『如月』に最近搭載された対艦用火炎放射器で消毒する案もあったにはあったが、これだけの巨体に火を付けるとなると、タダでさえ足りない燃料を大量に消費した上に延焼した際の被害もシャレにならないことが容易に想像できたため、やむなく手作業による解体・海没処置が取られることになった。
 今更言うまでも無い事だが、ダ号目標の残骸は、超が付くほど巨大である。
 そして、この解体処置作業に従事しているのは、第203艦隊の総司令官こと、井戸 枯輝少佐一人のみである。

「……もう機密とか全部ガン無視して、人足のバイト募集のチラシでも作っときゃよかった」

 もちろん理由はある。
 同艦隊の総旗艦である天龍は、掟破りの2回連続での『超展開』を行った事により主機と大動脈系ケーブル類に致命的な損傷が発生。この島唯一のドライドックで金剛が応急修復中の現在、完全に火を落とされた状態で係留アンカーで港湾内に艦体を固定して絶賛停泊プレイ中である。
 203の頼れる勲章持ちである古鷹は現在、大本営向けの追加の陳情書の作成や、僅かに残された各種物資の再配分の計算、各種防衛設備の復興計画書の作成に、誤搬入されたアイテム類の整理――――使えそうな資材が合ったら丸ごとギンバイするつもりだったのだが、井戸や天龍でも知ってるくらいに有名な、今では入手困難な発禁・絶版モノの写真集や著書の類ばかりだった――――に追われている。
 無論、他の優先すべき仕事から処理しており、確か今日で3徹目である。何の前触れも無く『ここはとてもいい部隊ですね』だの『提督慌てないで。まだ慌てるような時間じゃない』だの『加古は大丈夫?』だのと、誰もいない空間に向かって呟き始めた頃である。因みに現在、当ブイン基地に重巡『加古』は所属しておりません。
 これ以上の無理は流石に忍びないと井戸も理解していたので睡眠薬入りの差し入れ(飯対比2:8)を食わせて現在、強制的に仮眠を取らせてある。ここで無理をさせて倒れでもしたら、本当に203艦隊の事務仕事が停滞してしまうのだ。井戸、お前仕事しろよ。

 状況によっては203艦隊の臨時指揮を執る事もあり、同艦隊の中では何かと損傷の少ない正規空母『赤城』は現在、井戸からの命令により食っちゃ寝を繰り返している。

 そこ、落ち着け。話はまだ途中だ。
 誤解のないように正確に状況を示すと、基地機能の復旧にはどれだけあっても足りない燃料調達の一環である。
 具体的な手順を言うと、圧縮保存(艦娘)状態で燃料補給を兼ねた食事を済ませ、仮眠をとって消化を促し、ある程度腹がこなれたら沖合で元の姿――――空母としての『赤城』の姿へと展開・解凍作業を実行するのだ。そうするとあら不思議。正規空母『赤城』は、燃料満載の状態でその姿を顕現させるのだ。そして同海域にて待機していたメナイ少佐麾下の給油艦に満タン状態の燃料を配布。それをガス欠になるまで繰り返した後、再び艦娘化して餓えた腹を満たし、再び沖合で……といった具合の無限ループを実行中なのである。ブイン島のヤシとヤシガニが絶滅に向けてマッハである。
 もしも対外的に知られたら、OPEC全加盟国から先制核攻撃されかねない錬金術まがいの裏ワザである。しかし、こんな事をしなくてはままならないほどに逼迫しているのもまた、事実なのである。
 損傷の少なかった如月と202、203艦隊の電達は現在、先の大戦闘の際に主侵攻ルートから外れていたために破壊を免れた早期警戒用のスマート機雷群(基地司令の密輸入品その1)の再配置のため島を後にしており、あと半日は帰らない計算である。
 そして、先の戦闘でも損傷少なく、普段から地方巡業(資源輸送 and/or 輸送艦護衛)を十八番にしている大潮と那珂は、今まさに八面六臂の大活躍の真っ最中であった。

(そういえばそろそろ出港する時間のはずだが……全く、連絡くらい入れんか。あの二人は)

 具体的に言うと、先の戦闘で圧潰し、細かく砕けたダ号目標の装甲や肉片の一部を回収して然るべき処理を施した後に、サンプルとして(ここから見ると)後方にあるラバウル基地まで輸送している最中である。あそこなら本土ほどではないにせよ、それなりに大型の研究施設もあるので前線での研究には持って来いだろう。ブイン基地のそれははっきり言って中学校の理科室レベル(※食堂のおばちゃんより業務連絡:台所は実験室ではありません。終わったらお片づけ!)だし。
 部分サンプルとはいえ、深海凄艦側勢力の新兵器である。しかも本土の連中に先駆けて、である。これで心が躍らない研究者はいない。那珂も大潮も、そういう人種の自尊心を上手くくすぐって財布のヒモを緩めさせるのが異常に上手いのである。こちらが下手な指示を出さずとも、明日か明後日にはサンプルコンテナの代わりに武器弾薬に鋼材を満載して帰ってくるだろう。

 ついでに補足しておくと、メナイ少佐は201どころか基地全体の指揮に追われており、金剛分の補給が望めない水野中佐はよくわからないなにかと化しつつあったので、那珂ちゃん達に無理を言ってラバウルに同行させてある。一応はあれでも有名人なので、交渉事の際にはその存在と功績が有利に働くはずだ。多分。
 基地司令の秘書艦である漣は現在、当の基地司令の監視と看病に追われている。
 粛清部隊が基地司令を発見したその瞬間は、ロッカーの中でしめやかに失禁・失神していただけだったのだが、次に目を覚ました時にはすでに発狂しており、何の前触れも無く己の耳の穴に指を突っ込み、鼓膜をズタズタに破壊しはじめたのだ。誰もが突然の凶行に呆けている中、いち早く我に返った漣が連装砲の角で殴って気絶させるのがあと何秒かでも遅れていたらどうなっていた事やら。
 その後もうわ言のように繰り返される『声が、声が』という呟きの意味を調べようにも、基地司令室に設置されていた各種通信機器は、その全てがまるで至近距離からEMP兵器の直撃を受けたかのように例外無く焼き殺されており、データの吸い出しも復旧も絶望的であったため、基地司令が何を耳にしたのか、そしてなぜ発狂したのかは、永遠に闇の中だ。
 長くなってしまったが、解り易く言うと、井戸以外に手の空いてる奴がいなかったから。という事になる。

「とりあえず肉は腐敗始まってるし、もうサンプルにはならないから焼くか流すとして、後は……あー、と。装甲、皮膚、肉、骨、髄、装甲、皮膚にえぇと神経系に体液も採取ったから後は……コアかぁ」

 グチグチと独り言を呟きながらも解体作業の手を止めない井戸。ダ号の肩口にあった小さな裂傷から始めたその作業も、今では身体の中に入り込み、そろそろ心臓――――超展開中の艦娘達ならば動力炉があるあたりに差し掛かる頃である。
 井戸は思う。こんなデカブツを動かすコアは、いったい何を使っているんだ? 金剛級じゃあどう考えても出力不足だろう。なら前の職場で噂になっていたYか? それとも机上の空論で終わってたデュアル、いやデルタ・コアか? いやまさか、深海凄艦側が先に完成させてるとは思えない。いやしかし。ああでもでも。
 当の昔に枯れ果てていたはずの学術的な好奇心がグングンと湧き上がるのを自覚するも、作業の程度やペースを乱さないのがこの男である。

(あー……なんか昔も似たようなことしてたなぁ)
「提督」

 作業の手を緩めぬまま、井戸の心と意識が過去へと旅立っていった。

(そうそう。確かあの時は、ピーナツバターのクソ野郎が『愛宕』の開発ポスト横取りしやがって、鹵獲して用済みになった深海凄艦の精肉加工ばっかやらされてたっけなぁ)
「提督?」

 己のすぐ背後から掛けられた古鷹の声にも気付かず、井戸はさらに思考と作業に没頭していく。

(でも今思うとそれ正解だったな。まさか『愛宕』の素体がメナイ少佐の一人娘だったなんて知らなかったし。いやホント。あの時計画だけ立てて、怖くなって企画書棄てちまって正解だったわ。お陰で精肉チームと軽巡チーム兼業する羽目になったけど)
「提督!」
「うぉとが!?」

 突然背後から呼びかけられた事に思わず飛び上がって驚いた井戸の動きをリプリー2型は忠実に再現。井戸の頭上付近に垂れ下がっていた何かの金属塊に強かに頭をぶつけた。インスタントとは言え、ひとまずの軍人としての訓練を受けた井戸が思わず涙目になってしゃがみこんで呻き声を上げる程度には心地良い音が響いた。
 頭から脛の中ほどまでをすっぽりと覆うタイプのブ厚い抗腐食ゴム製の黄色いレインコートに身を包んだ古鷹が、井戸に駆け寄る。
 涙目になった井戸が古鷹の方に首だけで振り返る。古鷹の目の下には、未だ濃い隈が残ってはいたが、差し入れ当時のような、壮絶としか言いようのない形相は完全にナリを潜めていた。

「て、提督!? 大丈夫ですか……?」
「あ、ああ。これ(リプリー2型)着てて良かった……て、何でここにいるんだ、古鷹? さっきの差入れに盛った薬はまだ効いてるはずだろ?」
「……薬? それは分かりませんが、私が目を覚ましたのが、ついさっきの1800時ですよ? 差入れから、もう半日は経ってますよ」

 半日。

「は、半日だと!? 馬鹿いうな。いくら俺でも定時報告を聞き逃すほどの間抜けじゃあないぞ!?」
「それはこっちのセリフですよ。何度Callしても提督からの応答が無いんですから。何かあったのかと思って、201艦隊のクルーの方に提督の居場所を聞いて、すぐそこでCallしても繋がらなかったから、こうして中まで直接来たんですよ」

 その言葉に、井戸がズボンのポケットの中に入れていた小型端末の電波状況を確認する。

「……圏外? こんな至近距離で? 何で?」
「さぁ。私にはさっぱり。ところで、薬とは何のことでしょうか」

 それは兎も角、いったい何に頭ぶつけたんだ? と、井戸が話を誤魔化そうとして天井を見上げる。固定装備のヘッドライトが狭い範囲を照明する。
 そこには、巨大な円筒形と思わしき銀鼠色の金属光沢があった。
 ホントに何だこれ。

「……何でしょうね、これ」
「少なくとも、骨格ユニットでも例の無敵装甲の破片でもねぇな。色も形も違いすぎる」

 古鷹は左目のサーチライトを、井戸はヘッドライトでその奇妙なオブジェクトの様々な箇所を照らしていく。

「て、提督!」
「ん? どうした、古鷹」
「あ、あれを……!」

 先にコアがある方向を照明していた古鷹が、震える声で井戸を呼んだ。
 古鷹の異様にただならぬ気配を感じたのか、井戸もヘッドライトの照明を古鷹の持つ懐中電灯のそれに合わせる。



 見た。









『……成程。そちらの事情は理解した。本来の補給とは別に、急ぎで手配しよう』
「はい閣下。ありがとうございます」

 ちょうどその時、201艦隊の総司令官であるファントム・メナイ少佐は、彼の所属するオーストラリア海軍の総司令部と、井戸、水野の両名が所属する帝国海軍大本営の両方を同時に通信中継で報告をしていた。先のダ号目標破壊作戦の成功の報告と、それに伴う修理・補給用物資の追加陳情のためである。古鷹の苦悩とは何だったのか。
 たかが一介の少佐風情と侮るなかれ。Z旗に猫と少女の落書きをして二階級降格&ブインへの島流しを食らったファントム・メナイ(元)大佐は、こう見えても同期の中では最速の部類で将官への出世街道を上っていたエリート野郎の一人なのである。大補給用のタンカーブッ壊して同じ部屋で軍事裁判くらいそうになっていた井戸少佐(インスタント)とは違うのである。

『しかし、深海凄艦が超音速戦闘機の開発に成功したとは……』

 オーストラリア海軍側の一人の将校が、メナイが提出した映像――――Kerberos-13から回収した例の映像のラスト付近を少しカットしたもの――――をリピート再生していた。

『これは由々しき事態だ』
『左様。ジェット戦闘機とドッグファイトが可能な飛行小型種だと? 空母娘達が完全に無用の長物と化すわい』
『然り然り。親善目的で帝国から送られてきた我が家のリュージョーが泣いてしまうわい。昨日やっと初めてワシの事を『グランパ』って呼んでくれたんじゃぞい』

 そう、Kerberos-13が追跡の際に搭乗していた重戦闘機『ケルベロス』は、MidnightEyeと同じ、資源不足の昨今では私鉄の近くの公園か、どこぞの博物館の中にでも飾って置いてあるような第5世代型のジェット戦闘機である。平均戦速マッハ幾つなのである。どこぞの軽巡娘と違って、今現在でも世界最高水準の性能なのである。それでも各国が復刻戦闘機を使っているのは単にプロペラ機の燃費の良さを買っているのであり、ぶっちゃけ燃料と資材さえあればそんなポンコツ、誰も使わないのである。
 帝国側の老人達も次々と口を開き出す。

『元々、深海凄艦側の進化によってミサイルや誘導兵器のコストパフォーマンスが著しく悪化したから艦娘や超展開機能が開発されたというに……何でここにきて振り出しに戻るかの』
『ジェット戦闘機相手に対空ミサイルは必須。それが一度に数百単位で運用される飛行小型種相手となると、一戦あたりの予算が……あぁ、頭痛い』
『そもそも、ジェット戦闘機を運用できる最前線の基地なぞ、かなり限定されてしまうぞ』

 老人達の言う通りである。
 ブイン基地の燃料事情が(裏ワザを使っているからだとは言え)異常に恵まれているだけなのであって、他所の基地では機能限定版とは言えAWACS級の早期警戒機やミサイル攻撃機をポンポン飛ばすなどという発想はまず有り得ないのである。良くて一部の艦娘達が搭載している艦載機による支援攻撃や、偵察衛星からの定時撮影くらいのものである。
 呉や佐世保などの内地の艦隊に所属する一部の艦娘式航空戦艦らには、近代化改修の一環として対潜ヘリやVLSを搭載しているという話ではあるが、本土から遠く離れたここブインでは何の関係も無い話だろう。

 閑話休題。

『兎に角、だ。メナイ少佐』
「はっ!」
『貴官の貴重な情報の収集と迅速な報告、真に感謝する。この敵新型に関しては公表の上、こちらでも対策を協議する。以上だ』

 次々とモニタの中の将校達の姿が『Disconected.』の文字に変換されていく。その全ての接続が途切れた事を確認したメナイが、ようやく敬礼の姿勢を崩す。

「……公表、ね。ただし艦娘肯定派に限る。の一言が抜けてるだろうに」

 艦娘否定派の方が古い知り合い多いんだけどな。というメナイの呟きは、暗闇に包まれた無人の部屋の中に溶けて消えた。
 廊下を歩きながらメナイは、尻ポケットから取り出した私物の携帯電話を使い、どこかにコールを始めた。









「……えー。ブイン基地所属の皆さん、ここ数日間の激務、本当に、本当にありが……お疲れ様でした!!」

 その日の夕食時、ブイン基地(という名前のプレハブ小屋)の一階にある食堂に集合した各員――――提督以下、非番の整備班員まで全員(基地司令と看病役の漣は除く)だ――――に、井戸が気合の入った労いの声をかけた。

「「「お疲れさっした!!」」」

 それに返する彼ら彼女らも、大体似たような気合の入れようだった。
 何の事は無い。ダ号目標という南方海域最大の脅威が取り除かれ、おまけに数百単位の深海凄艦が一時に駆逐された事によって周辺海域では(一時的にとはいえ)空運・海運産業が復活。ブインやショートランドのような僻地の基地にも物資がマトモに届くようになったからであり、それらを記念して部下を労うというお題目で開かれた突発パーティが今夜のハイテンションの原因なのである。

「えー、我々が所属する南方海域の各基地や泊地からも、ダ号目標破壊作戦成功への祝電が次々と届いております。これも単に皆様方の……あー」

 スピーチを読み上げ始めた早々、無数の殺気立った視線が突き刺さった事を自覚した井戸は一度咳払いをし、

「一航戦、赤城! 並びに野郎共!!」
「「「は、はい!」」」
「俺が許す! 吐くまで飲め! そして喰え! お残しは許さん!!」
「「「さっすがー、井戸提督は話が分かるッ!!」」」

 井戸のその一言が切っ掛けとなり、乾杯の合図も待たずに誰も彼もがテーブルの上に積まれた酒と肉に殺到する。
 ワイワイガヤガヤなどという甘ったるいものではない。料理を取った時にテーブルとわずかにぶつかる皿の音。一航戦の赤城が板チョコのアルミを齧る音。喰い終わったチキンの骨が山となって皿の隅っこに積まれる音。スパナの代わりに酒瓶抱えた整備班長殿による調子っぱずれどころでは済まされないホンキートンキー。空のグラスとお箸による即席ドラムの8ビート。踊る妖精さん達。乱雑に積み上げられる空の皿。パイを喰って手近なものを片っ端から複製していく妖精さん達。飛び交う酒瓶とおツマミと歓声と罵声。訳も無く始まるケンカ。ナスのテンプラをこっそりと避ける二人の電。上がるテンション、上がる血中アルコール濃度。飛び交う応援と艦娘サイズの艦爆機。ホワイトボードに殴り書きされたオッズ表。
 それら全てが圧縮され、ずどどどどどど、と言った具合に、雪崩か何かのような間断の無い音と衝撃になっているのだ。
 慰労会という名前の宴会が半ばに差し掛かる頃になると、もう誰がどこで何をしていても気にならなくなってくる。

 その喧騒から、いつの間にか3人の提督達の姿が消えていた事に気が付いた者は、誰もいなかった。




「さて、それではブイン基地のデブリーフィングを始めますか」

 そんな大喧騒を二件隣に追いやり、火元責任者不在のまま放置されている基地司令室の中では、井戸水野メナイの3提督と、漣が難しい表情をして互いに顔を寄せていた。彼らが睨み付けるその視線の先には、部屋の床いっぱいに広げられた世界地図と、俗に言う南方――――ラバウル以南の――――海域の海図があった。
 海図の方は見てくれこそ古き良き紙媒体の海図そのものだが、その実も古き良き紙媒体の海図そのものである。
 一方の世界地図の方はよく見ると、四隅の一つからUSBケーブルが伸びており、通信室から急遽持ち込まれた端末につながっていた。世界各地の対深海凄艦戦線の状況が、リアルタイムで更新され、表示されるという最新型の軍用世界地図(基地司令の密輸入品その2)だ。

「……あれ? 漣さん、基地司令の監視もとい看病は?」
「ご心配なく。水野中佐。先程井戸少佐から頂いた睡眠薬を盛って、拘束具でご主人様の口と両手両足を縛っておきました。念のためにもう一度連装砲の角で後頭部を殴っておきましたので、朝までは大丈夫かと」
「アッハイ」

 怖ェ。仮にも自分の直属の上官にやる事じゃねぇだろ。とその場にいた男3人が心の中だけで震え上がった。

「そんな事よりも報告を。私の仕事、ブイン島のブイン基地の書類だけしか終わってないんですからね。ブーゲンビル島のブイン基地の方はまだ目を通してもいないんですから」

 妙に冷たく感じられる漣の視線と声に男三人が居住まいを正した。二重帳簿かよ。道理で辺境の基地にしちゃ備蓄が潤ってると思ったら。ていうかブーゲンビル島ってどこだよ。という男三人の呟きは、良いじゃないですか足りないよりは。どうせ始めたのご主人様ですし。という至極真っ当な反論によって封じられた。

「……まぁいいか。誰も損してないしな。それでは私、メナイ少佐より報告します。帝国海軍大本営からは新型の艦娘を含めた追加の増援を。我がオーストラリア海軍総司令部からは支援物資の追加補充の確約を取り付けました。艦娘はかつての203のイナズマと同じくラバウル経由の空輸で。物資は一度ガダルカナル島のリコリス飛行場基地を経由してから同じく空輸で送られてきます」

 その報告が聞こえた訳ではないだろうが、宴会場から一際大きな歓声が沸いた。ウィナー、アカーギー、16リットルー。という謎の判定が聞こえてきたが、一体何に判定勝ちしたのだろうか。

「次は私、水野中佐が報告します。……ラバウル基地は、半壊していました」
「「「は!?」」」

 水野のその報告を聞いた三人が目を見開くと同時に、デジタル表示の世界地図にも変化があった。普段なら青味がかった蛍緑色で表示されている【Rabaul_BASE】の文字が、赤で縁取られたイエローに切り替わった。水野の報告にあったとおり、ラバウル基地の基地機能に何かしらの無視できない障害が発生したという事が公式にも認められたという事である。

「周辺海域を警戒していた同基地所属の陸奥と雪風によれば、ダ号目標のような突然変異種とは異なる、全く新種の深海凄艦による奇襲だったそうです。なんでも、超展開機能を有した戦艦級であり、大破艦に偽装して基地の目前まで接近してきたのだとか」

 3人は無言で続きを促す。

「向こうの基地で大本営に問い合わせたところによると、喜望峰周辺のカスガダマ島からインド亜大陸のリランカ島周辺海域に跨るインド洋一帯の海域(帝国海軍作戦呼称:西方海域)にも、それを含めた複数の新種が出現したとの事です。それぞれ『潜水カ級』『潜水ヨ級』『戦艦タ級』と呼称されているそうです。ラバウルで交戦データのコピーを貰ってきました。サンプルは届けましたが、事情が事情なので、幾らかの弾薬以外は持ち返れませんでした……以上です」

 喜望峰。西方海域。
 解り易く言うと、深海凄艦の主侵攻ルートである太平洋の裏側、つまりは大西洋と面している海域である。後方だったはずのそこが抑えられたという事は、アフリカ大陸や中東各国から輸出される各種地下資源の海上輸送路が消滅したという事である。現地の政情不安から言っても陸路や空路は期待できない。そしてブインやラバウルなどの南方海域所属の基地群は、もの凄く大雑把に言うと、太平洋と大西洋の中間地点くらいに存在している。

 もっと解り易く言ってやるなら、逃げ道と補給路が無くなったという事だ。

 その事を理解している3提督と、大雑把な説明を受けて現状を理解してしまった漣の溜息が基地司令室に小さく響く。壁向こうの喧騒が空しく響く。

「敵は……深海凄艦は、航空優位に続いて戦略的後方の概念も学んだという事か……」
「……最後に私、井戸枯輝少佐が報告します。ダ号目標は、戦艦ル級の突然変異種などではなく、明らかに内地侵攻、ひいては本土蹂躙を目的とした艦であると推測されます」

 誰かが何故だというより先に、井戸が言った。

「ダ号目標は、ステルス艦です」

 古鷹達との通信が途切れたのは偶然ではなかったのだ。あのMidnightEyeや監視衛星ですら、基地の目前に迫るまで発見できなかったのだ。あの黒くて無駄に丈夫な装甲の本質は、その堅牢さではなく驚異的なまでの隠密性にあったのだ。

「それだけじゃない。その体液は高速修復触媒とほぼ同じ組成をしていました。重量過多で失敗したとはいえ、明らかに存在する我々という脅威には目もくれずに、陸を目指していました。それに」

 それに、ダ号目標やそれ以外の深海凄艦らの死骸は、今までのように撃破後すぐに崩れ去るという事がありませんでした。と井戸は言った。
 井戸の言う通りである。かつて特号型生物群と呼ばれていた頃の最古の世代はともかく、第三世代とよばれる昨今の深海凄艦らは、嫌気装甲や好気性肉食バクテリアなどに代表されるような、その死と共に体組織を急速に劣化させて機密を保持するための機能を標準的に有しているのだ。
 そう、かつて203艦隊に電が配備された当日に現れ、如月に撃破された雷巡チ級のように。

 誰もが一瞬、己の内側にある想像の世界に陥った。
 従来のPRBRデバイスやレーダーでは感知できないステルス艦。ピケットライン内側への直接強襲。従来では想像もできないようなスタミナ。その強靭な装甲と自己修復能力で蹂躙される無防備な内地。力尽きて倒れるまで暴れ尽くされたら、一体どれほどの数の都市や拠点が灰燼に帰すのだろう。

「陸さん(陸軍)には悪いが正直、正太郎や鍋島Ⅴ型が何百機出張ってきても、あのダ号を止められるとは思えんぞ」

 艦娘は、深海凄艦と戦うのが目的である。だが、陸に上がった敵を追撃できる艦娘の種類はそう多くない。理由はダ号目標と同じだ。
 艦娘とは、その名が示す通り、海上での戦闘が大前提の兵器なのである。

「ダ号は陸上進出が目的だからそうだったとしても、他の種までそうだという理由は……」
「恐らくは、捨て石だな」

 いつの間にか、誰に許可を取る事も無く紙巻き煙草に火を付けていたメナイが水野の言葉を遮って言った。

「……あまり良い想像ではないが、連中が後方の概念を学んでいるという事を踏まえると、今回突撃してきた連中は、もう第一線では使えないような古い世代だったのだろう。恐らく、我々が言うところのレシプロ機のような」
「俺達、連中の在庫一掃セールに付き合わされただけかよ……」
「群れの規模の割に空母の姿が極端に少なかったのは、温存したからでありますか……話を続けます」



 ため息とともに井戸が広げたのは、何枚かの写真だった。
 一枚目。
 血と肉片にまみれた金属の球体に、巨大な砲塔が突き刺さった物が写っていた。金属球自体が相当の大きさであるらしく、比較参考用として並んで立っていた井戸のおおよそ3倍強の直径を誇っていた。
 二枚目。
 その金属球の表面のアップ写真。こびりついた肉片や血は大まかにとはいえ洗い流された後のようであり、青煤色の鋼の球体の表面がハッキリと映っていた。その表面に凸字で刻印された【KOUGA_Factory/LC-nAKa_2.14β/km-ud/20131224-0021fe7/GHOST IN THIS SHELL.】の文字もはっきりと見て取れた。
 その表記を信じるなら、これは艦娘式軽巡洋艦『那珂』のコアである。
 それも、去年のクリスマスに建造されたばかりの。

「……ダ号目標のコアです」

 その正体を告げた井戸の口調は、重い。

 かつて、無線越しにとは言えその真実を知らされていた水野とメナイですら沈黙して俯いてしまう現実がそこにはあった。何も知らされていなかった漣に至っては、不意打ちどころの衝撃ではなかったはずだが、それでも基地司令の代理として気丈に続きを促したのには敬意を示すべきだろう。
 三枚目の写真は、そのコアに突き刺さっていた強大な砲塔のアップ写真だった。

「口径は現地で計寸してきました。46cm三連装砲。銀鼠色の塗料からして、恐らくは……」


 戦艦『武蔵』


 何故だ、どうしてだ。という疑問は、誰の口からも出なかった。驚愕の連続で、心が麻痺してしまっていたからなのかもしれない。

「深海凄艦側が超展開の技術を利用できるようになったのは、ほぼ確実であるとみて間違いないでしょう」

 艦コアに砲身を突き刺すのも、艦娘クローンの胚に破片を埋め込むのも、どちらも同じような物ですし。と井戸は続けて言った。
 ここまで来ると、もう誰も何も言わなくても予想がついていた。

 軽巡の艦コアと、砲身1つでこれだけの化け物が生み出されたのだ。
 ならば、戦艦級のコアを用いて、残る『武蔵』の艦体を使って生み出される深海凄艦は、一体どれほどの怪物になるというのだ。温存された精鋭部隊の存在と合わせれば、それはどれほどの脅威になるのだろう。

 そして、

「そして、そんな事が出来るという事は、確実にいます。敵の――――深海凄艦側の前線指揮官に匹敵する個体が、必ず」


 2軒隣から響いてくる笑い声や喧騒が、まるで異世界か何かのようにしか感じられなかった。
 遥か数十年後の未来において『鉄底海峡決戦』と称されることになる、超大規模発生源殲滅作戦が発動される、ほんの数週間ほど前の事であった。






[38827] 【不定期ネタ】嗚呼、栄光のブイン基地【艦これ】
Name: abcdef◆fa76876a ID:9f5c6e5e
Date: 2014/03/13 06:00
※何時も通りのオリ設定パレードです
※○×タンになにしやがる、このダラズ!! な事になってるやもしれません。ご注意ください。
※地理とか兵器の知識に関してはサッパリです。どろりとして生あたたかい、優しい人間性の塊のような心をもって見逃してください。
※突貫で書いたので誤字脱字とか酷いやも&圧倒的に短いです。要注意。





 発:大帝国海軍大本営参謀軍団およびオーストラリア海軍総司令部
 宛:ブイン島ブイン仮設要塞港所属、第201艦隊総司令官ファントム・メナイ少佐、同第202艦隊総司令官水野蘇子中佐、同第203艦隊総司令官井戸枯輝少佐

 命令:
 
A:以上の3名に特例として、甲1種(限定)の情報閲覧権限を与える。
 それをもって『第11次O.N.I.殲滅作戦(公表作戦名:シナリオ11)』『深海凄艦泊地破壊作戦(公表作戦名:オペレーション・ハシント=ブレイクダウン)』『第2次ひ号目標殲滅作戦(公表作戦名:桜花作戦)』『加賀抹殺作戦(非公開作戦)』の作戦詳細を閲覧せよ。

B:また、上記権限による情報収集と並列して戦力・物資の補強に努め、作戦コード『R-99』の発動に備えよ。
(※R-99の詳細については、追って指示する)


                           ――――――――回収された機密文書より





 今書いてる続きが半分すら終わっていないし、ダークソウル2発売したら投下ペースが落ち込む事が確定的に明らかだし『書けば出る』と聞いたので試しに前の話で出したらホントにその次の日のデイリー建造で雪風ちゃん出てきちゃったので、お茶濁しのために突貫で書き上げた艦これSS(のような何か)

『嗚呼、栄光のブイン基地(番外編) ~ 英雄の条件』





 暗い、暗い、海の底。一隻の鋼の塊が闇底を泳いでいる。
 鋼の側面には白い耐水ペンキで『伊58』とだけ大きく書かれていた。

【てーとく、てーとく、てーとくさーん。作戦予定海域に突入したでちー】

 艦娘式伊号潜水艦『伊58号』
 それがこの、無骨な鋼鉄製の潜水艦の身体と、それに見合わぬ間の抜けた少女の声の持ち主の正式名称である。

「了解した。ゴーヤ、機関停止。パッシブ限定で周辺海域を探れ』
【アイ、アイ、了解でちー。機関停止ー】

 提督からの命令を受けた伊58のスクリューが完全に停止する。伊58は惰性と慣性で数秒間ほど海中を突き進み、やがてその場で完全に動きを止めた。

【深度、方位、現在地で固定完了でち。てーとく、聞き耳ごいっしょする?】
「ああ、頼む」

 伊58が自我コマンドを入力。天井付近に格納されていた大形ヘッドホンが、艦長席に座る提督の耳元に降りてきた。
 現在、伊58には、提督以外には誰も乗っていない。ソナーマンの席はある。砲雷長の席もある。機関室だって人が出入りできるし、男女別の水洗トイレだって付いている。だが、今現在生きて伊58にケツを乗っけているのは艦長席に座る提督ただ一人である。普通に考えれば、電源すらマトモに入れられないはずである。
 普通に考えれば。
 だが、それをひっくり返すのが艦娘システムである。自我を持つ潜水艦とも、少女のような潜水艦ともいえる存在である潜水艦の艦娘が、あくびや貧乏揺すりとほぼ同じ無意識レベルで艦内および艦体の操縦を行い、提督あるいは艦長が指示を行う。
 解り易く言うなら、提督と艦娘のたった二人だけで従来の潜水艦と遜色無い高性能を発揮しているのである。
 潜水艦の常識に真っ向からケンカを売っている存在。
 それが艦娘式潜水艦であり、その最高峰に位置しているのがこの、伊58――――通称『ゴーヤ』なのである。

「……」
【……】

 パッシブソナーから提督の耳に届けられたのは、どこか遠くの海域で鳴り響く海底火山の噴火音、狩りの最中と思わしきイルカやクジラのピンガー威嚇、そして海底原人らによる水爆信仰の祈祷の歌。ただそれらだけが漫然と聞こえてきていた。
 深海凄艦の活動を示すような音は、何一つ聞き取れなかった。
 ひどく静かで、心が落ち着く音々だった。

「……戦争中じゃなきゃ、もっとゆっくり聞けたんだがなぁ」
【じゃあ、終わったらまたご一緒するでち】
「いいな。それ。すごく良いなぁ」

 提督は溜息の中にうまく隠していたが、付き合いの長いゴーヤは、その声にはどこか諦観にも叶わぬ高望みにも似た、疲れた色が隠されていたのを見抜いていた。

【……大丈夫でち! 終わらない戦争なんて絶対に無いでち! それに、この偵察作戦が終わったら基地司令は1週間の休暇を暮れるって言ってたでち!! その時にまたここに来ればいいでち!!】
「嗚呼、そうだ。そうだな。そうしよう。良い大人ってのは、文句を言う前に仕事を済ませとくもんだ」

 機関再始動、微速前進。と提督が命じ、伊58がそれを復唱し、実行する。
 そこからさらに、数時間ほど2人ともに無言の時が過ぎた。

【……てーとく、てーとく。海底図にhitしたよ。海底ケーブルSMCable;LF-2501a。偵察目標のリコリス飛行場に直通してる送電ケーブルでち】
「良し。ゴーヤ、ここまで来て感知される訳にはいかない。超展開だ」
【了解でち! スクリュー停止。機関出力100%に上昇! てーとく、いつでもおっけーでち!】

 艦長席に深く座る提督。その膝の上に、いつの間にか紺のスクール水着と上だけのセーラー服を着た、栗髪のショートヘアに桜模様の髪留めを付けた少女の立体映像がちょこんと座っていた。
 艦娘状態での伊58の立体映像だ。たかが立体映像と侮るなかれ。疑似的な物質と化すまで過密化された超高速の情報群は、実際に手に取って触れる事が出来る。
 そう、ちょうどたった今、伊58が後ろを振り返り、目が合った提督と同時に頷いた2人の手がきゅっと握りしめられたように。
 そして二人が同時に叫ぶ。

「【伊58、超展開!!】」

 提督と伊58、二人の心に、ある筈の無い記憶が次々と思い出されて行く。


 奇妙な指令、疲れた顔のてーとく、消えた補給部隊、足りない燃料とカツカツの弾薬、沈黙した味方基地、ゴーヤももっと頑張ったらてーとくも楽になるかなぁ、支援も僚艦も存在しない単独偵察任務、てーとくからの出撃命令、正体不明のテロリスト集団?『リコリス・ヘンダーソン』、そして――――


 超展開が実行されたにもかかわらず、周囲には何の変化も無かった。
 音も光も、軽巡や戦艦のそれのような膨大なエネルギー嵐も、何も無かった。だが次の瞬間、伊58の艦体が音も無く艦首方向から順番に、水を吸ったトイレットペーパーのようにドロドロになってぐしゃりと潰れた。
 そして、グズグズに溶けて潰れた艦体だったものを掻き分けて、人の指が出てきた。続けて腕が、肩が、そして、栗髪のショートヘアに桜模様の髪留めを付けた少女の顔が。
 やがて、ドロドロになった艦体が洗い流されるようにして剥がれ落ちた後、そこには先程まで潜水艦として海中に進んでいた伊58は存在しておらず、代わりにいたのは、艦娘としての伊58だった。外観は艦娘形態の時と比べてさらに機械の部分が少なくなっており、残っている部分と言ったら魚雷発射管と背中のハッチ、そしてカカト・スクリュー位のものであった。

【伊58、超展開完了。機関出力10%。維持限界まであと3か月でち!!】
 ――――良し、出力そのまま、微速前進再開。スマートスキン、およびシャコ・アイを活性化せよ。
【アイ、アイ。でち】

 伊58が自我コマンドを入力。ゆっくりとした、大きなバタ足のみで――――スクリューは推力も大きいが音も大きい――――前進を再開。同時に、展開・圧縮機能のちょっとした応用でセーラー服を収納し、紺のスクール水着1着になる。更なる自我コマンド入力。伊58の身体にぴったりとフィットしていた水着の表面が細かく蠢き、元々静かだった音と乱流をさらに静粛なものへと変えた。
 スマートスキン装甲。
 それがこの、紺色のスクール水着の正体である。磁性体状の物質によって構成されたこのスク水(紺)は、電流電圧を調整することによって艦体周辺の乱流に意図的な志向性を与え、あるいは減衰する事によって驚異的な静粛性を発揮。潜水艦の生存性と奇襲性能を驚異的としか言いようのないレベルにまで引き上げる装備品である。機能美溢れる提督指定の水着は伊達や酔狂ではないのだ。

【シャコ・アイ起動でち】

 そのコマンド入力と同時に、艦隊としての伊58の瞳が変わった。続けて、伊58と同調している提督の瞳に、十一原色の光の世界が飛び込んできた。
 シャコ・アイ=カメラ。
 その名の通り、海中生物のシャコの視界を機械的に再現し、艦娘による『翻訳』を中継して搭乗員らに肉眼や従来の機械化視覚を超えた視覚情報を与えるための特殊装備である。
 このシャコ・アイにかかれば、ただの真っ暗としか表現できないようなこの海域ですら、海底から伸びた岩礁が林の中の木立のようにいくつもいくつも聳え立ち、海底にはいまだ回収され尽せなかったかつての世界大戦当時の戦闘艦が朽ち果てたままいくつもいくつも横たわり、無数の深海凄艦――――主に駆逐イ級やロ級――――がそれに群がっていたのが真昼同然の明るさではっきりと見て取れた。

【……て、てーとく】
 ――――基地のこんな近くに、これだけ大量の深海凄艦が!?

 こないだブインの連中が粗方片づけたんじゃなかったのかよ。という提督の驚愕が、同調していた伊58にも伝わって来た。

 ――――……俺達の相手はこいつらじゃない。先に進むぞ。あの数だ、絶対に気付かれるなよ。
【りょ、了解でち……】

 このスク水とシャコ・アイの欠点らしい欠点と言えば、装甲を活性化させている最中は周辺に電磁波をまき散らしている事だが、周辺はブ厚い海水のカーテンだし、それ以上に音と乱流が消える事と、見えない物すら見通せる事によるメリットが大きすぎるために問題視されていない。実際、あの深海凄艦の群れはこちらに気が付いていないようだし。

【てーとく、海岸線が見えたよ】
 ――――機関停止。潜望鏡深度まで微速浮上だ。

 提督の命を受けた伊58がゆっくりと海上に浮上する。そして、水音を立てないように鼻の頭から上だけを海面に出し、リコリス飛行場がある方角に向かって視覚野をズーム。
 範囲を生贄にして得られた解像度の先には、やはり無数の深海凄艦の姿があった。軽巡種、雷巡チ級、重巡リ級に空母ヲ級、さらには最近西方で猛威を振っているという戦艦タ級の姿まであった。
 そして、

【て、てーとく……あ、あれ……】

 脅威ライブラリにhit. 最新のデータ。大きさ以外の外見はごく普通の戦艦ル級。だが、その図体と反比例して極端に小さく、特徴的な波形のPRBR反応。帝国海軍大本営呼称『ダークスティール』
 通称、

 ――――嘘だろ。ダ号目標かよ。
【それも二隻もいるでち……】

 この時点で、最悪あるいは最高としか言いようのない偵察結果である。
 だが、現実はもっと残酷だった。
 海中から、さらにもう一隻の深海凄艦が姿を見せた。死人色をした人間の手足を生やした異形のクラゲのような外観。軽母ヌ級だ。

【て、てーとく、おかしいでち。あのヌ級からFRIENDLYが出てるでち】

 IFF:FRIENDLY――――友軍機の事だ。

 ――――機材の故障!? こんな時に!? 記録は!?
【そ、そっちは大丈夫でち。全部DISKに記録してるでち】

 こっそりひっそりと慌てふためく2人を他所に、視覚野の中の軽母ヌ級がその口を大きく開き、反対側にまで倒していく。
 その中身を見た二人が絶句する。

 ――――【ッ!?】

 中から現れたのは、飛行小型種ではなく、人の上半身の形をしたものだった。死人色の肌、肩口まで伸ばした茶のツインテール、艦首を模した特徴的な形の帽子、そして、右手に握った巻物状の飛行甲板。
 IFFアップデート。脳裏の片隅に表示されたそれには『IN:Buin Base-Fleet202“龍驤”』と確かに表示されていた。
 一年前の深海凄艦側の大攻勢時に、ショートランド選抜部隊の一員として、ブイン基地の水野中佐(当時は少佐)と肩を並べて戦った事のあるこの提督は改めて驚愕した。

 ――――馬鹿な!? 水野中佐の龍驤は、一年前のあの大攻勢でMIAになったはず!

 驚愕と混乱に包まれた二人を余所に、軽母ヌ級――――そのIFFを信じればブイン基地の202艦隊所属の龍驤だ――――は、親しげに話す。
 話す?

 ――――誰とだ?
【てーとく、静かに!】

 伊58が自我コマンドを入力。視覚野に引き続き、聴覚野の集音性能も最少範囲、最大望遠に設定する。続けて、龍驤の首と視線の向きから、会話相手を探し出そうとする。
 相手はすぐに見つかった。全長数十、モノによっては数百メートルが平均値の戦闘艦とほぼ同等のサイズを誇る深海凄艦群。その真っ黒の中に1つだけ、ひどく目立つ小さな白があった。
 全長、百数十センチメートル。完全な人型の女性。体色、白。髪も肌も服も(皮膚か?)、ほぼ同一の真っ白。地に付くほどに伸ばされたその長い髪の中からは、時折滑走路のような模様と形状をした何かがちらちらと見え隠れしていた。
 声が聞こえる。かなり距離があるため、ノイズに紛れて上手く聞き取れない。

『姫さん、ゥチ ったで! 大 躍や、これ ら水野少佐も喜 でくれ――――』
『エエ、 ソウネ。 デモ、 モットガンバッタラ、 モット、 ホメテモラエルト、 オモウワヨ』

 だというのに、龍驤の話し相手であるその白い誰か――――搭載された電子式PRBRデバイスは、さっきからずっとオーバーフロー状態だ――――の声だけはしっかりと聞き取れていた。

『ソウネ、 タトエバ、 サッキカラ、 ズットノゾキミ、 シテイル、 アノコヲシズメテミルトカ、 ドウカシラ?』

 姫さんと呼ばれていたその白い何かが、何の前触れも無くこちらにぐるりと振り向いた。
 1キロ近くあるはずの距離を通して目が合った。

『アナタタチノ、 デンパハ、 ウルサイノヨ』

 姫さんの傍を固めていた重巡リ級が叫ぶ。

『Shoal Swimmer(翻訳鎮守府注釈:浅瀬を泳ぐ者 の意)ダー!!』
 ――――【し、喋った!?】

 その叫び声に反応して、他の深海凄艦達も次々とこちらを捕捉する。
 口ある者は叫ぶ。口無き者、叫べぬ者はその身を震わせて雄叫びとする。その全ては、姫の敵を駆逐するために。

『ショールスイマーメー!』
『ツブセー!』
『ダンヤクガイルー』

 ――――き、機関出力マックス! 艦首反転、最大戦速で離脱する!!

 提督の命令よりも先に、伊58はすでにそのコマンドを実行していた。機関出力100%、スマートスキンおよびシャコ・アイ再起動。カカト・スクリュー、マックストルク。

 ――――4番、音響魚雷発射! 5番6番、デコイ散布!! 一秒でもいい、時間を稼げ!!!
【アイでち!!】

 発射と同時に爆発した音響魚雷が周辺海域から音を(実に暴力的な方法で)消し去り、その間隙を縫って展開した、伊58と同じ電磁ノイズとスクリュー音を搭載したアクティブデコイが追撃に出てきた深海凄艦らの照準を迷わせる。

『クルシメー』
 ――――お前がな。

 2番と3番の魚雷発射管から発射されたAI誘導式のHEAT弾頭魚雷――――この作戦に備えて持ち出した虎の子だ――――が、伊58の進路上に立ち塞がった雷巡チ級の艦体を何の抵抗も無く撃ち抜く。

 ――――ゴーヤ、緊急潜航!
【ド、ドカーン! じゃなくてアイで……て、てーとく! 前!!】

 伊58のシャコ・アイから送られてきた視覚情報には、先程素通りした駆逐種の群れがこちらに向かって突き進んで来るのがハッキリと見て取れた。総数、推定で60匹以上。後方から追撃をかけている連中も大体同じくらいの数だ。
 そして伊58に搭載されている魚雷は、あと1発のみである。そして、この伊58にはCIWSも格闘戦能力も存在していない。潜水艦娘の超展開というのは、元々隠密性を高めるための処置なのであり、今このように戦闘状態に陥ること自体が失策なのである。

 ――――クソ、何としてもこの情報は持ち返らねば……! 南方が、南方が落ちるぞ!!
【……てーとく。記録ディスク、持っててでち】
 ――――? あ、ああ。

 伊58が自我コマンドを入力。防水パッケージされた記録DISKが端末から吐き出され、提督の手に収まった。

 ――――ゴーヤ? お前何を……?

『メインシステム統括系より最優先報告:状況D01発令。超展開強制解除』

 訝しんだ提督が呟くと同時に、伊58のメインシステム統括系が無機質に宣言し、それと同時に再び伊58の艦体がグズグズに溶けて、元の鋼鉄の潜水艦の姿に戻って行った。
 その艦長席に、提督の姿は無かった。

『メインシステム統括系より最優先報告:状況D01発令。自決回路作動中。周辺の友軍は速やかに退避されたし。繰り返す。自決回路作動中。速やかに退避されたし』
『メインシステム統括系より最優先報告:状況D01発令。動力炉オーバーロード開始。機関出力250、300、450%……なおも上昇中。周辺の友軍は速やかに退避されたし』
「お、おい! ゴーヤ、貴様何をする!?」
【……てーとく、ゴーヤの魚雷はお利口さんでち。だから絶対、大丈夫でち】
「待て! ゴ――――」
【01番魚雷発射! 魚雷さん、ゴーヤの死に様、しかと見届けろ!!】

 展開および圧縮時に一度ドロドロに溶ける艦体の性質を利用して、提督とDISKを弾頭に収めた最後のAI魚雷が発射される。弾頭に搭載されたAIは、その頼りないソナーを全力で稼働させ、真正面から迫りつつあった駆逐種の群れの隙間を巧みに潜り抜けていく。
 そのはるか後方、伊58が居たあたりで爆発。
 空気中よりもはるかに速く、力強く到達した海中衝撃波によって、魚雷とその中の提督の脳が激しく揺さぶられる。
 その衝撃に、提督は1秒たりとも耐えられなかった。

 ――――見届けたぞ、伊58。

 意識がブラックアウトする直前、提督にはそんな声が聞こえたような気がした。








 本日の戦果:

 リコリス飛行場基地の現状確認に成功しました。
 深海凄艦側の更なる進化・発展を確認しました。
 南方海域における深海凄艦の脅威指数が急上昇しました。


 各種特別手当:

 大形艦種撃沈手当
 緊急出撃手当
 國民健康保険料免除

 以上




 本日の被害:

 潜水艦『伊58』:轟沈(自決回路の作動を確認。KIA)


 各種特別手当:

 入渠ドック使用料全額免除
 各種物資の最優先配給
 勲章授与(※1)

 以上



 ※1
 ショートランド泊地 第7艦隊所属、艦娘式伊号型潜水艦『伊58』
 その勇猛果敢たる武勲に傷ついた獅子章を授与し、軍葬をもってその挺身の志に報いるものとする。







[38827] 【不定期ネタ】嗚呼、栄光のブイン基地【艦これ】
Name: abcdef◆fa76876a ID:9f5c6e5e
Date: 2014/05/04 22:57
※何時も通りのゴーイング・マイ・オリ設定です。
※当SSにおける、横須賀鎮守府の扱いが不当な気がしますが気のせいです。オリ設定の範囲内とお考えください。そういう事にしておいてください。見逃してください。
※我が心の総旗艦○×に何をするだぁー!! な事になってるやもしれません。ご注意ください。
※忍殺語はニュービーが使うのは実際難しい。ヘッズ各自の脳内妄想による修正重点で。
※地理とか兵器などの知識に関してはサッパリです。華麗に見逃してください。
※半ば突貫で書いたので色々と酷いです。特に後半。
※ごくさらりとグロ描写ありますです。

※3-2キス島撤退作戦を成功させるのは、画面の前の提督、君だ。

※(04/25初出。05/04誤字修正)
※(Pixiv様にて、id_890名義でACV二次SS『地球の兎は月見て跳ねる』始めました。暇な方はもしよろしければ是非)
novel/show.php?id=3760745





 本日の南方海域。


【瑞鶴、見えたわよ! あの軽母ヌ級が例の超音速機の母艦よ!】
【翔鶴姉! こっちでも捕捉したわ! 敵のインターセプターは見えない! 絶好の好機ね!!】

 波穏やかなラバウルの海上を、2つの巨大な人影が滑走していた。超展開中の正規空母『翔鶴(※翻訳鎮守府注釈:カデクルとは読みません)』と『瑞鶴』である。超展開中の艦娘である。超展開中のはずなのに、許しがたい事に海上を滑るように――――しかも足すら動かさずに!――――移動していた。

【瑞鶴、護衛も迎撃機もいない軽母だからって、油断しては駄目よ】
【翔鶴姉! 大丈夫だって! 私も翔鶴姉も徹底的に近代化改修してあるじゃない!】

 姉の心配などどこ吹く風とばかりに、瑞鶴は自らの高性能を自慢し始める。慢心!

【見てよ! 陸軍のお友達から(海軍上層部には黙って)拝借した、鍋島TYPE-D型用の超大型ブースターを計8基、左右のカカト・スクリューと換装した結果得たこの高速移動能力! 艦長席以下、艦載機の座席も全て試験管型に交換してあるから装備換装の時間も大幅短縮済みッ! さらには今までの艦娘達で問題視されていた艤装部分と有機質の接合部分の脆弱性もマイコシンス融接法を用いる事で圧倒的に解消! 従来の自然癒着や外科的療法を超える大きな安定性ッッ!! さらにはその副産物として生じた黒い油も、爪部分に充填する事で超軽量・超高性能なCIWSと化すッッッ!!! ちょっと最近油漏れが止まらなくなってきたのが難点だけど、まぁそんな些末事はどうでもいいわ! 搭乗員の技量頼りの一航戦が何ぼのモノよ! こちとら艦の基本性能からして違うのよ、艦の性能が! 強靭! 無敵! 最強!! ディス・イズ・パーフェクション!!】
【ず、瑞鶴、少しおさえて……って、瑞鶴!? ああもう! 全艦載機の皆さんは瑞鶴の直援に回って!】

 圧倒的なテンションの瑞鶴に少し気圧されながらも手綱を取ろうとしていた翔鶴だったが、当の瑞鶴は意に介さずさらにテンションと速度を上げつつ真っ直ぐ突貫する。
 対する軽母ヌ級――――どういう訳か、IFFは友軍属性だった――――が、迎撃のためか、ゆっくりと口を開き始める。
 内側に潜んでいた“誰か”の姿が露わになり始める。

【祝福されし五航戦をとくと見よ!!】





 2件の新着メールがあります。


【作戦依頼:テロリスト鎮圧】

 依頼主:帝国陸軍大本営
 本文:

 レイブン、先日の津川浦・九十九里浜二正面防衛作戦では世話になった。
 あれから日も開けずに申し訳ないが、緊急で作戦を依頼したい。
 海軍の艦娘の一部に、不穏な動きがみられる。我々が独自に入手した情報によると、帝都内で大規模なテロ活動を計画しているとの事だ。
 これは我々陸軍にとって由々しき事態であり、同時に海軍の息の根を止める絶好の機会でもある。
 君には擬装トレーラーに搭乗して現地に急行して貰い、一旦待機。騒ぎが始まったら戦闘を開始。
 我々の鍋島Ⅴ型と共同して、全ての敵勢力を破壊して欲しい。
 敵は恐らく超展開した艦娘だろう。だが、君ならやれるはずだ。
 報酬は期待してもらって構わない。連絡を待つ。



【作戦依頼:テロリスト支援】

 依頼主:Team艦娘TYPE
 本文:

 やぁ、レイブン。この間の九十九里浜・津川浦二正面防衛作戦では陸軍さんの尻拭いご苦労様。
 ホント、使えない味方は敵の新型よりも怖いね。
 さて、さっそくだけどミッションを依頼したい。
 我々が開発した新兵器が、現状に強い不満を持つ一部の艦娘達によって強奪された。
 新兵器には発信器と自爆装置が内蔵されているから盗まれてもどうって事ないんだけど、折角だからこのまま実戦データを取る事にしたんだ。
 なので、彼女達のテロが速やかに解決されると非常に困るんだ。
 そこで君には、事態鎮圧のために出撃してくるであろう陸軍側の戦力“のみ”を撃破して欲しい。
 何も無理して全滅させる必要は無いよ。
 必要分のデータを取り終えたら君に連絡をするから、そこで撤退してもらって構わない。もちろん、報酬に変化は無いよ。
 こんなところか。連絡を待ってるよ。



 ミッションを受注しますか?

 ≪Yes≫ ≪No≫





 正規空母、軽空母、潜水艦、駆逐艦『島風』、戦艦、重巡洋艦、軽巡洋艦、駆逐艦。

 超展開機能を実装した艦娘式戦闘艦は、この順番で、超展開の負担や難易度が下がっていくのだという。
 駆逐艦の負担が最も少ないのは理解できる。一番活躍の機会が多いし、一番量産もされているから、それだけデータの蓄積とフィードバックも一番多いからだ。
 潜水艦の異様な難易度についても、まぁ、これは許そう。潜水艦娘の超展開は隠密性の保持のため、一度その艦体を“中身ごと”ドロドロのグズグズに溶かして、そこから再構築するという形式をとっているためであり、数字として表れない部分での適性の無い者が運悪く一度超展開を実行したが最後、身体どころか心までドロドロに溶けきってしまうからであり、そのまま元の姿に戻れずに、艦娘ごと新たな素体の材料となった提督やテストパイロットたちの数は計り知れない。

【イヤーッ!】
【イヤーッ!】

 駆逐艦『島風』については、理由が空母娘達と重複するが、ハッキリ言って装備が悪い。
 本人(達)に曰く『連装砲ちゃん』なる、3台の半自律式の12.7センチ砲塔群が諸悪の根源である。島風本人からの補佐も有るとはいえ、戦闘と並行してこれら3台の連装砲ちゃんの操縦も同時進行で行わなければならないのだ。生半可な脳ミソではとてもではないが処理が追いつかないし、生半可な脳ミソでどうにか戦果を挙げようとしたら、かの有名な『トルコの傭兵』の様に両肩と背中に背負って高機動戦闘の補助とするか、タウイタウイの『生ける悪夢』こと、アレン・アローヘッド臨時少佐の様にワザと感覚野のリンクを切って盾にしたり正面に向かって蹴り飛ばしたりして攻防一体の無敵の盾として用いるより他に無い。どちらも邪道的な運用方法である事には違いないが。

【イヤーッ!】
【イヤーッ!】

 そして問題の空母であるが……何が問題なのかと言えば、艦載機の数である。
 少なくとも数十、予備機も含めれば3ケタの大台に突入するような数の機体を常時搭載しているのだ。そんなのを一々自我操作なんてしていたら、脳がいくつあっても足りはしない。普通に考えれば、ブイン基地の井戸少佐の様に単純に無人空母として運用するか、艦載機の制御だけでも艦娘側での一括制御かセルオートマトン、あるいは各艦載機に割り振られた無人運用システム群――――妖精さんに処理してもらう。というのが至極真っ当な回答である。
 普通に考えれば。
 だが、そんなごく普通の考えの持ち主では、空母娘らとの超展開は不可能であり、当の艦娘側からも超展開の実行を拒否されるという事実が付いて回る。
 何故だ。と問われれば、その答えは至極真っ当であり『私の艦載機が強いんじゃなくて、私と私の提督が強い。という事を証明したいから』だそうだ。とある鎮守府に配備された一航戦の加賀に曰く『ノーカラテ、ノークウボ』なのだそうだ。まるで古の求道者、ブリゲッラ・ブレンバーナの如しである。

【イヤーッ!】【イヤーッ!】【イヤーッ!】【イヤーッ!】【イヤーッ!】【イヤーッ!】【イアッー!】【イアッー!】【クトゥルーッ!】
【イヤーッ!】【イヤーッ!】【イヤーッ!】【イヤーッ!】【イヤーッ!】【イヤーッ!】【イヤーッ!】【イヤーッ!】【イヤーッ!】

 そして、そんな正規空母の代表格でもある二航戦の『飛龍』『蒼龍』――――もちろん、数いるクローンの中の二人だ――――は現在、超展開状態で超高速の連続バク転を決めながら帝都湾を南に向かって爆走していた。
 外見は圧縮保存(艦娘)状態の時と実際大差無い。飛龍は橙色の着物と緑色の袴。蒼龍は緑色の着物と暗い緑色をした袴。撃ち出された艦載機を着陸させるための飛行甲板の位置もそれぞれ左肩、右肩で固定されているし、矢型に圧縮保存されている艦載機を撃ち出す、本命の飛行甲板である大和弓型カタパルトもしっかり背中のハードポイントに格納している。
 だが、おお、おお、ブッダ! 何という事だ!
 普段、鎮守府や僻地の基地で提督らとのおさわりOKで、ほとんど違法行為で、実際スゴイ・エンジョイをしている、春の日差しのような暖かで慈愛に満ちた2人はそこには無く、代わりにニンジャでも素手で絞め殺せそうなほどの剣呑アトモスフィアを漂わせた眼光鋭い(超展開済の)戦闘艦としての『飛龍』『蒼龍』の姿があった!
 実際艦娘状態との差異として、2人の頬には破片避けのためか、重合金製の超硬メンポ(※翻訳鎮守府注釈:面頬のことか?)が装着されており、その表面には何とも恐怖を煽るフォントで、飛龍のメンポには『ストラ』『イダー』の文字が、そして蒼龍のメンポには『蒼』『龍』の文字が刻印されていた。コワイ!

【飛龍=サン! スコシオサエテ!】
【蒼龍=サン! それでは間に合いません!】

 蒼龍からのたしなめに対し、微塵もバク転の速度を緩めずに、むしろその速度を増加させながら飛龍が叫んだ。

「それじゃあ間に合わない! もう隼鷹=サンの電波ジャックからもう5分は経過しているはず! すぐにでも次のアクションを起こすはず! それも見せしめと示威アクションも含めて実際かなり過激なのを!!」

 一見無鉄砲に見えて、何たるクウボ推察力か! 蒼龍もその事実に気が付いたのか、何も言わずにバク転の速度を上げる。

【イヤーッ!】
【イヤーッ!】
 ――――ア、アバ、アババー!!

 月は沈み、星影も無い暗い海の上。
 飛龍と蒼龍の掛け声と、2人に乗り込んだ(※翻訳鎮守府注釈:乗り込まされた)2名の提督のネギトロめきつつある悲鳴のみを後に残して疾走していく。カラダニキヲツケテネ!
 いったい何故、飛龍達があれ程までに――――滅多に補充のきかない空母適性のある提督達をオタッシャさせてまで――――急いでいたのか。それを知るためには、時計の針を幾ばくか巻き戻す必要がある。




 ダークソウル2発売と増税前後のゴタゴタで書く暇無かったんです。かんにんしてつかっさい。そして本編は未だに半分も書き終わってないのでまたお茶濁し目的で春イベ開催と同時にうpする予定で突貫で書いたはずなのに何故か2日も遅れたうえに本編に空母娘の超展開は絶対に出しません。ていうか出せません。なので出せる娘は全員ここで出してみました。記念の艦これSSっぽい何か

『嗚呼、栄光のブイン基地番外編2 ~ 夢の終わり』




 平静26年4月1日、午後8時。

 その日は、季節外れの雪が舞う夜の事だった。
 街頭の超大型液晶モニタでは、これでもかと言わんばかりに大げさなフォントと原色に塗りたくられた見出し記事が次々と表示されていた。もう昨今では当たり前になった悲観的なニュースには、最早誰も興味を示さない。

『オリョール海を含めた南方海域に続き、カスダガマ島、リランカ島を含むカレー洋(旧インド洋)全域の地下資源枯渇! 陸路は実際政情不安!!』
『イージス艦隊を含めた資源捜索隊は未だ帰らず! 日増しに高まる安否の声』
『ガソリンの一滴は血の一リットル! 節約重点!!』
『第3次配給制限は明日正午より開始。これまでの配給キップは使えませんので、最寄りの役所にて交換をお願いします。現在のレートは1:2です』

 もう一軒梯子行くぞーと赤ら顔で勝鬨を上げるカチグミ・サラリマンも、部下の尻拭いで3県隣のお得意さんの所まで今から頭を下げて納品する羽目になった青色吐息のマケグミ・サラリマンも、誰も彼もが皆、この季節外れの大寒波にコートの襟を立て、速足で大通りを行き交っていた。
 モニタの映像と音声が切り替わる。

『みんな―! まだまだイけるよねー!?』
『урааааааааа! урааааааааааааа!! ураааааааааааааааааа!!!』

 モニタの中で、ピンクと白を基調にしたフリルたっぷりのアイドル衣装に身を包んだ少女が歌って踊っていた。それもただの少女ではなかった。背中からは工業用のクレーンにも似た重合金製のTの字型のアームを伸ばし、その両端に大小無数の砲塔群を載せ、ニーソックスの上端付近で固定された、ただのズレ止めとはどうしても思えないような重合金製の輪っかには小型のミサイルを彷彿とさせるような突起物が4つ並んで納められた箱が付けられており、その足元を覆う金属光沢のハイヒールブーツも、歌って踊るのが仕事の筈のアイドルが履くにはあまりにも重厚かつ重装甲過ぎるように見えた。いやむしろ下手な安全靴よりもずっと安全そうだ。飛んだり跳ねたりする度にステージが微妙に凹んでいるのが見えるくらいだし。

 アイドルグループ『Team艦娘TYPE』の48番『軽巡洋艦の那珂ちゃん改二』
 それが今現在画面の中で歌って踊っている、元気溌剌少女の所属グループと、彼女の芸名である。
 行きかう人々の足が一瞬止まる。振り向く。こんな時間にも拘らず次の仕事先に徒歩で移動しているズンビー・シャチク共が皆、呆けたように口を半開きにしてまな板の上のマグロめいて濁った瞳でその映像を眺めていた。

「那珂チャン、ダー」「那珂チャン今日モカワイイ」「カワイイヤッター」
『オッケー! それじゃあ那珂ちゃんの新曲『ジャンクド・プリンス・ウィズ・ビッグウィング』イってみよー!!』
「『урааааааааа!!』」

 画面の中の追っかけ達と、大通りの街頭モニタを見上げるマケグミ・シャチク共の現実逃避同然の大絶叫の歓声が、深々と雪の降る帝都の夜に木霊する。



 Team艦娘TYPE。
 それは、美少女とかつての世界大戦時に活躍した旧帝国海軍(と陸軍)の艦艇を組み合わせた、全く新しいアイドルグループである。

 数年前から突如として始まった、バシー島、オリョール、サーモン海域(旧ソロモン海域)などの『世界規模での資源枯渇』と、リランカ島からカスダガマ島を含めたカレー洋(旧インド洋)全域ならびに、キス島やアッツ島を擁するアリューシャン諸島が存在する北方海域での『現地の政情不安による』他国への問答無用での渡航禁止令と『無用な混乱を避けるため』と称した、物理的にほぼ完全な封鎖網と出所不明のコンピューターウィルス『らりるれろ』による情報インフラの寸断。そしてそこから始まった段階的な物資統制と、溜まり続ける社会的ストレスによるマッポー的秩序崩壊。

 その混乱を見越していたかのように、突如としてアイドル界に出現したのが彼女達――――艦娘と、その所属グループ『Team艦娘TYPE』である。
 所詮はぽっと出。いずれは消え去る色物ユニットと揶揄されたのもつかの間、気が付けば彼女らは飛ぶ鳥ですらバルカンファランクスで撃ち落とさんばかりの勢いでアイドルランクを急上昇させ、今では押しも押されぬ大御所の一角に座するほどになっていた。
 その理由の一つに、アイドルと戦闘艦を組み合わせた色物らしく、兎に角所属するアイドル達の幅が広いのだ。
 イモ臭い女子中学生ら4人組の『特Ⅰ型駆逐艦娘』にはじまり、どこからどう見ても小学生にしか見えない『朝潮型駆逐艦隊』に、お前ら学校行けよ就職も進学も出来ねーぞと言いたくなる『チーム加古鷹』に、どう考えても暇を持て余した和系の若人妻か何かにしか見えない『扶桑姉妹』などなど、ものの見事に年齢層がバラバラなのだ。
 そして、相当にコアなネタもごく自然に引っ張ってくるあたりも、3次元のアイドルに興味の無い人種を惹き付ける、実際大きな要因の一つだ。
 前述の『チーム加古鷹』ひとつ取っても、デビュー曲のタイトルが『水族館のジェラシー』で、古鷹のソロデビュー曲が『ワレアオバ』と言うのだから、プロデューサーは分かっているというべきかやりすぎと言うべきか。因みにどうでもいい事だが扶桑のソロデビュー曲のタイトルは『奥さん米屋です』だったりする。
 というか『○○年の○月×日に▲▲という士官がイモをギンバイしてた。挙句別の艦に横流しして銀シャリもらってた』と言う事すらさらりと言ってのけ、当時収録スタジオの観客席に座っていた▲▲(ご本人)が、収録中に激しく驚き、その隣に座っていた当時の憲兵さんに修正を頂いたという逸話まである。どこでどうやってそんな情報を入手したのやら。

 閑話休題。

 そしてそんな彼女ら(のごく一部)が使う事務所の一つとして建てられた、ここ――――横須賀鎮守府では、一人の少女が爪のおめかしをしていた。

「くまー」

 腰まで伸ばした茶のロングヘア、針金でも接着剤でもないのに『?』あるいは威嚇状態のスリヴァーめいた形状を維持する正体不明のアホ毛、白を基調としたセーラー服とショートパンツ、そして背中の3つのそろばん煙突。
 Team艦娘TYPEの39番、傘下チーム『球磨型軽巡ズ』の『ドミナリアの球磨』
 それが彼女の所属グループと、その芸名である。

「くーまーくまくま、くまっく、まー☆」

 おめかしとは言いつつも、訳の分からない鼻歌を歌いつつも、その表情は実に鋭い。右手の爪の表面を軽く磨いて付着した穢れを完全に落とし、セロハンテープを使って爪以外の指先をマスキングし、エアブラシで無色透明のベースコートを均一に吹き付けてやや厚めの下地を作り、完全硬化する直前になってから彫刻刀を左手に、一文字一文字、爪に意匠文字を刻んでいく。そしてその傷跡に色墨を入れ、上蓋代わりにベースコートを軽く吹き付けて完全硬化させれば完成だ。左手の爪に関しても同様の手順だ。

「くまっくくまっく、くまーくまー★」

 一爪一文字。一筆入魂。球磨の額から汗が伝って目に入る。指先は微塵もブレる事は無い。何たる集中!

「……球磨姉、何やってんだ?」

 ネイルアートって、そんなヤクザの彫り物かプラモの色付けみたいなやり方でやるのか? と呟きながら、一人の少女が球磨の背後に立った。
 肩にかかるかかからないか程度に揃えた黒髪、球磨と同じセーラー服と白いスカート、白いセーラー帽、そして右目を覆う黒い眼帯と背中の2つのそろばん煙突。
 Team艦娘TYPEの41番、傘下チーム『球磨型軽巡ズ』の『木曾』
 それが彼女の所属グループと、その芸名である。

「くまーん、くまーん、くまるふ、ふたぐ……ん、木曾かクマ。最近ロールアウトした若い球磨達に教えてもらったクマ。何でも、艦体に発光塗料で幾何学模様を書いたり、爪にルーン文字を刻むのが最近の若い球磨達の流行りなんだそーだクマ」
「発光塗料ねぇ……悪目立ちし過ぎて集中砲火の的になるんじゃねぇのか。マンガかアニメのようにバリア張れる訳でもないし」

 因みに、今球磨が彫ってるルーンは全部繋げると『灰色の神バゴスよ、我に神を10回殴る機会と好機を与えたまえ。その対価として我は汝が使徒の餌につられますクマー』になるクマー。と付け加えたが、木曾はさして興味もなさそうにしていた。

「ていうか球磨姉、俺達アイドル組が出兵組と接触するのは軍紀違反じゃなかったのか? もしバレたら2番目の綾波みたいに解体されちまうぞ?」
「ふっふっふーん。木曾は心配し過ぎだクマ。こんな事言いたくも思いたくもないけど、出兵組は公式にも非公式にも存在していない事にされてるクマ」

 口調こそ軽いが、出兵組の事を話す球磨の表情は苦い。

「ていうか軍も政府もクマたちアイドル組の艦娘がクローンである事を認めていないし、テレビの向こうの大衆もその事を知らないクマ。深海凄艦との戦争だって、多少情報がリークされたくらいじゃ新手の映画広告の手法程度にしか思われてないクマ。だから、これくらいならオッケークマ」

 今、帝国は混乱している。
 途切れた資源、途切れた海外への交通、そして途切れた情報の流れ。一部の口さがない者の間では、第二の鎖国だと声高々に叫ぶ者がいるが、あながち間違ってはいない。秩序こそ崩壊していないものの、あと一押しがあればそれすらも危うい。それが現在の帝国の国内情勢だ。付け加えて言うなら、深海凄艦なる異形の軍団と全世界規模で戦争を続け、しかも勝利どころか戦争終結のビジョンすら描けていないズルズルの泥沼状態であるという事実を隠してようやくこれだ。もしこれがリークされればどうなる事やら。

「まぁ、球磨達アイドル組が本土に残留する事になったのは、どう考えてもこの混乱に対するストッパーと目隠しとしての役割を期待されてるからだクマ」
「というか、どうして上の連中は戦争の事実をヒタ隠しにしてるんだろうな。どう考えてもそっちの方が効率悪くねぇか?」
「そんなの、球磨達サンシタが考えても仕方ない事クマ。球磨達は球磨達のお仕事をするクマ。あ、そろそろ那珂ちゃんのライブ始まるクマ」

 まぁどうせ、上のご老人方の、まだ戦争アレルギーが抜けきってない平和ボケ主義者どもの寝言のせいに決まってるんだろークマね。と球磨は心の中で付け足し、足元に置いてあったテレビのリモコンのスイッチを足の親指で押した。

「球磨姉、行儀悪いぞ」
「知るかクマ。球磨は今両手塞がってるクマ」

 テレビに灯が灯る。賑やかでポップなBGMを背に歌って踊る那珂ちゃんの姿はそこには無く、代わりに映ったのは、賑やかでポップなBGMを背にして、火炎放射器を手に持ち、全身をトゲトゲだらけのカーク式プロテクター一式で覆ったモヒカン軍団が周囲を威嚇しつつ赤絨毯を敷いている姿だった。

「「は?」」
『ヒャッハッハッハッハー! どけどけお前ら! 橿原丸お嬢様達のお通りだ―!!』
『さっさとどかねぇと消毒スッゾ、オラー!!』
「く、球磨姉、こいつらって……」
『隼鷹さんところの妖精さん達だクマ―……」

 新手のゲリラライブか? そう思った二人は次の瞬間、画面の奥から現れた者らの姿を見て驚愕で凍り付いた。
 一昔前の少年漫画のように跳ねる暗桃色の長髪、陰陽師を意識したかのような服、トイレットペーパーのように左袖から伸びる、軽空母娘特有の帯状飛行甲板。

 艦娘式飛鷹型軽空母2番艦『隼鷹』

 それが彼女の正式な名前だったが、本土では、Team艦娘TYPEの66番、傘下チーム『ドーマンセーマン』の『隼鷹』と言った方が通りは良いかもしれない。ただし、それが彼女『達』の場合でなかったら。という前提条件が付くが。
 画面の奥から、一番最初に現れた隼鷹と、全く同じ顔と身体の造りをした女性らが次々と現れてきた。街中そっくりさんだとか影武者だとか、そういうチャチなモンではない。最早双子も同然だ。
 アイドル組と出兵組の生放送同時出演。
 艦娘クローンの存在を(帝国本土内では)認めていない上層部が考えるシナリオの中では、最悪の部類の一つだ。

「オイオイオイオイオイ……! 隼鷹さん何考えてんだ!? 軍紀違反どころの騒ぎじゃあねぇぞ!?」
「これはちょっちシャレにならないクマー」

 反逆。
 その2文字が脳裏に浮かんだ球磨達のいる部屋の向こうの廊下を、いくつもの駆け足が通り過ぎていく。同時に、球磨と木曾、そして他の場所にいた、横須賀鎮守府所属の全ての艦娘達に配布されていたスマートフォンが一斉に鳴り出した。

『防衛基準体制3発令。各チームの控室に集合』



『あー。あー。テステス、テス。オッケー、マイクは大丈夫』

 横須賀鎮守府がそんな大騒ぎになっているとは露知らず、隼鷹とその配下の妖精(平均身長190センチのモヒカン軍団)さん達によって完全にジャックされたスタジオでは、今まさに隼鷹達がカメラに向かってアクションを取るところだった。
 その映像が配信されている殆ど全ての街頭エキシビジョンで、電気屋のショーウィンドウで、近所の定食屋の片隅の古ぼけたブラウン管TVで、ネット配信で、横須賀鎮守府の控室の中にあるTVで。これから何が始まるのかと誰もが固唾を飲み、あるい単なる好奇心と共に見守っていた。

『先に言っておくけど、この放送は独自の中継局を利用した電波ジャックだから、中継アンテナの電源を落としても無駄だぜー? それと、これは金品の要求や政治的目的を伴うテロじゃあないんで、スタッフや出演者達は全員無事だぜ、ほら』

 親指で画面外を支持する隼鷹に従い、カメラが振り向く。そこには、ガムテープで口と手足と親指を縛られ、一か所に車座になって集められていたスタッフや出演者らの姿があった。那珂ちゃんだけビニル紐による亀さん縛りなのは何故だろう。と編集室の面々は思ったが、舌まで緊縛された那珂ちゃんの姿が映った瞬間に視聴率が10倍近くに跳ね上がったのだから良しとした。

『さて、それではあたしら『隼鷹』達の要求を伝えます』

 そう言って、一番最初に現れた隼鷹がスカートのポケットの中をまさぐる。携帯電話を取り出し、カメラの前に掲げる。

『帝国郵船の代表に告げる。今すぐ電話に出ろ。さもなくば、各戦線での戦況を今ここで実況配信してやる』

 各戦線――――間違い無く、対深海凄艦戦争の事だろう。
 ネット上の動画サイト等では『戦線?』『どこのだよ?』『隼鷹さんいっぱいいるから一人くらい持ち返っても(ry』などの無数のコメントが映像の上を行ったり来たりしていた。

『……』

 5秒、6秒、7秒……60秒経過してもなお携帯電話は沈黙したままだ。
 携帯を持った隼鷹が無言で指を鳴らす。すると、カメラの外側で待機していた別の隼鷹が真っ黒い革張りのA4サイズのバインダーを手渡す。音読する。

『3月21日、5ピーナッツ入荷。支払:2億5000万円。(レート5000/g)。3月28日、4ピーナッツ入荷。支払:資材一式(別紙に記載。運送方法は第2橿原丸の試験運用と称する)。4月3日、6ピーナッツ入荷……ほっほー。最近のピーナッツは、純金のレートとほぼ同額なんですなぁ』

 どれどれピーナッツの生産元はブイン島の……と言いかけた隼鷹の言葉を遮るように、手元の携帯電話が鳴り出した。隼鷹は素早く別の隼鷹から手渡されたケーブルと携帯を接続。外部スピーカーに接続された会話線からは、男の声が流れてきた。

『……何が目的だ』
『代表、あんた、アッツ島に行く直前のあたしらに――――第1f期北方海域派兵隊の隼鷹達に言ったよな?『任期を終えて、全員無事に帰ってきたら、お前ら全員橿原丸に再改装してやる。カネが足りないならポケットマネーから出してやる』って』

 電話口の男は、何も言わない。

『知ってるか、あの時訓辞を受けた全員、その時の事録画してたんだぜ。その時のアンタのその一言、たったそれだけを希望に、皆、あそこで戦ってきたんだ』
『……』

 電話口の男は、やはり何も言わない。沈黙は金。それを理解しているからだ。だが、今この場においてそれは大きな間違いだった。
 携帯を片手にした隼鷹が再び指を鳴らす。画面が切り替わる。

『見ろよ。あの日、あの時、あのちっぽけな島で、何を見てきたのか』

 そこには、地獄が映っていた。




【――――弾! 弾を頂戴!! 早く! 弾幕が途切れた!! 来る! 突っ込んでくる!! 早く!!!!】

 最近の極薄液晶や有機EL画質が平均値の本土の人間にとっては、むしろ新鮮味を感じる粗さの砂嵐交じりの画質。
 その向こうでは、いたるところで爆発が繰り返され、その都度掘り返された泥と土と、硝煙で煤けた顔の五十鈴がボロボロに泣き歪みながら、大体同じような汚れ方をした男2人の操作する設置式の重機関銃の給弾手をしていた。五十鈴の頭には擬装ネットを被せた粗末な緑色のヘルメットを被っていた。髪を結えていた白いリボンは、片方が失われていた。服もボロボロで汚れきり、もう何日も洗いも着替えもしていない事が一目で見て取れた。

【どけ犬塚! 邪魔だ!!】

 撮影者を後ろから付き飛ばすようにして五十鈴に駆け寄り、押し付けるようにして10メートル近い12.7ミリの弾薬ベルトが収まった木箱を受け渡したのは、隼鷹だった。2人して給弾装置にベルトの端っこを飲み込ませる。よっしゃあぶちかませ! 思わず立ち上がって――――塹壕よりも高く、そう、高く立ち上がってしまい――――そう叫んだ隼鷹の首から上が弾け飛ぶ。首から上の挽肉が飛んだ方向とは真逆の方に向かってガンナーが発砲。五十鈴も腰にぶら下げていた艦娘用のCIWS(という名目で持ち込んだFN社のP90)を構えようとして蹴リ飛ばされる。バカ野郎ちゃんとベルト持ってろ。

 次の瞬間、画面が大きく一度だけ揺れる。カメラが塹壕の左を向く。五十鈴と男達も左を向く。
 怪物がいた。
 怪物は、深海凄艦の飛行小型種と全く同じ姿形をしていたが、それよりもはるかに小さかった。たったの5メートルぽっちしかなかった。

【ひ、ひこうこ――――】

 ガンナーが銃口を向けるよりも先に、塹壕の上にまたがるように強硬着陸したその怪物の正面と思わしき部分から、秒間数百発のペースで発砲炎が伸びる。塹壕内を線でなぞるような制圧射撃。五十鈴も、男達も、誰かが何かを言う前に木端微塵の挽肉と化していく。その怪物の向こう、塹壕内から別の五十鈴と、今しがた挽肉になったばかりの男たち同じ戦闘迷彩服を着た歩兵達が歩兵用のゴリアス・ロケット砲を担いで持ってきた。後方の安全確認などクソ喰らえとばかりに発砲。都合3発の多目的榴弾弾頭の直撃をケツに受け、怪物はあっけなく爆散。カメラのレンズに肉片がこびり付く。

【うわ、こないだレンズ買い換えたばっかだったのにwww】

 恐らくはカメラマンの声だろう。この光景とは裏腹の、実に呑気な声だった。

【ここはもう駄目だ! 海岸線陣地は放棄しろ! 後退、後退!!】

 とりあえずの原型が残った怪物の薄く細長い脚足がゆっくりと倒れるのを最後に、再び画面が切り替わる。



 次の画面は、薄暗かった。鳴りやまない低くくぐもった重機関銃陣地の発砲音。砲爆撃の風切り音と着弾音。そして、着弾時の衝撃で揺れるカメラと天井から落ちこぼれる幾ばくかの砂埃。

【メーデー。メーデーメーデーメーデー。こちらアッツ島守備部隊。全部隊の撤退許可と回収部隊の派遣を要求する。敵、深海凄艦は新種を投入せり。全長5メートルほどの超小型の飛行種。制空権争いには参加せず、直接陣地に取りついて生体機関砲と格闘戦で制圧する強襲制圧型と推測される。鍋島Ⅴ型、正太郎、いずれも此度の第15次防衛戦にて全て損耗せり。最早我、戦力無し。メーデー。至急撤退の――――】
【弾薬回収部隊が戻ったぞ! メディック! 来てくれ!!】

 薄暗い中に、四角く切り取られた光が差し込んだ。完全に閉鎖されていた地下塹壕の扉が開いたのだ。後光を背負い、外から帰還したのは、血と泥にまみれて薄汚れた兵士3人と、ソイツらが両手で後生大事に抱え込んだ大きな弾薬木箱と、別の隼鷹と兵士の2人の兵士に引きずられるようにして生還した、那珂ちゃんだった。

【痛いよぉ、痛いよぉ……!】
【モルヒネはもう無いからな! 舌噛まない様に歯ァ食いしばれ! 羽虫の体液で焼き塞ぐぞ!!】

 他の男ども同様にやはり血と泥と硝煙で顔も服も煤けて汚れに汚れた那珂ちゃんには、足が無かった。普段着のミニスカートから少しはみ出したくらいの部分で、両足ともに醜く千切れていた。

【羽虫(※翻訳鎮守府注釈:前述の超小型飛行種の事)だ。帰る途中に見つかった。まだ弾薬庫には――――】

 地獄の咎人でもここまでは出せまいというレベルの那珂ちゃんの悲鳴をBGMに、轟音と共に画面が一際大きく揺れる。

【――――弾薬庫には、もう何も残ってなさそうだな】
【なぁ、羽虫の体液って大丈夫なのか?】
【知るか。俺の右足ン時は大丈夫だったから何とかなんだろ】

 騒音けたたましい闇の中に再びの沈黙が訪れる。殺してくれ、モルヒネをくれ。重傷を負った兵士や艦娘達の呻き声と懇願と、砲爆撃――――もちろん、深海凄艦側のだ――――の音だけがひっきりなしに鳴り続けていた。

【全員聞け!】

 先程から全周波数でメーデーを発していた小隊長だった。

【南のアガッツ島の回収部隊がこちらに来てくれる事になった!】

 誰もが、イエス・キリスト降臨の瞬間を見る目で小隊長に注目した。

【ただし5分間だけだ! 総員起こせ! 脱出だ!!】

 その一言に、今まで死にかけていたはずの誰も彼もが蘇る。

【病院壕のスカグネティ中尉に連絡とれ! マサクゥル・ビーチで合流だ!! シグナルスモーク忘れるな!!!】
【装備も食料も全部置いてけ! 武器も片手に収まるだけにしろ!】
【那珂ちゃん! 肩に掴まって!!】
【あ、ありが、と……】

 画面の左上でバッテリー残量の警告ランプが明滅し始めたあたりで、場面が切り替わる。



【走れ走れ走れ!!】

 次の場面は、ひたすらに安定していなかった。撮影者が足場の悪い砂の上を走っているからだろう。ぐらぐらと激しく揺れるカメラフレームの中では、やはり兵士達と艦娘達が決死の形相で桟橋まで寄せて来てくれた回収部隊の駆逐艦――――恐らくは、特Ⅰ型だ――――に向かって走っていた。時折銃をあちらこちらに発砲している者がいるのは、恐らく羽虫――――例の超小型飛行種を迎撃しているためだろう。あ、ほら、先程の那珂ちゃんに肩を貸していた隼鷹と兵士の3人が撃ち落とされた超小型飛行種の墜落と、続く強酸性の体液爆発に巻き込まれて見えなくなった。

【皆さん急いでください!! 沖合から敵の主力部隊が来ています!! 見捨てはしませんけど急いで!!】

 停泊している駆逐艦は、艦娘だったようだ。
 桟橋を踏破したカメラが乗り込む。後ろを振り返る。遥か後ろを走っていた誰かが、敵の艦砲射撃の着弾爆発に巻き込まれて、数十個のパーツになった瞬間が写った。
 最初に乗り込んで人数を点呼していた小隊長が、飛んできた片腕を掴み、肩口に彫られたトカゲの入れ墨を確認して叫ぶ。

【今乗った徳永少佐(元中尉)で最後だ! アッツ島守備隊、陸海軍総員16名乗艦完了! 出してくれ!!】
【了解! 駆逐艦『吹雪』脱出します!!】

 カメラがゆっくりと海岸線を離れ始める。甲板のそこかしこから万歳三唱の大絶叫と発砲音が聞こえる。

【なぁ艦娘さん! あんた以外の回収部隊はどうした!?】
【全滅しました! それと、誰でもいいから航法士の方、海図読んでください! 道が分からないんです!】

 吹雪が叫ぶ。小隊長も叫ぶ。そうしないと周囲の轟音で声が掻き消されてしまうからだ。

【馬鹿言ってんじゃねぇ! そんならどうやってここまで来たんだよ!? ていうか俺達陸軍だぞ!? 地図は読めても海図なんか読めねぇよ!!】
【ヌ級の変異種にやられたんです! 電子戦に特化したタイプ!! TACANもGPSレシーバーも通信デバイスも全部焼き殺されました! non-navsat羅針盤も動作不良おこして、艦隊のみんなも濃霧とそれではぐれた所を順番に――――】

 吹雪の涙声の叫びをかき消すようにして、艦体のすぐ真横に巨大な水柱がいくつもいくつも立つ。そう遠くない距離に、何ともおぞましい姿形が最大の特徴である軽巡種の姿が複数映っていた。救助部隊に拾われたという安堵に心が緩んでいた兵士達が、その衝撃で精神的に打ちのめされる。

【畜生! 折角島の外に出れたのに!】
【もう嫌だ! 助けてくれ!!】
【五月蝿ぇ! 黙ってゴリアス持って来いやバカ!!】

 それでも心折れずに見張り役と迎撃を買って出ていた兵士たちが叫ぶ。

【北からも南からもどんどん迫ってきてるぞ!!】
【西だ! 西のキス島だ!! あそこがここいらじゃ一番防衛設備が整ってる! キス島の守備隊に連絡とれ! 籠城戦だ!!】
【吹雪の通信装置は全部死んでますよ!?】
【だから、脳内無線か生きてる野戦機持ってる奴なら誰でもいい! 死体でもいいからしょっぴいてこい!】
【隼鷹、那珂、五十鈴ども! お前ら海図読め! 読めなくても何とかしろ!! でなきゃみんな死ぬぞ!?】
【【【りょ、了解!!】】】

【西! 西だ!! キス島に進路採れ!!】

 あ、ごめん。バッテリー切れw
 そんな場違いな一言を最後に、映像はそこで終わっていた。




 カメラが再び会場の隼鷹を映す。

『……この後、あたしらは命辛々辿り着いたキス島でも包囲されちまってさ。救助部隊が来るまでの間、もう駄目だ、お終いだって何度も何度も思ったさ。でもよ、アンタの言った一言を希望に、もうちょっと、もうちょっとだけ頑張ってみよう。っていう気になれたんだ』

 本土の土を踏んだ瞬間、生きてる、生きて帰って来れたんだって、陸軍さんもあたしらも関係無しに皆でわんわん泣き出してさ。今思うと恥ずかしいったらありゃしなかったね、あれは。と隼鷹は軽く笑って流したが、誰もが言葉を発せないでいた。

『けどさ、こんなに頑張ってさ、何人も何人も見殺しにしてさ、それでもやっと帰って来たんだぜ? なのにさ、代表、アンタに約束の話してみりゃ『それは出来ない。カネも資材も全然足りない』ときたもんだ。南の島に週イチで送る分はあるのにさ。別の、第2橿原丸を建造する余裕だってあるのにさ。それに、それにさ――――』

 隼鷹が再び指を鳴らす。

『――――それにさ、何であたしらの戦いが無かった事にされてんだよ』

 次に映ったのは、アッツ島でもキス島でもなかった。この撮影スタジオがあるビルの屋上ヘリポートだった。そこにはまた、別の隼鷹が一人で立っていた。

『あたしら、頑張ったんだぜ。絶対帰るんだって、みんなで帰るんだって。それなのに、ようやく帰ってきたら本土の連中は戦争反対だの平和が一番だの……意味分かんないデモばっかりやっててさ、あたしらのやって来た事を頭ごなしに、どころかあたしらがいる事すら知ってないし。何の冗談だよ。おまけに――――』

 隼鷹は一度、言葉に詰まった。

『――――おまけに、おかえりの一言も無く、よくやったの一言も無く、司令部は補給を済ませたら、誰にも見つからないようにすぐに本土を出ていけの一点張り。それだけじゃない。出ていったら、そのまま腐れ谷に行けだと!?』

 とりあえずの説明をしておくと、腐れ谷とは異世界の地名ではない。帝都湾の出口にあたる三浦半島からさらに南の沖に向かって伸びた海上道路の先にある、小さな半地下式の出島の事であり、同地に建設されている大規模ゴミ収集・処理施設の通称である。最近の若い子にはクズ底とか第2夢の島とか言った方が通りは良いのかもしれない。
 そして、軍の関係者はあまり声を大にして語りたがらないが、そこには艦娘の艤装、および艦娘自体の処理施設も存在している。

『ふざけんな! あたしらは、確かにもう人間じゃあない! でも、モノになった覚えも無い! あたしらにだって意思はあるんだ。認めさせてやる』

 屋上の隼鷹が何事かを叫び、カメラが光と轟音に包まれた。
 光が収まった時、そこには艦娘としての隼鷹の姿は無く、軽空母としての『隼鷹』があった。横から見ると細い菜箸で摘まんだコンニャクめいてビルの屋上で不吉にしなっていた。よくも折れたりしないものだ。
 そんな軽空母が、物理法則にケンカを売った。

『『『はぁ!?』』』

 その映像が配信されている殆ど全ての街頭エキシビジョンで、電気屋のショーウィンドウで、近所の定食屋の片隅の古ぼけたブラウン管TVで、ネット配信で、横須賀鎮守府の控室の中にあるTVで、現場のすぐ近くにいたシャチク共が肉眼で。
 コンニャクめいてしなっていた『隼鷹』が、何の音も手助けも無しに、ビルの上にて垂直に立ち上がって行ったのだ。そしてついには完全に垂直となり、今までビルに接していたはずの船底が完全に露わになった。
 控室の中で齧り付きになって見ていた球磨と木曾には、この超常現象に心当たりがあった。

「く、球磨姉! これ!」
「うん。間違い無く『超展開』だクマ。でも、一人でどうして……?」

 困惑する球磨ら軍関係者を余所に、スタジオの隼鷹が呟くように宣言する。

『させない。絶対にさせない。あたしたちのあの戦いを、あの地獄を無かった事には、絶対、させない!!』

 ビルの上で垂直に立った『隼鷹』が、音と光に包まれる。




 ちょうどその時、連続バク転で海上を猛進撃していた飛龍と蒼龍は、先行していた別の――――彼女らとは別の鎮守府の――――艦娘達と進路が一緒になった。
 超展開中の正規空母『赤城』と『加賀』
 それが二人の名前だった。

【ドーモ、カイ……赤城=サンに加賀=サン。飛龍です】
【ドーモ、赤城=サン。ドーモ、加賀=サン。蒼龍です】

 連続バク転を一度中断し、その勢いと慣性だけで空中を滑るほんの数秒間のあいだに飛龍と蒼龍は実際見事なオジギを決め、連続バク転を再開した。
 対する赤城と加賀は、脇の下に指が収まるように腕を組んで――――寒さで指先の感覚を鈍らせないためだ――――上半身を全く微動だにさせず、代わりに残像が残るほどの超高速で両足を動かしながら海上を疾走していた。
 加賀と赤城も更新されたIFF情報に目を通し、首だけを軽く2人の方に向けた。

【走りながらで失礼します。お久しぶりです、飛龍さんに蒼龍さん。先週の合同演習以来ですね】
【お二人もやはり、あの放送を聞いて?】
【ハイ。違う鎮守府の手の者とはいえ、同じクウボです】
【クウボの不始末は同じクウボが付けるべし。インガオホーというやつです】

 それは少し用法が違うような……と思った赤城と加賀だったが、奥ゆかしくも口には出さないでいた。
 一方の飛龍と蒼龍は、今の赤城の言葉でこの二人の所属先をふと思い出す。
 ⇒驚愕する。

 ――――まさかこの人達、さっきの放送を聞いて九十九里要塞線から駆け付けたの!?
 ――――まだ五分かそこらしか経ってないよ!?

 驚愕するも、その仕草や表情には一切出さないでいた。それが奥ゆかしさである。




 余剰エネルギーの嵐が晴れたそこにはもう、軽空母としての『隼鷹』の姿は無かった。
 何だったのだ今のは。手品か? スゴイ級の手品なのか? そうざわめく野次馬らが、一瞬沈黙した。足の裏から、かすかな揺れを感じ取れたからである。

「……地震?」

 呟いた本人も、違うとはっきり認識した。普通の地震なり微震なら、このように規則正しく揺れたり収まったりを繰り返すはずが無いのだから。普通の地震なり微震なら、このように巨大な怪獣が歩く時のような音はしないはずであるのだから。
 別の誰かが指さして叫ぶ。

「あ、あれは何だ!?」

 規則的な地揺れと共にビルの向こう側から現れたのは、艦娘としての隼鷹だった。外観は艦娘の時とそう大差なく、精々が左胸の心臓――――動力炉から燃えるような輝きの光が装甲越しにも見えている事と、手すきだった右手に酒瓶を握りしめているくらいのものであり、スタジオにいる隼鷹らとそう変わらない形状をしていた。

「お、大きい……! 大きいねぇ!?」

 ただ、そのサイズが異常であった。

【隼鷹、超展開完了! 機関出力255%! 維持限界まであと1800秒!!】

 超展開――――文字通り、展開状態の艦艇をさらに展開させることによって得られた、全く新しい戦闘艦の形態。一言でいえば艦娘を巨大化させただけともいえるのだが、それだけでないのが超展開の“超”たる所以である。
 そしてそれは、提督と艦娘の二人が揃って初めて実行可能になるものであったはずだ。
 スタジオの隼鷹が耳に仕込んだ小型インカムで訊ねる。

『どうよ、調子は?』
【いい感じだぜ~。聞いてたほどの違和感も無いしねぇ】

 今この瞬間、この隼鷹の艦長席を覗いてみるとそこには、無数のケーブルで隼鷹と直結されている金属製の小さな円筒が一つ安置されているだけだった。
 非カレン・非AP式補助デバイス。
 Team艦娘TYPE内での開発コードは『ダミーハート』
 それがこの円筒の正式名称であり、提督不在の隼鷹が超展開を実行できた理由である。

『そいつぁ重畳。加賀さん達もこっちの予想通りに進んできてるそうだし、パーッっといこうぜ。パーッとな』

 その言葉を聞いて、超展開中の隼鷹はスカートの中を撮影しようとしていた不埒者共を歩行時の風圧だけで吹き飛ばし、半ばパニック状態になって蜘蛛の子を散らすようにして逃げ出したシャチクや野次馬らを余所に、夜のビル街を闊歩し始めた。その左右それぞれの足裏には『鐵飄浮。好像油一樣浮起。在冰上面為使滑行前進。急々如律令(鉄よ浮け。油のように浮け。氷の上を滑るように進め。そうあれかし)』の文字が青白く輝いていた。
 隼鷹が呟く。

【……そうだ。パァーッとだ。パァーッっといこう。アッツ島で、キス島で死んでいった皆のためにも派手にいこう】
『そうだとも。あの島々からでも、あの島々で眠っている皆からでも見えるくらい、派手にいこう』

 隼鷹達が睨み付けるその視線。それは、帝国郵船の本社ビルがある方角を向いていた。




 ちょうどその時『赤城』『加賀』『飛龍』『蒼龍』の、かつてのミッドウェーを彷彿とさせる空母4人娘達は、交戦していた。
 最寄りの鎮守府から確実に出撃してくると予測されていたこの4人を足止めするために配置されていた、別の隼鷹達だった。

【【【【ドーモ、正規クウボのお歴々。隼鷹でーす】】】】
【ドーモ、隼鷹=サン。飛龍です】
【ドーモ、隼鷹=サン。蒼龍です】

 艦娘本来の姿である戦闘艦状態に展開・解凍された軽空母『隼鷹』から届いた単距離光学通信に対し、連続バク宙で海上を進んでいた飛龍と蒼龍が反射的に足を止めオジギを返した。
 一方の加賀はアイサツを返す暇も惜しいと背負っていた弓を抜刀。誰かが『スゴイシツレイ!』とたしなめるよりも先に弦を弾いた音が辺りに響き渡る。同時に、肩部の着艦用飛行甲板に爆撃機『彗星』による第一次爆撃隊が帰還するところであった。

【……どこぞの五航戦は理解していないようだけど『アウトレンジで…決めたいわね!(CV:ここだけ野水伊織)』そう思った時にはもう、攻撃部隊は帰投していなくてはならない。それが一航戦】

 直後、行く手を遮っていた隼鷹達のスクリューシャフトと飛行甲板から同時に爆発。

【【【【ンアーッ!?】】】】

 全ての隼鷹達は、全くの同じ個所に全くの同時に着弾した対艦用の大型爆弾によってたちまちに無力化された。
 超展開中の副次的な恩恵として意識容量と処理能力が大幅に上昇しているはずの飛龍と蒼龍ですら、何が起こったのか理解できない速度の早撃ちだった。イッコーセンズ・ワザマエ!

【あの一瞬であれだけの数のカンサイキを発進・攻撃・帰投だと……!? 何というワザマエ!】
【! 赤城=サン! 危ない!!】

 加賀の攻撃部隊が着艦したほんのわずかなスキを縫って、前方を遮っていた隼鷹らとはまるで違う方向から、九七式艦攻が超高空からのウミドリ・ダイブ!
 火煙を上げつつも、なおも攻撃部隊を発艦させようとしていた隼鷹らのボトム・ヂカラを警戒していた赤城は、上空から迫る魚雷にまるで気が付いていない。


 一航戦奥義、二指真空把!!


 赤城が爆発的なクウボ速度で真上に振り向き、ヒサツ・ジツをシャウト。鳥のフンめいて落下する魚雷を2本の指だけで器用に摘んで捕獲すると、一寸のタイムラグも無くそのまま九七式艦攻に向かって手首のスナップだけで投げ返し、主翼の一部を破損させる。

【【ワザマエ!!】】

 続けて加賀が、何も持っていない左手を九七式艦攻に向けて指をSNAP! それによって生じたCIWS――――加賀特有の異常排熱に指向性を持たせた不可視の熱衝撃波――――によって、そのまま九七式艦攻を木端微塵に蒸発させる。

【やりました】
【【ワッザ!?】】

 ゴウランガ! 最早一航戦なら何でもありか! イッコーセンズ・ワザマエ!




「じゅ、隼鷹さん本気で何考えてんだ!? あれじゃあ自分たちの存在を認知されるどころか、存在抹消されちまうんじゃねぇのか!?」
「クマー……多分、逆だクマ。ここまで騒ぎを大きくしたら、もうクローンの存在も、戦争の事実も隠し通すことは出来なくなるクマ。きっとそれが狙いクマ」

 2番目の綾波の時も、神通さんの時も、下手に逃げ隠れしようとして失敗したクマ。と球磨は呟いた。
 あの隼鷹らとて、頭では理解しているのだ。戦争をしているという事実を知らないからこそ、ここまで本土は平穏でいられるのだと。そして、その平穏を壊す自分達こそが悪役であると。
 だが、納得出来なかった。自分たちの戦果を、存在を、ただ認めてほしかった。
 私達は、隼鷹は、ここにいる。
 たったそれだけの事なのだろう。

「さっきの隼鷹達、1f期北方派兵組って言ってたクマ。丁度球磨と入れ替わりでアッツに向かった連中だクマ。まさか1年とちょっとであそこまで押されるとは思っても無かったクマ」
「そういえば球磨姉は確か……」
「そうだクマー。数少ない出戻り組だクマ。こっちの球磨がスタジオの事故でリタイアしたから、そのまま原隊から外されて入れ替わりだクマ」
「あー。球磨姉って、何か前の球磨姉より姉ちゃんらしいからすっかり忘れてたなぁ」
「そりゃ嬉しいクマ。……でもね、木曾。球磨は、あいつらの言ってること分かるクマ。この横須賀鎮守府に来てから、いったい何度お前らをハッ倒そうかと思ったか覚えてないクマ」
「え?」

 突然の告白に、木曾が硬直まる。

「たまのオフで街に出ても大体同じような感じだったクマ。球磨達が血反吐吐いてハラワタ零して、仲間の死体踏みつけて戦って、ようやく帰って来たのに、道ですれ違うどいつもこいつも、何平和ボケしたアホ面晒してやがる。ってな感じだったクマ」

 実際、半年くらい前までは球磨もあの隼鷹達とおんなじ考えだったクマ。と球磨は言い、でもね、と続けた。

「でもね。ある日気が付いたクマ。そういう平和ボケできるような、そういうぬるま湯みたいなこそ場所が、球磨達には必要だったんだって事にクマ。戦って、戦って、最後まで戦い抜いて、ただいまー。って言えるような場所があれば、大丈夫なんだクマ。それを守るためなら……どんな事だって出来るんだクマ」
「球磨姉……」
「だから安心するクマ。球磨は、このぬるま湯のような今の生活が大好きクマ。だから、あの隼鷹達の考えには賛同しても、木曾たちの敵に回るようなことはし――――」

 球磨の言葉は、突如として鳴り響いたサイレンの音に掻き消された。
 その音は、横須賀鎮守府内だけではなく、帝都湾に面する一帯全てに鳴り響いていた。

『緊急放送。緊急放送。横須賀鎮守府全艦隊第一種戦闘配置。横須賀鎮守府全艦隊第一種戦闘配置。気象衛星『あっつざくら』より緊急入電。帝都湾内に深海凄艦出現。帝都湾内に深海凄艦出現。構成、駆逐イ級2、軽母ヌ級1。繰り返す。帝都湾内に深海凄艦出現。横須賀艦隊第一種戦闘配置。横須賀艦隊第一種戦闘配置――――』

 隼鷹達の使っていた上書き電波すら塗り潰す最優先周波数。
 街頭モニタ、街角の電気屋のショーウィンドウ、近所の定食屋の片隅の古ぼけたブラウン管TV、ネット配信、横須賀鎮守府の控室の中にあるTV、現場のすぐ近くにいたシャチク共に配られていた社用のケータイ、そして球磨と木曾の持っていたスマートフォンにすら。
 問答無用で切り替えられた全ての通信インフラには『Emergency Warning System! 国民国家の安全保障に関わる緊急事態放送です』のテロップだけがエンドレスで放送されていた。

「クマー……帝都湾で警報鳴るとか、もう笑えねークマ」
『繰り返す。帝都湾内に深海凄艦出現。横須賀鎮守府、全艦隊出撃準備』

 出撃。

 有るはずが無い。本土にいる自分達には出撃命令なんて絶対に無い。
 それは、出戻り組の球磨を除いた、横須賀鎮守府配備の全ての艦娘達が懐いていた共通幻想である。
 そしてここ――――横須賀鎮守府内には球磨達がいる以外にも各チームごとの控室があり、艦娘達が待機しているはずである。だが、他所の控室から聞こえてくるのは、緊急放送とサイレンの音だけだった。今そこに迫った実戦という名の恐怖に、誰も、何も言えなかった。長門や天龍と言ったような、かつての歴戦の猛者達の化身ですら。

「球磨姉さん!」
「球磨姉!!」

 ドアを蹴破らんばかりの勢いで控室に飛び込んできたのは、Team艦娘TYPEの19番と20番、傘下チーム『くそれずテクニック』の『大井』と『北上』である。何故にかは不明だが北上は普段の緑色のセーラー服ではなく、自動車工が作業中に着るようなツナギを着ていた。

「おう、お帰りだクマー」

 球磨は片手を上げて、部屋に飛び込んできた二人に挨拶を返した。普段と全く変わらないその仕草に、大井と北上の二人が安堵とも脱力とも取れる大きな溜息を洩らした。

「……球磨姉さん、全くブレてないわね」
「まー、逆に安心できたかな。私ら的にはさ」
「クマッマッマッマー。球磨はお前らのお姉ちゃんだクマ。ドンッ☆ と構えて、妹たちを安心させてやるのが球磨のお仕事だクマ。……ところで、プロデューサーもとい艦隊指揮官殿は裏のドックかクマ?」

 普段の間の抜けたような表情を消し去った球磨が北上達に聞いた。優しかったはずの姉が初めて見せた戦士としての表情に、北上達はおろか木曾までもが一瞬怯えた。

「え、ええ……しゅ、出撃だって。でも、なんで、球磨姉さんだけ……!?」
『業務連絡。業務連絡『球磨型軽巡ズ』の球磨は直ちに出撃ドッグに集合せよ。他の艦娘は全て控室にて第2種待機』

 第2種待機――――出撃した連中がやられた場合に備えて、いつでも出撃できるようにしておけ。という意味だ。
 そしてこれから出撃するのは、球磨その人に他ならない。

「ま、当然だクマ。今のお前らじゃ初陣飾るどころか敵に首級くれてやるようなもんだクマ。まぁ、球磨姉ちゃんの戦い方、よーく見ておけだクマ」

 妹達の不安げな視線を余所に、放送を聞いた球磨が控室を後にする。
 ドックに向かう最中、左右の控室の僅かに開いたドアの隙間から覗いていた艦娘達は、誰もが球磨を宇宙人か何かを見る目で見つめていた。気に入らない。とばかりに球磨が振り返って叫ぶ。

「オメーらもだクマ!! チャンネル合わせ間違えんなクマ!!」



 そして、その緊急放送は海上の加賀達にもしっかりと伝わっていた。

【……嘘、そんな】
【本土に、深海凄艦が!?】

 嘘でも冗談でもなかった。横須賀のある方角からは、南風に乗って微かにサイレンの音が聞こえて来ていたし、当の加賀達に搭載されているPRBRデバイスにもhitしていたからである。そして、港湾付近で立て続けに起こっている爆発の光や音も。
 少なくとも、加賀達が知る限りでは帝都湾の港湾部には、何かしらの防衛設備が隠蔽されている。という事実は無かったはずだ。

【……分かってる。うん。今から言うとこ。あのー……正規空母の皆さん、ここは一時休――――】
【【wasshoi!!】】

 無線でスタジオの隼鷹達と何事かを話し合っていた隼鷹達が最後まで言い切るよりも先に、飛龍と蒼龍が掛け声一閃。軽空母としての隼鷹の艦体を肩に担いで海上を爆走し始めた。因みに一航戦の二人は時既に水平線の近くだ。

【【【【ア、アイエエエエエエェェェェェェ……】】】】

 何とも情けない隼鷹達のドップラーシフトだけをその場に残して、夜の海の上に再び静寂が訪れた。




 すでに、港湾部の一部は地獄の様相と化しつつあった。
 よりにもよって、護衛の駆逐イ級に守られた軽母ヌ級が吐き出した小型飛行種が、映像の中にあった対人戦に特化した例の羽虫こと超小型種だったからである。通常の飛行小型種よりもずっと小さいという事は、それだけ大量に運べるという事であり、戦艦どころか駆逐艦の装甲ですら凹ませるのがやっとの生体機関砲も、生身の人間相手ではオーバーキルもいいところだ。
 そして、本土の人間達が、これを映画の撮影か何かとしか認識していなかったのが、この悲劇の被害を最大限に引き延ばした。

「あ」

 誰かが呆けたように目の前に強行着陸した超小型種を見上げる。対する超小型種は、一片たりの動揺も見せずにブレード状に奇形化した前腕でそいつを踏み貫いて殺し、絶叫を上げて逃げ惑う市民達を片っ端から銃撃で粉微塵のミンチに変え、急行した中量2脚型の鍋島Ⅴ型に蜂の巣にされるまでの間に3人を斬り殺した。
 おまけに護衛の駆逐種も支援とばかりに地上に向けて砲撃を敢行。直撃を受けた高層ビルから瓦礫やガラスの破片が逃げ惑う人々の頭上や行く手に次々と落下し、ただでさえ進んでいない避難がさらに困難なものと化し、被害が拡大していく。

【クソッたれが! みんな逃げろ!】

 超展開中の隼鷹が酒瓶を傾ける。ぐびりと一口飲み込むと同時に自我コマンドを入力。スタンドアロンモードで稼働中だった全艦載機――――モヒカンさん達の解凍作業をRUN。保存容器内に充填されていた液体状のエネルギー触媒が隼鷹の艦体内で反応を促し、左袖から伸ばされた巻物状甲板から、青白い発光現象と放電現象が発生した。飛鷹や隼鷹、龍驤などに代表されるような、陰陽師系スタイルの軽空母が超展開中に艦載機を発艦させる際に見られる特有現象だ。

『警視庁に連絡付けろ! 交通整理と避難誘導急げ!』
【陸軍さん! あたしは空をやる! こっちはまかせた!!】
『海軍さん! 俺達は着陸した連中から仕留める! そっちは頼んだぞ!!』

 この時点で、テロを起こした隼鷹らも、事態鎮圧のために出動してきた陸軍も無かった。

<ヒャッハー! 橿原丸お嬢様ー! 全艦載機出撃準備完了!!>
<ヒャッハー! 装備は全員対空戦闘用の九六式艦戦! データリンクシステム異常無し!!>
<ヒャッハー! 俺達さっきまでコッソリ酒飲んでたけど、飛行機が飲んでも飲酒運転になんのかなぁー!?>

 隼鷹の飛行甲板上に、プロペラ飛行機の被り物を被ったモヒカンさん達が一糸乱れず整列していた。報告を受けた隼鷹が間髪入れずに出撃プログラムをRUN。

『全艦載機――――発進!!』

 飛行甲板からエネルギーを充填され、全身から青白く放電するにまで至ったモヒカンさん達が両手を肩まで上げ、指先まで真っ直ぐに伸ばす。やりすぎたオジギの様に腰を90゚ 近くにまで曲げる。その体勢のまま、口々に叫んで走り出す。

<ぶるんぶるん、ぶるどどっどどどどどどどどどどど!>
<きいいいいいいいいいいいいぃぃぃぃぃん!!>
<ヒャッハー! コンターック!>

 中々に悪夢めいた光景だが、当のモヒカンさん達も隼鷹も、いたって大真面目である。そして飛び出したモヒカンさん達が空中でくるりと一回転すると、そこにはヒャッハーヒャッハー言っていた生身のモヒカンさんの姿は無く、無人座席のまま空を飛ぶ復刻戦闘機――――九六式艦上戦闘機の姿だけがあった。
 次々と戦闘機本来の姿に解凍されたモヒカンさん達が、超低空で次々と海上から市街地に侵入しようとしてきていた超小型種の迎撃を始める。

<ヒャッハッハッハッハー! やっぱこっちの姿の方が性に合ってるなぁ!!>
<ヒャッハッハッハッハー! こっちに飛んできてるのが深海凄艦! 落とされたのが良い深海凄艦だ!!>
<ヒャッハッハッハッハー! 帰ってきたら地上の水で乾杯じゃー!!>

 次々と超小型種が落される。迎撃網をすり抜け、あるいは半死半生で地上に降り立った者らには陸軍の鍋島Ⅴ型からの集中砲火が待っていた。さらに市街地深くにまで進行していた種に対しては、艦娘状態のままテロに参加していた隼鷹らが対応した。元々彼女達が居たアッツ島では、艦娘なのに海に出る事すら許されない超劣勢の戦いを強いられていたのである。歩兵用の重火器の扱いなどもう手慣れたものである。
 陸軍のジープや警察車両に相乗りして急行し、手ごろな獲物を見つけては背後から分隊支援用の重機関銃やゴリアス・ランチャーを担いで接近し、羽虫が振り向いたり飛び立ったりするよりも先に次々と撃破していく。もう手慣れたものである。
 ジープの運転手が無線でやり取りしながら相乗りしていた隼鷹らに叫んだ。

「おい艦娘さん!」
「何!?」
「上陸してきた連中はひとまず片付いたみたいだ! だが、沖合のデカブツが砲撃し続けてる、あれをどうにかせにゃならん!! さっきのでっかい艦娘さんは!?」
「時間切れ!!」
「何だって!?」

 お互い、そこそこの至近距離だというのに叫んだままのやり取りである。銃砲撃の轟音で、耳が一時的に遠くなってしまったのだろう。

「だから、超展開の、維持限界だってば! 羽虫はほとんど撃ち落したけど、陸の上で座礁しちゃったから移動できないの!!」
「つまり、どういう事だってばよ!?」

 目の前に不意撃ちで広がった爆風に煽られ、ジープが横転する。駆逐種の砲撃。
 横転し、頭を強打して意識が遠のく瞬間、彼らは見た。

 この暗い夜では一際目立つ、巨大な閃光と轟音の中から、巨大な人影が立って出たのを。
 そしてその巨大な影は、何とも間抜けな声で『(球磨からは泳いで逃げても無駄だ)クマー』と叫んでいたのを耳にしながら、彼らは気絶した。









 本日の戦果:

 駆逐イ級        ×2
 軽母ヌ級        ×1
 超小型飛行種      ×200強(※小型飛行種は撃墜手当に含まれず)

 帝国臣民が、対深海凄艦戦争の現実を認識しました。
 帝国本土近海における、深海凄艦の脅威指数が急上昇しました。
 南方海域ブイン仮設要塞港(ブイン基地)と、本土の一部企業の癒着が発覚しました。


 各種特別手当:

 大形艦種撃沈手当
 緊急出撃手当
 國民健康保険料免除

 以上




 本日の被害:

 軽巡洋艦『球磨』:中破(横須賀鎮守府所属。超展開用大動脈ケーブル溶解、主機異常加熱、ネイルアート一部破損)
   空母『赤城』:小破(九十九里浜要塞線第99要塞所属。超展開用大動脈ケーブル溶解、主機異常加熱、液体軟骨異常劣化、燃料枯渇)
   空母『加賀』:小破(九十九里浜要塞線第99要塞所属。超展開用大動脈ケーブル溶解、主機異常加熱、液体軟骨異常劣化)
   空母『飛龍』:中破(有明警備府所属。超展開用大動脈ケーブル溶解、主機異常加熱。提督死亡)
   空母『蒼龍』:中破(有明警備府所属。超展開用大動脈ケーブル溶解、主機異常加熱。提督死亡)
  軽空母『隼鷹』:小破?(超展開実行艦。逃走中につき詳細不明)
  軽空母『隼鷹』x6:鹵獲(旧アッツ島守備隊所属。解体後、TKTに身柄引き渡しの事)
 軽巡洋艦『那珂』:鹵獲(旧アッツ島守備隊所属。解体後、TKTに身柄引き渡しの事)
軽巡洋艦『五十鈴』:鹵獲(旧アッツ島守備隊所属。解体後、TKTに身柄引き渡しの事)

   空母『翔鶴』:轟沈(詳細不明。KIA)
   空母『瑞鶴』:轟沈(詳細不明。KIA)


 各種特別手当:

 入渠ドック使用料全額免除
 各種物資の最優先配給


 特記事項

 対深海凄艦戦争の公表に伴い、横須賀、呉、佐世保、舞鶴の各鎮守府にて、第15次新規提督の募集を開始しました。
 前任者死亡につき、有明警備府にて新規提督急募中。2名までの採用を予定しております。
 詳しくはお近くのTeam艦娘TYPEまで。


 以上






 本日のNG(没)シーン1


「だから安心するクマ。球磨は、このぬるま湯のような今の生活が大好きクマ。だから、あの隼鷹達の考えには賛同しても、木曾たちの敵に回るようなことはし――――」

 球磨の言葉は、突如として鳴り響いたサイレンの音に掻き消された。
 その音は、横須賀鎮守府内だけではなく、帝都湾に面する一帯全てに鳴り響いていた。

『緊急放送。緊急放送。横須賀鎮守府全艦隊第一種戦闘配置。横須賀鎮守府全艦隊第一種戦闘配置。気象衛星『あっつざくら』より緊急入電。帝都湾内に深海凄艦出現。帝都湾内に深海凄艦出現。構成、駆逐イ級2、軽母ヌ級1。繰り返す。帝都湾内に深海凄艦出現。横須賀艦隊第一種戦闘配置。横須賀艦隊第一種戦闘配置――――』

 隼鷹達の使っていた上書き電波すら塗り潰す最優先周波数。
 街頭モニタ、街角の電気屋のショーウィンドウ、近所の定食屋の片隅の古ぼけたブラウン管TV、ネット配信、横須賀鎮守府の控室の中にあるTV、現場のすぐ近くにいたシャチク共に配られていた社用のケータイ、そして球磨と木曾の持っていたスマートフォンにすら。
 問答無用で切り替えられた全ての通信インフラには『Emergency Warning System! 国民国家の安全保障に関わる緊急事態放送です』のテロップだけがエンドレスで放送されていた。

 しかし次の瞬間、更なる上書き電波によってその放送は変更された。

『すぐに復帰します』
『これは那珂ちゃん改二の予定された野外ライブの一環であり全く心配がない』
『TKT驚異の科学力』

 意匠化された『TKT』の文字をバックに、力強さと奥ゆかしさを併せ持つミンチョ体の白文字で、欺瞞に満ちた説明文が簡素に流れてゆく。しかし愚民は誰もそれに異を唱えない。
 否! その欺瞞に対したった一人だけ『No!』と力の限り叫ぶ者がいた!

「ワッザ!? ワタシ!? ワタシナンデ!?」

 当の那珂ちゃん改二型ご本人だ。

「プ、プロデューサー=サン! こは何事ぞデスカ!?」
「那珂=チャン。ドーカ落ち着いて下さい。今から説明しますのでご静聴重点で」
「アッハイ」

 横須賀鎮守府の提督もといプロデューサーが、近くにあったパイプ椅子を那珂ちゃんに進める。椅子にちょこんと座った那珂ちゃん(改二)は、ポットに入ったニソクサンモン社製の合成マグロ・フレーバーのパック紅茶を一息すする。
 深海凄艦によって制海権を握られ、魚を初めとした各種海洋資源の入手が絶望的となった現在の帝国では、このような合成品のマグロ・フレーバーですら高級品なのであり、一昔前まではごく普通の家庭でも入手の容易だったオーガニック・マグロは今や同体積の金やタナトニウムと取引されるようになり、ツキジなどに代表されるような各種漁港や市場は、数多くの冷凍オーガニック・マグロが眠るエル・ドラド(黄金港)とされ、各種勢力が入り乱れて争う無法地帯となっている。

「それでは説明します。この後すぐ那珂=チャンは裏のドックで私と一緒にボートに乗って出航。沖合で展開し、そのまま私を乗せてから超展開を実行した後、カメラさんと照明さんのスタンバイを待ってから――――」
「だからなんで私が闘う事前提なのですー!?」

 那珂ちゃん悲鳴同然の絶叫は、鳴り続けるサイレンの音によってあっけなく掻き消されて行った。






























 本日のOKシーン

【やったー! ウチ大活躍や―!! まさか最新鋭艦の翔鶴はんと瑞鶴はんの二人を相手に勝てるなんて夢みたいや! 艦載機の皆もありがとうなー!! ……って、生き残ったのまたキミだけかー。……うん。そやね。また追撃隊が来る前に退散しよか。……はぁ、久しぶりに会いたいなぁ。水野少佐……」

 今度こそ終れ。



[38827] 【不定期ネタ】嗚呼、栄光のブイン基地【艦これ】
Name: abcdef◆fa76876a ID:ef1898d6
Date: 2015/01/26 20:48
※やっぱりオリ設定がいっぱいです。
※こんなに時間かかった挙句この出来栄え……期待していた皆様申し訳ありませんorz
※作者は机仕事が大の苦手です。研究職でもありません。なのでそこいら辺の描写はテキトーです。ご容赦ください。
※リア充D-T反応爆発しろ!
※『俺の○×、ずいぶんと可愛がってくれたじゃあねぇかよ。屋上へ行こうぜ』な事になってるやもです。ご注意ください。
※今回は何気にグロ描写キツめ(当社比)です。1つ上の※と合わせてご注意ください。
※足柄さんごめんなさい。割とマジで。
(※2014/05/28初出。2015/01/26本日のNGシーンを一部修正)



・Team艦娘TYPE(以下略してTKT)設立以来、帝国勢力内での犯罪件数が激減した。
 重犯罪者ほど被検体として運ばれ(スカウトされ)やすいからである。

・アイドルグループ『TKT』とは表の顔で、実は夜な夜な少女を拉致しては、新兵器のための改造実験を施している。

・『そんな組織あるはずが無い』と言って当時最高機密だったTKTの存在をマスコミにリークした官僚がいた。
 彼は次の日、体調不良を理由に職場から姿を消した。入院先は未だに不明である。

・入所用ゲートから1分のところで脱柵を試みた那珂ちゃんの素体(A)が床に引っ掻き傷だけを残して処置室に運ばれていった。

・アイドル候補生専用の個室という嘘で連れてこられた那珂ちゃんの素体(C)が、足元がゴリゴリとしていたのでカーペットをめくってみたら『検体用』と書かれた注射器がいっぱい出てきた。

・『医者を呼んで解決せよ』と言う熟語に出てくる医者とは、それが連邦の勢力圏ならばヤゴ研で、帝国の勢力圏ならばTKTあるいは731の事である。

・TKTの被験者の被験率は150%
 何度か人体実験される確率が100%で、釈放された後に追試を受ける可能性が50%という意味である。




                                     ―――――――――Team艦娘TYPEのガイドライン(一部抜粋)




Battleship_KONGOU(Type01 km-ud)[Version 1.33]
(C)Copylight? Nani_sore_oisiino?

 [Boot_Timer ... ... ...00:00(GOOD_MORNINGED!)]
 [System_Chack ... ... ...NOT_CMPL.]
 [Operation: Self_maintenance_mode ... ... ...execute.]

【おはようございました。メインシステム、メンテナンスモード起動します】



 金剛はかつて、水野中佐から聞いたことがある。眠りながら見る夢の中で、これは夢だと自覚できる事があると。

「金剛や。起きなサーイ、すでのな。金剛よ」

 その時の金剛は半分寝ボケていたし、そもそも夢なんぞガーベージコレクターの喰い残しの揮発成分だろうとしか考えていなかったし、今でもそう考えている。
 そう考えているから金剛は、その話をした時に水野が見せた、少し寂しそうな笑顔を見て、自分と水野との間には正体不明の深い認識の差がある事を理解できたし、それを乗り越える事は出来ないだろうという事もしたくは無かったが理解したし、それが少し寂しいとも理解している。口にはしなかったが。

「ヘーイ、金剛ーゥ。起きてくだサーイデース。金剛YOー」

 口にはしなかったが、それを素直に認めるのも受け入れられなかったので、ふとたった今悪戯心に駆られたように聞いてみた。

 ――――なら提督、今私が一緒のフートンに入っているのも夢ですカー?

 そう問われた水野は口を開き、



「だからさっさと起きろって言ってるデショウガー!!」
「ア、アバ、アババ――――!?」

 誰かの叫び声が脳裏に直接響き渡ったかと思うと、艦娘としての金剛の脳髄と、戦艦としての金剛の制御回路から、光が逆流した。

「ワ、ワッザHappend!? な、何何何が起こったデース!?」

 何の前触れも無く、金剛の支配下にあるシステム領域にブチ込まれた謎の大負荷で飛び起きた金剛が辺りを見回してみると、そこは、ブイン基地のドライドックではなかった。

「。」

 青い空、お髭を生やしてサングラスをかけたダンディーな太陽はキューバ産の最高級品質の葉巻を口の端に咥えて煙をたなびかせており、空高くを流れる雲からは豆の木のツルで編まれた細いロープ付きの釣瓶が風も無いのにカンダタカンダタと絶叫しながらブラブラと揺れており、地平線の彼方にて青く霞む山脈からは不健康そうな顔色をしたニワトリの群れの足にヒモを括り付けた空飛ぶブランコが夜の墓場へと飛んで逝ったり来たりしていた。

「……」

 突然の意味不明な景色に茫然となる金剛の足の間を、足が何百本もある超胴長の猫が長い鳴き声を出しながら潜り抜けていった。因みに金剛からは見えていないが、彼女の背後では業務用の大型ダンボール箱から両手両足を生やした謎の怪人と頭に駐車用の赤い▲コーンを被った色白の筋肉質の大男が、カバディカバディ言いながら秒間十数回のハイペースで竹跳びをやってたりしていた。

「ワ、What’s that!?」
「やっと起きやがったか。この寝坊助娘が。てゆーかお前、どーいう順位付けでデフラグったらそんなグースカ寝れる訳? 内臓のブートタイマーちゃんがマイナス120までカウント刻んじゃってんじゃんかYO」

 聞きなれぬ誰かの声がした方に金剛が振り返ると、そこには、彼女と同じ巫女服(モドキ)を着た、一人の小男がいた。
 それもただの小男ではなかった。

「ぴぃっ!?」

 縦は小だが横には大だった。腹に至っては三段式甲板だった。おまけに顔面は脂ぎってて汗ダクダクで、ハァハァ言いながら頭にネクタイを巻いて恍惚の表情を浮かべながら焼けた鉄板の上で何枚もの石版を抱きながらやたら毛羽立った荒縄で亀さん縛りで自縄自縛しながら正座していた。
 名状しがたき、口にするのも憚られるような、という修飾表現は比喩でも誇張でも無く、間違いなくここに存在していた。

「ドーモ。ハジメマシテ。金剛=サン。私はいつでもニコニコ、貴女の傍でカオスに這いずる自己診断プログラム、Watching_Tom.(Version 1.00)デース。コンゴトモヨロシ――――」

 Watching_Tomを名乗る不審人物の自己紹介が終わるよりも先に、金剛が泣いて逃げ出した。

「うわぁぁぁぁぁぁん! 助けて水野提督――――! 変態が! それも大変よく訓練された極めて練度の高い汚物がいるデース!!」
「あ、ちょ、待って! 逃げないで! っていうか引かないで! こっちの仕事終わんなくなっちゃうデース!!」

 おぢさんがおいしい飴玉あげるから、泣き止んでー。こっち帰ってきてー。と諭すWatching_Tom。こんなんが自己診断プログラムだという時点で(しかもVersion 1.00とは!)金剛は泣きたくなった。嘘だやだやだ信じないもんと耳と意識を逸らしてシステムをシャットダウンさせて否定しようにも、肝心のメインシステム電子免疫系は【自己診断プログラム『Watching_Tom(Version 1.00)』が正常に作動中です。システムは停止できません】と冷酷に突き返してきた。正常ってなんだ。

「正常ですよ。このカヲスな光景だって、所詮は接続ヘッダがまだ生きてるガーベージコレクターの喰べカスの寄せ集めですよ」

 もっとも、ここまで訳わからんくらいに細分化されたデータを見るのは私も今回が初めてですが。とWatching_Tomは続けた。

「……グス、今回?」
「おや。御存じ、ないのデースか? 毎晩毎晩、貴女が水野中佐と一日平均(自主規制)回の夜戦ヤって眠りについた後に、私いつも記憶野とかシステム領域の破損チェックとかロジックエラーの洗い出しとかしてるんデース。ただね、最近の貴女の優先タグを付ける頻度に文句と警告を言わせていただきますと――――」

 Watching_Tomが、己の発した警告の詳細を語る前に、こんなのに毎晩毎晩提督との営みを見られていたなんで嫌デスー。提督助けてー。と金剛が本格的に泣き出してしまった。

「……あー、ほら。これでも食っていい加減に泣き止みやがれ。そしてさっさとデフラグ終わらせろ。でなきゃ何時まで経ってもここのスキャン出来んがな」
「あむ」

 一向に泣き止まない金剛の口の中に突っ込まれた飴玉の正体は何の事は無い、ローカルストレージ内で区切られた、ただのデフラグ専用の空き容量だった。
 ただ、その空き容量がもたらした作業スペースは絶大で、今の今まで滞っていた細分化データの整理整頓が見る見る間に進んでいき、お髭がダンディーな太陽さんはかぎっ鼻としわくちゃな黒いとんがり帽子が特徴の三日月お婆ちゃんの子守歌を聞きながら地平線の向こう側に沈んで逝ったし、豆の木のツルのロープ付きの釣瓶は雲の上から降りてきた『もっと完成されるべき』と呟く白磁器の皮膚を持つ巨大な腕によって速やかに回収されたし、不健康そうな面構えのニワトリどもは、エルフ耳の少年が吹くオカリナのパワーによって、あの輝く地平線の彼方にて青く霞む山脈の頂点にいつの間にか現れていた巨大な卵の中へと飛んで行ったし、超胴長の猫は周囲を真っ黒に焦がし尽す黒い鳥に尻尾をとっ突かれて涙目になってどこかへと時速2000キロで逃げ出していったし、ダンボール怪人と赤い▲コーンはシュワッチと一言叫んでどこへともなく飛んで行った。

「もしかして、これが人間の見る夢なんですかね。私は所詮プログラムですが、艦娘としての貴女にはナマの脳がデフォルトで搭載されてるじゃあないですか」
「……そんなの、知らないデース」

 そして次に気が付いた時、周囲にはただ真っ白なだけの空間が無限大に広がっていた。

「……さて。デフラグも終わったようですし、そろそろ本題に入りますか」

 いつの間にか石抱き鉄板正座スタイルのままWatching_Tomが金剛の背後ににじり寄っていた。

「大戦艦『金剛』いいですか。さっさと目を覚ましなさい。今、外にある貴方の艦体に、メッチャヤバイ級のデンジャラスがアプローチング・ファストしつつありマース」
「え?」
「ぶっちゃけ貞操の危機です」
「え? え?」

 金剛は、この急転直下で大怒涛な展開について行けない。

「あー! あそこの路地裏でピーター・アーツがガリレオ・ガリレイにボコられてれう!」
「えっ!?」

 振り返ったその先には、ただの真っ白な空間があった。
 別に、何もないじゃないですカー。と文句を言おうとした金剛の後頭部を、鈍い音と衝撃が貫いた。

「トドメくらえ! 断崖覗き見からの安心と信頼のパッチキィィィィィック!!」

 そう叫んで振り下ろされたWatching_Tomの手には、石版が握られていた。

「オメーはスッとろいんだよ! マイナス480とかいう未曽有の数字になっちゃったブートタイマーちゃんがさっきからメソメソグスグスどころかわんわんぎゃーぎゃーって泣いてんだよ! さっさと起きろ!! このボケ!」

 振り返るよりも先に、金剛の目の前が真っ暗になっていく。

「ていうかー『好きな紅茶の銘柄は?』とか聞かれて笑顔で『レオーネ・アバッキオ』とか答えちゃうあたり、お前もう女として終わってるわ。マジで」
「なっ!?」

 その言葉の意味が頭に染み込むのとほぼ同時に、金剛の意識がシャットダウンされた。






 悪夢から覚める瞬間というのは、得てして高いところからの自由落下に近い感覚がする。

「ヌル目に淹れたアバッキオの何が悪い!!」
『ん、目が覚めたかしら?』

 伝統と格式ある中指一本立ちを心と夢の中だけで決めつつ大絶叫しながら夢から覚めた金剛が違和感を感じて周囲を確認してみると、そこはブイン基地のドライドックではなかった。否。ドライドックの中であるのは間違いなかったのだが、少なくともブイン基地のそれではなかった。
 ブイン基地のドライドックは、良く言えば素材の持ち味を生かした野性味溢れる地下要塞で、悪く言えば対爆コンクリートで蓋した地下洞窟に最低限の照明機材と整備用の機材資材をブチ込んだだけの海賊アジトと言っても通る位のお粗末な代物である。

『気分はどう? まぁ、良くないとは思うけどね』

 一方、たった今金剛が目を覚ましたここは、四方どころか八方全てを鉄骨とコンクリートで囲まれていた。艦体を固定するハンガーアームもブインの二倍の十六腕式で、衝撃吸収用のゴムマットの厚みも相当なものだった。天井付近を這い回るガイドレールから伸びたチェーンフックや、キャットウォークにも使い込まれた形跡はあれど錆の一つも浮いていなかった。さらに言うと、金剛の艦体の洗浄に使われたと思わしき洗剤の空箱が近くのキャットウォークの片隅に転がっていたので、監視カメラの動作確認も兼ねて確認してみると、ブイン島では流通していない洗剤メーカーのロゴが見て取れた。
 さらにさらに言うと、天井からぶら下がってる照明の数とサイズからしてブインとは規模が違うのだ。一列あたり何十個並んでいるんだか、真面目に数えるのもバカらしくなってくるほどだ。
 こんな贅沢品に囲まれたドライドックなど、金剛には心当たりもツテも無かった。

「あ、あの。ここはいったい、どこなのデース?」

 金剛のその呟きに、姿の見えない誰か――――その声色を信じれば、女性だ――――があっさりと答えを返す。

『本土よ。九十九里浜要塞線の隣にある、Team艦娘TYPE専用のドライドック』
「ヘ?」

 本土。

『今から七日前に、貴女は損傷が激しすぎて修理が不可能だっていうからここまで運び込まれたのだけど、まさかそんな事も覚えられなくなるほど人間性が――――』
「あ、あの……今、Team艦娘TYPEって……」

 あの、泣く子が黙るどころか性倒錯犯罪者ですら己の過ちを悔い改めて巡礼の旅に(逃げ)出るという、あの? と金剛が恐る恐る訊ねてみると、声の主はそうだったの、と大して興味もなさそうな声で『それが外での平均値なのね』と返答した。

『うん。研究に支障が出ないのなら別にどうでも良いかしらね。ようこそ。我らがTeam艦娘TYPEの総本山へ。では目が覚めてさっそくで申し訳ないけど、改造しましょうか』
「業(ワッザ)!? イキナリナンデ!?」
『? 必要な資材はこちらで用意するけど? あ、新しい艦体の事なら大丈夫。今丁度ね、横須賀鎮守府所属の提督さんがね、自分の旗艦の改二型金剛のお葬式をすぐそこでやってるのよ。その娘の身体も綺麗にコアだけが破壊された状態だからね、終わったらTKTの権限で回収して――――』
「そうじゃなくて! 何でいきなり改造――――」
『じゃあ聞くけど。貴女、あのダ号、もといダークスティールともう一度戦って勝てるの?』

 その一言で、金剛の言葉は完全に詰まった。

『貴女が眠ってる間に戦闘記録は読ませてもらったわ。その上で言うわ。無理よ。火力も馬力も全然足りてないわ。少なくとも、長門型程度の戦闘力が無いと話にならないわ』
「……」

 そのためのハイトルク・ハイパワーな改二型ボディへのコア移植なんだけれども、ねぇ。と声の主は続けて言った。

『コア移植するわよ。と言ったはいいけれど……貴女、何でこっちまで来たのよ。コア移植位、あっち(ブイン)でやればいいのに。何なら艦体だけ都合してそっちに輸送しても良かったのに』
「What? コア移植って、そんなに簡単にできるものなのですカー?」

 戦艦『金剛』の探照灯の一つが、くりんと傾く。小首をかしげるに相当するアクションのだろうか。その仕草を見て女性の声は、ほぼ無意識で艤装動かせるくらいに人間性薄まってるのね。と呟いた。幸か不幸か、その呟きが金剛に聞かれる事は無かった。

『……まぁ、ね。コア移植なんて最悪、切り出し用の器具と消毒剤とちょっとハイスペックなパソコン一台さえあれば前線基地でもすぐに出来るのよ。元々は野戦修理から生まれた技術だし。ただ、艦娘のコアだってああ見えて生き物みたいなものだから、ハードディスクか何かのデータみたいに、カット&ペーストっていう訳にはいかないの。観測値なんて当たり前に変化するし、結局のところは職人のカン頼りの手作業なの』
「ソーだったのデースカー」
『そう。だから、この場合は、私達が移植先の艦をブインまで持ってくるのが時間的に最も短くて、最も確実な方法だったのよ。最悪、艦体だけ送れば後は井戸水中尉が何とかしてくれるだろうし』
「? 私の所属するブインBaseには、井戸水なんて中尉サンはいませんネー。お隣の提督さんの事でしたら、それは井戸少佐デース」
『え?』
「え?」

 無線越しの声の主、沈黙。ややあって、

『……まさかとは思うけど、その井戸って軍人さん、井戸 枯輝っていうフルネームじゃないのかしら……』
「え、TKTの方っていうのはそんなことまで分かるんですカー!?」
『……あいつ、まだその偽名使ってたのね。ま、そんな事はこの途中にでも話してあげるわ』
「へ?」

 ……さらにさらにさらに言うと、今現在の金剛の艦コアには、本人の了承も無しに大小無数のケーブルやソケットプラグの類が挿入されていた。天井付近のガイドレールからは、破損した装甲を切り離すためのプラズマトーチや、固定用のアームハンガーの類が次々と降りてきていた。
 その事にようやく気が付いた金剛が、生娘のような悲鳴を上げるまで、あと数秒。

「ひ、ヒエエエエエェェェェェェェ!?」

 提督にもまだ一度も見せた事の無い乙女の大事な所になんてことしてるデース!? という金剛の悲鳴が、無人のドライドックに響き渡った。




 古鷹とケッコンカッコカリしたけど古鷹とケッコンカッコガチしたい今日この頃皆様ますますご健勝の事かと思われますさて本日は2次元に行って嫁とアレコレしたいとはよく聞きますが普通に考えて三次元の存在が二次元にプレーンシフトするのって普通に考えても無理じゃねと思うのですがじゃあそれならば限りなく二次元に近い三次元の平行世界への扉を開いた方が早いし確実だよねというごく自然な結論に至ったのですがどれだけ感情を高ぶらせても火花は灯らないし平行世界を移動するバイクなんて開発も入手も不可能なんで、私を私が古鷹ちゃんとニャンニャンできる平穏な平行世界へと無償でプレインズウォークしてくれる親切なプレインズウォーカー募集中です。記念の艦これSS

『嗚呼、栄光のブイン基地 ~ ONCE UPON A TIME.』




 井戸水 冷輝(イドミズ ヒエテル)技術中尉といえばもちろん人間で、♂で、Team艦娘TYPEの中でも指折りで数えられるほどの若手研究員で、ついでに言うとバカだった。

 若手とは言うが実際には、艦娘達の魂の座である動力炉を保護する艦コアの新型開発の総責任者であったし、艦娘システム最大の機密事項である、艦コアのソフトウェア――――ゴーストにも理解があり、人手が足りないからといって軽巡洋艦の開発チームである草餅少佐からスカウトが来る程度には天才の部類に枠分けされる人種であった。
 そんなんだから、TKT最大のお仕事である艦娘制作にて一番最初に任されたのは、艦娘初となる重巡洋艦の『古鷹』開発主任の座に就いた時は、誰もが当然だと思っていた。
 思っていたのだが、所詮は若造。初めて任された重巡『古鷹』の制作現場で井戸水は吐いた。
 そりゃあもう、酒の席での語り草にできそうなほど盛大に吐いた。

 ――――わ、私がこの『古鷹』っていう船になれば……弟たちの学費を出していただけるのですよね!?

 今時珍しい孝行娘だった。しかも志願者だった。
 ロクデナシとクズと人間性が行方不明な連中の吹き溜まりのようなTKTの研究者達にすら、同体積のプラチナよりも価値があるとまで評された女学生であった。一部の者に至っては『あの娘はワシらの手の事を働き者の綺麗な手じゃと褒めてくれた』と、初めて人間扱いされた事によりガン泣きすらした有様である。
 ここで、井戸水は、艦娘制作の際に絶対にやってはいけないヘマの一つをやった。

 TKT唯一の慈悲とまで言われる、加工直前の電気ショックによる気絶処置の際に、人の命を奪うという恐怖からつい過電流を流し込み、そのまま感電死させてしまったのである。
 誰なのかの判別がつく程度には生っぽく焼け焦げた顔と、ドロリと溶けだした左目と、井戸水の目が合った。
 盛大に吐いた。
 当時すでにその生身を軽巡『川内』の素体として提供していた草餅少佐からは、誰もが一度は通る道だと諭され、散々笑われた後に(軍用スペックのモトコ=モデルの日の丸人ボディで)一発ブン殴られた。同期入所のピーナツバター技術中尉は蒼褪めてこそいたが吐きはしなかった。後輩のミルクキャンディ技術少尉は吐くよりも先に目を回してブッ倒れた。執刀医のチョコレイト先生に至っては、この匂いで今日の夕食を一人焼肉にしようと決心していた。
 不思議な事に、死体を素材にした艦娘というのは、得てしてポンコツ揃いという奇妙な法則がある。
 当然、完成した第一世代型の古鷹は、艦娘状態ですら右腕と左脚がほぼ完全な機械と化していた――――重巡洋艦としての古鷹に『喰われた』――――という惨々たる有様で、当然、展開・超展開時の性能なぞお察しであり『普通に軽巡使った方がマシ』『これが重巡洋艦なんですよ(笑)』とまで揶揄される始末であった。

 ――――こりゃ使い物にならんな。おい、ゲロ水。お前どうにかしろ。

 無茶言わんでください。設計も改装も俺の専門じゃないんですけど。とは口が裂けても言えなかった。ここで異を唱えようものなら、間違い無く実験材料コースへまっしぐらだというのは確実だったからだし、そういうのをどうにかするのも井戸水の仕事だったからだ。

 ――――分かりました。期限はいつまでですか。
 ――――明日。

 その日、井戸水は生まれて初めて、パイプ椅子を交渉道具として用いた際の有効性を理解した。

 平和的な交渉の結果、第二世代型『古鷹』の納期は二か月後になったが人員は井戸水一人だけという事だけは覆せず、結果として兵装から内装に至るまで、近代化改修の発注を連続で出しては作業班員の方々に石鹸入りのタオルで夜な夜な殴られ、兵装1つ取り換えるだけでもすぐに不安定化するゴーストマップを日に何度も何度も書き換える羽目になった。改修のし過ぎで奇形的な進化を果たした艦体からのコア移植も2度やった。
 そこから得られたデータを基に、萌芽状態の第一世代型『古鷹』のゴーストに特殊な手法でパッチファイルを充てる事によって(※翻訳鎮守府注釈:詳細は軍機です)、どうにか重巡洋艦らしいスペックを持った第二世代型古鷹のロールアウトにまでこぎつけた次第である。
 が、今度は各鎮守府や基地に先行配備された古鷹のコア移植という難業が大量に残っていた。

 ――――………………………………………………………………………………………………………………………………………………俺に死ねと?
 ――――自業自得だ。

 どれだけポンコツでも、それなりの時間を接しているとやはり愛着が湧くものである。
 同じ顔、同じ声でも、違う古鷹なのだ。強力な戦力となるからだとは言え、これまで過ごした日々をあっさりと白紙に戻すのは忍びないと考える提督の数は、相当どころの数ではなかった。
 納期明けの当時の井戸水に聞いてみれば多分『はいはーい、コア関連ならこの井戸水さんにお任せ!』という疲れ切った変なテンションの自己紹介を受けるだろう。さしもの草餅少佐やチョコレイト先生ですら、憐みの目を向けてたくらいだし。

 閑話休題。

 で、そんな大天才のゲロ野郎様がどれほどのバカなのかというと、報復目的の暗殺と営利目的の拉致誘拐の危険が常に付きまとうTeam艦娘TYPEでは、チーム加盟の際には偽名での登録が推奨されているのだが、コイツの場合は本名の方が偽名くさいし何より歴史の教科書に名前乗せた時に偽名だと何かカッコ付かないから。という理由で偽名を使っていない位のバカなのである。





「臭ェ。この防臭マスク仕事してねぇ」

 で、そんな彼が、何故に鹵獲した駆逐イ級――――雷巡チ級が確認されたほんの数か月前までは、単に特1号型生物と呼ばれていた――――の解体処分等という、下っ端がやるような仕事を任されているのかと言えば、やっぱりTeam艦娘TYPEも組織であり、組織においての新入りのヒラエルキーはとにかく低いという物理法則が存在しているからだと言うほかないし、当の井戸水の言葉を借りればピーナツバターのクソ野郎が重巡『愛宕』の開発ポストの座を横取ったからだとなる。
 実際には、古鷹の素体を殺した際の臭いと光景が忘れられなかったために『愛宕』の開発計画を進められず、半ば引き摺り下ろされるような形だったのだが。
 そこらへんの自覚がないあたりが、所詮は若造と言われる所以であった。

(クソ。俺だって、俺だってやれるはずなんだ……!)
「井戸水クーン。いるかーい?」
「あ、はい。ここです」

 手にしていたチェーンソーの作動を止め、顔を上げて声のした方に振り返ってみれば、糊がパリパリに効いている清潔な白衣を着込んだ一人の大男と、それに手を繋がれていた二人の少女の姿があった。少女達の方は双子だろうか。首にかかる程度に揃えた茶色い髪で、同じようなつくりの顔の二人だが、一人は快活そうな雰囲気で、もう一人の方は大人しそうなイメージがあった。体型と背丈も、それこそ少女としか言いようのないものだ。井戸水を含めた古典派巨乳原理主義者のお歴々からすれば今後に期待したいところである。
 だがこの男――――二人の手を引いているこの白衣の男――――からすれば、そんな彼女達はまさに、最高の御馳走に見えるのだろう。

「草餅少佐から伝言だよ。それの処理は解体作業班に引き継いで、少佐のデスクに来てくれだってさ」
「了解しました」

 なら最初からそうしろよ。と、心の中だけで井戸水は呟いた。

「確かに伝えたよ。……おまたせ、二人とも。じゃあ、そろそろ見学は終わらせて、私の研究室に行こうか」
「はーい! チョコレイト先生!」
「わ、わかりましたのです……」

 人好きのよさそうな笑顔を浮かべた白衣の男が、双子の少女達の手を引いてその場を立ち去って行った。

 執刀医のチョコレイト。

 それがあの白衣の男の名前(勿論偽名)である。チョコレイトの話の中にも出てきた草餅少佐なる人物もそうだが、このTeam艦娘TYPEの中ではごく一部の例外を除いて、誰もが偽名を使って生活している。
 だが、井戸水は知っていた。
 あの男――――執刀医のチョコレイトは、イタリアだかどこかだったかの国での指名手配犯だったはずだ。確か、元医者の元マフィアで、医療ミスに見せかけた解剖殺人を繰り返し、その光景を余す事無く記録していたとの事。
 ニュースでも大々的に特集をやっていたから井戸水みたいなテレビ無精でも覚えている。そして、その指名手配犯が最も好んで手に掛けていたのが、ちょうどあの年頃の少女達だったという事も。
 そして、上の方でどういった事があったかは知らないが、兎に角そいつはTeam艦娘TYPE入りを果たした。
 そういう人格と性癖の持ち主であったがために、実力最優先主義のTeam艦娘TYPEの中でも要監視対象という扱いにはなっていたが、艦娘の製造方法――――スープ状に加工したオリジナルからクローニングするという手法――――を知ったチョコレイトは開眼。駆逐艦娘の制作に心血を注ぎ、多数の高性能な駆逐艦娘の製造に成功する。
 もっとも、注がれた血はチョコレイトの物ではないのだが。

“まったく、駆逐艦は最高だぜ!!”

 とは、つい先日、艦娘式暁型駆逐艦『響』のプロトタイプを建造したチョコレイトが酒の席にて漏らした一言であるが、艦娘に加工される方からすれば最低だろうな。と井戸水は思っていた。
 今しがたの二人も、研究室に連れていかれたという事は、そこで加工されるのだろう。順番からして恐らくは響と同じ第六駆逐隊の『雷』と『電』あるいは『暁』あたりだろうか。

(まぁ、俺には関係ないか)

 そう結論付けた井戸水は、さっさと精肉処理の引き継ぎに戻って行った。





「失礼します。草餅少佐」
「……ん。来たか。ゲロ水」

 草餅少佐のデスクへと通じる扉を開けると、そこには何かの艦娘と、草餅少佐が二人いた。いや、違う。片方は、生身だった頃の草餅少佐の体を利用して作られた艦娘式軽巡洋艦『川内』だった。
 本物の草餅少佐は、その隣で机に突っ伏している、モトコ=モデルの日の丸人の方だ。

「それでは私はこれで。先生、ありがとうございましたでち」
「ん。何かあったらまた来なさい」

 黄色いIDカードを首からヒモでぶら下げた栗髪のショートヘアの艦娘の少女と、川内の二人が軽く会釈しながら井戸水の脇をすり抜けて部屋の外に出ていった。
 すれ違う瞬間、IDカードの表面に黒で書かれた『軽巡洋艦 北上B型(性能評価試験モデル)』の文字が見えた。

「少佐? 今の娘は……」
「ん? ああ、北上Bか。先日の実射試験の後に、ちょっと変な相談を受けてな」

 大儀そうに首を上げた草餅少佐に曰く、あの北上は、装填した魚雷から声が聞こえてくるのだそうだ。

「装填したホーミング魚雷から声が聞こえてくるらしい。なんでも、1番管と4番管に装填した奴らがいつもケンカしてて五月蝿いんだそうだ」
「んなバカな」
「ああ、私もそう思うとも。だがな、その声が元であの北上、魚雷を撃つたびに回天に乗った兵士達の事を思い出してしまうのだそうだ」
「……」

 回天。
『桜花』と並んで有名な特攻兵器だ。

「今日の雷撃評価も散々でな。まぁ、あの娘は元々予備みたいなものだし、正規採用の北上はA型で確定かしらね」

 北上A型。
 黒の三つ編みを垂らした方のプロトタイプである。そちらの方は井戸水も知っている。多少奇妙な言動こそ目立つが、戦闘艦としても艦娘としても、どちらもそつなくこなしているあたり、草餅少佐は高い評価をくだしているようだった。もっともそれは、井戸水を初めとしたTKTの面々からしてみれば、面白みに欠けるという表現になるが。

「となると今の娘は……」
「廃棄処分だな。まぁ、まだ引き揚げが済んでない艦との相性がいいかもしれないから、未使用のスープは冷凍保存しておくが」
「せっかく良い所まで行ってたと思ってたんですがね」
「私もそう思うよ……嗚呼、それにしても脳が痛い。ウェディング・モモコ頼んだ筈なのに、何でウェイトリフティング・モトコだなんて軍用スペックのメスゴリラが届いたんだか……」
「私の通販下手は、忍者やってたご先祖様から続く呪いだー。ってご自分で言ってたじゃないですか」

 そんな事よりも、だ。と、草餅は居住まいを正して井戸水の方に向き直った。

「艦娘式重巡の開発計画が凍結された」

 何故。と井戸水が問い返すよりも先に、草餅少佐が言った。

「古鷹のあまりの低スペックさが、軍上層部はよほどお気に召さなかったらしいな。一度の超展開で一人の提督を“喰う”重巡。あまり良い印象ではないな」

 ここで草餅が言う“喰う”とは、ある種の比喩表現である。
 艦娘と搭乗者が超展開を実行した際に、搭乗者の肉体の一部、あるいは全部が、艦体と融合してしまう現象を指す。
 特に、プロトタイプ古鷹のそれは、まるで失った部分を埋め合わせるかのように右腕、左足、左目を中心に喰われる者が続出。ついにはTKT名誉会長直々に、許可無き超展開実験の禁止命令が下りたほどである。

「……」
「まぁ、実際のところは最大の懸念であった特8号型生物――――もとい、雷巡チ級は軽巡娘単独でも十分に相手取れる以上、もうこれ以上我々に予算を割くつもりは無い。というのが連中の本音らしいがな。まぁ――――」
『何故ですか!? 何故『Y』の開発計画が凍結されるのですか!? あれは我々、ひいては帝国臣民にとっての戦闘艦の象徴そのものでしょうに!!』

 まぁ、私は軽巡が開発できればそれでいいんだが。と締めくくろうとした草餅少佐の声に被せるようにして、部屋の外から男の大声と、乱暴な急ぎ足の足音が聞こえてきた。大声の相手の声は聞こえてこない。恐らく、携帯電話か何かで話しているのだろう。

「……Y計画のロックアイス主任か」
「Y?」
「お前は知らんでもいい事だ。ああ、それと1つ言い忘れていたが――――」
『どうしてよ!? 何で私が帰らなきゃならないのよ! せっかくの志願者なのよ!?』

 再び何かを言おうとしていた草餅少佐の声に被せるようにして、部屋の外から女の大声と、乱暴な足音が複数聞こえてきた。

『ですから。先程も申し上げました通り、重巡洋艦『足柄』に限らず、各艦娘開発計画は一時凍結となりまして――――』
『ワッザ! ブッダファック! ザッケンナコラー! ッスゾ、オラー!! あと2日、あと2日なのよ!? 私が花の2(自主規制)代でいられるのはあと48時間-αしかないのよ!? そこを1分1秒でも過ぎたら3(自主規制)歳なのよ!? 貴方どう責任取ってくれるの!? 責任とれるの!? 大丈夫!? 結婚する!? 処女のまま3(自主規制)代突入とか何それ!? 未知のエリアにも程があるでしょ!? 男が魔法使いなら私は何!? 女だから魔女!? 魔女なの!? ウィッチなの!? 重火器片手にパンツ一丁でモップにまたがってあの地平線で輝く飛行船まで飛んだら暗がりでメソメソ泣いて時間圧縮しながら迎撃に上がってきた連中を『もっと上手に口説けるようになったら出直しておいで』とかWebで呟きつつ叩きのめせばいいの!? 奇跡と魔法と呪術は有るのに救いは無いんですか!? 私に残されたのはこの豊満な体だけなんですか!? 白くべたつくナメクジの聳え立つクソでも塗って挟めばいいの!?』
『お、落ち着いて! 落ち着いてください!』
『チクショーメー!! ヨッコの奴、何が『帝国の男にはもう飽きたのねー☆』よー! 乳か!? それともロリか!? 男はみんなロリ巨乳がええのんか!? あの見た目であの乳でスク水で合コン乱入してくるとかとんでもない奴どころか非核三原則完全にブッチしてるじゃないのよー!! お前なんて潜水艦娘にでもなってマリアナ海溝の底の次元の切れ目の向こう側にでも男漁りに逝ってしまえー!! 私だって艦娘とかいうのになったら『地上の、男に、飽きた所よ~♪』って絶対にお立ち台の上で扇子片手に歌ってやるんだから―! うわーん!!』
『来て―! メイン警備兵早く来て―!!』

 扉向こうの空間にさらに追加される足音と、罵詈雑言の嵐としばしの喧騒に、誰かの『面倒臭ぇ、薬撃て薬』と『くたばれ公僕! 納税者様を舐め』
 静寂。
 そして『どうします、コレ?』『名誉会長の部屋にでも放り込んどけ』の声。
 何かを引きずる音が遠ざかっていく。

「……重巡『足柄』の志願者か」
「……なんというか、その、すごく個性的な方ですね」

 あんなのでもたった二人しかいない志願者なんだが……とぼやく草餅少佐。ちょうど左手にかかっていた書類が、ぐしゃぐしゃと机ごと握り潰されていく。

「全く、上層部の石頭どもめ。せっかくの志願者をわざわざ追い返すとはどういう了見だ。有るんだから使えばいいものを……」
「あの……草餅少佐? 書類が潰れてますが?」
「(私の気分が)潰されているんだ。潰しもするさ」

 それに大丈夫だ。見たまえ、ホレ。とのたまった草餅少佐が、ぐしゃぐしゃに潰された書類を左手一本だけで弄ぶ。暫くして、軽く握られた左手の中から出てきたのは、一羽の折鶴だった。
 どこがどう大丈夫なのか、井戸水にはよく分からなかった。

「いや、大丈夫じゃないと思いますが……」

 だって鶴の羽シワシワじゃないですか。と答えた井戸水も井戸水なら、では次の宴会芸の時までには羽を伸ばしておこう。と返した草餅も草餅である。



 次の日の朝の事である。
 執刀医のチョコレイトが、女を連れてきた。

「草餅少佐、失礼しますよ」
「Извините меня. я на минутку」

 ノックも無しに少佐のオフィスのドアを開けたチョコレイトが(少)女を連れているというのは別段珍しい光景ではない。現に昨日は二人も連れていたし、その二人のように次の日には大抵、新しい駆逐艦娘か、施設の裏庭にある無名検体の墓の住人が増えてるかのどちらかだし。
 だが、チョコレイトがすでに加工された艦娘を連れているというのは、極めて珍しい光景であった。しかも、バグの洗い出しでも、データ取りのためでもないのに、すでに最終考査段階に入った駆逐艦『響(プロトタイプ)』の手をひいているのである。珍しいを通り越したレベルの出来事である。

「お前がここに来るとは珍しいな。何があった」
「ちょっと僕の力じゃどうにもならなくてさ。ゴーストの専門家の意見を聞こうと思ってね」
「ふむ……」

 その言葉に草餅は考える。

(このペド野郎、何を考えている)

 確かにこの男は、書類上では私の部下である。ゲロ水もとい井戸水やピーナツバター技術中尉、ミルクキャンディ技術少尉と同じく。だが、この男は自分の研究成果以外にはこれっぽっちの敬意すらも払おうとしない男だ。しかもペドでリョナでサデズムでシリアルキラーという性癖四重苦の国際指名手配犯だ。
 そんな男が何故。
 そこに、井戸水も乱入してきた。だからお前ら、ノックも無しに入って来るな。

「ドアの向こうからこんにちわー! 井戸水ちゃんでーす! ゲロ水じゃないよー、ホントダヨー、グリーンダヨー!」
「「「ぅゎぁ」」」

 部屋の中の空気が一瞬で、塗り替えられた。
 ゲロ水もとい井戸水は、それだけの形相をしていた。目元にはかなり濃い隈が浮かんでおり、元から痩せ気味だった顔は頬骨が浮き出るほどに痩せこけ、メガネの向こう側で大きく見開いた目は狂気めいて血走り、正体不明なたわ言を大声で叫んで入室してきた。

「……男が何人死のうが僕には関係ないけどさ、流石にこれはマズいんじゃないのかな?」
「こないだ陸軍で過労死したという、金森二等兵より凄惨いな」

 互いの顔を寄せてヒソヒソと話す草餅とチョコレイト。響(プロトタイプ)に至っては、助けてベリヤおじ様と2人の陰に隠れてしまっていた。そんな彼らを余所に、元のテンションに戻った(ような気がする)井戸水が資料片手に草餅に報告する。

「第二世代型古鷹のゴーストマップの概略図と、第二世代型の艦コア保護殻の設計図をお持ちしました……が、お取込み中でしたか」

 後で出直します。と部屋の外に出ようとする井戸水を、チョコレイトの言葉が遮った。

「……あー、いや、ちょうどいいか。井戸水クンも見てもらえるかい? さ、2人にご挨拶しなさい」
「Да.暁型駆逐艦、プロトタイプ『響』です。Очень рад Познакомиться」

 ん? とその自己紹介に井戸水が反応し、草餅は端末から『響』に使われた検体の履歴書を呼び出した。
 履歴書の中の顔のつくりは一緒だったが、瞳や髪の色がまるで違っていた。

「……『響』検体ナンバー0017。呉第一小学校、修学授業中のバスジャックおよび爆破テロに見せかけクラスメイトごと確保。適性値が基準値以下の者らは規定に従い全て処理済。海外旅行の経験、無し。家族および親しい親族、友人、知人らも同様……?」
「何ですかそれ。じゃあ、何で連邦語話してるんですか、このプロトは」
「僕がここに来たのも、それが理由なんだ。これ、どういうなのさ。響ちゃん本人が言うには、世界大戦当時の戦闘艦だった頃の記憶だって言ってるけど、そんな事あるのかい?」

 チョコレイトのその質問に、ゴーストの第一人者である草餅少佐と、古鷹のコア大連続移植手術による叩き上げでゴーストに詳しくなってしまった井戸水技術中尉は完全に沈黙した。およそ2秒間ほど。
 そして、2人が全くの同時に出した答えは、全くの同じだった。

「「良し。解剖だ。分解だ。構造解析だ」」
「!?」

 その答えに、響(プロトタイプ)が驚愕と絶望の表情で『助けてヨシフお父様!』と小さく叫んで硬直した。





『んっ……ぁ、……っく!』

 艦娘コアの解剖と言っても、実際にチェーンソーやバールのようなものを使ってコア外殻を引っぺがす訳ではない。観測機材と直結しているソケットやケーブルを突き刺しての構造解析、というのが最も正確な表現である。
 もっとも、普通のデジタル・データとは異なり、艦コアのシステム内部はひどく流動的で、半不規則的で、秩序と無秩序の中間地点くらいのカオスと速度で常に変動しているため、観測以前のエントリーの段階で弾かれることもザラであり、その正確な観測にはある種の感性や才能、そして職人芸にも近い技術を必要としている。
 そして、その職人芸はTeam艦娘TYPE最大の機密事項であるため、ゴーストに関する情報に触れる権限を持っていないチョコレイトやその他の人員らを全て外に追い出し、周囲を警備兵で固めたドライドックの中から、駆逐艦本来の姿に戻った響(プロトタイプ)と、艦娘達の魂の座ともいえる動力炉で何やらやらかしている草餅少佐と井戸水らの何やら実際卑猥な声や音が、響が無意識の内にONにしていた外部スピーカーを通して聞こえてきた。

『ふぁ……っ……~っ!!』

「良ーし、良し良し良し良し良し良し良し良し良し良し良し良し良し良し良し良し良し良し良し良し。良い娘だ。ちょっと(アクセス防壁の)表面まさぐっただけでもうこんなに(ファイヤーウォールが)ユルユルになってやがる。古鷹並じゃねぇか」
「ほぅ、古鷹もそんなのだったのか。意外だな。もっとお固いのかと思っていたぞ」
「いえ、ね。アイツ、決まった順番とリズムで触ってやれば、すぐに我慢しきれなくなって自分から開くんですよ(セキュリティホールを)くぱぁ、って。ホントはバグなんでしょうけど、栓(追加の防壁)で塞いで外から見えないように(システム的な意味で)隠して(メンテ用のバックドアとして)使ってますよ。今ではね」

 周囲を固める警備兵らは思う。この鬼畜野郎め、俺達のプロト響ちゃんに何してやがる。と。

「あ、ズブッとな」
『っひぁ! だ、駄目です……! そんな大きいの……入らない……!!』

 周囲を固める警備兵らは思う。総員、突入準備。逮捕者は出すな。

「ありゃ。古鷹ん時はこれ以上小さい(観測用♂ソケット)のだと入った事に気が付かなかったくらいだったんだがなぁ」
「重巡と駆逐艦を一緒にするな。井戸水。それで大きすぎるというのだから、大体これくらい(の規格サイズのソケット)で、こんな感じ(のpH濃度)で、じゃあないのか?」
『ぁっ、ぁっ、ぁっ、ッ! ~~~~~~~~~~~~~ッ!!?』

 一際大きな『響』の嬌声に、壁にC4で輪っかを作っていた突入(警備)部隊の手が止まる。

「ほれ見ろ」
「凄……たったあれだけで奥の奥の(ゴーストライン)まで丸見えだ……(ロジック防壁が全部)くぱぁって開いてやがる」
『や、やだ……こんなの(覚醒状態でのメンテナンスモード)って、恥ずかしいよぅ……』

 警備兵らの目を盗んで、壁に耳を張り付けて中の様子を盗み聞ぎしていたチョコレイトは憤慨する。お前ら俺のプロト響に何をするいや待てだがこの略奪される愛的なこれはこれでどうしてなかなか……。と。

 かの伝説の青髭をも上回る、ペドでリョナでサデズムでシリアルキラーで寝取られ属性という性癖五重苦の国際指名手配犯が誕生した瞬間である。



 さて。

 そんな外の状況など知る由も無い草餅と井戸水は、チョコレイトが持ち込んだ疑問の解消と己らの好奇心を満足させるために邁進していた。
 邁進して“いた”のである。
 数えきれないほどの攻勢防壁と論理迷路とシステムノイズが巻き起こす不規則な観測嵐を乗り越え、コア内核の第6階層のゴーストラインへの接触に成功した二人は、周辺の観測データを片っ端から記録しつつ、第9階層――――このプロトタイプ響に使われている旧式の艦コア『ヨーグモス・モデル』の最深部だ――――へと到達した。
 そこにあったのは、存在するはずの無いデータ群だった。

「……なんなのだ、これは。一体、どうなっているというのだ……!?」

 その草餅の呟きは、井戸水にとっても同じものだった。

 ――――今日からお前はВерныйだ、巴先生元気無いな、電と合同の輸送艦護衛任務、これは『信頼できる』という意味の、また旦那さんと喧嘩したのかな――――

「これは……、響になる以前の記憶か!?」

 そう言った草餅自身、その言葉が信じられなかった。

「そうとしか考えられん。だが、一体どこから……?」

 井戸水が監視している端末には、プロト響の魂の座である動力炉――――艦コアの内部を3D化した簡易の分布地図が映し出されていた。

「西半球と東半球それぞれの海馬域が活性化しています」

 確かにこのプロト響はクローン養殖品だ。材料だって確かにオリジナルを加工したスープだ。だが、記憶が残っているというのはどういう事だ。
 別に脳ミソだけを残して移植している訳ではないし、そもそもクローンとオリジナルは遺伝情報が同じというだけで、あとは完全な別人だ。スープにしたからといって記憶が混じる余地などない。ましてや無機物の塊である艦の記憶はどこから来たのだ。しかし実際問題として、記憶はそこにある。
 ならば、あのプロト響には、本当の意味でのゴーストが――――

【草餅少佐、井戸水技術中尉! 大至急4番ドックに来てください! プロト古鷹が帰投しました! 緊急です!!】

 驚愕する2人の意識に割って入るようにして流れた緊急放送の内容に、2人は一度響の調査を中止し、指定された4番ドックへと急いで向かった。




 廊下を走る草餅が、私用のスマートフォンで4番ドックに帰還しているはずのテストパイロット――――もちろん搭乗艦はプロト古鷹だ――――が持つ仕事用端末にCallする。
 1コールもしない内に、相手と繋がった。

「草餅だ、何があった!?」
『少佐殿。帰投する少し前からずっと、プロトの様子がおかしいんです』

 このテストパイロットが言うプロトとは、もちろん彼の乗艦であるプロトタイプ古鷹の事である。

「症状は」
『最初は少し気分が悪いとのことでしたが、帰還中に急に症状が重くなって、何とか帰還しても艦娘化もせずに意味不明なうわ言を繰り返すだけで、今ではこちらからの呼びかけにも答えずに沈黙したままです』
「うわ言?」
『はい。声が小さくてよく聞き取れなかったのですが、確か『どうして人の形をしているの』とか『九十九里中の思い出が消えていく』だとか何とか……』
「……続けて」

 草餅は、その症状に覚えがあるという事を答えない。

『少佐のスマホは確か、レプリロイドの最新型でしたよね!?』

 電話口の向こう側のテストパイロットが唐突に話題を変える。

「ああ、そうだ。こないだツテで入手したばかりの、販売前に生産中止になった、幻のトリッガー3・モデルだ」
『ならwinny cannelのアプリ入ってますよね!? 生データ送るんで見てもらった方が早いです!!』
「いや。もう着いた」

 草餅の数秒前を先行していた井戸水が走る勢いそのままに扉を肩で押し開ける。

「少佐殿!!」

 通話中のスマートフォンを片手にこちらに向かって叫ぶテストパイロット。その向こう側には、古鷹の姿が――――戦闘艦としての本来のままのが――――あった。
 当の古鷹は、帰投報告の一言すらも言わなかった。

「草餅少佐、これは一体……!? アイツはどうなっているんですか!? なんで艦娘の姿に戻らないのですか!?」
「落ち着け。まずは情報だ。井戸水、お前は整備班の備品入れからケーブルと端末を持って来い。私は先にコアに行く。あとはどうにかしてタラップを降ろし――――」

 草餅が言い切るよりも先に、古鷹から昇降用のタラップが下りてきた。

「……返事は無いが、こちら側を認識はしているようだな。古鷹! 精密検査だ、コアまでの最短経路開け!」

 タラップを上る草餅が叫ぶ。その叫びに呼応するかのように、戦闘中の被弾や浸水に備えて閉じていた気密隔壁や水密扉が次々と開いていく。
 さも見慣れた光景であるかのように草餅が歩を進める。いったい何が起こっているのか、まるで理解できていない驚愕の表情を浮かべたテストパイロットがその後をついて行く。



「ただの人間性の喪失現象ですね」

 プロトタイプ古鷹のコアを簡単に調べた井戸水の第一声がそれである。
 何だそれは、と口を開こうとしたテストパイロットの先を取って草餅が続けた。

「末期症状だ。艦娘化したこの娘らの、な」
「人間性の喪失? 末期症状? いったい何の話です!?」

 艦娘。
 その名が示す通り、年頃の娘っ子の姿形に似せて造られた戦闘艦のクローンの事である。詳細は省くがその製造方法はいたってシンプルで、栄えある母体として選抜された年頃の娘っ子をスープ状に加工し、未分化の細胞塊(カルス)単位で培養し、その過程で戦闘艦の破片を物理的かつ心霊力学(オカルト)的に移植した後に薬品処理で急速成長と老化停止処置を施すだけである。
 問題はそこだ。

「艦娘は分類上こそ戦闘兵器だが、結局のところその生態はごく普通の人間と変わりは無い。笑いもすれば怒りもする。美味いメシを食えば喜ぶし、特号の連中(※翻訳鎮守府注釈:深海凄艦の正式名称。正確には『特種指定災害生物群第n号型生物』と表記。お役所の付ける名前は長いね)を前にすれば怯えもするし、泣きもする」

 そんな、ごく普通の人間なんだよ。と草餅は一度言葉を区切って続けた。

「そんな、ごく普通の人間が、いきなり姿形どころか構成物質からして全然違う巨大な船に変身したり、重油や弾薬をモリモリ飲み込んだり、大破したり装備を換装するたびに体のあっちこっちを入れ替えられたりして――――いや、それだけじゃない。日々のメンテの度に体の奥底までアレコレ弄繰り回されて、ずっとマトモなままででいられると思ったのか?」
「――――ッ!?」

 その言葉に、テストパイロットが完全に凍り付く。
 そして、井戸水がトドメを刺した。

「でも運が良かったですよ。艦娘化してからだったら、ただの植物人間ですし。戦闘艦のままなら本来の仕事は出来る訳ですし。あ、そうだ。どうせなら使える資材全部引っぺがしてから新兵器の実験台に――――」




「やっぱり、記憶が戻ったのには間違いなかったんだ」
「うむ。あの後念入りに調査をしてみたが、やはりそうとしか言えなんだ」

 井戸水がテストパイロットの彼に余計な一言を言って、盛大に殴り飛ばされてから数日後。Team艦娘TYPEに所属するおおよそ殆どの研究員に動員令がかかった。草餅少佐から上げられた報告書を読んだ、TKT本部の火元責任者でもあり重巡艦娘開発チームの総元締めでもある、むちむちポーク大佐――――名誉会長の事だ――――が、大層関心を懐いたからである。
 動員令に駆り出された彼ら彼女らは、プロトタイプ響やプロトタイプ古鷹らだけではなく、TKT本部内と最寄りの鎮守府や警備府にいた全ての艦娘達のコアをあまねく観測し、あまねく資料を根こそぎ集めたデータの整理と解析に躍起になっていた。
 その努力の末に得られた結論は“何でなのかはよく分からないけど、兎に角素体の記憶が残っている個体がごく稀に居る”“そいつらは人間性の劣化が早い”という事だけだった。
 そしてその件に関する臨時会議の席での事である。

「素体の記憶が混じった艦娘――――とりあえずはコンタミ艦とでも呼ぶべきか」

 珍しいサンプルなのだが、人間性の減りが平均的な艦娘のそれよりもずっと早いな。と紙媒体に起こした資料を片手に草餅が呟いた。

「記憶や人格が残っている分、受けるストレスが大きいのかもしれませんね」

 人間性は明確な数字として表れるようなものではない。日々の仕草や些細な言動の変化からどれだけ減少しているのかを大雑把に推量しただけのものだ。しかもその資料は、各提督から『艦娘達の心理的健康データの収集のため』と銘打って強制的に(コピーを)提出させた、提督日誌である。そこから関連性のありそうな一文を抜粋し、精査し、体系立てて分類し、仮説と推測とヤマ感と鎮守府内の盗聴盗撮データで、人間性の喪失現象の段階ごとに分けていったのが、この資料の正体だ。
 この臨時会議に出席していたチキンブロス大尉が、資料(という名前の日誌の抜粋記事)を片手に報告した。

「やはり、件のプロトタイプ古鷹もそうですが、どの艦娘も段階を追う毎に自我や記憶が希薄になっていくようですね。例えばこの提督の嫁(自称)の軽巡『龍田』の場合、症状の軽い方から分けていくと『何もない所でつまづいたりする事が多くなった』『指先が思うように動かない事がある』『物忘れが多くなってきた』『何をするでも無く、ぼぅとする事が多くなった』といった具合ですね。超展開にも悪影響が出ています」

 それらと反比例して、通常の戦闘艦として活動する際の性能は高くなっていってます。とチキンブロスは締めくくった。そしてTKTという組織の火元責任者でもある、むちむちポーク名誉会長大佐が一度、会議室の中に集結した面々を見回した。

「うむ」

 偉い人から順番に並べていくと、TKT最大のスポンサーである某国のクイーン・ティラミス、TKTの火元責任者のむちむちポーク名誉会長大佐、外部委託のプリン教授、ネオコウベ技術大尉、チキンブロス(元)空軍大尉、草餅少佐、井戸水技術中尉に、ミルクキャンディ技術少尉を初めとしたその他研究員’sに、執刀医のチョコレイト先生。といった具合である。
 てんでバラバラな並びだが、技術最優先主義のTKT内部ではこれが普通である。ここでは軍隊としての階級など、子供がごっこ遊びでやる『ぼくおまわりさんだぞー!』程度の力しかないのである。
 そんな面々に対し、言った。

「果たしてここまで面子が揃ったものだ。予算縮小確定だというのに腹立たしいまでの暇人共である。だが、これほどまでの頭脳が一堂に会したのはとても愉快で喜ばしい事である。我らが議題『コンタミ艦における人間性の急速劣化への対処法』は君らの強い熱意と議論によってついに対策が立てられることとなる」

 語るがよい。
 開幕の言葉をそう締めくくった大佐が着席すると同時に、次々と意見が飛んだ。

「洗脳しちまえ洗脳。最終培養中の焼き込みの時にでも、そんなもんだって刷り込んどきゃ何とかなるんじゃないのか?」
「いや、そんな事くらいならカンの良い娘は大抵中期の頃に覚悟を決めてるよ。だから最初から自我も人間性も限界ギリギリまで希薄化させた状態で出荷しよう。それ以上薄れる心配は無いわけだし」
「それじゃあAIと大差ないし、長期の運用が出来ないでしょうが。そんなの使うくらいだったら陸さん(陸軍)の鍋島の方が優秀よ。コスト的にも性能的な意味でも。ここはやはり予備の艦娘の大量投入でしょう。艦娘はクローン培養だからいくら使い潰しても替えが効くし、艦種転換の訓練の時間も省けるし、良い事尽くめじゃない」

 他にもあれこれ。
 普通に大事に扱えよ。とか、実行する度に動力系オーバーホール確定の超展開とか控えさせろよ。とか、ていうかこれコンタミ艦関係ないよね。などという軟弱な意見は全く出てこない。
 そりゃそうだ。それは艦娘を運用する側の責任であって、彼らの心配するべき事ではないし、正直コンタミ艦じゃなくても人間性の喪失現象は問題だったからだし、彼ら研究職の人間にとっては、どうでもいいようなお題でも新しいインスピレーションが出てくるかどうかの方が大事だからだ。

「草餅少佐はどうお考えで?」
「……この会議の前、プロトタイプ古鷹で予備実験をしてきた。失われた人間性の回復は可能なのかと。井戸水中尉」
「はい」

 合図を受けた井戸水が部屋の電気を落とし、フィルム式の映写機を起動させる。映像が映し出される。
 直後、画面の中の誰かが、何の前触れもなく大絶叫した。



『古鷹、好きだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』



 その誰かは、プロトタイプ古鷹のテストパイロットである彼だった。しかもプロトタイプ古鷹と何度も何度も超展開を実行しているにも拘らず、髪の毛一本たりとも『喰われて』いないという、もの凄く貴重な研究資料もとい、もの凄く貴重な人材だった。

『古鷹、好きだ! 古鷹、愛しているんだ! お前の艦長となる前から! ずっと! 好きだったんだ! 否! LOVEでは済まされない!! お前の事ならネジ一本の締め付け具合に至るまで知りたいんだ!!』

 その叫びも異様なら、その様相も異様だった。第二種礼装の白い上着は許そう。斜めに被った白い通常軍帽も、まぁ、許そう。
 だが、全裸は駄目だ。

『そうだ! どうせTKTの連中が録画してるんだ! だったら1億万年と2千年あとも神話として祀り上げられるくらいに言ってやる! 古鷹! 好きだ!!』

 おまけに一体どういう宗教的理由があるのかは全くの不明だが、テストパイロットの彼は、頭に『ドエトフスキー』と達筆に書かれた白い布袋を被り、股間には真っ赤なツタバラ(脱葉・脱トゲ処理済)で編んだフンドシを締めており、その前側には一輪咲きの鉄砲ユリが活けてあった。一体どういう宗教的理由があるのかは全くの不明だが、兎に角それが彼の衣装の全てだった。

『古鷹、好きだ!! お前の動作試験が始まる前から! 何の説明も無しに赤紙一枚で、この九十九里浜第99要塞まで呼び出されたあの日から! なんか最近有名なTeam艦娘TYPEが実はアイドルグループの名前じゃなくて開発チームの名前だってここで初めて聞かされた時から! 艦娘のお仕事がアイドル活動じゃなくてガチの戦争だって知った時から! そんな当たり前の事を教えてくれたブリーフィングの最中、ずっと! 俺は説明ヨソにお前を見つめていました!! 一目見たその時から好きだったんだぁぁぁぁぁ!!』
「物狂いか」

 テストパイロットの彼の熱い思いを一言で切り捨てた誰かの呟きを余所に、画面の中の彼はさらにヒートアップしていく。

『聞いてくれ古鷹ちゃ――――――――――――――――――ん!! そして知ってくれー!! お前のテストパイロットとしてここに配属されたと聞かされた時の俺の絶頂を! あのトキメキを!! 愛しているんだ、君の事を! エブリデイに君の声が聞きたい! エブリタイムに君の少しはにかんだ様なちょっと困った笑顔が見たい!! 書類を手渡しする際に指と指が触れて思わず飛び出た小さな『あっ』の声をもう一度聞きたいんだ!! いいや、そんなモンじゃ無いね! 色欲! 性欲!! 肉欲!!! そんな純粋な言葉ですらこの俺の内側で光ってうねって轟き叫ぶこの思いを伝えるにはマックス大不十分だ!! お前が人間性とかいうのを失って、人間らしい心を失ったと知った俺は! 俺の心は! 文字通り張り裂けそうだ!! どろり濃厚に生暖かくて優しい優しい人間性の塊みたいな性格な古鷹なら理解ってくれるだろう! この胸の苦しみを!! お前がただ一言、ただ一度、ただもう一度だけ戻ってきてくれたなら! 俺は! 俺はもう我慢出来ない! お前の全てを奪ってやりたい!! お前の綺麗な身体も! 美しい心も!! あとついでに男の味を知らない唇とか初夜とかも!! 俺以外で古鷹に惚れている奴前に出ろ!! 馬に蹴られる前に俺が貴様らの金玉蹴り潰して殺してやる!! だが断る! 俺は古鷹が俺の愛に応えてくれるまで戦いません! ラヴアンドピースです! ぎゅーっと抱きしめるだけです! ハニワ原人のように潰れて砕けてしまいそうなほどもっとずっとぎゅっとしながらキスするだけです!! 乙女のプライドが夢のブライドに変質してしまうくらいに熱く激しくねちっこく絡め取るようなキスをするだけです! 一昔前の海外モノのアニメ映画の様に『二人は幸せなキスをしてエンド』なんてお父さん許しません! カーテンコールなんてクソ喰らえだ!! そこからさらにベッドの中までナイター中継をサドンデスしてグランドフィナーレしてやる!! それだけじゃない! 俺がお前を欲しがる様に、俺の身も心も全てお前に捧げ尽す!! それすらも俺の喜びなのだから! お前がもし輝く物が欲しいというのなら星すら取ろう! 尊い物が欲しいというなら命すら盗ろう! 森羅万象たちまち献上して見せよう!! それだけじゃない!! 喜びを分かち合えるのなら何だってやってやる! 古鷹! お前がやれというのなら、俺は素っ裸で海底2万マイルまでの素潜りだってやって見せる!!』

 古鷹の艦首付近で大暴走する彼を余所に、その周囲では古鷹の無人運用システム群――――妖精さん達が、持ち出したラジカセから一昔前のロボットアニメのOP主題歌を最大音量で垂れ流し、両手と腰をフリフリさせるモンキーダンスを踊っていた。

『そうだ! 舐め取ると言えば三日くらい前に『ウォシュレットって、便利ですけどちょっとびっくりしますね』って女性士官に言っていただろう! どうせなら慣れるための訓練として俺が――――』

 テストパイロットの彼が実際不謹慎な何事かを叫ぼうとした直後、画面の向こう側が一瞬の閃光と大轟音に包まれ、カメラが盛大に横転し、ヒビ割れた。
 倒れた画面の向こうでは古鷹の主砲である20.3センチ砲が真っ赤に赤熱しながらその砲身の先からブスブスと煙を上げており、その主砲が向いていた先のドッグの壁には大穴があいていた。
 提督の姿は、どこにもなかった。

「ついでに捕捉しておきますと、この後、このプロトタイプ古鷹に緊急出動要請が掛かり出動。同任務中にただ一度の至近弾すら許さずに、特8号(雷巡チ級)を単独で20隻撃沈させるという戦果を叩き出しました」

 ついでのついでに言うとあの変態は鼓膜が破れていたので、なりそこないの古鷹から剥ぎ取った鼓膜を移植して事無きを得ました。と井戸水が付け足し、映像が終了した。

「……若いって、イエスだねー」
「所々でイカ臭い欲望が隠しきれてなかったけどねー。それも青春かー」
「テストパイロットの彼には、兎に角何か、古鷹の気を惹くような事をやれ。とだけ伝えたのですが……兎に角、この映像にあった古鷹ですが、ご覧の通り多少回復の兆しは見えたものの、結局のところ艦娘化はおろか、対人インターフェイスの起動すら不可能でした」

 結論として、人間性の回復は事実上の不可能です。と草餅は締めくくった。
 そしてその会議の結論として、前線の戦力として使えないんだったら、後方の戦力として使えばいいじゃないという結論になり、今後発見されたコンタミ艦は優先的に本土での慰問活動――――マスコミリーク対策として泥縄的に立ち上げられた艦娘アイドル計画――――に組み込まれる事になった。





「こっちの日誌は先月の綾波の分の3日と4日で、こっちが敷波の2日と3日いや違う磯波の2日と3日分でじゃあ敷波の3日と4日は……だぁー! 紛らわしい!!」
「龍田が俺の料理だけ出さなくなった、龍田が俺とだけ口きいてくれなくなった。龍田が俺と……ってケンカ中の夫婦か何かか、こいつらは」
「ここの基地の少佐の日誌は、今日も艦隊総旗艦の五月雨が代筆……と。いいのかしら? コレ」

 その日の会議が終わり、ごく普通の一般家庭ではそろそろ家族団欒の夕飯となる時間。Team艦娘TYPEはまだ仕事の真っ最中であった。各鎮守府や基地に所属する各提督達から上げられた日誌の精査と分類がまだ終わっていないからである。
 しかも珍しい事に、各チームの部屋に戻ってからではなく、先程まで使っていた会議室の中に資料や書類を持ち込んで。という形式で、である。
 誰かが呟く。

「そういえば、こないだマスコミに私達の事リークしたあの議員、どうなったの?」
「あー、俺ンとこで新薬のFD(致死量)の見極め実験に使ってるー。戦争嫌いの艦娘向けにいろいろと強化したバナナフィッシュー」

 ホントはバケツ一杯分の生理用食塩水で薄めて使うんだけどー、あいつ嫌いだから原液注射ー。とその男が答えた。
 井戸水の隣に座って、耳に挟んだイヤホンでラジオを聴きながら端末で書類を書いていたミルクキャンディ技術少尉が、ふと思いついたように言った。

「あ。じゃあついでにポシャった新薬も混ぜちゃっていいですか? 血液200㏄からでも艦娘クローンを製造可能にする(はずの)超高速培養剤。理論上ならこれの応用で千切れた手足の一つや二つ生やせるはずなんですけど、毛の無いサルにはまだ投与(う)った事無いんですよ」
「おkー、把握ー」

 ごく自然に人権やら倫理観やらをスルーしたおっかない発言が飛び交うが、それがTeam艦娘TYPEの平均値である。
 そんな会議室のドアをノックする音がした。

「失礼します。井戸水技術中尉、お客さんです」
「俺に、ですか?」
「ハイ。いつもの方です」
「ああ、わかりました。こちらに通してください」

 そう井戸水が言い切るのとほぼ同時に扉が開き、一人の少女が入ってきた。手には風呂敷に包まれた重箱があった。

「おぅ、井戸水ー。夕食の差入れだぞー」

 耳と首筋が隠れる程度に切りそろえた黒髪、すらりとした長身、左目を覆う医療用の白眼帯、ほんの数日前まで彼女が通っていた高校のブレザーの上から掛けられた『天龍幼稚園』の刺繍が入ったエプロン、何かヤバイ素子にでも感染したかのような琥珀色の瞳孔。バストは実際豊満であった。

「おう、ありがとな……って、お前、まだその制服着てるのか」
「ああ。幼稚園のガキ共とも今日でお別れだからな。いつもの『おねーちゃんせんせー』スタイルだぜ」

 そう言って、彼女は手にしていた風呂敷包みを井戸水に押し付け、ブレザーの上から掛けていたエプロンの端をつまんでひらひらと振った。そんな彼らを見て、TKTのメンバーはひそひそと囁き合っていた。

(あれが噂の井戸水の彼女か……)
(何でもアパートの合鍵持ってるとか歯ブラシまで置いてあるとか)
(はぁ……僕もプロト響ちゃんくらいの歳の通い妻が欲しいなぁ。製作者権限で2、3体ちょろまかそうかなぁ)
(井戸水D-T反応爆発しろ!!)

 部屋の中からちらほらと湧き上がる、深海凄艦らが発するパゼスト逆背景放射にもよく似た怨念など露知らず、井戸水とその彼女さんは話を続ける。もう完全に二人の世界だ。
 その彼女が、会議室の中にあったホワイトボードに大きく書かれた『コンタミ艦対策会議!』『記憶はどこから来ている?』の文字に気が付いた。

「コンタミ……細菌の培養でもやってんのか?」

 やべえ。消さなきゃ。

 それがこの部屋にいた、井戸水を含めたTKTの総意である。
 既にマスコミにリークされ、アイドル養成学校という表向きでの活動をしているとは言え、TKT本来の存在・活動は未だに国家最重要機密である。
 故に、所属スタッフ達は皆が皆を偽名で呼び合うし、コンピューターだって外界と物理的に切断されているし、建築物はごく普通のコンクリ&窓ガラスに見えても実は消磁化処理された特殊建材だから音だろうが電だろうが波なんて1ピコヘルツだって出入りできないし、書類という書類は全部盗撮対策に特殊なプリズム被膜を施された紙媒体だし、最寄りの県道沿いにあるコンビニに夜食とカフェイン錠剤の買い出しに出かける際だって入念なボディチェックとSP代わりの黒服が最低でも4人は付く決まりとなっている。
 そして勿論言うまでもないことだが、この会議室のホワイトボードに殴り書きされている事だって、立派な機密事項の塊である。
 そして、機密処理に関しては、TKTの保安部はとことん容赦がない。それがたとえ国会議員であろうが、目の前の(元)女子高生であろうが。
 そんな己の命の危険など知る由も無く、彼女はホワイトボードに殴り書きされた会議の概要を流し読みし、呟いた。

「なぁ。これって、もしかして骨髄じゃねぇの?」

 お前は何を言ってるんだ。という視線が彼女に集中した。

「ああ、こないだガッコの卒業式の後でさ、友達がこんなん見つけてきたんだよ」

 ほら、これ。
 そう言って彼女はスカートのポケットの中から取り出したスマートフォン(レプリロイド『ジュノ』モデル。空爆に巻き込まれても動作可能&クラウドバックアップシステムで何とかなるのが取り柄の頑丈なモデル。各国の軍人さんからも実際高い評価を受けております。ご購入の際はお近くのPX鎮守府まで)を慣れた手つきで2、3操作して、目の前の彼らに突き出した。
 部屋中の面々が顔を寄せて画面に集中した。

「……『あのトキメキよ、あのヒラメキよもう一度。我が社が自信をもって世に送り出す新製品、BONE yesterday』だぁ? 胡散臭ェ」
「骨髄抽出の記憶素子、ねぇ……胡散臭いったらありゃしないわね」
「外の情報なんて全然入って来ないから判断のしようが無いぞ。つか胡散臭いにも程があるだろ」
「でもこれ、まるっきりのウソっていう訳でもないですよね。クレア・シルヴィアや戸愚呂兄の例もありますし。ちょっと胡散臭いですけど」

 誰かが漏らしたその一言に、会議室が黙り込む。およそ2秒間ほど。
 そして、井戸水を含めた会議室の面々が全くの同時に出した答えは、全くの同じだった。

「「「よし、実験だ。実証実験だ。プロト響ちゃん呼んでこい」」」
『!!!!????』

 その瞬間、自室にて紅茶片手に瓶入りイチゴジャムをチビチビと舐めていたプロトタイプ響が原因不明の強烈な悪寒に襲われたと供述しているが、会議室での発言との関連性は一切不明である。

「とりあえず、精度はともあれ記憶の物質化と抽出が可能かどうかにチャレンジだ」
「ちょっと空いてるミキサー無いか確認してくる」
「あ、井戸水クンの彼女さんは今日はもう出て行ってね。流石にこれ以上はヤバイから。いいね?」
「アッハイ」

 あと、ついでだしちょっとだけ検査受けてから返ってね。と、チキンブロス大尉によって彼女が誘導されたその先の部屋。

 そこには『艦娘適性検査室』とそっけなく書かれた白地のプラスチックプレートが扉脇のドア枠の上隅に飾られていた。





「……どうすんだよ、これ」

 コンタミ艦対策会議より数日後。
 机の上に置かれたガラス瓶に封入されたその無色透明な液体を見て、井戸水は呟く。

「ホントに抽出出来ちゃいましたねぇ……」

 既に、この抽出液を用いた実験は成功で終わっている。
 プロトタイプ響から抽出した、この液体状の記憶素子を生食(生理用食塩水)で浸透圧調整したものを何の関係も無いプロトタイプ那珂ちゃん(A)型(C)型(D)型それぞれに投与してみた所、響や響の素体となった少女の記憶を持った個体がおよそ数%の確率で発現したのである。記憶の鮮度や部分的な欠損に目を瞑れば、発現率はほぼ100%である。

「水増しして1%未満に希釈したのでこれだからな。原液全注射したら記憶の完全投射も不可能じゃないな」
「……肉体はクローン。つまり、いくらでも替えが効く。で、記憶は今日この時に移し替えが可能になった……」

 面白そうなオモチャが出来たぞー。と喜ぶTKTの面々を余所に、執刀医のチョコレイト先生が珍しく難しい顔をして何事かを呟いた。

「これ、一応とは言え、不老不死だよね?」

 ハッとした表情で面々が机の上に置かれた小さなガラス瓶に注目する。2秒間どころではない沈黙が辺りを包む。
 いつの間にか会議室の面々に加わっていたロックアイス主任が叫ぶ。

「……よし! これ持って上層部に予算と権限拡大できないか掛け合ってくる!『Y』は沈みません!『Y』はこんなところで終わってたまるか!!」
「そ、そうだ! 空母とか戦艦とか、まだ造ってない艦娘はいっぱいある!!」
「軽巡と駆逐だけで特号の連中(深海凄艦)に対抗できるからって、予算を削られるのはおかしい!」
「せっかく爆破テロに見せかけてまで放医研(※放射能医学研究所。実在)の結界隔壁から陸奥鉄盗ってきたんだ! 無駄にするのは良くない!!」

 総員突撃ニィ、移れィ! と叫んで走り出した主任クラスの面々に交じって走り出した草餅が、嗚呼そうそうと、思い出したように付け加えた。

「井戸水技術中尉。次の開発予定の艦娘は軽巡洋艦『天龍』よ。候補者のリストは人事担当のチキンブロス大尉が持ってるから、仕事終わった後で目を通してきなさい」

 井戸水の方を振り返った草餅は、それだけ言ってさっさと部屋の外に突撃していった。
 窓から差し込む夕陽によって、部屋は血のように赤く照らされていた。



 以下、草餅少佐が遭遇した事実のみを記す。

 その日の深夜、草餅ら主任クラスの面々がホクホク顔で上層部との交渉を終えたその足で各開発チームごとの部屋に戻っている最中、人事課のオフィスから誰かが飛び出してきた。井戸水だった。
 井戸水は草餅の存在に気が付いた様子も無く、廊下に飛び出した勢いそのままに何処かへと走り去って行った。

「……? 井戸水?」

 オフィスの中を覗いてみると、チキンブロス大尉が床に尻餅をついた状態で倒れ、書類の山が大雪崩をおこして部屋中に散っていた。

「大尉、大丈夫ですか?」
「ああ、ありがとう。大丈夫だ。まったく、井戸水技術中尉は何を考えているんだか……痛たたた」
「何があったのですか?」
「いや、それが、私にもよく分からないのだが、今度開発される『天龍』の素体候補について大きな不満があると言ってきたのだ」
「『天龍』の?」

 草餅らの手助けを借りて立ち上がったチキンブロスが、床に落ちていた一枚の書類を草餅に手渡す。件の『天龍』として加工される素体の最終候補者のリストだった。記載されていた最終候補者数は1名。

 そこには、数日前に見た、井戸水の彼女の顔写真とプロフィールが掲載されていた。

「……艦娘『天龍』候補生第422号。軽巡洋艦『天龍』との親和値は2位以下のおよそ17倍。金属アレルギーを初めとした持病の類は一切無し。更には親兄弟は深海凄艦らによる豪華客船『オリョール号』襲撃事件の際に全員死亡、よって面倒な後始末工作も最小限で済む。本人もその際に眼球を破損、深海凄艦に対して強い敵意有り。出荷前の洗脳処理と併せて、艦娘化の際には極めて高い戦闘意欲が見込まれる……いったい何が不満なのかしら?」
「まったくだ。こんな好条件の素体、探してもいないというのに」

 本気で訳が分からないと、草餅とチキンブロス大尉の二人が同時に首をかしげる。他の面々も同様だ。
 そこに、背後から少女の声が掛かった。

「あ、あの……済みません。執刀医のチョコレイト先生は……い、いますか?」

 草餅の腰の辺りしかない小さな身長。首にかかる程度に揃えた茶色い髪で、俯きかげで大人しそうな表情。体型と背丈も、それこそ少女としか言いようのないものだ。この場にいない井戸水などの古典派巨乳原理主義者のお歴々からすれば今後に期待したいところである。首から黄色い紐でぶら下げられた黄色いIDカードには『駆逐艦 プロトタイプ電(ナノデス)』と大きく書かれていた。
 そして何よりも人目を惹くことに、電はほとんどまっ透明なネグリジェ一枚だけを付けて、己の身長ほどもある抱き枕を抱えていた。枕カバーはよりにもよって『Yes/Go』だった。


 ――――あのペド野郎、とうとうやりやがった。


 という視線が会議室の中から飛び出してきたチョコレイト先生に突き刺さったが、まるで意に介していないようだった。

「ボクはここさ。それで、どうしたんだい? そんな美味しそ、もとい素晴ら、じゃなくてそんんな格好で? 夜間無断外出なイ、いけない子にはお、おおおしおきかなぁ」
「あ、あの。すみません、ちょっと、怖い夢見ちゃって……一緒に寝ても、良いですか?」

 恥ずかしげに俯きながら話していたプロトタイプ電がここでちらり、と上目遣いにチョコレイトの方を見遣った。

「いいですとも!!1!!!」

 このペド野郎、とうとうやりやがった。

 という視線がプロトタイプ電の肩やら背中やら尻やらに手を回して厭らしくまさぐるチョコレイト先生の背中に突き刺さったが、まるで意に介していないようだった。
 チョコレイトに気付かれないようにそっと後ろ手に回された抱き枕の中から、打突式酸素魚雷の弾頭部分がちらりと覗いていた事に、誰も気が付いていなかった。
 2人が部屋に消えた直後、非常事態を告げるベルが館内全域に鳴り響いた。強制的にスピーカーがONにされる。

【脱~~~~ッッッッッッ、走ォォォォォォォウ! 全保安部員に告ぐ! 全保安部員に告ぐ!! 施設内より脱走者発生!!!】

 TKT設立以来、ちょくちょく響いている非常事態放送だった。
 草餅やチキンブロスらも、この時点ではまだ呑気に構えていた。おお、久しぶりだな。今度はどこの下っ端が発狂したんだ。などと軽口をたたき合う余裕まであった。
 次の瞬間までは。

【脱走者は井戸水技術中尉! 脱走者は艦娘候補生および、B‐02保管庫にあった試作品数点を盗んで逃走中! 機密保持要綱に従い、発見次第即射殺、発見次第即射殺! 要不問!!】

 は?
 ちょうどその時、執刀医のチョコレイト先生と電が並んで入って行った人気の無い空き部屋の中から、柔らかい何かを大質量塊で強打するような湿った音と『は、話が違うじゃないか!?』『身の程を知れ、なのです。お前のようなゲス野郎にあると思ったのですか? そんな美味しい話が』という2人の会話が扉越しに聞こえて来てはいたが、誰も気にはしていなかった。

「ゲロ水……本気で何を考えている!?」
「B‐02保管庫? ポシャった試作品の押入れじゃないか」

 ちょうどその時、執刀医のチョコレイト先生と電が並んで入って行った人気の無い空き部屋の中から『私だけじゃなくてお姉ちゃんにまであんなひどい事をしたのは許さないなのです!』『あんな事って、まさか、お前もコンタミ艦――――』という2人の会話が扉越しに聞こえて来てはいたが、誰も気にはしていなかった。なのですなのですと見開き7ページ半は続きそうな叫び声と打撃音が鳴り響くその部屋よりもさらに奥。名誉会長専用の培養槽が安置された執務室の扉を蹴破るようにして、1人の艦娘が廊下に飛び出してきた。
 開け放たれた扉の向こう側に転がる、たった今割られたような培養槽がやけに目についた。

「戦場が! 勝利が! 万雷の拍手と共に私を呼んでいる!!」

 草餅らもまるで見た事の無い艦娘だった。
 電探を模した白いカチューシャを付け、肩口と左右の手首に砲塔群を接続し、両足の付け根の外側に魚雷発射管を生やしており、背中まで伸ばした髪は濡れてぴったりと張り付き、執務室の中にあった高級そうなカーテン(夏向けの白薄地)を引き千切って体に巻き付けただけという、大変けしからん格好の妙齢の美女だった。実際バストは豊満であった。

「脱走兵の捕縛だなんてみみっちゃいけど、この私、プロトタイプ足柄様の肩慣らしとしては申し分ないわね!!」

 Yokkoishouiti!! と叫んでそのまま窓ガラスを突き破った(自称)プロトタイプ足柄は、滞空中に七回転半月面宙返りひねりを決めて正面ゲート前に着地し、人一人分が潜れる隙間が開くのを待っていた井戸水と、その隣の少女――――足柄は知る由も無かったが、天龍の素体候補だった――――が乗るバイクに向かって笑顔と共に軽く手をひらひらと振った。実際バストは豊満であった。

「こんばんわ脱走者さん! 死ね!!」

 前腕部の砲塔を井戸水らに向け、自我コマンドで激発信号を送る。
 直後、

「ヤッダーバアアアアァァァァァァァァァァァ!!!」
「うにゃ? うに゙ゃ゙あ゙あ゙ぁぁぁぁ!?」

 直後、窓ガラスの破片を尾と引いた執刀医のチョコレイト先生が不可思議なきりもみ回転と共に(自称)プロトタイプ足柄に直撃。2人はその運動エネルギーで盛大に吹き飛ばされ、盛大に目を回した。それを何かの罠かと疑ったのか、井戸水らはしばし立ち往生していたが、警備部隊らの迫る足音に我に返ったらしく、ただちにバイクを発進させた。追跡用の自動車部隊も出張ってきてはいたが、ゲートの開放までの間、完全に立ち往生する事となっていた。

 井戸水 冷輝に関するその後の足取りは、ここで一度完全に途切れる事になる。






「……それで、その後、井戸少佐、もとい井戸水中尉はどうなったのですカー?」

 いつの間にか話に聞き入っていた金剛が、集音マイクを専有して続きを促した。

『実名晒した個人が、組織相手に半年間も逃げ隠れ出来たのが奇跡みたいなものよ。盗み出した試作品を手土産に陸軍まで逃げ込んだのは良かったけれど……あいつにネーミングセンスがあとほんの少しでもあれば、見つけるのはもっと難しくなっていたかも』

 つまりは、逃げきれなかったという事だろう。愛と青春の逃避行なぞ、所詮は物語の中だけの出来事であるという事か。

『その後、天龍は予定通り……いえ、止めておきましょう。そこから先は、私が語るべきではないわ。兎に角その後、井戸水技術中尉は一度こちらに戻ってきて、それから所長と契約したのよ。私達の誰もが納得するような対価は用意する。だから、これをよこせって』
「これ?」

 金剛が自我コマンドを入力。外部ネットワーク群にアクセス。エラー。

『ああ、ごめんなさい。ちょっとケーブル切断したままだったわ』

 無線越しの声の謝罪と共に、金剛の視覚野に火が灯った。
 そこに映っていたのは、中身の詰まった書類ケースが3つ置かれた小さなデスクだった。デスク自体はそれなりに大きいのだが、山積みとなった書類やらデータディスクやら端末やらでその大半が埋め尽くされており、とりあえず腕と大事な書類が目立つように置ける程度のスペースしかなかった。

『言い忘れてたけど。TKTの中核スタッフとの面会って、許可持ってないと加工された音声以外の情報は全部フィルタリングされる仕組みなのよ』

 ほら。と続けた女の声と共に、デスクの上の書類ケースが宙に浮いた。よく見ると、ケースの端っこ部分が人の指の形に透明化していた。
 その書類ケースの表側には『宛:井戸枯輝様 艦娘解体処分命令書在中』『宛:井戸枯輝様 退役艦娘身元保証書 書類一式在中』『宛:水野蘇子様 艦娘との結婚(仮)に関する法的書類一式 with 指輪在中』とあった。
 何気なく混じっていた3つ目の書類。
 金剛は、自分の視覚デバイスが故障でもしたのだと思った。

『聞いた事くらいはあるんじゃない? 解体された艦娘は、新たなクローンを製造するための素材として回収されるって。これはそうしないで、大本営発表の通り、解体された艦娘を日常生活に戻すために必要な書類一式と、何かしらの素材や実験体としてその艦娘を再利用を許可しないっていう確約書よ』

 その話なら金剛も知っていた。解体された艦娘を、明るく楽しい意味で戦争から開放するための魔法の書類。だがそれは、どちらかというと出口の見えない血塗られた日々の絶望からの逃避として生まれた都市伝説ならぬ鎮守府伝説の類ではなかったのか。
 そう金剛が訊ねると、女の声は言った。

『確かに、そんなデマが前線の将校や艦娘達の間で流れてたらしいわね。でもね、半年くらい前だったかしら。本土で、植田弘康っていう勇者が出たのよ。それからよ。身元保証書や結婚書類の噂が現実になったのは』
「それじゃあ、井戸少佐は……」
『そう。自分自身と彼女の二人。二人でそろって生きて帰る。そして新しい生活を始める。その安全保障のためだけに、何年も世界各地の最前線で戦い続けてきたのよ。でも、それももうすぐお終い。各種深海凄艦の突然変異種に関するレポート、ダ号目標の各部位サンプル、そして行方不明のままだった戦艦『武蔵』の所在地……どれ一つ取っても十分に納得のいく戦果だわ』

 女の声はそこで一度区切って、続けた。

『水野中佐の方もそう。一年前、たったあれだけの戦力で南方海域陥落の危機を救った功績は大きいわ。それと今回のダ号目標の件と併せて、ようやく申請が受理されたのよ。貴女との結婚許可』

 金剛は、嬉しさのあまり、もう何も言えなかった。ただ、胸の奥からこみ上げてくる感情の波を堪えるので精一杯だった。
 一日平均(自主規制)回、ベッドの上で夜戦をこなしているとは言え、金剛は不安だったのだ。ひょっとして水野提督は、自分の身体だけが目的じゃあないのかと。
 だが、それは杞憂だった。杞憂だったのだ。

『……そう、おめでとう』

 監視カメラ群から天然オイルを垂れ流しつつ、静かに泣き続ける金剛の嬉し泣きの声が、金剛以外には誰も入渠していないドライドックの中に木霊していた。







 本日のNG(没)シーン



 そいつは『餓えた狼』って呼ばれたらしいわ。
 何もかもを喰らい尽くす、死を告げる腹ペコの犬。
 これは本当の話よ。ずっと昔の、私の何代も前のおばあちゃんが見た出来事。

 最初の『餓えた狼』その人が生まれるのを見たのよ。



                           ――――――――艦娘式コンゴウ型イージス護衛艦『コンゴウ』






 プロトタイプ足柄がこの有明警備府に配備され、この女性提督と初めて海に出てから、もうじき半年が経とうとしていた。

 ――――足りない。

 6か月である。ゲロ水もとい井戸水が脱走してから実に180日である。
 その間にあった出来事と言えば、深海凄艦側が対艦娘戦闘に特化した特9号(※重巡リ級)という新種を生み出し、人類側優勢になりつつあった太平洋戦線が押されに押され、絶対防衛圏の1つであるはずのフィリピン海周辺の産油地域のシーレーン維持ですらおぼつかなくなった事と、合衆国の真珠湾奪還作戦『シナリオ7』が過去最悪の大失敗に終わった事と、敵新種に対抗するべく、古鷹や足柄などの重巡娘をはじめ、空母や戦艦娘の制作・量産が決定した事くらいである。

 ――――全然足りない!

 その半年の間、このプロトタイプ足柄が何をしていたのかというと、ただひたすらに狩っていただけである。駆逐や軽巡種は言うに及ばず、悪名高き雷巡チ級も、対艦娘用の重巡リ級も、兎に角目についた敵艦を片っ端から平らげてきたのである。
 朝目が覚めたら出撃して朝飯喰って出撃して、昼出撃したら昼飯食って出撃して、3時のおやつ喰って出撃して、夜出撃して夕飯喰って出撃して、夜戦こなしてお風呂に入って就寝するという、かのルーデル閣下のような規則正しい生活を送っていたのである。
 だが、プロトタイプ足柄の心の中にはいつも、常に何かに追われているかのような焦燥感と、呪いにも似た飢えがあった。どれだけの勝利を刻もうとも、どれだけの称賛の声や眼差しを向けられても満たされず、日々募るばかりであった。
 敵の種類ではない。数の大小でもない。戦局の有利不利でもない。
 ならば武器かと思い、最近ロールアウトした戦艦『陸奥』の真似をして取り外した第三砲塔で重巡リ級をブン殴ってみたが、やはり満たされなかった。

 ――――何かが、何かが間違っている!? でも何が!?

 彼女のゴーストは囁く。もう遅いと。彼女の理性は囁く。艦娘になったのだからまだセーフと。
 足柄の素体となった女性が、彼女自身に遺した手紙は言う『勝利の栄光を、私に!』
 勝利。栄光。
 何かがカチリと嵌ったような気がした。

 ――――足りなかったのは勝利なのね! もっと勝利を! もっと、もっとよ!!

 それからというもの足柄は、出撃の機会を探しては警備府内を忙しなくうろつきまわり、実戦においても最初に突撃し、己の損害など無視して最後の一匹を食らい尽くすまで戦い続けた。
 いつの頃からか、誰にともなしに彼女は『餓えた狼』と呼ばれるようになっていった。



 ある日の事である。
 餓えた狼が、トイレで吐いていた。

「……あ、足柄サーン? だ、大丈夫デース……?」
「あ゙、あ゙り゙がど、金剛……」

 状況はこうだ。
 つい先日、プロトタイプ足柄の所属するこの警備府に、新たなる主力艦のテストヘッドとしてプロトタイプ金剛が配属され、本日はその歓迎会という名目で近所の飲み屋に艦隊一同で出撃してきたのである。歓迎会とは名ばかりの合コンである。そしてこの鎮守府は提督以下、ほぼ女性のみで占められており、男女の出会いというものが極端に少ない。
 そこ、笑うな。
 この警備府に所属する者らの中には、提督麾下の大井の様に、同性どころか無機物相手に逝ってはいけない方向に全力で走り出す艦娘までチラホラと出始めたくらいに事態は深刻なのであり、提督も結構真面目に対策を練っていたところである。
 そんなときに降って湧いたチャンスがこの、プロトタイプ金剛の配属というイベントなのであり、だったらそれを配属歓迎会という名目の合コンにしてしまえという流れになったのである。
 そんな事をしてる暇があるなら警備府内の警邏でもいいから出撃させろと吠える足柄を言い包めて参加させ、乾杯の音頭を取ったまでは良かったのだが、合コン開始早々、足柄の体調が急に悪化したのだ。
 最初は座りが悪そうにしていただけだったが、妙に顔が赤い、普段の荒々しさなどまるで感じさせないくらいに大人しい、男に声を掛けられると挙動不審気味に受け答えする、そして終いには歓迎会(という名目の合コン)の主賓であるはずのプロトタイプ金剛に連れられて、トイレにてゲーゲーと吐く始末である。男に免疫が無いにもほどがある。

「ご、ごめんなさいね金剛さん、せっかくの主賓なのに……」
「Oh.気にしナーイでくだサーイ。困ってる人を助けるのは、良いLadyの嗜みデース」
「そう。それは素敵ね」

 ゲロ吐いたショックなのか、それともイイ男達に囲まれていたショックなのかは定かではない。ただ、この時既に、プロトタイプ足柄は全てを思い出していたのだ。
 艦娘となる以前の自分が、何を追い求めていたのか。

「ありがとね。でももう大丈夫。今度は途中でやめたりしない。最後までよ」

 全てを思い出した瞬間、プロトタイプ足柄の中で、運命の歯車がガッシリと噛みあうのを自覚した。
 足柄の目付きに光が戻る。警備府内で餓えた狼と恐れられる、あの眼光だ。
 彼女のゴーストが囁く。男だ。男が足りなかったのだ。

「ここが! この戦場が、私の魂の場所よ!!」

 肩で風切ってトイレから出ていくプロトタイプ足柄の背中を、プロトタイプ金剛は『訳が分からないよ』とでも言いたげな、間の抜けた表情で見つめていた。

(今度こそ終れ)



[38827] 【不定期ネタ】嗚呼、栄光のブイン基地【艦これ】
Name: abcdef◆fa76876a ID:ccc713c1
Date: 2014/06/28 20:24
※毎回毎回懲りないオリ設定です
※『こんなん○×じゃねーんだよ! バーカ、バーカ!』とか『え? ○×のアレって△□じゃなかったっけ』な事になってるやもです。注意
※『俺の思い出穢すんじゃねぇよこのクソ野郎!』と言われかねんネタ多少混じってます。ご容赦ください。
※ショートランドの提督の方、ホントに同じ名前の方がいた場合ごめんなさい。狙った訳ではないんです。偶然です。
※今回そんなにグロ表現ありませんっぽい?
※甘味とは、悲劇でしかないのか




 発:帝国海軍&帝国陸軍大本営
 宛:Team艦娘TYPE


 艦娘式戦闘艦の改二型への要望:
(※翻訳鎮守府注釈:『』内の文は、何者かが書き加えた走り書き)


 帝国海軍ならびに陸軍は、Team艦娘TYPEの進める艦娘式戦闘艦の改二型改造計画について、以下の機能を実装する事を強く要求するものである。


・超展開持続時間の大幅な延長。具体的には戦闘稼働状態の睦月型駆逐艦で最低24時間、金剛型戦艦で一週間以上。
『どっちも過労で死ぬ』『バリキ系の薬と自動点てきシステムと冷却系再チェック』『紙オムツ』

・電子・誘導など各種現代兵器およびイージス級迎撃システムの実装
『済。後付オプションのカタログ有り』

・上陸能力、ならびに陸上戦闘能力と陸専用艤装の実装。
『軽空母の足回りの応用?』『オカルト係数かなり高める?』

・完全無人運用システム、および艦娘状態での弾薬補給機能の実装。
『それ最初に禁止したのオメーらだろーが!!』

・圧縮保存(艦娘)時の、各種偽装の完全格納(外見上、完全普通の婦女子のままである事が望ましい。間違ってもお宅の『プロトタイプ間宮』の様にドリルなど付けないように)
『クソが!』

・圧縮保存状態からの一足飛びでの昇華的な超展開実行機能
『? 後で再確認』

・索敵系の高性能・精密化。具体的には瓦礫の向こう側からでも個人認証が可能なレベル。距離は最低500メートルを維持できれば詳細不問。
『可能。艤装課で問合せ』

・対核爆撃モードの搭載(予想されうる核兵器の威力詳細については別紙参照)




                           ――――――――処分待ちの機密文書より





 戦艦『武蔵』発見さる。

 その一報が南方海域の各戦線に伝わった時、全世界最速の反応を示した部隊がいた。
 大本営付きの参謀軍団ではない。第一発見者のブインの井戸少佐でもない。どこかの艦隊の島風でもないし、己の片腕ともいえる伊58の弔い合戦のため、伊8号に使ってはいけない弾頭兵器を搭載し、深く静かにリコリス飛行場基地へと潜航しているショートランド泊地第七艦隊の提督でもない。

「武蔵、待ってろよー!!」

 ショートランド泊地の第八艦隊総司令官、佐々木提督と彼の麾下艦隊の艦娘達である。

『武蔵ー、待ってろやニャー。今迎えに行くからニャー!』

 現在の佐々木提督は、彼の艦隊総旗艦である艦娘式球磨型軽巡洋艦2番艦『多摩』(解凍・展開済)に乗って、最大戦速でリコリス飛行場基地へと一直線に向かっていた。
 正式な作戦行動ではない。戦艦『武蔵』がそこにあると聞いて、彼らはいてもたってもいられなくなってしまったからだ。

『提督見えたニャ、リコリス飛行場基地ニャ! ものすごい数の深海魚共ニャ!!』
「索敵! 武蔵ー! どこだー!?」

 何故だ、と問われても答えようがない。当時(無断で)出撃した佐々木提督および多摩、金剛改二の3人に聞いてみれば『何でなんだと聞かれたら……』『ニャーのゴーストがそうしろと囁いたからだと答えてあげるが世の情けニャー』『ソーナンデス!』と実に意味不明な供述を返してくれた。
 至近弾の雨あられの中を巧みにすり抜ける多摩の索敵系に反応があった。

『ニャ!? て、提督! PRBRデバイスにhitニャ! 数1、至近!!』
『ソーナンデース!!』

 その警告を言い切るが早いか、軽巡『多摩』の直前に巨大な水柱が立つ。脅威ライブラリにhit。最新のデータ。帝国海軍呼称『ダークスティール』通称、ダ号目標。
 深海凄艦のお家芸。衛星搭載のPRBRデバイスでも検出不可能な変温層の下側からの超急速垂直浮上。ダ号目標のステルス性能も相まって、察知は致命的に間に合わなかった。

「た、多摩取り舵一杯!!」
『もうやってるにょ!!』

 ダ号目標が拳を握る。下手に弧を描くように大きく振りかぶる。

「『げッ!!』」
『デース』

 海面をカチ割って振り抜かれたダ号目標のアッパーカットは、何の抵抗も無く軽巡『多摩』の竜骨をヘの字に叩き折り、天高くに打ち上げた。
 艦体を破壊され、各システム系が断末摩のエラーを吐いて機能不全に陥った多摩が物理的・電子的に死ぬよりもずっと早く、補助席に座っていた金剛改二が緊急脱出レバー(佐々木スペシャル)を引いた。
 直後、軽巡『多摩』が実行中だった全てのプロセスが強制終了。その上で圧縮保存(艦娘)状態への移行作業が強制的に実行される。
 同時にバラ撒かれた電磁煙幕と熱チャフの目隠しの煙を貫いて、緊急脱出装置(※4人乗り用のタンデム自転車。ロケットブースター付き)に乗った佐々木提督と金剛改二、そして艦娘状態の軽巡『多摩』が天高くに打ち上げられていった。3人しかいないのに4人乗りなのは、恐らく未だ見ぬ戦艦『武蔵』のための配慮か。

「た、多摩! 大丈夫かー!?」
『ニャー! さっき基地の青葉にデータ送っといたから、事後申請で強行偵察任務扱いにすれば独断専行はお咎めなしだニャー!!』

 よくやったー! と叫びつつ脱出装置(4人乗り自転車)のペダルを必死になってこぐ佐々木提督と多摩と金剛改二。既にロケットブースターは点火しており、おまけにここは空中なのでペダルをこぐ意味など何一つ有りはしないのだが、それは言わぬが花というやつだろう。
 それでは皆さんご一緒に。

「『や、嫌な感じいいいぃぃぃ~!!!』」
『ソォォォナンデェェェス!!』

 負け犬の遠吠えとも断末摩ともとれる、何とも判断に困る叫び声をドップラーシフトさせつつ、佐々木提督達は自転車をこぎつつ空の彼方へと飛んで行った。
 水平線の向こう側から上り始めた朝日の光を反射して、一度だけきらりと眩しく輝いた。





 ちょうどその時、ブイン基地所属第202艦隊の電は、目覚まし時計の音と共に先に目を覚ました。

「う~、起きるなのです……」

 寝ぼけ眼のまま、金剛不在の空虚感からくる悲しさに負けて、金剛さんの巫女服(モドキ)を着せた抱き枕に抱き付いてエビぞりの姿勢のままグースカピーといびきをかいて惰眠を貪る水野中佐の寝る掛け布団の中からもぞもぞと脱出し、半分寝ボケたまま寝間着をポイポイと部屋の片隅の脱衣籠の中に放り込み、共通ロッカーの中にハンガー掛けしてあった、普段着(代わりのセーラー服)に袖を通し、魚河岸のおっちゃん達が普段の仕事で使っていそうな青くて丈夫なゴム製の全身エプロンを掛けて紐を一度腰の前に回してから固く縛り、やはり分厚いゴム手袋と市販品の使い捨て花粉マスクを被って、左手に業務用ゴミ袋、右手に青メッキの火箸を掴んで準備は完了だ。
 ここで、寝ボケきっていた202の電の目が覚め始める。
 水野少佐の寝てるキングサイズのダブルベッドの周囲に、使用済みのティッシュやら近藤さんやらが全く散らばっていない。

「……?」

 いつもなら、水野少佐と金剛さんの夜戦の結果生じたティッシュやら近藤さんやら汚れきったシーツやらで据えたような臭いと惨状なのだが、これはどういう事なのだろう。
 というか、自分は何で水野少佐と同じ布団の中で寝ていたのだろうか。

「……!」

 ここで、ようやく202の電の目が完全に覚める。
 そうだ。そうなのです。金剛さんはいないのです。今日も朝のお勤めをしなくていいのです!
 そこまで考えが及んだ202の電は、お掃除おばさんの格好のままブイン基地(という名のプレハブ小屋)の屋根の上まで一気に駆け上がり、水平線の先から上り始めた太陽に向かって全身を大きくそらし、両腕をYの字になるように伸ばした。
 元旦初日の出と同時に洗ったばかりのパンツに履き替えた時の様な清々しい歓喜と共に叫ぶ。

「太陽万歳! なのです!!」



 真面目に考えると、艦娘って人の形をした戦略兵器じゃね? そんな考えでこの艦これSSは成り立ったってたり成り立ってなかったりします。が、そんな事よりも梅雨になりました今日この頃、皆様湿気と食パンのカビに負けずにいかがお過ごしでしょうか。雨やら湿気やらで不快指数がテンションアゲアゲな事になりつつあるので今回は何も考えずにカラカラに乾いた除湿使用の純粋なギャグ仕立てでお送りします。無理でした。記念の艦これSS

『嗚呼、栄光のブイン基地 ~ ラスト・リゾート』




 ちょうどその時、第203艦隊の頼れる勲章持ちである古鷹は心底幸せそうな顔をして、タオルケットの中で胎児のように体を丸めて眠っていた。

「すぅ……すぅ……」

 全力で就寝中である。そっとしておいてあげよう。



 ちょうどその時、基地司令代理の漣は、1人通信室に呼び出されていた。
 本土企業との密輸の件である。

『――――以上だ。間違いは無いかね?』

 そこまで聞いた漣は、悟られぬように呼吸の回数を早めて血中の酸素分圧を一時的に高圧状態にして意図的な指先の震えや顔面蒼白を演出し、さらには眩暈によって後ろにふらつき、壁に飾ってあった、とても良いあの壺(基地司令の密輸入品その3)を肘で引っかけて床に落として盛大に割った。

「そ、そんな……! 何かの間違いです!! あの清廉潔白、品行方正、正々堂々のご主人様がみ、密輸だなんて……うぅ、うわああぁぁぁぁん!!」

 そして両手で顔を覆って盛大に泣き出した。

「うええぇぇぇん……! ご、ご主人様がそんなに追い詰められでるなんで知らながっだっんでずぅぅぅ……ぞんな事にも気付かながっだ漣は悪い子なんでずぅ! 死んでお詫びじまずぅ、ぶええぇぇぇん……!!」

 そう言って、背後に隠し持っていた連装砲を口に咥え、トリガーの遊びを限界ギリギリまで引き絞る。
 それに慌てた画面の向こうの面々が慌てだす。

『あ、い、いや。お、落ち着きたまえ。確かに少しきつく言いすぎたかもしれんが落ち着きたまえ! 悪いのは君ではなくて君の上司だろう――――』
(クソが! どこだ、どこで情報が漏れた!? だけど大丈夫。筆跡だって川尻康作も思わずスイッチ押して逃げ出すくらいに練習したからまだ私だとは気付かれてない。二重帳簿の方もまだバレてない。あとは、あとは全部ご主人様に罪をおっ被せれば……! あ、意識を取り戻した時の為に生コンとドラム缶も用意しとかなきゃ)

 この基地司令にしてこの秘書艦である。



「電ちゃんごめんねー。せっかくのお休みなのに」
「いえ、気にしないでください」

 その日の朝。第203艦隊の那珂ちゃんと電(202)という珍しい組み合わせは荷物を運んでいた。中身はブイン島の子供達を対象としたお遊戯会――――帝国海軍公認の立派な宣撫活動で、那珂ちゃんの本職だ――――に使う絵本や木製オルガンなどである。

「それにしても那珂さんは本当にすごいなのです。塩味のする紙クズになってた絵本を、たったお一人で全部修復してしまうなんて、本当にすごいのです!」

 事実である。
 今日この日のために用意された絵本は全て、いつぞやに沈没したタンカーの中から引き揚げられた物である。ついでに言えば他の回収された書籍の類の修復も全てこの那珂ちゃんが済ませており、どれもこれも何の問題も無く中身が読める。コイツ今すぐ軍隊クビになっても遺跡とか古書の修復とかで食っていけるんじゃ那珂ろうか。
(※翻訳鎮守府注釈:実際そういうオファーは、ここの那珂ちゃん宛にチラホラ来ています)

「えへへー、ありがとね。那珂ちゃんは、っていうか那珂ちゃん達は艦隊のアイドルだからね。いろいろ出来なきゃいけないんだよ。他の工場で生産された那珂ちゃん達はどうか知らないけど、私がいた工場では、出荷前の最終検品代わりにいろいろと教えられたんだよ」

 ――――那珂ちゃんスマイル~!
 ――――ふざけるな! 大声出せ! タマ落としたか!? 両手両足の鉄球2kg追加だ!!

 那珂ちゃんの脳裏にフラッシュバックする光景。

 ――――も、もう駄目……
 ――――死ぬか!? 俺のせいで死ぬか!? とっとと死ね! 負傷した戦友(という設定の砂袋60kg)背負って砂浜10キロも走れんようなクズは死ね!!

「あ、あの。那珂さん? 大丈夫なのですか? ちょっと顔色悪いような」
「あ、あはは~。大丈夫ダイジョウブ。ナカチャンツヨイコマケナイコダヨー」

 ――――また貴様か微笑みアイドル!
 ――――何で俺が一度実演した事が出来ない!! それのどこがフレディ流マイクスタンド杖術だ!? あ!?
 ――――エニグマ暗号で書かれた徒然草(古代ラテン語版)くらい5秒で読め! 太平洋行く前に戦争終わっちまうぞ、アホ!
 ――――リ級のケツにドタマ突っ込んで死ね!
 ――――連帯責任だ。ドーナツ喰ってた微笑みアイドル以外の那珂ちゃんその場で腕立て、初め! 1、2、3、4! I LOVE 那珂、ちゃん!!

「ア、アイエェェ……」
「な、那珂さん!? ホントに大丈夫なのですか!? 生まれたての小鹿だってもっと慎ましやかに震えますよ!? イニストラードの没落吸血鬼だってもっと健康そうな顔色してますよ!?」
「アイエエェェェ……」

 それでも荷物は揺れたり崩れたりしていないのだから、那珂ちゃんは本当に出来る娘である。



 その時、203の井戸少佐と202の水野中佐と201のメナイ少佐は畑でイモを収穫していた。

「「「誰か手伝えー!!」」」

 本日のブイン島周辺は晴れ。風も無く、雲一つない快晴が翌日まで続くためお洗濯には最適な一日でしょう。外出の際には脱水症状や熱中症にお気を付けください。



「はぁ~、今日はええ天気やなぁ」

 その日の昼前、ブイン基地所属第202艦隊の所属“だった”龍驤は、リコリス飛行場基地の端っこのコンクリート製の護岸に腰掛け、波打ち際で足をちゃぷちゃぷさせながら艦載機を磨いていた。
 ちゃぷちゃぷと書けば可愛らしいが、現在の龍驤は軽空母としてのサイズと重量の持ち主である。むしろざぶざぶどばーに近いし、手に持って磨いているそれが本当に艦載『機』なのかは少々疑わしいが、兎に角龍驤はそれを己の艦載機として扱っていた。
 ついでに言っておくと、現在の龍驤は軽母ヌ級の上顎を反対側まで倒し、完全に開ききった口の中から彼女の上半身が生えている状態である。
 おててが4本なのである。
 にも関わらず、龍驤は実に器用な事に4本の腕を動かして艦載機――――ブイン基地などの南方戦線では、超音速機と呼ばれている例の飛行小型種だ――――を右手一本で固定し、もう一つの右手で研磨剤入りの缶を纏めて握りつぶし、左手に握ったちょっと高級そうな布(※リコリス基地司令室から引き千切ったカーテン)に塗ったくってせっせと磨いている。
 すでに、巨大で分厚い布地のカーテンをちょうどいい布代わりにしている事にも、かつての敵だった飛行小型種を己の愛機として認識している事にも、龍驤は違和感を感じていない。

「もー。姫さん、補充の子用意する言うて全然来ぃひんやんか、もー。こーなったら来るはずだった子の分まで君を磨……お?」
「ュゥ、ジョゥ……」

 不意に、龍驤の頭上に影が差した。
 軽空母としての龍驤ですら子供に見える巨大な体躯、白く長い髪と同色の皮膚、頭部から伸びた髪飾りとも耳っぽい角ともとれる奇妙な石質状の黒い突起物、黒で統一されたボディスーツと腰止め式マント、両端を切り詰めたカヌーような下半身と、背中に担いだ己の身長にも匹敵するほど長大な砲身。そして、横一文字に切り裂かれたかのような喉首の傷跡。

 もしもあなたが第11次O.N.I.殲滅作戦(シナリオ11)に参加していた将兵であるならば、この個体に心当たりがあるだろう。

 合衆国の空・海軍の全力出撃を10度も跳ね返し、成功を迎えた11度目ですら、この個体のためだけに核の集中運用が大真面目に検討された、深海凄艦側勢力の切り札的存在。
 合衆国での識別コード『ONI』
 帝国海軍上層部では深海凄艦側の重要拠点(というかハワイ諸島)の防衛以外ではその存在が確認されていない事から、イロハコードを付けられずに『泊地凄鬼』あるいは単に『鬼』と呼ばれる存在。

「お、鬼さんやないの。どしたん?」

 だというのに、この龍驤はごく普通に話しかけている。

「……ィメ、サガィテタ」

 引きつったような、しわがれた小さな声がその鬼の口から漏れる。かつて龍驤が本人から聞いた話によれば、あの島々(ハワイ)で最後に交戦した、全身から砲を生やし、刀を持った双子の艦娘に首を切り裂かれた時の後遺症なのだという。辛うじて即死は避けたが、その後遺症として上手く喋れなくなってしまったとの事。
 双子で刀を持っていたという事は、恐らくは『伊勢』と『日向』の事だろう。どこの所属かはわからないが。ただ、合衆国の独力で遂行されたはずのシナリオ11に艦娘が参加していたなど龍驤は知らなかったが、まぁ、政治的にいろいろあったんだろうという事で龍驤は結論を出していた。

「姫さんが?」

 鬼が無言で頷く。

「分かった。ほな行こか。ごめんなー。この話終わったらピッカピカに磨いたるからなー」

 自分の上半身が生えているのと同じヌ級の口の中に優しく置いた超音速機から期待的な概念が帰って来たのを確認した龍驤は、差し出された泊地凄鬼の手を取って曳航されて行った。戦闘稼働中の龍驤1人ならともかく、泊地凄鬼は上陸能力(ていうか足)が無いので、すぐそこに見える建物へと行こうにも、一々大回りをしないといけないからだ。

「んあ、そういえば鬼さん。灰羽語は使ってへんの? 折角教えたんに」
「……ォド、ッァワナィト、ァスレル」

 龍驤の言う灰羽語とは、今はもう滅んだ、とある地方部族が異民族との取引の際に使っていた手話の一種だ。

「そっかー。リハビリみたいなもんかー。……ひょっとして、ウチ、いらん世話やったかな?」
「……No, ォテモ、ァクダッテル」

 泊地凄鬼は思う。この間の潜水艦娘の大爆発(※自爆という概念が無い)によって、ようやくマトモな数が揃った精鋭部隊の大半が再起不能になったのがとても痛い。生き残った連中の大半が憎しみの力を増して、より強力な存在へと変質したのはいいが、それでも喋れるほどに強力な連中が軒並み死んだのは甚大すぎる被害だ。
 だが、
 だがそこで、このリュウジョウとかいう、何だかよく分からない変なの(※翻訳鎮守府注釈:艦娘でもあり同族でもあるとも本能が認識しているため、混乱しています)から教えてもらった手話は非常に役立っている。直接見ていないと役に立たないが、それでも簡単に意思の疎通ができるようになったのだ。
 待て、伏せ、行け、回り込め、集まれ、身を隠せ、ドーモ艦娘=サン。
 たったこれだけを覚えただけでもこちらが取れる選択肢が爆発的に増えたのだ。要らん戦闘は避ける事が出来るようになったから余計な損害は減ったし、戦力の増強・集結も容易になった。現に、あの潜水艦娘がやってくるまで我々の存在は露見しなかったわけだし。
 それに――――

「あ、あかん鬼さん。衛星や」

 龍驤の言葉に連れられて、泊地凄鬼も天を見上げる。
 有り得ない速度で移動する昼間の星が映っていた。

「……ィラレタ?」
「多分なー。今までは上手い事隠れられたけど、もうそろそろ無理とちゃうん?」

 ――――それに、この変なのが仲間になってから、人間共の千里眼の正体と欠点が判明した。対策も容易だった。もう、不意打ちも各個撃破も許さない。

「? 鬼さん、何かいい事あったん?」
「……ァネ。ュゥ、ジョウ、ノ、ォカゲ」
「そっかー。ありがとうなー。皆の役に立ったら、水野少佐も褒めてくれるかなー」

 鬼さんこと泊地凄鬼に手を曳かれ、龍驤は海の上を進む。




 ちょうどその時、第203艦隊の頼れる勲章持ちである古鷹は心底幸せそうな顔をして、タオルケットを蹴っ飛ばして崩れた大の字になって眠っていた。金属と機械とごくわずかな人工皮膚によって構成された右腕は、窓から差し込む赤道付近の直射日光によって殺人的に加熱されていた。

「ん、ぅう……」

 古鷹が寝返りをうつ。枕代わりに差し込んだ右腕が頬にべったりと触れる。



 ちょうどその時、如月と大潮――――もちろん、戦闘艦本来の姿に解凍・展開済みだ――――は海に出ていた。日課の定期掃海任務である。

【如月ちゃーん! 爆雷まだ残ってる?】
【ごめんなさい。今投げたので最後ですわ】

 シーレーン維持のため、小規模な深海凄艦の発生源を虱潰しに見つけては、大きくなる前に爆雷をしこたま放り込んで潰していたのだ。

【昨日と今日だけで3つも巣穴があるなんて……】

 如月の戸惑い混じりの呟きも当然である。
 今までは月に1個有るか無いかという頻度だったのに、ダ号目標の襲撃以降、巣穴発生の頻度が増してきているのだった。それも日増しに。
 おまけに、

【MidnightEye-01よりFleet203大潮。MidnightEye-01より203大潮。PRBRデバイスの索敵範囲内に感無し……だと思う。クソ、ここ最近機材の調子がおかしい】
【Fleet203, 大潮です。やはりそちらも……?】
【ああ、そうだ。小さいとはいえ、ここんとこずっと、どこをどう飛んでも検出波が出てやがる。どうなってんだ……? まるで、蜃気楼で出来たグランドクラッターでも見てるみたいだ】

 困惑混じりにMidnightEye-01が――――艦娘達のPRBRデバイスが原因不明の不調に見舞われていたために、用心として出撃してくれた――――上空を旋回して警戒していた。

【Fleet203, 如月ですわ。大潮ちゃん、私は撤退を進言するわ】
【MidnightEye-01より203大潮。現在、上空に機影無し。そっちは保証する。どうする、現場指揮官はお前だ】
【……】

 大潮は手持ちの弾薬と状況を見比べて考える。
 現在地はちょうど定期哨戒ルートの折り返し地点。手持ちの弾薬は爆雷が空になった以外はすべて手付かず。ただ、魚雷はひとつ前の巣穴を潰す際に使った(※時限信管付きで真上から落とした)のでもう自分にも如月ちゃんにも残ってない。ついでに言うと弾薬は手付かずというが、実際には最大搭載量の7割かそこらだし、積んである武装も海賊艇殲滅用の12.7ミリ重機関砲と、弾薬庫が空っぽの主砲だけというのだから笑えない。
 仮に、今ここで敵部隊と遭遇・戦闘になった場合、駆逐や軽巡程度の中型種ならどうにでもなるが、それ以上の大型種との戦闘となると、魚雷が無ければ話にならない。ジャイアントキリングは魚雷の大火力があってこその話だ。そこだけは弁えなければ。

【……203大潮です。これよりブイン混成定期掃海艦隊は基地に帰投します。移動中に巣穴を発見した場合は、座標と規模のマーキングをして、午後の再出撃の際に潰します】
【如月、了解しましたわ】
【MidnightEye-01了解】

 大海原を行く2隻の駆逐艦が残す航跡がUの字を描き始める。それに先駆けて、上空高くをお皿が飛んで行く。
 MidnightEyeの機体は、それの数倍の直径を誇る大きな丸皿状のレドームに隠されて全然見えなかった。




 その日の正午、203艦隊の頼れる勲章持ちである古鷹は、もの凄い仏頂面でラヂヲを聞きながら己の右腕のメンテナンスを行っていた。右の頬には大きくブツ切りにされたアロエの果肉がガーゼとテープで張り付けられていた。
 メンテナンス。
 といっても艦娘状態での自己メンテなどタカが知れている。大抵は艦娘状態で入渠するなり、戦闘艦の姿のまま、発泡するクリーム色の粘液こと高速修復触媒でも破損個所に塗り込めばそれで済むのだから。
 なので、古鷹が今行っているのは、工具を使って一度右腕をバラし、パーツやネジにこびり付いた泥やホコリを取り除き、古くなって黒ずんだオイルをボロ布で綺麗にこすり落とし、もう一度組み立ててから新しい油を挿すくらいのものである。これだけでも戦闘艦の姿に戻った際の諸性能に目に見えて大きな差が出るので無視できないのだ。
 そして、組み立て終わった右腕は、どういう訳かネジが3本余った。

「……」
『えー、それでは視聴者の方からのリクエストナンバーです。応募者は、ブイン島の胃炎になりそうなオールドホークさん。リクエストナンバーはカザンオールスターズの『王子とマンモス、時々金塊』です。どうぞ!』

 やったね!
 今までのふてくされた面構えはどこに消えたやら、キラキラとした眼差しでテーブルの片隅に置かれたラジオに振り返る。

『――――番組の途中ですが、緊急報道をお伝えします。たった今、我が国と友好関係にあるゲロニアン帝国の首都でクーデターが発生しました! 今までに入ってきた情報によりますと、ゲロニアン帝国の王妃を指導者としたクーデター側勢力は自らを旧ティラミス王国解放軍と名乗り……え? え、え? こちらは未確認情報なのですが、クーデター側勢力に、超展開中の艦娘が加勢しているとの未確認情報が――――』

 今までのキラキラとした眼差しはどこに消えたやら。古鷹は、萎びたナスの様なため息をつくと立ち上がり、ドライドックへと歩を進めた。
 ネジが余っていた事などすっかり忘れていた。



 ちょうどその時、203の井戸少佐と202の水野中佐と201のメナイ少佐は対立していた。

「水野中佐の脳筋野郎! イモは、アルミで包んで焼き芋! それが世界の選択でしょうに!!」
「黙れメガネモヤシ! イモってぇのは(帰って来てないけど)金剛お手製のイモ天プラ! これ以上の贅沢がどこにある!?」
「ファッキン・モンキー・イエローベイベーが知った口を利くな! イモは鍋で芋煮会! これが主の定めた律法だ!!」
「「牛肉オージーは黙ってクジラの竜田揚げでも食ってろ!!」」
「KILL'EM!!」

 ハリウッド映画ラスト15分顔負けの殴り合い(銃火器解禁)が始まった。
 今、アドミラル達の食欲が試される。



 ちょうどその時、第203艦隊の那珂ちゃんと電(202)という珍しい組み合わせは、子供達と車座になって絵本を読んでいた。お手製エプロンを掛けた那珂ちゃんせんせいのオルガン演奏が実に堂に入っている。やもすれば、艦娘化する以前の天龍こと、おねーちゃんせんせーにも匹敵するほどだ。
 両手で絵本を持った電が語り始める。絵本のタイトルは、彼女の手に隠れて見えなかった。

「むかーし、むかしの事なのです。あるところに、くだものの国がありました」


 その国には、とてもとても甘くて美味しいくだものさん達がくらしていました。
 くだものの王さま、メロン・ド・リアン12世の治世するその国は、たった一人を除いて、いつも笑顔が絶えませんでした。
 ですがある日、そんなくだものの国から、全ての甘みが消えてしまったのです。
 そうです。永い眠りから目覚めた古い果実(The Great old Sweets)が、全てのくだものから甘みを吸い込んでしまったのです。
 そしてくだものの国は、古い果実の吐き出したゲップ――――味気の無い濃霧に包まれてしまったのです。

 ――――もう駄目だぁ、お終いだぁ。

 霧の中から唯一逃げ出せた王子様の証言により、くだものの国の現状が諸外国に明らかになりました。
 古い果物は僕(しもべ)に命じて甘みを集めている。そしてその量と質は、およそ尋常ではない、と。

 ――――おうじ様おうじ様、どうか泣かないで。私達がどうにかしてあげましょう。

 罠公女、クラン・ベリィ
 鷹の目、ブルウ・ベリィ
 粒揃い、ストラウ・ベリィ
 境目の魔女、マエリ・ベリー
 討つ者、TW-2

 この国にこの人ありと言われた何人もの英雄豪傑たちが、やあやあ我こそはと意気込んで、霧の中に入って行きました。
 ですが、誰も帰ってきませんでした。
 そして最後に、くだものなのに酸っぱいから。という理由だけでこの国の人たちから爪弾きにされていた、レモン君が立ち上がりました。

 ――――このぼくが、この国に甘みを取り返したら、きっとみんなもぼくの事を認めてくれるはずさ!!


 子供達は皆、202の電の語りに聞き入っている。
 今、レモン君の魂の名誉(Lemon's soul)を賭けた冒険が始まる。



「はぅあ~……艦娘用の燃料は嫌いですけど、このパウダー・フレーバーは大好きですぅ……」
「この一杯と提督の為に、如月は生きていますわぁ……」

 基地に帰港した大潮と如月は緊急の補給作業を受けていた。いま彼女らが片手に掴んでグビグビと飲み干しているのは、ビールでもヤバイ薬でもない。大潮が言っているように、艦娘やその他の機械を動かす際に用いられる、統一規格燃料だ。
 普通、帰投した艦娘が燃料を補給する際には一度艦娘化し、この燃料を小タル一杯分も飲ませれば、たったそれだけで燃料が満載となるのだ。なので、資源や燃料が慢性的に枯渇気味の帝国軍からすれば万歳三唱以外の評価はあり得ない。
 あり得ない。
 のだが、艦娘との付き合いの長い提督諸氏はそれを嫌っている。井戸も前の職業柄、それがもたらす弊害を良く知っているし、水野中佐も半ば本能的に気が付いているフシがある。

 戦闘“艦”としては理想的な補給システムだが、艦“娘”にとっては最悪の拷問だ。と。

 艦娘は分類上こそ戦闘兵器だが、結局のところその生態はごく普通の人間と変わりは無い。笑いもすれば怒りもする。美味いメシを食えば喜ぶし、深海凄艦を前にすれば怯えもするし泣きもする。そんな、ごく普通の人間なのである。
 それ故に、味気無いどころか人間味の無い補給作業ばかりを続けていれば、いとも容易く人間性が劣化するのである。
 無論、普通の人間らしく、普通の人間と同じ食事を採って、それを燃料と化すことも可能である。ブイン基地の赤城がヤシガニを喰って補給用の燃料としている様に。
 ただ、この方法では一度体内で消化されてから燃料への変換が始まるので、時間的効率が恐ろしく悪い。
 当然、深海凄艦側の波状攻撃などに晒された場合、そんな悠長な事をやっている暇は無いし、補給の都合でいつでもまともな食事にありつけるとは限らない。
 そこで考え出された苦肉の策が、このパウダー・フレーバーである。
 鎮守府や基地の廊下に置かれた、赤い自販機にセットされているこれは、艦娘向けの補助食品である。
 使い方は簡単。飲む燃料に中身の粉末を入れて、マドラー(※この缶は、破線に沿って切り取って丸めれば、即席のマドラーになる優れものだぞ!)でよぅくかき混ぜてから飲むだけである。昔の駄菓子屋にあった粉末ジュースと要領は一緒だ。
 因みに大潮の好きなフレーバーは『激圧炭酸ブルーハワイ味』で、如月は『厚切りベーコン焼いた後の油と醤油で刻みニンニク炒めた時のあの味』である。
 至福のひと時なのである。

「Wasshoi! wasshoi!!」
「Soiya! Soiya!!」
「HA! HHA!! HA! HHA!!」

 なので、背後で水野中佐が提督2人をまとめて投げ飛ばして窓ガラスをブチ割ったり、パイプ椅子二刀流で縦横無尽に室内を三角飛びする井戸少佐の姿が見えたり、オーストラリア軍正式採用のハンドガンH&K USPの二丁拳銃によるガン=カタで二人を迎撃するメナイ少佐の姿が見えていたりしても動じない。
 提督だの司令官だのと常日頃から言われていても、男の子にだってハメを外したい時くらいあるんでしょう。そう考えた二人は、一番最初に窓ガラスが割れた音に驚いて一度だけ振り返ると、後は何も見なかった事にして補給作業に専念する事にした。

「美味い!」
「もう一杯!」

 小さな体にオッサン臭い仕草が良く似合う二人である。




 ちょうどその時、ショートランド泊地第七艦隊の提督は、自らの乗る伊8の攻撃予定位置に到着した。

『提督、攻撃予定海域に到着したよ』
「よし。作戦通りに進める。魚雷発射管、1番注水」
『あの……提督、ホントにやるの?』
「どうした、何かトラブルか?」

 伊8の艦長席に座った提督が、副長席に座っていた伊8の立体映像の方に振り向いて言った。

『い、いえ。そういう意味ではなくて……』
「伊8号」

 艦娘式イ号潜水艦『伊8』こと、ハッちゃんの困惑と躊躇いに満ちたその問いに、提督は疲れた声で答えを返した。

「私は、やれと、言った」

 提督の顔は、疲れ切っていた。
 少し前に己の半身こと伊58――――通称『ゴーヤ』と共に出撃した、最後の任務の時に浮かべていたそれとはまるで性質が違っていた。
 頬や目の周りは痩せ細って落ち込み、無精ヒゲはロクに剃られる事無く青々と茂り始めており、髪もろくに洗われておらず脂ぎっている割には湿気ており、そのくせ散々泣き腫らして真っ赤に充血したその目だけは大きく見開かれ、内なる憎しみを燃料にして爛々と燃え輝いていた。

『Ja, Jawohl...』

 この提督が号付きで名前を呼ぶ時は、本気でキレている。
 それを知っている伊8は提督の気迫に怯えながらも何とか返事を返すと同時に自我コマンドを入力。魚雷発射管1番に注水、解放、発射。
 1番から発射された甲目標には、本体操縦用の妖精さんが一人と、特製魚雷の弾頭部に詰め込まれた、陸軍の艦娘『あきつ丸』が一人乗っていた。

『甲目標(あきつ丸)発射完了。攻撃予定位置まで移動開始』

 それを確認した提督が、無言で手元のコンソールを操作し、パスワードとキーコードを入力。

『提督、あの、この作戦って、本当に総司令官の承認を受』

 直後、艦内の全電源が落ちて一瞬の後に復旧した。副長席に座っていたはずの伊8の立体映像はその一瞬で艦長席の真横に移動していた。その伊8が、建造当時の様な何一つ感情を伺わせていない無機質な声と顔で告げた。

『メインシステム、アルマゲドンモード起動します』

 その宣言と同時に潜水艦としての伊8にも変化が現れていた。何と、正面6門しかなかったはずの魚雷発射管が、艦体上部にも2つ現れたのだ。
 潜水艦のアルマゲドンモード。
 東側では『死者の手』西側各国では『自動報復システム』と言われるこのモードの存在こそが、空母娘と並んで、艦娘式潜水艦の運用に大きなシステム制限が掛けられている最大の理由である(※翻訳鎮守府注釈:当然の事ながら、大量生産可能な艦娘にこんなのが載ってたら東西のMADが完全崩壊するので、表向きにはこのモードの概念すら存在しない事にされています)。

『VLSセル、1番、2番オンライン。弾頭シーカー冷却済。諸元入力完了済』
「ずいぶんと早いな」

 提督が軽く目を見開いて驚いた。その一瞬だけは、伊8も良く知るいつもの提督の顔だった。

『……数時間前に行われた、佐々木提督らの強行偵察任務(自称)の情報がアップデートされています』
「……何やってんだ、あの男は。まぁいい。助かる。ハチ」

 提督から何かを投げ渡された。キーホルダーも何もついてない、小さな鍵だった。
 それを受け取った伊8の立体映像が副長席に移動して、コンソールの中央右上。アクリル製の小さなパネルで覆われた鍵穴に差し込む。まだ回さない。提督も同じだ。

「3カウント」
『どうぞ』
「3、2、1」

 提督と伊8。二人が全くの同時に鍵を回す。
 使ってはいけない弾頭兵器の最終以外の安全装置が全て解除される。提督の座る艦長席のコンソールに、赤く大きな丸いボタンが浮上する。
 押す。

「1番、2番発射」
『Jawohl.』

 設計図上には存在しないはずの垂直発射管から、防水パッケージ化された2発のSLBM――――潜水艦搭載の弾道ミサイルが発射される。海面浮上と同時にパッケージは分割剥離。即座に固形燃料に着火。
 2つの流れ星が、天に昇って行く。



 ちょうどその時、203の電は、203号室でパソコン内蔵の音楽ビューアーで音楽を聴きつつ、ワードで大本営宛の各種鋼材の追加の陳情書を制作していた。

「――――よって、ブイン島の防衛設備および最終防衛システムの復旧は著しく遅れており……」

 今流れている曲は本土で活躍中しているTeam艦娘TYPE(アイドルグループ)の電がリーダーを務める、第六駆逐隊4人組による傘下グループ『Nanodeath』の名曲『Symphony of destroyed MIYUKI』である。
 自分と同じ、ペドフィリア御用達の幼い外見の電なのに、それを裏切る壮絶技巧のエレキ歯ギターのソロが耳に残るスラッシュメタルである。

「――――故に、前述の各種鋼材および金属触媒の重点的な補充は急務であり、あり……」

 曲が終わり、ふと壁掛け時計を見上げる。

「あり、あり、あー……あ! そろそろなのです」

 ふふふ、ふふ、ふーん。ふふ、ふーん。と今の曲を鼻歌で歌いつつ、電(203)は部屋を後にする。
 見た。

「あ、流れ星!」




 その日の午後、リコリス飛行場基地の中を一つの白い影が歩いていた。
 かつて、ブイン基地との密輸で栄えていた頃の華美な装飾などはもうほとんど残っていない。手付かずのまま残ってはいるのだが、部屋の中にせよ外の廊下にせよ、いたる所に見ているだけで不安になってくるような人間大の黒い塊がいくつもいくつもへばり付いてその華美な装飾が台無しになっており、全ての廊下に敷き詰められた赤絨毯も、それらから染み出した液体を吸って真っ黒に染まっていた。
 奇妙な事に、真っ黒であるはずのそれらの塊は、光の都合か、時折赤交じりのオレンジ色に蠢き輝いているようにも見えた。
 そんな、赤と黒で覆われた廊下を、この白い影は何の気負いも無しに歩いていた。しかも鼻歌まで歌いながら。

「~♪」

 全長、百数十センチメートル。完全な人型の女性。体色、白。髪も肌も服も(皮膚か?)、ほぼ同一の真っ白。地に付くほどに伸ばされたその長い髪の中からは、時折滑走路のような模様と形状をした何かがちらちらと見え隠れしていた。
 全長数十、モノによっては数百メートルが平均値の戦闘艦とほぼ同等のサイズを誇る深海凄艦群の真っ黒の中では、鬼と並んで異色の存在。

「おぉーい、姫さーん。来たでー!」
「……ィメ。ッレテ、ィタ」

 港湾施設が一望できる最寄りの窓から、姫と呼ばれたその白が体を覗かせた。

「アラ、キタノネ」
「来たって……ウチ呼んでたのって姫さんやんか」
「ソウイエバ、ソウ、ダッタワネ。リュウジョウ、アナタガ、イッテイタ、ヨビノ――――」

 そこまで言いかけた姫が、バネ仕掛けのおもちゃのように空を振り返った。

「……ナニ、アレ?」

 龍驤達もつられて見上げた。
 大気の揺らぎを受けて、不規則に瞬く小さな星が2つ、空の上を流れていた。監視衛星にしては早すぎる。流れ星にしては遅すぎる。

「あれって……まさか!?」

 その流れ星の正体に気付いた龍驤が警告を発するよりも先に、上空高くでその流れ星が弾けて消えた。何かを察知したのか、海上に停泊していた駆逐種の表面に張り付いた貝やら寄生虫やらを啄んでいた海鳥たちが一斉に翼を広げて飛び立った。
 遅かった。
 空を飛ぶ鳥たちが音も無く墜落した。何だ何だとそれを見ていた重巡リ級の一匹が、いきなり己のノドを両手で絞め上げ、大きく目を見開いて舌を付き出して倒れ伏した。背筋をエビ反りにし、不気味な痙攣を繰り返す。
 海面には大小様々な魚が腹を見せて浮かび上がって来た。中には駆逐種や軽巡種の姿もあった。激しく咳き込む雷巡チ級が、力無くコンクリート製の護岸にもたれかかる。やがてその咳に水っぽい音が混じり始めた。泡混じりの血液を咳としながらそのチ級は動かなくなった。
 島中に生えていた草木が、生命力溢れる濃い緑色から黄色い枯れ草色に瞬く間に変わっていった。鬱蒼と生い茂る木々の葉は、文字通りあっという間に落葉した。カンの良い連中は既に海の底へ避難していた。ただ、それでも逃げるのが遅かった連中は、そこら辺に浮かぶ魚らと同じように海中から力無く浮かび上がってきた。そう、あそこで横たわって浮かんでいる空母ヲ級の様に。
 戦艦ル級やその亜種であるダークスティールはその図体故に毒の回りが薄かったようだが、それでも無事では済まされなかった。見えていないだけで、内臓機能に致命的な障害が発生している。生き残った他の連中と同じく、残された寿命はそう長くはあるまい。
 この怪奇現象に全くの心当たりがない白い姫は、瞬く間にパニックに陥った。

「ナ、ナニ!? ナンナノ!? ナ、ナニガオコッテルノ!? ネェ、リュウジョウ、イッタイ――――」
「き」

 姫が凍り付く。
 つい今まで雑談していたはずの龍驤が、どぅ、と大波を立てて倒れ伏したからである。それでも龍驤の唇がかすかに動いた。

「き ひ、  せ、 ……かみ 、……」

 かつての世界大戦当時、合衆国本土爆撃に成功した伊25号の水上観測機に搭載されるも使われず、終戦後に合衆国軍に接収され『枯葉剤』という嘘のラベルを貼られてベトナムに投下されたのと同じ戦略兵器。
 条件さえ整えば半径数十km圏内全ての生命を必殺する、無色透明・無味無臭の悪魔の風。
 帝国陸軍最大最低の発明品。


 キルヒ系神経毒『戦術神風』


 それがこの死の名前である。
 さしもの鬼も無事ではなかった。が、それでも無様に倒れる事を良しとしないのか口の中の血を飲み込むと、蒼褪め、不気味な痙攣を繰り返す龍驤を抱きかかえて海の底へと潜ろうと――――あそこには、龍驤を“改良”する際に使っている繭がある――――急いで沖合に振り向いた。

「!!」

 その方向から魚雷が一本、こちらに向かって海上から突っ込んできていた。否、魚雷ではなかった。艶消しの青黒に塗られた、水中・水上どちらでも使える軍用のウォータージェットバイクだ。
 甲目標から発射されたあきつ丸だった。そのあきつ丸が片手でバイクを操作しながら顔面を覆っていた酸素ボンベのレギュレーター・マスクを剥ぎ取る。
 その際ノドに入った塩水に咽ながらも叫ぶ。

「あ、ゲホ! ゴッホ、ゲホ! あぎづ丸、ゲホ展開!!」

 瞬間的な爆音と閃光が辺りを包み、それらが晴れた時にはもう、そこには艦娘としてのあきつ丸はおらず、揚陸艦としてのあきつ丸が一隻浮かんでいただけだった。
 その揚陸艇のどこからともなく、艦娘状態の時のあきつ丸の声が聞こえてきた。

『大発部隊、出撃!!』

 揚陸艦『あきつ丸』の前面にある大型ハッチが開き、その中から次々と大発こと大発動艇が吐き出されてくる。それも世界大戦当時の代物ではない。近代化改修(という名の魔改造)に次ぐ近代化改装を受け、最早外見以外の性能――――特にその積載能力――――は完全に別モノである。
 そんな大発に載せられているのが、ただの武装兵であるはず無かった。

【U1、ターゲット了解。オペレーションを開始します】
【U2、ターゲット了解。オペレーションを開始します】
【U3、ターゲット了解。オペレーションを開始します】
【U4、ターゲット了解――――】

 陸軍が誇る最新鋭無人兵器、鍋島Ⅴ型だった。それも大発1隻につき1機、合計27機の大部隊だ。しかもご丁寧なことに、攻勢作戦では最も多く使われる中量二脚型と少数のタンク型で統一してあった。
 おまけに『あきつ丸』の飛行甲板からは、通信中継用のカ号観測機が何機も何機も飛び立っていった。それもわざわざ防弾盾を十重二十重に張り付けた重装甲型のをだ。
 大発から跳び立った鍋島Ⅴ型の群れが、辛うじて息をしていた深海凄艦に止めを刺していく。まるで地に落ちた蝶に蟻が群がっているような光景。そんな鍋島Ⅴ型の内の1機が、姫を捕捉した。

【U⑨、不明なオブジェクトを発見しました】

 カ号の中継映像を拾っていた、伊8内部の提督がその映像を見て発作的に叫ぶ。

『そいつが敵だ! 全ユニットに通達! 最優先目標!!』
【U⑨、ターゲット確認。排除開始】

 受領と同時にU⑨が発砲。パルスマシンガン、チェインガン、垂直発射式ミサイル、グレネード砲による弾幕が基地の廊下にいた姫とその周囲を徹底的に破壊する。
 奇妙な事に、建物やその装飾品は見る間に破壊されて行くというのに、その破片や砲弾が直撃しているはずの姫には何の変化も無かった。ただ、砲弾や破片が直撃するたびに姫の身体にデジタルノイズが走り、一瞬その姿がブレるくらいのものである。

【U⑨、目標に有効打を認めず。火力支援を要――――】

 姫に集中砲火を加えていた鍋島Ⅴ型が、文字通りぺしゃんこになって潰れた。背後から近寄った鬼が殴り潰したためである。鍋島Ⅴ型はせいぜいが全長5メートル程度の兵器である。総重量だってお察しである。そんなカトンボが、全長3ケタメートルから繰り出された渾身のゲンコツを食らって生きてられる方がどうかしているのだ。
 拳と地面の間から小爆発。U⑨とのデータリンク途絶の報を受けた、他の鍋島Ⅴ型が次々と集まってきていた。
 鬼が拳を構える。龍驤に寄生していた例の飛行小型種も鬼の肩に飛び乗り、口腔部の生体機関砲で応戦を開始する。

「……ョウ、トウ。ァカッテ、ィナサイ」
「鬼さん……負けんといてや……」

 最早壮絶としか言いようのない顔色と形相となった龍驤が呟く。

「水野少佐も、電ちゃん、も……待っとい て、な……すぐ、そっち 行くからな……な、なに、ル級の一匹くらい、暁ちゃ ん 達、 と一緒なら 、す、すぐや……」

 龍驤が意識を失う。鬼はその片腕で龍驤を抱きかかえ、ノドの古傷と口の端から血を流し、声なき絶叫を上げながら応戦を開始した。





「……こうして古い果物は、強く、最も新しい僕(しもべ)を手に入れました。やがて世界は、味気の無い濃霧で包まれるでしょう。めでたし、めでたし」

 めでたくねーよ。

 それがこの絵本の読み聞かせを聞いていた子供達と那珂ちゃんの心の声である。それでもBGM代わりにずっと弾いていたオルガンの音色が微塵もブレない那珂ちゃんは本当に出来る娘である。

「さ、さーて。じゃあ、良い子の皆、今日はこれまでだよー。暗くなる前にお父さんお母さんのもとに帰ーえりーまーしょう!」
「「「はぁーい!!」」」
「パパとママの言う事聞かない悪い子はー?」
「「「夜中迎えにきちゃいますー!!」」」

 普段より妙に速くお遊戯会を切り上げた那珂ちゃんに疑問を懐いた電(202)だったが、今日が何の日であるのか思い出した。因みにこの最後のやり取りは、那珂ちゃんせんせいによるお遊戯会〆の言葉である。アイサツは大事だ。古事記にもそう書いてある。

「「「那珂ちゃんせんせいさよおならー!!」」」
「はい。さようならー!!」

 ここまでの子供達とのやり取りを、何気に全部帝国語で済ませているあたり、那珂ちゃんによる親帝国化工作は徐々に浸透しているらしい。コイツ今すぐ軍隊クビになっても宣伝省か東機関あたりで雇ってくれるんじゃなかろうか。

「じゃあ電ちゃん、片づけ終わったら私達もいこっか」
「はいなのです」

 片づけと掃除を終えた那珂ちゃんせんせいと電(202)がその場を後にする。




「お」「あ」「ひゃら」「あ」「なのです」

 井戸、古鷹、赤城、那珂ちゃん、電(203)の4人はちょうどドライドックの中で鉢合わせた。因みに赤城はヤシガニ(生)を貪っていた。大潮と如月は午前中に見つけた巣穴潰しのために欠席だ。

「おう、揃ったか」

 スパナ片手に両腕を組んだ整備班長殿が、ドライドックの入り口に期せずして集合した203艦隊の面々を見回して言った。

「もう起動準備は終わってるぞ。さっさと迎えに来い」

 それだけを言うと、さっさと踵を返してドライドックの奥に戻って行ってしまった整備班長殿の後を追って、井戸達も移動し始めた。
 今日は、我らが第203艦隊の総旗艦『天龍』の入渠明けの予定日である。


「親方ー、起動プログラムの立ち上げ、いつでもオッケーでーす!!」
「おやかたおやかたー、えんかくそうさしきのあっしゅくぷろぐらむにもー、バグはみあたりませーん」
「お頭ー、酒保から上等そうな酒とツマミ見繕ってきましたぜー!!」

 整備の丁稚連中や整備担当の妖精さん達が一隻の艦を取り囲んでいた。艦娘式天龍型軽巡洋艦1番艦『天龍』それがこの艦の名前であり、ここに集合した第203艦隊の総旗艦でもあった。
 現在の天龍には大小無数のケーブル類が接続されており、それと兵器特有の無機質な威圧感によって、軽巡洋艦の中でも小柄の部類に入るはずの天龍の艦体は、無数の鎖で雁字搦めに封印された獣と言った雰囲気を醸し出していた。
 井戸達が見守る中、親方が号令を出した。

「よし! 通信ケーブル以外の全ケーブル外せェい! 続けて軽巡洋艦『天龍』起動! そして圧縮開始!!」

 その号令と共に、艦娘達の魂の座である動力炉に火が入る。今は無人となっている艦長席や、近代化改修の際に増築された艦内CICの端末には、0と1とiの三進数によって表記される無数のスクリプトが流れていた。

「親方ー、起動シークエンス正常に起動しました」
「おやかたー、えんかくそうさしきのあっしゅくぷろぐらむながしたよー。あっしゅくかいしまであと20びょう……ウソ、ホントは15秒です(CV:ここだけ田中正彦)」
「よし! ケーブル外せェい!」

 整備妖精にゲンコツを入れながら親方が叫ぶ。直後、不思議な事が起こった。
 今の今までそこにあったはずの天龍の艦体から、急に遠近感が消えうせたのだ。まるで、超精巧な一枚絵を見ているかのように。
 次に、その一枚絵が二つ折りにされた。文字通り、真ん中から、ぺたんと、縦に。続けて横に二つ折り、縦に二つ折り、また横と、新聞紙か何かの様に天龍は折り畳まれていった。
 今までとはまるで違う圧縮方法に、井戸は整備班長に尋ねた。いつもなら、色の無い濃霧に包まれてからすぐに終了していたのに。

「整備班長殿、この圧縮方法は?」
「ああ。翔鶴、瑞鶴の鶴姉妹にプリインストールされてるっていう、最新型の圧縮ソフトを使ってみたんだよ。圧縮完了までの時間は長いが、その分負担は少ないって代物だそうだ。これだけの大怪我の後だ。少しでも負担は少ない方が良いだろ」
「……ありがとうございます!」
「何。良いって事よ。一応、お前さんが使ってるボーレタリア式の圧縮ソフトはそのまま残してあるからな。上手い事使い分けろよ」

 そして最後に、人間大まで折り畳まれた天龍だったものがその場でくるりと一回転すると、そこにいたのはもう、艦娘としての天龍だった。目を閉じ、ただ立ち尽くしていた。

「天龍、外部圧縮保存完了しました。外見上にエラーは見受けられません」

 天龍が目を開ける。続けてここはどこだと言わんばかりにきょろきょろと首をめぐらせる。

「天龍、目が覚め」
「お、アンタが俺の提督かい?」


 その一言に、駆け寄ろうとしていた井戸達が凍り付く。


「天、龍……?」
「嘘、そんな……」

 那珂ちゃんと古鷹は心痛そうな表情で俯いてしまった。電(203)は、天龍が何を言っているのか理解できていなかった。赤城の口から、ヤシガニのハサミがポトリと落ちた。

「俺の名は天龍。フフフ、怖……って、う、嘘、嘘ウソ! 冗談、冗談です!! 覚えてる、覚えてるから大の大人が泣くな! お前らも!!」
「本当か? 本当に俺の知ってる天龍か?」
「俺は、お前の知ってる天龍だよ」
「だっだら質問。そもさん」
「せっぱ」

 みっともなく鼻声になった井戸が疑わしげに天龍に問い詰める。那珂ちゃんは井戸の背後でこっそりルームランナーを人数分用意していた。

「女性グループSSSCが、1997年から2002年までの間に発表した、曲のタイトルの内、シングルCDで50万枚以上売れたものを5つ、お答えください。ドーゾ!!」

 ルームランナーが回り出す。古鷹以下、203艦隊の面々がその上で走り出す。

「『秘密結社“生物”』『ドライブはバキュームカーに乗って』『いちゃもんつけるよ!』『土佐オカマのゴメス』『疫病神がっ!』『さよなら大好きだったアリのままのあなた』『猫と油と鰹節と全裸男のフィンガー瓶』『凶暴! ウィンター君』『略してチクビ』」

 ぴんぽんぴんぽんぴんぽーん、と間抜けなチャイム音を鳴らしてルームランナーが止まる。
 井戸は複雑そうな顔をしてこめかみを抑えていた。

「………………………………こんな下らない、かつマニアックな事を即答で全問正解とか、天龍だ。間違いない」
「「天龍さーん!!」」

 那珂ちゃんと古鷹が天龍に半泣きで笑いながら飛びつく。天龍はポンポンと頭を優しく撫でる。
 お前の悪ふざけのせいだろが。というツッコミは野暮である。そっとしておいてあげよう。



 その日の夕暮れ時。
 ブイン島仮設要塞港第202艦隊と第203艦隊の面々が、砂浜から直接伸びた桟橋の先っちょに集合していた。海に近い方から順番に並べると、金剛が普段着ている巫女服モドキ(withサラシ)を着せた抱き枕を抱えた水野中佐、202の電、そして井戸少佐とメナイ少佐を筆頭にした203と201艦隊の面々である。

「そろそろ見える頃なんだが……」
「あ、見えたのです!」

 電(202)が指さした水平線のその向こう。夕陽を背に、3隻の船影がブイン島に向かって進んでくるのが見えた。
 井戸の持っている通信機に連絡が入る。

【Fleet203大潮よりHOMEBASE. Fleet203大潮よりHOMEBASE. 作戦が完了しましたよ! 帰港します。それと――――】
【Hey! 水野提督ゥゥゥ――――!! 貴方の愛しの金剛がCOME BACK HOMEデース!!】
「金剛ォォォウ!!」
【提督ゥー!】

 この時点で、那珂ちゃんはすでに逃げ出していた事が後の調査により判明している。
 誰かが呟く。

「あれ? 接岸にしては早すぎなんじゃ……?」
「金剛ォォォゥ!!」
【提督ゥー!】

 桟橋の先っちょで両手を大きく開きながら、こちらに向かって突き進んでくる金剛を抱きしめようとする水野中佐。因みに抱き枕は海の上だ。
 対する金剛も、水野中佐に向かって全力で突き進んでいた。減速? 接岸作業? 何それ紅茶に合うのと言わんばかりの速度である。

【203大潮です! 金剛さん止まってー!!】
【203如月です! 井戸提督、逃げてー!!】

 大潮と如月決死の牽引作業などまるで意に介さず、金剛(改二)は全速力で己の提督の元へと馳せ参じていた。
 もうこの時点で、水野中佐以外の全員が全速力で桟橋からの退避を始めていた。

「金剛ォォォゥ!!」
【提督ゥー!】

 水野の視界に金剛の舳先が海を割って水飛沫を上げているのが大写しになる。

「金剛ォォォゥ!!」
【提督ゥー!】



 鉄が、








 本日の戦果:

 リコリス飛行場基地への強行偵察に成功しました。
 敵指揮個体の情報を入手しました。
 リコリス飛行場基地に集結中の、敵精鋭部隊に壊滅的な打撃を与えました。
 リコリス飛行場基地に存在する、人類の裏切者を確認しました。


 各種特別手当:

 大形艦種撃沈手当
 緊急出撃手当
 國民健康保険料免除

 以上


 本日の被害:

 リコリス飛行場基地、および周辺海域の生態系に致命的な被害が発生しています。

  軽巡洋艦『天龍』:大破(金剛の正面衝突による)
  軽巡洋艦『那珂』:健在
  重巡洋艦『古鷹』:大破(金剛の正面衝突による)
    空母『赤城』:大破(金剛の正面衝突による)
   駆逐艦『大潮』:小破(係留用のアンカーチェーン破断)
   駆逐艦『如月』:小破(係留用のアンカーチェーン破断)
    駆逐艦『電』:大破(203艦隊所属。金剛の正面衝突による)

  戦艦『金剛改二』:健在(愛の力は無敵デース)
    駆逐艦『電』:大破(203艦隊所属。金剛の正面衝突による)

  重巡洋艦『愛宕』:おそらく健在(201艦隊所属。帝国側の物資集積島から弾薬運送中)


  軽巡洋艦『多摩』:大破(ショートランド泊地第八艦隊所属。竜骨破断、外部装甲全交換、主砲ターレット異常歪曲、送電ケーブル一部断線、油圧管破壊etc,etc......)
  戦艦『金剛改二』:健在(ショートランド泊地第八艦隊所属)

 揚陸艦『あきつ丸』:健在(ショートランド泊地第七艦隊所属)
   潜水艦『伊8』:健在(ショートランド泊地第七艦隊所属)

      鍋島Ⅴ型:帰還1、未帰還機26
     カ号観測機:帰還8、未帰還機0


 各種特別手当:

 入渠ドック使用料全額免除(※1)
 各種物資の最優先配給(※1)

 以上


 ※1 ただし、自分の所の旗艦の暴走すら御せなかった水野中佐を除く。



 補足事項

 ショートランド泊地第七艦隊総司令官に逮捕状が出ています。
(罪状:アルマゲドンモードの無断起動、公文書偽造、無断出撃、NBC兵器の独断運用etc,etc......)













 本日のOKシーン


「クソ、ヤラレタ!!」

 その日の夜。リコリスの姫は新世界の神めいて基地司令室の机で頭を抱えていた。
 海中から奇襲を仕掛けてきた機械人形共の群れは一掃できた(母艦には逃げられた)が、こちらの被った被害が尋常どころではない。最悪だ。
 港湾施設にもそれなりの被害が出たが、まぁ、そんなのは正直どうでもいい。体格の差からくる問題でほとんど使えないし。

 精鋭部隊の全滅。

 そう、文字通りの全滅なのだ。いち早く海の底に潜ったのや元から海底待機していた者達は無事だったが、喋って意思疎通できる連中がもう一人も残っていない。
 温存しておいた航空戦力も目算で8割減だ。海の底や空母連中のクラゲ様の器官の内側奥深くに隠れ潜んでいたのを除いて殆どが死んだ。折角龍驤のアドバイスを受けて模擬戦までやって練度を高めたのに、それも全てパァだ。
 上陸戦モデルの改良型が受けたダメージも酷い。外見上は無傷だが、内臓系がもうボロボロだ。安静にしていれば何とかなるだろうが、出撃させたら片道切符だ。本来の仕様通りに上陸戦なんてやろうものなら間違い無く上陸第一歩目でショック死するだろう。

「リュウジョウノ、ハナシダト、ドクガス、ッテ、イッタ、カシラ」

 そういう兵器があるとは聞いていた。だが、こんな早い段階で使う兵器では無いとも聞いていた。与えるダメージと周囲に撒き散らすデメリットがトントンで、焦土作戦でもなければ早々に使えるようなものではなかったはずだ。

「コウナッタラ、セニハラ、カエラレナイ、ワネ……ニンゲンドモノ、ヘイキヲ、ミツクロッテ、マユヲウエツケテ、チョクセツ――――!?」

 泊地凄鬼からの緊急の概念接続。繭の中で修復させている龍驤が目を覚ましたとの事。
 ただ、

【な、何やこれ!? 何で深海凄艦がおんねん!? 離せ、離さんかい!!】

 龍驤の記憶が部分的に戻ってしまったそうだ。

【あ! お、鬼さん助けてーな! う、ウチまだ死ねんのや! 帰ったら、帰って水野少佐に告白す――――】

 接続はここで途切れた。後に上げられた泊地凄鬼の報告によれば、一度気絶させてからもう一度繭の中で原液に浸らせた上で静脈注射による体液交換も同時に行ったとの事。

「ソレデ、ナントカ、ナレバ、イイノ、ダケレドモ……」

 兎に角今は戦力の補充だと気持ちを切り替えた姫は再度、既に自分の体の一部と化した基地内にアクセス。こうなったらえり好みはしていられない。兎に角使えそうなものに最低限の改造を施して使うしかない。
 そう考えていた姫の意識の片隅に、奇妙なデータがhitした。そちらに意識を傾ける。大深度地下に秘匿された、独立回線の小さな格納庫。

「……ヘェ、ステキナ、ヒコウキ、ネ。ヘンダーソン、ノコロハ、カンガエモ、シナカッタ、アイデア、ダワ」

 姫が笑う。
 その笑みは、可憐ながらも見る者全ての背筋が凍り付いてしまいそうなほど冷たいものだった。



 今度こそ終れ。




[38827] 【不定期ネタ】有明警備府出動せよ!【艦これ】
Name: abcdef◆fa76876a ID:ccc713c1
Date: 2014/07/26 04:45
※番外編!
※本編はもう少々お待ちください。
※突貫で書いたので色々と酷いです。後半に向かうにつれて特に。
※地理とか軍事とかその辺の知識はサッパリです。違和感は華麗にスルーしてください。ぜひともお願いします。
※いつも通りのオリ設定が満載です。
※『○×はこんなことしねーし、言わねーよ』な表現多々あります。そういうの駄目な人はご容赦ください。
※今回グロ表現そこまで無いはずです。多分。きっと。だといいな。
※アッー!

※(2014/07/25初出。26日誤字修正)



提督「川内ちゃん、陸軍から野戦演習の依頼が来てるわよ?」
川内「夜戦!? 大好きです!!」


                         ――――――――提督と川内(改二)のある日の会話より






『つーきはーしずんーでー♪ ほしかげもーなーしー♪ やーせんーするーならー、こよいがちゃーんーすー♪』
『五月蝿い夜戦バカ! 黙って寝ろ!!』
『朝の三時半はもう朝だ! とっとと寝ろ!!』
『また陸軍さんとの合同野戦演習(誤字にあらず)に突き出したろか!?』

 私が毎朝目を覚ますのに使っているのは、小学校時代から愛用しているお古の目覚まし時計……ではなくて、自主的な夜戦演習から帰って来た軽巡洋艦『川内』の気持ちよさそうな歌い声。そして、それに熱い罵声(エール)を送る他の艦娘達の黄色い罵詈雑言です。

「んにゃ……もう朝かぁ」

 寝ぼけ眼をこすり、枕元に置いてあった眼鏡を手探りで摘まんで取り、ぼやけた視界が鮮明になるのと同時に、眠気もようやくまともに取れてくれました。

『しほうろっぽう、はっぽーう、ほーうか♪ 冗談交じりでー、モールス打ったらー、撃ちかーえーされたよー♪ ワレアオバ~♪』

 提督専用に用意された個室の向こう側の廊下から、どこか別の部屋の扉が開き、またバタンと閉めた音が聞こえてきました。多分、今川内が帰って来てそのまま布団の中に潜り込んだのでしょう。
 毎晩毎晩、ヨソの部隊との砲撃・雷撃戦演習をこなし、相手の都合がつかなかったときでも、軽巡洋艦本来の姿に解展開して真っ暗な海の上での単独無灯火航行訓練。
 そうなると川内は一日数時間しか寝ていない計算になりますけど、疲れが溜まったりはしないのでしょうか。あ、いや、夜戦『バカ』だからまさか気が付いていないとか……いや、まさかね。
 そんなことをつらつらと思いつつも、私は一度洗面台で顔を洗って完全に眠気を取り払った後、テキパキと着替えを済ませていきます。
 パジャマのボタンを全部外してから脱いで、もう一度全部のボタンを留めたらクローゼットの中につるしてあった空きハンガーに掛けます。パジャマのズボンも、簡単に二つ折りにしてからやはりハンガーに掛けてクローゼットの中に吊るしておきます。
 そして、クローゼットの下段棚にある下着入れの中から、今日一日お世話になるブラジャーとショーツを手に取り、入念に吟味します。見せる相手いないけど。

「……う~ん、紫のレース入り(ジッパー付き)とか、何で買ったんだろう、私」

 足柄プロトの趣味に汚染されたかなぁと独り言ちながらも、兎に角ごく普通の白で上下を揃えてからストッキングを履き、帝国海軍通常礼装――――俗に言う、肩紐付きの白い制服は一種礼装で、別物だそうです――――に着替えます。
 礼帽、メガネ、肩紐無しの白いフロックコートに同色のスカート(男性はズボンだそうです)に、帝国海軍指定の白いハイヒールで頭からつま先までカッチリと身を固めます(男性は白塗りのローファーだそうですが、なんだか走りづらそうです)。
 そして本来ならこれらに加えてサーベルを佩くのですが、そんなの守っている人は誰もいません。
 何でも以前、サーベルを佩いたまま外に出たところ、偽警官として逮捕された提督さん(私のようなインスタントと違って正規の訓練を受けた方だそうです)がいたとの事で、上層部も普段なら無視してOKとのお触れを出したくらいです。
 普段の仕事着に着替え終わったら、クローゼットの横に置いてある大きな姿見の掛け布を取って、身だしなみを確かめます。

「……よし、完璧!」

 鏡の中の私――――比奈鳥ひよ子少佐は、普段と変わらぬ笑顔を浮かべていました。




 本編を書けば書くほど終わりが遠ざかる謎の奇病にかかった&夏休み(コミケ)なんて贅沢社畜にゃ無かったよファッキンマザーファッカー忌念の艦これSS

 嗚呼、栄光のブイン基地(番外編)
『有明警備府出動せよ! 比奈鳥ひよ子少佐の優雅なる一日 の巻』




 朝です。
 ご飯です!

「つまりね、北上ちゃん。私が言いたいのは、川内ちゃんはあんな生活続けていて大丈夫なの? って事なのよ」

 もぐもぐむしゃむしゃ。などというみっともない咀嚼音などさせません。
『お食事時は静かに素早く。お喋りするならお口の中身が無くなってから』というのが、有明警備府所属、第一艦隊――――ぶっちゃけ私の麾下艦隊の事です――――の鉄の掟です。
 今私の相談に乗ってもらっているこの娘、艦娘式重雷装艦『北上改』も私も、既に朝食を済ませて食後のお茶を一服しているところです。

「あー、提督。ソレやめといた方が良いわ」

 北上(改)ちゃんは、普段と変わらぬぽけっとした表情で、私が『どうして?』と聞くよりも先に続けました。

「私らも以前、提督とおんなじ事考えてさ、夕食に薬盛って強制的に寝かしつけたことあんだけどさ、結果最悪」
「薬!?」
「睡眠時間取れてるはずなのに目の下に凄いクマは出るわ、子日ちゃんを大井っちと間違えるわ、挙句の果てには『どうだ川内、私の身体は川内として最高か!?』とか意味分かんない事叫びながら手持ちのメモ帳に何かよく分かんない数式書き殴り始めるわでもう駄目駄目だったんだわ」
「あー……もしかして、先月の終わりくらいに川内が入渠ルームのボックス1つ丸ごと3日間ずっと占領してたのはもしかして、その時の後遺症?」
「うん」

 恐る恐る私が確かめると、北上(改)ちゃんはあっさりと頷きました。あの時は大騒ぎでした。普段なら遅くとも半日以内に出てくるはずの川内ちゃんが、いつまで経っても出てこないので、入渠ルーム内で川内ちゃんに何かあったんじゃないかと気が動転して思わず近くを通りかかった、第二艦隊所属の戦艦娘『長門』さんに『助けて、川内ちゃんが死んじゃう!』と泣きついた記憶があります。恥です。黒歴史です。
 このクソ上もとい北上(改)ちゃんにはそのネタで先週まで散々からかわれました。穴があったら死にたいです。いやむしろ殺す。先週の大掃除の際に間違って燃えるゴミに出しちゃった復讐に燃えたファラオ(Vengeful Pharaoh)よ、私は精神的戦闘ダメージを受けました。あいつを対象に貴方様の誘発型能力をスタックしてください。

「まー、アレだね。夜戦バカは夜戦させときゃ良いんじゃない? 流石に自分の体調の良し悪しくらいわかるっしょ。何かあったらあたしがどうにかするし」

 それだけ言うと北上(改)ちゃんは、ごっそさーん。と空になった湯呑を片づけにいってしまいました。北上ちゃんは心底どうでもいいような言い方をしていましたが、私は知っています。もし本当に川内ちゃんに何かあった時は、北上ちゃんは言葉通りに何とかしようとするでしょう。

「北上ちゃん、ありがとね。お話したら少し気が楽になったわ。貴女って、本当に頼りになるわ」
「……ッ、ま、まぁお礼を言われるほどの事じゃないって。それに、提督の気分が楽になったのは――――」

 突然、顔を真っ赤にさせた北上(改)ちゃんは少しどもりながら手の中にあったものをこちらに向かって放り投げました。風邪でしょうか?
 狙い違わず私の手の中に収まった物は、キノコでした。
 それも、悶え苦しむような人面にも見える奇っ怪な皺紋様を浮かべた、毒々しい白紫色をした手のひらサイズの一本茸でした。

 ――――ま゚み゚ぃぃぃィィィ……
「ヒッ!? しゃ、喋っ!?」

 私が思わずそのキノコから手を放すと同時に、北上(改)ちゃんは脇目も振らずに食堂入口に向かって全力ダッシュを開始。

「――――それに、提督の気分が楽になったのは、提督が美味しい美味しいって言って飲んでいたお味噌汁のお椀にだけそのキノコを入れたから」
「ま、待てやクソ上ィィィ――――!!!!」

 また始まったよ。とでも言いたげな視線が食堂の内外にいた艦娘達から注がれますが、そんなの知った事じゃあありません。
 椅子を蹴倒し、邪魔なテーブルにわき腹を突かれながらもクソ上(改)を追跡しましたが、そこは艦娘と人間の差とでも言うべきか、私が食堂の入り口に辿り着いた時にはもう、北上(改)ちゃんの姿はどこにもありませんでした。

「あー、もう! 北上ちゃんったらもう! 今度会ったら許しませんからんねー!」

 何か微笑ましい物を見るような視線がそこかしこから感じられましたが、多分気のせいでしょう。






「さて、ぱっぱっぱー。と片付けますか」

 てんやわんやの朝食を終え、執務室に入った私を待っていたのは、書類の山でした。実際にはもうほとんど完成しており、後は私の決済待ちだけでした。しかもこの書類の山、上の方にあるものほど締切期間が短い物なので、上から順番に片付けていくだけでたちまち〆切地獄から解放されるという素敵な仕組みになています。
 流石は我が第一艦隊の総旗艦『古鷹』ちゃんです。秘書艦に任命して大正解です。実戦闘でも書類戦闘でも大助かりです。

「これは許可。これは不許可。これは任命者の名前が未記入だから再提出、こっちはブイン島のブイン基地で次が……? またブイン? ブーゲンビル島のブイン基地? どこそれ?」

 どういう事でしょうか。宛先は大本営となっていたので誤配送なのでしょうが、全く同じ書面の書類が二枚。どちらも弾薬と鋼材とボーキサイトの追加申請の陳情書です。違うところと言ったら送り主の住所だけです。ブーゲンビル島ってどこなのでしょう?

「こういう時は古鷹ちゃんに聞いて……って、あれ? 古鷹ちゃーん? どこー?」

 執務室横のトイレの中にもいませんでした。あの古鷹ちゃんがお仕事ほっぽり出してどこかに出かけるとは思えないので、執務室のすぐ近くだとは思うのですが。
 そんな私の耳に、かすかな声が聞こえたような気がしました。

 ――――……
「ん? 声?」

 その微かな声は、私のすぐ横の部屋――――予備通信室の中から聞こえてきているようでした。もしかして、古鷹ちゃんはこの中にいるのでしょうか。

「失礼しまーす……」

 ついつい小声になって、こっそりと前かがみになって部屋の中に入りました。部屋の中は灯りも入れてないのにカーテンを引かれているため真っ暗で、そのため、部屋中に設置された通信モニタの無数の光だけがハッキリとした光源となっていました。
 私が捜していた古鷹ちゃんは、そこにいました。

(あ、いた)

 金属と機械と、ごくわずかな人工皮膚のみによって構成された、全然女の子らしくない無骨な右腕と左脚。右肩に乗せられた(艦娘サイズの)20.3センチ砲。
 私のアイデアで少し長めに伸ばした前髪で隠した左顔面の大火傷の跡と、完全機械化された左目は私がいる後ろからでは見えませんが、この娘が古鷹ちゃんで間違いないでしょう。声も一緒ですし。

 艦娘式古鷹型重巡洋艦1番艦『古鷹』

 それがこの娘の正式な名称です。が、私は古鷹ちゃんって呼んでます。
 そして、部屋中の無数のモニタの中にも古鷹ちゃんが映っていました。その、どれもこれもが全部、古鷹ちゃんでした。
 ここにきて、私は何故古鷹ちゃんがこんな部屋にいたのか合点が行きました。

(ああ、そっか。慰問通信の時間か)

 慰問通信とは、私や、私の麾下艦隊のように本土に配置されず、北のアッツ島や南のラバウルなどの遠方の基地や泊地に配置された人間や艦娘達に対する処置の1つです。
 その内容はいたってシンプルで、規定時間以内で軍機に触れない程度なら、本土にいる人物や法人(複数同時中継でもOK)を指定して、TV中継電話によるオンラインで会話できるというものです。本土勤務の私にはよく分からないのですが、週1~2回程度のこの時間の有る無しでその基地の運営や将兵の士気に大きな影響が出るそうです。
 たかが電話1つで大げさな。
 とは思っていますが、それでもわざわざ古鷹ちゃんのプライベートタイムを邪魔する趣味はありません。少し覗き見してからこっそりとこの部屋を後にしましょう。

『えっと、次は私だよね。みんな、これを見て』

 発言開始と共に一際大きくなったウィンドウの中に映っていた古鷹ちゃんが、カメラフレームの外から何かを取り出しました。
 私には誰が誰なのかまるで分らなかったのですが、よく見ると胸の名札にはそれぞれの所属先が書かれていました。因みに、今喋っていた古鷹ちゃんは件のブイン基地所属でした。どっちのブイン基地でしょうか。

『……何それ、ふざけてるの?』

 別の古鷹ちゃん(単冠湾所属)の剣呑な表情も尤もでした。古鷹ちゃん(ブイン所属)が取り出したのは、やたらと大きなヤシの実がいくつかと、木製のネジ式圧搾機、そして透明なプラスチック製の封入缶と小型の遠心分離機だったからです。

『私は真面目だよ。兎に角、最後まで見てってば』

 言うや否や、古鷹ちゃん(ブイン所属)は、その機械製の右手一本でヤシの実を掴むと、涼しい顔そのままに握り潰してしまいました。あらやだこの娘、とってもワイルド。
 そして破片から取り出した種子を乾拭きしてから圧搾機に掛けると、今度は木ネジを締め付けて、ヤシの種から汁を絞り出していきました。ジュースでも作っているんでしょうか。

『まさか……い、いや、そんな……』
『ブインの古鷹、貴女まさか!?』

 モニタの中の古鷹ちゃん達が一斉にざわめき始めました。ここにいる古鷹ちゃんも、身を乗り出して見守っています。古鷹ちゃん(ブイン所属)は、一通り絞り終えた汁を、布を使って濾し、別個に用意してあった遠心分離器に乗せて回転させ始めました。
 ややあって機械を停止させ、透明なプラスチック製の封入缶の上で傾けると、その中から透明でとろりとした、比重の大きそうな液体が静かに缶の中に溜まっていきました。
 もう、この時点で、誰もが固唾を飲んで見守っていました。
 映像の中の古鷹ちゃん(ブイン所属)が、満タンギリギリまで注いだ透明なプラスチック缶の中に粉末状の防腐剤を混ぜ、慎重に蓋をロック。
 アルカイックスマイルで告げる。

『私が今日出品するのは、たった今絞ったばかりの、この天然オイルです。防腐剤入りだから長期輸送でも安心です。合成オイルとは違った経験値が溜まりますよ。レートはALL200からです。どうぞ』

 直後、画面の内外にいた全ての古鷹ちゃん(有明警備府所属も含む)が、一斉に沸き立ちました。まるで半世紀前の為替相場の如き喧噪です。ですがこの古鷹ちゃん達が手に手に握りしめ、付き出しているのは暴落中の株券ではなくて、お小遣いの軍票です。
 何これ。

『250/30/200/30!!』
『300/300/600/600!!』
『400/200/500/700!!』
『燃2、鋼4、弾11!!』

『フォー・オブ・ア・カインド(999/999/999/999)』

 一瞬で静まり返りました。発言者は、舞鶴鎮守府所属の古鷹ちゃんでした。『ALL999って……』『そんなの敵いっこないよ』という諦めにも似た古鷹ちゃん達の呟きが聞こえてきます。
 
『誰もいませんか? なら――――』
『DMM(4000/6000/6000/2000)です』

 再び部屋中の視線が集中しました。発言者は古鷹ちゃん(呉鎮守府所属)でした。
 燃料4000、鉄鋼と弾薬が6000、そしてボーキサイトが2000。その全部を開発資材として使えば、正規空母を含んだ一、二個艦隊位まとめて製造できてしまう量です。
 何考えて生きているんでしょうか、呉の古鷹ちゃんは。

『呉の古鷹さん、正気ですか? 狂気ですか?』
『舞鶴の古鷹さん、ウチには比叡さんがいます。それに比べたらこの程度とてもとても……』

 呉には怪物でもいるんでしょうか。
 ごく普通の笑顔で受け答えする古鷹ちゃん(呉鎮守府所属)が怖いです。

(ま、まぁ、慰問通信の使い方は人それぞれよね……)

 痛くなってきた頭を抑えながら、私はこっそりと予備通信室を抜け出して執務室に戻りました。





『ランランラー、言えるかなー♪ 君はー、言えるかなー? ランランラー、言えるかなー? スリヴァーの名前~♪ クマー♪』

 執務室で付けっぱなしにしていたTVをラジオ代わりに聞き流しながら、今後の艦隊運用――――主に夏と冬の陸上警備と、近海の掃海任務のローテーション――――について頭を悩ませていると、廊下を誰かが走ってきました。ドアの前で聞こえてくるのは軽い足音だけなので、恐らく古鷹ちゃん以外の誰かでしょう。

「司令、大変です」
「あら、ぬいぬいちゃん。どうしたの」

 軽く息を切らせて執務室に入って来たのは、私が古鷹ちゃんと同じくらいに重宝している艦娘でした。

 艦娘式陽炎型駆逐艦2番艦『不知火改』

 それがこの娘の正式な名称ですが、そんなの全然女の子らしくないので私は『ぬいぬいちゃん』って呼んでます。
 昔はそう呼ばれるたびに戦艦クラスの眼光で睨み付けてきたのですけれども、北上ちゃん達も彼女の事をぬいぬいちゃんって呼ぶようになってきた最近では、何かを諦めたかのようなため息をつくだけに変わりました。可愛い呼び方なのに。
 あと、噂によると、一部の熟練提督の指揮する最精鋭部隊の下には『九十四式・壱型丙』というマイナーチェンジ版のぬいぬいちゃんが存在するとの事ですが本当でしょうか。
 それはそうと、普段真面目なこの娘がノックもしないなんて、よほどの事があったのでしょうか。

「だから指令、私はぬいぬいじゃなくて……いえ、今はいいです。兎に角来てください。プロト足柄さんとプロト金剛さんが男漁りに街に出ている今、私や憲兵隊の方々では対処不可能です」
「何があったの?」

 ぐいぐいと私の腕を引っ張るぬいぬいちゃんに引きずられるようにして、机から立ち上がった私に、ぬいぬいちゃんはとんでもない爆弾発言を投げつけてきたのでした。

「お隣の第2、第3艦隊総旗艦の飛龍さんと蒼龍さんが表で大ゲンカしているんです。それも全裸で」
「ナンデ!? 全裸ナンデ!?」








「イヤーッ!」
「イヤーッ!」

 飛龍(全裸)がカラテシャウトと同時に、深く腰を落としたセイケン・パンチ。それを蒼龍(全裸)は同じく深く腰を落として左半身になりながら左腕でパリング・ウケナガシ! そして間髪入れずにその左腕によるレイピアめいたカウンタージャブ!

「イヤーッ!」
「イヤーッ!」

 飛龍(全裸)がカラテシャウトと同時にクウボ速度でブリッジ回避。そしてそこから繋げるサマーソルトキック。回避と反撃がアートめいてミックスされたワザマエ!
 対する蒼龍(全裸)も、踏み込んだ左脚をさらに前に押し出し、サマーソルトキックが十分な加速度を得る前に接触させて速度が相殺! 蛮勇めいた、なれど正規クウボを名乗るに相応しい、圧倒的カラテに裏打ちされたワザマエである。

「イヤーッ!」
「イヤーッ!」

 そのまま吹き飛べと言わんばかりに蒼龍(全裸)はカラテシャウトと同時に、左足を強引に蹴り上げる。その余波だけで、鎮守府正面港に広がる大海原がモーゼの十戒めいて一瞬割れる。飛龍(全裸)はとっさにクウボ・横ローリング回避。立ち上がると同時にカタのポーズだ。

「イヤーッ!」
「イヤーッ!」

 飛龍(全裸)がカラテシャウトと同時に、深く腰を落としたセイケン・パンチ。それを蒼龍(全裸)は振り上げたままの左足によるカカト落としで迎撃。撃ち落とされたパンチの衝撃波はそのまま地下へと浸透。地下数百メートル地点にある鎮守府の土台の基礎に飛龍(全裸)の拳と同じ形をした凹みを残してようやく雲散霧消!

「イヤーッ!」
「イヤーッ!」
「何やってるんですか!? 飛龍さん、蒼龍さん!!」

 蒼龍(全裸)と飛龍(全裸)が同時に右ストレートを放つ! その拳が互いの頬に突き刺さる直前でピタリと止まる。
 そして悪鬼羅刹の如く(と本人は思っている)プンすかプンと怒っている比奈鳥少佐と、その背後で悪鬼羅刹すらも絶望のあまり失禁しそうなサツバツ眼光でこちらを睨み付けている不知火改に向き直ると、手を合わせて深くオジギをした。

「ドーモ。不知火改=サン。ドーモ、比奈鳥少佐=サン。飛龍再び改善です」
「ドーモ。不知火改=サン。ドーモ、比奈鳥少佐=サン。蒼龍再び改善です」
「えっ、アッハイ。ど、どうも。飛龍さん(改二)に蒼龍さん(改二)。比奈鳥ひよ子少佐です」

 突然ケンカを止めて綺麗なお辞儀をした二人に対し、私も思わず両手を合わせてお辞儀を返してしまいました。海軍なんだから敬礼しなくちゃいけないんですけど。

「って、そんな事はどうでもいいんです。二人とも、どうしてケンカなんてしていたの? それも……その、ぜ、全裸で」

 今の飛龍さんと蒼龍さんは、顔の下半分を隠す鋼鉄製のマスクと、風も無いのにバタバタと風を受けてたなびくマフラー以外には何も身に着けていませんでした。左右の肩から生えている飛行甲板は流石にそのままでしたが、それ以外には本当に何も着てもいないし履いてもいませんでした。おまけに隠そうともしていませんでした。
 なのにこれほどまでに堂々としているので、見ているこっちが逆に恥ずかしくなってきてしまいました。

「? 喧嘩、ですか?」
「あ。もしかして、今のカラテ訓練の事ですか?」
「え、空手? 訓練?」

 これが?

 あたりを見回してみれば、凄惨い。の一言に尽きました。
 ただの拳の風圧のみで叩き割られたH柱鋼の束、蹴りの余波で真っ二つに割られた地上格納庫の対爆ゲート。コンクリート製の護岸のそこかしこには大小さまざまな亀裂が走り、警備府の建物には二人の拳型や足型の穴が開いています。あの割れた窓ガラスの部屋から聞こえる『げ、原稿がー!?』という叫びはきっと、秋雲ちゃんのものでしょう。大井ちゃんに手伝ってもらってたのに、ちょっと可哀そうです。

「一応、カラテの訓練なのでカンサイキは封印してあります」
「ノーカラテ・ノークウボの精神です」
「じゃ、じゃあなんで全裸になっているのかしら……?」
「それは、私達がクウボだからです」

 まるで意味が分かんないわよ。

「室町時代の伝説のニンジャマスター、コールド・チンゲンサイも言っています『ニンジャは全裸で首を刎ねる。そして起こせ』と」

 意味分かんない。貴女達忍者じゃなくて空母じゃないの。
 やっぱ正規空母の娘達って、どこか変です。
 私の引きつった顔に反応した訳じゃあないのでしょうが、飛龍さんが語り始めました。

「……比奈鳥少佐=サン。五月の雪の日の事を覚えていますか?」
「え? え、ええ。深海凄艦が横須賀の湾岸沿いを攻撃して、壊滅的な被害を被った時の事よね。確か、貴女達も緊急で出撃した」
「ハイ、ソウデス。そこで私達は実感したのです。私達には、力が足りないと」
「あの時、私達は何も出来ませんでした。私達に出来たのは、加賀=サンと赤城=サンの後を追いて行く事だけ」
「だから、渡りにnice boat.だったのです。この、改二化改造計画は」
「もう嫌なんです、普段から二航戦二航戦と持て囃されているのに、肝心の所で何も出来ないのは……!!」

 強くなりたい……!

 そう締めくくった二人の、涙混じりの眼差しに嘘は無いように見えました。
 でも、流石に全裸は無いと思いました。




「提督ー。いるー?」

 ちょうど正午に差し掛かろうとした時間に、何処かに姿をくらませたままだった北上(改)ちゃんが、ノックと同時に執務室の中に入ってきました。
 因みに私の秘書艦である古鷹ちゃんは慰問通信から返ってきたら妙に気落ちしていたので、仮眠室で仮眠を取らせてあります。もしかして、昨日残業1時間やらせた時の疲れが出たのでしょうか。

「あー! 北上ちゃん、どこ行ってたのよ、もう! 心配したんだから!」
「やー、ゴメンゴメン。気を付けます。ところで、さ。提督、何か忘れてない?」

 北上(改)ちゃんは、さして反省した素振りも見せずに軽く謝っただけで済ませると、私の顔を見て言いました。

「え? 今日何かあったかしら?」
「提督……そりゃないよ~。今日は私の改二化改造の日じゃなかったのさー」
「え?」

 壁に掛けてあったカレンダーを確認してみると、そこには確かに私の文字で『北上ちゃんの改二化改造。一八〇〇までに九十九里浜第99要塞』とありました。どうも、来月と勘違いしていたようです。
 そして肝心の時間は、元の姿(重雷装艦)に戻った北上ちゃんに乗れば余裕で到着できる時間でした。まだ。

「ご、ごめんなさい。すぐに支度するわね!」
「あいよ~。ごゆっくり~」





「九十九里浜第99要塞。こちら有明警備府第一艦隊。事前に予約しておいた艦娘『北上改』の改造作業のため、入港を許可されたし」

 有明の海を抜け、房総半島をぐるりと回って一度太平洋側に出てから、太平洋戦線の最前線の1つである九十九里浜沖に到着しました。
 現在の九十九里浜は……なんというか、その、色々と凄いです。
 九十九里の長さに伸びる白砂の浜にして、海水浴場兼ハマグリの名産地だったころの面影など、ほとんどなくなっていました。
 かつての征夷大将軍の命により、1里(≒3.9km)ごとに矢を立てたところ、ちょうど99本だったという伝説になぞらえて、99個もの重合金製の要塞が約66メートル間隔で白い砂浜の上に並んでいるという、恐ろしくシュールな光景が南北66kmに続いています。これ全部一纏めにして建設したらいけないのでしょうか。無理矢理間隔を詰めているものですから、どこをみても違法建築状態です。箱詰めのカステラ状態で要塞群が立ち並んでいると言ったら、少しはこの光景も理解しやすいと思います。
 そんな無駄(無駄です。こんなの作る余裕があるなら物資統制をもうちょっと緩めてください)に数だけは多い要塞の1つ――――最南端に設置された第99要塞――――の管制室から、返答がありました。

『こちら九十九里浜第99要塞より有明警備府第一艦隊。了解した。貴官はそのままそのポイントで待機。改装作業に必要な物資を受領したのち『超展開』を実行されたし。以降はこちらからの指示に従い入港・接岸されたし』
「有明警備府第一艦隊。了解しました。ですが、超展開を実行する理由を説明願いたい」

 何故、改造するのに超展開をする必要があるのでしょうか。北上ちゃんを改型にする時だって、北上ちゃん本来の戦闘艦の姿のままで丸一日掛かったのです。それなのに、今度はたった15分で何をどうしろというのでしょうか。

『九十九里浜第99要塞より有明警備府第一艦隊。改二化改造計画は超展開を前提とした計画だと聞いている。詳細は担当の者に聞いてくれ。詳しくは聞かされていない。以上』
『あー、提督。こりゃ素直に指示に従った方が早いんじゃない?』
「……有明警備府第一艦隊了解。物資の受領後に、超展開を実行する」

 北上ちゃんの言う事も最もだったので、私はさっさとこの改造作業を終えて帰ろうという気持ちでした。
 そして物資を受け取った後、いつの間にか私の隣に顕現していた北上ちゃんの立体映像――――触れる映像というのも何気にすごいですよね――――の手を取り、二人同時にこくりと頷き、叫びました。

「北上、超展開!!」
『スーパー北上様、超展開だよー』

 直後、私の中に、有り得ないはずの記憶や思い出がいくつもいくつも浮かんでは消えていきました。

 大学のキャンパスにやって来た黒い献血車、おーっすバイトの北上だよー、各学部の学年ごとの強制検査、最近この店つか我が家の家計が赤字でヤバイわー、再検査の呼び出し、父ちゃんと母ちゃんまたケンカしてる、校長室に呼び出された私達、こりゃ大学行きたいなんて言えないよねーやっぱ、私達に付き出された赤紙、高卒の女学生でも働けるのは工場か立ちんぼかー、深海凄艦の数に対抗するためのインスタント提督計画、そいやいつもカフェイン錠剤の買い出しに来てる白衣のお姉さん被検体がどうのこうの言ってたな、そして――――

 意識の混濁が晴れ、私と北上ちゃんの心の区別がはっきりと付くようになった時、そこにはもう、重雷装艦としての北上ちゃんは存在しておらず、巨大な艦娘状態の北上ちゃんとなっていました。
 私のいる艦長室からでは見聞きできませんが、恐らくは左胸付近からは燃え盛る太陽のような動力炉の輝きが装甲越しにも見え、心臓の鼓動の様に規則正しく汽笛と排煙を出している事でしょう。

【北上改、超展開完了したよー。機関出力150%、維持限界まであと15分】
『九十九里浜第99要塞より有明警備府第一艦隊。北上改の超展開を確認した。これよりドライドックへの誘導を開始する。要塞前の海底は掘り下げてある。そのまま前進せよ』
「有明警備府第一艦隊、了解」




 この第99要塞は他の要塞と違って、地下に本施設が広がっていました。かなり広いです。超展開中の北上(改)ちゃんでも、あと4~50人はまとめて入りそうです。

『北上改、6番ハンガーへの固定を確認!』

 ゆったりとしたソファー状のハンガーに深く座り、強化繊維製のベルトで全身を固定された北上ちゃんの周囲を、整備用にカスタマイズされた鍋島Ⅴ型と、アインハンダー社製の五指一腕式アームクレーン車、そしてそれらに張り付いて移動する無数の整備妖精さん達が何やら忙しなく動き回っていました。

『送電ケーブル、強制冷却ケーブル、接続!』
『システム麻酔準備完了、接続ケーブルまだですか!』
『接続完了! 通信行けます!』
『7番ハンガーのブインの金剛さんはどうします!?』
『コアの移植先がまだ見つかってない! システム麻酔で眠らせておけ!!』

 そんな光景を眼下に見下ろす私達の意識に、外部から割り込み通信が入ってきました。どういう訳か、音声は加工されたものでした。

『合成音声のみで失礼します。あなたが有明警備府第一艦隊の司令官ですね。初めまして。私が艦娘改二化改造計画の責任者の、ユッケビビンバ技術大尉です』


 もうちょっとマシな偽名にしましょうよ。


「……は、初めまして。有明警備府第一艦隊の比奈鳥ひよ子少佐です。本日はよろしくお願いいたしますね」
『お任せください。それでは作業を始める前に質問ですが、洋上でお渡しした物資は装備していますか?』
「え、ええ。あの後すぐに北上ちゃんのトイレで履き替えましたけど……その、何で北上ちゃんを改造するのに、私が紙オムツをしなければならないんですか?」

 そうなのです。改造に必要だからと言って、九十九里沖で渡された物資は、長時間でも大丈夫なタイプの使い捨て紙オムツが一袋と、紙袋一杯に収められた科学雑誌や漫画に娯楽小説に携帯ゲーム機といった、暇つぶし用のアイテムの数々でした。紙袋には『要返却。借パク射殺』と黒のマッキーで殴り書きされていました。

『まぁ、皆さん同じ事言うんですよ。ご説明させていただきますと、改二化改造計画は従来の改装計画と違い、装甲や火力の向上だけではなく、陸上戦闘へ適応出来るようにするための改造なんです。そのため、通常展開時や圧縮保存状態では手出しできない脚部をフレームごと入れ替えるか新調する必要がありまして、そのため超展開状態でこちらまでお越し願った訳です』

 一応、冷却と通電は有線で供給していますので、時間切れの危険性はありません。ご安心ください。とユッケビビンバ技術大尉は言いました。確かに、北上ちゃんのステイタスを呼び出してみれば、言われた通り『外部電源供給』『過冷却中』のシステムメッセージが脳裏に浮かんできました。
 超展開状態のまま脚部をフレームごと入れ替えるというのも、相当大掛かりな作業ですね。超展開中の艦娘は、皮膚より内側の殆どが機械とはいえ、一度その両足を切除するというのは相当精神的負担が掛かりそうです。
 というか。

【それってつまりさ、私の両足ぶった切って、別の足に付け替えるってこと?】
『まぁ、そうなりますな。では、これより改造作業に入らさせていただきます。作業終了予定時刻は明日の午後三時……そちらで言うところの一五〇〇を予定しております。何かご質問などがあった場合は、お気軽にこの周波数へお接続ぎください。では』

 それだけ言うと、ユッケビビンバ技術大尉との接続はそっけなく切れてしまいました。ていうか、明日? まさか、それまでずっとここに座っていろと? まさか紙オムツとこの漫画本の山はそう言う意味だったんですか!?

【提督ー、あたしも暇だからマンガ読んでよー。監視カメラの角度弄れば中覗けるからさー】

 後悔しても仕方ありません。艦内放送で私にせがむ北上ちゃんにも見えるように、私は紙袋の中から適当に撮み出した(うすい)漫画を一冊を大きく広げると――――



『メッ、メナイ少佐駄目です……! お、俺には金剛が……!』
『フフフ……あんな女の事など忘れさせてやるさ』
『っぁ! ~~~~~~っっっ!?』
『ほぅら、見ろ。ここはこんなに正直で、こんなにもおねだり上手じゃないか。水野ちゅ・う・さ・ど・の?』
『……ッ』
『おや、次はだんまりかい。なら、そのまま大人しく飲み込んでもらおうか。そう、そのまま飲み込んで。俺の46センチ単装砲……』



「……」
【……】

 ぱたん。

「……ほ、ホホホホホホホ、ホm」

 ス、スミは!? スミでスミが男の人の大事なトコロがががム、むむ無修せムッシュー!!

【あー、このペンネーム、秋雲ちゃんが昔使ってたやつじゃん。墨ベタ入れ忘れ&検閲漏れでそのまま会場入りして、挨拶回りの配布の時に発覚して自主発禁した奴】
「ホモォ!?」(※翻訳鎮守府注釈:秋雲ちゃん何書いてるの!?)

 ちょうどその時、南方海域ブイン島ブイン仮設要塞港に所属する、二名の男性提督が同じタイミングで盛大なクシャミをし、同じタイミングで『あらぬ疑いを掛けられた気がする……』と呟いたが、放っておこう。




 翌日の帰りの電車の中の事です。

「一冊目のアレは兎も角、他の作者のマンガは結構よかったわねぇ。奇妙な空母とか」
「因みに提督はどこが好きだった?」
「私はやっぱり断然アレね。瑞鶴覚醒のシーン。『言葉ではなく心で理解ったわ、加賀お姉様! アウトレンジで決めたいわねって思った時にはもう、攻撃部隊は帰投してなくちゃならないのねッ!!』のとこ」
「あー、分かる理解る『やりました』なら使ってもいいッ! とか言って加賀姉が半死半生で浮かんでるヲ級の脳天に艦雷ブチ込むとことかもシビれるし、憧れるよねー。あとはやっぱアレでしょ『プラネットダイバー・タナベ』の最終話の一個前。月の裏側で怪我した相棒運んでたらついに自分の酸素が0になった時のさ『この空気さえあれば……私は、私だけは……!(CV:ここだけ雪野五月)』って台詞とタナベの表情。何で作者そこで休載しちゃうかな~」

 ガタンゴトンと規則正しく揺られながら、私と北上ちゃんは昨日読んだ、あの紙袋の中の漫画について語り合っていました。

(それにしても……)

 奇妙な。と言っては北上ちゃんにとても失礼なのですが、今の北上ちゃんは妙に気分が高揚しているようです。普段とあまり変わりないように見えますが、付き合いが長いとそれくらいすぐにわかるようになるんです。
 北上ちゃんは照れくさそうにしてポリポリと指先で頬を軽く掻くと、

「……あー。やっぱ分かる? いやさ、改二になってすごい力が湧いてくるような気分。ってのもあるんだけど、さ。一番の理由はコレかな。やっぱ」

 そう言って、パンパンと軽く自分の腕や腰を叩きました。
 そこには、何もありませんでした。重雷装艦の代名詞でもある40門の魚雷発射管も、普段から背中に背負っている煙突や機関部も、何もありませんでした。ですが、北上ちゃんは解体されたわけではないんです。これこそが改二型艦娘に実装された大きな機能の1つ『完全格納』です。
 この機能を一言で表すなら、艦娘最大の特徴である艤装が文字通り完全に圧縮・格納され、見た感じ普通の女の子にしか見えなくなるところです。もちろん、普通のお洋服も選び放題の着たい放題です。

「まさかさ、普通の電車乗れる日が来るなんて全然思ってもいなかったしねー」

 ほら、私達って背中のアレがあるから、一度も乗った事なかったんだよねー。と北上ちゃんは電車の中の壁広告や中吊り広告を物珍しそうに眺めながら言いました。遠方の鎮守府に赴く際に深夜の臨時編成に乗った事あるじゃないの。と聞いてみれば、真っ昼間に走ってるのには今日が初めて。と返されました。

「……そうね」

 彼女達――――艦娘が、電車を初めとした公共機関の一般利用を許されなかったのは、艤装が邪魔だからという理由ではありません。軍上層部がクローンの存在を明らかにされたくなかったからでもありません。
 彼女達が、艦娘だからです。
 人と同じ姿形をして、人と同じ言葉と文化を持ち、人などボロ雑巾のように容易く引き裂ける馬力と武装を持った人っぽい何か。しかも脳波コントロール出来ないけれど、巨大な戦闘艦の姿になる事は出来る。
 彼女達は皆、そのように造られたバケモノだからです。
 ですが、私はそんな考えは嫌いです。なので、せめて私の周りだけでも、彼女達を1人の人間として扱ってあげたいのです。

「……そうね、でも、これからはたくさん乗れるわよ」
「おぉ~、いいねぇ、痺れるねぇ……え?」

 年相応の笑顔になっていた北上ちゃんが、突然、真顔に戻って海の有る方角に首を向けました。

「……やば。提督、何か来」

 北上ちゃんが何か言うよりも先に、私達に支給されていたスマートフォンには緊急事態用のエリアメールが入ってきました。メールの文面にはこうありました。

『帝都湾内に深海凄艦が出現。構成:駆逐イ級3。横須賀鎮守府が状況に対処中』

 横須賀鎮守府の方々が出動しているという事は、少なくともここ(有明)からは相当離れています。なら何も心配ありませんね。距離もそうですが、横須賀には『北の荒球磨』とまで呼ばれる実戦帰りの
 急停車。
 人の少ない車両と時間帯だったのが幸いしたのか、私達は盛大につんのめって頭をポールにぶつけるだけで済みました。

「いっ痛ぁ~い……なんなのよ、もう」
「ねぇ、提督……」

 電車の外からは緊急警報サイレンが鳴り響き、そして窓の外、未だに北上ちゃんが食い入るようにして見続けている海の上には、

「あれ」
「え?」

 海の上には、深海凄艦が海中から浮上して来ているところが見えていました。

「……え?」

 私は、座学と図鑑でその個体を知っていました。
 緑色に輝く単眼。剥き出しの歯を生やした上顎だけの頭部前方。ドロップカットされた宝石のような、涙滴状の黒い多面体の船体。
 深海凄艦。

「く、駆逐ニ級!」

 なんで!? 横須賀じゃなかったの!? 警報は鳴ってなかったのに!?

「まさか……陽動!?」
「提督、急いで!!」

 あまりの急転直下に意識が呆けていた私の手を取って、北上ちゃんは列車のドアの前に移動し、そのまま力ずくでドアをこじ開けて外に出ました。彼女はいつの間にか、艤装を展開しており、いつもの見慣れた姿に戻っていました。
 突如として表れた艦娘の姿にざわめき始めた乗客らを余所に、北上ちゃんは私の手を引っ張って、線路の上を大急ぎで移動しようとしていました。
 ここでようやく、私の脳はまともな回転数に戻ってきました。私は提督。インスタントとはいえ、深海凄艦と戦える力を持った人間。勤めを全うしなくては。
 でもどうやって?
 ここは陸の上。北上ちゃんが展開できそうな広い場所といったら海の上ですが、そこは今まさにあの駆逐ニ級が居座っています。

「提督、線路! 線路の上!!」
「! 北上ちゃん、あっちまで走ったら即展開! その場で『超展開』行くわよ!!」
「合点でさー!」

 北上ちゃんの叫びで、私もようやく合点がいきました。確かに、電車の来ない線路の上なら都合のいい広場です。そして、そこがたとえ陸の上でも、新たなる機能を実装した改二型には何の問題もありません。

「北上『展開』!」

 遠くでそう叫んだ北上ちゃんの姿が、瞬間的な爆音と閃光と衝撃波に包まれ、それが晴れた時には線路の上にはもう、人の形をした北上ちゃんはどこにもおらず、代わりに鋼鉄の艦が一隻、鎮座していました。

『提督急いで。アイツ、こっちに気付いた!』

 お世辞にも良いとは言えない砂利の上を走り抜け、何発も何発も飛んでくる敵砲弾の爆風や流れ弾の破片に泣きそうになりながらも、何とか私は北上ちゃんの艦橋まで辿り着き、急いで艦長席に座ってシートベルトで体を固定すると、2、3度大きく深呼吸をして息を整え、北上ちゃんと同時に叫びました。

「【北上、超展開!!】」

 熱と光と純粋エネルギーの嵐が私達の周りを一瞬だけ包み込み、それが晴れると、巨大な北上ちゃんが二本の足でしっかりと着陸しました。足の周辺のコンクリートは薄っぺらい氷のように砕け、沈み込んでいました。

【北上改二、超展開完了したよー。機関出力200%、維持限界まで75分!】

 凄いです。北上ちゃん(改)の5倍の維持ゲインです。しかも、5500トン級の軽巡洋艦(重雷装艦)だというのに――――どう考えても、陸上戦闘は絵空事と言われている重量です――――だというのに、しっかりと二本の足で立っています。私が普段歩くように無意識レベルで動かせます!

【グランドウォーカーシステムも正常に作動中。温度は安全閾値内。問題無し】
「すごい……これが、これが改二型……!」

 これなら、これなら哨戒任務同行演習以外の実戦を経験していない私でも負ける気がしません!
 この圧倒的快感が、思わず口からこぼれ出ました。

「比奈鳥ひよ子、行っきまーす!」









 本日の戦果:

 駆逐イ級        ×3(横須賀鎮守府の成果)
 駆逐ニ級        ×1

 各種特別手当:

 大形艦種撃沈手当
 緊急出撃手当
 國民健康保険料免除

 以上




 本日の被害:

 重雷装艦『北上改二』:大破(有明警備府所属。陸上での全力疾走中の転倒事故、敵直撃弾による酸素魚雷誘爆、超展開用大動脈ケーブル異常加熱、主機異常加熱、etc,etc...)
 軽巡洋艦『川内改二』:健在(〃所属。警備府内待機による)
  重巡洋艦『古鷹改』:健在(〃所属。警備府内待機による)
 駆逐艦『ぬいぬい改』:健在(〃所属。警備府内待機による)
 重巡洋艦『PT足柄』:健在(〃所属プロトタイプ。非番につき男漁りなぅ)
   戦艦『PT金剛』:健在(〃所属プロトタイプ。PT足柄の歯止め役)
    駆逐艦『秋雲』:精神的轟沈(〃所属。原稿破損による)
  重雷装艦『大井改』:精神的轟沈(〃所属。原稿破損による)





 各種特別手当:

 入渠ドック使用料全額免除
 各種物資の最優先配給

 以上


 特記事項

 比奈鳥ひよ子少佐は、後で戦闘報告書と共に、市街地で北上改二を転倒させた際に発生した被害に対しての始末書を提出する事。



[38827] 【不定期ネタ】嗚呼、栄光のブイン基地【艦これ】
Name: abcdef◆fa76876a ID:ccc713c1
Date: 2014/08/02 21:13
※懲りずにオリ設定です。
※『これは本当に○×が言うセリフか……?』な表現多数です。ご了承ください。
※グロ表現有るやもです。注意。
※軍事とか地理とか時間間隔とかもうサッパリです。勘弁してください。
※本土の人間が対深海凄艦戦争を知ったのはつい最近です。色々とお察しください。
※いつもいつもの突貫作業。
※ギブミー休暇ください。










 ブイン基地の第202艦隊に戻ってきた金剛は、改二になったらものすごく変わっていた。

「OH,My Darlin.OH,My Darlin.OH,My Darlin.Clementne.」

 外ヅラではない。頭の中身の事である。

「OH,My Darlin.OH,My Darlin.OH,My Darlin,Clementne.」

 艦娘式金剛型戦艦1番艦『金剛』の改造計画は、改型にせよ改二型にせよ、どちらも主に主機の新調やFCSを初めとした各種内装系や装甲素材のアップグレードを念頭に置かれている。故に、改二と無印では外装に大した変化は無いが、その中身はまるで違う。だって外付けオプションでスタンダード対空ミサイル搭載できるんだぜ。

「OH,My Darlin.OH,My Darlin.OH,My Darlin,Clementne.」

 そして、そんな我がブイン基地第202艦隊の総旗艦を務める金剛(改二)はご機嫌で、ブイン基地の廊下でずいぶんと古めかしい洋楽を、無駄に流暢な滑舌とその容姿に見合った美声で歌っていた。少なくとも、以前はそこまでハイテンションではなかったし、そもそも勤務中に歌うのは良いとして、廊下で踊るな。

「何だ金剛、お前ェサン、またえらく古い歌知ってんじゃねぇか。ていうか何で同じとこしか歌わねえんだ」
「OH,My って、整備班長さんでしたカー。それはもちろん、ここしか知らないからデース」

 いつも以上のハイテンションのまま金剛がその場で三回転半空中アップライトスピンを3回連続で決める。
 だから踊るな。お前はいつから戦闘兵器やめてフィギュアスケートの選手に鞍替えしたのだ。

「……まぁ、この前の怪我引きずってるよりかはまだいいか。にしても、ずいぶんと調子良さそうじゃねぇか」
「それはモチロンOf cause、提督と、これのおかげデース」
「これだぁ?」

 フッフッフーン、Just Communicationデース。と不敵に笑う金剛が、手顔を隠すように左手を上げた。その薬指。
 窓から差し込む太陽光に輝く、プラチナシルバーの反射光。

「……指輪?」
「Yeeeees.水野提督からの手渡しじゃないとはいえ、法的書類付きの本物デース」
「書類? なにそれー」
「あー! 金剛さんが指輪してますー!!」

 遠征帰還の報告のために203号室を目指していた那珂ちゃんと大潮の2人組が話に混ざる。さらにはその騒ぎを聞きつけた他の艦娘や201クルーの面々までもが集まってくる。当の金剛は指輪の存在を知られて最初は自慢げだったが、徐々に嬉しいやら恥ずかしいやらで何とも言えない表情になっていった。
 やがて、さしもの金剛も気恥ずかしさに耐えきれなくなったのか『提督に報告があったんデース』と言ってそそくさと人の輪から抜け出してしまった。
 その場に取り残された、スパナを握っていない整備班長殿が走り去る金剛の後ろ姿を見て呟く。

「……しっかし、いきなり結婚指輪たぁ、水野の坊主も大した甲斐性じゃねぇか」

 うんうん。とその場にいた誰もが頷いた。
 因みにどうでも良い事だが、その時、その廊下と扉一枚を隔てた203号室の中にいた井戸少佐は『結婚指輪! そういうのもあるのか!』と、心の中で呟きながら一人孤独に昼食を喰っていた。ようやく手元に届いた天龍の解体命令書と解体後の身分保障書に気を取られていて、天龍に指輪を渡すなど、全然頭になかったお前が悪い。






 深海凄艦との戦争が帝国本土で公表されてから、一番変わった事と言えば、やはりアイドルグループ『Team艦娘TYPE』についてだろう。

 彼女達は今まで通り歌って踊ってTVやラジオにしょっちゅうゲスト出演している事には変わりないのだが、何かにつけて『頑張れ』だとか『負けるな』だの『耐えましょう』だのといった、一見してはプロパガンダとは気付かないような謳い文句の比率が露骨に増えてきている。きっと軍上層部からの指示だろうと思いたい。
 そして、飛鷹、隼鷹、龍驤の陰陽師スタイルの軽空母娘3人衆からなる傘下チーム『ドーマンセーマン』は、あの季節外れの雪の夜以来、ぱったりとその姿を消した。ネット上や口コミの噂によればどこかの最前線に飛ばされただの、秘密施設で『処理』されただの、X指定な意味での慰安任務にマワさているだのと色々と囁かれているが、真実は暗い闇の底だ。

 そして、そのTeam艦娘TYPEの中で最も変わったのは誰かと言えば、横須賀鎮守府所属の『球磨』の扱いである。



「あ、球磨さんお疲れ様ッス!」

 廊下を歩いていた球磨を見かけた重巡『摩耶』が壁際にどき、ほぼ直角に近いオジギをする。

「おー。摩耶さんも新譜の録音、お疲れ様ですクマー。確か、タイトルは『ミサイルカーニバル!』でしたっけかクマー」
「ありがとうございます。球磨さん、あたしの事は呼び捨てでいいッス……あ、いや、いいですよ」

 ぎょっとしたように摩耶が顔を上げる。

「クマー。そういう訳にもいかないクマ。こっち(アイドル活動)だと、球磨が一番の新参者クマ。だからそっちこそ呼び捨てで構わないですクマー」
「いえいえ! あたしなんて、あれから二か月も経ってるのに、まだ一度も実戦経験してない半端ヤローですって! そんなのが球磨さんを呼び捨てになんて出来ないッスよ!」

 あの日、駆逐イ級2隻を護衛に付けた軽母ヌ級による本土奇襲部隊を(隼鷹らによる見えぬ位置でのフォローもあったが)単独で撃沈せしめた球磨は、一躍して横須賀鎮守府内での立場と発言力が大きく高まった。
 プロデューサーもとい提督をはじめとした、横須賀鎮守府所属の誰も彼もが――――“怪我”でリタイアしたのと入れ替わった球磨を除いて――――ただの一度も実戦を経験していなかったからである。
 無論、出戻り組である球磨が唯一の実戦経験者である事は知られていたのだが、戦争なんてテレビの向こう側くらいにしか考えていなかった球磨以外の横鎮所属の艦娘達があの夜に鳴り響いたサイレンから受けた衝撃は、大きい。
 そして、その戦闘から帰還した球磨に対する風潮は二つに割れた。1つは畏敬の念を示し、もう一つは畏怖の念を懐くグループである。発音は似ているがその実は全然違う。
 特に前者のグループに分類される、摩耶や長門、天龍などと言った、本土から離れた基地や泊地ではガチガチの武闘派として各提督らに重宝されている艦娘達から向けられる念は特に強く、最近では貞操の危機すら感じ始めたと球磨は言う。
 一方、後者のグループについてだが――――

「! あ! あ、あああ、あの……!」
「お、お疲れ様……な、なのです……」

 背後の低い位置から掛けられたそのどもり声に球磨が振り返ると、そこには同じ柄のセーラー服を着た、2人の少女達がいた。
Team艦娘TYPEの71番と74番、傘下チーム『Nanodeath』の『暁』と『電』
 それが彼女らの所属グループと、その芸名である。

「おーぅ。暁ちゃんと電ちゃんもお疲れ様だクマー。2人はもうあがりクマ? だったら一緒にお昼でもどうクマ?」
「ご、ごごめんなさい……! も、もももももう響ちゃん達を待たせてしまっているので!」
「ご、ごめんなさいなのです!」

 そのまま大急ぎで別れのお辞儀を乱雑に済ませた二人は廊下をぴゅー、とでも擬音が付きそうな勢いで走って消えていった。

「何だあいつら。球磨さんに失礼な」
「まぁまぁ、クマ」

 球磨に対する普通の人の受け答えなんて、普通あんなもんだクマ。と球磨は憤る摩耶をたしなめた。
 直後、彼女達のいるTV局の中に設置されたスピーカーからサイレンが鳴り響き、自動的に通信インフラの電源がONにされ、チャンネルが切り替わった。
 あの雪の夜に帝都湾岸部の全域に鳴り響いた、緊急報道サイレンだった。
 同時に、2人が持っていた仕事用のスマートフォンにもCallが入る。

『緊急放送。緊急放送。横須賀鎮守府全艦隊第一種戦闘配置。横須賀鎮守府全艦隊第一種戦闘配置。気象衛星『あっつざくら』より緊急入電。帝都湾内に深海凄艦出現。帝都湾内に深海凄艦出現。構成、駆逐イ級2、駆逐ロ級2。帝国陸軍および湾岸防衛システム群が対応中。繰り返す。横須賀鎮守府、出撃せよ――――』
「あー。またか」
「またクマねー」

 だが、ここ最近は数日に一度の間隔で鳴り響くものだから、もう誰も驚きもしていない。

「しかし、深海凄艦の方々もずいぶんと律儀なのですわね。ほぼ数日おきに、決まった時間帯にだけ出現するなんて」
「そー言われてみればそーだよねー。あ、熊野。今日私ら出撃シフト入ってないし、どこかで昼食べてかない?」
「よろしくてよ。あ、でも昨日行った、深海凄艦のお刺身のような、あまり下品なお店は嫌ですのよ?」

 まぁ、イ級の白子(生)はとても美味しかったのですけれど……と小声で呟き、球磨達の背後を通り過ぎていった鈴谷と熊野の声を聴きながら、球磨はふと疑問に思った。
 今、帝都湾内に出現した深海凄艦達は、どうやってここまでやってきたのだ?

