鴉が月夜の夜に羽を羽ばたかせて空を飛んでいる。
　冬木市郊外にある半壊した建物。そこに青い髪に特徴的な二本の触手、首には赤いマフラーを巻かれており、上半身は１月と言う寒い季節ににも関わらず何も着ていない。
　その少年の名前は、ラハール。
　人間界とは異なる世界、魔界を統べる王……つまりは魔王である。
　ラハールの前には男が一人倒れていた。
　彼は、この地で開かれる聖杯戦争を目的にやってきた魔術師だ。今宵、サーヴァントを召喚するため、この場所に訪れた所を、ラハールに強襲を受けた。勿論、魔術師は応戦したが、相手は魔王である。生半可な魔術師はダメージを与えることすら出来ない。
　魔術師が詠唱を唱えようとしたが、先にラハールが持つ魔剣良綱が魔術師を断った。

「おいルキノ。さっさと令呪を、この魔術師から盗みオレ様に渡せ」
「はいはーい。代金は頂いてますから、ちゃんとお仕事はしまーす」

　物陰から現れたルキノと呼ばれた少女はは、魔界最大の組合組織の盗賊ギルドに属している者だ。シマシマのオーバーニーソに、ショートパンツ、猫のような大きな瞳が特徴的な少女である。
　魔界の盗賊は、金品だけではなく、個人の感情や能力などを盗む高度な技術も開発されており、その進歩は目覚ましい。
　ルキノは魔術師の死体に近寄り、手の甲にある令呪に触れる。２、３秒すると立ち上がり、ルキノはラハールの元まで行き、令呪を手渡した。

「……ッ」

　ラハールの手の甲に、魔術師の手の甲にあった令呪があった。

「ニャハ。これで依頼終了だね。また何かあったら、盗賊ギルドをよっろしくっね～♪」

　ルキノはそう言うと光に包まれ、この場から姿を消した。どうやら時空間転送用のアイテムを使用したようである。
　ラハールは無言で半壊した建物の中へと入った。地面にはサーヴァントを召喚するための魔法陣が描かれている。
　魔剣良綱で手の一部を切り、魔法陣の上に垂らすと、反応してか魔法陣が赤く輝き出す。
　両目を閉じ、詠唱を唱え始めるラハール。
　本来ならば人間が行う聖杯戦争なぞ魔王であるラハールにとって全く興味がないものであった。だが、今はどうしても願いを叶える願望器たる聖杯が必要であった。
　そう、自分の部下であった悪魔・エトナを蘇らすために。どうしても。
　魔界で起こった異変の際に、エトナ自身の器に納まらないほどの禍々しく強大な魔力を受け入れたエトナは消滅した。
　その消滅したエトナを蘇らすために、ラハールは聖杯戦争へ参加する事を決めたのである。
　魔法陣から発せられる光が最も強く輝き、そして弾けるような強い発光が起きた。

「謂われなくとも即参上。軒轅陵墓から、良妻狐のデリバリーにやってきました！」
「……チェンジだ」
「――え？」

　召喚されたサーヴァントは、ラハールの言葉に戸惑った声を上げる。

「あ、もしかして、性能ですか！ 確かにビーキーなんで、ご主人様的には不満かもしれませんけど……」
「別に性能など気にしていない！ 元々、サーヴァントとは、このオレ様が戦うつもりだったのだからな！！」
「あのー、それじゃなんで、チェンジなんですか？」
「……」

　ラハールはサーヴァントの胸を睨みつけ言った。

「…………オレ様は、貴様のようなムチムチした身体のヤツが苦手なのだッッ！」

　その堂々とした言いっぷりに、サーヴァントは困惑を示し、少し考えた末に、ラハールを抱き締める。

「グアァァアアアア。いきなり、な、何をするっ！！」
「ご主人様。照れなくてもいいんですよ？」
「照れてなぞいないっ！ いいから早く、このムチムチした物を離せっ！」






「クッ。これほど疲弊したのは、超魔王バールと戦った時以来だぞ」

　サーヴァントに抱きつかれたラハールは、３つある令呪の内、１つを使用して抱きつくのを止めさせた。今までの聖杯戦争で、抱きつくのを止めさせると言う下らないことに令呪を使用したのは今回が初めてのことだろう。数日後に、生意気なサーヴァントに令呪でいうことを聞くように命令を下す魔術師もいるが、それは別の話である。

「……確かクラスはキャスターだったな。これから宿を奪いに征くぞ」
「宿ですか？」
「そうだ。魔王たるオレ様が、こんな朽ち果てた小屋に住めるはずがないだろ」
「でも、ご主人様が気にいるような建物が、都合よくありますか？」
「ふん。魔術師が召喚をするまで一通りこの街を回った時に、郊外にある森の中に城を見つけたのだ。魔王城に比べれば大きさは半分以下だが、住む分には問題はないだろう」
「キッチンもあれば嬉しいです。ご主人様に愛情料理を食べてもらいたいです」
「……グッ。愛情はいらんが、料理は期待しているぞ」
「はい♪」



