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[3892] コードギアス 新約・反逆のルルーシュ
Name: 鬼八◆c53b7f0c ID:b89231d8
Date: 2010/02/06 22:41
コーネリアのある一言とルルーシュへの態度の違いで
原作と少し性格が変わったら、の再構成。

基本的に原作沿いです。少しずつずれていく感じが出せたらなと思います。

あと、性格の変化でちょっと強くなってます。
肉体、精神共に。
でも俺TUEEEEほどではありません。


R2開始。ちょっとギアスとコードの解釈についてオリジナルっぽい所が
あります。


更新再開。マイペースにやっていきます。



[3892] ずれる 世界
Name: 鬼八◆c53b7f0c ID:b89231d8
Date: 2008/08/20 12:17
銃をクロヴィスに向けるルルーシュ。銃身にぶれはない。彼が引き金を引けば、後には死体が一つ残るだろう。

「嬉しいよルルーシュ。日本占領の時に死んだと聞いてたから。いやあ、よかった、生きていて…。
どうだい、私と本国に…」

取り繕うようにそう、言葉にする。しかし、ルルーシュの視線は鋭くクロヴィスを睨み続ける。

「また外交の道具とする気か。お前は、何故俺達が道具になったか忘れたようだな」
「ぐッ」

クロヴィスとルルーシュはある意味では似ている。
どちらも、演じることで何かを欺くことに長けている。クロヴィスは第三位という皇位で生きる為に、
社交術としてそれを身に付けた。ルルーシュはブリタニアへの恨みをひた隠しにして来た。
しかし、そんな彼らの弱点は台本がない時、
つまりアドリブを求められる時のように突発的な事柄の対処の不得意にある。
クロヴィスは、その弱点ゆえにこの時ルルーシュに完全にのまれていた。

「そう、母さんが殺されたからだ。母の身分は騎士公だったが、出は庶民だ。
他の皇女たちにとっては、さぞや目障りな存在だったんだろうな。
しかし、だからといってテロリストの仕業に見せかけてまで…。母さんを殺したな…!」
「私じゃない、私じゃないぞ!」

ルルーシュは目を細める。そうだ、この状況で自分の罪を認めるものはどこかおかしい。
誰だって否定するだろう、しかし…。

「なら知っていることを話せ。俺の前では、誰も嘘はつけない。誰だ、殺したのは?
「第二皇子シュナイゼルと第二皇女コーネリア。彼らが知っている」

力を使わなくても聞き出すことは可能だっただろう。しかし、信憑性とクロヴィスの関与の可能性を
考えれば、ルルーシュにとっては妹の安全の次に求める重要な情報であり、けして無駄ではない。

「あいつらが首謀者か?」

答えないクロヴィス。
そこまでは知らないか…。

クロヴィスの瞳に輝きが戻る。さきほどまでの無表情と異なり、脅えが見える。
「本当に私じゃない!やってない、やらせてもいない!」
「わかったよ、しかし…。お前は自らの保身のために、罪もない人々を虐殺した」

クロヴィスは一度身を震わせた。そうさせたのはルルーシュの淡々と事実を告げる口調がかえって
それが現実だと思い知らせ、はじめて罪を感じたからだ。
自分は、この異国の地で命を落とした弟と妹のはなむけに、イレブンを排除してきたはずだった。
それを、真っ向から否定されたのだ。

「だが、ルルーシュ…。知らなかったんだ…。私は、この地でお前たちが日本人に殺されたと、
そう思って、ここを彼らのいない土地にしようと…」

ルルーシュは戦前何度も日本人に虐げられた。だが、ブリタニア人にも命を狙われた。
でも、どちらにも話しの通じる相手はいたのだ。誰もかれもを憎んで、それが正しいはずがない。

「待て、ルルーシュ!私を、殺すつもりなのか。待ってくれ、何でもする。私は、わたしは」

綺麗事で、世界は変えられない…。しかし、クロヴィスを殺しても死者は生き返らない。スザクは、もう…。

「無様だな、クロヴィス。貴様は。何の罪もない人間を虐殺する命令を出しながら、一人だけ命請いか。
…いいだろう、お前を裁くのは俺じゃない。貴様に地獄という名の世界を見せてやる」





指揮系統が崩壊といっていいほどでたらめな状態になっていた。
そのため、ジェレミアの通信が繋がったのはあの命令から1時間も後だった。

「どういうことだ、イレブンを逃がせとは!?回収すべきガスもまだ残っているのだろう!」

ジェレミアはサザーランドの中で声を荒げ、怒りをあらわにしていた。

「しかし、クロヴィス殿下の指示ですから…」

皇族。それは彼にとって特別な存在だった。彼は愛国心よりもむしろ純粋に忠義に生きる人間であり、
かつて敬愛、いや崇拝していたといってもいいほどの人間を失った時、その血を守ろうと決めたのだ。
クロヴィスが皇族である、その言葉だけで彼は冷静さを取り戻す。

「バトレー将軍は。参謀府の意見を聞きたい」
「将軍たちは席を外されたようで」

そして、その言葉で冷静さを失った。

「では、司令室には、殿下一人だと!?」



「ジェレミア管理官!クロヴィス殿下が、どこにもおりません!」
「何!?どういうことだ!」
「それが、司令室には殿下のものと思われる大量の血痕が…」





その三十分ほど前。


ルルーシュはクロヴィスの左腕に包帯を巻いた。
ベースに忍び込むために着用した軍服に備え付けられていたナイフでクロヴィスの腕を切りつけたのだ。
司令室に血を残し、脱出の際に第一発見者となる兵を決め、力を使い、その血が数十倍の量に見えるようにした。さらにもう一人兵を見つけ、血を見つけた兵が錯乱してその血を拭き取っていると勘違いし、現場保持のため第一発見兵を昏倒させるよう命を下した。


二人の兵が状況証拠としてクロヴィスが生きていないことを示す。
しかし遺体は見つからない。ルルーシュにとってはただ混乱を生じさせ、その後の活動を楽にするため
のものだったが、運命の歯が再び動きだしたことを示すように、このことがやがて事件を生む。


G1ベースから出た軍服のクロヴィスとルルーシュ。戦場の端まで歩き、
二人は交通規制を取り仕切るメディアの脇に止まっていた黒塗りの車の窓を叩いた。

「クロヴィス殿下の勅命です。テロリストから身を守るために、このような変装を。ある場所まで運んでもらいたい」

ルルーシュはそういってヘルメットを取り、運転手にクロヴィスの顔を見せた。
クロヴィスの軍服に装備はない。さらに、おかしなことをすればその場で射殺すると言ってある。

「い、イエス、ユアハイネス!」


戦場から離れれば軍服は目立ちすぎるため、二人は車の中で学生服とベースにおいてあった緊急招集された文官のスーツに着替えた。
三十分ほど車に揺られ、租界の外縁から1キロの建物に着く。
地上15階建てほどのマンションだ。立地上、一般人が住むというよりも、金持ちが週末だけくるような
防音のなされた隠れ家的存在といった感じの建物。
                
「よし、ここでいい。止めてくれ、私たちと会ってからのことは忘れろ
「はい、分かりました」




エレベーターではなく、普段人と行き違わない階段で9階まで上がる。
階段から真逆の角部屋の前で止まり、鍵を開ける。
「この部屋だ」
「分かった、だから銃を下してくれ!ルルーシュ!」
「騒ぐな! …命が惜しければな」

ルルーシュは中の様子が見えないように防犯システムを作動させる。
窓の透過率が変わり、外と中が分断される。
「さて、尋問の時間だ。お前には聞きたいことが山ほどある。贖罪はその後だ」

自分に力を与えた少女。それを皇族という地位にいながら武力に頼ってまで求めたクロヴィス。
虐殺の裏にある真実を知らなければならない。彼女について少しでも多くを。

「何でも答える、だから!」
「毒ガスの代わりに入っていた少女についてだ」
「!そ、それは…」
 
話せ、あの少女について
「わ、わたしも全て知っているわけじゃない、他の事ならなんだって答えるから!」

―――どういうことだ、何故効かない? …、まさか。
 
舌を噛み切って死ね
「ゆ、許してくれ、命だけは、どうか…」

―――やはり、力が効かない!?
だが、命と引き換えならば情報くらいは引き出せるだろうと、ルルーシュは考えた。


「いいから話せ!でなければ撃つぞ!」
「や、やめ、う、うああああああああああああああ」
クロヴィスは突然目を見開いたかと思うと瞳が輝きを失い、やがて白目になり突如気絶した。


そして、クロヴィスは目を覚ますと、例の少女について一切の記憶を失っていた。



[3892] ずれる 世界
Name: 鬼八◆c53b7f0c ID:b89231d8
Date: 2008/08/20 12:19
「何、なんだこれは!?」

目を覚ましたクロヴィスはロープで縛られ動けない状態だった。
ふと自分の置かれた状況に気づく。

「る、ルルーシュ。頼む、助けてくれ…」
「あの少女について話せ」
「少女…?何のことだ?」
「とぼけるな、毒ガスの代わりに入っていた緑の髪の少女だ!」
「ち、違う、毒ガスについては父上から研究せよとの命令が…」

おかしい、どれだけ銃で脅しても、答えない。まるであの少女についての記憶だけが書き換えられたようだ…。


力が効かなくなったのを確認した他に問題はなく、質問にはおよそ期待通りに答えた。
軍の秘密コードや大規模なテロ殲滅作戦、将軍の性格、パーティーの予定…。
だが、時間が経って冷静になった今、他にもう一度じっくり聞くべきことがある。


「母の死について知っていることは?」
「私は関与していない。だが、コーネリアと話したことがある。
あの日警備を担当していたのは本来彼女だった、と。
詳しいことは聞いていないが、事件の真相を調べている、と聞いた。
そしてシュナイゼルなら何か知っているのでは、という話になったんだ」

「それはいつのことだ?」
「こちらに来る前、彼女と会う機会があってその時だ。何年も前じゃない」

「姉上は事件に関与している?」
「それはないと思う。彼女は本当にマリアンヌ様を尊敬していたし、その影響でナイトメアにも
乗るようになった。真実を求めているというのは本当だと思う」

「事件後姉上に変わった点は?」
「かなり落ち込んでいた。ただ、その分強くなろうとはしていたようだが…。
むしろ変わったのはその翌年だよ」

「?何?」
「君たち兄妹の死を聞いてからだよ。ユフィへの溺愛が度を超すようになったのは。
檻に閉じ込めるように、外にはほとんど出さなくなった。
よっぽどショックだったんだろうね。君たちを失ったことが。
開戦には否定的だったし、君たちを最後まで守ろうとしていたのを覚えている」

「そうだ、ナナリーは。…?ルルーシュ、泣いているのかい」
「姉上は、約束を。覚えていて、守ろうとしてくれていた…。
あの時の言葉は、やっぱり嘘じゃなかった…」


声を上げることもなく、透明な涙が零れた。
クロヴィスとの会話はそれきり途絶え、
沈黙に耐えきれなくなったルルーシュは逃げるようにその場を後にした。





その後、気持ちを切り替えるために15分ほど歩き、力を喫茶店に入って店員に使い確認した。
集中したいからこれ以上客をいれないように表をクローズにしてくれ、という命令だ。
少女のことについて聞いた時、力が効かないのが気になったから力を試した。
力は消えていない。だが、店をいくつか回る内、同じ人間には一度しか使えないことが分かった。
細かい点はおいおい調べていくしかない、そう結論付けた。
だが、クロヴィスの豹変がひっかかった。
銃で脅し少女のことを聞こうとしたら、態度が一変した。
あれはマインドコントロールとか、そういったレベルのものではない。

ふと、ルルーシュは閃いた。

力を使う。今回は一定の条件を設けた上で。

今までは~しろ。とか、~を忘れろ。などの命令だったが、
Aが起きたらBしろ。などの命令も可能だということが分かった。

そして、この力があの少女に与えられたものなら、他にも同じ力を持つ人間がいるかもしれない。
つまり他の力を持った人間がクロヴィスに「脅されてあの少女について話せと強要されたとき、
その記憶を失え」という命令を下した可能性がある。

ブリタニアがその力を研究していたとしたら厄介なことになる。
クロヴィスは実務能力は高くないものの第三皇子という身分だし、
ブリタニアの上層部、つまり皇帝がその力と関係している恐れもある。

だが、もしそんな力を自在に使いこなせるのならもっと早く世界を手に入れているはずだ。
強力だからこそ秘匿される、そして力を持つ人間や知る人間が少ないということだろうか。
だとすれば関係者であるクロヴィスの周囲の人間を探れば他の人間が接触してくるかもしれない。
記憶を取り戻す方法もあるかもしれない。クロヴィス自身、機密保持のため消される可能性だってある。
そこまでは考えすぎだとしても、いつまでも閉じ込めておくわけにもいかず早急に対策を考えなければいけない。


課題は山積みだった。
とりあえず、力以外の方法でクロヴィスを従える方法、クロヴィスをどう使うか、
これからの計画、そういったものをルルーシュは一つ一つを頭の中で整理する。

身柄について考えながらクロヴィスの元へ食糧を買って帰り、縄を解く。
思った以上に彼は憔悴していた。
「許して、くれるのかい…?」
「お前には、駒として動いてもらう。母さんの死の真相を探るのと、ブリタニアを壊すための駒に」
「そうか…」
「俺にとってお前を追いつめるのは難しいことじゃない。
安全なG1ベースの中で追い詰められたお前自身がそれを一番知っているはずだ」
「もし、裏切ったら…?」
「この7年間、何もしてこなかったわけじゃない。
条約で禁止された毒ガスで失脚した皇族一人暗殺するくらいなら、不可能じゃない」


バスルームの使用を許可して食事を与え、部屋で2時間ほど過ごしたあと、また縄で縛った。

「何日かしたら、発信機つきの盗聴器をピアスか何かに埋め込んで持ってくる。
身体から離れたらすぐに分かるやつだ。
それをつけたら部屋の中では自由にさせてやる」



翌日、1時限目をサボり、ピアスを作った。こういった細かい作業なら、それほど困らない。
クロヴィスの処遇を考えていた授業中、見慣れない女子生徒と目があった。
昨日のグラスゴーの女がそこにいた。
髪形と声の勢いが違うから昨日は気付かなかったが、
カレン・シュタットフェルト、…旧姓、紅月カレンだ。
彼女がハーフだということは理事長とミレイ、そしてルルーシュと彼女自身しか学校内に知るものはいない。
ルルーシュは理事長から彼女についての情報が漏れないように入学の時に力を貸していたのだった。


ハーフならレジスタンスに入っているのもまだ納得出来る。
民間人の避難を優先していたことから、ただのテロリストではない、そうルルーシュは考えた。


クロヴィスの所に寄ってから家に帰ると、ナナリーが折り紙で出来た鳥を見せてきた。
なんでも千羽折ると願いが叶うらしい。
自分の望みを答えられないルルーシュはナナリーに何を願うのか聞いてみた。
「優しい世界でありますように」
彼女はどこまでも優しい。それ自体が光のようだ。
彼女が、ルルーシュの戦う理由であり、それを他人に預けるがゆえに、彼は真に強くはあれないのだった。
「お前の目が見えるようになる頃には、きっとそうなってるよ」


翌日、これからの行動案を考えると、やはり武力も必要だという結論に達したルルーシュ。
御しやすいであろうカレンのグループを手に入れるためになんとか彼女と連絡を取りたいと思っていたら、ミレイが彼女を生徒会に入れると言い出したのだった。
弱点であるナナリーを知られるのはマイナスだが、生徒会として連絡先が分かったのは大きい。
今夜あたり連絡をいれようと歓迎会の最中考えていると、テレビの近くにいたナナリーが皿を落とした。

「ナナリー?」

「お、にいさま。スザクさんが」

「クロヴィス殿下殺害、および死体遺棄の容疑者、枢木スザク一等兵です。
繰り返します。クロヴィス殿下殺害、および死体遺棄の容疑者は、
名誉ブリタニア人の、枢木スザク一等兵です」


運命の歯車は、七年の月日を埋めるように急速に回り始める。
ささやかな、しかし致命的なずれを孕みながら。



[3892] その 名 は ゼロ 
Name: 鬼八◆c53b7f0c ID:b89231d8
Date: 2008/09/09 20:37
スザクが生きていたことを、喜ぶべきなのだろうか。
それとも、手の届かない場所に置かれ、その真っ直ぐな心根を否定され、
無実の罪に問われていることを嘆くべきなのか。

「お兄、さま。スザクさん、嘘ですよね…。スザクさんがクロヴィス兄さまを…、そんなこと、嘘ですよね…?」
「ああ、あいつはそんな奴じゃない。俺達が一番よく知っている。
クロヴィス兄上の死体も見つかっていないという話だし、きっと生きているに違いない。
だから、安心してお休み」

ナナリーの小さな、まだ成熟しきっていない手を包み込むように両手で握る。
それは妹に言い聞かせると同時に自分に問いかける言葉であった。

ナナリーが寝静まった後で、窓から入る柔らかな月の光の下で、
ルルーシュは七年前のスザクとナナリーと過ごした記憶に、一人遠く思いを馳せた。

もしも、以前の自分であれば、どうしただろう。
ミレイにナナリーのことを頼んで皇族に復帰してでもスザクを救おうとしただろうか。
力がないことを嘆いて、それでも僅かな生まれという力を使って自分の平穏さえ捨てれば取り戻せるものがあるとしたら。
そんな選択肢はこの七年なかった。
少なくとも、自分とナナリーのささやかな暮らしを捨ててでも得ようと思ったことは。


だが、今のルルーシュには力があった。
一つは誰にでも一度だけ命令を下せる絶対遵守の力。
もう一つはジョーカー。死んだはずのクロヴィス。

クロヴィスを戻せばスザクは救えるかもしれない。
だが、それでは何も変わらない。自分とナナリーが生存しているという情報が出回る危険さえある。
それに今のクロヴィスでは、イレブンは迫害され、また虐殺が起こるだろう。