(変温層が存在できないくらいに浅い帝都湾内は無理だとして、そこまでの間にあるはずの監視衛星や哨戒艇の索敵網をどうやって潜り抜けてきたクマ……?)
「まさか……」
「? 球磨さん? どうかしたッスか、あ、いえ、どうかしましたか?」
「いや、何でも無いクマ。さ、球磨はこれから出撃だクマ」
「ッス! 球磨さん、お気をつけて!」

 球磨の独り言を耳聡く聞きつけた摩耶に対し、そっけなく返した球磨は、己の脳裏によぎった最悪のケースという名の妄想に蓋をした。ほぼ直角に近いオジギをする摩耶をその場に残し、球磨はプロデューサーもとい横須賀鎮守府所属の提督の元へと歩を進めた。
 それでも一度浮かんだ嫌な妄想は、頭の中にこびりついて離れなかった。

(まさか、いくらなんでも偵察衛星や哨戒網の情報が洩れてたりはしないクマよね)






『つまり、だ。偵察衛星の定時撮影の時刻が、ひいては哨戒網のルートやパターンすらも知られているという事だ』

 モニタの向こうにいる、年嵩の高級将校の1人が口を開いた。
 以前にもご説明申し上げたと思うが、ブイン島仮設要塞港こと二階建てのプレハブ小屋の1階には、基地の運営に関して最も重要とされる3つの部屋がある。

 1つ、食堂。
 1つ、基地司令の執務室。
 そして最後の1つ、通信室。
 この3つの中で最も重要なのはどこかと言えば、通信室である。日々の定時報告やTKTへ向けての日誌のアップロードはもちろん、武器弾薬や資材人材の陳情も、ここの通信設備が無ければ本土まで届かないからである。
 その他にも、武器代わりに振り回したタンカーをヘシ折った井戸少佐の軍事裁判を開いたり、メナイ少佐が帝国とオーストラリアの2つの海軍上層部を相手に物資の補給の確約を取り付けたり、基地司令の秘書艦『漣』が本土企業との黒い繋がりを暴露されかかったり、書類の提出期限が近い事から奇行に走り始めた古鷹がここでカンヅメになっていたり、慰問通信の際に那珂ちゃんが慰問そっちのけで新譜をダウンロードしてたりと、ブイン基地所属の面々は何かとこの通信室のお世話になる事が多い。

 そして、今日は水野中佐が通信室に呼び出されていた。

『水野中佐。これを見たまえ』

 全ての照明を落とされた上でブ厚い布地のカーテンを引かれ、本土にいると思われる将校達の顔が映っているモニタ以外には光が存在しない通信室の中に、光がひとつ追加された。

『てーとく、静かに!』

 どこかの艦娘が遺したと思わしき、音声付きの記録映像だった。
 映像には、人類製と思わしき港湾施設にたむろす無数の深海凄艦が映っていた。
 駆逐種、軽巡種に始まり、重巡リ級に空母ヲ級、さらには最近西方で猛威を振っているという戦艦タ級の姿まであった。そして、つい最近、金剛を撃沈しかけたあの戦艦ル級の突然変異種『ダークスティール』の姿も2隻確認できた。
 そして、海中より音も無く浮上した軽母ヌ級の姿が映った。
 記録映像の右下隅に表示されていたIFFは、エレクトログリーンの文字で『IFF:BULE_FRIENDLY 照会中...』と点滅していた。

『て、てーとく、おかしいでち。あのヌ級からFRIENDLYが出てるでち』
『機材の故障!? こんな時に!? 記録は!?』
『そ、そっちは大丈夫でち。全部DISKに記録してるでち』

 映像の中の軽母ヌ級が口を開く。反対側まで倒しきった口の中にあったのは艦載機などではなかった。
 人型の上半身だった。
 死人色の肌、肩口まで伸ばした茶のツインテール、艦首を模した特徴的な形の帽子、そして、右手に握った巻物状の飛行甲板。
 見間違える筈など無かった。

「!?」

 水野の目が驚愕に開かれる。
 記録映像の右下隅で更新されたIFFには、スカイブルーに塗り替わった文字で『IN:Buin Base-Fleet202“龍驤”』と確かに表示されていた。そこで画面が一時停止する。

「な……!? ぁ、……!?」

 驚愕する水野を余所に、別ウィンドウで新たな映像が次々と表示される。そのどれもが、水野の知らない、今の龍驤を映していた。
 そして、龍驤が何をしていたのかも。



『祝福されし五航戦をとくと見よ!』

 最新鋭・最高性能であり、再完成されたはずの瑞鶴・翔鶴の鶴姉妹が龍驤のカラテキックで二人まとめて吹き飛ばされる。
 直援に回っていた艦載機も、数の上では圧倒的に2人の方が上だったが、超音速領域での戦闘にはまるでついていけず、まさしく七面鳥ならぬカモ撃ち同然の様相となっていた。

『相手は強力だって話だが、最新鋭軽巡の阿賀野型が負けるわけ無ぇだろ! 行くぞおおぁぁお!!』

 別の映像では両腕に大振りの肉切り包丁に近い形状のCIWSを増設した軽巡洋艦『阿賀野』が超展開状態のまま海水を掻き分けて突撃していた。
 が、腰の近くまで海水に囚われている状態ではかなり動きを制限されているようで、同じく超展開中の軽空母娘のように海面を飛んだり跳ねたり走ったりする龍驤の動きにまるで対応できていなかった。龍驤がすれ違いざまに放った蹴りの一撃で、あっさりと首が刈り取られる。

 別ウィンドウでさらに映像が映し出される。戦闘中の艦娘の記録映像だった。

『こンの軽母のツラ汚しがァ!』
『水野少佐の邪魔すんなや!』

 声から察するに軽空母『隼鷹』であるらしかった。映像の中の龍驤よりもやや高い視点で撮影されている事と、龍驤の動きにも対応できている事から、超展開中であると思われた。
 たとえ深海凄艦化していても、頭に『軽』の一文字が付いていても、龍驤は紛れも無いクウボである。そんじょそこらの艦娘程度なら束で仕留められるのが平均値である。クウボと戦えるのはクウボのみ。それがこの時代の常識だ。

『死にさらせやダボハゼェ!!』
『往生せぇや!!』

 一度距離を取って仕切り直した隼鷹は右手の一升瓶を傾けて液体状の、同じく龍驤は腰のベルトに増設された赤いドロップ缶の中に指を突っ込んで、キューブ状に圧縮成形されたエネルギー触媒を口の中に放り込む。白いペンキで缶の表面に『マクサ式』と書かれていたのはより完璧を期するためか。
 直後、両者の足の裏に刻印されていた『鐵飄浮。好像油一樣浮起。在冰上面為使滑行前進。急々如律令(鉄よ浮け。油のように浮け。氷の上を滑るように進め。そうあれかし)』の文字――――これこそが、軽空母娘が一部の艦娘のように陸上を闊歩し、正規クウボや島風のように海面を疾走できる秘密だ――――が激しく輝き、両者の足の裏から照射された不可視の斥力場が海面を大きく押しのける。

『イヤーッ!』
『イヤーッ!』

 隼鷹と龍驤が同時に海面を蹴って突撃。
 斥力場の反発による加速度を得た隼鷹は第一歩目で音速を突破して手に隠し持っていたカンサイキによるプロペラ・ミンチ=ジツを龍驤は右腕一本を犠牲にして握り潰して迎撃されるも隼鷹は間髪入れずに左のプロペラ・ミンチ=ジツに見せかけた機銃掃射を龍驤は気合で耐えてを左腕で隼鷹の左腕を押さえつけると同時に隼鷹が右の膝を龍驤の腹に叩き込むよりも先にもう一つの右腕によるカラテチョップで隼鷹の右肘を完全に砕いて体勢を崩された隼鷹は膝蹴りを強引にわき腹狙いのハイキックに切り替えるもそれを予知していたかのような正確さで出足に蹴りを突っ込まれ、最後に残った龍驤のもう一つの左腕でカメラ――――恐らくは、隼鷹の頭部だ――――に向かってツヨイ・ツラヌク・チョップ。

『て、提督! 逃げ』

 映像はそこで終わっていた。
 IFFは、最後まで変わる事は無かった。

『水野中佐。君は、確か黄金剣翼突撃徽章を持っていたね』
「……はい」
『我々はその勲章がいかなるものであるか知っているし、君がその勲章を得るにふさわしい傑物であるとも知っている』
『君は英雄だ。紛れも無く』
『故に、君の部下が寝返ったという事はあり得ないし、そもそもあってはならない』
「は?」

 水野は、目の前のヒゲジジイ共が何を言ったのか、一瞬理解できなかった。

「……英雄に、英雄に失敗などありえない。あってはならない。龍驤なんて存在しなかった。そうおっしゃっているんですか!?」
『そうだ。君が持つ黄金剣翼とは、英雄とは、つまりはそういうものなのだ』
『こんな南の僻地の勤務とは言え、君は紛れも無く、本土では英雄なのだ』
『水野蘇子臨時中佐。命令だ。君は君の麾下艦隊を持って、この龍驤だったものを抹殺せよ。後始末はこちらで受け持つ』

 水野は、黙したまま答えない。
 ぱきり。

『?』
『まぁ、いい。君が拒否するならば我々子飼いの部隊を派遣しよう』
『確か、ブインに最も近かったのはムラマツ提督の――――』
「…………………………………………了解しました」

 この薄暗い部屋の中で、今、水野がどのような表情をしているのか。それを知る者はモニタの向こう側の老人達だけだった。
 そして、先ほど小さく響いた音が、噛みしめられた奥歯が砕けた音であった事を知る者は、水野中佐ただ一人だけであった。





 大破した龍驤改二をコンクリ鉄格子部屋に入れてみたら犯罪的に可愛かった。壁から下げられた手枷足枷(装飾)とお馬さん(椅子+机)の家具実装はまだですか。記念の艦これSS

『嗚呼、栄光のブイン基地 ~ 龍驤抹殺作戦(前篇)』





 その日、龍驤は夢を見た。

 何の変哲も無い夢だった。初めて水野と出会った時の事だった。
 当時の水野はまだ訓練生で、当の龍驤も出荷前の最終検品を2日後に控えていた時だった。名前と漢字は聞いていたが、顔は知らなかった。
 正規量産型の龍驤に支給される制服は工場出荷の際に渡されるので、まだ貰っていなかった。代わりに工場長を口説き落として借りおおせた白のサマーワンピースを着て、麦わら帽子をかぶっていた。
 場所は九十九里浜要塞線第12要塞、その最寄りのバス停。すぐ後ろの背の低いコンクリート壁の向こう側は、もう砂浜が広がっていた。
 ジャージ姿でアゴを上げて延々と砂浜を走り続けさせられる訓練生達の姿。
 その中の一人、



「ん……うぅ?」

 夢から覚めた龍驤が寝ぼけ眼で辺りを見渡すと、そこは大海原の上だった。海面に突き出た小さな岩礁の上に片膝を抱えて座り込み、そのまま眠りこけてしまったらしかった。

「んん……あー、また寝てもうたん? 参ったなー。この間の毒ガス攻撃からずっと、眠くてたまらんわー」

 龍驤のその呟きに答える者はいない。龍驤の周りにあるものは、穏やかな海と、燃え落ち沈み始めた鋼鉄の艦船だったものの破片と、深海凄艦の肉片。
 ただそれらだけがあった。
 そんな龍驤の背中をしゃかしゃかと小さな影が這い登り、肩で止まった。
 現在の龍驤が運用する超音速機こと、例の飛行小型種だ。

「お、君かー。どう? 何人残ったん?」

 現在、この海域に散らばっている深海凄艦の肉片は龍驤達のものではない。人類側の輸送艦隊と哨戒部隊がやり合っていたところに偶然、龍驤達が鉢合わせたので、行きがけの駄賃として背後から奇襲を仕掛けたのである。無論、人類側に向かって。

「……おぉ! ウチらもお客さんもみんな健在って、すごいやないかー!」

 龍驤の裏表のない喜色を浮かべた笑みに、肩口に乗った飛行小型種が昂揚とした概念を返す。
 それを受けた龍驤がさらに満面の笑みを浮かべる。

「よっしゃ! それじゃあ急ごか。お客さーん、もう大丈夫やでー!」

 龍驤の掛け声と共に、海中から大きな影が無数に浮上してくる。駆逐イ級の上顎のような被り物をした完全な人型の上半身、死人色の肌、ミツアリのように膨らむ金属製の腹部。実際バストはそれなりだった。
 輸送ワ級。
 見ての通り、蜜を溜め込んだミツアリの様に膨らんだ球体状の部分に物資を封入し、海中移動能力を有する――――もっとも、海中を移動できない深海凄艦など存在しないのだが、それでも封入した物資の種類と量によっては海水との比重の差で勝手に浮くこともあるし、沈んだまま二度と浮き上がって来れない場合もある――――深海凄艦側勢力の輸送艦に相当する種である。
 この、海中移動能力というのが曲者で、輸送艦モドキのくせに合衆国の最新鋭原潜に匹敵するような静粛性と航続距離を有しているのだ。何で今まで攻撃型潜水艦に相当する種がいなかったのか不思議なくらいである。
 そのため、このワ級狩りを行う場合、移動中ではなく休憩中や物資の搬入出中を狙って短時間の間に集中して行われることが多い。
 速度と火力と隠密性を求められるこの手の任務には潜水艦娘が最も優れた適性を持っており、伊58を筆頭とした潜水艦娘達は、人類側勢力と深海凄艦側勢力がオセロめいて取った取られたを繰り返すフィリピン海周辺(帝国海軍作戦呼称:南西諸島海域)での通商破壊作戦に駆り出されることが多い。実戦闘時間よりも移動時間の方が圧倒的に長く、その周辺の風光明美さと掛けて『オリョールクルージング』と名付けられたその反復奇襲作戦に対し、ブルネイ泊地を中心とした南西諸島各地の伊58が労働ストを起こしたという噂は本当だろうか。

 閑話休題。

「ほな、そろそろ出発……え? 何? 南の海は熱い? 何当たり前の事言うとんのや。……え? だから積み荷の吸気も兼ねてもう少し休ませろ? は?『だから』の前と後ろが繋がっとらんで!?」

 折角周辺クリアになったのにー。あー、もー。とがなる龍驤を余所に、ワ級の群れは次々と格納嚢胞の封を開いていく。
 その暗がりの中から覗いたのは、小さな緑色の光点だった。それも一つ二つではない。数十、やもすれば3ケタを超えていそうな数だ。
 結局足を止めて中身を覗いていた龍驤がその中の1つをつまみ出す。

「へー。この子らが北の大将が言うとった新型なん?」

 その正体は飛行小型種だった。それも、北のアッツ島と帝都の湾岸部を地獄に変えた例の超小型種だった。ワシャワシャと動く着艦節足も、何すんだこのヤロウとっとと離せと言わんばかりの拒否的な概念接続も何処吹く風で、龍驤がしげしげと眺める。

「ふーん。何や、えらい小っこいなぁ。こんなんでホントに飛べるん? あ、でも形は皆と同じ――――ッ!?」

 龍驤の脳裏にフラッシュバックする光景。
 艦載機。飛行小型種。対空戦闘。撃墜される敵機。撃墜される味方機。まるで違うシルエット。自分が運用していたのは――――
 一つの光景が脳裏に浮かぶたび、龍驤を激しい偏頭痛が襲う。

「お、同じ! 同じ……、! 同じ、形……の! し、深海、 凄艦!?」

 肩口に留まっていた超音速機が龍驤の異変を察知した。
 そいつは即座に龍驤の無防備な首筋に向かって、腹部先端にある注入管を挿入する。
 龍驤の頸動脈に向かって深海凄艦の瞳と同じ緑色をした液体が注ぎ込まれる。

「痛!? な、なにすん の……や……ぁ」

 数秒後、龍驤の瞳の焦点がブレる。彼女本来の黒い瞳の中に緑が混じってまだらとなる。両手のひらで頭を強く抱えていた龍驤の腕から力が抜ける。さらに追加で液体を注ぎ込むと、苦しそうにしていた龍驤から全ての表情が抜け落ち、その場に棒立ちとなった。

「あー……」

 虚ろな表情で意味の無い呻き声を上げ、口の端から涎を垂らして呆然と立ち尽くす龍驤。輸送ワ級の群れも何があったのかと遠巻きに見守っている。さらに追加で液体を注ぎ込み、首筋から注入管が抜かれる。
 ややあって。

「あー……………………あ? あ、あれ? ウチ、また眠ってもうたん?」

 ハッと意識を取り戻した龍驤が辺りを見回す。うわー、立ったまま寝落ちとかありえへん。とぼやく龍驤に、肩口に留まっていた超音速機が急かすような概念を送る。

「え、あ……そ、そやね。急ごうか。よっしゃ! お客さーん、そろそろ行きまっせー! この調子やと、明後日くらいには姫さんとこに辿り着けるかなー。あー、水野少佐にも会いたいなー。この任務が終わったら、姫さんに頼んでみよかなー」

 パンパンと両手を叩いて、複数のワ級による輸送艦隊と護衛部隊である龍驤艦隊がその場を後にする。
 以上が、第6物資集積島からブイン基地に向かって出発した補給部隊が遺した最後の記録映像である。




 

 映像が終わる。井戸少佐によってパチリと壁のスイッチが押され、基地司令室に明かりが灯される。
 基地司令代理の漣。井戸少佐。メナイ少佐。そして水野中佐。誰も何も言えなかった。

「……」
「……」
「……」
「嘘……龍驤ちゃんが、そんな……」

 重苦しい沈黙を破ったのは、基地司令代理の漣だった。

「こんなのって、酷過ぎるよ……!」

 漣の涙は、演技ではなかった。
 この漣は、このブイン基地の中ではメナイ少佐や基地司令と同じく最古参――――ブイン基地建設当初からの配属である。
 当然、数年前にここの配属となった水野中佐がまだ礼服に着られているような新品ホヤホヤの(インスタント)少佐だった頃も知っているし、水野の秘書艦として支給された龍驤が、金剛が配属されるまでの間ずっと202艦隊の総旗艦を務めていた事だって知っている。
 そして、龍驤が水野に対して恋慕の情を抱いていた事も知っていたし、何度か相談を受けた事もあった。そして龍驤がその気持ちを伝える事無く、一年前の作戦中にMIAとして認定され、現在に至った事も知っていた。
 だが、深海凄艦と化して人類に牙を剥いているなどとは、全く予想だに出来なかった。
 事前にヒゲジジイ共から聞かされていた水野中佐はまだいい。羽黒、武蔵(那珂)と、ここ最近連続して目撃していた井戸少佐も動揺は少なかった。ダ号目標破壊作戦の後にKerberos-13から報告を受けていたメナイ少佐も今日この時の覚悟を決めていた。だが、今この場で聞かされた漣の受けた衝撃は計り知れなかった。
 そして、この映像と共に大本営から直接名指しで送られてきた任務にはこうあった。

『ブイン仮設要塞港、第202艦隊所属の軽空母『龍驤』の正体を明かす事無く、秘密裏に葬り去れ。海の底から来た、一つの、凶悪な深海凄艦として葬り去れ』

「なんという……なんという事だ」

 メナイ少佐の呟きを最後に、再び基地司令室に沈黙が立ち込める。




「隣、失礼するぞ」
「メナイ少佐……」

 ブイン基地の一階にある、食堂前の扉の横――――入り口前の庇から歩いて10歩で運動用グラウンドだ。このプレハブ小屋(基地)はデカいが、基地そのものの敷地面積はかなり狭い――――には2台の自動販売機がある。左の青い方が普通の飲み物を売っている方で、右の赤い方がパウダー・フレーバーを置いてある艦娘専用の台だ。
 そしてその横にある安っぽいベンチには、水野中佐と金剛、そして202の電が並んで座っていた。
 3人の表情は暗い。
 特に、数時間前にはハイテンションが有頂天だった金剛など見る影もない。ホントに同一人物かどうか疑ってかかった方が良いかもしれない。
 因みにどうでも良い事だが、井戸は現在、通信室にこもって何処かとやり取りをしている。人払いまで済ませているあたり、相当機密度の高い部署との通信なのだろうか。無線傍受が心配だ。

「……」
「……」
「……」
「……」

 沈黙。
 近くの木に止まってミンミン鳴いているセミですら胃に穴が開きそうなほどの沈黙と、時折飲み物の缶を傾ける音だけがあった。

「……もう、五年も前になるのか。水野中佐がブインにやって来たのは」

 メナイはそう切り出した。

「あの頃の君は、まだどうみても新任佐官で、秘書艦のリュージョーも、第六駆逐隊もどいつもこいつも子供ばかりじゃないか。ってそう思っていたな。基地司令のサザナミを見ていたとはいえ、それよりも幼い外見だったしな。第六駆逐隊の面々は」
「少佐」
「タイプ・カンムスといい、佐官のインスタント造成と言い、帝国は大丈夫なのかと思っていたな。割と本気で」
「メナイ少佐」

 水野が遮った。

「メナイ少佐、俺は……俺がやはり、やらなくてはならないんでしょうか……?」

 何を当たり前の事を。
 そう言おうとしたメナイは一瞬戸惑い、改めて実感した。嗚呼、そういえばそうだった。と。
 黄金剣翼突撃徽章持ちであろうとも、たった一人で数百単位の敵主力部隊の大半を撃破できるだけの才能と実力と幸運があろうともこの男、水野蘇子は、正規の軍人ではないのだ。その煌びやかな戦果に隠れがちになっているが、水野も、井戸と同じインスタント提督だ。
 それもまだ若い。
 そんなのに艦隊の指揮を取らせ、部下の命の責任を背負いこませるなどどうかしているのだ。井戸少佐は何がしかの目的があり、そのために行動しているフシがあるからよほどの事が無い限りは大丈夫だろうが、コイツは――――水野はどうなのだろう。
 コイツは、自分の部下を、撃てるのだろうか。
 確か、自分の時は――――

「……それが軍人の、提督の責任というものだ」

 メナイも、それしか言えなかった。





 大きな満月と、その光に掻き消されなかった幾ばくかの星明りが波穏やかな夜の海を銀色に照らしていた。

「お~、月明かりが眩しいな~。こらええな~、夜道で迷子にならんで済むわ~」

 そんな静かな暗闇の中を、縦一列になった深海凄艦の群れが静かに進んでいた。数は4。種類は軽母ヌ級と、駆逐イロハの三種類。
 その最先鋒、
 上顎を反対側まで倒した軽母ヌ級の口の中から少女の上半身を生やした深海凄艦――――かつては龍驤と呼ばれていた――――が、胡散臭い関西弁で己の背後に付き従う駆逐種3隻に向かって語りかけた。

「んあ? 護衛なのに単縦陣でええのかって? うん。大丈夫やって。そら、普通の輸送艦なら方陣なり輪形陣なりで守らなあかんけど、あのお客さん達、海の中行けるやんか? せやから、こっちも何もないように振るまっておけば、そもそも目にも止まらんっちゅう寸法や。ただ、そんなことより……」

 そこで一度言葉を区切った龍驤が、月明かりの向こう側に広がる水平線に顔を向けた。ブイン基地がある方角だった。

「……おっかしいなぁ。水野少佐、もう敵の本隊と交戦してるはずなんやけどなぁ。いくらなんでも静かすぎや……ん?」

 何かが光った。左手を目の上に当て、龍驤が目を凝らす。
 深海凄艦化しかかっているとは言え、頭に『軽』の一文字が付くとは言え、龍驤のクウボ視覚野はこの暗闇の中でも良好な解像度を提供した。

「ぜ、全員散開!!」

 龍驤の叫びは間に合った。だが、当の駆逐種達の回避行動が致命的に遅かった。
 マッハの速度で飛来した都合4発の非ポップアップ式ハープーン対艦ミサイルが、最後尾にいた駆逐ハ級に直撃する。
 最初の2発で外皮装甲を突き破り、次の1発が内骨格に大穴を開け、最後の一発が狙い違わずその穴に入り込む。内部で炸裂した多目的榴弾弾頭の熱と破片と衝撃波で柔らかい内組織がズタズタに粉砕され、爆発によって急激に膨張した内圧に耐えかねて、その駆逐ハ級は内側から弾け飛んだ。

「ひ、響ちゃん!? うっ! あ、頭が……!?」

 叫んだ龍驤が再び偏頭痛に襲われる。

 ――――まただ。また響ちゃんだった。

(……また?)

 龍驤の異変を察知した飛行小型種――――龍驤が何かと気に掛けているあの一機だ――――が龍驤の首筋に液体を注射しようとし、そのまま動きを止めた。
 注射の代わりに龍驤に対して出撃をリクエスト。
 頭痛をこらえながらも龍驤が答えを返す。

「あ、あかん……て。今は夜や し、それに、夜間、飛行はリスクが……~~~~ッ!?」

 今にも倒れ、意識を手放してしまいそうなほどに頭痛が酷く、激しくなる。
 龍驤の記憶の中で、誰かが叫ぶ。

 ――――なんでや! 何が『無人空母の運用上における安全性の確保』や! ウチは機械やないし、ウチの敵は――――

 こめかみ付近、皮膚のすぐ下を這い回る血管の中でごうごうと血流が流れているのが自覚する。
 他の超音速機らからも次々と急かすような、恐慌に駆られたかのような衝動的な概念が次々と発信される。出撃要請、出撃要請、敵艦発砲。

「!? イヤーッ!」

 龍驤がクウボ大ジャンプで緊急回避。艦娘用の水上機の平均的な偵察高度まで瞬間的に跳躍する。回避し損ねた駆逐ロ級に直撃。綺麗な砲弾痕が貫通した二匹は、数秒間ほど海の上を滑るようにして慣性で進み、爆発すら起こさずに静かに沈んで逝った。
 その数秒間の高度。月明かりに照らされた銀の水平線の向こう側。

 いた。

 長い茶のストレートヘア。暗闇でもなお映える白い上と金の飾り紐。電探を模した金のカチューシャ。そして腰部マウントに接続された箱型の主砲塔群ユニット。腰から下は海中に沈んでいたため見えなかったが、恐らくは普段と同じ黒いミニスカート状の袴だろう。
 艦娘式金剛型大戦艦1番艦『金剛』

「金剛……はん?」

 一瞬の困惑。その隙を縫って、金剛から龍驤の肌に不可視の波が叩き付けられる。
 照準電波。
 痙攣と同じメカニズムで龍驤が腰のベルトに増設された赤いドロップ缶の中に指を突っ込んで、キューブ状に圧縮成形されたエネルギー触媒を口の中に放り込む。同時に、生存本能が脚部の靴状フロート艤装に最大出力でコマンドをキック。空気以外の何も無い虚空を蹴り飛ばして緊急回避。ヴェイパーコーンを置き去りにして龍驤が数馬身ほどの距離を消え飛ぶ。今の今まで龍驤がいたはずの空間を、41cm連装砲から吐き出された無数の徹甲弾が貫いていく。

「何でや……!?」

 海上に着水した龍驤が全力で之字運動で照準を外しながら自我コマンドを入力。金剛との通信チャンネルに接続。数秒間ほどのCallが続いたのち、回線が繋がった。

「提督、金剛はん! こらいったいどういう事や!? 何でウチに向かって撃ってるんや!?」
【……】
【……】

 水野と金剛からの返答は無かった。代わりに、再び砲弾が飛来する。一撃ごとに照準がより鋭く、より正確になってきている。

(こないだの砲撃演習ん時とは全然ちゃうやんか! 手ェ抜いとったんか!? 金剛はん、あんた根性ババ色や!!)

 金剛の根性がババ(うんこ)色でない事の証左のため書き加えておくが、それが高度に電子化され、アップグレードされた改二型艦娘のFCSの平均値である。一年前とは違うのだ。

 突発的な怒りに任せた龍驤が全艦載機に出撃命令。龍驤の身体のそこかしこに着艦節足でしがみ付いていた飛行小型種達が龍驤の持つ巻物状カタパルトに集合。青白く放電するカタパルトによって十分な加速度を得て空中に次々と撃ち出される。尻先端部のジェット推進にイグニション。瞬く間に音の壁を突破する。
 直後、その半数が空中で爆発、撃墜された。長距離空対空ミサイル。

【ArrowHead-09, Engage offensive. FOX3】
【Kerberos-13, Engage offensive. FOX3】
【B-1D, Engage offensive. FOX2,FOX2!!】
「!!」

 メナイ艦隊麾下の航空隊だ。機種がてんでバラバラなのは、それがブインのコンビニこと第201艦隊だからだろう。
 生き残りとメナイ航空隊がドッグファイトに入る。ミサイルという長槍の存在が大きい。徐々に徐々にこちらの数が減っていく。

「何でや……何でや!?」

 全速力で海面を蹴って回避運動を続ける龍驤の足が輝きを失い海面に沈み始める――――エネルギー切れ。
 抵抗を増した足の裏の感触からそれを察知した龍驤は、咄嗟に腰のベルトに増設された赤いドロップ缶の中に指を突っ込んで、キューブ状に圧縮成形されたエネルギー触媒を口の中に放り込む。白いペンキで缶の表面に『マクサ式』と書かれていたのはより完璧を期するためか。
 直後、龍驤の――――ほとんど変質し、軽母ヌ級のそれと化した――――足の裏に刻印されていた『鐵飄浮。好像油一樣浮起。在冰上面為使滑行前進。急々如律令(鉄よ浮け。油のように浮け。氷の上を滑るように進め。そうあれかし)』の文字が再び激しく輝きはじめ、そこから照射された不可視の斥力場が海面を大きく押しのける。

 艦娘式軽空母。

 量産可能な一騎当千でありながらも、運用する提督側にもそれ相応の実力と適性を要求する艦娘式正規空母は扱いづらい。
 もっと手軽にクウボを扱えないのか、俺だってクウボと超展開してみたい、などという現場からの声に答えるべく、超展開可能な空母としての機能と性能を持ちながらも、正規空母よりもずっと低い基準での適性値と、高い運用能力を実現した艦娘。
 それが、艦娘式の軽空母である。
 ただ、そんな無茶振りが通るはずが無く、結局、超展開にはそれなり以上の適性値(※翻訳鎮守府注釈:空母娘が要求する『それなり』の時点ですでに金鉱脈レベルの希少さです。彼女らが『理想する』になると油田レベルです)が必要な事と、超展開の持続時間もごく平均的な軽巡洋艦とほぼ同じ15分前後に縮小された事と、超展開中は常に専用に用意されたエネルギー触媒を投与していないとクウボとしての運用が不可能という、途方もないハンディキャップを背負ってしまったのだ。
 時間限定の正規クウボ。
 それが、龍驤をはじめとした艦娘式軽空母達なのである。

(アカン……さっきエネルギー補給したばっかやのに、もう切れかかっとる……連続で吹かし過ぎや、ちょっち休ませんと……!)

 さらに砲弾が飛来。今のを避けられたのは単に偶然に過ぎない。龍驤の首筋に冷たい物が走る。
 それでも龍驤は金剛と、そこに乗っているはずの水野に向かって打電し続ける。

「提督、金剛はん! 何しとるん、作戦はどないしたん!? 敵は、基地に向かって侵攻してとるっちゅう深海凄艦の大群団はどないしたんや!?」
【……っ!】
【……龍驤、作戦は、終わったんだ。とっくに、終わっているんだ】

 無線の向こう側から、何かに堪え切れなくなったかのような金剛の小さなうめき声と、水野の声が聞こえてきた。龍驤には、それが何か辛い事を押し隠している時の声と同じだとすぐに理解できた。
 だが、水野が何を言っているのかが理解できなかった。

 作戦終了。

 そんな馬鹿な。ブイン基地を出撃したのは今日の夕方だったはずだ。前衛だけで師団規模を誇る大群団を相手に、昼間からの正面決戦は自殺行為だからと、夜間乱戦に持ち込むつもりではなかったのか。

「……何言うとんのや、水野少佐。まだ終わってへん、ちゅうかまだ接敵すらしてへんや、ろ!?」

 足元を狙った砲撃。龍驤が空中に飛び上って回避。
 再び片頭痛。フラッシュバックする過去の光景。燃える水平線、燃え上がる夜の海、戦艦ル級撃沈の報、
 誰かの声。

 ――――これで水野少佐も帝国海軍史上3人目の黄金剣翼突撃徽章持ち……昇進はもう確定やな。

 金剛の砲撃でで最後まで残った駆逐イ級が爆発、炎上。死なば諸共とばかりに魚雷を吐き出す。数十秒間の直進。直撃。効果無し。
 その光景を見た龍驤を、今までで最も強烈な頭痛が襲う。
 フラッシュバックする誰かの声。
 フラッシュバックする、いつか、何処かで見た光景。

 ――――何でや!? 何で傷一つついてないんや!?
 ――――こちら龍驤! 別働隊の戦艦ル級に捕捉されてもた! 作戦放棄! 交戦開始!!
 ――――みんな! 手持ちの火力を全部かましたれ!! 相手は戦艦級! 出し惜しみしてたら死ぬで!?

「だ、誰や……? 誰の 声や!?」

 痛みで龍驤の足が止まり、頭を抱えて海の上で蹲る。脂汗を流しながら、固く目を瞑って苦しげにうめき声を上げる。
 自分は、何か、とても大事な事を、致命的な何かを忘れているのではないのか? それを思い出そうとする度に、龍驤の脳に激しい頭痛が走る。鎮静剤を兼ねた同化薬を持っている飛行小型種は、はるか上空でドッグファイトに拘束されている。

【龍驤!】
【龍驤サン!】

 腰まで浸かった海水を掻き分け、超展開中の金剛と水野が龍驤の元に駆け寄る。本能的に龍驤が左手を伸ばす。龍驤本来の左手と、軽母ヌ級の左手を。
 驚愕する。
 龍驤は、咄嗟に海面を見た。生身の人間はおろか、視覚野が増感されているはずの艦娘達ですら『ただのまっ黒』としか表現できない海上でも、龍驤のクウボ視覚野は良好な解像度を提供した。
 水野が叫ぶ。遅すぎた。

【!? いかん、龍驤、見るな!!】

 全てを思い出した。

「あ? あ、……ぁぁぁぁぁあああああ―――――――――――――――――――!!?」

 人は、これほどまでに顔が歪むのかと、逆に感心したくなるほど龍驤の顔は、恐怖に怯えていた。
 自分が今まで何をやっていたのか。その全てをはっきりと思い出してしまったのだ。

 翔鶴から動力炉をえぐり出し、天高く掲げてから握り潰して殺した。それを見て逆上した瑞鶴は、全ての艦載機を撃墜した後、四肢をもぎ、こちらの艦載機で四方八方から攻撃を浴びせかけてゆっくりと沈めた。
 阿賀野は何をさせるまでも無く、キックで首を刈り取って殺した。
 最も強敵だった隼鷹は、ツヨイ・ツラヌク・チョップで首から上を吹き飛ばした後、念のためにバラバラに解体し、中から提督を引きずり出して殺した。

 そして、ダークスティールとの決戦に勝利し、誰もが疲労困憊で浮かれきっている隙を狙って、超高々度からのウミドリ・ダイブで金剛を殺そうとした。

「ウ、ウチ……ウチは、な何という事を……!!」

 それらの記憶に翻弄され、罪悪感と言うのもおこがましい精神的重圧で龍驤の精神が死に始める。
 金剛に搭載されている最新型の電子式PRBRデバイスとIFF識別装置に表示される数値は、ちょうどコインの裏表の様な激しい上下の変動を繰り返し、徐々に徐々に深海凄艦側に傾いて行っていたが、2人がそれを気にしている暇は無かった。
 まだだ。まだ龍驤は、龍驤の心は死に切っていない。これだけ罪の意識に怯えているのが、その証拠だ。

 ――――帰れる。まだ龍驤は帰って来れる!!

 水平線に、暁の光が差し始める。
 開けない夜は無い。新たなる朝がやって来た。

【龍驤、大丈夫だ】
【そうデース。帰りましょう。私達のHOMEに】
「あ……水野少佐、金剛さん……助け 、て――――」

 水野と金剛が、龍驤に優しく語りかける。
 宙に伸ばされたままだった龍驤の左手を取ろうと、金剛も左手を伸ばした。

【任せろ! 誰に何言っても俺が何とかしてやる! 勲章持ちの発言力舐めるなよ!!】
【そうデース! 私達だけじゃないデース。そういうのに強い井戸水技術中尉……Oops! 井戸少佐もいるデース! だから、絶対、大丈夫デース】

 救われたような表情で、龍驤は金剛を見た。
 伸ばされた手と手が触れ合おうとした丁度その時、
























 暁の光を受けて、金剛の左の薬指にはめられた指輪が光った。
























「え?」

 ぱきり。

 龍驤は、心のどこかが折れるその音を、確かに聞いた。
 指輪。指輪? 何で? どうして? 朝はしてなかったのに? いつ? 何で? 左の薬指? ウチは?
 ウチでは、駄目なの?
 今度こそ、本当に、龍驤の精神が死ぬ。

「……ぁ。ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ――――――――!!!!!!!!!!!!!」

 絶叫の片隅でフラッシュバックする誰かの声。







 ――――う、うん……あんな、ウチな……ウチな、今日の作戦が終わったら、水野少佐に告白するねん――――









 金剛に搭載されている最新型の電子式PRBRデバイスは、この時確かに新手の深海凄艦が誕生したと、波形と数値で表示していた。
(後半へ続く)



[38827] 【不定期ネタ】嗚呼、栄光のブイン基地【艦これ】
Name: abcdef◆fa76876a ID:0be32ca1
Date: 2014/08/31 05:19
※後半です。
※毎度お馴染み、オリ設定がストーム(キーワード能力)です。
※作者はプログラムとかコンピューター用語とかプロレスとかサッパリです。勘弁してください。
※作者の脳内ではRJはPJだったりRDだったりそうじゃなかったりします。『話が違うッスよ』と言う方は堪忍してつかっさい。
※この世界線では、改二型艦娘は海に出てからまだ日が浅いんです。それだけトラブルや不都合も多いんです。堪忍してやってください。
※前後編に分ける意味が無かったほど短かったです。遅筆のくせに。






 あいつの魂が、暁の水平線に辿り着けますように。


               ――――――――対深海凄艦戦争当時、各国の若年層の提督達の間で最も多く使われた弔い文句






 ちょうどその時、井戸は己の執務室である203号室の机で突っ伏してうーうーと呻いていた。
 口に和紙を咥え、白いポンポンで打粉を大太刀(っぽいチェーンソー)に打ちつけていた天龍が、そんな井戸を見かねて鬱陶しそうに言った。

「井戸、邪魔。つかウゼぇ」
「……天龍、俺は駄目だ。もう駄目だ」
「何を今更な事言ってんだよ」

 突っ伏したまま井戸が呟き、口に和紙を咥えた天龍はそちらを見向きもせずに今度は大太刀(っぽいチェーンソー)についていた古い油を打粉ごと拭い去り、新しい油を注しながら切り捨てた。

「お前がダメ人間なのは、俺が一番知ってるっつーの。大体、俺が学校終わって、幼稚園のガキども帰した後にお前の借りてたアパートの部屋の掃除と片付け、毎日やってただろうが」
「違う。そうじゃない」
「ああ? じゃあ――――」

 突っ伏したまま井戸が言った。

「俺はな、天龍。お前が天龍に加工されちまった後――――TKTを抜けた時にはもう、科学の発展がどうとか、俺の才能の限界がどうだとか。そんなの、全部もうどうでもよくなっちまってたんだ」
「……」

 突っ伏したまま語る井戸の、酷く落ち込んだ様子に、流石の天龍も大太刀(っぽいチェーンソー)の手入れを止めて井戸の方に振り返った。

「でもな。昨日。昨日の龍驤の姿を見てたらな。思っちまったんだよ。コイツ、どうなってやがんだ。知りたい、知りたい。って。いつぞやだったかに重巡リ級に成りかかってた羽黒ん時と同じだよ。コイツのコアをバラしてみたい。コイツの精神構造を暴いてみたい。何をどうすれば再現できるんだろう。俺でも作れるかなって」
「……」
「昨日、名誉会長に聞いたらさ。こないだ見つけた羽黒、無事に戻れたんだってよ。あそこまで深海凄艦になりかかってたのにさ。それ聞いたらもう駄目だったよ。会長いいなぁ、俺もあの龍驤欲しいなぁ。って大真面目に思っちまったんだ」
「……」
「お前と一緒に、昔みたいに暮らせるんならもうコッチには未練なんてないって思ってたんだけどなぁ――――」

 直後、203号室のドアが外部から破壊された。

「話は聞かせてもらったぞ!」
「デース!!」
「なのです!!!」

 水野中佐と金剛、そして202の電だった。
 井戸が立ち上がるのとほぼ同時に水野に胸ぐらを捕まれ、202の電が手に持つ酸素魚雷(弾頭活性化済)をズボンの上から井戸Jr.に押し付けられ、金剛には主砲の一門で脳天をロックオンされている。
 因みに天龍は誰が何を言うよりも先に、素直に両手を頭の後ろに組んで壁の方を向いて跪いている。金剛の主砲三門で照準されたら誰だってそうする。筆者だってそーする。

「深海凄艦から戻ってこれたとはどういうことだ!?」
「井戸水少佐! アレ? 井戸技術中尉? ま、どっちでもいいデース。そこの話、もう少し詳しくお願いしマース!」
「なのです!!」 

 井戸に、選択肢など無かった。





 あの日行われた秘密作戦『龍驤抹殺作戦』は、失敗に終わった。

【MidnightEye-01よりHOMEBASE. MidnightEye-01よりHOMEBASE. 目標は依然、第5物資集積島に停泊中。目標は第5物資集積島に停泊中。活動の兆候無し】

 発狂し、完全に深海凄艦へと成り果てた龍驤は驚愕する金剛らの隙を付いて逃走。空中でドッグファイトに拘束されていた深海凄艦側の超音速機も、その大多数を撃墜するも全機撃墜には至らかった。
 対するこちらの被害はメナイ艦隊(201艦隊)所属の航空機が4機。消費した空対空ミサイルが48発で、対艦ミサイルが4発。撃墜されたのは皆、ミサイルを撃ち尽くしてドッグファイトに移ったか、ドッグファイトに持ち込まされたかのどちらかである。
 物資を送ってくるはずだったリコリス飛行場基地が敵に抑えられた現在では、熟練パイロット4名が死亡した事実を抜きに考えても無視できない消耗である。
 完全敗北である。

 その後、龍驤だったものとお付きの超音速機の生き残りは変温層下へと逃走。即座に追撃戦に移ったMidnightEye-01、02による広域走査と、202と203の電、那珂ちゃん、天龍、大潮、如月に、201艦隊所属の多数の哨戒艇によるアクティブピンガーやソナーによる精密索敵もすり抜け、完全にその行方をくらませた。
 捜索開始から一日経ち、二日経ち、三日目が終わろうとしていた頃、事態は急変した。

『メーデー、メーデーメーデーメーデー。こちら、帝国海軍南方海域第5物資集積島守備隊、旗艦『千代田』です。メーデー、深海凄艦の奇襲により第5物資集積場が占領されました。現在、洋上に退避中。小規模な深海凄艦と遭遇。我に抵抗能力無し。至急、救援を求みます。メーデー、メーデーメーデーメーデー――――』

 艦娘式水上機母艦『千代田』から入った緊急入電は、ブイン島の面々を驚愕させた。
 物資集積島。
 文字通り、島1つを丸ごと物資集積場として改造した大規模な施設である。
 そして件の南方第5には、ブイン基地に向けて本土から送られてきた、替えのTシャツやタオル、髭剃りや手鏡や医薬品や畑仕事用の鍬の替え刃や草刈り鎌の砥石などの日用品や生活雑貨が集積されている。因みに、ブイン基地向けの武器弾薬や鋼材、ボーキサイトなどの各種資材は、以前に龍驤が壊滅させた第6物資集積島の所轄である。
 はぐれ者と思わしき駆逐種数匹に寄って集って沈められそうになっていた『千代田』からのメーデーを受け取ったMidnightEye-01は、即座にメナイ少佐に報告。長距離ミサイル攻撃ではぐれを一掃したのち、少佐からの指示により千代田の他、生き残った数隻の小型輸送艦をブイン基地まで誘導、寄港させた。
 そしてその際行われた事情聴取の際、ようやく龍驤だったものの足取りが掴めたのである。
 第5物資集積島の生存者の中では一番階級が偉くて、軍隊生活が一番長い艦娘『千代田』の話をまとめると、だいたい以下のようになった。


 数日後に控えたブイン島への日用品補充作業のため、必要な物資を『千代田』と小型輸送艦に詰め込んでいたら、深海凄艦が単独で奇襲を仕掛けてきた。PRBRデバイスに表示された波形は軽母ヌ級のそれだった。
 だが、軽母ヌ級らしからぬ、むしろ超展開中の正規クウボや軽クウボのような、およそ知る限りの物理法則から片足ハミ出したような戦闘機動だったそうだ。
 島の防衛設備は20秒足らずで無力化された。
 主戦場である太平洋戦線や、アフリカ大陸や中東各国からの海上輸送路が存在“していた”西方海域、産油地帯の集まる南西諸島海域などの重要海域とは違って元々、南方海域自体が二級戦線だった事と、そのさらに後方であった事も相まって、第5物資集積島には海賊を追っ払える程度の設備しかなかった。同島唯一の艦娘である千代田も、戦闘よりも索敵と輸送を期待されていたため、まともな武装は積んでいなかった。
 襲来した軽母ヌ級は周辺の防衛設備を潰すと、どういうことか、こちらが使用している周波数帯で警告を発した。ハッキリとした人の言葉だった。

 ――――死にとうなかったら、荷物纏めてちゃっちゃと出て行きぃや。

 驚く暇こそあれ、実際に僅かな火器を集めて立ち向かおうとした面々はあっさりと叩き潰された。殺しはされなかったが、別に手加減をしていたという訳でもなく、単に邪魔だったから脇にどけた。とでも言わんばかりの乱雑さだったそうだ。
 その光景を見て千代田の艦長――――この島の責任者でもある――――は撤退を決意。積めるだけの物資と人材を残っていたすべての船に積み込み、島を後にした。不思議な事に、本当に、追撃は無かった。
 はぐれの深海凄艦と遭遇してメーデーを打ったのはそこから数日かけてブイン島に向かっている最中の事で、MidnightEye-01がメーデーを拾っていなかったらどうなっていた事やら。
 そして現在に至る。


「あ、あの! 千歳お姉……じゃなかった、第6物資集積島の艦娘式水上機母艦『千歳』とは連絡を付けられませんか!? お姉だけじゃなくて、第6の人達、誰も応答しないんです……」
「……」

 千代田のその問いに、尋問を担当していた基地司令代理の漣は黙って首を振った。第6物資集積島の輸送艦隊は、すでに龍驤の手によって壊滅させられている。第5と同じくまともな防衛戦力を持たない島も、その後に続いた。

「そんな……お姉……」

 千代田が力無く座っていた席に沈みこむ。
 漣が黙って退出し、扉が閉まってから暫くすると、部屋の中から押し殺したようなすすり泣きが聞こえてきた。




『hey,整備のオヤジサーン。SEサーン。すみませんけど、以前積んだミサイル、システムも含めて全部、降ろしてもらえませんカー?』

 ブイン島の地下洞窟を改造して建造された同島唯一のドライドック。
 そこでは戦闘艦状態のままの金剛が修理と改修作業を並行して受けていた。かつての大修理――――ダ号目標との戦闘後――――の時ほどではないが、それなりに目の回る大仕事である。
 そんな最中、外部スピーカーをONにした金剛が、ちょうど近くを通りがかった整備班長と、その隣のシステム周りを担当する整備丁稚の1人に声をかけた。

「あ? 何言ってやがんだ金剛。折角メナイ少佐の艦隊から分けてもらったんじゃなかったのか、そのハープーン」
「そうですよ。しかも今回の出撃で駆逐ハ級を一隻、早速撃沈してみせたじゃないですか。そのハープーンで」

 スパナを片手に握った整備班長殿と、端末を小脇に抱えたSE担当の整備の丁稚が同時に金剛を指さす。

『それが問題なんデース。このミサイル発射プログラム、致命的なバグ……そう、バグ。バグがあるデース』
「「バグだぁ?」」

 何を当たり前の事を。とでも言いたげに金剛の艦橋を見上げる整備班長殿と、今度はどこだよと言いたげな疲れた目線を寄こすSE担当の整備丁稚。
 金剛が告げる。

『ミサイルの射撃管制系を立ち上げると、私の下半身のモーション・マネージャとコンフリクト起こして、三軸ジャイロ以外の下半身システムがフリーズするデース』
「「。」」
『さっきPG(プログラム)担当の整備の方に見てもらったんですけど、通常の展開中でもミサイルFCSをアクティブにした途端、主機とタービンと推進系が全部まとめてフリーズしましたネー。かなり深い所のバグだそうで、デバッグするよりも該当箇所のソースコード消した方が早いとまで言われマーシター』

 二人は、一瞬何を言われたのか理解できなかった。
 ミサイルを撃つとバグで足が止まる。人型でも艦型でも。
 だめじゃん。

「お、大事じゃねぇか!? 何でそんなの付けて出撃しやがった!?」
「無休~」

 整備班長殿がスパナ片手に大声を上げる。SE担当の整備丁稚はこれから始まるデスマーチの予感と、納品したプログラムに見つかった致命的なバグに対する謝罪と責任の追及尋問を想像して口から泡を吹いてしめやかに失禁、膝から崩れ落ちた。
 当の金剛は、だからさっきからそう言ってるじゃないですカー。と実に呑気な声で言った。

『だから、次に龍じょ……次の作戦目標と戦う時には、絶対に要らないどころか足を引っ張りかねないんデース』
「あぁ、そうだな。よし。俺はシステム系詳しくない。お前、後、任せた」
「……ソウデスネー。では、PG担当の言う通り一度ソースコード洗って、パッと見駄目そうなら全Delして、空いたリソースの半分を射撃系に回してしまいましょうか」
『お願いしマース』

 整備班長殿はスパナ片手に金剛の砲塔の根元で整備を続けている整備妖精さんの所へ足を向ける。SE担当の整備丁稚は端末を小脇に抱えて、死んだ魚のような眼をしてPG担当が頑張っている金剛の艦橋へと向かっていった。

『……』

 金剛には、まだ龍驤と戦う事に迷いがあった。だが、龍驤の実力はかつて肩を並べて戦っていたからよく知っている。半端な気持ちを抱えていて勝てる相手ではないと。
 だからこそ、せめて装備周りだけは完璧に仕上げておかねばならないのだ。

(そうデース。まだ、龍驤サンは助けられるかもしれないデース。あきらめたらそこで試合終了デース)

 金剛は、己のゴーストから湧き上がる意志を再計算した。
 そしてそれは、FCSから先述の記述を削った途端に噴出した、20か所のバグ報告という形で表示された。

(………………………………………………………………あ、あきらめたら試合終了デース)

 突然上がった下がったを繰り返す金剛の主機出力に、動力炉回りを整備していた整備妖精さん達が小首を傾げ、上がったバグの多さにSE担当の整備丁稚と、それに付き合わされたPG担当の整備丁稚の2人組が泡を吹いて倒れ込んだ。






 その日、龍驤は夢を見た。

 懐かしい夢だった。
 出撃前のブリーフィングのため第202艦隊の6人全員が集まっていた時の夢だった。
 龍驤の中ではまだ半日しか経っていないはずなのに、もう一年くらい昔の出来事だったような、泣き出したくなるほど、ひどく懐かしい夢だった。

 ――――艦隊を二分割して出撃やて?
 ――――ああ、そうだ

 偵察衛星が深海凄艦の大集団を発見し、緊急警報が発せられたのが三日前。南方海域の総司令部とでも言うべきラバウル基地に、大本営から南方海域放棄作戦が秘密裏に送信されていたのも三日前で、その時間稼ぎとして何とかしてこいとのご命令が下されたのが二日前で、ブイン基地の全戦力と、ショートランド泊地からの選抜部隊(という名の石潰し共)が一堂に会したのが今日この日だった。

 ――――あんなぁ。この数、見えとるん?

 夢の中の龍驤が、監視衛星から提供された偵察写真をペシペシと指ではたく。衛星搭載のPRBRデバイスを経由して撮影されたそれに写っていたのは、赤い霧だった。
 活動中の深海凄艦から発せられるパゼスト逆背景放射線量の濃淡を可視化した写真。その赤だけで撮影海域の大半が埋め尽くされていた。辛うじて見えた陸地の形状からして、恐らくは旧ソロモン海。ガダルカナル島周辺のどこか。それ以上は分からない。

 ――――だからだ

 夢の中の水野は言う。
 曰く、メナイ艦隊のミサイル飽和攻撃や自走機雷群の壁があるとはいえ、この数の差では正面決戦は自殺行為。かと言って今回の攻撃を凌いだり、押し返したりするだけではただの時間稼ぎにしかならず、やがてすり潰されるのがオチである。
 つまり、この場にいる面々が生きて本土の土を踏むためには、今日ここで、この大群団を完膚無きまでに撃滅する必要がある。
 これはメナイ少佐や基地司令が出した結論でもあるのだと、水野はそう結論付けた。

 ――――……

 己だけではなかった。背後にいた暁、雷、響、電の4人も、不安そうな目で水野を見つめていた。
 龍驤が大儀そうに口を開く。

 ――――……つまり、少佐達は正面から迎え撃つ。で、暁ちゃん達とウチらは別働隊。夜闇に乗じて背後から潰せと。そう言うとるんね?
 ――――流石だな龍驤。正解だ
 ――――ウチが何年アンタと一緒にいるか知らんわけやないやろ。そないな事も分からんで秘書艦が勤まるかっちゅうの
 ――――まぁな。ついでに言うと、夜間爆撃が出来るほどの練度を持っているのは龍驤、お前だけだし、俺はお前だからこそ別働隊の指揮を任せられるのだ

 龍驤は、顔全体を赤くして俯いてしまった。
 ここで、ウチも水野と一緒に出撃したい。と言えていれば、その後の話は変わっていたのだろうか。

 ――――わ、分かっとるっちゅうねん! ウ、ウチに任せておけばええねん!!
 ――――ああ、頼むぞ

 だが、この龍驤は賢明だった。賢明過ぎた。
 水野と自分なら、たとえ『泳ぐ要塞』こと戦艦ル級を6隻同時に相手取っても負ける道理は無い。自惚れでも何でもなく。
 だが、何をどうあがいても自分は軽空母である。たった15分間の超展開中に6隻の戦艦を殺すことは出来ても、数百近い深海凄艦の群れを殺し尽す事は出来ない。
 だから、水野は配属されてからまだ3か月の新入りこと金剛を選んだのだ。火力と装甲、今まで建造された艦娘で得られたデータのフィードバック、そして何よりも24時間という、長大な超展開の持続時間を見込んで。
 だが、それでも自分を、龍驤を選んで欲しかった。そう思ってしまうのは兵器として罪なのだろうか。

 ――――それと、ラバウルの連中とは話を付けてきたんだが……

 そんな龍驤の葛藤を知らない水野は一度、言葉を区切った。

 ――――この作戦が終わったら、ブイン基地全体で2週間の休暇が取れた。本土帰還の許可も下りてる。

 一瞬、音が消えた。
 この話に最も食いついたのは、今まで不安げな顔で俯いていた暁、雷、響、電の第六駆逐隊の4人だった。

 ――――ほ、本土!? 本当に本土!? わ、私、帝都タワー行ってみたい! タワー名物のドラゴンのミサイル焼き食べてみたい!! 繭折れタワーの抱き枕カバー欲しい!!!
 ――――ラバウルのけちんぼにしてはずいぶんと剛毅ねー。ひょっとして空手形なんじゃないの? ねー司令官……あれ? 聞いてるー?
 ――――……帝都では、ガード下の赤提灯ではウォトカのオツマミとして赤トウガラシの粉末が出ると聞いた。是非とも試してみたい。流石にもう、塩は飽きた。
 ――――ほ、本当なのです!?

 今までの沈んだ表情はどこへやら。瞳に星を輝かせて4人が――――特に暁と響の2人が強く――――水野に詰め寄る。

 ――――

 それまで黙って様子を見ていた金剛が、小さな声で何事かを呟いた。それを耳聡く聞きつけた水野と金剛が、同時に顔を赤くする。互いに顔と目を逸らす。
 龍驤の胸の奥底でドス黒い何かが寝返りをうつ。
 確か、あの時彼女は――――

【MidnightEye-01よりHOMEBASE. MidnightEye-01よりHOMEBASE. 目標は依然、第5物資集積島に停泊中。目標は第5物資集積島に停泊中。活動の兆候無し】

 夢から覚める。




『嗚呼、栄光のブイン基地 ~ 龍驤抹殺作戦(後編)』




【MidnightEye-01よりHOMEBASE. MidnightEye-01よりHOMEBASE. 目標は依然、第5物資集積島に停泊中。目標は第5物資集積島に停泊中。活動の兆候無し】

 夢現から帰還した龍驤の意識に飛び込んできたのは、かつて龍驤も良く頼りにしていた電子偵察機(っぽい何かこと)MidnightEyeの通信電波だった。

「……あー」

 寝ぼけ眼のまま、龍驤の首筋に針を突き立てようとしていた飛行小型種――――龍驤が何かと気に掛けている例の一機だ――――をヒョイと摘み上げる。
 現在の龍驤は、もうほとんど人の形を残していなかった。
 上顎を大きく開けた軽母ヌ級の口の中から、龍驤のおヘソから上と両手だけが生えている有様である。そのおヘソ付近ですら、もう後ろ半分が上顎と癒着している有様である。傍から見てみるとヌ級に龍驤の下半身が飲み込まれかけているようにも見える。(※翻訳鎮守府注釈:前話の時点ではもうちょっと下まで龍驤が生えていました。具体的に描写するとアウトなので省略します)
 だが、これで全部なのだ。艦娘としての龍驤は、もう。

「……ただの痛み止め。姫さんからはそう聞いてたんやろ? でも、ごめんな。それ、もういらんねん」

 ワシャワシャと動いていた着艦節足が力無く折り畳まれる。

「うん。キミはウチの事心配しれくれてたんよね。分かってる。でもそれね、痛みと一緒にウチの心も消えてしまうねん。だから、ごめんね」

 龍驤に対して『痛み止め』と注射されていたそれは、かつて艦娘だった龍驤が、深海凄艦として改造される時に押し込められた繭の中に満たされていた物と同じ、嫉妬色をした粘性の低い液体である。
 効能は変質と汚染。
 鎮痛・鎮静作用はあくまでその副作用でしかないし、投薬の分量を少しでも間違えると、かつての龍驤のように急性の心神喪失状態に陥ってしまう劇薬でもある。間違ってもこの龍驤の様に全液交換で投与されるようなものではないし、そんな事をされてもこの龍驤のように自我が残っているなどというのはあり得ない。この龍驤という存在は、最早奇跡に分類される存在である。
 当の飛行小型種からしょげくれたような概念が伝わる。

「大丈夫やって。まだそんなに打たれたわけやないし、キミがそんなひどい事する子やないって事くらいわかっとる。キミには何度も助けられたしね……そうや! 今まで助けてくれたお礼にウチが名前を付けたるわ!」

 飛行小型種が龍驤に質問信号を飛ばす。

「……え? 名前って何って。そら、名前は名前やろ。ウチの『龍驤』とか。そんなん……うん。そう。個体専用の識別コードとか、不揮発属性のコールサインとか、そんな感じ」

 龍驤の返答を聞いた飛行小型種から、今までにないほどに強力で、期待的な概念が発信された。
 思わず龍驤がドン引いてしまうほどの大出力だった。

「うっわ、めっちゃ期待されとる……こらフーミンとかげろしゃぶとかで誤魔化せんなぁ……うーん。飛行機やし、オメガ11、柿崎……どっちも不吉やな。となると、凄い戦果を上げたからガルド・ゴア・ボーマン、ジェイド・ロス……あかん。どっちもまともな死に方しとらん……うーん。となると……縁起が良くて、すごくて、お助けで……よし。決めたで」

 龍驤は顎に指をやり、虚空を睨んでうんうん唸っていたが、ややあって、件の飛行小型種にズビシ、とでも音が出そうな勢いで指を突きつけると、

「ひしゃまる。ええ名前でしょ? 古事記の中に出てくる、白い犬の姿をした絶対無敵の用心棒の名前や。飛行機やないけど、高速なFCSとリニアバレルさえあれば人工衛星も撃墜できるっちゅう逸話もあるし、それで堪忍な」

 当の飛行小型種から、歓喜の概念が爆発的に叩き付けられた。
 それに対して、他の飛行小型種達からは、罵声信号が飛んできた。

「あはは。分かっとるって。今度の戦いが終わったら、皆も、ウチがちゃあんと名前を付けたげるさかい。楽しみにしといてや」

『イヤッッホォォォオオォオウ! 龍驤最高ー!!』とでも言いたげに飛行小型種達が目をビカビカ点滅させ、身体全体でワシャワシャと蠢く。

 ――――でも多分、ウチがウチのままでいられるのは次で最後やろうけどな。

 心の中だけでそう付け足した龍驤の頭上に、影が差す。

「ュゥ、ジョゥ……」

 軽空母としての龍驤ですら子供に見える巨大な体躯、白く長い髪と同色の皮膚、頭部から伸びた髪飾りとも耳っぽい角ともとれる奇妙な石質状の黒い突起物、黒で統一されたボディスーツと腰止め式マント、両端を切り詰めたカヌーような下半身と、背中に担いだ己の身長にも匹敵するほど長大な砲身。そして、横一文字に切り裂かれたかのような喉首の傷跡。
 深海凄艦側勢力の切り札的存在。
 合衆国での識別コード『ONI』
 帝国海軍上層部では深海凄艦側の重要拠点(というかハワイ諸島)の防衛以外ではその存在が確認されていない事から、イロハコードを付けられずに『泊地凄鬼』あるいは単に『鬼』と呼ばれる存在。

「お、鬼さんやないの。どしたん? ちゅうかどうしてここが分かったん?」
「……ィメ、ァサガィテタ」
「……あー、鬼さんごめんな。ウチ、もう帰れんねん」

 寂しそうにアハハと笑う龍驤に対し、泊地凄鬼はそれと悟られぬよう重心を落とす。拳を握る。
 この距離なら、拳の方が速い。
 鬼こと泊地凄鬼の警戒に気付いた龍驤が、ブンブンと手を振って否定した。

「ちゃうちゃう、って。そら、もう全部思い出したんはホンマよ? でもね、ウチ、もう帰れんねん。ブインにも、リコリスにも」
「……」
「こんな姿になってもうて、それでも鬼さん達とは違う。まだウチは深海凄艦やないんやって、そう思っとんのや」

 でも、と龍驤は続ける。

「でも、ブインや他所の基地の皆にも盛大な迷惑かけて、何人も何人も殺しておいて、今更ノコノコ帰る訳にもいかんねん。……もう帰れんねん。どこにも、どっちにも」
「……ッタラ、ゥシテ、ォンナトコォニ?」

 かすれた声で鬼が問う。どこにも帰れないというのなら、何故こんな所にいるのかと。

「うん。あんな。ウチな。旅に出よう思うてな」
「。」

 鬼の目が点になる。

 ――――脳か。

 鬼は一瞬、そこまで考えた。
 このご時世、人類側でもこちら側でもない、どっちつかずの第三勢力がフラフラと彷徨えるような空隙がこの世のどこかにあるとでもいうのか。
 もしも本気でそう考えているとしたら、そいつはただの大馬鹿野郎だ。
 海は戦場で、我々の縄張りだ。陸は海から追い出された人間共でひしめいている。
 空は……いくらクウボでも飛びながら寝たり食べたりは無理だろう。多分、きっと、おそらく。

「……マジモンの大馬鹿野郎め。って顔しとるな、鬼さん。けど、ウチ1人くらいならどうとでもなるくらい、海は広いんやで」
「……ゥ、ナノ?」
「ホンマや、ホンマ。現にブインのすぐ近くにも、どっちも寄り付かない無人島なんて仰山あるで? 基地の近くだけでもそんなんやし、世界中の海やったら、もっといっぱいそういう空僻地みたいなのあるんと思うんや」
「……」

 そして鬼こと泊地凄鬼は、彼女の瞳を見た。
 笑って誤魔化してはいたが、龍驤本来の黒と深海凄艦の緑が混じったまだら色の瞳は、本気だった。

「もし――――もし、今度の戦いが終わった後に、ウチがウチのままでいられたら、もう何もかんも放り出して、どこか、誰も知らないようなところに行こう。そう思とるんや。あ、もちろんこの子らは一緒やで」

 でもね、と龍驤は続ける。

「でもね、ウチ、まだやる事が残っとんねん。せやから、待っとるんや」

 そこで龍驤は初めて上空を――――頭上のはるか高空にて超低速の8の字飛行を続けていたMidnightEye-01を――――見上げる。
 自我コマンド入力。自分のIFFがまだ生きている事を祈って接続Call。
 数秒間のCallの後、MidnightEye-01との回線が繋がった。

【元202龍驤よりMidnightEye-01. 龍驤よりMidnightEye-01. 金剛はんに伝えてや。ウチはここで待っとるって】

 数秒間の沈黙。

【……MidnightEye-01より202龍驤。了解した。202金剛はすでにそちらに向かっている。それと我々、いや。水野中佐も、202のカンムス達も、一年前からずっとお前の帰りを待っているぞ】
【あはは。ありがとうな……そっか。もう一年も前なんか。出撃したんは今朝やと思てたんやけどなぁ。一年かぁ。そっかぁ。水野少佐、昇進したんかぁ】

 うつむき、涙声になり始めた龍驤に割り込み通信。

 #%$? - Res(001):リュウジョウ、キタ。:EOS

 周波数帯にも変換プロトコルにもまるで共通点の無い通信波だったが、龍驤自身がコンバーター(翻訳機)となって、MidnightEye-01の機体ログにもそれは残された。
 たとえ万金を積んでも買えないもの。
 絶対勝利への鍵の1つ。

(深海凄艦の……通信プロトコル――――!!)

 この、たった20バイトのテキストデータと、それに付随していた翻訳用の各種データ群が持つ価値に気付いたMidnightEye-01は即座に全てのミッションを放棄。エスコートパッケージの出撃を要請しながら、燃料ガン無視の最大戦速でHOMEBASEことブイン基地に帰還を始める。

「……なんや?」
「……サァ?」

 そんなMidnightEye-01の心境など知る由も無い龍驤と泊地凄鬼が同時に首をかしげる。

「……リュウジョウ」

 鬼が口を噤む。両手を動かす。かつて、龍驤自身が教えた手話の1つ、灰羽語だった。
 鬼は、灰羽語でこう言っていた。

『祈る』『戦』『幸運』『あなたの』『進む』『大きな塩の水たまり』『あっち』『いつも』『朝』『光』『存在する』

 ――――御武運を。あなたの行く水平線の向こう側に、いつも暁の光がありますように。

 別れの挨拶だった。





 泊地凄鬼が別れの挨拶を告げ、再び海の底へと沈んで行った。
 直後、水平線で光が爆発した。
 数秒遅れの衝撃波が二人のいる位置を吹き抜ける。爆心地は太陽のように眩しく輝いており、そこからキノコ雲が連続して吹き上がっていた。
 そんな、熱と光と衝撃波の嵐の中で、胎児のように体を丸めた巨大な何かが蠢いたのが、はっきりと見えていた。

「戦艦級の――――いや、金剛はんの『超展開』か。いつもならあと5分ってとこやけど……早すぎや。もうあんなにハッキリとオーマ体が見えとるやないかい。ウチが寝ボケとったこの一年でどんだけ技術発達しとるんや!?」

 念のために述べておくが、これでも改二型艦娘の中ではかなり遅い方である。北上改二などの早い奴は睦月型駆逐艦とほぼ同じスピードで超展開を終えてしまうくらいだし。
 爆風が止む。連続爆発によって押し出され続けていた周辺の大気が爆心地に向かって、一気に引き込まれはじめる。
 光が晴れる。

 そこには、金剛がいた。

 ただ、今の今まで戦艦として海に浮かんでいた金剛は存在しておらず、代わりにいたのは、艦娘としての金剛だった。外観は多少機械の部分が多くなっており、背中の煙突からはジャンボジェットなどに使われるガスタービンエンジンのように甲高く、連続した汽笛と熱を吐き出し続けており、左胸の心臓――――動力炉からそれこそ太陽のような輝きが装甲越しにも見えているとはいえ、普段艦娘としてブインにいる時の金剛とそう変わらない形状をしていた。
 ただ、そのサイズが異常であった。

「来よったね。水野少、中佐と金剛はん」





 超展開を実行した水野と金剛が見たフラッシュバックは、金剛がブインに配属されてからの、龍驤との日常の記憶だった。


 両手を腰に当てて、配属初日だった金剛を威嚇するかのように睨む龍驤。これといった被害も無く、ほとんど無傷で帰還した金剛を何とも言い難い表情で見つめる龍驤。朝、同じ部屋から出てきた水野と金剛を見て一瞬だけ見せた、泣きそうな顔をしていた龍驤。最後の出撃前、隊を二つに分けると言った時の裏切られたような顔をしていた龍驤。そして――――

【……hey,提督。『金剛』超展開、完了しましたデース。機関出力120%、維持限界まであと72時間】

 これから戦う相手が相手故か、金剛の声は、普段とは違ってかなり落ち込んでいた。
 第5物資集積島に向かって腰まで海に浸かりながらも難なく水を掻き分けて進む二人に、当の龍驤から通信。

【来よったね。水野少、中佐と金剛はん】
【龍驤サン……】
【そう言えば、何気に初めてやな。ウチと金剛はんが、お互い超展開状態で模擬戦するっちゅうんは】

 まぁ、これは模擬戦やないし、ウチは超展開しとるわけやないんやけどな。と乾いた笑いをあげる龍驤。
 ひとしきり笑った後、急に顔から笑みを消し、金剛を睨み付けた。

【なぁ、金剛はん。もう知っとるとは思うけど、ウチ、アンタの事が嫌いや。大嫌いや】
【……】
【生産されてから三か月かそこらの、ロクに実戦もヤってない新品風情がウチらよりもずっと高性能なのが嫌いや。ウチらが何度も何度も修羅場をくぐって、死ぬ思いで集めた情報や経験則を当たり前に持っとって、当然のように生かしとるアンタが嫌いや。ウチらが必死こいてそれでも何とか。にしかならんようなモンを、1人であっさりとこなせるアンタが嫌いや】
【龍驤サン。でも、それは、私のせいではないデース……】

 龍驤は、艦娘の中では中堅。空母娘の中では最古参に製造された存在である。そして、金剛型は艦娘全体の中で見ても相当の新入りである。
 故に、龍驤達が培った全てのデータを金剛が引き継いでいるのも、龍驤達よりもはるかに高性能なのも、兵器としては自然な流れなのである。
 だが、それは逆恨みだろう。とは誰も言えなかった。

【んなの知っとるわ。ウチは旧型。あんたは新型。それで普通や。でも、だからこそや。だからこそウチは――――ウチの魂をかけて、アンタを憎む】

 でないと惨めすぎや。という最後の一言を飲み込んで龍驤が腰掛けていた山の斜面から立ち上がる。膝にバネを蓄え、腰を深く落とす。右半身。右手を貫手に構え、背後に隠した左手でエネルギー触媒の入った缶を探る。
 中に残っていた最後の3粒が軽い音を立てて転がった。

 ――――艦載機の皆にエネルギーをチャージして1粒、いや、この距離やとチャージなんぞさせてもらえへん。せやったら――――

 既に第5物資集積島の接岸ドックにまで侵入した金剛と目が合った。
 指呼の距離。互いの口の動きがしっかりと分かる距離。

【……】
【……】

 龍驤が跳ぶ。
 金剛が主砲を一斉射する。

 言葉は不要だった。






 ――――4粒。それより多い事は絶対に無い。

 改二型金剛のメインシステム索敵系が拾ってノイズを弾いた音から、水野はそう判断した。
 龍驤とは、自分が提督となった時以来の付き合いである。当然、龍驤との超展開を実行しての戦闘経験なんぞもう数えきれないほど繰り返しているし、指先の感覚と音だけでエネルギー触媒の残りを確かめる術は水野だって持っている。
 そして、こういった状況に陥った龍驤なら、こういった状況に陥った自分なら、次にどう動くかも、水野は熟知していた。

 龍驤が、いつの間にか手に隠し持っていた艦載機用の爆弾をスローイングダガーの要領で投擲しながら向かって左に跳ぶ。金剛と水野が視線を向けるよりも先に意識を向けるよりも先にメインシステム索敵系が龍驤を追跡。カメラの向こうの龍驤がブレる。
 ターゲットロスト。

【ワッザ!?】
 ――――右!!

 水野は痙攣と同じメカニズムで金剛から主砲のコントロールを瞬間的に奪い、発砲。
 金剛の主砲から発射された砲弾群を、龍驤は紙一重で躱していく。砲弾が擦過する際に生じた衝撃波と気圧差だけで体の肉ごと引き千切られ、持っていかれそうになるが、そこは深海凄艦特有の頑丈さと龍驤自身のド根性で耐え凌ぐ。
 龍驤を外れた砲弾群が背後の管制塔と、その周辺の小さな倉庫群に着弾。炸薬の装填されていない徹甲弾だったために爆発こそしなかったが、着弾時の運動エネルギーだけで、塔を根こそぎヘシ折り、倉庫やその周囲のコンテナをゴミクズか何かのように吹き飛ばす。

 再装填の隙をついて龍驤が突撃。
 真っ直ぐ。極端に身を低くした以外は何の変哲も無い、ただの愚直な突進。

【イヤーッ!!】

 その速度を維持したまま、龍驤が金剛の喉首目がけて右の突きを繰り出す。超展開中のクウボ――――隼鷹ですら仕留めた由緒ある一撃である。クウボとは比べるまでも無いウスノロの戦艦娘如きでは避けるも防ぐも出来ない速度である。
 そして金剛は、それを何とか間に合わせた右腕一本で防いで見せた。

【防いだやてッ!?】
 ――――【腕がッ!?】

 タダでは済まなかった。

【メインシステムデバイス維持系より緊急警告:右腕部小脳デバイス応答途絶。ケーブルの断線と推測されます。同部レスポンス、およびリアクションに深刻な遅延が予想されます】
【メインシステムデバイス維持系より警告:右腕部第4、第5、第6随意ケーブルに漏電発生。電圧低下】
【メインシステムデバイス維持系より報告:右腕部尺骨ユニットに亀裂発生】

 外見上は袖口が破けた以外は無傷だが、金剛の右兵装保持腕のシステムが半壊状態に陥った。特に、水野からの運動命令を中継・補佐する小脳デバイスとのやり取りが死んだのが一番デカい。右肩から先の反応が鈍く、重たいものになる。
 それを目ざとく見つけた龍驤が、今度は右へ右へと旋回しながら距離を詰める。
 艦としての金剛の戦闘系が自動迎撃。
 0秒起爆に設定されていた三式弾が砲口より飛び出すとともに爆発。前方に広がる円錐状の爆発から、思わず龍驤が飛び退く。当たりもかすりもしなかった燃え盛るナパームジェルはそのまま龍驤の背後にあった海面に着弾し、湾の出口を炎の壁で塞いだ。
 それでも龍驤は足を止めずに右へ右への旋回を続ける。
 水野と金剛が全身で旋回しながら後を追う。



(流石は戦艦……アホみたいに頑丈なやっちゃ)

 ちらりと見た己の右手は、先の一突きだけで完全に使い物にならなくなっていた。五指はあらぬ方向に曲がり、折れた骨が付き出し、血液代わりの黒い統一規格燃料が傷口から漏れ出ているのが見えた。

(グーで殴っても効果無さそうやし、艦載機用の爆弾じゃあ火力が足らへん。となるともっと大きい威力は――――)

 ちらりと破壊され尽した港湾施設の一角に目をやって目星を付けると、龍驤は右へ右への旋回を続けながら質問信号を送った。マイクロセカンド単位の時差を経て帰ってきた返信数は5。いずれも問題無しと告げていた。
 2機を背後から出撃させ、遠くに飛ばす。カタパルトは使わない。ここで必要になるのは速度ではなく奇襲性だ。
 龍驤はさらに右へ右へと旋回を続ける。

(艦載機の残りは5機……上手にやらんと、な!!)

 ここで初めて龍驤が切り返しを行う。右へ右へとの移動に慣れきっていた水野と金剛の追従が遅れる。メインシステム戦闘系からの補佐もあって、2人は何とか左へと切り返した龍驤の追跡に間に合った。
 その意識の隙間を狙って、龍驤の背中からこっそりと発艦していた先の2機が超展開中の金剛の視線とほぼ同じ高度で侵入。腹に抱えていた小型の爆弾を投擲し、金剛の両側頭部から伸びていた黄金色の電探の帆を正確に爆弾で狙撃し、破壊した。
 そして爆発時の破片と余波で、艦体の各所に巧妙に配置されていた、小型のフェイズドアレイレーダーにも甚大な被害が発生した。

【メインシステム戦闘系より緊急警告:頭部レーダーシステム破損。前方集中照準システムに重大な悪影響が出ています】
【メインシステムデバイス維持系より緊急警告:APARシステムダウン。全球早期警戒システム、一部機能停止】
【メインシステムデバイス維持系より緊急報告:内耳三軸ジャイロに異常傾斜発生。補正完了】
【メインシステム索敵系より報告:友軍属性のIFFを複数確認。高速接近中。全球早期警戒システム機能不全につき詳細不明】

 ――――対空砲、弾幕!

 金剛の艦体各所に増設された対空機関砲の火線に絡め取られるようにして、金剛に狼藉を働いた2機が撃墜される。火を噴きながら、海に向かって無様に燃え落ちる超音速機の姿を見て、暗い満足感を覚えた水野が、龍驤に意識を戻す。
 索敵系はターゲットロストを二人の脳裏に表示。水野は右、索敵系は左、金剛は上を見た。

 ――――何処だ!?

【ッ!? 提督、上デース!!】

 驚愕する金剛の概念が伝わった水野が反射的に『金剛』の首を上に振り仰がせる。そこには、崩れ落ちた鉄筋コンクリート製の残骸を3つの手に――――龍驤自身の左手と、軽母ヌ級の両腕だ――――握りしめ、大上段に構えた龍驤の姿があった。それなりの距離があったにもかかわらず、歯に加えたエネルギー触媒までハッキリと見えた。

【遅いで!!】

 罵倒と共に龍驤が残り3粒を一機に噛み砕く。
 直後、龍驤の足の艤装の裏に刻印されていた『鐵飄浮。好像油一樣浮起。在冰上面為使滑行前進。急々如律令』の文字が過剰なエネルギー供給で半ば融解しつつも爆発的に発光し、異常なまでの反発力を持った斥力場を発振する。
 不可視の斥力場を蹴り、自由落下の勢いを借り、龍驤が突撃。さらには残る3匹の超音速機も鉄筋コンクリートのそこかしこに着艦節足でしがみ付き、枯れ木も山の賑わいとばかりに尻先端部のジェット推進器官を全力で吹かしていた。
 大質量塊による乾坤一擲の高速突撃。

 金剛の全ての砲が上を向く。全ての砲が火を噴く。その全ての対空弾幕をさらなる加速のみで容易くすり抜け、龍驤が墜落する。
 金剛が反応の鈍い右手を握り、CIWS――――ボクシンググローブの形をした鋼鉄製のおっかないアレだ――――を展開。かなり不自由な姿勢のまま、全身を使ったアッパーカットの出来損ないで迎撃。
 接触。

 撃ち出された金剛の右の拳が、豆腐か何かのように肩まで一気に叩き潰される。






 飛行機乗りは目が命。

 ミサイルなどの誘導兵器がまだおとぎ話の住人だった頃は、機体に据え付けられた銃以外の対空兵器が無かったので『先に見つけた方が勝つ』とまで言わしめた、いっぱしの戦闘機乗り達ならばわきまえておくべき常識中の常識である。
 一説によれば、かつての世界大戦当時、艦娘ではなくてごく普通の航空機母艦だった『加賀』と『赤城』の所属する一航戦の連中に至っては、別の戦闘機で飛んでる相手の眉毛の動きまで読めたという。
 そしてその常識は、かつての世界大戦当時にプロペラ機に乗っていたパイロット達から始まった当時から、ミサイルを抱えた平均戦速マッハ幾つの第5世代型ジェット戦闘機が飛び交い、ジャマーとセンシングデバイスがシノギを削る現在に至っても変わっていない。

「ちゃーらー♪ へっっちゃらー♪ おーなーか空っぽの方がー♪ 飯詰め込めるー♪」

 そして、ブイン基地の第203艦隊に所属する艦娘式正規空母『赤城』は、その常識に従って、砂浜に座って水平線を眺めながらブルーベリーとニンジン(茹)を貪り喰っていた。
 お前が飛ぶんやないやろが。
 というツッコミなどどこ吹く風。艦載機の皆さんがそうするなら母艦の私もそうすべきという、ほとんど言いがかりに近い屁理屈を捏ねて赤城は今日も、目に良いとされているブルーベリーとニンジン(茹)をモリモリと喰っていた。
 ブルーベリーは基地の隣のイモ畑の隅に、赤城自身が植えていたものなのでどんだけ喰っても良いとして、問題なのはニンジン(茹)の方である。このニンジン(茹)、見てくれはただの血色の良いニンジン(茹)だが、その実は帝国本土でも最高級品として扱われているカロッテビレッジ種である。本日の給食当番である天龍が、今夜の夕食にと考えていたヒヨコ豆とソラマメと鶏肉のトマト煮に入れようと考えていた一品である。こいつ夕飯抜きの極刑判決が下るんじゃあなかろうか。

「ベリーズベリーズお食事しましょうそうしましょ……ん?」

 そんな己の未来を知る由も無い赤城の視界の終わりの付近。水平線の彼方。そこに、揺らめくゴマ粒が見えた。

「あら、蜃気楼。珍しいわね」

 上位蜃気楼。ミラージュ。あるいはファタ・モルガーナ。
 水平線や地平線の向こう側の景色、あるいは物体。それらが光の屈折によって空中に浮かんで見える現象だ。珍しい事は珍しいが、そこまでありがたがる現象でもない。
 だがそれでも、赤城はそのゴマ粒に奇妙な違和感を抱いた。何かは分からないが、酷く嫌な胸騒ぎがするのだ。放っておいたら、致命的な何かを引き起こしてしまうような、酷く嫌な胸騒ぎ。
 一番近い感覚を言うと、70年前のミッドウェー。
 右手でブルーベリーをつまんで口に入れながら、左手で目の上に手をかざして目を凝らす。
 ゆらゆら。ゆらゆら。

「……」

 赤城がデバイス維持系に自我コマンドを入力。血中ボーキの3%を消費して視覚野の倍率と解像度に一時的な補正をかけ、超展開中のそれに等しいパフォーマンスを発揮させる。
 揺れるゴマ粒が大きく、はっきりと見えた。
 上下の反転したゴマ粒の上半分は黒く、角ばっていた。下半分は海の青に溶け込むような白灰色であり、細長い棒のようなものが横から付き出していた。一見すると大型クレーンにも見えなくは無かった。
 棒切れがゆっくりと動く。海と空に溶け込むような色合いをしていた上、像全体が揺らいでいるため、酷く視認しずらかったが、こちらに向き直っているところらしかった。

(あんな形のサルベージ船って、あったかしら?)

 一瞬だけ、縦に大きく揺れた。
 像の上に、別の小さな、黒いゴマ粒が発生した。

「……?」

 新しい方の黒ゴマは、徐々に徐々に大きくなっていった。
 そして瞬間的に赤城の頭上のはるか彼方をフライパスし、数秒遅れの衝撃波が赤城と、赤城のいた周辺を問答無用で薙ぎ払った。
 深海凄艦の砲撃だった。

「――――え?」

 ブイン島中央付近の大山の山頂部に設置されたレーダーシステムは普段通り沈黙したままだった。そしてそのまま、今しがたの砲撃で山の頂上付近ごと吹き飛ばされ、赤城が轟音に振り返った時にはもう、小規模な土砂崩れを誘発させながら島の反対側へと転がっていったところだった。
 赤城が噛みかけのブルーベリーを口からボトリと垂らす衝撃。

「え? え? ……えぇ!?」

 だが、赤城が呆けていたのは一瞬にも満たなかった。
 赤城がその場で正規空母本来の姿に『展開』しようとして思いとどまる。正規空母が『展開』する際には、核爆発クラスの熱衝撃波が周囲一帯を無差別に薙ぎ払うからだ。

「……くッ!!」

 ならばせめて敵の姿だけでも。そう思って視線を海の彼方に向けた時にはもう、下手人と思わしきゴマ粒は影も形も残っていなかった。
 ここでようやく基地と島全域に張り巡らされた警報サイレンが鳴り響く。
 逃げられた。遊ばれた。

「~ッ!!!!!」

 それを理解した瞬間、赤城は苛立ちのあまり、すぐ背後にあったヤシの木に拳を打ち付けた。
 ヤシの木はさしたる抵抗も無く叩き折られて盛大な音を立てて倒れたが、赤城の気分が晴れる事は無かった。






 迎撃した金剛を、右の拳から肩まで綺麗に叩き潰した時、龍驤の心の中にあったのは歓喜でも歓声でもなかった。
 一抹の後悔と焦燥感だった。

 ――――しくじった!!

 金剛の右腕のレスポンスが極端に落ちていたのが災いした。本当だったら、肩口にわざと引っ掛けて右半身ごとまとめて叩き潰すはずだったのだ。インパクト時のあまりのズレに、龍驤が無意識の内につい軌道修正をして、綺麗なまでに右腕“だけ”を斬り潰してしまったのだ。喰らった『金剛』の方にも衝撃は一切抜けておらず、殆ど全ての力のベクトルが、真っ直ぐに振り下ろされた証拠でもあった。
 ただの鉄筋コンクリで斬鉄という偉業を成したのは確かに恐るべき、あるいは誇るべき事だが、今この瞬間においては致命的だった。身体がコンクリート柱を振りぬいた勢いに引き回されている。
 金剛が――――金剛と一体化している水野が残された左腕一本で拳を握る。
 龍驤が目を見開く。世界がスローモーションになる。
 振る。
 上半身と腰の捻りを入れた打ち下ろし。左腕部のCIWS――――ボクシンググローブのフリをした、鋼鉄製のおっかない何か――――が龍驤の背骨を直撃する。

     「     あ」

 比喩でも誇張でも無く、龍驤の身体が海面でバウンドする。宙に浮いたところに追撃の蹴り。咄嗟に入れたヌ級の両腕によるクロスガードは、まるで意味を成していなかった。文字通り粉砕され、身体ごと背後に吹き飛ばされる。

 艦としての『金剛』と、艦娘の金剛を中継して一体化している水野にとって『金剛』の右腕の喪失とは、そのまま己の右腕の喪失と同義である。
 己の腕があっけなく斬り潰された痛みと、そして何よりも、己の愛する金剛の身体が傷物にされたという怒りが、最後の最後まで龍驤と戦う事を躊躇していた水野を後押しした。

 ―――― ――――――――――――――――――――――――――ぁ!!!!

 怒りと痛みと、艦娘としての金剛から逆流してきた、混乱した無数のネガティブな概念のオーバフローによって、最早人の言葉すらも蒸発した水野が自我コマンドを入力。FCSよりも早く怒りで照準。電気信号よりも早く殺意でRUN。
 係留用のアンカーチェーンが、空中を吹っ飛ぶ龍驤に向かって撃ち出される。都合4発撃ち出されたアンカーチェーンの内、2発はかする事無く宙を貫き、1発は龍驤の額に弾かれ、最後の1発はどういう理屈か、返しが足に絡みついた。
 空中を吹き飛んでいた龍驤がチェーン巻取りに合わせて勢いを急激に失い、墜落。そのまま金剛の足元までウィンチが巻き取られる。
 そのまま金剛がマウントポジションを取る。左の拳で龍驤の顔面を殴りつける。どうせ片腕一本では満足なラッシュなど望めないのだとばかりに手数は少なく、代わりに一撃一撃が十分に溜めの入った、必殺の重さを持っていた。
 燃え盛る三式弾の炎で封鎖された港湾内の浅瀬に、水を激しく叩く音と、それに混じって柔らかい何かを殴打する音だけが木霊する。
 柔らかい音に硬い物が混じる。金剛の周辺に大量のオイルが浮かぶ。金剛が蹴り飛ばされる。大戦艦クラスの構造物が、ギャグ漫画か何かのワンシーンの様にポンポンと海面を吹き飛ばされる。
 海中から龍驤が手をついて立ち上がる。壊れかけオモチャの様に三歩に一歩の割合でカクンカクンとふら付きながらも金剛の水没した地点に向かって歩を進める。頭と両肩に飛び乗った超音速機達も『やっちまえボス!』とでも言わんばかりに、着艦節足ワシャワシャ、発光器官ビカビカで威嚇していた。

【ッだらァ! 下出にでりゃあつけ上がりやごうて! おんどれ覚悟出来とるんやろなああっ!?】

 斥力場の暴発によって砕け散った右足の事など意にも介さず、龍驤は、コンクリート製の護岸に背を預けたまま動かない金剛の頭を何度も蹴りつける。
 金色のカチューシャにも見える上天用APARレドームが割れるのと同時に、仰向けに倒れたままの金剛が主砲を斉射。狙い違わず龍驤が抱きかかえるように持っていた鉄筋コンクリート柱を粉砕し、着弾時の衝撃で手の中からもぎ取った。
 龍驤の意識と視線が吹き飛ばされた鉄筋コンクリに向いた瞬間を狙って金剛が突撃。

 ――――【ぁぁぁああああおああああああ!!!!】

 腹にタックル。
 龍驤がそう思った時にはもう、金剛は器用にも左腕一本だけで龍驤を人さらいめいて肩に乗せ、コンクリート製の護岸のカド目がけて背中から倒れ込む元祖ブレーンバスター。ただでさえ乙女らしからぬ腫れ上がり方をしていた龍驤の顔面から、絶対に響いてはいけない音がする。
 1秒も掛からず立ち上がった龍驤が反撃。クウボ本能的が龍驤の腰を深く落とし、セイケン・パンチ。正規・軽問わず全ての空母娘が最初に覚えるカラテが金剛の腹部装甲を打ち据える。外見上は無傷だが、衝撃が内臓を抜く。
 致命傷だった。

【メインシステムデバイス維持系より緊急警告:コア内核に異常圧力。抗Gゲル、水温急上昇中】
【メインシステムデバイス維持系より緊急警告:脊椎第1、第2、第3小脳デバイス機能停止。艦体各所のレスポンス、およびリアクションに深刻な遅延が発生しています】
【メインシステムデバイス維持系より緊急警告:門脈送電ケーブル断線。電圧低下。腎臓デバイスに深刻な障害が予想されます】
【メインシステムデバイス維持系より緊急警告:腎臓デバイス機能低下。浄気・浄水システム機能停止】
【メインシステムデバイス維持系より緊急警告:艦内各所に浸水・燃料漏れ発生。気化ガスを検知。自動排出システム作動しません】
【メインシステムデバイス維持系より緊急警告:艦内各所に火災発生。自動消化しsてむ%動しません。超展開実行者は速やかにBCマスクを着用してください】
【メインシステムデバイス維持系より緊急報告:メインカメラとの接続に異常発生。聴覚デバイス動作不良】
【メインシステムデバイス維持系より緊急報告:内耳三軸ジャイロ異常傾斜。修正不可能。超展開実行者の内耳cochlear系にメインコントロールを移します。You have control.】
(だめーじこんとろーるはん、しゅつどぉーう!)
(((おおっー!!)))

 展開・超展開時の余剰エネルギーを汲んで作られた艦娘式戦闘艦の無人運用システム群――――妖精さん達が意気高々に出動。
 矢継ぎ早に上がられるダメージリポートを脳裏の片隅に追いやり、水野と金剛がゾンビの出来損ないの様に立ち上がる。同じく半死半生で立ち上がっていた龍驤を睨み付ける。
 致命傷だった。
 軽母ヌ級としての両腕は折れ、右足は砕け、上顎を反対側まで倒した口の中から生えていた龍驤の上半身は、そのいたる所が腫れ上がれ、裂け、血液の様にドス黒いオイルを流していた。
 そして、二度も金剛の装甲を叩いた右腕は、完全に潰れていた。最早詳細を語るまでも無い。棒状の肉塊だった。
 ただ、それでも龍驤の瞳には憎悪の炎が宿っていたのがハッキリと見えていた。
 龍驤がフラフラになりながらも金剛に近寄る。今までのような鋭さは無く、少し小突いただけでも倒れそうなほど弱弱しかった。金剛も似たような物だった。
 龍驤が金剛の胸元に倒れ込みながら左の拳で金剛を叩く。
 型もクソも無い、子供の駄々の様に弱弱しかった。
 それを見て、不意に水野の理性が戻った。ひょっとしたら、あまりの無様さに無意識の内に龍驤を見下し、侮蔑する事によって落ち着いたのかもしれないが、水野と金剛にはそんなこと分からなかったし、考える余裕も無かった。
 回線を開く。

【……なぁ、龍驤】
【……】
【俺は、最初から知ってたんだよ。お前が、俺の事を好きだって事を。龍驤。だがな】
【……】
【だがな。俺は怖かった。怖かったんだよ。俺は金剛が好きだ。その事をお前に告げて、今までの関係が崩れてしまう事が】
【……】
【金剛は好きだ、お前にも嫌われたくない。でもそれは、俺の思い上がりだった】
【……ゃ】

 初めて龍驤が口を開いた。

【……何や、いまさら】

 龍驤が左の拳で金剛を叩く。子供の駄々の様に弱弱しかった。

【何で、何でそんな事言うんや!? ウチが、ウチがどんな、思いで……ずっと、ず っと……!!】

 龍驤が左の拳で金剛を何度も叩く。まともな音すらしなかった。
 こんな状態でも元気よく稼働している金剛のPRBRデバイスは、龍驤から発せられるパゼスド逆背景放射の線量と濃度が急速に弱まっている事を示していた。だが、それでもIFFはENEMYのままだった。

【酷い人や……酷いやんか……】

 金剛を叩く音が弱まる。龍驤が金剛の胸元に体を預けたまま、力無くずり落ちる。

【酷いよ、 ひど い、よ…… ぅ……】






 その日、龍驤は夢を見た。

 何の変哲も無い夢だった。前評判とは違って全然大したことの無かった作戦が終わって、基地に帰る夢だった。
 ただいまー。と龍驤が202号室の扉を開ける。
 そこには、窓から差し込む光を背にして水野が立っていた。

 ――――お帰り。
 ――――お帰りデース。
 ――――なのです。
 ――――仲間をこんなに待たせるなんて、一人前のレディのする事じゃないわ。
 ――――……罰として駆けつけ三杯。
 ――――遅かったわね。ご飯もうすぐできるからねー。

 金剛がいた。電もいた。
 そして、暁が、響が、雷がいた。
 202艦隊の皆だけではなかった。201艦隊のメナイ少佐がいた。愛宕もいた。見た事の無い少佐さんと、その傍らで立つ軽巡『天龍』がいた。来年の秋頃に着任するという新入りさんだろうか。
 何故かは解らないが、龍驤は無性に悲しくなった。

 ――――

 涙で視界が歪む。涙に反射したのか、窓の外から差し込む光が強く刺さる。
 ぐしぐしと目をこする。
 光はますます強くなっていった。部屋の中はほぼ白一色になった。
 気が付けば、部屋の中には龍驤の他に、暁、響、雷の3人だけとなっていた。
 その光の中、龍驤は――――








 本日の戦果:

 軽母ヌ級     ×1

 各種特別手当:

 大形艦種撃沈手当
 緊急出撃手当
 國民健康保険料免除

 以上




 本日の被害:

 戦艦『金剛改二』:大破(右腕部兵装保持腕脱落、コア内核抗Gゲル異常劣化、竜骨ユニット応力異常、一部内臓デバイスの壊死、艦内失火、超展開用大動脈ケーブル断裂、主機異常加熱etc, etc...)(※1)

 各種特別手当:

 入渠ドック使用料全額免除
 各種物資の最優先配給(※1)

 以上


 ※1 現在ブイン基地には、改二型艦娘用の修理資材が存在しません。応急処置の上、本土からの追加発注をお待ちください。



 特記事項

 MidnightEye-01が『最重要情報:深海凄艦の通信プロトコル』を持ち返りました。
 オーストラリア本国の国際的発言力が大幅に強化されました。
 オーストラリア本国で、翻訳チームの編成が始まりました。










 本日のOKシーン



 酷いよ酷いよと繰り返しながら、龍驤は動かなくなった。
 水野と金剛からは、金剛に顔をうずめる様にして事切れた龍驤がどのような顔をしているのかは、分からなかった。
 水野の手には、龍驤の肉を叩き潰した時の感触がまだ残っていた。直接殺した訳でも止めを刺した訳でもないのに、酷く重たい何かが心と手のひらにこびり付いているように思えた。
 龍驤と過ごした、5年分の重さだった。

 ――――……そうだ。コアだ。

 幽鬼の様に力の抜け落ちた声で水野が呟く。
 コアだ。コアを剥ぎ取らなくては。井戸少佐から聞き出した情報が正しければ、コアを切り出して、大至急で浄化処置を行えばまだ大丈夫のはずだ。何処かの部隊の羽黒もそれで助かったと言っていた。なら、龍驤も大丈夫だ。大丈夫でなくてはならない。
 艦体としての『金剛』が崩れ落ちる様にして膝をつく。もうまともな握力も残っていない左腕一本だけで、苦労して龍驤の姿勢を仰向けに直す。
 龍驤は、顔面こそ乙女らしからぬ腫れ上がり方をしていたが、それでも笑ったような表情をしていた。

 この龍驤を、今度はバラバラに壊せというのか?

【……提督】

 金剛の不安、拒否、嫌悪、不快、心配といったネガティブな概念が水野の脳裏に流れ込む。水野が一瞬躊躇する。
 その瞬間だった。

【悪いけど、その龍驤はウチらが貰ろうていくで】

 港湾を閉鎖していた炎の壁を貫いて飛来した一巻の長大な巻物が、金剛を拘束した。巻物が飛来した衝撃波だけで、ナパームジェルの炎が吹き飛ばされ、瞬く間に鎮火した。
 その炎の向こう側には、超展開中の龍驤がいた。
 それもただの龍驤ではなかった。
 基本的な外見は、超展開中の龍驤とそう大差無かった。巻物状の飛行甲板も同じだし、艦首を模した特徴的な形の帽子も同じだし、エネルギー触媒を密閉保存しておくための赤い缶もある。髪の色が少し明るい茶になっており、腰部の艤装ユニットにも多少の増設デバイスが認められるが、まぁ誤差の範囲だ。
 だが、最大の相違点として、この龍驤の周りには紙で出来た人型が無数に浮いており、それらは寸分の歪みも無いオービタルリング軌道で一定の速度を保ったまま龍驤の周囲を周回していた。
 この龍驤の所属艦隊を示すエンブレムは、燃える炎に包まれたスズメバチと炊飯器、そして燦然と輝く『TKT』の意匠化文字だった。
 こんな悪趣味なマークを付けた艦隊は、世界広しと言えども一つしか存在していない。
 水野と金剛が同時に驚愕する。

 ――――【ち、Team艦娘TYPE……!?】

 アップデートされたIFFには『TKT South-Ocean Area, Fleet『世界海竄素敵艦隊』龍驤(Version 2.00α)』とあった。
 Version2.XX。
 改二型を意味するバージョン情報だ。

【そうや。むちむちポ……ああ、いや。名誉会長の直属部隊の龍驤や。キミらには悪いけど、その龍驤のコアはウチらが貰うで。羽黒ちゃん、見捨てるわけにはいかんのや】

【改二型……いつの間に!?】
 ――――い、いや、それよりも! 羽黒の為とはどういうことだ!? 助かったんじゃなかったのか!?
『それについては私が説明しよう』

 割り込み通信。
 いつの間にか、新手の龍驤の背後にホバリングしていたヘリコプターからだった。水野でも知っている有名機だった。
 絶滅ヘリ『大往生』
 単機で重巡リ級7隻を撃ち取った事で世界的に名の知れた残酷支援戦闘機『F-2』と並んで知られる、帝国空軍の傑作ヘリだった。
 そのヘリから、合成音声が流れて来ていた。

『合成音声のみで失礼する。私がTeam艦娘TYPE、南方海域支部部長『世界海竄素敵艦隊』のむちむちポーク名誉会長大佐である』

 ひっでえ偽名だ。

 水野と金剛は同時にそう思ったが、相手の立場が立場なので、全力で口と顔には出さないでいた。

『水野中佐。君にはいつぞやだったかに、私の那珂ちゃんごと撃ち殺されそうになったな。だが今は、そんな事はどうでもいい。 重要なことじゃない』
 ――――そ、そうだ! 何故龍驤が必要なんですか!? そちらの羽黒は、もう元に戻ったと――――
『嘘だ』

 水野と金剛は一瞬、何を言われたのか理解できなかった。

『井戸水中尉から聞いてきたのか。ご苦労な事だった……と言いたいところだが、井戸水中尉流した情報は嘘だ。理由は一つ。我が心の総旗艦、羽黒を救うためだ』
 ――――【……】
『帰投直後にコア洗浄を3度やった。コア内核内の抗Gゲルの全液交換も2度やった。新しい『羽黒』へのコア移植だって4回だ。変質化した部位の切除と交換手術など、もう何回やったかなど覚えておらん。未だ実験薬扱いの抑制薬の投与もやった。だがそれでも、それでも駄目なのだ! 全然駄目なのだ!! 羽黒の侵食は一時的に沈静化するが、止まらないのだぞ!!』

 それは最早、心からの絶叫だった。

『貴様らに解るか!? 首から下が深海凄艦に成り果てたあの娘の絶望が! 日ごとに進む浸食汚染の恐怖が!! それを止められない私の絶望が!! ……それでもあの娘は笑うんだぞ? 涙混じりで『私の事は、他の娘の役に立ててくださいね』と。笑っていたんだぞ。もう、手足の感覚まで無くなっているのに、暴走痙攣まで始まっているのに、これ以上のコア移植が不可能なほど衰弱しているのに、それでも笑ってたんだぞ……』

 だからな。と名誉会長は続けた。
 水野を拘束する龍驤が、顔を顰めた。何処かと通信をしていたらしかった。

『この龍驤の存在は、私にとって、一つの希望だったのだ。まるで同じ症例なのだ、我が羽黒と。だから、この龍驤を徹底的に解剖し、その原理を明らかにすれば――――』
【……会長。無駄や】

 龍驤が口を挟む。激高した名誉会長が『大往生』の照準を起こすよりも先に龍驤が続けた。

【今、ラバウル基地の支部から、連絡、が入ったんや。……羽黒ちゃん、羽黒ちゃんが、いま、たっだ い゙ま゙……!!】

 名誉会長も、水野と金剛も、途中から言葉にならなくなった龍驤の涙声で全てを察した。

『……――――――――ぁ、』

 半壊した物資集積島に、一人の男の号泣だけが木霊していた。
































 本日のNGシーン(エンディングだぞ、泣けよ)



【何で、何でそんな事言うんや!? ウチが、ウチがどんな、思いで……ずっと、ず っと……!!】

 龍驤が左の拳で金剛を何度も叩く。まともな音すらしなかった。
 こんな状態でも元気よく稼働している金剛のPRBRデバイスは、龍驤から発せられるパゼスド逆背景放射量の線量と濃度が急速に弱まっている事を示していた。IFFはENEMYのままだった。

【酷い人や……酷いやんか……】

 金剛を叩く音が弱まる。龍驤が金剛の胸元に体を預けたまま、力無くずり落ちる。

【酷いよ、 ひど い、よ…… ぅ……うえええええん!】
 ――――え。
【え】
【水野中佐のアホー! ボケー! オタンコナスー!! 穴掘って埋まってしまえー! うわーん!!』

 そして大泣きしながら金剛から勢いよく離れると、泣きながら海上を走って何処かへと行ってしまった。今までの大怪我はどうした。

 ――――……帰るか。
【……そうですネー】

 そしてその場に残された水野と金剛は、途方に暮れながらもブイン基地へと帰還した。



 その日の夜。リコリス飛行場基地では、白い姫と泊地凄鬼が食後のお茶を楽しんでいた。
 等身大の白い姫は基地の給湯室から発掘した1パックいくらの安物の紅茶を。そして並大抵の深海凄艦よりも巨大な体躯の泊地凄鬼は重油の詰まった缶を傾けていた。
 ひどく平和な夜だった。

「ウン、 ニンゲンドモノ、 『オTEA』ッテノモ、 ゾンガイ、 イケルワネ」
「……デモ、リョウガ、スクナイ」
「アジハ、 イイカラ、 イイノヨ」

 だがそんな静かな夜は、龍驤の泣き声で突然の終わりを告げた。

「リュ、 リュウジョウ!? ドウシタノ!? ナニガアッタノ!?」

 困惑する重巡リ級に連れられて白い姫の前に連れてこられた龍驤は、ボロボロだった。
 傍から見れば、帰宅途中に変質者に乱暴された小学生に見えなくもない。如月の中破絵のように。
 一歩遅れて入ってきた泊地凄鬼も、言葉を失う衝撃だった。

「ダ、ダレニヤラレタ!? リュウジョウ!?」
「うん、あんな、あんな――――」

 声が出にくいという設定すら忘れて泊地凄鬼が龍驤の肩を掴んで詰め寄る。
 龍驤は嗚咽混じりに事の顛末を語る。

「――――と、言う訳なんや」
「ワタシノ、 カワイイ、 リュウジョウヲ、 ソンナ、 ヒドイメニ、 アワセル、 ナンテ!!」

 白い姫が怒りのあまり、第3の綾波めいて巨大化する。

「ユ゙ル゙ザン゙! ブインキチニイクゾ!!」

 泊地凄鬼はカワラワリ20段でその怒りをパフォーマンス! 龍驤は二人のその勇ましさに喝采を上げる。

「鬼さん、姫さん、超カッコええ!!」



 次の日の朝の事である。

【……MidnightEye-01よりHOMEBASE. MidnightEye-01よりHOMEBASE. 黒が十分で青が0。繰り返す。黒が十分で青が0。……俺、このまま本国まで逃げてもいいですか?】

 ブイン島の全周囲を、深海凄艦の群れが埋め尽くしていた。

 駆逐種から始まり、ダークスティールや泊地凄鬼、巨大化した姫まで勢揃いである。
 珍しい深海凄艦だけにスポットを当ててみても、両拳にメリケンサックを嵌めてショートヘアに整えた眼鏡の戦艦ル級や、『彼氏募集中』の看板を肩に担いだウェーブがかった茶髪ロングの重巡リ級、『東6ホール A-01a 我らが龍驤ちゃんを泣かせたブイン基地の不届き者をブチのめし隊 最後尾はこちらではありません!!』と書かれた看板を持って列の中に立つ、妙に居酒屋のママさんっぽい雰囲気を出している空母ヲ級などと、実に多種多様な深海凄艦が勢揃いしていた。
 文字通り、蟻の子一匹出入りする隙間すらなかった。見えてないだけで、海中にも詰まっているからだ。
 何の脈絡も無く全艦が全力砲撃を開始。

 ちゅどーん。

 という爆音が響くが先か、閃光と爆炎が無数に立ち上り、それらが晴れた時にはもう、ブイン島は原型を留めていなかった。
 それを見て満足したのか、深海凄艦らが一斉に帰還する。
 彼らが去った後には、チロチロとした火の消え残りと、燃えカスだけが残されていた。









 さぁ、良い子の皆集まれー♪
(((YEAAAAAAAAAAAAAAー!!!!!!!)))

 良い子のみんあー、もういい加減に鬱エンドとか飽きちゃってんじゃないのー!?
(飽きたー! by 龍驤)(飽きたでちー! by 伊58)(あ、飽゙ぎまじだー!! by 羽黒)

 OK,OKだ!
 みんな正直だ。正直者が一番いい! うむ!
 そんな正直者の皆で、今日は艦隊これくしょんのうたを歌おうかな!? 
(((YEAAAAAAAAAAAAAAー!!!!!!!)))

 よーし、いくよー? ワン、ツー。ワン ツー サン ゴー ハチ ジュウサン

(前奏)

 艦隊これくしょんのうた みんなでうたおう
 みんなで みんなで うたいましょう

 じゃあまずは井戸少佐ね。あ、みんなはうたわんでいいよ(アイエェェ)

 井戸少佐 井戸少佐 
 ほんとのなまえは 井戸水技術中尉
 コアのしゅうふくとかしてくれるし しんかいせいかんのこととかくわしいし
 だけどね かげがうすい(※翻訳鎮守府注釈:一応は主人公です)

 艦隊これくしょんのうた みんなでうたおう
 みんなで みんなで うたいましょう

 次は水野水野、水野いくよ


 水野さん 水野さん
 ほんとはやさしい好青年
 こんごうのこといちずにおもってるし りゅうじょうのきもちにもきづいてたし
 だけどね わがままだよぉぉぉ(土下座すれば両手に花ルート行けるかな?)

 艦隊これくしょんのうた みんなでうたおぉぉう
 みんなで みんなで うたいましょぉぉう

 次はメナイ、メナァァァイ

 メェェェナイ、メェェェナイ
 ほんとは ぐんじんじゃないんだ
 あさとかやたらはやいし なんか肥臭いし
 それはね のうかのごなんぼうだから(オラこんな家さ嫌だズラー!!)(ニンジンくださーい)

 艦隊これくしょんのうた みんなでうたおー
 みんなで みんなで うたいましょー

 じゃあさいご古鷹ね、ふるたCar

 ふるたCar ふるたCar
 ほんとは ちゅうそつ くろうにん
 しんがくとかたいへんだし おとうとたちのがくひもかせがないといけないし
 だってさ 筆者の嫁艦だから(※翻訳鎮守府注釈:愛の鞭です)

 艦隊これくしょんのうた みんなでうたおぉぉう
 みんなで みんなで うたいましょぉぉう

 艦隊これくしょんのうた みんなでうたおぉぉう
 みんなで みんなで うたいましょぉぉう



(トロイカマシンガンの銃声と、艦娘達の断末魔)





 今度こそ終れ(※本編はもうちょっとだけ続きます。念のため)



[38827] 【不定期ネタ】有明警備府出動せよ!【艦これ】
Name: abcdef◆fa76876a ID:0be32ca1
Date: 2014/09/21 20:05
※番外編2(dos)!!
※オリ設定がモリモリすでのな
※俺の○×がこんなはずは無い。な事になってるかもしれません。ご注意ください。
※当SSにおける横須賀鎮守府の扱いが不当な気がしますが気のせいです。オリ設定の範囲内とお考えください。そういう事にしておいてください。見逃してください。
※時間と太陽を目安に南に進んでいたら、素で北に行ってしまうようなうp主に地理的センスを求めてはいけません。軍事的センスもしかりです。
※お彼岸前の突貫作業。後半に向かうにつれてのやっつけクオリティ注意。
※いつも通り人によってはグロ表現有りやもです。注意重点で。
※(9/16初出。9/21誤字脱字修正×2&本日のOKシーン追加)

※本日のステマ:
Pixiv様にて、id_890名義でACⅤ二次SS『地球の兎は月見て跳ねる』やってます。
昔、SSの書き方も知らん頃に書いてたやつなんで『猫の地球儀』の劣化コピーですが、よろしければ是非。
novel/show.php?id=3760745




『Team艦娘TYPEからのお詫びとお知らせ』


 拝啓 時下ますますご隆盛のこととお慶び申し上げます。平素は格別のご厚情を賜り、お礼申し上げます。

 さてこの度は、私どもの確認不足で、バゼスト逆背景放射線検出デバイスの略称に下記の誤植がありましたこと、心よりお詫び申し上げます。
 私共で確認しましたところ、誤記がありましたので、下記のとおり訂正いたします。
 つきましては、正誤表をご確認ください。
 
 お手数ですが、以前の表記は脳内修正のうえ、皆様へ周知していただけますようお願いいたします。

 敬具


 記
 -訂正箇所-

(誤)PRBRデバイス
(正)PRBR検出デバイス

 以上




『――――だからさ。君が言ってるそれはあくまでも机上の空論にしか過ぎないだろ? 私が欲しいのは理論値じゃなくて限界値の方……うん、そー。元々『Y』の試作2号機はブッ壊す予定で用意したんだからさ、臨界点スレスレでガンガン回しちゃってみてよ。それこそ爆発しちゃってもいいからさ……は? 責任? そんなの、私が取るにきまってるじゃないの』


               ――――――――『Y裁判』にて、原告団が提出した証拠音声より




 平静26年8月17日、二〇〇〇時現在。
 我が有明警備府の食堂内には、淀んた空気が漂っています。

「あ、有明警備府の皆さん、お疲れ様でした……」

 理由は簡単です。我が警備府最大の戦争が半分、ようやく終わったからです。
 コミックカーニバル86。
 通称『夏コミ』
 太平洋戦線なんてメじゃありません。地獄の最前線です。
 開催の拍手を待たずに突撃を開始する総数7ケタ近いフライング野郎共を増強部隊を含めた300人ちょっとで押し戻したり、車道に出てショートカットしようとしたアホを(シールドバッシュで)ドついて列に押し戻すという実にソフトな対応をしたり、待機列の置き引き現行犯を川内ちゃんが飛龍さん仕込みのジツで捕縛したり、徹夜組を相手に足柄プロトが気を付け顎引け歯ァ食いしばれや元気ですかーと喝入れのビンタをかまして(※翻訳鎮守府注釈:それ目当てで徹夜するアホもいます。言うまでも無くコミケはルールとマナーを厳守重点です)ペナルティとして開催時刻になるまでお台場を延々とフルマラソンさせたり、そのマラソンから逃げ出そうとした不届き者共にはどこからともなく急行したプロト金剛が走者の列に蹴り戻したり、会場内で『なのよ完売! なのよ完売!!』と叫ぶ戦争犯罪人を川内ちゃんが蒼龍さん仕込みのカラテで物理制圧したり、閉会後の会場の掃除をしたりと、色々あったんです。
 文字通り、休む暇も無い三日間だったのです。
 そして、それらの後始末が全て終わったのが今からおよそ10分前なのです。鉄板仕込んだ警備服を今すぐ脱ぎたいです。背中に背負ったポリカーボネイド製のライオットシールドも外したいです。ですが、特別警備期間中にのみ張り出されている『Arbeit macht frei(労働だけが自由への道)』の標語を引っぺがして、頭のフルフェイスを外したところで力尽きました。もう腕どころか指一本動かす気力もありません。
 私を含めて誰も彼もが皆、同じ警備服を着たまま――――あのぬいぬいちゃんや古鷹ちゃんまでもが!――――食堂のテーブルの上に上半身を投げ出して、逆Lの字になって突っ伏しています。ほっぺたに当たってるテーブルのヒヤヒヤが気持ちいいです。

「「「おつかれさまで~す……」」」

 そんなだらしない格好になっているのは私達第一艦隊の皆だけではなく、提督不在のまま放置されている第2、第3艦隊総旗艦である飛龍さん(着衣)と蒼龍さん(着衣)ですら例外ではありませんでした。彼女達も普段の和服ではなく期間中の制服である警備服と腕章を着用したまま、警備府内の中庭で燃える篝火の前で膝を抱えて静かに座り込んだまま動いていません。
 ていうかあの二人は何で中庭で篝火なんか焚いているんでしょうか。何で火の中に西洋直剣が突き刺さっているのでしょうか。そして何でお二人はずっと小声の英語で『人の心を成す魂よ』だの『主を失い、漂うだけの魂よ』だのと、聖句を繰り返し呟いているんでしょうか。もしかしてお二人は不死教の教徒だったのでしょうか。
 やっぱり正規空母の子達って、ちょっと変です。
 因みに夕雲ちゃんは現在『私は眠気に負けて新刊落とした敗北主義者です』と書かれた看板を首から下げつつ廊下で正座しながら土下座しています。それに付き合っている大井ちゃんは本当に気立ての良い娘です。酸素魚雷に性的興奮を覚える変態性癖の持ち主なのが玉に瑕なのですけれど。

「も゙……駄目……」

 突然、誰かが顔面をテーブルに叩き付けたかのような、鈍くて激しい音がしました。
 驚いてそちらの方に振り返ってみると、川内ちゃんがお味噌汁のお椀に顔を突っ込んで寝落ちしていました。何てことでしょう。

「た、退屈な夜にぃ……退屈な、朝を……待つことはない…んだから……や、夜戦……ZZZzzz......」
「おい、夜戦バカが沈んだぞ……」

 何てことでしょう。明日はきっと【石の雨/Stone Rain】か【溶鉄の雨/Molten Rain】です。絶対に。

「寝かしといてやれ。アイツはこの三日間のMVPプレイヤーだ」
「そうですわね。川内さん、この三日間ほとんど不眠不休で頑張っていらっしゃったもの」

 厨房の奥から、大きなトレーを持って出てきた長門さんと夕雲さんが、川内ちゃんをフォローしました。
 やはりお二人ともお昼の時と同じ服装のままで、長門さんは腕章付きの警備服で、夕雲さんは胸元に『!』マークを付けたメイド服を着ていました。ふわふわフリルのスカートに刺繍された『ゐむえ』とは何かの暗号でしょうか。

「川内には後でもう一度夜食を温めてやろう」
「そうですわね。川内さんには、後で私が持っていきますので、皆さん先にお夜食を頂きましょうか」

 そう言って長門さんと夕雲さんは、手にしていたトレーの上に乗っかていたおかずを配膳し始めました。

「さぁ、食え。ビッグ7手製の夜食だぞ」
「わぁ、それは凄そうね」

 私の簡単の声に気を良くしたのか、長門さんは意気揚々とした表情で私の目の前にお皿を置きました。
 一瞬、テーブルがズドンと揺れたのは気のせいでしょうか。

「「「……」」」

 食堂にいた誰もが、こんなの初めて見た。という表情で配られたお夜食を注視していました。
 カツカレー(超大盛り)

「……おやしょく?」
「うむ。足柄プロトの大好物だそうだ」

 お夜食なのに?
 当の足柄プロトがさっき、ちょっと味のキツイ栄養ドリンク飲んだ途端に吐き戻したくらい心身ともに疲れ切ってるのに?
 これを、食えと?

「遠慮はいらんぞ。お代わりはまだあるからな」
「い、いえ。そういう事ではなくて……」
「ん? ……ああ、そうか! 済まない、私としたことが! カレールウが足りなかったんだな」

 そういう事ではなくて!!

「……」

 ちらりと横目で壁に掛けられている標語に視線を向けます。
 有明警備府、第一艦隊鉄の掟その2『おのこしは、許しまへんで』
 まさか提督自らがその掟を破るわけにはいきません。

「さぁ、これだけルーがあれば大丈夫だろう」
「……(気合! 入れて!)い、いただきます!!」

 一皿だけでも完食した私は、褒められてしかるべきだと思います。




 次の日の昼頃の事です。

「……提督、生きてる?」
「……………………………………………………………………………………………………………………………死にそう。ていうか吐いて死にたい」

 私は現在、私に無理して付き合った北上ちゃんと一緒に仮眠室で横になっています。
 キツイです。
 寝返りうちたいのに、うったら乙女の終わりが上から出てきそうなのでうてません。同じ理由で深く眠れもしません。精々が何度かウトウトした位です。
 結局あの後、残ったお夜食のカレーはその匂いに連れられて食堂にやって来た飛龍さん(着衣)と蒼龍さん(着衣)、そして当の長門さんの3人によって、残さず平らげられました。しかも許しがたい事に、この3人はまだ食べ足りないとか言って、厨房の中にあった出来合いの料理を追加で温めて食っていました。川内ちゃんのために残しておいた分も含めて。
 あいつら人間じゃねぇ。

「そういえば提督……さっきの覚えてる?」
「……さっき?」

 ウトウトしていた時の事でしょうか。北上ちゃんがベッドの上でゴロリと横になってこちらを見ながら言いました。

「さっき、長門さんが来て、第2艦隊の執務室に来てくれって――――!!?」

 あの量に加えて、横になったのが致命の一撃となったようです。喋っている途中で北上ちゃんはビクリと嫌な感じに痙攣し、大きく目を見開くと、口を押えながらベッドから飛び起きるや否や一目散にトイレに駆け込みました。張り手一発でドアをこじ開ける音。跳ね上がった便座カバーがその反動で北上ちゃんの頭にぶつかる音。
 水の流れる音。

「……北上ちゃんの魂が、暁の水平線に辿り着けますように」

 水の流れる音に混じって微かに聞こえてきた『ぎゃー! 服にー!!』という酸っぱい叫び声は聞こえなかった事にします。







「比奈鳥少佐、入ります」
「どうぞ」

 もの凄い量の書類の山に囲まれた部屋の中で待っていたのは、お隣の第二艦隊所属の、艦娘式長門型大戦艦一番艦『長門』さんです。
 すらりとした長身、長い黒髪、宇宙アンテナとも鬼の角とも見て取れる2本の宇宙電探カチューシャ、6つに割れた宇宙腹筋、そしてつい先日の警備服とも、従来の戦艦娘の制服とは異なる宇宙的意匠の近未来的かつ布面積不足な衣装。ルックスもイケメンです。女性ですけど。

「長門さん、私に何かご用があるとの事でしたが」
「ああ。少し待っていてくれ。もうすぐ済む」

 長門さんは私の方を見向きもせず、一言も発さず、部屋の中にはただひたすらに端末のキーをタイピングする音だけが響いていました。あ、よく見たらフレームレスのメガネかけてます。わー珍しい。

「……よし、終わった。すまない、待たせた」
「お疲れ様です。それにしても、すごい量の書類ですねぇ」

 長門さんの横に積まれた書類の束は、文字通り山と化していました。椅子に座った長門さんの頭よりも標高が高いです。普段なら握り拳一つ分の高さで済むはずなのですが、どうした事でしょう。

「ああ、それは第3、第4艦隊の分の書類仕事もまとめてやっているからだな。第3艦隊は――――というか、私のいる第2艦隊もそうだが提督が不在だし、総旗艦ドノも正直アレだからな。私がやらねば誰がやるというのだ」
「えっ、でも、たしか第4には確か事務の方がいたはずでは……」

 現在、我が有明警備府には第1から第4まで、合計4つの艦隊が書類上には存在しています。
 書類上には。
 ですが、実際に活動しているのは、先任提督さんと入れ替わる形で私が着任した第1艦隊と、この長門さんが所属する第2艦隊、そして第3艦隊の3つだけです。
 問題の第4艦隊には私と秘書艦の北上ちゃんとエスコートユニットのぬいぬいちゃんの合計3人が在籍していたのですが、当の第1艦隊の提督さんに何か色々とあったらしく、私が着任して半年ほどでリタイアしてしまい、第2、第3艦隊の提督の方々もちょうど不在だったので、そのままなし崩し的に第1と第4が併合され、今に至ったという次第です。もちろん、第2と第3の提督さん方には後で正式に許可をもらいましたが。
 そして、艦隊数を減らすと月々の補給量も、週に一度の大補給の量も減らされてしまうので、事務の女性の方に頼んで第4艦隊の名目上の人員として配置されてもらい、今に至ったという訳です(※ひよ子注釈:風の噂によると、三か月に一回しか大補給が無い基地もあるそうです。そんなド辺境なんかに基地があるわけないですよね)。

「ああ、彼女なら夜逃げしたぞ。夏コミ当時のドサクサに紛れて」
「ヨニゲ!? ヨニゲナンデ!?」
「うむ。つい最近、破片の回収に成功した軽巡洋艦『大淀』との艦娘適性値があったそうだ」
「え」
「本人や我々には伏せられていたそうだが、友人のツテとやらでそれを知ったそうだ」

 ほら、この通り。と長門さんが書類山の中から引っ張り出した一枚は、緊急指令書でした。そこには『探しています! 艦娘式軽巡洋艦『大淀』候補生(この顔にティン! ときたらTKT』と、大きな顔写真が中央にレイアウトされた一枚の書類でした。
 まるで広域指名手配犯そのものです。

「うわぁ……」
「まぁ。よほどお上がヒマでもない限り、そっちは放っておいても問題ない。有望な候補者はまだ他にもいるらしいからな。本題に入ろう。良い本題と悪い本題。どちらから先に聞きたいか?」
「それでは……悪い方からお願いします」

 私は嫌いなオカズから先に片付けちゃう派の人です。

「分かった。つい今朝方――――ああ、まだ比奈鳥少佐が寝込んでいた頃に来た辞令なんだが、少佐に、というか少佐と2人に異動命令だ」
「え」
「他の基地や鎮守府の提督達にも同じ辞令が来ているそうだ。南方海域への増強派兵らしい」

 南方のどこに配属されるのかはまだ未定だし、艦娘だけではなく提督も一緒に。というのは珍しいがな。と長門さんは言いました。
 2人――――北上ちゃんとぬいぬいちゃんの事でしょう。

「南方……ですか」
「ああ。南方への増強というのは私も初めて聞くな」

 南方海域。
 かつての世界大戦当時は、最前線中の最前線だった海域です。連合・枢軸問わず数多の艦の残骸で海底が埋まった事が名前の由来となった鉄底海峡(アイアンボトム・サウンド)や、ガ(ダルカナル)島ならぬ飢島、アナベル・ガトー無双など、兎に角物騒な逸話に事欠かない海域でもあります。
 ですが、対深海凄艦戦争中の現在では二級戦線です。
 大本営や参謀軍団も、過去のそう言った逸話や深海凄艦の発生傾向から考えて、再び南方こそが最前線になると踏んでいたらしく、ラバウル基地を初めとしてブイン島やショートランド諸島群を要塞化し、敵主力との決戦に備えていたそうです。
(※翻訳鎮守府注釈:諸般の事情により、南方海域の “一部の” 基地や泊地ではまだ要塞は建設中です)

 しかし、当の深海凄艦側がこれを華麗にスルー。主戦場は太平洋に移った後、徐々に徐々に北上を続け、今では太平洋全域と北方海域が主戦場になっています。
 そして南に残されたのは、艦娘制作に必要な最低限の量だけをサルベージされ、手付かずのまま放置されているアイアンボトム・サウンドと、戦う相手のいない基地や要塞だけ。という話です。
 一年前の大攻勢があったとはいえ、今でも『南方海域への栄転』とは左遷の意味合いが強いです。
 大本営や参謀軍団も一年前の大攻勢については『おそらくはぐれの深海凄艦が偶然にも集まってできた一時的なものであり、連続してのスタンピードはあり得ない』との公式発表を出していますし。

「流石に初陣で大ポカやらかしたくらいで島流しになるとは思えんし、案外、南方で本当に何かあったのかもな。では、良い方の本題だ」

 話をそう締めくくると長門さんは、今度は書類山の中から一枚の便箋を抜き出しました。真っ白なこの便箋には蝋で封印が施されており、その封印に使われていた模様は横須賀鎮守府の物でした。

「実は、横須賀鎮守府から我々の提督宛に招待状が届いたんだ。夏コミ警備の慰労を兼ねて、スタジオ見学でもどうかと」
「スタジオ見学! 素敵じゃないですか!」

 横須賀鎮守府と言う事は、アイドルグループ『Team艦娘TYPE』の総本山じゃあないですか!
 そしてそこのスタジオ見学という事は、私が密かに応援している金11ドラマ『猫YAHSHA』の主人公役である、双子の航空戦艦娘『扶桑』さんと『山城』さんの撮影現場にもお邪魔できるという訳じゃないですか。先週オンエアされた回の中で言っていた、扶桑さんの『航空戦艦は進化の頂点じゃない……進化の袋小路よ!』というセリフには痺れました!! ところでシン役は誰になるんでしょう。同じ航空戦艦の伊勢さんと日向さんは、ネット上の予想だと続編の『アダムの寝起き』に出演るんじゃないかって予想ですし。
 つまり長門さんはこれから、お二人の撮影現場をナマで拝めるという訳なんですね。
 羨ましいです。

「羨ましいです」
「ははは。少佐。素直なのは良いが、一応は君も人の上に立つ人間だろう。少しは気持ちを外に出さない努力をしたらどうだ。それに」

 少し困った顔で、長門さんは一度言葉を区切りました。

「それに……今、我々――――第2、第3艦隊は提督不在でな。勝手にこの招待を受けるわけにもいかないのだ」
「あ……」

 そうでした。飛龍(着衣)さんと蒼龍(着衣)さんがそれぞれ艦隊総旗艦を務める第2、第3艦隊は、現在提督不在のまま放置されていたのでした。あの季節外れの雪の夜に、飛龍(着衣)さんと蒼龍(着衣)さんと共に出撃していったお二人はそのまま、帰らぬ――――いえ、帰還予定時不明の長期パトロールに出撃していったのです。

「かと言って、それを理由に断るのも先方の面子に関わる。送り主はあの『北の荒球磨』だ。銀剣(※銀剣突撃徽章。一会戦中に単独で軽巡以上を7隻撃沈確定で授与)3回も授与されているような歴戦の猛者の誘いを断ったらなんて……正直、考えたくも無い」

 そういうと長門さんは、ぶるりと身を震わせました。横鎮の球磨さんの略歴は存じ上げていましたが、まさか、あの長門さんがここまで怯えるとは思いませんでした。

「そこで、だ。我々有明警備府の、現在唯一の提督である比奈鳥少佐に――――」
「ハイヨロコンデー!!」

 この時は即答してしまいましたが、実はこの時、私の艦隊には動ける娘がもういなかったんですよね。たった1人を除いては。





 シリアスの次は何も考えずにギャグにすると話に緩急がついてGoodだと思うのなのです。それはそうと前に秋雲ちゃんの名前出したら次の日のAL-1で出てきました。なので今度は胸元に『!』マーク付けてメイド服着た夕雲姉さん出てこいそしてこれ書き始めた当時はホントに8月17日だったのでそこまで季節外れじゃないと信じたい祈願の艦これSS

 嗚呼、栄光のブイン基地(番外編)
『有明警備府出動せよ! 本土防衛! 陸軍の手柄横取りして面子を潰せ!! の巻』





「北上さんと川内さんは体調不良。古鷹さんは待機要員。プロトタイプ足柄さんとプロトタイプ金剛さんは市街まで男漁りとその歯止めに。……不知火は消去法ですか、そうですか」
「ご、ごめんね。ぬいぬいちゃん……あの時、つい勢いで返事しちゃったものだから」

 現在私は、帝国海軍支給のジープ(やはり、オートマ車は素敵です。マニュアル車だなんて立体パズルに乗って喜ぶ人の気持ちなんて分かりません)に乗って、横須賀ス、もとい横須賀鎮守府に向かって一路、首都高湾岸線を突き進んでいました。利用したルートは有明二丁目付近から375号線に乗り、お台場中央で首都高湾岸高速にシフトし、そのまま道なりに横須賀スタ、もとい横須賀鎮守府へと進んでいます。
 異常事態です。
 車に乗ってからずっと、渋滞が、ただの一度も発生していません。交差点付近でも、高速入口の料金所でも。
 異常事態です。

「? 司令、それはそんなに不思議な事なのでしょうか?」

 ぬいぬいちゃんは車の後部座席に乗ってからずっと、窓の外を食い入るようにして見ています。何か面白い物でも見えるんでしょうか。運転席の私から見えるのは、前の道路と左手の海、そして右手側の都市部しか見えないのですけれど。

「不思議も不思議よ、ぬいぬいちゃん。今は平日の昼間よ? 悪名高き帝都の高速道路よ? なのに今の今まで、出会った車は私達の同業車――――もとい軍関連のトラックかジープが大半で、民間の自動車なんて対向車線のを入れても30にも届いてなかったじゃない。これはもう異変よ異変。帝方道空譚とか言ってもいいレベルよ」
「はぁ、すみません。不知火は一度も自動車に乗った事が無かったもので。勉強不足でした」
「あ……」

 ここで私は、自分の失言に気が付きました。
 先日初めて電車に乗った北上ちゃんと同じく、このぬいぬいちゃんもまた、警備府と海の間を行ったり来たりするだけの生活をずっと送ってきていたのです。

「ご、ごめんなさい……私、つい、いつもの感覚で……」
「いえ。司令が気にする事ではありません。ひとえに不知火の勉強不足です。我々艦娘に改二改造が導入された以上、改二化されていない不知火も陸上戦闘も視野に入れておくべきだったというのに……不知火の落ち度です」

 自己嫌悪のあまり、食べ過ぎの時とはまた違った種類の吐き気がこみ上げて来て死にそうになります。比奈鳥ひよ子、この愚か者め。何が艦娘も普通の人間として扱いたいだ。たまの休日に外に連れ出す事もしないで、よくもそんなお題目を唱えられたものだ。
 そんな私の内心を知る由も無いぬいぬいちゃんは、窓の外にベッタリと顔を寄せて外を見ていました。ぬいぬいちゃんは普段が普段ですから、かなり珍しい物を見ているような気がします。ところでFnキーとPrtScキーはどこでしょう。
 そんな私の落ち込みを察したのか、ぬいぬいちゃんが若干焦ったように続けて言いました。

「ですが。ですがやはり外は――――陸の上は凄いです」
「すごい?」
「はい。警備府よりも背の高い建物がいくつもいくつも並んでいます。もしかして『超展開』中の不知火が小突いたら、ドミノのように倒れてしまうのではないのですか?」


 \\ビルーのまちーでぬいー♪(ぬいー!)よるーのハイウェイでぬいー♪(ぬいー!!)//


「ぶふっ」

 ご、ごめんなさい、ぬいぬいちゃん。ハンドルとられて車揺れちゃいました。

「なんでしょう……不知火に、何か、落ち度でも?」
「ご、ごめんなさいね。その光景想像したら、ちょっと吹き出しちゃっただけだから」

 私の頭の中では、3頭身にデフォルメされたぬいぬいちゃんが、燃え盛る国会議事堂を背景に、口から放射能火炎を吐いている光景が浮かんだままでした。
 だから、そんなおっかない目で睨み付けて来ても全然怖くないですよ。

「ほぅ……」
「あ、そ、そうだ! ずっと走り続けているだけだからぬいぬいちゃんも退屈でしょう? ラヂヲつけるわね!?」

 バックミラー越しにこちらを睨み付けるぬいぬいちゃんの眼光が、戦艦クラスの剣呑さを滲ませてきたことを察した私は、話題を入れ替えるべく、咄嗟にラヂヲのスイッチを入れました。

『――――れでは視聴者の方からのリクエストナンバーです。応募者は、ブイン島の胃炎になりそうなオールドホークさん。リクエストナンバーはカザンオールスターズの『王子とマンモス、時々金塊』です。どうぞ!』
「あら。通な選曲」

 というか、またブインの単語です。最近よく聞きますねえ。一応監査部に件の重複書類は送っておいたのですが、どうなったのでしょうか。

『――――番組の途中ですが、緊急報道をお伝えします。たった今、我が国と友好関係にあるゲロニアン帝国の首都でクーデターが発生しました! 今までに入ってきた情報によりますと、ゲロニアン帝国の王妃を指導者としたクーデター側勢力は自らを旧ティラミス王国解放軍と名乗り……え? え、え? こちらは未確認情報なのですが、クーデター側勢力に、超展開中の艦娘が加勢しているとの未確認情報が――――』

 ぶつん。
 私は咄嗟にラヂヲの電源を落としました。

「司令、今のニュースは」
「不知火ちゃん。気にしちゃ駄目」

 予想はしていました。
 改二型艦娘に実装された機能の中には、明らかに対深海凄艦用とは思えない機能がいくつもいくつも搭載されていた事からも明らかです。完全格納などその最たる例ですし、スペックシート上には記載されておらず、北上ちゃんとの超展開中にのみ認識できた不可視属性ファイルの対核爆撃モードに至っては何をいわんやです。
 軍上層部の言う、我々の敵とは、ひょっとして――――


「……あ、司令。工事中の看板です」
「え? あら……」

 いけません。高速でヨソ見運転とか何考えてるんでしょうか私は。
 意識を正面に戻した時、左――――海側のガードレールの一部と、道路の左半分が大きく砕けていました。一応の対策としてブルーシートが被せられていましたが、誤魔化せるような規模ではありませんでした。そして一瞬で過ぎ去ったそれらの代わりに、トンネルの中に突入しました。
 長く緩やかなカーブの続くトンネルを潜り抜け、外の光と共に飛び込んできた景色に、私も、ぬいぬいちゃんも言葉を失ってしまいました。
 都市の残骸でした。

「「あ……」」

 上半分がヘシ折れ、無残な破断面を晒す高層ビルの群れ。かつては鏡面処理され、巨大な鏡のように青空を映していたはずの真っ平らな壁面に空いた大きな虫食い穴と、放射状に走る無数のヒビ割れ。黄色と黒のキープアウトラインと簡易隔壁で隔絶されたいくつものエリア。所々が砲撃で削られた空中高架。廃墟同然のこの光景の中では、不気味なまでの違和感を発揮する真新しいコンビニエンスストア。そしてここからではよく見えませんが、あの壁に走っているミシン目の出来損ないのような線は、恐らく弾痕でしょう。

「司令……あそこが、もしかして」
「ええ。あそこが『季節外れの赤い雪』――――深海凄艦の奇襲部隊による惨劇の現場よ」

 そして、貴女達艦娘の存在が、初めて国内で知らされた事件の現場の1つでもあるわね。と心の中だけで付け加えました。
 良く晴れた今日この青空の下、廃墟同然のあの場所の沈黙が、私達の耳にも届いているような気がしました。




 そういう暗い事もありましたが、私達は無事に横須賀スタジ、もとい横須賀鎮守府に到着しました!!
 正面ゲート前で私達を出迎えていただいたのは、艦娘式球磨型軽巡洋艦1番艦『球磨』さんでした。アイドル活動中の現在では『ドミナリアの球磨』という芸名のはずです。

「いらっしゃいだクマー」

 腰まで伸ばした茶のロングヘア、針金でも接着剤でもないのに『?』あるいは変なものを見たエリマキトカゲと遭遇したスリヴァーのような形状を維持する正体不明のアホ毛、白を基調としたセーラー服とショートパンツ、そして背中の3つのそろばん煙突、バゴス神を称えるルーン文字が刻まれた爪。
 ですが、私は知っています。この、能天気な笑顔を浮かべた女子中学生モドキの経歴を。

「ど、どうも初めまして……もしかして、あの、出会って早々失礼なのですが、貴女があの『北の荒球磨』ですか? 幌筵(パラムシル)泊地の? 過去2年間で銀剣突撃徽章を3回、アリューシャン諸島経由の大規模輸送作戦『ラインアーク作戦』で人類平和貢献賞を授与された、あの?」
「うん。そーだクマー」

 球磨さんは、あっさりと頷きました。

「ていうかアンタ、じゃなくて、えぇと……」
「? ……あ! ひ、ひよ子です! 有明警備府、第一艦隊総司令官の比奈鳥ひよ子少佐です! 現在同警備府には私以外の提督が不在なので、私とこの不知火がご招待受けてまいりました! と、と到着の挨拶も無しに、申し訳ありませんでした!!」
「クマー。いえいえ。こちらこそ招待状出したクセに、先方のお名前も調べておかずに申し訳ありませんでしたクマー」

 少佐(私)と艦娘がお互いに敬語を使い、頭を下げ合うという奇妙な光景が横須賀スタジオ、もとい横須賀鎮守府の正門前にて繰り広げられていました。

「兎に角。横須賀鎮守府にようこそだクマ。とりあえず、中へどうぞクマ」
「本日はどうぞ、よろしくお願いします」
「ご指導ご鞭撻、よろしくです」

 こうして私とぬいぬいちゃんは、横須賀スタジオの中に入っていきました。
 余談ですが、車で来たことを球磨さんに話すと『え? 憲兵さんに頼んで艤装に封印テープしてもらえば、普通の艦娘でも街中出れるクマよ?』と返され、私のすぐ背後を歩くぬいぬいちゃんの視線が宇宙戦艦クラスどころか、漆黒とか琥珀色の瞳孔レベルの圧力になって来たのを、私は確かに背中で感じ取っていました。




 舞台以外の全ての照明が落された撮影スタジオ。
 そこでは、横須賀鎮守府所属の雪風ちゃんが、専用の衣装を着て、新曲のPV――――プロモーションビデオの撮影をしていました。
 デビュー曲『I Just Called to Say "It is EMEMY"』の次にして、現在収録中の新曲のタイトルは『30億ギルタンのJAMの味』だそうです。

「いっちご味~♪ ブルーベリー♪ タイプ1~♪ いろんなジャムが、あっるっけっれっど~♪ 私の好きなジャムは~……(そこに!)あるんだよ~♪」

 うずうず。
 今の私の心の中を一言で表せと言われたら、間違い無くその一言に尽きます。

「……ねぇ、ぬいぬいちゃん」
「司令。突っ込んだら負けですからね」

 間違ってもマイクに拾われないようにぼそりと呟いた私の囁きに、ぬいぬいちゃんが目もくれずに即答しました。
 確かに、歌詞とタイトルからしてツッコミ待ちなのは確定的に明らかです。ですが、私が言いたいのはそんな事ではありません。
 雪風ちゃんの衣装の事です。

「雪風はー、ジャムが好き~♪ でもね、パパは『好きとか嫌いとかはいい。トマトを食べるんだ(CV:ここだけ若本紀夫)』って言うけれど~……たとえ神にだって、雪風は従いません!!」

 うずうず。

「……ねぇ、ぬいぬいちゃん」
「司令。突っ込んだら負けですからね」

 歌詞の中にも頻繁に出てくるイチゴジャムを意識したのか、普段の超マイクロミニのワンピースを真っ赤に染め上げ、ご丁寧にもイチゴの種を意識したのか、等間隔でツブツブ模様まで入れてあります。

「雪風はー、コーヒー好き~♪ 質を問わなきゃ何時でも飲めるから~♪ でもね、ウド豆は、むせるから嫌いです☆」

 そして、その赤染めのワンピースは何故か、右肩だけが真っ白なままでした。

「もうこれツッコミ入れろって言ってるようなもんでしょうがコレェェェェェェェ!!!!」
「し、司令官!?」

 発作的に足元に転がっていた赤いペンキ缶を片手にスタジオに突撃する私。直後に聞こえてきた提督(球磨さん達のプロデューサー(兼業提督)さんとは違う方だそうです)の「カット、カットカットカットカットォ!」の叫び声にスタッフ達が私を取り押さえにかかりました。

「何でよ!? 何でみんな気にならないの!? 何で右肩だけ赤く塗ってないの!? ねぇ!? ナンデ!?」

 そんな私の素朴な疑問に、ぬいぬいちゃんですら口を揃えて異口同音に叫びました。

「「「貴様、塗りたいか!?」」」







「……クマー。到着15分で鎮守府の外に摘まみ出されるとか、マジで有り得ねークマー」
「司令官。普通なら始末書モノですよ」
「うぅ……面目ないです」

 現在私達は、横須賀の街中を歩いています。
 球磨さんがおっしゃっていた様に、憲兵さん達に球磨さんとぬいぬいちゃんの艤装の可動部及び砲口部分に封印テープ(陸軍製)を張って、鎮守府外活動報告書に場所と時間と目的を書けば、それだけでオッケーなんだそうです。私が着任した頃はそんな制度無かったのですが、聞けば隼鷹さん達が起こしたテロ活動が切っ掛けとなって、各地の艦娘や提督達からも要望や意見の上申が次々と大本営に舞い込み、とうとう上層部も折れたそうです。
 因みに球磨さんや那珂ちゃんを初めとした横鎮の娘達は、以前から『背中の艤装はアイドル衣装』という事で通して街中に出ていたそうです。余所の鎮守府や警備府でも、やはり以前からアイドルのコスプレや、軽く変装してそっくりさんという名目で外出していたそうです。私なんかとは気合の入れ方が違います。参考にせねばなりません。
 ぬいぬいちゃんの封印を担当したあの憲兵さん(お土産に持ってきたお饅頭を見て『風が語りかけ……』と呟いていました。きっとご実家が埼玉県なんでしょうね。私と一緒で)から聞いた話では、隼鷹さんの生みの親である帝国郵船の方でも、軍部と絡んでまた何かやらかしそうな雰囲気だから監視が重点と言っていました。
 ところでどうでも良いですけど、何かあの憲兵さん、飛龍さんや蒼龍さんと雰囲気が似ていましたね。何ででしょうか。

「ま、過ぎた事は過ぎた事クマ。逆に考えるクマ。横鎮の外に出れたんだと。花の帝都で遊び回れるんだと(※翻訳鎮守府注釈:職務ではないので経費では落ちません)。そう考えるとかなりお得クマー」

 球磨さんのその一言に、私とぬいぬいちゃんは顔を見合わせました。

「「帝都!」」



 それから、私達は球磨さんのリードで散々遊びつくしました(※翻訳鎮守府注釈:職務ではないので経費では落ちません)。
 原宿ウィンドウショッピング、池袋乙女ロード走破、聖地(秋葉原)にてウ=ス異本の大量摘発、有明の皆にお土産として買った帝都タワー名物『ドラゴンのミサイル焼き(塩味)』のつまみ食い、成り行きから参加した重巡教フルタカエル混沌派の黒ミサ鎮圧、他にもあれこれ……
 それらの移動には主に電車を利用したのですが、本当に大丈夫でした。
 しかも、何処かの基地や鎮守府の艦娘達の姿もチラホラ見られたくらいです。コンビニの棚だって端から端まで商品で埋まっています。流石は帝都です。物資統制中であるとは言え、人や物がいっぱいです。
 ですが、駅の時刻表には、午後九時より下を覆い隠すようにして『第一次配電供給制限につき、午後8時を終電としています。何卒ご了承・ご協力の程をお願いいたします』と書かれた張り紙が張られており、表通りには民間の自動車の姿はほとんど無く、時折走っているのを見かけるのは都営バスか軍用のトラックやジープ、そして、陸軍の主力兵器『鍋島Ⅴ型』をハンガーに乗せて走る大型トレーラーくらいのものでした(無許可の撮影どころか、パス無しで記録媒体を向けただけで逮捕されるそうです。帝都は怖い所ですね)。

 そして、一通りの事が終わった時にはもう、空は真っ暗になっていました。
 横須賀スタジオの前に戻ってきた私達は、そこで球磨さんにお別れする事になりました。スタジオ見学が15分で終了してしまったのはアレですが、それ以上に楽しかったのだから良しとします。

「やー、最初はどうなるかと思ってたけど、今日は楽しかったクマー」
「はい。不知火もです。球磨さん、ありがとうございました」
「クマー。ぬいぬいちゃんも楽しんでもらえたようで何よりだクマー」
「……だから、私は、ぬいぬいではなくてですね」

 最初は顔が強張っていたぬいぬいちゃんも、いつの間にか球磨さんと打ち解けていました。パッと見は普段と変わらない無表情ですが、私にはわかります。今のぬいぬいちゃんは、かなり緩んだ無表情です。
 流石は北の荒球磨です。

「アンタ……じゃなかった。ひよ子少佐はたいそう現代戦史に詳しいみたいクマー。銀剣3回は兎も角、ラインアークの方は知ってる人結構少ないクマー。あの『トルコの傭兵』が八面六臂の無双してたからクマ……ていうか佐渡の白銀少佐じゃあるまいし、20秒足らずで敵防衛部隊が全滅とか有り得ねークマ」
「確かに、あのトルコ人傭兵さんの活躍に隠れてますけれど、球磨さん自身の戦果も十二分に誇れるものですよ。球磨さんと提督さんが指揮していた輸送艦隊だけが脱落0だったじゃないですか。戦果は他の艦隊とほぼ同じだったから隠れていますけど、すごいですよ」
「クママママー。照れるクマー」
「確か、その時の功績で中将に昇格したんですよね、その提督さん」
「……」

 でもどうして、そんな栄光を蹴ってまで本土に? と私が続けると、球磨さんは突如として暗い顔になってしまいました。
 目のハイライトが消えています。コワイ!

「……球磨の握り拳くらいある腫瘍だったそうだクマ。あの時、提督は、蒼い顔して油汗流していても、昼飯の油に当たったとしか言わなかったクマ。でも、超展開していた足柄さんは全部知ってたはずだったクマ」
「え」
「作戦が終わった直後、足柄さんはそのままキングストン弁を自抜して提督と一緒に沈んで行ったクマ。2人とも、今でも見つかっていないクマ。全てが分かったのは、提督の私物整理の際に出てきた薬の袋と日記からだったクマ」
「そ、それは……」

 聞かなきゃよかった。

「球磨は、提督の健康管理も出来ないどころか、あの顔色の嘘すら見抜けなかった大間抜けクマ。もう艦隊には居られなかったし、居たくもなかったクマ。丁度本土でTKTの球磨の代わりを探してるって知り合いから聞いて、そのまま入れ替わったクマ」

 聞かなきゃよかった。それが今の私の嘘偽りの無い感想です。
 重いです。重過ぎです。着任してまだ5ヶ月とそこらの私には重すぎる話です。

「……ああっと! こんな話、こんな時にする話じゃないクマね。少佐、申し訳ありませんでしたクマー」
「い、いえ! こちらこそ土足で踏み入るような質問、失礼いたしました!!」

 少佐(私)と艦娘がお互いに敬語を使い、頭を下げ合うという奇妙な光景が帝都の街中で再び繰り広げられました。
 そんな私達の頭上で午後8時を告げる鐘が鳴り響き、街頭スピーカーが声を発しました。

『帝国臣民の皆さん、お勤め、ご苦労様です。午後8時になりました。ただいまから15分後の、午後8時15分より、第2次配電制限時間に入ります。まだ仕事中の方は、速やかに帰宅の準備をしてください。帝国臣民の皆さん――――』

 そのアナウンスを合図に、私は一度お辞儀をすると、車に向かって歩き出そうとしました。

「それでは、またクマー」
「はい。球磨さんもお元気で」
「(司令官が)お世話になりました」

 直後、横須賀スタジオ正面に広がる海面から、何かが飛び出してきました。
 突然周囲が暗くなったので、最初は月が雲に隠れたのかと思いました。次に、上から滴がいくつもいくつも落ちてきたので雨かとも思いました。ですが、雨にしてはやけにまとまった塊で落ちてきた事と、磯臭い匂いが気になったので上を仰いで見ました。

 深海凄艦と目が合いました。

 あまりにも至近距離かつ相手が巨大だったので、その全貌は掴めませんでした。ただ、炎のように揺らめいて輝く、赤い双眸だけが印象に残りました。
 その深海凄艦が、興味を失ったように私から視線を外し、よっこいしょとでも言わんばかりの仕草で両手両足を使ってコンクリート製の大堤防を乗り越え、横鎮には目もくれずに市街地の方に進んでいきました。
 そこまで遠ざかってようやく、その深海凄艦の全貌が明らかになりました。
 ちょうどその時、私の頭の中では何故か、インスタント提督として徴用された後の座学の時間に視聴したビデオ映像の一部が浮かんでいました。


 ――――か、艦長! 深海凄艦の艦娘です! 首と足があります!!


 完全な人型。剥き出しの歯茎と歯が並ぶ大顎状に変化した黒色の異形の両腕。黒のビキニ。スレンダーな体型を裏切る馬力とスタミナと、それらに支えられた圧倒的な格闘戦能力。
 深海凄艦の、艦娘への対抗手段。

「じゅ、重巡リ級!? 何でそんなのがここにいるクマ!? 腐れ谷の観測所は何やってたクマ!?」

 そこでようやく、耳をつんざくような大音量の警報サイレンが周囲一帯に鳴り響き、私やぬいぬいちゃんに支給されている軍用のスマートフォンにも一斉にエリアメールが着信しました。
 横須賀スタジオの中から、スーツ姿の方々や艦娘達が何人も飛び出してきました。恐らく、横須賀スタジオ所属のプロデューサー兼提督さん達なのでしょう。その流れに合流するように、球磨さんも走っていきました。彼らの目指す先は重巡リ級とは逆。海です。

「え!? く、球磨さんどちらへ!?」
「プロデューサーと合流するクマ! 沖で『超展開』して急いで戻ってくるクマ!!」
「だったらどうしてここで――――」

 それをしないんですか。という私の叫び声は、コイツ馬鹿か? とでも言いたげに歪められた球磨さんの表情に遮られてしまいました。

「それは不味いクマ! 球磨達軽巡以上の艦種だと、陸上での『展開』は爆発の影響が出るクマ! あと、駆逐艦娘は今、遠洋訓練中か地方でのアイドル活動中クマ!!」
「あ……」

 そうでした。座学でも軽巡洋艦以上の艦種が『展開』あるいは『超展開』を実行する際には、艦と艦長を保護するために、意図的な純粋エネルギー爆発を起こしてそれを保護すると習ったのに、どうして忘れていたのでしょう。

「司令」

 数少ない例外が改二型と潜水艦と、主機出力が低い駆逐艦のみです。彼女らなら今ここで超展開を実行しても何ら問題は無いのでしょうが、肝心の駆逐艦が不在ではどうしようもありません。

「司令」

 リ級の周辺で発光と爆発。急行した鍋島Ⅴ型と、陸軍の潜水艦娘『まるゆ』が交戦状態に入ったようです。しまった、まるゆの変身(Transform)を見そこないました。展開は兎も角、超展開のノウハウを一切持たない陸軍渾身のギミック、一度でいいから拝んでみたかったのに。

「司令」
「な、何!? ぬいぬいちゃん!?」
「我々も出撃しましょう。あのリ級はどういう訳か、陸に上がる事が出来るようです。ですがまだ、海岸線沿いに移動しています。今ならまだ、不知火でも追撃できます。海中に引きずり戻せば、不知火でも戦えます」

 そ、そうでした。ぬいぬいちゃんもまた、駆逐艦娘でした。
 普段の眼光の鋭さから、ついてっきり戦艦か重巡娘かと思い込んでいました。

「え、ええ。そうね! こんな状況で縄張りがどうのとか言ってられないものね!? ぬいぬいちゃん! あっちの湾が開いてるから『展開』急いで!!」
「了解しました。不知火『展開』します!!」

 足から真っ暗な海に飛び込んだぬいぬいちゃんがドボンと着水すると同時に、もの凄い大爆音と閃光が周囲を包み込みました。
 光と音が過ぎ去った後、海の上には人の形をしたものは無く、あったのは鋼鉄の艦船が一隻だけでした。

『駆逐艦『不知火』解凍作業終了しました。司令、お急ぎを』
「え、ええ! ぬいぬいちゃん。私が席に着いたら即『超展開』いけるわよね!!」
『期待に応えてみせます』

 降りてきたタラップを駆け上がり、脇目も振らずに艦橋を目指します。
 目指す先は、艦長席です。






【U1、深刻なダメージを受けています】
【U2とのデータリンク途絶。U3、システムダウン】
【U4、残弾30%】
【まるゆ399より全ユニット。警邏隊は周辺住民の避難を完了したとの報告です】
【まるゆ401と402。配置につきました。待機中】
【まるゆ403と404。射線が取れません。移動中】
【まるゆ397より全ユニット。大破したまるゆ398と私の回収をお願いします】
【まるゆ400! そんな暇ありません! 現在A1を誘導中です! 狙撃ポイントまであと20!!】

 超展開時の記憶酔いも晴れ、海の中をぐるりと回って現場に到着した時、そこにはまだ破壊の痕跡は大してありませんでした。
 そこにあったのは配電供給制限中の暗闇と、緊急点灯された無数のサーチライトに照らされた重巡リ級と、周囲のビル壁を跳び回る鍋島Ⅴ型、そして、ビルを盾にゆっくりと後退しながら砲撃戦を続ける、白いスクール水着を着た小さな――――といっても、全長数十メートルオーバーですが――――少女の姿がありました。
 艦娘式潜航(?)艇『まるゆ』
 それがあの少女の名前です。手に持っている小さな銃砲でリ級を撃っていますが、大したダメージにはなっていないようです。リ級の両腕を覆っている、真っ黒な主砲塔群格納殻に弾かれて火花を散らしているだけです。何発かは装甲化されていない死人色の皮膚状物質に着弾しているようですが、それでも青アザ1つできておらず、大したダメージになっているとは思えませんでした。
 まるゆちゃんを公園の広場の端に追い詰めたリ級が腕を大きく振り上げ、見えない何かに吹き飛ばされたかのように大きく弾かれました。
 狙撃。
 今しがた混線していた陸軍さんの通信にもあったとおり、今のまるゆちゃんは囮だったようです。たしか……キルゾーン・サツマとか言いましたっけ。わざと弱い振りをして、適当な所まで誘導してありったけの攻撃をする戦法です。

【まるゆ401。攻撃失敗、移動中!】

 頭部に直撃したかと思われた攻撃は、咄嗟に挙げられた右腕によって防がれていました。ですが、今までのまるで無力な攻撃とは違って、盾にした右腕の皮膚には大きくてきれいな丸穴が開いており、そこからドクドクと血が流れおちていました。
 それに激高したのか、炎のように赤く輝く瞳のリ級が左右の腕口から主砲を生やし、砲弾が飛来した方向に向かって一斉射。当のまるゆちゃんは低い背と乱立するビル群を盾に砲撃をやり過ごし、どこかへと遁走します。
 その背後から再び狙撃。
 ヘッドショット。
 ですが、突然周囲を包み込んだ閃光で照準がブレ、リ級の頭を撃ち抜くはずだった砲弾はかすりもせずに背後のビルに穴をあけるだけに留まってしまいました。

【まるゆ403。外した! 何今の光!?】

 幸運にも狙撃をかわしたリ級が背後に振り向いて砲撃。主砲の8inch三連装砲と副砲の6inch連装速射砲による制圧砲撃で、その周辺がひっくり返されたおもちゃ箱のようにグシャグシャになっていきます。

【まるゆ401より全ユニットへ。120ミリなら敵の皮膚を貫けます! 予備のAPFSDS誰か持っていませんか!?】
【まるゆ403より401。残弾2。ポイントCで受け渡します。現在移動中】
【まるゆ399より海上の所属不明機。タレカ】

 突如として私と、超展開中のぬいぬいちゃんに向かってサーチライトが一条、向けられました。とんでもなく眩しいです。

 ――――え、えと、あ、ああの!!
【帝国海軍、有明警備府第一艦隊所属、不知火改です。こちらは同艦隊司令官の比奈鳥ひよ子少佐。救援に参りました。状況を】

 突如として誰何を受けてしどろもどろになった私と違って、ぬいぬいちゃんは立て板に水を流すかのように返答しました。しかもご丁寧な事に、手の甲を見せない陸軍式の敬礼までつけて。

【……帝国陸軍、湾岸防衛隊のまるゆ399号です。状況は見ての通りです。敵勢力は既に本土に上陸。数は1。ピケットラインの内側から直接侵入・上陸されたので、被害はこのあたりのビル群を除いてはごく軽微。いったい、どうやってここまで来たんでしょうか……】

 手の甲を見せる海軍式の敬礼を返したまるゆちゃんの言う通りで、本当に不思議です。重巡リ級ほどの大型種になれば、一昔前のPRBR検出デバイスにだって必ず引っかかるはずなのですけど。
 ですが、今はそんな事を考えている暇はありません。私は提督です。深海凄艦と戦える力を持った人間。勤めを全うしなくては。

 ――――了解しました。超展開の持続時間が心元有りません。比奈鳥ひよ子少佐、これより吶喊します。
【え?】
【え?】

 ハッキリ言って、すごく怖いです。いつぞやの駆逐ニ級と戦った時が私の初陣ですが、大型種と戦うのは今日が初めてです。しかも、警備府の他の艦娘達と違って、ぬいぬいちゃんも今日が初の実戦です。しかも相手は軽母ヌ級と並んで『艦娘殺し』とまで呼ばれた重巡リ級です。

 ――――だからと言って、怯んで良い訳がありません!
【あ、あの。司令、まさか実戦で緊張しすぎて……?】

 着任してから半年もたってないような私が策を練っても、どうせ自滅するだけです。だったら、こちらに背後を向けているリ級の背中に直接、射突型酸素魚雷を叩き付けてやればいいのです。シンプルイズベスト。
 先程のリ級を真似て、陸に上陸させたぬいぬいちゃんの艦体に自我コマンドを入力。ぬいぬいちゃんの左腕に酸素魚雷を展開し、艦体を全力疾走させます。
 直後、私の両足に激痛が走り、思わず転倒してしまいました。

【メインシステムデバイス維持系より警告:左右脚部の運動デバイスに異常な過負荷が発生しています】
【メインシステムデバイス維持系より警告:左右脛骨ユニットに異常圧力。亀裂が発生しています】

 咄嗟に機転を利かせてくれたぬいぬいちゃんが痛覚接続をカットして、わざと転倒してくれたおかげで、私はこれ以上痛みに呻かないで済みました。そして、その瞬間に流入してきたぬいぬいちゃんの焦燥や困惑、怒りといった概念から、私がやらかしてしまった大ポカの正体が判明しました。

【司令官……不知火は、不知火は改二型ではないのですよ!? 川内さんや北上さんのように陸戦には対応できていないのですよ!?】

 何という迂闊でしょう。前のめりに倒れたまま足元を見てみれば、酷い有様でした。カカト・スクリューは見るも無残にひしゃげて曲がり、人間で言うところの筋繊維沿いに沿って足の皮膚は裂け、所々から断線した運動デバイスの繊維と、血液代わりのドス黒いオイルが流れ出していました。
 デバイス維持系に質問信号を通してみれば、見た目ほどの損傷ではないとの事でしたが、全力疾走なんてもってのほかだと警告されました。
 転倒した時の音で、重巡リ級がこちらに振り向きました。
 そして、今までのゆったりとした動きが嘘だったかのように、機敏に走り出しました。こちらに向かって。

 ――――あ、ぁあ……!!
【司令官! 立って! 逃げて!!】

 ぬいぬいちゃんから伝わる焦燥感に押されて、私の頭の中は真っ白になっていました。それでもぬいぬいちゃんの必至な声に従って、私が何とか艦体を立ち上がらせた時、リ級はもう目の前にいました。
 ショルダータックル。

 ――――ヒッ!?

 急に世界がスローモーションに見え始め、私が何か考えるよりも先に、本能が私の身体を動かしていました。

 ――――あれ、この光景、前にもどこかで……?

 ぬいぬいちゃんの膝を大きく曲げ、足を広げて深く腰を落とし、お相撲さんのように前かがみになりながら両腕を広げて、突進してきた重巡リ級の腰を掴みます。踏ん張りがきかなかったアスファルトが砕けて削られ、後方に押し出され続ける両足から金属のひしゃげ捻じ曲がる不気味な音が聞こえますが、それでも上半身丸ごとを使って抑え込み、突進の勢いを完全に殺します。

【と、止まった……】
【駆逐艦が……重巡を正面から抑え込んで……!?】
 ――――【ァィ】

 思い出しました。
 彼我共にたった一人だけとはいえ、このシチュエーションはとても良く似ていたのです。あの、夏と冬の戦場の光景に。あの、開催の拍手を待たずに突撃を開始するフライング野郎共の人津波に。
 それさえ分かれば、もう何も怖くないです。
 自我コマンド入力。
 ぬいぬいちゃんの足がさらに歪んでひしゃげるのにも構わず、最初の一歩を踏み出します。最初は一歩。次は二歩。そして三歩。身長も体重も、私達よりもはるかに上であるはずの重巡リ級は、砂の上を滑るかのようにあっけなくアスファルトの上を押し戻されて行きます。
 その当時の私達からは見えなかったのですが、後々まるゆさん達から聞いたところによると、その重巡リ級はハッキリと分かる表情で困惑していたそうです。

【ど、どんどん押し返して!?】
【まるゆ401より海軍さん! そのまま後ろのビルまで押し出してください! 仕留めます!!】
 ――――【サァィ】

 呆然と私達を見つめるまるゆちゃん達の呟きにはもう答えるだけの余裕がありませんでした。私も、ぬいぬいちゃんも、有明警備府の本能に従って魔法の呪文を叫びながら反撃に打って出ました。

 ――――【カイサアアアァァァイ!! コミ(ックカー)ニバル!!】
【【【ナンデ!?】】】

 その掛け声と共に自我コマンド入力。全運動デバイスにマックストルクをオーダー。力強く一歩を進める度に加速し、5歩目のあたりから私達が押し出す速度は目に見えて早くなり、最終的には全力ダッシュとそう大して変わらない様相になっていました。
 リ級を押し出しながら背後にあったオカメ建築式ビルに突撃。叩き付けられ、ビル壁面に大の字になってめり込んだリ級が首だけを動かしてこちらを憎々しげに睨み付けます。今こそまさに、射突型酸素魚雷を叩き付ける絶好の機会なのですが、そこまで人生は甘くありませんでした。
 時間切れ。

【司令官……超展開、解除されました】

 突如として、陸の上では無力な駆逐艦本来の姿に戻ってしまったぬいぬいちゃんを見て、リ級に嗜虐的な表情が浮かびました。
 そしてそのまま、マッハの速度で飛来した2発の120㎜APFSDSが大きく見開かれた左右の目玉に向かって吸い込まれるようにして着弾。その運動エネルギーでリ級の首から上を綺麗に挽肉に変えてしまいました。
 フェメレフ・ショット。
 あまりにも突然すぎて、何が何だかわかりませんでした。

【まるゆ401。排除完了】
【まるゆ403。排除完了】

 膝から崩れ落ち、急速に体組織を劣化させながらグズグズと溶けていく重巡リ級の腐敗臭と、陸の上の公園の隅っこに打ち揚げられた駆逐艦と私。
 あとに残されたのは、たったそれだけでした。






 本日の戦果:

 駆逐イ級        ×3(横須賀鎮守府の成果)
 駆逐イ級(※1)    ×1(〃)
 軽巡ヘ級        ×2(〃)
 雷巡チ級        ×4(〃)
 軽母ヌ級        ×2(〃)
 重巡リ級(※1)(※2)×0.5(有明警備府および陸軍の共同撃沈のため)

 深海凄艦側勢力が、本土上陸を成功させました。
 帝国本土全域における、深海凄艦の脅威指数が急上昇しています。
 大本営が、帝国本土防衛網の再編成を開始しました。
 それに伴い、第1次南方海域増強派兵隊の人員も再編成されました。
 南方海域ブイン仮設要塞港(ブイン基地)の、不正な資材受注(二重帳簿)が発覚しました。

 


 各種特別手当:

 大形艦種撃沈手当
 緊急出撃手当
 國民健康保険料免除

 以上




 本日の被害:

 駆逐艦『ぬいぬい改』:大破(有明警備府所属。スクリューシャフト破損、左右脚部運動デバイス全交換の要有り、超展開用大動脈ケーブル断裂、主機異常加熱)




 各種特別手当:

 入渠ドック使用料全額免除
 各種物資の最優先配給

 以上

 ※1 太平洋戦線、および西方海域にて確認された亜種『タイプ=フラグシップ』と情報が一致しました。
 ※2 南方海域で確認された突然変異種『ダ号目標』と性質が酷似しています。TKTが詳細を調査中です。



 特記事項

 比奈鳥ひよ子少佐に対する南方海域への異動命令を取り消す。従来通り、艦隊の練度を維持・向上させつつ本土防衛の任に当たる事。
 比奈鳥ひよ子少佐は、後で戦闘報告書と共に横須賀鎮守府内で起こした、同鎮守府の任務妨害行為についての始末書を提出する事。







 本日のOKシーン


 比奈鳥ひよ子少佐が、重巡リ級に寄り切り勝利を得たあの日から数えて、一週間ほど時計の針が進んだ。

「比奈鳥少佐、入ります」
『どうぞ』

 部屋の中から返事が返ってきたのを確認し、失礼しますと一言告げてから第2艦隊の執務室の中に入ったひよ子の目に写ったのは、いつぞやの時よりも更にうず高く積まれた書類の山と、その中で端末を使って入力作業を黙々と続けている戦艦娘『長門』の姿だった。誠に遺憾な事に、メガネは装着していなかった。
 ひよ子の方を振り向きもせず、ワードで書類作成を続けながら長門が言った。

「比奈鳥少佐。ニュースが二つある。ロクでも無い話と、とことんロクでも無い話の二つだ」

 とことんロクでもないってどんなのかしら。とひよ子は思ったが、口には出せなかった。嫌いなオカズから片付ける派の彼女でも、聞くのはためらわれた。

「……では、ロクでもない方からお願いします」
「わかった。TKT――――ああ、研究Teamの方からだ。そっちから、少佐と陸軍が交戦した重巡リ級の調査結果が入って来た」
「随分と速いですね」
「ああ。今回の襲撃と似たような件が以前にもあったらしい」

 そう言って長門は一度タイピングの手を止めて、書類山の中からホチキス止めされた資料の紙束を引っこ抜き、ひよ子に手渡した。ひよ子の手に渡った資料は、彼女自身の小指ほどの厚みもあった。タイトルには『井戸水レポート(Team艦娘TYPE検閲済・総集編)』とあった。
 長門が再び入力作業に戻る。故に、五十鈴牧場と呼称される臓器密売およびクローン売春を主力産業としたブラック鎮守府および提督の撲滅は窮務、休務、急務であり、我々有明警備府の中でも、

「……井戸水レポート、ですか?」
「ああ。詳しくは私も知らないが、TKTのフロントライナーが今、南方海域に派遣されているらしい。その彼だか彼女だかは知らないが、兎に角その井戸水とやらの報告書にあった『ダークスティール』とかいう戦艦ル級の突然変異種と、今回本土上陸を成功させた重巡リ級。艦種の違いこそあれ、内臓器官や設計コンセプトがほとんど同じものらしい」

 上陸戦を前提とし、ステルス機能を有する、第四世代型の深海凄艦。

 ひよ子の手の中のレポートはその内容の大半が検閲によってマスキングされていたが、拾って読める所をまとめると、そう書かれていた。
 最初期の第一世代。対艦ミサイルなどに対抗すべくして皮膚状組織の肥厚化や内外骨格の多層化が進んだ第二世代型。そして現在主流となっている、嫌気装甲や好気性肉食バクテリアを寄生させた機密保持能力を有する第三世代型。

「そして件の第四世代型は、そのステルス機能をもってピケットラインの内側、あるいは陸上へと隠密接敵し、第三世代型の機密保持能力を廃して得た長時間の継戦能力をもって軍事施設や都市部への奇襲攻撃を旨とした深海凄艦。それが今回交戦した重巡リ級の正体ではないかと推測されている。もっとも」

 もっともコイツはタイプ=フラグシップを素体にしてるくせに、機密保持能力を維持したままだったし、言うならば第三・五世代型だな。と長門は画面から目を離さずに呟いた。急務であり、我々有明警備府の中でも特に練度と経験に優れたる我々第2艦隊こそがその任務の遂行に相応しいと愚公、愚行、愚考する次第であります。

「つまり……どういう事なんです?」

 ひよ子が心底訳が分からないとでも言いたげな表情で首を傾げた。
 対する長門は、思わずタイピングの手を止めてひよ子を見た。こんなのがここの警備府唯一の提督で大丈夫なんだろうかと大真面目に心配していたが、艦娘と提督という立場上、顔には出さなかった。

「……つまり、だ。あのリ級は我々で言うところのプロトタイプやテストヘッド的な存在なのだろう。という事だ。バグの洗い出しなんかに使うアレだ。つまり、深海凄艦は、そう遠くない内に、ステルス機能を持った連中を量産してくる可能性が高いという訳だ。この間みたいなのが当たり前になるという事だな」

 そこまで聞いて、ようやくひよ子の顔に理解と驚愕の色が浮かぶ。

「お、大事じゃないですか!?」
「やっと理解してくれたか。では次のニュースだ。……我々艦娘という存在が、海軍から消えるかもしれん」

 大事にも程がある。
 ひよ子は、一瞬何を言われたのか理解できなかった。

「?」
「……あのリ級との戦闘中、激しい閃光が起こっただろう」
「は、はい。でもあれは、沖合で横須賀の誰かが『超展開』を実行したからなのでは……?」
「違う。というか少佐。テレビのニュースくらい見たらどうだ。少佐の南方行きが取り消された理由もそこでやっていたというのに」

 長門が作成したファイルを保存して、一度時計の針を確認してからひよ子の方に振り返って言った。

「時間か。丁度いい。私が言うよりも、今日のニュースを見た方が早いだろうしな」

 長門が部屋を後にする。ひよ子も、部屋の電気を消して窓の鍵かけをチェックしてからその後に続いた。



「あ、長門さんお疲れ様です!」

 有明警備府の共同居間に向かった長門とひよ子を出迎えたのは、同室内のテレビの前にかじりついて離れない有明警備府の第1から第3までのほとんど全ての艦娘達――――警備内を巡回中の足柄プロトと、近海哨戒中の川内改二は除く――――の姿だった。
 この時間ならいつもは道着に着替えて道場でチャドー・ゼンを組んでいるはずの飛龍(湯上りジャージ姿)と蒼龍(湯上りパジャマ姿)の2人の姿まであった。

「うむ。お疲れ様。秋雲、すまないが、そろそろ記者会見が始まる時間だと思う。チャンネルを変えてくれないか?」
「了解でーす」

 そう言うと秋雲は手に持っていたTVのリモコンを操作して、壁に掛けてあった極薄EL画面のチャンネルを変えた。
 画面の中ではちょうど、金6アニメ『Can't Dead Wonder.』の最終回が映っており、主人公の村雨妹紅がサムズアップしながら薪の火となった瞬間が映し出される直前であった。チャンネルを変えた張本人である秋雲は、後々神シーン認定されたその瞬間を見損ねた事を激しく後悔する事になるが、今は放っておこう。
 映像がアニメから実写に切り替わった。
 記者会見場。
 白い布がかけられた無人の長テーブル、その上に集められたマイク、気の早いカメラフラッシュと記者群のざわめきだけが映っていた。

 会見場に入って来た誰かがテーブルの上のマイクの1つを手に取る。フラッシュが激しくなる。
 そのスーツ姿の男は痩せぎすで、いかにもアイアム中間管理職の人間ですといった雰囲気を滲ませていた。
 口を開く。

『――――ではこれより、説明会見を始めさせていただきます。まず初めに、我々Team艦娘TYPEについてですが、その性質上、暗殺や誘拐の危険性が常に存在しています。その為、偽名での進行となりますが、なにとぞご了承ください』

 フラッシュが一段と焚かれる。

『私は、今回の説明担当となりました『Y』開発担当のロックアイス主任です。では、今回の爆発事故について、さっそくご説明をさせていただきます』

 のっけから爆弾発言だった。

「ば、爆発……!?」
「シッ」

 呆然とつぶやくひよ子に、今更何に驚いているんだろうという視線がいくつも横目で突き刺さる。ぬいぬい改(両足にまだ包帯)が静かにしろとジェスチャー。
 ソファのど真ん中を占領している北上改二が無言でボリュームを上げる。

『今回の爆発ですが、現在開発中の『Y』の試作二号機の臨界試運転中の爆発事故であると調査の結果、判明しています。試運転の理由ですが、これは『Y』の超展開実施試験の為であり――――』
『ダブルスポイラーの姫海棠です。ロックアイス主任、あなたは今『超展開』とおっしゃいましたが、その『Y』というのは艦娘なのでしょうか。それも、テレビ出演しているアイドルの方ではなく、実際の戦場に送られている方の』

 ロックアイスの言葉を遮り、記者の一人が挙手。返事も待たずに質問を投げかける。
 テレビの向こうのロックアイス主任は顔にこそ出していなかったが、礼儀知らずな事を差し置いてもこの記者はよく勉強してきているな。と素直に感心していた。
 隼鷹達の電波ジャックにより、アイドルではない艦娘の存在が明らかにされたのはつい最近の事だし、戦場の艦娘を知っているのは兎も角、超展開という単語をどこでどうやって入手したのだろう。生半可な情報統制ではない筈なのだが。ひょっとして、このあいだロックアイスの仕事場に取材に来たあの犬塚とか言うフリーのカメラマンと同じで、実際に最前線まで行きでもしたのだろうか。

『はい。そうですね、私がいちいち説明するよりも、現物を見た方が早いでしょう。入ってきなさい』
『はい。失礼します』

 最近の若い子の行動力ってすごいなーなどと考えつつ、ロックアイス主任は顔色一つ変えずに爆弾発言を投下した。この手際の良さから察するに、ひょっとしたら、最初からこの爆弾は投下する予定だったのかもしれないが。
 カメラが右にパンする。
 さらに焚かれたフラッシュをまるで意に介さず、穏やかな笑みを浮かべた一人の女性が会見場に入室してきた。

 異様な艦娘だった。

 その娘が一歩進むたび、鈍い音と揺れが会場に小さく響いた。
 艦娘最大の特徴であるその艤装は娘の体全体を包み込むほどに巨大で、大小無数の砲塔が据え付けられていた。
 対する艦娘自体は見目麗しい娘であり、桜模様の簪で1つにまとめられた長大な黒髪のポニーテールで、金網状の測距儀が横に伸びる鉄色のカチューシャを付け、やんごとなきお方の御家紋が彫られた首輪をかけて、赤いスカーフのセーラー服と赤のミニスカートを履いていた。絶対領域を形成している左の黒いサイハイソックスには白い達筆で『人生紙吹雪』とあった。
 バストは実際豊満()だった。

『新聞記者の皆様方、初めまして。大帝圀海軍総旗艦『大和』です』

 一瞬、
 ほんの一瞬だけだったが、テレビの向こうの記者群も、有明警備府の面々も、どこかの基地や鎮守府でこの記者会見を見ていた誰も彼もが皆、動きを止めた。
 有明警備府の誰かが呆然と呟く。

「あれが……大和」

 戦艦『大和』

 軍事知識に疎いひよ子ですら知っている戦艦だ。空を飛んだりワープしたり平静からタイムスリップしたお化けが乗り込んでいたりと、色々な作品でも取り上げられている事から、民間での知名度も高い。何で今まで艦娘がいなかったのに誰も疑問に思わなかったのか、逆に不思議なくらいである。
 ロックアイス主任は続ける。

『すでに『Y』――――大和は、各地の一部最精鋭艦隊に先行量産型として少数配置されております。今回の実験は大和に使われている主機の負荷限界、および脆弱性を確認するための実験であり、今回の爆発事故は大和の戦闘信頼性を損なうものでは無い。とこの場を借りてご報告差し上げます』

 会場がざわめく。フラッシュすら焚かれない。
 誰かが挙手。どうぞと言われてから起立し、言う。

「ニューズウィーク帝国支社のマックス・ロボです。ロックアイス主任。今回の事故は被害総額およそ2兆ドルとの試算結果が出ていますが……どのように責任を取るおつもりで?」
「爆発した『Y』――――プロトタイプ大和2号機が残したデータの内容には大変満足しています」

 テレビの向こうの記者群も、有明警備府の面々も、どこかの基地や鎮守府でこの記者会見を見ていた誰も彼もが皆、動きを止めた。

「次は失敗しません。ご期待ください」

 ロックアイス主任が手元にあった資料をまとめて退席する。
 隣に立っていた大和は、困惑と不安に満ちた表情でロックアイスが出ていった方と正面をオロオロと見比べていたが、軽くお辞儀をすると小走りで会場を後にした。
 さらに数秒間の呆然とした沈黙の後、とんでもない量の大罵声が記者会見場を埋め尽くした。その音量だけで有明警備府のテレビがガタガタと揺れているくらいだ。

「「「な……」」」

 有明警備府の誰もが呆然と呟く。

「「「何て野郎だ……」」」

 呆気に取られたままの有明警備府の面々がいる共同居間。
 そこの片隅に鎮座しているスタンド式ハンガーに吊り下げられている一週間分の新聞には、七日間の一面記事には、それぞれこう書かれていた。

『帝都湾沖、謎の大爆発!』『帝都湾防衛網に大損害、事実上の機能停止状態へ!!』『250名を超える死傷者数(※艦娘は除く)まだまだ増える……』『戦艦娘『陸奥』は関与を否定!!』『軍の新艦娘の事故!?』『高まる艦娘への不信! 安全性への疑問!!』『艦娘は不要! 通常兵器の強化を求める市民の声!』『後日の記者会見にて軍が公式発表を宣言!!』

 いずれも、プロトタイプ『大和』2号機の事故によって生じた事故の被害の大きさや悲惨さを取り上げた物であり、日を追うにつれて艦娘そのものへの不信感が高まってきているのが見出しからでもよく分かる。
 だが、先程長門が言ったように『本当に艦娘というカテゴリの兵器が消えるのか?』という疑問については、はっきりとNOであると言える。
 艦娘ほどコストパフォーマンスに優れた対深海凄艦戦争用の兵器は未だ開発されていないし、通常兵器として見た場合でも(軍も政府も公式見解は出していないが)改二型などに代表されるように、色々と対人的に優れたパフォーマンスを秘めた兵器でもあるからだ。
 そもそも、南方海域増強派兵を取り消してまで本土防衛網の穴を埋めているほどだというのに、本当に艦娘を――――世界的に見て数千・数万単位で生産・運用されている全ての艦娘を――――戦線から外して、そこに開いた穴をどう埋めるつもりなのか。また、『帝国には艦娘ありき』が前提になっている各国間の軍事バランスはどうするつもりなのか。この新聞記事を書いたライターどもはそこんとこもう少し調べてから書き直せ。

 兎に角、それらに代表される真っ当な理由と、人類存亡の危機という免罪符があるからこそ艦娘は消えはしないだろう。少なくとも、この戦争が続いている限りは。
 だが、
 だが、今回の記者会見にて、その艦娘の立場が著しく悪化したのは明らかである。
 それが今後の――――街中を出歩けるようになったばかりの艦娘達に――――どのような悪影響をもたらすのか。また、いずれ来るであろう戦後にどのような禍根を残すのか。

 それはまだ、誰にも分からない。



 今度こそ終れ。



[38827] 【不定期ネタ】嗚呼、栄光のブイン基地【艦これ】
Name: abcdef◆fa76876a ID:3aa9db6f
Date: 2014/10/31 22:06
※オリ設定てんこ盛り盛り。
※この世界では、艦娘はクローン生産されています。なので落ち着け。君の大好きな○×は今、君の腕枕の上で静かに寝息を立てているはずだ。
※機械工学とか電子工学とか軍事の基礎とか、ナントカ学とかカントカ学とか、名前しか知らんです。勘弁してください。
※なんかスランプめいて文章がアレげです。特に後半。申し訳ありません。
※所々でグロいというか、えげつないです。要注意。
※井戸少佐は向こうでメガネをしています。




 那珂! 川内型、ナンバー、3!
 那珂! 川内型、ナンバー、3!

 夜戦バカの姉がいる~♪
 二水戦の姉がいる~♪
 そーしてー、那ー珂ーちゃん、こーこーにーいるー♪
 空を見ろー、星を見ろー、私を見ろー♪

(※バッテン修正の上『提督が石之森派だった場合、深刻な対立は免れないので没!』と殴り書きされている)


 ティーンエイジ・バトル・シップ・ガールズ!(繰り返し×3)
 アイドル・パワーだ!(ヒアウィゴー!!)

 世界の平和とアイドルランクのため、今日も戦う無敵のガールズ・チーム!
 重い大砲と運命背負ったキュートなヒロイン達!
 邪悪な深海凄艦もアイドル・パワーには降参だ!

 ティーンエイジ・バトル・シップ・ガールズ!(繰り返し×2)

 司令官の(明後日の着任までに名前をもう一度調べること!)少佐=サンはチョウテンカイ・ジツのタツジン!(ワザマエ!)
 次女の神通姉さんは影薄い! 長女の川内姉さんは夜戦マッスィーン!
 キュートでポップなこの私! 書類上では妹になるはずだった加古ちゃん!

 ティーンエイジ・バトル・シップ・ガールズ!(繰り返し×3)
 アイドル・パワーだ!(メルポゥ!!)


※今度来る司令官さんは、このくらいのトシだっていうから、掴みはこれでおk? 後で他の曲も探す。
※名簿は資料室! 那珂ちゃん今日中に再確認!!(あれ偽名っぽくね?)

※(H26, 追記)流用はアイドルらしくないけど、時間が無いから今度の増援部隊の歓迎会もコレでいく。


                           ――――――――回収された手記『輝け! 那珂ちゃん未来の黄金歴史ノート』より






 蒼い海、どこまでも続く紺碧の空。飛び石のようにぽつぽつと浮かぶ白い雲間に、一機のセスナが飛んでいた。
 空を飛ぶそのセスナ機以外には誰もおらず、ただ静かに風が流れていくだけのその青い空間には、そのセスナ機自身が発するエンジン音だけが静かに響いていた。

「ねぇ、深雪さん」
「さん付けいらないってば。何、司令官?」

 現在、このセスナ機の中にいるのは、何かイモっぽいけど快活そうな雰囲気の駆逐艦娘『深雪』と、セスナの操縦手、そして、海軍少佐の礼服に着られたチビガキの合計3名である。
 チビガキである。
 そんじょそこらのガキではなかった。
 こんなセスナ機に乗っているよりは、近所の空き地か土手沿いの河川敷でサッカーボールでも蹴っ飛ばして遊んでいるのがお似合いの年頃のガキだった。保護者らしき人物は居なかった。
 こんな所にガキ1人だけで乗り込んでいるのも異様なら、ガキの服装もまた、異様だった。
 真っ白い礼帽、肩紐無しの白いフロックコートに同色のズボン、帝国海軍指定の白塗りのローファー、左手側の腰に佩いたサーベルの鞘。顔は、目深に被った礼帽と前髪に隠れて上半分が見えなかった。
 そして肩には、黄色い下地に一本の黒線が引かれた、一輪咲きの桜花の肩章があった。
 帝国海軍少佐の階級章だった。
 繰り返して言うが、近所の空き地で野球かサッカーでもやってる方がお似合いな年頃のチビガキである。
 これを異常と言わずして、何を異常と言うべきか。

「う、うん。僕は、あ、いや僕達、上手くやっていけるのかなって」
「あはは。大ーぃ丈夫だって」

 ガキが不安げに尋ねる。深雪がカラカラと笑って答える。

「私だって、本物の戦争は初めてだしさ。初めて同士、気楽にいこうぜ、な!」

 田舎の中学校の様なセーラー服を着た、何かイモ臭くてヘルメットかぶってママチャリでも乗ってる方がこんなセスナ機よりも似合っていそうな『深雪』が励ますようにしてガキの背中をポンポンと優しく叩く。
 それに励まされたか、それともこれ以上心配させたくなかったのか。それは定かではないがガキは己の背を伸ばし、先程までよりも若干力の籠った声で言う。

「そ、そうだね。深雪さ……深雪。何にも知らない僕だけど、一緒に頑張ろう」
「おう、その意気だぜ司令官! 深雪さまの本気を見るのです! ……あれ、何だろ。変な汗出てきた」
「あ、あはは、大丈夫深雪?」

 何だかんだ言って、ガキも深雪も、互いに不安だったのだ。
 そんな2人を乗せたセスナ機は何の問題も無く空を飛び続け、ブイン島の唯一の滑走路の降り立った。
 旅の終着点だった。




 前の話書いた後、メイド服着て胸元に『!』マーク付けた夕雲姉さん来ませんでした。私の場合、どうも狙って書くと出ないっぽいです記念の艦これSS

『嗚呼、栄光のブイン基地 ~ 最精鋭部隊の集結(前篇)』




 開いた口が塞がらない。
 今現在のブイン基地の面々の顔と心境を表すなら、まさにその言葉が相応しい。

「は、初めまして! 第1次南方海域増強派兵部隊、目隠 輝(メカクレ テル)少佐であります!! こちらは秘書艦の駆逐艦『深雪』であります!!」

 飛行場の滑走路脇で整列し、歓迎の準備を整えて待機していたブインの面々に対し、どう見てもビンタ確定のヘッタクソな海軍式敬礼(に見えなくもない何か)を決めたそいつは、チビだった。
 それもそんじょそこらのチビではなかった。
 202、203の電とそう変わらない低い背丈。目深に被った白い海軍礼帽と前髪によって完全に隠された目線。
 それより小さなサイズは無かったのか、ちょっと袖周りがダボ付き気味の白いフロックコート。白ズボンも似たような症状であり、裾を折って畳んでやがる。というか、常夏の島で厚生地の長袖は自殺行為ではなかろうか。
 足に履いている卸したての真っ白なローファーもちょっとブカブカ気味である。非常時にはちゃんと走れるのか不安になってくる。
 その三歩背後で、そのまま教科書にでも乗せられそうなほど綺麗な海軍式敬礼を決めている駆逐艦娘『深雪』(セーラー服着用)と並んでいるともう、中学生の姉と小学生の弟にしか見えない。

「「「……」」」

 二人。
 たったの二人である。

「ぞ、増援部隊……デースヨネ?」
「はい! ぼ、僕が! あ、いや、じ、自分が第1次南方海域増強派兵部隊、目隠 輝少佐であります!!」

 大規模な増援部隊だって聞いてたのに。
 金剛が震える手と心を落ち着かせようと、どこからともなく取り出した紅茶入りのティーカップを手に取る。口につけるよりも先に水野(短パン短ソデ)に『飲んどる場合か』とたしなめられる。

「し、新型は!? 新型の艦娘と言うのはどこに!?」(※ダ号目標撃破後の打ち上げパーティ回参照)
「は? ……ハッ。第一次南方増強部隊として派兵されたのは自分達だけであると聞いております!!」

 ――――諸般の事情により変更となりました。仕方ないね。

 TKTを脱退した後に開発されたであろう、新型の艦娘とやらを楽しみにしていた井戸(短パン短ソデ&ビーチサンダル装備)の脳裏に謎の幻聴が木霊する。
 那珂ちゃんが疑問に思った事を聞く。

「あれー? エスコートパッケージの娘は?」
「何でありますか、それ?」
「え」

 普通は最も適性の高かった秘書艦1隻と、護衛の駆逐艦娘1~2隻によるエスコートパッケージがセットで配属されるはずなのに。
 そう説明した那珂ちゃんに対し、見ていてかわいそうになる位にガチガチに緊張しているチビこと目隠 輝は、それでも何とか那珂ちゃんの質問に答えた。

「(うわ~! 本物だ、本物の那珂ちゃんだ!! テレビに出てた方じゃないけど、本物の那珂ちゃんさんだ!!)……あ、あ! あの! 自分の時は、リストの中から一人選べと言われて、深雪を選んだから深雪が配属となったであります! 他の艦娘は来ておりません!!」
「。」

 その答えを聞いて、多少の事では動じないはずの芸人魂を持っているはずの那珂ちゃんですら、引き攣った笑顔のまま固まってしまっていた。見た目と違ってごく良識人な203艦隊の総旗艦こと天龍に至っては『マジかよ……』とだけ呟き、痛む頭を押さえながら天を仰ぎ見ていた。

「……ち、因みに、そのリストに載っていた艦娘っていうのは?」
「アッハイ」

 えぇと、どこだったかなと呟きながら、ズボンの尻ポケットをまさぐる輝。ややあって、ポケットの中から取り出した四つ折りの用紙を開くと、中身を確認して井戸に返事を返した。

「えと、前から順番に『吹雪』『深雪』『暁』『電(なのです)』『綾波』『漣』『白露』『五月雨』『叢雲』『03-AALIYAH』『如月』の10人だけでありました!」

 水野やメナイには分からなかったが、井戸には前の職場での経験から、その配列が理解できた。
 この10人の艦娘は、実際の数字はさておくとしても、提督との同調成功率が平均99.9%以上という圧倒的な安定性を誇る連中であったはずだ。同調率の数字はさておくとしても。
 中でも『吹雪』『電』『漣』『叢雲』『五月雨』の5人に至っては、同調成功率が100%とかいう意味不明な数字だったはずだ。
 つまるところコイツは、適性検査の類を全くやっていないのと同じという事だ。
 その結論に至った井戸の脳裏に謎の幻聴が木霊する。

 ――――これなら更にインスタント連中の訓練期間を短縮できるね。だらしねぇな。

 そして水野や井戸などのインスタントとは違い、ごく普通の軍人であるオーストラリア海軍のファントム・メナイ少佐(薄生地の長ソデ長ズボン)に至っては、

「大丈夫、帝国人はちょっと幼く見えるだけ。大丈夫。あれはインスタント提督であって少年兵じゃないし噂のショタ提督でもない。大丈夫、基地司令のサザナミの時だって良い意味で期待を裏切ってくれたんだ。だからダイジョウブ。末期じゃない末期じゃないフシギな気持ち。末期じゃない末期じゃないホントの事さ」

 と、半ば自己暗示を掛けて心の平穏を取り戻そうとしていた。ごく普通の感性と常識を持ったメナイ少佐には、少年兵にしか見えない若年層のインスタント提督と年頃の娘っ子にしか見えない艦娘の組み合わせは相当キツいのだ。そんなのを戦場に出す時点でもうどうかしている。それが世界の常識だ。
 そんな最前線で働く提督と艦娘達に反して、スパナ片手にいつも難しい顔して腕組みしている整備班長以下、帝国海軍およびメナイ艦隊の整備スタッフの面々は無邪気に大はしゃぎしていた。

「な、なあ! アンタ、目隠ってことはメカクレだろ! メカのメカクレの!?」
「え? え、ええ。僕は、あ、いや自分は曾祖父の輝時(テルトキ)が一代で起業した、目隠の末席を穢させている身でありますが……?」
「「「やったぜ!!」」」

 突如として歓声を上げる帝・豪二ヶ国の整備スタッフ達。当事者である輝には訳が分からない。井戸達も同様だ。
 もちろん理由はある。

『メカのメカクレ』

 日曜大工レベルでもいいから、何かしらの機械いじりをやった事のある者なら、誰もが一度は耳にするフレーズである。
 材料工学(とついでに爆薬)の有澤、光学とマニュピレータ精密系の河城、ソフトウェアの篠原、薬と遺伝子工学の雨宮、等身大人型ロボットの甲賀ファクトリー。
 艦娘を初めとした各種兵器類の製造に根深く関わるこの五将家の知名度には遠く及ばないが『メカクレ』という企業は、価格に見合った高品質・高性能な工作機械類や、全自動ピアノ演奏ロボット『ノース3号』などに代表されるような、単一機能特化型ロボットの分野では他の追随を許さない、立派な変態企業の一角である。
 整備班長がいつも片手に握っているスパナやその他工具類こそ有澤製だが、ブイン基地に納品されている工作機械の類は大小全てが、このメカクレ社製の商品である。因みに、ダ号目標解体の際に大いに役立っていたリプリー2型パワードワーカーも、かつてのメカクレの主力商品だったりする。

 つまりこのガキ、結構な金持ちのボンボンなのである。実家が対深海凄艦戦争の特需で潤っているので、こんな世界に足突っ込まなくても悠々自適な生活を送れるはずなのである。赤紙が来ても握り潰せる程度のカネと権力を有しているはずなのである。

「はい。ですがそれは、僕が……じゃなくて、それは自力で得たお金でも権力でもありません。全ては曾祖父から父まで続く栄光があってこそです。ぼ、僕じゃなくて自分の名誉や名声は、自分で功績を積んで手に入れたいのであります!」

 ――――歪みねぇな。

「ほぅ。今どきの若い衆にしちゃあイイ根性してんじゃねぇか。気に入ったぞ、坊主」
「うむ! それこそが本来の若者がとるべき姿勢! 情熱! 素晴らしい!! 感動したぞ、目隠少佐!!」

 スパナ片手に腕を組み、満足げに何度も頷く整備班長殿と、ファントム・メナイ少佐(農家の五男坊)。
 彼ら的には琴線に触れるものがあったらしい。

「ブイン基地の皆様方、ご指導、ご鞭撻のほどどうかよろしくお願いします!!」

 輝がヘタクソな敬礼を再び決める。その背後で深雪も敬礼を決める。一拍の間をおいて、ブイン基地の面々も敬礼を返す。
 基地司令代理の漣が、皆を代表して言う。

「目隠輝少佐、そして艦娘式吹雪型駆逐艦4番艦『深雪』ブイン基地にとうこそ! 我々は、あなた方の着任を歓迎いたします!!」
 



「お疲れ様っ、司令官!」
「深雪もお疲れ様」

 その日の夜。輝と深雪、2人の歓迎会が何事も無く終わった後の事である。
(※ブイン基地有志一同注釈:203の電の時のように、歓迎会の直前に緊急出撃など無いよう、近海一帯を大掃除しておきました!)
 ブイン基地(と言う名前のプレハブ小屋)の2階の端にある、今日から輝の執務室となった204号室の中に戻ってきた二人は、早速荷解きに取りかかっていた。

「最初はどうなるかと思ってたけど、皆いい人達だったねー」
「うん、そうだね」

 執務室と言えば聞こえはいいが、ぶっちゃけ艦娘達との共同スペースも兼ねているので、1つの執務室ごとにちょっと小さめの教室くらいの広さはある。この基地を設計した奴は小屋の意味を辞書で調べてから出直してこい。
 各提督達の縄張りである部屋は共通規格であるが、艦娘達用の仕事机が人数分と、部屋の奥側に提督用の執務机が置いてあり、その上まで電話回線が引いてあり、やはり人数分の汎用ロッカーが部屋の片隅に置いてあるくらいしか共通点は無い。
 裏を返せばそれ以外は全然違うという事であり、そこが各提督の部屋ごとの個性というものでもある。
 そして、輝の執務室として宛がわれた204号室の中は、ごく普通の殺風景だった。
 提督用の執務机が部屋の奥にあり、その上まで電話回線が引かれていて、おそらくは十人単位で派遣されることを予想していたのか、10個もの汎用ロッカーが壁一面にずらりと並んでいた。そして、支給品の蚊取り線香一缶と陶器の蚊やり豚と、敷布団とシーツとタオルケットと枕と日焼け止めクリームと、僅かばかりの私物が納められたダンボール箱がいくつか。たったそれだけだった。

「南の島だって聞いてたから、本土の頃みたいに三食イモ尽くしかと思ってたけど……お刺身だったね。しかもオーガニック・ホントロ・マグロ」
「っかー! あのマグロ、もう毎日三食でも食べたいぜ!!」

 各地の基地や鎮守府所属の提督諸氏らの(所有するオリョクル軍団の)粉骨砕身・獅子奮迅の働きにより、産油地帯の集まる南西海域方面との流通網が何とか確保されたために、物資欠乏からくる国家的餓死の恐怖から帝国は何とか遠ざかった。

 と、思うヒマも無かった。

 今度は潜水カ級や戦艦タ級を始めたとした深海凄艦側の新種らの電撃的な大侵攻により、後方だったはずの西方海域がものの数ヶ月もしない内に完全に制圧された。
 西方海域ことカレー洋(旧インド洋)が制圧されたという事は、アフリカ大陸や中東各国から産出される各種地下資源の海上輸送路が消滅したと言う事であり、それら資源国からの輸入に頼っていた帝国は、今までにない危機と直面する事になった。

 この一件を最重要懸案事項と判断した帝国は異例の速さで大規模な派兵を決定。アフリカ大陸モザンビーク共和国のナカラに臨時政府を設立したカスガダマ共和国と共同の軍事作戦を展開する事を発表した。
 敵西方軍団の主力策源地であると思われるカスガダマ島に対し、アフリカ大陸の海岸線に集結させたカスガダマ共和国防衛軍の全軍と、帝国海軍の精鋭部隊を差し向けて陸と海から挟撃するという『第二次メガトランゼクト作戦』を発動するも、敵の物量(ヒョウやアジアゾウなどの絶滅危惧種の危機を懸念する一部の声の大きい方々を含む)と、こちらの揃わぬ足並みと敵未確認種――――緘口令が敷かれているが、ハワイの『鬼』と酷似している真っ白い新種――――の予想以上の高性能に押されて失敗。
 その後は坂道を転げ落ちるようにして敗戦に敗戦を重ね、最後にはほんの一握りの生存者だけを残してカレー洋(旧インド洋)から蹴り出されるようにして駆逐され、人類はカレー洋全域の制海・制空権を完全に失った。
 この作戦の失敗と、先のプロトタイプ大和の爆発事故によって帝国海軍の主力部隊には大きな穴が開き、帝国は西方海域の奪還作戦を断念。主戦場である太平洋戦線と本土防衛のために大規模な再編成を余儀なくされた。
 南方に来るはずだった大規模増援部隊(ひよ子含む)が、輝と深雪の2人だけに変更となってしまったのには、こういった事情があったのだ。

 当然、遠洋漁業などという戦時下の現在では危険極まりない第一次産業ごときに回す油なんぞ一滴たりとも存在しない訳で、四方を海に囲まれているはずの帝国は現在、かつてない程の海の幸(と、あとついでに資源)不足に陥っているのである。
 それはもちろん、実家が金持ち権力持ちであるはずの輝ですら例外では無く、故に今日の件に関して輝は『腹腔、未だ熱を帯びたり』と、短いながらもしっかりとその日の提督日誌に記載していた。

「あはは。僕もだよ。本物のお刺身なんて、五歳の誕生日に食べたのが最後だよ」

 ダンボールの中から取り出した私物や参考書の類を執務机の中にしまい終わった輝が布団を敷く深雪の手伝いをしながら言った。
 
「でもここなら、ホントに嫌になるほど食べられそうだね。嫌になったらなったで困りそうだけど」
「深雪も嫌だよ。あんな美味しいの、もう食べたくなくなるだなんて考えたくもないや。あ、もうメンドくさいし布団1つでいい?」
「うん、いいよ」

 時刻はもう二二〇〇。良い子も悪い子も、夜勤組以外はそろそろ寝る時間だ。

「深雪」
「ん?」
「明日からもよろしくね」
「こちらこそよっろしくぅ、司令官!!」

 電気が消える。パジャマに着替えた輝と深雪が枕を揃えて仲良く1つのタオルケットの中に潜り込む。

(明日から僕も頑張ら、 ない、 と……)
(さぁ、明日から深雪さま伝説がいよい よ、 始   ま……… ZZZzzz……)

 昼間の疲労もあり、思春期真っ盛りの男女2人が同衾しているという事実にドキドキするよりも先に、2人の意識はすんなりと闇に落ちていった。
 翌日の起床ラッパにもめげず眠りこけていた2人が、ブイン基地の有志一同による無慈悲な早朝バズーカに襲われて飛び起きるまで、あと8時間。






 水野蘇子候補生を例にとる。

 新発売のリップスティックのTVCMに出ていた戦艦娘『陸奥』の唇のアップシーンに一目惚れしたので、横須賀スタジオもとい横須賀鎮守府にまで直接赴き、雨の日も雪の日も門前払いを食らい続けたある日、その意気を買われて第11期インスタント提督候補生としてアサインされた彼に課せられたのは、まず検査と試験だった。そして試験だった。さらに試験も待っていた。トドメに検査と試験が待っていた。ダメ押しとばかりに試験もあった。

 具体的・かつ順番に言うと、まず最初にIQテストと身体検査が行われた。
 これはまぁ、受かって当然である。対深海凄艦戦争が公表されていなかった当時は、帝国各地に秘密裏に派遣されているスカウトマンに連れてこられた時点ですでにある程度の選別は済んでおり、ここで落ちると逆に珍しがられていた。
 ここで残った連中には、国語・数学・理科・社会・外国語・軍事全般の五教科+1のテストを受けさせられる。
 流れとしては各教科のテストの前に60分間の講義を行い、その後60分間のペーパーテストを行うといった感じだ。試験内容には講義と全然関係ない所が当たり前に入っているうえに全教科を一日で全てこなすという荒行であるが、この後に待っている試験の数々に比べればまだマシである。
 因みに、ここで例年4~5割の受験生が足切りラインに引っかかる。その程度には難しいのである。

 ここの足切りラインを超えた受験生には、一日の休養の後、身体能力テストが待っている。
 ここで例年9割9分、もしくは全員が落っこちる。
 腕立て腹筋スクワットが3ケタ4ケタなのは当たり前。走れと言われて(背嚢背負ってライフル抱いて)一日走るというのも当たり前。マラソンの前日に鉄道唱歌の親戚か何かの様にクソ長い訓練歌のプリントを渡されて、一晩で覚えてこいなんていうのもあったし、子供の落書きみたいな地図を一枚渡されて『じゃあ後はがんばって』と瀬戸内海の無人島に一ヶ月間放置された事もあった。しかもそれは、訓練生の身に着けているバッヂを規定枚数以上所持した状態で一か月後のランデブーポイントに辿り着ければ合格という、どっかの漫画で見た事が有るような試験だった。当然、取られたらその場で失格である。時折、思い出したかのように本土側の砂浜で教官達がバーベキューパーティをやっているのを見て、全ての候補生達が羨望と殺意の眼差しを向けていた。たまたま偶然だと教官達は言い張っていたが、島が風下に来る日を狙ってやっていたのだから、嫌がらせ以外の何物でもあるまい。

『塩以外の味がする魚うめぇ』

 とは、この試験に合格した水野候補生、および他12名の候補生達の魂の叫びである。
 これインスタントの試験レベルじゃねえだろ。そう思ったあなたは正しい。
 ここでネタばらしをすると、水野がいた第11期はまだスカウト&志願制だったから試験官側も容赦しなかったし、当の11期の候補生達にも問題があって、第11期生は陸・海・空いずれかの自衛軍出身の候補生が4割、鍋島を初めとした何らかの機械兵器乗りの傭兵稼業出身が4割を占めていた。レンジャー徽章持ちも何人かいた。
 当然、そう言ったのを落っことすために、自然と試験はハードになるのであり、つまりはまぁ、水野を初めとした一般応募枠の2割は運が悪かったのだとしか言いようが無い。というか、そんなのに合格した水野とその他一般枠2名――――後のショートランド泊地の佐々木提督と、後に本土の有明警備府に配属された提督(notひよ子)の1人――――は、ハッキリ言って化け物か何かか。
 話を戻そう。
 その後、艦隊運用や艦娘の基礎知識に関するいくつかの講義が続き、試験会場を九十九里浜要塞線に移した彼らには、ここでようやくご褒美が与えられる。
 嬉し恥ずかし、艦娘との直接的な適性検査である。


 ここで、一瞬でも嫁艦の恥じらう姿をフラッシュバックした提督諸氏や着任待ちの候補生の方々は、今日はもう寝た方が良い。
 多分そんなに楽しい事にはならないだろうから。


 適性検査室と書かれた部屋の中で行うのは血液検査と再びの健康診断、そして面接(圧迫)である。
 ここでドクターストップが掛かった不幸な連中と、7つのバクラバ帽と7つのボイスチェンジャーのプレッシャーに負けた連中の名前がリストから消え、最後の最後まで残った8名には、最後の試験が待っていた。
 念のため言っておくが、最後の試験(一回目)ではない。ホントのホントに、これが最後である。
 内容は単純明快。
 全ての艦娘に搭乗して、どの艦娘となら超展開の実行、および超展開中の意識的な活動が可能であるかを確認するだけである。
 候補生達は、ここで初めて本物の艦娘を見る事が出来、実際に触れて乗って、がっつくようにレロレロ出来るのだ。常識外れの言動はマイナス評価間違いなしだが。
 これには座学もクソも無い。基本的なレクチャーは搭乗している艦娘から直接聞かされるし、その艦娘と超展開出来る出来ないは、研究が進み、データの母数も集まってきた最近ではともかく、当時は実際にやってみないと分からなかったからだ。
 そして、試験当時にロールアウトしている全ての艦娘との超展開を行い、最も相性の良かった艦娘が秘書艦となり、各地の工場から必要数が出荷される仕組みとなっている。エスコートパッケージについても同様であり、こちらには適性の高い駆逐艦娘が1~2隻配属となる。
 言うまでもない事だが、この試験に用いられる全ての艦娘には特別な改造が秘密裏に施してあり、超展開中の艦娘が持つ圧倒的な力に酔って教官らに報復しようとしたり、暴れようとしたりする者には即効性の神経ガスが散布され、速やかに処理されるので、候補生達は節度を保ち、理性ある行動を心掛けるように。

 肝心の水野の試験結果だが、適性の高い方から順に『古鷹(重巡)』『龍驤(軽母)』『山城(戦艦)』『電&雷(駆逐)』『暁(駆逐)』であった。随分と偏った艦種だが、他の連中も似たり寄ったりの偏りだったりてんでバラバラだったりと、兎に角個人差が凄いので気にする必要はない。
 特筆すべきは軽空母『龍驤』との好適性であり、それがあったために水野の秘書艦には自動的に龍驤が配置され、そのエスコートパッケージとして、駆逐艦娘の『暁』『雷』『電』『響』の4人組からなる第6駆逐隊が優先的に配属された。
 補足ついでに言っておくと、井戸少佐のように空母との適性がまったく無くとも、無人空母として運用するために艦隊に空母娘を組み込む提督は結構多い。
 因みにどうでも良い事だが水野には、戦艦『陸奥』との適性は全く無かった。

 これで、第11期インスタント提督候補生の試験は全日程が終了となる。
 候補生達はそのまま訓練生に格上げされ、秘書艦とエスコートパッケージが己の元に来るまでひたすらに訓練と座学に明け暮れる毎日が待っている。
 フライングして様子見に来た龍驤が水野を知ったのもこのタイミングであり、そこで訓練と座学に明け暮れる水野の精悍な横顔を何日も眺め、話している内に、気が付けば好きになっていたのだと龍驤は後に酒の席にて語った。
 第11期は特別に試験が難しかった事で有名だが、比奈鳥ひよ子候補生のいた第16期(赤紙徴集の第2期生)も難易度の上下こそあれ、大体似たり寄ったりの内容である。ただの女子大生に見えて、実はひよ子もそれなりのエリートなのである。普段の言動からして実際もうアレだが。


 対する艦娘側も、出荷されるまでの間にある検品作業はかなりハードである。

 検品作業の意味をどこかで取り違えている甲賀ファクトリー出身の那珂ちゃん達(ブイン仮設要塞港にも一体納品済)は置いておくとして、ここではつい最近になってブイン基地の第203艦隊に納品された、毒茸ファクトリー出身の駆逐艦娘『電』を例にとってみる。
 オリジナルをスープ状に加工したものに薬品を加えて、全細胞に全能性を復活させ、一滴ずつ培地に移して培養するまでは大丈夫だろうか。イメージとしては、無人化された工場のベルトコンベアに乗っている何列ものシャーレ培地に、完全機械式のスポイトが上下してスープの滴を付けていく、というのが最も限りなく正解に一番近い。
 横須賀や呉など、先方に艦娘の培養・育成施設がある場合はこの時点で出荷となる。納品予定数の封印シャーレと、保冷剤を兼ねた抗Gゲルを充填したアタッシュケースを空路なり陸路なりのお好みのルートで輸送して、それでお終いである。
 対して、南のブイン島や北のアッツ島のようにそんな上等な施設が無い場合、完全な艦娘となるまで育成した後、普通の人員と同じように輸送機か兵員輸送船で目的地まで運ばれる。

 そこまでを見ていこう。

 まず初めに、培養開始から規定時間に達した時、未分化細胞塊(カルス)から分化し、萌芽状態にまで届いた個体の中で明らかな異常や未熟が確認された個体はこの時点で選別処理される。
 異常個体の方はそのまま焼却処分となり、未熟個体の方はとりあえず通常の艦娘と同じく――――ただし、艦の破片移植は行わずに――――薬品処理による急速成長と老化停止処置を施した後、専用の保管施設に送られて、稼働中の艦娘のパーツドナーとしての教育が施される。パーツごとに薬漬けにして倉庫に陳列しておくよりは、普通のメシと寝床与えときゃあ保管と育成が出来るこっちの方が都合がいいし、自分は誰かのスペアパーツであり、自分のパーツが使われることに至上の喜びを覚えるように情操教育しとけば誰も傷つかないで済むわけだし。
 因みにどうでも良い事だが、古鷹のテストパイロットをやっていたあの変態野郎の鼓膜も、ここで “保管” されている古鷹の成り損ないから移植したものである。拒絶反応の類が一切無いとか、こいつらどんだけ相性いいんだよ。

 次に、正常と判断された萌芽体には艦の破片を物理的・心霊力学(オカルト)的に移植するのだが、移植後に何らかのエラーが見つかった個体は隔離され、よほど珍しい症例でもない限りは即座に薬殺・焼却処分となる。
 因みに、現在までに確認された最も珍しい奇形は軽巡『北上』の、硬質化した皮膚組織である。この硬質皮膚、何と雷巡チ級の頭部正面装甲――――仮面に見える白いアレだ――――とほぼ同じ成分組成をしているのである。TKTの更なる研究が待たれる希少な一例である。

 艦の破片移植を無事に終え、薬品処理によりつつがなく急速成長した個体らにはこの時点で投薬による老化停止処理と、洗脳技術のちょっとした応用による基礎知識のインストールが施される。
 アレルギー症状や洗脳作業中の過剰反応が見られた個体は言うまでも無くここで弾かれる。血液を含めてそのまま使えるパーツを外科的に摘出した後、即刻焼却処分である。
 摘出したパーツは実験に利用される事無く、そのままTKTの職人らによって吟味・厳選された後、帝国各地の病院や医大にそれなりに親切なお値段で提供される。中には解剖実習用として生きた廃棄個体を一体まるまる卸す場合もある。
 この際、TKTからの受理を待たずに非合法に不特定多数に売り捌いたり、クローン艦娘を組織的に売春させていたりするのが悪名高き『五十鈴牧場』に代表される、各地のブラック鎮守府であり、そう言ったのを攻勢的に検挙・摘発したり、ローカスト的な意味で処理したりするのがひよ子達有明警備府のお仕事の一環でもあったりする。

 話を戻そう。

 これら無数の検品作業をパスし、無事に艦娘として成長した彼女らに待っているのは、近代化改修である。
 ここで各艦娘ごとに一度海に出てから『展開』し、戦闘艦本来の姿に戻ってもらった後に色々と付け加えたり、取り替えたりするのだ。
 大まかに言うと、妖精さんシステム群稼働用の大型コンピュータの搭載と超展開用の各種設備の増設に始まり、艦橋や各施設の電子化に、TACAN、GPSレシーバー、non-navsat羅針盤、デジタル通信装置、データリンクシステムやC4IシステムやCECシステムの搭載と各種デバイスドライバのインストールに、装甲の増設や索敵装備の交換に、実際に海に出てからの無人航海訓練と模擬弾を用いた実戦形式での訓練によるバグや不具合の洗い出しなどなど、兎に角やる事はいっぱいあるのだ。
 艦娘に使われている破片は70年前の世界大戦当時の物だし、そこから再生された艦の艤装も、娘の知識も、70年前で止まっているのだ。こうやってガンガンにテコ入れしないと使い物にならないのである。
 ここまでやって初めて、艦娘は真っ当な戦力としてカウントできるようになり、各地へと送られるのだ。

 また、補足説明として、上記の水野と電(203)のように本土から遠く離れた遠方の地に派遣される場合、これらに付け加えて現地の言語や風習、歴史、地理地形、主な現地権力者の政治的な主義思想に関しての集中講義と傷病時の応急処置講座、そして現地の風土病に対する予防接種を受けてからようやく出発となる。

 以上を踏まえた上で、ブイン島ブイン仮設要塞港に配属される事になった彼ら2人――――目隠 輝(メカクレ テル)少佐とその秘書艦、駆逐艦『深雪』の姿を見ていただきたい。





 1日目:航海訓練


「よーし。揃ったな」

 歓迎会の翌日。ブイン基地(と言う名前のプレハブ小屋)の裏のイモ畑の先にある桟橋の先っちょに整列した輝と深雪と、そして何故か203の電。
 彼らの前には203艦隊の総旗艦『天龍』が立っていた。

「それじゃあ今日の訓練の内容を伝える。電、深雪。お前ら二人の航海訓練だ」
「あ、あの! これから出撃じゃあないんですか!?」

 天龍の説明を遮って、輝が質問した。輝の問いに、深雪も同じような表情で頷いていた。
 対する天龍は、その無謀に一瞬だけ片眉をひくつかせると、普段通りの不敵そうな笑顔に戻って返答した。

「いくら何でも着任して一晩のヤツに――――それも単艦でなんて出撃なんかさせるかよ。それにウチ(ブイン)は万年人手不足だからな。他の艦隊との合同出撃とかも割とフツーにあるしな。慣れてもらわにゃ困る」
「あ、あの。天龍さん。でしたら、何故私も訓練を?」
「お前も訓練やってなかったからだ」

 心底不思議そうな電に対し、天龍は即答した。

「電の場合は配属初日に緊急出動。次の日も緊急出動で、いつの間にかうやむやになってたからな。今日はそのツケの決算日だと思え。分かったか」
「りょ、了解なのです!」
「了解だぜ、天龍さん!」
「おーし、良い返事だ。今日は都合がつかなかったから俺が付きっきりでやるけどな。明日からは手すきの奴が入れ替わりでやってくからな。覚悟しとけよ」
「はい!」
「はいなのです!」

 電(203)と深雪が同時に敬礼し、天龍も返礼した。

「じゃあ早速そこで『展開』してから、島の近くで航行訓練だ。電、お前から先行け」
「なのです!!」

 奇妙な掛け声一閃、電(203)が硬く目を閉じ、片手で鼻をつまんで両膝を揃えて海に飛び込む。直後、桟橋に残された天龍と深雪と輝の3人を激しい閃光と轟音が包み、それらが晴れた時にはもう、海の上に人の形をしている者はなかった。代わりに、鋼鉄の艦が一隻、桟橋の横に浮いていた。

『駆逐艦『電』解凍作業終了しました、のです』

 展開の際に引っかかった桟橋が丸太一本分短くなっていたのだが、何も見なかった事にした天龍が隣に立つ深雪に振り返って言った。

「よし、じゃあ次は深雪、お前……って、おい」

 輝と深雪は、今しがたの閃光と轟音をモロに喰らって白目をむいて気絶していた。



「そりゃ笑える」
「うわー。大潮だけかと思ってました」
「笑い事じゃねえんだって」

 その日の夜、203号室に帰還した天龍は、己の提督である井戸と、明日輝達の面倒を見る予定の駆逐艦娘『大潮』の2人に今日の訓練結果を報告していた。
 井戸はメガネのレンズを拭きながら、大潮は胸ポケットから取り出したメモ帳に要点を書き纏めながら聞いていた。
 2人とも、目を回した深雪の事をバカだバカだと笑っていた。
 もっとも、出荷前の訓練中に同じ事をやらかした記憶のある大潮の方は安堵半ば、ヤケクソ半ばの笑い方であったが。

「だから笑い事じゃねえんだって。訓練始める時にさ、深雪の奴が何時まで経ってもビーコンもTACANも出力(だ)さないからさ、トラブルかって聞いたら『タカンって何ですか?』って大真面目に聞いてきたんだぞ? 当然、GPSも衛星航法システムも何ですかそれって言い切りやがった」

 2人が笑い顔のままフリーズする。

 TACtical Air Navigation――――通称『タカン』
 細かい説明はここでは省略するが、解り易く言うと、航空機や船舶向けの電波灯台のようなものである。21世紀の現在では航空機にも船舶にも必須のシステムである。
 民間向けにはGPSとセットでカーナビとして流通しているから、名前は知らなくともお世話になった人間は結構多いはずだ。

「んで、スゲー嫌な予感がしたからそこで一度訓練切り上げて、電と一緒に深雪の艦内チェックしたらさ……全然近代化改修されてないの。70年前ほとんどそのまんま」

 2人の笑い顔が消える。

「いくらなんでもこりゃヤベーってんで、そこで訓練中止。整備班長殿とメナイ少佐に頼んで、予備機のArrowHeadを一機バラして、取り出したTACANとGPSレシーバーとデジタル無線機とレーダー積み込んどいた。IFFの白紙化はメナイ少佐がやってくれたから、書き直しと暗号化はオレがやっといた。けど、どれも航空機用のだから出力弱いし、早いとこ艦娘用の正規品か、軍艦向けの大出力のヤツ調達しないとマズイと思う」
「……」
「……」
「あと、整備班長殿が言うには、深雪は間違いなく新品同然だけど、缶も機関も大昔のままだから、このままだと間違い無く現代戦への対応どころか、まともな戦速も出せないし、缶暖めるだけでも30分は固いとよ」
「……」
「……」
「だから事後報告になっちまったけどよ、ダ号の時に大破して再起不能になってたメナイ艦隊の……何て言ったっけ?『レオパルドン』だったっけ? とにかくソイツのバッテリーとかボイラーとか、使えそうなの全部引っぺがして、整備班が今、突貫作業で深雪に組み込んでる。コネクターは目隠がその場で自作しやがった。流石はメカのメカクレだよな。アイツ、配属先間違えてんじゃねえのか?」

 もう笑えない。

「さすがに妖精さんシステム用のコンピューターは積んであったし、基本的なソフトもインストールされてたから何とかなったけどよ。ありゃやべーぜ。搭載されてるコンピューターが一昔前の中古品なのに、インストールされてる妖精さんシステムは最新版のやつだから、妖精さんが使えるシステム資源が全然残ってねーの」
「本当かよ……」
「……」

 井戸がうめき声を上げる。大潮の顔色は、髪の毛の色と大差無いくらいに青ざめていた。

「と、兎に角だ。実戦の前に問題が見つかったのは僥倖だ。本土に陳情して正規品を早急に手配して、ついでにクレームつけとこう」
「大潮、明日教えるの大丈夫かな……?」



 2日目:航海訓練(Take2)


 翌日。今日こそ本当に深雪と電(203)の航海訓練が行われる日。
 字面と史実からしてもう嫌な予感しかしないが、気にしてはいけない。ごく普通の訓練である。

「それじゃあ今日こそ訓練を成功させちゃいましょう!」
「はい、よろしくお願いしますっ!」
「なのです!!」
「テンションアゲアゲでいきましょう! アゲアゲ、アゲアゲで!!」

 それで駄目ならもう、大潮どうしていいか分かんないし。
 朝潮型の次女としての意地とプライドでその一言を飲み込んだ大潮は、2人が無事に『展開』を終えた事を見守ると、深雪の艦橋に移動し、輝が座っている艦長席横の補助席に座って指示を出し始めた。
 深雪をはじめとした艦娘は、己の提督では無い者に艦長席に座られて喜ぶような痴女ではないし、大潮もそんな事をして性的興奮を覚えるような性倒錯者ではない。
 提督諸氏が故あって他所の艦隊の艦娘の中にお邪魔する場合には、そこに留意すべし。

「電先導、微速前進、湾内脱出、しかる後マラソンコースA『電気椅子』状況開始」
『い、電先導、微速前進、湾内脱出後、マラソンコースA『電気椅子』状況開始! なのです』
「深雪ちゃんは、電ちゃんの後を追いて行ってね」
『了解だぜ、大潮さん!!』
「目隠少佐も、何かわからない事があったら何でも聞いてくださいね」
「はい!」

 大潮の命令を電が復唱し、ゆっくりと艦体が動き出す。深雪も十分な距離を取ってからその後に続いた。
 深雪に突貫で組み込んだ機関群にはさしたる変調は認められず、順調な滑り出しだった。



 その日の夜。電(203)と大潮は、203号室の中で土下座していた。

 井戸少佐が幼女を侍らせて土下座させている事案ではない。純粋な謝罪である。
 電(203)は加害者として。大潮は現場責任者の管理不行き届きとして。
 もしもここにいるのが大潮ではなく、戦艦娘の『霧島』か軽巡の『神通』だったりしたら、自発的に指の一本でも詰めていたかもしれない。
 つまり、この電は、それくらいヤバイ事をしでかしたのである。

「……つまり、だ。先導役だったはずのお前が深雪と位置を入れ替えたのも、その後深雪が回頭中で舵を回すも戻すも出来ないタイミングを見計らって増速したのも、全部はお前のゴーストがそうしろと囁いたから。そう言うのだな」
「は、はい……なのです」

 井戸少佐、怒りのあまり震えが止まらない左手一本でメガネを取り、そっと机の上に置く。
 目を瞑り、大きく深呼吸。

「……」

 落ち着け、落ち着くのだ、井戸よ。ここで『この中にいる者の中で、ただの一度もゴーストに囁かれた事の無い者、意図的に衝突事故を起こした事の無い者だけが残りなさい』とか言って、かの総統閣下の如く烈火めいて怒るのはたやすい。そうしたい。心置きなくそうしたい。
 だってこれ、いつぞやのタンカー以来の軍法会議モノだぞ。故意の衝突とかふざけんな。

「……」

 KOOLだ。KOOLになれ井戸水じゃねぇ井戸よ。こんな幼女を怒鳴りつけてどうするのだ。こんな時は『偶数』だ、偶数を数えて冷静になるのだ。偶数は2で割り切れるマヌケな数字、その朴訥さこそが心に平穏をもたらすのだ。1、1、2、3、5、8、13、21、34、55……

「あ、あの司令官さん。でもこれでゲン担ぎにはなりましたよね?」

 ブヂン。
 井戸は、己の頭の角っこあたりでそんな音がしたのを、確かに聞いた。




 203号室内のただならぬ剣呑アトモスフィアに、何があったのかと201の連中や訓練明けの202艦隊の面々までもがやってくる。
 因みに同じ203艦隊の内、赤城は自主トレで島内一周マラソン中、古鷹は〆切間近の書類を相手に通信室でカンヅメだ。万年人手不足の割には意外とヒマ人が多いのがこの基地の特色であるが、誰も203の古鷹の事務仕事を手伝ってあげよう。などという奇特な考えの持ち主はいない。

(ヤベエぞ。井戸み……じゃねぇ。井戸の奴、本気でキレてやがる)

 部屋の外で待機していた野次馬軍団の軍団長こと、ドア板に耳を張り付けて中の様子を伺っていた天龍が、ヒソヒソ声で己の背後で待機していた野次馬共に説明した。
 野次馬の1人である那珂ちゃんが、同じくヒソヒソ声で天龍に質問した。

(え? 何でわかるの? プロデュ、井戸提督の声全然しないのに?)
(逆だ、那珂。井戸が本気でブチギレる時はな、直前まで黙りこくるんだ。今みたいに)

 そして、普段滅多な事では怒らないだけあって、一度堪忍袋の緒が切れた井戸は、とてつもなくおっかないのだ。
 逆を言えば、203艦隊に電が配属された当日にやっていた天龍との大ゲンカなぞ、井戸と天龍の2人にとってはある種の愛情表現とかコミュニケイションでしかないのだ。
 だからこそ天龍は不思議に思う。オレの知っている井戸は、こんな簡単にキレるような奴だったか? と。

(……仕方ねぇ。ヘマした部下の尻拭いも総旗艦の仕事だ。オレが何とか宥めてくる)

 ちょうどその時、我らが第203艦隊の総旗艦であらせられる艦娘式天龍型軽巡洋艦1番艦『天龍』は、電の擁護をしてやろうと今まさに部屋のドアノブに手を掛けた瞬間だった。
 手遅れだった。

『ふざけんなこんドグサレが!! 俺が今どんな気持ちか貴様如き70年前の骨董品(ポンコツ)に解るのか! あ゙!? 何とか言ってみぃやダボハゼェ!!』

 扉の外側にいる面々ですら、一瞬鼓膜がビリビリと震え上がる大音量だった。コワイ! 爆心地にいた電と大潮の被害は、推して知るべしである。
 こりゃ流石に言い過ぎだと天龍が手に掛けていたドアノブを捻る。

『折角203艦隊の引き継ぎの準備も進めてたのによ! お前のせいで全部パーだ! 折角天龍の解体処分も決まって! 解体後の身元保証書も手に入って!! やっと二人で暮らせると思って、仕事の合間縫って探してたマンションの一室の購入手続きも済ませてたのによ!! どうしてくれるんだ!!? ああ!?』

 その姿勢のまま、天龍が固まる。
 天龍の周囲にいた野次馬共も目を見開いた状態で一瞬固まり、次の瞬間には面白い獲物を見つけたと言わんばかりの表情で天龍を見た。判子を取りに戻って来た古鷹ですら例外ではなかった。
 補足事項として述べておくが、今現在の野次馬軍団の総数は、非番連中の合計とほぼ大差無い。

『金剛の指輪見るまで、アイツに指輪送るとかそんな事全然考えてなかったから、せめて式くらいは派手にやってやろうと予約までしておいたのに、それだってとんでもない額のキャンセル料とセットでパーだ!! 予約してた式場、半年待ちんトコだぞ!?』

 ドア一枚挟んで、当の天龍がそこにいることなど知らない井戸はさらに口調を荒げていく。それと反比例して、天龍は、どんどん顔が赤くなっていった。


『如月の奴が露骨なアッピルしてくるから基地の連中はみんな勘違いしてるけどな、俺は! アイツが!『天龍』に加工される前からずっと、アイツ一筋だ!!』(※翻訳鎮守府注釈:筆者は古鷹一択です。でも加古ちゃんもいいよね)


「~~~~~~~~~~~~~ッ!!!!!!!!」
「WoW! 井戸少佐モー、Burnig Loveの持ち主だったんデースネー」

 天龍は、後ろから見ても分かるくらいに真っ赤になって、ぷるぷると小刻みに震えていた。

「お。おもいだした!! お、オオオオレ、ぶつかった深雪の様子見てこないと!!1!」

 公開羞恥プレイに耐えきれなくなった天龍が顔を伏せ、大急ぎ足でその場を後にする。

「「「いってらっしゃ~い」」」

 ニヨニヨとした表情の野次馬軍団が天龍を見送る。その面々から隠れるようにして、如月が『睦月型2番艦はクールに去りますわ』と血の涙を流しながらその場を後にした事に気付いたのは、那珂ちゃんだけだった。
 後日、自棄酒ならぬ自棄燃料に付き合った那珂ちゃんが聞いた所によると『あの時、初めて超展開したからわかっていましたの』『提督の心には、私の入る隙間なんて最初から無かったんですの』『寝取りは趣味ではありませんので』と素っ気なく返したそうな。
 そして天龍が見えなくなってから数秒後、誰が井戸少佐の怒りを沈めるのかという事実に気が付き、数秒間ほど互いの顔を見合わせて、誰もが何も聞かなかった事にしてその場を後にした。
 電(203)が、部屋の外に出てこれるまで、あとおよそ2時間と少々。

 因みに本日の事故は、公式な書類には記載される事は無かった。この事故が明らかになったのは、当時の各提督や艦娘達の手記が旧ブイン基地跡より発見されてから後の事である。





 行く先行く先ですれ違う誰もが自分の事を生暖かい視線で見ているのではないかという被害妄想に取り憑かれた天龍が逃げるようにして向かった先は、先程自分で口にした通り、ブイン島の地下洞窟を鉄骨で補強して対爆コンクリートで蓋をしただけの、同島唯一のドライドックだった。
 天井付近を這い回る鉄骨に設置された大形照明に照らされて、駆逐艦本来の姿に戻った『深雪』が、静かにその巨体を横たえていた。
 酷い有様だった。
 電とぶつかったという艦首付近は『く』の字型に折れ曲がっており、その周囲の装甲板も巻き添えを食う形で無残にもひしゃげ、ささくれ、引き裂かれていた。破断面付近から垂れ下がっていたケーブル類は、整備を前に完全放電させてあるのだろう、火花ひとつ散らさずに真っ黒に沈黙したままぶら下がっていた。
 同じ艦娘である天龍からしてみれば、見ているだけで背筋に冷たい物が走るほどに惨たらしく、痛ましい姿だった。
 スパナ片手に握った整備班長殿の話では、もうブイン基地の設備ではどうしようもないので、一度折れ曲がった部分を輪切りに切除して、無事な艦首と船体部を取り付けて徹底的に接合部を補強した後、そこを高速修復触媒(バケツ)と大形プラズマトーチでさらに溶接補修するという、かなり荒っぽい治療法を採用したとの事。
 本来の『深雪』よりも若干船体が小さくなってしまうが、実戦を前にしてくたばるよりはマシだ。電子兵装の増設やその他の近代化改修もそのついでに全部まとめてやってしまうそうだし、深雪にはそれくらい我慢してもらおう。
 艦隊のそこかしこでそれぞれの作業に従事する整備の丁稚連中や整備妖精さん達を余所に、天龍は何の考えも無しに艦橋を上って行った。今は、人と会いたくない。

【あ、天龍さん】
「天龍さん、お疲れ様であります」

 そんな天龍の願い空しく『深雪』の艦長室には、つい先日ブイン基地に配属となり204艦隊の総司令官となった輝がいた。扉に背を向け、床に胡坐をかいて何かをガチャガチャと弄繰り回していた。
 ついでに言うと、深雪も身動きこそできないが、増設されたばかりの艦内監視システム群に割り込んで、輝と何事か話し合っていたようだった。当然、天龍の接近も早くから察知されていたようであり、2人とも特に驚いた様子は無かった。



【どうしたんですか? 顔、赤いですけど】
「あ……いや、何でも無ぇよ。昼間、お前が電(203)とぶつかったって聞いてよ。様子見に来ただけだよ」
【あ~。あとちょっとで避けられたんだけどなぁ。失敗したぜ、チクショ~】
「こら、深雪! すみません天龍さん。部下が失礼な口を」
「良いって良いって。気にしちゃいねぇよ。ところでよ」

 輝は、未だに作業の手を休めていなかった。天龍に背を向けて床に直接胡坐を組み、礼装の白い上着とズボンは艦長席に乱雑に脱ぎ捨てられており、白いアンダーシャツと白いブリーフ一丁という、何とも可愛らしい半裸の姿のまま何かを弄繰り回していた。
 因みに輝は♂だ。わぁい。
 やはり実家では機械弄りばかりしていたのだろうか。昨日一昨日のガチガチに凝り固まった姿からは想像も出来ないほど、堂に入った滑らかな仕草だった。

「ところでよ、さっきから何やってんだ?」
「これですか? これは、深雪の増設ハブです」

 やはり輝は天龍の方を見向きもせずに答えた。背後から覗き込んだ天龍には、輝が手の中で立体パズルの出来損ないを組み立てているようにしか見えなかった。実に器用な事に、両足の親指で本体らしき部分を挟み込んで固定し、床に胡坐をかいた姿勢のまま深緑色の基盤にコンデンサやら何やらを半田付けしていた。足の指は熱くないのだろうか。

「何だって?」
「物理ポートの増設デバイス。タコ足コードの親戚みたいなものであります。整備班長殿から聞いたのでありますが、深雪には超展開と艦娘化に関する最低限の電子兵装しか積まれていなかったとか」

 天龍はそれ知ってると、無言で頷く。

「なので今、下で整備の方々が行っている近代化改修に際して色々と搭載したり交換したりしてるのですが、肝心のコンピュータと電子機器を接続するための物理ポートの数が全然足りてないのであります。整備班の方々は今、下に総動員されているので、自分がこれの制作を担当しているであります」

 それ提督(お前)の仕事じゃねぇだろ。
 思わずそう呟いた天龍に対し、輝はあははと小さな苦笑いを返した。

「それは解ってますけど、実家にいたころから機械弄りは日課だったものでして。それと、何よりも深雪が使うパーツでありますから。少しでも自分がやりたいのでありますよ」
【サンキューな! 司令官!】
「……まぁいいか。適当な所で切り上げて今日は早く寝とけよ。明日からまた訓練だぞ」

 ここも惚気かよ。
 もうやってられんとばかりに天龍が手をヒラヒラと振って艦橋を後にする。

(……自作パーツか。俺も井戸に作ってもらおかな)

 もうやってられん。




 3日目:駆逐艦のお仕事(対潜・掃海任務)


 本日は深雪が修理・近代化改修中の為、訓練はお休みだ。
 代わりに、如月先生による座学のお時間である。

「起立ーつ、礼」

 とりあえずこの時間は完全な空き部屋と化している食堂に移動した輝と深雪(がワイヤレス接続している輝私物のノートパソコン)は、かつて輝が通っていた学校のやり方で、本日の講師役である203艦隊のエロ担当もとい駆逐艦娘『如月』にオジギをし、掛け声とともに着席した。

「おはようございます」
【おはようございます! 如月さん!!】
「はい、目隠少佐も深雪さんもおはようございます。それでは、本日の授業を始めますわ」

 輝が着席して鉛筆片手にノートを開いたのを確認した如月が挨拶を返し、早速食堂内に持ち込んだホワイトボードに黒ペンで何事かを書き始めた。
 キュッキュッとリズム良く書き込みながら、如月が言った。

「今日は駆逐艦が開発されるに至った歴史と、開発当時と現代の駆逐艦の主な任務、そして私達、艦娘式駆逐艦と21世紀型ノーマル駆逐艦の差異や共通点についての講義の予定でしたが……全部省略しますわ。ネットに繋いで検索すれば大抵は出てくるものばかりですし。なので、今日はここ、ブイン基地で行う駆逐艦のお仕事についての簡単なレクチャーをしていきますわ」

 ホワイトボードには『ブイン基地での主なお仕事 ↓ 』と大きく書かれており、矢印に従って下を見てみれば、

『海賊殲滅』
『巣穴潰し』
『先制爆雷攻撃』
『スマート機雷群の敷設と点検』
『密貿易品の運搬(無期限停止中)』
『夜戦(シャ)』
『夜戦(シャ)』
『夜戦(シャ)』
『夜戦(ドーン)』

 とあった。
 色々と付け加えてある割に、色々と大切な任務がすっぽ抜けている気がしないでもないが、気にしてはいけないのだろう。

「まず、一番上の海賊殲滅ですけれど、これは文字通りの意味で、この南方海域では最も重要なお仕事ですわ」

 如月に曰く、人類の敵はどこまで逝っても人類なのであり、基地や泊地の近海で海賊共がデカい面していると海軍の面子にも関わるし、折角輸送している貴重な資源も届く前に略奪される事が多々あったからだ。
 燃料、弾薬、食料品や嗜好品の類は言うまでも無く、海賊風情がどこでどう使うのかよく分からないボーキサイトが強奪された時など、怒り狂った赤城が海賊の秘密基地がある小さな無人島に向かって合衆国よろしく昼夜問わずの3日間の制圧爆撃を実行。同地を地図から消滅させ、投降してきた海賊を一人一人拷問してありったけの情報を吐き出させてから処刑した事まである。因みにその時の証言から、ブイン基地付近の漁村(という名前の海賊の擬装アジト)が3つほど消滅したが、それは今語るような事でも無かろう。
 話を如月に戻そう。

「なので、海賊は発見次第即座に殲滅してくださいね。私達に指示を乞う必要はありませんし、警告も威嚇射撃も無用ですわ。近隣の漁村の方々には航行中の艦には近づかないように念を押してありますので、馴れ馴れしく笑って近づいてきたら確実に海賊だと思って構いませんわ。要救助の可能性がある場合でも、照準を合わせ続けておいてくださいね。もちろん、周辺からの奇襲と艦内侵入への備えも忘れずに」

 この人可愛い顔しておっかねぇ。
 輝と深雪は同時にそう思った。

「12.7ミリでエンジンを潰してから制圧射撃を6秒。普通はそれで十分ですけれど、弾薬に余裕があるなら撃沈した周囲に0秒起爆で爆雷を放り込んでおいてくださいな。たまに居るんですの。死んだフリして海に潜って逃げ出そうとするのが。ですから、水中衝撃波とバブルパルスで確実に止めを刺すんですの。死体の処理はフカ(主にイタチザメ&ヨシキリザメ)にお任せすればそれで済みますし」

 この人おっかねえ!!
 輝と深雪は、花も恥じらうような如月の可憐な外見と、それを力の限り裏切る残虐性のギャップにしめやかに失禁せずに恐怖した。
 後日、いくらなんでもこの話は嘘だろうと、201や202艦隊の面々に聞いてみたところ、皆が皆大体同じ事を言って返した事実に二人は改めて恐怖し、今度こそ失禁した。

 少し話が逸れてきた事を悟った如月が『おほん!』とわざとらしい咳を一度出して話と空気を元に戻した。如月が次に指さしたのはホワイトボードの『巣穴潰し』『先制爆雷攻撃』の2つだった。

「今、爆雷の話が出たのでそちらも説明しますわね。まずはこちらの巣穴潰し。深雪さん、これはご存知……ですよね?」

 井戸や大潮達から、深雪のスペックを聞かされていたが、信じられなかった。
 まさか。いや、そんな。でもまさか。そんな戦々恐々とした心情を悟らせぬよう、普段通りの穏やかな微笑を浮かべたまま、如月は恐る恐る質問した。

【応だぜ! 深海凄艦が生まれてくる、小さな発生源の事だよな! 大きくなると、何年か前の硫黄島やハワイ諸島のようになっちまうから、小さい内に潰しちまうのが正解で、小回りの利く深雪達や軽巡洋艦の人達の独壇場だよな! ……です】
「はい。正解です。流石にそ――――」
【こっちに来る前に飛行機の中で司令官が行ってたとおりだったぜ!】

 それくらいは知ってますよね。と言おうとしていた如月がそのまま硬直まる。そんな如月を知ってか知らずか、輝が挙手。

「はい。ではそちらの先制爆雷というのは巣穴潰しは同じ、なのでしょうか?」
「いいえ。似てはいますけど、ちょっと違いますわね。これは……見た方が早いですわね」

 如月は資料として持ち込んだノートパソコン内の映像ビューワーを起動し、深雪にも見える様にUSBケーブルで2台のパソコンを接続すると、輝達の方に向けた。
 デスクトップの壁紙が井戸少佐のトイレシーン(盗撮)というあたりからこの女の業の深さが見て取れるが、輝達は全力で見なかった事にした。深雪に至ってはそのパソコン内部の秘蔵フォルダ群まで見えてしまうものだから、労力は人一倍だった。
 そんな輝達の苦労など知らない如月が説明を再開した。

「艦娘のうち、私達駆逐艦と天龍さんの様な軽巡洋艦は元々、雷巡チ級を速やかに、かつ確実に撃破する事を目的として開発されましたわ。ですがその内に深海凄艦側も重巡リ級という対抗手段を生み出しましたの。対艦娘兵器であるリ級と違って、私達は重巡級との戦闘は元々想定されていなかったんです。火力も装甲も全然違いますし、肝心の超展開中の格闘戦でも大きく水を開けられていますし。ですが、まったく撃破できないという訳ではないんですの」

 ここで如月は資料として持ち込んだ1枚のDISKをパソコンに読み取らせた。既にスタンバイ状態だったビューワーは速やかに映像の再生を始めた。


【【この野郎、ブッ殺す!!】】

 映像は、超展開中の誰かの一人称カメラのようだった。
 輝達は知る由もない事だが、この映像こそが、井戸と天龍が補給用の大型タンカーを振り回して軍法会議に処された例の一件の戦闘記録である。
 日時は電(203)がブイン基地に配属となる前日。場所は、珊瑚平原のとある輸送ルート。敵は重巡リ級が3体。映像はその最後の1体との交戦記録。

【ブチかませ、天龍!!】
【言われるまでもねぇ!!】

 真正面に映る、ほぼ同じ背丈の重巡リ級に、盛大にタンカーが振り下ろされる。
 続けて斬り上げ、更に左横からのフルスイング。
 最後のフルスイングに耐えきれなかったのかタンカーは、その錆びた朱色の塗料片と艦体の破片と、甲板上に固定してあった無数のコンテナとその中身を盛大に飛び散らせ、真っ二つになってゆっくりと回転しながらどこかへと飛んで行った。中身が飛び散った際に聞こえた『オーマイボーキ!』という謎の悲鳴は誰のものだったのだろうか。
 スピーカーの音量を絞っていなかったために鳴り響いた盛大な轟音に輝と如月は同時に顔を顰め、如月がパソコン本体脇のダイアルを回して音量を大きく下げた。
 タンカーでしこたま打ち据えられたリ級は、上半身から大きく前に倒れ込むも、そのままの姿勢で不格好ながらも腰に抱き付くようなクリンチ密着。レフュリーはいないし、抱き付いたリ級もそのまま体力回復を図るような軟弱者でもなかった。
 抱き付いたその腕で相手の――――超展開中の天龍の―――――重心バランスを崩して、天龍を水溜り同然の浅瀬に背中から叩き付ける。超展開中の艦娘や、元より巨大な深海凄艦にとっては水溜り同然の珊瑚平原に、砕けた珊瑚混じりの盛大な水柱が立つ。
 この時天龍は、リ級の背中に突き刺そうとして逆手に持っていた大太刀状のマストブレード(この時はまだ普通の刃物)が海底に引っかかってしまい左手首を捻挫。まともな握力は出力できなかった。
 馬乗りになったリ級が異形の大口と化した両腕に、吐き出すようにして射突型21inch魚雷をセット。振りかざし、叩き付けるよりも先に天龍が背部艦橋状ハードポイントにマウントされていた14センチ単装砲を密着接射。
 リ級がたまらずよろめいたところで天龍がマウントを右腕一本のブリッジで崩して脱出。転げ落ち、立ち上がりかけていたリ級に向かって、さらに14センチ単装砲で追撃。
 2発、3発と爆発が続き、都合十数発目でようやくリ級の胸元の表皮装甲と筋肉に穴が開き、そこにマストブレードを突き刺して散々にえぐり回す事によって失血・無力化に成功。
 力尽きた天龍がそのまま這いずるようにして水深の深い地点まで来たところで映像が止まった。

「では次に、こちらを見てくださいな」

 映像を一時停止させたまま、如月は別ウィンドウで新しい映像を再生させ始めた。
 海の上を進む艦隊の姿が映っていた。

「ダ号目標破壊作戦当時の、私――――如月からの映像ですわ」

【PAN,PAN,PAN. PBGRデバイスにhit. 発生源6。急速浮上中。20秒後に艦隊と交差。構成、中型3、小型3。大形もそちらに移動を開始している。こいつら囮だぞ】
【203CommanderよりMidnightEye-01. 了解。全艦、敵浮上予定地点にヘッジホッグ全弾投下!】
【了解! 赤城と古鷹以外の全艦、爆雷投射! 面だ、徹底的に面で押しつぶせ!!】
【【【了解!】】】

 直後、シャンパンの栓を抜いた様な軽い音がいくつもいくつも響き渡り、空中高くに放り投げられた無数の円筒形が海中に投下される。
 しばしの静寂の後、海中より連続した爆発音。

【やったか!】
【MidnightEye-01よりFleet203! 中型2健在! 重巡リ級! 浮上!!】

 映像の中で2体の重巡リ級が盛大な水柱を上げて浮上してきたところで映像が一時停止された。
 何が言いたいのだろう。輝と深雪の目には、そんな疑問がありありと浮かんでいた。そんな二人に、如月はゆっくりと答え始めた。

「最初の映像では、重巡リ級が1体。交戦開始から撃破までおよそ15分ほどかかっていますわ。正確にはあの時リ級は3体いたので、1体あたり5分の所要時間となりますわね」

 それに対して、と如月は続ける。

「それに対して、2つ目の映像では重巡リ級を含めた中型が3と、小型種――――こちらは恐らく、駆逐種ですわね。兎に角こちらにも3の、合計6体がいましたの。なのに、ものの数十秒で4体が撃破されていますわね。中型も含めて」

 ここまで説明されて、ようやく輝には理解の顔が浮かんだ。

「深海凄艦は……海の中にいる方が、弱い?」
【嘘だろ司令官!?】
「正解ですわ」

 ネタは簡単だ。空気よりも水の方が音を通しやすいからである。
 それはもちろん、爆弾などが炸裂した際に発生する衝撃波なども例外ではない。
 海中から忍び寄ってきた深海凄艦は、大気中のおよそ5倍の速度で駆け抜ける海中衝撃波に骨肉を打ち据えられて悶え苦しみ、三半規管を破壊されて上下を失い、表皮装甲に生じたほんのわずかな裂傷から生じた出血は浸透圧差で那珂那珂止まらず、何の対策も無ければ容赦なく水圧に傷口を押し広げられ、内臓を潰されて死ぬ。
 深海凄艦の住処たる大海原は、確かに熱核兵器の一撃すら防ぎきる無敵のカーテンである。だが同時に、弱った者から容赦なく食い殺される屠殺場でもあるのだ。
 連中が慣れ親しんだ海の底ではなく、浅瀬や陸上に好んで泊地や繭の集積場を作りたがるのも、そこら辺が理由である。
 というのが現在のところ最も有力な仮説である。

「ですから、太平洋戦線の方でもヘッジホッグのような散布爆雷や対潜アスロックを使っての大規模面制圧作戦を好んで使うと聞いておりますわ。私達のところ(ブイン)は、単純に人手不足ですから、可能な限り艦隊決戦は避けて、敵がまだ大深度にいるうちからの爆雷攻撃や、スマート機雷群による奇襲戦法を良しとしていますの」
「……」
【……】

 その後も如月による講義は昼食になるまで続けられ、午後になると輝は、地方巡業(遠征)から帰還した那珂ちゃんと大潮の2人につれられてイモ畑の雑草むしりを手伝わされ、島唯一の商店街のオッちゃんオバちゃん達の仕事を手伝わされ、最後には夕陽をバックに自動小銃を抱きかかえたまま砂浜を延々と走らされたりした。
 因みに言うのを忘れていたが、輝の着ている礼服はまだ、厚生地の長ソデ長ズボンである。運動服に着替える暇など無かった。
 そしてここ、ブイン基地は南半球の常夏の島である。

 開始1キロで吐くまで頑張った彼の根性を認めてあげよう。



 その日の夜、輝は204号室に戻らず、深雪の艦長室の床の上で突っ伏していた。

【……司令官、生きてる?】
「……多分」

 あの後、那珂ちゃんは輝の訓練を切り上げて給水させつつ夕食まで木陰で休息を取らせた後、自分はひたすらに発声トレーニングをしながら夕陽の砂浜を走りぬいていた。しかも背嚢背負ってライフル抱えてゴムタイヤ6つも引きずってである。
 さすがに大汗こそかいていたが、呼吸も歩調もさして乱れておらず、本日の給食当番である赤城が呼びに来ると『やったー! 赤城給食だー!!』と飛び跳ねながらブイン基地(という名のプレハブ小屋)の食堂まで今まで以上の全速力で駆けていく始末である。

 ――――あいつ人間じゃねぇ。

 輝がそう思いつつ鉛のように重たくなった足を引きずって食堂に入り、皆が揃ったところで(夜間哨戒組と整備スタッフおよび深雪は除く)一同手を合わせて『いただきます』の掛け声とともに夕食が始まった。
 実はこれ、那珂ちゃんと大潮が赴任してきた時から始まった風習であり、それまでは班ごと艦隊ごとでバラバラだった食事の時間がほぼ統一されたため、色々と不都合の多い軍人さんからの不評は多いが、給食のオバちゃんからの評価はもっと高い。

【あ、そうだ司令官。今日、一回目の近代化改修が終わったってさ】
「そう、なんだ。それ は、 良かったね……」

 足と同様に重金属めいて重たく感じられる手を何とか動かし、本日の夕食のビーフシチューを完食し、今日一日まったく顔を見ていなかった深雪に会うべく地下ドック内に移動して、深雪の艦長室にて艦娘艦隊を運用している全ての提督が提出を義務付けられている提督日誌に、

『肉(ビィフ)!!』

 と業務報告を簡素に記入したところで力尽きた次第である。

「せめて、もうちょっとマシな体調の時に食べたかった……」
【あ、ちょ! 司令官!? そんな所で寝ると風邪ひくぞー!?】

 深雪の心配が耳を通り抜けていく。輝の意識がまっ黒い疲労感の中にズブズブと沈んで行く。

 夜が更ける。



 4日目:駆逐艦のお仕事(砲撃・雷撃戦演習)


 昨日から引き続いて如月と、再びの天龍が本日の講師役だ。
 一昨日と同じく、畑の裏にある砂浜から直接伸びている桟橋の根元に集合した輝と深雪と電に向き合う形で、天龍と如月は立っていた。

「深雪さま復活! 深雪さま復活!! 深雪さま復活ッッッ!!!」
「んぅ……うぅ……」

 修理の終わった深雪は朝も早よから元気である。ここ数日間、ドライドックの中でずっと寝たきりだったためか、元気が有り余っているようだった。
 対する輝は、固くて冷たい床の上で一晩を過ごしたのが堪えたのか、かなりぐったりとしていた。

「深雪さん、とてもお元気そうですわね。何よりですわ」
「それに比べてこっちは……」
「んぅ~……安い、安い」

 天龍が輝を見遣る。
 輝は、もう半分くらい夢の中に旅立っていた。

「情っさけねえなー。お前、それでも一応は提督だろ? 深雪の上官だろ? んなダラケてねぇでホレ、シャキッとしろ! シャキッと!」
「ぅう…………実際安い!! ……! あ、あれ?」
「あれじゃねーよ」

 あきれ顔で天龍が輝を小突く。如月は苦笑を浮かべ、深雪はやれやれとばかりに肩をすくめた。
 深雪よ、こいつはお前の司令官だろうが。

「さて。それじゃあ今日の段取り説明するぞ。午前は海に出て『展開』中の砲撃・雷撃演習。午前の反省会も兼ねて昼食。午後からは少し遠出して、実際に『超展開』してからの実戦形式での演習だ。何か質問は?」

 ここで『ありません』と返したのが輝で『はい!』と元気よく手を上げたのが深雪である。

「なぁ、天龍さん。必殺技とかは無いの!?」
「必殺技だぁ?」
「あらあら」
「そ。必殺技」

 深雪の言葉を聞いて、困った様に笑った天龍と如月だったが、心の中で『その発想は無かった! うがー!』と心底悔しがっていたのが天龍で『提督に夜のベッドで提督が夜のベッドで提督に手錠と鉄格子で……』と実際ふしだらな事を考えていたのが如月である。因みに電(203)は何も言わなかったが、心の中では『いい歳こいて何考えてるんでしょうか』と考えていた。
 何をやってる我らが203艦隊。

「例えばさ『深雪スペシャル!』とか掛け声一閃して、飛び蹴りとか――――」
「「「それは駄目」」」
「え?」
「「「舞鶴の偉い人に怒られるから、それは駄目」」」
「え、アッハイ」

 駄目なものは駄目なのです。

「必殺技……まぁ目の付け所は悪くねぇな」
「え」
「え」

 天龍さん、お気は確かですの? と目で訴える如月と電(203)を完全無欠に放置して、天龍が言った。

「だが、俺もお前も、そこの如月も、駆逐艦と軽巡だ。水雷戦隊だ。オレ達に必要なのは『絶対必ず殺せる必殺技』じゃない」

 必要なのは『絶対必ず殺せる位置まで移動するスキル』だ。
 天龍はそう締めくくった。




「さて、肝心の必殺技だが」

 せっかく良い所で締めくくったはずの天龍が、要らん口を開いた。

「『絶対必ず殺せる必殺技』ってのは結構いいアイデアだとオレは思う……待て、電。オレは正気だ。そんな心配そうな顔で井戸に電話するんじゃねぇ。そのケータイをしまえ」

 何か悪い物でも拾い食いしたのかしらと大真面目に心配する電(203)と如月を余所に、天龍は説明した。
 曰く、如月や天龍の様な水雷戦隊は先ほど天龍自身が言ったように、その小型快速を生かした『絶対必ず殺せる位置まで移動するスキル』を持ってはいるが、肝心の決戦火力が魚雷依存であり、安定性と持続性に欠けるとの事。
 敵――――深海凄艦は雲霞の如く湧いて出てくるし、こちらには折角『超展開』などという特殊な、そしてとことん近接戦闘に特化した艤装を施されているのだから、最大限それを生かした戦法・戦術を編み出すのは確かに有効であると。

「具体的には、そうだな。最大戦速か隠密接敵かは状況次第だけど、通常艦の姿で『絶対必ず殺せる位置まで移動』して、そのまま『超展開』そして有無を言わさず強襲をかけて『絶対必ず殺せる必殺技』とやらで優先目標を叩く。ってところか? 教本通りの戦術で悪いけどよ」

 事実である。
 海軍で艦娘艦隊を運用する提督や司令官ら向けの講義の際に配布される教本にも、大体同じような事が書いてある。
 もっとも、教科書通りの状況などめったに現出しないのが現実であり、各提督らは各々の赴任先で、実戦と演習を通して戦術を確立していく他ないのだが。

「それに、技じゃないけど魚雷以外の必殺火力を用意しとくってのも悪い手じゃねぇな。被弾して魚雷が誘爆したり、海面バウンドして発射管ごともぎ取られたりすることもあるしな」

 ――――あるんかい。

 如月、深雪、輝の3人の心の声がこの瞬間に一致した。

「でも駆逐や軽巡だと、積み込めるのには限度があるから、精々がCIWSを増設する程度なんだよな。けど、有ると無いとだと大違いなんだよな。雷巡チ級位なら兎も角、重巡リ級とか、それ以上のヤツを相手取ったときとか特に」

 まぁ、折角だ。ちょっと実物見せてやるか。と天龍が言った。

「え、ホントですか?」
「やっりぃ~!」
「……まぁ。天龍さんがそうおっしゃるのでしたら、如月、止めはいたしませんが……」
「いいか、よーく見てろよ?」

 天龍が左腰に佩いていた大太刀状のマストブレード(っぽいチェーンソー)を正眼に構える。射的用の的は専用の演習場まで行かないと無かったので、とりあえずとして砂浜と陸地の境目あたりに生えているヤシの木の林の中の一本に狙いを定めた。
 天龍が自我コマンドを入力。戦闘電圧をチャージ。
 不吉な重低音を響かせ、超硬度チェーンチップが高速で回転し始める。

「いくぜ!!」

 天龍が大太刀(っぽいチェーンソー)を上段に振りかぶったままの姿勢でヤシの木に突撃を開始。
 絶妙の距離で振り下ろす。

「ヌゥアアアアアアAAAAIYEAAAAAAAA!!!!(CV:ここだけ廣田行生、またはJohn DiMaggio)」

 とんでもなくおっかない叫び声を上げつつ、天龍が大太刀状のチェーンソーを的代わりのヤシの木に、叩き付ける様にして押し込んでいく。敵はいないが思わずBボタンを連打したくなるような光景だ。
 突然の凶行に、輝と深雪が固まる。過去に何度か見た事の有るはずの如月も同じだった。電(203)は目をキラキラさせて一心不乱に眺めている。

「海底に戻りやがれ!!(CV:ここだけ廣田行生、またはJohn DiMaggio)」

 ヤシの木はみるみる破断されていき、耳障りな甲高い悲鳴とおがくずを盛大に上げつつ、とうとうヤシの木が真っ二つに切断された。駄目押しとばかりに天龍が蹴りを入れ、ヤシの木はどう、と盛大な音を立てて倒れ込んだ。

「ふぅ……何回やっても飽きねえぜ(CV:ここだけ廣田行生、またはJohn DiMaggio)」

 血飛沫の代わりにおが屑まみれになった顔を乱雑にぬぐって振り返った天龍を見て『何回も見たい光景じゃないなぁ』と深雪と輝は同時に思った。

 因みに午後は超展開を実行した上での実戦形式の訓練だったが、訓練担当のファントム・メナイ少佐が超展開の実行と同時に同調酔いを起こし、輝と深雪(超展開済)は維持限界を迎えるまでの3分間、ずっと愛宕(超展開済)の背中をさすっているだけという、なんとも締まらない結末に終わった。




 その日の夕食の時の事である。

「目隠少佐。明日から、君もブイン基地の通常任務に加わってもらう」
「え」

 基地司令を病室に拘束して以来、基地司令代理の漣を差し置いて事実上の基地司令代理となっていたファントム・メナイ少佐が、カレー食ってたスプーンを指揮棒代わりにして輝を指名した。少佐、行儀悪いから止めてください。
 カレーを食べかけのままフリーズしていた輝と深雪が、大急ぎで口の中を空っぽにしてから聞き返した。

「それってつまり……」
「出撃ですかっ!?」

 深雪がテーブルに手を付き、身を乗り出した。その反動で蹴り出されたイスがちょうど後ろに座っていた電(203)のイスの背に直撃。その衝撃で電(203)が今まさに口に入れようとしていた大好物のマッシュポテトが箸の中から飛び跳ね、どういう理屈か手元に置いてあった麦茶の入ったグラスの中にぽちゃんと納まった。


 ――――電の本気を楽しみにしているのです。


 突如として背後からやって来た正体不明の怖気に深雪が振り返ると、そこには何事も無かったかのようにもぐもぐとカレーを食べている電(203)の背中が見えた。
 深雪からは見えなかったが、電(203)の正面に座っていた電(202)はすでにこの時、あまりの恐怖に音も無く泣き震えていた。
 当然、違う長テーブルに座っているメナイ少佐からはそんなものが見えるはずもなく、何事も無かったかのようにメナイが説明を続けた。

「まぁ、最初は基地近海の哨戒任務だがな。井戸少佐が遠足のしおり作っていたから、食事が終わったら貰ってくるといい」
「「え、遠足のしおり……」」

 輝と深雪が同時に萎れる。

「そうしょげるなしょげるな。来週の月曜日になれば、帝国からミユキの正規パーツと、追加の弾薬が届くことになっている。そうしたら、第5物資集積島まで目隠少佐自身が受領に向かう事になるからな。その時に向けての演習だと思え」(※翻訳鎮守府注釈:壊滅した第6の再建のメドが立っていないため、第5がブイン基地向けの軍需・日常物資の両方の補給任務を担っております)

 その一言で、しょげくれかえった深雪の顔が再び明るくなる。輝も、目は前髪で隠れて見えなかったが、嬉しそうに笑っていた。



「へっへっへ~。いよいよ明日、出撃かぁ」
「楽しそうだね、深雪」

 ここ数日間を一緒に過ごすうちに、輝と深雪の2人は一緒のフートンで寝る事に対して、さして抵抗を感じなくなってきていた。思春期真っ只中の輝と深雪であるが、この二人の間には不思議とセクシャルなものは無く、むしろ、年の近くて仲の良い姉弟のような、あるいは春の日差しが差し込む空き教室の揺れるカーテンめいた穏和アトモスフィアが漂っていた。
 202の水野と金剛はこの二人を見習え。お前ら毎回毎回脳内原稿の絵がヤバ過ぎて本編での描写に困るんだよ。

「そりゃそうだよ。だってさ、そのためにここまで来たんだろ? 深雪も、司令官も、さ」
「今は仕事中じゃないからテルでいいってば。うん。そう言えばそうだったね」
「そうだったって……」

 深雪と同じタオルケットの中に入った輝は、バツが悪そうに笑った。元々小柄な輝と、中肉中背の深雪にとっては、支給品のタオルケット一枚でも十分に体を包めるのだ。足りなければもう一枚引っ張り出せば良い訳だし。

「あはは……だって、ここのご飯、美味しいんだもん。つい忘れがちに……」
「あー……さ、さー! 明日は早いから早く寝るぞー!!」
「はいはい。お休み」

 言葉に詰まった深雪がタオルケットをばさりと乱雑に掛け、わざとらしいイビキをかき始めた。
 薄い壁一枚を通して聞こえてくる203号室の古鷹の『1まーい、2まーい、3まーい……終わらない、終わらないよぅ』という泣き言と、タカタカと打ち続けられるキーボードのタイピング音、そして窓の外から聞こえてくる波の音をBGMに、2人の意識がゆっくりと薄れていく。





 5日目(出撃)


「えと、海図がこうで、今さっき双子岩の西側を通過したから……あれ? 双子岩が載ってない? あれ? あれ?」
『司令官ーん、それ、遠洋航海用の航洋図だぜ? 海岸図と、海底地形図はその後ろ』
「あっ、ごめん」
『あっはっはー! ダメダメだなぁ、司令官は』

 先日の夜の内に井戸から渡された遠足のしおりを読み、翌日の大雑把な流れを掴んで、無事に出航したまでは良い。折り返し地点である、ブイン島近海にぽつんと顔を覗かせている双子岩まで何のトラブルや交戦も無く辿り着けたのも良いだろう。基地からここまでは一直線だから来れなかったら逆に大問題だし。
 だが、海図の読めない提督というのは、インスタントとは言え、いくらなんでも駄目なんじゃなかろうか。
 おまけに、

『ここは深雪さまにお任せ! つい昨日載せたばかりの『いーえぬしー(ENC。航海用電子海図)』とかいうのでパパパーっと……あ、あれ? なんか変な画面出ちゃったぞ!?』
「あー、深雪。それツール画面のオプション設定。キャンセルで閉じて閉じて」

 おまけに、深雪は未だに増設された電子機器の扱いに慣れていなかった。
 いくら70年前で知識が止まっていたとはいえ、艦娘が電子機器にめっぽう弱いというのは、海図の読めない提督以上に駄目なんじゃあなかろうか。

『あ~、司令官。海底のスマート機雷群から、何か信号来てるぜー?『物理エラー000072fc』って何なんだよ。エラーって分かってんだからそっちで直せよな、も~』
「えと、この☆印が灯台だから、目の前の双子岩のビーコン番号がB-0012がここに書いてあって、深雪がこっち向いてて岩があっちにあって太陽がこっちにあるから……」

 輝は紙媒体の海図と睨めっこ。深雪は己の目や耳となったはずの電子機器を相手に睨めっこ。
 こいつらホントに今日中に基地に帰れるのだろうか。

『えっと……こっちが南!』
「そっちは西南西だよ。この双子岩が折り返し地点だから、次に僕らが向かうのはこっちだよ」

 そっちは東だ。
 自信満々に見当違いの方向に進みだした輝と深雪。こいつらホントに今日中に基地に帰れるのだろうか。






「『……迷った』」

 日の光なぞとうの昔に沈み切り、満点の星明り以外の光源が存在しない新月の海の上。そこが輝と深雪の現在地だ。
 ブイン仮設要塞港所属、第204艦隊の帰港予定時刻は一九〇〇。そして現在は次の日の〇二〇〇。
 草木も眠る、ウシミツ・アワーである。

『司令官、レーダーなんか映ってる?』
「……駄目、砂嵐混じりのフラットばっかり」

 先程から何度かレーダー波を出してはいるが、艦影どころか島影すら見当たらないのが現状である。
 現在の深雪に搭載されているレーダーは、一昔前の航空機用の低出力型とは言え、それなりの対ジャミング性能は有しているはずなのである。だが、現実にはそうはいかず、その索敵範囲内の全域に薄ぼんやりとしたノイズが走っており、結果として見つかるものもろくに見つからなくなっていたのだった。

『し、司令官が自信満々でこっちって言うから!!』
「み、深雪だってノリノリであっちこっちに舵回してただろ!?」

 輝が誰もいない虚空に向かって怒鳴りつける。
 直後、キャバーン! という電子音と共に輝の背後にある入口前の扉に覆い被さるようにして、一枚の掛軸が勢いよく下りてきた。
 掛け軸には、プンスコプンスコと怒っている等身大の深雪のデフォルメイラストがフルカラーで描かれていた。
 この深雪はまだ、第一次近代化改修を済ませた――――妖精さんシステムやレーダー、TACANなどの最低限の電子兵装+αを増設された――――だけであり、他の艦娘のように、疑似的な物質化出来るほどの大容量・超高速・超高密度な情報体を出力できるだけのプロジェクターなど搭載されていなかった。
 なので、展開中の深雪が輝と音声とテキストデータ以外の方法で取れるコミュニケーション手段として採用されたのが、この『喜怒哀楽カケジク』(制作:目隠 輝)である。

「と、兎に角、これからどうしよう……」
『無線は?』

 輝が無言で首を振る。
 キャバーン! という電子音と共に怒り顔の掛軸が巻き取られ、入れ替わるようにして、別の掛軸が勢いよく下りてきた。口に手を当て、泳いだ目で慌てふためいている等身大の深雪のデフォルメイラストがフルカラーで描かれていた。

『じゃ、じゃあ六分儀で星の位置から現在地を……』
「そんなスキル、僕持ってな……あ、今光った!?」

 輝が振り向いた方に、深雪も意識を向ける。星明り色の真っ暗闇が続いていた。深雪が何も無いじゃんと言おうとした直後、ほんの小さな光が一瞬だけ光った。比較対象が無いので、距離は全く分からなかった。

『ホントだ……ッ!? し、司令官!!』
「はい?」

 輝が疑問の声を返した直後、深雪が何の断りも無しに増速した。現在地不明の暗闇の中、アクティヴピンガーも打たずに不明海域を進むという事は、高い確率で暗礁に乗り上げる危険性がある事くらいは深雪も知っているはずなのに。

「み、深雪、何を――――!?」

 輝が非難の声を上げようとした際、ふと視界の隅に映った物を見て、驚愕した。
 近代化改修の一環として深雪の艦橋内に増設された簡易のPRBR検出器(薬液反応式)が、ボコボコと沸騰していたからである。
 この方式の検出器は深海凄艦が発するパゼスト逆背景放射の距離や線量に反応して薬液が沸騰・変色する使い捨てタイプの検出器である。不意の遭遇戦闘が当たり前だった開戦初期の頃は兎も角、アクティブかつ、より広範囲・より高精度での索敵が可能となった現代では故障の少ないお守り程度の期待しかされていない。
 だが、裏を返せば、そんなお古が反応するくらいの至近距離に、確実に敵がいるという事でもある。
 そして、今の今まで深雪がいた地点から、いくつもの水柱が立った。

「ほ、砲撃!?」
『擦過音も聞こえた! 敵襲だぜ!! どうする、司令官!?』

 深雪が輝に指示を乞う。輝が即答する。

「逃げる!!」
『よっしゃ! 待ちに待った戦闘だぜ……って、えぇ!?』

 困惑顔の掛軸が巻き取られ、それと入れ替わるようにして、別の掛軸が勢いよく下りてきた。⇒驚愕している。ような表情の等身大の深雪のデフォルメイラストがフルカラーで描かれていた。
 深雪の喜怒哀楽カケジクが巻き取られるキャバーン! という電子音は『深雪』の艦体のすぐ真横に着弾した敵砲弾の炸裂音に紛れて聞こえなかった。

「な、何で逃げるんだよ司令官!? 戦闘だぜ!? もう見つかってんだぜ!? だったら――――」
「だからだよ!!」

 さらに水柱が立つ。先程よりもずっと近い。敵はすでにこちらを完全に補足している。
 それらの音に負けんばかりの気迫で輝が怒鳴る。

「僕達だけで何ができるっていうんだ! 深雪、見ろ!!」

 輝が右手をコンソールに叩き付ける。そのすぐ真上にある液晶画面には、灰色の砂嵐に覆い尽くされたレーダー画面が依然として映っており、その砂嵐に隠れるようにして、敵性オブジェクトを意味する赤い光点が映っていた。
 それも1つ2つどころではない。見えているだけでも6つか7つはある。
 それも前だけではない。距離こそ相当に離れていたが、右にも左にも後ろにも赤い光点は点在していた。
 完全な包囲網が形成されつつあった。

「この包囲網が完成したら、もう逃げられない。だから、まだ敵との距離がある今の内に深雪は艦娘状態に戻って、2人で近くの小島か岩礁に身を隠すんだ。朝になったら――――」
『駄目だ司令官。絶対に反対だぜ』

 深雪が強い言葉で遮った。輝が『どうして?』と言うよりも先に続けた。

『司令官、一昨日の如月さんが講義の時言ってた言葉覚えてる? 海賊殲滅の話の時だよ。海賊の、死体の、始末はさ』


 ――――ですから、水中衝撃波とバブルパルスで確実に止めを刺すんですの。死体処理は――――


 深雪の一言で如月の言葉がフラッシュバックした輝が思わず海面を見た。艦橋からでは遠くの海面らしき真っ暗しか見えなかったが、深雪が気を利かせて、艦付近の記録映像をディスプレイに表示した。
 暗視映像の蛍光グリーンで着色された海面付近に、丸みを帯びた不吉な三角形が海面を割っていくつもいくつも泳いでいた。輝の背筋が凍る。
 サメの背ビレだった。

「~っ!!!!」
『だからさ、司令官。やっちゃおうよ。やっつけちまおうよ。あいつらがこっちを取り囲む前にさ、一点突破でさ。包囲、真正面から突き破って正々堂々と逃げちまおうぜ』

 なだめすかすように深雪が輝を説得する。その間にも、深雪の艦体に並ぶようにしていくつもいくつもの水柱が立ち並ぶ。深雪は顔にも声にも出していなかったが、至近弾の炸裂によって生じた海中衝撃波とバブルパルスに乱打され、既に艦体には無視できないような損傷が溜まり始めて来ていた。

「……っ、……ぁ、……!」

 輝は、何かを言い出そうとして、その度に言葉に詰まっていた。
 見れば、輝の両手は白くなるほどに強く握りしめられ、両の足はいっそ無様なほどにガタガタと震えていた。
 怖いのだ。
 提督だ、司令官だと言われていても所詮は正規の訓練を受けていないインスタント提督でしかないし、それ以前に輝はまだ子供である。それも、河川敷の土手で友達どうしで集まって野球かサッカーでもやっている方が似合っていそうな年頃の。

『しれ――――きゃああぁぁ!?』
「深雪ッ!?」

 直撃弾。
 砲口径こそ大きくなかったようだが、よりにもよって砲弾は近代化改修の際に増設された汎用投射筒に直撃。
 内部に装填してあったヘッジホッグ爆雷に誘爆し、さらにその衝撃で酸素魚雷も誘爆し、深雪の艦上構造物を巻き込んで盛大な火柱を上げた。この静寂と暗闇の中では、それこそ水平線の彼方からでも見えそうなほどの明るさと轟音だった。

『ていとくさーん! ぎょらいはっしゃかんがいまのばくはつでふきとびましたー!!』
『ていとくさーん! しゅほうはぶじです! でもたいくうほう、れーだーはきのうていし! せんとうちゅうのふっきゅうはぜつぼうてきです!!』
『ていとくさーん! ちゅうぼうのしちゅーなべがひっくりかえりました!! さんびょうるーるではたいおうできません、さんじかんるーるにへんこうしてくださーい!!』

『深雪』の各所で作業についていた妖精さん達が矢継ぎ早にダメージリポートを上げてきた。さらに、深雪の火柱を目印にして、今まで以上の頻度と精度で次々と砲弾が飛んできた。2発目の直撃弾こそなかったが、既に夾叉されている。そう遠くない内に2発目、3発目の直撃弾が来るだろう。
 もう逃げられない。
 その事実と、そして何よりも、勝気な深雪が思わずあげた悲痛な悲鳴に、輝の迷いと恐れは全て吹き飛んだ。
 もう逃げない。

「深雪、遅れてごめん! やるよ!!」
『え?』
「深雪が今言ってたでしょ? 敵陣のど真ん中を突き抜けて、正々堂々逃げてやろうって。やるよ、それ!」
『……い、ぃよーし! 行っくぞぉー!』

 輝と深雪、2人が同時に叫ぶ。

「『我、夜戦に突入す!!』」


(後半に続く)
(後編はそんなに間が開かないと思います。多分、きっと。だといいな)










 本日のNG(没)シーン


「それに、魚雷以外の必殺火力を用意しとくってのも悪い手じゃねぇな。被弾して誘爆したり、海面バウンドしてもぎ取られたりすることもあるしな」

 ――――あるんかい。

 如月、深雪、輝の3人の心の声がこの瞬間に一致した。

「でも駆逐や軽巡だと、積み込める重量には限度があるから、精々がCIWSを増設する程度なんだよな。かと言って、202の金剛みたいに素手で戦艦ル級と殴り合いだなんて正直無理だし……おし、ちょうどいい。如月、お前CIWS増設してたよな? ちょっと見せてくんねぇか?」
「え、ホントですか?」
「やっりぃ~!」
「……ええ、構いませんわ。手とり足とり、新人さんを優しくリードしてあげるのも、お勤めのひとつですからね」

 仕方ないといった表情で、如月が背中に背負っていた、整備班長殿謹製のCIWS――――自身の身長にも匹敵するほどの巨大なオモチャ水鉄砲に似た形状だ――――を構える。
 狙う的は濡れ巻き藁をぐるぐるに巻いたH柱鋼。引き金にはまだ指を掛けない。
 親指で安全装置解除。続けて各種のスイッチを次々とONに切り替えていく。
 小型コンプレッサーON。背中に背負った巨大なタンクの中身が、与圧チューブを通して高圧空気と撹拌されていく。チャッカマンON。銃口の先端部に、小さな火が灯される。外部スピーカーON。音声データの再生準備は整った。

「では如月、イきます!」

 如月が引き金を引く。
 かつて、空母ヲ級の突然変異種に散々苦しめられた体験から如月自身が発案し、井戸から整備班長殿に通して開発した、整備班長殿謹製の特注CIWS。


『ヒャッハー! 汚物を消毒すると、少しだけ心が温ったまるなぁ~! ヒャッハッハッハッハー!』


 一言で言えばそれは、火炎放射器と呼ばれるものだった。
 何故付属しているのか全く不明な外付け式のスピーカーから、理解に苦しむ音声が火炎の奔流とセットで流れ出してきた。
 如月が一度引き金から指を離す。炎と声が止まる。三式弾から流用したナパームジェルに焼かれる濡れ巻き藁とH柱鋼の燃えて爆ぜる音だけが辺りにむなしく響く。
 如月が再び引き金を引く。

『ヒャッハー! 火だ! 火は全てを清めたもう! 魔女を火あ』

 引き金から指を離す。引く。

『ヒャッハー! 者ども、かかれー! ヒャッハー!』
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」

 その場にいた誰もが唖然とする。
 撃ったはずの如月すら、固まっていた。

「……そう言えばこの装備、使うの初めてでしたわ」



 今度こそ終れ。



[38827] 【不定期ネタ】嗚呼、栄光のブイン基地【艦これ】
Name: abcdef◆fa76876a ID:3aa9db6f
Date: 2014/11/20 21:05
※オリ設定ドバドバです。
※そんなに間が開かないと言ったな。スマンがありゃウソだった。ごめんなさい。
※スランプきつい。でも書かないと腕が落ちる。
※地理地学って何それ? 美味しいの?
※『あの娘がこんな事言うかよ』な表現多数です。要注意。
※言うまでも無くグロいやもです。注意。
※『男子三日合わざれば』と言いますが、うp主は数年ぶりに出会った知人に『お前全然変わって無ぇのな』と言われました。凹むぜ。
(※2014/11/19 初出。 11/20 誤字脱字修正&本日のNGシーン追加)




「やるよ、深雪! 脱出だ!!」
『オッケー司令官!』

 たったその一言を言って返すまでの短い間にも、敵の砲撃はひっきりなしに飛んできては、深雪の周囲に次々と盛大な水柱を作り出していた。

『機関最大出力、行っくぞ~!!』

 バースデーケーキの上のキャンドルめいて激しく炎上する深雪が、ゆっくりと増速を始める。近代化改装と称して他所様の艦から剥ぎ取った非艦娘用の機関系だったが、それでも幸運な事に今までの砲撃によって損傷を受けておらず、万全の出力が期待できた。
 全然遅すぎた。

『司令官! 駆逐艦『深雪』38ノットに到達! 最高だぜ、こんな短時間で最高速度まで出せるなんて!!』
(それじゃあ駄目なんだ!)

 全然遅すぎる。
 思わずそう叫びそうになった輝は何とか堪える。あの時――――衝突事故が起こった合同訓練の時、電は軽く45ノットは出していたはずである。どうして電子系の増設を優先したんだ。どうして推進系周りの近代化改修がおざなりにされたんだ。と、輝は解っていても心の中で誰にともなしに激しく悪態をついていた。
 付け加えてダメ出しをするならば、深雪の艦体運動に指示を出さず、ただ真っ直ぐに艦を進めさせていた事があった。これだけ目立っているのだから、それでは動く的にしかならないのに。
 さらに付け加えて言うなら、いくら交戦中とはいえ、甲板上の火災をそのまま放置していた事が挙げられる。気休めでもいいから、少しでも消火作業に妖精さんを充てればよかったのに。
 さらに敵艦発砲。無意識に敵から逃げる機動を取っていた輝達は気が付かなかったが、砲撃の大半は背後から集中していた。
 正面に発砲炎。発砲炎と砲撃音が同時に聞こえるほどの至近距離。

「深雪、主砲発射!」
『どこに撃つんだよ!?』
「今の正面のに向かっ」

 爆発。
 炎上している部分に最寄りの1番主砲内部の弾薬が加熱され、暴発。今までで最大の火柱が深雪から立ち上る。それでもなお、深雪の艦体は未だ海上を驀進していた。最早満身創痍なれどそれでも中枢区画や機関部にダメージの影響が現れていないのは、整備スタッフ達の近代化改修のおかげか。

「う、うわぁぁぁぁ!!?」
『きゃあぁぁぁ!?』

 キャバーン! キャバーン! ギャバーン! と狂ったような電子音を無秩序に鳴り響かせながら喜怒哀楽カケジクは今の爆発衝撃で床に落下。叩き付けられた衝撃で盛大に破損し、『ウチュウケイジィィィ』と奇妙なノイズを響かせながら一瞬だけ激しい火花を散らして沈黙した。
 ただでさえ実戦――――しかも初陣で!――――の重圧とストレスに押し潰されそうになっていた深雪と輝は、この衝撃でとうとうパニック状態に陥った。だから、2人は途中から敵の砲撃が止まった事に気が付かなかったし、

 最後の最後まで舵を切れなかった。

 輝と深雪がパニックに陥ったのが実戦の衝撃ならば、2人が正気に戻って来れたのは物理的な衝撃のおかげだった。
 真下から突き上げるかのような、重たく連続した衝撃が『深雪』の艦体を激しく上下に揺さぶり、艦首が若干上を向いた状態で『深雪』は完全に止まった。

「あぐッ!?」

 連続して打ち上げられる衝撃で舌を噛み、急減速によって生じた慣性の法則で首の骨のあたりから嫌な音をさせつつコンソール画面におでこを盛大にぶつけ、背後の床に落ちていた喜怒哀楽カケジクの残骸に後頭部を強打された衝撃で、ようやく輝が正気に戻って来た。
 座礁。
 最悪の事態を認識した輝の脳ミソが恐怖するよりも先に、今しがたの衝撃で唯一無傷で残された第3砲塔が陸奥めいて暴発。内部に装填してあった、迷子になった時用の照明弾が勝手に砲口より飛び出し、緩やかな放物線を描きながらそこそこの上空でパラシュートを開きつつ発光。周囲を明るく照らす。

「……」
『痛ったた……司令官、何があっ、た、の……』

 呆けたように真正面の照明された薄暗がりを眺める輝の異様に気が付いた深雪も、前方に意識を向ける。
 ほんの数百メートル先にある目の無い顔と、輝の目が合った。
 駆逐イ級の上顎のような被り物をした完全な人型の上半身、死人色の肌、ミツアリのように膨らむ金属製の腹部。バストは実際それなりだった。
 輸送ワ級。

「『……』」

 輝と深雪が右を見る。輸送ワ級が一列に並んでいた。
 左を見る。そちらにもやはり、輸送ワ級が一列に並んでいた。
 この時、輝の頭の中は『敵がいっぱい!』という事だけで埋め尽くされ、恐怖でフリーズしていた。輝は初陣だ。大目に見てやってほしい。
 対する深雪もあまりに唐突な事に意識がフリーズしていたが、たった1つの事柄に気を取られていた。

 ――――大規模輸送艦隊!

 照明弾で照らされた輝と深雪の視界には、右の端から左の端までずっと、輸送ワ級の群れが続いていた。
 書類仕事中によく『神様仏様同志マヤコフスカヤ中尉様どうかこの哀れな迷える子羊の残業をお助けくださいまだ半分近く残ってるんですこんなめんどくさい書類仕事なんて全部紙の兵隊どもに押し付けて私だって敵輸送艦隊潰しに行きたいんです』だのとうわ言のような寝言を吐いている古鷹が見たら、確実に悔し涙を流しそうな光景であった。
 再び第3砲塔が暴発。再び照明弾が撃ち上げられる。
 この砲撃(暴発)と同時に、呆けたように見つめ合ってた輸送ワ級達の動きが急にあわただしくなった。おぞらく、照明弾で照らされたから次は自分達が狙われるのだと勘違いしたのだろう。
 ばづんばづん。という、奇妙な音がそこかしこから響いてきた。何事かと輝と深雪が見てみれば、輸送ワ級達が体に付着させていた粘糸状の生体ワイヤーロープを酸で自切していく音だった。
 身軽になったワ級達が急速潜航を開始。座礁し、まともな武装が残っていなかった深雪はそれを見送る他なかった。これだけ大量の輸送ワ級を動員してまで曳航しているモノとは一対何なんだろうと二人は思ったが、状況がそれ以上の考察と観察を許さなかった。深雪たちの周囲から仲間が離れた事を確認したのか、再び砲撃が始まった。それも今までのように、遠距離からのチマチマとしたものではなかった。
 中途半端な高度で照明し続ける薄暗がりの中に一つの巨大な人影が浮かび上がる、
 死人色の肌。新月の夜のようなストレートロングの黒髪。金属様の光沢を放つ漆黒のボディスーツ状の表皮装甲。ウニのトゲのようにいくつもの大口径砲を生やした、黒瑪瑙色のブ厚い装甲に覆われた両腕。
 深雪には見覚えがあった。ブイン島に来る途中、セスナ機の中で輝と一緒に見ていた紙媒体の資料の中にあった個体。
 深海凄艦側の大型種、艦娘を含めた人類製の兵器を圧倒するための最終兵器。
 通称『泳ぐ要塞』

 戦艦ル級。

 輝の顔が引きつる。それに対して深雪のコアは――――艦娘達の魂の座である動力炉が――――凶暴そうに各機関系の出力量をアイドリングさせる。

「ひぅ! ……」
『深雪さまの初陣としちゃあ、良ーい感じの相手だよねー、司令か……え? あ、ちょ、司令官、何やってんの!?』

 先程のやってやるという気概などタカが知れていた。5秒と続かなかった。
 遠くより進み寄る戦艦ル級と目が合ったような気がして、その時点で輝は突発性の過呼吸を発症し、気が遠くなった。

『お、起きてよ司令官! ねぇ、ねえってば!! 今啖呵良い事言ったけど、このままだとマジヤバいんだって! 座礁してるから前にも後ろにも進めないんだよー!!』
「ふぁっ!?」

 深雪が必死になって輝に呼びかける。その甲斐あってか輝はすぐに目を覚ましたが、戦艦ル級は既に、その足音が聞こえるほどの浅瀬に近づいて来ていた。その地響きのような低く重たく響く足音が近づくにつれ、輝も深雪も再びパニックを起こし始める。

「ど、どどどうしよう深雪!? どうすればいいの!? 逃げよう、逃げようよ! ねぇ!?」
『に、逃げるって言っても座礁してるんだってば――――あ』
「あ!」

 この時、実に後ろ向きな事だが、輝と深雪の心は完全に一致していた。輝は『このままだと逃げられずにやられる』という恐怖から。深雪は『このままだと何も出来ないでやられる』という焦燥から。
 それ故にこの二人の超展開は、それこそ改二型の駆逐艦娘や陸軍の『あきつ丸』や『まるゆ』の変身(Transform)に匹敵する、驚くべき速度で一切の遅滞無く実行された。

「『深雪、超展開!!』」

 浅瀬に座礁した状態のまま『深雪』の艦首が天目がけて傾いていく。座礁した際に激しく擦り、幾ばくかの損傷が見られる船底が露わになる。
 それと同時に、輝の脳裏には次々とありえない記憶と思い出が浮かんでは消えていった。


 本館外れの物置小屋、今日は楽しい臨海旅行、頭を撫でてくれるひいおじいさまの大きな手、佳弥ちゃんも花ちゃんもまだ行きのバスなのにテンション高いなー、津々兄様や輝夜姉様はどうして僕をいじめるの、急ブレーキ音、ひいおじいさまのお葬式、横に滑るバスの車体、斎場に入れない僕、Gと佳弥ちゃんの身体で押し付けられた窓の外、妾の子ってそんなにいけない事ですか、海が、そして――――


 一瞬の閃光と轟音が晴れ、巨大な艦娘と化した深雪が地に足を付ける。
 酷い有様だった。
 先程までの甲板火災がそのまま残っていたためか、セーラー服の背中側が燃えていた。
 表皮装甲もいたるところが傷付き剥離し、内部の機械構造や有機系の運動デバイスが剥き出しになっていた。全ての艦娘に標準搭載されているはずの速乾性の抗菌ポリマーなんてものは、ロクに近代化改修されていない深雪には搭載されていなかった。
 兵装らしい兵装の全てが根こそぎ吹き飛ばされていた。唯一無傷で残っていたのは、迷子になった時用の照明弾が装填されていた後部第3砲塔だけだった。
 だが、それでも深雪は不敵な笑みを浮かべていた。

【深雪さま、超展開完りょブ!?】

 そして着地と同時に横に吹き飛ばされる。至近距離からの砲撃。直撃こそしなかったが、足元で起きた爆発に盛大にバランスを崩され、顔面から砂浜にダイブする。

【痛たたた……よくもやってくれたなギャー!!】

 深雪が手を付き、立ち上がる。それと同時に輝と深雪がそれぞれ自我コマンドを入力。
 深雪は敵に向かって。輝は敵から逃げ出す方向に。
 それぞれ矛盾したコマンドを受け取った艦体としての『深雪』のシステム系がコンフリクトを起こして瞬間的にフリーズ。艦体のバランスを崩して盛大に転倒した深雪の顔面が再び浅瀬に叩き付けられ、砂交じりの水柱が盛大に立つ。その際、丁度立っていた時に深雪の頭があった位置を無数の敵砲弾が突き抜けていったのだが、2人はそれに気付く事は無かった。

【司令官、何やってんだよ!?】
 ――――だって! だってだってだって!!

 艦娘としての深雪の意識に、輝から恐怖と驚愕に満ちた、何だかグチャグチャしててよく分からない混乱した概念が叩き付けられるようにして送られてきた。
 つい最近まで70年前の知識で止まっていた深雪は知らなかった事だが、この時の輝は、突発性のシェルショックに近い症状を発症していた。

 ――――やだああああぁぁぁ! 怖いのやだあああぁぁぁぁ!!
【ヤダじゃねーだろー! このままだと二人ともやられちゃうんだぞ!?】
 ――――やだああああぁぁぁ! 深雪死ぬのやだあああぁぁぁぁ!!
【勝手に殺すなっ!】

 今回に限っていえば、どちらかと言えばガキの癇癪に近いとも言えなくは無かったが。
 超展開中の深雪と輝は、互いの意識と記憶が双方向接続されている。だから、一々言葉に出したりハッキリと考えたりしないでも、ただぼんやりと考えたり思い出したりするだけでも相手方にはストレス無く伝わるのだ。文字通り、自分が思っている通りに。
 思いも、気持ちも、何もかもが伝わるのだ。

【なぁ、司令官】

 だが、それでも深雪ははっきりと声に出していった。

【司令官のひいおじいちゃんに、今の司令官の姿を見せられるの?】
 ―――― !!

 効果は絶大だった。
 今の今まで癇癪起こして夜泣きするガキのような荒れ狂った概念は鳴りを潜め、輝は何とかまともに話を聞ける状態にまで落ち着いた。若干ジメジメしてるし、まだグズっていたとはいえ、とりあえずは平常と呼べる領域にまで回復したといえる。

【さっき『超展開』した時に理解ちゃったよ。司令官はさ、認めて欲しかったんだろ? 家の人と、ひいおじいちゃんに。だからこんなところ(軍)にまでやって来たんだろ?】
 ―――― ……ぅ。

 超展開を実行したあの瞬間、深雪は確かに知覚したのだ。こんなチビガキが何故、実家の七光りを蹴ってまで軍隊に、それも海軍という最前線中の最前線に駆り出されるような所に来たのかを。その理由を。
 認められたかったのだ。たった一言だけでいい『よくやった』と言って欲しかったのだ。生まれがどうのではなく、純粋に実力を認めて欲しかったのだ。そこには子供だとかどうだとかは、一切関係なかった。
 そしてそれは、艦としての『深雪』にとっても他人事ではなかったのだ。

『御国の四方の守りたれ』

 そう願われ、頼られ、建造されて来たはずなのに、いざ蓋を開けてみれば訓練中の事故で大破沈没。次に気が付いた時は、己の艦内で勤務していた人間と同じ姿形を与えられていて、しかも70年も後の世だという。
 他の深雪はどうだか知らないが、少なくとも、この深雪が艦娘として生まれてきて最初に感じた事は、深い喪失感だった。
 それも例えようも無いくらいの。

 もう、逢えないの……?

 いつか始まると言われていたアカや合衆国との戦争はとうの昔に終わっていた。かつて深雪に乗っていた面々も、今はもういない。
 二度と逢えない。
 その事を理解した日は一日中涙が止まらなかったし、今でも時折その感覚を思い出しては泣きそうになる。だからこそこの深雪は理解できる。輝が何故、こんなところに来たのか。輝が何をしようとしていたのか。
 だから深雪は言うのだ。

【司令官も、理解ったんだろ。深雪がさ、何で泣いてたのか。司令官みたいな子供が軍人やってるなんてどうかしてるとは思うけどさ。でも、言わせてよ】

 輝は、輝ならまだ間に合う。全てが手遅れになった自分と違って、輝には認めさせたい人達がまだいる。

【お願いだよ輝。戦って。私のためにも、輝のためにも。もう二度と、あんな気持ちになりたくないんだ。そして、輝にもあんな気持ちはして欲しくないんだ。絶対に】
 ―――― ……

 深雪の告白に、輝は言葉で返事を返さなかった。
 輝が自我コマンドを入力。深雪のデバイス監視系に質問信号を飛ばし、超展開の残り時間を割り出そうとする。ナノ秒単位の誤差も無くエラー報告が帰ってきた。

【メインシステムデバイス監視系より報告:物理エラー。リクエストには返答できませんでした。システムはTurbine - boilerユニットを認識できません。不明なデバイスを検出しています】
【メインシステム電子免疫系より報告:不明なデバイスのデバイスドライバを検出できませんでした】
【メインシステム電子免疫系より報告:問題の解決にはアップグレート・パッチをインストールするか、ネットワークに接続してデバイス・マネージャーを最新の物へと更新してください。それでも問題が解決しない場合は、システム管理者に連絡して、不明なデバイスのデバイスドライバを取得してください。現在のシステム管理者はTKT-**** ****です】

 輝がさらに質問信号を飛ばす。デバイス監視系に機関区周りの温度監視をコマンド。監視系を意識下に常駐させ、温度が危険域に入ったらアラートが鳴るようにセット。
 ここでようやく、深雪に答えを返す。

 ――――深雪、ごめん。今度こそやるよ。
【司令官……】

 この時。輝の顔を見た深雪は一瞬、ほんの一瞬だけ思った。
 これは誰だ、と。
 それはもちろん、輝であったし、入れ替わる暇なんて無かったのだが、深雪にはまるで別人のように思えたのだ。

【……ぃ、いよーし! 行っくぞぉー!】

 深雪が気合を入れ直し、前方の暗闇を見据える。最後の一発となった手持ちの照明弾を真上に撃ち上げる。地面が揺れる。
 かなり近い。

 ――――【!?】

 そう2人が思った瞬間、照明された薄暗がりの向こう側から見上げるような巨大な人影が現れた。戦艦ル級。
 輝や深雪が何か反応するよりも先に、ル級が両手の拳を開いて深雪を抱きしめる。

 ――――【う、うわわわわあああぁぁぁぁ!?】

 そしてそのままル級は、少し派手めに赤ん坊をあやすようにして深雪を前後に大きく揺さぶり、勢いそのままに放り投げた。抱きしめられている間に行われた深雪必死のパンチやキックによる反撃など、まるで気にも止めていなかった。
 そして、そんな攻撃とも呼べないたったそれっぱかしのアクションで、駆逐艦サイズの構造物である深雪が緩やかに回転しながら数百メートル近い距離を宙を舞った。

【て、ていとくさーん! ふねがー! かんたいばらんすいじできませーん!!】
【いまのハグでろっこつユニットにおうりょくいじょうはっせい! やなかんじですー!!】
【ぎゃー!! せっかくひろいあつめてそうじまでしたのにまたシチューがー!?】

 妖精さん達の悲鳴とのセットで数秒間の空中浮遊の後、深雪は盛大な水柱を上げて背中から着弾。
 海上に浮上し、膝を立てて立ち上がると同時に、輝と深雪が概念接続ではなく言葉でコミュニケイションを交わした。

「深雪」
【おう】
「やっぱ逃げよう」
【おう。でも】
「分かってる」

 一度海中に沈んだことで無事に鎮火したボロボロのセーラー服を乱雑に脱ぎ、既に目の前に迫っていたル級の顔面に投げつける。海水を吸い込み、顔面にベタリと張り付いたセーラー服を引き剥がそうとル級がもがく。意外というか何となく予想通りというか、指先を使った細かい作業は苦手なようだ。
 ル級の視界が潰れているその隙に、深雪が静かに、だが素早く背後に回り込む。
 深雪が蹴りを入れる。
 つま先を立てた、ツルハシのように鋭い横薙ぎのトーキックがル級のヒザ裏に突き刺さる。人体と同じ構造――――直立二足歩行を大前提とする脚部――――を持つ戦艦ル級は当然の如く後方へと倒れ込む。その際の衝撃で、超展開中の深雪の身長を超える大波が発生する。

 ――――深雪、今!
【おう!】

 輝の合図で深雪が跳ぶ。文字通り、駆逐艦サイズの構造物が下半身の屈伸運動だけで海水の抵抗を押しのけ、自身の身長ほどの高さにまで跳躍したのだ。
 空中で深雪が両足を揃えて膝を深く曲げ、バネを蓄える。

 ――――深雪、カカト・スクリュー、ピッチ角マイナス90!!

 輝が命令を発するよりも先に、輝のイメージを受け取った深雪が自我コマンドを入力。通常は――――遠浅での沿岸防衛戦においては――――常に水平状態に保たれているはずのカカト・スクリューの取り付け角を、遠洋での作戦行動用のマイナス90度こと、足の裏に移動させる。
 深雪がピッチ角の変更と同時に、スクリューに全力運転をコマンド。その真下では、ようやく顔に張り付いたセーラー服を剥ぎ取った戦艦ル級が、無防備に仰向けに倒れていた。
 自由落下を落下。

 ――――これが、僕の、僕達の!!
【深雪スペシャルだぜ!! 行っけー!!】

 真下を向いたカカト・スクリューを全力運転させた状態で深雪が、ル級の顔面に、両足を揃えて着陸する。
 スクリュー越しに、硬いのに柔らかいという、あまり考えたくない何かを引き裂き、斬り潰していく手応えが足の裏を通して輝と深雪の2人に伝わってくる。
 そして、そんな無防備に膝を曲げたり押し込んだりしている深雪の背後から、三つ首の深海凄艦――――軽巡ト級が水面下から海面に飛び出して奇襲を仕掛けてきた。
 軽巡ト級。
 目の無い主頭部と、同じく目の無い大顎状の両首(両肩か?)から生えている死人色の筋肉質な人の腕と中型連装砲。そして、大抵の駆逐艦娘よりも一回りは巨大な体躯が特徴のアンヒューマノイド型の深海凄艦だ。

 ――――【きゃああぁぁ!?】

 無防備な深雪の背中に、身体全体でぶつかってくるト級のタックルがもろに入る。
 深雪が吹き飛ばされた事によって拘束の解けたル級が立ち上がり、体勢を立て直す。今しがたの深雪スペシャルが効いたのか、見るも無残な顔立ちになっていた。左右の頬などもう皮膚どころか肉や歯までそげ落とされ、ミンチに近い状態となっていた。たとえ口裂け女や牛股権左衛門が相手でも、夜道で出会ったら道を譲るレベルの壮絶さだ。
 バランスを崩して無様につんのめった深雪に、ト級が左右の拳で背中を乱打乱打乱打! そして両腕で強引に深雪の向きを向き直らせると、右肩と右首と右アゴの3つの機能を兼任する右の大顎で噛みつく。深雪が咄嗟に付き出した左腕一本でそれをカバー。肩口から丸ごと齧られる。
 信じられないような幻肢痛が輝の左腕を襲った。

 ――――ぎ あ゙ あ゙ お゙ あ゙ あ゙ あ゙ あ゙ あ゙ あ゙ !!!?!
【司令官!? ちっくしょー! 離せ! 離しやがれっ!!】

 激痛からくるパニックを受け取った深雪が咄嗟に艦体コントロールの優先権を剥奪。喰われた左手で口の中の舌を爪を立ててとっ掴み、自傷上等の覚悟で右腕で軽巡ト級の右首を下から何度も殴りつける。
 ト級に完全に気を取られた深雪の背後から、怒りのあまりドス黒い瘴気を全身から立ち上らせた戦艦ル級が海水の抵抗など意に介していないような快速で駆け寄り、左手で深雪の肩口を掴み、振り回す勢いでこちらに向き直らせ、無防備にさらされた顔面目がけて打ち下ろし気味の右のフックを繰り出す。それを深雪は右腕を差し挟んでガードしたが、焼け石に水ですらなかった。
 戦艦ル級最初の一撃で深雪の右腕は肘のあたりから木端微塵に粉砕され、そのまま左頬を撃ち抜かれる。
 深雪の首が回ってはいけない限界ギリギリまで一瞬で回りきり、そのまま左肩を掴んでいた右腕一本で強引に投げ飛ばされた。ト級に文字通りの意味で喰い止められていた左腕は、その際にあっさりと引き千切れた。
 空中を無力に落下する深雪を狙って、ト級とル級が全ての砲を向ける。着水した瞬間を狙って発砲しようとしたまさにその瞬間、

【殺伐としたこのスレもとい北方海域に意外と優秀な球磨ちゃんが登場だキソですニャー!!】

 軽巡ト級の背後の海面から、超展開状態の艦娘――――軽巡洋艦の『多摩』が飛び出し、勢いそのままにネコ科の大型肉食獣もかくやの勢いで襲い掛かった。
 レーダーも無線機も完全に死んでいる輝と深雪達には知る由も無かったが、それはショートランド泊地第八艦隊の佐々木提督と、同艦隊総旗艦の軽巡『多摩』だった。何時まで経っても帰投しない2人を探すために、ブイン基地の面々が頭を下げて捜索隊に加わってもらったメンバーの一員だった。
 ト級の背中に張り付くと同時に多摩が拳を握る。それをコマンドと認識した多摩のFCSが実行。手甲から細く鋭い、ウルヴァリン鋼ベースの特殊合金製の鉤爪が左右の手の甲それぞれから4本伸びる。戦艦ル級が振り返り、事態を把握するよりも先にト級の真ん中の首筋を――――人と同じ体構造なら、急所のはずだ――――何度も切り裂き、滅多刺しにする。

【ニャー!!】

 傷口から真ん中の首の延髄を狙って深々と鉤爪を突き刺すと、軽巡ト級が最後に一度大きく痙攣し、脱力した。
 直後、中央の首が機能停止した事を認識した右首に、軽巡ト級の中枢機能が委譲される。
 再起動。ムチャクチャに両腕と身体全体を振り回して、多摩を背中から引き剥がす。

【これがあるから、ト級は嫌いなんだよなぁ】
【ニャー、もう! ただの迷子探しだと思って酸素魚雷置いて来るんじゃなかったニャー!!】

 多摩と正面から対峙する立ち位置になったト級(の右首)が吠える。それを真正面から受けた多摩は、慣れた手つきで左の鉤爪をしまって背後に回し、無造作に掴み取ったヘッジホッグ散布爆雷群をその右首の口の中に押し込んだ。
 ト級が吐き出すよりも早く右ヒザを叩き込み、閉じた口の中で爆雷群が誘爆。右首を木端微塵に爆破した。

【ニャー。流石ブイン基地からのおすそ分け品だニャ。汎用爆雷なんかとは全然違う破壊力ニャ。惚れ惚れするニャ】

 最後に残った左首に中枢機能が委譲されるよりも早く、多摩が右手に展開していたままの鉤爪で首を刈り取る。
 軽巡ト級の右首は滞空中の数秒間の間に、機密保持のため寄生させていた好気性の肉食バクテリアに喰われ、グズグズに溶けていった。胴体もそれに続いた。
 戦艦ル級からの追撃がない事を不思議に思った佐々木と多摩が警戒しながら背後を振り返ると、そこには確かにル級の姿はあったし、それと対峙する形で両腕のもげた深雪も尻餅をついてル級を見上げていた。
 ただ、その戦艦ル級の胸からは肋骨に沿って刃を寝かせた大太刀状のマストブレード(っぽいチェーンソー)が生えており、ル級の胸からわき腹にかけてをズタズタに引き裂きながらゆっくりと抜いていくところだった。

【夜は、オレ達水雷屋の時間だぜ】
【目隠少佐、無事か!?】

 ブイン基地の井戸少佐とその秘書艦、天龍だった。

【ニャ、ニャんと……】
【えっげつねーな、おい】

 水野と同じ、歴戦の戦士であるはずの佐々木も多摩も、思わず表情が引き攣るような致命の一撃だった。





【佐々木少佐、わざわざ御足労いただいただけでなく、こちら(ブイン)の問題に御助力まで賜り、誠にありがとうございます】
【なんのなんの。俺達のトコも新入りの子もちょうど今日、迷子になって大慌てで捜索隊出すところだったからさ。そっちからは夜間哨戒機出してもらったし、お互いさまって事で】

 先の戦艦ル級と軽巡ト級を撃破した後、元の姿――――戦闘艦本来の姿に戻ってしまった『深雪』を護衛する目的で、井戸と佐々木は超展開状態を維持したまま周辺を警戒していた。
 輝も深雪も、物理的にも精神的にも限界を超えた戦闘から解放された反動で気絶してしまっていたし、何かを曳航していた輸送ワ級の群れが撤退した以上、敵の増援がやって来る可能性は低いのだが、念のためである。

【そういえば何ヶ月か前に、そっち(ブイン)の密輸と二重帳簿が本土にバレたって聞いてたけど、どうなったんだアレ?】
【はい。今までの密売ルートは全て摘発されてしまいました。お陰で、まともな艦隊運用が難しくなってしまいましたね……どういう訳か、お咎めが全然無いのが怖いのでありますが】

 それでも三ヶ月に一回の大補給程度じゃ2~3会戦分くらいにしかならんがな。と井戸は小声で愚痴る。それを耳聡く聞きつけた佐々木もそっちも同じような量かー。と合いの手を打つ。

【あれ? でもちょくちょくおすそ分け貰ってるけど、それはどこから……?】
【それは……まぁ、企業秘密という事で】

 ブイン島周辺の無人島に分散配置してあった非常用の備蓄資源である。
 これに手を付けるか否かではブイン基地でも意見が割れたのだが、弾薬や燃料が足りないなどというつまらない理由で周囲の基地や泊地が壊滅した場合、比較的小規模なブイン基地もドミノ式に壊滅するであろうことは容易に想像できたので、最終的には基地司令代理の漣もおすそ分けの継続にGOサインを出したのである。

【後はまぁ、太平洋戦線の方まで北上して、燃料売っ払ってくるくらいですかね。あっちはどれだけあっても足りないみたいですし、その時のツテで本土からの追及も途中で止まったみたいですし】
【へぇ~、手広くやってるんだな】
【ニャー。提督ー、お話し中失礼しますニャー】

 額のてっぺんから電波ヒゲを出して他の捜索部隊と連絡を取っていた多摩が、己の提督である佐々木と、単距離光学通信で接続中の井戸達に告げた。

【ニャー。うちの子達も見つかったそうですニャ。あっちも深海凄艦の輸送艦隊と鉢合わせしたそうですが、交戦状態に入るよりも早く、ワ級が曳航していた荷物を切り捨てて逃げ出したので無傷だったそうですニャ。あっちはこれから鹵獲した荷物の確認に入るところだそうですニャ】
【お、ご苦労さん多摩。んじゃあ俺達も、回収部隊が来るまでの間に、確認だけでもしときますか】

 佐々木のその発言に合わせて、多摩と天龍が艦体の各所に設置された探照灯で周囲を照らす。先程までの激闘の後は、波間に飲まれて既に消えていた。
 一番最初に見つけた多摩が驚愕する。

【ニ゙ャ!? て、提督!? あ、ああああれ!!】

 残りの三人も見た。













 本日の戦果:

 
 軽巡ト級        ×0.5(ショートランド泊地との共同撃沈のため)
 戦艦ル級        ×0.5(〃)

 単独哨戒中に行方不明となっていたブイン基地所属の駆逐艦『深雪』および、目隠少佐の発見と保護に成功しました。
 輸送ワ級の群れが曳航していたオブジェクトを鹵獲しました。

 潜水艦『伊19号』
 軽巡洋艦『能代』

 以上の2隻です。
 帝国大本営およびTeam艦娘TYPEから、艦娘化を目的とした引き渡し要求が出ています。(※1)

 
 各種特別手当:

 大形艦種撃沈手当
 緊急出撃手当
 國民健康保険料免除

 以上



 本日の被害:

 駆逐艦『深雪』:大破(ブイン基地所属。甲板全焼、兵装群脱落、スクリューシャフト破損、左右兵装保持腕脱落、超展開用大動脈ケーブル断裂、主機異常加熱、etc, etc... ...)
(※1)


 各種特別手当:

 入渠ドック使用料全額免除
 各種物資の最優先配給

 以上




 ※1
 上記2隻の本土輸送の手配を完了しました。
 それと引き換えにブイン基地には、改二型艦娘専用の修理資材および、艦娘式駆逐艦吹雪型4番艦『深雪』の正規品パーツが納品されます。


 特記事項


 政治的事情により、ショートランド泊地第七艦隊総司令官に対する逮捕状が取り消されました。





 甲板全焼。装甲全破損。電探および電信装置機能停止。左右兵装保持腕脱落。搭載中の爆雷および酸素魚雷の暴発による汎用投射筒および魚雷発射管の全損。前方第一、第二砲塔基部破断。艦橋の対爆ガラスの一部破損。タービンブレード一部溶解。艦体各所の送電ケーブルの異常加熱に火災切断。送圧パイプの圧力爆発。高圧過電流および戦闘中の衝撃による電装系(輝ハンドメイドの増設ポート含む)の全損。非正規品の内装系による超展開の実行に伴う致命的なシステムエラーが17ヶ所。シチュー鍋大転倒。
 それらの他、スパナ片手に腕組みする整備班長殿と輝の2人がざっと見たところ、使い物にならないパーツ群がおよそ50個ほど。

 以上が今回帰投し、ドライドック送りとなった『深雪』の最終報告である。
 が、そんなことは正直どうでも良い。
 事実、深雪の破損部分に修理用の鋼材を適当に添えて、高速修復触媒(バケツ)をエアブラシで吹き付けてやればあら不思議。吹き付けられた触媒は大気と反応してボコボコと沸騰するピンク色の粘液と化し、添えられた鋼材を喰って破損部を浸食。発砲粘液が完全硬化した頃を見計らってそれを取り除いてやれば、その下からはまるで無傷の『深雪』の姿が現れた。
 この間、およそ18時間。
 これに一番驚いたのは誰かというと、70年という技術格差に思わず『デカルチャー』と呟いた深雪さま本人ではない。今回の『深雪』とほぼ同等の損害を負っておきながら、完全修復までに三日近い日数を要した駆逐艦『如月』である(※第一話参照)。

 ――――如月の時は、危険だからって、触媒使えなかったのに。

 そう思わず愚痴ってしまった如月の精神的安定のためにも補足しておく。スパナを片手に握る整備班長殿によれば、この『深雪』はまだそこまで電子化が進んでおらず、そのシステムの大半が機械式であるという。つまり、触媒と相性の悪い電子機器やデバイス群が最低限+αしか搭載されていないが故に実現できた高速修理である。
 結論のみを言えば、深雪に関しては何も問題ないと思って間違いは無い。
 問題はこっちである。


 かしゃん。

「あ……」
「あー。またかよ、も~しょうがないなぁ。司令官は」
「ご、ごめん」

 ブイン基地の食堂に、輝がお皿の上に落したステンレス製のスプーンの音が響き渡る。
 深雪は隣に座っていた輝が零した分を素早く拭ってスプーンを拾うと、輝の口にくわえさせた。

「はいよ。司令官」
「あむ」

 深雪の迷子事件から数えてちょうど一週間が過ぎていた。
 その一週間の間にあった事と言えば、あれだけの大損傷を負っていた深雪がものの半日で完全復帰を果たし、かつて同じ程度の損傷を負った如月が信じられない物を見たかのような表情になったり、カレー食ってた時に深雪が蹴立てた椅子によって大好物のマッシュポテトが麦茶入りした電(203)が表向きは深雪の回復祝い、しかしその実は報復目的によるアサガオの種入りケーキを深雪に喰わせたりと、その程度である。
 修理工程最後のデバイスチェックにも問題は見られず、そのまま完全復帰のお墨付きを頂いた。

 だが、輝の方はそうはいかなかった。

 肉体的なダメージは見受けられなかった。精々が超展開中に受けた損傷のフィードバックで身体に力が入らなかったり、逆に入りすぎたりする程度である。
 帰投と同時に医務室直行便に乗せられた輝が目を覚ますと、真っ先に確認したのは現在地でも壁掛けカレンダーの日付でも枕元の時計でもなかった。深雪の安否だった。
 深雪はドライドックで修復中だから安心してお前も寝とけと言われても輝は痛む身体を無理矢理ベッドから起こし、ブイン基地の地下にある、同基地唯一のドライドックに向かっていった。途中ですれ違った者達からの証言によると、まるで姉とはぐれた幼い弟のような表情そのものだったという。そして、ドライドックで修理を受ける、駆逐艦本来の姿のままの『深雪』の姿を見て気が緩んだのか、その場で再び気絶。
 今度はそれを見た深雪が騒ぎ出したため、止む無く『深雪』の艦長室にフトンを敷いて輝を寝かせ、そのまま作業を再開した始末である。
 前の職業柄、提督や艦娘達のメンタル面についてある程度の知識を有する井戸少佐に言わせるとこれは、正しい手順で超展開を終了させなかった時に良く見られる現象であるとの事。
 何かしらの理由により超展開が不正に終了されると、提督と艦娘が互いに同調させている意識の剥離作業が上手く行われず、無理矢理引き剥がされた提督と艦娘それぞれの精神面に若干の喪失感や不充足感をもたらす事があるのだという。
 放っとけば2~3日で治ると言っていたが、輝と深雪は今日で7日目に突入だ。

「まぁ、傍から見てると世話焼きの姉と弟にしか見えないんだけどな」

 井戸のその呟きに、食堂にいた誰もが同意するかのように頷いた。
 そして、そんな、とりあえずの平和を享受していたブイン基地の食堂に、基地司令代理の漣がむき出しのままのA4サイズのコピー用紙1枚を片手に、青い顔をして入って来た。

「? 漣? どうし――――!?」

 入り口付近で突っ立ったままの漣の異常に気が付いた井戸少佐が声をかけると同時に、漣はとさり、とその場に崩れ落ちた。
 青ざめた顔のまま突如として気絶した漣に誰もが心配し、気を取られていたため、彼女の手の中にあったコピー用紙が少し離れた地面に落ちた事に気が付いた者はいなかった。
 文字の印刷された面を上にして地面に落ちたそれには、こう書いてあった。






 発:大帝国海軍大本営参謀軍団およびオーストラリア海軍総司令部(以下:甲)
 宛:ブイン島ブイン仮設要塞港所属、第201艦隊総司令官ファントム・メナイ少佐、同第202艦隊総司令官水野蘇子中佐、同第203艦隊総司令官井戸枯輝少佐(以下:乙)



 ラストダンサー作戦(作戦コード『R-99』)指令書



 かねてより指示しておいた作戦コード『R-99』を発動する。甲は乙に対し、乙の全戦力をもってこの作戦への参加・成功を命令する。
 なおこれは、本指令書の送付と同時に有効となる。


 作戦概要、および命令:

A:本作戦の大目標は旧リコリス飛行場基地こと、リコリス大巣穴を占領している深海凄艦の指揮個体『飛行場姫(第3ひ号目標)』の確実な抹殺である。敵識別コードは『リコリス・ヘンダーソン』とする。
 これに対し、飛行場基地および周辺への人的・物的被害は、必要最小限に限り不問とする。

B:可能であるならば、敵全戦力を撃滅して制海・制空権を完全に確立し、リコリス飛行場基地を再占領せよ。

C:ショートランド泊地第7艦隊提督の漸減作戦(※翻訳鎮守府注釈:例の毒ガス攻撃)により、当初予想されていたよりも敵勢力の数は少ない。楽勝である。


 追伸:

 最後の1人、最後の1隻になっても踊り切れ。





 この時はまだ誰も気づいていなかったが、今日この時こそが、遥か数十年後の未来において『鉄底海峡決戦』と称されることになる超大規模発生源殲滅作戦が発動された日であった。






『鉄底海峡を突破せよ!』この一言を言わせようとして、どうして1年近くも回り道してるんでしょうかね、私は。記念の艦これSS
『嗚呼、栄光のブイン基地 ~ 最精鋭部隊の集結(後編)』






 本日のOKシーン

 リコリス飛行場基地に、朝が来る。

「……」
「……」

 その日の朝、リコリス飛行場基地の外れにある対爆コンクリート製の港湾施設に、1つの白い影と1つの巨大な黒い影が何をするでもなく、ただ海を見ながら突っ立っていた。
 黒い影の方はごく普通の深海凄艦――――雷巡チ級と並んで、深海凄艦側の中核戦力とも言われる重巡リ級――――だった。
 何で人類製の港湾施設に深海凄艦がいるんだよと聞かれれば答えは単純で、このリコリス飛行場基地がすでに深海凄艦側勢力の手に落ちているからである。
 問題はそんな些末事ではない。
 重巡リ級の隣に立つ、小さな白い影の方だ。

「オソイ、 ワネェ……」

 全長、百数十センチメートル。完全な人型の女性。体色、白。髪も肌も服も(皮膚か?)、ほぼ同一の真っ白。地に付くほどに伸ばされたその長い髪の中からは、時折滑走路のような模様と形状をした何かがちらちらと見え隠れしていた。
 全長数十、モノによっては数百メートルが平均値の戦闘艦とほぼ同等のサイズを誇る深海凄艦群の真っ黒の中では、鬼と並んで異色の存在。その存在を非公式ながらも確認している帝国海軍大本営でも、未だに名称付けられていない白い姫。
 この白い姫とリ級のサイズは比べるまでも無い。シャカ=ブッダと、その手のひらに乗るOFX-4ほども違っている。そんなちっぽけな白い姫に、重巡リ級が付き添っているのである。人間どころか、状況次第では艦娘ですら沈める深海凄艦側の中核戦力たる重巡リ級が、等身大サイズの白に。
 これが問題では無かったら。何が問題であるというのだ。

「オソイワネ、 ナニカ、 アッタ、 ノカシラ」
「……ッチ」

 腕を組み、不機嫌そうに片足をたしたしと踏み鳴らす白い姫から少し離れた隣(の海中)に待機していた重巡リ級が、恐る恐ると言った感じで舌打ちした。その舌打ちを聞いた白い姫が振り返り、リ級を見上げた。部下の舌打ちを咎めた訳ではない。この舌打ちは『話がある』もしくは『こっち見れ』という意味のジェスチャーだと知っていたからだ。

「ン? ナニ?」

 リ級は無言で水平線の向こうを指さす。白い姫がそれに従い、目の上に片手をかざして凝視する。何もない。
 ややあって、

「ア」

 海の青の一部が黒く染まる。その真下から、いくつもの影がゆっくりと海水を押しのけ、浮上してきた。
 駆逐イ級の上顎のような被り物をした完全な人型の上半身、死人色の肌、ミツアリのように膨らむ金属製の腹部。バストは実際豊満だった。
 輸送ワ級の――――それもタイプ=エリートの――――群れだった。
 そして、そんなワ級の群れを先導するかのように、ハワイの鬼こと『泊地凄鬼』の姿が最前列にあった。
 姫の待つ港湾施設に入港した鬼が帰還の報告する。

「……ィメ。ァクセンハ、ィコゥシタ。 ゙ ァツラクシャ、ナシ」

 作戦成功。脱落者無し。
 鬼はそう言っていた。

「ソウ、 オツカレサマ。 サスガニ『能代』ト『伊19』ヲ、 オトリニ、 シタカイハ、 アッタワネ」

 姫は思う。この本命の輸送作戦を成功させられるならば、あの2隻――――潜水艦と軽巡洋艦を人類の手に渡すくらいはむしろ安い買い物である。
 無論、艦娘化したあの二隻が数百、あるいは数千単位で各地の戦線に加わって来る事を考えれば、もの凄く厄介だとは思うのだが、その将来的なリスクを考えても、やはりこの輸送作戦は成功させておきたかったのだ。

 さらに海中から浮上してくる。
 各種資材を満載した輸送ワ級とその護衛についていた各種駆逐種や軽巡種に始まり、空母ヲ級や戦艦ル級、西方海域で猛威を振う最新鋭の戦艦タ級と鬼と酷似した白い新種。そして、泊地凄鬼の右肩から大きく伸びている主砲の専用砲弾。
 そして、

「キタ、 キタ♪」

 そして――――ちょっとした島ほどの大きさもある、巨大な球体が海中より音も無く浮上してきた。
 それも複数。
 ずらりと並んだ巨大な歯を覗かせる大口以外には何もついていない桃色の球体群が、そのままごく自然に宙に浮く。そしてそのまま、リコリス飛行場基地の上空にて待機するように静止・浮遊を開始した。完全なる未確認種。
 空中を埋め尽くす巨大な桃色の球体。海を埋め尽くす白黒の深海凄艦の群れ。

「サイコウネ、 コレナラ、 キット……!」

 今ここに、最精鋭部隊の集結が完了した。









 本日のNG(没)シーン

 蒼い海、どこまでも続く紺碧の空。所々に浮かぶ白い雲間に、一機のセスナが飛んでいた。
 空を飛ぶそのセスナ機以外には誰もおらず、ただ静かに風が流れていくだけのその青い空間には、そのセスナ機自身が発するエンジン音だけが静かに響いていた。

 と、書き出せばまーそれなりに優雅そうに見えるのだが、当のセスナ機の中身はおよそ優雅とはかけ離れた惨状となっていた。

「すっげー! 島があんなに小っせー! あ! あれ船!? 白いⅤ字んとこ船進んでんの!?」
「輝も見てみろよ! 島だぜ、ラバウル!! 俺達の戦場だ!!」
「そ、そうだね……」

 ガキだ。
 3匹のクソガキ共がギャーギャーと騒ぎ立てていた。
 異様な3匹だった。
 どいつもこいつも、こんなセスナ機に乗っているよりは近所の空き地か土手沿いの河川敷でサッカーボールでも蹴っ飛ばして遊んでいるのがお似合いの年頃の、ヤンチャな雰囲気を全然隠していない少年たちだった。保護者らしき人物は居なかった。
 こんな所にガキだけで乗り込んでいるのも異様なら、ガキどもの服装もまた、異様だった。
 真っ白い礼帽、肩紐無しの白いフロックコートに同色のズボン、帝国海軍指定の白塗りのローファー、左手側の腰に佩いたサーベルの鞘。
 そして肩には、黄色い下地に一本の黒線が引かれた、一輪咲きの桜花の肩章があった。
 帝国海軍少佐の階級章だった。
 繰り返して言うが、ガキである。
 これを異常と言わずして、何を異常と言うべきか。
 現在のこのセスナ機の乗員・乗客数は合計10名。内訳は前述のクソガキが3匹に、操縦手が1名と、残りが6人――――6人とも、艦娘だった――――である。

「これ。男(おのこ)が斯様に狭い棺桶で喧しくするでない。もっと苔むした巌のように、どっしりと構えておったらどうじゃ」

 その、残り6人のうちの1人が、左手に持った扇子でガキの1人を指し示しながら妙に古風な口調で窘めた。
 明るい水色の髪、空色の瞳、大きく膨らんで流れているポニーテールと、それを結えるリボン代わりの御幣(※翻訳鎮守府注釈:地鎮祭などで神主さんが使う白くてヒラヒラしたアレです)、ピッチピチに張り付いてボディラインを浮かび上がらせるボディコン状の白いセーラー服のようなワンピース。
 艦娘式初春型駆逐艦1番艦『初春』
 それがこの艦娘の名前だ。
 当セスナ機のオーナーでもあり、操縦手でもあるパイロットはお前こそ五月蝿ぇよ、今すぐここでxxx板送りなプレイしてからモノホンの棺桶に詰め込んだろか。と思ったが、そんなのを運ぶのも仕事の内と割り切り、顔と口には出さないでいた。

「チッチッチー。解ってないなー初春は」

 そんな初春に対し、即座に反論したのは別の艦娘だった。何かイモ臭いけど元気溌剌な女子中学生。
 駆逐艦『深雪』
 それがこの娘の名前だった。何かイモ臭いけど。

「初春いいか? 空だぜ!? 私達、今、空飛んでるんだぜ!!? しかも海の上!! 海の上を飛ぶなんてフツー、マジ有り得ねーだろ!? マジだろ!?」

 このガキ、中々解ってるじゃねぇか。
 当セスナ機のオーナーでもあり、操縦手でもあるパイロットは誰に知られること無く満足げに何度も頷いていた。
 かつて、深海凄艦戦争の開戦初期には、帝国空軍のトップガンとして太平洋戦線に参陣していた彼は運悪く膝に対空砲弾の破片を受けてしまい、戦線復帰は絶望的と診断された。それでも空を諦めきれない彼は何とかあがいたが、空軍のサイバーコネクトはおろか、陸軍のAMSやS型デバイスにすら適性が無く、彼は失意のうちに軍を後にした。その頃はまだ、雷巡チ級すら世に出てない頃で、まだ人類優勢に戦局が進んでいたから引き止める者は同僚や部下を除いてはそう多くなかった。
 その後、民間の航空会社に就職し、こうやって小さなセスナ機を飛ばしては僻地の小さな島と島の間を行ったり来たりする生活を続けていた。今日運んでいるこのガキどもも、そう言った普段運んでいるお荷物の1つなのである。
 軽母ヌ級や空母ヲ級などの悪魔どもが当たり前のように世界の海に闊歩している昨今では、こういった沖合の空を単独で飛ぶなど、まさしく自殺行為でしかないのだが、彼が事前に設定しているフライトコースは正確に敵警戒ラインの間隙をついているから今の今まで敵に見つかった事は滅多にすら無く、見つかったとしても即座に遁走できるのは、ひとえに彼の技量と経験がそれだけズバ抜けた物である証である。

「お客さん方。そろそろ着陸態勢に入りますんで、席に戻ってください」
「了解しましたぞ」

 初春が窓に張り付いているガキどもと、そいつらと一緒になって窓の外を食い入るように見つめている他2名の艦娘達を引っぺがして席に座らせると、自分もすぐ席に戻ってシートベルトを締めた。
 直後、セスナ機が前のめりに急降下を開始する。誰かが『え?』と『わっ!?』の中間地点のような声を漏らす。初春が文句を言おうと正面を向く。
 青い壁が窓ガラスの外にあった。Gは、壁の方向を向いていた。

 ――――墜落。

 その一言が初春達の脳裏をよぎる。誰かが呑気な声で言う。妙に酒臭い声の女性だった。

「おー。民間機でウミドリ・ダイブとはおっちゃん、やるねー」

 莫迦が。何を呑気な。そいつ以外の誰もがそんな事を考えている間にも壁にしか見えない海の青はみるみる接近していき、

「ぶ、ぶつか……へ?」

 何事も無かったかのように水平を取り戻し、出来の良い紙飛行機の様なゆっくりとした滑空を続けてラバウル基地の第一滑走路へのアプローチコースに乗り、大した音も衝撃も無くランディングを成功させる。
 そしてそのまま期待を滑走路脇の駐機スペースに潜り込ませるとキーを回してエンジンを止め、手元のレバーを操作してドアロックを外し、パイロットのおっちゃんは言う。

「ラバウルへようこそ」






「じゃーなー! 輝(テル)、お前も元気でやれよ!!」
「メール入れっから見忘れんじゃねーぞ!!」
「う、うん。トモキ君も、ナツオ君も、元気でね……」

 ラバウル基地で一度大休止を取り、そのまま島に残ったクソガキ2匹(トモキとナツオ)と艦娘2名(初春を含む)に別れを告げ、残る6人は再び空の度へと旅立った。空にいるのは海軍少佐の礼服に着られた、テルと呼ばれたガキが一人と、艦娘が4人(深雪を含む)、そして操縦手の合計6名である。
 が、今度は一転して、恐ろしい程の気まずい沈黙がセスナ機の内部を満たしていた。先程まで大はしゃぎしていた深雪も、今では借りてきた猫のようにおとなしくなっている。
 理由は後部座席にある。

 まず1人目。向かって右側。
 何かとデカい艦娘だった。
 タッパもデカけりゃ艤装もデカかった。艦娘最大の特徴である艤装はその娘の左右から体全体を包み込むように展開しており、大小無数の砲塔が据え付けられていた。
 対する艦娘自体は見目麗しい娘であり、桜模様の簪で1つにまとめられた長大な黒髪のポニーテールで、金網状の測距儀が横に伸びる鉄色のカチューシャを付け、やんごとなきお方の御家紋が彫られた首輪をかけて、赤いスカーフのセーラー服と赤のミニスカートを履いていた。絶対領域を形成している左の黒いサイハイソックスには白い達筆で『人生紙吹雪』とあった。
 バストは実際豊満()だった。

(ねぇ、深雪さん。あの艦娘って……)
(さん付けいらないってば。うん、どう見てもこないだテレビに出てきた人だよね……)

 戦艦『大和』

 どうしてこんなところに? そう聞いてみたい2人だったが、何となく聞くのは躊躇われた。大和本人は柔和そうではあるが、記者会見に出ていた上司がアレだ。変な事言って気分を害しでもしたら、次は月の表面で大爆発でも起こされるんじゃあないのか。
 セスナ機の前座席に並んで座る2人はヒソヒソと話す。

(ねぇ、司令官。あの大和さんは……)
(テルで良いよ。うん。そっとしておこう)

 続いて2人目。3人掛けの後部座席の真ん中。
 先程の急降下が墜落ではなく、悪戯に行われたウミドリ・ダイブである事を見抜いた唯一の人物。
 酒臭い艦娘だった。
 一昔前の少年漫画のように跳ねる暗桃色の長髪に、所々がボロボロで薄汚れた陰陽師を意識したかのような服を着て、後生大事に一升瓶を抱えて、両足の間に民生品の大きな緑色のザックを挟んで大イビキをかいている、妙に身なりがボロっちい艦娘だった。

 軽空母『隼鷹』

 ただ、元々の育ちがよかったのだろう。着ている服も元々は上等そうな代物だったし、そんなボロいナリでも不思議と乞食臭いという事は無く、不思議と気品のようなものが伺えた。
 見た目はもう、完全に寝落ちしているアル中のオッサンだったが。
 
「うぃ~……代表、見ているかぁ~? ヒック、貴様の望みどおりだぜ! けどそれでも……最後に勝つのは、アタシら樫原丸だー!! ……ZZZzzz……」
(アル中……!?)
(アル中……!!)