　こうしてラハールとキャスターによる聖杯戦争は、ドタバタとしながらも始まったのであった。







○マスター情報
Name：ラハール
CLASS：魔王
好きなもの：オレ様
嫌いなもの：愛、優しさ、ムチムチした女
天敵：キャスター、フロン


○サーヴァント情報
CLASS：キャスター
真名：玉藻の前
好きなもの：幸せ四畳半
嫌いなもの：他の自分
天敵：暗黒イケモノ、セイメイ





＊＊＊＊第五次聖杯戦争-最終報告書＊＊＊＊
　冬木市で行われた第五次聖杯戦争。
　突如として現れた、強大な魔力を持つ少年により、ほとんどのサーヴァントは太刀打ちできずに敗退。
　その実力は、もしかしたら二十七祖の上位クラスの者に匹敵するかもしれません。
　少年は順調に勝ち進み、聖杯へと近づきましたけど、聖杯はなぜか汚染されていてようです。
　汚染されていた事により、願いが叶わないと分かった少年は、信じられないことに聖杯がある柳洞寺……つまり円蔵山に大型の隕石を落とすことにしたようです。
　少年が契約をしたサーヴァント以外は、全て敗退しているため、これを防ぐ術はなく、聖杯は元より円蔵山は吹き飛び、冬木市も隕石の衝撃波や破片により、多大な被害を受けることに……。
　隕石を落とした後、少年の姿はなく、どこに行ったのかわかりません。
　ただ、もし少年が現れた際は気をつけるように。
　その気になれば、この星を破壊することも、少年にとっては容易い事かもしれないためです。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　遠坂 凛(Rin Tosaka)

　深夜２時過ぎ。
　夜空には星々が浮かび、月が爛々と輝いている。
　そんな中、ラハールとキャスターは冬木市郊外にある森の中を歩いていた。
　ただ歩いているわけではなく、目的はこの先にある城だ。魔王であるラハールの、その辺りの民家よりも、大きな城を根城にしたいと言った理由からであった。
　向かっている城の所有者は、この地に聖杯を造り出した御三家の一角であるアインツベルン。その根城としている城と森には、魔術的なトラップが仕掛けられているのだが、キャスターがトラップに引っかかる前に解除をしていた。

「ところでご主人様。一体、何の願いごとがあって聖杯を求めてるのです？」
「なんだいきなり」
「いえいえ、ご主人様の力があれば、並大抵のことは叶うんじゃないかなー、と思いまして」
「……」

　ラハールはまだ有名ではないが、数の星ほどある魔界、その魔界に君臨する魔王の中でも、トップ５に入る実力を持っている。
　歩いている足を止め、キャスターの問に答えた。

「オレ様はただ……家来を一人、蘇らせたいだけだ。そのためなら、なんでもするつもりだ」

　目を閉じれば、あの時の様子を鮮明に思い出す。
　ゼノリスの胸に埋め込まれていた『絶命の秘宝』。それをエトナがエルダースピアで破壊した事によって、封印されていた本来の禍々しく強大な魔力が一気にエトナへと還された。
　強大過ぎる魔力は身を滅ぼす。
　その言葉通り、エトナは封印されていた魔力を制御することは不可能であった。

『殿下……ッ。デン……カ……！ ダメ……！ モウ…………！！！』

　その直後にエトナは魔力の爆発により消滅した。
　魔王となっても、かつて母親が身を犠牲にしてラハールを助けた時の無力さと歯がゆさが、ラハールを襲った。
　失意のラハールの元に、数多ある多次元宇宙の中には死者を喚び戻す方法があると知ったラハールは、エトナを復活させるために、自分が治めている魔界を妹であるシシリーに任せて旅だった。
　その中で、かつて倒したはずの超魔王バールと再戦、宇宙最強の魔王ゼタや破壊神ギグとの死闘、別魔界の地獄でプリニー教育係をしているかつて暴君と呼ばれた吸血鬼・ヴァルバトーゼとの激戦を繰り広げたが、それは別のお話。
　そのヴァルバトーゼがいる地獄において黒い達観したプリニーから聖杯戦争の事を聞き出して今に至る。

