銃をクロヴィスに向けるルルーシュ。銃身にぶれはない。彼が引き金を引けば、後には死体が一つ残るだろう。
「嬉しいよルルーシュ。日本占領の時に死んだと聞いてたから。いやあ、よかった、生きていて…。
どうだい、私と本国に…」
取り繕うようにそう、言葉にする。しかし、ルルーシュの視線は鋭くクロヴィスを睨み続ける。
「また外交の道具とする気か。お前は、何故俺達が道具になったか忘れたようだな」
「ぐッ」
クロヴィスとルルーシュはある意味では似ている。
どちらも、演じることで何かを欺くことに長けている。クロヴィスは第三位という皇位で生きる為に、
社交術としてそれを身に付けた。ルルーシュはブリタニアへの恨みをひた隠しにして来た。
しかし、そんな彼らの弱点は台本がない時、
つまりアドリブを求められる時のように突発的な事柄の対処の不得意にある。
クロヴィスは、その弱点ゆえにこの時ルルーシュに完全にのまれていた。
「そう、母さんが殺されたからだ。母の身分は騎士公だったが、出は庶民だ。
他の皇女たちにとっては、さぞや目障りな存在だったんだろうな。
しかし、だからといってテロリストの仕業に見せかけてまで…。母さんを殺したな…!」
「私じゃない、私じゃないぞ!」
ルルーシュは目を細める。そうだ、この状況で自分の罪を認めるものはどこかおかしい。
誰だって否定するだろう、しかし…。
「なら知っていることを話せ。俺の前では、誰も嘘はつけない。誰だ、殺したのは?」
「第二皇子シュナイゼルと第二皇女コーネリア。彼らが知っている」
力を使わなくても聞き出すことは可能だっただろう。しかし、信憑性とクロヴィスの関与の可能性を
考えれば、ルルーシュにとっては妹の安全の次に求める重要な情報であり、けして無駄ではない。
「あいつらが首謀者か?」
答えないクロヴィス。
そこまでは知らないか…。
クロヴィスの瞳に輝きが戻る。さきほどまでの無表情と異なり、脅えが見える。
「本当に私じゃない!やってない、やらせてもいない!」
「わかったよ、しかし…。お前は自らの保身のために、罪もない人々を虐殺した」
クロヴィスは一度身を震わせた。そうさせたのはルルーシュの淡々と事実を告げる口調がかえって
それが現実だと思い知らせ、はじめて罪を感じたからだ。
自分は、この異国の地で命を落とした弟と妹のはなむけに、イレブンを排除してきたはずだった。
それを、真っ向から否定されたのだ。
「だが、ルルーシュ…。知らなかったんだ…。私は、この地でお前たちが日本人に殺されたと、
そう思って、ここを彼らのいない土地にしようと…」
ルルーシュは戦前何度も日本人に虐げられた。だが、ブリタニア人にも命を狙われた。
でも、どちらにも話しの通じる相手はいたのだ。誰もかれもを憎んで、それが正しいはずがない。
「待て、ルルーシュ!私を、殺すつもりなのか。待ってくれ、何でもする。私は、わたしは」
綺麗事で、世界は変えられない…。しかし、クロヴィスを殺しても死者は生き返らない。スザクは、もう…。
「無様だな、クロヴィス。貴様は。何の罪もない人間を虐殺する命令を出しながら、一人だけ命請いか。
…いいだろう、お前を裁くのは俺じゃない。貴様に地獄という名の世界を見せてやる」
指揮系統が崩壊といっていいほどでたらめな状態になっていた。
そのため、ジェレミアの通信が繋がったのはあの命令から1時間も後だった。
「どういうことだ、イレブンを逃がせとは!?回収すべきガスもまだ残っているのだろう!」
ジェレミアはサザーランドの中で声を荒げ、怒りをあらわにしていた。
「しかし、クロヴィス殿下の指示ですから…」
皇族。それは彼にとって特別な存在だった。彼は愛国心よりもむしろ純粋に忠義に生きる人間であり、