計画を前倒しにしてでも、前に進むしかない。

自分はクロヴィスを拉致した。
だがそれ以上に、あの虐殺を止めるため、無数の軍人の命を奪った。
軍人には覚悟があるべきで、撃つことは間違いではなかった。
だが、それでも彼らにも守るべき家族や友人や恋人がいたのだ。
一度、その手が汚れたのなら、それがたとえ舞台の隅でも自分が演じたのなら、責任を持たねばならない。
その死に意味があるように。この生に意味があるように。
それは生きることと死ぬことという人間の存在する中心にあるもので、ないがしろには出来ない、
8年前にルルーシュにかけられた、呪いであった。


道具はクロヴィスの変装用と合わせて準備してあった。あとは取りに行くだけだ。
ルルーシュは震える指をナナリーの頬に一度触れて収めると、部屋から出て、カレンの携帯の番号を押した。





翌日、ルルーシュはカレンを旧東京タワーに呼び、後を付いてきた仲間の生存を確認。
さらに落し物として届けた携帯電話を使い(力で一般人から借り受けた)電車に乗るよう誘導。
彼らのゲットーと租界を見た感想、そしてそのあり方を問いかけ、駒として使うことを改めて決めた。



カレンと扇たちが指定された電車の先頭で出会ったのは黒い仮面とマントに身を包んだ人物だった。
彼らはそこでその人物と彼らのして来たことと、これからどうするかを言い合った。

「テロなんて子供っぽい嫌がらせに過ぎない!やるのなら戦争だ。民間人を巻き込むな、正義を行え!
お前たちには奪われた国と、その誇りを取り戻すという使命があるのだろう?」
「君の言うことは正しいかもしれない。だけど、相手は世界の三分の一以上を占める大国だ、そう簡単には…」
「ではいつ、それを成す? 今日出来ないことがいつか急に出来るようになるのか?
そうではない。ただの日々の積み重ねが、その気の遠くなるような果てだけが、望みをかなえるのだ。
だがそれには明確な目標と、その時に出来る最善をなす努力が必要だ。
君たちに見せよう。今やるべきことと、それを成せる力を」


そう言って仮面の男は可能な限りの協力を求めた。
そこに残ったのはカレンと扇、そして胡散臭いと言いながら彼のシンジュクでの指揮の有能さに魅せられた玉城だった。



翌日。
ジェレミアが代理執政官として、純血派の頭目として、遺体の空のままの棺をサザーランドで守りながら道路で進む。
スザクが沿道にさしかかる度、罵声が浴びせられ、生卵や石が投げられる。

クロヴィスの追悼番組でその能力を示したブリタニア人、ディートハルトによって熱狂的な愛国者を集めたのだ。
ただでさえ集団心理で感情を表しやすいこの状況下、すべては彼らの描いたシナリオのまま終わるはずだった。

前方からやってくる車。それを通すジェレミア。テロリストがこの機に乗じて出てくることですら想定内。
新型のサザーランドを多数配置したこの状況下では、たとえあの奇跡の藤堂ですら突破は不可能。
ましてや相手は車一台。皇族の御料車を汚した不届き者を捕まえ、
軍での純血派の力をさらに強くする、そのはずであった。


御料車の外側に立つ、仮面とマントの男。
車が、棺の手前数十メートルで止まる。
「私の名は、ゼロ!」

ざわめく民衆、慌ただしくなる報道車。
しかし、ジェレミアはその言葉を鼻で笑う。
「ゼロとか言ったか、残念だが、君の舞台はここで終わりだ。
我々は、この皇族殺しである枢木スザクを法廷まで連れて行かねばならない。
君もまた不敬罪で裁かれることになるだろうが」

突如笑い出す仮面の男。ジェレミアはその笑い方が癇に障ったのか、口調を荒げる。

「何がおかしい!」

「違うな、間違っているぞ、ジェレミア。クロヴィスを殺したのはこの私だ!」

「何…!?」

そう彼が言った途端、報道車から拡声器でクロヴィスとゼロの会話が流れ出す。

―――では、お前が虐殺を命じたのだな?
   そうだ、私がイレブンを殺せと命じた。
   何故だ?
   イレブンに生きる価値などない、名誉にもなれぬ屑どもに
   そうか、では、報いを受けるがいい。ここで死ね!
銃声。
   あああああああ!!!

「今流したのはクロヴィスを殺す前、彼にシンジュクゲットーの事件について質問した時の会話だ。
銃を向けられて奴はあっさりと自分の行いを認め、命請いをした、だから私は…」

「貴様、貴様が殿下をぉぉおおおお!!」

最後まで言わせず、飛びかかるサザーランド。
その距離を詰めるまでおよそ5秒とかからない。
「大した忠義だ、だが…」
しかし、ゼロのいた場所が開き、コックピットの入口となる。
横になったままのサザーランド。
車がバックで機体を横に向ける。起動しながらスタントンファでジェレミア機の攻撃を受ける。

「受け止めた!?」
「軍人であればこそ、訓練された貴様の動きは分かりやすい。見える、見えるぞ、その動き!」
車からスモーク弾が投げられ、ファクトスフィアが機能する前に立ち上がりランドスピナーで移動する。

民衆もいて不安定な視界。ジェレミアはアサルトを使えない。同じ理由で周りの機体も動けない。
スタントンファでランドスピナーの駆動音のする方を叩く。しかしその攻撃は宙を切る。
両足を大きく前後に開き、体勢を低くした変則的機動。
背後を取ったゼロのサザーランドはスラッシュハーケンでジェレミア機の右手を破壊し、左足を払い、倒す。
ハーケンの射出口をコックピットに向け、周囲をアサルトで牽制する。

「話をしよう、ジェレミア。外に出ろ」
「ぐッ」
アサルトの遠隔操作装置を手に持って外に出るゼロと言われた通りにするジェレミア。
その間もゼロは周りの状況に目を光らせる。
奇襲は不可能。ブリタニア軍にとってはリーダーを人質に取られる危機的状況。

「その男とあれを交換だ」
そう言うと、御料車の残りの装飾が燃え、直径2メートルほどのカプセルが現れた。
ジェレミア達にとってはあれは毒ガス。
この場に集うすべてが人質。その上相手はエース級といってもおかしくないジェレミアに奇襲とはいえ大立ち回りを演じて見せた。
要求を飲むしかない状況。しかし。

「殿下を殺した者と交渉など出来るものか!たとえ何を犠牲にしてでも貴様を捕まえる!」

―――この男、純血派の中心としてどれだけの政治的能力を持っているのかと思えば、
ただ愚直に忠義に生きる人間か…。だが。

「いいのか、公表するぞ、オレンジを!」
突然の発言にざわめく周囲。憶測が飛び交う。ジェレミアにはまったく心当たりがなく、唖然としている。
         
「されたくなければ、私たちを全力で見逃せ!そっちの男もだ!
途端、人が変わったかのように平凡な声で、
「分かった」

あたりからそれを諌める声が上がる。
しかしゼロのサザーランドから解放されたジェレミアはスザクをゼロに引き渡す。
サザーランドの中にスザクとカレンと共に乗り込み、そのまま場を去ろうとした所をキューエル機が
襲うがジェレミアが邪魔をする。

「何をしている、私の命令が聞こえなかったのか。奴らを見逃せ、全力でだ!」

道路から飛び降り、コックピット脱出機構を作動。
飛ばされた先で待っていた玉城と扇のトラックに乗ってゼロは夜の闇に消えていった。





数十分後、どこかの廃墟。
カレン達から離れ、ゼロとスザクが向かいあっている。
「ブリタニアはお前の仕える価値のない国だ。我々と共に故郷を取り戻すために戦え!」

しかしスザクは頷こうとはしなかった。
「価値がないのなら、ある国に変えたい。僕はまだ、自分に出来る限りの努力をし切っていない。
それに、僕が法廷に行かなければ、イレブンに対する弾圧が始まる。
あと1時間、軍事法廷にはまだ間に合う」

背を向けて歩き出すスザクに追いすがるように呼びかけるゼロ。
「それで死ぬとしてもか!?」

スザクは一度振り返り、自嘲気味に笑った。
「その死に意味があるのなら、それで誰かが助かるのなら、悪いことじゃない。
それで僕が悪と裁かれるのなら、こんな世界に未練はない。
でも一応、言っておくよ、…ありがとう」

その言葉に結局何も言い返せずに、スザクが見えなくなってから、ゼロは一人つぶやいた。

「…馬鹿だ、お前は。大馬鹿だよ…」



[3892] 二人 の 魔女
Name: 鬼八◆c53b7f0c ID:b89231d8
Date: 2008/09/23 18:21
「これで終わりだな」
主戦場から数キロの位置、燃える宮殿に視線を向ける。
人が死んで行く。自分に向けられるのはただ怨嗟の声。
死者は死者。傷つけることも、傷つけられることもない。ただの終わり。
その表情に緩みはない。部下たちが敵を引き付けたからこその作戦だということを誰よりも理解している。
歴戦のとは言い難い、武神に愛されたわけでもない彼女の持つ武。
自分は強くあらねばならない。
他人がそう望むよりも、強く、誰よりも自分がそれを望むがゆえに。
八年前から、ずっとそう生きてきた。


砂漠が地平線の彼方まで広がる、砂の大地。陸と空、自然にあるのはその二つだけの黄土と青の世界。
色彩に乏しいその土地で、くすんだ鉄の戦車が何台も爆発しては燃えていく。
砂に足を取られない高速機動。マントを翻し、槍を構え、グロースターが駆ける。
突撃。
機体の大きさ、その小回りといった点で明らかに劣る出来そこないのナイトメアに懐に入られた時点で
勝ち目はない。
もはや、本陣とは連絡もつかず、降伏の通じる時勢ではなくなった。ましてや相手が魔女ならば。
消えていく兵の命を己の目で見て、指揮官は自分たちの敗北を悟った。
「ブリタニアの魔女…!これほどとは、我々の国が…」

こうしてブリタニアに18番目の植民地が出来た。



翌日。戦闘後、統治の引き継ぎのためにその土地の生き残った有力者のリストをまとめていると、通信が入った。
「殿下。シュナイゼル宰相から連絡が、次の任地はエリア11だと」
その言葉に一瞬目を伏せ、部下に動揺を悟られぬよう表情を殺して頷いた。

「分かった。こちらの引き継ぎの準備を。現在の彼の地の状況を鑑みれば少しでも早く総督が必要だ。
今日中にここを立つ」
「イエス、ユアハイネス」
「副総督は?」
「こちらで決めて良いとのことです」
「そうか。…ユフィを呼べ。そろそろ表舞台に立たせてもおかしくない時期だろう」
「良いのですか?」
反論というよりも疑問。しかしそれを許されるということは互いを信頼しているからに他ならない。

「学生の内でしか学べぬこともあろうが、皇族だからな。下手な者の下で政を学ぶよりは、
私の目の届く範囲の方が教育役も選べるし、テロなどにも会いづらいだろう」
姫様は相変わらず過保護でいらっしゃる、そう内心でギルフォードは苦笑した。

「分かりました。今は修学旅行でオーストラリアでしたか、確か。
中華連邦の勢力圏を迂回する必要があるのであちらの方が数日到着は早くなります。
では、本日の19時に出れるよう手配を」

細かい打ち合わせを終え、通信を切るとコーネリアは一度息をついた。
そして服の内から1枚の写真を取り出して、微笑んだ。

「クロヴィスの後始末とはいえようやくチャンスが巡ってきたか。
長かったぞ、この7年。必ず見つけ出す。ルルーシュ、ナナリー…!」



引き継ぎの準備を終え、必要な物をまとめた後でコーネリアはふと思い立って電話を手に取った。
「ノネットか、私だ。エリア11の総督に選ばれた」
「そうか、ここの所、戦場にばかり出ていたけれど大丈夫だったか?」
皇族に対して不敬とも言える口調。二人が旧知の仲であり、私信であるからこそ許される会話。

普段の勇ましい威容とは違い、和やかとも言えるような声で応える。
「ああ。ようやく認められたといった所か。中華連邦との戦争やサクラダイトのことを考えれば
エリアの中でもかなり重要な土地だからな」

「そうだな。ギネヴィアもエリア11を狙っているそうだが、政治的手腕はともかく、
テロの頻発する今の状況ではお前が適任だろうな」
ふふ。と互いに笑う。

「新型の件、調べておいてくれたか」
「ああ、資料を送るから飛行機の中で読むといい」
「すまないな」
「気にするなよ。…それよりも、危ないと思ったらすぐに私を呼べよ」
「ゼロとか言ったか、あれは。大丈夫、と言いたい所だが、今回ばかりはそうさせて貰うよ」
「? やけに素直だな」
「あの土地だけでは、私は死ねないんだ」



その後ユーフェミアの警護にノネットの配下から数人借りる約束を取り付け、電話を切った。
出発の時間に少し早いが資料を読もうと部屋を出ようとすると、電話が鳴る。



―――ノネットか? いや、番号が違う。

「もしもし?」
「はじめまして、かな。ブリタニアの魔女」
甘い声だった。溶けるような、こちらの思惑を知っていて、それで罠に導くような、そんな声。

「誰だ、何故この番号を知っている。これは私用回線だぞ」
「私もまた魔女だからだよ。…お前の探し人、ルルーシュとは私が契約を結んだ」

一瞬頭が真っ白になる。その名前を、何故。

「驚いたか?あいつは私が守ってやる。お前は必要ない。仕事さえこなせばな。
ああ、お前が調べているもう一つの情報はあいつも知りたがっているみたいだがな」
「何者だ。貴様」
「だから魔女だと言っているだろう?あまり派手なやり方ではあいつは逃げてしまうぞ。
私の今の平穏を壊さないためにも、無理なことは止めてほしい、今日は言いたいのはそれだけだよ」

そう言って電話は切れた。

―――あの女の言い草は気にいらないが、そんなことはどうでもいい。
生きているのだな。ならば、必ず取り戻す。そのために私は…。





その1週間ほど前。
ルルーシュがクロヴィスの下からクラブハウスに戻るとC.C.と名乗る緑髪の女がナナリーと鶴を折っていた。
妹の前で取り乱すことは出来ず適当に理由をつけて部屋に帰り、ルルーシュは女と話した。
シンジュクで撃たれたが生きていたことにまず驚き、自分がゼロだということを知っていてまた驚いた。
それだけでも始末する理由になるが、彼女は自分たちを共犯者だと、そう言った。
互いの不利益になることはしない、弱みを互いに握っているから信じられる。
歪ながらも、ルルーシュにとっては久し振りに対等な人間関係だった。

「感謝しているよ。ギアスを俺に与えてくれたことを」
「ギアス?」
「この力のことだ。そう言ったように聞こえたが」
「ふふ。役に立ったようで何よりだ」
「軍に追われているようだが?」
「ごく一部だけだ。指揮を執っていたクロヴィスは死亡。バトレー将軍は本国送り。
あとは力のない研究者だけ。目立つことをしなければ大丈夫だ」
「そうか。ここに住むのは構わないが、出るのは少し我慢しろ」
「寛大だな」
「人間、同じ場所に閉じ込められれば誰だっておかしくなる。
服を変えて出来れば髪型と色も変えたい、変装用のマスクもだな」
「…私が人間ではない魔女だったとしても?」
「人の形をしていれば、そう変わらないだろう。…生きているんだから」

死んだ人間は決して生き返らない。なら、あの時撃たれたC.C.は死んでいなかっただけのこと、
普通でないのは今の自分も同じ。そう思ってルルーシュは魔女を受け入れた。


それを聞くと、何も言わずC.C.はベットに潜り込んでシーツを被った。


こういう奴なのか、お前の息子は。
…ああ。それなりに面倒は見てやるさ。



[3892] 二人 の 魔女
Name: 鬼八◆c53b7f0c ID:b89231d8
Date: 2008/09/23 18:22
クロヴィス殺害の件で無実を言い渡されたスザクは、ほとぼりが冷めるまで溜まっていた休暇を使うよう指示されていた。
特にやることもなく、トレーニングのためにジムに向かうスザク。その途中。

「あぶなーい!」
空から人が降ってくる。
咄嗟に落下地点を見据えて受け止める。
人一人の体重と落ちてくる衝撃を腕から体へ、そして足から地面へと殺しきる。
「…? あれ、あなた…。助けて下さい、私ユフィって言います、悪い人に追われているんです」

スザクは彼女の言い方からそれが嘘だと分かったが、特に用事もないのでついていくことにした。
ふわふわという表現が似合う少女だった。天真爛漫、それでも何処か芯の強さを感じさせるような。
表情はにこやかで、租界を興味深そうに見て回る。
三十分ほど街を歩き回り、アイスでも買おうと公園に寄ると、そこにいた怪我をした猫を助ける少女の姿を見て、
スザクは少女の嘘を追及するのをやめた。

スザクにとっては久し振りの休日で、彼女にとっては最後の休日だという。
相手がお姫様のような雰囲気でどこか映画のようなシチュエーションだなと思いながらも、
その包み込むような彼女の人柄にスザクは安らぎを覚えていた。
7年前から、戦争が終わってから、あまりなかった安らぎに、スザクは自分の心を落ち着くのを感じた。

「こうして見ると、本国とあまり変わらないんですね」
「そうだね、租界の構造は本国をベースにして少しずつそのエリアに合うように作っているって話だし」
「あ、大きなテレビ」

その画面の中には仮面とマントをした人物の姿があった。
「私の名は、ゼロ!」



軍服姿の男たちが、テレビを見て表情を歪める。
その中で今はもう禁じられた日の丸を背に、泰然と座る男が一人。
「力を貸してくれ藤堂!ゼロによってブリタニアが混乱している、今こそ我々日本解放戦線が立ち上がる時だ!」
藤堂と呼ばれた男は瞑想を止め、目をゆっくりと開き、声を上げた。
「焦るな!キョウトが紅蓮弐式をゼロに与えるというのは確定情報ではない。ゼロにこだわり過ぎると足元をすくわれるぞ」
そう一喝されると、軍人達は言い返せず、部屋をすごすごと後にした。


トレーニングを終え、二人の男が汗を拭っている。
「でもいいんですか、藤堂中佐?ゼロのこと」
「今はキョウトから与えられたナイトメアの操縦に慣れること、そしてその上で反攻組織をまとめる為に力を見せるに相応しい戦場を見極めなければならない」
「ゼロは?」
「クロヴィス暗殺とスザク君奪還については確かに驚いたが、シンジュクの件が奴の仕業と確定出来るまでは味方につけようとは思わない」
「待つのも作戦ってことですね」
「ああ、だが、そろそろ立ち上がるべき時が来ているのかもしれないな…」
そう言って藤堂は教え子だった素晴らしい才を持つ少年と、
そのかつての激情だけを彷彿とさせる仮面の男について考えを巡らせた。