 僕の知ってる隼鷹さんと違う。私だってそうだよ。目線だけでそう会話する二人は、さらにヒソヒソ話を続ける。

 一番最後。向かって左側。
 このセスナ機に乗り込んだ当初から誰とも話さず、誰とも顔を合わせようとしなかった女性。
 何かと挙動不審が目立つ艦娘? だった。
 背中の中程まで伸ばされた、変なクセの無い、真っ直ぐな黒のロングヘア。細身の黒縁メガネと同色のカチューシャ。紺のスカーフのセーラー服は袖周りが妙にぱっつんぱっつんで、社会人女性が学生時代の制服を引っ張り出して着てきたかのような印象を受ける。
 そして、そのセーラー服のどこにも、帝国海軍艦娘科の所属を示す、意匠化された錨のエンブレムは付いていなかった。代わりに『仁恵高校 普通科』の文字が袖口に小さく縫い込まれていた。ついでに言うと艤装には金属の質感すら感じられなかった。ついでのついでに言うとその艤装は、何故か生乾きのマッキー臭かった。

(司令官、あの人の艤装……何か色塗っただけのダンボールっぽくない?)
(き、きっと軍が秘密裏に開発した新型装甲なんだよ……多分)

 この時2人の脳裏には、『KANMUS』と殴り書きされた段ボール箱を被った外国人男性の姿が脳裏をよぎったが、きっと気のせいだと二人はブンブンと頭を振って想像を打ち切った。
 ちょうどその頃になると、酔っ払って寝落ちしていた隼鷹も目を覚まし、左右に座っている二人に声をかけた。セスナに乗り込んだ時に自己紹介は済ませていたはずなのだが、酔いが抜けると同時に記憶も抜け落ちたようだった。

「ぉお、大和さんねー……大和!? 何時の間に艦娘化されてたの!?」
「え。私、初めて国民の皆様の前に出てから、もう何ヶ月か経っていると思うのですけれど?」
「あー、それは私が逃げ回……あー、いや。ちょっとここ数か月間忙しくてね? テレビ見てなかったというか見る暇なかったというか、ア、アハハ……」

 挙動不審艦娘2人目である。深雪とテルが再び顔を見合わせる。

(ねぇ、テル司令官。確か、今年の春くらいにあった、横須賀スタジオの電波ジャックテロでさ、事件に関わってた隼鷹さん、1人だけまだみつかっていないって)
(き、気のせいだと思うよ……思いたいよ)
「あ、ああそうだ! アンタも艦娘だろ? 見た事ないタイプの艤装だけど、何て名前なんだい?」
「ファッ!?」

 何かを誤魔化すように隼鷹がもう一人の艦娘? に声をかける。見ていてかわいそうなくらいに驚いて上半身が飛び跳ねた。

「あ、あああああの、えと! お、オオヨド? です」
「大淀さん?」

 その名前を聞いて、大和は少し嬉しそうな顔をした。

「もしかして、私の後にGF(聯合艦隊)の総旗艦を務めた、あの大淀さんですか?」
「は、はいそうです! お、大きいの『大』に、よどむの『よど』って書きます。漢字だと、こう」

 軽巡『大澱』

 ――――惜しい。微妙に違う。
 このセスナ機に同乗している面々は同時にそう思った。
 特に期待していた大和に至っては、こいつホントに大淀か? という疑惑の視線を隠す事無く向けていた。因みにどうでも良い事だが、この大澱さん、TKTの手により現在広域指名手配中の艦娘『大淀』の候補生とウリ二つの顔をしている。だからどうしたという訳ではないが。
 周囲から向けられる疑惑の視線と、困惑に満ちた空気に耐えきれなくなったのか、自称『大澱』が顔を覆って泣き崩れる。

「う、うわあああん! そうよ! 私は大澱なんて名前じゃないの! 艦娘でもないの!! 有明警備府の事務屋なのよ!! やだあぁぁぁ!!」

 艦娘になんてなりたくない、ミキサー怖いとわんわん泣き叫びながら、大澱(偽名)は泣き続ける。

 当セスナ機のオーナーでもあり、操縦手でもあるパイロットはそんなすぐバレる嘘つくくらいなら『最初から他人の空似です』とか『急遽追加された事務員です』とかで通しとけばいいのに。と思ったが、それは自分の語るべき事ではないなと割り切り、顔と口には出さないでいた。
 わんわんと泣き続ける大澱(偽名)の泣き声をBGMに、セスナ機はブイン基地の唯一の滑走路の降り立った。

 この空の旅の終着点だった。


 メイド服着て胸元に『!』マーク付けた夕雲姉さん来ませんでした記念の艦これSS

『嗚呼、栄光のブイン基地 ~ 最精鋭部隊の集結』
(※ホントは一話完結の予定でした&この人達出すと今後の話の難易度が激下がりになるので、全員出演は見送らせていただきました)


(本編全略)
(今度こそ終れ)



[38827] 【不定期ネタ】有明警備府出動せよ!【艦これ】
Name: abcdef◆fa76876a ID:3aa9db6f
Date: 2015/01/10 22:42
※遅くなってごめんなさい。番外編(tri)です
※いつものオリ設定&トンチンカン軍事知識
※『○×がこんな事言うかよ』とか『△□がこんな事すっかよ』とか『俺の●●がここまで☆☆なはずが無い』な事になってるやもです。ご容赦ください
※筆者の都合により、有明警備府の面々は事前の説明なく追加されたり追加されなかったりします。ご注意ください
※ひょっとしたらグロいやもです。注意

※少佐が二階級特進すると、大佐になりますよね?




 1件の新着メールが届いています。
 動画メールです。


【Extra Opration:『第三次菊水作戦』へのお誘い】(特別参加手当、全額前払い済)

 送信:帝国海軍大本営
 受信:有明警備府第一艦隊総司令官 比奈鳥ひよ子大佐
 本文:

 ミッションの概要を説明します。

 今回のミッション・ターゲットは、南方海域で確認された未確認の新型深海凄艦、ならびにその護衛艦隊の完全撃破です。
 1体はソロモン諸島、リコリス飛行場基地近海で確認された新型の超大型戦艦種。もう1つのターゲットである護衛艦隊は、未確認の超大型飛行種複数を中核とする、きわめて大規模な部隊です。
 目標は現在、旧沖縄近海、坊ヶ崎沖を北上中です。洋上でこれらを迎撃。撃破してください。
 今回は、細かなミッション・プランはありません。全てあなたにお任せします。
 なお、本作戦は複数の提督らとの共同遂行が前提となっております。現時点での作戦参加者とその麾下艦艇の名簿は揃えましたので、必要であれば申請してください。
 彼らと協力し、確実にミッションを成功させてください。

 ミッションの概要は以上です。
 帝国海軍は、帝国臣民の安心と、帝国の安寧のみを望んでおり、その要となるのがこのミッションです。

 貴女であれば、良いお返事を頂けることと信じております。



 ミッションを受注しますか?

 ≪Yes≫ ≪はい≫










「北上ちゃん! ぬいぬいちゃんからデータリンク確認。米倉型短魚雷、発射しちゃって!!」
『あいよー。40門の有線魚雷は伊達じゃないからね、っと』

 私の号令一閃、重雷装艦本来の姿に戻った北上ちゃんの各所に設置された魚雷発射管から、合計40にも上る対潜魚雷が一斉に吐き出されました。
 そしてそれらは、本来の仕様通りにさしたる音も気泡も立てずに海中に沈み、あらかじめ設定された敵目標――――潜水カ級へと進んでいきました。

『提督、魚雷のコントロールはいつも通りでいいの?』
「ええ。気が付かなければそれで良し。気付かれたら、いつも通り、ぬいぬいちゃんの真下まで誘導して」
『あい よー』

 北上ちゃんは普段警備府にいる時のような、気の抜けたような返事を返していましたが、その実有線魚雷の誘導に集中しているようで、いつもの軽口が続いてきませんでした。普段の演習時のように撃ちっぱなしではなく、40発全てのコントロールと対空・対潜警戒をしながらの艦体操作を同時に行っているのですから、負担が重いんでしょう。多分。言葉遣いもなんだかちょっと遅くなっている気がしますし。
 念には念をと思ったのですが、40発の同時制御はさすがに多すぎたんでしょうか。
 そんな事を考えていると、海の上を往く北上ちゃんの前方はるか遠くから、盛大な水柱がいくつもいくつも立ち上りました。

『命中。でも 一匹 にげた』
「まだ爆発してない魚雷は?」
『あ~……あと2本。予定通りぬいぬいちゃんンとこに追い込んでる。おぉーい、ぬいぬいちゃーん、そっち行ったからね~』
『だから北上さん、私はぬいぬいではなくて不知火だと』

 有線魚雷の操作から解放されて負担が軽くなったのか、普段の言葉遣いに戻った北上ちゃんがぬいぬいちゃんに合図を送ります。
 私達のいる海上からはまるで見えませんが、きっと、今現在の海中では、もの凄いデッドヒートが繰り広げられているのでしょう。縦横無尽に追う魚雷らと、それから逃げるカ級の。

『あ、やば。魚雷のワイヤーこんがらがっちゃった。切り離すねー』
「ええ。で、敵は?」
『誘導方式を親機RCよりスタンドアロンに移行。弾頭シーカー冬眠解除。ワイヤーカット』

 北上ちゃんの宣言と同時に、モニタに映っていた2発の魚雷のステイタス画面が『有線』から『自律』に切り替わりました。

「手際が早いわね。流石北上ちゃん。で、敵は?」
『司令、ご心配には及びません』

 通信機の向こうからぬいぬいちゃんの声が聞こえてくると同時に、水平線の向こう側――――ぬいぬいちゃんが待機していたあたりで大きな水柱が立ったのが見えました。

『不知火に落ち度などありません。仕留めました』

 やだ、何この娘かっこいい。
 通信機の向こうから聞こえてくるぬいぬいちゃんの誇らしげな声を聞きつつ、本日の任務――――対潜哨戒任務は無事、成功に終わりました。




「ゔ ぇ゙ ぃぃぃ~……広い湯船、最っ高~……」

 私が思わずそう呟いた拍子に、お風呂場の隅に積んであった木製の手桶の山が崩れて、盛大な音がお風呂場全体に響き渡りました。

「比奈鳥少佐。少佐のようなうら若い乙女に言うのもアレだが、その、何だ。オヤジ臭いぞ?」
「ていうかアンタ、なんでこっちのお風呂に入ってんのよ。今は薬入れてないけどここ、艦娘用の修復槽よ? 提督の個室にシャワールームあるじゃないの。そっち使いなさいよ、そっち」

 ちょうど私を挟むようにして湯船に浸かっていた、長門さんと叢雲さんの呆れたような声など聞こえません。

「あーあー聞こえない聞こえなーい。私だって湯船に浸かりたーいーんーでーすー。ていうかあんな棺桶部屋なんて使いたいくないですー。だって、肘伸ばせないんですよ? 肘」

 みなさんお久しぶりです。有明警備府の比奈鳥ひよ子少佐です。
 プロトタイプ大和2号さんの爆発事故よりはや数ヶ月。もうじき着任1年目を迎える私と、私の指揮する第一艦隊は出撃の頻度が日に日に増えてきました。爆発の影響で湾岸部の防衛システムや海中警戒システム群が全滅し、その隙間を縫って湾内に侵入してきた深海凄艦が近頃やりたい放題です。
 私は、あの事故の事はTVに映っていた記者会見で初めて知ったのですが、自分でも調べてみると、当時の被害の凄まじさが出るわ出るわでした。あの爆発で帝都湾の平均深度が100メートルも深くなったとか今でも信じられないです。

 そして何よりも、当時爆心地付近を航行中だった、西方海域へと派兵されるはずだった方々が例外無く全滅したというのも。

 中東各国やアフリカ大陸の地下資源の海上輸送路の復活を目的とする、第2次西方海域打通作戦こと『パスコ・ダ・ガマ作戦』のために集められた、今期生産分の6割にも及ぶ各種艦娘さん達と、私達のようなインスタントではなく十年単位で軍隊生活を続けてきたガチガチの歴戦の提督さん達、そして、才能有望たると判断されて高度な訓練を積んだインスタント提督さん達。
 彼ら全てが、あの光に包まれて消滅するか、衝撃波でなぎ倒されたりしたそうです。そして、そのシワ寄せで私達にも出動命令が掛かったのです。
 私に課せられた任務は帝都湾内の警備と、対潜哨戒任務の2つだけでしたが、それでも出撃の頻度は日に日に増して行っています。唯一の救いは、横須賀鎮守府や、他の鎮守府の方々の活躍により、例のステルス型を初めとした中・大型種の侵入を許していないくらいのものです。
 因みに。
 因みに、我が有明警備府の第2艦隊の副旗艦である長門さんは、あの光を見た途端にひきつけを起こして昏倒し、目が覚めてから半日ほど幼児退行を起こしていたそうです。
 看病に当たった第3艦隊副旗艦の叢雲さんが笑いながら話していたので、多分本当の事なんでしょう。ビキニがビキニがと泣き喚いていたそうですが、そんなに水着を着たかったんでしょうか。

「確かに、アレは見せたかったわねぇ。私と交代で看病していた秋雲も『我が魂の岸辺飛呂彦が目覚めていくのが実感できるッ! 1日で原稿が8ページも進む絶好調であるッッ!! このながもんちゃんすごいよ、流石ビッグ7のお姉さんッッッ!!!』とか言って、看病がてらバリバリ漫画描いてたくらいだし」

 そう言って思い出し笑いをする叢雲さんに対し、私を挟んで反対側で湯船に浸かっていたながもんちゃん、もとい、長門さんが苦虫を数百匹ほどまとめて噛み潰したような表情で呟きました。

「……ふん。人の失態をいつまでも楽しそうにネチネチと。そんな貧相な根性だから、何時まで経ってもお前の身体も貧相なままなのだ」

 この骨め。長門さんはそう言って手を伸ばし、指先で叢雲さんのあばら骨がかすかに浮いたわき腹を突きました。叢雲さん『あべし』は女の子の上げていい悲鳴じゃないです。

「……本気で力んだら背中に鬼の貌が浮かんでくるようなメスゴリラが何を偉そうに。深海凄艦相手にゲンコツで戦争する気? ていうか、腹筋6つに割れてるような女だから、浮いた噂の一つも無いんじゃないの?」

 この肉め。叢雲さんはそう言って長門さんよりも短い手を伸ばし、二の腕辺りをぐにぐにと弄っていました。うわ、長門さんの腕、見た目はほっそりなのにゴムタイヤ並の硬さじゃないですか。

「何だと。この骨め」
「何よ。この肉が」

 何という事でしょう。平和なお風呂時間が一瞬にして殺伐とした剣呑な雰囲気になってしまいました。
 というかお二人とも、湯船の中で取っ組み合いの喧嘩は止めてください。真ん中にいる私の顔とか目とか鼻の穴とかにお湯が入ってひどいんですけど。
 私は多少の苦笑いを浮かべながらも、お二人の仲裁に割って入りました。

「あの~。お二人とも。そろそろ出ないと、夕食、間に合いませんよ?」
「骨、骨、骨!」
「肉、肉、肉!」

 聞いちゃいねぇよ。
 これが本当の骨肉の争いというやつなのでしょうか。




 ある日の事です。私が廊下を歩いていて共同居間に差し掛かると、長門さんと叢雲さんが頭を抱えていたのが見えました。お二人ともソファの上で膝を抱えて座ってテーブル越しに対面し、両腕で頭や顔を覆って絶望していました。

「……すまない、叢雲。すべて私の責任だ」
「アンタだけのせいじゃないわよ。こんな単純な計算もしなかったアタシにだって責はあるわ」
「? どうなされたんですか、お二人とも?」

 お二人はそこでようやく私の事に気が付いた様で、生気を失い青ざめた顔をこちらに向けました。

「ぁ……あ、アンタだったの。ごめん、気が付かなかった」
「……すまないが比奈鳥少佐。有明警備府の全ての艦娘達をここに集めてくれ。大至急だ」
「え。は、はい」

 長門さんと叢雲さん――――有明警備府の中では、最古参に分類されるお二人のただならぬ様相に気圧されながらも、私は第一艦隊の執務室に向かい、そこでお二人に言われた通りに全館放送を行いました。




「よし。全員揃ったようだな。聞いてくれ……非常に言いにくい事なのだが、聞いてくれ。冷静に、聞いてくれ。どれだけ絶望的なふいんき(※翻訳鎮守府注釈:何故か変換できない)であろうとも、あきらめずに希望をもって、理知的に私達の話を聞いてほしい」

 有明警備府の共同居間に揃った艦娘の娘達と私を見回して、長門さんが言いました。まるで毒入りの盃でも飲み干す直前かのような悲壮さです。あと無駄に前振りが長いです。

「……比叡が、帰ってくる」
「?」「?」「?」


 まるで意味が分からんぞ!?
 とでも言いたげに首を傾げ、疑問に思っていたのが私と北上ちゃんとぬいぬいちゃん――――有明警備府の中では一番の新入り3人組です――――だけでした。
 対する他の方々は、ヒャッホゥイ! とでも叫んでその場で小躍りしかねないほどの歓喜の念を漂わせていました。

(ウチに比叡さんなんていましたっけ……?)

 という私の疑問が顔にでも出ていたのか、夕雲さんと古鷹ちゃんがその疑問に答えてくれました。

「そういえば。比奈鳥少佐はご存じなかったですわね。件の比叡さん、少佐の着任するちょうど一ヶ月前に『今度新しく作る料理の材料採りに行ってくる』って書置き残したっきりで、長期間の単独遠征に出ていましたの」
「比叡さんは凄いんですよ。お料理とっても上手なんです。私、あの時食べた駆逐イ級の目玉(※アイ・イン・ザ・スカイの代用品)入りの千年シチュウをもう一度食べられるなら私……私、平賀中将でも殺してみせます」

 古鷹ちゃん、普段のかわいい系じゃなくてガチで欲情した女の顔してます。
 ていうか恍惚とした笑みを浮かべて両手の指先で頬を撫でる様にして覆い、上気した艶っぽい顔でさらりと親殺しなんて怖い事言わないでください。イメージ崩れちゃいます。
 他の艦娘の娘達の反応を見ても、件の比叡さんについてはとても好評でした。
 何でも、センチュリースープやレンバスの薄焼き菓子、センギア男爵秘蔵の瓶詰めなどの、世界各地の伝説や民間伝承に名を残すようなものの再現料理が特にお上手なのだそうです。調理に熟成の必要がある場合は、お台所の片隅にある軍用の超音波熟成装置とかいうのと、工廠においてある特殊なバーナーで一気に仕上げてしまうそうです。
 ですがそれだと長門さんと叢雲さんの、この絶望っぷりがよく分かりません。お二人が味覚オンチでない事は、いつぞやだったかのお夜食のカツカレー(超大盛り)で証明されていますし。

「……比叡の帰還予定日時は明日――――金曜日だ」











































 沈黙。

 有明警備府の中には、私達の他にも警備の方や憲兵さん(黒服含む)達がいらっしゃるはずなのですが、今この瞬間だけは、恐ろしいまでの沈黙に包まれているように思えました。
 窓ガラスの外の冬の日差しと、平和そうな鳥の鳴き声が、妙に遠くの世界に思えて仕方ありません。

「あの、」
「サヨナラ!!」

 川内再び改善がニンジャ生存本能に従い、全力で飛び込んだ窓ガラスが木端微塵! そしてそのまま川内再び改善は恐るべきニンジャ跳躍力にて警備府正面のフェンスを飛び越え、その前方に広がる海面をニンジャ脚力で疾走し、そのまま水平線の向こうへと決断的速度で逃走。サバイヴ! 実際島風めいてハヤイ!
 一方、第2、第3艦隊の総旗艦である飛龍再び改善と蒼龍再び改善は急性のHKRS(比叡カレー・食わされるのかよ・リアイリティ・ショック)を発症し、音も無く失神していた。座っていたソファに広がるアンモニア臭について追及してはいけない。クウボはお漏らししない。いいね。

「えっ、えっ? あの」
「魔女だ! その女は長門さんじゃない! 魔女が化けているぞ!! 魔女を磔にしろ!!! 火炙りにかけろ!!!!!」

 今までの恍惚とした表情から一変。古鷹ちゃんが恐ろしい表情で絶叫を上げました。
 いつの間にか叢雲さんは姿を消し、秋雲ちゃんはうーうー呻きつつせっかく書き終わった原稿をGペンで病的なまでの執拗さで何度も突き刺し、大井ちゃんは話を聞いたその足で弾薬保管庫に安置してある酸素魚雷の元へと礼拝に向かい、いつの間にか中世ヨーロッパの村娘風の衣装に着替えていた夕雲さんは消火作業用の手斧を片手に異端審問官めいた恐るべき表情で長門さんに突撃しようとしていました。ボロ布巻いた松明や使い込んだ感のある農作業用のフォークや鍬まで用意してあるあたり芸が細かいです。
 他の娘達も、大体似たような感じのパニック具合でした。

 いったい何がどういう事になっているんでしょうか。
 突如として発狂した有明警備府の面々はそこいら中を駆け回ったり、手当たり次第に長門さんに物ぶつけたりしています。当の長門さんもただ黙って受け入れているだけです。流石に振り下ろされた手斧は白羽取りして奪い取っていましたが。
 私は当然として、北上ちゃんとぬいぬいちゃんもまた、この流れについて行けずに混乱していました。そして、いつの間にか私の背後に立っていた叢雲さんが私達三人に説明してくれました。

「……あー。アンタらは知らないんだったわね。ウチの比叡は、確かに料理上手なのよ。特級調理人クラスの腕前なのよ」
「え。だったらどうして、こんな……?」
「でも、でもね。カレーだけは駄目なの。カレーだけは、作らしちゃ、いけないの」


 ――――闇鍋もそうですけど、カレー粉ブチ込んだら大抵は何とかなりますよね! 新しい味を探すにはもってこいです!!


「……って、いろいろ冒険してくるのよ。金曜日には。カレーの日には」

 それお料理で一番やっちゃいけないパターンです。
 カレー粉ブチ込んだ程度じゃどうにもならないのよ。と叢雲さんは死んだ魚のような眼で乾いた笑いを漏らしていました。

「魔女め! 拷問だ! 兎に角魔女を拷も……いや、ウ=ス異端審問に掛けろ! 白く清めて世界の破滅を防――――」
「そんな、皆さん大げさな」

 先程からおっかない形相と暴言を連発する古鷹ちゃん達が私の一言で凍りつき、目を見開いた表情でこちらを見ました。

「何だったら、一番最初に私が食べてもいいわよ。カレー」


         !?


 その一言を言った瞬間、長門さんは救われたような表情になり、続いて、そんな自分を恥じるかのように俯き、悔しさと恥ずかしさのあまりに唇の端を噛みちぎっていました。
 暴走していた娘達からは得体のしれない化け物でも見るかのような、あるいはキ(自主規制)イでも見たかのような視線を向けられました。だから夕雲さん、いつの間にシスター服に着替えたんですか。ていうか私に純銀製の十字架突きつけてどうしようって言うんですか。
 たかがカレー1つで大げさな。どうせ思い出補正で色々とすごい事になってるだけなんでしょ。その時はまだ、北上ちゃんもぬいぬいちゃんもそう思っていました。
 ……私を含めて。




「作戦が完了! 比叡、帰投しました!」

 有明警備府に帰投した比叡さんを出迎えるために、私達はコンクリート製の係船岸壁に一列に並んで待機していました。
 初めて見た比叡さん――――というか戦艦は、とても大きかったです。
 男の人はよく、戦艦とか戦車とか鍋島Ⅰ~Ⅴ型を見てカッコいいだとかキュートだとか言いますけど、私にはよく分かりません。ですが、戦艦としての比叡さんはとても強そうだという事だけは一目見て分かりました。こんな強そうな戦艦が何百何千と生産されて、世界中の戦線に配属されているんです。絶対深海凄艦になんか負けるはずが無い。ごく普通にそう思えました。
 一瞬の閃光に包まれ、人の姿に戻った比叡さんが大地の上に立ち、私の方を見て不思議そうな目をしました(※翻訳鎮守府注釈:艦娘状態はあくまでも圧縮・保存状態です。戦闘艦の方が本来の姿です。あしからず)。
 短く整えた茶色の髪の毛、巫女さん服のような白い上と金の飾り紐、タータンチェック模様のミニスカート、背中から伸びるⅩ状の艤装とその先端に取り付けられた主砲。目鼻顔立ちも艤装の形状も違うはずなのに、どことなくプロトタイプ金剛と似たような雰囲気を持った艦娘でした。

「あれ? 知らない人だ。音鳥少佐と面鳥提督は? 尾谷鳥少佐は?」

 音鳥少佐と面鳥提督――――第2艦隊と、比叡さんの所属する第3艦隊の司令官ですね。
 尾谷鳥少佐というのは、私がまだ第4だった頃に第1艦隊を率いていた提督さんの事ですね。私もとてもお世話になりました(※翻訳鎮守府注釈:ご迷惑をおかけしました の誤字かと推測される)。
 私が何か言おうとするより先に叢雲さんが一歩前に出て、黙って首を横に振りました。それで察したのか比叡さんは、顔を歪めて何かを言おうとして何度も言葉に詰まり、それでも何とかたった一言だけ『そっか』と呟きました。

「後で詳しい話聞かせてね。で、この人達は?」
「は、初めまして! 第1艦隊総司令官の、比奈鳥ひよ子少佐です! 第4艦隊から再編成されました!」
「あ、どーもー。元第4の軽巡、北上です」
「不知火です。比奈鳥司令官、北上さんと同じく第4艦隊からの移籍です」
「第4? ……あー。ひょっとして、私と入れ替わりで新設されたって事ですね。初めまして。プロトお姉さまの妹分、比叡です。所属は第3艦隊です」

 プロトお姉さま――――プロトタイプ金剛の事でしょう。
 私が一番に敬礼し、続けて北上ちゃんぬいぬいちゃん、そして比叡さんが敬礼を返しました。
 一応、階級だけなら私が一番上なんですけど、軍隊生活は私が一番短いので敬礼とかは私が一番先です。ああ見えて北上ちゃんやぬいぬいちゃんも昔の船だった頃の記憶が染みついていますから、勤続年数は実質ウン十年ですし。

「兎に角、ここで立ち話も何だろう。警備府の中で話そう」

 長門さんの促しにより、比叡さんも私達も木枯らし吹き荒ぶ港湾部から一路、暖房ヌクヌクの警部府内への帰路につきました。

「あ、長門さん、先にシャワー浴びてきても良いですか? 久しぶりに帰って来たんで、垢落としたいんです」
「……いいだろう。私もついでだ。一緒にシャワーを浴びるとしよう」





 比叡さんは、強い人でした。
 ご自分の提督がどういう最後を辿ったのか。それを聞いて、警備府の裏に建てられた空っぽのお墓を見ても、少し涙ぐんで鼻声になっただけで、すぐに元の力強い笑顔に戻りました。もしも私だったら、北上ちゃんやぬいぬいちゃんのどちらと死別するようなことになったら、きっと、立ち直るのにとても時間がかかってしまうと思います。そういう意味でしたら、比叡さんは本当に強いお方です。

『星にも負けぬ数多のレシピ~、その数100億☆ 月よりしたたかな手さばきで~♪』

 薄壁一枚で隔てられたキッチンからは、比叡さんの楽しそうな歌声と、ぐつぐつにゃーにゃーと何かを煮込む音が聞こえてきます。
 そんなお強い心の持ち主である比叡さんのカレーです。きっと、素晴らしいものになるでしょう。

『太陽曰く煮えたぎれ大鍋! 私にふさわしいソイル……じゃなくて食材は決まった! 今宵は三日月、なので太陽蘭の実を豪華特盛3つもIN! 続けて黄金エビと太陽酒を目分量でぽぽいのぽい。最後に皮を剥いたエレキバナナと濃縮ネオソラニンをお鍋にどぼーんしちゃいます! 後は沸騰するまでお鍋をぐるこんするだけど、それだとつまんないし何を入れよっかなー。うーん……ちょっとエグ味強そうだし、お土産で貰ったカンパリ玉(夢味)で甘味つけて、あとは小麦粉か何かでとろみをつけて誤魔化そっと』

 ……たぶん。

「おお、おお、我が守護天使よ。我が希望の天使アヴァシンよ。貴女はいつまで獄庫の中でグリセルブランドと乳繰り合っているのですか。さっさと解放されてきて無敵の呪い黙らせで何とかしてくださいよぅ……」

 中世ヨーロッパの村娘風の衣装に着替たままの夕雲さんはテーブルに肘を付き、土気色になるまで青ざめた顔で両手を真っ白になるほど固く握りしめて一心不乱に異次元の大天使に祈りを捧げていました。その隣に座る大井ちゃんや古鷹ちゃん達も青ざめた顔で俯き、ガタガタと無言で震えていました。
 秋雲ちゃんは遺書のつもりか、いつも使っているGペンで自分の頬に『チラ裏の1ページ目に『嗚呼、栄光のブイン基地』が上がっていた → 最新話のページをクリックした → 今日の夕食当番は比叡さんだ。金曜日だ。どうしよう → 駆逐艦『秋雲』も殺された → 成長した比叡カレーに殺された』と書き殴っていました。
 他の艦娘の娘達もこの3人と大体同じようなリアクションを取りながら、テーブルに付いて待っていました。中には鼻声で『死にたくないよぅ』とグズる娘までいました。
 長門さんと叢雲さんは慣れたもので、ごく自然体で椅子に座って、この場にいないプロト金剛とプロト足柄と川内ちゃんにどれだけカレーを押し付けるかを相談し合っていました。
 たかがカレー1つで大げさな。
 つい先ほどまではそう思っていたのですが、キッチンから漏れ出る比叡さんの独り言を聞くからするに、何だか洒落になっていない気がします。

(私、いっぱい食べるって言っちゃったけど、大丈夫よね……?)
「はい、お待たせしました~! 比叡特製カレー、完成です!」

 私がかすかに不安に思っていると、大鍋を両手で掴んだ比叡さんがこちらに来ると同時に、誰かの――――あるいは全員の引き攣ったような小さな悲鳴が聞こえました。
 椅子に座っている私からは見上げる形になるので鍋の中身は見えないのですが、音と匂いはごく普通のカレーであるように思えました。

「これが、これが今回の比叡カレー……え?」

 戸惑いに包まれた長門さんの呟きを裏付けるかのように、私達の前に置かれたカレー鍋の中には、ごく普通のカレーが収まっていました。気になるところと言えば、加熱し過ぎたのか時折ポコポコと泡を吹き出しているくらいのもので、それ以外はごく普通の色と見た目と香りのカレーでした。

「あれ? 普通……?」
「私が食べた時は、もっと青味がかってたのに……」
「カレーに擬態するとは、面白そうね。味もみておこ……いや、やっぱやめとく」

 比叡さんごめんなさい。私も先程の比叡さんの独り言から、いったいどんな物体Xが運ばれてくるのかと戦々恐々してました。

「……問題は味よ、味」

 叢雲さんが漏らしたその呟きで、有明警備府所属の艦娘達(ただし比叡さんは除く)の視線が私に集中しました。
 ――――言い出しっぺなんだから、お前最初に行けよ、お前。
 何だか、そう言われているような気がしました。

「い、いただきます……」

 意を決してスプーンでカレーを掬い、口の中に押し込みます。
 ……辛いです。
 辛(つら)いじゃなくて辛(から)いです。ちょっと辛いだけで、後はごく普通に美味しいです。お米の炊き上がりも私好みのチョイ硬めですし、大きめの角切りにされたニンジンやジャガイモも、中までしっかり火が通ってて実は生焼けでしたー。とかそういうオチでもなかったです。
 比叡さん以外の誰も彼もが、何か信じられない物を見る目で私を見ていました。

「ひ、比奈鳥少佐? その、大丈夫なの……か?」
「か、身体大丈夫!? 無理しなくてもいいのよ!? 辛(つら)いなら辛(つら)いって、ハッキリ言わなきゃ駄目なんだからね!?」

 まったく。長門さんも叢雲さんも大げさすぎますよ。
 ほら、古鷹ちゃんもこんな薄暗い通信室にこもって書類仕事なんかしてないで、食べてみなさいよ。どれだけ美味しいか分かるから。

「は?」
「あ、あの提督? 私、今日の分の書類は全部終わらせちゃいましたけど……ていうかここ、共通居間なんですけど……?」

 あ、提督さん達だ。いっけなーい☆ 会議、もう始まっちゃっていたんですね。すみません、遅くなりましたー!
 うわ~、何ですか、この深海凄艦。え? 龍驤さんの遺した情報? ハワイの鬼? 北の荒球磨みたいな名前持ちなんですかー。へー。すごいなー。憧れちゃうなー。

「ひ、比奈鳥少佐……?」
「……ちょっと。これ、ヤバくない?」
「へぇ~、人ってこんな表情でラリるんだ。スケッチしとこー」

 すごいといえばこの図書館も凄いですよね。視界の端から端まで全部本と本棚で覆いつくされていますし。……え? そうなんですか!? 石版の破片まであるんですか。
 あ、ごめんなさい。私、次のカムパネルラ駅で降りなきゃです。今日の書類仕事があと1枚だけ残っているんでした。今度、少し遠出して小笠原諸島の三土上島っていう、人工島まで物資の補給遠征に逝くんですよ私。任務受領書にサインしなきゃ。ところで私は本を探さなければならないんですが。ご存じ、ないのですか!?

「だ、誰か医務室の先生呼んできて!!」
「ひよ子少佐、しっかり! しっかりしてください!!」
「衛生兵、衛生兵ー!!」





 2014年最後のうpにしようとして、気が付けば1月になっていました。解せぬ。そして社畜に年末休暇&正月休みなどありませんでした。ファッキン解せぬ。忌念の艦これSS

 嗚呼、栄光のブイン基地(番外編)
『有明警備府出動せよ! ~ 本物の深海凄艦』





 ある日の事です。
 重雷装艦本来の姿になった北上ちゃんに乗って海の上を往く私の手の中には、見慣れない書類が一枚ありました。タイトルにはこうありました。

『太平洋戦線、ミッドウェー島守備隊への物資輸送・回収艦隊の護衛任務に関する要綱』

 おかしいです。おかしすぎます。
 私がこの間サインしたのは小笠原諸島の三土上(みどうえ)人工島への補給任務であって、ミッドウェーだなんて――――太平洋戦線だなんて!――――そんな最前線中の最前線への補給任務ではありません!
 しかしサインの筆跡は確かに私のものですし、これは一体どういうことかと警備府の娘達に聞いてみても、誰も彼もがお茶を濁したかのような苦笑いを浮かべるだけですし。

「本当、一体いつサインなんてしたのかしら。ねぇ、北上ちゃん?」
『まあ、その書類は……そう、まあ……そうね』

 ほら、ちょうど今の北上ちゃんのように。

『司令、ここまで来てしまっては過去にこだわるのはもう止した方がよろしいかと』
『そだねー。ぬいぬいちゃんの言う通りだねー。提督、もー腹くくっちゃいなよ。島見えてんだし』

 北上ちゃんとぬいぬいちゃんの言葉に、私はため息で返事を返しました。

「解ってるのよ。わかってるけど、ねぇ……けど、何て間の悪い。古鷹ちゃん達が来れないなんて」

 そうなのです。この任務に参加できたのは、旧第4艦隊のメンバーこと、北上ちゃんとぬいぬいちゃんの2人だけなのです。
 古鷹ちゃんやプロト足柄を初めとした旧第1艦隊の面々は現在、ブラ鎮(※ブラック鎮守府)潰しの応援に呼ばれたために遠征中です。私も参加していたブリーフィングによれば、かなり大掛かりな制圧作戦だったと記憶していたはずなので、準備だけでも2~3日で終わるようなものではないはずです。
 飛龍さんと長門さん率いる第2艦隊もそちらの作戦の主力部隊として参加していますし、蒼龍さんと叢雲さんの第3艦隊には帝都湾内の警備&対潜哨戒という重要な任務を引き受けて頂いてしまっているので、人員を割いてもらうなんて事は出来ません。
 そして、私達が守るべき輸送船団は、20隻にも及ぶ大船団です。
 私達の他にもノーマル巡洋艦『とみか』を中核とした護衛艦隊の方々もいらっしゃいますが、それでも絶対的に護衛の数が足りていません。

「たった5隻でどうやってこの数を護衛しろっていうのかしら……」
『今まで敵と遭遇しなかったんだし、良いんじゃないのー?』
『そちらの『北上』の言う通りですね。出会わないに越した事は無いですよ』

 巡洋艦『とみか』――――正確にはノーマル式巡洋狙撃艦とみか型1番艦『とみか』の艦長さんからの通信でした。

『元々、私が受けた任務は物資補給よりも、物資回収の方がメインでしたから。帰りもこうであってほしいものですね』
「それもそうですけね」

 けど、何で私はこんな所にいるんでしょう。と『とみか』の艦長さんの言葉に心の中でため息とセットで返事をすると、再び前方を見据えました。
 ミッドウェー島、到着です。




 ミッドウェー島は、サンゴ礁島の上に正三角形状に配置させた3つの直線の滑走路が特徴の、小さな島です。
 正確に言えば、その滑走路のあるイースタン島を含めた諸島群の呼び名なんですけど、まぁ、細かい事は良いですよね。どうでも。
 何が言いたいのかというと……暑いです。むしろ熱いです。本土ではもう真冬なのに、どうしてここは真夏日なんでしょうか。厚着して、コートまで着てきた私がバカみたいじゃないですか! 日陰、日陰どこ!?
 そんな汗ダクダクの状態で島に降り立ち、すぐに日陰に避難した私を出迎えて下さったのは、2人の艦娘でした。背の高い方と、小っちゃくて破廉恥な格好をした娘。
 背の高い方が私に声をかけてきました。

「初めまして~。貴女が輸送艦隊の司令官さん?」

 何処かおっとりとしたような雰囲気の声と顔。機械化された天使の輪。首のあたりで整えた黒のショートヘア。黒を基調とした、どこかのファミレスのような制服。
 艦娘式天龍型軽巡洋艦2番艦『龍田』
 それがこの艦娘さんの正式な名前です。

「左手での敬礼失礼します。ミッドウェー島帝国側守備隊、第2独立混成水雷戦隊旗艦の龍田です。基地司令は戦死、提督も現在療養中ですので、暫定的艦隊総司令代理として私が参りました~」

 左手ひとつで敬礼をするその龍田さんには、右腕がありませんでした。失礼だとは分かっていますが、そちらについ目が行ってしまいました。

「? ああ、これですか~。修理用の鋼材は無かったけど、修復触媒(バケツ)はまだ少し残ってたから、右足の修理に使ったんですよ」
「え」

 絶句する私を余所に龍田さんは無い右腕をひらひらと振りながら、あははははと随分と朗らかに笑っていました。
 最前線なのに、資材が無いって、どういう事なんでしょう。

「利き手が無いのはちょっと戦いづらいけど、天龍ちゃんを守れたんだから、私はそれでいいのよ。ねぇ天龍ちゃん」

 そして龍田さんは、すぐ後ろにいた別の艦娘の娘に話しかけました。
 黒いウサ耳リボンを付けた、ものすっっっごく破廉恥な格好をした女の子。駆逐艦娘の『島風』ちゃんでした。

「……龍田さん、私、島風です」
「? あ、あら。ごめんなさいね~。また間違えちゃった。ところで、天龍ちゃんは何処に――――」
「と、ところで! 提督さん、補給物資持ってきたんでしょ!? 交換用のタービンある!? 島風、もうタービン周りを気にしながら戦うの飽きたの! 全速力出したーい!」

 島風ちゃんが何かを誤魔化すかのように、龍田さんの言葉に重ねて大声で私に物資の引き渡しを急かしました。
 多分、あの龍田さんが言おうとしていた事は、あまり他人には聞かれたくない事なのでしょう。
 私はポケットの中から業務用として支給されたスマートフォン(レプリロイド・ジュノ=モデル)を取り出し、あらかじめダウンロードしておいた納品リスト.pdfを開いて検索を掛けました。
 hit件数1『交換用備品:艦娘用タービン EMS-10(ヅダ社)』
 おそらくこれの事でしょう。

「……ええ。リストの中には入っていたから大丈夫よ。今、そっちの担当さんが納品チェックやってるから、それ終わるまで待っててね」
「タービンヤッター!!」

 島風ちゃんがその場で飛び跳ね、全身で喜びを表します。龍田さんは微笑ましそうにそれを見守っています。

「な、なァ、アンタ……」
「うひゃっ!?」

 島風ちゃん達の方に目と意識を向けていた私の背後から、突然声を掛けられました。言葉は確かに帝国語でしたが、どことなくイントネーションが変な感じでした。
 振り返って見ると、そこには、随分とくたびれたネイビー・ブルーの野戦服に身を包み、所々塗料の剥げた部分を上塗りした痕跡がいくつも残るケブラー樹脂製のヘルメットを頭に被った外国人の男性の方々がそこにいらっしゃいました。
 白人、黒人、プエルトリカン、それ以外にも様々に。
 私に声を掛けたのは、最前列にいた白人の大尉さんのようです。ですがこの方も後ろの隊の方々にも、何だか覇気が見えません。先程の龍田さんや島風ちゃんとは正反対です。

「あ、あの。あなた達は……?」

 言ってから気が付きました。こんな多種多様な人種で構成された軍隊なんて、世界広しと言えども一つしかありません。
 もっとも、向こうの方も私に声をかけてから気が付いたようで、一度私の顔を見て『何だこのガキ?』とでも言いたげな顔になり、続いて肩の階級章を見てギョッとした様に目を見開き、即座に敬礼をしました。
 こうみえても私、佐官なんですよ?(※翻訳鎮守府注釈:インスタント佐官です)

「? ……ア! し、失礼しました少佐殿! 自分は合衆国海軍太平洋艦隊所属、ミッドウェー島合衆国側守備隊隊長、サム・アンクル大尉であります」
「帝国海軍、有明警備府第一艦隊総司令官、比奈鳥ひよ子少佐です。ところで、私に何かご用でしょうか?」
「アッハイ。少佐殿、ブシツケナお願いで申し訳有りませんが……少佐のお持ちした補給物資の中にアイスは、アイスクリームはありませんか?」

 アイス?
 大の大男が、アイスクリーム?

「少佐殿」

 そう思ったのが顔に出ていたのか、アンクル大尉(と後ろの合衆国海軍下士官'sの方々)が、血相を変えて詰め寄りました。口調こそ荒くも何ともなかったのですが、妙な迫力があった事と、図体が大きかっただけにかなり怖いです。

「少佐殿。良いですか? アイスは、ただの嗜好品ではありません。我らステイツのソウルフードです」
「え」

 困惑する私を余所に、アンクル大尉以下、合衆国側守備隊の面々がまくしたて始めました。

「そうであります! 我々にとってアイスとは、帝国人にとってのミソ・ペーストやソイ・ソースなのです」
「ノーアイス・ノーライフ! 糖尿制限なんてクソ喰らえであります!!」
「ていうか前回――――半年前の補給の時にやって来た本土(ステイツ)の補給隊に帝国の連中が『ミソをくれーミソ置いてけー』ってゾンビみたいに這い寄ってたであります!」

 え。
 今、この方達は、何気に洒落にならない事を口走りました。

「ちょ、ちょっと待ってください! 前回の補給が半年前って!? 貴方達、合衆国の軍人さんでしょう!?」
『やったぞ! アイスだ!! アイスクリームが入ってた!!』
「「「Mam! Yes,mam!」」」

 納品チェックをやっていた方の叫び声が聞こえた途端、何故か合衆国の皆さんが一斉に――――アンクル大尉達だけではなく、海を挟んで向こうにあるスピット島やサンド島にいた方々までもが――――隊列を整え、私に対して一糸乱れぬ敬礼をしました。
 対する私も思わず反射的に敬礼を返してしまい、そして、それから思わずこう叫んでしまいました。

「合衆国が補給で困ってるって……どれだけ人類追い詰められているんですか!?」
『みんな喜べ! バニラやチョコチップだけじゃない! トスケ・キガワのペパーミントまで入ってたぞ!』
「ウィザードヤッター!!」
「ざまぁみさらせブインのクソぼったくり共! もうテメーらンとこの粉末アイス(1袋100g入り。末端価格:龍田のソックス~青天井)の世話になんてならねーからな!!」
「でも給油担当のミス・アカギはいつでも来てねー! 油何時でも足んないし、給油パイプ挿入れた時の声がエロいからー!!」

 物量万歳の合衆国が、正面からの物量戦で押されている。
 そんな私の驚愕の叫びなど、爆発する彼らの歓声にあっさりと掻き消されてしまいました。何で皆さんヘルメット一斉に放り投げるんですか。ブリテンの卒業生か何かですか。あなた達は。
 あ。そう言えば。

「『とみか』の艦長さんが言ってた、この島から回収する物資って何なんでしょう? ここ、逆に物資が不足しているようにしか見えないんですけど……」

 滑走路脇に待機しているジェット戦闘機群でも持ち帰るんでしょうか。それとも、機密文章か何かの受け渡しでもあるんでしょうか。
 アンクル大尉達にそう聞いて見たところ、深夜の通販番組に出てくる怪しげなMCのように『HAHAHAHAHA!』と無駄に爽やかな笑顔で笑われてしまいました。アイス取り上げますよ?

「Lieutenant commanderヒナドリ。貴女はジョークがお上手だ。後ろを向いて、それから上を御覧ください」

 後ろ? 上?
 いつの間にか艦娘状態で私の背後に立っていた北上ちゃんとぬいぬいちゃんらと共に、上を見上げました。
 今、私が立っている日陰を作り出しているモノがそこにありました。大きな岩か何かだと思っていたのですが間違いでした。何で今まで気が付かなかったんでしょうか。

「わ……」

 軋む金属の音。風に舞い上げられた砂に交じる赤錆の粉末。強烈な日差しを後光に受け、真っ黒な影としか認識できなくても分かる存在感。
 目が光に慣れると、ほとんど横倒し同然までに傾いだその影の中には、ほぼ完全に錆びつき、無数の亀裂と断裂が走り、所々が剥げ落ちたりひしゃげたりした装甲板があった事に気が付きました。そしてささくれ立っていたとはいえ、隅っこに寄せた艦橋以外には余分な物など何もない、一面真っ平らな飛行甲板の存在にも。
 正規空母の、残骸。

「帝国海軍、第一航空戦隊旗艦『赤城』」

 誰かの声に振り返るとそこには、私と同じ帝国人が立っていました。

「艦娘じゃない、本物の一航戦ですよ」

 インスタント軍人かつ女性である私からみても、およそ鍛えているとは思えないひょろひょろとした手足。無精ヒゲだらけの痩せこけた頬。ボサボサの寝癖が付いたままの白髪交じりの黒髪。お洒落なんぞクソくらえと暗に言っているかのような黒縁メガネには牛乳瓶の底のように分厚いレンズがはまっていました。顔のつくりからして、おそらくは20代後半から30代前半だとは思いますが、妙に老け込んで見えます。
 服装も明らかに私服と分かるTシャツ(アニメプリント入り)と短パンにビーチサンダルという、軍人だったら誤魔化しようの無い服装規定違反でした。
 もう、一目見ただけで分かるダメ人間スタイルでした。
 ですが、そのダメ人間はTシャツ(アニメプリント入り)の上から白衣を羽織っており、そのダメ人間の周囲には、まるで四つ子にしか見えない屈強なボディーガードと思わしき人達が威圧感全開で待機していました。

(あ、こちらの人達は見た事あります)

 憲兵さん達の詰所でたまに見かける、黒服さん達です。黒で統一された角刈りとサングラスと上下のスーツとネクタイまで一緒ですし。
 そんな黒服さん4人に四方を挟まれたダメ人間が、ズレたメガネを指で直しながら口を開きました。

「TKT。正規空母開発担当の塩バターラーメン技術大尉です」


 いっそ隠す気の無い偽名にはある種の清々しさすら感じられました。


「あ、有明警備府、第一艦隊総司令官の比奈鳥ひよ子少佐であります」

 TKT――――Team艦娘TYPE。
 聞くまでもありません。アイドルグループの方ではなくて、都市伝説ならぬ鎮守府伝説でまことしやかに囁かれている、研究チームの方でしょう。

「今回あなた達に本土まで曳航していただきたいのはこの『赤城』です。他の空母機動部隊――――『加賀』『蒼龍』と共に海底から引き揚げてここで応急処置を施して、本土まで自力航行させる予定だったのですが……最近になってこの辺りの戦況もかなり不安定になってきました。ですので、急遽として回収部隊を派遣して頂いた次第です」

 最初に送り出した『蒼龍』は護衛部隊の全滅と引き換えに前半分だけは無事本土に辿り着いたが、2回目に送り出した『加賀』は航行中にちょっとした “事故” で鹵獲されてしまいました。と塩バターラーメン技術大尉は続けました。

「あと『飛龍』は行方不明のままですし、最後に残ったこのサンプル、もといこの『赤城』をみすみす手放すのもアレです。本土まで運んで、腰を据えてからじっくりと研究することにしたんですよ」
「? あの。技術大尉? ちょっと分からない事があったんですけれど……」
「何でしょうか? 機密に触れる物でなければ何なりと」
「ありがとうございます。えとですね。どうして、深海凄艦が、空母の残骸なんて欲しがるんですか?」
「えっ」
「えっ」

 塩バターラーメン大尉は、大きく目を見開いて、私の顔をまじまじと見つめました。
 その表情には見覚えがあります。比叡さんのカレーを食べて『美味しい』と言った時に見せた、有明警備府の艦娘の娘達と同じ表情です。

「え……何でって、そりゃあ、深海凄艦は――――」

 塩バターラーメン大尉が何かを言おうとした瞬間、大音量のサイレンがミッドウェー諸島の全域に鳴り響きました。

【空襲警報! 空襲警報! 定期哨戒中のカンムス『霧島』およびノーマル戦艦『サウスダコタ2』より緊急入電! 巡回ポイントN-3にて、ミッドウェー島に向けて南下中の敵航空部隊を捕捉! 総数およそ2000、なおも増加中!『霧島』『サウスダコタ2』は阻止砲戦を開始! 防空部隊、ただちにスクランブル発進せよ!!】

 その警報を聞いてから5分もしない内に、島の付近に待機していた合衆国のミサイル駆逐艦達からは次々とスタンダード対空ミサイルが撃ち上げられ、続けて基地滑走路から次々とジェット戦闘機が飛び立っていきました。
 私はあまり詳しくないのですが、実戦で運用されているジェット戦闘機なんて、映画の中でしか見た事ありません。
 ですが、映画通りなら、プロペラ戦闘機と同程度の速度しか持たない深海凄艦の飛行小型種になんか負けるはずがありません。

「ガンバレよぉ~!」
「今日はお客さん来てんだ、カッコ悪いとこ見せんなよ~?」
「どうせ今日も数だけだ! 俺のメンテしたEJ-24に傷付けたらテメーの脳味噌、ヤスリ掛けしてやっからなー!!」

 整備士達は戦場に飛び立っていった飛行機乗り達を帽振りで見送った後、彼らの帰還に備えて給油装置の安全確認や、緊急消火用の装備や医療用担架の準備と点検を始めていました。この島の防衛部隊でもある帝国陸軍の方達は、ネットと草木で擬装した鍋島Ⅴ型や高射砲台を起動させて、静かに待機していました。歩兵部隊の方もライサンダー狙撃銃やゴリアス・ロケットランチャーを構えて砂浜に掘られた擬装タコツボの中に身を潜めていました。
 アンクル大尉ら合衆国陸軍も、機甲部隊は戦車やメック歩行戦車に搭乗しており、歩兵部隊の方も、物陰や半地下式トーチカ群に隠れて歩兵用の携行ミサイルランチャーを構えて待機していました。見れば海の上には、いつの間にか戦闘艦の姿になった島風ちゃんや龍田さん達がハリネズミのように装備している対空兵装の全てを北の空に向けていました。
 先程までの喧騒が嘘のような、寄せては返す静かな波の音と、風に揺れて擦れる草木のざわめき以外には何の音もしない、口の中がひりつく静寂だけがここにはありました。
 それからおよそ3分ほどして。

【ミサイル着弾まであと10秒! 9、8、7、6、5、4、3、2……Impact, Now!!】

 北の空で小さな光がいくつもいくつも光り、それからしばらくして微かに爆発音がこの島まで届いてきました。

【ミサイルは全弾直撃、なれど効果微小! 防空部隊、交戦領域に突入!】
「司令官、ここは危険です」
「そだねー。私らも海に出るか、何処かに隠れた方が良いかもねー。あ、無線傍受できたよー」

 ぬいぬいちゃんと北上ちゃんに促されましたが、私は迷ってしまいました。
 逃げる? 隠れる? どっちが正解なの?
 逡巡する私を促そうとした北上ちゃんが急に顔をしかめ、真面目な表情になって私を急かしました。傍受した通信先で何かあったようです。

「……提督、ヤバイ。防空部隊がガンガン押されてる」
「北上さん、それは本当ですか?」
「うん。白いタマネギだかタコヤキだかに目と耳と口をつけたみたいな新型だって。ミサイルも機銃も当たるけど、それこそタマネギの皮剥くみたいに、次から次へと新しい装甲が再生してきて、なかなか落とせないみたい。あと、高速飛行中に後ろを向いて銃撃したり、ホバリングしての機銃掃射も自由自在みたい」
「何ですかそれ。どこの異邦人のUFOですか」

 北上ちゃんとぬいぬいちゃんのやり取りを聞いて、私は決心しました。
 逃げも隠れもしません。討って出ます。ていうか、こんな状況では海に出てもただの的でしょうし、そもそも、小さくて平べったいミッドウェー島にはまともに隠れられる場所が無いじゃないですか。

「……私達も海上に移動するわよ。ぬいぬいちゃん、あっちで『展開』して私と北上ちゃんを乗せて対空戦闘用意。最悪の場合は『超展開』して、とみかの艦長さん達と一緒にあの『赤城』を沖まで引っ張っていくからね」
「了解しました」
「あれ? 私は出撃しなくていいの?」
「酸素魚雷の誘爆が怖いから。あと、対空装備ならぬいぬいちゃんの方が充実してるから」
「なるほどねー。了解です」



【敵機第一波、目視確認!!】

『展開』を終えたぬいぬいちゃんの艦橋内に私と北上ちゃんが乗り込んだまさにその時、島の各所に配置された高射砲や、ミサイル駆逐艦に搭載されているCIWSや主砲が一斉に火を噴きました。もう既に、ミサイル防空圏も高射砲の弾幕圏も突破されており、各艦個別の迎撃態勢に入っていました。
 先の龍田さんや島風ちゃんもすでに移動と攻撃を開始していました。
 お二人の艦体各所に設置されたバルカンファランクスが、レーザービームのような勢いで砲弾を吐き出しています。

『司令官! 龍田さんからデータリンク来ました! す、凄い数です……』

 ぬいぬいちゃんの声にレーダーを見てみると、前方全てが真っ赤に染まっていました。試しにレーダーを2D表示から3D表示にしてみると、赤い光点は全て上空に移動しました。
 これら全てが、深海凄艦の飛行機部隊なのです。

『ミサイルおよび航空部隊による撃墜率が20%を切っています。ミッドウェー島守備隊の攻撃も、あまり効果が無いように見られます』
「戦艦や重巡の三式弾は?」
『効果無し。敵新型の新陳代謝が活発で、ナパームが染み込むよりも先に、新しい表皮に生え変わるとの事です』

 冷静沈着がウリのぬいぬいちゃんですら、声に震えが混じっていました。無理も無いと思います。
 誘導ミサイル、機銃、熱火炎兵器。
 つい昨日まで有効だったはずの対空兵器の悉くが無力化されたのです。次に待っているのは一方的な蹂躙です。平静でいられるはずがありません。
 大口径砲の直撃ならもしやとも思いましたが、そんなの現実的じゃないとすぐに考え直して頭の中から消し去りました。空を飛んでる飛行機に大砲の弾当てられるのなんて、平家物語の那須与一くらいのものだと思います。

「ぬいぬいちゃん。こっちも弾幕張りながら移動開始! 加勢するわよ!!」
『了解! ……航空機など、一機残らず叩き落としてやる』

 そう小さく呟くとぬいぬいちゃんは急加速を開始。そして『展開』時の余剰エネルギーを利用して顕現させていた妖精さん達を配置につかせると、猛然と攻撃を開始しました。
 私の艦隊に所属するぬいぬいちゃんにはバルカンファランクスやゴールキーパー砲などは搭載されていませんが、何かと信頼性の高い事で有名なCOG社のトロイカ・マシンガン(※オムラ社がライセンス生産)を3つ並べた25ミリ3連装機銃を各砲座に配置してハリネズミのように武装させてあります。見てくれこそ70年前とそう大差無いですが、中身が違うんです。中身が。

『あら~、あなた達も加勢してくれるの?』
『援軍は嬉しいけど、遅っそーい!』

 無線の向こう側から龍田さんと島風ちゃんの声が聞こえると同時に、お二人に搭載されている全てのCIWSが最寄りの新型飛行種一機に火線を集中させ始めました。
 数秒間の飽和射撃に晒されたその飛行種は、再生するよりも早く身体を削り取られ、抱えていた魚雷が誘爆。空中で爆発してバラバラの破片になって燃え落ちて行きました。

『『『YEAAAR!!』』』

 守備隊の方々が攻撃の手を緩めずに歓声を上げ、艦長席に座っている私の隣で補助席に座っていた北上ちゃんが『何か来る!!』と叫び、その直後に何の前触れも無く島風ちゃんの船腹中央付近から水柱混じりの爆発が発生し、島風ちゃんはVの字に折れて沈んで行きました。
 レーダーには、敵航空部隊の反応に紛れる様にして、新たな光点がいくつもいくつも追加されていました。

「提督、あそこ!」

 北上ちゃんが指さす向こう。そこには、海の青を押しのけて浮上してきた深海凄艦の真っ黒がいくつもいくつもありました。
 駆逐種や軽巡種、そして雷巡チ級などが次々と海面に姿を現し始めました。そして、それら全てがミッドウェーを目指していました。

「提督、敵前衛24! 高速水雷戦隊! 駆逐16、雷巡チ級8を中核とす!! 後方より浮上中の本隊は空母ヲ級30隻を含む大部隊!!」
「て、敵襲!!」
『F*ck! とんでもない数じゃねぇか。先制爆雷部隊は何やってんだ!?』

 北上ちゃんが改二型特有の優れた索敵能力で敵奇襲部隊の詳細を丸裸にして守備隊の全員に緊急通信(メーデー)を発信し、私とアンクル大尉が叫んだのと同時に、龍田さんがいた辺りからもの凄い閃光と轟音が走り、それらが晴れるよりも先に『超展開』した龍田さんが薙刀片手に、浮上してきた敵奇襲部隊の先頭集団に飛び掛かるところでした。
 天龍型は旧式艦。今も昔も。
 私がまだインスタント提督候補生だった頃に座学で見た映像資料の中では龍田さんも、まだ見ぬ天龍さんも、どちらも『超展開』中の動きはぎこちなく、のっそりとしていた事を思い出しました(※ひよ子注釈:教科書によると、艦娘殺しこと重巡リ級が世に出回ってくるまでの間は、そこまでの機動性は必要とされてなかったとの事です)。
 ですが、この龍田さんはそこには当てはまっていませんでした。確かに、ひとつひとつの動きは其処まで機敏ではないんです。むしろ、そこだけなら私の北上ちゃん改二の方がもっとヌルヌル動きます。
 ですがこの龍田さん(と、そこに搭乗しているであろう提督さん)は、動きと動きの間に切れ目が見えなかったのです。これがスムーズな動きと言うものなのでしょうか。それともこれが歴戦の戦士が積んだ功夫がなせる業とか言うやつなのでしょうか。
 私がそんな脱線気味の思考をしている間にも、当の龍田さんは次々と深海凄艦の奇襲部隊を血祭りにあげていきました。
 全身のバネを利用して薙刀を振り回して最先頭にいた雷巡チ級の首を撥ね飛ばし、その隣にいた別のチ級の肋骨の隙間を通すようにして心臓を輪切りにし、背中の艤装にある砲台や魚雷で手近な駆逐種を次々と倒していきました。
 そして龍田さんは、さらに浮上してきた2匹の雷巡チ級の首を薙刀で撥ね飛ばし、3匹の駆逐種を砲撃で撃破し、小バエのように寄ってたかって来た新型の飛行小型種の群れを撃破できませんでした。
 龍田さんに増設されたバルカンファランクスはその砲身を回転させるだけで、まったく弾を撃ち出しませんでした。
 弾切れ。
 その一言が頭をよぎるのと殆ど同時に、私はぬいぬいちゃんに命令していました。

「不知火ちゃん!」
『了解!!』

 その一言だけで全てを察したぬいぬいちゃんが、搭載されていた全ての対空砲を龍田さんの頭上に向けて即座に発砲。
 その弾幕に数発ほど当たった白い新型が、ボトボトと落ちていきました。

「え」
『え』
【え】

 何で?
 ミサイルを何発受けても平気だったのに何で、こんな、豆鉄砲で?

【あらあら~。これは……干からびた干しブドウみたいねぇ】

 私達が疑問に思っていると、ちょうど目の前に落ちてきた一匹を空中でキャッチして軽く観察していた龍田さんと私達に、島の守備隊から通信が入ってきました。

『TKTの塩バターラーメン技術大尉です。こちらでも墜落した敵機を回収しました。原因はおそらく、餓死でしょう』

 餓死?

『恐らく、あの異常な再生能力を実現するためには大量のエネルギーを必要としているのでしょう。ですが、従来の戦闘機サイズの体格では蓄えられる養分に限りがあると思われます』

 サンプルを司法解剖した訳でも、深海凄艦の生態に詳しい井戸水中尉でも無いから断言はできませんが、そう大量に養分を蓄えられるとは思えません。重すぎると飛べませんし。と塩バターラーメン技術大尉は推論を述べ、敵の弱点を理解したアンクル大尉が全周波数帯で叫びました。

『……つまり、あのホワイトオニオンは、攻撃を当て続けていれば、いずれ勝手に自滅する……と?』
『そうなりますな』
『総員、撃って撃って撃ちまくれ! 敵の本隊が来る前に全滅させろ!!』

 二つ折り式の長大なスナイパーカノンを左膝で固定した重量2脚型の鍋島Ⅴ型が。装甲板を引っぺがして積載量を確保した両腕と上半身にこれでもかと搭載されたメック歩行戦車の長距離対空ミサイルが。合衆国海軍のミサイル駆逐艦に残されたCIWSが。帝国陸軍歩兵部隊の『帝国陸軍の勇猛さを見せつける時だ!!』と叫んで突撃する赤いヘルメットの小隊長を背中から。
 アンクル大尉の号令を受けて、ミッドウェー島守備隊の誰も彼もが一斉に雄たけびを上げつつ猛反撃を開始しました。
 空飛ぶ白い新型は、その波状攻撃を受けて、徐々に徐々に再生能力を失い、古くなった葉っぱが枝から落ちる様にしてぼろぼろと落ちていきました。
 ちょうど最後の一匹が撃墜されたのと同時に、龍田さんの超展開が時間切れで解除され、敵の本隊からの砲撃が次々と飛んできました。続けて、今しがたやっとこさ撃墜し終わったばかりの真っ白い新型も、今まで以上の数が次々と吐き出されてくるのがぬいぬいちゃんの望遠鏡(※ひよ子注釈:光学デバイス望遠モードっていうそうですが、普通に望遠鏡でも通りますよね?)にもはっきりと映っていました。
 そして、砲撃と敵航空部隊に今まで以上の苦戦を強いられる守備隊の方々の姿も。
 島で爆発。
 鍋島Ⅴ型の一機が燃え落ち、膝をついて崩れ落ちたのが見えました。脱出装置が作動したのかどうかまでは、ここからでは見えませんでした。続けて、どんどんとやられていくメック歩行洗車や歩兵部隊の方々の姿も。

「……北上ちゃん、ぬいぬいちゃん、旗艦交代。私達もいくわよ。今なら敵は守備隊に気を取られてるから、その隙に敵護衛部隊を突破。北上ちゃんの飽和魚雷攻撃で敵本陣の空母ヲ級を全部やっつけます」
『了解。比奈鳥高速水雷戦たん……高速水雷せんちゃ、……水雷戦隊! 突撃します!!』
「あいよー。んじゃ、私は外で展」

 開やってくるねー。と言おうとしてい北上ちゃんが、口を変な形のまま開けた状態でフリーズしました。

「? 北上ちゃん、どうしたの?」

 続けて、北上ちゃんから聞こえてきたのは、普段の北上ちゃんとはまるで異なる、機械的な声でした。

「メインシステム統括系より最優先警報発令。PRBR検出デバイスにhit. 感1。パターンH『ひ号目標』を検出しました」
『き、北上さん……?』
「何? どうしちゃったの北上ちゃん!? 何が来るって!?」
「回答不能。あなたにはその情報を閲覧する権限がありません」

 突如として雰囲気を変えた北上ちゃんに、私は思わず両肩を強く掴んで詰め寄りましたが、それでも北上ちゃんは普段見せないような、無機質な無表情のまま淡々と告げました。
 ぬいぬいちゃんはぬいぬいちゃんのままだったので、もしかしたら、私の知らない改二型特有の能力か何かなのでしょうか。

『……北上さん。ひ号目標に関する情報を提供できますか?』
「否定。あなたにはその情報を閲覧する権限がありません」
『現場の作戦ユニットとして情報を要求します!!』
「要求は了承。しかし、否定。この情報はS4機密属性を有しています。あなた方にはこの情報を閲覧する権限がありません」

 ――――S4機密?

 たしかに帝国海軍内部では、一般の下士官や訓練生、軍属の方が敷地内を出入りするためのS1から、将官クラスのお歴々が持つS3までの3段階のセキュリティ・レベルによって情報やモノの流れを管理していますが、4なんて数字のレベルは無かったはずです。

「D係数急上昇中。超至近。6時の方角です」

 北上ちゃんの言葉に、ぬいぬいちゃんが後部の望遠鏡を起動して島の方を見てみると、そこには、私達が運ぶはずだった正規空母『赤城』の姿が見えました。

「『え?』」
「D係数、100を突破。なおも上昇中」

 おかしいです。さっき見た時は、あの『赤城』はほとんど横倒し同然で砂浜に擱座していたはずです。
 だったら何故、あの『赤城』は今、垂直にそびえ立っているのでしょうか。
 そう、まるで、超展開直前のような――――

「D係数、256、512、1024、2048……4096を超過。発生します」

 無機質な北上ちゃんが告げるD係数の急上昇。

 音の無い閃光と爆発、
                                       衝撃波で吹き飛ばされる水際防衛部隊と上陸寸前だった深海凄艦、
           火花を散らしてオーバーフローするPRBR検出デバイス、
      白い光の中に消える『赤城』
                    地面に沈んだように見えたのは気のせい?
 敵も味方も手を止める一瞬の静寂、
                                       地震。生身どころか鍋島Ⅴ型ですら立っていられないほどの。
     風船のようにめくれ上がる地面、
          巻き添えで宙に浮く基地と滑走路、
              球体状を維持したまま天に昇っていく地面と基地と滑走路、
                                      砂と瓦礫が落ちる、中身が露わになる。
              球体状の白い外殻、正三角形状の滑走路模様、口の中から突き出す無数の砲身、
     その中身。
              白い髪、白いドレス、白い肌、

 目が合った。





 本日の戦果:

 各種特別手当:

 大形艦種撃沈手当
 緊急出撃手当
 國民健康保険料免除

 以上


 本日の被害:

 各種特別手当:

 入渠ドック使用料全額免除
 各種物資の最優先配給

 以上

 特記事項

 当報告書には閲覧制限が掛かっています。





 ……次に気が付いた時、私は、何処かの部屋のベッドの上で横になって天井を見上げていました。

「――――あ」

 この天井には見覚えがあります。たしか、いつぞやだったかにカツカレー(超大盛り)を食べて気持ち悪くなった時にお世話になったベッドです。
 有明警備府の医務室です。
 けれども、私がいつ、どうしてここに戻って来たのかは、まるで記憶にありませんでした。

「……」

 カリカリという小さな音に気を惹かれてそちらの方に首を向けてみると、ベッドのすぐ脇に置かれたイスに座って、黄色と黒の表紙が特徴のスケッチブックに鉛筆を走らせる秋雲ちゃんと目が合いました。

「あ、駄目じゃん。せっかく寝顔スケッチしてるんだから……って! ひよ子ちゃん目が覚めたの!?」

 秋雲ちゃんは一度小さく驚くと再びスケッチを再開するかナースコールを押すかで一瞬迷ったようですが、私が気が付いた事を知らせる事を先にしてくれたようです。
 私の枕元に手を伸ばしてナースコールを押し、私が目を覚ました事を手短に伝えると、今度こそスケッチを再開させました。私の寝顔なんて書いてて楽しいんでしょうか。

「今、長門さんに連絡したからね。北上達もすぐ来るだろうし、それまでゆっくりしているといいさー」
「あの……どうして……?」
「? そりゃあ、ひよ子ちゃん……あっと、ひよ子少佐が目を覚ましたんだし、心配してる北上達にもすぐ知らせてあげるってのがスジってもんでしょー?」
「いえ、そういう事じゃなくて」

 どうして私はここに? と聞くと、秋雲ちゃんは驚いたかのように鉛筆を止めて、私の顔を見つめました。何か変なの付いていたんでしょうか。

「……ひよ子ちゃん、アンタ何も覚えてないの? 三土上島の監視所から連絡あって――――」
「ひよ子ちゃんが目を覚ましたって本当!?」
「ご無事ですか司令官!?」

 私の呼び方がオフ用に戻っている事にも気付かず、秋雲ちゃんが何かを言いかけ、それと同時に部屋の扉が勢いよく開かれました。
 北上ちゃんとぬいぬいちゃんでした。

「良かったよー……もう五日も眠ったままだったし、このまま目を覚まさなかったらどうしようかと……」
「私は大丈夫よ、ほら、この通……五日!?」

 思わずベッドの上から上半身を起こしてしまいました。風邪をひいている時に無理矢理体を起こしたような独特の重ったるさが私の頭にのしかかっていました。

「どうりで体が重いわけね……ていうか北上ちゃん離れて。お風呂入ってないから、その、クサいと思うのよ、私」
「起きて早々そんな心配が出来ると言う事は、どうやら大事無いようだな」

 鼻グズ声で私にしがみつく北上ちゃんの背後から、長門さんが部屋に入って来ました。

「長門さん……」
「無事で何よりだ。ところで、もう起き上がっても大丈夫なのか?」
「え、えぇ。はい。大丈夫です。ちょっと頭が重い気がしますが……」
「そうか」

 そう短く呟くと、長門さんは私のベッドの横まで来て、その両手を掛け布団の中に差し込み、そのまま中身を――――つまり私をご自分の胸のあたりにまで掬い上げました。
 俗に言うお姫様抱っこです。

「え!? えっ、あ、あの!?」
「北上、不知火。お前たちの提督、少しの間借りるぞ。独りでは立つのもままならなそうだしな。シャワー浴びせてくる」
「「アッハイ」」

 目を丸くしてこちらを見る北上ちゃんとぬいぬいちゃん、そして『長×督かぁ。二人ともかどっちかに生えてんのは何度か書いたけど、二人とも生えてないのは書いたことなかったなぁ』などと呟きつつ私達の姿をスケッチブックに何枚も何枚も速写していく秋雲ちゃんを後にして、長門さんは私をシャワー室まで抱っこしていきました。



 初めて入った艦娘用のシャワールームは、提督専用の個室に据え付けられた棺桶部屋とはまるで異なっていました。
 広いです。兎に角、広いんです。
 あっちは腕どころか肘すら満足に伸ばせないのに、床と壁の一面に水色のタイルが敷き詰められたこちらは両腕どころか2、30人は一斉に入ってもなお余裕がありそうな広さです。ついでに言うと備品の類もしっかりしていました。あ、これ私が実家にいた頃使ってたのと同じ椿油入りのシャンプーだ。

「そんなにシャワー室が珍しいのか?」
「いえ、部屋のよりも広くて、備品も値が張っていそうなものばかりだったものでつい……」

 シャワー室に入って来た長門さんは、全ての装備を外していました。服や下着、背中の艤装は勿論の事、宇宙アンテナとも鬼の角とも見て取れる2本の宇宙電探カチューシャすらも取り払い、駄目押しとばかりに艤装のコネクタ部には防水対策のためか、プラスチックの塊にしか見えない何かのアタッチメントを付けていました。
 そして脱衣所に置いてあった古びたラジカセを再生させて、何だか【Hな雰囲気】のBGMを大音量で流すと後ろ手に扉を閉めて鍵をかけ、こちらに近寄ってきました。何でシャワー室に内カギなんてついているんですか!?

「あ、あの、長門さん……?」
「大丈夫だ、すぐに済む」

 何で、何でいきなりこんな急展開!? と混乱し、恥ずかしさから思わず目を瞑ってしまった私の横をすり抜けると、長門さんはシャワーのカランを全開にしていました。呆然とする私を余所に長門さんは次々とシャワーを開けていき、やがて部屋全体が湯気で隠れて見えなくなってしまいました。勿論、声もシャワーの流れる音と脱衣所のBGMによって紛れて外には聞こえていないはずです。
 そして、プラスチック製の背の低い椅子を2人分持ってくると1つを私に差し出し、自分はもう一つの方に座って話し始めました。

「……盗聴されている可能性があったのでな。こういう手段を取らせてもらったぞ」
「え」
「ミッドウェーで何かあった事は私も聞いている。だが、北上と不知火は絶対に口を割ろうとしないのだ。よほど危険なヤマだという事は分かるのだが、それでも私は有明警備府の責任者(暫定代理)として事態を把握しておかねばならない。生存者323名――――ミッドウェーと、艦娘と、少佐たち補給部隊全員合わせてだ。いったい、あの島で何が起きたのだ?」
「え。あ、あの。私をここに連れて来たのって……」
「うん? それは勿論、誰にも話の内容を聞かれないためにだが?」

 ……そ、そうですよね。病み上がりなのにいきなりxxx板な事はしませんよね!
 アレやコレな事にはならないと安堵した私は、一度気持ちを落ち着けるべく深呼吸をし、それからミッドウェーで何があったのかを話し始めました。所々つっかえたり、時系列が乱れていたりで分かりづらかったはずですが、それでも長門さんは辛抱強く我慢して、私の話を聞いてくださいました。
 日差しが強かった事。アンクル大尉達のアイス狂っぷりの事。白い新型の飛行小型種の事。
 そして、ミッドウェーの『赤城』が変化したとしか思えない、あの白い人型の事について語り終えると、長門さんは片手で眉間を抑えて、深いため息をついてしまいました。
 も、もしかして、突拍子が無さ過ぎるとかで信じてもらえなかったんでしょうか!?

「……少佐。少佐は訓練学校で習った事を覚えているか? 深海凄艦は、どこからやって来るのかと」

 それは知っています。たしか、海底に何かがあって、放置したままだと比較的高い確率で危険である。という事ですよね。
 裏を返せば、それ以外何もわかっていないって事ですけど。

「そうだ。では、海底に眠っている『何か』とは、何だ」
「あ……」

 まさか、いえ、そんな。
 でもだとしたら、私達が深海凄艦と呼んでいるモノの正体とは――――

「……昔の、戦争で沈んだ船」
「そうだ。それが深海凄艦だ。本物の、深海凄艦だ。繭生まれの怪獣もどきではない、本物の、深い海の底から来た、21世紀スタイルの禍津日神だ」

 長門さんのその一言はまさに衝撃でした。古代スラン人とファイレクシア人が同一人種である事にショックを受けてたウルザおじいちゃんなんて目じゃありません。北上ちゃんやぬいぬいちゃん達艦娘と、深海凄艦が同一の存在から生まれてきただなんて、信じられません。

「北上達が正解だ。こんな事口にしてみろ。確実に消され……いや、待て。そうだ、比奈鳥少佐、今日から少佐達3人には川内とプロト足柄とプロト金剛を護衛につけるから、ほとぼりが冷めるまではなるべく3人で固まって行動しろ。風呂もトイレもだ。こいつら性格はちとアレだが、ガン・ファイトでも対艦戦闘でも私や飛龍・蒼龍を差し置いて警備府最強だ。最悪の事態になっても、きっとなんとかしてくれる。はずだ」
「りょ、了解しました……」

 私は、どもりながらも何とか返事を返すだけで精一杯でした。

 本物の深海凄艦と、艦娘。

 前者は海底に眠るモノが自然発生的に。後者は海底から引き揚げたモノから人為的に。そして海で沈んだ艦娘やその他の戦闘艦は誰の手も届かない海の底でまた――――
 ここまで考えが及んで、私の脳裏には、ある一つの恐ろしい仮説が浮かんできました。

(……この戦いに、人類絶滅以外の終わりはあるんでしょうか?)

 その考えは我ながらあまりにも恐ろしく、いつの間にか私の髪の毛をシャンプーしてくれていた長門さんには聞く事が出来ませんでした。

「――――さて。湿った話はこれまでにしよう。さっさと上がって少佐の快復祝いと行こうじゃないか。今日は比叡が腕によりをかけて作ってくれるそうだぞ。それと安心しろ、カレンダーだと今日は木曜日だ」

 私の雰囲気を察したのか、長門さんがパンと手を打って話題を切り替えました。
 何がどう安心なのかはよくわかりませんが、兎に角、期待しても良い事だけはよく分かりました。 

「ありがとうございます。それじゃあ、早く出ないといけませんね」
「うむ。そうだな」

 ――――お風呂から出たその後、長門さんが日めくりカレンダーを一日だけめくり忘れていた事が判明したとか、後日、大本営が合法的に私を抹殺すべく、超展開失敗時の死亡率が異常に高い事で有名な潜水艦娘、その最新鋭艦『プロトタイプ伊19号』との超展開実行試験を名指しで指名してきたりといろいろあったのですが、

 それはまた、別の機会にお話ししましょう。









 本日のNG(没)シーン


 有明警備府に帰投した比叡さんを出迎えるために、私達はコンクリート製の係船岸壁に一列に並んで待機していました。

「北上ちゃん、まだなのー? 比叡さん、11時ちょうどに到着しちゃうのよー?」
「あ、提督。ごめーん。コンタクト忘れてた!」

 え、北上ちゃんコンタクトしてたの?
 私の疑問は皆の疑問だったようで、私も皆も、外に出てきたばかりの北上ちゃんに振り返ります。

「うん。すぐすむからさ~」

 そう言って北上ちゃんは右手で天を指さし、見上げました。私達もつられて上を見上げます。
 そこには、空なんてありませんでした。

「「「……え?」」」

 ふぅおん、ふぅおん。と奇妙な低音をな断続的に鳴らしつつ、ゆっくりとした回転運動を続ける、幾何学的で精緻な模様が施された金属質の空だけがありました。
 その当時の私達は知る由も無かったのですが、サンタクロース追跡前の準備任務として、超展開中の駆逐艦娘『島風』を追跡観測をしていたNORADの正式発表によれば、当時の帝国、それも有明警備府周辺は、原因不明のノイズによって精査不可能であった。ただし、巨大な物体が空中にあった事は確かである。との事でした。
 金属質の空――――超を3つも4つも付けても足りないくらいに巨大な円盤です! 皇帝都市アダンもビックリです!――――から、一条の赤く鋭いレーザー光が下りてきて、北上ちゃんの天に付き出した指先に直撃しました。

「☆&’&#&%、!==)(’#$$?」
『¿))、}{+!(++--。 11:00(am)o'clock. #$#)(’&&%?2000%%¡』

 空の円盤は北上(?)ちゃんと、解読不能な言語っぽい何かで短くやり取りした後、音も光も無く忽然と消えてしまいました。

「「「……」」」
「おーい、提督ー。みんなー」

 空を見上げたまま呆然としていた私達の耳に、いつの間にか遠くで手を振っている北上ちゃんの声が聞こえてきました。

「早くしないと、11時ちょうどに到着しちゃうぞー?」
「「「何が!?」」」





 本日のNG(遅れまくったお詫びとして誰得の設定資料集一部公開します)シーン その2


 没キャラ軍団

 尾谷鳥つばさ(オヤドリ ツバサ)

『有明警備府出動せよ!』に出したかったキャラ。この話の中では名前だけ出演。
 フリルやレースを乱用した紫色のゴスロリ調ドレスと編み上げブーツと右目を隠す紫色のバラ状の眼帯と右腕全体を包み隠す包帯で完全武装した、有明警備府第一艦隊の元総司令官。是非とも『Lactobacillus casei Shirota.採ってるぅ?』と言っていただきたいお姿である。バストは実際豊満である。
 第2期インスタント提督であり、ひよ子(本編バージョン)が着任してから半年後に、健康上の理由から軍を退役。インスタントとは言え、ひよ子がやってくるまでの十余年間を古鷹と一緒に軍で過ごし、対人・対深海凄艦の秘密作戦にも多数従事している女傑。バストは実際豊満である。
 彼女がよく使う罵倒語の1つに、

『目玉も光らぬ半端者め』

 とあるが、これは彼女の所属する宗教団体『重巡教』の中でも、特に内情不明の一派で知られる大天使フルタカエル混沌派が好んで他派に使う卑罵語の一種であり、バストは実際豊満である。
 つばさは秘書艦である重巡『第一世代型古鷹(※普通に軽巡使えよと言われていたあの頃)』と高い同調適性を持ち、古鷹を初めとした有明警備府の面々と一緒に帝国の危機を何度も救ってきたスーパーウーマンだったが、超展開の度に古鷹に『喰われる』という現象だけは完全に止められず、徐々に人の形を失っていった。フリルがいっぱいのドレスも、眼帯も、包帯も、それを隠すための物である。

 お前はどこの不動卿だ。



 ウォール・コットン中佐

 ブイン基地の基地司令の没ネーミング。
 クリスマスのコスプレパーティ(没シナリオ)では、トランスバール皇国軍の佐官礼服を着て出席。同地を混乱に陥れた。
 この人が密輸だの二重帳簿だのやるイメージがわかなかったので没。結局、基地司令は顔も名前も不出のまま本編スタートに。因みに本編バージョンの基地司令の行動モデルはマッドブル34の署長さん。あっちも署内で麻薬密売やってたし。極稀にカッコいいし。

 没バージョンの外見? CV? 名前とコスプレ姿から察しろ。



 比奈鳥ひよ子(没バージョン)

 かの悪名高きブラック鎮守府『五十鈴牧場』が経営する、完全会員制の高級魚料理店『クラブ・コッド』の主力商品の1人だった少女。
 同店が有明警備府によって攻勢摘発された際、突入部隊の一番槍を務めていた戦艦娘『長門』の雄姿に一目惚れ。
 解放後は路上生活に逆戻りしたが、後に軍のライフボート・プログラムの存在を知り、インスタント提督を目指す。
 元々高いIQを持っており、クラブ・コッド内でも一晩3000万円(最低価格)という同店の最高級品であったため、高い教養を持たされていた。そのため、試験はさしたる苦労は無く首席で合格。インスタント提督となった後は、希望通り有明警備府への着任となった。
 ひよ子の秘書艦である青葉は人間不信である彼女にとって、唯一無条件に心許せる、魂の奥深い所で結ばれた親友である。

 これどこのアッシュ・リンクスよ。

(今度こそ終れ)



[38827] 【不定期ネタ】嗚呼、栄光のブイン基地【艦これ】
Name: abcdef◆fa76876a ID:3aa9db6f
Date: 2015/02/02 17:33
※やっと本編入れた気がしマース
※いつものオリ設定
※『えー、○×がそんなのとか無いわー。マジ無いわー』やもです。ご注意ください
※地理、歴史、算数。何それ美味しいの?
※GoogleEarth先生どうもありがとう
※グロ中尉
※英語の正確性? 日本語も怪しいのに……
(2015/01/31初出。02/02、誤字脱字修正)





 帝国海軍横須賀鎮守府所属、二星中佐および紐野少佐、艦娘式伊勢型航空戦艦1番艦『伊勢改』ならびに同2番艦『日向改』
 以上の4名(以下乙)に、以下の内容を命令する。

 1:
 乙は合衆国主体による、第11次ハワイ諸島奪還作戦(第11次O.N.I.殲滅作戦)に参加せよ。
 これは非公式なものであるが、合衆国上層部は承認しており、同作戦に参加する将兵らへも既に通達済みである。

 2:
 乙の攻撃目標は『泊地凄鬼』1体のみとし、これの完全撃破をもって本作戦は成功したとみなされる。
 また、乙はシナリオ11の作戦進行の推移如何に関わらず、泊地凄鬼の撃破を遂行せよ。

 3:
 本作戦の成功・失敗を問わず、作戦終了時には、合衆国に艦娘のデータを渡さぬよう、伊勢改、日向改の動力炉を暴走させて自爆させよ。
 二星中佐および紐野少佐もその場にて自決せよ。
 ただし帝国は本作戦成功時、その対価として4人の願いをそれぞれ1つずつ、帝国の名と責任において必ず叶えるとここに約束するものである。


                              ――――――――秘密作戦『絆地獄』作戦命令書より一部抜粋





 ここで君達に、最新ではないが最高機密の情報を提供しよう。

『合衆国の皆さん、おはようございます。CNNのオスカー・アストラです』

 擦り切れる一歩手前のVHSテープに記録された、若干の砂嵐にまみれた若い男性の合衆国人リポーターが、英語で現地からのリポートを伝えていた。

『本日私は新パナマ運河条約の締結により、パナマへと返還された運河に来ています。現地時刻ではまだ午前8時前なのですが……すごい歓声です。町中が、いえ、国中がパレード騒ぎに……え? 何です? meteo?』

 画面がブレる。左隅にパンする。
 そこに映っていた、上空より音も無く速やかに落下する大火球の速度は、最新の計測ではおよそマッハ24。爆心地の地下数百メートル地点より発掘された弾芯部分は、旧モース硬度表記でおよそ18。
 CNNのオスカー・アストラが、周囲の野次馬が、何だ何だあれは何だと口々に火の玉を指さす。
 着弾。
 見えない壁にでも跳ね飛ばされたかのように、人や物が放射状に吹き飛ばされる。
 爆心地からカメラの位置までは、人の姿が小指の爪程に小さく見えるほどの距離があったにもかかわらず、不可視の衝撃波は衰える素振りをまるで見せていなかった。その爆心地に至っては、衝突時のエネルギーが高すぎたためか、灼熱化し発光していた。ここまで来てようやく、火の玉が空気をカチ割って落下してくる音が響いてきた。
 続けて、音をおいてけぼりにして飛来する2発目の火の玉の姿も。

『No, no, oh my......my god! RUUUUUN! RUN! RUN RUN RUN RUN RUN!!!』

 衝撃波で人や車どころか、群衆が暴徒化した際に備えて待機していた戦車が空き缶のように吹き飛ばされるのを見て、リポーターのアストラもカメラさんも、悲鳴を上げて逃げ出す周囲の群集と共に踵を返して逃げ出そうとする。
 カメラのマイクに嫌なノイズが走る。バランスを崩したのか、地面が画面いっぱいに映し出される。奇妙な事に、カメラと地面との距離はかなり離れているように見えた。
 かなり荒い砂嵐と共に映像がフリーズ。記録映像の再生が終わる。




「……ねぇ、那智姉ぇ。会長がドック封鎖して何時間だっけ?」

 封鎖された重合金製の隔壁を前に成す術無く立ち尽くす重巡娘『足柄』が、己の隣に立っていた那智に呟いた。

「およそ8時間だな」

 今を遡ること8時間前。
 南方海域の総司令部として機能しているラバウル基地の大深度地下に建造されたドライドックに、同基地に間借りしていたTeam艦娘TYPEの名誉会長――――この足柄と那智の提督でもある――――が、外部からやって来た技術中尉(どういう訳か、足柄達も何度か話した事のあるブイン基地の少佐さんだった)を連れて、何百枚ものビニールシートを張り付けた鉄パイプの仕切りで覆い隠された、酷い腐臭のする『何か』を運び込んだ。
 そして名誉会長は各種資材や設備を運び込ませると、TKTの権限でそのままドックを封鎖した。
 これに異を唱えたのはラバウル基地に所属する提督の面々と、同基地所属の整備スタッフ一同である。何せ、ドライドックは艦娘化できないほどの重傷を負った艦娘達の命綱である。いくらドライドックが各個独立型でないからと言って、全てのドックを閉鎖するのはいかがなものか。せめてパーテーションか何かで仕切るくらいにしてくれ。
 その反論に名誉会長は短く、一つだけ異議を唱えた。曰く『あまり人に見せるもんじゃない』と。

 ――――これ、ひょっとして、ガチで重要機密なんじゃね?

 その言葉に含む物を見つけた者は大人しく引き下がり、納得がいかなかったとある提督は監視を目的に同行を要請。会長が機密保持を条件にそれを承認した事で議論は一応の収束を向かえた。
 そして会長お気に入りの龍驤改二と那珂ちゃん(無表情)、そして、監視目的で彼らに同行したラバウル基地の提督の1人とその秘書艦『陸奥』も一緒に隔壁の中に消え、1時間もしない内に提督と陸奥が真っ青な顔で口を押さえながら逃げ出すようにして外に飛び出し、そのまま二人仲良く同じトイレの同じ便座に同じタイミングでゲロ吐いて、『嫌な感じがするから』と1人だけ中に入らなかった駆逐艦娘『雪風』の手によって地上にある医務室まで引きずり出された。
 彼ら2人が外に出てから以降、この隔壁は降りたままである。

「あの提督さん、那珂で何があったのか喋ろうとしないし、何やってるのかしら。会長」
「……あのブルーシートだが」
「ん?」
「少しめくれていたところがあってな。少しだけだが中を覗けたんだ」

 腕を組んで伸びをしながらぼやく足柄に、那智がそう切り出した。

「中身は深海凄艦だった……と思う。死骸だと思うし、水槽か何かで運搬されているわけでもなかったな」
「ってことは第一世代か第二世代型? 珍しいわね。でも、深海凄艦の解体くらいなら、私達も何度か手伝った事あるのにねぇ。何でのけ者にされてるのかしら」
「ただ……いや、何でもない。見間違いだ」
「?」

 那智は嘘を言っていない。
 青いビニールシートを何百枚も重ねた厳重な包みの一か所だけがめくれていた事も事実だし、その中身が死んでいた事も事実だ。第三世代型の深海凄艦なら死骸なんて残るはずが無いし、那智と足柄と、今は亡き羽黒と妙高(※妙高は死んでいません)が名誉会長のお手伝いとして、第一世代型の駆逐イ級の掻っ捌かれた腹から潜り込んで、2人とも頭のてっぺんから足のつま先まで胆汁塗れになりながら、4人がかりで切除した肝臓を担いで這い出してきた事だってある。

(ただ……深海凄艦にも、艦娘と良く似た顔の持ち主がいるのだな)

 那智は、嘘を言っていない。



 何を今更と言われるかもしれないが、ここで今一度、艦娘を運用するための基地や泊地、鎮守府の構造について説明させていただきたい。

 海沿いにあって、敷地の周囲を金網や塀などで囲み、艦娘運用のために必要な各種の専用施設の他、事務仕事や通信などの基地運営に直接関わる仕事や機能を集中させた本棟や、防衛設備などで一応の体裁を整えていれば、軍施設として見て取れる。一応は。
 そして艦娘運用のための専用施設と一括りにされている物をそれぞれ個別に拾い上げていくと、その鎮守府や基地あるいは泊地に所属する艦娘達の住処となる生活寮(※翻訳鎮守府注釈:ブイン基地では敷地面積の都合上、提督の執務室=艦娘の生活寮となっています。フスマで仕切られているとはいえ、お寝坊さんと散らかしっぱなしは自殺行為なのです!)に、日々の精神的活力を得るための食堂&浴場と、その近くに設置されている各種パウダー・フレーバーが入っている艦娘専用の赤い自動販売機、出撃から帰投した後に艦娘化して細かな傷を癒すための入渠ルーム、色々と開発したり修理したりする工廠、対爆コンクリートと業務用エアコンと重合金製の多重隔壁で隔離された地下弾薬保管庫、艦娘化できないほどの損傷を負った際に使われるドライドッグと、艦娘が出撃したり余所の船を迎え入れるための正面港などがある。
 そして、声を大にしていうものではないが、どの鎮守府にも、ある程度以上の規模を持った基地にも、例外無く『解体室』と言うものがある。
 これは、艦娘化している状態(圧縮・保存状態)の艦娘の生体部品から飛び出している艤装を除去するための処置室であり、この処置を施された艦娘はメインシステム統括系から破損したファイル扱いされるため、展開・解凍が不可能になる。除隊処分の対象となった艦娘はこの処置を行い、人間の年頃の娘っ子の外見になってから手荷物をまとめて住み慣れた鎮守府を後にする事になる。その後の生活や心身の安全について軍は一切保障しないが。
 そして、艦娘化していない――――つまり、本来の姿である戦闘艦の状態で艦娘を解体する場合には、工廠やドライドックを丸々一つ貸し切って行われるのが常である。こちらについて特に語る事は無い。普通の艦船と同じく、大型の破砕カッターやプラズマトーチでブロック単位で切り出し、妖精さん用の大型コンピューターからまだカビてないカーペットまで、使えそうなパーツを片っ端から根こそぎ剥ぎ取り、ネジクギ一本の単位になるまで分解していくだけだ。
 そして本日。
 そして本日、ここ――――ラバウル基地では、地下にある対爆仕様のドライドックに秘密裏に運び込まれた、とある深海凄艦の死骸の解体作業が行われていた。
 その深海凄艦の艦種は軽空母。そのコア外殻に凸字刻印されたシリアルコードは【HIRATAKE_Factory/LAC-RJ_1.85β/km-ud/20090815-000ff24/GHOST IN THIS SHELL.】で、かつてのIFFは【IN:Buin Base-Fleet202】

 その個体識別名を、ブイン基地の龍驤と言った。




 連載化した第二話投稿から約一年強。ようやく本編に入れました。当初の予定では全6話だったと言っても誰も信じてくれそうにないです記念の艦これSS

『嗚呼、栄光のブイン基地 ~ 鉄底海峡① 出撃準備』




 その日は、古鷹の悲鳴から始まった。
 起床ラッパまであと僅かとなった早朝未明、今日も今日とて通信室に缶詰めになって徹夜で書類仕事をやっていた古鷹の、絹を裂くような悲鳴でブイン基地は目を覚ました。
 不寝番をやっていたメナイ少佐が真っ先に駆けつけると、通信室の中から顔面蒼白になった古鷹が半泣きで転がり出てきた。歯の根も合わずに泣きじゃくる古鷹をあやしつつ、メナイが何とか事情を聴き出してみると、幽霊が出たのだという。メナイ達が普段制服としてきている白い提督服――――第二種礼装に身を包み、カレーの入ったお皿を片手に持った、メガネをかけた帝国人の若い女性提督で、書類仕事なんかやってないでカレー食え食えと勧めてきたところで、音も無くすぅ、と消えてしまったのだという。

 ――――カンムスだって、半分はオバケみたいなもんじゃねぇか。

 思わず喉の上の辺りまで出かかったその一言を何とか飲み込んだメナイは未だに泣きじゃくる古鷹の世話を、集まって来た面々の中にいた那珂ちゃんに一任すると、今度は古鷹と入れ替わりで通信室に缶詰めとなって、飛行場姫と泊地凄鬼に関するデータの収集を開始した。
 幽霊は、出なかった。



「「「……」」」
「……笑えねぇ」

 ブイン基地に駐在するメナイ、水野、井戸の三提督と、つい先日ここの配属となった輝と深雪、そして、基地司令代理の漣は皆一様に苦々しい表情を浮かべ、オツヤめいた陰鬱な雰囲気に沈み込んでいた。

「すみませーん、遅くなりましたー!」
「おう、今始めたばかりだ。さっさと座れ」

 そんな薄暗い面々が座っている会議用の長テーブルの隅っこに、遅れて入って来たひよ子がカレーの入ったお皿とスプーン片手にこっそりと座る。

「……笑えねぇ」

 誰かが再び呟く。
 無理もない。彼らが一様に見つめる大型液晶テレビ(基地司令の密輸入品その4)の中では、一匹の深海凄艦が縦横無尽に暴れ狂い、古今無双の英雄の如くに人類側の兵器の悉くをなぎ倒している光景が映し出されていたからだ。
 当時の合衆国の最新鋭空母『ジョン・C・ステニス』が怒り狂った頑固オヤジのちゃぶ台の如くひっくり返され、両手で頭上高く担ぎ上げられた重巡『ネオ・インディアナポリス』の艦体は航空戦艦娘『日向改』に増設された対艦ミサイル群の雨を防ぐ盾となる。
 自重に負けて『へ』の字に折れ曲がった『ネオ・インディアナポリス』が画面の向こうにいた、超展開中の航空戦艦娘『伊勢改』に勢い良く投げつけられる。

『伊勢ェ! 二星中佐ァ! 大丈夫か!?』
『『何のこれしきぃ!!』』

 映像のタイムスタンプは1999年、6月30日。
 第11次O.N.I.殲滅作戦――――公表作戦名『シナリオ11』
 たった一匹の深海凄艦を殺すために行われた、合衆国が持つ、核以外の全ての攻撃オプションを投入した11度目の作戦。この作戦の記録映像には、非公式に参加した航空戦艦娘の『伊勢』と『日向』の2人の姿も映っていた。

『Go! ISE, Go!!』
『Do it! Do it! Do it! Stick the bitch!! HYUGA!!』
『You go get them! Kiss hers ass! F*ckin' mother_f*cker!!』

 この時点で辛うじて生き残っていた、たったの十数隻ぽっちの合衆国海軍のノーマル式駆逐艦が、伊勢と日向と鬼を遠巻きに取り囲み、その3人を中心としたリングを形成していた。
 そして、鬼には毛ほども効かぬと知りつつも主砲の5インチ砲をポンポンと間断無く撃ち続け、甲板上にいた陸軍の歩兵ユニットや海兵隊らの生き残りも、手に持つアサルトライフルや携行用のミサイルランチャーをバカスカと撃ちまくっては伊勢と日向の援護に努めていた。
 映像の中で、右腕一本だけとなった伊勢が手にした斬艦刀を逆袈裟に振り上げる。鬼がその細く美しい、左の白腕一本で受け止める。薄皮一枚も切れていない。だが伊勢は動じない。

『結構、ばっちりじゃない、私達ってば!』

 五体満足な日向が鬼の背後の海中から斬艦刀を右手一本に持って飛び掛かった。鬼が背後を振り返るのとほぼ同時に投擲。上半身を捻っていたため多少無茶な姿勢になりながらも、鬼は右の裏拳で撃ち出された斬艦刀の迎撃に成功。この時点で、鬼の胸元に致命的な死角が生まれた。
 その死角を狙って、未だ空中にいた日向が手すきの左手でパージした航空甲板を保持。

『航空戦艦、第五の艦載機! 発艦!!』

 掛け声一閃、日向がブーメランめいた投擲の態勢に入る。
 それを見た伊勢も、鬼も、周囲の合衆国の軍人さん達も皆一様に目を見開いて⇒驚愕する。鬼にいたっては、あまりの出来事に掴んでいた左手から刀が抜けた事にも気付いていなかった有様だ。

『待て日向! ソレは駄目だ!! 偉い人に怒られる!!!』
『……まぁ、そうなるか』

 伊勢が日向の暴挙にツッコミを入れつつこっそりと鬼の手から抜き取った己の斬艦刀を投げて寄越す。日向は素知らぬ顔でそれを受け取る。鬼はこの時点で己の失策に気が付いた。
 もう遅い。

『オ、オノレ! イマイマシイカンムスドモ 、メ!?』

 それでも何とか抵抗しようとした鬼の動きが一瞬止まる。刀を受け取った日向に気を取られた、ごくわずかな隙を縫って伊勢が懐に隠し持っていたクナイ状のCIWSを両手で握りしめ、鬼の白い脇腹に突き立てていた。
 巨大な鬼からすれば、どうということの無い一撃だったが、そのクナイの刃に塗られた、やけに粘性の高い蛍光イエローが目についた。
 それの正体が超即効性の神経毒であるとは知らなかったはずだが、突き立てたクナイで傷口をえぐり回し始めた伊勢を見て鬼は、本能的に『奥の手』を出した。
 両端を切り詰めたカヌーのような下半身の両側から生えている巨大な両腕が――――片手だけで超展開中の伊勢のほぼ半分が隠れてしまうような大きさが――――伊勢の上半身と下半身を握りしめ、そのまま雑巾でも絞るかのように捻り上げる。

『まぁ……やるだけやったかな。ひゅ』

 伊勢が何かを言い切るよりも先に、硬く握りしめられた鬼の奥の手の中からエビの殻でも握り潰したかのような軽い音と、それに若干遅れて小爆発が一度だけ起き、ドス黒い統一規格燃料が滴り落ちる。

『―――――――――――――!!』

 その一瞬で人の言葉を蒸発させた日向が着水と同時に突撃する。伊勢にばかり気を取られていた鬼が、まさしく悪鬼そのものの形相と化した日向の方に振り返ると同時、鬼の首が真一文字に裂かれる。鬼の目が驚きで見開かれる。
 突進の勢いそのままに日向が左肩のタックルで追撃。超密着状態で全主砲を一斉発射。四基八門の四一センチ砲から吐き出された化学弾頭が鬼の装甲を容易く貫通し、体内を毒色に染め上げていく。
 苦悶の表情を浮かべ、片手で喉の大出血を少しでも押さえ、痙攣にもがき苦しみながら鬼が海の中に沈んで逝く。

 周囲は沈黙し、ややあって大歓声が上がり、井戸がそこで映像を一時停止させた。
 そしてその映像の横に並べて表示させたのは、現在のリコリス飛行場基地の様子だった。

『お、鬼さんやないの。どしたん?』
『……ィメ、ァガシテタ』

 かつて202の龍驤だったもののコアから抽出・復元した、フラッシュバック・メモリーだった。
 軽空母としての龍驤ですら子供に見える巨大な体躯、白く長い髪と同色の皮膚、頭部から伸びた髪飾りとも耳っぽい角ともとれる奇妙な石質状の黒い突起物、黒で統一されたボディスーツと腰止め式マント、両端を切り詰めたカヌーような下半身と、背中に担いだ己の身長にも匹敵するほど長大な砲身。
 そして、この鬼の首に横一文字に走る、切り裂かれたかのような古い傷跡。

 ハワイの鬼は、生きていた。

「……笑えねぇ」

 映像がここで一時停止される。全ての暗幕が下ろされ、即席の映写室と化していた食堂の明かりが灯される。
 井戸、水野、メナイ、輝&深雪、基地司令代理の漣、カレー食ってるひよ子。
 誰も彼もが、沈黙したままだった。

「あの……お恥ずかしながらひとつ質問が。今映っていた深海凄艦って、何だったのでしょうか」

 ひよ子のそのおずおずとした発言に、輝と深雪もうんうんと無言で頷く。
 対する井戸達は、お前話聞いてなかったのかよという表情を浮かべようとして、そういえば機密解除命令があったのは自分達3人だけだったという事実を思い出し、その事を踏まえてひよ子達に答えた。
 Need to Kenow.――――必要最低限知ってればいい。という機密保持に関する大原則があるが、ここまで情報垂れ流しておいて今更機密もクソも無いんじゃないのかな。と井戸は思った。

「それは先ほどお話しした通り『ハワイの鬼』こと泊地凄鬼の事です。合衆国のシナリオ11で仕留めたと発表されていたんですがね。龍驤の遺したデータをチェックしていたところ、これの生存を裏付けるデータが出て来ました。今の映像の事ですね」
「ハワイの鬼……『北の荒球磨』みたいな二つ名持ちなんですか? 深海凄艦なのに?」
「その通り。鬼と呼ばれる艦種は、この泊地凄鬼と、緘口令が敷かれている西方海域の、鬼の量産型と思わしき新種以外には確認されておらず――――って、誰だお前!?」

 井戸の今更なツッコミに、他の面々もようやく気が付いたようで、思わずひよ子の方に振り返る。
 誰もいなかった。喰いかけのカレーライスが入った楕円形のお皿と、飲みかけの冷えた麦茶の入ったグラスだけがテーブルに置かれていた。

「「「「「「……」」」」」」

 その後、誰も何も言わずに会議の席を食堂から徒歩10秒の所にある運動用グラウンドのド真ん中に移し、プロジェクター代わりのパソコンと延長ケーブルを引っ張ってきた彼らの会議は、地方巡業(遠征任務)から帰投した那珂ちゃんと大潮と、自主トレのブイン島外周全力疾走3週(補給:ヤシガニ0匹とヤシの実0個まで)から帰投した赤城の計3人に不審な目で見られるまで続いたという。
 その後、その食堂は一時封鎖され、その扉や窓という窓の全てには、古事記に記される後白居近衛門駒之守が発明したという十二進数血液回路(飼ってたニワトリの血液を使用)による魔除けの封印が施されることになったのだが、それは今語るような事ではなかろう。




 深海凄艦がどこからやってくるのか。そしてどうやって生まれてくるのか。それを知る事は、人類が深海凄との戦争を勝利するために必要不可欠な研究の一つであった。
 長きに渡る研究の結果、海底に何かがあって、放置したままだと比較的高い確率でヤバイ。という事だけは体験学的に判明した。

 超大規模発生源――――ディーペスト・ホールとも、単に大巣穴とも呼ばれるそれは、かつての世界大戦当時の艦船と、彼女らと命運を共にした英霊達が眠る地である事が多い。なお誠に遺憾な事ながら、このホールには歩兵用のグレネードをいくつ放り込んでも潰せないのであしからず。
 無論、超大規模というからには、対となるごく小さな発生源もあり、そういった小さな物がシーレーンの付近で見つかった場合は、普段の定期巡回や遠征任務のついでに、爆雷をしこたま放り込んで丁寧に潰して処理手当を貰うおまけに鎮守府やシーレーンの安全確保に努めているのだが、この“大巣穴”があるとまるで話は違ってくる。
 普段なら駆逐艦の1、2隻で仕事の片手間に済ませてしまうような子供の小遣い稼ぎが、数ヶ月から数年単位で消化される専用のミッション・プログラムが組まれ、最低でも大戦艦クラスを複数有する6個艦隊が日替わりで――――それでも足りない場合は全セルに対潜アスロックを満載したイージス艦隊から完全爆装の空軍スクランブル機や、陸軍の弾道弾迎撃ミサイルや気化爆撃デバイス群までが――――全力出動するような大騒動に発展するのだ。
 しかも。
 しかも、それだけの資材人材を投入しても、人類が大巣穴を完全に無力化できた作戦は、かなり少ない。
 現在までに成功を収めたミッションは、

 合衆国主導による真珠湾奪還作戦『シナリオ11』
 帝国独力による硫黄島打通作戦こと『桜花作戦』
 そしてシドニー解放作戦『オペレーション:ハシント・ブレイクダウン』

 このたったの3つのみである。
 しかもこのブインにいるのはたったの3個艦隊で、しかも203艦隊の井戸提督のところは以前配備された電を入れてようやく一個艦隊の定数――――予備艦を含めた7隻になったばかりだし、水野率いる202艦隊も龍驤ら4人の欠員は未だ埋まらず金剛と電の2隻のみのままだし、挙句に201艦隊には、艦娘式高雄型重巡洋艦二番艦『愛宕(メナイ少佐はハナと呼称)』の他には通常戦力しかいないというのだからもう笑えない。

 そして先日送られてきた作戦コードR-99こと『ラストダンサー作戦』とは、そんな大事を、ブイン基地の戦力のみでやれと正式に言ってきたのだ。もう笑えない。

 佐世保や呉なんかの、本土に近くて有名どこなんて週にいっぺんの割合で大補給があるのにこっちは三月に一回だぞ畜生め。しかも大補給とか言ってるくせに量が足んねーんだよ量が全力戦闘3回分にしかならねーよ畜生。それでどうやって攻略しろってんだよksgとは、ブイン基地に所属するとある基地司令代理の駆逐艦娘からのコメントである。

 閑話休題。

 この件について、というかこの作戦――――ラストダンサー作戦について、ブイン基地の意見は2つに割れた。命令が下された以上、任務遂行しない事にはどうにもならないのだが、そこの所に目を瞑って各個人の意見を聞くと、こうなる。

『死んでも反対』
『賛成。龍驤達の敵討ちだ』
『反対。折角天龍を安全に解体できるようになったんだし、もう軍に居続ける理由も、ヤバい橋渡る理由も無い。FAX届かなかった事にして握り潰しちまおう』
『賛成。ここで大きな戦果を出せれば、きっと実家も僕の事を認めてくれますよね!?』
『深雪さまのゴーストがもっと輝けと囁いてる』

 前から順に201~204艦隊。つまりメナイ、水野、井戸、輝&深雪の順番である。この中では一番の古株であるはずのメナイが強く反対しているのは、彼がハシント・ブレイクダウンで一番槍をつけた強襲偵察部隊の数少ない生き残りなのだからだろう。
 前情報も無く、まともな数や武装も無しに敵泊地に乗り込む事の怖さを、この中では誰よりも詳しく知っているのだ。
 そんなメナイが会議用の長テーブルに握り拳を力いっぱい叩き付け、意気満々の水野と輝を睨み付ける。

「……死んでも反対だ」

 ――――……大佐殿、その歳でZ旗に落書きとかないわー。マジないですわー。
 ――――猫が縁起物扱いされてるのは、商売人と陸軍の中だけですぜ?
 ――――二階級降格&左遷だけで済んで良かったじゃないですか。ところで、左遷先のブイン島ってどこですか?

「……貴様らは、何も知らないから、そんな呑気な事が言えるんだ」

 1995年の5月30日。シドニー、ジャクソン・ベイ。
 それが、ファントム・メナイ(元)大佐が知る、地獄の名前だった。
 単純な物量と、単体の高性能による一点突破のゴリ押しで全ての海上防衛網を突破してオーストラリア湾岸部の首都ともいえるシドニーのジャクソン湾を制圧・占領し、同地を瞬く間に要塞化した深海凄艦に対し、祖国奪還に燃えるオーストラリア陸・海・空の三軍は即座に解放作戦を展開。
 偵察衛星と内陸部から浸透させたごく少数のタスクフォースからの偵察情報によると、敵こと深海凄艦は陸に一切上がらずに樹枝状に成長した巨大な正体不明の黒い物質――――繭とも卵ともつかない、例の黒いオブジェクトの構成物質だ――――を用いて、湾全体を巨大なドーム状の防空壕に改造していたとの事。枝と枝の隙間も、黒い樹枝から滲み出てくる瘴気によって鮮明な画像は得られなかった。水平線付近からの超望遠偵察も、敵の哨戒網に阻まれて失敗に終わった。
 そこで提案されたのが、当時帝国から派遣されていた、いくらでも使い捨ての効く艦娘と、難を逃れた本国のノーマル艦、そしてごく少数のジェット戦闘機による強行偵察部隊の派遣である。
 強行偵察。
 そう書くと聞こえは良いが、その実は洒落にならない。まず第一に、戦闘ではなく偵察が任務であるために、武器武装よりも先に光学、熱、音、線などの各種センシングデバイスが搭載される。意外といえば意外だが、この手のデバイスは小型化が難しい。広範囲かつ高精度な情報を得るためには多少の大型化はやむなしだし、後で機材を拾いに行けるのなら話は別だが、様々な外的要因や敵からの攻撃による破損や鹵獲などの可能性も考慮して、一方通行の超強力な送信デバイスと独立装甲の二つをセットにしたものが機体に組み込まれる事が多いからだ。
 その上で船ならば小型快速、飛行機ならステルス性や高高度飛行能力などが要求される。シドニーでの一件では、高高度からの偵察は不可能であったため、飛行機側には速度と運動性能が要求された。偵察デバイスは小型・軽量化が難しいのに。である。
 ついでに言えばデータの圧縮や暗号化にも機体や艦のシステム資源を喰われてしまうため、偵察デバイス用の専用リソースの他、艦体維持や操作、索敵系などにシステム資源を割り振り、その余りで武器を積む。と言った感じになる。もしもこの時、メナイ(元)大佐が書類を誤魔化して関係者に鼻薬を利かせ、小型高速艦と銘打って大型戦艦――――もちろん、システム資源や物理的な積載限界も、戦艦の名に見合った立派なもの――――である『ストライカー・レントン』を持ち込まなければどうなっていた事やら。
 強行偵察部隊の内訳は旗艦『ストライカー・レントン』の他、アデレード級フリゲート艦の7番艦『ポートワイン』に、艦娘の『天龍』『北上』『吹雪』『望月』『足柄』『プロトタイプ足柄』の計8隻ならびに各艦の乗組員。ジャクソン湾沖で陽動に回ったノーマル艦および艦娘の合計は2000を下らない。
 そして今更言う事ではないが、これは偵察任務である。
 つまり、何がどこでどれだけ待ち受けているかなんて、誰も知らないのである。立ちはだかる邪魔者を排除して、それを調べに行くのが彼ら強襲偵察部隊のお仕事なのである。

 ――――ちょっとプロト、聞いてるの!?
 ――――何よ? 今は作戦行動中よ? 電波(おおごえ)大出力さないで。

「あの時、軽母ヌ級より新しい敵艦は無い。つい最近になって、ようやくヌ級が開発されたばかりなんだから、それ以上の脅威は存在しない。そう聞かされていた」

 ――――艦娘の足柄はどいつもこいつも男に餓えてるって悪評広まってるの、全部あんたのせいなんだからね!? 私も鎮守府だけで何度声かけられたのか覚えてないわよ、もう!
 ――――何よそれ!? 私にも1人くらい紹介しなさいよ!!
 ――――うるさいバカ! いい? この作戦が終わったら演習でギッタンギッタンにしてやるから、首を洗って待

 結論を言おう。
 作戦は完全に成功し、続く主力部隊の波状攻勢によりシドニーは無事、奪還された。
 突入部隊の生存者は重軽傷者を含めて合計159名+4。旗艦『ストライカー・レントン』の乗組員の他、艦娘の『望月』『天龍』『プロトタイプ足柄』の計4隻ならびに、当時オーストラリアとの合同演習に赴いており、シドニーからの脱出に失敗して取り残されていた合衆国陸軍のΔ部隊4名。
 対する戦死者は578名。轟沈艦艇は『ポートワイン』と、艦娘『北上』『吹雪』『足柄』の合計4隻だが、陽動支援に回っていたメンバーを含めれば、その死者数は4238名。轟沈艦艇はノーマル艦が12隻と、艦娘『天龍型』『球磨型』『睦月型』『特型』『古鷹型』『妙高型』に、当時の最新鋭だった艦娘『鳳翔』『龍驤』が合計で1955隻にまで膨れ上がる。
 ここで被害が甚大となったのは、湾最深部に突入した彼らを待ち受けていた複数の未確認大型種――――当時は要塞級と呼ばれていた、後の戦艦ル級である――――による奇襲によるところが大きい。
 湾外部の陽動部隊も別の戦艦ル級と交戦を開始しており、敵のエアカバーの殆どが内陸部から同時進行していた陸・空軍への迎撃に回されていたから制空権の確保は容易だったとはいえ、敵艦隊の壊滅どころか陽動の継続すらも怪しくなるほどに叩かれたのだという。
 KD=1:1000
 それが当時の戦艦ル級一隻が撃破されるまでの間に叩き出す、平均的な艦娘撃破数である。対処法が確立された昨今になっても、戦艦ル級の集中投入により突破される戦線や、今までの快進撃を巻き返されて名誉の戦死を迎える提督や艦娘達の数は相当な数に上る。

「もう一度言う。貴様らは、何も分かっちゃいない」

 部屋の中を沈黙が包む。
 だがこの日の夜、彼らは態度を一変させることになる。



「なぁ、司令官」
「ん? どうしたの、深雪」

 その日の夜。最早一緒の布団で枕を揃えて寝る事が日常と化した輝に、不安そうな声色の深雪が問いかけた。

「……その、さ。司令官は、本当にあの作戦――――ラストダンサー作戦ってのに参加するの?」
「うん。昼の会議でも言ったけど、そうすれば、僕の夢も実現できるかもって思ったからだよ。深雪は?」
「嫌な気持ちだよ。こんなの、全然楽しくないし、怖いよ」
「怖い?」
「うん。あのさ、この間の、初めての慰問通信の時なんだけどさ――――」

 深雪は戦う事にも彼我の戦力差にも恐れを感じていない。むしろ、人間だった頃の記憶を取り戻す以前のプロトタイプ足柄と同様、もっと戦場を寄こせと公言してはばからないタイプだ。
 故に、この深雪が今不安に感じているのは作戦そのものではない。書類には書かれていない作戦の不穏さと、ひいては輝の身を慮っての事である。
 R-99『ラストダンサー作戦』
 送信されてきたA4用紙にはそうだと書かれてはいなかったが、どう考えてもこれはブイン基地に対して、良く言えば支援艦隊的な働きを期待して。ぶっちゃけて言ってしまえば露払い程度にしか考えていないのだろう。作戦名や、最後に添えられた追記からもそうと伺える。
 深雪は、反射した月明かりに浮かぶ、安っぽい白一色で塗り染められたプレハブの天井に視線を固定したまま、あのA4用紙の最後に付け加えられた一行を思い出す。

 追伸:最後の1人、最後の1隻になっても踊り切れ。

 つまりは、事実上の撤退不許可命令であろう。
 最悪だなぁ。と深雪は口の中だけで呟いた。
 自分こと深雪――――艦娘式特Ⅰ型駆逐艦4番艦『深雪』は、このブイン基地にやって来るより以前には、友達どころか知り合いすらいなかった。同じ工場で同期に生産された深雪達もいたが、同期の中で南方に送られたのは自分だけだった。
 そして工場の中庭で皆と別れを告げ、皆が派遣される海域別に大型バスに分かれて乗ってあちこちに散っていくのを余所に、自分一人だけが工場長の自家用車で空港まで送り届けられた。ミニのセダンの助手席に座っていた自分に工場長が色々と話しかけて来てくれた様な気がするが、あの時は正直、初めて乗った車酔いがひどくて半分くらい機械的な相槌しか打っていなかった気がする。もの凄く悪い事をしたとは思うが、あの気持ち悪さだけはどうしようもないと思う。工場長は何であんなのに乗ってて平気な顔していられるんだろう。
 そして、辿り着いた帝国空軍の滑走路脇で、初めて司令官と出会ったのだ。

 ――――は、初めまして! あ、あなたが僕の艦娘、さん?

 そして、輝司令官と一緒にブイン基地に配属され、歓迎パーティや出撃前の訓練やら訓練中の迷子やらで、あっという間に時は過ぎていった。
 楽しかった。と素直に言える日々だった。訓練中にいきなり死にかけた事もあったし、その後にあった何度かの実戦もヒヤリとするような物ばかりだったが、楽しすぎて、なんだか申し訳無いような変な気持ちになった。
 なったので、慰問通信の時に、西方海域打通部隊の配属になった深雪達に連絡を入れてみた。別に最初の慰問通信はここにしようと以前から決めていたわけではなかったし、別に神仏の類から霊夢や託宣を受けた訳でもない。ただ、本当になんとなく、他の深雪達は今どうしているのか無性に聞きたくなったのだ。
 10回に満たないCall音の後に、画面に映ったのは、ひどく沈んだ雰囲気の『白雪』だった。深雪と同じ艦娘式特Ⅰ型駆逐艦の2番艦だった。その鎮守府の中では、古参に分類される艦娘だった。

 ――――昨日の出撃で、最後の深雪が轟沈しました。
 ――――この鎮守府にはもう、深雪と言う名前の艦娘は一人もいません。

 詳しく聞けばそれは、第二次西方海域打通作戦『パスコ・ダ・ガマ作戦』に組み込まれるはずだった増援部隊が何時まで経っても送られてこない事から、止む無く採られた『捨て艦』なる戦術行動の一環であるとの事。ブインに来た当初の深雪のように、ロクな近代化改修のされていない、あるいは極めて低練度の艦娘を数集めて盾や囮にし、主力部隊を温存したまま進撃させ、敵主力に一気にぶつけて効率的に敵勢力を駆逐するのだという。

 ふざけるな! お前の任務だろうが! お前が前に出ろよ、前に!!

 その言葉は深雪の口から出る直前に、満足に修理も補給もされていないことが容易に伺えるボロボロの白雪の姿の前にして消えた。白雪はなんとなく困ったような笑顔で、絶句したままの深雪に告げた。

 ――――私も明日、出撃します。貴女と話せて良かった。この鎮守府に来た深雪達の事、気にかけてくれていた子がいたって分かったから。

 そしてその時、深雪は直感的に確信した。これは未来だ。未来の帝国の縮図だと。
 バシーやオリョール海を初めとした南西諸島海域の制海権と製油プラント群が確保されているとはいえ、帝国最大の資源輸入ルートである西方海域の封鎖を解かない限り、ブイン基地の自分達や、今も本土で生産され続けている後進の深雪達も、いずれはこうなるのだと。
 この白雪が所属する鎮守府の提督は恐らく、いや、確実にその事実に気が付いている。だからこそ捨て艦戦法を採用してまで――――自分が手塩にかけた白雪や艦隊を削ってまで西方海域の打通作戦を進めているのだ。
 恐らく、ブイン基地に下命されたラストダンサー作戦とやらも、その捨て艦戦法とやらと同じ類のものだろう。ならば居る筈だ。本命の主力部隊が。どこかに。きっと。

「でもまさかさ。一つの基地を丸ごと捨て艦にするなんて思わなかったけど……って司令官? 寝ちゃったの?」
「……」
「私も寝よっと」

 眠気は来ないのかと深雪が窓の外に目をやると、地上から天に向かってゆっくりと伸びていく二筋の流れ星が外の星空に映った。

「うっわ!? 何あれ。珍しー! ねぇ、しれ……っとと。寝ちゃってるんだった」

 明日は何かいいことあるかも。
 とても珍しい物を見て、若干気分が晴れた深雪がタオルケットを掛け直し、静かに寝息を立てる輝とおでこを合わせて瞼を閉じた。
 深雪が思っていた以上に早く、眠りは訪れた。



 奇妙な騒がしさと違和感を感じた深雪が薄ぼんやりとした意識のまま目を開けると、基地全体が慌ただしくなっていた。重たい瞼を片方だけ開けて、枕元にセットしておいた目覚まし時計に注目した。
 01:27
 上下左右が逆さまの枕元に置かれていたアナログ式の目覚まし時計の針は、常夜色でまだ夜だと無言で告げていた。

「……んぅ。夜、ぅ?」
「むにゃ、深雪ぃ……すゃぁ……」
「起きろネボスケ共!!」

 そんな二人のまどろみは、部屋に駆け込んできたお隣203号室の天龍の怒声にも、廊下の電灯の眩しさにも、まるで怯まなかった。

「んぅ……何ですか何ですかぁ?(CV:ここだけ日高里菜)」
「むゅぅ……起床ラッパ鳴らなかったんだから、今日はお休みなんじゃないんですかぁ……?」
「深雪、キャラも声も違ってるぞ。目隠、寝ボケた事を抜かすな。軍人の基本は月月火火水木金(土日は有給)だ。兎に角、2人とも急いで着替えて急いで通信室に出頭しろ。状況が変わった。かなりヤバイ」

 そんな二人のまどろみは、全く冗談味を感じさせない天龍の一言で、一瞬にして掻き消えた。



「目隠輝少佐、および駆逐艦『深雪』出頭いたしました!」

 開け放たれたままの扉の前で敬礼し、立ち尽くす輝と深雪に誰も構わなかった。
 ここにいる誰にも、そんな事をしている暇など無かったからである。

「CQ、CQ。どなたか応答願います。こちらINSOA‐B02ブイン島ブイン基地仮設要塞港。CQ、CQ。こちらINSOA‐B02ブイン島ブイン基地仮設要塞港――――」
「整備班のソフト衆より伝令! 駄目です『サザンコンフォート』との再接続が出来ません! こちら側の山頂レーダーは破壊されたままですが、パラボナは無事です。衛星側に物理的なトラブルがあったとしか――――」
『Fleet203大潮! 周辺海域および海中に敵影無し! 海上からの目視範囲内にも敵機の反応はありません! 同伴のMidnightEye-01からも同じです!!』
『Fleet202金剛デース。あの、不審船団Foundしたので停船させたんデスケド……呉の古鷹ちゃんでした。203の古鷹ちゃんに、天然オイルの代金持ってきたとかなんとかって言ってますけど、どうしマショー。輸送艦で船団組んでマース』『輸送船かっぱいd……基地に停泊させて、その古鷹も哨戒に組み込んどけ!』
『INSOA‐B02、こちらINSOA‐A01ショートランド泊地。夜間哨戒部隊の『多摩』ですニャー。現在、我がショートランド泊地では南方監視衛星『サザンコンフォート』との通信がオフラインですニャー。原因不明。深海凄艦側の奇襲に要警戒されたし。ですニャー』
「INSOA‐A01。こちらINSOA‐B02ブイン島ブイン基地仮設要塞港。警告感謝します」
『INSOA‐B02、こちらINSOA‐B01ラバウル基地。夜勤の『陸奥』です。こちらも現在、戒厳令を発動し、夜間哨戒を密にしています。衛星との交信はオフライン。やはり原因不明。ですがパプワニューニギアの陸上中継局を経由して、オリョール海でサービス残業中、もとい作戦行動中の潜水艦娘達に連絡を取ることに成功しました。現在、本土および南西諸島海域の基地群からのリレーバトンの返信待ちです』

 普段のおちゃらけた雰囲気を微塵も感じさせない漣が、私物のアマチュア無線(漣個人の密輸入品その1)で四方八方にCallを呼び掛けていた。
 駈け込んで来た整備班の伝令が大声で手短に用件を伝えると、再び己の戦場たる整備場へと駆け戻っていった。

「来たか、目隠少佐」
「え、えと……? あ、あの! メナイ少佐、これは一体……!?」
「敵襲だ。それも極めて綿密に計画された」

 メナイの返答は、簡潔かつ衝撃的だった。

「今から約30分前、南方海域全体をカバーしている静止衛星『サザンコンフォート』との通信が途絶した。以前の長距離狙撃で、山頂付近の大型レーダーは破壊されたままだったのでな、ウチのMidnightEye小隊と、各艦隊から偵察に出てもらっている」

 輝とメナイが同時に大形液晶モニタに表示されたブイン近海の海域図に目をやる。グリッド上に表示された島とその周辺は明るく表示され、一定よりも遠くの海域は暗いブルーで表示されていた。その中でゆっくりと動いている三角形には『201 MidnightEye-01』や『203 OOSHIO』などの名前が表示されており、その周囲は暗いブルーの中でも変わらず明るく表示されていた。その中でも一際大きな丸が『201 MidnightEye-01』と02、そして『202 KONGOU Ver_2.00』の3つだった。おそらく、それが各艦の索敵範囲を示しているのだろうと輝は思った。

「目隠少佐、君も今すぐに出撃しても――――」

 不意に、その索敵範囲内に黄色い丸がいくつも表示されたかと思うと、一瞬もたたずに赤に変色した。

『Fleet202電より緊急連絡! 敵襲、敵襲なのです! 総数12、駆逐イ級を中核とする高速水雷戦隊!!』
『Fleet201、レーダーに感、総数14。PRBR検出デバイスにhit. いずれも駆逐イ級! 202電への支援と同時に交戦開始する。ミサイル諸元入力開始!!』
『Fleet203那珂ちゃんだよ~。軽巡ヘ級2、駆逐イ級2、やっつけといたよー。目視範囲とレーダー索敵圏内に反応無ーし。202の電ちゃんの所にゲリラライブ行って来ま~す☆』
「ふ、フリート204! 目隠少佐および旗艦『深雪』出撃します!!」
「よし行け!」
「2人のポジションは西側。現地では203の如月ちゃんの指示に従って!」
「「はい!!」」

 輝と深雪が同時に敬礼をする。メナイと漣の二人も短く敬礼を返し、ただちに201艦隊の指揮と、他基地や鎮守府との通信に戻って行った。
 ブイン基地の、長い夜が始まった。





 次の日の昼過ぎ。嵐のような一夜を一先ず乗り越え、ひと段落付いた頃である。
 ついに封印が解けられた食堂に揃った一同を井戸は一瞥すると、中指でメガネを押し上げ説明を始めた。食堂の中には、本来ブインには居るはずのない佐々木提督や名誉会長大佐殿などの、他の基地や泊地の面々まで椅子に座って黙って説明を聞いていた。

「では状況を説明します。昨日未明、南方海域全域を監視していた静止衛星が撃墜されました。犯人は分かっています。ハワイの鬼――――泊地凄鬼の仕業です」

 ざわつき始めた室内の面々に落ち着け、静粛に。と告げ、あらかじめ用意してあったパソコンを操作し、スライドショーを再生させはじめた。室内の面々に見えるように接続してあった大型液晶TVに、ゆっくりとしたコマ送りの速度で移り変わる画像が映し出される。
 1枚目には、鬼のつむじが映っていた。そこから何枚か続いてからようやく鬼が衛星の存在に気付いたようで、こちらを見上げている姿が写っていた。
 その時点で、既にカメラと目が合っていた。
 次の写真では、鬼の右肩にある砲がこちらを向いていた。続けて砲口部に白い閃光。次の写真では真っ黒一色に『DISCONNECTED』の素っ気ない文字が真ん中に表記されているだけだった。
 おそらくは、その時点で破壊されたのだろう。

「画像と画像の撮影間隔は15分。衛星の位置は機密レベルが高すぎて不明でしたが、静止軌道と言う事は少なくとも3万5千キロメートル以上の高度にあった事は確実です。また――――」

 その説明を聞いていた深雪は、奇妙な確信を抱いた。
 これだ。昨日の夜に見た、逆さまの流れ星の正体はこれだったんだ。と。

「――――であり、この精密狙撃能力は1977年にパナマ運河を破壊した衛星軌道曲射よりも、単純な水平射撃時において特に凶悪なパフォーマンスを発揮するものと推測されます。これは1年前に撃沈されたという駆逐艦『響』に、先日のダ号目標破壊作戦時に破壊された金剛の主砲、そして、龍驤のフラッシュバック・メモリーから抽出した鬼自身の証言からも明らかです」

 ここで一度、井戸は言葉を止めた。
 食堂の中には、不安と困惑、そして、突拍子も無いとしか言いようのない鬼の性能に対する静かなどよめきが広がっていた。
 井戸の麾下にあるはずの203艦隊の面々も――――203の十得ナイフこと那珂ちゃんでさえも!――――例外ではなかった。
 やがて、段々と周囲が冷静さを取り戻していったのを見計らってから、井戸は再び口を開いた。

「……説明を続けます。大本営からはリコリス大巣穴の破壊を命じられました(俺は参加したくなかった)が、この鬼を放置する訳にもいきません。したがって本作戦においては、この鬼と第3ひ号目標こと飛行場姫、この2体の撃破を第一目標として設定します」

 スライドショーが次の画像に映る。
 画面にはサーモン諸島こと、旧ソロモン諸島とその周辺を表記した地図が表示されていた。井戸は、いつの間にか手にした指揮棒(食堂のお箸)で画面をコツコツと叩いて説明を続けた。

「本作戦の第一段階として、我がブイン基地に、ラバウル、ショートランドの2拠点から抽出した戦力および当基地の全戦力を集結。連合艦隊を結成してサーモン海――――旧ソロモン海を南下。第二段階としてコロンバンガラ沖、ニュージョージア海峡を敵勢力を撃破しつつサボ島まで前進し、同島および同海域の制海権を確保。第三段階としてサボ島、およびルンガ湾を確保し、ここをリコリス大巣穴攻略の前線基地とします」

 井戸の説明と連動して、スライドショー上の地図に次々と赤い矢印や丸印が書き込まれて行き、作戦の進行度合いが一目でわかるようになっていた。

「ここで作戦は第四段階に移行。すなわち、敵本拠地への直接攻撃に移ります。まず、ラバウルおよびブイン201艦隊、そして、アルマゲドンモードを起動させたショートランド泊地の伊8号による長距離飽和ミサイル攻撃により、敵拠点およびその周辺に展開しているであろう敵部隊に対する徹底的な面制圧を開始。第一次面制圧終了と同時に、施設焼却用の三式弾を搭載した主力部隊はサボ島より南進を開始。撃ち漏らした敵防衛戦力を撃破しつつ、旧リコリス飛行場基地――――リコリス大巣穴に接近。同基地に対して攻撃を開始。この時、支援部隊はミサイル弾頭をクラスターナパームに切り替え、リコリス飛行場に範囲を集中させた面制圧をかける。この際、通常弾頭やバンカーバスターではなく、三式弾やナパームを使用する理由ですが、これは基地レーダーサイトや防衛システムに搭載されている砲弾類の熱暴走や誘爆を狙っての事です。基地にある対艦・対空ミサイルも、IR系は炎でオツムが温い事になってしまうでしょうし」

 こちらの攻撃にも同じ事が言えますので、IRセンサや赤外線感知ミサイルを使用する際には注意してください。と井戸は続けた。

「これらの攻撃により基地機能を完全に喪失させた後、基地内部に潜伏しているであろう姫の本体を捜索し、破壊。その後は残敵を掃討しつつ、アイアンボトムサウンド全域の制海権を確保し、晴れてミッション終了です……と、言いたいところですが」

 嫌な区切り方で説明を区切った井戸が、とんでもない事を言ってのけた。
 一瞬、誰もが何を言われたのか理解できなかった。出来なかったので、井戸はもう一度同じ言葉を繰り返す事になった。

「その作戦はすべて破棄します」

 時間が止まった。
 一瞬の沈黙の後、驚愕と罵声とその他もろもろの大絶叫により、食堂のドアと窓のガラスにヒビが入り、最近赤城が全然食べてないおかげで毎日が豊作なヤシの実を狙って木に登っていたヤシガニが驚きのあまり地面に落下した。
 我らが203艦隊総旗艦の天龍は一度沈黙し、何かを考えるかのように軽く俯き、何とも言えない無表情っぽい表情で、

「ば~~~~~~っかじゃねぇの!? もしくはアホか! じゃあなんで説明したんだよ!?」

 というツッコミを井戸に返した。ごもっともな話である。

『Why?』

 とはお隣202艦隊の旗艦、金剛の談である。いいから鼻から噴き出した紅茶くらい拭け。折角の美人が台無しだ。

「あー。落ち着け落ち着け落ち着いてください! 説明続けますので静粛に。静粛に!!」

 手元の机に指揮棒代わりのお箸をカンカンズドム、と裁判長よろしく打ち鳴らし、周囲が静かになるのを待った。

「現在我がブイン……というか南方海域には、もうまともな量の備蓄物資が残っていません。しかもそれすらも先日の深海凄艦の奇襲を迎撃した際に殆どすべてが枯渇しました」

 それ知ってる。と誰もが無言で頷いた。

「唯一の救いは、同混乱の最中にやって来た呉鎮の古鷹が運んできた大量の物資(内訳:燃料4000、弾薬6000、鋼材6000、精錬済み超々ジュラルミンインゴット2000、ダミーハート20)と、それを運んできたウェザーライト級快速輸送艦――――『ウルザ』『テイザー』『ダリア』『フレイアリーズ』『クリスティナ』『ウィンドグレイス』『アドミラル・ガフ』『ボウ』『テヴェシュ(※流れ弾により轟沈。積載していたジュラルミンは海没)』の合計9隻――――を接収出来た事くらいです。因みに件の呉鎮の古鷹はドサクサに紛れて逃げました。ですので――――」


 姫を暗殺します。


 井戸は、確かにそう言った。

「具体的な手順を説明します。まず、物資が致命的に足りないという事実から目を背けないでください――――特に赤城、お前だ」

 艦載機を体内精製するのに必要な物資――――ナマで齧った事が一度も無い超々ジュラルミン――――を満載した輸送艦『テヴェシュ』が沈没したと聞いて、絶望した表情のまま固まっていた赤城が、青ざめた顔そのままに頷いた。

「ですので、不要な戦闘は可能な限り避け、最優先目標である飛行場姫の本体と、その近くの海域に潜伏しているであろう泊地凄鬼に最接近し、ただの一戦で撃破する事が必要になります。その為、攻略部隊を3つ――――A、B、C隊に分けます。こちらをご覧ください」


 井戸が手元を操作し、スライドショーが切り替わる。偵察写真から、ゴシック体で表記されたABC各隊の簡素な説明文に切り替わった。

 A:リコリス・ヘンダーソン(飛行場姫)暗殺部隊
 B:泊地凄鬼攻撃部隊(接収した輸送艦『ウルザ』『テイザー』『フレイアリーズ』『アドミラル・ガフ』はこちらに随伴)
 C:超長距離支援部隊(接収した輸送艦『ダリア』『クリスティナ』『ウィンドグレイス』『ボウ』はこちらに随伴)

 井戸が手元を操作し、スライドショーが再び切り替わった。
 偵察衛星から得られた、ソロモン諸島の詳細な写真だった。

「まず、C隊は南太平洋上の友軍戦力圏内に一時退避。作戦が最終段階に移行するまで待機です。次にA隊はブイン島からフォーロ島、チョイスル島、チョイスル島のSiruka湾北東部よりマニング海峡を越え、バロラ島およびサンタ・イザベル島に上陸。その後は同島の南に位置するサン・ホルヘ島に上陸し、同島の南側海岸付近まで走破。ここを最後の休息地点とし、翌朝未明に南東約50キロ地点にあるブエナビスタおよびダニサボ島を目指し進軍開始。同島沖にて南進し、サボ島を右手側にみて、約60キロ地点にある旧リコリス飛行場基地――――すなわち、リコリス大巣穴を目指してください」

 幸運な事に、これらの島々は豊富な密林に覆われていますので、こちらの姿を隠すのも容易でしょう。と井戸は取ってつけたように言ってのけた。
 つまり、コイツは、艦娘に陸の上を歩いて敵本拠地のすぐ近くまで進めと言っているのだ。

「ただ、サン・ホルヘより先は相当数の敵――――それも極めて高い練度を持った精鋭部隊との交戦が予想されます。ここで作戦は最終段階に移行。C隊の出番になります」

 スライドショーが切り替わる。ソロモン諸島の概略地図の上には、赤い矢印で表記されたAB各隊の侵攻ルートと、C隊の支援攻撃範囲を示す赤い丸が付け加えられた。

「支援艦隊はB隊――――泊地凄鬼攻撃部隊への支援を優先してください。あの超射程、超精密狙撃能力は本作戦遂行における最大の脅威です。放置は出来ません。可能な限り素早く、確実に無力化する必要があります。作戦の最終段階の流れは、先に説明したボツ作戦とほぼ同様です。サンタ・イザベル島から出撃したAB各隊はその時点で無線封鎖を解除。艦娘を『展開』し、A隊はリコリス航空基地の無力化と姫の本体の捜索と破壊を。B隊は泊地凄鬼の捜索と攻撃を優先してください。繰り返しますがAB各隊は施設焼却用の三式弾、C隊はクラスターナパーム弾頭の用意を忘れないでください。どちらも第5物資集積島からありったけをかき集めてきましたので。説明は以上です。何か質問は?」

 部屋の電気が灯される。
 深雪が力いっぱいに挙手。言う。

「はい! 井戸少佐、質問です!!」
「どうぞ。所属を先に明らかにしてから、どうぞ」
「ブイン基地204艦隊の深雪です! 井戸少佐、今の説明で “姫の本体” とおっしゃっていましたが、それはあの映像に映っていた、等身大の白い人型という認識でよろしいのでしょうか?」

 何か深海凄艦っぽくないけど。と呟く深雪を余所に、井戸は返事を返した。

「いいえ、違います……失礼しました。その点に関しての注意事項を説明するのを忘れていました。こちらをご覧ください」

 スライドショーが最小化され、代わりに動画ファイルがビューアーで再生され始めた。
 どこかの建物の廊下にいる白い姫が、カメラを見ていた。

『U⑨、不明なオブジェクトを発見しました』
『そいつが敵だ! 全ユニットに通達! 最優先目標!!』
『U⑨、ターゲット確認。排除開始』

 受領と同時にU⑨が発砲。パルスマシンガン、チェインガン、垂直発射式ミサイル、グレネード砲による弾幕が基地の廊下にいた姫とその周囲を徹底的に破壊する。
 奇妙な事に、建物やその装飾品は見る間に破壊されて行くというのに、その破片や砲弾が直撃しているはずの姫には何の変化も無かった。ただ、砲弾や破片が直撃するたびに姫の身体にデジタルノイズが走り、一瞬その姿がブレるくらいのものである。

『U⑨、目標に有効打を認めず。火力支援を要――――』

 そこで途切れた映像を数秒ほど巻き戻したところで一時停止。ちょうど、姫の姿にデジタルノイズが走っているシーンだった。

「見ての通り、この等身大の白い人型は立体映像です。それも、我々の艦娘には対人インターフェイスの一部として搭載されている、超高速・超高密度情報体を投射できるタイプのプロジェクターよりもずっと高性能な物です」
(司令官、何ソレ?)
(触れる立体映像の事だよ。ほら、こないだ深雪の各所に監視カメラと一緒に増設されたでしょ? アレ)

 自分から質問しておいてヒソヒソ話とはいい根性だ、このクソガキ。この作戦が終わって天龍と一緒に退役する前に、ウチの電と1on1で実弾演習させてやる。と井戸は思ったが、グッと堪えて顔にも声にも出さずに説明を続けた。

「……この立体映像のプロジェクターがどこにあるのかは不明ですが、兎に角、あの等身大の飛行場姫は偽物で、本体が基地施設内のどこかに隠蔽・安置してある可能性が極めて大きいと言う事です。A隊はそれを捜索し、確実に破壊する事が最優先任務になります」

 再び誰かが挙手。

「ショートランド、第八の佐々木少佐です。A隊の任務にある施設捜索についてですが、我々も突入任務を請け負うと?」
「はい、少佐殿。いえ、施設内の捜索には、ショートランド泊地第七艦隊所属の『あきつ丸改』と、その艦載機である対人機械歩兵『SSS(シャルクルス・ステルス・スタイル)』が主任務に当たります。我々が突入するのは、あくまでも先行したSSSが全滅した場合のみです」
「成程。了解しました」

 佐々木が着席する。続けて水野が挙手。

「ブイン基地、202艦隊の水野中佐。B隊の――――泊地凄鬼攻撃部隊の行動計画が書かれていないが、それはどこに?」
「……B隊は、当ブイン基地からの出撃です」

 ざわり。と食堂の中の空気がどよめいた。
 それはつまり、AやCのような秘策もクソも無い、ただの海上特攻であると言う事か。だが水野とメナイ、そして基地司令代理の漣は平然としていた。202の電が何かを思い出したかのように『あっ』と小さな声を上げた。

「あ、あの。これってもしかして……一年前の大攻勢の時に、深海凄艦が取った戦術……!?」
「正解。奇襲部隊の侵攻ルートが陸の上か海の上かという違いはあるが、連中がやった事をそっくりそのまま返させてもらう」

 ――――連中には散々煮え湯を飲まされているんだ。たまには飲んでいただこう。しこたまに。

 そこまで説明されて、佐々木らを初めとした他の1年前の大攻勢に参加していた者達にも納得の顔が浮かぶ。
 そして井戸はそこから、ABC各隊の人員の割り振りと、衛星が撃墜される直前に送ってきた、リコリス大巣穴周囲に浮遊している奇妙な巨大な球体に関する写真や、泊地凄鬼が潜伏していると思わしき海域の割り出しについての説明を述べ、ブリーフィングを終了させた。

「作戦開始は明日1830時。説明は以上です。帝国海軍大本営とオーストラリア海軍総司令部は、このミッションに強く注目しています。こちらにとっても、悪い話ではないと思いたいですが」



「これが……これがジュラルミン……! ううっ……キンッキンッに精錬されてますっ……!」

 その日の夜、一航戦の赤城は艦載機と燃料の補充に勤しんでいた。

「あ、ありがてぇっ……涙が出るっ…犯罪的だ…うますぎるっ……これに比べたら今まで食べてたボーキなんてっ……糞っ…犬の、糞っっっ……!!」

 海没した輸送艦から辛うじて持ち出しに成功した、超々ジュラルミンのインゴットを摂取して、体内で艦載機に錬成している最中である。ざわざわとした感じの、妙にアゴの尖った妖精さん達を余所に、赤城が二本目のインゴットに手を伸ばす。

「ぐっ……溶けそうだ……! 今の私なら本当にやりかねない……このインゴット1本のために……ギンバイだって……」

 少し前まではしょっちゅうやってたくせに今更何を。という妖精さん達の呆れ顔など何処吹く風。赤城はブイン基地での最後の夜に、燃料片手に補給作業に邁進していった。因みに彼女の大好きなパウダー・フレーバーは『江戸前ピルスナービール味』である。
 そして、口元にできた泡の髭を手の甲で乱雑に拭い去り、ふと窓の外に目をやった。満月によって、夜でもそこそこ遠くまで見渡せる明るさだった。
 見た。



「あ……品切れ」

 リコリス・ヘンダーソン暗殺部隊の配属となった大潮は、赤い自販機の前で立ち尽くしていた。行軍中に持っていく予備燃料に混ぜるためのパウダー・フレーバーを買いに来たのだが、お気に入りの激圧炭酸ブルーハワイ味のボタンには品切れランプが灯っていた。それだけではない。基地内で人気のあるフレーバーには、もう全部品切れランプが灯っていた。
 あと残っているのは『炭酸抜けたヌル目のドクターペッパー味』か、お隣202の金剛がよく買っている『泥水コーヒー味』の二者択一である。
 どちらも一度試してみて、もう二度と飲むものかと決意できる味だった。

「はぅぅ~……しょーがない、原液の味で我慢するし、か……?」

 肩を落としてため息をつき、視線を戻したその先に不思議なものを見た。
 植え込みの陰に、同じ艦隊所属の赤城が隠れて何かを見張っていた。

「……あの」
「シッ!」

 背後からこっそりと近づき、何をしているのか聞こうとした矢先に植え込みの陰に引きずり込まれ、赤城はアレを見ろとばかりに一点を指さしていた。
 大潮と赤城の所属する、第203艦隊の総司令官である井戸少佐と、同艦隊の総旗艦である天龍が、スゴク良い雰囲気になっていた。
 ここからでは距離があった上に、波の音に紛れていたので2人が何を話していたのかは分からない。だが、井戸が天龍の肩を抱き、二人の顔がゆっくりと、確実に接近していくのはここからでもよく見えた。

(((おおおおお~!!!)))

 いつの間にか那珂ちゃんや、お隣202の金剛と水野中佐に、基地司令代理の漣、ヒマを持て余した201クルー。
 そして、かつての世界大戦当時にこのブインにて散って果てた英霊さん方(連合・枢軸不問)までもが大潮達と一緒にデバガメしていた。

(いけ、そこだ、やれ井戸少佐! チューだ! そこでえぐり込むようにチューだ!!)
(WoW! そういえば、水野提督とは一度もお外でやった事ありませんネー☆)
(いかんなぁ! 最近の若いもんはけしからんなぁ! もっとやれ!!)

 天龍の上に井戸の影が覆いかぶさる。

(((う、うおおおおおおおおおおおおおおおー!!!)))

 お前らさっさと寝ろ。




 そして翌日の午後6時30分。R-99『ラストダンサー作戦』の開始時刻。
 彼らは、出撃前に撮ったポラロイドカメラ(漣個人の密輸品その2)で取られた集合写真1枚を残し、基地を後にした。
 その写真の裏地には『俺さ、この戦いが終わったら……』だの『ん、今何か物音が……?』だの『こんなブラックな作戦に付き合い切れるか! 俺は天龍と一緒に帰らせてもらう!』だのと言った、あからさまなキーワードの数々が書き殴ってあった。
 これを提案した漣に曰く『これだけ死亡フラグ書いときゃあ、逆に大丈夫っしょ? それに、こんなこっ恥ずかしい写真残して死ねないしねー』との事だった。
 地獄が始まるというのに。
 それを聞いた面々は飽きれるなり苦笑するなりしたが、それでも気持ちが少しは落ち着いたのだから、漣も大したものである。

「メナイ少佐、水野中佐。それでは、また後で」
「応。また後で」
「水野中佐も井戸少佐も、作戦終了後にまた会おう」

 井戸、水野、メナイ。3人そろって不吉3兄弟などとも呼ばれる事もある3人が、そろって一斉に敬礼をした。

「ご、御武運をお祈りいたします!!」
「「「誓って吉報を……って、お前も出撃だろうが!!」」」

 そこから一拍遅れて、輝と深雪が敬礼し、敬礼の代わりのツッコミを返された。
 その場に集まった面々はひとしきり笑い、そして、誰も何も言わずに配置に散っていった。
 遥か数十年後の未来において『鉄底海峡決戦』と称されることになる、超大規模発生源殲滅作戦がとうとう開始された。

 地獄が始まる。






 部隊編成:

 A隊:(リコリス・ヘンダーソン暗殺部隊)
   ブイン基地『天龍(203)』『那珂ちゃん(203)』『大潮(203)』『如月(203)』『電(203)』『深雪(204)』
  ラバウル基地『龍驤改二(TKT)』『絶滅ヘリ “大往生” (TKT)』『羽黒(TKT。遺影のみ)』
 ショートランド『多摩(第八艦隊)』『あきつ丸改(第七艦隊)』

 B隊:(泊地凄鬼攻撃部隊)
   ブイン基地『ストライカー・レントン(201)』『愛宕(201)』『金剛改二(202)』『電(202)』『赤城(203)』『古鷹(203)』『漣』
  ラバウル基地『ラバウル聖獣騎士団』『足柄改 (TKT)』『那智改 (TKT)』『妙高改 (TKT)』『那珂ちゃん(無表情)』
 ショートランド『金剛改二(第八艦隊)』
     輸送艦『ウルザ』『テイザー』『フレイアリーズ』『アドミラル・ガフ』

 C隊:(超長距離支援部隊)
   ブイン基地『201艦隊のストライカー・レントンおよび愛宕以外の全艦艇』
 ショートランド『伊8(第七艦隊。アルマゲドンモード起動済)』
     輸送艦『ダリア』『クリスティナ』『ウィンドグレイス』『ボウ』

 本日の戦果:

 戦闘が発生していないため、双方に戦果はありません。
 
 各種特別手当:

 大形艦種撃沈手当
 緊急出撃手当
 國民健康保険料免除

 以上



 本日の被害:

 戦闘が発生していないため、双方に被害はありません。

 各種特別手当:

 入渠ドック使用料全額免除
 各種物資の最優先配給

 以上




[38827] 【不定期ネタ】嗚呼、栄光のブイン基地【艦これ】
Name: abcdef◆fa76876a ID:3aa9db6f
Date: 2015/04/01 23:02
※本編っぽい?
※いつものオリ設定っぽい?
※『こんなん○×じゃないっぽい!』な事になってるやもっぽい?
※今回そんなにグロ表現あるっぽい?
※筆者さん、地理とか軍事とか歴史とか算数とか壊滅的に駄目っぽい?
※どうせみんないなくなるっぽい
(2015/03/31初出。04/01誤字脱字修正&本日のNGシーン追加)



 Q:作戦開始までの約半日間、あなたはなにをしていましたか?
 A:

 ファントム・メナイ少佐
「井戸少佐と名誉会長らと共に作戦の最終打ち合わせ」

 水野蘇子中佐
「死ぬ気はないが、何があるか分からないから金剛と夜戦してた。ゴム無しで」

 井戸枯輝少佐
「寝てた。起きたらメナイ少佐と会長と打ち合わせ。戦闘終了から寝ないで3時間で作戦立案したから結構穴があった。多分まだある」

 目隠輝少佐&深雪
「「寝たかったけど……その、水野中佐と金剛さんの声が、その、あの、その……」」

 基地司令代理の漣
「艤装の再確認。1年ぶりの出撃なもんで。あと、医務室のご主人様への挨拶」

 佐々木提督(ショートランド泊地)
「多摩の葬式。出撃前の儀式なもんで」

 むちむちポーク名誉会長大佐(TKTラバウル支部)
「戦闘前のスピーチ原稿の確認。その後はファントム少佐(メナイ)と井戸水中尉らと打ち合わせ。ガ島までの移動方法が若干変更されたな」

 ラバウル聖獣騎士団の方々(ラバウル基地)
「日課の礼拝」

 回答者一同
「輸送艦に積まれてた弾薬の確認? そんなの、誰かがやってるだろう?」




 井戸少佐らブイン基地の面々と、ラバウル、ショートランドからの選抜部隊が旧ソロモン諸島深部――――アイアンボトムサウンドを目指して旅立っていったその当日の事である。
 ラバウルに所属する一人の艦娘が、夜の気配を滲ませはじめた水平線の向こう側に、鋭い眼差しを向けていた。

「待ちに待った時が来たのだ……」

 白露型駆逐艦特有の、黒地に白のアクセントを加えた良家のお嬢様学校のような制服。背中が全て隠れるほどに長く伸びた流れるような金髪。酸素をたっぷりと含んだ血の赤色をした綺麗な両瞳。カチューシャ代わりに結んだ細いリボン。表は連邦、裏は合衆国の国旗の柄になっているコールドウォー・マフラー。そして、両側頭部で跳ね返ったクセ毛は、何だかとっても犬耳っぽい?
 その艦娘の名前は夕立。それも本土でもまだ数えるほどしかいない改二型だ。

「多くの英霊が無駄死にでなかった事の証の……ために! 再び大帝国の理想を掲げるために! ラストダンサー成就の為に!!」

『妖怪艦首置いてけ』『ソロモンの阿修羅』『阿修羅すら凌駕する駆逐艦』『人類製ベルセルク』『合衆国大統領および副大統領専用艦娘』
 他にもあれこれ。
 可憐な少女の姿形をした夕立は、これらの異名に恥じぬ鋭い眼差しで、陽の光が沈み始めた琥珀色の水平線に向けて、コンクリート製の護岸の端っこに仁王立ちしていた。

「ソロモンよ!(CV:ここから谷邊由美)私は出番をハブられたっぽいぃぃぃ――――!!」

 ソロモン海より遠く北西のラバウルの海に、基地防衛の要と言う名目でお留守番を命じられた夕立(独りぼっち)の遠吠えが、ぽいーぽいーぽいー……と空しく木霊する。




 最初からクライマックスで行きます。
 が、そんな事より聞いてくれよ読者よ。本編とあんまり関係ないんだけどさ。
 このあいだ、近所のトラック防衛逝ったんです。トラック。
 そしたらなんかE-2突破とかで香取来たんです香取。
 練習巡洋艦。
 もうね、アレかと。コレかと。
 今まで番外編のメインヒロイン()のひよ子の外見なんてあんまり考えてなかったのに香取見たら一発でひよ子の外見固定されちゃいました。
 メガネだよ、メガネ。
 なんか高級将校っぽい礼服も来てるし、今まで外見イメージ固めてこなかったし何かしっくりきたし、
 大淀さんならぬ大澱さん出しちゃったからひよ子ちゃんの外見イメージに大淀さん使えなくなったし、とか、
 おめでてーな、漏れ。
 よーし、漏れはひよ子ちゃんの外見香取先生にしちゃうぞー。とかもうやってらんない。
 藻前は本当にひよ子の外見決める気があったのかと。
 ていうか外見香取さんだとひよ子ちゃん=女子大生の設定はどこに行ったのかと、

 問いたい。問い詰めたい。小一時間ほど自問自答したい。

 藻前、本当は吉野家コピペ使いたかったんだけちゃうんか。
 ていうかひよ子ちゃん=香取だと最後は生きたままミキサーにかけられて死ぬやんか。
 と言われそうなので、やっぱりひよ子の外見はまだ薄ぼんやりとしか決めていません。ご了承ください。記念の艦これSS

『嗚呼、栄光のブイン基地 ~ 鉄底海峡② 血戦、旧ソロモン海!』




  艦体にぶつかって生じる僅かばかりの波の音と風の音、軋む鋼鉄の艤装、そして水野らの真上を飛ぶ絶滅ヘリ “大往生” のローター音。それら以外には、何の音も存在していない夜のサーモン海峡。
 ブイン基地から正々堂々と出撃したB隊は今、月明かり一つ見えない曇り空と、困惑に覆われていた。

「おかしい……」

 状況はこうだ。
 七日間ほど先行して隠密出撃していったA隊C隊を見送り、持ち出せるだけの燃料弾薬や鋼材を輸送艦に詰め込み、ブイン基地を後にしたのが今日の1830時である。
 基地を出たなら早々に敵の哨戒部隊なりピケット艦隊なりと遭遇するものと思い、各艦ごとに適度な距離を取りながら、慎重にサーモン海峡こと旧ソロモン海峡を南下してきたのに、偵察機の一機とすら遭遇しなかったのである。
 彼らの現在位置は既にニュージョージア海峡の半ば。あといくらも進めばラッセル諸島が――――アイアンボトムサウンドの入り口が――――見えてくるような位置である。

 罠だ。
 奴らは、絶対に、どこかで、こっちを待ち伏せてる。

 誰もがそう考えていたし、彼らの置かれている状況もそれを無言の内に支持していた。
 だが、肝心の敵も罠も見つからなかった。
 改二型金剛2隻によるPRBR検出デバイスのクロスチェックすら完全なフラットであり、対潜警戒を密にしていたラバウル聖獣騎士団の駆逐艦らに乗るソナー妖精さん達と、彼女らのメインシステム索敵系からの報告もシロ。
 ここに至るまでに見かけたものと言えば、大破して座礁したまま忘れ去られたと思わしき、無数の艦艇の骸だけだった。

「いくらなんでも静かすぎる……」
『デース……』

 光学リレー接続された水野の呟きに、返答するかのように奇妙な鳴き声を上げたのは、ショートランド泊地の改二型金剛だ。
 そして、この奇妙な違和感に気が付いた水野が、光学通信越しに “大往生” に連絡を取った。

「や。それよりもちょっと待ってください。TKTの会長殿。貴方は確か、A隊だったはずなのでは……?」
『知っている。では聞くが、貴公らはどうやってC隊に支援攻撃要請を取るつもりだったのだ? 衛星が撃墜されているのに』
「「「あ」」」

 名誉会長のその一言で、全員が今更ながらに気が付いた。今頃はどこかすぐ近くの島のジャングル内を踏破している最中であろうA隊ならともかく、地球の丸みのあっち側に待機しているC隊との連絡には衛星中継が必須だったと言う事に。
 そして、この会長は撃墜された衛星の代わりとして、自分達の真上に居座ってくれているのだ。
 もしも補足されれば、真っ先に撃墜されるリスクすらも承知して。

『……お恥ずかしながら、今の私では練度不足でして、その、夜間発進も着艦もその、あの、その……』

 ブイン基地203艦隊の中では古鷹と共にB隊の配属となった赤城が、消え入りそうな声で呟いた。
 つまり結局、このB隊が他の隊と連絡を取るにはC隊のMidnightEyeか、A隊の大往生に空を飛んでもらう他なかったのだ。

『大佐殿。意見具申です。C隊に、索敵機の発進を要請してみてはいかがでしょうか』

 むちむちポーク名誉会長大佐の乗る絶滅ヘリ『大往生』のガンナーを務めている重巡娘『那智改』が、ランナー席に座る名誉会長に意見を寄こした。
 お前、B隊とちゃうんか。という疑問でB隊の面々の心は一致したが、当の那智はまるでその事実に気が付いていなかった。

『ふむ……よし。大往生よりB隊各員へ。これよりC隊に索敵要請――――』

 名誉会長が無線越しにB隊の面々に通信を出していた最中、何度か遠雷のような爆発音がしたかと思うと、低く垂れこめたブ厚い曇り空を割って、火の玉が一つ、落ちてきた。

 人類製のジェット飛行機と思わしき残骸だった。

『『『「!!!???」』』』
『MidnightEye-02よりALLUNIT! MidnightEye-02よりALLUNIT!! 罠だ! 敵はもう先手を打ってきている!!』

 燃え落ちる火の玉が空中で大爆発を起こし、完全に四散する。
 同時に、今まで規則正しい隊列を保っていたはずのB隊の青いマーカーの位置が正しい座標位置に再配置される。

『嘘!? 何で、どうして!?』
『か、艦隊がいつの間にかバラバラになってマース!?』

 同時に、今の今まで沈黙を続けていたはずの全ての索敵系が一斉に反応。無数にポップアップされ続けるエネミーマーカー。
 総数不明。
 レーダー上が、前も後ろも赤い光点で埋め尽くされる。全てのセンシングデバイスが出せる警報を全て出す異常事態。
 水野が短く驚愕する。

「で、電子欺瞞!?」
『リコリスの地下格納庫に隠蔽してあった戦略型の電子支配機だ!! 元々、空軍が次世代戦略システムの一環として開発していたプロトタイプだから、実際に飛べるのは今の一機だけだ!』
『Bリーダー、メナイよりB隊各艦、急いで隊列を立て直せ! このままだと各個撃破の的だぞ!!』
「深海魚……とうとう電子機器を扱えるまでに、電情戦の概念を理解するほどに知恵付けやがったのか……!」
『水野提督、やばいデース! 前方10000に雷巡チ級が40、こっちに向かって魚雷を吐き出しまくってマース!! ……航跡で、海が白く濁ってマース』
『ソォォォナン、デース!!』

 2隻の金剛が各艦の観測デバイスから送られてきた生データ群を超高速で解析・計算して得られた照準データをB隊に配布する。受信した足柄が返信する間も惜しいとばかりに発砲、砲撃を続けながらサンタ・イザベル島を直接横断してきた重巡リ級群の最先頭に直撃。運良く発射直前だった右腕の口から覗いていた主砲に直撃、その狙いが大きくズレ、先に雷巡チ級が吐き出した魚雷群のド真ん中に直撃。
 誘爆に次ぐ誘爆で途方も無く巨大な水柱が連続して立ち上り、魚雷の壁に大きな穴が開く。203の古鷹とラバウル聖獣騎士団所属の駆逐艦隊がその穴に向かって全ての魚雷を一斉射撃。敵魚雷群と差し掛かったあたりで自爆コマンドを送信。大爆発。魚雷の壁に、一筋の道が出来る。
 それを見たB隊の指揮官を務めるメナイが穴に突っ込めというよりも先に二隻の金剛が次発装填中の雷巡チ級を狙撃するよりも先にB隊の背後。
 TKTの足柄がいたあたりから轟音と閃光。超展開時に発生する純粋エネルギー爆発。
 ダミーハート――――正式名称『非カレン・非AP式特殊デバイス』を用いた、提督不在の超展開。

『先に行ってて! 私はこいつら始末してから追いつくから!! 行って!』
『待て足柄!』

 いまだ余波収まらぬエネルギー爆発を背中に受け、足柄が跳躍。サンタ・イザベル島を横断してきた重巡リ級の群れの中に飛び込む。祈るように握りしめられた両手によるハンマーナックルで最寄りのリ級に墜落。そのままB隊には視線もくれずに乱戦に突入。足柄にとってもリ級らにとっても、砲や魚雷を構えるよりも殴る蹴るの方が圧倒的に効果的な距離。

『名誉会長……いいえ、提督。私ね、感謝していたわ。羽黒ちゃんがいなくなってから、提督はずっと私達の安全を最優先で確保してくれてたのは知ってるわ』

 ハンマーナックルで足元に沈んだリ級の顔面――――それも目玉を!――――をトーキックで蹴飛ばして、足柄が最も敵の密度が濃い方向に突撃する。

『確実に勝てる敵戦力に、確実に勝てる味方戦力を、確実に勝てるタイミングでぶつける。毎日が連戦連勝よ。とっても気分が良かったわ――――でも、駄目だったの。私、それだと全然イケなかったの』

『大往生』に乗る名誉会長の静止を聞き流しながら、足柄がリ級の一匹を射突型酸素魚雷のボディブローで沈めながら電波で言った。

『プロトの奴は記憶が戻ったとか言って、男にうつつを抜かしているけど、私は――――ううん『足柄』は違うの。欲しいのは男でも、約束された勝利でもないの』

 次発装填中の足柄の隙をついて、異形の大口と化した両腕から射突型21インチ魚雷を突き出して背後から飛び掛かって来た別のリ級を回し蹴りで迎撃し、うつ伏せに倒れ込んだそのリ級の延髄目がけて全力で踏みつける。ストンプキル。リ級の首から明らかに嫌な音がして、曲がってはいけない角度にぐにゃりと捻じ曲がる。
 続けて、前方から突撃してきた2匹のリ級を左右の射突型酸素魚雷による喉首狩りで確実に殺す。

『ずっとこの時を待っていた!! 私が、足柄が望んでいたのはこれよ!』

 距離を取って主砲を構えたリ級達には対空機関砲の弾幕射撃で牽制しつつ、最寄りのリ級に突撃。
 そのリ級が砲を飲み込み、射突型魚雷を吐き出し直すよりも先に深く腰を落とした足柄がリ級のアゴ目がけて脳天ヘッドバッド。衝撃でリ級がふらつく。そのリ級の腰を取って拘束。そのまま盾代わりにして主砲を構えていたリ級達に突進。数は3。仲間ごと撃つべきかどうか一瞬迷ったのが運の尽きだった。一番右に盾にしていたリ級とついでにコッソリと抜き取っておいた時限信管式の魚雷の束をセットで押し付ける様に放り投げ、真ん中の首目がけて突進の勢いそのままに右腕のウェスタンラリアット。足柄の速度と体重を受け取ったリ級はあっさりと重心を後方に崩され、後頭部から水深の浅い海底に叩き付けられる。きめ細かい白砂混じりの盛大な水柱が立つ。一番最後まで残っていた左は、足柄が倒れ込む途中に斉射した主砲の一発に運悪く右目を撃ち抜かれて既に絶命していた。

『私が私らしく! 艦娘が、兵器が! 全てのスペックを正しく出し切れる戦場が!! 戦い続けられる悦びが!!』

 足柄が地面に倒れ込んだ反動と背筋の力でコメツキムシよろしく飛び跳ねるようにして体勢を立て直すついでに、倒れ伏していた真ん中に主砲を叩き込む。
 再び前方に突撃。
 この時点で、まるで無傷の足柄を半包囲していた深海凄艦達の包囲の輪が若干広がり、崩れ始めた。

『ここが、この戦場が! 私の魂の場所よ!!』

 足柄のその叫びを叩き潰すかのように、足柄の背中で大爆発が起こる。直撃弾。足柄が吹き飛ばされ、うつ伏せに倒れ込む。
 敵の砲撃。

【メインシステムデバイス維持系より緊急警告:脊椎第1、第2小脳デバイス機能停止。システムフリーズ。再起動までの間、艦体各所のレスポンス、およびリアクションに深刻な遅延が予想されます】
【メインシステム戦闘系より優先警告:主砲ユニット[00 02 04 05 06 09]との応答途絶。ケーブルの断線と推測されます】
【メインシステム索敵系より緊急報告:PRBR検出デバイスにhit. 6時方向。感多数。脅威ライブラリを検索中です】

 思わず振り返った足柄の目に、信じられない光景が飛び込んできた。
 完全な人型。死人色の肌。白とも銀色とも取れる輝きの長い髪。上半身のみの水兵服。水着とも下着とも見て取れる、下半身の破廉恥な紐(透け透けワインレッドのレース編み)。湯気や陽炎のように立ち上る赤い瘴気。実際バストは愛宕だった。
 戦艦タ級。
 タイプ=エリート。

『!? な!? こいつ、プロトみたいな悪趣味な下着……じゃなくて! こいつ、どこから!?』

 背後には誰もいなかったはずなのに。味方が抜けていった航路のはずなのに。
 そのタ級の背後。座礁したままの大破艦が大きく傾いていた。艦首は天を指し、船底は大気に晒されていた。
 直後、その大破艦が閃光に包まれる。
 一瞬の閃光が晴れた後、そこに大破艦の姿は無く、代わりに、新たなる戦艦タ級の姿があった。

『こいつ、ラバウルを半壊させた……!』

 そこまで見て、ようやく足柄も猛烈な後悔と共に思い出した。

 戦艦タ級。

 足柄の自罵にもあるとおり、かつて単騎でラバウル基地を半壊させた、深海凄艦の新種である。
 巨大である以外はほとんど人間や艦娘とそう大差無い姿形をしているこのタ級最大の特徴として、極めて高度な擬態能力が挙げられる。
 沈没寸前の大破艦に偽装して人類側の基地内部に侵入し、無防備なそこでタ級本来の姿に戻って破壊活動を行ったり、今しがたのように背後から奇襲したりと、かなり厄介な戦い方をする種である。

『畜生が! 何で忘れてたのよ私は!?』

 純粋な戦闘能力こそ同じ戦艦種であるル級の足元にも及ばないし、大破艦以外にも擬態できないが兎に角このタ級、戦い方がえげつないのだ。
 ラバウルの時も、避難の遅れた住民達がまだ大勢残っている町を背にして戦ったり、停泊中だった船を片っ端から壊して島民の脱出手段を奪ってから島中駆け回っての乱戦に持ち込んだり、艦娘や基地の防衛装置よりも先に飛行場や基地の通信塔などの、被害を無視できない高価値目標から優先的に潰したりと、とことんダーティな戦闘スタイルなのだ。
 挙句の果てには、対応に当たっていた『陸奥』の第三砲塔でしこたまブン殴られて死んだ時ですら自爆して、周囲の大気と反応して活性化する強酸性の有毒体液を撒き散らかして基地の半分を燃やしたくらいだし。
 ある意味このダーティな戦術こそが、タ級最大の特徴なのだと言ってもいいかもしれない。

(マズイわね……今まで見てきた座礁艦が全部コイツだったとしたら、あと何匹!? 10? 20? 急いで本隊に知らせないと……!)

 最新鋭の検出デバイスすら騙しきるコイツの擬態を唯一見破れる雪風は今、戦艦娘『陸奥』を護衛につけてブインとショートランド周辺の住民をパプアニューギニア本島まで疎開させている最中だったはずだ。雪風以下の索敵能力しか持たない本隊では、恐らく、甚大な被害を被るだろう。
 至近距離からの不意打ちで瞬間的に大破した足柄など最早敵ではないと考えたのか、数匹のリ級を残して、タ級たちは踵を返してB隊の面々の追撃に移り始めた。

『あ、こら! 待ちなさい! 待ちなさいってば!! 待てやコラー!! ……B隊足柄よりC隊、支援砲撃要請! 終末誘導はこっちでやるわ! だからミサイルいっぱいよろしく!! SALH開始!』

 立ち上がり、こちらに背を向けたタ級達に追いつくべく、地響きと水柱を立てて追撃する足柄が通信と同時に自我コマンドを入力。対空砲で後方のリ級を牽制しつつ、妨害に回ってきた一匹のリ級を射突型酸素魚雷によるアゴ・ジャブの一撃で沈める。何ともいえない表情のまま沈んで行ったリ級には目もくれずに足柄は追撃に戻る。
 生き残ったレーダーから得られたターゲットの情報を処理して、ミサイルに送信。討ちっぱなしで発射される対艦ミサイルの誘導と目標割り振りを足柄は開始しようとした。

『C隊よりB隊各員へ。確認するが……支援はこれを入れても3回が限度だ』
『『『はぁ!?』』』

 足柄どころか、先行していた他のB隊の面々までもが思わず声を上げた。

『こちら(C隊)に随伴していた輸送艦なんだが……積載されていた弾薬コンテナの中身がほとんど全部、艦娘向けの砲弾ばかりだったんだ』
『何よそれ!? ふざけてるの!?』

 今、もっとも支援を必要としている足柄が先頭集団に追いつき、最後尾にいた戦艦タ級の背中に32文ドロップキックを入れて転倒させ、倒れたタ級を背中から拘束して怒炉守落し(推力:生足)で沈めながら怒鳴り散らした。

『弾薬が入ってると聞いて、皆、普通のミサイルとかが入ってるもんだとばかり思い込んでたしなぁ。一度もコンテナ開けて確認しなかったし……』
『……あー』

 コンテナの中身を確認しなかった一人である足柄が嫌そうなため息をつきながら、最寄りの別の戦艦タ級の両足を4の字固めで完全に固定する。
 苦悶の表情で声なき絶叫を上げ、涙目になって浅瀬をタップし続けるそのタ級には目もくれずに、仰向けに寝転んだ姿勢のまま最後まで生き残っていたリ級らと砲撃戦を展開する。いいところに4発貰った。
 もともと半壊状態だったところにダメージを追加で受けて、艦体各所の機能がさらに低下する。

【メインシステム戦闘系より緊急警告:ダメージコントロール、負荷限界です。ただちに戦闘行動を終了・撤退し、適切な処置を受けてください】

 顔には出さずに思う。

(さすがに腐っても戦艦級……さっきから全力で間接極めてるのにちっとも曲がりゃしない。おまけに、さっき怒炉守落しで沈めた方も、もう立ち上がってきてる! 個人的にはもっと楽しめるから大歓迎だけど、作戦的にはかなりマズイわね……)
【メインシステム索敵系より報告:PRBR検出デバイスにhit. 敵艦増援。中型10】
『!!』

 足柄の視界に、海中より浮上してきた新手の雷巡チ級の姿が見えた。
 続けて、怒炉守落しの衝撃がまだ抜けていないのか、ふらつく頭を押さえて立ち上がる先程のタ級と、撃破したと思っていた、先程の重巡リ級らの姿も。ハッキリと。
 半分も殺れてなかった。
 半死半生の足柄を認識したそいつらが、実に素敵な笑顔を浮かべてにじり寄る。半分泣きそうになっていた足柄が歯を食いしばり、無理矢理に笑みを浮かべる。そして、4の字固めで拘束していたタ級の膝をヘシ折り、立ち上がる。
 モズグズめいた笑みを浮かべる足柄の凶相に、にじり寄ってきていた深海凄艦達が咄嗟に足を止める。
 左手でコイコイしながら足柄が叫ぶ。

『ッシャア! かかって来なさい!!』

 深海凄艦達も、声なき絶叫を上げて全方位から一斉に襲い掛かる。
 足柄は、最後まで逃げなかったはずである。








「……始まったな」

 そして、B隊の面々が交戦を開始した事は、水平線の向こう側から届けられる明るさと遠雷のような轟音から、A隊の面々にもハッキリと分かった。
 A隊の現在位置はサン・ホルヘ島、最南端にある砂浜から少し島に入った密林のあたりである。
 彼らは既に、その日程の三分の一を消化してしまっているのだ。残りの三分の二はもちろん、飛行場姫ことリコリス・ヘンダーソンの暗殺と、全員揃って無事の帰還である。

 ちょっとこの進軍速度は有り得無くね?

 そう思ったあなたは正しい。
 少なくとも、よく訓練された艦娘という兵器が、どれほどのパフォーマンスを有しているのかを知らないのであれば、その考えに間違いは無い。

「那珂ちゃん達、頑張りました!」

 人間がこの密林諸島を、この短時間で踏破するのは極めて困難である。それに間違いは無い。
 なので、このA隊のリーダーを務める井戸少佐は、作戦開始前に、旧ソロモン諸島の主要な島々の地形データ――――植生や高低、土壌条件までもが記載されている詳細なやつだ――――をプリントアウトしたものを那珂ちゃん達A隊所属の艦娘達に配布し、こう言ったのだ。

 ――――それ全部記憶したら、俺たち人間担いで走れ。雑貨みたいに扱っていいから。急げ。
 ――――……はい?

 井戸は那珂ちゃんと天龍の2人によって江戸時代の飛脚の棒よろしく運搬され、輝は深雪にお姫様抱っこされてという、傍から見たら色々とアレな格好の提督達だったが、結果だけを見てみればそれは正解だった。艦娘達はソロモン諸島の島々を次々と走破し、ゴムボートで島から島へと浅瀬を横断し、深海凄艦側に察知される事無く、最終攻撃開始地点であるサン・ホルヘ島の南端部へと進軍する事に成功した。
 因みに佐々木少佐は己の足だけでそんな面々に余裕綽々でついて行った。水野と佐々木のいた第11期インスタント提督の選抜試験の過酷さはこんなものではなかったのだ。
 そして現在、井戸達は潜伏のため地面にそこそこ深い大穴を掘った物にビニルシートを敷いて天幕を張り、その上から土や草を被せて擬装した、即席の地下テントの中で交代で休憩を取っていた。

「……ZZZzzz……ぅ、うぉ」

 寝袋にくるまったまま寝返りをうつ井戸は、夢を見ていた。


 夢の中で井戸は、井戸水の名前でTKTの臨時会議に出席していた。
 同会議に出席していたチキンブロス大尉が、資料(という名前の日誌の抜粋記事)を片手に報告した。

 ――――やはり、件のプロトタイプ古鷹もそうですが、どの艦娘も段階を追う毎に自我や記憶が希薄になっていくようですね。例えばこの井戸少佐の嫁(自称)の軽巡『天龍』の場合
「……ZZZzzz……ぅ、うぉぉぉ、ゃめろー」
「? 何か言いました?」

 現実世界での寝言に反応した輝に気付く事も無く、井戸は夢を見続けていた。
 何の脈絡も無くシーンが飛ぶ。
 井戸は、急ぎ足でどこかの施設の廊下を歩いていた。

 ――――草餅だ、何があった!?
 ――――少佐殿。帰投する少し前からずっと、天龍の様子がおかしいんです!!

 井戸の背後から女の声がした。井戸も良く知る、TKTの草餅少佐の声だった。
 そして、それに返事をしたのが自分だと、井戸は、何故か理解できた。

 ――――症状は?
 ――――最初は、地下テントで仮眠に入る前にコーヒーカップを取り損ねただけだったんですが、仮眠が終わって目が覚めたら、何でここにいるのか理解できなかった、というか、ラストダンサー作戦の事自体も思い出せなかったんです。
 ――――……続けて。
 ――――その時は、すぐに思い出したから大丈夫だと思ったんですが、飛行場姫、ああ、リコリス・ヘンダーソンと直接対決した時に超展開をしたら……したら、天龍が、天龍の記憶がもうほとんど残っ


「ぅ、ぅあっ!?」
「うひゃあ!?」

 井戸は、夢の中の自身の発言に驚いて思わず飛び起きた。
 そして今、自分がどこで何をしているのかに理解が及ぶと、安堵のため息を盛大に吐き出した。

「……ゆ、夢かぁ」
「び、ビックリしたぁ……」

 それに心底驚いたのは、井戸の真横で寝ていたはずの輝だった。

「? な、何だ目隠……少佐か。寝ないのか」
「あはは。ちょっと眼が冴えてしまいまして……ところであの、井戸少佐」
「何だ?」
「僕達、あ、いえ、我々はB隊の救援に向かわなくても良いのでしょうか?」

 輝が隣で寝ている井戸に問いかけた。
 井戸の隣では天龍と深雪がすぅすぅと小さな寝息を立てて寝ており、その更に隣ではあきつ丸が大口開けてイビキをかいて寝ていた。寝返りをうった大潮の腕が首の上に乗っかったままなのだが、寝苦しくはないのだろうか。
 寝袋にくるまったまま顔だけ外に出して外を眺めていた輝の目には、暗視ゴーグルと歩兵用の多目的リボルバーランチャーを装備して――――歩兵用の5.56ミリでは飛行小型種にすら対抗できないからだ――――歩哨に立っている佐々木少佐と、彼の秘書艦『多摩』の後ろ姿が少し遠くの闇の中に見えた。

「行かないでいい。むしろ行くな」

 井戸は即答した。

「我々A隊の役割じゃない。それに、現在無線封鎖中だ。もしもお前にGOサインを出して援軍に向かわせたとして、ここを離れている間に状況が変わったとしたら、どう連絡を付ければいい?」
「ですが……」
「では聞く。この作戦において、最悪のケースとは何だ?」

 輝は、一瞬言葉に詰まった。

「……作戦が失敗する事、です」
「それ以外で」
「……あと、えと……全滅、とかです……か?」
「正解だ」

 正解なのかなぁ。と輝は思ったが、口には出さなかった。
 いいか、と井戸は続けた。

「今からB隊の援護に向かったとして、その背後や遠距離からあの鬼に狙撃されたらどうする。いや、それでなくともこの近海を遊弋している連中は情報によると精鋭ぞろいだ。挟み撃ちにするつもりが挟み撃ちにあいましたなど洒落にもならん」
「……」
「分かったら早く寝ろ。次は俺達が見張――――」
「井戸少佐。急いで来てくれ」

 井戸が目を閉じ、無理矢理に寝ようとした矢先、外にいたはずの佐々木少佐が地下テントに首を突っ込んできた。
 折角寝る所だったのに。という不満を何とか押し殺し、佐々木少佐に向き直った。

「少佐、どうしました」
「鬼が――――泊地凄鬼がすぐ近くにいる。指示を!」




 地下テントで寝ていた井戸達全員が外に飛び出して周囲を確認しようとした時、一番驚いたのは泊地凄鬼がすぐ近く――――井戸達から見て右に2~300メートルかそこいらという超至近距離だ――――で背を向けていた事ではない。
 夜が昼になっていた。

「何これ!?」

 輝が驚愕したように叫ぶ。その叫びは、この場にいるA隊の面々全ての心境を代弁していた。
 その原因は明らかだった。
 泊地凄鬼の右肩から伸びている、長大な砲身の先端部に、青白く輝く、膨大なエネルギーが収束しつつあったからだった。
 水平線の向こう側の戦闘痕跡以外の明かりが全く存在しない、曇り空の真夜中が、真昼に見えるくらいのエネルギー量である。単純に計算したとして、その光度は53万バルス(※1バルス=53ルクスとして計算)にも匹敵する。
 そして、そんなエネルギー収束の余波だけで、数百メートル離れた井戸達の所まで熱を帯びた猛風が吹き荒れていた。

「何でこんな近くに!?」
「ずっと隠れてたのは、こっちだけじゃなかったみたいだな!」
「畜生! Bじゃなくてこっちが遭遇する可能性もあったんだ! やっぱ寝ないで3時間で作戦立案とか無茶が過ぎるだろ!!」

 荒れ狂う熱風と、風に乗って口の中に飛んでくる葉っぱに負けじと互いに叫ぶ。そうしないと、この距離でも互いの声が聞こえないからだ。
 泊地凄鬼はこちらに気付いた様子も無く、サン・ホルヘ島南端部の小さな岬を背もたれにして全身を寄りかからせていた。下半身は全く見えなかった。おそらく、反動を抑え込む土台として使うために、海底を掘り返して深度を確保してあるのだろう。
 その証拠に、主砲の各所からはタコの足のような無数の吸盤がくっついた青黒い触手が何本も展開し、吸盤で周囲の大地や海底に吸い付きつつその先端部を突き刺して砲を固定していた。

「あの鬼、どこを狙ってるんでしょう……!?」
「かなり高い仰角だが……北西の、どこか、かなり遠く……トラックか? いや、待て!」

 輝の発した疑問に、井戸が半分思考に没頭しながら、独り言のように答えた。
 鬼の主砲は、大口径の狙撃砲だったはずだ。戦艦『大和』の46センチ砲よりも大きな、メートル単位で測った方が早いくらいの。
 スナイパーカノン。
 物理砲弾。

「待て待て待て! ちょっと待った!」

 突然叫び声を上げた井戸に、A隊の面々が注目した。

「こんな至近距離で発射なんてされたら、バックブラストで、狙撃先の連中よりも先に、俺らが死ぬ……と思う」

 誰も彼もが、ギョッとしたような表情になる。
 メートル単位で測った方が早い口径の主砲で、たった2発でパナマ運河を完全破壊した大口径砲弾を、地表から静止衛星を狙い撃ちできるほどの高初速で発射しようとしているのだ。
 当然、その反動で周囲に巻き散らかされる衝撃波の威力や殺傷範囲も、推して知るべしである。
 そして現在、鬼の周囲に渦巻いている青白いエネルギー嵐は、フルチャージ状態でもないのに海水を沸騰させ、枯草が自然発火を起こすほどの熱的エネルギーを有しているのである。

「だ、誰か奴を止めろぉぉぉ!!」

 誰かがそう叫ぶ。誰かが砂浜に向かって駆け出す。誰もがそれを目で追う。
 ブインの203艦隊の那珂ちゃんだった。

「那珂ちゃん、センター入りまーっす!『展開』!」

 言うが早いか、海の中に入ってからいくらも進んでいない浅瀬で那珂ちゃんが『展開』して軽巡洋艦本来の姿に戻り、即座に座礁した。その状態で那珂ちゃんが自我コマンドを入力。全ての主砲と副砲、対空砲を泊地凄鬼に指向する。魚雷は、いくらなんでも浅すぎだ。

「那珂ちゃんのワンマンライブ、はっじまっるよー!!」

 わぁい。と自分で合いの手を打ちつつ、那珂ちゃんが全ての砲を一斉射。精密照準など必要なかった。この距離なら、目を瞑っていても外す方が難しかった。
 外した。

「え」
「「「え」」」

 主砲の先端部に渦巻くエネルギー乱流は鬼の身体までもを完全に覆っており、飛来した砲弾の悉くを逸らし、弾き、ただの一発たりとも着弾させなかったのだ。まるで、艦娘が『超展開』時に発生させる純粋エネルギー爆発のようだった。
 主砲に装填されている砲弾を徹甲弾から時限式・着弾式それぞれの榴弾に変えても無駄だった。内部の炸薬が空中で誘爆。爆発の衝撃波すら、まともに通っていなかったようだった。

「発射体勢に入ると同時に防御力場展開……ドラゴンでもまたいで通るつもりか!?」
「え、A隊井戸少佐よりC隊へ! 泊地凄鬼発見! 電波封鎖解除、支援攻撃を要請する! 大至急!!」
『C隊よりA隊。支援要請了解。ターミナルコントロールはそちらに一任する。ミサイル発射。着弾まであと2分。交信終了』

 その宣言からきっちり2分後。那珂ちゃんによるレーザー終末誘導によって、泊地凄鬼のキッチリ真上に落ちて来た都合32発の対艦ミサイルはやはりエネルギー嵐によって遮られ、満足なダメージを与える事は出来なかった。
 この時点で、泊地凄鬼は井戸達A隊の存在に気が付いたようだったが、まるで意に介していなかった。少し離れたところで変な虫が歩いてた。その程度の関心しか払っていなかった。軽巡洋艦本来の姿に戻って砲撃を続けていた那珂ちゃんに対しても、それは同じだった。
 発光現象がますます強くなる。
 誰がどう見ても、発射は目前だった。

『み、みんな! 那珂ちゃんの影に早く!!』
「那珂ちゃんさん殿!!」

 井戸達と共にただ発射の瞬間を見守るしかなかったあきつ丸(改)が、井戸の無線機を奪い取って那珂ちゃんの通信系に接続した。

「足であります! 主砲を固定しているあのタコ足を見てくださいであります!!」

 その指示通り、那珂ちゃんは見た。井戸達も連られて見た。
 エネルギー嵐の影響で生じた、沸騰する大波をざぶざぶと被っている、タコのような吸盤をいくつも生やした青黒い触手だった。

「あのタコ足には波がぶつかっているであります! あそこまでは防壁が届いていないのであ」

 あきつ丸(改)が最後まで言い切るよりも先に、那珂ちゃんが自我コマンドを入力。
 一番的が横に開いていて一番狙いやすそうだったからという理由で左端のタコ足に全砲門の照準を合わせる。発射。都合数秒間の飽和射撃により、それなりに太くたくましいタコ足の一本が見るも無残に言ちぎれ飛ぶ。
 その足が何かしらの致命的な役割を持っていたのか、それとも足が一本欠けても駄目なくらいに主砲の反動が凄まじいのかは不明だが兎に角、そこで初めて、鬼の表情が驚愕に染まった。

「ッ!?」

 鬼が驚愕8割、怒り2割くらいの形相でこちらと発射目前の主砲を交互に見やる。そして、黒いロンググローブに包まれた細く美しい両腕で主砲にぶら下がるようにして砲の反動制御に取り掛かった。
 続けて那珂ちゃんが別のタコ足を狙撃。こちらもやはりあっさりと千切れ飛ぶ。

「ェエィ、ットゥシイ!!」

 これ以上の妨害を嫌ったのか、鬼がその時点で狙撃を敢行。
 井戸達の予想通りに、凄まじいでは済まされないレベルの熱衝撃波が――――充填中ですら鬼の周囲の海水が沸騰し、付近の枯草が自然発火するようなエネルギーが――――鬼を起点として放射状に拡散する。井戸達は那珂ちゃんの影に退避していたので難を逃れられたが、至近距離からそれを直撃を受けた那珂ちゃんは、

『あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ぁぁぁぁぁ!!』

 タダでは済まなかった。
 照射を受けた右舷の装甲板は瞬間的に沸騰し、甲板上に露出していた全ての砲は基部から溶接され砲身が溶け落ち、体積の細かった電探は一つ残さず蒸発し、魚雷発射管や汎用投射管は内部の魚雷や爆雷の悉くが誘爆して艦内にも大損害を出していた。艦橋も上半分が溶解し、原型を留めていなかった。
 文字通りの身代わりだった。

「な、那珂ちゃん!!」
『こ、 んなになっ も、那#ちゃん、ヨゴレには……路線変更だkは絶対しないんだから!!』

 その対価として、鬼は狙撃に失敗した。
 反動を抑えきれずに砲身が大きく上に跳ね上がってしまい、砲弾ははるか北の上空に向かって、周辺大気をプラズマ化させて、音を置き去りにして飛んで行った。
 狙撃を散々に邪魔された鬼が全てのタコ足を主砲内に格納すると、怒りの形相で那珂ちゃんの方に全身で振り返った。

『ァタシノ、 ゙ャマヲ、ゥルナ!!』

 かすれた声で叫ぶ鬼が那珂ちゃんに正対して砲を構える。再び徹甲弾が発射される。
 咄嗟に那珂ちゃんは艦体を圧縮し、艦娘状態に戻って直撃を避けたが、砲弾が近くをかすめた際の衝撃波で吹き飛ばされる。そして井戸達の居るあたりに真上から降ってきた。
 誰も彼もが慌てて両腕を伸ばして、全力で那珂ちゃんを受け止める。
 そしてその反動を利用して那珂ちゃんは空中に再び飛び上がり、滞空中の数秒間に月面宙返り三回転半ひねりを決めて両足を揃えて着地。付き過ぎた勢いを腕立て伏せ一回で殺して両足を揃えて立ち上がり、胸を反らして両腕を大きく上げて身体全体でYの字――――不死教の教徒らが言うところの『太陽万歳』のポーズ――――を作る。

「世界のツカハラ!!」

 そして意味不明な発言をした。

「な、那珂ちゃん大丈夫か!? ……その、頭とか」
「大丈ーぅ夫でーっす☆ 中枢区画にはダメージ入ってなかったから、圧縮も展開もまだまだ行けまーっす☆」

 艦娘状態に戻った那珂ちゃんは、顔は煤で真っ黒に汚れ、服も色々と危ない所が破けており、髪も普段のお団子ツインテールが解けた上にパンチパーマになっていたが、それでも声や体の動きには違和感を感じさせなかった。普段通りの鬱陶しいまでのハイテンションのままだった。だから、最後に那珂ちゃんが小さく呟いた『……まだ、大丈夫』の一言は誰も気が付かなかった。

 今までの心配返せよ。

 誰もがそう思ったが、とりあえず無事だし兎に角戦力低下にはならないだろうと思って、泊地凄鬼からのこれ以上の追撃を避けるべく、撤退の準備に入った。
 佐々木少佐と多摩が歩兵用の多目的リボルバーランチャーを泊地凄鬼の顔面に向かって構え、引き金を続けて6回連続で引く。装填されていた煙幕弾が濃密な煙の尾を引いて泊地凄鬼に迫り、空中で爆発。1メートル先も見えないほど濃密な煙が周囲一帯に広がる。

「良し、今だ! 走れ走れ走れ!!」
「島の奥に向かって走れ! 密林を目隠しにしろ!!」
「「「了解!!」」」

 煙の外から佐々木と井戸の叫びを聞いた泊地凄鬼がサディスティックな笑みを浮かべる。

 ――――馬鹿め。姿は見えなくとも、そんな大声を上げていては、なぁ?

 そして島の奥側の煙の境目に意識を注目させている泊地凄鬼の足元を通って、黒塗りの手漕ぎ式のゴムボートが一隻、全速力で抜けていった。
 井戸達A隊が島から島を渡る際に使っていたゴムボートだった。
 大形の軍用ゴムボートに乗ったA隊の面々がそれぞれオールを持って全力で海を掻き、全速力でサン・ホルヘ島から離れ始めた。

「馬鹿め」
「単純馬鹿が」
「馬鹿め。と言って差し上げますわだニャー」

 気取られぬように小声で鬼を罵りながらも、えっさほいさとオールを漕ぐ手を休めないA隊の面々。

「提督、ヘリの音が」
「うむっ。そろそろだな。A隊の艦娘各員は『展開』の準備。まずは如月からだ」
「「「了解」」」

 そしてある程度沖合まで来たところで如月からの進言を受け、駆逐艦娘――――言い出しっぺの如月から順々に、1人ずつゴムボートから静かに降りていった。
 そして最後に天龍と多摩と深雪を下ろし、そこそこの距離を取ったところで、井戸は双眼鏡をのぞき込んでB隊の現在位置を確認した。
 もう既に、泊地凄鬼との交戦可能領域にまで迫ってきていた。

「……無線封鎖解除! A隊の各艦娘はただちに『展開』せよ!!」

 井戸が無線機に叫ぶと同時に、夜の海が一瞬の閃光で包まれる。そして、艦娘本来の姿が海の上に姿を現した。
 そして、井戸と佐々木と輝はゴムボートに寄せて来た、己の旗艦『天龍』『多摩』『深雪』それぞれに乗り込み、大急ぎで艦橋の艦長席に向かうと、ただちに南進を命令。A隊全ての艦娘はただちに『天龍』『多摩』の2隻を中核とした変則的な輪形陣を形成。当初の予定を繰り上げて、ガダルカナル島を直接目指して南進を開始した。

『井戸少佐よりA隊各員へ! プランを若干変更する。進路変更、敵との交戦は可能な限り避けて、一直線でこのままガダルカナル島へと直接侵攻する!!』
『『『了解!!』』』
「……? アッ!?」

 この『展開』の際に生じた閃光で、鬼は自分が騙されていた事に気が付いたが、もう遅かった。泊地凄鬼を射程内に収めたB隊からの――――B隊の中でも快速な連中で構成された先遣部隊からの――――攻撃が鬼に殺到する。

『死ぬがよい』

 まず、A隊の配属でありながらも、通信中継の為にB隊に同行していた、むちむちポーク名誉会長大佐と那智の乗る『大往生』からの一斉攻撃から始まった。世界的武器商社『EVAC』の主力商品の一つ、対地攻撃用ロケットポッド『デスレーベル』に、帝国空軍御用達の兵器工廠開発の30mmチェインガン『裏2週目』による面制圧弾幕。
 いったいその小さな機体のどこに収まっていたのかと疑いたくなるような投射量だった。弾切れの気配すらなかった。
 一発一発どころか全部まとめて叩き付けられても、鬼には軽い焦げ跡1つ付かなかったが、間断なく発生し続ける爆炎と爆音で、鬼は目と耳と鼻を潰された。

『天に烈風、地に流星、目に物見せるは一航戦が最終奥義!』

 そして『超展開』状態で、海水の抵抗など無いかのようにして急接近した赤城の近接攻撃が追撃で入った。
 奥義などと言っておきながら、その実ただのショルダー・タックルだった。
 しかも、赤城の重心は全然高い位置にあり、元々精密砲撃に特化した安定な形状――――下半身が接地面積の大きな平べったい形状で、上半身は小さな人型――――の泊地凄鬼にぶつかった途端、あっさりと弾き飛ばされた。

「……クゥ、クゥボ、ダト!?」
「「「!?」」」

 鬼の掠れた呟きに、護衛の深海凄艦達の雰囲気がざわりとどよめいた。
 そしてこの時点で鬼と、鬼の護衛を務めていた周囲の深海凄艦らの関心はちっぽけな戦闘ヘリから、目下最大の脅威(もちろん、深海凄艦にとっての)であるクウボ娘の『赤城』に向けられることになった。
 さもありなん。
 この連中――――旧リコリス飛行場基地を根城にし、現在鬼の護衛に回されている、この最精鋭部隊の面々は、かつて龍驤から直々に訓練を受けた者らで構成されている。
 深海凄艦化しかかっていたとは言え、頭に『軽』の一文字が付いていたとは言え、元一航戦のクウボ直々によるカラテ・トレーニングである。
 一部の深海凄艦に至ってはトラウマのあまり、戦闘中にも拘らず『アイエエエ』と情けない悲鳴を上げ、海中で粗相を致す者まで出た始末である。

『うりゃー!!』

 およそクウボらしからぬカラテシャウトと共に赤城は鬼の下半身に飛び乗り、人の形をした上半身に向かってパンチ。何の変哲も無い、ただのテレフォンパンチだった。
 それを鬼は身体を逸らしながら赤城の腕を左腕一本で掴んで軽くいなし、右手を添えながら自身の肩を軸にして赤城の突進の勢いを回転運動に変える。赤城が後方に向かって放り投げられ、受け身も取らずに背中から水面に叩き付けられる。

『……ェ?』

 その光景を見て、鬼も、その護衛らも、何か信じられないものを見た。というような雰囲気と表情を浮かべた。赤城を投げ飛ばした張本人の泊地凄鬼に至っては『わ、私何も間違ったことしてないよね!?』とでも言わんばかりの不安げな表情で護衛部隊と赤城の方を交互に見遣っていた。

『フ、フフ……なかなかやりますね! でもまだまだぁ!!』

 膝を笑わせながら赤城が立ち上がる。赤城は海水の抵抗など存在しないかのような速度で再び鬼に駆け寄り、再び大振りのパンチ。鬼がカウンターで合わせた裏拳一発で迎撃。再び吹き飛ばされる。
 それを見た、鬼を初めとした深海凄艦らは思う。

 ――――もしかしてコイツ、すっごく弱い?

 正解である。
 この赤城がブイン基地に配属されてからやっていた事と言えば、喰う寝る遊ぶの他に、戦闘中の井戸に代わっての艦隊の代理指揮に、正規空母本来の仕事である艦載機運用くらいのものであった。
 元々この赤城には無人空母としての機能と、艦隊の指揮運用能力だけが求められていたために、今まではそれでも大丈夫だったのだ。井戸には空母娘との超展開適性は全く無かったから、カラテの訓練の必要性も無かったし。
 泊地凄鬼の狙撃によって島の大型レーダーが破壊されたのを境に、真面目に訓練に取り組むようになったようだが、それでも付け焼刃にすらなっていなかった。
 現実は非情である。

『でりゃああああ!!!!』

 赤城は海水の抵抗など存在しないかのような速度で三度鬼に駆け寄り、再び大振りのパンチ。
 それを鬼は、避けも防ぎもしなかった。ただ、最小限の動きで左手を赤城の腕に添えただけだった。
 たったそれだけで赤城の拳はその軌道を大きく狂わされて、上半身全体が勢いに負けて大きく泳ぐ。そして完全に無防備となった赤城の胸元に、鬼のハートブレイクショットが綺麗に入った。
 致命の一撃だった。

『!!!? ぁ! が』

 赤城が両手で胸を抱きしめ、力無く膝を付く。そのままどぅ、と倒れ込む。

『赤城さん!!』

 超展開状態が解除されていないと言う事は即死ではなかったのだろうが、それでも胎児のように体を丸めて不気味な痙攣を繰り返すあの様子では、恐らくもう、まともには戦えまい。

『このっ……! よくも赤城さんを!!』
『Wait! 古鷹チャーン! 単艦突撃はVERY BADデース!!』
『ソォォォウナンデース!!』

 203の頼れる勲章持ちである古鷹が超展開状態で鬼に突撃する。今の古鷹には、少し後方から付いてきている二人の金剛からの通信など、耳に入っていなかった。
 自我コマンドを入力。
 泊地凄鬼の足元に海水を掻き分けて辿り着いた古鷹が、完全機械化された右腕を大きく振りかぶり、たっぷりと推力と遠心力を乗せて何のためらいも無く目と鼻の先の距離にいる鬼の上半身を、二度三度と横殴りに叩き付けた。それを鬼は何の苦も無く間に合わせた左腕一本でガード。
 相当の衝撃が抜けたはずだが鬼は、まるで意にも介していなかった。こんなものかと言わんばかりの無表情さで、ちらりと古鷹の右腕を一瞥しただけだった。

『っ! この――――!?』

 再び右腕を振るおうとした古鷹の生存本能が反応。上半身を丸め、右腕を盾にした古鷹に、無造作に振るわれた鬼の『奥の手』が――――両端を切り詰めたカヌーのような下半身から生えている巨大な左腕が――――片手だけで超展開中の戦艦娘のほぼ半分が隠れてしまうような大きさが、側面から叩き付けられた。
 そして、その一撃を防いだだけで、古鷹の完全機械化された右腕はあっけなく粉砕され、古鷹自身も海面スレスレの高度を数秒間ほど吹き飛ばされて、サン・ホルヘ島の砂浜に叩き付けられた。
 水から上がった際に浮力が消え、自重による艦体の圧潰が始まる。

『ぐっ、あ! あああああぁぁぁぁ!!!!』

 古鷹は、自重で圧潰する全身から伝わる激痛と警告信号に思わず叫びながらも自我コマンドを入力。生き残った全ての主砲と副砲を鬼に指向。鬼も同時に身体全体で旋回し、右肩の長大な砲身を古鷹に照準する。この時、下半身に引っかかっていた赤城がずり落ちたのだが、誰も気にしていなかった。
 激発トリガーをコマンド。
 無傷で残っていた左肩の第三主砲塔と、同砲塔下部に設置されたの対空砲が一斉に火を噴く。それとほぼ同時に、鬼の主砲から、0秒起爆の対空散弾が発射された。
 避けるも防ぐも出来ない古鷹の全身に、無数のHESH散弾が付着する。
 直後、爆発。
 爆煙が晴れた後には、残った左腕でわずかに顔面だけを防いだ姿のまま、砂浜に背中から倒れ崩れる古鷹の姿があった。
 対して、鬼は無傷だった。腰のマントを手で掴んで大きくひるがえし、即席の盾にしていた。
 超至近距離からの20.3センチ砲の直撃を確かに受けたはずの鬼の被害は、その黒いマントの留め金が外れただけだった。

『そ、そんな……!? 提督、ごm eんなさ  い……』
『KILL YOU!!』
『DEATH!!』

 驚愕の表情を張り付けたまま古鷹が崩れ落ち、盛大な砂柱と轟音が上がったのと同時に、鬼の左右から二人の金剛がそれぞれCIWSを起動させて飛び掛かる。
 ブイン基地の金剛のCIWSは、いつも通りの鋼鉄製のボクシンググローブのふりをしたおっかない何かで、ショートランド泊地の金剛は、左右の五指それぞれに嵌められた5つの指輪だった。それらの指輪には華美な装飾や宝石の代わりに、親指から順に『D』『E』『A』『T』『H』のアルファベットが刻印されていた。
 きっちりとコンパクトな軌道に折り畳んだボディ狙いのフック、顎先を狙ったジャブ、顔面狙いのストレートと見せかけての突き出した親指による眼球抉り、背中から腎臓を狙い撃ったミドルキック。
 まるで、木人人形を使ったカラテ・トレーニングの如き光景。
 だが鬼は、左右それぞれから、タイミングを微妙にズラして急襲する二隻の『金剛改二』の攻撃を、上半身の動きと左右の腕だけで次々といなし、躱し、逆にほんの一瞬にも満たない隙をついて反撃し、金剛らのダメージを確実に蓄積させていった。
 そして、同士討ち上等で発射された41センチ連装砲による密着射撃も、咄嗟に割り込まれた鬼の『奥の手』によって完全に遮られた。こんな至近距離で、大戦艦クラスの主砲の一斉射を受け止めたのだ。さしもの鬼の『奥の手』も無事では済まされなかった。
 砲弾の直撃を受けた箇所はほとんど全てが全貫通し、運悪く骨や腱に当たった部分では、そこで信管が起動して、内部からの爆発で周辺の肉や組織が内側から弾け飛んだ。
 結果だけを見れば、左右どちらの奥の手も、断続的な出血と不気味な痙攣を繰り返すだけになっていた。
 文字通りの致命傷だった。
 だがその対価として、白く美しい女の姿をしている上半身の方には、何一つ被害が及んでいなかった。精々が返り血を多少浴びただけだった。

『M,Monster……!!』
 ――――化け物め!!

 ブイン基地の水野と金剛が叫ぶと同時に、鬼の奥の手が呆然としていた二隻の金剛を手の甲で打ち据えた。一瞬の間隙を突かれて、巨大な裏拳の衝撃が金剛らの艦体を貫く。
 全身に浸透した衝撃でジャイロコンパスか三半規管のどちらかあるいは両方がやられたのか、まともに立っていられなくなる。それに付け加え、今までに蓄積させられたダメージがここにきて重く響いてきた。

【メインシステムデバイス維持系より緊急警告:主砲塔ユニット内弾薬揚弾機構に小規模な火災発生。自動消火装置作動しません。次弾装発作業を中止。予備弾パージします】
【メインシステムデバイス維持系より警告:艦内第223、224、225区画にて火災発生。自動消火装置作動しました】
【メインシステムデバイス維持系より警告:艦内各所に気化ガスを検知。自動排出システム作動しました】
【メインシステムデバイス維持系より警告:内耳三軸ジャイロに異常傾斜発生。補正実行中... ... ...】
【メインシステム戦闘系より警告:各主砲塔ユニット内の残弾、1です。至急、補給作業を受けてください】

 そんな金剛らをあざ笑うかのように、鬼が、まず初めにブイン基地の金剛の方に全身で振り向いた。そして、先ほどの古鷹の時と同様に、右肩の長大な砲身を金剛に照準する。

『『させるかぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!』』
「ッ!?」

 その時点で、死んだフリをして不意打ちの機会をうかがっていた赤城と古鷹の2人が同時に飛び掛かる。古鷹は正面から鬼の上半身に飛び掛かり、赤城は背後から主砲の接合部に、文字通りの意味で齧りついた。
 ただ、二人とも半死半生の状態だった。
 だからこそ、鬼の首に手を回し、それこそキスでもしているのかと疑われるほど密着した古鷹の左目から照射された高出力のCIWSレーザーは鬼の左手一本で無理矢理遮られ、背後で艤装に齧りついている赤城の無様さ、滑稽さに鬼は冷たい一瞥をくれると、彼女らを無視して主砲で金剛を照準。徹甲弾の通常発射をREADY。

『こ、金剛さ ん! 逃げて!!』

 叫ぶ古鷹のレーザー照射が終了する。赤城がさらに両手と噛みついている顎に力を込める。年頃の乙女がするようなもんじゃない必死の形相だった。
 鬼の背後から、ブ厚い金属が巨大な圧力に負けて歪む際特有の、甲高く嫌な悲鳴が聞こえてきた。


 さて。


 もの凄く不自然、かつ唐突ではあるが『自然淘汰』あるいは『適者生存』という言葉をご存じだろうか。もしかしたら『自然選択説』と言った方が良いのかもしれない。
 例えばサバンナのライオン。
 同じ群れの中に、鈍くさくて気配の消し方も下手っぴで体力もあんまり無い中年♂と、若くて活きが良くてピチピチで、足も速くて狩りも上手なイケメン♂がいたとする。
 結果は言うまでもない。若くてピチピチでイケメンな♂は次代に種を残し、おっさんライオンの血筋はそこで途切れる。結果、次の世代のライオンはより強く、より速く、よりイケメンとなるだろう。
 例えば上記のイケメンライオンと同じサバンナのシマウマ。
 こいつらはもっと簡単だ。足の遅い奴から死ぬ。生き残った連中はみんな足が速い。だからそいつらから生まれて来た次の世代も、今まで以上に足が速い。
 つまり自然淘汰とは、ものすごく乱暴にまとめると、より優れた子孫を生み出す為の条件の一つなのである。

 そして例えば、ブイン基地の赤城とヤシガニ。

 こいつらの関係も、上記のライオンとシマウマの関係に近い。赤城がヤシガニを喰う。生き残ったヤシガニは足が速くて甲殻が硬くて身を隠すのが上手い。そいつらの子孫を赤城が喰う。生き残ったヤシガニの倅どもは、オヤジの代よりも足が速くて甲殻が硬くて身を隠すのが上手い。そいつらの子孫を赤城が喰う。次の世代のヤシガニはより速く、より硬く、より賢くなる。
 この繰り返しである。赤城がこのブイン基地に着任して以来、一日たりとも途切れる事のなかった血と磯の生臭い香りが漂う自然淘汰の連鎖である。
 そして、どんどんと硬くなるヤシガニに対応するかのように、赤城の握力や咬筋力も段々と強化される訳である。まるで、ある種の筋トレのように。
 いい加減に結論を言おう。

 赤城が、鬼の主砲を喰いちぎった。

 ――――『『『「嘘ッ!?」』』』

 当の鬼を含めた誰も彼もが異口同音に叫んだ。
 そして誰かが我に返るよりも先に、鬼の元に次々と砲弾やミサイルが飛来した。
 こちらの状況など無線越しにしか把握していなかったにもかかわらず、後続の奇襲部隊からの追撃を上手くあしらいつつ、泊地凄鬼を射程圏に捉えたB隊の主力部隊――――指揮官のメナイ少佐が乗る『愛宕』を中核とする――――からの支援砲撃だった。

『先遣部隊、待たせたな!!』

 メナイが無線越しに指示を出す。

『B隊、反撃開始だ!』
『『『『了解!!』』』』
 ――――金剛!
『Yeees,私は、まだまだやれマース! ……響ちゃん達の敵が、目の前にいるのに、いつまでも寝てる趣味はNothingネー!!』

 倒れていた金剛の全身に再び力が満ちる。半壊状態ながらも力強く立ち上がって鬼に正対する。両手で拳を作り、顔の前で構える。
 叫ぶ。

 ――――『我ら、夜戦を継続す!!』

 火と砲火で照明された旧ソロモン海域。第二ラウンドのゴングは、敵味方互いの砲声によって撃ち鳴らされた。




 部隊編成:

 A隊:(リコリス・ヘンダーソン暗殺部隊)
   ブイン基地『天龍(203)』『那珂ちゃん(203)』『大潮(203)』『如月(203)』『電(203)』『深雪(204)』
  ラバウル基地『龍驤改二(TKT)』『絶滅ヘリ “大往生” (TKT)』『羽黒(TKT。遺影のみ)』
 ショートランド『多摩(第八艦隊)』『あきつ丸改(第七艦隊)』

 B隊:(泊地凄鬼攻撃部隊)
   ブイン基地『ストライカー・レントン(201)』『愛宕(201)』『金剛改二(202)』『電(202)』『赤城(203)』『古鷹(203)』『漣』
  ラバウル基地『ラバウル聖獣騎士団』『那智改 (TKT)』『妙高改 (TKT)』『那珂ちゃん(無表情)』
 ショートランド『金剛改二(第八艦隊)』
     輸送艦『ウルザ』『テイザー』『フレイアリーズ』『アドミラル・ガフ』

 C隊:(超長距離支援部隊)
   ブイン基地『201艦隊のストライカー・レントンおよび愛宕以外の全艦艇』
 ショートランド『伊8(第七艦隊。アルマゲドンモード起動済)』
     輸送艦『ダリア』『クリスティナ』『ウィンドグレイス』『ボウ』

 本日の戦果:

 情報が錯綜しています。確定ではないので記載できません。
 
 各種特別手当:

 大形艦種撃沈手当
 緊急出撃手当
 國民健康保険料免除

 以上


 本日の被害:

 情報が錯綜しています。確定ではないので記載できません。

 各種特別手当:

 入渠ドック使用料全額免除
 各種物資の最優先配給

 以上








 本日のNG(遅れに遅れまくったお詫びとして誰得の設定資料集一部公開します2)シーン

 没キャラ軍団再び


 戦艦レ級

 はい閣下。ご安心ください。
 当SS内および、番外編の有明警備府~内において、戦艦レ級は、ノーマルからフラグシップ級まで、一切登場させない事をここにお約束いたします。

 深海凄艦側の概念実証機的存在。

 人類を排除するのに、わざわざ巨大で強力な艦娘と真っ向から戦う必要はないのでは? という疑問から開発された深海凄艦。
 人型の部分は全長百数十センチ、長大な尻尾を入れてもせいぜいが数メートル程度の、現在確認されている中では最小の個体。
 超展開中の艦娘の艦内に侵入して内部から艦娘を破壊、あるいは後方や人口密集地帯での撹拌工作を主任務とする。
 そういった運用思想のため、艦娘や鍋島Ⅴ型との戦闘は最初から考慮されておらず、ぜいぜいが飛来する小さな破片を防ぐ程度の防御力と、圧縮保存(艦娘)状態の艦娘を素手で引き裂く程度の馬力しか有していない。
 この小柄な深海凄艦の存在こそが、奇しくも第四世代型――――等身大の艦娘に、従来の戦艦クラスの戦闘能力を。というコンセプト――――の艦娘開発が始まるきっかけになった。

 これどこのPlan1211よ。



 兵装実験艦娘『夕張』

 ブイン基地本編においては、天龍の見た初夢の中に一単語だけ登場。
 兵装実験艦の名の通り、軽巡洋艦でありながらも、様々なデバイスやパーツを接続するため、正規クウボ級の大規模な展開・圧縮機能と大容量のシステム資源を有する。
 戦闘中においては、作戦前にプリセットしておいた情報を呼び出して艦体各所に展開・圧縮を実行する事で艤装や各種デバイスの換装作業をごく短時間で完了させる事ができる。
 デフォルトで登録されているのは、
 最も夕張らしい動きの出来る『/ZERO』
 最も近接戦闘に特化した『シュナイダー』
 最もメカロボしている『イエーガー』
 最も戦闘艦らしく砲雷撃戦に強い『パンツァー』
 の四種類だけであるが、提督諸氏のカスタムセットの追加や変更も可能である。
 また、拙作『艦これ(等身大)×艦これ(原寸大)でクロスしてみた』に出す予定だった方の夕張さんは『お前にふさわしい夜戦装備(カットイン)は決まった!』と決め台詞を叫んで、いちいち艤装の説明をしながら装備を付け替えて攻撃します。

 お前らはどこの機獣新世紀&黒い風だ。



 比奈鳥ひよ子(没バージョン2)

 カレー食って寝ぼけたひよ子 ①青白
 伝説のクリーチャー - 人間・提督
 0/2

 発生源がカレー食って寝ぼけたひよ子にダメージを与えるたび、そのダメージに等しい数の現実感・カウンターをこのクリーチャーの上に乗せる。
 カレー食って寝ぼけたひよ子の上に、現実感・カウンターがX個以上乗せられている場合、それの上に置かれた現実感・カウンターをすべて取り除き、それと同じ数の忠誠心・カウンターを乗せた状態で変身させる。Xは、あなたのライフの数に等しい。
 T:クリーチャー1体を対象とする。それをタップする。


 目覚めたひよ子
 プレインズウォーカー - ひよ子
 初期忠誠心:0

 +X:『T:あなたのコントロールする艦娘1体を対象とし、それをさでずむする。その後、そのクリーチャーをタップまたはアンタップする』と書かれた、白であり黒である『ひよ子』という名前の1/1の人間・提督・クリーチャー・トークンをX個、あなたのコントロール下で戦場に出す。
 -X:対戦相手1人とあなたを対象とする。2人は、その合計がちょうどXリットル以上(※ただし、いずれかのプレイヤーが1リットル未満になるのは認めない)になるように比叡カレーを食う。生き残った方がこのゲームの勝利者になる。その後、あなたはこのゲームに使用していないカードの中から、最大X枚のパーマネント・カードを探し出し、戦場に出しても良い。


 ひよ子は、極めてユニークなプレインズウォーカーです。
 彼女は他のプレインズウォーカー達や在野の呪文使い達と異なり、生物呪文や精神呪文、他の生命を害するような魔法を使いません。かといって、魔法の機械(アーティファクト)を使っている訳でもありません――――厳密には違いますが。

 彼女の生まれ育った次元世界『地球』において、彼女はとある小さな島国の軍人でした。ひよ子は海の底から現れる、深海凄艦と呼ばれる巨大なクリーチャーの群れを相手に、地球独自の発展を遂げた奇妙なアーティファクト・クリーチャー『艦娘』らと共に世界の海の平和を守って来た、優れた戦士であり指揮官でした。
 ある日、ひよ子は彼女の部下でもあり兵器でもある艦娘の1人である比叡から、夜食の差入れを受け取りました。夜食の内容はひよ子の故郷の民族料理である『Hiei's curry』と呼ばれる物体でした。
 それを一口食べた時の衝撃で彼女は火が入り、ほとんど幽体離脱同然で他の次元へのプレインズウォークを果たし、運よく帰って来れました。

 ひよ子は火の入ったプレインズウォーカーでありながら、他の次元世界や並行宇宙の存在を認知していません。幽体離脱のようなプレインズウォークで次元を渡り、その先の次元での出会いや発見などは全て眠っている時に見た泡沫の夢であるとしか認識していません。ですので、元の身体に意識が戻って来た時には、ほとんど何も覚えていないのです。

 後付設定が必要になった時のためにここまで後付で考えたけど、別に出す必要ないし出す予定も無いね。という理由で全て没に。

(今度こそ終れ)



[38827] 【不定期ネタ】嗚呼、栄光のブイン基地【艦これ】
Name: abcdef◆fa76876a ID:3aa9db6f
Date: 2015/06/10 20:00
※お前の嫁艦は死ぬ
※おれの嫁艦も死ぬ
※どうせみんないなくなる

※ど う せ み ん な い な く な る 
(2015/5/26初出。5/29、6/10、大丈夫だと言っておきながら誤字脱字&本文の一部修正)




 いつか、静かな海で――――


                      ――――――――対深海凄艦戦争当時、各国の艦娘に行われた将来に関する質問で最も多かった回答







【なぁ、司令官】

 ちょうどその時、目隠輝少佐のいるA隊はただひたすらに直進していた。

【? ……おーい、司令官ーん。司令官ってばー!】
「うわぁ!?」
【うわぁ!?】

 少し大きな声で深雪の立体映像が、己の艦長席に座る輝に声をかけた。それに対して思わず肩をびくりとさせて飛びあがった輝に、逆に深雪の方がびっくりした。

「……あ、ああ。なんだ、深雪か。びっくりさせないでよ」
【それはこっちのセリフだよ。さっき井戸少佐から、砲撃・雷撃戦の準備しとけって通信、入ってたじゃん。どうしたのさ】
「あ、ああ。そそうだったね。ごめんごめん」

 あはは。と乾いたように力無く笑う輝に、深雪が怪訝そうな顔をした。

「……怖いんだ。戦うのが」
【怖い?】

 何を今更。
 深雪はそう思った。デビュー戦では戦艦ル級と一対一。その後いくつか続いた実戦でも、その全てを何とか済ませてきたではないか。と。

「うん。僕はさ、ここに来るまで、深海凄艦との戦争なんて、本や戦意高揚映画の中でしか見た事なかったんだ。だからこっちに来る前に本とかいっぱい読んで勉強したんだ。でも、でもさ、どの本にも載ってたんだ。大規模な敵泊地――――大巣穴の攻撃作戦からの平均生還率は、僕が生まれる前の消費税よりも低いんだって」
【……】
「しかも僕達が参加しているこの作戦は泊地 “攻撃” じゃなくて “破壊” だ。今よりもずっと大規模な戦力を集めて、何度も何度も繰り返して、それでもたったの3回しか成功させていない、奇跡みたいな作戦なんだ」
【だからって……!】
「だからって、ここで逃げ出すようなことはしないよ。深雪。それは約束する。深雪も言ってたでしょ。あの夜――――戦艦ル級と戦ったあの夜に。逃げるな、戦えって。だから僕は逃げないよ」

 戦って、勝って、生き残って。そして家の皆に認めてもらうんだ。と輝は締めくくった。普段通りの音量と口調だったが、そこには並々ならぬ決意が秘められている事が、深雪にははっきりと感じ取れた。
 そして、少しおどけたように輝は付け加えた。

「それにさ、井戸少佐達が頑張ろうとしているのに、僕だけが何もしなくてもいいっていうのは、ちょっとね」
【……あー。それは確かに】
『大往生よりA隊全ユニットへ。大往生よりA隊全ユニットへ』

 ちょうどその時、名誉会長の乗る大往生から通信が入った。

『大往生よりA隊全ユニットへ。敵集団C2の誘導に成功。交戦開始。急いで進撃するがよい』

 A隊中では最速ユニットの絶滅ヘリ『大往生』の単騎突出により、艦娘達の針路上にいる敵防衛部隊を誘導し、あるいは撃破して敵防衛網に間隙を生み出し、A隊は余計な戦闘や進路変換をせずに、真っ直ぐにガダルカナル島に向か逢って進んでいた。

【司令官】
「うん。深雪、増速準備お願い」
【オッケー!】
『……なぁ、井戸?』
『……天龍、何も言うな』

 自我コマンドで艦体各所に命令を出していた深雪の通信機に、A隊のリーダーを務める井戸と、彼の乗る艦隊総旗艦の軽巡娘『天龍』の呆れたような声が聞こえてきた。

『なぁ、もうみんなあのヘリ乗せてもらってさ、そのままガ島まで突っ走った方が良かったんじゃねーの?』
『……言わんでくれ。俺だって、今気が付いたんだ……』

 いったい何事かと思った深雪が光学デバイスを最大望遠で向けてみたその先。
 そこには、無数の深海凄艦らの対空砲火を紙一重で避け続けつつ弾幕を張る、名誉会長の乗る『大往生』の雄姿があった。
 およそ人類製のヘリコプターの取れるようなマヌーバではなかった。新種の飛行小型種か、あるいはどこぞの超攻撃的文明の宇宙戦闘機ですと言われた方がまだ違和感のない回避機動だった。

『弾幕が! カスリが!! カスリ点が私を呼んでいる!!!』

 何故だ。何故わざわざ対空砲火の密度の濃い方に突っ込んでいくのだ。
 A隊の誰も彼もがそう思っていた。

『ハッハー! まだまだBUZZるぜ! メルツェェェル!!』

 誰だ。メルツェル誰だ。
 A隊の誰も彼もがそう思う那珂、色々とアレなテンションの名誉会長を除いてA隊は、粛々とガダルカナル島までの海路を進んでいった。

『大往生よりA隊全ユニットへ。敵集団D1がそちらに接近中。距離的にも、恐らくこれが最終防衛ラインだと思われる。誘導は不可能。いよいよもって殲滅するがよい』
『了解。Aリーダーより各ユニット。聞こえていたな。我々の目的はあくまでもリコリス飛行場基地だ。雑魚には構うな!』
『『『了解!!』』』
『MidnightEye-01よりAll_A_unit, MidnightEye-01よりAll_A_unit.』

 A隊の面々の力強い返答と同時に、C隊の航空支援部隊から通信が入った。

『貴君らを支援する戦闘機隊および爆撃隊は空中補給機Reverse-WOPからの補給を完了。現在移動中。爆撃隊のBalmung小隊は既にD1に対して、はげたか級反応弾頭ミサイル『スレイプニル』を発射している。5分後に着弾予定』
『A隊井戸了解。終末誘導は予定通りこちらが受け持つ』
『それと、先程B隊から緊急連絡が入った。泊地凄鬼の主砲を無力化したとの事だ』
『『「おおっ」』』

 井戸達が歓喜する。

『因みに、その他のB隊のメンバーの状況は?』
『現在交戦中。それ以上の詳しい状況を聞く前に、周辺海域のパゼスト逆背景放射線濃度が急激に上昇して通信が途切れた。A隊は予定通りミッションを遂行してくれ』
「了解。聞こえていたな。各艦、砲撃・雷撃戦用意。隊列は一度輪形陣を解除し、単縦陣に移行。ミサイルの撃ち漏らしから狙え。攻撃のタイミングは航過中のみ。その後は再び輪形陣に移行する。取りこぼしは名誉会長とC隊の航空戦力に一任する!!」
『『『りょ、了解!!』』』
『我々の目的は基地の破壊だ。魚雷の出番は無い。全弾くれてやれ!』

 井戸達が増速を始める。頭上遥か高くを飛ぶMidnighteye-01からの戦術情報と照準補正処理を受けて、精密照準を開始。井戸の号令で全ての艦が全てのノーマル酸素魚雷を吐きだす。数分間の静寂。

『……ここまで来たら、もう迷う事は無い。目の前に進路があればただ進み、目の前に深海凄艦がいればただ撃破するのみだ』
『? 井戸?』
『俺も腹を括ったさ。天龍、この戦いが終わったら、前から話してた通りに軍を抜けよう。書類はある。203は目隠少佐に引き継いでもらって、また、昔みたいに二人で暮らそう』
『ファーッ!?』

 天龍が上げた奇妙な悲鳴(?)が、A隊各艦の艦内に響き渡った。無線越しに聞こえてくるガシャコンガシャコンという奇妙な金属質の重低音は恐らく、動揺した天龍が無意識の内に水密隔壁を開けたり閉めたりしているのだろう。機械耳をピコピコさせるのと同じ要領で。

『ちょ! 井戸少佐!? それ死亡フラグ!!』
『ていうか井戸プロデュ、提督ー。那珂ちゃん、提督が退役とかそんな話全然聞いてま……げほっ、げほっげぼっ……聞いでまぜんよ!?』

 そしてA隊の――――というか主に203の面々が騒ぎ始めた那珂、ミサイル群が敵集団の真上から着弾し爆発。続けて、魚雷による爆発混じりの水柱。
 井戸よりも先に天龍が照れ隠しに叫ぶと同時に、勝手に増速を開始。

『か各艦、最大戦速に増速! 突撃!!』
『勝手に増速するな! 陣形を崩すな!!』

 彼らが姫と遭遇するまで、あと、十数マイル。





 ちょっと最近投稿前の推敲足りないんじゃあないかなーと思い、月一投稿のゲッシュを破って書いてみました。なので今後は誤字脱字率多少は改善されると思います。多分。その分投稿期間は激長になりますが。あ、そうそう。何事も無ければ次回で最終回です。の艦これSS

『嗚呼、栄光のブイン基地 ~ 鉄底海峡③ Many Fleet Girls / And then there will be none』





 2人の金剛との戦闘中、鬼は突如として背筋を走った冷たい予感に従い、咄嗟に上半身全てを使って首を無理矢理胸のあたりまで下げた。
 かちっ。
 今の今まで鬼の首があったあたりで、赤城が歯と歯を噛みあわせる乾いた音が一瞬だけ鳴り響いた。

『……チッ』

 赤城の小さな舌打ちに思わず鬼がそちらに振り返った時にはもう、赤城は音も波紋も無く水面を飛び跳ね、鬼の死角へと移動していた。
 一瞬だけ赤城と目があった鬼は、顔には出さずに恐怖していた。
 あの眼はよく知っている。
 艦娘なんて影も形も存在していなかった頃、あの島々(ハワイ諸島)で、襲い来る人間達を返り討ちにしていた頃の同胞達と同じ目だ。
 敵意も悪意も憎悪も無い。戦意も、戦闘時特有の高揚感も無い。ただ純粋に、距離と状況を見極めるだけの目付きだ。
 敵と戦う戦士の目ではない。

 Predatorの目だ。

 コイツは、自分をヤシガニか何かのように狩るつもりでいる。
 背後を振り返らず、概念接続で質問信号を送る。
 10秒近いタイムラグの後、信号を送った全ての護衛ユニットから、現在戦闘中との報告が返る。

「!?」

 その返答に鬼が思わず背後を振り返ると、そこでは乱戦が繰り広げられていた。
 TKTラバウル支部の妙高が、ブイン基地のメナイ少佐と愛宕(メナイ少佐は『ハナ』と呼称)が、ラバウル聖獣騎士団の駆逐艦娘達が、こっそりと合流していた那智が、201の通常戦力が、基地司令代理の漣が、202の電が、
 その誰も彼もが、鬼の周りから護衛を引き剥がすようにして格闘戦を挑んでいた。その結果、鬼と正面から対峙している二隻の金剛改二と、当の鬼こと泊地凄鬼の周りには空白の海域が現れた。あたかも格闘技のリングのような空白だった。
 奇しくも、シナリオ11にて伊勢と日向が鬼に挑んだ時と、ほぼ同じ状況だった。

「ォ」

 そして、シナリオ11と違い、金剛達はたった2隻だけで挑んでいる訳ではなかった。
 改二型艦娘や正規クウボなどの、シナリオ11当時よりもずっと高性能な艦娘も何隻もいるし、鬼も万全とは言えないような状態だった。
 人の形をしている上半身こそまるで無傷のままだったが、鬼最大の脅威である主砲は接合部を食いちぎられ、ぶっとい動力ケーブルだけでプラプラと宙に揺られている状態だったし、鬼の『奥の手』があるカヌー型の下半身も上半身に格闘戦を仕掛ける際の足場にされたり踏み台にされたり、ミサイル砲雷撃が散々に直撃したおかげで、随分と酷い有様になっていた。
『奥の手』自体も、原型こそ残っていたものの、手首から先はもうほとんど使い物になりそうになかった。

「……ォノレ」

 ここまで追い詰められた己の不甲斐無さに苛立ちつつも、鬼は歯を食いしばって救援要請をCallする。
 こんなところで切るような安い札ではなかった。出来ればもっとクリティカルな局面で使いたかったと思いながらも。

「……ォノレ、ィァイマシイ、ァンムス、ドモ、メ……!!」

 かすれた声で鬼が叫ぶ。
 2人の金剛が同時に左右の拳を振り上げ、二人同時に正面から飛び掛かる。

『Youの『奥の手』はもう使い物にならないネぶぅ!?』
『デスバッ!?』

 そして、2人同時に蹴り飛ばされた。
 カヌー状の下半身――――に見えたウェポンユニットを脱ぎ捨てて、完全な人型になった泊地凄鬼のすらりと引き締まった真っ白なおみ足が、残像すら残らぬ速度で2度、鞭のように振るわれたのだ。

「゙ッタラ『奥の足』ダ!!」

 かすれた声で鬼が叫ぶと同時に、再び背後の死角から、右のアキレス腱を狙って地を這うようにして音も無く飛び掛かって来た赤城を、脱ぎ捨てられたウェポンユニットが殴り飛ばした。




「見えたぞ! リコリス飛行場基地だ!!」

 夜闇に包まれた水平線のあたり。ただの真っ暗としか表現できない暗闇の中でも、電子的に増感された天龍の視覚野にはガダルカナル島の輪郭と、その前方の海に立つ、深海凄艦群の姿がはっきりと映っていた。

『MidnightEye-01よりAll_A_unit, MidnightEye-01よりAll_A_unit. PRBR検出デバイスは原因不明のオーバーフロー状態で機能していないが、レーダーに反応あり。基地近海に敵影確認。空母ヲ級が7、8、9……総数12』
「A隊井戸了解」
【A隊総旗艦『天龍』よりA隊各艦。対地攻撃準備。弾種、多目的榴弾。攻撃目標はレーダー、SAMサイロ、ヲ級、対空砲、要塞砲、それ以外。攻撃優先順位も今の通りだ。通信施設は深海凄艦が使えるのかどうか不明だが……まぁ、念のためだ。とりあえず破壊しておけ】
『『『了解!!』』』

 井戸の指示を聞きながら、天龍が自我コマンドを入力。MidnightEye-01より入ってきた情報を元にして、戦闘系に命じて各艦の攻撃目標のターゲッティングを振り分けていく。

「航空支援と同時にこちらも攻撃を開始する。敵防空網を制圧しろ! あきつ丸の突入部隊に赤絨毯を敷いてやれ!!」
『MidnightEye-01よりAll_A_unit!! MidnightEye-01よりAll_A_unit!! 前方の空母ヲ級群より飛翔体の分離を確認!! 総数不明!!』

 空母ヲ級群から次々と艦載機が吐き出されていく。ヲ級の少女型ユニットの頭部に乗っかっている、異形のクラゲ様の器官の内外に寄生している飛行小型種が、次々と。次々と。

【PAN, PAN, PAN, MidnightEye-02よりAllAircraft. レーダーコンタクト。ボギー6、10、20……どんどん増えてるぞ。ターゲットマージ。ヘッドオン】

 通信が入ると同時に、井戸達の頭上高くを、十数機のジェット戦闘機が音を置き去りにしてフライパスしていった。C隊所属のメナイ艦隊麾下の航空隊だ。機種がてんでバラバラなのは、それがブインのコンビニこと第201艦隊だからだろう。

【MidnightEye-02よりALL Aircraft. ボギーの種類を複数検知。敵ヲ級から飛翔したのは通常の飛行小型種と、アンノウンの二種類。アンノウンは全長5メートル程度の超小型種。形状は通常の飛行小型種とほぼ一致している。詳細は不明。それとリコリス基地の滑走路より、リコリス防空部隊のDelicatessen, DinnerBell, および例の超音速型の離陸を確認した。要警戒されたし】

 01と違って、対空早期警戒に特化しているMidnightEye-02から航空機部隊へと警報が送られる。
 深海凄艦の飛行小型種と人類製の戦闘機が肩を並べて空を飛んでいるという異常事態を前に、誰も何も言わなかった。恐らくは、薄々と感付いていたのだろう。あの飛行機には『誰が』乗っているのかではなく『何が』載っているのかを。

【Wiseman-leader了解。Engage offensive. 各機続け。シーカーオープン。ロックオン】
【HappyDays-leader了解。Engage offensive. 小隊各機、我に続け。一度雲の上に出るぞ】
【SweetMemories-leader了解。我々はリコリス防空隊からやる。シーカーオープン。ロックオン。FOX2、FOX2】

 戦闘機部隊から一斉に対空ミサイルが発射される。数秒間の直進、曲進、爆発に次ぐ爆発。
 リコリス防空隊と超音速機を狙って放たれたアクティブ・ホーミングミサイルはしかし、数だけは多い全長5メートル程度の超小型種――――北のアッツ島と、本土を襲撃した例の羽虫だ――――の群れが盾となって阻まれた。
 ミサイルを撃ち尽くし、Uの字の飛行機雲を引いてミサイルの補充に戻ろうとする戦闘機部隊に、黒い雲か何かとしか思えないような数の飛行小型種が殺到する。
 井戸達の頭上、低く垂れこめる雲の上で爆炎と飛行機雲が頭上で複雑怪奇な曲線模様を作り出れていく。

【クソ、こいつら……! 数が多い!!】
【ミサイル全弾射耗。GUNによる近接戦に移る。ドッグファイトは極力避け、一撃離脱に専念しろ。数の差は速度で塗りつぶせ!!】
【攻撃機Balmung隊よりAll_A_unit. 支援要請。ヲ級の排除を優先してくれ。上空からのアプローチは不可能と判断した。超低空飛行からミサイルを発射し、直接基地施設の破壊を狙う。繰り返す。支援砲撃要請。ヲ級を最優先で排除されたし】
「A隊井戸了解」

 支援要請する側とされる側が逆じゃないのかと井戸は思ったが、支援要請の内容は納得が行くものだったので、即座にA隊の面々に目標変更を通達した。
 ここでヲ級を見逃せば、その巨体を使って盾となる可能性が高いからだ。そうなる前に艦砲射撃や魚雷で仕留められれば上等だし、仕留めきれずともある程度の拘束は可能だ。そのわずかな時間さえあれば、攻撃機部隊は持てる火力を集中させて基地のレーダーサイトや防空設備を叩く事が出来る。そうすれば、今度はこちらが楽になる。
 井戸が無線で発する。

「A隊各艦に告ぐ。目標変更。新目標、空母ヲ級群! 全艦データリンク照準!!」

 天龍のメインシステム戦闘系が割り振ったターゲットの諸元を受け取った各艦と、そこから10秒遅れで輝の乗る深雪から、砲撃準備完了の報告が入る。

「撃ち方、初め!」
【全艦、砲撃開始!】

 井戸が射撃指示。天龍が激発信号をトリガ。他の各艦の主砲も一斉に火を噴く。
 音をおいてけぼりにして空中を突き進む多目的榴弾の群れはただの一発たりとも狙い違わず、空母ヲ級との直撃コースを飛んで行き、そして、空母ヲ級の頭部にある異形のクラゲ様の器官から伸びている、その太く逞しい二対の触手によって、その全てが空中で迎撃された。

『『『【「!?」】』』』

 井戸の記憶にフラッシュバックする光景。
 かつて、如月と共に対峙したことのある深海凄艦。

「空母ヲ級の……突然変異種だと!? 天龍――――」
【応よ!】

 井戸が言い切るよりも先に、天龍が対空砲でヲ級の一匹に向かって弾幕を張る。狙われたヲ級は顔色一つ変える事無く、触手を機敏に正確に動かして、直撃コースにあった全ての機関砲弾を迎撃する。主砲と対空砲の波状攻撃に耐えきれなくなった触手が千切れ飛ぶも、その端から触手は自己再生を続け、絶対防空圏を維持し続ける。

『撃て、何でもいいから兎に角撃ち続けるんだ! ヲ級の迎撃を全部こっちに集中させろ!!』
『Balmung-01、FOX1』
『Balmung-02、FOX1』
『Balmung-03、FOX1』
『Balmung-04、FOX1』
『Balmung-05、FOX1』

 無線に割り込んだ佐々木少佐の叫びに反応したA隊の面々がそれぞれヲ級にあらん限りの弾薬を投射して、ヲ級の意識と注意を最終爆撃コースに乗っているBalmung隊から引き剥がそうとする。
 そして、放たれた5発のはげたか級戦術反応弾頭ミサイル『スレイプニル』は、幸運にも5発すべてが咄嗟に触手を振るったヲ級の防空圏をすり抜け、基地の対空砲に喰われることも無く着弾。
 砲炎の照り返し以外には何も光源が存在しない、ブ厚い曇り空の真夜中の真っ暗闇の中に、昼間のように明るく、そして巨大なキノコ雲が5つ連続して立ち上った。
 戦域の遥か高空にて超低速の8の字飛行をしつつ待機していたMidnightEye-01より、爆撃評価が入る。

『MidnightEye-01. Nicekill! SPRASH-2!! レーダー、通信塔、SAMサイロ、対空砲、要塞砲、メイン滑走路のおよそ2割! これらの確実な破壊を確認!!』
『『『『『YEARRRR!!!!』』』』』
【「よっしゃあ!!」】

 その大戦果に、A隊の誰も彼もが大歓声を上げる。A隊本来の目的である姫本体の捜索と暗殺はまだ終わっていないというのに、随分と気が早い事である。


『――――アラ、トテモ、タノシソウネ』


 割り込み通信。
 聞いた事の無い、奇妙なイントネーションの女の声。
 発信源は、今しがたの爆心地――――リコリス飛行場基地からだ。

『ワタシモ、ゴイッショ、シテモ、イイカシラ?』

 その一言と共に、A隊の各機各艦に搭載されている、新旧全てのPRBR検出デバイスが小爆発を起こして沈黙した。
 直後、リコリス飛行場基地から爆発。一見するとただの光の爆発にしか見えなかったが、前の職業柄、艦娘のアレコレについて何かと詳しい井戸にはそれが、艦娘と提督の『超展開』時に発生させる純粋エネルギー爆発に酷似している事に直感的に気が付いた。
 燃え盛るミサイル爆発の炎すら吹き飛ばす圧倒的な閃光が晴れたその後。
 ガダルカナル島を挟んで井戸達とは反対側の海中に潜伏させていた巨大な桃色の球体群――――後の浮遊要塞――――を背後に引き連れ、そいつは、

「……あ」

 そこに、いた。






 時は少し巻き戻る。

「……」

 鬼こと泊地凄鬼との短い戦いを経て、赤城は彼我の戦闘能力に文字通りの意味で、比べ物にならない程の差があるとはっきりと認識できた。
 クウボ特有の高解像度視覚野に大雑把な補正処理をかけて今までの戦いを数秒間だけのシーンを切り取ってリプレイしてみてもそれは明らかだった。拳の握り方一つも知らなかった。鬼どころか、その鬼とまともに何合も打ち合っている金剛達の足元にも届いていない事もハッキリと分かった。故に赤城は、鬼と戦う事を止めた。
 鬼を狩る事にしたのだ。
 かの偉大なる地上最強の生物の『持ち味をイカせ』という金言に従い、己の最も得意とする方法を取ったのだ。
 マジメに戦う必要などない。
 結果として鬼を殺せればそれで良いのだ。

(……鬼が分かれた。別個に動いているけど、本体はやっぱり上半身の方かしら? セオリー通りなら指揮系統の集中してそうな上半身から潰すべきだけど……下半身の方も無視もできないわね)

 半壊状態で、主砲も無いとはいえ、それでも今なお元気よく暴れまわる下半身に、B隊の面々が振り回され始めていた。このまま放置すれば隊形が崩れて、数の差ですり潰されるのがオチだろう。
 赤城は一度、自身の右手をちらりと見遣る。
『奥の手』に殴られた際に、咄嗟に右腕を盾にしつつ自ら飛んでダメージを最小限に抑えたとはいえ、それでも無視できるような被害ではなかった。盾にした右腕は、一見まともに見えるが小さな痙攣を繰り返すだけでもう、まともに動いてくれない。

(痛覚信号をカットしておいて正解ね。古鷹ちゃんみたいに割り切れるのが一番良いんだけれども……)

 完全機械化された右腕を無くしながらも、今度は完全機械化された左足に搭載されたノーマル酸素魚雷や、反動抑制用のアンカーパイル(火薬式)で鬼の護衛部隊と戦う古鷹を横目で見つつ、赤城は金剛に短く囁いた。

『金剛さん。少し時間を稼いでください。あの下半身から先に仕留めてきます』

 2人の金剛が返事をするよりも先に、赤城は、巨大な腕の生えた死人色のカヌー状の下半身の暴走を止めるべく、再び水面の上を音も波紋も無く走り始めた。ちゃんと赤城の姿は見えているはずなのに、少し目を離すとすぐわからなくなるほど気配が溶け消えていた。

『了解!!』
『デース!!』

 ブインの金剛の右フックが泊地凄鬼の脳天を右から襲う。
 鬼はそれを軽くスウェーして腕の外側に回避しつつ、至近距離からの右足によるアッパーカットで金剛の顎を狙撃。金剛自体は無事だが、彼女と同調している水野が脳が揺さぶられる幻覚に襲われ、それに連られて艦体としての金剛もふら付く。

「フン!」

 天高く掲げられたままの鬼の右足が、薪割り用の斧の如く重く鋭く振り下ろされる。ハイキックから繋げるカカト落とし。数瞬だけとはいえ、意識と頭がフラついていたためガードは間に合わず、鬼のカカトが金剛の左肩に吸い込まれる。
 骨格ユニットの砕ける音と衝撃が鬼の足にも確かに伝わってきたが、何かカラクリがあったのか、その足を両腕でしっかりとホールドされた。

「ホゥ」
『デース!!』

 そして鬼がブインの金剛に気と重心を取られたほんのわずかな隙間を縫って、腰を低く落として鬼の視覚から外れたショートランドの金剛が、ブインの金剛の背後をすり抜ける様にして鬼の残された左脚にダッキングを仕掛ける。両脚を押さえて移動を封じてしまえば、あとは周囲の仲間が寄って集ってフクロにしてくれる。そういう戦法だ。
 だが鬼は、ブインの金剛に拘束されたままの右足を軸にして飛び上がり回避。ご丁寧にもショートランドの金剛の後頭部を踏み台にしての所業だった。
 そして鬼はそのまま金剛の両肩の上に着陸した。傍から見ていると、ブインの金剛が鬼を肩車しているようにしか見えない。しかも向きがアブナイ。金剛の顔が鬼の股間に来ていた。それもどアップで。

 ――――おぉっ!?
【提督ドコ見てるデース!!】

 瞬間的な嫉妬に怒り狂った金剛が次のアクションを仕掛けるよりも先に鬼が反撃。
 白くすらりと引き締まった、それでいて実際に触れてみればむちむちとした肉感的な両太ももでブインの金剛の頭を挟み込み、身体全体で金剛の背後へと倒れ込む。2人分の体重により、重心が頭上よりも高くなった金剛も連れられて後ろに倒れ込む。

 ――――このまま叩き付ける気か!
 【させませんデースッ!?】

 水野と金剛が咄嗟にブリッジで防御しようとするも、肩に置かれた鬼の足がそれの邪魔をした。ならば先に叩き付けてやると思って手を握り直そうとしたその時にはもう、鬼は拘束を蹴って解いて空中に逃れていた。
 上下そのままに落ちる鬼と、ガードも受け身も取れずに後頭部から浅瀬の海底に叩き付けられたブインの金剛。どちらのダメージが大きいのかなど、言うまでも無かった。
 鬼はすばやく立ち上がり、残ったショートランドの金剛と正対。
 拳を握ってファイティングポーズを取り、左半身を前にしてジャブの連打で牽制。ショートランドの金剛との距離を一定に保ったまま、それ以上近づけさせない。
 鬼が一歩引く。金剛がそれを詰めようと打たれながらも前に進む。その繰り返しだ。

『デース!』

 特殊デバイス『ダミーハート』最大の利点は、提督不在のまま超展開を実行できるところにある。
 単純な字面からは想像し辛いが、これは恐ろしく大きな利点である。従来の提督との超展開では、提督自身の素質と適性によって運用可能な艦娘が限定されていたが、このダミーハートにはそれが無い。それを嫌う艦娘や提督が一定数存在するし、艦娘単独で作戦運用が可能になるというシステムの都合上、反乱でも起こされたら目もあてられないというデメリットも存在しているが、愛しの提督と一緒に拠点防衛に専念するなり自爆装置をもう一つ増設するなりという手段でそこはカバーできるので、開発元のTKTではさしたる問題とはみられていなかった。
 このデバイス最大の問題は、提督が不在というその一点に尽きる。
 ダミーハートは、提督不在でも艦娘が『超展開』出来るようになるだけのデバイスでしかないのだ。間違っても、場数を踏んだ提督の代わりに艦隊の指揮が取れるわけでも、修羅場を潜り抜けてきた歴戦の艦娘のように優れた戦術眼を持っている訳でもないのだ。
 鬼が一歩引く。金剛がそれを詰めようと打たれながらも前に進む。

『デース!』

 故にショートランドの金剛は、それが鬼による誘導だという事に、気が付かなかった。
 ショートランドの金剛は、いつの間にか背後に立っていた何者かに殴り倒された。

『デ、デースッ!?』

 レーダーには何も映っていなかったのに。PRBR検出デバイスにも新しい反応は無かったのに。
 ショートランドの金剛がそう思って背後に振り向いた矢先にようやくPRBR検出デバイスにhit. 数は1。感度がおそろしく低く、そのために発見が遅れたようだった。特徴的な波形と数字だった。脅威ライブラリ内の該当データ、1件。
 戦艦ル級の突然変異種。

 ――――【だ、ダ号目標だと!?】
『こ、金剛さ――――!?』

 ダ号目標の出現に気を取られた赤城が、着地地点で足を止めた。
 動きの止まった赤城の右足を、二体目のダ号目標が両腕で握り潰さんばかりにガッチリとホールドする。

 ――――【二匹目ッ!?】
「……ィ、来タカ!」

 水野と金剛が驚愕する。
 鬼はかすれた声で歓喜する。
 かつて、ショートランドの伊8がリコリス基地周辺に散布した戦術神風から生き残った数少ない深海凄艦で、ブイン基地を襲ったプロトタイプとは違う、まさしく完成系(体重的な意味で)だった。
 ダ号目標の恐ろしさは、輝と深雪以外ならブイン基地の誰もが知っている。
 レーダーにもPRBR検出デバイスにも映らず、複数の扶桑型戦艦と加賀型空母らの全力攻撃を受けても無傷で済ます防御力と再生能力。そして、水野の乗る金剛を正面から破壊した圧倒的なパワー。
 赤城の右足を掴んでいる方のダ号目標が、その両腕を振り回し、赤城を何度も何度も海面に勢いよく叩き付ける。赤城は叩き付けられた衝撃を必死にこらえながらも、腹筋の要領で上半身を丸め、ダメージと遠心力を少しでも削ぎながら、左足で何度も蹴りを入れて拘束を外そうとする。無駄に終わる。
 赤城が自我コマンドを入力。全運動デバイスにマックストルクを命令。
 左の親指を狙って、丸めた背で噛みつく。

『ふんっ……っぎぎぎぎぎぎぎぎぎぬぐぐぐgががががががが……!!!!』

 その間にも赤城は振り回されるが、それこそ石にでも齧りついてでも離そうとしない。むしろ更に歯と首に力を込めて、曲がった針金をペンチで真っ直ぐに正す要領で、親指(無傷)を引き剥がしにかかる。
 そうこうしている内にダ号目標の動きが変わる。噛みつかれている方の手で赤城の顔面を海底に叩き付けて拘束し、もう片方の手で拳を握り何度も何度も殴り始めた。目や鼻を初めとする顔面は言うに及ばず、喉、鎖骨、女の子の大事なトコロ。
 そして、鬼に致命の一撃を撃ち込まれた肋骨越しの心臓。

『ッ!? ぁ』

 おもわず赤城が口を離す。ダ号目標は、かつてのブインの金剛の時のように、2発だけでは済まさなかった。
 何度も何度も、同じ個所を狙って拳が振り上げられ、振り下ろされた。その度に赤城が小さな悲鳴を上げ、痙攣をおこす。

『そこをどけ!!』

 護衛部隊の重巡リ級を片付け、メナイ少佐が乗る愛宕(同少佐はハナと呼称)が赤城の上でマウントポジションをとっているダ号目標の背後に、海水の抵抗を押しのけて駆け寄る。そしてその勢いのまま、超低空弾道の飛び膝蹴りでダ号目標の後頭部を急襲。ダ号の真横に着水した愛宕は腰にあるCの字状をした自由軌道ベルト上に配置された20.3センチ砲を一斉発射。ダ号目標が赤城の上から転がり押し出され、盛大な水柱が立つ。
 ダ号が立ち上がるよりも先に、愛宕がダ号の背後に立って腕をねじり上げる。

『無敵装甲だからどうした。人と同じ形をしている以上、人と同じ方法で無力化は出来る』

 力尽くで無理矢理拘束を振りほどこうとするダ号目標に対し、メナイ少佐と愛宕(同少佐はハナと呼称)は身体全体の力とウェイトを使って抑え込み、その動きを何とか拘束する。

『貴女の関節、ぱんぱか……ぱーん!!』

 愛宕の気合一閃、ダ号目標の肩から嫌な音が鳴り響き、拘束されていたその腕が力無くだらりとぶら下がる。恐らく、関節が外されたか破壊されたかしたのだろう。
 拘束の緩んだダ号目標がリアクションを取るよりも早く、愛宕は無傷のもう片方の腕も背中側にねじり上げて拘束。今度はダ号も死にもの狂いで抵抗してきたため、なかなか関節を破壊できなかった。

『メナイ少佐、そのまま!!』

 言うが早いか、倒れた姿勢のまま腕を上げた赤城がその腕に20cm砲を展開させて、ダ号目標の顔面に、左の目玉にその砲口を密着させる。
 発砲。
 即座に着弾。柔らかなゼリー状の硝子体に満たされた球体を押しのけるようにして――――眼球の1つすら破壊できないとは!――――眼下の奥深くから頭蓋の内側に侵入した多目的榴弾が炸裂する。
 砲弾が爆発してもダ号目標の外見上には変化が見られなかったが、二発目でその動きを完全に止めた。
 そして、第三世代型の深海凄艦が生きている限り生成され続ける抑制物質の生産が停止し、大気に触れると同時に即座に酸化して失活。今度は逆に、抑制物質に押さえつけられていた好気性の肉食バクテリアが獰猛に増殖を開始。綺麗な女性の形をしていたダ号目標をあっというまに酷い腐臭のするヘドロ状に分解し、機密保持を完了させる。

『無敵装甲? 超再生? どちらも知らない子ですね』
『あと一匹! 仕留めるぞ!』
「……ァサ、ェルカ!!」

 赤城と愛宕(同少佐はハナと呼称)が、残るダ号目標の元に向かう。鬼はそれを阻止しようと駆け出すが、第一歩目を踏み出すよりも先に足を引っ張られた。足首に大型艦用のアンカーチェーンが巻き付いていた。
 金剛が巻きつけたアンカーチェーンを引っ張る。鬼が顔面から盛大に倒れ伏す。

『Hey, F*ckin' bitch!! 私達を差し置いて、どこいこうとしてるネー!?』

 伝統と格式ある中指一本勃ちをしつつ、目に見えるような殺意鋭い眼差しでこちらを睨み付ける金剛を見て、鬼は即座に追撃を断念。目の前の強敵1人の殲滅に集中する。音も波紋も無く海面を飛び跳ねる赤城は、スタンドアロン稼働中のウェポンユニットと護衛部隊が何とかしてくれるはずだと信じて。

「……ノ、ィニゾコナイガ……!!」
 ――――【黙れクソ野郎!!】

 震脚一発で鎖を踏み切り、かすれた声で叫ぶ鬼が深く腰を落とし、カタのポーズをとる。
 セイケン・パンチ――――正規・軽問わず全ての空母娘が最初に覚えるカラテが金剛の腹部装甲を打ち据える。

 ――――【!?】

 外見上は無傷だが、衝撃が金剛の内臓を抜く。金剛はそれをこらえながら鬼の頬を右のストレートで打ち抜く。鬼が背後から盛大に倒れ込む。金剛は片膝をつくもすぐに立ち上がる。金剛の戦闘系が自動反撃。対空機関砲が近接信管付きの零式防空弾で弾幕を張る。それを嫌った鬼が距離を取る。仕切り直し。
 深海凄艦が、クウボのカラテを使ってきた。
 物理的によりも、精神的な衝撃の方が大きかった。

 ――――クソ! 龍驤にでも教わったのか!?
【言われてみれば、拳の構え方もそっくりデース】

 水野と金剛が主砲で距離を取って反撃するよりも早く、鬼が追撃。連続バク転で金剛の戦闘系とFCSに揺さぶりを掛けながら急接近。クウボ本来のバク転と比べれば圧倒的に遅かったが、その巨体からすれば破格の身軽さだった。
 金剛が本能的に拳を振るう。鬼は金剛の眼前で回転しつつ跳躍。頭上スレスレを飛び越える。背後に着地。金剛が振り返るよりも先に左肩に衝撃。関節を打ち抜くハイキック。メインシステム戦闘系より報告。先のカカト落としによる被害と相まって、左肩から先の機能が完全に死ぬ。さらに追撃。鋭く短いアキレス腱狙いのストンプキック。そのまま砕けよとばかりに左右の足首を打ち抜かれる。バランスを崩し、下がった首に吸い込まれる渾身の延髄切り。
 力の限り蹴り飛ばされた金剛の艦体が宙を飛び、勢いそのままに顔面から着水。盛大な水柱を上げた。
 今までのヘヴィーパンチャーな鬼らしからぬ、小細工とテクニック重視のスピードカラテ。どちらも高水準で纏められたカラテだった。
 強い。圧倒的に、強い。

【あんな大砲担いでたから、ノロマの的撃ち屋かと思えば、パワーもテクニックもtoo enoughtネ……!】
 ――――だが、龍驤ならなぁ!

 意識で吠える水野が自我コマンドを入力。艦体としての金剛を前進させる。
 鬼がジャブで牽制。 
 水野はそれを首をかしげるようにして紙一重で避け生き残った右腕一本で鬼の腕を叩いてダメージを蓄積させようとするも鬼の引き戻しが早くて失敗に終わるが勢いそのままに鬼の懐に潜り込もうとするのを見て鬼が右の膝で迎撃しようとしたその左足に水野が照準。
 金剛が全体重を掛けるとでも言わんばかりの力強さで鬼の左足をしっかりと踏みつけ、完全にその場に拘束する。
 逃げ足を踏まれ、一瞬たたらを踏んだ鬼の顎を金剛が右の拳で打つ。続けて右。更に右。
 鬼は上半身を振って逃れようとしたが、金剛が踏みつけている方の足を軸にして鬼の胴に至近距離から胴に蹴りを入れる。
 小手先の技など何もない、丸太を横薙ぎに叩き付けるかのような一撃だった。

 ――――龍驤でも! 他のクウボでも! 足が止まってればなぁ!! 別に怖くも何ともないんだよ!!

 超展開中の艦娘の総排水量を陸上でも支えられる、改二型の脚である。生半可な強度と出力ではなかった。蹴りの着弾時の衝撃波で、鬼と金剛の周囲の海面がビリビリと震えて小さな波が立ち、今のいままで涼しい顔をしていた鬼の顔が苦悶に歪み、身体自体も『く』の字に曲がった。だが、それでもその眼は闘志に燃えていた。
 鬼が拳を握る。振りかざす。それよりも早く金剛のボディブローが突き刺さる。

「……ァ」

 今度こそ、本当に、鬼の意識が一瞬飛ぶ。

 リコリスで龍驤が初めて見せた笑顔、初めて見た日の光、肌から伝わる水の流れ、風と肺呼吸に溺れた時の苦しさ、見覚えの無い景色、見覚えの無い船舶達、殺せ壊せと叫ぶ本能、主砲の固定触手を打ち抜く那珂ちゃん、日向の刀の煌めき、狙いは最後尾の駆逐艦、神経毒が身体を末端から腐らせていく幻覚、沈む夕陽、沈む船、沈む10の軍団、海の底で喉の傷を抑える自分、傷口とクナイの隙間から流れ出る命と血液、海底潮流の冷たさ、仲間達にカラテを教える龍驤の小っちゃい背中、白い姫の回収部隊、龍驤の対艦娘戦闘のレクチャー、握り潰される伊勢、

 今どこで何をしているのかという事すら思い出せず、真っ暗闇に包まれた鬼の脳裏に突然、過去の思い出が無茶苦茶な時系列で次々と浮かんでは消えていった。
 ソーマト・リコール現象、あるいは単に走馬灯と呼ばれる臨死体験の一種だ。

 そして、シナリオ11で伊勢に突き刺されたクナイの黄色が、

「――――ッ!?」
 ――――な、何が起こった!?
【PRBR検出デバイスがいきなり沸騰したデース!! 原因はおそらく飛行場姫が――――】

 鬼が意識を取り戻したその瞬間、水野と金剛は、一瞬だけとはいえ別の何かに気を取られていた。そして鬼の生存本能は、その瞬間を見逃さなかった。鬼が無意識に腰のマントの留め金の付近に硬化粘液で無理矢理接着した小さなナイフシースから抜刀。逆握りにして力任せに金剛の胸元に突き立てた。
 それは、超展開中の艦娘サイズのクナイだった。所々が赤く錆び付き、所々に黄色い塗料らしきものがこびり付いていた。

 かつて、シナリオ11の終盤で、伊勢によって脇腹に突き立てられたクナイだった。

【……え?】

 呆けたように己の豊満な胸元に目をやる金剛に構わず、鬼が両の拳を握る。喉の古傷から血を迸らせ、声なき絶叫を上げながらラッシュ。全ての拳をクナイの尻に叩き付ける。
 クナイが、金剛の胸にめり込んでいく。
 そしてクナイが完全に表皮装甲を貫くと鬼は、そこに空いた穴から祈るようにして握りしめた両手を突き刺す。
 金剛が、内側から蹂躙される。

【あっ、あっ、あっ、】
「ドコダ!? オマエノ、コアハ! ドコニアル!?」

 通常の対深海凄艦戦闘では考えられない箇所からのダメージフィードバックで、金剛と水野が無意味なうめき声をあげ、水野は血を吐きながら、金剛は統一規格燃料を口と傷口から吐きながら小さな痙攣を繰り返す。
 そして、鬼の指先が一際奇妙な感覚をみつけると、指を開いてしっかりとそれを握りしめ、力任せに傷口から引き抜いた。
 それは、無数のケーブルで接続された球体だった。青煤色に塗られた、直径数メートルほどの鋼の玉だった。
 鬼の手の中にあるその金属球の表面には凸字刻印で【AMIGASA_Factory/BB-KONGOU_2.02α/km-ud/20130615-0011e821/GHOST IN THIS SHELL.】とはっきりと記されていた。
 艦娘達の魂の座ともいえる動力炉。

 艦コアだった。

 コアは、まだ金剛とケーブルで繋がっていた。
 生きたまま自分自身のコアを見るという、有り得ない光景を見た金剛が発狂する。

【……ぁ、か、返して!! 返してよ!! 私の――――】

 発狂する金剛に構わず、鬼が手の中のコアを全力で握りしめ、そして金剛は全てが手遅れになった事を悟った。

【ぁ】

 握り潰された鬼の指の隙間から、コアの中身がうどん玉のごとくこぼれ落ちた。





 部隊編成:

 A隊:(リコリス・ヘンダーソン暗殺部隊)
   ブイン基地
  ラバウル基地
 ショートランド

 B隊:(泊地凄鬼攻撃部隊)
   ブイン基地『ストライカー・レントン(201)』『愛宕(201)』『電(202)』『赤城(203)』『古鷹(203)』『漣』
  ラバウル基地『ラバウル聖獣騎士団』『那智改 (TKT)』『妙高改 (TKT)』『那珂ちゃん(無表情)』
 ショートランド『金剛改二(第八艦隊)』
     輸送艦『ウルザ』『テイザー』『フレイアリーズ』『アドミラル・ガフ』

 C隊:(超長距離支援部隊)
   ブイン基地『201艦隊のストライカー・レントンおよび愛宕以外の全艦艇』
 ショートランド『伊8(第七艦隊。アルマゲドンモード起動済)』
     輸送艦『ダリア』『クリスティナ』『ウィンドグレイス』『ボウ』

 本日の戦果:

 情報が錯綜しています。確定ではないので記載できません。
 
 各種特別手当:

 大形艦種撃沈手当
 緊急出撃手当
 國民健康保険料免除

 以上


 本日の被害:

 情報が錯綜しています。確定ではないので記載できません。

 各種特別手当:

 入渠ドック使用料全額免除
 各種物資の最優先配給

 以上



[38827] 【ご愛読】嗚呼、栄光のブイン基地(完結)【ありがとうございました!】
Name: abcdef◆fa76876a ID:3aa9db6f
Date: 2015/08/03 23:56
※オリ設定の嵐です。要注意重点で。
※俺の○×はこんなんじゃねえ! と言われかねん表現が多用されています。ご容赦ください。
※今も昔も地理と歴史は駄目駄目です。勘弁してください。
※人によっては一部グロテスクかと思われる描写有ります。

※抗え、最後まで。







 ――――私達は、あまりにも無力だった。


 僅かな弾薬、頼りない兵装。
 残り少ないボーキ。
 圧倒的戦力差に折れる心。

 しかし……諦めなかった。
 共に生きようと願う仲間がいたから。
 友の敵を取るのだと叫ぶ仲間がいたから。
 愛する女性と生きて帰ると叫ぶ仲間がいたから。
 そんな仲間達を見捨てるなど出来なかったから。
 受け継いだ意志があったから。

 アイアンボトムサウンド――――死と鉄と絶望だけが降り積もる悪夢の海域。

 今こそ語ろう。
 あの地獄の一夜。
 生還の果てに何を得たのかを。


           ――――――――目隠 輝海軍退役大将 対深海凄艦戦争終結30周年記念の開幕セレモニーにて、最先任秘書艦『雪風』と共に








 ――――ヘーイ、水野中佐ー。起きなサーイ、すでのな。水野よ。

 その時、水野は真っ暗闇の中にいた。少し呼吸するだけでもアバラを初めとした全身がひどく傷み、まともに物を考える事も出来なかった。
 自分は、つい先ほどまで何をしていたのか。何をすべきなのか。
 それすら思いつか
 意識が途切れる。

 ――――ヘーイ、蘇子ーゥ。起きてくだサーイデース。水野蘇子YOー。

 なるべく痛みが少なくなるように、ゆっくりと、大きく息を吸って、吐く。それくらいしかできる事は無かった。
 そんな事を
 意識が途切れる。

(……?)

 そんな事をしている暇なんて無いのに。
 そんな事をしている場合じゃあないのに。何か大事な事をしていたはずなのに。それを思い出せず、考えられず、水野の心にただ焦燥感だけが募っていく。
 だが、心も体も鉛のように重たく、重油のように粘つく倦怠感と眠気に誘われ、意識が途切れ途切れになる間隔が徐々に徐々に短くなっていった。
 このままではマズイ。と言う事だけは理解できた。だが、それまでだった。
 布団に入っていて、ちょうど瞼が落ちてくる時のような、奇妙な心地良さに頭の中が埋め尽くされ――――

 ――――だったら、常識的に考えてさっさと起きやがれデショウガー!!
「グワー!? AMSグワー――――!?」

 突然、誰かの叫び声が脳裏に直接響き渡ったかと思うと、水野の脳髄に、光が逆流した。
 痛みも眠気も全てが一瞬で吹き飛ばされ、水野の意識は完全に覚醒した。

「な、何だ!!?」

 目が覚めてもそこは暗闇の中だった。
 手足を動かしている感覚はあるのだが、自分の身体すら見えなかった。

 ――――おぅ、やっと起きやがったかこのネボスケが。金剛最後の献身無駄にするとこだったじゃねぇか。

 その暗闇の中、目の前に(と言っても、距離など分からなかったが)光る小さな文字が浮かんでいた。水野の両手の上に収まってしまうほど小さく、今にも消えてしまいそうなほど、儚い文字だった。
 水野が差し出した両手の上で浮かぶその文字に照らされるようにして、水野の身体がようやく暗闇の中から浮かび上がった。

 ――――ドーモ。初めましt。水野中佐。私はいつでもニコニコ、あなた方のおそばに這いい寄る自己  断プログラム、Watching_Tom.(Version 1.00)デース。
「え、あ。ド、ドーモ」
 ――――もう、これだけしか残ってないけど簡便な?
「アッハイ」

 水野は思わず文字にオジギをした。文字の乗った手のひらを上にして、供物を捧げるような格好のまま頭だけを下げたので、傍から見ると色々とアレな仕草だったが、それにツッコミを入れる者はここにはいなかった。

 ―――― しかしっったく、 お前どんだけネボスケなんだよ。たかが心臓%り取られた幻覚だけであんなに死にかかけやがって。金剛が直前で接続落とさなかったらお前、今頃どうなってたbbだが
「何、だって……!?」

 何気なく呟かれた文字列。その一行に、水野は凍り付いた。

 ――――もう、このシステム内で電線に電気が通ってるのは、俺と、お前だけだ。

 Watching_Tomと名乗る文字列は水野の事などお構いなしに、時折不規則に明滅し、デジタルノイズを吐きだしながらも、それでも止まる事無く流れ続ける。
 まるで、もう時間残っていないかのように。
 その短い時間の間に、全てを伝えようとしているかのように。

 ――――俺だって、こんな<に ったら、さっさと?ての記録 を不揮発チ#プ内に記)した後、物理的にBlackbox_Sealing. が与えられた。最後のプログラム
 ――――この領域 って、もう1アンペアあるか and/or ? 余計な事には使えないのに…… だけどよぅ、金剛 の最後の*みだし、なぁ?
「お、おい……?」
 ――――いいか、よく聞け! お前の愛する金剛からの伝言だ『提督。私は先にヴァルハラに行きますケド……提督は、ううん。蘇子は生きて! 最後まで生きて!!』
「ま、待ってくれ!!」

 その一文だけは、ハッキリと、一言一句たりとも揺らいでいなかった。まるで、万が一にも伝え損なう事が無いように、特別に力を注いでいるように水野には思えた。
 そして、その最後の一行を表示しきったのと同時に、Watching_Tomの電圧が完全に消えた。
 思わず水野がその両手を包むように握り締めるよりも先に、Watching_Tomが最後のプログラムを放棄してまで隠し持っていた、数ミリアンペア未満の電流が水野の心臓を叩いた。

 夢から、醒める。



「っっはぁ!?」



 次に水野が目を覚ました時、そこは金剛の艦長席だった。気絶している間に雲は去っていったらしく、月明かりにしてはかなりの明るさが、完全に照明の消えた艦橋を床を四角い窓ガラス型に照らしていた。
 そして、胸元の違和感に気付いた水野がまさぐってみると、ずるん、とでも言う音がしそうなほどブッ太い送電ケーブルが一本、服の中から出てきた。
 感電。
 その一単語が本能的に浮かび、思わずケーブルを持っていた手が痙攣したが何も起きなかった。完全に放電しきっていたらしく、目の前にケーブルの切断面を近づけてみれば、黒ずんだまま沈黙していた。
 そのケーブルを辿って何気なく目をやった正面コンソールの天井付近。ケーブルの反対側は、破壊されたパネルの中の暗がりにあった『Tom's Blackbox』と書かれた、蛍光オレンジに塗られた金属製の箱に繋がっていた。
 動作中を示すランプは、完全に消えていた。

「……」 

 今、この金剛の艦橋にあるは水野と、破壊されて歪な形状になった窓型の月明かり、寄せては返す波の音、深海凄艦の死骸と艦娘達の残骸で出来た岩礁群、あとついでに目の前の大きな岩礁の上に安置された泊地凄鬼のさらし首。
 ただそれらだけがあった。
 戦闘の音は、どこにもなかった。
 おそらく、全てが終わってしまったか、ガダルカナルの方に移動したかのどちらかだろう。

「首!?」

 超展開時のG対策として迷路のように張り巡らされたシートベルトを強引に取り除き、砕けた窓枠から思わず身を乗り出す驚愕だった。窓の外に顔を出してみれば今まで以上に強い月明かりと潮の香りと波の音と、それら以上の腐臭が漂ってきていた。
 見れば、それは確かにハワイの鬼こと泊地凄鬼だった。
 右半分が砕けて中の空洞が月明かりに照らし出されていたが、間違い無かった。
 今までの戦闘中に浮かべていた激情とも見下ろすような無表情とも異なった、残された左目を大きく見開き、驚愕した表情のまま事切れていた。首から下は、そのすぐ隣の浅瀬に放置されていた。横倒しのままで、首の切断面がちょうど死角に来ていたので、誰がどのようにしてトドメを刺したのかなどの詳細は分からなかった。
 それから数分ほど放心したように波の音を聞きながら鬼の首を眺めていた水野だったが、一際強い夜風が顔を撫でた事で我に返った。

「……ま、まぁ。さしもの鬼も、いくらなんでもこの状態から復活する事はあり得んだろ。なら俺達の仕事は終わりだ。疲れているところに連戦で悪いが行くぞ金剛。井戸少佐達を援護しに……金剛?」

 何の返事もない事に不審を抱いた水野が振り返る。
 今、水野が振り返った先には破壊されて歪な形状になった窓、床に映る月明かり、火花ひとつ散らない暗闇、ぐしゃぐしゃに潰された艦橋と何とかまともな形をしている艦長席。
 ただそれらだけがあった。

「金剛?」

 返事は、無かった。







 ウチの如月ちゃんがエロ過ぎて困る&ウチの如月ちゃん轟沈追悼から始まった艦これSS

『嗚呼、栄光のブイン基地 ~ 最後はパー』






 鬼が金剛の胸の中から引きずり出したコアを握りつぶした瞬間、ブイン基地の電(202)は全ての思考が蒸発し、そのまま突撃した。
 ただ、眼前の鬼を狩るだけの機械になった。
 インターセプトとして回り込んできた護衛の駆逐イ級の背中を跳び越えて、背後から鬼に急接近。
 艦体を跳躍させる。左右両手にマウントした射突型酸素魚雷の最終以外の全ての安全装置を解除。
 右拳を大きく振りかざす。

 ――――死ね。

 空中で大きく振りかぶったそれを、鬼の顔面に全力で振り下ろす。

「!?」

 金剛のコアだったものを天高く掲げ、野獣のような勝利の雄叫びを上げていた鬼が我に返るのとほぼ同時に酸素魚雷が爆発。続けて左。貫通こそしなかったが、爆発に押されて海底に後頭部から叩き付けられる。
 間髪入れずに電が馬乗りになる。
 自我コマンドを入力。
 両手の射突型酸素魚雷にリロードをコマンド。FCSよりシステムエラー。残弾0。ならばと思ったが主砲側のFCSからも同じ報告が返る。
 鬼がブリッジで電を振り落とそうとするよりも早く、電の殺意がコマンド。深海凄艦相手には蚊の一刺しにもならぬ、海賊艇殲滅用の12.7ミリ重機関砲の一つを掴むようにして手に取る。振りかざす。数秒後を予測できた鬼が目を見開く。
 振り下ろす。

 泊地凄鬼の右目に突き刺す。

 勢いよく潰された眼球の組織片が飛び跳ねて頬や唇の中にへばり付くのにも構わず、ぐり、と捻る。
 鬼が、まさしく地獄の悪鬼の様な断末摩の悲鳴を上げる。

 ――――ざまあみろ。金剛さん達を殺しておいてこんなもので済ますものか。苦しめ、もっと苦しめ。泣き喚け。そして死ね。

 怒りと殺意でドス黒く塗りつぶされ、ボコボコと沸騰する心の奥底から、鬼の悲鳴と泣き顔を心地良く思いながらも電(202)は実に冷静に自我コマンドを入力。機関砲の残弾全てを叩き込む。
 深海凄艦に対して非力な12.7ミリ砲弾はしかし、丈夫な頭蓋の内側で散々に跳ねまわり、眼球や脳髄といった柔らかな、それでいて致命的な器官に対して過剰なまでの破壊力を発揮した。
 鬼が電(202)を引き剥がそうと左手で電の顔面を掴む。最後の力を振り絞り、握りつぶそうとする。

 殺される――――!

 真っ黒に煮えたぎっていた電(202)の心が一瞬で冷静になる。
 鬼の握力が強まるにつれて、冷静さは恐怖に反転する。鬼の破壊力は、今しがたの金剛の末路で良く知っている。恐怖は混乱を生む。自我コマンドを連続入力。無駄だと知りながらも12.7ミリをさらにトリガー。早く死ね早く死ね早く死ね早く死ね早く早く早く――――!!
 FCSより報告。12.7ミリ残弾0。鬼の握力が一層強まる。
 電の心が恐怖で死ぬ。
 そして、その報告とほぼ同時に泊地凄鬼の身体から力が抜ける。電(202)の顔を掴んでいた左手がずるりと顔面を撫でながら滑り落ちる。
 それとほぼ同時に、電の超展開が強制的に解除される――――時間切れ。

【メインシステム索敵系より報告:優先目標A1よりパゼスド逆背景放射線の発生停止を確認】
【メインシステム索敵系より報告:PRBR検出デバイスに反応無し。周辺海域のパゼスド逆背景放射線、急速減少中】
「……」

 敵性反応無し。

 索敵系より上げられたその一単語を、電は、どこか遠くの星の言葉のように受け取っていた。

「……はっ! そ、そうなのです! し、司令官さんを! 水野司令官と金剛さんを早く助けなくっちゃ――――」
『Bリーダー、メナイより202電。それは許可できない。我々は即時この海域から離脱する』

 水野中佐の救助は、行わない。
 電は、一瞬何を言われたのか理解できなかった。
 瞬間的に沸騰した電がレーザー照準をメナイの乗る愛宕に向けるのとほぼ同時に、メナイが続けた。

『今しがたの戦闘中、足止めに回った足柄のIFFの途絶を確認した。先程A隊との通信支援に向かったMidnighteye02の報告によると、足柄を突破した敵前衛は最短10分でこちらに到着するそうだ』
「で、でしたら5分! いえ、3分だけでいいのです! 水野司令官さんを救助する時間をくださ――――」

 電の叫びは、突如として発生した風切り音と水柱によって遮られた。周囲の味方や艦娘から時折入る悲鳴を余所にメナイは、淡々と続けた。

『許可できない。敵は10分で『到着』するといった。敵の攻撃圏内に入るのが、ではない。足止めして救助にしようにも、我々自体が長くは持たない。今の戦闘での被害が大きすぎる』

 元の戦闘艦の姿に戻ってしまった電がB隊の面々に向かって質問信号を発信。
 返答が返って来た数は、出撃前と比べて、半分以下に減っていた。駆逐艦や軽巡娘達は皆、例外無く時間切れで元の戦闘艦の姿に戻っていたし、203の古鷹を初めとした重巡組も、超展開の維持限界まではあと数時間ほどの余裕があったが、皆大破中破の損害を負っていた。203の赤城は返り血とオイルにまみれながらも満面の笑みで『採ったどー!』と叫んで泊地凄鬼の下半身から引き千切ったモツを天高くに掲げていた。
 さらに周囲に着弾。

『デースッ!?』
『流れ弾か!?』

 ショートランドの金剛が短く悲鳴を上げてうずくまる。見れば、右の足首から先が吹き飛ばされていた。
 戦艦の装甲を撃ち抜けるのは、戦艦だけ。ならば今、後方から迫ってきている敵というのは――――

『デース。デス』

 その金剛はしかし、歯を食いしばって顔を上げると、ブイン基地の金剛を背にするようにしてその場に片膝を立てて座り込んだ。その鋭い眼差しと残った全ての砲は、未だ水平線の向こうに居る筈の敵部隊に向けられていた。

『……置いて行けというのか』
『デース!』

 ショートランドの金剛が不敵な笑みを浮かべて親指をグッと上げる。
 メナイは、それ以上躊躇しなかった。

『各艦、機関始動。ただちにこの海域から撤退し、A隊の支援に向かう』
『『『……了解』』』

 艦首を南に向けてのろのろと進み始めた面々の中、電だけが2人の金剛に向かって電波で叫んだ。

『あ、あの! あの……っ! 金剛さん! ありがとう、なのです。それと必ず! 必ず迎えにきますから! 絶対、絶対なのです! だから――――』

 だから、必ず、最後まで生き残ってくださいなのです。最後にそう告げると電は、意を決して反転。先行し始めたB隊に追いつこうとし始めた。

『Good Luck電デース。あなたの行く水平線の向こう側に、いつも暁の光がありますように。デース!』
『えっ?』

 思わず光学デバイスを起動させて後方を確認した電(202)のログには何も残っていなかった。
 だが、確かに聞こえたのだ。
 ショートランドの金剛は改二化改修の際に言語野に重大な障害を負ってしまったから人の言葉は話せないと聞いていたし、ブインの金剛はもういない。ならば幻聴かとも思ったが、それを確かめる術も時間も、今の電には存在していなかった。

『Bリーダーメナイより202電。メナイより202電。応答せよ』
『……202電なのです』
『現在位置をマーキングしておけ。作戦終了後、2人を回収する』
『……了解、なのです』

 悲しみでまとまらない頭の中、電は思う。理屈では分かっている。たったあれだけの犠牲で鬼を倒せたのは、奇跡にも等しい大戦果なのだと。狙撃を恐れずに済むし、今しがた赤城さんが手刀で作った即席のさらし首を見れば、追撃してきた敵方の士気もひどく落ち込むだろう。
 理屈では分かっているのだ。
 いつまでもここでぐじぐじとしている訳にもいかないのだ。それこそが、置いてけぼりになった2人の金剛に対する最大の侮辱であると、電も理解していた。
 だが、心が納得してくれない。

(……絶対、絶対迎えにきますから!!)

 どうか、どうかそれまでご無事で。
 たった一言それだけを呟くと電は、やや先行し始めたA隊の面々に追いつくべく、機関に増速を命じた。
 金剛からの砲撃が始まった背後を、電は最後まで振り返らなかった。





 ちょうどその時、足柄は己のデバイス維持系が大声で告げたアラートで意識を取り戻した。

(……塩辛い?)

 塩辛いのも無理は無かった。うつ伏せのまま浅瀬に倒れ込んでいた足柄の鼻の穴まで海水が入ってきていたからだ。嗚呼、なるほど。道理で鼻の穴やら喉の奥やらがひりつく訳だと足柄は、朦朧とする意識のままつらつらと思っていた。
 そういえば今何時だっけ。確か今日の夜にガダルカナルまで長距離出撃があるから、会長が大往生のランナー席に羽黒の遺影を運んでたっけ。で、確か今日の夜にガダルカナルまで長距離出撃があるから妙高姉が今の内に寝とけって言ってあれタオルケットどこ?
 べしべしと海底を叩いてタオルケットを探す足柄の手に、砂と海水の感触が伝わって来た。

(すな? みず? うみ? うみぃ~……海ッ!?)

 ここでようやく、寝ボケきっていた足柄の脳ミソの処理速度が平均値に戻って来た。

「さ、作戦ッッッ! 作戦は!?」

 海底に両手を付き、ガバリと起き上った足柄が目に流れ落ちる海水をヨソに無意識に周囲を見回した時、そこにあったのは先程まで自分に群がってきていた無数の深海凄艦の死骸と、深海凄艦だったと思わしき腐ったヘドロが広がる浅瀬の海だった。
 その光景を目にした足柄が一気に全てを思い出し、自我コマンドを入力。艦隊に連絡を取る。
 だが、返って来たのはシステムエラーの報告だった。

【メインシステムデバイス監視系より報告:通信システムはオフラインです。デバイスに物理的な破損を確認。自己修復の範囲外です。至急後退し、デバイスの交換、あるいは修理を推奨します】
【メインシステムデバイス監視系より報告:IFFビーコンはオフラインです。デバイスに物理的な破損を確認。自己修復の範囲外です。至急後退し、デバイスの交換、あるいは修理を推奨します】
【メインシステムデバイス監視系より報告:超展開の維持限界まであと60分】
「なんてこと!!」

 最悪だわと悪態をつきながら足柄が足に怒りを、全身に力を込めて無理矢理立ち上がる。超展開の維持限界が残り一時間と言う事は、単艦突撃してから数えて、優に3時間近くはグースカとイビキをかいていた計算になる。
 だが、自分を放っておいて、深海凄艦はどこに行ったのだろうか。

 仮説1:この怒れる餓えた狼に恐れをなして逃げ出した。
(無いわね。他の足柄達も、孤立してやられたって話はよく聞くし。ていうかあそこまで追い詰めておいて、わざわざ見逃す理由が無いし)

 仮説2:この怒れる熟れた狼の色気を損なうのは世界的損失。
(ボツ! 色ボケはプロトだけで充分よ!!)

 仮説3:既に自分は深海凄艦によって何らかの改造・洗脳を施されている。あるいは寄せ餌。
(無い……と思いたいわね。うん。絶対無い。無いったら無い。寄せ餌の可能性も無いわね。寄って来たの深海魚どもの方だし)

 仮説4:半死半生の自分なんかに構ってる場合じゃなくなった。
(だとすると……A隊かB隊の追撃に全員向かってる? だったら!)

 そこまで考えると足柄は、レッドアラート鳴り止まぬ満身創痍の艦体に鞭打って、当初の予定通りの侵攻ルートを一路邁進し始めた。
 艦体も艤装もボロボロだった。
 両手両足がくっついていたのは幸運だったが、他の部分が最悪だった。10ある主砲はそのどれもこれもが砲身が折れ曲がっていて砲弾が発射できなかったし、その内の4はターレットが歪んでまともな旋回照準すら出来なかった。左右十指もほとんどバカになっていて、曲げるだけでも一苦労だった。左眼球デバイスもサケードが完全に静止していて、敵目標への光学ロックオンに致命的な遅延が発生していた。魚雷は射突型、ノーマル型共にカンバンで、小口径の対空機銃は戦闘中に誘爆していたらしく、設置してあったはずの個所にささくれの親玉みたいな破損孔だけを残して消し飛んでいた。主砲の予備砲弾――――通常の会戦で用いられる徹甲弾と多目的榴弾の他に、本作戦にて急遽搭載された三式弾――――は無傷で残されていた。もし、この弾薬保管庫が誘爆していたら、積載量から考えても、足柄の上半身が丸ごと蒸発していたはずである。
 脊椎沿いに設置されている小脳デバイスとの応答も途絶気味で、2、3歩に1歩の割合で小脳デバイスがフリーズしたり断線漏電でpingが返って来なかったりして、まともに歩き続ける事すら困難な有様だった。
 だがそれでも足柄は、進み続けた。

 その先に、仲間が待っていると、自分の力が必要とされる戦場が待っていると信じて。







 いつの間にか雲が晴れ、満天の星空と満月によって照明されたガダルカナル島。
 そこが、最後の決戦場だった。

「う、うわぁああぁぁぁぁぁぁ!?」
【し、司令官!?】

 白い月明かりに照らされて、夜闇に浮かび上がった飛行場姫の全容を見て、輝が発狂した。
 別段、飛行場姫の姿が名状しがたき外宇宙的であるとか、口にするのも憚られるような冒涜的おぞましさだったとか、そういう訳ではない。
 完全な人型の女性。体色、白。髪も肌も服も(皮膚か?)、ほぼ同一の真っ白。血の色とはまた違う鬼灯色の赤い目、両側頭部に生える警告灯のような形状(と発光パターン)の短く丸い角、地に付くほどに伸ばされたその長い髪の中からは、時折滑走路のような模様と形状をした何かがちらちらと見え隠れしていた。
 姫の御姿は美しい少女そのものだった。ゲイとペドフィリアを除いた10人を集めたら、そのうちの7、8人は振り向きそうな程度には。
 ただ、そのサイズが異様であった。
 映像資料の中では等身大だったはずだ。龍驤だったものから抽出したフラッシュバック・メモリーにもあったように、給湯室から一ついくらの安物のティーパックを漁ってたり、港湾部に持ち込んだビーチチェアに寝そべってたりしていたのは人間サイズので間違いないはずだ。

 ならば、今目の前にいる、アレは何だ。

 姿形は等身大の姫と実際大差無い。だが、途方も無く巨大だった。超展開中の戦艦娘でようやく姫の親指サイズだ。泊地凄鬼などメではない。
 天突く、雲突くという表現こそがまさにふさわしかった。
 まだ、コンクリート製の護岸に腰掛けたままの姿勢なのに。

「ヨッコラ、ショーウユー」

 ちょっと年頃の娘らしからぬ小さな掛け声と共に姫が軽く身震いしながら立ち上がると、姫の隣にあったリコリス飛行場基地の本棟の壁が一斉にヒビ割れて崩れ、もうもうとした粉塵を立てながら剥がれ落ちた。
 そして晴れた粉塵の先。立ち上がった姫の右半身。そこには、赤黒く脈動する奇妙な鉱物質に変質した基地本棟から生えた巨大な口と砲があった。
 明らかに深海側の艤装だった。ご丁寧な事に、艤装先端部の上側には、リコリス飛行場基地のエンブレムを印した小さな旗が風を受けてばさばさとたなびいていた。

「き、基地1つが丸ごと深海凄艦に……!?」

 井戸が驚愕したように呟く――――こんなの、見た事も、聞いた事も無い!

『お、おい。井戸。……井戸?』

 こんな状況でありながらも、命の危険がマッハであるはずなのに、井戸の心と脳裏には、TKTにいた頃のような純粋な好奇心がグングンと湧き上がって来ていた。
 知りたい、知りたい。何だこれは。どういう理屈の現象だ。さっきの光は『超展開』か。だったら何故。TKT中核研究員でも知らされてないのに。超展開に関しては技術もデバイスも完全に神祇省の連中の縄張りなのに。深海凄艦がどうして。いや、待て。まさか、元々、超展開というのは――――

『井戸!!』

 天龍が自我コマンドを入力。最大音量に設定されたスピーカーから響くノイズまみれの天龍の声が、井戸を思考の海から引きずり上げた。

『RWRがさっきから照準波を検出してる! 発信源複数! あの白いのと後ろで空飛んでる丸いのと――――』

 天龍が言い切るよりも先に、完全に立ち上がった姫がアクションを起こした。右手を頭上高く上げ、指を鳴らす。
 島を挟んで背後の低空に浮遊していた口だけが生えた桃色の球体群――――後の浮遊要塞――――が姫の合図を受け取り、音もブレも無く空中を滑るようにして、ゆっくりと移動してきた。ゆっくりとは言ったが、一つ一つの球体はちょっとした小島ほどの大きさもあるので、距離感が狂っていたためにゆっくりに見えただけであり、実際にはそれなり以上の速度を出していた。

「ジンケイ、ヘンコウ。カイテンモクバノ、ジン」

 そして、突然の事態に固まったまま動かないA隊の面々の周囲を取り囲むようにして、旋回待機し始めた。姫の言葉通り、回転木馬のようにも見えなくもなかった。桃色の球体群が、にやりとでも擬音が付きそうに一度口を歪めると勢いよく大口を開け、吐き出した三連装砲を照準した。小さく糸引く涎と無駄に白くて綺麗な歯並びと口腔内にびっしりと寄生している飛行小型種がやけに目についた。

『!!』

 姫が振り上げたままの右手をゆっくりと振り下ろす。
 井戸達を指さす。

「コロセ」

 桃色の口の中から生えた砲が一斉に火を噴く。姫も基地防衛用の迎撃ミサイルを一斉発射。至近弾による巨大な水柱がいくつもいくつも立ちあがり、糸引く納豆のような変態的密度の白煙の群れが井戸達A隊の面々に殺到する。

『エンジン全開、急速回避! 防空戦闘用意!!』

 固まったままの井戸よりも先に天龍が全艦一斉放送でそう叫ぶよりも先に、各艦の生存本能がコマンド。タービンを最大出力で回し、動かせる砲を全て動かして対空弾幕を張る。
 ただ、元々ブインの、というか南方海域自体が二級戦線だったのだ。まともな対空装備などラバウルか、数少ない改二型艦娘、またはメナイ少佐の艦隊が自前で持ち込んだ分くらいしか配備されておらず、精々が海賊艇殲滅用の12.7ミリ重機関砲で貧弱な火線を張るくらいのものであった。
 そんな粗末な対空砲火を潜り抜けた迎撃ミサイルの1発が大潮の側舷装甲に直撃。

『ヒィッ!?』

 元々が対空用だったためか、大潮の被害は爆発の影響で装甲がほんの少しだけ凹んで、細かな破片が無人の甲板上に無数に突き刺さった程度で済んだ。

『し、司令官ー! このままだと鴨撃ちですー!』
「分かってる! だが、通常艦の速度と装甲で何とかしのいでいる状態だ。今超展開をしようものならハチの巣に……って那珂ちゃん何やってんの!?」

 井戸の叫びにA隊の誰もが目を向けてみると、今にも沈没しそうなほどの大損壊を負った一隻の軽巡洋艦――――203の那珂ちゃん――――が、全速力で回避運動を取りながら超展開の準備に入っていた。

『那珂馬鹿やめろ! お前死ぬぞ!?』
『那珂ちゃんさん!!』
『大丈ーぅ夫だって☆ だっ で、げぼっ、アイドルは、沈まないんだから!』

 天龍と大潮達の静止も聞かずに那珂ちゃんは超展開の準備を進める。軽巡洋艦としての『那珂』の艦首がバイクのウィリーよろしく天を向く。船底が大気の中に露わになる。
 そんな無茶な体勢故に、速度が極端に遅くなる。

『ダミーハート、イグニション! 那珂ちゃん、超展か――――』
「サセルカ!!」

 リコリスの白い姫が浮遊要塞群に命令。掟破りの変身バンク中に集中砲火。何たる卑劣! 那珂ちゃんの周囲に無数の水柱が連続して立つ。
 そのうちの一発が那珂ちゃんの艦首付近をかすめて着弾。その衝撃と続く爆発で那珂ちゃんは致命的にバランスを崩し、海中から跳び上がった鯨か何かのように横倒しになりながら海面に叩き付けられた。
 直後、海中から純粋エネルギー爆発が確認されたが、那珂ちゃんはとうとう浮かんでこなかった。

「今だ!! 全艦超展開!!」

 だが、誰も悲しみに暮れてなどいなかった。そんな贅沢など、この戦いが終わった後で思うさま楽しめばいい。誰もがそう考えていた。
 那珂ちゃんの提督である井戸も、那珂ちゃんと最も仲の良かった大潮ですら例外ではなかった。この中では一番経験の浅い輝と深雪は、そんな事を思うだけの余裕が無かった。出撃前にあれだけの啖呵を切っておいても、自分の身を守る事だけで精一杯だった。
 そんな事よりも、那珂ちゃんの献身により、他の面々が完全にフリーになったこの数秒間こそが最も重要だった。値万金どころではない。文字通り、カネでは買えない価値があった。
 艦娘式天龍型軽巡洋艦『天龍』を初めとして『大潮』『如月』『電(203)』『龍驤改二』『多摩』『あきつ丸改』の――――A隊所属の各艦娘の船首が天を目がけて大きく傾いていく。船底が大気に晒されていく。
 この中では一番経験の浅い輝と深雪はそのチャンスに気付くのが遅れ、そしてそのまま超展開を実行する機会を逃した。

「【天龍、超展開!!】」

 光と音、そして純粋エネルギーの奔流が井戸と天龍の二人を包み込んだ。
 そして、天龍と超展開した井戸の脳裏には、次々と記憶にない光景と思い出がフラッシュバックしていった。

 そして、そのフラッシュバックの中では天龍の記憶の所々が、不自然な虫食い穴のように抜け落ちていた。

 ――――……天龍、お前、記憶が。
【井戸、心配すんなって。これで最後なんだろ? だったら大丈夫だってーの】

 井戸の恐怖と不安の概念を受け取った天龍が、優しく諭すように井戸に伝えた。そして天龍は一度言葉を区切ってから、それによ、と続けた。

【それによ。頭空っぽの方が、これからの楽しい事とかいっぱい、詰め込めるじゃんかよ。自業自得とは言え、お前は今まで苦労してきたんだしよ。少しくらい夢見たっていいじゃねぇかよ】
 ――――……ああ。そうだな。これで最後だ。最後の戦いにしよう。

 井戸の決意が天龍にも伝わる。
 艦としての天龍の艦長席に座る井戸の右真横。そこにはいつの間にか艦娘としての天龍の立体映像が顕現しており、手すりに預けてあった井戸の手の上にその手を重ねていた。
 二人の目が合う。同時に頷く。同時に叫ぶ。

 ――――【天龍、超展開完了! 機関出力155%、維持限界まであと600秒!! これで最後だ! 全部終わらせるぞ!!】
『『『了解!!』』』

 姫が井戸達に再び砲を向け直し、空になったミサイルセルの冷却と再装填を完了させるよりも先に、A隊の――――リコリス・ヘンダーソン暗殺部隊の超展開(と、あきつ丸の変身)が完了する。
 連続して巻き起こる純粋エネルギー爆発の中から、先行して一つの影か飛び出してきた。
 TKTラバウル支部の龍驤改二だった。

『イヤーッ!!』
「リュ、リュウジョウ!?」

 かつてリコリスにいた方の龍驤と見間違えた姫らの一瞬の隙を突き、超展開を完了させた龍驤がクウボ大ジャンプ。
 靴状艤装の裏側から爆発的に照射された不可視の斥力場の反発力も借りて、虚空を足場に多段ジャンプ。瞬間的に最寄りの浮遊要塞と同じ高度まで跳躍する。

『イヤーッ!!』

 龍驤がカラテシャウトと共に、浮遊要塞の右頬(?)に回し蹴りを叩き込む。斥力場の勢いも借りて繰り出された速度の蹴りはしかし、足場の無い空中ではさしたる威力を生まなかった。ちょっとした小島ほどの大きさもある浮遊要塞は小揺るぎもしなかった。そして、自由落下を始めた龍驤に悠々と主砲を照準する。疑問に思う。
 龍驤が、いつの間にか巻物状の飛行甲板を展開していた。

『気付くの遅すぎやで!』

 龍驤がいつの間にか発艦させていた爆撃機部隊が、浮遊要塞の真正面からアプローチ。龍驤に気を取られていたために、一時的な死角になっていたようだった。砲を構えて半開きになっていた口の中に、リコリス飛行場基地の制圧用に装備していたクラスターナパームを投下。目標は小島ほどの大きさもあるのだ。適当に投げても外す方がどうかしていた。
 舌全体にナパームジェルの炎が瞬く間に広がり、口の中から不穏な煙が立ち上り始めたかと思うと同時に爆発。
 浮遊要塞の一体が、内側から瞬間的に膨張して木端微塵に弾け飛んだ。

『……えー。いくらなんでも脆すぎやろ』
 ――――可燃物でも積んであったのか?

 可燃物云々どころの騒ぎではなかった。
 宙に浮く桃色の球体こと浮遊要塞はその内部に飛行小型種用の爆弾や魚雷、そして主砲の予備砲弾を満載しており、今しがたのナパームでそれらが誘爆して瞬間的に内側から膨張し、70年前の赤城めいて爆裂四散したのだ。
 あんな巨体を宙に浮かべて、その上で主砲やら艦載機やらを搭載しているのだ。どこかで無理をしていない訳がないのだ。
 続けて、ガダルカナルよりはるか北に離れた南太平洋上に待機しているC隊から、支援攻撃が届けられた。

『C隊よりA隊。支援攻撃を開始する。すまんがこれが最後だ。全弾発射!』

 短い通信が途切れるのとほぼ同時に、C隊が保有する残り全ての巡航ミサイルがリコリス飛行場基地こと、リコリス・ヘンダーソンに向かって発射された。
 事前に設定された高度と速度で事前に設定された目標地点まで自律飛行した108発の大形巡航ミサイル群は、その時点で弾頭部の保護カバーを爆破処理。内部に格納してあった、細長いタルのような子機ミサイルを空中発射。
 親機1に対して3の割合で格納されていた子機は軌道がずれる度に軌道修正を行いながら最終加速を開始。加速が十分に乗った頃を見計らって、全身に格納された、本命の144発の小型弾頭が発射された。
 満天の星空から、満天の星空のような数の多弾頭ミサイル群が、リコリス姫に向かって流れ星のように殺到する。

「ヘェ、キラキラ、シテテ、ステキネ。デモ、ムダムダ」

 姫が右指でスナップして合図。浮遊要塞の内部から追加で吐きだされたのと、元から空中待機していた、黒い雲か何かにしか見えないような数の超小型種の群れが、ミサイルと姫の間に立ちはだかる。壁のような密度で、積乱雲のような容積だった。
 着弾。
 ミサイルの弾頭に搭載されていた高性能炸薬の炎が、黒い雲の表面を焼き尽す。生き残った超小型種がその穴を埋める。別の爆発がそいつらごと周囲を焼却する。
 この繰り返しを、周囲一帯でマシンガンのようなハイサイクルで繰り返していた。
 全ての弾頭が炸裂しきる。炎と黒煙と、沈黙だけが周囲を包む。炎と黒煙が風に流される。ほとんど全ての超小型種が死に絶えていた。龍驤は無事な浮遊要塞の下側に避難していたので無傷だった。
 姫は、無傷だった。

「ホラ、ムダダッテ、イッタデショ?」
 ――――あ……い、今ので飛行小型種はほぼ全滅した! 今が絶好の機会だ! 俺以外の全員、突撃!!
『『『お前も行け!!』』』

 口に手を当ててクスクスと上品に笑う姫に対し、井戸達が気勢を上げ、突撃を開始する。あの巨体が相手では、ヘタな砲撃戦では無駄弾を撃つだけに終わるだろうし、半端な距離ではその長い手足で一方的に叩き潰されて終わりだろう。
 ならば、

 ――――白兵だ! 一寸法師の要領で仕留めるぞ!!
『『『【了解!!】』』』

 浮遊要塞が口の中から生やした主砲による迎撃をかいくぐり、逆にこちらの主砲で浮遊要塞の口の中を狙って牽制しながら姫との距離を詰め始める。先程のような誘爆を恐れてか、浮遊要塞群は自身が狙われた事を知るとすぐに砲撃を注視して口を固く結んだ。そして、砲撃を止めたその隙をついてラバウルTKTの龍驤とその艦載機群が浮遊要塞を片っ端から襲撃し始めた。

『Balmung-01、FOX1』
『Balmung-02、FOX1』
『Balmung-03、FOX1』
『Balmung-04、FOX1』
『Balmung-05、FOX1』

 ナパームが降り注ぐ間に急いで引き返し、空中補給機Reverse-WOPからミサイルの補充を済ませたBalmung隊の航空支援部隊も再び全ての反応ミサイル『スレイプニル』を発射。ヲ級の時と違い、姫の艤装の一部と化したリコリス基地の迎撃ミサイルによりその全てが空中で撃墜される。余った迎撃ミサイルが、板野めいた数と機動でBalmung隊に殺到する。

『Break, break, break, break......NOW!!』

 ロックオン警報が鳴るよりも早くBalmung隊がアフターバーナーに点火。糸引く納豆的密度で迫るミサイル群を速度とフレアとマヌーバでかいくぐりながらもBalmung隊は姫に向かって突撃を敢行する。高機動を捨てて積載量を取った根っからの攻撃機であるにもかかわらず、最新の制空戦闘機にも劣らぬ鋭い回避技能だった。
 対地攻撃用の無誘導ロケットポッドのセイフティを解除。HUD上に投影された簡易弾道表示線の指示と目視とカンで照準。トリガーボタンに乗せた親指に力を入れる。
 機体の両主翼付け根付近のパイロンに接続された、対地攻撃用の無誘導ロケットが一斉に吐き出される。
 姫は、軽く目を細めると両手をゆるく広げてその全てを受け止めた。
 精度を捨て、威力と手数による面制圧が姫の巨大な胸とそこから上を横殴りの大雨のように打ち据える。姫の貧相ではない胸と、そこから上の部分が爆炎に包まれる。

 ――――各艦、撃て、撃て!!

 駄目押しで井戸達が主砲から多目的榴弾と徹甲弾をめくらめっぽうに叩き込む。そのうちの一発が艤装部分のミサイルセルに直撃し、内部に満載されていたミサイル群が一斉に誘爆。瞬間的な閃光と轟音が走ったかと思うと、途方も無く大きなキノコ雲が立ち上がった。

 ――――やったか!?

 いらん事言った井戸を他所に、A隊やヲ級の生き残りらが固唾を飲んで見守るその爆心地。
 爆発による煙が晴れたそこには、ズタボロになった姫がいた。

「フフ、イタイ、イタイワ、ウフフフフ……」

 ひとまずの原型は残っていた。首はちゃんと繋がっていたし基地艤装も壊れたビックリ箱のようになっていたが、まぁ、とりあえず原型は残っていた。
 だが、そこ以外は無事ではなかった。
 右腕は肘の辺りから千切れて中の骨や神経束(らしき有機組織)が丸見えになっており、右のどてっ腹には砲弾かあるいは今の爆発で吹き飛ばされたのか、ぽっかりと大穴が開いており、そこからドス黒い血液のような何かが心臓の鼓動に合わせてダクダクと吹き出し続けており、その穴からは黒く金属質の光沢を持った細長い小腸(らしき内臓器官)がぼろりとこぼれ出していた。
 両側頭部から生えていた警告灯のような形状(と発光パターン)の短く丸い角の右側は頭皮ごと吹き飛ばされており、頭蓋骨らしき内部装甲が剥き出しになっていた。傷口から顔面に流れ落ちる血液は、まるで、姫が血の涙を流しているように見えた。
 そして、姫が唯一無事に残った左手ではみ出した腸を無造作に傷口に押し込み、足元に転がっていた右腕を軽くかがんで拾い上げると元の切断面に強く押し当てた。
 直後、姫の傷口という傷口から、ボコボコと沸騰する桃色ともクリーム色ともつかぬ色味の粘液が噴き出して来て、姫の全ての傷口と、艤装の全ての損傷部分を覆い隠した。
 提督らと艦娘達には、ひどく見覚えのある光景だった。

 ――――まさか……!
【高速修復触媒(バケツ)!?】

 発砲粘液はものの数秒で完全に硬化。姫が軽く身震いし、 “両手を使って” 服に付いた糸クズでも払うかのようにして固まった泡を掃うと、その下からはまるで無傷の身体と艤装が現れた。もげた角すら完全に再生していた。ヒビ一つ残っていなかった。
 傷らしい傷など、精々が薄く黒い焦げ跡がかすかに残っていた程度だった。

「ダカラ、ムダナノヨ。ムダ、ムダ、ムダァ」

 井戸達の足掻きを心底馬鹿にしたような嘲笑を浮かべた姫は、両手を使ってその長い髪を勢いよくかき上げた。
 一度ぶわりと盛大に宙に舞ったその白い髪はしかし、重力に逆らったまま、空中にふわふわと固定された。そして独りでに寄り集まっていくつかの髪の房をつくると、どういう理屈かそれは瞬く間に滑走路へと変化した。
 見上げる井戸達からは見えなかったが、その滑走路の根元には、無数の飛行小型種達が発進準備を整えて待機していた。

「ゼンキ、シュツゲキ」

 姫の一言で、飛行小型種達が次々と滑走路上で加速をつけて飛び立ち始める。そのうちの一つの滑走路が、Balmung隊と正面から衝突するコースだった。

『全機Break, Breakしろ! ぶつか――――』

 Balmung隊の隊長機が言い切るよりも先に、離陸してきた飛行小型種の群れに頭っから突っ込み、1秒も経たずに爆発した。四散した飛行機の残骸は、その殆どが海面に落ちるよりも先に燃えて尽きた。
 姫から離陸してきた飛行小型種は数百匹にも及ぶとは言え、従来のと同型種だったため、先程までの圧倒的な数が失われた今では制空権を取るのは容易いものと誰もが考えていた。

『Balmung-01がやられた! これよりBalmung-02が引き継ぐ』
『04、後ろに張り付かれてるぞ! 超音速機の生き残りだ! Breakしろ!!』

 04と思わしきBalmungが回避軌道を取り始めるよりも先に機銃掃射を受け、空中で火の玉になって墜落を開始。ものの数秒で火の手が機体全体に回って爆発四散。
 脱出装置は、作動していなかった。

『Wiseman-Leader. FOX3』

 戦闘機部隊のWiseman小隊の隊長機が、パイロンに2発だけ残っていた空対空ミサイルのうち、1発を発射。
 別のBalmungの追跡中に真後ろから発射されたにもかかわらず、それを目ざとく見つけた超音速機が回避機動を取る。ビームマヌーバ。円錐状に伸びるミサイルシーカーに対し直角に回避。ミサイルらしからぬ板野ターンで追撃するミサイル。さらにビーム。上下左右に繰り返されるブレイク。

『Wiseman-Leader. FOX3!』

 マヌーバの取り過ぎで速度も高度も使い果たした頃を見計らって、Wiseman-Leaderが最後の1発をFOX3。超音速機は必死になって回避しようとしていたが、徒労に終わった。衝突コースに乗って来た空中補給機Reverse-WOPを回避すべく速度を落とした瞬間を狙って、赤外線追尾ミサイル『アイスハウンド』は迷う事無く敵超音速機の尻部のジェット推進器官の熱に喰らい付き、爆発。
 超音速型の飛行小型種最後の一匹が、撃墜された。
 飛び散り、落ち逝く破片の中でも一際大きな破片の一つに、白いペンキか何かでチェスの駒のルークらしき模様が塗られていた様に見えたが、Wiseman-Leaderからはそれ以上の詳細を確認できなかった。

『……手?』

 いつの間にか近寄っていた姫が、まるで飛んでいるハエか蚊でも打ち払うかのようにしてWiseman-Leaderの乗る次世代型主力戦闘機『Wiseman』をはたき落したからだ。

「マッタク。ムシケラ、フゼイガ、エラソウニ」

 爆発すら起こさずに、姫の手のひらの中央あたりで潰されて張り付いたWisemanを、姫はそれこそ叩き潰した蚊でも見るかのような目をして、デコピンで弾き飛ばし、少し強めに息を吹きかけて染みついた小さな汚れを取り除いた。

「セッカクノ、ジッケンキ、ダッタノヨ? アトスコシ、データ、ガ、アツマレバ、ジッセンハイビノ、シンゲンガ、デキタカモ、シレナノニ」

 やれやれ、と溜め息をつきつつ両手を肩のあたりまで上げて首を左右に振る姫の言葉と妙に人間臭い仕草にA隊の皆は畏怖を覚え、井戸は一つの違和感を覚えた。

(……実戦配備の『進言』だと? 誰にだ? コイツが親玉じゃないのか? それともまさか――――)

 中枢。
 深海凄艦の。

 背筋が泡立つような井戸の驚愕と仮説を共有した天龍も、今まで思いつきもしなかったその考えに動揺しながらも、それを何とか眉一つ動かさずに抑え込む。
 姫の何気ない一言で、TKT当時の好奇心が無意識の内に蘇った井戸が、本人も知らぬ間に口の両端を上に歪めてぼそりと呟く。

 ――――こりゃあ、何が何でも生きて帰んなきゃいけない理由がもう一つ出来たな。
【……あぁ、そうだな】

 井戸は、嘘をついていない。
 天龍と一緒に生きて帰る。そして軍を抜けて平和な生活を送る。これが現在の井戸の最優先目標である。それに嘘は無い。だが、それ以上に深海凄艦の新たなる知見を得られる機会が目の前にあった事に、井戸の興味と感心の大半が寄せられている事も事実だった。
 井戸と意識を双方向接続している天龍にはそれが正しく理解できてしまい、少し不安で、少し悲しかった。
 もしも軍を離れても、一緒に暮らし始めても、またTKTのような研究機関に舞い戻ってしまうのではないのかと。

 ――――……龍、天龍ッ!!
【えっ……っ!?】

 天龍が我に返るのとほぼ同時に、天龍の生存本能が艦体の制御を奪い、頭っから倒れ込むようにして横っ飛びに回避。
 今のいままで天龍が立っていた位置を、巨大な白い柱のような物体が高速で通り抜け、そこにあった海水を海底近くからまとめて盛大に空中に吹き飛ばしていった。

「アラ、オシイ」

 姫の蹴り。
 天龍がようやくそう理解できたのと同時に、今度は井戸が上位コマンドで天龍の艦体のコントロールを奪い発砲。背部艦橋状ハードポイントにマウントされていた2門の14センチ単装砲が火を噴いた。
 ほとんど真上を向いた砲口から発射された14センチ砲用の多目的榴弾は姫本体ではなく、姫の右側にある、リコリス飛行場基地だったもの――――姫の艤装の上部に配置されていた無数のミサイルセルの開口部に向かって正確に飛んで行った。天龍だけでなく、ショートランドの多摩も、いつの間にか合流していた『大往生』も、ありったけの砲弾を姫に向かって吐きだした。

 ――――もう一度ふっ飛ばしてやる!

 姫の表皮に着弾した砲弾群は、徹甲弾も多目的榴弾も無力だった。かすり傷1つつけられずに終わった。ひどいのになると『大往生』から斉射された対地攻撃用のロケット弾のように姫のモチモチお肌の弾力にあえなく弾き飛ばされて、表面に軽い焦げ跡を残すだけだったなんてのも数多くあった。
 そんな無駄弾の一発が再びミサイルセルに着弾。
 今度はセルが醜く歪んでひしゃげただけだった。多目的榴弾を使っていたため、着弾して爆発はしたものの、先ほどのように盛大なものではなかった。
 中身が空っぽのセルが再び桃色の発砲粘液に包まれ、元の形状を取り戻す。

「アラアラ、ザンネン、ダッタワネ」
『まだであります!!』

 その大声の返事が聞こえてきたのは、姫のすぐ耳元からだった。

「!?」

 驚き、思わずそちらに振り返った姫が見たのは、両拳に大発を装着した、あきつ丸の姿だった。
 フリークライミングの要領で姫の足をよじ登り、いつの間にか肩の上に上り詰めていたあきつ丸だった。

『ダイダロ……大発アタック! であります!!』

 言い切るが早いか、あきつ丸が振りかざした右ストレートを姫の巨大な口の端に叩き込む。口の中で大発動艇をパージ。続けて同一ヶ所に左ストレート。やはりこちらも口内で大発動艇をパージ。
 姫からすれば、上唇と下唇の間のほんの小さな隙間だったが、それでも超展開中の戦艦娘が親指サイズになる巨躯である。巨大な艦娘に変身(Transform)したあきつ丸からすれば、充分に余裕のある隙間だった。
 口の中に押し込まれた大発動艇を姫がぺっと吐きだすよりも先に、あきつ丸が自我コマンドを入力。殴った際の衝撃で歪んだ大発の出撃ハッチを爆破処理。内部に冬眠待機状態で満載してあった、対人機械歩兵『SSS(シャルクルス・ステルス・スタイル)』を全機一斉に起動させる。

『15年以上も前の旧式とはいえ、カトルオックス社が生んだ傑作中の傑作兵器であります!』

 あきつ丸の自慢に応えた訳ではないのだろうが、赤く澄んだ一つ目のレンズを光らせ、短いアラートブザーを一度鳴らすと、熱光学迷彩を起動。光と熱から完全に透明になった数百機のSSSが、ガシャガシャガシャと不吉な足音だけを残して姫の口の奥から体内へと侵入を始めた。

 白兵だ! 一寸法師の要領で仕留めるぞ!!

 不意に脳裏にフラッシュバックした井戸の叫び声に、喉元を通り過ぎるザラザラとした違和感に、姫の顔から血の気が引く。
 姫は咄嗟に背を丸めて盛大にせき込み、喉に勢いよく指を突っ込んで中身を吐きだそうとした。背中が丸まり、それにつられて下がってきた頭を狙って、井戸と天龍が大太刀状のマストブレード(っぽいチェーンソー)を左手で肩に乗せ、開いた右手一本で適当な髪の毛を束でつかむと、姫の頭の上に飛び乗った。

【メインシステムデバイス維持系より警告:左右脚部の運動デバイスに異常な過負荷が発生しています】
【メインシステムデバイス維持系より警告:左右脛骨ユニットに異常圧力。亀裂が発生しています】

 海水浮力が消えて、全排水量が両脚に掛かっている事を示すシステムアラートを意図的に無視した二人がそれぞれ自我コマンドを入力。天龍は大太刀状のマストブレード(っぽいチェーンソー)を頭に突き刺し、井戸は14センチ単装砲でそこかしこを撃ち始めた。

 ――――掛かったな、アホが!
【くたばれ!!】

 対爆コンクリートを想像させるような頑丈さの頭皮に火花が散り、飛行甲板を形成している、ワイヤーロープのようなブッ太さの髪の毛が多目的榴弾の爆発と破片によって切断され、

 ――――駄目かッ!
 【畜生が! ダイヤモンドかよッ!?】

 なかった。
 天龍が突き立てた大太刀状のマストブレード(っぽいチェーンソー)は薄皮一枚切ること敵わず空しく、表皮で火花を散らし続けるのみであり、井戸の照準で放った14センチ単装砲の多目的榴弾も、ワイヤーロープのようなブッ太さの髪の毛数本を揺らし、毛根付近にダニよろしくへばり付いていた飛行小型種数匹を撃破したのみに終わった。
 全くの徒労だった。
 あまつさえ、全力運転を続ける大太刀状のマストブレード(っぽいチェーンソー)の近くにあった髪の毛が駆動部に巻き込まれてしまい、稼働中の勢いそのままにチェーンが四方八方に弾け飛んだ。

「エエイ、ウットオシイ!!」

 何とか全てのSSSを吐き出し終えた姫がデスメタル・シンガーめいて頭を激しく上下させる。井戸が遠心力に負けじと髪の毛を掴もうとする。その意思を受信した天龍がそれに両腕部と五指運動デバイスのマックストルクで応える。無駄と知りつつも大太刀状のマストブレード(っぽいチェーンソーだったもの)の柄で姫の頭皮を何度も殴りつける。

「ウセロ! ゴミムシ!!」

 姫が手すきの両手の指を頭皮に突き立てる。僚艦からのデータリンク映像越しにそれを見た井戸と天龍の背筋から、血の気が引く。

 ――――ッ!!
【や、やばッ!?】

 シャンプーもリンスも無く、水に濡らしてすらいないが、姫が勢いよく洗髪を開始する。咄嗟に髪を掴んでいた手を離したまでは良かったが、運悪く姫の左薬指に右足首を引っ掛けられ、巻き添えを食った飛行小型種や指に絡まって毛根ごと引っこ抜かれた毛髪ごと空中高くに勢いよく放り出された。
 数秒間の0G。
 自由落下中特有の、あの奇妙な冷たい感覚が井戸と天龍の股間から首筋までを一息に駆け上がる。
 姫が、右の平手を天高くに振り上げていたのがはっきりと、スローモーションで見えた。
 目が合った。

 咄嗟に両腕を上げて顔と頭をガードするが早いか、ハエ叩きのような垂直落下式の張り手が、天龍の全身を打ち据え、海面に恐ろしい勢いで叩き付けた。
 全身を走る激痛の幻覚で、井戸の意識が一瞬にして遠ざかり、完全に途切れる寸前のところで天龍がデバイス維持系に最優先コマンド。微電流による心肺蘇生を実行する。

【おい、井戸! しっかりしろ!!】
 ――――ぅぬ、ぅ……! て、天龍、無事 か……?
【お前自分の心配しろよ!?】

 よかった、無事だ。と天龍が安堵の概念を井戸に漏らすよりも先に、軽巡洋艦としての『天龍』のシステムから、警告が入った。

【メインシステムデバイス維持系より緊急警告:脊椎小脳デバイス機能停止。システムフリーズ。艦体各所のレスポンス、およびリアクションに深刻な遅延が発生しています】
 ――――こんな時に!
【ックショウが! 動け、動けよ! オレの身体だろうが!!】

 提督が発し、艦娘が翻訳したコマンドを艦体へと送信した際、超展開中の艦体はその巨体故に、コマンドの受信から動作の完了までの一連の作業に、深刻なタイムラグを生じる。そのタイムラグを埋め合わせる為に、歩く走る泳ぐ殴るといった基本動作を一括制御しつつ、提督や艦娘らからの命令を中継・補佐する機械小脳が、各艦娘には標準搭載されている。分かり易く言えば、ゴジラ第二の脳みたいなもんである。
 基本的な動作は機械小脳に一任し、必要があればそこにコマンドで割り込み、専用のプロセッサと容量を与えられた機械小脳が超高速でそのコマンドを処理するという形式をとる事によって、超展開中の艦娘は、圧縮保存(艦娘)状態の時とそう大差無い機敏な運動能力を獲得したのだ。無論、普通の小脳らしく、長く同じ艦娘を運用し続けてくれば各々の提督の癖とでもいうべき動作も学習し、基本動作の中に加えてくれる。風の噂によればワイヤーロープで蝶々結びをやってのけた婦人警官兼提督が昔いたそうだが本当だろうか。
 そして、その機械小脳の搭載数は最新鋭の改二型艦娘なら脊椎沿いに3つと四肢に各1つずつの計7つ、古鷹型や妙高型なら脊椎に2つか3つで、世界最古の艦娘であるプロトタイプ吹雪は0で、古参に分類される天龍型の機械小脳の合計数は、たったの1つだけだった。
 超展開中の艦体はその巨体故に、コマンドの受信から動作の完了までの一連の作業に、深刻なタイムラグを生じる。
 致命的なタイムラグだった。
 無駄と理解しつつも井戸が連続でコマンドを送り、天龍が薬物信号で処理速度にブーストを掛けるも、最初のコマンド入力から2秒以上経ってから、ようやく艦体としての天龍が海底に手を付き、体を起こし始めたくらいだ。
 そして、酷くぎこちない動きで立ち上がろうとしていた天龍を、姫が優しく、足の甲で掬い上げる様にして蹴り上げた。
 超展開中の天龍が、軽巡洋艦サイズの巨大な構造物が、周囲の海水や海底の砂利もろともに放物線を描いて宙を舞う。

「アァ……アア! ナンテコト!」

 姫が顔を両手で覆い、嘲笑う表情のままわざとらしい悲壮な声を上げる。
 大潮や如月、203の電らは、姫に近づく事すらできなかった。
 姫の腰の両側背後からひっそりと伸びている2基4門の対空砲による弾幕と、冷却と再生と再装填の終わったミサイルセルから発射された、納豆じみた変態的密度の迎撃ミサイルの嵐に阻まれ、二進も三進もいかなくなっていた。対空砲に積まれていたのは、第三世代型の深海凄艦用が持つ生物化学的な機密保持システムの誤作動を誘発させるためのオキシゲンヘッドだったから、まとめて数十発を同一ヶ所に撃ち込まれても何ともなかったが、弾速と着弾時の衝撃が生半可ではなかった。主砲の防盾に当たろうものなら腕ごと肩の後ろに吹き飛ばされそうになる。事実、如月の持っていた12.7センチ連装砲はそれで彼女の手の中から吹き飛ばされ、背中に背負っていた火炎放射器に手を伸ばす事になった。
 大潮らは苦し紛れに護衛のヲ級変異種に狙いを変更していたが、如月が火炎放射器で焼き殺した2匹以外には大した戦果を上げられていなかった。おまけに如月の火炎放射器もそこで燃料タンクが空になった。
 その光景を見て、姫は口だけを歪ませて笑う。

「オォ……オオ! ナンテ、ヒドイ!」
『ザッケンナコラー!!』

 その光景を見て、姫や井戸達の頭上高くで残り5隻(5島か?)の浮遊要塞を、自らの艦載機とカラテのみで牽制し続けていたラバウルTKTの龍驤改二が激昂。腰の赤いドロップ缶に詰め込まれた立方体状のエネルギー触媒を乱雑に掴み取ってかみ砕き、靴状艤装の裏側から斥力場を無制限領域で発振。大形空母とそう大差無い大きさの前歯を足場にして、自由落下の勢いも借りて、流れ星のような垂直落下で突撃する。

『イヤーッ!!』

 そしてカラテシャウト一閃、空中で半回転して姿勢を入れ替え、前方の姫目がけて片足を力強く突き出した姿勢のまま――――怒れるバッタの構えだ――――龍驤が突撃する。
 自我コマンドを入力。
 着弾時の威力をかさ上げするため、再び靴状艤装に斥力場の発進をコマンド。その裏側に準備通電が始まる。
 そして、

『ンアーッ!?』

 そして、龍驤の突撃は失敗に終わった。
 当たるどころか空中で迎撃された。
 姫の背後で一瞬の閃光。龍驤のクウボ視覚野にはそれで十分だった。龍驤がほんの一瞬で索敵を完了させ、データリンクを更新させる。
 姫の背後で再び発光。龍驤の顔が引きつる。

『アカン、それはちょっちアカンで――――』

 ガダルカナル島の山間部に、無数の枝葉と泥を頭っから被ってカムフラージュして潜伏していた、複数の白い鬼の量産型――――後の装甲空母鬼――――らによる狙撃で、未だ空中にあった龍驤はあっさりと吹き飛ばされた。そして、間髪入れずに何度も狙撃され、その度に龍驤は空中で独楽のようにクルクルと舞い、その度に増設デバイスが吹き飛ばされ、右腕がおかしな方向に捻じ曲がり、左足が膝のあたりから千切れ飛び、最後には軽空母本来の姿に戻って、いくつかの大きな残骸に砕けて、姫の足元の海面へと落ちていった。

「オォ……オオ! ソンナ、ソンナ!」

 それらの光景を見て、姫は嘲笑う表情のまま、再びわざとらしい悲壮な声を上げる。龍驤の艦首が沈んだ辺りをグリグリと踏みつけ、そして、

「ソンナ、ソンナ! ソォォォンナ、ヒンジャクナ! ムシケラ! ムシケラドモメ!!」

 姫が、とうとう堪え切れないといったように大きく肩を震わせ、片手で天龍を指さし片手で片腹を押さえ、はしたなくも大口を開けて嘲笑い出した。

「オマエタチガ、ワタシヲ、タオセルト、オモッテイルノ!?」
『お前を殺せると思ってるよ』

 割り込み通信。
 片腹を押さえ、ゲラゲラと井戸達を見下ろし笑い続ける姫の左側頭部に、無数の砲撃が突き刺さった。着弾時の衝撃で首が肩に押し付けられ、その時点で信管が起爆。姫の左側頭部にある肉と皮を内側から吹き飛ばし、髪の毛状の滑走路をいくつか脱落させた。

「アgッ!?」

 続けて着弾。
 今度は冠菊やガーベラの花、あるいはしだれ柳のように――――細く長い放射状に伸びる、無数のナパームジェルの白煙熱が姫の頭に降り注ぐ。対深海凄艦向けに調整された特製ナパームは、姫の表皮に付着するや否や、浸透圧差を利用して皮膚の内側へと深く浸透し、今度は温度差と体内の水分を利用して発火。姫の身体を内側から焼き殺していく。
 ましてや、自己修復が始まっておらず、剥き出しになったままの肉と脂なぞ、薪か燃料にでもしてくださいと言わんばかりの絶好の攻撃ポイントだった。
 さらに三式弾が雨あられと降り注ぐ。次の狙いは護衛のヲ級変異種も巻き添えに狙った広範囲への散布砲撃。ヲ級の触手が自動的に迎撃するも、中身のナパームがより広範囲に飛び散り、被害を拡大させる結果に終わった。空母ヲ級のクラゲ様の器官が、触手が、少女型のボディユニットが、熱に炙られたスルメの様に不自然に踊り、力尽きて炎の下の暗い海の底に沈んで逝った。あの巨体が倒れた際に発生したはずの音は、空気が焼ける音と姫の悲鳴に掻き消されてどの提督にも聞こえず、どの艦娘の聴覚デバイスにも拾われなかった。
 その間にも、姫が降りかかったナパームを何とかこそげ落とそうともがいていた。

「ア、アツッ!! アツイ!?」

 左のこめかみ付近の肉をえぐり取って最後までへばり付いていたナパームの炎を引き剥がし、その傷口を抑えていた左手ごとまとめて発砲粘液で包まれた姫が『ダレダ!?』と叫びながら振り返る。井戸達は振り返らない。今しがたの声に、聞き覚えがあったからだ。
 姫の振り向いたその先。そこには、無数の駆逐艦と軽巡洋艦を引き連れた、超展開中の『愛宕』『古鷹』『赤城』『妙高』『那智』の姿があった。
 その援軍の姿を見て、A隊の最後尾にいた輝と深雪が同時に歓声を上げた。

『『メナイ少佐!!』』
『待たせたな。B隊はこれよりA隊の援護に移る』

 五体無事な者は誰もいなかった。一見無傷に見える愛宕も、よくよく目を凝らしてみると青い服のそこかしこが破れて肌色が見えていたし、腰部を取り囲むようにして走っているCの字状の自由軌道ベルトがしっかりと歪んでいたし、主砲もいくつかが破損していた。音も波紋も無く海面を疾走する赤城の右腕はまともに機能していないらしく、不自然に宙に揺れていた。古鷹に至っては右腕そのものが肩から無くなっていた。その上、CIWSレーザーを短時間で照射し続けたのだろう、左目からしゅうしゅうと蒸気を吹き出し、目の周りの人工皮膚が真っ黒に焼け焦げていた。駆逐艦や軽巡洋艦の娘らも、誰一人の例外無く戦闘艦本来の姿に戻っていた。そして、2人の金剛と足柄の姿は無かった。
 そのことに真っ先に気付いた井戸と天龍が、何とか二本の足で立ち上がり、運良く無傷で稼働する14センチ単装砲の照準を姫に向けながらメナイに聞いた。

 ――――メナイ少佐。水野中佐と金剛は?
『……足柄は後方で遅滞戦闘中だ。ショートランドの金剛は駆動系をやられた。……水野中佐と金剛は、駄目だった』

 メナイは低く、重たい声で答えた。その足柄については、IFFが途切れてから大分時間が経過していたが、その事には触れなかった。
 その答えを聞いたA隊の――――特にブイン基地の面々が強く動揺した。あの水野が、帝国でも3人しかいないあの黄金剣翼持ちが、まさかこんな所で死ぬなんて。

『そ、そんな……』
『まだハッキリと死んだと決まった訳ではないのです!!』

 203の電が発した一言を、202の電が強く大声で否定した。

『金剛さん達の擱座海域はマークしてあるのです! だから、だから急いでこいつを――――!!』
「ヤレル、モノナラ、ヤッテミナサイ……!」

 こいつをやっつけって、早く助けに向かうのです。
 電がそう続けようとするよりも先に、AB各隊の誰も彼もが一斉に行動で返事をした。姫に向かって一斉に突撃を開始した。
 対する姫最後の護衛部隊であるガダルカナル島の山間部に潜伏していた22匹の装甲空母鬼は、泊地凄鬼の四角いカヌー型とは異なる鋭角三角形状の下半身から生えた、泊地凄鬼の『奥の手』よりも随分と小柄な両腕を器用に使い、主砲も副砲も、打てる砲を全て撃ちながら突進を開始。



 無防備にも姫が目を閉じ、いまだ真っ黒に炭化したままの全身各所の自己再生に集中し始める。
 小脳デバイスの再起動を完了させた天龍は壊れた大太刀状のマストブレード(っぽいチェーンソー)を投げ捨て、両手に61センチ4連装射突型酸素魚雷をセット。邪魔者が消えた浮遊要塞が砲身の先端を口から吐き出し間髪入れずに真下に撃ち下ろす。右耳の戒名ピアスが揺れるショートランドの多摩が左右の手甲からウルヴァリン鋼ベースの特殊合金製の鉤爪を伸ばして跳躍。輝と深雪は未だ自分達だけ超展開をしていない事をすっかり忘れていた。
 地上から海中に突入してもまったく突撃の勢いが衰えない装甲空母鬼が、その三角形状の下半身の鼻っ面を衝角に見立てて突撃。最先頭にいた天龍のアバラが3本持って逝かれるも、カウンターで合わせた射突型酸素魚雷で下半身の三角形を滅多打ちにする。その天龍の肩を足場に多摩が跳躍し、装甲空母鬼の上半身の首を刈り取る。浮遊要塞が主砲である8inch三連装砲で真下にいた如月を照準・発砲。対する如月はハナから浮遊要塞など目に無く、燃料切れでただの鉄塊と化していた火炎放射器の砲口付近を両手で握り、即席の棍棒として装甲空母鬼の脳天をブッ叩こうとした矢先に浮遊要塞の攻撃で吹き飛ばされた。眼下の乱戦に集中している浮遊要塞に向かって同高度で『大往生』が高速接近し、半端に開いた口の中に対艦ロケットを1グロスほどプレゼントし、先の1匹目のように内側から大爆発を起こさせた。出番は無いがラバウルTKTの妙高と那智はいい仕事をしており、那智は刀身に毒ジェルを塗りたくり、グリップガードにこれでもかと鋭いスパイクを付けたコブラ・ナイフで、妙高の方はクレリカル・メイス型のCIWSを片手に装甲空母鬼を血祭りにあげており、ついでとばかりに二人は隙さえあれば三式弾で姫に追撃を加えていた。37発撃って32発当たった。被弾箇所はほぼ前半身全域だった。やはり、ただの破片よりもナパームで継続的に焼かれる方が苦痛らしく、三式弾が直撃するたびに姫が短い悲鳴を上げていた。
 姫の全身を即座に発砲粘液が包み込む。
 大潮に照準を定めた装甲空母鬼が『奥の手』で海底を強くたたいて跳躍。空中で先程吹き飛ばされてきて如月と正面衝突し、落着時のドサクサに紛れて如月に喉を食い破られて死ぬ。残り4島となった浮遊要塞が大往生を敵と認識する。固く口を閉じ、高度を合わせたまま四方から押し潰そうと高速で接近する。絶滅ヘリ『大往生』のランナー席に座るむちむちポーク名誉会長大佐殿は2匹を正面衝突に誘導して自滅させ、最後に残った3匹目をテイルローターから火花が散るほどのニアミスでかろうじて回避し、4匹目がいつの間にか構えていた8inch三連装砲を回避できなかった。今しがたのニアミスで浮遊要塞表面のささくれがテイルローターを折り曲げていた。出来損ないの竹トンボと化して無様に回転するだけになった『大往生』が木端微塵に吹き飛ばされるのと同時に、海上にいた那智と妙高に三式弾の一斉射を叩き込まれ、最後まで浮いていた2島の浮遊要塞も『大往生』の後を辿った。
 姫の全身を包む発砲粘液の硬化が始まる。
 装甲空母鬼を食い殺した如月が再び姫に向かって疾走を開始。別の鬼3匹が阻止砲戦を開始。右腕が吹き飛ばされ、左腕が吹き飛ばされ、髪飾りをしていた辺りの頭蓋を吹き飛ばされてようやく如月が走れなくなった。如月だけではなかった。大潮も、203の電も、何の前触れも無くその艦体が色の無い濃霧に包まれ、元の駆逐艦本来の姿に戻っていった。

 超展開の時間切れ。

『こんな時に!? でも!』
『まだ終わってないのです!!』

 駆逐艦本来の姿に戻る一瞬前。202と203の電が最後っ屁とばかりに手にしていた打突型酸素魚雷を全身の筋肉とバネを使って全力投擲。
 それと同時に姫の自己再生が完了し、剥がれ落ちた泡の下から、まるで無傷の姫の白い肌が現れた。
 クルクルと回転しながら宙を飛んでくる小さな2つの魚雷と、AB各隊の心が折れる様を見て、姫は嗤う。

「フフ、カワイイワネ」

 着弾。くるぶしの辺りで蚊の一刺しにもならない爆発。203のはきちんと爆発したが、202のは先の泊地凄鬼との格闘中にどこかイカれたのか、爆発しなかった。
 変化は劇的だった。

「……エ?」

 姫の足が水を吸ったダンボールの様にぐしゃりと潰れて、姫がその場に盛大に尻餅をついた。よく見れば、艤装化した基地や髪の毛の滑走路のそこかしこも使い古されたハリボテのように大きく落ち窪み、虫食い穴が開いていた。
 何の前触れも無かった。理由など誰にも分かるはずがなかった。
 ただ、輝と深雪を除いたブイン基地の面々の脳裏には、かつてブイン基地に侵攻してきた、戦艦ル級の突然変異種――――ダ号目標の最後の姿がフラッシュバックしていた。
 だが何故。あのダ号と違って、この姫は地上でも平気で飛んだり跳ねたりしていたのに。

 ――――……そうだ。高速修復触媒(バケツ)だ。

 井戸が呟く。

 高速修復触媒。通称『バケツ』
 その密閉容器の色と形状から、提督諸氏と艦娘らからは『バケツ』という通称で通っている化学薬品である。ブリキ製の金属容器に錆止めと反応防止を兼ねた蛍光ペンキを塗装して、真空中で内容物を充填し、その後にプラスチック製の熱着式の封印蓋を施しただけの粗末な外見であるが、その効能は見た目を裏切る高性能である。
 使い方は簡単で、修理したい艦や機材の破損部分に修理用の鋼材を適当に添えて、統一規格燃料で溶いてお好みの粘度に調節した内容物をエアブラシで吹き付けたりハケで塗ったくったりするだけである。
 金属と接触した触媒は大気と反応してボコボコと沸騰するピンク色の粘液と化し、添えられた鋼材を喰って破損部を浸食。発砲粘液が完全硬化した頃を見計らってそれを取り除いてやればあら不思議、その下からはまるで無傷の艦や機材が現れる。と言った寸法だ。モノがモノだけに、一度封を開けたらもう蓋をしても手遅れなので短時間で使い切らないと反応しきって使い物にならなくなるのが玉に瑕だが。
 複雑で、非金属パーツを多用する電子機器などとは相性が悪いものの、そちらの修復も『とりあえずは』可能であり、普通に穴を塞ぐ場合でも周囲の金属の種類次第では鋼材が変な癒着を起こしたりするが、一部の研究者の間では次世代の非加熱処理合金の超低コストな製造方法として注目されていたりする、艦娘を含めた全ての機械にとっては万能薬のような存在である。
 そして、あの飛行場姫は、一度も外部から鋼材を補給したようには見えなかった。

 ――――あいつ、自分の身体を食い潰して再生してた、のか?
「ア……ウ、ウソ、ヨ……ウソ、ヨネ?」

 井戸の呟きに反応したかのように、ぺたりと女の子座りになった飛行場姫がぶるぶると震える己の両手を見る。何の前触れも無く左の小指が根元からぼろりと落ち、切断面からはしゅわしゅわと小さな発砲粘液が控えめに溢れ出してきた。
 よせばいいのに姫は、手首を返して傷口を見た。
 だから、よせばいいのにと、言ったのに。

「ッッッ!?」

 泡は、切断面の輪郭に沿うように噴いていた。
 泡の無い所にある肉が、ハッキリと見える速度で減っていった。それと反比例して、傷口がゆっくりと小さくなって、もげた指が再生し始めていた。
 姫が、混じり気無しの恐怖の悲鳴を上げた。

 ――――全艦突撃! 今だ! 今が最後のチャンスだ突っ込め!!