かつて敬愛、いや崇拝していたといってもいいほどの人間を失った時、その血を守ろうと決めたのだ。
クロヴィスが皇族である、その言葉だけで彼は冷静さを取り戻す。
「バトレー将軍は。参謀府の意見を聞きたい」
「将軍たちは席を外されたようで」
そして、その言葉で冷静さを失った。
「では、司令室には、殿下一人だと!?」
「ジェレミア管理官!クロヴィス殿下が、どこにもおりません!」
「何!?どういうことだ!」
「それが、司令室には殿下のものと思われる大量の血痕が…」
その三十分ほど前。
ルルーシュはクロヴィスの左腕に包帯を巻いた。
ベースに忍び込むために着用した軍服に備え付けられていたナイフでクロヴィスの腕を切りつけたのだ。
司令室に血を残し、脱出の際に第一発見者となる兵を決め、力を使い、その血が数十倍の量に見えるようにした。さらにもう一人兵を見つけ、血を見つけた兵が錯乱してその血を拭き取っていると勘違いし、現場保持のため第一発見兵を昏倒させるよう命を下した。
二人の兵が状況証拠としてクロヴィスが生きていないことを示す。
しかし遺体は見つからない。ルルーシュにとってはただ混乱を生じさせ、その後の活動を楽にするため
のものだったが、運命の歯が再び動きだしたことを示すように、このことがやがて事件を生む。
G1ベースから出た軍服のクロヴィスとルルーシュ。戦場の端まで歩き、
二人は交通規制を取り仕切るメディアの脇に止まっていた黒塗りの車の窓を叩いた。
「クロヴィス殿下の勅命です。テロリストから身を守るために、このような変装を。ある場所まで運んでもらいたい」
ルルーシュはそういってヘルメットを取り、運転手にクロヴィスの顔を見せた。
クロヴィスの軍服に装備はない。さらに、おかしなことをすればその場で射殺すると言ってある。
「い、イエス、ユアハイネス!」
戦場から離れれば軍服は目立ちすぎるため、二人は車の中で学生服とベースにおいてあった緊急招集された文官のスーツに着替えた。
三十分ほど車に揺られ、租界の外縁から1キロの建物に着く。
地上15階建てほどのマンションだ。立地上、一般人が住むというよりも、金持ちが週末だけくるような
防音のなされた隠れ家的存在といった感じの建物。
「よし、ここでいい。止めてくれ、私たちと会ってからのことは忘れろ」
「はい、分かりました」
エレベーターではなく、普段人と行き違わない階段で9階まで上がる。
階段から真逆の角部屋の前で止まり、鍵を開ける。
「この部屋だ」
「分かった、だから銃を下してくれ!ルルーシュ!」
「騒ぐな! …命が惜しければな」
ルルーシュは中の様子が見えないように防犯システムを作動させる。
窓の透過率が変わり、外と中が分断される。
「さて、尋問の時間だ。お前には聞きたいことが山ほどある。贖罪はその後だ」
自分に力を与えた少女。それを皇族という地位にいながら武力に頼ってまで求めたクロヴィス。
虐殺の裏にある真実を知らなければならない。彼女について少しでも多くを。
「何でも答える、だから!」
「毒ガスの代わりに入っていた少女についてだ」
「!そ、それは…」
「話せ、あの少女について」
「わ、わたしも全て知っているわけじゃない、他の事ならなんだって答えるから!」
―――どういうことだ、何故効かない? …、まさか。
「舌を噛み切って死ね」
「ゆ、許してくれ、命だけは、どうか…」
―――やはり、力が効かない!?
だが、命と引き換えならば情報くらいは引き出せるだろうと、ルルーシュは考えた。
「いいから話せ!でなければ撃つぞ!」
「や、やめ、う、うああああああああああああああ」
クロヴィスは突然目を見開いたかと思うと瞳が輝きを失い、やがて白目になり突如気絶した。
そして、クロヴィスは目を覚ますと、例の少女について一切の記憶を失っていた。