「そんなに大切な人ってことは……恋人だったりします！？」
「違う！ アイツはただの部下だ！！ そう、例え、どんなになろうとも、だ。……そう言うお前は、聖杯に何を願うつもりだ」
「私ですか？ 私は人に仕える事が願いです」
「人間にか。ふん、妖魔の割には珍しい考えだが……。運が悪かったな。オレ様は人間ではなく魔王だ」
「うーん、そうなんですよ。どうしてか、私が呼ばれちゃったんですよね～。……やっぱりご主人様が半魔半人だからでしょうか。でも、ずぅぅとお仕え出来るみたいなので、無問題です☆」
「ふん……。ならば、キャスター。１つだけ言っておく」
「はい。なんなりと」
「――例えオレ様が死にそうになっても、自分を犠牲にするようなことはするな。絶対にだ」

　真剣な表情でラハールは、キャスターの顔を見ながら言い、そして直ぐに顔を真正面に向けて犬歯を覗かせ不敵に笑いながら言う。

「ま、オレ様はそう簡単には死なんがな。む。そろそろ目的地が見えてきたか」

　キャスターはラハールの言葉に特に返事はせず、ラハールもそれ以上は言わずに前へと進んだ。
　森の中に整備された空間があり、中央に白い城が建てられていた。
　警戒をしながらも、ラハールとキャスターは城へ正面から近づく。根城としようと思っているため、出来るだけ壊さないように戦わないければならない。もし壊れた場合、今はエトナの所にいたプリニーもいないため、城の修復をするヤツがいないためだ。
　ラハールとキャスターは、隠れること無く正面からアインツベルン城へ足を進める。
　途中、ラハールは足を止め、隣にいるキャスターを左手で押す。すると、ラハールの背後に突如としてバーサーカーが現れ、手に持つ斧剣でラハールを思いっきり斬り伏せた。地面は凹み、土埃が辺りを舞う。

「ご主人様！」
「――■■■■」

　アインツベルンの正面扉が音を立てながら開く。
　そこには銀色の髪を靡かせているイリヤスフィール・フォン・アインツベルンと、白いメイド服にハルバードを持ったリーゼリットがいる。

「正面から来るなんてどれほどのかと思ったけど、バーサーカーの一撃を躱すことも出来ずに倒れるなんて大したこと――」
「――勘違いするな。躱さなかったのではない。躱す必要性がなかったのだ」
「……ッ！」

　イリヤが驚くと同時に、凹んだ場所から間欠泉のように魔力が吹き出す。バーサーカーの持つ斧剣は魔力により弾き飛ばされ、衝撃でバーサーカーは２、３歩後ろへ下がる。
　ラハールは凹んだ所からユックリと浮かび上がり、赤い目でバーサーカーを睨む。

「ふん。どれほどのモノかと思ってワザと受けてみたが……。図体だけで立派で、威力は超魔王バールの一撃からすると、砂粒程度の威力だな」

　両腕を上げると、放出されている魔力が一気に圧縮され爆ぜると、辺り一面に魔力の塊が幾つも現れる。
　それをバーサーカーに向けて放つ。スピードが速く、バーサーカーは回避する間も無く、魔王玉の全てが直撃した。爆音が鳴り響き、バーサーカーの肉体は脆くも吹き飛ぶ。

「ハァーッハッハッハッハッ！！ これが魔王ラハール様の力だ！」

　立ち上る煙を前にラハールは高笑いをする。そして次はイリヤの方を向こうとしたが、翻るの止め、バーサーカーがいた所を睨む。そこに肉体を瞬時に蘇生したバーサーカーの姿があった。
　これはバーサーカーが持つ宝具「十二の試練(ゴッドハンド)」の効果である。
　神の祝福でもあり呪いでも不死性を表す宝具だ。効果は３つあり、一つは己の肉体を屈強な鎧に変え物理・魔術問わずにランクＢ以下の攻撃は無効化。二つ目は死亡した際は十一回蘇生される効果。三つ目は一度受けた攻撃は二度目は無効化。
　つまりバーサーカーを完全に斃すには十二回、別々の高威力の攻撃をしなければならない。ただ例外的に、高威力の時は一撃で数個の命を削る事が出来る。
　先ほどの魔王玉でバーサーカーの命は、五つ削ることができた。
　それを感じたイリヤは、バーサーカーに命じる。

「バーサーカー！ 狂いなさいッ！！」
「――■■■■■■■■■ッッ！！！！」

　そうイリヤが命じると、バーサーカーは空気が震えているかと錯覚するほどの咆哮を上げた。
　ラハールは鼻を鳴らし赤いマフラーを丸め腕を突っ込み、魔剣良綱を取り出す。これはアイテム海で、最高レベルまで潜った逸品だ。ラハールの魔力に呼応するかのように、刻まれた文字が発光する。
　次の瞬間。
　ラハールの魔剣良綱と、バーサーカーの斧剣が、激しく幾度と無くぶつかり合う。嵐のように激しく起きる魔力の渦。
　傍目には五分五分に見えるが、魔王の魔力の前に、体格で大きなリーチがあるバーサーカーは圧されていく。
　何十合。瞬時にぶつかり合う。ラハールは魔力を込めた一撃を振り下ろすと、衝撃でバーサーカーは後ろにある木を薙ぎ倒すほど吹き飛ばされた。