「クロヴィスを殺したのは、この私だ!」

テレビの中の芝居掛った姿を憎々しげに見るブリタニア兵達。
「くそ、ゼロめ!」
「だが、我々の失脚は奴だけの所為ではない、オレンジさえあんな真似をしなければ…!」
「コーネリア皇女殿下は厳しい御方。今のうちに我々の手で…」
妄信は本質を知らないがゆえに恐怖を生む。そして彼らには不幸にもそれを収めるための力があるのだった。
暴力という力が。誇りのために、背信者に制裁を。そしてジェレミアはゲットーに呼び出されることになる。



「私たちを全力で見逃せ!そっちの男もだ!」

テレビ画面に映るゼロの姿を見てスザクは複雑な表情をした。
「ゼロ…。彼は何がしたいんだろう」
「スザク?」
突如声をかけられ現実に引き戻されるスザク。
「ああ、うん。次はどこに行く?お姫様」
「ではスザク。私にシンジュクゲットーを見せて下さい」
一瞬驚いたものの、先ほどまでの柔かい雰囲気と異なる威圧感を感じ、スザクは郊外へと足を向けた。




アッシュフォード学園屋上。授業が終わり、夕焼けが美しく見える時間。
そこでルルーシュはC.C.を見つけた。学園が戦場になった時の守備配置を考えに来たのだった。
「ここからではゲットーは見えないな」
「…ああ」
「後悔しているのか?」
「人は確かに大勢死んだ。だが、虐殺を免れた人間だって大勢いたんだ。あれが間違いだとは思わない」
「理屈と感情は別物だ、自分すら騙しきれない言葉で、人を騙せるのか?」
「…その為の仮面でもある」
「安心しろ、私とお前は共犯者。お前を見捨てたりはしないさ」
そう言って魔女は笑った。表情は夕焼けを背にしているせいで若干見えにくい。
だがそれはどこか母親が子供を諌めるような、慈愛を感じさせる声だった。




飛行機の中でシュナイゼルの開発している新型ナイトメアのデータを読んでいたコーネリアに連絡が入った。
「ふむ、なに? ジェレミアが…? 分かった。直接現場に向かう」
ランスロットのスペックのデヴァイサーの箇所が端末に映し出されていた。




租界の外れまでレンタカーで移動し、スザクたちは訪れたシンジュクゲットーでイレブンに絡まれるブリタニア人を助けた。
ふとした弾みで変装用のサングラスが外れる。
「っ、てめえ、枢木スザク!?」
「…そうだ」
「ブリタニアの犬が、日本人としての誇りはどうした、首相の息子のくせに!」
「父さんは関係ない!」
「ふざけんな、シンジュクでも殺してきたんだろ、大勢日本人を!」
そう言ってスザクに殴りかかるイレブン。最後の言葉に一瞬固まるが、腕をつかみ投げつける。
「…自分は訓練を受けた軍人です。一般人相手にこれ以上は出来ません、ここから立ち去ってください」
切れた唇から流れ出る血を拭き取り、唾を吐いてからイレブンはその場を後にした。

だが、助けたブリタニア人からスザクに与えられたのは来るのが遅いという罵倒だけだった。
反射的にブリタニア人に手を上げようとするユフィを諌め、その場を後にする。



沈黙が場を満たす。遠くから死者の魂を慰めるようなセミの鳴き声が聞こえる。
ユフィがうつむいていると、スザクが先に声をかけた。
「いいんです。ああいう言われ方には、慣れていますから」
「でも…」
「全ての人とまではいかなくても、ブリタニア人でも、イレブンでも、お互いをよく知れば分かり合えると思うんです。
…僕の友達も、ブリタニア人だったから」
「私も、そう思います。いいお友達だったんですね」
「はい。…?」


それほど遠くない距離、数百メートルほど先からランドスピナーの駆動音が聞こえる。
滑らかな車輪の回転と近づいてくる速度から考えてサザーランドだ。
それと違う方向からトラックの走る音。
かなりの重量を積んでいる、機械音が特徴的な―――


二人の下へトラックが到着すると、窓から白衣の男性が顔を出した。
「無罪放免、おめでとぉ~。そして特派への異動ざんねんでした! これからまた実験だよ~」
「ロイドさん、この先からナイトメアの音がします」
「ああ、純血派の内ゲバさ。コーネリア殿下が総督に着任する前にオレンジ君を粛清するみたいだね」
「ここは危険よ。スザク君。そっちの彼女も租界まで送って行ってあげるから、早く乗って」

ナイトメアの音が聞こえる方に目を向け、そしてユフィの心配そうな顔を見てスザクは決心した。
「ロイドさん。ランスロットの実戦データを取るのに良い機会だと思いませんか」
にこり、と笑うロイド。
「ふふ、いいねえ、若いって。いいよ。ただし壊さないでね」




複数のサザーランドに囲まれるジェレミア機。
善戦空しく、すでに機体は稼働率ギリギリの状態まで追い込まれていた。
「くそ、四人がかりとは卑怯な…!」
「身内の恥は自分たちですすぐ。どんな手を使ってでもな!
安心しろ、戦死扱いにしておいてやる。家名に傷はつかないさ」
一度距離を取って再度突撃の構えを見せる。
「本気なのか、キューエル!?」

「黙れオレンジ!皇室のためにありながら、その理念に反した貴様の行い、許されるものではない!」

「オールハイルブリタニア!」
サザーランドがジェレミア機に向かって槍を構え突進する。
三方向からの同時攻撃。避ける場所はない。

ジェレミアが死を覚悟したその時、スラッシュハーケンが突進を止めた。
ワイヤーの伸びる先には白いナイトメア。ランスロットの姿があった。
「やめて下さい、同じブリタニア軍同士で!」

「あれは、嚮導兵器ランスロット!?」

「特派が何用だ!介入するのであれば誰であろうと撃つ!」
「そうはさせません!」
腰に備え付けた二本の剣を両腕に持ち、構える。
「意味のない戦いを見過ごすわけにはいきません!」

「MVS!?実用化されていたのか!」
キューエルが言い終える前に、跳躍するランスロット。
従来の性能ではありえない程の高出力が30メートルもの距離を縮めることを可能にする。
だが、空中では方向を変えることは出来ない。相手が4機いることを考えれば間違いなく悪手。
迫りくる機体に向け、キューエル達はスラッシュハーケンを射出する。

「止めてみせる!」
ハーケンの接近とランスロットの接近、相対速度から考えれば、まず反応は不可能。
     ・・・・・・・・・
それが普通の人間であったなら。

他の部署からの異動にしがらみがあったことが、名誉で使いやすいスザクがデヴァイサーに選ばれた一因であったが、
それと同時に彼はエリア11で最もランスロットに適合した人材であったのもまた確か。
65万人の軍人中の1番。その反応はもはや反射の域に近い。




操縦桿に与えられる命令の速度。それに応えるランスロットの性能。
二つの規格外が、不可能を可能にする。

4機のサザーランドの両腕から伸びる都合8本のワイヤー、それらを全てMVSで切り裂く。
着地と同時に槍を持った腕をそのままの勢いで切り落とし、ジェレミア機の前に立つ。

「貴様、枢木スザクか、何故私を助ける!?」
罪を着せた者に助けられたことに驚くジェレミア。
「自分は、間違いを正す為に軍人になりました。
殿下の死を知ってゼロに立ち向かったあなたの怒りが嘘だったとは思えません。
こんなやり方じゃ何も解決しないし、誰も望んでいないはずだから…!」

ジェレミアはその言葉を聞いて口元だけ微笑んだ。
「そうか、ありがとう。枢木スザク。止めるぞ、この諍い。そして必ずやゼロを私の手で!」

ナイトメア乗りとしての経験も、指揮官としての経験もないスザク。
それは機体の性能を完全には生かせない弱点であった。
しかし、この場においてナイトメア乗りとして1流、そして指揮官として経験を積んだジェレミアとの
連携がそれを解決する。
ジェレミアが相手の陣を読み、次の動きを予測する。それを機体の僅かな挙動と短い通信だけで伝達する。
1対4であれば、機体性能差はあったとはいえ正規の軍人相手にこの時点でのスザクは敵わない。
だが、後ろを任せられる人間がいる。その事実が彼の能力を倍増させる。
かつて、彼と組めば何でも出来ると思った友人のように。
スザクは誰かに認められることを、自分を必要とされることを、それを何よりも望んでいたのだ。


どこからか、空を飛ぶ飛行機の音がして我に返るユフィ。
スザクの姿を端で見ていた彼女は自分に出来ることを、その本来の地位を思い、思わず駆け出した。


「く、ここまでとは…!下がれ!ケイオス爆雷を使う!」
腰に付いていた細長い爆弾を取り出し、放り投げる。
ランスロットの前にユフィが着いたその時、爆雷が起動する。
容赦なくその体を貫くであろう銃弾に目を背けるユフィ。
スザクの反応を持ってしても、シールド展開にはその性質上、起動に時間がかかる。

絶望。

その瞬間。空から一本の槍が降り、爆雷を破壊する。
爆砕するまでの間を見逃さず、ランスロットがその身を盾にユフィを庇う。
「な、何が…!?」
唖然とするキューエル。

上空には皇室の紋章が描かれた輸送機があった。そこから降り立つ1機のグロースター。
「双方とも、剣を収めよ!
私は第二皇女、コーネリア・リ・ブリタニア!
軍人として誇りを欠いたこれ以上の醜態は許さぬ!」

「お姉さま!?」
「「コーネリア殿下!?」」



「まず礼を言おう、枢木スザク。我が妹ユーフェミアを守ったことに。
純血派については後で聞き取りをする。正式に総督として着任し次第な」

その言葉に呆けるスザク。ランスロットを心配そうに見上げるユーフェミア。
純血派に命令し、その場を後にするコーネリア。
グロースターの中で彼女は凄絶な笑みを浮かべていた。



…聞かせてもらうぞ、枢木スザク。ルルーシュのことを、七年前の真実を…!



[3892] 矛盾 と 友情
Name: 鬼八◆c53b7f0c ID:b89231d8
Date: 2008/09/25 17:50
コーネリア着任から数日後。
枢木スザクは政庁の一室に呼び出されていた。軍務外の時間、個人的にだ。
届けられたパスを使い、中に入る。そこにはコーネリア一人がいた。
明らかにおかしなことだった。
自分が軍の高官ならばともかく、ナンバーズには唯でさえ厳しいと言われるコーネリアが、騎士のひとりも付けていない。

「あの、コーネリア殿下、今日自分を呼び出されたのは…」
若干疑うようにそう切り出す。


「今日呼び出したのは、ごく個人的なことだ。
名誉ブリタニア人、枢木スザク一等兵としてではなく、旧日本国最後の首相、枢木ゲンブの嫡男
枢木スザクとしてお前に聞きたいことがある」

枢木家との関係は軍に入ってからも何度も言われてきた。徹底した調査もされたし、
ランスロットに乗る前は重火器の携行も他の名誉ブリタニア人と同じく認められていなかった。
枢木の本家は勘当状態でもう何年も連絡を取っていない。
間に皇家が入って取り持とうとしたこともあるが、いずれも失敗に終わっている。

「自分は勘当された身です。軍の方でも、調査は行われていたはずですが」

コーネリアは表情を歪めた。重々しい皇族用のマントを外してから言葉を発する。
「そんなことは知れている。単刀直入に言おう。ルルーシュとナナリーはどうなった。
戦争のいざこざで亡くなったと伝えられ、毛髪や血液の付着した衣服は見つかったが、遺体が見つかっていない。
暗殺を企んだものが、子供だったお前に撃退されたとも聞いている。何か知っているのではないか」

スザクは息をのんだ。確かに、日本人、ブリタニア人ともに二人の暗殺を企てた。
だが、それがこんな高位の皇族に知られている? それも7年前のことだ、ありえない。
「父が死んでからは、家の方も慌ただしく記憶もはっきりしません」

「本当に、か? シンジュクでの件で、特派の人間から黒髪のブリタニア人の行方について
お前から生存確認の要求があったと聞くが」


黒髪のブリタニア人はハーフでも遺伝上の関係であまりおらず、それが彼の特徴であるのは確かだった。
知られている。いや、知られ過ぎている。着任からこの短期間の間に。
もし、彼の生存が知られたら、また政治の道具とされるのではないか。
スザクの脳裏に、7年前のルルーシュの言葉が蘇える。
―――僕は、ブリタニアをぶっ壊す!


ユーフェミア皇女とは短い間の付き合いではあったが、皇女としての面も、ただのユフィとしての面も見れた。
だから自分は彼女に心を許したのだ。
しかし、目の前にいる人物はどうだ。
自分が知っているのはブリタニアの魔女と恐れられ、いくつもの武勲を得た女性で
ナンバーズには厳しいという情報だけだ。
親友のことを話すには、判断材料が少なすぎる。


「彼らが日本に来てから、始めは喧嘩もしたけれど、次第に仲良くなりました。
ですが、今、彼らがどうしているのかはしりません。
最後にあった時は確かに生きていて、遺体などは見ていません。
自分に言えるのはこれだけです」


皇女としての普段の威厳などはなく、ただ激情に駆られコーネリアが声を荒げる。
「何を知っている、枢木!」
「もしも行方を知っていても自分には、殿下に親友を託すだけの信用がありません。
罰せられるのは覚悟の上です。それでも、何も言えません」


それを聞いて笑うコーネリア。スザクは固い表情のままだ。

そうだ、あのルルーシュの友を名乗るのであれば、それ位でないと困る。ならば。

「そうか、ならば私の人となりを知ればよいのだな」
「何を…?」
「ナンバーズがナイトメアに乗る理由として准尉まで位を上げる。
そして、戦場で私の姿をよくその目に焼き付けるがいい。
特派を失脚した純血派の代わりとして前線に出ることを許す」



追って詳細は伝える。そう言われて部屋から出されるスザク。
複雑な心境ではあったが、自分の力を認められたということでもある。
ブリタニアを変える第一歩なのかもしれない。
だが、友を売ることなど、自分には出来ない。
ルルーシュは確かアッシュフォードに身を隠すと7年前に言っていた。
知られてはならない。今はまだ。コーネリアがどんな人間か見極めるまでは。
そう思ってエレベーターに向かっていると、見覚えのあるふわふわの髪の少女に声をかけられた。


「スザク!」
嬉しそうな、華やぐような声。
「ユフィ、いや、ユーフェミア皇女殿下!?」

書庫に寄った帰りだろうか、彼女は両手いっぱいに本を持っていた。



「ありがとう、スザク」
スザクは彼女の持っていた本を部屋まで運び、お茶を振舞われていた。
「いえ、力仕事は得意ですから」
彼女の借りてきた本を見ると、経済学や戦争と復興、それに統治全般のタイトルが並んでいた。
「これを、全部読むんですか?」
「はい。本だけじゃ足りないだろうから、文官の方にシュナイゼルお兄様の実際行った統治の資料や、
オデュッセウスお兄様の行った医療援助の資料も探してもらっているんです。 
…シンジュクの惨状を見て、私にもっと出来ることがあったらなって思って」


暗い表情のユーフェミア。その言葉にスザクの日本人としての心が揺れた。
彼女になら、話してもいいかもしれない。
「自分は、枢木の名を持ちながら、ブリタニア軍に入りました。…おかしいと思われますか」
そう問うと、彼女はいいえ、と首を振りスザクの手を握り言った。
「そうしなければ出来ないことがあると思ってそうしたのでしょう、あなたは。
ゼロに助けられた時も、あなたはイレブンへの弾圧を恐れて法廷に戻った。違いますか?」


思い出す、あの夜のこと。ブリタニアは仕える価値のない国だと言われ、
価値のある国に変えたいと言ったその言葉に偽りはない。
「いいえ。その通りです。自分には政治の出来る学がありません。
幼い頃から力はあったけど、それで解決出来ることは決して多くなくて。
それでも自分に出来ることをしようと思って、ここにいます」


その言葉を聞いて、彼女は優しく微笑んだ。
「ならそれは、きっと正しい選択です。
私も、今は何も出来ません。頭が特別良いわけではないし、お姉さまのように人を引き付ける力もありません。
でも、努力してきたんです。学校に通っている間も、自分に出来ることを、出来る限り。
お姉様が私を守る姿を見て、自分の地位が、たくさんの人の犠牲の上になっているものだと、知ってしまったから。
だからスザク、あなたも、ね」



しばらく話をした後、彼女は学校をついこの間止めて、もうそういった勉強は出来ないと言った。
だからスザクには、いつか政治も出来るように様々なことを学んで多くの人と出会ってほしいと。
いろんな世界を見てほしいと、そう言った。



数日後、彼が転入を許されたのは皮肉にもアッシュフォード学園であり、
准尉の彼に皇女の厚意を無碍に出来るはずもなかった。
そこでルルーシュと再開し、彼だけは7年前と変わらず自分を一人の人間として扱ってくれたことはとても嬉しいことではあったけれど。






生徒会室の片隅で、キーボードを打つ音が響く。
スザクに今夜家に来るようにこっそりと告げたルルーシュは気分良くニーナに声をかけた。
「調子はどうだ、ニーナ?」
一瞬ビクッと身体を振るわせるものの、ルルーシュを見て顔を赤らめるニーナ。
「あ、う、うん。大分いいよ。もう少しで計算上は分裂すると思うんだけど…」
普段ナナリーにしか見せないような笑顔を見せるルルーシュ。
「そうか、前はほんと夢みたいな話だったからな。サクラダイトの代替エネルギーなんて。
やっぱり君は凄い。実験に必要な物とかあったら、遠慮なく言ってくれ。パトロンになるから」


ルルーシュはアッシュフォードに匿われる一方で、自分たちの身を守るため、その価値を見せるため、
証券取引などで財を築いていたのだった。
彼の徹底した情報管理と、開発したプログラムは莫大な富をアッシュフォード家にもたらしていた。
アッシュフォードの再建。それが現実味を帯び始めて来たここ数年、ルルーシュは彼の家と対等に近い力関係を獲得していた。
しかし、これが思いもよらぬ所で彼を危険にさらすとはこの時はまだ思ってもみなかったのだった。