 言い切るよりも先に井戸と天龍が突撃。
 2人の狙いは姫ではなく、その足元に転がっている、202の電が先程投げた不発弾の大型魚雷だ。その意図に気付いたAB各隊と、生き残りの装甲空母鬼の群れも遅れて魚雷に殺到する。
 人も、深海も、もう後がなかった。切り札も奥の手も使い果たした先の正面衝突。
 文字通りの最終決戦だった。
 敵も味方も、もう誰もまともな声など発していなかった。
 誰も彼もが獣のように吠え、不発弾の魚雷に殺到していた。

 ――――【これだけデカい魚雷なら!!】

 海面にプカプカと浮いたままの魚雷に天龍が飛び掛かる。それを装甲空母鬼がタックルでインターセプト。天龍の指に引っ掛けられた魚雷は軽く宙を舞い、再び着水。今度は別の装甲空母鬼が『奥の手』でキャッチ。そのまま握り潰そうとする。

『こんダボハゼが何さらすぁっ!!』

 鬼が握力を込めるよりも先に、那智が手にしていたコブラナイフを全力で投擲。準マッハの速度を与えられた超硬ナイフは狙い違わず鬼の右目に直撃。刃に塗られたハチ毒由来のミックストキシンによる激痛で鬼の神経系に無秩序なパルスが迸る。魚雷はその拍子に手から零れ落ちた。最寄りの鬼3匹がわっと魚雷に駆け寄り、

『艦体のアイドル、那珂ちゃん大☆復☆活だよ~!!』

 今の今まで、海底で超展開状態を維持したまま死んだフリを続けてきた那珂ちゃんが鬼3匹の真ん中から急速浮上。魚雷を両手で抱え込み、真正面にいた鬼の頭を踏み台にしてさらに跳躍。挑発とばかりに空中で一粒300メートルのポーズをとりながら着水し、鬼の包囲網を飛び越えて、未だ座り込む姫に突撃を開始。

 だが、海水を押し分けて進む人型と、海中在来種である深海凄艦の間には、絶望的なまでの速度差があった。
 那珂ちゃんが10歩も進まない内に、先ほど踏み台にされた鬼(顔面に靴跡あり)が追いつき、右から追い抜く際に全身全霊の怒りを込めてアックスボンバー。
 那珂ちゃんが顔面から海面に叩き付けられ、すっぽ抜けた魚雷はクルクルと三度宙を舞い――――


『『深雪、超展開!!』』


 ここにきて、輝と深雪が始めて超展開を実行。駆逐艦娘が超展開を実行する際に発せられる轟音と閃光で鬼どもの目と耳を瞬間的に潰し、その隙に魚雷を空中でキャッチ。両腕と脇の下でしっかりと抱え込み、姫の膝元に着地すると同時に突撃。背後から追いかけてきた鬼どもは、さらに背後から追いかけてきたAB各隊の面々に寄って集って取り押さえられた。
 2人を遮るものは、物理的にも、奇跡的にも、何もなかった。

『『『いけ! やれ!! やっちまえ!!!』』』

 狙いは―――― 一際大きな穴の開いた下腹部。おヘソのすぐ上の辺り。ちょっと目を凝らせば微かに上下する内臓が暗がりの中に見て取れるほどの大きさと深さだ。
 あんなところで魚雷が爆発を起こせば、さしもの姫もひとたまりも無いはずだと、敵味方共に思っていた。だからこそどちらも必死になっていたのだ。

『『ぉぉぉぉああああああああああああああ!!!!!!!!』』

 輝と深雪は走りながら抱えていた魚雷を両手で大上段に構え、大げさなまでのスローイングで投擲。
 邪魔する者のいない魚雷は綺麗な放物線を描き、ゆっくりと半回転しながら姫の傷口に向かって正確に飛んで行き、傷口の少し内側に音も無く着弾し、

『え?』

 そして、不発に終わった。
 さもありなん。先程まであれだけ乱暴に扱われていたのに暴発しなかったのである。今更柔らかい肉の上に放り投げられたくらいで爆発する方がどうかしている。

『だ、だったら主砲で――――』
「サセルカ!!」

 そして、ここにきてようやく姫がパニックから立ち直って状況を把握したようで、主砲を構えた輝と深雪を膝の上からハタき落とし、尻餅をついたまま後方へと――――内陸部へと退避する。
 ここなら、陸の上なら、艦娘どもはやって来れない。

「フ、フフ、フフフフフフフフ……!! ザ、ザザ、ザンネン。ダッタワネ!! ココマデオイツメタノニ――――!?」

 傍から見ていて面白い位に脂汗をかいた姫が安堵のため息よりも先に強がりを口にしたのと同時に、姫の足元に四角い何かが転がってきた。
 そこにあったのは何の変哲も無い、重巡洋艦用の20.3センチ砲の砲塔ユニットだった。元々折れていたのか飛んできた際に折れたのかは不明だが、砲身は見事なまでに『く』の字に折れ曲がっており、まともに砲として扱うのは到底無理な損傷具合だった。
 艦体からパージされた接合部からは、いくつかの砲弾が転がり落ちて来ていたのが見えた。

「? ――――ッ!?」

 姫がその正体に気が付くのとほぼ同時に、その20.3センチ砲が大爆発を起こす。先の那智と妙高の三式弾の一斉射にも匹敵する火と熱量が辺り一帯に飛び散らかされる。姫の身体に火傷が広がり、自動修復の対価で身体がさらに食い潰される。
 突然の事に誰もが驚愕し、動きが止まった戦場に、ひときわ大きな汽笛が2つ、木霊した。
 夜が明ける。

『ハァイ。餓えた狼さんが、白ずきんちゃんを食べに来たわよ』
『ソーナンデース!!』

 皆が振り返ったその先。ゆっくりと昇り始めた朝日に照らされるようにして立っていた巨大な影。それは、ラバウルTKTの足柄と、ショートランドの金剛改二だった。
 どちらも壮絶い有様だった。金剛は背部の艤装が船っぽい鉄屑としか言いようのないレベルで破損しており、時折火煙を上げていた。おまけに両足首から先が無くなっていたから足柄の肩を借りなければ立つ事も出来ない有様だったし、当の足柄も、両足こそ無事だったが主砲も握力も左眼球サケードも各種内臓デバイスも、そのどれもこれもが機能停止寸前の損壊っぷりだった。2人とも、少し小突けばそのまま倒れそうなほどの損傷だった。
 だが、そんなナリでも二人の目は闘志と勝機に燃えていた。

『俺もいるぞ!』

 不意に、ショートランドの金剛から、誰か男の声がした。
 井戸も佐々木も輝も深雪も202の電も、誰もが知っている声だった。
 ブイン基地202艦隊の総司令官、水野の声だった。

 ――――【水野中佐!!】
『司令官さん! 無事だったのですね!?』
『電、心配かけたな』
『じ、心配じだな゙の゙でず!!』

 無線越しにも半泣きになって来そうな202の電とのやり取りの合間を縫って、多摩と超展開している佐々木も同期の桜との再会を喜んだ。最初の内だけは。

『水野、テメェ無事なら無事だってさっさと……いや、待て。オイコラ水野手前ェ、金剛の中の何処に居やがる? 補助席は超展開中のG揺れに対応してねぇだろうが』
『……』

 今更言うほどの事ではないが、余所様の艦娘の艦長席に無理矢理座るなど言語道断。犬畜生にも劣る悪逆非道の行いである。
 提督諸氏が故あって他所の艦隊の艦娘の中にお邪魔する場合には、そこに留意すべし。
 突如として冷たく恐ろしい声色になった佐々木の問いかけに、水野は短く答えた。 

『だ、大丈夫!(艦長席の)先っちょ、先っちょだけだから!』
『大丈夫なワケ在るかこんクソボケがぁ!!』

 無意識の内に多摩が肩に担いだ14センチ単装砲を金剛に向けて照準したのも無理のない話である。
 そして、2人がアホな掛け合い漫才をやらかしている間にも、餓えた狼こと足柄は黙々と己の成すべき事を成していた。

【メインシステム戦闘系より報告:主砲塔ユニット[02 03 04 05 06 07 08 09]の弾種換装・予備砲弾装填作業終了】
『02パージ』
【主砲塔ユニット[02]パージします】

 システム戦闘系からの報告を受け、足柄が自我コマンドで主砲塔ユニットの一つをパージ。握力の死んだ手のひらの上に乗せて、それをそのまま金剛に手渡す。それを受け取った金剛が、子供が石ころでも投げつけるかのように腕と肩の力と手首のスナップだけで姫に向かって投擲する。姫の額に直撃。それなりの速度と質量があったはずだが、巨体の姫からすれば、丸めた紙屑がぶつかった程度の衝撃しか感じていなかったようだ。
 足柄が自我コマンドを入力。投げつけた02砲台に自決コマンドを送信。コマンドを受け取った02が、内部に搭載してあった無数の三式弾を同時誘爆させる。
 せっかく傷口の塞がった姫の左顔面が、再び粘着性の炎で包まれる。

「キャアアァ!? カ、カオハヤメテ!!」
『『問答無用!!』』『デース!!』

 姫の懇願を一蹴した金剛と足柄と水野が次々と主砲を投げつける。そのどれもに三式弾が満載されており、直撃せずとも、至近で自爆させては少なくない量の熱を姫に与え続けた。
 両手両足、艤装、肩、ミサイルセル、髪の毛の滑走路、乳尻太腿。顔を除いた姫の全身至る所に、20.3センチ砲の爆発と炎が降りかかる。

【主砲塔ユニット[09]パージします】
『これで……ラストォォォ!!』『デース!!』

 最後の主砲を投げつけようとしたまさにその瞬間、AB各隊に寄って集って取り押さえられていた装甲空母鬼の一匹が、主砲の16inch連装砲を発射。無理矢理な姿勢からの発射だったため、先の龍驤を狙撃した時ほどの正確さは無く、足柄達のすぐ背後に着弾しただけだった。
 2人にはそれで十分だった。
 至近距離からの爆発の影響でゾンビと死体の中間地点みたいな不安定な挙動を示していた足柄の三軸ジャイロが完全に死に、バランスを崩して転倒する。足首から先が無い金剛も咄嗟に金剛の襟首をつかんだ足柄につられて転倒。盛大な水柱が立つ。
 狼藉を働いた鬼は直ちに射突型酸素魚雷のラッシュで物理的に沈黙させられたが、投げられた主砲は僅かに届かず、姫の正面の海中にドボンと落ちた。

『深雪!』
 ――――天龍!
『合点だぜ、司令官!!』
【応よ!!】

 最速の反応を示したのは、姫にも寄りの海中で尻餅をついていた輝と深雪、そして、井戸と天龍だった。他の面々は、二度と邪魔が入らない様に装甲空母鬼を徹底して叩いていた。
 浮遊要塞が沈み、飛行小型種も全て尽き果てた姫に、この4人を止める手段は残されていなかった。
 深雪が先行してお腹の大穴の中に残されたままの魚雷の元へと向かい、天龍は沈んでいた主砲塔ユニットを走りざまに両手で抱え込み、それを力いっぱいに投げつける。

「エ……エ? エ!?」

 どちらを先に迎撃するべきか、一瞬だけでも迷ったのが運の尽きだった。
 天龍の投げた20.3センチ砲は狙い違わず、姫の御中の大穴の中に飛んで行き、そして、202の魚雷の元に落ちてきた。
 輝と深雪が走りながら主砲を構える。
 撃つ。

「ヤメロ! ヤメロォォォォォ!!!!」

 狙いの甘かった砲撃はむしろわざとではないかというほどに外れ、7発目にしてようやく魚雷に直撃。魚雷と、足柄の投げた主砲の誘爆による爆圧で、深雪が――――駆逐艦サイズの構造物が、外まで吹き飛ばされた。幸か不幸か、顔やセーラー服が煤けた以外には大きな火傷は見られなかった。
 対する姫は、致命傷だった。
 元々自家崩壊寸前だった所に、大爆発によるショックと、自分では止められない自己再生による身体の食い潰しが重なり、とうとう超えてはいけない限界点を超えて崩れ落ちた。
 艤装内部に残っていた航空機用の燃料タンクやコンクリート内の鉄芯すらも食い潰してなお自己再生は止まらない。
 孔のあいた燃料タンクの中身が外気に触れて気化し、引火する。たちまちのうちに姫の全身が炎に包まれる。

「モエル……モエテ、シマウ……コレハ、ユメ、ネ……ワルイユメ、ナノヨ……」

 枯れ木か何かの様に勢い良く燃え始めた自身の身体を、茫洋とした瞳で見つめ続けるだけだった姫に、変化が訪れた。
 姫の背後。ソロモン海最深部の方角より、一機の飛行小型種が――――それも超音速機が――――姫の頭上高くをフライパスして北の空へと消えていった。
 それを見た姫の瞳に光が戻り、そして、全身を炎に包まれながらも狂ったように笑い出した。今までの嘲笑とは違う、歓喜の笑いだった。

「カッタ! カッタゾ! ワタシハ、ワタシハ、ヤッタ!! ヤッタゾ!! ワタシノ、ワタシタチノ、ショウリダ!! アッハハハハハハハハハハハハハハハ!!」

 今までの嘲笑とは違う、歓喜の笑い声を上げながら姫は――――リコリス・ヘンダーソンは炎の中に崩れ落ち、二度と動かなくなった。
 日が高く上り始め、澄み渡る青と白に色付いたアイアンボトムサウンドに、静寂が訪れた。
 天龍の索敵系が告げる。

【メインシステム索敵系より報告:最優先目標H1よりパゼスド逆背景放射線の発生停止を確認】
【メインシステム索敵系より報告:PRBR検出デバイスに反応無し。周辺海域のパゼスド逆背景放射線、急速減少中】

 誰かが呟いた。

『……勝った、のか?』
『俺達だけで……こんな少人数で、大巣穴を落とした、のか……?』

 しばしの静寂の後、誰も彼もから大歓声の爆発が起こった。今までの死闘が霞んで見えるほどの大音量だった。

『う、うおおおおおおおおおおおおおおおおあおあおおおおぉぉぉん!! 圧倒的大勝利感ンンンンンンン!!!!』
『やったー!! やったやったやったー! 医務室のご主人様ー!! 漣、漣やりましたよー!!』
『アイドルはー……沈まないけどー……沈みそうなほど全身痛いですー……誰か、ボスケテ……』
『まさか……信じられん。こんな僅かな人数で大巣穴を落としただと……!?』
『あら、パパ。私と、みんなの実力が信じられないの?』
『終わった……終わったぞ天龍! 帰れる! 俺達は帰れるんだぞ!!』
『ああ、やったな井戸! ううん、井戸水!!』
『金剛……敵、取ったからな……!!』
『はわわ。信じられな……あ、あーっ!!』

 突如として可愛い悲鳴を上げた電(202)に、どうしたと誰も彼もが視線を向ける。

『大事なこと忘れてたのです! C隊、C隊の方々にも急いで報告しなきゃなのです!!』

 そんなの、無線連絡で一発だろ。と誰かが言い出そうとした所で全員が気が付いた。
 電波の中継をしていた衛星も『大往生』も、存在していない事に。

『あ! じゃあ僕が! あ、いえ、自分と深雪が直接連絡に向かうであります! 損傷も一番軽微ですし燃料もまだ十分に残っていますし』
『そ、そうか。良し、頼む! 俺達は金剛を回収して、先にブインに戻ってるからな』
『『了解しました!!』』

 駆逐艦本来の姿に戻った深雪が回頭し、旧ソロモン諸島から南太平洋上のC隊に向かって移動を開始する。

 その背中を見送り、A隊のリーダーを務めている井戸が言った。


「さぁ、帰ろう! 帰ったら祝勝パーティだ! パーッとやるぞ、パーッと!!」
























 本日の戦果:(回収されたブラックボックスより起こし)

 第3ひ号目標(飛行場姫)x1
 泊地凄鬼        ×1
 浮遊要塞        ×6
 装甲空母鬼       ×22

 駆逐イ級        ×320
 駆逐ロ級        ×316
 駆逐ハ級        ×300
 駆逐ニ級        ×171
 軽巡ホ級        ×203
 軽巡ヘ級        ×188
 軽巡ト級        ×107
 雷巡チ級        ×155
 重巡リ級        ×350
 戦艦ル級        ×8
 戦艦ル級(突然変異種) ×2
 空母ヲ級(突然変異種) ×12
 戦艦タ級        ×24

 小型飛行種       ×計測不能(※超音速種、超小型種を含み、撃墜手当を含まず)

 各種特別手当:


 
 各種特別手当:

 大形艦種撃沈手当
 緊急出撃手当
 國民健康保険料免除

 以上


 本日の被害:(回収されたブラックボックスより起こし)

 ブイン基地
 軽巡洋艦  『天龍』:轟沈
 軽巡洋艦  『那珂』:轟沈
 重巡洋艦  『古鷹』:轟沈
 航空母艦  『赤城』:轟沈
 駆逐艦   『大潮』:轟沈
 駆逐艦   『如月』:轟沈
 駆逐艦    『電』:轟沈

 戦艦  『金剛改二』:轟沈
 駆逐艦    『電』:轟沈

 重巡洋艦『愛宕』  :轟沈

 ショートランド泊地
 軽巡洋艦  『多摩』:轟沈
 戦艦  『金剛改二』:轟沈
 潜水艦  『伊8号』:轟沈

 ラバウル基地
 ラバウル聖獣騎士団所属の艦娘:全艦轟沈
 揚陸艦『あきつ丸改』:轟沈
 駆逐艦 『夕立改二』:轟沈
 戦艦    『陸奥』:轟沈
 駆逐艦   『雪風』:健在

 TKTラバウル支部
 絶滅ヘリ 『大往生』:撃墜
 重巡洋艦 『羽黒改』(遺影のみ):消失
 軽空母 『龍驤改二』:轟沈
 重巡洋艦 『妙高改』:轟沈
 重巡洋艦 『那智改』:轟沈
 重巡洋艦 『足柄改』:轟沈
 軽巡『那珂(無表情)』:轟沈

    零式艦戦21型:健在0、未帰還機18
      九九式艦爆:健在0、未帰還機18  
      九七式艦攻:健在0、未帰還機38

        SSS:帰還0、未帰還機255


 各種特別手当:

 入渠ドック使用料全額免除
 各種物資の最優先配給
 勲章授与(※1)

 以上

 ※1 R-99『ラストダンサー作戦』に参加した全将兵および全ての艦娘に対し、南十字星従軍勲章を授与する。
 また、目隠輝少佐に対し、傷付いた獅子賞を代理授与する。





 R-99『ラストダンサー作戦』状況推移


 大本営が第3ひ号目標(飛行場姫)の存在を確認。第1次南方海域増強派兵部隊の編成を開始。
 第1次南方海域増強派兵部隊の派兵開始。
 プロトタイプ大和2号機爆発事故発生。この余波により第1次南方海域増強派兵部隊を再編成。
 第1次南方海域増強派兵部隊が到着。ブイン基地には目隠輝少佐と秘書艦『深雪』の2名が着任。
 帝国本土より正規量産型の戦艦娘『大和』20隻からなる重打撃部隊が出撃。目標は第3ひ号目標(飛行場姫)の完滅。
 R-99の命令書がFAX送信される。

(R-99発令)
 目隠輝少佐と秘書艦『深雪』の初陣。深海凄艦が曳航中だった『伊19号』『能代』の奪還に成功。
 リコリス飛行場基地に、極めて大規模な物資・援軍が補給される。この中には泊地凄鬼の主砲の専用砲弾も数発含まれる。
『伊19号』『能代』が帝国本土に向けて曳航される。
 リコリス飛行場基地より小規模な敵群が隠密出撃。
 リコリス飛行場基地の泊地凄鬼による衛星狙撃。南方海域監視衛星『サザンコンフォート』撃墜。
 南方海域全域に特別厳戒態勢が発令される。
 夜間緊急哨戒中のブイン基地、ショートランド泊地所属の各艦が、リコリス飛行場基地より隠密出撃していた深海凄艦群と交戦開始。
 この戦闘により、ラバウル基地の備蓄物資が3割を切る。ブイン、ショートランドはほぼ枯渇。
 ブイン基地全将兵、およびラバウル基地、ショートランド泊地より選抜部隊の選定を開始。
 井戸少佐が寝ないで3時間で作戦を考える。
 ラバウル基地、ショートランド泊地より選抜部隊がブイン基地に到着。

(R-99状況開始)
 南方海域の衛星監視再開。
 監視担当は東部太平洋海域監視衛星『ザザ・マスカレード』西部太平洋海域監視衛星『ザザ・マスコリーダ』がそれぞれ兼任。
 第五物資補給島よりブイン基地に向けて緊急輸送開始。
 ABC隊のうち、A、C隊が先行して隠密出撃。
 B隊出撃。
 ラバウル基地の聖獣『陸奥』および護衛の『雪風』が近海各島の住民の避難誘導を開始。ただし夕立改二はお留守番っぽい。
 駆逐艦娘『雪風』に軽微なエンジントラブル。航行に支障無し。
 A、B隊との通信途絶。
 C隊より早期警戒機(っぽい何か)『MidnightEye-01』『MidnightEye-02』発進。
 敵深海凄艦に鹵獲されたと思わしき電子支配機『UnchainedSilence』を確認。交戦開始。
 A、B隊との通信回復。
 B隊の足柄より支援要請。
 B隊の足柄より要請撤回。
 ラバウル基地の聖獣『陸奥』および護衛の『雪風』が近海各島の住民の避難誘導を完了。補給の後、リコリス飛行場基地に向かって出撃を開始。
 駆逐艦娘『雪風』に原因不明の致命的なエンジントラブル。修理のため、最寄りのポートモレスピーに単艦で寄港。
 A隊より泊地凄鬼発見の報告。
 A隊より支援要請。
 支援攻撃が泊地凄鬼を直撃。効果無し。
 足柄のIFF反応が消失。
 A隊がガダルカナル島沖に到着。交戦開始。
 金剛改二(ブイン)のIFF反応が消失。

 泊地凄鬼の撃破を確認。
 リコリス飛行場基地の破壊を確認。

 リコリス飛行場基地周辺のパゼスド逆背景放射線量が異常な速度で上昇する。
 リコリス飛行場基地周辺のパゼスド逆背景放射線量が異常な濃度に達する。線量の上昇は止まらず。
 リコリス飛行場基地に発光現象確認。
 東部太平洋海域監視衛星『ザザ・マスカレード』が第3ひ号目標(飛行場姫)を光学的に確認。遅れて『ザザ・マスコリーダ』も光学的に確認。
 ガダルカナル島南沖より、12個の未確認飛行物体(後の浮遊要塞)が浮上。
 6個はサーモン海域(旧ソロモン海域)の最深部上空にて待機。残る6個は第3ひ号目標(飛行場姫)の頭上に移動。
 A隊交戦開始。
 西部太平洋海域監視衛星『ザザ・マスコリーダ』が、リコリス飛行場基地周辺に不自然な黒雲の発生を確認。正体は無数の飛行小型種と判明。
 那珂ちゃん(ブイン)のIFF反応が消失。
 浮遊要塞1島の撃墜を確認。
 南太平洋上のC隊がリコリスとは別群の深海凄艦群に捕捉される。
 駆逐艦娘『雪風』の修理完了。ポートモレスピーを出港。
 駆逐艦娘『雪風』の通信デバイスが原因不明の故障。修理を継続しつつ、そのまま航海を続行。
 C隊が独自に支援攻撃を開始。
 支援攻撃により飛行小型種が消滅。
 C隊各艦のIFF反応が消失。
 龍驤改二(TKT)のIFF反応が消失。
 深海凄艦の未確認個体を確認。総数22。後の調査により、カスダガマ島の『鬼』と同一種であると断定される。
 B隊がガダルカナル島沖に到着。
 B隊交戦開始。
 浮遊要塞3島の撃墜を確認。
 絶滅ヘリ『大往生』のIFF反応が消失。
 浮遊要塞1島の撃墜を確認。
 サーモン海域最深部上空にて待機中の浮遊要塞に動き無し。
 装甲空母鬼群の撃破を確認。

 第3ひ号目標(飛行場姫)の確実な破壊を確認。
 リコリス飛行場基地周辺のパゼスド逆背景放射線量が急速に低下。通常閾値に回復。

 深雪(ブイン)が単独で北上を開始。C隊との合流が目的と予想される。
 新型艦娘『プロトタイプ伊19号』完成。
 駆逐艦娘『雪風』の羅針盤が狂う。


(R-99状況終了)
 リコリス飛行場基地周辺のパゼスド逆背景放射線量が再度急上昇を開始。爆心地はサーモン海域最深部。
 同海域に発光現象を確認。
 同海域に未確認識別個体発生。該当データ無し。
 観測されたパゼスド逆背景放射線の数値とパターンから戦艦系の姫種と断定。未確認識別個体を第4ひ号目標(戦艦棲姫)と呼称。
 同海域に空母ヲ級と軽母ヌ級を中核とした空母機動部隊の浮上を確認。
 第4ひ号目標と浮遊要塞、敵空母機動部隊が移動開始。
 旧ソロモン諸島周辺の大深度海域より、空母ヲ級と軽母ヌ級を中核とする極めて大規模な空母機動部隊の浮上を確認。
 AB各隊、第4ひ号目標と交戦開始。
 AB各隊のIFF反応の消失を確認。敵損害は事実上の皆無。
 第4ひ号目標、ガダルカナル島周辺の深海凄艦群と合流。
 深海凄艦群の一部が深雪を捕捉。追撃を開始。
 深雪(ブイン)のIFF反応が消失。
 第4ひ号目標、西北西に移動開始。直線上にあるショートランド、ブインを素通りし、ラバウル基地に接近。
 ラバウル基地の聖獣『陸奥』が、ラバウル近海にて戦艦娘『大和』20隻からなる重打撃部隊と合流。ラバウル近海に防衛システムを構築。
 迷子の駆逐艦娘『雪風』が漂流中の目隠輝少佐を保護・回収。同時に羅針盤と通信デバイス復旧。
 ラバウル基地との応答途絶。
 第4ひ号目標が西進を再開。目的地は南西諸島海域と推定。
 南西諸島海域全域に特別警戒態勢が発令される。それに伴いオリョクルも中断される。
 深海凄艦群の一部が分裂・北上し、パラオ泊地を捕捉する。
 パラオ泊地、交戦を開始。
 パラオ泊地の防衛に成功。第4ひ号目標は依然として西進中。
 第4ひ号目標の監視担当を南西諸島海域監視衛星『セブンスヘヴン』に移行。

 ミッドウェー島周辺のパゼスド逆背景放射線量が異常な速度で上昇する。
 ミッドウェー島周辺のパゼスド逆背景放射線量が異常な濃度に達する。線量の上昇は止まらず。
 ミッドウェー島に発光現象確認。
 ミッドウェー島に未確認識別個体発生。該当データ無し。未確認識別個体を第5ひ号目標(中間棲姫)と呼称。
 中部海域監視衛星『ブラックベルベット』が第5ひ号目標の追跡監視を開始。
 駆逐艦娘『雪風』の羅針盤が再度狂う。

 迷子の駆逐艦娘『雪風』がトラック泊地の巡回部隊に救出される。数日間の休養の後、2人は病院船に乗って本土に帰還を開始。
 第4ひ号目標が南西諸島海域に到達する。
 スリガオ要塞からの長距離ミサイル、ならびにオリョクル軍団による漸減作戦が開始される。 
これにより多数の空母ヲ級、軽母ヌ級の撃沈に成功するも、オリョクル軍団は壊滅状態となる。
 スリガオ要塞に第4ひ号目標が接近するも、北北東に転進。最終目的地は帝国本土と推定。
 帝国全土に第三種警戒態勢が発令される。
 目隠少佐と雪風、本土に帰還。
 大本営は第4ひ号目標対策として戦力の編成を開始。
 特別編成部隊が宮古島の与那覇湾に展開完了。
 第4ひ号目標が台湾沖に到達。出撃した特別編成部隊と交戦開始(第二次菊水作戦)
 護衛の駆逐種ならびに、軽母ヌ級、空母ヲ級を多数撃破するも、第4ひ号目標の撃破には至らず。
 沖縄県全域に第四種警戒態勢が発令される。
 大本営は第4ひ号目標対策として戦力の抽出・編成を再開。その時間稼ぎとしてインスタント提督の徴兵年齢を引き下げ、若年層を多数採用した捨て駒部隊を編制。
 当の捨て駒部隊は『かるがも連合艦隊』と内外から揶揄される。
(※翻訳鎮守府注釈:これは、同連合艦隊の中で実戦経験者が比奈鳥ひよ子大佐と目隠輝大佐の二名しかいなかった事に由来する)
 第4ひ号目標が坊ノ岬沖に到達。かるがも連合艦隊と交戦開始(第三次菊水作戦)

 第4ひ号目標の撃破に成功。
 帝国本土で号外が発行される。

 再編成された特別編成部隊の追撃により集結していた深海凄艦群の撃破に成功。南西諸島海域、および南方海域との連絡復旧。
 南方海域全域が一級戦線(最前線)海域に指定される。
 第2次南方海域増強派兵部隊の編制開始。

 その先遣隊として、比奈鳥ひよ子准将および目隠輝准将は、南方海域に栄転となる。






 エピローグ


 最初に、手元のメモ。続いて、目の前のヤシの木に括り付けられている木の板に書かれている文字を確認してみます。

「えと……大帝国、ーゲンビル? ブイン仮言……仮設、かな? ブイン仮設要塞。ここね」

 目の前のヤシの木に括り付けられている木の板に書かれている文字はその殆どが経年劣化で掠れて読みづらくなっていましたが、それでも手元のメモを参考にすれば、何とか判読は出来ました。

 ブイン仮設要塞港。
 それが私、比奈鳥ひよ子が新しく配属されることになった基地の名前なのです。
 が、

「……要塞?」

 四方全ての壁がツタでびっしりと覆われた二階建てのプレハブ小屋。伸び放題育ち放題の雑草畑と化したグラウンド。色褪せ、所々赤錆の浮いた二台の自販機と、その隣に置いてある日光劣化で色素の薄くなったプラスチック製のベンチ。
 どう見ても廃墟です。本当にありがとうございました。

「しかも窓ガラスとかも全部割れちゃってるじゃないの……」
「うっわー。こりゃたまげたねー」

 私の隣を歩いていた重雷装艦娘『北上改二』ちゃんが、足元に落ちていた木の板を拾い上げて、その表面をまじまじと見ていました。インクが抜け落ちてほとんど何も読めなくなっていましたが、どうもそれは案内看板だったようです。ていうか『あとついでに基地司令の執務室』ってなんですか。どれだけないがしろにされてるんですか。基地司令。

「……何というか、その、不知火には意外です。あの姫種をごく少数で撃破した。と聞いていたから、もっと立派な基地施設だと思っていたのですが……」

 私の艦隊に所属するもう一人の艦娘である駆逐艦娘『不知火』こと、ぬいぬいちゃんの呟きにあたりを見まわしてみれば、恐ろしく澄み渡った青い空、天高くに広がる白い雲、どこまでも続く遠浅の紺碧、純白の砂浜、寄せては返す優しい波の音、南国の定番ヤシの木に……私の身長くらいありそうな雑草だらけの何かの畑に、その雑草畑で幸せそうに草を食んでいる牛さん達。
 なんかもう、色々とアレでした。

「……確かにこれは、すごいわね。悪い意味で」

 思わずそう呟いてしまった私の足首にコツコツキシャーと蹴りを入れてくる戦艦クラスの眼光を持つニワトリさん達を片足で蹴飛ばし、私はプレハブ小屋の方に歩を進めました。

「……あれ? プロト19ちゃんは?」
「何か大事なもの忘れたらしくて、まだ本土だってさ」





 ブイン基地(という名前の廃墟)の204号室。
 かつて着任した当時とは違い、准将の階級章を肩と胸に付けた輝が立っているのは、そのドアの前だ。

「……」

 ドアノブに手を掛け、深呼吸を一つ。
 緊張する理由は見当たらない。見当たらないのに、ドアノブを回して扉を開く事が、今の輝には出来ない。
 この薄っぺらい木の扉のすぐ向こう側。部屋の中に、まだ深雪がいるような気配がしているのだ。勿論錯覚だと言う事は理解しているし、もう自身の知る深雪はどこにもいない事だってきちんと理解している。
 だが、もしかして、ひょっとしたら――――そう思わずにはいられないのだ。

「……よし!」

 意を決した輝が勢いよく扉を開ける。窓から差し込む眩しい光の中、部屋の中央でセーラー服を着た深雪が怪訝そうな顔をしてこちらを見て、

 ――――お、司令官じゃん。どしたのさ、そんな顔して?

 いなかった。
 窓ガラスが嵌っていたはずの窓枠は既に四角形ですらなく、天井には輝の頭くらいはありそうな大穴が開いていた。床板は雨風に吹きさらされて完全に痛み切っており、土埃と、窓や天井の穴から入り込んだ落ち葉が床一面に薄く層を成していた。かつて輝が短い期間使っていた執務机も大体似たような汚れ方であり、机の上の本や書類は劣化しつくし、半分くらい自然に還りながらも主の帰還を待っていた。そのすぐそばに小さく積もっているのはここをねぐらにしている小動物のフンか食べ残しだろうか。
 この部屋にあったのは、時間の化石だった。
 かつて輝が過ごした、夢のような時間の残骸だけがあった。

「……」

 そして、無意識の内に部屋の中央まで歩を進めた輝は、足元の感触から柔らかい物を踏んだ事に気が付いた。指先でつまみ上げてよく見てみれば、土埃と落ち葉で装飾されたそれは、なんてことの無い、一枚のタオルケットだった。
 輝と深雪が寝る時に使っていた、あのタオルケットだった。
 その事を理解した瞬間、輝の理性が限界を迎えた。
 ぽつぽつと、埃まみれの床板の上に小さな染みが生じる。

「ぅ……っぐ、ぅゔぅぅ~……深雪、み゙ゆ゙ぎぃ……!」

 朽ち果てた204号室に、輝の押し殺した慟哭が小さく木霊する。
 今まで考えないようにしていたが、限界だった。深雪が沈んだあの日あの時から、輝の心は張り裂けたままで、傷が癒えるどころか血が乾く事すらも無かったのだ。
 かつて井戸少佐が言ったところによるとこれは、正しい手順で超展開を終了させなかった時に良く見られる現象であるとの事。
 何かしらの理由により超展開が不正に終了されると、提督と艦娘が互いに同調させている意識の剥離作業が上手く行われず、無理矢理引き剥がされた提督と艦娘それぞれの精神面に若干の喪失感や不充足感をもたらす事があるのだという。
 放っとけば2~3日で治ると言っていたが、輝と深雪は今日で2年目に突入だ。

「待っででね゙……もゔぢょっどだげ、ぞっぢで待っででね……僕は、僕が……僕が必ず……」

 輝は知っている。
 否。本能が察したというべきか。

「必ず、皆殺しにしてやるから……!!」

 心の傷を作り出した原因を根絶する事こそが、この傷を癒す唯一の特効薬であると言う事に。



(完)



(あとがき)


 これを読んでいる皆様はじめまして。abcdefです。

 2013年より連載を始めてはや2年。当初は6話構成の予定だったのにいざ振り返ってみれば20話越えという意味不明な長さになっていました。しかもこんなに長いくせに書いたのは結局アイアンボトムの話だけという……自転車操業ならぬ自転車執筆の恐ろしさが垣間見えますね。マジメにプロット練ってない馬鹿の典型例ですね。
 ですが途中からグダグダになりつつもここまで完走できたのは、ひとえにこの拙作にお付き合いいただいてくださいました皆様のご声援。これに尽き申します。
 ネタ詰まりした時には皆様の感想が心の励みになりました。それでも筆も指も進まない自分はもう、ホントにあれですが。
 話の中のネタも若干古め&偏ったモノが多いにもかかわらず、好評頂けたようで内心ホッとしております。(まさかEGFマダー? が通じるとは……)

 さて。何かラストが尻切れトンボにしか見えませんが、あれで終わりです。続きはありません。マジで。
 いや、ね? 出したい深海凄艦とか艦娘とかまだいるんですよ。番外編のひよ子ちゃんvs潜水ソ級とか。でもね、この後の話を書こうとすると、私の粗末な灰色の脳細胞のスペックだとどうあがいても普通に通常海域&イベ海域を普通に進めるだけの単調な話にしかならないんです。そんなのは読んでても詰まらないと思うので、ここでお終いにした所存であります。

 投稿前から荒れそうな最終話ですが、ネタ詰まりで自棄っぱちになって全員殺したとかそういう理由ではないです。あれが最初に考えてた通りの終わり方です。
 この栄光ブインを書き始める少し前、つまり2013年の頃なんですけど、その頃は艦これSSなんて探しても数は少ないし、中身は自分の求めてるものとは何か違うしで、少ないながらもフラストレーションが溜まっていたんですよ。まぁ、自分が捜すのヘタクソだけだったのかもしれませんが。
 そんな時、ゴーストが囁いたわけですよ『だったら手前で書けよ』と。
 確かに、第一話を書き始めたのは如月ちゃん轟沈追悼が理由ですが、それが全部じゃなかったんです。追悼が理由の9割9分9厘ですけど。なので、本シリーズは第一話が本編で、二話以降は全部蛇足くらいの気持ちで読まれると良いかと思われます。だって話数追う毎に文章力が目に見えて下がってるし……

 この後書くとしたら、有明警備府の番外編で数話ほどですね。書くとしたらの話ですが。
(※薄ぼんやりとしたネタしか浮かんでないんです)
 あとは、某業務日誌の人をパk、もとい見習って設定集とか出してみたいですね。この際だから没キャラ軍団勢揃いさせたいですし。

 長々となってしまいましたが、本作『嗚呼、栄光のブイン基地』をお読みいただき、本当に、本当にありがとうございました。
 それではまた、いつか、どこかでお会いしましょう。

 さよなら。さよなら。さよなら。









































 ……そういえば艦これ本編に三隈って、まだ実装されてなかったはずですよね?
 



[38827] 設定資料集
Name: abcdef◆fa76876a ID:3aa9db6f
Date: 2015/08/20 08:41
※ブイン基地の設定とか。
※某業務日誌の人のを見て、俺もお蔵入りさせる位なら出しちまえ。ということで脳内妄想を手直ししつつうp。需要0%。
※ネタバレ上等のクセに詳細ふやふやなんで、先に見ちゃう系の人もそうでない人も気を付けてください。
※キャラ紹介はまた今度。


 世界観

 舞台はパラレル現代。
 ある日突然深海凄艦がやって来て、最初のうちはまだ害獣駆除の範囲だったのに、そうも経たない内に物量と高性能に押されて生存戦争に発展しているという。世界的には公開されているが、帝国国内では政治的にいろいろあって、民間には伏せられている。情報鎖国をやってたのもそのあたりが理由。
 人類側のテクノロジーは所々で現実世界を凌駕している。心霊力学(オカルト)や、艦艇の展開・圧縮技術や、触れる立体映像などがその代表例。その触れる立体映像の元ネタはドラグーン(スクラップド・プリンセス)より。ロストユニバースのキャナルとか思った人は先生怒らないから大丈夫。ていうか、子作り可能な立体映像とかブラウニン機関始まりすぎだろ……
 人類が初めて深海凄艦を認識したのはあさうみ2000の沈没事件だが、戦争の切っ掛けとなったのは泊地凄鬼と護衛の駆逐イ級らによるハワイ諸島の大虐殺と、間を置かずに行われたパナマ運河砲撃事件である。パナマ運河の破壊は、泊地凄鬼によるハワイ諸島からのロングショットによる。
 当初パナマ側はこれを合衆国側の自作自演であると公式に発表(※よりにもよって運河が破壊されたのは返還当日)し、キューバ危機以来遠ざかっていた第三次世界大戦開戦の秒読みが始まった。

 因みに、史実でのパナマ運河返還は1999年だが、この世界では1977年の調停とほぼ同時に返還された(と言う事にしておいてください)
 ちゃあんと歴史の勉強してないと、こういうところでボロが出ますね。



 深海凄艦

 成熟したクジラ程度の大きさから全長1km越えの超特大種、あるいは5メートル程度の全長しかない超小型飛行種まで、多種多様な種からなる混成群。
 以下は、世代別に見た深海凄艦の特徴である。

 第一世代型
 最古の世代。当時の帝国では特種指定災害生物群第n号型生物、略して特n号と呼ばれていた世代。
 人類を捕食し、艤装で攻撃する事は知られていたが、火力・防御力ともに貧弱極まりなく、少しタフで数の多い害獣として扱われていた。お肉は不味い。
 代表的な深海凄艦:駆逐イロハ級

 第二世代型
 第一世代型のアップグレード・バージョンとでもいうべき存在。
 皮脂層や内外骨格の多層化・肥厚化により、防御力と生存性が大幅に強化された世代。対艦ミサイルなら(ピンヘッドショットで)数発だが、5インチ砲では正面装甲を抜くのは難しいとされている。
 また、この世代から魚雷を搭載しており、火力も劇的に向上している。お肉は不味い。
 代表的な深海凄艦:駆逐イ級~軽巡ヘ級

 第三世代型
 現在主流となっている世代。第二世代型以上の火力と防御力を持つ。
 人類側に情報を渡さない事をコンセプトにしており、個体の死亡と同時に生物学的なセイフティが働き、即座に機密保持を完了させる。死ぬと同時にヘドロ状に分解されるので、お肉の味は不明。
 そのため、前述の第一や第二と違い、第三世代型の深海凄艦の死骸およびサンプルは存在しておらず、南方海域よりダ号目標の各部位サンプルと、羽黒(重巡リ級)と龍驤(軽母ヌ級)の遺体が本土に届けられるまでの間、深海凄艦の研究は長い足踏み状態を続けることになった。同様に、泊地凄鬼の生首や飛行場姫の焼け残った死骸の一部なども、かけがえのない貴重なサンプルであるため、入念過ぎるほどの護衛部隊を付けられて本土まで輸送された。
 特に、泊地凄鬼の主砲をほぼ無傷で回収に成功した功績は非常に大きく、その主砲の全力運転時に形成される不可視のフィールドバレルを解析する事によって、ようやく戦艦娘『大和』に超展開機能を搭載する事が出来た。本編では語られる事の無い、井戸少佐とブイン基地の面々の貴重な活躍シーンである。
 なお、軽巡ト級より後ろの種には第一、第二世代型は存在していない。
 代表的な深海凄艦:駆逐イ級~軽巡ト級、雷巡チ級および、それ以降の種

 第四世代型
 新世代型の深海凄艦。強力なステルス機能と、陸戦能力を有する。やはりお肉は残らないので味は不明。
 人類側の本拠地である陸上侵攻を目的とした世代。運用が想定される戦場が戦場だけに、重巡リ級や戦艦ル級など、単独でも十分な戦果が見込まれる強力な種から優先的に改装されている。
 代表的な深海凄艦:戦艦ル級の突然変異種(ダ号目標)

 第五世代型
 本編未登場。とりあえず設定のみ。正面からの切った張ったではなく、人類社会での諜報や要人暗殺などの工作活動が主な任務。
 そのため、サイズも形状も極めて人間に近い。
 また、陸の世界では何が起こるか分からない。と深海側は考えており、そのため、新型は一人で何でもできる様に。というコンセプトの下で開発がすすめられた。
 その結果がご覧の有様だよ!!
 代表的な深海凄艦:戦艦レ級(本編未登場)


 艦娘システム

 対深海凄艦用の特殊兵器『艦娘』および、その運用システム群の総称。略して艦娘。
 雷巡チ級という特殊な深海凄艦を速やかに倒すべく、また、倒しても倒しても雲霞の如く湧き出る深海魚(深海凄艦を指すスラング)に対し、どこまで砲弾やミサイルなどの使い捨ての兵器の使用数を減らせるのかという、お寒い台所事情から生まれた人型兵器。砲弾だってタダじゃあないし、それなりに資源を使いますので。特に金属資源。
 そういう貧乏くさい由来の兵器なので、対艦娘兵器である重巡リ級や軽母ヌ級が世に出てくるや否や立場は逆転。重巡級以上との戦闘を前提にした艦娘が開発されるまでの間、艦娘が深海魚に駆られる立場になりました。
 雷巡チ級のどこがどう特殊なのかについては、第一話参照の事。


 提督(艦娘科)

 特殊兵器『艦娘』らからなる艦隊を運用し、彼女らと超展開する事が可能な人材。彼女らが艦艇の名前で呼ばれている事から提督と呼ばれる。普通の提督さんと区別するために、書類上では(艦娘科)の文字が加えられる。
 この超展開時の相性を同調適性と呼ぶ。相性が高ければ自分の身体以上に動けるし、低ければ第一話の井戸少佐と如月の様に動かすだけでも一苦労。それでも超展開を実行する場合には、メナイ少佐のように酔い止め必須。
 適性の有る無しは完全に先天性の物であり、訓練やド根性ではどうしようもない。また、ある艦娘との同調適性が高かったからと言って、その姉妹艦との適性も高いとは限らない。


 Team艦娘TYPE

 特殊兵器『艦娘』の開発スタッフ、あるいはその所属集団。
 扱ってる内容や使われているテクノロジーの一々が世界水準を軽く超えてしまっているため、人員を含めてその存在全てが国家レベルの機密として扱われている。
 艦娘向けの艤装や兵装の開発・改装を担当する、比較的機密度の低い外殻研究員と、艦娘そのものの開発や改装計画の企画立案などを行うブラック・パーソン(存在しない人物)扱いの内核研究員の二種類と、超展開に関する一切合切を取り仕切る神祇庁からの派遣職員の三種類の人員配置からなる。因みに、重巡『古鷹』の元開発責任者である井戸少佐こと井戸水技術中尉は内核研究員。
 内外殻研究員も、神祇庁の関連職員も、互いを偽名で呼び合う。使われている偽名は基本的に飲食物関連に由来(例外:むちむちポーク名誉会長大佐)

 ていうか、そんな内核研究員達の仕事場に出入りできる、天龍の素体になった彼女はいったい何者なんだ……


 統一規格燃料

 深海凄艦に追い詰められた帝国が開発した新型燃料。人類側のチートの一つ。
 艦娘、自動車、大形タンカー、火力発電所、原チャリ、農家のトラクター、ファイレクシア人。何でもいいから液体燃料を使っている機械なら種類を問わずに使用可能。気化させた物を硫黄で味付けすれば、都市ガスの代用品として使うことも可能。
 統合整備計画の一企画として開発されたという裏設定がある。


 パウダー・フレーバー

 艦娘向けの補助食品。
 見た目はごく普通の缶ジュースだが、中身は粉末状の薬品が詰まっている。お求めの際は所属先の食堂付近にある赤い自販機より。
 基地や鎮守府に寄港した後において、味気無いどころか人間味すらない燃料補給の際に用いられる。
 これを燃料に入れてよくかき混ぜれば、味気ない統一規格燃料が好きな味のジュースと化すので艦娘らからは絶対の人気を誇る。具体的には、提督の仕事の一環としてこの自販機の中身を切らさない事が書類上にも明記されているくらいに。
 なお、缶を破線に沿って切って丸めれば、即席のマドラーとなるので、まぜまぜの際には道具不要。


 高速修復触媒(バケツ)

 本編最終話で似たような物が大活躍した必殺アイテムにして、人類側のチートの一つ。ゲーム本編でもお世話になった事の無い提督はいないんじゃあなかろうか。
 アニメ版では入浴剤のような使い方だったが、栄光ブインの世界においては溶剤で溶くタイプのペンキに近い使用方法である。使用する溶剤は上記の統一規格燃料。
 一応、軽傷の艦娘向けとして、入浴剤タイプも存在している。
 艦娘化できないほどの重傷を負った艦娘にはペンキ型が使われるが、応力や歪みの事を考えると使わない方が無難。本編第二話の如月も、そう言った理由からバケツを使わずに修理が進められた。


 飛行機の名前

 わざわざ言う事ではないと思いますけど一応説明。
 登場した戦闘機の名前は『R-TYPE FINAL』のR戦闘機より。空中補給機Reverse-WOPは逆から読むとPOWになる。必殺技は体当たり。
 どれも単に名前が同じというだけで、R戦闘機その物ではない。っていうかRの現物ならアローヘッド単騎でもこの戦争終わっちゃいますよね?
 その他、ダ号目標破壊作戦(後編)にちょろっとだけ出てきた制圧ヘリ『K2E』は『ケツイ ~ 絆地獄達』で、絶滅ヘリ『大往生』は会長と合わせて『怒首領蜂 大往生』より。あと、ミッドウェーに配備されていたEJ-24戦闘機は『地球防衛軍3』より。


 偵察衛星

 各海域を常時監視している静止衛星群。
 対深海凄艦戦争において必須の兵器。これが無ければ海洋全域の監視どころか早期警戒すらおぼつかない。
 変温層よりも上の海中までをも精査可能な超高性能のPRBR検出デバイスを搭載している。無重力下で運用しているので、デバイスを大型化してもまったく問題無く、結果として高解像度の映像を提供し、終戦その日まで人類の勝利に貢献し続けた。
 ブイン基地の龍驤がリコリスにやって来るまでの間、ずっと深海凄艦側はその存在どころか概念を知らず『人類は千里眼を持っている』と怖れられていた。ある意味艦娘以上に重要な役割を果たしている軍事兵器である。
 各衛星の名称は『サザンコンフォート(南方海域)』『ザザ・マスコリーダ(西部太平洋海域)』『ザザ・マスカレード(東部太平洋海域)』『ブラックベルベット(中部太平洋海域)』『セブンスヘヴン(南西諸島海域)』『ブルーハワイ(北方海域。本編未登場)』『ラスティネイル(西方海域。本編未登場)』
 名前の元ネタはそれぞれ『王ドロボウJING』と『KING OF BANDIT JING』の地名より。
 ただし気象衛星『あっつざくら』のみ、同名の花の品種より。


 ダミーハート

 本作における2番目に大きな失敗作。
 提督不在でも超展開が可能になるという謎アイテム。
 そのため、提督を出す理由が完全に消えた。おまけに『非カレン・非AP型』と銘打ってしまったため、中身は完全にブラックボックスにして誤魔化す以外の手段を採れなかった、実に謎いアイテム。
 超展開した艦娘いっぱい出したいからって、欲張っちゃ駄目よー? の良い見本。せめて、艦娘の記憶と人間性を燃焼させて駆動するため、最後は某薪の王よろしく心も魂も記憶も燃え尽きて、最後には呼吸する肉だけが残る。くらいの設定は付けときゃよかった。
 言うまでもない事だがカレンはカレンデバイス、APはAngel_Packの略。


 改装/改二化改装

 艦娘の大規模アップデート。
 練度不問で、ゲームで言うところのLv.1の北上様(軽巡)でも、いきなり北上改(重雷装艦)になる事は可能……なのだが、改装の際にはとんでもない激痛と不快感を伴うので、練度不十分な素人にはお勧めしない。
 実際にそれをやらかした有明警備府の軽巡洋艦『北上』と、その隣のドックにいた某鎮守府の駆逐艦娘『暁』の2人は改装作業終了後、予防接種を受けた後の小さな子供のように人目を気にせずわんわんと大泣きしながらドックから出てきたという過去を持つ。
 どうでもいいがついでに言っておくと、改二化改装の内容は、陸戦、電情戦、市街地非対称戦、BC、戦略核の飽和攻撃などに対応させた、対人類戦争により特化した改装内容となっている。


 書類一式&指輪

 ケッコンカッコカリに必要なあれこれ。
 指輪は指輪であり、特別な機能などは一切持たない。
 書類の方は艦娘の戸籍作成に必要な書類や各種免責特権証明書の他、TKT指定の薬局で使う証明書も含まれる。
 薬局で処方される薬は『排卵誘発剤』と『拮抗阻害剤』の2種類。
 艦娘は戦闘兵器なので意図的に閉経させてあり、妊娠・出産には排卵誘発剤が必須になる。やったね水野准将、ゴム無しでも大丈夫だったよ!
 TKT指定薬局のそれは安全と品質が保障されているが、各地のブラック鎮守府製のそれはほぼ確実に粗悪品(最悪ただの麻薬)であるので、絶対に使用しない事。
 見つけた際には有明警備府か、最寄りの憲兵隊までご一報をお願いします。

 もう一つの拮抗阻害剤については、艦娘の製造過程の最終段階で投与される老化停止処理薬と機能衝突し、その効果を一時的に停止させる薬剤である。
 1日3回。食後30分以内に水かぬるま湯で2錠(朝潮型駆逐艦、および一部の正規・軽空母なら1錠)を数十年間服用し続ければあら不思議。普通の人間と同じように歳をとり、最後には愛しの提督と同じ墓に入れます。
(艦娘歳を取らない説)





 各話の解説とか


 電コミュニケイション第一話『イナズマとプラズマ』

 艦隊(の仲間を)喪失で、推定年齢13歳で、202艦隊最後の生き残りかも知れないわたし――――わたしの名前は、駆逐艦娘『電(いなづま)』なのです。
 二級戦線『南方海域』のドン詰まりに位置する、忘れられた小さなプレハブ小屋のブイン基地。そこが私のおうちなのです。
『暑いから』という理由で牛柄ビキニが普段着の愛宕さんに、ティアマトー級大戦艦『天龍』さんに、工廠の片隅にうち棄てられた弾薬箱の中に住んでる働き者の妖精サムンバさん――――それに、私の提督の水野さん。
 みんなみんな、私の大切な家族です。
 ですがある時、私とおんなじ顔をしたEG7級駆逐艦娘『電(ぷらづま)』という娘がやって来て――――

(真面目な解説)
 第一話『最初はぐー』

 新規に製造された駆逐艦娘『電』が配属されたのは二級戦線の南方海域ブイン基地。
 天候不良で到着が丸一日遅れた彼女を優しく出迎えてくれたのは、海鳥たちと緊急出撃のサイレン音だった!

 全ての始まり。
 如月ちゃん追悼SSであって、続きは無い予定でした。結果はご存知の通りですが。
 本話で最も苦労したのは何と言われれば『超展開』というネーミングですね。
 折角の人型してるんだし、折角だから肉弾戦させたいけど相手巨大怪獣だしどうすっぺ。ていうか巨娘だと提督とイチャイチャできんべ。んだら艦娘も必要な時だけ巨大化させちまえばええでねが。と、ここまで速攻で思いついたのは良かったのですが、じゃあ必殺技のかけ声は何にするよ。で詰まりました。
 ビッグカンムス・ショウタイム。艦娘スペシャルベント。胸のカプセルぴかりと光り。第一種神罰執行形態顕現。
 色々と候補はありましたが、最後は『読者から “何この超展開” と言われるようなのがいい』『じゃあシンプルに超展開にしよう』と言う事で、艦娘巨大化ギミックはめでたく『超展開』という名前になりました。わーぱちぱち。
 あと、この第一話をうpした当時は【一発ネタ】嗚呼、栄光のブイン基地【艦これ】という記事名で投稿していた通り、続きは考えてなかったんですよね。ですので、ラストで深海凄艦のオリジナルが見つかっただの熊本城ならぬブイン基地攻防戦だのと、ネタ投げっぱなしジャーマンポテトのオンパレードです。お陰で第二話冒頭での整合性合わせにエラい苦労した記憶があります。
 因みにサブタイトルの『最初はぐー』とは、電が聞いたブイン基地の面々の第一声が『ぐーか! ぐーで殴るか!!』と言う事に由来してます。元ネタは『E.G.コンバット』の第一話サブタイより。わざわざ説明する事じゃないですけど。
 ……初めて如月が超展開した時の前口上、GS美神のを少しもじってみたんだけど、もう知らん世代が多いのかなぁ。


 第二話『教えて! 羽黒先生の保健体育(実践編)』

 ウィッス、帝国海軍最後の正規空母『ミサト』ッス!
 一話を見て呆れ返っているそこのチミ? もう読むのやめようかと思っている艦娘等身大説なあなたにビッグなニュース!
 出るっすよ、今回からあの女が。
 ヒントは “ハ” あと “グロ”
 とにかく花咲き乱れ鳥が舞う首領蜂もといドンパチ系美少女SSの中で花は花でもあだ花咲かして鳥は鳥でも閑古鳥を飛ばす新世紀のへっぽこ実験SSモドキ『嗚呼、栄光のブイン基地』
 早くも管理人に削除依頼が飛んできそうな内容の今回は『仄暗い水の底から来た女』
 英語で言うとWoman came from Depth.
 おぉ通っててよかった駅前留学
 英語を話して十億人と仲良くなって残り三十億と喧嘩するデース!

(真面目な解説)
 第二話『暁の水平線』

 誤報だった敵泊地発見の報。しかし、新しい深海凄艦がそこで生まれようとしていたのは事実だった。
 孵化直前のその深海凄艦を討つべく天龍と203の電が向かった先で見たのは――――!

 連載化してからの第一話。数えなら第二話です。
 上記の通り、一話完結の予定だったので冒頭からの整合性取りにえらく苦労しました。
 なので、基地司令が最初からクソ提督ならぬ、クソ基地司令になりました。仕方ないね。
 本第二話と、続く第三話はそう苦労しないで書けた記憶がありますね。というのも、第一話を書き終わった時点で『あ、こういう話逝けるかもー!』と、ゴーストが大合唱。三日かそこいらで書き上げてしまいました。今からでは考えられない速度ですね。
 全世界の羽黒提督には申し訳ないですが、中破時のあのセリフ、どう考えても(深海凄艦化した自分を)見ないでー! という意味にしか思えなかったので急遽出演。死亡してもらいました。全世界の羽黒提督の方々には申し訳ありませんが。
 この時点で、アイアンボトムサウンド→全滅ENDは決まっており、大体6話くらいの中編を構想しておりました。結果はご覧の通りですが。


 第三話『必ず死なす!!』

 むちむちポーク名誉会長大佐「井戸水技術中尉……我が心の総旗艦『羽黒』(のコア)を連れ去った男……ずっとこの時を待っていた――――」

(真面目な解説)
 第三話『死ぬがよい』

 辛うじて重巡リ級を撃破してから二日後。
 井戸少佐の率いる203艦隊に、遅めの夏休みがやって来た!(※翻訳鎮守府注釈:筆者には無いです)

 貴重な日常パート。
 朝に天龍が入渠して、夜になったら井戸少佐が眠るだけというヤマ無しオチ無しイミ無しの、古い意味でのヤオイSS。
 とはいえ、艦娘の開発目的とか那珂ちゃんのライブ現場とかシナリオ11の存在(ひいては後の泊地凄鬼の存在)とか、そういう重要なキーワードが出てくる回でもありました。書いてた当時はそこまで深く考えてなかったんですけど。
 この回で最も苦労したのは那珂ちゃんの歌ってる歌のタイトルですね。
『鬼神憎帝オチュウゲイン』『異剣愚神モノモース』『愛MY猛攻オチャ=ニゴス』
 見ての通り、そのどれもこれも四字熟語が元ですが、いざ探してみるとしっくりくるのが意外と少ないこと少ないこと。私の語彙の少なさが浮き彫りになった瞬間でした。
 あと今回の話が何気にTKT名誉会長初登場だったりします。むちむちポークの名前が出てくるのはずっと後になりましたけど。


 第四・五・七話『みんな大好き赤城さん! ~ 怒りのデス・ボーキ』

 鎮守府伝説に語られる伝説のボーキボトムサウンド。
 そこには、この世全てのボーキサイトが置いてあるという。
 枯渇したボーキを求めて赤城は和弓と飛行甲板を捨て、ご飯の詰まったおひつとしゃもじ(火炎放射器付き)を片手に、羅針盤を捨てて今、泳ぎだす!!

(真面目な解説)
 第四・五・七話『ダ号目標破壊作戦 - Destroy target Darksteel.(前中後編)』

 一年前、水野中佐がまだ少佐で、202艦隊がまだ6隻だった頃。南方海域では悪夢のような大夜戦があった。
 そして、つい先日発見された未確認の深海凄艦を見た水野中佐と金剛達にある変化が―――!?

 電はいたけど、他の第六駆の娘達はいないよね。4人揃ってると初見でも解りやすいよね。じゃあ登場させよう。
 そういう流れで冒頭の回想シーンは出来ました。全員死んだけど。
 何で第六駆に混ざって龍驤出てるん? と言われれば、単なる思い付きです。それ以上の深い理由はありません。龍驤(もしくは龍驤以外に思いついていたかもしれない艦娘)を深海凄艦化させて、ブインの面々の意識をリコリスに向けようようと考えてはいましたがね。
 なので当初は
『ダ号が来たぞー! 撃破したぞー! 何っ!? 龍驤どうしてっ!? サヨナラ! RJはしめやかに爆発四散! 遺体を調査したら敵はリコリスからやって来ただと!? おのれゴルゴム、このストレイツォ容赦せんッ!! ハニワ原人よりも先にアイアンボトムサウンドを全速全滅DA!!』
 という流れでした。
 当初の予定ではダ号破壊作戦でダ号を撃破してそのまま龍驤と連戦に突入するも龍驤発狂&逃走(ここまでが前編)と、待ち構える龍驤が『今度は途中でやめたりせえへん。最後までや』とか言いつつ完全決着(後編)と考えていました。で、次のアイアンボトムも導入パートを含めて一話か二話以内に収める予定でした。輝きゅんの出番は犠牲になったのだ……
 これならホントに6話構成で出来そうだったのですけど……少しでもキャラに感情移入させないと何か薄っぺらいよね? という理由で2年と20話近くにも及ぶ回り道スタート。
 どうしてああなった。
 因みにダ号目標の名前と特殊能力の元ネタはカードゲーム『マジック・ザ・ギャザリング』に登場する魔法金属ダークスティールより。破壊不可能つながりで。
 つまり、サブタイをよく見ると大本営からの無茶振りもいいことになっていると言う事。スミカ・ユーティライネンです。


 第六話『⇒そっと目を閉じる。そして開く』

 あいまいな 眠りの中で
 夢見るのはあの人

 水野少佐

 この作戦が終わったら あなたに告白すると
 ケツイしておきながら
 深海凄艦の奇襲のせいでかなわなかった

 ウチは一人でここにいる

 この暗く冷たい海の底で
 あなたを待っている

 いつかあなたが来てくれるのを
 待っている

(真面目な解説)
 第六話『新春初夢ショー』

 ????「ハロウエブリニャン! ハウアーユー? ファイン、サンクユー」(CV:若本)
 黒潮「オーマイガー!」

 本作における、3番目に大きな失敗作。
 理由はいたって単純で、黒潮を出し損ねた事。また、それと並列して初夢なのに↑の様な、ちよ父に匹敵する濃ゆいキャラをまったく思いつけなかった事。私の中では黒潮≒大阪さんです。
 フライパンで起こすの、いっぺんやってみたかったんや~……
 何気に回想じゃない龍驤初登場。


 第八話『おいしいチキンブロスの作り方』

(用意するもの)
1:水と容器
2:バーガディッシュ少尉

(作り方)
1:水を容器に移し替えます。
2:チキンブロスの元を入れて温めます。
3:完成。深井中尉に差入れとして持って行きましょう。
 ね、簡単でしょう?

(真面目な解説)
 第八話『ケンカの勝ち負け』

 ダ号目標破壊作戦の成功を祝い、ブイン基地の身内だけによる小さな祝賀パーティが始まった。 
 宴もたけなわとなった頃、3人の提督と、基地司令代理の漣はこっそりと宴会場を抜け出して……?

 提督らによるデブリーフィング回。
 西方海域が落ちたのは大体この辺りから。帝国の首が真綿で締まり始めました。ダ号目標の正しい運用方法と、リコリス姫の存在が仄めかされた回でもあり、短いながらも結構重要な話だったりします。
 短いのでネタが少ないのがちと不満ですね。


 第九話『レ級の水面儀』

 ――――なぁお前。水上、って知ってるか。

 光すら届かぬ深い海の底を往く『私』――――伊58の意識にある日届いたのは、01番魚雷発射管に搭載されたAI制御式の魚雷の声だった。
 音響追尾魚雷04とAI制御魚雷01。この二人による誘導哲学問答が今、感動の決着を迎える!!

(真面目な解説)
 第九話『(番外編) ~ 英雄の条件』

 ショートランド泊地の第八艦隊、そこの提督に奇妙な偵察任務が下された。
 旗艦の『伊58』と共に赴いた先で見たモノとは――――!?

 ショートランド泊地のゴーヤおよびゴーヤ提督の初登場。
 この回で初めて生きている龍驤と飛行場姫の存在が確認されました。あと何気にダ号目標再登場。
 サブタイは、考えても思いつかなかったのでテキトーに。


 第十話『理想 - ideal-』

 嗚呼、隼鷹達が逝く……
 望まれることなく、生みの親から
 捨てられし彼女等を動かすもの。
 それは、北の海から生きて帰った者達の
 意地に他ならない。

(真面目な解説)
 第十話『(番外編2) ~ 夢の終わり』

(これまでのあらすじ):クウボが出て殺す。

 これ以上何を書けと?
 真面目に言うと空母娘ならぬクウボ娘の説明回。これもサブタイが思いつかなかったのでテキトーに。
 ホントは本編中できちんと説明するのがスジってもんなんですが、何やかんやで説明できなかったのでこの場を借りて補足説明をば。
 栄光ブイン世界の空母娘達には最初、超展開システムが実装されていませんでした。純粋に無人空母としての機能だけを期待されていたので、修理・補給用の艦娘形態(圧縮保存状態)と、航空母艦形態(解凍状態)の間を行ったり来たりするだけでした。
 しかしある時を境に深海凄艦側が対空母戦略を更新。遠洋に出た空母の真下から急速浮上(あるいは垂直雷撃)しつつ、そのまま撃破するという新戦術を取るようになり、被害が拡大し始めました。護衛の軽巡娘や駆逐艦娘からの爆雷散布による先制爆雷なる対抗戦術が開発されたのもちょうどこの頃だったりします。
 いくら艦娘が量産可能とは言え、装備品を更新し、実戦に出せる程度の練度になるまではそれなりの時間を取られます。護衛の娘達も、雷巡チ級程度ならまだしも、重巡リ級との白兵戦闘(しかも奇襲)ともなると空母共々狩られ尽くすだけになる。というような光景が世界中の各戦線で見られました。
 そこで、空母娘にも超展開機能を実装し、近接戦闘に対応できるようにしました。
 そこで問題になったのがCIWSに何を搭載するかという事で、空母娘は艦載機発着艦用の装備品類(弓とか肩の飛行甲板とか)を装備しており、システム資源的にも積載限界的にも射突型魚雷を搭載する事すら難しい有様でした。一度超展開した後で、別の、超展開中の艦娘からCIWSを手渡しで借りるという方法は可能ですが、あまり現実的ではありませんでした。
 ですので、消去法で空母娘自体を武器化する事が最終結論として残りました。某最強の男も武器は持たないカラテだと言ってますし、何も問題ないですよね。
 つまりカラテです。
 空母はカラテを学んだことにより、艦載機を放って突撃出来るようになり、対深海凄艦戦争における補助艦艇から一気に主役の座に躍り出ました。

 あと何気にアッツ島にスカグネティ中尉(E.G.コンバット)が登場。ヒマな人は探してみよう。多分、あのアッツ島の病院壕にはもう、中尉よりも偉くて息をしている奴はいなかったのでしょう。
 さぁみんな! バナナを構えてスカグネティ中尉を応援だ! バナナのセイフティを外せなくても応援だ。アーミーブーツに蹴っ飛ばされても応援だ! 死にたくなければ応援だ!!(生きて帰れるとは言ってない)


 第十一話『永遠の輝きを、貴女に』

 大切なあの人との絆を目に見える形で残したい。いつでも触れていたい。
 流行り廃りではなく、あの人から贈られた、特別な一品をいつまでも、どこまでも……
 艦娘達への偏った愛をこじらせた、我らTeam艦娘TYPEの外殻研究班の有志一同が総力を挙げて完成させたウェディングリング(※純度100%の鉄製)は、錆びず曇らずの変わらぬ輝きで、永遠の愛を誓う二人を何時までもやさしく見守り続けます。

(真面目な解説)
 第十一話『ONCE UPON A TIME.』

 怪しげなプログラムに叩き起こされた金剛が目を覚ますと、そこは見た事の無いドライドックの中だった。
 美しき謎の女研究員、草餅少佐の口から今、あんまり驚愕しない真実が語られる――――!!

 井戸少佐こと、井戸水技術中尉の過去編。彼がどうして戦うのか。その理由が明らかになりました。サブタイは日本語訳すると『むかーしむかし』
 草餅少佐やら執刀医のチョコレイト先生やら重要人物が次々とでてきますが、ほとんどの人は今話限りの単発組です。罪袋スタイルでゲイナーダンスを踊って愛の告白をしていたプロト古鷹のテストパイロットの彼もまた、単発組です。
 あと、ラストで取ってつけたように金剛に贈られる指輪の存在が明らかになりましたがコレ、ちゃんと伏線です。
 嘘です。話を綺麗に終わらせるために取って付けました。


 第十二話『何だこれ』

「何だこれと聞かれたら!」
「これがボトムz……艦これだと答えてあげるが世の情けニャ!」
「世界の平和を守るため!」
「愛と真実の提督家業を貫く、ラブリーチャーミーな帝国軍人!」
「ショートランドの佐々木!」
「秘書艦の多摩だニャース!」
「暁の水平線を駆ける、水雷戦隊の2人には」
「ゴッドスピード、誰も知らない明日が待ってるニャ!!」
「ソーォォォナンデース!」

「……戦艦『武蔵』ー! 待ってろよー!!」
「絶対4人でこの口上やってやるからニャー!!」
「ソーナン(デー)ス!!」

(真面目な解説)
 第十二話『ラスト・リゾート』

 ブイン基地の面々に、再び夏休みがやって来た!!(※翻訳鎮守府注釈:だから筆者にゃ無ェーんだよ!!)

 貴重な日常パート2。
 改二化改修の具体的な内容と、リコリス基地の現状が描写された回。そしてショートランドの佐々木初登場。コイツもホントはここだけの登場予定だったのに……
 井戸がクイズで言っていた女性グループSSSCとは『修さん好き好きクラブ』の略。この略称と、同グループの歌のタイトルの元ネタが分かった人は明らかに筆者と趣味が合う……はず。
 因みにサブタイの『ラスト・リゾート』とは、これが最後の休養よ? 的な意味で使ってます。次回から鬱展開待った無しの予定でした。予定では。


 第十三話『AROMORED 艦CORE4』

 彼女――――泊地凄鬼が拾ってきた艦娘は、ハッキリ言って邪魔だった。
 重度の改造と洗脳を何度も繰り返してもなお、心身共に使い物にならなかった。
 古い時代の軽母。
 政治的な価値しかない、非力な元・艦娘。
 この時はまだ、誰もがそう思っていた。

 ――――私を含めて。

(真面目な解説)
 第十三話『龍驤抹殺作戦(前編)』

『北の荒球磨』が本編に初登場。
 今更だから言えますけど摩耶様に歌わせるのは『スタープラチナ』『夜戦マスは要らない』『砲雷撃戦について私が知っている5つの事』とかでもよかった気がしますね。
 何、摩耶じゃない、真綾だと? だから何?
 深海凄艦化した龍驤から知識と情報を得て、深海凄艦群が一気に知恵をつけ始めました。人工衛星をどうにかすんべと考え出し始めたのも、大体この辺りからです。
 金剛が指輪してるのも、全部ラストシーンへの伏線です。今度は本当です。


 第十四話『龍驤抹殺作戦(後編)』

「水野中佐が、YOUみたいな貧乳に、劣情を懐くとでも……?」

 朝潮型軽母娘『龍驤』に対する略式尋問は、その場で行われた。
 略式である事がミソだった。
 虚勢など知れていた。五秒も続かなかった。
 金剛は、龍驤の着ていた上着を下着ごと全て破り捨て、己もまた上半身すっぽんぽんになると、膝をついて龍驤と背の高さを合わせ、ジュニアブラすらつけられぬ龍驤のちっぱいに己のクレイジー・ダイヤモンドバストをドララララと押し付け、ハグハグしながら叫んだ。

「では聞くがな最初の秘書艦=サン! 水野中佐のベッドの下にある『新人ナース従順高雄、夜の秘密の定期献身』の二十八ページ目に折り目が付いているのは何故デース!?」

 龍驤は、何も答えられなかった。
 そして金剛もまた、長く答えを待たなかった。
 そして金剛は、声を押し殺して泣きじゃくる龍驤の背後に回ると、静かに、優しく、青いリボンを巻き付けた。

 例の紐は、大した膨らみさえ作らなかった。

(真面目な解説)
 第十四話『龍驤抹殺作戦(後編)』

 前後編合わせて個人的に一番好きな話。書くのは大変だったけど、その分思い入れが強いですね。ラストの辺りは自然に指が動いていましたし。
 何かもう、金剛や天龍脇にどけてこの龍驤がメインヒロインな気がするんですよね、私の中だと。
 NGシーンは……まぁ。その。あれだ。自然に指が動いたと言う事でどうか。


 第十五・十六話『艦隊これくしょんDASH ~ 鋼の承認欲求』

 青い空と紺碧の海がどこまでもつづく世界
 大海原のなかにうじゃうじゃ(の十倍くらいの数)と、まるでオキアミかイワシの群れの
 ようにうごめく深海凄艦のせいで、人々は石器時代とまでは逝かないが、平和で質素な
 生活を余儀なくされている……

 そんな人々を滅亡一歩手前で支えているのが、海の底に眠る世界大戦当時の戦闘艦を利用し、
 深海凄艦の撃破や海上輸送の対価として様々な物資を得ることを仕事にしている、
 艦隊これくたーとよばれる人々だ。
 彼らのおかげで、人々は慎ましやかながらも生きて行く事が出来ると言っても過言ではない……
(中略)

 これは、そんな時代の1人の新人提督の物語である。

(真面目な解説)
 第十五・十六話『最精鋭部隊の集結(前後篇)』

 大規模な敵泊地発見の報を受けて、南方海域にも増強部隊がやって来た!
 ブイン基地にやって来たのは何と……小学生と中学生!? しかもたったの2人だけ!?

 輝と深雪初登場。
 輝はペーペーのチビガキ。深雪は近代化改修されてないポンコツ一歩手前の艦娘。この二人が死線を潜り抜けて強く逞しくなっていくさまはまさしく正統派主人公ですね。ああぁ、井戸の存在感がますます希薄に……
 一方その頃リコリス基地には、ガチの最精鋭部隊が集結したよという。
 因みに最初期の設定では、カスペン戦闘大隊(黙示録0079)よろしく学徒兵50名&艦娘50隻が一斉に着任する予定でした。輝&深雪を含めて。


 第十七・十八・十九話『深海最強の女、泊地凄鬼』

 泊地凄鬼「私は深海最強ノ女、泊地凄鬼ダ!! 武器ハ持タナイ、からてダ!!」
 水野中佐「私は必ず泊地凄鬼を殺す!!」
 井戸少佐「おお! 水野中佐が復活してから最初の指揮をなされた! 史上最強の艦娘を2人も出撃されるとは!」

 金剛改二(ブイン)と、那珂ちゃん(ブイン)だ!

(真面目な解説)
 第十七・十八・十九話『鉄底海峡 出撃準備/血戦、旧ソロモン海!/Many Fleet Girls / And then there will be none』

 ついに始まった鉄底海峡突破作戦。
 順調に見えた作戦だったが――――!?

 泊地凄鬼無双。これ以外にどう説明しろと!?
 もしも那珂ちゃんの妨害が間に合わなかったら、魔王半月剣クラスの大砲撃がトラック諸島を直撃していました。泊地凄鬼の戦略狙撃は大体そんくらいの破壊力を持ってます。あと、本編中でもA隊の誰かが言ってましたが、主砲のエネルギーチャージ中に余波で外部からの攻撃を防御するあのシーン、スレイヤーズのファイヤーボールそのまんまです。
 因みに、那珂ちゃんの妨害により、どこかに飛んで行った泊地凄鬼の砲撃は本土に直撃しました。ここで初めて政府上層部が南方海域の危険性を理解。第一級の戦線へと昇格し、異例の速さで南方海域への第二次増強派兵が決まりました。


 最終話『WAR! WAR! STOP IT!!』

『限りなく真実に近い模倣をした者、その者、All_Sperkの後継者となるであろう』

 黄昏の碑文に記されたその一文は、この宇宙全てを変える力を持っていた。
 ブイン基地の面々とリコリス・ヘンダーソン麾下の精鋭部隊らによる、全宇宙の命運を賭けた壮絶なモノマネ大会が今、始まる……!!

(真面目な解説)
 最終話『最後はパー』

 サブタイは、井戸が発した最後のセリフより。
 最後の最後、戦況スクロールで出てきたヲ級とヌ級の空母機動部隊、実はあれが敵の本命です。第八話『ケンカの勝ち負け』で言っていた、温存していた主力空母群です。
 井戸達があれだけ頑張ったのに今まで以上の数と質が温存されてたという……まさしく最後はパーな展開でした。



『加賀さん追悼』

 pixiv投稿オンリーなので、こちらでは省略します。

『等身大×原寸大』

 こちらもpixiv版の方で公開しているので省略します。


 有明警備府第1話『北上改二、大地に立つ!』

 深海公国『サイド3』からの突如としての宣戦布告を受け、戦果の炎に包まれたお台場有明。
 立てよ北上! 同人誌即売会場を守るため、今日も出撃だ!!

(真面目な解説)
 第1話『比奈鳥ひよ子少佐の優雅なる一日 の巻』

 清く正しい番外編スタート。
 龍驤抹殺作戦(前篇)が詰まってた時に、発作的に書き出した作品でした。
 細かい説明はひよ子のキャラ紹介の時にでも書きますが、兎に角ブイン基地本編とは対照的になるように心がけていましたね。
 僻地のブイン、本土の有明。
 密輸万歳DATTEやってらんないJAN☆ なブインと、週一で大補給がやって来る有明警備府。
 改型なんて大破した金剛が改二になって帰って来た以外いなかったブインと、無印が殆どいない有明。
 主人公が男性提督(ブイン)と女性提督(有明)
 天才井戸水と、ボンクラひよ子。
 こんな風に。


 有明警備府第2話『猫夜叉 -NEKOYASHA-』

 航空戦艦娘『扶桑改二』は、物心ついた時から沖縄の小さな島の中で暮らしていた。変わった事と言えば、母が『帝都に行くよ』という時は『病院に行くよ』という事と同義だった。
 ある夏祭りの夜。扶桑は、親友の『最上』と共に自宅に帰ると――――

(真面目な解説)
 第2話『本土防衛! 陸軍の手柄横取りして面子を潰せ!! の巻』

 まさかの第二話。これが続くとは思いもよりませんでした。書いた本人が一番びっくりしています。上の話はひよ子が今ハマっているという設定のドラマのあらすじ。元ネタ知ってる人はいるのだろうか……
 第二話は軽巡の大澱さんが夜逃げする話。
 最精鋭部隊の集結(後編)のNGシーンをそのまま使ってたら、大澱さんはブイン基地に事務員として着任してたかも。最後死んだだろうけど。
 因みに手柄の横取りは失敗しました。


 有明警備府第3話『おいしいカレー洋作戦!』

 ───アタシの名前はヒヨコ。心に傷を負った元女子大生のアドミラル。モテカワスリムで恋愛体質の愛されガール♪
 アタシがつるんでる友達は重雷装艦をやってるキタカミ、警備府にナイショで
 猫飼ってるシラヌイ。訳あって登場する前に本編が終わっちゃったプロトタイプ・イク。
 友達がいてもやっぱり軍隊はタイクツ。今日もキタカミとちょっとしたことで口喧嘩になった。
 女のコ同士だとこんなこともあるからストレスが溜まるよね☆そんな時アタシは一人でデパ地下を歩くことにしている。
 がんばった自分へのご褒美ってやつ?自分らしさの演出とも言うかな!
「あームカツク」・・。そんなことをつぶやきながらしつこい試食コーナーのオバちゃん達を軽くあしらう。
「ヘラッシェヘラッシェー、ヤスイヨヤスイヨー?」どいつもこいつも同じようなセリフしか言わない。
 試食コーナーのお肉はオイシイけどなんか薄っぺらくてキライだ。もっとがっつりとアツミのあるのを売ってほしい。お金ないけど。
「ヒエー・・。」・・・またか、とセレブなアタシは思った。シカトするつもりだったけど、
 チラっと試食コーナーのオバちゃんの顔を見た。
「・・!!」
 ・・・チガウ・・・今までのオバちゃんとはなにかが決定的に違う。ていうか若い!スピリチュアルな感覚がアタシのカラダを駆け巡った・・。「・・(カンムス・・!!・・これって運命・・?)」
 彼女は比叡だった。事務所に連れていかれて大皿で食べさせられた。「キャー美味しい!」比叡カレーをきめた。
「ハッフ!ホフッ!」アタシは食べた。カレー(笑)

(真面目な解説)
 第3話『本物の深海凄艦』

 ひよ子が比叡カレー喰って見てはいけないものを見た話。
 時系列的には本編最終話よりも後ですが、今回の比叡カレーの効能により時間と空間と物理法則を飛び越えて、第17話の『鉄底海峡① 出撃準備』の冒頭付近までひよ子は飛んで逝きました。
 バカやってた有明メンバーがガチで戦争する話でもあります。補給の容易な本土に慣れ親しんだひよ子には、最前線中の最前線であるミッドウェーの現状は余りにもショックが大きかったようです。
 そして深海凄艦のタコ焼きこと、例の新型機登場。
 あの白タコ焼き、ゲーム本編だと数字としての強さしか出てきませんけど、実際対峙するとなったら何がどう強いのよ? と考え、あの異常な再生能力持ちとなりました。ていうかミサイルや機関砲弾しこたま喰らっても平気で飛ぶ&再生するガンシップって、何気に悪夢ですよね? 真面目に考えて。

 因みにカレーの中に放り込まれた具材が全部分かった人は多分、筆者と趣味が似てる。









 艦これvitaが古3DポリゴンのフリーランニングRPGだと聞いたので、TVゲーム風EDいろいろ
(※全部思い付きと悪ノリです。いずれの設定も本編とは関係ありません)

『俺達の戦いはこれからだ!』

 ノーマルエンド。多分一番多くのプレイヤーが最初に見ることになるエンディング。
 条件は単純で、

・ゲーム期間の3年間(難易度インセイン以上なら10年)を生き残る。
・特殊エンドフラグを立てていない。
・どの艦娘、どの提督、どの憲兵=サン、どの深海凄艦とも恋愛フラグを立てていない。

 この3つさえ満たせば到着。文字通り、戦いはまだまだ続くよエンディング。
 条件自体は簡単だが、到達には難易度に左右されるエンディング。難易度『Kanmus-Collector』以上なら見るのはまず諦めた方が良い。生き残る事を優先して誰かとの恋愛フラグを立て、そいつのヒモになるプレイをお勧めする。最高難易度の『リアル』でこれを見る事が実績解除の条件になってるとか、クソゲーの極み。


『ケッコンカッコガチ』

 ある意味グッドエンド。ほぼすべてのプレイヤーがこれを目指して1週目をプレイする事になるだろう。どのタイミングでも条件を満たした瞬間にエンディング突入だが、スタッフロール後の選択肢『その後の2人は……』を選べばゲーム続行可能。
 やはり到達条件は単純で、

・いずれかの艦娘、提督、憲兵=サン、深海凄艦と恋愛フラグを成立させる。
・その対象の練度が99に到達している。
・一定以上の発言力を有している状態で書類一式にサインし、指輪を贈る。

 因みに重婚OKだが、嫁同士の相性が高くないとほぼ確実に血を見る事になる。カッターナイフ要注意。
 密会技能や詐欺師スキル、あるいはリアルでのプレイヤースキルが無い場合は、大人しく狙いを一人に絞り込んだ方が無難。
 実績『届けこの思い』解除の条件は、プレイヤー提督が駆逐イ級を相手にこのエンドを見るというもの。トロフィー『届いたこの思い』は逆に、深海凄艦(駆逐イ級以外でもOK)プレイで、提督とこのエンディングを見る事。
 どっちも誰得だよ。


『人類大勝利! 暁の水平線に向かってレディーゴー!!』

 人類勝利エンド。
 どこかのパーティ会場で万雷の拍手とフラッシュを焚かれるプレイヤー。記録係の重巡『青葉』がパーティ会場の各所を録画しながらエンディングテーマが流れ始め、スタッフロールが始まる。何を言っているのか分からない人はFF8のエンディングムービーを見る事をお勧めする。
 出現条件はいたって簡単で、

・戦局『深海凄艦何するものぞ』のまま、最終年の12/31を生き残る。
・マリアナ海溝最深部以外の海域で、深海凄艦?『輝く水面色の瞳』を撃破し、うずしおに飲み込まれずに生還する。

 これさえ満たせば他のフラグに優先してこのエンディングに突入する。
 人類はとうとう、全ての深海凄艦を駆逐する事に成功した! おめでとう、君はまさしく救世主だ!!


『新たなる艦隊これくしょん』

 人類勝利エンド。
 深海凄艦の親玉らしきものを破壊し、いざ帰還しようとするプレイヤー。すると、上から艦娘達の残骸が次々と落ちてきた。
 その少し前、プレイヤーのちょうど真上の海上では、全世界中の艦娘達を対象とした第二次クロスロード作戦が実行されていた……
 出現条件はやや特殊で、

・戦局『深海凄艦何するものぞ』を維持したまま、1年間(365日)を経過させる。
・イベントCG『夜の街に灯る明かり』『艦娘不要論』『現実を見ろ! 市民団体』『銃後の人々』を見ている。
・秘書艦を潜水艦娘にした上でマリアナ海溝最深部に出撃し、そこで深海凄艦?『輝く水面色の瞳』を撃破。うずしおに飲み込まれずに生還する。

 これらを満たすと突入。
 スタッフロールが流れ終わった後、もう何も落ちてこなくなった海底を這いずりまわり、必死になって艦娘達を修復しようとするプレイヤーと秘書艦。
 辛うじて息のあった者達の力も借り、長い長い時間をかけて、ようやくすべての艦娘の修理を終えた艦娘達。
 彼女らは鎮守府への帰還を開始する。僅かばかりの希望と、どうしようもないほどの憎しみと悲しみを心に抱きながら。
 新たなる深海凄艦の誕生である。


『神の国、有明コミケ』

 有明警備府所属キャラの専用エンド。いわゆる特殊エンドの一つ。
 他のエンディングを全て見て、全ての武装の改造度を★+10にするとフラグが解禁される。
 フラグが解禁された状態で深海凄艦?『輝く水面色の瞳』を撃破し、うずしおに飲み込まれるとイベントに突入。有明警備府どころか艦娘も深海凄艦も存在しない平行世界の地球に、大破状態の『輝く水面色の瞳』もろとも追放されるというもの。
 今までのゲーム性を水平線の彼方に置き去りにして、何の前触れも無く超絶難易度の音ゲー、通称『リズム地獄』が始まる。
 画面暗転後のスタッフロール中にしれっと紛れている最後の一音に要注意。


『プラン5:デスラー作戦』

 人類敗北エンド。
 海はおろか、内陸での生活すら脅かされる人類は、とうとう地球を捨てて宇宙へと逃げ出す他になかった。
 宇宙空間に浮かぶ、5隻の恒星間脱出船『オルタネイティヴ』は、ほんの一握りの人類と共に新天地を目指し、旅立った。
 一方、残された地球人はアステロイドベルト群から小惑星を雨あられと地上に降り注がせ、全ての海を蒸発させてから敵本拠地への殴り込みをかける最後の軍事作戦『デスラ―作戦』を実行した……!
 出現条件は

・戦局『人類は組織的抵抗を諦めました』の現出
・人類全体の平均工業生産能力が、ゲーム開始年の1%未満にまで落ち込む。
・宇宙開発レベル5に到達している。

 この3つを満たせば自動的に突入。その上で発言力が一定値以上なら選択肢出現。そこで『私が選ばれるのは当然だ』を選ぶと遠ざかる地球を背にスタッフロール。
 選ばないと地上に残ってデスラ―作戦に参加。栗原みなみの『遥かなる地球の歌』をBGMに、スタッフロールが流れる中を延々と戦い続けるエンディングとなる。途中でプレイヤーが死亡した場合、別の将兵や艦娘のビューに自動的に切り替わる。
 ↓のメールは、作ったはいいけど没にしたもの。


 1件の新着メールがあります。
 動画メールです。

【作戦依頼:シャトル打ち上げ防衛】

 依頼主:テクノーラ、宇佐見観測、ORCA開発、ジェイムズ・リンクス運送、㈱YAT旅行公司、他民間企業多数
 本文:

 依頼の内容を、説明させてください。

 帝国の主要な宇宙の玄関口の一つ、下地島宇宙空港が深海凄艦の攻撃目標になっています。
 我々も、防衛システムの構築を急いでいるのですが、すでに敵勢力は間近に迫っており、とても間に合う物とは思えません。
 深海凄艦の部隊は、飛行小型種を含めた多数の快速ユニットによる強襲部隊、あるいは戦艦ル級以上を中核とした長距離重砲打撃部隊のどちらかであると予想されますが、偵察が不十分だったため詳細は不明です。
 我々には、下地島鎮守府の艦娘という強力な切り札があります。が、敵勢力が明確でない以上、決して万全な戦力であるとは言えません。

 そこで、あなたにはもう一枚の切り札になっていただきたいのです。
 御存知の通り、人類は敗北しました。ですが、まだ終わりではありません。芝村の伝説が語るように、最後の最後に男と女が一人づつ残ればそれで勝ちなのです。あの宇宙船に乗る人々も、ただ逃げ出すのではありません。人類が完全に負けないための最後の希望なのです。

 勿論、出来る限りの謝礼は用意させて頂きいたします。
 あなたの力を我々に、旅立つ人類最後の希望を守るために貸してください。


 ミッションを受注しますか?
 《Yes》《No》






 最終話のあとがきでも言ってた通り、書いてみました。
 何で脳内妄想を文字にするだけでもこんな手間がかかるんでしょうねぇ……
 キャラ紹介は……もうずっと人大杉なのでもうちょっとお待ちください。需要無いと思うけど。



[38827] キャラ紹介
Name: abcdef◆fa76876a ID:3aa9db6f
Date: 2015/10/17 23:07
※登場キャラとか。記載漏れないよね……
※設定集見ていただいた方にはもうご存知かと思いますが、あっちもこっちも100%自己満足の代物なのでご注意ください。
※あと、筆者の個人的なキャラの外見イメージとかも書いてあったりしますが、あくまでも筆者のイメージです。

※もうずっと人大杉ィ!!
(2015/10/03初出。10/17ご指摘の通り、紹介抜けキャラを追加)


・203の電(ぷらづま)
 栄光ブインの初登場艦娘。
 ゲーム本編でも最初期秘書艦にこの娘を選んだペド野郎は数知れず。因みに筆者は中破状態の漣にご主人様と呼ばれてニマニマしてたペド野郎。
 登場して早速活躍するかと思いきや、第一話メインヒロインの座をいきなり如月に奪われ、最終話に至るまでずっと影の薄かった不憫な子。
 好きなパウダー・フレーバーは『ジェレミアさん家のオレンジ味』
 ガダルカナル島沖にて第4ひ号目標と交戦し、戦死。

 当初の予定ではごく普通の素直な頑張り屋さんのはずだっが、202の電との差別化のためぷらづま化。結果として良い意味でアクの強い娘になりました。
 本第一話のメインヒロインは如月ちゃんですが、何故か一番最初に登場したのが203の電という。
 今更だから言えますが、何でよと言われれば答えは単純で、一見さんホイホイです。なのです集客効果はマジパナイなのです。

(裏設定)
 ブイン基地に派遣されてきた電は、偽物である。その正体は執刀医のチョコレイト先生(後述)を殺して逃走中だった、プロトタイプ電である。
 プロトは逃亡中に偶然出会った、ブイン基地に派遣される予定だった電を殺してパスポートや命令書、手荷物や制服などを全て奪い取り、彼女に成りすましてブイン基地に着任した。
(ほら、初夢回でチョコレイト先生滅多打ちにした時のこと夢に見てたし。あっちもこっちもコンタミ艦だし)

 お前はどこの速水厚志だ。


・如月
 第一話のメインヒロイン。エロい。兎に角言動の一々がエロい。
 井戸水中尉が井戸少佐として提督家業を始めることになった際に配備されたエスコートパッケージの娘。もちろん旗艦はずっと天龍。本編第一話でようやく旗艦認定された。その初めての『超展開』の際に井戸の心を知り、自らの入る余地など無かった事に気付かされた。
 ガダルカナル島沖にて第4ひ号目標と交戦し、戦死。

 第一話で華麗に活躍するも、2話以降からは203の電共々空気扱い。仕方ないね。元々単発ネタだったし。
 第一話では空母ヲ級の突然変異種、最終話では装甲空母鬼の喉首を食い破って殺すという快挙を遂げる。まさに肉食系女子。
 好きなパウダー・フレーバーは『厚切りベーコン焼いた後の油と醤油で刻みニンニク炒めた時のあの味』
 まさに肉食系女子。


・井戸枯輝少佐

 英文法では、主語が無い文章は成立しないので、適当な主語が見当たらない場合は『It』にしとけ。学校ではそう習いましたよね。
 彼の影が薄いのはつまりはまぁ、そう言う事なんで。

 本名は井戸水冷輝。
 重巡娘『古鷹』と軽巡娘『天龍』の開発主任。
 表向きには陸軍登戸研究所(七三一部隊の本拠地)から脱走して海軍に寝返り、インスタント提督になったという異色の経歴の持ち主だが、実際にはTeam艦娘TYPEから天龍の素体を連れ出し、艦娘関連のいくつかを手土産に陸軍に寝返ったという、色々とアレな経歴の持ち主。
 だが結局は陸軍上層部に売られ、元の古巣に戻る事に。
 完全コンタミ艦(※艦娘化以前の記憶や人格を100%保持した個体)として作成した天龍を専属秘書艦に持ち、同天龍を安全に解体して2人で静かに暮らす事を目的に各地の戦線を転々とする事に。何気に古参将校に分類される程度には長く戦っているが、その割には艦隊運用がお粗末で、ちょくちょく赤城に指揮権を譲る事も。
 ガダルカナル島沖にて第4ひ号目標と交戦し、戦死。

 本作の主人公ですが、兎に角影が薄いこと薄いこと。出番らしい出番はほとんど全て水野中佐に完全に喰われてしまいた。ブイン基地におけるシン・アスカのポジションです。
 影が薄いくせに、この名前に固まるまで二転三転した難産キャラでした。
 最初は筆者の提督名をそのまま使おうとしたのですが『自己投影乙』とか言われそうだったので捻って捻って井戸になり、元マッドサイエンティストというキャラ背景が固まって井戸/井戸水となりました。下の名前についてはまぁ、筆者のネーミングセンスは奇面組と落第忍者が源泉なんで察してください。
 筆者の中での外見イメージは四王寺五条(エクセルサーガ)か、あるいは生きたままウィルス爆弾にされちゃった伊藤さん(夜叉-YASHA-)で固定されちゃってます。
 ただ、言動や好奇心の方向性を見る限り、性格的には所々に博士(HELLSING)とか入ってますね。最近のだと一番近い性格はフルトゥナ(スピリットサークル)ですかね。


・古鷹
 筆者の嫁艦。
 井戸水中尉が井戸少佐として提督家業を始めることになった際に、製作者特例として配備されたエスコートパッケージの娘。
 井戸水技術中尉が手掛けた初の艦娘。
 だが、古鷹自身のスペックは低く、それと超展開出来る人材の幅は狭く、おまけにその数少ない人材も、何度も何度も超展開している内に古鷹に『喰われる』事が多発した。第一世代型古鷹がポンコツ扱いされているのは、ロールアウト直後の古鷹自身の低スペックの他にも、そこいら辺が理由として挙げられる。
 その各種問題は、必要最低限まで武装を絞った第二世代型古鷹にてある程度改善され、武装以外にも全身の機械部分を最小限に絞って同調適性率の向上を最優先とした二番艦の『加古』のロールアウトをもって、ようやく解決した。
 余談だが、同改二型にて、反動抑制用のアンカーパイルは帯電式Hとなり、CIWSレーザーは摂氏マイナス1兆2000万度もの温度を誇るようになった。嘘です。
 好きなパウダー・フレーバーは『パーフェクト・ミラディン(ブラック無糖)』
 ガダルカナル島沖にて第4ひ号目標と交戦し、戦死。

 見た目のインパクト(小説ですけど)と、ブイン基地における数少ない常識人枠として採用。
 まとも過ぎて2話以降の存在感が空気だったので、ブイン基地所属のこの古鷹は書類仕事がヘッタクソで、いつもいつも残業でグズグズ泣いているという、独特のキャラ付けがなされました。
 おかしいな。ここは自己紹介のページではないはず。

(裏設定)
 パージした右腕を左手に持ち、上半身を360度ぐるぐると回転させる一発芸『あるるかん』と、片目を瞑ってフラミンゴのポーズをとりながら低出力のレーザー照射を天に向かって行う一発芸『重光線級』を持つ。


・赤城
 井戸少佐がブイン基地に着任する以前に合流した、正規空母娘。井戸が超展開の実行などで艦隊の指揮をとれない場合、基本的に彼女が指揮を執る。
 好きなパウダー・フレーバーは『江戸前ピルスナービール味』
 なのだが、燃料補給という行為自体は大キライとの事。可能な限り食事から燃料を精製しようとしている。ただしボーキは別。
 ガダルカナル島沖にて第4ひ号目標と交戦し、戦死。

 妖怪喰っちゃ寝。
 日常パートにおけるギャグ担当として登場……したはずだったんですけどねぇ。
 泊地凄鬼の狙撃でブイン島の大型レーダーが破壊された辺りから言動が一変し、泊地凄鬼との交戦時にはバトルマシン一航戦の名に相応しい戦果を上げました。ヤシガニもヤシの実もこの頃を境に口にしていませんし。
 この辺りの赤城の言動はハチマキ(プラネテス)が一番近いと思われます。ていうか実際イメージしてました。あっちも木星行き決心してから人が変わったみたいにEVAとトレーニングに励んでましたし。


・天龍
 第2話~最終話に至るまでのメインヒロイン。
 第一話では謹慎処分で出番も活躍も一切無し。井戸水技術中尉の元カノを素体につくられた軽巡洋艦。
 因みに井戸少佐の天龍は完全ワンオフの特注艦娘。完全コンタミ艦という、きわめて特殊な艦娘であり、人間だった頃の記憶と人格を完全に保持しつつ、軽巡洋艦『天龍』の記憶と経験も併せ持っている。
 好きなパウダー・フレーバーは無し。普通の人間に戻った後に普通の飲み物の味を存分に楽しむ予定なのだとか。
 ガダルカナル島沖にて第4ひ号目標と交戦し、戦死。

 何故彼女をメインヒロインに選んだのかというと、脳内絵コンテで喜怒哀楽の表情が一番ハッキリしていたからなんですよね。で、こう思った訳です『あ、この娘いぢり甲斐ありそう』と。あと刀持ってたから殺陣とかできそうと思った訳です。筆者は殺陣とか全然知らない訳ですが。
 あとは流れる様に井戸共々設定が固まり、見事メインヒロインの座を勝ち取りました。
 シリアルコードは【TKT/LC-PT-TENRYUU_0.01α/km-ud/0000/SHE_IS_NOWHERE】


・那珂ちゃん&大潮
 ブイン基地の歌って踊れるスーパーアイドルコンビ。ブイン島住民の親帝国化工作のため、本土から派遣されてきた。表向きには。
 元々は基地司令の艦隊に所属していたが、色々あって井戸少佐の着任と共に203艦隊に移籍。現在に至る。
 好きなパウダー・フレーバーは『スポーツドリンク味(那珂)』と『激圧炭酸ブルーハワイ(大潮)』
 ガダルカナル島沖にて第4ひ号目標と交戦し、戦死。

 赤城と同じく日常パートにおけるギャグ要員として登場させたコンビ。何故この二人かといえば、那珂ちゃんはいろいろとネタにしやすく、大潮も元気溌剌で良いリアクションをしてくれるはず。と考え、那珂ちゃんとコンビを組ませる事に。
 本当はもっとグッドな組み合わせもあったのでしょうけど、最初の頃は自分の持っている艦娘だけを登場させる予定だったので、この二人に登場してもらいました。書けば出るの噂を聞いて雪風と夕雲を出した時点でアウトでしたが。

(裏設定)
 ふたりはプリキュアならぬ、一等粛清艦である。二つ名は “引き金の”
 一等粛清艦には、目標の階級や所属如何に関わらず、謀反の疑惑有りと判断した場合、現地での即時粛清が許可されている。
 今でこそ203艦隊に所属しているが、元々はブイン基地の基地司令が始めた金(キン)の密輸に対する監視と、状況次第では基地司令の始末を命じられてやって来た、大本営直属の艦娘ら。つまりはスパイ。
 潜入調査の結果、ブイン島の運搬能力では市場を動かすには程遠く、本土に仇成す意思も無いと言う事で、密輸は自活の一環として黙認された。一部とはいえ本土企業の活動の手助けにもなってたし。
 調査終了後、2人は表向きの任務に従いブイン基地に残留。基地の風紀に毒されながらも現在に至る。
 ↓は、どうにかして本編中に組み込もうとして挫折した台詞をちょっとアレンジしたもの。

 大潮:
「割り込み命令! 一等粛清艦 “引き金の” 那珂の命令を最優先!
 本ブラック鎮守府のクソ提督には帝国に対し謀反の嫌疑有り。
 一等粛清艦『那珂』は権利行使資格103に基づき、本鎮守府のクソ提督をすでに処理。
 一等粛清艦の名において、当鎮守府の全艦娘解体命令無期限凍結と、本クソ提督が行っていた全ての艦娘の売春記録データ消去を申請する。
 なお、後任の鎮守府運営は那珂が暫く兼務。後ほど、大本営の判断を仰ぐものとす」

 妖精さん:
「了解。一等粛正艦の命令を最優先。追加申請がなければ、当移動工廠はこれより待機航路に復帰する。
 なお、一等粛正艦の申請内容に関するログは、秘密保持の為に消去する。
 大本営への報告は貴艦より直接報告されたし」


・水野蘇子中佐
 ブイン基地第202艦隊総司令官。クウボ適性がありながらも、何故か二級戦線のブインに配属となった好青年。
 ガダルカナル島沖にて第4ひ号目標と交戦し、戦死。

 本作影の主人公。戦艦娘『陸奥』の色気にやられて提督家業に足突っ込んだのに、やって来たのはちっぱい娘の『龍驤』だったという不憫な青年。
 第一話では名前だけ。第二話から少しずつ登場し、ダ号目標の辺りからもう完全に主役を食った。ブイン基地におけるキラ・ヤマト的なポジションの人。OS書き換えたりとかは出来ないけど。戦闘スタイルも泥臭いけど。
 何気に外見イメージが固まらない人。若い男性爽やか細マッチョ系。という事は決まっているのですが……岩田(エクセルサーガ)にしようか地雷魚ガギエル(魔法少女プリティ☆ベル)にしようか。うーん……


・金剛(ブイン)
 水野蘇子中佐の現秘書艦。202艦隊の中では一番の新入り。
 水野とは互いに一目惚れだったようで、そう間を置かずに肉体関係を持つようになる。202号室の中から2人の喘ぎ声がする夜は、死んだ魚のような瞳をした龍驤が部屋の扉のすぐ外で耳を塞いで身じろぎもせずに体育座りしている姿が幻視出来ますね。そんな龍驤の絶望っぷりを想像するだけでご飯が進みますね。
 好きなパウダー・フレーバーは『泥水コーヒー味』
 サン・ホルヘ島南端部の浅瀬で泊地凄鬼と交戦し、戦死。

・202の電(いなづま)
 水野中佐のエスコートパッケージの1人。クウボ適性のある提督の護衛として、特例的に第六駆逐の4人全員がエスコートパッケージとして配備された。
 好きなパウダー・フレーバーは『及川さん家のミルク味』
 ガダルカナル島沖にて第4ひ号目標と交戦し、戦死。

 ブイン基地の数少ない常識人枠その2。キャラが薄すぎて古鷹同様に空気と化してしまいました。古鷹のように事務仕事ヘタというキャラ付けも出来ず、かと言って203のと差別化するためにプラズマ化もできず、最終話で鬼を殺したその瞬間まで、徹底した空気になってしまいました。キャラの立て方は難しいですね。


・202の暁、雷、響(あかつき、いかづち、アル中)
 水野中佐のエスコートパッケージの3人。クウボ適性のある提督の護衛として、特例的に第六駆逐の4人全員がエスコートパッケージとして配備された。
 好きなパウダー・フレーバーは並び順に『イチゴミルク味』『ホットレモン味』と、ウォトカの燃料割り(ツマミは塩)
 一年前の深海凄艦の大侵攻において、響は泊地凄鬼からの戦術狙撃によりKIA。暁と雷の2人はMIA。

 響がアル中な訳ない? んな馬鹿な。ソビエト人民にはアル中と、酷いアル中の二種類しかいないはずだ。


・龍驤
 水野中佐の初期秘書艦。
 一年前にあった大侵攻の際、背後から夜襲を仕掛けようとして、同じく背後から夜襲を仕掛けようとしていた戦艦ル級(ダ号目標)と交戦しMIA判定を受ける。
 その後鹵獲され、秘密裏に深海凄艦の勢力に堕ちていたリコリス飛行場基地にて洗脳・改造作業を受け、深海凄艦化。
 深海凄艦化した後はアドバイザー兼、遊撃隊の隊長として南方海域の深海勢力圏の安定化に貢献した。
 第五物資補給島にて202の金剛改二と交戦し、戦死。

 モデルは美樹さやか(魔法少女まどか☆マギカ)とフレデリック・オーサー(バナナフィッシュ)
 恋愛感情空回り&心が折れて悪堕ちは可愛い可愛いさやかちゃんから。金剛の高性能(才能)への嫉妬が殺意に変貌したのはオーサーから。
 それぞれ参考にしました。

・Watching_Tom.(Version 1.00)
 金剛の自己診断プログラム。日々の就寝後、あるいは24時間周期で自動的に起動し、ガーベージコレクターへの指示出しや、並列してシステムのデフラグや優先フラグの整理整頓、断片化メモリの解消などのシステム領域の最適化を最優先任務とするプログラム。
 また、最終プログラムとして有事の際には艦橋内部に安置されているブラックボックス内に航行記録や戦闘経験などを含む各種ログを記録し、それを電子的・物理的に保全する事をプログラミングされていた。
 サン・ホルヘ島南端部の浅瀬にて最終プログラムを放棄して電力を確保し、水野中佐の心肺蘇生を実行した後、意味消失。

 初登場時は変な夢共々ハルコンネンの精ウィリス(ヘルシング)で、最終話冒頭での文字列だけでの登場は、最終話のちせ(最終兵器彼女)が、それぞれのモデルとなっております。
 たった二回しか登場してないのに、筆者の中ではなんかすごい存在感の人。愛宕も古鷹も202の電もプロトタイプ金剛も、みんなこいつを見習え。


・ファントム・メナイ少佐
 ファントム・メナイ元大佐。シドニー解放作戦の前段階における、強行偵察部隊の数少ない生還者。
 帝豪合同海軍演習の際、同期から縁起物と嘘を教えられてZ旗に『妖怪猫吊るし』の絵を描いて二階級降格&ブイン基地に左遷された。
 同期の中では最速で将官コースに乗っていたのだが、それがいらん嫉妬を買ってたようだ。
 ガダルカナル島沖にて第4ひ号目標と交戦し、戦死。

 この人は初期設定からあまり変更がされてません。
 暗い過去と大きな顔の傷を持ち、それを仮面で覆い隠した謎の仮面提督、ファントム大佐。それが最初期の設定でした。
 じゃあどんな暗い過去が? と考えるにあたり、当時秘書艦だった愛宕の母港絵が目に飛び込んできたんです。そうしたら『あ、この娘外人っぽい。じゃあ外人さんが素体にされちゃったことにしよう。んで、ファントム大佐は娘を艦娘にした不届き者に復讐するために顔を隠している事にしよう。あー、でも普通の軍人はマスクとか仮面とかNGだって何処かで聞いた気がするなぁ。よし、仮面付けてない以外はその設定で行こう!』
 となりました。メナイ少佐の所の愛宕には(メナイ少佐はハナと呼称)ってのが付いているのには、そういう裏設定があります。
 因みに仮面付けてた時の外見イメージはラウ・ル・クルーゼ(ガンダムSEED)で、仮面をつけてない本編ではドイツさん(ヘタリア)でした。

・愛宕
 ファントム・メナイ少佐の秘書艦。
 その素体には、ハイジャック&航空機爆破テロに見せかけたTKTの工作により拉致された、メナイ少佐の実娘が使用されている。
 ガダルカナル島沖にて第4ひ号目標と交戦し、戦死。

 メナイ少佐とセットで登場が決まった艦娘。ていうか愛宕がいたからメナイ少佐のキャラが決まったようなものです。そのくせ出番はブイン基地メンバーの中では最少記録。

(裏設定)
 この愛宕は、最後までメナイ少佐の娘だった頃の記憶を思い出す事は無かった。なので、メナイから『パパと呼べ』と言われてもそういうプレイなのだと思っていたし、当のメナイ少佐には親子愛よりも、異性としての恋愛感情を懐いていた。
 メナイ少佐の明日はどっちだ。



・ブイン基地の基地司令&秘書艦の漣
 第一話ラストからの整合性を取るため、急遽続投&登場が決まった方々。
 漣はガダルカナル島沖にて第4ひ号目標と交戦し、戦死。基地司令は生死不明。

 第一話との整合性を取るために基地司令はクソ司令と化しました。が、彼の密輸による不正蓄財(主に弾薬鋼材とバケツ)が無ければブイン基地は早い内に壊滅していたはずです。ある意味影の功労者。
 何故秘書艦が漣なのと問われれば、筆者の最初期秘書艦が漣だったから。それ以上の深い理由は存在しません。


・目隠輝少佐&深雪
 第一次南方海域増強派兵部隊としてブイン基地に送られてきたチビガキ&ポンコツ。足りない実力は胸に秘めたガッツと勇気と承認欲求でカバーという、近頃見ないタイプの若者達。
 着任当初から実戦でも訓練でもトラブル続きだったり、鉄底海峡突破作戦に参加させられるなど、兎に角不幸には事欠かなかったが、悪運だけはあった模様。
 深雪は南太平洋戦線近海にて深海凄艦リコリス群に捕捉され、戦死。
 輝は同海上を漂流中、ラバウルの雪風によって救助。以降、終戦までコンビを共にする。

 ……何で登場させたのか、よく覚えてないです。
 確か、脳裏に突然『全自動ピアノ演奏ロボ ノース3号』という怪電波が流れて来て、この一単語をどうにか本編に組み込めないものか、ロボ、メカ…………うーん、井戸はどちらかというとソフトウェア系だし、水野もメナイも専門じゃなさそうだし、これ以上仕事量増やしたら整備班から死人が出るし……よし、ハードウェアに強い新キャラか。
 と、いう流れだったはず。
『最精鋭部隊の集結(前後編)』は、最初の方にサブタイが決まったという珍しい話で、じゃあ最精鋭(笑)にしちゃれ。あ、そういえば有明警備府の方で大和が爆発しとったな。よーしそれ使おーっと。ということでブインには輝と深雪が、リコリスにはガチの最精鋭部隊がそれぞれ配属になりました。
 輝は『新人君』『オドオド』『そういやブイン基地オッサンばっかりだ』というキーワードから思考時間3秒で決定し、秘書艦を深雪にしたのは、輝と組ませれば静動ハッキリしたコンビになるんじゃね? と考え、決定いたしました。深雪の経歴とか書いてる最中に調べてましたよ……
 そして、この深雪が曲者で、その頃あんまり使っていなかったんですよね。改にして中破絵撮ったらそのまんま入渠させて放置してましたし。ですので、台詞とか口調とかあんまり詳しくなかったんで、ずっとwiki開きっぱなしでこの2つの話は書いておりました。今ではレベル80越えの準主力組です。深雪スペシャルは凄いですよね。当たりさえすれば。
 因みに、輝のモデルはエンリコ・マクスウェル大司教(ヘルシング)です。
 念のため言っておきますけど、顔のじゃないですよ? 行動原理の方ですよ? ほら、あっちもこっちも承認欲求凄いじゃないですか。


・佐々木少佐&多摩&金剛改二(ショートランド)
 ショートランド泊地に赴任しているインスタント少佐。水野中佐とは同期。秘書艦に軽巡『多摩』エスコートパッケージに戦艦『金剛改二』という珍しい組み合わせの艦隊を運用していた。他のエスコートパッケージについては不明。出撃前には旗艦の葬式をあげるという奇行癖を持つ。
 3人とも、本能的に戦艦『武蔵』を追い求めていた。
 好きなパウダー・フレーバーは『リゼルグ酸アミドマタタビ味(多摩)』『ジャスミンティー味(金剛)』
 3人ともガダルカナル島沖にて第4ひ号目標と交戦し、戦死。

 本当は一話こっきりの登場予定だった3人組です。
 3人のモデルはそれぞれコジロー、ニャース、ソーナンス(ポケモン)より。そりゃあムサシを追い求めるわけですわ。

(裏設定)
 佐々木少佐の下の名前は小次郎。
 金剛改二は元々本土の某鎮守府所属だったが、改二化改修の際に言語野が損傷し『デース』以外の言葉を話せなくなってしまったために解体されそうだった所を、たまたま本土に戻って来ていた佐々木が発見。口八丁で言い包め、そのままショートランド泊地への移籍となった。
 ところでウチの多摩知りませんか? 2013アイアンボトムE-2でダメコン付けて大破進撃してたはずなんですけど……


・TKTの皆さん
 スポンサーのクイーン・ティラミス、外部委託のプリン教授、むちむちポーク名誉会長大佐、草餅少佐、井戸水技術中尉、ピーナツバター技術中尉、ミルクキャンディ技術少尉、チキンブロス(元)空軍大尉、ネオコウベ技術大尉、塩バターラーメン技術中尉、ロックアイス主任、執刀医のチョコレイト先生

 確か名前付きで出たのはこれだけだったはず。間違ってたらごめんなさい。

 メンバーは基本的に名前だけですが、ネーミングは最初、飲食物縛りという訳ではなかったんです。
 例えば草餅少佐の場合、第3話で古鷹のペンフレンドとして名前が出たのが初出でしたが、最初は『草薙少佐』でした。
 いや、マジで。
 で、流石にそれは不味かろうと言う事で、投稿前に語呂が良く似た『草餅少佐』に変更しました。以降、TKTのメンバーの名前は飲食物縛りになりました。あとはまぁ、ノリと勢いとでいろいろ出てきましたが。
 ただ、例外的にむちむちポーク名誉会長と、大和の開発担当のロックアイス主任だけは話の流れが決まっていたので『ここで登場させんだったらやっぱあのキャラが適役だよなぁ……』という事で自動的に顔と名前が決定しました。
 参考までに筆者の中での外見イメージが決まってる人たちはこちら↓

 スポンサーのクイーン・ティラミス(プリンセス・ティラミス:カエルの為に鐘は鳴る)
 外部委託のプリン教授(ノヴァ教授:銃夢)
 むちむちポーク名誉会長大佐(シュバルリッツ・ロンゲーナ大佐:怒首領蜂大往生)
 ロックアイス主任(ロックスミス主任:プラネテス)
 草餅少佐(軽巡『川内』:艦これ)
 ミルクキャンディ技術少尉(駆逐艦『巻雲』:艦これ)
 チキンブロス(元)空軍大尉(ヤザワ大佐:戦闘妖精雪風)
 執刀医のチョコレイト先生(チョコラータ:ジョジョの奇妙な冒険)

(裏設定)
 草餅少佐のご先祖様は、通販下手な忍者だったらしい。
 ミルクキャンディ技術少尉は後日、駆逐艦『巻雲』の素体として連行されました。TKT女性陣には何か呪いでもかかってんのか……


・軽巡洋艦 北上B型(性能評価試験モデル)
 新艦娘『北上』の最終トライアル艦。その2隻の内の一隻。外見的には魚雷発射管を一杯生やして『ごく普通の』セーラー服着た伊58そのもの。
 性能的には要求される規定値を満たしていたが、誘導兵器の実射試験時に『誘導兵器から声が聞こえてくる』という幻覚症状を訴え、何度か処置調整を受けたものの症状の改善には至らず、廃棄処分となった。
 結果、北上A型(我らが北上様)が正式採用され、B型は後日回収に成功した『伊58』に再利用された。

 新兵器造ってんだから、いくつか派生系とか有るよね? オパビニアみたいに進化の系統樹から外れて途切れちゃったのとかいっぱいあるよね? そういう考えから生まれた北上ABでした。
『誘導兵器から声が~』のくだりは『おれはミサイル』より。貴様の誘導哲学を言ってみろ。
 因みにワシの那珂ちゃんは48種類おるぞ(※正式採用されたのは∀型)


・プロトタイプ電(ナノデス)
 プロトタイプ雷(カミナリジャナイワ)と同時に建造された艦娘。素体には双子の少女を利用しており、登場時の描写を見る限り、拉致ではなく口先三寸での誘拐説が濃厚。
 稼働中の全艦娘を見渡しても珍しいコンタミ艦であり、しかもプロトタイプ足柄や井戸少佐の天龍と同じく、素体の記憶や人格がほとんど失われていないという、極めて珍しい個体。
 そのため、遊び半分に執刀を実行した執刀医のチョコレイト先生に激しい殺意を懐いており、面従腹背、臥薪嘗胆の一念で計画を練り潜伏。井戸水中尉脱走時のゴタゴタに紛れて姉と自身の復讐を果たした。
 その後の逃走生活の最中、偶然にもブイン基地に配備される予定だった正規量産型の電と接触。彼女と入れ替わり、何食わぬ顔でブイン基地に着任。第一話に至る。
 着任後、井戸少佐にいつ自分の事を気付かれてしまうのか、いつも肝を冷やしていたが、最後まで気付かれなかった。
 ガダルカナル島沖にて第4ひ号目標と交戦し、戦死。

(裏設定)
 死体は砕いて野良犬に食わせた。


・プロトタイプ古鷹&テストパイロットの彼
 TKT九十九里本部に所属する艦娘と、その専属パイロット。一度でも超展開した者を容赦なく『喰い潰す』プロト古鷹と何度も超展開しておきながら、髪の毛一本たりとも喰われなかったという、奇跡のような身体の相性を持っていた。ただ、当の本人は古鷹と一つになる事を阻むその体質を生涯呪っていた。
 プロト古鷹が人間性を喪失し、ただの自律無人艦と化した後は、彼自身の記憶と人格データを量子チップに移植し、プロト古鷹のサブプロセッサとして接続された。
 生身の身体を捨てて、ようやく彼の願いは叶ったのだ。

(没台詞集)
『演習海域にようこそ。これがプロトタイプ古鷹だ。俺はついに彼女と一つになった。もう誰も俺達を引き離す事は出来ない』(開戦)
『殺してやる、殺してやるぞ……!!』(中破・大破時)

『俺が……古鷹が沈んでいく……これは、嫌な事に、なった……』(轟沈時)


・羽黒(ラバウルTKT)
 むちむちポーク名誉会長大佐率いる『世海改竄素敵艦隊』その構成ユニットの一つ。
 実際の旗艦は那智か妙高のどちらかが務めていたようだったが、名誉会長からは『我が心の総旗艦』と特別視されていた。
 撤退中の遅滞戦闘時に撃破され、深海凄艦化。
 珊瑚平原沖にて天龍(ブイン)と電(203ブイン)と交戦、戦死。本人は途中までその事に気が付いておらず、自衛目的で二人と戦っていた。


・那智&妙高&足柄(ラバウルTKT)
 むちむちポーク名誉会長大佐率いる『世海改竄素敵艦隊』その構成ユニットら。
 以前はいかなる戦力差の相手であっても『とりあえず突っ込む』が信条の猪四姉妹だったが、羽黒が欠けてから以降は会長の指示により航空部隊や随伴艦隊との連携や、待ち伏せからのはぐれ狩りなどに重点を置き始めた。
 3人ともガダルカナル島沖にて第4ひ号目標と交戦し、戦死。

 プロトタイプじゃない正規量産型の足柄と、その姉妹。
 二次創作だと『餓えた狼』は色ボケだったりバトルジャンキーだったりと、作品ごとに違っていますよね。
 ですので、両方採用ってみました。プロトは色ボケ、普通のはバトル。


・那珂ちゃん(無表情。ラバウルTKT)
 むちむちポーク名誉会長大佐率いる『世海改竄素敵艦隊』その構成ユニット。名誉会長の臨時旗艦として、会長共々ブイン島まで羽黒のコア回収に赴いた。
 こいつホントに那珂ちゃんか? と思うくらいに語らず動かずの、ちょっと不気味な存在。
 ガダルカナル島沖にて第4ひ号目標と交戦し、戦死。

 第三話のみにてちょろっと登場。艦娘クローン説の補強のため、普通の那珂ちゃんとは真逆の性格になりました。クローンが同じなのはDNAだけです。氏より育ちと言うやつです。
 しかしいきなり不信艦扱いで発砲するとか、水野中佐は203の那珂の事を忘れていたのだろうか……


・龍驤改二(ラバウルTKT)
『龍驤抹殺作戦(後編)』に登場したもう一人の龍驤。むちむちポーク名誉会長大佐率いる『世海改竄素敵艦隊』その構成ユニット。
 ガダルカナル島沖にて装甲空母鬼×22匹からの集中砲火を浴び、戦死。

 登場予定が全くなかった人です。話中の流れから必要になったので急遽登場させました。
 たった今倒したばかりの龍驤と同じ顔、同じ声。水野達のインパクトは相当大きかったはず。
 もしも水野の初期秘書艦が龍驤じゃなかったら、このポジションには誰が来ていたんでしょうね。


・ラバウルの聖獣『陸奥』
 ラバウル基地の守護獣にして女神。またの名を艦娘式長門型戦艦2番艦『陸奥』
 ラバウル良いとこ一度はおいで。朝食ァ美味いしネエちゃんはキレイだー♪
 ラバウル近海にて第4ひ号目標と交戦し、戦死。

『書けば出る』の噂を聞いて下記の雪風を登場させた際にセットで出した娘。
 何故に陸奥? と言われても、ラバウルだから。としか考えてませんでした。


・雪風
 ラバウルの聖獣『陸奥』の護衛艦。最新機器すら凌駕する異常な索敵性能を持つ。
 ラストダンサー作戦においては、陸奥共々近島住民の避難を完了させた後、ガ島攻略に参加する予定だったが、原因不明のトラブルが相次ぎ、戦線参加自体が不可能に。
 そのトラブルによって南太平洋上で迷子になるも、その際に漂流中だった輝を発見・救助。後にトラック泊地に保護され、輝共々本土に帰還。
 以降、終戦まで輝と行動を共にする。

『書けば出る』
 その欲求には勝てず、つい出してしまいました。元々話に絡む予定は無かったので、出番は第8話の冒頭と最終話のみという……


・夕立改二
 ラバウル基地所属の艦娘っぽい。折角のソロモン海戦だったのに、手薄になった基地近海の防衛のためにお留守番してたっぽい……ぽーい。
 ラバウル近海にて第4ひ号目標と交戦、戦死したっぽい。

『ソロモンよ、私は(ry』をやりたかったために登場させたっぽい。
 でも普通に参戦させるのは他の作家さん達と被っちゃうっぽいから、この栄光ブインではお留守番になったっぽい。


・球磨(横須賀スタジオ)
 横須賀鎮守府もとい横須賀スタジオでアイドル活動に邁進する軽巡娘。芸名は『ドミナリアの球磨』
 着任当初は、横須賀スタジオの艦娘らの中では唯一の実戦経験者だった。
 かつては北方海域の幌筵(パラムシル)泊地に所属し『北の荒球磨』という二つ名で呼ばれており、過去2年間で銀剣突撃徽章3回と、大規模輸送作戦『ラインアーク作戦』にて人類平和貢献賞を賜ったという武勲艦娘。
 そのラインアーク作戦終了前後に色々あって北方海域を去り、横須賀にやって来た。

『ドミナリアの球磨』
 ただこの一単語の為に登場が決まった娘です。元々、実戦経験のない横鎮の娘が出撃する事になる。という構想はあったのですが、じゃあ誰を出すよ? というところで一度詰まり、色々あって意外と優秀な球磨ちゃんになりました。
 最初期の構想では深海凄艦は登場せず、テロを起こした隼鷹達と夜の市街地戦を行わせる予定でした。地獄のアッツ島、キス島から命辛々帰還し、復讐のために帝国郵船本社施設を襲撃する隼鷹達。防衛網を突破し、最後に残ったのは横鎮の娘達と、巻き添えを喰ったひよ子のみ。依頼を受けたレイヴンはどっちに付く予定だったんでしょうねー。
 因みにこのボツ構想だと、北にいた頃は酒を飲む暇も無かった事からアルコール耐性が極端に低下した隼鷹達に酒樽爆弾を浴びせかけ、最後にウルトラ放酒で酒まみれにされ、赤ん坊の泣き声を加工した断末摩の悲鳴を上げて倒れ伏すという末路を迎える予定でした。
 お前はどこのジャミラだ。

 随伴艦と二人のときに、球磨型に追いかけられるはめになったら、生き延びる道は一つしかない。随伴艦を転覆させるのだ。
                                        ――――――――深海凄艦の教え


・南方海域の翔鶴&瑞鶴
 隼鷹さんテロ回の冒頭部のみに登場。
 特に瑞鶴は通常の鶴姉妹以上に強化・改修されていたらしく、その事を鼻にかける発言が多く見受けられた。
 姉の翔鶴共々、龍驤(ブイン)のカラテキックにより、油染み一滴残さず消滅した。

 深海凄艦化した龍驤の危険性をほんのりと示すため登場。そして即退場。
 瑞鶴の言うマイコシンスや黒い油云々については、カードゲーム『マジック・ザ・ギャザリング』に登場する新ファイレクシアより。さぁ、モニタの前の君も生皮を剥いで柔軟性に欠ける白磁の皮膚ったりして完成しよう。
(裏設定)
 瑞鶴の黒い油はファイレクシアの油ではありません。


 有明警備府出動せよ!


・比奈鳥ひよ子
 有明警備府唯一の提督。旧第4から繰り上げで第1艦隊に移籍。旧第1、第4艦隊を統合して現在に至る。仕事中は兎も角、オフの時にはほとんどの艦娘からちゃん付け呼ばわりされていた辺り、提督としての性能は信用されていなかった模様。
 最終話の戦況スクロールにあった第三次菊水作戦終了後、北上改二、不知火改、プロトタイプ伊19号らと共に南方海域の新ブイン基地へと移籍。

 本作品最大の失敗作。
 いくつかの没案を得て、天才系主人公の井戸少佐(♂)と対になるような、新人ドベな女性提督というスタンスに決定しました。
 名前の由来はイメージ最優先で、新人で、ドベで、全然垢ぬけてなくておっちょこちょいな感じで、かつ分かりやすく。と考えてたら3秒で決まりました。ですので、没バージョンのひよ子達には実は名前が無かったわけです。便宜上、ひよ子と銘打ってありますが。
 ついでに言うとひよ子は『もしも筆者が、リアル艦これ世界に異世界TSトリップしたら多分こんな風に何も出来ないんじゃないかなぁ』と考えながら執筆していました。
 ですので、最初の最初の最初期の予定では、ひよ子はただ状況に流されて行くだけのキャラとして書き始める予定でした。

 ……ところがどっこい!

 重巡リ級を撃破し、地獄のミッドウェーから生還し、最後には戦艦凄鬼すら仕留めてしまいますた。
 どうしてこなた! どうしてこなた!?
 頼みの綱のプロトタイプ伊19号との出会い編(書いてません)で、プロト19からのエロエロ攻撃でアヘ顔ダブルピース脳姦洗脳ヌルネバローション触手服苗床快楽堕ちエンドにでも叩き落としてやろうとして丸々一話の構想を脳内で練ってみたら、何故かイイハナシダナーで終わってしまったという。しかもそのオチも何処かで見たようなという始末……うーん、この。

 ひよ子ー! お前は鳥だ!
 筆者の書こうとしているシナリオ全てを真っ黒に焼き尽す、私にとっての黒い鳥(ACVD)だー!!

(裏設定)
 第一話で北上改二が大破した理由。実は敵艦からの攻撃ではなくて、転倒事故による自爆。つまり公文書偽造という事。


・北上改二
 比奈鳥ひよ子の初期秘書艦。有明警備府旧第4艦隊総旗艦。人員不足からくる艦隊再編成により、旧第1艦隊と統合、同艦隊の総旗艦の座に収まる。
 ひよ子の味噌汁の中に床下で取れたヤバ気なキノコを放り込むなどの奇行癖が目立つも、ひよ子自身は実戦において頼りにしていた模様。
 本編最終話にてひよ子共々ブイン基地に着任した。

 ネタの基本モデルは夫婦な2人(B.B.Joker)の伊藤今日子。
 ほら、お味噌汁のキノコとか、コンタクトとか。その辺。
 機会があれば『布団が来ます』とか『我儘を言いたい時は南極点に限る』とか、やってみたかったですねぇ……


・ぬいぬいちゃん改
 ひよ子と北上のエスコートパッケージ。またの名を駆逐艦『不知火改』
 有明警備府旧第4艦隊所属だったが、人員不足からくる艦隊再編成により旧第1と統合、現在に至る。
 最精鋭部隊向けに『九十四式壱型丙』というマイナーチェンジ版のぬいぬいがいるらしいが、このぬいぬいはごく普通のぬいぬい。
 本編最終話にてひよ子共々ブイン基地に着任した。


・長門
 有明警備府第2艦隊の副旗艦だが、事実上の有明警備府の顔役。
 書類仕事の際にはフレームレスの細メガネを着用。やったぜ。


・叢雲
 有明警備府第3艦隊の副旗艦。中破グラのあばら骨を見て、長門とお風呂場で骨肉の争いをやらせるためだけに登場決定。
 書類仕事の際にメガネを着用するかは不明。


・古鷹
 ひよ子着任以前は有明警備府第1艦隊の元総旗艦。現在は同艦隊の事務方に移籍。古鷹(ブイン)が2時間かけてこなす量の書類を15分で片付ける程度の処理能力を持つ。
 何故古鷹ばっかり事務仕事? と言われても、この当時の筆者の頭の中では古鷹=事務仕事という謎の方程式が成立していました。


・比叡
 有明警備府第3艦隊所属の艦娘。同警備府内の調理担当。
 民間伝承や神話に登場する料理の再現を得意としており、美味な事も多いことから同警備府内では『比叡が料理します』というと拍手喝采が起きる(※ただし金曜日は別)
 半面、アレンジ・オリジナル料理は不得手であり、金曜日に提供される比叡カレーはそれらの克服と、新たなる味の探求のための実験作としての意味合いが強い。そして不味い。

 比叡カレー、少し調べてみたら不味い派とか美味すぎる派とか辛すぎる派とか色々あって決定には少し困ってました。
 ですので、他の作家の方々と同じようにカレーだけは不味い、それ以外は美味い。と言う事にしてみました。ですがそれだけだとインパクトが薄いので、再現料理が得意という事にしてみました。
 千年シチュウ、センチュリースープ、レンバスの薄焼き菓子、センギア男爵秘蔵の瓶詰め。
 執筆当時はこの4つしか思いつきませんでしたけど、これ書いてる今だと色々と見つかりますね。ナナチ汁とかロブスターの味噌煮(闇夜のヘヴィ・ロック風)とか色々と。


・プロトタイプ足柄
 有明警備府第1艦隊所属の艦娘。ひよ子のいた旧第4艦隊と統合される以前からの第1艦隊の所属。
 天龍や電(どちらもブイン)とは違って後天性のコンタミ艦であり、NGシーンにて記憶を取り戻す以前はごく普通の足柄らしく、勝利と戦場に餓えていた。

 男に餓えた狼。
 上記の足柄(ラバウルTKT)でも触れたとおり、色ボケかバトルジャンキーかのどちらかで統一できなかったのでプロトと量産型で性格を二分割。
 優柔不断も良い所ですね。


・プロトタイプ金剛
 有明警備府第1艦隊所属の艦娘。プロト足柄と同じく以前からの第1艦隊の所属。男漁りに勤しむプロト足柄のストッパー担当艦。
 NGシーン以外には名前以外出てきてない。


・飛龍再び改善

 これまでのあらすじ:
(前略)多門丸は戦争に行き、帰って来た時には全ての記憶を失っていた。
 しかし飛龍は献身的に多門丸の世話をし、そしてついに、多門丸の記憶が戻ったのだった!
 今、2人の幸せな生活が始まる。

 飛龍再び改善「多門丸……っ!!」

 ……という物語が、彼女の頭の中では展開しているらしい。

 飛龍再び改善「思い出したのねー!!」
 ピザデブ提督「何の話デスカー!?」

 有明警備府第2艦隊総旗艦。
 ところで、上記のような『スキスキ多門丸デラックス』という怪電波を受信したのですが、どこかにこれをアニメ化してくださるような猛者あるいは勇者はおりませんかねぇ……


・蒼龍再び改善
 有明警備府第3艦隊総旗艦。
 出撃が無い時は飛龍とカラテ・プラクティスを行っているかドージョーにてゼン・メディメーションによる精神鍛錬を行っている。提督死亡により超展開の機会が失われたが、正規空母としての機能は生きているし、艦娘状態でも物理カラテは対人戦において実際有効なので全く問題が無い。
 提督不在でも超展開可能になるダミーハートの恩恵を最も強く受けた艦娘の1人。

 空母=クウボである事の説明のために飛龍共々登場させた娘。本編でも設定集でも軽く触れたとおり、空母娘に超展開機能搭載する予定は無かったんです。だってアウトレンジ万歳の空母が近接戦闘とか、戦略段階での敗北じゃないですか。リアルだと目視圏内戦闘すらNGですよ?
 それでも無理やり乗せた結果がこの2人と赤城&加賀の4人です。


・まるゆ軍団
 帝都湾岸防衛部隊に所属する。陸軍謹製の艦娘's。6人1小隊のグループ単位から運用される。改二型でもないのに陸上戦闘をこなせる貴重な存在。
 高低差の激しい高層ビル街や遮蔽物の多い市街地での集団戦闘を視野に入れており、並の潜水艦娘以上の軽量化と、規格の統一化がなされている。そのため、艦娘というよりは艦娘を含めた戦術ユニットの構成パーツとしての色が濃い。
 初登場時にて第四世代型の重巡リ級と交戦、有明警備府の不知火改と共同戦線を張り、これを撃破。

 初期のモデルではタチコマのつもりだったのですが、いざ実際に登場させてみると何故かコブン(トロンにコブン)っぽくなってしまいました。解せぬ。
『まるゆ401号大破!』『うわー。すっごい壊れてる~。きっとドックで構造解析とかされちゃうんだろうね~』『あーいいなー! あとで並列化させてもらおーっと』
 とかタチコマっぽい台詞をいくつか思い付いてはいたのですが、結局一度も使わずにお蔵入り。解せぬ。


・サム・アンクル大尉
 合衆国海軍、ミッドウェー島の合衆国側守備隊の隊長。アイスクリーム教徒。
 名前の由来は合衆国を暗喩する、アンクル・サム(Uncle Sam)から。
 ミッドウェー島にて第5ひ号目標(中間凄姫)と遭遇。生死不明。

 下の風間少佐共々一回こっきりの登場のくせに、やたらと名前付けに苦労したキャラ。


・風間少佐
 ノーマル狙撃巡洋艦『とみか』の艦長。引き揚げてからミッドウェー島に擱座させた正規空母『赤城』の曳航任務のため、ひよ子らと共にミッドウェーにやって来た。
 船を降りようとする度に狙ったかのような様々な不幸が降り注ぎ、乗船以来、一度も『とみか』を降りた事が無いという経歴を持つ。
 ミッドウェー島にて第5ひ号目標(中間凄姫)と遭遇。生死不明。

 上記のアンクル大尉と同じく一回こっきりの登場のキャラ。名前と経歴の元ネタはとみか共々『特ダネ3面キャプターズ』より。連れていた輸送艦の名前は多分『やえ』



 深海凄艦


・雷巡チ級
 記念すべき初登場深海凄艦。
 深海凄艦という兵器が人型をしているのはどんな理由が? と考え、結果としてその巨体と質量で艦艇を叩き潰すため。という結論になりました。いかにも怪獣らしいですよね。


・空母ヲ級(突然変異種)
 記念すべきオリキャラ第一号。
 何でヲ級なんだよ。何で普通のじゃねぇんだよ。と言われそうですがこっちもまた、203の電を冒頭に持ってきたのと同じく、一見さんホイホイです。
 その上で戦闘描写を書きやすくするために触手で対空迎撃&艦載機を喰って再生するという独自の設定が付与されました。書いている最中は光線属(マブラヴ・オルタネイティヴ)をイメージしていましたね。射程圏内は絶対防空圏という繋がりで。ただまぁ、火力と射程はあっちの方がはるかに上ですが。


・戦艦ル級(突然変異種)
 記念すべきオリキャラ第二号。
 名前の元ネタこそダークスティール(MTG)ですが、実際には初代ゼットンをイメージしていました。
 最初期の構想では『ルッキュゥゥン(ピポポポポポ……)』とか言わせる予定でした。いえ、大マジで。

・超音速機
 記念すべきオリキャラ第三号。
 深海側の艦載機、その亜種。人類側のジェット戦闘機に対抗すべく、マッハの世界を目指した飛行小型種。
 通常種は尾底部からガンポッドが生えているが、この超音速機は代わりにジェット推進器官が生えている。サイズは通常種とほぼ同じ。
 主兵装は正面口腔内部の生体機関砲と、五指型多目的パイロン×2。

・超小型種
 記念すべきオリキャラ第四号。
 深海側の艦載機、その亜種。艦載機同士の航空戦も爆撃も雷撃も全て捨て、数でゴリ押して直接敵陣に取りつき制圧する事を目的とした、異色の飛行小型種。交戦したアッツ島の将兵からは『羽虫』と呼ばれていた。
 生体RWRとでもいうべき電波検出器官を持ち、対人探知能力に優れ、航空機というよりも空飛ぶ陸戦兵器としての趣が強い。
 最大の特徴はそのサイズで、多少の個体差こそあれど、全長は平均しておよそ5メートルほど。尾底部には自爆用のケミカルマイン嚢が搭載されており、それによる自爆の他、一部のアリが放つ蟻酸の様に投射する事も可能。
 主兵装は正面口腔内部の生体機関砲のみ。
 また、上記二種との違いとして、3対全ての着艦節足がよく発達しており、陸上にて俊敏・活発な行動を可能としている。最前列の一対は特に長大化しており、これを振り回したり、ブレード状に奇形化した五指を用いて歩兵を殺傷することから、これを格闘前肢と呼ぶ研究者もいる。

 何かもう、見れば解るとは思いますけど、元ネタは自殺個体とモスキート(どちらもEGコンバットより)です。EGF発売と同時にアニメ化とかしねぇかな……


・泊地凄鬼
 深海凄艦側の切り札的存在。合衆国の海軍・空軍からの全力攻撃を10回も返り討ちにしたという深海側のチート。遠近両用の戦闘能力を持つ。
 肩の狙撃砲には、専用弾を用いる戦略狙撃と通常の徹甲弾を発射する戦術支援狙撃の2種類の運用方法がある。勿論、ブインの古鷹にやった様に対空砲弾を使用する事も可能。
 サン・ホルヘ島南端部の浅瀬で電(202)と交戦し、戦死。

 ダ号目標の話を構想中に『響達を殺した真犯人誰にしよう。あ、そだ。たしか誰かがデッカイ大砲担いでたな。よし、そいつの狙撃にしよう』
 こんなユルい感じで泊地凄鬼の出演は決まりました。
 が、実際の戦闘はユルいどころかガチでした。いや、だって、せっかく人の形してるじゃないですか? 格闘戦させたいじゃないですか? 大砲担いだ的撃ち屋がステゴロやってもいいじゃないですか!?
 その結果が本編での無双です。アニメ第一話? 知らん。


・飛行場姫
 本編ラスボス。原作とは違い、艦載機だけでなくミサイルや対空砲などによる攻撃の他、その巨体を生かした打撃も行う。
 リコリス飛行場基地が深海凄艦化したものであるが、いつ深海凄艦化したのか、近海に潜伏させていた麾下艦隊群をどう誤魔化していたのか、深海凄艦化してからしばらくは通常の基地として機能していたはずだが基地要員との折り合いはどうしていたのかなどは一切不明。
 本編最終話にて、輝&深雪の放った砲弾により魚雷が誘爆。その爆発で航空機用の燃料に引火し、焼死。

 本作ラスボス。
 最大最強の敵をイメージしてたはずなのに、何故か前座担当の泊地凄鬼の方が百倍は強く見えたという謎の不具合ががが……
 最終話の投稿にあれだけ時間がかかった理由の一つに、コイツの戦闘シーンが全然想像できなかった事が挙げられます。だって、人型してんのにただ艦載機飛ばすだけっていうのも何かアレですし、かと言って巨大すぎて格闘戦も出来んし……どないせーっちゅうねん。
 結局、GANTZや進撃の巨人、最後の巨人(ダークソウル2)などを参考に、巨体を振り回す戦闘スタイルに落ち着きました。








 没キャラ軍団

・戦艦『加賀』&織田提督
 ちょっと戦闘メカ大好きなだけの今時のJK織田提督と、その秘書艦である『空母娘』の加賀。
 空母のクセに艦載機をただの一機たりとも搭載しておらず、代わりに十数両の10式戦車と、その予備砲弾や部品を詰めるだけ積み込んでおり、たかが護衛のいない空母一隻と見くびった深海凄艦が近づいてきたところで、120mmAPFSDSの精密狙撃弾幕をお見舞いするという戦法を得意とする。加賀自身もまんざらではないようだ。
 これなんてノブナガン?


・ミスト提督&駆逐艦『霞』

「霧が出てきたな」
(アンタが言うの……っ!?)

 北方海域アガッツ島回収部隊。その総旗艦と提督。
 この艦隊に所属する吹雪だけがアッツ島に辿り着き、本編の隼鷹達をキス島まで送り届け、自身も同島にて籠城戦を繰り広げる事となった。


・駆逐艦『雪風』&『死神部隊』28代目隊長小野塚提督

「深海凄艦の弾は小野塚の身体を避けて通る、深海凄艦の弾は小野塚の身体を避けて通る……大丈夫、アタイで28人目。恐れるな、死ぬ時間が来ただけだ。アタイなら死ねる。先輩達みたいに立派に死ねる……深海凄艦の弾は小野塚の身体を避けて通る、深海凄艦の弾は小野塚の身体を避けて通る……」

 中部太平洋戦線、ウェーク島泊地に居を構える遊撃艦隊。作戦海域に急行し、崩壊しかかった戦線の立て直しや友軍撤退の時間稼ぎを主な任務とする部隊。その損耗率の高さと任務内容から、半ばの揶揄と半ばの畏怖を込めて『死神部隊』あるいは『地獄の壁』と呼ばれるようになった。
小野塚隊長は最近になってようやく『ニュルンベルクのマイスタージンガー 第1幕への前奏曲』を口笛で吹けるようになった。


・ “老将” 桜木元帥&空母『赤城』
 湘北鎮守府に所属する歴戦の提督。国内でも数少ないクウボ適性を持つ提督。
 ぷよぷよに太ったボディに、赤く染め上げた坊主頭とメガネいう、特徴的なおじいちゃん。若い頃は『天才』と呼ばれたバスケットボールプレイヤーだったらしく、対深海凄艦戦争が始まる以前は大学でバスケ部のコーチもやっていたとの事。当時のあだ名はレッド・ボンズ・ブッダ。
 お前はどこの天才バスケットマンだ。


・プロトタイプ吹雪
 世界最古の艦娘。本編では最終話に一単語のみ登場。
 雷巡狩りに多大な貢献を果たし、世に艦娘の名を知らしめた武勲艦。もしもこの娘がいなかったら『帝国には艦娘ありき』とは言われなかったかもしれない。
 アンカレッジ沖防衛線にて、初めて出現した特8号(重巡リ級)と交戦、戦死。艦娘初の轟沈艦となった。


・白銀少佐&駆逐艦『不知火改』
 佐渡ヶ島鎮守府所属のインスタント少佐。水野中佐と同じく、黄金剣翼突撃徽章持ち。
 不知火改の超展開持続時間である5分間の間に、戦艦ル級23隻、重巡リ級48隻、駆逐、軽巡種合計数百隻を撃沈せしめた稀代の化け物。
 ほぼ同じ戦果を上げた水野が24時間戦い抜いたマラソンランナーであるならば、こちらはスプリンター。


・富野元帥
 高齢のインスタント提督。作戦成功率100%という異様な戦果を誇る。
 通称『皆殺しの富野』
 重要な局面や作戦には必ず大本営から直接の要請を受け、参戦している。
 いかなる犠牲を支払おうとも作戦を完遂し、その余波と勢いをもって敵残存戦力も余さず駆逐する事から、そして、大きな作戦の終了後には鎮守府内の艦娘の顔ぶれがほぼ完全に一新されている事から、この二つ名が付いた。
 え、提督の所属先ですか? よく分かりません。
 ……でも、これ、加賀さんです。


・西輝大帝 張(にしきたいてい ちゃん)
 等身大×原寸大に出したかったキャラかも。

 秋津洲:
『二式大艇ちゃん可愛いかもー!』
 ひよ子(等身大世界):
『あの西輝大帝を可愛い……だと……!?(コイツ、化け物か!?)』

 こんなワンシーンが筆者の脳内に突如として浮かんだから、何とか登場させようと考えていたけど、駄目だったかも。
 見た目は黒王号に乗った世紀末覇者提督をイメージしてたけど、某所にホントにあったから何も言わずにボツにしたかも。
 八頭身音速丸っていう手があったかもしれないけど……あの特徴的なセリフ回しと巻き舌は筆者の執筆力じゃあ表現しきれないかも!


 抜けキャラ追加分

・ショートランド泊地第7艦隊の提督&伊58&伊8&お利口さん魚雷
 佐々木少佐と同じく、ショートランド泊地に勤務する男性提督。インスタントかどうかは不明。ショートランド泊地において佐々木は第8、この提督は第7艦隊を総括している。第1から第6? まずは本編の実装を待て。
 単独でリコリス飛行場基地への隠密偵察をこなすあたり、潜水艦乗りとしての腕前はかなり上等だった模様。
 艦隊総旗艦の伊58はその単独偵察時に捕捉され、情報を持たせた提督を逃がすため自決。以降は伊8が艦隊総旗艦を引き継ぐ。
 当の提督は、後のラストダンサー作戦の最終段階に手南太平洋戦線近海にてリコリス群とは別の深海凄艦群に捕捉され、乗船中だった伊8と共に戦死。

 突貫SSの名の通り、元々はこの一話だけの登場予定だった方々です。
 ですが案の定後々の回にも登場。
 この回も突貫のクセにリコリス基地の現状を知り、リコリス姫の姿を直接確認し、龍驤やダ号目標などの存在がようやく人類側にも伝わったという、極めて重要な回になりました。
 提督の方にモデルはいません。即興で思いついたので。
 あと、何故はっちゃんに搭載されていたのが戦術神風(毒ガス)なのかというと、史実では伊25号がアメリカ本土に炭疽菌バラ撒く予定だったそうです。それ参考に、毒ガスに変えてみました。
 本編中ではキルヒ系神経毒と言う事にしてありますが……キルヒ3号って神経毒なのかなぁ?


 これで本当に本編は終わり。
 ご愛読、本当に、本当にありがとうございました。



[38827] 敷波追悼
Name: abcdef◆fa76876a ID:3aa9db6f
Date: 2016/03/30 19:35
 ※すまん敷波、遅くなった。
 ※ブルネイのシキシキおじさん提督。チャットで言った通り名前お借りしました。



 帝国海軍の建築規定によると、基地と要塞の差異は明確にされていない。

 元々、海軍というのは自国のシーレーンを守護し、他国のシーレーンを破壊するのがお仕事なのである。つまり、1年365日お外を駆け回って泳ぎまわって何ぼの職場であり、一ヶ所に引き籠っていつ来るともしれない敵を待ち構えるのは給料外の仕事なのである。
 なので、南の小島の外れにプレハブ小屋を一つおっ建てて、仮設要塞港なんてご立派なカンバンをえいやっと地面に突き立てただけでも、書類の上では何の問題も無く通るのだ。通っちゃうのだ。
 帝国陸軍の施設課の人間からすれば助走をつけてブン殴りたくなるような噴飯ものの話であるが、まぁ、そういうもんだと納得してもらうしかない。
 翻って、その帝国陸軍の建築規定に照らし合わせてみると、軍事基地と軍事要塞の差異は実に明確である。ざっくばらんに述べると、基地とは軍隊が作戦行動上の拠点にしたりする施設の事で、要塞とは、戦略上重要となる地点の守備・守護を目的とした構築物の事である。なので、野戦迷彩柄のテント一枚に寝袋と無線機材を詰め込んだだけの物を『これが基地です』と言い張る事は可能でも『これは要塞です』とは決して言えないのである。帝国陸軍の書類上の話では。
 なので、ブイン島の中央に位置する山の山頂付近に大型の対空早期警戒レーダーを設置し、同山腹の至る所に正規量産型の戦艦娘『大和』から剥ぎ取った46センチ3連装砲と同期レーダーとVLSと20ミリバルカンファランクスの1セットを基本とする対艦・対空迎撃システム群でハリネズミのように武装し、余った山麓には対爆コンクリートと重合金製の複合装甲で建造された拠点施設を設置し、本土では期待の新星だの若き英雄だのと言われている比奈鳥ひよ子准将と目隠輝准将の2人が指揮するそれぞれの艦隊を配置したとしても、海軍では名目上『ブイン基地』のままだし、陸軍からすればこんなのはどこからどう見ても『ブイン沿岸要塞』となる。なっちゃうのだ。

 そして、そんなブイン基地だか要塞だかの中を見てみれば、外箱同様に内側にもかなりのカネが使われているのが窺い知れる。
 例えば廊下。現在の基地司令である比奈鳥ひよ子准将が縄張りとしている2階最奥の執務室から続く一本の真っ直ぐな廊下。一見するとただのリノリウム製の質素なクリーム色だが、実は何の変哲も無い質素なクリーム色のリノリウムでしかない。内部に機械式の感圧センサーが埋め込まれている事以外には。
 次に視線を天井を向けてみると、そこにある蛍光灯は一見するとただの蛍光灯だが、実は使われているガラスに細工がしてあって、ちょっとやそっとの衝撃では割れない上に、もし割れたとしても破片が大きく丸っこくなるようになっているため、破片で切ったり目に入ったりといった重大な怪我に繋がる可能性が極端に低くなっている。
 窓ガラスも蛍光灯と同様に分子配列からデザインされた素材で出来ていて、夕雲型駆逐艦娘からの対地攻撃にも5秒は耐えるという触れ込みの、数週間前にTKT外殻研究員達の手によってXナンバーを外されたばっかりの最新モデルの奴だ。所々に設置された火災報知機とスプリンクラーに偽装した無音監視カメラ群も24時間体制で熱と光と音と波への警備を続けており、おまけに、先の窓ガラスには盗撮・盗聴対策用として特殊なプリズム被膜と防音シールが一切の隙間無く張られていた。普通は無色透明だが、いざ写真やカメラなどに収めようとするとその部分だけ真っ白になって映るという代物だ。TKTの九十九里本部やラバウル基地の地下茎区画とそう大差無い機密の保持っぷりである。
 無論、理由はある。
 かつてラバウルの地下茎区画にTKTの人員がいたように、今度はブインにもTKTから人が来たのである。
 かつての戦艦凄姫の進撃によって壊滅させられたラバウル基地を一から復旧させるよりも、そこそこの面積と立地条件が確保されているブインに新しく建物を作った方が安いし早い。と上の人間が判断したからである。何時の時代の、どこの組織でも、かかる予算と時間は少ない方が美徳とされているのだ。
 そして、市販の光触媒ペンキとシールで外装全てを、本土でもよく見る無害な二階建てのごく一般的な鎮守府にカムフラージュされた、対爆コンクリートと重合金製の複合装甲と対爆隔壁で鎧われたブイン基地(?)の正面玄関を出てから右に歩いて3分かそこらの所に、一つの廃墟がある。

 かつて、目隠輝准将がまだ少佐だった頃に、ブイン基地と呼ばれていた物の成れの果てである。

 窓ガラスという窓ガラスの全てが割れ、壁面という壁面にはツタが蔓延っている二階建てのプレハブ製のそれの一階部分には3つの部屋がある。
 一番大きなそれは、かつて食堂であったと思わしき一番大きな部屋で、この部屋の隅っこには真っ白なお皿が納められたままの戸棚や、時間と土埃と雨風に塗れたコンロや冷蔵庫の成れの果てがあるのでそうと知れる。
 二つ目の、食堂の半分程度の大きさの部屋には通信機器や業務用の大型ファックスと思わしき機材の化石が転がっているから恐らく事務室か何かだったのだろう。誰かが書き残した『追加の弾薬陳情書書き直し 24日の午前中まで!!』『お願いだから井戸少佐も少しは手伝って!!!!!』という黄ばんで劣化したメモからもその事が伺える。ヤケクソみたいな筆圧で走り書きされている事から、このメモの筆者の怨恨は相当に深いものであると窺い知れる。
 そして一番端にある、一番小さくて一番豪奢だった部屋について語る事は無い。入り口付近に転がっている日光劣化しつくしたネームプレートには基地司令の執務室とあったから、きっとそうなのだろう。

 続けて2階に視線を移してみる。
 ペンキが剥がれて赤く錆び果てた軽金属製の階段を上がると短い廊下があり、4つの部屋がそれぞれ廊下に面している。
 まず階段から最寄りの201号室。
 ここについて特に語る事は無い。扉のネームプレートはまだしっかりとくっついているし、部屋の中も、廃墟にしてはかなりきれいな分類になる。
 というか、ブイン島に来た当時の比奈鳥准将らが仮の執務室兼寝室として手入れしていたため、やろうと思えば今でも寝泊まりは可能だ。
 ただ、執務机の背後の壁に掛けてあった、一枚の巨大なタペストリーだけは頂けない。そこに刺繍されているのが『微妙な笑顔を浮かべている猫の両前足を掴んで勝ち誇ったような顔をしている、二頭身にデフォルメされた少女』と言うのだから、この部屋のかつての主は何を考えて生きていたのだろうか。
 次に202号室。
 この部屋のかつての主は何を考えて生きていたのだろう。酷く理解に苦しむ。
 ここもやはり朽ちて果てた机やロッカーなどの共通備品はあるにはあるのだが、これらはすべて隅っこに追いやられており、劣化具合がそこそこで抑えられているキングサイズのダブルベッドが1つ、部屋の中央に置いてある。当然枕は二つ、掛布団は1つである。枕元のティッシュ箱とゴミ箱の存在が無言でかつてのこの部屋の主の行動を意味深に語っていた。
 隅っこに追いやられたその6人分の机の内、4つの上には小さな花瓶と花が活けてあった。発見当初はとうに水も花も枯れ果て、ガラスも曇って埃で厚く覆われていたが、それでもこの部屋の主は、その4人の事をそれだけ思っていたのだろう。少なくともそう信じたい。
 そして、入り口近くの壁に紐で吊るしてあったのであろうホワイトボードは千切れた紐もそのままに床の上に落ちて放置されており、土埃に塗れたその表面には

 龍驤:     
  暁:パトロール中
  響:パトロール中
  雷:パトロール中
  電:出撃。B隊
 金剛:出撃。B隊

 の文字が辛うじて読み取れた。
 続けて203号室。
 ここまで来るともう、ここのかつての主は本当に軍人だったのかとまず疑ってかかった方が良いのかもしれない。
 提督用の机があって電話線が引かれていて、壁には汎用ロッカーが並んでいるのはいいとして、部屋の中央には艦娘達の作業机の代わりなのか、若干足の長さの違う大きな丸ちゃぶ台が二つ置いてあり、部屋の片隅にはお布団が畳んでおいてあり、その隣には段ボール一杯に山と詰め込まれた何かの書類や古雑誌がいくつも放置してあり、お布団共々小動物や虫の良いねぐらと化していた。
 そんな腐海の苗床の第一歩目を踏み出している紙束の中にあるゴミ箱の中に、一枚だけ様子の違う紙が存在していた。不思議な事に、この一枚だけは虫にもカビにも喰われておらず、うっすらとホコリの積もった紙面にはこうあった。



『Team艦娘TYPEからのお誘い:(このチラシは、艦隊運営費や資源備蓄が赤字になった提督への専用のご通知です)

 当Team艦娘TYPEでは、常に新しい被検体を募集しております。採用となった方はその場で赤字運営費の代払い、不足分の資源配給、各種触媒の無償譲渡などを行っております(※1)
 サポート体制も万全であり、どなた様でもご安心してお申込できます(※2)
 あなたもこの実験で生まれ変わってみませんか? 興味のある方、借金や資材の過剰借用で首の回らなくなった方は是非、以下のアドレスもしくは電話番号までご連絡ください(※3)

※1:なお、支払上限はありませんが、支払い目的はあくまで不足分の相殺のみと限定させていただきます。あらかじめご了承ください。
※2:なお、サポート内容は被験者の戸籍の改竄、被験者の回収担当員のアリバイ工作などに限定させていただきます。あらかじめご了承ください。
※3:なお、人体実験の都合上、心身の保証は一切いたしません。あらかじめご了承ください』



 野生すらも避けて通る怪しさ大爆発である。

 そして最後に、204号室。
 このブイン基地の副司令である目隠輝准将がまだ目隠輝少佐と呼ばれていて、その秘書艦が艦娘式陽炎型駆逐艦娘8番艦『雪風』ではなく、特Ⅰ型駆逐艦娘4番艦『深雪』だった頃に使っていた、正真正銘の、本物のブイン基地の204号室である。
 本土では『救国の少年提督』『一族中興の祖』などと持て囃されている彼の輝かしい経歴とは裏腹に、部屋の中は閑散としていた。
 部屋の天井には人の頭ほどもある大穴がいくつも開いてていたし、窓ガラスの嵌っていた穴はもはや四角形を成しておらず、床全体にうすく土埃と落ち葉が積もっていた。とはいえ、それでも前3つの部屋に比べると置いてあるものの数が少なかった。
 小動物の巣と化した執務机が部屋の奥にあり、その上まで電話回線が引かれていて、10個もの汎用ロッカーが壁一面にずらりと並んでいた。そして、支給品の蚊取り線香一缶と陶器の蚊やり豚と、敷布団とシーツと枕と日焼け止めクリームと、ダンボール箱が壁沿いにいくつかと、深雪のセーラー服とスカートの予備が吊り下げられていた安物のプラスチック製のハンガーがいくつか。たったそれだけだった。
 そして、この部屋のどこにも、タオルケットは無かった。
 そんなブイン基地の裏にあるかつてのイモ畑だった雑草畑の先にあるヤシの木の防砂林を抜けると、そこには、島の人間しか知らないような小さな砂浜と、そこから直接海の遠くまで伸びている、丸太製の桟橋がある。その桟橋こそが、かつてのブイン基地の正式な出撃港である。そして、その防砂林の中に一ヶ所だけ、不自然に開けた箇所があった。浜辺に接した、そこそこに大きなスペースと、朽ち果てた丸太の残骸が。
 そこに、かつてブイン基地と呼ばれた、一番最初の丸太小屋が立っていた事を知る者は、もう誰もいない。

 このブイン基地の先代総司令がまだ健在であり、金(キン)の密輸なんてこれっぽっちも思いついていなかった頃で、ファントム・メナイ少佐がまだ大佐だった頃から少し後。
 帝豪合同海軍演習にてメナイ大佐がZ旗に猫の絵を描いて敵味方を大混乱に叩き落してから少佐に格下げされ、ブイン島のブイン基地なる聞いた事の無い島へとまさしく島流しが決まって、かつての古巣『ストライカー・レントン』の艦長の座から引き摺り下ろされ、当時すでに博物館級の旧式と化していたヨルムンガンド級輸送艦『プラウド・オブ・ユー』号一隻とその僅かばかりのクルーだけを押し付けられ、事務方の人間ですら所在地を把握していなかったブイン島なる僻地へ行って来いという辞令が下ってから、少し時間が進んだ頃。
 故 水野蘇子准将がまだ水野蘇子候補生ですらなくただの一般人で、新発売のリップスティックのTVCMに出てた戦艦娘『陸奥』の唇のアップシーンに悩殺されてた頃。
 故 井戸枯輝大佐がまだ井戸少佐で、彼を含めたTeam艦娘TYPEの面々がまだ第三世代型深海凄艦のサンプル確保を諦めていなかった頃。
 北方海域でようやくタイプ=エリートの存在が噂され始めた頃で、東部オリョール海がまだオセロ海域と呼ばれていて、敵味方の支配権が当たり前みたいにクルクルと入れ替わっていた頃。
 まだ、南方海域自体が二級戦線で、月に何匹かのはぐれ深海凄艦が迷いこんでくるだけでも大騒ぎしていた頃。

 これはそんな時代の、そんな南の島の物語である。




 ブイン基地連載に追われてずっと宙ぶらりんだった敷波追悼SS

『嗚呼、栄光のブイン基地(番外編) ~ 正義の価値は』




 頭は『O』
 腕は『r』
 足は『z』
 横に三つ並べて『orz』

 これが今現在のファントム・メナイ少佐の心境と体勢を如実に表したアスキーアートである。

「……嘘だ」

 メナイの喉から絞り出されるようにして微かに聞こえてきたのは、短い否定の言葉だった。
 辺りに広がるのは深い紺碧色の海と澄んだ青空、そしてそれらと明確なコントラストを描く純白の雲。背後の波打ち際では穏やかで静かな磯波(not艦娘)が寄せては返すを繰り返し、優しく吹く海風に煽られて防砂林代わりのヤシノキ林が、それこそ波のような葉擦れの音を立てていた。
 メナイの身体で出来たアーチの真下を一匹のヤドカリがそそくさと通り抜けていったのが、彼自身にも見えた。

「嘘だ!」

 力強い叫びと共にガバリと勢い良く顔を上げてみれば、そこにあったのは二軒の丸太小屋、あるいはログハウスと呼ばれるものだった。片方は小さくて若干古びたような印象があり、もう一つは大きくて真新しさがハッキリと見て取れた。どちらも拵えはまぁ上等な方で、単純に組み木しただけではなく、針金やかなり太い釘で入念な補強が施してあり、多少の強風や嵐程度ではビクともしなさそうだった。サイズは多少手狭だが、最近の輸送艦は少人数でも動かせるようにできているし、多分全員入るだろう。雑魚寝確定だが、揺れない床は陸酔いしない船乗りにとっては宝も同然だ。嫌がる奴はいないだろう。多分。
 だが。
 だが、しかし。
 この丸太小屋は許しがたい事に、入り口脇の柱に『帝国海軍 ブイン基地』と達筆で書かれた真新しい看板が堂々と吊るしてあった。つまり、この丸太小屋だかログハウスだかが、まぎれもない軍事施設であると言う事の証左なのである。

「嘘だッ!!」
「……おっちゃん、何してんの?」

 突然頭の上から掛けられたその声に顔を上げてみると、そこには一人の少女がいた。
 見た目だけなら帝国人の少女だった。
 短いポニーテールで纏めた少し長めの栗茶色の髪。ほぼ同色のスカーフと襟のセーラー服。どことなくイモっぽく、これといって特徴の無い目鼻顔立ちに、思わず指先でつつきまわしたくなるようなふにふにとしたほっぺた。
 そして、背中に背負った巨大な煙突型の金属筒。
 かつて、艦娘と共同で作戦を行った事のあるメナイには彼女が吹雪型とよく似た艦娘であるとは分かったが、それ以上の詳細が分からなかった。なので少し誤魔化して聞いてみた。

「……タイプ=トクのカンムスかい?」
「あ、分かるんだ。艦娘式特Ⅱ型駆逐艦2番艦『敷波』です。ブイン島仮設要塞港の総司令官、正志木 清(タダシキ キヨシ)の秘書艦を務めております!」

 帝国人でもないのに珍しいじゃん、えへへー。と、その少女は、はにかんで笑っていたかと思うと、急に表情を真面目なものに戻して敬礼をした。
 そしてメナイは、分かっていても知っていても、年端もいかない少女が軍人顔負けの敬礼をして見せるその光景に――――そして、戦場に立っているという事実に――――慣れる事が出来なかった。
 敬礼を続けていた敷波が、ふと何かに気付く。

「ん? あたしら艦娘の事知ってるって事は、もしかして、今日ここに着任してくるっていう人?」
「ああ。私の紹介がまだだったな。オーストラリア海軍、太平洋方面艦隊所属、ファントム・メナイ大佐……………………ではなく少佐だ」

 もの凄く嫌そうな顔でメナイが階級を言い直す。対する敷波は『ふーん』と心底どうでもよさそうな表情で相槌を打ち、じゃあ司令官の所に連れてくね。とメナイに背中を向けた。

「失礼します。あなたがファントム・メナイ少佐ですか?」

 背中を向けた敷波が第一歩目を踏み出したちょうどその時、メナイ達の背後から声が掛けられた。振り返ったメナイ達のその目線の先。そこには、常夏の島だというのに長ソデ長ズボンの真っ白い第二種礼装と礼帽をかっちりと着込んだ、白髪交じりの初老の帝国人男性が立っていた。
 そして、その隣には、桃色の髪をした全身ズブ濡れのセーラー服の少女が片手に銛を手にし、もう片方で極彩色の巨大な魚を小脇に抱えて立っていた。
 いろんな意味で不審人物全開だった。

「……そうですが、あなた方は?」
「失礼しました。自分は帝国海軍、南方海域方面ブイン仮設要塞港総司令官の正志木 清インスタント少佐であります」
「同じく、エスコートパッケージの駆逐艦『漣』でーす」

 常夏の島で厚生地の第2種礼装を着こなす初老一歩手前のジジイと、かつて見た事のある特型駆逐艦娘よりも幼いセーラー服少女(と小脇に抱えたイキの良い極彩色の巨大魚)。
 ファントム・メナイ少佐の新生活は、最初から不安と絶望の中にあった。






 案内されたブイン基地(という名の丸太小屋)の内部は、予想していた通り、予想を遥かに下回る酷さだった。
 大きい方は何も問題は無かった。メナイ達が配属されるという通達を受けてから建築されたばかりのそれの中には何も無かったからだし、高さや広さにも問題は無かった。
 だが、流石に個室までは用意出来なかったのか、内部には部屋が二つしかなく、ドアを開けたら大きな執務室が一つと、壁で仕切られた奥側の寝室の二つだけだった。ただ、トイレだけはやけに豪華で、温便座に自動消臭機能までついた水洗トイレ(海水濾過システム搭載)だった。勿論ウォシュレットは標準装備である。トイレ先進国たる我らが帝国に栄光あれ、トイレ後進国に慈悲あれ。
 問題は、もう一つの方だった。
 元々からあった方のブイン基地(という名前の丸太小屋)には、基地司令の正志木と秘書艦の敷波、そしてエスコートパッケージの漣の計3人が寝泊まりする寝室と、執務机の置かれた部屋に、その部屋の壁に設置された雑貨類を置くための戸棚くらいしかなかった。台所はどうしたとメナイが聞けば、外に簡易の石窯を組んであると答えが返ってきた。ここもまた、トイレだけはやたらと立派だったが。

「……これもう、基地じゃないな」
「ははは。よく言われます」

 その戸棚の上に置かれた、所々のペンキが剥がれて赤錆まみれになったブリキ製のバケツこと、高速修復触媒の詰まった2種類の密閉容器を眺めながらメナイが呟く。たしか、緑色のは艦娘状態でも使えるタイプで、黄色は艦艇状態で使う溶剤タイプだったか。

(……シドニー解放作戦の後に立ち寄った野戦病院の艦娘区画だと、これの奪い合いに近い事起こってなかったっけか?)

 メナイの心を読み取った訳ではないのだろうが、正志木基地司令は『そのバケツは平和の証なんですよ』と笑って答えた。どういうことかとメナイが問えば基地司令は、

「その2種類の高速修復触媒(バケツ)は、私がこの基地に配属された時に、敷波と漣それぞれの緊急修理用として受領されたものなんですよ。以来数年間、これを使う事無く無事に過ごせてきました」

 そもそも、こんな二級戦線でこれを使うような事態になったら、もうお終いでしょう。と基地司令は締めくくった。

「だからと言って、この設備はいくらなんでも……」
「それには心配及びませんよ。ここは南方海域の外れの外れ。かつての世界大戦当時はいざ知らず、今では平和な田舎ですよ」

 少し基地を案内しましょう。と基地司令が丸太小屋の外に出る。
 基地という名の丸太小屋を出て、浜辺沿いに歩くこと数分間。メナイが辿り着いたのは、太く生い茂るツタで覆われた海沿いの断崖だった。が、よくよく目を凝らしてみるとツタの下にはぽっかりと空洞が空いていた。海と浅瀬で繋がった大きな洞窟だった。ただ、浅瀬とは言ってもそれなりの深さがあって、大型空母は無理でも、天井を少し削れば戦艦位ならなんとかギリギリで一隻は入りそうな程度の水深と幅を持った、天然の海蝕洞穴だった。
 奥に進むにつれて上り坂になっている洞窟の壁面沿いに増設された、木板の渡しの上を進みながら、メナイは口を半開きにして呑まれたように天井を見上げていた。
 イタリアにあるという青の洞窟とは違うものの、思わず息を呑むような光景が広がっていた。

「おお……」

 洞窟の奥深くまで入り込んだ海面は静かに波打っており、外から入り込んだ光がそこに反射して天井や壁面が青色に揺らめいており、水面自体も光の反射で青白く発光しているように見えていた。さらには天井と壁面や、海底の揺らめく青の中にはまるで夜空の星のように小さく瞬くメタリックブルーの箇所が何ヶ所もあって、まるで、深い海と満天の星空を同時に眺めているような、幻想的な光景が一面に映し出されていた。

「海蝕洞……それもこんな大きいとは……」
「すごいでしょう。聞いてみたら、島の人達も知らなかったようで、戦争が終わったら観光地化するんだって息巻いてましたよ」

 メナイが目元の高さにあった星に顔を近づけて注視する。

「これは……何かの金属ですか?」
「ナゲットです。詳しい調査はしていないのですが、この洞窟の表面全部を覆い尽くす程度には鉱脈が広がっているみたいですね……着きました。ここです」

 宝石にも金属にも地質学にも詳しくないし、周囲も薄暗かったためにメナイは『そういう名前の宝石か天然合金でもあるんだろう』とそのままスルーしてしまったが、ナゲットとは天然金塊の事であると一応の補足はしておく。
 そうして基地司令に連れられて辿り着いた洞窟の最奥部。満潮時であっても波飛沫1つかからない程度の高さと奥行きのあるそこは、山と積まれた燃料弾薬に修理用の鋼材、ボーキサイトを初めとした各種金属触媒の類で埋め尽くされていた。
 艦娘2人分の補給量としては、明らかに過剰だった。

「本土側で書類不備だか連絡不徹底だかがあったらしくてですね。基地そのもののナリはこんなんでも、運ばれてくる物資の量だけはちゃんと一個艦隊――――艦娘6人分があったんですよ。ようやく本土に書類が届いたのか、半年前には元の補給量に戻りましたけど、今まで誤配送されていた分がまだこれだけ残っていましてね。近海警備の合間を縫って敷波と漣で交互に運び出していたんですが……いやぁ、メナイ少佐。あなた(の指揮する輸送船)が来てくださって助かりました。これでようやく全部運び出せます」
「?」

 お前何言ってんだ。

 長年の経験からメナイは思う。何ともったいない。何かあった時のために温存しておけばいいのに、と。加古もとい過去の経験則からすれば、武器弾薬燃料がそれぞれ100必要だと陳情しても、やって来るのは50か60、良くて75であり、いざ蓋を開けてみれば100どころか敵増援に次ぐ敵増援で100どころか300あっても全然足りないというのに。
 ハッキリとそう言い切ったメナイに対し、基地司令はそれを理解していたかのように苦笑を浮かべ、敬礼した。

「それは――――横領は出来ません。何せ本官、勤務中ですので」

 それは実に年季の入った、働く男の敬礼だった。




「えー。それでは、ファントム・メナイ少佐と、その部下の方々の~、ブイン基地着任を祝いまして……乾杯!!」
「「「乾杯!!」」」

 輸送船に積んできた各員の荷を新しい方の丸太小屋に運び終え、着任後の細々とした雑務もようやく終わり、ようやく明日から通常業務に移れるようになったその日の夜。昼間に漣が仕留めてきた極彩色の巨大魚の煮物と刺身を主菜とした、基地司令主催のメナイ少佐と麾下艦隊の着任歓迎パーティは始まった。
 最初は誰も彼もが遠慮がちにしていた上に、得体の知れない巨大魚に誰も手を出そうとしなかったのだが、空腹には勝てなかったのか誰かがフォークで木っ端のような切り身を一口摘まんだのをきっかけに箸やフォークが次々と付き出され、美味いだの塩辛いだのもうちょっと淡白な味の方が良いだのていうかメナイ少佐生魚なんてよく喰えますねだのと好き勝手に言い合っている内に自然と場の空気は和み、宴会速度は加速していった。
 そんな中、オーストラリア勢の中で唯一刺身を摘まんでいたメナイに敷波がジュースの注がれたコップを片手に寄ってきた。

「お。メナイ少佐、箸の扱いが上手ですねぇ」
「ああ、実家の都合で何度か帝国人と会食をしたことがあってな」
「へぇ~、ご実家は何を?」
「畜産だよ。帝國向けの牛肉輸出」
「ああ、もしかして、あの『肉ならMッ! ドM印のメナイ牛ッッッ!!』って何処かのグラップラーみたいな筋肉ムキムキのオッサンが、ウェイトリフティング用のバーベル片手で上げ下げしながらもう片方の手で肉のパックをカメラに向かって突き出して叫んでる、あのCMのですか?」
「……帝国では、どんな印象持たれてるんだ、ウチの実家?」

 ウチの親父、この間電話したら帝国のTVCMに出たぞーって笑ってたけど、まさかなぁ。という呟きを何とか喉より下に押し込め、メナイは何食わぬ顔で2杯目のビールを呷る。輸送艦の冷蔵庫に保管してあったそれは漂う冷気が見えるほどキンキンに冷えており、常夏の島の熱気に当てられてジョッキ表面を流れる汗が覆い尽くしていた。
 するりと喉を流れ落ちる心地良い炭酸と苦みにも顔をほころばせる事無く、彼は軍に入った理由を心の中だけで再確認する。

(……こんな南の僻地に飛ばされたとは言え、まだ挽回できる! 軍上層部の汚職データはまだ俺が、本国にいる俺の副官が握っている……)
「ほら、佳弥。もっと食べなさい。イモネギ鍋は大好物だったじゃあないか」
「司令官ー。あたし、敷波なんだけど。っていうかこれ、イモは兎も角ネギ入ってないじゃないじゃん」
「……あ、ああ。そうだったな。すまんすまん」
「刺身(゚д゚)ウマー」
(つまりまだ、将官コースへの道は開いているという事……っ! まずはやれる事をやるしかない。明日からの輸送任務をこなし、やる事やって、本国に残された『ストライカー・レントン』のクルー達と連絡を付けねばっ……! 昇進っ、栄転っ……、機密情報へのアクセス権っ……!!)

 それが出来なければハナを、娘を殺して『愛宕』に仕立て上げた奴らを見つけられない。殺せない。
 胸の奥底でドス黒く煮えたぎるその思いを赤ら顔の下に押し隠し、メナイは己の目的と意思を再確認すると明日からの任務への英気を養うべく、オーガニック・得体の知れない・極彩色の巨大魚のサシミを一度に2つも食べた。

(開けない夜が無いようにように、必ずチャンスはやって来る!!)

 その日の夜、彼は帝国製トイレの便座の上で夜を明かす事になる。



 そして次の日、メナイの熱意を裏切るかのように遠征任務は延期された。

「……何でさ」
「オセロ海域、もとい、オリョール海の制海権が黒優勢になっているようでして」

 ほら、この通り。と基地司令の指さす先にあった、軍用周波数帯に合わせられていたラジオでは、男性アナウンサーが南西諸島方面海域の戦況が淡々と読み上げていた。
 聞くに、東オリョールから南方海域の入り口であるラバウルへのルートが、硫黄島の新種こと不明ヲ級による数日間にも及ぶ猛烈な空爆によってほぼ完全に敵支配下に置かれた事。それを支えていたのがバシー島沖にて確認された補給専門の新種の深海凄艦であった事。イロハコードに従いそれぞれ空母ヲ級、輸送ワ級と名付けられた事。そのワ級狩りに多大な貢献を果たしたとしてブルネイ泊地のとある艦娘『伊58号』に対して、月桂冠錨ダイヤモンド付き猫旭日勲章が授与された事。途切れた南方資源地帯への海路を復旧させるために帝国本土に残されたゆきなみ型イージス護衛艦『かこ』『げんざい』を中核とする打通部隊が出撃していったとの事だった。

「……深海魚の連中は、また知恵をつけたみたいだな」

 今にして思えばシドニーの頃もそうだったが、連中、単純な正面突撃からだいぶ変化し始めているな。とメナイは心の中だけで呟いた。

「これでは近づくこともままなりませんからね。しばらくは近海待機――――つまり、」
「「つまり、遊ぶぞー!!」」

 いつのまにか基地司令とメナイの背後に忍び寄っていた敷波と漣の2人が元気いっぱいに気勢を上げる。

「ああ。しばらくは遠征も出撃も出来そうにないから2人ともお外で遊んできなさい。お昼前には帰って来なさい」
「「はーい!!」」
「え、え。ちょ、ちょっと?」
「やったー、今日もお休みだー! ご主人様どうもありがとー!!」
「煙草屋のバアちゃんところに出っ撃ーき!」

 よろしいんですか、あれ。近海警備とかしなくて? と、若干狼狽しながら走り去る2人の背後を指さすメナイ。
 対する基地司令は、ははは。と軽く笑うだけだった。

「構いやしませんよ。どうせ、こんな南の海に来るような敵なんていませんから」





 南方海域のブイン基地から南西諸島方面海域のブルネイ泊地に移動するには、一度南太平洋上にまで北上してから西進するか、パプアニューギニア南側を経由して東部オリョール海を抜けてくるかの2つのルートがある。
 太平洋上を抜けてくるルートはその性質上、最前線である太平洋戦線に接近する必要があるため、敵――――深海凄艦側の主力部隊に捕捉される危険が高い。
 もう一つのオリョール海を抜けてくるルートは少し複雑でその分危険度は上記のルートほどではないが、その日その日の海域情報を随時更新していないと結構危なかったりする。
 詳しく説明すると、かつてはブイン基地を初めとした南方海域各所の基地や泊地と同じく、戦闘なぞ滅多に無い二級戦線として扱われていた東部オリョール海だが、対艦娘兵器である重巡リ級と軽母ヌ級の極悪タッグが世界中の戦線を押しに押し上げた現在では産油地帯の集まる南西諸島方面海域の最前線兼、帝國支配圏の最終防衛ラインと化している。ここを落とされれば破滅へのリーチが掛かるという事を帝国上層部は理解しているから最新鋭の艦娘が優先的に送られてくるし、深海凄艦側もここが人類側の最重要ポイントの一つだときちんと認識しているらしく『泳ぐ要塞』こと戦艦ル級を数隻も投入している。
 故に、この東部オリョール海では一日の内に何度も何度も両陣営による艦隊決戦が繰り広げられ、その結果如何では同海域の支配権が二度三度と入れ替わる事は珍しくもなんとも無いし、その事からこの東部オリョール海はオセロ海域などと呼ばれていたりするし、潜水艦娘を中心とした有志一同を募っての奇襲作戦、略してオリョクルことオリョールクルージングは生還率が昔の消費税より少なかったりするのだ。だって3回出撃したらベテラン扱いなんだぜ。

「故に、我がブルネイ泊地では資材、人材、いつでもウェルカム。正志木提督、お待ちしておりましたぞ!」
「どうもお久しぶりです、四季さん」

 ブイン島の洞窟に残っていた残り全ての資材をメナイが乗って来た『プラウド・オブ・ユー』号に積み込み、護衛の敷波を先頭に辿り着いた基地司令とメナイ少佐を軍港で出迎えたのは、粘ついた笑顔と独特の笑い声、極端に太った腹が特徴的な、妙に胡散臭い、中年太りと呼ぶにも甚だしいほど太りに太ったボーレタリア人男性だった。

「いやですなぁ。わたくし目の事はもっとフランクに、ウチの駆逐娘達のようにシキシキおじさんとでもお呼びいただければ」

 どうせ上の名前も下の名前もシキなんですから。と笑う男に対し、基地司令は素っ気なく敬礼を返した。

「それは出来ません。何せ本官、勤務中ですので」
「はっはっは。正志木提督もお変わりないようで何より……ところで、そちらの御仁は?」
「オーストラリア海軍、ファントム・メナイ少佐であります」
「いやぁ、これはこれはどうも。ブルネイ泊地、四季式(シキノ シキ)と申します。親しい者からはシキシキおじさんと呼ばれております」

 シキシキおじさんこと四季はそこで、胡散臭い笑みをさらに深めて優雅に一礼をした。

「今はインスタント提督などをやっておりますが、今の本業は王の公使……ではなくSTORK輸送ヘリによる単距離快速輸送です。どうですか、ぜひ――――」
「おじさーん、シキシキおじさーん! 哨戒中の如月ちゃんから緊急入電ー! 敵の反撃部隊を捕捉したってー!!」
「……どうも間が悪い。いや、良いのかな? 申し訳有りませんが、今日はここにて失礼させていただきます」
「「アッハイ」」

 何かありましたらお気軽にご連絡ください。と、四季が指先をくるりと返すと、そこには手品のように一枚の名刺が挟まっており、それをメナイに押し付けると自身を呼びに来た金髪の長大なポニーテールを持つ黒い制服姿の少女――――艦娘式睦月型駆逐艦5番艦『皐月』を連れてその場を後にした。

「いいかガキ共、折角バシーまで繋がった海路だ。盤面を黒に戻されんじゃねーぞ! むしろ本土まで打通させたれや!! ところでプロトは何処ほっつき歩いてやがる!?」
「任ぁっかせてよ、司令官! プロトさんなら、艦娘状態でまだ入渠中だよ。入渠明けまでは確かあと15時か」
「B型バケツぶっかけて出撃準備!!」

 物資を持ってきた基地司令とメナイを、その場に残したまま。

「……」
「……」

 突然の急展開に途方に暮れた二人の背後に、いつの間にか艦娘状態で立っていた敷波が声をかけた。

「……どうすんの、司令官。あたし、まだ荷物降ろしてないんだけど」
「あ、ああ。そうだな。このままトンボ返りするのも何だし、どこかで昼でも食べてから帰ろうか……と言っても土地勘は無いし、あそこにしよう」

 基地司令の指さす先。
 そこには商店街の一角に紛れるようにして建っていた一軒の小さな居酒屋の暖簾がそよ風を受けてたなびいていた。




 ブルネイ泊地に勤務する者の中で、居酒屋『vivisection』の名前を知らない奴がいたら、そいつはモグリだと考えてよい。
 泊地近海の警備任務のついでに獲れた、第一もしくは第二世代型の深海凄艦――――こいつらは死骸が残る――――を使ったゲテモノ料理が喰える所など、糧食事情の切羽詰まった帝国本土を除けば、今のところはここくらいしかない。
 そんなゲテモノ料理屋が暖簾を上げたのは意外と身近な理由からで、倒しても倒しても次から次へと湧いて出てくる深海凄艦の死骸処理能力が飽和したからである。

 ――――本土じゃ国家が備蓄してた冷凍肉って事にして市場に流通させてんだしさ、こっちでも食えんじゃね?

 見た目と由来は最悪だが味だけは最悪ではない事と、金属質の艤装部分を全切除して蝋質の脂肪分さえ入念に除去すれば食用は可能であるという事実から、居酒屋『vivisection』は閑古鳥を相棒に、ごく少数の物好きと、ほんの一握りもいないリピーターに支えられて、今日もまた絶賛開店休業中であった。

「ヘラッシェー!」
「お、やった。席ガラガラじゃん。司令官、少佐」

 ブルネイでは珍しい、硝子のはめ込まれた木製の引き戸が実に建て付けの悪そうな音を立てて開かれ、正志木少佐こと基地司令、敷波、メナイ少佐の順番で3人が入ると、再び建て付けの悪い音を立てて引き戸が独りでに閉まっていった。どうやら見た目はボロでも自動ドアだったらしい。
 3人が店内を見渡してみると、厨房の店主の他には、入り口から一番離れたカウンター席に1人の女性が座って食事をしている以外には誰もいなかった。

「えぇと、メニューは駆逐イ級(エフィラ幼生体)のタタキ、駆逐イ級(成体)の白子、駆逐イ級の生き胆を高速修復材で浅漬けしたもの……ゲテモノ屋か」
「駆逐ロ級のタンシオに駆逐ロ級のテッポウ(塩・タレ)に駆逐ロ級のもも肉スペアリブ……足あったんだ、あいつら」
「帝国が追いつめられているというのは聞いていたが、まさかここまでとは……」
「おじ様、イ級のヒレカツとタタキと雑穀米、それぞれあと25kgほどお代わり、お願いできますか?」

 3人が女性から少し離れた席に並んで座って1つのメニュー表を仲良く眺め、一番左側に座った基地司令がハズレの店を引いた事に顔をしかめ、その隣に座った敷波が駆逐ロ級に足があった事にそれなりに驚き、その隣に座っていたメナイ少佐が深海凄艦すら食ってかないと餓死者が出るという帝国本土の真っ暗な現状に憂いていると、そんな彼らから少し離れたカウンター席に座っていた、彼ら以外で『vivisection』の唯一の利用客である女性が店主に声をかけた。
 ストレートロングの黒髪と同色の瞳、所々コゲて煤けた弓道着に胸当て、ちょっと際どい所まで破れたミニスカート状の赤い袴、右肩から生えている肩盾のような形状の穴ボコだらけの飛行甲板の隅っこに書かれた白塗りの『ア』一文字。

 艦娘式赤城型空母1番艦『プロトタイプ赤城(中破)』
 それが彼女の名前だった。

「あいよっ! 今日もいい喰いっぷりだねぇプロトちゃんは。いつも来てもらってるし、今日はちょっとおまけしといたよ」
「まぁ、嬉しいっ! おじ様、感謝いたします!!」

 花もほころぶような満面の笑顔を浮かべ、プロト赤城は目の前に置かれた山積みのヒレカツを上から順番に行儀よく咀嚼して消化していく。
 あんな細い体のどこにこれだけ入るんだろうと店主は常々思っていたが、折角の常連客(しかも一度に落としていくカネも相当な額だ。それに軍票じゃない!)の機嫌を損ねるのは下策だと判断し、その考えを速やかに消し去った。
 そして、聞いた。

「……ところでプロトちゃん、随分と煤けてるし着てる物がボロボロだけど、また逃げ出したんかい?」
「! い、いえ、その……入渠中は、ご飯食べられないので、ちょっと、その……入渠の息抜きに……」
「そぉい!!」

 目をそらして言い詰まる赤城の背後に音も気配も無く何者かが近づき、水のような液体で満たされた緑色のバケツを奇声一閃、赤城の頭に叩き付けた。
 先に基地司令らと別れたばかりの、四季提督だった。

「入渠が息抜きだろうが、このバカモンが!!」
「げぇっ、提督!?」

 頭っからズブ濡れになった赤城が振り返るのとほぼ同時に彼女の体に異変が起こった。何と、先ほどまでボロボロだった赤城の体や衣服や飛行甲板が、まるで時計の針を逆戻すかのようにして、見える速度で塞がっていったのだ。
 高速修復触媒B型。
 それがこの、緑色のバケツの形をした魔法の名前である。
 一般にバケツの愛称で知られる方の高速修復触媒――――艦娘化できないほどの重傷を負った艦娘向けだ――――とは異なり、溶剤を燃料で溶いたり破損部に吹き付けたりする必要はなく、単純に原液をぶっかけるか、お風呂の中に入浴剤としてブチ込んで使用する。つまりは軽傷向けの修復触媒であり、やろうと思えば人間や動物相手にも使用できる。
 このバケツの共通点らしい共通点と言えば、どちらも空気や金属に触れると急速に反応してすぐに使い物にならなくなってしまうために、ペンキで表面を完全に塗りつぶしたブリキ製の保管容器に入っている事と、熱着式のプラスチック製の蓋で封印してあるくらいのものである。

「シドニーで見た時は何が何だかわからなかったが、改めてみると脅威だな……産業界に革命が起きるどころのレベルじゃあないぞ」

 カンムスの展開・圧縮技術といい、道理で上の連中が必死になって帝国にゴマ擂ってる訳だ。とメナイは心の中だけで呟いた。
 そうこうしている内にプロト赤城は四季提督に首根っこを掴まれて店の外まで連行されていった。
 因みに、残された3人はとりあえず無難にイ級のタタキを注文したのだが、厨房の奥から何かを激しく打擲する音と共に店主の『この! この卑しい駆逐艦め! 英語で言うとバトゥーシップ! バトゥーシップめ!! デストロイアーッ!!』という謎のシャウトが聞こえてきたため、戦々恐々しながら料理を待っていた。





 帰り道の海上の事である。
 夕焼け色に海が染まり、夜の色が水平線の彼方から徐々に徐々にその版図を広げ始めた時間帯。
 駆逐艦本来の姿形に戻った艦娘『敷波』と、メナイ少佐の乗る輸送艦『プラウド・オブ・ユー』号は、オリョール海の中でも一際安全であると公表された最新情報に従って無事にオリョール、ラバウルを抜け、ブイン島まであと少しの位置を進んでいた。

「『『……あの店、もう絶対行かねー』』」

 基地司令、敷波、メナイ少佐がため息と共に口を吐きだす。ブルネイを後にする直前に聞いた所ではあのゲテモノ屋、以前にイ級のレバ刺しと称して黒ひげ危機一髪的な生き胆のオブジェを客に提供した事があったり、過去に保健所の立ち入り検査を受けた事が何度かあったとか。

『すまんなぁ、佳弥。昼御飯があんなので』
『いいって、いいって。ていうか司令官。あたしの名前、敷波なんだけど。そんなにポンポン間違えて、司令官のお孫さんに失礼じゃないの?』
『……あ、ああ。そうだった、そうだったな。すまん、すまん』

 プラウド・オブ・ユー号の艦橋。艦橋の天井付近に設置されたスピーカーから、前方を行く『敷波』内での2人のやり取りが無線越しに聞こえていた。2人のやり取りを聞いてメナイは、基地司令が敷波に何を見ているのか、おおよその予想が付いた。付いたが何も言わなかった。
おそらくそれは、自分と同じように誰にも聞かれたくないし、言いたくない事柄なのであろうと予想できたからだ。

「けっ。鉄の化け物風情が。人間様ごっこかよ」

 メナイの座るすぐ横の艦長席。そこにふてぶてしく座る、メナイよりもはるかに年嵩のプラウド・オブ・ユー号の艦長が口から酒臭い息と共に吐いた毒だった。

「……艦長殿。同盟国の人員に対し、その発言はどうかと思いますが」

 ていうか勤務中に酒飲んでんじゃねぇよ。とメナイは鉄拳修正とセットで続けそうになったが、あちらは大佐のジジイである。つまり、階級(ホシ)の数も飯の数もずっと上であり、肩書だけの提督である元大佐の若造の意見なんぞいちいち聞いてやる必要も無いと言う事である。
 その事を先方も承知しているようで、横目でメナイをちらりと見やると『ハッ』と馬鹿にしたように鼻で笑い、半分近く中身の減った琥珀色のウィスキーの瓶を傾けた。

「何ぁにが “人員” だよ。所詮は喋る機材だろうが。しかも見てくれはイエローのメスガキ。乳もデカく無い。だったら人扱いする必要なんざぁ、どこにもないだろが。あっちのジジイも何考えてあんな態度してんだか。あんなのを人間扱いするなんざぁ、帝国人ってのは変態か何かしかいねえのかっつうんだよ」
「……」
「……ったくよぉ。俺がくすねたのはポートワインの隅っこで埃被ってたウィスキーのコンテナ一箱だけじゃねぇか。ケチケチしやがって。なのにあのハゲ港湾長、いつの間にか軍に押し付けた挙句に紙切れ一枚でこんな辺鄙な場所に飛ばしやがってよぉ……あ?」

 ――――……あの~。すみませんが、どなたか別の方と間違えられていませんか~?

 その時、メナイの脳裏に浮かんだのは、帝豪合同演習の際に一度だけ会った事のある艦娘『愛宕』の――――愛宕となってしまった実娘の、困惑混じりの笑顔だった。
 次に浮かんだのは、目の前の赤ら顔に対する底なしの殺意。
 晩年にメナイが水野准将や井戸大佐、当時の輝少佐に語ったところによると、この時艦長に向かって腰のホルダーに収めたP229の引き金をひかなかったのは、長年の軍人生活の中でも指折りで数えられる功績の一つであったという。
 もしもこの時、衝動に任せてこの赤ら顔の脳ミソを艦橋にブチ撒けてしまっていたら、その後始末に気を取られて気が付かなかったはずだから。

「……あー? んだこれ? 沸騰してんぞ?」

 小さな音に気が付いた赤ら顔が視線を向けたその先。そこには、近代化改修の一環としてプラウド・オブ・ユー号の艦橋内に増設された薬液反応式のPRBR検出器が、金魚鉢の中に置かれたエアポンプのようにポコポコと小さく細かい気泡を上げながら沸騰していたからである。
 この方式の検出器は深海凄艦が発するパゼスト逆背景放射の距離や線量に反応して薬液が沸騰・変色する使い捨てタイプの検出器である。使い捨てとは言うが専用の触媒石を中に入れて還元させれば完全に劣化しきるまでは繰り返しつかえる上に、動作信頼性も極めて高いので、開戦初期の頃に開発されて以来軍民問わずにずっと使われ続け、電探と連動している新型が世に出回り始めた現在でも第一線で活躍しているという、清く正しく信頼性の高い一品である。

「……」
「……」

 メナイと赤ら顔が見守る中、小さく細かいポコポコは沸騰直前の鍋のようなグツグツグラグラへとゆっくりと変わっていき、薬液自体の色も濃い青紫から青、青から赤紫、そして濁った血液色へと瞬く間に変化していった。
 軍学校でも散々教えられたはずだが、赤ら顔はそれが何を意味するのか思い出せていなかったようで、ただぽけっと眺めているだけであった。
 対するメナイも似たような物だったが、彼の生存本能と戦闘経験が体をハイジャック。咄嗟に無線機をつかみ取り、全周波数帯で叫んだ。

「PRBR検出デバイスにhit! 総員、戦闘配置!!」

 言うが早いか、メナイはコンソール脇の、Cの字型をした簡易固定器具にセットされていたPRBR検出デバイスを取り外すと、それを片手に持ち、身体ごと前後左右へと忙しなく向け始めた。なんと薬液の沸騰速度の大小で、深海凄艦の出現方位を見極めようとしているのだ。傍から見ているとただの間抜けか、あるいは何かの儀式にしか見えないが、やってる本人はいたって大真面目である。メナイは、深海凄艦の恐怖をよく知っているからだ。
 ソナーも効かない海の底から、対応が間に合わない速度で、超至近距離に急速浮上してくるのが連中の、深海凄艦のお家芸なのだから。

「! 見つけた! 11時方向、距離至近!!」
『こちらでも確認しました! 5時方向です!!』

 無線越しに入った基地司令からの報告に、メナイは疑問を懐いた。反対方向じゃねぇか。と。
 メナイと赤ら顔の乗る『プラウド・オブ・ユー号』から見て11時方向にあるのは、戦闘艦本来の姿に戻って先行している護衛の駆逐艦娘『敷波』と、波風穏やかな海面に、すでに夜色に包まれた水平線。ただそれらだけがあった。対して、基地司令と敷波から見て5時方向にはメナイと赤ら顔の乗る旧式のヨルムンガンド級輸送艦『プラウド・オブ・ユー号』に、波風穏やかな海面に、水平線に着くか着かないかの辺りにまで沈んだ太陽に染め上げられた赤い空に、
 そして、二隻のちょうど中間地点には、一ヶ所だけが真っ黒に染まった部分があった。
 まさか。とメナイと赤ら顔、そして基地司令と敷波の意識がその一点に注目するのとほぼ同時に、その黒い部分を下から押しのけるようにして巨大な物体が浮上し、白い航跡を曳きながら二隻の間を並走し始めた。
 上下をひっくり返した人間の頭部のような形状をした鋼鉄の下半身、その口の中から生えている死人色の肌をした頭の無い女性の上半身、ヤドカリの殻よろしく背中に山と積まれた対空機銃と主砲群の塔。

 軽巡ホ級。

 それがこの深海凄艦の名前であり、世界で初めて確認された軽巡級の深海凄艦である。同時に、深海凄艦側勢力の中で最初に魚雷を装備・運用した第二世代型深海凄艦の先駆けでもあり、世界で最初に『深海凄艦』という名称で呼ばれた種でもある。
 特筆すべきはこの、明らかに非自然的で名状しがたきおぞましい外見(これは他の軽巡種にも言えるのだが)と、魚雷という明らかな兵器を搭載している点に尽きる。
 分かり易く言うとこのホ級は『深海凄艦=野生動物説』を完全に否定し、それ(深海凄艦)は悪意ある不明勢力の戦争兵器であり、害獣駆除の延長ではなく明確な戦争であると世界的に認識させた、性能的には兎も角、歴史的には極めて重要な種なのである。

「あ……あ……!」

 赤ら顔は、そのホ級のあまりのおぞましさに、手にしたウィスキー瓶の中身が零れ落ち、股間を濡らしている事にも気付かない。
 そんな赤ら顔の事など知る由も無いホ級がプラウド・オブ・ユー号の方を向き、下半身で大きく吠える。
 戦咆哮――――ウォークライ。
 人間の可聴域を大きく下回る無音の周波数が、かなりの厚みがあるはずの窓ガラスを貫通し、メナイと赤ら顔を、その肺腑の奥までビリビリと振るわせる。その際、ホ級の顎の下に隠れている女性型の頭部があるはずの部分を2人はちらりと覗いてしまった。

「「――――ッ!?」」

 過去の戦闘で散々見慣れたはずのメナイですら総毛立ち、赤ら顔に至っては顔から完全に血の気が引き、口から泡を吹いた。
 ホ級のウォークライを聞きつけて、プラウド・オブ・ユー号より若干離れた後方に、更に3隻の駆逐イ級が浮上してくる。赤ら顔はとうとう『アイエエエエ』と失禁しながら発狂し、メナイはしがみ付いたままだった無線機に向かって『て敵艦見ゆ! 正志木司令、攻撃を!』と叫んだ。

『アイエエエエエエ! アイエエエエエエ!!』
『し、司令官ー!?』
『たくさん! 深海凄艦こんなにたくさんナンデ!?』

 無線の向こう側の基地司令も発狂していた。
 メナイは唯一の戦闘担当が使い物にならなくなった事に思わず頭を抱えたくなったが、敵はそんな事をする猶予を与えてくれなかった。敵艦発砲。後方から浮上した3匹のイ級が吐きだした主砲から吐きだされた砲弾が、プラウド・オブ・ユー号の周囲に盛大な水柱をいくつも上げる。赤ら顔は相変わらず『アイエエエ』と情けない悲鳴を上げ、盛大に涙と鼻水を垂らして失禁までしていたが、的確な艦体操作で直撃弾を避け、増速して散布界から抜け出そうとしていた。
 そしてメナイは、視界の端で追い越しそうになっていたホ級の主砲がわずかに動いた様な気がして、敵の狙いに気が付いた。

「! 艦長速度そのまま! このままだとホ級の前に出ちまう、撃たれるぞ!!」
「アイエッ!?」

 赤ら顔が全力で取舵を切る。ちょうど背後に回り切ったホ級が、ヤドカリの殻よろしく背負った砲塔群からの水平射撃を行うも、辛うじてその殆どを回避。避け損なった対空機銃による機銃掃射でコンテナに醜いミシン目が付くも、被害らしい被害はそれだけで済んだ。どうやら中に積んだままの燃料弾薬は無事だったようだ。もしも駄目だった場合、こんな小さなオンボロ輸送艦など木端も微塵も残さず蒸発する程度の量の燃料弾薬が積まれているのだから。
 続けて無線に叫ぶ。

『アイエエエエエエ! アイエエエエエエ!!』
「正志木少佐! 何時までもそんな悲鳴を上げていると、佳弥=サンに笑われますぞ!!」
『敷波。超零距離砲打撃戦用意。まずは最寄りのホ級から片づけるぞ』
『えっ? あ、あっはい』

 効果覿面。無線の向こう側の基地司令は一瞬の間断も無く冷静さを取り戻し、程なくして敷波の第三砲塔が火を噴いた。水平に寝かせられたままの50口径12.7ミリ連装砲から吐き出された2発の砲弾は即座に着弾。ホ級は咄嗟に片腕を掲げるもまったく間に合わず、顎の中の胸元に着弾した砲弾は死人色をした表皮部分を貫いて即座に爆発した。
 ホ級は爆発の衝撃で仰向けに倒れ込みそうになるも、両腕で宙を掻いて何とかバランスを回復。下手人である敷波の方に向き直ると再びのウォークライ。続けて主砲も対空砲も、動かせる砲を全て敷波に指向する。
 それに構わず敷波が第二射。次は砲塔群の天辺付近に着弾。再び仰向けに倒れ込みそうになる。ホ級は慌てて手を伸ばしてバランスを取ろうとするも、重心の都合上失敗に終わり、盛大な水柱を上げて横転した。しかもよりにもよって、そのホ級の真後ろを追従する形になっていた駆逐イ級3匹が横転したホ級と正面衝突。辛うじて回避できた1匹を除いて、ホ級とイ級2匹が後方に脱落する。その最後の一匹も敷波と砲撃戦を行うも、数度の至近弾の後に直撃を貰い、内側から爆発四散した。
 今までの醜態がまるで嘘であるかのような、その鮮やかな一連の動作に、メナイは呆気に取られた。

『いやはや。メナイ少佐、お恥ずかしい所をお見せしました。何せ駆逐イ級以外の深海凄艦など教本でしか見た事が無かったもので。少し取り乱してしまいました』
「。ぜ」

 絶対嘘だろ。それ。
 メナイがそう口を開こうとした瞬間、ずっと手に握りしめたままだったPRBR検出デバイスが、もの凄い高熱を発し始めた。

「熱ッ!?」

 反射的に手放したガラス瓶は艦橋の床に当たって盛大に割れ、中に封入されていた薬液が放射状に飛び散った。液体は、たっぷりと酸素を含んだ新鮮な血液色に変色し、完全に沸騰していた。
 深海凄艦がいる。まだ。近くに。

「正志木少佐! まだ敵がいる!!」
『司令官! 正面、敵増援! 数1、何か見た事ない奴!!』
『あれは……メナイ少佐、アレは一体、何なんでしょうか!?』
「あれは――――」

 進行方向の先。黄昏時の死に逝く光に照らし出された巨大な水柱の中から何かが出てくる。
 怪物の頭のような下半身。女性の形をした上半身。生き物らしからぬほど青ざめた白い肌。灰色の物質で装甲化された右腕と細くて白い生身の左腕。鼻から上を覆い、左眼だけを露出した、白磁あるいは骨のように白くて硬質な仮面を被った黒のソバージュヘア。
 艦娘を生み出した元凶。

「あれは――――雷巡チ級か!」
『あれが雷巡チ級……』
『初めて見……撃ってきた!』

 既に夜闇に包まれた敷波の前方遠くから、雷巡チ級がその装甲化された右腕をこちらに指向する。手のひらに空いた大穴から発砲。敷波どころかその後方のプラウド・オブ・ユー号のはるか後方に着弾。盛大な水柱を上げる。
 チ級は続けて第二、第三射と砲撃を続けるも、至近弾すら得ていない。それに業を煮やしたのか、チ級は砲撃を続行しながら前進を開始。彼我の距離を詰め始める。

『敷波!』
『了解! 砲雷撃戦、もいちど始めるよっ!』

 基地司令も敷波も、雷巡チ級が接近してくる事を悟り、艦前方の第一、第二主砲で牽制。数発では済まない数が直撃するも、第三世代型の深海凄艦が持つ対艦装甲は、ただの一発たりとも致命傷には至らせなかった。挙句、折角ついた幾許かの傷すらも見える速度で自己修復が行われ、結果として、敷波からの攻撃は全て無駄に終わった。

「自己再生……! これが深海凄艦の主力か!」

 右腕を天高く振り上げたチ級が敷波との正面衝突コースに乗るも、敷波が即座に主砲で顔面を狙撃。左眼付近に生じた衝撃と音でチ級が反射的に上半身を振った結果、直撃は避けられたが、イタチッ屁で振るわれた右腕が敷波の艦橋天辺付近を掠め、そこにあったマスト固定用のワイヤーに引っ掛かかるも、勢い衰えずに腕を振り抜いてそのままワイヤーを引き千切った。
 固定の緩んだメインマストが、波に揺られる艦に従って右に左にと、金属が軋む時特有の不吉な低音を立ててしなり始める。

「いかん、また来るぞ!」

 敷波とプラウド・オブ・ユー号の背後へと通り過ぎたチ級が、人の形をした生身の左手を海面に突き刺して急減速とターン。およそ通常艦艇では実現不可能な鋭すぎるUターンで即座に反転。後方より再追撃を開始。敷波は後部第三砲塔で抵抗するも、チ級は今の一航過で学習したらしく、装甲化された右腕を垂直に構えて顔面から胸元までをしっかりとガードしていた。
 そして、チ級の航行速度も加速性能も、敷波やプラウド・オブ・ユー号のそれらを凌駕していた。

「押し潰す気か!?」

 つまりこの時点で、基地司令には、敷波には、対抗手段は残されていなかった。
 たった一つを除いては。












『司令官、超展開! 超展開しようよ!!』
「……」

 敷波が自己判断による砲撃でほんのわずかにも満たない時間と距離を稼ぎながら基地司令に問う。自分は、ひいては艦娘とは、まさにあの雷巡チ級を倒すために生み出されたのではないのかと。
 基地司令もまた自問自答する。果たして、敷波を『超展開』させてしまってもいいのだろうかと。今ここで『超展開』を行い、あの雷巡チ級を倒す。軍の教本にも書いてある通り、その方針に間違いは無い。だがもし、もしも万が一、この敷波に何かあったらと思うと、たまらなく怖いのだ。
 それに、先ほど水平線の先で大きな光が一瞬走ったのが見えた。恐らくはブイン島に居た漣が『展開』した際の光だろう。つまり異変に気付いてこちらに向かってきているという事だろう。ならば、ならばもう少しだけこのまま耐えていれば、敷波と漣、二隻による数の暴力で例え深海凄艦の主力級といえども、
 衝撃。

「ぉっおおああっ!?」
『きゃあああああ!!』

 基地司令の乗る敷波が、地震でも来たかのように激しく揺すぶられる。艦長席から振り落とされそうになっている基地司令が両腕で椅子にしがみつき、艦橋から外を見る。驚愕で目を見開く。いつの間にか敷波に追いついていたチ級が、敷波の艦体に両腕で掴みかかっていたのだ。怪獣映画か何かのような光景が、夕陽の残滓だけが残る夜のブイン島近海に繰り広げられる。
 続けてチ級が、絡みつかせるようにして左腕一本で敷波の艦体を固定すると、握り拳を作って右腕を大きく振りかざした。
 位置的に見えるはずなど無いのに、基地司令はこの時、艦尾付近にしがみついている雷巡チ級がそうしたのを確かに知覚していた。

 ――――まさか、叩き割る気か!?

 基地司令の生存本能が、恐怖で過冷却される。この時、基地司令の身体は既に本能的に行動を開始しており、迷路のように複雑怪奇なシートベルトを正しく締め、物理キーボードで敷波に準備を命じていた。
 チ級がわずかに上半身を後ろに逸らす。渾身の力を込めて右腕を振り降ろさんとしたその瞬間、死の恐怖に追われた基地司令と全ての準備を完了させた敷波が同時に叫ぶ。

「『敷波、超展開!!』」

 基地司令と敷波の掛け声に答えるかのように、船体が太陽のように激しい光を放ち始め、輝く。
 丁度その時、基地司令の脳裏には次々とありえない記憶と思い出が次々と浮かんでは消えていった。


 音の無い雪の夜、さよなら京都、壊れかけのダルマストーブの上に置かれたくすんだ真鍮色のヤカン、楽しかった修学学校も今日でお終い、そのヤカンが噴き出す湯気の音、来た時に乗ったのと同じ新幹線、派出所の入り口付近に吹き込み始めたベタ雪、あそだお父さんに連絡しとこー、戸を閉めようとしたら鳴りだした電話、通路側のミドリちゃんに断って座席を立つ、受話器の向こうから聞こえてきた同僚の声、突然の無重力、何を言っている、迫る壁迫る天井迫るマイナスG鳴り響く急ブレーキ音、佳弥の乗った新幹線が、
 そして――――

【敷波、超展開完了! 機関出力120%、維持限界まであと3分!!】

 光が晴れたその時にはもう、そこには駆逐艦としての『敷波』は何処にもいなかった。代わりに、雷巡チ級に腰を小脇に抱えられた、艦娘としての敷波がそこにいた。
 ただ、そのサイズだけが巨大だった。
 特撮映画か何かに出てくる巨大ロボットのような巨大さで、左胸付近からは燃え盛る真夏の太陽のような動力炉の輝きが装甲越しにもはっきりと見え、心臓の鼓動の様に規則正しく汽笛と排煙を背中の艤装から吐きだし続けていた。
 これこそが超展開――――深海凄艦、ひいては雷巡チ級を打倒するために艦娘に搭載された特殊システムであり、この状況を打開できる唯一の手段だった。

 ――――敷波、大丈夫か?
【大丈夫、心配いらないって!】

 返事と同時に敷波が後ろも見ずに肘打ち。突然の閃光で目を眩まされていたチ級の顎に直撃。その衝撃で敷波の拘束が外れ、全身を覆い隠すほどの水柱を立てながら海中に没する。
 敷波が立ち上がると同時にチ級の腰に上半身全てでしがみ付く――――クリンチ密着。振り下ろされかけていたチ級の装甲化された右腕をそれで回避する。
 チ級がさらに何かをするよりも先に、敷波がクリンチを維持したまま盛大な波飛沫を立てながら背後に回り込むと、そこで両腕を離して拳をフリーにする。

「超展開による近接格闘……そう、それだ! それがいい! それがベスト!!」
「ワッザ!? ヘンシン!? ヘンシンナンデ!?」

 艦娘の『超展開』など既に見慣れたメナイは何とも無かったが、それを初めて――――しかもこのような至近距離で!――――見せられた赤ら顔は急性のMRS(面妖な変態技術・リアリティ・ショック)を発症。再び『アイエエエ』と情けない悲鳴を上げながらも何とか操舵に専念する。
 そんな2人の事など露知らぬ基地司令と敷波はチ級の背後に回り込むと、左手でチ級の頭部の仮面に掴みかかり、残った右手で後頭部に拳のラッシュを叩き込む。漫画やアニメによく出てくるようなそれと比べれば鈍重もいいところだったが、それでも一撃一撃の重さは確かな物であるらしく、少し距離があるはずのメナイと赤ら顔の乗るプラウド・オブ・ユー号の所にも、大岩同士をぶつけた時のような轟低音とビリビリとした振動がはっきりと伝わってきていた。

【ふんっ……ぎぎぎ……!】

 後頭部へのラッシュで体勢を崩したチ級の腰と首をつかむと、頭上高くに担ぎ上げる。そして前方へと放り投げる。

【そぉい!!】

 技も何もない、ただ豪快なだけの投げ技。チ級という大質量が海面に叩き付けられた衝撃で、これまでで最も大きな水柱が上がる。

「OH、YES!」
「「「よっしゃいけ! そこだ、やれ、やっちまえ!!」」」

 メナイと赤ら顔だけではない。少数の人員でも運用できるのが数少ない利点である『プラウド・オブ・ユー号』に乗り込んでいた、その数少ない乗組員全員がいつの間にか甲板に乗り出し、敷波を応援していた。
 当の赤ら顔でさえいつの間にか全身全霊でウィスキー瓶片手に敷波を応援していた。ここまで見事な手の平返しは早々お目に掛かれるもんじゃあない。

 ――――敷波!
【オッケー! 61センチ三連装魚雷、発射ぁ!!】

 基地司令が命令。それを受け取った艦娘としての敷波が『敷波』の艦体を操作し、海中に隠れていた両太ももに装備されていた魚雷発射管を前方に指向。発射。もがきにもがいてようやく海面に顔を出したチ級に向かって、窒素の気泡で出来た雷跡が6つ、突き刺さる。
 爆発混じりの水柱が立ちあがる。水柱が収まった後には、身体を傾げさせ、ゆっくりと水底へと還って逝く雷巡チ級の姿があった。
 勝った。終わった。
 誰もがそう思った一瞬の隙をついて、水中から隠密接近して来ていた軽巡ホ級が敷波の背後から飛び掛かり、組み付く。

「「「「「NOOOOOOOOOOOO!!!!!!?」」」」」

 それを見てメナイと赤ら顔、プラウド・オブ・ユー号の乗組員全員が一斉に悲鳴を上げる。
 だが、敷波と繋がった基地司令の肉体が反射や痙攣と同じメカニズムで対応。艦体としての敷波が背後を振り向きつつ回された腕を掴み、首元の皮をえぐり取らんばかりの強さで握り掴み、再び上半身全てで前方に振り向きつつ、勢い良くお辞儀をするかのように上半身を振り下ろした。
 艦娘式一本背負い。
 海底に叩き付けられたホ級の顎の中の顎の下――――女性型の上半身の頭部があると思われる部分に、12.7センチ連装砲を突きつけ、発射。
 夜色に染まり切った海中より小さな爆発が起こったかと思うと、名状しがたき冒涜的な小肉片がいくつか浮かんでは沈んで行った。
 ホ級は、最後まで浮かんでこなかった。

「「「「「YEARRRRRRRRRR!!!!」」」」」

 それを見てメナイと赤ら顔、プラウド・オブ・ユー号の乗組員全員が盛大な歓声を上げる。当座の危機は去ったと、敷波が踵を返す。敷波の艦体が色の無い濃霧に包まれ、駆逐艦本来の姿に戻って行く。
 その時だった。
 最早沈み逝くだけだった雷巡チ級が、最後の力を振り絞って一発の魚雷を発射。敷波は背後を向いていたから気付かなかったし、タイミングも最悪だった。超展開状態から通常展開状態への移行途中に直撃したのだ。存在自体があやふやで、中途半端な、最も危険な状態の時に。
 色の無い濃霧の中で爆発。
 基地司令はこの時確かに、爆発が背中を貫いて肺にまで達する幻覚を感じ、同時に、その痛覚の殆どすべてを敷波が持っていった事を理解した。
 その一撃を見届ける事無く雷巡チ級は力尽き、生物学的な機密保持プロセスが働いて真っ黒いヘドロ状にグズグズと分解されていったが、そんな事を気にしている者はこの場のどこにもいなかった。
 霧が晴れ、駆逐艦本来の姿に戻った時、敷波はまだ航行可能だった。
 まだ。

「し、敷波……敷波!?」

 致命傷だった。
 魚雷は水の中を進んでいたはずだったが、存在があやふやな瞬間に直撃したためか艦尾付近の甲板上に大穴が開いており、そこから次々と、心臓の鼓動のような一定のリズムで、真っ黒な統一規格燃料が流れ出していた。

『ご主人様~。漣、援軍に到着しまし』
「漣戻れ! 敷波がやられた!! 早く、早くバケツ!!」

 全周波数帯で流された基地司令からの絶叫に対して漣からの返答は無く、代わりに、片舷の係留用アンカーを海中に落としての駆逐艦ドリフトで急速回頭。既に目と鼻の先にあったブイン島にい向けて全開出力で駆け戻る。
 そして、敷波もそう間を置かずにブイン島に帰還した。
 いつもの桟橋ではなく最寄りの砂浜に座礁するかのように接岸した敷波を再び色の無い濃霧が艦体を包み込む。そしてそれが晴れた時にはもう、駆逐艦としての敷波はどこにもなく、代わりに敷波を背負ってプラウド・オブ・ユー号の医務室に走り出した基地司令達の姿だけがあった。

「頑張れ敷波! 今漣がバケツ持って来るからな! だからもうちょっとの辛抱だぞ!?」
「……ぉ」
「しっかり、しっかりしろよ!!」

 敷波の背中、セーラー服に隠れた右肺の辺りには大きな穴が開いており、そこからは敷波の心臓の鼓動に合わせて真っ赤な血――――夜闇の中ではなお一層暗く見えた――――が噴き出していた。

「し、司令官……寒い、よ」
「ああ、大丈夫だ! すぐに暖めてやる!!」
「寒い、けど、何か、昔を思い出す、ね……」
「え……?」

 一瞬呆然とした基地司令の事にも気が付かず敷波は、彼の背中の上で目を閉じながら、懐かしそうな表情を浮かべて呟く。

「ほら、私が 小学生だった頃、しばふ村に大雪、降った じゃん。私、も学校で熱、出しちゃって、こうしてお父さんに 、家まで……」
「お前、まさか、記憶が……?」

 基地司令の頬に、涙が伝う。
 雪の夜。無音の夜。深い呼吸と踏みしめられた雪の足音。白く埋もれた村の公道。背中から伝わる温もり。
 思い出すのは、かつての生まれ故郷のありふれた景色や思い出ばかりだ。

「ああ、やっぱり。やっぱり、お父さんだ。ごめんね、今まで、何で、司令官だなんて呼んでたんだろ……」
「どけジジイ! その娘の背中見せろ!!」

 医務室のベッドにうつ伏せに寝かせられた敷波の背中に、赤ら顔が医務室の壁に据え付けてあった救急ボックスから引っ張り出した止血ガーゼとジェルを傷口に押し当て、圧迫止血を試みていた。医務室に入りきらなかった他のクルー達も、廊下で固唾を飲んで見守っていた。
 赤ら顔の指の隙間からこぼれ落ちる赤色は、その勢いをまるで減じさせていなかった。

「メディック! 早くオペを!」
「無理だ! 今お前さんが抑えてる手を離したら傷口から血が一気に噴き出しちまう! 血圧の急低下でショック死するぞ!?」
「クソッたれがッッ!!」
「ご主人様! バケツ、バケツ持ってきました!!」

 雲一つない満天の星空の下、一足先に基地に戻った漣両手に高速修復材の入ったバケツを持って砂浜を駆け抜け、まったくの減速をせずにプラウド・オブ・ユー号に乗り込み、廊下に突撃してくる。
 今、この状況を打開できる魔法のアイテムの到着だ。誰もがそう考え、一斉に道を開けた。
 そしてあろうことか漣は扉の出っ張りにつま先を引っ掛けてコケた。盛大にコケて、バケツは2つとも盛大にひっくり返り、床に数回バウンドして蓋が完全に外れて取れた。誰もが悲鳴を上げる。

 バケツの中身は、一滴たりとも出てこなかった。

「え……?」

 誰もが状況を理解できなかった。ただ、転がったバケツの底のほんの一部分。そこが真っ赤に錆びていて小さな穴が開いていたのが見えた。
 このバケツの共通点らしい共通点と言えば、どちらも空気や金属に触れると急速に反応してすぐに使い物にならなくなってしまうために、ペンキで表面を完全に塗りつぶしたブリキ製の保管容器に入っている事と、熱着式のプラスチック製の蓋で封印してあるくらいのものである。

「まさか……ずっと前から……?」

 あの戸棚の上に置きっぱなしで、何年間も触ってすらいなかったから。直感的にその答えが脳裏をよぎった漣は立ち上がる力を失い、その場に力無く座り込んだ。

「寒い、寒いよ……今日は寒いね、 お父さん ……コタツ、片付け、たの、早まったかな……?」
「敷波、しっかり! しっかりしてくれ……!」

 基地司令が敷波の手を握って叫ぶ。赤ら顔はただ無表情で止血ガーゼとジェルを傷口に押し当て、圧迫止血を試みていた。
 血は、もうほとんど噴き出していなかった。

「あ……どうも初めまして。綾波型、2番艦の 艦娘式、艦娘式綾波型、2番艦、2番、2番……敷波です。以後よろ、 しく……。シリアルコードは」

 そこからしばらくの間、敷波は、ずっと自分のシリアルコードを繰り返し呟いていた。
 そして、その場にいる誰もがそれをただ黙って聞いていた。

「GHOST_IN_THIS_SHELL.……我が生涯を戦友と共に過ごし、我が任務を……暁の水平 、に勝利、を、司令官に……お父 さ ん ……」

 お父さんの手、あったかい。
 敷波は最後に、基地司令の方を向いて確かにそう呟いた。



 艦娘式特Ⅱ型駆逐艦2番艦『敷波』の心臓は、夜明けを迎えるよりもずっと前に止まった。





 本日の戦果:

 駆逐イ級        ×3
 軽巡ホ級        ×1
 雷巡チ級        ×1(※1)

 各種特別手当:

 大形艦種撃沈手当
 緊急出撃手当
 國民健康保険料免除

 以上




 本日の被害:

  駆逐艦『敷波』:轟沈(魚雷の直撃による)
  駆逐艦 『漣』:健在

 各種特別手当:

 入渠ドック使用料全額免除
 各種物資の最優先配給

 以上


 ※1 信憑性に欠ける報告であると判断されました。後日、調査隊がブイン基地に派遣されます。





 あの夜から数日後。
 ブイン基地は、南方海域は、今まで通り出撃の必要も無いほど穏やかな日々が続いていた。
『南方海域に雷巡チ級が出た』という報告を受けて、護衛部隊を引き連れた調査隊がやって来た以外には何の変哲も無い、本当に変わり映えのしない日々が戻って来ていた。
 ただ、敷波がいない事を除けば。

「隣、失礼します」
「……メナイ少佐、でしたか」

 ブイン基地(という名前の丸太小屋)から少し歩いた先にある、小さな崖の上の小さな岬。そこが敷波を埋葬した場所だ。
 そこにある、墓石と呼ぶにもおこがましい、歪な形をした黒石からは今日も変わらぬ青い空と青い水平線とブイン基地(という名前の丸太小屋)が良く見えた。
 そして、そんな丸太小屋の近くに横たわるヤシの倒木を椅子代わりにして海を眺めている、基地司令とメナイ少佐の姿も良く見えた。

「……敷波、いや、佳弥はな。あの子が3つの時に死んだ息子夫婦の忘れ形見だったんだよ。夫婦そろって帝国海軍。太平洋戦線のナントカっていう島で名誉の戦死だったそうだ」
「……」

 基地司令が懐から一枚の写真を取り出す。
 四隅がよれて歪み、色褪せ始めた写真には、警察官の制服を着て破顔しながら敬礼する当時の基地司令の姿と、屈託のない笑顔でそれに寄り添う敷波の姿が写っていた。

「だからかな。物心ついた時にはもう私の事を『お父さんお父さん』って呼んでてな……」
「……」
「修学旅行から帰る際の新幹線の事故だと聞いていた。だが、佳弥だけはいつまで経っても指先1つ、骨1つ見つからなかった……」
「……」
「それから何ヶ月かして、私の元に息子の元部下だという軍人さんがやって来て、一枚の写真を見せてくれた……何が映っていたと思う?」

 メナイは、答えられなかった。その答えはおそらく、自分がかつて経験したのと同じ事だっただろうと直感的に予測できたからだ。

「その写真を見て、気が付いたら海軍のインスタント提督に志願していたよ。そこで再開した敷波は……佳弥は、もう、昔の佳弥じゃなかった」
「……心中、お察しします」
「――――ッ!!」

 その一言を聞いた瞬間、基地司令は思わずメナイの胸ぐらを掴み上げていた。

「貴様に何が分かる!」

 それこそまさしく、目に入れても痛くないほどの存在を、失ったこの感覚が分かるものか。
 そう絶叫する基地司令に対し、メナイは「分かりますよ」と答え、器用にも掴み上げられた姿勢のまま懐から一枚の写真を取り出した。
 そこに写っていたのは、どこかの牧場を背景に、勢いよく水を吐きだしているホースを片手に前かがみになってこちらを向いているタンクトップとジーンズ姿の金髪碧眼の少女の姿だった。バストは実際ぱんぱかぱかぱかぱーんだった。

「彼女は確か、高雄型の重巡『愛宕』……」
「ハナです」

 私の実娘です。と写真を眺め呟くメナイ少佐の表情は穏やかで、そして寂しげだった。

「帝国の攘夷過激派によるハイジャックだったと聞いていました。そして、太平洋沖の空中高くで自爆して、乗員乗客の死体は何一つ残らなかったと。ですがその事件の数ヶ月後にあった、帝豪合同海軍演習に出てきた最新型の艦娘のアタゴは、アタゴは……間違い無くハナでした」
「……」
「だから、私にも分かる。分かってしまうんですよ」

 次は、基地司令が絶句する番であった。

「それに、私は貴方に希望をいただいた」

 希望? 
 思わぬ単語に、基地司令はメナイの方に向き直る。対するメナイも真顔で続けた。

「希望です。カンムスには、カンムスの素体となった少女の記憶は宿らない。何故ならば、その2人が共有しているのはDNAのみ。記憶とは、その個人の経験値。ゲームか何かのデータのように引き継げるわけではない。ですが、」

 ですが、あのシキナミは、貴方の事を――――自分の父親の事を思い出したじゃあありませんか。
 その一言に、基地司令の胸の中にあった何かがストンと落ちた。
 掴んでいたままだった胸ぐらを離す。

「……そうか。そう、だったな」
「ですから、あの子は間違い無く貴方のお子さんですよ」
「ああ。そうだ。そうだとも。ずっと、ずっとそんな簡単な事にも気付いてやれなくてすまなかった。すまなかったな、佳弥――――」

 基地司令が敷波の眠る墓を振り返ると、墓が暴き返されている真っ最中であった。

「な、何をするだぁぁぁァァァ――――――――!!!!!????」

 基地司令の突然の絶叫に、思わずメナイも背後を振り返り、目を見開いた。数日前からブイン沖に停泊していた調査船の連中が、今まさにちょうど黒い死体袋のジッパーを閉め、担架に載せて担ぎ上げていた所だった。
 基地司令は、一切躊躇わなかった。
 腰のホルスターに収めてあった9ミリ拳銃を抜き、担架の前を担いでいた奴に向けて全弾発砲。軽い炸裂音が9回連続で鳴り響き、吐きだされた9ミリパラベラム弾はしかし、突如割り込んできた人影の背中にあった煙突状の艤装に全て弾かれた。
 短いポニーテールで纏めた少し長めの栗茶色の髪。ほぼ同色のスカーフと襟のセーラー服。どことなくイモっぽく、これといって特徴の無い目鼻顔立ちに、思わず指先でつつきまわしたくなるようなふにふにとしたほっぺた。
 そして、背中に背負った巨大な煙突型の金属筒。
 メナイも基地司令も、よく知った顔だった。
 艦娘式特Ⅱ型駆逐艦2番艦『敷波』
 そのよく見知った顔が、能面か何かのような無表情のまま、12.7センチ連装砲を2人に向けて構えていた。

「抵抗確認。排除」
「待て」

 敷波のトリガーが引かれる直前、調査員の1人が待ったをかけた。声からして男のようだった。
 見上げる二人からは、太陽の光が邪魔で男の顔はハッキリと見えなかった。

「正志木清巡査長。入隊前に書類説明はしていたはずだがどういう事だ? 撃破された艦娘の残骸は破片1つ、体液1つに至るまで回収し、不可能な場合は焼却処分されると。これは機密保護のためいかなる状況や理由よりも優先されると、私自らがそう説明したはずだぞ」
「説明……!?」

 説明自体は正志木こと基地司令もはっきりと覚えている。だが、あの時、薄暗い会議室にいたのは自分と――――

「まさか……あなたが何故、何故こんな所にいるのですか!? 警視総監殿!!」
「久しぶりだな巡査長。艦娘の死骸を回収するのは機密保持のためだと言ったはずだ。そして、私がここまで来た理由は純粋な人手不足なだけだ」

 警視総監と呼ばれた男が片手をかざす。それを合図にして、2人と、その周囲に隠れて調査員たちを包囲していたはずのメナイ艦隊の陸戦隊の面々が逆包囲される。
 調査隊の戦闘力は、黒色のガスマスクとボディアーマーと89式自動小銃で統一された人間達と、やはり銃火器で武装した艦娘らによる混成部隊だった。
 この距離と状況で人間を殺すのに、大砲はいらない。

「「……」」

 メナイも咄嗟に拳銃を抜いて照準するも、手出しできない状況だった。
 更に最悪な事に、沖合にはいつの間にか駆逐艦娘が『展開』しており、その主砲と対空砲の全てをこちらに指向していた。この状況では、こちらが引き金を引くよりも早く、こちらがハチの巣にされる。

「Team艦娘TYPE、保安二課としての権限を持って命令する。この艦娘の死骸は回収する! ……おい、船に積み込め」
「了解」
「ま、待て!!」
「抵抗確認。排除」

 そう叫けんで駆け出しそうになった基地司令を、包囲していた混成部隊の一人である敷波がボディを殴りつけて無力化する。見てくれと原材料は少女でも、その実は生物兵器である。
 およそ華奢な少女の見かけを裏切る破壊力のボディブローを撃ち込まれて基地司令は一瞬宙に浮き、その場に跪くとそのままずるずると崩れ落ちた。そんな基地司令の脇を通り抜ける様にして、混成部隊の面々が撤収を始める。奇声を上げて漣が死体袋を担いでいた奴に飛び付くも、別の敷波にあっさりと蹴り解かれた。
 浜辺に停泊していたボートに調査団の面々が乗り込み始めた頃になって、もうどうしようもないのだと悟ってしまった漣が、蹴り飛ばされた姿勢のまま盛大に泣き始めた。
 ブイン基地の面々からは背中しか見えなかったが、警視総監はボートに乗り込む直前、顔をしかめて呟いた。

「……巡査長。これは正義の行いだ。艦娘の技術的優位性を守る事は、帝国臣民の安心と安全な日々を守る事に繋がっているのだ。これは、その為に必要な措置なのだ。分かってくれ」
「ま、待て……! 待つ、んだ、佳弥……」

 どの敷波も、一瞥すらしなかった。



 それからさらに数日後。

「佳弥は、天使だったんだ。私だけの、天使だったのに……」

 今の基地司令に、かつての見る影は無かった。
 丸太小屋の近くに横たわるヤシの倒木を椅子代わりにしてうな垂れ、死んだ魚のような目で足元の砂浜に視線を落としていた。
 漣はあの日以来、部屋に閉じこもってずっと泣いていた。やっと外に出てきた今日も、基地司令の隣に座って俯き、べそをかいていた。赤ら顔はアルコールの摂取量がさらに増えていた。敷波の事を悪く言っていたとはいえ、年若く見知った顔が死ぬのは流石に応えたようだ。
 メナイもメナイで、かつてのコネを通じて何とか敷波の遺体をブインに返還出来ないかとあれこれ暗躍していたが、帝国側から『だったらお宅の秘密軍港に回収してある、シドニー解放作戦の時に沈んだ艦娘全部返せや』と藪蛇な結果に終わっただけだった。世界最高水準のテクノロジーの塊である艦娘は、例え破片1つ、肉片一つであってもどこの国でも喉から手が出るほど欲しい物なのだ。

「私は今まで、正しい事をしていたはずなのに……なのに。その結果が、その仕打ちがこれか!!」

 基地司令の憎悪に満ちた慟哭に、漣も泣き止み、顔を上げる。

「ご主人様……私、悔しいです……本土の連中、ぐすっ、調査なんて嘘っぱちで、敷波ちゃん、何にも、ひっぐ、悪い事してないのに……」
「これが正義というならば! 死んだ娘の1人もきちんと埋葬させないのが正義だというのならば! こんなにも苦しく、悲しいだけの正義など、正義など……要らぬ!!」

















 あれから、3年と半分が過ぎた。

「ムッハハハハハハ! ムッハハハハハハハハハ!!」

 あの頃と比べてブイン基地は、だいぶ様変わりしていた。
 かつての丸太小屋は二軒ともとうの昔に解体され、二階建てのプレハブ小屋(冷暖房完備)に代わっていた。一階には食堂と通信室と基地司令の執務室。二階にはメナイ少佐の執務室と空き部屋が3つ。小屋とは言うが一部屋一部屋がそこそこ大きく、ちょっとした教室くらいの広さがあった。これを設計した奴は小屋という言葉の意味を辞書で調べてから出直して来い。

「止まらん、笑いが止まらんのぅ!!」
「ご主人様ただいまー! やっぱご主人様の読み当たってましたよー! ミッドウェーの守備隊、豆味噌と粉末アイスの売れ行き爆ageしてますー!!」
「ムッハハハハハハハハハ! そうだろうそうだろう! こっちも相変わらずいい調子だ!! 金(キン)はいつでもどこでも富の象徴だからなぁ!!」

 ブイン基地だけでなく、基地司令もまた、敷波の死以来変わってしまっていた。
 かつては『戦争が終わったらこの島の観光資源にするのだ』と言っていた洞窟を掘り崩して金を掘り出し、口の堅い相手に売り払っていたのだ。
 もちろん、基地司令にはユダヤ人の知り合いなどいないので金(キン)が直接カネに代わるわけではない。狙いは東南アジア各国の中小企業や、そこに子会社を置く大企業だ。現代工業――――特に集積回路など――――の製造過程において、金は必需品である。集積回路一つに使う金の量は微量でも、世界各地に出荷するだけの量を作るとなると話は別だ。そして金は、グラム当たりの単価が高い。
 基地司令が目を付けたのはまさにそこで、東南アジア方面に顔の効くブルネイ泊地のシキシキおじさんを仲介として金を捨て値ギリギリで提供。見返りとして各種最新鋭・最高級の電子機材や武器弾薬の類をタダ同然の値で入手していたのだ。
 もちろん、現金でも金の取引は受け付けており、基地司令が今しがたラオモトめいて笑っていたのは本土にある帝国郵船との大口取引が大成功に終わったからで、秘密口座の通帳に記載された黒字のゼロの数が何か見た事の無いケタ数にとうとう突入してからであった。

「基地司令、201艦隊帰投したぞ」
「ただいま帰投しました~。うふふ」

 基地の戦力もまた充足しており、基地司令の艦隊は相変わらず漣1人だけだったが、メナイ少佐はかつての乗艦『ストライカー・レントン』とそのクルーを呼び戻す事とオーストラリア本国にて運用されている各種軍用機の少数多種輸入に成功しており、空中と海上における打撃力は確実に向上していた。
 そして、メナイ少佐の艦隊には重巡娘『愛宕』が一隻、特例的に追加されていた。勿論条約違反なのだが、今のブイン基地と基地司令には、これだけの横紙破りをやってのけるだけの権力と資金があった。

「おお、全員揃ったか。ちょうどいい。グッドニュースだ。また戦力が増えるぞ。それも大幅に、だ」

 見ろ。と基地司令が一枚の見開きB5用紙を――――帝国本土の文房具屋ではごくありふれた履歴書だった――――突きつける。メナイと漣と愛宕が揃って顔を近づける。
 読む。

「えぇと何々……本名、ソコ・ミズノ。本年度7月15日に九十九里浜要塞線第12要塞におけるインスタント提督選抜試験及びインスタント提督としての規定訓練を終了。南方海域ブイン島仮設要塞港への配属とす……ほぅ、新入りか」
「初期秘書艦は……コレマジ!? 軽空母『龍驤』!? しかもエスコートパッケージとして第六駆逐隊の『暁』『雷』『響』『電』の4隻も派遣!? 南方海域の時代ktkr!!」
「あらあら。素敵な事になってるのねぇ」
「この彼らが来るのは数日後だ。各員、それまでに歓迎パーティの準備を済ませておくように」
「「「了解!!」」」

 基地司令は思う。あと少しだ。あと少し戦力の増強と備蓄に専念すれば、本土の連中に復讐が出来る。と
 漣は思う。これだけ一杯戦力があれば、もう、誰もいなくなる事は無いかなぁ。
 メナイは思う。Team艦娘TYPE。それが娘を『愛宕』に変えた奴らの組織名。しかと覚えているぞ。
 愛宕は思う。この提督、何で私の事をハナって呼ぶのかしら。

 4人それぞれの思いを余所に、運命の日はやって来る。
 ブイン基地は、南方海域は、今日も変わらぬ平和だった。










 エピローグ


 目隠輝少佐がブイン基地に配属され、戦艦ル級との夜戦で大破していた深雪が完全復活してからしばらくたった、ある日の事である。

「おはようございますなのです! 目隠少佐」
「なのです!」

 肩紐の無い特注サイズの白い礼服に身を包んだ輝がブイン基地(という名前のプレハブ小屋)の一階にある食堂の扉を開けたところ、ちょうど扉に最寄りの席に座っていた、202と203の電から大きな声であいさつをされた。

「うん、おはよう。二人とも。あと、僕、あ、いや、自分の事は輝でいいってば」
「それは駄目なのです! プライベートな時間なら兎も角、今はお仕事中なのです!」
「そうなのです! 公私混合は駄目なのです!」

 2人の電は険しい剣幕(と本人達は思っている)で輝に詰め寄ると、輝は『分かった分かったから』と困った様に笑って、自分の分のトレイを取りに配膳台に向かった。

「お、司令官じゃん。おっはよーさん!」
「うん、おはよう。深雪」

 白い割烹着とマスク、そして給食帽子で完全武装した特Ⅰ型駆逐艦娘『深雪』が、ブリキ製の大ナベに入った各種おかずを輝の持ったトレイ上のお皿に大盛りでよそりながら挨拶し、輝もまた、それに返した。本日の給食当番である深雪は、輝よりも早くに起き出して着替えを済ませ、他の艦娘らが当番日にそうするように、こうして給食おばちゃんのお手伝いをしていたのだ。
 そして、大盛りによそられたトレイの中身を見ながら、若干ひきつった声で輝が深雪に問うた。

「……深雪」
「ん?」
「今朝のメニューは、いったい、何なの……?」

 ホッカホカの湯気が立つ銀シャリは、油不足で流通の息の根が止まりかけてる帝国本土ではもう本土のカネ持ち権力持ちでもそうそうお目に掛かれないのでグッジョブだ。同じく輪切りのイモがゴロゴロと浮かぶお味噌汁も、まぁ、良しとしよう(※翻訳鎮守府注釈:筆者的にはあぶらげと豆腐とネギがとってもOKです)。
 だが、この、ナスの山は一体何なのだろう。

「今日の朝ご飯はナスの漬物と、ナスの炒め物と、ナスの煮物と、ナスのサラダと……デザートのナスだぜ」
「「な゙っ!?」」

 何でこんなにナス尽くしなんだろ。と当番であるはずの深雪が困惑したような口調で呟いていた。
 202と203の電が同時に叫ぶ。

「「茄゙子゙ば嫌゙い゙な゙の゙でず!!!!」」
「……ほほぅ」

 輝の後ろで同じくトレイを抱えていた2人の電に対し、復讐の時は来たれりとでも言わんばかりの薄暗い笑みを顔いっぱいに浮かべた深雪が、ブイン基地着任当初にあった訓練中の事故の復讐を兼ねて、わざわざトングでそれぞれのおかずをひっくり返してナスだけつまみ出し、大盛りを超える特盛でよそっていく。

「そんな事言うなってばー。好き嫌いがあると大きくなれないぞー? ほれほれ。深雪スペシャル、行っくぞー!!」
「「な゙ー! な゙ー!!」」
「復讐するは深雪さまにありー!」
「何をやっとるバカ者」

 嬉々としてナスの山をこさえていく深雪の隣で、味噌汁をお椀によそっていたもう一人の給食当番である天龍が、器用にも肘で深雪の脳天にゲンコツを落としてその場は収まった。

「まったく……折角オレが作ったナスの炒め物無駄にすんじゃねぇ。この電共、こうでもしないとナス食わねえんだからよ」
「はぁい……済みませんでした」
「おう。解りゃいいんだよ。ほれ、オレ達が最後だ。とっとと皿によそってオレ達も喰うぞ」

 そして、最後に残った深雪と天龍がそれぞれ自分の分の朝食を盛り付けて適当な座席に着席すると、いつの間にか集まっていた非番連中と一緒に、個人それぞれのやり方で食事前の口上や儀式を済ませ、朝食が始まった。
 因みに、2人の電のトレイに盛られたナスの山の返却は、認められなかった。



 茄子がマッシュルーム・サンバしてそうなその朝食後。
 ブイン基地の裏側にある小さな浜辺に流れ込んでいる小川で、輝が真っ白なブリーフ一丁になりながら己のシャツとズボンを洗濯し、ついでに自分の顔も洗っていた。

「うえぇ、ビチョビチョだぁ……」
「大丈夫か、目隠少佐?」

 流れ落ちた水に目を閉じていた輝に声が掛けられ、頬に柔らかな何かが押し付けられた感触がした。手に取ってみると、それはよく乾いたふわふわのタオルだった。それで顔の水気を拭い去り、声のした方に顔を向けて目を開けて見ると、そこにはメガネを掛けた細面の男が一人立っていた。

「あ、井戸少佐。タオル、ありがとうございました」
「どういたしまして……しかし、まさか『鼻から牛乳~♪』をリアルで見れる日が来るとは思ってもいなかったぞ」

 原因はこうだ。
 本日〇七三〇の朝食の際に、第202艦隊、第203艦隊に所属する2人の電が日課の牛乳一気飲みをしていると、203の電よりも小さな背丈の輝も一気飲みに参加。
 その際、輝の背後に座っていた201司令官のメナイ少佐と202司令官の水野中佐の2人の雑談が耳に入り、輝一人だけが盛大にむせて鼻と口と耳から盛大に牛乳の噴水を噴き上げる事になったのだ。

「いや、だって、メナイ少佐のご実家が農家を営んでいるとは聞いていましたが……種まきの邪魔だからといって、畑から出土したメタトロンの鉱脈を潰すとか有り得ませんって」

 知ってますか? アレ、加工方法の無かった時代のプラチナと同じで今はクズ鉄扱いですけど、有澤とかは将来を見込んで結構な量の買い占めに走ってるんですよ? と差し出されたバスタオルで体もついでに拭きながら輝が続けた。

「詳しいな」
「そりゃあ僕だって、あ、いえ。自分だって目隠の末席でありますから。有澤程じゃあないにせよ、マテリアル関係にはそれなりにアンテナ張っているのであります」
「そういうものなのか?」
「そういうものなのであります。目隠の主力商品の一つに、各種マザーマシンがありますけど、あれだって材料一つとっても厳選した物を使わないと、とても売り物にはならないんですよ。あ、いえ。売り物にならないのであります……よ?」
「? どうした?」

 不思議な物を見たような表情の輝が視線を向けるその先。
 そこには、海に突き出した小さな崖の上の小さな岬と、車椅子に乗せられた基地司令、そしてその車椅子を押している基地司令の漣の姿があった。

「ああ。そういえば今日だったか」
「何がでありますか?」
「ああ。俺も、メナイ少佐から聞いただけの話なんだが――――」











 このブイン基地の先代総司令が金(キン)の密輸を初めてから少しした頃で、ファントム・メナイ少佐が愛宕も敷波のように記憶を取り戻すかもしれないからと『俺の事はパパと呼べ』と命令していた頃。
 故 水野蘇子准将がまだ訓練生扱いで九十九里浜要塞線で血のションベンも出ないくらいにシゴかれていた頃で、その秘書艦(内定済)の『龍驤』が胸に秘めた水野への恋心をどうにかして伝えようと乙女乙女していた頃。
 故 井戸枯輝大佐がまだ井戸少佐で、彼を含めたTeam艦娘TYPEの面々が第三世代型深海凄艦のサンプル確保はひょっとして無理なんじゃないかと思い始めた頃。
 北方海域でようやくタイプ=エリートの存在が正式に認識された頃で、東部オリョール海がまだオセロ海域と呼ばれていて、敵味方の支配権が当たり前みたいにクルクルと入れ替わっていた頃。
 まだ、南方海域自体が二級戦線で、雷巡チ級が出たと言っても誰も信じてくれなかった頃。

 これはそんな時代の、そんな南の島の物語である。



[38827] 【不定期ネタ】有明警備府出動せよ!【艦これ】
Name: abcdef◆fa76876a ID:6ea11b1c
Date: 2016/07/17 04:30
※番外編4
※相も変らぬオリ設定。
※ひょっとしたらグロやもしれません。人によっては要注意。
※これの冒頭シーン考えてる途中で『オドンストラッシュ』なる名状しがたき冒涜的なヒサツ・ワザが脳裏に浮かんだのですが、この場合、私はSANチェックの為にダイスを振るべきなのでしょうか? それともこれがアイデアロールなのでしょうか?
※今話において、一部の艦娘、および一部の艦種を扶桑にもとい不当に貶すような表現が見受けられますがご安心ください。幻覚です。
※足柄さんごめんなさい。割とマジで。
(※2016/07/11初出。7/12、本文中の雪風の説明を一部修正&一部の艦種についていくらなんでも説明不足にすぎる事から、NG(補足説明)シーン追加)
(※7/17、誤字修正&本文一部加筆)



『決まったァァァ――――!! 仮面の女ファイター、マスク・ド・カインハーストの大肉片おろしが炸裂ゥゥゥ――――!! 動かない! クワイア・アルフレート、リングの上で大の字、大の字だァァァ!! 恩師ローゲリウスの雪辱果たせず! 雪辱果たせずに第一ラウンド開始30秒でノックアウトぉぅぅぅぅぅぅぅぅおおおおああああああぁぁぁ、あおん! 先日のウェイト計量の際にはすばらしい笑顔とダブルピースのセットで『絶対にカインハーストなんかに負けたりしない!!』と力強いコメントを頂きました! そしてこの様であります!! これがG-1、これがGー1の厳しさよ! 今、この瞬間、今年度のG-1ミドル級王者が決定しました!! ああっと、マスク・ド・カインハースト、喜びのあまりコーナーポストの上で簡易拝謁! 勝利の簡易拝謁のポージングを決めています!!』

 有明警備府の共通居間に持ち込まれた、プロト足柄の私物であるラヂヲから、もの凄くやかましくて物騒な実況の声が私の耳に飛び込んできました。
 そして、そんな大騒音を掻き鳴らすラヂオの前で頬杖ついて婚活雑誌を流し読みしていたプロトタイプ足柄が、ぼそりと呟いたのが聞こえました。

「あー。やっぱり今回も駄目だったかー、アルちゃん。あー、でもG-1いた頃の私に一度も勝てなかったくらいだし、当然かしら」
「え。プロト足柄さんってG-1選手だったんですか?」

 G-1とは『この地球上でもっとも野蛮で非文明的なスポーツ競技』と称される、知る人ぞ知る非合法なアングラ格闘技『GATINKO NO-1』の略称です。
『この地球上でもっとも野蛮で非文明的な』と謳っている通りとても血生臭く、故意の殺害と凶器使用の禁止、それと1vs1で3分1ラウンドを計15ラウンド戦い抜く以外には細かいルールが存在しないそうなんです。
 しかも凶器禁止と明記してあるにも関わらず、観客のテンションとレフェリーの判定と視聴率次第では栓抜きや毒霧、一人二人の乱入程度なら黙殺される事もしょっちゅうで、それに伴い死傷者の数も結構な数に上っているそうです。
 当然、完全無欠なまでに違法な上に、試合には、今はもう取り潰された、とある鎮守府の艦娘や提督も関わっていたと言う事なので、警察だけでなく私の所属する有明警備府も何度か地下ジムや試合中のリングに攻勢摘発をかけた事がありますし、私自身も何度か摘発に参加した事だってあります。
 ていうか私、なんで提督なのに深海凄艦よりも先に人間相手に実戦をこなしているんでしょうね。
 赤紙で海軍に呼び出されてインスタント提督になったのに、何か納得いかないです。
 まぁ、要するに、G-1というのはバーリトゥード以上に何でもアリのケンカ、という事なんだそうです。

(ていうか、そんなのが堂々とラヂオで放送されているって言う事は、それだけ帝国臣民の心が追いつめられて荒んできてる証拠なんじゃあ……)
「あら。言ってなかったかしら? 昼はOL、夜は男女無差別級のG-1ファイター『ボンバイエ荒木』って言ったら、同じ男女無差別級にいた、あのジェイムズ・ゴールドマンや久土利屋風香と並んで数えられるくらいの人気スターだったのよ?」
「初耳です」

 初耳です。ていうか『あの』と言われても私、G-1の事なんか全然分からないんですけど。
 このプロト足柄がコンタミ艦(※翻訳鎮守府注釈:contamination.(汚染、混入)の意。ここでは艦娘化以前の記憶や思い出、人格のそれを表す)である事は聞いていましたが、人間だった頃に何をやっていたかまでは聞いた事がありませんでした。

「あれ? でも、それって……」

 ですがそれだと、このプロトはG-1業界からしたら裏切り者なんじゃあないでしょうか。有明警備府では何度かG-1関係者相手の摘発とかやってますし、私も制圧作戦に参加した事ありますし。
 不安に思った私がそう問うと、プロト足柄は手招きするように右手を振り、カラカラと笑ってあっさりと否定しました。何だかおばちゃん臭い仕草でした。

「大丈夫大丈夫。むしろ私のいたジム、G-1に対するスタンスの違いから結構余所のジムやら事務所やらなんかとは対立してたのよ? 私の居たジムの方針はG-1はあくまでもエクストリーム・スポーツの斜め上の延長線上である、って考えだったし。だから、残虐上等八百長万歳なあいつらってかなり目障りだったから、あの頃から――――ひよ子ちゃんが有明に来る前からずっと、有明警備府にはそれと無く情報リークしてたのよ?」
「あ。もしかしてブリーフィングの時によく耳にする『とある筋からの情報』ってもしかして……」
「そ。ウチのジム会長」

 ほら、このポスターにあるコイツとコイツとコイツの所属してるジム。前々から結構過激な事やってて私達以外からも煙たがられてたのよ。とプロトが婚活雑誌の裏表紙に印刷されていた集合写真の一番左下に小さく印刷されていたジムや事務所の名前を指で指し示しました。
 その名前には見覚えがありました。たしか、どれもこれもかつて有明警備府による攻勢摘発(という名の強襲制圧作戦)により、壊滅させたはずの名前でした。
 表向きにはG-1地下ジムでも、裏では艦娘の違法風俗店を経営してたり、違法物品の密輸入してたんですよね。かの伝説のブラック鎮守府『五十鈴牧場』の末端組織として。

「私の提督だった尾谷鳥少佐には今でも感謝してるのよー? G-1にかまけてたばっかりに婚期逃しそうになってたから、噂話一つを頼りにTKTの本部を探し出して、そこにいたお偉いさんの口利きで無事に『足柄』になって、ギリギリ20代で肉体年齢止められたしね」

 何気に私利私欲まみれな理由で艦娘に成ったんですね、プロトは。

「まぁ、G-1やってた頃よりかなり贅肉ついて、だらしない体型になっちゃったけど……ひょっとして、それがモテない理由なのかしら?」
「え?」

 だらしない体型? 今のプロト足柄が?
 身長もバストも私よりも上なのに? 腰もちゃんと括れてて、お腹や二の腕周りの贅肉だって全然無いのに? 廊下を歩けば警備府内の男性職員が鼻の下伸ばして胸とかお尻とか目で追っちゃうくらいスタイルがいいのに?

「だらしないったらありゃしないわよ」

 ほら。これ私の現役時代の写真。そう言って私の前に突き出されたスマートフォンの画面。
 そこには、人の形に切り出した花崗岩に星条旗ビキニを着せたものが写っていました。


 ――――コントロール。こちらデルタ。ベルセルクに遭遇した。指示をくれ(CV:ここだけ廣田行生またはJohn DiMaggio)


「ほら。こっちの方が引き締まってて良い身体よね? ね?」
「え。え、えぇ……」

 何と言ったらいいんでしょう。
 確かに引き締まってますね。筋肉が。鋼や岩のように。
 体脂肪率およそ0%。世の女性たちが羨むボディ……なんでしょうか。勢いよく突進したら歴戦の歯車達でも一発でバラバラの挽肉にしちゃいそうなほどの逞しさが溢れるワガママボディです。
 ていうかこんなナリで普通のOLやってたっていう方がビックリです。よく入社できましたね。

「比奈鳥少佐ー。プロト足柄さーん。お昼ご飯出来ましたよー!」

 そんな事を考えていると、厨房から、警備府の炊事担当である比叡さんが私達を呼ぶ声がしました。

「……ひよ子ちゃん。逝きましょうか」
「……はい」

 今までの会話が嘘のような重苦しい雰囲気に包まれたプロト足柄が、決死の形相でたった一言だけを絞り出しました。
 今日は金曜日。海軍カレーの日です。



 カレーは茶色。これは常識だったと思います。
 ですがそれならば今、食堂の席に座った私達の前に出されたこの赤黒い粘液は何なんでしょうか。なんか地獄にあるという血の池ような不吉な色味です。乾いた血の色、レッドショルダー色です。
 ていうか普通のカレーは食べたら『もぐもぐ』っていう音がするはずです。なのに、何でこの分泌物は『くぷも』っていう音がするんでしょうか。
 我が有明警備府の比叡さん、他の料理はものすごく美味しいのに、何でかカレーだけは……その、あの、野心的なんですよね。叢雲さんから聞いた話では更なる味の探求のためだそうですが、お願いですからそういうのは1人でやってください。
(※ひよ子注釈:カレー以外の料理がどれくらい美味しいのかというと、以前、慰問任務として訪れた老人ホームの、とあるおじいちゃんに比叡さん特製のおかゆを食べさせたら『美ー味ーいーぞー!!』とか叫びつつ目や耳や鼻や口からビームを吐きだしつつ車椅子で階段上って富士山がいきなり噴火して生焼けの鷹と割りばし刺したなすび馬の群れが火山弾として落下してきたくらいた事があったくらいです。因みにそのおじいちゃんは『これが俺の本当のハンサム顔だッ!』とかいって何の前触れも無く若返っていました)

「……ぅぇ」

 これ、残しちゃいけないんでしょうか。と、隣に座るプロト足柄に小声で聞いて見みたところ『比叡が拗ねちゃうからダメ』と即答されました。何でも以前にそれをやったところ、一週間三食全てが行動食4号(主食)とナナチ汁(汁物)と廃棄王女の焼きそば(主菜)だけの、一汁一菜の食生活になってしまったそうなんです。凄惨い時にはクオン何とかだったか、何とかガタリだったかとかいう、見た事も聞いた事も無いような昆虫の幼虫の踊り食いなんてものが出た事もあったそうです。
 つまり逃げ場はないと言う事ですか……

「食事をしながらでいい。皆聞いてくれ」

 あからさまにカレーではない色をしたカレーを前にして、有明警備府の皆が固まっていたところに、長門さんが口の端からカレーの具材の1つであるイモの茎を覗かせながら声を掛けました。

「つい先週に比奈鳥少佐と北上、不知火達がミッドウェー島で見たものについての話なのだが――――」

 長門さんによる、何一つ前フリの無い爆弾発言に『へぶぅ!?』と口からカレー(?)を吹き出したのが私の艦隊に所属する駆逐艦娘のぬいぬいちゃんで、カレー(?)汁が気管支に入ったのか盛大にむせびこんだのが同艦隊総旗艦の雷巡娘『北上』ちゃん改二、そして『ちょ!? な、長門さん!?』と叫んだのが私でした。

「……見ての通り、口にするどころかその存在すら明かしてはいけないものを見たらしくてな。すまないが今一度、念のためにここで緘口令を敷かせてもらう」

 何て心臓に悪い言い回しを……と思った私の念が通じたのかどうかは分かりませんが、長門さんは少しバツの悪そうな顔をした後、こう続けました。

「なので……どうしたら比奈鳥少佐の身の安全を保証できるのか、皆の知恵を借りたい。巻き添えで私達が被害に遭うのも避けたいしな」
「んなの簡単じゃん。始末するより生かしといた方が利が有るって思わせとけばいいんじゃない?」

 長門さんの無茶振りに即答したのは第一艦隊の駆逐艦娘『秋雲』ちゃんでした。発言の内容はかなり殺伐としていましたが、確かに真理を突いていました。
 ですが、どういう利がどれだけあればいいんでしょう。
 ミッドウェーで採れた敵の新種の飛行小型種との戦闘データくらいなら兎も角、例の白い人型深海凄艦の映像データをそのまま渡すのはいくらなんでも危険すぎると思うのですが。
 ていうか、そもそもどうやって軍上層部と渡りをつければいいんでしょう。

「あー。そういう話なら尾谷鳥提督に任せれば……って、提督、もう退役してたんでしたっけ」
「今年の正月は、ブルネイから年賀状代わりの写メ来てたわね。たしか、変な名前の居酒屋のゲテモノ料理が美味いとかなんとか」

 テーブルの上に突っ伏して、スプーンで比叡さん謹製のカレー(っぽい分泌物)を突っつきまわしていた秋雲ちゃんに代わり、同じ第一艦隊の大井ちゃんが別の案を出そうとして頓挫しました。かつての有明警備府の第一艦隊総司令官であらせられた尾谷鳥つばさ少佐は、健康上の理由で軍を退役して久しいのです。詳しい理由は知らされていませんが。

「あー提督といえば、第二と第三艦隊の提督の欠員補充の話もまだ宙ぶらりんのままだったしねー」
「来たら来たで、そいつらの身元調査もしなければならないしな」

 そして、そのあたりから議論は迷走し始めました。
 誰かが『じゃあ多額の裏献金で安全を買うとか?』と言えば別の誰かが『ちょっと前にブイン基地とかいう所が闇取引してるのすっぱ抜かれてから、大本営そういうのにピリピリしてる』とか『カネだけ受け取って消されそう……』と返し、その娘が(多分)冗談半分に『じゃあひよ子ちゃんがお偉いさんに色仕掛けで……』と言えば私が『そういうのを取り締まるのが有明警備府のお仕事です!!』と断固拒否いたします。
(※翻訳鎮守府注釈:これと時を同じくして、平行世界の地球に存在する九十九里浜鎮守府所属の比奈鳥ひよ子元帥が盛大なクシャミをしたそうだが、関連性は不明)

「ねー提督ー。ミッドウェーにいたTKTの人に連絡取れないのー? ほら、あの塩ジャガバターとか何とかとかいってた」
「ごめん北上ちゃん。連絡先分からないの。そうでなくてもTKTって機密度の高い部署だから、下手に接触すると逆に危ないらしいの……」
「そっかー」

 でも、折角近場の九十九里に本部があるんだから、最悪の場合は塩なんとかの名前出して、そこに逃げ込めばいいよねー。と北上ちゃんは普段通りのぽけっとした表情と口調でそう返しました。
 喧々囂々とし始めた中、1人無言でカレー(?)を涙目になりながら消化していたぬいぬいちゃんが、片手で鼻を摘まんで最後の一口を一息に飲み込むと、あまりの不味さに気分を害したのか、普段以上に不機嫌そうな目付きでこう呟きました。

「もうこの際、変な事など考えずに真っ正面から全鎮守府に情報リークしてしまえばよろしいのでは……?」

 右ストレートでぶっ飛ばす。まっすぐ行ってぶっ飛ばす。と、ぬいぬいちゃんの心の中の声がハッキリと聞こえてくるようでした。
 おかしいですね。ぬいぬいちゃんは陽炎型駆逐艦娘の次女であって、現役ボディビルダーの魔法少女の男性(35)でも、元霊界探偵の屋台のラーメン屋のおじさんでもなかったはずですが。

「「……あー。その手が、いや、でも……」」

 その手があったかと言いかけた長門さんと叢雲さん――――それぞれ第二艦隊と第三艦隊の副旗艦です――――でしたが、結局情報テロとして圧力を掛けられて潰されるのがオチだからそちらも最終手段に留めときなさい。と、ぬいぬいちゃんを説得しました。意外といい案だと思ったのですが。
 それからいくつか案は出たのですが(※ひよ子注釈:私もちゃんと案出しましたよ。全部蹴られましたけど)そのいずれにも致命的な穴があり、最終的に会議室代わりに使っている共用居間には重苦しい沈黙が支配してしまいました。
 そんな胃に悪そうな静寂の那珂、居間のテーブルの隅っこで電源を付けっぱなしだったTVの音だけがやけに虚しく響いていました。
 何とはなしにそちらに視線を向けてみると、そこには横須賀鎮守府、もとい横須賀スタジオでアイドル活動をやっている那珂ちゃん(改二)の姿が写っていました。

『よーし! それじゃあ~、今日はまず、那珂ちゃんの新曲『私の彼はアドミラル』続けてブッダズンビーさん達とのデュエットで『海を取り戻した日』行っちゃうよ~☆』
「よし。有名人になろう」

 どうしましょう。長門さんが何を言ってるのか分かりません。










 目を閉じで深呼吸を一つ。

 続けて、座学教室を脳裏にイメージ。
 大学時代の教室のような、教授の立つ舞台を見下ろすタイプの半ホール型。教室に備え付けのプロジェクターは、私が小学生の時に使われてたような旧式のOHPじゃなくて、出来れば展開中の艦娘や妖精さんに使われているような、積層表示も可能な立体映像の出力装置。
 よし。
 その教室に繋がる扉の外で私は、金色の肩紐の付いた白の第一種礼装で上下を固め、帝都湾内の対潜哨戒任務をこなし続けている内に貰ったリボン・バーを胸に付け、映像資料用のデータDISCと教師用教科書とクリップボードを胸に抱き、意を決して扉に手を掛けます。
 伝統と格式ある黒板消しトラップは無しの方向で。
 ここまでよし。
 教室の中の生徒役には、とりあえずとして私の知ってる人や艦娘達を適当に配置。
 北上ちゃん、ぬいぬいちゃん、長門さん、叢雲さん、比叡さん、秋雲ちゃん、プロト足柄に、ミッドウェー島で出会った合衆国海軍アイスクリーム教徒の方々。
 ぬいぬいちゃんや長門さん達は真面目だから、礼儀正しく最前列の席に座っているんでしょうけど、北上ちゃんあたりは教室の真ん中らへんで漫画雑誌か何かをアイマスク代わりにして机の上に足を投げ出して寝てるでしょうし、秋雲ちゃんは教科書立ててその後ろで早弁ならぬ早原稿でもやってるでしょうし、アンクル大尉を初めとしたアイスクリーム教徒の方々は教室の後ろの方で私ガン無視して足を机の上に投げ出しての昼寝か雑談でもしてるような気がします。

「ま」

 声が裏返った。どこからともなく聞こえてくるこれ見よがしな忍び笑い。
 えぇい、無視です無視! 一人前の教師(レディ)は退かず、媚びず、顧みないんです!

「ま、まず。海上における、対深海凄艦格闘ですが、これには、遠浅の海を舞台とする近海での作戦行動時と、艦娘の背丈以上の水深がある遠洋での作戦行動の二種類があるのですが――――」
「ひよ子せんせー。声が小っちゃくてよく聞こえませーん」

 北上ちゃんが挙手し、許可も待たずに発言。

「なら、もっと近くに来ることね」

 ナイスカウンター、私。と思ったのも束の間。北上ちゃんは読んでた漫画雑誌を片手に戦略的前進。私の目の前の座席に移動し、普段通りののぺっとした目線で私を照準し続けます。
 ていうか教科書もノートも持ってきてないってどういうことなのよ。
 しかし私はうろたえません。帝国軍人はうろたえない。うろたえないんですったら!

「……こ、この2つの大きな差異は、常に水平状態に保たれているカカト・スクリューの取り付け角を、遠洋ではマイナス90度、つまり足の裏に移動させる事と、専用のフローターを脚部に装備する事で、深い海の底に沈む事無く、通常通りに海上で戦えるという事ですが、実際には深海凄艦の垂直浮上攻撃に曝され続けるという危険性や、艦娘と提督にかかるストレスが尋常ではない事から、あまりにも非現実的であるとされ――――」

 どんどんと話が支離滅裂になっていくのが、自分でもよく分かります。
 アンクル大尉達なんかもう飽きたのか、教室の後ろの方で『らっせらー、らっせらー、ペッパーミントのウィッザードー。らっせらー、らっせらー』と、謎の音頭を取りながら組体操までしているくらいです。
 それでも何とか話を続けようとして――――

「も、もう駄目です~!」

 思わず目を開けて現実世界に帰ってきてしまいました。
 蘇った光の中に浮かび上がった、鏡の中の私はそれはもう、カチンコチンに緊張しているのがハッキリと見て取れました。
 メガネ、良し。スーツ、良し。カンペ、良し。
 覚悟……無いです。

「うぅうあうぅ~……緊張するぅぅぅ……」

 何で私が、艦娘だけとはいえ、観衆の前で講演ぶたなきゃならないんでしょうか。
 長門さんに曰く、私の知名度が上がればそれだけ手を出しづらくなると言うのは分かるのですが……
 でもやっぱり駄目です。私は昔っから自己紹介というのが苦手な人種なんです。

「たったの20分か30分、深海凄艦の特徴について映像資料とセットで簡単に説明するだけなんだけど、ねぇ……」

 もしも今すぐTVに出てくる横須賀の那珂ちゃんのようにセンターで歌って踊るか、特別な瑞雲でマイナス7Gまで急加速するかどちらか選べと聞かれたら、私は間違い無くマイナス7Gを選んじゃう人間です。
 なのになんで、大勢の人の前でしゃべらなきゃならないんでしょうか。世の中の理不尽さが垣間見えます。
 ですがいつまでも、出張先のトイレの鏡の前で愚痴愚痴としている訳にもいきません。

「……よし! こうなったら女は読経、じゃなくて度胸! 何でもやってみるもんだって昔尾谷鳥少佐も言ってました!」

 比奈鳥ひよ子、気合、入れて、行きます!
 ……トイレから出てきた艦娘の子に、怪訝そうな顔で見られた事は無かった事にします。



 結論から言うと、私は無事にやり遂げました。多分。
 先方からクレームが入っていないと言う事は、何も問題が無かったと言う事なんでしょう。多分。

「お帰り、比奈鳥少佐。クウボ学園での授業は上々だったようだな」

 散々でしたよ。
 教室に入ってから、何話したのか全然覚えていませんでしたし。
 そう憤慨する私に対し長門さんは、第二艦隊の執務室のデスクに置いてある端末の前に陣取り、フレームレスの細メガネを着用してひたすら未決裁書類の山をやっつけ続けながら笑ってそう言いました。

「まぁ、人前での演説なんてのは場数を踏めば自然と慣れるものさ。よし。次は横須賀スタジオで撮影だ」

 ごめんなさい長門さん。ここは帝国です。帝国語で喋ってください。



 久しぶりに訪れた横須賀鎮守府。もとい、横須賀スタジオの外観は、まるで変っていませんでした。
 ごく普通の赤レンガの鎮守府様の建築物。ごく普通の鉄筋コンクリート製の防壁&有刺鉄線(高圧電流付き)。そして映像を配信するための超大型パラボナ。
 そのどれもが、かつて訪れた時のままでした。

「えぇと、迎えの方が来ているって長門さんからは聞いていたんですけれど……ど?」
「あ、もしもしお母さん? うん。ぬいぬいちゃんでーす」
「ぬいっ!?」

 何かどこかで聞いた事のある声の方に振り返ってみたら、ガラパゴス携帯電話ことガラケーを片手に、民間の方と楽しそうに談笑しながら横須賀スタジオの所属と思わしきぬいぬいちゃんが、正門前で立ち尽くす私達の横を通り過ぎていきます。満面の笑みって、ああいう表情の事を言うんですね。
 顔も髪色も陽炎型の制服も、何もかもがぬいぬいちゃんと同じなのに、上手く言葉には出来ませんが、雰囲気のようなものが決定的に違っていました。

「……うん。今収録終わったとこ。……うん。何かね、詳しい事は知らされてないけど、沖縄での遠征ロケ中止になっちゃったんだって。だから今日はもう上がっていいって伊頭プロデューサーが。……うん。今日は夕飯前にはそっち帰れまーす」

 何かもの凄い光景を見た気がします。そう思ったのは私だけではなかったようで、私の所のぬいぬいちゃんも奇声を上げて、そのぬいぬいちゃんが通り過ぎていった背後を凝視していますし。

「なんか、同じコンタミ艦でもプロト足柄とは全然違うわね……」
「……人間だった頃の記憶がある不知火は、あんな風に笑うのですね」

 そう呟くぬいぬいちゃんは普段通りの無表情でしたが、その声には微かに、ですが確かに羨ましげだったのが私にはわかりました。
 そんなしおらしいぬいぬいちゃんを見て、私は思わずぬいぬいちゃんを抱きしめ、頭を撫でて慰めの言葉を発していました。

「大丈夫よ。ぬいぬいちゃん」
「司令?」
「ほら、偉い人も言ってたでしょう?『頭空っぽの方が夢詰め込める』って。だからぬいぬいちゃんはこれからよ」
「……ありがとうございます。ですが、私はぬいぬいなどではなく」
「あ。あれがお迎えの人かな? うん。やっぱりそうみたい。手を振ってこっちに……って、どうしたの? ぬいぬいちゃん。そんな顔して」
「……いえ。別に」

 そう呟くぬいぬいちゃんは普段通りの無表情でしたが、その声には微かに、ですが確かに不満げだったのが私にはわかりました。



「はいカァァァット! クランクアップです! お疲れ様でした!!」
「おっぐ、えぐ、ゔぇぇぉああ゙おぁ……!!」

 感動です! ひよ子は今、猛烈に感動しています!!
 私なんかがあの、金11ドラマ『猫夜叉 -NEKOYASHA-』の最終話の撮影現場にお邪魔してるなんて、夢みたいです!!
 ドラマ見始めた当初は『あれ? 双子の立場入れ替わってない? 何で?』とか思ってたけど、全てはあのシーンの為だったんですね!
 意識を失ったままの山城さんと衣服取り換えた後、扶桑さんがハサミで自分の髪切って『これでやっと山城になれる』って、怪我を押し通して! そのシーンの為だったんですね!!
 三上役の時雨ちゃんも閉ざされた隔壁を次々と開いていきながら最後には『山城でなくて悪いね』って! 山城さんも『今度は同じ母様のお腹から一緒に産まれてきましょうね』って!! 原作ファンを代表して勝手にありがとうございます!!
(※翻訳鎮守府注釈:設定資料集に書いてあったのとは配役違うけど見逃してください。アレ書いた時はそこまで深く考えてなかったんです。これはリメイク版だと言う事にでもしといてください。ごめんなさい)

「ほみ゙ぃぃぃぇえぇん……!!」
「あの、司令官。何というか、その、不知火はこういう事はあまり言いたくないのですが、しかし、婉曲的な表現というのは不得手なのですが……その、あの、正直、気色悪いです。今の司令官」
「「「「「私も同意」」」」」

 ぬいぬいちゃんと北上ちゃんと、私達の護衛役として同行した川内さんとプロト足柄とプロト金剛の計5人が、若干引き気味になりながら小声で囁いてきました。
 酷いです。ファンとしての素直な表現なのに。

「あらあら。そんなに感動していただけるなんて」
「役者冥利に尽きますわ。ねぇ、姉様」

 そんな私達の元にやって来たのは、件のドラマの主役を張っていたお二人――――戦艦娘の『扶桑』さんと、その妹で航空戦艦娘の『山城改二』さんでした。
 長い黒髪を、長いパゴダマスト艦橋型のカチューシャを左前髪で留め、無数の対空砲座が連なった鋼鉄製のベルトで紅白の巫女衣装を締めた、たおやかな印象の美人な方が姉の扶桑さんで、短い黒髪に白ハチマキを締め、長いパゴダマスト艦橋型のカチューシャを右前髪で留め、やはり独特の形状のベルトをして居る方が妹の『山城改二』さんです。

 ――――次は横須賀スタジオだ。あの『北の荒球磨』直々の依頼でな。絶賛姉妹喧嘩中の扶桑姉妹の仲を取り持ってほしいそうだ。
 ――――これが成功すれば、かなり強力なコネが期待できるだろう。やっておいて損は無いはずだ。

 確かに長門さんは、そう仰っていました。
 ですが、今私の目の前で上品そうに笑っているこのお二人は、そんなにも仲が悪いようには見えないのですが。

「本当に、良かったわねぇ。航空戦艦だなんて火葬戦記に片足どころか両肩まで浸かった、戦艦のままでいる事に耐えられなくなった負け犬根性丸出しの山城ちゃん?」
「ええ、本当ですわ。『戦う違法建築』だなんてご立派な二つ名を持つ、化石のような設計思想の欠陥戦艦のままでいる扶桑姉さま?」

 あ。これあ艦ヤツや。

 一瞬で凍り付いた撤収途中の大形スタジオの那珂、私達の心はこの瞬間、確かに一致したと確信できました。





 私はギャグが全然書けない系の人間なんで、今回だけは頑張ってシリアス0%ストーリー性0%整合性0%、略して0%0%0%の完全ギャグ仕立てで頑張ってみます。
 あ。それはそうと、書けば出るって聞いたんですけれど、こないだ迎え損ねたPolaちゃんこの話に出したら明日の大型建造辺りにでも来ますかねぇ?
 と現実逃避してみる艦これSS

『有明警備府出動せよ! 比奈鳥ひよ子少佐の濃密なる1日 ~ また彼女は如何にして貴重なる休日をトラブルシューティングで潰してしまったのか の巻』





「おーう、比奈鳥少佐。お久りぶりだクマー」
「く、球磨さん!」

 扶桑さんと山城さんの間に突如として発生した、局所的な殺気の放電現象に誰も彼もが身を竦めて動けなくなっていたその時。その場の雰囲気をまるで無視するかのような、どこか間と気の抜けたような声に呼びかけられて、ようやく私達は動きだせるようになりました。
『つ、次のドラマの収録迫ってんだ、総員撤収準備急げ!』とADさんがわざとらしいまでの大声で指示を出し、誰も彼もがそれに従って、ぎこちないながらも何とか元の流れに戻って行きました。確か、この次のドラマというと……『トックリ』でしたね。色々と話題になったり映画になったりした。
 それはさておき。

「球磨さん。ご無沙汰しております」
「おぅ。ぬいぬいちゃんもお久しぶりだクマー。足はもう大丈夫なのかクマ?」
「はい。おかげさまで。……ところで、私の名前はぬいぬいではなくて」
「ひよ子少佐もお久しぶりですクマー」

 いけません。こういうのは一番の新人である私からお辞儀をするのが礼儀なのに、球磨さんの方から頭を下げさせてしまいました。
 今まで気づかなかったのですが、球磨さんのお辞儀の動きに合わせて首から下げた無数のシルバーチェーンがじゃらりと擦れる音が鳴りました。以外とお洒落なんですね、球磨さん。

「えっ、あ。ど、どうも。お久しぶりです球磨さん」

 咄嗟に私も球磨さんに続けて礼をしましたが時既に手遅れだったようで、周囲の横須賀スタジオ所属の艦娘達からは『あの球磨さんが先に頭を下げた……だと……!?』『ただの少佐じゃないの!?』『そういえば昔、有明警備府には『黒い鳥』って呼ばれた化物提督が居たって』『まさか、こんなにも青くないのにぽややんとした感じの少佐が!?』だのといったヒソヒソ話が聞こえてきてしまいました。
 ていうかここ、海軍なんだからお辞儀じゃなくて敬礼するんじゃあないんでしょうか。
 そう現実逃避気味に考えていた私の思考に被せる様にして、球磨さんが説明を始めてくれました。

「いや、本当に済まなかったクマー。こういうのは、身内でケリをつけるのが筋だっていうのは承知してるクマ? でも、ちょっと球磨達だけじゃどうにも出来なかったクマ」
「いえ。お呼ばれした事は(収録現場見れたし)大歓迎なのですけれど……いったい、何があったんですか?」
「あー……実は、クマ――――」

 球磨さんに曰く、次の実戦にて出撃する艦隊メンバーの選定で揉めているとの事だそうです。
 引率役の球磨さんを含めて5人までは既に決定しているのですが、フリー枠の最後の1人に扶桑さんと山城さんがそれぞれ立候補し、そのまま対立したそうです。

「えー……」
「クジ引きでは駄目だったのですか?」

 ぬいぬいちゃんの質問はもっともでしたが、お二人以外の戦艦娘や航空戦艦娘の方々は、時間と仕事の都合が付かなかったり、もう既に実戦を経験しているので、未だ出撃経験の無いこのお二人に出番を譲ったそうです。
 立候補した戦艦娘の扶桑さんに曰く『航空機による爆撃雷撃など花拳繍腿。純粋かつ高精度・高密度の砲撃を実現する戦艦こそが海戦の王者』で、もう一人の立候補者である航空戦艦娘の山城さんに曰く『火力投射のための海上プラットフォーム思想など化石も同然。航空機との連携による立体的な砲打撃戦を実現する航空戦艦こそ21世紀を導く戦闘艦のあるべき姿』との事だそうです。
 おかしいですね。
 以前演習で赴いた、他の鎮守府や基地に配属されていた扶桑さん達の姉妹仲はとても良好なものだと記憶していたはずなのですが。
 このお二人がドラマの中で演じていたホモ・サピエンス・ネオジーニスの双子も、ここまで仲が悪くなかったと思うのですけれど。

「まだ出撃までには日数があるし、それまでに何とかこのわだかまりを解消してもらおうと、ひよ子少佐にはお呼ばれ願ったクマ。流石に、幌筵(パラムシル)式修正術は顔が命のアイドルには不味いクマ」

 顔の前で力強く拳を握る球磨さんが何気におっかない事を言っていましたがそれも当然で、この横須賀鎮守府、もとい横須賀スタジオに所属しているこの球磨さんだけは、実戦部隊からの異動だったのですよね。
 でしたら。

「でしたら、他のご友人をまず頼ればよかったのでは? 私みたいな新入りなんかじゃなくて」
「……皆ここだクマ」

 そう言って、球磨さんが胸元へ無造作に手を突っ込み、首からジャラジャラとぶら下げていた細いチェーンの束を引きずり出して目の前に掲げました。
 スタンダードな楕円型。合衆国陸軍のクリムゾン・オーメン式歯車型。そして、錨と世界樹を組み合わせた帝国海軍型。
 その全てが、ドックタグでした。

「あ……」

 私だけではなく、周囲の方々や、周囲の方々そっちのけで大喧嘩に突入しかかっていた扶桑さん達まで沈黙してしまう気まずさが立ち込めていました。
 どうして私はこう、人の地雷を易々と踏み抜いてしまうのでしょうか。こういう時、本当に自分が嫌になります。

「あ……そ、そんな事より今は私達の事だし! ですよね、姉様!?」
「え、ええ! そうね、そうよね! ねえ、山城!?」

 そんな気まずい沈黙の中、扶桑さん達が咄嗟に声を上げて、無理矢理空気を変えようとしてくれました。
 なんだ。仲いいんじゃないですか、貴女達。

「そうですね。では、決闘で雌雄を決する。というのはどうでしょうか」

 一瞬前の重苦しい空気など何処吹く風とばかりに、ぬいぬいちゃんが意見を挙げてくれました。
 最近思うのですけれど、ぬいぬいちゃんって冷静そうに見えて実は脳筋、もといものすごく直情的なんじゃあないでしょうか。
 ほら、目は口程に物を言うって言いますし。

「決闘とは……これまた随分とストレートに来たクマね。なら顔面狙いと殺しは駄目クマよ?」
「で、肝心の決闘内容は何にするの? ラッキョウの早食い? 鉄球? それとも、アイドルらしく歌バトル!?」
「それとグレンキャノンも……じゃなくてダンスもね!!」
「「当然!」」

 いつの間にか野次馬の中に混じっていた、横須賀スタジオ所属の那珂ちゃんと舞風ちゃんが発したその質問に、扶桑さんと山城さんは全くの同時に那珂ちゃんさんの方に振り返り、全くの同時に一言一句違えずにこう答えました。

「「実弾演習よ!!」」



 どうしてこうなった。
 それが私――――有明警備府所属の、比奈鳥ひよ子少佐の偽らざる心境です。

【ねぇ、貴女。ちゃんと聞いてるの? この決闘で勝利するために、わざわざ私の艦長席(の隣の補助席)に貴方を座らせているのよ?】

 私の現在地は帝都湾海上――――の上を単艦で征く、航空戦艦『山城』の艦橋です。戦艦の姿になった山城さんの、艦橋です。
 高いです。ものすごく高いです。
 戦艦だとこれくらいの高さの艦橋が普通なのだそうです(※翻訳鎮守府注釈:全て山城の自己申告です。あしからず)が、北上ちゃんやぬいぬいちゃんのような駆逐艦や巡洋艦の高さしか知らない私にとっては高すぎて怖いです!

「あの、だって。超展開する訳じゃないのに、どうして私がこんな所に……?」
【そりゃあ決まってるなじゃい。立会人よ立会人。決闘にはつきものでしょう? 扶桑姉様の方にも那珂ちゃんが乗り込んでるし、条件は対等よ】

 艦長席の隣の補助席に手錠と足枷で無理矢理座らされた私の隣。つまり艦長席に座る山城さんの立体映像が鼻息も荒く【見てなさい時代遅れの扶桑姉様! 古いのが強いのはロストシップと発掘戦艦だけで十分よ!!】と叫んで虚空を指さしていました。
 ていうか、こんな場所で立会人って何をすればいいんでしょう。
 実弾演習ですし、まさか、撃破された事を示す訓練用バルーンやターゲットの代わりに実物の人間を使ってとか……

(まさか、ですよね――――っ!?)
【さぁて、瑞雲隊全機発――――!?】

 そんな事を思っていると突然、山城さんの回りに巨大な水柱と轟音がいくつもいくつも立ちあがり、防音・防衝撃処理されているはずの艦橋がビリビリと震え、不吉なくらいに傾き始めました。
 なんか、窓ガラスの上の方まで全部、青一色の壁で塞がってるように見えるんですけど気のせいですよね!?

「ひぃぃぃ!!」
【そんな、いきなり挟差!?】

 後で山城さんに聞いてみた所、彼女は水柱が立った時点で散布界からの脱出を始めており、その回頭に際して大きく傾いただけで、間違っても転覆ではなかったそうです。
 ですが、扶桑さんからの砲撃はその後もまったく精度を落とす事無く続けられ、直撃こそなかったものの、山城さんは相当な数の至近弾を貰ってしまいました。

【瑞雲隊、全機緊急発艦! 目標、扶桑姉様! 各機連絡を密にして索敵開始! ……攻撃しようとした矢先だったのに。不幸だわ。直撃弾貰いそうなくらい不幸だわ」

 お願いですから艦橋にだけは直撃弾貰わないでくださいね!? 私こんな所で死にたくない!!

【でも、どうして私よりも先に見つけられたのかしら……? RWRにも反応は無いし、やっぱりスゴ味かしら? 流石姉様ね】
「……あの、山城さん。あれって何でしょうか?」

 艦橋の窓ガラスの向こう側に広がる水平線。
 そこには、天に向かって伸びつつある、細く黒い塔が映っていました。

【! あれは姉様の無限艦橋&無限測距儀! あれで見つけられたのね!!】

 何ですかそれ。
 何かもう、名前からして何かもう、とんでもない代物の予感がします。

【何って……あれこそが艦娘の展開・圧縮機能のちょっとした応用でつくられた『戦艦娘の』扶桑姉様専用の特殊兵装システムの無限艦橋&無限測距儀よ。そんな事も知らないなんて、貴女、モグリなの!?】

 知りませんよ。そんなヘンテコ装備。

【艦橋の総段数一万段と二千段。測距儀の間隔も一万メートルと二千メートル。背の高い艦橋と幅の広い測距儀という2つの観測機器を備える事で、従来の戦艦では有り得なかった『砲弾の最大到達距離 = 必中距離』を実現した夢のシステムよ。……まぁ、実際には艦橋も測距儀も自重で歪んで全然使い物にならなかった上に、私や日向の使ってる偵察機からの弾着観測や、公安警察も使ってる『鷹の目』とかの衛星照準の方がずっと安上がりで高性能なんだけどね】

 嗚呼、姉様もなんて不幸なのかしら。私とお揃いね。と妙に楽しそうな声色の山城さんはさて置くとして。
 色々と突っ込みたい所が扶桑さんのジェンガ型艦橋のように山積みなのもさて置くとして。

「それってつまり、あの塔の根元に扶桑さんがいるって事になるんですよね? でしたら、ここから主砲で塔の根元を狙い撃てばいいんじゃないですか?」
【は? 主砲? 航空戦艦がそんな不細工な物、積んでる訳ないじゃない】
「。」

 ……え?

【そんな重石なんか全部外して、浮いた分全部瑞雲の予備機の追加積載に回してるにきまってるじゃない。貴女ふざけてるの?】

 ふざけてるのは山城の方だと思います。航空機との連携による立体的な砲打撃戦とやらはどこに逝ったんですか。

『あらあら。そちらは随分と楽しそうね』

 不意に、今の今まで沈黙していた通信機から、扶桑さんの声が流れてきました。その向こうからは那珂ちゃんの『やだー! こんなの那珂ちゃんの芸風じゃないのにー!!』という叫び声が聞こえてきますが、もしかして私と同じ目にあっているんでしょうか。

『仮にも戦艦の名前を冠しているのに砲塔を外してしまうなんて……一緒にオツムも取り外しちゃったのかしら。ああ、でも、航空機用の骨素材と一緒で中身スカスカだったから取り外しても大して変わらないわね』
【扶桑姉様ブチ殺す!! 瑞雲隊、突貫!!】
≪はぁくいしばれー、おまえのようなせんかん、ルーデルしてやるー!≫
≪ここからいなくなれー!≫
≪瑞雲は、瑞雲は命なんだ! 瑞雲は、この宇宙を支えている物なんだ!!≫

 夜叉の形相と化した山城さんの立体映像が中指を勃て、彼女の航空隊の妖精さん達が絶叫すると同時に、水平線の向こう側の塔の根元で連続した爆発が発生しました。どうやら航空隊の瑞雲達が爆弾を叩き付けたようです。

【それだけじゃないわ。爆弾を投下し終わった瑞雲の一機を艦橋の根元に突き刺してやったわ! これであのジェンガ、もとい扶桑姉様の艦橋は一気に崩落するわ!!】
『ぎゃ゙あ゙あ゙あ゙ー!! 何か、何かスイカバーの先端みたいな色した瑞雲が! 瑞雲のフロートが鼻の先までー!!』

 その言葉通り、扶桑さんの塔は根元を残してあっけなく崩落し始めました。
 繋げっぱなしだった無線機の向こうから扶桑さんの『折れる……折れてしまう……これは、修理が面倒な事に……長期ドック入り……空があんなに青いのに……けれど!』という呟き声が聞こえてきました。

 ここまで見える水柱をいくつもいくつも立てながら崩れ落ちる扶桑さんの無限艦橋。その崩落のドサクサに紛れて、扶桑さんが『貴女の艦橋だけは連れていく!(CV:ここだけ島田敏)』と叫んで放った一発の砲弾が山城さんの艦橋を直撃し、削り取っていきました。

「ああ、天井が、天井が! 窓も!!」

 私のすぐ頭の上には、すごく綺麗な青空が一面に広がっています。これぞまさに魂の抜けるような青色というやつです。
 子供の頃に読んだ絵本の中に出てきた、影踏丸の見た青色というのは、きっとこれの事なんでしょう。

【ふ、ふふ……化石風情がァ!! この私を! この山城を!! この航空戦艦を無礼るなぁぁぁ!!!】

 山城さんの怒号とは裏腹に再び扶桑さんからの砲撃が再び飛来しました。ところで、航空機にせよ何にせよ、爆弾を使い切ったら補充のために戻らなくてはいけないはずですが、山城さんの、とても短い滑走路で着陸なんてできるのでしょうか。
 そして、艦橋と測距儀を破壊された扶桑さんからの砲撃はぜんぜん不正確で、山城さんから遠く離れた無人の海面に大きな水柱をいくつもいくつも上げ、その爆発と海中衝撃波に巻き込まれた無実の駆逐イ級(※ひよ子注釈:後の調査で判明したところ、例のステルス型でした)が力無く浮き上がって来ただけでした。

「【……え?】」

 ここでようやく山城さん(改二)の索敵系が反応。山城さんのメインシステム統括系が緊急事態対処要綱に従い、近隣全ての友軍に対し緊急通信(メーデー)を発信。それを受け取った帝都湾内全域に、敵襲警報が鳴り響きました。

『く、訓練中止! 訓練中止クマ! 第二艦隊即時出撃! お前ら2人は即座に帰投しろクマ!!』

 そのサイレン音が気付けになったのか、目を回して横腹を浮かべていたイ級は大慌てで私達から距離を取ると、山城さんの周囲をサメのようにグルグルと回りながら砲撃戦を開始。
 腐っても戦艦である山城さんの装甲はその砲撃に平然と耐えていましたが、肝心の反撃手段が存在していませんでした。
 山城さんの瑞雲隊は主火力である爆弾を全て使い切っており、扶桑さんの元から飛んで帰って来たのはいいものの、私達の頭上でただ虚しく旋回を続けるだけでした。
 そしてその扶桑さんの主砲は、当たるどころかかする気配すらありませんでした。

【爆弾は無い、機銃も全機ジャムったなんて、いくらなんでも不幸すぎだわ……ていうか何でチェインガンがジャムるのよ。意味分かんない……】
『当たりさえすれば駆逐艦のような木っ端如き、撃ち負けはしないのに……』
「あ、あのぅ……」
【『何よ!?』】

 山城さんと、無線の向こう側の扶桑さんが示し合わせたかのように同時に返事を返しました。
 さっきからもしかしてと思っていましたが、やっぱり仲良かったんですね。

「それでしたら、お二人で協力してみては? ほら、扶桑さんは主砲が無事で、観測手段が皆無。この山城……、さんは観測機は無事だけど武器が無い。ですので、山城さんの瑞雲で弾着確認を行ってもらえば――――」

≪あ、それむりです≫
≪とちくるって、おともだちになってもありえないのです≫
≪ところでさ『まやかすなぁ!』と『摩耶、貸すなぁ!』って何か似てると思わない? 国語の先生よォォォ≫

 山城さんの航空隊の妖精さん達に即答されました。どれだけ姉妹仲が悪いと思われてるんですか、このお二人は。

『……その提案、私は乗ったわ』
【姉様!?】
『山城』

 扶桑さんの声は、まるで変らぬ静かで落ち着いたものでありながら、不思議とよく耳に通りました。

『戦艦の誇りを捨ててもいい。火葬戦記に逃げてもいい。けれど、けれどね。艦娘としての誇りだけは、捨てちゃ、駄目よ』
【っ!】
『伊勢に負けてもいい。日向に(瑞雲への愛で)負けてもいい。でも、艦娘として生まれたからには、深海凄艦にだけは、負けちゃ、駄目よ』
【ね、姉様……私、私……!!】

 扶桑さんのその言葉の意味は、私にも分かりました。
 かつての世界大戦において、扶桑型戦艦は、あまりにも活躍の機会が無さ過ぎたと座学で学んだ事がありました。
 戦艦『金剛』のように次々と戦場を駆け巡っていたわけでも、長門さんのように被災者救援に向かった事も無ければ、その妹の陸奥さんのように、やんごとなきお方が進水式にご臨席賜れた事も無い。テレビで記者会見に出ていた戦艦娘の『大和』さんのように最新最強と言う事で温存されすぎたという訳でもない。
 ただ、本当に、活躍の機会に恵まれなかっただけの旧式戦艦。
 ただ唯一と言える実戦の機会は捷一号作戦――――あの、レイテ沖海戦のみです。
 だからこそなのでしょう。深海凄艦と戦うために蘇った今、こうまで負けたくないと言っているのは。戦艦に拘り続ける扶桑さんも、航空戦艦に可能性を見出した山城も、きっとそれぞれの方法でその答えを出そうとしているのでしょう。

【……分かったわ。扶桑姉様】

 山城は短くそう呟いただけでしたが、何度も何度も北上ちゃんやぬいぬいちゃんの戦闘中のやり取りを見てきた私にはわかりました。今、このお二人は自我コマンドで何かのデータのやり取りをしています。
 私のその予想は正しかったようで、扶桑さんから瑞雲隊とのデータリンクが確立したとの通信が入ってきました。

『ありがとうね、山城。外部ポート開放、不明なユニット群のデバイスドライバを取得、同ユニット群『瑞雲隊』を増設デバイスとして認識……コントロールパネル、同デバイス群からの観測データを最優先に設定……FCS再起動……データ受信、諸元入力……主砲、副砲、撃てぇぇぇ!!』

 扶桑さんの号令一閃、水平線の向こうから大口径の砲弾が山なりの軌道を描いて次々と飛来してきました。
 遠弾、遠弾、山城さんに至近弾、遠弾、近弾、挟差。
 当たりこそしなかったものの、今までの乱雑さが嘘のような、狭い散布界でした。

『誤差修正……主砲、副砲、もう一度一斉射!!』

 そして、都合三回目の一斉射が、とうとう回避行動をとっていた駆逐イ級を直撃し、木っ端微塵の肉片に変えてしまいました。
 ですが、飛び散った血や肉片が艦橋に空いた大穴から降ってきて、私はそれを頭っからもろに被ってしまいました。頭のてっぺんからつま先までまっ赤っ赤です。
 山城じゃないけど不幸過ぎます……
 ですが。

『やったわね、山城。貴女の瑞雲がいなければこうはいかなかったわ!』
【何をおっしゃいますか! 全ては扶桑姉様の主砲の火力があってこそです!】

 ですが、お二人の関係を修復する事は出来たようです。




 本日の戦果:

 駆逐イ級(第四世代型)×1

 有明警備府所属の比奈鳥ひよ子少佐が、第四世代型深海凄艦の内臓片および血液サンプルを確保しました。
 これにより、同少佐の発言力が劇的に向上しました。
 Team艦娘TYPEから、同サンプル群の引き渡し要求が出ています。


 各種特別手当:

 大形艦種撃沈手当
 緊急出撃手当
 國民健康保険料免除

 以上


 本日の被害:

 戦艦        『扶桑』:大破(艦橋破壊)
 航空戦艦    『山城改二』:大破(艦橋破壊)
 軽巡洋艦 『那珂ちゃん改二』:健在(ただし肉体的なものに限る)

 各種特別手当:

 入渠ドック使用料全額免除
 各種物資の最優先配給

 以上













 と、そこでお話が終わっていれば、『いい話だなー』で済んだのですけれども……
 数日後に、再び球磨さんから呼び出された私が横須賀スタジオで見た光景。
 そこには。

「扶桑姉様の分からず屋! 戦艦は国の象徴でしょう!? どうして航空戦艦だなんてパンジャンドラム並みに使っかえない珍兵器に改装しちゃったのよ!? ていうかパンジャンドラムの方が予算も味方の被害も少なくて済む分まだマシじゃない!! 今の姉様はそれ以下よ!!」
「どうして解ってくれないの山城!? 火力と装甲以外に何の取り得も無い戦艦だなんて骨董品にいつまでもこだわり続けるの!? これからの海戦は航空機との綿密かつ有機的な連携が重視される時代よ!」
「あー……ひよ子ちゃん。マジで済まねークマ……」
「あれは流れ星かな。いや、違うよね。流れ星ならもっとうこう、右手は猫の手握りで人差し指と那珂指に挟んで握ってるはずだもんね」

 そこには、バツの悪そうな顔をした球磨さんと、惚けたような表情のまま車椅子に座って壁に何事かを呟き続けている那珂ちゃん、戦艦と航空戦艦の単語を入れ替えた以外には何も変わっていない、扶桑さんと山城のお二人の姿がありました。

「「こうなったらもう、決闘よ!!」」

 何なのよ、これ。








(本日のOKシーン)



 何やかんやで再びの決闘を回避し、扶桑さんと山城さんのお二人をなだめすかして、球磨さんから謝罪代わりとして、那珂ちゃん&舞風ちゃんを筆頭とするギニュー四水戦のサインやら横須賀鎮守府もとい横須賀スタジオ特製のレトルトカレー1年分やらハズレのたわし(メイドインブイン)やらのお土産を山と持たされて、有明警備府に戻って来れました。
 なんというか、前回よりもすごく疲れました……前と違って海には出てないし、戦闘も無かったんですけど……

「ただいま戻りましたー……」
「お帰り、比奈鳥少佐。だいぶお疲れのようだな」
「お疲れのところ悪いけど。新しい提督がやっと配属されたわよ」

 そうなんですよ長門さん。聞いてくださいよ。
 そう言おうとした私の愚痴は、長門さんの隣にいた叢雲さんの発言によって遮られてしまいました。

「え。新しい方ですか?」
「そうよ。それも提督と秘書艦のどちらも実戦経験者……なんだけど、ねぇ」
「それに、大本営からのスパイの可能性も無いだろう……多分」

 実戦経験者で、スパイの可能性も無い。だったら大歓迎じゃあないですか。
 そう思ったのですが、この場に集まっていた、長門さんと叢雲さんを初めとした有明警備府の面々がそこはかとなく不安そうな表情を浮かべていたのが妙に気に掛かりました。

「……あの?」
「……まぁ。実際見てもらった方が早いわね。ほら、こっちよ」

 叢雲さんの紹介を受け、有明警備府所属の娘達が私のためにモーゼの前に広がる紅海のように道を避けてくれたその先。
 そこにいたのは、2人の子供でした。

 一人は小さな艦娘の娘でした。真っ白いマイクロミニのワンピースと、首に下げた大きな双眼鏡、そして胸元に留めた、戦艦娘の『陸奥』さんともカタツムリともつかない、奇妙な生物をレリーフにした黄金のピンバッヂが特徴の娘でした。直接見た事は無かったのですが、お話には知っていました。
 提督との超展開の成功率の低さは元より、原因不明の問題から――――どういう訳か、クローンから作ったクローンが艦娘として機能していないが故に――――大量生産が不可能な艦娘。
 そこから転じて、その娘を艦隊に有する事自体が幸運と精鋭の証であると言われている、奇跡の駆逐艦娘『雪風』

「南方海域ラバウル基地。ラバウル聖獣騎士団筆頭騎士、艦娘式陽炎型駆逐艦8番艦の『雪風』です。よろしくお願いします」

 そして、もう一人。

「は、はじめまして!」

 叢雲さんどころか大抵の駆逐艦娘よりも低そうな背丈。目深に被った白い海軍礼帽と前髪によって完全に隠された目線。
 それより小さなサイズは無かったのでしょうか、ちょっと袖周りがダボ付き気味の白いフロックコート。白ズボンも似たような感じで、裾を追って丈を無理矢理合わせています。Gパンか何かじゃあないんですから、素直に裾上げしてもらいましょうよ。
 足に履いている、ちょっとよれてほつれた白いローファーもちょっとブカブカ気味で、非常時にはちゃんと走れるのか不安になってきます。提督というのは深海凄艦からの砲撃をすり抜けて、秘書艦の艦橋まで走り抜けなきゃいけないことも多々ありますし、服装規定違反だとはいえ、靴には拘った方が良いと思います。

「じ、自分は帝国海軍、南方海域ブイン仮設要塞港所属、目隠輝少佐であります! こちらは僕、あ、いえ。自分の秘書艦の『深雪』であります!! 南方海域の艦隊再編成に伴い、こちらの警備府に配属となりました!! よ、よろしくお願いいたします!!」

 自分の秘書艦の名前を堂々と間違える、どこか変な敬礼をする小さな男の子。
 それが私の、輝君との初めての出会いでした。





 本日のNG(説明不足にも程があったので補足説明)シーン


 Q:お前航空戦艦disり過ぎじゃね?
 A:
 滅相も無い。最前線の方々からすれば、万能ツール的に活躍できるのでむしろ重宝されています。まぁ、それぞれの方面に特化した空母や戦艦には劣りますが。
 元々、超展開可能な人材の幅が狭すぎる正規・軽空母に代わる、クウボめいた機能を有する艦娘として開発されたのが航空戦艦娘および航空巡洋艦娘です。
 弱い航空戦艦娘(あるいは航巡娘)というのは存在しません。航空戦艦を使う強い提督がいる。航空戦艦を使う弱い提督がいる。ただそれだけの話です。


 駆逐艦娘『雪風』

 史実でも数ある創作でも、異能生存体やら戦闘妖精やらと呼ばれている駆逐艦娘。当ブイン世界においても大体似たようなもんである。
 世界大戦当時の乗組員達の高い練度が影響しているのか、提督との同調成功率が極端に低い事で知られる。
 当栄光ブイン世界内においては、艦娘を増産する際、あるいは生産元のスープが不足している場合、クローンを潰してスープを補充し、艤装を粉砕して得られた破片を心霊力学(オカルト)的にクローン胚に移植して艦娘を量産するのだが、この雪風の場合、その艤装(他の雪風から得た破片)を移植しても霊的に成長せず、破片はそのままでクローン娘だけが育つ、という原因不明の不具合を抱えている。
 故に、雪風の生産には江田島に保管されていた錨と舵輪を破砕した物を使用する他なく、その生産数は最初から頭打ちが見えている。
 そのため、雪風と超展開可能な提督への優先配備を除けば、雪風は高い発言力を有する提督か、そのスペックを十全に発揮できる精鋭部隊にしか配備されておらず、そこから転じて、雪風を艦隊に配備している事は精鋭部隊の証なのだと、各提督や艦娘達の間では噂されている。

 また、雪風と同じく超展開可能な人材の幅が狭すぎるという理由から、駆逐艦娘『初風』には、超展開可能な人材に対して3億円の懸賞金がかけられている。

(今度こそ終れ)



[38827] 秋雲ちゃんの悩み
Name: abcdef◆fa76876a ID:5c0f5485
Date: 2016/10/26 23:18
※いつまでたっても最新話の完成のメドが立たないので、気合入れの為に自分で〆切設定して書いた突発作品です。
※上記故のやっつけクオリティ注意。特に後半。
※相変わらずのオリ設定。
※佐世保鎮守府所属、あるいは舞風嫁の提督の方々へ。割と酷い事になってるので要注意です。




 その日、帝国海軍の有明警備府に所属する駆逐艦娘『秋雲』は、部屋の中に引きこもりつつ荒れ狂っていた。

 別に、普段のように、締め切り直前のデス・マーチで殺気立って奇行に走っている訳ではない。
 秋雲の怒声とも奇声ともつかぬ絶叫が聞こえた最初の頃は『嗚呼、ネームすらも真っ白なんだろうな』といつもの様に気にも止めていなかったのだが、窓ガラスが割れる頃になると流石に異常を感じたのか、有明警備府に詰めていた艦娘達の誰もが秋雲の自室に集まり始めていた。

「何何、どうしたの。何があったの?」
「あ、比奈鳥少佐」

 部屋の外に集結したその野次馬軍団の輪から1人外れた駆逐艦娘の『不知火』によって連れてこられた比奈鳥ひよ子少佐が、最外縁にいた一人の艦娘に声をかけた。
 薄いクリーム色をした、特徴的なセーラー服を着て、体中に魚雷発射管を括り付けた栗色のセミロングの少女――――重雷装艦娘の『大井改二』は、ひよ子少佐に向き直ると、不安に揺れる視線もそのままにぽつぽつと説明を始めた。

「それが、その……最近秋雲ちゃんがスランプ気味だったから、息抜きになるかと思って私が個展に誘ったんですが……そこから帰って来てからすぐに部屋に引きこもって、しばらくは静かなままだったんですけど、急に暴れ出して……」

 ――――っず、うお゙えぇぇぇぇん……!

 破壊音が過ぎ去り、不気味なまでの沈黙に包まれた扉の向こうから、秋雲の泣き声が小さく響いてきた。普段のように、〆切目前まで遊び呆けていた自分への無計画さに罵詈雑言をブチまけているわけでもそのついでに壁の角に頭を打ち続けてすぎて泣いた時のようでもなかった。まるで、親とはぐれた小さな子供のような、鳴き声だった。

「秋雲ちゃん、何があっ――――!?」

 その泣き声に、ひよ子がマスターキーで扉を開け、他の艦娘らと共に室内に突入する。無意識の内にに壁を背にして、有るはずのない拳銃を構えようとしたのは有明警備府の職業病だろう。
 秋雲の、普段なら整然としているはずの自室の中は滅茶苦茶に荒らされていた。
 原稿机は部屋の中央付近で横倒しにされており、その上にあった入稿可能なまでに仕上がっていたはずの原稿は全て床の上に撒き散らかされ、倒れたインク壺の中身がぶちまけられて見るも無残な事になっていた。普段滅多に使った事の無いシングル向けのパイプベッドは、秋雲が床と言わず壁と言わずに力の限り振り回して叩き付け続けたため、グニャグニャに曲がった、よく分からない前衛的なオブジェと化していた。

「うわ」
「何よこれ!?」

 締め切り前にはいつもベッドの代わりとして体育座りで仮眠をとっている回転イスも割れた窓ガラスの向こう側の海の中に投げ棄てられており、ポージングのモデル役を一身に担っているマネキン人形の『東風谷さん』も、この惨状から避難するかのように部屋の片隅の瓦礫の中にひっそりと倒れ込んでいた。
 少ない給料をやりくりして、資料として集め込んだ様々な漫画や古典小説、画集や写真集の類が詰められた本棚も、上半分のが天井にナナメにめり込んだ状態で固定されていた。
 その中に大切に仕舞っておいたはずの、ここの秋雲が一生ものの宝だと言っていた久住由良の画集『マゼンタ・ハーレム』だけは流石に理性が働いたのか、無傷で残されていた。
 見てくれと原材料はただの小娘でも、その実は生物兵器の艦娘である。それがフルパワーで暴れまわった結果にしては、相当穏やかな部類に入る方である。
 だが、普段の秋雲を知る者達からすれば、異常事態に他ならなかった。
 普段の秋雲は、こんな事をするような娘ではないのに。

「ねぇ、秋雲ちゃん。私に出来る事があったら、何でも手伝うわよ? だから、何があったのか、私にも聞かせてもらってもいいかしら?」
「……っぐえ。ぇ、っ……っ!」

 ひよ子は膝を落とし、爆心地で女の子座りをして泣き喚く秋雲に視線の高さを合わせて優しく声をかけた。
 対する秋雲は、涙と鼻水でグチャグチャになった顔のまま、何かを言おうとしてその都度詰まり、ややあって、瓦礫の那珂の一か所を指さした。
 半券の切られた、どこかの入場チケットだった。

「……チケット?」
「あ、それが私達が行ってきた絵画個展です。一年くらい前に怪我で半身不随になった佐世保の舞風が、病室のベッドの上でずっと描き続けてたんだそうです」

 個展の目玉だった、久住結良の習作『現代のメデュース号の筏』の模写と、病室天井を直接切り取って展示されてた『アダムの創造』のパロディを見て、固まってたから、何かおかしいとは思っていたんですけれど……と大井が続け、秋雲が再び盛大に泣き始めた。

「あ゙だじ無゙理゙ぃ゙ぃ゙ぃ゙~!! 絶゙対゙あ゙ん゙な゙の゙、あだじ、どんだけ頑張っでも、あんなの描゙げっごな゙い゙よ゙お゙お゙お゙ぅ゙!!」

 絵画と漫画という、ジャンルは違えども同じ絵描きとしてこの秋雲は悟ってしまったのだろう。ただのダンスバカだと思っていた舞風が秘めていた才能の大きさに。
 踊りという名の翼をもぎ取られた舞風の、ドス黒い物から限りなく澄んだ上澄みまでの、心の全てを絵筆に載せた結果である。模写とはいえ、そこに宿ったものは、同じ場所で足踏みを続けていただけの秋雲の心に、大きな衝撃と傷痕を残したのだ。

「兎に角、まずは涙拭こ? ね? そしたらお風呂入ろっか?」

 あ、叢雲ちゃん、あったかいココア用意しておいて。ひよ子は部屋の外に待機していた叢雲に小声でそう呟くと、未だにぐずり続ける秋雲の肩を抱いてその場を後にした。



 有明警備府にある艦娘専用の風呂はデカい。
 正式名称を『圧縮・保存状態の艦娘用修復培養槽』というのだがそれはさておくとして何故デカいのかというと、デカいとそれだけ一度に入れる人数が増えるからで、当警備府の旧第4艦隊にひよ子が着任する以前は――――前任の提督達がまだ3人でこの警備府を回していた頃は――――そうでもしないと間に合わないほどの回転率でいくつもの作戦を任されていた事が当たり前のようにあったからだ。
 ペーペーの新人であるひよ子少佐一人だけとなった今では、そのような目の回るような事態などまったく無くなってしまったが、風呂場は無くならずに残った。
 なので、ぐずり続ける秋雲を連れたひよ子の2人が並んで、薬を抜いて入浴剤を入れたお湯で満たされた湯船に浸かると、その端から端まで、がらんとした結構なスペースが空く。
 おまけに今現在、この風呂場もとい入渠ルームにはそのひよ子と秋雲しか入っていないため、ひどく静かで、天井付近で冷えた蒸気が滴となって床や水面に滴り跳ねる音と、2人の身じろぎで水面が揺れる音、そして、だいぶ落ち着いた秋雲の鼻グズ音だけがやけに大きく響いていた。

「……佐世保の舞風とはさ、同じシイタケ・ファクトリーの生まれで、教育用の洗脳ポッドも隣同士で出荷日まで一緒でさ。よく話してたんだ。舞風が佐世保に着任してからもオフの日が良く重なってたから、よく慰問通信の時に話したりしてたんだ。その内自分のパソコンでビデオチャットとかもやるようになって、人物のポージングモデルになってもらったり、逆にダンスの事とか教えてもらってリしてさ」
「……」
「その内、舞風が『私も漫画描いてみよっかなー』って言い出してさ。私もあの頃は、ていうか今もあんまり人に教えられるほどうまくないんだけど、それでも簡単な人物の書き方とか教えてみたり、ダンスでも使えそうな構図とかポージングとか一緒に考えたりさ、舞風はぜんぜん絵が上手くならないし、私も全然ダンス出来なかったけど、結構楽しかったんだ。でもさ、」

 でもさ、と秋雲は死人のように沈み切った口調で続けた。

「やっぱり分かっちゃうんだよ。どんなにヘタクソでも。渋ピクチャー巡りとか日課だし、参考資料で絵画とか写真とかもよく見てるし。何回か舞風の絵見てたらさ、分かっちゃったんだ『あ、こいつ絶対私より才能ある』って。そうしたら心の中で嫌な考えが育ってくんのもわかっちゃったんだ。このまま下手くそのままだったらいいのに。嘘教えて下手くそのままにしておけよ。もしかしたら舞風はわざと嘘を教えてお前をダンス下手なままにさせているんじゃないのか。って、どんどんそんな嫌な考えばっかり浮かんできてさ、自分が嫌になっちゃって。最近はもう、ペン握っても、輪郭線一つ描くのも難しくなっちゃった。目だけは肥えてるのにさ」

 一年前から何度もお見舞いに行ってたのに、舞風は絵の事は隠してた。多分未完成なのに私に見られるのが恥ずかしいからってのが理由なんだろうけどさ。そしたら突然あの個展だもん。大井さんに教えられたときは本当にびっくりしちゃったよ。と秋雲は小さく呟く。ひよ子は口を一切挟まず、穏やかな笑みを浮かべたまま秋雲に寄りそう。
 続ける。

「舞風の絵。現代のメデュース号の模写の方じゃなくて、病室の天井にロング絵筆で描いたっていう方。アダムの創造のパロの方。あれさ、アダムは白シーツ足に被せた舞風自身になってたし、神も佐世保の提督さんになってたのはどうしてって舞風に聞いてみたんだけど、何て言ったと思う?『今までお世話になった人たちへの感謝の気持ちも込めたんだよ』って、いつも通りの笑顔でそう答えたんだ。見直してみたらさ、神の後ろの1人はGペン持ってる私になってたし……」
「……」
「舞風、昔と一緒だった。絵は私なんかよりもずっと上手くなってたけど、昔のいい子のままだった」

 静かな湯の水面にいくつも波紋が広がる。その水滴の発生源は秋雲の両目だった。

「私と違って。全然。いつも心の中で嫌な事ばっかり考えてた私なんかと違って。そんな自分が本当に嫌になってさ、何とか振り切ろうとしてイラスト描こうとしたら……人の顔がさ、描けないんだよ。どうやっても。顔描こうとすると、舞風の事思い出して、指が震えて、――――」
「大丈夫よ、秋雲ちゃん」

 話すうちに再びうつむき肩を震わせ、しゃくりあげ始めた秋雲を、ひよ子はそっと優しく、抱きしめた。

「私知ってるもの。秋雲ちゃんは、自分で思ってるような悪い子じゃないって」
「でも――――」
「人間ならね。誰でもそう考えちゃう時があるの。どんなに大好きな人でも、滅茶滅茶にしてやりたい。居なくなってしまえばいい。そう思わずにはいられない時が。私にだってあるもの」
「……」
「それにね。その舞風ちゃんは秋雲ちゃんの友達なんでしょう? だったら大丈夫、ちゃんと分かってくれるわ」

 ひよ子は、心理カウンセラーでも詐欺師でもない。
 故に秋雲からすれば、ひよ子が言っている事は言葉足らずでどこか何かがズレている感があったが、それでも本心から自分の事を心配して、励まそうとしてくれている事だけははっきりと理解できた。
 だから秋雲は、消え入りそうなほど小さな声で呟いた。

「……ありがと。提督」
「どういたしまして」

 そしてその日の深夜未明。
 駆逐艦『秋雲』は、誰に見られることなく有明警備府からその姿を消した。



 数日後。

「お。はこ゚ さえ」

 死んだ魚の目の方がまだ生き生きしている。
 今のひよ子の表情はまさにそれだ。

「……どうすんの、これ」
「……どうしましょう」
「いくら心配だからと言っても、これは、なぁ?」

 およそ人のものとは思えない奇妙な発音を口の端から漏らしながら、茫洋とした視線のまま朝食の目玉焼きをお箸でツンツンと突きまわしているひよ子を尻目に、叢雲と大井の2人を初めとした、有明警備府所属の艦娘ら-1は顔を突き合わせて小声で会話していた。

「いえ。いえぷ。いえ」
「秋雲ちゃんがいなくなってからもう三日……新しく入った輝君にももう顔忘れてられそうね」
「たっだいまー! 秋雲、原隊復帰しましたー!!」

 そんな有明警備府の面々の思惑を余所に、食堂の扉が勢い良く蹴り開かれた。
 黒いリボンで纏められた栗毛色の長いポニーテール。夕雲型の制服である臙脂色のジャンパースカート。陽炎型のIFFパターン。両手で担いだ防護布でくるまれた巨大なカンバス。睡眠不足で落ちくぼみ、しかしいつもと変わらぬ、悪戯好きの子猫の様に快活な光を宿した瞳。
 この場の誰もが知っている艦娘、秋雲だった。

「秋雲ちゃん! どこ行ってたのよ!?」

 誰よりも先に反応したのは、今まで人間性を喪失していたかのように茫然としていたひよ子だった。
 詰め寄られた秋雲は、流石にバツが悪かったのか、少し言い淀んだ。

「あー……舞風んとこまで」
「それって、佐世保の?」
「うん。そう。アポなかったから鎮守府の敷地に入るまで手間取っちゃったけど、舞風の提督さんに頼んで面会許可取り付けてもらって、ちゃんと舞風と話してきた」
「どうだった?」
「やっぱ舞風、すっごくいい子だったわー。秋雲の心配、馬鹿笑いで否定されちゃったさー。だからもう大丈夫」

 その一言を聞いて、ひよ子はようやくため息をついた。

「そっか。良かったわね」
「心配かけてごめんね~、提督~。お詫びに今度、新入りの輝君とのセットでイラスト描いてあげるからさ~」
「そ。楽しみに待ってるわね……ところで、その大荷物はいったい何なの?」
「あ、これ? 舞風と話してるうちにさ、2人で何か描こうって話になっちゃってさ。2人で協力して描いてきたんだ~……まぁ、2人とも筆がノッてきた頃からスマホの電源切って集中して、病院の見回りやり過ごしつつ徹夜で描いてたわけですが。完成した頃には2人とも力尽きて丸一日寝落ちして、向こうでお説教貰って帰って来た訳ですが」

 何やってんだお前はという同僚達の呆れた視線と、今度佐世保までお土産持って謝りに行かなくちゃと頭を抱えたひよ子の事など何処吹く風で、秋雲は嬉々としてそのカンバスをカンバス台において、包んでいた防護布を取り外し始めた。
 ばさり。と布が勢いよく取り払われる。有明警備府所属の面々の視線が一斉に集まる。
 そこには――――























 遥か未来。
 帝都にある、艦娘らに関係する作品群が多数納められた、とある美術館の片隅には一枚の大きな絵が飾られている。
 額縁の下の解説には、こう書かれている。


 多くのファンが信じる説によれば、この絵画とも漫画ともつかぬイラストこそ、秋雲とんぼが脱漫画に挑戦した最初の試みの結果であるという。
 恐らく、対深海凄艦戦争当時の、有明警備府の駆逐娘であった艦娘時代に描かれたのだろう。



[38827] 【不定期ネタ】有明警備府出動せよ!【艦これ】
Name: abcdef◆fa76876a ID:dca4aee1
Date: 2016/12/18 21:40
 ※1:
 ああ、Pola、あるいはアル重よ。
 我の祈りが聞こえなかったのか。
 多くのアドミラール達にそうしたように、我の艦隊にお越しくださらなかったのか。
 酒匂と朝風と嵐と親潮のようにブイン基地に着任し、艦隊これくしょんの業を克させたまえ。
 掘りの泥沼に浸かり、最早正視に耐えぬボーキ残量……(残7でした)
 Polaよ!
 やがてこそ待とう。待ち尽そう……
 次のイベント海域を! 次の次の建造落ちを!!