「魔界にある剣技の一つを見せてやる！！」

　そう言いラハールは魔剣良綱を上空へ投げる。投げられた魔剣良綱は消えると、地面に墓標のように突き刺さっている魔剣良綱が十数本が現れた。
　――無限剣の墓標――
　ラハールは地面に突き刺さっている魔剣良綱を抜くと、目にも止まらないスピードでバーサーカーの急所へと突き刺した。また同じように地面から抜き、バーサーカーへと突き刺す。それを何度か繰り返した。
　バーサーカの肉体には、何本もの魔剣良綱が痛々しく突き刺さっている。

「■■■■■■■■■ッッッ！！」
「フンッ！ これで終いだ！」

　ラハールは両腕を上げると、魔力を凝縮させ弾け飛ばした。周りには赤い魔力の塊が現れる。

「ふ、ふん。バーサーカーにはね、同じ攻撃は効かないんだからっ！」
「ならば、こうするまでだ！」

　イリヤの言葉に、ラハールは周りにある十数個の魔王玉を一つの塊へと変える。
　大きな球体となった魔王玉は、圧倒的な魔力の塊であった。まともに喰らえば並の相手ならば消滅するほどの威力を秘めている。
　ラハールは大玉魔王玉をバーサーカーに向けて投げた。
　それを喰らえばバーサーカーは消滅する。そう感じ取ったイリヤは、当たる直前に令呪を使用し、バーサーカーを自分の前へと呼び寄せた。
　大玉魔王玉は標的を無くしたまま地面へ激突。爆音と猛烈な衝撃と土埃が辺りを舞った。

「チィ。避けたか……」

　口惜しそうにラハールは呟き、転移したバーサーカーを睨んだ。
　無限剣の墓標を解除すると、バーサーカーに突き刺さっていた剣と、地面に刺さっていた剣は消え、ラハールの手に魔剣良綱が現れる。

「ならば、今度は逃げられぬように超魔王十字斬で……」

　ラハールがそう呟いた瞬間。
　バーサーカーは、一刀の元に斬り伏せられた。バーサーカーは最後にイリヤを見つめたまま、光の粒子となり消え去る。

「バー……サー……カー？」
「イリヤ！」

　バーサーカーが消滅したショックからかイリヤスフィールは倒れそうになる。リーゼリットは、手に持つハルバードを置いて、倒れるイリヤを支える。
　ラハールはバーサーカーを一刀の元に斬り伏せた男を睨んだ。
　真紅の髪と尻尾。黒いコートを着ており、手にはラハールの魔剣良綱とは対照的な細みの赤い長剣・ジュワユーズを持つ。
　その姿に見覚えがあったラハールは、その人物の名を叫んだ。

「貴様は……ゼノリス！！」
「……」

　だが、対照的にゼノリスは無言。そのままラハールを一目見ると姿を消す。
　その場に一迅の風が吹き抜け、ラハールは消えたゼノリスの居た場所を複雑な感情で見つめるのだった






　冬木市郊外にある森の出入り口付近。
　ゼノリスは森から出てきた所で立ち止まる

――ゼノリス。何を考えているのかしら？ ちゃんと約束を守ってもらわないと困るんだけど？――
「……」

　姿は無く、声だけが辺りに響く。

――キチンと魔王ラハールの首を、このワタクシに差し出してもらわないと、貴方の妹を蘇生させる契約は無かったとことにするわよ――
「……分かっている。魔王の首は俺が取る」
――フフフ。期待しているわ――

　声が消えると、さきほどまであった気配は消え去る。
　ゼノリスはそのまま歩き始める。
　先ほどの声の主は、とある異世界からやって来て魔王の座を虎視眈々と狙っている死霊魔術師・モリアーティである。ただし彼女の手元には強力な死霊はおらず、とてもではないが魔王ラハールを斃すのは限りなく不可能に近い。
　そこでエトナと同じく混沌と煉獄を司る悪魔であるゼノリスに取引を持ちかけたのだ。

『貴方の妹を反魂(よみ)がえらせてあげる。ただし、魔王の首と交換で、ね』

　エトナを消失したことで、生きる屍のような状態であったゼノリスは、その契約を受け入れた。そして契約をするため、魔王ラハールを追って冬木市までやって来たのであった。

（……エトナ）

　妹を思いながら、ゼノリスは柳洞寺がある円蔵山の方向へと足を進めていき闇へと姿を消した。