「屋上、偶然見ちゃったんだけど、ルルーシュ君ってあのイレブンと…」
小さな、かすれるような声でそう呟くニーナ。自分とルルーシュの出会いも、イレブンと―――
パソコンの画面に集中していたルルーシュにその言葉は届かなかった。その時突如開くドア。
「何やってるの!? ルルってば、ニーナと二人っきりで!」


やって来たシャーリーをのらりくらりとかわすルルーシュ。
その二人の姿を見て、ニーナは下を向いて唇を噛んだ。
―――先に好きになったのは私の方なのに―――





その晩、ルルーシュはナナリーとスザクと三人で久し振りに落ち着いた夜を過ごした。
ナナリーは泣いて喜んだ。ぽろぽろ、という音が聞こえてくるような優しさの滲み出る涙だった。
そこには、ほんの僅かな間だけ許された、小さな幸せの幻想があった。
咲世子は話だけ聞いていたスザクとルルーシュの仲を見て、端で悶えていた。
だが、帰り際、スザクは身元が割れるといけないからと、学校では他人でいようと、そう告げた。
自分は監視されてはいない(コーネリアのことがあってから気を付けていたが、さすがにそこまではなかった)、
でも気をつけたほうが良いとなるべく心配させないようにそう言った。
スザクは仕方無いことだとそう思ったが、ルルーシュには辛いことだった。


しかし、翌日ルルーシュは体操服や彼のカバンに悪戯がされているのを偶然見てしまった。


…何故スザクがあんな目に合わなくてはいけない。クロヴィスはまだ生きている。
それに、もし責められるとしたら、それは俺であるべきだ。


悶々としたまま1日を終え、部屋に戻るとC.C.に問われた。
「あいつはお前にとって何なんだ?」
答えは決まっている。だが、自分にはそれを素直に言うことは出来ない。
それでも、言わずにはいられなくて、視線を逸らして呟いた。
「…友達、なんだ。あいつは」


ルルーシュは1日悩み続け、結果、意識せず足をクロヴィスの下へ向けたのだった。



[3892] ココロ の カタチ
Name: 鬼八◆c53b7f0c ID:b89231d8
Date: 2008/08/20 12:35
「やあ、ルルーシュ。よく来たね」
ルルーシュがマンションに着くと、クロヴィスがキャンバスを前に絵を描いていた。
時折、軍関係のこと、これからの予定を立てるのに話を聞く以外特にさせることもなく、
通信機能のない娯楽として絵を描く道具を渡してあったのだった。


クロヴィスの言い方には人を和ませるような、落ち着かせるような何かがあった。
純粋な人柄によるものなのか、皇室で生き延びるために無害を装ってきたことによるものなのかは分からないが、
ついルルーシュは毒気を抜かれてしまうのだった。


「なあ、ナナリーにそろそろ合わせてくれないか。三人でお茶を飲んだりするのも悪くない。
整形でも何でもして、絵描きとしてのんびり暮らしたいんだ、私は」
その名前を出した途端、異母兄の死を悲しむ妹の姿を思ったのか、
表情を歪めるルルーシュを見て、クロヴィスは思いを巡らせた。


その言葉はクロヴィスの本心ではなかった。
そういった願望がないといえば嘘になるが、
それよりも彼はルルーシュにその手を汚させるような道を歩いてほしくはなかったのだ。
彼が自分の部下を殺し、自分にしたことを全て受け入れて、
それでもクロヴィスの心に今一番強く残っているのは、異母弟の持つ悲しみだった。


彼が高位皇族としてその中を生き抜きエリア11総督に選ばれるほどになったのは、社交術に優れていたからだ。
その場に応じた対応はアクシデントのようなことがなければまず上手くいっていた。
何故ならその技は通り一遍のものではなく、
相手との会話や表情の僅かな動きからその感情を読み取る天賦のものだったからだ。

絵を描くという彼の特技はそのまま彼に相手の感情を想像させ、共感に至らせる。
それは一種独特の連帯感を生みだす。
相手はその空気に身をつい委ねてしまう。外交といっても全ての人間が理によってのみ動くわけではない。
そういった相手はシュナイゼルが当たり、逆に感情が強く出る相手や国にはクロヴィスが多く当たってきた。
内政では自分の立案と実行力の不足から生かせなかったが、
それ以前、文官や宰相シュナイゼルの示した策を大成功とはいかなくても、
失敗はほとんどさせずに気がつけば有利に進める外交手腕。その根幹となるクロヴィスの力。

その能力が、クロヴィスにルルーシュの深い怒りと悲しみを思わせた。


皇帝に生を否定され、母を弱者と言い切ったあの謁見での苦痛は今もまだ彼を縛りつけているだろう。
自分の命をかけて救うほどの友と戦争で引き裂かれた怒りは彼の内にあるだろう。
たった一人、妹だけを守ろうと強くあれと過ごしたこの7年は辛かっただろう。

幾つもの感情がうねりとなってクロヴィスの中に沸き起こる。

静かに暮らしていくことは、ルルーシュの才をもってすれば金銭的には何とかなるだろう。
百歩譲ってマリアンヌ后妃の死因を調べるのも、ルルーシュの力とあのコーネリアがいれば何とかなる。


だが、ブリタニアの崩壊というルルーシュの悲願は、彼を深く傷つける結果をもたらすとしか思えなかった。



数日前、何を思い立ったのか、たまには外に出ないとおかしくなるとルルーシュが言い出し二人で外を歩いた。
もちろん通信機器は持たせてもらえなかったし、髪も染め、変装用のマスクも被ってはいたが。
気分転換が済んだ後で、クロヴィスに虐殺という罪を自覚させるために訪れたシンジュクゲットーで、
彼は泣いていたのだ。


そこにいた人々の、豊かとは言えなくても、確かに感じ取れた生活の跡。
それはクロヴィスに大きなショックを与えた。
自分の命令で行われた暴力の結果。そこに残る血の跡。頭に響くような怨嗟の念。

それを止めたはずの彼が、泣いていた。
イレブンの子供の遺体の目を伏せ、またブリタニア兵の遺体を瓦礫から掘り起こしたその後で。
それが何より辛かった。


ルルーシュは、優しすぎる。
他人のために泣いてしまう少年。
殺されかけた経験があって、憎む理由があって、それなのに。
かつて暴力で大切なものを失った彼が、それを振るう自分にどれだけ耐えられるだろうか。


意地っ張りで、負けず嫌いで、でも感情は表にあまり出さないように努めてきた異母弟。
頭が良いのは知っている。チェスではついに勝てなかった。それでも彼はまだわずか17歳の少年なのだ。



自分は、彼の心を守ろう。
だって、彼が生まれてからずっと彼の兄なのだから。



元気のないルルーシュを励ますように、クロヴィスは語りかけた。
「ルルーシュの好きに、思った通りにするといい。悪い結果になったって、お前なら取り戻せるさ。
もっと、我がままになっていいんだよ―――」





その日の夜、ルルーシュはゼロとして連絡を取っていた。
「ああ、扇か。私だ。エナジーフィラーの保管庫襲撃は上手くいったようだな。
これは地味だが長期計画の土台となる部分だ。しっかり頼む。
サザーランドはもう少しで数が揃う。それが終わったら、クロヴィスが遺した虎の子のグロースターを奪取する。
カレンならば乗りこなせるだろう。
グラスゴーを無頼に改造したように、改装の案がある。エース級にはいずれそれを配備したい」


扇たちのグループはナオトの遺した作戦のあと、ゼロに出会わなければ空中分解していただろう。
命をかけて何かと戦うということはそれほど容易いことではない。
人の上に立ち、まとめる力を本当に持つ人物というのは稀有な存在なのだ。
その心根はともかく、そういった才覚の点では凡庸だった扇はゼロの力の凄さを誰よりも理解していた。
シンジュクの事件からひと月ほど、彼らはほぼ団員分のナイトメアを確保し、
十分な量のエナジーフィラーを手に入れていた。
それはゼロが用意したものではなく、ゼロの作戦によって彼らが奪取したものだ。
腐敗した私腹を肥やす軍人によって横流しされる物資のルートを探り、
日本の土地から奪われたサクラダイトによって作られたエナジーフィラーを取り戻すという
日本人、という民族を強く思わせるそれは、団員の士気を高め、失敗した時のために幾重にも策を重ねたものであった。


―――これで、今月末には新しい組織を発足する目処が立った。
後は、スザクのことを…。





次の日、ルルーシュはギアスを使い一騒動起こした。
数日前クロヴィスの所から帰る時、着いてきた猫を利用して、何か大事なものが盗まれたように見せかけたのだ。
副会長が何かくわえた猫を必死に追いかけていた、と人に伝えるようギアスをかけて。
こういった騒ぎが好きなミレイはルルーシュの思惑通り事を広め、
猫を捕まえた者は生徒会メンバーとキス出来る、などと触れ回り、学園は大騒ぎになった。

猫語的な何か、を用いて(昔ユフィに習った)その通り道を指示し、
念のため餌を置いておいたのが功を奏したのか、猫は見事に逃げ回った。


最後にわざわざ猫を追うふりで時計塔に登り、落ちそうになったのをスザクに助けてもらった。
人が調度、計算通りに集まって注目を浴びる中で、スザクにこの体力馬鹿、と軽口を叩く。
ニーナが何故か普段以上にイレブンであるスザクに怯えていたのがルルーシュには気になったが、
あたりを鎮めるためにその場でスザクを友達だと、そう宣言し、生徒会に引き込んだ。

仕方ないか、こういう人だから、この方は―――ミレイが口の中でそう呟き、スザクを認め、
リヴァルやシャーリーが態度を変えてスザクに接する傍ら、カレンがどこかほっとするのを見て、
その脇で暗い思いを抱える少女に、ルルーシュは気付かなかった。

―――どうして。彼の一番はずっとナナリーちゃんで、他はずっと遠くにいて、私はそれだけで幸せだったのに。
どうしていきなりイレブンなんかがそんな所にいるのよ―――


最後、猫を捕まえたナナリーはご褒美です、とルルーシュとスザクの頬に口づけた。
穏やかな、しかし何かが変わり始めた午後のことだった。




「これが、いい傾向なのか、悪い傾向なのか。まだ判断は出来ませんが、人はやはり変わっていくものなのですね」
生徒たちの中心にいるルルーシュとスザクとナナリーを見て、弟を思うように、篠崎咲世子はそう呟いた。

「はい、こちら篠崎です。枢木スザクはアッシュフォード学園に通っていますが、
特に理由があって、という訳ではなさそうです。
強いて言えば、彼の所属する特別派遣嚮導部がアッシュフォードの大学部に来たから、でしょうか。
…ええ、ガニメデの資料は以前届けたもので全てです。
相変わらず、彼は見事に名誉ブリタニア人ですよ。
あの白いナイトメアの情報は思ったよりも厳重に管理されています。盗み出すのは難しいですね。
軍の指揮系統が通常と異なる、ということは分かったのですが。
あとはそちらでお願いします。…はい。美しき日本のために」



名誉ブリタニア人には所持を許可されていないはずの携帯電話を切って、彼女は自分の仕える主を思った。
この七年で自分は随分と変わったような気がする。
以前の全てを欺いてきたのが本当なのか、今の主たちとのささやかな暮らしを愛するのが自分なのか、
今はもう分からなくなってしまった。

ただ一つ確かなことは、記憶に強く残るあの日のような夕焼けを、もう一度見せてくれる人がいたとしたら、
それは彼ではないのかという思いだった。





その日の夜。トウキョウ租界政庁。

はあ。とユーフェミアはため息をついた。
自分に出来ることをしようと、資料を集めたものの、どれから手を付けて良いかが分からない。
難しい単語や、あまりにも額が大きすぎてピンとこない金額の羅列を見て、自分の能力の無さを改めて思い知らされた。
スザクに偉そうに言っておきながら、自分はこのざまだ。彼にはナイトメアという力があるのに、
自分には、何もない。
でも、まだ頑張ってみようと本を手に取った時、部屋の扉が開いた。
「お姉様? どうしたのですか」
近頃総督という地位につき、忙しそうにしていた姉の久し振りの来訪だった。

「ああ、勉強していたのか、ユフィ。いい心がけだ。
実は、お前の教育役に最近勢いを取り返しつつある貴族の家で、人柄的にも悪くないのがいてな。

ミレイ・アッシュフォードというんだが。

学園の生徒会長という役職ではあるが、様々な立案能力に優れ、それを押し通す力もある。
何より、彼女の力で家は随分と豊かになったという話だ。
学生なので休日だけになるが、平日はダールトンと純血派の中でまともなヴィレッタという女を付ければ良いと思うし、
年齢も近い、どうだろう」

スザクに薦めた学園の名前を聞いて、話を聞けるかもしれないと僅かに心が躍り、
ユーフェミアはその提案を二つ返事で受けてしまった。



徐々に、ルルーシュを取り巻く環境は変化を迎えようとしていた。



[3892] セイヤク の 言葉
Name: 鬼八◆c53b7f0c ID:b89231d8
Date: 2008/09/25 17:51
母が死んだ。いや、殺された。

その時の、身体から流れる血の赤い色を、妹の声すら上げられない震えを、自分は生涯忘れることはないだろう。

それは暴力だった。
情けのない、他を選ぶ余地のない、振り下ろされた暴力だった。

放たれた弾丸には既に意思がない。
ただ、撃ったという事実と、それが避け得ないものだったという結果に死体が残っただけだ。

そして、自分は恐らくその時にほんとうの意味でブリタニアが求める力の醜悪さを知ったのだ。



8年前 2009a.t.b.
ブリタニア本国、宮殿内謁見の間。
高い天井の建物。それは国の強大さを示す権力者の証。
威圧するために作られたような大きな、重みを感じさせる扉がゆっくりと開かれる。

―――神聖ブリタニア帝国、第十七皇位継承者、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア様、御入来。

怒りを抑えきれない、睨むような視線の先に、見下すように彼の父親である
シャルル・ジ・ブリタニアは尊大な態度で玉座に座っていた。


ルルーシュと皇帝を繋ぐ道の脇に数十人の貴族がいた。
彼が歩むその脇で、ひそやかに会話がなされる。

数日前何者かによって彼の母親が殺され、妹は足を撃たれた。
その時のショックで妹は世界を見ることが出来なくなった。
彼らの住まうアリエスの離宮。テロリストがそんな場所を襲うなどということは、警備上から見て不可能なはずだった。
そう、事件は何者かが仕組んだことだったのだ―――
そう彼らは噂した。


その歳に見合わないしっかりとした様子で、彼は儀礼の挨拶を済ませると、強い意志を感じさせる声で言った。
「皇帝陛下、母が、身罷りました」
その言葉を聞いた皇帝は、何の興味もない、といった様子でそれに応えた。
「だから、どうした」
予想もしていなかったその反応に思わずその場で身を乗り出し、大声を上げる。
「だから!?」
「そんなことを言うために、お前はぁ、ブリタニア皇帝に謁見を求めたのか。
次の者を。子供をあやしている暇はない」
ついに感情を抑えきれず、皇帝の元へ駆け寄るルルーシュ。
「父上!」

衛兵がルルーシュを取り押さえるのを皇帝は手でやめろと合図する。
「「イエス、ユアマジェスティ」」
これが、皇子と皇帝の距離。触れることさえ出来ない、およそ親子とは言い難い、絶望的なそれ。
しかし、そこにいたのは既に歳不相応の皇子の姿ではなく、懸命に父親に噛みつこうとする少年だった。
「何故、母さんを守らなかったのですか! 皇帝ですよね、この国で一番偉いんですよね!?
ッ、だったら守れたはずです。ナナリーの所にも顔を出すぐらいは…!」

「弱者に用はない」
皇帝は、そう一言で切り捨てた。その傲慢。王だからこそ許される発言。彼がブリタニアという国そのものだった。
「弱者…?」
何を言ったのか理解出来ないといった様子で、繰り返した。
「それが―――皇族というものだ」

思考が理解に、理解が感情に追いつく。ルルーシュは激情に身を委ね、声を荒げた。
「なら僕は、皇位継承権なんて要りません…!」
ざわめく貴族。
高位とは言えないが、低くはない17位という継承権。
その地位があれば、不自由のない程度の暮らしなら出来るはずだった。この時までは。
「あなたの後を継ぐのも、争いに巻き込まれるのも、もう沢山です!」

しかし、そんなルルーシュを見る皇帝の目は、人間を見るものではなかった。
「―――死んでおる」
「!?」

「お前は、生まれた時から死んでおるのだ。
身に纏ったその服は誰が、与えた。家も食事も、命すらも、全てわしが与えたもの。
つまり! お前は生きたことが一度もないのだ!
―――然るに、何たる愚かしさァ!」

言葉と共に立ちあがる皇帝。
「…!」
気押されるように、後ろに転び、震える。
「ルルーシュぅ。死んでおるお前に権利などない。
ナナリーと共に日本へ渡れ。皇子と皇女なら、良い取引材料だ―――」


それは、間違いなく彼に刻まれた呪いだった。
本来であれば、8年後も変わらずあり続けるはずの、呪い。
だが、運命は、この時すでに道を違え始めていた。





その数日後。
皇帝に逆らえる者など、ブリタニアには誰一人としていない。
ルルーシュとナナリーは日本との戦争を防ぐための―――少なくとも日本にとっては―――人質であり、
ブリタニアにとっては殺されれば開戦の理由となる人身御供として送られることになった。


皇帝に生を否定されたルルーシュは自失していた。
ナナリーを守るという意志だけが彼を動かしていたが、その瞳は虚ろなままだ。

亡きマリアンヌを慕っていた離宮の使用人達が、涙を流して彼らを見送る。
中には、ヴィ家の後ろ盾であったアッシュフォード家の当主、ルーベン・K・アッシュフォードもいた。
自分の力のなさを嘆き、苦しげな表情を表す彼に、ルルーシュは一言、今までありがとう、と告げた。