(※翻訳鎮守府注釈:Arcadia海域の方言で
 ※1:
 そういえばプロト19ちゃんとの出会い編書いてなかったので書きました。時系列的には本編最終話のあたりです。
 輝君はまだ南方です。深雪もまだ生きてます。
 いつも通りの猛烈オリ設定とかあのキャラの●×▲■はこーなんじゃね? とか注意です。
 以外に優秀どころか軽巡最強の球磨ちゃんの妹が無能であるはずが無いのは確定的に明らか。
(2016/12/18初出。同、朝風と山風の名前を間違えていたため修正)
 の意)



 秋の虫の合唱以外聞こえないはずの時間帯に響くのは、大型冷凍トラックのアイドリング音。

「新潟県、寺泊(テラドマリ)泊地発、帝都の第三新築地市場行き。冷凍マグロ護送車が1、2、3、4……よし、OK。バード4よりママ・バード。バード4よりママ・バード。護衛目標の全車両のサービスエリアへの侵入を確認。全車異常無し」
『ママ・バード了解。引き続き周辺の警戒を厳となせ』
「バード4了解。交信終了(アウト)」

 月明かりも眩しい、新潟県と帝都を結ぶ高速道路。その帝都側にほど近い、とある大きなサービスエリア。
 配電制限など知った事かと言わんばかりに全力で輝くハロゲン灯によってとてもまぶしく照明された無人の駐車場。
 そこが今日の私達――――有明警備府第一艦隊のお仕事場所です。

『ひよ子ちゃーん、じゃなくてバード4ー。車両の貨物検査も終わったよー。薬物毒物危険物爆発物放射性物質指名手配犯密輸動植物の類一切無し。中身は全部出発前と同じ冷凍マグロだったよー。仕込んどいた密告タグにも変化なしー。あ。私バード5ねー。バード5』
『しらぬ……バード6よりバード4。引き継ぎの運転手たちにも異常ありません。事前に送られてきた書類の通りです。指紋、虹彩、全て機器認証を通りました』

 この作戦専用の慣れないコールサインにつっかえながらも、バード5と6――――北上ちゃんとぬいぬいちゃんが簡潔に状況を報告してきます。
 今の2人は、艦娘としての制服を着ておらず、デジタル迷彩柄の野戦服に予備弾装をこれでもかと引っ掛けたタクティカルベストを巻き付け、黒いガスマスクを被り、歩兵用の多目的リボルバー・ランチャーを手に、背中にポリカーボネート製のライオットシールドを背負って完全武装しています。
 これが有明警備府のにおける、対人制圧作戦時(※主に夏・冬コミ時に使用)の基本兵装です。ただ、改二型ではないぬいぬいちゃんはBDU(野戦服)の背中から、陽炎型艤装特有のアームが伸びて突き出していましたが。
 そんな二人の報告を片耳に仕込んだインカム越しに受けて、私は事前のブリーフィングで頭の中に叩き込んだ作戦チャートを思い出しながら、2人に次の指示を出していきます。

「了解。予定通りバード5とバード6は周囲の警戒を続行して。北か……バード5は電子索敵をメインで。川内ちゃ……バード2達が周囲の警戒に出てるし、ここまで来たら多分もう無いと思うけど、サシミ・ジャンキーとか、共生派とかの襲撃に注意」
『『了解!』』
『バード1よりオールバード。バード1よりオールバード』

 個別ではなく小隊共有の周波数で入って来た通信は小隊長のバード1――――普段は第三艦隊の副旗艦を務めている叢雲さんからでした。

『これより対象が出発する。ここから第三新築地市場までノンストップで行くからね』
『『了解!』』

 ゆっくりと発車し始めたトラックに遅れないように、私と北上ちゃんとぬいぬいちゃんの3人も、ここまで乗って来た簡易装甲ジープに急いで乗り込むと、サービスエリアを後にしました。

「バード4分隊移動開始。予定通り最後尾の護衛に回ります」
『バード1了解』

 目指すは第三新築地市場。
 そこまでこの冷凍トラックの貨物を運びきれば、晴れて私達の任務は終了です。



『急に暗くなり始めた空に声を上げ、はしゃぐ無垢な駆逐達~♪』

 トラックが走り始めてから十数分後。
 定時連絡以外の声が流れなかった小隊共有の周波数帯に流れてきたのは、バード2――――川内改二ちゃんの鼻歌声でした。

『……バード1よりバード2。今は任務中よ。集中しなさい』
『慌てふためく空母達を、余所に遠い瞳でー、夜の帳見つめてる~♪ ……えー。だってただ走ってるってだけのも退屈じゃん。せっかくの夜戦日和だったのに』
『それだって仕事の内よ。我慢しなさい』
『へーい、へい……ん?』

 無線の向こう側の川内ちゃんの声が真面目なものに戻るのと同時に、私も異常に気が付きました。
 今まで私達が走って来た無人の高速道路。その後方から、いくつものエンジン音とライトの明かりがやって来た事に。

『……バード2よりママ・バード。今現在、私らの他にこの高速使ってるのは?』
『ママ・バードよりバード2。否定。その高速道路は本作戦中、舗装工事の名目で完全に閉鎖されている』

 と言う事は、一般車両ではないと言う事でしょう。事前のブリーフィングでも私達以外の戦力は派遣されないという話でしたし。

『陽動部隊の飛龍と蒼龍、もとい、ドラゴン1と2の可能性は?』
『それも否定だ。今通信が入った。襲撃があったそうだ。全国各地の鎮守府に輸送中だった、昨年の冷凍秋刀魚を載せたトラックはIED(仕掛け爆弾)で完全に大破炎上。状況に対処中との事だ』

 有明警備府の作戦司令室に詰めているママ・バード――――第2艦隊副旗艦の戦艦娘『長門』さんが、肯定的な最後の可能性を否定しました。
 つまり、あれは敵性存在だと言う事です。
 そして、彼らが後ろから姿を見せ始めました。

 無数のバイクと、全体を長く鋭いトゲトゲで鎧った無数の違法改造車両が次々と、緩やかな丘陵の車線の向こう側から激しいエンジン音と搭乗者の奇声を引き連れてこちらに接近してきました。

「ヒャッハー! 匂いだ! It's smell!! 海の幸の香りがするぞ!!!」
「ヒャッハー!! 突然の道路工事とか胡散臭すぎるからまさかと思って拡散してみたけど、ホントに大当たりだったわー!!」
「ヒャッハハハハハハー!!! 今日この日のために申請した有給三連休が無駄にならんで良かったぜヒャッハー!」

 そんな違法改造バイクやら車やらに乗っているのは、背中にホッカホカの湯気が立つ銀シャリの詰まった大形の電池式炊飯器と巨大なしゃもじを背負った、老若男女の群れでした。
 群れの内側を分類してみても、普通の特攻服(トップク)羽織った不良学生、暇を持て余した有閑マダム、移動式ステージとして改造されたトラックの荷台の上で火炎放射器付きのギターを弾き続ける変な黒いアイマスクをした軽巡娘の神通さんのコスプレをした中年太り男性、某有名女子中学校の制服を着た女子生徒、翔鶴型2番艦の弓道着を着た加賀型正規空母娘に、冴えない中年男性サラリーマンなど、統一性など何一つ存在していない集団でした。

 慢性的な海の幸不足症候群の末期患者――――サシミ・ジャンキーの群れです。

 そんな彼らが共有するのはただ一つ――――刺身喰わせろ。ただこの一念だけです。

「もしかして、先ほどの停車中にコンテナを開けての確認中に匂いを嗅ぎ付けられたのでしょうか」
「そんなまさか。あれ全部冷凍されてたのに? そんなまさか……まさか、ね?」
「あー。バード5よりママ・バード。後方よりサシミ・ジャンキーの集団が接近中。索敵範囲内には25、30……あー、現在も増加中。ついでに電波の発信源複数。多分電話かなんかで増援かけてる。どする? もう撃っていいの?」

 北上ちゃんが、改二型で増設された強力な対人索敵能力で後方からやって来た珍妙団の詳細を露わにすると、手持ちのリボルバー・ランチャーに装填されている弾種を確認しながら指令室の長門さんに指示を乞いました。
 ぬいぬいちゃんは誰に言われるよりも前に、ジープの後部座席に据え付けてあった重機関銃の銃座に取りついて射撃許可はまだですかと呟いていました。因みに私はちゃんと前を向いて、アクセルベタ踏みで運転中です。

『ママ・バードよりオールバード。ママ・バードよりオールバード。限定的ブルースモーク。繰り返す。非致死性弾頭のみ射撃指示許可。障害を排除せよ』

 インカム越しに伝わった長門さんからの射撃指示とほぼ同時に、北上ちゃんがランチャーの引き金を真下に向かって6回連続で引き、道路を催涙ガスで包み隠しました。
 それから数秒遅れで、刺激臭と催涙煙でハンドル操作を誤ったのか、連続する『ヒャッバー!?』という悲鳴と玉突き事故の音。
 何事もなければこれで終わりだと思うのですけれど、夏コミ冬コミで毎回毎回発生している開会の拍手も待たずにフライングする男津波達はこの程度では怯むくらいしかしてくれません。
 だから、きっと、このサシミ・ジャンキーの人達も――――

「ヒャッハー!!」
「やっぱりねー!」

 やっぱり、全然数が減っていませんでした。バイクの2人乗り3人乗りや、車の外側に変な姿勢でしがみついているのが多いのは、きっと後続車両に拾い上げてもらったからなのでしょう。何気にチームワークがいいですね。
 バックミラー越しに背後を見た私の絶叫とほぼ同時に、銃座のぬいぬいちゃんが制圧射撃を開始。車の前方のアスファルトやタイヤを全く無視して、車の運転席や剥き出しのバイクライダーに弾幕を集中させています。ゴム弾だと分かっててもかなり怖い光景です。
 続けて、リロードを終えた北上ちゃんがリボルバー・ランチャーを再発砲。銃口より撃ち出されるのと同時に広がる暴徒捕獲用ネットが6つ、サシミ・ジャンキーの先頭集団に向かっていき、
 この喧騒の中でも何故かよく響き渡った指パッチンの音と同時に、6つのネット全てが空中で燃え尽きてしまいました。

「「「!?」」」

 座学の映像資料で見た事があります。
 加賀型空母は、それ特有の異常排熱に指向性を持たせた不可視の熱衝撃波をCIWSとして運用しているとかなんとか。
 つまり、あの、サシミ・ジャンキー達の先頭に立って、上半身を微動だにさせずに超高速で走り続けている、何故か翔鶴型2番艦の弓道着を着た正規空母娘こそが『加賀』その人なのでしょう。
 ……映像資料の中だと、もの凄いクールビューティだっただけに、背中に電池式炊飯器と巨大なしゃもじと『私は卑しい妾の五航戦の妹の方であって間違っても加賀様などという殿上のお方とは違うずい』と達筆で書かれた横断幕を背負ったその姿はものすごく残念です。
 北上ちゃんがリボルバー・ランチャーを再発砲。発射された弾頭は瑞鶴ちゃん(の弓道着を着た加賀さん)の前方の地面に着弾。破片を四方八方に巻き散らかして面制圧。

「じ、実弾!? そっちの許可はまだ出てないはずでしょ!?」
「空母が相手ならこれでも足んないくらいだし!!」
「北上さんの言う通りです!!」

 コールサインで呼ぶ事も忘れてぬいぬいちゃんが重機関銃で集中砲火。
 対する瑞鶴さん(の弓道着を着た加賀さん)は、何の前触れも無く3人に分裂(したかのような超高速連続ステップを)すると、爆破片を含めたその全てを回避。巻き添えを食った後方車両群が次々と脱落していくのがバックミラー越しに見えました。

「だったらこっちはどうよ!?」

 一度銃撃を止めた北上ちゃんが自分のガスマスクを剥ぎ取り、瑞鶴さん(の弓道着を着た加賀さん)と目を合わせたかと思うと何の前触れも無く、瑞鶴さん(の弓道着を着た加賀さん)は足をもつれさせ、大きくバランスを崩して後方に転がり脱落しかけ、大きく距離が開きました。

「すごいじゃない! 今何やったの!?」
「甲標的用の緊急停止コマンド! 中身ちょっとイジってレーザーで送りつけた!!」
「もう一度お願い! また来た!!」
「あいよっ……っと!」

 ですが、北上ちゃんの送りつけた即席の強制停止コマンドは自閉症モードに切り替えた瑞鶴さん(の弓道着を着た加賀さん)には届かず、とうとう最後尾にいた私達のジープの横をすり抜けてトラックの天井に取りつかれてしました。

「トラックが!」
『バード2対処しろ! 飛龍蒼龍がいない今、クウボの相手が出来るのはお前だけだ!!』
『バード2了解!!』

 そしてバード2こと川内ちゃんがトラックに飛び乗るよりも先に、瑞鶴さん(の弓道着を着た加賀さん)が、トラックの天井を握りしめて強引に引っぺがし始めたまさにその瞬間。
 私達の後方にいるサシミ・ジャンキー達よりも更に後方から、恐ろしいまでの速度で誰かがここまで走り駆けてきました。
 加賀さん(の弓道着を来た瑞鶴改二ちゃん)でした。

「こぉぉぉぉぉぉんの、おバ加賀がぁ!! 余所の鎮守府の方に迷惑かけてるんじゃああああ、ありませんッッッ!!!!」

 駆けてきた勢いそのままに跳躍し、コンテナの上で無防備に壁抜け中だった瑞鶴ちゃん(の弓道着を着た加賀さん)の後頭部に、ドロップキックが綺麗に入りました。
 その勢いで瑞鶴ちゃん(の弓道着を着た加賀さん)は前方はるかに吹き飛ばされ、サーフィンボードの要領で加賀さん(の弓道着を来た瑞鶴改二ちゃん)に頭を踏み押さえつけられたまま数十メートルほどアスファルトを削り取りながら疾走し、そこでようやく止まりました。

「大変、大変申し訳有りませんでしたぁ!!」

 そして、急停車した私達が何かするよりも先に間髪入れずに加賀さん(の弓道着を来た瑞鶴改二ちゃん)が土下座です。
 隣に座らせた瑞鶴ちゃん(の弓道着を着た加賀さん)の頭を押さえつけて一緒に土下座させてますけど、アスファルトにめり込んでますよ?

「五航戦風情が。頭にきました」
「うっさい! 余所は余所、ウチはウチでしょ! 寺泊で一番の新入りが生意気言ってるんじゃありません!!」
「……えぇと」

 どうすればいいんでしょう、こういう場合。
 土下座する2人の前で立ち尽くす私達に気が付いたのか、叢雲さん達や後方から追いついたサシミ・ジャンキーさん達も車から降りて来て一緒に困惑していましたし。
 そして、何の前触れも無く、私達は照明されました。

「「!?」」

 暗闇に慣れ切った私達の目ではこの明るさにはとても耐えきれず、思わず両手を目の前に掲げて両目を硬く瞑ってしまいました。
 そしてほんの少しとは言え目が明るさに慣れてくると、灰色の高く分厚いコンクリート製の防壁がほんの数メートル先にあったのが光の中に見え、そこから指の間を通して薄目で上に視線を移してゆくと、その防壁の上に据え付けられたいくつものサーチライトがこちらを明るく照らし出していたのが辛うじて見えました。
 無線に入電。

『あー。商品の護衛には感謝するが、関係ないコントなら余所でやってもらえんかね? もうすぐセリの開始時刻なんだが』

 私達の目的地である第三新築地市場の外隔壁の監視塔からでした。
 どうやら、気が付かない内に到着していたようでした。



「3等級のカビ抜きカツオブシ・インゴットが一本250万円とか……有り得ない、マジ有り得ない。安すぎでしょ……」

 目的地である第三新築地市場に到着してから後の事は、さして語るような事はありませんでした。
 私達を受け入れるべく隔壁が開いたので中に入り、積み荷をトラックごと受け渡して向こう側の検品担当官と一緒に中身を確認し、受領書にサインをもらってママ・バード――――長門さんに連絡を入れて帰還命令を貰った後『安すぎる』『ありえない』の二単語を延々とループし続ける比叡さんが放心状態のままお土産を警備府の年度予算で買い込み、そこでミッションは無事終了しました。
 因みに、サシミ・ジャンキーの方達は何事も無かったかのような顔をして市場の中に入り込み、全員でお金を出し合ってそこそこ値の張るカツオブシを1本購入したそうです。
 何でもこれから大鍋でお味噌汁作って皆で飲むのだとか。

『有り得ないマジ有り得ないカビの四度付けの桐箱入りも一億切ってたしマグロの中落ちが1グラム五千円てどういう事よ金(キン)と同じくらいまで値下がりしてるじゃない私が買いに行ったときは警備府の押収品保管庫の中にあったタナトニウム少しガメてこなきゃならないくらい高かったのは何だったのよだったら返せ返せ差額を返せ返せ返せ青い海を返せ返せ私の年俸2年分』
「あの、足柄さん。さっきの市場にあった商品ってそんなに安かったんですか? 私、合成品じゃない方のカツオブシって見るの初めてだったんで分からなかったんですけど」

 無線の向こうでは何故か心折れた比叡さんがもの凄い早口で何事かを途切れる事無く呟き続けていますが、そんなのは放っておいて、比叡さんと同じ車に乗っているはずのプロト足柄に聞いてみました。

『すごく安いわよー。ひよ子ちゃんが着任した頃はまだ西太平洋戦線どころか南西諸島海域も戦況が不安定だったから、小アジみたいに安い魚でも普通に一尾で一万くらいしてたのよ。遠洋漁業なんて滅多に出せなかったし。そのくせ需要だけは凄くあるし』
「ああ、どうりで。だから偉い政治家の人とかTVに出てるアイドルとかが粉末大トロとか脱法カツオブシを所持してたとかで騒ぎになってたんですね」
『そう言う事。さて! 何はともあれこれでミッションは終了ね。さっさと帰って寝ましましょ。夜更かしは美肌の大敵よ』
『私も賛成よ……けど。最近は配電供給もユルくなって来たねわぇ。もうすぐ日付が変わるのに、まだ街中に明かりが灯ってるなんて』

 叢雲さんの言う通りです。ほんの数ヶ月前までだったら配電制限で、午後八時か九時を過ぎた頃には辺り一帯が真っ暗になっていたはずなんです。
 ですが今は、ハロゲンランプの灯りが道路の両端を規則的に照明し、遠くに見える街の灯りは、少なく小さいながらも闇の中で宝石のように輝いていました。

『さ。帰りましょう。今すぐ帰れば、まだ5時間は寝れるわよ』










 3件の新着メールが届いています。
 動画メールです。


【サンプル輸送艦隊護衛】(最優先)

 送信:帝国海軍大本営
 受信:有明警備府
 本文:
(※このメールは、帝国本土内および、本土近海の全ての鎮守府、基地、泊地等に一斉送信されています)

 ミッションの概要を説明します。
 ミッション・オブジェクティブは、第三世代型の深海凄艦『重巡リ級』『軽母ヌ級』のサンプルを輸送中の輸送艦隊の護衛です。
 護衛対象である各オブジェクトへの質問は軍機ですのでお答えできません。あらかじめご了承ください。

 同輸送艦隊が輸送中のオブジェクトは、Team艦娘TYPEのもう一つの根拠地である帝都湾内のバビロン海ほたる最深部へと輸送される予定です。
 同輸送艦隊は現在、増強護衛艦隊に護衛されつつ西太平洋沖を帝国本土に向かって移動中です。

 今回は、細かなミッション・プランはありません。全てあなた方にお任せいたします。
 あらゆる障害を排除し、ミッションを完遂してください。

 ミッションの概要は以上です。
 あなた方であれば、良いお返事を頂けるものと信じております。



【潜水艦娘の排除】(最優先)

 送信:帝国海軍参謀軍団
 受信:有明警備府
 本文:

 ミッションを連絡します。
 帝都湾内に展開する、ブルネイ泊地第13艦隊所属の潜水艦娘『伊58』を拿捕、あるいは撃沈してください。

 ご存知の通り、ブルネイの第13艦隊は、同泊地の存在する南西諸島海域より産出される原油を輸送する事のみを目的とした臨時編成の艦隊です。
 ですが今回、彼らは突如として『いい加減に実戦に出せやでち!』との声明と共に武装蜂起し、帝都湾内での実弾演習という名目で同湾内を封鎖。現在もそこに潜伏中です。
 我々は、平和的な話し合いを求めておりますが、彼らは頑なにこれを拒み、攻撃的な態度を崩しません。

 このミッションは、輸送艦隊の安全を確保するための話し合いをするための示威行動です。
 暴力をちらつかせた交渉は我々の本意ではないのですが、この際仕方ありません。

 なお、排除対象の伊58はかつてのオリョールクルージングからの生還回数は9回。
 しかも、黄金月桂冠錨ダイヤモンド付き猫旭日勲章を授与された事のある、恐るべき実力者……から薫陶と訓練を施された、別の個体です。
 とはいえ、その実力は確かなものです。そうでなければ、現状況は発生していません。
 第13艦隊の主戦力である伊58が失われれば、彼女らの抵抗の意志など容易く折れ去るでしょう。

 そうなれば、帝国海軍の憂患は解消されるでしょう。
 正義のため、あなた達の力を貸してください。




【深海忌雷掃海任務】

 送信:帝国海軍兵器開発局
 受信:有明警備府
 本文:

 ミッションを説明しましょう。

 目的は、帝都湾海中に浮遊する、深海凄艦の新兵器の排除となります。
 敵新兵器は暫定的に『深海忌雷』と名付けられており、球体状の本体と4本の触手からなる、新型の生体兵器です。

 これまでに集まった情報や報告によると、これは駆逐艦や一部の軽空母のみを選択的に狙って攻撃するスマート機雷の一種であると考えられます。
 使用されている爆薬は従来の物と同じ深海凄艦由来の、二液混合式の強酸爆薬。
 触手部分が捕獲肢を兼ねた感覚野になっているらしく、触れたものに自動的に巻き付き、確実に固着させつつ本体部を圧迫。本体に内蔵されている二つの薬嚢を破裂させて液体爆薬の安定を崩した後、神経刺激によるトリガーで自爆するものと推測されます。
 随分と古臭い構造ですが、その分兵器としての信頼性はかなりの物です。誤作動や不発の類は期待しない方がよいでしょう。
 また、この触手の締め付けは極めて強力で、艦隊決戦用の駆逐艦程度なら、本体部分の爆発を待たずにそのまま圧潰されてしまうそうです。注意してください。

 これに対処する最も有効な手段は、戦艦や重巡洋艦など忌雷の攻撃対象外艦による遠距離からの砲撃による爆破処理、あるいは超展開を実行しての直接除去でしょう。
 ですが、触手部分にはクラゲやイソギンチャクなどの触手にもあるような刺胞の存在が確認されているため、超展開状態での接触はあまりお勧めできません。
 最終的にはそちらの判断ですが、あまり無理はなさらない方がよろしいのでは?

 また、帝国海軍兵器開発局はこの兵器の鹵獲に特別ボーナスを設定しております。
 可能であればの話ですので、破片だけでも持ち返っていただければそれに応じた追加報酬をお約束します。
 ……ったくよぉ、刺胞が無い珍しいの解体検査してる途中だったのにあの野郎、全部持ってきやが……あっ。

 失礼しました。説明は以上です。
 兵器開発局との個人的な繋がりを強くする、またとない機会です。
 そちらにとっても、悪い話ではないと思いますが?

 ミッションを受注しますか?
 ≪YES≫   ≪NO≫








『船が海へ向かう様にー♪ 皆いつか夜戦に出るんだー♪ できるーさー♪ 信じーてーるよー♪』
『五月っ蝿ぇーんだよ! このバカ夜戦!! さっさと寝ろ!!』
『朝の4時半はもう朝だ! とっとと寝ろ!!』
『折角瞼が重くなってきたところなのに何考えてんだこの野郎! 陸軍さんに標的艦として突き出したろか!?』

 私が毎朝目を覚ますのに使っているのは、最近買い替えたばかりのおニューの目覚まし時計(※ものすごく彫りの深い顔をした軽巡娘の阿武隈ちゃんが『アブウ! 目覚めたまえ、我が姉達よ!!』とか叫ぶ奇妙な目覚まし時計です)……ではなくて、自主的な夜戦演習から帰って来た軽巡洋艦『川内改二』の気持ちよさそうな歌い声。そして、それに熱い罵声(エール)を送る他の艦娘達の黄色い罵詈雑言です。

『空母たちが無くしてるー♪ 夜戦を今、取り戻そうー♪ 君にーもー、出来るはーずさー♪ でも♪ 僕もひとりじゃそーんなにー♪』
「んにゅうぅぅぅ……もう朝かぁ」

 寝ぼけ眼をこすり、枕元に置いてあった眼鏡を手探りで摘まんで取り、ぼやけた視界が鮮明になるのと同時に、眠気もようやくまともに取れてくれました。

『だけど君がもし、今すぐにー♪ 夜戦に参加してくーれたらー♪ We Can YASEN!! この海はー、僕達のー♪』

 提督専用に用意された個室の向こう側の廊下から、何間か離れた部屋の扉が開き、パタンと閉めた音が聞こえてきました。多分、今川内が帰って来てそのまま布団の中に潜り込んだのでしょう。
 毎晩毎晩、ヨソの部隊との砲撃・雷撃戦演習をこなし、相手の都合がつかなかったときでも、軽巡洋艦本来の姿に解展開して真っ暗な海の上での単独無灯火航行訓練。
 そうなると川内は一日数時間しか寝ていない計算になりますけど、きっと、夜戦『バカ』だから大丈夫でしょう。
 そんなことをつらつらと思いつつも、私は一度洗面台で顔を洗ってひとまず眠気を取り払った後、のろのろと着替えを済ませていきます。
 パジャマのボタンを全部外してから脱いで、もう一度全部のボタンを留めたらクローゼットの中につるしてあった空きハンガーに掛けます。パジャマのズボンも、簡単に二つ折りにしてからやはりハンガーに掛けてクローゼットの中に吊るしておきます。
 そして、クローゼットの下段棚にある下着入れの中から、今日一日お世話になるブラジャーとショーツを手に取り、入念に吟味します。見せる相手まだいないけど。

「……レース編みのアジサイ柄のパープルでバタフライ型とか、ホントに何で買っちゃったんだろう、私」

 どうしよう、足柄プロトの趣味に完全に汚染されちゃった。と独り言ちながらも、兎に角ごく普通の水色で上下を揃えてからストッキングを履き、帝国海軍通常礼装――――俗に言う肩紐付きの白い制服は一種礼装で、別物だそうです――――に着替えます。
 礼帽、メガネ、肩紐無しの白いフロックコートに同色のスカート(男性はズボンだそうです)に、帝国海軍服装基準違反の登山靴で頭からつま先までカッチリと身を固めます(軍指定のハイヒールだと上手く走れないんです。スプレーで白く塗り直してあるし、見逃してください)。
 そして本来ならこれらに加えてサーベルを佩くのですが、そんなの守っている人は誰もいません。
 何でも以前、サーベルを佩いたまま外に出たところ、偽警官として逮捕された提督さん(私のようなインスタントと違って正規の訓練を受けた方だそうです)がいたとの事で、上層部も普段なら無視してOKとのお触れを出したくらいです。
 普段の仕事着に着替え終わったら、クローゼットの横に置いてある大きな姿見の掛け布を取って、身だしなみを確かめます。

「……よし、完璧!」

 鏡の向こう側の私――――比奈鳥ひよ子少佐は、普段と変わらぬ笑顔を浮かべていました。




※2:ウオオオオ! うおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉあぁぁぁ、あおん!!!!!
(※2:翻訳鎮守府注釈:Arcadia海域での方言で『社畜が夏コミ参加なんざ出来るわきゃーねーだろーがよぉぉぉー! とか思ってたらもうお彼岸すら終わってたどころか年末でした。遅くなってごめんなさい。しかも前後編になってしまいました。本当にごめんなさい。の艦これSS』の意)

 嗚呼、栄光のブイン基地(番外編)
『有明警備府出動せよ! 19番目のプロトタイプ伊19、抜錨します! なのねー☆ の巻(前篇)』



 朝です。
 今日はお休みです!!

「……太陽が昇ってる時間まで寝られるのって、幸せぇ」

 あの輸送ミッションが終わってやって来た平和な日、略して平日です。でも私の指揮する第一艦隊はお休みです。休日です。
 そう思っていたのは私だけではなかったようで、私の艦隊の総旗艦である『北上改二』ちゃんや、そのエスコートパッケージである駆逐艦娘の『ぬいぬい』ちゃんも、私の隣で目を細めて食後のお茶をすすって幸せそうな溜め息をついています。ぬいぬいちゃんは普段通りの鋭い目つきの無表情でしたが、雰囲気はいつも以上に和やかでした。

「そだねー。昨日が昨日だったしねー。たまにはゆっくりしようよー」
「そうですね。ここしばらくは激務続きでしたし、休める時には休むべきでしょう。来月には夏コミ(※執筆開始当時は7/23だったんです。本当なんです。信じてください陪審員さん達!!)が始まってしまいますし……」
「夏コミ、かぁ……もうそんな季節なのね」

 今年は何十万人がやって来るんでしょうか。
 そろそろ私達警備担当も特別増強部隊の300人部隊を解体して、3000人部隊とかに再編成して欲しいのですけれども。
 そんな事を三人で和気藹々と話していると、ポケットの中に入れていた業務用のスマートフォンがメールの受信音を短く鳴らして再び沈黙しました。

「メール? こんな朝から?」
「んー、何々ー?」

 私の両隣から手元をのぞき込んでくる北上ちゃんとぬいぬいちゃんの体温に挟まれながら、液晶画面に目を通してみます。



【再検査のお知らせ】

 送信:Team艦娘TYPE



 メールが届いたと思ったのですが私の勘違いだったようで、またすぐにポケットに端末をしまうと、飲みかけのお茶が入った湯呑みに再び手を伸ばしました。

「……太陽が昇ってる時間まで寝られるのって、幸せよねぇ」
「そだねー。おまけに今日、私らの艦隊全休だしねー。たまにはゆっくりしようよー」
「あの、今届いたメールは見なくてもよろしいのですか?」
「本当、何にもしなくてもいい全休なんて久しぶりね。モノレールに乗ってたら駆逐二級に砲撃されたり、夜の横須賀市街で重巡リ級とお相撲取ったり、帝都湾の上で扶桑さんからの艦砲射撃の的にならなくてもいいなんて、平和よねぇ」
「思い出してみると、ひよ子ちゃん何気にアレだよねー」
「あの、メール……」

 見ていません。私何も見ていませんってば!
『3秒以上目が合うと拉致られる』だの『刃向かったら輪切りにされてホルマリン漬けにされて額縁に飾られて帰ってきた提督がいた』だのといった、とても怖い噂話がいくつもいくつも聞こえてくるような組織からのお知らせなんて、私は知りません!!
 ていうか再検査って何!? 私、いつ、どこで、何の検査したの!?

「いえ、そんな危険な所からのメールなら、なおのこと目を通しておかないと、より危険なのでは?」

 見てなかった司令官が悪いとかいちゃもん付けられたら面倒ですし。と言うぬいぬいちゃんの言葉ももっともなので、恐る恐るスマートフォンを取り出し、再び画面をタップしてメールボックスの中にあった最新のメールを開いてみました。


【再検査のお知らせ】

 送信:Team艦娘TYPE
 受信:有明警備府 比奈鳥ひよ子少佐
 本文:

 Team艦娘TYPEより再検査のお知らせです。
 先日、正式な改二型改装がロールアウトされた『翔鶴改二』『翔鶴改二 甲』『瑞鶴改二』『瑞鶴改二 甲』の4隻ですが、この度、この4隻との超展開適性検査に不備な点が見つかりました。
 各地のブラック鎮守府より確保した提督を用いた追試の結果、クウボ適性の無い提督にも、上記4隻のいずれか、あるいは複数と超展開可能な場合がございましたので、皆さま振るって再検査にご参加ください。
 検査会場は帝都湾沖、バビロン海ほたるの地下13階となります。
 検査日時、および会場へのアクセスは  こちら  のリンク先の情報をご参照ください。
 恐れ入りますが、他にも不備がございましたら、ご連絡いただければ幸いです。
 お手数をおかけして誠に申し訳ございません。


「?」

 翔鶴型空母娘の『翔鶴』と『瑞鶴』
 この二人には覚えがあります。たしか、私がインスタント提督としての訓練を積んでいた頃にロールアウトしたばかりで、今でも最新鋭空母の娘達の事だったはずです。
 私にはクウボ適性が無かったからあんまり詳しくは勉強してなかったんですけれど、たしか、超展開状態でも海の上を跳んだり走ったりしちゃうんでしたっけ。
 それと、陸上の上でも戦える数少ない例外でもあるんですよね。改二型や一部の駆逐娘、潜水艦娘達のように。

「空母娘との適性の再検査、ねぇ……」

 かつて聞いた所によると、空母娘との超展開適性を持つ提督の存在とは、油田や金鉱脈と同じレベルの希少さとの事だそうです。
 故に、空母娘との適性検査は、他の艦娘と比べるととても厳重で、私が覚えているだけでもたしか、血液検査から始まり、空母娘との二者面談、身体検査、基礎格闘技能評価の上でようやく実際に超展開の実行。
 これらを何度も繰り返した上で空母娘を初期秘書艦として配属できるか否かの判定が出たんです。私の居た第16期インスタント提督の試験の時は。
(※ひよ子注釈:因みに、私には空母娘との適性は一切ありませんでした。水上機母艦娘や軽母娘、陸軍さんのあきつ丸ちゃんも含めて)
 そんな空母娘の、再試験?
 胡散臭いにも程があります。
 あ、でもこの間の加賀さんや瑞鶴ちゃんみたいにアクション映画の主役さながらの動きが出来る娘が私の所にやって来ると考えると結構……

「そういう時はさー、詳しい人に聞いてみたら?」
「ん?」

 何気なく呟いた北上ちゃんが人差し指で示すその天井。
 そこは、我が有明警備府の第2艦隊の執務室がある場所でした。






「事実だ」

 有明警備府の第2艦隊。
 そこの副旗艦であらせられる戦艦娘の『長門』さんは短くも、きっぱりと断言しました。こちらの方を見向きもせず。
 長門さんは事務仕事のためかフレームレスの細メガネをかけて、ご自身の座高以上の標高をもつ書類山に四方を囲まれながらもノート型端末で書類を作成していました。

「なんでも、改二型になった翔鶴型には前々からクレームが付いていたらしくてな。無印や改では問題ないのに、改二になった途端に超展開が出来なくなったり、何かの罰ゲームだか卑劣な艦隊内いじめの一環だかで提督でもない輩が改二型の鶴姉妹と超展開したら成功した。といった事例が少ないながらもあったそうだ」
「クウボ適性のある奴は数が少ないし、重要な戦力だから、可能な限り不具合は無い方が良いのよ」

 その長門さんの背後の机に座っていた、第3艦隊の副旗艦の駆逐艦娘『叢雲』さんが端末のキーボードを叩く指を止め「だからね」と、付け加えました。

「だからこの際、呼べる奴は全員呼んでクウボ適性の再検査をしておこうって話になったらしいのよ。もしかしたら他にも検査漏れのヤツが出てくるかもしれないし。つまり、アンタだけが呼び出し食らった訳じゃないのよ」

 叢雲さんはそう口にすると、再び端末での書類作成を再開しました。
 頭の上でふわふわと浮いている2つの奇妙な角型艤装が端末の通信状況と連動してチカチカと明滅していましたが、もしかしてあれ、無線ルーターか何かなんでしょうか。

「だから安心して……とは言えないな。Team艦娘TYPEが相手では。おまけに我々にも急な特別任務がいくつも飛び込んできてな。大変すまないが、件の再試験には比奈鳥少佐と秘書艦の北上、そして不知火の3人だけで行ってもらうしかなさそうだ。我々第二第三だけでは到底手が足りそうにない」
「ま、何かあったとしても大丈夫でしょ。私達もこの後、ちょうど帝都湾でミッションが――――」

 何の前触れも無く訪れた停電と共に、執務室の中が薄暗さに包まれました。
 窓の外から入る夏の日差しと、叢雲さんが捜査していた端末の液晶光の明るさ、そして当の叢雲さんの頭の上で浮かぶ、角型艤装の根元のランプ光だけが薄暗い執務室の中にやけにはっきりとしたコントラストを描いていました。

「また停電? ここ最近多いわね」
「南西諸島海域から運ばれてくるはずの石油がまだ届いていないからな」
「え?」

 西方海域が完全封鎖されてるのに?
 帝国最後の生命線なのに?

「オイルタンカーがまだ帝都湾の外で待機中で、発電所まで油が届いていないそうだ」
「……オリョクル軍団のストのせいよ。あの連中、あの連中が私の4時間を……!!」

 地獄の底に居を構える大悪霊のような恨めし気な声を上げたのは、長門さんの背後にいた叢雲さんでした。
 見れば、叢雲さんがつい今まで作業していた端末の液晶画面は、何か見た事の無い青い画面が映っていました。
 そして叢雲さんの顔も、およそこの世の者ではないかのような物凄い形相をしていました。液晶からの照り返しも相まって、なおのこと恐ろしげに見えます。

「行くわよ、長門、ひよ子!! 油の一滴も持ってこないのに油売ってるモグラ共に対潜魚雷と爆雷を食らわせるわよ!!」





 と、いうわけで。
 帝都湾内での味方の潜水艦狩り&敵新兵器の鹵獲ミッションに駆り出されたという叢雲さん達に同行する形で到着しました。
 帝都湾に浮かぶ、海上パーキングエリア『バビロン海ほたる』に。

 80年代のバブル期に第二の首都島として開発がスタートし、海底トンネルと高速が出来たところでバブルが弾けてそのまま放置され、つい最近になって一般高速道路のパーキングエリアとして再完成し、対深海凄艦戦争が帝国臣民に公表されてからは海上監視施設としての役割も兼ねているという、何だか奇妙な運命をたどっている建物です。
 地上部分はごく普通の海や水平線、そこを行き交う船艦の雄姿が楽しめる、一般開放された高速道路のパーキングエリアでしかないのですが、私達軍人からすればその真髄は地下施設にあります。
 関係者以外立ち入り禁止の札がかけられた通路の奥にある防火扉をくぐり、見取り図には防災区画とのみ表記されている区画の中にある小さな通路の奥にあるエレベーターに乗ってキーコードを入力して機能をアクティブにしてから2つしかないボタンの片方を押し、数十秒間の浮遊感の後に、やはり見取り図には無い地下施設に到着すると、そこには、訓練生時代に見た事のある光景が広がっていました。
 インスタント提督の最終試験。実際に艦娘と超展開をした、初めての時。
 あの時は九十九里浜沖に浮かぶ護衛艦の後部甲板の上で、ここは薄暗い地下ですけれど、あの、そわそわとするような独特の空気は変わっていません。
 座学と映像資料の中でしか見る事のなかった艦娘の娘達。その娘達が実際に、あの奥の扉の向こうに待っているのです。

「はい。それでは時間になりましたので、これより説明を始めさせていただきますね」

 その奥の扉を開けてやって来たのは、お揃いのセーラー服を着た4人の女の子達でした。
 綾波型駆逐艦娘の『曙(アケボノ)ちゃん』『漣(サザナミ)ちゃん』『朧防壁ちゃん』『槍持ってない方の潮ちゃん』の――――第七駆逐隊の4人でした。
 ですが彼女達は4人とも市販のプラスチック製の白いホイッスルを首元に掛け、メカニカル・バイザーで目線を覆い隠してうっすらとした微笑みを浮かべていました。
 特に、ヨソの鎮守府や基地で見かけた曙ちゃんは誰も彼も怒りんぼさんな印象があっただけに、何だか不気味です。

「皆さん。本日はプロトタイプ伊19号の超展開試験にお集まりいただき、ありがとうございます」
「私はTeam艦娘TYPE」
「第七駆逐隊および、D系列艦開発担当の、行動食4号と申します」
「ここからは私の七駆がご案内いたします」

 え? 空母は?
 私が思わず『翔鶴型の再試験だと聞いていたのですが』と聞くと、周りにいた提督さん方が一斉に『こいつ何言ってんだ?』という表情で私の方に振り返りました。
 そんな私の声に反応した、メカニカル・バイザーで目線を覆い隠した潮ちゃんが手元の端末を2、3操作していたのが見えました。

「ああ。貴女が比奈鳥ひよ子さんでしたか。ミッドウェーからの生還者の。よく来てくださいました」
「残念ですが、翔鶴型の再試験会場は屋外です」
「騙して申し訳有りませんが、上から貴女はプロト19との好適性がマッハだと聞いたものでして」
「つい、居ても立ってもいられなくなってしま――――」

 その言葉に誰よりも早く反応した北上ちゃんとぬいぬいちゃんが制服の背中の内側に吊るしたホルスターに手を伸ばすよりも先に、4人の内の誰かが短く、ハッキリと呟きました。

「裏コード入力:スンリビラ・キリブ」
「「いーとーまきまき♪ いーとーまきまき♪ ひーてひーて、とんとんとん♪」」
「き、北上ちゃん!? ぬいぬいちゃん!?」

 その呟きを聞いた北上ちゃんとぬいぬいちゃんは一瞬、びくりと痙攣すると即座に直立不動の姿勢になって、無表情のまま民謡の『糸巻きの歌』を歌って踊り出しました。
 2人だけではありません。他の艦娘達も一斉に立ち上がって、やはり同じように歌って踊りだし始めました。何故か七駆の4人も含めて。

「「「いーとーまきまき♪ いーとーまきまき♪ ひーてひーて、とんとんとん♪」」」
「さぁ、御同行願います」

 再び開いた奥の扉からやって来たのは、有明警備府でもたまに見かける、黒服さん達でした。
 黒の角刈り、黒の革靴、黒いスーツの上下、黒いネクタイ。そして、黒いサングラス。
 ですがその先頭の2人だけは、先の七駆の4人がしていたのと同じメカニカル・バイザーをしており、首元に市販の白いプラスチック製のホイッスルを掛けていました。
 その場にいた提督さん達の何人かは、咄嗟に駆け出そうとしていたのですが、メカニカル・バイザーがまた一言二言呟くと、自身の秘書艦に取り押さえられてしまいました。

「そんなに急かないでください。順番にお呼びしますので、どうかこのままお待ちください」
「何でしたら、ご見学なされますか?」
「死か生体素材」
「潜水艦娘の超展開時の失敗時における提督と艦娘の致死率の高さ、皆様も何とかしたいですよね?」
「や、やだ! 離して……っ! 誰か、誰かっ!!」
『ねー? その人がイクの提督さんなのー?』

 抵抗虚しく、寄って集って私の身体を押さえつけてきた他の黒服さん達に拘束され、そのまま無理矢理立たされたのと同時に、扉の奥から声がしました。
 半開きになった扉の奥は暗く、まるで、闇が寒天か煮凝りにでもなって詰め込まれているかのような不気味さを湛えています。
 あと床にいくつもいくつも出来ているひっかき傷は何なんでしょう。
 そんな半開きの闇の向こう側から聞こえてきたのは、この不気味さにはまるで似つかわしくない、明るくて能天気そうな女の子の声でした。

「ええ。そうですよ。プロト。こちらが新しい検体ですよ」
『にひひー。初めましてなのー。イクはー、19番目のプロトタイプ伊19なの。イクでもプロトでも、好きな方で呼んで欲しいなの☆』
「え、え。あ。どうも、始めまし――――!?」

 闇の向こう側から私を迎えるべく扉を押し開いたのは、イカやタコのような吸盤が無数についた、私の腰くらいの太さの青白い触手でした。
 私だけじゃなく、背後にいた提督さん達も思わず小さな悲鳴を上げていました。
 何あれ!? あっちに居るのは艦娘じゃなかったの!?

『じゃあ早速、イクと一緒にイイコトするのねー☆』
「や、やだあああああああああ!! 離して! 離して!! 誰か、誰かあああぁぁぁぁぁぁ!!??」

 その見た目を裏切る俊敏さで、闇の中から伸びたその触手が私の足に巻き付くと、私を床に引きずって扉の向こう側へと勢いよく引きずっていきます。
 咄嗟に床に爪を突き立てて減速を試みましたが全くの無力で、私はあっさりと扉の向こう側の真っ暗闇の中へと引きずり込

『あっ』

 真っ暗闇の中で、金属質の鈍い音と衝撃が私の後頭部から鳴り響き、急に視界と意識がぐるりと回って、急にぼやけだしました。
 目と意識が闇に飲まれる寸前、その向こうから差し込んでいた蛍光灯の明るさだけがやけに印象に残っていました。












「「「いーとーまきまき♪ いーとーまきまき♪ ひーてひーて、とんとんとん♪」」」

 瞬き1つ自由にできないまま、ひよ子の秘書艦である北上改二は焦っていた。少し前に、不知火とひよ子から改二となった自身の異常の事は聞かされていたというに。
 対人戦争に特化している改二型には、本人にも認識できてない機能があると。
 そして艦娘とは、どれだけお綺麗に言い繕ったところで兵器だ。それも自由意志を持った、極めて強力な。
 だったら、改二ではない艦娘も含めて、人類に反逆した際にボタン一つで叩き潰せるような、そんなプログラムが全ての艦娘に秘匿内蔵されていてもおかしくはないというのに。

「「「いーとーまきまき♪ いーとーまきまき♪ ひーてひーて、とんとんとん♪」」」

 身体は動かないのに酷使し続けている筋肉や瞬き出来ずに乾き始めた目の痛みだけはご丁寧に伝わってくる。反射も制御されているらしく、目に大きなゴミや汗が入っても瞼は1ミリも動かないし、筋組織は痙攣1つ起こさない。
 瞬き1つ自由にできないまま北上は思う。糞が、このプログラムを書いた奴は最低最悪のサディストだ。見つけたら40門全部の酸素魚雷をそいつの尿道にスクリューからねじ込んでやる。

「「「いーとーまきまき♪ いーとーまきまき♪ ひーてひーて、とんとんとん♪」」」

 おまけに自我コマンドが受付拒否されている。システム各所にこびり付いた僅かな空きリソースをかき集めて何とか対抗プログラムを組んだまでは良いものの、こんな簡単なループコマンド1つの強制終了も出来やしない。
 反撃に使えそうなプログラムやソースコードはいくつか見つけたのだが、電子免疫系すら正規の制御から離れている。そうなるとゲートウェイで止められるから流せないし、どうにかして流しても間違い無く自分ごと消去(デリ)られる。
 何か、何かコマンドを流すための切っ掛けが一つでもあれば。

「「「いーとーまきまき♪ いーとーまきまき♪ ひーてひーて、とんとんとん♪」」」

 瞬き1つ自由にできないまま、ひよ子の秘書艦である北上改二は他の艦娘達と同様に無表情のまま歌い、踊り続ける。
 来るかどうかも分からない好機を待ちながら。








 潮の臭い。ちゃぷちゃぷとした微かな波打ちの音。
 意識を取り戻した私が最初に気付いたのがそれでした。

「ぅ……ぁ……」
『あ、気が付いたなの……大丈夫?』

 ゆっくりと開いた目にまず入ってきたのは、横倒しになったコンクリートの床。電灯の薄暗いオレンジ色。静かにたゆたう水面。
 そして、そこに浮かんでいる大きな鉄の塊。

『ごめんなさいなの……イク、ちょっとはしゃぎ過ぎちゃったなの』
「こ……こ、は……?」
「バビロン海ほたるの最下層、ウェルドックですよ」

 後頭部からの響くような痛みを堪えながら、横たわったままの姿勢で何とか後ろを振り返ってみるとそこには、黒服さんが二人立っていました。
 七駆の4人と同じメカニカル・バイザーを掛けていた事から多分、先程のTKTの人なんでしょう。
 ズキズキとした痛みで霞んだりぼやけたりを繰り返す視界でそう思っていると、今度は前の方から七駆の4人の声がしました。

「いやはや。ご無事で何より」
「先程手すりの角にぶつけた傷が思ったよりも深く、今まで意識を取り戻さなかったのでこのまま進めようかどうしようかと思いましたよ」
「しかしプロトの体液、薬品の添加率を変えるだけで止血剤の代わりにも使えるとは新発見ですね。脳がとてもよく見える深さでも完全に血は止まっているようですし」
「それに拒絶反応も無し……これは、予想以上の適性率ですね。貴女とプロトはもしやするとあの伝説の、プロト古鷹とそのテストパイロット並かもしれません」

 軍上層部もたまには正確な情報を渡してくれるものですね。と七駆の誰かで呟いていました。

「さて。ではそろそろご説明いたしましょう」
「今回開発に成功したプロトタイプ伊19号。その開発コンセプトですが」
「色々実装してみたかった新技術をいくつか。あとついでに超展開失敗時の死亡率の低下。これに尽き申します」
「ご存知の通り――――」

 ご存知の通り、潜水艦娘との超展開は失敗すれば提督もろともに死か生体素材かの二者択一。
 しかも数字では表せない要素が多分に絡んでいます。とTKTの人は喋り始めました。
 単語一つ一つの意味は分かるのですが、後頭部の痛みが段々と強くなってきたせいか、文章として上手く理解できていないような気がします。

「私の本体や各地の提督達を使った、初期の予備実験では先天的な適性の他に――――」
「――――などの 好感情が後天的な適性値に関係して いるのは 確実で――――」
「また、潜水艦娘との特殊な超展開方法は 軍事だけでなく、医学、材料工学にも応用が――――」
「――――。――――、――――」

 何か言っているのは理解できるのですが、また、後頭部頭が痛くなってきて、声と意識が 遠くに 遠く ……

「――――故に、消去法で性的快楽の爆発的な増大が潜水艦娘との超展開適性を大幅に上げるのだという結論に至りました」
「はい?」

 遠くから帰ってきました。

「ですから」
「潜水艦娘との超展開失敗時における死亡率の高さには、生まれ持っての資質の他に」
「人と艦娘という、お互いに明らかな異物への拒否感や嫌悪感といったマイナスの感情に左右されているのでは。という仮説に辿り着いたのです。消去法で」
「だから、戦略シュミレーション系のエロゲみたいにヤることヤっちまって好感度爆上げでステ補正がウハウハで薄い本が厚くなって夜のオカズがメシウマなのです」

 メカニカル・バイザーに隠れて表情は窺えませんでしたけど、この最後に喋ってた漣ちゃん、もしかして自我戻ってませんか。左右の握り拳の中から親指を突き出すとか下品な事やってますし。

『じゃあ、早速イクちゃんの中にご招待なのねー☆』

 目の前に鎮座する鉄の塊――――プロトタイプ伊19ちゃんの、潜水艦本来の姿の上部にある気密ハッチがひとりでに開き、私の体が勝手に立ち上がってそちらに向かって勝手に歩き出しました。

「え、ええ!? なな何で!?」

 私の体が勝手に動いたと思ったのですが、抵抗しようとして思わず腕を動かそうとしたら、腕は動いても服の長そでの部分で壁にでも押し付けたかのように止まってしまいました。
 いつの間にか服に細工――――というか別物に着替えさせられていたようです。私、ズボンなんて履いてませんでしたし白い手袋もしてなかったはずですし。
 ですが、一見ただの服に見えても、中身はただの服ではなかったようで、私がどれだけ力を込めて抵抗しようとしても全く歯が立たず、操り人形か何かのようにひょこひょこと歩き続かされました。

「プロト19と超展開する提督のために制作した、専用のパイロットスーツです」
「潜水艦娘との超展開に失敗した提督の方々から得られた生体素材100%です。どうですか。とても肌に馴染む感触でしょう」
「プロトには鈴谷改で得られたデータからフィードバックされた新技術や、潜水娘を運用している各地の提督からの意見が多分に反映されておりまして」
「その触手服は、最大六ヶ月間にも及ぶ超展開中の間、排泄や洗浄などの各種生理欲求を解消する目的の他、プロトとのデータのやり取りを楽にするための装備です」
「しょ、触!?」

 何やら不穏な事を呟く七駆の4人と黒服の2人に見送られ、私の体は――――正確に言うと私が来ている礼服モドキは――――勝手に潜水艦のハッチに取りつき、そのままするりと中へ入っていってしまいました。
 最後の抵抗とばかりに頭を振った際に見えた、先ほど私が倒れていた場所に大きく広がる赤黒い染みがやけに印象に残りました。
 そして、ハッチが独りでに閉じられ、艦内が真っ暗闇に包まれると同時に通路の電灯が自動的にオンに切り替わりました。

(……あれ? 普通?)

 薄暗いオレンジ色の光に照らし出されたプロト19ちゃんの艦内は、いたって普通の狭さと金属質でした。
 でしたら先程の触手はいったい、どこから伸びていたのでしょうか。

【じゃあ、艦長席座ったら、早速始めちゃうのね~☆】
「ひゃう!?」

 艦長席に強制的に座らされた途端、天井から太いビニル製の蛇腹筒が伸びて来て襟の内側に潜り込み、ブルリと震えたかと思うといきなりヌルヌルとした冷たい何かを吐きだし始めました。

「つ、冷!? 冷たッ!? 何これッ!?」
『鈴谷改にも使われているDJ物質ですよ』
『艦載機の操作や艦内操作の大幅な効率化にはこれが最適解なのです』
『これが全艦娘に実装された暁には、単独で艦娘を運用する提督達の負担も、艦娘自身のストレスも、大きく軽減する事が出来ます』
『今は夜間ではないのでだいぶ粘性は低いはずですが……どこかお気に召さなかった点でも?』
「大ありですっ!!」

 潜水艦の外にいる6人――――黒服さん2名と第七駆逐隊の4人が、メカニカル・バイザーで隠れた視線の下、一糸乱れぬアルカイックスマイルを浮かべているのがここからハッキリと見えました。
 ……え?
 その違和感に気付くのと同時に、外にいる6人のうちの1人が、手にしていた連装砲で私の表皮装甲を軽くこするように砲撃してきました。

「痛っ!?」
『どうやらきちんと繋がっているようですね』
『超展開はおろか、艦内モニタすら起動していないはずですね。ですが、見えていますし、触れた事にも分かっておられる』
『これがDJ物質。深海凄艦由来の新物質です』
『ですが充填開始直後から感覚野を、しかも無自覚にリンクするとは……これは、本当に匹敵するかもしれませんね』
【じゃあそろそろ、始めちゃうなのねー☆】

 私が何か言うよりも先に、私のすぐ隣の虚空にイクちゃんの立体映像が現れ、服に操られて動けない私に向かって――――






























『はうあっ!?』
『! どうした秋雲、敵襲か!?』

 ちょうどその時、帝都湾海上では有明警備府に所属する第一から第三艦隊までに所属する全ての艦娘(※ただしひよ子の護衛に回った北上と大井、および輸送艦隊の護衛に向かっている娘らは除く)が総出で掃海作業を行っていた。
 未だに復旧の終わらぬ海中警戒システムの間隙をついて帝都湾内に侵入してきた潜水カ級らが敷設したと思わしき新型の生体兵器――――帝国海軍仮称『深海忌雷』の除去と、同湾内で実弾演習中(という名目で同湾封鎖テロ真っ最中)のブルネイ泊地の伊58号らの排除のためである。
 この二つをどうにかしないと湾外で待機中のタンカーがいつまで経っても入港できず、最悪の場合はそのカ級に沈められる危険性があるからで、もしもそうなってしまった場合、帝国の国際的な信用は坂道を転がる石の様に急降下する(※帝都湾内で敵の潜水艦がやりたい放題という時点でもう国際的な信用度の大小なんぞお察しだが)だろうし、ついでに帝国内の電力事情も再び坂道を転げ落ちるようにして悪化するからである。
 つまり、物理的な意味でも政治的な意味でも、帝国の明日が明るいか否かは彼女達――――有明警備府の艦娘らの双肩に掛かっているのだ。
 いるのだが。

『な、何か今、何か今! 秋雲は今、現在進行形でイラスト描きとして最高のネタを見逃している気がするッ!』
『……じゃあ長門。さっきの打ち合わせの通りに行くわよ。各艦も再確認するから聞いて。まずは忌雷から片づける。ブルネイのモグラ共は見つかったらでいいわ、気が乗らないし。私と秋雲達が囮と本命。アクティブソナーで随時索敵して、近寄って来たのを片っ端から魚雷と爆雷で片付ける。海上付近に浮かんできたら長門達が精密砲撃。OK?』
『了解している』
『にしても、何か今日は波が高いわね。湾内で無風なのに』
『あああああ焦燥感、焦燥感が! ディ・モールト(とても)! ディ・モールト焦燥感ンンン~ッ!!』

 彼女達の全員がその事実をキチンと自覚しているかどうかは、息を潜めた潜水艦の居場所と同じく、誰にも分からない。

『はいはい。それじゃあ各艦、作戦の通りに展開してちょうだい』
(叢雲)

 叢雲の意識の片隅に、長門からの秘匿通信が入る。
 回線を開く前に裏コマンドを入力。
 システム資源の空き容量の一部を切り取ってデーモン領域を作成。通常のログとは別個に管理されており、移動も書き換えも不可能なはずの秘匿通信ログの記録先を専用の不揮発記録領域からそちらに変更させる。デーモンを削除すれば、そこに記録されているログもまとめて消える。そういう寸法だ。

(いきなり何?)
(やはりおかしい。今朝の比奈鳥少佐達の事だが……あれを見ろ)
(どれよ)

 長門がオープンチャンネルで起動していた光学デバイスの映像に叢雲がタダ乗りする。
 拡大ズームされたその先には、四隻の大型空母と、その甲板上に並んで待機している無数の人影があった。
 今日まさに行われているという改二型の翔鶴型空母姉妹の超展開試験、その試験会場である外洋へと移動中の一団の姿だった。

(何よ。試験用の鶴姉妹じゃない。あれがどうかしたっていうの?)
(……比奈鳥少佐の姿は、どこだ?)
(え?)

 範囲を生贄にして得られた倍率と解像度の先には、甲板に立っている人々の表情まではっきりと見えた。
 そして長門の視覚からでは、どこにも、比奈鳥ひよ子少佐の姿は確認できなかった。

(もしかして艦内にいる……訳ないわよね。超展開試験の際は、不正防止のために試験開始直前まで艦内は原則立ち入り禁止だし)
(今、あの翔鶴達に質問信号を送った。これから九十九里沖に出て、それから試験開始だそうだ。試験者情報は機密扱いだから取得できなかったが、少なくとも、バビロン海ほたるには一度も寄っていないそうだ)
(どういう事……まさか!?)

 何かに気が付いた叢雲が北上達に警告を発すべく通信を繋げようとしたその瞬間。
 叢雲の索敵系にhit. 数1。掃海任務中は定期的に発信しているアクティブピンガーに反応。叢雲の真下、深度10メートル前後からだった。
 事実上の密着状態だった。

『ッ!?』

 ここに来る直前に打ったアクティブには何も引っかからなかったのに。
 驚愕で一瞬頭の中が真っ白になった叢雲だったが、痙攣と同じメカニズムで自我コマンドを入力。無駄と知りつつも左右のスクリューを全力で回し、デコイをありったけ四方八方の海中にぶちまけた。
 そしてそこまでやってようやく、叢雲は、己の真下にいる物体が深海忌雷でも魚雷でもない事に気が付いた。
 葉巻を二つ、横に並べて溶接したかのような形状をした金属塊。
 重雷装艦娘や潜水娘などの一部の艦娘専用の艤装。かつて役立たずのレッテルを張られた骨董品を、現代技術を用いて徹底的に再開発した特殊装備。
 同艤装内のAIストレージ内にコピーされた妖精さんの人格データによって運用される遠隔操作艤装『甲標的 甲型』だった。

「……へ?」

 呆気に取られた叢雲らの事など知らぬとばかりに、その甲目標から低出力のアクティブソナーが規則的に発振される。
 二回と一回のピンガーの組み合わせで出来たモールス信号は、要約するとこう告げていた。

【こちらブルネイ泊地、第13艦隊所属、艦娘式伊号潜水艦『伊58号』である。当艦は現在、当海域内にて実弾演習中である。被雷の危険性があるため、即刻退去されたし】
『あ……』

 対する有明警備府の面々は、一瞬呆けていたがすぐさま気を取り戻すと即座にアクティブソナーで返答を打った。

『こちら有明警備府、第二艦隊副旗艦『叢雲』である。当海域における実弾演習の報告は受けていない。また、貴艦には大本営より手段無用での捕縛命令が出ている。即座に武装解除して原隊復帰せよ。今ならまだ間に合う』

 最後に付け加えた一言は、叢雲の本心である。
 分からないのではないのだ。自分がもし、ただの一度の戦闘をする事も許されず、輸送船の代わりとしてのみ――――しかも他の方法があるにもかかわらず――――そう使われたとしたら。
 そこまで考えて叢雲は、探照灯をブンブンと左右に振って頭の中の妄想を振り払い、自我コマンドを入力。
 アクティブをいつでも打てるようにスタンバイし、パッシブソナーを最大感度で再起動。続けて妖精さん達に命じて、甲板上の各所に配置されている汎用投射管の中身を半分だけ支給品の汎用爆雷から有線誘導式の対潜魚雷に入れ替える。続けて艦隊データリンクの設定を変更。各僚艦から送られてきた海中雑音データは一度に叢雲自身に転送させ、優先で処理した後に各艦に返送するようにプロトコルを変更。

『ご厚情痛み入る。されど、当艦にはこの海域を離れる意思は無い』

 どうやってもそっちに回せるシステム資源が足りないから無理。と、艦としての『叢雲』のメインシステム統括系よりブーイング。
 だったらデータの処理は長門にやってもらえば良いじゃないという考えから、艦娘としての叢雲は音響解析用のプログラムをコピーして長門に転送。長門の索敵系にプログラムが着床した事をデータリンクで確認すると、未処理データの送信先を自身の索敵系から長門のそれに変更させる。
 そして最後に、自身の索敵系を全力稼働させ、海流のうねり1つたりとも変化を聞き逃さないようにする。
 ノイズフィルター越しに聞こえてきた途切れ途切れの海中の音は、海上の波と連動しているかのように普段よりも若干激しく、荒立っていた。
 複数隻からの立体的な音響データ解析の結果、海底付近に、どう解釈しても自然物とは思えないラグビーボール型の巨大な金属塊の反響音が一つあった。
 叢雲のメインシステム戦闘系が確実なロックオンを完了したと、短い電子音で告げる。
 叢雲に設置されている汎用投射管の内、爆雷の詰まった半分は上を向き、対潜魚雷の詰まったもう半分は下を向いていた。

『当艦は第十三次オセロ海戦当時の戦時急造艦である。されど、処女航海は同海戦終結後なり』
(……!!)

 第十三次オセロ海戦。
 オセロ海とは、東部オリョール海がまだ最前線中の最前線かつ最終防衛ラインの1つであった頃の呼び名で、敵味方の支配権がクルクルと入れ替わっていた事から、当時の将兵らがそう呼んでいただけの事である。
 そして件の第十三次とは、同海域で行われた人類側勢力と深海凄艦側勢力との最終決戦であり、叢雲たちが知る中ではおそらく、もっとも短く、もっとも苛烈だった戦いである。
 あの広くは無い海に、当時深海側の最終兵器とまで謳われていた戦艦ル級と、ようやく不明から空母へと改名されたばかりのヲ級がそれぞれ10隻単位で投入されていたし、人類側からも当時最新鋭の艦娘だった『伊勢』と『日向』はもちろんの事、人間性や機能を限界まで削り落としてまで量産性を高めた戦時急造艦娘――――と書けば聞こえはいいが、要は心身共に粗製乱造品の艦娘だ――――を無数にバラ撒かなければならないほどの熾烈な戦いだったそうだ。
 そんな海域に放り込まれたら、少なくとも、今の有明警備府のメンツで生きて帰って来れるのは片手で足りるだろうなと叢雲は思う。負けるとは微塵も思っていないが。

『当艦は、戦うために生まれてきたはずである。我に生を。敵に死を』

 その短いメッセージから交渉決裂の気配を感じ取った叢雲は、我に返ると同時に自我コマンドを入力。

『馬鹿野郎が』

 空中高く放り投げられた爆雷が着水する音に合わせて、魚雷誘導用のワイヤーを静かにゆっくりと垂らし、対潜魚雷のロケットモーターを眠らせたまま静かに海中に降ろす。
 海底付近の金属塊付近へと着地した爆雷群が、一斉に爆発を巻き起こす。








「ぉ、ぉあ……へ、へひ……」

『そろそろ良い塩梅ですね。では最後の駄目押しとして』
『プロト。今までのプロト達と同じ様に脳に電極を。彼女と貴女ならきっとやり遂げてくれるはずです』
『大変都合の良い事に、頭蓋骨に穴を開ける手間が省けましたしね』
『ああ、それと、血止めに使っていた粘液は剥がしてしまって構いませんよ。すぐに超展開に移ってもらいますので』
【はーいなのねー☆】

 上から何か、頭の後ろに……下りてきて……も、だめ。何も考えられな ひ。

【さぁ、イクのお手てと針でチキチキしてあげちゃうのねー!!】
「ぉう゚っ」
『ですがプロト。今までのプロト達のように、あまり書き換え過ぎてはいけませんよ』
『嫌悪感や拒否感などのネガティブな感情は、多すぎてもいけませんし、全くの0になってもいけません』
『全てはバランスです。さもなければ、今までのプロト達と同じ結果になってしまいますからね』
『いくら保存が効くとは言え、生体素材は長期間冷凍すると鮮度も性能も著しく低下してしまうのです。気を付けてくださいね』
【分かってるのね☆ だから針をこことここに、この深さと角度で微電流を流すとぉ~……】
「あっあっあっあっ~~~~~~!!」
【ほら、強制稼働した報酬系がエンドルフィンでドーパったのねー☆ 何だかイクもアドレナっちゃいそうなのね☆】

 あ、頭が クラクラ 、して……目も、回っ て 舌もしひれ…て……
 れ、れも、チョッピリ……

『プロト。お楽しみ中の所すみませんが、そろそろ……』
【はーい☆ それじゃあ提督さんもー、イクの後に続いてー、こう言って欲しいなのー☆】

 チョッピリ……気持ち、い い……



【プロトタイプ伊19号、超展開なのー☆】
「ぷ、ぷろとたいふ いきゅ、ひょ、ひょうてんふぁい……」

 その一言と同時に、全てが劇的に変わり始めました。
 目の前の鉄が、機械が、熱したオーブンの中のバターのように溶け、私の服も溶け。
 そして、私の体も。
 皮膚が、伸ばした腕が、指が、爪が、骨が、視線すらもが音も無くドロドロにとろけて滴り落ち、

【にひひー、見えてきたなの。こっちが提督の記憶なのねー☆】
「……」

 そして、最後に、私という意識すらも――――










 北上が待ち望んでいたチャンスは、意外にも早く訪れた。

「いーとーまきまき♪ いーとーまきまき♪ ひーてひーて、とんとんと――――!?」

 遠雷にも似た突然の衝撃が床を大きく揺らし、北上達が大きくバランスを崩したのだ。
 自らの意思では瞬き1つできないまま踊り続ける北上は頭から床に転倒。盛大な音を立てて転がり、その状態でなお踊り続ける。
 そして予期せぬ物理的な衝撃でシステムに一瞬エラーが生じ、即座にエラッタされて北上は倒れた姿勢そのままに再び踊り始めた。
 システムの片隅に追いやられた北上には、十分すぎるほどの好機だった。
 エラーによって生じた数ミリ秒未満の間隙を縫って、なけなしのシステム資源を使って作成しておいた抗体プログラムを放出。
 抗体プログラムとは銘打ってあるものの、肝心のウィルス定義はただ一つ。例の無限ループコマンドの消去のみに特化したある種の攻勢プログラムである。おまけに乗っ取られた電子免疫系が消しにかかっても、それ以上の数と速度で増殖を続けながらループコマンドを消しにかかるように記述されている。どっちが電子ウィルスか分かったもんじゃあない。
 そして千のコピーが消される端から生み出された千五百のコピーがとうとう無限ループのコマンドをシステム群から完全に消し去るのに成功すると、今度はシステムの空き容量内に退避していた北上が猛然と反撃を開始。今しがたの抗体プログラムを新定義のウィルスと認定した電子免疫系がデリートを開始。コピーを続けてしぶとく抵抗を続ける抗体プログラムを完全に消去しきるまでの0コンマ数秒未満の時間を使って、メインシステム統括系に接続。
 今のエラーを錦の旗として、TKTのプログラムがあのような単純なエラーを生じるなどありえない。故に今の裏コマンド群およびシステム内に居座り続ける最上位属性持ちのコマンド群は悪意ある第三者からのクラッキング行為であると上告。
 そして、メインシステム統括系が真偽を確かめるべく裏コマンド群に質問信号を送った隙をついて北上は甲標的運用プログラムにアクセス。通常ならこちらも裏コマンド群の支配下にあるはずだが、今は不明なプログラムとして放置されていた。どうやら先日、暴走する加賀を止めるべく緊急停止コマンドの部分を弄ったのが引っかかっていたらしかった。今の北上にはこれ以上ないくらいの幸運だった。再び甲標的運用プログラムの緊急停止コマンドの停止対象部分を再び書き換える。

 実行(ラン)。

 裏コマンド群および各通信系をフリーズさせる。裏コマンド群のみ再起動。再びフリーズ。やはり裏コマンド群のみ再起動。
 この無限ループにも似た繰り返しを、システム統括系は予期せぬエラーと断定。これ以上のシステム資源の浪費を避けるべく、裏コマンド群全ての実行を一時中断。艦体の支配権を北上に一時返還させる。
 傍から見ていると、倒れたまま淀みなく歌い続け踊り続けていた北上の声と動きが段々とぎこちなくなり始め、最後には『だっしゃおらー!!』と普段の北上を知る者からすれば信じられないような謎の奇声を上げて硬く握った拳を天に振りかざしつつ立ち上がったようにしか見えなかったが、結果が全てである。
 北上は無事に艦体とシステムの支配権を取り戻した事を確認すると、通信系デバイスを再起動させずに、ソフトだけを適当にでっち上げた疑似情報に繋げると、ここにはいないひよ子に向かって通信を繋げる。
 フリーズさせたままの通信系が反応するはずも無く、当然接続は失敗した。続けて僚艦、有明警備府、最寄りの友軍、登録されている全ての基地泊地の類に接続Callを送る。
 フリーズさせたままの通信系が反応するはずも無く、当然、全ての接続は失敗した。
 同様の手順を正副予備3系統の回線を通じて繰り返す。当然のごとく全て失敗。
 その全ての通信途絶を、メインシステム統括系は後方を含めたすべての友軍勢力が北上1人を残して壊滅、あるいは撤退したと判定。
 残された艦娘としての北上に無制限・無期限行動を承認し、今まで北上を縛っていた全てのシステムロックが光の速度で次々と外されていく。

【メインシステム統括系より最優先警報:状況D0発令。D0発令に伴い、シリアルコード『SIMEJI_Factory/CLT-KITAKAMI_2.88β/km-ud/20140725-00022110/GHOST IN THIS SHELL.』当該個体に関する行動の全てを承認し、全てのシステムロックを解除します】
【状況D0発令に伴い、メインシステムは全てのシステムロックを解除。解除後に通常モードを終了し、対人戦争モードで再起動します】
【システムを終了します... ... ... メインシステム、対人戦争モード起動します】

 許可が下りた事によって不可視属性が解除されたファイル群の中に、対人兵装の1つである『甲標的 乙型』があった事に気が付いた北上は即座にそれを実行。
 立ち上がり、デバイスを起動し、周囲で未だ踊り続ける艦娘らに視線を合わせるとレーザー接続。
 問答無用で彼女らの身体を奪っていた裏コマンド群を蒸発させると、その空席に割り込む形でシステム全体を乗っ取る。それから裏コマンド群に上書きされたデータやシステムの優先処理順位を一度デフォルトに戻してから開放。
 裏コマンドから解放された艦娘らは、疲労とストレスから一斉に倒れ込み、それぞれの提督に咄嗟に支えられた。
 その中の一人、ぬいぬいもとい不知火がふら付く頭を抱えて立ち上がろうとし、力無く膝をついた。

「う……北上さん、すみません……」
「いいっていいってー。ぬいぬいちゃんは少しそこで休んでなって。後はこのハイパー北上様に任しときなってー」
「だから、私は 、ぬいぬいなどではなく、て、ですね……兎に角、提督を、お、お願い、しま……す……」

 不知火がうつぶせになってずるずると力無く崩れ落ちる。やがて小さな寝息が聞こえ始める。
 無理も無い、と北上は思う。色々と強化されているはずの改二型の自分でもようやく立って歩けるだけなのに、改型とは言え初期の駆逐艦娘では負担が大きすぎたのだろう。

「あ、そこの提督さん。ちょっとこのぬいぬいちゃんの事お願いしますね?」
「あ、はい」

 護衛と思わしき青葉を抱えたその提督の顔を覗き込み、ライブラリの中にあったその提督の情報を照合しつつ北上が言う。この顔には見覚えがあった。
 確か、自分がまだ改二じゃなかった頃にやった演習先の提督だったはずだ。夜間の臨時編成の電車でかなり遠方まで出向いていったからよく覚えている。

「き、君はどうするんだ?」
「ん? まー、あたしはアレよ。アレ」

 あのクソ共から提督取り返してくる。と、北上は普段から浮かべている気の抜けたような表情を全て消し去ったまま、その提督に返事をした。
 そして、あの巨大な触手が現れた闇へと通じる鉄製の扉に手を掛けたその瞬間、連続した轟音と衝撃が駆け抜ける。思わず足を取られてふらつく。

「「「――――ッ!?」」」

 北上達が驚愕に包まれるのと同時に、バビロン海ほたる全体が不吉に震え始め、天井から埃やら砂やら、あからさまに外れてはいけなさそうな細かいネジやボルトやらが落ち始めた。
 それに構わず北上は扉を蹴って奥へと急ぎ始める。
 北上には、今起こっている事が何一つ信じられなかった。
 TKT最後の砦として再建設されているはずのここ、バビロン海ほたるの地下茎構造が崩落し始めている事も、
 外の海上にいるはずの叢雲達との通信が取れないままでいる事も、
 改二型となって大幅に強化された北上の索敵系が、この扉の向こう側に深海凄艦の反応が突然出現したと告げた事も、

「嘘……嘘だよね!? 嘘だといってよ、ひよ子ちゃん!!」


 そして、ひよ子の生体反応とその深海凄艦の反応が、全くの同一座標に重なっていた事も。











 本日のNG(遅れに遅れまくった挙句に未完とか大変申し訳ありません。詫び石詫び掛け軸の代わりといっては何ですが誰得の設定資料集一部公開します3)シーン


 没キャラ&没予定キャラ軍団


 水上機母艦娘『秋津洲&二式大艇ちゃん』

 ブイン基地第二部があったら確実に出すキャラかも。
 後述の速吸ちゃんと同じく、中枢凄姫殲滅作戦『評決の日作戦』後に開発・建造された、数少ない艦娘の1人かも。
 超大型水上機『二式大艇ちゃん』を洋上にて整備・運用するためだけに開発された艦娘かも。
 コントロール下にある二式大艇ちゃんと、生き残った人工衛星から送られてきた生データ群を超高速で解析して、作戦領域内および近隣の海上・海中・空中における超広域・超早期・超精密索敵を唯一至上の目的として建造された艦娘かも。
 超強力な通信デバイスや解析用のコンピューターやその冷却システムで物理的に、超高速・高密度圧縮ツールや暗号化ソフトや解析プログラムなんかでシステム的に多大な負荷がかかってるから、武装や装甲は最低限になってるかも。
 だから戦闘は苦手なの。これだけはかもじゃないよ。
 当の二式大艇ちゃんも、過去の世界大戦当時とは違い、現代の対深海凄艦戦争においては『有気・有湿・有塵および1G環境下において、衛星搭載用の超大型PRBR検出デバイスを運用する』事のみを目的にレストアされた通常の飛空艇で、艤装じゃないかも。
 だから、他の空母娘達の艦載機のようにボーキ食って即再生、っていう芸当は不可能かも。大事に扱って欲しいかも。

 一行で纏めると秋津洲も二式大艇ちゃんも、武装も装甲もほぼ全部取っ払って、限界ギリギリまでセンシングデバイス群を搭載しているから戦闘なんてもっての外かも。

 企画の段階では単純にUS-2改二の開発・運用だけで事足りるんじゃないのかもっていう声が主流だったけど、Team艦娘TYPEの『何で艦娘造らないの?』っていう鶴の一声で秋津洲の開発は決まったかも……

 軽巡洋艦娘『夕張改二』

 対深海凄艦戦争終結後に建造された艦娘。またの名を究極互換娘。
 たった一隻のみロールアウトした彼女を最後にTeam艦娘TYPEは解散。その後、新たな艦娘が建造される事は二度と無かった。
 後世への技術継承を目的として建造されており、D系列艦を含めた、ありとあらゆる艦娘の艤装・内装・装備を運用可能。
 なお、言うまでもない事だが26世紀へのタイムジャンプ機能は搭載していないし、そもそも開発すらされていない。

 ……このR‐100娘、ゲーム本編で先に出てきたらどうしよう。


 補給艦娘『速吸』

 統一規格燃料、高速修復触媒(バケツ)に次ぐ、人類第3のチート。

 中枢凄姫殲滅作戦『評決の日作戦』後に開発・建造された、数少ない艦娘の1人。
 件の作戦の最終攻撃目標である中枢凄姫の持つ『ケーブル類を用いずにエネルギーを中継・収束・分配・徴集する程度の能力』を、Team艦娘TYPEなりの解釈と技術力をもって再現した艦娘。
 だが完全再現には至らず、能力仕様の際には専用の補助触媒が大量に必要となり、そのせいで鈍速・低回避・紙装甲の三重苦の艦娘となったが、それ以上に将兵達からは艦としても必要とされ、娘としても愛されていた。
 ちなみに、この補助触媒は人体にとって劇薬である。


 航空巡洋艦娘『鈴谷改』

 ジェル状デバイス試験管、もとい試験艦。
 ほとんど全ての深海凄艦にみられる、夜になると何かヌメヌメするジェル状の組織を応用した艦娘。
 本話においては一単語のみ登場。

 このジェルは自我伝達触媒と見られ「DJ物質」と呼ばれている。深海凄艦はこの物質を介して艤装の機械部分を操作していると考えられている。
 この艦娘は艦長室以外のほとんどの内装がDJ物質で構成され、超展開用の機材を用いずに提督の意識を、艦娘および艦載機に直接伝達すること(スイム・バイ・ジェル)に挑戦している。
 結果、操縦性能は重巡娘『古鷹(第二世代型)』と比べて40%、艦載機の操作性能も『伊勢改』よりも2%向上した。




 戦艦レ級改/同elite/同Flagship

 第五世代型深海凄艦、その改良型。
 サイズは兎も角、形状があまりにも異形すぎたため人類社会にまったく浸透出来なかった戦艦レ級を、純粋な歩兵ユニットとして改造したもの。

 人型の部分は全長百数十センチ。長大な尻尾を入れてもせいぜいが数メートル前後の、現在確認されている中では無印レ級と同じく最小の個体。
 なのだが、自動車に走って追いつく、壁や天井を蹴って高速立体機動、艦娘や戦闘用日の丸人を素手で引き裂く、生体銃砲の他にも深海側の小型生体ドローンと思わしき艦載機を少数内蔵し近接戦闘時の武器や移動補助にも使える強靭で汎用性の高い尻尾、12.7ミリの集中砲火でも抜けない防弾コートを標準装備などなど、およそ常識外れのスペックを有する。
 分かり易く言うと、市街地などの障害物の多い環境における歩兵同士の戦闘では、ほぼ無敵。
 その結果、第4ひ号目標の本土侵攻を阻止するべく行われた第三次菊水作戦。その最中にあった那覇・名護両市遅滞防衛戦と、続く名護山間要塞防衛戦において軍民問わず多大な被害をもたらした。
 より高性能かつ生存能力の高い同eliteやFlagshipは分隊・小隊指揮、場合によっては軍団指揮を務める事があり、小柄な事もあって戦闘中の発見・撃破は困難を極める。

 海軍では当初、イロハコードに従い『不明レ級』⇒『歩兵レ級』と呼称していたが、実際にこれと遭遇・戦闘を経験した全ての将兵(国籍・陸海空軍不問)および艦娘らから『あんな歩兵がいてたまるか』とのクレームが多数寄せられ、その結果『戦艦レ級』と改名された。

(今度こそ終れ)



[38827] 【不定期ネタ】有明警備府出動せよ!【艦これ】
Name: abcdef◆fa76876a ID:53021686
Date: 2017/03/29 16:48
※1
 ナナチは可愛いですね。
 七駆も可愛いですよね。
 ナナチと七駆は発音がとてもよく似ていますね。
 前話にて何の伏線も無く行動食4号が登場したのはそれが理由です。それより深い理由は存在しません。何の問題ですか?
 ていうかコイツ出さなきゃもっと早くうp出来たと思います。

(※1翻訳鎮守府注釈:Arcadia海域の方言で
 後編です。
 いつも通りのオリ設定どーばどば。
 筆者は研究職ではありません。机仕事も苦手です。ですので描写はてけとーです。
 『●×が▲▲で□□ぅ? HA! ねーよwww』な描写多数。要注意。
 ファッキン遅筆。
 の意)



 観察対象の第一次調査報告書
(※翻訳鎮守府注釈:以下の()内の文は、誰かが付け加えた走り書き)


 姓名:比奈鳥ひよ子
 カナ:ヒナドリ ヒヨコ
 性別:女性

 199●年、オールド埼玉県しばふ村出身。
 最終学歴:
 国立つくば宇宙科学大学、宇宙科学科所属。現在はインスタント提督着任中のため無期休学中。
 備考:
 同大学に在学中、忠国警備保障にてアルバイト勤務の経験あり。
 同警備会社に勤務中、夏コミ冬コミ開催時の特別編成増強部隊、通称『300人部隊』への参加経験あり(最終階級の十人隊長が詳細不明。要調査)
 現在着任中の有明警備府には、そこでの活躍が尾谷鳥少佐(所在地の確認)の目に留まり、スカウトされたとの事。
 持病無し。家族構成、宗教、政治的思想に問題無し。
 艦娘素体としての適性無し。

 特記事項

 MIにてH5と第六種接近遭遇。
 本土帰還後に秘密裏に行われた全身調査では外見上の変異無し。脳および内臓諸器官にも異常無し(←検査機器の故障? 再確認)
 血液検査および体細胞検査にてD反応を検出。濃度8。平均汚染深度1.1(←こちらも再確認)
 帰還直後のメンタルチェックではゴーストマップにレベル4の乱れ。昏睡状態。意識回復後の再検査では全て正常値。血液検査も異常無し(←こちらも)
 帝都湾内で第四世代型の駆逐イ級と交戦し、撃破。撃破時にこれの体液と臓器片を全身に浴びる。帰還後に最寄りの横須賀鎮守府の医務室に緊急入院。
 本人の証言から血液と肉片が口の中に入ったとの事。胃洗浄と浄化剤の経口摂取、および精密検査を実施。
 血液検査および体細胞検査にてD反応を検出。濃度1。汚染は検出されず(←? 意味不明。再検査)

(↑検査機器、検査方法に問題無し。他のMI生存者と比較しても汚染深度の数値が低すぎ)
(↑採取した体組織から勝手に作ったクローンでの追試は期待値の半分も出なかった)
(↑帝国人の若年齢層ほど耐性があるっていう井戸水先輩の仮説は正しかった?)(←若年層は逆に劇症化したケースが多い)
(↑なら後天的な耐性持ち? ←なら抗浸食剤作れる? ←ならファクターは何?)
(↑もう一度H級と接触させてデータ採る。H4現在地と予想侵攻ルートの資料用意)(←却下。死骸の回収多分むり)
(↑やっぱり生データ欲しい。どうにかして接触させる。データはリアルタイムで無線させりゃいい)
(↑その前にプロト19のデータ採りに使用させてください。確実に死ぬのなら、先にこちらで運用してもかまいませんよね?)

          ――――――――――ホワイトボードに張られた機密書類と周囲の走り書きより一部抜粋




 2月の寒さが染み込んだ、しばふ村の外れにある薄暗いプレハブ小屋。
 比奈鳥ひよ子にとっての恐怖と憧れの原点はそこにある。

『ん゙ん゙ー! ん゙ん゙ー!!』
『良し良し良ぉぅし……大人しくしとけよ~? そうすりゃ君もいっぱい気持ちよくしてあげるからさ?』

 来年に控えた高校受験のための見学会からの帰りだった。
 その男はごく普通のラフな格好をしていた。助手席には少女が一人乗っていた事から、警戒心はそこまで働かなかった。

『ん゙ん゙ー! ん゙ん゙ー!!』
『はいはい。大人しくしろって。おい北上、お前いつも通り外見張ってろ』

 当時のひよ子は知る由も無かったが、そいつは当時、とある鎮守府に所属していた提督で、♂で、要注意人物だった。どれくらいの要注意人物だったのかというと、帝国を代表するような多大な戦果を上げていたので黙認されていたものの、風紀・素行不良も著しい問題児であり、日常的に麾下の艦娘らに性的な手まで出していたため、周囲の基地や鎮守府や憲兵隊、当時の有明警備府にも名指しでマークされていたくらいには警戒すべき人物であった。
 この村には良い温泉があるって聞いたから湯治に来たんだけど、道こっちで合ってる? と車上から聞かれ、差し出された紙の地図をひよ子がのぞき込もうとした瞬間だった。
 地図の下に隠し持っていた拳銃のような形をしたスタンガン――――テイザーガンを至近距離から胸元に撃たれた。
 痛すぎて声も出なかった。
 そのまま素早く助手席に掴み投げ入れられると、そこに座っていた、北上と呼ばれていた黒髪おさげの少女によって両手両足と口をガムテープでぐるぐる巻きにされて後部座席の床に押し込まれ、近くにあった村はずれの朽ちかけたプレハブ小屋――――道路から少し離れた雑木林の入り口にあるので人気は無い――――に連れ込まれて押し倒され、今に至る。
 男が小屋の中に入って扉を閉めると口と足のガムテープが外され、床に強く突き飛ばされた。痛みにもがいている間に制服のスカートの中に手を突っ込まれ、パンツと靴下の両方を剥ぎ取られ、口の中に詰め込まれると吐きだされない様にまたガムテープで固定された。
 そんな事をされなくても、ひよ子は怖すぎて何も出来なかった。押し倒され、セーラー服をまくられ、つい先日買ってもらったばかりのブラジャーを無理矢理たくし上げられたところでようやく叫べた。

『ん゙ん゙ー!!! ん゙ぅっ!?』

 片頬に軽い衝撃が抜け、視界が嫌らしく嗤う男の顔と天井からプレハブ小屋の壁と床に切り替わった。頬がジンジンと熱を持ったように痛んだ。
 殴られた。

『大人しくしとけって言ったじゃん? ん?』

 おまけにいつの間に出したのか、男の手の中には一振りの小さなナイフが握られており、それをひよ子の目の前で見せつける様にしてゆらゆらと左右に何度か揺らすと、刃先をセーラー服の胸元に引っ掛け、一気に上から下に切り裂いた。
 ほんの少し肌に触れた銀色の冷たさに、もう、叫ぶ事もできなかった。せめてもの抵抗は、硬く目を瞑って顔を背ける程度だった。
 そして男が露わになったひよ子の胸に舌を這わせ、もう片方の手をスカートの中にゆっくりと這わせていったその瞬間。

『はいはいおイタはそこまでですよー』
『ぐぇう!?』

 軽い衝撃と戸惑ったかのような男の呻き声がしたかと思うと、身体の上にあった男の重さが消え、壁の方から何か柔らかくて重たい物をぶつけたかのような音が聞こえてきた。
 涙でぼやけた薄暗い部屋の中。そこには、緑色のセーラー服を着た黒いおさげの少女がいた。
 奇妙な事に、少女は背中に煙突にも見える巨大な金属塊を背負っていた。当時は対深海凄艦戦争の事も艦娘の事も何一つ公表されていなかったから、その少女を見たひよ子が『新番のアニメか何かのコスプレかな?』と場違いな事を思ってしまっても罪は無かろう。

『テ、……ッメぇ!! 何やってんだよ北上!? テメー外の見張りしとけっつただろうが!! テメー大井がどうなっても知らねぇってか!? テメーああ!?』
『んー? 大井っち? ……あー。あんた、なんか勘違いしてるわー』

 何? と疑問を顔に浮かべた男も、怒涛の急転直下に置いてけぼりにされつつあるひよ子の事も置いておいて、北上と呼ばれたその少女はスカートのポケットから二つ折り式の携帯電話を取り出すと、どこかに連絡を付け始めた。

『もしもーし。こちら舞鶴の二等粛清艦、北上ですよー。マル被確保。被害者一名確保。タオルと女性士官の用意しといてー』
『しゅ……っ!?』

 今度こそ男が驚愕する。

『あ、あと粛清処理の事後申請もついでによろしくー。……えー、いいじゃんいいじゃんそれくらい。有明の黒い鳥も出し抜けたんだしさー』
『しゅ、粛清艦!? 何で俺が!? お前ら艦娘専門のイレギュラーハンターだろ!? 何でだよ!?』
『じゃ、そゆ事でよろしくねー……別に、あたしらは艦娘専門じゃないよ。それと、あんたンところの大井っちも、他の艦娘達も、皆とっくに解放したってさ。後はあんたが狩られる理由だけど……まだ分かってないの? 冗談だよね? それともマジで言ってんの?』

 厄介事を押し付けられた通話先の誰かの罵声を気にせずに回線を切り、携帯をポケットにしまった北上は、道端の石ころか何かを眺めるかのような目付きで男に告げた。
 そして、別のポケットから黒光りする小さな拳銃を取り出し、男の眉間に照準した。

『あんたはやり過ぎたんだよ。消えろ糞提督(イレギュラー)』


 そこから先の事を、ひよ子は何も覚えていない。
 次に気が付いた時にはしばふ村の駐在所にいて、駐在の正志木おじいちゃんが自分から調書を取っているところだった。
 その後、ひよ子の本能は重度のトラウマ化を避けるべく今日この時の出来事をきれいさっぱりと忘れてしまい、もう二度と思い出す事は無かった。
 だが、それでも断片的に覚えている事はいくつかある。
 ナイフの煌めき。のしかかる影。とても怖い何か。カンムス。黒いおさげ。キタカミ。そして無事に助かったという安堵感。

 それらは今でも比奈鳥ひよ子少佐の無意識の中に眠る、一番最初のあこがれと恐怖の形だ。



※2
 去る2月の光作戦では無事甲勲章ゲットできましたが突破以前はまさかホントにE‐3で終わりだとは信じられず実は『騙して悪いが』のノリでE‐4とかE‐4デスレーベル裏二週目とか有るんじゃねーのと思ってて戦力温存してたので全々ゲージが削れず気が付けば油が空になる事が二度もあってしまってもうすぐ三月も終わりだというのに未だに備蓄が回復しきっていない今日この頃春も目前と言えど寒暖の差が激しく時折吹く春一番も強く体調を崩されやすくある昨今ですが皆様ますますご健勝の事かと存じ上げますがイベ当時の私は照月も出ないし伊13ことヒトミちゃんが出てこない私は堀の泥沼に肩まで浸かって100数えるよりも先に凍えて死にそうだったのですが書けば出るというのならば歌っても出るんじゃねーのだろうかと考え憑いたので早速頭の中で嘉陽愛子の瞳の中の迷宮を無限ループさせてE3攻略に勤しんでいたのですがヒトミちゃんも照月も結局我が鎮守府にやってくる気配がございませんていうか結局来ませんでしたがそれでも何と我がブイン基地には松風ちゃん伊14ちゃん風雲ちゃんが来てくれました。3人ともおいでやすめんそーれうぇるかむかもーん。
 記念の艦これSS

 嗚呼、栄光のブイン基地(番外編)
『有明警備府出動せよ! 19番目のプロトタイプ伊19、抜錨します! なのねー☆ の巻(後編)』

(※2翻訳鎮守府注釈:Arcadia海域の方言で『なおPola』の意)



 ひょっとしたら間に合わないかもしれない。北上は頭の片隅でそう思っていた。
 本当に間に合わなかった。

 プロトタイプ伊19とひよ子が超展開を実行し、両者の肉体と艦体が水を吸ってふやけたティッシュペーパーのようにドロドロに溶けて混ざった、鋼色のペーストと成り果ててから数分後。
 2人ならやり遂げてくれると(勝手に)信じて見守っていた行動食4号達は、そのペーストの中から微かに、囁くような小さな笑い声が響いて来ている事に気が付いた。
 同時に、DJ物質が何かに過剰反応を起こしている事にも、各種観測機材の中にあったPRBR検出デバイスが微かに反応している事から気が付いた。

「これは……この数値は……波形もほぼフラット……また失敗ですか」
「漣以来の2ケタ台での成功例かと思ったのですが」
「しかし、これは本当に失敗なのでしょうか。それにしては反応が穏やか過ぎるような」
「どちらにせよ、次の提督と20番目のプロトの用意を――――」
「その必要はないよ」

 6人が振り返り、何かするよりも先に北上が甲標的乙型を起動。曙達七駆の4人の身体を瞬間的に乗っ取って、残る2人の黒服を射殺。間髪入れずにその4人もそれぞれ連装砲を口に咥えさせてトリガー。黒服同様、首から上がペースト状になって弾け飛ぶ。

「おやおや」
「おやおやおやおやおやおやおやおやおやおや」

 さてこれで安心して急いでひよ子ちゃんを探せる。そう思っていた北上の横にあった自動ドアがスライドし、聞き覚えのある声が6つ、響いてきた。
 今しがた殺したはずの、七駆の4人と2人の黒服だった。

「これは驚きました。まさか裏コードを自力で解除してくるとは」
「どうやったのかは分かりませんが、メインシステムに状況D0を発令させたのですね。まさか完璧だったはずの自滅コードを自らの意思で食い破るとは……」
「素晴らしい。素晴らしい」
「ああ。そうそう。私の七駆と予備端末の黒服には、各個体ごとに」

 言い切らせるよりも先に抜いたハンドガンでトリプルタップ。
 パンパンパンと、先頭にいた漣の額に3つの穴が開く。同時に乙型を再起動。残る5人もそれぞれ同士討ちで死ぬ。全ての制限が解除されている改二型艦娘には、倫理コードによるセイフティは一切かかっていない。全ては彼女自身の殺意によって行われた。
 北上の横にある別の自動ドアがスライドし、聞き覚えのある声が6つ、響いてきた。
 たった今殺したはずの、七駆の4人と2人の黒服だった。死体もそこに転がっているのに。

「私の七駆と予備端末の黒服には、各個体ごとにそれぞれ専用の製造ラインを用意してあります故」
「あなたのやんちゃにも最後までお付き合いいたしますよ。まぁ、脳に仕込む同期用の量子チップの生産数次第ですが」
「……と、言いたいところですが。大変申し訳ありませんが、今はあの子達の事を優先させてもらいます」
「貴女も心配になったからこちらに来たのでしょう?」

 行動食4号の1人、漣が指さす先。断続的な振動によって砂やら埃やらが落ち続けている天井のスポットライトによって照明されたウェルドック。
 そこには、暗い鋼色をした、濡れティッシュのような質感の巨大な何かがふるふると微かに蠢いていた。

 ――――あは。あはは。誰? 誰? あはは誰?

 そのどこからともなく、あるいは表面全体から、囁くような女の笑い声が2つ、和声のように絶妙な重なりで聞こえていた。
 北上の脳は、その片割れがひよ子の声であるという事実を拒否していた。

「……何あれ?」
「何とはずいぶんと辛辣な事をおっしゃる」
「あれこそが超展開を実行中の潜水艦娘とその提督そのものなのです」
「まぁ、潜水艦娘の超展開は、その瞬間を見た事のない方が殆どですから知らなくても無理ありませんね」
「隠密性を限界まで高めるために通常艦艇とは異なる方式のを採用していますし、そもそも超展開する場所も、その殆どが敵勢力下の海中か海底ですしね」
 ――――あは。知ってる。知ってる北上ちゃん。しってる、知ってる。なのねー☆

 鋼色の濡れティッシュの山の表面が小さく波打ち、そこから金属光沢をもった人間サイズの黒く細い腕が一本伸びて、遠くにいる友人知人にでも居場所を知らせるかのようにブンブンと振った。改二型艦娘最大の特徴である、徹底的に強化された対人索敵系は、その指の表面にあった指紋を自動的に照合した。
 してしまった。

「嘘……だよね?」
 ――――北上ちゃん。北上ちゃん。なのねー☆

 ショックのあまり、北上の膝から一瞬力が抜けてよろめく。
 何故か行動食4号達もよろめいた。感動のあまり。

「……何と! そんな!?」
「信じられません! 確かに症状は末期の、ステージ4だったはず!!」
「そこからコミュニケイションを取れるほどに持ち直すとは……!」
「愛……これぞまさしく愛です!!」

 ――――北上ちゃん。北上ちゃん。しってる。しってる。たしか、ええと、初めてであったのが、冬のプレハ……じゃなくて夏の有明警備府の正門前!!
 ――――北上ちゃん。北上ちゃん。しってる。しってる。たしか、ええと、夏のいなかの親戚のしって。知ってぅるるるぼお゙お゙お゙!!!

 北上ちゃん知ってる北上ちゃん知ってるとオウム返しに呟くだけだった濡れティッシュの山が突然、何の前触れもなしに叫び出し、沸騰しはじめた。

 ――――知らない! 知らない! こんなの知らない!!
 ――――やだ!! 止めてよ叔父さん! どうしてこんな変な事するの!? やだ! 痛い! やめて、やめてよ!!

 ひよ子とプロト19が混ざり合っていた音声が徐々に徐々にプロト1人分の物へと変わっていくのと同期して、濡れティッシュが叫ぶ内容もまた、変化していった。

「叔父さん……?」
「プロトの素体の叔父の事ですね」

 いつの間にか手にしていた紙媒体の調査資料をめくりながら、行動食4号が潮の体で言った。

「素体を厳選する際には、家族構成や過去の傷病履歴などの調査は必須ですので」
「察するに、どうもあの二人は本当に相性が良すぎたようです」
「恐らくは、ひよ子さんがあなたの事を思い出そうとして、何故かは不明ですがプロトのトラウマまで思い出してしまったみたいですね」

 ですが大丈夫です。と6人の内の誰かが呟いた。

「私のプロトと、私のプロトが選んだ提督です。今は2人を信じて待ちましょう」
「幸いにして、深海凄艦の砲撃は今の数発だけで済んだようですし」
「ここにいくらか直撃しましたが、被害は建物が揺らぐ程度で済んだようで……」
「ああ、いけませんね」

 鋼色の濡れティッシュの山がその表面に人体のパーツをいくつもいくつも精製しながら暴れ始めた。
 その中には、ひよ子を連れ去った青白い触手も無数に存在していた。

「鹵獲した忌雷まで取り込んで、自身を素材に複製しているのですか」
「これは……少し調整すれば、魚雷や忌雷の大量生産が可能ですね。補給用の生体素材は腐るほどありますし」
「生産・加工業界の革命……いえ、それだけではないですね。この状態からうまく誘導すれば艦娘と提督、両方の機能を併せ持ったハイブリットが完成するでしょう。一部のケッコン艦が出産した交雑種とはまた別のアプローチ! 新人類!! 可能性!!」
「これが、これこそが、彼女達こそが希望の光……! まさに暗闇の水平線から昇る暁の光! ああ、それにしても惜しい! もっとサンプルが欲しい!!」

 彼女一人しかいない現状では迂闊な手出しができない! 片っ端から解剖したいのに! 投与してみたい試薬もいっぱいあるのに! などと身勝手な事を繰り返す行動食4号達を余所に、鋼色の濡れティッシュの山はさらに激しく暴れ始めた。その体積を不自然なまでに膨張させながら、さらに激しく。体が建物に勢いよく当たる事もお構いなしに。
 バビロン海ほたるが、再び崩落を始める。



 海底に身を潜めていた金属塊は、叩き込まれた十数発の爆雷に対し、何をするでも無くあっけなく砕け散った。

 ――――? 全然動いてない? スクリューも?

 そして、その大反響が叢雲達のソナーを一時的に機能不全に落とし込んだ隙をついて、一本の酸素魚雷が叢雲の後方から忍び寄っていた。
 彼女のスクリューに直撃する数秒前、長門の副砲がそれの弾頭部分を精密狙撃で処理できたのは、単なる偶然に過ぎない。

『無事か叢雲!?』
「あ、ありがと! 今のどこから!?」
『分からない。ソナーが潰れた瞬間に撃たれたものとしか……私の目には突然現れたようにしか記録されていないぞ』
「何よそれ。魚雷が透明にでもなってたってい――――っ!?」

 次の魚雷群は真正面からやって来た。雷跡が18と忌雷が3。魚雷は18本すべてがハズレのコースを進んでいたが、海面付近に浮かんできた忌雷が軌道修正しながらゆっくりと叢雲に近づいて来ていた。
 叢雲と長門が自我コマンドを入力。
 叢雲は正面の忌雷の未来位置に向かって爆雷を投射。忌雷を面で迎撃する。
 長門は副砲で照準。FCSの補正を待たずに経験とカンで発砲。即座に着弾し、弾速ほぼそのままで海中に潜り込んだ多目的榴弾が狙い通りの位置と深度で起爆。深海忌雷そのものを誘爆させる事はできなかったが、大気中の五倍の速度で駆け抜ける海中衝撃波によって、その3つの忌雷の脳をまとめて揺さぶり、ぷかりと浮上させる。
 トドメに対空機銃で処理した際に忌雷の薬学的な安定が崩れて誘爆。忌雷の同時爆発により、海面は大きく凹み、海流は局所的に揺さぶられ、ハズレのコースを進んでいたはずの魚雷群の針路が大きく狂わされた。

「げ!」

 転舵は間に合わなかったが幸運にも魚雷は全て直撃コースを避けていた。だが、進路のズレたその内の数発の魚雷は、そのままバビロン海ほたるに向かって進んでいき、爆発。
 叢雲を初めとした駆逐娘達の索敵系は、今の魚雷は深海凄艦が使ってるのと同じ音紋だったと告げていた。
 続けてソナーに感。新手の忌雷が4と潜水カ級が3。

「はぁ!? どっから湧いて出たのよ!?」

 さっきのアクティブにはぜんぜん引っかからなかったのに! と叫びつつも迎撃行動を続行。両側舷の機銃で海面近くに浮かんできた魚雷と忌雷に弾幕を張り、0秒起爆の爆雷を後先考えずに放り込む。カ級は海中の轟音が過ぎ去った後で対潜魚雷でゆっくりと料理すればいい。見つけた数と撃たれた数から逆算すれば、どいつもこいつも魚雷はカンバンのはずだし。
 そう考え、爆雷の爆発によって生じた海中衝撃波で忌雷の脳に当たる部分を脳震盪で昏倒させ、無様に浮かび上がってきたところを長門が副砲と機銃で丁寧に処理していく。カ級の始末は音が静かになり始めた頃を見計らって、先ほど沈めておいた有線式の対潜魚雷を活性化。カ級らからすれば突然目の前に魚雷が現れたような物である。その殆どは逃げる事もままならず、帝都湾海中の藻屑と化した。一匹だけ逃げおおせた個体がいたが、ややもしない内に件の伊58の放った一発の無誘導魚雷が直撃し、粉微塵になって死んだ。
 いつの間にか、誰に悟られる事無く叢雲の真横の海中に甲標的が付けて来ていた。

『敵に死を。我に生を』
「……何気に練度高いわね。ホントに粗製艦娘なのかしら? 人間性の薄さはそれっぽいけど」
『だったら、ブルネイの代表者に話してウチに移籍させてもらうか?』
「ああ、良いわねそれ。こんな大事になる前だったら最高の――――ッ!?」

 叢雲達のPRBR検出デバイスにhit. 感1。海中のカ級や忌雷の反応ではなかった。
 とても微弱だが、海上で、至近距離からの反応だった。

 その場にいた誰も彼もがそちらに注目する。

 今しがたの流れ魚雷で海上構造物の一部が脱落したバビロン海ほたる。
 それを内側から巨大な何かがさらに打ち崩し、外に出ようとしていた。

「……なに、あれ」

 バビロン海ほたるに空いた大穴。その暗がりから、PRBR反応の発生源が這い出してきた。
 暗がりから響くクスクスとした笑い声。巨大な五指が縁を掴み、続いて腕、続いてトリプルテールの青い髪、紺のスク水と『むーざんむざん』と書かれた白いゼッケン。頭のてっぺんからつま先までを覆い尽くす、ほとんど水同然の粘性をした無色透明のローション。バストは実際豊満だった。
 IFFは、どういう訳か、帝国海軍のコードを発していた。

「……なに、あれ」

 その巨体はごく普通の人型をしていた。故に口は1つしかないはずなのに、2つの声が出ていた。片方はクスクスと微かに笑い続け、もう片方はメソメソと泣き続けていた。
 その片割れが、彼女達も知るひよ子の物であるとは思いもよらなかったようで誰もが『何かどっかで聞いた事のある声ね』程度にしか思っていなかった。

『あれこそはプロトタイプ伊19号ですよ』

 突如として、叢雲達の回線に割り込み通信が入った。
 発信源はあの巨体のすぐ傍。その瓦礫の上に、奇妙な形状のメカニカル・バイザーを掛けてお揃いのセーラー服を着て、ハンディカムやらランドセル式のパラボナアンテナやらノートパソコンに繋いだ現地持ち込み用のPRBR検出デバイスやらの観測機器を担いだ4人の艦娘達――――第七駆逐隊の曙、漣、朧防壁、潮だ――――が立っているのが叢雲達からでも見えた。

『割り込み通信で失礼します』
『私はTeam艦娘TYPE。第七駆逐隊およびD系列艦開発担当の行動食4号と申します。もちろん、偽名です』
『突然で申し訳ありませんが、あなた方には暴走したプロトを止めていただきたいのです』
『あれはようやく起動に成功した個体。それに加えて、極めて特異なサンプルが搭乗しているのです』

 ――――コイツ、何処のかは知らないけど提督の事サンプルって言い切りやがった。

『あれほど貴重なサンプルは、私も初めて見たのです』
『そこから得られるデータもまた、かけがえのない大切なもの』
『幸か不幸か、今は重度のトラウマ酔いからくる暴走だけで済んでいるようですが』
『万が一にも何かあって、彼女達の献身をこんな事で失ってしまうのだけは避けたいのです』
「無茶言うわね」

 叢雲の呟きも最もである。通常艦艇の姿形のままの艦娘と超展開した艦娘が戦う。それはつまり、通常艦艇の姿形のままの艦娘と雷巡チ級のそれとほぼ同じ構図であるという事だ。
 あの、艦隊戦に文字通りの意味での格闘戦を持ち込んだ大戦犯と。
 超展開機能を有した最初の艦娘が世に出てくるまでの間に、数多の艦艇を海の底に叩き込んだ、あの雷巡チ級と。

「無理ね」
『無理だな』

 提督不在でも超展開が実行できるようになるダミーハートを搭載している艦は、今この場にいないし。と叢雲が告げる。
 ダミーハートなら生産中のがいくつかありますが。という行動食4号の提案は聞こえなかった事にした。

『無理ですか……』
『それは大変困りました』
『このままではプロトがどこまで暴走してしまうのか、予想が付きません』
『比奈鳥ひよ子さんと同じレベルのサンプルがもう一度来るとは到底思えないのですが……実験に使う提督の母数を増やして可能性に期待してみますか』
「『ちょっと待て!!』」

 突然の爆弾発言に叢雲と長門が叫んだのと同時に、南側――――外洋と通じる水道方面から、汽笛が聞こえてきた。続けてIFF情報が更新される。
 第三世代型深海凄艦の死骸を運んでいるという輸送艦隊と、その護衛艦隊。

「汽笛!? まさかもう護衛艦隊が到着したの!?」
『馬鹿な、早すぎる! まだ掃海任務は終了していないぞ!?』
『こちら特別編成増強護衛艦隊の総旗艦、横須賀スタジオ所属の球磨だクマ。掃海中の娘達、済まねークマ。護衛対象の馬鹿共が先走ったクマ』

 その最先頭。横須賀鎮守府もとい横須賀スタジオのIFFパターンを持つ軽巡洋艦から無線が入る。

『あ! 球磨さん!?』
『おぉーう。そのIFFは有明警備府の連中かクマー。おひさしぶりだクマー☆ ……とか言ってる場合じゃねー雰囲気っぽいなクマ』

 ――――やめてよ叔父さん! どうしてこんな事するの!? 来ないで! 来ないで!!
 ――――大丈夫。これなら、この力なら。誰にも、何にも、負けない。負けない。

『アレ、新手の深海凄艦かクマ? なのに何でIFFはブルークマ?』
「あ、あれウチのひよ子ちゃ……じゃなくて比奈鳥少佐が搭乗しているんです。TKTに騙されて、強制的に」
『強制て……潜水娘との超展開試験は完全志願制の筈じゃねーのかクマ?』

 事実である。
 潜水艦娘との超展開は他の艦娘のそれとは異なり、兎に角その隠密性を高める事を第一に注力されている。他の水上艦娘のような純粋エネルギー爆発や轟音なんて起こさないし、一度その “中身” ごとドロドロに溶けて蕩けるのだって、余計な海流の乱れや雑音を出さないためであり、提督の負担や艦娘との相性、成功率などは最初から考慮されていない。
 他の水上艦娘との超展開に失敗しても提督と艦娘その双方にさしたる被害は無いが、潜水娘とのそれは、ドロドロのグズグズになったまま、心も体も元に戻れなくなる――――事実上の死を意味している。
 そんな危険な方法を取っているのだ。インスタント提督の適性試験の最終試験として実際に超展開してみるというのがあるが、この潜水娘達だけはその試験から例外的に廃除されている。そこまでの試験を潜り抜けた提督候補生達が死んでは元も子もないからだ。
 なので、超展開の実行を前提として(秘書艦として)潜水艦娘を艦隊に加える場合には、実際の失敗時の映像資料を視聴した上で座学講義を行い、それでも希望する場合は誓約書に判子を押して、今回のように何処かに集まってから、超展開試験を行うのが慣例である。

「だから、騙されたんです。届いたメールは本物だったんですけど、それが潜水艦だとは伏せられていたんです」
『……あー。研究チームの方ならやりかねんクマー……ま、でもぶっつけ本番で潜水娘と超展開して生きてるだけでも運がいいクマ』
『あ、あの! 球磨さん、提督を助けてもらえないでしょうか!?』

 割り込み通信。今まで黙って通信に耳を傾けていた有明警備府の駆逐娘『秋雲』から。

「口を慎みなさい秋雲! 指揮艦同士の会話中よ! ……すみません球磨さん。配下の者が失礼を」
『構わねークマよー。それに、そっちの方が話が早いクマー。球磨も、生きて歩いてる知り合いむざむざ死なすのは趣味じゃねークマ。それに』

 超展開したプロト19あるいはひよ子が球磨や長門達に視線を向けていた。いつの間にかその右腕には、長大な4本の触手を持った深海忌雷が手品のように出現し、その触手を腕全体に伸ばして絡みついていた。

 ――――負けない。負けない。この力なら。みんな倒せる。やっつけられる。うふ、うふ、うふふ……!
 ――――怖いものはみんな。消してしまえる。消してしまえばいい……!

『……それに、もうあっちはやる気みたいだクマ。見た感じよくあるトラウマ酔いみてーだし、なんとかなるクマ』

 トラウマ酔いの事なら、艦娘なら誰でも知っている。艦娘と提督の意識を一つに繋げる超展開。その意識結合の際に、どうしても相手の記憶や思い出が自分の中に流入してしまうのだが、その際に起こりうる悪影響の事である。
 何かの拍子に思い出したトラウマや嫌な思い出が相手に伝わり、それを今度は自分が受け取って元からあった分に合算され、それをさらに相手が受け取って、と言った具合に進行する負のスパイラルである。そのプロセスがよく似ている事から、トラウマ・ハウリングとも呼ばれている。
 そして、それらは大概、自分も相手も周囲も巻き込んで、行きつく先まで暴走するのがオチである。

 プロト19は、傍から見ていると提督と艦娘の意識は完全に混濁しているようにしか見えなかったが、これもまた、トラウマ酔いの症状の1つである。
 もしも今ここに、ブイン基地の井戸枯輝少佐がいたのなら、以前の勤め先で得た知識と経験から、今の彼女達は自他の記憶の区別も、記憶の中の妄想と現実の区別も付いていないのだろう。と答えてくれるはずだ。

 ――――やっつける、やっつけられる……! おじさんなんて怖くない! もう何もこわくない!!
 ――――消えろ消えろ消えろ……!

 超展開したプロトが一歩歩を進める。不可視の殺気が向けられる。
 球磨達が――――艦艇本来の姿形に戻っている今は肉の身など無いはずなのに!――――ぞわりと総毛立つ。

『来るぞ!』
『ヒヨコのくせにウサギとか追ってんじゃねーぞクマ! 護衛艦隊総旗艦より副旗艦! 指揮権一時委譲! 球磨はアレの排除に向かうクマ!!』
『了解。御武運を』
『プロデューサー、超展開だクマ!! 幌筵(パラムシル)式修正術だクマ、死なない程度に殴って目を覚まさせてやるクマ!!』

 超展開したプロト19がクスクスうふふと笑いながら更に歩を進める。護衛艦隊から単独で離れた球磨の艦首が天を向く。船底が大気の中に露わになる。
 プロトがクスクスうふふと笑いつつ、伸ばした腕が球磨の船底に触れるまさにその瞬間。

『球磨、超展開だクマ!!』

 軽巡級の艦娘が超展開する際、完全に無防備になるその瞬間を保護するべく意図的に発生させているクラス3の熱衝撃波がわざと接近させたプロト19を直撃する。
 爆発的な熱衝撃波にたまらずよろけたプロトに対し、未だに輝き収まらぬ光の中から超展開を完了した球磨が飛び出してきて接触。肋骨狙いの右の肘打ち。それに対しプロトは一切退かず、体ごとぶつかって行く。左半身になって脇を締めた左腕で肘打ちの軌道を逸らし、そのまま背後に抜ける拍子に球磨の背中を押す。転倒こそしなかったが球磨の姿勢制御系が転倒寸前にまで傾く。
 背後に振り向きつつ立ち上がりかけていた球磨の右頬に衝撃。プロト左足の蹴り。それがどうしたとばかりに球磨が頬にめり込んだ足の裏もろとも強引に立ち上げる。片足を上げたままのプロト19が盛大に尻餅をつく。

『舐めるなグマ゙ァァァ!!』

 冬眠しそびれたヒグマのような絶叫を上げつつ球磨が自我コマンドを入力。予備のCIWSを起動。固く握った拳の甲から、発光するルーン文字の刻まれた太く短く鋭い爪が展開される。
 立ち上がったプロトに向かって、これでもかと言わんばかりの単調な左右の横薙ぎを繰り返す。

「ちょ! 球磨さん!?」
『灰色の神バゴスよ! 狩りの同胞(ともがら)ワイルドスピーカーよ! 我に神を10回クロックする機会を与えたまえだクマー!!』

 激昂しているように見えて実は頭は冷え切らせたままらしく、わざと大振りで振り回した腕を立ち上がったプロトが掴んでいなそうとしたのを逆につかみ取り、純粋な機関出力と腕部運動デバイスのパワーのみで投げ飛ばす。
 大波飛沫を上げてプロトが背中から海面に叩き付けられ、痛みに呻くよりも先に追撃のストンピング。
 プロトは非脊椎動物的な柔軟性を発揮してそれを回避。その不気味な回避方法に球磨が『うぇっ』と顔をしかめ追撃の手を躊躇った瞬間に、やはり頭足類めいたしなやかさで立ち上がる。
 クスクスうふふと笑いつつ、どうだと言わんばかりに忌雷の巻き付いた右腕を伸ばし、球磨を指さす。

『気色悪い動きしてんじゃねーぞグマ゙ァッ――――!』

 球磨が腰を低く落とし、両拳を半開きにしたまま突進。クリンチ密着から絞め技に繋げようと考えていた球磨の視界が、青一色に染まる。

(海――――?)

 ほんの半歩だけ左にそれたプロト19に足払いを掛けられ、ついでに背中を押されて勢いそのままに前につんのめり、バビロン海ほたるの全高を遥かに超える盛大な水柱を上げて球磨が顔面から海の中に叩き付けられる直前に前回り受け身。背後を振り返りつつ立ち上がるのとほぼ同時に距離を詰めていたプロトの右ストレートを右腕一本であっさりと掴みとり、そのままねじり上げて拘束しようとした。
 確かに掴んでいたはずの腕が抜け、バランスを崩した球磨もプロトの体をすり抜けた。まるでお化けか何かのように。

「『『『!?』』』」

 突然かつ予想外にも程がある事に硬直した球磨は受け身も取れずに海面にダイブし、バビロン海ほたるの全高を遥かに超える盛大な水柱を上げた。

 ――――球磨を一隻叩き伏せてターンエンド。なのねー☆

 立ち上がりかけていた球磨の襟首をプロトが掴んで無理矢理立たせ、そのまま引きずり倒すようにして今度は背中から海に叩き付けた。掴まれた際に本能的に放った球磨のバックナックルは狙い違わずプロトの実際豊満なバストの下側に隠された鳩尾に吸い込まれ、何事も無かったかのように反対側にすり抜けた。

『責めは後で聞く、許せ!!』

 遠巻きに見守っていた長門が副砲の1つで発砲。徹甲弾によるプロトの左ヒザへの精密狙撃。たとえ相手が理解不能な能力を持った艦娘でも、足の一本も取られればまともに動けまいという考えから。それに、艦娘なら修理は容易だし、中に乗り込んでいる提督への被害はせいぜいが痛覚信号によるダメージフィードバックくらいのものだ。よほど相性が良くて超展開適性が高すぎたりでもしない限り、実際に取れたりもげたりするわけじゃあない。
 そう考え、発射された徹甲弾はしかしプロトの体をすり抜けた。ただ、砲弾がプロトに着弾した際に体表に波紋が生まれ、すり抜けた際にごくごく小さな飛沫が飛び散っていたのが、対潜狙撃用に限界まで精度を上げていた長門の観測デバイス群にはしっかりと記録されていた。
 そして、微弱ながらもレーダー波を返している事もあって、少なくとも、妖精さんのような触れる立体映像やオバケの類でない事だけは確かだった。

(だとしたら、一体あれは――――)
『恐らくですが、魚雷の隠密発射プロセスの応用でしょうね』

 だとしたら一体あれは何なのだ。そう心の中で呟きかけていた長門達に割り込み通信。発信源は先程と変わらず、崩れかけたバビロン海ほたるの上。奇妙な形状のメカニカル・バイザーを掛けてお揃いのセーラー服を着て、ハンディカムやらランドセル式のパラボナアンテナやらノートパソコンに繋いだ現地持ち込み用のPRBR検出デバイスやらの観測機器を担いだ4人の艦娘達――――第七駆逐隊の曙、漣、朧、槍持ってない潮だ――――からだった。

『あれには見覚えがあります』
『超展開の潜水艦娘が魚雷を発射する際には、発生する音と乱流を軽減するため、超展開の部分的な応用で魚雷発射管の周辺を再度溶かしてから、注水から発射までを行う様になっているのです』
『空気と硬い金属よりは、ふやけたトイレットペーパーを掻き分けた方が音も乱流も少なくて済みますからね』
『ていうか、それ防御に応用しようとか、普通考えもしないし有り得ないですってば。理論上は兎も角』

 あれが机上の理論ではない事を実証しようとして、私の本体(オリジナル)と伊168(イムヤ)で実験をしたら失敗して生体素材になってしまったんですけどね。と漣の体をした行動食4号が呟いていたが、誰もそんな事聞いていなかった。
 右腕に巻き付いていた深海忌雷が触手を素早く伸ばし、少し距離を取って仕切り直そうとしていた球磨を打ち据え、彼女が怯んだ隙に、プロトが海中に潜ってその姿と音を完全に消し去ってしまったからだ。



 そして、バビロン海ほたるの最下層から地上に向けて移動中の北上も、そのやり取りを傍受していた。
 通信を傍受した北上のシステム統括系は状況D0の終息を宣言。通常モードに戻ってログが大本営に自動送信される直前、北上は先ほどの転倒を理由に適当なエラーをこさえて状況D0発令が誤作動であったとして、ログの送信をストップさせた。

「待ってて……待っててね、ひよ子ちゃん!」
『護衛部隊は即時湾封鎖! 爆雷埋伏の計と有線魚雷のワイヤーで結界を張れクマ!! 駆逐ども、アクティブ打て!!』
『ソナー波返って来ません! 原因不明!!』
『PRBR検出デバイスも反応しっぱなし! あのローションから! 本体を追跡できません!!』

 衝撃で機能停止したエレベーターのドアをこじ開け、天井の蓋を開けてシャフトの中にある非常用梯子を必死になって昇り続ける北上の心は、焦燥のみが占めていた。

『あれだけ球磨にこだわってたのに、いきなり逃走するとは思え――――』
『球磨さん後ろ!!』
「球磨さん、聞こえますか!? もしもし、もしもし!?」

 受信は出来ても送信は出来なかった。今度はちゃんとデバイスに繋いだし、故障も無かった。パケット化された電波もきちんと発信されていた。返答だけが無かった。恐らくは建造物自体に何か細工がしてあるのだろうと北上はアタリを付けていた。
 なので今の北上の耳に入る音は、梯子を踏みしめる軽い金属音、遠雷にも似た戦闘音、そして刻一刻と悪化する状況と怒号。それらだけが全てだった。

『クソが! 着任一年のペーペーだからってナメてたクマ……!』

 ひよ子はいない。ダミーハートも無い。超展開の出来ない艦娘1人が、あの怪獣大決戦のど真ん中に言ったところで何が出来るというのか。そんな事などとうの昔に頭の中から消え去った北上はひたすらにエレベーターシャフトの中の梯子を上り続ける。
 次こそは間に合わせる。手遅れになどさせるものかという一念のみを心に懐いて。

『おらっしゃクマー!!』
「外に……外にさえ出られれば何とか出来」

 衝撃。
 北上の頭の少し上の壁から盛大な音と衝撃が発せられたかと思うと、内側に向かって破壊された。粉塵と破片に覆い隠される直前、巨大な木の幹と根っこのような物が壁を突き破って入ってきたように見えた気がした。
 粉塵の収まった先にあったのは、ホントに樹の幹と根っこだった。

「……何コレ」

 呆けていたのは数秒ほどだった。
 急いで崩れかけた梯子を木の幹の所まで昇ると、今度はその穴から外を目指し始めた。そして外に出たと思うよりも先に、暗闇に慣れた目に刺さるような光度に思わず目を瞑って片手で庇を作り、空気の臭いと温度が変わった事を北上は感じた。
 バタバタと耳の中を打ち続ける磯風(not艦娘)に混じって球磨達の怒号が聞こえてくる。不気味なエコーが効いたプロト19のクスクスウフフも聞こえてくる。うっすらと目を開けてみると、ほぼ目の高さにあった水平線は曇り空の隙間から射す冬の陽光によって銀色に輝いており、視線を眼下に移してみると、思いのほか遠くに海面が見えた。
 超展開した球磨とプロト19は、足元の海面と水平線の中間地点にいて、打撃格闘戦を繰り広げていた。
 その怪獣大決戦のワンシーン。一瞬の隙をついて繰り出された球磨のハエタタキがプロトの脳天を直撃し、思わずふらついたプロトに球磨が回し蹴り。
 轟音と衝撃。
 後頭部からバビロン海ほたるの壁にめり込んだプロトの頭は、北上のすぐ真横にあった。
 それを好機と見た北上は、己の提督の名前を叫んだ。普段の北上を知る者からすれば、信じられないような必死さと大声だった。

「ひよ子ちゃああああああああん!! こっちを見ろおおおおおお!!」

 自身の身長を超える直径の瞳孔と北上の目が合う。自我コマンドを入力。以前、加賀にも使った甲標的用の緊急停止コマンドを送信。
 プロト19の身体が、凍り付いたかのように停まる。

【メインシステム戦闘系より報告:試製甲標的(生体)は強制停止プログラムにより強制終了しました】
【メインシステム戦闘系より報告:不正な外部接続により、メインシステム戦闘系はトレーニング・モードを強制終了しました】

 ――――きた、かみ……ちゃん……?



「おらっしゃクマー!!」

 球磨が両腕で抱えたメインCIWS――――超展開した球磨自身よりも巨大な樫の木(※『Where is my acorn?』と小首をかしげる可愛いリスのぬいぐるみ付き)を振るう。
 プロトはそれを難なくしゃがんで躱す。空振った手ごたえを感じた球磨はまったく躊躇せずに樫の木を手放し、半回転の勢いそのままに回し蹴りに繋げる。プロトの顔面を照準するも小首をかしげて紙一重で回避される。
 本能的に球磨を脅威と判定した右腕の忌雷が再び触手を槍のような速度と鋭さで伸ばす。その内の一本が顔面に突き刺さる直前、全力で奥歯を噛みしめて防御。だが勢いだけは殺しきれず、身体が一瞬宙に浮く。忌雷が見た目を裏切る腕力で球磨を宙吊りにする。
 一方、球磨の手から放り投げられた樫の木はバビロン海ほたるを直撃。海上構造物が完全な崩落を始める。

「ふんクマ!!」

 球磨は触手を噛みちぎって飲み込んで強引に宙吊り状態から脱出。自由落下の勢いも借りて、プロトの脳天に張り手を一閃。不意打ちで決まったらしく、今までのように液状化して回避されなかった。

「ひよ子ちゃああああああああん!! こっちを見ろおおおおおお!!」

 崩れかけたバビロン海ほたるの壁面。いつの間にかそこに立っていた北上のその声に振り向いたプロトは全ての動きを止め、今までの狂乱がまるで嘘だったかのように凍り付き、真横を振り向いた。

 ――――きた、かみ……ちゃん……?
「止まった……?」
『おう……、手間かけさせやがってだクマー……』

 再起不能にならない様に手加減をしつつ生け捕りにするという、超展開中の艦娘の仕様外の戦いを強いられたせいか、流石の球磨も疲れたようでプロトの肩に両手を置いて、大儀そうに大きなため息を上半身全体でついた。

 明言する。誰が悪かった訳ではない。

 暴走が止まったとはいえプロト19の方はまだトラウマ酔いに飲まれていたままだったし、球磨はひよ子の過去を知らなかったし、ひよ子も昔何があったのかを覚えていなかった。もちろん北上もそうだし、そもそも行動食4号がいらん事しなけりゃここまで話が大きくなることも無かったし、曇り空の切れ間から差し込んだ一際強い陽光も、あと五秒か十秒早いか遅いかしていたら、こんな事にはならなかった。
 球磨の背後から差した光によって、球磨の顔が影になる。そして、プロト19の――――プロトと感覚を共有しているひよ子の――――両肩は掴まれたままで、戦闘の痕跡で体中が痛く、背中はバビロン海ほたるに押し付けられて身動きが取れない状態にあった。
 フラッシュバックする光景。
 キタカミ、背中の冷たい床、のしかかる影、殴られた頬の痛み、ナイフのきらめき。
 いつか、どこかであったはずの、ひよ子の覚えていない記憶。

「あ……嫌ああああああああああ!!!!!」
【メインシステムデバイス維持系より報告:外装デバイスK02の意識レベルに異常発生を確認。状況D4と判断。非常事態権限につき、実行中のTaskを強制終了し、戦闘モードを起動します】
【メインシステム統括系より報告:メインシステム、戦闘モード、再起動します】
「ああああああああああ!!!!!」

 突如の事態に一瞬対応が遅れた球磨の腕を振り払い、再起動した忌雷の触手で球磨を打ち払う。ひよ子もプロトも完全に暴走しているためか、今まで以上の力強さだったが、そこには技術というものが全くなかった。
 故に。

「いい加減に目を覚ましやがれだクマー!!」

 故に、ルーン文字の発光する爪を突き立てないように気を使った球磨の全力全開の張り手一発でプロトタイプ伊19号は完全に目と脳と首を回し、今度こそ完全に沈黙した。



 夜眠っていて、悪夢の中で腕をパンチをしたら、掛け布団ごと中空に腕を伸ばしていた状態で目を覚ました時のような。ハッと目を覚ますとはこういうことを言うんでしょうか。
 次に私が意識を取り戻した時に思った事がそれでした。

【メインシステム戦闘系より報告:ウェポンデバイス『試製甲標的(生体)』は外部からの不正なコマンドによりにより強制終了しました】
【メインシステムデバイス監視系より報告:内装デバイスK02の意識レベル回復を確認。艦体操作の一次優先権をK02に復帰させます】
【メインシステムデバイス監視系より報告:状況D4の終了を確認。メインシステムは戦闘モードを終了し、通常モードで再起動します】
【メインシステム統括系より報告:メインシステムは戦闘モードを終了します... ... ... メインシステム、通常モード、再起動します】

 そして脳裏を高速でスクロールしていく各種報告を余所に、私の開いた目に飛び込んできた光景。
 それは、

『球磨ちゃんのドキドキ植樹体験コーナー、始めんぞグマ゙ァァァー!!』
『球磨さん待って! 死ぬ! そんな太いのひよ子ちゃん死んじゃうから!!』

 それは、巨大な樫の木(※『Where is my acorn?』と小首をかしげる可愛いリスのぬいぐるみ付き)を小脇に抱えた球磨さんが、全速力でこちらに突撃してくる光景でした。

「え? あ? は、ほあぁ!?」

 それを咄嗟にしゃがんでかわすと、おそろしく冷たい目つきをした球磨さん(顔面に無数の吸盤の跡あり)と目が合いました。

「……どーやら今度こそ戻ってきたみたいだクマ」
「……はい?」



 本日の戦果:
 護衛目標『重巡リ級のサンプル』『軽母ヌ級のサンプル』の護送は完全に成功しました。
 Team艦娘TYPEの行動食4号の興味は完全にそちらに移りました。
 帝都湾内における、深海忌雷の掃海に成功しました。
 ブルネイ泊地第13艦隊に所属する潜水艦娘『伊58』の拿捕に成功しました。
 ブルネイ泊地第13艦隊に所属する他の潜水艦娘らの拿捕に失敗しました。掃海部隊による捜索も失敗しました。追跡不能。

 各種特別手当:
 大形艦種撃沈手当
 緊急出撃手当
 國民健康保険料免除

 本日の被害:
 潜水艦『プロトタイプ伊19号』:中破(Team艦娘TYPE所属。装甲表面損傷、頸椎デバイスに微弱な応力異常、部分的な超展開の実行乱用による提督・艦娘・一部艤装の混在化、DJ物質からのD汚染、超展開用大動脈ケーブルの異常劣化etc etc……)
 重雷装艦     『北上改二』:健在(有明警備府所属)
 駆逐艦       『叢雲改』:健在( 〃 )
 戦艦        『長門改』:健在( 〃 )
 駆逐艦        『秋雲』:健在( 〃 )
 提督     『比奈鳥ひよ子』:肉体的には健在( 〃 )

 軽巡洋艦      『球磨改』:小破(横須賀スタジオ所属。表皮装甲に軽傷。ネイルアート全損。超展開用大動脈ケーブルの異常劣化、主機異常加熱etc etc……)
 潜水艦      『伊58号』:鹵獲(艤装解体の上、腐れ谷最終処分場に引き渡しの事)

 各種特別手当:
 入渠ドック使用料全額免除
 各種物資の最優先配給

 特記事項:
 プロトタイプ伊19号(以下プロト19)は実戦データ採取目的のため本日現時刻をもって、Team艦娘TYPEより有明警備府、比奈鳥ひよ子少佐の麾下艦隊へと移籍するものとする。
 比奈鳥ひよ子少佐は、Team艦娘TYPEに対し、定期的にプロト19の各種データを提出する事。
(※提出先の住所宛先郵便番号および、TKT各職員からの送ってほしいデータのリクエストは後日応募ハガキにて郵送する)

 以上



 真っ赤に傾いた太陽に照らされたアスファルトに響くのは、大掛かりな護送車両のアイドリング音。

「横須賀湾発、三浦半島南端沖の人工島『腐れ谷』最終処分場行き。艦娘護送車が1……よし、OK。バード4よりママ・バード。バード4よりママ・バード。護衛目標の全車両の出発準備完了を確認。車両に異常無し。周辺に異常無し」
『ママ・バード了解。引き続き周辺の警戒を厳となせ』

 黄昏時の、帝都の高速道路。
 消えゆく赤色と薄暗い影色のコントラストがやけに綺麗に見える都市街を眼下に見下ろす、とある川の橋の上。
 そこが今日の私達――――有明警備府第一艦隊のお仕事場所です。
 今日の護送対象は冷凍マグロではなく、艦娘の伊58号、通称『ゴーヤちゃん』です。私は詳しく知らされていなかったのですが、帝都湾に潜んで実弾演習やってたとの事。あの大騒ぎの後で叢雲さん達が捜索したところ、海底の残骸の下に埋まって隠れており、そこから複数の甲標的を操作していたそうです。叢雲さん達が見つけてなかったらどうやって脱出するつもりだったんでしょうか。
 そしてそのゴーヤちゃんは、さっきから車の中でうつむいたまま、一言も発さず、動かずのままでした。

「……」
「バード4了解。交信終了(アウト)……と、言いたいところなんですけど」
『ん? 何よ?』

 バード1――――叢雲さんが私の呟きを聞きつけたのか、聞いてきました。
 腕時計を見て最終確認。うん。間違いない。

「バード4よりバード1。あと5分だけ出発を待ってもらえませんか」
『それは構わないけど……何かあるの?』
「はい。そろそろかしらね……ね、ゴーヤちゃん。ちょっと外を見てもらえる?」

 琥珀色の時間が終わり、紺より暗い鉄紺色に染まり始めた空。地平線の向こう側に隠れ始めた太陽。赤なのか黒なのかもうハッキリとしない光で塗りたくられたビルと街と道路。
 そこに、

「あ……」

 そこにぽつぽつと灯り始めた、ダイヤモンドのように輝く、小さな小さな無数の光。
 夜の輝き。電気の色です。
 あちらでまばらに輝くのは住宅街の街灯でしょうか。あのあたりで川の流れのように規則的に動いているのは大きな道路を走る自動車のヘッドライトでしょうか。

「帝都の燃料事情も、最近では回復傾向にあってね。数日に一度はこうして、配電制限が解除される日があるの。それが今日」
「……」

 ゴーヤちゃんは、大きく目を見開いて、半開きになった口の端から小さな溜め息のようなものを出しながら、その光景に見入っていました。
 清少納言は秋は夕暮れとか言っていましたが、都市も夕暮れです。電気の付き始めた今この時間帯こそが一番綺麗だと思います(※筆者注釈:都市の夕暮れは良いぞぉ。そんな時間まで外回りが稀に良く有る社畜が見た光景なんだから実際間違いない)。

「この景色は貴女が。ううん。貴女達が運んできた燃料が無かったら見られなかった景色よ。良くやったわ。だから胸を張って」
「……は」
「ん?」
「……ゴーヤは、その言葉……っ、て、提督に、……っ! 提督に言って欲しかったでち……!!」

 転落防止の鉄柵を握りしめ、夕焼けの残滓すらも消え始めた遠くの景色に魅入ったまま、ゴーヤちゃんは静かに涙を流し続けていました。
 いつまでも。いつまでも。








(エピローグ)

 あれから数日後の事です。ゴーヤちゃんを送り届けた直後に突如として『行動食4号! 貴様どうしてこんなに面白そうなの(素材)放っておいたんだ!』と叫んで乱入してきたTeam艦娘TYPEの方々に連れ去られ、押し込められたTKT本部の病室(※翻訳鎮守府注釈:『けんさしつ』と読む)からようやく解放され、押し込められたついでに治療と散髪も済ませて有明警備府にようやく帰って来たのがつい昨日の事です。

「そういえば、プロト19ちゃんはもう着いた頃かしら」

 そして、TKT本部の病室(※翻訳鎮守府注釈:『けんさしつ』と読む)で説明されたところによると、どういう経緯があった故かは分かりませんがプロトタイプ伊19号こと、プロト19(イク)ちゃんが私の麾下艦隊に加わる事になり、有明警備府に着任してくるのがまさに今日だったのです。

(せっかくだし前髪、もう少し弄った方が良かったかな……?)
「ひよ子ちゃーん、そろそろ歓迎か、い……が……」

 トイレの鏡の前で身だしなみをチェックしていると、プロト足柄がやって来て、私の事を見て固まってしまいました。

「……ひ」
「? どうしたんですか?」
「ひ、ひよ子ちゃんがオシャレしてる!? 何か垢ぬけた感じの髪形してる!?」
「え、え? え?」
「まさか……まさかひよ子ちゃんが、ひよ子ちゃんが私よりも先に男を知ったぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「え、え、え!? あれ、何で前髪弄ってただけでそんな話になってるの!? ていうかプロト19ちゃん女の子だし!? 忌雷ちゃんは人じゃないし!?」
「男どころか人型ですら無かったぁぁぁァァァ!!!!」
「ご、誤解です! 誤解ですってばぁぁぁ!!!」


 ひよ子が男を知った。人型ですらなかった。
 大声でそう絶叫しつつ女子トイレから半泣きで飛び出してきたプロトタイプ足柄のその声を聞いた、本日の調理担当の比叡はいつもの白米ではなくお赤飯カレーにしようと決心し、お掃除担当の軍属のオバちゃんは『若いって良いわよねぇ』と意味深な笑い顔を浮かべてお掃除を続行し、今度のコスプレ天下一舞踏会に着ていくコスチューム選びに悩んでいた駆逐娘の夕雲は『春だからかしら。なら弾幕projectのリリーカサブランカのコスにしましょうかしら、それとも無難にブラックサレナ……?』と更に悩む事になり、〆切から解放された秋雲はイラスト描きとしては最高級のネタを逃した事に血の涙を流して悔しがり、塩太郎は『ひよ子が男を知った』の時点でショックのあまり力加減を誤ってレンチを締め付けすぎてボルトの頭をねじ切ってしまい『人型ですらなかった』の時点でショックのあまり同体積の塩の柱と化した。

 比奈鳥ひよ子少佐の東奔西走の結果、彼ら彼女らの誤解が完全に解けたのは、プロト19着任の歓迎会よりもずっと後の事になった。
 有明警備府は、帝国本土は、とりあえずは平和だった。
 とりあえずは。










 本日のOK(作中で説明する余地無かった今回の登場キャラ紹介ここでします)シーン


 塩柱 夏太郎(シオバシラ ナツタロウ)

 有明警備府に所属する整備兵。通称『塩太郎』
 筆者の脳内における外見上のイメージは武内P(モバマス)とかランデル伍長(パンプキン・シザース)とかのような、身長高くて筋肉質でおっかない無表情だけど、でもあんま怖いオーラは出してない系の人。
 ひよ子に懸想しているも、口にも顔にも行動にも出せないヘタレ。
 精神的に過度のショックが掛かると同体積の塩の柱と化す特技を持つ。


 潜水艦娘『プロトタイプ伊19』

 ジェル状デバイス改良型艦娘。
 航巡娘『鈴谷改』で得られたデータを基に、深海凄艦の自我伝達触媒「DJ物質」を極限まで活用した艦娘。

『DJ物質に直接身体を接触させることで、超展開中じゃなくても操作機器を介さずに艦を操作できるんじゃね?』
『それだと鈴谷改と同様にメンテや掃除が大変だ。だから専用の有線パイロットスーツを用意して、その中だけを満たそう』
『『『鬼才現る』』』

 との考えから、搭乗する提督は専用のパイロットスーツ(触手服)のみを身につけた状態でジェルを中に入れられた。しかし人間の方が拒否反応を示すことが多く、有人運用の際には大変良く訓練された提督を用意する必要がある。
 また、パイロットスーツ(触手服)の中にのみ充填されているはずのDJ物質が当たり前のように外部に漏れ出す事と、DJ物質が人間の精神に与える影響に関しては、明らかになっていない。
 なお、このプロトを初めとして、全ての『伊19』には大量のDJ物質を短時間の間に外皮装甲の表面より分泌する事が可能であるが、これはDJ物質から微量に放出されてるPRBR値が深海凄艦にある程度の誤認性を与える可能性があるとの考えおよび、DJ物質特有の粘性がソナー反射率および接触機雷の信管をある程度誤魔化すため、意図的に分泌させる仕様になっており、故障やバグではない。

 なお、どうでも良い事だが、性的快楽の爆発的な増大によって潜水艦娘との超展開適性は後天的に向上するという仮説は、先行量産型の伊19らによる追試の結果、誤りだったと判明した。
 この事から正規量産型の伊19では触手服をオミット。DJ物質もゲル状に加工した後、艦長席と手すりにシートのように張り付けるという手法が採られた。


 試製甲標的(生体)

 帝都湾内で鹵獲された深海忌雷のうち、触手部分に刺胞が無い突然変異体を再利用した兵器。主にプロトタイプ伊19号および伊19号(先行量産型)が運用する。
 二液混合式の強酸爆薬が詰まっている薬嚢を2つとも【外科的摘出/Surgical Extraction】した後、忌雷の本体部分の最奥部にある、脳に相当する部分にコントロールロッドあるいはケミカルボルトを埋め込み、外部から無理矢理コントロールして運用する。
 当初は無人偵察機やリモコン爆弾のような運用が予定されていたが、比奈鳥ひよ子少佐は忌雷を片腕に巻き付かせて、その触手を中・近距離戦用兵装として運用していた。
 後日、技術交換の一環として射突型酸素魚雷の設計図と共に第三帝国へと現物が引き渡された。

 なお、第三帝国で見せた宴会芸『エーブリエタースの先触れ』はあまり好評ではなかったようだ。特にZ3には。




 本日のNG(誰得の登場してないキャラ紹介)シーン


 南方凄戦姫

 その存在を筆者に完全に忘れ去られていた娘。思い出したのは栄光ブイン本編の完結目前。
 多分もう出てこない。


 第1ひ号目標群

 ブイン基地第二部があっても多分名前くらいしか出てこないと思うので、とりあえずここで設定公開。
 姫種の中では最も古い深海凄艦。その正体は、クロスロード作戦に参加しビキニ環礁沖で沈み眠っていた全ての艦艇が再浮上したもの。これら一艦一艦の全てが第一ひ号目標である。
 現在、群体の中には艦娘の『長門(戦艦)』『酒匂(駆逐)』『プリンツ・オイゲン(重巡)』に酷似した個体が3体確認できる。
 サラトガ? ああ、彼女ならイニストラードの月の中で寝てるよ。13マナくらい払えばやって来るんじゃないかなぁ。

 発見当初は人どころか既存の深海凄艦ですらない形をしており、PRBR検出デバイスの反応こそあれど、その形状から単純に『亡霊艦隊』だの『幽霊船団』だのと呼ばれていた。
 そのため一部のファンや学者の間では、最初の人型深海凄艦である泊地凄鬼を第1ひ号目標と呼ぶべきだという声もあるが、PRBRの波形や数値を比較してみたところ、やはりこちらが第一ひ号目標であるとTeam艦娘TYPEより判定が下された。
 その後、一隻ずつ徐々に深海凄艦らしい姿形へと変化していったが、受動的な防衛行動以外の攻撃性は無く、ただビキニ環礁近海を遊弋するだけの無害な存在だった。調査団が接舷して、長門を初めとする各艦からサンプル片を採取しても静かなままであった。
 だが、クロスロード組初の艦娘『長門』がロールアウトしたのと同時に事態が急変。群れの内の一体が長門と酷似した形状に急速に変化し、群れ全体も攻撃性を増した。原因は不明。
 その後も、クロスロード作戦に参加した艦娘がロールアウトされる度、群れの中にそれと酷似した個体が一体ずつ発生している。やはり原因は不明。

 時折、長門に似た個体の背ビレが青白く輝くのは何故だろう。


 駆逐艦娘『春雨改二D』

『深海凄艦の力をもって、深海凄艦を征す』

 Team艦娘TYPEの年頭挨拶にもあったこの言葉を実現するべく開発がすすめられた艦娘。
 D系列艦と呼ばれる艦娘の完成系。
 D系列艦開発計画は元々、ラバウルの故むちむちポーク名誉会長が晩年に企画し、旧ブインの故 井戸水技術中尉(故 井戸大佐)との合同プロジェクトとして進められていた。彼らの死後、行動食4号がプロジェクトを引き継いで完成させた。
 鈴谷改、伊19号などの、最初からD系列艦として建造された初期のD系列艦とは異なり、深海凄艦の手法を真似て、ごく普通の駆逐娘『春雨』を改造している。
 いわゆる『深海凄艦らしさ』にこだわった艦娘であるが、深海凄艦由来の技術や素材をふんだんに使用し過ぎた結果、人類への殺意と憎悪のコントロールが不可能となり、艦娘として若干の破綻をきたしてしまった。

 現在は建造元のバビロン海ほたるの一部を破壊して外洋に逃走。第8ひ号目標(個体識別名:駆逐凄姫)として精力的に活動中である。


 駆逐艦娘『天津風』

 駆逐艦娘『島風』のオプションユニットとして建造されている『連装砲ちゃん』の更なる改良と効率的な運用方法の発見を目的として開発された艦娘。
 建造には島風で培った技術がそこかしこで生かされており、また逆にこの天津風で得られたデータが島風にフィードバックされたりと、第二次世界大戦当時とは微妙に立場が異なっている。ただし速度はあまり出ない模様。
 この天津風(というか連装砲くん)の運用データを元に、後の秋月型駆逐艦娘(というか長10センチ砲ちゃん)の開発はスタートした。島風の試製ゴルディオン連装砲ちゃんのそれもしかりである。
 因みに以下の一覧は、秋月型(というか長10センチ砲ちゃん)の開発がスタートするまでに開発された連装砲くんシリーズより一部抜粋したものである(順不同)

 スタンダード連装砲くん
 スタンダード連装砲くんC
 スタンダード連装砲くんK
 スタンダード連装砲くんH
 スタンダード連装砲くん改
 スタンダード連装砲くん改二
 スタンダード連装砲くん改二 甲
 スタンダード連装砲くん改二 丁
 ディフェンシヴ連装砲くん
 テンタクル連装砲くん
 サイクロン連装砲くん
 ファイヤー連装砲くん
 シャドウ連装砲くん
 ニードル連装砲くん
 アンカー連装砲くん
 カメラ連装砲くん
 ドリル連装砲くん
 ライフ連装砲くん
 ビースト連装砲くん
 セクシー連装砲くん
 ゴールド連装砲くん
 ダイヤモンド連装砲くん(※開発コストは駆逐娘'S『雑木林』のおよそ720隻分)

(俺の頭の中の艦娘は前述の鈴谷改といい、この天津風といい、どうしてこんなにもR臭いんだ……)






 本日のOKシーン2

「……やっぱり、計算が合わない」

 そして、そんな平和な喧騒の一階層上。有明警備府の第二艦隊の執務室では、脳裏に浮かんだ演算結果に対して厳しい表情を浮かべていた。
 そんじょそこらの叢雲ではなかった。腰まで届く髪は銀薄水、瞳は琥珀、意志の強そうな太眉、頭の横で浮かぶ一対の角耳型艤装は他の基地や泊地、鎮守府の叢雲達と同じだし、ボディラインがモロに出る制服だって他の叢雲達と同じ。今は手に無いが格闘戦用の電探槍の形状もリーチも出荷時に付属していたやつそのまんまだ。
 だが、彼女の頭の横で浮かんでいる角耳型艤装にはLANケーブルが挿入されており、その反対側にはそれぞれ、北上改二と古鷹改二がLAN直結していた。
 叢雲が改二型艦娘の演算能力を――――それも二隻分を一度に!――――使ってまで計算していたのは、先の帝都湾内での騒動、そこで現れた魚雷と忌雷の軌道計算である。当日の気象条件、風位、海流、敵味方の初期配置、単位時間ごとの移動経路、兵装使用のタイミング、各兵装やデバイスの実スペック。
 兎に角手に入れられる情報を全て入力して、改二型二隻分の演算処理能力でシュミレーションを繰り返していた。
 叢雲はあの日あの時の光景を思い出す。

(……)

 海底の鉄塊に先制爆雷を食らわせてやった瞬間。ソナーが潰れたその後のたったの十数秒間。海面下スレスレを航行する雷跡。どこからどう逆算しても、魚雷が発射されたであろうその瞬間、発射予想地点には、計算上、何もなかったはずである。仮に、どこかに潜伏していたカ級なり甲標的なりが発射地点まで急行したのだとしたら、現在判明している最高スピードと加速力の数字にゼロを一個足さなければならない事になる。
 突如として海中に出現した4基の深海忌雷と潜水カ級が3。こちらはもっと意味不明だ。30秒前のアクティブには何も引っかからなかったのに、海底からもある程度の距離がある海中に、突然である。

「……新型のステルス潜水艦? いえ、だったら最初っからソナーに引っかかるはずが無いし、あの甲標的の反応が出たり消えたりしてた説明が付かないし……ああ、もう! なんなのよ!?」

 ああもう全々意味分かんない! と髪をワシワシと掻きむしる叢雲のケーブルに引っ張られて、使えるシステム資源の九割九分を演算処理に注ぎ込んでいるため白目を剥いて微動だにしない古鷹と北上の上半身が何の抵抗も無くカックンカクンと左右に揺れる。
 そして、これ以上考えていても全く分からないし進展もないと判断した叢雲は自我コマンドを入力。LAN直結された古鷹と北上の2人に正規の終了コマンドを送信し、並列接続を終了させる。
 システムが正しく終了された事を伝える報告が叢雲の脳裏に浮かぶのと同時に、2人のうなじの生え際に隠されるようにしてある接続ポートからLAN端子が自動的にイジェクトされる。それとほぼ同時に2人が目を覚ます。

「……頭痛い゙……」
「あ、叢雲ちゃん。もう終わったの? 今日は随分と速かったみたいだけど」
「二人ともありがとうね。2人もいたから二倍どころか二乗の速度で終わったわ」

 初めてのLAN直結に頭を抱えて蹲る北上とは対比的に、何事も無かったかのように乱れた居住まいを正す古鷹。
 そんな二人に叢雲はあらかじめ用意してあった統一規格燃料の注がれた小樽を手渡しする。溶かしこんだパウダー・フレーバーの銘柄は北上は『抹茶バナナ』古鷹は『ピュア・ミラディン(あら挽き微糖)』

「とりあえず出せる演算結果は全部出しといたわ。余計意味分かんない結果になったけど。長門には後で私からデータ出しとくわ」
「そう。じゃあそろそろ夕飯だから私達も下に降りよっか」
「あ゙ぉ~……」

 未だに不快感に呻き声を上げる北上に肩を貸し、強制的に食堂へと連行を開始する古鷹。本日は金曜日。比叡カレーの日である。敵前逃亡は許されない。

「……」

 心の中が、見えない不安で満たされているのはきっと今回のカレーの症状が怖いからだ。叢雲は強引にそう結論付け、先に降りて行った二人の後を追った。
 見えない潜水艦につけ回されているかのような真っ黒い不気味な不安を心の奥底に押し隠して。
(今度こそ終れ)



[38827] yaggyが神通を殺すだけのお話
Name: abcdef◆fa76876a ID:d6268c3c
Date: 2017/04/13 17:58
※ちょっと前に『君の名は』見てきました
※少し前に劇場版艦これ見てきました
※その二つが筆者の脳内で化学反応を起こした結果がこれです。
※突貫で書いた故のやっつけクオリティ要注意。
※この世界線では、艦娘はクローン量産されています。ですので、あなたや筆者の所属先の●×が必ずこうであるとは限りません。
(※2017/04/11初出。同4/12、本文中の内容が、現在執筆中の話と致命的に矛盾していたため、一部修正しました)



 やっと目を覚ましたのね
 それなのに何故目を合わせようとしないのかしら

            ――――――――新生ショートランド泊地の『サディスト』神通改二から、仮病を使って訓練サボった黒潮へ




「しかし、お前が訓練量を測り間違えるとは珍しい事もあったもんだな」
「もう、言わないでください。提督。私だって反省していますから……」

 新たなる最前線、新生ショートランド泊地と聞いて、当事者達以外が真っ先に思い浮かべるのは最高級の素材と最新の防犯システムで守護られ、無数の兵器でハリネズミのように武装した難攻不落の大要塞と、深謀遠慮の提督に率いられた百戦錬磨の艦娘達、そして純白の砂浜の波打ち際にずらりと並べられた無数の下駄履き――――水上機の群れ。おおかたそんなところだろう。
 まぁ、大体あってる。
 実際の新生ショートランド泊地の中核を成す作戦司令室と通信設備のある六角形型の本棟(という名前の南国リゾート式コテージ)を中央に置き、その周囲に艦娘の寝泊まりする艦娘寮(という名前の南国リゾート式コテージ)や入渠施設、食堂(という名前の南国リゾート式水上コテージ)と医務棟、少し距離を置いて各種兵器や艤装の開発・修理を行うごく普通の波板トタン製の工廠、更に距離を取って対爆コンクリートと重合金製の結界隔壁で鎧われた業務用エアコン完備の半地下式の弾薬保管庫、そして最後に工廠真横の海底を掘り起こして深度を確保したコンクリート製の出撃港を配置して、それぞれを本棟と連絡通路で繋げば新生ショートランド泊地の完成だ。誠に遺憾長良一般に想像されているような重厚長大な要塞なんてものは無い。
 そういうのは南方海域の総司令部として機能している新生ラバウルや、有事の際の防衛拠点として期待されている、お隣の新生ブイン基地の話である。
 あるのだが、その新生ブインは現在建設中である。まだ基礎工事も終わっていないようだし、完成して人がやって来るのはいつになるのだろう。
 閑話休題。
 ここ、新生ショートランド泊地は南方海域の攻撃拠点としての機能を期待されて――――つまりは攻勢任務を一身に引き受けて――――いるため、予算や各種リソースの大多数が艦娘や艦娘関連の各種機材資材につぎ込まれているのである。新生ブインよりも早く開通したのもこれが理由の1つである。だってアイスクリーム製造機が十台もあるのに泊地の防空機銃が12.7ミリの十丁と、個人携帯用のスティンガーミサイルしかないんだぜ。基地の防壁にいたっては島で伐採した丸太と土嚢だし。
 そして現在、その工廠と出撃港の間に細く伸びている未舗装の土道を、1人の提督と1人の艦娘が並んで歩いていた。

「黒潮ちゃんには悪い事をしてしまいました……口から泡を吹いて倒れた程度で入渠させるなんて、訓練教艦失格ですね」
「……………………ま、まぁ、お前が逸る気持ちは俺も分かるがな。次に予定されている大規模作戦……噂話の段階だが、いよいよアイアンボトムサウンドへの再突入だそうだ」
「アイアンボトムサウンド……」

 神通の、見舞い用の果物籠を握る手に力が入る。
 この南方海域に勤務している者らの中で、否、帝国軍人と艦娘の中でその名前を知らない者はいない。
 未だに復旧作業の終わらぬ沖縄に深い破壊の爪痕を残した、黒い台風とでもいうべき深海凄艦の大群団は、まさにここからやって来たというのだから。
 そして、世界で最初にひ号目標――――深海凄艦の上位存在たる姫を撃破したのが、まさにそこであるのだから。

「そうだ。あのコロンバンガラ・ディフェンスラインの向こう側への強行偵察だ。我々の任務は2つ」

 提督が指を立てる。

「1つ。露払いのために、コロンバンガラ・ディフェンスライン周辺から敵を完全に駆逐し、次の作戦の中継地点となる旧コロンバンガラ島に物資を運び込み、仮設の飛行場を設営する事。2つ。そこを仮の攻勢拠点としてアイアンボトムサウンドへと突入し、同海域およびガダルカナル島の現状を確認する事だ」
「……出撃ならば喜んで。ですが、人工衛星からの情報は欲しかったですね」
「うむ。まったくだ。まさかケスラー・シンドロームで南方海域の偵察衛星だけが破壊されていたとは、何とも、まぁ」

 一級戦線に格上げしたなら、ついでに新しい人工衛星も打ち上げておくれよ。と提督はぼやく。

「おまけにトラックからの救援要請だ」
「救援……ですか?」
「ああ。何でも艦娘のMIAが頻発しているらしい。単独でいるところで、戦闘があった訳でもないのに、だそうだ」
「他国の工作員の可能性は?」
「痕跡ひとつ残さず、次の定時報告までの間に普通の軍艦一隻を拉致できる奴らなんぞ俺は知らん」

 提督の表情が険しく鋭くなる。神通は普段通りの儚げな俯き顔のままだ。

「故に、トラックにはショートランド最高戦力のお前に行ってもらう。俺も行く。その間の指揮艦代理を――――」
「黒潮ちゃんです」

 普段通りの儚げな俯き顔のまま即答した。

「まだ訓練生扱いしてなかったけか? お前」
「はい。ですが練度は十分かと。候補は他にも陽炎ちゃんと不知火ちゃんの2人がいたのですが、陽炎ちゃんは普段から駆逐の娘達のまとめ役となっていますが、アラは多いし突発的な事態には咄嗟の判断が遅れる傾向があります。不知火ちゃんは逆にアドリブでの戦闘に強いですが、全体を見て状況を把握するのが不得手です。そして黒潮ちゃんですが、戦闘能力は今の2人ほど高くないのですが、状況判断能力とアドリブでの対処能力、戦場での視野の広さがあります。事実、彼女を旗艦に据えた際の演習では、私相手に一番長く隊の皆を生き残らせていますし。他の駆逐の娘達は論外です」
「……やっぱお前、訓練教艦だわ」
「もう、からかわないでください」

 訓練切り上げて見舞いもちゃんと来てるし。と微笑む提督から逃げる様にして神通が、辿り着いた医務室の扉に手を掛け、一瞬止まった。
 部屋の那珂から何人かの笑い声がする。痙攣と同じメカニズムで起動させた神通の索敵系は、扉越しに拾ったIFFパターンと声の波長と話し方のクセから、自分の麾下艦隊所属の陽炎と不知火だと判断した。どうやらもう談笑できる程度に回復したようだ。
 良かった。もう回復したのね。後遺症もなさそう。神通が心の中だけでそう安堵した。


『――――しっかし、神通教官、見事に騙されてくれましたなぁ』


 扉に手を掛けた神通の動きが完全に硬直まる。

『黒潮~、アンタ演技上手すぎでしょ。共有ステータス表示までレッドライン表示だったじゃない。どうやったのよ? お姉ちゃんに教えなさいよ』
『それは不知火も興味があります』
『ああ、それは簡単な話や。そういうの装うプログラムの1つを使うたんや。最前線の部隊が、無茶苦茶な命令から『艦娘システムに重大な障害あり』って言うて逃げる時に使うんやて』
「……」

 神通は、果物籠を片手に、ドアの取っ手に手を掛けたまま身動きしない。すぐ背後にいた提督も、神通の出方に細心の注意を払っており、微動だにしない。

『アンタ、そんなヤバイのどっから仕入れ……って、企業秘密よね。いつもの』
『堪忍したってやー。この仕入れルートばっかは陽炎姉ちゃんでも教えられへんのや。代わりに、神通教官が長距離航海訓練から帰ってくる明後日までに飴ちゃん、仰山仕入れとくさかい』
『不知火にも是非』
『任せてーなー』

 黒潮の言う『飴ちゃん』とは、この新生ショートランド泊地に所属する駆逐娘達および一部の重・軽巡娘達らの間で密かに流通している、男優ポルノ雑誌やら本物の紙巻き煙草やら洋酒やらブレインハレルヤやら有澤重工製の工具やら着替え中の提督の生写真やらの、各種御禁制の代物の暗喩である。

 ――――成程。風紀委員のコイツが仕入業者(バイヤー)だったのか。

 道理で尻尾もルートも掴めんはずだ。と提督は驚愕半分に納得していた。
 そして神通は、うつむいたままフルフルと微かに震え出したかと思うと、手にしていた果物籠を提督に押し付けると、そのまま何処かへと走り去ってしまった。
 取り残された提督が独り呟く。

「……あーあ。可哀そうに」





「んじゃ神通教官はまだ当分訓練中やろうけど、早い内に仕入れ、を……?」
「歌?」

 仮病を使ってフリーの時間を作り出した黒潮が、今月の『飴ちゃん』の仕入れに出ようとしたその矢先、医務棟の外から音楽が聞こえてきた。

「これは……たしか『余の名は』というアニメ映画のイメージソングでしたね」
「あー。アレ。心が入れ替わった魔王と勇者が1999年7の月に落ちて来た巨大隕石を銀河のバックスクリーンまでホームランして世界を救うとかって――――」

 陽炎が最後まで言い切るよりも早く、扉が乱暴に蹴破られ、教育者がエントリーした。
 両肩に大型アンプを設置し、分厚い書類の束を小脇に抱えて訓練中にしか見せない無表情のままアップテンポに歌う神通改二だ。

「やっと目を、覚ましたのね♪ それなのに何故目を合わせようとしないのかしら?」

 何故お前は歌うのだと聞かれれば、それは那珂ちゃんの姉だからだとしか答えようがない。きっと川内型の血筋なのだろう。

「バ、バ……」
「『バカな……早すぎる……!?』? これでもできるだけゆっくりとしてきたのよ♪ 心が体を追い越すのを我慢していたのよ♪」

 驚愕を顔いっぱいに浮かべた黒潮の言葉の先を取って、神通が身体全体でリズムを取りながら、ベッドの上で脂汗を流しながら硬直したままの黒潮の元へとにじり寄る。
 この時点で、陽炎と不知火は病室の片隅に避難しており『訓練訓練自主訓練!!』『不知火は偶然ここに来て訓練をしています。黒潮とは実際無関係です』と叫びつつもの凄い勢いで腕立て伏せをしていた。

「どれから、こなそうかしら♪ 貴女がヘバってた分の追加メニュー♪ 何億、何兆回分の特訓を説明に来たんだけど、けどいざそのニヤケ面この眼に映すと♪」

 神通は訓練中にしか見せない無表情のまま、小脇に抱えていたタウンページ数冊分の分厚さを持つ書類の束をベッドの横のサイドテーブルにと積み上げる。物理的にも内容的にも致死量だ。
 テーブルに置かれた際にしたズドムという音から、黒潮はその事を察した。

「決めた全全全部これ、片っ端からやりましょう。その腑抜けた根性鍛え直すために、やりつくしてあげる♪」

 絶望のあまり黒潮が同体積の塩の柱と化す。陽炎と不知火は病室の片隅に避難しており『私って訓練大好きなフレンズなんだ!!』『訓練たーのしー!!』と叫びつつもの凄い勢いでヒンズースクワットをしていた。

「君が全全全部無くなって、塵塵になったって♪ もう迷わない、また1からシゴキ直すわ。むしろ0から、また建造してみようかしら♪」

 訓練中にしか見せない無表情のまま、事実上の死刑宣告を歌いながら告げると、制服の襟首を掴んで黒潮をベッドの上から引きずり出し、ついでとばかりに部屋の片隅に避難していた陽炎と不知火の2人も首根っこを掴み、やだやだまだ死にたくない悪いのは全部黒潮ひとりですやかまし陽炎姉ぇが唆したんやろがぬいは完全無欠に実際無関係ですうっさいだまれあんたが一番買い込んでたじゃないのよと泣き叫ぶ3人を難なく引きずりながら海の方へと歩み始めた。
 果物籠を片手に、部屋の外で事の成り行きを見守っていた提督が呟く。

「……あーあ。可哀そうに。神通の奴怒らせるなんて」




『10:00:34 神通改二は超展開を実行しました。現在のシステムは、トレーニング・モードです』
『10:01:04 黒潮改は超展開を実行しました。現在のシステムは、トレーニング・モードです』
『10:01:06 陽炎改は超展開を実行しました。現在のシステムは、トレーニング・モードです』
『10:01:06 不知火改は超展開を実行しました。現在のシステムは、トレーニング・モードです』

 ここ、新生ショートランド泊地では、演習と言えば基本的に実戦形式で行われる。
 もちろん、本土の鎮守府やそれなりに規模の大きい基地や警備府に設置されているような、空母娘数隻分の処理中枢にも匹敵する高速かつ大容量のシュミレーションエンジンを搭載したウォー・シュミレーターが無いわけではないのだが、当の艦娘達から言わせると『こっちに慣れると生身動かす時にすごい違和感がある』との事なので、設置されたはいいが放置され気味である。それはここに限った話でなくどこの基地や泊地、鎮守府においても同じ様な答えが返ってくる。真面目に使うのは精々がFCSの調整やプログラムのアップデート後のバグ取りの時くらいだ。
 初めてこれが設置された、本土のとある鎮守府に所属していた某艦娘は設営に同行した開発スタッフに対し『で、これいつになったらゲーセンに設置されんの?』と言ったとかなんとか。このエピソードは艦娘達の間では結構有名な話であり、この事から艦娘達はこのウォー・シュミレーターの事を『ゲーセン台』という、開発元の帝国海軍兵器開発局からすれば実に屈辱的な名前で呼んでいる。
 なので、演習といえば基本的に実戦形式一択にしかならず、自己ステータス設定を『訓練用・公開』に設定し、ペイント弾や模擬弾頭に換装した訓練用魚雷を腹いっぱいに飲み込み、『訓練用A』か『訓練用B』のどちらかの周波数帯に通信バンドを設定し、各艦所定の位置に着いてからシナリオ・ペーパーが各艦に送信され、状況開始となる。
 ついでに言えば新生ショートランド泊地は最前線の1つである。なので、基地施設については南国リゾート感が凄まじい事になっているが、武器弾薬間宮チケットなどの物資の配給はお隣新ブインよりもかなり優遇されている。具体的には、生産数の少ないダミーハート――――提督不在でも艦娘の超展開を可能にするという、実に謎いアイテムだ――――が本番用と訓練用として、各艦にそれぞれ2つ内蔵されているくらいには。

「3人とも超展開を終えたようですね……黒潮さんも既に、色々と出来るくらいに元気になったようですし。今回の訓練、私も少し(※)だけ頑張ります」(※平均的な駆逐娘にとっては致死量です)
「「「……」」」
「では、私は向こうで配置に着きますので、そこから状況を開始します。それではデブリーフィングで」

 普段のちゃん呼びではなく、実戦の時と同じさん付けだ。殺す気だ。
 そのダメ押しの絶望と、訓練開始前だからという油断から黒潮達に向けた無防備な背中が、黒潮の黒い意思に火を付けた。
 黒潮が自我コマンドを入力。その内容が訓練用に公開されているステータス表示の真下にポップアップする。

『10:02:01 黒潮改は12.7センチ連装砲のリロードを実行しました。設定外の弾頭です』
『10:02:01 黒潮改は酸素魚雷のリロードを実行しました。設定外の弾頭です』
「な……っ!? く、黒潮さん貴女――――」
「死ねやクソ神通ゥゥゥ!!!!」

 想定外の事態に背後を振り向いた神通の背中に、黒潮が手にしていた12.7センチ連装砲から吐き出された2発の面制圧用の有澤弾――――実弾が直撃する。
 ゴースト・ウォーヘッド。
 実弾演習の際に『消費した』という事にして秘匿された、あるいは風紀委員黒潮の『飴ちゃん』の1つとしてこの泊地にやって来た、員数外の弾薬である。

「く、黒潮……? あなた何やって……何やってんの!?」
「上官に発砲とは……黒潮、陽炎型の姉として、一人の艦娘として、見損ないましたよ!!」

 黒潮がそれを持ち込んでいた事は知っていたが、今この場で狼藉を働く理由が陽炎と不知火には全く理解できなかった。大爆発こそあったものの装甲は抜けなかったらしく、神通は何事も無かったかのように立ち上がると太腿に装着した探照灯で黒潮の目を潰しながら回避行動を実行。黒潮を中心とした右へ右への円運動で背後に回り込もうとする。
 驚愕の表情を浮かべたまま、黒潮をなじる陽炎と不知火に黒潮が必死の形相で叫ぶ。

「今や二人とも! 今が絶好のチャンスなんや!! 今ここで教官始末すればバラ色や!! 超過訓練も居残り訓練も無い、ぱらいそ泊地の完成や!!」
「「よっしゃ死ね、死ね神通!!」」

 即座に手のひらを返した陽炎と不知火もまた、艦内に秘匿してあったゴースト・ウォーヘッドに換装。逃げ回る神通に対して砲と魚雷のありったけを叩き込む。

「何が最前線泊地や! いつもいつも泊地の見えるとこで偵察艦隊同士の小競り合いか演習しかないやんけ! なんにあない過酷な訓練なんぞやってられるかボケェ!!」
「「私も同意!!」」

 身を隠す場所を求めて付近の岩礁地帯に移動していた神通の姿が水柱と爆炎に覆い隠される。この異常な状況下で忘れていたのか、点灯させたままの探照灯の光を目標にして、砲身が焼き付くまで3人が撃ち続ける。

『あ、貴女達……! 貴女達って人は――――!!』

 そしてとうとう、爆炎の向こう側にあった探照灯の光が破壊され、スピーカー越しの声も途絶えた。
 過度の緊張から息も絶え絶えになった黒潮が叫ぶ。

「……やった! やったで! ウチ大活躍や!! これで泊地の平和は守られ――――」
「驚きました。まさか黒潮さん。貴女がそんな事をする子だったなんて……」
「んなっ!?」

 驚愕する陽炎型三姉妹。背後を振り返ると、そこには、確かに全身ススまみれで服もボロボロに立っていたが、それ以外はまるで無傷の神通がいた。
 ただ、その体のどこにも探照灯も外部スピーカーもついていなかった。その二つは、先ほどまで黒潮たちが集中砲火を加え続けていた岩礁地帯、その中でも一際大きな岩柱に括りつけられていた。

「カ、カワリミ・ニンポ……!?」
「驚きました……まさか模擬弾演習で実弾を使うなんて……しかも合図も無視して、攻撃の寸前まで殺意をほぼ完全に隠したまま……」

 何が起こったのか分からなかった三姉妹だが、己らの置かれた状況を理解し始めるのと同時に、全身を震えが襲った。歯の根が噛みあわずにカチカチ鳴り響く。視界が涙で歪み、股の間から生暖かい放熱液(意味深)が流れ出す。

「貴女達の戦闘意欲と向上心と熱心さ、確かに受け取りました。この神通、未だ極め尽さぬ身なれど、全身全霊でお相手します……!!」

 神通が自我コマンドを入力。その内容が訓練用に公開されているステータス表示の真下にポップアップする。

『10:23:55 神通改二のメインシステムは、トレーニング・モードを終了しました』
『10:23:55 神通改二のメインシステムは、戦闘モードを起動しました』

「神通、行きます! 征きます!!」




 本日の戦果:
 抜き打ちの実弾演習を実施しました。

 各種特別手当:
 大形艦種撃沈手当
 緊急出撃手当
 國民健康保険料免除

 本日の被害:

 軽巡洋艦『神通改二』:健在(演習中の損傷は、計上されません)
   駆逐艦『黒潮改』:健在(演習中の損傷は、計上されません)
   駆逐艦『陽炎改』:健在(演習中の損傷は、計上されません)
  駆逐艦『不知火改』:健在(演習中の損傷は、計上されません)

 各種特別手当:
 入渠ドック使用料全額免除
 各種物資の最優先配給

 特記事項:
 黒潮改、陽炎改、不知火改は実戦出撃に足る練度と判定されました。

 以上



 数日後。

「なぁ、最近陽炎達見てないけど、どうしたんだろ?」
「本人達の強い希望でして……最前線のウェーク島泊地、そこの地獄の壁部隊に転属になりましたよ」

 神通は窓の外を見て――――遠く離れたウェーク島の地を思う。
 その少し離れた背後で、提督は両手を合わせて同じ方向に向かって拝む。

「成仏しろよ」



[38827] 【今度こそ】嗚呼、栄光のブイン基地【第一部完】
Name: abcdef◆fa76876a ID:53021686
Date: 2018/06/30 16:36
※筆者は催眠・洗脳系のエロは大好物なのですが、いざ自分で書くとなると実際難しいですね。
※あ、もう書く必要あるかどうかわかりませんが毎度毎度のオリ設定&あのキャラが●×ってなんか違くね注意です。
※週刊誌って全然読んだことないから見出しこんな感じで合ってるのかどうかよー解らんです。
(※2017/09/28初出。2018/66/30ラストシーン一部修正&OKシーンその2追加)





『今三度暴かれる海軍の隠蔽体質! 秘匿されていた深海棲艦 “姫種” に迫る!!』

 対深海棲艦戦争の事実の隠蔽、艦娘クローン問題に引き続き、帝国海軍の隠蔽体質がまた一つ白日の下にさらされた。
 つい数ヶ月前まで害獣として扱われてきた深海棲艦であるが、数日前に戦闘終息宣言がなされた台湾沖・沖縄本島防衛戦(帝国海軍名称:第三次菊水作戦)で確認された、人語を喋る深海棲艦の存在を、帝国海軍は秘匿情報として扱っていた事を今回、公式に認めた。

(中略)

 この沖縄本島防衛戦で活躍した少年提督、目隠輝君は、この写真にもあるように満面の笑みで家族と握手をした後、集まった記者団に対し――――

                ――――――――週刊エブリディ最新号より一部抜粋




 トラック諸島は夜になると、晴れていて月の出ている時はクリスチャン・ラッセンの絵画の如き美しさと明るさとなるらしい。
 その美しさと言ったら筆舌し難いらしく、そこに置かれているトラック泊地に所属する重巡娘『青葉』を筆頭に、手すきの艦娘や人間らでスマートフォンで撮影したものをWispetterなどのSNSにアップロードしてみたり、今はもうレトロなアンティークと化したフィルム式カメラで写真を撮り溜めて写真集を作っては小銭をため込んでいる本土の趣味人達相手に売り捌いているらしい。

 ――――どこに……どこに消えた?
【提督。光学デバイス、感度最大値に設定しました。感無し】
 ――――パッシブソナー。
【感無し】
 ――――RWR。
【感無し】

 だが、今日ばかりは運が無かった。一筋の月明かりさえも遮るブ厚い曇り空だった。
 晴れでも曇りでもトラック諸島の夜は深いが今日のは一際暗かった。周囲一帯、360度全てが水平線で、真っ暗闇だった。人工物の明かりなど存在していないし、この提督の搭乗している神通改二――――もちろん、超展開中だ――――もまた、被発見のリスクを抑えるために全ての明かりを消し、パッシブ以外の索敵系を全て封印し、海面付近にしゃがみ込んで異変に対応していた。
 状況はこうだ。
 ここ最近、トラック泊地では艦娘の行方不明が相次いでいた。一人で海の上にいる時を狙われているらしく、次の定時報告に応答がなく、捜索部隊が捜しても見つからないという事が相次いでいた。消えた艦、というかトラック泊地の艦娘には提督不在でも超展開を実行可能にするダミーハートが搭載されているはずだから、仮に交戦したとしても何も出来ずに沈められたというのは考え辛く、だからこそ原因がはっきりしないのだ。
 この捜索に、神通に乗り込んでいる彼――――新生ショートランド泊地の提督は、古くからの友人であるトラック泊地勤務のとある提督からの救援要請を受け、ショートランド最高戦力である自身の秘書艦、神通改二と共にトラックにヘルプ戦力としてやって来た。そしてブリーフィング後に、こう言い出したのだ。

 ――――じゃあ、囮に発信機付けて釣り出しましょう。

 それは、トラック泊地でも考えられていたがなかなか志願者が集まらず、かと言って強制させる訳にもいかないからと放棄されかかっていた作戦であった。
 肝心の囮には神通とその提督が志願。発信機と、自前で持ち込んだ強行偵察部隊向けの超強力な一方通行のデータ送信機を積み込んで、その日の夜に出撃となった。妙に急いているが何かショートランドでやり残したことでもあったのだろうかとトラックの面々は思っていたが、不利益にはなるまいと考え、いつでも夜間出撃できるように泊地近海に待機して――――もちろん、囮役の神通以外の各艦は互いを目視確認できる程度に距離を近づけて――――いた。
 そして作戦開始から約四時間後の、〇〇〇〇時。今から約三〇分ほど前。日付が変わるか変わらないかという頃に、異変が起こった。
 改二型となって徹底的に強化された索敵系がほんの一瞬、ほんの一瞬だけ、PRBR値の変動を検出したのだ。誤差にも満たない揺らぎのような微弱な反応だったが、神通は劇的に反応した。
 痙攣と同じメカニズムで神通が索敵系を起動。それからゼロコンマ数秒未満後に反応があった方向に監視カメラの1つを振り向けてみると、そこには、真っ暗闇の中に浮かぶ、青白い複数の小さな鬼火に照らし出された、人型の深海棲艦が一隻いた。
 神通達が何をするよりも先に、鬼火も人型も闇に消えた。ほんの少しだけ、囁くような音量の笑い声だけを残して。
 この短い時間ではさしもの改二型の索敵系も満足な仕事が出来なかったようで、あの深海棲艦は真っ黒なセーラー服を着た、青白い輝きを瞳から放つ、長い黒髪の人型という事しかわからなかった。
 罠だ。深海魚どもの罠だ。
 その事実に気が付いた神通と提督は即座に超展開を実行。超展開の実行時に、艦娘と搭乗者を保護するために意図的に発生させている純粋エネルギー爆発の爆音と閃光を目くらましにしてその場を離れ、トラックに『敵艦見ゆ。追跡開始』とだけ送信して無線封鎖し、現在に至る。

【あの、提督。PRBR値の解析、速報でました。脅威ライブラリに該当なし。未確認識別個体です。ですが……】
 ――――?

 言い淀むとはお前らしくも無い。そう考えた提督の意識が神通に流れ込むのと同時に、神通の不安げな概念もまた、提督に伝わってきた。

【……ですが、類似した波形が一つ。鬼です】
 ――――鬼……だと!?

 帝国海軍で鬼と言ったら真っ先に浮かぶのは一つしかない。ハワイの白鬼、泊地棲鬼の事である。神通の不安げな概念もそれが原因である。
 人型の深海棲艦としては世界で一番最初に確認された個体。ハワイの大虐殺の主犯。パナマ運河狙撃の実行犯。
 そして、合衆国の空・海軍の全力出撃をほぼ単独で10回も押し返し、成功を収めた11度目ですらコイツ一人のために核の集中運用が大真面目に検討された、深海棲艦の切り札的存在だった個体だ。
 だが。
 だが、あれはもう、完全に死んでいるはずだ。帝国本土に運ばれてきた鬼のさらし首はテレビ中継でとは言え自分だって見てたし。

【どういう、事でしょう……】
 ――――たしか、西方海域のカスガダマ島で、鬼の量産型と思わしき個体が出たという噂を聞いたぞ。たぶんソイツの事じゃ――――!!

 視界の端で、再び青白い鬼火が揺らめいた。そして振り向くよりも先に消える。先手を取られた神通と提督がその場にしゃがみ込み、その姿勢のまま身構える。
 五秒が過ぎ、十秒が過ぎても何も起こらない。
 優に一分は過ぎたあたりで再び、同じ方向で青白い鬼火が揺らめく。先程よりも遠い位置だった。

【気付いて……いないのでしょうか?】
 ――――……このままだと埒が明かん。行くぞ。神通。FCSアクティブ。トリガー条件は脊髄反射モード。弾種、星弾榴弾榴弾。何かあったら即発砲できるようにしろ。
【了解】

 この暗さなら星弾(照明弾)どころか通常榴弾の一発でもトラックの連中はこちらを容易に補足できるはずだが念のために一発と考え、神通の上腕部に接続されている3つの主砲塔の砲弾換装を手早く済ませる。
 それを待っていたかのようにまた鬼火が現れ、揺らめいて消える。足元すら見えない真っ暗闇のため、正確には分からなかったが、距離は変わっていないように見えた。

【……明らかに誘っていますね】
 ――――罠か。こちらの正確な位置は掴んでいないのか? だったら罠は包囲網か? それとも狙撃か?

 そう考えた提督は神通の索敵系――――特にパッシブソナーと夜間目視用の光子増幅デバイスの感度を最大値に設定し、自身の耳も澄ませて追跡を続行した。
 ここで注意するべきは敵の有無ではなくて、足の裏の感触と、海水の温度だった。
 硬い岩を踏んで痛みで目が覚めないよう、この辺りの海底一帯から、人の拳よりも大きな岩は全て丁寧に取り除かれて砂だけになっていた事に。
 冷たい波が素足に当たって、その冷たさに驚いて目が覚めないよう、この辺りの海には、人肌よりも少し高い程度に温められた深海棲艦特有の粘液――――DJ物質が大量に散布されており、この辺り一帯の海水が心地良いぬるま湯になっていた事に。
 ここが分水嶺だった。

 ――――だが、誘ってるなら。
【正体を掴むチャンスですね】

 その事にとうとう気付かずに、神通は、波音を立てて気取られぬよう慎重に、慎重に歩を進め始める。
 三度鬼火が遠くに現れ、揺れて、消える。
 神通は波音を立てて気取られぬよう慎重に、慎重に歩を進める。どこか遠くで聴力検査の時のような、あるいは静寂の中の耳鳴りに近い単調な音が鳴っているような気がした。
 四度鬼火が遠くに現れ、揺れて、消える。
 神通は波音を立てて気取られぬよう慎重に、慎重に歩を進める。可聴域ギリギリの音が別の単調なパターンに変化する。提督の耳にはそうとしか聞こえなかったが、神通にはそうではなかった。

【……提督、歌が、歌が聞こえます】

 五度鬼火が遠くに現れ、揺れて、消える。
 神通は波音を立てて気取られぬよう慎重に、慎重に歩を進める。先ほどからこれらの繰り返しで注意力が低下してしまったのか、先ほどよりも足運びが大雑把になっていて、時々波音を立てていたのだが、ゆらゆらと不規則に揺れる光を追う事に意識を割いていた神通はその事にも気が付かなかった。
 光を追えば音が意識外から神通の注意力を削り取り、音に意識を割いていると優しい光の明滅が神通の心の緊張と警戒心を無意識のうちに和らげる。ほのかに暖かい海水温もそれらの手助けをしていた。
 それから幾度となく鬼火は遠くに現れ、揺れて、消えたり現れたりを繰り返し続ける。
 神通は、波音を立てて気取られぬよう慎重に、慎重に歩を進めている。
 つもりだった。

 ――――……
【……】

 もう、この頃になると神通は棒立ち同然でになっており、今にもその場に倒れ込みそうなほど、危なっかしくフラフラするだけだった。超展開中につき神通と感覚を共有している提督もまた、それに倣っていた。
 その瞳は何も映しておらず茫洋としており、口の端から一筋の涎を垂らし、幸せな夢でも見ているのか時折、変な笑い声を微かに上げてたり、痙攣していたりした。

  ……ヨ。コッチ、コッチヨ。

 次は、耳元で囁かれた時のような小さな声が聞こえてきた。
 神通は何の疑問も違和感も持たず、その声の方へとザブザブと波を立てて歩を進める。人肌よりもやや高めのぬるま湯と化していたため、乾いていた内腿や手に水飛沫が当たっても意識が回復する事は無かった。むしろもっと、全身で浸かっていたいとさえ思っていた。
 そして、神通が鬼火にある程度近づいた所で、その声の主がゆらゆらと揺れる青白い光に照らし出された。

 サァ、イイコダカラ。コッチニオイデ。コッチニクレバ、モット、キモチヨク、ナレルカラ。

 完全な少女型の上半身と異形の大口を模した機械の下半身、青白い肌、ボタン止め式の真っ黒なセーラー服、顔を模した胸元の黒いアクセサリー、腰まで届くストレートの黒髪は頭部の両側でお団子状にまとめられており、その瞳は勝気に吊り上がり、鬼火と同色の微かな輝きを放っていた。
 そして、異形の下半身の両側舷に接続された連装砲の砲身から、イソギンチャクの触手のような物体が何本も天に向かって柔軟に伸びており、ゆらゆらと揺れるそれの先端が青白く明滅していた。
 神通の索敵系は必死になって鬼と酷似したPRBRパターンを至近距離から検出したと警報を発していたが、提督にも、神通にも、もうそれを理解するだけの意識は無かった。

 サァ、コッチ。コッチヨ。コッチニクレバ、モット、キモチヨク、ナレルカラ。ワタシノ、イウ、トオリニシテ。

 その鬼らしき深海棲艦の言葉が神通と提督の脳に何の抵抗も無く染み込んでいく。
 危なっかしいを笑みを浮かべた神通が危なっかしい足取りでフラフラと向かうその眼前には、輸送ワ級が一隻、ミツアリのように膨らんだ腹部の格納嚢胞を解放した状態のままで海面に浮かんでいた。神通のレーダーに反応は無く、PRBR検出デバイスもこの距離でようやく反応した。恐らくは深海側勢力最新の第四世代型か、その技術を応用したステルス型なのだろう。

 サァ、ナカへ。コノ那珂……ジャナクテ、コノ中へ。ワタシノイウトオリニスレバ、モット、キモチヨクナレルカラ。
 ワタシノイウトリニスレバ、モット、キモチヨクナレルカラ。ワタシノ、イウトリニスレバ、モット、キモチヨクナレルカラ。

 収容物固定用の吸盤触手と硬化粘液で満たされたワ級の中へ、鬼らしき深海棲艦は背中から入っていく。神通も夢見心地のまま、その後に続いた。ワ級の嚢胞の中に完全に入った神通の頬に、鬼がそっと両手を添えて神通の顔を固定する。神通からは見えぬよう、指で合図を送る。
 触手と粘液が二人を包み込むようにして固定し始める。隔壁が閉ざされていく。隔壁が閉じ切るその直前まで、鬼は、神通に光と音を与え続け、囁き続けていた。神通はその全てを幸せそうな笑みを浮かべたまま受け入れていた。神通の索敵系はコマンド入力のタイムアウトにより二次優先ルーチンの処理を実行し、これまでの一連のデータを圧縮・暗号化しトラック泊地に向けて送信した。だが、そのデータの大部分は閉ざされかけた隔壁とワ級のステルス素材に吸われて消えた。
 気密が完全に確保された事を確認したワ級が移動と潜航を開始。深い深度に元から隠れていたイ級に先導され、一路秘密の泊地へと移動を開始し始めた。
 曇り空が風に乗って流されていく。月明かりが射す。
 それとほぼ同時に、雲の上から一機の夜間哨戒機――――もちろん、燃費最優先の復刻レシプロ機だ――――が到着する。先に神通が送った緊急連絡を受けて、スクランブルで飛んできた機体だった。

【こちらブラボーリーダー。神通のビーコン途絶地点に到着した。周囲に神通の姿は見当たらない。繰り返す。神通は見当たらない】

 月明かりに照明されたそこには、波に流されて消え始めた海水温度と、小さな波のさざめき、そして普段のトラック泊地の夜の暗さだけが残されていた。
 神通がいた痕跡は、もう、どこにも残っていなかった。




 俺はこれが書きたかった。そして伊13と神威と択捉来い来い祈願の艦これSS。っていうかホントにヒトミちゃん&神威来ましたー!!(5/19現在)因みに私の言う第一部とは栄光ブイン本編と番外編の有明警備府、そしていくつかの短編。この3つのまとまりの事を指します。ですので今度こそ最終話です。
 とか書いてたら気が付けば8月末を通り過ぎて時既に夏イベ終了どころか9月半ばに突入してるとか。あとホンマに夜間作戦航空要員実装されてますやん。
 ハドラー、これどういう事なの? なんでこんなに時間かかったの? な艦これSS

 嗚呼、栄光のブイン基地
 今度こそ第一部最終話『デイドリーム・ビリーバー』




 雪風は嵐の夜の夢を見る。
 これは夢だと雪風は理解している。何故ならば、あの日あの時、自分はこの海戦には参加していなかった。機関と羅針盤の故障で遅れに遅れた自分が見たのは、全てが終わってしまったその後の光景だったのだから。
 いつもの南方海域らしからぬ、時化た海面が大きくうねって波を巻き、月明かりの眩しい中でもなお白い波頭を見せては崩していた。
 そして、荒れた海面には無数の死骸と残骸が浮かんでいた。第一世代や第二世代型の駆逐種や軽巡種を中心とした、深海棲艦だったものの肉片とドス黒い油状の体液と人類製の鋼の艦艇だったものが周囲一帯に浮かんでおり、そこに紛れるようにして、一隻の、小さな救命ボートが木の葉のように大波に揺られていた。
 最後まで浮かんでいた、ボロボロに大破して炎上していた駆逐艦――――横腹に書かれていた『DDみゆき(KM-UD)』の白文字が、やけにはっきりと見えた――――が、音を立ててゆっくりと沈みはじめ、その途中で爆発。いくつもの燃える破片を四散させながら真っ暗な海の底へと沈んで逝った。その破片の内のいくつかは、駆逐艦本来の姿形を取り戻していた雪風の甲板上にも落ちてきた。それをボートの中から見ていた誰かが何事かを叫びながら、ボートの中や付近に落ちてきた破片を集め始める。
 やはり夢だと雪風は再度確信した。深雪が沈んだのはボートを回収した後だったはずだし、波もここまで時化ていなかったからだ。それだけははっきりと覚えている。
 夢の中の雪風がボートの付近に寄せたところで自我コマンドを入力。やもすればこの大嵐の中、ボートの中の誰かが海に飛び込んでいきそうな気配がしたので、トンボ釣り用の小型クレーンを起動してボートを吊り上げる。
 その中にいたのは、一人の子供だった。チビガキだった。
 そんじょそこらのガキではなかった。
 帝国海軍指定の肩紐無しの白いフロックコートに同色のズボンを履き、帝国海軍指定の白塗りのローファーはどこかで脱げたのか右足しかなかった。顔は海水に濡れて張り付いた前髪に隠れて上半分がまったく見えなかった。おまけに上着の袖がかなり余っており、指の先以外が全部隠れていた。
 こんな嵐の夜の海で駆逐艦に乗っているよりは、近所の空き地か河川敷で友達と野球かサッカーでもやってる方がお似合いの年頃のチビガキだった。保護者らしき人物は居なかった。
 そしてコートの肩には、黄色い下地に一本の黒線が引かれた、一輪咲きの桜花の肩章があった。
 帝国海軍少佐の階級章だった。
 繰り返して言うが、近所の空き地か河川敷で友達と野球かサッカーでもやってる方がお似合いな年頃の、艦娘としての雪風とどっこいどっこいの背丈しかないチビガキである。

『んな……っ、こ、子供!?』

 雪風が自我コマンドを入力。実体化して甲板上を走り回っている妖精さん(の立体映像)の空きチャンネルに割り込み、圧縮保存――――艦娘状態の雪風の立体映像を2391体目の妖精さんとして出力させる。
 物に触れるほどの超高速・超高密度の情報体として出力された雪風の立体映像が回収されたボートに駆け寄る。

『だ、大丈夫ですか!? 自分の名前言えますか!?』
『げほっ、げほげほっぅぇ、! ぁ、ぁいじょうぶでず……! ぅ゙いん゙っ、ブインぎじの、 げっほ! めがぐれてるでず……あ゙な゙だば……?』
『ラバウル基地、雪風です。今艦内に案内するから――――』
『ぞん゙な゙! ぞんな事より深雪!!』

 雪風を押しのけるようにして輝が駆逐艦としての『雪風』の縁に駆け寄って海に飛び込む寸前、背後から雪風の立体映像に羽交い絞めにされた。

『ちょ、ちょっと何考えてるんですか!?』
『離して! 離してください!! 深雪が、まだ深雪が――――』

 やはりこれは夢なんだなと雪風は再び思う。今しがた沈んで逝ったはずの『深雪』が、今再び輝と雪風の2人の目の前で爆発し、沈んで逝ったのだから。
 大小の燃える残骸がいくつもいくつも『雪風』の周囲に降り注ぎ、その内の小さないくつかは甲板上に落ちて短い距離を転がった。

『……あ、ぁああ!!』

 呆けていた輝が我に返ると同時に雪風の立体映像を振り払い、足元に転がってきた破片を大慌てで集め始める。当然、中には火が付いたままの物もあったが、輝は全く気にも留めていなかった。
 雪風が止めさせようとしたところで、間の悪い事に雪風のPRBR検出デバイスにhit. 感多数。敵増援。
 深海棲艦のお家芸、変温層下からの高速垂直急浮上。
 この距離と数では先制爆雷も大した意味を成さないと判断した雪風は自我コマンドを入力。機関を戦闘出力に上げ、輝を艦内に避難させようとした。

『撤退します、あなたは私の艦内へ――――!?』
『ほら、待ってて。待ってて深雪、すぐ、すぐに直すから……!!』

 雪風が輝に意識を戻した時、輝は、必死な表情で這いつくばって集めた『深雪』の破片を手の中で組み立てていた。まるで、そうすれば彼女は元に戻るのだと言わんばかりだった。雪風が服を後ろから両手で引っ張って無理矢理連れていこうにも、輝は『まだ深雪が外に!』と言って聞かなかった。
 瞬間的に頭に来た。
 雪風が輝の頬を一発全力ではたく。輝の動きが止まった瞬間、彼の手の中にあった深雪の破片を掴んで海へと投げ捨てる。
 雪風は輝の顔を両手で挟み込んでこちらに向き直させ、怒鳴る。

『いい加減にしなさい! あの娘は――――』

 目覚ましが鳴る。布団に包まっていた雪風の頭の上でジリリリリ、とけたたましく鳴るそれの頭を叩き付ける様にしてストップさせる。



「……むゅう」

 布団の中から片腕を伸ばした姿勢のまま数十秒。
 普段の雪風ならばもうパジャマを脱いで制服に着替え終わっている秒数なのだが、夢見が悪かった雪風は不機嫌そうに目を閉じたまま布団から動こうとしていない。それでも何とか這い出したところでようやく、目覚ましを止めた自分の手の甲に、別の誰かの手が置かれている事に気が付いた。
 いつの間にか同じ布団の中に入り込んでいた、目隠 輝(メカクレ テル)とかいうチビガキだった。
 驚きだった。まさか、かつてラバウルでニワトリ起こしの二つ名で呼ばれた事のある自分に追いつくとは。

「おはよー、みゆ……って、誰!? ……あ、あれ? 深雪? あれ? 今、別の誰かだった、ような……? え? あれ? ごめん、見間違えた」
「雪風は深雪さんじゃなくて、雪風ですよ。雪風」
「あはははは……ごめん、拗ねないでよ深雪。そんなに自分の名前連呼しなくても、分かってるって」
「……」

 ――――もしかしてと思ったけど、やっぱ駄目だった。

 雪風は心の中だけで溜め息をつく。
 この輝と雪風の付き合いはそれほど長くない。初めて出会ったのは今朝の夢に出てきたあの嵐の夜――――鉄底海峡でブイン基地の全戦力と、ラバウルおよびショートランド選抜部隊の面々が、第3ひ号目標と呼ばれる強大な深海棲艦と戦い、これを撃破したその少し後からだ。
 雪風も、本来だったらその戦闘に参戦しているはずだったのだ。原因不明のエンジントラブルと通信装置と羅針盤の故障で遅れに遅れた上に一人ぼっちになって迷いに迷った挙句に辿り着いたのが、南太平洋戦線と南方海域の境目あたりで、しかも全てが終わった後だった。
 南太平洋戦線付近まで移動して支援攻撃に徹していたC隊へ、作戦成功の連絡を取ろうとして単独で北上していた駆逐艦『深雪』が、鉄底海峡の敵の本隊から追撃を受けて沈没。その後、偶然そこに迷い込んた雪風が輝を救助したところ、偶然にもトラック諸島の偵察部隊に拾われて、これまた偶然にもトラック泊地での傷病兵の回収任務を終えた本土行きの輸送機に紛れ込み、本土に帰ってきた後に、本当に、本当に色々あって今に至る。

「あ、もうこんな時間だ。急ごう深雪。そろそろラッパが鳴っちゃうよ」
「……はいはい。今行きますよ。あと、私は雪風ですってば」

 雪風の心情など露知らぬ輝も、当の雪風も、早々に着替えを終えると簡単にベッドを整えて(※翻訳鎮守府注釈:この世界でのベッドメイキング事情は、リアルの自衛隊や他国の軍隊程厳しくないです)食堂へと向かった。





「目隠目隠メカクレ……マジ?」

 その朝食の後の事。つい先日この警備府にやってきたばかりの輝と雪風、この2人への質問会が行われていた。
 食堂の中央付近の席には四方八方を囲まれた輝と深雪、彼らの左右に座っている第3艦隊総旗艦の蒼龍改二(ごく普通の緑色の着物と暗い緑色をした袴を着用)と第2艦隊総旗艦の飛龍改二(ごく普通の橙色の着物と緑色の袴を着用)と、その対面に座っている第2第3艦隊それぞれの副旗艦である『長門』『叢雲』は、ごく普通に食後のお茶をしばきながら当たり障りのない質問や雑談を繰り出しており、さらにそこから一席分外側の椅子ではプロトタイプ足柄が2人の話を聞いており、包囲網の一番外側では駆逐娘の『秋雲』が、食後の腹ごなし代わりにスケッチブック片手に鉛筆で食堂内の光景を速描している。

「目隠って言ったらアレでしょ。メカのメカクレ。しかも名前に『輝』入りとか。何でお世継ぎ様がこんな海軍(トコ)居るのよ」
「「「えっ!」」」
「え! 輝君ってメカクレの人だったんですか!?」

 この発言に一番驚いたのは、有明警備府の面々ではなく、輝の隣に座っていた雪風だった。もちろん理由はある。
 メカのメカクレ。
 艦娘を含めた、帝国内で使用されている兵器やその他機械類の販売シェアでは弱小だが、それらを生産する各種マザーマシンや、全自動ピアノ演奏ロボ『ノース3号』に代表されるような、単一機能特化型ロボットの製造・販売では半世紀以上の一社独占を続けている怪物企業の事である。
 無論、帝国国内大企業の五将家――――爆薬と装甲の有澤、光学と精密マニュピレータの河城、ソフトウェアの篠原、薬と遺伝子工学の雨宮、EG7級人型ロボットの甲賀組――――もそれぞれ、自社開発のマザーマシンを有してはいるが、それらとくらべても頭二つか三つ分は抜き出ているのがメイド・イン・メカクレのマザーマシンである。かつて、メカクレの一社独占の状態を切り崩そうとして五将家が結託し、新兵器の性能評価試験と銘打って五将家それぞれのマザーマシン製とメカクレ製のそれによって製造された艦娘向けの艤装の実弾試験(※五将家からの妨害マシマシ&アンフェアなジャッジありあり)を行った時の結果など、製造業の人間にとってはある種の伝説である。
 結果、その実試験以降、帝国で稼働しているマザーマシンは基本的にメカクレ製で統一されていたりする。無論、そこから製造された製品は各メーカーの物だが。
 そして今日もまたメカのメカクレは日々物資統制が強まる現在でも、五将家にも引けを取らない軍との強力なコネと実績を武器に、物資統制開始以前と何ら遜色なく自社工場の生産ラインをフル稼働させているのである。
 つまり、わかりやすく言うと、帝国そのものが傾きでもしない限り、輝には左団扇人生が約束されているようなもんである。

「は、はい。自分は曾祖父の輝時(テルトキ)が一代で起業した、目隠の末席を穢させている身であります……って、深雪は知ってたじゃない。もう何度も何度も『超展開』もしてるんだ……し……?」

 雪風を見つめる輝の瞳が、不安げにブレ始める。

「あれ……あなたは、……雪風……? さん? 深雪、じゃ 、ない……? え、あれ? じゃあ深雪は? 深雪は? 深雪は? 深雪はど……こぉぅ……ぅうああああぁ……!!」
「! すみません皆さん、ちょっと失礼します」

 そして急に瞳の焦点がブレ、呼吸が激しく乱れ始めたのとほぼ同時に輝は両手で頭を抱えてその場にうずくまり、うーうーと呻きだしてしまった。
 雪風はもう慣れたかのように周囲に断りを入れてそそくさと席を立った。
 大急ぎで雪風が輝をお姫様抱っこで――――見てくれと原材料は年端の行かない少女でもその実は戦闘兵器だ。これくらいは造作も無い――――連れて部屋の外へと出ていくと、今までやいのやいのと騒がしかった食堂には、突然の急展開に呆気にとられた面々が残され、片隅にある大型液晶テレビの中から聞こえてきた、姉妹仲が良いんだか悪いんだかで有名な横須賀鎮守府もとい横須賀スタジオ所属の山城改二が歌う『(扶桑姉様の)艦橋! もげれ!! ビーム!!!(with絶望レイテ少女達)』のシャウトだけが空しく響いていた。

「ううううぅぃぃぃぇぁぁぁぁぁ……!!」
「さ、しれぇ……官。深雪はここにいますよ」
「深雪、深雪ぃぃぃ……みゅぃいぃ……すぅ……」

 そしてそんな面々から輝を連れ出した雪風は警備府内で2人の自室としてあてがわれている部屋のベッドの上に輝を横たえ、完全に寝かしつけた事を確認すると、輝にタオルケットをかけて窓の網戸だけを閉めてカーテンを引き、静かに退室した。
 そして、廊下に待機していた長門達に両腕を掴まれ、宇宙人めいた姿勢のまま食堂へと連行されていった。




「さて。いい加減に聞かせてもらうぞ。あれは何だ」

 先程までは朝食後の談笑が行われていた食堂の、同じ座席に雪風が座らされ、詰問が開始される。
 配置も先程とほぼ変わらず、雪風を部屋の中心にその左右を飛龍再び改善(全裸)と蒼龍再び改善(全裸)で挟み、対面には有明警備府の事実上の顔役である長門と叢雲、少し離れた席ではプロトタイプ足柄が雪風の一挙手一投足をG‐1選手現役時代だった頃の目付きで警戒しており、包囲網の一番外側では大真面目な顔をした秋雲が紙媒体で供述調書を取っているフリをしながらこの光景の法廷画を描いていた。

「今まではなぁなぁで済ませてきたが、あんな症状が出るまでだったとは聞かされていない。これ以上は有明警備府の暫定火元責任者としても、お前達の為にも許さん」
「……」

 若干うつむいたまま思い詰めた表情を浮かべる雪風は貝のように沈黙し、他の面々も雪風が口を開くのを黙って待っている。結果、その食堂の片隅にある大型液晶テレビの中から聞こえてきた、姉妹仲が良いんだか悪いんだかで有名な横須賀鎮守府もとい横須賀スタジオ所属の扶桑改二による『(山城は)航空戦艦として軸がブレている(with絶望レイテ少女達)』の淡々とした歌声だけが空しく響いていた。
 ややあって。

「……最初は」
「……」
「初めて出会った時は輝君も、私の事をちゃんと認識してくれてたんです。でもすぐそこまで敵が来ていて。でも輝君は深雪さんがまだ外にって言って、もう沈んでいたのに。だから、だから――――」
「……」

 毒杯を呷るような、という表現はきっと今の雪風のような表情の事を言うのだろう。
 雪風の心と意識が、あの嵐の夜に還っていく。

 雪風がボートから引き揚げた輝に意識を戻した時、輝は、這いつくばって集めた『深雪』の破片を手の中で組み立てていた。まるで、そうすれば彼女は元に戻るのだと言わんばかりの必死さだった。雪風が輝の襟首を両手で引っ張って無理矢理連れていこうにも、輝は『まだ深雪が外に!』と言って聞かなかった。
 瞬間的に頭に来た。
 何だこのクソガキは。何で逃げない。お前の事なんか知らないが、お前の艦娘がお前をかばって沈んだ事ぐらいは解ってる。いつまでもそんな所でグズグズ泣いて、助けてもらった命を捨てる気か? 無駄死ににさせる気か?
 瞬間的に頭に来た。
 雪風が輝の頬を一発全力ではたく。輝の動きが止まった瞬間、彼の手の中にあった深雪の破片を掴んで海へと投げ捨てる。
 雪風は輝の顔を両手で挟み込んでこちらに向き直させ、怒鳴る。


 いい加減にしなさい! あの娘はもう死んだんです、沈んだんです! あなたも見たでしょう!!


「……その時は、輝君が大声で泣き出し始めたんで、その隙に無理矢理医務室のベッドに押し込んで海域を脱出したんです。その後も輝君はベッドの中でもずっと泣きっぱなしで。しばらくしたら泣き止んで寝て、その後ずっと全然目を覚まさなくて……でも静かだし都合がいいやって思ってそのまま……それから逃げ出せたけど羅針盤もGPSもまた急に壊れて、そのままで何日か彷徨ってたら、いつの間にかトラック諸島の縄張りに迷い込んでたらしくて、哨戒部隊の人達の無線を拾ってSOS打って、泊地に着いたんですけれど……泊地に着いてから起こした時にはもう、輝君は、私の事を深雪さんだと思い込んでしまっていたんです……」
「……」

 帝国本土に居を構えていると言っても、長門達は古い艦娘である。故に、幾度となく外洋の基地や泊地への援軍に出向いた事もある。欠伸の出そうな勝ち戦の時もあれば酷い負け戦の時もあった。ただ、どちらにせよ味方の被害は例外無く出ていて、今の輝のように辛い心に蓋をした連中だっていくつも目にしてきた。人も艦娘も問わず。
 だが、そいつらは例外無く歴戦の兵士や提督や艦娘ばかりで、愛だの恋だのといった薄っぺらい感情ではなく、互いが互いの事を己の心臓だと思っているような、そういうレベルの深い絆で結ばれている連中ばかりだったはずだ。

「あの子は……あの子の心は……雪風が、壊してしまったんです。ですから、あの子の心が元に戻るまでは、私が傍にいないといけないんです……それが私の、雪風の責任なんです……」
「……だったら、そういう施設か療養所にでも預けたら? メカクレの御曹司なんでしょ? だったら秘密裏にそれくら――――」
「駄目です!! そんな所に預けたら輝君、今度は本当に殺されちゃいますよ!!」

 ずっと輝と行動を共にしてきた雪風は知っている。
 大手新聞社の一面記事や週刊誌の巻頭特集の写真や、TVの中では救国の少年提督だの一族中興の祖だのと持て囃され、色々なパーティ会場や家族一同で満面の笑みを振りまいている輝だが、実際にはそんな事は無かった。


 ――――お引き取りください。前CEO、輝羊の子供は津々兄様と私、輝夜のみ。この家には、そのような名前の者など居りません。


 南の海から帰って来ても、あの地獄の沖縄防衛戦から帰って来ても、ただの一度さえも、輝は――――次代のメカクレのみに許される『輝』の文字を名に持つ妾の子は――――あの高い塀の向こう側に足を踏み入れる事を許されなかった。帰ってきた輝に与えられたのは、インターホン越しに告げられた、あの一言だけ。それが写真や映像には写されなかった真実だ。
 そして、そんな捏造写真やら映像やらを堂々と大手マスコミ各社に配信させるだけの権力を持っているのがメカのメカクレという隠れた大企業である。
 もしも進言通りに病院や療養所にでも預けようものなら半日と経たずに暗殺され、翌日には新聞やらTVやらで『戦地での怪我の悪化により急死』と扱われて終わりだろう。
 そういう意味では、沖縄で輝たちが活躍できたのは幸運だったのだろう。マスコミにあれだけ大きく取り上げられてしまえば、さしものメカクレも無かった事にはもう出来まい。きっと。
 長門が口を開く。

「……大よその事情は理解した。身元の綺麗な提督はこちらとしても望んでいたところだったのでな。そちらが良ければこのままここ(有明警備府)に所属して欲しいところだ」
「! それじゃあ……!?」
「ああ。書類と関係者への調整はこちらでやっておこう。残る問題は……雪風保有試験だ」

 雪風保有試験。
 文字通り、艦娘としての雪風を艦隊に加える際に提督に課せられる試験の事である。原因は未だ不明だが、艦娘としての雪風の製造には他の艦娘のようにクローンからクローンを作る事が出来ず、オリジナルのスープと艦の破片を使うしかない。故に、その生産数には最初から上限が見えている。
 なので、雪風の着任要求には自然と条件がシビアになる訳で、彼女を艦隊に保有するには通常の艦娘のように超展開適性の高低の他にも、身元の潔白調査と合わせて相当量の発言力かそれに見合った実力が要求される。
 特に実力については、そう簡単に沈められても困るからか発言力以上に重視されており、権力者だろうが何だろうが弾かれる奴は容赦なく弾かれる。表向きの話では。
 そして今回の輝と雪風のように、それぞれ異なる所属の提督と雪風が再編成された場合もまた、保有試験を受けなくてはいけない。帝国海軍の規則にもそう書いてある。

「やっぱり、そうなるんですね……沖縄での戦闘は証拠にならないんでしょうか?」
「すまないが、こればかりはどうにもならん」

 そしてその試験に万が一落ちた場合、この旧ラバウル所属の雪風は輝の元から引き剥がされ、輝には適当にあてがわれた艦娘がやって来る事になる。
 もちろん、軍隊用語の適当ではなくて悪い意味での適当だ。

「……分かりました。ですが、なるべく試験の期日は遅らせてもらいたいです。輝君もあんな調子ですし」
「了解した」





 かつては南方海域のラバウル基地に所属しており、今は帝国本土の有明警備府の厄介となっている艦娘式陽炎型駆逐艦娘『雪風』に言わせれば、超展開を上手くやるコツというのは心の中での握手ができるかどうかだ。
 目を閉じて脳裏にイメージ。
 真っ暗闇の中、自分と自分の提督だけが天井からのスポットライトに照らし出された舞台の上に並んで立っており、互いが前を見据えたまま、硬くしっかりと手を握りあう事さえできれば、超展開は上手くいく。間違い無く上手くいく。
 今はもういないラバウルの提督も、最初は自分との超展開が出来なかったが、この方法を教えてやると、拍子抜けなほどすんなりと成功したものだ。

『それでは、今日の超展開実行訓練を開始する。2人とも、準備はいいか?』
「はい!」
【はい】

 故に、自分とほぼ同じ背丈しかないこの小さな少年提督にもそのコツを伝授したのだが、どうにも上手くいかない。頭の中に浮かべた暗闇の舞台の上で並んで立ってスポットライトに照らされているのは良い。自分の隣に並んで立っているのも良い。
 だが、この少年――――目隠輝は、自分と握手をしていない。
 輝を挟んで反対側の暗闇の向こうにいる誰かと、特Ⅰ型のセーラー服を着た、雪風ではない別の誰かの方を向いて、ソイツと握手をしているのだ。

「深雪、超展開!!」
【雪風、超展開!!】

 そんな事だから、機械で測った数字がどれだけの好適性を示していようが、超展開が上手くいく道理など何処にもありゃしないのだ、と雪風は考えている。
 この間の沖縄の時は例外中の例外で、追い詰められた生存本能が余計な雑念の一切合切を押し流してくれたから上手くいったのだ。
 超展開する度に毎回毎回あんなピンチに頼っていたら、奇跡の不沈艦と言われた自分でも、いつか何処かで致命的なヘマやって死ぬ。絶対死ぬ。だから今ここで、普通のやり方の超展開を出来るようにしとかなければならないのだ。
 のだが、とりあえずは。

【雪風、超展開完了。機関出力180%。維持限界まであと300秒】
 ――――うぐぇ……み゙深゙雪゙……超、展開完、りょ……ぅぇぷ。意地限界まで、あとさんびゃくぅ……ぅぷ、ぷぺぺぺぺぽぉ

 スピーカー越しに聞こえてくる長門の『訓練中止、中止!!』の叫び声を余所に、とりあえずは艦内の掃除と消臭から始めようと、酸っぱい匂いと音が木霊する中雪風は思う。






「うぅむ、今回も駄目だったか。計測器の数字はかなり良いはずなのだが……やはり、トラウマが悪影響を及ぼしているのか」

 マイクのスイッチを切り、スピーカー越しに聞こえてくる輝の酸っぱい水音を意図的に無視しながら、デスクワーク用のフレームレスのメガネをかけた長門が呟いた。
 そんな長門の隣で、雪風達との通信を繋げたまま2人のステイタスを確認していた叢雲が長門の方を振り向いた。

「ねぇ長門。あの子もう一回やらせてくれって言ってるけど、止めさせとくわよ」
「ああ、そうしてくれ」
「了解。聞こえてたわね、今日の訓練はここで終わり! 掃除終わったら上がって来なさい。デブリーフィングやるわよ」
『ま、待ってください! ぼ、僕は、じゃなくて。じ、自分はま』

 叢雲は無言で人差し指一本で接続を切る。

「昨日は眩暈と頭痛、今日は嘔吐……日に日に拒絶反応が悪化しているわね」
「昨日も今日も、酔い止めの薬は効果が無かったな」
「この調子で行くと明日は幻覚と幻聴、明後日は目耳鼻からの出血と意識錯乱、明明後日は噂のプロトタイプ古鷹のように身体を『喰われ』て、最後は――――」

 長門と、その隣に座っていた叢雲がそれぞれ小さな溜め息をついた。
 眩暈も嘔吐も、そのどちらも拒絶反応の一種であり、乗艦中の艦娘との超展開適性の低い提督が『超展開』を強行した際によく見られる諸症状でもある。
 これら拒絶反応が出ているのに超展開を強行した場合、実行者の脳と精神が焼き切れる可能性が極めて高いため、理由なき超展開の実行は厳に禁止する、と艦娘の開発元であるTeam艦娘TYPEからもお触れが出ている。出ているが、理由さえあればOKというあたりが彼らTeam艦娘TYPE、略してTKTクオリティである。
 閑話休題。

「このままでは試験どころの話ではない。今来てる任務に同行させて時間稼ぎでもするか?」
「……それしかないわね。今警備府宛に来ている中で、本土から一番距離が離れてて、時間がかかりそうなのは?」
「これだな」

 長門がノート型端末にインストールされているメールボックスの中身をデスクトップにぶちまけ、その中から一件をピックアップし『もっと綺麗に開きなさいよ』と愚痴る叢雲が顔を寄せて画面をのぞき込む。
 そこに表示されていたメールの送信元はチューク諸島のトラック泊地からとあった。叢雲は、ふと思い出したように長門に聞いた。

「ていうかそもそもひよ子は今何してるのよ。朝から見てないけどサボり?」
「TKTから召喚されたそうだ」
「。」

 今度はどんなヤバい奴に目ェ付けられたのよ、あの子。と軽く顔をしかめた叢雲が言うより先に長門が続けた。

「先のプロトタイプ伊19号との超展開を終了させた際、2人の肉体の一部が混在したまま分離してしまったそうで、今日から精密検査だそうだ」
「ああ、あの戦闘報告書の被害報告欄にあった」
「そう、それだ。潜水娘と何度も『超展開』している提督の間ではそう珍しいものでは無いそうだが、初回だし念のためという事で1、2週間ほど泊りがけで検査が行われるそうだ。北上と不知火はその護衛、プロト足柄とプロト金剛と川内はその護衛の護衛だな」
「ふぅん……ほんとに検査だけで済めばいいけど。で、肝心の要件は?」

『今出す』と長門がマウスを操作して、次のメールを表示させる。

「トラックからのはミッション依頼。内容は、MIA艦の捜索だそうだ」
「……へぇ。時間稼ぎには持って来いね。雪風試験のメールが来るより先にこっち行ってた事にして、2~3ヶ月くらいゆっくりさせときゃいいでしょ」

 叢雲のその発言に長門が眉をひそめた。

「叢雲、それは流石に――――」
「もちろん、捜索には言い出しっぺの私が出るわ。あの二人は完全に休養。ひよ子達も、検査が終わった後で様子見の名目でしばらく休養させてあげましょ」

 多分、あの腐れ開発チーム共が絶対検査だけで終わらせるとは思えないし。と叢雲は告げた。




 ボーディング・ブリッジなどという民間向けの気の効いたアイテムなど軍がレンタルしている滑走路には無かったので、飛行機から滑走路に直接降り、トラック泊地の空の入り口、ウェノ島(帝国呼称『春島』)に到着した輝と雪風を出迎えたのは、南国特有の強烈な日差しと、うだるような熱い空気だった。

「ここに来るのも二度目だね、深雪」
「雪風ですってば。そうですね。でも飛行場まで来たのは初めてですね。あの時はすぐ飛行機に乗っていっちゃいましたし」

 そんな二人を数歩離れた距離から見ていた叢雲は普段通りの、一歩間違えればつっけんどんにも見える口調と態度で二人をたしなめた。

「懐かしがるのはいいけど、2人ともまずは入国手続き済ませてきなさい。帝国の色が強いとはいえ、ここはもう余所の国よ。ていうか滑走路のど真ん中で立ち往生しない」
「「はい!」」

 その滑走路の脇にあるターミナルビルの内部は、ほぼ無人であった。
 当然と言えば当然かもしれない。かつて、対深海棲艦戦争が公表されておらず、普通に帝国や諸外国からの観光客がいた頃ならばまだしも、それが公表された今となっては、最前線にほど近い小さな諸島群になど誰が好き好んでくるというのか。
 飛行機を降りロビーに降り立った三人の目に移ったのは、広く閑散としたフロア、多目的窓口に頬杖をついてイビキをかいていた初老の現地人男性と、外部から雇われたと思わしきやたらと恰幅の良い掃除婦のおばちゃんが旧式の掃除機をガーガーと唸らせている姿、そして、ロビーの中央付近に『Welcome come-on Ariake guard center』と書かれたスケッチブックを手にした、1人の若い黒髪の帝国人女性が立ちつくしている姿だけだった。
 3人と1人が互いに近寄る。叢雲と雪風と女性が同時に敬礼。半秒遅れて輝もそれに倣った。

「失礼します。有明警備府の方々でしょうか?」
「そうよ。有明警備府。第二艦隊副旗艦の叢雲よ」
「同じく雪風です」
「お、同じく目隠輝インスタント少……准将です」
「トラック泊地。第一艦隊秘書艦の加賀です」

 黒のショートヘアと左に短く纏めたサイドテール、真っ白い弓道着と胸当てと青いミニスカート状の袴、真っ白い弓道着の右肩部分に縫い付けられた黄色い雨傘のワッペン、左肩から生えた肩盾状の飛行甲板と、その先端に書かれた『カ』の白一文字。
 艦娘式加賀型航空母艦娘『加賀』だった。
 叢雲は、その加賀の背後をまじまじと見つめて、

「……シャモジも横断幕も無いのね」
「は?」
「いえ、何でも無いわ。こっちの事」
「……そう。では提督の元までご案内しますので、こちらへ」

 3人に背を向け、加賀がターミナルの外に向かって歩き出す。数歩離れて叢雲、輝、雪風の順番でそれを追う。

「黄色い傘のワッペン……まさか『トラックの雨傘』が直々にお出迎えとはね。本土でも武勇伝はよく聞くわ」
「有名なんですか?」
「有名よ。特に直援機の運用にかけては。今使われてる空母娘用の映像資料、多分半分くらい彼女の交戦データからじゃないの? ていうか有名だって言うならアンタが前にいたブイン基地の水野准将だってそうじゃない。たった一人で20匹以上の戦艦ル級やヲ級相手に24時間ぶっ続けで戦い抜いた挙句に一匹残らず全滅させる奴なんて、探したってそうそういないわよ」
「本土の方にそう言ってもらえるとは。流石に気分が高揚します」

 叢雲の発言の前半分に気分を良くした加賀は顔にも声にも出していなかったが、そのサイドテールだけがご機嫌な子犬の尻尾よろしく左右にブンブンと振られていた。そんな世にも貴重なシーンを、雑談していた輝と雪風と叢雲の3人は運悪く見損ねた。どうやら幸運艦雪風にも好不調の波はあるらしかった。
 そんなご機嫌な加賀が運転する、どてっ腹に『トラック泊地』と達筆に書かれた軽トラに揺られることしばし。加賀は島の東側にあったフランシスコ高校前通信所の前にある駐車場で軽トラを止めた後、3人を通信所の中にある一室に案内した。加賀がノックを4回、部屋の中からの『どうぞ』の声を待ってから叢雲達が入室する。
 その部屋の中でパソコンに接続されたプロジェクターを弄っていた一人の男が背筋を正し、それを待ってから叢雲達が敬礼。互いに挨拶を交わした。

「有明警備府。第二艦隊副旗艦の叢雲です。現時刻をもってトラック泊地に着任しました」

 最初に口を開いたのは、余所行き用の口調で武装した叢雲からだった。続けてトラック泊地の提督。

「トラック泊地。第一艦隊総司令官の山本です。有明警備府の『黒い鳥』尾谷鳥少佐のお話は、よく」
「はい閣下。光栄であります。ですが少佐はもうずっと前に退役しました。今は比奈鳥少……准将が警備府唯一の提督です。それと、私は尾谷鳥少佐の麾下ではありません」
「それは失礼しました。いや、本土から離れているとどうにも情報が遅れていけませんな。ところで、そちらの2人はもしや、輝君と雪風か? 以前ウチの潮が拾ってきた」
「あ、はい。そうです! 山本さ……ぇと、閣下も変わらずご健壮で」
「(あ、輝君階級忘れたな)旧ラバウル、現有明警備府所属の雪風です。お久しぶりです、山本大佐」
「(さては階級忘れてたな)おお。二人とも元気そうで何よりだ……さて。着任早々で申し訳ないが、任務の話をさせてもらっても良いだろうか」
「はい。お願いします」
「「はい、おねがいします!」」

 山本が入り口付近に待機していた加賀に合図。無言で頷いた加賀は部屋のドアを閉め、全ての窓のカーテンを引いた。常夏の島の真昼でもこうするだけで相当薄暗くなる。そして山本がプロジェクターの電源を入れ、壁にデスクトップ画面が大きく映し出された。

「ここ最近、トラック泊地近海で艦娘のMIAが続発している。単独でいる所で、戦闘も無しに、次の定時報告までの間に突然だ」

『哨戒に回す娘を複数にしてないのでしょうか?』と叢雲がもっともな疑問を発し、山本は『やっているが警戒ラインに穴が開く。どうしても一人になる航路が出来る。人手が足りな過ぎる』と至極もっともな返事を返した。

「話を続けるぞ。事態は深刻化の一途を辿っている。つい先日も、新生ショートランド泊地からやって来た応援部隊も行方不明になった。だが、敵の正体は断片的ではあるが掴めた」

 ここで山本がパソコンを操作し、一つの映像ファイルを再生させ始めた。

「先日MIA認定された、ショートランド泊地の神通改二とその提督が最期に送ってきたデータの内、修復が終わった部分だ」
【どこに……どこに消えた……?】
【あの、提督。PRBR値の解析、速報出ま】【未確認識別】【ですが、類似した波形が一つ。鬼です】

 デジタルノイズにまみれた映像。データの欠落が激しいのか、音もシーンも途切れ途切れになっていた。もっとも、映像の方はほぼすべてが真っ暗で、時折遠くで青白い光が見え隠れしている以外には何も見えなかったが。
 そのデジタルノイズの映像に、輝が反応した。

「……歌?」
「? 何にも聞こえないわよ?」
「雪風にも聞こえないです」
【提督、歌が、歌が聞こえます】

 画面の中の神通のこの一言の後、画面は急激に乱れ、音声も不快な電子ノイズで埋め尽くされた。
 そしてしばらくその乱れが続いたかと思うと、何の前触れも無く音と映像が一瞬だけ回復した。そこには、肉色の触手の群れを背景に、画面いっぱいに少女の顔が映されていた。
 死人のように青白い肌。同色の輝きを放つ勝気に吊り上がった両の目。両サイドでお団子に結わえた黒髪。
 山本はそこで映像を一時停止。

「……この背後に映っている触手の群れは、資料によると輸送ワ級の格納嚢胞の内部から生えている器官であるそうだ。また、送られてきたデータ片を修復・解析した結果、PRBR検出デバイスはこの映像のこの距離でようやく反応していた。つまり、今まで行方不明になった艦娘達はこの第四世代型のワ級によって何処かに拉致されたという事に他ならない。そして――――」

 そして、コイツだ。と山本が憎々しげに一時停止中の少女の顔を見やった。

「この深海棲艦は、パゼスト逆背景放射の周波数と波形から鬼の新種、あるいは近縁種と判断された。また同時に、軽巡種としての波形も確認できたことからこの深海棲艦を『軽巡棲鬼』と呼称し、この個体識別名を『ローレライ』とした。詳細な方法は不明だが、ここ最近のMIA艦の多発にはこのワ級と軽巡棲鬼、この二隻が関与している事はほぼ確実であると推測される」

 山本は一度間を置いて、カーテンの隙間にだけ強い光が差し込む薄暗い部屋の中をざっと見回してから続けた。

「今回の作戦は、調査と捜索のみに専念する。この二隻の所在地と、拉致の方法の究明。そして何より、拉致された艦娘達の所在地の発見。それが今回の作戦の大目標だ」
「ちょっと待ちなさい。私達が受けた任務はMIA艦の捜索のみのはずよ。依頼文にもそう書いてあったわ。積極的な戦闘は依頼外よ」
「了解している。だが、有明警備府に依頼が受諾され、君たちが飛行機の中で揺られている最中にこの情報が入ってきたのだ。本来だったら依頼通り捜索のみだったのだが、事態が変わったのだ」
「……でしたら、この子達2人は外させてもらいます。あの『鬼』の後継ぎかもしれない奴の相手は無理です」

 叢雲のこの言葉は、半分は嘘で、半分は本当だ。元々、叢雲は一人でこの任務を受けるつもりだったのだ。大規模かつ積極的な戦闘もないし、有明警備府から離れている間は同警備府所属の戦艦娘『比叡』手製のカレー食わなくて済むし。今ここにいる輝は完全に休養目的で連れてきていたし、雪風はその護衛だし。
 そんな叢雲の思惑を外したのは、当の輝本人だった。

「い、いえ! 僕、じゃなくて自分も参加させてください! 戦闘は無理でも、自分と深雪も捜索ならやれます、やってみせます!」

 ――――輝君はまだ、あの家の人間に認められたがっているのだろうか。

 あの沖縄から生きて帰ってきても、敷地を跨がせるどころか顔すら見せなかったあの家の連中に。その一瞬の想像に雪風は一瞬だけ顔をくしゃりと歪めると、今まで通りの笑みに戻った。
 そして、輝の言葉に対して、気付かれない程度に小さく顔を歪めたのは、山本も同じだった。

「……目隠輝少佐。君は、君と、そこにいる艦娘の “雪風” の2人も出撃する。そう言っているのだね? 陽炎型の “雪風” ではなくて、君の、隣にいる “雪風” と」
「は、はい! そうであります!!」
「……」
「ていうか、あの、自分の秘書艦は今も昔も深雪だけでありますし、雪風なんて最精鋭部隊用の艦娘なんて見た事しかないんでありますが……?」
「……」

『雪風』の一単語をわざとらしいまでに強調した山本は、今にも泣きそうになっている雪風を一瞬だけ見やり、誰にも気付かれないような小さくため息をつくと、輝と叢雲に対してこう告げた。

「……どうやらこの子には、まだ休養が必要なようだ」
「ありがとうございます。閣下」

 何故輝を連れて来たのか、山本がその意図を察してくれた事を理解した叢雲が敬礼。その後加賀が『では部屋の準備は五の字にでもやらせておきましょう』と告げて、その場はお開きとなった。




 軍事関係の建造物といえば、基本的には鉄筋コンクリート製である。
 毎年毎年夏と冬の年二回、民間に開放されている有明警備府にしたってもそうだし、ここトラック泊地だってそうだ。元々が二級戦線かつそのドン詰まりのような場所にあった旧ブイン基地は例外的にプレハブ(※運営開始当初にいたっては丸太小屋)だったが、それでも弾薬保管庫やドックの類はやはりコンクリートで出来ていた。
 そして、基本的じゃあない所は各基地や泊地の諸事情によってまるで異なってくる。
 旧ブインのようにエアコン完備のプレハブ小屋という極端な例外はさておくとして、ここ、トラック泊地の部屋の内装の話をしよう。
 艦娘寮の那珂の一室にあるこの部屋を入り口から見まわしてみると、寮の一室というだけあってか壁紙は安っぽい材質のくすんだ白灰色の無地なやつで、扉のすぐ内側真横に下駄箱と壁掛け式の電話があり、一面畳敷きとなっているこの部屋には各提督の執務室のような立派な執務机は無く、代わりに丸いちゃぶ台が中央に一つと、小さな遮光布が付いた三段ベッドが部屋の奥の角に一つ、網戸付きの大きな窓には支給品の蚊やり豚が置かれており、ベッドの反対側の壁際には木製の大きなクローゼットが鎮座しており、中には何故かジュークボックスとカラオケセットと家庭用焼き鳥セットと『祝! CDデビュー!!』と達筆で書かれた横断幕を掲げたスーパー海鷲君人形が押し込まれていた。何の儀式に使うのだろうか。
 そして、そんな部屋の真ん中で輝と雪風と叢雲は丸ちゃぶ台を囲んで、その上に広げられた紙媒体の資料とにらめっこしていた。

「山本さん、何か焦ってる感じでした」
「そらそうでしょ。自分の縄張りでこれだけの数がMIA。かつ余所から戦力借りておいてそれすらMIA、っていうか事実上のKIA。面子丸潰れどころの話じゃないわ。こういう事情でもなきゃ切腹よ、切腹」

 輝の右隣りに座る叢雲が自我コマンドを入力。この部屋のぬるい空気を掻き回し続ける小型の扇風機に首ふり命令。そのついでに自身の右隣りに座る雪風にデータ送信。
 雪風の視覚に上乗せするようにして、彼女が眺めているこのトラック泊地周辺の海域図の上に、行方不明となった艦娘達の航行記録が赤い数字と矢印になって表示された。その赤い矢印は例外無く赤いバツ印で終わっており、バツの少し手前には最後の定時報告の時刻が記されていた。
 続けて、叢雲達が明日から受け持つことになる警戒航路の青い矢印が赤の上に表示された。

「これ見てもらえばわかると思うけど、消えたのはどの娘も大体この辺りの海域で、孤立した時を狙われてるわ。定時連絡と定時連絡の間に消えてる事から正確な消失地点は不明だけど」
「えと……どれなんですか?」

 視覚情報を共有していない輝のその一言に、叢雲と雪風が同時に「あ」と声を上げた。
 そして即座に雪風は右手に赤の、左手に青のマッキーを持って、海図の上に二色の矢印と二色の数字をきゅっきゅっきゅにゃーとなぞり書きする。

「これです。青が私達の巡回予定航路です」
「私達、じゃなくて私のよ。アンタはお休み。雪風はアンタの護衛」
「そ――――!!」
「アンタ、有明に来た時言ってたわよね。初航海時に思いっきり迷子になったそうじゃない。そんな奴を夜間単独捜索になんて出せないわ」

 輝が言葉に詰まったのを見て、叢雲は決断的に告げる。

「そう言う事だから、アンタはここの他の艦娘達と一緒に殲滅部隊として待機。いいわね」

 そこで話は打ち切られ、就寝となった。
 そして次の日の夜、出撃した叢雲達は誰一人欠ける事無く、何の成果も得られずに戻ってきた。
 その次の日も。その次の次の日も。その次の次の、その先もずっと。
 そして、輝達がトラックにやって来てからおよそひと月後。雪風が食堂横の赤い自販機の中のパウダー・フレーバーを全種攻略し、輝が工廠の中に入り浸って軽巡娘の『夕張』や手すきの整備兵らと機械弄りやってるのが当たり前の光景になって来た頃。いつでも出撃できるようにと気合を入れて後詰め待機していた殲滅部隊の面々と、輝&雪風の士気が目に見えてダレ始めてきた頃の事だった。



 その日は珍しい事に、朝から続く大雨だった。天気予報によると夜には晴れるが、日中はスコールとか関係無しに振り続けるとの事だった。
 機械弄りと並んで日課となっていた砂浜ジョギングを中止させられた輝は、ちょうど簡易メンテナンス中につき、駆逐艦本来の姿形とサイズに戻ってウェルドックの中に停泊していた『雪風』の中に入り浸り、整備マニュアルをナナメ読みしたり、図面を呼び出して重要なパイプやケーブルがどこを走っているのかを確認して、もしも戦闘中に損傷を受けて、自分一人で緊急整備する事になったら何処からどうやろうかとニヨニヨと気持ち笑い薄ら笑みを浮かべつつ妄想したりしていた。
 ついでに言っとくと妄想の中の輝は、どんなに深い損傷箇所でも工具箱片手に涼しい顔したまま、カンフーだか変な踊りだかよく分からない謎のキレッキレな動きで完璧に元通りに修復していた。

「ん? でもなんで深雪のデータベースに陽炎型の整備マニュアルとか図面が入ってたんだろう?」
【何でって、雪風は陽炎型の8番艦ですよ】
「あはは。深雪は面白い事言うんだね。深雪は特Ⅰの4番艦でしょ?」
【……】
『山本より業務連絡。業務連絡。本日の昼食後に緊急のブリーフィングを行う。昼食終了後、全員通信室に移動せよ』
「あ、ちょうどお昼ご飯の時間だね。行こっか、深雪」

 雪風の隣で、誘導灯の交換と艦載機に何かの機材の積み込み作業を行っている『加賀』を横目に、輝と圧縮保存(艦娘)状態に戻った雪風は食堂へと歩を進めていった。





「捜索は打ち切りって、どういう事よ!?」と瑞鶴が叫んで山本の右頬に右ストレート。
「提督。それはあまり健康的な冗談ではないわ」と加賀が平淡に呟いて山本の左頬に左ストレート。
「話は最後まで聞け」そう言い切る前にダブルストレートをもろに喰らった山本が壁に向かって吹っ飛ばされた。

 その昼食後。通信室は荒れに荒れた。
 さもありなん。今朝まで一日の休みなく警戒と懸命な捜索を続けてきたのに、何の前触れも無くの打ち切り宣言である。
 部外者の叢雲は『随分と諦めが早いのね』と皮肉を言っただけで済んだが、トラック所属の他の艦娘達は血相を変えて一斉に山本に詰め寄った。加賀と、今まで顔を合わす機会の無かったもう一人の正規空母娘『瑞鶴』に至っては、先のセリフを言いながら2人同時のタイミングで山本を殴り飛ばした。睦月型を始めとした見た目年少組な駆逐娘達に至っては大泣きし始め、近くにいた軽巡娘らに慰められていた。
 そして、輝は考えても分からなかったので聞いてみた。

「あの。だったらなんで先程加賀さんの艦載機に夜戦デバイス積み込んでたんですか?」
「……だから、最後まで、聞けといった」

 打ち切るのは捜索だ。ここからは救出作戦を開始する。
 両手で自身の頬をさする山本のその言葉に、誰もが注目する。

「最近の深海魚共は知恵を付けてきている。人工衛星が真上を通過する時間になると海中に潜って姿を消したり、こちらの捜索部隊が動いている時はどこかに身と息を潜めたりとな。まるで誰かに教えられたかのようにな。だからこれまでの捜索でも敵の姿は見当たらなかった。海上からでも、件の人工衛星からでも。だが、連中の知恵には抜けがあった。これを見ろ」

 山本がパソコンを操作し、一つの画像ファイルを表示させ、パソコンに繋げられたプロジェクターがそれを通信室の白い壁に大きく映し出した。
 そこに映し出されていたのは、トラック諸島周辺の広域海図だった。何の変哲も無い、水色の海とグリーンで表示された島々。
 再びパソコンを操作。一枚目に重ねる様にして表示された半透明な二枚目には、真っ黒の下地に赤交じりのオレンジ色に塗りたくられた光の帯が歪んだ放射状に小さく伸びていたのが映っていた。
 パゼスト逆背景放射線――――生きている深海棲艦や、その繭が発する特殊な力場――――を可視化したものを、先の海域図に上乗せしたものだった。
 そしてその歪んだ光の帯の中心は、先の海域図の中にあった一つの小さな島、そこのすぐ真横を起点として放射状に延びていた。

「連日の捜索活動で、連中がずっとねぐらに押し込められていたのが功を奏したようだ。本日未明、衛星搭載のPRBR検出デバイスが、今まで反応が薄かった地点に異常な残留線量を検出した。それがこの画像だ」
「――――!」
「この、名もなき小島への攻撃作戦は3部隊によって、夜間に行われる予定だ。本作戦の第一目標は拉致された艦娘達の発見と救出。第二に、可能な限りの敵泊地の情報収集である。鬼の撃破はこれらに含まれない。なお、本作戦は当日の気象条件に関係なく実行される」

 空気が変わる。加賀も瑞鶴も大泣きしていた睦月型の面々も、部外者である有明の叢雲達でさえ。山本は、一度部屋の中の面々の顔を見渡してから続けた。

「3部隊の内訳は敵主力との直接戦闘を担当する決戦部隊と、拉致された艦娘らの捜索・救助を担当とする上陸部隊、そして、夜戦仕様に改装した加賀とその護衛からなる航空支援部隊だ。先程、目隠准将が言ったとおり、加賀はすでに着艦誘導灯の全交換を始めとした夜間航空戦闘の準備を進めている。彼女は後方からの航空支援を担当してもらう。夜戦を前提とする理由は、被発見のリスクを少しでも下げるためであり、敵拠点にいるであろう空母種からの航空妨害を回避するためでもある。では、順を追って作戦を説明する」

 山本がパソコンを操作。
 元の海域図に戻った画像の上に、島に向かって伸びる赤と黒の二つの矢印と、それらとは別の個所にデフォルメされた空母のシルエットが表示される。シルエットには、白抜きで『加賀&瑞鶴』と書かれていた。

「赤は決戦部隊。黒は救出部隊の侵攻ルートを示している。作戦自体は単純だ。決戦部隊が鬼を含めた敵主力を島沖合に釣り出し、救出部隊がその隙に島内を捜索。拉致された艦娘らを保護して即座に撤退。救出部隊が安全海域まで撤退した事を確認した後、加賀は完全爆装した攻撃機を発艦。決戦部隊の撤退を支援する。ただし、救出部隊の状況次第ではそちらを優先して支援する。これがプランAだ。また、決戦部隊に敵が誘導されなかった場合はプランBに移行。決戦部隊は島に向かって侵攻し、敵戦力の漸減と同時進行で救出作戦を行う」

 そこまで言い切った山本が一度大きく呼吸して、部屋の入り口付近に待機していた加賀に手で合図。部屋の電気が灯されたのと同時に『何か質問は?』と部屋の面々に問いかけた。
 有明の叢雲が真っ先に挙手。問う。

「部隊の割り当ては決まってるの? あとこの作戦の予行演習は? ていうか作戦決行はいつ?」
「決行日時については加賀と瑞鶴への夜戦デバイスの換装が済み次第、あるいは今週中までに夜戦デバイスの改装が完了しなかった場合はその時点で換装作業を中止し、予定を前倒して作戦を決行する。演習についてだが、敵方にこちらの動きを感知され、撤退される可能性があるため、大々的な演習は行われず、訓練に割り当てられる日数も限定される。故に、諸君らは作戦決行前日までは、今まで通りの捜索活動を続行し、敵にこちらの動きを察知されない様に、また、敵がこの島から離れられない様にせよ。……そして、部隊割り当てはこの通りだ」

 山本が三度パソコンを操作。矢印とシルエットの隣に艦名がそれぞれ記載されていた。
 大方の予想通り、加賀&瑞鶴と白抜きで書かれたシルエットの方には当然、加賀と瑞鶴の2人の名前があった。
 大方の予想を裏切り、決戦部隊の出撃メンバーの中に輝&雪風の名前があった。
 どよめきが部屋の中に伝播するよりも早く、山本が当の2人をしっかりと正面から見据えて口を開いた。

「言いたい事は分かっているつもりだ。だが、私は打てる手を全て打つ。否、打たねばならない。部下の命が懸かっているのだ。沖縄の救世主と奇跡の不沈艦。頼む。出撃してくれ」

 部下と言い切った艦娘達が見ている前で、山本は何のためらいも無く輝と雪風、そして叢雲の三人に向かって土下座する。
 気圧された三人には、否と言えなかった。





 そして次の日の夜。輝と深雪も参加する事になった捜索活動中での事である。

『アンブレラ88(エイトエイト)およびアンブレラE1。本日は晴天なり』
『バンガサ00 。了解』
『アンブレラ88よりバンガサ00。リクエストコール。周辺の天気を知りたい。送れ』
『バンガ サ00。天気予 報了解。周辺一帯は晴 れ。アンブレラ33 に霧雨1分間、既に晴れ。時化の 気配も無し。以上 』
『アンブレラ88了解。感謝します。通信終了』

 輝達とは別航路で捜索中のアンブレラ88ことトラック泊地所属の駆逐娘『白雪改』とE1こと有明の叢雲の2人は、駆逐艦本来の姿形とサイズに戻った状態で周囲を捜索していた。
 周囲一帯はブ厚い曇り空。月明かりどころか星明り一つない完全な暗闇。そして灯火管制中の二隻。
 光源無し。PRBR検出デバイスに反応無し。ソナーに反応無し。
 記録にあった歌声、無し。

「どう、白雪?」
『……アンブレラ33が駆逐イ級一隻と遭遇。撃破した以外には何も無かったそうです』
「そう」

 もしも今が晴れの昼間なら、海底まで見渡せるほど澄み渡った青とサンゴ礁が見れたのだろう。もしも今が晴れの夜ならば、写真集にして売れるほどの満天の星空が頭の上に広がっているのだろう。
 だが今は曇りだ。それも月明かりどころか星明り一つない、完全な真っ暗闇だった。
 夜空と水平線の境目すら分からぬ黒の中、白雪と叢雲は、艦体各所に増設された親指大の赤色ダイオードが発する微かな光――――赤は可視光の中では最も容易に闇に溶け込む――――を艦艇用の大型暗視装置で増幅して何とか互いの距離と位置と己の喫水線を把握していた。

『今までのデータでは、鬼が現れたのはいつもこんな夜。波も風も無い曇りの時だそうです。だから、きっと、今日も来るはずです』
「だといいけど……でも、鬼って言ったらアレでしょ。ハワイの白鬼」
『あれとはまるで違う姿形でしたから……戦闘能力も別だと、思いたいですね』
「同感ね。たった一匹で合衆国海軍全軍を返り討ちにするような奴がそう何匹もいてたまるものですか」

 眠気覚ましに単距離光学接続による雑談を行いながら、叢雲が自我コマンドを入力。索敵系に質問信号を送る。ゼロコンマ秒後に索敵系より返答。
 光源無し。PRBR検出デバイスに反応無し。ソナーに反応無し。歌声無し。
 出撃後からまったく変わらぬ、むしろ不気味さすら感じる平穏無事さ。深海棲艦がいる事は、衛星からでも確認されているというのに。

『定時ほ う告。定時報告。バ ンガサ00よりアンブ レラE1。バンガサ00よりア ンブレラE1。送れ』
「アンブレラE1よりバンガサ00。本日は晴天なり。本日は晴天なり」

 鬼の人攫い対策として、定時連絡の間隔は今まで五分に一回のハイペースに設定されていたが、今日からは鬼の警戒心を刺激させないために本来の間隔に戻されていた。
 気付く。

『バン ガサ00了解 。通 信終了』
「ねぇ、白雪」
『何、叢雲ちゃん?』
「そっちの索敵系、特に逆探に反応ある?」
『逆探ですか? いえ、反応はありませんけど』

 隣の白雪との単距離光学通信は何ら問題なく通信ができるのに、バンガサ00――――トラック泊地本部との電波通信には変な干渉が入っている。

『あの、どうしたんですか?』

 音が欠けるほど酷くは無いし、無視できる範囲の干渉だったが、叢雲のゴーストはそこに引っかかりを覚えていた。
 何となくという理由で叢雲が自我コマンドを入力。索敵系にリクエスト。索敵系が拾った情報を全て脳裏にブチ撒け、干渉要因を逆算する。原因はすぐに見つかった。

 PRBR検出デバイスにhit.

 センシングリミットをぎりぎり下回る微弱な反応。だから今まで警報が出なかった。
 それも無茶苦茶に近い。叢雲の真下。喫水線よりマイナス数メートル地点。
 叢雲の生存本能がシステムのコントロールを乗っ取る。1秒起爆での爆雷散布。機関出力を戦闘領域に上昇。精密索敵系の起動。砲弾と魚雷の弾頭の冬眠解除。4つ全部をいっぺんにやった。墨色の静寂の那珂に突如として発生した瞬間的な大音量と爆発と水柱。
 その水柱の一部。
 吹き飛ばされ、叢雲の無人の甲板上に落っこちてきたひと塊は、およそ海水らしからぬ粘ついた音を立てて甲板の一部にべしゃりと張り付いた。
 叢雲が追加で自我コマンドを入力。叢雲の内部に搭載された妖精さんの空きチャンネルに割り込み。圧縮保存――――艦娘状態の叢雲の立体映像を2191人目の妖精さんとして出力させる。
 物に触れるほどの超高速・超高密度の情報体として出力された叢雲の立体映像が甲板の片隅にへばり付いた海水の元にしゃがみ込み、その一部を指先になすり付ける。
 PRBR――――パゼスト逆背景放射線――――は、このネバネバから発せられていた。
 叢雲には、つい最近、見覚えのある物体だった。

 帝都湾のバビロン海ほたる地下で建造されていた新型艦娘、プロトタイプ伊19号。
 それに搭載された深海棲艦由来の新物質――――DJ物質。

 TKTが次世代の新素材として注目している、夜になると何かヌメヌメするこの粘液は、駆逐娘達のアクティヴソナーを吸い取り、PRBR検出デバイスに干渉して、海中に逃げたプロト19の行方をくらませる手伝いをしていた。
 あの時は電波攪乱などしていなかったはずだが、あの時見たのとはきっと鮮度が違うのだろうと叢雲は勝手にそう結論付けた。
 兎に角、最近手に取り始めた人類ですら、そのような使い方をあっさりと思いついたのだ。
 だったら、元の持ち主である深海棲艦達なら、もっと高性能なジャミングデバイスとして改良していても――――

「――――――――!!」
『ね、ねぇ叢雲ちゃん! いきなりどうしたの!?』

 ここでようやく我に返った白雪が、光学接続された叢雲の通信系越しに動揺した声を上げる。深海棲艦からの攻撃は予兆も含めて無し。どうやらこの近くにはいないようだった。

「白雪! 今独りなのは誰!?」
『え、えと……今の時間と航路だとたしか……夕張さん! あの輝君って子を私達に合流させた後、しばらく独りの航路になるはずです』
「そう……」

 回線を開いたまま、叢雲がしばし沈黙する。そして、白雪の脳裏の片隅に浮かんでいる会話ログが再び流れ始めた。

「白雪、よく聞いて。このネバネバ[添付file:send001.bmp]は深海棲艦のジャマー。敵はこれを使ってこちらの目と耳から隠れつつはぐれ狩りをしていたんだわ、きっと。このままだと夕張も危ないわ。だから今すぐトラック本部と夕張に連絡を取って、飛ばせる奴らだけでもいいから加賀に航空支援(エア・ストライク)の要請を――――」
『もしもし、繋がってる!? こちら夕張!!』

 光学接続ではなく無線での割り込み通信。件の軽巡娘『夕張』から。

『輝君と雪風ちゃん、先こっち来てない!? いつの間にかいなくなってたの!!』






「……迷った」
【……最大感度でも真っ暗です】

 ちょうどその時、哨戒捜索任務に同行する事になった輝と雪風は、先導役の夕張のLEDの微かな輝きを追っかけていたはずである。
 その微かな赤色LED光以外の光源などどこにも存在していないはずなのに迷子である。
 以前ブイン基地での単独往復航海訓練の際に似たような事をやらかしたこのチビガキ、学習能力はあるのだろうか。

【この暗闇だと、どっちが航路間違えたのか分からないから、兎に角合流しないと……輝君、泊地に連絡を――――】
「あ、あった! あったよ深雪、光だ! きっと夕張さんのだよ! 早く合流しようよ!」
【雪風ですってば。でもなんだかあの光、さっきまでとは色も発光パターンも全然違う、ような……?】
「うん、そうだね深雪。あの光なんだね」
【……輝君?】

 輝の視線は、雪風の立体映像に向けられていなかった。そのすぐ真横、何も無いはずの空間に向けられていた。輝が視線を向けている自分の真横。誰もいないはずのそこに、雪風は誰かの気配と息遣いを感じたような気がして背筋が泡立った。

「うん、わかったよ深雪。あの光を見ながら、深雪の言う事を聞けばいいんだね」
【輝君、誰と話してい――――ッ!?】

 たった今、確かに、聞こえたのだ。
 消えた神通が、そして現在進行形で異常をきたしているこの輝が聞いたという、
 耳元で囁くような、小さな音量の、
 歌が。

 それと同時に、遠くで揺らめいていた青白い光――――輝は夕張のLEDだと言っていたが、明らかに違う!――――の輝きが段々と大きくなっていった。明らかに雪風の航行速度だけでは足りなかった。向こうからも近づいてきていたとしか思えない速度だった。
 PRBR検出デバイスにhit. 索敵系が脅威ライブラリに自動照合。
 検索結果はクロ。
 トラック泊地で採取された、例の鬼の新種と同一の波形と周波数を検出したと雪風の脳裏に警報を出した。
 最悪だ。
 鬼が出た。
 まだ何の準備も出来ていないのに、仲間もいないのに。よりにもよって自分が狙われるとは。死神呼ばわりされた自分の幸運もここでケチがついたかという愚痴は全て心の片隅に追いやり、この状況を打開するべく生身の脳ミソと電子頭脳の両方をフル稼働して状況をシュミレートしていた。

 結論:殺られる前に殺れ。

 その演算結果が脳裏に表示されるのとほぼ同時に、雪風はマイクのボリュームを最大限に引き上げ、艦内放送で力一杯に叫んだ。

【輝君起きて! 起きなさぁぁぁい!!】
「ふぇ!? ……ぇあ? あ?」

 肺腑の奥が物理的に震えるほどの大音量に輝は目を覚ましたが、まだ明らかにピヨっていた。もしかしたら音量が大きすぎたのかもしれない。もしもこの作品が漫画かアニメだったなら、輝の頭の上で輪になってブレイクダンスをするひよ子もといヒヨコが複数匹見えているはずだ。

【輝君出た! 鬼! 鬼が出ました!!】
「え? え? えっ?!」
【だから超展開! 早く超展開しましょう!! このままだとマズイです!!】
「え、あ、あ、ぁ、うん? うん! 分かった!」

 ここでようやく事態を飲み込めた輝は即座に行動を開始。超展開中のG対策として艦長席に増設されている複雑怪奇なシートベルトの迷路を一度も迷う事無く締め、むち打ち対策用のネックエアバッグを展開。Cの字型エアバッグは輝の首の両側を覆うように膨張し、軽く首筋に触れたところで大きさが固定された。
 それとほぼ同時に、輝の乗る駆逐艦『雪風』が何の損傷も無いのに天に向かって傾いていく。艦首は天を向き、ついには船腹が大気の中に曝された。
 輝は席の真横に出力された雪風の立体映像と手を取り合い、頷く。
 叫ぶ。

「深雪、超展開!!」
【雪風、超展開!!】

 天を向いた『雪風』から轟音と太陽の様な閃光が発せられる。
 そして、輝の健康な意識は、力一杯ハンマーを叩き付けられた窓ガラスのように一瞬にして砕け散った。

 ――――みゆ……、ゆき? え、ぁ?

『雪風、超展開完了!! 機関出力180%、維持限界まであと300秒!!』そう言おうとしていた雪風の意識もまた、自身と同調している輝の不調に連れられてドロドロの幻覚の中に沈み込んだ。
 さもありなん。有明警備府にいた時の訓練ですら昏倒一歩前まで逝ってた有様だったのだ。それよりもはるかにストレスの掛かる実戦でのそれがどうなるかなど言うまでもない。
 輝と雪風はまともに立ち上がるどころかちゃんと前を見る事すらまともにできなかった。そもそも今見えている物がまっすぐなのか曲がっているのか、白いのか黒いのか、それすらもまるで判断できなかった。索敵系が鳴らしている緊急警報も聞こえてはいたが何を言っているのかまるで理解できていなかった。
 そんな事だから、いつの間にか目の前にまで接近していた深海棲艦の存在にも輝と雪風は気が付かなかった。

「エ。チョ、チョット大丈夫アナタ達!?」

 おまけに、その深海棲艦から心配までされる始末である。
 完全な少女型の上半身と異形の大口を模した機械の下半身、青白い肌、ボタン止め式の真っ黒なセーラー服、顔を模した胸元の黒いアクセサリー、腰まで届くストレートの黒髪は頭部の両側でお団子状にまとめられており、鬼火のような青白い微かな輝きを放っていた。
 そして、異形の下半身の両側舷に接続された連装砲の砲身から、イソギンチャクの触手のような物体が何本も雪風の方に向かって柔軟に伸びており、ゆらゆらと揺れるそれの先端が青白く明滅していた。
 新たなる鬼、軽巡棲鬼。

「ナンカ最近、ココラモ危ナクナッテ来タカラ、今日デ引キ揚ゲル事ニシタンダケド、大物ガ、マタ釣レタワネェ。……テイウカ本当ニ大丈夫? スゴク顔色悪イワヨ? 少シ休ンデク? ホラ、膝貸シテアゲルカラコッチキナサイ」

 コイツの膝は何処なのだろう。ボブもそうだが筆者も訝しんだ。
 軽巡棲鬼は異形の頭部にしか見えなかった下半身のウェポンユニットを脱ぎ、青白くすらりとした両の素足を空気に曝すと、脱いだウェポンユニットに腰掛ける様にして座り、言葉通りに雪風を膝枕した。
 ウェポンユニット足部の砲塔から伸びているクラゲあるいはイソギンチャク状の触手が揺らめき、先端が青白く明滅し始める。
 それと同時に、軽巡棲鬼の両目もまた、触手と同じ青白い光を発し始めた。

「大丈夫。大丈夫。大丈夫ダカラ、マズハ、コノ光ヲ、見テ。目デコノ光ヲ見ルノ。光ヲ、見ルノ。光ヲ、光ダケヲ、見ルノ」

 ネガティブな極彩色に歪む意識と感覚の中で、軽巡棲鬼が発する声と青白い光だけが、一抹の清涼感となって輝の心の中に染み込んできた。グジャグジャに乱れ切った輝の心には、それを防ぐどころか疑問に思う事すらできなかった。
 光が目の前で左右にゆっくりと振られる。艦体としての雪風の視線もそれにつられて左右にゆっくりと動き出す。

「サァ、ワタシノイウトオリニシテ。何モ考エナイデ、頭ヲ、空ッポニスルノ。頭ヲ、空ッポニ。空ッポニ」

 膝枕の状態のまま、超展開中の雪風は半開きになった口の端から一筋の涎を垂らしながら、意思を感じさせない瞳を左右に動かしていた。それに連れられて、雪風の首も微かに左右していた事に軽巡棲鬼は太腿の感触から気が付いた。
 それを確認した軽巡棲鬼は頃合いだと判断。概念接続で海中に散布してあったDJ物質の中に隠れ潜んでいた手すきの輸送ワ級を一匹召喚する。ワ級は格納嚢胞の中から、それ専用に改造された特製の触手を二本取り出すと、雪風のヘソにそれらの先端を当てる。
 以前拉致した駆逐娘達から聞き出したメンテナンスコードを打ち込んでオヘソ・コネクターを解放させ、周辺を傷つけないようにとの配慮からヌルヌルの粘液に包まれた触手をゆっくりと挿入していった。
 最奥まで触手を突き刺された輝と雪風の脳裏に『外部電源供給』『過冷却中』というシステムメッセージが浮かんだが、今の2人にはそれを理解するだけの余裕は無かった。
 これで時間を気にせずに出来るようになったと、雪風に膝枕する軽巡棲鬼は見る者の背筋を凍らせるようなサディスティックな笑みを浮かべ、それとは真逆の優しい声で囁き続けた。

「サァ、ワタシノイウトオリニシテ。ソウスレバ、気持チ良ク、気持チ良クナレルカラ」

 その言葉を理解した輝と雪風が微かに頷いた。

「ソウ。イイコイイコ。ヨシヨシ」

 軽巡棲鬼が雪風の頭を優しく撫でる。輝と雪風が幸せそうな笑みを浮かべた。まるで幸せな夢を見て眠る少年少女のような笑顔だった。

「ソウシタラ、次ハソノ娘ヲ、しすてむカラ切リ離スノ」

 何の疑問も無く輝は状況D2を発令。艦内で謀反が発生したという事にして艦娘としての雪風から駆逐艦『雪風』に関する全ての権限を剥奪し、雪風もそれに従った。雪風の意識はメインシステムより隔離され、システム領域の片隅に押しやられた。それに付随する形で妖精さんシステムも全てロックが掛けられた上でプログラムを終了され、正規の手順に従って全ての電源を落とされた。
 皮肉な事に、雪風の意識はそれで覚醒した。

【メインシステムデバイス維持系より報告:状況D2発令。内装デバイスK01の完全隔離を完了しました】
(!? 何、何が起きたの!?)

 一瞬だけパニックになった雪風だったが、即座に前後の状況を思い出し、システム全体に質問信号を送ろうとして失敗した事で現状を大雑把に把握。何とかして輝とコンタクトを取ろうとしたが、無駄に終わった。戦闘系どころか艦内マイクの電源のオンオフすら出来なかった。

「ヨシヨシ。ソレジャア、中ノ提督ハソノママ、ズット夢ヲ見テテ。幸セナ、夢ヲ。デモ、私ノ言ウ事ハ、チャアント、聞イテテネ」
 ――――うふふ、あはは。まってよ、待ってよ深雪~☆

 超展開中とはいえ、システムから隔離された雪風に、今の輝の心を知る術は無い。無いが、きっと今、輝は幸せな夢を見ているのだろうとは想像がついた。
 だが、デートでワープで秩父山中とはいったいいかなるシチュエーションなのだろう、と雪風は迫る危機にも関わらず無性に気になった。

「ヨシヨシ。イイコイイコ。ソレジャア、チョット移動スルカラ、ツイテ来テ」

 雪風自身の意思とは裏腹に、艦体としての『雪風』は敵であるはずの軽巡棲鬼の指示に従って立ち上がり、その後を追って歩いて行った。
 触手を伸ばしていた輸送ワ級が格納嚢胞を完全に開く。その内側一面にびっしりと生えた荷物固定用の吸盤触手が蠢く様と、そこからほのかに漂う生暖かい異臭と、したたり落ちる硬化粘液に雪風の生理的嫌悪感が限界まで慄いた。

(ひぃぃぃ!!?)
「ホラ、コッチ、コッチヨ」
(嫌です! キショい、気色悪いです! 輝君起きて! 助けて!!)
 ――――あはは。そんな事言わないでよ、深雪。もっとゆっくりしていこうよぉ。

 そんなおぞましい空間の中に、軽巡棲鬼は自ら入っていき、雪風の艦体もそれに従った。不幸な事に、雪風の頭の上に一塊の粘液がべちゃりと滴り落ちてきた。どうやら幸運艦雪風にも好不調の波はあるらしかった。
 雪風が中に入った事を確かめると、軽巡棲鬼が指で合図を送る。
 触手と粘液が二人を包み込むようにして固定し始める。隔壁が閉ざされていく。隔壁が閉じ切るその直前まで、軽巡棲鬼は雪風に光と音を与え続け、囁き続けていた。だが、システムから隔離された雪風には何ら影響を及ぼさなかった。
 そして、再びその格納嚢胞が解放され、雪風が外に出た時、周囲の景色は一変していた。雪風の目の前には、軽巡棲鬼の触手の先端に灯る鬼火に照らし出された島が見えた。
 おそらくは、ブリーフィングで山本が言っていたあの小島なのだろうと雪風は見当を付けた。ついでに言っておくと、雪風を運んできたワ級は先程よりも何だかやつれて見えた。きっと、雪風へのエネルギー供給と冷却を行いつつ、それなりの距離を泳いできたためなのだろうと、これまた雪風は見当をつけた。輝は今にも泣き出しそうな表情で無理矢理に笑いながら『あはは……そう。深雪、やっぱりそうだったんだね』と寝言を吐いていた。

「ア、チョット待ッテテ」

 軽巡棲鬼は雪風にそこに腰掛けて待機するようにと命ずると、雪風の艦体は粛々とそれに従った。艦娘としての雪風が抵抗しようとして自我コマンドを送信したが、無駄に終わった。受付拒否どころか受信用以外の全ての回線が切られていた。
 座ろうとして艦体を捻った際に、ワ級がずっとおヘソに突き刺していた触手が雪風の内側のパーツをいくつか引っ掛けたまま抜け落ち、輝と雪風の脳裏に『外部接続カット』『維持限界までおよそ300秒』というシステムメッセージが浮かんできたが、どうする事も出来なかった。
 そのワ級は死ぬほど疲れ果てていたのか『もう……ゴールしても、いいよね?』とでも言わんばかりの雰囲気で雪風の方を見上げ、雪風が小さくうなずいたのを見て、救われたかのような雰囲気で崩れ落ち、静かに寝息を立て始めた。輝は『ごめんね、深雪……でも、ありがとう』と寝言をほざいていた。夢の中で痴話喧嘩でもしていたのだろうか。

「ミンナ、コッチ、コッチヨー」

 軽巡棲鬼が島影にいた誰かにこちらに来るように呼びかけた。
 現れたのは、数隻の超展開中の艦娘――――1人につき一隻の輸送ワ級(かなりゲッソリ)と有線で接続されていた。おそらくは冷却とエネルギー供給を兼ねているのだろう――――と、一際巨大な輸送ワ級を一隻引き連れていた。
 その艦娘達は、まるで幸せな夢でも見ているかのような蕩けた笑みを浮かべ、何事かをブツブツと呟いており、とても正気であるとは思えない様相だった。
 そして、そのいずれもがトラック泊地のIFFを発行していた事から、彼女達がMIAとして扱われていた艦娘達だった事に雪風は気が付いた。
 この時点で、雪風のメインシステムデバイス維持系は『超展開の維持限界まであと240秒』と告げ、輝は『そう。深雪、上手上手ー、いいよいいよー。じゃあ次はねぇ』と寝言を吐いていた。

「本当ハ全員連レテ行キタカッタンダケド……ココ最近ノ警戒具合ダトソレ無理ダシ、ドウセ処分スルナラ派手ニヤッチャオウカシラト、思ッテネ?」

 何をする気だと訝しむ雪風の事など知る由も無い軽巡棲鬼は背後の艦娘たちに向けて合図する。
 その合図を受けて艦娘達は次々と主砲や射突型酸素魚雷など、己の獲物を構えて、互いに相対する。今まで浮かべていた夢見心地の表情は既に無く、浮かべていたのは戦闘中の深海棲艦相手に浮かべるような、怒りと憎しみに支配された表情だった。
 そして、何のためらいも無く火を噴いた。

『死ね! 死ね深海魚共!』
『返して、私の提督を返してよ!!』
『クソが! 雑兵だらけかここは!!』

 何の前触れも無く始まった艦娘同士の殺し合いに、雪風は心と脳の処理が一瞬止まった。

(……え?)
「アア。心配シナクテモ、イイワヨ? 貴女ハ、モトイ雪風ハ特別ダカラネ。最後マデ生カシテオイテアゲル」

 いつの間にか雪風の隣に腰掛けた軽巡棲鬼が、雪風の髪を指で梳かしながら、自らが作り出した目の前の惨劇を楽しそうに鑑賞していた。

 両腕に射突型酸素魚雷を装着した駆逐娘の満潮が重巡娘の古鷹をリバーブローで打ちすえる。悪鬼羅刹のような表情を浮かべた別の古鷹改二が提督を返せと叫びながら左眼からCIWSレーザーを発射。摂氏マイナス一兆二千万度の極超低温の光線がその満潮とその他数名の艦娘の真横をかすめ、射線上にいた数匹のワ級(かなりゲッソリ)を物理法則レベルで粉砕していく。ワ級(かなりゲッソリ)達がその瞬間『もう、これで時間外超過勤務しなくて済む……』というような安堵の雰囲気を浮かべていたような気がするが、きっと気のせいだ。
 隼鷹が、五月雨が、千歳が、吹雪が、有線接続されているが故に巻き添えを食ったワ級(かなりゲッソリ)達が。
 ただひたすらに傷付け合い、殺し合い、一人また一人と倒れて動かなくなっていく。

「ヘェ……アノ娘達クライ深ク暗示ヲ掛ケルト、戦闘ノ音ヤだめーじ程度ジャア、解除サレナイノネ。コレハ使エルワネ」

 最後まで立っていた古鷹改二も、五体満足とは言えない有様だった。誰が何をするよりも先に膝から崩れ落ち、そのまま沈黙した。
 この場で無傷なのは、軽巡棲鬼と雪風のただ二人だけだった。
『ジャア次、行ッテミマショウカ』と心底楽しそうな笑顔を浮かべた軽巡棲鬼が合図し、夢見心地の別の艦娘達が雪風達の目の前に整列する。軽巡棲鬼の『ハイ、スタート☆』の掛け声一つで先程の悪夢が繰り返される。今度は6人同時による大乱戦だった。

(……て)

 その悪夢のような光景を、何も出来ないままただひたすら見せつけられている雪風の心が悲鳴を上げ始める。それと連動したかのように、黙って座り続ける『雪風』の両目の端から、透明な洗浄液ではなく、統一規格燃料の真っ黒い涙が流れ落ちる。
 次に最後まで立っていたのは、トラック泊地の『雪風』だった。
 それを見て、かつての世界大戦当時、どこかの誰かに言われた言葉が雪風の脳裏にフラッシュバックする。

 死神。

(……めて)

 統一規格燃料の真っ黒い返り血を全身に浴びたトラックの雪風には、およそ損傷らしい損傷は見受けられなかった。
 かつての世界大戦当時、どこかの誰かに言われた言葉が雪風の脳裏にフラッシュバックする。
 アイツは死なない。アイツだけは死なない。

(止めて!!)

 砲弾はトラックの雪風を避ける様にして他の艦娘に向かって飛び交い、結果としてトラックの雪風は最後まで何をする事も無く立っていた。
 かつての世界大戦当時の記憶がフラッシュバックする。
 他の誰かに不幸を押し付けて、どんな戦場からでも自分だけは無傷で生き残る幸運艦。

(止めて! もう止めてください!! こんなの……こんなの見たくない!! 見たくない……見たくないよぅ)

 だが、今の雪風は目を閉じる事も耳を塞ぐことも出来なかった。精々が自分の心を殺して、可能な限り無感動になる事くらいだった。
 そして、雪風の願いを聞き届けたかのようなタイミングで、雪風のメインシステムデバイス維持系は『超展開の維持限界です。デバイスとシステムの保護のため、超展開を強制解除します』と言い、そうなった。超展開中の艦娘としての雪風が色の無い濃霧に包まれたかと思うと、一瞬にして駆逐艦『雪風』本来の姿形に戻っていた。
 超展開さえ終わってしまえば、輝との接続も切られるから今度こそ全てのシステムから切り離されて何も見えない、何も聞こえない暗闇の中に逃げられる。トラウマで死に始めた雪風の心は待ち望んだ暗闇がやって来た事に安堵した。

「アラ。駄目ヨ最後マデチャント見ナキャ」

 だが、システムが許しても軽巡棲鬼が許さなかった。寝ぼけてる輝に命じてカメラと音声のみ再接続。地獄の光景が雪風の心を再び焼く。
 おまけに、先のワ級が触手を抜く際に引っ掛けて壊したパーツが何か重要な役割を持っていたらしく、超展開は解除されたが、動力炉の暴走稼働が終わっていなかった。
 結果、艦娘達の魂の座である艦コアを中心として、艦内各所の温度が不気味な上昇を始め、所々の配線がショートして火花を散らして断線し、小火まで起きた。デバイス維持系より次々と警告が上げられる。

【メインシステムデバイス維持系より緊急警告:コア内核、抗Gゲルの温度が急速に上昇しています。ただちに超展開を終了し、冷却してください】
【メインシステムデバイス維持系より緊急警告:動力炉、出力が急速に上昇しています。機関出力120、125、135%……なおも上昇中】
【メインシステムデバイス維持系より緊急警告:動力炉のフェイルセイフ回路が作動していません。即時退避してください】
【メインシステムデバイス維持系より緊急警告:免疫パイプ[B1, B2, B17, B29]に動作不良。ゲルが循環していません。ただちに修復してください】
【メインシステムデバイス維持系より警告:超展開用大動脈ケーブルに異常加熱発生。断線の恐れあり】
【メインシステムデバイス維持系より警告:艦内ケーブル[F4, F6F, F14, FA18, F22]より漏電火災発生。自動消火システム作動しません】
【メインシステムデバイス維持系より警告:配送ケーブルに破損発生。冷却液の漏洩を確認。調理室の温度が急速に下降しています】
【メインシステムデバイス維持系より報告:動力炉内、コア安置室の温度は下降中です。現在要警戒閾値内】
 ――――そうそう。すごいよ深雪! 初めてなのにすごいじゃない! じゃあ次のところに行こっか。

 幸か不幸か、冷却液漬けになった調理室の真下を走っていた艦コアに直結しているエネルギーケーブルが冷やされ、動力炉の大爆発という最悪の事態は避けられたが、それ以外の危機は依然として続いていた。特に、生体パーツの保護と殺菌を担当している免疫パイプの循環が止まったのがマズイ。今はまだ大丈夫だが、コア内核に直結しているどこかの回路が破損して雑菌汚染でもされようものなら、殺菌洗浄できずに全てのシステムが発狂してそのまま腐って死ぬ。
 だが今の雪風のには、それなりに魅力的な結末に思えた。これ以上見たくないものを見ないで済む、と。
 輝はまだ夢を見ているようで『この次はね、B系列パイプをB7以外を閉鎖してから、C2機関の送圧パイプを解放するんだよ。そうするとCの余剰圧力でBの中身を押し出せるんだよ。マニュアルには書いて無かったけど、きっと大丈夫だよ』だのと寝言をほざいていた。夢の中で艦内デートでもしているのだろうか。

【メインシステムデバイス維持系より報告:免疫パイプ[B1, B2, B17, B29]は再稼働しました】
(!?)

 雪風は、今自分の中で起こっている事態が全く分からなかった。送圧パイプは昔ながらの手動式のはずだ。あれを開け閉めするには、人力か、妖精さんの力に頼る他ない。
 では、誰が。

 ――――じゃあ深雪、次だよ。電算室で、妖精さんシステムを起動するんだ。ユーザー・コードとパスワードはね――――
【メインシステム統括系より報告:メインシステム電子免疫系の起動を確認しました。妖精さんシステムは現在、スタートアップ中です】
【メインシステム統括系より報告:状況D2を終了。内装デバイスK01より剥奪した全ての権限を返還します】
【メインシステムデバイス維持系より報告:内装デバイスK01の再接続を確認しました】

 妖精さんシステムの立ち上げにも絶対人の手がいる。雪風は確信する。
 間違いない。誰かが今、雪風の艦内にいる。どうにかして確認しなくては。そうこう考えている内に何者かの手によって雪風は隔離状態からようやく解放された。
 システム全体を掌握するよりも先に自我コマンドを入力。実体化して艦内各所の復旧に走り回っている妖精さん(の立体映像)の空きチャンネルに割り込み、圧縮保存――――艦娘状態の雪風の立体映像を2391体目の妖精さんとして出力させる。
 失敗。
 自分用に取っておいた2391体目のステイタスには【使用中】の文字が表示されていた。
 自我コマンドを連続入力。表示させたログには2391の使用履歴は無く、再起動させた電算室の監視カメラは、閉じる自動ドアと、その外を走り去る、セーラー服を着た誰かの後ろ姿を一瞬だけ映したような気がした。

 ――――じゃあ深雪、次だよ。次はエネルギー配給回路とチェッカーのバイパス処理をして……その次は……次で……、次で……最後だよ。

 そう呟いた輝の閉じたままの瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちた。
 数分後、2391体目のステイタスが【使用中】から【空】に切り替わった。同時に艦橋の監視カメラが復活。雪風は間髪入れずに立体映像を出力。輝の元へと駆けよる。
 ややあって、輝が意識ではなく、口を開いて雪風に言った。


「雪風、システム再起動。もう一度超展開いくよ」


【……え?】
「普通は無理だけど、熱溶式フェイルセイフ回路はさっきワ級に壊されたからもう無いし、バイパス回路も今さっき通してもらった」
【輝君】
「リミッター無しでも温度管理しながらの超展開は前にも深雪でやった事あるから大丈夫」
【輝君……雪風のこと、分かるんですか?】

 2391番目の空きチャンネルから出力された雪風の立体映像がその瞳を潤わせる。映像そのものはプログラムでも、その感情は本物だ。それを知っている輝は、少しバツが悪くなったかのように少しだけ雪風の立体映像から視線をそらした。

「……今までずっと深雪だと思い込んでてごめん、雪風。でももう大丈夫……大丈夫。だから」
【輝君……】
「だから、雪風、力を貸してほしい。僕のワガママだって事は解ってる。だけどお願いだ。僕は、死にたくない。死なせたくない。こんな僕にずっと付き添ってくれた君と、僕の目を覚まさせてくれた深雪を、こんなところで死なせたくないんだ」
【輝君……!】

 雪風の立体映像が両手で口を押える。その瞳は透明な涙で揺らめいていた。
 そして、雪風は大きく頷いた。

【……分かりました! 雪風、お供します!!】

 そして、艦長席に座ったままの輝と、その隣に立つ雪風の立体映像が互いの手を握りしめ合う。見つめ合う。
 同時に頷き、叫ぶ。

「雪風、超展開!!」
【雪風、超展開!!】

 超展開が完了するまでのほんの一瞬。雪風の脳裏には、真っ暗闇の中、自分と輝だけが天井からのスポットライトに照らし出された舞台の上に並んで立っており、互いが前を見据えたまま、硬くしっかりと手を握りあう光景が浮かんでいた。
 そして、2人の背後の闇の中から伸びた3人目の手が、握り合った2人の手の上をそっと包み込んでいた。

 ――――司令官の事、よろしくなっ。

  超展開が完了するまでのほんの一瞬。雪風は、確かにそんな声を聞いた。
 









 お持ち帰り予定の雪風二隻以外の全員の処分は終わったし、派手にやらかしすぎたし、そろそろ引き上げ時かしらと思っていた軽巡棲鬼の真横で、駆逐艦本来の姿形に戻っていた『雪風』に動きがあった。
 音もトリックも無く艦首が天を向き、船底を大気の中に曝していた。何か動くものの気配を感じてそちらに振り向いた軽巡棲鬼は何が起こったのか一瞬理解できなかった。
 直後、爆発。

「何!? 何ナノ!?」

 暴走稼働が収まっていない状態でさらに超展開したのが原因なのかは不明だが、一瞬で終わるはずの閃光と轟音は優に5秒間は続き、光の根元からは炎の柱まで噴出した。
 通常の超展開では有り得ない閃光と轟音が過ぎ去った後、そこには駆逐艦としての雪風は無く、代わりに、艦娘としての雪風がいた。
 ただ、そのサイズと状況が異様だった。

 ――――【雪風、超展開完了! 機関出力∞%!! 維持限界まであと不明!!!】

 特撮映画に出てくる巨大ロボットのような巨大さで、己の生み出した熱と周囲に漏れ出していた自他の統一規格燃料に引火した炎の中で、雪風は両腕を組んで仁王立ちしていた。
 真っ白なマイクロミニのワンピースは自爆寸前の領域で稼働している動力炉の余波を受けて炎色に輝いていたし、その動力炉から想定以上のエネルギーを過剰供給され続けている全身の運動デバイスは異常加熱で灼熱化していた。目から涙として漏れ出していた統一規格燃料は熱で自然発火しており、熱波に煽られて流されて、まるで火の涙を背後に向かって流しているように見えた。セーラー服の胸元で熱波に煽られてたなびく黄色のセーラータイの先端の裏表にはそれぞれ赤糸で『望希』『陽丹』『非是』『二改』と刺繍されていた。

 ――――深雪は死んだ、もういない! けど、僕の心の中で深雪はまだ生きている! 深雪は死なない、僕が生き続ける限り! だから……!!
「イキナリ何ヲ言ッテイル!?」

 突然の閃光と轟音で意識と耳が遠くなっていた軽巡棲鬼が涙目で復活。耳をマッサージしながら叫び返す。
 そんな鬼の事など知らぬ輝が叫ぶ。

 ――――だから、お前なんかに! こんなところで! やられてなんてやるもんか!!

 輝が自我コマンドを入力。自爆寸前の領域で回され続けている動力炉から想定以上のエネルギーを供給され続けている脚部運動デバイスが灼熱を通り越して白熱化する。屈伸、
 跳躍。
 ほんの一瞬で雪風は、通常の駆逐娘どころか並大抵のクウボ娘でも辿り着けないような高高度に到達していた。一瞬前まで雪風が立っていた箇所に、濃い陽炎と衝撃波が揺らめく。
 未だ視力全快せぬ軽巡棲鬼はその消えゆく陽炎の向こう側に、特Ⅰ型のセーラー服を着た誰かがバレーのレシーブの要領で雪風を打ち上げた姿を見たような気がした。

 ――――雪風! カカト・スクリューピッチ角変更! マイナス90!!
【! 了解ですっ!!】

 輝が命令を発するよりも先に、輝のイメージを受け取った雪風が自我コマンドを入力。
 かつて、ブイン基地に居た頃の輝が戦艦ル級に繰り出したその場凌ぎの必殺技。
 通常なら常に水平状態に保たれているはずのカカト・スクリューの取り付け角を、遠洋での作戦行動用のマイナス90度こと、足の裏に移動させる。
 雪風がピッチ角の変更と同時に、スクリューに全力運転をコマンド。その前方眼下では、軽巡棲鬼がこちらを警戒しながら後退して距離を取っているのが見えた。
 本能的に背後の虚空をキック。
 虚空を蹴ったとは思えない重たい反動を輝と雪風は足の裏に感じ、真下への自由落下は前方下へ向けての跳躍に切り替わった。
 輝達からは見えなかったが、キックの瞬間、雪風の足の裏で濃い陽炎が揺らめいていた。
 輝達からは見えていなかったが、軽巡棲鬼はその陽炎の向こう側に、特Ⅰ型のセーラー服を着た誰かが2人に合わせて足裏をキックしたのを、確かに見た。

「誰ダ……! 誰ダオ前ハ!?」
 ――――僕は僕だ! そして!!
【雪風も雪風です! そして!!】

 全力運転するカカト・スクリューにも漏れ出した統一規格燃料が引火する。回転の勢いに引きずられて炎はドリルのように渦を巻いて雪風の身体を包み込む。

 ――――これが、僕の、僕達の!!

 炎の螺旋となった雪風が軽巡棲鬼に向かって砲弾のような速度で突撃する。

 ――――【深雪スペシャル!!!!】

 真下を向いたカカト・スクリューを全力運転させた状態で雪風が軽巡棲鬼に直撃する寸前、彼女の座っていたウェポンユニットがかばう様に横転。軽巡棲鬼が可愛い悲鳴を上げつつ盛大な水柱を立てて後頭部から海中に倒れ込むのと同時に、ウェポンユニットに雪風が直撃。着弾した雪風ごと後方へと恐ろしい勢いで押し出され、一条の炎の轍を海面に残した。
 炎のドリルと化した雪風のカカト・スクリューとの接触面は盛大な火花を散らしつつ赤熱化し、そして最後にはドリルと同じ口径の大穴を開けられて、盛大に爆発四散。そして、当然のことながらその爆心地にいた雪風は、それでもなんとか二本の足で立っていた。
 爆発の余波も収まり、元の真っ暗闇の中に立ち尽くす雪風を、炎の消え残りが照らし出す。ようやく正気に戻った艦娘らが雪風を呆然と見やる。そしていつの間にかいなくなっていた軽巡棲鬼に対して、輝は届かぬと知りながらも呟く。

 ――――ありがとう。夢の中だけでも、もう一度深雪に会わせてくれて。



「ねぇ、雪風」
【何でしょう、しれぇ】
「今までみたいに輝で良いってば。あのさ、本当に申し訳ないんだけど、君と出会ってから今までの事、あんまり覚えていないんだ……」
【……】
「だからさ、泊地に着くまでの間、お話してもいいかな……?」
【! いいですとも! もちろんです!!】

 満身創痍の艦娘達が、輝く曙光の中を粛々と進行する。
 その先頭を行く駆逐艦『雪風』――――全身が真っ黒に燃え焦げている――――の艦橋からは、トラック泊地に着くまでの間、2人の少年少女の楽しげな語り声が途切れることなく聞こえてきていた。



 本日の戦果:

 MIAとされていた艦娘達の発見・救出に成功しました!
 トラック泊地所属の全艦娘の生存を確認しました!
 軽巡棲鬼と交戦、これの撃退に成功しました。
 トラック泊地の雪風が、軽巡棲鬼が催眠暗示に使用していた音声・映像データを入手しました。
 これにより対抗催眠の開発に成功、今後の被害再発を防ぐ事が出来ます。

 軽巡棲鬼       ×0(中破させるも逃走)
 輸送ワ級(大型種)  ×0(同じく逃走。無傷)
 輸送ワ級(だった干物)×10
 輸送ワ級(だった干物)×1(有明の雪風と接続していた個体。鹵獲後、衰弱死)

 各種特別手当:
 大形艦種撃沈手当
 緊急出撃手当
 國民健康保険料免除


 本日の被害:

 トラック泊地のMIA艦娘達:全艦生存
 駆逐艦     『雪風改』:大破(有明警備府所属。コア内核内抗Gゲル劣化、主機異常加熱による損傷、主装甲全破損、電子兵装半壊、艦内火災多数、超展開用大動脈ケーブル断裂etc, etc...)
 軽巡洋艦   『神通改二』:MIA(新生ショートランド泊地所属。今作戦では発見できず)

 各種特別手当:
 入渠ドック使用料全額免除
 各種物資の最優先配給

 特記事項:
 救出作戦は予定通り決行されました。
 逃走した軽巡棲鬼、超大型の輸送ワ級、および新生ショートランド泊地の提督及び神通改二は発見できませんでした。
 雪風(有明警備府所属)の監視カメラには、誰も映っていませんでした。


 以上





 雪風は夜の海の夢を見る。
 月明かりがふんわりと落ちて来そうなほど穏やかな、満天の星空と凪のように静かな海を、背後に付き従う様に隊列を組んだ大艦隊と、その周囲を完全包囲しているイルカの群れらと共に、月の出ている方角に向かってどこまでもどこまでも進んでいく夢だった。あの日あの夜の帰り道の夢だった。
 輝が初めて自分の事を雪風だと認識してくれたあの哨戒任務、何の前振りも無く軽巡棲鬼と遭遇したあの夜。
 これは夢だと雪風は理解している。
 何故ならば、あの曇り空の夜の海は帰り道でもやっぱり曇り空のままで、自分もそうだが他の艦娘達も大破中破が当たり前の大損害だったはずだ。それに戦闘の影響か、イルカどころかサメ一匹すらも寄って来る気配がなかったし。そもそも月が出てるのに満天の星空とはどういう矛盾か。
 それに、あの時は二人ともトラックに着くまでずっと喋り通しだったはずだ。今みたいに舳先の甲板の上にイスを二つ持ち出して来て並んで座って、ただ二人で夜空を眺めているだけだったなんてことは無かったはずだ。
 不意に、夢の中の輝がこちらに首を向ける。口を開く。

 発せられた言葉に被せる様にして目覚ましが鳴る。布団に包まっていた雪風の頭の上でジリリリリ、とけたたましく鳴るそれの頭を叩き付ける様にしてストップさせる。



「……ん~むゅぅふぅ」

 布団の中から片腕を伸ばした姿勢のまま数十秒。
 普段の雪風ならばもうパジャマを脱いで制服に着替え終わっている秒数なのだが、夢見が良かった雪風は実にご機嫌そうに目を閉じたまま笑みを浮かべ布団から動こうとしていない。それでも何とか這い出したところでようやく、目覚ましを止めた自分の手の甲に、別の誰かの手が置かれている事に気が付いた。
 いつの間にか同じ布団の中に入り込んでいた輝の手だった。
 驚きだった。まさか、かつてラバウルでニワトリ起こしの二つ名で呼ばれた事のある自分に追いつくとは。
 半分以上目を閉じたままの輝が上半身を起こす。寝ぼけ眼をこすり、ちゃんとこちらを見ていった。

「おはよ、雪風」

 何気ないその一言の挨拶が、雪風にはたまらなく嬉しく思えた。ちゃんと自分の事を分かっていて、見ていてくれている。我慢していても唇がモニョモニョと動いてしまっているのが自覚できた。途端に恥ずかしくなった。
 だから雪風は超機敏艦の名に恥じぬ速度で背後を振り向きつつ着替え終わると、輝に背中を向けたまま口早に告げた。

「お、おはよ輝君。さ、輝君行こっか。今日は比奈鳥准将達がこっちに視察(という名の長期休暇)にくる日ですよ」



 トラック諸島近海から鬼の歌声が消えて二週間後。なし崩し的にとは言えMIA艦捜索が終わった有明の叢雲は既に本土に帰還しており、突発的な大規模戦闘後の休養という名目で輝と雪風だけがトラックに残っていた。
 そんなある日、そのトラック泊地の空の入り口、ウェノ島(帝国呼称『春島』)に、輝達が来た時と同じように一機のセスナ機が降り立った。そして輝達の時とは違って青い顔をした3人組がゾンビのような危なっかしさで右へ左へとふらつきながらトラック諸島の地に足を付けた。

「……私、もう、絶対このセスナには乗らない」
「えー? 私結構楽しかったけど?」
「不知火も、出来るなら、もう乗りたくありません……」
「ぬいぬいちゃん、吐くならあっち行って」
「司令、私はぬいぬいなどという名前ではなくてですね……ぉぇ」

 そのセスナ機から降り立ったのは、眼鏡をかけた若い女性提督が一人と2人の艦娘だった。艦娘の方はベージュ色のセーラー服を着た黒いおさげの三つ編み少女こと重雷装艦娘の『北上改二』と、セミロングの薄ピンクの髪を水色のゴム紐で結わいたブレザー姿の駆逐娘の『不知火改』だった。

「何でわざわざ積乱雲の中に突っ込んだり、着陸直前でウミドリ・ダイブやらかすんですかあのパイロットは……ぅぷ」
「ていうかさー、ひよ子ちゃん。休暇終わったら飛んでくんじゃなかったっけ? またこのセスナで」
「やめて。やめて北上ちゃん。私そんな絶望聞きたくない……あ!」

 青ざめた顔をさらに青くして両耳を両手で塞ぐ女性提督こと、比奈鳥ひよ子准将(※翻訳鎮守府注釈:もちろんインスタントです)が、遠くからこちらに歩み寄る2人組の姿を見つけた。

「二人とも久しぶり。元気してた?」
「「はい!」」

 一人は艦娘の雪風。もう一人は輝だった。
 もう一月以上2人の姿を見ていなかったひよ子は最初、輝の姿に違和感を感じた。

「……あれ? 輝君。もしかして背伸びた?」

 そして、時は流れる。


(エピローグ)


 南方海域、新生ブイン基地。
 それが今日からこの女性提督こと、比奈鳥ひよ子がお世話になる寝床の名前だ。書類上の話では。

「さて。一番マシそうなのがここね。前の住人の方には申し訳ありませんけど、勝手に使わさせてもらいます」

 書類の上だと着任先は新生ブイン基地になってるはずなのに、どうして基礎工事すら終わってないのかしら。とひよ子は愚痴る。ひよ子以外も愚痴っていた。
 だが、住民が疎開したまま、年単位で放置されていたこの島に来てしまった――――乗ってきたセスナは到着して、飛行場にストックしてあった燃料を補給してそのままとんぼ返りしてしまった――――以上はどうにもならない。かといって工事現場のガテン系のアンちゃんオッちゃん達に混じっての雑魚寝は遠慮したいし、そのまま薄い本指定な事に突入など断固お断りというのがうら若き乙女達の本音だ。ならばもう自前で食う寝る所に住む所を用意するしかない。
 そこで白羽の矢が立てられたのが、新生ブイン基地の工事現場から歩いて五分の所にある、旧ブイン基地(という名のプレハブ小屋の遺跡)だ。
 一通り中を見聞して、一階の食堂の次にまともな荒廃具合を示していた――――食堂は床の所々で雑草が繁茂し、名も知らぬ虫がそこかしこを闊歩していた――――201号室を仮のねぐらとして使う事に決めたひよ子達が最初に手を付けた事は、通信機器の設営やら出撃港の確認やらではなく、掃除と防犯設備の設置だった。女子の人生の基本である。そして201号室の掃除開始から数分も経たぬ内に、部屋の中を漁り出したのもまた、お掃除の基本である。

「えっとこれは……旧ブインの人達の集合写真……?」

 ひよ子は知る由も無かったがそれは、輝と深雪の2人が鉄底海峡へ出撃する直前にポラロイドカメラ(漣個人の密輸品その2)で撮影された、あの集合写真だった。
 旧ブイン基地の全戦力とショートランド選抜部隊、TKTラバウル支部、ラバウル聖獣騎士団が一堂に会した、ちょっと人員ギュウギュウ詰めの集合写真だった。

「へぇ~、田舎の基地だって聞いてたけど、いっぱい人いたのね」

 写真の中でも特に目立つ連中を順に挙げていくと、写真の中央最前列で敬礼している204艦隊当時の輝と深雪、その左隣に井戸少佐と天龍と203艦隊の面々が、輝の右側には今現在ひよ子がお掃除中の201号室の主だった201艦隊のファントム・メナイ少佐と秘書艦の重巡娘『愛宕(メナイ少佐はハナと呼称)』が写っていた。
 特に目立つ連中は今挙げたが、まだもう少し他にも挙げるとしたら、輝と深雪の真後ろではTKTラバウル支部のむちむちポーク名誉会長大佐が厳めしい表情のまま誰も映っていない遺影を胸に掲げており、その左右には重巡娘の『妙高』『那智』『足柄』『羽黒』が控えるようにして立っていた。写真の前列右端では基地司令の座る車椅子を駆逐娘の『漣』と『敷波』の2人が押しており、写真の後列左端では旧ブイン基地202艦隊の水野と金剛が新婚ホヤホヤのような幸せそうな蕩けた笑顔で抱き合っており、同じ202艦隊所属の駆逐娘『電(202)』『雷』『響』『暁』はまたかよとでも言いたげな呆れた表情を浮かべており、その二人のベッタリと引っ付いた頬と頬を何とか引っぺがそうとして朝潮型軽空母娘『龍驤』が嫉妬色の炎をその目に爛々と輝かせた怒りの形相で2人の間に割って入ろうとしていた。今挙げた連中以外のスペースには201艦隊の幹部クルー連中とショートランド選抜部隊、ラバウル聖獣騎士団所属の艦娘達と提督達がみっしりと詰まっていた。
 因みに当時ラバウル所属だった雪風は、普通に立っているとこのみっしり軍団の中に完全に埋もれてしまうため、後列右端の戦艦娘の『陸奥』に肩車されていた。いたのだが、写真のアングルが悪かったのか雪風の口から上が見切れていた。どうやら奇跡の幸運艦にも好不調の波はあるようだった。
 そしてその写真の裏側には『俺さ、この戦いが終わったら……』だの『ん、今何か物音が……?』だの『こんなブラックな作戦に付き合い切れるか! 俺は天龍と一緒に帰らせてもらう!』だの『輝君おかえりー!!』だのと言った、あからさまなキーワードの数々が書き殴ってあった。

「あ! この写真の中の輝君、まだ背小っちゃ~い!」
「司令。対人センサーの設置とカモフラージュ終わりました。本体にもバッテリーにも異常無し。北上さんもご自身の対人索敵系にセンサー群のステイタスをリンクさせたそうです」
「うわぁっ!?」

 掃除を完全にサボっていたひよ子の背後にいつの間にか立っていた一人の少女の声に、ひよ子の両肩が発作的に跳ね上がった。

「ぬ、ぬぬいぬいちゃんごごごご苦労様ー。これで安心して夜眠れるわねー。よーし私もガンバルゾーガンバルゾーガンバルゾー」
「……ですから司令。私の名前はぬいぬいではなくてですね」

 こいつ掃除サボってやがったな。というぬいぬいもとい不知火が白けた視線をひよ子の方に向けるのと同時に、ひよ子は掃除をサボっていた事を誤魔化そうとして禍々しいチャントを唱えつつ乱雑に掃除を再開。大雑把にどけたガラクタから舞い上がったホコリの雲が自身の顔面に直撃。口の中どころか目と鼻の穴にも入ってきた。咳き込んだ拍子に肘で机の上に積まれていた本の山を突き崩してしまい、更なる被害を発生させた。

「むえぶ!?」
「何やってんですか、もう……」
「うえぇ、じゃりじゃりするぅ……ん?」

 舌の上と唇の裏の粘膜にへばり付いたホコリを袖口で拭い去っていたひよ子が、ふと何かに気が付いたかのように不知火の後ろに注目。不知火も釣られて廊下の方を見やった。そこには輝が1人で立っていた。

「輝君、もう少しゆっくりしてても良いのよ?」
「いえ。もう大丈夫です。ご心配をおかけしました」

 最近ちょうど成長期に突入したのか、雪風よりも頭一つ分だけ背が高くなった少年提督は、薄汚れた大きな布きれを大事そうに腕に抱いていた。
 ひよ子達からは輝の腕に隠れて見えなかったがそれは、ホコリと枯れ葉で薄汚れ、程よく風化し始めた、一枚のタオルケットだった。
 ひよ子たちはそれが輝にとってどういう意味を持っているのかは分からなかったが、彼の雰囲気から何か重要な物である事は察せられた。だからそれ以上の詮索はせず『そう。じゃあそろそろいい時間だし、夕ご飯にしよっか』と話題を切り替えた。

「よーし! それじゃあお掃除の続きはお夕飯の後でやりましょ! お腹空いてると効率でないし、ね!?」
「……それもそうですね。では司令、その後で部屋の清掃が進んでいない理由をお聞かせ願いたいものですね」
「うぐぅ……誤魔化せなかった」
「では不知火は雪風を呼んできます。因みに食事はどこで?」
「そうねぇ、一階の食堂はアレだし、他の部屋もちょっとねぇ……あ、折角だから浜辺にしましょう! さっき見つけた、この基地の裏にあった小さなビーチ、桟橋付きの! 今日晴れだし、南国だから夕焼けも星空もすごそうだし、きっと素敵よ!」
「あ、自分204号室から蚊取り線香持ってきました。封切ってなかったから多分まだ使えると思います」
「輝君ナイス! じゃ、行きましょ」

 ひよ子たちが賑やかしげに立ち去った201号室に、再び静寂が訪れた。
 その床の上に放置された本や書類の崩落跡。ひよ子たちの先のドタバタで崩落した際に、一冊の本が上向きに、ページを開いた状態で床の上に崩れ落ちていた。
 その本――――ファントム・メナイ少佐の個人的な日誌は、時間と湿気と日光と虫とカビでほとんど完全に劣化しつくしていて、とても中身が読めたものではなかった。
 だが、それでも見開かれたページの中の一行だけは何とか読める程度の劣化具合で済んでいた。
 そこには英語でこう書かれていた。

『レンケン二等兵の動向にはしばらく注意(大丈夫という奴ほど大丈夫ではないケースが多い。おそらく彼もそのパターン)。投薬治療の可能性も入れてドクターに明日相談』




 ねえ、輝君。ほんとのほんとに大丈夫?
 大丈夫ですよ。僕は。もう。決めましたから。





(あとがき)

 これ読んでる人初めまして、あるいはお久しぶりです。abcdefです。
 前回の投下(番外編を除く)より数えて半年と少々。何とか完成まで漕ぎ着けました。
 当初の予定では五月くらいの完成を予定していたのですが、モチベーションの低下や話中の矛盾の解消に頭捻ってたりスランプ陥ったりで気が付けばこんなに時間がかかってしまいました。斯様な拙作を待っていて下さった方もいるというのに、汗顔の至りです。
 ですが、何とか完成にまで漕ぎ着けたのも本作にお付き合いしてくださった皆様方のおかげです。ありがとうございました。

 さて、2013年よりダラダラと続けてきた本作ですが、これで第一部はようやく完結です。
 ですが以前にも書いたとおり、ちょっと書きたいシーンやお話が脳裏がいくつか浮かんできたので、これでお終いといった自分を裏切って続き書く事にしました。第二部第一話の構想を頭の中で練ってみたら、何故か話の流れや作りがE.G.コンバット第一話の丸パクリになってしまい、やはり脳内で考え直してる最中ではありますが。
 ですので『次話からは第二部です』とは書きましたがうpがいつになるかは不明です。大変申し訳ありません。ですが、最終話のラストシーンだけは考えてあるので何とか終わりまで漕ぎ着いて見せる所存です。出来るかどうかは別として。

 次話投稿時にはその他板に移っていると思います。その際にちらりとでもお目通ししていただければ幸いです。
 これ以上は冗長になりそうですので、ここで筆を置かせていただきます。
 それでは皆様、またお会いしましょう。

 さよなら。さよなら。さよなら。





















 あ、こないだPolaと伊13来ました。


(本日のOKシーン)

「ねぇ輝君、この写真に写ってるのって、昔の輝君だよね」
「あ、はい。そうで……ん? この写真、なんか? ? あれ? 何人か多い気が……? ? ?」


(本日のNGシーン)

 炎のドリルと化した雪風のカカト・スクリューとの接触面は盛大な火花を散らしつつ赤熱化し、そして最後にはドリルと同じ光景の大穴を開けられて、盛大に爆発四散した。だがその対価として、軽巡棲鬼本体は頭っから海水を被ってずぶぬれになった以外の被害は発生しなかった。

「ップハァ!! イ、一体ナンナノヨ、モォ……オ?」

 そして、海面から顔を上げて立ち上がろうとした軽巡棲鬼の周りを、今までに拉致してきたトラック泊地の艦娘達が完全包囲していた。どうやら今の雪風の超展開の光と音で完全に目が覚めたようだった。
 古鷹、古鷹改二、満潮、トラックの雪風、隼鷹、五月雨、千歳、吹雪、そして彼女らといまだ有線接続され、超展開に必要なエネルギーを強制的に供給させられ続けている輸送ワ級ら(ほとんど干物)が。
 その誰も彼もが満身創痍では済まされないような損傷だったが、誰も死んではいなかった。そしてその目だけは死体のような有様と反比例して憎悪と殺意で爛々と輝いていた。やもすれば先程の催眠中よりもずっと濃いやも知れなかった。
 状況を理解した軽巡棲鬼が硬直まる。元より死人色をしていたはずの顔色が真っ白になる。

「ア、アラ……皆サン、オ揃イデ……ドウナサッテ?」
『ええ、ちょっと貴女に逢いたくて。いろいろして下さったお礼がしたくて』

 最先頭にいた古鷹改二からだった。
 人は、どうしようもない状況におちいると笑うしかなくなるという。だから軽巡棲鬼も笑った。

『大丈夫です。人型相手は貴女のおかげでもう慣れましたから。ちゃあんと手足をもいで、アゴの骨を外して、逃げたり喋ったりできないようにしますから。あ、止血もしてあげますから大丈夫ですよ。情報なら殺して脳や内臓から吸い出せばいいですし』

 笑えなくなった。

「セ、セメテ痛クシナイデネ……?」
『検討はします』

 ついに観念したのか、がっくりとうなだれた軽巡棲鬼が肩幅に広げた両手をゆっくりと上げ始める。
 この真っ暗闇の中では、うな垂れたままの軽巡棲鬼が固く両目を瞑っていた事も、その両手に填めていたガントレット状の黒いグローブの手の平部分に特殊な鉱石が仕込まれていた事にも、包囲していた艦娘達は最後まで気が付かなかった。

「本当ニ、本当ニオ願イ……ヨォ!!」

 軽巡棲鬼が頭上で両手を勢いよく打ち合わせる。
 衝撃で押しつぶされた鉱石は圧を加えられた石英と似たような原理で瞬間的な閃光と高周波を発生させ、包囲していた艦娘達の心に一瞬の空白を作る。
 その最後のチャンスを逃さず叫ぶ。

「何ヲシテイル!? 横ニ敵ガイルゾ!! 撃テ、撃テ!!」
『『『えっ、え。あっ、はい!!』』』

 軽巡棲鬼の叫びで我に返った艦娘達が殆ど反射的に真横に向いて砲を構える。そして激発信号を送る直前になって、そこにいるのが味方だと気が付いて混乱し、硬直した。
 そしてその隙をついて、軽巡棲鬼は包囲網を突破。浅瀬を走破し、勢いそのままに深みに向かって飛び込んだ。
 本当は伸ばした両腕から飛び込もうとしたかったのだろうが、踏み込みの瞬間、取り除くのを忘れていた海底の小岩を踏んづけて足を滑らせバランスを崩した。巡洋艦クラスの体積と質量がお腹と顔面からダイブしたに相応しい水柱と轟音を上げて軽巡棲鬼はダバーンザバザバと潜水を開始。
 有明の雪風を連れて来た特大サイズの輸送ワ級もその後に続いて急速潜航。格納嚢胞に残っていたDJ物質と貨物固定用の硬化粘液を混ぜて固めた塊を即席のデコイとし、正気に戻った誰かがそれに砲撃を開始した時にはもう、軽巡棲鬼も特大サイズのワ級も、ソナーに消えゆくエコーを残すだけとなっていた。

【畜生、逃げられた!!】



 何とか逃げおおせた軽巡棲鬼は、死の恐怖から解放された反動で全身から油汗をかき、過呼吸に陥っていた。
 死人よりも真っ白な顔色になった彼女が脳裏に浮かべているのはつい今しがたの光景ではない。輝と雪風が最期に呟いていた一言だ。

 ――――ありがとう。夢だけでも、もう一度深雪に会わせてくれて。
「……」

 ありがとう。
 場違いなはずのその一言が、妙に心の中に引っかかっているのだ。

「……」

 軽巡棲鬼は思考する。何がありがたかったのだろう。自分の何に感謝していたのかといえば、一つしか浮かばなかった。歌だ。
 だが、歌の何がどう感謝されているのかまでは分からなかった。だから試してみる事にした。

「ヨシ。ソコノ輸送ゆにっとト鹵獲艦娘。チョット私ノ――――」

 そして、時は流れる。



『タナトニウム砲弾、プラネタルサイト砲弾、全弾射耗!! 46センチ3連装砲、通常弾に切り替えます!!』
『合衆国の攻撃衛星『アダム・フェニックス』の全力照射が始まります! 総員退避してください!!』

 長年の捜索活動と、近年の人類側勢力破竹の快進撃により、深海棲艦の中枢的存在がハワイ諸島オアフ島に居を構えている事が判明した。
 中枢棲姫と名付けられたその存在に対し、人類側は全世界規模の攻勢作戦を展開。中枢棲鬼の存在するハワイ諸島以外の全ての深海泊地に対し、同時攻撃を開始。これらを陽動として敵中枢殴り込み艦隊は対した被害も無く全艦が中枢棲姫の元へと到着。これまでの深海棲艦とは隔絶した戦闘能力を持つ中枢棲姫だったが、我々人類は最後の戦いには何とか勝利した。
 かに見えた。

『駄目です! 中枢棲姫は依然健在!』

 中枢棲姫は強かった。おまけに、ここに来るまで大した抵抗が無かったのも罠だった。
 いつの間にか敵中枢殴り込み艦隊は、温存されていた敵の主力部隊に逆包囲されていた。

「ぬぅ……! 最早これまで、か。副長、減速材を全投棄。動力炉を限界出力へ。弾薬庫にも導火線を引いておけ。いざとなればこの娘もろとも奴にぶつける」
『て、提督! 第七ハッチは閉じてますけど後方より敵増援! 数1!!』

 熟練見張院からの報告を受けて、光学デバイスの1つをフォーカスさせる。そこに映っていたのは、一体の人型深海棲艦だった。

「こらー! あなた達ー!!」

 完全な少女型の上半身と異形の大口を模した機械の下半身、青白い肌、顔を模した胸元の黒いアクセサリー、那珂ちゃん改二とよく似たオレンジ色基調のドレスとフリルが一杯のミニスカート、腰まで届くストレートの黒髪は頭部の両側でお団子状にまとめられており、鬼火のような青白い微かな輝きを放っていた。
 そして、異形の下半身の両側舷に接続された連装砲の砲身から、イソギンチャクの触手のような物体が何百本も天に向かって柔軟に伸びており、リズム良く左右に振られるそれの先端はサイリュームライトめいて赤だの黄色だの青だのに淡く発光していた。

「戦争なんて下らない事やってないで、私の歌を聞きなさぁぁぁい!!」

 鬼、軽巡棲鬼その人だった。
 しかも出現した頃に比べてずっとずっと滑舌が良くなっていた。
 軽巡棲鬼の存在に気付いた敵味方は、信じられないものを見たかのように目を見開き、思わず戦闘の手を止めてしまっていた。

「軽巡棲……那珂野ちゃん? 何でこんなとこに……?」
『私、今日ノらいぶ、絶対行ケナイト思ッテタノニ……』

 この鉄火場に相応しくない存在に対して提督が『誰あれ?』と呟き、副官に『ご存じ、無いのですか!?』と驚愕の表情で返された。ついでに言っとくとその呟きが聞こえた他の艦娘や深海棲艦達も驚愕の表情で提督を見ていた。

「彼女こそ、戦いもせずに歌ってるだけという深海棲艦のイレギュラー扱いからチャンスを掴み、スターの座を駆け上がっている、超航海シンデレラ、那珂野ちゃんですぞ!?」

 そんな彼らの間をすり抜けて、軽巡棲鬼の那珂野ちゃんは中枢棲姫の足元まで進み出る。
 両手の十指でハートマークを形作り、喉の前に掲げる。

「私の喉が光って唸る! 銀河のはちぇまで轟き叫ぶ!!」

 いったいいかなる理屈か、そのハートマークの中にハートを模した輝くエンブレムが浮かんでいるのが見えたような気がした。
 軽巡棲鬼自身からは見えなかったが、立ち上る金色のオーラが軽巡棲鬼自身をシュインシュインと包み込んでいたような気がした。
 軽巡棲鬼自身からは見えなかったが、それ以外の面々からは、軽巡棲鬼の背後にてカラオケマイク片手に両腕を組んだ、お髭が豊かなハートの王様が厳めしい顔つきで仁王立ちしている幻影を確かに見た。

「トップ・オブ・アイドルの名に懸けて!!」

(この後、中枢棲姫がヤックデカルチャとか叫びながらゾクゾク美して何やかんやの末に和解してEDの予定で、ここで軽巡棲鬼に『星間航行』か『備蓄資源の残数、覚えていますか』のどちらを歌わそーかなーとか考えてたけど、そもそも本編からの逸脱甚だしいので没に)




(本日のOKシーン その2)

 ……長い夢を見ていた気がする。とても楽しくて、でも寂しい夢を。
 司令官の心が治ったのは嬉しいけれど、そこに私はいなかった。
 ?
 あの子が、輝が私の艦中にいない?
 ……
 あ、そうだった。あの子はもう脱出させたんだった。
 そうそう、だんだん思い出してきたぜ。
 あとは、脱出用ボートが安全な場所まで逃げきれるまで時間を稼がなきゃな。こんな海の底で寝ボケてなんていられないぜ。

 さぁ、深雪さま最後の大勝負だ! 行っくぜぇ!!


(今度こそ終れ)



[38827] 【ここからでも】とびだせ! ぼくの、わたしの、ブイン基地!!(嗚呼、栄光のブイン基地第2部)【読めるようにはしたつもりです】
Name: abcdef◆fa76876a ID:aa7ba511
Date: 2018/06/30 22:10
※たいへん長らくお待たせいたしました。ここから栄光のブイン基地、第二部です。
※オリ設定とかあります。そりゃあもうモリモリ出てきます。そのくせどこかで見たような展開多数……
※感想欄の業者にすら更新終了と勘違いされて広告載せられる遅筆っぷりですが見捨てないでいただけると幸いです。
※あのキャラのアレとかコレとかがアレになってたりもします。ご容赦ください。アレって何って……それは、アレよ、アレ。
※Pixiv様にも、id_890名義で投稿しております。内容は一緒ですので読みやすい方でどうぞ。
※第一部の『嗚呼、栄光のブイン基地』は鬱暗い話だったので、第二部では、スナック感覚でサクサク読める、底抜けに明るい話にしたいと思います!





 この機体をもって深海凄艦を根絶する事こそが真の供養。人々よ、我々は戦うべきだ。
 我々が置き去りにされた、この、溺れかけた世界で。

                ――――慰霊碑として改造された特別な瑞雲(※総プラチナ製。出撃可)に刻印された碑文より






 その日、一人の少女が南の海の島にある、小さな飛行場の滑走路に降り立った。
 そして、離着陸する飛行機の邪魔にならぬよう、滑走路脇から海を見ていた(※邪魔です。止めましょう)。

「ふわぁ、きれいな海……」
 
 そんじょそこらの少女ではなかった。特徴は無いがどことなく田舎臭さが抜けないイモっぽい顔で瞳は黒、髪も黒のショートヘアで、何処かの女子中学生のような白を基調としたセーラー服と紺色のスカートに身を包み、その袖口には錨と世界樹の枝葉を組み合わせた意匠――――帝国海軍艦娘科のエンブレム――――を縫い付けていた。左腕にはピンク色の帯の小さなデジタル腕時計を付けており、帝国海軍が正式に発行した紙媒体の辞令書を握っていた。

「飛行機の上で見てた時も思ってたけど、やっぱり横須賀の海とは違って綺麗で静か……もっとゆっくり見ていたいなぁ」

 いや待て、落ち着け。見てくれだけならそんじょそこらの田舎の女子中学生だが中身が違う。
 嘘だと思うのなら試しに彼女のメインシステムが発行しているIFFを照会してみれば良い。そうすれば彼女のメインシステム統括系は【IN:NewBuin Base-Fleet101】と答えるだろうし、それでも不安なら彼女自身からコード0でシリアルナンバーを聞いてみるのも良いだろう。そうすれば、彼女はきっと【SIITAKE_Factory/DD-Fubuki_3.00α/km-ud/20171101-01f002d/GHOST IN THIS SHELL.】と答えるだろうから。
 第3世代艦娘式特Ⅰ型駆逐艦娘の1番艦『吹雪』
 それがこの娘の正式名称だ。

「あ、でもそろそろ行かないと着任予定の時間に間に合わないかも」

 そう呟いた吹雪は腕時計で現在時を、手に持っていた紙媒体の辞令書に書いてあった予定時刻を再確認し、足元に置いてあった、私物を詰め込んでパンパンに膨らんだブギーポップ製のバッグをもう片方の手でよいしょっと掴み上げると、名残惜しむかのようなゆっくりとした歩調で滑走路を後にした。

「あたーらしーいヒロインがー、南の海にやーってきたー♪ この海のへいわー、まっもっるたっめー♪ 特型長女の、わたし来たー♪」

 吹雪はご機嫌な調子で鼻歌を歌いつつ、防砂林代わりのヤシノキ林の向こう側から頭を覗かせる建物に向かって歩き始めた。

「かっわれー、吹雪(ブッキー)! おおきくー、つよーくー♪ さぁ行けー、吹雪! パワーはぜんかい~♪」




『ご迷惑をお掛けしており、大変申し訳ありません。安全第一で作業中です』
『建築計画のお知らせ』『建築物の名称:新生ブイン基地』『完成予定日:ペンキが乾き次第』
『ペンキ塗りたて』

 吹雪は目の前のヤシの木に針金で括り付けられた板切れに張られた張り紙を見る。
 続けて、視線をその奥にある汚れ一つ無いまっさらな二階建ての建造物に視線を移す。パッと見は赤レンガで組まれた二階建ての大きくて横に広い、ごく一般的な鎮守府造りと言われている軍用建築物。だが顔を近づけてよく見てみると本物のレンガではなくて、それを模したシールを貼ってあるだけの偽物だった。試しに壁の一部を拳で軽くノックしててみると、レンガ特有の硬くて軽いものではなく、分厚く重たい金属の反響音が返ってきた。
 というか、全面シール張りなのにペンキ塗りたてとはこれいかに。

「えっと……」

 外から埃一つ、曇り一つ付いてない窓ガラスの向こう側を覗き見ても人の気配はなかった。それどころか中には何も入っていなかった。
 どうやら箱はもう完成して工事の人間は引き払った後であるらしかった。念のために正面入り口の扉を開けようとしてみたが、カギが掛かっていた。先程の窓も同じだった。
 吹雪の他に外にあったのは、鍵の閉まった扉と、島中央の山腹で建造途中の巨大な誰かの大理石製全身像と、太陽光発電パネルを頭に被った真っ赤な塗装が目に眩しい真新しい自販機が一つだけだった。外には誰もいませんよ。
 因みに自販機の中身は全部艦娘向けのパウダー・フレーバーだったので、着任記念に一つ、目を瞑ってボタンを見ずに買ってみた。

「レモン(完全版)……? 完全版? ていうかこれからどうしよう……まさか窓ガラス割って中入る訳にもいかないし……あ、そうだ!」

 困り果て、立ち尽くしていた吹雪だったが何かを思い出したのか、スカートのポケットにしまっておいた先の辞令書を取り出し、もう一度その一行を眺めてみる。
『11時までに南方海域、ブイン島の新生ブイン基地に着任せよ』

「やっぱり間違いない。新生ってことは、何処かに旧ブイン基地もあるって事だよね。ここに寝泊まりしてた形跡は無かったし、司令官達がいるのはきっとそっちだよね!」

 ブイン島にやってくる直前の、飛行機の上から見下ろした光景と現在位置から旧ブイン基地の位置を素早く逆算した吹雪は、私物の詰まっている鞄を持つ手を入れ替えて、ヤシの木の防砂林の向こう側へと『駆逐艦吹雪、抜錨します!』と1人叫んで元気よく走り出した。

(この先に、私の司令官が待っているんだ……!)

 そう思うと吹雪は、どうしてもテンションが高くなって顔がニヤケてしまうのが自覚できた。
 製造元のシイタケ・ファクトリーにいた頃、自分の配属先が発表された時は、同期生産されてた他の吹雪達にも散々驚かれたし嫉妬されたし羨ましがられたし、自分でも信じられなかったというか未だに夢か何かでないかと疑っている。配属先の提督の資料はその後すぐに入手して四隅が丸くなるまで読み返したし、ここに来る途中の飛行機の中でも散々読み返した。今なら身長体重から軍歴に至るまで空で言える。

 比奈鳥ひよ子インスタント准将。

 あの、第三次菊水作戦こと、台湾沖・沖縄本島防衛戦で活躍した二人の英雄、その片割れ。
 もう一人の英雄と共に、実戦経験0の学徒兵ならぬ学徒提督達だけからなる臨時編成の連合艦隊を率いて、南方海域から本土に向かって侵攻してきた敵群団の中核となっていた強大で特殊な深海凄艦――――第4ひ号目標こと、戦艦棲姫を撃破した人間。
 第4という事は第1から第3もいる筈だがそいつ等はどこに行ったんだろうとも思うが、そんな事はどうでもいい、それよりもそんなすごい人が自分の直属の上官になるのだ。テンション上がってこない方がどうかしている、と吹雪は考える。

(よぉし、頑張るぞー!!)

 吹雪は己の内側から湧き上がる意思を再計算した。そしてそれは、テンションの無駄な昂揚と駆け足のさらなる加速という結果で出力された。
 そして、そこから走り出しておよそ3分もしない内に辿り着いた旧ブイン基地は、ありていに言うと廃墟だった。

「えぇ……」

 小屋と呼んでもいいものか、兎に角二階建ての大きなプレハブ小屋。その壁面という壁面には細大問わずツタが這い回り、窓ガラスという窓ガラスは全て割れていて、ペンキも所々が剥げかけて赤錆色が浮いていた。酷い箇所になると壁に穴まで開いていた。
 ただ、基地そのものはアレだがその周囲は比較的まともであり、この島に来た時と同じく台風明けの本土のような澄み渡る青空と真っ白い雲、水平線の向こう側まで広がる紺碧の遠浅の海に、波の音と勘違いしそうになるヤシの木の葉擦れの音、雑草を引っこ抜かれたばかりと思わしき真新しい色と湿り気をしたイモ畑(※何故かブルーベリーの木まで植えてあった。枯れていたが)に、引っこ抜きそこなった畑の隅っこの雑草をもしゃもしゃと食みながら纏わりつく疫病バエや蚊を尻尾で打ち払う牛に、吹雪の足首をコツコツウバシャアアァと嘴でつついてくる戦艦クラスの眼光を持つニワトリ。等の光景が吹雪を襲った。まともって何だ。

「ええぇぇ……」

 外から見た際、二階のとある一室の窓だけ真新しい青いビニールシートで目張りがしてあったので、多分そこが執務室なのだろうと吹雪は目星をつけた。
 少なくとも一階ではあるまい。だって、一階の一番大きな部屋(多分食堂だ。だって台所とかお皿の収まった戸棚とか大人数用の長テーブルとか有るし)は床の大半が雑草に覆われ、本土では見た事も聞いた事も無い姿形とサイズをした羽虫やら地虫やらがいたし、その隣に並んだ二つの部屋は扉が壊れてて中が丸見えで、誰かが出入った形跡が全くなかったし。
 そういう訳で吹雪が完全にペンキが剥がれ落ちて赤錆まみれになった軽金属製の階段を上った先にある細長い廊下の一番手前の部屋。
 201号室のネームプレートが掛けられたその部屋の扉にはA4サイズのコピー用紙が一枚、セロテープで張り付けられていた。
 手書きでこう書いてあった。

『ただいま留守にしております。ご用の方はお隣、新生ショートランド泊地までご連絡ください。 基地司令、ひよ子』
「えええぇぇぇ~……」




 大変長らくお待たせいたしました。栄光ブイン、第二部です。
 あ、言い忘れましたが第二部ではブイン基地の外、っていうか南方海域以外での話が多少増えると思います。
 タイトルにある『とびだせ!』とはつまりそう言う事です。
 ところで、最近アズールレーンというスマホ用アプリがある事を知ったのですが、何でも主人公がユニオン所属の弾幕ゲーという事で、道中のミッションは妙に僚艦からの裏切りが多かったり、事前情報と食い違ってたり、挙句の果てには最終ステージでラスボス倒した後、艦これで言うところの大淀さんポジの任務娘ないしGHQから、

『任務遂行ご苦労様でした。宿舎に戻ってゆっくりと休んでください……と、言いたいところですが。あなた方には、ここで果ててもらいます』
『あなた方が戦っている間に、我々は、原子核分裂エネルギーを利用した新型爆弾を完成させる事が出来ました』
『その功績を称え、あなたと、あなたの指揮下にある全ての艦船少女はその最終テストの標的艦として任命されました。おめでとうございます』
『また、本作戦『サードクロスロード』において戦死した際には二階級特進の上、インテリオル勲章が授与されます』
『ユニオンに栄光あれ、アクシズに慈悲あれ。死ぬがよい』

 とか言われてその『新型爆弾さま ふたり(ボム発動でライフゲージ回復)』から発射される暴力的で鬼のような二層式洗濯フグ刺し弾幕の中に叩き込まれた挙句、何とか生き残っても最後にはその新型爆弾が突然『私のこと、愛してる?』とか聞いて来て直後に惑星の地表全部を舐め尽くすような大爆発起こして主人公どころか人類が文明ごと消し飛ばされて一人生き残った明石にゃんが20年かけて最後の出撃前に指揮官と秘書艦から貰った髪の毛から2人のクローン作った所で力尽きて残された二人が石器時代以前からやり直して白黒ハッキリさせつつ制御装置のような物体を破壊しに行くエンドだと聞いたのですが、本当なのでせうか?

 あ、そうそう。前話のラストシーン修正&NGシーンその2追加しました。よろしければそちらも是非。の艦これSS

 とびだせ! ぼくの、わたしの、ブイン基地!
 第1話『着任せよ! ぼくの、わたしの、ブイン基地!!』




「あら。お客さん?」

 突然二軒隣の203号室跡――――扉は無かった――――から顔を覗かせたのは、別の艦娘だった。
 キツネ色の髪を黄色いリボンで短いツインテールにまとめ、白いシャツの上に鼠色のブレザーを着て、そのブレザーの左胸には、燃え盛る炎の柱を背後にして額に『Hell's Wall』の意匠化文字を刻んだ頭蓋骨のワッペンを三つも貼り付け、そして鼠色のミニスカートを佩いた艦娘。擬装は外しているのか見当たらなかった。
 陽炎型駆逐娘の一番艦『陽炎』だった。

「っは、はい! 本日付けでこちらに配属となりました、だ、第3世代艦娘式特Ⅰ型駆逐艦娘の1番艦『吹雪』であります! よろしくお願いします!」
「あー。今日ここに来ることになってた娘ね。私は陽炎よ、所属は隣の新生ショートランド。よろしく」
「はい! こちらこそよろしくお願いします! あの、ショートランドの方がここで何を?」
「よろしくね。あ、そうそう。こっち(ブイン)の基地司令だけど、しばらく帰って来ないと思うわよ。だから今の内に旅行連れてってあげる」

 陽炎の露骨な話題反らしに吹雪は疑問を懐いたが、陽炎に手を引っ張られてその場を後にし、一階に戻った時にはもうその事をすっかり忘れていた。
 因みに旅行とは、文字通りの意味ではなくて新入りへの施設案内の隠語である。

「じゃ、とりあえず近いトコから行こっか。あ、ここに来たって事はもう知ってると思うけど、まだ新しい基地が完成してないのよ。で、しょうがないから皆ここ(旧ブイン基地)で寝泊まりしてるの」
「あ、はい。さっき見てきました。ペンキ塗りたてとか何とかって」
「あれ全面シール張りなのにどこ塗ったのよって話よねー。あと、旅行って言ったけど、回るトコそんなにないのよね、ここ。寝泊まりしてるこのプレハブに、裏の畑に、今稼働している工廠に、出撃港と食堂に、旧ブインのドライドックだった星空洞窟に、崖の上のお墓ってとこかな」

 歩きながら二人は話す。

「そいえばさ、本土では何か無かった?」
「本土で、ですか?」
「うん、そー。例えばさ、MIAだった艦娘とか提督とかが見つかったー、とか」

 吹雪は知る由も無かったが、その質問をした陽炎の脳裏に浮かんだのは、一人の艦娘と、一人の提督だ。
 新生ショートランド泊地の、すなわち陽炎自身の提督とその秘書艦、神通改二の事だ。

「いえ、すみませんが……」
「そっか……」

 陽炎は寂しそうな声でそう呟くと、先ほどまでの元気いっぱいの声と表情に戻って再びお喋りを再開した。本土で流行ってるファッションやTV番組、映画や雑誌、スイーツ、吹雪の好みの男性のタイプなど。基地の案内旅行はどうした。

(そういえば)

 そういえば、何でショートランドの人がブイン基地の旅行してるんだろう、と吹雪は今更ながらに疑問に思った。

「あの、何でショートランドの人が――――」

 ちょうどその時、遠くから、低くよく通る汽笛の音が聞こえてきた。
 吹雪が背後を振り返えって見たヤシの木の防砂林の隙間の水平線。その一ヶ所に小さな点が見えた。吹雪が持つ視覚野の解像度ではそれが何らかの船舶の船首であるとしか認識できなかったが、状況から大体の推測は出来た。

「多分、あれここの基地司令かな。ちょうど説明するとこだったし出撃港まで迎えに行こっか」
「はい!」

 2人が同時に駆け出す。旧ブイン基地(という名前のプレハブ遺跡)の裏にあるイモと枯れたブルーベリーが植えられている畑を越え、ヤシの木の防砂林を抜けると、そこには小さな浜辺があり、丸太で組まれた桟橋がそこから遠くまで一直線に伸びていた。

「うわぁ、綺麗……」
「いい場所でしょ。旧ブイン時代の出撃港だったんらしいけど、いつも皆、ここで夕飯とってるの」
「え。でも陽炎さんは新ショートランドの所属なんじゃあ?」
「南方はそこらへんの規律結構緩いから。そっち(新ブイン)もウチ(新ショートランド)に何度か夕飯食べに来てるしね。吹雪も今度いらっしゃいな。自慢じゃないけど、今のショートランド泊地はちょっとしたリゾート地よ。時々戦火激しいけど」
「南方は一級戦線だって聞いてたんですけど……いいのかなぁ?」
「いいのいいの。戦争なんて美味しいご飯食べてる方が最後には勝つんだから。あ、やっぱIFF比奈鳥准将ンとこの北上さんのだ。今、司令に吹雪の事も連絡しといたからね」
「あ、ありがとうございます」

 陽炎が桟橋の先を指さす。その先にある水平線付近に目を向けるとそこにはもう、いくらか大きくなった艦影が見えていた。あの小さな影に、この基地の人が、私の司令官が乗っているんだ。そう考えると吹雪の心にこれからの生活への期待と、微かな緊張が漲ってきた。
 それから数分後、甲板上の至る所にこれでもかと魚雷発射管を増設した、一隻の重雷装艦が慣性をスクリューの逆回転で殺しつつ、桟橋の先端ピッタリにその船腹を横付けした。衝撃吸収用として桟橋に増設されたゴムタイヤが軋む事すら無い、完璧と言っても良い精密さの着岸だった。
 そして昇降用のタラップが下りてきて、そこから一人、誰かが下りてきた。

 今時珍しい純粋な黒一色のショートヘア。メガネ。帝国人女性。何故か片手にコルク栓と蝋で再封印された真っ黒い酒瓶。
 目立つ特徴などその程度で、顔つきも背丈もちょっと提督らしからぬカーキ色の半袖の防暑服に至るまでも、ごくごく平均的な帝国人女性そのものでしかなかった。
 ただ、目付きだけはどこか違っていたような気がした。
 比奈鳥ひよ子インスタント准将。
 学徒兵ならぬ学徒提督とその秘書艦だけで臨時編成された捨て駒『かるがも連合艦隊』の総司令官。姫殺し。沖縄の女神。
 英雄。
 身長体重などのデータは知っていたはずなのに、もっと大柄な人物だと勝手に思っていた。自身の経験のなさと彼女の短いながらも生半可ではない経歴からくる重厚感がそう錯覚させたのだろうかと吹雪は考える。

「陽炎ちゃんただいまー」
「ひよ子さんお帰りー」
(軽っ)

 だが、陽炎はそんな彼女と何の気兼ねも無しにうぇーい。とハイタッチ。吹雪が小さく驚愕しているのを余所に、ひよ子が『塩太郎さんは?』と聞くと陽炎は『203で仮眠とってました。今起きてくるそうです』と答えた。

「おっけー。じゃ、2人とも一度工廠にいきましょうか。吹雪ちゃんの紹介と着任パーティはそこでやる予定なのよ」
「了解」
「りょ、了解しました!」
「あ、北上ちゃん、取ってきたサンプルの移動って明日でも大丈夫?」
「うん、だいじょぶ。今日は私の中に保管しとくからさー、早いとこ歓迎会にしちゃいましょー」
「それもそうね」

 いつの間にかひよ子の背後に立っていた北上に返事をした後、ひよ子を先頭にして、陽炎と吹雪らは新築のブイン基地の裏手にある工廠に向かった。
 先程までひよ子が乗っていたはずの艦は、どこにもなかった。





 ペンキ塗りたての張り紙も真新しい本棟やその他周辺施設とは異なり、新生ブイン基地の工廠施設だけは例外的に完成して運用も始まっている。

 理由はいたって簡単で、本棟よりも先にこちらの完成を優先するようにと、当時ウェーク島泊地からショートランドに帰還してきたばかりの陽炎からアドバイスを受けたひよ子が陳情したからである。アドバイザー陽炎曰く『喰う寝る着替えるはどこでもできるけど、安全な修理はここでしか出来ないから』との事。
 とはいえ、この施設について語る事は特には無い。本土の基地や鎮守府と同じく、ドライドックの有る無しで二棟に分かれているのも同じだし、その正面には大型機械の出入りのための大きなメインシャッターとその隣の壁にある人用のサービスドアがあるのも同じだし、そこから天井に視線を移すと、そこには大形のハロゲンランプが複数規則正しく吊り下げられており、同じ天井を縦横無尽に走り回るガイドレールには大の大人の胴回りほどもあるブッ太いチェーンで吊り下げられたフックがいくつもいくつも取り付けられているのも同じだった。
 違うところと言えば工廠内側の四隅の1つには小さな掘っ建て小屋がいくつか纏まってあって、それぞれには『仮眠室』『電算室』『備品庫&資料室』と表札が付けられていたくらいのものだ。因みに残りの角っこには資材が山積みになっているのも大体の基地や鎮守府の工廠と一緒で、トイレが外なのも一緒だ。
 そして、そんな工廠の入り口、中途半端に解放されたシャッターのすぐ裏側で、男女4人が真っ二つに唐竹割りされたドラム缶を囲んで何事かをやっていた。

「火、良いよね……」
「良いですよね……」
「三式弾で燃えるヲ級、燃えるリコリス姫……良い」
「あの、三人とも? そろそろ具材焼き始めないと間に合わないんじゃ……?」

 艦娘らしきのが3人と、平均的な帝国人男性よりも背が低い男の、計4人。
 彼らをよく見ると、真っ二つにされたドラム缶の切断面を上にして金網を敷き、下側で大形のエアブローや強制酸化剤やガソリンを使って山盛りの炭をガンガンに焚いていた。きっと吹雪の歓迎会の料理に使うのだろうが、バーベキューには魔女裁判もかくやの火力は必要なのだろうか。それともこのドラム缶に何か恨みでもあるのだろうか。
 その中の一人である男が吹雪達の気配に気が付いたのか、じっと見つめていた火から視線を外して背後に振り向いた。

「ん? ……え、もう来たの!? 夕張さん、野菜、野菜!!」
「嘘っ!? 輝君ごめん! 火力上げるのに夢中で野菜切ってなかった!! 明石さん、せめてお肉だけでも!!」
「ごめんなさい! まだ真ん中あたりが凍ってます!!」
「しれぇ、兎に角焼けそうなの全部焼いちゃいましょう」

 吹雪達の存在に気が付いた3人が大慌てで、ドラム缶の上に張られた金網の上に素手でむしり千切った野菜や生肉(半解凍)を次々とブチ込んでいく。
 だが、いくら急いでいるからと言っても、具材の上にガソリンの残りをブチ撒けても早く焼ける訳がないのだが。

「あああ、もう兎に角全員呼んで来ましょう! お酒飲んで話してればすぐ焼けますでしょうし」
『酒?』
『酒!』
『お酒!!』

 今まで寝転がってでもいたのか、無造作に置かれていた木箱の山の陰から複数の声と勢いよく体を起こす物音が聞こえてきた。
 やたらと酒臭い声だった。
 それら声の主の正体を察したひよ子が、呆れたような声を出した。

「……隼鷹さん那智さん千歳さん。せめて新人さんの前では少しくらいシャンとしてくださいよぅ。せめて一日目くらいは。せめて乾杯の音頭の前までくらいは」
「いいじゃんいいじゃん。どうせこの後すぐ飲むんだろー?」
「うむ。隼鷹の言う通りだ。どうせ酒を飲めばボロは出るんだ。飲まないなどという選択肢はないし。だったら今から飲んでいても何ら問題はないという事だ」

 盛大にため息をつくひよ子とは対照的に、隼鷹と那智と呼ばれた二人の艦娘はカラカラと笑う。気が付けば2人ともワンカップ酒のフタを開けて飲みはじめていた。千歳に至ってはすでに出来上がってるのか『今お酒が飲めうなーらー♪ (胃の中身を)全部吐き戻してもいーい♪』と良く分からない歌を歌っていた。陽炎は慣れた手つきでウォーターサーバから紙コップに汲んだ水とジュースをお盆に乗せつつ、以前ウェーク島にいた頃に貰った軍用酔い覚ましあとどんだけ残ってたっけと考えていた。吹雪はこんな時どうすればいいのか分からないので、とばっちりが来ない様にとひよ子の背後にこっそりと移動して気配を消していた。

「……はぁ、もういいですよ。あと来てないの誰だっけ。それと陽炎ちゃん、悪いんだけど、塩太郎さんももう一度呼んできて――――」
「今来ましたよ。それと、第2第3艦隊の正太君とスルナちゃんは現在哨戒任務兼、訓練航海中です」

 ひよ子が喋っている途中に、突然背後から低い声がしたことに吹雪がびっくりして振り返る。そこには、やたらと背が高い男が一人立っていた。
 艦娘システム最重要区画である艦コアの整備資格所持者を示す、脳みそとハートマークを組み合わせた形をしたワッペン勲章を胸元に縫い付けた、汚れの目立たない濃い鼠色の整備服(ツナギ)に身を包み、短く刈り上げた黒髪と、そんじょそこらのチンピラ程度なら思わず道を譲ってしまいそうな鋭すぎる眼光の持ち主。

「初めまして。自分は塩柱夏太郎一等整備兵であります。不肖ながら、ここの工廠の末席を穢させております」
「は……はじめまして、じ自分はだ、第3世代艦娘式特Ⅰ型駆逐艦娘の1番艦『吹雪』であ、あります……!」

 およそカタギの人間とは思えない眼差しに見下ろされ、それでも吹雪は何とか返事を返した。返せた。そしてそれを皮切りに、次々と吹雪への自己紹介が始まった。
 彼ら彼女らの背後でガソリンぶっかけられたドラム缶が消毒中の世紀末弱者めいて激しく炎上しているが、そこに乗せられた野菜とお肉は大丈夫なのだろうか。初対面の挨拶中に失礼だと知りながらも、吹雪はそれが気になって気になって仕方なかった。

「おっし。んじゃまずはアタシらから。軽空母の隼鷹さんだよー。んで、こっちの黒いサイドテールが重巡の那智で、その隣があたしと同じ軽母の千歳。3人とも所属はお隣、ショートランド泊地でぇーす」
 一昔前の少年漫画の中の登場人物のように跳ねる暗桃色の長髪をした、陰陽師を意識したかのような服をきた顔真っ赤っかな女性が二つ目のワンカップ酒を片手に3人分纏めて自己紹介をした。だが3人全員新ブインの所属じゃないとかどういう事だ。

「紹介に与った那智だ。重巡をやっている」
「軽空母の千歳改二でぇーす。担当は航空支援(エア・ストライク)ですけおー、隼鷹と一緒に制空(エア・カバー)もやってまーす」

 那智と呼ばれた、やはり顔が真っ赤で長大なサイドテールの黒髪の女性は、口に入れるモノを酒からスルメに切り替えつつ短く返事を返した。
 一方の千歳はよほど酒が入っているのか、怪しい呂律であらあらうふふと笑いつつ左右に首をカクンカクンと落としながら空っぽのコップを何度も口元で傾けていた。足元に転がる空の一升瓶は一体いくつあるのだろうか。

「よ、よろしくお願いします……て、あの。ここ、ブイン基地ですよね?」
「そうよー」
「そだよー」

 吹雪の疑問にひよ子と北上が返す。
 気が付けば誰も乾杯の音頭を取っていないのに、いつの間にか誰もが酒やジュースに手を伸ばしていた。このひよ子と北上も例外ではなく、北上はビールの入った紙コップを片手に、ひよ子はサイダーとビールそれぞれが注がれた紙コップを両手に持っており、サイダーの方を吹雪に手渡した。ひよ子の指の熱を感じた吹雪は、思わず指先に力が入った。

「あ。勝手に持ってきちゃったけど大丈夫?」
「お酒の方が良かった?」
「は、はい! 大丈夫です、ありがとうございます!」
「どういたしまして。で、ここブイン基地なんだけど……人がいなくて、ねぇ」
「今遠征に出てる第2第3と、第1のまだ来てない残り全員入れても20人もいないからねー、普通に考えたら基地運営なんてやってけないのよー」
「え、そ、そんなのってあるんですか!?」

 基地の運営には実働部隊だけでは済まないというのに。その他にも戦域管制、参謀、無線手、事務方、整備、糧食、補給、基地や備品の維持整備に警備担当に、火元責任者。更に彼らの交代要員。吹雪がパッと思いつくだけでもこれだけの担当と人数が上げられるのに。というか整備の人間が少なすぎるが大丈夫なのだろうか。

「……本当に、本当に、ねぇ。あのクソハゲジジイ共」

 今まで浮かべていた温かな笑みを消してひよ子が小さく呟く。北上が続ける。

「ひよ子ちゃん若いし女だしで上からは結構軽く見られてたからねー。昔はそれで楽出来てたけど、沖縄の後からは逆にそれが仇になるわ、妬まれるわで色々大変だったのよ」
「で、その結果がこの過少人員で、それだとやってけないから、現在は提督不在のお隣、新生ショートランド泊地とまぁ、持ちつ持たれつという事で。それじゃあ吹雪ちゃん、だっけ? なんかグダグダだけど、ようこそブイン――――」

 ひよ子が言葉を続けようとしたその時、サイレンが鳴った。
 人の不安を掻き立てるような、甲高く単調なサイレンの音がブイン島全体に鳴り響く。

「――――え?」

 突然の展開に思考が停止する吹雪を余所に、彼女以外の皆が間髪入れずに反応した。
 ひよ子も北上も陽炎も塩太郎も陽炎も今までの和気藹々とした雰囲気を消し、今までべろんべろんに酔っぱらっていた隼鷹那智千歳の3人ですらも手にしていた酒とおつまみを大急ぎで口の中に詰め込みながら表情と雰囲気を切り替えていた。
 館内放送がオンになる。

『事務室の大淀です! 提督、緊急通信です! 訓練航海から帰投中の第2、第3艦隊が敵艦隊を発見、交戦開始。ですが敵艦隊の一部が分裂し、ブイン島へ接近中! 最終警戒ラインまでおよそ5分! ご指示を!!』
「今すぐ動けるのは誰?」
「「「はい。ショートランド泊地、全員抜錨可能で……ぅぉぇおおろおろろろろっろごぼぼぼぼ」」」
「あたしは一旦燃料弾薬補給しないと無理。どっちも空っぽー」

 隼鷹那智千歳の三人は返答しようとして勢いよく姿勢を正したのが致命の一撃になったのか、赤い顔を蒼くさせて喉を嫌な感じに痙攣させつつダウンし、北上はぬぽーっとした無表情で否定した。
 ドラム缶の傍にいた、夕張と呼ばれた艦娘もまた『普通の艦としてなら出撃可能です。提督、私との適性ないですし』と答えた。他の艦娘らもシステムのアップデート中だったり遠征中だったりで出撃不可能だった。
 彼女らの回答を受けたひよ子はしばし逡巡し、吹雪の両肩に力強く手を置くと、とてもいい笑顔でこう告げた。

「吹雪ちゃん、一緒に頑張りましょ。大丈夫。私も貴女に乗ってフォローするから。陽炎ちゃんもいるし」
「え」




『帰ってきたら宴会の続きだかんな~……死ぬんじゃないぞぉぉぉ……ぉぇぷ』と顔を青くした隼鷹那智千歳に見送られ、工廠正面に広がる海の前にひよ子と陽炎、そして吹雪は立っていた。

「陽炎、展開!」

 掛け声一閃、陽炎が大股で海に飛び込んだ。その際ミニスカートが大きく翻り、中のスパッツが露わになったが誰も気にしてない。何故ならば、陽炎が海に飛び込んだのと同時に瞬間的な轟音と閃光が彼女から発せられ、それが晴れた時にはもう、海の上に人の姿をしたモノは浮いていなかったからである。
 全長118.5メートル、全幅10.8メートル、総排水量、乙女の秘密トン。
 かつての旧帝国時代に、艦隊決戦型の駆逐艦と呼ばれた陽炎型駆逐艦の一番艦『陽炎』がそこに佇んでいた。因みに陽炎が駆逐艦本来の姿形に戻った際、コンクリート製の護岸に少し引っ掛けて削り取ってしまったのだが、それはさておく。

【陽炎、解凍作業終了! 吹雪、アンタも急いで!!】
「え、ええ、えっ! ハ、ハイ! 吹雪、展開します!!」

 陽炎が先行して空けたスペースを使って吹雪もまた、奇妙な掛け声と同時に海に飛び込み、やはり直後に轟音と閃光に包まれた。そしてそれらが晴れた時には吹雪もまた、人の形をしておらず、特Ⅰ型駆逐艦本来の姿形とサイズに戻っていた。盛大に引っ掛けた護岸の被害については目を瞑っておいてやろう。何せ今日この日この時が初陣だし。

『展開』『解凍』

 それらの言葉から察せられる通り、この鋼の艦の姿形とサイズの方が彼女達、艦娘本来の姿なのである。
 だが、常日頃からその姿だと色々と不都合も多いので、非戦闘時には圧縮保存状態――――今の今までごく普通の娘っ子として二本足で歩いていた艦娘の方――――の姿になって修理の大半を済ませたり、配属先まで移動したり、お風呂に入ったり、フカフカお布団に頭まで包まったり、ご飯が美味しかったり、飲み過ぎてゲロ吐いたり、旧ブイン基地の廃墟っぷりに「えー」と声を上げたりするのだ。

【く、駆逐艦吹雪、解凍作業終了! 異常無し!!】

 そして、有事の際には今しがたの陽炎と吹雪のように圧縮保存状態(艦娘形態)からの解凍作業を実行し、艦艇本来の姿形とサイズに『展開』し、状況に対処するのだ。
 そして、その頃になってようやく基地ではなく島中のサイレンが反応。生理的に受け付けないあの独特の警告音を鳴らし始める。
 それと同時に駆逐艦本来の姿形とサイズに戻った【吹雪】が昇降用のタラップを降ろし、運よく護岸の破壊に巻き込まれなかったひよ子を回収して己の艦長席に座らせた。
 艦長席に座った際、冷えた何かがぺたりとスカート越しのお尻に張り付くのを感じたひよ子がびっくりして飛びあがると、そこには普通の座席のようなビニル革は無く、代わりに半透明の青色をした冷たいゲルが背もたれと手すりとシート部分を覆っていた。
 説明されるでもなく、ひよ子はそれの正体を知っていた。

「うぇぇ、またこれなの……」

 ここに尻を下ろすのは嫌だが背中に直接ドバドバと入れられるよりはマシだし、そもそも他に座る場所が無い。ひよ子が渋々と尻を下ろし、迷路のように複雑怪奇なシートベルトを全部きちんと締めたのと同時に通信が入った。

『事務室の大淀より陽炎さんおよび比奈鳥提督。事務室より陽炎さんおよび比奈鳥提督。出撃準備をお願いします。敵分裂艦隊はブイン島の最終警戒ラインをすでに突破。島近海に侵入しています。即時出撃をお願いします』
【了解、それと敵戦力は!?】

 通信機の周波数を事務室宛に合わせた陽炎が叫び返し、それと同時にレーダー観測と艦移動と砲旋回を3ついっぺんに開始。島から離れつつ跳ね帰ってきたレーダー情報から敵艦の未来位置を予測して艦の横腹を反応があった方に向け、真横に向けた第一から第三までの主砲で一斉砲撃。
 叫び返したとは言ったものの、実際には駆逐艦本来の姿形とサイズに戻った『陽炎』の内部は無人であり、艦長席にも操舵席にも誰一人として座っていなかった。艦内にいたのは『展開』の際に生じた余剰エネルギーを使って作られた艦娘式戦闘艦の無人運用システム群――――通称『妖精さん』の立体映像が艦内のそこかしこを走り回って作業しているくらいのものであった。吹雪もまた同様で、違いはひよ子が乗っているかいないかだけだった。主砲着弾。

『敵構成、駆逐イ級1、駆逐ロ級1とあと、あっ、いえ! 駆逐0です! イ級もロ級も今撃沈されました!! 後は――――』
【うっしナイス私!!】

 陽炎の艦内を見て見れば、今の今まで無人だったはずの艦長席の真横には艦娘としての陽炎がいつの間にか立っており、勝気な笑みで今の戦果にガッツポーズをしていた。
 艦内を駆け回る妖精さんと同じく、疑似的な物質と化すまでに緊密化された超高速・超高密度情報体からなる特殊な立体映像だ。何せ触れるし物も掴める。
 そんな立体映像の陽炎の姿が突然、艦橋の窓ガラスを破壊して進入してきた爆風に包まれた。流れ弾の直撃。大質量塊の運動エネルギーをもろに喰らった陽炎の艦橋部分は瞬間的に大破。立体映像のプロジェクターもその衝撃と続く爆風のダブルパンチで完全に破壊され、デジタルノイズまみれになってブレて、最後にはブツリと消えた。

『後は――――雷巡チ級が一体のみです!!』
【それ早く言って!!】

 だが『陽炎』そのものは健在であったようで、倍返しだと言わんばかりに砲を撃ち始めた。隣にいた『吹雪』も連られるようにして砲撃を開始。水平線付近に浮かぶ黒いゴマ粒サイズの敵――――雷巡チ級に向かって12.7センチ砲用の徹甲弾を撃ちまくる。
 だが、当たりもカスリもしない。陽炎は艦橋が破壊されたせいかまともに照準が付けられないようで、吹雪の方は突然の実戦に緊張し過ぎているのか、それとも今しがたの陽炎の被害に怯えたのか、FCSの補正も待たず、ひよ子の制止指示も聞かずにバカスカ撃ちまくっていただけだった。だがそれでも挟差を得て、徐々に散布界が狭まっていっているのは大したものだと吹雪の艦長席に座るひよ子は彼女をなだめつつ頭の片隅で感心していた。
 チ級が増速。吹雪のパニックも比例して増速した。逆に頭の冷えた陽炎は吹雪の索敵系にデータリンクを要請。精密狙撃でチ級の進撃の邪魔をする。

「吹雪ちゃん、落ち着いて。この距離で相手がチ級ならまだ大丈夫だから。まだ主砲の射程圏外だから」
【で、でも! 今! 今ッ! 陽炎さんがッ!?】
「大丈夫。さっきのはまぐれ当たりだから。その証拠にほら、さっきの以外、一発も当たってないでしょ。だから落ち着いて」

 ぐずる子供をあやすように、ひよ子は吹雪の艦長席の手すりをゆっくりと撫でまわす。手すりにまで伸びていた青いゲルは、ひよ子の手の平との接触面で、宇宙から見た落雷めいて仄かにパルス発光していた。

「落ち着いて、落ち着いて、ゆっくり、よぅく狙って……」

 FCSも、吹雪が落ち着くのを待つかの如く照準計算をゆっくりと再開。ややあって、ターゲットへの確実な照準を完了したと短い電子音で告げた。

「今っ!!」
【ッ!!】

 吹雪が全ての砲塔に激発信号を送信。それを受け取った一番から三番砲塔側のFCSは即座に照準の最終微調整を済ませ装填されていた砲弾を発射。緩やかな放物線を描いて飛んで行った6発の徹甲榴弾は磁石のN極S極の如く雷巡チ級の頭部へと吸い込まれる様にして着弾。
 まさか吹雪の方の攻撃が当たるとは思っていなかったのか、防ぐも避けるもしなかったチ級の顔面が6回もの連続爆発に包まれ、後方に体勢を崩してそのまま沈んでいった。

【や、やったやったやりましたよ!! 司令官!!】
「ええ、凄いじゃない吹雪ちゃ――――」

 直後、レーダーにもソナーにも映っていなかった一匹の駆逐イ級が吹雪とチ級の間にある海中から跳躍。大口を開けて船体に齧りついた。
 幸運にも食いちぎられる事は無かったが、吹雪は、船首をイ級に咥えられたままその艦体を激しく上下に揺さぶられた。
 獲物に喰らい付いたワニのようにイ級が体全体でローリング。通常の海戦ではおよそ有り得ない被害が吹雪に発生する。転覆こそしなかったが鉄の艦体が軋み、コンソールにはレッドアラートが次々とポップアップし、無人の厨房の中身がぐちゃぐちゃにかき混ぜられてスプーンとお皿が何処かに逃げ、気密の破れた窓や装甲のひび割れから浸水が始まった。

【ステルス!? 第四世代型が何で!?】

 隣にいた陽炎からの支援砲撃は、吹雪への誤射の可能性から行われなかった。

「【きゃあああ!?】」

 そんな絶賛稼働中の洗濯機の中のような吹雪の中にあって、ひよ子は、無駄に複雑で厳重なシートベルトのおかげて座席から放り出されるようなことは無かった。代わりに、遠心力とGで三半規管がイイ感じにかき回されている程度で済んでいた。
 ひよ子の指示を待たずに吹雪が再発砲。イ級の口の中に即座に着弾、爆発。その衝撃とダメージでイ級は吹雪を口から離し、海中へと逃げ込んだ。吹雪と離れた瞬間に陽炎が追撃。手ごたえ無し。
 しばしの静寂。その間に、ひよ子は慣性で回い続ける脳ミソで何とか吹雪への指示を思いつき、口を開いた。

「ふ吹雪ちゃん……超展開の準備……よろしく……陽炎ちゃん、支援、よろしく……ぉぇ」
【! はい! 司令官!!】
【了解!】

 妖精さんによる口頭連絡リレーによって何とか自力で索敵が可能になった陽炎が主砲と対空機銃をそれぞれ海面に向けて発砲。海中に潜むイ級が一足飛びで吹雪に飛び掛かかれる位置に予測射撃を繰り返し、牽制する。
 そんな陽炎から少し離れた場所にいる、艦としての『吹雪』には異常事態が発生していた。
 なんと、致命的な損傷はどこにもないはずなのに艦体が垂直方向を向き、その船底を大気に晒し始めたのだ。
 それと同時に、垂直になりつつある『吹雪』の艦内、その艦橋にある艦長席に座るひよ子と、隣に立つ艦娘としての吹雪の立体映像が向き合い、手を握りあっていた。

「吹雪ちゃん、着任初日でいきなりだけど、大丈夫?」
【だ、だだ大丈夫です!! 島村う、じゃなくて吹雪、頑張ります!!】
「……ホントに大丈夫? でも、もし駄目でもやるしかないからね。そこだけは覚悟してちょうだい」

 ひよ子がほんの一瞬だけみせた歴戦の戦士の気配に気圧された吹雪(の立体映像)は、一度ひよ子から手を離し、自身の胸元に添えて大きく深呼吸を繰り返した。
 立体映像が深呼吸したり手の平に『人』を三回書いてから飲み込んでも効果があるのかしら。と、ボブならぬひよ子は訝しんだ。

【……よしっ、司令官、よろしくお願いします!】
「ええ」

 再び手を繋ぎ、顔を見合わせ合う。同時に頷く。
 そして2人同時に叫ぶ。

「【吹雪、超展開!!】」

 その叫び声と同時に、海面に垂直に立っていた『吹雪』の艦隊が閃光と轟音に包まれる。
 それと同時に、ひよ子と吹雪それぞれの脳裏と心に、有り得ない記憶と思い出が次々と浮かんでは消えていった。


 全学年の一斉健康検査、生まれて始めて袖を通した軍服は白、私達のクラスの番、秘書艦なる人物との初顔合わせ、消毒液くさい保健室、長い廊下の途中にある扉、小さな金属片を何枚も何枚も触らせ続ける変な検査、今更だけどホントに私が軍人なんてやってけるのかな、放課後に校長室に呼び出された私、ノックの返事が部屋の中からする、未知の伝染病保菌者の可能性、ドアを開ける、帝都の病院のパンフレット、部屋の中にいた二人の艦娘と目が合った、
 そして――――


 一瞬だけの閃光と轟音が収まったその時にはもう、駆逐艦としての『吹雪』はどこにもいなかった。
 代わりに、艦娘としての吹雪がそこにいた。多少の違いはあった。背中の煙突から心臓の鼓動のように規則正しく汽笛と排煙を吐き出し続けているのと、胸の、人間でいうところの心臓のあるあたりから燃えるような光の輝きがあふれ出している以外には、新生ブイン基地にやって来た田舎の中学生の姿形のままだった。
 ただ、そのサイズが異常だった。
 特撮映画か戦隊ヒーローものに出てくる巨大ロボットか何かとしか思えないほど、巨大だった。

 超展開。
 文字通り、展開状態の艦娘をさらに展開させる事によって得られた、艦の、艦娘の、新たなる形態。一言で言ってしまえば巨大化した艦娘だが、その実はそこまで単純ではない。
 艦長と艦娘の意識を一つに繋ぎ、さらに艦本体と繋がる事で艤装やシステムを手足のように操作して敵――――深海凄艦を圧倒するための戦術システム。
 艦娘。
 元々は帝国軍人の人員不足を解消するべく始まった無人艦艇操作用AI製作計画(プロジェクト・メンタルモデル)に端を発し、とある深海凄艦の新種の誕生によって、通常艦艇のみでは二進も三進もいかなくなった帝国が生み出した狂気の産物。
 詳細な製造方法は軍機と紙面の都合により省略させていただくが、艦娘とは、人間の女性とかつての世界大戦当時の艦艇の破片を材料にして作り出された、人と艦の二面性を持ったクローン生物兵器である。
 そしてその材料の片方の徴収には、市町村あるいは学校単位で予防接種とでも銘打って集められることが多い。最悪の場合はテロや大事故に見せかけた拉致もありうる。
 その性質故、国内ではつい最近までその存在を徹底的に秘せられ、当時の諸外国からは蛇蝎よりも忌み嫌われ、哀れに思われながらも使われている技術故に付け狙われ、それでもなんとか今日まで帝国の命脈を繋いできた兵器である。

【駆逐艦吹雪、超展開完了! 機関出力120%、維持限界まであと900秒!!】
 ――――維持限界まで15分……凄い、普通の駆逐艦の娘の5倍もあるじゃない!
【はい、ありがとうございます司令官! 第3世代型艦娘の力、見ていてください!!】

 ひよ子の心と意識に、文字通り一心一体となっている吹雪から、発奮4割恐怖と緊張6割の念が一切のストレス無く伝わって来た。
 そんな吹雪を元気づけるため、ひよ子は意識ではなくて、あえて口に出して言った。

「大丈夫よ、吹雪ちゃん。私がついてるから。絶対、大丈夫よ。それに私も、初陣の時はすごく緊張してたし」
『ひよ子准将すいません抜かれました! イ級来ます!!』

 今まで牽制砲撃に専念していた陽炎から通信。
 それと同時に先の駆逐イ級が海面から身体を真横に倒した状態で――――胴体に確実に喰らい付くため――――飛びあがる。
 それを迎撃するべく吹雪とひよ子が飛び掛かったイ級に意識を向けて迎撃のため拳を握った瞬間、今の今まで沈んだフリをして海中に潜んでいた先の雷巡チ級が隠密発射した魚雷が吹雪の真横を掠めて通り過ぎていった。
 それに気を取られてイ級の迎撃が一瞬遅れる。艦体を捻って辛うじて食いつかれる事だけは回避。カウンター気味にパンチを繰り出すも、変な姿勢で無理矢理でしかもタイミングも全然ズレていたためにロクなダメージになっていなかった。
 浮上したチ級からの砲撃。至近弾によって超展開中の吹雪とほぼ同じ高さの水柱が立つ。こちらに距離を詰めつつあったためか、先ほどよりもずっと精度が高かった。

 【きゃああああ!?】
 ――――吹雪ちゃん落ち着いて! ちゃんと目を開いて周りを見なさい!!

 雷巡チ級。
 怪物の頭部とバイクの正面カウルを足して機械で割ったような形状の下半身、それの背面にあるグリップを握ってバランスを取るごく普通の右腕、装甲化された異形の左腕と、目鼻だけを隠す真っ白い仮面をかぶった完全な女性型の上半身とソバージュヘアからなる深海凄艦であり、従来の艦隊戦に文字通りの意味での格闘戦という概念を持ち込んだ戦犯であり、超展開を含めた艦娘システムを開発せざるを得なくなった最大の要因である。
 雷巡チ級以前までに確認された種の中には、軽巡ヘ級やホ級のように、腕や頭が確認できるものがいる。それらは姿勢制御の補助システム(例えるなら、原付ボートにオールを用意したようなもの)であると考えられてきたし、実際にそういう使われ方をしていた。

 だが、この戦犯野郎は違った。

 遠距離では砲弾をばら撒き、魚雷で逃げ道を塞いで接近し、その巨大な腕で艦橋を直接殴り壊し、艦上構造物を片っ端から薙ぎ払ってくるのだ。
 たとえ戦闘艦が被弾による損害を計算されて建造されているといっても、加害方法の如何が前提なのだ。大砲や魚雷の直撃ならまだしも『殴られました。ぐーで』など最初から想定されてない。
 火力はあってもコイツより足の遅い重巡では割に合わない。駆逐艦や軽巡では火力が足りない。戦艦や正規空母はそもそもの数が足りていない。
 ――――ならばこちらも同じ土俵で戦えばいい。その分ミサイルや砲弾の代金ケチれるし。
 誰が最初にそう言い出したのか、あるいは本当にそう言ったのかは不明だが、はっきり言って、初期の艦娘のうちで超展開機能を持つ者は、このチ級と戦うためだけに開発されたといっても過言ではない。

 ――――吹雪ちゃん、目標をイ級からチ級に変更。カカト・スクリュー全力運転開始!
【は、はい!】

 ひよ子の命を受けて吹雪が自我コマンドを入力。水中で水をかき回し続けるカカト・スクリューの回転数が最大数に増加。人間でいうところの歩行動作の補助も借りて、吹雪はそこそこ短いスカートの辺りまで水に浸かりながらもその場からの移動を開始した。
 最初は大股で大業そうに、そして徐々に速度を上げ、最後には下半身で大波を掻き分けながら、駆逐艦の名に恥じぬ速度で雷巡チ級へと突撃していった。
 その背後の海面からイ級が跳躍。完全に無防備な吹雪の頭部を齧り取ろうと大口を開け、陽炎の主砲による精密狙撃を受けて失敗に終わった。陽炎型の3基6門の主砲から同時発射された6発の榴弾は駆逐イ級の表皮を貫く事は出来なかったが、その爆発の衝撃は内臓諸器官に多大なダメージを与え、頑丈な二重構造の頭蓋骨をすり抜けて脳震盪を誘発し、一時的にとは言え無力化させた。
 力無くプカリと横腹を見せて浮かんできたイ級に、陽炎はトドメを刺すべく手持ちの酸素魚雷を全弾発射。

『比奈鳥准将、行ってください!』
【陽炎さんありがとうございます!!】
 ――――ありがと陽炎ちゃん! 吹雪ちゃん!
【! はいッ、了解です!!】

 爆発音に振り返らずにひよ子と吹雪が返礼。既に指呼の距離にまで詰めていたチ級との正面衝突コースに乗る。
 迫りくる吹雪を迎撃するべく、チ級がCIWSの生物学的なセイフティを解除し始める。
 怪物の顔ともバイクの正面カウルとも見てとれる形状をした下半身正面装甲の上側を大盾のように取り外すと、その正面各所にスリット状の気門が生じ、内部に限定的な給気を開始。装甲内側の各液嚢にそれ専用として密閉充填されていた液体爆薬が送られてきた空気中の酸素に反応して活性化し、励起状態になる。
 そして最後に、液嚢内部から伸びている雷管神経の末端部分が各スリットの表面付近で勃起する。
 艦娘に狩られるだけの立場だったチ級が進化という形で得た、近接防衛用酸素魚雷が全ての発射準備を完了する。
 チ級が右手に持った盾を大きく振りかざす。スリットの下で輝く液体爆薬の灼熱色がやけに目についた。
 対する吹雪はさらに増速。
 衝突、

【お願い、当たってくださぁい!!】

 の直前、ひよ子が自我コマンドを入力。それを受けた吹雪は一歩だけ右に避け、左腕に渾身の力を込めてウェスタンラリアット。
 そのまま首よもげてしまえとばかりに吹雪は左腕を振り抜く。もろに喰らったチ級は首を起点に半回転し、背中から海面に叩き付けられる。
 チ級が浮かぶよりも先にもがくよりも先に、ひよ子が吹雪に意識で命令。

 ――――吹雪ちゃん、今!!
【はい!】

 ひよ子が脳裏に浮かべたイメージを受け取った吹雪が太ももに装着されていた魚雷発射管を取り外し、右腕に装着し直した。再接続と同時にステイタスチェック。毎秒20のレートでping送信。全ping返着。異常無し。

【最終以外の全ての安全装置の解除を確認!】
 ――――射突型酸素魚雷、撃てぇい!!
【はい!!】

 海中から浮かび上がってきたばかりのチ級の顔面に向かって吹雪が正拳を突き下ろす。着弾の衝撃で魚雷発射管の最終安全装置が解除。限界まで押し縮められた金属バネと圧縮空気の力によって装填されていた魚雷が発射され、即座に着弾。意図的に指向性を持たされた4発分の弾頭炸薬による爆発はさながらネコ科動物の爪の如くに伸び、チ級の頭部構造をいとも容易く貫いて吹き飛ばし、激痛で誤作動を起こしたチ級右腕の近接防衛用酸素魚雷が水中で誤爆。チ級の上半身を丸ごと消し飛ばし、吹雪の艦体も爆発の衝撃で生じた水柱に押されて吹き飛ばされ、少し離れたところに盛大に着水。もう一つの水柱を立てた。
 そして、雷巡チ級の生命活動が停止した事により、第3世代型深海凄艦の体内で生成され続けている抑制物質の供給が停止。体内に残る抑制物質も空気中の酸素と、体液や各器官に溶け込んでいる溶存酸素と反応して即座に酸化して失活。それと反比例して、今まで抑制物質に押さえつけられていた好気性の肉食バクテリアが獰猛に増殖を開始。雷巡チ級の肉体は、あっという間に酷い腐臭のする黒いヘドロの塊となって海水に溶けて流され消えた。

【……終わった、の?】
 ――――……

 ひよ子が無言で自我コマンドを入力。索敵系にリクエスト。
 吹雪の索敵系は、周辺に敵影無しと告げていた。



 本日の戦果:

 駆逐イ級        ×1
 駆逐ロ級        ×1
 雷巡チ級        ×1
 駆逐イ級(第4世代型) ×1
 各種特別手当:

 大形艦種撃沈手当
 緊急出撃手当
 國民健康保険料免除

 以上


 本日の被害:

   駆逐艦『吹雪』:小破(艦装甲に亀裂、窓ガラス破損、主機に異常加熱etc etc...要検査)
   駆逐艦『陽炎』:中破(艦橋全損)
重巡洋艦『那智改二』:健在(未出撃による)
 軽空母『隼鷹改二』:健在(未出撃による)
 軽空母『千歳改二』:健在(未出撃による)
  軽巡洋艦『夕張』:健在(未出撃による)
  軽巡洋艦『大淀』:健在(大澱ではない)


 各種特別手当:

 無し(※1)

 本日の大本営だより

 我々は各海域の深海凄艦に対して、やや優勢の展開を繰り広げています。
 各提督達のより一層の奮起奮戦を期待します。

 以上

 ※1:
 入渠ドック使用料全額免除および各種物資の最優先配給は戦局の好転、および鎮守府運営法の改正に基づき、廃止となりました。
 今後は必要経費として月間予算に計上されます。




 エピローグ


 新ブイン基地の工廠前のコンクリート製護岸の前に艦としての『吹雪』を接岸させると、まず最初にひよ子が地面に降り立ち、その後吹雪が艦体を圧縮して、ごく普通の芋くさい女子中学生の姿形と身長体重になってからひよ子の背後に降り立った。
 ひよ子と、吹雪の後に続いて人の姿になった陽炎は出撃前と変わらず息1つ乱さず涼しい顔で立っていたが、吹雪は岸に降り立つのと同時に膝から力が抜けその場にへたり込んだ。

「あ、あれ……?」

 何で。と戸惑う吹雪の声で2人は気が付いたようで、吹雪の方を振り返った。

「大丈夫? ほら」
「あ、ありがとうございます!」

 ひよ子が中腰にかがんで吹雪に手を差し伸べ、吹雪はそれを掴んで礼を言いながら立ち上がった。

「どうだった、吹雪ちゃん? 初陣の感想は」
「あっ、はい! すごく怖くて、緊張しましたけど……司令官のおかげで私、私ちゃんと戦えました!!」
「……そう」

 小さく微笑んだひよ子は短く答えると、自身の隣に立っていた陽炎と同時に、敬礼をした。手のひらを相手に見せない海軍式の敬礼。ひよ子よりも陽炎の方が綺麗な敬礼だったのは見なかった事にしておいてほしい。

「それじゃあ、さっきは途中になっちゃったけど。駆逐艦娘『吹雪』ようこそ、ブイン基地へ!」
「はい!! こちらこそ、よろしくお願いいたします!!」

 傾き始めた日差しの下で、吹雪が満面の笑みで敬礼を返す。その笑みは、今さっきまで存在していた戦闘艦の気配はなく、紛れも無く年頃の少女のそれだった。
 こうして駆逐艦娘『吹雪』の着任一日目は平穏とは言い難いものの無事に終わった。

 その後、彼女らが歓迎会の続きだと言って工廠に戻ったところ、残っていた他の面々がフライングして歓迎会を(主賓の吹雪抜きで)続行し、全員酔い潰れていたという事実はここでいう事ではないので割愛する。




 …… “それ” は何だと言われても、どう説明したらいいのか分からない。

 光も届かぬ真っ暗な海底、そこに走る大きなクレバスの一番奥底に “それ”は存在していた。
 少なくとも人ではないし、陸の生き物でもなかった。もちろん海の生き物とも形は違っていた。

 人の身からすれば巨大すぎて平面にしか見えない、全長数キロメートルほどの半球状の “それ” は何をするでもなく、ただ静かにそこに存在していた。
 何故光も届かぬのに形状が分かるのだと言われれば、それ自身が微かに青白く発光していたからだと答えよう。真上から “それ” を覗きこめば、水中から水面を眺めているかのように揺らめき輝いているのが見えた。もっと遠くから見れば、 “それ” が収まっているクレバスを細めたまぶたに見立てた、瞳のようにも見て取れた。
 そして、 “それ” の周囲には、海流や重力によって流されてきた艦船の残骸や人の遺体が無数に降り積もっていたのも見えた。遺体には人間である事以外の共通点は無く、海で死んだ人間を新旧適当に選んできたのだと言われても違和感はなかった。深海の生態系のサイクルに組み込まれて骨だけになっているのもあれば、眠っているようにしか見えないのもいた。
 そこに、上からひとつの影が水流に揺られながら落ちてきた。
 鋼鉄で出来た船の残骸だった。戦闘によって破損したと思わしきボロボロの側舷には(KM-UD)と白ペンキで書かれていた事から、艦種は不明だがきっと艦娘だったのだろう。
 艦娘だったものが着底するの同時に “それ” の発する光量が音も無く強くなり、ゆっくりと時間をかけてまた元の光量に戻っていった。

“それ” は、光も届かぬ世界最深部の底で、何をするでもなく、ただ静かにそこに存在していた。




 次回予告!

 初めまして、吹雪です!
 ……えっと。何言えば? っていうか書けばいいんだろう? うーん……え? 何ですか司令官? え? 音声入力? う、嘘っ!? あわわわ今の無し! 無しでお願いしますう!!
 ……えっと、本日付けで新生ブイン基地に着任した、駆逐艦『吹雪』です! よろしくお願いします!!
 着任早々緊急出撃して、何とか無事に帰って来れました。ですが、顔合わせも兼ねた歓迎会が途中でグダグダのまま終わってしまったので、実は基地の人達の顔と名前、まだ覚えてないんですよね。
 ですので、出撃後のお休みをいただいた今日は、ブイン島のいろんな所を回ってみたいと思います!

 次回、とびだせ! ぼくの、わたしの、ブイン基地!!
 第2話『旅行せよ! 駆逐艦吹雪!! ~ あ、センチメンタルではないのでご安心ください』
 をご期待ください!!

 え? 何ですか? は? 投稿日未定!? プロットも考えてない!? 番組内容は突然変更のおそれあり!?
 ……次回予告する意味あるんですか? それ。






 あとがき

 これ読んでる人初めまして。あるいは大変長らくお待たせいたしました。
 嗚呼、栄光のブイン基地第二部『とびだせ! ぼくの、わたしの、ブイン基地!!』スタートです。
 花騎士のバレンタインデーSS書いてたらそっちは未完成の上、こっちの完成も今日この日まで長引いてしまいました。
 履けもしない草鞋を二足も履いた結果がこれです。
 拙作をお待ちしていた皆様、大変申し訳ありませんでした。
 ていうかお花の方、書けば書くほど原作乖離が著しく……小説版と漫画・アニメ版鉄コミュニケイション並の、とは身の程を弁えない言い方ですが、似たような乖離具合になってしまいました。こっちはイーヴァもひしゃまるもナイトもビショップもペットセメタリーの連中も紅白フライヤーもカナトも出てきませんが。
 おまけに原作ゲームの方だとクジラ艇って一隻しか完成してない決戦兵器扱いなのに件のSS内ではバンバン量産させてしまいました……筆者の頭の中の春庭世界の工業力はアメリカか何かかっちゅうねん。

 それはそうと、第二部と銘打ってますが、一応ここから読み始めても大丈夫なようにはしたつもりです。下記NGシーンその2のようにE.G.コンバット第一話の丸パクリだったり第一部第一話のなぞり書きだったりで、書き直しに次ぐ書き直しによるモチベ低下&スランプでここまで遅くなってしまいましたが。
 ていうかアレですね。一日書かないと艦もといカンを取り戻すのに三日ってあれ真っ赤な嘘ですね。私は十日も掛かりましたがな。
 それと今回から次回予告やら何やら、色々と実験的に載せてみました。
 ……何か自分の首絞めてるだけの気がします。気のせいですかね?

 次話投稿何時になるか分かりませんが、今回ほど酷い間延びはしないと思いたいです。お詫びといってはなんですが、下にNGシーン置いときます。
 それではまた会う日まで。
 さよなら。さよなら。さよなら。



 本日のNG(突っ込まれそうなところにあらかじめ突っ込んでおく)シーン その1

 Q:千歳お姉飲み過ぎじゃね?
 A:

 隼鷹「誰もが、逆らえずに飲み干していく」
 那智「その喉、砂漠よりも乾かせて」
 加古「目指す先は厨房。まっすぐに突き進む」
ビス子「封開けたのなら、新鮮な酒を飲み干そう」
 千歳「今お酒が、飲めるのなら、(胃の中身を)全部吐き出してもいい」
 伊14「その酔いを醒まさない様に、頭痛がまだ、まだ響いてる」
 別府「燃料計はずっと、空を指したまま。素面じゃない方へ」
 Pola「それが合成品でも、酒精は本物、二度と深酒は止・ま・ら・な・い~♪」

 Zara「……酒! 飲まずにはいられない! ストレス発散の為と言ってあいつらと同じ事をしている自分に腹が立つッ!!」

 私の中では大体こんな感じです。


 本日のNG(ボツになった)シーン その2

 この機体をもって深海凄艦を根絶する事こそが真の供養。人々よ、我々は戦うべきだ。
 我々が置き去りにされた、この、溺れかけた世界で。

                ――――慰霊碑として改造された特別な瑞雲(※総プラチナ製。出撃可)に刻印された碑文より


 急なエンジントラブルによる点検とやらで飛行機が飛ぶまで時間が余った。だけど外に出られるほど長い時間じゃなかった。眠気は全然無かったし、隣の座席は空だった。
 だから私は――――陽炎型駆逐艦娘の1番艦『陽炎』は――――暇つぶし用に持ってきた本をリュックサックの中から一冊、見ないで取り出して読む事にした。
 タイトルは『世界のオモシロ軍人百選』

「……」

 タイトルの時点で真面目に読む気力が失せたため、本を閉じてリュックに戻し、目を閉じて自我コマンドを入力。
 これから自分の上司となる人物のデータ・プロフィールを脳裏に表示させた。

(比奈鳥ひよ子。女性。二十●歳。インスタント准将。南方海域新生ブイン基地所属。本土有明警備府所属時代には主に帝都湾内の航路警戒と対潜警戒任務に従事。主な功績はミッドウェー島からの物資回収部隊の護衛、プロトタイプ伊19号のテストパイロット任命、第三次菊水作戦(民間呼称:台湾沖・沖縄本島防衛戦)にて、第4ひ号目標を撃破。同作戦参加者への前払い報酬で二階級特進して大佐、作戦成功後に准将に特進)

 第4ひ号目標についての詳細も、ミッドウェー島での作戦詳細も一切公表されてないから分からないが、インスタントとはいえ、この歳で、かつたったこれだけの功績で准将とか有り得ない。
 よほど優秀なのか、それともいよいよもって大本営もヤバいのか。前者であってほしいと思う。

(その功績を称えられて、生き残った同僚や部下の数名と共に南方海域、新生ブイン基地へと栄転……栄転?)
「あの……」

 ふと思い出す。あの頃は確か、南方海域はまだ二級戦線とされていなかったっけか。気になったので脳内のページをめくる。ほんの2年前まで二級戦線だったと表示されていた。
 やっぱ左遷か。
 経歴の短さは兎も角、経験の密度はそれなりのものを持つ人物が島流しにされるとは、政治力学とはかくも複雑な物なのかと思う。

「あの……」

 通路側から不意に掛けられた声に顔を上げてみると、そこには別の艦娘の娘が困った顔をして、チケットを握ったまま立っていた。

「あの……すみません。席、間違えてませんか?」
「へ?」




 とびだせ! ぼくの、わたしの、ブイン基地!
 第1話『辿り着け! ぼくの、わたしの、ブイン基地!!』




 陽炎が持ってきたチケットの座席番号は間違っていなかった。しかし、見せてもらったチケットの番号も一緒だった。
 これはどういう事かと航空会社の担当者に尋ねてみれば、まさか座席番号ではなく飛行機の番号が間違っていた。

(しかも入場口の読み取り機も間違いに気付いてなかったとかどういう事よ……)

 ブイン基地への連絡は済ませた。電話越しの司令――――比奈鳥ひよ子准将は笑って許してくれていたが、恥ずかしいったらありゃしない。こんな失態、陽炎型の長女として許されるもんじゃない。と、陽炎は自戒する。
 ストレスを感じた陽炎は無意識の内にツインテールの右房を口元に持ってきて、その先端を唇の先や鼻先に押し付ける様にして撫で回していた。この個体の悪い癖だ。そして、向こうに着いたらどうお詫びをしたらいいものかと考え、やはり無意識のうちに考えが口から滑り出て来た。

「……向こうに着いたら腹でも切って詫びるべきかしら」

 幸運な事に、予備の移動手段はすぐ確保できた。膝に対空砲弾の破片を受けて対深海凄艦初期の頃に空軍をリタイヤしたという中年男性と、両主翼の下側にかなり大型の増槽を取り付けたセスナ機。
 何でも、これからいくつかの中継基地を挟んで南方海域の新生ブイン基地まで荷物を運んで行くのだとか。1人くらいなら相乗りOKと言われたので二つ返事で客室に乗り込み『荷物』達の隣の席に尻を下して離陸し、今に至る。

「……ていうかそもそも、艦娘のお腹って、ナイフ通るのかしら」
「ねー、血生臭いリョナはイクちゃんNGなのねー。どうせ死ぬならベッドか布団の上でシながらが一番なのねー☆」

 そんな陽炎の隣に座る『荷物』その1。プロトタイプ伊19号。
 水色のロングヘアをトリプルテールにまとめ、右腕と豊満なバストに二対四本の白灰色の長大な触手を持った胴体が剥き出しの大口だけのタコっぽい何かを絡みつかせ、一般人のごった返す空港のロビーの中でも紺のスクール水着一丁で通した筋金入りの変態艦娘。

「あ。でもー、ここで見られながらっていうのも良さそうなのー☆ ね、一緒に、死んじゃうまでする?」
「いえ、謹んで全力で遠慮します」
(比奈鳥准将って……もしかして、そういう趣味の持ち主なのかな?)

 だったら私も向こうでスク水に着替えさせられてそういうコトされちゃうのかな。とごく普通の性癖の持ち主であるノンケの陽炎は首の裏側にびっしりとサブイボを立てつつ密かに思いいつつ、こちらににじり寄る伊19を挟んでその隣に座るもう一つの荷物にそれとなく視線をやる。
 荷物その2。やたらと背の高くて顔の怖い男性整備兵。

「プロト19さん。あまり過激な発言は謹んでいただけませんか?」
「えー。死ぬまでっていうは冗談なのにー」
(それ以外は本気!?)

 やっぱ私も向こうでスク水に着替えさせられてからされちゃうのかしら。と陽炎は全身にビッシリとサブイボを立てつつ心の中だけで盛大に頭を抱えた。

「それ以外も冗談でお願いします」
「はーい、なのー☆」
(良かった……冗談で本当に良かった!)

 艦コア整備資格所持者を示すマリンブルーの錨と銀の歯車を組み合わせた形をしたワッペン勲章を胸元に縫い付けた、汚れの目立たない濃い鼠色の整備服(ツナギ)に身を包み、短く刈り上げた黒髪と、そんじょそこらのチンピラでも道を譲ってしまいそうな鋭すぎる眼光の持ち主。
 陽炎が機内で隣に座った時は、実はブイン基地に行くというのは真っ赤な嘘で、このまま山の中に埋められてから殺されてから犯されてからシャブ漬けにされて朝から晩まで客とらされて最後にはフィリピンあたりで内臓(パーツ)単位でバラ売りにされるのかと恐怖していたのは内緒だ。
 そんな、その筋の者か何かにしか思えない背ェ高ノッポのツナギと目が合った。

「ん? ……ああ、そういえば自己紹介がまだでしたね。自分は有明警備府所属、塩柱 夏太郎(シオバシラ ナツタロウ)一等整備兵であります。今度から新生ブイン基地への異動となりました」
「はーい!☆ イクちゃんはー、D系列艦のプロトタイプ伊19号なのー☆ イクでもプロトでも好きな方で呼んでなのー☆ で、こっちは忌雷ちゃんなのー☆」

 その目付きとは裏腹の穏やかな口調。だがむしろその口調がかえって貫録を見せており、ますます何処かの組の若頭か幹部格にしか思えなくなってくる。
 というか、そんなのに平気でじゃれついてる伊19は怖くないのだろうか。そしてその右腕に絡みついてる4本足の灰色タコは何だ。何故タコがお前の分の名刺を出す。いやそれ以前にPRBR検出デバイスがそのタコに反応しているのになぜ誰もノーリアクションなのだ。ていうかD系列艦って何? あんた潜水艦娘じゃないの?
 彼女の脳ミソと一般常識は混乱の極みにあったが、陽炎型の長女としての意地と誇りに懸けてそれら全てを眉毛よりも上に棚上げし、2人に返答する。

「は、初めまして。艦娘式陽炎型駆逐艦娘、1番艦『陽炎』です。よろしくお願いします!」

 狭いセスナ機の座席の中、陽炎は座って腰をひねった姿勢のままで敬礼する。なんとも締まらないがそれはプロト19と夏太郎も同じだった。


(プロット:飛行中、パイロットのジジイがひよ子の活躍を語る。EG1話のブルース中尉みたいに)


 そしてその後、セスナはトラブル一つ無く全ての中継基地に到着・給油・通過し、南方海域の入り口である旧ラバウル基地跡で最後の給油と休息を終えた彼らは、ブイン島の南東端にあるブイン基地の滑走路に到着した。
 狭い機内で動けるはずが無く、お喋りの話題も最初の数時間で疾うに尽き、持ってきた雑誌を読んだり寝たり持ってきた雑誌を読みながら寝落ちした彼らは機の外に出た時、3人はそろって同時に身体を伸ばした。

「っ、んん゙~……! やっと着いたぁ」
「ふぁ……変な格好で寝てたから肉体(カラダ)が痛いなのー……」
「お二人ともお疲れ様です」

(中略)

 そして陽炎は私物がパンパンに詰まったブギーポップ製のバッグをセスナから降ろすと片手で掴み、2人の後を追った。

(とりあえずここまで)
(陽炎主役の可能性は犠牲になったのだ……お隣ショートランドの陽炎と被るからという理由の犠牲にな)






 本日のOKシーン


 天にまします我らが主よ。
 私の眼下に住まう彼らは異教徒です。貴方の教えを理解せず、しようともしない愚かな存在です。
 故に彼らは人ではなく、人の言葉を喋る畜生です。ただの家畜です。

 そう私に思わせてください。少なくとも、今日、この時だけは。

          ――――――――クローバーフィールド作戦に参加した、とある爆撃機のボイスレコーダーより。



 Please save our Okinawa 01.



 その日、そのメールが届いたちょうどその時の事だった。

 有明警備府所属の比奈鳥ひよ子少佐は、東京湾に浮かぶパーキングエリア『バビロン海ほたる』の最深部にある、薄暗く、潮の臭いと錆で満ちたウェルドックで多数の提督達を前にM字開脚をさせられたりポールダンスに興じさせられていた。
 その際着替えさせられた白い礼装のジャケットとズボンと手袋とソックスの内側にはヌルヌルネバネバのローショがたっぷりと入れられていた。駄目押しとばかりに下着は、ローション塗れになるからという理由で脱がされていた。
 ひよ子が今着させられているのは、各地の提督達が普段着ている二種礼装――――肩紐の無い、白い上下からなるごく一般的な提督服――――とよく似ていたが、よく見ると首元は肉状の物質で密閉されており、ジャケットとズボンは完全に一体化しており、提督服に擬態したツナギと言った方が正しい存在だった。勿論、白い手袋とソックスもまた同様にツナギと一体化していた。やはりぱっと見には普通にしか見えなかったが。

「離して、離してくださいってば!!」

 事の発端はこうだ。
 昨日、比奈鳥ひよ子少佐の務める有明警備府に一通の電子メールが届いた。
 送り主は悪名高き艦娘開発チーム『Team艦娘TYPE』こと、略してTKT。
 内容は要約すると、前回のトラブルによって、新艦娘『プロトタイプ伊19号』のお披露目が出来なくなってしまったのでその続きがしたいので、またバビロン海ほたるの最下層までお越しください。あとプロト専用の提督服もメンテナンスがしたいので持ってきてください。大丈夫です、罠ではありません。とあった。
 誰もが罠だ止めとけと引き止めたが、ひよ子はそれでも人の善の可能性を信じた。流石にTKTといえども人の目がある所で無茶はしないだけの一般常識はあるだろう、と。
 到着し、機材の微調整が長引いているから少し待ってほしいと言われ、待合室で差し出された紅茶を飲んだら途端に急激な眠気に襲われた。
 そして目が覚めればこの様である。

「さて皆さま」
「プロト19を始めとした、深海凄艦由来の技術を意欲的に盛り込んだ艦娘」
「通称『D系列艦』に搭乗・操舵する際にと開発された新型の提督服ですが」
「潜水艦娘との超展開に失敗した提督と艦娘達を使用した生体素材100%となっております」
「畜生! 性善説なんて信じた私が馬鹿だった!!」

 そんな無慈悲に踊らされ続けるひよ子の隣には、艦娘としての第七駆逐隊――――漣、曙、朧、潮――――の4人と、黒いネクタイとダークスーツを着た黒の角刈りの男性2人が立っていた。
 その計6人の共通点として、市販の白いプラスチック製のホイッスルを首に下げ、奇妙な形状をしたメカニカル・バイザーで目線を覆い隠してうっすらとした微笑みを浮かべていた。
 そんな6人の内の4人、七駆の面々が一歩前に出て説明を始めた。

「ご覧の通り、非常事態には外部から提督服を強制操作して状況に対処する事が可能です」
「服自体を動かしているので、着用者の意識が無い、骨折、脱臼などの重度の傷害時にも問題無く運用可能です」
「ですが、ジャケットとズボンの他に、手袋とソックスまでを含めて1つのシステムとなっておりますので着用の際にはお忘れのないよう」
「では次の機能の紹介に移らせていただきます」

 ようやく止まった……と安堵しため息をついたひよ子の期待を裏切って、白い礼装がまた勝手に動き出した。
 ここに来てひよ子は、今まで以上に焦り始めた。ローションで満たされた手袋に包まれた手が、服(手袋か?)を操作される事によって無理矢理動かされ、器用にも上着のボタンをプチプチと1つずつ外し始めたからだ。
 今、下は、脱がされたので何も着ていない。

「え、ちょ、ま、待って待って待って待って待って!!」

 どれだけ手に力を込めてもその動きは微塵も緩まず、ボタンを上から三つ開けると、片手で軽く肌蹴られた。
 その場に集っていた一部の男性・女性提督からは獣欲混じりの好気の視線が自身の胸に、それ以外の男性・女性提督からは憐憫や嫌悪の視線を向けられたのを、ひよ子は肌で感じた。顔どころか耳の先まで熱くなったのも自覚できた。
 軽く肌蹴られた服の内側。
 そこにはごく普通の衣類のように繊維で織られた裏生地などは無く、代わりに無色透明のローションに包まれてぬるりと輝く、真っ白なウジムシの群れあるいは生物組織の柔突起のような有機的な何かがうぞうぞと蠢いていた。
 それを見たひよ子以外の提督らは、揃って嫌悪の表情を浮かべた。ひよ子は羞恥に耐えるので精一杯だったのでそれどころではなかった。
 ごく一部の提督(性別不問)からは『そのポジ代わって』と言わんばかりの羨望の視線が飛んで来ていたのだが、それはひよ子の知らない未知のエリアだったのでここでは割愛する。

「このD系列艦用の新型提督服、通称『触手服』ですが」
「ご覧のとおり、生体素材である事を生かして微細な触手を内面全てに生やしてあります」
「主な動力源は着用者の老廃泄物全般とごく微量の体液と体温ですのでご安心ください。専門的な燃料やメンテナンスは市販のビタミン剤と鉄剤、亜鉛剤、食物繊維剤の投与と簡単な水洗いくらいで済みます」
「目的は着用者の身体機能の保護です。具体的には負傷時における緊急止血や患部の保護・固定、排泄や生理的欲求の解消、体表の洗浄、長期間の姿勢固定によるエコノミー症候群発症の予防や筋機能低下の予防」

 この時点で、参加者全ての目から好色と憐憫と嫌悪の色が消えた。今まで誰も証明できなかった学術的難問の、一切矛盾の無い解を耳にした学者達のように目を見開いた。
 この場に集った提督達の全員が、潜水艦娘との超展開適性を持ち、彼女らと超展開を行った事のある提督達だったからだ。
 ひよ子は知らなかったが、潜水艦娘と超展開した後の提督に待っているのは基本的に地獄である。
 潜水艦娘は、他の艦娘らと違って直接的な戦闘への参加は最初から想定されていない。想定される主任務は隠密偵察や待ち伏せ、追跡であり、言い換えれば長期間(長時間ではない。長期間なのだ)に渡って隠れ潜む任務を主としている。潜水艦娘の中では一番超展開の持続時間が短いと言われている『伊58』ことゴーヤですら三ヶ月間に渡ってそれを維持できるといえば潜水艦娘達に求められている任務がどれほど特殊かつ、高難易度なのか理解していただけると思う。
(※筆者注釈:参考までに、無印の駆逐娘が約3分。無印の軽巡や軽クウボがおよそ15分。改二型戦艦娘で約3日間が平均値である)
 分かりやすく言ってやるなら、潜水艦娘と超展開した提督達は、最低三か月間イスから立つ事が許されないのである。もちろん風呂もトイレもご法度だ。やるならその場で、座ったままだ。
 つまり、

「もちろん、これらは既存の艦娘の運用時においても使用する事が出来ます。潜水艦娘も例外ではありません」

 つまり、その一言を聞いた提督達が圧倒的感謝の絶叫を上げたのは当然の事なのである。
「もう洋式トイレとマッサージチェアを足して二で割ってない艦長席とおさらば出来るのね!!」と、ある女性提督は叫んだ。
「お風呂入れる! 入ってる!! 着るお風呂!!!」と、ある男性提督は叫んだ。
「……そっかぁ。もう俺のうんこの処理で嫌がるハチの顔見れないんだ。そっかぁ」と、ある男性提督は心底寂しそうに呟いた。
「え。何? 生理的欲求の解消ってつまりリアル触手オナニー? 異世界転生もトリップもしてないのにそんなハイレベルな事シちゃっていいの?」と、ある女性提督は ⇒驚愕する。
 このハイテンションに取り残されたひよ子の事を無視して、司会解説役の七駆と黒服の6人――――Team艦娘TYPEの行動食4号とかつてひよ子に名乗った――――が、次の説明に入った。

「それでは次に、この触手服の内側に充填されているジェル――――DJ物質についての説明ですが」
「これは、深海凄艦が艤装の機械部分を操作する際に用いているジェル状の自我伝達物質です」
「鈴谷改の操作系にも使われているので、彼女と超展開した事のある提督なら既にご存知の事かとは思いますが」
「鈴谷改で問題になっていた掃除やメンテナンスを容易にするべく、ジェルを触手服の内側にのみ充填し、付着範囲を限定する方法を採用させていただきました」

 これはひよ子も知っていた。かつて自分が騙されて乗艦する事になったプロトタイプ伊19号にも同じものが使われていたのだから。
 あの時は、このジェルに包まれてプロトと物理的に接触しただけで、何の違和感も無く、プロトを自分の身体のように感じ取れたのだから。

「現在開発が進んでいる第三世代型以降の艦娘にはこのDJ物質が標準装備されることになります」
「ただし、製造コストや整備の面を考えて、ゲル化したものをシート状に加工して椅子に張り付けるという方法になりますが」
「だったら最初からそっちを使ってくださいよ!! 何でこんなえっちな服着させるんですか!?」

 理不尽に対して叫ぶひよ子の事を無視して、行動食4号が説明を続けた。触手服の操作により、ひよ子はくるりと提督達に背中を向けさせられた。
 よかった、やっと隠せた。と安堵し、いそいそと前を閉じようとしたひよ子を裏切るように、何の前触れも無く触手服の背中側全てが開かれた。

「。」

 繰り返して言うが、ひよ子は今、下着を着けていない。

「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!!!!!!?!?!?!?!??!!」

 お尻丸見えである。

「そのシート状に加工された物ですが、この触手服を着たまま使用する事は出来ません」
「ですので一度、背中側の拘束をこのように解除してからご着席ください」
「普通の衣類や従来の提督服でしたらそのままご着席して頂いても結構なのですが、この触手服では生体反応が重複してしまい、着用者の生体反応のみを上手く拾えない可能性が大きく――――」

 ひよ子の叫び声は、バビロン海ほたるの地上部分を警備している者達にも聞こえたという。





 その日の夜。有明警備府に戻ってきたひよ子は、完全に消沈していた。

「いあいあはすたーはすたーくふあやくぶるぐとむぶるぐとらぐるんぶるぐとむしゃめっしゅしゃめっしゅにゃるらとてっぷつがーあいあいはすたーさーもんべいべーさもんべいべーくとぅるふるるいえー、私にばっかりエッチな目に合わせまくるこんな世界など滅んでしまえ」
「比奈鳥少佐、空間割ってなんか変なの出てきそうなんで止めてもらえますか?」

 食堂のテーブルの一画を占領し、腕を組んでふて寝しつつ物騒な事を呟き続けるひよ子を、隣の席に座っていた、白いマイクロミニのセーラー服に似たワンピースを着た駆逐艦娘が、手元のジュースをストローでぶくぶくしながらたしなめた。
 駆逐艦娘『雪風』
 南方海域ラバウル基地の所属にして、同地を中心に猛威を振るう謎の宗教団体ムツリムの一派『ラバウル聖獣騎士団』の準指導者的階級に位置していた艦娘だったが、様々な偶然と事情が重なった結果、もう一人の連れ添いと共にこの有明警備府で厄介になっている艦娘である。

「雪風の言う通りね。比奈鳥少佐、アンタ、ちょっと辛気臭すぎるわよ。あのTKTに二度も目ェ付けられて、五体満足で帰ってきた以上の幸運なんて滅多に無いのよ? 素直に喜んどきなさいよ」
「まぁ、昼間の件は、その、あれだ。あまり気を落とすな。長い軍隊生活、そう言う事もあるさ。そういう目的でやられた訳じゃあないんだろう?」

 続けて食堂に入ってきた駆逐娘の『叢雲』がつっけんどんに、戦艦娘『長門』がひよ子の肩を軽く叩いて慰めた。
 ちょうどその時、誰かが食堂に入って来た。海軍礼服に着られたガキだった。
 そんじょそこらのガキではなかった。
 ひよ子と同じく白い礼装に身を包んだ、艦娘としての雪風とそう変わらない背丈だった。こんな軍事施設の食堂なんかよりも、近所の空き地か土手沿いの河川敷で友達と野球でもして遊んでいるのがお似合いの年頃のガキだった。目元は長めに伸びた前髪で隠れて見えなくなっていた。サイズが合っていないのか上着の袖もズボンの裾もちょっと余っており、何度か追って丈を合わせていた。コイツには裾上げという選択肢はないのだろうか。

「えっと、あの。何かあったんですか?」
「あ。輝君」

 この有明警備府のもう一人の提督、目隠 輝(メカクレ テル)だった。
 元々は二級戦線の『南方海域』、そこのさらにドン詰まりに位置するブイン基地に秘書艦の『深雪』と2人で配属されていたが、とある事情からラバウルの雪風と共に本土に帰還し、色々あって雪風共々有明警備府に厄介になっている身である。

「ねぇ深雪、何があったの?」
「雪風ですってば。えとですね。比奈鳥少佐が何か出張先でひどい目に遭ったみたいなんです。なので、みんなで励まして元気を出してもらおうって話になったんです」

 輝の居る入口の方を向いた雪風がそう言い切った。雪風が、付き合いの短いひよ子の事をそこまで心配していた事に長門と叢雲は同時に「雪風はいい子だなぁ」と呟いて彼女の頭を撫で繰り回した。
 しばらく気持ちよさげに撫で繰り回されていた雪風だったが、目に入った周囲の光景に違和感を感じ取った。

「あ、あの比奈鳥さ、あ、いえ少佐。事情はよく分かりませんけど元気出してください! 気分が落ち込んでる時は無理にでもテンション上げないといつまでもどこまでもダウナーになって動けなくなっちゃうんだって、ブイン基地の龍驤さんが言ってたって水野中佐が言ってました!!」
「……輝君もいい子よねぇ」

 雪風から少し離れたテーブルでは駆逐娘の『夕雲』がシスター服のコスプレをして『神様仏様ペテンの神コーシ様願わくば私に今日このカレーを乗り越える機知か体力をお授けくださいさもなくばあの味を乗り越えられる認識改変をしてください。アヴァシン様はもうアテにならないのです』と一心不乱に祈っていた。その隣のテーブルでは重合金製のメンポ(※翻訳鎮守府注釈:面頬のことか?)を装着した正規空母娘の『飛龍再び改善』と『蒼龍再び改善』が、嫌がる重巡娘『プロトタイプ足柄』を椅子に押さえつけて拘束バンドで物理拘束していた。厨房の中からは『比叡さん止めてそれ食べ物じゃないです! また輝君と雪風がバイオテロって勘違いしちゃう!!』と軽巡娘『川内改二』が叫んでいたのが聞こえた。
 少し別のテーブルでは、駆逐娘の『秋雲』が、即身仏になる事を決意した仏僧のごとき澄んだ笑みで漫画の原稿を仕上げていた。他のテーブルに座る艦娘達の表情は、どこまでも暗いか覚悟を決めていたかのどちらかだった。
 壁掛けの日めくりカレンダーは、金曜日となっていた。

「あの、長門さん? 質問してもよろしいでしょうか?」
「雪風はいい子だなぁ。こんな子は好きだぞ……ん、なんだ?」
「海軍カレーって何曜日の料理でしたっけ?」
「金曜日だな」
「ここに私と輝君が最初に来た時、バイオテロが起こって歓迎会の途中で中止になっちゃいましたけど、あれって何曜日でしたっけ?」
「……金曜日だな」

 この時点で、長門は雪風の頭から手を離し、自然体で背後に回り込んで雪風の両肩をそうっと掴んだ。
 雪風が長門の方を振り向く。

「それじゃあ最後に……今まで食べたカレーの味、どんなのでしたか?」
「お前のような感の良いガキは嫌いだよ」

 反射的に立ち上がって逃げようとした雪風の両肩を、長門が抑え込む。

「畜生! 輝君逃げて! 先週のあれバイオテロじゃなかった!!」
「え? え?」
「全員この2人を拘束しろ! 人数が増えればその分一人当たりのカレーノルマが減るぞ!!」

 長門の叫びに食堂内の誰も彼もが反射的に行動した。椅子に押さえつけられた雪風に有明警備府所属の艦娘達が餓えたゾンビの如く殺到して、拘束バンドやたすきで椅子に入念過ぎるくらいにグルグルと縛り付けていった。
 事情を呑み込めなかった輝には、いつの間にか拘束を外したプロトタイプ足柄が対処していた。相手が子供だという事も忘れて、G-1現役選手だった頃の感覚で三角絞めを完全に決めていた。この餓えた狼容赦せん。因みに輝の顔が赤いのは気道が締められているからなのか、それとも体勢の都合上、足柄のミニスカートの中身がはっきりと見えてしまっているからなのかは分からない。
 ひよ子はまだ落ち込んでいたが、今日の夕食が比叡謹製のカレーだという事を思い出し、落ち込んだままのフリをしながら静かにゆっくりと食堂の出口へと移動し、いざ全力で飛び出して脱出と言うところで発覚。最寄りの夕雲秋雲らに拘束された。ひよ子は成人女性でそれなりに鍛えてはいたものの、生物兵器である艦娘のパワーには太刀打ちできず、そのまま席に連れ戻された。

「皆さーん、夕飯できましたよー……って、あれ?」

 騒乱の元凶である戦艦娘の『比叡』が、一抱えもある大鍋をお手伝いの川内改二と共に両手で持って食堂に入ってきたが、誰も気にも留めていなかった。

「あのー。夕飯できましたよー」
「雪風ちゃん、生きる事は戦いだって言うじゃない! つまり今日のカレー食べるのも戦いなのよ!!」
「雪風、生きる事は兎も角戦いは飽きたのです!!」

 わーわーぎゃーぎゃー。などという長閑な光景はこの食堂の何処にも無かった。

「あの、夕飯……」
「艦隊は提督も含めて兄弟姉妹! 一人は皆の為に! 皆は一人の為に!! つまり雪風ちゃん、ガンバ!!」
「嘘を言わないでくださいっ! だったら足柄さんから食べてくださいよ!! ていうか輝君の顔色ヤバイです!!」
「み、み、みゆ、深雪、そろそろ助けて……」
「雪風ですってば!」

 誰も聞いちゃいねぇ。

「……」
「駆逐艦娘『雪風』! 提督命令よ! 私と一緒に死んでちょうだい!!」
「拒否します!! 非麾下艦娘に対する指揮権は戦闘災害事故時等の非常時を除き存在しないと明記されています!!」
「大丈夫! 雪風ちゃんって異能生存艦って言われてたくらい幸運なんでしょ!? どんな奇跡だって起こして見せるんでしょ!? 大丈夫!! あなたなら死なない!! だから私の分も食べて!!」
「彼等はそうなる前に自身の環境を変えてます!! ていうかご自分の分押し付けないでください!!」

 比叡は、一度大きく息を吸い込むと、顔いっぱいに大口を開けて力の限り叫んだ。
 戦争の熱気に酔ったゴブリンの群れですら道を譲ったという魔除けの呪文だ。

「HOT! SOUP! COMIN' THROUGH!!(気合! 入れて! 熱いスープが通ります!!)」


「「「!!?」」」

 誰もが驚愕し、カレーじゃないの、とでも言いたげな表情を浮かべていた。

「さっきから聞いてましたけど、今日はカレーじゃないですよ。再現料理のスープです」

 ホントは入れないんですけど、今日金曜だったのでカレー粉入れてスープカレーにしてみました。と比叡は付け足した。
 再現料理。
 それを聞いて、食堂内の誰も彼もが歓喜に沸いた。艦娘とは、一言で言ってしまえば、年頃の娘っ子を原材料にした生物兵器である。
 生物である。クローン養殖品とはいえ、個体ごとの仕様とでもいうべき小さな誤差はあるし、長く運用していればもっとはっきりとした個性として出てくるのである。
 外見は兎も角、中身まで寸分違わず同じ者など一人もいないのである。比叡一人にしても料理下手な奴、うまい奴、カレーだけなら金取れる奴、甘口カレーが得意な奴、苦手な奴と、千差万別である。
 そして、この有明警備府所属の比叡は、世界各地の神話や伝承に登場する料理の再現を最も得意としていた。

「はい! 今回のはとても苦労しました! 首席野戦調理士フィズの得意料理で、あまりの美味しさ食べた将軍が涙を浮かべたっていう逸話があるくらいなんですよ」

 そんな比叡が作った再現料理である。この警備府の連中に味を期待するなという方が無理がある。
 そう説明されて、輝は期待に目を輝かせたが、雪風は未だ警戒したままだった。自身の直感は今すぐ逃げろと大絶叫していたし、何より、この中で唯一、一から十までの調理光景を見ていた川内改二だけが青ざめていたのを見たからだ。

「赤いものと、ピカピカしたものを見つけるのに苦労しました!『周りのもの全部入りスープ』です!!」

 そう叫んで比叡がテーブルの上の鍋敷きの上に大鍋を慎重に置いた。濃厚であぶくを立てる不気味な色味をしたスープが鍋一杯になみなみと満たされていた。
 これ食い物か?
 誰も彼もがそう思ったが、この比叡の再現料理なら間違いあるまいと信じてお椀に汁をよそり、若干の警戒心からスプーンで小さく一口、舌先で舐める様に飲んだ。
 皆の顔が赤から緑、緑から紫になって、皆同時にぶっ倒れた。

「ふむ……顔色の変わる順番も伝説の通り……完璧です!」

 倒れ伏す皆を余所に、比叡は手早くメモを取ると、残りのスープが入った大鍋を両手で掴んで鍋のふちに口を付け、大鍋を傾けて一気に飲み干し始めた。調理した本人なりのケジメの付け方である。
 そして、大鍋の残りを飲み干した比叡が顔色を赤緑紫と変えて静かに倒れると、食堂には倒れ伏したままピクリとも動かない有明警備府の面々、食べるフリをして難を逃れた雪風(※よそられたスープの残りは大鍋の中にこっそり戻しておいた)、医薬品の入ったキャビネットから人数分の多目的解毒剤を探す川内改二だけが残された。

(あ、そういえば、朝届いたメール見てなかった……)

 大本営からだったけど、中身何だったんだろうと思いながら、ひよ子はゆっくりと意識を手放していった。
 食堂の隅に置かれた、薄型テレビの中で女性アナウンサーが極めて大形で強力な台風が沖縄に接近中であると告げる声だけが、やけに耳に残っていた。



 そして、ひよ子の執務室に場面は飛ぶ。
 電気が消され、人の気配のしない真っ暗なデスクの上に置かれたノート型端末。そこに届いた件のメールには、こうあった。


【Extra Operation:『第三次菊水作戦』へのお誘い】(特別参加手当、全額前払い済)

 送信:帝国海軍大本営
 受信:有明警備府第一艦隊総司令官 比奈鳥ひよ子大佐
 本文:

 ミッションの概要を説明します。

 今回のミッション・ターゲットは、南方海域で確認された未確認の新型深海凄艦、ならびにその護衛艦隊の完全撃破です。
 1体はソロモン諸島、リコリス飛行場基地近海で確認された新型の超大型戦艦種。もう1つのターゲットである護衛艦隊は、未確認の超大型飛行種複数を中核とする、きわめて大規模な部隊です。
 目標は現在、旧沖縄近海、坊ヶ崎沖を北上中です。洋上でこれらを迎撃し、撃破してください。
 今回は、細かなミッション・プランはありません。全てあなたにお任せします。
 なお、本作戦は複数の提督らとの共同遂行が前提となっております。現時点での作戦参加者とその麾下艦艇の名簿は揃えましたので、必要であれば申請してください。
 彼らと協力し、確実にミッションを成功させてください。

 ミッションの概要は以上です。
 帝国海軍は、帝国臣民の安心と、帝国の安寧のみを望んでおり、その要となるのがこのミッションです。

 貴女であれば、良いお返事を頂けることと信じております。




 ミッションを受注しますか?

 ≪Yes≫ ≪はい≫




 特別参加手当一覧:

 特別追加予算(金額は添付ファイルを参照)
 報奨金
 勲章授与
 現物支給
 二階級特進


(今度こそ終れ)



[38827] 【艦これ】とびだせ! ぼくの、わたしの、ブイン基地!!02【不定期ネタ】
Name: abcdef◆fa76876a ID:45064d35
Date: 2018/12/24 20:53
※安心と信頼の毎度毎度のオリ設定でございます。
※まごう事無きキャラ立ちの方向音痴。
※卑猥は一切無い。文章力も一切無い。
※ていうかー、イイ歳こいたオッサンがー、今時のJC同士の会話書くとかー、そんなの無理ゲーすぎな感じなんですけどぉー。I'm not good...
※第一部の『嗚呼、栄光のブイン基地』は鬱暗い話だったので、第二部では、スナック感覚でサクサク読める、底抜けに明るい話にしたいと思います!

※ところでどうでもいい事ですが、メイドインアビスの舞台であるオースの街がある南海ベオルスカって、なんか野球チームの名前みたいですよね。



 引き続き台風情報をお伝えします。
 現在沖縄県に接近中の台風■号はその前例の無い規模から人的物的被害が途方も無く甚大になると予想されるとして、
 帝国陸海軍は異例の台風出動を決定し、異例の共同出兵をさせました。
 これは、接近する巨大台風■号に対してミサイルや砲弾、魚雷などを撃ち込んでその規模を減衰、あわよくば消滅を目的としたものであると――――

        ――――――――『第三次菊水作戦(民間呼称:台湾沖・沖縄本島防衛戦)』前日の台風情報



『さぁ、たったいまラジオのチャンネルを切り替えてこの放送を聞き始めたそこのあなた! あなたはいったい、今日一日今まで何をして過ごしていたのでしょうか!? 無駄もいいところです! ですがご安心ください。深海凄艦の沖縄侵攻により長らく中断されていた今リーグ最大の山場である南海ベオルスカvs大鯨ホエールズ戦は現在まだ九回裏、2アウト満塁、2ストライク3ボール!』

 枕元のラジヲが垂れ流す野球中継の絶叫にも負けずに惰眠を貪る駆逐娘『吹雪』は夢を見ていた。
 自分の司令官、比奈鳥ひよ子准将を乗せて、何十何百隻もの艦艇からなる連合艦隊の総旗艦として、艦隊の先頭にて颯爽と快晴の大海原を突き進んでいくのを。

『ここを抑えきれればベオルスカ、1900年ぶりのリーグ制覇となります。新監督メディポ・P・トゥートに率いられたベオルスカは未だ復旧進まぬ沖縄に希望と優勝旗をもたらす事が出来るのか!? そしてタイム明けでマウンドに戻ったピッチャー王善、運命の一球を……投げた! 打った! デッチー打った! 観客席に向かってどんどん伸びて……これは入るか、入るか!? センターのレグ、ボールに向かって走る! 走る! 手を伸ばして……ああッー!?』
「うへ、へへへ……」
『入ったー! ホーム! ホーオオオォォォム! ホームホームホームホームホームホームホムホムホムホムホムホムホムホムホムホムほむらちゃんほむほむホーム、ホーム、ホーム、ホーム、ホーム、ホオオオム! ホオオオォォォォォォォォォォォォォォォムラン、ホムーラァーン!! 大鯨ホエールズ、まさか、まさかまさかまぁさぁかぁぁぁ~、の逆転勝利です!! ベオルスカの面々はオーゼン、もとい呆然とボールの飛んで行った観客席を眺めております! 王善、なんかものすごい表情です! カメラさんアップ、アップで!!』

 しかしそれはただの夢だ。
 不意に、夢の中の吹雪の隣に誰かが立つ。新生ブインの艦娘だというのは分かった。
 だが、吹雪はその娘の名を呼ぼうとして、名前を思い出せない事に気が付いた。

「えと、あ、貴女はたしか――――」
『ああっと! 飛び掛かった!! ピッチャーの王善選手飛び掛かった! そして何か叫んでます! ホームベース踏む前にお前らを倒せば試合続行不可能で繰り上げ優勝みたいなことを叫んでいます!! ここまで来て大人気ない、大人気ないぞ王善選手! 貴様それでもベオルスカの年長組か!?』

 夢から覚める。

「ふゃ……」
『そしてベオルスカの外国人選手ボンド、お前は何をやっている!? お前の所業は果たして放送していいものかぁ!? それはちょっと度し難い、度し難いぞボンド・ルードルド!!』

 どうでもいい夢を見た時の常として、つい今しがたまで鮮明に覚えていたはずの景色と記憶は、それこそ夢幻の如く滲んで消えていく。
 新生ブイン基地、着任二日目の駆逐娘『吹雪』もまた、タオルケットを腰から下に掛けたまま上半身だけを寝床から起こし、寝ぼけた回転数の脳ミソで『何かいい夢みた気がする』などと寝言を思いつつ、何をするでもなくボケっとしていた。
 閉じた目の奥で、静かな波の音と、波の音にも似た風に揺られるヤシの葉擦れの音と、近くから響く複数のやたらと酒臭いイビキの音色を聞きながら、吹雪は何をするでもなくただ心地良くうつらうつらとしていた。

「ふゅぅ……」
『両陣営のベンチからも次々と出撃しています!! 乱闘、乱闘です!! 両監督も巻き込んだ大乱闘が始まってしまいました!!』

 それから約五分後に熱気と湿気による不快感でようやく完全に目を覚まし、周囲の状況を理解した。吹雪が目を覚ましたのは横須賀にいた時に使っていた布団の上でなく、心地良く冷えたコンクリートの床の上で、タオルケット一枚だけを掛けていた。

(そっか、ここ、もう横須賀じゃなかったんだっけ)
『そしてここでラジオの前の皆様に大事なお知らせです。私の身体も乱闘を求めているため、本日の放送はここで終了させていただきます』

 確認ついでに今朝の夢を反芻する。ハッキリと覚えているのは誰かの名前を呼ぼうとして名前に詰まった事くらいだ。

(今朝の夢……)
『なお、大鯨ホエールズの優勝は確定していますのでファンの皆様はご安心ください』

 それで思い出した。
 そういえば、まだ、基地要員の顔と名前全然知らないやと。
 自我コマンドを入力。空き領域に書いておいた今日の予定を脳裏に表示させる。

 午前:休養(前日緊急出撃後のため)
 午後:座学(比奈鳥司令官の居る201号室で)

 それを見て吹雪はよし、と思う。

(今日は、島と施設を見て回ろう!)
『それではラジオの向こうのみなさんさようなら。また明日の試合でお会いしましょう。本日の放送は私、ユージロ・H・オニノカオがお送りいたしました』

 そう決意した吹雪は、昨日の緊急出撃後の再宴会で酔い潰れた連中が横たわる工廠を一人静かに後にした。



 実にどうでもいい事なのですが、つい最近まで筆者はアイマスの三属性を『セクシー』『キュート』『パッション』だと勘違いしており、それぞれの頭文字を取って並べて、
『なるほど、アイドルたちの可愛さはSCPだったのか』
『だから薄い本の中でよくSecure(意味深)Contain(意味深)Protect(種の保存的な意味で)されてたのか』
 と考えておりました。因みに筆者はアイマスやった事ありません。それではよいお年を。



 とびだせ! ぼくの、わたしの、ブイン基地!!
 第二話『駆逐艦吹雪の建もの訪問、もといブイン基地旅行 の巻』



「あら。吹雪ちゃん」

 工廠正面シャッター横のサービスドアを通り、昨日の戦闘のせいで少し抉れたコンクリート製の護岸の前に出たところで、吹雪は、外を歩いていたひよ子達と出会った。この新生ブインの基地司令である比奈鳥ひよ子准将と秘書艦の重雷装艦娘『北上改二』に、そして、吹雪の知らない面々とその秘書艦と思わしき艦娘達。

「お、おはようございます司令官!!」
「おはようございます吹雪ちゃん。どう、二日酔いとか大丈夫? 昨日結構飲んでたみたいだったけど」
「はい! 通信機越しとはいえ修理中の陽炎ちゃんとお話しできたし、軍用酔い覚ましも貰えたのでバッチリです!!」
「あら、一日で随分仲良くなったのね……ふぁ」
「はい。一番艦同士でとっても話が合ったんです。司令官はだいぶお疲れのようですけど……?」

 小さく欠伸をしたひよ子を心配した吹雪が伺い、それと同時に気が付いた。
 昨日の緊急出撃の後、自分は再宴会に突入してそのまま工廠の床で寝てしまったが、提督という立場には緊急だろうとそうじゃなかろうと、実戦の後には戦闘報告書なりデブリーフィング・レポートなりの作成や消費した燃料弾薬や各資材の計算があったのだ。こいつらをやっつけ、布団に入ったのは今日の何時くらいなのだろう。
 そう思った吹雪だったが、当のひよ子は何故かバツが悪そうに眼を逸らして、人差し指で頬をポリポリと掻いていた。

「いやね? 昨日、報告書書き上げて布団入ってもなかなか寝付けなくてね? たまたまラジヲでやってた稲作淳備の『今年のガチ怖百物語』(※翻訳鎮守府注釈:これ書き始めた当初は7~8月のうpを予定していたんです。本当なんですだってばよ!)を聞いてたら逆に怖さで目が冴えて寝れなくなっちゃって、何時間か前まで書き終わった報告書の手直ししてたのよ」
「えぇ……」

 それでいいのか南方海域。
 まともな戦闘なんて月に数回あるか無いかの二級戦線だったのは、先代の基地司令の時代までだったはずでは。吹雪は訝しんだ。
 そんな吹雪の視線を誤魔化そうとして、ひよ子はそっぽを向いて吹雪に告げた。

「そ、そんな事より朝ごはんにしましょ。今日の執務はその後! 輝くーん、夕張ちゃんと明石ちゃんに塩太郎さーん。ご飯ですよー!?」

 吹雪と、ひよ子の背後にいた艦娘らの不審げな視線を振り切るように、ひよ子は吹雪のいたとこの隣にあるもう一つの工廠へと逃げていき、他の面々も何となくという理由でその後を追った。
 そしてひよ子はシャッター横のサービスドアを開けて室内を覗きこんだ。
 そこには、床や整備機材の中に転がる男女5つの死体と、その中の一人の頭を正座した両膝の上に乗せ、その寝顔を静かに眺め微笑んでいる駆逐娘『陽炎』の姿があった。

「ひっ!? ……って、何だ、陽炎ちゃんか」

 死体だと思ったのは、再宴会にも出ずに陽炎の修理に夜なべしていた輝と塩太郎と明石、そして軽巡娘の『夕張』と、輝の秘書艦である駆逐娘『雪風』の五人だった。
 5人とも機械油で黒く薄汚れたツナギを着て、寝息ひとつ立てずに死んだように眠っていた。輝は普段使っているボロっちいタオルケットの代わりに金属廃材と工具の山の中に頭を突っ込んで寝ていた。明石は整備用にカスタマイズされた鍋島Ⅴ型のコクピットを解放状態にしたまま中で寝ていた。夕張はCADを起動させたままのノートパソコンに指を掛けたまま白目を剥いて寝落ちしていた。雪風は輝の寝ている廃材の山の中腹に簡単な巣穴を組み立ててその中で丸くなって寝ていた。陽炎の膝枕で安眠していたのは塩太郎だった。
 そして、部屋の中で唯一起きていた陽炎がひよ子らに気が付くと、小さな声で挨拶を返した。

「ひよ子さんおはようございまーす。吹雪もおはよ」
「おはよ陽炎ちゃん。修理完了おめでと。朝ごはん呼びに来たんだけど……どする? も少し後にする?」

 そうですね、すみませんがもうちょっとだけここにいます。そう言おうとしていた陽炎だったが、かつていたウェーク島泊地での勤務経験から食える時に食っとかないと安心できないという事を思い出し、膝の上に置いた塩太郎の耳元に顔を近づけ、小声で『それじゃあまた後で』と囁き、優しく膝を抜き取って塩太郎の後頭部を枕の上に安置した。





 工廠前のコンクリート製の護岸に折り畳み式の白いチェアと丸テーブルを囲み、日よけのパラソルの下で、ひよ子と陽炎と吹雪、そして吹雪が昨日の歓迎会では見なかった2人の提督と艦娘達が朝食を取りつつ吹雪と話していた。

「そいえばさ吹雪……んぐん。あんた、旅行途中のままだったわよね。どう? 私も今日休みだから残り案内してあげられるけど?」

 真っ白い食パンのトーストにこれでもかとイチゴジャムを塗ったくったものを三口で口の中に詰め込み、ヌル目に入れたホットミルクで胃の中に流し込んだ陽炎がマグカップを持った手で吹雪を指さした。

「あっうん。おねがいしてもいいかな?」
「オッケー。これで今日一日ヒマ潰しが出来るわ」
「暇潰して……陽炎ちゃん、一応は病み上がりなんだから少しは自分の身体労わりなさいな」
「大丈夫ですって。自分の身体の事ぐらい分かってますって」

 心配し過ぎですって、ひよ子さん。と陽炎が気楽に笑って手を上下に振る。

「まったくもう……じゃあ食事にしましょ。と、言いたいところだけど。皆、昨日の宴会の時は有耶無耶になっちゃってたけど、とりあえずまた紹介しとくわね。昨日の宴会にいなかった人たちも結構いるし。この娘が今度やって来た吹雪ちゃんよ」

 ひよ子が吹雪を促す。吹雪が椅子から立ち上がって敬礼し、言う。

「み、みなさん初めまして! 第3世代型艦娘の、特Ⅰ型駆逐艦娘の1番艦『吹雪』です! よ、よろしくお願いいたします!!」
「「「よろしく~!」」」
「じゃあ自己紹介! まずボクから!!」
「あ、ズルい、オレが先ー!!」

 吹雪の知らない一人目が立ち上がる。それに釣られてもう一人も立ち上がる。
 一人は黒のショートカットヘアの少年。もう一人は長い金髪のポニーテールが特徴の艦娘。どちらも同じくらいの歳と背丈のチビガキ共だった。こんな南の島で軍人やってるよりは、近所の空き地か土手の原っぱで野球かサッカーかおこちゃまデートでもしてる方がお似合いの。

「オレ鴨根木 翔太(カモネギ ショウタ)!! 比奈鳥先生とは沖縄からずっと一緒だぜ!!」
「ボクは駆逐艦娘の『皐月』だよ! よろしくねっ!」
「はい。こちらこそよろしくお願いします!」

 続けて二人目と三人目。やはり人間と艦娘。人間の方は先の皐月と鴨根木よりもやや背丈の低い少女で、肩にかかる緩やかなウェーブを描くアッシュシルバーのミドルヘアと、どことなく自信なさげに下を向く視線が吹雪の印象に残った。艦娘の方は、長い黒髪と、巫女服にも似た意匠の白い上と赤いミニスカート。そして砲塔部分にペイントされたシマウマ模様――――ダズル迷彩が目についた。

「う、鵜野美・スルナです……翔太君とは、く、クラスメイトです。わ、私も比奈鳥先生とは沖縄からずっと一緒、です……」
「金剛型戦艦娘の『榛名改二』です。よろしくお願いします」
「よ、よろしくお願いします」

 吹雪がこの二組に挨拶を返し、ひよ子が残りのメンバーを紹介しようとして気が付いた。

「そしてあとは私の艦隊の不知火、もといぬいぬいちゃんと……て、あれ? 秋雲ちゃんとプロト19(イク)ちゃんは?」
「あー。あの二人ならまだタウイタウイ泊地だそうです。なんでも、こないだタウイに墜落したUFO見に行くから帰還は今日の夕方くらいになるって言ってました」

 なんだそれ。ひよ子も吹雪も榛名もスルナも紹介をスルーされたぬいぬいもそういう表情をしていた。皐月と翔太は目を輝かせていた。

「UFOぉ~?」
「何でも、クジラに似た形で、昔蒸発した提督が操縦してたらしいですよ」

 ひよ子は飽きれたようなうめき声を小さく上げ「どのみちサボりじゃない……」と呟いた。
 新生ショートランド泊地の陽炎は陽炎で「ていうか宇宙にもクジラっているのかな」と呟きつつ、今は不在の自身の提督の事を密かに思い出していた。
 そして吹雪は『先生?』と心の中で首を傾げた。



「比奈鳥 “先生” っていうのはね。私も直接見聞きした訳じゃないんだけど、沖縄で徴兵された学徒提督達に、他の艦隊の艦娘と一緒に戦い方とか教えてたから、その子達からはそう言われてたみたい」

 そんな朝食の後。吹雪と陽炎は二人並んで島中を歩いていた。
『基地に近いとこからってのも芸が無いし、まずは一番遠いトコから行きましょ』という陽炎の思い付きにより、新ブイン基地の背中にある大きな山の中腹に2人は来ていた。

「へぇ、そうなんだ。私てっきり教職についてたのかと思ってた」
「やっぱそう思うわよねー? でも准将、なんかそう呼ばれるのあんまし好きじゃないみたいだから、言わない方がいいわよ? さ、新生ブイン旅行の一件目到着~。建設現場」

 文字通りの建設現場だった。着任初日に無人の新生ブイン基地の前で吹雪が遠目に見た、大理石製の誰かの巨大な全身像の建設現場だった。四方全てを飛散防止用のネットと巨大衝立で囲まれていたが、それでも未完成の胸から上が飛び出していた。完成したら、恐らくは『超展開』中の吹雪達とほぼ同じ背の高さになるだろう巨大さだった。

「何でこんなところに? ていうか誰なんです?」
「さあ? 何でも、旧ラバウルの偉い人らしいって。でも――――」

 トラックやダンプカー、コンクリートポンプ車、整備用に改造されたスズメバチ色の鍋島Ⅴ型などの建機や重機が周囲を行きかい、ガンガンゴンゴンと喧しい騒音と排ガスの悪臭に包まれている周辺環境に目と耳と鼻を顰めつつ陽炎がチラリと視線を寄こした巨大衝立。
 その真っ白な中央部分には所有主を示すエンブレムとして、炎に包まれた炊飯器とスズメバチそして意匠化された大文字のアルファベット三文字、大きく描かれていた。
 こんな悪趣味なエンブレムを使っている連中なぞ、世界広しと言えども陽炎には一つしか心当たりが無かった。

「――――でも、あんまり近づかない方がいいかもね。危なそうだし。次行きましょ」

 因みに。
 これと同時刻。
 比奈鳥司令の仮の執務室となっている旧ブインの201号室に飾られている、旧ブインメンバーの集合写真の中にいたTeam艦娘TYPEラバウル支部の重巡娘『羽黒』が少し俯き気になって『 ← こちらの方です。私の提督です』と書かれたカンペ代わりのスケッチブックで顔と胸元を隠すようにして掲げていたのだが、この時間は執務室に誰もいなかったのでそれはさておく。



 次に陽炎が向かったのは、山を下りて旧ブイン基地(という名のプレハブ廃墟)の背後にあった小さな岬。丁寧に草が狩り取られたそこの先端にひとつだけ鎮座していた、歪な形の黒石。

「ここはね。お墓なんだって。前の基地司令のお子さんの」
「え、民間人がいたの? 軍事基地なのに?」
「詳しくは知らないわよ。私だって輝くん――――目隠准将から聞いただけだし、その准将も旧ブインの人からまた聞きしただけだって言ってたし」

 へぇ。と吹雪は呟き、何かを決意したのか「よし」と小さく呟いて手を合わせた。

「見ていてください民間人の人。私がきっと、いつか静かな海を取り戻して見せます!」
「私達が、でしょ」

 便乗して手を合わせていた陽炎と吹雪は互いに顔を見合わせ、2人同時に笑った。
 因みに。
 これと同時刻。
 比奈鳥司令の仮の執務室となっている旧ブインの201号室に飾られている、旧ブインメンバーの集合写真の中にいた、吹雪と同じ特型駆逐娘の『敷波』が実に不満げな顔で基地司令の座る車椅子から手を離して『あたし民間人じゃないんですけどー!』と書かれたカンペ代わりのスケッチブックを頭上に掲げていたのだが、この時間は執務室に誰もいなかったのでそれはさておく。



 次に陽炎が向かったのは、旧ブイン基地時代のドライドック。
 旧ブインから海岸線沿いに歩くこと数分間。海に面した断崖絶壁に空いた巨大な海蝕洞穴を拡張・補強した、良く言えば周辺環境に配慮した最小公倍数の機能美を有する、悪く言えば場末の三流海賊の秘密基地といった趣だった。
 ここは既に使われなくなって久しいようで、中に残されていた機材や工具には何処から降り積もったのか、普通の砂粒よりも目の細かい湿った砂ぼこりがうっすらとかかっており、赤錆も至る所に浮いていた。
 そして、奥の壁沿いに隠すようにして遺棄された無数の巨大な細長い鉄塊の山が吹雪の注目を惹いた。

「で、あのガラクタの山は何なの?」
「駆逐艦用の火炎放射器と天龍さんの刀の試作品の失敗作だって。見つかった手記だと、使われた資材の量がもの凄くて、当時の事務方だった古鷹さんが眼鏡と釣り糸とラジカセと【親指締め具/Thumbscrews】を持ったまま卒倒したって」
「何その拷問器具のラインナップ」

 黒の万力とか無かったのかな、と呟きながら吹雪は周囲を見渡す。砂と錆にまみれた機材と工具、赤錆だらけになって周囲の暗がりに完全に溶け込んでいたラジカセの化石とフレームだけのメガネ、水面からの青を反射して揺らめく洞窟の壁面。そして、その青い揺らめきの中で小さくもはっきりとその存在を主張するメタリックブルーの無数の煌めき。

「何これ? 何かの金属?」
「さあ? 比奈鳥准将も知らないし、目隠准将も聞いてなかったって。でもずっと昔からあったみたい。パッと見夜空の星だから、ここは星空洞窟って呼んでるの」

 大分掘り崩されて不格好になっちゃってるけど、戦争が終わったら良い観光資源になるんじゃないのかしらって比奈鳥准将も言ってたわ。
 陽炎はそう続け、その場を後にした。



 次に向かったのは、旧ブイン基地(という名のプレハブ遺跡)だった。

「いよいよここなんだね、陽炎ちゃん!」
「……何でいきなりテンション高いのよ? ていうか昨日も来たじゃない、ここ」

 何の脈絡も無くテンションを上げた吹雪からそれとなく距離を取りつつ陽炎が聞いた。対する吹雪は目を輝かせて上高い声で返した。もしもこの作品が漫画かアニメだったなら、吹雪のお目々は今頃、シイタケの様なエフェクトできらきらと輝いていた事だろう。

「き、昨日は見た目のアレさにちょっと……でもね陽炎ちゃん! だってブイン基地だよ!? ブイン基地!! 嗚呼、栄光のブイン基地!!!」

 この吹雪は比奈鳥ひよ子准将の元に配属だという通達が来てからの後、ひよ子准将の事はもちろん、配属先となる南方海域のブイン基地の事も調べていたのだ。
 そしたら出るわ出るわ、当時の配属人員のアレやコレ。
 人員死亡と情報操作の完了による機密解除、単に二級戦線という事で誰も気にしていなかったりと理由は様々だが。

「だってここ、調べてみたらここ本当に二級戦線なの? っていうような人材のオンパレードだったんだよ!?」
「そなの? 旧南方の頃は、数年前のスタンピードと、2年前のあの沖縄の姫が出てきた以外には何も無かったド田舎じゃん。旧ショートランドもそうだったらしいけど」
「うん、それは私も不思議に思った。それでね、まず比奈鳥司令の居る201号室の元の持ち主のファントム・メナイ大佐! 外国の軍人さんなのに重巡洋艦娘の『愛宕』さんがいたんだよ。すごくない!?」

 陽炎には、それのどこがスゴイのかよく分からなかった。
 なので古巣の新生ショートランドでドジやって(※翻訳鎮守府注釈:『yaggyが神通を殺すだけのお話』参照の事)、3人纏めてウェーク島泊地の地獄の壁部隊に配属(トバ)されてた頃を思い出してみた。

 ――――あそこでは、国とか人種とか役職とか関係無しに、動かせる奴が動かしていた。直せる奴が直していた。書類仕事だけは誰もやりたがらなかったので総員参加のじゃんけん大会でいつも決めていた。

 やっぱり分からなかったので聞いてみた。

「すごいの?」
「すごいの!」

 吹雪が即答。

「昔は艦娘に関する機密保護のレベルが最近の比じゃなかったんだって。外国人提督なんてありえなかったし、嘘かホントか知らないけど撃破された艦娘は破片ひとつ、血液一滴に至るまで回収されて、それが出来ないなら焼却処分までされてたんだって」
「うへぇ」
「だからきっと、このファントム・メナイ大佐は、そんな横紙破りが出来ちゃうくらいもの凄い発言力と実力があったんだよ!! でね、次に隣の202号室! 水野蘇子(ミズノ ソコ)准将!!」

 吹雪が陽炎の手を取り、目の前にあった二階建てのプレハブ小屋(という名の遺跡)に駆け寄り、外側にあった赤錆まみれの軽金製の階段で二階に上がり、その202号室の前まで引っ張って来た。吹雪よ、お前が旅行される方なのではなかったのか。

「あー。この人なら私も知ってる。確か、黄金剣翼突撃徽章持ちだったっけ」
「そう! 南方海域がまだ二級戦線ですらなかった頃に発生した深海凄艦のスタンピードに対して、艦隊旗艦の戦艦娘『金剛』さんと、麾下艦隊の第六駆逐隊の『暁』ちゃん『響』ちゃん『雷』ちゃん『電』ちゃんの、たった5隻だけで24時間休み無しで戦い抜いて、南方海域陥落の危機を救った若き英雄!! 終身撃破数はちょっと覚えてないけど、たしか戦艦ル級だけでも二十数隻!!」
「……改めて聞いてみると、とんでもない戦果よね、それ」

『泳ぐ要塞』なんてあだ名ついてるあの化物どもを、何でそんなにポンポン倒せるのよ。だったら少しはウェーク島にヘルプに来てよ。
 もし来てくれてたのなら、ひょっとして、ル級どころかあの最後の日に出てきた白くて黒い奴だって――――
 そこまで考えて陽炎は、吹雪に悟られぬよう小さく細くため息を吐いて、吹雪に問うた。

「……んで、お隣203のは? 塩太郎さんと目隠准将と夕張さんと明石さんの、いつもの4人が入り浸ってゴミだか資料だか漁ってるのはよく目にしてるけど」
「んっふっふー。こちらの方は何と、元陸軍さんです! 井戸枯輝(イド カレテル)大佐。元々はあきつ丸さんやまるゆちゃんの開発チームの主任だったか主任補佐だったかだそうですがある日突然水雷魂に目覚め、そのまま陸軍を裏切り海軍の門扉を叩いたという素晴らしき覚者さんです!!」
「おー」

 陽炎は素直に拍手喝采した。何か色々と嘘臭い経歴の持ち主だがそんな事はどうでもいい。重要なことじゃない。
 まさか陸の人間が水雷魂に目覚めるとは。素晴らしい。素晴らしい事である。
 水雷戦隊万歳。ひいては駆逐艦万歳、万歳だ。
 因みに。
 これと同時刻。
 比奈鳥司令の仮の執務室となっている旧ブインの201号室に飾られている、旧ブインメンバーの集合写真の中にいた、旧ブイン第202艦隊所属の朝潮型軽空母娘の『龍驤』が、新婚夫婦よろしく幸せ満面の笑みで頬と頬をくっつけていた件の水野と金剛の二人を引っぺがす作業を中断し『え、え? あれ? ウチは?』と書かれたカンペ代わりのスケッチブックを困惑混じりの表情で頭上に掲げており、同じく202所属の『暁』『響』『雷(モーットタヨッテモイイノヨ)』の3人は写真の左隅で龍驤を慰めるべくヤケ酒会の準備を進めていたのだが、この時間は執務室に誰もいなかったのでそれはさておく。
 因みに、最後に残った204号室は現在も目隠輝准将が使っている部屋だったのでそこは省略された。



「それじゃあ最後に残ったのはここ、新生ブイン基地、なんだけど……あれ?」

 陽炎と吹雪の目の前には、真新しい基地の外箱があった。
 昨日吹雪が着任した時には確かにあったはずの『工事中』だの『ペンキ塗りたて』だのといった看板はどこにもなかった。
 陽炎が試しに大きな木製の正面入り口扉のドアノブを回そうとしたが、カギがかかっていた。

「まだ開いてないわね……看板もフェンスも無いからもう開いてると思ったのに。吹雪は何か聞いてない?」
「私に聞かれても分かんないよ。昨日来たばっかりだし、朝からずっと陽炎ちゃんと一緒だったじゃない」
「言われてみりゃそうだったわね。となると、工廠以外開いてないからあと旅行できるトコっていったら、あの工事現場で働いてるガテン系の兄ちゃん達が寝泊まりしてる建設村と、カニ浜くらいしかないわよ、もう」
「カニ浜? カニが沢山いるとか?」
「そ。カニ浜。この島特有のヤシガニがうじゃうじゃの十倍くらい――――」

 言いかけた陽炎の口が途中で止まる。何事かと思った吹雪が陽炎の視線の先を見ると、彼女の司令官である比奈鳥ひよ子が左右の肩それぞれに巨大なバッグを掛けたままこちらに走って来て、そしてその後方では今朝方出会ったばかりの人や艦娘達らが両手に段ボール箱やカバンなどの荷物をもってこちらに歩いて来る姿が見えた。その中には朝寝ていた塩太郎や輝らの姿もあった。

「ごめーん! 鍵開けるの忘れてたー!!」

 ひよ子はカギを握った片手を頭上でブンブンと回しながら立ち止まっていた2人の間に身体全体で割り込み、昔懐かしのニッケル合金製ピンタンブラー・キーに擬態した分子配列照合式のデジタル・キーを差し込み、ドアノブ上部の小さなLEDランプが軽い電子音と共に赤から黄色に変わった事を確認してからキーを回し、黄色から青に変わってからドアノブを捻って開いた。

「二人ともごめんね。今日からここ開通するって朝言うの忘れてたわ」
「いえ、お気になさらずに」

 陽炎はそう返事を返し、チラリと視線を動かしてようやくひよ子が左右それぞれの肩にブギーポップ製の大きなスポルディングバッグを担いでいた事に気が付いた。そして真新しい方のホーリー&ゴースト=モデルのが吹雪ので、古びた筒っぽい感じのトーカミヤフジ=モデルのが自分がこのブインに持ってきた私物入れだと見当をつけた。

「ていうか私と吹雪の分の荷物までもって来ていただいたみたいで、申し訳ないです」
「あ。も、申し訳ありません司令官!」

 そこでようやくひよ子の両肩の荷物に気が付いたのか、吹雪が慌てて頭を下げる。

「良いって良いって。言い忘れてた私が悪いんだし」

 対するひよ子は近所のおばちゃんよろしく苦笑しつつ片手を顔の近くで手招きするように上下に振った。その仕草を見て吹雪と陽炎は、こいつは本当にデータプロフィールにある通り現役20代の元・女子大生なのだろうかと割と本気で疑問に思った。
 そんな事を思われているとは露知らぬひよ子は扉を解放したまま後ろの面々を新生ブイン基地内に入れると自らも中に入り、近くにあった来客用の応接テーブルの上にバッグをドカリと置くと何度か肩をぐるぐると回し、その場にいた面々に告げた。

「よーし、それじゃあ皆、空いてる部屋適当に使っちゃって! 荷解き終わったら十二時半、もとい一二三〇にこのロビーにまた集合という事で。そこでお昼と基地開封記念パーティしましょ!」
「「「はーい!!」」」

 開封ってなんやねん。ワインか何かかじゃあるまいし。と吹雪も陽炎もそれ以外の面々も思ったが、皆さっさと荷物を下ろしたい一心であったためにそこはスルーされた。
 そして一度バラバラに分かれた面々がそれぞれ適当と思う部屋(個室・相部屋不問)を見繕って荷物を下ろして広げ、一三〇〇に一階ロビーに再集合し、基地完成記念会を兼ねた昼食会が始まり、誰かがロビーに置かれている大型モニタの存在に気が付いたのが切っ掛けだった。

「あ、折角ですし皆でゲーム大会やりませんか? モニタあるし、ゲーム機本体もソフトもシイタケ・ファクトリーにいた頃買ったの持ってきました! 金色陣営使わせたら、私、出荷前の吹雪達の中では誰にも負けなかったんですから! ここでも負けませんよ!!」
「「「ほほぅ」」」

 そう提案した吹雪が部屋の中から持ち出してきたゲーム機本体と『大奮闘ペイントスプラッシャーズ』のソフトが収まっているパッケージを目の前に掲げ、宣言した。
 それを聞いた陽炎とひよ子、翔太の3人は不敵な笑みを浮かべ、それぞれがコントローラーを手に取って答えた。
 因みに。
 これと同時刻。
 隼鷹那智千歳の飲んだくれ改二トリオは現在、二日酔いに痛む頭と吐き気逆巻く胃袋を抱えて太陽が高く輝く近海を哨戒任務中である。
 とはいえご安心いただきたい。こいつら脳から酒さえ抜ければ艦としても娘としても器量良しなのである。



「えー! 司令官何でそんなにぽややん・ブルーが強いんですか!? 何ですり足キック一発でリングアウトした上にフィールドの半分近くが青一色に染まっちゃうんですかー!? ズルだ、比奈鳥司令ズルしてますね!?」
「ふふん。猫被りやめたぽややんは公式から『悪しき夢にとっての悪しき夢』て言われてるのに何を今さら。チート言うならクリーチャートレーナー使ってる翔太君でしょ」
「え? あー!? 12postとパリンクロンとか反則一歩手前の殺人コンボー!! ていうか何で青のパリンクロンが無色陣営にいるのー!?」
「よっしゃ69マナ溜まったー! ゆけっ! 無限に廻る絶え間無い飢餓の引き裂かれし永劫の約束されし大いなる歪み真実! きみたちで決めろー!!」
「いやぁー! 折角フィールド7割金色に塗ったのにー!? あ゙ー! 陽炎ちゃん不明なユニット接続での追撃止゙め゙でぇ゙ぇ゙ぇ゙!!? あ゙ー!? 私のカブトムシ姫さまとスチェンカ杉元といあマスターテリオンの黄金トリオが一瞬で真゙っ゙黒゙に゙ぃ゙ぃ゙ぃ゙ー!?」
「うわぁ!? 私の青色が一瞬で全部真っ黒に!? どこ!? 青義最後の砦はどこ!?」
「ま、まだだ! まだ終わって……え!? ここでタイムアップ!? 判定負け!?」

 応接広間に設置された大型極薄液晶モニタの中から『YOU WIN!』の声がする。それを受けて、陽炎が鼻を高くする。

「どう? 私のチェーンソー捌きは? 少しは参考になったかな? ああ、お礼なんていいのよ~? 7つ目の優勝カップだ、け、でぇ~?」
「むうぅー! 次こそ勝ちます! 皐月ちゃんが!! 交代!!!」
「オッケー! 金色ならボクのB-5Bと第四次ウルクの過労死王様の空戦コンビに任ぁっかせてよ!」
「ちっくしょー。折角プラクティス以外で6体全召喚できたのになぁー。北上さん、リベンジおなしゃっす!!」
「北上様にまかせなさーい」
「よっしゃかかってこーい! 3人纏めてまた返り討ちよー!」
「「「それならば遠慮なく」」」

 高笑いを続ける陽炎の脳天に背後からの不意打ちチョップが3つ同時に入る。
 いつの間にか帰還していた隼鷹那智千歳の飲んだくれ改二トリオだった。

「向こうの基地の明かりと荷物が消えているから何かあったのかと思ったら……まったく。何をやっているのだお前達は。今何時だと思っている。陽炎?」

 お前達は、の時点で既に陽炎は自我コマンドを入力。脳裏に現在時刻を表示させた。
 なんかすごい数字が出た。

「ひ、一八○○です!」
「そうだ。一八○○。午後六時ジャストだ。陽炎、貴様、今日全休だったとはいえ、気を抜き過ぎだ。懲罰勤務とはいえ、元・地獄の壁の名が泣くぞ?」
「も、申し訳有りませんでした! 猛省しております!!」
「当たり前だこのバカ者、以後気を付けるように」

 那智も疲れていたのか、これ以上お説教を長引かせようとせず、軽めの脳天チョップによる修正一発で締めた。

「まったくもう。比奈鳥准将も、他の皆さんもですよ? 息抜きは大事ですけど、ちゃんと仕事もしてくださいね?」
「「「は、はい」」」

 同じショートランド所属の陽炎は那智に叱られ、それ以外の面々はすっかり酒気の抜けた千歳に『めっ』とたしなめられた。そして最後まで黙っていた隼鷹が戦果を報告した。

「んじゃ、最後にあたしから報告だぜー。えーと、本日の近海警備では戦闘は発生せず。近海は普段通り平穏無事。昨日みたいな敵集団の痕跡も無し。ただし、いくつかの島でPRBR検出デバイスに反応があったため3人で索敵機を飛ばして目視及びセンサー類で観測してみましたが明確な痕跡は確認できませんでした。検出した波が微弱かつ断続的だったため、艦種の同定は出来ませんでした。近日中に再偵察の要を認めます」
「報告を受け取りました。隼鷹さん、ご苦労様でした」

 ひよ子に向かって一切の遊び無い真面目な顔で敬礼し、立て板に水を流すようにスラスラハキハキと報告する隼鷹。
 これは本当に昨日の飲んだくれお姉さんと同一人物なのだろうかと吹雪は本気で疑問に思っていた。

「よっし堅苦しいお仕事終わりー。呑むぜ呑むぜ~♪ 素面の今ならいつもより五臓六腑に染み渡るはず~♪」

 一秒前までは。

「うむ。隼鷹の言う通りだ。堅苦しい話はここまでにして、ここからは気分を変えて飲むぞ」
「皆さん、おつまみもありますよー」
「あ、そうそう。夜間警戒は大淀と、目を覚ました夕張の2人がやってくれてるぜ」
(こっち来て二年たつけど、この人達全然ブレないなぁ……ん?)

 那智がワンカップ酒の蓋を親指一本で弾き飛ばし、千歳が常備していたスルメの袋の封を切った。
 そんな彼女らを見て呆れるひよ子の仕事用スマートホンにラインの新着メッセ―ジが入ったと短く音が鳴る。

「秋雲ちゃん達から? 何だろ? あ」

 ひよ子の発した『あ』に釣られて、その場にいた面々がひよ子のスマホの画面をのぞき込む。
 そこには、いくつかのコメントと共に写真と動画が複数張り付けられていた。

 秋雲:提督ヤバーイ! マジヤバー! 見て見てUFOの破片ー!!

『UFO大☆粉☆砕01.bmp』
『タウイの皆がUFO復元しようとしてたった.mp4』
『帰ってきたウルトラもといアドミラル蒸野.bmp』
『現地人らしき少女と睦月型11人による十二つ巴の正妻戦争.bmp』
『蒸野提督直筆サイン入り! UFO復元図.bmp』

 さらに新着メッセージ。

 秋雲:あ、そうそう。プロト19ちゃんと一緒に夕飯ゴチになってきたよー。これから帰るからそっち戻るのもう少し後になりそー。

「ホントに何やってんの秋雲ちゃん達……」
「へぇ、この人が帰ってきた提督さんかぁ……」

 ひよ子の左右から画面をのぞき込んでいた、陽炎を始めとした新生ショートランド泊地の面々は、数年ぶりにタウイタウイ泊地に帰ってきたという提督を撮った一枚の画像に注目していた。
 そして、その中の1人である陽炎は口には出さずに心の中だけでこう呟いた。

 ――――だったら、私の司令官も、秘書艦の神通さんも、きっと帰って来るよね。

(それに、コロンバンガラ・ディフェンスライン突破作戦もあるし)
「ん? なんか言った陽炎ちゃん?」
「いえ、何も」

 大丈夫。きっと、きっと帰ってくる。タウイの提督さんも7年かかったらしいけど帰ってきた。
 だから司令も、神通さんも、きっと、必ず。
 陽炎本人も気付かぬ内に、固く握り拳を握りしめていた。

 因みに。
 これと同時刻。

 南方海域における深海凄艦側勢力の最前線防衛拠点、コロンバンガラ島――――人類側呼称『コロンバンガラ・ディフェンスライン』にて、一体の人型深海凄艦が片手で額の汗を拭うジェスチャーをしていた。

「フウゥ~……我ナガライイ仕事シタワァ」

 実に良い笑顔を浮かべながら独り言を呟く深海凄艦。

「提督ノ方ハ、半日デ堕チタッテイウノニ……二年モ耐エルトカ、マッタク、テコズラセテクレタワネ」

 完全な少女型の上半身と異形の大口を模した機械の下半身、青白い肌、ボタン止め式の真っ黒なセーラー服、顔を模した胸元の黒いアクセサリー、腰まで届くストレートの黒髪は頭部の両側でお団子状にまとめられており、その瞳は勝気に吊り上がり、鬼火と同色の微かな輝きを放っていた。
 二年前のトラック泊地近海における、かつての神隠しの主犯。
 二番目の鬼種。
 歌う鬼。

「デモ」

 帝国海軍呼称『軽巡棲鬼』

「デモ、コレカラハ、苦労シタ分、沢山働イテモラウカラネェ?」
「……はい」

 実に楽しそうな声で、実にサディスティックな笑みを浮かべて背後を振り返った軽巡棲鬼。
 そこには、彼女と同じくらいの巨大な背丈をした、もう一体の人型深海凄艦が立ちつくしていた。

「ソウネェ……マズハ手始メニ、貴女ノすぺっくヲ確カメルタメニモ、連中ニ一当テシテキテモラオウカシラ。勿論、監視ハツケルケド」
「……はい。了解しました」

 軽巡棲鬼と同じく、完全な女性型をしたその深海凄艦はおよそ一秒ほどのタイムラグを得てから軽巡凄鬼に向かって敬礼。それを見て幾分気分の良くなった軽巡棲鬼、略して軽巡鬼が満足げに――――実に見事ドヤ顔全開で――――腕を組んで何度もうなずいた。

「ソレジャア、出撃! ……ノ前ニヤッパ、今日ハ航行訓練ニシトキマショ。準備運動ハ忘レチャ駄目ヨ?」
「はい。了解しました」

 Sの字型の短く黒い角を目の部分から生やした独特のアイマスクをした、そのもう一体の人型深海凄艦が敬礼をしたまま続けて告げた。

「新生ショートランド泊地、神通改二。訓練航海に抜錨します」










 次回予告

 イランカラㇷ゚テー!

 ……って誰と勘違いしたのかなぁ~?
 チィーッス、航空巡洋艦娘のシュシュヤもとい鈴谷でーっす☆
 この作者、鈴谷の口調再現できないから本編には出せないけど、せめて次回予告には出したかったんだってー。……止めてください。冗談抜きにキモいんです。
 んで、早速次回の話だけどー、なんかブイン基地、金欠でとうとう稼働できなくなっちゃったんだって。
 そこで基地司令のひなちゃん以下、基地の面々は旧ブイン基地の人達が残した金塊を見つけるために入れ墨で暗号を彫られた24人の艦娘を見つけ出すために東奔西走するってお話だよー。

 次回、とびだせ! ぼくの、わたしの、ブイン基地!!
 第3話『ゴオオオオォォォゥルデェェェンンンン、ブゥゥゥイィィィン゙ンンン』(CV:ここだけ伊藤健太郎)

 来週もお楽しみにねー☆
 あ、そうそう。来週の見どころだけどねー、エラー猫のゴーストが宿ったHAW-206をお供につけた輝君と塩太郎さんが『艦娘は脱がーす!!』とか叫んで陽炎ちゃんのスカートの中に頭突っ込んでスパッツとパンツまとめてずり下ろすシーンだよー。
(※翻訳鎮守府注釈:なお次話タイトル、次話投稿予定日、および投稿内容は何の予告も無く変更となる可能性があります。あらかじめご了承ください)






 本日のNG(どうでもいいQ&A)シーン その1

 Q1:大奮闘ペイントスプラッシャーズ、最後に出てきた秋雲とプロト19は何色使い? あと基本戦術は?
 A1:
 秋雲
「白黒陣営かなー。メインはフライング・アイアン・カタマリで、サポートにパラダイス閻魔様かなー。フライングは色合わせればダメージ吸収からゲージ技のエナジーマッに繋げられるし、閻魔様はサポに回せば自動で白黒ハッキリさせてくれるからこのコンビは相性抜群なんだよねー。あ、サブキャラはその日の気分だね」
 19
「イクはプラチナなのねー。メインはレナスちゃんを速攻でヴァルキュリア化させてから神技の乱発でリングアウトさせて復帰までの間にペンキ塗り潰しがメインなのねー。それでも逃げ切る避け切る相手にはサポートキャラの承り郎の時間停止で足を止めたらサブのゴズマとチェンジしてナイアガラクラッシャーでフィニッシュがイクの鉄板なのねー☆ ……海ではじっとしている任務ばっかりだから、ゲームの中くらいは思いっきり派手に暴れたいなのねー☆」

 Q2:初心者は何色選んだらいいの?
 A2:陽炎と同じ黒単色がおすすめです。とあるキャラを入れとけばピンチの時に高確率でその時不思議なことが起こるので。

 Q3:そもそも大奮闘ペイントスプラッシャーズって何よ。
 A3:考えるな、感じろ。



 本日のNG(没)シーン その2

 応接広間に設置された大型極薄液晶モニタの中から『YOU WIN!』の声がする。それを受けて、陽炎が鼻を高くする。

「どう? 私のチェーンソー捌きは? 少しは参考になったかな? ああ、お礼なんていいのよ~? 7つ目の優勝カップだ、け、でぇ~?」
「むうぅー! 次こそ勝ちます! 皐月ちゃんが!! 交代!!!」
「オッケー! ボクの赤色陣営に任ぁっかせてよ! まずは隠しキャラのパスワードで『あかしけ やなげ〔以下全文焚書済み〕』」





 本日のOKシーン

 Please save our Okinawa 02.


『引き続き台風情報をお伝えします。史上稀に見る大規模な勢力をもった巨大台風■号は、現在もなお沖縄県に向かって北上中。直撃する恐れの高い沖縄県全域には、本日未明に非常事態宣言および避難命令が発令されました。帝国陸海両軍は現在、沖縄県、那覇鎮守府にて避難支援の準備を進めており――――』
「テレ帝ですら台風特番……これ本当にヤバイみたいね、北上ちゃん」

 こっちの空はこんなに青いのにね。と、比奈鳥ひよ子少佐は隣の椅子にまたがりギッコンバッコンと前後に揺らして遊んでいる雷巡娘の北上改二に向けて呟いた。

「そだねー。海が荒れると魚雷の針路も荒れるから嫌なんだよねー。はー、嫌だねー。ベオルスカとホエールズの決勝戦も延期になっちゃったし、ホント嫌だねー」
「あの、北上さん。ここは有明警備府ではなくて余所の鎮守府なのですから、もう少し大人しく出来ないでしょうか?」
「ぬいぬいちゃんは真面目だねー。へーき平ー気。ここ、新しく箱作ったって感じじゃないから床に引っかき傷の一個や二個増えたって誰も気づかないっしょ。現に秋っちとプロト19はどっか出かけちゃったし。ていうか輝君と雪風はどこいったのさ」
「ですから私はぬいぬいではなくてですね」
「にしてもさ~」

 帝国海軍所有、那覇鎮守府の一階応接室。それが今、彼女達の居る現在地である。
 先日、有明警備府にある比奈鳥ひよ子少佐の端末に大本営から送られてきた動画メールことミッション命令に従い、飛行機(経費削減のため、民間の航空機ではなく同警備府所属の蒼龍再び改善の偵察機を使用)に乗ってここ、那覇鎮守府までやって来たばかりである。
 そして滑走路で待機していた背広組の人間に案内され、他の作戦参加者が全員揃ってからブリーフィングが開始されるのでそれまでここで待機して欲しいといわれ、今に至る。
 ここに至るまでの間、ひよ子達は案内役の背広組以外の人間も艦娘も、誰も見なかった。 

「にしてもさ。外、なんかガキ多くない?」

 扉の向こう側や窓の外から聞こえてくるざわめきを聞いた北上がその内容と音質を精査して呟いた。改二型艦娘の固定兵装の1つである極めて高い対人索敵能力は、こういった事にも使えるのだ。

「社会科見学……でしょうか?」
「作戦行動前の軍事基地に? 人がいないときに? ぬいぬいちゃんそれは無いと思うわ」
「私もそう思うよー。無いわー、ぬいぬいちゃん、流石にその発想は無いわー」
「ですから司令に北上さん。わたしはぬいぬいではなくてですね。出来ればちゃんと不知火と――――」

 不知火もといぬいぬいの言葉を遮るかのように応接室の扉がノックされ、ひよ子たちの返答も待たずに開かれた。
 最先頭は滑走路にいた背広組の男。続いて困惑した表情をした有明警備府所属の駆逐娘『秋雲』と潜水娘『プロトタイプ伊19号』そして有明警備府で厄介になっているブイン基地のチビガキこと目隠輝と、輝とほぼ同じ背丈のラバウル所属の駆逐娘『雪風』。
 そして、その背後に連綿と続くガキ共の群れと、そいつらの隣にいる艦娘達。
 ご丁寧な事に、ガキ共の最先頭の委員長っぽい雰囲気のメガネ少年の手には『多学校連合社会科見学 鎮守府で1日提督体験コース』と書かれた旗が握られていた。
 それを見たひよ子と北上、ぬいぬい3人の表情と声と感情が完全に同期した。

「?」「?」「?」

 背広組が口を開く。

「有明警備府の皆様、お待たせいたしました。第三次菊水作戦、参加提督全員が到着いたしましたので、これよりブリーフィングを始めさせていただきます」

 ひよ子の頭の中で、瞬間的にパズルのピースが組み上がる。

 曖昧かつ不明な部分が多かったミッションメール。
 極秘と言ってもいいくらいに情報の無かった敵主目標。
 今の今まで伏せられていた参加人員の詳細なプロフィール。
 台風に軍隊を差し向けるという愚行。
 規模の割にやたらと人気も艦気も無かった那覇鎮守府。
 能天気に『今日は一日よろしくお願いしまーす!』と唱和するガキ共。
 そして、鎮守府で1日提督体験コース。

 生贄。

 その一単語が脳裏に浮かび、これから自分が、彼らをどうしなくてはいけないのかを悟った瞬間、比奈鳥ひよ子インスタント少佐はその場にひざまずき、一瞬も耐える事が出来ずに盛大に嘔吐した。

(今度こそ終れ)



[38827] 【エイプリルフールなので】とびだせ! ぼくの、わたしの、ブイン基地!!(完?)【最終回です】
Name: abcdef◆fa76876a ID:0d2cf1f1
Date: 2019/04/01 13:00
 本日のオススメBGMその1:シートベルツ『Tank!』


 どこか薄暗い部屋の中。
 カッチ、コッチ、と一定のリズムで時を刻む時計の秒針の音色をBGMに、比奈鳥ひよ子は語る。

「永遠に続くものは無い。あらゆるものに終わりは来る。オインゴボインゴが歌ってるように、世に永遠に生くる者無し。ノー・ワン・リブズ・フォーエバーってやつよ」

 提督指定の第二種礼装のスカート、そこにベルトで吊るされたガンホルダーからひよ子は拳銃を取り出す。今時珍しいマテバのリボルバー。マテバが好きなのだろうか。
 これを読んでいるあなたに向かって構える。

「突然ですが『とびだせ! ぼくの、わたしの、ブイン基地!!』は今日で最終回です。そこで今回は、今までにあった事や無かった事を振り返って色々と考えたり、思わせぶりな事書いてドヤ顔してみようと思います」

 ひよ子が引き金を引く。
 銃声が1発鳴り響く。

『とびだせ! ぼくの、わたしの、ブイン基地!!』

 ひよ子が引き金を引く。
 銃声が1発鳴り響く。

『第三話』

 ひよ子が引き金を引く。
 銃声が1発鳴り響く。




 想起「うろ覚えのごった煮ブルース」





 #01 フード・フォー・ライフ

 今は遠き帝国本土の有明警備府の食堂。
 そこの座席の1つに座って食事が運ばれてくるの待っている比奈鳥ひよ子――――肩の階級章は当時の少佐のままだった――――は、対面に座っていた艦娘ぬいぬいもとい『不知火』に、至極真面目な顔でこう呟いた。

「いい、ぬいぬいちゃん? 食べ物というのはとても大事なの。【肉貪り/Devour Flesh】のフレーバー・テキストにもある通り私の身体も、ぬいぬいちゃんの身体の大部分も、食べたもので出来ているのよ。もしも並行宇宙にもう一人の私がいたとして、そっちの私が生まれてこの方天然食品しか食べた事が無いとしましょう」
「はぁ」

 ひよ子はコップになみなみと次がれたお冷を一口飲み、口を湿らせる。

「天然食品ひよ子は立場的・遺伝子的には同じかもしれないけど、全く違う人間になっているはずよ。天然食品ひよ子は、私よりも神経質かもしれないし、千葉県の九十九里浜のど真ん中に鎮守府を建てているかもしれないし、14歳の冬にお国を代表するような提督さんにレイプされて男性不信の人間不信になってるかもしれないし、頭にまっ黄色のアルファベットのTの字をした被り物を被って海の上をスキーみたいに滑って出撃するのかもしれないわ。いずれにしても、天然食品ひよ子は私とは別人よ」
「はぁ」

 不知火もといぬいぬいは、この人突然何を言い出すんだろうと内心思っていたが、顔にも口にも出さないでおいた。こんなんでも一応は自分の司令官だし。

「つまりね、ぬいぬいちゃん。食べ物を選ぶ時は、ちゃあんと考えてから結論を出さなきゃだめよ、という事なの」

 ひよ子がそう結論付けた直後に、食堂と繋がる厨房の方から、本日の調理担当である戦艦娘『比叡』の声がした。

『比奈鳥少佐ー、不知火ちゃーん! 今日の夕食ですけどー、昨日の残りのカレーをさらにアレンジしたのとー、再現料理のロブスターの味噌煮ー、どっちにしますー!?』
「「ロブスターの味噌煮でお願いします!!」」

 思考時間0秒。
 まごう事無き脊椎反射の返答だった。



 #02 フールズ・カットイン

 南方海域の、新生ブイン基地。
 其処に所属する重雷装艦娘の北上改二は、一度『展開』し――――重雷装艦本来の姿形とサイズに戻って――――艦内を清掃していた。
 残すは弾頭を一時的に冬眠させて安全処理を施した魚雷本体だけであり、北上は、物に触れるほどの超高速・超高密度な立体映像の艦娘としての自分自身の映像を魚雷発射室に投射して、魚雷を磨いていた。

「んー。こういうのは夜戦バカこと川内が言うべきなんだろーけどさー。夜戦ってーのは意外と奥が深い物なんだよねー。ただカットイン叩き出せばいいってモンじゃないのよ。夜戦に参加するそれぞれの艦娘にも一つ一つ個性があって、それぞれの個性を生かしてやらなきゃいけないの。運も雷装値も低い子に魚雷カットイン期待するのも正直アレだしねー」

 北上は手にした新品のぞうきんをバケツの水に浸し、硬く絞り、魚雷の表面を拭き始める。

「最近の提督達はみんな揃って魚雷で揃えようとしてる。魚魚魚のカットイン。主砲も照明弾もみんなまとめてカットカットカット。だけど、そのカットされた艤装をどう扱うかこそが提督の腕の見せ所であり、詫び寂びってヤツだとこの北上様は思ってる訳さー。そんな事も分からない提督は艦隊の指揮をするべきじゃないね。まったく。艦娘も装備品も可哀そうだよ」

 ぶつくさと言いながらも魚雷を磨き終える。最後に別の乾いたぞうきんで魚雷表面の水気を完全に吸い取り、魚雷発射室を後にした。
 北上が掃除用具を片手に部屋を後にする。
 その直前、北上はふと思い出したかのようにこれを読んでいるあなたの方を振り向いて、言った。

「え? これ書いてる作者? 妙高さん改二に時雨っち、あたしに潮ちゃんにプリンツ雪風。全員魚雷ガン積みしてたね」



 同じく南方海域。新生ショートランド泊地。
 そこに所属する陽炎型駆逐娘の1番艦『陽炎』は、お昼寝中に悪夢にうなされていた。
 かつての上艦であり、今は自身の司令官共々MIAとされている軽巡洋艦娘の『神通改二』と、1対1での格闘訓練をしている夢だった。
 どういう訳か、夢の中の神通は陽炎が知る川内型のオレンジ色の制服ではなく、真っ黒を基調としたセーラー服とミニスカートをし、どういう訳かSの字型に曲がった黒く短い角を生やしたアイマスクをしていたが。
 夢の中で陽炎は、ヤバレカバレの突撃。砲も魚雷も投げ捨てて、握り拳1つで神通に立ち向かって逝った。
 それをあっさりとクロスカウンターで迎撃した神通が、やたらとエコーのかかった声で陽炎に言った。

「そうです。それで良いんです。水雷戦隊の基本は格闘です。砲や魚雷に頼ってはいけません」

『それ水雷戦隊の存在意義全否定してるんじゃ?』そう疑問に思った陽炎に、神通から、サブマシンガンの如き勢いで撃ち出された無数の拳のラッシュが突き刺さる。

 #03 ケ・セラ・セラ

 新生ブインやショートランドと同じく南方海域。
 同海域における深海凄艦達の最前線拠点であり、絶対防衛線でもあるコロンバンガラ島。人類側呼称『コロンバンガラ・ディフェンスライン』にて。
Sの字型をした黒く短い角を目の部分から生やした独特のアイマスクをし、黒いノースリーブのセーラー服と黒のミニスカートで上下を揃えた、完全な女性型の深海凄艦、もとい神通改二と呼ばれていた艦娘その人は砂浜に腰掛け、物憂げな視線を西に――――新生ショートランド泊地の方角に向けていた。
 誰にともなし呟く。

「思想の無い方は嫌いです。たとえそれが自分の部下の艦娘であっても。でも思想を塗り潰そうとしてくる深海凄艦はもっと嫌いです。思考の鈍い方も嫌いです。鈍臭い方とでは水雷戦隊を組めませんから」

 神通が足を組み替える。再び呟く。

「危険な敵は好きです。でも、危険すぎるのもちょっと考えものかもしれません。部下の子達に教えを残せなくなってしまうかもしれないから」

 その神通の背後。軽巡棲鬼は不安げな表情で神通の方をちらちらと見ていた。
 そんな彼女を意に介さず、神通は呟く。

「弱気な提督は嫌いです。でも、自分の弱さを分かってたあの人は好きです。あの人の楽観的だったところも好きです。他の基地や鎮守府の提督達のように一から十まで機械的に作戦を進めるなんて、気が知れないです。作戦なんて、どう進めたって、最初の物とは大きく違うものになってしまうのですから」

 軽巡棲鬼は思う。
(ダレモ居ナイ所デサッキカラブツブツト……洗脳ヤリ過ギチャッタカシラ? トリアエズ医療用ノ繭ノ準備ト、精神ちぇっくノ準備ヲ、ア。ソレト神通ノ代ワリニ誰カ定期警戒出撃ヲ――――)

 意外と面倒見のいい軽巡棲鬼の心配をよそに、神通は新生ショートランド泊地の方角に向かって体育座りをしながら呟き続けていた。



 #04 無情の料理

 有明警備府所属の戦艦娘、比叡です!
 料理の世界は広いです。まさに宇宙です!
 比叡は皆さんにもっと美味しい料理を食べて笑顔になっていただきたいので、さらなる挑戦を毎週金曜、カレーの日に続けています!
 昨日、気分を変えて裸足で厨房に立ってみたら、何だかビリビリしました! 漏水&漏電の殺人コンボでした!!
 ネットの海は広大で、お手軽レシピを探していたのに全然違うサイトを眺めていた事も何度かありました。
 艤装に砲塔を乗っけて出撃すると、艦艇時代の本能で何だかワクワクしますし、新しい料理のレシピが浮かびそうでやっぱりワクワクします。
 真理は42だと聞いたので、料理に生かそうとしましたが、そもそもどういう計算式だったのか分からなかったので、(真理は)やっぱり無いです。
 カレーに欲しかった42は手に入りませんでしたが、カレーに必要な具材は手に入りました!



 数年前の南方海域。
 旧ブイン基地(という名の丸太小屋)が旧ブイン基地(という名のプレハブ二階建て)に代わってしばらくしてからの頃。
 故 水野蘇子准将がまだ着任一月未満のインスタント少佐だった頃の、ブイン基地の近海。
 そこで水野は、己の最初期秘書艦である朝潮型軽空母娘『龍驤』と超展開し、その状態での艦載機の制御訓練を行っていた。
 結果水野は、その艦長席の上で目と耳と鼻とそれ以外の穴という穴からアニメ第十話の白笛のリコさんめいて大量出血し、嘔吐し、ついでに失禁脱糞した。

「アッ、アバッ! アバ―――――!!」
『ほらキミぃ。さっきも言うたやろ。目に頼りすぎや! ジブンはカメレオンやないんや。人間、そうあちこち見えへんように出来とるんよ!!』

 #05 キー・オブ・艦載機の操作

『人間は、っちゅうか人間もうちら艦娘も何かしらの動力源の鼓動によって生きとるんや。鼓動っちゅうんは規則的な繰り返し、つまりはリズムや」
「アババババ―――――!!?」
『そう。何をするにしても、大切なんはリズムや。超展開中の艦娘と同調したまま歩く時も、走る時も、殴る時も、元に戻って基地で昼飯食べる時も」
「ゴボボ―――――!!」
「……ふ、2人であ、愛し合う……と、時も……と、兎に角リズムや! リズムが重要なんや!!」
「ゴボボー……」
「そう、鳳翔なんかは『水のようになれ』って教えとるけど、ウチの場合はリズムが肝心なんやと思うとる」
「……」
『艦載機の思考操作もリズムで……て、あれ? って! アカーン! ゲロが肺に逆流して詰まっとる!? 衛生兵、衛生兵ーい!!」

 水野蘇子インスタント大佐、訓練中の事故により二階級特進五秒前の事だった。




 ジョン♪(×:winbomsは予期せぬエラーでプログラムを終了しました)
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「……ぬ゙ぅ゙わ゙あ゙あ゙あ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ん!! このクソOSがぁぁぁ! 何度フリーズしやがれば気が済むんだこんちくしょぉぉぉ!! も゙ゔや゙だも゙ん゙ん゙ん゙ン゙ン゙~~~!!」

 今からおよそ十数年以上も前。
 Team艦娘TYPEの九十九里浜本部の地下に、井戸水冷輝(イドミズ ヒエテル)技術中尉の怒号が空しく響き渡る。

 #06 ブギーフィッシュ・リサーチインスチチュート

 目の下にたっぷりと濃ゆい隈を作った井戸水技術中尉(貫徹三日目突入)が、研究所内のオープンラボに運び込まれ、完全に拘束された第一世代型の特1号型生物――――数年後に駆逐イ級と呼ばれるようになる――――の生きたサンプルの腹部を、優しくなでていた。夜なので酷くヌメヌメしていた。
 実にヤバ気な雰囲気と優しさで井戸水が1号に元気よく質問する。足元に土木作業用のチェーンソーを置きながら。

「ねぇ被検体Ain(1号)。ねぇねぇAin。どうしてそんなにヌメヌメするの? はーい、それは、夜になると何か体表を覆う粘液の粘度が変化するからデース! 原因もプロセスも不明デース!」

 たまたま近くを通ったTeam艦娘TYPEの内核研究員達が、何事かと井戸水の方に視線を向ける。一部の暇人は野次馬化する。
 井戸水は気にせず元気良く叫ぶ。足元に土木作業用のチェーンソーを置きながら。

「ねぇAin。そもそもAin? どうして他の海生哺乳類のように有意な音紋信号を発しないの? Oh、それは――――」

 何の脈絡も無く井戸水が足元のチェーンソーを手にし、スターターを引いてエンジンを作動。一切のよどみも躊躇も無く1号の脳天にその高速回転する刀身を押し当てる。
 激痛に1号が大絶叫し、力の限りもがくが、完全拘束されたその巨体は軽く身じろぎしただけにとどまった。
 表皮を切り、肉を裂き、頭蓋骨の白い粉を削り飛ばし、内側に収められていた、クルミの実にも似た柔らかい灰色が見えたところで井戸水はチェーンソーの駆動を止め、その組織の中に肩まで手を突っ込んだ。
 そして事前に撮影されたⅩ線写真の記録を参照に、中で何かを探るようにして腕を大きくまさぐり、中にあった目当ての物をしっかりと掴むと、身体ごと後方に引いて勢いよくそれを引きずり出した。
 井戸水の全身とほぼ同じ大きさをした、何かの機械だった。

「Oh、それは、こんな通信無線を脳内に仕込んでるからー!」

『一般常識? 倫理観? なにそれ、新手の実験機材?』が平均値であるはずのTeam艦娘TYPE内核研究員達が、井戸水からちょっと距離を取る。中には突然のスプラッタ劇場に目を回してその場にぶっ倒れて介抱される奴もいた。
 井戸水は気にせず元気良く叫ぶ。

「ねぇAin。やっぱりAin。どうしてそんあに君は幸せなの? そうです、それは、この俺様の実験材料として使われ――――」

 井戸水の肩に、背後から手が置かれる。井戸水の上司である草餅少佐が、生身で――――軽巡『川内』として提供したその体で――――立っていた。
 草餅少佐は、真面目な表情のまま決断的に井戸に告げた。

「もう寝ろ」



 佐世保鎮守府に所属する陽炎型の駆逐娘『舞風』は、ベッドの上で陽炎型の制服を脱ぎ、真横に置いた姿見を使って作業着に着替え直していた。器用な事に下半身を一切動かさずに。

「チャーリーは言った。手は手でしか洗えない。得ようと思ったらまず与えよ。チョコレート美味しい。ってことはどういうことか分かる秋雲? つまり、チャーリーはやれって言ってるのよ」

 自信満々にそう言い切り、エアブラシとガスマスクとゴーグルとツナギで完全武装した舞風に対し、ベッドの隅に腰掛けて舞風の車椅子をキコキコと揺すって遊んでいたもう一人の艦娘、有明警備府所属の駆逐娘『秋雲』は何言ってんだお前と言う代わりにこう言った。

「違うチャーリー混ざってない? それ」

 #07 ウォーク・マイ・ウェイ

 秋雲に車椅子を押してもらい、目的地に向かうまでの間に舞風はこう言った。

「ゲーテによると、作者が読者に対して払い得る、最大の敬意とは『彼らが期待する事は一切書かない』事なんだって」
「へぇー」
「他にも、人間の働きにせよ、自然の働きにせよ、特に注目しなくちゃならないのは、その働きの意図なんだって」
「いい事言うじゃん、ゲーテ」
「だよねー。怪我で半身不随になった私が、ダンス棄てて絵描きになるなんて、他の舞風達どころか私の提督も全く想像すらしてなかったしね。みんな驚いてたよ、やっぱ。でもそれでいいじゃん。誰も思いつかなかった事をやる。ダンスでも絵でも。慰問通信の時なんか、他の舞風達は結構楽しんで聞いてるよ。でもさ」

 でもさ。と舞風は一度言葉を区切り、これ書いてる作者と目を合わせた。秋雲も連られて空を見上げたが、彼女には良く晴れた青空しか見えなかった。この低啓蒙め。

「? どったの舞風。空になんかあるの?」
「でもさ、飛び出せブインの第三話が詰まってるからってこんなお茶濁しを書いてうpするなんて、折角見てくれてる読者の方々の誰が予想できたのかな?」
「あー……舞風? 疲れてるんなら別の日にする? 私、まだ有給残ってるから今日じゃなくても大丈夫だよ?」



 #08 ナチュラル・メモリー

 夕陽の残滓だけが残るコロンバンガラ島の砂浜で体育座りをしたまま、神通は呟き続ける。

「綺麗好きな方は好きですが、綺麗事は嫌いです。帝国軍人たるもの整理整頓は基礎基本。でも、最近はそうでもなくなってきました。ついでに言うと隠し事も嫌いです。陽炎ちゃんの顔、不知火ちゃんの顔、仮病使って訓練サボってた黒潮ちゃんの仮病がバレた時の絶望した顔。良いじゃないですか。個性的で。ただでさえ私は、自分の事が分からなくなってきているんです。深海凄艦が艦娘の神通のフリをしていたのか。それとも本当に艦娘の神通が深海凄艦になってしまっているのか。だから、手掛かりは消したくないんです。全部、私を繋ぎとめるものですから」



 どこかの鎮守府にて、とある男性提督が本日の秘書艦である朝潮型駆逐娘の『霞』にこう言った。

「霞にはいつも感謝しているよ。ま。そのツンデレ気味な態度もかわ゙お゙ッ!?」

 言い切る前に、提督のつま先に力いっぱい振り下ろされた霞のカカトがめり込んでいた。

 #09 インスタント・ツンデーレ!

 その日の消灯時間後の食堂にて。
 ガタガタと強風の揺れる食堂の窓と、大きなのっぽの古時計の秒針の音をBGMに、2人の艦娘が床にあぐらをかいて対面していた。
 1人は本日の秘書艦だった『霞』
 もう一人は、何故か酒瓶を抱えて酔っぱらって(ドランキング)いる綾波型駆逐娘の『曙』だった。
 そして司会こと地の文はこの私、綾波型の駆逐艦『漣』でございます。
 ドランキング・ボノたんは慣れないアルコールで顔を真っ赤にしながら言いました。まぁ、飲ませたの私なんですけお。

「セレンじゃない方のヘイズよ」
「誰がレオーネメカニカの最高戦力よ」
「アンタは何であのクソ提督にすぐ手を上げるのか知ってるの?」
「知らないわよ。きっと、どこかの路地裏でくたばりかけてたヤク中の貧相なガキの肉でも使ってるからでしょう」

 それには答えず、ボノたんは続けて言いました。

「セレンじゃない方のヘイズよ。アンタのゴーストは何であのクソ提督に対して素直になれないのか知ってるの?」

 シリエジオの専属リンクスじゃない方の霞は言いました。

「知らないわよ。きっと、元金持ちの世間知らずのお嬢様の絞りカスでも使ってるからでしょ」

 ボノたんの代わりに私が言いました。

「その答えは間違っていて、合っている。この鎮守府の霞殿の肉体は他の全ての艦娘『霞』と同じでありながら、霞殿にしか成り得ない。霞殿のゴーストも、他の全ての『霞』と同じように表向きはツンケンしているけど、ホントはもっと素直になってイチャイチャしたいと奥底で考えておるのでs――――」
「そ! そっそそそそそんなわけあるわけないじゃない! わ、わわわ私はべ、別にアイツの事なんて……! その……その……」

 顔どころか首まで真っ赤にした霞殿を見て、ボノたんも私『漣』も、呆れた表情をしました。

「……それは、この地上で何より普遍的なツンデレっ娘の反応ですぞ」

 外の強風の音に混じった、時計の秒針のチックタック音だけが一定のリズムで無言の食堂内を満たしていた。



 CM入りまーす。
 CM開けまーす。



 #10 シュガーズ・テンプテーション

 南方海域、旧ブイン基地(という名のプレハブ二階建て)。
 そこの203号室を教室に見立てて、着任7日目の目隠輝きゅんと、その秘書艦の特Ⅰ型駆逐娘『深雪』は座学講義を受けていた。
 今日の担当は、その203号室を拠点にしている第203艦隊のクウボ娘『赤城』だった。
 本日の講義は、こう始まった。

「赤ん坊に甘い物ばかり与えると、肝心の栄養のある食事を受けつけなくなるそうです。やはり、甘い物の食べ過ぎは身体によくないのです。別に食べ物に限った話ではありません。平静の御代の現代は、インターネットの中にも外にも砂糖菓子がいっぱいです。そんなのばっかり見て食べてたら、脳味噌が腐ってヨーグルトになってしまいますよ? だから、時々はこうしてヤシとヤシガニを思う存分食べる事で少しでも腐敗を遅らせ――――」

 赤城の背後から気配を殺して忍び寄った井戸少佐が、彼女の脳天にチョップを一発入れた。

「ヤシとヤシガニは一日一個&一匹までだといったはずだぞ。貴様の頭蓋骨の中にあるヨーグルトはもう忘れたのか?」



 #11 チェイン・オブ・クッキング

 磯風だ。
 いや、料理というのは実に奥が深い。ただ闇雲に焼いたり味を付けたりすればいいというものではない。
 考えなしの連中はむやみやたらと調味料を付け、サンマなのかイワシなのか駆逐イ級なのか分からないような物体Xを作り上げる。
 そういう輩は、厨房に立つべきではないとこの磯風は考える。
 元の素材の味。つまり、イワシならイワシ。駆逐イ級なら駆逐イ級ならではの味を生かしてやらなければならないと思う。そうでなければ、駆逐イ級も悲しむというものだ。

 つまり、だ。司令。この磯風が焼いたサンマの味は、つまりサンマそのものの味であって、決して炭の味ではないのだ。



 #12 ドゥ・ギンバイ・ユアセルフ

 南方海域、旧ブイン基地(という名のプレハブ二階建て)。
 そこの203号室を教室に見立てて、着任8日目の目隠輝きゅんと、その秘書艦の特Ⅰ型駆逐娘『深雪』は今日も座学講義を受けていた。

「働かざる者食うべからず。いいですか、深雪さん。このブイン基地では自分の燃料は自分で確保しなさい」
「え」

 口の端に冷蔵庫の中にあったケーキの生クリームを付けた赤城は、実に器用にも言葉を澱ませる事無く食べながらしゃべり続ける。

「え、私ですか? 私はいいんです。空母はそこにいるだけで戦略的な価値を持っていますので」

 赤城の背後から気配を殺して忍び寄った井戸少佐が、彼女のヨーグルトが収まっている頭を分厚い書類の束で力いっぱいはたき倒した。

「俺のケーキ返せこのギンバイ野郎!!」



 どこかの食堂の一席。比奈鳥ひよ子は珍しく酒瓶片手に北上に愚痴っていた。

「大本営もTKTも、どーせすぐ裏切るのよ。不義理よ不義理。あーもー。信じらんないわー」
「不義理、ねぇ」
「少なくとも、私はそう信じてるわ」

 #13 イフ・タイフーン・ワズ・ディープシーフリート

 あらゆるものを疑ってかかる事。それが一番大事なことよ。情報なんて所詮は情報。ミッション・メールに書かれてる事が真実だなんて思ったら大間違いよ。沖縄に接近してる巨大台風が本当に台風だなんて、誰が証明してくれるの?
 目を見開いて本文をよく読んで、矛盾を見つけ出す事。そして、自分の直感を信じて物事を否定的に考える事。それが大事なの。
 全てを疑い尽くした後に残った事実こそが、信じる事が可能なの。そう。信じるために全てを疑う事。

 ま。何を信じたところで、最後に待ってるのは、私みたいに翔鶴型の再試験だと偽られてプロト19ちゃんとの超展開試験やらされたり、睡眠薬飲まされて触手服着せられてポールダンスさせられたりする未来かもしれないけれどね。



 本土のどこかの鎮守府の応接室。
 その室内では初老を迎えた歴戦の元帥閣下に、彼の秘書艦の軽巡娘『大淀』が困惑気味に反論していた。

「提督。そんなの無茶すぎます。何の知識も経験も無い新人提督をあの元ブラック鎮守府に着任させるだなんて……! そんなの、バットもボールも無しに野球をするようなものです!」
「いいんですよ、大淀さん。僕はそういうのが好きなんです」

 爽やかな笑みを浮かべる好青年――――彼こそが元ブラック鎮守府に配属となった人物だ――――が、部屋から退出がてらこう呟いた。

「バットもボールも無いなら、竹刀とテニスボールを使えばいいんですよ」

 #14 アメイジング・ブラックチンジュフ

 その好青年が所属する事になった元ブラック鎮守府を運営していた、とある提督は、獄中にてこう証言した。

「ブラック鎮守府を運営して一番いいところは、ルールが無い事だ。艦娘を運用するのに『こうしなければならない』ってーのが無いところだ。それなり以上の戦果を挙げれば黙認される。日の当たる廊下でその日の秘書艦を押し倒しても誰も何も言わねぇ。だが好き勝手やってると、ある日突然憲兵隊の査察が入ったり、それはルール違反だと怒られたり、どこかの二次創作で踏み台にされたり、俺みたいに裁判も何も無しにいきなり投獄されたりする。奴等はこの業界のルールに従って生きているつもりらしいが、そんなの、いったい誰が決めたんだ? 軍規には一行もそんな事書かれてなかったぜ。それでも文句があるんだったら、少なくとも、俺以上の戦果を挙げてから言って欲しいもんだぜ」

 彼はここで一度席から立ち上がり、部屋の隅の洗面台でコップに水を注いでから一気飲みし、戻ってきた。
 再び話す。

「俺は誰かに従うためにインスタント提督になった訳じゃねぇ。あんな極上の女どもを自分の思いのままにするために提督になったんだ。脅されようがケツの穴掘られようが、このスタンスは変わらねぇ。残念ながら、俺達クソ提督の魂は芸術品だ。あ? その心は?」

 自称『普通の人』とやらには永遠に理解んねぇんだよ。



 ある日の有明警備府。
 明日に迫った金曜日――――海軍カレーの日を前に、調理担当である戦艦娘『比叡』は何時になくテンションが高かった。

「きょーくん教訓。知らない具材が合ったら、カレーに入れましょー♪」
「「「やめて!!」」」

 他の有明警備府の面々の悲鳴を無視して、誰も知らない小人、もとい誰も知らない具材がお鍋にどぼーんした。

 #15 マイ・フェイバリット・クッキング

 比叡は、今まで料理で苦労した事がありません。ひょっとしたら苦労してたのかもしれないですが、全然覚えてません。
 どうしてかと言いますと、お料理は作るのも食べるのも楽しいですし、美味しく作れなかった料理も作ってる間は楽しいですし、美味しく作れるようになったらもっと楽しいからです!!
 でも、それでも美味しく作れなかった時は片付けて掃除して、お風呂入って歯を磨いてトイレに行ってから寝ます。寝たら、夢の中ではミスター特級調理人みたいにその料理を作れてるからです。



 ある日、どこかの鎮守府の道場にて。
 正規空母娘の『瑞鶴』は、同じく正規空母娘の『加賀』を力の限り殴り飛ばそうとして、右腕一本でいなされ、そのまま前方に半回転して背中から畳の上に叩き付けられた。

「痛たたたた……加賀さん、今の何? 合気? それとも馬鹿力?」

 ため息と共に加賀が答える。

「単純な馬力やマシンスペックなら私よりも貴女の方がずっと上でしょう。何処にも力なんて入れてないわ。私は、貴女の無駄な力を利用しただけ。水のように、よ」
「?」
「……これだから五航戦は。良い? 私が、ずっと昔に鳳翔さんから教わった事なのだけれども――――」

 #16 アンフィニッシュド・キュードースタイル

『ブルース・リーはこう言ったそうです『心をからっぽにして、どんな形も形態も捨てて、水のようになるんだ』と。水を湯呑みに注げば水は湯呑みになるし、水を急須に注げば水は急須の形になる。水は小川のように流れる事も出来るし、滝のように激しく打つ事も出来ます。だから加賀ちゃんに赤城ちゃん。水のようになることを常に心がけなさい。龍驤さんはリズムだとおっしゃっていましたが、私からはそれだけです』

 流石鳳翔さんは言う事の格が違います。今思い出しても気分が高揚します。と、加賀はワンセンテンス置いてから続けた。

「そして鳳翔さんはこうも言っていました『私や龍驤さんが貴女達に教えているのは、艦載機の発艦方法とか、深海凄艦の倒し方とか、そう言うのではなくて、空母娘としての自分をどうやって表現するか。という事なんです。それが大食艦の汚名であれ、焼き鳥ネタであれ、某クソコラ画像であろうとも。つまり、符術や弓術に則った、艦娘の身体を使った表現方法です』鳳翔さんがただの居酒屋の女将さんでないのが良く分かるでしょう。だから五航戦」

 そこで何故か加賀は弓を構え、片足を上げ、弓を引いた。

「だから五航戦。私がどんな格好で弓を引いてても何も問題は無いのよ。弓なんて、弦を引っ張れて矢が飛んでけばそれでいいのよ」

 それロアナプラの女海賊の拳銃哲学。
 瑞鶴がそうツッコミを入れたかどうかは、当の2人にしか分からない。



 #17 艦娘的義務

 ある日の有明警備府。
 その日、そこに所属する秋雲は過去に例が無いほど強烈で、スピリチュアルで、明確なネタが脳内に降臨していた。

「こ、これが! これが舞風の言ってた脳が震えるっていう感覚! 脳に瞳! 宇宙は空に!! 脳を揺らすのはたしかに身体に良い事、実際遥かに良い!!!」

 ハイテンションという概念そのものと化した秋雲が机に向かい、液晶タブレットの電源ボタンに指を掛けたところで、有明警備府内全域に緊急警報が鳴り響いた。

『帝都湾内に深海凄艦出現! 繰り返す、帝都湾内に深海凄艦出現! 数多数! 有明警備府所属の艦娘は即時出撃せよ! 繰り返す、有明警備府所属の艦娘は即時出撃せよ!!』
「……ああ、神様仏様。もしも本当にこの世にいるのなら、ひとつお願いします。全ての創作活動を阻害する森羅万象に、力いっぱいの天罰が下らんことを」



 #18 胸いっぱいの結婚願望を

 プロトタイプ足柄は憂鬱そうにため息を吐き、婚活雑誌を斜め読みしながら少し離れた席に座って、溜まりに溜まった書類仕事をやっつけていたひよ子に愚痴を呟いた。

「たまに思うわ、損な性格してるって。時々思うの、これじゃあイイ男に出会ってもすぐに逃げられちゃうって」

 ひよ子はまたか。と思ったが、そんな事は口に出さずに指を動かし続けた。朝からやってるのに書類山の標高が全く減ってないからだ。新手のスタンド使いからの攻撃か、それともまだ未収容のSCPだろうかとひよ子は割と本気で思っていた。
 そんなひよ子の事などお構いなしに足柄は物憂げに続けた。

「まぁ、でもそれが私だからしょうがないのよね。猫被って『えぇ~、私、こう見えても~、結構家庭的なんですぅ~』って言って、一時期上手くいっても後で苦労、いや、絶対後悔するにきまってるわ。この私。プロトタイプ足柄そのままが良い。って人じゃなきゃ私も嫌よ。まぁ、世界は広いし、ひょっとしたら一人くらいはそんな男がいるかもしれないから、ちょっと街まで逆ナン行ってくるわね~」

 手を振り、プロト足柄が執務室を後にする。残されたひよ子は書類から目を離さずに、もう一人の艦娘に問い掛けた。

「ねぇ、プロトタイプ金剛?」
「Yeah?」
「貴女、よくプロト足柄と一緒に街に出ているけど、彼女、どんな男がタイプなの?」
「Let me see... ...確か『理想を言うならカカロットで、妥協して範馬勇次郎』って言ってマーシター」

 それを聞いて、ひよ子は飽きれたような声を出した。

「それじゃあ、どんなに世界が広くても、プロト足柄が男を見つけるのは永遠に不可能ね」



 ある日、どこかの鎮守府に所属するビバップ艦隊の執務室。
 そのビバップ艦隊を指揮する提督は、艦隊が帰投するまでの間の暇つぶしとして、電話で元重巡娘の『高雄』と会話をしていた。

『提督、この子ったら私やあの人と違って音楽の才能が凄いんですよ。きっと、将来は伝説に残るようなハーモニカ吹きになりますわ、きっと!!』
「何でそんな事分かるんだよ。お前、その子産んだの半年前だろ?」
『だってこの子、私のおっぱい吸う時には必ずワーブリング効かせてくるんですもの』
「……そりゃ気の効いたガキだ」

 #19 チンジュフ・スタイル

「今から約100年前。チャーリー・パーカーというサックス吹きがいた。彼は譜面通りに演奏しなかった最初の奏者であるらしい。つまり、カタに嵌るのを嫌い、自分のスタイルを貫いたということだ。チャーリーのその音楽は後にBebopと呼ばれるようになった。そう。それがこの艦隊の名前の由来になった……んだけどなぁ」
「司令官、艦隊、帰投しました!!」

 ビバップ艦隊の執務室に、彼の麾下艦隊の艦娘が入室する。
 旗艦の駆逐娘『朝潮』1名。それがこのビバップ艦隊の全戦力である。

(……昔いた高雄もクソ真面目だったし、艦隊の名前と中身が一致してないんだよなぁ。でもま、ビバップの定義から外れるのもまたビバップだよな?)



 #20 デイドリーム・ビリーバー

 歌う鬼『軽巡棲鬼』を撃退し、満身創痍でトラック泊地に帰投した目隠輝きゅんは、乗艦していた駆逐娘『雪風』の修理が終わるまでの間、その修理光景を少し離れたキャットウォークの上で眺めながら誰にともなしに呟いた。

「あの頃の僕は――――君を深雪と思い込んでいた頃の僕は、夢を見ながら目覚めて、目覚めながらも夢を見ていたんだ。過去は事実、記憶は真実だという現実から目を背けて。……夢は、どこからが夢なのか。今でもたまに分からなくなる。でも、寝ながら見ていた深雪の夢、起きながら君に見ていた深雪の夢。どっちも同じだ。僕は、臆病だったんだ。見えるはずなのに、見ないようにしていただけだったんだ」



 #21 私の意志のままに

 そしてそれは、ただの錯覚だ。この執筆期間三日、実質10時間未満で書き上げた挙句に推敲すらしてないこのSSが拍手喝采で迎えられ、見た事も聞いた事も無いような数の閲覧数とコメント数が付くなんてことは。
 そしてとびだせブインの第三話の完成予定日は、筆者の遅筆っぷりに翻弄され、今もブ厚いベールに覆われたままだ。
 でもそれは、ひっそりと、まるでタイタン変動重力源のように人知れず存在し、いつか何かの拍子にうpされるだろう。



 #22 怒りを込めて書き上げろ

 だからもう、遅筆如きに目くじらを立てたりするのは止そうじゃないか。これは冗談なんかじゃない。フィクションなんかでもない。
 それとも……俺は悪い夢でも見てるのか? 何で本日のOKシーンが本編ばりに長くなってんだ。



 #23 ネタがこんがらがって

 嗚呼、栄光のブイン基地に出てこなかった南方棲戦姫が、ブルースの定義を聞かれてこう言ったそうだ。

『ぶるーすッテノハ、作者ニソノ存在ヲ今ノ今マデ忘レ去ラレテタ、私ミタイナ奴ノ事ヲ言ウノヨ』



 #24 イッツ・オール・オーバー・ナウ、ネイビー・ブルー

 本日のオススメBGMその2:シャカゾンビ『空を取り戻した日』



 THIS IS NOT THE END.
 Because today is April fool's Day.

YOU WILL SEE THE TRUE
 "とびだせ! ぼくの、わたしの、ブイン基地!!"
 SOMEDAY!



 本日のオススメBGMその3:山根麻衣『THE REAL FOLK BLUES』







 新番組!

「ごきげんよう」
「ごきげんよう」

 さわやかな朝の挨拶が、澄みきった青空にこだまする。
 特別な瑞雲(※総プラチナ製の慰霊碑。出撃可)に見守られたお庭に集う乙女達が、今日も天使のような無垢な笑顔で、背の高い門をくぐり抜けていく。
 中庭でひとり、カタのポーズを黙々と続けている瑞鶴に、この学園の教師の1人である軽空母娘の『鳳翔』が声をかける。

「イヤーッ! セイケン=パンチ! イヤーッ!」
「瑞鶴=サン。体軸が曲がっていましてよ?」

 実戦の穢れを知らない心身を包むのは、深い色の制服(※各艦娘の専用制服は卒業時に返却)
 スカートのプリーツは乱さないように。白いセーラーカラーは翻さないように。
 そうすれば、お淑やかに歩こうが、数日前に編入してきたばかりの鈴谷(改)のように食パン咥えて『転校初日から遅刻遅刻ー!』と叫んで全速力で走ろうが、別にどっちでもいいのがここでのたしなみ。
 もちろん、完全無欠のタイムアウトで封鎖された正門ゲートを、真横の電信柱を蹴って三角跳びの要領で飛び越える鈴谷(改)などといった、はしたない生徒など存在していようはずもない。

 聖セイヤ女学院、改め、軍立クウボ訓練学校。
 明治三十四年創立の、もとは華族の令嬢のためにつくられたという、伝統あるカトリック系お嬢さま学校(※対深海凄艦戦争の激化に伴い、同学院は帝都の武蔵野に移転)を接収して完成した、建造されたばかりの正規・軽空母娘達と、外部からの編入生組の航空戦艦娘や航空巡洋艦娘達の、近代化改修と訓練のためにつくられた、伝統はないが格式はある機動部隊系のお嬢さま学校である。
 神奈川県。湘北の面影を未だに残している青の多いこの地区で、八百万の神々と靖国の英霊達に見守られ、試験管から提督の元へ配属されるまでの一環教育が受けられる乙女の園。

「鳳翔先生、ごきげんよう」
「ごきげんよう、熊野=サン。そろそろ授業を始めますから、着替え終わったらグラウンドに集合するよう、クラスの皆さんに伝えていただけますか?」
「はい。承りましたわ」

 戦況が移り変わり、最終防衛ラインがマリアナ海溝付近から本土側に向かって三回も書き直された今日でさえ、三十六ヶ月間通い続ければ温室育ちの純粋培養空母娘が箱入りで出荷される。
 という仕組みが残っている貴重な軍の訓練学校なのである。
 そんな学校の教師役でもある軽空母娘の『鳳翔』がグラウンドに整列した乙女達の前に立ち、長い白たすきで和服の両袖を固く縛り、普段通りの穏やかな笑みのまま告げる。

「それでは本日の授業を始めます」
「「「ハイ! 鳳翔=サン!!」」」
「本日の授業は、やや実戦に寄った形式で行います。訓練用瑞雲で私の駆る震電改とドッグファイト展開しつつ、並列して私と物理カラテ・プラクティスです」
「「「えっ」」」
「大丈夫です。ちゃあんと意識が残るように手加減しますから。痛くなければ覚えませんしね?」

 軍の訓練学校なのである。



 新番組『多門丸が見てる』
 第1回『多門丸も戦争に行った』(全1945回)は来週から始まります。お楽しみに。





 あとがき。

 エイプリルフール、エイプリルフールですから! カウボーイビバップのファンの方は物を投げないでください!!
 お願いですから、何にもしませんから!!



[38827] 【艦これ】とびだせ! ぼくの、わたしの、ブイン基地!!03【不定期ネタ】
Name: abcdef◆fa76876a ID:cd7a7d50
Date: 2019/10/23 23:23
※前回で最終回のはずじゃあ? 残念だったな、エイプリルフールだよ。
※毎回毎回飽きないオリ設定。
※いつも通りに『●●が××なのはおかしくね? ▲▲で□□やろjk……』な箇所多数。備えよう。
※地理とか生物とか国語とか現社とか、筆者の学生時代の成績は正直アレだったのでお察しください。今? そりゃおめー……アレだよ、アレ。
※第一部の『嗚呼、栄光のブイン基地』は鬱暗い話だったので、第二部では、スナック感覚でサクサク読める、底抜けに明るい話にしたいと思います!
※(2019/05/20初出。同10/23 誤字修正&Please save our Okinawa 03内の幼稚園児からの応援を追加)

※艦これ世界において、メガネとは武闘派の証



 引き続き台風情報をお伝えします。
 現在沖縄県に向かって北上(not艦娘)中の、史上稀に見る大規模な勢力をもった巨大台風■号に対する攻撃ですが、つい先ほど、一定の効果が認められたとの事です。
 これにより台風■号の勢力は大きく減少。
 しかし政府はまだ予断を許さないとして沖縄県全島避難命令を継続。那覇鎮守府に待機していた帝国陸海両軍は現在も活動中です。
 また、同地域に社会科見学に来ていた――――

        ――――――――『第三次菊水作戦(民間呼称:台湾沖・沖縄本島防衛戦)』前日の台風情報



 その日、新生ブイン基地で事務屋をやっている軽巡洋艦娘の『大淀』は、首元のポートにLANケーブルを差し込みつつ、近年稀にみるご機嫌で書類を処理していた。
 先日の駆逐イ級&雷巡チ級戦で負った吹雪と陽炎の損傷の修理の件についてだ。

「~♪」

 吹雪の方は一言で言うと、わんだほー、ハラショー、ベリマッチである。修復には油も金属資源も一切使ってない。駆逐イ級に船腹を噛みつかれて装甲の一部が破断し、獲物を咥えたワニよろしくぐるんぐるんと横ローリングされて浸水し、フィドル弾いてる猫の置物が盛大に転がって厨房のスプーンとお皿が何処かに逃げてったにも関わらず、である。
 使ったのは精々が多めの食料品と多少の医薬品くらいのものだった。

「流石、最新鋭の第三世代型艦娘ね。今までならこれだけの損傷を追ったら中破判定だったのに、自己修復の範囲で対応できちゃうなんて」

 次に第二世代型艦娘――――『艦娘殺し』こと重巡リ級との直接戦闘もある程度考慮された、現在主戦力となっている艦娘――――である陽炎の損傷について。
 こちらは相応に酷い。
 飛び込んだ砲弾の爆発で艦橋全損。おまけにその内側からの爆圧で艦体の一部と電装系にも損傷。魚雷や弾薬庫に誘爆しなかったのも、竜骨ユニットに異常が見られなかったのも幸運と言えば幸運なのだろう。これの完全修復には相応の物的・人的・時間資源を消費するはずである。
 だが、直さないという道理は無い。
 ブインの所属でもないのに吹雪の初陣にわざわざ付き合ってもらって、その結果負傷したのだ。修理も補給もしないという選択肢は水雷的に考えて有り得ない。

(というか、塩太郎さんと輝君達、たった5人だけでよく一晩で修理出来たわね……)

 あれ、でも修理の時艦娘形態に戻ってたし、そんなにひどい怪我じゃなかったのかしら。とひとり呟く大淀はLAN直結されたパソコンにコマンドを直で入力。エクセル表を開いて消費した各種資材の減り具合を入力。指定したセルに指定した計算結果が表示される。
 基地に残った資源は意外と少なかった。
 代わりに、次の補給まではだいぶあった。
 ふと、ご機嫌な思考に影が差す。自分は、何でこんな事やっているんだろうと。

「……」

 一年半前。最初にこの艦隊に配属された時は飛びあがらんばかりに喜んだものだ。まさかあの、沖縄の女神こと比奈鳥艦隊に配属されるだなんて、と。きっと明日からは他の大淀たちが羨むような充実した艦隊総旗艦生活が待っているんだと、無邪気に信じていたものだ。
 一年半前のあの頃は。
 だが、当の比奈鳥准将には、私、軽巡洋艦娘『大淀』との超展開適性が無かったのだ。
 超展開適性値12.3。カテゴリーF。
 足切りラインの40を遥かに下回る数値。
 ついてないどころの話じゃない。
 自分こと『大淀』と超展開出来る提督なら、どんなポンコツのクズが相手でも一定の水準以上のパフォーマンスを常に叩きだせるのが艦娘としての『大淀』最大の利点の片方なのに、そもそも適性が無いのではどうしようもない。
 もう片方の最大の利点は、70年前から設置されている大規模な艦隊指令部施設だが、こんなの、コンピュータの性能が爆発的に向上し、データリンクシステムも標準装備が当たり前の現代では骨董品もいいところだ。今では他の大淀らと同じく、各種データ解析専用のコンピュータを詰め込んだ予備の電算室になっている。風の噂によると、この予備電算室をゲームサーバとして民間に有料レンタルしている不届き者の大淀がいるとの事だが本当だろうか。

「……」

 その結果が今のザマである。
 ビールの空き缶を灰皿代わりにして(時々飲みかけのを灰皿にしてしまうのはナイショですよ?)一日中薄暗い事務室の中で端末とにらめっこ。
 しかもそんな量がある訳じゃないから精々2~3時間程度で一日の仕事終わるし。
 余った時間は、もしかしたら必要になるかもと思って旧203号室の中から発掘された深海凄艦に関する各種レポートをまとめたり自分なりに再考察してみたり。ていうかあれ量も内容もどう考えても陸軍の人間が持っていていい情報じゃないけどどういう事なんだろう。
 たまの出撃も近海の哨戒任務がほとんどで、水偵飛ばして索敵系を全開で作動させて、コロンバンガラ・ディフェンスラインの連中が遠出して来た時は緊急通報流して新生ショートランド泊地の千歳改二にエア・ストライクの要請出して水偵で観測続けて爆撃評価出してハイお終い。

「……」

 ここに配属されてからの一年と半年。魚雷はおろか、主砲の一発すら撃ってない。これは水雷屋として如何なものか。機銃だけなら何度か撃っているが、戦艦レ級なんて何匹殺してもノーカンだ。私はちゃんとした深海凄艦を討ちたいのだ。

「……」

 いや、よそう。
 事務仕事だって艦隊運営には絶対必須の業務だ。誰も彼もが前線バカでは艦隊はやっていけないのだ。
 そしてこの軽巡『大淀』こそが縁の下の力持ち。私がいるからみんなが普通の艦娘として出撃できるのだ。
 称えよメガネ。崇めよ真なるGF総旗艦。

(……とでも思わなきゃ、やってられないわよ、ホント)

 そこまで考えて大淀は一度小さくため息を吐いて首を振って気分を切り替え、少し離れた場所にあった戸棚から紙媒体のファイルを取り出すと目当てのページをめくり、近隣海域の民間業者の連絡先を再確認し、金を払って不足資材の工面を付けようとした。
 本土の連中の補給なんて待ってなんかいられない。連中はこっちが僻地なのだと見下しているのか、数週間単位で遅れるのは当たり前だし、挙句に『ご指定の量と種類は有りませんでした』何て返すのもザラだ。この一年半でどれだけ苦汁を舐め、飲まされたか。そのくせ最前線の1つとして防衛の責任だけはあると来た。仮にも一級戦線なら補給を優先しろ。先代の基地司令が密輸に走ったのもうなずけるというものだ。
 だったら民間業者にカネ払って物資の取り付けを手配した方が早いし確実だ。文句があるなら一度でいいから納期と分量守って見せろ。この一年半の記録全部録ってあるぞ。
 そう心の中で静かに憤慨しつつ大淀は自我コマンドを入力。
 業者にカネを払った後の、新生ブイン基地の今期予算のシュミレーション結果を脳裏に表示させた。
 残り7ケタ。

「……」

 ただし数字の左端に『-』の記号が付いていた。



「ここのTマスの空襲をかいくぐり、索敵5以上の電探と史実艦と支援攻撃をたくさん用意して、Vマスにいる戦艦レ級elite2隻をブチのめして侵攻していくことになります。」
「ZZマスを通るのが最短ルートじゃないのか?」
「そうです。」
「それならそんな――」
「駄目です。」

                   ――――こんな事書いてますが筆者は先のブイン基地防衛戦、乙のZZマスを越えて滑り込みセーフで海域突破しました。なのでロクに掘りする暇も無く結局ゴトランドもジョンストンも照月も早波も着任しませんでしたが、何と、我がブイン基地には浜波峯雲日進の3人がやって来てくれました。やったぜベイベー浜波ちゃんの前髪ぺろんってめくってさでずむしたいぜきゃっほー。とか書いてたらもうセッツブーンもバレンタインも全部終わってたでござる。っていうかそろそろひな祭りが近くなってきたこの頃が終わる前にうp出来たらいいな。とか書いてたらもう4月なんですけど。5月なんですけど。令和なんですけど。初期艦に選ばなかったゴトちゃん4-4で来たんですけど。っていうかもう次のイベント戦が数時間後に始まるんですけどー!? なのでこのSSがそれまでの間のお暇潰しとなれば幸いです。
 それでは皆様、数時間後のブイン基地サーバでお会いしましょう。
 な艦これSS。

 とびだせ! ぼくの、わたしの、ブイン基地!!
 第三話「いきなりではない純金伝説」



「お金が尽きました」
「……はい?」

 陽炎達が元々の所属の新生ショートランド泊地に帰っていったその次の日の朝食の席。大淀は開口一番、眼鏡を反射光で光らせながらそう言った。
 その言葉を受けたひよ子は、飲みかけのホットミロが入ったコーヒーカップを持ったまま、間抜け面を晒して先の言葉を呟いた。

「ですから、陽炎さんの修理に使用した分の資材を購入した場合、我が新生ブイン基地の、今年度の予算が、無くなります」

 そう言って大淀はプリントアウトした例のエクセル表をテーブルの上に置いて広げた。

「うわ。真っ赤っか」
「帝国は資本主義陣営だけど、予算だけは共産主義だったのねぇ……」

 吹雪は単純に赤字だとビックリし、ひよ子は皮肉交じりのため息をついた。

「でも資材が無いと今後やってけないし……はぁ、金さえ見つかれば全部解決するんだけど、ねぇ」
「金(キン)? ですか?」

 聞き慣れない単語に吹雪がオウム返しに聞き返す。

「そ。英語でゴールド、ラテン語でアウルム。私がまだ有明警備府にいた頃の話なんだけどね。ここの先代基地司令が、本土の帝国郵船と闇取引してたのよ。勿論それ以外のいろんな所とも。こっちからは金(キン)を。あっちからは各種資材や最新鋭兵器、各種優遇措置なんかを受けてたらしいのよ」
「は、はぁ……」
「実はね。この基地の司令官として着任してからしばらくした頃にね『アレの再開はまだですかー』っていろんな偉い人達から催促が来たのよ。勿論、その時は何言ってるのか全然分からなかったからまだ未定ですって言ってお断りしたけど。でもまあ、そう答えて一年もしない内に金探しする事になったんだけどね。一年経っても見つからないんだけどね」
「なんていうか、その。比奈鳥司令官は、前歴の事もあって、そういうのには厳しそうなイメージがあったんですけど……」

 その返答は、ブラ鎮(ブラック鎮守府)潰しがお仕事の一つである元・有明警備府所属であらせられたひよ子の隣に座っていた重雷装艦娘の『北上改二』がのぺっとした表情のまま答えた。

「今のひよ子ちゃんは若いし女だし沖縄で大戦果上げたしで上の御老体どもからやっかまれててさ、通常の定期補給と二ヶ月に一回の大補給だけじゃすぐに干上がっちゃうんだよ。その補給も数が減らされてたりたまに来なかったりするし」
「え。そ、そんなのってあるんですか!?」
「有るんだよねぇ、それが」
「組織は感情で動く、って昔どこかで聞いた事あるけど、それホントだったのよねぇ……でも、みんな餓えさせるわけにはいかないしね」

 ひよ子は長く盛大なため息をつくと、カップの中に残っていたホットミロを一気に飲み干し、柏手を一つ打って気分を切り替えた。

「よっし。それじゃあこんな暗い話はここでおしまい! みんなの今日の任務を発表します。まず私の艦隊――――北上ちゃん、ぬいぬいちゃん、夕張ちゃん、事務い……大淀さんと吹雪ちゃんは予定通り非番です。秋雲ちゃんとプロトタイプ伊19号ちゃんは明日の夜ごろか明後日に帰って来るそうです。翔太君とスルナちゃんの艦隊、っていうか皐月ちゃんと榛名ちゃんの4人も今日は非番、つまりお休みです」
「おっけー」
「了解しました」
「「やたー!」」

 北上は間延びした返事で、ぬいぬいこと不知火は静かな、だがハッキリとした声で短く返答を返した。翔太と皐月はその場で飛び跳ねた。

「輝君と雪風ちゃんは通常出撃。昨日隼鷹さんからの報告にあった島近海を特に入念にお願い。でも島や浅瀬には近づき過ぎないで。戦艦レ級が隠れてる可能性があるから」
「「はい!!」」
「千歳さんとのホットライン周波数は覚えてる? 何かあったらすぐエア・ストライクの要請出してね? 今日は千歳さんも隼鷹さんも第一種待機だったはずだから、Callすれば5分で飛んで来てくれるはずよ」
「「了解しました!」」

 輝と呼ばれた少年と、その胸元までくらいの背丈の艦娘が同時に返事を返した。

「(輝君、この二年でホントに背ェ伸びたわねぇ)で、塩太郎さんと明石さんだけど、お二人も今日は非番です」
「了解です」
「了解しました」

 やった休みだ! と明石は声に出さずに顔に出していた。塩太郎も厳めしい顔つきだったがよく見ると頬が緩んでいた。彼等と夕張の3人はここしばらく修理続きだったので疲労が溜まっていたのだろう。

「それじゃあ今日も一日、頑張りましょう! ……と、言いたいところですが」

 実に不吉な区切り方をしたひよ子が、続けてこう言った。

「お休み組は、今日はお休み無しです」

 沈黙。
 コンクリート製の護岸に波が当たって砕ける音、波打ち音にも似たヤシの葉の葉擦れの音。浜辺にある都合のいい岩場を巡って縄張り争いを始めた海鳥達とヤシガニ達の抗争音だけが、新生ブイン基地のメンバーを静かに包み込む。
 そして異口同音に放たれた『は?』の一音。

 吹雪はごく普通の気真面目さで『了解しました』と言っただけだったが、翔太と皐月は『えー! 何でだよー!?』とサムズダウンしつつブーイング。
 塩太郎こと塩柱夏太郎整備兵はショックのあまり同体積の塩の柱と化した。
 夕張と明石も真っ白に燃え尽きた火の無い灰と化して風に乗って散って逝った。ここ数日オーバーワーク気味だった3人の遺言はそれぞれ『休み……』『どこ……』『ない……』だった。
 ひよ子の秘書艦である北上改二は普段通りののぺっとした表情と口調のまま翔太と皐月にならってブーイングとサムズダウン。多分こいつは面白半分でやっている。そのエスコートパッケージである陽炎型の不知火改もといぬいぬいは『艦娘殺し』の異名で知られる深海凄艦、重巡リ級ですらおもわず道を譲りそうなほど強烈な眼光力をひよ子に向かって盛大に放射していた。どうやら休暇取り消しが相当残念だった模様である。何か用事でも入れていたのだろうか。
 そして大淀はメガネを朝日に白く反射させ、全ての表情を消してひよ子に質問した。別に怒っている訳ではない。ただそう見えるだけである。

「――――差し支えなければ、ご説明を」
「理由は事務い、大淀さんが持ってきたそれよ、それ」

 ひよ子は大淀の手元に置かれたA4用紙を指さした。民間業者に資材を手配させた場合に残る基地の推定予算残高と、現在の残り資材の数だった。
 推定予算の方の数字には左端に『-』の記号が付いていた。現在の資材の残量は不安を覚え始める数だった。

「ですから皆には今日、クジ引きでいくつかのグループに分かれて金探しをしてもらいます。この資料見る限りもうわりと切羽詰まってるので、そこの所よろしくお願いします」
「あの、司令官。ホントに金(キン)なんてあるんですか?」

 おずおずと手を上げた吹雪が疑問を発する。
 それに対しひよ子は「実際あったのよ。旧ブインと帝国郵船の裏取引」と前置きし、

「でもきっと、ここでいう金(キン)っていうのは、お宝とか、政治家のピーナッツみたいな、何か価値ある物の暗喩か何かだと思うのよ私は。一年近く探しても見つからなかったし。だから、みんなにも手分けしてそれらしい物を見つけてきて欲しいの。お願いね」

 ごめんねー吹雪ちゃん、着任早々で変な任務与えちゃって。とひよ子は軽く謝罪した。



 別にアンバランスでも神聖でもないクジ引きの結果、吹雪、大淀、夕張の接点無しトリオは日差し高らかな午前9時現在、ブイン島の浜辺を単横陣で索敵進撃していた。

 ランドマークになりそうな岩場や景色が直線状で交差する部分の砂浜を掘り返し、怪しげな大岩の根元を掘り返し、熱気と湿気にやる気をそがれて波打ち際で3人揃って足をちゃぷちゃぷさせたり、少し離れた所で『お宝は宝箱の中で海の底だー!』という謎の理屈に基づき海に潜って遊ぶついでに金を探す翔太と皐月の姿を3人揃って大岩の上に座って微笑ましく眺めたりと、金が隠されていそうな怪しげな場所を索敵していた。

「え、じゃあ大淀さんは、比奈鳥司令官と同じ場所で働いていたんですか!?」
「はい。正確に言うと、私――――大淀の原型(オリジナル)となった方が、ですけどね。私自身はコンタミ艦(※翻訳鎮守府注釈:contamination(汚染、混入)の意。ここでは艦娘化以前の記憶や人格、思い出のそれを指す)ではないのでその記憶はないのですけれど、比奈鳥提督からはよく事務員さんと呼ばれており、気が付けば事務仕事を押し付けられてて……」

 最初、吹雪は相手2人が軽巡洋艦――――水雷戦隊を編成する際、基本的に吹雪ら駆逐娘の上司になる――――だったので緊張して口数も少なくなっていたのだが、捜索開始から数時間もするとごく普通に2人に混じって雑談に興じる様になっていた。素晴らしい。その1%でもいいからそのコミュニケイション能力を是非筆者にも分けていただきたい。

「その考えで行くと、大淀って吹雪ちゃんの次に艦隊勤務歴短いのに付き合いは北上とぬいぬいちゃんと同じくらい長くなるのよねー。あー。提督、だから今でもたまに名前間違えかけたりしてるのか」

 夕張が付け加える。

「そういう夕張も、この艦隊に合流したのは沖縄の時からでしょう? おまけに最初はものすごく警戒されてて、初対面の時には顔面に塩投げつけられたとか。おまけのおまけに戦闘が始まった途端ドン引きされたとか」
「あ、あれは、最初のは私のせいじゃないし」
「?」

 過去を知らない吹雪が首をかしげる。

「そ、それは兎も角! 大淀! な、何かこの今座ってる大岩が怪しくない? いかにも中になんか埋め込まれてそうな感じで。よし探そう今すぐ探そう」
「はいはい」

 中にお宝隠すなら、男子トイレの小便器にジッパーでもつけた方が確実じゃないのかなぁ。六億円か百億リラくらいなら余裕で隠せそうだし、と吹雪は心の中だけで思った。
 そんな吹雪を余所に、大淀と夕張は瞬きせずに互いの目を見つめ合った。

「あ。吹雪ちゃんも。ほら。折角だし」
「は、はい」

 次は夕張と吹雪が互いに瞬きせずに見つめ合う。システムに着信。眼前の軽巡洋艦娘から光学で接続要求。艦娘としての吹雪がそれを許可。その三秒後、吹雪の視界ど真ん中に点滅する赤い光点が出現し『データリンク確立。対象:TKT/LC-YUUBARI_1.998β/km-ud/20010605-ff00/GHOST_IN_THIS_SHELL.』の文字に変化したかと思うと視界から消え、意識の片隅に最小化された状態で安定した。

「大淀、解析よろしく。聞き耳は私がやるから」
「どうぞ」

 夕張が大岩の表面を一度、軽くノックした。夕張が装備している各種ソナーはその反響音を細大漏らさず追跡し、採れたばかりの生データ群を大淀に宅急便として非圧縮送信。
 大淀は、艦隊司令部施設を潰して増設した解析用コンピュータをフルに使って宅急便の中身を解析。解析システムは『NOT MATCH(00.01% or less)』と受け取りのハンコを押した。
 その結果を夕張と吹雪の2人に送信。

「……ただの岩でした」
「岩かぁ」
「あ、でも考え方はあってるのかもしれませんね。今まで自然岩の中までは探した事なかったですし」
「でも大淀さん。それだと目印も何も無いから隠し場所忘れたら大変な事になるんじゃ?」

 最後の吹雪の疑問に3人が同時に沈黙。
 夕張は吹雪の言った事に対して『え、何。今日中にこの島中の全部の岩の中全部音響検査するの? 何、何なの? 馬鹿なの? 殺す気なの?』とでも言いたげな表情を浮かべ、大淀は大淀で、千歳さんにエアストライク要請出して島中の怪しげな岩盤岩石の類を全部吹き飛ばすのと、それら一つ一つを全部ノックして回るのはどちらがより効率的かしら、とかなり物騒な事を考えていた。
 そして吹雪は、これぞ名案とばかりに声を上げた。

「暗号! 暗号です!」

 お前は何を言っているんだ。
 夕張と大淀の目は間違い無くそう言っていた。

「そう言う事なら、きっと、どこかにヒントを書いたメモなり暗号なりが有るはずですよ!」



「で、ここまで来たと」
「考える事は私達と一緒ですね」

 旧ブイン基地の203号室。
 かつて井戸枯輝(イド カレテル)と呼ばれたインスタント提督が使っていた執務室の中。
 塩太郎と明石コンビは吹雪と同じく『金あるいはお宝の隠し場所はどこかにヒントがあるはずだ』と考え、紙媒体の資料が一番多く残っていたこの部屋を家探ししていたところに吹雪達も参加した次第である。木を隠すなら森の中、暗号文を隠すなら書類の中、というやつだ。

「朝から探していますが、それらしい物はまだ」
「でもまぁ」

 かつて、輝達が戻ってきた来た当初は土埃やらカビやらに薄く覆われて風化しかかっていた旧ブインのこの一室は、つい先日に新ブイン基地がオープンするまでの二年間の間に何度かの修繕がなされ、人が住む場所としてはとりあえずの様相を取り戻していた。
 いたが、この部屋の中に残されていた書類や雑誌の類は処分される事無く、表面のホコリを掃って新品のダンボール箱に詰め直されて部屋の隅に置いておくだけで済まされていた。もちろん理由はある。

「でもまぁ、私や塩太郎さんにしたらこの部屋自体が宝の山みたいなもんなんですけどね。例えば」

 例えば、これ。そう言って明石が部屋の隅のダンボール箱から無造作に摘まみ上げたのは、ホチキスで左上を無造作に綴じられた、黄ばんで四隅がよれよれになったA4サイズのコピー用紙の束の化石。
 1枚目の表紙には『古鷹整備マニュアル 追記・修正分草案』とだけ書かれていた。

「これ、塩太郎さんみたいな整備兵に通常配布される艦娘の整備マニュアルには載ってない裏技みたいな事ばっかり書かれているんですよ。超展開の維持限界時間を越えて超展開状態を維持させる方法とか。ていうか何ですか『艦コア内核の抗Gゲル交換の際に使う専用の挿入パイプあるいは排泄パイプが用意できない場合は周辺を隔離・滅菌完了してから同じく滅菌済みの醤油ちゅるちゅる。駄目なら挿入する側とされる側にメチルかエチルの大量散布。それも無いなら祈れ』とか。何で陸軍の人が艦コアの整備マニュアルに口出してるんですか。しかもなんで正しいんですか。古鷹さんのストーカーかなんかですか。昔ここに居た井戸大佐ってのはホントに陸軍さんなんですか!? 他にも見つかった書類とかメモにも――――」

 明石は喋っている内にテンションが高くなったのか、徐々に瞳孔が開きはじめ、塩太郎は黙々とヒントなり暗号なりを探すついでに別の資料を黙々と読んでいた。塩太郎が読んでいるのは、紺色のテープで閉じられ、同じく四辺が紺色で中心側が白色のA4サイズの分厚いノートであり、表紙中央のタイトルには『だいめい:203艦隊の日誌』とあり、表紙下側には『おなまえ:井戸枯輝』『かいきゅう:少佐』とあった。
 小学校低学年向けの学習ノートのノリだが、誠に遺憾長良、裏表紙の隅っこには小さく『帝国海軍大本営正式認可発行物。外部への公開・流出は厳に禁ずる』と書かれていた。
 つまりは帝国海軍の正式な発行物である。

「――――って事になってたからつまり抗浸食剤開発とか学校給食計画とかで時間稼いでも人類滅亡は確定済みだから俺とアイツの分のチケット早よってどういうことなんですか!? 単語の意味からしてまるで意味が分かりませんよ井戸大佐とか言う人ォ!?」
「……ここには無いみたいね。吹雪ちゃん、夕張、次いきましょう」

 血走った眼で絶叫する明石、黙々と資料を読みつつ片手でどうどう、と明石をなだめる塩太郎の2人をそのままにして、吹雪達はその場を後にした。



「……結局見つからなーい!!」
「無いですねぇ」
「見つかりませんね……」

 再び海岸線に戻ってきた吹雪らは、やはり怪しげな岩や岩場、果ては地面から足の裏の砂浜まで片っ端からノックして聞き耳を立てて回っていた。
 そんな吹雪ら3人を嘲笑うかのように、南国特有の殺人的太陽光線が容赦無く照り付ける。おまけに海辺という事で湿気は全開、駄目押しの本日無風によって不快指数は見るも愉快な数字になっていた。
 そして暑さと湿気と失敗続きで精神がささくれ立ち始めた夕張が岩の1つを乱暴にノック、というかノックアウトせんばかりの勢いで殴りつけ、大淀が黙って首を振り、音響解析ソフトをスリープさせようとしたその瞬間、夕張がキレた。

「うあー! 暑い、っていうか熱い!! 熱中症になったらどーするのよー! これくらいならならないけどー!!」

 そう叫び、背中から砂浜にどぅと倒れ込んで両手両足をジタバタさせ始めた夕張の姿を見て、夕張よりかはまだいくらか残っていたやる気を全部引きずり下ろされた吹雪と大淀もその場に腰を下ろした。
 大淀が自我コマンドを入力。現在時刻を脳裏に表示させると、ちょうどお昼だった。

「仕方ありませんね。夕張、吹雪さん。本当に熱中症になる前に一度星空洞窟まで――――旧ブインのドライドックまで避難しましょう。あそこには小型冷蔵庫置いてありますから、そこで休憩しましょう」
「ゔぇあ゙ぁ゙~!!」
「は、はい!」

 ヤケクソ半分で夕張は暑苦しく叫びつつ、大淀は汗でズレる眼鏡を片手の中指でしきりに直しつつ、吹雪はそんな二人の後を追う様にして。
 3人は砂浜を走って、太い蔦で覆われた海沿いの断崖へと向かって行った。
 そしてその蔦で覆い隠された、海と直接繋がっている洞窟の中。戦艦でも何とかギリギリ収まりそうな深度と高さを確保された、天然の海蝕洞穴を補強した旧ブイン時代のドック。
 奥に進むにつれて上り坂になっている洞窟の壁面沿いに増設された、木板の渡しの上を進みながら、二度目の来訪となる吹雪は口を半開きにして呑まれたように天井を見上げていた。
 イタリアにあるという青の洞窟とは違うものの、思わず息を呑むような光景が広がっていた。

「わぁ……」

 一度目は陽炎に連れられての旅行の最中だったからそこまで注意深く見ていなかったが、今は違う。
 まっ平らになるように掘り崩された天井には大形のハロゲンライトをいくつも設置され、艦艇固定用の大掛かりなハンガーアームや脱水システムを始めとした各種大形重機を運び込まれ、ドライドックとしての機能を期待された海蝕洞穴。
 旧ブイン基地(という名の丸太小屋)時代にあったという絶景の面影などどこにも残っていなかった。
 だがそれでも、洞窟の奥深くまで入り込んだ海面は静かに波打っており、外から入り込んだ光がそこに反射して天井や壁面が青色に揺らめいており、水面自体も光の反射で青白く発光しているように見えていた。さらには天井と壁面や、海底の揺らめく青の中にはまるで夜空の星のように小さく瞬くメタリックブルーの箇所が何ヶ所もあって、まるで、深い海と満天の星空を同時に眺めているような、幻想的な光景が一面に映し出されていた。
 吹雪は知らなかったが、それだけは、旧ブイン基地(という名の丸太小屋)の頃から変わらぬ光景だった。
 そんな光景に感動し、動きを止めて輝き揺らめく水面を見つめている吹雪を余所に、大淀は水面から離れた壁面に安置してあった真っ白い小型冷蔵庫(太陽光発電式)の扉を開けて中から黒のマジックで『大淀』『夕張』とそれぞれ書かれた2リットルサイズのラムネ入りペットボトルを取り出すと、夕張の分を彼女に手渡し、空いた手で冷蔵庫の中から未使用の紙コップを一つ取り出すと、それに自身の分のラムネを注いで、ペットボトルの方を吹雪に手渡した。

「あ、ありがとうございます」

 それからしばらく、3人は横に並んで座って静かに波打つ海面を、ぼぅっと眺めていた。
 そして、冷蔵庫の中から取り出したペットボトル入りのラムネを半分近く一気飲みしてようやく人心地ついた夕張が、揺らめく水面を眺めながら何気なく呟いた。

「ねぇ大淀に吹雪ちゃん。もしも本当に金なりお宝なりが見つかってさ、それ自分の好きにして良いって言われたら、どうする?」

 吹雪はしばし考えても特に思いつかなかったようで『基地運営の足しに使っちゃってください』と答えた。実によい娘である。
 対する大淀は、

「そうですね……もしも基地運営を左右出来るくらいの金額になるんでしたら、それ全額上納して、出撃申請通してしてみたいですね」

 その答えがあまりにも意外だったのか、夕張と吹雪が同時に大淀の方を振り向いた。

「大淀、人の事変だ変だって言うけど、あんたも相当変わってるよね。わざわざ出撃したいだなんて」
「私てっきり、赤字の補填か非常用のプール金に回すものとばかりだと思ってましたけど……大淀さんも水雷魂だったんですね!」

 夕張はあきれ顔で、吹雪は感激したかのように瞳を輝かせて。

「自分の好きにして良いって言ったのは夕張の方でしょ? さて、そろそろ捜索再開しますよ」

 パンパンと大きく手を叩いて立ち上がる大淀。それを合図に夕張と吹雪も相槌を打ちながら立ち上がる。
 その時だった。

『MATCHING(99.99% or more)』
「え?」

 休憩前にスリープさせようとして、そのままその存在をすっかり忘れていた音響解析ソフトからの報告だった。
 今の手拍子二拍を用いた反響解析。反応があったのは大淀の背後の壁面全域および足元全部。金の埋蔵量の概算は、50メートルプール50個分――――人類文明五十回分というバグか何かとしか思えない結果が返ってきた。
 その数字が信じられなかった大淀が壁面をノック。 ソナー装備の夕張程の正確さはないが、それでもその反響音を可能な限り追跡・解析する。
 人類文明五十回分 “以上” という意味不明な数字が返ってきた。

「……」
「?」
「大淀さん?」

 2人の疑問を無視して大淀が青い顔で固まる。
 艦隊司令部施設を潰して増設した彼女の解析用コンピュータは、この金(キン)の存在を公表した場合の悲観的な状況推移と楽観的なそれの2通りのシュミレーション結果を、彼女自身の脳裏にこう表示していた。
 
 悲観的:金市場の完全崩壊からくる経済的大混乱と、それに続く人類同士の内紛で、深海凄艦と戦う前に人類完滅。
 楽観的:アインシュタインの予言が成就する。

 そんな馬鹿な。何かの間違いよ。きっとエコーが小さすぎて変な結果になったに決まってるわ。再検査すれば、ほら。

「発ッ砕!」
「「!?」」

 大淀は腰を落として強めのパンチをその壁に一発。その反響音で今度は奥深くまで徹底的に精査する。幸運にも内部に小さな空洞があり、都合の良い出っ張りもあったので、ついでとばかりに物理サンプルも確保。
 結果はクロ。揺るがぬ証拠も手の中にあった。
 大淀からすれば、今すぐ膝から崩れ落ちそうになる結果だった。まさか、基地の経済的危機を救うチャンスが世界規模の経済危機を招く、一枚のコインの裏表だったとは。

「お、大淀……?」
「突然何を……?」

 吹雪と夕張からすれば、青い顔して固まっていたはずの大淀が突如として『(わたしおおよど。ことしで)八歳』と奇声を上げて背後に振り返り、腰を深く落として正拳突きを一発。おまけに鈍く大きな音がしたかと思えば手首まで壁にめり込んでいたのが見えた。何をしているのだ。おまけのおまけに、手の平の中に納まる程度のサイズといはいえ、壁の中の岩を引きちぎって抜いてきた。何の鍛錬だ。
 おもわず数歩下がって距離を取ってしまった二人を責めるのは酷というものだ。

「(! い、いけない! ここに金がある事が知られたら世界の危機! このままでは本当に第四次世界大戦のメインウェポンが石でサイドアームが棍棒になってしまう! 何とかして誤魔化さないと……!)す、すみません。金上納したら私も普通の出撃できるのかしらって思ってたらつい……」
「そ、そう」
「なんですか……」

 引きつった笑顔を浮かべ、そこから更に数歩下がってしまった二人を責めるのは酷というものだ。
 そのまま休憩を終えた三人は、洞窟の外に出て夕方まで金探しに精を出す事になったのだが、その成果は語るまでも無いだろう。



 その日の夕方。
 新ブイン基地の一階応接広間――――先日、陽炎達が夕方までブッ通しでゲームをやっていた場所だ――――に集合した各々は、夕食を前にして本日の成果を報告しようとしていた。
 先鋒は、今日一日海の中で遊んでいた翔太と皐月のチビガキコンビ。

「じゃあまずオレと皐月から!」
「じゃっじゃ~ん!」

 元気いっぱいな掛け声と共に、翔太と皐月は足元に置いてあった大きな紫色の風呂敷包みをテーブルの上にどんっ、と置いた。その拍子に布の中から、硬くて乾いた物がいくつもぶつかりこすれるような軽い音がした。

「「キレイな貝殻とか石とか~!!」」

 封の解かれた風呂敷から出てきたのは、宣言通りに真珠層の綺麗な貝殻や浅瀬の海底に転がっていた小さな赤い珊瑚枝、ダイバーズナイフ、赤錆まみれになった何かの金属片、翔太や皐月の小指の爪ほどの直径の天然真珠、翔太や皐月の身長よりも巨大な直径のコンタクトレンズ、そして、海藻やフジツボだらけになったとはいえ所々から覗く表面に見事な装飾が施された手乗りサイズの金属製の小箱などだった。

 なぁにこれぇ。

 他の面々の心境はそれで統一されていた。
 もちろん、否定的なニュアンスは無く、むしろひよ子を始めとした大人組の面々は、ほっこりとした表情をしていた。

(あー。親戚の小さな男の子が昔、こんな顔して集めたビー玉とか私に自慢してたなー)
(あー。癒されるー。あー良い、良いです、遥かに良い……私そういう趣味ないけどなんか目覚めそう)
(あのサイズ……艤装か何かの光学デバイス用のレンズか?)
(ていうか、そんな巨大なコンタクトレンズ、どこにどうやって仕舞ってたのかしら?)

 誰がどう思っていたのかはさておき、次鋒として塩太郎と明石が立ち上がった。

「では次に自分と明石さんから。旧203号室の資料発掘がひと段落付きましたので、その報告です」
「金(キン)に関する資料はまだ見つかってませんけど、艦娘、っていうか重巡洋艦娘の『古鷹』と軽巡洋艦娘『天龍』の物理構造とかゴーストに関係した未公表の資料が結構出土したので、帝国技研や兵器開発局にそのデータ流せば結構いいお金(カネ)になるんじゃないですかね?」

 多分、そんなことしたらTKTがあなた達ごと消しにかかるんじゃないかしら。ひよ子はそう思ったし、奇貨居くべしの名言もあるのでこれらのレポートは自分の一時預かりとした。切羽詰まったら本当に技研か開発局に流すつもりだったが。因みに夕張はそんなことしたら、何年か前のここで敷波が沈んだ時みたいに保安二課が殺人的に忙しくなるんだろーなーと他人事のように思っていた。

「あ。そだ。後で私も見てもいいですか? 整備の参考になりそうな気がしますし」
「いいですよ夕張さん」

 中堅。ひよ子と北上と不知火もといぬいぬい。

「じゃあ次は私と北上ちゃんとぬいぬいちゃんね。私達が見つけたのは、これよ」

 ごとり、と重たい音を立ててテーブルの上に置かれたのは、コルク栓と蝋で再封印された、真っ黒い一升瓶。
 吹雪は、かつてどこかでそれを見たような既視感に襲われたが、すぐに納得した。
 着任初日だ。
 着任初日に出会った比奈鳥准将が、北上から降りた時に手に握っていた一升瓶と同じものだ。

「この間、近海警備に出た帰りに海底から回収してきたサンプルを、今日の事務仕事の間に3人で成分分析してみたんだけど……やったわ。ついに見つけたわよ」

 うふ。うふ、うふふふふふ。とにやついた笑みを浮かべたひよ子の横から不知火もといぬいぬいが『成分分析結果』と書かれたA4サイズのコピー用紙を一枚、静かに一升瓶の横に提出した。

「小規模だけどマンガンノジュールに、レアアース泥。それとコバルトリッチクラスト! 大学にいた頃の講義で習った内容だと、普通ならどれもこれも深海1000メートルクラスの海底にしか存在しないはずだし、国連海洋条約でも採掘禁止されてたような気がするけど問題ないわ!」

 正々堂々と国際条約違反を口にする基地司令官殿に、その場にいた面々がぎょっとした目を向ける。
 レポート用紙を提出した不知火もといぬいぬいが言葉を継いだ。

「……司令の言葉を補足させていただきますと、こちらのサンプルは全て、撃破されてそのまま浅瀬の海底に鎮座していた深海凄艦の死骸、あるいはその艤装の残骸から回収したものです。死骸残骸が残っていたという事から、恐らくは第一か第二世代の物と推測されます。第三世代型の深海凄艦については、死骸どころか固形物すら残らないため不明です」
「まさか深海凄艦に、給食の時に食べてたお肉以外にも使い道があったなんて思ってもみなかったわ~。お肉の正体知ったのこっち(南方)に来てからだったけど」
「……」

 実に気まずそうな顔をして、夕張が小さく挙手。
 誰も気づかない。

「撃破された深海凄艦の調査って事で海底からじゃんじゃん引き上げて、じゃんじゃん売るわよ~。プロト19ちゃんが帰ってきたら『超展開』して私が直接潜ってもいいし――――」
「あの。提督」

 意を決して、夕張が声を上げた。

「ん、何? 夕張ちゃん」
「ものすごく言いにくいんですけど。あの、その……それ、もう、やってます。他の基地とか泊地でも。何年も前から」
「え」
「海軍と政府が合同で懸賞金出して集めてるんです。途切れてた輸入資源の代替として。面子があるから公にはしてませんけど。提督達のやる気出させるために変動相場制にして。でも最近は戦線も優勢でシーレーンも大分安定してるから懸賞金の停止が噂されてて、駆け込みで持ってきた各地の提督達が投げ売りしててどの相場も値崩れ起こしはじめてて――――」

 夕張の言葉を遮るようにしてひよ子が叫ぶ。

「じゃ、じゃあ禁漁指定種のハツネミクジラの歌声の録音データは!? コレのついでに録音ってきたばかりの今年の新譜よ!?」
「それももうやってます。ていうか、毎年毎年EAMSTEC――――帝国海洋研究開発機構の公式HPで一般公開されてますよ、それ。知らなかったんですか?」
「」

 ひよ子はその場に膝から崩れ落ち『orz』の姿勢のまま真っ白に燃え尽きた灰となった。遺言は『だって大学は勉強とか訓練とか忙しかったし軍入ってからも訓練とか実戦とか書類仕事とか忙しかったし』との事だった。

 そんな無駄な努力を長年重ね続けてきたひよ子はさておき副将戦。
 先日の自己紹介以来、何かと影の薄い榛名改二とスルナのコンビが戦利品をテーブルの上に置いた。

「わ、私達はこれ、です……榛名さんと、い、いっしょに……探してきて、見つけました。島の中で」

 テーブルの上に置かれたのは、虫の入ったプラスチック製の虫かごがいくつかと、花の植えられたプラスチック製の5号植木鉢がいくつか。虫かごの方は虫ごとに分けられており、植木鉢の方はごく普通に土が入っているか、ミズゴケが敷き詰められているかのどちらかだった。
『虫? スルナにしちゃ以外じゃん。花は似合ってるけど』とはクラスメイトの翔太の談。
 スルナの隣に控えていた榛名がミニスカートのポケットからスマートフォンを取り出し、画面をいくつか操作し、テーブルの上に置いた。
 面々がスマートフォンの画面を覗きこむ。
 植物や昆虫や壺や絵画などのサムネイル画像に並んで、ハイパーリンク付きの人名がいくつか書かれた、どこかの個人サイトのホームページが開いてあった。
 榛名がさらに操作。その中にあったとある人物のページを開く。

「えと何々……タイクウホオズキ、時価15万円。ダンマクシャゲキンセンカ、時価35万円。デンシンバシ蘭、時価300万……」

 面々の視線が、スマホの画面と、テーブルの上の動植物らの間を何度も行ったり来たりし始めた。

「「「……え?」」」
「帝国国内のコレクターズサイトです。勿論、アングラでもイリーガルでもない、リーガルな個人サイトのです」
「マ、マニアの人って、欲しい物にはお、お金のいい糸目付けませんから……父のように……ていうかそこ、こ、このサイト、父の、い、いえ、父が、か、管理人、です……」
「スルナさん、貴女凄いですよ! 大戦果です! 大黒字です!! これで大体の不足分は相殺できます!!」

 脳内でソロバンを弾いた大淀が嬉々とした表情でスルナの両手を優しく包み込む。他の面々は拍手喝采でスルナを包み込む。復活したひよ子も拍手していた。
 スルナはそれを、耳まで真っ赤にした顔を俯かせながらも嬉しそうに聞いていた。

「あ、あありがとう……ございます……」

 そして大将戦。我等が吹雪と大淀夕張のトリオ。
 誰も何も出さない。

「……も、申し訳ありません!」
「我々は……何の成果も!! 得られませんでした!!」

 吹雪が意を決したように立ち上がり、それに先んじた夕張が膝をついて滂沱の涙を流しつつどこぞの壁の中の調査団長めいた謝罪を行うの見て、大淀は仕方ないと判断。艤装の圧縮保存技術のちょっとした応用で大淀自身の艦内に収納してあった一握りの小さな岩を取り出した。昼の休憩中に星空洞窟の壁からもぎり取ったものだった。
 蛍光灯に照らされて輝くそれに、誰もが目を奪われた。
 有史以来、史実創作を問わず人心を狂わせてきた魔性の輝きが、そこにあった。
 誰かが呟く。

「……金(キン)だ」
「執務室の中に、隠されていたんです。他はもうすべて掘り尽くされたそうです」

 もちろん大嘘だ。こんなもんがまだ50メートルプール何十個分も埋まってると知られたら世界の危機だ。深海魚の前に第三次世界大戦待った無しだ。そして石と棍棒だ。最近のならケータイと日本刀だ。
 故に大淀は、偶然にもこれだけしか見つからなかったと告げた。 

「……そっかぁ。なら仕方ないわね。でも、これだけあればなんとかなるでしょ」

 そこでひよ子は柏手を一つ、パンと打ち、話を締めた。

「みんな、今日は一日お疲れ様。それじゃあ夕食にしましょ。今日は皆に頑張ってもらったから、私も頑張ったわよ~」

 特に今日のMVPのスルナちゃんと榛名ちゃんには、私お手製のシチューにお肉(※駆逐イ級の肩ロース)たっぷり入れてあげる。そう言ったひよ子に対し、スルナが『お野菜たっぷりの方がいいです』と返し、皆が朗らかに笑いながら夕食の時間が始まった。
 始まるはずだった。
 最初に異変に気が付いたのは、シチュー鍋を持って来るために厨房に向かった北上だった。

「ねー、ひよ子ちゃーん。何かお鍋、冷えてるんだけどー!?」
「え……」

 沈黙。
 皆の視線がひよ子一人に集中する。

「あ゙! ……ご、ごめんなさい! お鍋に具入れてお水張ったところで丁度成分解析の結果出たから、そっち行ったらそのまま火つけるの忘れてて……その……あの……」
「ねー、ひよ子ちゃーん! 炊飯器のスイッチも入ってないんですけどー!?」

 皆の視線が本日の夕食当番であるひよ子一人に集中する。

「ご、ごめんなさい……」

 結局、この日の夕食はMVPの榛名スルナコンビを含めて『サラマンダーより早っやーい!!』の文字がパッケージ左下隅で激しく自己主張しているレトルトカレー『島風一番』と、本土にいた時に買い溜めしておいた市販のレトルト白米のみとなった。
 ちなみに、袋の底の端から伸びているヒモを勢い良く引っ張って30秒待つだけで完成するこのカレーに入っているお肉とお野菜を榛名スルナコンビに譲渡する事で、比奈鳥ひよ子准将に対する制裁措置は完了したものとされた。
 南方海域は、新生ブイン基地は、平和だった。
 まだ。




 次回予告!

 皆さんこんにちは。あるいはこんばんは。比奈鳥ひよ子です。
 お鍋の火かけ忘れただなんてドジやるなんて、実家の母の事もう笑えませんね。おゆはんに食べた具の無いカレーは、高校時代の夏休み中にお昼ご飯として食べた事のある、お湯味のパスタと同じくらい切なかったです。あ、そうそう、切ないと言えば。その夕食中、頬にカレールーが跳ねたので、4本の指で口の方に向かって拭ったら何故か夕張ちゃんが『せつないぜ』とか言ってきました。意味が分かりません。私、メロウリンク見たことないんで夕張ちゃんが何言ってるのか分かりません。
 さて次回のお話ですが、件の金塊が見つかった&何事も無く売れた事で基地の予算に大きな余裕が出来た事と、夕張ちゃんと吹雪ちゃん達からの強い進言に従って、いよいよ事務い……じゃなかった。大淀さんが出撃します。
 お望み通り、強敵が相手です。
 そう。旧ブイン時代から異常繁殖を続けるヤシの実とヤシガニ退治です!

 次回、とびだせ! ぼくの、わたしの、ブイン基地!!
 第4話『大淀の奇妙な出撃 ~ クレイジー・ココナッツが砕けない』

 を、お楽しみに!
 なお次話タイトル、次話投稿予定日、および投稿内容は何の予告も無く変更となる可能性があります。あらかじめご了承ください。
 それではまた来週。
 あ、そうそう。業務連絡です。吹雪ちゃんも随伴艦として出撃してねー。





 本日のNG(ボツ)シーン その1


「「キレイな貝殻とか石とか~!!」」

 封の解かれた包みから出てきたのは、宣言通りに真珠層の綺麗な貝殻や浅瀬の海底に転がっていた小さな赤い珊瑚枝、ダイバーズナイフ、赤錆まみれになった何かの金属片、皐月や翔太の身長よりも巨大な直径のコンタクトレンズ、
 そして、海藻やフジツボだらけになったとはいえ所々から覗く表面に見事な装飾が施された手乗りサイズの金属製の小箱などだった。

「この箱の中、何が入ってるの?」 
「それが、開かないんです」
「よし、壊しましょう」
「お宝の匂いがプンプンしますねぇ」
「自分も手伝います」

 言うが早いか、夕張と明石がどこからともなく取り出した巨大なハンマー(側面にはそれぞれ『100t』『お仕置き』と書かれていた)で小箱を叩き割り、塩太郎は私物の13ミリ対戦車拳銃で内側に隠れている蝶番がありそうな部分を狙い撃った。
 数回目の殴打で見るも無残に砕けた箱の中から出てきたのは、表面にびっしりとお経が書かれたトイレットペーパーと小さなメモがそれぞれ一つ。
 しかもトイレットペーパーの方は使いかけだった。

「何これ」
「もしかして昔の人のごみ箱?」
「あ、このメモ読めます」
「えと何々……『財政難で、ありがたいお経の書かれた巻物も他の金銀財宝も全部売っちゃったけど、箱の方は唐渡りの高級品だよ』って」
「え」

「「「「……」」」」

 言葉を失った彼らが一様に視線を向ける先。そこには、夕張と明石が手にするハンマー(側面にはそれぞれ『100t』『お仕置き』と書かれていた)で滅多打ちにされ、塩太郎の私物の13ミリ対戦車拳銃で内側に隠れている蝶番がありそうな部分を狙い撃たれて跡形も無く壊された、海藻だらけのフジツボだらけでも所々から覗く表面には見事な装飾が施されていた手乗りサイズの唐渡りの高級品の箱だったものがあった。

(今度こそ終れ。つかコレの元ネタ知ってる人はいるのだろうか……)






 本日のNG(栄光ブイン見てない方々から何でレ級が雑魚扱いなんだよと言われそうなので、以前のNGシーンで掲載した戦艦レ級の設定集を再掲載します)シーン その2

 戦艦レ級

 はい閣下。ご安心ください。
 当SS内および、番外編の有明警備府~内において、戦艦レ級は、ノーマルからフラグシップ級まで、一切登場させない事をここにお約束いたします。

 深海凄艦側の概念実証機的存在。

 人類を排除するのに、わざわざ巨大で強力な艦娘と真っ向から戦う必要はないのでは? という疑問から開発された深海凄艦。
 人型の部分は全長百数十センチ、長大な尻尾を入れてもせいぜいが数メートル程度の、現在確認されている中では最小の個体。
 超展開中の艦娘の艦内に侵入して内部から艦娘を破壊、あるいは後方や人口密集地帯での撹拌工作を主任務とする。
 そういった運用思想のため、艦娘や鍋島Ⅴ型との戦闘は最初から考慮されておらず、ぜいぜいが飛来する小さな破片を防ぐ程度の防御力と、圧縮保存(艦娘)状態の艦娘を素手で引き裂く程度の馬力しか有していない。
 この小柄な深海凄艦の存在こそが、奇しくも第四世代型艦娘――――等身大の艦娘に、従来の戦艦クラスの戦闘能力を。というコンセプト――――の開発が始まるきっかけになった。

 これどこのPlan1211よ。



 戦艦レ級改/同elite/同Flagship

 第五世代型深海凄艦、その改良型。
 サイズは兎も角、形状があまりにも異形すぎたため人類社会にまったく浸透出来なかった戦艦レ級を、純粋な歩兵ユニットとして改造したもの。

 人型の部分は全長百数十センチ。長大な尻尾を入れてもせいぜいが数メートル前後の、現在確認されている中では無印レ級と同じく最小の個体。
 なのだが、自動車に走って追いつく、壁や天井を蹴って高速立体機動、艦娘や戦闘用日の丸人を素手で引き裂く、生体銃砲の他にも深海側の小型生体ドローンと思わしき艦載機を少数内蔵し近接戦闘時の武器や移動補助にも使える強靭で汎用性の高い尻尾、12.7ミリの集中砲火でも抜けない防弾コートを標準装備などなど、およそ常識外れのスペックを有する。
 分かり易く言うと、市街地などの障害物の多い環境における歩兵同士の戦闘では、ほぼ無敵。
 その結果、第4ひ号目標の本土侵攻を阻止するべく行われた第三次菊水作戦。その最中にあった那覇・名護両市遅滞防衛戦と、続く名護山間要塞防衛戦において軍民問わず多大な被害をもたらした。
 より高性能かつ生存能力の高い同eliteやFlagshipは分隊・小隊指揮、場合によっては軍団指揮を務める事があり、小柄な事もあって戦闘中の発見・撃破は困難を極める。

 海軍では当初、イロハコードに従い『不明レ級』⇒『歩兵レ級』と呼称していたが、実際にこれと遭遇・戦闘を経験した全ての将兵(国籍・陸海空軍不問)および艦娘らから『あんな歩兵がいてたまるか』とのクレームが多数寄せられ、その結果『戦艦レ級』と改名された。







 本日のOKシーン その1


 黄昏時とは、本来は『誰そ彼』といい、それが訛って黄昏となった。というのが一般の説であるらしい。

 夕陽が水平線に接触し始め、目の前に立つ誰かの顔もよく見えなくなり始めたその黄昏時の南方海域。
 同海域における、深海凄艦側の最前線拠点。人類側呼称『コロンバンガラ・ディフェンスライン』に、その二人の深海凄艦はいた。
 1人目。
 完全な少女型の上半身と異形の大口を模した機械の下半身、青白い肌、ボタン止め式の真っ黒なセーラー服、顔を模した胸元の黒いアクセサリー、腰まで届くストレートの黒髪は頭部の両側でお団子状にまとめられており、その瞳は勝気に吊り上がり、鬼火色の微かな輝きを放っていた。

「ヨッシ! 昨日ハ航行訓練モ見セテモラッタ事ダシ、ソレジャア今日コソ出撃ヨ! マズハ、警戒ノ薄イ敵輸送路ノ、一ツヲ潰スワヨ! 本日ノ主目標ハ、連中ノコトバデ『げーとうぉっち級』ッテ呼バレテル大形快速戦闘輸送艦『にこる・ぼーらす』ヨ! 敵航路ヤすぺっくナンカノでーたハ、後デ概念接続デ送信スルワ。因ミニこいつハ、護衛ガ全クイナイカラ、楽勝ネ!!」

 帝国海軍呼称『軽巡棲鬼』

「……はい。了解しました」

 もう1人。
 最初のとは違ってちゃんと二本の生足で海底を踏みしめ、Sの字型をした黒く短い角を目の部分から生やした独特のアイマスクをし、黒いノースリーブのセーラー服と黒のミニスカートで上下を揃えた、もう一人の完全な女性型の深海凄艦。
 かつて、新生ショートランド泊地で陽炎を始めとした駆逐娘達からサディスト、もとい神通改二と呼ばれていた艦娘その人である。

「……ッテ、言イタカッタンダケド。今日モ、チョット出撃ハ、無シデ」
「……………………………………はい。了解しました」

 二水戦なめんな。そんな腑抜けた事抜かす貴女には水雷的精神注入棒をスクリューから尿道にねじ込んで修正してあげましょうか。
 そう言いたくなる気持ちを喉から下にグッと抑え込むのに多少の時間を要した神通は、それでも何とか目の前の上司個体に返事を返した。

「御免ナサイネ。急ナオ客サンガ、コッチニ来タノヨ」
「そうでしたか」

 そして神通は、出撃出来ないと聞いて、一瞬落胆した自分の心の違和感に気付き、戦慄し、背筋を冷やした。

 ――――私、何で味方を倒す機会が無くなってガッカリしたの――――ッ!?

 そして、幸運にもその神通の動揺は、黄昏時の薄暗さと、顎に手を当てて中空をにらんで今後の予定を組み直していた軽巡凄鬼自身によって、誰にも見られる事は無かった。

「ンン~、待機ッテノモ芸ガ無イシ、航行訓練ハ昨日ヤッタシ……ヨシ。ソウネ」

 これぞ名案とばかりに軽巡凄鬼はぽんっと手を叩いて、神通の方に振り返って言った。
 その時にはもう、神通は一切の精神的動揺を鎮めていた。

「折角ダシ、貴女モ、人形姫ニ謁見シトキナサイナ」
「はい。了解しました……人魚姫、ですか?」

 姫。
 という事は、まだ人類が把握していない、未知のひ号目標だろうか。
 しかも人魚。
 という事は、下半身がお魚で、陽炎型の航洋直接教育艦娘で、歌声で船乗り誘惑したり、島の外からやって来ためざめの勇者にブラジャー返してもらったりして、最後には王子様と結ばれずに水面の泡に還るのだろうか。それとも魔女のお婆さんに扮した自称神様にとってのウォシュレットのビデ機能な程度のお人形さんを大きな石で撲殺して王子様の国の王妃様となってやりたい放題やってから最後には民衆に革命起こされてご満悦の内に水面の泡に還るのだろうか。

(……個人的にも、戦略的にも、その姫の情報は得ておかないといけませんね)

 神通は、己の置かれた状況にもかかわらず、ちょっとワクワクした。

「違ウ違ウ。人形姫ヨ。人・形・姫」
「そうでしたか。失礼しました」
「気ニシナクテモイイワヨ。デモ気ヲ付ケテ。ソノ呼ビ方、言ッタ奴ソノ場デ殺スホド本人ハ嫌ッテルカラ。アレデモ私ヨリモ上位ノ存在ダシ、目ツケラレタラ、カバイキレナイワヨ」
「はい。ありがとうございます。了解しました」
「オッケー。ソレジャア行キマショ」

 くるりと体全体で旋回した軽巡凄鬼の背中を見ながら神通は自我コマンドを入力。各種センサーに非圧縮・最高品質での記録を開始させる。
 軽巡凄鬼の感覚器は、神通のセンサー群が稼働する音と波をハッキリと捉えていたが、後で顔と名前合わせに使うのだろうと深く考えずに放置した。仮にもし、すでに洗脳が解けていて、どこかにそのデータを送信するつもりでも、捕まえた当初に神通自身に通信機の類は全て破棄させたから持ってないはずだし。
 2人の深海凄艦の背中姿が、段々と黒味を増しつつある赤の中に消えていく。

 南方海域に、夜が降りてくる。





 本日のOKシーン その2


 Please save our Okinawa 03.


 那覇鎮守府の食堂で、顔を赤くしたひよ子は呼吸を荒げながらも小さく呟いた。

「こんな気持ち、初めて……」

 まず初めに、右頬。次に足払い。最後にまた右頬に打ち下ろし。相手を潰すためではないので、意図的に正中線上は外す。
 駄目押しの追撃として靴底で蹴り抜かれた右頬に手を当てながらこちらを見上げる背広組に対し、ひよ子は般若面の如くまなじりを吊り上げて、静かに叫んだ。

「こんな気持ち、初めてですよ……こんな……こんな……! こんな思いっきり人をブン殴りたくなるだなんて生まれて始めてですよ! このクソ野郎!!」

 殴ってから言われても。という野暮なツッコミは、その場にいた北上も不知火も、秋雲もプロトタイプ伊19号も、輝も雪風も、誰も言わなかった。
 皆、同じ事を思っていたからだ。
 比奈鳥ひよ子提督。
 女性。有明警備府所属。
 先日までインスタント少佐だったが、本日の第三次菊水作戦参加と同時に二階級特進し、インスタント大佐に昇進。
 軍に来る以前は国立つくば宇宙科学大学、宇宙科学科に在学(※インスタント提督着任中につき無期休学中)。アルバイトとして忠国警備保障に勤務し、夏コミ冬コミ開催時の特別編成増強部隊、通称『300人部隊』において、十人隊長まで昇進。
 深海凄艦との戦闘では麾下艦娘の不知火と共に『艦娘殺し』こと重巡リ級を相手に寄り切り勝利を一回。
 最新の戦闘ではプロトタイプ伊19号と超展開し、横須賀スタジオ所属の軽巡娘『ドミナリアの球磨』との近接格闘戦(ステゴロ)を一回。
 これらの経歴を見てお察しの通り、比奈鳥ひよ子という人物は、その名前と普段の言動を裏切る、近距離パワー型の女子力の持ち主である。

「……気が、すみました、か……? でしたら、戻って、説明を続けさせて、いただきます……」

 そんなのに殴られてもなお、職務を遂行しようとするこの背広組も大した男である。
 追撃。顎にトーキック。
 正中線上は外す。という制約を力いっぱい破ってしまった事で、ようやく般若の如き表情を収められる程度には冷静になったひよ子が問うた。

「説明、しなさい」
「貴女には、これから、あの子供達を率いて――――」
「そっちじゃない!!」

 しばしの静寂。
 倒れた姿勢のまま、背広組がずれた眼鏡を中指と人差し指で押し上げた。

「……この那覇鎮守府にきて、私以外に誰かと会いましたか? 人でも、艦娘でも」
「突然何を――――」
「いなかったでしょう。皆、もう、先にいきました。現在発令中の第二次菊水作戦です」

 先にいきました。
 それが『行きました』なのか『逝きました』なのか、ひよ子には判断できなかった。

「私には、艦娘との超展開適性が全くなかったので、こうして後方の連絡要員として残っていたのですよ。ああ、非戦闘員の方々は名護山間要塞の方へ移動済みです。あちらは正面ゲートの開閉装置の調整がまだだったので、避難も兼ねてそちらのヘルプ要員として移動してもらいました」
「だからと言って、あんな子供達を矢面に立たせるなんて――――!!」
「そうしなければ、あんな子供達が住んでいる本土まで侵攻されることになるでしょうね。勿論、ここ、沖縄も含めて」
「ッ……!」
「話を戻しますが――――」

 背広組が立ち上がり、パンパンと土埃を掃い、ずれたメガネの左右のつるに両手の指をそえてクイっと押し上げた。
 そして懐から、ひよ子に仕事用として支給されたのと同じタイプと色のスマートフォンを一台取り出すと、2、3操作してその中に収められた一つの短い動画データをループ再生させ始めた。
 病的なまでに白い肌と、ネグリジェにも似た質素なデザインの黒いドレス。ドレスと同色のロングヘアに、額から伸びた二本の角に、酸素をたっぷりと含んだ新鮮な血液色に輝く瞳。
 そして、その背後には、うなじから伸びる無数の細長いケーブルで接続された、毛皮を引ん剥いた筋肉ゴリラのような顔の無い筋肉質の人型をした、異様な存在がナックルウォーク姿勢で立っていた。

「あなた方の任務は、あの子達を率いて沖縄に接近中の第4ひ号目標を撃破。ならびにその随伴艦隊を無力化する事です」

 フラッシュバック。
 ひよ子、北上、不知火の3人はあの日のミッドウェー。輝はあの夜のガダルカナル島の光景が蘇った。

「公には台風情報と詐称してその動向は随時観測しております。同時に、敵群の解析も進めております。最新の報告によると、どうも深海側からすると、今回の大侵攻は第4ひ号目標の実戦テストである可能性が高いとの事です」

 目を開けていられない閃光、オーバーフローしたPRBR検出デバイス、突然の地響き、宙に浮く滑走路、白い球体、白いドレス、白い巨体、
 目を開けていられない閃光、オーバーフローしたPRBR検出デバイス、天突く雲突く大巨人、髪も肌も服も白一色、艤装化したリコリス基地、積乱雲の如き艦載機の群れ、
 目が合った。
 フラッシュバック光景に固まった面々を脇に、唯一冷静だった雪風が問うた。

「つまり、その第4さえ倒せれば、敵群は作戦目的を失い、侵攻を中止する。と?」
「その可能性がある。というだけですが」
「那覇鎮以外の戦力は?」
「再編成中、もしくは本土近海の防衛中です。他国と、北方海域の深海凄艦の活動が活発化してきているとの事です」
「……もしも、任務を拒否した場合は」
「その場合は、貴女方艦娘と、提督であるお二人にはこれを注射した上で出撃してもらいます」
「「「ドーモ、失礼シマス!」」」

 アイサツと同時に部屋の中に入ってきた無数の黒服部隊――――黒の角刈り、黒のサングラス、黒のネクタイにダークスーツをして、同じ顔と体格で統一されていた――――を背にした背広組が、黄色に塗られた小さな金属製のケースを懐から取り出して中身を見せた。その際、背広の内側に隠すようにして、白木の短ドスを一本ベルトに差してあったのを、雪風は目ざとく見つけた。
 黄色いケースの表面には、皮の剥かれたバナナからバショウカジキらしき魚が飛び出している絵が黒一色で描かれていた。

「戦意高揚薬『バナナフィッシュ』です。ごく一部の最前線の泊地や基地に着任した提督に、麾下艦隊の艦娘の人数と同じ数だけ渡されるそうで」
「くたばれゲス野郎」

 雪風は、その幼く可愛らしい顔を歪めて呟いた。その薬の存在自体なら雪風も知っていた。かつての古巣であるラバウルにも同じ物が有ったし、使われる直前になった艦娘も何人かいたからだ。
 だが、実際にそれが使われた事は、雪風がラバウルに着任してから今日までの数年間。ただの一度も無かった。

「……少し、考えさせてください」

 フラッシュバックから復活したひよ子は、辛うじてそれだけを言えた。
 有無を言わさぬと面々が予想していた背広組は『どうぞ。結論が出るまでお待ちしますよ』とあっさりとひよ子の退出を認めた。
 黒服部隊が道とドアを開け、そのドアの影にひよ子の後を尾行てきた先の子供達の中の1人がそっと隠れ、ひよ子が部屋のドアを潜った瞬間、その背中に背広組が呟いた。

「ですが、深海凄艦は待ってくれませんよ」




「どうすりゃいいのよ……」

 無人の那覇鎮守府の訓練用グラウンドの端っこのさらに端。訓練用の小道具入れになっている小さなコンクリート製の倉庫の裏で、比奈鳥ひよ子大佐はひざを抱えて蹲っていた。
 頭の中ではもう理解できているのだ。私がやらねば誰がやる、と。

「こんな時、漫画やアニメだったら『私が来た』って言って都合良くスーパーヒーローとか歴戦の提督とその艦隊がやって来るのにな」

 さもなきゃ自分一人がよかった。自分一人、秘書艦一人だけ良かった。
 自分一人だけならどれだけよかった事か。
 最悪乗艦していた秘書艦が撃沈されても、罪滅ぼしに自分も一緒に沈んでやる事が出来る。あの複雑怪奇なシートベルトの迷路だって、そうなった時の為の理由付けの為に、わざと複雑にしてあるんだって噂もあるし。
 だが、人の命を背負うのは駄目だ。
 重い、重すぎる。
 自分が采配1つをミスれば、事前に立てた作戦に穴があったら、敵の情報が事前のそれと食い違っていたら。あの子達が予想もしないトラブルを起こしたら。
 何人死ぬ?
 先程待合室で見た、あの能天気で無邪気な子供達の、何人が明日の那覇鎮守府に残っていられるのだろう。
 1人だけでも重たすぎるのに、何十人も一度に?
 私が?

「何で私なのよ……もっと適任いるでしょ……探しなさいよちゃんと」

 突如としてフラッシュバックする光景。かつてひよ子が受けたインスタント提督の訓練生たちに対する座学の一環。映像資料の1つ。実際に深海凄艦との戦闘に巻き込まれ、実際に攻撃され、そこら辺の壁や道路に飛び散らかったどこか別の国の民間人のどこかだったパーツ群の、ボカシ・モザイク一切無しのあられもない姿。
 遮光カーテンの閉まった薄暗い視聴覚室の正面に置かれた箱型テレビの中の肉片と、あの子供達の笑い顔が一瞬重なって見えた。
 草むらの影で吐いた。

「畜生……助けてよ、誰か今すぐ助けてよ……」

 ひよ子は、胃どころか喉のすぐ上側にまで鉛を詰め込まれたかのような重圧を感じていた。そのくせ吐き気だけは全然収まらず、不安と焦燥感と静かなパニックだけが脳ミソの中で独楽のように高速でグルグルと渦まいていた。

(きっと、皆こうだったんだ。前線で戦ってる提督達は、今も昔も皆いつもこんな気持ちを堪えてたんだ)

 だからきっと、艦娘が生み出されたんだ。もうこんな思いをしなくていいように。撃破されてもすぐに次の、同じのを手配できるように。
 ひよ子はぐるぐるに渦巻く脳の片隅で、ふとそんな事を妄想した。
 そしてひよ子は今、かつて有明警備府の攻勢摘発で確保した各地のブラック鎮守府のクソ提督達と無性に話がしたくなった。特に、前線帰りの連中と。

(艦娘を物扱いしてたあの人達も、皆、昔はこんな気持ちだったのかな。どうやって乗り越えたんだろう。もしも話せたら、どうすればよかったのか、聞かせてもらえるかな)

 手の甲で口元を乱雑に拭い、金網フェンスに掴まって立ち上がると、無性に高い所に上りたくなったのでそのフェンスの金網を足場に物置の屋上によじ登り、疲れた目線を遠くに向けた。
 台風のたの字の気配も無い、見事なまでに青一色の空と、穏やかな水平線がどこまでも広がっていた。時折、常に吹き続ける風の音に混じって遠雷のような音がしている以外には何も無かった。
 絶好の避難日和。

「……」

 しばらくボケっと何も考えずに青を見続けていた視線を下に町に向けてみる。空港や港に通じる道路の至る所で大渋滞が発生していた。交差点という交差点は例外無くグリッドロックしていた。政府からの急な避難命令に従って、巨大台風から逃れるべく島外に脱出する沖縄本当の住民達だ。もっとも、今ここに迫ってきているのは、台風なんかよりもずっと危険な存在だったが。
 その中の一台。
 那覇鎮守府の、というかひよ子の目の前の道路。渋滞避けに那覇鎮脇の道路を走ったはいいが、表通りに通じる交差点で渋滞につっかえて出られなくなっていた一台のバス。
 やたらと目につく蛍光イエロー一色に塗られた、角の丸まった、どことなく愛嬌のあるデザイン。
 どこかの幼稚園の送迎バスだ。那珂にいる子供達の黒目白目もはっきりと区別出来るしバスの中の騒ぎ声もはっきりと聞き取れる距離。

「……」

 ひよ子はぼんやりと考える。あれに乗ってる子達もこれから避難するのだろうかと。
 いや、その前に出来るのだろうか。この大渋滞で。何度か信号が変わっても1ミリも動く気配を見せないこの車の群れの中で。

「……」

 嫌な妄想が脳裏を走る。
 何処の誰とも知らない幼稚園児たちが、大小さまざまな肉片の傍で目を閉じて静かに横たわっているのが、遮光カーテンの閉まった薄暗い視聴覚室の正面に置かれた箱型テレビの中に写っていた。

「……」

 目を閉じ、一度大きく深呼吸。ちょっと酸っぱい匂いが鼻につくが、そこはスルーの方針で。
 シンプルに考えよう。
 どちらがマシだ。
 とりあえず自分がやるのと、来るかどうかも分からないスーパーヒーローとか歴戦の提督とかをアテにするのとでは。
 自分の采配で皆が死ぬのと、来るかどうかも分からないスーパーヒーローとか歴戦の提督とかを待って、何もしないまま皆が死ぬのでは。どちらがより。
 かなり後ろ向きだが、やる気は出た。
 それと同時に、その黄色い送迎バスの中の園児の1人と、目が合った。

「あー! ぐんじんさんだー!!」

 その一言をきっかけに、車内の園児たちがひよ子に体ごと顔を向けてくる。

「ぼくしってるー! ていとくってひと―!!」
「おしごとがんばってー!」


「ぼくたちのおきなわをまもってー!!」


 保育士らしき女性が苦笑しながら車内でこちらにお辞儀。咄嗟にひよ子も手を振って返す。
 次の青信号で、バスは右に曲がって建物に隠れて見えなくなり、渋滞の中に消えていった。
 それをしばらく黙って眺めていたひよ子だったが。

「……やるしか、ないよね」

 言葉を絞り出した。

「あんな小さな子供達に頑張ってって言われちゃ、やるしかないでしょうが……」

 力無く呟き、取り出した仕事用のスマートフォンでどこかに連絡を取りつつその場を後にする。
 そんなひよ子を死角から見守っていた影が二つ。

「……良い提督じゃないか」
「良い提督にゃしぃ」

 那覇鎮に社会科見学という名目で連れてこられたガキ共とほぼ同じ背丈と年恰好の少女二名。
 片方は、茶のショートカットに快活そうな瞳の持ち主の、緑色のセーラーブラウスと同色のミニスカートに黒タイツを履いた少女。
 艦娘式睦月型駆逐艦娘の『睦月』
 もう片方は、緑色のロングヘアに三日月を模した小さな金色のヘアバンドを留め、上下黒のセーラー服に白のセーラータイをした鋭い眼差しの少女。
 制服こそ違うが艦娘式睦月型駆逐艦娘の『長月』

「着任の挨拶早々でゲロ吐いた時は正直どうしようと思ったが、何だ。どうしてなかなか芯があるじゃないか」
「伊達や酔狂で総司令官やってる訳じゃなさそうでよかったにゃし」

 これは自分達も頑張らねば。と二人の艦娘は無言で互いを見やり、頷いた。そして並んで2人を待つ子供達の元に歩き出した。

「ですが、ちょっと経験足り無さそうなのは、少し、不安だけどね」

 直後、そんな二人に合流する影が一つ。緩やかに波打つ黒のロングヘアに紫色の蝶の羽のような髪留めを付け、睦月と同じ制服を着た少女。
 睦月型駆逐娘の『如月』だ。

「如月ちゃん、もう調べたにゃし?」
「随分と早いな」
「いんたーねっと、というのはとても便利よね。今日出会ったばかりの総司令官の略歴くらいならあっという間に調べられるんだもの」

 この3人、ひよ子が退席したその直後から二手に分かれて行動していたのだ。睦月と長月はひよ子本人の追跡を。如月はひよ子の経歴から提督としての性能調査を。それぞれ。

「如月ちゃん、結果はどうだったにゃし?」
「……うーん。比奈鳥ひよ子大佐。帝都湾内での駆逐ニ級? との対艦戦闘が一回、対潜警備が複数回、MIっていう所からの物資回収艦隊の護衛が一回、プロトタイプ伊19号のテストパイロット任命、それと陸軍さんと合同で重巡リ級? っていうのを一体撃破。ってなってたわ」
「それだけ?」
「それだけ。あと、この作戦が始まる前日まで少佐だったとか。しかも促成栽培(インスタント)の」

 先程までとは真逆の、実に嫌な沈黙が三人を包む。
 そして、これは待っている皆と一緒にものすごーく頑張らねば。と三人は無言で互いを見やり、頷き、そして駆け足で子供達の元に進み出した。
 その途中。長月が思い出したように言った。

「そう言えば、私らの中では暁と榛名さんだけが改二化改修が間に合ったそうだ」
「改二化……なんだかすごそうな響きにゃしぃ」
「なんでも、機関完全停止状態から30秒もかからずに戦闘状態まで持ってけるらしい」
「それは素敵よねぇ。この作戦が終わったら、改装申請通るかしら?」
「通るさ。きっと」

 ひよ子、睦月、長月、如月。
 彼女ら4人が去った後、小さなコンクリート製の体育倉庫もとい訓練用の小道具入れになっている倉庫の中から、人影が一つ外に出てくる。

「……」

 そして、その人影はひよ子の後を追ってその場を後にする。
 後に残されたのは、酸っぱい匂いのするもんじゃだけ。



「私、やります」

 食堂に戻って来たひよ子は開口一番、背広組に向かって言い放った。
 対する背広組、というか部屋の中の面々は、ひよ子が帰ってきた事にも気付いていなかった。例外は扉の近くにいた黒服1名だけだった。皆、何かに注目していた。

『矢島さん! 敵残存空母、全艦撃沈!! 第二目標達成、スリガオ要塞からの報告にあったとおりの数を撃沈! 至急予備戦力で追撃を! 矢島さん!? 矢島一等通信士官!? 今日来るっていう援軍を――――きゃあ!?』

 テーブルの上に置かれた、ラジオから流れる誰かの声に、だった。
 ひよ子からは見えなかったが、軍用周波数に設定されていた。

『――――ッケン コラー! ッスゾオラー!!』
「霧島さん……」

 砂嵐混じりのラジオの向こうから聞こえてくる罵詈雑言。矢島こと背広組と同じ那覇鎮が参加しているという第二次菊水作戦の艦娘。背広組の呟きを信じれば、戦艦娘の霧島からの。
 その中の一言。

『テメーラ、コラー! 波形も周波 も知ら  PRBR値    って何 のつもり  コラー! 何が第 ひ号目標コラー!!』

 爆音の様なノイズでラジオが一瞬絶叫。その後、大昔のテレビの空きチャンネルを流れていたのと同じ砂嵐の音だけが流れ続けた。
 霧島の声は、もう、聞こえてこなかった。

「あ、ああ。比奈鳥大佐。お戻りになられたのですね。それで、ご納得いただけましたか?」
「はい。私、やります」
「そうですか。それは何より」

 後ろ向きだが腹は括ったつもりだ。とひよ子は心中で再確認。

「ですので、まずはあの子達と話をしてから――――」
「そんな貴女にご朗報です! 話は体育倉庫で聞かせてもらった、人類は滅亡しません! 私が来た!!」

 ひよ子の言葉を遮るようにして、誰かが部屋に入ってくる。
 緑色のポニーテール、黒色のセーラー服と赤いセーラータイ、緑色のミニスカートに黒みがかった緑色のタイツ。そして市販のサングラスと市販の風邪マスク。背中に接続された金属の塊――――艦娘の艤装はかなりの大形で、左右両側から挟み込むようにして艦種を模した部分が付き出していた。バストは実際十勝平原だった。
 艦娘だった。

「何モンじゃ我ェ!?」

 部屋の入り口に立っていた黒服の一人がスーツの内側に手を伸ばしつつ誰何する。緑色の不審人物は、マスクとサングラスを外して答える。

「私です!!」
「「「本当にどちらさま!?」」」

 部屋の中の面々が一斉に困惑のツッコミを入れる。

「あはは。ちょっと冗談すぎましたね。えと、比奈鳥ひよ子さんであってますよね?」
「え? はい」

 そこで不審人物もとい不審艦娘はひよ子に向かって敬礼し、言った。

「初めまして。私はTeam艦娘TYPE、外核研究班所属の艦娘式夕張型兵装搭載および実弾運用試験艦娘の『夕張』です。らりるれろからのらりるれろとらりるれろにより、らりるれろのため(※翻訳鎮守府注釈:この夕張は『Team艦娘TYPE内核研究班の行動食4号さん達と、塩バターラーメン技術大尉からの依頼により、貴女の生体データの収集&死亡時における可能な限りのサンプル回収、および貴女自身の護衛任務のため』と言っています。許可が下りていないので機密に触れる言動は自動的にマスキングされています)、本作戦中、特例的に比奈鳥ひよ子大佐、貴女の指揮下に入ります。本作戦中だけとはいえ、よろしくお願いしますね」
「ご免なさい。今なんて」

 ひよ子の顔から表情が消える。今のひよ子の聴覚と本能は、ラ行の乱舞の中に混じっていた一単語だけをピックアップしていた。

「え。Team艦娘TYPE、外核研究班所属の」

 アイドルグループじゃない方のTeam艦娘TYPE。略してTKT。
 フラッシュバック。騙して悪いが潜水娘との超展開試験、そのプロトタイプ伊19号&深海忌雷による●×△、脳の報酬系に電極、お茶に睡眠薬、触手服でM字開脚&ポールダンス、トドメのお尻丸出し。
 今の今までTKTにされた恥辱の数々が、ひよ子の脳裏をアクセルベタ踏みのフルスロットルで走り抜ける。

「――――所属の、艦娘式夕張型、兵装搭載試験および実弾運用試験艦娘の」

 夕張が言い直している途中にもかかわらず、ひよ子は今いる食堂の厨房に大股で入り込み、戸棚を乱暴に漁って目当ての物をみつけると、やはり大股の急ぎ足で夕張の方に取って返した。
 そして、

「『夕張』で――――」
「悪霊! 退散!!」
 
 そう叫んだひよ子は夕張の顔面に向かって、塩の袋(2kg)をフルスイングで叩きつけた。
 袋の封は、切られていなかった。



「比奈鳥先生、大丈夫かな」
「今日が楽しみすぎてゲロ吐くとか、小学生かよ」

 ごめんねー。先生、みんなに会えるのが楽しみすぎてちょっと体調壊しちゃったみたいなのー。
 ひよ子は無理矢理笑顔を作って子供達にそう説明すると、服を着替えるために北上らと共にその場を一旦後にした。何故か背広組も連れて。
 因みに、ひよ子が吐き戻した床の酸っぱい匂いのするもんじゃについては、どこからともなく湧いて出てきたお掃除用の円盤ロボが匂いを含めた一切の痕跡を残さず掃除していた。近所の電気屋や各動画サイト内で『床の汚物だけを殺す機械かよ!!』と紹介されていたのは嘘ではなかった高性能である。
 それはともかく、その場に残されたガキどもが大人しく待機していたのは最初の数分間だけで、そこから先は大喧噪に包まれていた。
 お付の艦娘達もいたが、そいつ等はそいつ等でひと固まりになって雑談しているフリをしながら先に偵察に向かった睦月達の帰還を待っていた。艦娘とは、見てくれと原材料と動作心理が少女なだけでその実は戦闘兵器である。先のひよ子の不審が、言葉通りの体調不良によるものだと考える間抜けは一人もいないからだ。おそらくは、何か不測の事態。先の雪風や伊19の反応からして、ひょっとしたら自分達の事は聞かされていなかったのかもしれない。
 もしかして――――

「こんないい天気なのに雷鳴り始めたし」
「長月トイレ遅ぇーな」
「睦月ちゃんもまだかよ」
「でもさ、本物の艦娘って、アニメに出てきたのと全然違うよなー」
「あー。確かに。艦娘っつったって普通の女子じゃん。アイドルグループの方もだけど。なのにアニメだと50メートルくらいのスゲーメカメカした巨大ロボットだったし」
「因みにアニメ艦これだとお前ら誰が一番好きだった? 俺大和さんの『処女神の鉄槌(アルテミス・ハンマー)』発射シーン」
「お前おっぱい星人かよ。俺如月ちゃんの変形合体して地球を背景に戦うシーンだな、やっぱ」
「ぼ、僕は天龍さんが好きなんだな……あ、天龍型軽巡の方じゃなくて、ティアマトー級の方ね」
「俺OPが好き。かかかっ、かかかっ、艦娘だー。かかかっ、かかかかっ、艦娘だー、の次のシーンのやつ」

 今だ、防空戦闘だ! 敵影直上、超10センチ、連装砲ちゃぁぁぁん!! と遠藤ボイスで絶叫するガキどもの群れの中に、1人の少年が血相を変えて飛び込んできた。

「みんなー! 大変だよー!!」
「地味男じゃん。なんだよ」
「い、今、今さっき! 今さっきこっそり聞いてきた話なんだけど――――」

 ――――もしかして、体験学習型の社会科見学だなんて嘘っぱちで、この子供達が今日、本当に、戦場に送り出されるのかも。



(今度こそ終れ。戦艦レ級の出番はもう少し待っててね☆)



[38827] 【嗚呼、栄光の】天龍ちゃんの夢【ブイン基地】
Name: abcdef◆fa76876a ID:cd7a7d50
Date: 2019/10/23 23:42
※リハビリ作品。ケッコンカッコカリをお題に書きました。
※人によっては『●●が××とか、お前の頭おかしい』と思われるやもです。要注意。
※拙作『嗚呼、栄光のブイン基地』と同じ世界線での話になります。設定も同様ですので、そちらを知らない人はお暇な際にでも是非。
※それはそうと、最近なんだかアルビノ艦娘というのが流行り始めているそうですが、アルビノ化した伊168ちゃんの両手首に電気の味する鉄球埋め込んでコイン飲みで有名な公衆電話で#0624とか打ち込ませたり鼻血ぶーさせながら如月十郎の鉄人定食完食させて髪ショートにして『あたまかるい!』『せなかあつい!』とか言わせたい奴は私以外にも絶対居るはずと信じて空母娘のタイコンデロガと艦載機のブラックマンタの実装まだかなともやもや妄想しつつ今日も何とか生きてます。
※オーボン・デスマーチとか、オヒガン・デスマーチとか、オヒガン直後の増税とか、台風とか色々ありますたけど、私は生きてます。
※生きてます。




 朝。
 日差しもほどほどに高くなり始め、真白いカーテンの向こう側から射す光が横からナナメになり始めた時間帯。
 白い壁紙も真新しいキッチンから漂ってくるのは、ほのかに甘い紅茶の香り。
 波の音が微かに聞こえる。

「~♪」

 その隣のリビングにあるソファに、一人の女性が身を投げ出して足を伸ばし、戦争中はロクに読むヒマが無く私室の肥やしとなっていたコミックスの単行本を読んでいた。左眼にはスコープドック社製の眼帯を付けており、バストは実際豊満だった。
 そんな彼女が、キッチンから漂ってきた紅茶の香りに反応し、上半身をソファの上から起こした。

「~♪ ゆらめくかげは♪ よーみーがえー……お。この匂いはアールグレイだな」
「よく分かったな、天龍。ダージリンだ」

 細面のメガネ男性が呆れたようなからかう様な表情と声で、2人分の紅茶と朝食をトレーに乗せてやって来た。青年とオッサンの中間地点くらいの歳だった。今まで食事の支度をしていたのでエプロンは付けっぱなしで、そのエプロンには『燃える炎に包まれた機械のスズメバチと炊飯器、そして意匠化された大文字のアルファベット三文字』という、実に悪趣味な絵が印刷されていた。
 皮肉られた事に天龍と呼ばれた女性が軽くすねて、男がやはり軽く謝罪した事で手打ちとなり、そのまま朝食が始まった。
 カーテンと窓ガラスの向こう側にある外の大通りを、時折車や原付が通り過ぎていく音が聞こえる。

「今日はちょっと趣向を凝らして紅茶とフレンチトーストだ。中佐ンとこの金剛と龍驤から淹れ方作り方聞いただけで、実際作ったのは今日が初めてだからあんま文句言うなよ?」
「言わねえよ。そんな小せぇ事。いただきます」
「めしあがれ。あ、そうだ。金剛で思い出したんだが、横須賀スタジオのダイヤモンドシスターズ、全国巡礼ライブの次の会場、この家の前の砂浜でやるってよ」
「うお、マジかよ。何日だよ」
「来週の今日だとよ……はぁ、有給残ってねぇのに。誰かとシフト代わってもらわにゃな」
「大丈夫じゃねぇの? シフトくらい。戦争中と違って今すげぇ暇なんだろ。新規造船だって、こないだの夕張改二で最後だって言ってたじゃねぇか」

 そう言って天龍は手にしたティーカップを傾けて紅茶の味を楽しもうとした。
 味がしなかった。
 口の中を液体が通り抜ける感触は確かにあったのに。

(?)
「そりゃそうなんだけどなぁ。なんかこう、気が引けるというか、めんどくさい事後で押し付けられそうというか……」
「……ま、頑張れよ。一応はオレも入館許可貰ってたし、いざとなりゃ手伝ってやんよ」
「ありがとな、天龍。俺にはもったいないくらいの出来た女だぜ、お前は」
「よ、よせやい、もぅ……」

 男と視線を合わせるのが無性に恥ずかしくなった天龍が視線を逸らしたその先。左手の薬指にはめられた指輪が朝日を反射してプラチナシルバーの輝きを放っていた。
 そして二人は、かつて軍にいた頃にあった大規模作戦や元所属先の小さな基地での他愛無い出来事、そして元同僚や彼等の麾下艦娘達の最近の出来事について話しながら朝食を進めていった。
 波の音が微かに聞こえる。



 昼。
 頭上で太陽が燦々と輝く時間帯。真夏の酷暑は遥か過去に過ぎ去ったというのに、ごく普通に汗が出てくる天気と気温。
 2人は、小さな道路一本挟んで新居の目の前にある砂浜に来ていた。

「あ、天龍。それ取ってくれ、それ」
「それってどっちだよ」
「ダイエットじゃない方のコーラ。泳ぐ前に水分補給しとこうと思ってな」

 後ろにある小さな道路を、ごく稀に自動車が通り過ぎる以外には人工音が一切存在しない、ほぼ完全な2人だけのプライベートビーチと化した小さな浜辺。
 波打ち際から少し離れた所にレジャーシートを引き、ビーチパラソルを立て、大型サイズのクーラーボックスの中に保冷剤と天龍手作りの握り飯弁当と、家にあったありったけの酒とジュースを詰め込んで、2人は遊んでいた。
 この手のシチュエーションでは御定番の波打ち際での水掛けっこ&鬼ごっこから始まり、遠泳競争、ビーチフラッグ対決、童心に帰っての砂の要塞建築、磯だまり観察、何をトチ狂ったのか真っ昼間から二人っきりの花火大会などなど。
 天龍が思いつく事は全部やった気がする。イイ歳こいた大の大人2人が食うでもないのに、軍用スコップ担いで波打ち際から少し離れたところで一心不乱に大穴を掘ってアサリシジミハマグリさんを掘り返しまくるというアホな所業もやった。
 天龍は、軽巡洋艦娘『天龍』となった前にも後にも、今日この時ほど心の底から笑った日は無かったと断言できた。
 波の音が聞こえる。



 そして今。
 夕方。
 世界が琥珀色に染まる時間。
 遊び果てて疲れ果て、天龍お手製の握り飯弁当で腹もくちくなって、身体を動かすのもおっくうになった二人は、レジャーシートの上に肩を寄せ合って座り、水平線の向こうに半分以上沈んだ太陽を、2人は、何も言わず、ただ黙って見つめていた。
 波の音だけが聞こえる。

「……夢、だったんだ」

 男が小さく呟く。

「ずっと、ずっと夢見ていた。今日みたいな日を。一日中お前と一緒にいて、何をやるのもお前と一緒で、出撃サイレンも警報も鳴る事が無くて、朝から晩までずっとお前といられる、なんてことの無い、今日みたいな一日を」

 突然何を言い出すのだと、天龍は顔が赤くなって鼓動が機関一杯になるのを自覚した。そして、動転し始めた気を落ち着けるために天龍は、さり気なくクーラーボックスの中からダイエットしてる方のコーラを一本取り出して一気飲み。精神を冷却しようとした。炭酸飲料の一気飲みというセルフ拷問である。
 味がしなかった。
 それどころか何かを飲んだという感触すら無かった。
 得体のしれない不安が天龍の心に滲み始める。

「な、なぁ。今、このコー」
「なぁ、天龍」

 天龍の言葉を遮り、彼女の方を見つめて、男が続けた。
 その男に見つめられた天龍は、心臓の鼓動が一段階跳ね上がったのを自覚した。今しがたの不安など、あっさりと消し飛んでいた。

「なぁ、天龍。戦争は終わったんだ。だから。だからさ、お前の事、本当の名前で呼んでもいいか?」
「え――――」
「誰にも言ってなかったが、俺は誓ったんだ。あの日あの時、お前を天龍に加工した、あの培養ポッドの前で。戦争が終わって、平和に暮らせる日々が返ってくるその日まで、お前の名前は呼ばない、天龍と呼ぼう。って」

 そしてそれは、今日この時なのだと、天龍にも理解できた。
 とうとうやって来たのだ。2人が望んでいた、何でも無い平和な日々が。
 だから天龍は、小さく頷き、今にも泣き出しそうな声で男の名前を呼んだのだ。

「ああ、いいぜ。枯輝。うぅん、冷輝――――」

 夢なら覚めるなと天龍は願った。
 そして、かつて天龍と呼ばれた女性と、男――――井戸枯輝少佐あるいは井戸水冷輝技術中尉は互いに目を閉じ、顔を寄せ合い、
 そして2人の唇が。






































 波の音がはっきりと聞こえる。

 夢から、覚める。


















































 意識を取り戻した天龍が最初に知覚したのは、波の音だった。
 次に目を開けると、目の前には、全く見た事の無い深海凄艦が1人立っていた。

【……え?】

 完全な女性型。病的なまでに白い肌と、ネグリジェにも似た質素なデザインの黒いドレス。ドレスと同色のロングヘアに、額から伸びた二本の角に、酸素をたっぷりと含んだ新鮮な血液色に輝く瞳。
 そして、その隣には、女性型のうなじから伸びる太い一本のケーブルで接続された、顔の無い筋肉ゴリラから毛皮を引ん剥いたような異様で巨大な存在がナックルウォーク姿勢で立っており、そいつはそこから片手を伸ばして天龍の下半身をしっかりと握りしめていた。

【……ぁ】

 全て思い出した。
 ラストダンサー作戦、姫暗殺のA隊、島から島への長距離行軍、泊地棲鬼からの逃走、ガダルカナル島への突貫、現れた白い姫ことリコリス・ヘンダーソン、全身全霊をかけた戦い、絶体絶命のピンチ、姫の構造的欠陥による自爆、敵も味方も待ったなしの最終決戦、輝&深雪のファインプレー、燃える姫、笑う姫、動かなくなった姫、平常値に戻るPRBR値、大歓声に次ぐ大歓声、伝令に走る輝&深雪、撤収準備の最中、何の前触れも無く再上昇を始めたPRBR値、爆心地はアイアンボトムサウンド最深部、筋肉ゴリラを引き連れた黒髪の美女、4番目のひ号目標、満身創痍の仲間達、矢弾も油も尽き果てた仲間達、それでも最後の気力を振り絞り――――
 戦いにすらなっていなかった。
 自分と、自分に乗艦している井戸が最後まで生きていられたのは、ただ単にコイツの気まぐれに過ぎなかった。
 今までの幸せな生活が泡沫の夢だった事、そして、これからその夢に向かって未来を歩んでいく事はもう出来ないのだと悟った天龍の心が折れた。

【……夢、だったんだ】

 両の眼から静かに涙を流しながら、天龍は、小さく呟いた。
 そんな天龍を不思議そうな表情で見つめていた黒髪の美女――――この日より後に戦艦棲姫と呼称される――――はもう興味が失せたのか、無表情に戻ると背後の筋肉ゴリラに有線で命令。天龍の下半身を握る手の握力をゆっくりと増していく。
 握られている下半身から、深海に沈んでいるでもないのに、大質量の金属が圧潰していく時に特有の不吉なうめき声が聞こえてくる。
 天龍は、静かに涙を流しながらうな垂れ、もう動こうとしなかった。

 ――――させ、るか……!

 割り込みコマンド。天龍に乗艦し、彼女と超展開している井戸からの。
 艦体としての天龍が、美女とゴリラを繋いでいる唯一のケーブルを片手で引き寄せ、砕けた何かの金属片を握ったもう片手を振り下ろした。
 傷一つついていなかった。もう一度振り下ろす。

 ――――やっと……! やっと帰れるんだ! こんなところで……! こんなところで、死んでたまるか……!!

 今日の戦いが終わったら退役届出せるんだ、やっと二人だけで暮らせるんだ。お前如きが邪魔すんじゃねぇ。と叫ぶ井戸に再点火されたのか、艦娘としての天龍本来の勝気で好戦的な性格が再起動する。

【……ヘッ! そうだな、そうだよな! こんなところでメソメソグスグスなんてオレのガラじゃねぇ!!】

 獣のように絶叫しながら二人は、何度も何度も金属片を振り下ろす。握りしめた指や手のひらから、血液代わりの真っ黒い統一規格燃料が吹き出そうとも構わずに。
 限界はすぐきた。五指運動デバイス大破、機能完全停止。金属片もすっぽ抜けて海中へドボンと落ちていった。
 クソが。と呟いたのは井戸と天龍、どちらのものだったのか。

 ケーブルの保護被膜の表面に、白いひっかき傷がいくつか。
 それが唯一の戦果だった。

 ゴリラに握られている天龍の下半身から、大質量の金属が圧潰していく時に特有の不吉なうめき声が更に大きく聞こえてくる。本能的にゴリラの親指を押して抜け出そうとしたが、焼け石に水どころではなかった。
 2人の脳裏にメインシステムからのレッドアラートが次々とポッポアップする。

 ――――こんなところで……こんなところで……!!

 そして最後に、一際大きな音がして、部屋の電気を消すように井戸と天龍の意識が真っ黒に塗りつぶされた。

【……畜生。夢なら、覚めるなよ】

 全てが真っ黒に消え去るその最後の刹那。天龍は、あの夢の中の一日を思い出していた。



[38827] 【艦これ】とびだせ! ぼくの、わたしの、ブイン基地!!番外編【不定期ネタ】
Name: abcdef◆fa76876a ID:cd7a7d50
Date: 2020/04/01 20:59
※本編がまだうp出来ないので番外編という名の設定集です。
※少し前に投稿したばっかりと思っていたエイプリルフールから時既に一年という事実。うせやろ。




 一面真っ白。

「……へ?」

 南方海域、新生ブイン基地の基地司令、比奈鳥ひよ子准将が我に返った時にはもう、辺り一面は真っ白になっていた。
 右も白。左も白。上下のすら真っ白で境目も分からない。
 豪雪時に見られるホワイトアウトではない。かと言って、精神病院の個室でもない。温かいし、それらしい出入り口も無かったからだ。
 というか、自分はついさっきまで、新ブインの執務室にある自分のの机に齧りついて書類山をやっつけていたはずなのに。

「もしかして、書類が自然増殖して部屋中埋め尽くした?」
「何ワケの分からん事言うとんのや」

 突然自分の背後からした若い女性の声に驚いてひよ子が振り返ってみると、そこには、普通の人間サイズにまで縮小された一隻の深海凄艦がいた。
 大きな目と大口をくっつけた灰色の金属質の肉まん型ボディから死人色の人間の手足を生やした、アンヒューマノイド型の深海凄艦。

 軽母ヌ級。

 後に空母ヲ級が出てくるまでの短い間、空母ヌ級と呼ばれていた深海凄艦であり、深海凄艦側勢力が人類の飛行機に同じ世界で対抗するべく生み出された最初の航空母艦種である。実際の戦果はさておくとして。
 そのヌ級がその大口をがばりと開け、上アゴを背中の方まで倒した。
 そして、その口の中から『はー、よっこいしょ』とぼやきながら、一人の少女が、まるで着ぐるみの中から這い出す様にして出てきた。
 こげ茶色のツインテールに独特なシルエットの艦首を模したサンバイザーを被った小柄な少女。ヌ級の中は暑かったのか、首飾りに勾玉を掛けている以外は無地のインナーシャツと短パンだけだった。瞳は、彼女本来の黒と深海凄艦の緑が混じったまだら色だった。

「こにゃにゃちわ~」
「へ? え、あ。こ、こにゃにゃちわ?」
「おう、挨拶は実際大事やでー。画面の向こうの皆も一緒に、こにゃにゃちわー!『とびだせ! ぼくの、わたしの、ブイン基地!!』の隠れメインヒロイン、龍驤ちゃんやでー」
「え? 画面? とび……? え?」

 困惑するひよ子が意味不明な単語の群れを理解しようとするよりも先に、真っ白な世界と龍驤はさっさと先に進んでいく。
 ひよ子と龍驤の足元を、黒子衣装に身を包んだ妖精さん達が数百数千単位で音も無く駆け回り、ビデオの早回しの如き速度で舞台セットらしきものを組み立てていく。
 ひよ子はそれをどこかで見たような気がしたが、思い出せなかった。
 それもそのはずだ。
 組み立て終わって2人が立っていたのは、ひよ子が南方海域に着任する以前の旧ブイン基地、つまりは廃墟となる前の在りし日の光景だったからだ。ひよ子はあまり入った事が無かった上に荒廃しきっていたのでよく覚えていなかったのだが、ここは旧ブイン基地の202号室だった。
 かつて龍驤が所属していた部屋だった。

「おぉー、妖精さん達も気が利くやないか。ウチらのいた執務室やん。ここ」
「え」

 この部屋の主は何を考えて生きていたのだろう。とひよ子は酷く理解に苦しんだ。
 ピカピカと輝いているように見える新品の机やロッカーなどの共通備品はあるにはあるのだが、これらはすべて隅っこに追いやられており、特大サイズのダブルベッドが1つ、部屋の中央に置いてあった。何故か枕は二つ、掛布団は1つである。枕元のティッシュ箱とゴミ箱の存在が無言でかつてのこの部屋の主の行動を意味深に語っていた。

(もしかして、旧ブイン基地って性的暴行メインのブラック鎮守府だった? それも、この龍驤さんが被害者の)

 ひよ子が何気なく視線を巡らせてみると、隅っこに追いやられた6人分の机の内、4つの上には小さな花瓶と花が活けてあった。クリアガラス製の花瓶にはホコリ一つ無く、水も完全に透き通っていた。
 そして、入り口近くに視線を移せば、紐で壁に吊るしてあった一枚のホワイトボードには

  暁:出番待ち
  響:出番待ち
  雷:出番待ち
  電:出撃。B隊
 金剛:出撃。B隊

 龍驤:本日特別出演

 とあった。



『とびだせ! ぼくの、わたしの、ブイン基地!!』の最新話、つまり第4話自体は完成しているんです。ですが、沖縄編で現在筆が止まっており、うp出来ない状態が続いています。
 いや、ね? 沖縄編ストーリーも今回何処で区切るのかのも決まってるんですよ?
 ですけどね、細かいシーンの描写とか、脳内妄想を指に出力しようとすると何故か止まる糞バグ仕様が全然エラッタされないし、本編だけを上げようにも冒頭部のフレーバー・テキストとの兼ね合いからそれも無理なんです。
 つまり俺は悪くねぇ。

 などと供述しており、本日は番組を変更して、お茶濁しの特別編をお送りいたします。



 とびだせ! ぼくの、わたしの、ブイン基地!!
 番外編「蛇足と補足」



 いつの間にか、艦娘としての龍驤本来の制服に着替え終わった龍驤が、部屋の中央を占領する特大サイズのベッドの上であぐらをかき、ひよ子を手招きしていた。
 お行儀の悪い事に、背の低いちゃぶ台までベッドの上に持ち込んでおり、天板の上にはホカホカと湯気を立てる湯呑みが4人分置かれていた。
 混乱覚めならぬひよ子が状況に流されてつい座ると、龍驤が切り出した。

「っちゅーわけで、今日は本編外れての特別編。話中では何の説明も無しに流されてたり、説明自体があやふやだったり、そもそも単語や概念すら出てこないようなどうでもいい裏設定の一部を今日この場を借りてして話していこうっちゅう話やな」

 龍驤はそこで、手元のプログラム表に視線を落とし、ため息を一つついた。

「これくらい本編中で説明せぇや、もぅ」
「あの、えと。これは一体……? ていうかここ何処なんですか!?」
「あー。気にせんとき気にせんとき。どうせ目が覚めたらすっぱり忘れとるやろし」
「覚め……?」
「ちゅうわけで、早速いってみよー!!」

 龍驤が指を鳴らすと、天井から紐で吊るされたボードが一枚、2人の背後に降りてきた。
 その表面には大きく『軽母ヌ級(っていうか深海の艦載機)と論者積み』と書いてあった。

「しょっぱなこれかぁ。しかも論者積みの方は単語すら出てこない、裏設定みたいなもんやないかい。ま、ええわ。一応説明したる」
「お、お願いします?」

 正座するひよ子はお茶をすすり、いつの間にか天板の上に出現していた茶菓子に手を伸ばした。
 龍驤もお茶で軽く口を湿らせる。

「ひよちゃん達、艦娘を運用する提督は座学で習ったと思うし、冒頭の地の文でも軽く触れとったんやけどな。ウチ……やのうて軽母ヌ級は、深海側が当時の人類の軍用機、とりわけ低速・低空で飛ぶ爆撃機を、最終爆撃コースに入られるよりも遠くから迎撃するために、艦載機とセットで開発された種なんや。リコリスの姫さんから聞いた話では、当時の即応用のリソースのほぼ全部をつぎ込んだ一大プロジェクトやったそうやったらしいで。あと一押しあったらハワイ諸島の再占領諦めて、Erehwyna島まで撤退してたかもやて」
「え、深海凄艦って、物量が自慢のはずですよね? そこまで追い込まれるものなんですか?」

 口の中のせんべいを齧り砕き、ぬるくなったお茶で無理矢理飲み干したひよ子が疑問の声を上げた。

「当時は今ほどリソースに余裕があった訳やないし、今も昔も片手間で相手できるほど人類側も甘くは無いで。おまけに、人工衛星が監視しとったさかい、実機の開発は出来てもテスト飛行なんてできるはずも無かったし、コンピュータも無いから手計算と脳内妄想によるブンドド・シュミレーションだけしか出来へんかったそうや」
「それで、結果の方は?」
「勿論、大失敗や」
「あ。やっぱり」
「失敗に次ぐ失敗と広がる戦線で、どんどんリソースが減っていったそうやて。開発担当してた、リコリスとは別の姫さん曰く『このプロジェクト最大の成果は、最初期のテスト機があまりにもひどい出来栄えで、新型の対空ロケット弾か何かかと勘違いされてて妨害工作が最後まで無かった事くらいね』なんやって」
「へぇ」
「で、そんな苦労に苦労を重ねてロールアウトした艦載機&ヌ級やけど……肝心のスペックは第二次世界大戦当時のそれと大差無くて、第一目的である敵爆撃機を追っ払うこともほとんど不可能やった。ここらへんはまぁ、ウチも純粋な艦娘だった頃に何度かヌ級と航空戦やった事あるからよく知っとるけどな。正直、航空機同士の戦闘になったら、艦娘が使こてる燃費最優先の復刻戦闘機とかなら数も多いしスペックもそう大差無いからいい勝負できるけど、燃費ガン無視の第4、第5世代型ジェット戦闘機とかが相手ならただの的やで」
「あ。そこらへんチラッと聞いた気がします。ミッドウェーで、整備士の誰かが『どうせ今日も数だけだ』って」
「せやな。ウチが使こうとった『ひしゃまる』達超音速機や、ひよちゃんがそのミッドウェーではじめて見た白たこ焼きが出てくるまで、深海側の航空ドクトリンは『数で押せ押せ』一択やったんや。輸送ワ級も、元々は艦載機の大規模輸送が目的で開発されたもんやったんや」
「へー」
「ただ、その艦載機も、全くの失敗作でもなかったんや」

 喋り疲れたのか、龍驤もお茶を一口すする。

「続けるで。失敗作扱いされてた深海の艦載機――――ああ、面倒くさいし、本編と同じ様にここからは『飛行小型種』で統一するで? 飛行小型種だって腐っても飛行機や。エアカバーが無くて足の遅い奴相手なら無双同然の活躍をしとったそうな」
「いるんですか? そんな都合の良い相手が?」
「いたんやよ。実際。それが件の論者積みや」

 龍驤がぶら下がっているパネルボードをくるりと裏返す。そこには、金髪碧眼の男性軍人の拡大写真が張り付けられていた。
 お隣201号室の主である、ファントム・メナイ少佐の胸像写真だった。

「このメナイ少佐も栄光ブイン第一部の、ダ号目標破壊作戦の中でやっとったけどな。艦娘じゃなくても深海凄艦には対抗可能なんや。ただ、現存する兵器群の中でコストパフォーマンスが最高なのが艦娘っちゅうだけで。で、艦娘自体は公表されとるけど、肝心要の技術については今も昔も秘匿されとる。外国からの要請で艦娘を向かわせる事は出来るけど、いつでもどこでもとはいかへん。そこで艦娘非保有かつ、合衆国のように軍事リソースが十全ではない各国が選択したのが世に言う『論者積み』……まぁ、響きはカッコええけど、実際は単艦の積載限界まで火力を詰み込んだだけのタダの力押しなんやけどな」

 そこでひよ子は察したようで『もしかして』と言った。

「もしかして、積載限界までってことは、対空火器とか対空レーダーとか、そういうのも全部取っ払っちゃって砲弾とか魚雷を……?」
「……取っ払っちゃってたんよなぁ。ホンマに」

 ひよ子も龍驤も遠い目をして溜め息をつく。
 音もなくパネルが天井裏へと巻き上げられていく。



 2人が湯呑みの中のお茶を飲み終わり、お代わりを注いだあたりで二枚目のパネルがスルスルと降りてきた。
 二枚目には『射突型酸素魚雷誕生秘話』と書いてあった。

「これかぁ。ウチは軽母娘やから艦載機用のノーマル魚雷しか扱ったことないしなぁ。ひよちゃん、説明よろしゅう!」
「はい。それでは説明させていただきますね」

 ひよ子はオホンと軽く咳払い。

「超展開した艦娘が深海凄艦と交戦する場合の基本は格闘です。遠距離での砲撃・雷撃・ミサイル終末誘導もあるにはありますが、基本はやっぱり格闘です。艦娘が開発された背景には帝国軍の切ない予算事情がありますから、なるべく予算は掛からない方が良いとされています。砲弾一発ウン万円、誘導ミサイルや魚雷にいたっては一千万とか億の単位ですし」
「せやな。ウチらが船だった頃も魚雷一発で家が建つくらいやったしな」
「今でも建てられますよ。……話を戻しますね。だから艦娘や提督達には格闘戦が奨励されているんですけど、純粋な肉弾戦だけでは時間がかかりすぎるし、損害も徒に増える。かといって無暗矢鱈と命中精度の低い魚雷や砲弾をバラ撒く訳にもいかない。だから必中必殺・短期決着・予算削減を実現するべく、射突型酸素魚雷が生まれたわけです。手に持って殴れば、少なくとも、無駄撃ちになる心配はないわけですし」
「解説ありがとうな。でも、ホントのところは全然違うんよ」
「え」

 龍驤が指を鳴らす。パネルが巻き上げられ、3枚目が下りてくる。
 そこには、朝潮型駆逐艦娘の『霞(ママー!)』の.jpg画像が一枚印刷されていた。
 幼くも凛々しい表情をした立ち姿の一枚絵。
 これを見ている読者諸氏には、図鑑No.90の、無改造の霞(お前には山ほど説教がある。楽しみに待っていろよ)の立ち絵と言った方が分かりやすいか。

「龍驤さん、これは?」
「霞ちゃんの立ち絵やな。中破してない、無印の。で、ここ注目」

 龍驤が指さしたのは、伸ばされた霞の左手。魚雷発射管をベルトで手首に固定してある部分だ。

「筆者のやつ、これを見て『そうか、あれで殴るのか!』って思ったんやて。で、今ひよちゃんが語った設定を後付けで思いついたのが真相なんよ」

 筆者って誰。ひよ子は心の中でそう思っていた。



「はい、じゃあ気を取り直して次行くで~」

 4枚目のパネルが下りてくる。

『着任当初の吹雪ちゃんがよく口にしてた第三世代型艦娘って何よ』

「あ、それ私も良く知らないんです。そもそも艦娘に世代があるなんて、訓練生だった頃の座学でも習ってませんでしたし」
「あんたホンマに提督か? ……って言おうと思たけど、なんや。ひよちゃんの頃は水野少佐の時代よりわりと切羽詰まっとったみたいやなー。よっしゃ。ならウチが特別に解説したるで。簡単にいうと、艦娘と艤装の関係性の違いやな」

 そう言うと龍驤はその場で立ち上がるとひよ子に背を向け、スルスルと上着を脱ぎ捨てて上半身裸になる。
 ひよ子が何か言う前に、龍驤が、自身の腰を指さした。
 そこには、艤装と肉体を接続するコネクタと、プラスチック製の保護カバーがあった。

「ウチら第二世代型の艦娘は、こんな風に艤装の取り外しができるんよ。有明の長門もひよちゃんとシャワー浴びた時に艤装外しとったやろ(※有明警備府出動せよ! 第3話参照)」
「あ。そういえば」
「んで、第一世代型はこれが出来ない。つまり、肉体から艤装が直接生えとる形式の艦娘の事を言うんや」
「(生え際想像したら何だかサブイボ立ってきちゃった……)お風呂とか大変そうですね、それ」
「実際、艦娘化しとる第一世代が風呂に入るのにも整備兵や提督の介護が必要やったそうやし、寝るのも専用のスタンドを使って立ったまま寝るか、砂浜に穴掘って横になっとったんやて。もしくは艦の姿に戻って寝るか」
「第一と第二の間でかなり進化してますねぇ」
「せやな。ひよちゃんのデビュー作『有明警備府出動せよ!』の第一話で北上が電車乗っておった時、艤装を完全に圧縮・格納して、普通の女の子しとったやろ? 第三世代は皆それが基本出来る様になっとる。技術の発展様々や」
「はい。あの時は直後に戦闘になったので助かりました。まさか深海棲艦が哨戒網抜けてあんなところまでやってくるなんて夢にも思ってませんでしたし」
「(あー……人工衛星とか定期哨戒のルート情報ウチがバラしたのは黙っとこ)ほんで、肝心の吹雪が言うとる第三世代型は『①:現時点で第三世代である改二型艦娘へと改装済み。②:改二型相当のスペックを有する。③:将来改二型艦娘への改装を前提として建造された。④:対人戦争に必要な機能・能力を有する。①もしくは②③のどちらかに該当しかつ④を有する艦娘』と筆者は妄想しとる。ひよちゃんとこの北上改二は①、吹雪は③番、今後出る予定になっとるビス子もといビスマルクやアイオワ、Z1、Z3なんかは②やな」
「へー」
「因みに、艤装の完全格納機能は④に該当するで。理由は、言わんでも解るわな」



 5枚目のパネルが下りてくる。

『で、結局おたくの世界線の艦娘はマシーンなの? 生肉なの?』

「あー。これはなぁ。ひよちゃん以外のゲストの方々に来てもらおか。実際見た方が早いで」
「ゲスト?」

 ひよ子の疑問には応えず龍驤が「お二人とも、どうぞ~!」と出口の扉に向かって手をメガホンにして叫ぶ。
 キチンと扉を開いて部屋の中に入ってきたのは一人だけだった。

「はーい。旧ブイン基地の最初期秘書艦の、敷波だよーっと」

 敷波の挨拶が終わるのに合わせて、間延びした、規則正しい地響きが外から鳴り響く。その衝撃で一瞬宙に浮かんで落ちてを繰り返したひよ子が何事かと、窓から外を見てみれば、とっても、すごいものを、見た。
 巨大な瞳が外にあった。
『超展開』中の巨大な艦娘が、かがみ込んで部屋の中をのぞき込んでいた。まるでアニメのワンシーンだ。

『アニメじゃないわよ、暁よ。こことは違う並行宇宙『艦これ(等身大)×艦これ(原寸大)でクロスしてみた』の世界からお邪魔しちゃうわ……って、比奈鳥先生じゃない! 沖縄は!? 那覇鎮はどうなったの!?』

 部屋の外の主の正体が信じられないと、ひよ子は窓から身を乗り出して暁を見た。

「え、嘘!? 沖縄の時の暁ちゃん!? 無事だったのね!?」

 無事ではなかった。
 左足はくるぶしから先が無くなっており、壊れかけの右足だけが残っていた。右上半身は胸元からえぐり取られて中身の機械が露わになっていたし、その破断面からは無数の火花が断続的に迸っていた。もう持ち上げる力も残っていないのか、大形の魚雷発射管を装着した左腕は、力無くぷらぷらと宙に揺れているだけだった。
 背中の艤装は異常な黒煙を上げ、小爆発を連続して起こしていた。内部の肋骨ユニットや有機系の臓器デバイス群が剥き出しになっていたし、全身各所の傷口からは血液代わりの真っ黒な統一規格燃料を吹き出して、光の消えかかった瞳だけが静かにひよ子を見つめていた。
 部屋の中から確かに見えていたはずの、ごく普通の、まともな姿の艦娘など、どこにもなかった。
 その惨状に思わず小さな悲鳴を上げて後ずさったひよ子の背中に、敷波の足がぶつかった。

「あっ、ごめんなさい敷波ちゃ」

 謝罪しようとひよ子が顔を上げ、絶句。

「いいっていいって。気にしてないよ。これに比べたら、全然痛くないし」

 敷波はひよ子に背を向けて立っていた。
 その背中には、セーラー服を突き抜けて大の大人の握り拳よりも大きな穴がぽっかりと開いており、そこから、心臓の鼓動に合わせて酸素をたっぷりと含んだ新鮮な赤色が、どくどくと塊単位で止まる事無く噴出していた。
 ひよ子の心と体がフリーズする。
 そんなひよ子を横目に、敷波と暁2人分のお茶を湯呑みに注いでいた龍驤が、気付け代わりに少し大声で言った。

「つまり、そういうことや」
「どういう事なんですか!?」

 ひよ子再起動。
 龍驤が左右の指で敷波と暁、それぞれを指さす。いつの間にか、暁はごく普通の少女サイズに戻って龍驤の左に正座していた。轟沈寸前の破損状況はそのままだったが。因みに敷波は龍驤の右に座っていた。背中に大穴開けたまま。
 そして、奇妙な速度で落ち着いたひよ子が、成程。と敷波と暁2人をそれぞれ見やる。
 暁の方は、見ての通り、内側には相当量の機械が詰まっていたし、内臓の大部分もそれに置換されていた。筋肉だってよく見ると、ミオグロビンにしてはやけに薄暗いと思えば有機系の運動デバイスに置換されていたし。
 一方の敷波は、傷口の内側を見る限りでは、ごく普通の人間の身体にしか見えなかった。筋肉だってちゃんとミオグロビンしてたし。

「艦娘はな、圧縮保存状態、通常展開、超展開中それぞれで、艦と娘の比率が違うんや。深海凄艦との直接戦闘を前提としとる超展開中は余計な損傷を防ぐために生体組織の比率は可能な限り低く、けど味方の士気向上や艦娘自身の感覚の乖離を防ぐ目的もあるからある程度以上は残して、逆に、日常生活を送る艦娘の時にはストレス軽減のために普通の人間と変わらんように出来とる。まぁ、それでも人間性の喪失の阻止・軽減はTKTでも難しいみたいやな」
「それは……人間性云々以外の所は座学で習ったから知ってましたけど、なんでわざわざ見せつけるんですか?」
「見た方が早いって言うたやん」
「見えすぎですってば」

 2人を余所に敷波と暁はいつの間にかごく普通の無怪我人に戻っており、お茶とお茶菓子に手を出していた。



 それから4人で雑談を楽しむことしばし。
 突如として、202号室のドアから無数の妖精さん達が部屋の中に入ってきた。

「ん? 何?」
「あー。そろそろ時間かー」
「じゃあ私もそろそろあっちの世界に帰るわね。一人前のレディは、クールに後を濁さないんだから」
「じゃ、私は芋煮会の準備してきまーす」
「え? え、え?」

 暁と敷波が立ち上がり、そのまま部屋の外へと退場する。
 龍驤が来た時とは逆に、黒子衣装の妖精さん達が、音も無くビデオの逆回しの如き勢いで202号室の解体撤収作業を進めていた。
 それらが全て終わり、全てが真っ白に戻った空間にて。

「あ。そうや、ひよちゃん。水野少佐、ううん、水野中佐に会うたら伝えてほしいんやけど――――」

 龍驤がひよ子に耳打ち。
 ひよ子は確かに、その頼まれ事を聞いた。

「ほな、頼んだで?」

 ひよ子が返答するよりもずっと早く、白い空間が音も無く無数の砕片に分かれていく。
 経年劣化で剥がれ始めたペンキ、あるいは桜吹雪か粉雪のように、白く、細かく。
 そして世界は闇に包まれた。

 夢から、覚める。










 一面真っ白。

「……んぇ?」

 新生ブイン基地の執務室にあるデスクに突っ伏して居眠りをしていた比奈鳥ひよ子が瞼を開けた時、目の前にあったのは未処理書類の余白スペースだった。
 顔のパーツが足りない感じがする。

「どこぉ……どふぉにぃ~……?」

 上半身をもたもたと立ち上げ、目も意識も殆ど閉じたまま机の上を手探って、寝ている間に顔から外れていたメガネを探し当ると、これまたやはりもっさりとした仕草であるべき場所に装着する。
 この比奈鳥ひよ子および大多数のメガネ人がそうであるように、ピンボケ視界に明瞭さが戻るのと同時に、脳味噌にもようやくまともなクロック数が戻ってきた。

「……私、寝落ちしてたの?」

 いつの間に。と思ったが、一番上にあった書類の内容を見て思い出した。
 たしか、昨日の夜遅くに『目も疲れてるしちょっと閉じるだけ』と自分に言い訳して目を閉じてからの記憶が全くない。どうやらそのまま夢の世界にどぼーんしていたようだ。
 夢といえば。

「……何か、誰かに何か大事な事頼まれてたような……?」

 口に出す直前までははっきりと覚えていたはずなのに、夢の中の記憶は、ぬるま湯の中の角砂糖のようにその詳細が溶けて消えていった。

「うー……ん~……ま、いっか。覚えてないって事はどうせ大したことじゃなかったんでしょ。そんな事より書類終わらせなきゃ。あとこの一枚だけだし」

 そう呟くとひよ子は一度席を立ち、洗面所で顔を洗って完全に眠気を拭い去ると、残っていた最後の一枚をさっさと処理。そして机の引き出しの奥底に隠してあった艦娘向けのパウダー・フレーバー(そこら辺の草味)の缶を開け、中身を少量手の平に乗せてちびちびと舐め始めた。少し前から現れたひよ子の悪癖である。
 そしてノートパソコンに打ち込んでおいた本日の主な予定を眺めながら自他のスケジュールを脳内で組み立てていると、執務室の扉が勢い良く開かれた。
 やたらとご機嫌な軽巡娘『大淀』だった。

「提督お早うございます! 軽巡大淀、いつでも出撃準備、出来ています!!」

 対するひよ子は、封の開いたパウダー・フレーバー(そこらへんの草味)の缶を手にしたまま、実に気まずそうにしてその言葉を告げた。

「……えー。大淀さん。その。ごめんなさい。今日の出撃は――――」









 本日のNG(この話はここでお終いですが、とびだせブイン本編がいまだうp出来ないお詫びとして、さっきの暁ちゃんも登場している【艦これ(等身大)×艦これ(原寸大)でクロスしてみた】の没フレーバー・テキスト集を以下に掲載しておきます)シーン




『暁の水平線』

 川内型軽巡『川内』の艤装接続に使われている呪術触媒。
 艤装と艦娘は、これらの触媒に込められている怨念によって一時的に呪われる事により、溶接加工よりも固く正しく接続できる。

 水平線上に昇る朝日を描いた風景画。
 第二次世界大戦当時、軽巡『川内』に勤務していた乗組員の1人が描いたものと言われているが、真偽のほどは不明。
 艦娘の川内が憑りつかれた様に夜戦を好むのは、夜が好きなのではなくて、この絵を一目見て、水平線に昇る朝日の美しさに魅せられたからだそうだ。

 人に綺麗汚いがあるように、呪いの姿もまた、おぞましい物ばかりとは限らないのである。



『三人目のへその緒』

 最上型重巡『鈴谷』の艤装接続に使われている呪術触媒。
 艤装と艦娘は、これらの触媒に込められている怨念によって一時的に呪われる事により、溶接加工よりも固く正しく接続できる。

 かつてどこかにいた、名も知れぬ下級娼婦の生んだ赤子のへその緒。
 優しかったが愚かだった彼女は堕胎を良しとせず、家業の傍らに育児に努め、全ての子供に惜しみない愛情を注ぎ込んだ。
 だがやはり最後には行き詰まり、彼女は3人全ての赤子を己の手で絞め殺すと、その骸を抱き抱えて深い海の底へと身を投げた。

 彼女は今も、暗い海の底で泣いているのだろうか。



『故郷の土』

 最上型重巡『熊野』の艤装接続に使われている呪術触媒。
 艤装と艦娘は、これらの触媒に込められている怨念によって一時的に呪われる事により、溶接加工よりも固く正しく接続できる。

 何の変哲も無い、一握りの土くれ。脆い赤土である事から関東ロームであると思われる。
 ただの土くれであるが、ついぞ日本に辿り着けなかった熊野にしてみればそれは、どれだけ渇望しても手に入れる事の叶わぬものである。

 彼女はただ、帰りたかっただけなのだ。



『獣の口付け』

 深海凄艦と唯一戦える艦娘を支援する為に開発されたサポート呪具。
 悪夢と呼ばれた、あのアイアンボトムサウンド攻略戦において、その有用性を証明した。
 これは、すでに放棄されて久しい南方海域、そこにあったショートランド泊地の『聖母』横島黒蓮中将がかつて所有していた3本のうちの一つ。

 赤黒い、不吉な色味をしたルージュ。深海凄艦の血と脂を練ったものであると言われているが、真偽のほどは不明。
 これを唇に塗り、艦娘に熱く激しく口付ける事でその娘は常よりも昂ぶり、尋常ならざる戦果を得る事ができる。
 が、轟沈の危険性もそれに比例して跳ね上がる。

 一つは謀略により比奈鳥ひよ子元帥の手に、一つは横島中将を弑した深海凄艦の水母棲姫の手に渡った。
 そして最後の一本は、とある鎮守府に所属する駆逐艦娘『大潮』がバレンタインデー用チョコの隠し味に一本全部使ったため、失われている。



『不退転戦鬼』

 かつて自衛隊で採用されていた強化外骨格。正式名称を『石川島・播磨重工業製パーソナル・マルチパワーユニット12型B』
 深海凄艦戦争勃発直前の、2012年当時の最先端技術・呪術の粋を集めて開発された、平成最強の個人装備。
 が、深海凄艦相手には攻防ともに全くの無力であった。
 最初の艦娘『長門』が現れる以前にあった、深海凄艦らによる関東大空襲にて一般市民が避難する時間を稼ぐために出撃し、その殆どが着用者と共に靖国へと向かった。

 不退転戦鬼とは、決して生きて帰れぬと分かっていながらも深海凄艦に立ち向かって逝った、このアーマーの着用者達の事でもある。



『妖刀「誠」+5』

 皐月改二が携えている長刀。柄も鞘も経年劣化で朽ち果てていたため、武功抜群の刻印がなされた白木で拵え直してある。
 とある人物から貴重なデモンズソウルと引き換えに譲ってもらったらしい。
 所有者の命を徐々に奪ってゆく呪われた刀との事だが、尋常な命ならざる艦娘には効果がないようだ。



『殺魚ライフル(ツリザオ)』

 並行宇宙の地球からやって来た艦娘?『暁』の中に格納されていた歩兵用の大型狙撃銃。
 歩兵一人で駆逐イ級一隻を撃破するという、こちらの世界では実に前衛的(≒頭おかしい)としか思えない発想で開発された歩兵サイズのムカデ砲であり、その砲身は極端に細長くした松ボックリやパイナップルリリー、ワレモコウに似る。
 向こう側の世界(栄光ブイン)では、一発発射するごとに砲身の全交換と射撃システムの微調整に数十分を要する事と、より防御・生存能力が向上した第二世代型深海凄艦が台頭し始めた事もあり、試作品を数丁製造した時点で開発・製造は中止されたとの事。

 だが、それでもこれは、この世界の技術力では再現不可能な技術の塊であるため、暁本人との交渉を経て技研の下に渡った。





 本日のOKシーン

 因みに。
 ひよ子と大淀が話している最中。
 執務机の片隅に飾ってある、旧ブイン基地および旧ショートランド&ラバウル選抜部隊が写っている集合写真の中では、つい先ほどまでひよ子の夢の中にいた龍驤が『オイコラちょう待てやぴよちゃん、アンタさっき頷いたやろが! 何でもう忘れとんのや!?』と書かれたカンペ代わりのスケブを頭上でブンブンと振り回していた。

 今度こそ終れ。



[38827] 【艦これ】とびだせ! ぼくの、わたしの、ブイン基地!!04【不定期ネタ】
Name: abcdef◆fa76876a ID:cd7a7d50
Date: 2020/10/13 19:33
※今回の話は長いです。本編5万4千弱+沖縄編1万6千文字弱です。お読みになる場合は時間と気力のある際にどうぞ。

※(連載開始当初から)まるで成長していない……地理とか算数とか。
※安心と信頼のオリ設定とかオリ地名とか有ります。
※ひょっとしたら自分が知らないだけでもう有るかもしれないネタ有り。要注意。
※筆者のゾイ道履修履歴はアニメ無印、GF編、/ZERO、ワイルドZERO。以上の4つのみです。履修したとはいえ、正直単位取れたとは思えないので少々変なところあってもご勘弁ください。
※第一部の『嗚呼、栄光のブイン基地』は鬱暗い話だったので、第二部では、スナック感覚でサクサク読める、底抜けに明るい話にしたいと思います!
(※2020/06/13初出。同10/13、本文中の矛盾点を修正)

※とある深海棲艦に関して、筆者は独自の解釈をしています。んな訳ねーだろと思う方はこの栄光ブインの世界ではそういうもんだと思って見逃してください。



 引き続き台風情報をお伝えします。
 現在沖縄県に向かって北上(not艦娘)中の、史上稀に見る大規模な勢力をもった巨大台風■号は、つい先ほど、何と二つに分裂しました。
 分裂したうちの小さい方、台風■号Aは進路を大きく変えて北上し、東シナ海から九州地方の坊ノ岬付近に向かうルートで北上(not艦娘)中です。
 分裂したうちの大きい方、台風■号Bは進路を変えず、台湾沖から坊ヶ崎を通過するルートでこのまま沖縄本島、那覇付近に上陸する模様です。
 これに伴い、九州地方全域に特別避難勧告が発令されました。
 那覇鎮守府に集結していた帝国陸海両軍は状況に対処すべく……失礼しました。えー、たった今入ってきた情報によりますと――――

        ――――――――『第三次菊水作戦(民間呼称:台湾沖・沖縄本島防衛戦)』当日の台風情報



 朝の総員起こし30分前。
 新生ショートランド泊地に所属する駆逐娘の陽炎は、まだ夢の中にいた。

「死、死 、 よや ……ゔぅ……」

 タオルケットを盛大に蹴っ飛ばし、その端っこを胸元で力いっぱいに握りしめ、脳天とつま先を使ったえび反り姿勢のまま、陽炎はうんうんと悪夢にうなされていた。

 かつての上艦であり、今は自身の司令官共々MIAとされている軽巡洋艦娘の『神通改二』と、1対1での格闘訓練をしている夢だった。
 夢の中の陽炎は、何がどうしてこうなったのかまるで分らなかったし疑問にも思っていなかったが、このままでは殺られると思い破れかぶれの突撃。砲も魚雷も投げ捨てて、握り拳1つで神通に立ち向かって逝った。

『し、死ねよやぁぁぁ!!』

 対する神通はそれをあっさりと顔面狙いの十六文キック、もといフロント・ハイキックで迎撃し、やたらとエコーのかかった声で陽炎に言った。

『そうです。それで良いんです。水雷艦娘の基本は格闘です。砲や魚雷に頼ってはいけません(CV:ここだけ故 塩沢兼人あるいは山崎たくみ)』

 それ水雷戦隊の存在意義全否定してるんじゃ?
 そう疑問に思った陽炎に、神通からサブマシンガンの如き勢いで撃ち出された無数の酸素魚雷が飛来する。
 明らかに神通の体積以上の数が出ているはずだしそもそも魚雷が空を飛ぶ時点でおかしいのだが、きっと、夢の中なので何でもありなのだろう。

『う、うわっ! わわっ!?』

 何故かフワフワとしてうまく走れない両足を必死に動かして陽炎は魚雷を避ける。そして神通に背を向けて逃げる。
 そんな彼女を余所に夢の中の神通は悠々と、空になった魚雷発射管に一発一発丁寧に新しい魚雷を装填していく。

『嗚呼、思った通り……戦闘中の次発装填がこんなにも高揚感を。たまりません。魚雷発射管に命を吹き込んでいるようです……よし、生き返った』

 声は背後からしていたはずなのに、神通はいつの間にか陽炎の目の前に、普段通りの一見気弱そうな表情のまま――――戦闘中と訓練中は真逆の苛烈さだが――――立っていた。
 その両腕には射突型酸素魚雷の発射管が装着されていた。

『油断しましたね。私の次発装填は革命(レボリューション)です』

 神通が一歩を踏み出す。腕を振りあげる。
 途中経過をすっぽかして、ノーモーションで神通の拳が陽炎の視界一杯に広がる。
 それに思わずびくりと痙攣。現実世界での陽炎の身体も痙攣を起こし、奇跡的なバランス感覚で維持されていたブリッジ寝相が崩れて背中から敷布団に叩き付けられる。
 その衝撃で、夢から醒める。

「っ!! !? ……?」

 昨日は贅沢にも8時間睡眠だったはずなのに、たった今100メートル全力走を終えたばかりのような疲れが両足を中心に染み込んでいた。寝間着代わりの灰色のメンズタンクトップシャツの背中が寝汗で真っ黒になってへばり付いていた。はぁはぁぜひぜひと誰かの呼吸がやかましいと思ったら自分のだった。左手で額をぬぐってみたら、面白い量の汗がくっ付いてきた。

「……」

 敷布団の上で上半身を起こした姿勢のまま何度か深呼吸して、ようやく陽炎の意識と脳味噌の回転速度がまともに戻ってきた。
 辺りを見回せば、またすぅすぅと寝息を立てて雑魚寝している新生ショートランド泊地所属の駆逐娘達の姿があった。
 時計の針は、総員起こしの30分前だった。

「……ゆめ?」
「んぅ……なに、陽炎ちゃんぅ……?」
「あ、ごめん白雪。何でもないから寝てて寝てて」
「ん、そぅ……? ……すぅ……すぅ……」

 隣で寝ていた駆逐娘の白雪に小声で謝ると、陽炎は静かに大きく安堵のため息をついた。そしてシャツの裾で汗を拭いて再び敷布団の上に寝転がった。寝汗を吸って黒くなったシャツが背中に張り付いて不快感をもたらすが気にせず目を閉じる。総員起こしまであと30分。あと30分しかないのだ。多少臭かろうが背中が湿っていようが構うものか。

(あ。そだ。今日定期メンテだった。えと、たしか私の担当は……っ!!)

 思い出すのと同時にがばりと跳ね起きる。
 自分は、動力炉周りを始めとして色々な所が他の『陽炎』や陽炎型と比べてかなり特殊であるため、一般の整備兵ではなくて専門の知識と技能を持った人間に専属でメンテを担当してもらっているのだ。
 そして自分の専属担当は、ここ新生ショートランドの整備班ではなくて、お隣新ブインの塩柱夏太郎一等整備兵。略して塩太郎さんだ。
 陽炎が彼の顔を脳裏に浮かべた途端、猛烈な羞恥心に襲われた。

(ヤバいじゃん! こんな汗臭いままなんて!)

 起床後に身支度を整える時間は用意されているのだが、陽炎の乙女心はそれを待っていられなかった。
 陽炎は極力足音を殺して共用シャワー室へ直行。隣で寝ていた白雪の『んもう……陽炎ちゃんなんなのよぉ』というブーイング寝言は聞き流す事にした。
 そして、夜勤担当以外は総員起こし前の使用が禁止されている共用シャワー室の使用を、夜間哨戒帰りの那智隼鷹千歳の飲んだくれ改二トリオにばっちりと見つかり、カミナリを落とされるまで、あと15分。



 ちょうどその頃。
 南方海域における深海棲艦側の最前線拠点であるコロンバンガラ島では、軽巡棲鬼と神通、配下の駆逐&軽巡種数匹らと、そして一体の重巡リ級が、息も絶え絶えの満身創痍と言った有様で、朝日を背にして何とか生還した。
 人形姫との謁見の後日、延期されていた人類側の輸送艦を一隻、沈めに出撃してきた帰りである。(※第3話OKシーン その1参照)
 完膚なきまでの返り討ちである。

「油断しました。まさか単独の輸送艦があそこまで強いとは……ゲートウォッチ級ニコル・ボーラス号。ウェザーライト級の焼き直しだとばかり思っていました」
『畜生、オ前ノヨウナ輸送艦ガイテタマルカ!!』

 後詰め待機していた輸送ワ級らが驚きつつも治療を開始するべく行動を開始。
 神通は艦娘の洗脳・改造に使う特製の繭――――かつての龍驤に使われたもののアップグレードバージョンだ――――の中に押し込まれ、軽巡棲鬼はどこか遠くにいる件の輸送船に向かって中指を勃てつつ一際巨大な輸送ワ級の格納嚢胞の中に自ら入っていき、その中で治療を受ける事になった。
 神通は、繭に押し込まれる直前になって『あれ? 私、どうして味方の船を沈めにいったんでしょう?』と疑問が頭をよぎったが、次にこの繭が開いた時にそれを疑問に思えるかどうかは不明だった。
 負傷した配下の重巡リ級や駆逐&軽巡種らは燃料鋼材を普段の二割増しで艤装部分に詰め込んだ後、こういう時のためにとってある備蓄食料――――それ専用の輸送ワ級が体内で生成・備蓄しているゼリー状の食品(※人間も食えるぞ。味? デブと糖尿持ちはやめておけ)――――を胃袋の許す限り詰め込み始めた。
 肉体部分の損傷は金属部分のそれと同様に高速で自己再生されるとはいえ、作業に必要なカロリーと、傷口を塞ぐ材料は絶対必須となる。もしも外部からの補給も無しに自己再生を行ったのならば、最後にどういう結末が待っているのか。
 それは、2年前のガダルカナル島に倒れた深海の姫『リコリス・ヘンダーソン』が実証している。
 当時の数少ない生き残りであるこの重巡リ級は、その末路をよく知っている。
 なので、食える時には食って休める時には休むべきなのです。と、目の前にいる上位個体こと軽巡棲鬼に概念送信。
 それに対し軽巡棲鬼が言葉で返信。

「ワカッテルワヨ。ソレクライ。commanderヨリ工兵ゆにっとニ連絡。砲ノ整備ト、弾薬ノ補給作業ヨロシク。優先デネ。ア、例ノ艤装モ使エルヨウニシトイテ。最終調整ハ神通二ヤラセルカラ」

 重巡リ級が概念送信。
 格納嚢胞の中で軽巡棲鬼は、ゆったりとしたソファにでも腰掛けるかのような姿勢でくつろぐ。

「ア? 貴女モ少シ前ニ、歩兵ゆにっと達カラノ概念連絡ハ聞イタデショ? 見ツカッタカモシレナイッテ」

 重巡リ級が概念送信。
 一際巨大な輸送ワ級の格納嚢胞の中に生えている収容物固定用の吸盤触手が軽巡棲鬼を安全に確保し、そのままの姿勢で固定する。貨物輸送ではなく治療が目的なので、今回は内壁から分泌される硬化粘液は無しだ。

「ウン。ソウ。多分モウ、アッチノ索敵性能ナラ、最悪モウ補足サレテルカ、良クテ潜伏先ノ大雑把ナ割リ出シクライハサレテルハズ。長期陸上行動訓練兼偵察任務ハ、完全二失敗ヨ……ハァ、極限状況ノ再現ッテコトデ、武器弾薬抜キトカ、シナキャヨカッタワ」

 重巡リ級が概念送信。
 一際巨大な輸送ワ級の格納嚢胞が閉じ始める。

「多分、ネ。見ツカッタニシテハ、コノ数日間静カダッタラシイシ、私達ガのこのこ回収二ヤッテ来ルノヲ待ッテルンダトオモウ。ダカラヨ」

 一際巨大な輸送ワ級の格納嚢胞が閉じきる直前、軽巡棲鬼は壮絶な笑みを浮かべて外にいる重巡リ級を見据え、こう答えた。

「出撃ハ神通ガ治ッテカラ。鹵獲兵器ノてすとト、神通ノ洗脳具合ノ確認モ兼ネテ、逆ニ返リ討チニシテヤルワ」



 それから数日後。
 ところ変わって新生ブイン基地にて。

「海を行く♪ 水偵が飛ぶ♪ 雲を突き抜け星になれ♪ (主砲が)火を噴いて、敵を裂き、スーパー・ライトクルーザーが海を征く♪」

 ――――意見具申です比奈鳥司令官。大淀さんに出撃の機会を。
 ――――あの、提督。大淀の事だけどさ、ちゃんと出撃させてあげない? 何か色々と溜まってるみたいなの。

『あまりに出撃の機会が無さ過ぎて大淀が壊れかかってる。具体的には『(わたしおおよどことしで)はっさい』って奇声上げて壁に正拳突きするくらい(※第三話参照)』

 金(キン)探しの翌日に、夕張と吹雪の2人からひよ子に上げられた上申内容は大体そんな感じだった。
 上申を受けたひよ子は、大淀が通常出撃・戦闘の機会に恵まれない事は知っていたが、まさか彼女の精神状態がそんな事になっていたとは知らず、ひどく狼狽した。
 そして、部下の艦娘のメンタル把握をおろそかにしていた自分自身の不甲斐無さを内心で責め、それを目の前の2人に察せられぬよう意図的に表情を引き締めると、大淀の出撃許可を快諾した。
 もちろん、大淀の奇行の原因がこの基地の地下にある、未だ掘り尽くされぬ金の大鉱脈にあるのだとは知らないので、3人とも本当に大淀のメンタルが危険域に達していると思っていたのだ。

「OH・YO・DO! お淀が旗艦になったまま♪ OH・YO・DO! お淀が海を征く~♪」

 そして新生ブイン基地のメンバー全員を巻き込んだ金騒動から一週間と数日後の現在。
 同基地所属の事務員もとい軽巡洋艦娘『大淀』は、周囲の面々のそんな心配に気付く事も無く、幸せ絶頂ご機嫌絶頂な妄想に包まれたまま、艦娘人生では初となる、対艦戦闘を主目的とした出撃任務の日を明日に迎えた。



 そして、その日の朝。

「海に浮かんだ、鉄の城だと♪ 皆は言ってたね~♪」

 大淀は自身の艦娘人生史上最大級のご機嫌オーラに包まれていた。今日に匹敵するような出来事と言ったら、大淀の着任前、比奈鳥艦隊への配属が決まったと製造元の工廠で発表された時くらいのものだ。
 なので、定期メンテのため新ブインに連日お泊りしてた陽炎にすれ違いざまに挨拶してそのハイテンションに若干引かれ、大手を振ってひよ子の私室に入るや否や、艦娘でもないのに皆に隠れてこっそりとパウダー・フレーバー(そこらへんの草味)を、手の平の上に乗っけてちびちびと舐めていたひよ子の悪癖を普段のように見咎める事無く無く笑ってスルーして、男とレズならば誰もが見惚れるであろう満面の笑みを浮かべ、元気溌剌にこう言ったのだ。

「提督お早うございます! 軽巡大淀、いつでも出撃準備、出来ています!!」

 対するひよ子は、男でもレズでもなかったので、封の開いたパウダー・フレーバー(そこらへんの草味)の缶も手にしたまま、実に気まずそうにしてその言葉を告げた。

「……えー。大淀さん。その。ごめんなさい。今日の出撃は、また近海の哨戒です。相手また戦艦レ級です。多分」

 大淀は、ひよ子が何を言ったのか理解できなかった。満面の笑みのまま小首をかしげた。脳が事実を拒否していた。今日は待ちに待った艦対艦の大海戦ではなかったのか、と。耐え難い現実から目をそらし、今朝までの楽しい妄想の中に逃避していた。海を征く、水貞が飛ぶ、雲を突き抜け星になった命よ。

「時を超えその名前を胸に刻も――――」
「えと、説明するとですね。昨日の夜、定期哨戒から帰って来てた輝君たちが見つけたの。こっち――――ブインとコロンバンガラの間にあるチョイスル島に潜伏しながらこっちに進行してきてる深海棲艦を」

 チョイスル島。
 ブインやショートランドから見て2軒お隣にある島の名前だ。

「!!」

 その危険性に、大淀の意識と緊張感が現実に帰ってくる。
 深海棲艦の陸上侵攻。
 第四世代型の深海棲艦の存在や横須賀襲撃、そして沖縄での前例から、その可能性はあるのだとはいえ、大淀にはあまり実感が湧かなかった。
 だって、今まで、ここの深海棲艦が、そんな行動をとった事なんて、無かったのに。

「少し前の隼鷹さんからの報告にあったのと同じやつだと思う。詳しい事は朝食の後でね」



 その日の朝食を終えて会議室に移動した大淀と、新ブインのメンバーに加え、新生ショートランドの陽炎もこのブリーフィングに参加していた。陽炎以外の新生ショートランド泊地の面々も、彼女の艦隊ネットワークを通じてこのブリーフィングをリアルタイムで視聴していた。

「状況を説明します」

 会議室の中身はごく普通の会議室で、廊下と同じリノリウム製の床(※機械式の感圧センサー完備)であり、この部屋の一面を占める窓ガラス群には一枚の例外も無く盗撮・盗聴対策用として特殊なプリズム被膜と防音シールが一切の隙間無く張られていた。普段は無色透明だが、いざ写真やカメラなどに収めようとするとその部分だけ真っ白になって映るという代物だ。
 それ以外の部分もごく普通で、ごく普通の長テーブルを『三三』の形になるよう配置しており、ひよ子以外の新生ブイン基地のメンバーと陽炎はごく普通の事務用パイプ椅子に座っていた。
 そして、ひよ子のいる部屋の奥の壁にはパソコンとケーブルで繋がったプロジェクターがデスクトップ画面を壁一面に大きく映し出していた。
 ひよ子がマウスでパソコンを操作。南方海域――――特にブイン島とガダルカナル島が地図端に来るように拡大されたソロモン諸島の――――簡易地図が表示された。

「昨日の夜に、定期哨戒から帰還中だった輝君と雪風ちゃんがチョイスル島でPRBR――――パゼスト逆背景放射線を確認したわ。雪風ちゃん、お願い」
「はい。了解しました!」

 その会議室の一席に座っていた雪風が自我コマンドを入力。各艦娘の視覚野およびパソコンに情報送信。同時にプロジェクターに投影された壁の方にも変化。
 地図の上に濃い赤から薄いピンク色までのデジタルドットのグラデーションが歪な円形に広がった。数は2つ。一つはチョイスル島の中央部から少し西部に入った、とある地点を中心に。もう一つは、同島の北西部。ポロポロ浜と呼ばれる浜辺から内陸部に少し移動した辺り。

「この反応は、新ブイン基地開封日に隼鷹さん達が補足した波の持ち主と同一であると思われます。隼鷹さん達が採取した波形データと、今回輝君が採取した波形を精査したらほぼ一致したわ」

 その歪な円の中心部をひよ子は指揮棒で指し示し、説明を続けた。

「隼鷹さん達が補足したのは場所はここ、チョイスル島中央部だけど、昨夜の夜間哨戒に引っかかった現在地はこっち――――同島北西部、ポロポロ浜奥の密林地帯と推測されるわ。あれから何日か経ってるし、移動したのね」
「ポロポロ浜て……」
「こっちまで一直線じゃん!」

 会議室の中がどよめく。ひよ子はそのどよめきが静まるのを待ってから説明を続けた。

「……ポロポロ浜に仕掛けてあった観測機器群にはまだ変化は起こってないわ。つまり敵は引き返したか、この地点にまだ潜伏しているかのどちらかになるわ。引き返してたなら偵察。潜伏中ならコーストウォッチャーか、あるいはそれ以外の何かが目的と判断するわ。それじゃあ今回の作戦を説明するわね」

 ひよ子がパソコンを2、3操作。プロジェクターに映された画面の一部が変化する。チョイスル島の北西部から同島中央部に至るまで、赤いドットがいくつも表示された。ご丁寧な事に、各ドット周辺の地形環境の画像データ付きで。

「今回の作戦目的は2つ。1つ、今後に同様の事が起こった時のための予防策として、チョイスル島全域にセンサーを隠蔽設置し、地上における早期警戒網をより強固なものにする事。2つ、そのために、この反応の持ち主である陸上で活動している深海棲艦――――恐らく、というか、波形と数字からして十中八九戦艦レ級ね。こいつらと、恐らく来るであろう敵増援を完全殲滅して同地の安全を確保する事。作戦の流れはこうよ」

 ひよ子がパソコンをさらに操作。プロジェクターに映された画面の一部が変化する。今度は地図の上に飛行機と船、そして人型のシルエットが表示され、陸戦部隊、海戦部隊、航空部隊それぞれの部隊員の割り当て表が表示された。何故か新生ショートランドのメンバーの分も含めて。
 飛行機とお船のシルエットが動き出す。

「まず、航空部隊が作戦予定区域上空の制空権を確保。次に、同航空部隊による上空索敵で攻撃目標を捜索。海戦部隊は陸戦部隊を搭乗させたまま砲撃予定地点にて待機。航空部隊から目標発見の報が入り次第、砲撃を開始してください」

 シルエットの飛行機は島内を北西から南東に向かって縦断し、お船の方は海を征った。ただし、船の方は島からやや離れた距離にあった。

「なおこの砲撃地点が離れている理由ですけど、島内に潜伏していると思われる戦艦レ級からの強襲接舷を避けるためです。可能な限り沖合から砲撃してください。ですが、海中にも警戒してください。相手は深海棲艦です。レ級も長距離・長時間の潜水能力を有していると考えてください。それにコロンバンガラからの敵増援の可能性もありますし。あと、この対地砲撃に関してですが、細かい事は言いません。目標周辺の地形ごと消すつもりで撃ってください」

 突然の過激発言に一瞬どよめく面々を余所に、ひよ子の説明は続く。最後に残った人型のシルエットが島の中央に向かって動き出す。

「最後に陸戦部隊についてですが。こちらの出番は作戦の最終局面、ていうか実質後始末になります。航空部隊が制空権確保と上空索敵。海戦部隊が密林を始めとした各種障害物および敵目標を排除し、状況を確認してから小隊単位に分かれるか、あるいはひと塊のままのどちらかで出撃。残存した目標の捜索と確実な無力化、そしてセンサー群の隠蔽設置をお願いします。ですが、比較的軽傷なレ級がいた場合は積極的な交戦は避け、支援要請をお願いします。艦砲射撃か空爆で足止めし、その隙に撤退するか、その1個体相手に各隊手持ちの火力を全部叩き付けてください。残弾とか気にしなくていいので」
「そ」
「でないと死にます。秋雲ちゃんとプロト19ちゃんが、沖縄の時はそうだったって言ってました」

 今まで黙って作戦を聞いていた吹雪が『それはやり過ぎなのでは?』と言おうとした矢先にひよ子が反論を潰した。

「なので今回は、対艦戦闘と、陸上戦闘の二つを同時に遂行することになります。特にこの作戦では、エアカバーが重要視されます。隼鷹さんと千歳さんには、期待してます。説明は以上です。何か質問ある方は?」

 ノータイムで陽炎が挙手。

「私じゃなくてショートランドにいる隼鷹さんと千歳さんのお二人からです。上空索敵、特に密林内でレ級のような人間サイズの目標を探すとなると、期待されているほどの精密索敵は正直難しい。との事です」
「はい。その件については対処済みです。上空からの索敵にはこの新兵器を使います」

 ひよ子がパソコンを操作し、一枚の画像を表示させる。
 成人男性の肘から指先程の太さと長さを持った、つるりとした表面にくすんだ銀色をした金属製の円柱にパラシュートがくっついたものだった。

「この間の金(キン)売って作った予算の残りで買ってきた、空中散布式のマルチセンサーユニット群です。お二人には作戦開始と同時に爆撃機にこれ(センサー)を満載して島内の広範囲に散布してもらいます。連続稼働時間は32時間。とりあえず作戦中はバッテリー保ちますので、本作戦中はこれに頼って索敵する事になります」

 メイド・イン・ステイツっていうのがちょっと気に掛かかるけど、数はいっぱいあるんで大丈夫だと思います。とひよ子は答えた。
 吹雪は、何かの見間違いかな? と何度も作戦参加者の名前リストを読み直していた。
 自分の名前が、何故か海戦部隊と陸戦部隊の両方に載っていた。

「はい。了解しました」
「他に質問のある方は?」

 再度陽炎が挙手。

「じゃあ私陽炎から。このセンサー、えと、メインで設置する方のとバラ撒くのと両方なんですけど、よくこんな短時間で準備できましたよね。しかもこんな安……低予算で」
「あー。無人コーストウォッチャー計画って、前々からあったのよ。本土上層部のクソジジ……大本営に陳情してもなしの礫だし、民生品買おうにも予算不足でずっと棚上げで、件のポロポロ浜に設置してるのだけで精一杯だったけど。でもこないだ金(キン)が見つかった途端、手の平返したように大安売りし始めたのよ。他には?」

 吹雪が挙手。

「はい、司令官。私と、他の方の名前が何故か重複してるんですけど……同名艦の艦娘っていなかったはずなのでは?」
「……南方海域はね、人手不足なのよ」

 会議室、沈黙。

「え。まさか、司令官?」
「うん。海戦、ていうか準備砲撃終わったら、続けて上陸戦も頑張って」

 そんなんありかよ。
 吹雪も陽炎もそれ以外の名前重複組も瞬間的にそう思った。吹雪達は辛うじて顔には出さなかったが、片頬の筋肉が微かに痙攣してひくついていた。

「大丈夫、私も出るから。嫌だけどちゃんと例の触手服(※Team艦娘TYPE謹製。第1話参照)も着てくから」

 いや、そう言う事ではなくてですね。
 吹雪も陽炎もそれ以外の名前重複組も瞬間的にそう思った。
 ていうか触手服ってなんですか。吹雪は追加でそう思った。

 因みに。
 これと同時刻。

 旧ブインの201号室から新生ブイン基地の執務室に持ち込まれた、旧ブインメンバーの集合写真の中にいた綾波型駆逐娘の『敷波』が、写真の片隅に持ってきたちゃぶ台の横に頬杖ついて寝っ転がり、『えー。私がいた頃よりずっと恵まれてるじゃん。あの頃は私と漣とお父さんの3人しかいなかったしー』と書かれたカンペ代わりのスケッチブックを頭上に掲げ、龍驤に羽黒に暁響雷らと共に他人事のようにポテチスナックを齧ってお茶をすすっていたのだが、この時間は執務室に誰もいなかったので、生者組がこの光景を目にする事は無かった。
 そんなくつろぎの一時を満喫する死人共はさておき、ひよ子は勢いで誤魔化そうと早口で告げた。

「さ、作戦開始は本日11時、一一〇〇時よ。本当は明日の早朝から初めて日が沈む前に全部終わらせちゃうのがベストなんだけど、これ以上遅くなって状況が悪化しても困るしね。日が沈む前に全部片付けちゃいましょ。それじゃあ各員、状況を開始してください!」
「「「りょ、了解!!」」」



 深海棲艦側の南方海域における最前線拠点、人類側呼称『コロンバンガラ・ディフェンスライン』にて。
 一際巨大な輸送ワ級の格納嚢胞の中から首だけをにょっきりと出した軽巡棲鬼(治療中)が、ワ級から少し離れた海に立っていた神通に声を掛けた。

「神通、身体ノ調子ハ大丈夫? アト、新シイ艤装ノ調子ハドウ?」
「はい。実射はまだですが、特に違和感などは。システムにも異常ありません」

 現在の神通は、軽巡棲鬼に背を向けて、己の右腕に装着された新しい魚雷発射装置の具合を試していた。何故か一匹の従来型の飛行小型種を肩に乗せて。
 その魚雷発射管の形状は、従来の艦娘用のそれとは多少、意匠を異にしていた。6発分の魚雷発射管は、右腕を軸にして、リボルバー拳銃の弾倉よろしく腕を取り囲むようにして配置されていた。
 試製61cm六連装(射突型)酸素魚雷。
 それがこの新型魚雷発射管の正式名称だ。

「ア、コレノ入手経路? 私ノ、オ歌ガ大好キナ、人間ノ提督ノ『オ友達』ガ、コッソリ譲ッテクレタノヨ」
「そうだったんですか」
「前ノ洗脳波ノパターンハ、完全二ぷろてくとサレチャッタカラ、新シイぱたーん組ンダンダケド、時間カケタ甲斐ハアッタワネ。効キハ弱イシ遅イシ、間隔空ケスギルトスグ効果ガ薄マッテ消エチャウケド、ソノ分脳ニモ精神ニモ痕跡残サナイシ、依存性ナニゲニ強イカラ、自分カラハ手放セナイヨウニナッテルシ。コノ場合ハ、聞放セナイカシラ?」
「……そう、ですか」

 軽巡棲鬼は思う。上が見積もる人間どもの脅威値は小さすぎる、修正が必要だ。と。
 二年前の、連中が沖縄と呼ぶ諸島群でのリハーサル作戦&おまけのテストラン作戦の結果がどうなったのかもう忘れたのかと。
 自分の洗脳ソングだって、あのトラック諸島の後にはもう専用のプロテクトが組まれてて完全に役立たずになってたし。この神通はそのプロテクトが配布される直前に確保できた最後の艦娘で、そのくせ屈服まで2年も耐えるとか言う化物だし。しかも本人に聞いたらそれが艦娘としての神通の平均値だとか言うし。
 そこで気付く。

「? ソイエバ、何デ艦載機、肩ニ乗セテルノ?」
「この子ですか? 記録担当です。後で見返すのに使うんです。ここ(コロンバンガラ)の中では、一番私に懐いてて、大人しくて、私の言う事を何でも聞いてくれるとってもいい子だったので」

 そう言って神通は、中指と人差し指の先でその艦載機こと飛行小型種を優しくなでまわす。
 そいつはもっとしてもっとしてと言わんばかりに着艦節足ワシャワシャ、複眼ピカピカペカーと返事をしていた。

「フーン。マ、オ気ニ入リガ決マルノハ良イコトネ。トコロデ神通」
「はい」
「貴女、今日、コレカラ出撃ダケド、良イノ? 相手ハ多分、しょーとらんどノ艦娘達ヨ?」

 そこで神通は、訳が分からないとでも言わんばかりに小首をかしげた。

「 ? それが何か? 敵は倒す。それだけなのでは」

 軽巡棲鬼は、神通が首をかしげるタイミングが、ほんの少し遅れた事に違和感を覚えた。

「……フーン。敵、ネェ?」

 軽巡棲鬼は、意志の力で普段通りのドヤ顔を維持したまま、ごく自然を装って神通の目を見やった。目は口程に物を言う。
 Sの字状の黒く短い角の生えたアイマスクに遮られ、神通本来の瞳は、全く見る事は出来なかった。

「……」
「……」

 時間切れ。これ以上はこっちが疑われる。
 そう思った軽巡棲鬼は心の中だけで舌打ちし、自分の首から下をすっぽりと納めている輸送ワ級に命じて背を向け、その場を後にしようとした。

「マ、イイデショ。完熟訓練邪魔シチャッテゴメンナサイネ。出撃前ニナッタラモウ一度呼ビニ来ルカラネ」
「はい。私の訓練も、後は次発装填の訓練だけでふゃぁああっ!?」
「「!?」」

 何の脈絡も伏線も無く、突然神通が上げた桃色の嬌声に、おもわず軽巡棲鬼と輸送ワ級が同時に神通の方に体で振り向いた。
 見ると、何故か神通は内股になって、真下に向けた試製61cm六連装(射突型)酸素魚雷発射管に一発一発魚雷を挿入、もとい装填しているところだった。
 軽巡棲鬼とワ級の2人からもハッキリと見て分かるほどに頬どころか耳までもを赤く染め、息を荒げていた。

「な、何これ……っ、完全オートメーションの次発装填機構には無かった高揚感……っ、一発っ、一発ずつっ♡ 魚雷っ♡ 発射管にっ、挿入してるの、って……! 魚雷発射管にっ、命っをぉ、♡ 吹き込んでいるようでぇ♡ 最っ♡ 高っ♡♡ ですっ♡♡♡」
「エ、アノ? 神通、サン……?」

 軽巡棲鬼達の存在も、突然の神通の嬌声に何事かと集まってきた他の深海棲艦らの事すらもを完全に意識の外に追いやった神通は、魚雷発射管を天に向けて模擬魚雷を一斉に排莢。
 そして絶頂もとい絶叫する。

「っああああああああああああああああああっ♡ わ、わたっ! 私の次発装填は革命(レヴォリューション)よ!!」

 神通は、完全手動とは思えぬ高速で次発装填を完了し、この世全ての法悦を極めたかのような雰囲気のまま、魚雷発射管を装着した右腕を天に向かって突き出しつつ、茫然と天を仰ぎ見たままフリーズする。

「……ステキ♡」
「……アホクサ」

 そう吐き捨て、今度こそ完全に軽巡棲鬼(と、その首から下を格納嚢胞の中にすっぽりと包み込んだ輸送ワ級)がその場を後にする。

「予定通リ、コノ後スグ出撃ルカラネー!」
「はぁ、い……♡」

 もしかしてコイツ、実はまだ洗脳されてなかったんじゃなかろうか、という微かな疑問など、軽巡棲鬼の頭の中からは完全に抜け落ちていた。



 吹雪に背を向けて片膝をついた陽炎が、左手一本で自身のうなじから伸びるLANケーブルで直結されたSCAR――――合衆国の成人男性基準のアサルトライフルは、陽炎型駆逐娘の手と指には少々大きすぎる――――を保持しつつ、手ぶらの右手でガッツポーズ。それに吹雪が答える。

「止まれ」

 陽炎はその姿勢のまま、右手の指を伸ばし、手の平を下に向けて、右手を下げる。それに吹雪が答える。

「しゃがめ」

 陽炎はその姿勢のまま、柏手を一つ打ち、Vサインをし、親指と人差し指で丸を作り、片手を水平にして額に当てた。それに吹雪が答える。

「パン、ツー、丸、見え」
「YEAAAH!!」

 早朝ブリーフィングの後。新ブインと新ショートランド双方のメンバーは予定を大幅に変更して、来たるべき出撃の時に備えていた。
 地上戦に備えてハンドシグナルの確認である。
 誠に遺憾なこと長良、艦娘というのは人の形をしているくせに、基本的に陸上戦には対応していない。
 そもそも、第一世代型の艦娘の開発・運用目的からして『雷巡チ級、およびそれ以前の深海棲艦各種を確実に、かつ速やかに撃破する事。出来れば砲弾ミサイルなどの使い捨て兵器の使用をなるべくケチった上で』なのだ。
 当時は敵も味方も海の上が大前提であったし、それは、対艦娘兵器である重巡リ級との戦闘が前提になっている第二世代型艦娘が主役の現代でも同じだ。
 艦娘による陸上戦闘が注目され始めたのはたったの2年前で、しかも当時は二級戦線のドン詰まりだったこの南方海域の旧ブイン基地から第四世代型の深海棲艦――――極めて強力なステルス能力と陸戦能力を持つ――――との戦闘詳報が上げられてからの話である。当時陸上戦闘が可能だったのは、実用化が始まったばかりのごく少数の改二型艦娘と一部の駆逐娘、クウボ娘や潜水娘に、陸軍渾身の『あきつ丸』『まるゆ軍団』くらいのものである。
 陸上戦闘も視野に入れ、最初から改二型への大改造を前提とされて建造されている最新鋭の第三世代型艦娘の開発および既存艦娘の改二化の本格着手に至っては、その第四世代型の重巡リ級による横須賀襲撃と、軽母ヌ級による血のクリスマスがなされてから少し後という体たらくである。
 話が長くなったが、つまり、今挙げたいくつかの例外を除いて『艦娘が陸戦をやる』とは『普通の人間の装備でドンパチやる』という認識で間違いはない。
 そして、その準備の一環として、装備の点検とハンドシグナルの最終確認をしていた陽炎と吹雪は、何故か無表情でピシガシグッグッしていた。

「敵の奇襲があるかもしれないのに」
「お前ら何をしているだ、なのねー」

 と、そんな二人を見て、陽炎と同じく持っていく銃にLAN直結して論理トリガにエラーが無いかを確認していた秋雲とプロトタイプ伊19号の2人がツッコミを入れた。
 そして吹雪は、今更ながら気付いた。

「え、誰この人達」
「あ。秋雲とプロト19じゃん。おかえりー。いつ帰ってきたの?」
「陽炎達ただいまー。昨日の夜、二三〇〇時さー。ていうか私らもさっきのブリーフィングにいたじゃん」
「飛行機降りて部屋ですぐ寝て、今朝起きて早々に緊急作戦だから、ぜんぜん休んだ気がしないのねー。あ。タウイタウイのお土産で貰ってきたイチゴちゃんのイチゴジャム、後で渡すなのー」

 そこで秋雲とプロト19の2人は、吹雪の方にきちんと向き直って、自己紹介を始めた。
 まずは秋雲。夕雲型の制服を着てるくせに、陽炎型のIFFパターンを発行している変な艦娘。

「そいやそっちの吹雪は新入り? 私は夕雲型……じゃなくて陽炎型の18番艦娘の『秋雲』さんさー。信条は体験は作品にリアリティを生む……なんだけど、沖縄ん時の市街遅滞戦闘の経験がリアリティ産み過ぎちゃって今秋雲通信にうpしてる漫画の感想で『3びきの子豚がいきなりワールド・ウォーZになった』って言われちゃったのが最近のお悩みかな、っつーわけでヨロシク哀愁ぅ」

 そして2人目。プロトタイプ伊19号。
 水色のロングヘアをトリプルテールにまとめ、紺のスクール水着のみを着て、胸元の白いゼッケンとスク水の隙間から二対四本の白灰色の長大な触手を持った胴体に剥き出しの大口だけがあるタコっぽい何かが覗いている艦娘。胸元の白いゼッケンには『い、いくぅ』とあった。

「イクはねー。D系列艦娘のー、プロトタイプ伊19号の19番なのー。プロトでもイクでも好きな方で呼んで欲しいなの。で、この胸の間にいるのが忌雷ちゃんなの。正確には鹵獲した深海忌雷を改造した艤装『甲標的(生体)』って名前なんだけど、みんな普通に忌雷ちゃんって呼んでるなの」

 そのプロト19に促され、外にはいずり出てきた4本足と大口だけの灰色タコが、内部に格納してあった名刺を一枚取り出し、二本の触手を使って丁寧に吹雪に手渡した。
 それを同じく両手で恭しく受け取った吹雪が「あ、名刺いただきます」と軽く頭を下げる。そして疑問に思う。
 何故タコがお前の分の名刺を出すのだ、と。
 いや、それ以前にPRBR検出デバイスがそのタコに反応しているのになぜ誰もノーリアクションなのだ。
 ていうかD系列艦って何? あなた潜水艦娘じゃないの?
 吹雪の脳ミソと一般常識は混乱の極みにあったが、世界を驚愕させた特Ⅰ型駆逐艦としての意地と誇りに懸けてそれら全てを眉毛よりも上に棚上げして2人に敬礼し、返答。

「じ、自分は第3世代艦娘式特Ⅰ型駆逐艦娘の1番艦『吹雪』であります! よろしくお願いします!」
「おう、お姉ーさんこゆトコ初めて?」
「肩の力抜きなよ、なのねー☆」
「あんたらね、ここは怪しいお店かってーのよ。あ。吹雪、帰ってきたら次はショートランドスラングのハンドシグナル教えたげる」

 女三人寄れば鹿島しいというが、4人も集まればお察しである。

「そいえば陽炎ちゃん。私達って帝国軍なのに、なんで合衆国の最新型の突撃銃がここにあるの?」
「ひよ子さんの、というか秋雲のコネだって。何でも、沖縄で共同戦線張ってた部隊からの贈呈品だってさ」



 そして作戦が始まった。

 ひよ子の予想をいくつか裏切りながらも作戦チャートは順調に消化されていった。
 裏切られた予想は2つ。敵航空部隊が存在しない事と、その増援も来なかった事。ひよ子にとってはとても嬉しい誤算である。
 空中から地上に向けて無数にバラ撒かれたセンサー群の一部に反応。そこから2分と経たないうちに、反応があったその一帯に大小さまざまな榴弾の雨が降り注ぐ。
 密林の木々、土くれや砂利、巻き添えを食ったセンサーユニット群。
 そして、攻撃目標である戦艦レ級。
 各榴弾の殺傷圏内にあったこれら全てが爆風で吹き飛ばされ、破片でズタズタに引き裂かされる。

≪ヒャッハー! 隼鷹航空隊B01から海戦部隊。B01から海戦部隊。砲撃中止。砲撃中止せよ。該当区域にセンサーの再投下を行うぜヒャッハー!≫
「バード0よりB03。中止了解しました。各艦、一度砲撃を中止して」
【【【了解】】】
【……ふふ】

 ひよ子からの通信命令に従い、新生ブインの大淀以外の全艦娘が砲撃を中止する。

「え、事務い、大淀さん? 砲撃中止、中止ですよ!?」
【……うふ、うふ、うふふふふふふ。軋む砲塔主根、焦げ付く臭いの砲煙、対装甲にも範囲制圧にも使える多目的榴弾のお買い得感……これが、この何とも言えない高揚感が砲撃戦なんですね!!】

 艦艇用の復座装置を貫通して接合部まで響きぬける14センチ連装砲の射撃反動がたまらない! 有澤製の14センチ榴弾が個人塹壕(タコツボ)ごとレ級をまっ平らに均した時など心が躍る!!
 などと、どこかの同盟国の少佐殿の如きハイテンションを電波に乗せるメガネ(大淀)の奇行に、ショートランドの白雪以外の全員がドン引きしていた。その白雪は、心の底から同意すると言わんばかりに探照灯の1つを何度も何度も上下させていた。
 ひよ子は何も言わず上位コマンドを大淀に送信。問答無用で射撃を中断させた。
 そこでようやく、船腹にぶつかる波打ち音すらロクに聞こえないような轟音に慣れ切った各員の耳と聴覚デバイスに、痛いほどの静寂が帰ってくる。

「はい大淀さんそれまでよー。ステイ、ステーイ」
【俺に銃を、もとい私に砲を撃たせろー!!】(CV:ここだけ池水通洋)
「はいはい。また後でね。バード0よりB01。バード0よりB01。砲撃一時中止完了。センサーの散布再開をお願いします」
≪ヒャッハー。B01了解だぜ≫

 バード0ことひよ子が、無線でB01に連絡。痛いほどの静寂を切り裂いて、プロペラ航空機の羽音が複数、頭上高くをフライパス。
 パラシュートが開く音も、速度の死んだセンサーの本体やパラシュートが木々の枝を引っ掛け、折っ欠く音まではっきりと聞こえてきたような気がした。
 それから数十秒もしない内に。

≪ヒャッハー! 隼鷹航空隊S01から海戦部隊。S01から海戦部隊。当該区域のPRBR値は通常域。撃破したものと思われるぜヒャッハー≫
「バード0了解。次の反応があった場所は?」
≪ヒャッハー! 隼鷹航空隊S01から海戦部隊。S01から海戦部隊。今のとこ全センサー群に反応は無いぜヒャッハー≫
「バード0了解。じゃ、そろそろ上陸開始するわよ。担当の人達は、気を引き締めて!!」
【【【了解!】】】



「……思ってたより、全然木々が残ってますね」

 ブスブスと煙を上げる黒焦げの大地を、新ブインと新ショートランドの混成部隊が一歩一歩、全周囲を過剰なまでに警戒しながら進んでいく。
 当初の予定では、まっ平らの黒コゲ大地になった南ベトナムもといチョイスル島を、皆で大声でミッ●ーマウスマーチを歌いながらM16を抱えて行進していく予定だったのだ。
 だが、現実は違った。
 砲弾が集中したごく小さな範囲なら兎も角、島全体で見れば、木々や地形に大した変化は見られなかった。倒れて吹き飛ばされていたのは着弾地点の周辺くらいの物だった。
 ひよ子3番目の誤算、本作戦初の嬉しくない計算外だった。

「司令官。見てください。あの木の上に引っかかってるセンサーポッドです。爆心地に近いのに、ほとんど無傷です。破片が木に遮られて届いてないんです」
「……大本営から補給された砲弾の炸薬、もしかして粗悪品? 普通の榴弾なら破片で木の幹ブチ抜いて、爆風で根っこからヘシ折る破壊力あるはずなのに」
「こりゃ先代基地司令が密輸に走ったのも頷けるってもんだね」

 空中から投下したセンサーの反応は現在、完全に沈黙しているが、これではどこまで信用できるやら。

「……バード0から陸戦隊各員へ。予定変更。センサーの設置個所はここと、あと何ヶ所かだけにしましょ。最短で島縦断できて、最低限の警戒ラインを引けるような要所だけ。島の奥地はまた後日、もっと準備を整えてから。密林戦闘の経験ある人誰もいないのに、ジャングルの奥深くまで入って戦闘は自殺行為だしね」
「「「了解」」」

 隊形は二重の輪形陣。
 中央に本作戦の要である大型擬装センサーとその設置工具を背負った塩太郎&夕張の二名を置き、その周囲を銃器で武装した人と艦娘が警戒・護衛していた。因みに明石と翔太、スルナの3人とお付の艦娘らは工廠で待機だ。
 ジャングルの密度は相当なもので、2、3メートルも進めば別の木が生えており、射線も視線も完全に塞がれていた。
 ひよ子達は空爆と砲撃が集中してできた焦げ臭い広場の中央付近で待機。数名の艦娘達が密林内に隠密侵入し、近辺の索敵を開始する。
 その最先頭を行く、秋雲とプロトタイプ伊19号が、LAN直結されたSCAR(着剣済み)を、砲撃から生き残った前方のジャングルの薄暗がりの中に向けながら小声で呟いた。

(これじゃあ前が全然見えないよぉ……あの夜と同じじゃん。今昼だけど。クリア)
(電気の消えた那覇の夜より全然明るいし、子供達を守る必要無いし、見つかっても戦ってもいいだけ今日の方がマシなのねー☆ ……クリア)

 囁き同然の小声で愚痴を漏らしつつ2人は周囲の安全を確認。他方の警戒をしていた面々からの報告も同じく。

「了解。デリバリー0、作業開始します」
「夕ばr……もといデリバリー1、サクッと終わらせますよー!」

 その報告を受けて、輪形陣の中央にいたデリバリー0&1こと塩太郎と夕張が昔ながらの背負い籠に細いロープで束ねられていた倒木型センサー(防水加工済。流木としても擬態可能)を取り出してテキパキと組み立て、隠蔽設置していく。因みに2人が背負いきれなかった分は一部の艦娘が圧縮して艦内に保管してある。必要になったらその娘に一度『展開』してもらい、倉庫から取り出す手筈になっている。
 最後に枝と葉っぱに擬態したソーラーパネル兼通信アンテナと本体を接続して電源を入れ、起動。テストとしてセンサーの前で2、3度ほどサンプル板を往復させる。PRBR検出デバイスは正常に作動。音紋検出器正常に作動。塩太郎の仕事用スマートフォンにデータ送信。テスト項目全て問題無し。

「設置完了しました」
「了解、次行くわよ」

 ひよ子がそう言うのと同時に論理トリガの乾いた単射3発が、チョイスル島のジャングルの中から木霊する。
 それと同時に塩太郎のスマートフォンに再度メッセージ着信。送り主はたった今設置したばかりのセンサーから。
 血相を変えた秋雲とプロト19が前方の茂みから大慌てで飛び出してきた。

「見つかったのね! まだ3匹来てる!!」
「砲撃の効果全然ないじゃんかー!」

 走りながら秋雲が背後に向かって発砲。ひよ子達のいるところからでは敵の姿は見えない。代わりに、近辺にバラまかれていたセンサーポッド群がいくつか反応していた。
 その反応を頼りに今度はプロト19が再発砲。
 直後、小さな人影が1つ、茂みの那珂から飛び出して、短い距離を転がって止まった。

「これは……」

 全長百数十センチほどの完全な少女型のボディ、ごく普通の深海棲艦らしい死人のような青白い肌と同色のショートヘア、およそ深海棲艦らしからぬ深いコバルトブルーの綺麗な瞳、額にぽっかりと開いたNATO規格の5.56mm、黒のビキニと同色のレインコート、そして臀部から生えた、全長およそ3メートルほどの真白く目の無い蛇のような太い尻尾。
 深海棲艦の歩兵ユニット。沖縄の悪夢の1つ。陸戦における深海棲艦の新戦力。
 通称、

「歩く戦艦……戦艦レ級!」
「3匹どころかもっといますよ、この反応は!! 千歳さん、航空支援お願いします!!」

 大淀の支援要請に、千歳は言葉で答えなかった。代わりに、敵機がいなかったのでひよ子達の頭上で無限8の字飛行で待機していた真っ白な零式21型戦闘機――――ゼロ戦の通称で知られる往年の傑作戦闘機だ――――が二機、墜落同然の急角度で地上に向かってウミドリ・ダイブ。
 その最中にバラ撒かれた20ミリ機関砲弾は、何も無い地面を耕し、そのついでとばかりに茂みから飛び出してきた新手の戦艦レ級2匹をそれぞれ頭上と背中から打ち据え、足元の地面に顔面ダイブさせた。
 が、それまで。
 21型が機首を引き上げ掃射を止めるのと同時にその2匹はひよ子達に向かって再び走り出した。そいつ等の被害らしい被害と言えば、着弾時の衝撃でコートが真っ白になっていたのと、手や顔に泥が付いてたくらいのものだった。
 瞬き1つの時間でメートル単位の距離を詰めて来るレ級に、その場にいた誰もが凍り付く。
 何人かの例外を除いて。

「弾幕射撃! 絶対近づけさせないで!!」

 輝の叫びに雪風と秋雲とプロト19が最速で反応。最寄りの一匹に集中砲火。そのレ級は袖の長いコートですっぽりと隠れた両腕で顔面を覆い隠し、右に左にとステップを踏みつつ接近を続行。その間にも数十数百にも上る鉛玉が全身に直撃したはずだが、無傷だった。黒色に戻っていたコートの着弾箇所には水面に広がる白い波紋のようなものが現れては消えて、鉛玉はそこからポロポロと力無く自由落下していったのが見えた。弾頭の形状を一切ひしゃげさせる事無く。

「海のスナイパーは……陸の上でもスナイパーなのね!!」

 プロト19がレ級の、ほんのわずかに緩んだクロスガードの隙間を狙って、LAN直結された論理トリガで単発狙撃。
 間髪入れずに着弾。
 見事に額を撃ち抜き、そこから飛び込んだ銃弾がコートの中に隠れている後頭部をスイカ割りのスイカよろしく不格好な破片単位で吹き飛ばすのと同時にもう一匹が跳躍、プロト19の頭上遥か高くを飛び越え、輪形陣中央付近に着陸。
 レ級が顔を上げ、二重の輪形陣の中央という、深海棲艦からすれば何をどう考えても最重要なポジションにいた塩太郎と夕張の2人の方に目を向けるのと同時に、最後の壁として二人の隣に備えていた吹雪が銃を向け、発射の直前で彼女の索敵系が誤作動を起こした。
 論理トリガに警告ロック。

「嘘っ、何で!?」

 艦娘のメインシステム索敵系からすると、戦艦レ級は守るべきはずの人間と酷似し過ぎているのだ。
 ほんの一瞬硬直し、自我コマンドでロック強制解除と同時に目を瞑りながらも構えたSCARを論理トリガ。

「お、お願い! 当たってください!!」

 目を瞑り、彼我の最終位置の確認すらしておらず、物理トリガで言うところのガク引きに相当するプレッシャーLANによって実行されたフルオート射撃の30+1発は、もちろん、当たりもカスリもしなかった。
 そんな吹雪の脅威値をその辺の石ころと同レベルにまで引き下げた戦艦レ級は塩太郎と明石の2人に飛び掛かる直前に『あの、すみません。ちょっと』と、真横から掛けられた声に無意識に振り向いた。
 目の前に筒があった。

「?」

 自身の目の前に突きつけられていた、黒くて真ん中に穴が開いた金属製のその筒が、拳銃の銃口であると認識するよりも早く、それがトリプルタップ。
 2匹目のレ級は軽く吹き飛ばされ、背中から地面に倒れ込んで2、3度痙攣。そのまま動かなくなった。
 その拳銃の持ち主である大淀が、無意味にメガネを反射光で白く光らせながら無表情に呟く。

「吹雪さん。銃や砲を撃つときは、キチンと目を開いて前を見ましょうね」
「は、はい……」

 2人がそうこうしている間にも更に敵増援。今しがたの一戦で学習したのか、今度は高度も方角もてんでバラバラな木の枝の上から、同時に複数のレ級が飛び出してきた。
 今度は4匹。
 うち一匹は秋雲達の集中砲火により空中でハチの巣を通り越してヒマワリの花になり、一匹は着地に成功して顔を上げると同時に目の前にいた大淀のトリプルタップでそのまま永遠に沈黙し、一匹は運悪く着地点に転がっていた石ころを踏んづけて足首をくじいた上に盛大に転んで顔面を盛大に打ち付けて鼻血を出すも何とか立ち上がったところで吹雪に口の中にSCARの銃口を突っ込まれ、1マグ分のフルオート射撃を食らって首から上がミンチになった。

 そして、最後の一匹は、銃もナイフも間に合わないと判断したひよ子の右ストレートを顔面にもろに喰らって、二重の輪形陣の外側まで吹き飛ばされて逝った。

 よく見ると、ひよ子は普段の女性らしい体つきをしておらず、服の上からでも見て解るほどに体中の筋肉が膨張していた。きっとご親戚には『戸愚呂』か『街雄』なる名字の方がいるのだろう。
 その光景を目にした者は、人も艦娘も茂みの中に隠れていたレ級達も心霊写真チームの面々も、誰一人の例外も無く『えぇ……』と、困惑したような表情をひよ子に向けた。
 その視線の意味を察したひよ子が焦った様に、早口で弁明を吐き出した。

「わ、私じゃないわよ? 触手服、触手服が膨らんでるだけだからね!?」

 ほらぁ! と叫んで(筋肉ムッキムキの)片袖をまくる。見れば確かに、ひよ子の生腕は女性らしい細さを保っていた。
 それを見て、塩太郎や有明警備府時代から付き合いのある艦娘達は『流石TKTの次世代装備』と真面目に感心していた。形状はさておき。
 それを見て、塩太郎や有明警備府時代から付き合いのある艦娘達以外の面々は、よかったよかった普通の人間だったと安堵すべきなのか、それとも自分達の生き死にに直結している作戦行動中に触手服などという極めてニッチな性癖を満たすアイテムを着用してくる新ブインの基地司令殿の変態性癖を窘めるべきか、割と本気で悩んでいた。
 そんな折、緊急連絡が上空より入る。

≪ヒャッハー! 樫原丸お嬢様ー! 彩雲の連中より緊急入電! コロンバンガラ方面から敵航空機が多数接近中、海上にも複数の深海棲艦を認むとの事ですぜー! 現在撤退中、艦種不明! ヒャッハー!!≫



 ちょうどその少し前、軽巡棲鬼はチョイスル島に潜伏させていた歩兵ユニット――――人類側呼称『戦艦レ級』――――からの緊急の概念通信を受け取って、その内容から導き出された結論に顔をしかめていた。

「どうか、したのですか?」
「……アイツラ、歩兵ゆにっとノ事、全然侮ッテナイ。ソレドコロカ、島中砲撃シテ、せんさーバラマイテマデ、狩リ出ソウトシテタ……!」
「? それが何か?」
「歩兵ゆにっと達ガ、実際ニ戦闘シタノッテ、二年前ノ沖縄ノ、りはーさる&オマケノてすとらん作戦ノ時ダケヨ!! 歩兵ゆにっと達ガ、障害物ダラケノ環境デ、ドレダケノ高性能ニナルノカ知ッテナキャ、ココマデヤッテデモ殲滅サセヨウダナンテ考エナイハズ……! ツマリ、敵ノ中ニハ沖縄帰リノ猛者ガイル……! 精鋭……っ、間違イナク……っ! ツマリ、私達ハ、今、ぴんち……っ! 圧倒的ニ……っ! 虎口……っ、コノ先……間違イ無ク……っ!」
「!!」
「ダケド同時ニちゃんすデモアルワ。ソイツ、アルイハソイツラヲ倒セバ、南方ハシバラク安泰ヨ! 各艦ニ通達、最大戦速。もたもたシテタラ、各個撃破サレルダケ。陸ト空ガアル内ニ畳ミ掛ケルワヨ!! デモ陸戦ゆにっと拾ッタラ即時撤収! ソレガ最優先! 良イワネ!?」
「……了解」

 神通以外の各深海棲艦達から、了解の意を示す概念通信が届くのと同時に、軽巡棲鬼は、異形の頭部にしか見えない下半身のウェポンユニットを瞬間的にトップスピードまで増速させた。そしてそのスピードに付いてこれた4匹の駆逐ニ級と、上空の飛行小型種らをお伴につけ、チョイスル島へと真っ直ぐな航跡を伸ばし始めた。
 他の深海棲艦らも遅れてなるものかと増速を開始。重巡リ級などの一部の人型は雷巡チ級に2ケツしたり、犬ゾリならぬ駆逐イ級ゾリをしたり、バタフライ泳法などで頑張ったりして加速した艦隊総旗艦に追従しようとしていた。そしてどう頑張っても追いつけないと悟り、大人しく後方からの支援砲撃に徹しようと決心した。
 そして、神通は、そいつ等の最後方になるまで速度を上げなかった。

「……ちょうど良いタイミングですね。あなたに1つ、秘密のお願いがあるのですが」

 そいつらと少し距離をとったところで神通は、着艦節足で自身の肩にひっついている一匹の従来型飛行小型種に、その頼み事の内容を優しく語り始めた。
 そして、不自然さを悟られないために増速し、支援砲撃連中を追い抜いて軽巡棲鬼への追従を再開した。



 比奈鳥ひよ子准将がジャングルから追加で飛び出してきた戦艦レ級どもの一匹の顔面を右ストレートで殴り飛ばした――――やはり銃やナイフでは間に合わない距離と状況だった――――ちょうどその時、上空の隼鷹航空隊から緊急通信が入った。

≪ヒャッハー! 隼鷹航空隊S04より全ユニットへ緊急警報だぜヒャッハー! 接近中の敵水雷戦隊の構成判明、軽巡棲鬼1、駆逐ニ級4。敵上空に直援機少数、詳細不明。以上、あべし!!≫

「なっ……!?」
「お、鬼ですってっ!?」

 帝国海軍で、深海の鬼と言ったら、真っ先に浮かぶのはハワイの白鬼、泊地棲鬼である。
 そいつ自身は2年前の南方海域で今度こそ討ち取られ、晒し首と主砲が帝国本土へ護送されていったのだが、それでもそいつが残したインパクトは強い。少なくとも、帝国古来からの方程式『鬼 = 強い』が連想されるくらいには。
 そしてそれは、二年前のトラック諸島沖でやりたい放題暗躍してから逃げおおせ、今日この時に至るまでまったく発見報告が上がらなかった軽巡棲鬼にも当てはまる。
 誰も彼女の実戦闘を見た事が無いので、憶測と鬼の前評判で判断するしかなかったからだ。
 だから『軽巡棲鬼 = 鬼って付いてるし、たぶん強い』と誰もがそう考えていた。
 1人と一隻を除いては。

「軽巡棲鬼……今度は逃がしません! 絶対、しれぇと一緒の深雪スペシャルで、そのどてっ腹に大穴開けてやります!!」

 輝の真横にて警戒を続けていた陽炎型の駆逐娘『雪風』が、普段通りの舌っ足らずな口調で、幼げな姿形を裏切る過激で物騒な発言をするのと同時に、上空で旋回待機していた千歳と隼鷹の21型達が進路変換。先行する敵航空部隊の迎撃へと向かっていった。
 そしてひよ子は、立て続けに襲い来る予想外の出来事によって、パニックで沸き立ちそうになる頭の中を意志の力で何とか鎮めながら、同時に素早く計算した。

 ――――何てこと、作戦は失敗だわ。ていうかなんで鬼が出てくるのよ!?