警護を担当する数人を鋭い眼差しで睨み、ルルーシュは車椅子に乗った妹を決して触らせようとはしなかった。

あと1時間もすれば、飛行機が出る。
ルルーシュは、もうこの土地を訪れることはないだろうと思っていた。



その時、ふいに空港が静寂に包まれる。
直後、諌めるような声が聞こえた。
少しずつ近づいてくる足音。
存在感のある足音だった。既にその場にいた誰もに聞こえるほどの。
空気が変わる。張りつめたような凛とした雰囲気。
諌める声を一喝すると、皇族用のマントが翻る。
近づいてくる姿を見て、ルルーシュは思わずナナリーを庇うようにその人物と向き合った。


「何用ですか、コーネリア殿下」


警戒心を隠そうとしない。相手は第二皇女。でも、どんなことがあっても、ナナリーだけは。


「ルルーシュ」
その呼びかけに、震えそうになる身体を必死で抑えた。


「どんな言葉を持ってしても、お前の悲しみを癒すことは出来ない。
どんな手を用いても、死者を蘇えらせる術はない」


ルルーシュはその言葉に息を止めた。本能的に耳を傾ける。一言も聞き逃さぬように。


「私は、今ほど自分の弱さを思ったことはない。弱いことが、こんなにも悔しいものだなんてな」


視線と視線が合う。そらされることはない。互いが互いのことを、少しでも分かろうとしている。
ルルーシュは声を出さなかった。コーネリアが次に何か語ろうとするのを理解し、それを受け入れたからだ。
二人の表情はどこまでも真剣で、美しいものだった。
その場にいた全てのものは、自分が何か重大な出来事に立ち会っていると、空気で知った。
あるいは、それが何かの世界を変えるほどの。


「この感情は、憐みではない。私の罪を償うためのものでもない。
だが、私は未だこの想いを言葉には表わせない。
だから、これは誓約だ。私からお前への。
もしもお前が受け入れるのであれば、それは約束となり、契約となる。
戻れない過去を思うのではなく、いつか来る未来への」


膝をつき、ルルーシュと同じ高さで視線を合わせる。
コーネリアはその手をそっと包み込んだ。
ナナリーは、涙を流していた。どうして、自分はこの肌で感じるほどの美しい光景を、見ることが出来ないのだろう。
それでも、兄に向けられる言葉が、ただ嬉しかった。


「誰よりも強くなろう。
全てから、お前たちを守るために。
そして必ず迎えに行こう」


それは、ルルーシュとナナリーのためだけの言葉であり、他の者にとっては皇帝を目指すという宣言だった。

ルルーシュは声を出すことが出来なかった。息を吸ってはくものの、言葉にならない。
あらゆる感情が消えて、あろうとしていた兄の姿が消えて、ただのルルーシュという人間が残った。
自分には何もない。生きてさえ、いない。その呪いが彼を縛る。
それでも手を握り返し、一度確かに頷いた。

それはもはや、神聖な誓いだった。
物語の中だけに存在を許された、奇跡の幻想だった。
だが、それは確かにそこに存在した。

コーネリアはルルーシュの手を握り返し、母のような、しかしどこかが決定的に違う温かさで微笑みかけた。


「お前は今までずっと、確かに生きていたよ。
だから、これからも。
生きて、生きて生き抜いて、いつか必ず―――」



それが、一度目の契約だった。











「はい。学園があるので休日でよければ。
教育役への指名、光栄の極みです。私に出来る限りをお約束致します。
…いいえ。彼らの喪に服すため、その変わらぬ忠誠のためこの地に我が家は参りましたが、
未だ御遺体などは発見できないままです。申し訳ございません。

イエス、ユアハイネス」

コーネリアが電話を切った後で、ミレイ・アッシュフォードは息をついた。
電話越しであの威圧感。対面するのが恐ろしいほどだ。しかし、彼らのために決して口を割るわけにはいかない。
守ると決めたのだ。アッシュフォードに彼らを受け入れると決めたその時、彼の瞳を見た時から。

「どうだった。ミレイ」
理事長席に座るルーベンが問いかける。
「お父様とお母様は喜ぶでしょうね。コーネリア殿下だけでなく、ユーフェミア様からも指名が入ったわ。
でも、こちらを調べ回ってはいないみたい。あの様子だと、名前だけでばれると思う。
副会長の名前、表向きの書類に載せなくて正解だったわね」

どちらにせよ、一度彼と話合う必要はあるだろうけど。
そう言って彼女は部屋を後にした。



「どうしても行くのか?」
テレビでサイタマゲットー殲滅作戦の予定が流されるのを見て、C.C.はルルーシュに問いかけた。
「ああ」
ベットから立ち上がり、銃をルルーシュに向ける。
「行かせない、と言ったら」
ルルーシュは手を上げる仕草をした。降参のポーズ。

―――ああ、そうか。俺に死なれたら、契約を果たせないからな。互いの不利益になることはしない約束だった。

だが、これからの戦いは何度も想定してきたものだった。
ルルーシュが生き延びられれば彼女にとっては問題ないはず。

「一度だけなら、最悪ギアスを使って生き延びられる。本名を名乗ってでも、な。
戦力はカレンだけだな、今使えるのは。…未確定要素もあるが」

ため息をついて銃を下ろすC.C.。
「何がお前をそうまでさせる」

手を下げ、写真入りのロケットをいじるルルーシュ。
あの時、ブリタニアからただ一つだけ持ち出した、自分の未練。

「一度、自分で力を測らなければならない。姉上だけは。
それに、シンジュクを止めて、他を止めないなんて、許されない。
ここまであからさまにやられたら」

C.C.は何も言わず、去っていくルルーシュをただ見送った。



―――相手はブリタニアの魔女と呼ばれる姉上だ。
アレに対する策は考えてあるが、親衛隊の対処が問題だな。
指揮能力を予想するに、現地のテロリストでは不足。
カレンの方はシミュレーターでしかあの機体の能力を測っていない。数で押されると危ないか。
…博打だが、やってみる価値はある。情勢的にそろそろ動きたい時期だろう。ましてやゼロからの連絡となれば。




G1ベースの近く。特派トレーラーがゆっくりと動き出す。
技術者たちが慌ただしく動き回る。
コーネリアによって派遣された士官が戦略図を前に責任者のロイドとこれからの作戦を話し合っている。
「スザク君、準備はいい?」
セシルから連絡が入り、スザクはランスロットの中でそれに応えた。
この作戦は踏み絵でもある。だが、それだけではない。総督府での態度が引っかかっていた。
公私をはっきり分けると言われる彼女がスザクを戦場に出させると言ったことの真意はいったい何だ。
それほどまでに彼女にとってルルーシュとナナリーは大きな存在なのか。

「はい。…ですが、こんなこと」
ご機嫌な声で割り込んでくるロイドの声。
「ざ~んねんでした! 僕たちは軍人だからね。上官の命令は絶対なの。
僕たちがやらなくても、結局誰かがやることになるんだし、それならランスロットのデータを取れた方がお得じゃな~い?」

テンションの高いロイドを笑顔で脅し静かにさせるセシル。
スザクは思考の渦の中にいた。

―――コーネリア殿下は近くで見ろと言った。判断するのは僕だ。
それに、上手く立ち回れば死ぬ人を少なく出来るかもしれない。
ナイトメアが出てきたらコックピット以外の武器を破壊。
乗っていなければ、シールドとハーケンで力の差を見せつけて投降を呼びかける。
今、自分に出来ることを。僕を認めてくれたもう一人の彼女にも恥じることのないように。





再び虐殺が広がろうとしていた。そこで人はまた数多く死ぬことになるだろう。
しかし、そのあり方はゼロの存在によって大きく変わることとなる。



日本の開放と、エリアの安定。
ハーフのレジスタンスと、名誉ブリタニア人のパイロット。
そして、姉に救われた弟と、弟を探す姉。

様々な思惑が入り乱れようとしていた。
戦場であいまみえることはあっても、想いは未だ重なり合うことはない。



[3892] すれ違う 戦場
Name: 鬼八◆c53b7f0c ID:b89231d8
Date: 2008/08/20 12:40
「責任者の処分、完了しました」
ダールトンが司令室に入ってきた通信を報告する。
「分かった。出てくるかな、ゼロは?」
「ここで現れなければ、我らにとって脅威にはなりえません」
それを聞いてコーネリアは獰猛な笑みを浮かべた。戦場に立つ堂々たる王者の風格。
しかし、雰囲気がいつもの超然とした様子とは違っていた。

―――駄目だ、うずきが止められそうにない。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ようやく殺せる。あの子を私から奪ったイレブンを。



戦闘が始まり、ある程度経った後、
正規軍の力を見せつけられ士気が崩壊するころにルルーシュは心理的隙をついてテロリストに連絡を取った。
ギアスで奪ったナイトメアに乗り、通信からブリタニア軍の配置を確認し、その場で用意してきた作戦から
もっとも効果の高いものを選び、テロリスト達に動きを指示した。

コーネリアは基本的にこの戦いで策を必要としない。
それほどの戦力差がある。兵の能力も兵器の性能も数もあらゆる面において。
そこに慢心はない。シンジュクでの戦闘を知っているからだ。

ただ、彼女にとって想定外だったのは、ゼロの正体が戦場に立つ軍人としての姿だけでなく、
その普段の人格すらも考えて作戦を予測することの出来るルルーシュだということだった。

姉と弟の戦いが始まる。





全ての準備が整ったのを確認し、ゼロとして声を上げる。
「行くぞ、カレン。虐殺を止める。私たちの手で!」
「はい!」
そこには高揚があった。ジェレミア相手に枢木を取り返した力。シンジュクで生き残った力。
この人について行けば、何でも出来る気がする。そうカレンは感じていた。
そして、彼女は新しいナイトメアのフットペダルを踏み込んだ。




ブリタニア軍は進路を読まれ、次々にゲリラ的戦法で確固撃破されていく。
「やはりゼロか? 通信コードがばれているな。しかし、それでもここまで対応されるものなのか」
コーネリアは短時間のあまりの被害に驚いた。
一般の兵に全ての作戦が伝えられている訳ではない。
鹵獲されているのはおそらくサザーランド。グロースターは親衛隊機なので誰が乗っているか分かる。
通信も全てではなく一部が聞かれている程度、あとは兵の配置と移動からゼロは先を読んでいる。
戦場にいる数十機のナイトメアの動きを予測しながらそれを的確に撃破する、その指揮能力。
幾つもの戦場を知る彼女にとっても五本の指に入る知略だった。


「ここまでは予想通り…」
作戦の順調な進行を遮るようにルルーシュの元に通信が入る。
「やばい、一機とんでもないのがいる! 止められない!」


幾つかの機体につけたカメラで通信が入ったエリアを確認する。
そして、笑う。
「やはり出たか、白兜!」
前回の脅威的な突破力から前線に出てくることは予想できた。
おそらくあれは試作機、その能力が認められたといったところか。
だが、ナイトメアである限り、弱点はある。
「カレン、例のポイントまで白兜を誘導しろ!」



スザクはランスロットの力でテロリストの機体を次々と撃破していた。
命だけは奪わないように、コックピットは狙わない。それでも圧倒的だった。
7機目を撃破したところで、死角からスラッシュハーケンを打ちこまれる。
圧倒的反応力で回避したが、その視界に映ったのは見たこともない機体だった。

「あの機体はグロースター!? いや違う、何だあれは!?」
赤くペイントされた機体。グロースターの面影の残るそれは槍の代わりに片刃の剣、刀を模した武装を下げていた。
「この前の借りは返させてもらう!」
刀を振りかぶり、ランスロットから放たれたハーケンを破壊する。
カレンは距離をとり、ランスロットの攻撃をかわそうと精神を集中させた。



カレンの戦闘をカメラで確認しながら、進路を示す。
「工兵部隊、準備は!」
「大丈夫です。いつでも行けます」
「よし、お前たちは作戦後住民と共に退避しろ」


既に他の部隊と1キロ近く離れた廃墟でようやくスザクはカレンを追いつめた。
「逃がすか!」
「かかったな!」
ルルーシュの合図と共にランスロットの足元が崩れ去る。
穴に嵌った所の近くにあったドラム缶をバルカンで撃ち抜くと粉があふれ出す。
中に溜められていた水が、抜け出そうとするランスロットのランドスピナーによる摩擦熱と
機体の出す放出熱で急速に固まりだす。

「何!?」
ランスロットは腰のあたりまで液体に浸かり、動けない。
かろうじて上半身は動くため、歩兵には対応出来るが抜け出すことは不可能だった。

「あー! 僕のランスロットが!」
通信でスザクから状況を聞いたロイドは一人頭を抱えて叫んだ。


ランスロットを破壊するのに時間を取られるのは良策ではない。
ルルーシュは目的である住民の避難を優先し、カレンに移動を指示した。
「サザーランド部隊は壊滅した、避難も八割方完了。あとは親衛隊の守る一区画…!」



三機で親衛隊一機にあたるよう指示し、カレンにはその中でも違うカスタムをした機体と戦わせる。
恐らく相手はギルフォードのような騎士かダールトンクラスのレベル。
ハードの面ではほとんど変わらない。ただ、カレンの機体はアッシュフォードの技術を用いたOSを搭載してある。
数値の上ではこちらが勝つはずだった。しかし。


「やはりゼロか、この短期間にここまでテロ組織を纏めるとは。だが、我ら親衛隊はそう簡単にはゆかぬぞ!」
ダールトンのグロースターがカレンの機体、戦姫に襲いかかる。
咄嗟に反応するものの、回避しきれずダメージを受ける。
「こっちの方が機体性能は上のはずなのに!?」
「なかなかやりおる。だが、私にはまだ及ばぬ!」
歩んできた戦場の数。ナイトメアへの騎乗時間の差。
そして元は同じ機体であり、その癖を知っている親衛隊には分がある。
いくら才能があったとしても、それらを埋めるにはカレンには時間が足りな過ぎた。


テロリストの機体ではグロースターにまったく歯が立たない。さらに、おそらくこちらの動きも読まれている。
それにやはり、まだカレンでは親衛隊1機が限界だった。
さらにコーネリアは残ったサザーランドに撤退を命じた。
命令に従わなければベースからどこに機体がいるのか情報が送られなくなる。
そうすれば戦いにならない。ルルーシュは従うしかない。


―――分断された、完全に。どうする…。
「一旦すべてのサザーランド部隊は機体から降りよ!」
命令に従わなければ撃つと宣言し、ルルーシュは追いつめられたことを悟った。
名を明かし、ギアスを使うことを覚悟した時、一機のナイトメアが乱入する。


「助けに来てやったよ、ゼロ!」
「あの色、四聖剣か!?」
突然のことに動揺する戦場。他の機体とは違うカラーリングをした無頼・改が親衛隊に襲いかかる。


サザーランド部隊は突然の無頼急襲に散り散りになり、ルルーシュはその場を脱出した。


無頼・改は数機のグロースターを相手に戦っている。積極的に攻めず、相手の攻撃をかわし隙を突く戦法。
やられないのは廃墟を時には破壊しながら遮蔽物として使う、地形を利用する上手い戦い方にあった。
その間にテロリスト達はその場を離脱する。


戦力は四聖剣と藤堂が来たと見ていい。だが、こちらの損耗率が戦闘継続を不可能だと示している。
彼らには一機で戦場をひっくり返すほどの力はない。
コーネリアはベースにまだ予備兵力も残している。ここは撤退するしかない。


苦戦していたカレンの元に一機のナイトメアが現れ、包囲が解かれる。
「朝比奈! 殲滅が目的ではない。住民の避難は完了した、例の人物も卜部が確保した、引くぞ!」
「分かりました!」

その操縦技術を見せつけられ、カレンは力の差を思い知った。
「すごい、これがナイトメア乗りの実力の差…!」



こうして、彼らの一度目の戦いは幕を下ろした。



目を閉じて、戦場を思い出す。今日動いた全ての兵力を覚えている。そして分析する。
「やはり、強さが違う。これでも相手は全力を出していない。姉上、これほどまでとは…」
親衛隊の強さと後半こちらの動きに対応してきた適応力。その高さをルルーシュは肌で感じていた。
―――やはり必要だ。ブリタニアと戦える、訓練された軍隊の力が。




その数時間後、しばらく動けない状態になったランスロットを回収し、
ロイドはトレーラーの中で真剣な表情をしていた。
それはどこか嬉しげで、何かが欠けているような壊れた人間の表情だった。
「やっぱり地面に足が付いている内はダメか、本格的に取り組むべきかな、フロートシステム…!」
彼の頭の中に、新しい図式が引かれる。



[3892] 繋がれる 人々
Name: 鬼八◆c53b7f0c ID:b89231d8
Date: 2008/09/07 22:21
「スザク、お前は旅行、行くのか?」
生徒会室での談笑中、ルルーシュは尋ねた。
「仕事が重なっちゃうから今回はちょっと無理かな。
以前よりも休みは増えたんだけど、だいたい半日とかだし、学校の勉強とか結構やることも多いから。
そういえば、今回の旅行はナナリーも行くんだよね。大丈夫?」

生徒会メンバーで河口湖畔のホテルに泊まる旅行が計画されていたのだった。
これはミレイがアッシュフォード家代表として、サクラダイト分配会議に参加するある貴族と
今後のエリア11の経済について話をするついでのことである。
ここ数年でエリア11でも有数の富豪となったアッシュフォードは、
ミレイの両親が中心となり家の復興を目指しているから、これはそういった人脈作りのための機会なのだ。


「咲世子さんが付いていてくれるし、ニーナや会長もいるから大丈夫だろ。
たまには悪くないと思う。ところで会長。ユーフェミア様の教育役、休めるんですか?」

ちょっとー、なんで私の名前がないのよー。俺も、俺も。リヴァル行かないじゃない。
シャーリーとリヴァルが反応し、リヴァルが突っ込まれる。
ニーナはどこか嬉しそうにナナリーと折り紙を折っている。

「うん。書類仕事とかだいぶ覚えてきていらっしゃるし、たまには休みも必要だからって。
ルルーシュはどうして行かないの?」

教育役を受けることになってから3週間ほど、何度かミレイとルルーシュは話し合っていた。
スザクがお気に入りのようで話をよくせがまれるらしい。
読むべき本や覚えるべきことなどはルルーシュを通して教えている。
飲み込みは普通だが、やる気があって教えがいがあると聞いていた。