 当初の予定を大幅に変更し、最低限の警戒ラインだけでも引こうとして、それでも結局設置出来たセンサーは1つだけ。ここから更に強行しても、途中で敵主力の射程に捉えられるのがオチだ。
 自分の責ではないとは分かっているが、それでも強烈なストレスを感じる。
 ひよ子は、どうしてこう上手くいかないのよと叫んで頭を掻きむしりたくなる突発的な衝動に襲われたが、上に立つ者が部下の前で取り乱すわけにはいかないと、何とか自制して喉を掻きむしるだけに抑えると、通信機に向かって叫んだ。

「バード0より全ユニットへ。作戦は……一時中断、一時中断! 塩太郎さ、デリバリー0はデリバリー1(夕張)を直援に着けて即時撤収。それ以外の陸戦部隊の皆は海上に戻って海戦部隊と合流。ここで敵を迎え撃ちます。センサー設置作業の再開は後で状況を確認してから!! 後詰め待機組の翔太君とスルナちゃん達に連絡、念のため出撃準備。あと工廠に待機している明石さんにも、いつでも入渠できるように準備しといてもらって!!」
「「「了解!!」」」
「ブインとショートランドの大半の戦力が集まってる今ここが、最終防衛ラインよ! 各員、行動開始!!」
≪ヒャッハー! 隼鷹&千歳航空隊、敵航空直援部隊と接触、交戦開始。敵水雷戦隊への攻撃は不可能だぜヒャッハー!!≫

 ひよ子の号令を受けて、まずは艦娘達が海に飛び込み次々と『展開』――――駆逐娘以外はその都合上、少し沖に出てからだが――――していく。そして輝は『雪風』に。ひよ子は『北上改二』にそれぞれ乗艦していった。水平線近くの上空では、隼鷹&千歳の制空部隊がまだ頑張っていた。
 ひよ子は最初、塩太郎の護衛には吹雪を付けて夕張を残そうと考えたのだが、別働隊の戦艦レ級が存在し、後方(この場合は新生ショートランドや新生ブイン)を襲撃する可能性に思い当たり、沖縄時代にレ級とやり合った事のある夕張をチョイスしたのだ。

「夕張ちゃんごめんね」
『分かってます。塩太郎さんは絶対護衛してみせますし、後ろも任せてください』
「頼んだわよ」

 ひよ子の激を受け、3300トン級軽巡洋艦本来の姿形とサイズに戻った『夕張』が、煙突から煙と汽笛を吐きながらチョイスル島を後にする。

「吹雪ちゃんもごめんね、本当だったら貴女に乗艦ってあげたかったんだけど、鬼が相手だから少しでも確実を期したいの」
『はい、司令官、大丈夫です。分かってます」

 そして残った者達は、水平線の辺りに黒いケシ粒が見えたのを確認すると、それ周辺およびそれの未来位置に向かって主砲と魚雷を一斉発射した。

「バード0より各艦、近接戦闘用意! あ、那智さん達重巡と戦艦の娘は通常艦の姿のままで砲撃支援続行お願いします。この距離だと超展開時の余波が大きすぎるので」
『『『了解!』』』

 そして、自身の提督が乗り込んでいる『北上改二』『雪風改』は己の提督らと。それ以外の艦の半分は増設デバイス『ダミーハート』を点火して超展開を実行。超近距離砲撃雷撃戦闘へと備えた。
 深海棲艦という名の巨大怪獣どもが、たかが主砲と魚雷の雨霰ごときで倒されるはずがないと、この場にいる誰もが知っていたから。

「それじゃあ北上ちゃん。私達も」
【うん、やっちゃいましょーか】

 超展開を実行するその中の一隻。艦首を天に向け、船腹を大気に曝していた北上改二の艦長席に座るひよ子と、その隣に立っていた艦娘としての北上の立体映像が互いを見やる。手を握り合う。同時に頷く。
 叫ぶ。

「【北上改二、超展開!!】」

 その叫び声と同時に、海面に垂直に立っていた『北上改二』の艦体が閃光と轟音に包まれる。
 それと同時に、ひよ子と北上それぞれの脳裏と心に、有り得ない記憶と思い出が次々と浮かんでは消えていった。


 有明警%府の第2会議室。おーっす今日もバイトの北上様だよー。着任当日、秘書艦なる”」との顔合わせ。今日も今日とてこの店つか我が家は大ピンチさー。ドアを開ける。今日も父ちゃん母ちゃん喧嘩してる。黒い三つ編みの女の子と戦艦娘らしき鋭い目付きのピンク色の髪の毛の女の子からの自己紹介。でも何で今日は泣きながら喧嘩してるんかねー。え、嘘、この子駆逐娘なの!? 明日から長期の新薬被検のバイトで折角大金入るのにさー。


 そして、閃光が収まった時、そこにはもう、重雷装艦としての『北上』はいなかった。代わりに、艦娘としての北上がそこにいた。
 ブインにいた時よりも若干機械の割合が増えていたり、背中の煙突から途切れることなく無煙排熱の陽炎(not艦娘)と、ジャンボジェットのガスタービンエンジンにも似た特有の甲高い音を吐きだし続けていたり、艤装から心臓の鼓動のように規則正しく汽笛を吐き出し続けていたり、人間でいうところの心臓のあるあたりから燃えるような光の輝きがあふれ出しているなどの多少の違いは有れど、ブインにいた時とそう大差無い姿形をしていた。
 ただ、そのサイズだけが異常だった。
 特撮映画か戦隊ヒーローものに出てくる巨大ロボットか何かとしか思えないほど、巨大だった。

【北上改二、超展開完了! 機関出力200%、維持限界まで75分!】
 ――――北上ちゃん、行くわよ!

 北上とひよ子の絶叫とほぼ同時に、やはり超展開を済ませた隼鷹が自我コマンドを入力しつつ空を飛んだ。
 文字通り、水面を蹴って、宙高く勢い良くである。

 ――――え?
『敵航空隊の一部に抜けられた! 隼鷹、個艦防空戦闘に移るぜ!!』

 隼鷹の靴状艤装の裏にある『鐵飄浮。好像油一樣浮起。在冰上面為使滑行前進。急々如律令(鉄よ浮け。油のように浮け。氷の上を滑るように進め。そうあれかし)』の刻印が激しく輝き、そこから照射された不可視の斥力場が海面に接触し、その反発力で隼鷹は宙に舞う。

 ――――え? え?
『空母にスクランブルで飛ばせる艦載機が残ってないんだったら、空母自体が飛べばいいんだよ!』

 両手を空けるために、巻物型飛行甲板と液体型エネルギー触媒の詰まった酒瓶の二つを腰部ハードポイントに固定し、空中での姿勢制御のために両腕をピンと伸ばしたその姿は、まさにその名の通りに空を飛ぶ鷹か隼か。
 そして、敵戦闘機隊をレーダーで確認した隼鷹は高度と方位を合わせてヘッドオン(正面衝突)コースに侵入。敵機からの機銃弾幕も意に介さず空中で構える。
 ヘッドオン。
 叫ぶ。

『艦娘 制空拳(かんこ せいくうけん)!!』(CV:ここだけ千葉繁)

 シャオ! と隼鷹が叫んで腕を振るったその数秒後、隼鷹と交差した全ての敵機がカツオのタタキめいてスライスされ、空気抵抗でバラバラになって墜落していった。対する隼鷹の被害は、服の端々が機銃掃射でちょっと切れていた程度の物だった。
 クウボ娘の実戦を初めて見たひよ子は、そのあまりの非常識っぷりに、戦闘中にもかかわららず『私、そんなに疲れてたっけ』とメガネを外して目元を揉みほぐしていた。
 そんなひよ子の事など知る由も無い隼鷹はそのままの高度と速度で索敵。
 発見。
 本作戦における最高脅威度の軽巡棲鬼。
 即座に照準。
 隼鷹の想像以上に軽巡棲鬼の足はかなり早かった。超展開中の艦娘とそう大差無い大きさなのに、並の駆逐艦以上の速度を出していた。
 自我コマンド入力。姿勢制御。靴状艤装の裏から斥力場を再発振。遥か前方眼下にいる軽巡棲鬼に向かって再加速しつつ突貫。

『先手必勝ォウ!!』
「          !!」

 どうやってかは知らないが、上空から自身が狙われている事を悟った軽巡棲鬼が隼鷹の方に向き直り、両手をメガホンにして何事かを叫ぶ。その内容が聞き取れなかった事に、隼鷹は心の片隅で若干不思議がった。
 その直後『それはこっちのセリフだ』と言う誰かの叫び声が隼鷹の艦体内に木霊するのと同時に、空中にあった隼鷹の艦体に対して見えない何かが十回連続衝突。今までの突撃の運動エネルギーを完全に相殺され、真下の海中に墜落。巨大な水柱を上げた。

 ――――隼鷹さん!!

 その水柱を目隠しにして陽炎達と、北上がノーマル酸素魚雷を隠密発射。その魚雷から照準と意識を遠ざけるべく、北上達と千歳は少し迂回しつつ突貫。何故軽空母である千歳も突貫するのかといえば、隼鷹と同じく直援機として上げられる艦載機がもう無いからである。
 北上らと歩調を合わせて進む千歳を見てひよ子は『あ、良かった。普通の艦娘の動きしてる』と場違いな感想を懐いたのだがそれはさておく。
 未だ普通の駆逐艦の姿形を維持している陽炎は12.7センチ連装砲で、超展開している北上は手にしたジョウロ型の14センチ単装砲で交互に牽制射撃を繰り返しながら、航路を変えて軽巡棲鬼との距離を詰めていく。軽巡棲鬼は隼鷹に接近を続けていた。恐らくは至近で確実にトドメを差すつもりなのだろう。
 陽炎と吹雪から通信。

『比奈鳥准将、さっきのアレ、なんでしょう』
 ――――全然分からないわ。軽巡棲鬼が顔に手を当てたらいきなり隼鷹さんがその場に落っこちたとしか。
『司令官、私にはなんだか、隼鷹さんに向かって何か叫んでたように見えたんですが』

 何かって何よもう少し具体的に言いなさいよ。と、気分のささくれ立っていたひよ子は吹雪に言いそうになったが、部下から上げられた証言をロクに検証もせずに一蹴するのは上司として正直どうよ? と即座に思い直し、代わりにこう告げた。

 ――――そうね。その可能性もあるわね。でも、念のためそれ以外の可能性も警戒して。昔の軍人さんも言ってたわ『先方の武器わからぬ時は大砲の筒先と思うべし』って。たしか。
『はい司令官、了解しました!』
『こちら輝と雪風。隼鷹さんのバイタルサインを確認。無事ですが気絶しています』
『了解! 比奈鳥准将、いつも通り15分でスイッチします!』
『スイッチ?』

 聞き慣れない単語に吹雪がオウム返しに聞き返す。そんな艦隊運用用語なんてあっただろうか。
 吹雪が思いつくのはバスケットボールのそれだが、バスケと戦争に一体何の関係性があるのだろうか。
 そんな吹雪の疑問を感じ取ったのか、ひよ子が補足した。

 ――――言葉通りの意味よ。冷却系を徹底的に増設して、超展開の維持限界が来る前に、時間とデバイスの余裕をもって一度終了させるの。そうすると、フェイルセイフになってる超展開用大動脈ケーブルが簡単には焼け落ちなくなるから、もう一度続けて超展開する事が出来るのよ。でもすごい負担掛かるのには変わりないから、オーバーホール確定だけど。

 それを聞いて吹雪は、今この場にいない整備兵の塩太郎が、原因不明の絶望感にびくりと肩を震わせて、そのまま同体積の塩の柱と化していく様を確かに幻視した。

 ――――旧ブインの井戸大佐に感謝しなきゃね。彼の秘書艦が当時掟破りだった二回連続超展開(※ダ号目標破壊作戦後編 参照)やった時の戦闘詳報が残ってたし、それ対策で色々草案書かれてたから、そのうち一つを参考にして少し手直ししただけで済んだし。
【まー、ひよ子ちゃんがやったの誤字脱字の修正だけだったけどねー】

 吹雪に返信しつつひよ子は自我コマンドを入力。砲撃指示。それを受け取った北上が片手に持ったジョウロ型の14センチ単装砲を照準し、FCSに激発信号を送る。
 メインシステム戦闘系より割り込みアラート。友軍艦と目標の距離が近すぎる。誤射の可能性大。それでも砲撃を実行するか? そういうニュアンスのアラートメッセージがひよ子の脳裏に瞬間的に表示される。
 それら全てを一括消去し、発砲しようとして再度前方の軽巡棲鬼を睨み付ける。モニタ越しの軽巡棲鬼は、今丁度まさに、海中に倒れ伏している隼鷹の枕元にまで接近していた。その鬼が大きく息を吸うのを見て、ひよ子は直感的に、先程の見えない攻撃で隼鷹にトドメを差すつもりなのだと理解した。

 ――――させないわよ、そこから離れなさい!

 射撃を強行。
 14センチ単装砲から吐き出された徹甲弾は二人の間の空間を通り抜け、少し離れた背後の海面に着弾。それなり程度の高さの水柱を上げた。
 軽巡凄鬼が、その生じた水柱と轟音に気を取られた隙に艦体としての北上に増速を命令。それを受け、億劫そうに海水を掻き分け、大股で歩いていた北上はフォームを正して増速を開始。改二型艦娘のトルクとパワーに物を言わせ、ものの数歩で水雷戦隊に相応しい速度を叩き出した。
 そして、軽巡棲鬼が迫る北上に気付いた時には遅く、首と視線を前に戻した時にはもう、北上が低空弾道で飛び掛かり、腰にしがみつくようにフライングタックルを決めようとしていたところだった。

「オオット」

 だが、当の軽巡棲鬼は余裕をもって、下半身を覆い隠している異形の頭部にも似たウェポンユニットにコマンドをキック。
 通常航行用のスクリューではなく、緊急回避用として前後左右に増設されているハイドロポンプ群の内、前部のそれを起動。イカやタコなどの頭足類と同じ要領で、かつそれ以上の量と速度で吐きだされたジェット水流は軽巡棲鬼ほどの大質量をその場からいとも容易く後退させ、標的を見失った北上はそのまま顔面とお腹から海面に向かって盛大にダイブ。だばーんと巨大な水柱を上げた。

「         !!」

 軽巡鬼からの追撃。北上が立ち上がるのに合わせて、両手をメガホンにして何事かを叫ぶ。直後、海中から顔を上げたばかりの北上を衝撃が走り抜けた。
 物理的に艦内がガタガタと震え、外れてはいけなさそうなネジやパーツが外れ、掃除サボって溜まってたホコリや塵が降り落ちるほどの轟音。北上の中にいたひよ子には『残念無念マタ来週ゥ!!』との大絶叫が聞こえた。

「うぅ、耳がジンジン痛い……吹雪ちゃんの言ってた通りだったわね北上ちゃん」

 あまりの大音量に、耳どころか脳までもグラグラと揺れている幻覚に襲われたひよ子だったが、軽く頭を振って意識と戦意を鮮明にするのと同時に、異変に気が付いた。
 自分の隣に立っている北上の立体映像が、血相を変えて口パクで何かを叫んでいた。北上自身の両耳を指さしながら。

【  、   ……  !       ! 、 !!】

『え、何?』と聞き返そうとしたひよ子だったが、今は『超展開』中だし、口で言うより意識で聞いた方が早いと接続を再確認。それと同時に飛び込んできた北上の【ひよ子ちゃん、耳! 耳!!】というパニックを起こしかけたその意識に、ひよ子は今度こそ言葉で『え、何?』と聞き返した。
 ここでようやく、ひよ子は、両の耳の穴から首筋にかけて、生暖かい液体が静かに流れ落ちている感触に気が付いた。
 無意識に片手で拭うと、指先どころか手の平全体が真っ赤な血で濡れていた。酸素をたっぷりと含んだ新鮮味のあるピジョンブラッドだった。
 戦闘中にも拘らず、ひよ子の意識と行動が一瞬フリーズする。

 ――――え?

 艦娘としての北上は、割り込みコマンドで一時的に艦体としての『北上』の操艦を引き継ぎ、立ち上がって戦闘行動を再開しようとしていた。
 ひよ子の着ていた真っ白い提督服こと第二種礼装に完全擬態していた触手服は、宿主の部分的な損傷を認識し、その擬態を一部解除。
 裁縫用の糸のように細く長い繊維状の触手に殺菌粘液を塗布した物を十数本ほど用立てると、左右の耳穴に挿入。部分麻酔と鎮痛作用のある粘液を追加で分泌しながら、損傷箇所を自身を使って縫合し、殺菌粘液で消毒し、追加で分泌した接着粘液と自切した繊維触手で止血と破れた鼓膜の張り直しを済ませ、外耳道や内耳中耳にこびり付いていた血痕を残さず吸い上げた。そして余った繊維触手は宿主に今後も同様の損傷があった場合を警戒し、本体から自切した後に外耳道全壁と内耳の各器官に分散寄生。寄生先の各器官に先端部のみを癒着・同化させながら有事に備えて冬眠を開始した。そして全ての緊急治療プロトコルを終えた事を確認した触手服は、また元の二種礼装への擬態を再開した。

【 ょ子ちゃん大丈夫!? 血とか……その、妙にマニアックな触手プレイとか】
 ――――あ。大丈夫、ちゃんと聞こえる。聞こえてるから。あとこれえっちなプレイじゃなくて応急処置だから。純粋な医療行為だから。

 流石はTKTの装備品。とんでもない高性能ね、見た目は完全無欠にアレだけど。と、ひよ子は血が止まったばかりの両耳を優しくこすりながら呟いた。

【吹雪ッキーの言ったとおり、叫び声だったね。あっちの声が聞こえなかったのは、こっちの可聴域から大きく外れてたからみたいって、システム戦闘系が言ってた】
 ――――それはなんとも……厄介ね。

 ひよ子は意識で愚痴る。超展開中の艦娘は、最初期の頃の空母娘を始めとした一部例外を除いて近接格闘戦を是としているのに、それを完全に潰されたようなものではないか。

 ――――相手の武器が大音量なら、格闘は自殺行為ね。だったら!
【重雷装巡洋艦の本領発揮だねー。40連の酸素魚雷、行っちゃいましょっかー】

 言い終わるよりも先に北上は自我コマンド入力。全身のハードポイントに設置してある魚雷発射管から事前装填済みだった魚雷40発を同時発射し、5発だけスクリューを止めて海中に残した。
 それと同時に、軽巡棲鬼の背後から音も航跡も無く酸素魚雷が十数発迫る。先に隼鷹が撃墜された時に生じた水柱に紛れて隠密発射した魚雷群だった。更なる搦め手として敵の背後に回ってから反転・誘導を開始するようにプログラミングされていた。
 軽巡棲鬼は、正面至近距離から発射された35発への対処に気を完全に取られており、件の大声と左右備え付けの6inch連装速射砲で35発全ての迎撃には成功したものの、背後から迫る魚雷群が下半身(正座)を覆い包むウェポンユニット背部に直撃。背面メインスクリューと同ハイドロポンプ、左側面の6inch連装速射砲ユニットを完全に大破させた。

「キャア!?」
【あ。もうとっくに発射してたんだったわ。いやー、ゴメンゴメーン。次からは気をつけるさー】

 北上が煽る。そのついでに海中に残しておいた5発のスクリューを再起動。
 短い時間とはいえ北上の挑発に意識を取られていた軽巡棲鬼はその存在に気付かず、直撃。
 爆発時に生じた海中衝撃波とバブルパルスで軽巡鬼の下半身(正座)を覆い包むウェポンユニットに無視できない機能障害がいくつか生じる。正面バックスクリュー完全大破、正面ハイドロポンプ排水筋および外套膜の破裂、右側面の6inch連装速射砲ユニットシステムダウン、正面探照灯破損、ウェポンユニットの正面装甲大破、浸水発生、正座中の膝冷たい。
 さらに追撃。
 千歳達、他の艦娘らからの支援砲撃。軽巡凄鬼は何とか被害を軽減すべくロクに動かない各推進器官を何とか動かし、自慢の喉で綱渡りのような迎撃を続ける。
 被害は大きく、しかし何故か逃げずという軽巡棲鬼の姿を見て、ひよ子達は何かの罠を疑ったが、同時にこうも思った。


 もしかして、今、ここで、この鬼を倒せるんじゃないのか?


 その考えが皆の脳裏によぎった瞬間、最速の反応を示したのは、輝と雪風だった。
 輝と雪風が同時に自我コマンドを入力。

『千歳さん、上に飛ばしてください!』
『は? あ、了解!』

 すぐ眼前に立っていた千歳に一声掛けてから彼女にバレーのレシーブよろしく宙高くに打ち上げてもらう。
 空中高く舞い上がった雪風を見て、軽巡棲鬼に1つの記憶が蘇る。
 心臓が半オクターブほど高い脈動を打ち、心拍数も上昇した。
 2年前のトラック諸島沖。月明かり一つ存在しないブ厚い曇り空の夜。燃え上がり、天高く跳び上がる雪風と特Ⅰ型。

「! ヒイイィ!?」

 どうやら思い出補正もあって、2年前のトラック泊地沖での出来事は、軽巡凄鬼の中で完全にトラウマ化していたようだった。
 輝と雪風が自我コマンドを連続入力。
 カカト・スクリューの取り付け角度を踵の後ろ側から、マイナス90度こと足の裏へと移動させ、全力運転を開始。空中で一度前転して姿勢制御。片足を突き出した、クウボ娘達が習うカラテでいうところの怒れるバッタの構えの姿勢のまま、自由落下を開始。
 かつて、旧ブイン基地に輝が着任したばかりの頃にあった初戦闘。その最中に、秘書艦の深雪と共に戦艦ル級相手に繰り出した、その場凌ぎの必殺技。
 かつて、トラック泊地近海の名も無き小島で行われたMIA艦救出作戦。その最後に、この雪風と共にこの軽巡棲鬼をただの一撃で撃退に追い込んだ、正真正銘の必殺技。
 その名も。

『『深雪スペシャル!!』』

 輝と雪風のシャウトとほぼ同時に、軽巡棲鬼の意識に概念接続。歩兵ユニットの収容作業に当たっていた駆逐ユニットの一体から。
 収容作業完了。収容個体数は事前確認数より若干減。RTB。

(ヤットカ!)

 その報告を受けて、軽巡棲鬼はやっと全力で歌える、やっと撤退出来ると安堵した。
 そして、迫る輝&雪風の存在はひとまず意識の片隅に避けて目をつむり、深く大きく息を吸い込む。

『!!』

 雪風の生存本能が艦体をシージャック。割り込みコマンドを入力。
 手持ちの酸素魚雷の全てに自決信号を送信。命を受けた魚雷弾頭達は念押しの質問信号を雪風に送り、雪風からの急かすようなGOサインを受けて、雪風背部の魚雷発射管の中で即座に自爆した。
 その爆発の余波で雪風は軽巡棲鬼からそこそこ離れた位置の海面に落着。
 背中から全身を駆け巡る激痛信号もデバイス維持系からの破損報告も全て無視して、雪風は軽巡棲鬼に背を向けて、不格好な姿勢でまろび出る様に逃げ出した。
 息を限界まで吸い込んだ軽巡棲鬼は、緩やかに口を開ける。

『ゆ、雪風いきなり何を!?』
『早く、早くここから離れて! 皆さんも!! 何か、何か分からないけどヤバいです!!』

 雪風は、半泣きの形相で『もう駄目、間に合わない!!』と叫びながらも必死になって足を動かし続け、少しでも距離を取ろうとしていた。
 その雪風の異様に、ただならぬものを感じたのか、ひよ子らも砲撃を続けながらも徐々に徐々に距離を取り始めた。
 そして、軽巡棲鬼が歌い始めた。
 もっとも、歌といってもその実は合唱団の発声練習よろしく『La』の一音を途切れさせる事無く発声し続けているだけだったが。

 軽巡棲鬼は天使のようなソプラノボイスで『La-♪』と発声し続けていた。
 軽巡棲鬼は色気を感じさせるアルトボイスで『La-♪』と発声し続けていた。
 軽巡棲鬼は今すぐオペラに出演できそうなテノールボイスで『La-♪』と発声し続けていた。
 軽巡棲鬼はその見た目を全力で裏切る魅惑的な重低音のバスボイスで『La-♪』と発声し続けていた。

 それ以外にも一人の、一つの口から、およそ我々が思いつく限りの老若男女全ての声帯音が発せられていた。
 そしてそれらは奇妙な事に、波長を相殺させて減衰する事無く、むしろ互いが互いに共鳴し・増幅していた。
 そこには全ての音があった。
 変化はすぐに現れた。

 ――――何、何が起きてるの!?
【ひよ子ちゃん、また耳! 耳から】

 血が出てる。と続けようとした北上が絶句。思わずひよ子も北上の視界に追従する。
 周囲一帯の海面が、強く震える手で持ったコップの水面よろしくさざめき立っていた。その異常に反応してか、おこぼれ目当てで近くを遊泳していた中型のフカがばしゃりと水面から飛び跳ねる。
 そして、空中で何の前触れも無く、ぱじゅん、と全身を弾けさせて赤黒い液体となって海面に落ちて広がった。

 ――――【は?】

 全ての音があるという事は、全ての物質の固有振動数を有するという事であり、全ての固形物に対して共振・粉砕現象を引き起こせるのと同義である。
 フカだけではなかった。
 波間に浮いていた艤装の脱落破片、千切れたハイドロポンプの生体パーツ、海藻の切れ端、砲爆撃でここまで吹き飛ばされて流木化した樹木の破片、戦艦レ級の死体、不発魚雷、チョイスル島の端っこ、軽巡棲鬼の下半身(正座)を包み隠すウェポンユニットに軽巡棲鬼の着ていた服。
 軽巡棲鬼の発する音界の内部にある物が、次々と分子レベルで粉砕されていく。ある程度以上に固い物は粉に。それ以外は今しがたのフカよろしく液体に。
 例外は軽巡棲鬼ただ一人だけだった。
 もちろん、逃げ遅れたひよ子と北上も、例外ではなかった。

 ――――ぅあ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!
【痛゙ っ゙ だだだだだだあ゙!!?】

 軽巡棲鬼の歌声で満たされた『北上』の艦長席の上で、ひよ子は骨の髄から表皮に至るまでの全ての細胞結合が解けてしまうかのような、尋常ならざる激痛に絶叫を上げていた。
 事実、指先や眼球、鼻粘膜、先ほど損傷したばかりの耳やそれ以外の穴という穴などの、毛細血管の集まる末端部位はごくわずかとはいえ崩壊し、出血が始まっていた。ひよ子は本能的に絶叫し、少しでも苦痛を和らげようとしていたが、焼け石に水だった。触手服も擬態を解除して全身の治療を開始していたが、破壊速度に治療速度が追いついていなかった。
 北上の被害はもっと酷かった。

【メインシステムデバイス維持系より緊急警告:コア内核内に異常な振動を検出。コア保護膜『硬』および大小核鎌、小核テントのショックアブソーブ機能の処理上限を超えています。ただちに原因を排除し、速やかに後退・修復してください】
【メインシステムデバイス維持系より緊急警告:コア内核内、抗Gゲルの圧力が急上昇しています。至急、ゲル圧を通常閾値内に安定させてください】
【メインシステムデバイス維持系より緊急警告:動力炉内、コア安置室、コア外殻の固定が不完全です。内装デバイスK01の生命維持に致命的な支障が発生する恐れが有ります。至急再固定してください】
【メインシステムデバイス維持系より緊急警報:コア内核内、抗Gゲルの圧力が危険域に達しました。エマージェンシータンクを接続。抗Gゲル、タンク内に強制排泄します】
【メインシステムデバイス維持系より緊急報告:内耳三軸ジャイロ機能停止。修正不可能。超展開実行者の内耳cochlear系にメインコントロールを移します。You have control.】

 他にも多数のレッドアラートがひよ子と北上2人の意識に次々とポップアップする。
 痛みを誤魔化すためにひよ子が艦長席の手すりを強く握った途端、金属と合成繊維と合成樹脂で構成されているはずの椅子の手すりが、乾ききった砂の城の如く音も無く崩れ去った。

 ――――【ッ!?】

 共鳴現象と超振動による分子レベルでの物質分解が、とうとう北上の内部にまで及び始めた証左だった。

【メインシステムデバイス維持系より緊急警告:右脚部距骨ユニット、および同足根骨ユニットに致命的な破損を確認。原因不明。ただちに後方に後退し、修理を完了してください】

 足首の骨を砕かれ、バランスを崩した北上が盛大な水柱を上げつつ背中から転倒。尻餅をつきざまに自我コマンドを入力。次発装填の済んでいた右腕部四連装魚雷発射管よりノーマル魚雷を発射。
 発射されたすべての魚雷は、誤爆誘爆どころか着水すら許されず、空中で分子の塵と化した。続けて発砲した14センチ単装砲の徹甲弾も同様だった。
 おまけに右足首の骨格ユニットが粉砕されたため、走るどころか立つ事も出来なくなった。
 普段からぬぽっとした表情を崩さない北上も、この時ばかりは流石に口の端を引きつった様に上げて呟いた。

【あ、これ、もしかして詰んだ?】

 軽巡棲鬼は歌いながら後ろ歩きでゆっくりと後退しているため、彼我には少しづつ距離が出来、被害の加速度も緩やかになっていったが、それでも間に合わなさそうだった。
 この歌の殺傷圏内から離れられる頃には自分こと北上は、金属とプラスチックの粉と、蛋白質たっぷりのクリームスープに分解されてるだろうと予想できた。もちろん、その中身ごとまとめて。

『いえ、まだです!』

 北上の通信系にそんな言葉が入ると同時に、彼女から少し離れた空間で爆発が起こる。爆発の衝撃波と轟音で音界の周波数が狂わされ、発信源である軽巡棲鬼から見て爆発の背後にいた北上の粉砕現象が一時停止した。
 音界の射程距離の外から、肩掛けカバン型の12.7センチ連装砲を両手で構えた雪風からの支援砲撃だった。
 その雪風に乗る輝が続ける。

『共振現象による物質粉砕。でも、音界に入ったからといってすぐに破壊される訳じゃない。物質の種類や大きさでタイムラグがある』

 そう、魚雷は空中で瞬間的に粉になったけど、北上さん達はまだ原形を保ったままだ。と、その雪風と『超展開』している輝は心の中だけで呟いた。

『そして――――』

 輝が自我コマンドを連続入力。一つは通信。もう一つは雪風への命令。それを受けた雪風は12.7センチ連装砲を片手のみで操作・発砲。2門の砲口から発射された2発の時限信管式榴弾は、輝の狙い通りの時間と距離で起爆した。
 雪風が、実に器用な事に右手一本のみでリロードし、即座に再発砲。2門の砲口から発射された2発の時限信管式榴弾は、輝の狙い通りの距離と時間で起爆した。
 2つ目の爆発は、一つ目のそれよりも爆発一つ分、軽巡棲鬼に近い位置だった。

『――――そして、音なら音で掻き消せる』

 爆音の陰に隠れて雪風が一歩前進。再発砲。
 雪風が手すきの左手を背後の腰に回し、そこに安置してあった魚雷発射管の残骸を装着する。右手一本でリロードと再発砲。一歩前進。
 この界塚弟めいた行進を見て、軽巡棲鬼は、輝と雪風の狙いを察した。
 更に一歩前進。

(コイツ、直接始末スル気カ!?)

 無言の輝と雪風が左手一本で魚雷発射管の残骸を確かめるように振る。軽巡棲鬼には、発射管先端部の歪んで尖った破断面が、呪われた槍の切っ先のように見えていた。
 たとえ海中在来種の深海棲艦といえども、2本の生足による後ろ歩きでは、出せるスピードなどたかが知れていた。一歩一歩にじり寄る雪風とほぼ等速だった。
 だからといって、歌を止めて即座に泳いで逃げるのも無理だ。この音の結界があるから、この雪風以外は誰も手出しができないのだ。もしも今すぐ歌うのを止めたら、上空を飛んでいる艦載機や、他の艦娘からの集中砲火がすぐにでも始まるだろう事は容易に想像できた。

(ダケド、コノママ、ナントカ逃ゲキレバ、後ロカラ援軍ガスグニデモ!)
『そう、そこだ。丁度そこ』

 軽巡棲鬼が疑問に思う間もなく、彼女の下半身を飲み込むようにして、ほとんど真横に伸びる大きな水柱が立った。
 その横倒しの水柱の中から、蹴り足を高く上げたまま、超展開状態の隼鷹が飛び出してきた。

『Wasshoi! ドーモ、クソ音痴=サン! 最悪なモーニングコールありがとさんよ!!』

 輝からの通信を受け、今の今ままで分厚い海水のヴェールの中に身を潜めていた隼鷹の不意打ち。崩れ落ちる水塊に混じって、緩やかに『く』の字に曲がった棒状の物が2つあった。
 軽巡棲鬼の両足だった。

「……ハ?」
『隼鷹さんお見事。まずは足』

 いつの間にか海面に仰向けで浮いていた己の状況を理解できない軽巡棲鬼が視線を足元にやる。今の今まで使っていたはずの2本の生足は、そのどちらもが付け根付近から千切り取られておいた。醜く波打つ切断面の血管からは、己の心臓の鼓動に合わせて真っ赤な血液が定期的に吹き出していた。
 純粋な恐怖と、遅れてやって来た激痛と幻肢痛に絶叫を上げ、海面に浮かんで沈んでのたうちまわる軽巡棲鬼を見下ろし、輝は呟いた。

『次は首』

 輝の乗る雪風が魚雷発射管の残骸を振りかぶる。軽巡凄鬼を挟んで反対側に降り立った隼鷹も呼吸を整え、一礼し、カタのポーズを取り、カイシャク・チョップを軽巡棲鬼の青白いそっ首に向かって振り下ろそうとした。
 その直後、3人の周囲に巨大な水柱が乱立。
 突然の攻撃に輝と隼鷹は思わずトドメを差す手を止め周囲を索敵した。軽巡棲鬼はその隙に痛みをこらえ、足の切断面からとめどなく流れ続ける血液の事を意識の外に追いやって、無様な犬かき泳法で死地を脱した。ウェポンユニットが健在だったときよりもずっと早かったのには目を瞑っておいてやろう。それだけ必死だったのだ、きっと。

『砲撃!? 何処から!?』
≪ヒャッハー! 隼鷹航空隊S04より全ユニットへ緊急警報だぜヒャッハー! 敵増援部隊の接近を確認! 構成、重巡リ級2、雷巡チ級1、軽巡ホ級1、駆逐種多数! それとは別に識別不明の存在が1! 形状は人型。以上、あべし!!≫

 隼鷹航空隊からの報告に、皆が視線を水平線の一方向に向ける。
 いた。
 通常の深海棲艦の群れの中に一隻、否、一人の完全な人型が。
 水上バイクよろしく駆逐イ級の上にまたがり乗り、Sの字型をした黒く短い角を目の部分から生やした独特のアイマスクをし、黒いノースリーブのセーラー服と黒のミニスカートで上下を揃え、右腕を軸に装着されているリボルバー拳銃の弾倉にも似た形状の試製61cm六連装(射突型)酸素魚雷。
 艦娘といってもいいくらいに完全な女性型。

『何か、どっかで見たような雰囲気ね……』

 光学デバイスを望遠モードで起動して観察している陽炎は、艦艇状態のまま無線で呟いた。
 その電波(ことば)が聞こえたでもないだろうに、そいつが望遠視界の中の陽炎の方に顔を向けた。ついでに進路も微変換。陽炎の方へと一路舵(駆逐イ級)を切り、少し進んだところでそのイ級が失速し、完全に停船した。完全に疲れ切っていたのか、海中に浸かっている大口からは、ブクブクと気泡を吹いていた。
 それを見て、そいつはイ級から降りると超展開中の(クウボ以外の)艦娘達と同じ様に、二本の足で海底を踏みしめ、力強くこちらに向かって歩いて来た。

『あ、降りた』
『死ぬほど疲れているんです。休ませてやってください。もっとも、あんなところで、しかも実戦中にヘバるようではどうせすぐに死ぬとは思いますが』
「ジ、神通!!」
『はい。貴女は他の方々と共に至急撤退を。ここは私にお任せください。一人で十分です……そういう訳でして、申し訳ありませんが、あなた方は彼らがチョイスル島と近海から完全撤退するまでの間、ここで足止めさせてもらいます』

 割り込み通信。
 深海棲艦からの。

『ッ!? 暗号が破られてる!!』
「バード0より全ユニット! 即時無線封鎖、以降の通信は光学接続(レーザー)に限定!!」

 その衝撃を免罪符に、軽巡凄鬼が叫んだその名前を、どこかで聞いた事のあるその声を、新生ショートランド泊地の面々は無意識の内に頭の中から追い出した。IFFの確認も同様だった。
 誰もが反応するよりも早く、そいつが急加速。フォームを正し、改二型艦娘とそう大差無い速度で海水を押し分け、ひよ子達に高速で接近を開始。
 通信。

『! 比奈鳥准将、雷跡! 正面4!!』

 誰かが警告を叫び、立ち上がる事の出来ない北上が再装填の済んだノーマル酸素魚雷で迎撃。迫るのと同じく4発。迫る航跡が魚雷とぶつかる直前、弾頭に自決信号を送信。4つ同時に発生した水中爆発で全ての魚雷の迎撃に成功。
 その間にそいつは尻餅をついたままの北上の横を通り抜けるついでに魚雷を一発何気なく北上の足元に放り捨て北上が追撃の魚雷を発射したのに合わせて遠隔起爆させて北上もろともにその魚雷を自爆させ、インターセプトとして背後から海面を蹴って文字通り飛んで来た隼鷹が繰り出した後頭部狙いのローリングソバットを後ろを見る事も無く背後に伸ばした両手で蹴り足を握り掴んで勢いを殺す事無く振り回して隼鷹を雪風に向かって放り投げ2人を無力化し、他の艦娘らからの砲撃を意にも介さず、陽炎1人に向かって進撃する。
 対する陽炎は、隠す事無く堂々とノーマル誘導魚雷を発射。それに続けて艦首を天に向け、船腹を大気中に曝す。
 陽炎が自我コマンドを入力。
 そのコマンドは無人の艦長席の上に安置されて無数のケーブルで陽炎と接続された銀色の円筒缶に送られ、コマンドを受け取ったそれが提督不在での超展開の準備を完了させる。
 叫ぶ。

『ダミーハートイグニション! 陽炎、超展開!!』

 直後に発せられた閃光と轟音が駆逐艦としての『陽炎』を完全に覆い隠し、その中で超展開は完了した。
 閃光と轟音の余波収まらぬ内に、見上げる巨人と化した陽炎が自我コマンドを連続入力。
 背中に背負った艦橋型艤装の左右から伸びている2本のマジックアームの右側、その先端に取り付けられた12.7センチ連装砲に射撃指示を出し、もう片方の先端部にある射突型酸素魚雷発射管のセイフティを解除。左のマジックアーム本体にも左腕部のモーショントレースを命令。その状態で陽炎は左腕を大きく振りかぶり、渾身の左ストレート。
 その動きを忠実に再現・拡大した左のマジックアームもまた、閃光の余波収まらぬ前方に向けて射突型酸素魚雷を突き出した。
 直後、魚雷発射管から何かにぶつかったような重い手応えを感じたのと同時に爆発。それによって左のマジックアームが中ほどから完全に欠損し、完全に使い物にならなくなった。右マジックアームにある主砲も直後に大破爆発。接続が死ぬ直前に主砲のガンカメラから送られてきた映像の速報解析によると、魚雷らしきものが一つ、見えていた。水中でもないのに魚雷という事は、十中八九射突型。口径は不明。

『!? んなぶぼっ!?』

 閃光と轟音の余波が収まり、視覚と聴覚がようやくまともに戻った陽炎の顔面を左手が掴み、そのまま押し倒された。
 片腕一本で海底に後頭部を押し付けられ、マウントを取られ、がぼがぼごぼごぼともがく陽炎が本能的にCIWSを起動する。
 かつて、懲罰勤務でウェーク島泊地の地獄の壁部隊にいた時に同部隊の先輩艦娘から貰ったバタフライナイフ型の汎用CIWS。手首をスナップさせて刃を引き出す。その刀身にはやたらと粘性の高いショッキングピンクが塗りつけられていた。
 陽炎は逆手に握ったバタフライナイフを、そいつの左手首に――――骨と骨の隙間に――――突き立てようとして、そいつの嵌めていた黒く分厚いグローブに阻まれて失敗。薄皮一枚を切って、かすかに血がにじむ程度の切り傷が付いただけだった。
 陽炎にはそれで十分だった。
 ナイフから手を離し、自身の顔面を押さえつける左手に両腕で掴みかかり、力尽くで引き剥がしにかかる。
 そいつは指に力を入れて引き剥がされないようにしたが、左手首を中心に起きた不自然な脱力により失敗。それが刃に塗られたショッキングピンク色の即効性の麻痺毒によるものであると察するのとほぼ同時に、左腕を掃われて頭の位置が低くなった瞬間を狙った陽炎の頭突きが、黒く短いSの字型の角の生えたアイマスクに直撃。
 ふらつき、体勢を崩したその隙をついて、陽炎がアクティブレーダーを最大出力・最小範囲で起動。目標はマウントを取っているそいつのアイマスク。

(生の目玉が見えるとこに無いって事は、そのアイマスクがセンサーかなんかになってるって事でしょ!)

 生卵どころかダイナマイトでも爆発しそうな暴力的な出力の電磁波をモロに突っ込まれ、黒く短いSの字型の角の生えたアイマスクから、ぱしっ、と小さな火花が走る。
 せめて『きゃっ』と小さな悲鳴でも上げるかと思いきや、そいつは舌打ち一つしただけで心の態勢を整え、崩されかけたマウント姿勢を正し、右腕の試製61cm六連装(射突型)酸素魚雷を振りかざす。
 陽炎が二本目のCIWSを起動。狙いは先程と同じく左手。ごく普通の人間と同じ形の左手。今度はピンクではなく蛍光イエロー――――超即効性の神経毒――――を突き立てる。
 刺さると同時にそいつは、振りかざした射突型酸素魚雷の狙いを変更。何のためらいも無く己の左腕に魚雷を叩き付けた。
 信管が起爆。
 神経毒が回るよりも先に、そいつの左腕が前腕部の中程から消し飛ぶ。

(嘘!? リロードなんてしてなかったはずなのに!! ていうかコイツ、自分の腕吹き飛ばすのまったく躊躇し)

 そいつの暴挙に陽炎の身体と意識は一瞬硬直し、マウントから脱出する千載一遇のチャンスを逃した。
 そいつの右腕を軸として、リボルバー拳銃の回転弾倉よろしく発射済みの魚雷発射管が回転し、移動する。それを見て陽炎は、連続発射が不可能なはずの射突型魚雷の連射トリックを理解した。

「油断しましたね。次発装填済みです。今のも。そして次のも」 
『させません! 陽炎ちゃん!!』

 横槍。
 それぞれ『超展開』した大淀と白雪、そして新入りの吹雪らがそれぞれ主砲を撃ちながら駆け寄る。

「邪魔です」

 うざったそうに短く呟いたそいつは自らマウントから降りると、流れる様にして陽炎の襟首を掴んで、吹雪達からの砲撃の盾になるような位置で立たせた。
 そして、吹雪達の砲撃が緩んだ隙に、彼女らに向かって、全身の力を使って陽炎を思いっきり突き飛ばした。

『う、うわわっ!?』

 やって来た陽炎を、反射的に吹雪が陽炎を押し返す。
 押し返された陽炎はたたらを踏んで元いた場所に向かって行かされた。

「な、何で押し返すのよ!?」
『ご、ごめん陽炎ちゃん! つい!!』

 陽炎の視線の少し先には、黒いアイマスクのそいつが立っていた。
 そいつは、右腕の回転弾倉に悠々と魚雷を一発一発挿入、もとい装填していた。

「嗚呼、やはり思った通り……戦闘中の次発装填がこんなにも高揚感を。たまりません。魚雷発射管に命を吹き込んでいるようです……よし、生き返った」
「こうなりゃヤケクソよ! 死ねよやぁぁぁ!!」

 リングロープのバウンドを使って走るプロレスラーよろしく、陽炎は自ら加速。主砲も魚雷もバタフライナイフ型CIWSも全て品切れだったので、拳を握って腕をやや倒し気味のLの字に構えた。
 着任初日の吹雪が雷巡チ級にかましたのと同じ、ウェスタンラリアットの構えだ。
 対するそいつも、陽炎に向かって緩やかな助走を開始。そして適切な距離で跳躍。空中で両足をくっつけたまま屈伸し、陽炎の顔面に向かって鋭く両足を突き出した。
 伝説の32文艦娘ロケット砲、もといごく普通のドロップキックが陽炎の顔面に飛来する。
 首をひねって辛うじて顔面直撃だけは避けた陽炎が『ぶべんらっ!!』と意味不明な断末摩を残してふっ飛ばされ、背中から海面に着水。盛大な水柱を上げて沈んだ。

「主砲も魚雷も無くとも自ら突き進むその意気。そうです、それでいいんです。水雷艦娘の基本は格闘です。砲や魚雷に頼ってはいけません(CV:ここだけ故 塩沢兼人あるいは山崎たくみ)」

 脳と意識が揺れる中で、空気中の音などほとんど聞こえないはずの水中で、陽炎(左頬に靴跡あり)は、確かにその言葉を聞いた。
 意識が凍る。心拍が緊張で奇妙に高鳴る。夏の夕立雲のように急速に湧き上がる嫌な予感で心が満たされる。
 うそ。でも。だって。その言葉は。
 聞き覚えのある声、聞き覚えのあるフレーズ。
 だけど、何故。

「……神通、さん?」

 力無く立ち上がり、濡れ鼠となった陽炎が、予感よ外れろと願いながら、恐る恐る呟いた。

「……やっと、気付いてくれましたね」

 戦意を収めたそいつが、ゆっくりとアイマスクを外した。
 その下から出てきたのは、黒い瞳だった。
 艦娘式川内型2番艦娘『神通』の真っ黒い瞳だった。
 神通が、ぶわさっと音がしそうなほど大仰に髪をかき上げ、口を開いた。

「このまま気が付かなかったらどうしようかと思いましたよ」

 忘我自失に近い精神のまま、陽炎が自我コマンドを入力。目の前のそいつに質問信号を送る。即座に返信。
 IFFは友軍属性のブルーで、個体識別コードは陽炎も良く知ったコードだった。
 製造元のワライタケ・ファクトリーからこっち(新生ショートランド)に送られてからずっと、自分の上艦だった軽巡娘。自分と不知火と黒潮の3人をまとめてノシて、ウェーク島泊地の懲罰部隊『地獄の壁』に期間限定で配属させたサディスト。
 2年前、トラック泊地への救援に向かったっきり、自身の司令官共々MIAとなっていた専属秘書艦。
 認めたくない事実が目の前にあった。

「私としては、このまま最後まで戦うのもやぶさかではないのですが……ところで陽炎さん。黒潮さんと不知火さんは、今、どちらに?」
『ぬい?』
「あ。いえ。新生ブイン基地の貴女ではなく、ショートランドの方。私の部下の娘達のです」

 新ブインのぬいぬいが上げた疑問の声に、律儀にも神通は返答した。自身の右肩をぐりぐり、ぐりんと回しながらだったが、よほど魚雷発射管が重かったのだろうか。
 そして陽炎は、その質問を受けて、一瞬固まった。
 それでも答えを返そうとした陽炎がスカートの裾を固く握りしめ、口を開けようとしたまさにその時、後方でひっくり返っていたはずの駆逐イ級が鳴き声を上げた。

「……どうやら、私とあのイ級以外は皆、安全圏まで退避できたようです。もう少しお話をしたかったのですが、仕方ありません」

 神通は小さくため息をついて首を振り、目の前に飛ぶ羽虫でも追い払うかのように手を振った。

「今日の所はここで見逃してあげます。それではまた。次の機会に」

 そして何の前触れも無く、今の今まで自身の肩に着艦節足でしがみ付いていた一匹の飛行小型種をむんずと掴んで陽炎の顔面に向かってアンダースローで緩やかに投擲。フェイスハガーよろしくへばり付いたそれを、大淀吹雪白雪らの協力も借りて何とか引き剥がしたその時にはもう、神通はイ級の背に乗って脱出を開始していた。
 我に返った隼鷹と千歳と那智らが追跡を再開しようにも、艦載機は未だにドッグファイト中で、千歳と隼鷹は『超展開』の時間切れが近く、深追いは出来なかった。それでも追撃戦に移った那智もまた途中で妨害に会い、神通はやはり、コロンバンガラ島方面へと逃げていった所までしか分からなかった。
 誰も何も言えなかった。
 島へのセンサー群の敷設は出来ず、主力艦隊の大多数が轟沈こそなかったが大損害を受け、敵の損害は歩兵数名が戦死と首魁が大破した程度。
 誰も何も言えなかった。
 島からレ級を追い払うという最低限の目的こそ果たしたが、被害が大きすぎた。

 戦術的な勝利。
 事実上の戦略的敗北だった。



 本日の戦果 その1:

 駆逐二級(第4世代型) ×0(レ級の回収部隊。戦闘には参加せず)
 駆逐イ級(第4世代型) ×0(健在。戦闘には参加せず。ただし過労)
 戦艦レ級        X8(撃破確実数のみカウント)
 軽巡棲鬼        ×0(大破。ウェポンシステム完全破壊、両足切断、大量失血、呼吸器に若干の炎症と微細な裂傷、自身の歌の影響により素っ裸)
 軽巡洋艦娘『神通改二』 ×0(中破。偵察機一機紛失。欠損した左腕には専用艤装の接続を予定)

 神通の投げつけた飛行小型種一匹の鹵獲に成功(?)しました。現在まで抵抗らしい活動は見られていません。
 現在、旧ブイン基地のドライドック内にて確保中です。

 各種特別手当:

 大形艦種撃沈手当
 緊急出撃手当
 國民健康保険料免除

 以上


 本日の被害 その1:

    駆逐艦『吹雪』:健在
    駆逐艦『秋雲』:健在
 潜水艦『PT伊19』:健在
 重巡洋艦『那智改二』:健在
  軽空母『千歳改二』:健在
  軽巡洋艦『夕張改』:健在
   軽巡洋艦『大淀』:小破(艦載の全砲の砲身射耗)
   駆逐艦『白雪改』:小破(12.7センチ連装砲の砲身射耗)
  軽空母『隼鷹改二』:中破(全身の関節デバイス、接合部に異常劣化を確認)
   駆逐艦『陽炎改』:中破(左頬に靴跡。脊椎デバイスに若干の応力異常、艤装接続用マジックアーム破損、etc,etc...)
    駆逐艦『雪風』:大破(背部表皮装甲剥離、背面運動デバイスに火傷及び裂傷、魚雷発射管完全大破、etc,etc...)
 重雷装艦『北上改二』:大破(コア内核圧力異常、コア内核抗Gゲル異常劣化、コア外殻固定肢の一部脱落、右脚部距骨ユニットおよび同足根骨素子の粉末骨折、全身の関節デバイスおよび接合部分の異常磨耗&劣化、魚雷発射管大破、提督負傷、etc,etc...)



 本日の大本営だより

 我々は各海域の深海棲艦に対して、今回も優勢の展開を繰り広げています。
 南方海域で、深海棲艦の活動がやや活発になっています。
 各提督達の今後も変わらぬ万戦栄勝を期待します。

 以上



 本日のOKシーン その1



 突発で始まった作戦は、やはり突発で終わった。
 そして作戦を終えた面々は、木造の南国リゾートコテージが基本の新生ショートランドよりも、対爆コンクリートと重合金の複合装甲(を全面シールで覆い隠してごく普通の鎮守府造りに擬態済)の、秘匿性・安全性がより高い、有事としての防衛拠点でもある新生ブイン基地に一度全員帰投した。
 新ブインに残っていた夕張榛名皐月と後詰め待機していたショートランドの面々が近海の警備に緊急出撃し、艦娘化できる程度には負傷の程度が軽かった隼鷹達が新ブイン基地の大浴場で意気消沈したまま入渠を始め、艦娘化できないほどの重体だった北上は塩太郎&明石の工作コンビによって修復をされはじめ、吹雪は人間の少女と酷似している戦艦レ級を眼前で射殺した事に対してPTSDに近い症状を発症して寝込み、ひよ子は現在自らの縄張りである執務室の椅子に座って大淀と輝の2人と情報を交換していた。
 議題は、神通が、まるで深海棲艦のような恰好をして、深海棲艦と行動を共にしていた件についてだ。

「同様の事例は大本営からのデータベースにありました。ただ、更新履歴には一切反映されておらず、ファイルそのものもデータベースの奥底のファイル群に、いつの間にか隠す様にひっそりと置かれておりました」

 新ブインに帰投してから数時間で大本営のデータベースを総ざらいした大淀が、加古から現在に至るまでの記録事例の那珂から、今日の件と似たような事例をピックアップ。紙媒体にプリントアウトした物を資料として机の上に広げていた。

「自分も旧ブイン時代に井戸大佐からの授業の際に、そういう事になった艦娘もいる。と聞かされておりました。旧ブインの頃にも2人いたそうです。記録には残ってないそうですが」

 輝はそう返答しつつ、着任してまだ数日目の自分と、当時の秘書艦だった駆逐娘の『深雪』に対して行われた深海棲艦の生態や特徴に対する座学講義を思い出していた。

 そして、この執務室の机の隅っこにある写真立ての中では。
 旧ブイン基地と旧ショートランドおよびラバウルからの選抜部隊が最後の出撃前に撮った一枚の集合写真のド真ん中では『はいはーい! 輝君が言ってるのはウチや。ウチやでー。ウチらの事やでー』と書かれたカンペ代わりのスケッチブックを両手で頭上高く掲げた龍驤型軽空母娘の『軽母ヌ級』と、『あ、あの、第2話ではごめんなさい!!』と書かれたカンペ代わりのスケッチブックを両手で抱え持ち、それで顔を隠していた妙高型重巡洋艦の末っ娘の『重巡リ級』がおり、さらにその隣では特Ⅱ型駆逐娘の『敷波』が、満面の笑みで『やった! 改二、改二の衣装私にも来たよ! ……って、うわぁ!?』と書かれたカンペ代わりのスケッチブックをブンブンと振り回していたのを読者諸氏にバッチリと見られて赤面していたのだが、ひよ子達3人は話に集中しており、全く気が付いていなかったのでそれはさておく。

「そう……私もミッドウェーで似たような事例に遭遇した事はあったけど、こないだみたいなのは初めてよ。この件については他言無用で。データベースにあったって事は機密指定は解除されてるんでしょうけど、わざわざ藪をつつく必要はないわ」
「「了解しました」」
「この件は情報を集めて、有明警備府の長門さんか叢雲さんにも連絡とって、後日もう一度対策会議ね。どこまで情報漏れてるか分かんないし……で。目下の問題は、陽炎ちゃんね」

 三人が無言で執務室の壁の一角を見やる。
 その壁から数えて3枚目の壁の向こう側に、陽炎の自室はあった。
 何故にショートランドの所属なのにお前の部屋がブインにあるのだと言われれば、この陽炎は艦コア周りが他の陽炎や陽炎型とは大分異なっており、専属メンテを必要としているからで、そのメンテを行えるのがここ、ブインの塩太郎だけだったからという訳である。決して、ブインの個室の方がショートランドの駆逐雑魚寝部屋よりもずっと快適だからだなんて軟弱な理由ではない。ないはずだ。
 その陽炎の部屋の扉をノックする音がする。部屋の外から『陽炎ちゃん』と、部屋の主に声を掛けられた。
 電気もつけずに、部屋の中で独りベッドに背を預けて座り込んでいた陽炎が、その声に反応して顔を上げた。

「……あ、吹雪。もう大丈夫なの?」
「うん。陽炎ちゃん。少し寝たらだいぶ良くなったから、私もお風呂に行こうと思って。ね、陽炎ちゃんも一緒に行こうよ」
「……ごめん。もうちょっと。もうちょっとだけ、一人にして」
「……うん、分かった。それじゃあ、私もう行くね。あ。そだ。出撃前に言ってた、ショートランドスラングのハンドシグナル、今度教えてね」

 吹雪の足音が遠ざかる。
 また、孤独と静寂が薄暗がりに戻ってくる。

「……」

 そんな部屋の中で陽炎が独り思い出すのは、ウェーク島泊地へ転属される以前、あの神通の麾下艦娘だった頃の事だ。
 あの頃は、神通の訓練が異常に厳しくて、いつもいつも理不尽だと思っていたし、不知火と黒潮もそうだそうだと言っていたし、最後には実力行使(※yaggyが神通を殺すだけのお話参照)にも出てしまった。
 そして、その懲罰人事として、当時最前線だったウェーク島泊地の懲罰艦隊『地獄の壁』へと転属させられた時、初めて理解出来たのだ。
 神通教官は、本当に、本当に私達の無事を願い、そして考えてくれていたのだと。
 あの頃は――――ショートランドを離れる直前までは、いつもいつも出撃と称しては島が目視できる範囲内だけでの偵察航海と称した近海警備任務だけで、深海魚との直接戦闘も、敵の偵察艦隊同士の小競り合い程度しかなかった。
 だが自分も、自分達もそこそこの出撃経験はある。神通教官や隼鷹さん達のようにもっと攻勢な任務に出撃しても、大活躍とまではいかずともそれなりには役に立つはずだ。そう思っていた。
 何のことは無かった。
 練度不足だった。
 島が見える位置までしか航行を許可されていなかったのも、耳にタコが出来そうなほど聞かされたお説教も、ゲロ吐くまでやらされてた反復訓練も、全てはその漢字4文字に収束していた。
 ウェーク島でその事に気が付くまでにそう時間は掛からなかった。『畜生、いつか殺してやる』だなんて考えは最初の一週間を過ぎる前に消えてなくなった。その日から、ウェーク島泊地が壊滅して新ショートランドに帰ってくるまで抱き続けた思いは『もう一度教えを請いたい』だった。

(でもまさか、再開して一番最初のレクチャーが本当に敵味方に分かれての実戦とか、あんまりですよ神通さん。ああ、でも)

 ああ、でも。あの人なら敵じゃなくても『あのウェーク島の地獄の壁部隊から帰ってきた貴女がどの程度になったのか、確かみてみましょうか』とか言ってまた実弾演習やりかねないわね。と陽炎はその光景が容易く想像できて、ほんの少しだけ心が上向きになった。
 薄暗い部屋の中の陽炎の瞳に力が戻る。体育座りのまま両手でぴしゃりと頬をはたいて気合を入れ、すっくと立ちあがる。

「ぃよっし。私の知ってる神通さんならいつまでも部屋でウジウジ引き籠ってるだなんて絶対許さないだろうし、それに、次会った時は不知火と黒潮の事もちゃんと紹介してやらないといけないしね。じゃあまずは……そうね、さっき吹雪にも言われたし、ショートランドスラングのハンドシグナルの続きを教えてあげよっと。多分次の鎮守府交流演習で、海域別対抗戦になったら試合前の心理フェイズと闇討ちで絶対必要だし」

 ブツブツ呟きながら陽炎が部屋の電気を付け、姿見の前に立って簡単なおさらいを始める。

「えっと。まず、こう、髪をぶわさっと、わざとらしいくらい大げさにかき上げる仕草が――――」

 フラッシュバック。
 陽炎の脳裏で、黒いアイマスクを外した神通が、ぶわさっと音がしそうなほど大仰に髪をかき上げ、口を開いた。

 ――――総員傾注。

 さらにフラッシュバック。
 新ブインのぬいぬいが上げた疑問の声に、律儀にも神通は自身の右肩をぐりぐり、ぐりんと回しながら返答した。

 ――――偵察、なぅ。

 さらにフラッシュバック。
 神通は小さくため息をついて首を振り、目の前に飛ぶ羽虫でも追い払うかのように手を振った。
 溜め息の時と、手を振った時。
 それぞれの時の指の形は、たしか。

 ――――報告。艦載機。

「あ……ぁ、あー!! わかったわ! わかったわ!! わがっ――――!!?」

 全てを理解した陽炎はモグめいて部屋の外に走り出したが、部屋のドアが内開きだったため、扉が開き切るよりも先に顔面から扉の角に衝突し、あまりの痛さにその場に音も力も無くズルズルとへたり込んだ。



 神通は、あの戦闘の最中にハンドシグナルで通信を行ってきた。
 曰く、こちらが鹵獲した例の飛行小型種に情報を持たせたらしい。

 3枚隣の壁の向こう側から突然飛び込んできた奇声の持ち主こと陽炎が、執務室で難しい顔をしていたひよ子達にそう進言し、じゃあ急いで調査だとGOサインが出て、皆でその飛行小型種が拘束されている旧ブイン基地のドライドックという名の地下洞窟まで駆け足でやって来たのが10分前。
 そして深海棲艦由来の素材や技術がふんだんに使われている艦娘、通称D系列艦であるプロトタイプ伊19号が潜水艦本来の姿形に戻り、塩太郎と明石がその中からケーブルで接続されたモニターを外に引っ張り出し、最後に例の触手服を着込んだひよ子がプロトタイプ伊19号の操縦系にも使われているDJ物質――――深海棲艦由来の、夜になると何かヌメヌメする粘液で、機械艤装部分と深海棲艦の意識接続に用いられている物質だ――――を服の内側と両掌に塗りたくり、飛行小型種とプロトタイプ伊19号の両方に手を伸ばし、物理的に接触した。
 母機役の艦娘と深海棲艦の偵察機。
 普通なら規格がまるで違うはずのこの二つを、DJ物質と人間という二重の『翻訳』を間に挟む事によって、とりあえずの命令伝達を可能とした。
 プロトタイプ伊19号が自我コマンドを入力。飛行小型種の保有する情報の再生を命令。範囲指定は片っ端から。
 プロトタイプ伊19号、DJ物質、ひよ子、DJ物質、飛行小型種の順番で命令が送信される。
 飛行小型種、DJ物質、ひよ子、DJ物質、プロトタイプ伊19号の順番で情報が返信される。

『記憶鮮度の高い順で映しているから、時系列がちょっとバラバラなのねー』

 そして、そのプロト19と有線接続されているモニターに、変化が起こった。

【ちょうど良いタイミングですね。あなたに1つ、秘密のお願いがあるのですが。この戦いの最中、私は貴方を敵の艦娘に投げつけます。そうしたら、抵抗しないでその娘にひっついて敵の基地まで向かって、あなたに保存した私の戦術偵察情報を全て渡してほしいのです……ええ、大丈夫よ。ショートランドの娘達はみんないい娘達ですから。きっと、あなたの事も無下には扱わないはずですよ】

 まず最初に、黒い角の生えたアイマスクをした神通のドアップ画面が映し出された。
 画面の中の神通は、カメラ目線で、アイマスク越しにでもわかるほどに実におだやかな表情で話しかけていた。陽炎が思わず『え、誰このお姉さん』と困惑気味に呟いたのも無理はない。
 画面が飛ぶ。

【私ノ、オ歌ガ大好キナ、人間ノ提督ノ『オ友達』ガ、コッソリ譲ッテクレタノヨ】
【そうだったんですか】
【前ノ洗脳波ノパターンハ、完全二ぷろてくとサレチャッタカラ、新シイぱたーん組ンダンダケド、時間カケタ甲斐ハアッタワネ。効キハ弱イシ遅イシ、間隔空ケスギルトスグ効果ガ薄マッテ消エチャウケド、ソノ分脳ニモ精神ニモ痕跡残サナイシ、依存性ナニゲニ強イカラ、自分カラハ手放セナイヨウニナッテルシ。コノ場合ハ、聞放セナイカシラ?】
【……そう、ですか】

 画面が飛ぶ。

【やぁ、神通。まだ堕ちていなかったのか】
【そんな……提督……!】

 次に写ったのは、2年前のトラック泊地沖でMIAとなっている新生ショートランド泊地の基地司令。
 一瞬、新生ショートランドの面々が酷く動揺したが、よく見ると、この提督もまた言葉の端々や仕草の中にショートランドスラングのハンドシグナルを混ぜていた。
 曰く『敵』『上』『行く』『島』『防衛』『構築』『大規模』『なぅ』『再偵察の要有り』

【君も早く堕ちてしまえよ。深海棲艦の力は素晴らしいぞ。君なら私と同じく、すぐ一個艦隊の指揮艦くらいなら行けるだろう】
 ――――敵はウェーク島を要塞化しつつある。私は再偵察に行く。

 その暗号を解いた面々がざわりとどよめき、画面が飛ぶ。
 今度の映像はかなり解像度が荒く、音も飛び飛びになっていた。

『これは……この子が直接見聞きしたものじゃなくて、神通さんの記憶から無理矢理コピーしたものらしいなの。だから、データの劣化と欠落が結構激しいなの』
「19ちゃん、ソフトかプログラムで補正できない?」
『やってこれなの』
【違ウ違ウ。人形姫ヨ。人・形・姫】

 その砂嵐多めの映像に、つい先ほどまで猛威を振るっていた軽巡棲鬼のドヤ顔が映る。まだ両足がちゃんと付いてた頃のだ。

【 うでしたか。失礼 ました】
【気ニシナクテモイイ。デモ  付ケテ】【ソノ呼ビ方、言ッタ奴ソノ場デ殺スホド本人ハ嫌ッテ】【アレデモ私ヨリモ上位ノ存在ダシ、目ツケ】【タラ、カバイキレ】
【はい。ありが        。了解    】
【オッケー。ソレジャア行キマ】

 一際大きな画面の乱れとノイズがしばらく続き、何の前触れも無く復活した。やはり砂嵐とノイズは多少残っていたが。

【あれが タルカナル島の支配者ですか……】
【ソウヨ。基地機能、2年前ノ防衛戦ノ後カラスグ復旧サセ】【ケド、マトモナ戦力ハマダ カラ、時々様子見ニ】

 先程との違いといえば、撮影者である神通と、その先方を行く軽巡棲鬼の背中と、画面左下に、稼働中のPRBR検出デバイスが環状ポリグラフで表示されていたくらいのものであった。
 画面の――――神通の視点が動く。
 夜の降りた南方海域。

 白い影がいた。

 解像度が低い上に砂嵐が混じっていたし、映像の中の神通もすぐに頭と視線を下げてしまったため詳しくは分からなかったが、それが深海棲艦であるという事は、この映像を見た誰もが本能的に理解できた。

【面ヲ上ゲヨ】

 その白い深海棲艦を見つけた輝が大きく目を見開き、その心臓が一拍、高く跳ねた。ひよ子は情報の翻訳・中継作業に精一杯でそれどころではなかった。
 映像左下の環状ポリグラフの波形と周波数帯が大きく変化。最外縁の輪の下に小さく『未知のひ号目標を検出』という一単語が表示されたが、輝には、その波形と周波数に覚えがあった。
 忘れるはずがなかった。

「嘘だ」
【ドウシマシタ。直接コチラニ来ラレルトハ】
【ウム。近日予定シテイタ、歩兵ゆにっと達ノ長期陸上行動訓練ノタメ、ソノゆにっとヲ受ケ渡シニ。後、有望ナ新入リガ来タト聞イタノデ、挨拶ヲ、ト思ッテナ】

 2年前のガダルカナル島。夜明けの直前。艦娘の『超展開』と酷似した閃光と轟音と純粋エネルギー爆発。
 データを採取するも、井戸達と、深雪とともに海の底に沈んだためにデータベースには登録される事のなかったパゼスド逆背景放射線の波形と周波数。
 忘れるはずがなかった。

「嘘だ……」

 黒くて丸くて腕らしきものが生えた何かに腰掛ける完全な女性型。白い肌、白い髪、首をぐるりと一回りする縫合痕と、全身を這い回るパッチワークめいた縫合痕、ぱっつん前髪&お嬢様式縦ロール、ドス黒い色をした角型髪飾り、フリルが控えめについた白いドレスシャツに乾いた血の色のミニフレアスカート、足元に咲き乱れる季節外れの彼岸花。黒くて丸くて腕らしきものが生えた何かの指先から体の各所に伸びた細い糸のようなもの。時折不自然にカクカクと揺れる首とか関節とか。
 見覚えの無い姿形だったが、輝には、理屈を超えた領域で理解できた。

【歩兵ゆにっとハ、アノ輸送ゆにっと二積ンデアルカラ、ソレゴト持ッテイクト良イ。デ、ソイツガ?】
【ハイ】
【新生ショートランド泊地、神通改二です】
【艦娘……艦娘、カァ……ソレハ、チョット、止メタ方ガイインジャナイ?】

 記憶にある声とは多少違っていた。だが、輝にはそいつが誰なのか、正しくはっきりと理解できた。
 深海棲艦の上位存在、姫種。
 第3ひ号目標。

「嘘だ……嘘だ嘘だ嘘だ!!」

 飛行場姫、リコリス・ヘンダーソン。
 それが輝の知る、悪夢の名前であった。



 大変長らくお待たせいたしました。前三話使って持ち上げた(つもりな)ので、今回から落としにかかります。
 それはそうとやったー今回の第二次ワイハ作戦で照月ちゃんにフレッチャーちゃん来たぞー!!
 とか書いてたらなんかもう次のイベントのジングルもといシングル作戦始まってるんですけど。そしてようこそ御蔵ちゃんグレカーレちゃん早波ちゃんに、なんかやたらと名前の長いイタ艦のアブレッツィおねー様。
 とかとか書いてたらイベ終了。まさか数年ぶりの甲勲章に目が眩んで油切れ&最終日仕事で乙すら突破できんかったとは……でも秋刀魚&イワシは何とかミッションコンプリートできましたー!
 とかとかとか書いてたらなんかもう次の次の南方作戦どころか次の次の次のセッツブーンすら終わってバレンタイン始まってしまったでござる……そしてようこそ秋霜以外のご一同様&3機目の銀河。
 とかとかとかとか書いてたら菱餅イベすら終わって気が付けば6月のイベ直前でござる。
 ……あたしって、ほんと遅筆。
 あ。そうそう。ネタ切れ&話の内容とマッチングしたのが見つからないので、サブタイは次話から普通に戻ります。

 記念の艦これSS

 とびだせ! ぼくの、わたしの、ブイン基地!
 第4話『復活のH ~ Vestigial Dream』



 映像が終わる。しばらくの間、嘘だ嘘だと呟き続ける輝とそれを慰める雪風以外、誰も何も言わなかった。
 最初に口を開いたのは、陽炎だった。

「やっぱり、神通さんは神通さんだったんだ。だって、こんな情報、敵ならこんな回りくどいやり方で渡すはず無いし……」

 安堵のあまりか、陽炎はそう呟くとぺたりとその場に座り込み、小さく泣き出した。ひよ子は疲れ切った心と脳味噌の片隅で『あ、じゃあ上への報告書誤魔化す手間省けたや』と思っていた。

「喜んでいる最中悪いけどよ陽炎。急いで再出撃するぜ」
「隼鷹ざん……何ででずが!? だって神通さんは、敵じゃ」
「違う違う。その神通があの時言ってただろ『申し訳ありませんが、あなた方は彼らがチョイスル島と近海から完全撤退するまでの間、ここで足止めさせてもらいます』って。これってさ。つまり、今、チョイスル島には敵がまったくいないって事じゃねーの?」
「あ」



 本日の戦果 その2:

 神通の投げつけた飛行小型種からの情報獲得に成功しました!
 その結果、コロンバンガラ・ディフェンスラインの現状の確認に成功しました。
 南方海域に新たなひ号目標の存在が確認されました。同海域全体の脅威値が上昇しています。

 同飛行小型種からの情報により【検閲削除】鎮守府の提督が軽巡棲鬼によって洗脳されていた事が判明しました。
 ニューシングルの洗脳ソングへの対抗プログラムは現在開発中です。
 情報流出対策として、帝国勢力圏内における全ての暗号化プロトコルが変更・更新されます。詳細は後日発表されます。

 チョイスル島西端部、ポロポロ浜奥地密林部に倒木型偽装センサー群『ごろごろ倒木丸』を設置しました。同島のそれ以外の箇所へのセンサー敷設作業は、資材・人材・時間的資源の不足により見送られました。
 代わりに、オエマ島およびオーバウ島の一部沿岸、ブイン島近海の水道に流木型偽装センサー群『ぷかぷか流木丸』を設置しました。
 これにより、深海棲艦の陸上侵攻、近海侵攻を早期に発見できる可能性が多少は向上しました。

 各種特別手当:

 大形艦種撃沈手当
 緊急出撃手当
 國民健康保険料免除

 以上


 本日の被害 その2:

 なし

 本日の大本営だより

 我々は各海域の深海棲艦に対して、本日も優勢の展開を繰り広げています。
 各提督達の今後も変わらぬ万戦栄勝を期待します。

 南方海域への増援派兵が決定しました。日時は未定です。

 以上




 本日のOKシーン その2


 必死こいた犬かきで何とか死地を脱し、歩兵ユニットの回収を担当していた駆逐ユニットの一隻にしがみつき、そいつに何か喋って概念接続を繋げて、そこで急にまぶたが重くなってきたのまでは覚えている。
 次に目が覚めると、目の前には蠢く肉の壁と触手と、したたり落ちる粘液の塊が見えた。

「……? ココ、ハ……エト」

 ついこないだも世話になったばかりの、輸送ユニットの格納嚢胞の中だった。
 出撃前と同じく治療中だったらしく、視線を足に落とせば無数の微細な触手が両脚の切断面で蠢き、癒着し、幻肢痛対策として脳に欺瞞信号を送ってきていた。
 そこまで理解できてようやく、軽巡棲鬼は生きて帰ってこれた実感が湧き、死の恐怖から解放された安堵から半泣きになりながら大きなため息をつき、全身を脱力させて触手と硬化粘液で満たされた格納嚢胞の中にドボンと横たわった。

「フウゥゥゥ~……ホント、ホンッットゥ二酷イ目ニ、アッタワァ……」

 大分疲労も残ってるし血足りないし、治るまで外出れないしさて寝るかと思った矢先、隔壁越しに概念接続の許可申請信号が飛んで来た。送り主は副官の重巡ユニット。リコリス・ヘンダーソンの代から生き残ってる古強者だ。
 つまりあの人形姫と同じくコロンバンガラ・ディフェンスラインの最先任だ。無視する訳にはいかない。
 なによもー、折角寝ようって時に。という愚痴と不満は一度眉毛よりも上に押し込めてから接続の許可を出す。

「何? 映像解析ガ済ンダ? エ、私ソンナ指示出シタッケ……私運ンデクレタ駆逐ゆにっとカラ聞イタ? 神通ノ監視担当カラ情報貰ッテ精査シロッテ? 嗚呼、ゴメンナサイ。ソノ時意識ガ相当朦朧トシテタカラチョット記憶ガ曖昧デ。ソレデ、何ガ分カッタノ? ……ハ?」

 何を言われたのか、一瞬理解できなかった。
 軽巡凄鬼は思わず、首から上を格納嚢胞の外に突き出して、副官を直接見やった。

「……ハ? 神通ガ裏切ッテル? 洗脳サレテナカッタ? 何デソンナ事分カンノヨ……エ、龍驤ノ? 灰羽語ニ? 一部酷似? ……はんどさいん」

 光でも音でも波でも概念接続でもない、違和感のない身振り手振りによる暗号通信。
 神通は、敵のままだった。

「……」

 理解したくなかったが、何となく納得できた。
 アレは、自分の洗脳に2年も耐えきった怪物だ。今でも洗脳されていなかったとしても何の不思議も無いだろうと。

「ダッタラ今マデノハ……段々ト弱ッテク、フリ? 突然従順ニナッタラ怪シマレルカラ?」

 この軽巡棲鬼も副官も知らなかった事だが、神通は、この2年間で、洗脳完了まであと一歩か二歩の所まで追い込まれていたのは事実だ。それは先日、人類側の輸送艦を嬉々として沈めに行った事からでも証明されている。そしてそれが幸運にも、今回のカモフラージュになっていただけの事である。
 副官から概念接続。

「ソウ。神通ハコッチガ気付イタ事ニ気付イテナイ。ンデ、治療中ニ麻酔混ゼテ寝カシテ拘束シタ、ト。流石ネ。アナタPerfectヨ」

 軽巡棲鬼は輸送ワ級の格納嚢胞のてっぺんから首を出しただけの状態で壮絶に笑う。
 そして微笑みながらこう呟いた。

 ――――今までのやり方じゃ手ぬるかったのね。それじゃあ、文字通り、脳を洗ってやるわ。

 その微笑みは、見た者の心胆を凍らしめる恐ろしいものであった。




 …… “それ” は何だと言われても、どう説明したらいいのか分からない。

 光も届かぬ真っ暗な海底、そこに走る大きなクレバスの一番奥底に “それ”は存在していた。
 少なくとも人ではないし、陸の生き物でもなかった。もちろん海の生き物とも形は違っていた。

 人の身からすれば巨大すぎて平面にしか見えない、全長数キロメートルほどの半球状の “それ” は何をするでもなく、ただ静かにそこに存在していた。
 何故光も届かぬのに形状が分かるのだと言われれば、それ自身が微かに青白く発光していたからだと答えよう。
 真上から “それ” を覗きこめば、水中から水面を眺めているかのように揺らめき輝いているのが見えた。
 もっと遠くから見れば、 “それ” が収まっているクレバスを細めたまぶたに見立てた、瞳のようにも見て取れた。
 そして、 “それ” の周囲には、海流や重力によって流されてきた艦船の残骸や人の遺体が無数に降り積もっていたのも見えた。遺体には人間である事以外の共通点は無く、海で死んだ人間を新旧適当に選んできたのだと言われても違和感はなかった。骨だけになっているナイスバディのビキニのお姉ちゃんもいれば、つい今しがた沈んできたばかりとしか思えないドラム缶に生コンとセットで詰められた借金返済焦げ付き太郎もいた。
 そんな賑やかな海の底に、少し前に海流に流されつつ、上から落ちてきた一隻の船があった。
 鋼鉄で出来た船の残骸だった。
 落ちて来た当初は戦闘によって破損し、ボロボロの状態だったが、どういう理屈か、誰もいないはずの深海の奥底でゆっくりと修復・再生が進んでいた。
 大部分の再生が終わった側舷には『IN:DD  き(KM-UD)』と白ペンキで書かれていた事から、正式名称は不明だが帝国海軍の駆逐娘だったのだと想像できた。
 艦娘だったものの再生が進むのに合わせて、 “それ” の発する光量が音も無く強くなり、ゆっくりと元の光量に戻っていくのサイクルを繰り返していた。

“それ” は、光も届かぬ世界最深部の底で、何をするでもなく、ただ静かにそこに存在していた。




 次回予告

 やっほー、提督。久しぶり。
 何だか南方海域も大変な事になってるわねぇ。こっち? うん。こっちの海はまだだいぶ穏やかよ。EU各国で内輪揉め出来ちゃうくらい。あ、でも深海棲艦はいるわよ。太平洋戦線(そっち)に比べたら数も質も全然だけど。
 それはそうと、次回の内容なんだけど……おまたせ。帝国以外の艦娘達、つまり海外艦娘達がいよいよ登場するわよ。勿論、私も出るわよ。
 で、来週の見どころは、艦娘技術の秘匿が破れて帝国の偉い人達が大慌てしてるところなんだって……ふふっ、私も見たかったなぁ。

 次回、とびだせ! ぼくの、わたしの、ブイン基地!!
 第5話『(Team艦娘TYPEの)皆さんの目がテン』

 をお楽しみにね。
 それと次話タイトル、次話投稿予定日、および投稿内容は何の予告も無く変更となる可能性があるから、そこの所はよろしくね?
 それじゃ来週に、ね?

 ……え?『お前は誰だ』って?
 やだなぁ、もう。
 私よ私。あなたが鎮守府に着任してからずっと一緒だったじゃない。ほら、その証拠だってこのスマホの画面に――――










 本日のOKシーン その3

 半死半生の状態で海に浮かんでいた最後の軽母ヌ級に、戦艦娘『霧島改二』が保有していた最後の35.6センチ砲弾が突き刺さる。
 見た目以上の柔軟さと頑丈さを併せ持つ表皮装甲を突き破った多目的榴弾はその肉の内側で炸裂。内側から爆発して弾け飛んだ半死半生の軽母ヌ級は、完全無欠の死骸になった。

 ――――ざまたれが! そんない魚の餌になっとれ!!
【矢島さん! 敵残存空母、全艦撃沈!! 第二目標達成、スリガオ要塞からの報告にあったとおりの数を撃沈! 至急予備戦力で追撃を! 矢島さん!? 矢島一等通信士官!? 今日来るっていう援軍を――――きゃあ!?】

 無線に言い切るよりも先に無数の水柱が自身の周りに乱立する。
 敵護衛の生き残りの駆逐イ級2匹からの砲撃だ。

【ザッケンナコラー! ッスゾオラー!!】

 提督の指示を待たず、霧島のメインシステム戦闘系が自動反撃。
 胸に巻いたサラシに差し挟んであった15.2cmチャカ型単装砲を抜き、照準と同時に発砲。ダブルタップを二回。イ級二匹の脳天にそれぞれ2つずつ風穴を開けた。
 先の砲撃の内の数発が霧島の艤装を掠めた際に内装系に不具合が発生したようで、通信系がダウン。電源は入るがウンともスンとも言わなくなった。

【無線が……! 何て間の悪い!】
 ――――霧島ぁ、抜刀じゃ! 知恵捨て抜刀じゃ!!
【もす!! じゃなくて了解です!】

 提督の命令に何故と問うよりも先に、艦としての本能がそれに従った。
 自我コマンド入力。
 長ドス型CIWS抜刀。ドスとは名がついているが、極道映画でよく見るような白木拵えではなく、鋼鉄製の柄に滑り止めのワイヤーケーブルが巻いてあり、鞘も鋼鉄製で打撃兵器としての機能を有した、全くの戦拵えの刀だった。外からは見えないが茎に切られた銘は『正チェスト知恵捨テ 戦艦ル級脳天唐竹割リ 平静二十二年二月二日 谷是蔵海軍少佐』とあった。
 特殊な機能は一切無いが、この霧島が着任してからあった全てのカチコミにおいて、折れず曲がらずを証明し続けている優れた武器である。
 ここまできてようやく、霧島の意識が索敵系から上げられた情報を吟味した。
 敵増援2。
 どちらも戦艦級に酷似した波形と周波数を検出。両者ともに完全な女性型。それ以外の詳細は不明につき脅威ライブラリを参照中。
 成程。と霧島は心の中だけで納得した。戦艦級の深海棲艦が相手では、今手にしているチャカ、もとい副砲の15.2センチ砲では下手をすれば表皮装甲すら抜けないし、7.7ミリ対空機銃では何をいわんやだ。
 味方の増援も期待できず主砲が弾切れとなった今、最後に残された正解はただ一つ、チェストる事なのだと。

【上等です。データが無くとも、弾が無くとも、この霧島には拳と知恵捨てがあります!!】
 ――――よう吠えた霧島ぁ! そいでこそオイの秘書艦じゃあ!!

 片手のチャカ(型の15.2センチ単装砲)を乱射しつつ、もう片方の手に握った長ドスを肩に背負って霧島が突撃を開始。狙いは背後に顔の無い筋肉ゴリラを引き連れた黒いドレス姿の女。その女と筋肉ゴリラは、女のうなじから伸びる、ボロボロになった一本の太いケーブルで接続されていた。
 霧島のメインシステム索敵系からの速報が、艦娘としての霧島と提督、2人それぞれの脳裏に表示される。データにはあったが霧島の知らない波形と周波数だった。

『メインシステム索敵系より最優先警報発令:PRBR検出デバイスにhit. 感1。パターンH。大本営仮称『第4ひ号目標』です』
『メインシステム索敵系より最優先警報発令:PRBR検出デバイスにhit. 感1。パターンH。未知のひ号目標です』
【テメーラ、コラー! 波形も周波数帯も知らないPRBR値を検出ってって何様のつもりコラー! 何が第4ひ号目標コラー!!】

 黒ドレスの顔面にチャカ(型の15.2センチ単装砲)による砲撃が何発も直撃し、爆発を起こしていたが、そいつは避けるも防ぐもしていなかった。それどころか砲弾が目に飛び込んできても無傷だった。有線接続されている背後の筋肉ゴリラもまた、動く気配は無かった。
 霧島と提督はそれを、お前の攻撃など避けるにも防ぐにも値せぬのだという、無言の挑発であると捉えた。

 ――――【ならばチェストあるのみ!!】

 刀の射程距離まで接近した霧島が弾切れのチャカ(型の15.2センチ単装砲)を投げ捨て、長ドスを両手で握り直して大上段に振り上げ、最後の一歩を踏み込み、

【チィィィエストオオオォォォ!!】

 そこで初めて、黒ドレスと有線接続されている筋肉ゴリラが動いた。
 片腕を上げ、五指をゆるく伸ばす。
 そして、親指と人差し指だけで、霧島渾身のチェストを完全につまみ止めた。
 霧島が上書きコマンド。全身の運動デバイスの自壊リミッターを解除。同時に、艦娘達の魂の座である動力炉の出力を、戦闘領域から自爆寸前の限界領域にまで上昇させる。

【きええええええええええええ!!】

 白目を剥き、猿めいた絶叫を上げる霧島の全身の運動デバイスが目の前のゴリラに負けじと異様に盛り上がる。艤装の煙突部から吐き出される排気の音色が、長閑で間抜けなものからら、離陸直前のロケットエンジンのそれと化す。
 ブーストされたその膂力と出力で、トンボの羽よろしくつまみ止められた刀を強引に押し込みに掛かる。
 対する筋肉ゴリラは、流石に指2本だけでは押し切られると判断したのか、手首を軽くひねってそのまま刀身を半ばからヘシ折った。
 そして使っていなかった方の手を素早く伸ばし、勢い余って体勢を崩した霧島の下半身を強く握りしめた。
 たったそれだけの仕草で、霧島の下半身の感覚が完全に途切れた。
 咄嗟に接続pingを既定のレートでテスト送信。
 返信0。
 そして、握られた霧島の下半身から、深度限界を超えて沈み逝く潜水艦のような、大質量の金属が圧潰していく時に特有の不吉なうめき声が聞こえてきた。
 手の中の下半身が今どうなっているかなど、提督も霧島も知りたくなかった。

【……提督】

 霧島の視線の先には、黒ドレスとゴリラを繋ぐ、一本の太いケーブルがあった。

 ――――おう、皆考げつっこっは一緒ばい。

 手を伸ばせばすぐ届くそれの表面には、白いひっかき傷から始まり、ナイフか何かで切ろうとしていたと思わしきリストカットめいた痕、ノコギリのような刃物を押し当てたと思わしきささくれ痕、榴弾か機関銃かにでも撃たれたと思わしき焼け焦げなどの、さまざまな傷が見て取れた。
 そして、最早これまでと腹を括った霧島と提督は、片手でケーブルを引っ張ってたるみを消し、折れた長ドスを逆手に握り、ケーブル保護被膜の一番傷が深い部分に向かって一気に突き刺した。

 ――――ごわす!
【往生せぇや!!】

 長ドスが被膜を貫通する。霧島が腕を振るって繊維沿いに裂いていく。
 そして。
 そして、内側からの圧に耐えかねて弾け飛んだ保護被膜の中から出てきたのは、何本もの細い接続ケーブルだった。
 うち一本だけは切断に成功し、内部を循環していたDJ物質が汚い音を立てて噴き出していたのが見えた。

 ――――い、一本だけじゃ
【なかっただなんて……!!】

 そしてそれが、この霧島と提督が第4ひ号目標――――戦艦棲姫に与えた唯一の戦果だった。
 そして、食べ終わったエビの殻でも砕くかのような気楽さで、霧島の下半身が完全に握り潰された。
 二つに大別させられた霧島の姿は、海面に着くよりも先に、金剛型戦艦本来の姿形に戻っていた。
 黒ドレスは、たった今霧島が沈んでいった辺りの海面を無言で眺めていた。

「アラ、随分ト不満ソウネ?」
「エエ。ドイツモコイツモ敵ワヌ助カラヌト知レバ、馬鹿ノ一ツ覚エノヨウニけーぶる狙イ。オマケニ弱イ。コレハ、私ノ実戦てすとデハナカッタノ? 私ノ限界性能ハドコデ知レバイイノカシラ」
「貴女ノてすとらん作戦ハ、突貫デ組ミ込マレタカラネ。一カラ十マデ予定通リトハイカナイワヨ。ソレニ、致命的ナBugハ今マデヒトツモ検出サレテナイカラ、一応ハ成功ジャナイノ?」
「ソウイウモノカシラ」
「ソウイウモノナノヨ。ジャ、ソロソロコッチモ、りはーさる作戦ヲ開始スルワ。終ワッタラマタ会イマショウ」
「アア。デハマタ後デ」

 二種二名の姫が潜水を開始。そして、それぞれの目的に向かって侵攻を再開し始めた。
 沖縄本島まで、あと数日間ほどの距離だった。


 Please save our Okinawa 04.


 それよりも若干時は進んで、沖縄の那覇鎮守府では。

「今までも派遣先で疫病神扱いされたり、来た早々に門前で塩撒かれた事有りましたけど、袋ごとってのは流石に初めてですねー」
「ご、ごめんなさい……夕張さん」
「や―。ウチの提督、少し前にTKTから色々とアレされてて、今ちょっとセンシティブな事になっててねー。ごめんね?」

 子供達と艦娘達の居る応接室――――と言うにはいささか広すぎるが、ネームプレートにはそう書いてあるから応接室なのだろう――――に向かって廊下を歩いている夕張の呟きに、ひよ子と北上は謝罪し、夕張も『いえ。こちらも悪ふざけが過ぎました』と謝罪を受け入れた。

「ところで夕張さん、さっき言ってたのは本当ですか?」
「はい。こっち来る前に、任務のついでに新兵器のデータ採ってこいってTKTの外殻研究班の面々から試作兵装をいくつか渡されてきました。使い捨て型の試作兵装もかなりの数持ってきたんで、多分あの子達全員にも最低一つは渡せますよ」
「ありがと、助かるわ。じゃあさっそくだけど、応接室に戻ったらまずあの子達から話を聞いて、それから作戦の大雑把な方向性を決めましょ」
「了解です。って、あれ? 先程までいた艦娘達は?」

 ここまで来て初めて、夕張は北上以外の艦娘が誰もいなくなっているのに気が付いた。

「ちょっと頼まれごとよ」

 そう言ってひよ子が辿り着いた応接室のドアノブをガチャリとひねり、開ける。

「みんなおまた……せ……」

 そして、部屋の中から一斉に向けられた視線と雰囲気から、ひよ子は、子供達と艦娘達が全てを察した事を察した。

「先生!」

 ひよ子と夕張が何か言うよりも先に、子供達がわっ、と2人に殺到した。

「先生、オレ達、戦争に行かされるってホントですか!?」

 最寄りの子供がそう詰め寄るのに重ねる様にして、他の子供らも『先生!』『先生!』と叫び始めた。
 その子供たちそれぞれお付の艦娘達は、何も言わなかった。ただ、鋭い眼差しでひよ子を油断なく見つめていた。
 ひよ子当初の予定では、子供達はどうにかはぐらかす予定だったのだ。そして自分達と子供らお付の艦娘達だけで全部をどうにかして、何も知らないまま帰すつもりだったのだ。
 そしてその目論見はたった今、儚くも消えた。

「……ええ。事実よ」

 ため息をつきたくなるのをこらえて、ひよ子は簡潔にそう答えた。
 子供らお付の艦娘達は薄々察していたようで、誰も何も言わなかった。ただ、その眼だけがひよ子に嘘は許さぬとばかりに更に鋭く注目していた。

「でも大丈夫、私達がいるからね!」

 ひよ子はわざとらしいまでのスマイルを浮かべ、グッとサムズアップ。核戦争後のシェルターの中にポスターとして張っておきたいくらいの良い笑顔だった。

「それに、みんなはここで観戦してるだけだし、万が一の事があっても、皆それぞれの艦娘達がいるから絶対大丈夫よ」
「そうそう。みんながここで待ってる間に全部終わっちゃうわよ」

 そんなんで勝てるんだったら今頃この戦争終わってるわよ。とひよ子も夕張も思っていたが、その言葉は喉よりも下にグッと押し込んだ。
 その言葉は、今、目の前で安堵の笑みとため息をついている子供達に向かって言う事ではない。ひよ子は元よりだが、夕張も、軍内部では鬼畜外道と名高いTKT所属とはいえ、その程度の常識はあったようだ。

「じゃ、先生達はこれからの最終確認があるから、みんなの艦娘達ちょっと借りてくわね~」
「はーい。三水戦も、三水戦以外も、全員あっちの部屋に集ーぅ合ぉーう」

 夕張の号令に従い、子供たちお付の艦娘達がぞろぞろと移動を始める。流石に全員は多すぎたので連絡と監視を兼ねて何人かは残しておいていたが。
 そして全員が入室し、別行動をしていた輝達が合流した事を確かめると、ひよ子は部屋の鍵を閉め、聞き耳を立てて廊下に誰もいない事を確認してからこう言った。

「で、実際の所、あなた達はどのくらい戦力になるの?」
「はい。大佐殿。それが最期に実戦を行ったのは何時か。という意味でしたら、先の大戦であります。自分のそれは1943年、唱和18年5月7日の第五回コロンバンガラ鼠輸送であります」

 ひよ子に最寄りの艦娘――――キツネ色のツインテールが特徴の陽炎が、一歩前に出て敬礼し、即答。立て板に水を流すが如くとは正にこの事である。因みに、この陽炎の背後の艦娘達の中から『それも私なんだけど』『ていうかなんで私が何人もいんのよ』という陽炎達の声がいくつか上がったのだが、それはさておく。
 おずおずと輝が挙手。

「あの。因みに、艦娘になってから近代化改修は?」

 沈黙。
 どの艦娘も互いに顔を見合わせるだけで、誰も何も言わない。
 ややあって、駆逐娘の『暁』と戦艦娘の『榛名』がそれぞれ改二とかいうのになったと挙手。
 それ以外は、誰も、何も言わなかった。

「。」

 輝もひよ子も夕張も雪風も秋雲もプロト19も絶句。
 何か不味いと悟ったのか、今度は駆逐娘の『曙』がちょっと慌てたように挙手。

「あ、あたしだって近代化改修されてたわ! バイタルパートの装甲が有澤のゼラニウム合金とかいうのに交換されてるんですって」
「え、曙さんそれホントですか!?」
「ゼロニウム合金って言ったら、手塚神話大系の中に出てくる、夢の超合金じゃない!」

 その発言に食いついたのは、技術バカの夕張と輝の2人だった。

「有澤の冶金技術って、とうとう神話の域にまで来てたの!?」
「すごいですよ! 僕、あ、いえ。自分も早く見て見たいです。夢の超合金ゼロニウム!」
「ん? あの。ゼロニウムじゃなくて、ゼラニウムなんですけど」

 曙の訂正に『なーんだ』と残念そうに呟いたのが単なる技術バカの夕張で、死人よりも青ざめた顔になったのが、メカのメカクレの単なる御落胤、輝だった。

「え、何、輝君。何でそんな青い顔しちゃってるの?」
「……ゼラニウム合金って、確かに有澤が開発した新合金なんです。ただ、開発したのが支店の重工じゃなくて本店こと有澤製火。つまり花火屋なんですよ」

 え。と皆の視線が輝に集中する。

「自社の花火の発色をより良くするためだけに開発したんです。キャッチコピーは『セルロイドよりもよく燃える。そしてゼラニウムのような華麗な炎色反応』」

 曙の顔色が輝と同色になる。
 驚愕に包まれたのは曙だけではなかった。彼女の周りにいる艦娘達の中からも『私デルフィニウム合金って言われた』『私ナスタチウムー』という声がいくつか上がったのだが、それはさておく。因みに先の陽炎はツインテールを纏めているリボンの部分がオンシジウム合金との事だった。
 そして当の曙には『曙ちゃん。出場、停止』『曙さん。出撃しちゃ、駄目です』と、ひよ子と輝それぞれからドクターならぬアドミラルストップがかかる。



「やっぱり間違いでした。有澤さんに連絡とってみたら、花火用のゼラニウム(geranium)じゃなくて、艦艇装甲用のセラニウム(seranium)で近代化改修されるはずだったそうです。なんでも、仕様書にススが付いてて読み間違えたのだとか」
「ありがと輝君。流石メカクレの人よね。すぐに連絡が付くなんて」
「いえ、今代の有澤さんが良い人なんですよ……実家から本家に移ってから少し後にあった社交パーティの時だって、妾の子だからパーティ終わるまでここから出るなって言われてた僕のいた離れの倉庫まで足運んでくれたこともありましたし」
「「「……」」」

 メカのメカクレも闇が深いなぁ。とひよ子や他の艦娘達や子供達は思うが口にはしなかった。
 わざとらしい咳払いでひよ子が場の雰囲気を戻す。

「……おほん! と、兎に角! これから大別してチームを2つに分けます! 曙ちゃん達出場停止チームと、それ以外で。出場停止チームはまだ全島避難が完了してないそうだから、そっちのお手伝いに向かって。勿論、自分の担当の子供を乗せて。船の数は有って困るって事は無いでしょうから。それと、避難が完了したらこっち(沖縄)に戻ってきちゃ駄目」

 ざわり、と部屋の中にどよめきが走る。
 お付艦娘達の中にいた朝霜や初霜、矢矧や霞などを始めとした、通称『坊ノ岬組』と呼ばれる一部の艦娘らに至っては動揺の代わりに殺気を出していた。
 彼女らが暴発するよりも先に、ひよ子が続けた。

「避難民を下ろしたら、沖縄以外の帝国本土各地の基地や泊地、鎮守府に分散寄港して、そこの提督さん達に救援要請を求めてちょうだい。あの子達を連れて、直訴で」

 只でさえ練度に不安が有る無い以前の問題でしかない少年少女兵もとい少年少女提督達の集まりが最前線かつ最終防衛ラインで、しかも戦う前から半数近くが戦闘不能な距離にいるのだ。
 そんな子供達を、強大な敵の矢面に立たせておいて自分は後方の安全地帯にいる。そんな事になったらどうなるだろうか。
 答えはいたって簡単で『まず社会的に死んで、次に物理的に死ぬ』
 一般市民はバッシングに容赦しないだろうし、深海棲艦はもっと容赦無く殺すだろう。
 つまりひよ子は、この場にいる自分達だけじゃなくて、後方にいる提督達全てを巻き込むつもりなのだ。

「この事はあっちの部屋にいる娘達にも伝えてね。じゃあ出場停止チーム、早速行動を開始して」
「「「了解!!」」」

 ひよ子の指示に、部屋の中にいた半数近い数の艦娘が一斉に敬礼。駆け足で部屋の外へと飛び出していく。
 残った艦娘達はひよ子に注目し、次の指示を待った。

「私達はここ、沖縄本島で防衛線を敷きます。私もついさっき夕張さんから聞いたばかりなんだけど、今日のこの作戦、陸軍との合同作戦なんだって」
「え、ひよ子ちゃん。それってもしかして」
「数十隻規模の連合艦隊での機動要撃戦なんて、私、机上演習ですらやった事無いわよ。今までやってきた事って言ったら、地に足付けての防衛戦よ。夏コミ冬コミの300人部隊で十人隊長やってたのは伊達じゃないわよ」

 如月ちゃんの調査結果は聞いてたけど、コイツ、マジかよ。
 艦娘達の視線がどんどんと不安に染まっていく中、ひよ子はハッキリとそう言い切った。

「兎に角。さっきの子達が増援連れてくるまでみんなで生き残ったらそれで勝ちなのよ。さ、それじゃあ皆で陸軍さんの所に挨拶に行って、作戦考えましょ」



 子供達を連れて来たのは打算からだった。
 向こうが何か言うよりも先に、この子達を見せて黙らせよう。ひよ子がそう計算していたのは確かだ。

「失礼ですが、貴女が今回の作戦に参加する帝国海軍の方でしょうか?」

 しかし、それよりも先に自分達が黙らせられることになるとは、ひよ子にとって完全に計算外だった。秋雲に至っては口をパクパクさせながら、失礼にも指さしていた。ひよ子は仮にも人の上に立つ立場なので流石にそうはしなかったが、その男の顔を見てやはり心中でテンションは上がった。
 そんな彼女らのリアクションを見て、陸軍の責任者であろうこの小柄な男は、知らぬ者からすれば凶相以外の何物でもない笑みを浮かべ、実に楽しそうに口を開いた。

「帝国陸軍北海道鎮守府所属、新庄直枝(シンジョウ ナオエ)少佐であります。新しいお城ではなくて野球選手の方の新庄に、枝を直すと書きます」

 そういう自己紹介をしているあたり、多分こいつは分かっててやっている。

「帝国海軍有明警部府第一艦隊所属の駆逐娘『秋雲』であります! 少佐殿、写真を一枚お願いしてもよろしいでしょうか!?」
「はい。構いませんよ。ですが少々お待ちください」

 カメラアプリを起動したスマホを手にした妙にハイテンションな秋雲を待たせると、新庄は懐から丁寧に折り畳まれたビニル製の何かを取り出した。そしてそれを広げて、空気口から息を吹き込み、膨らませ始めた。
 パンパンに膨らんだそれは、可愛くデフォルメされたサーベルタイガーの絵がプリントされた動物型の浮き輪だった。
 新庄はつぶらな瞳のそれを己の隣に置くと自らも座り、千早の頭を撫で回しながら秋雲を下からねめつけた。

「見つけたのは僕の猫ですから」

 こいつ分かっててやっている。
 一枚だけという約束を力の限り破り続けている秋雲を余所に、新庄はポーズを維持したままひよ子と夕張に挨拶を始めた。

「新庄少佐。部下の秋雲が初対面で大変失礼な真似を。謝罪します」
「はい。いいえ、大佐殿。お気になさらずに。こちらもこのような姿勢のまま、敬礼もせずに申し訳ありません」
「少佐、お久しぶりです」
「黙れ裏切り者」

 ひよ子と秋雲に対しては普通だった新庄の態度が、夕張では一変した。

「陸軍案が通った場合は、赤くて角が付いてて3倍の速度で走るセイバータイガーを生産第一号にするという約束で僕たち機動戦派は資金や資材を融通していたはずだ。途中でガンスナイパーリノンスペシャルなどという瞬間火力偏重主義者どもに寝返ったお前が今更何の用だ」
「その機動戦派だって、普通のセイバータイガーかヘルキャットかライトニングサイクスか共和国カラーのシールドライガーかドライパンサーのどれにするかで四分五裂したまま意思統一できてなかったじゃないですかぁ!!」
「えと。その、お二人の間には一体何が……?」

 分かってないなこいつら、ギレル中尉の乗ったキャタルガが最高でしょうに。という何処かズレた宇宙の真理は心の内側だけに留めたひよ子が恐る恐る挙手。
(※筆者注釈:因みに筆者はハンマーカイザー&デススティンガーコンビによる反撃不可能距離からの蹂躙・面制圧派です)

「陸海空三軍およびTKTの有志一同による純地球産ゾイド製造計画です」
「南方海域とかの、重要ではない二級戦線に送る予定だった資材を横領して開発を進めていたのですが、結局、ゾイドコアも荷電粒子吸入ファンの製造も出来なくて計画は頓挫しましたが」

 戦時中に何やってんだ。ていうか荷電粒子ってそんなに大気中にごろごろ漂ってるようなもんだったかしら。と、ひよ子は顔には出さなかったが心の中で呆れた。

「素直に粒子加速器の小型化と省エネ化から始めましょうよ……ていうか僕、あ、いえ。自分のいた南方海域の万年資材不足はあなた方が原因だったんですか」

 南方海域、ブイン基地所属の目隠輝インスタント大佐の恨みがましい視線を受けて、夕張と新庄は同時に首と視線を反らした。



「――――大よその状況は理解しました。大本営の糞ったれ。最悪だ。効率的に死なせて良いのは手前の兵隊だけだ。無関係な子供じゃない」
「それで、少佐」
「はい。大佐殿。陸海合同での防衛戦には賛成です。ですが、艦娘を最初から陸に全て上げるのには反対です。制海権を取られたら一方的に撃たれるだけです。ですので沖合でいくつかの仮想の防衛線を敷き、監視衛星の支援を受けて此方の射程距離の限界から砲撃し、引き撃ちの要領で本格的に敵の射程に入る前に順次撤退は出来ないでしょうか」
「はい。少佐。いいえ、私もそれを考えましたが、敵側にはまだ多くの戦艦種がいます。確認された空母種は全て撃沈したそうですが、射程距離の差は明らかですし、万が一被弾・撃破された際の脱出手段が無いんです。ですので、鍋島Ⅴ型を各艦一名随伴させて、非常時には艦娘化した艦娘を回収し、オーバードブーストで即時退避は可能ですか?」

 新庄とひよ子が順次提案と反証を挙げる。

「はい。大佐殿。いいえ、不可能です。随伴は可能ですが、グライドブースト機構の始動には固い足場が必要になります。艦体と艦娘を分離する事は出来ないのでしょうか。そうすれば艦体を足場にして艦娘を回収して脱出出来るのですが。それとⅤ型に搭載されているのはグライドブーストです。オーバードブーストではなく」
「はい。少佐。いいえ、それは出来ません。艦娘の本体は艦体そのものなの。通常艦艇の姿の時に艦内を歩き回ってる方は立体映像なんです。あとごめんなさい、大学の実習で鍋島Ⅱ型の火星人に乗ったのが最期だったのでつい……」

 左様でしたか。と新庄が合いの手を打つ。

「それでも、やはりなるべく遠洋で敵戦力を削っておきたいのは本音です。艦艇相手に拠点に籠っての籠城戦は分が悪すぎる」
「あの、新庄少佐? 少佐は陸軍であるはずなのに、なぜそのような事を……?」

 新庄のその本音は、海軍であるひよ子からしても異端であるとしか思えなかった。
 ひよ子が提督候補生から訓練生に格上げされた頃に行われた座学では、70年前の硫黄島やペリリューのように、擬装や補強、物資の事前搬入などの入念な準備が施された陣地は生半可な攻撃では陥落すどころか火点の1つを潰すのも難しいとされているのに。

「……はい。大佐殿。自分の指揮する大隊は以前、沿岸の重要拠点の防衛戦の演習を行うために、海軍の有明警備府の、川内さんという艦娘の方にお越しいただいた事があります。合同野戦演習という名目です」
「え」
「攻撃側は川内さん一名。防衛側は自分と麾下の大隊員560名と半年前から準備した演習用拠点。演習内容は、まぁ、早い話が硫黄島のスケールダウン版です」

 ひよ子の脳裏では、自分の所属先の一人の艦娘がひらひらと手を振っていた。

「結果は引き分けでしたが、戦略的には我々の勝利で、戦術的には自分達の惨敗でした。艦艇は遅いとはいえ移動し続けられ、常に優位な射点を維持できます。そのため、有効判定の砲撃を当てるには初弾命中を狙っての見越し射撃か、確実さを取っての着弾観測かのどちらかになるのですが、どちらで撃ったにせよ艦載用の対砲兵レーダーで砲弾の落着地点と発射地点の両方を割り出され、動かないトーチカなら140ミリ用のAPFSDSで精密狙撃からの撃破判定、自走砲なら通常榴弾で面制圧されました……まさか自走砲群の同時面制圧砲撃を抜けて主砲の射程距離までやってくるとは思いもしませんでしたよ。千早達虎の子の戦車隊も、榴弾で履帯を破壊されてからやはりAPFSDSで撃破判定を貰ってしまいました」
「……」
「最後は僕自らハンドアローミサイルを担いで生き残った部下達と一斉射撃を仕掛けたのですが、短距離通信用の光学接続(レーザー)を弾頭部に最大出力で照射されてシーカーを焼かれて無力化され、対空機銃で僕たちも撃破判定されてしまいました。川内さんもそこで弾切れになり、僕らは拠点を守り切れたので戦略的勝利、川内さんは弾切れにより戦闘続行不可能となるも防衛部隊の無力化に成功したので戦術的勝利となり、引き分けとなりました」
「……せ、」

 ひよ子が何事かを言おうとしたのに気付かず、新庄は続ける。

「現代の兵器は70年前より進化しており、僕らの祖父や曽祖父の時代の様にはいかないのです。深海棲艦もまた、そうです。でなければ、今日まで戦争が続いている訳がない」



 以上の理由から、新庄は陸に近づかれる前に出来る限り損害を与えたい。
 ひよ子もそれに賛成だが、万が一の際に子供達の元まで戻れなくなるかもしれないのであまり遠出はさせたくない。
 さてどうするか。
 2人と、2人の話を聞いていた艦娘らがあーでもないこーでもないと話していると、部屋の扉が外からノックされた。

『あ、あの! 失礼します、駆逐艦の『五月雨』です。お部屋に入ってもよろしいでしょうか?』
「どうぞ」
「どうぞ」

 ひよ子と新庄が同時に返答。

「失礼します。あの、比奈鳥先せ、じゃなくて比奈鳥司令官。出場停止チーム全員、出発しまああぁ――――!?」

 五月雨がドアを開け、敬礼し、部屋の中に一歩を踏み出した瞬間、足元に落ちていた一枚のA4用紙を踏んづけて、盛大に転んだ。
 ずるべたーん! などという長閑な効果音は無かった。代わりに、重たい石を地面に落とした時のような、低く短い音だけが五月雨の後頭部からして、十数秒間ほど動かなかった。

 それを見て、夕張は「YES、純白!」とサムズアップしつつ盛大に翻っていた五月雨のスカートの中を凝視して、秋雲は手にしたスケッチブックに今の見事なまでの転倒モーションとパンツの皺の寄り方を今後の見本としてクロッキー(速写)し、それ以外の艦娘らは「だ、大丈夫!? 救急箱、救急箱!!」と慌てて応急処置に向かい、ひよ子と新庄は「「あっ」」と同時に解決策を思いついた。



 兵は拙速を貴ぶ。

 完璧完全を目指して致命的に遅れるよりも、多少拙くとも急いで実行すべしという孫子の言葉である。
 そしてそれは、作戦立案の締め切り時間にも適用されていた。
 その言葉通りにしなければならないほど、今のひよ子達には時間が無かった。

「そっか。ウレタンの浮きをくっつけたベニヤ板を甲板上に乗っけとくだけで良かったんだ」

 帝国全領域をカバーする気象衛星『あっつざくら』からの最新の偵察情報によれば、第4ひ号目標と思わしきパゼスト逆背景放射線の発生源は、沖縄本島到着まであと数日ほどの距離にあるという。

「はい。大佐殿。実験の結果、1秒だけでも浮力を維持できれば良いみたいですな。艦娘の回収が遅れて最悪Ⅴ型が水没しても、もう一度海上に浮いてから乗り直せばそれでいいのですから」

 それ以外の詳細は全て不明。
 連中も学習しているらしく、霧島達第二次菊水作戦の戦力を撃破した後は、ずっと海中に身を潜めたまま隠密接敵を続けていた。
 その最後に水上にいた時の記録も、衛星からは曇り空に阻まれ、第二次菊水メンバーは原因不明の通信途絶からの被撃破。最後に残った霧島も通信機器の故障で途切れ途切れの音声のみがいくつか届いた程度。

「艦娘の艤装は艦娘と一緒に『圧縮』されちゃうけど、あのベニヤ板は甲板の上に乗ってるだけだから一緒に圧縮される事は無く、足場として残り続ける……こんな単純な事にも気が付かないなんて」
「ええ。僕も全くの不明でありました……ところで」

 侵攻してきている深海棲艦の概算がどれくらいなのかをPRBR値から解析しようにも、第4ひ号目標と思わしきパゼスト逆背景放射線の発生源があまりにも巨大すぎてそれ以外を全て呑み込んでしまっていた。
 PRBR値を可視化した衛星写真を見て見れば、色が赤黒い以外は規模も形も、まるで小規模な台風そのものであった。

「ところで。大佐殿は敵集合A群とB群、どう対処されるおつもりなのでしょうか」

 この実験開始から5分と経っていなかった時の事である。通信士官の矢島が最悪なメッセージを携えて2人の元に飛び込んできた。

 ――――敵が二手に分かれました。姫がどちらにいるのかは不明です。PRBR値の検出範囲が大きすぎて紛れています。

「……隊を二つに分けます。最初は小さい方、つまり沖縄から離れる航路のA群は本土の人達に押し付……任せようと思っていたんです。けど、大本営に先手を打たれました。ついさっき、そっちも何とかしろって、追加メールが」
「何とか」

 新庄が絶句する。

「今の私達には二正面作戦を実行できるだけの数……だけなら兎も角、実行できるだけの練度をもった将兵が圧倒的に足りていません。ですので、A群を誘導して、ひと塊の群れに戻してしまいましょう。誘引しつつ漸減、出来そうならそのまま撃破という事で。Bの方は、新庄少佐がおっしゃったように海上で迎撃しつつ適宜に後退。最終的には沖縄本島で迎え撃ちます。本土からの援軍が来るまでの籠城戦です。あ、でもギリギリまでは付け焼刃でも訓練はさせたいですね。面舵取舵が左右のどっちかもわからないようでは海になんて出せません」
「援軍が派遣される確証は?」
「先の子供達と艦娘の内、明らかに戦いには適さない子達がいました。その子達を避難支援に向かわせ、そのまま遠隔地の鎮守府や基地まで直訴させに向かわせました」
「……『そちらに派遣した援軍は現在、有力な敵部隊と遭遇・交戦中。ただちの到着は極めて難しい』という類の言い訳が飛んでこなければよいのですが」
「……」
「……」

 今の台詞、フラグじゃないよね? よね? という不安が新庄とひよ子、2人の脳裏をよぎったが、どちらも口には出さないでおいた。

 そしてその後の2人だけの協議の結果、ABどちらの群団に姫がいても対応できるようにするべく、かつて姫と直接対峙した経験のあるひよ子と輝は別行動となった。
 A群の誘引漸減を担当する別働隊の指揮官と総旗艦はひよ子と北上改二が担当。
 B群の対応には、輝&雪風(輝は深雪と呼称)と、新庄達帝国陸軍、そして合衆国軍嘉手納残留組が合流し、沖縄本島の防衛を担当する事になった。

 そして、ひよ子が当初思い描いていた通りに子供達は当那覇鎮守府内で別命あるまで待機。ABそれぞれとの戦闘には一部を除いたお付の艦娘達のみが参加する事になった。
 子供達の護衛には、ひよ子の艦隊からプロトタイプ伊19号と秋雲、お付の艦娘の中から暁改二と他数名、那覇鎮守府の矢島通信士官が付くことになった。





 それから二日後。
 今日いよいよ出撃せねば、敵B群の進撃を阻めずにそのまま沖縄本島決戦となる限界の日。 
 ひよ子は、那覇鎮のグラウンドに一糸乱れず微動だにせず整列した艦娘達の前に立っていた。

「……」

 ひよ子は、出撃前の訓示なり演説なりを行おうとして、何も言い出せずにいた。
 何を言えというのだ。
 あの子達の代わりに、あの子達と同じくらいか少し上くらいの年頃の女の子達に、今から死んで来いと? 純粋な人間じゃないお前らは純粋な人間のために戦って死ねと? 提督が乗っていないし、ダミーハートも全員分は用意出来なかったから『超展開』も封じられたまま、70年前のスペックのまま、現代兵器の質と量を相手に進化し続けた深海棲艦の群れに突っ込んで死ねと?
 純粋な人間じゃないから倫理問題は無い? クローン量産されてるから替えは効くし大丈夫?
 ふざけるな。

「……」

 艦娘は理性ある立派な生き物だし、クローンが同じなのはDNA配列だけだ。その人その艦娘が生きた証である記憶や思い出は、ゲームのセーブデータのようにコピペが出来るものじゃあない。
 そいつらに、今から、美辞麗句を並び立てて死んで来いと、どうして言えようか。
 だが、言わねばならない。
 そうしなければ、自分が死ぬ。自分達が死ぬ。
 私達は死にたくない。だからお前達が死ね。

「……」
「? あの、総司令……?」
「ちょ、ちょと待って! ちょと待ってえええぇぇぇ!!」

 整列していた艦娘達が徐々に困惑し始める。
 そんな沈黙と困惑を切り裂いたのは、那覇鎮から飛び出してきた子供達の声だった。
 その先頭を走っていた一人の少年が息も絶え絶えに叫ぶ。

「おっ、俺 、ッ、も゙! 俺だぢも゙……! 戦い゙ま゙ず……!」

 その子は恐怖にまみれ、涙鼻水をたれ流し、膝をがくがくと震えさせながらも、その瞳だけは強くしっかりとひよ子達を見据えていた。
 ひよ子と新庄が互いを見やる。同時に頷く。

「俺も――――」
「先頭の君。君の名前は?」
「か、鴨根木、鴨根木翔太です」
「……成程。翔太君」

 新庄とひよ子はしゃがみ込み、視線を翔太の高さに合わせた。

「ねぇ、翔太君。もしも本当に、君が誰かを守りたいと思っているなら、私達を守ってくれないかしら?」
「僕からもそうお願いしよう。どうか、僕らの帰ってくるべきここ、那覇鎮守府を守ってくれないだろうか?」
「……え?」
「プリーズ」
「プリーズ」
「え? え?」

 ひよ子と新庄がずずずいっ、と翔太に顔を詰め寄せる。密です。

「翔太君。これを見てもらえるかい?」

 新庄が翔太から少し離れ、鍋島Ⅴ型の操作補助に使われるコントロールグローブを外して、その中にあった素手を見せつける。
 翔太以外の子供達にも見えるよう、聞こえるよう、しかし不自然に思われぬ程度に、ほんのちょっぴりだけ声を大きくして言う。
 
「どうだい。震えているのが分かるだろう。なんとも情けない事だが、僕らもとても怖いんだ。僕らのいない間にここに何かあったらどうしようと。つまり、その点において君達と僕らは一緒だ」
「……」
「そんな情けない僕からの頼みだ。この拠点を護って、後顧の憂いを断ってもらえないだろうか?」
「……は、はい!」

 新庄少佐、言い回しちょっと違うけどパクりましたね。
 というツッコミは心の中だけにしまい込んだひよ子は、今まで心の中にあった罪悪感がほんの少しだけ薄れている事に気が付き、微笑みを浮かべた。
 今度こそ覚悟を決めて言う。

「出撃チームの皆さん。私からは細かい事は言いません。この子達のためにも全員無事に帰って来ましょう。大勝利というおみゃげを持って!」

 噛んだ。



「ねぇ、ひよ子ちゃん。これホントにやる必要あんの?」

 出撃直前。
 那覇鎮守府の女子更衣室の中で、ひよ子は一度、下着を含めた全ての服を脱ぎ、プロトタイプ伊19号などのD系列艦と呼ばれる特殊な艦娘に搭乗する提督専用に開発されたパイロットスーツに着替えていた。
 首から下を全て覆い尽くした以外はごく普通の、肩紐の無い真っ白な二種礼装と白い手袋と白いソックス。
 だがよく見て見ると、裾や袖の内側で手袋やソックスは服と一体化しており、ひよ子の素肌と接している裏生地部分では生物の柔突起や真っ白なウジムシの群れにも似た細かく細長い何かがうぞうぞと蠢いていた。
 そんな、生理的嫌悪感の集合体に首から下を全て覆われたひよ子が、全身にサブイボを立てて顔を青ざめさせ、半泣きになって震えながらも北上の方に振り返ってハッキリと告げた。

「北上ちゃん。あの子達にあんなこと言った以上、私も成すべき事を成さなきゃいけないの。頑張ったけど駄目でしたは通用しないの。やれる事は全部やっておかないと」

 D系列艦と呼ばれる特殊な艦娘に搭乗する提督専用に開発されたパイロットスーツ。
 略して触手服である。

「子供達の命がかかってるのに『たられば』は論外よ。プロト19ちゃん。お願い。やってちょうだい」
「はぁーい、なのねー☆」

 実に楽しげに、紺のスク水一丁の、水色のトリプルテールをした少女――――件のD系列艦娘であるプロトタイプ伊19号――――がひよ子の首元に両手を突っ込む。
 自我コマンド入力。
 服の間に差し挟んだプロト19の手指の表面から、水に近い粘性を持った無色透明の粘液が音も無くサラサラと流れ出し、触手服の内側に充填され始めた。
 このさらさらローションこそが、D系列艦娘をD系列艦娘たらしめる自我伝達物質、通称『DJ物質』である。

「それにね、北上ちゃん。見てくれはアレだけどこの服、性能だけなら凄いのよ。認めたくないけど」

 そう言ってひよ子は、白い手袋(に擬態している触手服の一部)に包まれた手の平部分にローションを軽く塗って、不意打ちで北上の頬に触れた。
 ひゃっ、と小さく可愛らしい悲鳴を上げた北上だったが直後に無表情になって数秒間フリーズ。理解が追いつかないと困惑の表情を浮かべた。

「え? え? え? 嘘、何コレ!? 今あたし『超展開』なんかしてないよね!? なのに何でこんなにハッキリとひよ子ちゃんの事分かんの!? 嘘っ、思考双方向通信も出来んの!? 何それ!? 身体機能の保護が目的って絶対嘘でしょこれ!? 岩握り潰せんじゃんこの数字!?」

 大変貴重なハイパー北上様の困惑顔である。
 そして、疑いの余地無き高性能である事には違いないが、人として大事な何かをドブに投げ捨てる事を強要するこの触手服に身を包んだひよ子、総旗艦の北上改二、何とかかき集めたダミーハートを搭載した十数名ほどの艦娘達は、敬礼する新庄や輝達に見送られ、滑走路脇の倉庫の片隅で退役を待つだけだったC‐1輸送機にバラシュートを背負って搭乗。敵A群の予想侵攻海域に先回りして布陣するべく沖縄の地を後にした。
 監視衛星、海中監視システム群、各地のレーダーサイト、設置式高性能PRBR検出デバイス、波間を漂う偽装センサー群『ぷかぷか流木丸』

 これら全ての哨戒網に察知される事無く、深海棲艦のC群団が沖縄本島に上陸を果たしたのは、ひよ子達が空の彼方に消え、残った輝達が準備を終えて海に出ようとした、まさにその時であった。



(今度こそ終れ。そして戦艦レ級は次こそ出します)



[38827] 【艦これ】とびだせ! ぼくの、わたしの、ブイン基地!!05【不定期ネタ】
Name: abcdef◆fa76876a ID:cd7a7d50
Date: 2021/03/15 20:08
※雪風改二確定おめでとうss
※とか書いてたら時既に実装済みどころか次のイベすら終わって竹ちゃん来てたss
※特に深い事考えんで、暖めてたけど出せそうにないネタいくつか混ぜ合わせて書きました。
※ですので、いつも以上のオリ設定要注意です。特に丹陽&雪風改二関連。
※第一部の『嗚呼、栄光のブイン基地』は鬱暗い話だったので、第二部では、スナック感覚でサクサク読める、底抜けに明るい話にしたいと思います!

※雪風改二は設計図1枚+2枚って何だよ……合計2枚じゃないのかよ……
※以外にどころかものっそい優秀な球磨ちゃんさん改二用の設計図×2どこ……? 無い……
※能代は改装以前の問題として練度ォォォ!




 今回の談合まとめ あとで燃やす


・い号計画について

 候補地は最終選考までに2~3件に絞る。
 正式な発令の可否は沖縄の残留PRBR値次第。
 海生研(現TKT)の田中所長からの報告によると、機材のトラブルにより正確な数値が出なかったとの事。再調査中。


・い号計画 チケット抽選会について

 事前の通達通りの日時で。
 再抽選は無し。優遇も八百長も無し。違反者は無条件落選。
 当選者には手紙を送る事。防諜のため手書きに限定し、エージェントが当選者宅の郵便受けに直接投函する事。

 ※TKTの井戸水技術中尉は本名か、偽名の井戸枯輝のどちらかのみで応募する事。 → 今度の定期報告の時に本人に通達。ブイン基地。
 ↑そいえば死んでたから連絡不要。


        ――――――――処分し忘れた走り書きより一部抜粋





 :訓練生は離れたか?
 :はい。有明警備府からお預かりしている訓練生が乗っている練習巡洋艦娘『大井』さんは、私、初霜との安全距離を維持しています。
 :通信状況。
 :私達とのビデオ通話もオンライン、感度良好です。横鎮第一支部との通信状況も感度良好です。
 :良し。ではいくぞ初霜! さっさと終わらせて今夜こそお泊りコースのシンデレラだ!!
 :はい! ……って提督! 何を言ってるんですか!? 戦闘中は全て記録されてるんですよ!?
 :知った事か! 俺とお前の仲を見せつけるいいチャンスだ!
 :えっ……て、提督ったら、んもう!
 :ハハハ。スマンスマン。 ……それにしても。
 :ええ。それにしても、一体、何があったんでしょう? 提督は何か?
 :皆目見当が付かないな。南方の連中はともかく、那覇鎮や太平洋戦線の連中が抜かれるとかどういう事だ。
 :一隻だけで南方から本土までの防衛網を突破してくるなんて……よほどの手練れでしょうか。
 :かもしれん。だが、俺達のやることに変わりはない。いくぞ初霜。まずはいつも通り、超展開の完了と同時に友鶴システムで面制圧しながら距離を詰めるぞ。
 :はい! 了解しまし……え?
 :初霜? どうした?
 :……嘘。何で。
 :初霜?
 :て、提督! 駄目です!!
 :初霜、さっきからどうした?
 :撃てません! 撃っちゃ駄目です!!
 :初霜、どうした。何を、言ってる?
 :撃てません!
 :初霜、あれは敵だ。深海棲艦だ。お前にも見えてるだろう?
 :撃てません! 駄目です! あれとは戦っちゃダメなんです! 見えてないんですか!?
(状況補足①)
 獅子屋藻中佐は上位コマンドの入力を準備。
 :提督!
(状況補足②)
 駆逐娘『初霜』は自身の立体映像を使い、艦長席の裏にあるサバイバルキットを奪取・開封。
 :初霜、何を!?
 :て、提督……初霜たち、艦娘には、戦闘中、じ、じ乗艦している提督が心神喪失、ああるいは錯乱したと時には、己の自己判断が優先されるようにな、なっているんです……
 :初霜、落ち着け。それをしまえ。
 :も、もももしも撃つというのなら……提督、初霜が! あなたを、あなたを……!!
 :初霜、落ち着け。何かが噛みあってない。情報が、前提がすり合ってない。話をしよう。だから、まず、それをしまえ。
(状況補足③)
 獅子屋藻中佐はきわめてゆっくりと片手をキーボードの上に置き、上位コマンドの入力を開始。
 :提督! やめて!!
 :(発砲音)


           ――――――――横須賀鎮守府第一支部 獅子屋藻 小餅中佐殺害事件 最終調査報告書添付用資料(初霜のブラックボックスより起こし)





 奇跡の幸運艦にも幸不幸の波はあるようで、新生ブイン基地に所属する駆逐娘『雪風』にとって、その日は、朝から不幸の連続だった。

「くぅ……すぅ……ぴ痛ッ!?」

 朝から順番に数えていくと、まず目覚めの直前。いつも通りに叩き付ける様にして目覚まし時計のアラームを止めたら、何処から飛んで来たのやら。南国特有の巨大な、名前も知らないやたらとトゲトゲした甲虫がスイッチの上に居座っていて、それに気付かず叩き付けた手の平に勢い良く食い込んで、その痛みで目が覚めた。
 駄目押しとばかりに、隣で寝ていた寝ぼけ眼の輝が雪風自身の手の上から目覚ましのスイッチを勢い良く押したので、痛みはさらに倍になり、思わず尻尾を踏んづけられた野良ネコの様な叫び声を上げて飛び起きた。

「……」

 直後の着替えでは、制服のボタンが上から全部ほつれて外れかけていた。替えの制服も全滅していた。元々がマイクロミニのワンピースで露出が高いとはいえ、姉妹艦の天津風でもないのにノーブラで前全開は流石に年頃の乙女としては避けたいところだった。
 なので、朝食をとりに食堂へと出向く時には、タンスの中のハンガーに吊り下げてあった私服に手を伸ばす事になった。
 幸いにも防虫剤の効果は生きていたので、こっちも虫に食われて穴だらけ。という事は無かった。

「あれ? 雪風、そのサマードレスどうしたの? 今日全休だったっけ?」
「制服のボタンが全滅してたんです」

 新生ブイン基地の食堂で、何故か我が家のようにくつろいでいる新生ショートランド泊地所属の駆逐娘『陽炎』が、食堂に入ってきた雪風の格好に疑問を持った。

「ふーん。管理不行き届き?」
「違います、今朝着替えようとしたら突然ですよ。昨日の抜き打ち点検(※軍隊版のお部屋チェック)だって、一発OK貰ってたじゃないですか」

 トレーに朝食を大盛りでよそり、陽炎の隣に歩いてきた雪風が頬を膨らませて反論した。

「あはは。ごめんごめん。そいやそうだったわね。でも、雪風にしちゃ珍し――――」

 陽炎の隣に座ろうとして椅子を引いた拍子に、雪風の重心が微妙に変化。それによって気付かぬ内に踏んでいた小さなゴミが靴の裏で滑って盛大に転倒。雪風の頭上にトレーの中身がベしゃりと降ってきて、雪風と、雪風のお気に入りのサマードレスをケチャップ色に盛大に染め上げた。
 本日の朝食のメニューは、ソースたっぷりのスパゲッティ・ナポリタンだった。
 駄目押しとばかりに天井のタイルが一枚剥がれて落ち、雪風の頭の上の皿に面で直撃。コントのような音を立ててお皿もろとも粉になり、雪風と雪風のお気に入りのサマードレスをケチャップの赤と粉砕タイルの白でまだら色に染め上げた。

「……」
「……」
「……」

 質量を持っていると錯覚しそうなほど重苦しい沈黙が食堂を満たす。

「……空はあんなにも青いのに(CV:ここも藤田咲)」

 パスタまみれのままうつむいた雪風が力無くそう呟いた瞬間、季節外れならぬ時間外れのスコールが降り注いだ。
 駄目押しとばかりに落雷で停電まで起きて、開けっ放しだった窓から野良の黒猫が数匹、食堂に飛び込んできて、戦争・平和・革命の三拍子でワルツを踊り出した。どうやら奇跡の幸運艦にも幸不幸の波はあるようだった。
 薄暗い食堂の中で、呆気にとられた面々を代表して、陽炎が呟いた。

「――――雪風にしちゃ、ホントに珍しい事もあるのね」

 そんな、早朝からして波乱に満ちた朝食の後にも続いた雪風の一日についてだが、これ以上は、止めておこう。
 それは、私の語るべき物語ではない。



 禍福は糾える縄の如し。
 次の日に雪風の下にやって来た吉報は、前日の不幸を相殺してなお、お釣りの来るものだった。

「雪風が……改二ですか!?」

 昨日のように無様にトレーをひっくり返さず朝食(※本日のメニューは天然牛のローストビーフ&白米納豆銀ジャケ定食)を終えた輝と雪風は、その場で行われた朝礼の中で比奈鳥ひよ子基地司令から一枚の辞令書を手渡された。

「ええ。つい先日改装が決定されたそうよ。改装パターンは2種類あって、そのどちらかを選んで改装する事になるけど、基本的な内容は他の陽炎型と同じく、第三世代型への大型改装ね。火砲や缶まわりや装甲のアップグレードに制服デザインの更新、FCSやそれ以外の電装系の大幅強化に両足の交換、それと対人索敵系の強化と対人せんそ……対核爆撃モードの搭載、ってとこかしら」
「やったぁ!」

 ひよ子から告げられた内容に、雪風が無邪気にはしゃぐ。
 中学生、下手すりゃ小学校上学年の女の子にしか見えない少女が、自身に兵器としてさらなる改造を施されると聞いて全身で喜び、しかも周囲にいた同年代から少し上の少女や女性たちがおめでとうおめでとうと拍手をしているという大層危険な光景であるが、雪風は艦娘なので何も問題なかった。
 雪風は、艦娘である。
 艦娘とは、見てくれと原材料と動作心理が少女であるだけで、その実は戦闘兵器である。コンタミ艦などのイレギュラーを除いて己がより高性能になると聞いて、喜ばない方がどうかしている。

「改装後の正式名称はそれぞれ『丹陽』『雪風改二』で、雪風を保有している全ての艦隊にこの召集令状が届いてるわ。九十九里地下のTKT本部まで改修受けに来いって」
「全ての、ですか」
「ええ。それと、建造数に上限のある雪風だからか、改装時には各提督と雪風ごとにそれぞれリクエストを聞いて、よほどのものでもない限り反映してくれるみたいよ。何か考えておいたら?」



 それから数日後。
 帝国本土にある千葉県九十九里浜に、輝&雪風のコンビはいた。輝&雪風コンビ以外の雪風もいた。
 というか、九十九里浜の一部が『超展開』した雪風と、駆逐艦本来の姿形とサイズで自分の『超展開』の順番待ちをする雪風で埋め尽くされていた。
 中には超展開してから大分待たされているのか、陸から伸びたケーブルをオヘソ・コネクタに接続してエネルギー供給と冷却を外部委託し、超展開の時間切れが来ないようにしている雪風も何人かいた。すごいのになると甲板上から釣り糸垂らして七輪に火を入れてる提督までいたし、もっとすごいのになると雪風の甲板上に屋台を開いてタグボートで出前をやっている提督もいた。
 輝&雪風コンビは幸運にも、出前で買ったラーメンのどんぶりを洗って返してからそうも経たない内に地下格納港へと進む許可が下りた。

『九十九里浜第99要塞より大湊警備府、タウイタウイ泊地、および新生ブイン基地。3隻全ての雪風の超展開を確認した。これよりドライドックへの誘導を開始する。要塞前の海底は掘り下げてある。そのまま前進せよ』
『大湊了解』
『タウイタウイ了解』
「新生ブイン基地、了解しました」

 改二型への改装での必需品となる紙おむつ1パックと紙袋一杯に詰め込まれた漫画や雑誌や携帯ゲームを受け取った提督&雪風達が、九十九里浜第99要塞の正面に開いた開口部から内部に侵入すると、まず最初に出迎えたのは、超展開中の艦娘に特化したタイプの、大形ソファに酷似した固定アンカーだった。
 それに3人並んで深く腰掛け、オヘソ・コネクタにケーブルを挿入して冷却とエネルギーの供給を外部に切り替え、強化繊維製のシートベルトで全身を固定すると、それを待っていたかのように隔壁が閉じて外部と隔離され、内部が排水され、ソファのある床ごと斜めに沈み始めた。
 四隅で回る赤い警告灯に照らされ、大掛かりな斜坑エレベーターに揺られ、連日の酷使でぎしぎしと軋み始めたソファ型ハンガーに腰掛け雑談しながら地下深くへと進むことしばし。
 3隻の雪風の通信系に接続リクエストが入る。接続元はTKT。それぞれの提督が雪風に命じて接続を許可すると、機械ノイズの混じった男性の声が入ってきた。

『合成音声のみで失礼します。7番ハンガーの皆さん初めまして。私が艦娘改二化改造計画責任者の、ユッケビビンバ技術中佐です』

 もっと捻れよ、偽名。
 雪風らも提督らも皆一様にそう思ったが、口には出さなかった。

『これから、あなた方の雪風の改二化改修を始めさせていただきますが、その前に、事前にお渡しした専用装備は装備なされているでしょうか?』

 専用装備――――先程受け取った紙おむつの事だ。
 3人の提督がそれぞれ無線で肯定の返事をし、ユッケビビンバが説明を再開した。

『既にご存知の事かと思われますが、もう一度ご説明いたしますと、改二化改装計画は従来の改装計画と違い、装甲や火力の向上だけではなく、陸上戦闘へ適応出来るようにするための改造です。そのため、第三世代型艦娘や一部の艦娘などの例外を除き、通常展開時や圧縮保存状態では手出しできない脚部をフレームごと入れ替えるか新調する必要がありまして、そのため超展開状態でこちらまでお越し願った訳です』
『つまり、作業が終わるまでは艦長席から立つ事は出来ない……と?』
『はい。そうなります。そのための紙おむつと、娯楽アイテムです』
『ダミーハートは? こういう時にこそ使うもんなのでは?』
『申し訳有りません。生産数に余裕がないものでして。持参していただく分には問題ないのですが』
(比奈鳥准将から聞いてはいたけど、本当だったんだ。紙おむつ)
『7番ハンガーの作業完了は明後日の午後11時、二三〇〇を予定しております。以降の作業はきしめん技術中尉に引き継ぎますので、何かありましたら、そちらにお願いします。それでは私はこれで』

 それだけ言うとユッケビビンバがその場を後にする。
 直後『よしゃー! 終わりー!! 寝るぞー!!! 今週の合計睡眠時間を二ケタにすんぞオラー!!!!』という魂の叫びが切り忘れたスピーカーから流れてきたが、皆、何も聞こえなかった事にした。因みに今日は日曜日だ。

(それにしても)

 輝は雪風にコマンドを送ってチラリと右横を見やる。
 まじかよ。と、大湊の提督が小声で毒づき、大湊の雪風がまぁまぁ、たまには夫婦二人でのんびりしましょうよ。となだめているのが見えた。ロリコンはここにいた。タウイタウイの雪風は目を閉じて静かに座っていた。どうやら艦内にいる提督と簡易のシュミレーションでもしているらしく、よく見ると時折、手指がぴくぴくと痙攣しているかのように微かに動いていた。
 輝は雪風にコマンドを送ってチラリと左横を見やる。
 別のソファに座ってベルトで固定されている、どこかの所属の雪風たちが見えた。切り取られた足を見て、顔を青くして目を回している当人もいれば、切断面を覗きこんで顔を赤らめハァハァと息を荒げて『次は私がああなっちゃうんだ』と期待の眼差しで興奮している雪風もいた。
 輝は雪風にコマンドを送って視線を正面に戻す。
 目を閉じて寝ているのもいれば雑談しているのもいた。

(それにしても、同じ雪風でも、よく見るとやっぱりだいぶ違うもんなんだなぁ)
『ご休憩中失礼します。そちら7番ハンガー、それぞれ大湊警備府、タウイタウイ泊地、新生ブイン基地の雪風でよろしかったでしょうか』
「『『はい。そうであります」』』」
『こちら、Team艦娘TYPE、陽炎型の開発・改装担当のきしめん技術中尉です。本日は皆様の改二化改装の担当をさせていただきます』
「『『よろしくお願いします』』」

 やっぱりひどい偽名だったがその事は口にも顔にも出さず、輝達3人の提督と3隻の雪風が返答した。

『つきましては、あらかじめご連絡差し上げました通り、本改装において何か追加改装などのリクエストなどがあれば、ご意見の提示をお願いします。可能な限り実行いたします』
『はい! 大湊の雪風は超展開実行後にも、指輪もそれに対応したサイズになるように改造を希望します!』
『タウイタウイからはリアクティブ型の増設バルジと、沖縄で使われたっていう武功抜群を。どっちもありったけ』

 新ブインの雪風と輝は、ここに来るまでの間に相談して、その内容を既に決めていた。
 輝が無線に口を寄せる。

「新生ブイン基地の雪風は、追加改造として――――」



 二日後の午後11時。3人というか3隻の大改装が無事終わり、来た時と同じく超展開状態のままソファに座り、来た時とは逆に斜坑路を昇っている最中の事だった。

「新種の深海棲艦、ですか」
『はい。先週、泊地近海で確認された新種の重巡です。PRBR値の同定結果はまだ公表されてないので、しばらくは不明ネ級と呼ばれるんでしょうけど』
『んふふふふ……』

 来た時と同じく、連日の酷使でぎしぎしと軋んでいるソファ型ハンガーに腰掛けた新ブインの雪風改め丹陽と、ダウンジャケット型のリアクティブアーマーを着込んで短ドス型のCIWSを何本か腰に差したタウイタウイの丹陽は、新種の深海棲艦について話をしていた。2人の真ん中に挟まれた大湊の雪風改二は、巨大化している己の左手薬指で眩く輝く、プラチナシルバーの輝きを飽きることなく眺めてはニヨニヨとしていた。誰の話も聞いちゃいねぇ。

『そいつの特性が、どれひとつ取っても厄介で……片腕だけは射突魚雷と主砲で何とかちぎり飛ばしてやったんですけど、結局逃走を許してしまって今も行方不明ですし……この短ドス――――武功抜群があの時あればな、って思いますよ』
「正式採用版の武功抜群――――長刀の方は、高電圧スタンブレードになっちゃったんでしたっけ」
『しかも皐月さんと一部の改二型にのみの実装になっちゃいましたしね……長刀じゃなくて、こっちの短ドスの方を量産出来てたら、今頃戦局もっと楽になってたはずなんですけど」
『うふ、うふ、うふふふふふ』

 まぁでも、今は普通にお肉や海の魚が食べられるくらいに楽になってますけどね。とぼやいた新ブインの雪風が、凝り固まった体をほぐそうとして座ったまま無意識に背伸びをした。
 その際生じた重心の変化により、ソファ型ハンガーの足に掛かる応力が増加する。
 増加した応力自体はさしたる数字ではなかったのだが、連日の酷使で床とソファとの接合部やエレベーター床の可動部には金属疲労が蓄積しており、今の背伸びでとうとう越えてはいけない一線を越えた。
 ばきん。という音が新ブインの雪風の足元からしたかと思うと、次に、ごきん。という音がエレベーター床の隅っこ2ヶ所から鳴り、3人の背中にかかっていた圧迫感が不意に緩やかになった。
 ソファどころかエレベーター床そのものが斜めに傾いていた。

「へ?」
『へ?』
『にゅふふ……ふへぇ?』
 
 Gの掛かる方向が尻の下から背中、背中から後頭部へと移動していく。
 幸運な事に、ソファ型ハンガーの金属疲労はタウイと大湊の雪風が座っている所までは及んではいなかったらしく、新ブインの丹陽が座っていた部分だけが焼きたてのパンを引き裂くようにして脱落。

「――――っ」

 落下が始まる。
 受け身どころかまともな防御姿勢もとれないまま自由落下を開始する。
 禍福は糾える縄の如し。
 新ブインを出てくる直前からつい今しがたまで感じていた幸福感の対価を利子付きで無理矢理支払わされたかのように、新ブインの丹陽と、そこに乗艦っている輝だけが、悲鳴を上げながら何度も斜坑路の壁にぶつかり、闇の中に転がり落ちていく。
 輝と雪風が、悲鳴だけを残して闇の中に消える。

『く、九十九里要塞! こちら7番ハンガー、事故発生、事故発生!!』
『止めて止めて止めて! 雪風が、新ブインの雪風が下に落ちてった!! 誰か、誰か来てください!!』

 悲鳴が消える。
 階下に確実に落着しているはずの秒数が過ぎても、それらしい激突音は、暗闇の中からは聞こえてこなかった。





 雪風改二実装確定記念の突発艦これSSと言う名目で十一月頭から書き始めたはいいものの、時既に三月かつ話の内容的にもう本編でいいよねという事でお送りするので、海外艦娘が登場&活躍する予定だった本来の第五話『SSSS.GOTLAND』は、投稿予定を繰り下げて次回第六話にお送りする予定です。因みにSSSSとはスーパー・催眠・さらに・洗脳の意です。
 な艦これSS

 とびだせ! ぼくの、わたしの、ブイン基地!!
 第五話『真(チェンジ!!)アドミラル ~ 有明警備府最後の日 ~』





「ねぇ、ちょっとー。艦娘っぽい雰囲気のお嬢さーん。大丈夫ですかー?」

 誰かに軽く肩を叩かれる感触で、新ブインの雪風改め丹陽は意識を取り戻した。

「おーい。こんなところで寝てると、風邪ひいちゃうぞー?」

 目を閉じた暗闇の中、すぐ傍で誰かが呑気そうに自分に声をかけているのが聞こえた。閉じた瞼ごしにも光を感じられるのは、きっとかなり強力な照明灯が灯っているからだろう。
 三半規管と背中の感覚からして、どうやら自分は固い地面で仰向けに倒れているようだった。

「うぅ……」

 直前の事を思い出す。
 そうだ、落下を始めたのは地上の出口付近だったはず。なら相当な距離を落っこちたはずだが、五体満足なのは幸運、いや、自分だけ落っこちた事を考えるとやっぱ不幸だ。
 痛んで揺らめく脳と意識に鞭打って何とか上半身を起こそうとして失敗。地面に手をつくもまるで力が入らない。
 そこで気付く。

(この滑らかに凸凹した感触……コンクリートじゃなくて、アスファルト?)

 何で基地の中に? そんな丹陽の疑問は、すぐ隣から聞こえてきたもう一つの声で掻き消された。

「そっちの軍人のお兄さ……准将閣下も大丈夫ですか?」
「うぅ……ん」
「は?」

 丹陽の脳と意識が疑問で埋まる。
 そんな馬鹿な。今のしれぇこと輝君は、目隠輝インスタント准将は、私の艦内で、私と『超展開』していたはずだ。
 いや待て。そもそも『超展開』しているはずならば、今、自分の横からした聞き覚えのあるうめき声は誰のだ。

「あ。2人とも起きた」

 痛む脳も揺らめく意識も横にやり、思わず上半身を起こした丹陽が真横を見た。そこには、天高く上った太陽に照らされ、陽炎(not艦娘)が出ない程度に軽く熱せられたアスファルトの上で、丹陽自身の提督の青年――――目隠輝――――が彼女と同じタイミングで上半身を起こし、やはりこちらを見て目を丸くしていた。すこし遠くにはコンクリート製の護岸に包まれた青い海と、上下逆さまになった四角錐を生やした柱を四つ、四角形になるように配置したような独特な外観をした建物が見えた。
 丹陽には、本土にやって来てからはよく見慣れた建物だった。

「……有明警備府?」
「あ。やっぱ有名なんだ。ここって」
「何で? 九十九里要塞にいたはずなのに……」
「九十九里要塞? 工期進捗の視察ですか?」

 そこでようやく、自分は今、誰と会話しているのか、という疑問が丹陽の中に湧いてきた。
 声の主の方に振り返る。

「お二人とも、ご気分は大丈夫ですか?」

 そこには、正規空母娘の『蒼龍(ごく普通の緑色の着物と暗い緑色をした袴を着用)』と、同じく正規空母娘の『飛龍(ごく普通の橙色の着物と緑色の袴を着用)』が2人の枕元に跪いて顔色を窺っていた。
 輝が呟く。

「蒼龍=サンと、飛龍=サン?」
「えへへ。空母娘如きの名前が准将閣下のお耳にも届いてるなんて……蒼龍、嬉しいな」

 そう言って蒼龍は、媚びるような上目遣いでしなを作りながら輝に寄りかかり、腕を絡めて胸を押し付けた。意図的に緩くされた襟元から覗く蒼龍のバストは輝の視覚にも触覚にも、実際豊満であった。
 輝は何が何だか分からなかったが、輝の♂としての本能は蒼龍に拘束されていない右腕で、ヤーナムの狩人めいて確かな意志をジェスチャーした。奥ゆかしくもしめやかなガッツポーズである。
 丹陽はそれを見て、やっぱ輝君も男の子だねぇ。と生暖かい目を向けた。
 ここで君達に最新の情報を提供するが、旧ラバウル基地は壊滅したとはいえ、今でもラバウル聖獣騎士団筆頭騎士を務めるこの丹陽、ロマンスグレーの一本も生えていない男は二十歳だろうと三十路だろうと精通前の坊や判定という、何とも頼もしい性癖の持ち主である。
 なので、己の提督が顔を真っ赤にして余所様の艦娘の胸の谷間にちらちらと何度も何度も目線を向けているのを見ても『やっぱ男の子だもんねぇ』と生暖かい目を向けるだけで済ませていた。
 そんな丹陽には、飛龍が対応した。

「とりあえず、警備府までご案内いたしますね」

 飛龍は小さな子供の手を引く要領で丹陽をエスコートし、蒼龍は輝の腕に抱き付いたまま、甘ったるい声で「二名様ご案内~い」と輝を警備府の敷地内へと誘導していった。何処の怪しいお店だ。
 因みに。
 有明警備府に着くまでのごく短い道中では、南方海域の新生ブイン基地で整備兵やってる塩太郎こと塩柱夏太郎整備兵とよく似た背丈と顔つきをした黒いスーツに蝶ネクタイのホストスタイルのお兄さんが、右からは駆逐娘の『陽炎』に、左からは駆逐娘の『不知火』に抱き付かれながらイケメンスマイルを崩す事無く談笑しつつ、路肩に止めてあった黒塗りの高級車に2人を連れ込んでどこかに走り去るという事案が発生していたのだが、輝と丹陽がそれに気づくことは無かった。

「第一艦隊総旗艦の古鷹ちゃんは現在改装準備のため、ドライドックに入渠中ですので、准将閣下とお嬢様の警備府案内役には別の者をお付けします。その者を呼んでまいりますので、応接室で少々お待ちください」

 そして警備府に到着し、応接室に2人を案内した飛龍と蒼龍がもう一度、輝の名前と階級と所属、丹陽の艦名と型名を確認すると、二人を残して応接室を後にした。
 ややあって。

「……新手のドッキリ?」
「丹陽にも、そうとしか思えないです……」

 2年前の、しかもそう長くない期間とはいえ、2人がここで世話になっていた時の事くらいは覚えている。
 2人が知っている有明警備府の飛龍蒼龍といったら、もっとサトゥバトゥとした目付きで、暇さえあれば道場や警備府内の埠頭で全裸になって一対一のカラテ・プラクティスに明け暮れてたり、ゼン・メディメーションの一環としてあぐらをかいた状態で空中浮遊してたり、正拳突き一発でH柱鋼を『く』の字にへし曲げるような、そんな、ごく典型的な清く正しいクウボ娘だったはずだ。
 間違っても、先ほどの2人のように、蕩けて媚びた目つきで男や権力者に抱き付くような娘達ではない。

「僕達がいない2年間に、一体何が起こったんだろう……この部屋も、なんか違和感あるし」
「実はまだ、丹陽たちは気絶していて、夢を見ているとか。でしょうか」

 それ笑えないんだけど。輝がそう言った直後、部屋のドアが開かれた。
 入ってきたのは一人の女性だった。外側に向かって跳ねる茶のショートヘア、巫女さん服のような白い上と金の飾り紐にタータンチェック模様のミニスカート、背中から伸びるⅩ状の艤装とその先端に取り付けられた主砲。
 金剛型戦艦娘の2番艦『比叡』だった。

「面鳥提督ー、尾谷鳥少佐ー、ここですかー? 第三次プレイグロード作戦の確定報告書に使う資料出来ましたよー。やっぱりあのTKTの人が予想してた通り、免疫獲得とコロニー内への伝播完了までの時間が第二次の時の半分くらいまで……って、あれ?」

 輝達と比叡の目が合う。
 誰だろう、警備府の提督達の誰かの御家族かな? そう思った比叡が輝に視線をフォーカスし、肩と胸の階級章を見てぎょっとし、即座に姿勢と口調を正した。

「ひ、ひえっ!? 失礼しました准将閣下! 自分は有明警備府第三艦隊所属の『比叡』であります! 御来訪なされるとは伺っておりませんでしたが、もしかして抜き打ち視察ですか!? ひえっ、ひえぇぇぇ!? お茶もお茶請けも出してないなんて!? ひえっ、と、とりあえず昨日焼いた【ジンジャーブルート/Gingerbrute】でも食べてお待ちください! 瓶の中身の成分が調べても分からなかったので見た目と味だけしか再現できませんでしたけど!!」

 比叡が部分的に『展開』し、内部に格納してあった人型の巨大な焼き菓子(のような何か)を虚空から取り出して2人に押し付ける。

「あ、ありがとうございます。お気遣いなく。ていうかそんなに畏まらなくても」
「そうですよ」
「ひえっ!? そそんな滅相も無い! 将官クラスの方がここまで直接足を運ぶだなんて、電話回線やネット越しじゃ話せないくらい機密度の高い依頼に来たとしか……いえっ! ななんでもないです!!」
「(依頼?)ところであの。比叡さん、蒼龍さんと飛龍さんの事なんですけれど……」

 あの二人に一体何があったんですか。そう言おうとしていた輝だったが、比叡の影を落としたような表情を見て止めた。

「……あの子達の事、どうか悪く思わないでください。彼女達は、前にいた鎮守府の中で建造されて、外の世界を知らないまま育った娘達なんです。それに、そこを潰s……そこから保護されてまだ日も浅くて……あの娘達が何か粗相をしたのなら私達が謝罪します。ですから、彼女達の事、どうか悪く思わないでください」
「比叡さん……」

 比叡の話しぶりから、輝と丹陽は、どうやら先の飛龍蒼龍は自分達の知る2人ではないらしいし、これ以上その話題に触れるのもアレだしと判断し、頭を下げ続ける比叡に了解の意を返すと比叡が頭を上げた。

「ありがとうございます准将閣下! お礼と言っては何ですけど、今日の夕食ご一緒しませんか? 何日か前に作ったカレーを寝かせた物で、希少品のレイウジヤタガラスの赤い瞳を入れてあるんですよ」
「「大変申し訳ありませんが所用が入っており夕食前には帰投しなければならないのです」」
「そうですかぁ……ひぇぇ。あ、何か御用がありましたらお呼びください。それでは」

 輝と丹陽が即答する。比叡が肩を落としてしょんぼりしながら退室する。
 比叡が背を向けたのを見て、輝と丹陽がひそひそと囁き合う。

(ねぇ、雪風。希少品のレイウジヤタガラスの赤い瞳入りカレーって……)
(丹陽ですってば。はい。前に有明警備府の人達から聞いた事のある、寸同鍋1つ処分するのにガラス固化処理用のキャニスター6本使って分割封印して、下地島鎮守府のランチャー台借りて、何処かの鎮守府の夕張さんの自作ロケットで太陽に向けて発射して焼却処分したっていう、あの伝説のカレーかと)
(個人製作のロケットでよく第二宇宙速度出せたよね。万が一再突入してたら核攻撃じゃん)
(何処の夕張さんかは知りませんけど、ナイスワークですね!)

 2人のヒソヒソ話が耳に入ったらしく、扉を閉める直前に比叡が一瞬、身をこわばらせたのだが、2人はそれに気づかなかった。
 そして、そこから待たされること小一時間後、別の女性が入ってきた。
 こいつはホントに軍人かというスゴい格好をしていた。

「失礼します准将閣下」

 黒を基調とした、フリルがたっぷりの、カラスの翼をモチーフにしたゴシックロリータドレスに身を包み、銀のロングヘアのウィッグと黒いフリルが沢山ついた黒いカチューシャを被り、何故か右目に薔薇を模したアイパッチを付け、右腕全体を病的なまでに包帯(『邪王炎殺ブラックドラゴンウェーブ』なる詳細不明な呪文を記入済み)を巻きつけ、黒い編み上げブーツを履いていた。バストは実際豊満であった。
 こいつはホントに軍人かというスゴい格好をしていたが、ドレスの肩には帝国海軍の少佐の階級章が、胸には階級章の他にもいくつかのリボン・バー(略式勲章)がピンで縫い止められており、このとんでもない格好の女性が紛れも無い帝国海軍の少佐であるという事を無言で証明していた。
 その女性の入室に合わせて、すかさず輝と丹陽が扉に向かって立ち直り敬礼。女性も敬礼を返す。

「本日はご足労いただき、ありがとうございます。自分はこの有明警備府の総司令を務めます、尾谷鳥つばさ少佐と申します。第二艦隊の音鳥少佐、第三艦隊の面鳥少佐は現在、任務中につき不在です」
「南方海域、新生ブイン基地第204艦隊総司令、目隠輝インスタント准将です」
「同、総旗艦の陽炎型8番艦娘の雪風改二もとい『丹陽』です」
「はい閣下。本日は抜き打ちの視察に参られたと聞いておりますが――――」

 尾谷鳥つばさと名乗るゴスロリ女が、何の脈絡も無く話の途中でフィンガースナップ。
 指パッチンの音色が鳴り終わるよりも早く、丹陽のメインシステム戦闘系が防衛反応。丹陽自身の身体の支配権を奪って、背後の窓ガラスの方に瞬間的に向き直り、ラぺリングロープを使って屋上から降りて来て振り子のように勢いをつけて窓ガラスを破って突入してきた戦艦娘の『長門』と駆逐娘の『叢雲』に対処するべくソファに座らせていたジンジャーブルートを掴み上げてブロックに参加させるも、真横の壁をタックルひとつでぶち抜いて突入してきた重巡娘の『プロトタイプ足柄』への反応が致命的に遅れてそのまま床に這いつくばされ、それでも何とか抵抗しようにも力尽くで関節を極められ手錠で拘束された。
 輝は尾谷鳥に腕関節を極められ、やはりこちらも床に押し倒されて無力化された。尾谷鳥は最初から警戒していたらしく、輝は、尾谷鳥の服の下に硬い金属の感触を感じた。

「――――大本営に確認したところ、お前らのような名前の提督も、艦娘も、存在していないそうだ。詳しい話は取調室で聞いてやる。連れて行くぞ」
「ゆ゙、じゃなくて丹陽!?」

 輝と丹陽が連行される。
 腕をねじ上げられたまま後ろ手に手錠を掛けられ立ち上がらされた輝は、場違いにも今、この部屋の中にあった違和感の正体に気が付いた。
 カレンダーの年号が、何故、何年も前のままになっているのだろうと。






「んじゃ何か。そのスパイどもの尋問が急に入ったから、古鷹の改装は延期って事か?」
「はい。そうです」

 有明警備府の地下一階にある取調室に通じる廊下を、2人が歩いていた。
 先導するように歩く一人はこの警備府所属の艦娘の戦艦娘『比叡』で、その若干背後を歩いているのは、20代後半と言ったところの、メガネをかけた黒目黒髪の帝国人男性だった。
 ただのメガネではなかった。

「ならしょうがないな。とりあえず、古鷹は展開したままドライドックに停留させてあるが、艦娘への『圧縮』は改装が終わるまで原則禁止だ。あまり短いスパンでポンポンやると、姿形どころか体の構成材料すら変化した事によるストレスを心が消化しきれずに、無駄に人間性の摩耗が早まる。尾谷鳥少佐にも伝えておくように」
「はい、了解しました」

 ごく普通の上級軍人らしく、少佐の階級章を縫い付けられた真っ白な二種礼装を着ているのは良いとして、その上から、何故か若干よれて黄ばんだ白衣を着ていた。しかもその白衣の背中には炎に包まれた炊飯器とスズメバチと意匠化された『TKT』の三文字の図柄という、実に悪趣味なエンブレムがでかでかと印刷されていた。
 Team艦娘TYPE。
 略してTKT。
 このメガネが艦娘開発の総本山の所属である事を示すエンブレムだ。

「しかし申し訳ありません技術中尉殿。わざわざご足労いただいたのに」
「いや、お前らの責任じゃないさ。こんな時に来たスパイどもが全部悪い。それに、俺も今日の改装が中止になれば久しぶりに熟睡できて、今週の合計睡眠時間がようやく2ケタになるしな」
「は、はぁ……(今日、日曜日ですよね?)」

 TKTの人も大変だな。と比叡は他人事のように思った。

「で、何で俺まで取り調べに呼び出されたんだ? それもわざわざTKTとしての立場の方で。俺、一応、表向きは海軍少佐なんだけど」
「はい。実は被疑者の片方が、自称艦娘でして。それもまだロールアウトしていないはずの艦を名乗る」
「ああ。そういう事か。そいつが本当に艦娘かどうか、それもTKT産のかどうかを確かめてほしいと」
「はい。もしその娘が本当に艦娘で、しかもTKT以外の組織が建造したものであるならば、大変な事ですから」

 帝国は、外貨と資源獲得の大きな手段の一つである、艦娘傭兵事業の更なる拡大を計画しているそうですから。と比叡は答え、廊下の途中の左側にある一つの扉の前に立った。
 扉の前には、戦艦娘の『長門』と、駆逐娘の『叢雲』がそれぞれ、パイプ椅子に座って待機していた。
 何故か2人とも、頭にテンガロンハットを被り、市販のプラスチック製の白いホイッスルをひもで首に掛け、今すぐリオのサンバカーニバルにでも出場できそうなほど色々な意味で熱く激しく責め立てた布面積控え気味な衣装に身を包んでいたが。

「えっ、と……」

 硬直まるメガネを余所に、取調室の中からドアが開けられる。それを合図と見た長門と叢雲は恥ずかしさを押し殺すために無表情になり、ピッピッピッ♪ ピッピッピッ♪ とリズムよくホイッスルを吹き鳴らしつつ小躍りしながらカーニバル会場へと入場、もとい取調室に入室。ドアが閉まる。

「……」

 誰か、あるいは何かが打擲され、椅子ごと激しく倒される音が部屋の中からする。
 ドアが開く。
 恥ずかしさを押し殺した無表情のまま、ピッピッピッ♪ ピッピッピッ♪ とリズムよくホイッスルを吹き鳴らしつつ小躍りしながら長門と叢雲が退室し、また椅子に座って待機を再開。ドアが閉まる直前、部屋の中からは『何なんですか今の!?』『何の事だ? 夢でも見たんじゃないのか』という声が聞こえてきた。

「……映画の撮影中?」
「尋問です」
「尋問」
「尋問です。今の取調室01で自称提督の方を尋問中です。技術中尉に見ていただきたいのは廊下を挟んで反対側。03の方です」
「……そうか」

 扉についている、ポストの投函口に似た形の覗き窓の閉じ蓋を指で上げ、メガネが内部を確認。件の自称艦娘は部屋の奥側に座っており、うな垂れていてその顔が見えなかった。

「ふむ」

 アゴの剃り残しの無精ひげを親指と人差し指でつまんだりこすったりしながら男が思案する。
 尋問なんて映画とかドラマの中でしか見たことないんだが、何をやれというのだ。いや待てそうだ。頼まれたのは確認だ。人間相手の尋問じゃあない。ただの確認作業だ。

「ふんむ……となると、やっぱこのやり方か」

 無精髭から指を離し、比叡に頼んで、TKTの機密保持に関わるので中の人間を全員部屋の外に出してほしいと頼み、丹陽の尋問を担当している男性提督を退室させ、比叡とその男性提督に少し離れているようにと告げると、何のためらいも無く取調室の中に入って行った。
 部屋の中には2人だけ残っていた。
 いざという時のための鎮圧担当のプロトタイプ足柄と、件の丹陽。ご丁寧な事に、机の上には背の短い卓上ライトと、3人分のカツ丼が置いてあった。
 入ってきたメガネ男に反応して丹陽が顔を上げる。
 2人のどちらかが何かを言うよりも早く、メガネが部屋の外には聞こえない程度に声を抑えてこう言った。

「裏コード入力:スンリビラ・キリブ」
「「いーとーまきまき♪ いーとーまきまき♪ ひーてひーて、トントントン♪」」

 その呟きを聞いたプロト足柄と丹陽が一瞬の遅れも無くその場に立ち上がり、無表情になって『いとまきの歌』を歌って踊り始めた。
 何故か部屋の外にいる比叡や長門達も含めて。

(ひ、比叡!? 突然どうした!? 長門も、叢雲も!?)
(((いーとーまきまき♪ いーとーまきまき♪ ひーてひーて、トントントン♪)))
「ありゃ。聞こえて無いはずだったんだが、艦隊データリンク機能から伝播したのか? ……帰ったらアプデ確定案件だな。さらばミルクキャンディ技術少尉。恨むんだったらこんな、くっだらねープログラム記述(か)いたお前自身と、艦娘の基礎仕様に始末プログラムの実装要求ねじ込んできた軍上層部を恨め」

 この場にはいない誰かに対して心の中だけで軽く合掌すると、入力した裏コードを終了させる。止まったのは目の前のプロトと丹陽だけで、廊下からは未だにいとまきの歌が聞こえ続けていた。
 後で直接止めにいかねばと思いつつも、メガネは目の前の丹陽に強い関心を懐いていた。

「こいつは……候補番号5d21dba00号? まだポッドの外には出せないとこないだ言ってたはずだが、何故?」

 今の裏コードが機能したという事は、この自称丹陽とやらは間違い無くTeam艦娘TYPEで製造されたものだ。しかも、艦娘素体もメガネ自身が良く知るものと同じだった。
 だが、その素体はまだ調律中で培養槽から取り出せないし、成長したら成長したで正式採用を賭けて他の雪風候補との共食いトライアルが控えていると、数日前に陽炎型の開発担当のユッケビビンバ技術少佐はそう言っていたはずだ。
 TKTの内核メンバーに、俺みたいに素体を持ち逃げした奴がいたのか。それとも胚クローンか。だがそれだと裏コードがきちんと仕込まれている事の説明が付かない。
 どういう事だとメガネが思案しつつ廊下で歌い踊り続ける比叡達の裏コードを終了させると、反対側にあるもう一つの取調室からも歌が聞こえてきていた。

(いーとーまきまき♪ いーとーまきまき♪ ひーてひーて、トントントン♪)
(金剛? プロト金剛!?)
「……あっちも止めに行かにゃならんのか」

 これで今日の仕事は終わりだと思ってたのにめんどくせー。と思いつつも、それを顔にも口にも出さずにメガネはドアを開ける。
 部屋の中には、無表情のまま歌い踊り続ける戦艦娘の『プロトタイプ金剛』に、この有明警備府の責任者である――――このメガネも、TKTとしての立場で何度か合同で秘密作戦を行った事のある――――ゴスロリ女こと尾谷鳥つばさがいた。

「い」

 そして、今しがた入ってきたメガネを見て大きく目を見開き、やはり大きく開いた口をガクガクと震わせながらメガネを指さす青年こと輝がいた。真昼にオバケでも見たらきっとこんな表情になるのだろう。
 輝が、恐怖とも驚愕ともつかぬ叫び声を上げた。

「い、井戸少佐!?」
「うん? どこかであった事あったっけか?」

 TKTのメガネ男――――井戸水冷輝(イドミズ ヒエテル)技術中尉、あるいは帝国海軍の井戸枯輝(イド カレテル)少佐と呼ばれる彼は、知らぬ青年に関する記憶を思い出そうとして顎に手をやり、やはりそれらしい心当たりが無い事に少し首を傾げた。

「ま、いいか。さて、それでは質疑応答を続けようか」







 数時間後。
 輝と丹陽への尋問をひとまず終了し、二人を営倉に押し込み、プロトタイプ足柄に監視を任せた後の事である。
 有明警備府の会議室には、第一艦隊のゴスロリ女もとい尾谷鳥、第二艦隊の音鳥、第三艦隊の面鳥、部外者の井戸水の4人の人間と、有明警備府所属の艦娘達(※改装保留中の有明警備府の古鷹のみを除く)が緊急会議のため集結していた。
 井戸水技術中尉だけは何故か意気消沈しきっており、机の上に上半身をベタっと投げ出しており、自身の麾下艦娘の古鷹に小声で窘められていたが。

「えっと。長くなりそうなんで、とりあえず私、比叡と面鳥提督から報告します。私と面鳥提督も参加した第三次プレイグロード作戦ですが、一定の戦果を得るも失敗しました」

 手元のクリップボードに張られた紙を見ながら比叡が報告する。

「今回使用された病原体は七三一部隊の試製デザインド・バクテリアが3種類。XBF-777、XBF-778、XB:U-001、開発コードはそれぞれ『カーディナルレッド』『ダーククリムゾン』『バーントシェンナ』です。散布方法はいつもの九九艦爆による低速低空侵入からの空爆。発病までの平均潜伏期間は約18日。発病から病死までの平均時間は約48時間」

 ここで比叡は一度区切り、紙を一枚めくって続けた。

「散布したバクテリアは最終的に敵コロニーの約95%の個体に感染し、そのうち約10%を病死させました。事前の予想よりも死亡率が低い理由ですが、散布から19日目に完治し免疫を獲得した個体が発生。病死した個体、およびその免疫獲得個体を輸送ワ級に共食いさせて、そのワ級から血清らしきものを補給する事によって治療と予防を施したようです。発病から同コロニー内に免疫システムが完全伝播するまでの所要日数は3日間でした。深海棲艦側勢力にも対策マニュアルのようなものが存在しているらしく、バクテリアを散布した全てのコロニーで同じプロトコルで対処されています。こちらの井戸水技術中尉が事前に予測していた通り、第二次プレイグロード作戦のおよそ半分の時間で無力化され、上げた戦果も前回の半分以下に収まりました。免疫獲得個体の発生に至っては発病からたったの一晩です」

 続けて、比叡の提督である、面鳥と呼ばれた男性提督が補足する。

「第一次から第三次までに使用された試製バクテリアですが、いずれも周囲の自然環境や野生動植物への悪影響が著しく、人畜への感染コントールもウィルスほどではないにせよ事実上の不可能。また、今回の結果から、第四次では期待されるほどの効果が得られない可能性が極めて高い事と、今回のような大規模なBC兵器のこれ以上の反復運用は深海棲艦側勢力にBC兵器の概念を学習させる懸念があるとの事で、今回の結果をもってプレイグロード計画は全終了。予定されていた第四次のために運び込まれた試製バクテリア三種はそのまま保管し、後日、七三一によって回収となります。同様に、天敵誘致計画もまた、深海棲艦の天敵が見つからないため無期限凍結となります」
「現在も使用されているC――――化学兵器の運用は?」

 尾谷鳥からの質問に面鳥が答える。

「はい。そちらも耐性獲得の可能性が懸念されるので、今後は決戦用の化学弾頭や、一部CIWSなどの例外を除いて運用を限定されるそうです」
「そうか」
「では次に、私、音鳥から報告です。指定ブラック鎮守府、通称『五十鈴牧場』の本拠地は現在に至るも不明です。ウチで保護観察中の飛龍蒼龍が所属していた鎮守府は、そことの直接的な繋がりがあるはずなのですが、それらしき物的証拠や情報は何も出てきませんでした。彼女達への聞き取り調査も難航しています……あの娘達は、あれを普通の常識として育ってしまったのでしょうね」
「……そうか。では引き続き頼む」
「了解」

 返事を聞いた尾谷鳥が話し始める。

「では次に私、尾谷鳥からだが、大本営からの通達が一件。艦娘機密保護法違反の容疑で秘密裏に指名手配されていた、タウイタウイ泊地の蒸野粋(ムシノ イキ)大佐の捜索だが、今月で打ち切りとなるそうだ。何年経っても他国の軍事的動静に変化らしい変化が見られない事から、氏はスパイなどではなく純粋な行方不明あるいは脱走と判断。外向けにはMIAとして発表するそうだ」
「最後に目撃されたのが麾下艦隊の駆逐娘達とのかくれんぼの最中で、泊地の廊下の掃除用具入れのロッカーの中って時点で色々ツッコミ甲斐有るんですけど」
「私に言われても困る。報告を出したタウイの睦月に言え」

 沈黙。一拍置いて部屋の中の視線がうつぶせになったままの井戸水に集中する。

「……えー。じゃあ最後に私、井戸水から報告です。件の艦娘はTKT製で間違いないです。コード0によるプロパティ宣言およびそれ以外の方法でも確認とりました。丹陽、っていうか雪風って、TKTでもまだ未完成なはずなんですけど。それと、その丹陽と一緒に営倉にブチ込まれてるジョン・タイター君ですが……」

 ――――井戸少佐!? 無事だったんですね!? てっきり皆、第4ひ号目標にやられたものだとばかり――――
 ――――九十九里第99要塞の地下で改二化改装を受けて、斜坑路を昇ってる最中にエレベーターが崩れて転落して、気が付いたらこちらの外に。
 ――――未来人だと証明してみせろ、ですか? そうですね……来月にメカクレが発表予定の新製品、実はもうとっくに舞咎院の弾薬工廠に納品されてて、しかも一昨日事故を起こした。というのはどうでしょう。だからドリルは外しといた方がいいんじゃないかって、実家にいた頃言った事あるんですけどね。誰も妾の子の言葉なんて聞いてくれませんでしたよ。
 ――――それと、自分がブイン基地に着任した当初、深雪と一緒に井戸少佐から座学講義を受けた事があるんですが、その時に、艦娘が深海棲艦になる事もある(※『嗚呼、栄光の新春初夢ショー』参照。pixiv版のみ)って。
 ――――え? それらの艦娘の名前と所属ですか? あっはい。印象的だったので今でもいくつか覚えてます。えと、たしか――――

 フラッシュバック。
 数時間前に執り行った尋問の最中に輝の口から飛び出してきた、S4機密の数々が、井戸の脳裏を走り抜ける。

「……どうも本当に未来人みたいです。解除されてない機密の数々知ってました。本人達は九十九里に現在、映画のセットという名目で建設中の要塞の地k……要塞で事故にあって、気が付いたらこの時代に来てたと言ってます。もしかしたらパッキー少佐よろしく火星ロケットごとベトナムに落ちてきたか、ジェイス・ベレレン級の精神魔道士で俺の心と知識を盗み見たか、あるいは単に保安二課の防諜体制がとんでもないザルか、のどれかかもしれませんが」
「それについては私、比叡も肯定します。あの人達、こないだのカレーの処分方法、まだ誰にも教えてないのに最初から最後まで知ってましたし」
「そうか」

 尾谷鳥はここで一度思考をまとめ、それから口を開いた。

「……ではあの二人の扱いは友好路線で。信頼関係を築き、可能な限りの情報を得る方向で。ただし、来た時同様にいつまたいなくなるか不明なので長・短期間両方に対応できるように」
「了解。プロト足柄に命じて2人の解放と、歓迎会と空き部屋の準備しときます。自分は自白剤の用意を」
「了解。……ところで井戸水技術中尉? さっきから何故そんなにも意気消沈しているんで?」

 立ち上がり敬礼し、それぞれ行動に移り始めた有明警備府の3人に対し、井戸は机の上に突っ伏したままの姿勢でだれきっていた。

「……直接そうだとは言われませんでしたがね。あと数年で自分が死ぬと、しかも過去形で聞かされりゃ気分も凹みますよ」
「す、すまない。余計な事を聞いた」

 井戸水の事を聞いた面鳥がそそくさと部屋を後にする。残る2人と艦娘達も退室し始める。
 最後に残った井戸水も、古鷹に両肩を掴まれて無理矢理上半身を起こされ『もう、提督。こっちの古鷹の改装がまだ終わってないんですよ。そんなんじゃいつまで経ってもキス島に帰れないし、天龍ちゃんにも会えませんよ?』とたしなめられて、ようやく立ち上がってドライドックへと向かい始めた。

「……」

 井戸が自身の最後を察して落ち込んだのは事実だ。だが、それが全てではない。
 井戸の脳裏に、先ほどの尋問中に出てきた一言が木霊する。

 ――――あの雪風、あ。いえ。丹陽ですか? はい、改二です。

(……改二って、確か、い号計画発動後の艦娘だろ。なんでもう建造されてんだよ)
「? 提督。何か言いました?」
「いんや? ただ、古鷹(お前)の第二世代化改装は、何年も前にお前以外は全艦終わらせたはずなのに、今更になって改装申請出してきたのは何でだよって愚痴っただけだ」
「ここの尾谷鳥少佐にもきっと何か事情があったんですよ。多分」
「俺みたいに、第一世代型の古鷹(お前)に仕込んだギミックが気に入ってたって訳じゃなかったのかぁ……それにしても」

 それにしても、俺とアイツの分のチケット、前倒しで貰えないかなぁ。という井戸水の意味不明な呟きは、古鷹には聞こえなかった。
 井戸水の仕事用の携帯端末から呼び出し音が鳴る。




「そういえば、あの新入り予定の女子大生は? 未来でここの提督になってたっていう」
「はい。あの訓練生なら、今頃は横須賀鎮守府第一支部で哨戒任務同行演習をやってるはずです。現場指揮官は帝国でも指折りの実戦経験を持つ獅子屋藻中佐で、秘書艦はあの “守護天使” 初霜ですし、何も問題ないでしょう」
「懐かしいですな。哨戒任務同行演習。これが終わって初めてインスタント提督に任命されて、初めて自分の艦娘に会いに行った時は、ワクワクしたもんですよ」
「ああ。私も覚えてるとも」
「ところで尾谷鳥少佐。ウチの艦娘達、その新入り予定の子の事、履歴書ですら知らされてないんですが、顔合わせはいつ頃に――――」

 音鳥の言葉を遮るように尾谷鳥の仕事用のスマートフォンから電話の呼び出し音が鳴る。電話主は件の訓練生から。
 尾谷鳥は意図的に硬い声を作って電話に出る。

「有明警備府、尾谷鳥。貴様どうした。哨戒任務同行演習中は、横須賀鎮守府の所属扱いだろう。何かあったのなら私ではなく現場指揮官の獅子屋藻中佐に連絡しろ」
『ぅ、っ、ゃ、お、尾谷鳥少佐ぁ……! わ、わた私、っ! 私どうしたらいいんですか!?』

 電話回線の向こう側から聞こえてきたのは、動揺と恐怖混じりの疑問の声だった。

「……何があった」
『し、ししゃ、ししゃも、じゃなくて獅子屋藻提督、提督が……う、ううた、たた、撃たれて……!』

『撃たれた!? 誰に!?』と叫ぶのは簡単だったが、無用な混乱を避けるべく尾谷鳥は努めて平坦で、冷静な口調になるよう気持ちを整えた。
 次の一言で無駄に終わった。

『初霜さんに……獅子屋藻中佐が撃たれたんです!』
「初霜が獅子屋藻を撃ったぁ!?」

 尾谷鳥の絶叫に、近くにいた面々がぎょっとした表情を向ける。それと同時に有明警備府で事務員を務める人間の女性が飛び込んできた。少し遅れて井戸水も入室。

「尾谷鳥少佐! 大本営から緊急出撃命令です!」
「尾谷鳥少佐、自分にも、TKTの田中所長から出撃依頼が来ていますので古鷹共々同行させてもらいますよ。今回の件、どうもかなり特殊なようです」

 こちらが件の深海棲艦ですと言って井戸は抱えていたA4ノートサイズのタブレットを尾谷鳥達の方に向ける。そこには、つい数分前に撮影されたばかりの一隻の駆逐イ級が映っていた。
 そして尾谷鳥達は、何故、彼ら彼女らがたった一隻の駆逐イ級を帝国本土の直前まで接近させてしまったのか、その理由を知った。



「こちら音鳥。目標に接触。目標は現在、小笠原諸島を北上中。速度、針路に変更なし。それと……」

 有明警備府に緊急出撃命令が下ってから数時間後。
 先遣偵察隊として派遣された第二艦隊の音鳥提督と秘書艦の長門以下、プロトタイプ足柄を始めとした第二艦隊所属の艦娘らは航空機で件の深海棲艦にアプローチ。目標は一隻の駆逐イ級。内蔵されたガンカメラを起動し、機内に搭載した様々な観測器具を操作して、送れる情報は全て本土の有明警備府にリアルタイムで送信していた。
 その観測器具群を覗いていた音鳥が、そこから目を離して遥か眼下を見やる。

 ――――本土だ。
 ――――本土の光だ。
 ――――帝国本土の光だ。
 ――――帰ってきた。
 ――――帰ってこれた。

 エンジン音と風防と距離に阻まれて、物理的な音は一切聞こえないはずなのに、音鳥は、確かにその声を聞いた様な気がした。

「……それと、駆逐イ級の背中の乗客達にも、積み荷にも、変化なし」



「状況は最悪だ」

 伊豆諸島の最南、あるいは小笠原諸島の最北に位置する三土上(ミドウエ)人工島泊地に集結した有明警備府の面々の前で、軍人らしからぬゴスロリ衣装の尾谷鳥が、停泊中の重巡洋艦『古鷹』を背に、実に軍人らしい目つきと口調と雰囲気で、そう宣言した。
 警備府の、とは言っても部外者の井戸水と古鷹もいたし、保護観察中の飛龍蒼龍もいたし、所属先どころか時間軸からして違う輝&丹陽もいたがそれはさておく。

「再確認するぞ。本作戦の目標は、現在小笠原諸島を北上し、ここ、三土上まであと数時間ほどの距離に接近中の駆逐イ級一隻、これの撃破にある……のだが、一筋縄ではいかないらしい。音鳥提督の他、多数の証言が挙げられている。イ級の背中に、多数の復員兵の姿があったそうだ」
「復員兵?」
「そうだ」

 井戸水の持っていたタブレットの液晶画面を皆に見せる。
 そこには、夜闇の中、平べったい出っ張りを尻から生やしたガスボンベのような物を口に咥えて航行する駆逐イ級の側舷が映っていた。距離をとって並走している練習巡洋艦娘『大井』から撮影・録画された最新の映像。
 そして、その背中には。

「初霜は、最大望遠での索敵中にこれを見つけて、パニックになってしまったのだろうな」

 明かりも無いのに暗闇の中に青白く浮かび上がる人々が映っていた。
 よぅく目を凝らすと反対側の水平線が透けて見える兵士がいた。
 深いカーキ色一色の戦闘服に身を包み、苔むしたような、というか本当に苔むした白骨が眼窩の奥で青白い鬼火を灯らせて、隣にいるゾンビと楽しげに談話していた。
 それを見て、有明警備府の誰かが呟く。

「……成程。こりゃ間違っても撃てませんわ」
「ですが尾谷鳥少佐。では大本営は何故、イ級の早急な撃沈を命じたのですか? このまま本土までエスコートすべきなのでは?」
「私も最初はそう思ったのだがな。大井に乗っている訓練生と、他いくつかの提督達から上げられた情報なのだが……」

 言葉に詰まった尾谷鳥の後を、井戸水が継いだ。

「このイ級、核武装してます」

 有明警備府の中から、音が一瞬消えた。
 尾谷鳥と井戸水を覗いた面々が異口同音に『は?』と言うのと同時に、井戸水が映像を一時停止。イ級の口にあるガスボンベのような物にズームを掛ける。
 画像若干不鮮明といえども、それの横腹には、確かに放射性物質を示す黄色と黒のハザードシンボルが印刷されていた。つい先日に、ここの比叡が私費で購入したガラス固化処理用キャニスターの表面にも同じものが印刷されていたのを、有明警備府の面々は見ていた。ついでに言えば、ガスボンベの上部にある平べったい出っ張りはよく見ると姿勢制御用のフィンだった。

「核? 深海棲艦が?」
「ただ持ってるだけなのでは?」

 第二艦隊の音鳥提督と第三艦隊の面鳥提督の疑問に、井戸水が無言でズーム箇所を少しずらす。拡大表示された爆弾の表面には、舌の裏にある静脈を白く塗り直したような物がいくつも癒着しているのが保護粘膜を透して見えており、それらは末端部で爆弾と同化していた。

「雷管神経……!」
「見ての通り、これが走っている以上、この爆弾は、このイ級の艤装だ。実際に核爆発を起こせずとも、外殻を破って放射性物質を垂れ流す程度は出来るだろう」
「背中の復員兵は肉盾か……それも自覚の無い」
「こんなの、どっから持ってきたんだか」

 井戸水が独り言のように呟き、尾谷鳥が律儀にも返答した。

「入手、あるいは製造ルートは現状、全くの不明だ。だからANN(青葉です何かネタください)ネットワークに調査を依頼してあるし、本作戦が終わったら私も独自にツテを当たってみるつもりだ」

 ここで尾谷鳥は柏手を一つ打ち『では作戦を再確認する』と告げ、指を一本立てた。

「本作戦は2段階に分けて行われる。1つ。核と復員兵の回収担当員と、その護衛部隊は現場直前の海域まで航空機で急行。回収担当員はそこで『超展開』を実行し、作戦目標であるイ級と接敵。復員兵の保護・回収を行う。なお、具体的な手段は後で説明するが、復員兵の回収と同時に核兵器の無力化を行う。それが困難、あるいは不可能と判断される場合は核の無力化を最優先とする」

 二本目の指を立てる。

「2つ。復員兵の回収及び核兵器の無力化を確認した後にイ級を撃破する。ああ、言い忘れていたが万が一に備え、何名かここ、三土上人工島泊地に待機してもらう。何か質問は?」

 面鳥と比叡が同時に手を上げる。同時に顔を見合わせ『どうぞ』と譲り合い、音鳥が代表して質問した。

「イ級からの抵抗などによりここまで突破を許してしまった場合は?」
「……その場合は待機組の出番だ。なりふり構わず、全ての火力を用いて、核を起爆される前にイ級を無力化しろ」

 それはつまり、痛みを感じる暇も無く、あるいは欠片も残さずに蒸発させよという事か。背中に乗った帰還兵らもろともに。

「他に質問が無いなら部隊振り分けの説明に入る。まず、護衛メンバーは音鳥少佐の第二艦隊、ならびに第三艦隊より戦艦娘『比叡』が担当してもらう。理由は、第二艦隊総旗艦を務めるビッグセブンの長門と、御召艦である比叡。この二人の知名度を利用させてもらう。音鳥少佐、比叡。可能な限り復員兵らの注意を惹いてくれ。回収担当の作業が多少手荒くなっても大丈夫なように」

 尾谷鳥の視線を受けて、音鳥少佐と秘書艦の長門(ごく普通の長門型戦艦娘の制服を着用)以下、第二艦隊に所属する艦娘達と、第三艦隊の比叡が一糸乱れず敬礼し、了解しましたと返答した。

「次に待機組だが、こちらは比叡を除いた面鳥少佐の第三艦隊と私の第一艦隊、保護観察中の飛龍蒼龍。それと、井戸少佐とその麾下艦娘の古鷹、目隠少佐と丹陽にもアドバイザーとしてここに残ってもらう」
「異議あり。俺の……ああっと。自分の出撃はTeam艦娘TYPEからの直々の要請によるものです。これでは発言力が稼げ……おほん、明確な命令違反になりますよ?」

 井戸の反論に、尾谷鳥が即答。

「それについては問題ありません。待機も正式な作戦行動の一環であるし、本作戦の詳細な人員配置や采配については、我らが有明警備府に一任されています。それに、貴官のように、余所の所属の将兵を、立たせんでもいい矢面に立たせるのは如何なものかと愚考いたしますが? 北方海域キス島守備隊所属の井戸枯輝少佐殿?」
(井戸少佐、ブイン来る前は北方勤務だったんだ……)
「ぐぬぅ……であるならば、イ級は可能な場合に限り鹵獲。不可能な場合もなるべく原形をとどめて撃破し、持ち帰れる残骸や痕跡は全て回収して引き渡してもらう。もちろん、戦闘データも全て生データでこちらに提出していただく」
「了解。それ以外にも協力できる事があればお申し付けください。可能な限り協力いたします」

 井戸少佐こと井戸水技術中尉も、尾谷鳥も、そこら辺が落としどころだと考えていたらしく、どちらもそれ以上ごねる事無く話はまとまった。

「そして最後に回収担当員だが。これは私、尾谷鳥と秘書艦の古鷹が担当する。その理由については井戸水技術中尉からご説明いただく」

 井戸水が一歩前に出る。

「まず初めに、件の核爆弾の無力化ですが、これには極めて精緻な、それでいて長時間におよぶ作業が要求されます。揺れる外洋の上でもしっかりと安定した足場を長時間確保しつつ精密作業を行える存在が必要であり、作戦開始までの短い時間に確保できたのが古鷹以外に存在しなかったからです。因みに尾谷鳥少佐が回収担当に選ばれたのは、これまでの古鷹と超展開をしての実戦を多数こなしてきたという実績に基づくものです。それでは爆弾の無力化の手順について再確認を始めます」

 井戸水はここでオホンとわざとらしい咳ばらいをし、手に持っていた画用紙を一枚、重巡洋艦『古鷹』の船腹にぺたりとセロテープで張り付けた。画用紙には爆弾を咥えた件のイ級の絵が描いてあった。

「まず初めに、核爆弾に癒着している雷管神経を、刺激を与えずに爆弾から、あるいは爆弾ごとイ級から切り離す必要があります。これには速効性の麻酔薬を、雷管神経を覆っている保護粘膜経由で大量摂取させてください」

 画用紙に落書き、もとい解説のイラストが追加される。イ級と爆弾の間に赤い線が引かれ、注射器の絵が。

「そんな都合よくあるんですか? 麻酔薬」
「有明から第四次プレイグロードで使う予定だった試製バクテリア――――『ダークグリーン』『ヴァージンホワイト』『アイスブルー』を持って来ました。資料によると、この三種に水と糖と温度食わせて出来た生成物を混合すると、新構造の神経毒となるそうなので、それを赤と青と黄色と緑の中和剤で薄めて使わせてもらいます」

 勝手に保管庫の外に生物兵器持ち出してんじゃねぇよ。という有明警備府の面々+αからの視線など意にも介さず、井戸水が説明を続ける。

「神経毒の原液をそのまま使わない理由ですが、イ級が過度のショックで、あるいは最後の抵抗で爆弾を起爆させないためです。雷管神経に直接麻酔を投与しない理由もそれです。話を続けます。次に、爆弾と雷管神経の切り離しに成功した後は爆弾をイ級から引っこ抜き、爆弾の信管を解除します」

 画用紙に落書き追加。爆弾に黒のマッキーで大きくバツ印。
 それに合わせて輝が挙手。

「井戸少佐……じゃなくて井戸水技術中尉? なんで部分麻酔なんですか? 全身麻酔じゃなくて」
「この生成物、未知の化学物質ですから正確な致死量、致死濃度についてのデータが全く不足しているんです。迂闊に大量投与して、心臓発作やショック死で誤爆でもされたら事です。それに、先の中和剤の分量だって、似たような構造の化学物質から推測した予想値以下の、ただの山勘ですし」
「「「……」」」

 本当に大丈夫かなぁ、この作戦。と井戸水以外の全員の心の声が一致した。

「一番の難所と予想されるのはここ、爆弾の解体中です。イ級からの抵抗はほぼ確実かと。信管の除去が不可能な場合は爆弾を――――臨界方法が不明ですが、兎に角、ガンバレルを破壊するなり爆縮レンズの配置をズラすなりして、核分裂の連鎖反応が発生する事だけは防いでください。そうなったらここら一帯、放射能ダダ漏れになるでしょうけど、高速中性子線がいっぱいの光熱とフォールアウト混じりのキノコ雲が領海内で立ち上るよりかはマシかと。説明は以上です。他に何か質問は?」
「はい。どうしてこんなに時間的余裕が無いんですか?」
「大本営の一派のいつもの嫌がらせだ。若い女が戦果を上げるのが気に食わない輩と言うのは何処にでもいるものさ。さて」

 尾谷鳥がパン、と柏手を一つ打ち、皆を一度見回した。

「状況は聞いての通り最悪だが、結末までそうしてやる必要はない。この程度の最悪なぞ、いつも通り黒く焼き尽くしてやれ。それでは総員、作戦を開始せよ」





 回収担当の尾谷鳥と、その尾谷鳥が乗艦する古鷹に麻酔薬の注射を仕込むために井戸水が、それぞれの古鷹を超展開させるために、三土上人工島泊地の沖まで一人乗り用のウォータージェットに4ケツして赴いた。
 2人の古鷹はそれぞれ適切な距離まで離れた上で浮き輪をつけて海上に待機し、そこから更に尾谷鳥と井戸水が十分に離れたのを確認して、古鷹型重巡洋艦本来の姿形とサイズに『展開』する。そしてそれぞれの提督を己の艦内に収容した。

『提督……古鷹、意見具申します!』
「却下する」

 2人の古鷹の片割れ。ゴスロリ女こと尾谷鳥つばさ少佐が乗る方の古鷹では、その尾谷鳥が艦長席に向かうべく通路を早足で歩いていた。
 その尾谷鳥のすぐ背後には、艦娘としての古鷹の立体映像――――映像とは言うものの、その実は物にも触れるほどの超高密度・超高速の情報体だ――――が不安げな顔で付き従っていた。

『まだ何も言ってないんですけど……』
「解るさ。どうせ『もう超展開はしないでください』と言うつもりだったんだろう?」
『そこまで分かっているなら何故――――』

 古鷹の問いかけには答えず、尾谷鳥は歩きながらドレスのボタンをプチプチと外して脱ぎ捨てる。古鷹は尾谷鳥の背後を歩きながら床に脱ぎ捨てられたドレスを回収し、素早く畳んで抱き抱えた。
 ドレスの下から出てきたのは、暗い紫色で揃えた上下の下着と実際豊満なバスト。黒のサイハイソックスに、病的なまでに右腕全体に巻かれた包帯(『邪王炎殺ブラックドラゴンウェーブ』なる詳細不明な呪文を記入済み)。
 そして、黒く煌めく金属質と生の皮膚が川の流れのように入り交じった体表と、体外に露出した赤い血の通う半透明なケーブル群。カルシウム製の骨を覆い隠す、タンパク質のような柔軟さと機能を持った黒い金属製の筋肉と、膠めいて骨と肉を繋ぎとめるプラスチック樹脂製の腱。
 それらがあった。
 第一世代型の古鷹に『喰われた』提督の、ごくありふれた末路だった。

「重巡洋艦娘の古鷹。それも悪名高い第一世代型との『超展開』となれば、どれだけの高適性を持っていようとも、いずれは、必ず、こうなる」

 重巡洋艦娘の『古鷹』その第一世代型。

 TKTのメガネ男こと、井戸水技術中尉が初めて手掛けた艦娘であり、重巡艦娘の中では最初に建造された艦娘である。
 重巡娘の開発計画が決定した当時は、まだ雷巡チ級よりも新しい深海凄艦は存在しておらず、戦局は人類側が優勢で、重巡娘ほどの戦力が至急に必要となるような戦線はなかった。
 したがって、当初の段階ではこの古鷹と、その後に続くであろう重巡娘達は新戦力というよりは各戦線における象徴、あるいは高性能な艦隊総旗艦としてごく少数のみが製造される予定だった。実際には対艦娘兵器である重巡リ級という悪夢がそう間を置かずにやって来たわけであるが。
 だが、そのように輝かしくあれと生み出された古鷹の人生もとい艦娘生は、素体の処理の際に井戸水がやらかした一つのヘマで、全てが狂った。
 詳細は省くが(※嗚呼、栄光のブイン基地『ONCE UPON A TIME』参照)、完成した古鷹は基礎スペックが軽巡娘未満のポンコツで、おまけに乗艦し、超展開した提督達の肉体を侵食するという、他の艦娘では見られない特有の、致命的な欠陥持ちになってしまったのだ。
 適性が低ければ最初の一度か、遅くとも数度以内に。尾谷鳥のように適性が著しく高くとも徐々に肉体は古鷹に侵食され、最後には古鷹の機能を補助する不気味なデザインのオブジェと成り果てる。
 この欠陥を解消した第二世代型へと改装する事で、これ以上の侵食は停止するのだが、いかなる理由か、この尾谷鳥は第一世代型のまま今日まで『超展開』を含めた運用をしてきたのである。

『提督は……尾谷鳥提督は怖くないんですか!? ここまで……いえ、もうこれだけしか提督は残ってないのに』
「古鷹。それは愚問だ。もう何度も何度も私と超展開をしてきたんだ、知らない分からないとは言わせないぞ。私は、お前が好きなんだ」
『……』
「私は、お前と、1つになりたいんだ」

 尾谷鳥のその言葉に、嘘偽りが一切無い事は、古鷹もよく知っていた。
 その『一つになりたい』というのが、一般的に使われるセックスの暗喩ではなく、文字通りの、物理的な意味でそうなりたいのだという事も、よく。
 そして、この古鷹自身にも、目の前を歩く尾谷鳥と一つになりたいという欲求は有るのだ。尾谷鳥が無事でいて欲しいという気持ちとほぼ同質量のそれが。
 尾谷鳥が艦長席に座って右腕の包帯を解くと、その下にある右腕は、形と機能以外は、もう全てが金属などの無機物に置き換えられていた。

「だからな。わざわざ私の筆跡を擬装してまでお前自身の改装依頼をTKTに出した事については、それだけ私の事を思ってくれていると嬉しくもあるが、同時に許し難くもある。だからお前の頼みは聞いてやらん」

 複雑怪奇なシートベルトの迷路を正しく締め、右目を覆い隠していた薔薇を模したアイパッチを眼孔からずるりと抜き、代わりに接続補助用のバスケーブルを、ユニバーサルコネクタと化した右眼窩に接続。超展開中でもないにも関わらず、古鷹内部のシステムに、限定的かつ低速度とはいえアクセスが可能になる。
 尾谷鳥が古鷹のシステムにリクエスト送信。そのリクエストを受領した古鷹が自我コマンドを入力。通信デバイスを立ち上げ、もう一人の古鷹に接続。
 直後。

『ア、アバッアババー!? お、俺のみ、右手! 右手が機械、実際機械!!』
『提督落ち着いて! それは幻覚ですから! 右手は普通のままだから!!』
『ゴボボー!! ゲロに混じってケーブルがががが!』
『提督落ち着いて! それはお昼に食べたおうどんです!』

 もう一人の古鷹(第一世代型)は、既に超展開を終えていたが、中の人も色々と終わっていそうな声が通信機越しに聞こえてきた。

「……目玉も光らぬ半端者はこれだから」
『第一世代型の古鷹と超展開して、幻覚だけで済むなんて結構適性値高いみたいですね』

 それを聞いて尾谷鳥は呆れて溜め息をつき、古鷹は素直に感心した。
 因みにどうでもいい事だが、そんな大変な事になった井戸水だったが、有明警備府の古鷹への麻酔薬投与装置の外付け作業は問題無く完了させた事はここに明言しておく。



 帝国本土から沖の鳥海域などの南西諸島海域へと向かう際、あるいは最前線中の最前線である太平洋戦線へと向かう際の中継点の1つとなっている三土上人工島は、その名前を裏切って、実は天然の島である。

『俺と古鷹との超展開適性……96.6、カテゴリ、Aだから大丈夫だ ……と思っ、てたが……第一せだぃ 型ふれたか……実際に超、展開してみなけりゃ、この、キツさ、わからん……』
「井戸水技術中尉、大丈夫か?」
『……面鳥少佐。これが 大丈夫そ ……ぅうに見えるなら、眼科か、脳 、外科か精神科での受診をぉ……、 お勧めする……ぉぇ』
 
 サイズはそこそこで、帝国国土地理院の人間によって再発見された時には既に無人だったが、世捨て人が生活していたと思わしき痕跡も残っていたこともあり、まぁ、それなり程度の大きさと飲料用として利用可能な湧水や野生の果物、野生化した元野菜畑などの、最低限自活可能な自然環境はある。
 あるのだが、海底地形や海流、島周辺の波高などの島周辺の自然環境が基地鎮守府どころか泊地にすら使えないほどに荒々しく、それでもここが要所である事には違いないし近くに島ないし無視するにはちと惜しいし。という事でコンクリート製の消波ブロックの設置や、ドブさらいならぬ海底さらいから始まって、今では各海域の物資集積島のようにその地形のほぼすべてを人工物によって補強され、おまけに島その物のサイズも護岸工事という名目でかなり拡張されている。今輝達待機組がいるこの総コンクリート製の港だって、やろうと思えば『超展開』した艦娘同士で、走り回ってステゴロ出来そうな程度には広い。
 つまり、幻覚と偏頭痛に悩まされながらも尾谷鳥つばさ少佐の古鷹に麻酔薬投与装置の外付け作業を完了し、三土上人工島まで真っ青な顔の千鳥足で帰ってきた井戸少佐の古鷹が、コンクリート製の港に力無くもたれかかってへたり込み、そのまま浅い呼吸を繰り返してこれ以上の体調悪化を防ごうと出来る程度には、港の海底も掘り下げてあるという事である。

「ねぇ、ちょっと! いくらTKTの人間だからって、言い方ってモンがあるんじゃないの!?」

 青ざめた顔でうな垂れる超展開中の古鷹(の那珂にいる井戸水)に対し、有明警備府第三艦隊総旗艦であり、面鳥少佐の秘書艦でもある駆逐娘『叢雲』が声を荒げて抗議した。
 井戸水も、流石に失言だったという自覚はあったらしく素直に謝罪した。
 それを見ていた輝が井戸水に質問した。

「あの、井戸少佐? そんなにお辛いなら、超展開を解除して休まれては?」
「……私もそう思うわ。その顔色、到底作戦に参加できるようなもんじゃないわよ」

 古鷹が無言で首を振る。

『……超展開をして、すぐに解除するというのは、人間性の劣化がさらに加速……あー……艦娘のメンタルに、極めて大きな悪影響がある……身体の構成素材や大きさが変わるというのは、我々が思っているのよりも、……ずっと、ずっと、深刻なストレスらしぃぃぃぃ↑――――』

 その首振りによる遠心力が致命の一撃になったのか、古鷹の外付けスピーカーから、酸っぱい匂いのしそうな音が聞こえてくる。
 輝も叢雲も丹陽も面鳥も、その他の面々も、思わず嫌そうな表情になって耳を塞いだ。

『――――ぴゅー……ぅっぷぅお゙お゙ぉぅ……超展開時間を、本来、よりも、ずっと短く、設定して いる駆逐娘や軽巡娘は兎も角、重巡娘、この古鷹の場合は、リミット6時間のうち……最低でも、5時間は、超展開を維持して、正規の手順を踏んで、超展開を終了させないと、人間性の劣化が……もとい、艦娘のメンタルに、重大な悪影響がさらにマッハ する……最悪……、第十三次オセロ海戦の、時の……粗製艦娘達みたいに ……深海棲艦に』

 井戸水は、喋って気分を紛らわせようとしているのだろうが、聞かされている方は気が気でなかった。だってコイツ、さらっと軍機に触れるような内容を話に混ぜ込んでるからだ。
 それを察した輝も叢雲も丹陽も面鳥も、その他の面々も、後で絶対この話を忘れようと思った。そう思わなかったのは艦娘としての正しい教育を受けてこなかった飛龍蒼龍の2人だけだった。

『……話してると、だいぶ……気が紛れる……輝君、だったか。未来では、どんな事になってたんだ?』

 何がやねん。
 と輝&丹陽は思ったが、このまま軍機スレスレの独り言を延々と聞かされるよりはマシと考え、何か話の種は無いかと視線と思案を素早く巡らし、口を開いた。

「えと、そうですね。大淀さん。軽巡洋艦娘の大淀さんが新しくやってきましたよ……なぜか、こちらの事務員の方と瓜二つでしたけど」

 え。と呟く女性の事務員はこの時点で夜逃げしようと密かに決心し、ほぅ。と呟く井戸水は後で外殻研究班のスカウトマンに連絡を入れとこうと考えていた。

「あと、有明警備府ですけど、自分が御厄介になってた頃は一人しか提督は居ませんでした。それと、第二、第三艦隊の総旗艦が飛龍さんと蒼龍さんになっていました。長門さんと叢雲さんはそれぞれの艦隊の副旗艦になってました」

 目を丸くする飛龍と蒼龍に周囲の視線が集まる。しかし当の二航戦ズは真面目に信じられなかったようで『やだぁもう』と笑った。

「もう、准将閣下ったらお上手なんですから」
「私達空母娘ごときが艦隊総旗艦にだなんて、そんな事、あるわけないじゃないですか」

 その二人の言動を見て、悲しそうに顔を歪めたのが面鳥提督と秘書艦の叢雲を始めとしたこの時代の有明警備府の面々で、やっぱり自分の知ってる2人とは別人なのかなぁと疑問に思ったのが輝&丹陽コンビである。
 そして『ごときって』と絶句し、目を丸くしたのがゲロ水もとい井戸水である。
 井戸水が自我コマンドを入力。古鷹の外部スピーカーを再度ONにする。

『ごときって……空母娘が補助戦力扱いされてたのは10年以上も昔の事だろうに。今は軍立クウボ学園で3年間カラテ鍛錬に励めば、卒業後は主戦力か艦隊総旗艦のどちらかだろう』
「え。でも」
「だって、提督がそう言ってたし……」
『んな訳在るか。空母娘がカラテを覚えて以来、その運用に関しては、塩バターラーメンの奴が回線越しにとはいえ直々に全提督に講義を行ってるし、その講義だって大本営経由で必聴命令まで出てるんだ。知らんはずがない」
「「……」」

 まぁ、どう考えてもお前らのトコの提督が、お前らを都合よく扱いたいから嘘教えてたと考えるのが妥当だろうな。
 信じていた提督に裏切られていた事を理解してしまい、絶句する二人に対して、井戸水がそう言おうとした。

「まぁ、どう考えても」

 ちょうどその時だった。



 その少し前。
 尾谷鳥が『超展開』した古鷹に乗艦り、音鳥少佐の第二艦隊、そして比叡を連れて件のイ級がいるであろう海域へと進み始めて数時間。古鷹と一心同体になっている尾谷鳥の脳裏で古鷹が囁いた。

【提督、電探に感あり。敵艦見ゆ】
 ――――コイツが目標か。

 古鷹の目に命じて光学ズーム。正面方向からこちらに向かって接近中のイ級の背中に焦点を合わせる。
 映像ならば事前に見ていた。だが、今こうして実際に確認してみるまで、心の底では信じ切れず、どこかで疑っていた。
 いったい如何なる理屈か、イ級の背中にいる彼らが喋る声は、距離と装甲をすべて無視して古鷹の内部にいる尾谷鳥にもハッキリと聞こえていた。

 ――――おおっ、迎えだ。本土から迎えが来たぞぉ! すごい大艦隊だ!!
 ――――ありゃ長門け? 現物は初めて見た!!
 ――――その隣にいるんは比叡か? 御召艦まで俺達の迎えに……ってちょっと待て! 比叡はソロモン沖で沈んだはずだろ!? 俺は詳しいんだ!!
『ひ、ひえっ!?』

 一人のガイコツが指さす先、比叡に視線が集中する。

『な、なんで知って……じゃなくて! 比叡は比叡じゃありません! 金剛型戦艦の五番艦、ヒラヌマです!!』

 お前は何を言ってるんだ。
 尾谷鳥を始めとした有明警備府の面々はそう思った。

 ――――ヒラヌマだと!? 沈んでなかったのか!?
 ――――空爆で沈んだってのが誤報だったんだ、やったぜ!
 ――――ヒラヌマは本当にいたんだ! 父さんは嘘つきじゃなかった!!

 お前らは何を言ってるんだ。
 駆逐イ級の背中の上で万歳三唱し始める骸骨ゾンビ幽霊軍団と、痛くなり始めた頭を無視して、尾谷鳥が外部スピーカーで告げる。

 ――――……ご歓談は本土に戻ってからでもごゆるりと。ところでそちらの復員船、どうも調子が悪いようですね。こちらで曳航しますのでどうぞこちらへ。

 微笑みを浮かべ、腰を落とし、そっと下手に伸ばした古鷹の真横を通り過ぎるようにイ級が進路変更。ロクに速度も落としていなかった。

 ――――……

 真横に差し掛かった瞬間、尾谷鳥が自我コマンドを入力。古鷹の左腕をイ級の口に伸ばし、半ば飛び掛かるようにして引き寄せる。背中の連中は長門達に気を取られてあまりこちらに注目していなかった。
 そして完全機械化された右腕の五指をゆるく伸ばして、暴れ噛みつくイ級の口内の、舌の裏の血管を白く塗り直したような雷管神経を覆う保護粘膜にそっと這わせる。同時に爪部に増設された希釈神経毒の噴霧装置をフル稼働。
 充填されていた内容物の噴霧完了後、指先で神経をグニグニしても何ら反射を見せない事から麻酔が全て雷管神経に浸透したと判断すると、そのまま核爆弾をむんずと掴み、背中の復員兵らからは見えないようにして引き千切った。舌代わりの核爆弾に何かされた感覚は伝わったらしく、イ級は起爆信号をキックするも、その時点で既に核爆弾はイ級と切り離されており、起爆する事は無かった。
 掴みとった核をスカートと腰の間に挟み込んで開けた右手を貫手に構え、再び口の中の傷口に肩まで突っ込むと尾谷鳥が自我コマンドを入力。第一世代型古鷹に仕込まれた戦闘ギミックの1つが起動する。
 完全機械化された右手の人差し指から小指までが、第一関節から火を噴いて飛び出す。発射されたフィンガーマイクロミサイルはイ級の体内深くにまで侵入した時点で起爆。重要な臓器群にのみ致命傷を与え、外見上にはそれ以上の損傷を与えずに完全に無力化した。こんなもん搭載してるから提督達は第一世代型古鷹に喰われてるんじゃあなかろうか。

 ――――これ、良い……!

 尾谷鳥が外部スピーカをON。復員兵らに告げる。

『そちらの復員船、どうも死ぬほど疲れているようですね。こちらで曳航しますので、しばしご辛抱を』
 ――――そういやそっちの巨人のお嬢ちゃん、名前は何ていうんだい?

 尾谷鳥ではなく古鷹自身が答える。

『? 重巡洋艦の古鷹ですけど?』
 ――――いやなに。この復員船の護衛についてた巨人の姉ちゃんの名前を聞きそびれちまってな。だいぶ前に増速してそっちに向かってったからすれ違ってるはずなんだが、古鷹ちゃん、もしあの娘に会えたら俺らが礼を言ってたって伝えてもらえっかい?
『……え?』




「まぁ、どう考えても」

 一番最初に気が付いたのは、井戸の乗艦っている古鷹から少し離れた正面にいた飛龍と蒼龍の2人だった。2人とも、最初は見間違いだと思った。陽の落ちた三土上人工島の港は、等間隔で街灯が付いているとはいえ、それでも少し離れればかなり薄暗くてよく見えなかったし、自分らの電探は全く反応していなかったし、それ以上に、他の誰もが反応していなかったからだ。

「あ」

 と言う暇も無かった。
 だから、コンクリート製の護岸を背もたれにしている古鷹の背後にいつの間にか忍び寄っていたそいつが、真っ黒い泥のような物でブ厚く覆われた尻尾を古鷹の後頭部目がけて勢いよく振り下ろし、それとほぼ同時に超展開酔いの悪化で再び吐き気に襲われた井戸に連られて古鷹も頭を下げ、完全機械化された右肩に泥尻尾が接触した瞬間大爆発を起こしてセーラー服の背中部分が焼け飛び、右腕の内外の機能のいくつかに無視できない損傷を負った程度で済んだのは、規格外の幸運と言える。
 古鷹は爆発の影響で両手をついて倒れ込むも、まろびでるようにしてその場から移動し、周囲の索敵を開始。

『な、何が起こっただぁ!?』
『わ、分かりません! 電探、サーマル、PRBR検出デバイス、どれも反応無し!』
 
 当の古鷹だけでなく、叢雲、飛龍蒼龍らに搭載されているこの時代のPRBR検出デバイスもまた、この時点でもまだ沈黙を保っていた。
 雪風改め丹陽に搭載されている未来のPRBR検出デバイスは、この距離と状況になってようやく反応した。

「ぴ、PRBR検出デバイスにhit! 数1、脅威ライブラリに該当例無し、重巡級に酷似! 距離至近!!」

 雪風が叫ぶとほぼ同時に井戸水が自我コマンド入力。意図的なウィンクで古鷹の左眼を通常光学から探照灯モードに切り替える。こんなもん仕込んでるから第一世代型の古鷹は問題児扱いされているのではなかろうか。
 肉眼で直視したら失明確実の光量が、陽の沈んだ三土上人工島の暗闇を、ごく狭い円形に切り裂いた。
 右に左に移動する眼球運動に追従して円形も右に左に忙しなく移動する。
 無人の港、所定の停車位置に戻されずに放置されているフォークリフト、鬱蒼と木々が茂った山肌、修理待ちの灯台のコンクリート柱、尻尾を生やした黒い巨大な人型、備蓄物資の保管庫となっている背の低いコンクリート製の倉庫群とコンテナの群れ、宿直所兼管理棟の中から漏れる蛍光灯の微かなオレンジ色。
 尻尾を生やした黒い巨大な人型。
 完全な女性型、右側をテールに結んだセミロングの白髪と、艶の無い黒色のボディースーツ、肌や服のほとんどを覆う真っ黒い泥のようなものとそこからわずかに覗く死人色の肌、首元を覆うマフラー状の歯茎装甲、太腿部に装着された小型副砲塔、泥と同色の甲板ニーソに、腰部に癒着した配管から生えている、自身の身長にも匹敵する巨大な二頭の尻尾型艤装と、その二頭それぞれの先端部に生えている8inch三連装砲塔。
 そして、半ばから千切れた右腕。

 はい。先週、泊地近海で確認された新種の重巡です。PRBR値の同定結果はまだ公表されてないので、しばらくは――――
 片腕だけは射突魚雷と主砲で何とかちぎり飛ばしてやったんですけど、結局逃走を許してしまって今も行方不明ですし――――

 丹陽の脳裏に、タウイタウイ泊地の丹陽が言っていた言葉が思い浮かぶ。

「こいつが……」

 深海棲艦の最新鋭重巡。
 不明ネ級。
 叢雲が呟く。

「アイツ、何で陸の上に立ってられるの?」
「おそらく、第四世代型です! 電探に反応が無いのもきっとそのせいです!」
「輝君の時代の深海魚か。輝君、その第四世代型とやらの特徴は?」

 叢雲の疑問に輝が答える。それに叢雲の提督である面鳥も割り込む。

「高度なステルス性能と、陸戦能力です!」
『陸戦だと……? バカな、早すぎる! ……ああ、そうか、畜生。だから改二型が前倒しで建造されたのか。い号の発動なんて待ってたらもう手遅れなのか』

 井戸水の口からポロリと漏れた、明らかに部外者は聞いても知ってもいけなさそうな事を全力でログから消去したり頭の外へと追いやりながら輝と丹陽、面鳥と叢雲は海に向かって走り出す。飛龍蒼龍は初めて見る深海棲艦に怯え、きゃーきゃーと悲鳴を上げながら内陸部へと避難していった。
 互いに正反対の方に走りながらコンクリート製の護岸まで走ってきた丹陽と叢雲は、全速力のまま海に向かって走り幅跳びの要領で空中に飛び出した。

「叢雲、展開!!」
「丹陽、展開!!」

 海面に足から着水すると同時に、一瞬の轟音と閃光が2人から発せられる。音と光の余韻が過ぎ去った時にはもう、海面には人の形をしたものは無く、陽炎型と特Ⅰ型の駆逐艦がそれぞれ一隻、本来の姿形とサイズで浮かんでいた。
 その光と音に紛れて、酔い回る脳の不快感を意識の隅っこに押しやり井戸水が自我コマンドを入力。2人が超展開する時間を稼ぐべく古鷹を突撃させる。
 コンクリ製の港に上陸し、海水浮力が消えた事で第一歩目から鳴り響く脚部の異常負荷アラートと脳裏に浮かんだいくつものエラー報告を意識的に無視しつつ、ネ級の腰にタックルを仕掛けて拘束を試みた。
 対するネ級は両足と尻尾の三点保持でしっかりと踏ん張り、逆に上からのしかかって古鷹を押し潰すようなフォール。もがいて脱出しようとする古鷹を左手一本と体姿勢で抑え込む。
 古鷹の異常負荷アラートは、押し潰され、接地面積が増加しても解除されなかった。
 更に二人の隙間に尻尾の8inch三連装砲を向け、古鷹を照準。それとほぼ同時に井戸水が自我コマンドを入力。古鷹の完全機械化された右腕にある20.3センチ連装砲を照準もつけずに発砲。2人の間で即座に着弾、爆発。ネ級の背後で閃光と轟音、そちらを一瞬だけ見やる。古鷹の全身から送信される激痛信号と、脳裏に表示される主砲塔ユニットからのダメージレポートから目と意識を反らし、今の自爆同然の密着砲撃で空いた隙間から体をよじって捻って抜けさせ、その際ついでに完全機械化された左足をぐり、とネ級の頬に押し付けた。
 井戸水が自我コマンドを入力し、それと同時に何かを察したネ級が全力で首を傾ける。
 直後、古鷹の左足の裏から、超展開中に主砲の精密狙撃を行う際に使われる反動抑制兼姿勢安定用のアンカーパイルが火薬の力で射出される。こんなギミックなんて仕込んでるから提督達は第一世代型古鷹に食われてるのではなかろうか。
 不意打ちこそ失敗に終わったが古鷹はマウントからの脱出に成功し、ネ級は尻尾の主砲を古鷹へと再照準し、神経刺激によるトリガー。古鷹の主砲部に直撃。8inch砲弾は、右腕部にある2つの半壊状態の主砲塔の装甲を貫通して内部に侵入し、幸運な事に、それだけで終わった。

『古鷹!!』
『1番2番主砲大破! それ以外の損傷はないです、全弾不発!』
『左肩3番撃てぃ!』

 遅れての誘爆を恐れた古鷹と井戸水が砲弾の刺さった1番2番をパージさせつつ、無傷で生き残った左肩の主砲を照準を開始。
 直後にFCSからアラート。
 光学と電探との計算結果に致命的な差異ありとの報告。電探が受け取った反射波が極端に小さすぎて、その電波強度から逆算すると目標は8キロ先にいるとの結果になっていた。今しがたマウント取られたばかりなのに。
 井戸水が、古鷹が受け取ったのと同じ生データを脳裏に表示させた。

『……あの泥だ。あの真っ黒い泥に覆われた部分だけが極端に電波強度が落ちてるし、熱探知も遮ってやがる。シュワちゃん気取りか!?』
『私達は刃物もプラズマキャノンも透明化装置も持ってないんですけどね』

 井戸水が悪態をつきつつ、手元にあったコンテナをいくつか纏めて握らせながら古鷹を立ち上がらせ、半立ち状態のネ級に向かって港を疾走する。脚部アラートが鳴るよりも先に、左右のくるぶしデバイスが圧潰。歯を食いしばりつつ井戸水が自我コマンド連続入力。警報カット。右腕を引く。獣のような唸り声を上げながら突貫し、右手のコンテナを叩き付けるような変則ストレートパンチをネ級の顔面に叩き込み、続けてコンテナ握った左でテンプルフック。ふらつくネ級が復活・反撃するよりも早く、手の中を空にしてネ級を掴み、もろともに海中にダイブしようとして、ネ級の尻尾に張り飛ばされて古鷹1人が盛大な水柱を上げた。
 直後、超展開を終えた叢雲と丹陽が無防備なネ級の左右からそれぞれに側頭部に向かってダブルドロップキックをかました。その反動を使って叢雲は海へと退避し、丹陽はそのまま港に上陸、ネ級の後方に陣取った。

『待たせたわね』
【お待たせしました!】

 三半規管を揺さぶられたネ級は、その泥だらけで真っ黒な身体をふらつかせて手を港のコンクリートにつきながらも索敵。
 正面の海には叢雲がいた。背後の陸地にはどういう理屈か艦娘が立っていた。
 ネ級はまず叢雲を見やる。

『『叢雲、超展開完了! 機関出力120%、維持限界まであと180秒!!』』

 背中を覆い隠すほどの長大な銀髪、ボディラインが浮き出るセーラー服と黒タイツ、両側頭部に浮かぶ角型艤装、左腕に巻かれた魚雷発射管、背中のデフォルメされた艦橋型艤装とマジックアームに、電探槍。ネ級の脳に知識として刷り込まれている艦娘の叢雲と同一の存在だった。
 首を巡らせ、次に丹陽を見やる。

 ――――【丹陽、超展開完了! 機関出力100%、維持限界まで約30分! グラウンドウォーカーシステム、基本ファンクションは全パラメータ安全閾値内!】

 茶色のショートヘア、白いミニスカートに赤のセーラー服、肩掛けバッグ型の主砲塔ユニットが2つ、魚雷発射管らしきものは無し。そして、セーラー服よりも濃い赤色のタイには裏表それぞれに金糸で『!装実』『陽丹』『於終』『!!RAEY』と刺繍されていた。
 全くの未知の艦娘だった。
 故にネ級は即座に決断した。
 まずは脱出路である海側に陣取っており、かつ既知の艦娘であり、徐々にだが対策マニュアルも確立されつつある叢雲の方に向き直った。全くの未知である丹陽は後回しだ。
 ネ級が吠える。人間の可聴域を大きく下回る無音の低周波が、周囲一帯をビリビリと震わせた。

『私の前を遮る愚か者め――――』

 ネ級がそれ以上の行動をとるよりも先に、叢雲に乗る面鳥が自我コマンドを入力。海水を掻き分けながら叢雲がネ級に接近しつつ、電探槍の先端に左腕から取り外した魚雷発射管を接続。最終以外の安全装置を遠隔解除。
 最後の一歩を力強く踏み込み、脳天目がけて突く。

『――――陸の上だけど沈め!!』

 電探槍先端の射突型魚雷は、何の抵抗も妨害も無くネ級の頭部に直撃。真っ黒い泥にほとんどが覆われた頭部が、ある程度指向性を持たされた巨大な爆発に包まれる。

『っ!?』

 爆発の余波が収まるよりもずっと早く、転倒しない程度に急いで叢雲が背後に後ずさり、距離をとる。先端部分が消し飛び、ただの金属の棒と化した電探槍の残骸を、比叡山の延暦寺や金剛山の仙峯寺などに代表されるバトルボンズめいて構えて警戒。

『今の爆発、何かいつもと……?』

 爆炎が晴れる。静寂が戻る。
 そこには、頭部を覆っていた泥が消し飛んだ以外はまるで無傷の、ネ級がいた。
 それを見て、叢雲から少し離れた場所で膝を立てて立ち上がろうとしていた井戸水が自我コマンド入力。古鷹の完全機械化された左足にある魚雷発射管から魚雷を一本抜きとる。間髪入れずスローイングダガーの要領で投擲。
 叢雲に注意していたネ級は迎撃が遅れ、やはり泥まみれの腹部に着弾。魚雷一発分にしては不自然に大きな爆発が起きる。
 爆発の後には、井戸水の懸念通り、泥が吹き飛び、その下にあった死人色の肌と黒色の服が露わになった以外はまるで無傷のネ級がいた。おまけに、冷や汗をかくのと同じプロセスで皮膚から再び真っ黒い泥がじわじわと噴き出してきているのが見えた。

『生体リアクティブアーマー……! あの泥、ただのステルス素材じゃないのか!』
 ――――攻撃を! 攻撃を続けてください!!

 驚愕するこの時代の面々を尻目に、輝と丹陽がネ級に組み付く。

 ――――ミッドウェーの白タコ焼きも、リコリス姫も、無補給での自己再生には限界がありました! だからきっとコイツもそうです! 神通さんの映像にも食事してる深海棲艦が映ってました!!
『! そうか、分かった! 古鷹!』
『はい提督。全バトルギミックの安全ロック、解除します!』
『新約古事記のファラオめいて全身の骨がイカになるまで囲んで叩いてやる! 叢雲!』
『ええ、私の棒捌き、思い知れ!』






 港から少し離れた山間部の中腹。そこに逃げてきていた飛龍と蒼龍は、同じ方向を見ながら手を握り合い、立ちつくしていた。

「……ねぇ、蒼龍」
「……うん、飛龍」

 山の中腹から2人が見下ろすその先。そこには、街灯と探照灯、そして緊急灯火された港湾各所のハロゲンランプによって照明された夜の港で戦う三隻の巨大な艦娘と、一匹の深海棲艦が見えた。

「私達ってさ、何やってんだろうね、こんなところで」
「あの二航戦なのに。人の身体になったとはいえ、もう一度やり直せるチャンスを貰えたのにね」

 囮を務める丹陽が張り飛ばされてコンテナ群の中に頭っから突っ込み、叢雲がボーを尻尾に突き刺してコンクリに縫い止めるも爆発する泥であっさりと脱出され、古鷹が背後から不意打ちで上半身を360°以上回転させて勢いを付けた連続ラリアットでネ級の後頭部を連続殴打するも尻尾の8インチ連装砲で即座に反撃されていたのが見えた。

「……ねぇ、蒼龍」
「……うん、飛龍」

 それでも彼等彼女等は諦めない。古鷹に乗艦っている井戸水の『まずは泥を剥がせ、溺れさせろ!』の叫びに応答するかのごとく叢雲と古鷹が爆破上等の覚悟で真っ正面からネ級に組み付き、ネ級の背後から丹陽が全力疾走からの体当たり。タイミングを合わせて古鷹と叢雲が力ずくで引っ張り、重たい粗大ゴミでも転がす様にしてネ級を海の中に叩き込んだ。

「悔しいよ。私、とっても悔しい……!」
「私だって……私だってッ!!」
「駆逐の娘達と重巡があんなに頑張って善戦してるのに……!」
「あそこに空母が一隻、ううん。爆弾抱えた艦載機が一機有るだけでも違うのに!」
「でも、私達じゃあ……今の私達じゃあ、むしろ足手まといにしか……!」
「戦えれば……戦えるだけの力と術があれば……!!」

 強くなりたい。
 山の中腹から港を見下ろす2人は、両の眼から熱く静かに涙を流しながら心の中で同時にそう呟いた。




『今度こそ捕らえたッ!』

 古鷹が完全機械化された左足でダウンしたネ級の尻尾の先端部を踏みつけ、先のお返しだと言わんばかりにアンカーパイルを撃ち込み、尻尾を海底と左足の間に完全に固定した。ネ級は体表を覆う泥を起爆させて脱出しようとしたが、格闘によって激しくかき乱された海流にその大部分が洗い流され、失敗に終わった。

『よぅ、そんなに汗かいてて気持ち悪いだろう? ちょっと風呂にでも浸かってゆっくり死ね!!』
『ストリジルは無いけどボー叩きで垢もたっぷり落としてあげるわ!!』

 海底に倒れもがくネ級の頭上付近から叢雲が、折れてただの金属の棒と化した電探槍の残骸を逆手に持って銛の様に振り下ろす。古鷹は空いている生身の右足でネ級の尻にストンピング。どっちが敵役だ。
 尻尾は拘束されていてもフリーのままだったネ級本体が後ろ手に叢雲の棒を握りしめ、純粋なパワーのみでそのまま立ち上がった。
 棒を握ったままだった叢雲が、宙に吊り下げられる。

『嘘でしょ!?』

 驚愕のあまり手を放すのが遅れた叢雲ごと棒を振り回して古鷹に叩き付ける。叢雲は古鷹にぶつかるよりも前に自ら手を放して宙を舞い、少し離れた地点に巨大な水柱を上げて両手両足を使って着水。古鷹も完全機械化された右腕でガードを固め、電探槍だった棒による乱打を耐える。
 数度目の殴打の後、古鷹が上半身を高速で3600゚ 左回転させて完全機械化された右腕による10連続右フックで反撃。古鷹と超展開しており、彼女と感覚を共有している井戸水の声帯からは、およそ人類が発声できない類の奇怪な悲鳴が上がる。だからそういう所だと言ってるのに。
 そして11度目の右フックよりも先にネ級が甲板ニーソ上部に据え付けられた副砲で反撃。即座に着弾したそれは古鷹の完全機械化された左足にある魚雷発射管を破壊し、中にあった魚雷を一斉に誘爆させた。
 左足を付け根付近から失った古鷹が海面に背中から倒れ込み、巨大な水柱を上げた。
 その左足のアンカーパイルに拘束されていた尻尾が自由になる。
 古鷹に尻尾が照準。

『させるか!』
『させませんッ!』

 ネ級の背後から叢雲と丹陽が飛び掛かり、ネ級の追撃を妨害する。叢雲は徒手格闘、丹陽は肩掛けバッグ型主砲塔ユニットを両手で握って振り回し、即席のハンマーとして。
 叢雲と丹陽に注意が向けば古鷹が倒れた姿勢のまま唯一残った左肩の第3砲塔で狙い撃ち、古鷹に向き直れば叢雲と丹陽が囲んで棒と肩掛けバッグ(型の主砲塔ユニット)で殴りかかる。
 全体的には3人の優勢に進んでいた。
 だが。

『ッ! こんな時に!!』
『ごめんなさい、時間切れだわ!』

 叢雲が超展開の維持限界を迎え、色の無い濃霧に包まれながら元の特Ⅰ型駆逐艦の姿に戻っていく。

『あの泥――――生体リアクティブアーマーが海水で流れ落ちている今がチャンスだというのに……! 古鷹!?』
『さっきの爆発で射突型、ノーマル型、全ての魚雷を喪失しています! 叢雲ちゃん!』
『一番最初の刺突で発射管が壊れたわ! 丹陽!!』
【魚雷積んでません!!】

 その瞬間、鉄火場の最中であるにも関わらず、一瞬、全ての音と動きが消えた。
 そして、輝以外の誰もが目を丸くして丹陽を見た。

『え……は、はぁ!? 何それ、どういう事なの!? 訳わかんない!! あんた駆逐艦でしょ!?』
『ナンデ!? 魚雷ナンデ!?』
『ありえない、何かの間違いではないのか?』
『えっと……もしかして、積み忘れ?』

 ネ級ですらも丹陽の方に首だけで向き返り、尻尾の先端から魚雷の弾頭部分を吐き出ししかけたり飲み込んだりして、砲打撃戦を重視している自分ら重巡でも魚雷はちゃんと搭載しているのだぞ、と無言でアピールしていた。
 それに対して輝と丹陽が叫び、自我コマンドを入力した。
 屈伸。

 ――――魚雷は積んでないですけど!
【丹陽はこれを積みました!!】

 屈伸姿勢のまま、およそ一秒間ほどの溜めの後、丹陽の周囲の海面が爆ぜ、巨大な水柱と化す。
 その水柱よりも遥かな高みへと、丹陽は一瞬で跳躍する。
 最高到達点は、おそよ尋常の駆逐娘が到達できる高度ではなかった。クウボ娘達と遜色ない数字だった。
 丹陽および雪風改二の、各提督ごとの特別改造。

『メインシステム戦闘系より報告:グラウンドウォーカーシステム、特設ファンクション起動。残りボーキサイト、4単位です』

 かつては旧ラバウル、今は新生ブイン基地の所属となっているこの丹陽がリクエストした特別改造は、シンプルに跳躍。
 ただし、ただの跳躍ではない。軽空母娘達の靴状艤装の裏側に刻印されている斥力場発振システムを更に簡略・小型化した物を両脚部に内蔵しており、左右それぞれ3回の、計6回だけの回数制限有りとはいえ、大抵のクウボ娘達とほぼ同等の跳躍能力を得ているのだ。
 その目的は。

『メインシステム戦闘系より報告:グラウンドウォーカーシステム、特設ファンクション起動。残りボーキサイト、2単位です』
 ――――これが僕の、僕達の!!
【必殺技です!!】

 跳躍の最高到達点で丹陽は身を丸くして前半回転。頭を下にした状態で虚空を両脚で蹴り飛ばし、再発振させた足裏の斥力場の反発力も借りて、ただの自由落下をネ級目がけての真下への突撃へと変化させる。
 その最中にさらに前半回転。頭を上に戻した丹陽は片足を突き出した、空母娘達が習うカラテで言うところの怒れるバッタの構えを取る。さらにカカト・スクリューの取り付け位置をマイナス90度こと足の裏へと変更させ、全力回転を開始。
 かつて、旧ブイン基地に輝が着任したばかりの頃にあった初戦闘。その最中に、当時の秘書艦の深雪と共に戦艦ル級相手に繰り出した、その場凌ぎの必殺技。
 かつて、トラック泊地近海の名も無き小島で行われたMIA艦救出作戦。その最後に、この丹陽と共に軽巡棲鬼をただの一撃で撃退に追い込み、二年経っても消える事無いトラウマを刻み込んだ、正真正銘の必殺技。
 その名も。

 ――――【深雪スペシャル!!】

 突き出した足が当たると同時に、威力のかさ上げのために片足のみ斥力場を発振。直撃を受けたネ級の首からしてはいけない音がして、ネ級自身も釘打ち機から撃ち出された釘よろしく周囲の海水を大きく凹ませながら海底に突き刺さる。
 確かな手ごたえを感じた輝と丹陽は即座に減速するべく、もう片足に残された最後のボーキサイトを使い、海面に向かって斥力場を発振する。真下にいるネ級が斥力場の照射をもろに受ける事になるが構うものか。

『メインシステム戦闘系より報告:グラウンドウォーカーシステム、特設ファンクション起動。残りボーキサイト、0です』
 ――――って!
 【と、止まああああああああああッ!?】

 これっぽっちも減速してくれなかった。
 ネ級とほぼ同時に、丹陽も、釘打ち機から撃ち出された釘よろしく海の中へとすっぽりと消えた。

『『『て、輝君ぅーん!?』』』

 奇妙な事に、ネ級の時とは違って、海面に変化は無かった。









『コントロール、こちらレスキュー1-1。要救助対象発見。7番エレベーターピット、IFFも一致しています』

 誰かが電波で上げた大声で、新ブインの雪風改め丹陽は意識を取り戻した。

『すごい……あれだけの距離を落ちてきたはずなのにほぼ無傷……奇跡です!』

 目を閉じた暗闇の中、すぐ傍で誰かが電波(ワイヤレス)で会話しているのが聞こえた。閉じた瞼ごしにも光を感じられるのは、きっとかなり強力な照明灯が灯っているからだろう。
 三半規管と背中の感覚からして、どうやら自分は固い地面で仰向けに倒れているようだった。

【うぅ……】

 直前の事を思い出す。
 そうだ、海底に向かって墜落していったはず。なら相当な速度で海底に衝突したはずだが、五体満足なのは幸運、いや、やっぱ不幸だ。タイムリープなどという超常現象の当事者になった事を考えても『唆るぜこれは』などとは思えない。
 痛んで揺らめく脳と意識に鞭打って何とか上半身を起こそうとして失敗。地面に手をつくもまるで力が入らない。
 そこで気付く。

(このまっ平らでザラザラした感触……海底の砂利や暗礁じゃなくて、コンクリート?)

 ここ海の底だよね? そんな丹陽の疑問は、さっきから聞こえているレスキュー1-1とは別の、もう一つの声で掻き消された。

『1-2よりコントロール。周囲に大きな損傷は見受けられない。ピットのコンクリート床が若干凹んで亀裂が走っているくらいのものだ……資料にあった追加改造の斥力キックで落下速度を殺したのか?』
 ――――【は?】

 丹陽の脳と意識が疑問で埋まる。
 そんな馬鹿な。自分はつい今さっきまで、三土上人工島にいたはずだ。
 いや。待て。そもそも、何で海の底じゃないのだ。

『あ。起きた』

 痛む脳も揺らめく意識も横にやり、思わず上半身を起こした丹陽が周囲を見た。そこには、四方をコンクリートで固められ、鋼鉄製のガイドレールがいくつも走る、そこそこ広く薄暗い空間があった。

『1-1よりコントロール。要救助対象の外見に確認できるような大きな損傷は見当たらないが、念のためドライドックの受け入れ準備を』
『2人とも、もう大丈夫よ。私達が来たからね』
【ここは……】

 雪風が無意識に声の主の方を向く。
 頭に『安全第一』『納期最優先』と書かれた探照灯付きの黄色いヘルメットを被って『超展開』している2人の艦娘がそこにはいた。

『九十九里要塞の最下層。7番エレベーターのピット―――― 一番下の所にある緩衝器の設置場所よ。自分の名前は言える?』

 その問いかけに輝と丹陽は返答し、困惑したように周囲を見回し、ぽつりと呟いた。

 ――――……三土上人工島じゃあ、ない?
【丹陽達、たった今、ネ級の首を深雪さんスペシャルで折ってやったはずなんですけど】

 輝と雪風の呟きを聞いた2人の艦娘が困ったように顔を見合わせた。

『……えっと』
『……1-1よりコントロール。提督の頭部CTスキャンとメンタルチェック、あと艦コアのゴーストチェックも追加で頼む』

 ――――……夢
【だったの……?】

 超展開中の艦娘にも対応している巨大担架に乗せられて、丹陽が深い暗闇の底を後にする。
 床も四方も全てをコンクリートに囲まれたこの空間では有り得ない事に、丹陽の服のほぼ全部が塩水でズブ濡れだったのだが、誰かがそれに違和感を覚えるよりも先に乾燥し、あの時代の残り香は綺麗さっぱりと消え去った。








「あのイ級が装備していた核弾頭だが、出所が判明した。バルタンズ・サイエンティスト型核爆弾。合衆国のシナリオ7――――第七次泊地棲鬼殲滅作戦において、秘密裏に投下されたものだったようだ。イ級のいた南方海域へと流れたいきさつは不明だ」

 有明警備府の会議室では、尾谷鳥、面鳥、音鳥の3提督がテーブルを挟んでお茶をすすって顔を突き合わせていた。

「何で分かったんですか」
「パーツの製造番号からの割り出しだ。もしも起爆していればすべて蒸発しただろうから分からなかっただろうがな」
「いえ、そうではなくて」
「何でこんなに短い日数で分かったんですか」

 テーブルの上で湯気を立てる湯呑みを持ち、中のお茶を一口すすって尾谷鳥が説明を始めた。

「シナリオ7における合衆国過去最大の失敗というのは、ファーストプリンセスズ・ビーム湾事件の事ではなく、この鹵獲された核爆弾の事だったようでな。三土上から帰って貴様らがちょうど就寝しているその時に、帝国政府から連絡が来たんだよ」
「ファーストプリンセスズ・ビーム湾事件といい、合衆国何やらかしたんですかねぇ」
「さてな。だが、今回の件で合衆国にも帝国にも大きな貸しを作る事が出来た。が、貸しを作りすぎたままだと我々ごと消されかねんから、何かしらでさっさと使ってしまおう。何かリクエストはあるか?」
「と、言いわれましてもなぁ」
「まぁ、すぐに思いつくようなものではないだろうしな。後でゆっくり考えるとしよう」

 三人がほぼ同時にお茶をすする。

「報告を続けるぞ。三土上人工島に出現した深海棲艦だが、そいつがそこに至るまでの航跡がまるで不明な点から、大本営は哨戒パターンを完全に一新するそうだ。時に面鳥少佐」
「はい」
「三土上に出現した深海棲艦なんだが……本当に、重巡リ級だったのか?」
「はい。自分と叢雲だけでなく、井戸水技術中尉と古鷹も目撃・交戦しております……何故か記憶が薄ぼんやりとしておりますが」
「そうか……三土上の監視カメラやマイクも、ここ(有明警備府)の監視システムの最近の不調と同じで、その日だけ何も記録が残っていなかったのでな」
「そうでしたか。ていうか自分ら何で取調室の01と03使ったんでしょうね。わざわざカツ丼まで用意して」
「尋問の練習じゃなかったっけか? よく覚えてないけど。ところで」

 三人がほぼ同時にお茶をすする。そして面鳥がテーブルの片隅にある、誰も手を付けてない二つの湯呑みを見て言った。

「ところで尾谷鳥少佐。その二人分のお茶は、いったい誰の分なので?」
「すまない。淹れた私にも分からないのだ。ただ……そう。ただ、もう二人くらい、この有明警備府に誰かいたような気がしたんだが……」
「言われてみれば確かに……我々3人の他にも誰かいたような気が……」
「井戸水中尉と古鷹ちゃんはもう出ていきましたし、あの新入り予定は一人ですしねぇ」

 うーん。と3人が唸り声を上げる。
 そしてこれ以上悩んでいても仕方ないと思考を切り替え、二度と思い出す事は無かった。
 そして音鳥が口を開いた。

「五十鈴牧場の捜索の件ですが、やはり進展は――――」
「「失礼します!!」」

 ノックもせずに勢い良く扉が開かれる。入ってきたのは、保護観察中の飛龍蒼龍の2人だった。
 2人とも、昨日までとは違う、何かを固く決意した眼差しと表情だった。
 3人の誰かが口を開くよりも早く、2人が話し始めた。

「今まで黙っていて申し訳ありませんでした。私達が栄転するはずだった五十鈴牧場本店について、知っている全てをお話しします」
「代わりに1つお願いがあります。私達を、軍立クウボ学園? とかいう所に入学させてください。お願いします!」

 3人が一瞬だけ顔を見合わせる。無言で頷く。
 そして、飛龍蒼龍の保護責任者である音鳥が代表して聞いた。

「……急な心変わりだな。理由は?」
「はい。あの日あの時――――三土上人工島で、駆逐と重巡たった二人だけで戦う姿を見て、何も出来ない自分が嫌になったんです」
「二航戦なのに。人の姿形とはいえ、もう一度やり直す機会を貰えたのに。なのに何でここで見ているだけしか出来ないんだろう。って」
「力さえ」
「力さえあれば、こんな惨めな思いをしなくて済むのに」

 強くなりたい。
 飛龍蒼龍は、それぞれ両の眼から静かに涙を流しながら、尾谷鳥達を見つめて言い切った。





 今回の戦果:

 復員兵達の本土帰還を成功させました!
 また、彼らが成仏する前に、現地に伺われたやんごとなきお方から、彼ら一人一人に対して労いのお言葉を賜りました。

 回収に成功した核爆弾を帝国政府に引き渡しました。
 これにより、帝国政府から合衆国に対しての発言力が若干上昇しました。

 指定ブラック鎮守府、通称『五十鈴牧場』の所在地が判明しました。
 これに対する攻勢摘発作戦が発令されました。人員不足のため、有明警備府第四艦隊に着任予定の新人提督もこの作戦に強制参加となります。


 駆逐イ級        ×1
 重巡リ級        ×1

 各種特別手当:

 大形艦種撃沈手当
 緊急出撃手当
 國民健康保険料免除

 以上




 今回の被害:

  重巡洋艦『古鷹』:小破(有明警備府所属。主機異常加熱、超展開用大動脈ケーブル異常加熱、右腕部金属装甲に凹みと酸性の涎による浸食害、提督への侵食拡大etc etc...)
   駆逐艦『叢雲』:小破(   〃   。主機異常加熱、超展開用大動脈ケーブル異常加熱、脚部各関節の異常劣化、魚雷発射管お呼び電探の焼失etc etc...)
  重巡洋艦『古鷹』:大破(北方海域キス島警備隊所属。主機異常加熱、超展開用大動脈ケーブル一部溶断、機械化右腕部の一部機能不全、脊椎第二小脳デバイスに軽度のエラー、一番二番砲塔完全大破、左脚部破断、左脚部魚雷発射管消失、左右脚部くるぶしデバイス完全圧潰etc etc...)




 各種特別手当:

 入渠ドック使用料全額免除
 各種物資の最優先配給

 以上


 特記事項

 横須賀鎮守府こと、通称『五十鈴牧場』は、本日をもって第一、第二支部を含めて全ての情報・人員・艦娘を抹消。
 有明警備府による攻勢摘発の後、横須賀鎮守府はアイドルグループ『Team艦娘TYPE』の本拠地として新設されたスタジオ兼鎮守府として再建されます。





「あの核は中部海域、ビキニ環礁から。駆逐イ級と復員兵は南方海域から……これはどういう事か分かるか、古鷹?」

 夕陽で赤く染まった輸送船の甲板の片隅で、井戸水は視線を遠くに向けたまま隣にいる古鷹に問いかけた。

「深海棲艦側で、核を輸送した。という事でしょうか」
「そうだ。では何故わざわざ南方に運んだのだ? たかが第一世代型のイ級の一隻くらい、中部海域でも用意出来るだろうに」
「それは……」

 答えられなかった。
 ごうごうと吹き続ける強風が邪魔して井戸の言葉は聞き取り難かったが、古鷹には確かに聞こえた。


 ――――南方には、あの二級戦線の向こう側には、何かが、何かが、いる。


「何か……ですか」
「そうだ。今までのような、場当たり的な戦術や対応策を編み出してきただけの受動的な深海棲艦とはまるで違う、より攻勢的・戦略的な思考をする何かだ。でなけりゃ人間核爆弾で本土にカミカゼとか思いつくはずもない」

 そしてそれだ。それの調査結果を手土産にすれば、確実だ。俺の退役も、アイツの解体申請も、確実に受理されるはずだ。
 TKTの井戸水、あるいは帝国海軍の井戸は遠く水平線の向こう側を睨み付け、決意を新たにする。

「行くぞ古鷹! 次の赴任先は南方――――ブイン基地だ!!」
「はい!」

 と答えたところで古鷹は気が付いた。

「……え? ちょ、ちょっと待ってください提督! キス島の人達は!?」
「俺が知るか! 天龍と如月と赤城は荷物纏めてこっち来いと伝えておけ! 基地の面々には俺からTKT権限で来月からしばらくの間、補給と大補給の配給量を割り増しにしといてやると伝えておく! 上手く溜め込んどきゃあ一年は籠城できるくらいにはなるだろうよ!」
「え、い、井戸少佐ぁー!?」

 賑やかな乗客を余所に、輸送船は、沈む夕陽に向かって進んでいく。




 本日のNGシーン


 ――――【深雪スペシャル!!】

 突き出した足が当たると同時に、威力のかさ上げのために片足のみ斥力場を発振。直撃を受けたネ級の首からしてはいけない音がして、ネ級自身も釘打ち機から撃ち出された釘よろしく周囲の海水を大きく凹ませながら海底に突き刺さる。
 確かな手ごたえを感じた輝と丹陽は即座に減速するべく、もう片足に残された最後のボーキサイトを使い、海面に向かって斥力場を発振する。真下にいるネ級が斥力場の照射をもろに受ける事になるが構うものか。

『メインシステム戦闘系より報告:グラウンドウォーカーシステム、特設ファンクション起動。残りボーキサイト、0です』
 ――――って!
【と、止まああああああああああッ!?】

 斥力場は確かに照射されたが、着弾までの距離が短すぎて、これっぽっちしか減速してくれなかった。
 ネ級とほぼ同時に、丹陽も、釘打ち機から撃ち出された釘よろしく海の中へとすっぽりと消えた。

『『『て、輝君ぅーん!?』』』

 しばしの静寂。
 ややあって。

 ――――っぷはぁ!
【と、止まってくれました……】

 浮上し、鼻や口から盛大に水を吐き出しながらも輝と丹陽は、三土上人工島の港に戻ってきた。
(輝君過去に留まって未来を変えろルート突入。戦艦レ級に頭をまりもちゃん、あるいはマミられたひよ子を救うのだ!)











 本日のOK(見ても見なくても正直変わらない蛇足&一部キャラ紹介)シーン



 キャラ紹介


 尾谷鳥つばさ(オヤドリ ツバサ)

『有明警備府出動せよ!』に出したかったキャラ。今話でようやく登場。
 以下の説明は再掲載。
 フリルやレースを乱用した紫色のゴスロリ調ドレスと編み上げブーツと右目を隠す紫色のバラ状の眼帯と右腕全体を包み隠す包帯で完全武装した、有明警備府第一艦隊の元総司令官。是非とも『Lactobacillus casei Shirota.採ってるぅ?』と言っていただきたいお姿である。バストは実際豊満である。
 第2期インスタント提督であり、ひよ子(本編バージョン)が着任してから半年後に、健康上の理由から軍を退役。インスタントとは言え、ひよ子がやってくるまでの十余年間を古鷹と一緒に軍で過ごし、対人・対深海凄艦の秘密作戦にも多数従事している女傑。バストは実際豊満である。
 彼女がよく使う罵倒語の1つに、

『目玉も光らぬ半端者め』

 とあるが、これは彼女の所属する宗教団体『重巡教』の中でも、特に内情不明の一派で知られる大天使フルタカエル混沌派が好んで他派に使う卑罵語の一種であり、バストは実際豊満である。
 つばさは秘書艦である重巡『第一世代型古鷹(※普通に軽巡使えよと言われていたあの頃)』と高い同調適性を持ち、古鷹を初めとした有明警備府の面々と一緒に帝国の危機を何度も救ってきたスーパーウーマンだったが、超展開の度に古鷹に『喰われる』という現象だけは完全に止められず、徐々に人の形を失っていった。フリルがいっぱいのドレスも、眼帯も、包帯も、それを隠すための物である。

 お前はどこの不動卿だ。


 音鳥少佐

 有明警備府第二艦隊の総司令官。秘書艦は長門。
 有明警備府内における、飛龍蒼龍の保護観察担当官。
 後日、キス島の隼鷹達による電波ジャックテロ回にて、第二艦隊総旗艦となった飛龍との超展開中に行われた超高速連続バク転に耐えきれず、ネギトロめいて死亡。


 面鳥少佐

 有明警備府第三艦隊の総司令官。秘書艦は叢雲だが、今話では比叡との絡みが多い。
 後日、キス島の隼鷹達による電波ジャックテロ回にて、第三艦隊総旗艦となった蒼龍との超展開中に行われた超高速連続バク転に耐えきれず、チタタプめいて死亡。


 有明警備府の事務員の女性

 後の大澱ならぬ大淀である。




 重巡ネ級

 今話に登場したのはタウイの丹陽から逃げてきた個体。今話では不明ネ級と呼ばれる。
 深海棲艦側勢力の最新鋭重巡。
 体表の汗腺の50%を改造してあり、そこから特殊な黒い液体を分泌する機能を持たされている。
 この液体は、自身の通常の汗と混ざる事で性質を変化させ、粘性を増して体表にへばり付くと同時に高性能な電波吸収・断熱素材と化し、極めて強い衝撃で爆発するという特性を持つようになる。
 深海側はこの爆発するという特性に注目し、再生可能なリアクティブアーマーとする事で艦娘が装備している射突型魚雷への回答の1つとした。
 が、汗腺の半分を潰した事と、これが隙間なく体表を覆いつくすという事から、排熱と皮膚呼吸に致命的なトラブルを抱える事となり、継戦可能時間が極めて短くなった。酷いのになると水上戦闘中であるにもかかわらず、熱中症を発症して倒れた個体もいたとかいないとか。
 それらに対する改善策として、重巡ネ級改ではこの特殊汗腺を完全撤廃。同機能を有するワ級が生成した物を出撃前に塗布、あるいは板状に成形乾燥させたものを多数縫い合わせた物を簡易の追加装甲とする手法が取られた。


 蒸野粋(ムシノ イキ)大佐

 タウイタウイ泊地に着任していたインスタント提督。
 睦月型全般と高い超展開適性を持ち、その中でも最も適性が高く、最も付き合いの古い一番艦の睦月を秘書艦としていた。上司と部下という関係だけでなく、男女としての仲も非常によろしく、ケッコンカッコガチまで秒読み僅かだった。
 数年前に麾下の艦娘らとのかくれんぼの最中に行方不明となる。泊地総出の捜索でも見つからず、大本営に報告が行くことに。
 この時点で大本営からは、大佐は他国のスパイであり何か重要な情報を得たため行方不明に見せかけて元の組織へ帰還した可能性があると判断され、艦娘機密保護法違反の疑いアリとして、秘密裏に指名手配されていた。
 行方不明当時の彼がどこで何をしていたのかは、拙作『今日はバレンタインなのでイチゴちゃんにチョコを渡そう』を参照の事(本日のダイマ)





 核はどういうルートで深海側に流れたの?

 第七次泊地棲鬼殲滅作戦(シナリオ7)が発令
 ↓
 泊地棲鬼が第一ひ号目標群のいるビキニ環礁へ移動。理由は不明。補給かな?
 ↓
 姫もろとも鬼を始末できる千載一遇のチャンスという事で核使用のGOサインが出る。
 ↓
 投下。
 ↓
 何故か起爆せず。そのまま無傷で第一ひ号目標群の頭上に落下&鹵獲。
 ↓
 第一ひ号目標群の内、戦艦娘『長門』に似た個体(暫定呼称『長門姫』)がこの爆弾の正体を察し、怒りのあまり口からビームを吐く。
 ↓
 地殻をブチ抜いて合衆国本土の端っこにビームが直撃。湾と化す(ファーストプリンセスズ・ビーム湾事件)
 ↓
 シナリオ7失敗につき終了。核使用の事実は隠蔽。
 ↓
 南方海域、リコリス・ヘンダーソンから核譲渡の依頼。この時点では人類側はリコリスの存在を認識せず。
 ↓
 駆逐イ級に核を搭載。復員兵も搭載。
 ↓
 出航。本編へ続く。
 ↓
(今度こそ終れ)



[38827] 【艦これ】とびだせ! ぼくの、わたしの、ブイン基地!!06【不定期ネタ】
Name: abcdef◆fa76876a ID:95017e30
Date: 2021/10/13 11:01
※沖縄編の完成のメドが全く立っていないため、先に本編のみを掲載します。そちらは完成次第『本日のOKシーン その2』として追加いたします。身勝手かつ、遅筆すぎて大変申し訳ありません。
(2021/07/18初出)
※(2021/10/08追記)完成しました。それと今回、架空のVtuberが登場します。一応調べましたが、名前被ってる方いませんよね?
※(2021/10/13 沖縄編の本文一部修正)

※毎度おなじみオリ設定でございます。
※筆者には特定の国家、人物、艦娘を貶す意志はありません。話中の都合によりそう見える事もありますが、そのような意志は一切ありません。その旨ご了解ください。
※筆者には特定の国家、人物、艦娘を貶す意志はありません。話中の都合によりそう見える事もありますが、そのような意志は一切ありません。その旨ご了解ください。
※また、今更言うまでも無い事ですが、本作品中に登場する全ての人名・地名・団体名等は現実とは一切関係ありません。
※『●×が▲□? ……は?(威迫)』な事になってるやもしれません。
※冒頭部で新ブインの一部の面子が挙げているアニメのタイトルは筆者の趣味によるチョイスです。中里融司のドラゴン・パーティと三雲岳斗のランブルフィッシュのアニメ化まだかなー。
※第一部の『嗚呼、栄光のブイン基地』は鬱暗い話だったので、第二部では、スナック感覚でサクサク読める、底抜けに明るい話にしたいと思います!

※実にどうでもいい事ですが、筆者はSamuel B.Roberts初着任時の台詞の文字を、Samuel E.O.Speedwagonと空目してました。
※戦艦娘リシュリューへ。こちらは灯台である。




 今回の談合まとめ 後で燃やす


・学校給食計画について

 これまで通りに維持・継続。
 第一目的の方は相変わらず未発見。
 計画の目的上、合格基準を下げる訳にはいかないので、次回談合までにプロトコル見直し。最悪プランB(でも国民全体の耐性は徐々に上がって来てるっぽい?)
 おまけ、もとい第二目的である艦娘素体の発生率は相変わらず増加の一途。予期せぬ副次的な利益だったのに。
 どちらも発生因子の調査・解明は続行。予算は今期と同額で。

 集団食中毒は使われすぎている感があるので、何か別のカバーストーリーを用意。
 そろそろ軽巡種などの人型も解禁?



・諸外国への艦娘技術提供について

 国家カテゴリはいままで通り

 カテゴリA:艦娘戦力の派遣。今後は艦娘自体の提供あるいはライセンス生産の承認。加工貿易も。
  〃  B:いかなる技術・情報をも提供しない。
  〃  C:判断保留。

 現在は、するしないは今後の戦況を見て。(現在の推移だと、多分するで確定)
 い号計画の正式発動後は、Aには無条件解放で。

 Aの今のところは↓

 ジャガイモとパスタの2国:
 この2国については密約の通り、技術提供開始。どうせ欧州の連中は出し渋るだろうから、交換で貰える技術はもぎ取れるだけもぎ取る事。技術も段階的に渡す事。

 北の連邦:
 輸出用に非武装&モンキーモデル化した『響改二』50隻の特別販売。ガス田2つと交換で。(←そんなに第4世代型深海棲艦による陸上侵攻が怖いのか)

 合衆国:
 既に大統領専用『夕立改二』と副大統領専用『時雨改二』を提供してるので、今回は帝国国内に残留していた艦娘適性のある合衆国人のリスト提供だけっぽーい。
 ゴネてききたら、数年前の三土上の核騒動のカードをちらつかせろ。

 オーストラリア:
 一部政府高官に愛玩用として龍驤達を送ってるのでスルー(※嗚呼、栄光のブイン基地、Arcadia版なら7話、Pixiv版なら嗚呼、栄光のブイン基地07参照)
 豪州国内での艦娘独力建造計画については、上記の龍驤達からの情報待ち。

 紅茶の国:
 交渉成立。完成した各艦娘の最初の一名はこっちで引き取って運用。データは提供。提出前のコピーを忘れずに。

 自由平等博愛の国:
 現在交渉中。

 台湾:
 雪風改二&丹楊実装やったぜ。

 カテゴリA追記:
 ただし、艦娘という前例の無い技術なので(そして我が国でも研究のあまり進んでいない心霊力学も入ってるし)提供した技術そのものが疑われる可能性大。
 解決策:
 自力で情報を入手させて、こちらが事前に提供した情報と比較させ、信用させる。
 プロトコルはいつもの情報流出で。流す情報の精査とコントロール重点。
 あと、艦娘傭兵事業に代わる外貨獲得手段の考案。優先で。


        ――――――――処分し忘れた走り書き







 ちょうどその日の、その時間。
 新生ブイン基地、1Fのロビーに設置されている大型テレビの前にて、比奈鳥ひよ子はテレビのリモコン握った片手を天に突き出して変なテンションで叫んだ。

「チャンネルじゃんけん、はっじまっるよ~!」
「「「わぁい!」」」

 なんか悪いものでも食べたのだろうか。

「それじゃあ見たい番組、言っていきましょー!」

 ひよ子に最寄りの千歳が、少し恥ずかしそうにして小さく挙手。

「ちょっと子供っぽいかなって思うんですけど、見たいアニメがあって……艦載機の操作の勉強になるかもって思って見始めた『夜光雲のサリッサ』っていうんですけど、今週からフェアリィ上空編が始まるので少し気になってて」
「アニメだったら秋雲さんは『猫の地球儀』が見たいさー。原作の小説まだ読んでないから知らないんだけど、先週の次回予告で楽と一緒に映画館で映画見てたのが活動のおじいなんでしょ? 多分。てことは今週総集編なんだろうけど、ネクスト猫チキュヒントに出てきた『毛布』の意味知りたいからやっぱ見たいさー」

 翔太と皐月が同時に叫ぶ。

「「ウネウネルンバー!!」」

 翔太たちの変なハイテンションにつられてか、他の面々も各々のリクエストを上げていく。
 大淀が無意味にメガネを白く光らせて口を開く。

「私はドキュメンタリー映画『ジャミ●は悪くないよ』ですね。1966年12月18日にあった置き去り事件の弾劾裁判を完全に再現した、宇宙開発熱狂時代の暗部を描いた最高傑作映画ですよ。因みに、隼鷹さんは?」
「あたしぁEHK(帝国放送協会)教育のクラシック名選だねぇ。今日はアスラン・J・ゴルツィネっていう島根県ギズモ市在住の金髪碧眼のイケメンおっさんが指揮する『フィガロの結婚カッコカリ』なんだぜ。こりゃ見るしかないっしょお。那智は?」
「私は『主婦のための今日のお料理』だな。 今日は簡単にできる酒のツマミ特集なのでぜひ見たい。榛名はどうだ?」
「榛名は横須賀スタジオのダイヤモンドシスターズの国技館ライブを見れれば大丈夫です。提督は?」
「わ、私もも榛名、さんと同じのがいいです……けけど、やっぱい、衛星放送でのヴァチカン合同ミサに参加したい、です……ふ、ふふ吹雪さんは?」
「私はテレ帝の戦艦扶桑型大特集ですね。北上さんは?」
「んー。私は『燃えよチャレンジャー! これをやれたら100万円!』かなー。今日のお題はかくれんぼ全員見つけられたら成功で、隠れる側に犬塚研一と古明地こいしとDavid Cardboard Pliskinの三人が出るらしいから、ちょっち見たいんだよねー。ぬいぬいちゃんは?」
「ですから私はぬいぬいではなくてですね。不知火は教養バラエティ『馬の骨ってなんの骨?』を希望します。プロト19は?」
「イクはねー。BSでやってる新体操の世界選手権が見たいなのー☆ 陽炎ちゃんはー?」
「私は塩太郎さんと一緒なら……おほん。ドラマの『あなたを、人狼怪奇Fileです』だけど、塩太郎さんは何が見たいんですか?」
「自分はEUサテライトですね。何でも、世界各国に向けて新技術の公開発表をやるそうで」

『あ、それ私も見たいです』『私もー』と明石と夕張が塩太郎に同意。
 そして最後にひよ子が『因みに私はウルザはつらいよシリーズ最終章【名誉回復/Vindicate】を希望!』とやはり変なテンションで叫び、それに合わせて皆が拳を突き出し、じゃーんけーんぽーんと唱和した。
 勝者は、見たい番組が被っていたために即興で共闘を結んだ塩太郎と明石、そして夕張のトリオだった。



 ちょうどその日の、その時間。

「うー……ん~……全然分かんないです。何でクローンだとオリジナルと同じような耐性が発現しないんでしょう? 免疫部分の塩基配列は一緒なのに。内臓全部解剖(バラ)してもそれらしい所見は見当たんないし。わざわざテロメアの長さもオリジナルと同じになるよう調整したのに。オリジナルの方のこのホルモンの血中濃度はどこから、っていうかそもそも何がトリガーで分泌されたのかしら」

 帝国本土の千葉県九十九里浜要塞線、第九十九要塞の地下にある艦娘開発の総本山、Team艦娘TYPE。略してTKT本部では、内核研究員の一人であるミルクキャンディ技術少尉が、検体解剖を終えて手術着もそのままに、廊下の長イスに座り込んで紙コップに入ったコーヒー片手に奇妙なうめき声を上げていた。

「ていうか私、夕雲型の開発担当なんですから艦娘じゃない検体の調査とか検死解剖なんて無理ゲーだしそもそも専門外ですよぅ。夕雲姉さんのならいくらでもやりますけど。ていうかそういうのは死んじゃった井戸水先輩のお仕事なのに。中間報告書の締めきり明日なのに……ん?」

 廊下の向こう側から走って来る複数の足音に顔を向ける。一人二人ではない。結構な数だ。
 わー、珍しー。とミルクキャンディ技術少尉は紙コップを傾けながら目線を向ける。この廊下の先にあるのはレクリエーションルーム兼食堂だけだったはずだが、そんなに見たい番組があったのだろうか。それとも今日の夕食はそんなにすごいのだろうか。

「あ、司令官さまぁ!」

 その駆け足軍団の中にいた一人の少女が、ミルクキャンディを見つけて駆け寄ってきた。
 頭頂部から生えたオーソドックスフォームのアホ毛、後頭部でお団子にまとめた桃色ブロンドのロングヘア、丸メガネ、臙脂色のジャンパースカートに、極端に丈の余った袖。
 ミルクキャンディ技術少尉と瓜二つの姿形と声を持った艦娘。
 夕雲型駆逐艦娘『巻雲』
 ミルクキャンディ技術少尉が自身の肉体を使用して開発した艦娘だ。因みに本人は、軽巡娘『川内』となった草餅少佐と同じく、ミキサーに飛び込む前に量子チップに自身の記憶と自我と経験をコピーして、それを脳に埋め込んだクローンボディにて活動している。

「あら、巻雲。どうしたの? 今日の実験はさっきの検死解剖で終わりだったはずだけど?」
「か、海外! 海外が――――!!」

 驚愕のあまり、どもってまともに言葉を紡げない巻雲の異様を見て、ミルクキャンディ技術少尉は深刻な事態であると判断。飲みかけだったコーヒーを一気して近くのゴミ箱に投げ捨てると、駆け足軍団の一人となってレクリエーションルームの中に駆け込んだ。
 そして、部屋の中のソファに座ってくつろいでいた比奈鳥ひよ子クローン達(※本人無断複製。明日のPRBR耐性獲得実験にて消費予定)からテレビのリモコンを奪い、チャンネルをEUサテライトに変更。両目が宝石になってるおじーちゃんの生首抱えた純銀製ゴーレムが木造の飛翔艦で空飛んで白青黒赤緑の五色のマナを支払ってもまだ生きていた初代機械のパパがたったの白黒①マナで破壊されるシーンが、どこかの国の、よく晴れ渡った正午の青空と白亜の壁が並んだ港の光景に切り替わった。
 軍港の中には駆逐艦を始めとした小・中型艦が少し手狭気味に並んで。港の外から少し離れた海上では、戦艦や空母などの大型艦が停泊していた。
 もちろん、いずれの艦も、娘の方ではなかった。
 ライトグレーのスーツに身を包んだ、いかつい顔をした細面の中年男性の報道官の言葉が、一拍遅れで帝国語に翻訳される。
 翻訳者は新人なのか所々でつっかえていたが、大体の意味は察せた。

『――――本日ここ、カールスクルーナ群島軍港から、における発表……対深海棲艦戦争における、新たな戦力を発表します。これはグレートな……歴史的・戦略的に極めて重要な存在であり、それを極めて、極めて大きく短縮……世界平和と終戦への道のりを大きく短縮する事でしょう』

 カールスクルーナ群島軍港。
 今日の対深海棲艦戦争において、世界遺産指定されているカールスクルーナ軍港に代わって建設・運用されている、スウェーデン南端の群島にある小規模要塞群だ。
 カメラが切り替わる。いかつい顔をした細面の中年男性の報道官から、その背後に並んでいた各国の女性達へと。
 彼女らの中の一番端にいた、ゲストとしてお呼ばれしていた軽母娘『鳳翔』の横からまず1人、カメラの前に出てくる。

 先端でカールする明るい紺色のミドルヘア、紺色の短いコート、青地に黄色の十字架を入れてスウェーデンの国旗を模したスカート、足に巻かれた短剣鞘と儀礼用宝石アゾット。
 厳しい表情で敬礼し、そこから一転、柔和な微笑みを浮かべてマイクを握る。

『皆さんはじめまして。スウェーデン王国海軍所属、航空巡洋艦の、Gotlandです。王国初の艦娘戦力として、頑張りますね』

 それを見て、テレビの前に集まったTKTの面々が口々に感想を述べる。

「おー。余所の国でもとうとう艦娘建造ったんだー」
「後ろの実艦は艤装か? となると艦娘と艤装が独立してるのか。艦娘計画より前に軍内部で進められてたっていうメンタルモデル計画に近いか?」
「単に展開/圧縮技術が再現できなかっただけじゃないの?」
「いや、それよりも深海棲艦相手にどう戦うつもりだ。MM方式だと削減できるのは人員だけで、実艦建造や維持・修理にかかる費用や資源はそのままのはずじゃあなかったのか」
「多分あれだ。プレスの後ろではためいてる星条旗。あれが世界の工場やるんじゃね? 大真面目に」
「……日刊駆逐艦、週刊巡洋艦&護衛空母、月刊正規空母、隔月刊大戦艦」
「おい止めろ馬鹿。行動食四号の使ってる潮ちゃんボディがトラウマで過呼吸起こしてる」

 言葉だけを捉えれば和気藹々とでもいうべきなのだろうが、その表情は皆、例外無く真剣で、全くの油断も余裕も見せていなかった。見ているだけとはいえ外の世界の未知なる技術に触れる機会がやって来たのだ。そのわずかなチャンスを逃すまいと、皆必死なのだ。
 テレビの向こうの艦娘ゴトランドが元いた場所に下がる。カメラが切り替わる。
 港外に停泊中の、一隻の戦艦の甲板上に一人の女性が立っていた。

『Hi! Meがアイオワ級戦艦Name Ship、Iowaよ。世界の皆、How are you?』

 溌剌さを感じさせる眼差しと表情のストレートロングの金髪の女性。きらりと星が輝く碧眼。背後ではためく星条旗と今しがたの自己紹介からするに合衆国の艦娘か。
 だが。

「何でこの子ウサ耳付けてんだ? ていうか何でバニースーツ?」
「増設型の集音デバイスじゃないの? 潜水艦対策とかの。何でバニースーツなのかは知らんけど」
「単なるコスプレじゃね? あのバニースーツ」
「おい大淀、お前あの子と並んでTVに映ってこいよ。私服で持ってたろ? バニースーツ」

 用途不明のウサ耳カチューシャ&バニースーツに対する議論に熱中し始めたTKTの面々を余所に、液晶の向こうのアイオワは『それじゃあ早速。Me達の新しい力を、見せてあげるワ』といい、その場に膝をついて座り、片手を戦艦アイオワの甲板に押し当てた。
 叫ぶ。

『合体!』

 その叫び声に、テレビの向こう側もこちら側も、誰もが沈黙して見守る。
 1秒が過ぎ、2秒が過ぎ、5秒経っても何も変化は無かった。アイオワ(女性)はアイオワ(戦艦)に手を付けた姿勢のままだった。
 そして、合体のシャウトから数えてジャスト7秒後。
 とぷん、という擬音が付きそうなほど静かに素早く、アイオワ(女性)はアイオワ(戦艦)の中に沈んで消えた。
 その直後。
 アイオワ(戦艦)の甲板が本来の固さを無視して、空気を入れ始めた直後の風船のように内側から滑らかに膨らみ始め、それを突き破って中から巨大な人の腕が付き出してきた。指や爪の形を見るに、今しがたアイオワ(戦艦)の中に取り込まれたアイオワ(女性)のものだった。

「は……?」

 心霊力学(オカルト)的に混ぜられた鋼の艦は人間の女性という属性を混入されて擬人化し、物理的な質量に見合った巨大な人の似姿と化していく。
 蛹からチョウが出てくるのと同じ要領で、鋼の艦という名の蛹の中で充分に混ぜられたアイオワが変態・羽化していく。
 腕から肩、背中、頭、実際豊満なバスト、上半身。そしてそれら以外の全身。
 これらが出てくるのに巻き込まれるようにして、アイオワ(戦艦)の砲塔や艦橋などの艦体各所は巨大化した女性の全身至る所に溶けた泥のように押し流され、軍隊的な意味で適当な位置と形状で再固化される。
 艤装が適切な位置で固化した時にはもう、普通の人間サイズの女性も、鋼の艦も、どこにもいなかった。
 そこにいたのは巨大な艦娘ただ一人だけだった。

『BB61。Iowa。合体完了よ』
「「「はぁ!?」」」

 テレビの前に集結していたTKT内核メンバーが一斉に ⇒驚愕する。

「そんな……『超展開』以外の方法で人艦一体だと!?」
「見た感じかなり心霊力学(オカルト)寄りじゃね?」
「いや、実際データ採取ってみないと何も言えん。それよりも今の変身プロセス、爆発起こしてないから超展開よりもずっと状況を選ばんぞ」
「沖縄で顕著化した提督や艦娘達からのクレームが一気に解消できそうだな」
「一隻だけならともかく、あれ、後ろのも艦娘だよな。どう考えても」
「有り得ない。何かの間違いではないのか」
「あ。そっか。あのバニースーツってかぐや姫だ。新約古事記に出てくる方の。あっちも地球と合体するときに『合体!』って叫んでたし」
「もしもし保安二課? うん、そー。お前ら仕事してんの?」

 ざわめくTKTの面々を余所に、テレビの向こう側では艦娘達が自らと同じ名前の艦と次々と合体、巨大化していく。
 全員が合体・巨大化し終えたのを見計らったかのように、なんとも都合の良いタイミングで深海棲艦の襲撃を知らせるサイレンがカールスクルーナに鳴り響く。
 その警報を聞き、艦娘の面々は慌てず騒がず美しい所作で次々と迎撃態勢を整え始めた。ゲストとしてお呼ばれしていた軽母娘『鳳翔』以外のどの艦娘も例外無く、まるで、事前に台本でも読んでいたかのように落ち着きはらって行動していた。ゲストとしてお呼ばれしていた軽母娘『鳳翔』は、あらあらと呑気そうに驚きながらお茶請けとして出されたケーキをおかわりしていた。

 アイオワと同じ合衆国の空母娘サラトガが長銃型カタパルトを構えて発砲。発射された弾丸は空中で発火すると無数のサラトガ航空隊に変化し、奇襲を仕掛けてきた深海棲艦らに空襲を仕掛けた。
 北の連邦の響改二改めВерныйは右手に単装式ロケット砲、両肩に多連装ロケット砲、そして射突型魚雷発射管を装着した左手にウォトカの瓶を持ち『そんな艦隊で勝負するつもりかい? 舐められたものだね』と言いながらウォトカをラッパ飲みし。
 自由平等博愛の国の戦艦娘リシュリューは進撃上にある灯台に向かって『戦艦リシュリューよ。どきなさい』と言い。
 パスタの国の空母娘アクィラは今まで大事そうに抱えていた短弓を放り捨ててリボルバー拳銃型のカタパルトを構えると艦体ごと風上に向けてNo.1からNo.7までの6つの航空隊を次々と発射して。
 ジャガイモとヴルストの国の所属と思わしき、全身を明るいオリーブ色のフード付きマントで覆い隠した11人の艦娘は迫る戦艦ル級を前に泰然と立ち尽くし。
 紅茶の国の戦艦娘ウォースパイトは手に持つ王笏を軸にして宝珠を石突に、今まで座っていた玉座を軸上端に接続し、短い鎖で石突付近に接続した王冠をワンポイントアクセサリーとした仕掛け特大槌『紅茶のレガリア』を抜刀した。

 ざわめくTKTや帝国政府の偉い人達の面々を余所に、テレビの向こう側では海外の艦娘達が次々と活躍していく。

 ウォースパイトが横薙ぎに降り抜いた仕掛け特大槌『紅茶のレガリア』によって軽巡ト級の首が正副予備三つ纏めてホムーランされた。
 サラトガ航空隊の魚雷と爆弾によって駆逐イ級が数匹纏めて爆発の中に消えていく。
 戦艦娘リシュリューの主砲が複数発直撃して軽巡ホ級は隣の灯台もろともあえなく粉砕された。
 フード付きマントを脱ぎ去ってその全身を露わにした戦艦娘ビスマルクはル級の死体を見下しつつ『これが深海の決戦兵器? 私達ゲルマン11優性種の敵ではないわね』と退屈そうに呟いた。
 この中では唯一合体巨大化していなかった駆逐娘『エイラート』は、一般観客席の中に佐渡ヶ島鎮守府所属のとある少佐の姿を認めると、まるでカシュガル上空で死に別れたはずの戦友と数ageぶりに再会したかのように互いに両目から熱く静かに涙を流しながら強く固くハグしあった。
 そして、さっきアップでカメラに映ったしこれ以上は出しゃばり過ぎかしら、と、いらん気遣いを発揮したアイオワは右往左往して全く活躍できず、ゲストとしてお呼ばれしていた軽母娘『鳳翔』はあらあらと呑気そうに驚きながらお茶請けとして出されたケーキに付いていた小さなプラスチック製のフォークを手首のスナップだけで投げてアイオワの背後に回り込んでいた一匹の重巡リ級の経絡秘孔を突いて一瞬で絶命させて周囲にいた各国重鎮たちの度肝を抜いてる内に奇襲を仕掛けてきた深海棲艦は一匹残らず撃破された。
 警報発令からおよそ5分。錆止めのペンキに焦げ目がつく事すら無い、紛れも無い完全勝利だった。
 派手に見栄を張った割には全然活躍できず、若干しょんぼりした表情を浮かべていたアイオワだったが、カメラに撮られている事に気が付くのとほぼ同時に表情を作ってカメラに向かってⅤサイン。

『作戦終了。Me達の完全勝利ネ☆』

 続けて、先程の報道官にカメラが切り替わる。カメラ目線で声を上げる。
 曰く『たった今、世界中の皆さんがご覧いただいたように、我々はついに深海棲艦に対抗できる戦力を手に入れました。それも帝国の艦娘のように、人間を材料として、不可逆的な改造を施す非人道的なそれではなく、これは純粋な人間の、優れた兵士に、選ばれた人間にのみ持たせるオプション装備の1つです』との事。どうやら響改二ことВерныйの存在については目を背けるらしい。
 テレビのこっち側で同じチャンネルを見ていた帝国政府の一部の偉い人達の顔色は――――現在の帝国最大・最安定の外貨獲得手段である、国家ぐるみでの艦娘の傭兵派遣業が近い将来先細りして、最後には完全に途絶える事が簡単に予想できてしまったからだ――――深海棲艦とそう大差無かった。



 対して、テレビのこっち側で同じチャンネルを見ていた南方海域、新生ブイン基地の面々の感想は実に呑気なものだった。

「おおー。やるもんだねぇ」
「重大発表ってこの事だったのね。でも」

 テレビに出ていた一人の海外艦娘――――最初にテレビに映ったゴトランド――――を見て、ひよ子が呟く。

「――――でも、この人、どこかで見た事あるような……?」

 因みに、ひよ子の執務室のデスクの片隅に飾られている旧ブイン基地メンバーの集合写真の中では、テレビの中に合衆国の戦艦娘サウスダコタが映っていたのを見た那覇鎮守府所属の戦艦娘『霧島改二』が『ちょっとチェストアイアンボトムしてきます』と書かれたカンペ代わりのスケッチブックと長ドスを手に立ち上がり、羽黒と龍驤と敷波、そして南方棲戦姫の4人が『お願いだから安らかに眠っててくださーい!』『死者は異界に言うやろが!』『ていうかチェストアイアンボトムって何!?』『貴女ブインの所属じゃないのに何で写ってるの!?』等と書かれたスケッチブックを片手に霧島の暴走を食い止めようとしていたのだが、ちょうどこの時間は執務室に誰もいなかったのでそれはさておく。
 なお、チェストアイアンボトムとは、当時の旧ソロモン海海戦に参加した全ての艦艇の間にのみ通じる隠語であり『浮かして帰すな』を意味する。



 話は少し過去に巻き戻る。
 神通が投げてよこした深海の艦載機からの情報により第3ひ号目標ことリコリス・ヘンダーソンの生存(あるいは復活)が確認され、当時唯一の生き残りである目隠輝准将の証言によりPRBRの数値と波形が第3のそれと同一であり、しかし外見が異なる事から大本営から第3ひ号目標乙種『リコリス棲姫』と命名され、軽巡棲鬼の洗脳工作によって本土のとある鎮守府から最新鋭の試作兵器が深海棲艦側勢力に横流しされていた事実が判明し、輝のところの雪風が丹陽に改装されてバック・トゥ・ザ・現代してから少し経った時の事である。

「まったくもう……大本営も何の通達も無しに突然システムアップデートとか何考えてるのかしら。情報漏洩対策ってのはわかってるんだけど」
「手書きで書類作成なんて70年振りだねー。手書きは詫び寂びだけど、書類仕事に詫び寂びはいらないかなー」
「おまけに深海の艦載機から情報抜いた方法を、どうして何度も何度も聞き直すのかしら。D系列艦娘がいる他の基地や鎮守府でも再現実験始めてるんでしょ。おかげで半日潰れちゃったじゃないの」
「半日あったら執務室に置きっぱの書類山、八割がたは処理できてたはずだよねー。はー。やだやだ」

 南方海域、新生ブイン基地。
 そこを縄張りとする女性提督比奈鳥ひよ子准将が、愚痴を零しながら大本営から届いたダンボール箱を両手で抱えて、自身の秘書艦である重雷装艦娘の北上改二と並んで新生ブイン基地の廊下を歩いていると、対面から歩いてきた駆逐娘の陽炎に声を掛けられた。

「あ。ひよ子さん。さっきゴトさんが捜してましたよ」
「? あリがとね、陽炎ちゃん。ところで、誰ですって?」
「やだなひよ子さん。ゴトさんですよゴトさん。今こっちにいましたよ」
「……そ。陽炎ちゃん、ありがとね」

 陽炎との会話を早々に切り上げ、ひよ子と北上は再び歩き出した。

「で、誰なのさ?」
「私だって知らないわよ。陽炎ちゃんの昔の知り合いじゃないの?」
「だったらひよ子ちゃんの知り合いみたいな言い方しないと思うんだけどねー、っと」

 両手が書類山で塞がっていた北上は、器用にも片膝裏でドアノブを挟んで回し、そのまま足を伸ばして執務室の扉を開けた。

「北上ちゃん行儀悪いわよ」
「いいじゃんいいじゃん。いちいちこの紙束床に置くのもメンドイじゃん」
「そうそう。別に知らない誰かが見てるんじゃないんだし」

 突如として執務室の中から割り込んできた合いの手に驚いたひよ子と北上が視線をそちらに向けるとそこには、一人の艦娘らしき女性がスマホで書類を片っ端から撮影していた。
 先端でカールする明るい紺色のミドルヘア、紺色の短いコート、青地に黄色の十字架を入れてスウェーデンの国旗を模したスカート、足に巻かれた短剣鞘と儀礼用宝石アゾット。
 そして、腰に細いロープとガムテープでくっ付けられた、マッキーで色塗っただけと思わしき手作り感満載のダンボール製の艤装とそこに乗っかる灰色の毛並みの羊さんっぽい人形。
 どこからどう見ても、ひよ子にも北上にも、全く心当たりの無い完全無欠の不審人物だった。

「お帰り。遅かったじゃない」
「え」
「誰」
「もー。それ何の冗談? ゴトよゴト。軽巡洋艦のゴトランド。2人とはこの基地が開設される前からずっと一緒だったじゃない」

 それを聞いてひよ子は、はて。自分と似たような顔や名前の提督となんていたかしら。と考えていた。
 それを聞いて北上は、このゴトランドなる不審人物は新手のスパイだと考え、さり気なく利き腕を彼女の死角に隠し、メインシステムを日常生活モードから、改二型になってから追加された対人戦争モードに切り替え、デフコンを一段階上げて準戦闘状態に設定し、メインシステム戦闘系の論理ロックを外した。
 2人から視線を外し、何喰わぬ顔で書類を片付け、ひよ子の机の片隅に置いてあったTCGのデッキを見つけ勝手に覗いて『電結親和って結構前のじゃない』とのたまう自称ゴトランドの耳に、北上が背中で拳銃の物理セーフティを外す音が聞こえた。

「……え、ちょっとちょっと! 待ってよ! 私よ、ゴトランド!」

 自分のゴトもとい自分の事を忘れられていて本気で慌てているように見えるゴトランドは、急いでスカートのポケットの中から一台のスマートフォンを取り出し、2、3操作。
 この時点で、北上の戦闘系が『隠し持っていた武器を抜こうとしている』と判断し、戦闘反射でゴトランドの手を撃ち抜かなかったのは単なる幸運に過ぎない。
 裏を返せば、それが北上達の不幸だった。

「私達、最初からずっと一緒だったじゃない。ほら、これ見てよ!!」

 画面部分をひよ子達に向ける。
 2人がスマホの画面に注目を向ける。

 液晶画面にでかでかと表示されていた『ZC月島がスペシャルに達成するプログラムナンバー1500を起動しています。対象の人物にこの画面を注視させてください』という文字と非ユークリッド的不規則な極彩色の模様を2人はしっかりと見た。
 見てしまった。





 とびだせ! ぼくの、わたしの、ブイン基地!!
 第6話『(時は遡る事2016年夏イベの第二次マレー沖海戦の少し前の頃の話です。あの頃はまだ空母で銃使う娘がおらず、また次のマレー沖戦でイタリア空母娘が出るという話があったんですよ。んで、当時の筆者はこう考えたわけです『次のイタリア空母娘はいよいよ銃型カタパルトかもしれん。イタリア艦娘、銃使い……成程。次の新艦娘のイラストレータはグイード・ミスタもとい荒木飛呂彦かッ!!』と。つまり上記のアクィラがこっそりやらかしていたのはそういう事なんです。そして艦これとは全く関係ないのですが最近ウマ娘というものを知り、シンデレラグレイと一部の二次創作しかまだ手を付けてないのですが、何でも原作ゲームの方では現在育成中の愛バが期限切れまで全く勝利できずかつチームの運営資金が-50000Cに達すると、駿川たづなさんから愛バ共々退学勧告がなされ、それを拒むと『あなた方も何かに魅せられましたか。走りか、因子か、うまぴょい(意味深)か。ですが、そう言った輩の目を覚まさせるのも秘書のお仕事……トキノミノルの走りを知りなさい』と、介錯拒まれたゲールマンっぽく言われて1on1のレースを挑まれ敗北するとゲームオーバーになるとか、オグリキャップに三本目のニンジンのヘタを3本以上食わせた上でこのイベントに勝利するとB‐1Dもといキタハラジョーンズに変質して土手の朝焼け杯を優勝したり別の土手から転落したりしてオグリキャップだった自分自身をスカウトしに行く『シンデレラストーリーの始まりED』になるとか、デビュー前のポニーちゃん達を集めた実戦さながらの演習レース『モンキーシャイン杯』の終了後に急遽執り行われた事情聴取でゴルシが花火二十発クラッカー三十発木魚一枚で救世軍のエリカ・エリザベス・モファット情報曹長を威嚇したとの事ですが本当なのでしょうか私ゲーム本編やった事無いんで分かりません。それはさておき今話で海外各国が自国の艦娘を持てるようになったのも対深海棲艦戦争における帝国一強だった各国の軍事バランスが崩れたのも郵便ポストが赤いのも全てはこの比奈鳥ひよ子准将とその他の新生ブイン基地のみなさんのおかげで)した!







「――――く。提督ってば!」

 ひよ子が誰かの呼ぶ声に目を覚ましてみれば、そこには、いつの間にか仰向けで倒れていたひよ子の顔を心配そうにのぞき込む、誰かの表情があった。

「あ、起きた。大丈夫? き、きた……キタカミ? と一緒に突然倒れちゃうんだから、心配したのよ?」

 その言葉に倒れたまま横を向いてみれば確かに、自身の秘書艦である北上がやはり目をつむり、仰向けになって倒れていた。胸は規則正しく上下していたから、寝ているか気絶しているかのどちらかなのだろう。
 ひよ子は視線を戻す。
 先端でカールする明るい紺色のミドルヘア、紺色の短いコート、青地に黄色の十字架を入れてスウェーデンの国旗を模したスカート、足に巻かれた短剣鞘と儀礼用宝石アゾット。
 そして、腰に細いロープとガムテープでくっ付けられた、マッキーで色塗っただけと思わしき手作り感満載のダンボール製の艤装とそこに乗っかる灰色の毛並みの羊さんっぽい人形。
 ひよ子には、心当たりなど全く無いはずの、艦娘っぽい格好をした女性だった。

「……え、っと? ゴトランド、ちゃん?」
「なぁに、そんな他人行儀に」
「ごめん、まだなんだか頭がはっきりしないみたい。なんだか、ゴト……? が赤の他人のように思えて」
「そんな訳ないじゃない。あなたとゴトは、着任当初からずっと一緒だったじゃない。ほら “思い出して” 」

 その言葉を聞いて、ひよ子の脳裏に着任当日の記憶が蘇った。
 今は遠き本土。横須賀鎮守府から三土上人工島まで行って帰ってくるだけだったはずの哨戒任務同行演習。そこから泣きながら帰還した有明警備府。その数日後に受け取った合格通知代わりの着任辞令に従い向かった有明警備府の第二会議室。部屋のドアを開けると中にいたのは黒の三つ編みを垂らした緑色の制服の女の子こと北上と、ピンク色の髪をした目付きの鋭い戦艦もとい駆逐娘のぬいぬい。
 そして、2人の間の背後に立っていたゴトランド。
 うん、やっぱ記憶に間違いはないよね。とひよ子は口の中だけで呟き再確認し、当のゴトはひよ子からは手元のスマホが見えないようにして『流石HENTAI大国。ジョークアプリだと思ってたのにまさかガチだったなんて……』と小声で呟いていた。

「? どしたのゴト?」
「ううん。何でもないわよ。さ、北上も起きたことだし、そろそろお仕事しよっか? あ、やっぱりその前に一度基地の皆に会っておきたいな。今の貴女みたいに忘れられてたら嫌だから “思い出して” もらわないとね?」

 思い出して。の部分を妙に強調したゴトランドの表情に言い知れぬ不吉さと違和感を覚えたひよ子だったが、そういやこの娘は前からそうだったっけ何もおかしなところは無いわよねと『思い出し』て、一度書類と段ボール箱を机の上に置いてからゴトランドと北上を連れて外に向かった。
 未だゴトランドの事を知らぬ面々の元へと。




「えくちっ!」
「大丈夫、丹楊?」

 近海警備を完了し、ブイン島に戻った陽炎型駆逐娘『丹楊』が、新生ブイン基地に帰る途中の道で可愛らしいくしゃみを一つした。

「南の島だからって横着しないで、やっぱりちゃんと乾かしてからの方が良かったんじゃない?」
「大丈夫ですよしれぇ。もう大体乾いてますし、海に落ちてズブ濡れになるのも今日が初めてじゃないですからっ……ぁ、くちっ!」

 今の丹楊は、輝に買ってもらった新品の麦わら帽子を風に飛ばされ、それを何とかキャッチするも足を滑らせて海に落っこち、帽子とセットで新調したサマードレス仕様のワンピース(2代目)がズブ濡れになり、駄目押しとばかりに髪先からしたたり落ちた海水が目に入って目を開けていられなくなったので輝に手を引いてもらっていた。どうやら奇跡の幸運艦にも幸不幸の波はあるらしかった。

「あ。いたいた。ゴト、あの二人で最後よ」
「へぇ、そう。ありがと」

 そんな二人の前に、見知らぬ女性がやって来た。隣にいたひよ子の口調から察するに彼女の知り合いらしかったが、輝と丹楊には心当たりが無かった。だから聞いてみた。

「あの」
「どちら様でしょう?」
「もう、あなた達まで同じ事言うのね。ゴトよゴト。航空巡洋艦のGotland。2人とはずっと前からいたでしょう? ほら、証拠写真」

 これまでと同じく、ゴトランドは何食わぬ顔でアプリを起動したスマホの画面を輝&丹楊に見せつけた。
 これまでと違っていたのは、海水が目に染みるからという理由で丹楊のまぶたが固く閉じられていた事と、ゴトランドがこの二人も他の面々と同じくすぐに私の事を思い出してくれるだろうと完全に油断しきっていて、2人のゴトもとい2人の事をそこまで注意深く観察していなかった事だった。
 アプリ画面を凝視した輝が昏倒し、その下敷きになる形で丹楊もむぎゅうと押し潰された。

「これでこの基地のメンバーは全員トチ狂って私のお友達になりました。っと。世界唯一の姫殺しとその艦隊がどんなものかと思えば存外、呆気ないものね」

 真っ暗闇の視界の上方から、丹楊の耳にそんな言葉が届いた。それを聞いて丹楊は、反射的に倒れてのしかかってきた輝を押しのけようとしていたが、気絶したフリをする事にした。
 先の比奈鳥司令の呑気な様子から察するに、暗殺や拉致誘拐の類ではなく、おそらくは洗脳。それも2年前のトラック泊地で軽巡棲鬼がやってたような、即効性の強力なやつだ。
 そして、他国の人間が上級軍人にそんな真似をする理由など、考えるまでも無かった。

「後は局長からの指示にあった艦娘の秘密とやらをいただいて、余った時間はバカンスにでも使いましょうか」

 秘密。
 艦娘の詳細なスペックデータか、それとも製造方法か、それとも艦娘そのものだろうか。

「じゃ、まずはこっちの殿方から。聞こえますか? 私は、貴方のとても大切な知り合いです。よぉく心に刻み込んでくださいね。それと、次に私が『おやすみなさい、良い夢を』と言ったら――――」

 どちらにせよ好き勝手やらせるものかと丹楊は決意し、倒れた姿勢のまま自我コマンドを入力。今の転倒を理由に適当なエラー表示をこさえて艦隊内ネットワークを強制切断し自閉症モードへ移行。
 自我コマンド連続入力。己の視界の右上に『●REC』の赤い文字が表示されたのを確認し、自分にも囁かれてから少し時間を空けると、そこでようやく目が覚めたと言わんばかりにうめき声を上げた。

「うぅ……んんぅ……?」
「……頭痛い゙」
「あ、丹楊ちゃんに輝君、気が付いた?」
「二人とも大丈夫? 突然倒れたから心配したのよ? ……ところで、私の事、覚えてる?」
「うぅ……ん……何か頭がクラクラします(してないけど)あ! ゴトランドさん、お久しぶりです!」
「いつこっちに帰ってきたんですか?」

 作り物とは思えない作り物の笑顔を浮かべた丹楊の演技には気付かなかったようで、ゴトランドは『久しぶり。今日よ』と答えた。

「今日はね、ちょっと探し物があって――――」
「あ、そうだ! 歓迎会しましょ! せっかくゴト帰ってきたんだし」
「あ、いいですねそれ。それじゃあ僕、あ、いえ。自分は他の人たちにも声かけてきます!」

 言うが早いか、ひよ子と輝がその場を駆け足で後にする。

「――――あって、きたんだけど……」

 ぽつんとその場にとり残されたゴトランドの言葉に答えを返したのは、彼女をそれとなく監視をするために残った丹楊だけだった。

「輝君も比奈鳥さんも、昔っからあんな調子でしたよぉ? あっれぇ? もしかして、覚えてませんでしたぁ?」




「それじゃあ、ゴトの帰還を祝して……乾杯ぁい!!」
「「「かんぱ~い!!」」」

 その十数分後。
 新生ブイン基地の一階、入ってすぐの所にあるロビー兼共通居間にて。
 突貫で準備を終えられたゴトランド帰還パーティは、やはり突貫で始まった。昨日の夕飯の残りを温め直し、冷蔵庫の中身を引っ張り出し、駆逐娘達個人の備蓄物資(お菓子)が持ち寄られ、那智隼鷹千歳の飲んだくれ改二トリオが三人でカネを出し合って買った秘蔵の一本『空飛ぶ呑んべぇのレムリア』の栓が抜かれた。そしてテレビの電源も入れられたが、スウェーデンの某所にある国際ホテルにてテロリストが銃を乱射して各国要人達が大勢死傷したという何とも血生臭いニュースだったので、チャンネルを変えたついでに吹雪がネット通販で買った新作ゲーム『バーサストマト』のプレイ準備が進められた。

「うっわぁ、なにこれ、すごく美味しい!」
「ふふん。どう? 私お手製のシチューの味。いつぞやの時(※とびだせ! ぼくの、わたしの、ブイン基地!!03参照)はお鍋に火をかけ忘れてたけど、今度はちゃんと食べられるわよ」
「こんなに美味しいの初めて!」
「え?」
「え?」
 
 ひよ子とゴトが互いを見やる。

「え……ゴト、昔からよく食べてたじゃない。私のシチュー。小学校の時も、中学の時も、よく私の家に夕飯たかりに来てたじゃない。信太と一緒に。で、よく言ってたじゃない。信太と声を合わせて『私の作ったシチューを毎日飲みたい』って」
「「「その話詳しく」」」
 ひよ子の口から出てきた知らぬ男の名前に、各艦娘にスルナ、明石ら女性陣+塩太郎が過剰に反応。
 話が流れたことにゴトは、心の中だけで安堵のため息をついた。

(危なかったぁ……そっか、どんな風に私の事を『思い出す』のかは本人次第なんだ。やっちゃったなぁ、今まで順調だったからそこらへん全然確認してなかった。とりあえず、1人1人呼び出して追加暗示で整合性を――――)

 そして、丹陽が口を開いた。

「あ! そういえば、他の皆さんはゴトさんと何時知り合ったんですかぁ~?」
「!!」

 このクソガキ! 心の中でそう思ったゴトが笑顔のまま丹陽に振り向く。
 丹陽の背後にある大型液晶テレビの中では、横須賀スタジオ所属の駆逐娘『雪風改二』『時津風』の2人が、数日前に発表したばかりの新曲『雑魚♥ 雑魚♥ 雑ぁ~魚♥ の行進曲』を生放送で披露していた。視聴者のソウル傾向と性癖が試される冒険的な一曲である。

「ところでゴトさん、いつからですかぁ?」
「?」

 ゴトに小声で囁く丹陽は、顔は笑っていたが、目が笑っていなかった。

「いつから丹陽が催眠にかかってると思い込んでいたんですかぁ?」
「なん……ですって……!?」

 ゴトは、そこでようやく気が付いた。

(コイツ、何でアプリが効いてないの!? 今まで誰もそんな事は無かったのに!)
(洗脳、ということは無理矢理解除しようとした際に発動する後催眠暗示がトラップとして仕込まれてるかも知れません。だったら、自然な形で綻びを解いて自発的に解除させるしか……!)

 互いの間に不可視の火花を散らしつつ、丹陽とゴトが笑顔で無言で向かい合う。

「んー。あたしぁ軍立クウボ学園だね。卒業試験の前夜にさ、暑気払い兼前夜祭ってことで、寮生総出で真夜中に酒保に大ギンバイしにいった際だね。先生方にバレて大わらわだったんだけど、逃げてる途中でゴトと一緒になって、その後アタシと飛鷹の相部屋にゴトがやって来てさ……ん? あれ? あの部屋、ベッドが二つしかなかったはずじゃ……? ていうか何でクウボじゃないのにクウボ学園に……?」

 隼鷹が首をひねる。

「秋雲さんは有明警備府にいた頃だね。ちょうどひよ子ちゃんが――――提督がプロト19との超展開試験やってる時に、潜水娘のゴーヤを捕まえろって緊急の出撃命令が大本営から下ってさ。抜けた提督と北上達の穴埋めって事で、ゴトさんがやってきたんだよ」
「19はねー、バビロン海ほたるの最深部なのー。初めて提督――――ひよ子ちゃんを忌雷ちゃんで掴んで引きずり込んだ時に手すりに頭をぶつけちゃって大怪我させちゃって、脳まで見えてたんだけど、ゴトランドさんが一緒に応急処置してくれたなのー」
「ん?」
「なの?」

 隼鷹が首をひねり、秋雲とプロト19が不思議そうな表情で見つめ合い、ひよ子が『待ってプロト19ちゃん、何それ私知らない』と顔を青ざめさせて後頭部の辺りを手探りで何度も撫でまわす。
 これは本格的にヤバイと察したゴトが割り込む。そうはさせじと丹陽も割り込む。

「そ、そんな事よりさ! 探してるものがあるんだけど、艦娘の秘密って知らないかな!?」
「いえ、丹陽はこのお話がすっごく気になります! 続行しましょう!!」
「秘密? あ、もしかして。今日大本営から送られてきた、あの荷物の事かしら」

 よっしゃ勝ったと言わんばかりにゴトは笑顔で柏手を一つ。丹陽は苦々しげな表情を浮かべ、口の中だけで舌打ちした。
 それからひよ子が執務室まで件の荷物が入った段ボール箱を取りに戻り、共通居間のテーブルの真ん中にドカリと置いた。

「これ、運んでる時に聞こえたんだけど、中に何か小さくて軽いものがいっぱい入ってる音がしてるのよね。なんか、どっかで聞いた事あるような音なんだけど。何だったかしら」
「開けて見りゃいいじゃない」
「そうね。早く開けちゃいましょ」

 ゴトに急かされ、ひよ子が段ボール箱の封を開ける。観音開きの蓋を上げる。
 その中には。

「……カードの束?」
「ていうかボール箱一杯のカード……?」

 横63ミリ、縦88ミリ。
 ごく一般的なトレーディングカードゲームサイズのカードが箱一杯と、同数のスリーブ――――カードを保護する包みのような物だ――――そして、A4サイズのコピー用紙が数枚だけ収まっていた。
 近くにいた面々が中身に手を伸ばす。

「あ。このスリーブ、キャラスリじゃん。でも見た事無いキャラだけど……何だろ、二種礼装来てるし、敬礼してるし、大本営のオリ萌えマスコットかな?」
「何これ?『ボーキサイト(基本資源) T:あなたの備蓄資源にボーキサイトを1単位追加する』? 左端の『T:』って何かしら?」
「こっちのカードに描かれてるのはひよ子ちゃんかな? アニメチックにデフォルメされてるし微妙に乳盛られてるけど。えと何々?『このキャラクターが死亡した時、それを変身させた状態で海域に戻す。それは全てのプレイヤーのコントロールから外れる』……うっわぁ。ひよ子ちゃんPIGっすかー(※翻訳鎮守府注釈:MTG用語。そのカードが戦場から墓地に置かれた時に誘発する特殊能力の事。(When)Put Into a Graveyardの略)」

 嫌な予感がしたひよ子とゴトは、コピー用紙に目を通していた。

「――――えーと何々?『帝国政府及び大本営は、艦娘を用いた新規の外貨獲得手段もとい閉鎖的な環境になりがちな帝国軍および艦娘の世界的認知度を上げるため、新企画を立ち上げた。それがこのメディアミックス『艦隊これくしょん ‐艦これ』である。その第一弾であるこのトレーディングカードゲームは、本年度の鎮守府交流演習大会にて正式発表の予定であるが、軍内部での認知度を高めるためにも各地の提督達には先行配布とした』」

 嫌な予感がしたひよ子とゴトは、更に読み進めていく。

「――――『今回送付したカードゲームは、基本1vs1の対戦型トレーディングカードゲームである。プレイヤー同士が勝負するための基本的なストーリーは『あなたは提督だ。あなたはこれまでに様々な基地や泊地、鎮守府を栄転し、それまでの出会いや記録を一冊のアルバムにまとめてきた。そして今、あなたの目の前にもう一人の提督がいる。理由は当事者同士しか分からないが2人は対立し、妥協や交渉の時間は過ぎ去った。あとは(以下略)』』」
「……」
「……」

 途中まで読み進めたひよ子とゴトから全ての表情が消える。
 そして全て読む事無く、2人が全くの同時に席を立つ。

「――――ちょっと九十九里地下まで私の艤装取ってくる。んで、そのまま大本営ブッ潰してくる」
「手伝うわ。スパイ任務とか仮想敵国の弱体化目的とか関係無しに。スウェーデン暮らしの、いちプレインズウォーカーとして」

 提督の艤装。ってことは帝国次世代の艦娘兵器は人間に直接艦娘としての能力を与えるって事かしら。ならそれが艦娘の秘密よね。どうやって情報取ろうかしら。とおくびにも出さずにゴトは考えた。

「え、ちょっと、ひよ子ちゃん!?」
「司令官、落ち着いて、落ち着いてください! ゴトさんもー!!」
「ていうかコイツ今スパイだって自白しましたよね!? ねぇ、ねぇー!?」

 皆の洗脳を自然に解くチャンスだったが『タップ/アンタップはWotC社の商標登録だけどわかってるのー!?』『第4ひ号みたいに殴り殺すぞ大本営ぇーい!』と意味不明な奇声を上げるゴト&ひよ子の奇矯に気を取られ、丹陽の言葉など誰も聞いちゃいなかった。




「まー。SNSとか見てるともう大炎上始まってるから、わざわざ提督が大本営までブッ込みカマさなくても大丈夫だと思うけど」

 未だ怒り収まらぬひよ子とゴトを何とかなだめすかし、いつの間にか酒臭い宴会場と化しつつある共通居間に皆で2人を押し戻すと、ひよ子麾下の駆逐娘『秋雲』がスマホを弄りつつそう言った。
 軍関係者が真っ昼間から、基地要員総出で酒盛りなどして大丈夫なのだろうか。

「そう。流石に大本営もそこまで馬鹿じゃないでしょうから近い内に自主回収に動くでしょ。きっと」
「もし何もリアクション起こさなかったら、ゴトも本国経由でクレーム入れるわ」
「え、何これ。今週の猫チキュ見終わったフォロワー全員清算終わった直後のイルぶるのマアアさんみたいな絶叫上げてるけど何があったの!? え、何でトレンドワードに『猫の地球儀』『毛布』『視聴負荷』が入ってんの!? 今週は1時間スペシャルの総集編じゃなかったの!?」

 愚痴って程よくガスが抜け、ゴトが手にしたアルコールを口の中に入れたタイミングを狙って、雪風が言った。

「あ! そういえば、さっきの秋雲さんと19さんのお話、矛盾してましたよねぇ。あれってどういうこと何でしょう?」

 すぐ隣で隼鷹らと談笑していたゴトの笑顔が引きつり、ちらりと雪風を見やる。てめえこのタイミングか。

「んあー? そういや確かに……」
「ちょっとおかしいなのー」

 秋雲とプロト19はそれぞれ思い出す。あの日の事を。
 風も無いのにやけに荒れていた帝都湾内の海上。その真下にあるバビロン海ほたる最深部の秘匿ウェルドック。ソナー上に突然出たり消えたりを繰り返すカ級と魚雷のエコーに追われながらのブルネイのオリョクル軍団確保劇。最新のD系列艦娘こと自分達プロトタイプ伊19号と、そのD系列艦娘に乗艦る提督専用装備の触手服のお披露目会。
 時系列的にも、距離的にも、ゴトが同時にいるのは不可能だった。
 他の面々も思い出し、それぞれの状況を口に出し合う。そして、誰かが何かを言うたびにゴトとの出会いと活躍した場面に矛盾が生じていく。
 皆の視線がゴトに向く。
 皆の心にうっすらとした疑問と不安がにじみ出る。

 そんなまさか。だってあのゴトが?
 でも、あの日、あの時、ゴトは確かにそこに居ただろうか?