ルルーシュとナナリーのことは秘密にしているし、それほど問題はない。
いずれ副総督という地位的に対立するかもしれないが、
ルルーシュは感情と理屈、二つの面で彼女を敵に回したくはなかった。
ユーフェミアを引き入れる策を考えながら質問に答える。

「体育の補習。ってのは冗談で、ボランティアでゲットー開発の手伝いです。
この前の殲滅作戦の影響で資料をまとめ直さないといけないので」

アッシュフォードの復興の助けとして、ルルーシュはゲットーの土地を少しずつ買収し、
租界との緩衝地帯を設ける提案をしていた。
ブリタニアにとっては少しずつ安全な土地が増え、イレブンにはライフラインが整備された土地が安く提供される。
互いのバランスをとりながら支配するやり方だった。


そんなやり取りを、カレンは複雑な表情で聞いていた。




放課後、カレンが帰ろうとすると、シャーリーに声をかけられた。
「…ねえ、カレン。ルルとどういう関係なの?」
突然のことに困惑するカレン。病弱なお嬢様を装って問いかける。
「どういう関係って、言われても。特に何もないけど、どうして?」
「嘘だよ。この間、私見ちゃったんだ。ルルとカレンが公園で一緒にいた所。
…私には気付いてなかったみたいだけど、ルル、カレンの腕を取ってそのままどこかに行った」




その日はルルーシュがたまたまクロヴィスのために画材を買った帰りだった。
公園でブリタニア人に商売をしていたイレブンが絡まれているのをカレンが助けようとしたのをルルーシュが諌め、
ブリタニア人に話しかけ追い払った後、下手に逆らっていたら、商売が出来なくなっていたと言った。
カレンはそれに機嫌を悪くしたが、黙ってルルーシュの話に耳を傾けた。

名誉ブリタニア人として生きるか日本人として生きるかはプライドの問題だと。
でもそれが全てではないと。
家族がいればそのために稼がなければいけないように、人にはそれぞれ事情があると。彼はそう言った。

カレンは言い返せなかった。
ルルーシュが枢木スザクに友好的なのを知っているし、彼が大事にしている妹を咲世子に頭を下げて頼むのも見ている。
彼は基本的に人種などで人を判断することはない。
ニーナがかつていじめられていた時助けたのも彼だと言うし、
クールな優等生のように見えて、意外と感情的な所も知っている。
両親がいないのでアッシュフォードの手伝いをして生活費や学費を稼いでいるのも聞いた。

彼は自分に出来る範囲でやれることをやっている。
それに比べ自分たちはゼロに頼り切りだった。
作戦を実行するのは彼女たちだったが、彼がいなければ何も出来ず死んでいただろう。
その事がカレンを沈黙させた。


言ってしまいたかった。自分がハーフだということを。その上でレジスタンスにいることを。
妹に優しく接する彼の姿を見て、自分の亡くなった兄を思い出さずにはいられなかった。
仲間になれ、というのは無理でも、黙っていてはくれるだろうと確信があった。
7年前から生まれの為にたびたび虐げられ、扇や仲間たち以外にはよく誤解もされる。
ずっと悩んできたのだ。母との不仲のことも。
だれかに言って、楽になりたかった。


沈黙が続き、何か声をかけようとすると突然腕を引かれた。


しばらく走り、数分後息を切らす。体力はあまりないらしい。
だが、握られた手のひらは長く綺麗な指とは違いごつごつとした男性を感じさせるものだった。
互いに別の理由で顔を赤らめ、止まった後どうしたのかと聞くと言葉につまり、
苦手な人間がいたから逃げたのだという(実際はたまたま休暇だったギルフォードの顔を見かけたからだった)。
様子を不審に思ったが、自分にも隠していることがあり、負い目があるので追及せずその場で別れた。




あの時のことかとカレンは思い出した。だが、ルルーシュの思惑は分からないし、
下手に興味をもたれるのも自分の素姓的にまずい。
「あれは別に、大したことじゃないわ。手違いというか、何というか…」
適当にはぐらかし、シャーリーの追跡をまいてからいつものようにゲットーに向かうのだった。



ルルーシュはゼロとして扇たちのグループのアジトにいた。
ナイトメアのシミュレーターを用意したり、
やがて必要になるからと各種車両の技能を身につけられる場所を紹介していたのだ。

確かに戦場の華はナイトメアだ。
しかし、ルルーシュはそれだけに頼ろうとはしなかった。索敵用の航空部隊や、歩兵を甘く見てはいなかった。
日本のブリタニアとの戦争で厳島の奇跡と言われた戦いを何度も研究した結果だった。
油断と慢心があれば失われるのは兵の命。それをルルーシュは許さない。
彼にとって他人の生は、時にその人物が考えているよりも重いものだった。


カレンとの模擬戦を終え、シミュレーターから降りる。
地形や機体の癖をうまく利用し、勝率は五分といった所。初めに比べてカレンは信じられない成長を見せていた。
自分にはそれなりの才能しかないことが、歯がゆい。
だが、その為に人を頼るのだ。暴力だけに頼っても全てを解決できる訳ではない。
頭を使うのが自分の仕事、そう自分に言い聞かせた。



「カレン強くなったなー。ゼロ、彼女をどう思う?」
脇で見ていた扇や玉城が問いかける。
「ああ、才能としては飛びぬけているな。時が経てばラウンズにも並ぶかもしれない。
…所で、お前たちはいつもそんな物を食べているのか?」
彼らはカップ麺やブロック状の栄養食などを食べていた。

元々、日本は食料自給率の低い国であり、戦争が終わってから飢えで苦しむ人間も少なくなかった。
今はだいぶ輸入なども増えたが、名誉ブリタニア人でなければ職も少なく、食べていくのも大変だ。
ゲットーに足を踏み入れたり、開発を手伝っていても近寄らなければ分からないこともある。
それを知ったルルーシュだった。

玉城を中心に文句を言う面々。普段、令嬢として不自由のない生活をしているカレンはどこか居心地が悪そうにしている。

ルルーシュは考えてカレンにカードを持たせて買出しに行かせる。
食糧や給料のことも考えなければいけない。やることはまだまだある。
クロヴィスをいつこちらに合流させるのかも。


租界のスーパーで同行した井上が運転手となり、カレンは食糧をたっぷりと買い込んできた。
お嬢様として暮らしていたのが災いしてなんとなく買い物のイメージですぐ食べられるものではなく、
食材をそのまま買い込んでいた。

ゼロは頭を抑え、冷蔵庫は後日用意すると言って、料理をし始める。
仮面の男が調理場に立って料理をするシュールな光景に唖然とする一同。

手袋を外した手は一見、モデルのように綺麗だった。
フライパンと鍋と炊飯器くらいしかなく、水は買ってきたミネラルウォーターを使う。

井上が手伝いましょうか、と言うが、邪魔になるからいい。と応えるゼロ。

幾つか小皿の上に副採が用意され、小型のガスコンロをテーブルの上に乗せ、鍋を載せる。
カレンに食器やご飯を用意させ、メンバーに集まるように言う。

何故かゼロの用意したのはすき焼きだった。
仲間意識を強くするとか、そういった考えなのだろうか。
本人は食べず、淡々と肉や野菜を準備する。玉城の手を叩き、肉ばかり食うなと叱る鍋奉行ぶり。

味はしっかり染みていて、カレンは懐かしさに涙を浮かべていた。
扇は玉城とじゃれるゼロの様子に安心したような、ホッとした表情をしていた。


―――ああ、やっぱり彼も人間なんだ。



[3892] 世界 に 晒される 日
Name: 鬼八◆c53b7f0c ID:b89231d8
Date: 2008/08/21 13:09
トンネルを抜けると、岩肌をさらけ出す富士が見えた。

ナナリーは表情を和らげ、ニーナに話しかける。
「ありがとうございます。ニーナさん。もう大丈夫です」

手を離す。
はい、お水です。咲世子はナナリーの汗を拭い、水筒のカップを手渡す。

列車が暗闇の中にいる間、ニーナはナナリーの手を握っていた。
目は確かに見えない。しかし、ナナリーは僅かな温度などから光を感じ取る。
彼女にとって闇はずっと畏怖の対象だった。
母に続き、兄までも消えてしまうような、そんな気がしたからだ。
そんな気配を感じ取り、自分もナナリーと同じく闇を恐れるからこそニーナはナナリーの手を取った。


このエリアにやって来たばかりの頃、ニーナはミレイと共にゲットーを探検し、イレブンに誘拐された。
ミレイはアッシュフォードのSPによって何とか逃げたが、ニーナは運悪く一人取り残された。
その時閉じ込められた倉庫の暗さをずっと覚えている。
銃を突き付けられ、声を出せば殺すと、泣きわめくことさえ出来なかった。


彼女を機転を利かせて助けだしたのがルルーシュだった。
自らの生を示すために、アッシュフォードとやがて渡り合うために、彼はその智を使った。
声を変え電話を使い、中に裏切り者がいると口先だけで仲間割れを起こさせその隙にニーナを助けだしたのだ。
当時まだミドルスクールに通う前だったが、皇族として育ち、後ろ暗いやり取りを見ていた彼には
ただのテロリストでは役不足だった。

彼は子供しか通れないような狭い通風口を通って自ら助けに行った。
その時差しのべられた手が、ニーナにはまるで、神のように見えた。


ナナリーに触れていた手から、ルルーシュと同じ匂いをかすかに感じ、身体の奥が疼いた。





扇たちは、ゼロの用意した新しいトレーラー型のアジトでユニフォームに着替えていた。
組織を新しくする下準備もほぼ整い、後は活動し名を広めるだけ、といったところまで来ていた。
「やっぱりすげーな、ゼロは。こんな大きなアジトどうやって用意したんだ?」
「それは分からない。でも、かなりの財力といろんなコネを持っているんだろうな」
「そうだよな。顔を仮面で隠してるのも、表でかなり知られてるからかもしれないし」


カレンはナイトメアの資料を読み終え、飲み物を片手にテレビをつけた。
ニュースで生徒会のメンバーが訪れたホテルが日本解放戦線にジャックされたと報道されている。
人質の映像が映され、その中にミレイやシャーリーの姿が見える。

「…! 生徒会の」

「例のアッシュフォードの子か。確かにサクラダイト分配会議に来ていてもおかしくはないな。
でも、この状況じゃ…」

「草壁中佐か。日本解放戦線でも強硬派だ。総督はコーネリアだし人質が全員無事ってことはないな」

ゼロの手が震えていたのには、誰も気づかなかった。

―――やられた、ナナリー!
…落ち着け。咲世子さんがいる。彼女がいれば命だけは助かる。
だが、時間が経てば姉上に気づかれる恐れも。それにニーナや会長、シャーリーまで…。





ホテルの中。食品倉庫。

「何故ここに日本人がいる! 貴様、国を売り名誉となったのか!」
草壁中佐が人質の前で咲世子に怒鳴る。しかし、彼女は表情一つ変えずに言う。
「私は国などは関係なく、個人的に雇われた身ですので。
…少しお耳に入れたいことがあります。他の部屋に連れて行って貰えないでしょうか」
彼女の常人とは異なった雰囲気を感じ取ったのか、部屋の外に連れ出すことを許可される。

その際、ニーナにナナリーを頼むと目で小さく合図した。


隣の部屋に移り、咲世子は話し始める。
「私は、キョウト六家、皇に使える者です。お望みなら番号が分かりますので電話で確認されても
かまいません。
今は日本製ナイトメア開発の為、データ収集のスパイとしてアッシュフォードに入り込んでいます。
先に言っておきますが、彼の家に政治的取引に使えるほどの力はありません。
身代金目的なら話は別ですが。
この先の支援のことも考えれば私の邪魔はするべきではありません。
見せしめとするのであれば、他の方が良いでしょう」


ただの軍人が、何代も続く篠崎家の訓練を受けた人間、それもここ数年
ルルーシュとアッシュフォードの互いに優勢を取ろうとするやり取りを近くで見てきた彼女に敵うはずもなかった。
草壁中佐は歯を噛み咲世子を一度睨んだ後、その場を去っていった。






一般道のアスファルトを破壊し、その跡の先にG1ベースがたたずむ。
河口湖の中心に建てられたホテルを取り囲むようにヘリやナイトメアが配置されている。

司令室で一帯の地図が三次元的に表され、コーネリアが説明を受けている。
「橋は一本を残して落とされました。水中、空からの侵入はいずれも失敗。
人質救出作戦展開のために残されたルートは一つだけです。
コンベンションセンターホテルの真下まで通っているライフラインのトンネル、
これを使えば作戦通り、基礎ブロックを破壊して、ホテルを水没させることが出来ます。
このトンネルは物資搬入も兼ねているため、ナイトメアであれば突入できます。
敵にも備えはありましょうが、問題はありません」


三機のサザーランドがトンネルの中を進む。ファクトスフィアや高感度センサーが機能する。
配備されてから2か月ほど、実戦データも集まり、旧日本軍の武器では太刀打ち出来る筈がない。
そのはずだった。


グラスゴーを改造した機体の中で、二人の解放戦線兵がモニターに集中する。
「敵影、三機確認! 予測通り地下坑道を移動してきます」
「了解。雷光、第二起動。左右四連脚部固定。超電磁式散弾粒砲、電圧確認」


サザーランドがトンネルに置かれた何かを視認する。
「アンチナイトメアライフルと思われる。散開しつつ、突破せよ」


全ての準備が整い、狙いをつける。
「超電磁式散弾粒砲、発射!」
弾頭が射出される。速度は今までのレジスタンスの物より少し早い程度。
しかし、サザーランドとの距離がある程度まで縮まると、プログラムに従って弾頭が割れ、数十の弾丸がはじける。

「何!?」

狭いトンネル内にばらまかれる弾丸。軌道は予測出来ても反応しきれない。
装甲を貫くその威力。ましてや数が多い。
パイロットの悲鳴とともに、なすすべもなく三機は撃墜された。



サザーランド撃破の知らせを受け、ざわめく司令室。
コーネリアが一喝して静まらせ、他の案を考えるよう指示する。

しかし、内心、コーネリアは悩んでいた。
相手は強力なリニアカノンを設置していて突破は不可能。
しかし人質解放のために相手の要求を飲むことは絶対に出来ない。
それは総督として、エリアを守る者、守護者として譲れない。
その一方で人質の中には妹ユーフェミアがいる。まさに板挟みだった。

―――もしも妹が人質に取られたら、お前ならどうする。ルルーシュ。



河口湖畔でトレーラーを背に、スザクとロイド、セシルがホテルを見つめる。
「僕たちは救出作戦に参加、出来ないんですか」
石を水を切るように投げ、つまらなそうに応えるロイド。
「申請はしてあるんだけどね…。君が名誉ってのはコーネリア殿下のおかげで何とかなりそうなんだけど、
作戦が上手くまとまらないんだってさ」
話を聞いてスザクが表情を歪める。

あの中には知り合いがいる。それに、ナナリーも…!

ルルーシュに連絡しようと思ったが、怖くて出来なかった。
彼ならばどうにかしてくれるだろうという期待はあったが、
もし今表に出れば、彼を失ってしまうような気がしたからだ。

その脇でセシルが手で顎を押さえ、考えるように呟く。
「でも、コーネリア殿下ってナンバーズをここまで信用されていたかしら…?」




ゼロとして仮面を被りながら、メンバーと共にテレビを見る中でルルーシュは考えていた。
―――何故、姉上は動かない?
思考パターン的にはある程度の犠牲をおしてでもテロと戦うはず…。
ナナリーの顔はカメラには映っていない。ニーナとミレイのおかげか。
生存がばれたわけじゃない。ならば何故? まさか、あそこに。

そんな時、カレンが声をかける。
「ゼロ、人質、どうなるかな…」
沈んだ声だ。ブリタニアは嫌いだが、ブリタニア人全てを憎んでいるわけではい。
ましてやあそこにいるのは知り合いだ。気に病まないはずがない。
「このままでは助からないな。…しかし」

立ち上がるゼロ。メンバーを見回し、話し始める。
「彼らのやり方で、本当に日本が開放されるのか。
むやみに民間人を巻き込むやり方では民衆の支持は得られない。
力だけに頼ればそれはブリタニアと何ら変わりない。
確かに戦うことは必要だ。しかし、やがては政治で解決しなければならない。
その為に、今我々が成すべきなのは、日本という国を占領する軍と戦うこと。
そして、我々の理念をその行動によって示すことだ」

扇がゼロに問いかける。
「その理念っていうのは何なんだ?」

そして、ゼロは仮面の上からでも分かるような自信で答えた。



[3892] 世界 に 晒される 日
Name: 鬼八◆c53b7f0c ID:b89231d8
Date: 2008/08/23 11:24
既に数時間が経過し、夜の帳が下り始めるころ、痺れを切らしたテロリストはついに人質をビルから落とし殺害した。
要求がのまれない限り、30分ごとに一人殺すとそう宣言した。


「仕方ありません、要求をのんででも女子供を解放させましょう。ユーフェミア様さえ助かれば」
ダールトンの提案を苦悶の表情で切り捨てる。
「だめだ。テロに屈するなどということは、あってはならない!」
彼女の中にマリアンヌを失った時の感覚が蘇える。絶対に、許されない。自分だけは、テロに負けることは。
―――だが、ユフィ…!

「しかし…」
ギルフォードが諌めようとすると、兵が慌てた様子でやってくる。
「総督、ゼロが。ゼロが現れました!」

「何…?」



ゼロは集まっていたメディアの報道車に乗ってやってきた。
軍の待機する真ん中を堂々と進むゼロ。ライトが黒い姿を印象的に映し出す。

車の中では扇とカレンが会話をしていた。
「彼の言っていることは正しいと思う。でも、この状態で日本解放戦線を止められるのか、本当に」
顔が隠れるようなバイザーを被り、カレンが答える。
「彼なら出来ると思う。でも、それはたぶん私たちの力じゃない。彼の力」
神妙な顔をするカレンに扇は違和感を感じた。
「カレン…?」




グロースターとサザーランド、それに戦車によって囲まれる報道車。逃げ場はない。完全に包囲されている。
車の正面に立つグロースターからコーネリアが姿を現す。仮面ごしの再会。

「また会えたな、ゼロ」
―――姉上が強硬策をためらう理由。そう、ミレイが今日休みだったのは、おそらくは。

「お前は日本解放戦線のメンバーだったのか。それとも協力するつもりか。
しかし、今はこちらの都合を優先する。クロヴィスの敵、ここで討たせてもらう」
銃口を向ける。しかしゼロは動じない。彼女には撃てない、その確信がある。

「コーネリア。どちらを選ぶ」
一拍、わずかに間が生まれる。引き金は引かれない。
「死んだクロヴィスか、生きているユーフェミアか」
その言葉は彼女を動揺させるに十分なものだった。銃口が震える。

―――やはり。あの中にはユフィがいる。ナナリーを守るためにも、俺が。
「ユーフェミアを救い出そう。私が」

「…ゼロ、何を言っているのか分からないな」
だが、その言葉に説得力はない。声と身体の震えを抑えきれない。

「救ってみせる。私なら!」


そして車はブリタニア軍の中心を通される。日本解放戦線もそれを受け入れる。
―――奴らがゼロという存在を味方につけようとするか、排除しようとするかは分からない。
しかし、草壁は俺に会わずにはいられない。
今までの俺の動き、心理的効果。あの藤堂でさえ動いた。
後は、予定通り。





その姿を見送って、コーネリアは特派に命を下す。
ゼロを囮として、日本解放戦線の注意が引きつけられる内に地下を突破するためだ。

セシルがトレーラーから通信を送る。ランスロットがゆっくりと歩き出す。
「作戦概要を説明します。ライフライントンネルを進み、リニアカノンを突破して、ホテルの基礎部分を破壊、水没させます。
その後のテロリスト殲滅、人質救出は他の部隊が何とかしてくれるわ。
トンネルの中は狭いから、ランスロットでも回避率は50パーセント程度。気を付けて」

「一応後ろにも控えてるから、ランスロットを壊さないように適当な所で引き上げてね~」

「…はい。行きます」
―――適当な所? 人の命がかかってる。この力は何のためにある。引き下がる訳にはいかない。
そんな自分に価値はない。人が何を言うよりも、自分が許せない。
俺は、■さんを■したあの時から、そのためだけに。


ランスロットがトンネルに入り、発進の準備に入る。
音が反響するのさえ聞こえない。集中力が不要なものすべてを遮断する。
もはやスザクはその機体の一部。意味のある命令以外には動かされない。
ただ、前だけを見つめていた。






「…あ。あああああ」
突然ナナリーが震えだす。咲世子はまだ戻ってきていない。
人質となるという特殊な状況で、恐ろしいほどのストレスがかかっている。
ルルーシュと咲世子という絶対の信頼を置ける人間がいないことが、
そしてその場の空気や銃の僅かに鳴る音が、彼女のトラウマを刺激する。

「貴様、うるさいぞ、おとなしくしていろ!」
軍人がナナリーの腕を掴む。触れられたことのない手の感覚。反射的に声を上げ振り払う。
その反応に、生き残る可能性の低い作戦であることを理解していた兵の緊張が解ける。

「何をする! この小娘が、死にたいのか!」
銃を向けられ怯えるナナリーの姿を見て、ニーナは意を決して声を上げた。

「やめて下さい! 謝るから、彼女には手を出さないで!」

軍人が騒ぎを聞きつけて集まりだす。
ナナリーを抱きしめ、ニーナは銃に囲まれる。ナナリーよりも震えていた。しかし、それでも目は閉じなかった。

ナナリーを守るという絶対の意志。それを瞳から見た兵の神経を逆なでする。
「生意気な娘たちだ。自分たちの国がしてきたことも知らずに、観光とはな。
こっちに来い、この国が誰のものか教え込んでやる!」


ニーナを無理やり立たせようとすると、突然一人の少女が立ち上がる。
「おやめなさい! 私を、あなたたちのリーダーに会わせなさい」
ニーナの手を離し、銃口を少女に向ける。
「何だ貴様!」

―――駄目だ。ナナリーがいたからこの状況でもコンタクトを取らなかったのに。
ミレイはここ最近見慣れた顔を確認して思わず目を背けた。

「私は、ブリタニア第三皇女。ユーフェミア・リ・ブリタニアです」
その名を聞いて人質達もまさか、とざわめく。


「…ユフィ、姉さま…?」
その呟きを聞いていたのは、不幸中の幸いか、ミレイだけだった。






一方、ゼロは草壁中佐の部屋に通されていた。
「率直に言おう。今日ここに来たのは、あなたの考えを聞きたかったからだ」
草壁は両手で刀を縦にし、床に押し付けるように抑えてソファーに座り、ゼロと向き合う。
「私の考え?」

「そうだ。私はこの間、藤堂と共に戦った。彼にはやはり他のテロリストとは一線を画す能力がある。
あなたもここまでのことが出来るのであれば他の者とは違う。
しかし、何故わざわざ生き残る可能性の低いこの状況を作った?」

草壁は僅かに笑いながら答える。
「知れたこと。例え我らがここで死したとしても、日本人という民族がまだいるということを
知らしめることが出来る。ならば、命など惜しくはない!」

その言葉を聞いて、ゼロはその場にいた兵を見回す。皆、真剣な表情を崩さない。乱れがない。
「…古いな。死者に出来ることなど何もない。生き残ることを止めた者に用などない。
貴様はともかく、他のメンバーが気の毒だが、その道を選んだのは本人だ」

草壁はその言葉に逆上し、刀を抜きゼロに切りかかる。
「問答無用、ゼロ!」
しかし、生身の人間が彼に切りかかるよりもギアスの脳に命令を伝達する光の方が圧倒的に早い。故に。
 
死ね



「中佐、先ほど言われた人質を連れてきました」
ユーフェミアが扉の前に立った時、中から銃声が聞こえた。
「中佐!」
中に入ると、そこに生きている人間はゼロだけだった。
「落ち着け。中佐たちは自決した。行動の無意味さを悟ったのだ。
私の仲間が逃走ルートを確保してある。しばらく行動を共にしてくれれば生き延びられる。
選ぶといい。中佐と死ぬか、生きて戦い続けるか」
そう言って館内に放送を流し無線の電源を切る。

「…さてユーフェミア、君には話がある」




その頃スザクは雷光の攻撃をかわし、あと僅か数十メートルのところまで迫っていた。
シールドとその機動力を生かし接敵するが、ハーケンでは破壊出来ない。
だが、かかっているのは自分以外の人の命。ここで止めることは出来ない。
「セシルさん、ここでヴァリスを使います!」
その言葉を聞いてセシルは叫んだ。
「無茶よ、そんな狭い所で…!」
しかしスザクの手はすでにランスロットに命令を下した後だった。
「行きます!」




「何の用ですか。ゼロ」
ユーフェミアは兵のいなくなった後、ゼロと対峙していた。
そこには完全に皇女としての姿があった。死線を乗り越えたゼロの前でも威圧されながら一歩も引いていない。
―――やはり、ただのお飾りで終わる気はないといった所か。それでいい。


「私と組みませんか。ブリタニアを変えるために」
それは彼女にとって思ってもみなかった提案だった。だが、受け入れるわけにはいかない。
少なくとも、この時の彼女には出来なかった。精一杯否定する。

「兄を殺したあなたと、私が望む世界を作れるとは思いません!」
想定通り。その反応はゼロにとって、いや、ルルーシュにとって当り前のものだった。


「本当に、私がクロヴィスを殺したと? 取引に使える皇子を?」
ここでカードを切る。今は引き入れられなくてもいい。だが、彼女を揺るがすには十分。
そして、この後の展開的にこのあたりの記憶は不確かになる。それでも心の中には残る。

「それは、生きているということですか!?」

「さて、どうでしょうね。今日はもう時間もない。あなたも疲れたでしょう。
殺しはしませんよ。この前のようなコーネリアのやり過ぎを防いでもらいたいし、今日はここまでです。
しばらく私の活動を見てから判断してもらいましょうか」

「待ちなさ」
ユーフェミアが肩を掴むよりも早く、ゼロの隠し持っていたスタンガンが意識を刈り取る。


「…よく頑張った。さあ、お帰り」
妹を褒めるように、一言だけそう呟いた。





ユーフェミアがカレンによって部屋から連れ出されるとホテルが揺れた。

「やったのか、枢木。…正直想像以上だ」
ギルフォードに命じ、人質を救出させようとすると、爆発するホテル。
破戒されていない箇所が突然炎上する。まさか、自決か。
ユーフェミアの名を叫ぶコーネリア。しかし、その声も空しくホテルは水没していく。



何も反応できず、その場で立ちすくむこと数分。
モニターにノイズが走り、ゼロの姿が映される。
その姿はエリア11全土に晒された。


「ブリタニア人よ、動じることはない。ホテルに捕らわれていた人質は、全員救出した。ユーフェミア副総督も含めて、あなた方の元へお返ししよう」


しかし、そんな声はコーネリアには届かなかった。画面から目を離せない。


ゼロを中心にライトが当てられ、黒い服を身に纏ったメンバーが並ぶ。
「人々よ、我らを恐れ、求めるがいい。我らの名は、『黒の騎士団』!」



「黒の、騎士団?」
「皮肉だね、テロリストがナイトを名乗るなんて」
トレーラーの中でロイドは笑ってそう言った。



「我々黒の騎士団は武器を持たない全ての者の味方である。
イレブンであろうと、ブリタニア人であろうと。
日本解放戦線は、卑劣にもブリタニアの民間人を人質に取り、無残に殺害した。
無意味な行為だ。挙句、逃げられないと知り、草壁を含む上官たちは自決を選んだ。彼らに肩入れする義理はない。
クロヴィス前総督は武器を持たない一般人の虐殺を命じた。私はそれを止めたに過ぎない」

エリア11が、ブリタニア人が日本人が、ゼロに視線を向ける。

「間違っているのは一体誰だ。私か。いいや違う。
戦うことは否定しない。しかし、力のない者が一方的に踏みにじられる世界、そんなものは許されない!
撃っていいのは、撃たれる覚悟のある奴だけだ!
我々は、力あるものが力なき者を襲う時、再び現れるだろう。
我々が戦うのはブリタニア人ではない、力で全てを解決するブリタニアという思想だ!
例えそれが、どれだけ大きな敵だとしても」

ゼロはマントを開き、両手で天を仰ぐようなポーズを取った。
「力ある者よ、我を恐れよ。力なき者よ、我を求めよ。世界は変わる。我々が変える!」





「っ、あ奴、余計なことを…。姫様?」

コーネリアは、目を見開き、わなないていた。
先ほど水面が揺れメイド服の姿に隠される前、画面に一瞬だけ映った姿を見間違える筈がない。他の誰でもない彼女が。


―――ようやく、ようやく見つけたぞ。ナナリー!



[3892] 日 の 当たらない 場所 で
Name: 鬼八◆c53b7f0c ID:b89231d8
Date: 2008/08/23 11:54
河口湖での鮮烈なデビュー以来、黒の騎士団は腐敗した政治家や、表に出来ない隠し事を抱える人間の悪事を次々に明らかにしていった。
時にナイトメアを用いて襲撃し、時に証拠をそろえてメディアに報道を促す。メディアが真実を隠せばそれすらも明るみに出す。
そこから更に圧力をかけた人間、団体を特定し、失脚させる。
弱者を食い物にする人間は、次々に彼らの餌食となった。
彼らのやり方は、とても周到で一部のブリタニア知識人でさえ受け入れるものだった。


彼らには大義名分があった。
ブリタニアの自称するパックスブリタニカの矛盾点、ナンバーズへの差別を指摘し、抑圧されるものの正当な権利を取り戻すという、主張が。
確かに教育制度の一環としてブリタニアは自らの主張を深く国民に刻みこんでいる。
しかし、皇族への畏敬の念は確かに大きいものの、皇帝の主張する国是、力こそ全て、
という思想は精々実力主義という程度で完全には受け入れられていなかった。


ルルーシュはギアスを持つ以前から戦争で家族を亡くした人々に慰霊基金を設けていた。
彼らの一部は戦争そのもの、つまり国の国是を表には出さないが否定する。
軍人になった時から死を覚悟し、誉れを受けたとしても、遺体があまりにも無残な姿で還ってくるのを見て考えを変える人間は少なくない。
すでに何十年も戦い続けているブリタニアにとって、それが例え勝利によって何かを得られる戦いだとしても、
そういったサイレントマイノリティーの存在は危険だった。シュナイゼルなどはそれを巧妙に隠す手腕を持っていた。
それを覆い隠していた幕を取り払おうとするゼロは、あまりにも危険だった。
つまり、ブリタニアは一枚岩ではない―――それをゼロは知っていた。


軍やイレブンに広まるリフレインという薬物の問題を解決したのも厭戦の雰囲気があることを知らしめるためだった。


カレンはそこでリフレインに犯されてまで母親が、ただ娘の傍にいる為にメイドとして
恥辱に耐えシュタットフェルトに仕えている、その真意を知った。
そして決意した。
「お母さん。私、きっと強くなるから。
一緒に暮らせるように、日本が返ってくるように、がんばるから…」


―――ゼロだけには、頼れない。強くなろう。これは、私の戦いだ。私が決めた、私の。
今までありがとう、お兄ちゃん。これからは、私の戦いだから。




黒の騎士団はリフレイン事件を解決後、次の作戦を話し合っていた。


「かなりの民衆の支持を得られるようにはなってきた。
しばらくは正規軍との戦いに備え今までの活動に加え戦い方を覚えてもらおう。
いずれ行われる戦いがテロではなく、きちんとした戦争であることを示すためにも、キョウト六家、出来れば皇家を擁立したい。
その為にもサクラダイトを奪還する。我らが日本を取り戻すという意志を持っていることを示す。
世界の7割の生産が日本に集中する重要な原料だ。警備は固い。
しかし、主だった生産地である富士鉱山に比べ、地方では軍の錬度も装備も完璧ではない。
その上この国は平地が極端に少ない。真っ向からぶつからなければ勝機はある。
作戦後、コーネリアをトウキョウから引き離すのにも、地方のテロリストを吸収するのにも役に立つだろう」


週末、その中部地域への偵察の為に慰労会を兼ねた遠征を決めた。
新しいメンバーも増え、今まで10人にも満たなかった人数もちょっとした団体になっていた。
玉城などは温泉だー。などとはしゃいでいた。
ゼロは私のポケットマネーだと怒り、無駄遣いの多い玉城に反省しろと掃除を命じた。
会議を終え、皆が部屋から出た後もクロヴィスを合流させる機会ではないかと考えを纏めていたルルーシュは、
カレンが残っていることに気づいた。



「どうした、カレン?」

一度深呼吸し、カレンは決意を秘めた表情でゼロに話しかけた。
「その、教えてほしいんです。どうやったら、あなたみたいになれるのか」

母親のこともあって、ルルーシュはカレンに僅かに心を許し始めていた。突き放さなくてもいいだろうと考える。
「君は、何を望む?」

ゼロからの信頼を感じ、喜びを表に出さないように注意して考えを述べる。
「私は、認めたくないけど半分ブリタニアの血が混ざっています。
日本が返って来ても、もし私個人は認められても同じ様な境遇の人はたくさんいます。
そういった人が、普通に暮らせるような国に、私はしたいんです」


騎士団での彼女はどちらかというと頭を使うタイプではなく、手が先に出る。
だが、学校での成績を見るに頭は悪くないし、その生い立ちから他とは違う経験もして、いろいろ考えることもあったのだろうと推測した。
少しだけ、本音で話す。
「…私が求めているのは、厳密に言えば日本ではない。君が望むものに近い。
日本人も、ハーフも、…ブリタニア人も同じように生きられる世界がほしい。
ブリタニアを倒すよりも、それはずっと難しいことだ。それでも君は望むか」

内心、少し驚いたがカレンは喜んだ。自分は、彼についていこう。そう改めて考えた。
「はい。そのためなら、何だって」

「覚えて貰うことは山ほどある。私の教育は厳しいぞ」

その日から、カレンは新しい戦いに踏み出したのだ。






河口湖での事件後、親衛隊を使い人質となった人間を確認させたが、ナナリーとメイド服の姿は見当たらなかった。
咲世子がナナリーを背負い、湖から出た後、身を隠し別ルートで帰還したからだ。
ユーフェミアもナナリーのような子がいたと言っているが、記帳にも名前がない。
なんらかの手が加えられていることをコーネリアは確信した。
聞き取りで人質から車いすの少女がいたことを確認し、傍にいたミレイの存在もありアッシュフォードにいることは明白だった。


だが、もし自分が突然押し掛ければいつかの魔女を名乗る女の話のように、逃げられてしまうかもしれない。
スザクの話もあった。身を隠していることは確かだ。彼らを危険にさらすことにもなりかねない。
なら、信頼できる人物を傍に置き、少しずつ外堀から埋めて迎えに行く方がいいだろうと判断した。
ミレイとの繋がりもあるし、何せ居場所の掴めなかった7年間と違い、
今は手の中にいるようなものだ。少しくらい待ってもかまわない。

そしてコーネリアはある人物を部屋に呼び出した。



「ただいま参りました、ジェレミア・ゴットバルトです」
純血派の暴走を含む取調べを終え、僅かにやつれた姿がそこにあった。だが、その目は死んでいない。


「ふむ、変わりないようで何よりだ。オレンジ事件のことは私が直々に調べた。
お前は白だ。あの時の行動が気にかかるが、信じよう。お前の皇族への忠誠は本物だ。
過激な点もあり純血派の全てを擁護することは出来ないが、その代わりお前には特別任務についてもらう」

「はっ! ありがたきお言葉! 私、いかなる役目であれ、粉骨砕身取り組む所存であります!」

その言葉に苦笑して、そして声をひそめる。
「…相変わらず暑苦しい男だな。8年前の事件がらみだ」
それを聞いてジェレミアは表情を固くする。コーネリアはマリアンヌの死の真相を探るため、
事件当日警備を担当していたジェレミアと密かに連絡を取り合っていたのだ。