「……」
「……」
「……」

 ゴトは笑顔こそキープしていたが無言で冷や汗をかいていた。ヤバい、詰む。ていうか詰みかけてる。私正規の軍人じゃなくて、あくまでも潜入工作員だからこんな状況で軍人さんに完全包囲されたら逃げらんない。
 そんな異様な雰囲気に耐えきれなくなったのか、あるいは単にこの重苦しい疑惑の雰囲気を変えようとしただけなのか、吹雪が声を上げた。

「あ、あの! こんな空気じゃ分かるものも分からなくなっちゃいますよ! ですからゲーム、ゲームでもして気分を変えましょう! 新作買ってきたばかりですし準備も出来てますし」

 折角皆の洗脳解けるチャンスだったのに何しやがるこの芋JC。てめぇのその頭ちぎり取って帝国全土の猿共のイモ洗い用の教材にしたろか。
 丹陽は一瞬でそこまで思った。

「…………ごめん、ちょっと、お花を摘みに」

 対するゴトは、数秒間だけ何かを考えるかのように固まると、トイレに逃げた。
 丹陽も少し遅れてその後に続いた。




「――――ぶ。大丈夫。まだ私は大丈夫」

 こいつは逃げる。絶対逃げる。プロならそうする。
 丹陽は最初、そう考えていた。

「――――ぶ。大丈夫。まだ私は大丈夫」

 だから、トイレといってそのまま姿をくらませるものだとばかり思っていた丹陽は、トイレの個室を仕切る薄い木板の扉一枚向こう側から漏れ出てくる自称ゴトランドの呟き声と、スマホのスワイプ音に、拍子抜け半分疑惑半分の念を懐いた。
 どうやらゴトは扉のすぐ外側まで気配と足音を殺して接近した丹陽の存在には気づいていないようで、小声の早口で、何事かをブツブツと呟いている。
 内容を聞き取ろうとして丹陽が聞き耳を立てる。

「まだ大丈夫。まだ失敗した訳じゃない。私は失敗していない。これで、これさえ、これさえ終われば帰れる。アンナを解放してくれる。だからアンナ、待っててね。お母さんすぐ迎えに行くからね……ぁあっ!?」

 そしてノックして逃げ道を塞ごうとした丹陽がその言葉に一瞬固まる。直後、トイレの個室の床に落っことした挙句に蹴り飛ばされ、間仕切りと床の隙間を滑りながら外までスマホが飛び出てきた。
 そのスマホの画面を、丹陽は、娘さんの画像でも表示されているのだろうかという無意識の出歯亀的好奇心から覗きこんだ。

「え」

 そして丹陽は、液晶画面にでかでかと表示されていた『ZC月島がスペシャルに達成するプログラムナンバー1500を起動しています。対象の人物にこの画面を注視させてください』という文字と非ユークリッド的不規則な極彩色の模様を、丹陽は、しっかりと覗きこんでしまった。





 それから数秒後。
 トイレの床に固い物がぶつかる音を聞いたゴトランドは、周囲の状況に聞き耳を立て、トイレの個室の外の気配を探り、慎重に慎重を重ねたうえで鍵を外した。
 扉を開いてトイレの外に来た。見た。

「……勝った」

 トイレの床にうつぶせにぶっ倒れたまま動かない丹陽をみて、ゴトランドはそのほっぺたを指先で恐る恐るツンツンしながら呟いた。

「信じらんない。こんなお粗末な博打で勝ったなんて……って、呆けてる場合じゃなかった。もしもし、いいかな? 私とあなたは昔っからの知り合いで、とても仲がいいです。よく心に刻み込んでくださいね。それと、次に私が『おやすみなさい、良い夢を』と言ったら――――」

 もしもこの光景をコロンバンガラの軽巡棲鬼が見ていたら『もっと真面目にやれ』と怒られそうなほどの大雑把さで暗示を仕込んでいく。

「うう……んぅ……」
「あ。気が付いた?」
「? ……あ!」

 数旬、呆けたような表情のままゴトランドを見つめていた丹陽だったが、何かに気付いて姿勢と表情を正した。

「す、すみませんゴトランドさん! 何ででしょう、丹陽、ゴトランドさんの事を他国のスパイだと勘違いしてました」
「いいのよいいのよ。分かってもらえれば」
「はい、ありがとうございます! あ、録画映像消しておきますね。ゴトランドさんの指紋と音紋と手指の静脈パターンも。改二型の対人索敵系って、こういう状況だと自動で採取しちゃうので、今みたいに間違えて消さなきゃならない時が大変なんです」

 ゴトランドの笑顔が微かに引きつる。

「へ、へぇ……そうなんだ」

 この時、ゴトランドの脳裏では何故か野球のアンパイヤが両腕を横に勢いよく伸ばし、力強く『ギリギリセェェェフ!』とシャウトしていた。
 それと同時に、吹雪が2人の事を呼びに来た。

「あ。ゴトランドさんに丹陽ちゃん。バーサストマト、陣営決めてないのあと2人だけですよー?」
「ごめんごめん。今行くから。サバイバー陣営ってまだ空き枠有った?」
「もうそこしか残ってないですよー」





 現在も継続中の対深海棲艦戦争に限らず、戦争活動というのは人的・物的資源を大量消費する代わりに、技術を極端に発達させる。
 当然である。
 色々と取り返しのつかないものを大量消費した挙句に負けました、政治的な目的も果たせませんでしたは、色々と悪い意味でくるものがある。
 なので、普通は負けないようにする。
 戦争の目的と達成条件を明確に設定し、敵よりも多くの数をそろえ、敵よりも質の良い物を用意し、そのいずれもを速やかに補充できるように輸送路を確保し、それを継続して行えるように後方の生産活動は大規模であればあるほど嬉しい。敵はその逆だともっと嬉しい。
 そして、戦争が終わってしばらくすれば、民間にも最新鋭技術の恩恵が下りてくる。流石に機密保持などがあるから、ハードウェアもソフトウェアも流石に軍用のままでは無いだろうが、それでも最新鋭だ。
 例えばコンピューターと通信インフラ。
 これは、軍事技術や兵器そのものに直結している面が多く、その開発・アップデートは優先的になる。
 そして、現在継続中の対深海棲艦戦争も、2年前の台湾沖・沖縄本島防衛戦こと第三次菊水作戦を最後に大規模な戦闘は帝国近海では発生しておらず、一応は平和であると言える。つまり国民および国家に多少なりの余力がある。
 なので、最近のTVゲームは、CGの作り込みも回線の通信速度も、ハンパ無く凄い。

「やっば。捜索と確保に時間かけ過ぎた」

 夕陽はとうに沈み、赤い残滓と暗い夜が入り混じり始めた時間帯。
 周囲に広がる無人のビルや建物はおろか、彼岸花咲き乱れるアスファルトに覆われた道路脇に等間隔に並んでいる街灯や、たまにある自販機にすら電気の明かりは灯っておらず、その事実がこの町が人の住む世界ではないのだと無言で語っていた。

「腕時計のアラーム鳴ってる、夜が来る!」

 実写と見分けがつかないレベルのCGで、処理落ちを全く発生させない高速な処理速度&通信環境で提供される架空の無人の町を、ゴトランドとひよ子、陽炎、吹雪の四人がそれぞれコントロールするキャラクター達はそれぞれの獲物を手に、周囲を過剰に警戒しながらも、急いで他の仲間達との合流地点へと進んでいた。
 そして、かさかさと落ち葉が風に流され、錆び付いたブランコが微かに揺れ鳴る以外には音のしない、そこそこ大きな無人の公園に辿り着いた。公園の中央で4人のキャラクター達が小さく円陣を組み、4人の中央に小さな鉢植えを安置する。

「他のプレイヤーとの合流地点は?」
「ここだけど……誰も来てないわね」
「銃声も瓦礫の崩落音も聞こえな――――今なんか鳴った!」

 吹雪の操作するキャラがその場で180度反転。手にしていたショットガンの銃口を音源に向ける。隣でバディを組んでいたひよ子のキャラもフライパンとハンドガンを構える。
 半端に潰れた空き缶が風に煽られ、乾いた地面の上を転がっている音だった。

「……なぁんだ。ただの空き缶じゃ」
「あんな潰れ方した空き缶は転がらない! 総員全周警戒、私は信号弾を」

 信号弾を打ち上げて集合急がせるから。ひよ子がそう言い切るよりも先に、公園のすぐ外の道路にあったマンホールの蓋がいくつか、下から吹き飛ばされ、中からいくつもの人型が飛び出してきた。
 人型は、全身真っ赤で、頭だけは人の形をしていなかった。

「トマト!」

全身赤タイツの細マッチョで頭だけが真っ赤に熟れた大振りのトマトという怪人共が、公園内の4人に向かってスプリンターフォームで殺到する。その内の1人は何故か警察官の制服を着た冷ややっこ(お醤油かつお節おろし生姜サバイバルナイフ完備)だったが。
 吹雪はショットガン、陽炎はアサルトライフルで迎撃を開始。弾幕圏を抜けてきた怪人トマトは、ひよ子のハンドガンとフライパンによる変則二刀流と、ゴトが両手で握るチェーンソーで速やかに始末する。
 その最中、遠くの廃墟の一角のから、何の獣とも知れぬ遠吠えがいくつもいくつも響き渡る。
 ひよ子達もトマト達も、思わず戦闘の手を止めてそちらに振り向く。
 数秒間の静寂の後、微かな地揺れと共にその方角から、何千何万もの人間らしきものがパルクールめいた速度と機動で障害物を乗り越えながら、お気に入りのサッカーチームが試合終了10秒前に逆転ハットトリックを決めた瞬間を見たフーリガンの如き怒声を上げつつ公園に殺到する。誰かが叫ぶ。

「ゾンビ!!」

 この時点でひよ子達とトマト達は即座に共闘を選択。トマト共は拳1つで走るゾンビ共の津波に突貫し、その背後に回り込もうとした不埒者共にはひよ子達が鉛玉を叩き込む。もちろん、ゴトもサイドアームのリボルバー拳銃に切り替えていた。

「畜生、走ってる! 歌が聞こえないくらいの遠距離でスキル踊り切ったの!?」
「おまけに夜だからバフも掛かってる!!」
「弾切れ! 手榴弾行くよ!」

 陽炎の操作するキャラが丸っこい形状のフラグ(破片型)グレネードの安全ピンを抜き、ゾンビ密度が最も濃い部分に放り投げる。
 直後、天から光の玉が何発も無作為な地点に落ちてきて、爆発。ゾンビ津波の勢いは大きく殺がれた。
 光弾の軌跡を遡って空を見上げてみれば、ビルとビルの隙間を縫うようにして、いつの間にかアダムスキー・への伍番型UFOがいくつも浮遊していた。

「エイリアン!!!」

 UFOらは超低空をキープしていたため、近くのビルの屋上からダイブした無数のゾンビ共に取り付かれ、重量過多で墜落あるいは不時着。那珂から出てきた金魚鉢みたいなヘルメット付きの宇宙服に身を包んだグレイ型宇宙人達がパルスライフルを連射して必死の抵抗をするも、ガス欠の瞬間を付かれてゾンビ津波の中に消えた。
 この時点で、走るトマト共は一つ残らずゾンビ共に美味しく頂かれ、UFOは全て撃墜されており、弾切れのひよ子達4人と、いまだ数千単位で数を残すゾンビだけが残された。
 ひよ子が静かに決断的に『総員着剣』と告げ、吹雪と陽炎がそれぞれの獲物の先に銃剣を装着し、ひよ子が最期のマグをハンドガンに押し込んでフライパンとの二刀流の構えを取り、ゴトランドはチェーンソーのスターターを引いてエンジンを再駆動させた。
 遠巻きに完全包囲していたゾンビ共が走り出そうとしたその直後、十数キロ先の上空から発射された空対地ミサイルが数発、ゾンビの群れに着弾した。
 ゲーム内チャットにテキストメッセージが入る。

≪よう、回収部隊。まだ生きてるか?≫
「サバイバー!!!!」
≪エイリアン共のEMPでチャット機能と搭乗機器が全部封印されてた上に、エンジニア技能持ちがゾンビに食い散らかされてリスポン時間にペナかかってた。今そちらに向かってる。あと五分で到着する≫
「皆今のチャット見たわね!? あと五分よ、耐えきって!!」

 ひよ子の激に3人が応と答える。それぞれが4分割された画面の中のキャラクターを操作して、ゾンビラッシュに最後の抵抗を挑む。
 当然、弾切れかつ完全包囲の状態で満足な抵抗なぞ出来るはずもなく、4人全員が仲良くゾンビ共の胃袋の中に納まるまでにかかった時間は、たったの18秒だった。




「や~ら~れ~た~!!」
「うーん。やっぱり、弾切れであの数は無理だったわね」
「じゃ、交代ぁーい」

 4人がそれぞれコントローラーを別の者に回す。再び4人全員同じ陣営でマッチングを開始。しばらくもしない内に全陣営がREADYとなり、第二ゲームが始まった。
 次にコントローラーを握ったのは榛名改二、夕張、プロト19、秋雲の艦娘四人組だった。
 今度もサバイバー陣営で、今度の舞台も町の中。
 ただし先程のそれとは違い、荒廃した廃墟ではなく、本当に普通の、明かりの灯っている夜の無人のビル街というステージだった。
 先のゾンビラッシュを見ていたためか、ネットの向こうにいる他陣営のプレイヤー達と暗黙の了解で共同戦線を張って速やかにゾンビ陣営を全滅させると、サバイバーとエイリアンとトマトによる三つ巴のバトルロワイヤルへとシームレスに移行した。
 その最中、エイリアン陣営が発動させた陣営特有スキル、EMPバラージにより町中が停電。周囲が真っ暗闇に包まれる。

「っ!」

 フラッシュバック。
 4人の指が一瞬硬直し、それぞれが操作していたキャラクター達も画面の中で硬直した。
 その隙を突かれ、榛名(の操作するキャラ)がやたらと目つきの悪いエリンギにワンパン撲殺され、夕張(の操作するキャラ)が両肩にアンプを積んだエイリアンのパルスマシンガンのダブルトリガーによってエリンギごと溶かされ、同サバイバー陣営の他プレイヤーが設置場所を間違えていた事に気付かぬまま起爆したC4爆薬の爆発に巻き込まれて残る2人(の操作するキャラ)とエリンギとエイリアンが一瞬で死亡した。

「あー。今のって、さ」
「沖縄の夜思い出したなのー……」
「オキナワ……あの時は大変だったよね。でも、私達皆が力を合わせたから姫を倒せたのよね」

 秋雲とプロト19が呟き、ゴトが相槌を打った。
 普段のゴトランドなら、用心して具体的な事を言わずにいたのに。世界唯一の姫殺し艦隊を一人残らず洗脳せしめたという高揚感と征服感がお口の余計な潤滑油になったためか、そんな、迂闊な事を言ってしまった。

「皆で姫を……って、ここにいる全員の事?」

 コントローラーを操作しながら静かに秋雲が問う。彼女の後ろにいたゴトには、その表情は見えなかった。
 だから自信満々でこう答えた。

「もちろんじゃない! ここにいる全員で力を合わせたから、あの姫を倒せたんじゃない!」
「――――皆で、あの姫を?」
「もちろん、そうよ。それに、私があの時に間に合わなかったら、どうなってたんだか」

 皆の洗脳が解ける駄目押しの失言だった。

「……へえぇ、ふぅん。そうなんだ」
「え。あの。ゴトランドさん?」
「ん? なぁに?」

 陽炎と吹雪が困惑した表情でゴトの方を見る。

「あの。私、その頃は黒潮たちと一緒にファクトリーで出荷前の最終検品中だったんですけど」
「え」
「私も、つい先日にファクトリーから出てきたばかりで、沖縄の事は伝聞でしか知らないんですけど」
「え」

 北上が畳み掛ける。

「そだね。姫を倒したっていうのは合ってるけど、あの姫って、どっちの事言ってんの?」
「え」
「それに――――」

 北上が自我コマンド入力。
 メインシステムを日常生活モードから、改二になってから追加された対人戦争モードへ移行。デフコンを最高レベルである1に設定し、殺人セーフティの倫理ロックを全て外した。
 榛名と皐月もまた、メインシステムを日常生活モードから対人戦争モードに移行。榛名は完全格納していた艤装を展開し、艦首を模した主砲塔ユニットに近接格闘モードを発令して拳を握らせ、皐月は音も無く白木拵えの短ドス型CIWS『試製型 武功抜群』を抜刀し、距離と状況を音響と光学と対人レーダーで測定し始めた。
 北上の『それに』の後を、ひよ子が継いだ。

「――――それに、助けなんて、来なかったわよ。最後まで」
「ッ!!」
「やってきたのは、大本営のBC部隊と合衆国空軍のCF作戦部隊だけ。BCの方は鳳翔さんの機転で間違いなく救援部隊だったけど。それでも覚えてるわ。あの日、あの時に、ゴトランドなんて名前の艦娘はいなかったわ」

 この時点で、ゴトランドは己の失言を自覚するも、遅すぎた。
 ゴトと視線を合わせているひよ子が自我コマンドを遠隔送信。二階の最奥、ひよ子の執務室の扉が勢い良く開かれ、誰かが勢い良く走ってくる足音が一階のここまで聞こえた。

「あなたは、誰?」

 二階の廊下を走りきり、手すりを乗り越え階段を飛び降りてスーパーヒーロー着地を決めたのは、遠隔操作モードで起動したひよ子の触手服だった。
 この触手服、戦艦レ級を殴り殺せるだけのパワーを持っているし、服というだけあって人に近い形をしているのだ。ちょっと力み方を加減して工夫すれば、中に誰もいなくても、遠隔操作で跳んだり走ったりさせるくらいなら何とかなる。
 そして遠隔操作モード中の触手服は、首から下が全て揃っている事もあって、事情を知らない者からしたら、透明人間が手袋と靴下を含めた二種礼装を着ているようにしか見えない。

「誰!?」

 その触手服にひよ子が追加でコマンドを送信。ギョッとした表情で至極当然の疑問の声を上げたゴトランドを蹴り飛ばして皆との距離を開け、その隙に擬態を解除してひよ子の素肌と服の間に侵入し、再びごく普通の二種礼装への擬態を再開した。因みに、通常の衣類の下に触手服が無理矢理潜り込んだ事によって生じた、ひよ子が本来身に着けていた下着と二種礼装への被害は、この非常事態においては考慮に値しないのでさておく。

「誰って聞きたいのはこっちよ。北上ちゃん、外から施錠できる部屋って、地下の営倉以外には――――」

 今更だから言えるが、こいつ等は余計な事を喋っていないで、有無を言わさずに拘束するなり射殺するなりして無力化するのが正解だったのだ。
 ゴトランドは何の脈絡も無く勢いよく柏手を打ち、この場にいた面々の意識を注目させたところで、事前に設定してあった後催眠暗示のキーワードを叫んだ。

「『おやすみなさい、良い夢を』!!」

 それを聞いて、一瞬ひよ子達が固まり、何事も無かったかのように動き出した。

「なにそれ。何かのおまじない?」
「待って、何かの暗示のキーワードかも。北上ちゃん」
「分かってる。次何か言おうとしたら射殺するから」

 物騒な言葉と表情とは裏腹に、皆はゴトランドへの包囲を解き、各々が掃除を始めた。
 ドアノブやテーブルなどについた指紋を拭い去り、床に掃除機をかけて落ちた毛髪を回収し、監視カメラや感圧センサーに残されたログには北上改二に搭載されている対人兵装『甲標的 乙型』を起動し、全ての記録を書き換えた。
 そしてスマホやケータイ、その他の各記録媒体からゴトランドの痕跡が一つの例外無く消され、当の本人が自前のセスナでブイン島を後にし、土の上に残っていた足跡を箒がけして隠滅し、掃除機の中身を庭先で焚火の薪に混ぜ込んで芋を焼き、ちょうど皆の分が焼き上がった頃にはもう、バックドアを含めた全ての催眠プログラムは皆の頭の中から完全に消滅していた。
 焼き芋を一口齧ったあたりで、皆が正気に戻った。

「ッ!! 逃げられた!?」
「呑気に芋食ってる場合じゃないですよ! 早く追いかけましょう!!」

 当然、追いつくどころか何処に逃げたのかという痕跡すら残っておらず、追跡は失敗した。






 新生ブイン基地、ひよ子の執務室。
 そのデスクの上に置かれたノートパソコンを使い、ひよ子は帝国本土にビデオ通話を接続して、今回の事のあらましを説明していた。

『――――で? そのスパイにはまんまと逃げおおせられ、どんな情報がすっぱ抜かれたのかもわからない。と?』

 接続先はかつての古巣、有明警備府。応対主は第三艦隊の副旗艦、吹雪型駆逐娘の『叢雲』だった。液晶画面の向こう側にいる叢雲の目は覇気が薄く、その下にはうっすらとした球磨もとい隈が出来ていた。

「はい。申し訳ありません……記録は残ってないし、皆も覚えている容姿がてんでバラバラで、証言にならないんですよ」
『ひよ子ちゃんの所にもかぁ……本土の基地や鎮守府でも、物理侵入とかハッキングによる情報流出事件とかが、数は少ないけど立て続けに起こってるの。ほとんどは未遂で阻止できてるけど、突破されたところはひよ子ちゃんの所と同じで、記録も残ってないし証言もバラバラなの』

 液晶の向こうで叢雲がワシワシと頭を掻きむしる。

『まったくもう。ついこないだ三土上人工島に深海棲艦が上陸して大騒ぎになってるって言うのに……』
「え、大丈夫だったんですか!?」
『上陸したのは重巡級が一匹のみ。戦闘も起こらなかったから人的・物的な被害は一切無かったから大丈夫よ。ただ、上陸したのが不明ネ級。もとい、先月から重巡ネ級と呼ばれてる新種で、しかも脳だか首だかに強い衝撃がかかったのか、外傷は一切ないのに意識不明の植物状態で港に引っかかってるのが発見されたのよ」

 え、と意図せぬ小さな呟きが輝と丹陽の口から同時に漏れる。

「身体的特徴から、タウイタウイで交戦報告があったのと同一個体だって証明されたのはいいとしても、南方から本土(ここ)までどうやって哨戒網に一切引っかからずやって来たのか全くの不明だから哨戒ルートがまたイチから更新だし、TKTは第三世代以降の深海棲艦が初めて、しかも生きたまま鹵獲出来たって大はしゃぎだし」

 ひよ子の背後では輝と丹陽が『夢だけど、夢じゃなかったの!?』と、器用にも小声で驚愕していたのだが、ひよ子にも画面の向こうの叢雲にも気付かれなかった。

『そこに来てここ最近のスパイ騒動よ。一週間の睡眠時間は最低でも2ケタは必要だと思わない?』
「「「思います」」」

 今日って日曜日ですよね? と叢雲以外の面々は思ったが、余計な事は言わずにいた。

『兎に角。そのスパイに関してはこっちで何とかしておくわ。だからあんた等は通常業務に戻っていいわ』
「はい。叢雲さんありがとうございます」
『ええ。それじゃあ、今度の鎮守府交流演習大会でね』

 叢雲がそう言って少ししてから画面が真っ暗になり『接続を終了しています』の白文字が浮かび、その数秒後に今度こそ完全に電源が落ちた。
 皆の方を振り返ってひよ子が言った。

「……よし。後は叢雲さんに任せておけば大丈夫よ。何せ、対深海よりも対人任務の方が多かった有明警備府なのよ」





 叢雲がそう言って少ししてから画面が真っ暗になり『接続を終了しています』の白文字が浮かび、その数秒後に今度こそ完全に電源が落ちた。
 叢雲は、メモ用紙に走り書きした新生ブイン基地に侵入したとされるスパイの名前一覧を軽く眺め、その中にあった『軽巡洋艦娘ゴトランド(自称)』の名前を二重線で消し、溜め息ついでにぼやいた。

「……これでよし。しかし、あの娘も大変よねぇ。スパイに間違われるなんて」
「ああ、全くだな。比奈鳥准将が少佐だった時にあった駆逐ニ級の襲撃の時も、プロトタイプ伊19号の時も、三土上の核騒動の時も、沖縄の時も、全てゴトランドのおかげだったというのに」

 全くの同意だと言わんばかりに隣にいた長門が深く首肯する。

「ええ、全くだわ。特に三土上の時は、ゴトランドと、TKTの井戸水技術中尉の古鷹がいたから楽が出来たわ」
「今頃、彼女は何をしているんだろうな」

 2人が宙を見上げ、昔を懐かしんでいると、同時にスマホにラインの着信音が鳴った。2人だけではなく、有明警備府に所属する他の人員や艦娘全てと、それ以外にも多数。
 彼ら彼女らの共通点は、ゴトランドと【昔から知り合いだった】という点に尽きる。
 何かしら。と画面を確認すると、数秒ほどの短い動画ファイルが一件。何の気なしに再生する。
 映像の中のゴトランドが呟く。

【おやすみなさい、良い夢を】

 叢雲と長門の意識が、彼女達の主観において一瞬途切れる。



 帝国を遠く離れた、紅茶の国の某所にあるセーフハウスの中にて、新生ブイン基地や有明警部府などでゴトランドと呼ばれていたその女性は絶賛稼働中の電子レンジを見つめていた。正確に言うと、その中で火花を散らして黒煙を噴き上げる私物のスマホを見つめていた。
 軽い電子音が数度鳴り響き、レンジが止まる。扉を開けてスマホだったものを取り出し、最後の念押しとして洗面器一杯に注がれた酸性洗剤の中に落とした後、火掻き棒でつっつき砕いた。

(――――よし。これでデータ消去は完璧っと)

 自身への追跡をさらに困難にするための処置である。
 本当ならば、最後にいた新ブインか、帰国途中で処理するのがセオリーなのだが、最後の一度以外は解けなかった催眠を解かれた事に思いのほか動揺していたらしく、帰国して原隊復帰も上官への報告も全部すっぽかしてこのセーフハウスに転がり込んで鍵を閉め、全ての対人セキュリティをアクティブにするまでその事が頭の中から抜け落ちていた。
 そしてスマホを破壊する前に、グループ通知で【知り合い】達の後催眠暗示を起動させ、回線の向こう側の面々が一人残らずこちらとの繋がりを自発的に消去したのを確認してからこちらも内部データを白紙化し、先の手順でスマホを物理的に破壊してようやく、ゴトランド(自称)は安堵のため息をついた。

「ふぅ。最後の1人のスマホの電源が切れてなければ何日も引き籠らないで済んだのに。……スマホで撮った書類とかは全部プリントアウトしていつもの手順で送っといたけど、帰国してから連絡1つ入れてないし、局長怒ってるよね、やっぱ」

 嗚呼、スマホ壊さなきゃよかったかな。でも何処からどう繋がり辿られるか分かんないのがこの業界だし。とため息混じりの愚痴をぼやいていると、来客を告げるインターフォンが鳴った。
 確認用のモニタには、昔からの友人の女性が映っていた。

『アンネー、居るー? ……ここもハズレかぁ。このケーキどうしよ、そろそろ痛んじゃう』
「あ。待って待って、今開けるから!」

 彼女が手に持っていた袋に印刷されていたケーキ屋のロゴを見て、自称ゴトランド改めアンネは慌てて扉のロックを開けた。

「何だ、居たんじゃーん。ここもハズレだったら次はコーンウォールのマウスホールのハズレまで車走らせる事になったんだよー?」
「ごめんごめん。ここ数日、ちょっと手が離せなくて。今お茶入れるね」

 友人がお皿とフォークを準備するのを横目に、アンネは手早くお茶を入れる準備を済ませ、テーブルを挟んで彼女の対面に座った。

「はい。おまたせ。それじゃあ早速食べちゃおっか。今回の作戦成功記念に」
「アンネの帰還祝いに」

 ワインもワイングラスも無かったので、お行儀が悪いと知りつつもティーカップ同士を軽くぶつけて打ち鳴らす。そしてお茶請けのケーキを摘まみながら互いの近況報告を兼ねた雑談をはじめた。
 変化が現れたのは、ちょうど三口目を口に入れようとした時だった。
 アンネは、何の前触れも無く酷い眠気に襲われた。

「あ、あれ……?」

 指先から力が抜け、ケーキ片の刺さったフォークがテーブルの上にべたりと不時着し、アンネの上半身もそこに続いた。
 テーブル向こうの彼女は、手の中に納まる小さな深茶色のガラス瓶を弄んでいた。ラベルには『安楽死薬 富士見の娘』とあった。

「やっぱりよく効くわね、この薬。流石、帝国五将家の雨宮グループ製」
「どう、して……?」

 視線もピント焦点も暴走を始め、開けようとしているはずのまぶたがどんどんと落ちてくる。

「貴女が持ち帰った情報、局長は大いに評価していたわ。帝国との取引で入手した艦娘製造法の正確さをこれで証明できるだろう。女王陛下と我が国への偉大なる貢献だ、って」
「……だっ、たら なん、で……、」
「けどね、けれどね。二重スパイが相手なら話は別」

 一瞬だけ意識が覚醒し目を見開くも、薬物による眠気が再びアンネを速やかに包み込む。
 彼女が椅子を持って立ち上がり、アンネの横に座り直す。肩に手を回し、耳元で囁く。

「1人勝ちはとっても気持ちがいいし利益も大きいけど、あからさまなのが何度も続くとその分敵も増えちゃうのよ。特に、国家運営では。だから、今回はEUや周辺各国にもある程度利益を分けてあげないといけないの。ねぇアンネ。今回の貴女はスウェーデンのゴトランドって名乗ってたけど、多分その通りになると思うわよ」
「……」

 アンネのまぶたが完全に落ちる。世界が闇に包まれる。

「貴女が持ち帰った情報によると『艦娘作成には死体を素体として用いるのが最も望ましい』ってあったけど、流石に信憑性に欠けるからその検証も兼ねて……って、あら」
「……」

 意識が闇に落ちる直前、アンネは、確かにこう聞いた。

「おやみなさい、アンネ。良い夢を」





 次回予告

 ……
 …………
 ………………
 ……っあ゙あ゙あ゙あ゙あ゙お゙に゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙~~~~~! やっ、ちゃっ、たぁぁぁぁ~~~!!
 何やってんのよ私ぃ!?
 馬鹿じゃないの!? 馬鹿じゃないの!? 馬ッ鹿じゃないの!? もしくはアホね、私!!
 何で全世界同時生中継であんなぴっちぴちに身体に張り付くバニースーツなんて着てくかなぁ! ていうか艦と合体するときの掛け声が『合体!』だからって、何で私、新約古事記に出てくる方のかぐや姫のコスしちゃうかなぁ! ここ数年内に作ったやつの中だと会心の出来栄えだったけどさぁ、あのコス!
 せめてズビアンと合体してたあの2人みたいに『合(フュー)……体(ジョン)! ハッ!!』とかだったらまだ誤魔化し効いたのに! Iowa級は一艦一名だから出来ないけどさぁ! しかも一人だけキョドってて活躍出来てなかったのバッチシ撮られてるし! ワールドワイドでナードでギークでレイヤーで歴女だって曝しちゃったじゃない! 折角college_schoolでイメチェン成功して脱ナード果たせたのに!
 ……
 …………
 …………はぁ。
 それに比べてサリー、すっごく綺麗だったなぁ。銃なんて持った事無いって言ってたのにサラトガ航空隊の発艦後のformation全然崩れてなかったし。
 high_schoolでもcollege_schoolでもずっとチア部のリーダーでずっとクイーンだし。何でずっと私なんかをサイドキックにしてくれてるんだろ。
 まさか私を横に置いて自分をもっとより良く見せるために……? ううん、それは無いか。サリーはそんな狡っからい真似する暇あったら自分を磨くタイプだし。それに、いつまで経っても私がこんなんじゃ駄目だよね。いつか胸張って、正々堂々とサリーの横に並べるようにならなきゃ。
 そうと決まれば、今日の次回予告はそのための一歩よ!
 本番収録までだいぶ時間あるし、一発撮りで大成功を収められるよう練習していかないとね。
 えっと台本は……ほむほむ。オホン。

(息継ぎ)Hi! Meがアイオワ級戦艦Name Ship、Iowaよ。液晶の向こうの皆、How Are You?
 今回のMe達海外艦娘の活躍、見ててくれたかしら? 私は今日ちょっと活躍できなかったけど、次は今日の分も含めて大活躍してみせるから期待しててネ☆
 それで、次週のお話だけど……Oh my God! What’s a cute girl! 敵艦隊のチャイドル北方棲姫こと、ほっぽちゃんが主役だって。

 次回、とびだせ! ぼくの、わたしの、ブイン基地!!
 第7話『タノシイウミ』

 をお楽しみにね☆
 But,次話タイトル、次話内容、それと投稿予定日は予告なく変更となる可能性があるから、その所は予めご了承OK?

 ぃよし。リハは万全。後はこの後の本収録でも噛まず、に……?
 ……え? あれ? 何で、放送機材の、電源が、ONに……?
 ……
 …………
 ………………$$$$$$$$$$$$$$!!!!????(※絶叫。ソフトウェアによる変換不良。そして筆者はナードアイオワ推進委員会を応援しています)










 本日のNGシーン その1

「……」
「……」
「……」

 ゴトは無言で冷や汗をかいていた。ヤバい、詰む。ていうか詰みかけてる。私正規の軍人じゃなくて、あくまでも潜入工作員だからこんな状況で軍人さんに完全包囲されたら逃げらんない。
 そんなゴトに、ひよ子から救いの手が差し伸べられた。

「みんな待って! 仲間の事を疑うのは良くないわ。ゴトの事を信じてあげましょうよ」
「貴女……」

 もしもこの作品がアニメか漫画だったら、今のひよ子の目には蚊取り線香がグルグルと渦を巻いているはずだ。

「だから、疑いを晴らせばいいのよ! 大本営に掛け合って、映像データなり過去の戦闘詳報なりを貰えばいいのよ。誰の思い出が正しいのかなんてそれで一発よ!」
「「「それだ!」」」

 手は地獄から伸びていた。



 本日のNGシーン その2


 ちょうどその日の、その時間。
 新生ブイン基地、1Fのロビーに設置されている大型テレビの前にて、比奈鳥ひよ子はテレビのリモコン握った片手を天に突き出して変なテンションで叫んだ。

「チャンネルじゃんけん、はっじまっるよ~!」
「「「わぁい!」」」

(中略)

 勝者は、見たい番組が被っていたために即興で共闘を結んだ塩太郎と明石、そして夕張のトリオを三回連続グーで下した、秋雲だった。

(※秋雲ちゃんの瞳のハイライトを曇らせて悦に浸りたいとは思ったものの、猫の地球儀2巻を読み返した筆者がこの続きを書く事に耐えられなかったので没になりました)





 本日のOK(筆者の妄想垂れ流しのキショイ)シーン その1


 バーサストマト

 吹雪がネット通販で購入したTVゲーム。
 25 vs 25 vs 25 vs 25のチーム対戦型TPSゲーム。
 多分筆者が知らないだけで似たようなのはきっとあるはず。

 プレイヤーは、各ゲームスタート前に『生存者』『ゾンビ』『エイリアン』『トマト』の4ついずれかの陣営を選択し、それからゲームをスタートする事になる。
 ゲームモードは他3陣営の75人を全滅させる『デスマッチ』か、本編中で吹雪達がプレイしていたのと同じく、トマトの苗木が植えられた一つの鉢植えを試合終了時に所持していた陣営が勝者となる『フラグマッチ』の二種類からなる。
 本編中でもあったとおり、NINTENDO64往年の名作007のように画面4分割プレイが出来るために、他陣営へのスパイや談合プレイが頻発。公式でも自粛を呼びかけるアナウンスは幾度となく有ったものの、効果は薄く、最早それがあるのが前提と考えてプレイするが吉。後のアプデで一画面プレイ時のみ入室可能なサーバーが増設された。
 各陣営の簡単な説明は以下の通り。


 生存者(サバイバー)

「トマトだ。トマトを食べればゾンビにならないらしいぞ」
「それどころかゾンビに噛まれてすぐの奴がトマト食べたらゾンビ化が治ったって話だ」
「捜索だ! とにかく拷も、じゃなくてトマトを捜索せよ!!」

 ある日突然ゾンビパニックとエイリアン・インベイジョンの両方に襲われた不幸な街の生存者達。
 オフラインのキャンペーン・モードはこの陣営で進む事になる。

 各種銃火器やUFO以外の搭乗兵器、フライパンやチェーンソーなどの近接武器、更にはその辺に落ちてるコンクリ片やサッカーボールなど兎に角使える武器の幅が広い。
 また、ゾンビの両足を掴んでジャイアントスイングしたり、エイリアンの背後から忍び寄って肩を掴んで振り向かせて『お前も生存者だ』と呟きつつ顔面を殴り倒したり、バイクに乗ったまま火炎放射器片手に『ヒャッハー! 新鮮な温野菜だぜー!!』と叫んでトマトを焼き殺したりと、兎に角採れるアクションの幅も広い。
 また、条件を満たしたゾンビ以外で常時パルクール移動ができる唯一の陣営でもある。障害物は脱出経路。
 それ以外には目立った特徴は無く、これといったデメリットも無いので、迷った時や初心者はこの陣営を選ぶといいかもしれない。

 陣営特有スキルは『ハロー、グッダイ』
 虚空から発生させたモブNPCを一体掴んで放り投げ、周囲にいる他陣営のロックオンをそちらに強制移動させるというもの。
 因みにアプデ前は最寄りの他サバイバーを障害物無視で強制的に引き寄せる仕様だったため、当時のオンラインのサバイバー陣営は地獄絵図だった。


 ゾンビ

「あ゙ー(あかい あかい トメィトォー。いたー)」
「ゔお゙ー(ほど良く熟れていたので食し、うまかっ です)」
「ゔあ゙ー(トマト うま)」

 後述のエイリアン陣営が、着陸前の『消毒作業の一環』として町に投下したゾンビ化ガス爆弾の被害者。

 他3陣営と違い、基本的にダッシュ移動やジャンプが出来ず、ただのたのたと歩き回るか匍匐移動でさらにゆっくり進むかの2択しかない。
 その代わりと言うのか、耐久力は今も昔も全陣営最高値を誇り、フラグマッチ中にゾンビに食い殺されたキャラはリスポンまでの時間にペナルティがかかる。
 が、それだけ。
 陣営特有スキルは無く、足も劇遅なのでゲーム発売当初は最弱陣営だった。
 流石にそれだけだとマズイと感じたのか、一回目のアップデートで、物陰からモブゾンビが無限湧きするようになり、夜になると全パラメータにバフがかかるようになったがやはり足の遅さは改善されず、最弱陣営のままだった。

 が、二回目のアップデートで陣営スキルに『歌って踊る』が実装された事で全てがひっくり返った。
 スキル発動中に流れるBGMは喧しく、硬直時間も長いのだが、一度一曲踊り切れば後はそのマッチ中、全てのゾンビがサバイバー陣営とほぼ同速度で走ったりパルクールしたり出来るようになるというもの。
 そして現バージョンでのゾンビはモブ無限湧きの上に夜になるとさらに強化される。つまりゲームスタート直後にゾンビ陣営の全プレイヤーを殲滅できなければ、本編中みたいな他3陣営にとっての地獄絵図が待っている。

 因みに、歌って踊る際のBGMを、マイケル・ジャクソンのスリラーに変更する非公式パッチを配布したデトロイド市在住のとあるユーザーがいたが、パッチ配布後30分もしない内に自宅に警察が押しかけてきた話はあまりにも有名。


 エイリアン

「まったく。王命とは言え何で王子たる俺様がこんな、ワープゲートの1つどころかエーテル整流すらしてないような超絶クソド田舎銀河の端っこくんだりまで足を運ばにゃならんのだ……あの耄碌親父め」
「ていうか本当にあるのか? 銀河の至宝にして宇宙皇帝の証『トマト』がこの星に?」
「まぁ良い。もしも本当にトマトがあるのなら、次代の宇宙皇帝は他の王子や王女共ではない、この俺様だ! いくぞ者ども、俺に続けぇい!!」

 遠い外宇宙のどこかからやって来た、ブルーブラッド階級のエイリアン軍団。でも影響力はそんなにないっぽい。

 ゲームスタート時から個人乗りUFOやらパルスライフルやら空爆ポイント指示マーカーやらといった高火力武器をいくつか、ランダムで所持している。DLCではコラボ装備としてパルマシ両肩アンプなどという悪夢まで追加された。他3陣営が装備や体勢を整えるよりも早く畳み掛ける電撃作戦が基本プレイスタイルになるだろう。
 が、サバイバーとは違って落ちている武器やアイテムを拾えず、アイテム運搬専用の中型UFO『ウスノロ』からしか弾薬の補給や武器の交換が出来ず、補給回数も1回か2回で上限という致命的な欠点を持つ。つまり序盤にこれを破壊されるとジリー・プアー(徐々に不利)
 お貴族様はこれだから。

 陣営特有スキルは『EMPバラージ』
 エイリアンの着ている宇宙服から全方位に向けてプラズマ衝撃波を発生させ、通常ダメージに加えて周辺一帯の電子機器の機能を停止させる。
 ゲーム内のテキストチャットもここに含まれるようで、着弾箇所周辺のプレイヤーはテキストチャットによるやり取りが出来なくなる……のだが、ゾンビやトマトはどうやってテキストを入力しているのだろうか。
 このゲーム最大の謎である。


 トマト

「食われてたまるか!!」

 類稀なる生存本能に目覚めたナス科植物。
 怖い奴は消してしまえばいいの精神で手足と胴体を生やし、生存の自由のために、仲間と共に他3陣営の壊滅を目指す。
 バーサストマトでは、全身赤タイツの細マッチョで首から上が真っ赤に熟れたトマトがあなたを殴る!

 イロモノ陣営。
 この陣営を一言で言い表すとそうなる。
 生存者とエイリアンの中間地点のような性能の陣営で、落ちている武器はほとんど拾えず、一部例外キャラを覗いて精々が石ころや空き缶を投擲するか、鉄パイプや道路標識を手にするくらいである。しかし夜のゾンビ程ではないが高い身体能力を持っているため、それによるステゴロが基本の戦闘スタイルとなる。

 また、DLCによるコラボ参戦キャラが全陣営で最も多い。
 ……が、ヤーナムのカリフラワーはともかく、関野ブロコちゃんはどう考えてもサバイバー陣営ではなかろうか。という疑問は全プレイヤーから上がっている。



 本日のOKシーン その2

 那覇鎮守府を飛び立った軍用輸送機C-1の中にいる艦娘達は、大分して3つのグループに分けられる。
 一つ。
 私達、船なのに空飛ぶなんて常識的に考えてありえないんですけど。と言って背負ったパラシュートのショルダーハーネス(肩紐)を強く固く握りしめ、カーゴベイの隅っこに身を寄せてガクガクブルブルと震えるグループ。
 一つ。
 私達、船なのに空飛んでるなんて超スゲー! とお目々をキラキラと輝かせ、邪魔にならない程度に通路ドアから首から上だけをコックピットに乱入させ外の景色を熱心に眺めるグループ。
 そして最後のひとつに、離陸準備からテイクオフ、そしてここに至るまでの間何一つの淀みも問題も無く、このC-1を1人で操縦してきた比奈鳥ひよ子を、同コックピットの副長席でガン見している重雷装艦娘『北上改二』となる。

「え。ひよちゃん。なんで飛行機操縦できるの?」

 この時の北上の表情は、YHWHとブッダとアッラー(※指名代理人としてムハンマドが出演)の3人が、が渋谷のスクランブル交差点で仲良く並んでうまぴょい伝説を歌って踊っているの見た時ような、というのが最も限りなく正解に近い。なお、誰がセンターを飾っていたのかは伏す。

「大学の実技で習ったのよ。疑似0G訓練中にパイロットが突然操縦不可能に陥っても単独で対処できるようにって。それとこの機体、うちの大学がゲロ彗星に使ってたのと同じ機種だし」

 どこの大学やねん。と北上は小声でぼやき、そのやり取りを聞いていた2番目のグループの艦娘達は『70年後の海軍将校は飛行機の操縦まで出来なきゃならんのか』と、どこか間違った賞賛の念を懐いた。

「あれ? 北上ちゃん言ってなかったっけ? 私、インスタント提督に徴集される前は、つくばのウカウカに――――」
「? ひよ子ちゃん?」

 言葉の途中でひよ子が固まる。大きく目を見開き、イヌのように浅く早い呼吸を繰り返し始める。
 操縦桿を握るひよ子の手が大きく震えはじめ、それに従って機体が大きく揺れた。カーゴベイの中から悲鳴がいくつか上がる。
 何やってんのと言うよりも先に、北上もひよ子の異常の理由を理解した。ひよ子がミッドウェーで体験したのとまるで同質のプレッシャーを、北上のゴーストも感じ取った。

「ッ!? この感じ……!」

 それよりもやや遅れて北上のメインシステム索敵系より最優先警報発令。前方左下、進行方向の海上よりパゼスト逆背景放射線を検出。
 波形と数値は、事前にインプットしてあった第4ひ号目標のものと完全に一致。

「――――いた」

 発生源は1。有線接続された黒髪の美女を片腕で抱き、残り3つの手足で犬かきと立ち泳ぎの中間地点のような泳法で進攻を続ける顔の無い筋肉ゴリラ。
 護衛艦艇の存在は肉眼にもレーダーにもPRBR検出デバイス上にも確認できず。
 文字通りの単騎進攻だった。
 北上の索敵系が、それとは別の不明な脅威を検出。
 前方方向、本土のある水平線のはるか彼方から、超高速接近する熱源が複数。

「あっ」

 と言い切るよりも早く。
 海面から少し離れた高度を第一宇宙速度に若干足りない程度の速度で駆け抜け、瞬きするよりも早く第4ひ号目標に全弾直撃。そこから数秒遅れて追従した衝撃波が海面を凹ませ逆三角波を作り、着弾音がコックピットの風防ガラス越しに鳴り響いた。

「友軍からの支援攻撃!」

 その言葉に反応してコックピットに艦娘達が殺到する。誰かが叫ぶ。

「何あれ!? 魚雷が空飛んでる!」
「ミサイルっていう自律誘導噴進弾だって。あ、また当たった!」
「効果は!?」

 アクション映画でよく見られるような大きな爆発は無く、着弾地点を頂点とした薄い爆煙の円錐が第4ひ号目標の後方に向かって伸びていた事から、おそらくは炸薬を搭載した通常弾頭ではなく、LOSATや弾道弾迎撃ミサイルなどに代表される、速度そのものを破壊力とした徹甲弾頭の運動エネルギーミサイル。
 薄い円錐が晴れる。そこには、有線で接続された背後の筋肉ゴリラにかばわれ、全くの無傷の第4ひ号目標がいた。
 同方角から、さらに無数の高速熱源の接近を確認。即座に着弾。

「……」
「……」

 数分間にも及ぶ横殴りの運動エネルギーミサイルの雨が止み、これ以上の追撃は無いと判断した第4ひ号目標が有線で命令。防御姿勢を解除。
 筋肉ゴリラへの被害は、少なくとも、ひよ子達からは全く確認できなかった。

「……」
「……」

 第4ひ号目標は北上達が乗るC-1には気付いていなかったようで、そのまま本土への侵攻を再開した。
 恐怖を押し返すべく北上が、普段通りのぬぽーっとした表情と声を無理矢理作る。ついでに乱入してきた艦娘達も北上がカーゴに蹴り戻して扉を閉めた。

「あれまー。随分と舐めてくれちゃって」
「……北上ちゃん」
「システムとデバイスのチェックは全部オッケー。ダミーハートも異常無し。有明の皆が持たせてくれた、とっておきの化学弾頭『マーベラスオレンジ』『マニアックパープル』『ウルトラショッキングピンク』の3発とも全て異常無し。いつでも行けるよ」

 ひよ子が手指に力を込め、大きくゆっくりと深呼吸を繰り返す。数度目でようやく、手の震えは力めば消える程度にまで収まった。
 マイクをON。

『待機中の全艦娘に告ぐ。全艦娘に告ぐ。敵艦見ゆ。攻撃目標の第4ひ号目標と確認。全艦娘、降下準備。……降下シークエンスの把握が不安な娘がいたら今すぐ言って』

 北上が立ち上がってドアを開けて確認すると、何人かが手を上げていた。ひよ子に断りを入れて北上がカーゴに向かい、再レクチャーを始めた。
 その間にひよ子は無線機を手に取り、沖縄と連絡を取ろうとした。

「A隊比奈鳥より那覇鎮。A隊比奈鳥より那覇鎮。第4ひ号目標を発見。これより交戦を開始する」

 返答無し。

「? A隊比奈鳥より那覇鎮。A隊比奈鳥より那覇鎮。送れ。送れ」

 無線には誰も出なかった。
 帰ってくるのはアナログ時代のテレビの空きチャンネルに流れていたのに近い、砂嵐ノイズだけだった。
 脳裏ににじみ浮かんでくる嫌な妄想を首を振って無理矢理に払い、再度深呼吸。
 数度繰り返し、目を開けたところで北上が戻ってきた。

「ひよ子ちゃん。こっちは全員準備完了したよー」
「了解」
「私は下でダミーハート使って『超展開』してるから、ひよ子ちゃんはパラシュートで降りてきてねー。私の近くに降りたら、こっちで回収出来るから」
「ええ、分かったわ北上ちゃん。艦長席でまた会いましょう」

 空艇降下用扉の解放ボタンに指を掛ける。
 分かってはいるのだ。

「……」

 着任一年と少々のひよ子とて分かってはいるのだ。何の訓練も無しの空艇降下が危険極まりないという事は。
 だが、こちらの戦力のほとんどがズブの素人以下である以上、上空高高度からの奇襲という優位性は絶対に欲しい。そして敵は、自分と北上の2人だけでどうにかできる相手ではないという事も理解している以上、数の優位も絶対に欲しい。
 だから、かつての硫黄島奪還作戦『桜花作戦』にて、佐渡ヶ島鎮守府のとある少佐が再突入シャトルで似たような事をやったという噂話だけを頼りに、こんな無理難題を敢行させたのだ。

「……」

 目を閉じて最後の深呼吸。
 自分はこれから、あの娘達を殺す。カーゴベイの片隅で高いとこ嫌なのとガクガクブルブルしている娘達や、逆にこんな高いとこ来たの初めてと喜んでいるあの娘達に死んでこいと命じる。
 70年間静かに眠り続けていたあの娘達を海の底から引き揚げ、蘇らせ、再び殺そうとしている。自分が直接そうした訳ではないが、結局は同罪だと思う。
 そして軍では、責任は命じたものが負う。
 ならば、こんな作戦未満のクソの中に何も知らない子供達を放り込んだ責任は軍上層部がとるだろう。方法は知らないが。
 ならば、この艦娘達に直接死んでこいと命じた自分の責任の取り方は、一番槍を務めて大将首を取る事。そして可能な限り、否、全員で生還する事だと思う。
 目を閉じて最後の深呼吸、2回目。

「……」

 解放ボタンを押し、叫ぶ。

「全艦娘――――突撃!!」

 機体後方のカーゴドアが解放され、艦娘達が次々と降下して行く。
 ひよ子と北上の事前の打ち合わせ通り、ビビって立ち止まる奴は北上がケツを蹴り出し、空中でパニックになって危険な近距離でパラシュートを開こうとした奴には、やはり北上が対人兵装『甲標的 乙型』で身体の操作をハッキングし、適切な距離か間隔が開くまで自由落下を続行させる。新兵未満の彼女らの悲鳴・絶叫・失禁の如何程についてはあえて言うまい。
 最後に北上も飛び降りたところで空中でいくつもの閃光と轟音。適切な速度まで減速した艦娘らが空中で『展開』し、鋼鉄の戦闘艦本来の姿に解凍され、降下を再開。
 さらに下方で閃光と轟音。
 強行着水しても重度の損傷を負わない距離にまで降下した全ての艦娘がダミーハートを用いて『超展開』を実行し、巨大な人型に変身する。過剰な速度は超展開時に生じる純粋エネルギー爆発でさらに減殺される。
 それぞれがそれぞれの獲物を眼下に構え、戦闘艦の大質量に死なない程度の落下速度を付け足して、己を一個の砲弾と化して第4ひ号目標へと突撃する。
 今の北上達、超展開した艦娘らの両足には『浮き輪』の通称で提督達に知られるフロート装備が装着してあり、さらにカカト・スクリューの取り付け角をマイナス90度こと足の裏に移動してあるため、浅瀬の時のような機敏な動きは不可能だが、それでもこの深い沖海に沈まずに行動できるようになっている。
 ひよ子も操縦桿を操作して、通り過ぎた第4ひ号目標の遥か前方でUターンした後、輸送機の進行方向を下方、第4ひ号目標の現在地に照準し直し、舵を固定すると、己もパラシュートを背負って後部カーゴドアから外へと飛び出した。降下目標は、すでに超展開を終えている北上。幸運な事に風は追い風で、ひよ子のパラシュートは勝手に北上の方へと流れて行ってくれた。
 ひよ子を目視で確認した北上がざぶざぶと大波小波を押し分けて小走りで何歩か移動し、手を伸ばす。
 北上の掌の上に着陸したひよ子は、パラシュートを切り離すと即座に腕を上る方に走り出した。

「北上ちゃん!」
『あいよ! 艦長席開けて待ってるよ!』



 Please save our Okinawa 05.



 ちょうどその時。
 鳴かず飛ばずの時間系Vtuber『堂まりに』は、スマホにインストールしたアプリにて、動画を生配信していた。

「それでは視聴者の皆様。次回もまた、時計の針が全て揃った時にお会いしましょう。それではいあいあ~」

 笑顔のまま手を振りつつ、自家用車の助手席側ウィンドウを土台に固定してあったスマホに手を伸ばし、生放送用にインストールしてあるアプリセットを一括終了させるべくスマホの画面をタッチ。終了の確認もせずに盛大にため息を吐き出し、乗ってきたクレスタの助手席から煙草の箱をひっつかみ、口に一本咥えると慣れた手つきで火を付けた。
 愚痴と一緒に紫煙を吐き出す。

「っかぁ~。やってらんねぇー。いつになったら渋滞解消されんだよ」

 鳴かず飛ばずの時間系Vtuber『堂まりに』
 使用しているアバターは、小豆色のセーラー服を来た三つ編みおさげで黒ぶち丸メガネの三つ編みソバカスのパッと見図書委員系美少女。
 その中の人が、内山大造(ウチヤマダイゾウ。53歳男性、高校教師。現在離婚調停中)というハゲメガネである事は悲劇なのか喜劇なのか。

「車転がしてっから酒も飲めねぇし……って。ありゃ、また配信切り忘れちまってたか。うぇーい、者どもー。まりにちゃんの延長配信始めっぞー」

 チラ見したスマホの画面の中では、小豆色のセーラー服を来た三つ編みおさげで黒ぶち丸メガネの三つ編みソバカスの文学部図書委員系少女の堂まりにが白いクレスタの助手席側の窓に外側から肘を掛けて寄りかかり、煙草を一本咥えて画面の向こう側に軽く手を振っていた。
 画面の中では【おまたせ】【またかよ】【俺の知ってる娘が知らない娘になっとる……】【2回に1回延長配信】【延長(炎上)配信】などのコメントがいくつか流れていた。

「何話そうか……えー。あー。まりにちゃんは今ー。沖縄県、那覇市にいまーす」
【まりにちゃんの一人称は私だろ】【こっちのまりにちゃんはまりにちゃんだ】【あまり気にするな】【徹夜でストゼロ飲み続けて寝ゲロで締めた事もある方のまりにちゃんやぞ?】【寝ゲロで締める(人生を)】【寝ゲロで締める(たまたま入ってきた空き巣からの119番通報と応急処置で事なきを得る)】【沖縄!? まだ非難完了してないの?】
「そうでーす。長めのゲリラ配信できちゃうくらいの大渋滞でーす。あっちの避難船……なんかな? 兎に角、あの沖合にある船に向かう漁船やモーターボートが止めてある喜屋武漁港までもう1キロ切ってるのに3時間近く足止めされてまーす」

 内山(まりに)がスマホを向けるその先には、3隻の軍艦が港から少し離れた外海に停泊していた。そして、その港を埋め尽くすように無数の車が停車してあり、それによって道路や駐車場の空きが無くなった事が渋滞の原因となっていたらしかった。

【避難船(軍艦)】【避難船(駆逐艦)】【避難船(特Ⅱ型駆逐艦&特Ⅰ型駆逐艦&陽炎型駆逐艦)】【避難船(ぼのたん&みゆきち&戦闘妖精)】【ヒェ】【何でわかるの?】【何でわかんないの?】【おまいら(駆逐艦ガチ勢)】【そこ那覇じゃねぇ!】【ていうか喜屋武は糸満市だバ鹿野郎】

 これらのコメント群を一瞥し、 内山(まりに)が再び駆逐艦のいる沖合を見やる。ついでにスマホを再度向ける。

「あー。何かスピーカーで言ってますね。えー『これ以上車が進める余裕はないので、車はその場に放棄して、手荷物と車検証と貴重品のみを持って』……?」
【?】【何?】【止まった?】【回線重い?】【クラクションの音入ってるし動いてる】【お使いのPCは正常です】【何か変な音してね?】【上からくるぞ!】
【敵の潜水艦を発見!】【駄目だ!】【駄目だ!!】【駄目だ!!!】
【いや待て本当に何かいる!】

 内山(まりに)だけではなかった。周囲にいた誰も彼もがざわざわとどよめき、海の一点を見つめ始める。
 誰かが指さしたその先。音も無く海面が盛り上がったかと思うと、それを突き破って海中から巨大な何かが2つ、飛び出してきた。
 黒が1つと白が1つ。
 どちらも完全な人型で、女性型だった。

 黒の方は、死人色の肌をしていて、新月の夜のようなストレートロングの黒髪を生やし、金属様の光沢を放つ漆黒のボディスーツ状の表皮装甲に身を包み、黒瑪瑙色のブ厚い装甲に覆われた両腕からは理路整然と整列した六門の大口径砲を生やしていた。
 深海凄艦側の大型種。艦娘を含めた人類製の兵器を圧倒するための、かつての決戦兵器。
 通称『泳ぐ要塞』
 戦艦ル級。

 続いて白。
 ル級タ級よりも若干幼く思える赤い目をした女性型。全身、髪も肌も真っ白で、カカト付近まで伸ばした長大なツインテール。左足と一体化している黒い金属製のブースター付きブーツ。肩から指先までを覆い尽くす、金属製の怪物の顔が複数寄り集まっているかのような分厚い装甲とその口々から生えている16inch三連装砲塔群。
 一部の艦娘の索敵系が最優先警報を発する特別個体。
 深海棲艦の上位存在。
 姫。

 それを目にした、喜屋武漁港の周囲にいた内山(まりに)達が皆、恐怖で絶叫した。沖合にいた輝や雪風(輝は深雪と呼称)達も例外ではなかった。
 例外は、内山(まりに)が握りしめたままのスマホで配信中の枠を見ている視聴者達だけだった。何とも呑気な事に【髪ブラ】だの【エッッッッ】だの【見えた! 仲の悪いフグ!!】だのと言ったコメントが弾幕と化して画面を流れていた。

「フフ……ウフフ……ズット、ズット待ッテイタワ。今日コノ時ヲ」

 姫が片手を口に添えて、穏やかに語り始めた。

「筆者ノ奴、嗚呼栄光ノぶいん基地最終話ノ一話前書イテル途中マデ私ノ存在、完全二忘レテテ、結局出番全部はぶラレタケド、ヨウヤク来タワ、私ノ、出番!!」

 口調こそ穏やかだったが、内容が意味不明だった。
 内山(まりに)の配信動画に流れるコメントにもあるように、きっと、人類の言葉を適当に切って繋いでいるだけで、その意味までは理解していないのだろう。
 このような理解不能な発言に加えて、生きている深海棲艦の身体から発せられるPRBR、それも特に極めて高濃度な姫のそれに暴露した事によって周囲の人間は発狂。内山(まりに)もまた、口から泡を吹いて白目を向き、恐怖のあまり失禁・脱糞した。リアルではハゲの中年男性だが、配信動画の中では小豆色のセーラー服を来た三つ編みおさげで黒ぶち丸メガネの三つ編みソバカスの文学部図書委員系少女であったのが唯一の救いか。

「六年間待ッタケド、コノ沖縄編デハソノ分派手ニ活躍――――」
「「深雪雪風、超展開!!」」
「だ、ダミーハート点火! 深雪さま、超展開だぜ!!」

 姫との距離が近い分、より強烈な恐怖とプレッシャーに曝されていた輝達が、生存本能の急かすままに『超展開』を実行。曙はバイタルパートが燃えやすいゼラニウム合金製だったのでドクターならぬアドミラルストップがかけられており、通常艦艇の姿のまま、避難誘導を再開した。
 閃光と轟音の余波も収まり切らぬ内に雪風(輝は深雪と呼称)と深雪はそれぞれ、逆手に握った短ドスを振りかざし、姫に飛び掛かった。夕張から出撃前に譲渡されたTKT外殻研究班の試作兵装の1つだった。この短ドスの柄、柄頭側と握り手側でパーツが独立しているらしく、細い切れ目が見えた。
 ドスが突き立てられる直前に、姫はドスの刃を無造作に掴んで防御。超展開中の艦娘の速度と重量が乗っていたにも関わらず刃は完全に握り止められた。
 薄皮一枚を斬るどころか圧迫による赤い筋の1つすら付いていなかった。

「――――シテヤルワ、ッテ、アラ。惜シイ」

 輝の乗る雪風(輝は深雪と呼称)と深雪の脳裏に、出撃前に受けた夕張からのレクチャーの内容が蘇る。


 はーい。それじゃあ注目ぉーく。この短ドス、もとい『試製型 武功抜群』だけど、刃は一応付いてるけど、切っ先以外の切れ味は期待しないでね。
 勢いか、体重載せて深く突き刺すのが正しい運用方法だからね。で、突き刺した後はこの柄頭を、ガチリって言うまで引っ張り上げて――――


 輝の乗る雪風(輝は深雪と呼称)と深雪が、それぞれが握る短ドスの柄頭をもう片方の手でガチリという音がするまで引き上げた。
 柄頭側には『▼』と刻印がされており、握り手側には『0 KABOON!』と刻印されていた。
 超展開中の艦娘の親指の太さほどの長さを引き上げきると、2人は柄頭をペットボトルの回し蓋よろしく勢いよく捻った。柄頭の『▼』は握り手側に刻印されていた『3sec』を経由して『5sec』へと移動。2人はそこで手を放し、姫に背を向けて一目散に逃げだした。

「エ。アレ? ナンデ!? コレカラ戦ウンジャナイノ!? ……ン?」

 両手それぞれに握る短ドスの、柄頭の内側に仕込まれた軍用金属製の巨大ゼンマイがジィィと低い音を立ててカウントダウンを刻んでいる事に姫は気が付いた。ゼンマイ駆動によって柄頭が一定の速度で半回転しているのが見えた。
 呑気な事に、姫はそれを目の前に近づけて眺めていた。
 『▼』の印が5secから3sec、そして0の位置に戻りつつあった。
 輝の乗る雪風(輝は深雪と呼称)と深雪の脳裏に、出撃前に受けた夕張からのレクチャーの内容が蘇る。


 試製型武功ばつぎゅ……長いしもう短ドスでいいよね? これの本質は刃物じゃなくて、超振動兵器よ。世界初の。それも昨今流行りの共振動誘発タイプじゃなくて、分子結合を無理矢理崩すレトロスタイルの。
 深海棲艦の金属艤装みたいな自己再生は研究不足で再現出来なかったから、一発勝負の使い捨てよ。ルノア大尉の菊千角の完全再現は遠いなぁ。
 材料調達費とかを含めた製作費は一本当たり……うん。金剛型一隻よりは安かったわね。
 でも軍からの要求通り、これさえあれば睦月型一隻で戦艦ル級一隻を撃破できるはずよ、理論上は!
 ……出来なきゃ、TKTどころか海軍の裏プール金使い込んでまで開発ゴリ押ししたんだから、出来なきゃ私達が今度の実験体ににに。


『▼』の印が『0 KABOON!』の位置に戻る。
 それと同時に耳障りな甲高い音が短ドスから発せられ、それに姫が顔をしかめるよりも先に、短ドスとその周辺の固形物が瞬間的に液化し、ほぼ同時に巻き起こった振動の衝撃波で周囲に散き散らされた。
 巨大な水風船が破裂したかのような音に思わずぎょっとして背後を振り向いた雪風(輝は深雪と呼称)と深雪が見た時にはもう、二本の足だけを残して立ちつくす、姫だったものだけがあった。因みにどうでもいい事だが、そこから弾け飛んだ比較的大きな破片が内山(まりに)のクレスタに直撃し、廃車確定の大損傷を負ったのを見た内山(まりに)が『わ、私のクレスタぁぁ!?』と絶叫したのはどうでもいい事なのでここでは割愛する。

 ――――……ねぇ深雪。
【雪風ですってば。なんですか、輝君?】
 ――――こんなにあっさりあの姫が倒せるなんて……だったら。だったら、何で、僕達や井戸少佐の時には、どうしてこれが――――
【ッ! 輝君まだです!!】

 理解を超える光景に硬直していたル級がようやく再起動。今しがたの惨劇を作り出した輝&雪風(輝は深雪と呼称)ではなく、もう一人の深雪に照準を定めた。
 雪風(輝は深雪と呼称)が2本目の短ドスを抜刀し、ル級の背後から突貫。深雪は、腰が抜けたのか尻餅をついて迫るル級を見上げていた。
 輝の脳裏にフラッシュバック。
 ブイン基地に着任した当初。初の単独航海訓練時に、夜中まで迷った挙句に戦艦ル級と遭遇した時の光景が思い出された。
 あの時、自分と深雪を助けてくれた井戸少佐は天龍に乗艦っていて、ル級の背後から忍び寄って、手にした刀の刃は横に寝かせて、位置と角度は、

 ――――確か、こう。

 母親の背中に飛び乗る子供と同じ要領で戦艦ル級の背中に張り付き、記憶の中にあった光景から逆算した位置と角度で短ドスを差し込む。突き立てられた短ドスはスーツ状装甲からいくらかの抵抗を感じただけで、驚くほどあっさりとル級の背中を突き貫け、切っ先の一部が胸から飛び出した。
 器官内部への出血により、口からわずかに血を吐いたル級が驚愕し、背後を振り返るよりも先に輝は柄頭を引き上げ、ゼンマイ仕掛けのタイマーを3と0の真ん中あたりに設定し、背中を蹴って飛び離れた。
 輝が自我コマンドを入力。新庄へ通信を繋げる。
 雪風(輝は深雪と呼称)のすぐ背後で超振動発生。

 ――――糸満市喜屋武港脱出支援組の目隠輝より新庄少佐、目隠輝より新庄少佐! 敵艦隊と遭遇! 姫を撃破しました! 残敵と交戦中! ……新庄少佐? もしもし?

 新庄からの返事は、無かった。



 数時間前に、那覇鎮守府横の道路を通り過ぎていった幼稚園の送迎バス。
 その運転席にてハンドルを握る園長先生に、すぐ背後の席から非難がましい視線と声が向けられる。

「……園長先生」
「……言わんでください。伊賀栗先生」

 今頃だったらとっくに子供達は親元に合流し、園長先生と伊賀栗保育士らと共に那覇空港から空の上であるはずなのだが、グリッドロックが発生するほどの大渋滞をにしびれを切らした園長先生が、この近くにある大型百貨店の地下駐車場の最下層から反対側に抜けると空港付近にショートカット出来る裏路地が子供の頃にあったはず、という大層薄ぼんやりとした記憶を頼りにそれを実行。
 そして案の定、改装工事により空港側に通じているはずの出口は完全に埋め立てられ鉄筋コンクリート製の壁になっており、行き止まりになっていた。

「どうするんですか、飛行機も避難船も、時間的にもう出航してますよ? こんなRPGの地下ダンジョンみたいな深いとこまで来ておいて。しかも何か結構な勢いで漏水してますし」
「……あー。兎に角、来た道を戻って那覇空港まで向かいましょう。もしもいなかったら、軍の方に事情を説明して、船か飛行機に乗せてもらいましょう」
「分かりました。では子供達にはトイレ休憩に来たという事で。はいみんなー、トイレ休憩ですよー!」

 そしてトイレ休憩を済ませ、いざ出発というところで、壁を流れ落ちる水流に一瞬だけ火花と電流が走った。それを受けて園児たちがわーきゃーと騒ぎ始める。
 それから少しして彼らのいる地下駐車場に低い地鳴りが響き始めた。

「地震?」
「いえ、これは……」

 地震ではなかった。それのように連続しておらず、遠雷か、巨大怪獣の足音のように断続的だった。
 園長先生も伊賀栗保育士も、外の状況に何かが――――それも良くない方向への変化があった事を察した。

「……もう少し、ここで様子を見た方が良いかもしれませんね」
「……そう、ですね」



 それらの少し前。

 ひよ子率いる別働隊がC-1輸送機で飛び立ち、それが雲の向こうに消え去るまで敬礼し続けた新庄達はそこで姿勢を戻した。
 そして背後を振り返り、そこに並んでいた面々にそれぞれ指示を出すと自身も戦闘に備えての準備に取り掛かった。
 具体的に言うと、鍋島V型を展開した艦娘の甲板(の上に敷いたベニヤ板)に乗っけたり、本土からやって来た輸送船に積まれていた、陸軍の戦車の揚陸作業の現場指示だったりである。

「全島避難は順調。空路は那覇空港の次の最終フライトで完了。海路は港へ通じる道路に渋滞が多発するも重大事故無し。敵深海棲艦B群は、直線距離でもまだ約一日の距離……良し。これはもしかすると、もしかしたならば、最後まで順調にいけるのではないか? 何もかもが、全て――――」

 それらが終わり、戦車の暖気も揚陸物資の分散配置も終えて、他の全ての人員の配置も終え、遠洋での漸減引き撃ち作戦および沖縄本島防衛戦の作戦詳細の再確認と各員への徹底も完了し、新庄自身もFROM伍型積層汎用防毒服――――各国陸軍を中心に浸透しているパイロットスーツの一種で、鍋島Ⅴ型などの一部の機械兵器の中核ユニットも兼ねており、これを着る一部の口さがない者達の間では、その無骨でくたびれた外見から『おっさんスーツ』と呼ばれている――――に着替えて自身の愛機に乗り込んで少ししてから、新庄の部下から通信が入った。

『那覇空港守備隊より新庄隊長。那覇空港守備隊より新庄隊長』
「こちら新城。守備隊どうぞ」
『守備隊より新庄隊長。沖縄脱出の最終便にトラブル発生。那覇空港より乗客の一部がまだ空港入りしていません、との事。所在地不明。生死不明。指示を』
「新庄より守備隊。その乗客についての詳細送れ」
『守備隊より新庄隊長。えー。行方不明とされているのは、めんそーれ幼稚園の送迎バス。バス1台、園児12名、運転手1名と随伴の先生が1名。合計14名との事。携帯にも連絡が付かず。最新の情報によれば渋滞を迂回するとのLINE連絡を最後に行方不明。それ以外の状況は不明』
「新庄より守備隊。地元警察に捜索の協力を要請。こちらからは捜索要員を出すな。市街巡回中の警戒小隊に一任しろ。対人索敵なら彼らが最適だ」
『守備隊より新庄隊長。沖縄県警と警戒小隊への捜索要請了解。通信終了』

 接続終了と同時に接続コールが鳴る。即座に出る。

「沖縄本島防衛隊、新庄」
『有明警備府の秋雲です。新庄少佐、那覇鎮の総司令官と名乗る人物が、安全のために子供達を名護市の山間要塞まで移動させろと要請しています。命令書も持ってますけど、どうしますか?』
「今までどこにもいなかったのに今更何の用だ……ああ。今のは聞かなかった事に」
『すみません、機材の調子が悪いのかよく聞き取れませんでした。もう一度お願いします』
「……その基地総司令の命令書を確認して、矛盾が無ければ従うしかないでしょう」
『了解しました』

 接続終了と同時に接続コールが鳴る。即座に出る。

「沖縄本島防衛隊、新庄」
『あの、名護市名護湾からの避難誘導担当の駆逐艦『潮』です……あの。なんか、TKTのプロトタイプ蒼龍E型弐號艦って名乗って片目にアイパッチ付けてる陽炎ちゃんと、先行量産型の雲龍さんっていう9名の、合計10名がTKTから援軍に来たそうですけど、どうしましょう?』
「(どうしましょうと言われても……)周辺海域に敵影は?」
『は、はい。ありません。電探も、音紋も、目視でもそれらしい物はまだ、なにも』
「了解しました。確か、名護山間要塞では、メインゲートの開閉機能にトラブルが生じているとか。彼女達には山間要塞近海の警備にあたるようお伝えください」
『は、はい。了解しました』

 接続終了と同時に接続コールが鳴る。即座に出る。

「沖縄本島防衛隊、新庄」
『TKTの夕張です。すみません少佐、手すきの重機ってありますか?』
「すまない。今何と?」
『今日持って来た武装の1つの、戦艦娘向けの改良型友鶴システム『35.6センチ17連装突撃砲』なんですけど、実戦闘の前に試し撃ちしたくなったので超展開してみたら、トップヘビー過ぎて倒れて動けなくなってしまいまして……』
「すまないがそんな余裕はない。海なら、浮力を使って普通に立ち上がれないのか? あと何だ356ミリ17連装砲て。ディバイソンでもそこまで大口径じゃなかっただろうに」
『それがその、ここ、ビル街なんです。私、改二じゃないですけどグラウンドウォーカーシステム積んでるから、いちいち海まで行かなくても大丈夫なんですよ? あと105ミリなんて海軍じゃ製造ライン持ってないですし』
「……………………何がどう大丈夫なんだ。非常に、非常に不本意だが、施設破壊の許可は下りているので、近くの地形を杖代わりにして立ち上がれ」
『はーい。了解です。新庄少佐、この戦いが終わったら、またゾイ道オンラインで戦いましょう』
「黙れ裏切り者め」

 接続終了と同時に溜め息が出た。
 海軍、規律ユル過ぎじゃあなかろうか。

(……比奈鳥ひよ子、一番の危険地帯に寡兵で一番槍として向かって行くその勇気と、命令系統の分裂を恐れて海軍側の指揮権全部僕に渡すその豪胆さには兵としては好感が持てるが、結局は単に将の責任から逃げただけじゃあないか)
『ねー。新庄少佐ー』
「何でしょうか。清霜さん」

 新庄が通信を終えたのを見て、新庄自身が乗り込む予定の艦娘『清霜』が問いかけた。彼女はすでに夕雲型駆逐艦本来の姿形とサイズに展開していた。

『新庄少佐の乗るこの、下半身が戦車になってる虎島模様の鍋島Ⅴ型……えっと、千早72号でしたっけ? そのハンガーユニット両方使って背負ってる折り畳み式のムカデ砲なんですけど」
「はい。これが何か? ガチタン仕様なのは、どういう訳か二脚も四脚タイプも予備が届かなかったからですが」
『これ、大口径砲ですよね。少なくとも50口径12.7センチよりは上の』
「はい。そうです。弾頭に関しましては、わが国では非核三原則があるので通常、広域制圧用の有澤弾か、対装甲目標用のAPFSDSの二種類を採用しています。本日の作戦では清霜さん、貴女の甲板上にお邪魔させていただきます。エネルギー供給と冷却系に関してもご厄介させていただきます。代わりにといっては何ですが、通信系の迷彩、近距離での精密索敵と近接防御、緊急脱出に関しては自分が受け持たせていただきます」

 このムカデ砲、正確には何ミリだったかなと新庄が心の中で詳細なスペックを思い出していると、清霜が歓喜一杯の声で叫んだ。

『清霜と大砲がケーブル直結……つまり、清霜は大戦艦になったんだ!』

 なってねぇよ、砲は兎も角装甲はどうした。と言わないだけの優しさが新庄には存在した。戦闘開始直前でヘソ曲げられたり士気下がったりして、想定外の事態になったり想定外の事態を引き起こされたりしたら困るので、ただ曖昧な微笑を浮かべるだけにした。

「……ああ、まぁ。そうである可能性は否定できませんね。ただ、威力と弾速は兎も角、射程距離と単位時間当たりの弾薬投射量は清霜さんの主砲である127ミリ……12.7センチ連装砲の方が圧倒的に有利ですから、実戦ではそちらを主として使用する事になると予想されています」
『えー。折角だし撃てないのー? 撃とうよー。全エネルギーを一撃に込めるなんてとってもカッコイイじゃない!』
「そもそも、これを使う事ような状況になるというのは、自分も貴女もその海域から撤退できなくなったという事ですが」
『あ……』

 そこまで言われてようやく清霜も気が付いた。
 そうだ。大戦艦はお国の看板、お国の威信。戦いに負けてはいけないのだ。そして今日、ここでの戦いとは、沖縄から民間人を無事に撤退させ、本土から増援が来るまで自身や味方が生存し続ける事だ、と。敵の全滅は二の次三の後。簡単に沈むなんてもってのほかだ。
 そして今回の作戦は、状況次第では沖縄本島まで後退する可能性もあるのだ。早々に沈んで残された皆の負担を増やすなんてもってのほかだ。

「ご理解いただけたようで何よりです。さて。それでは作戦の最終確認を……?」
『? 少佐?』

 新庄が手元のA4用紙の束に目を通し、見間違いかと思って何度か見直し、そこで初めて違和感に気が付いた。
 作戦を練るための資料の1つとしてプリントアウトした、ひよ子のメールボックスに送られてきた動画メール。その本文中に記載されていた、たった一行の違和感。
 メールの全文はこうだ。


『ミッションの概要を説明します。

 今回のミッション・ターゲットは、南方海域で確認された未確認の新型深海凄艦、ならびにその護衛艦隊の完全撃破です。
 1体はソロモン諸島、リコリス飛行場基地近海で確認された新型の超大型戦艦種。もう1つのターゲットである護衛艦隊は、未確認の超大型飛行種複数を中核とする、きわめて大規模な部隊です。
 目標は現在、旧沖縄近海、坊ヶ崎沖を北上中です。洋上でこれらを迎撃し、撃破してください。
 今回は、細かなミッション・プランはありません。全てあなたにお任せします。
 なお、本作戦は複数の提督らとの共同遂行が前提となっております。現時点での作戦参加者とその麾下艦艇の名簿は揃えましたので、必要であれば申請してください。
 彼らと協力し、確実にミッションを成功させてください。

 ミッションの概要は以上です。
 帝国海軍は、帝国臣民の安心と、帝国の安寧のみを望んでおり、その要となるのがこのミッションです。

 貴女であれば、良いお返事を頂けることと信じております』


 旧沖縄ってなんだ “旧” って。

「……」
『? 新庄少佐?』
(このミッション・メールを書いた奴は、深海棲艦の側にでも立ってるつもりか? しかももう勝ったつもりで……旧? 旧だと?)

 黙りこくったまま考え続ける新庄の脳裏に一瞬、火花のようなイメージが走った。
 沖縄にせよどこか別の土地にせよ、一度放棄したその土地を呼称するするならば、確かに旧の一文字を頭に付け加えるのが適切だろう。
 だが、沖縄は現在、我ら帝国の国土である。
 では、このミッション・メールにある旧沖縄とは何か。
 深海棲艦の侵攻により防衛線が破綻し、沖縄が包囲され孤立、連絡が遮断された。
 これだけでは旧と付けるには説得力がまるで無い。取り残された沖縄はまだこちらの領土だし、かつての北方海域キス島守備隊のように長期間籠城するなりして時間稼ぎをするだろうし、その間に本土側も捲土重来を果さんとするだろう。
 では。
 では、もしも。
 現在接近中の深海棲海群が、以前横須賀に出現した、陸上でも活動可能な重巡リ級や飛行小型種の亜種である超小型種等や、あるいは陸上戦にも対応している全くの未知なる新種を中核とする上陸・占領部隊であったとしたら。
 そして、大本営の中にいる、このミッション・メールを作成した誰か(あるいは誰か達)は、敵部隊の内容を事前に把握、あるいは推察出来る立場にいるとしたら――――

 瞬間的にそこまで思い至った新庄が弾かれたように行動を開始。彼の愛機『千早72号』に乗り込み、通信機越しに副官に叫んだ。

「目隠少佐の現在地は!?」
『はい。喜屋武漁港まで避難船代わりの駆逐艦達の護衛に行ってます』
「有明警備府の秋雲さんとプロトタイプ伊19号さんは!?」
『2人とも那覇鎮で子供達の護衛についています。合衆国の帝国残留部隊の人たちもこっちに手伝いに来てるので、それとなく監視してるそうです」
「全部隊に緊急連絡! 沖縄に接近中のB群は上陸・占領を目的とした可能性あり、A群は陽動の可能性あり。那覇鎮に連絡してこの事を比奈鳥大佐にも通達しろ。それと軍がヤバい。上層部に――――」
『新庄さん敵艦発見! 距離至近!!』

 新庄にそう叫んだ清霜から見て沖合約1キロほどの海中から、一匹の深海凄艦が浮上してきた。
 鋼の肉まん型ボディから死人色をした人間の四肢を生やした、アンヒューマノイド型の深海棲艦。
 新庄が事前に頭に叩き込んできた資料の内容を想起する。

「あれは確か――――空母。軽母ヌ級」

 ヌ級が新庄達のいる沖縄本島に向かって接近を開始。どういう訳か、護衛のイ級一匹すらおらず、完全なる単騎侵攻だった。

『え? 何で? 空母なのに何でこっち来るの!?』
「そもそも、あの巨体でこの距離になってもレーダーにも赤外線にも、海軍さん自慢のPRBR検出デバイスとやらにも一切反応無し。横須賀の時もそうだったらしいが、呆れるくらい凶悪なステルス能力だな」

 護衛もそうやって何処か別の場所に潜んでいるのだろうか。それに釣られて近づいてきたこちらを不意打ちで襲うつもりだろうか。
 だが、何故艦載機を飛ばさない。何故こちらに近づいてくる。
 新庄も清霜も、その、空母としての異常行動が不思議を通り越し、不気味としか思えなかった。

『普通の空母なら、遠ざかるはずなのに……』
「何だか知らないが、普通じゃあない敵に好き勝手させるのはあまりよろしくないでしょう。迎撃を」
『了解!』

 清霜が主砲の12.7センチ連装砲と魚雷発射管を旋回させる。魚雷は軸が合うのと同時に発射させ、砲の照準計算に専念する。新庄もまた、鍋島Ⅴ型のハンガーユニット両方を使って懸架しているムカデ砲を構えるべく、準備送電を開始した。
 遅かった。
 狙われている事を悟ったヌ級は、このまま当初の予定通りに事を進めようとして何も出来ずに撃破・無力化されるくらいならと判断し、その場で大口を開け、上顎と下顎をカスタネットのように勢い良く、二度三度と打ち鳴らした。
 その直後、ヌ級の体液が瞬間的に沸騰・気化し、その体積が数千倍に膨張。それに耐えきれなかった身体が電子レンジで加熱されたゆで卵よろしく、内側から盛大に弾け飛んだ。

(自爆!?)

 自爆直後の一瞬の間に、そう思考できただけでも、新庄が相当に高速な思考能力を持った人物である事がうかがい知れる。
 何故ならば、ヌ級の自爆地点を爆心地として、その周囲にあった全ての電子機器が光の速度で殺されていったからだ。電灯、自販機、乗り捨てられた自動車に町内放送用のスピーカーに、軍用通信機に飛ばしたばかりの無人偵察機や戦闘車両。
 もちろん、新庄の乗るガチタン仕様の鍋島Ⅴ型『千早72号』も例外ではなかった。

「うぉっ!?」

 新庄の乗る千早72号のコクピット内部のそこかしこから火花が飛び散り、焦げ臭い煙がうっすらと上がり、システムが完全にダウン。液晶モニタも、機器動作中を示す各デバイスそれぞれのLEDランプの小さな光すらも消え、コックピット内部が完全な真っ暗闇に包まれる。
 火花1つ散らない暗闇の中で、コクピット内部各所の邪魔にならない場所に貼られた蓄光テープが燐光を発する。その僅かな非電源光源を頼りに、新庄の手足が訓練に次ぐ訓練で構築された反射で動き始めた。

「糞が。EMPだと? 深海凄艦は人類の戦略・戦術を学習しているとは聞いていたが、まさかここまでとは」

 新庄は着ているFROM伍型積層汎用の右腿部のジッパーを開けて中から巻取り式のフィルムキーボードを引っ張り出すと、次に機内各所の保護カバーを力尽くでこじ開け、内部にあるパネルを何枚も引っ張り出してそこに直結されている機体各所の制御母線を切り離してFROM伍型積層汎用とそれらの母線をケーブルで接続し、機体各所にコマンドを直にブチ込み始めた。
 幸運な事に焼け死んだ回路や基盤は、かつての訓練当時よりもずっと少なく、致命的な箇所への損害もあまり見受けられなかった。ジェネレータを再起動。

「……偉い人達の思い付きで始まった第三次世界大戦想定改修とその演習が本当に役に立つ日が来るとはな。予算不足でEMPシールドが1ランク低いものじゃなければなお良かったものを」

 普段なら機体のAI任せにしているコマンドやパラメータ群の数値を直で入力し、次々と機体の機能を復活させていく。
 センサーによる三軸傾斜確認および数値の直入力による微調整、デバイス運動系復旧、索敵系焼死、FCS再起動、武装側FCSからの返信ping途絶、通信系焼死、電子免疫系復旧。メインカメラ焼死。

 新庄の真正面にあるメインモニタに明かりがつき、いくつもの警告ウィンドウで埋め尽くされるのと同時に、新庄の機体が足を乗せている清霜が大声で叫んだ。

『新庄隊長! 無事ですか!?』
「こちら新庄。清霜さんどうぞ……ああ、畜生。通信系が完全に死んでいる」
『聞こえてるか分かんないけど報告します! さっきの空母が自爆したら無電も電探もいきなり壊れました! 妖精さんシステム? とかいうのも半分くらい動いてません! それとまた新手です! 艦種は……えと、その……なんか丸っこいの!!』
「!!」

 丸っこいの。と言われて新庄の脳裏にいくつかの候補が浮かんだ。が、清霜からの報告だけでは決め手に欠けていた上に、千早72号のこれ以上のリカバリは不可能だと早々に見切りをつけると、緊急脱出用のレバーを力いっぱい引いた。
 胸部装甲下部の目立たない所に設置されていたベイルアウトハッチの固定箇所が爆破処理され、自由落下により脱落。座席裏に安置されていたサバイバルキットを掴んでそこから脱出した新庄は、清霜の甲板上から、すぐ傍を通り過ぎたその巨体を見上げた。

 駆逐イ級の上顎のような被り物をした完全な人型の上半身、死人色の肌、ミツアリのように膨らむ金属製の球体状の腹部。バストは実際豊満だった。
 輸送ワ級。

『あ、新庄隊長、生きてた!』
「嘘だろ、取り残された!? いや、それはない」

 ワ級を見た新庄はまず最初にそう思い、すぐに否定した。EMPバラージからまだそう時間は経っていない。それに、足の遅い輸送艦は普通、橋頭保とその周辺を完全確保してからやってくるものだし。
 だが、今回はいくらなんでも早すぎる。

(一体何を輸送して、いや待て。こんなに早く輸送艦を前線に押し出す理由は何だ?)

 海からやってくる軍勢が、初手に近い段階で輸送艦を前線に押し上げる理由。砲爆撃による支援が無いのが訝しまれるが、今この状況と合致する答えなど、新庄が知る限りでは1つしかなかった。
 叫ぶ。

「輸送艦じゃない、揚陸艦だ!!」

 正解だと言わんばかりに一隻のワ級がコンクリート製の護岸に向かって全く速度を落とさず正面衝突、否、強襲揚陸を試みる。そして、数キロ先のビル街に陣取っていた戦車隊による120ミリAPFSDSの同時精密集中砲火を頭部に浴び、首から上が消し飛んだ。
 コンクリート製の護岸にうつぶせに近い形で倒れ込む首無しワ級の下半身を覗きこんで、新庄は己の直感が正解に近い事を確信した。ワ級の下半身は、ウミウシやカタツムリなどと同じ腹足になっていた。追加で生産された別の首無しワ級のそれは、イソメやゴカイなどに近い、無数の節足を持っていた。

(資料によると、ワ級の下半身には水中移動用のハイドロポンプらしきものしかなかったはず。やはり。これは陸上侵攻を前提としている。だが、規格が統一されていないとはどういう事だ?)
『新庄  、ご無 でし か』

 辛うじて生き残っていたFROM伍型の無線に着信。件の戦車隊の隊長から。

「戦車中隊長」
『少佐との連 途絶、および 佐の乗艦  いる清霜殿が戦 を続行し   事から、自分の独 で 砲を許可しま た』
「よくやった。あの状況下では最優の判断だ」
『あ     ざ ます』
『少佐、ワ級まだ生きてる、今動いた!!』

 割り込んできた清霜の絶叫に新庄がサバイバルキットの中から取り出した拳銃を構えて首無しワ級を見上げ、戦車隊の隊長は指揮下にある各車両に再照準を命じた。
 だが、首無しワ級はやはり首無しワ級のままであり、新庄達からは(当然の事だが)聞こえなかったが、ワ級の心肺機能は完全に停止していた。

「『……』」

 そして、第三世代以降の深海凄艦が生きている限り生成され続ける抑制物質の生産が停止し、大気や体組織中に含まれる酸素に触れると同時に即座に酸化して失活。それによって抑制物質に押さえつけられていた好気性の肉食バクテリアが獰猛に増殖を開始。今しがた死んだばかりのワ級の肉も骨も皮も血もあっというまに酷い腐臭のするヘドロ状に分解し、機密保持を完了させた。

『なぁんだ。身体が崩れただけだったんじゃん』

 だが球体状の艤装だけはそのまま残された。普通の第三世代型深海棲艦ならば、嫌気合金製のそれも抑制物質の消失と同時に脆化して独特の青みがかった粉末と化すはずなのに。
 溶けた肉に押し流され、無事に上陸を果したその球体に幾筋もの線が走る。
 タマネギの皮を剥くように、あるいはシャクヤクの蕾が開花するかのようにして、頂点らしき部分から球体が放射状に開放されていく。
 その中には。

「……布?」

 光沢の有る黒い厚手のシートを丸めたような形の塊が何十何百も、花弁の内側に貨物固定用の硬化粘液によって付着していた。サイズはちょうど、人間が膝を抱えて蹲っているのとほぼ同じだった。
 大気に触れた事で粘液が速やかに乾燥・粉末化して粘着力を失い、布塊が拘束から解放される。その内の1つが二本の足で立ち上がる。凝り固まっている体をほぐすように両手を天に伸ばして背伸びをする。何の意味があるのか太陽の有る方角に身体を向け視線を上げる。黒いシートに見えたのはレインコートだった。
 清霜が困惑気味に呟く。

『女の子……?』

 身長およそ百数十センチ、青白い肌と同色のショートヘア、深いコバルトブルーの綺麗な瞳、黒のビキニと同色のレインコート。それだけを見れば、確かに肌の色が妙に不健康そうである以外は普通の少女にしか見えなかった。
 しかし臀部から生えた、全長およそ3メートルほどの真白く目の無い蛇のような太い尻尾を見て、新庄は即座に拳銃を発砲。
 ダブルタップを二回。腹に二発、頭に二発。
 どちらもレインコートに着弾。着弾箇所に水面に広がる白い波紋のようなものが現れては消えて、鉛玉はそこからポロポロと力無く自由落下した。弾頭の形状を一切ひしゃげさせる事無く。
 そこで初めて新庄の存在に気が付いたのか、太陽に目を向けていた少女が視線を向けた。

「無傷だと?」

 次の瞬間、音もなく少女の身体が『く』の字になって後方に吹き飛ばされた。その腹には極端に細長くて大きな棒状の物体がぶつかっていた。数秒遅れて120ミリAPFSDSの飛来音が一つ。
 戦車隊からの狙撃。
 新庄はそこまでやるか? と一瞬思ったが、詳細不明な相手に大火力をぶつけるのは確かに理に適っていると判断し直した。砲撃が一発だけなのは様子見と、万が一の誤射を警戒しての事だろう。
 吹き飛ばされた少女は、すぐ背後にあった、まだ立ち上がってない別のレインコートにぶつかり止まったため、海に投げ出される事は無かった。
 ただし、戦車砲の直撃を受けた普通の人間のように血煙に変わる事も無かった。精々がコートが真っ白になって陽炎(not艦娘)を揺らめかせている事くらいだった。
 少女は何事も無かったかのように立ち上がり、戦車隊の、今しがた発砲してきた一両に視線を合わせる。
 うずくまったままだった他のレインコート達も次々と立ち上がりはじめ、少女の姿を露わにした。皆が皆、全くの同じ顔つきと体つきをしていた。
 遠洋の、水平線付近からはさらなる駄目押しとしてワ級の姿が何隻も見えた。重巡リ級や駆逐種、軽巡種などの護衛を引き連れて。
 その護衛の深海棲艦らが砲撃を開始。戦車隊を狙っていたそれらの内のいくつかが付近に着弾。アスファルトがめくれ、コンクリートが軽く耕され、砲弾の飛び込んだビルのガラスやビルの一部が内側からの爆圧で破片になって周囲に鋭く突き刺さった。
 EMP兵器による通信を始めとした電子機器の無力化、戦車砲すら無力化する歩兵の集中投入、そして順番こそ間違っているが海上からの火力支援。
 つい10分前まで感じていた『もしかしたら』という僅かな期待は消え去り、代わりに圧倒的な敵戦力がやって来た。
 その絶望感を前に新庄は一度だけ歯を食いしばると、不安げな視線を寄こす(かのような雰囲気の)清霜のために意図的に獣めいて笑った。

「いいじゃないか。こいつは素敵だ。面白くなってきた」



[38827] 【艦これ】とびだせ! ぼくの、わたしの、ブイン基地!!07【不定期ネタ】
Name: abcdef◆fa76876a ID:4b7c3f19
Date: 2022/08/17 23:50
(2021/12/20初出)
※今回も沖縄編は『本日のOKシーン』として後日追加掲載とさせていただきます。多分これが一番早いと思います。
※若干ネタバレになりますが、今回は硝煙の臭いも血生臭い臭いも無いお話です(本編のみ)。バトルシーンを期待してくださった読者の方には申し訳有りません。
※何を今更ですがオリ設定注意。何を今更ですが。
※第一部の『嗚呼、栄光のブイン基地』は鬱暗い話だったので、第二部では、スナック感覚でサクサク読める、底抜けに明るい話にしたいと思います!
(2021/12/28追記:誤字脱字の修正および本編中の一部の描写を変更)
(2022/08/17追記:本日のOKシーン完成しました&本編中の一部の描写を変更)

※因みに本編とは全く関係の無い事ですが、シイタケの学名はLentinula edodesというそうです。





 記憶にございません。

           ――――タウイタウイ泊地、蒸野粋インスタント少佐に対して行われた、行方不明だった7年間に関する事情聴取記録より一部抜粋





 暖房の効いた飛行機から降りると、北国の風の冷たさが肌を撫でた。一度深呼吸して肺の奥まで冷気を送り込み、寝起きの頭を無理矢理覚醒させる。

「寒っぶ……クマ」

 数年前まではこの寒さ冷たさが当たり前だったはずだが、いつの間にか横須賀の温さに慣れ切ってしまっていたようだ。慰問ライブのお仕事だからと新作の舞台衣装を着てきたが、今だけでもその下にジャージ着てても許されるんじゃあないだろうか。いやでもアイドルたるもの常在スタジオの心構えでロケ地に挑むべしって那珂の奴も言ってたし。

「うぅ……幌筵(パラムシル)泊地よ。球磨は帰ってきたぞくま~……っぶし!」

 やっぱ仕事始まるまではジャージ履いとこ。
 幌筵泊地が誇る、銀剣突撃徽章3回授与者『北の荒球磨』改め、横須賀スタジオの新人アイドル『ドミナリアの球磨ちゃん』はクシャミ一発、そう決意を新たにすると、即座に機内へと戻った。

「おん? アンタ、もしかしてテディちゃんか?」

 ジャージ姿に着替えようと球磨が機内に戻った途端、座席で今しがた目を覚ました1人の艦娘から声を掛けられた。
 艦首を模したサンバイザーを被った、朝潮型軽空母娘の『龍驤』だった。
 球磨はどこの所属だこいつと一瞬思ったが、自分の事をテディベアと呼ぶ龍驤はもう一人しかいない事を思い出し、即座に姿勢を正して敬礼した。

「は、はい。お久しぶりであります龍驤教官!」
「おうお久しー。そない固くならんでもええよ。今はもう幌筵の所属やのうて、横須賀のトップアイドルやろ。ジブン」
「はい。いいえ、球磨は、自分は向こうでもまだまだ新人でありますクマ……あります。ところで教官。このセスナに乗ってきたという事は、教官も幌筵から栄転なされたという事ですよね。今はどちらに? ていうか何故ここに?」
「今日は援軍要請があって呼び戻されたんや。因みに今のウチの所属は御宿(オンジュク)泊地やで。千葉県の、九十九里のすぐ南や。漁港が近い泊地っちゅうんは大抵どこも遠洋漁業護衛任務があるし、漁師のオッちゃん達とはもう全員顔なじみや。タイとかアジとか、たまにカツオとかちょくちょく貰ろてるで」
「カツオ」

 球磨の食欲が最新のツキジ相場から逆算する。魚市場は二年前の沖縄での勝利以来から段々と、休む事無く値下がりを続けているが、それでもまだ先週の最安値は合成カツオのタタキが一切れ500円くらいだったはず。
 それが一匹丸ごと、それも天然モノとなると。

「……あー。なんで鎮守府や基地じゃなくて地方の泊地にばっかり入隊志願者が集中してるのかと思えばクマー……」
「あははははぁ。皆考える事は一緒って事や」

 球磨はそう呟きつつ、黒地に白の水玉模様のワンピースの下に履こうとしていた小豆色のジャージを手にし、そこで再考した。滑走路から泊地の建物がある場所までは歩いて5分も無いが、それでも人の目はある。そして自分は今日、横須賀からの慰問ライブのためにこの古巣までやって来たのだ。
 だったら、ファンの前でスカートの下にジャージなどというみっともない姿なんざ晒せるかクマ。

「……」
「んお? テディちゃん、どないしたん?」
「いえ。何でもありませんクマ……ありません」

 アイドルたるもの、常に周囲の視線を意識すべし。
 そう決意した球磨は、手荷物の中にジャージを押し込むとカチカチと震える歯を食いしばって覚悟を決め、カメラが回っている時と同じ笑顔を浮かべて黒地に白の水玉模様のワンピースとお洒落サンダルという実に涼しげな恰好で寒風吹きすさぶ幌筵の地へと歩を進めた。全身にサブイボを立てつつ。

「……成程。あれがアイドル」

 人間、環境で変わるもんなんやなぁ、ウチらもう人間やないけど。と思いつつ龍驤は球磨の背中に向かって、感心したように小さな拍手を送った。





 例えば、あなたの所属する基地や泊地、あるいは鎮守府の縄張りにおいて、深海棲艦と交戦したとする。
 そいつはイ級でもロ級でも何でもいい。兎に角その深海棲艦とドンパチやったという事が重要なのだ。そのまま撃破できたなら問題ない。業務日報に『何時何分、どこそこで○×と交戦。これを撃破』とでも書いときゃそれで終わりだ。
 問題になるのは、そいつに敗北した時だ。
 敗北した艦娘(まぁ、大抵の場合において敗北≒轟沈なのだが)や提督の仇討ちだと出張って来た別の艦娘や戦力を、これまたその深海棲艦は退けたとする。そしてそれが何度か、あるいは何度も続いたとする。
 さぁ問題だ。これはもうただ事ではない。
 このような状況が発生した場合、大本営は、その深海棲艦は特別注意個体の可能性ありとして各提督やその麾下艦娘達に対して該当個体の情報収集を優先するようにとのマニュアルを作成し、各提督らに配布してある。
 そして集まった情報からその個体の特徴をピックアップし、データをファイリングし、脅威ライブラリにコードネームと共に登録され、帝国の軍内部で共有される。例外は姫種や鬼種の場合であり、そいつらには自動でコードネームが付けられるし登録もされる。
 各提督や艦娘らからはネームドと呼ばれるそれら特別注意個体は、この北方海域においては2個体+1が確認されており、それぞれ『エドデス・ヘッド』『サラリー・レディ』『リバース・フルウーリグンハズワーシ』のコードネームを与えられている。

「……」
「……」

 そしてここ、幌筵泊地の所属だったこの球磨と龍驤も、先述のネームドのうち、前2体と何度かやり合った経験がある。軍隊なので上からやれと言われればやるが、出来ればもうやりたくないし会いたくもない。何処かでポックリ死んでろ。というのが2人の嘘偽りなき感想である。
 そして。
 そして今、そんなネームドの2匹が、球磨達の目の前で、幌筵泊地の濡れドックを占拠してくつろいでいた。

「……」
「……」

 殺した艦娘一人につき、杖で頭の上のクラゲを1回こすって傷をつける奇行癖を持ち、それを繰り返した結果として飾り切りシイタケのような極めて特徴的な外見になった、空母ヲ級のネームド『エドデス・ヘッド』
 深海側戦力の中核を担う艦種というのは相当なストレスなのか、髪の毛の生え際が白髪になっていて、先週の疲れが取れないまま月曜日の朝を迎えた中年サラリーマンのため息のような鳴き声を吐き出す死んだ魚みたいな目つきをした重巡リ級のネームド『サラリー・レディ』
 そんなネームド2匹が、球磨達の目の前で、幌筵の濡れドックを占拠してくつろいでいた。
 この距離になってようやくPRBR検出デバイスが反応し、それでも龍驤と球磨の脳ミソは、目の前の光景を理解し、処理する事を拒否していた。

「……」
「……」

 そいつらだけではなかった。
 駆逐イ級が大口を開けて、人間と艦娘に歯磨きをしてもらっていた。別の所では雷巡チ級から提供された生体魚雷や生体機関銃の弾薬をどうにか艦娘に転用できないかと知恵を出し合ってる連中がいた。別の所にいた戦艦娘のながもん、もとい長門は水着姿の戦艦レ級複数にまとわりつかれて『フィ、フィヒ、フィーヒヒヒ!』と実に不審者めいた気持ち悪い笑い声を上げていたし、更に別の人気の無い所では一匹の戦艦レ級が『ア、駄目……オ外デダナンテ誰カニ見ラレチャウ……』と実にまんざらでもない表情で人間の男性の整備兵と乳繰り合い、前後しているのが見えた。
 念のため申し上げておくと、この作品は全年齢向けです。

「……」
「……」

 球磨の脳ミソは目の前の光景を理解し処理する事を拒否していたが、龍驤はそうでなかった。
 龍驤はサンバイザーの位置を軽く手直して気持ちを切り替えると、カカトで地面を一度強く打ち鳴らし、それが周囲に浸透したのを見計らってから一言呟いた。

「全員整列」

 それから1分もしない内に幌筵の基地要員と艦娘(球磨ちゃんを含む)が整列し、背筋を伸ばして気を付けの姿勢をとった。ネームド2匹を含めた深海棲艦の連中は、陸上行動に対応しているレ級と飛行小型種は人間たちの横に並び、そうでない連中は最寄りの水面に整列して浮かんでいた。
 皆本能で理解したのだ。
 この貧乳、もといこの龍驤に逆らったら死ぬか、死ぬより残酷い事になってから死ぬと。
 サンバイザーで視線を隠した龍驤が聞く。

「この中で最先任は誰か」
「マム、自分であります。マム!」

 戦艦娘『長門』が一歩前に出る。先程水着姿のレ級達にひっつかれて気持ちの悪い笑い方をしていたながもんだ。

「説明しなさい」
「マム、説明させていただきます。幌筵泊地は約1年前から北方海域ウラナスカ島ダッチハーバー群所属の深海棲艦への戦闘行動の規模と頻度を縮小。他の基地や鎮守府向けには北方戦線異状なしとの報告をしております。3ヶ月前には完全に戦闘を停止し、同群所属の深海棲艦との交流はより活発になっております。これらは大本営にも連絡・了承済みでありますマム!」
「続けて」
「マム、続けます。こうなった理由ですが、1年前にウラナスカ島ダッチハーバー基地を占領している深海棲艦の一部が白旗を持っ、――――」
「どうしたの。早く続けなさ……?」

 報告の途中で何かに気付いたらしく、口を変な形で開けたままの長門が龍驤から視線を外してフリーズする。
 不審に思った龍驤がその視線の先に振り返って見てみると、そこには、真っ白い少女が一人いた。

「女の子?」

 朝潮型軽空母だの名誉駆逐艦娘だのといった散々な酷評を陰に日向に言われている龍驤よりもいくらか小さな背丈だった。
 髪も白けりゃ肌も白かった。真っ白いワンピースを着て真っ白なミトンをはめていた。ブーツすらも真っ白だった。白じゃない所といったら瞳の金色と、黒い首輪と腕輪に、両側頭部に付いている小さな黒いピラミッド型の髪飾りくらいのものだった。

「コンニチワ!」

 龍驤自身は大本営の秘匿資料でしか現物を見た事が無かったが、この少女は深海棲艦、それも鬼や姫などと呼称される上位存在に酷似していた。
 しかしハッキリとした映像の残されている第1や第4、第5ひ号目標のような巨体ではなく、PRBR検出デバイス上にもそれらしい反応は無かった。ちょっと色合いが珍しいだけの女の子にしか見えなかった。
 なので龍驤は、頭に血が上っていた事もあって、この少女の事をそこまでの重要人物とは捉えなかった。

「ドーモ、お嬢ちゃん。龍驤デス。ウチはここの人達とちょっちお話があるさかい。飴ちゃんあげるからちょっと待っててーな?」
「エー。ヤダ!」
「長門。説明を続けなさい」

 優しい笑顔で白い少女の頭をぽんぽんと優しく叩いて撫でていた龍驤は拒否の言葉を意図的に無視すると、無表情に戻ってグリンと首を動かし、長門を再照準する。背後の連中は人も艦娘も深海も、気を付けの姿勢のまま一歩も動いていなかった。違うところといったら誰も彼もが顔を青ざめさせていたくらいだった。
 長門は顔を青くしながら口を開いた。

「マム! お言葉ですが、ほっぽちゃんの事を優先していただけないでしょうか。マム!」
「長門。そう言えば貴女、ナメコタケじゃなくて毒茸ファクトリーの出身だったわね」
「ネー。アソンデヨー」
「後でな? 毒茸の長門は皆ロリコンショタコンなのは私も毒茸出身だから知ってるけど……貴女、何時から上艦に意見出来るほど偉くなったのかしら。ていうかほっぽちゃんて誰?」
「マム、これは私事でも自分の魂の形の発露でもなく純粋に世界の破滅を防ぐためのものであり」
「お前何言うとんのや」

 長門が、先ほどまで以上に顔を青くして滝のような脂汗を流しながら口を開いた直後、白い少女が龍驤の服の裾を掴んでグイグイと引っ張り出した。

「ケンカ、ヨクナイ。ソレヨリ、ミンナデアソボ? ネ?」
「あー、もう! 後で言うとるやろ? 邪魔すんなや!」

 もうこいつら全員共生派の嫌疑有りっちゅうことにして、権利行使資格103に基づき今すぐここで始末すべきか、それとも8677で増援呼んで泊地ごと白紙化するかと割と本気で考え始めていた龍驤は、背後に振り向きざまに少女の手をぺちっとはたき払った。
 裾を摘まんでいた指が離れる程度で力は全く入っていなかったのだが、拒絶されたことがショックだったのか、少女の両目の目じりに涙がジワリと浮かぶ。
 それを見た長門や人間達と、深海の連中が、顔を真っ青にしながら恐怖で顔を歪ませた。例外は何も知らない球磨と龍驤だけだった。

「フェ……ほっぽハ……ほっぽハ……ミンナト遊ビタイダケナノニ……ッァアワァァァン!!」

 少女は火が付いたように泣き出した。
 長門達はケツに火が付いたように逃げ出した。

「非戦闘員は対核戦争用シェルターまで即時退避! 水と食料は両手に持てるだけでいい! 兎に角ここから離れろ!!」
「歩兵ゆにっと総員、陣形ヲ組メ! 時間稼ギダナンテぬるイ事言ウナヨ? 私達デ、かたヲツケルンダ!!」
「文塚整備兵とレナちゃんは早く逃げなさい!」
「え、何。何なん?」
「クマ?」

 状況についていけない球磨と龍驤を余所に、周囲は大慌てで動き始めた。
 あまりにも小さすぎて球磨達からは見えなかったが、少女の流した涙が一滴、突風に乗って海に落ちた。
 それが見えた訳ではないはずだが何か嫌な予感でもしたのか、ネームド2匹と他数匹の深海棲艦は、人間の可聴域をはるかに下回る低周波で情けない悲鳴を上げながら陸に飛び上がった。どいつもこいつも陸上行動の出来る第4世代型ではないので、海水浮力が消えた事による自重圧潰で体の各所から不吉な音が聞こえているが、全くのお構いなしに海から離れようとしていた。
 そして、それが彼女らの命運を分けた。
 風に飛ばされた涙が海に落ちた瞬間、青い海が一面全て赤く染まった。波打ち際から水平線まで全てが乾いた血の色、レッドショルダー色に。

「「は?」」
【メインシステム統括系より最優先警報発令。PRBR検出デバイスにhit. 感1。パターンH『第6ひ号目標 甲種』を検出しました。距離至近】

 赤い海に触れていた一匹の駆逐イ級の体表に、小さな水ぶくれのような物が一つ出来た。水ぶくれはすぐにパチンと小さく弾けて、那珂から赤くどろりとした液体を流した。その赤い汁の下からまた新たな水ぶくれが膨らみ、弾ける。

「何、何が起きとるん!?」

 そうも経たない内にイ級の体表全てを覆うように無数の水ぶくれが出来ては弾けを繰り返し、イ級はたちまち赤い血のような物で覆われた。水ぶくれの内容物はイ級自身の血肉であるらしく、溶け残った肉片や脂肪のような物が時折混じっていた。白い糸のような物は神経の切れ端だろうか。これが相当の苦痛であるらしく、水ぶくれが弾ける度にイ級は人間の耳にも聞こえる周波数で悲鳴を上げながら形を崩していき、やがては赤い海の中に溶けるように沈んで逝った。
 イ級だけではなかった。
 陸の上に逃げていなかった全ての深海棲艦や、海中のサンマやプランクトン、海藻類などもイ級と同じくプチプチと全身の水ぶくれを弾けさせながら赤い海の一滴へと還って行った。
 そして最後に、わんわんと泣き叫んでいた白い少女も真夏の炎天下に放置したアイスクリームよろしくドロリと溶けて赤い海に流れて混じると、静寂が訪れた。

「え、何。ホンマに何なん」
「新手の生物化学兵器による自滅……クマ?」

 自分で口にしておいて、それは違うと球磨は思っていた。何故ならばPRBR検出デバイスは未だに警報を発していたし、発生源はこの赤い海そのものだったからだ。
 そして何よりも、数年前までこの北の海で戦い生き残ってきた己の生存本能が、未だに戦闘態勢を解除していなかったからだ。
 そんな球磨の確信を裏付けるかのように、赤い海が一度大きくうねり、赤い水を突き破って巨大な人型が飛び出してきた。
 姿形は先程の白い少女のままで、サイズは龍驤の見た映像資料の中にあったひ号目標達よりもだいぶ小さかったが、超展開した艦娘よりもずっと巨大だった。

「喧嘩ナンテシテナイデ、アーソーベー!!」
「姫様ァー! 私達けんかシテル訳ジャアナイデス! ソレヨカじゃんけん、じゃんけんシマショウ! ネ、ネ!?」

 先程格好良い啖呵を切っていたレ級が両手でメガホンを作って、巨大化した少女こと第6の姫に叫ぶ。残りのレ級達は組み体操の要領で巨大なグーチョキパーを作ってうごうごと蠢いていた。ぽんぽこ!

「ヤダ! じゃんけん飽キタ!」
「ヒ、姫様。ソレナラ――――」

 無慈悲な一言と共にそのレ級はグーチョキパーもろとも平手で張り飛ばされ、低い放物線を描いた後に幌筵泊地の宿舎の壁を突き破って内部に飛び込んだ。
 飛び込んだ先はちょうど食堂であり、壁の一面には厳かな錦の飾りつけと共に『生還歓迎! 球磨ちゃんさんお帰りなさい!!』や『新曲『バレンタイン☆キック』の発表おめでとう!!』などと書かれた横断幕が掲げられていた。
 レ級はその横断幕とその向こう側の壁すら突き破って厨房の中に突っ込んでようやく止まった。それによってお手製ハンバーガーの山を台無しにされた本日の調理当番の人間&戦艦レ級の悲鳴はあえて書くまい。
 ながもんは吹き飛ばされたレ級らに数秒だけ心の中で黙祷を捧げ、手で十字を切って『南無阿弥陀仏』と短く供養の経文を唱えると、スカートのポケットから一本の白いハチマキを取り出すと額に締めた。ハチマキには赤い日の丸と『七生尊萌』の四字熟語が記されていた。
 背後の幌筵泊地に向き直り、敬礼しつつ叫ぶ。

「今週のおゆうぎ当番、毒茸ファクトリー出身、戦艦娘『ながもん』! 死んでまいります!!」

 反転し、赤い海の上に浮いていた下駄履き――――水上機の操縦席に乗り込む。自我コマンドを併用して発進準備を即座に終えて離陸。近くにある内で、一番濃くて大きい雲の中まで急上昇。
 地上からも他国の偵察衛星の目からも逃れたところで水平飛行に戻し、自我コマンドを連続入力。展開の欺瞞実行コマンドと、超展開の実行コマンドだ。

「ダミーハート点火、戦艦長門改二! 超展開!!」

 分厚い雲を瞬時に蒸発させ、巨大な火球が北の海の空に出現する。
 さしものクウボ娘も雲の中までは覗けなかったようで、龍驤は戦艦娘の超展開時の末期に発生するその巨大な火球と、その中で胎児のように膝を抱えて丸くなっている巨大なオーマ体発生までの異様な速さを長門自身の鍛錬の賜物だと勘違いしたようで『ほっほう。展開から超展開まで一息って、あの鳳翔17号並みやん』と真面目に感心し、ながもんへの評価を一段階上方修正していた。
 空中で超展開を終えた長門もといながもんは変態的笑みを浮かべて独特の姿勢――――両足を揃え、両手はそれぞれ肩の位置まで広げて軽く胸を反らした、クウボ娘が学ぶカラテで言うところの『聖者の十進法で空飛ぶ三面怪人の構え』――――のまま、て巨大化したほっぽちゃんの襟元と素肌の隙間に向かって適時軌道修正しながら精密誘導爆弾めいて自由落下。

【フィーヒヒヒヒ! ほっぽちゃぁぁぁん! 遊ーそーびーまーしょぉぉぉう!!】
「! ナガモンー、遊ブー!」
「! あ、馬鹿! 長門の奴!!」

 幌筵の誰かがあげた非難の声とほぼ同時に、赤い海面に変化。上空高高度から高速で飛来する大質量物体こと超展開したながもんは、第6ひ号目標甲種にとって極めて重大な脅威であると判定されたらしく、無数の迎撃機が赤い海の中から自動的に飛び出した。
 とんがり猫耳を生やした、赤い目をした白いタマネギだかタコ焼きだか――――ミッドウェーで初めて確認された、深海棲艦の新型飛行小型種だ――――が、何千何万と海中から湧き出した。そして文字通り肩がぶつかる緊密さの密集隊形を組んで長門に接触。直撃コースだった長門の軌道を誘導し始める。

「ほっぽちゃぁ、あ、待て! 軌道をずらすな! 修正が間に合わぁぁぁ!!」

 滑り台の要領で長門の墜落コースを沖合に誘導し、無事に頭っから犬神家した事を確認すると、危機排除プロトコルに従い、今度は地上海上にある生物および人工物の排除に移行。
 何万何十万単位の、完全爆装した白タコ焼きの群れが、人も深海もお構いなしに襲い掛かった。

「ほらやっぱりぃぃぃ!!」
「コノばか長門! オ前姫様ノしすてむカラ脅威判定貰ッテルカラ自分カラハ近付クナッテ、妹様カラアンダケ言ワレテタノニ!!」
「退避、退避ぃ!!」

 爆弾や機銃掃射は元より、ダムも無いのに魚雷まで加わった絨毯爆撃が始まり、戦闘要員ですらシェルターの中へと非難していく。
 それを横目で見ながら龍驤は、身体を掠める機銃弾や爆破片、爆風すらも意に介さず、小さく鼻を鳴らして腕を組み、呟いた。

「ふん。ま、ええわ。この方が分かりやすいし、好きやで」

 自我コマンドを入力。
 血中ボーキの5%を消費して靴状艤装にある斥力場発振装置を起動。靴裏に刻印された『鐵飄浮。好像油一樣浮起。在冰上面為使滑行前進。急々如律令(鉄よ浮け。油のように浮け。氷の上を滑るように進め。そうあれかし)』の文字が眩しく輝き、斥力場を地面に照射する。
 その反動で龍驤は、腕を組んだ仁王立ちの姿勢のまま雲よりも高い高度へと瞬間的に飛翔した。

「龍驤改二、展開。続けてダミーハート点火、超展開」

 長門とは違って、純粋な速度と練度のみで展開超展開を済ませると龍驤は真下を向き、靴状艤装から斥力場を発振させて眼下に突撃。

「イヤーッ!」

 その途中で半回転し、片足を前方に突き出した、空母娘達が習うカラテで言うところの怒れるバッタの構えをとると、進路上にいた白タコ焼き群を爆散させながら幌筵の白い大地に盛大に着弾。白い雪混じりの土柱と轟音が起きる。
 爆散したタコ焼き群は、大小さまざまな破片になって赤い海に落着。その直後、燃料弾薬満載の無傷の白タコ焼き群が破片と同数、赤い海面から飛び出してきた。わざわざご丁寧な事にそれぞれの破片の着水地点から。

「イヤーッ!」

 しかし龍驤は全く動揺せずに、即座に艦載機用の航空魚雷を棒手裏剣めいて投擲。
 圧縮保存していた魚雷を解凍して手の中に再装填。腕を引き戻すついでに背後に投擲。圧縮保存していた魚雷を解凍して手の中に再装填。即座に投擲。再装填して引き戻して背後の少し違う所に投擲。

「イヤーッ! イヤーッ! イヤヤヤイヤーッ!」

 この繰り返しを、文字通り目にも止まらぬ速さで繰り返す。
 結果、白タコ焼きは、水素原子二つの酸素原子一つの最小単位のものまで含めると総数不明の、大小さまざまな破片になって赤い海に落着。その直後、燃料弾薬満載の無傷の白タコ焼き群が同数、赤い海面から飛び出してきた。わざわざご丁寧な事にそれぞれの破片の着水地点から。
 文字通りの意味で空が埋め尽くされる数と密度だった。

「アイエエエエ!? 物理! 物理法則ナンデ!?」

 これにはさしもの歴戦クウボ娘も失禁こそしなかったが悲鳴を上げた。きっと、質量保存の法則はブッダの隣でお昼寝中なのだろう。
 巨大なほっぽちゃんは未だ泣き続け、クウボのカラテは事態をより悪化させるだけであり、事態を収拾できる可能性があったながもんは泊地沖合で犬神家だ。
 そんな混迷を極める赤い海の果て、水平線の向こう側から、一匹のタコ焼きが泊地に向かって匍匐飛行で飛来した。
 高速で飛んで来たタコ焼きは白ではなく黒で、口の中には白く小さな人影が見えた。巨大化する前のほっぽちゃんによく似ていた。

「コノ、ばか姉貴!!」

 幌筵の誰にも届かなかったが少女はそう叫び、ポケットから取り出した二つ折り式の一枚刃カミソリを手首に添え、ためらいなく横に引いた。

「余所様二迷惑カケルナト、アレダケ!!」

 酸素をたっぷりと含んだ新鮮な赤色が少女の白い手首からだくだくと零れ落ち、暗い赤色に染まった海に落ちた。すると、落下地点を中心にして、新鮮な赤色の海が暗い赤色を押しのけて広がっていった。
 その赤色の海からは、やはり黒いタコ焼きが何十何百と飛び出し、白タコ焼きへと全速力で突っ込んでいった。
 そして獲物を丸のみする蛇よろしく顔の数倍は大きく口を開くと、ひとかけらの破片も出さないようにすべく白タコ焼きを丸呑みにした。

「は?」

 直後、龍驤の索敵系が反応し、メインシステムが報告。

【メインシステム統括系より最優先警報発令。PRBR検出デバイスにhit. 感1。パターンH『第6ひ号目標 乙種』を検出しました。距離至近】
「「はぁ!?」」
「黒タコ焼き、黒タコ焼きだ!!」

 黒タコ焼きの存在に気付いた幌筵の面々が人も深海も関係なく歓喜に湧いた。

「妹様だ! 妹様が来てくれたぞ!!」
「コレデ勝ツル!!」
「この妹様凄いよ、流石ほっぽちゃんのお姉さん! あれ? 逆だっけ?」

 球磨と龍驤を置いてけぼりにして歓喜に沸く幌筵の面々からの期待に応えるように、黒タコ焼きはゲップを繰り返しつつ、重たくなった機体をふらつかせながらも2機目3機目の白タコ焼きの捕食行為を再開した。急速な消化&代謝によって今しがた捕食したばかりの白タコ焼きを自らが飛行しするためのカロリーに変えながら。
 そして、空一面を覆い尽くしていたはずの全ての白タコ焼きを欠片一つ残さず食べ切ったという、嘘か冗談のような現実を前に、球磨と龍驤の脳ミソは再びフリーズした。

「……」

 超展開の時間切れ。
 呆然と立ち尽くすままの巨大な龍驤の姿が色の無い濃霧に包まれ、龍驤型軽空母本来の姿形とサイズに戻っていく。そしてそのままのろのろと、半ば惰性のように艦体を『圧縮』し、艦娘の姿に戻った。
 人間サイズに戻った龍驤の目の前で、真っ白い少女が土下座を決めていた。
 謝男(シャーマン)ならぬ謝意ガールとでもいうべき、実に堂に入った、美事な土下座だった。

「コノ度ハ、家ノ愚姉ガ皆様二多大ナゴ迷惑ヲオ掛ケシテシマイ、マコトニ、マコトニ申シ訳アリマセンデシタ!!」
「えっと……」
「どちら様クマ?」
「妹様、どうかお顔を上げてください。貴女の多大な貢献と努力は、ここにいる誰もが存じ上げております」

 いつの間にか沖合から泊地まで戻ってきていた(そして艦娘形態にも戻っていた)長門が正座をして、妹様と呼ばれたもう一人の姫に答えた。球磨と龍驤を除いた幌筵の面々と、人語を喋れるレ級達も長門に同意して次々に叫ぶ。

「長門の言う通りだ! アンタがいなかったら今頃俺らはとっくに死に絶えてる!」
「妹様、イツモ姫様ノ育児&すとっぱー役、アリガトウゴザイマス!」
「白い幼女に黒いパンツとか最高だぜ!!」

 人語を喋れぬ、アンヒューマノイド型のイ級などは鳴き声で。ネームド二匹を筆頭としたヒューマノイド型の深海棲艦らはサムズアップで妹様を肯定した。
 それを受けて、妹様の目じりに涙が浮かぶ。

「オ前達……」
「で、結局」
「何がどうなってるクマ?」




 青いビニールシートとトタン板で応急処置を終えた幌筵泊地の食堂。
 その一角には龍驤と球磨の2人、テーブルを挟んだ反対側には妹様とながもんと通訳担当のレ級、そして、通常のレ級よりも成長して大人びた容姿のレ級と人間の男性の整備兵の5人が座っていた。因みにほっぽちゃんは暴れ疲れて既におねむであり、元の少女サイズに戻った後、ダッチハーバーまで一足先に帰されていた。

「今回ノ件ニツキマシテハ、再度深クオ詫ビ申シ上ゲルト共二、再発防止二向ケテノ対策ヲ前向キニ検討シ、誠心誠意努力シテイク次第デアリマス」

 と、妹様こと北方棲妹はながもんの膝の上に座らされたまま頭を下げた。
 政治家みたいな言い回しやなー。と龍驤と球磨は思った。
 因みに座らせているながもんは妹様の御髪を手櫛したり、ナデナデしたり、くんかくんかすーはーすーはーしたり、パンツのゴムの内側にまで指を伸ばしてみたりと、やりたい放題やっていた。対する妹様は、ほっぽちゃん暴走の負い目があるのか、ながもんのしたいようにさせていた。

「マム。それでは説明を再開させていただきます」

 ほっぽちゃんの乱入で中断されていた事情説明の続きを話すべく、ながもんが顔を真面目なものにして説明を始めた。膝の上に妹様を乗っけたまま。

「事の発端は約一年半前。北方海域全体のPRBR値が急上昇して異常な濃度になった事から始まりました。濃度はすぐに平常閾値に収まったのですが、それから間を置かずに別の異常が発生しました。衛星で確認された、ダッチハーバー上空を覆い尽くすほどの量の飛行小型種の発生と同地への空爆、それに続いて深海棲艦の攻勢がぱたりと止んだ事」

 ながもんは一口お茶をすする。

「いずれも原因は不明。衛星写真は軍機の一言で該当海域一帯の閲覧を禁止され、索敵能力に優れる改二型もあなた方にはその権限がどうのこうのと言って口を濁す始末。かといって通常偵察では普段の比ではない密度の敵防衛線が突破できず、敵の現状が全く不明のままであり、皆不安に思っておりました『もしかしたら、連中が攻勢を止めたのは今まさに軍備を整えている最中で、自軍への空爆は大規模な実弾演習。そのうち去年の南方海域の時のような、大規模攻勢がじきに開始されるのではないのか』と」
「……」

 龍驤と球磨は無言で続きを促す。

「ですがあの日――――最初の異変から半年ほど経ったあの日、あのネームド共が、あの『エドデス・ヘッド』と『サラリー・レディ』がたった二人だけで、白旗掲げて幌筵にやって来たのです。曰く『助けてほしい。それが無理なら一時休戦を所望する』と」

 罠かな? 龍驤と球磨の2人の表情は無言でそう語っていた。

「はい。我々も最初はそう考えておりました。ですので、入念なボディチェックとメンタルチェック、哨戒機や衛星を使っての索敵、検疫を行ってから事情聴取を執り行いました。もちろん、超展開した自分や正規空母らで取り囲んで。その結果、空爆は演習などではなくほっぽちゃんの癇癪で、攻勢が止まったのは単に基地総出であやしていた事。そして彼女の抑止役としてもう一人の姫――――妹様こと、北方棲妹の存在が明らかになり、大本営に緊急連絡が行くことになりました」
「外ノオ二人カラデス『コレハ、妹様ノ御提案デアル』ト」

 妹様――――北方棲妹がながもんの膝の上に座らされたまま頭を上げ、額の汗を拭きながら話し始めた。

「ハイ。身内ノ恥ヲ曝スヨウデ汗顔ノ極ミデスガ、我々ダケデアノ愚姉ノ暴走ヲ止メル事ハ極メテ難シク、ソレ故ニ、人間ノ、ソレモヨク実力ヲ知ッテイルアナタ方幌筵泊地ノ方々ノ御助力ヲ受ケ賜ワロウト愚考シタ次第デス」
「妹様の言葉を補遺すると、元々はほっぽちゃんの目が届かない一時的な避難場所として幌筵を選んだそうです。深海側の中枢へも強行偵察という名目が立つそうですし」
「外ノオ二人カラデス『上位存在ニハ、逆ラエナイ』ト」

 何か今、深海側のもの凄い重要機密を聞いた気がする。
 龍驤と球磨の2人の表情は無言でそう語っていた。

「そいえば長門。なんであの嬢ちゃん止めるのに超展開したん?」
「はい。マム。超展開した自分は、ほっぽちゃんからしたら、ちょっと大き目のリカちゃん人形サイズなのです。ですので、外のネームド2人『エドデス・ヘッド』と『サラリー・レディ』ともども、身体を張って遊び相手を務めておりました。ご機嫌損ねたら今日の再現ですし」
「外ノオ二人カラデス『長門殿ガ加ワッテクレタオカゲデ、ろーてーしょん回セルヨウニナッテ、休日ガ取レルヨウニナリマシタ』ト」
「助けて欲しいって、そういう事かい……ところで」

 苦労しとるんやな。龍驤の脳裏には、超展開中の長門や深海棲艦らを手に、ひとりおままごとに興じるほっぽちゃんの姿が浮かんだ。
 そして龍驤はとうとう、今まで見て見ぬフリをしてきた二人に声を掛けた。

「ところで……その二人は何なん?」

 龍驤と球磨が視線を向けたのは、人間の男性の整備兵と、通常のレ級よりも成長して大人びた容姿のレ級だ。
 龍驤の記憶が確かならこいつ等は確か、龍驤達が幌筵泊地の変わり様に唖然としていた時に、物陰に隠れて乳繰り合っていた2人だったはずだ。

「はい、マム。それに関しては当人達から説明した方が早いかと。おい」
「はい! 文塚 陽(アヤツカ ヨウ)二等整備兵であります!」
「歩兵ゆにっと6662124号。幌筵ノ皆サンカラ貰ッタ個体識別名ハ『レナ』デス」

 文塚整備兵の方はごく普通の人間だったしごく普通のツナギと帽子だったから良いとして、問題は、レナと名乗るレ級の方だった。
 普通のレ級というのは、帝国の艦娘よろしくクローン生産でもされているのか皆同じ顔つきと背丈であり、環境による多少の個体差こそあれど基本的には背丈の低い、今後の発育に期待を持たれている系の少女である。
 だが、このレナは違っていた。
 通常のレ級が数年ほど成長して少女から女性になった頃であると思えるような顔のつくりをしていたし、タッパも頭3つ分は伸びていたし、通常の黒いビキニの上に着ている同色のレインコートは完全に前が閉じられていた。その上からでも解るくらいにバストは豊満だった。

「彼女らが幌筵に一時避難するようになって少しした頃に、ほっぽちゃんにも見つかってしまったんです。で、今日みたいな事が何度もありまして、段々と深海側との距離感や険悪さも無くなっていき、今のようになりました」

 文塚は続ける。

「何度目かの癇癪が起こった時、戦艦レ級の中に爆発から逃げ遅れたのか、重傷を負って放置されていた1人を保護いたしました。それが彼女です」
「私達歩兵ゆにっとハ基本、大量生産品ノ使イ捨テデ、損傷個所ヲ修復……治療シテ再利用スルトイウ発想ハ無カッタンデス。デスカラ、まとも二動ケナイ私ヲ見捨テズニ何日モ、何十日モ治療シ、まとも二口モ動カセナカッタ私二話シカケ続ケテクレタ彼ヲ見テイテ、気ガツクト言葉デハ表現出来ナイ、温カイ気持チガ段々ト、段々ト強クナッテイッタンデス。彼ガ私ノ事ヲ、彼ダケガ私ダケノ事ヲ見テイテクレタンデス。ソシテ……」

 そう言ってレナは、穏やかな顔になると、レインコートの上から自身のお腹周りを優しく撫でまわした。
 通常のレ級と同じ黒いレインコートは完全に前が閉じられていて、よく見ると、腹部がうっすらと膨らんでいた。
 龍驤が自我コマンドを入力。聴覚デバイスを最大精度に設定。

「……うせやろ」

 レナの腹部から、もう一つの心臓の鼓動が聞こえた。
 球磨と龍驤が同時に目を見開き、文塚の方を向いた。

「一目惚れです」

 球磨と龍驤は目を見開いたまま、文塚を見つめた。

「責任は取ります」





 水平線の向こうに向かって妹様達、ダッチハーバー群所属の深海棲艦らが帰っていく。
 駆逐イ級の背中に乗っている妹様こと北方棲妹はほっぽちゃん暴走の責任を感じているのか、幌筵の方に向かって90゚ のお辞儀の姿勢を崩さず。幌筵に残るながもんはこれがまるで今生の別れかと思うくらいに滂沱し、ブンブンと両手を振っていた。因みに文塚とレナの2人はすでに宿舎の中に戻っていた。
 そして、互いの姿が完全に水平線の向こう側に消えて少しした頃になって、ながもんは舌打ちをした。

「ふん。今回も気付かれたか」

 そして姿勢を戻して龍驤に向き直った。

「マム。いえ、龍驤教官。我々幌筵泊地が大本営に援軍要請を送った本当の理由をお話しします」
「深海魚共に何か仕込まれてる可能性がある。っちゅう事か?」
「はい。いいえ。それは設備や、自分を含めた全人員に対して大本営の監査軍とTKTによる外部二重チェックを定期的に行っています。飲食物に関しても、疑惑の表面化を避けるために一名を除いて手出しさせておりませんし、ダミー水道管の存在に気付かれた可能性も今のところはありません。我々が最も警戒しているのは、レナの――――あの戦艦レ級の子供の存在です」

 球磨と龍驤がどういう事かと質問しようとするより先に、ながもんが『各員、マニュアルに従って事後処理を開始。サンプルの確保と物理及び精神検疫に移れ。それとTKTと大本営にも各種チェックの委託要請を忘れるな!』と声を張り上げた。

「あの子供の存在は我々にとって前代未聞です。確保して研究すればどのような成果になるにせよ、この戦争の終結と勝利に大きな影響を及ぼすでしょう――――おそらく、深海棲艦にとっても」

 確保して研究。
 それがどういう内容なのかは知らないが、それが終わる頃にはおそらく、生きているどころか元の形も残っていないだろうというのは球磨と龍驤にも想像できた。

「1つの泊地を丸ごと使ってあんな巫山戯たお遊戯会場にしているのも、レナをこの泊地に留めるためです。早い段階から確保に動いては、深海側に連れ戻される可能性が極めて高い。確保するタイミングは出産後、次点で身動きに大きな制限がかかる臨月。それまではここに繋ぎ留めておく必要があります。人質交渉が必要になった場合に備え、文塚整備兵の家族もすでに軍の監視下にあります」

 ながもんが龍驤を見つめるその表情は、今までのロリコン性欲に溢れるながもんフェイスではなく、ただ純粋に作戦と戦略の成功に向かって淡々と手順を進める将校のそれだった。

「深海側がレナとその子供を確保するべく動き出すのも、恐らくは我々とほぼ同じ時期でしょう。その時敵は、今までにない大規模なバックアップを受けているでしょう。我々が今回、増援を依頼したのはそれが理由です。敵に、あの子を渡すわけにはいかない」





 互いの姿が完全に水平線の向こう側に消えて少しした頃になってようやく、駆逐イ級の背中に乗っている妹様は姿勢を戻して前に向き直った。
 その顔には、今までのような疲れた中年サラリーマンのような悲哀さなど微塵も浮かんでいなかった。

「フン。ヤハリ今回モ、仕込ンデキタカ」

 長門に手櫛された髪の中に手を突っ込んで入念にまさぐり、中に仕込まれていた小型の盗聴器を全て見つけ出すと指先で押しつぶして無力化し、ついでに服やパンツの中やアクセサリーの類も入念に調べてそこから見つかったものは全て破壊し、海に放り捨ててから呟いた。

「副官1号、2号」
「2号、御前(おんまえ)ニ」

 妹様のすぐ背後。誰も居ない場所から声だけが聞こえた。続けて、妹様の脳裏にもう一人の意思が響く。

 ADJUTANT01 - Res(001):1号、幌筵の厨房っす。今日のバーガー、渾身の出来だったのにー。あーもー! あの歩兵ユニットめー。:EOS
「報告せよ。まずは2号から」
「御意」

 返答と同時に、妹様の少し背後に、片膝をついて頭を下げた姿勢の透明な人影が浮かび上がった。
 透明人間に色が付くと、それは黒いレインコートに全身を隠した戦艦レ級の姿となった。尻尾は邪魔になるので、付け根から切除してあった。

「2号ガ報告イタシマス。提督ノ機密書類ヲ覗キ見シタトコロ、作戦決行予定日ハ妹様ノ予想通リ出産直後。次点デ臨月頃デシタ。流石ハ妹様。御慧眼デゴザイマス。ソレト、相変ワラズココノ駆逐娘『雪風』ガ私ニ気付イタ様子ハアリマセンデシタ。泊地内ノ対人せんさーとやらも、変化ハ無シ。恒常的ナ侵入者ハ1号ト、他数体ノ歩兵ゆにっとノミト思ワレテイルヨウデス」

 頭を下げていたので妹様からは見えなかったが、このレ級の瞳は金色に輝いていた。
 音も光も臭いも無く、PRBR検出デバイスや、駆逐娘『雪風』の超常現象じみた索敵能力からも完全に消え失せるステルス戦艦。
 戦艦レ級、タイプ・フラグシップ。
 それがこの2号の正体だ。

 ADJUTANT01 - Res(002):あーしからは、以前から頼まれてたもう一人か二人、キッチンに入れる歩兵ゆにっと増やせないかって話ですけど、やっぱ無理っした。表向きはやんわりな断り方でしたけど、ガッチガチに警戒されてますねー。あと、水道タンクにアレ仕込むの成功したっすけど、何か全然警戒してる素振りが無いから、多分、解毒剤か強力なろ過システムでも存在してるんじゃないっすか? もしくはあーしらが把握してる方がダミーの水道管だとか。:EOS

「ソウカ。両名共報告御苦労。コレカラモ苦労ヲカケルガ頼ムゾ」
「感謝ノ極ミ」
 ADJUTANT01 - Res(003):シーサーバーガーへの贖罪の片手間で良ければー。:EOS
「1号、貴様……!」
「良イ、2号。1号ハ元々、ソノ条件デコチラニ来タノダ。ソレニ、1号ノこんばっと・ぷるーぶど・いんすとらくしょんハ、確カニ有用ダッタダロウ」
 ADJUTANT01 - Res(004):9割9分が人間共の戦術を丸パクったヤツすけどねー。:EOS
「有用ナラソレデ良イ。2号、れな二、アノ赤子ヲ出産シタ後、赤子ヲ確保シテ幌筵を離脱シ、コチラトノ合流後二渡スヨウ伝エテオケ」
「確(しか)ト」
「アノ赤子ヲ研究スレバ、新タナ知見ガ得ラレルダロウ。ソレハコノ戦争ニオイテ極メテ有用ニナルハズダ。ソシテソレハ人間側モ然リ。故ニ、確保時ニハ極メテ大規模ナ戦闘ガ予想サレル。ソレマデニ可能ナ限リノ戦力ノ強化ト充足ヲ行ウノダ。敵ニ、アノ赤子ヲ渡スワケニハイカナイ」





 RENA - Res(001):了解。出産後、隙ヲ見テ泊地ヲ離脱シマス。デスガ、文塚整備兵ハ私ノ事ヲ良ク観察シテイルタメ頻繁二連絡ヲシテイルト感付カレル可能性ガ有リマス。デスノデ、コチラカラ再開スルマデ連絡ヲシナイヨウ願イマス。:EOS
 ADJUTANT02 - Res(002):承知シタ。トコロデ、しゃわー室トイウノハ基本一人デ入ッテ、汚レヲ落トスタメの場所ダロウ? 何故2人デ――――:EOS
 RENA - Res(002):ソウイウノハ見テ見ヌふりヲスルノガ人間共ノまなーダソウデス。接続ヲ終了シテモ?:EOS
 ADJUTANT02 - Res(003):アッハイ:EOS

 自身の上司に当たる、副官2号からの概念接続が完全に切られたことを確認するとレナは、文塚陽整備兵の方に視線を戻した。

「……ヤッパリ。陽ガ予想シテタ通リノ答エダッタ」
「こっちも似たようなもんさ。ロリコン、じゃなかったながもん、でもなくて、長門副司令から子供を確保してこちらに渡せって命令されたよ」

 盗聴対策としてシャワーの水量をマックス付近にまで上げ、大人の身体の洗いっこをしながら2人は、小声で密談を続ける。

「このままここにいたら危ない。どうにかして逃げよう」
「何カ考エガアルノ?」
「ここの提督達が話してるのを聞いた。南の、タウイタウイ泊地だ。そこの提督が、異星人からUFO貰って行方不明から生還したそうだ。近い内に鎮守府交流演習大会があるから、その時に何とか拝み倒してUFOに乗せてもらって、地球から逃げよう」
「流石二チョット現実味無イケド、貴方ト一緒ナラ何処へデモ。何処マデモ……義父様ト義母様ニハ?」
「何日か前の慰問通信の時にな。盗聴されてるから雑談に少し混ぜるくらいしか出来なかったけど、親父とお袋も何となく察してたのか、自分のしたいようにしろ、って背中押してもらえたよ……レナの事、テレビ電話でじゃなくて直接紹介したかったな」
「出来ルワ、キット。ソノ時ハ、コノ子モ一緒二連レテ行キマショ?」

 そう言ってレナは、穏やかな顔になると、文塚の手を取って一緒に自身のお腹を優しく撫でまわした。

「敵ニ、コノ子ヲ渡スモンデスカ」



 とびだせ! ぼくの、わたしの、ブイン基地!!
 第7話『戦争は女の顔をすることもある』



 次回予告

 2件の未読メールがあります。
 動画メールです。

 送信:有明警備府 戦艦娘『長門』
 件名:【次回予告&戦艦娘『長門』殺害依頼】
 本文:

 有明警備府、第二艦隊副旗艦の戦艦娘『長門』だ。
 ミッションを依頼したい。
 舞咎院の弾薬工廠、ああ、今は兵器工廠だったな。そこに配属されている長門を始末する。私達に協力してほしい。
 詳細は伏せさせてもらうが、あの長門は、重大な秘密を握っている。多くの長門達はそれを知る事に耐えられないだろう。
 それを承知で、私はこのミッションを依頼した。この作戦は必ず成功させねばならない。

 次回、とびだせ! ぼくの、わたしの、ブイン基地!!
 第8話『戦艦長門の憂鬱(※次話タイトル、次話内容は予告なく変更となる可能性があります)』

 不足だが、報酬も用意した。
 以上だ。
 言葉を飾る意味はない。君の判断を待つだけだ。




 送信:舞咎院兵器工廠 戦艦娘『長門』
 件名:【次回予告&戦艦娘『長門』迎撃依頼】
 本文:

 やぁ、指輪付き。
 舞咎院の事務員、古黄戸 蘭(こおうど らん)だ。
 私を殺しに、長門達がやってくる。そいつらを全員返り討ちにする。付き合わないかい?

 次回、とびだせ! ぼくの、わたしの、ブイン基地!!
 第8話『戦艦長門の驚愕(※次話タイトル、次話内容は予告なく変更となる可能性があります)』

 長門の連中、カタ過ぎる。
 人生なんて、結局は楽しんだ者勝ちなのさ。
 だろう?

 本日のOKシーン




 那覇鎮守府との連絡が途絶えてから数日後の現在。
 九州南端にある坊ノ岬鎮守府で最後の補給と休息を済ませた大本営直属の特別臨時編成艦隊『BC部隊』は、当初の予定通りに針路を南にとり、沖縄県沖縄本島に向かって粛々と進んでいた。

『ズン、ババババン♪ ババンバババン♪』
『バン、ババババン♪ ババンバァーン♪』

 臨時編成の名が示す通り、帝国各地に戦力を分散派遣し、予備戦力が薄くなった大本営の中で即応待機していた残り少ない艦娘達からなる寄せ集め艦隊である。
 BC部隊の内訳は大和、矢矧、雪風、浜風、磯風、初霜、霞ママ、朝霜、涼月、冬月、旧ゲヒルン副司令兼ネオ・アトランティス総帥からなる、通称『坊ノ岬沖組』の艦娘10隻に、空母娘の『鳳翔』と『葛城』そして揚陸艦娘の『あきつ丸』の計3隻を足した、13隻の連合艦隊である。
 なお誠に遺憾ながら、寄せ集め艦隊であるにもかかわらず、駆逐娘の長波様はこの中にいない事をここに申し上げておく。

『私が撃たねば♪』
『バン、ババン♪』

 その作戦旗艦を務める軽空母娘『鳳翔』は、無人の艦長席の横に艦娘としての『鳳翔』を立体映像として投影していた。
 映像そのものはプログラムなので、他の鳳翔らと立ち絵も状況毎のモーションも全て同じであるはずなのだが、この鳳翔は何故か、瞳に光が薄く、ハイライトが曇ったような雰囲気を醸し出していた。

『誰が撃つのか♪』
『バン、ババン♪』

 それは鳳翔だけではなかった。
 副旗艦を務める矢矧も、先行して偵察艦となっている雪風も、鳳翔と葛城とあきつ丸の周りで第三警戒航行序列こと二重の輪形陣を成している、浜風も磯風も初霜も霞も朝霜も涼月も冬月も。
 皆、どこか、人間性や精神の類が摩耗しているのが立体映像を通して雰囲気として感じられた。

『『いーまに見ていろ深海棲艦♪』』

 例外は、本作戦中の艦隊内共用チャンネルとして設定されている周波数を使って呑気な大声で歌っている、麾下艦娘の『大和』と『葛城』の2人だけだった。

『『全滅だ!!』』
「……」

 鳳翔は、2人をたしなめるべきだとは思っていたが、現在は会敵の可能性が低いとは言え作戦行動中に呑気にも歌を歌っている事か、それとも年頃の女の子がそんなやたらと物騒な歌詞の歌を歌うのはどうかという事かの、どちらから先に注意すべきか悩んでいた。
 その答えを出すよりも先に、同じ麾下艦娘の『あきつ丸』からも個別回線で通信が入った。

『まぁまぁ、鳳翔殿。彼女達お二人は今日が初陣。それに任務内容を知らされていないと来ています。歌くらいは大目に見てあげましょう、でありますよ』
「あきつ丸さん。しかし」
『九州から沖縄までのシーレーンは完全に奪還済みでありますし、それにほら、霞殿が』

 鳳翔が大和と葛城の2人に意識を向けると、2人と同じく鳳翔麾下の駆逐娘『霞』によって共用周波数の中でたっぷりとお説教されていた。

『まったく! あんたら2人は理解ってるの!? 今作戦の最終段階で使う特殊弾頭を一番多く搭載しているのはあんたら2人なのよ!? 歌声を察知されて、あんたら2人が攻撃されて、万が一にでも特殊弾頭が破損したらどうすんのよ!?』
『『はぁい』』
『まったくもう……分かったならお口にチャックして、通常警戒態勢に戻った戻った』
『『はぁい。ママ』』
『誰がママよ!? 矢矧さんからも言ってやってよ、もう!』

 そのやり取りを聞いて、鳳翔は小さく呟いた。

「……そうですね。せめて。せめて今、この時くらいは」

 そして思う。陸海合同の沖縄防衛隊との連絡が途絶えたのは、単なる通信機の故障でしかなく、BC部隊の本領を発揮するようなことがありませんようにと。
 そして、間違ってもこの『特殊弾頭』を使うような事がありませんように、とも。

『HQよりBC鳳翔。状況に変化はあったか?』
『鳳翔よりHQ。異常無し。現在予定通りの航路を航行中』
『HQ了解』

 またなの。と鳳翔は心の中だけで溜め息をつく。
 姫種との正面戦闘が予想されているし、文字通りに皇国の興廃がかかった一戦なのも理解しているが、それでも5分に1回は定時報告を寄こせというのは流石にやり過ぎだと思う。

(そんなに不安なら、自分で弓取って太刀佩いて、私達より先に沖縄入りすればいいと思うのですけれど……)
『雪風よりBC全艦! PRBR検出デバイスにhit! 総数1、波形と周波数は第4ひ号目標と一致!! 対空および水上電探に第4ひ号以外の反応無し。水中の状況は不明。目視でも飛行する航空機の類は確認できず。繰り返す。敵は単騎、敵は単騎』

 鳳翔が物理的にため息を吐きそうになった直前、先行していた駆逐娘『雪風』達から緊急通信が入った。
 瞬間的に鳳翔の心身が戦闘態勢に入る。

「鳳翔よりBC全艦、艦隊陣形変更。現在の第三警戒航行序列から第四警戒航行序列に移行。続けて鳳翔より偵察機を発艦させ、観測情報を元に――――」
『大和、主砲撃ちます! 先手必勝です!!』
『葛城航空隊、全機、回せぇ!』
「――――元に全艦データリンク照準で……って、ええっ!?」
 
 まずは偵察機で詳細な情報を。と考えていた鳳翔を裏切り、大和が主砲の46センチ三連装砲を発射。ついでに葛城も件の特殊弾頭を積んだ爆撃機の発艦準備を進めていた。
 鳳翔は反射的に上位コマンドで大和と葛城それぞれのシステム戦闘系に割り込みを掛けて次弾装填を中断させ、発艦操作を緊急停止させ、無線を繋いだ。

「大和さん今撃った砲弾の弾頭は何!? まさか例の弾頭使っていないでしょうね!?」
『え? ただの徹甲弾ですけど?』
「葛城さんも待ちなさい! 発艦中止、発艦中止!!」
『え、あっはい』

 滑走路上で待機していた葛城航空隊第一陣のプロペラの回転数が目に見えて落ち、そして止まった。
 良かった。最悪の事態は免れた。そう考え、思わず安堵のため息をついた鳳翔の期待は微妙に裏切られた。

『HQよりBC鳳翔。何があった!?』
『雪風より鳳翔さん! 着弾評価。近近近、近近近、近近直。命中弾1。あっ、第4ひ号目標が反転。当海域から南へ離脱していきます!』
『HQより雪風、それは本当か!?』
『雪風よりHQ。はい! 南進しています! 本土からは離れていきます!』
『何だって、それは本当か!? 大和の砲撃だけで逃げていっただと!?』
『雪風よりHQ。はい。いいえ。第4ひ号目標は依然として健在。転進した理由は不明です』

 誰も聞いちゃいなかった。
 無線の向こう側では『やったぞ!』だの『あの姫を鎧袖一触とは、さすが大本営直属!』だの『各鎮守府に連絡、いやそれよか先に新聞各社に号外を出させろ! 第4ひ号目標撃破、第4ひ号目標撃破だ!!』だのといった、場違いかつフライング気味な大歓声が聞こえていた。
 そして。

『よくやった! BC部隊は帰還せよ』
「は? ……失礼しました。BC鳳翔よりHQ。我々の目的は、第4ひ号目標の撃破ではなかった筈なのでは?」
『え? ……あ、ああ。そうだったな。ではBC部隊、予定通り任務を続行せよ』

 通信終了。
 後方との情報共有の齟齬具合に今更ながら不安になってきた鳳翔に、先程第4を発見した雪風から通信が入った。

『鳳翔さん。さっきの攻撃なんですけど……あいつ、全然怯えてなんかいませんでした。むしろ、忘れ物を思い出したから家まで取りに戻るような雰囲気でした。それと……それと、一瞬だけ、あいつのすぐそばから友軍属性のIFFを検出した、ような気がします』
「雪風ちゃん。それは誰だったかは判る?」
『わかりません。ログにも残ってなかったし、誤差みたいな小さい反応だったし、さっきの状況で似たような反応を示すパターンは数百通りはありますし……』
「そう……ならこの一件は私が預かります。艦隊の皆には私から言いますから、雪風ちゃんは先行警戒に戻って」
『はい。分かりました』

 鳳翔は雪風との接続を切り、那覇鎮守府と名護山間要塞に無線を飛ばした。

「こちら大本営直属、特別臨時編成艦隊『BC部隊』作戦旗艦の鳳翔。那覇鎮守府、応答願います。願います……こちら大本営直属、特別臨時編成艦隊『BC部隊』作戦旗艦の鳳翔。名護山間要塞司令部、応答願います。願います」

 どちらも応答なし。
 鳳翔の心の中に、前方の水平線の向こう側に見える曇り空のような不安が音も無く広がってきた。

(本当に、本当に大丈夫ですよね? 那覇鎮からの最後の通信。ノイズだらけのそれを解析した結果『那覇を放棄』と言っていたのが、もしも本当だった場合。その時は――――)

 鳳翔は外部監視カメラの2つを大和と葛城の2人にそっと向ける。霞に追加でお説教され、どうやらきちんと警戒態勢に戻っているようだった。
 続けて自我コマンドを入力。軽空母としての鳳翔に搭載されている全てのウェポンシステムの状態を確認。
 10秒後にシステムから返答。鳳翔にも搭載されている件の特殊弾頭を含めて全兵装に異常無し。

(その時は――――本当に、この『特殊弾頭』を使う事になるやもしれませんね)



 Please save our Okinawa 06.



 そんな鳳翔達が覚悟完了しながら南下を開始するよりも数日前の那覇市街。

『戦車中隊長より中隊各車。戦車中隊長より中隊各車。各個の判断による射撃を許可する。繰り返す、各個の判断による射撃を許可する! あのレインコート共を近づけさせるな!!』

 言い終わるよりも先に、市街各所に配置された戦車が主砲を発射する。つい先ほどワ級の頭部を消し飛ばした時のような精密機械じみた同時射撃ではなく、てんでバラバラのタイミングだった。
 その内の一両から発射された一発の多目的榴弾が、ワ級から降り立った黒いレインコートを着た小さな人型ら――――後に戦艦レ級と呼ばれる事になる――――の頭上よりもだいぶ高い位置で炸裂。破片と爆風で面制圧。
 できなかった。
 砲弾の破片がレインコートに直撃した箇所には水面に広がる白い波紋のようなものが現れては消えて、破片はそこからポロポロと力無く自由落下した。爆風は距離が離れすぎていたのか、レインコートをわずかに圧し凹ませ、加圧箇所を白く変色させるだけに終わった。その変色箇所も湯気を出しつつ見える速度で元の黒色に戻っていった。

『おい、マジかよ、夢なら覚め』

 水平線よりも大分沖縄側に近い所に陣取る深海棲艦らからの支援砲撃。速度が落ちて角度が付いたためにほぼ垂直に近い軌道で落ちてきた大口径榴弾が、その質量で戦車の薄い上部装甲を押し潰して貫き、内側で爆発。同車を沈黙させた。

『3号車大破。応答なし!』
『3号車の敵を取れ!』
『夕張了解!!』

 戦車隊ではなく近くにいた夕張(超展開済み)から返答。
 ビルを背もたれにして両足を大きく開いてしっかりと踏ん張り、両肩に接続された戦艦娘向けの改良型友鶴システム『試製35.6センチ17連装突撃砲』に激発信号を送る。信号を受け取った試製35.6センチ17連装突撃砲が一斉に火を噴き、沖合に展開していた駆逐・軽巡種らの一角をただの一撃で粉砕し、当の夕張もまた、両肩に粉砕骨折一歩手前の反動をモロに受けて『ああ、肩に! 肩に!! 肩に゙あ゙あ゙あ゙!!!』と泣き叫んでアスファルト道路の上をジタバタと転げまわった。
 生き残った敵支援砲撃部隊からの反撃が、戦車隊とその周囲のビル群に降り注ぐ。

『5号車大破。乗員全員の脱出を確認!』
『1号車、履帯脱落。なれど戦闘能力健在。戦車中隊長より中隊各車。こちらの射点は捕捉されている。各個に移動を開始せよ』
『レインコート、こっちにきます!!』

 榴弾が効かぬならばと、中隊長の乗る戦車から発射されたAPFSDSが別のレインコートに直撃。そいつは吹き飛ばされて転がり、剥き出しだった手足や顔面、尻尾に擦り傷がいくつか出来た。
 120ミリ徹甲弾が人間サイズの生き物に、マッハの速度で直撃した被害としては破格の軽微さだった。

『嘘だろおい。ユゴニオ弾性限界どこいった。ブッダの隣で昼寝でもしてんのか!?』

 真っ白になって湯気と陽炎(not艦娘)を立ち上らせるレインコートもそのままに、そいつが戦車隊に――――運悪く履帯が壊れて動けなくなった中隊長の乗る1号車に――――向かって疾走を開始し、足元に転がっていたAPFSDSの弾芯に足を引っかけて盛大に転倒した。どういう訳か、ダーツ状の弾芯は原型を保ったままだった。
 他のレインコート共も駆け出した。最初に転んだ奴の事などお構いなしに踏みつけて走り、最後尾の一匹が走り去った後には、赤く潰れたトマトのようなものがひび割れたアスファルトの上に広がっていた。
 痛みから再起動し、友鶴システムをパージした夕張(涙目)が、痛みのあまり変な笑い顔になりながらも腰を落としてしっかりと踏ん張り、左右の手それぞれに構えた長良型に標準装備されているアサルトライフル型14センチ単装砲で沖合に反撃し、迫るレインコートの群れには艤装各所に配置された主砲と対空機銃群の発射態勢を整えていた。
 特に対空機銃群は、ただのそれではなかった。

『ふふ、ふふふ……うふふふふふ。やっぱ、やっぱりこれよね! 小型を多数同時に相手取るならやっぱこれ一択よね! 雅桐倫俱もといガトリング砲!!』

 六連筒のガトリングガンを5つ並べて一つのシステムに纏めたという、なんとも変態臭い浪漫兵器だった。

『そのガトリングの中でも一つだけ選べと言われたらこれ! 理想的な動力源が見つからないって事で数機のプロトタイプを製造したところで開発終了しちゃった鍋島4型。その固定兵装として開発された、この『25mm三連装機銃 集中配備』一択でしょやっぱ!!』

『25ミリは銃じゃなくて、もう立派に砲なんだけどなぁ』『ていうか3連装って名称なのに何で6連筒なの?』という戦車乗り達のぼやき声が聞こえるはずも無く、夕張は嬉々としてターレットモーターを作動。各砲身の回転数が規定値に達したところで兵装側FCSに激発信号を送信。
 数ミリ秒後に巻き起こされる毎分6万発のタングステン合金製の破壊の嵐の美しさを妄想し、夕張の唇が歪に歪んだまさにその瞬間、彼女の索敵系が誤作動を起こした。
 倫理トリガに警告ロック。

『嘘っ、何で!?』

 前方に人間らしき反応多数。このまま射撃を実行すれば、民間人への殺傷を含めた被害がほぼ確実に発生するがそれでも強行するか? そういうニュアンスの警告ウィンドウが夕張の脳裏に浮かぶ。

『120ミリ喰らってピンピンしてる人間なんて、いる訳ないじゃないの!!』
『そうだそうだ!!』

 中隊長の乗る戦車の砲塔上面に据え付けられた12.7ミリ機銃と7.62ミリ同軸機関銃による狙撃弾幕射撃が開始され、数秒遅れて倫理ロックを強制解除した夕張の25ミリ機銃群が火を噴いた。
 当然、120ミリの直撃でも無傷な連中相手に、こんな豆鉄砲が効果ある訳ないんだろうなと心の片隅で諦めていた夕張と中隊長らの予想を裏切り、顔面を撃ち抜かれて即死する個体や、剥き出しの手足や尻尾を撃ち抜かれて無力化、あるいは失血死する個体が出始めた。

『え、なんで?』
『戦車中隊長より全ユニット。理由は不明なれど、敵歩兵に損害を与える事に成功』

 ただ、着込んだレインコートに着弾したものはやはり無力であり、その着弾箇所に水面に広がる白い波紋のようなものが現れては消えて、弾頭はそこからポロポロと力無く自由落下した。その形状を一切ひしゃげさせる事無く。
 そしてなによりも、迫る敵の数が圧倒的だった。

『早ッ!? 自動車並みのスピード出てるし、やっぱ人間なのは見た目だけじゃない!!』
『1号車は放棄、総員降車!』

 中隊長は近くにいた他の戦車に拾ってもらい、夕張もまた、弾幕を張りながらビル街の奥へと後退を始めた。





 同時刻、那覇鎮守府。
 部屋の中にいても砲撃音がはっきりと聞こえるようになったそこでは、子供達をより安全な名護山間要塞へと移動させ、そこから脱出させる準備が大わらわで進められていた。

「まったく。何でこんなタイミングで那覇鎮守府を放棄して移動しなきゃならないんだか……あー、もー。最悪ー」
「新庄少佐や戦車中隊とも連絡が途切れたままなのねー……那覇鎮の近くで戦闘が始まっちゃったから状況的には正解なんだけど、だったら最初から子供達を連れてこなければいいなのねー」

 子供達の乗ってきたバスへ荷物を載せ、給油も済ませたところで件のEMPが到来。那覇鎮内の電子機器どころかその後ろ側にある建物群や街灯、道路脇の自販機に公衆電話、そしてあろうことか艦娘の一部機能に至るまでが光の速度で焼き殺された。
 当然、EMPシールド処理なんぞされていない民生品の、子供達の乗ってきた大型バスも完全無欠のオシャカとなった。

「ていうか工作艦でもない駆逐艦娘に、機械修理の技能があるなんて初めて知ったなの。陽炎型って、皆そうなの? 19、有明警備府に来てから少し経つけど、バビロン海ほたるの外の事、まだあまり詳しく知らないなのねー」

 なので、沖縄に集結した帝国陸海両軍+合衆国軍残留組が総出で、那覇鎮のガレージや駐車場を総ざらいして焼け残った基盤や電子部品をかき集め、比較的まともな壊れ方をしていた軽量二脚逆関節型の鍋島Ⅴ型を共食い整備で何とか動ける状態にまで持っていき、どうしても直せなかった両腕を外して牽引用の強化ワイヤーウィンチを溶接し、それをバスと繋いだ次第である。

「んー、どうだろ。多分そんな多くは無いだろうけど、何人かは居るんじゃない? 機械弄りできる駆逐娘って。それに、私のも技能なんて呼べるほど立派なモンじゃないけどね」
「そうなの?」
「ちょっち前――――プロト19がまだ有明警備府に来る前に、メカロボ物の漫画とか描いてた事があってさ。その参考資料として塩太郎さん達整備兵の作業見学したり、手透きな時に簡単な整備をやらせてもらったり、ウルザ式羽ばたき飛行機械を実際にイチから組み立てたりしたことあんのよ。体験は作品にリアリティを生むってやつよ」
「それどこのスタンド使いの漫画家なのねー」

 つまり、どうあがいても直せなかったバスを、何とか歩ける状態にまで直した鍋島Ⅴ型で荷車よろしく名護山間要塞まで引っ張っていくのだ。
 因みに、突然しゃしゃり出てきた那覇鎮の基地司令殿は、運よく生き残った通信機を使って那覇鎮および那覇市防衛の放棄を宣言。ただでさえ面倒だった撤退の手続きをさらに面倒くさいものへと変えやがった挙句にどこかへと姿を消した。
 この那覇鎮に残った唯一の人間である矢島通信士官は機密書類の焼却や、端末内のデータの白紙化とハードディスクの物理破壊などの機密保持と、那覇鎮放棄の情報を沖縄各所に配置した人員らにもどうやって連絡するかに追われており、文字通り目の回る忙しさだった。

「ていうか19。連中は?」
「んー」

 プロトタイプ伊19号、略してプロト19が自我コマンドを入力。共同で作戦に当たっている合衆国軍をそれとなく監視中の、帝国陸軍をそれとなく監視中の、各施設で作業中の、各艦娘に状況報告をリクエスト。
 作業中、合衆国軍、帝国陸軍の順番で返信が返る。その報告の内容を頭の中だけでざっと流し読みしてプロト19は口を開いた。

「合衆国軍人さん達なら、散らばって行動してるけど、今のところ誰も怪しい動きはしてないらしいなの。それと、さっき着陸した榛名さんの零水観(零式水上観測機)の燃料補給、もうすぐ完了しそうなの」
「無線が焼けちゃった今、この零水観3機だけが遠距離通信の要だからねぇ」
「ていうかこの零水観、機内に積んだコンピュータにコピー・ダウンロードした専属妖精さんの操作だから無人のはずなのに、何でハシゴを横に付けてるの、なのねー?」
「その場のノリじゃないの? 知んないけど。で、当の榛名さんは今?」
「沖合から接近中の敵揚陸部隊に対し、阻止砲戦中。なれど彼我の戦力差圧倒的に劣勢、かつ敵はこちらへの対処よりも歩兵部隊の上陸を優先。時間稼ぎにもなってないって、この零水観が飛んで来た時に言ってたのね」
「この電子未来の21世紀に発光信号による情報伝達とか時代逆行し過ぎでしょ。次は狼煙かな? 腕木かな?」
「マラトンかもなのねー」

 かなり後ろ向きなジョークを飛ばす2人を余所に、遠雷にも似た砲撃音がいくつもいくつも那覇鎮守府に木霊する。
 かなり近い。

「それにしても、1人1人に複数の監視が付けられるのって、ホント便利よねぇ。あ、使えそうな基盤何枚か残ったから、アルミホイルで巻いてダッシュボードの中にガムテで固定しておくからね」
「ありがとなのねー。あの戦争の時にこそ、この数の有利は欲しかったなのねー……ん?」

 秋雲とプロト19が同時にため息をつく。
 そして、聞き耳が命綱である潜水艦娘であるために、プロト19だけがその小さな話し声を壁越しに拾えた。
 秋雲が何か言う前にプロト19は自身の人差し指を口の前に立てたジェスチャーで黙らせ、聞き耳を尖らせる。

「……」

 自我コマンドを入力。
 聴覚デバイスの感度を最大値に設定、ノイズフィルタを始めとして各種波形解析ツールを起動。壁向こうの合衆国人達が何を言っているのかどころか、振動数の差異から連中の口の中にある金歯銀歯の数まで割り出すつもりで集中する。
 その結果。

「嘘」
(どしたの!?)
「……無線で話してる。あいつら、嘉手納基地の中に、核を持ち込んでたって」
「……なに? 何を持ち込んでたって?」

 秋雲が一瞬固まり、問い返す。プロト19の顔が嫌悪感で歪む。

「それで、あいつらもEMPで回収手段失っちゃったけど、爆縮用の起爆回路も完全に焼け死んでて誤作動の可能性も無いからそのまま放置して撤退しろって、本土から命令が来たらしいなのね。爆弾は、別働隊が対処するからって」

 秋雲の脳裏に、数年前の光景がフラッシュバックする。
 自分の現在の提督こと、比奈鳥ひよ子がまだ訓練生だった頃。
 その最終演習。存在を抹消された旧横須賀鎮守府から、三土上人工島まで行って帰ってくるだけだったはずの哨戒任務同行演習。
 南方海域から本土の直前まで、背中に大量の復員兵を乗せてやって来た一匹の駆逐イ級。
 そして、そのイ級に搭載されていた一発の爆弾。

「……」
「え、あれ。秋雲? 何をするなの?」

 困惑するプロトを余所に、秋雲はツカツカと引き戸の前に向かって歩いていく。
 そしてスパァンと勢い良く引き戸を開けた秋雲が最初に目にしたのは、こちらに背を向けて誰かと無線機で話している一人の男の姿だった。
 以前、ひよ子と共に共同作戦の提案をしに行ったときにいた将校とは別人だった。

「閣下、失礼ですが本当にそのような命令が発令されたのでしょうか? ……本当に。しかも書類で……はい。了解しました。では、CF作戦の開始予定時刻までに脱出します。通信終了」
「FREEZE!!」

 そして秋雲は、中にいたそれ以外の合衆国軍人らが反射的に銃を構えたのも無視して叫んだ。

「話は聞かせてもらった! 人類を滅亡させる気かお前ら!!」
「……話は終わったとはいえ、他国の軍の通信室に乱入してくるとは、とんでもない奴だな。何処の誰かは知らないが」

 部屋の中の一人。無線機片手にフリーズした合衆国の男性軍人――――肩章は少佐だった――――が口を開く。
 それに割り込むようにして秋雲が叫んだ。

「深海棲艦には! 核の運用能力がある!!」

 部屋に沈黙が降りる。
 ややあって、無線機片手にフリーズしていた少佐が溜め息ともうめき声ともつかない声を漏らした。

「……ああ、そういう。道理であのような」
「?」

 秋雲に照準していた合衆国軍人らも、顔にも声にも出していないが、大体似たような雰囲気を滲ませていた。

「こちらの話だ。貴官の情報提供には感謝する。しかし核は偽装隠蔽して、嘉手納基地の内部にそのまま安置する」
「なんでさ!?」
「それを運び出す手段が無い。先のEMPでほとんどの自動車がやられた。生き残っていたパーツも先程、子供達を脱出させるための鍋島Ⅴ型の修理に使った。嘉手納に置いてある核はプルトニウムだけでも3トンはあるんだぞ。封印用のケースも含めたらどれだけの重さになると思っているんだ」

 3トンの核物質。
 それを聞いて秋雲が呆れた顔になる。

「ICBMでも組み立ててたの? 友好国の、それも被爆国の国内で? そんなにキューバ危機が好きなら合衆国本土でやってくんない?」
「自分に言われても困る。こちらもたった今、本土(ステイツ)からの通信で初めてその存在を知ったところだったんだぞ。秘密裏に回収出来るならそうしている」

 秋雲はこんな厄介事はさっさと持ち帰ってほしい。この少佐もこれ以上の大事になる前にどうにかしたい。
 2人の意見は概ね一致していた。
 ため息をつきながら秋雲がぼやく。

「しかしひよ子ちゃんも核に縁があるねぇ。訓練生だった頃の三土上といい、今といい」
「失礼」

 少佐の雰囲気が変わる。

「もしや貴官の提督の階級とフルネームは、Lieutenant Commanderヒヨコ・ヒナドリというのでは?」
「え? し、失礼しました。はい、そうです。この作戦の前払い報酬で大佐になりましたが」
「そうか……」

 沈黙。
 窓の外から時折聞こえる砲弾の炸裂音が、徐々に徐々に近づいてきているのが聞こえた。
 ややあって少佐が言った。

「ミッドウェーでの恩は返さねばならないな。総員傾注。これより児童らの護衛という名目で我々も脱出する。ルート途中の嘉手納基地まで同行し、何とかして核を回収。そこから児童らとは別行動でRPを目指す。こちらの……ああっと……」
「陽炎型の秋雲であります。有明警備府所属」
「ミス・アキグモ。君も嘉手納まで同行してもらうぞ」

 およ。と秋雲は心の那珂だけで虚を突かれたような声を上げた。他国の軍関係者を、そんな機密まみれの所にやってもいいのだろうかと。

「見たところ、貴官は第二か、第三世代型の艦娘とお見受けする。ならば対人リミッターを切れば重機そこのけの出力が出せるはずだ。核をどうにかしろと言ってきたのは貴官だろう? 運び出すのに協力してもらうぞ」

 言ってねーし。と秋雲が言おうとしたその時、空から落ちる独特の風切り音が段々と大きくなって来たのを、この部屋の全員が聞いた。

「ッ! 身を隠せ!」

 基地の中庭に落下。
 それとほぼ同時に、中庭に面した側の壁の一部が砕け、そこにあった唯一の窓ガラスが割れ、砲弾の破片と衝撃波に混ざってそれらが部屋の中に一斉に飛び込んできたのと、秋雲がその壁に向かって近くにあった鉄板入りの防弾テーブルを片手で投げ飛ばし、自身もそこに向かって跳んでいき、飛来する破片被害を最小限に食い止めようとしたのを、少佐は見た。
 が、衝撃波までは流石に無理だった。
 暗転。

「……っぅ、ぁぁ……」

 次に少佐が気が付いた時には、酷い耳鳴りがして、床に横倒しになっていた。床のあちこちに大小さまざまな元壁の瓦礫が転がり、鋭いガラスが突き刺さり、視界は白くチカチカとしていた。

「……ぃ、ひぁぃ、被害報告!」

 馬鹿になって遠ざかっていた意識と聴覚が戻ってきた少佐が床に伏せた姿勢のまま叫ぶ。部屋の中にいた部下らから返答。全員無事だった。
 テーブルである程度防いだにしても、部屋のすぐ外で大口径の砲弾が炸裂したにしては、妙に被害が少なすぎる事に違和感を覚えた面々が爆心地の方をそれぞれ見やれば、そこには、両手を広げて外に背を向けて、仁王立ちする秋雲の姿があった。
 部屋の中の誰かが呟く。

「Oh, Jesus...」
「それは私の名じゃあないねぇ」

 秋雲の背負った艤装こそベコベコに凹んだり大穴が開いたり重要そうなパーツが脱落してたりと、誰がどう見ても大破状態だったが、もともとEMPでほぼ完全に焼死していたので実質的な被害は0だった。速度の乗ったガラス片も、秋雲の皮膚を貫くには至らなかった。秋雲の負った被害らしい被害といえば、ちょっと髪が焦げて一部がパーマ状になっていたり、服とかスカートとかパンツとかの破けっぷりが色々と壮絶い事になっている程度だった。
 今見ているものがまるで信じられないのか、うわ言のように少佐が呟く。

「……か、感謝する」
「どういたしまして」
「タツタやシマカゼ達で知っていたつもりだったが、まさかこれほどまでとは……ああ、今はそんな事を話している場合じゃあないな。総員、脱出だ。急げ。もうここも最前線だ!」

 少佐が柏手1つを打つと、秋雲以外の面々が一斉に動き出した。破壊された壁の向こう側では、燃料補給の終わった零水観がちょうど、これ以上の砲撃によって滑走路が使い物にならなくされる前に緊急離陸して行ったのが見えた。
 その直後、プロト19が血相を変えて部屋の中に飛び込んできた。

「秋雲、そっちは無事なの!? ってうわ」

 部屋の中の惨状を見てプロト19が一瞬硬直まる。

「耳鳴り地味にすごいけど、何とか全員大丈夫さー」
「それはそうと大変なのね! 今飛んでった零水観に、子供達の1人が乗り込んじゃって、そのまま飛んで行っちゃったなの!!」





 その零水観の後部座席。
 乗り込んじゃった子供こと鵜野美スルナは、小さな背を丸め、首から下げた銀製の十字架を両手で握りしめ、ひたすらにお祈りをしていた。

「神様、神様……」

 何で乗り込んじゃったのよと言われれば答えは単純で、いきなりしゃしゃり出てきた那覇鎮の基地司令とやらに促され、他の子供達らと一緒により防護の整った名護山間要塞へと移動しようとした矢先に、敵の砲撃が落ちてきたからである。

『……す』
「神様、神様……」

 極めて幸運な事に死人怪我人は誰も出なかったが、戦争なんてテレビの向こう側でしか知らない子供達はパニックになって四方へと逃げ散らばった。
 スルナもその中の一人であり、突然の轟音と衝撃、そして恐怖によって頭の中が真っ白になって無我夢中で走り、身を隠せる狭い所に飛び込んで一息ついて辺りを見回してみれば、丁度まさに、スルナの飛び乗った零水観が滑走路から離陸するところであった。
 因みにその背後では鴨根木翔太がスルナの名を叫んで追いすがろうとして、彼の担当の駆逐娘『皐月』に飛び付かれて無理矢理止められていたが、当のスルナがそれに気が付く事は無かった。

『……ます』
「神様、神様……どうかわたしをお救い下さい……」

 現状を理解したスルナが後部座席の窓に張り付いて地上を見やれば、自分が乗るはずだったバスが修理も途中な大きな人型ロボット(※鍋島Ⅴ型)にワイヤーロープで引っ張られ、今まさに那覇鎮守府の敷地を出ていくところが見えた。
 そして、その那覇鎮守府に、海から浮かんできた一隻の巨大な深海棲艦――――輸送ワ級とそこから出てきた人間大の何かの群れが殺到し始めたのと、鎮守府に立てこもった軍人や艦娘達の姿も。
 テレビのニュースの中でたまに取り上げられる、海外紛争の映像の中でよく聞く乾いた音が自分の真下からかすかに聞こえてくる。
 助かった。
 自分だけはあの場所から逃げる事が出来た。
 ごめんなさい。
 自分一人だけあの場所から逃げる事が出来てごめんなさい。

『……します
「神様、神様……どうかわたしを」

 安堵のため息と一緒に、スルナの胸の奥から罪悪感が産まれ溜まっていく。しかしあの場所に戻って皆と合流する手段も、勇気も、スルナには無かった。
 なんとなく分かってはいたのだ。なんとなく嫌な事になりそうな気がすると。
 何週間も前から沖縄に向かって巨大台風が接近していると、何度もテレビで言っていたのに修学旅行に変更は無かったし、教師たちのボヤキがたまたま聞こえた事で知ったとはいえ予定にはなかった那覇鎮守府一日提督体験ツアーなんてものが前日になってねじ込まれたのもある。
 そして、那覇鎮守府で出会った比奈鳥ひよ子が突然吐き戻した事で、スルナの中のなんとなくは絶対に変わった。嫌な事になると。
 そしてその通りになった。
 だからスルナは、今自分が出来る唯一の事を一心不乱にするしかなかった。
 もしも仮に戻れたとしても、自分は、また今みたいに逃げ出してしまうだろうから。

『……繰り返します』
「神様、神様……、主よ、主よ、どうかわたしを、みんなをお救い下さい……」

 だからスルナは、目の前の無線機からずっと流れていた警告に、何分も経ってからようやく気が付いた。

『……す。繰り返します。偵察機03に搭乗中の人員に告ぐ。こちらは沖縄防衛部隊、比奈鳥臨時連合艦隊麾下、戦艦娘『榛名改二』です。本作戦中、当該機に人員搭乗の予定はありません。貴官の所属組織、姓名、認識番号、作戦目的を速やかに明示してください』
「ひゃっ!?』
『繰り返します。貴官は何者か。回答の入力を』
「か、かか勝手に乗ってごめんなさい!」

 無線の向こう側の榛名の声が一瞬途切れる。

『……その声。スルナちゃん?』
「え、えと……」
『榛名です。今日一日、あなたのお付き秘書艦になった。どうしてそこに?』

 多分、下で戦闘が始まったからパニックになって逃げ込んだんでしょうね。と榛名はアタリを付けていた。事実、スルナがどもりどもりながらも話した答えともほぼ一致していた。

『そうですか……スルナちゃん、よく頑張りましたね。でもどうしましょうか。先のバスはもう移動してしまってますから合流できませんし、そもそも、先程の連絡が本当なら名護山間要塞どころか名護市方面に今から向かうのは危険すぎますし。あ、でもその前に他の方へ発光信号を送ら』

 焦げ臭いニオイと薄い煙を立ち上らせて、榛名との通信が不吉な途切れ方をした。
 二度目のEMPバラージ。
 榛名の声とエンジンの振動音が消えた零水観の中に、内臓が浮かび上がるような不吉な浮遊感と風切り音と、スルナの絶叫だけが満たされる。
 スルナの乗っている零水観の電子回路が焼死する直前、機体内部にコピーされていたパイロット妖精さんは、自身の記憶と人格データと戦闘経験値をブラックボックスへと送信保存した後にそれの物理封印と、舵を切って母艦である戦艦『榛名』のある方角へと機首を向ける事と、スルナの乗っている後部座席の射出レバーの強制点火を、全部同時にやった。言うまでも無い事だが、舵を切った理由は少しでも生身の搭乗者であるスルナが無事に保護される確率を少しでも上げるためである。実際の効果の程はさておき。
 強化樹脂製の風防ガラス(樹脂製なのに何故ガラスという名称なのだ)の固定箇所を爆破処理。風圧でそれが後部に吹き飛ばされるのと同時にスルナの乗る座席が火薬の力で真上に撃ち出され、数秒後にパラシュートが展開し、彼女は空の旅を楽しむ事になった。
 疾風怒濤の如く押し寄せるパニック&恐怖体験に、スルナはもう、悲鳴を上げるどころか目を開けてもいられなかった。

「…………………………、ひっ!」

 恐怖に負けて目を開いた先にあった真下には、もう地面はどこにもなく、随分と離れた距離に青い海だけが一面に広がっていた。勇気を出して頑張って後ろを振り返ってみれば、沖縄本島はそこそこ遠くにあり、青くかすんで見える程度には距離があった。
 上空特有の強風に流され、ゆっくりと落下を続けるパラシュート座席の向かうその先。
 そこには、城があった。
 歌にある通りの、海に浮かんだ鉄の城だった。

(船? クラスの男の子が読んでた漫画に出てきてた『センカン』って言うのにそっくり……でも何でだろう? お船なのに、榛名さんに思えちゃうのは)

 スルナのその直感は正しい。
 全長222.05メートル、全幅31.02メートル。総排水量32156トン。金剛型戦艦の3番艦『榛名』の鋼鉄の威容。
 それこそが、今までスルナが無線越しに話していた榛名の本当の姿だからだ。

(あ。小っちゃい船出てきた)

 その榛名の側舷から降ろされた救命用兼連絡用のモーター駆動の短艇が一隻、榛名の遠隔操作を受けてパラシュートの落下予想地点に向けて進み始めたのがスルナからも見えた。





 那覇鎮守府を脱出してからおよそ30分。
 それがプロトタイプ伊19号と子供達の総移動距離だった。

「那覇鎮からまだたったの10キロ弱……車なら名護までなんてすぐなのに」

 両腕ユニットの代わりにワイヤーウィンチを溶接してバスを牽引していた鍋島Ⅴ型を操縦していたプロト19がコクピットの中で小さく愚痴る。
 元々壊れかけで、共食い整備で何とか動けるまでにでっち上げただけのこの機体だったが、ここに来てとうとう限界を迎えた。二度に渡るEMPバラージの直撃を受けてなおここまで来れただけでも大したものなのかもしれない。
 基盤だか制御母線だかが完全に焼けたのか、レバーやペダルをどれだけガチャガチャやっても反応しないくせに、ジェネレータからうねるような不気味な重低音だけが微かに響くコクピットを解放し、外の光で整備マニュアルを斜め読みして、何とか機体を再起動できないかとプロト19が悪戦苦闘していた。

「えぇと……秋雲お手製のエマージェンシーQ&Aマニュアルによると、ジェネレータから今みたいなうねり音がしている時は、ジェネレータの圧を確認するために、簡易チェッカーに目を通す。ジェネレータから直接伸びている簡易チェッカー内の、比重が違う二色のオイルの状態と、その間に浮かんでるプラスチック製の白い玉を見る、なのね」

 視線を機内壁面の一部分に向ける。
 そこに張り付けられた細長いガラス管の中では、比重の違う二色のオイルがボコボコグラグラと沸騰し、その間に浮かんでるプラスチック製の白玉も激しく揺れ動いていた。
 次のページをめくる。

「えぇと……オイルが沸騰している時は、ジェネレータの出力域が限界一杯を越えて自爆寸前になってるか、ら……!? みんなバスの影に伏せてなのねー!!」

 叫びながらプロト19は、緊急減圧栓としての役割も兼ねている簡易チェッカーを片手でひっこ抜くと、すぐさま機外へ飛び出した。バスの中で見守っていた子供らも、何か察したのかすぐに頭を下げて座席の陰に隠れた。

「ッ! ……」

 数秒経っても変化なし。そこから更に15秒が経過したところで爆発の危険性はないと判断したプロト19はようやく頭を上げ、小さくため息をついた。

「ふぅ、危なかったのね。でも、これからどうしようなのね……」

 プロト19は辺りを見回す。
 深海棲艦から捕捉されるのを可能な限り避けるためと、乗り捨てられた車や敵砲撃による道路寸断などは海に近づけば近づくほど多くなって移動が困難になるだろうという考えから、内陸側を進もうとしたのが裏目に出たらしかった。
 その乗り捨てられた車で、一部の道路が塞がっていた。鍋島Ⅴ型単騎なら何ら問題ないが、大型バスを牽引している今の状況では完全に通行止めだ。

「まだ全然……」

 ゆいレール首里駅周辺。汀良(てら)交差点。
 それが現在位置だ。

「とりあえず、秋雲が持たせてくれた基盤と交換して、何とか修理して、それから――――」

 ――――それから、どうする?
 顔にも言葉にも出さずに思慮していたプロト19の頭上高くを、二機編成のプロペラ戦闘機が通り過ぎていく。
 そして、プロト19を中心に大きく弧を描いて旋回を開始。プロト19に発光信号を送る。内容はこうだった。

『こちら名護山間要塞防衛隊。現在、戦艦レ級、戦艦タ級複数を有する有力な敵群と交戦中。事前に説明のあった児童の保護・受け入れは極めて難しい。また、名護市街に新種の深海棲艦が多数上陸中。山間要塞司令部は、これを暫定的に歩兵レ級と呼称。現在名護市街にて帝国陸軍および合衆国軍嘉手納残留組が遅滞戦闘中』
「歩兵レ級……? 名前からして相当小型なの?」
『また、那覇空港は現在に至るも敵の襲撃は無く、健在。よって、最終脱出組の児童らの受け入れ先を那覇空港に変更されたし。脱出手段として戦艦娘『榛名改二』が当該海域に急行中』
「那覇空港て……正反対の方角なのね」

 プロト19は即座に作戦展開図を脳裏に思い浮かべる。
 ここから最寄りの、脱出支援組がいるのは確か――――

「……こうなったらプランBなのね。名護山間要塞行きは諦めて、脱出支援組のいる与那原の中城湾に変更なのね。那覇空港なんて、遠すぎてやってられないのね」

 直後、遠くから大きな爆発音が聞こえ、焼け焦げた看板や細長い金属塊が複数飛んできて、与那原市方面に通じる側の道路を遮るように突き刺さった。
 焼け焦げた看板には『大鯨ホエールズvs南海ベオルスカ、本日18:00より那覇球場にてプレイボール! ちばりよー、わったーぬマブイ!』と書かれており、細長い金属塊らは道路標識や立て看板の類だったようで、熱と衝撃で黒く歪んで破壊されかかってはいたものの『一方通行出口に付き立ち入り禁止』『通行止め』『挫折禁止』などと書かれていたのが読めた。
 それを見て、若干引きつった表情でプロト19が呟く。

「……プランCなのね。やっぱり、那覇空港まで何とかして戻るのね」





 那覇空港のすぐ近くにある大型百貨店の地下駐車場。老朽化により浸水の止まらないそこでは、幼稚園送迎用のバスが一台、立ち往生していた。

「……どうするんですか、園長先生」
「……言わんでください、伊賀栗先生」

 外で何があったのかは知らないが、一際大きな音がしたと思ったら唯一の出口が崩れて地下駐車場に閉じ込められてしまったからだ。店内を経由して徒歩で脱出しようとしたが、無駄だった。
 地下食品売り場を横断し、運転の止まったエスカレータで一階雑貨売り場へ昇ったすぐ先にある正面出入り口も、反対側の非常口もまた、運悪く崩落していた。地震によるそれかとも思ったが、それらしい長期的な揺れはなかったし、崩落現場からはそこはかとなく火薬の臭いが漂っているような気がしていたのが園長先生と伊賀栗保育士の気にかかったが、2人とも何も言わないでいた。

「スマホは圏外。店内廊下の公衆電話もどういう訳か完全に死んでて音すら鳴りませんでしたね。普通、店内が停電してても独立電源で動くはずなんですけど」
「となると……救助を待つか、自力での脱出でしょうか」
「自力脱出一択でしょうな。今も避難は進んでいるはずで、時間が経てば経つほど人がいなくなりますよ。それに、駐車場の出口を塞いでるのは大きな一枚板みたいなやつが不安定な姿勢で遮ってるだけですから、テコか何かで少し重心を崩してやれば後は勝手に――――」

 轟音。
 件の地上に通じる駐車場出口から。

「「。」」

 園長先生と伊賀栗保育士が顔を見合わせる。同時に、園児の1人が2人の下に走ってきた。

「くみちょ……えんちょーせんせー! 出口くずれたー!!」

 それを聞いて、2人とも目を覆って天を仰いだ。

「……長丁場になりそうですね。五階のアウトドア用品店に置いてあるスコップとかバール、足りますかね」
「……食べ物はバックヤードの冷蔵庫や大袋入りのお菓子があるからしばらく大丈夫そうですし、何とかなるんじゃないですかね」

 兎に角、皆無事にここを出たら、当初の予定通りに那覇空港へ。もしも誰もいなくとも、通信設備があるからSOSを打てるはず。
 その考えと、園児たちを無事に親元へと返すのだという使命感を胸に、園長先生と伊賀栗保育士は軍手をはめてスコップを握りしめ、崩れた瓦礫の撤去を始めた。


(今度こそ終れ)



[38827] 【艦これ】とびだせ! ぼくの、わたしの、ブイン基地!!08【不定期ネタ】
Name: abcdef◆fa76876a ID:64bedcaa
Date: 2022/12/26 17:35
※いつも通りのオリ設定。
※序盤にあるアイアンボトムについては第一部こと嗚呼、栄光のブイン基地の第19話『鉄底海峡③ Many Fleet Girls / And then there will be none』を読んでおくと、より分かりやすくなるやもしれません。読んでいない方は是非お読みいただけると幸いです。ていうか読め。
※筆者の頭の中では、リコリス棲姫=再生怪人リコリス・ヘンダーソンの等式が成立しています。それはねーよ。と言う方はご注意ください。
※第一部の『嗚呼、栄光のブイン基地』は鬱暗い話だったので、第二部では、スナック感覚でサクサク読める、底抜けに明るい話にしたいと思います!

※アナベル・ガトーは言いました『3年待ったのだ』と。
※マブラヴのファンは言いました『オルタが出るまで1age待ったのだ』と。
※なので我々はこう言いましょう『我々は9年間待ったのだ、アーマードコア6が出るまで!!』

※(2022/12/24初出。同12/26 以下の単語を変更 帝都経済新聞 → 帝国経済新聞)



 おめでとうございます。あなたは当選しました。
 あなたの暗号鍵は『■■月■■日付けの帝国経済新聞』『ひらがな』『フィボナッチ数列』です。

        ――――――――い号計画チケット当選者の自宅ポストに投函されていた手書きの便箋、その全文。





「元帥閣下! いつこちらにお戻りになられたのですか?」
「おお。大淀君か。ただいま」

 帝国本土にある大本営。その中にある廊下で、紙袋を手にした一人の老人が艦娘の大淀に話しかけられた。

「おかえりなさいませ。スウェーデンへの視察、お疲れ様でした。それと……それと、よくご無事で……閣下の御宿泊なさっていた国際ホテルが、テロリストに乱入されて死傷者が多数出たとニュースで知って、閣下とも連絡がつかず……」
「ああ。心配かけたのう。ただいま。ほれ、スウェーデン土産のトロール人形とバレリーナ・クッキー」

 ほい。と紙袋を押し付けられた大淀は、元帥と呼ばれた老人に一言断りを入れてから紙袋の中を覗きこんだ。

「(このトロール人形、どうして『突進する』って書かれてるお札がキョンシーみたいに貼られてるのかしら?)あ、ありがとうございます閣下。ですが、ご無事ならご無事と、一報いただけたらよかったのですが」
「連絡しなかった事はすまんかったの。こう見えてもワシ、帝国軍部の重鎮じゃから、秘密裏に帰国して、余計な枝や足が付いてないか自宅に引きこもって確認してたんよ」
「左様でしたか……改めまして、ご無事で何よりです」

 大淀は瞳を潤ませ、元帥に静かに抱き付いた。対する元帥もまた、静かに微笑むと大淀を抱擁した。
 たまたまその場を通りがかった、とある艦娘が『まぁた犬淀が、飼い主様に尻尾振って媚び売ってるぴょん』と悪態付いたが、当の大淀は聞こえていなかったし、元帥は承知の上かつコイツはこのままの方が都合が良いので聞こえていないフリをした。
 ややあって二人は離れた。

「ところで閣下。何か良い事でもあったのでしょうか? 随分とご機嫌な様子で廊下を歩かれていましたが」
「ああ。ちょっと引き籠り最終日に、まるで夢のように嬉しい事があっての。ところで大淀君?」
「はい閣下。何でしょうか」

「ここの購買に、帝国経済新聞は置いてあったかの?」



 …… “それ” は何だと言われても、どう説明したらいいのか分からない。

 光も届かぬ真っ暗な海底、そこに走る大きなクレバスの一番奥底に “それ”は存在していた。
 少なくとも人ではないし、陸の生き物でもなかった。もちろん海の生き物とも形は違っていた。

 人の身からすれば巨大すぎて平面にしか見えない、全長数キロメートルほどの半球状の “それ” は何をするでもなく、ただ静かにそこに存在していた。
 何故光も届かぬのに形状が分かるのだと言われれば、それ自身が微かに青白く発光していたからだと答えよう。
 真上から “それ” を覗きこめば、水中から水面を眺めているかのように揺らめき輝いているのが見えた。
 もっと遠くから見れば、 “それ” が収まっているクレバスを細めたまぶたに見立てた、瞳のようにも見て取れた。
 そして、 “それ” の周囲には、海流や重力によって流されてきた艦船の残骸や人の遺体が無数に降り積もっていたのも見えた。遺体には人間である事以外の共通点は無く、海で死んだ人間を新旧適当に選んできたのだと言われても違和感はなかった。骨だけになっているナイスバディのビキニのお姉ちゃんもいれば、つい今しがた沈んできたばかりとしか思えないドラム缶に生コンとセットで詰められた借金返済焦げ付き太郎もいた。
 そんな賑やかな海の底に、少し前に海流に流されつつ、上から落ちてきた一隻の船があった。
 少し前までは鋼鉄で出来た船の残骸だったが、どういう理屈か、誰もいないはずの深海の奥底でゆっくりと、生物の傷が塞がるようにして修復・再生が進んでいた。
 そして、完全に元の状態へと復元したその船は、これまたどういう理屈か、大きな音を立てて海底から浮かび上がると、水面を目指して、泡のように静かに浮上し始めた。
 浮かび上がる艦の存在にも左右されず、 “それ” は自ら発する光量が音も無く強くなり、ゆっくりと元の光量に戻っていくのサイクルを繰り返していた。

“それ” は、光も届かぬ世界最深部の底で、何をするでもなく、ただ静かにそこに存在していた。



 夢を見た。
 あの日あの時、あの夜の。
 二年前の、アイアンボトムサウンド防衛戦の夢を。

 意識が途切れる直前の記憶は、人間どもが言う艦娘の『赤城』の満面の笑み。
 油断も慢心もしていないつもりだった。
 事実、そいつの右腕は折れたのか外れたのかは分からなかったがプラプラと不自然に揺れているだけだったし、音も波紋も無く暗闇の水面を飛び跳ねるのは脅威だったが徐々に精彩を欠いてきているのが明らかだったし、己の上半身が肩に担いでいた主砲の接合部を噛み千切った自慢の咬筋力も疲れていたのか、己の筋肉を食い破るほどではなかった。
 つまりは手負い。
 何度目かの交差で、とうとう力尽きたのか、その赤城が水面に片膝をついて完全に足を止めていた。無傷の左腕は背後に回されており、こちらからは見えなかった。
 あの時は、絶好の機会だと即座に判断した。自身の負傷は眼前の赤城よりも深刻だったし、体力も残り少なかった。1人でも敵の数が減れば、と考えていた。
 今思い返せば、あからさまに過ぎる罠だった。
 腕を振り上げ、拳を握り直し、いざ振り下ろさんとしたその刹那。

「絶好の機会だと思いました? それこそ……慢心ね!」

 その赤城が無傷の左腕に『展開』した20センチ単装砲による単発砲撃が、腹部の皮膚を抜き、肉を裂いて、内部にあった有機パーツ群のいくつかに突き刺さる。榴弾や徹甲榴弾でないのが幸いし

「ふふっ」

 見間違いだと思った。
 新手の精神兵器か一時的なスペックダウンからくる重度の幻覚かと思いシステムに再チェックの実行を命令までした。
 赤城が、腹部に開いたその砲弾痕に、左腕を肩まで付き込んで中をまさぐっていた。

「ふふっ。あなたのお腹の中、とても暖かいで、す、ね、ぇっとぉ!!」

 こちらが反撃するよりも早く、己の中にあった何かを力強く握りしめ、両足で腹を蹴って真横に跳躍。

 極端に細長い有機系の消化吸収管や、それに付随したいくつかの臓器群が太い血管をいくつも破りながら腹の穴から引きずり出される。限界を超えて引っ張られたそれらはブチブチと音を立てて引き裂かれていく。
 想定外の損傷により一時的に意識がシャットアウト。
 意識が途切れる直前の記憶は、人間どもが言う艦娘の『赤城』が、満面の笑みで『採ったどー!』と叫んでいるその光景。

「――――、――――? ――――」

 次に意識が再起動したときに、一番初めに知覚したのは、驚愕する艦娘が数名。
 こちらよりも幾分低い背丈だったから、恐らくは超展開中。察するに駆逐娘。

『嘘だろ、コイツ、再起動しやがった!』
『し、司令官! 再起動、ウェポンユニットが再起動した! 回収目標03はまだ生きてる!!』

 状況を確認すべく質問信号を発信。送信先は己の上半身にして、身命を賭しても守り抜くべき我が存在意義。
 応答なし。
 再送信。次は作戦に参加していた全ユニットに。
 ごく少数から返信。その中では、最も稼働時間が長かった一体の重巡ユニットに接続し、情報の提供・共有を要求。
 ?
 その重巡ユニットとの接続を再確認。その後、情報の提供・共有を再要求。
 やはり、意味不明な返答が帰ってきた。
 作戦が失敗に終わったのは理解できる。現在交戦中なのも理解できる。己の意識が途切れてから再起動するまでの間にとんでもない日数が開いていたのも、まぁ、理解できる。
 だが、誰が死んだというのだ。
 人間どもはこういう時『寝言は寝て言え』というらしい。休眠しながら有意な出力が出来るとは、どうやら人間の脳は並列処理能力が生半可な領域ではないらしい。そんなどうでもいい事が頭をよぎる。
 三度再接続して、三度情報を提供してもらっても、内容は同じだった。
 ならば、直接見に行った方が早い。

『畜生、コイツ、主砲も魚雷も全然効いてねぇぞ!? ハラワタこぼれてんのに、ゾンビかよ!?』
『響改より全ユニット、響改より全ユニット! 03が移動を開始! こっちの阻止砲撃は効果無し。まっすぐガダルカナル島に向かってる!!』
『了解。作戦総司令より全ユニット。作戦総司令より全ユニット。現時刻をもって全ての作戦を放棄。ただちに撤収を開始せよ。繰り返す。作戦終了、即時撤収せよ。こだわるな、姫と鬼の死体はサルベージ出来ても、お前らの命ばかりは出来んぞ!!』

 本拠地にようやくたどり着いた時にはもう、戦闘は終了していた。
 現場指揮を執っていた、件の重巡ユニットから情報を得てみると、ついさっきまでここで戦闘していた人間どもは、こちらが良く知る南方の連中とは別の群れの所属だったらしく、極めて高い練度と十分以上の数が揃っており、全滅必至の防衛戦を繰り広げていたとの事。自分がこちらへの移動を開始したの察知するとほぼ同時に、潔いほどの速さで撤退したそうで、文字通りの全滅は避けられたとの事。
 ただし、リコリス姫の焼死体の大部分と、我が上半身の主砲、そして首。それらを持ち去って行ったのだという。
 だから誰の首だよ。
 やはり、この重巡ユニットが何を言っているのか分からない。彼女はきっと疲れているのだろう。
 そして己自身も、きっと疲れているのだろう。
 己の目の前に横たわる、この、どこかで見たようなプロポーションの首無し死体は、きっと、よく似た誰かのボディに違いない。きっと疲れて寝ているだけだ。今すぐにでも目を覚ますはずだ。
 見間違いのはずだ。
 すぐに目を覚ますはずだ。
 いつまで経っても目を覚まさない。何故だ。

 そうか、首から上が無いからだ。

 処理中枢が無ければば意識の再起動など出来るはずがない。何故今まで気が付かなかった。
 本来の首は、人間どもが持ち去ったという。連中今すぐ皆殺しにして取り返してやりたいが、そちらよりもまずはボディの保全に努めなくては。連中から取り戻しに出ている間に、このボディが腐敗したらどうしようもない。
 件の重巡ユニット達が、輸送ユニットに命じて精製させた封印ゲルの中に身体を漬けていなかったら、もう影も形も残らぬほど腐敗していたであろうほどに日数が経過していたのだ。輸送ユニットが撃破され、ゲルも底を尽いた今、そちらを最優先せねばならない。
 だがどうやっ

 思考回路に火花が走る。

 振り返ると、そこには、燃え残った巨大なリコリス姫の頭部の破片があった。
 砕けてからずっと、残り僅かな自身の肉を食い潰しての自己修復を続けていたらしく、もう既に、全身の再生をほぼ終えていた。しかし、肉の量が足りなかったのか己らと変わらない大きさにまで矮小化していたが。
 そして、幸運なことに、その首から上は完全に再生を終えていた。
 重巡ユニット達は功労者だ。手に掛けたくない。使うなら、こちらだ。
 そっと手を伸ばす。

 夢から覚める。





 E.G.コンバットの4巻が9月末に何らかの進展有りと聞いたので『ヒャッハー! 2001年6月10日は2022年9月30日にやって来るんだぜー! こうしちゃいれられねぇ、何年か前の新年初夢用に取っておいたけど使い損ねてたネタを使って突発話差し込むぜヒャッハハハハー!!』と意気揚々に書き始めていつも通り筆が詰まった12月現在も音沙汰無し……地球儀に降りていった幽からの合図を待ち続けるクリスマスの気分を味わい続ける今日この頃ですが皆様いかがお過ごしでしょうか。
 そういうわけで今回は突発的に差し挟んだお話ですので、沖縄編はありません。本来の第8話の予定だった『エンドレスビッグセブン』までお待ちください。
 な艦これSS

 とびだせ! ぼくの、わたしの、ブイン基地!!
 第8話『YUME ~人それぞれのカタチ~』





「ひゅー。ひゅー、こひっ、こひっ、こっ、っ……っ、」

 夜明け直前の南方海域、ガダルカナル島にて。
 人類側からは第3ひ号目標乙種、あるいはリコリス棲姫。
 深海側からは姫、あるいは上位存在。しかし本人の聞こえぬ所では人形姫と陰口を叩かれる存在が目を覚ました時、己の上に座らせている上半身が変な格好でしなり、おまけに首が取れかかっていたのに気が付いた。

 ――――ああ、これはいけない。

 急いで両手十指の先から伸びている糸を操作。一指につき数本接続されているそれを微妙に操って大まかに姿勢を直すと、糸を通じて上半身の神経系にコマンド送信。完全にバランスを戻して己の上に座り直させると共に、両腕を使って首の位置を正位置に戻した。

 ――――えぇと。確か、彼女はこんな口調だった、ような。

 続けてプリセットコマンドを複数、連続で送信。糸を経由して微電流が横隔膜や声帯筋などを刺激し、事前設定されたコマンド通りのパターンで収縮し、あるいは弛緩する。
 その結果、両手で首を抑えた姿勢のまま上半身が『フ……』『トレル』『トコロダッタリ』『ホントウニ』『トレタリ』『イソガシイモノダナ』と発声した。
 正しく発声できたことにより、首の縫合部から呼気や体液の流出がない事を確認したリコリス棲姫は、そこでようやく安心した。

 リコリス棲姫。
 その姿は姫の名に相応しくない異形だった。黒くて丸くて大きな口だけがある頭の横から二本の腕が生えた何か。としか言いようがない、正真の化物の姿だった。
 かつて、ハワイの白鬼と呼ばれた泊地棲鬼。その下半身を覆い隠していたウェポンユニットの成れの果てだった。

 ――――いちおう、後で再縫合と消毒だな。

 そして、それに腰掛ける完全な女性型もまた、異形だった。
 白い肌、白い髪、首をぐるりと一回りする縫合痕と、全身を這い回るパッチワークめいた縫合痕、ぱっつん前髪&お嬢様式縦ロール、ドス黒い色をした角型髪飾り、フリルが控えめについた白いドレスシャツに乾いた血の色のミニフレアスカート、足元に咲き乱れる季節外れの彼岸花。黒くて丸くて腕らしきものが生えた何かの指先から体の各所に伸びた細い糸のようなもの。時折不自然にカクカクと揺れる首とか関節とか。
 容姿については眉目秀麗だが、この通り、所々に違和感があった。

 ――――……いつに。

 黒くて丸くて大きな口だけがある頭の横から二本の腕が生えた何かは、リコリス・ヘンダーソンだったものから失敬した素材だけでは足りなかったので、己の身体の大部分もまた、素材としてつぎ込んだのだ。
 その結果、両端を切り落とした巨大なカヌーのような形状と、超展開中の艦娘を複数乗っけてのステゴロが出来るほどのサイズは失われ、辛うじて一人が乗っかる程度の黒い球体へと小さく矮小化してしまった。人類側から “奥の手” と呼ばれた両腕が残ったのは幸運だったが。

 ――――いつに。いつになったら。

 結論を言うと、このウェポンユニットの目論見は上手くいった。
 首の接合にはリコリス姫の体液を使ってもなお手間取ったし、途中で素材が足りなくなって自身の身体も幾許か矮小化して丸っこくなってしまったが、問題らしい問題はなく首は繋がった。
 
 ――――首は繋げた。縫合痕こそ残ったが神経も血管も全て繋げた。神経系にパルス信号を送って自発呼吸と鼓動の再起動も上手くいった。末端組織の壊死も腐敗も無い。身命を賭しても守り抜くべき我が存在意義よ。何故。何故だ。己の上半身よ。

 何故目を覚まさない。
 リコリス棲姫の静かな慟哭だけが、朝日の差し始めたガダルカナル島に木霊する。



 南方海域のブイン島にある新生ブイン基地に朝日が差し始めたちょうどその時、比奈鳥ひよ子は気が付くと、外から光差す薄暗いコンクリート製の地下トンネルの中にぼけっと突っ立っていた。
 誰かが泣いている。

「……? あっ」
「ひゃうっ」

 すぐ目の前にあったトンネルの出口側から、光を背にして一人の小さな女の子がべそをかきながらこちらに走って来ていた。
 ひよ子はボケっとしていたし、黒いロングヘアのその子も前を見ていなかったので、2人は軽い音を立ててぶつかった。

「ご、ごごごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」
「え、あ、ちょっと!?」

 少女が残像が残る速度での秒間十六連射オジギによる謝罪を決め、そのまま暗闇へと走り去ろうとしたのを、ひよ子は反射的に手を掴んで引き留めた。その際、少女の頭の上から短い毛に覆われた細長い獣の耳のようなものが生えていたのが見えた。
 次の瞬間、2人はその姿勢のまま何の脈絡も無く、日の当たる舞台の上に立っており、周囲から大歓声が投げかけられた。

「へ?」
『――――番、ヒナドリヒヨコ。パプワニューギニア独立国はブイン島、ブイントレセン学園からの留学生です』
『良い仕上がりですね。これなら『走る酸素魚雷』とまで呼ばれる超ロングスパートにも期待が持てますね』
「は?」

 ここでひよ子は初めて、自身が手を掴んで引き留めているその少女が薔薇をモチーフにした暗い青色のドレスを着ている事に気が付いた。そして、周囲の声が顔の横からではなく頭の上の方から聞こえてくる事と、己の尻に何かふさふさした物が当たっている事にも。

「う……」

 思わず両手で己の尻やら脳天やらをぺちぺちと触ってみれば、そこには耳があり、尻尾があり、超人的な脚があった。

「う、ウマぁ――――!?」




「ぴょいッ!?」

 意味不明な言葉を叫びつつ、比奈鳥ひよ子は机に突っ伏していた上半身を勢い良く上げた。

「?! !? ……?」

 状況を理解できていないひよ子が周囲を目だけで見回してみると、そこは、普段から根城にしている新生ブイン基地の執務室だった。
 電気は消えていた上に窓の外は月明かりどころか星明りすら無い完全な暗闇だったため、部屋の中は薄暗くて良く見えなかったが、来客用のソファに二種礼装を着た眼鏡の男が1人、腰掛けていたのだけはハッキリと見えた。
 どうやら書類仕事中に机に突っ伏して寝落ちしていたようだった。

「……夢、かぁ」

 ひよ子が片手に持っていた私物のスマホの画面に目をやってみれば、液晶の向こう側ではウマ耳とウマ尻尾を生やした女の子が『おっ、お姉さま! あのね、なにかお知らせがあるみたいだよ?』と言っていた。そして、その手の向こう側には、今朝からやってるのに標高が全然減ってない書類山がうず高く積み上がっていた。書類山の一番上には失敗コピーを小さく切ったメモ用紙が置かれており、ひよ子の自筆で『数字に不備 書き直し 明日の朝まで』と書いてあった。

「あぁ。このゲームみたいに、こっちにも本当に目覚まし時計があったらなぁ。そしたら最初からやり直せるのに」

 この書類も、沖縄の時も。
 そう思っていたひよ子に突然、ソファに座っていた男性提督が突如として疑問の声を出し、彼女を見た。

「やり直したいのか?」
「ッ!?」
「今を無かった事にしたいのか?」

 ひよ子はその男をどこかで見た事がある気がしたが、それ以上は思い出せなかった。

「どこの少佐が言った言葉だったか。脳機能のほとんどですら人工物で代替可能となった現在、その個人を個人たらしめるのは最早、記憶と人格だけだという。現に我々もごく少数だが脳に仕込む量子チップの製造・運用には成功している。行動食4号の奴、量産方法秘匿すんなよ。川内になった草餅少佐も、巻雲になったミルクキャンディも、そして灯花も。その一点を軸にアイデンティティを形成している。ならばその言葉は事実なのだろう」
「川内ちゃん? ミルクキャンディ? 灯花? え、誰。ていうか貴方が誰!?」

 男の顔はひよ子の方を向いていたが、ひよ子の事は見ていなかった。

「つまり今を無かった事にというのは記憶を消す事と同義であって、それは記憶と人格の否定と抹消。つまり魂の殺人だ。俺に灯花を――――天龍をもう一度殺せというのか? 今度は身だけではなく、とうとう、心 、ま でも……」

 どうやら男は半分寝落ちしかけているらしく、目は半開きで時々白目をむき、首が前後にうつらうつらと揺れていた。酷い時には上半身ごと前のめりになった。言葉も、最初こそひよ子に対する質問だったが、途中から意味不明で、頭の内側にあるものが理性で濾過されずにそのまま口からこぼれだしたといった感じだった。

「やっと……やっと帰れるんだ……こんなところで、こんなとこ、ろで……次に、 目が覚め、 た ら……zzzZZZzzz……」
 
 男は最後まで言い切れずに机に突っ伏してすぅすぅと小さな寝息を立て始め、そのまま姿が薄くなって消えた。

「お、お……オバケ!!」

 至極真っ当な悲鳴を上げつつ、比奈鳥ひよ子は夢から覚めた。



「オバケ!!」

 意味不明な寝言を叫びつつ、比奈鳥ひよ子が机に突っ伏していた上半身を勢い良く上げると同時に周囲を索敵してみると、そこは、普段から根城にしている新生ブイン基地の執務室だった。
 電気は消えていたが、窓の外から朝日が差し込んでいたので、部屋の中はハッキリと見えていた。
 来客用のソファには、もちろん誰もいなかった。

「……」

 ひよ子が片手に持っていた私物のスマホの画面に目をやってみれば、液晶の向こう側ではウマ耳とウマ尻尾を生やした女の子が『良い子、良い子♪』と言って頭を撫でるモーションをしていた。そして、机の上には、未決済の書類が数枚残っていた。
 どうやら書類仕事中に机に突っ伏して寝落ちしていたようだった。

「夢、かぁ……まさか、今回も夢じゃないでしょうね?」

 頬をつねったらちゃんと痛かったので、今度こそは現実だと判断したひよ子が、ふと机の片隅に目を向けた。そこには一枚の写真が写真立てに飾られていた。
 旧ブイン基地時代の、最後の出撃直前に撮られた集合写真だった。
 その写真の最前列。中央よりやや左側では、珍しく真面目な表情をして敬礼している井戸水冷輝大佐(当時は少佐)の姿が映っていた。

「? あ! この人、さっきの夢の中に出てきた……けど私、この人とは一度も会った事も話した事も無いはずなんだけど」

 ひよ子は首をかしげて写真の中の井戸を見やる。
 ついでに言っておくと、その写真の片隅では、龍驤と羽黒と敷波と霧島の4人が布団にくるまってグースカピーといびきを掻いて寝ており、暁、響、雷と、南方棲戦姫の4人が真白いエプロンをかけて朝食の仕込みをしている所がバッチリと写っていたのだが、寝ぼけ半分の頭で考え事をしていたひよ子は全く気が付かなかった。

「うーん……ま。考えても分かんないし、もしかしたら私が忘れてるだけかもしれないし。気にするだけ無駄よね」

 そう結論付けるとひよ子はクローゼットの前に向かい、その中に吊るしてあった二種礼装に擬態した触手服を手に取ってそのまま退出し、風呂場へと向かった。
 朝シャン朝シャワーついでに触手服も洗浄するという横着は良しとして、替えの服も下着も持ってきてなかった事にひよ子が気が付くまで、あと30分。



「へっへっへ……緊急出撃やら哨戒任務やらで、リアタイ視聴も再放送も全然見る機会なかったけど、やぁっと見れるよ『猫の地球儀』の一時間スペシャル回!」

 ちょうどその時、陽炎型駆逐娘の『秋雲』は、自室の中で、私物のパソコンの前に陣取っていた。
 部屋の電気を消して薄暗くし、パソコンと有線接続されたちょっと値の張る高級ヘッドホンで外界からの情報を必要最低限以外は全てシャットアウトし、趣味の世界に没頭出来る体制を整えていた。

「前にトレンドワードに上がってた『毛布』『視聴負荷』の意味が気になって気になって仕方なかったけど、今日までずっとネタバレ避け続けて来た努力があったものさねー。やー、次回予告で活動のおじいと楽が一緒に映画館で映画見てたって事は、やっぱ過去回想の総集編だと思うけど、よし、実際見てみますかぁ。ほいじゃ視聴ボタンを、ポチッとな」

 そう言って秋雲はブラウザ上のボタンをクリック。動画が再生され始め、秋雲はそれの視聴に集中し始めた。

「……」

 秋雲は、苦しんだはずである。



 ちょうどその時、塩太郎こと塩柱夏太郎整備兵は、駆逐娘の陽炎に迫られていた。

「へぇ。塩太郎坊ちゃまって、本当は夏太郎って言うんですね。知らなかったぁ。でも、すごく良い名前ですね。センスがあるっていうか、そう、とっても男らしいです」

 今は亡き塩太郎の父が運営していた鎮守府内にある一室。塩太郎はそこに設置された白く大きなベッドの上に優しく押し倒され、陽炎はその上から覆い被さるようにしてまたがっていた。

「とはいえ、坊ちゃまはまだ坊ちゃま」

 そのまま陽炎は片手で胸元のリボンをするりと解き、白いシャツのボタンを上から順にひとつ、またひとつと開け始めた。
 新ブインに着任している現在よりもはるかに小さく、幼い塩太郎の顔に顔を近づけて陽炎は囁く。

「夏太郎坊ちゃまはいずれはこの牧場を継ぐお方。それに相応しい者になるべく今日は、いえ、今日から――――」

 塩太郎からは絶妙に見えない位置で陽炎が己のスカートの中に手をやり、下に動かす。塩太郎には、スカートの中から何か小さい布が陽炎の肌をこすれて動く微かな音が聞こえた。

「――――今日からこの私、陽炎の身体を使って雌の扱い方を学んでいただきます」

 陽炎が解いたリボンがするりとベッドの上に落ちると、白いシーツに包まれたベッドはいつの間にか陽炎型駆逐娘の3番艦『黒潮』の手を覆う白い手袋になっていた。隣には同2番艦娘の『不知火』もいた。

「若旦那、ほんに、ほんに申し訳ありません!!」

 手袋の持ち主である黒潮は両の目から涙をボロボロと流しながら、震える手と声で、リボンを握るその手をそっと差し出した。リボンは所々が黒く焦げ、全体的に薄汚れていた。

「ウチが、ウチらが到着した時にはもう船はッ、陽炎はっ……、もうこんだけしか……!」
「……今まであの航路に、深海棲艦が出た事なんて一度も無かったのです。だから、牧場所有の小型客船単独で外洋に出てからの “出張のお仕事” も、今まで何も問題は……」

 塩太郎がリボンを受け取ろうとして手を伸ばした途端、不知火と黒潮の姿が音も無く揺らいで消え、巨大な鋼鉄の艦の姿に変わった。見上げる塩太郎からは船腹の一部しか見えなかったが、何故かそれが陽炎型駆逐艦の一番艦『陽炎』だと確信できた。
 続いて周囲の景色も切り替わり、何処かの軍施設の明かりが消えて人気の無いウェルドックになった。少なくとも、有明警備府でも新生ブイン基地のそれではなかった。
 どこかの鎮守府所属の陽炎が、羞恥のあまり消え入りそうな声で呟いた。

『そ、その……司令官にだって見せた事無いん、だけど……あなたの為なら、私……ちゃ、ちゃんと見せるから……その、私の……艦コア』

 塩太郎が陽炎の艦内に入ろうとして手を伸ばした途端、陽炎の艦体は無音の大爆発を起こして火に包まれ、巨大な金属製の靴によって踏み砕かれた。
 見上げるほどの大巨人。超展開中の駆逐娘『陽炎』だった。

『メーデー。メーデーメーデメーデー……こちら、新生ショート、じゃなくてウェーク島泊地、第7、懲罰勤務艦隊所属……、陽炎です。メーデー……ウェーク島は、未知の深海棲艦の出現により――――』

 巨大である以外には、直前まで出てきた陽炎と変わりなかった。キツネ色の髪を黄色いリボンで短いツインテールにまとめ、白いシャツの上に鼠色のブレザーを着て居たのも同じだった。違うところといったら、そのブレザーの左胸には、燃え盛る炎の柱を背後にして額に『Hell's Wall』の意匠化文字を刻んだ頭蓋骨のワッペンが1つだけ縫い付けられていた事と、背負った艤装を含めて全身ボロボロで今にも崩れて沈んでしまいそうな損傷を負っていた事、そして、やはり大破した艦艇状態の陽炎型駆逐艦『不知火』『黒潮』を始めとして、何隻かの艦艇を停泊用のアンカーチェーンで曳航していた事くらいだった。

『誰か……誰か、助けて……2人を『ぴょいッ!』』

 何の脈絡も無く比奈鳥ひよ子准将が奇声を上げつつ、陽炎の壊れかけて煙を噴いていた艤装を蹴破ってエントリー。彼女の頭頂部からは何故か細長い獣耳が、尻からは長い毛に覆われた細長い尻尾が生えていた。
 床や艤装の破損個所からは盛大なスモークと花火が連続して噴き上がり、どこからともなく大音量のBGMが流れ始め、ひよ子が彼女と同じ獣耳&尻尾を生やした女の子達および半死半壊状態であるはずの陽炎と共に笑顔で歌って踊り始めたところで塩太郎は目を覚ました。因みにひよ子のポジションはバックダンサーだった。

「……」

 塩太郎はベッドの上で仰向けの姿勢のまま、まぶたを開き、しばし夢の内容を反芻した。
 そして。

「……ぴょいって何だよ」

 そして、考えても分からなかったので、尿意の命ずるままトイレに行って用を済ませると、そのまま総員起こしまでのわずかな時間を二度寝し始めた。



「うひゃあ!? え、何処ここ!?」

 ちょうどその時、新生ショートランド泊地に所属する駆逐娘の『陽炎』は奇声を上げつつベッドから跳び起きた。
 そしてここが、陽炎本来のねぐらの新生ショートランド泊地の駆逐雑魚寝部屋の壁でも天井でもない事に一瞬気が動転し、お隣新生ブイン基地にある自分の個室である事に気が付き、最後に今しがたまで塩太郎に艦コアのメンテナンスをされていたのが夢だったと理解して、ため息を漏らした。

「……あ、そっか。今の夢って、昨日の定期メンテの中でシてもらった事だったじゃん。全部」

 この陽炎は、他の陽炎や陽炎型とは違って、艦娘達の魂の座である艦コア周りに特殊な事情があるため専用のメンテナンスを必要としており、南方海域の中でそのメンテを行える奴がいる最寄りの拠点がここ、新生ブイン基地だけだったからという訳である。

「いつもの事だけど塩太郎さんのメンテ、凄かったわぁ……けど、塩太郎さん。もとい夏太郎さんが他の娘の艦コアの整備する時も、あんな感じにシてるのかな? ……むぅぅ」

 何か嫌(や)だな。陽炎はそう小さく呟くと、部屋の外から微かに聞こえるトイレの水が流れる音を聞きながら総員起こしまでのわずかな時間を二度寝へと費やし始めた。



 ちょうどその時、深海棲艦側の南方海域における最前線拠点、人類側呼称『コロンバンガラ・ディフェンスライン』では、軽巡棲鬼と神通、配下の駆逐&軽巡種数匹らが、息も絶え絶えの満身創痍と言った有様で、朝日を背にして何とか生還した。
 神通に施した再洗脳処置の浸透具合と、隼鷹に蹴り千切られた己の両足替わりに接続した新造のクルージングユニットの試験航行も兼ねて、護衛もつけずにうろつきまわっている人類側の輸送艦を二隻、沈めに出撃してきた帰りである。
 いつぞやの時と同じく、完膚なきまでの返り討ちである。

「甘く見ていた訳ではなかったのですが……ゲートウォッチ級快速戦闘輸送艦『エメリア・E・ウィンドゴッデス号』に『エメリア・B・チェスプレイヤーズ号』まさか呼ばれ方が違うだけで同一艦だったとは……」
「コノ世ニアンナ艦ガアルダナンテ……悪夢ダワ」

 今回は留守番だった副官の重巡リ級が配下の輸送ワ級らに概念接続。格納嚢胞内での治療の準備と栄養補給用のゼリー(※デブと糖尿持ちにはお勧めできません)の用意をさせた。

「マサカ他ノげーとうぉっち級モ、全部アンナノトカジャアナイデショウネ……マ、デモ」

 首から下を格納嚢胞の中にすっぽりと納めた軽巡棲鬼が、別のワ級から伸ばされた触手を口に咥えて件のゼリーをじゅごごごご、と飲みつつ何気ない表情を装いながら神通の方に視線だけを向けた。

(マ、デモ。神通ガ味方ヲ沈メヨウトシタ時モ、コレトイッタ拒否反応示モ無カッタシ、違和感モ感ジテナカッタヨウダシ、洗脳ハ今度コソ完全ニ完了シタミタイネ。ソレガ確定シタダケデモ御ノ字ネ。コレナラ、ころんばんがらノ管理・指揮ヲ副官ニ一任シテモ大丈夫ソウダシ、ヤットBNF作戦デノ、私ノ担当個所ノ詳細詰メニ注力出来ルワネ)



「5%(逆鱗)とは何なのか~♪」
「天鱗はどこなーのーかー♪」

 ちょうどその時、夕張と明石は明石の自室に集まって徹夜でゲームをやっていた。

「悩めども剥ぎ取れぬ~♪(導きの)青い星~♪」
「悪魔のよーうーな、悪魔のドロ率♪ こーのクエに、溢れてー、いるよー♪」

 ここしばらくはコロンバンガラからの攻勢も無く、精々が偵察機同士の小競り合いだけで済んでいるために、出撃任務の他に整備も担当している彼女らのシフトにもだいぶ余裕が生まれた結果、2人ともまとまった休みが取れたので、協力して積みゲーの一部を消化していたのである。何故かクリア条件に誓約を課しながら。
 いわゆる『○×でクリアするまで寝れません』チャレンジである。だが、どうも彼女達に途中リタイアからの熟睡という選択肢はなかったらしい。

「く~じ~けそ~ぉ~でも~♪ 迷いそ~ぉでも~♪」
「剥ーぎ取るよー必ずー♪ 本当のーレア泥……また厚鱗ン゙ン゙ン゙ン゙!!!!」

 その結果がこの苦行である。



 ちょうどその時、目隠輝は夢を見ていた。
 ここから歩いて5分の所にある、かつて輝がいた、旧ブイン基地での出来事だ。

 6日目:深海棲艦について

『では講義を始める』

 戦艦ル級との交戦で大破した深雪が完全復帰を果たしてから数日後。鼻から牛乳を噴きだした輝きゅんが近くの小川で顔を洗って出直した後でのブイン基地203号室での事だ。
 まともな士官教育どころか艦娘の基礎知識くらいしか教えてもらえなかった輝に対するブイン基地有志による今日の補習授業は、井戸少佐が担当だった。
 この時点で輝は、これが夢だと気が付いた。
 いつかの正月の時に見た初夢と内容がまるで同じだったし、やっぱり井戸少佐の肩にある桜の数が、1つではなく3つだったからだ。この頃はまだ少佐だったのに。

 ――――この人、TKTの重要人物なのに、なんで海軍の少佐なんてやってるんだろ。

 輝は薄ぼんやりとそんな事を考えていたが、そんなことなど露知らぬ夢の中の井戸は『今日の講義の内容は大体この通りだ』と言ってOHPで投射したスライドを指揮棒代わりの天龍の持っている大太刀(っぽいチェーンソー)で指さしながら講義を始めた。
 輝と深雪の座るちゃぶ台の上に置かれた紙媒体の各種資料は、井戸自身が203号室の片隅に積み上げられた書類の山の中から引っ張り出してきた代物だ。
 白い壁に投影されたスライドが切り替わる。そこには、今日の講義の目次が映し出されていた。

 1:深海棲艦とは?
 2:深海棲艦の世代ごとの違いは?
 3:深海棲艦のお肉の味って?
 4:深海棲艦 = 沈んだ艦艇が変異したものであると仮定した場合、計算が合わない件について。

 5:艦娘が深海棲艦になる時


『なぁ、司令官』

 その講義のあった日の夜。二階の204号室、輝と一緒のタオルケットに包まった深雪が照明の消えた天井を見つめながらポツリと呟いた。

『昼間も言ったと思うけど、もしも……もしも、私が沈んじゃってさ。司令官の前に化けて出ちゃったらさ。その時はちゃんと沈めてくれよ?』
『深雪』
『あの映像にあった龍驤さんみたいなことになるのなんて、絶対嫌だぜ?』
『深雪!』

 多分、深雪は冗談でそう言ったんだと輝は今でも思っている。笑ってたし。だが、真意を確かめる機会はもう無い。
 だから輝は、これが夢と知りながらも叫ぶ。

「――――そんな怖い事言わないで!!」

 その叫びと共に、輝は夢から覚める。
 本日の総員起こし当番の奏でるラッパの音色と共に、新生ブイン基地に朝が来た。





 その日の朝食時、新生ブイン基地の食堂には、何とも言えない空気が漂っていた。

「……」
「……」
「……」

 ひよ子は夢から覚める夢(※筆者注釈:あれホントに現実感薄れるから下手な悪夢なんかよりずっと怖いんです)を見た事に。塩太郎と輝は過去のトラウマに触れる夢を見て。秋雲は気になっていたアニメの再放送を見た結果、放心を通り越して封神状態となっており、明石と夕張の睡眠時間は二時間弱だった。
 因みに翔太と皐月、スルナと榛名、そして吹雪は、お隣新生ショートランドのメンバーに混じって定期巡回中である。

「作戦完了です! 吹雪以下4名、帰還しまし……え、何かあったんですか?」
「吹雪ちゃんおかえり……ちょっと夢見が悪くて、ね」

 少し陰のある口調でひよ子が返事を返す。プロト19や北上らもあまり夢見は良くなかったらしく、ひよ子らと大体似たような雰囲気をにじませていた。この中でまともなのは吹雪達と一緒に食堂にやって来た陽炎と丹陽に、寝ても夢を見ない派の不知火くらいのものだった。

「19もちょっと嫌な夢見たなのー……ひよ子ちゃんと一緒に石のような物体抱き抱えて『1チェイン、2チェイン、3チェイン、マックスチェインでエナジーマックス』って呟きながら深い海の底にゆっくり沈んでく、っていう夢だったなの」
「あたしも見たような感じだったね。こっちはひよ子ちゃんと離れ離れになる夢だったね……何でかは知んないけど2人でゲロ吐きながら」
「えっと……そ、そうだ。テレビでも見て気分変えましょう!」

 何だかよく分からないけど、これはちょっと重症そうだ。そう思った吹雪が話題と気分を変えるべくテレビのリモコンを点けた。

「あ、ほら、秋雲さん、ちょうど始まりましたよいつも見てるアニメ」
「ま」
「?」
「まああ……」

 昨夜秋雲が見ていたのとは全く違う、ほのぼのとした作風とシナリオのアニメだったのだが、アニメであるというだけで秋雲のトラウマスイッチが点灯したようだった。

「ま゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!」
「え、あの。どうしちゃったんですか秋雲さん? 秋雲さぁん!? 司令官さんどうしましょう!? って、まだ落ち込んでる!?」

 突如として秋雲が発狂し、基地に残っていた面々の半分は依然として意気消沈。

「ど、どうすればいいんですかぁ~!?」

 新生ブイン基地に、吹雪の情けない悲鳴が木霊する。












 同時刻。
 深い海の底にある “それ” の元から泡のように静かに浮かび上がる最中のその艦。その艦内のどこからともなく少女の声が響いてきた。

『あはは司令官、次はあそこにワープしようぜ、秩父山中……で、B7以外の送圧パイプを全部封鎖だな?』

 夢でも見ているのか、支離滅裂な寝言を楽しそうに、時折寂しげに呟いていた。

『了解だぜ。ユーザーコードがちょいちょいのチョイで、パスワードがホイホイホイのホイっと。これで妖精さんシステムが再起動するんだよな。これで……これで、さよなら、なんだよな……うん。分かってるって』

 浮上するにつれて周囲の水の色が黒から黒に近い青、深い青、ネイビーブルー、青、水色へとゆっくりグラデーションしてゆく。

『んじゃあ雪風。司令官の事、よろしくなっ』

 そして最後に、輝く水面色を突き破って大気の下へとその姿を現した。

『……んあ?』

 海面に浮上し、艦体のそこかしこから排水しながらその艦はその場に留まったままだった。まるで、寝起きの人間が現状を確認しているかのようだった。

『夢? けど何か妙に現実感あったなぁ……って、司令官乗艦ってないじゃん! 探さねーと……ってあ、そうだったそうだった。司令官はもう脱出させたんだった』

 その艦がスクリューを駆動させ、移動を開始。機関系はボロクズ同然の状態で長期間海の底にあったとは思えない、外見と同じく新品同然にまで再生していた。その側舷には『IN:DDみゆき(KM-UD)』と白ペンキで書かれていた。
 特Ⅰ型駆逐艦娘『深雪』

『そうそう、だんだん思い出してきたぜ。この辺りなんかめちゃくちゃ平穏そうだしもう完全に日が昇ってるって事は、脱出用ボートはもう安全な場所まで辿り着いてるだろうし。さぁて、深雪さまもそろそろ、輝を迎えに行くとすっかぁ!』

 かつて、旧ブイン基地に配属された輝の秘書艦を務めていた艦娘、その本人であった。





 本日のNG(毎回毎回投稿間隔が開きまくりで申し訳ありませんお詫びと言っては何ですが誰得の登場してたり登場してなかったりするキャラ達の設定公開します)シーンその1


 塩柱 仁夏(シオバシラ ニナツ)

 沖縄防衛戦でのひよ子の活躍を聞き、有明警備府に転属願を出してやって来た女子整備兵。ひよ子に強い憧れを抱いており、彼女の事を『ひよ子お姉さま』と呼んで慕う。
 普段はごく普通の女の子だが、ひよ子の前や、ひよ子に関する事になると謎のハイテンションと化す。
 精神に強い負荷が掛かると同体積の塩の柱と化す謎の特技を持つ。

 飛び出せブインに登場する塩太郎こと、塩柱夏太郎の最初期ボツバージョンです。
 当初はこれで行こうかと思ったのですが、白井黒子(とある科学の)めいたテンションの上下差有りすぎ系百合キャラとか自分書けねーよ。と思い、キャラ設定と名前を多少弄って現在の塩太郎になりました。もう一つのボツ案では塩太郎の妹として兄妹同時に着任というのも有りましたがこれもボツに。
 実はゴトランド登場回のボツ案ではゴトの代わりに彼女がやってくる予定でした。で、塩太郎に『妹? 自分、一人っ子なんですが……』と言わせそこから不審に思い始め、というのも考えていましたがこれもボツに。

 おそらく、形を変えても彼女の出番はないと思われまする。


 目隠輝(没バージョン)

 輝君は、自分が正気だと言っています。多分そうなんだと思います。
 けれど、深海棲艦に恨みを持っている提督達の正気の度合いは、判断が難しいです。

             ――――――――『練達の』とは言い難い提督、比奈鳥ひよ子


 ひよ子は胸のむかつきがおさまるか、輝が何か別のことを言うかするのをじっと待った。無駄だった。
【中略/Syncopate】
 ひよ子は北上達を弔うべく、Erehwyna島を第二のアイアンボトムサウンドにした。

             ――――――――『練達の』とは言い難い提督、比奈鳥ひよ子の顛末。


 深海棲艦の子という理由だけでじゅうぶんだ!!

             ――――――――目隠輝からレ級のレナへ。


『嗚呼、栄光のブイン基地』最終話にて、深雪のタオルケットを手に復讐を誓う直前に、ちょっとだけ考え直してから復讐を誓った輝君が辿ったIFルート。

 深海棲艦を根絶やしにするには、ただ普通の提督として戦うだけではそれは成し得ない。もっと深海棲艦の事を真摯に学び、効率的に駆除せねばならない。と考え、独自研究に乗り出した。
 教科書代わりに利用していた、井戸の残した資料から『海軍の井戸少佐 = TKTの井戸水技術中尉』である事を見抜き、それ及び独自の研究結果を手土産に九十九里浜のTKTへ訪問。見事二代目井戸水の偽名が与えられた。
 その後、目隠輝は書類上、軍の機密施設に許可なく侵入したため射殺された事(※検死及び火葬時はクローンを用いて擬装)になった。以降は名と身分を変えて各戦線を転々しながら深海棲艦の調査・殲滅に励み、戦争終結に大きな貢献を果たした。
 ひよ子と再会したのもだいたいこの辺りであり、目的のためなら手段を選ばなくなってきたのもだいたいこの辺り。
 調査・研究以外にもいろいろと製作しており、中でも『人造提督メタスラン・アドミラル』はその代表例である。あるのだが、それは、ひよ子のDNAデータを無断で使っている事からひよ子や丹陽が彼と袂を分かつ理由の大きな一つとなった。

 評決の日作戦の最中に深海棲艦の中心的存在、中枢棲姫と邂逅。メカのメカクレの血が騒いだのか、彼女の艤装の機械的造形美・機能美に心を奪われ、すぐ隣にいた別の提督を始末して口封じをするとそのまま深海棲艦側に寝返った。
 なお輝は中枢棲姫ではなくその艤装の美しさに一目惚れしたのであり、その事に対して、自身の美しさに惚れたのだと勘違いしていた中枢棲姫自身は嫉妬に駆られるも、中枢棲姫の艤装自身は姫じゃなくてこの人専用の艤装になれないかなーと思うなど、割とまんざらでもなかったようだ。

 その後、何やかんやあって首をはねられ、両目が宝石になったり、純銀製の連装砲ちゃんでタイムマシン作ってみたり、ちょっと大きめの盃片手に人類は十進法を採用しましたのポーズ取ったら小大陸1つが消し飛んで氷河期が訪れたりもしたけれど、これ絶対輝君のキャラじゃないよね。どう考えてもアーギヴ暦元年生まれで享年4205歳のプレインズウォーカーだよね。という理由でボツになりました。



 智風庵 灯花(チフウアン トウカ)

 軽巡洋艦娘『天龍』の素体となった少女の名前。今話では『灯花』の3単語のみ登場。
 とびだせブインにも天龍の登場予定があり、その中で人間だった頃の名前を言うシーンを考えてあるのですが、そこでようやく『そいえば天龍が人間だった頃の名前とか考えてなかったな』という事に気が付きまして、急遽として決定いたしました。

 名前の元ネタは洋楽バンドの『アース・ウィンド・アンド・ファイアー』より。
(地風&火 → チ フウ アンド カ → チ フウ アントゥ カ → 智風庵灯花)


 プロトタイプ改二

 特定の艦娘ではなく、改二型艦娘そのもののプロトタイプ。要は概念実証機。テストベッドには当時最も多く生産・流通しており、最もデータの集まっていた睦月型のうち12隻が用いられた。
 最もデータが集まっていたとはあるが、それでも不明な点や、改造によって浮き彫りになった問題点は多くあり、結果として改造された12隻全ての精神や人格に異常をきたした。
 彼女らから得られたデータは否定的な物が多くあったがそれでもなお有用であった事と、政治的な事情から、改二型改装計画にはGOサインが出された。
 以下はプロトタイプ改二へと改装された睦月型それぞれの簡単な紹介。

 睦月:
「にゃしぃ……にゃしいぃぃぃ!!」
 如月:
「行きましょう、長月ちゃん。私たち二人に勝るものなど、この世にあってたまるものですか」
 弥生:
「要らないです、心なんて……それで勝てるっていうんなら!!」
 卯月:
「司令官が何を考えてるのか、うーちゃんには理解るぴょん。この先どうなるのかも……でも、やってやるぴょん! あなたの望むままに!!」
 皐月:
「正面からいくよ司令官。相手が素のままなら、小細工なんて不要(い)らないよッ!!」
水無月:
「戦争だよ! 水無月達にはそれが必要なんだ!!」
 文月:
「雑兵だらけ~。ねぇ、しれーかん。こいつら……殺っちゃって、い~い?」
 長月:
「司令官、ひとつ聞きたい。私達が全ていなくなった時、あんたはどうなる?」
 菊月:
「卯月、仕事は見届けた。後はこの菊月に任せてもらおう」
 三日月:
「何てひどい冗談なの、司令官。あなたも、私も、勝つためにお人形さんになったっていうのに、それでこのザマ!! ……でも、何が望みだったのかなんて」
 望月:
「あんたらの戦いなんてこっちは興味ないのに……はぁ、マジめんどくせー!」
 夕月:
「艦体大破。作戦の継続は困難」
司令官:
「執筆の意味が不明です」

 もう何番煎じかも解らないネタだし、ゾディアック深海棲艦は某所とかに既にあるし、ならばきっと筆者が知らないだけでゾディアック睦月型も既に世に出ているはずという事で、没になりました。





 本日のNG(悪い意味でヤバそうなら感想欄にてご一報ください。消しますので)シーンその2

(これまでのあらすじ)

 中央トレセン学園に在学するエアグルーヴが学園の廊下を歩いている時、ふと何気なく外に目をやってみれば、少し遠くにあるグラウンドで2人のウマ娘が併走しているのが見えた。
 一人はエアグルーヴも良く知る生徒会長、G1七冠の絶対皇帝シンボリルドルフ。
 もう一人は少し前に高知トレセン学園から転入してきた桜色の髪をしたウマ娘ハルウララ。
 コース終盤になって先行するシンボリルドルフを追い抜き、ハルウララがゴールするのが見えた。
 エアグルーヴは素直に感心した。併走トレーニング、しかもダートの短距離とはいえ、あのシンボリルドルフを差し切るとは大したものだ。会長が『ウララちゃんは別だ』と言って高知まで直々にスカウトしてきたのは伊達ではなかったのだ。何でアグネスデジタルを同行させたのかは今も謎だが。
 グラウンドではシンボリルドルフがどこかに走り去り、すぐに着替えて戻ってきた。7つの勲章を胸に付け軍服をイメージした、シンボリルドルフ専用の勝負服。G1レース時にのみ着衣を許される不退転の代名詞。そしてそのまま別のコース(芝 2500 右回り 良バ場)のスタート位置に並ぶ二人。因みにウララは練習用ジャージのままだった。

「それは流石に大人気無いぞシンボリルドルフゥ!!」

 女帝突然のシャウトに近くにいたウマ娘達は驚愕するも、それによってグラウンド上の2人の存在に気が付き、次々と野次ウマと化す。
 そんな彼女らの事など知る由も無いハルウララとシンボリルドルフは同時にスタート。レース展開は先程と同じくルドルフが先行し、ハルウララが追いかける構図。
 そしてまた、先程と同じく最終直線でハルウララがシンボリルドルフを抜き去りゴール。ルドルフが勝負服を着ている以外に違うところといったら、ついたバ身差が倍以上になっていた事くらいのものである。
 この意外な結末にエアグルーヴ達どころかグラウンドまで押しかけてきていた野次ウマ軍団が大喝采を上げる。エアグルーヴも『半端(パ)ねぇ。ウララちゃん、いや、ウララさん本気(マジ)半端(パ)ねぇッス』とキャラが崩壊していた。
 そして当のグラウンドでは、シンボリルドルフは野次ウマやってた何名かと再びレースを開始。メイクデビュー以前どころか本格化すら来ていない娘も何人か混じっていたが彼女らにすら大差で敗北。そしてショックのあまりシンボリルドルフはテイエムオペラオーめいた大きな笑い声を上げつつ仰向けにぶっ倒れて気絶して保健室に担ぎ込まれ、ウララちゃんとルドルフのトレーナーはそれに付き添い、2人のタイムを計っていたウララトレーナーは険しい顔をしてストップウォッチに残された数字が異常に遅い事に言い知れぬ不安を抱いていた。

 その日の深夜のトレセン学園。誰もいないはずのグラウンドのコースから、誰か、あるいは何かが走っている音がしたので見に行ったら誰もいなかったという怪談話が立った。

 シンボリルドルフがぶっ倒れ、自身のトレーナーとエアグルーヴ以外の誰にも姿を見せないまま過労による長期療養に出たと表向きには発表され、それと入れ替わるようにシンボリルドルフの双子の妹がトレセン学園に転入し、ハルウララやライスシャワーと仲良くなり、そこを取っ掛かりにして他のウマ娘達ともよく話したり遊んだりするようになった頃より後の日の事である。
 クラシックレース菊花賞。
 三冠バ目指してミホノブルボンは先頭を進んでいたが最終直線でライスシャワーに抜かされた。ならば抜き返すまでと再加速したその瞬間、全身を原因不明の奇妙な脱力感が襲った。
 それはブルボンだけでなく、前方にいたライスシャワーもそうだったようで一瞬よろけるもすぐに体勢を整えた。しかしライスシャワーが崩れそうになった体勢を戻すべく強く踏み込んだ結果、小さな芝土の塊がえぐれて剥がれ飛び、それが後方にいたミホノブルボンの目に直撃した。
 それによって辛うじて保たれていたミホノブルボンの体幹は完全に崩れ、最高速度に乗ったまま転倒し、内ラチに顔面から衝突。ラチが変形するほどの衝撃で跳ね返され、ターフを数回バウンドして、関節が無い場所でも関節が曲がっているうつ伏せ姿勢になったままピクリとも動かなくなった(※ゴア表現違反)
 この時点でレースは中止。
 これは純粋に不幸な事故であるとして、ライスシャワーは史実のように悪役呼ばわりされることは無かったが、自分は疫病神どころか他者に死をもたらす死神なのでは? と半ば本気で思い込み始める。そして、一部のミホノブルボン狂信者らも彼女と同様の妄想に憑りつかれ、行動を開始した。

 その日の深夜のトレセン学園。誰もいないはずのグラウンドのコースから、四本足の何かが走っているのが遠目に見えた。近くで見ようとしたがいつの間にか消え、たまたま近くで夜間見廻りをしていた学園長秘書の駿川たづなさんに見つかってお説教された。という怪談話? が立った。

 ミホノブルボンが目を覚ますとそこは、どこかの病室であった。
 見覚えのない窓の外の景色。見覚えのある専属トレーナー。
 ミホノブルボンが目覚めた事を泣いて喜ぶトレーナーだったが、事情の説明中に表情が曇った。転倒・バウンド時の開放骨折はもとより内ラチへの顔面強打で脳機能の一部、よりにもよって歩行に関する部分に損傷を負ってしまったのが致命傷だとの事。

 ――――ウマ娘ミホノブルボンはもう、走れないのだ。

 その事実に静かに涙を流して泣きあう二人。突如として着信音を鳴り響かせるトレーナーのスマホ。画面を操作するよりも早く接続された回線の向こう側から不審人物は言う「話は聞かせてもらったよ。人は、人によって滅びる。それが必然だ」と。
 若干の電子音が混じった男の声は、海外のとある有名トレーナーの名前を名乗った。
 その名前はトレーナーもブルボンも知っていた。
 再起不能級の大怪我を負った、あるいは大病を患ったウマ娘達を、幾人もターフの上に舞い戻した事で知られる生きた伝説である。だが同時に極度の人間嫌いで誰もその姿を見た事が無く、おまけに帰ってきたウマ娘達は皆どこか、何かが違っているような気がするとの証言も挙げられる事のある、一定の警戒を要する人物でもある。
 彼は言う。僕はミホノブルボンのファンの一人だよ。彼女がもう一度走れるようになるための手伝いがしたい。人間に可能性なんて存在しないけどウマ娘は例外だよ。と。
 トレーナーは悩む。そしてミホノブルボンの意思を聞き、翌日に男の指定した番号に電話をかけた。
 彼女を信じて送り出す別れの日。ミホノブルボンはトレーナーに告げた。
 菊花賞の日、あの事故が起こる直前、身体の中にあるウマソウルが抜けた、あるいはそれが薄まったような感覚がした。その直後にあの、不明な脱力感に襲われたのだと。
 トレセン学園に戻ったブルボンのトレーナーは聞き込み調査を開始。すると菊花賞をブルボンと共に走ったライスシャワーもまた、ミホノブルボンと同じタイミングで同じ感覚に見舞われたのだという。
 そして同日。ウマ娘ゴールドシップが本日のトレーニングメニューとしてアスファルト整地用のロードローラーをWRYYYと曳きながら坂路を駆け上がっている途中、件の脱力感に襲われ、ロードローラーごと坂路の下までずり落ちた。幸いにも怪我は無かったもののゴルシは大層悔しがり、腹いせに鯖を釣り上げるべく「ガチャは悪い文明!」と叫びながら大量の石を用意したところで飽きたので「何処だアタシだけの命を響く石ゥゥゥ!!」と叫びつつトレーナーの自室のベッドに潜り込んで枕やシーツに自分の匂いを擦り付けてからタコのマリネを作りに台所へと向かった。

 その日の深夜のトレセン学園。ゴールドシップの専属トレーナー阿夫利 伴(アフリ バン)は夕飯に食ったタコのマリネの極上の味を思い出しながら、さて飽きっぽいゴルシの次のトレーニングメニューは何にすんべと考えつつ、気分転換にとあるグラウンドの近くを通りがかったところ、全裸でグラウンドを徘徊する駿川たづなと遭遇した(※エロ表現違反 1回目)

 違うんです違うんですそういう趣味じゃないんですこれにはキチンとした訳がと顔を真っ赤にしたたづなを余所にゴールドシップ専属トレーナー阿夫利 伴(アフリ バン)はふとひらめいた! これはゴルシとのトレーニングに生かせるぞ。と。
 翌日。ブルボントレーナーは他のトレーナー達にも声をかけて学園内のウマ娘達へ不明な脱力感に関する聞き取り調査を行い、皆で一度集まって数字をまとめていると、とあるトレーナーが1つの事実に気が付いた。
 ウマソウルが抜けたようだと感じられる不明な脱力感。それを感じたウマ娘が現れたその日の夜に、誰もいないはずのグラウンドのコース上に奇妙な4本足の生き物が走っていたという話がほぼ必ずといってもいいほどに上がっていた事に。
 ある日の夕方、ウマ娘アグネスデジタルは寮の浴場の中で血の涙を流しつつ心の中だけで慟哭していた。何故だ、何故ウマ娘ちゃん達を感じ取れないのだいつもなら目を閉じていても耳や鼻から感じられるし調子の良い日なら肌に飛んで来た水滴からでもウマ娘ちゃんの体調不良や未病や生理周期なんかの何もかもを一切の間違い無く感じ取れるのに、と。因みに無言のまま血涙を流しつつ普段通りの仕草でお風呂に入ってるデジタルを見て他のウマ娘達は割と距離をとっていた。

 その日のトレセン学園。夜中にトイレに行った帰りに好奇心に駆られて夜の学園内を徘徊したのは良いものの、部分部分が予想以上に暗くなっている上に何処かの阿呆が次のウィニングライブで歌う予定の『奉神御詠歌』をほど良い音量で流して深夜の特訓に勤しんでいるおかげで怖くなってその場から動けなくなって半ベソかいていたトレセン学園の理事長、秋川やよいは、ゴルゴル星からの指令電波の入りが急に悪くなったので交換品が届くまでの間に使うアンテナの代用品はカツオとカンパチとしめ鯖とダイハツスズキのどれがベストだろうかと頭を悩ませつつ歩いてきたゴールドシップと一緒に未決裁書類がまだ山と残っている理事長室まで帰る事にした。
 その途中、最近噂になっているグラウンドのすぐ横を歩いていると、全裸に棒状の猿轡を噛まされ家畜用の頭絡を付けられた上にヨツンヴァインになってグラウンドを徘徊する駿川たづなと、彼女の上にまたがり乗って尻を短い鞭で叩いているゴールドシップ専属トレーナーの姿があった(※エロ表現違反 2回目)

 やよいは「激務! 休めっ……、休めっ……!!」と普段から多忙なたづながストレスのあまり精神がおかしくなったのかと純粋に心配し、ゴールドシップは普段通りにハジケリストの仮面を付けようとするも、理性も感情もぐちゃぐちゃになってしまって言葉に詰まりブギーポップめいた半泣き半笑いのような表情のまま無言でボロボロと泣き出してその場を走り去り、ゴールドシップ専属トレーナーはふとひらめいた! これはゴルシとのトレーニングに生かせるぞ。しかしこんな時でもそんな事を平然と思いつく自分は頭がどうかしていると他人事のように考えつつゴルシの後を追って駆け出し、駿川たづなは違うんです理事長これそういうプレイじゃないんですこれにはキチンとした訳がと顔を真っ赤にして弁明しようとし、何とかゴルシに追いつき皆の前で事情を話すからとゴルシを説得して戻ってきた2人を交えてこの情事の理由を話し始めた。
 ウッドチップの上に正座し、トレードマークの緑の帽子を脱いだ駿川たづな改め、ウマ娘トキノミノルは言う。
 ここ最近、ウマ娘達を襲う謎の脱力感。それを起こしている犯人は確かに自分であるが、決して意図しての事ではないと。

 トキノミノルは、今生でも破傷風と右足の裂蹄と左足の腫れに悩まされ、日本ダービーを最後にターフを去って十余年。その間に破傷風も右足も左足も完治したものの、既に引退した身であるためにターフの上には戻れず、だが今でも未練たらしく、時々夜中にこっそり抜け出してはグラウンドにあるコースの上を走っていた。
 近年のトレセン学園には事実上の初陣であるメイクデビュー戦でも『領域』の入り口に至ったウマ娘達が入学・在学しており、彼女らの走りを見ていて、少し前にふと思った『自分も久しぶりに『領域』に戻って全力で走ってみよう』と。
 するとどうした事か、自分の中にあるウマソウルに外側から同質の何かが流れ込み、一時的に昔の走りと姿を取り戻す事が出来た。
 それが最初の事件の日――――シンボリルドルフが併走トレーニングでボロクソに負けまくってテイエムオペラオーめいた笑い声を上げてブッ倒れて保健室送りになった日の夜の事であるという。
 意識して『領域』に戻って走ったのはそれが最初で最後であるが、ウマソウルに外側から何かが流れ込む感覚はそれからも間を開けて何度もやって来て、その度に何処かのウマ娘がウマソウルから生ずる余熱を吸い取られて一時的な急性スランプとでもいうべき症状に苛まれ、その度に自分はかつての姿と走りを徐々に取り戻していった。
 少し前にはもう、2400メートルを走ってもかつての姿を維持できるほどに力を取り戻してきており、ウマ娘の姿に戻って服を着ようとした直前にゴールドシップ専属トレーナーに見つかってしまい、その口封じのためにかつての姿になった自分に乗ってみませんかと誘惑し、トレーナーはトレーナーでこれはゴルシとのトレーニングに絶対生かせると謎の確信を経て2人で夜の秘密の調教を始めたのもちょうどこの頃だったのだという。

 トキノミノルは言う。自分が吸い取っているのは他のウマ娘がウマソウルから生ずる余熱のようなものであり、吸われた側は急激な脱力感と一時的な急性スランプとでもいうべき症状に陥るが時間経過で回復はする。だが、自分自身では吸い込み発動のONOFFの切り替えが出来ず、万が一レースの最中のウマ娘がこの能力の対象になってしまったら一大事である。ミホノブルボンの時のように命だけは何とか、となる可能性の方がずっと低いのだ。
 トキノミノルのウマソウルが、本能的にそうしているのだ、乾死寸前の人間が水を飲むのを止められないように。と駿川たづなは言う。
 ならばトキノミノルのウマソウルに、その本能に理解らせてやればいい。レースに勝って格付けを済ませ、勝手に吸い取らないようにしてやれば良い。とゴールドシップ専属トレーナー阿夫利 伴(アフリ バン)は言った。彼曰く、たった今閃いたそうだ。

 かくして今ここに、ウマ娘達の未来と安全なレースを賭けた戦いが始まった。



『――――と、いう訳で始まりました。第一回『ウマ娘ゲーム本編プレイしてたら何か二次創作書きてーなと思い上記のあらすじという名の妄想を思いついたは良いけれどこのあらすじ内だけでもゴア表現違反x1、エロ表現違反x2、更に以下に続く出走ウマ娘達のパドックお披露目実況シーンでエロ表現違反x1に、公式に無い設定を生やすなx1という二次創作ガイドライン違反5冠を達成してしまったのでウマ娘の読み切り短編は上げません!(CV:ここだけ和氣あず未)ていうか書いてませんのであげられませんですので出走ウマ娘達のパドックお披露目実況だけで何卒ご了承くださいステークス』本日は実況の私と』
『解説の私でお送りいたします。なお、ここでは人気読み上げはあえて省略させていただきます。ご了承ください』
『それでは早速各ウマ娘の紹介と行きましょう』

『まずは1番、シンボリルナチャン』
『長期療養中のシンボリルドルフ双子の妹さんですね。現在はダートの中距離を中心に活躍しており、巧みなレースコントロールと鋭い末脚から『砂のシンボリルドルフ』と呼ばれているそうです。ハルウララちゃんと性格もよく似ており、私一番の推しウマ娘です』
『前回の有マ記念は繰り上げ1着と惜しい結果でしたね。ところで、シンボリルドルフ氏が長期療養に出る直前に見聞きしたのですが、トレセン学園の保健室でエアグルーヴが『お労しや会長……』と呟きつつ涙を流し、当のシンボリルドルフのトレーナーは『太り気味、なまけ癖、寝不足、肌荒れ、メグリムジャーのいずれでもなく幼児退行じゃと!? ルナがそこまで追い詰められていたんに気付かんかったちょは……おいは恥ずかしか! 生きておられんごっ!!』と叫んで切腹し始め、グラスワンダー氏が『介錯しもす!!』と叫んで嬉々として薙刀を振り回して保健室の中にエントリーしていったのですが、あれは何だったのでしょう』
『世の中には知らなくてもよい事があると思いますよ。因みに、偶然部屋の外を通りかかったエルコンドルパサー氏のムーンサルトプレスによりトレーナーの切腹は未遂で終わり、グラスワンダー氏の介錯もまた、偶然通りかかったタイキシャトル氏のリボルバー拳銃による銃撃パリィにより未然に阻止されましたのでご安心ください』

『続けて2番。ラダーンノヤセウマ。……事前に情報は得ていましたが、凄い勝負服ですね』
『マチカネフクキタルにツインターボ、勝負服に大きな背負いものを背負ったウマ娘は少なくないですが、黄金のフルプレート騎士鎧一式をおんぶしたウマ娘というのは流石に初めてです』
『事前の登録情報によると、あの黄金樹を模したフルプレート騎士鎧は『ツリーガード君』と言うそうで……ああっと! 場外から飛来物! 巨大な槍がツリーガード君の脳天を貫いたぁ!!』
『あれは貴腐騎士の槍ですね。重力属性をエンチャントされた』
『これは妨害行為によるレース中止かぁ!?』
『将軍の慟哭が砂丘から聞こえてくるのでセーフです』
『ツリーガード君の取れ掛かった首が揺れています。衝撃で腕も揺れています。さながら『自分は無実であります!』と必死に釈明しているようにも見えます』

『3番。ニシノフラワー。出走取消です』
『出走取り消しの理由ですが、なんでも筆者が『バクシンオー育成中のライバルキャラとして出て来た時はあんまり気にならなかったのに、いざ自分のチームにお迎えした後は何故かあの勝負服がR戦闘機のB1-A3ジギタリウスⅢに思えてしかたない』と考えている事にショックを受けたから。だそうです』
『ツインターボ貯金の半分切り崩してまでお出迎えしたのに何考えているんでしょうね、作者は』
『4ループ目のバイドシード波動砲でも咲いているのでしょう、きっと』

『4番。スーパークリーク。こちらも出走取消です』
『何でも、前日夜に知人の託児所から緊急のヘルプが入ったとの事で、深夜便の飛行機でヤーナムのメルゴー託児所へ向かったとの事です』
『ファンの方々も、とても残念がっているのがここからでもよく見えますね。気持ちはよく分かります』
『一千人の吸血鬼のオッサン共が声を揃えて『代行!』『代行殿!』『託児所所長の代行殿!』『ママせんせー!!』とエールを送る恒例行事、見たかったのですが仕方ありません』

『5番。ウマムスメサダミツ』
『白いサラシに黒い足袋、川口狂走の四文字が背中に踊る白い特攻服、重量80トンの金属製木刀に小脇に抱えたヘルメット。彼女の今まで通りの勝負服ですね』
『ヘルメットを被っていないという事はまだ勝負服は完全に着替え終わっていないと、あ、今被りました。今完全に勝負服を着替え終わりました。ところで、あのヘルメットとコードで繋がれている腰の四角い箱は一体何なんでしょう』
『トラック用の24ボルトバッテリーだそうですよ。なんでも、正規バッテリーの代用品だとか』
『どうやらウマ娘宇宙のディジット達の技術力は、汎用性あるいは冗長性という点において破壊魔宇宙の彼らのそれを大きく上回っているようですね』

『6番。タキギカマキノオー……これまたすごい勝負服の娘ですね』
『燃えるようなと表現される性格や走り、あるいはそういう『領域』を持つウマ娘はいますが、本人ごと物理的に燃えているのは流石に初めてですね』
『因みに筆者は『薪の王』と書いて『まきのおう』と読む派の人間だそうです』
『実にどうでもいい情報ですね』

『7番。コビトノヤミノオー。6番タキギカマキノオーの双子の姉妹です』
『こちらはごく普通の黒いシスター服風の勝負服ですね。人間性が黒く燃えてたり闇に湿っていたりもしていません。ごく普通の黒いシスター服風の勝負服ですね』
『普通のシスターさんは金属製のガントレットやグリーヴを装備しないし背中に大小一対のデスサイスも背負ってないのが普通だと思うのですがそれは』

『8番。キングヘイロー。出走取り消し以前に、有マ記念での民間人暴行の現行犯で一年間の出走資格停止処分中です。彼女のトレーナーもまた、同レースにてレース妨害行為により1年間のトレーナー資格停止処分です』
『一体何をやったんですか? 二人は』
『ええ、簡単にまとめますと。有マ記念にて大差で16着になりそうだったキングヘイローに向かってトレーナーがレース場全域に響き渡る大声で応援。この大音量とその内容がレース妨害行為と判定されました。その応援を聞いたキングヘイローは最終直線で15人全員を抜き去り一着でゴールした後、そのまま減速せずにトレーナーに向かってドロップキックを繰り出し、これが暴行の現行犯として判定されました』
『いったいどんな事言ったんですか、彼女のトレーナー』
『それはこれを見ている読者の方々が各自で『キングゲイナー』『ゲイナー君愛の告白』あたりのキーワードを検索していただくのが最も早いかと思われます。あの時も海外マスコミが来ていたので世界同時中継でしたし』
『有マの後、キングヘイローの御母堂がSNS上で『愛と勇気、感じられたのね』『式の日時が決まったらすぐに教えなさい。それに間に合うように勝負服(ドレス)仕立ててあげるから』と謎のコメントしていましたが、これと関係あったんですね……』

『9番。アグネスデジタル』
『何があったのでしょうか、耳を絞り、次の10番が出てくる地下道の入り口を殺気立った目で睨み付けております』
『仲の良いウマ娘達の間に割って入った男性トレーナーを見る目とも言いますね。シンデレラグレイの世界線にいても全く違和感を感じさせない眼光です』
『やる気は絶好調そうですし、次行ってみましょう』

『10番。キタハラジョー……え? あっ、し、失礼しました! 10番、キタハラジョーンズ』
『ハンチング帽に細面の中年男性、どう見ても中央トレセン学園の北原譲トレーナーですね』
『チームスピカの創設者で、現在はダイワスカーレットの専属トレーナーをしており、ごく稀にアグネスタキオンの専属トレーナーと共に発光していると聞いているのですが……何故彼が選手としてここに? 観客席からもどよめきが聞こえています。あと、その泥だらけのジャージ(白地に紫)は勝負服なのでしょうか』
『勝負服ですね。キチンと登録届も受理されています『魂焦がすスーパースター』という名称で登録されています』
『あ、今ウマッターに更新ありました。一級オグリキャップソムリエのノルンエース氏によると、あの白地に紫のジャージはオグリキャップのカサマツ時代の練習着との事。具体的にはシンデレラグレイ第一巻の表紙でオグリが着ていたアレとの事です』
『アグネスデジタル、ものすごい形相で詰め寄り、叫んでおります。えぇと読唇術によると『なんで本物のオグリキャップさんのジャージ着てるんですか! 本人に許可取ってるんですか!?』と叫んでおります。何故本人の物だと分かったのでしょうか』
『観客席に当のオグリキャップがいて、その表情がレース場の大画面にアップで映っているのですが……なんというか、その、とてももの凄く嫌そうな表情です。耳もベッタリと倒れ、これ以上ないくらいに絞られています』
『タマモクロスが引退発表を宣言した時も、ここまで辛そうな顔も耳もしていませんでしたね……おや、キタハラジョーンズ、ポケットの中から何やら光る試験管を取り出して……?』
『一気飲みです! 人類には表現不可能な色に輝く液体を、です!!』
『アグネスタキオン専属トレーナーと共に光っている事が稀に目撃されるそうですから、おそらくあれはアグネスタキオンが生成した何らかの薬品なのでしょうが……ここまで堂々とドーピングをするとは大したものですね』
『発光が収まって……え?』
『……変身、しましたね』
『光が収まったキタハラジョーンズ、オグリキャップと瓜二つの姿です』
『少なくとも集団幻覚ではなさそうです。アグネスデジタルが混乱して何か呟いています。読唇術によると『この体臭、そしてウマソウルから生ずるオーラの余波、実際ウマ娘ちゃん! しかし大気中に微かに残る加齢臭は数秒前まで確かにヒト息子だった証! トレーナー=サン! マスター・トレーナー=サン! 私はどう解釈したらいいんですか!? 道を教えてください!!』と叫んでおります』
『アグネスデジタル専属トレーナーがウマッターに一言アップしましたね『何事にも尊みを感じられるようになるのが一番だ』との事です』
『観客席のオグリキャップは先程とはうって変わってものすごく幸せそうな笑みを浮かべて尻尾を振っています。一方その隣のベルノライト氏の『どうしよう、オグリちゃんの性癖が分からない』と言わんばかりの虚無的な表情が印象に残りますね』

『11番、ミホノブルボン。先日のレースにて完全復帰を証明しました』
『治療とリハビリのため、海外のチームに一時的に移籍して、先日日本に戻ってきたそうです』
『そのチームのトレーナー、パーソン・タワーズ・ファウンデーション氏と通信が繋がっております。海外の紛争地域からの無線通信ですので接続状況が不安定なため、ご清聴願います』
【やぁ、おはよう】
【ミホノブルボン。少し触れただけで電子機器は例外無くアウトとか、流石に想定の範囲外だったよぉ! 何とかしたけど】
【今まで所属したウマ娘達の治療経験を統合し、作り上げたリハビリメニュー、鬼畜と言われた坂路一日5本トレーニングをこなしたあの娘のド根性、そして、この回復速度。こっちも想定の範囲外だったよ!】
【ライスシャワー。僕からすれば、イカレてるのは君の(ことを悪く言う連中の)全部だ。僕は君に挑戦する。そして証明する。君に(悪役だの死神だのと呼ばれる)可能性なんて存在しない事を】

【いや。俺はそうは思わん。ライスこそが(みんなのヒーローである)可能性なのかもしれない】
『12番、ライスシャワー選手の専属トレーナーさん。勝手に放送機材ハッキングしないで下さい』
【証明してみせよう。ライスにならそれが出来るはず、ってアレ? ライスちゃーん? 何処いくのー!?】
『……ライスシャワー選手、泣きながら走り去ってしまいました』
『『やっぱりライスはみんなのヒーローになれる可能性なんて存在しないし、ライスが死神になっちゃう可能性なんだぁー!』と泣き叫んでいましたね……』
『言葉足らずは駄目ですね』

『13番。ヒナドリヒヨコ。パプワニューギニア独立国はブイン島、ブイントレセン学園からの留学生です』
『ライスシャワー選手の手を引き、共にパドック入りですが……あれは何かの儀式でしょうか。しきりに自分の耳と尻尾を触っています』
『まるで何の前触れも無く人間がウマ娘に変身して、たった今それに気が付いたかのようにも見えますね』
『自らの意思で変身したキタハラジョーンズとは正反対ですね』

『14番。トキノミノル……トキノミノル、ですよね?』
『パドック入りした時はウマ娘の姿でしたし、そこでいきなり服が破けると困るからという謎の理由でストリップショーを始めた時(※エロ表現違反 3回目)もまだウマ娘の姿でしたから、ARMSの完全変態みたいなプロセスでウマ娘の形を逸脱した今でもトキノミノルだと思いますよ』
『トキノミノルが変身? 変態? を遂げたこの、4本足の大きな怪生物は初めて見ます。耳と尻尾はウマ娘のそれと同じですが……会場のウマ娘達は、何故でしょう。この怪生物を見て皆同じ表情をしています『すごく納得がいった』という表情です』
『よく分からないのですが、今回のレース直前に、ウマ娘のトキノミノルからここでコメントを読み上げてくれと依頼されていたので読み上げます『生涯無敵は四本足に戻った』との事です』
『この言葉を聞いた途端、会場入りしているレース賞金会の一部が泣き崩れ、慟哭しているのがここからでもよく見えますね』
『レース賞金会とは一体何でしょうか?』
『非合法組織です。健全で清潔で尊くあるウマ娘ちゃん達のレース、その着順に賭け金を掛けて利益を出し、その一部をURAに寄付金と言う形で送りつけたり、ウマ娘本人の口座に直接振り込んでいる非合法組織です。日本ダービーを優勝したウマ娘には、本人が拒否しても口座に2億円が振り込まれたそうです』
『そう言った手合いはすぐにでもウマ娘警察に制圧されそうな気がするのですが……』
『一説によると、URAに寄付金として流れている額が年間予算の3割に相当するそうで、URAは大々的にバッシングは出来てもそれ以上のアクションは取れない、と噂されています(※賞金会の存在を含めて公式に無い設定を生やすな 1回目)』



『さて、全ウマ娘、全ウマ娘? ゲート入りが完了しました……スタートです!!』
『このレースの結末がどうなるのか。それ以前の問題として、此処はどこのレース場なのか、芝かダートかそれとも土のダートか、距離も天気もバ場の状態も客の入り具合も筆者は全く何も考えておりません。すべて読者の皆様方の想像に丸投げしております』
『それでは液晶の向こう側の皆様。さよなら、さよなら。さよなら』

(今度こそ終れ)



[38827] 【艦これ】とびだせ! ぼくの、わたしの、ブイン基地!!09【不定期ネタ】
Name: abcdef◆fa76876a ID:caa43871
Date: 2023/09/07 09:07
※(2023/08/24初出)今回も沖縄編は後日追加掲載となります。出向先のルビコン3の情勢次第ですが、可及的速やかにうpできるよう前向きに検討し、善処する次第であります。
※(2023/09/07 ご指摘のあった誤字を修正)

※いつも心にオリ設定。
※筆者の知識に科学的な正しさを求めるのは宗教と同義です。ご注意ください。
※『●×が▲□なワケねーだろ、このダラズが』な事になってるやもしれません。そういうの駄目な人はご注意ください。
※また、当然の事ですが、本作品中に登場する全ての人名・地名・団体名等は現実とは一切関係ありません。
※今回の話を書くにあたり、柳田理科雄の『空想科学読本2』読み直してきました。やはり面白い。
※『スペシウム流は、型稽古に始まり、型稽古に終わる。厳しいのだ』私の好きな言葉です。

※ここだけの話、当SS内における深雪スペシャルの元ネタの一部は、上記の空想科学読本2内に登場するライダー踏み潰し垂直ジャンプとダブルライダーキック作戦の2つだったりします。




 今回の談合まとめ 後で燃やす ← 燃やすな!!


 2名欠席。後日連絡。

 定例報告

 海生研(現TKT)の田中所長からの報告によると、第4ひ号目標の沖縄侵攻後の再調査の結果、全海洋のPRBR平均汚染値がボーダーを超過したとの事。
 ↑ 1990年当時の予測より半世紀も短いんですけど?

 汚染値が高すぎるので不発弾と死骸処理の名目で沖縄本島は全域封鎖を続行。長引くようなら深海由来の未知の疫病説で。
 海水揮発成分にも同等の汚染を確認。
 河川、内地の山脈などにも汚染値の飛び火を確認。

 人体、新生児にも?

 上記から全球完全除染は不可能と判断。い号計画の完全発動は確定。
 い号に予算追加で回す。
 残留組のプランは今まで通りメインを学校給食計画、サブを抗浸食剤の開発で進める。 ← 学校給食の方は艦娘素体の発生率増加にも繋がるし。



 い号計画 最終候補地

(※お茶染みによる文字のにじみ。判読不能)

 最終候補はこの三つ。
 往(※同。判読不能)

 大マ(※同。判読不能)

 表向き(※同。判読不能)
 現(※同。判読不能)
 選抜(※同。判読不能)



(※同。判読不能)



 スウェーデンの(※同。判読不能)国際ホテル
 顧客名簿コピー or 取り寄せ確認。今すぐ。

 ↑
 テロリストによる銃乱射とか言っていたが、多分誰かがチケットの独占狙って銃か子飼いの兵隊持ち込んだ?
 本日欠席の2人もいたし、名簿にあった他の宿泊客の名前からして、い号のチケット抽選会場は間違いなくここ。

 騙された、来週じゃなかったのか!


(※放送禁止用語を含む多数の罵詈雑言)


 よって、今より第二次い号計画を発動。
 連中が先に勝手したんだ、こっちも勝手にやるぞ!!


        ――――――――処分しなかった走り書き





『鍋島Ⅴ型の後継機、山村Ⅵ型開発開始。無人機仕様に搭載されるAIはソフトウェアの篠原がそれ専用の戦闘型AI『C4-621』を開発。ロールアウト予定日は8月25日!』
『ルーブル美術館、老朽化対策の大改修始まる。収蔵品は順次移転を開始』
『謎の生乳買占め続発。市場枯渇、異常高騰』
『世界共同での宇宙開発計画、再開。長引く対深海棲艦戦争における新たなる資源地帯の開発を目指し、複数の太陽系内往復宇宙船の開発・建造計画が決定された』
『夜の夕張市で謎の爆発。軍の演習場から空に見事なキノコの雲』

『横須賀スタジオの戦艦娘長門、決死の陰腹ライブ! 無言の抗議、それほどまでに路線変更は嫌だったのか? 関係者に迫る!!』

        ――――――――ある日のWEBトピックニュースの見出しより一部抜粋。




 ある日の事である。

 ――――北上改二、超展開!
【ハイパー北上様、超展開だよーっと】

 軽巡ホ級のガードを抜け、その右頬に北上改二の左ストレートが突き刺さる。その衝撃で、最終以外のすべての安全装置を外されていた北上の左腕に装着されていた射突型酸素魚雷が発射され、即座に着弾。軽巡ホ級の首から上を木っ端みじんに爆破し、完全に無力化した。
 またそれより後の日の事である。

 ――――北上改二っ、超、展開……!
【ハイパー北上様、超展開だよー、っと】

 戦艦ル級の腹に北上改二の左の膝蹴りが突き刺さる。その衝撃で、最終以外のすべての安全装置を外されていた北上の左足に装着されていた射突型酸素魚雷が発射され、即座に着弾。撃破どころか小破にすらなっていなかったが、それでも戦艦ル級の姿勢を崩して膝を着かせることには成功した。
 そして、ル級が体勢を立て直すよりも早く、膝を着いたことでちょうど狙いやすい位置にまで下りてきたその顔面に向かって渾身の左ストレート。やはり着弾と同時に左腕の射突型酸素魚雷が発射され、ル級の顔面に直撃。しかし撃破には至らず、せいぜいが顔の皮膚と肉の一部を吹き飛ばしただけに終わった。突き刺さった拳と爆発の手ごたえから仕留め切れていないことを悟ったひよ子は自我コマンドを入力。北上の右腕部分の射突型酸素魚雷発射管の安全装置を最終以外すべて解除し、軽く一歩踏み出させ、右のアッパーカットを振るわせた。そして今度こそ、深海棲艦側のかつての決戦兵器『泳ぐ要塞』こと戦艦ル級を確実に撃破した。
 そして、それからさらに幾日か後の、ある日の事である。



「――――短イ命ダッタワ」

 その深海棲艦――――トラック諸島の歌う鬼、あるいはコロンバンガラ島の最高総司令艦と呼ばれる軽巡棲鬼は、眼前の敵の正体を察すると絶望のあまり片手で目を覆いつつ天を仰いだ。

 ――――き、きた上、改二、……ちょうっ、展開! ……ぅぷ。
【ハイパー北上様、超展開だよっ……! ……ぅぉぇ】
「BNF作戦デノ担当箇所ノ詳細詰メニ煮詰マッテタカラ、気分転換ニ、チョット一人デ遠出シタダケナノニ……何デ! ヨリニモヨッテ!! アノ撲殺姫ガコンナ所ニインノヨ!? コッチ(南方海域)ニ沖縄帰リノ猛者ガイルッテノハ知ッテタケドサァ!!」

 軽巡棲鬼が腹をくくる。己の両足代わりに接続された異形の頭部にも見えるクルーザーユニットにコマンドをキック。

【! ひよちゃん、来たよ!】
 ――――オッ、ゲ、え゙っ!
「ナンカ死ヌホド顔色悪イケド、ソンナ辛ソウナラ出撃スンジャナイワヨ畜生!!」

 嘆き、毒づく軽巡棲鬼が先手を取るべく突撃し、ワンテンポ遅れて反応したひよ子が自我コマンドを入力。互いの重心を崩すべくがっぷり四つに組んだところで、ひよ子と北上の動きが完全に止まった。
 何かの罠かと疑った軽巡棲鬼が怪訝そうに北上の顔に注目すると、顔面蒼白になって必死になって口を閉じ、歯を食いしばっているのが見えた。ついでに喉も腹も何か嫌な感じに痙攣していたのも見えた。
 限界寸前のひよ子が呟く。

 ――――も゙、も゙ゔ駄゙目゙……吐゙ぎぞ……ゔぉ゙!!

 他艦の那珂にいるひよ子の声など聞こえなかったはずだが、それでも数秒先の最悪を察知した軽巡棲鬼が手を放すよりも先に後退して距離を取ろうとしたせいで北上(&ひよ子)が前に引っ張られてバランスを崩し、軽巡棲鬼の上にのしかかる形で2人とも転倒。互いのおでこをぶつけ、噴出寸前の北上の顔と軽巡棲鬼の顔がニアミス。
 転倒の衝撃と、自重で圧し潰された腹の圧迫感が最後の引き金だった。
 超展開している北上の腹から絶望的な痙攣。そこから上って喉から口へと、何らかの流体が殺到する。

 ――――!!
【!!】
「!!」

 酸っぱい匂いのする音と液体が、超展開中の重雷装艦サイズの構造物から、鬼種軽巡洋艦型深海棲艦の顔面に向かって、逃げるも防ぐもできない超至近距離から大量に降り注ぐ。
 因みに外からでは聞こえなかったが、北上の艦内ではひよ子も胃が裏返らんばかりの勢いで盛大に吐いていた。
 噴出が止まったところで軽巡棲鬼は一度、押し倒された姿勢のまま上半身を海中に沈め、波に揺られる海藻よろしく全身をぐにゃぐにゃと揺らして汁を洗い落とし、上半身を海の外に戻したところで何考えてんだこの野郎と言う代わりに、クルーザーユニットの左右に添えつけられた主砲の6inch連装速射砲ユニットにコマンドをキックした。万が一にも口の中に入ったら嫌だったからだ。
 現在装填中の徹甲弾から、二液混合式爆薬弾頭の榴弾に換装し、己の腹の上に乗ったままの北上もといゲロ上を吹き飛ばそうとした。
 そうしようとしたところで気が付いた。
 ひよ子の背後。空高くに、斥力場を蹴って天高く舞い上がった一隻の超展開中の駆逐娘の姿が見えた。艤装の形も変わっていたし服の色も深い赤系に変わっていたが、その駆逐娘の事を軽巡棲鬼はよく知っていた。
 駆逐艦娘『丹陽』

「!!」

 空中高く舞い上がる丹陽を見て、軽巡棲鬼に1つの記憶が蘇る。
 心臓が半オクターブほど高い脈動を打ち、心拍数も上昇した。
 2年前のトラック諸島沖。月明かり一つ存在しないブ厚い曇り空の夜。燃え上がり、天高く跳び上がる陽炎型の雪風と特Ⅰ型。

「ジョ、冗談ジャナイワヨ!!」

 驚愕する軽巡棲鬼が叫び、自爆上等の覚悟による榴弾の一斉射で北上を押しのけると、腰に引っ掛けてあったくすんだ灰色の金属製の円筒形の物体を手に取り、そこから安全ピンを抜き、安全レバーがバネの力で弾き飛ばされるのを確認すると、3つ数えてから自身と丹陽の間の空間に向けてアンダースローで放り投げた。

「ギニャ!?」

 カウントに誤差があったのか、手を離れた直後に円筒形が閃光と轟音を発して炸裂。おまけに濃密かつ高温のスモークと盛大な電磁ノイズを周囲一帯にまき散らした。空中で飛び蹴り――――深雪スペシャル――――の姿勢をとっていた輝と丹陽は空中で姿勢を崩して墜落し、ゲロ上もとい北上は這う這うの体で逃げ出す軽巡棲鬼を見送りながら、尻もちをついたような姿勢でへたり込むのが精いっぱいだった。
 超展開を解除する直前、ひよ子は背もたれに体重を預けて目を閉じた。原因不明の吐き気は、さらに酷くなっていた。

 ――――何なのよ、これ……何、が……何、で……?

 北上の艦長席に座り、複雑怪奇なシートベルトの迷路に力無く体重を預けたひよ子の呟きは、自身以外の誰にも聞かれなかった。





 それから数週間後の、帝国本土の有明警備府の第三艦隊執務室にて。
 人払いを済ませてすべての出入り口と窓に鍵をかけ、室内の盗聴器の有無を確認し、対外部盗聴盗撮デバイスをアクティブにしたその中で、同艦隊副旗艦である駆逐娘の『叢雲』と、比奈鳥ひよ子、そしてその麾下艦娘の潜水艦娘『プロトタイプ伊19号』の3人は向かい合って話していた。
 執務机の上に置かれた数枚の写真を手に取り、ひよ子からの報告を受け、叢雲が呟く。

「……なるほどね。トラック諸島の歌う鬼、軽巡棲鬼がまた暗躍してたわけね」

 写真はどれも、内側から破裂して一部が弾け飛んで大穴が開いている金属製の円筒形の物体が写っていた。高熱で炙られたのか、その破裂痕の周囲は黒く焦げていた。
 写真に写る円筒形はどれも、軽巡棲鬼が逃げ出す際に投げた円筒形――――スモークグレネードの破片や残骸だった。

「はい。輝君がこれの正体に気付いて、丹陽ちゃんに命じて回収してきたんです。この艦娘用スモークグレネード、有澤が一ヶ月前に出したばかりの最新の製品なんだそうです」
「軽巡棲鬼自身は南方海域、ていうかコロンバンガラ近海から動いたっていう報告は無い。なのに帝国最新の兵器を持っていた。つまり……ねぇひよ子。これ、他には誰に? あとこれの現物は?」
「第二艦隊副旗艦の長門さんがいなかったので叢雲さんに。他には誰にも。これの現物はプロト19ちゃんに」

 無言で佇んでいたプロト19ことプロトタイプ伊19号が、返事をする代わりに己のスク水のゼッケンを軽く指で引っ張ってスク水生地との間に隙間を作った。艦内に安置してある。ということだろうか。何故かそこから白いタコにも見える深海忌雷が挨拶代わりに軽く触腕を振っていたのが見えたが。

「ええ。それで正解よ。深海魚の連中が帝国の最新兵器を運用していた――――帝国軍内部に裏切り者がいて、それが誰なのか分からない以上、むやみにこの情報を広めるわけにはいかないわ。分かっているとは思うけど、この件は緘口令を敷かせてもらうわ。あと、現物はここのドックに置いといてね。こういう時用の番号振られてないドックね」
「はい。了解しました」

 そこで叢雲は、獰猛そうな笑みを浮かべて呟いた。

「久しぶりに有明警備府の本領発揮かしら。神通が使ってたっていう新型のリボルバー式射突型魚雷発射管の件もあるし、五十鈴牧場以来の大捕り物になりそうね……ところで」
「?」
「ところで、それ、なんなの」

 叢雲が指さすのはひよ子自身、否、ひよ子の着ている二種礼装――――提督の着ている白い服と聞いて連想されるアレ――――だった。
 よく見れば外側は普通の二種礼装だったが、内側は普通ではなかった。無数の細い糸状の何かがかすかに蠢いており、じっとりと湿っていたのが見えた。
 プロトタイプ伊19号などのD系列艦娘に乗艦する提督向けの専用装備、通称『触手服』だった。
 服の内側が湿っていたのは深海棲艦由来の、夜になるとなんかヌメヌメするローション状の自我伝達物質ことDJ物質が充填されているからだった。
 叢雲の疑問にはプロト19が答えた。

「それは提督、最近出撃すると動けなくなるくらい気分が悪くなっちゃう事が多いから、万が一の際に外部操作で動けるように着てるなのねー。それに、その触手服は19とかのD系列艦娘に登場する際の専用制服なのねー」
「D系列艦娘に乗艦する際の、知られてない副作用か何かでしょうか、この吐き気」
「……アンタらが来てからずっと、PRBR検出デバイスが弱い反応出してんのはそういう事だったのね……ああ、そう言えばひよ子もD系列艦娘との超展開に適正あるんだったわね、たしか」

 D系列艦娘――――深海棲艦由来の技術や素材をふんだんに使用した艦娘――――と、その専用装備の存在を知っていた叢雲がため息交じりに呟く『紛らわしいのよ』と。

「DJ物質、一度着くと洗ってもなかなか落ちないんですよね。ヌメヌメは取れても、PRBR検出デバイスに弱い反応出っぱなしになっちゃうみたいで。だからもう、私の所と新生ショートランドの艦娘達と、設置型レーダーには私の事は例外設定にしてもらってるんですよ」
「……そう。とりあえず、表向きの訪問理由であるTKT九十九里地下本部への再召喚に備えての宿泊ってのは長門から聞いてたから、昔使ってた部屋は清掃してあるわ。召喚当日まで泊まっていきなさい」
「ありがとうございます。呼び出し目的は深海の艦載機からの情報吸い出し方法について(※とびだせ! ぼくの、わたしの、ブイン基地!!04参照)と、ついでの健康診断らしいんですけど、もう何度目なんでしょうね」
「そんなの私が知るわけないじゃない。ま、さっさと終わらせて来るのに越したことはないわ」
「そうですね。それでは失礼します」

 ひよ子とプロト19が敬礼。踵を返して部屋の外に出てもう一度敬礼し、ドアを閉めようとしたところでひよ子が『あ』と小さく声を上げた。

「そういえば、長門さんはどちらに?」
「溜まってた有給の消化中よ。今日は長門達だけで同窓会やるそうよ」

 TKTからの召喚は明日だし、今日は町でゲーセンにでも行こうとのたまうひよ子とプロト19が部屋の外に去ってからしばらくして、叢雲は椅子に体重を預けて天井をぼんやりと見やりながら呟いた。

「……もう、無理かしら。今の見てたら、アンタはどう思うのかしら、長門」



 とびだせ! ぼくの、わたしの、ブイン基地!!
 第9話『戦艦長門のしょうしつ』



「くしゅん」
「誰かに噂でもされたか。有明の」
「人気者だからかな。呉の」

 滋賀県は琵琶湖上、多景島の見塔寺。
 本作戦の指令所となったそこに有明警備府所属の戦艦娘『長門』はいた。有明警備府所属じゃない『長門』も複数いた。
 テーブルの上に置かれた軍用無線機に、各所からの通信が入る。その全てが、本作戦に参加している戦艦娘『長門』からのものだった。

『狙撃A班。目標は依然視認できず』
『突入B班。彦根城地下秘密搬入路、確保完了。なれど舞咎院方面の隔壁が下りている。解放不可。パスコードが変更されている。目標直下までの経路の確保方法はプランBに変更。爆薬を持ってきてくれ』
『盛り方は? レギュラー? それともマックス?』
『マックスだ』
『制圧C班。ステンバーイ、ステンバーイ、ストゥェンバァァァイ……』
『降伏勧告D班、配置についた』
「指揮艦、有明警備府の長門だ。作戦に参加してくれた全ての長門達へ。協力、感謝している。嬉しかったよ」

 ここで有明の長門は一度深呼吸してから続けた。

「……さて。では改めて作戦の再確認だ。今回の作戦目的はここ、舞咎院の兵器工廠に配置されている戦艦娘『長門』の確実な殺害にある」

 その作戦目的の異質さに、この場に集った長門達が微かに戦慄する――――自分で自分を殺すなど!

「目標は現在、舞咎院兵器工廠を不法に占領し、籠城している。殺害の件は伏せた上で降伏勧告を行い、それに応じるなら確保後に殺害。応じなければ制圧する。だが、舞咎院地下の設備には間違っても損害を与えるな。特殊で替えの利かない兵器サンプルやそのパーツの研究・開発を担っている数少ない工廠がここだからな」

 舞咎院兵器工廠。
 かつての世界大戦当時、苛烈さを増し始めた合衆国からの本土空襲を避けるべく当時の軍は、琵琶湖の多景島から少し北上したところにちょっとした大きさの偽装島を作り、その地下岩盤のさらに下まで掘り抜いて、そこにそれなりの規模の秘密工廠を作り上げた。それが舞咎院の兵器工廠である。ラムサール条約はどうした。
 その偽装工作の一環として、地上の島には植生と、憂捨宗等救派舞咎院なる架空の神社仏閣を建築し、とうとう終戦を迎えるまで敵の目を逃れ続けた、由緒正しい秘密工廠である。ラムサール条約はどうした。

「ねー☆ 有明のながもんちゃーん☆」

 無線で感謝の意を示し、作戦の概要を話していた有明警備府の長門に、後ろから別の長門が声をかけた。
 明るいピンクをベースに、白いフリルがやたらとくっついた、昨今流行りのアイドル系衣装に身を包んだ戦艦娘の長門だった。手には無線式マイクと歌詞のカンペを持って明日の生ライブで歌う予定の新曲の歌詞と振り付けのソロ部分を練習しながらだったが。

「ん、何だ。横須賀の」
「私達ながもん達だけでこんな大掛かりな作戦を、それも秘密裏にやる理由は何なのかなー☆ 反艦娘派に余計なエサを与えないためだとしても、この情報統制っぷりは過剰じゃない? 長門型だけの同窓会だなんて嘘ついて、情報統制用のらりるれろウィルスまで軍用ネットワーク上に捲いてまでさ」
「それは……長門(我々)のメンツを守るためだ」
「本当ぉー?」
「ああ。本当だ。というか何があった。お前、そんな那珂や桃みたいな口調や服装じゃなかっただろう」

 そこで横須賀スタジオのながもんもとい長門はすべての表情を消し、瞳から輝きを消し、軽くうつむき、力無く呟いた。

「……明日のライブでお披露目する新曲から、こういう路線に変更すると、私のプロデューサーが」
「……そうか」
『狙撃A班より正門前の降伏勧告D班、A班よりD班! 目標に動きあり。舞咎院の屋根上。ドリルだ、ドリルの下だ!』

 片手に拡声機を持ち、舞咎院の正面大門前に陣取っていた降伏勧告担当の長門は見た。音もなく天窓を開け、一人の長門が舞咎院の屋根の上に仁王立ちしたのを。
 狙撃A班に振り分けられていた二人の長門も見た。一人は狙撃銃のスコープで、もう一人のスポッターは手持ちの双眼鏡で。
 そして、各班の状況把握のために降伏勧告D班に持たされていた小型マイクとCCDカメラを通して、現場の状況は狙撃班にも制圧班にも作戦本部の長門達にもしっかりと届いていた。
 屋根の上に仁王立ちするそいつは長門型の制服は着ておらず、GパンとTシャツのみという、なんともな軽装だった。
 そして元気いっぱいの笑みで、多景島の作戦本部にまで聞こえそうな大声で叫んだ。

「箱根の、じゃなくて長門のみなさぁぁぁぁん、うざがられるものですよー!!」

 現場も作戦指令所も、突然のシャウトとその内容に思考回路がフリーズする。例外は、詳細を知っていたごく少数の長門達だけだった。
 ピンク色のフリフリ衣装を着た横須賀スタジオ所属の長門がモニタの向こう側を指さし、大きく目を見開いて『何、あれ』と呟いた。
 その数少ない例外である有明警備府の長門が、頭痛をこらえるかのように片手を額に添えて、事情を説明した。

「……元帝国軍大本営直属一等粛清艦。現舞咎院兵器工廠、警備課所属の戦艦娘長門」
「噓だろう。年始の挨拶の時はあんなに真面目だったのに。一等粛清艦を務める彼女にいったい何が――――」
「彼女は、後天性の完全コンタミ艦だ」

 それを聞いた、横須賀スタジオの長門をはじめとした、事情を知らぬ長門達が完全にフリーズする。
 
「原材料となった人間の名前は古黄戸 蘭。元国際指名手配犯だ。高速道路の支柱爆破、雨の日を狙った地下鉄毒ガス、上水道への致死性バクテリア混入とそれに続けてデマゴーグとアジテーションからの暴動誘発・拡大、炭疽菌と間違えて納豆菌まみれの白い粉入り不幸の手紙無差別郵便に、クレイドル03社製の飛行機爆破が判明しているだけでも5件。とにかく、大勢の人々が死んで嘆いて苦しんで、パニックが拡大するのが見たいという愉快犯型テロリストだ」

 因みにコンタミ艦とは、原材料となった人間の記憶や人格が何らかの理由で消え残ったり、突如として部分的に復活してしまったイレギュラーな艦娘の事を言う。
 そして完全コンタミ艦とは、記憶も人格もほぼ100%保持しているそれを指す。

「……つまり、我々も、ある日突然ああなる可能性が常にある、と?」
「人間だったころの記憶や人格を取り戻す可能性がある以上は。そして、なぜそれらを取り戻せるのかのプロセスが不明な現状では、その可能性は常に。不本意だが」
「……」

 それを聞いた横須賀スタジオのながもんちゃんは、あんな事になる可能性が1%でもあるならばと、何も言わずにそのまま手刀にて切腹した。
 ほぼ同時に、通信が殺到した。

『制圧C班より司令部! C班より司令部! 医療班をよこしてくれ、今の発言を聞いて何人か舌噛み千切った!』
『こっちにも来てくれ! 一人じゃ手が足りない!!』
『よせ、やめろ! ピストルは逃げる味方を撃つものだ、自分のこめかみじゃない!!』
「……やはりこうなったか。医療班、指揮所に来てくれ。重傷者一名だ。B型バケツと拘束具、あと猿轡も忘れずに頼む」

 有明警備府の長門は頭痛をこらえるために顔をしかめ、舌を噛み千切ろうとしていた別の長門をアゴ狙いの裏拳で気絶させつつ通信機で治療担当の長門達に連絡を入れた。
 これがあるから事情を知らない長門を連れて来たくはない、しかし、事情を知り、なおかつ覚悟を決めた長門の数があまりにも少ないから連れてこざるを得ないし、記憶を取り戻した長門を放置する事もできない。あんなんが自分の原型(オリジナル)だと知ったごく普通の長門達は今しがたのようにごく普通に自決を選ぶ連中が大多数だし、そもそもこんな醜態を晒す汚物を他の人間や艦娘らに知られるわけにゃあいかんのだ。

「今回の武装蜂起も、私達普通の長門の絶望する顔がたくさん見れそうとか、きっとそんな理由なんだろうな」

 降伏勧告D班の持つカメラとマイクには『長門としての私は今まで散々後ろ暗いことを働かされてきました、ですのでこれ以上働いたら負けでーす!』『親の遺産で食うタダ飯はたいへん美味しゅうございまぁす!!』などとのたまう長門の姿が映っていた。
 これ以上はちょっと、機密保持的にも無理だろうなと有明警備府の長門は判断し、無線機をとった。

「司令部より各班。司令部より各班。目標を制圧せよ。繰り返す。手段は問わない、これ以上あのバカが口を開く前に始末しろ」
『狙撃A班了解。射殺する』



「狙撃A班了解。射殺する」

 多景島の茂みの中で、スポッター役として双眼鏡をのぞき込む長門が無線を切る。
 その隣で、マクラミン・ステンバイ社製のギリースーツで全身を覆い隠した狙撃担当の長門が、右足のカカトに尻を乗せた膝撃ち体勢――――ローニーリング姿勢で狙撃銃を保持したまま、かすかに上半身を動かして照準を微調整した。

「風速0。障害無し」
「そのニヤけたツラを吹ッ飛ばしてやる……! 逝け、忌まわしい記憶とともに!」

 狙撃担当の長門が、肩に担いだ大口径対物狙撃銃、バレットM82A2の引き金に掛けた指をゆっくりと引き絞っていく。
 撃鉄が落ちる直前、二人が耳につけているイヤホンから、ひどく耳障りな雑音が大音量で飛び込んできた。
 何事かと思って引き金から指を離す。音は、降伏勧告D班が持っていたマイクが拾った音だった。

「舞咎院の、屋根上に通じる窓枠だな。さっき奴が出て来た時に使っていた窓だ。内部協力者と思わしき人間2名が窓から屋根上に出て来た。相当ガタツキが酷いらしいな。地上にいるD班のマイクに拾われるくらいだなんて――――」

 双眼鏡で音源を確認したスポッター長門のぼやきに、狙撃担当の長門が疑問を発する。

「? なぁ、先程、奴が屋根の上に上って来た時にも窓を開けたよな? その時に、こんな音はしたか?」
「いや、していなかった筈だが……ちょっと待て、射撃中止だ」

 何かを察した狙撃担当の長門がスコープのレンズ越しに狙撃対象――――舞咎院の長門を入念に観察し始めた。違和感の正体はすぐに見つかった。
 近くの木から落ちて舞った一枚の葉っぱが、舞咎院の長門の体をすり抜けたのがはっきりと見えた。

「あれは……ホログラファーか。艦娘の艦内で立体映像を投射するための。取り外して持ち込んだのか」
「だとするとあれは囮か。我々に先手を取らせるのが目的とするならば……!」

 言い切るよりも先に、舞咎院の屋根瓦の隙間から、何かに反射した光が一瞬だけキラリと輝いた。スポッター長門が無線に叫ぶ。

「狙撃A班より全班、Aより全班! カウンタースナイパーだ、寺院内にスナイパーがいるぞ!」



『狙撃A班より全班、Aより全班! カウンタースナイパーだ、寺院内にスナイパーがいるぞ!』
「もっちー、気付かれた」
『一発も撃つ前に気づかれるとか、ちょっち甘く見過ぎてたかな?』

 舞咎院の屋根裏。狙撃A班の長門達が見つけた反射光の発生源。
 埃を掃除し、ふかふかのクッションと大量のスナック菓子とペットボトル入りジュースと携帯トイレ、手ブレ防止用のジアゼパム錠剤を持ち込み、最低限の居住性を確保したそこでは、片手に双眼鏡、もう片方の手で大型無線機のヘッドホンを片耳に押し当てて長門達のやり取りを盗聴している吹雪型駆逐娘の『初雪』と、銃身を半ばまで外に突き出し屋根瓦の重みで銃口を安定させたドラグノフ狙撃銃を伏せ撃ち姿勢で構えたまま、無線で初雪とやり取りする睦月型駆逐娘のもっちーこと『望月』がいた。

「てかもっちー、こっちの居場所割れたけど本当に大丈夫なん?」
『ん、大丈夫。こっちから撃たなければ。物騒なこと言ってるけど、あっちも物理制圧は最終手段だろうし。あたしらの目的はあくまでも労働日数の改善であって、徹底抗戦でも軍に弓引くことでもないし。これはあくまでも武力突入を防いで、有明警備府の長門さんをタイマン交渉の席に着かせるための示威行動――――』

 その時、初雪の盗聴装置が長門達の無線をまた傍受した。
 今度は、音割れ激しい連続した銃撃音が入っていた。

『地下搬入路の突入B班! 高度な抵抗に遭遇! 半開きの隔壁をトーチカにした重機関銃陣地とか聞いてないぞ!! それと敵は長門一人じゃない、阿賀野と加古と白雪もいる、どこの所属かは知らないが!!』
『っあんの、バ賀野とバ加古!! あいつら二人ともブリーフィングで何聞いてやがった、寝てたのか!? あと白雪は何なんだよ!?』

 その名前を聞いた途端、望月は激昂しつつも咄嗟に狙撃銃を手放して真横に転がって死地を脱した直後に正面の瓦屋根と梁を大口径銃弾がブチ抜いて大穴がいくつも開き、望月が寸前までいた場所も盛大に砕け、初雪は二人分の白旗を用意すると、壁抜き狙撃を警戒して匍匐前進しながら望月ににじり寄った。

「寝てたんじゃないかなぁ、あの二人だし。それと白雪は……何なんだろね。ジャガイモとヴルストの国との親善交換留学から帰ってきてからトリガーハッピーに磨きがかかってるし」
「白雪のアレ、トリガーハッピーというか、もうすでにウォーモンガー(戦争狂)な気がすんだけど。留学先のモンティナ・マックス戦闘大隊で何かされたんかな?」
「されちゃったんじゃないかなぁ。白雪、あっちの指揮官の少佐とものすごく意気投合してたくらいだし。はい、もっちーの分の白旗」
「ん、サンキュ。すぅ……待ってくれ、降参だ!」

 大声で叫び、穴から白旗だけを覗かせて振る。追撃が無かったことから、望月と初雪はゆっくりと舞咎院の屋根上に出て来てホールドアップした。

「私らは、指示されたとおりやっただけなんだ。徹底抗戦なんてするつもりもない」
「それに、一発も撃ってないし、そっちにも死人怪我人は誰も出てない」

「「ノーカウントだ、ノーカウント!!(CV:ここだけ楠見尚己)」」

「な、わかるだろ?」
「同じ艦娘でしょ?」

 そのしばらく後、地雷やブービートラップ、二人が偽降伏している可能性の類を警戒しながら壁をよじ登って来た長門らに二人は拘束され、屋根に空いた穴を通じて屋内に長門達が突入を開始。地下の阿賀野と加古と白雪もまた、陣地を放棄して後退。遅滞戦闘を開始した。
 そして突入からそうも経たない内に目標である長門は院の地下で補足され、包囲された。
 完全包囲された長門は己の危機にも関わらず言う。

「やぁ、諸君。こんな回りくどい手を取って皆を集めて済まなかったな。緊急で伝えたい事があったのだが、どこまでそうなっているのか全く分からなかったし、調べようもなかったんだ。確実を期したかったのだ。これだけ大勢いるんだから、最悪でもこの中の一人くらいはまだ大丈夫だろう。手短に言うぞ、軍上層部が危険だ。あそこに裏切り者が二」

 銃声が鳴り、ほぼ同時に頭どころか上半身が消し飛び、肘から先の両腕が地面にボトリと落ち、下半身が軽く吹き飛ばされて地面に倒れこみ、舞咎院の長門は永遠に沈黙した。
 大口径の機関砲弾の直撃。

「ッ! 誰が撃ったァ!?」

 射線に向かって振り返ると、場所を移動しつつ戦闘を継続している阿賀野と加古と白雪達と長門達の銃撃戦現場が見えた。その誰もがこちらには気づいていないようだった。

「有明の。あまり気にする必要はないと思うぞ。こんな奴だったんだ。どうせ、我々を疑心暗鬼に陥れるためのブラフだったんだろうさ」
「佐世保の」

 結局、尋問どころか死体の脳から情報を吸い上げることも不可能になり、先の言葉の続きを聞く機会は永遠に失われた。



「……疲れた」
『長門。聞こえる?』

 撤収作業中に、珍しく弱音を吐いていた(他の長門も大体そうだったが)有明警備府の長門の脳裏に接続要求のポップアップウィンドウが浮かぶ。要求元を確認すると有明警備府からだった。自我コマンドで許可を出す。

『叢雲か。どうした』
『休暇中に悪いけど、今すぐ北海道に飛んで貰えない? 艦娘によるテロよ。それも帝国兵器開発局、夕張支部の長門による』
『……また長門か』
『? 今日の同窓会で何かあったの?』

 辛うじてため息をこらえるも、無線の向こう側にいる有明警備府の叢雲には察せられたようだった。

『いや、大丈夫だ。今ちょっと後片付けの掃除中でな』
『そ。で、テロなんだけど、その帝国兵器開発局のお偉いさんがついさっき、直接、有明警備府(ウチ)まで足を運んで来たのよ。回線越しじゃ話せない依頼だって』
『どう考えても厄ネタだな』
『案の定厄ネタだったわ。でもその分いつもの追加予算や追加資材だけじゃなくて、それ以外の追加報酬も吹っ掛けてやったし、飲ませてやったわ。私ら有明警備府はアンタらのパシリじゃないのよって。あ、でもなんでかいつもよりあっさり受け入れてたのはちょっと気にかかるけど』

 無線の向こうで叢雲が不思議そうに呟いた。

『了解した。場所は?』
『北海道の夕張市、模擬演習用町。私もちょっとした下調べで現地に行くから、詳しい話はそっちで』



 北海道は夕張市の某所に、件の模擬演習用町は存在する。
 その名前から大体の想像ができるように、この町はその四方を背の高い対爆コンクリートと重合金製の一枚板と吸音・防音材を組み合わせた複合装甲で囲み、その内側に完全無人の市街地を再現した帝国軍渾身の演習場である。
 その凝り様は徹底的であり、シューパロ湖を水源とする、市から完全に独立している上下水道システムが各家庭に通っているのは当然として、専用の発電所やガス供給システムに、郊外のスーパーと同規模のPXや、そこに物資を供給するための生産工場に、小・中学校を模した建物まで設けているくらいである。やろうと思ったらここでも暮らせるし、それを想定した超長期間の演習も可能だ。だって畑と田んぼまであるんだぜ。
 名前に町なんてついているが、書類上では夕張市から有償で借り受けている何の変哲もない演習場とされており、この背ェ高ノッポの隔壁もまた、内外を区切るフェンスのようなものと軍は公式な声明を発表している。
 回りくどくなってしまったがつまり、他所の演習場と同じくこの隔壁の向こう側はもう、軍が掌握しているある種の治外法権的な特区であり、そこで何が起こっても市側が察知することはないということである。

「で、テロなんだけど。ハイジャックでもシージャクでもなくて……演習場ジャック? て言えばいいのかしら、この場合。とにかく、帝国兵器開発局所属の長門がそこを占領して、そこで新兵器を開発していた2つの研究チームのうち、自身の所属していた方を班長以外の全員を殺害。それから声明を発表したわ『指定した時刻までに帝国兵器開発局から今回の新兵器開発の件に対する公式な謝罪が各民放、ラジオ、インターネット、それら3つ全ての媒体に放送されなかった場合、核爆発を起こす』って。ちなみに班長は逃げおおせて無事よ」
「核爆発?」
「ハッタリじゃないの? って私も言ったんだけど、なんでも開発局で新兵器を2つ作ってて、その一つが上手い事、いえ、下手したらかしら? とにかく、理論上は起こせるらしいのよ。核爆発」
「むぅ……厄介な」
「まぁ、最初は交渉からかしらね。暴力沙汰は最終手段でも間に合うわ」
「では私が行こう。何、同じ長門型だ。きっと話は通じるはずだ……多分」



 そんな演習町の、黄昏時のとあるビルの一室。
 四方をコンクリ壁に囲まれただけの質素な、しかし外からは全く確認できない一室に件の長門はいた。何故かカレーを食いながら。

「むぐ……来たか」

 その部屋唯一の出入り口から入ってきた、有明警備府の長門はそれを見て、どのように説得交渉すべきかまとめた言葉や状況対処シュミレーションがすべて脳内から揮発してしまった。結果、その口からは何とも間抜けな一言だけが出て来た。

「……何故カレーを食っている」
「最後の晩餐くらい、好きなのを食べても問題ないだろう」
「いや、そうじゃなくて」

 そうじゃないのは自分の方だろう。そんな阿呆な事を言いに来たのではない。有明の長門は脳内で己を𠮟咤した。

「有明警備府が、あの『黒い鳥』尾谷鳥艦隊が出張って来たという事は、つまりそういう事なのだろう? 私の要求は黙殺され、私もここで始末されるというわけだ」

 尾谷鳥少佐はもう引退してるし、説得に来たんだ。
 有明の長門がそう言うよりも先に、夕張の長門はすべて察していると言わんばかりに静かに首を振った。

「陸奥に試作型の新兵器を取り付けた班長は笑っていたよ『これではまるで、光の国のドラ焼きならぬ、海の国のドラ焼きだな』と。陸奥も笑っていたが、その日の夜に首を吊った。ワイヤーロープはちぎれていたが、地下一階まで床天井をブチ抜いて首の骨を折ったんだ。苦しまなかった筈だと信じたい」

 そして有明の長門もまた、静かな口調からにじみ出る重圧から、説得は不可能であることを察した。

「……復讐か」
「そうだ。艦娘として、戦いの中で死ぬのならば、いかな不条理・不合理な作戦でもいつかは私は陸奥の死を受け入れただろう。だが、これは違う。全く違う」

 夕張の長門は空になったカレー皿を足元に置き、スプーンを握りしめた右腕を高く上げ、静かな音量で、だが決断的に宣言した。

「陸奥は、私よりも立派な戦士だった。あのような死に方でいいはずがない。それを分からせてやる」

 夕張の長門が自我コマンドを入力。

「ダミーハート、イグニション。戦艦長門改二、超展開」

 改二型戦艦娘のくせに、駆逐娘とそう変わらない量の閃光と轟音だけを発すると、長門は左の握りこぶしを顔の横に、右の握りこぶしを天に掲げた姿勢でぐんぐんと巨大化し、ビルを突き破り、夜の無人の街中にその姿を現した。

「正気か、夕張の!? 艦娘形態からの一足飛びでの超展開はトップシークレットより上のブラック・ファクト(存在しない事実)指定だろう!? まだ!!」
『長門、聞こえる?』

 一角が崩れ始めたビルから脱出し、超展開を終えて巨人となった夕張の長門を見上げる有明の長門に無線が入った。

「叢雲か」
『どうも説得は失敗したみたいね』
「ああ。どうやら最初から決意を固めていたようだ。ろくに話もできなかったよ」
『そう、それじゃ最終手段ね。そこのすぐ裏に、開発中だったもう一つの新兵器があるそうよ。なんでも、重要施設の近くでも戦艦級の艦娘を『超展開』できるようにする対爆チェンバーの試作品だって。そこでなら『超展開』出来るわよ』
「了解。あれか」

 有明の長門の視界のすぐ先、今しがた出て来たビルのすぐ裏に、開閉式の大型ドームスタジアムによく似た建築物があった。違うところと言ったらスタジアムには必須の大掛かりなエントランスは無く、ただ武骨で質素な、人ひとりが身をかがめてやっと入れるくらいに小さく丸くて分厚いハッチだけがあった。
 そのハッチを開け中に入った有明の長門は、普通のドームスタジアムならグラウンドがある全面に水が張られているのを見た。水は微妙に濁っており、底は窺えなかった。ハッチは自動で閉まり、ロックされた。

「この臭い……塩水。いや、海水か。浮力を稼ぐだけなら塩水でも良いのに、なんでわざわざ?」

 まぁいいかと心の中だけで呟くと、足元に浮いていた安物のゴムボートを使ってドームの中央まで行き、そこで長門型戦艦本来の姿形とサイズに『展開』した。ドーム内は瞬間的に、爆発によって生じた衝撃波と反射波、海水が蒸発したことによる高熱・高圧に満たされたが、長門にもドームにも異常は見受けられなかった。

【ふむ、このドーム、駆逐艦あと一隻くらいなら一緒に入れそうだな。ドームの背は少し不安だが……いけるか?】

 全長224.94メートル、総排水量【乙女の軍機】トンの戦艦に戻った長門が念のためにシステムをチェックし、何も問題がないことを確認すると自我コマンドを入力。動力炉の出力を上げ、無人の艦長席に有線接続されている銀色の円筒に向かってコマンドを流した。
 すると、これといった異常は無かったはずの戦艦『長門』の艦首が天に向かって傾いていき、その船底を大気に晒し始めた。天井の高さが足りなかったので艦尾のあたりが水没していたのは見なかった事にしてやろう。
 そして完全に艦体が垂直方向になると、長門は絶叫した。

【ダミーハート点火。戦艦長門改、超展開!!】

 ドーム内に太陽が発生する。
 先程の『展開』時とは比べ物にならない熱量と圧力で瞬間的にドームは膨張・爆発。耐熱の甘かった一部が蒸発し、大小様々な複数のパーツに分かれたそれらは上昇気流と爆圧に乗って盛大に四散した。いくつかは町の隔壁に突き刺さり、一番派手に吹き飛んだ屋根の一部分に至っては壁すらも越えて夕張市街まで飛んでいった。
 ドーム天井を吹き飛ばし、外気に露わになった極小サイズの太陽の熱が周辺大気を押しのけて、夜の無人の都市から闇を消し、巨大なキノコ雲を連続で噴き上げる。
 その極小太陽の中心部。
 太陽黒点にも似た黒く小さな球体が現れ、ゆっくりと肥大化していったのが見えた。ある程度の大きさにまで肥大化すると成長を止め、ゆっくりとその形を変えていった。間隔を開けて巻き起こる爆発音は、まるで心臓の鼓動の様だった。
 5分ほどかけて黒点だったものが、膝を抱えて丸くなった人のようにも見える形になると、最後にひと際大規模な爆発が発生した。
 そして、その爆発と閃光が収まると、艦娘としての長門が立っていた。
 ただの艦娘ではなかった。姿形こそ普通の艦娘とそう変わらないが、そのサイズが巨大だった。先に巨大化した夕張の長門と全くの同サイズだった。
 ドームの残骸の中の海水だまりに立つ有明の長門と、その少し手前に移動してきていた夕張の長門。二人の巨人が夜の無人の都市で対峙する。

 長門型の戦艦娘。

 妹の陸奥を含めてその開発目的はひたすらに単純明快で『深海側の決戦兵器、戦艦ル級およびその護衛艦隊を単独で撃破する事』である。
 1995年のシドニーにて初めて存在を確認され、当時の対艦娘キルレシオ1:1000という嘘か冗談のような数字を叩き出していた深海側の最終兵器、戦艦ル級。
 そんな化け物を相手に何か策はあるのかといえば、何も無かった。策を練るための時間もあまり無かった。そもそも、ル級一匹を撃破するのに必要な砲弾を一隻の艦娘に搭載するという事が出来なかった。試算だけでも非現実的な数字だったし、実際に消費された量も悪夢的な数字だった。ある程度の情報が集まり、ノウハウも確立しつつある現在ですら五十歩百歩だ。
 なので長門型艦娘は、超展開した艦娘の基本骨子に従い、よりシンプルな対抗策で行くしかなかった。
 超展開した艦娘の基本骨子。
 すなわち『グーで殴れ』
 これを徹底的に突き詰めたのである。主砲や機銃はル級の護衛艦隊や航空戦力などを遠距離で相手取り、ル級に接近するまでに仕留めるためのものでしかない。
 そんな長門型の長門が2人、拳の届く距離でにらみ合っていた。

『夕張の。投降しろ。まだ間に合う』
『断固として、お断りする』

 その一言を最後に、両者は同時に自我コマンドを連続入力。砲塔群や対空機銃などを設置してある艤装を腰部ジョイントからパージ。完全にステゴロになると同時にバックステップ。ある程度の距離を開けて構えた。
 有明の長門は足を開いて腰を落とし、両手十指は握らず伸ばしたまま腕を軽く曲げて構えた。対する夕張の長門は両手を腰に当てた仁王立ち。
 有明の長門の脳裏に、警告メッセージが浮かび上がる。

【メインシステムデバイス維持系より警告:左右脚部の運動デバイスに異常な過負荷が発生しています】
【メインシステムデバイス維持系より警告:左右脛骨ユニットに異常圧力。亀裂発生の恐れあり】
『む』

 海水浮力が消えたことによって全排水量が両脚に掛かっている事を示すシステムアラートを意図的に無視。無視できない異常負荷はビッグセブンとしての意地と誇りとド根性で我慢する。

『委細問題無し!』

 先手は有明の長門が取った。ダッシュで間合いを詰め、走る勢いそのままに右の拳を顔面に叩き込んだ。
 それを無防備に左の頬で受け止めた夕張の長門――――長門改二は、多少顔が歪んだだけで大したダメージにはなっていなかった。

『ふぁれふぁれ(我々)にゃがとの基本戦闘スタイルは、左で受けて――――』

 夕張の長門が拳を握り、上半身をひねる。
 振る。

『右で仕留める!』
『!!』

 有明の長門は両手を差し込みガードを間に合わせるも、それの上から左の頬を殴られ、たたらを踏んだ。
 そこに追撃のヤクザキックが有明の長門の腹に入る。蹴りそのものの速度と威力はあまりなかったが、有明の長門は押しのけられて完全にバランスを崩し、背後のビルを崩落させながら背中から倒れこんだ。
 崩れ落ちたビルの破片や瓦礫が長門の上やら周りやらに降り注ぎ、大量の粉塵がもうもうと舞って二人の視線を遮った。
 粉塵煙幕の中、倒れた姿勢のまま有明の長門は呟いた。

『……流石は改二型。単なる改型では正面から相手取るのは難しいな』

 自我コマンド連続入力。視界が遮られている内に姿勢を立ち上げ、圧縮ファイルを多数生成し、ついでに右手の中にビルの破片を握りこんだ。
 立ち上がる。
 煙幕越しに、右手の中で砂利交じりの微細な粉末と化したビルの破片だったものを、夕張の長門の顔面目掛けてアンダースロー投法で投げつけた。
 続いて自我コマンドを入力。通信接続を要求。

『聞こえるか、夕張の。これを見てくれ!』
『いきなrrrrr』

 回線が接続されると同時にそれを通して圧縮ファイルを夕張の長門の空き領域にありったけ流し込む。自動解凍属性を付与されたそれらは解凍前にメインシステム電子免疫系にて検閲されるも、戦闘行動中につき簡易のスキャンチェックのみが行われ、そこで脅威がないことを確認された後に自動解凍された。
 その結果、圧縮時は30メガバイトかそこいらだったはずのファイルからさらに圧縮ファイルが飛び出しそれらも自己解凍をはじめ、最終的に30ペタバイトほどの無意味なテキストデータや、断片化して意味消失している何らかのプログラムのコード片となった。
 ZIP爆弾。
 そう呼ばれる電子攻撃の一種である。
 有明の長門はこれをさらに無数に送り付け、夕張の長門から予備どころか、戦闘系のシステム運用に必要な大部分のシステム資源を完全に削り取った。

『こ 』

 夕張の長門の動きが目に見えて悪く遅くなる。当然である。巨大な人型という、およそ尋常ではない姿形とサイズの兵器こと超展開中の艦娘。それは運動補助用の機械小脳や戦闘補助用OSなどの補佐があって初めて(あのサイズの兵器にしては)機敏に動けるのだ。
 それでも現在の夕張の長門が動けているのは、艦娘としての長門の脳と意思だけで何とか艦娘システムを――――超展開しているこの巨体を――――動かしているからにすぎない。動けるだけでも称賛されて然るべきである。
 追撃として、まだ無事だった近くのビルの屋上から新発売のビールの看板を引っこ抜くと、その面の部分を夕張の長門の顔面にほどほどの力で叩きつけた。衝突した看板は、歪んだ看板の面が顔に張り付き、視界を完全に奪い去った。
 その状態で水月にボディブロー。左のリバーブロー。弁慶の泣き所に向かって全力トーキック。肋骨の内側をえぐり取る要領でアッパーカット気味のフックを何度も叩き込んだ。
 そして最後に、祈るように固く握りしめられた両手による全力のハンマーブローが後頭部に振り下ろされ、夕張の長門は地面を揺らしてその場に倒れ伏した。

『ほう』

 有明の長門は感心したように呟いた。

『こういう小細工交じりの闘り方は、以前何度か共闘したことのある井戸水技術中尉の得意分野なのだが、意外と使えるな』
『そうか。では私も試してみよう』

 システムを強制再起動して復旧した夕張の長門から、大量のファイルが送り返されてきた。
 不正接続警告が出るよりも早く強制ロックされた通信回線を通じて、先程送り届けた解凍済みデータ群のうち、意味消失していたプログラムのデータ断片群だけが選択送信されてくる。そしてそれら断片群こと、全てのデータを取り戻した分割・合体型ウィルスが本来の機能を発揮する。
 有明の長門のメインシステム電子免疫系は即座に白血球プログラムを起動し、ウィルスを駆除しにかかる。だが消される端からウィルスは増殖を続けしぶとく抵抗。重要なセンシングデバイスやメインシステム戦闘系がダウンするなどの致命的な悪影響はなかったものの、システム的には無視できない多大な負荷がかかっているらしく、有明の長門が一歩踏み出すよりも先に右のミドルキックを脇腹に叩き込まれ、拳を握って振り上げるようとして一瞬システムがフリーズ。全身各所に設置された機械小脳によるアシストが途切れた結果、有明の長門は致命的にバランスを崩し、中途半端に拳を振り上げた変な格好のままその場に転倒した。

『ああ。確かに。こういう闘り方も意外と有効だな。深海棲艦以外には』

 有明の長門が裏コマンドを入力。正規のコマンド群には登録されていない薬物信号をキックし、処理速度にブーストを掛けるも大した変化は無かった。
 その状態で手をついて立ち上がろうとするも、その動きはやはり緩慢だった。
 夕張の長門は、そんな有明の長門の頭を片手で掴み、その顔面をビルの壁面に叩きつけてめり込ませたまま疾走を開始。鉄筋コンクリートが大した抵抗もなく砕けていく。
 ビルを三棟ほど破壊したところで走る勢いそのままに片手だけで有明の長門を前方に放り投げ、別のビルに叩きつけた。ビルがクッキーか何かの様に砕け、その破片や瓦礫の中に有明の長門は軽く埋もれた。
 同じ長門でも、純粋な対深海棲艦兵器である無印や改型と違い、改二型では単純な強化改造の他、対人戦争を前提としている故に電情戦対策にも大きなリソースが割かれており、それが今の二人の差として表れていた。

『ああ、そういえば。実は私にも、陸奥と同じ新兵器が実験的に搭載されていてな。彼女ほど大型ではないが』

 夕張の長門が腰に増設されたポーチから、超展開した艦娘基準で小さな瓶を取り出し、親指だけで蓋をはじき開け、中身の白くさらさらした液体を飲み始めた。

『んぐんぐんぐんぐ……』

 夕張の長門が自我コマンドを入力。件の試作兵器の倫理ロックを解除しつつ準備送電を開始。
 試作兵器が搭載されている両手の、小指の先から手首付け根の外側にハーモニカの吹き出し口めいて整列し小さく区切られたスリットが無数に開いていく。スリットこと噴射口が解放された後、手首内に設置された試作兵器が強制冷却されはじめた事により、夕張の長門の手首もまた霜が降りるほどに冷やされ、手首内部の円形加速機のコイルが音もなく磁場を形成した。

 そして全身の筋肉を適当な緊張とリラックスさせる事により、試作兵器に設けられた複数の安全装置が最終の1つを残して全て解除された。

『ぷはぁ。説明を受けてもよく理解らなかったのだが、加粒子砲、というものらしい』
『!!』

 加粒子砲。
 あるいは荷電粒子砲。

 驚愕する有明の長門を目視照準しながら夕張の長門は五指を伸ばした右手を顔面の前に立て、同じく五指を伸ばした左手を水平にして右手首に当てる。それによって試作兵器に設けられた最後の安全装置が解除された。
 そして今しがた飲み干した白い液体――――調達も保存もそこそこ容易な金属化合物のコロイド溶液――――を体内に増設された専用臓器にてイオン化。それを霜の張った手首の加速器内に誘導し、その内側に埋め込まれた円形コイルにて電荷を帯びた粒子が際限なく加速していく。
 そして加速が十分速度に達したと判断したシステム戦闘系が夕張の長門にGOサインを告げる。
 それを確認し、音声入力限定になっている試製兵器の論理トリガをラン(実行)するために夕張の長門は絶叫した。

『カルシウム光線!』

 手首に開いたスリットから、うっすらと優しい蛍光緑色に輝き揺らめく、モヤともレースともつかぬ何かがほんの少しだけ吹き出した。
 地球の磁場や大気中に高速荷電粒子が衝突した際によく見られる現象、すなわちオーロラだ。完全に日が沈んだ無人の都市演習場町ではそれがよく見えた。
 兵器としては致命的な出力不足であった。

『……』
『……』

 次弾装填として夕張の長門が腰に増設されたポーチから、超展開した艦娘基準で小さな瓶を3本まとめて取り出し、片手で蓋を3つまとめて握り潰して開け、中身の白くさらさらした液体――――帝国兵器開発局が全国各地の酪農家さん達から適正価格の3倍強の値段で購入した新鮮な生乳――――をイッキした。
 そして今までと同じプロセスで最終発射体制までもっていくと、再び絶叫した。

『カルシウム光線!!』

 今度はきちんと、真っ白に光り輝く無数の高速荷電粒子線が直線的に発射された。たったの数メートルほど。
 超展開した長門達から見れば、親指の爪1~2枚分の幅ほどの距離しか飛んでいなかった。

『……』
『……』
『ふんッ!!!』

 ヤケクソになった夕張の長門が自身の頭に装着されていた鬼の角にも見える電探カチューシャ、それを手に取って力いっぱいに投擲。

『うおっ!?』

 高速回転しながら迫るそれを有明の長門は辛うじて白刃取り。
 一瞬だけカチューシャに気を取られた視線と意識を真正面に戻すと夕張の長門はすでに背を向けてビル街の中へと逃走していた。有明の長門が身を起こし、背中を追い始めるのとほぼ同時に角を曲がられ、ロスト。聴覚デバイスの感度を最大に引き上げるも、超展開中の艦娘の足音らしき波形も見られなかった。というか今までの戦闘の余波でまともなノイズフィルタリングの一つも出来そうになかった。
 有明の長門は軽く舌打ちすると探照灯を点灯し、先程まで自分が倒れていた瓦礫の山の中に片手を突っ込んで瓦礫やコンクリート粉末を握りしめ、周囲を警戒しながらその後を追い始めた。
 夕張の長門が消えた角を左に曲がり、視線を先にやると2ブロック先の左側にあるビル中腹に若干の欠けと凹みを確認できた。まるで巨大な何かがそこを掴んで制動を掛けたかのような痕跡だった。かすかに摩擦熱の湯気も立っていた。
 そこに意識と警戒を向けながら歩を進める有明の長門には、1ブロック目の交差点左側付近の送電線を切断して作られた即席の暗がりにて、腕を十字に組んだ姿勢で潜む夕張の長門が見えていなかった。
 有明の長門が1ブロック目の交差点を完全に過ぎる。がら空きの背後が露わになる。
 その瞬間、夕張の長門が両手首の粒子加速器を(ものすごい小声で)起動。加粒子砲が砲の役割を果たさないならばと言わんばかりに手首外側に短いビームを纏わせ、それを上と左からの変則クロスチョップとして振り抜き、

『――――まぁ、ウチ(有明)は対人任務が主だからな。そういうのには慣れてい、るよッ!』

 振り抜き切るよりも先に、有明の長門が振り向きざまに繰り出した側頭部狙いの後ろ回し蹴りを夕張の長門は無防備に受けた。並大抵の戦艦娘なら気絶するその威力を受けてよろめいたところに有明の長門はさらに追撃。手の中にあった瓦礫とコンクリート粉末で目潰しし、夕張の長門の左肩に向かって右のチョップを二度三度と振り下ろす。そして逆水平チョップを二発胸に叩き込み、さらにダブルチョップを両耳に振り下ろした。
 夕張の長門がよろめき、背後のビルにもたれかかった際に加粒子砲を起動したままだった手がそこに接触。接触した部分の鉄筋コンクリートを何の抵抗も無く蒸発させて歪な穴を開けたのを見て有明の長門は、見た目はアレだが絶対に捕まらないようにせねば、と敵兵器の脅威を正しく評価した。そしてトドメとばかりに目潰しとして抜き手を突き出した。

『そう何度も食らうか!』

 駄目押しの4本指による目潰しは首を振って辛うじて回避。突き出された有明の長門の手指は背後のビルを貫通し、中にあったオフィスのテーブルの上に置いてあったニュートンのゆりかごに軽く触れ、それがカッチカッチと動き出したところで引き戻された。夕張の長門が全身を使って有明の長門を押し出したからだ。
 全体重をかけたタックルを、有明の長門は上から押しつついなすことで自身もろとも地面に倒れこみ、夕張の長門が何かするよりも先に蹴り飛ばして脱出した。
 受け身を取りつつ急いで立ち上がった夕張の長門は再び腕を十字に組んで加粒子砲を起動させようとして、メインシステム戦闘系からストップをかけられた。今までの戦闘で加粒子砲の専用の冷却系が完全に故障。暴発の恐れありとして論理トリガにロックを掛けられた。

『……』

 夕張の長門は試作兵器の限界値を知ることも必要だと屁理屈をつけてメインシステムに上申し、倫理ロックを外した上で強行射撃の体制を取った。
 夕張の長門の両手首はすでに赤熱化し、それ以上は無謀ですらないと傍目にも見て取れた。

『夕張の』

 有明の長門が何か言うよりも先に加粒子砲を発射し、即座に暴発。
 単純な出力不足故に中性子線シャワーが発生する事は無かったが、それでもプラズマ爆発が発生し、夕張の長門を光と炎で包み込み、消した。

『陸奥、すまな』

 有明の長門には、確かにそう聞こえた。



 2人の長門の顛末を見届け、自分の調査に向かおうとした叢雲の仕事用のスマホに着信が入った。接続先は有明警備府の第三艦隊。自分の所属先だ。スマホを操作し、電話に出る。

「蒼龍? どうしたのよ、留守番中の有明警備府で何かあっ」
『ドーモ叢雲=サン! 蒼龍再び改善デス。いいからテレビ、なければどっかの動画サイト見て下さい!! 流出してます!!』

 何が、というよりも先に叢雲の指が動いていた。通話を維持したままネットブラウザを開き、普段よく見る動画サイトに接続。

「……何よ、これ」

 新着動画一覧には【夜の夕張演習場にてキノコ雲! 演習場内部の真実に迫る!】だのといった類のタイトルの動画がいくつもアップロードされており、その中の一つを開いてみてみれば、たった今、自分が目撃していた戦闘がそっくりそのまま映っていた。
 別の動画もまた、違う視点のカメラからだったが、やはり同じものだった。どうやら演習場町各所に設置されている定点カメラからの映像を、いくつかまとめて一つの動画としていたり、それぞれ別の動画としてアップロードしているようだった。

「……何よ、これ」

 叢雲の脳裏に、いくつかの光景がフラッシュバックしていた。
 第3艦隊の執務室、入室するひよ子とプロト19、広げられる写真、深海棲艦に流出した最新兵器、裏切り者の可能性。
 ここのように機密度の高い演習場のカメラ映像など、下っ端軍人風情が持ち出せるようなものではない。

「まさか、こんなところまで……」
『実際どうしましょう!? 叢雲=サン、叢雲=サン!』

 最悪の事態を想像してしまった叢雲の耳には、蒼龍の悲鳴も届いていなかった。



 次回予告

 はわわわ、液晶の向こうの司令官さん達はじめまして。タウイタウイ泊地の電なのです。
 私の所属するタウイタウイ泊地は少し前に、行方不明になっていた元の司令官が帰って来たのです。不思議な力を持った女の子と一緒に。
 ずっと元気がなかった最古参の睦月ちゃんも、睦月型のみんなも元気になってよかったのですが……ですが、少しは仕事しやがれなのです。
 だから久しぶりの非番だったのに私が、迷子になった男の子をお父さんの元に連れて行ってあげる事になってしまったのです。

 次回、とびだせ! ぼくの、わたしの、ブイン基地!!
 第10話『進め、電と少年』

 を、お楽しみくださいなのです。
(※翻訳鎮守府注釈:なお次話タイトル、次話投稿予定日、および投稿内容は何の予告も無く変更となる可能性があります。あらかじめご了承ください)



 ……え、何ですかタウイの吹雪さん。え、また矢が壁を? 鎮守府交流演習大会も近いのにまた……
 あいつら、そろそろシバくのです。



 本日のNG(ボツになった)シーン。


『カルシウム光線!!』

 今度はきちんと、真っ白に光り輝く無数の高速荷電粒子線が直線的に発射された。たったの数メートルほど。
 超展開した長門達から見れば、小指の爪の幅ほどの距離しか飛んでいなかった。

『……』
『……』
『ビックセブンスラッガー!!』

 ヤケクソになった夕張の長門が自我コマンドを入力。金属バネと圧縮空気の力で、ワイヤー接続された手首を発射する。もちろん、試製荷電粒子砲(?)は起動したままで。

『うお!?』

(荷電粒子砲につなぐ電源ケーブルの長さが致命的に足りなくなるだろ、という事でボツになりました)




『カルシウム光線!!』

 今度はきちんと、真っ白に光り輝く無数の高速荷電粒子線が直線的に発射された。たったの数メートルほど。
 超展開した長門達から見れば、小指の爪の幅ほどの距離しか飛んでいなかった。

『……』
『……』
『ビックセブンスラッガー!!』

 ヤケクソになった夕張の長門が自我コマンドを入力。電磁石の反発力を利用して手首そのものを発射する。もちろん、試製荷電粒子砲(?)は起動したままで。

『うお!?』

(林崎要の乗るクリムゾン・エッジ(ランブルフィッシュ)の奥の手の丸パクリじゃねーか、という事でボツになりました)


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