「何か、お分かりに!?」


「いや、もう少し力がいりそうだ。あとは駆け引きの出来る人間が。シュナイゼル兄上とやりあうにはな。
…ナナリーが生きている。ルルーシュも、おそらく」


「本当ですか!?」
戦争で死んだはずのマリアンヌの遺児が生きている。その話はジェレミアを大いに興奮させた。


「ああ、私に限って見間違えるはずはない。お前にはアッシュフォード学園に潜入し、彼らを守ってもらいたい。
ブリタニアは彼らを見捨てた。良い感情は抱いていないだろう。
彼らの信頼を得よ。まずはそれからだ。そしてやがて私の下へ」


それを聞いて、ジェレミアは息を荒くして敬礼した。
「イエス、ユアハイネス!」






一方、日本解放戦線は草壁を失い、勢いを落としていた。
あの事件を生き延びた者も何割か黒の騎士団に奪われてしまった。
しかし、サイタマでの作戦に藤堂が参加したことと、そこで助けた人物の繋がりが役に立った。
その人物とは枢木家の分家筋に子供が出来ないため養子として引き取られた男だった。
スザクとあまり年は変わらない、二十歳前の青年だった。
サイタマでのテロリストを裏から支援し、本来であればあの時死んでいたはずだった男が生き延びた。
片瀬少将は成田でしばらく組織の立て直しをはかり、残ることとなり、
枢木の力によって藤堂と四聖剣はキョウトに呼び出され、皇 神楽耶の外遊の警護の任に就くこととなった。


久しぶりの楽しみにしていたその中部地域への旅で、彼女は思わぬ人物と出会うこととなる。



[3892] 日 の 当たらない 場所 で
Name: 鬼八◆c53b7f0c ID:b89231d8
Date: 2008/09/07 22:23
目的であるサクラダイト採掘現場への偵察のため現地でゼロと合流した黒の騎士団は一人の見知らぬ男を紹介された。
栗毛色の髪色をした細身の男性。玉城がその容姿から疑問を口にする。
「お前ブリタニア人?」
「いえ、ハーフです。ヴィクトールと言います」
「彼は父親がブリタニア人で、戦争で日本人の母親を失っている。
ある程度のナイトメアの訓練は受けている。団員にするかは今後の動き次第で判断してほしい」


聞けば、今回の偵察のための安全なルートは彼の調査によって明らかにされたということであった。
ゼロ直属の協力員であり、さらにカレンの存在もあってハーフには寛大だったメンバーは意外に早く彼に馴染んだ。
人柄としては温厚で、曖昧な笑みを浮かべている彼は、どこか憎めない雰囲気をしていたのだった。
そしてトレーラーごと採掘場近くの山の麓に止まる。


「これ以上は車では気付かれる恐れがある。1時間と少し森の中を歩くことになるが、我慢して欲しい。
大事な作戦の下準備だし、それにこれが終われば温泉だ」


軍の採掘場を守る部隊のおおよその数や配置の確認、そこから自分たちでも十分戦えるという意識を持たせるための偵察。
目標をしっかり認識させ、訓練のモチベーションを高めるためにも必要なことだった。
歩きながら、ゼロは作戦の際の山岳地帯でのナイトメアを用いた戦い方と用いない戦い方を説明する。
道は山の所有者が森林浴でもするためなのか人が歩けるようにはなっている。
しかし、無数に生えた木のせいで戦車はおろかナイトメアですら自由な行動は難しい。
温泉に浮かれていた玉城も真剣な表情で話を聞いていた。



やはり、仮面とマントが重かったせいか、他の団員に比べ足取りが重くなったゼロは
目的地まであと1キロほどの所で一旦休憩を入れることにした。

団員から少し離れた所で仮面を取り、汗を拭い水分を補給するルルーシュ。
息を深く吸い込むと、突如銃声が聞こえた。



慌てて仮面をつけてメンバーの元へ駆け寄る。
そこには黒服の男たちと写真で見た顔が何人か揃っていた。



「貴様たち、ここで何をしている! ここは私有地だぞ!」
発砲したのは黒服の男だった。弾丸が耳元をかすった玉城が震えている。
藤堂と四聖剣の卜部が刀に手をかける。カレンや扇は銃を手に握って戦闘態勢に入っていた。
一触即発の雰囲気。

そこへゼロが入り込む。
「これはこれは。皇 神楽耶 様ではないですか。キョウト六家でも一番の格式を持つあなたが
こんな所へ何故? ああ、ここは皇家の土地でしたね。ご旅行ですか?」

慇懃無礼にも取れる態度に黒服が怒り銃を向ける。
しかし、ゼロにはギアスがあり、生身で距離をとればまず負けることはない。
ちょうどいい手駒が手に入る、と仮面の下でほくそ笑み、ギアスを使うため目の部分を開ける機構を使おうとすると、
神楽耶がお止めなさい、と黒服を制する。

「失礼しました、ゼロ。私のことを知っていたなんて驚きましたわ。
あなたの言う通り、今日ここに来たのは外遊です。この山に別荘があるのです。
不審者がいたと防犯装置に映りまして、あなたの姿があったので私が直接来たのです。
先走った部下の無礼、お詫びしておきます。あなたは、何故ここに?」


思ったよりも警備体制がしっかりしていたことに内心舌打ちするルルーシュ。
しかし、この程度であれば予想してきた範囲だ。
藤堂たちは落ち着いている。下手なことを言わなければ問題はない。
態度から見ても、ギアスを使わなくても懐柔できるかもしれない。
以前見た資料から考えても精々今のユフィ程度の能力だろうと結論付ける。


「いえ。皇家の土地だとは知っていましたからね、悪いのは我々ですよ。
近くにサクラダイト採掘場があるのでね。いずれ行う作戦のための偵察といった所です」

「まあ、サクラダイトを?」

「はい。いずれブリタニアから独立し、外交で身を守るためにもあれは必ず取り戻さなくてはなりません。
詳しいお話は後で良いですか。麓にトレーラーがありますのでやるべきことが終わったらそちらに帰りますので」

「ええ。分かりました。でもその前にこの場にいる方だけでも紹介してくれませんか?」

―――この脈絡のない提案。この女、この状況で伏兵がいる可能性を考えているのか?
トレーラーの中にいる団員からここにいる人間を聞き出すことは出来る。
戻った時、もし罠に嵌めようとしているなら今確認しておけばいるはずの人間がいないことに気づける。
だとすれば命を狙われることに慣れている。考えすぎか?



神楽耶の要求に応え、扇を始めとして一人ずつ紹介していく。
カレンがハーフと聞いた時も表情はにこやかでいたことが団員を安心させた。


しかし、ヴィクトールの紹介に移った途端、雰囲気が一変する。


「あなた…!」
ヴィクトールの顔を見て驚愕し、走り寄って頬を平手で打つ。
「な、何を!?」

「生きていたのですか! あんなことをして、よくものうのうと私の前に姿を現せたものですね!」


―――まさか、気づかれた!?


動揺を押し隠し、二人の間に割って入り、ヴィクトールを下げ小声で話しかける。
「カグヤさま。少しお話を」
「はい、わかりました」
黒服たちを神楽耶に頼んで引き離してもらい、少し離れた所で話す。


「あの男が誰かお気づきですか?」
「ええ。…あれはクロヴィス元総督ですね? 何故彼が生きているのです?」

恐るべき眼力。ナナリーと変わらない年頃でここまでとは。先ほどのことも思いすごしではない。
ルルーシュはデータで知っていた彼女の評価を改めた。

彼女に下手な言い訳は通じない。そう判断し、いずれ考えていたクロヴィスの利用法を正直に答える。

「人質として、ラ家とその後ろ盾との取引には使えるかと思いまして。
皇族であれば殺すのはもったいないと思いました。
いずれ私たちがキョウトに認められれば彼を引き渡すつもりでした」


「…なるほど。分かりました。あなたが言うのであれば信じましょう。

話は変わりますが、近頃のあなたたちの活躍と日本解放戦線の草壁の暴走から生じた内部分裂で、
私は無頼と紅蓮弐式、初の日本純正ナイトメアなんですが、それを貴方達に渡すつもりだったのです。
けれどこの前サイタマで命を救われた枢木の兄様があれは藤堂たちに、と言いだしまして。
サザーランドを随分とたくさん鹵獲しているようですが、いずれにせよ整備やパーツは必要でしょう。

良い機会です。あなた達の用事が終わったら別荘にご案内します。
緊急用のナイトメアのバックアップデータ保管庫とシミュレーターがあります。
そこであなたたちの力を見せてもらいましょう。結果があれば兄様も納得するでしょう」


その場をなんとか収め、本来の目的を終わらせた後、
神楽耶の提案で藤堂と四聖剣、ゼロと黒の騎士団初期メンバーは別荘へと向かった。
そこにあったナイトメアシミュレーターで新型に興味を持っていた朝比奈と騎士団のエース、カレンが、
過去の戦闘などを分析するためのシミュレーターで藤堂とゼロが戦うこととなった。


「こんな若い子があの機体に乗ってたんだ。驚いたな、コーネリアの親衛隊とまともにやりあえてたじゃないか。
でも、残念だけどまだ俺の方が強い!」

ゼロの信頼に応えようと、カレンは自分に持てる全てを尽くして戦った。
ついこの前の出来事から地形や機体の僅かな機械的な特徴や隙も考えて戦うようにゼロから言われていた。
経験では相手に分があるが、反射能力と頭でカバーする。
攻撃を受けるのではなく避け、攻撃は建物を破壊するなど地形を使う。
しかし集中力を切らせば形勢はすぐに傾く状況。油断は出来ない。

数十分が過ぎエナジーフィラー切れを待って勝ちを確信した時、朝比奈が剣を構える。

「驚いたよ、ここまでとはね。でも、藤堂さん直伝のこれなら!」

戦いの最中、ことあるごとによく技名を叫ぶ朝比奈だったが、その攻撃は他とは違った。

それは神速。
長い期間を経た鍛練の具現。
一撃では済まされない、反則染みた速度の連撃。
身体に覚えこまされたそのいっそ芸術とも言える動きは、一見では、脳から伝えられる反応では対処しきれない。

「三段突き!」

カレンが気づいた時、勝負は既についていた。


落ち込むカレンを慰め、藤堂との戦いに移るゼロ。
シミュレーターで許された兵力の中から慎重に兵数や兵器の種類を選択する。
条件が同じであれば相手は奇跡の藤堂であり、誰もがゼロの敗北を予見した。
日本人にとってその名はあまりに大きい。しかし、それは覆される。



ゼロはとかく奇策ばかりが取り上げられる。
団員も最近いろいろと教わり始めたカレン以外はその閃きとジェレミアからスザクを取り戻したような
奇跡のような出来事に目を取られる。
だが、ルルーシュは何もそんな手を取りたくて取っているわけではない。
あくまでそれらしか手がなかったから選んできただけだ。

相手の通信を傍受することはあっても、それから先の動きを読み、圧倒的な敵の数にすぐに対応する能力は彼のものだ。
藤堂との戦いでも奇策は確かにいくつか使ったが、ちょっとした誘導程度でそれは最善を尽くすための保険でしかない。
指示するのが機械であり、僅かなミスも予想したのと違う動きもないのは彼にとっては理想的な条件だった。
藤堂の動きに瞬く間に対応し、周りの人間がぞっとするほどの正確な読みを見せ、
少しの乱れもない完璧な軍隊の動きがそこにある。

これが、ゼロの目指す組織かと、団員達は息をのんだ。


―――これが、ゼロ。同じ条件なら負けはしないと思っていたが、これほどとは。
彼となら、共に戦えるかもしれない。



「勝負ありましたわね。兵の能力は日本解放戦線のほうが一枚上手でしたが、将としては黒の騎士団が上なのは明白。
私は軍務には明るくないので、後は話し合いで決めて貰いましょう」


どこか嬉しそうな神楽耶の発言を受け、藤堂は朝比奈にすまん、と一言告げてから話しだす。


「ゼロ、君の能力は素直に認める。
それに紅月君の才能も素晴らしい。四聖剣は作戦を立てるとき機体が別だとやりにくいこともある。
紅蓮はそちらに譲ろう。ただし、一つお願いがある」

自分に納得できない腑に落ちない結果だったのか、下を向くカレンの肩に手を置き、
君には戦う理由がある、戦場で取り返せばいいと慰めるゼロ。そして藤堂に問いかける。
「何だ、その条件とは?」

「皇家に仕えブリタニアに潜入しているスパイから、ある筋でナリタの我々の基地を攻めるという情報が入った。
今は組織を再編中で片瀬少将はもう少し動けない。至急必要な情報や道具は移動させているが、
敵が実際姿を見せるまで少将は逃げないだろう。
その時が来たら彼らを救い出すのに協力してもらえないだろうか」


「いいだろう。再びの共同戦線、サイタマでの借りは返させてもらおう」

そう言って、ゼロと藤堂は固く握手をした。



約束された二度目の戦場で、弟は姉と対峙することとなる。



[3892] 戦人 たち
Name: 鬼八◆c53b7f0c ID:b89231d8
Date: 2008/08/28 21:45
ジェレミア・ゴットバルトはコーネリアの命でアッシュフォード学園に教師として潜入することとなった。
純血派内で彼の右腕であったヴィレッタ・ヌウはユーフェミアの教育役に命じられ前線から離れる一方で、
シンジュクでアッシュフォード学園の制服を着た少年にあった後、ナイトメアを失った時の記憶がなく、ジェレミアのゼロとの交渉時、
同じ症状があったことに気づき、彼にそれを報告した。


クロヴィス暗殺の際、司令室を開けたバトレー達も同じことを言っていた。
彼女は少年がゼロの関係者ではないかと疑い学園の資料を探したが、どういう訳か顔写真が載っていない。
学園に問い合わせた所、個人情報の保護と良家の子息が通うため、テロの標的にされないためと説明された。

確かに公式ルートでは写真は出回っていなかった。
しかし、馬術部のある女子部員の日記に少年の写真が載っていた。
生徒会副会長が練習に参加した時の様子、と書いてあった。
役職名で探した所、それなりに写真などは見つかった。
しかし、どれも個人のアクセスの少ない日記程度で、生徒会のホームページなどには載っていなかった。


「この髪と瞳の色、ルルーシュ様であることはほぼ間違いあるまい。
情報があまり出回っていないのもアッシュフォード家の力だとするのが自然だ。
あの方は理不尽な暴力で大切なものを奪われた。テロリストに協力しているとは考えにくいが…。
記憶がない、というのは確かにひっかかる所ではあるが、身を隠している御方のこと。
何らかの身を守る術を持っていてもおかしくはない。
いずれにせよ、確かなことは何もない。このことは内密にしておいてくれ」

彼女は身を立てることを目的としており、前線からは離れたが第三皇女の教育役という
願ってもなかったチャンスを得たためにゼロにこれ以上深く関わるのを止めた。

本来あったはずの物語が歪む。しかし、まだ彼女は舞台から降りた訳ではない。
その選択が彼女にとってそして他の人間にとって良いものなのかどうかは、誰にも分からない。



「不思議な力を信じるか、ですか? あったら素敵ですね。魔法のような、そんな力が。
―――ああ、でもそういえば、オーストラリアに修学旅行に出かけた時、どんな家を建てようか
悩んでいる人がいて、相談にのったことがありました。
私のイメージを考えた通りそのまま絵にしてくれたんです。いい家だって喜んでいました。
彼は人の心が読めるとか言っていましたっけ―――」






コーネリアが日本解放戦線の本拠地であるナリタ山を包囲し、殲滅作戦が始められた。
グラスゴーを改造した無頼と、要塞化された山に備え付けられた砲門がブリタニア軍を迎え撃つ。
しかし、エリア11から選ばれた精鋭部隊で固められた軍はそれらを圧倒する力を持っていた。


戦闘の様子を山の中腹にある森から確認し、基地から藤堂を経由して送られたデータを解析しながら
通信を繋ぐ。
「思ったよりも攻撃が早かったな。藤堂、例の仕込みは済んでいるか?」

「ああ、指定されたポイントの掘削は済んだ。
それに打ち合わせ通り敵は予定のライン上に4割以上が集められている。
…しかし、本当に出来るのか?」

「計算上は、な。お前も知っているだろう。奇跡が必要なのだよ。
少なくともそう見えることが。人はそれにつき従う。今更失うものなど命以外にはあるまい。分の悪くない賭けだとは思うが。

よし、時間だ。カレン!」

「はい!」

包囲されたナリタ山、その中心に位置する解放戦線の基地への入口を目指し、ブリタニア軍が進む。
しかし、彼らは気付いていなかった。解放戦線のナイトメアの数が予想されていたよりも少ないことに。



カレンの乗る紅蓮弐式。その左右不対称な、歪な右腕。
エネルギーパックがその容量を限界まで手の平に注ぐ。高周波が連続的に地面に伝えられる。それは指向性を持った兵器。
熱が掘削によって伝わりやすくなった山頂の水脈を捕らえる。

数秒の遅れの後、水脈の爆発と共に、巨大な土砂崩れが起こる。


「「!」」


声を上げる暇さえない。
瞬間的に100キロメートル毎時に近い速度で大質量が戦場を押し流す。
飲み込まれたものに抗う術はない。それがかつて純血派として名を馳せたキューエルだとしても。
幾多の命を飲み込んで、戦場が震える。ゼロが解放戦線の基地に通信を繋ぐ。
そして、それが本当の戦いの始まりだった。



「よし、扇! 例の機体を空から確認後、カレンを向かわせろ。
藤堂は土砂の影響を見てから片瀬少将に脱出ルートを確認した後、親衛隊の元へ。
騎士団と解放戦線の残り部隊はブリタニア軍の頭数を減らすことに集中しろ!
最初の動き方は私が指示する。挟撃が成功すれば後は任せる。ただし、引き時だけは間違えるな。
分かったな!」

扇の乗っていたヘリに備え付けられた高感度カメラ、そしてそれを伝えられた
ゼロの無頼・改・電子戦仕様がその戦場を動く機体の速度からランスロットの位置を割り出す。
送り返されたデータから扇はその特徴的な機体色をその目で確認し、カレンにゴーサインを出す。

そして数分後、カレンとスザクは相見えることとなる。


戦場の大局としては、土砂の被害によってブリタニア軍はこの時点で三割五分を失っていた。
しかし、それでも日本解放戦線と黒の騎士団の方が兵数も少なく兵器の質も悪い。
そんな中で彼らはブリタニア軍の指揮系統の一時的混乱の隙を突いた挟撃を仕掛けた。
これが成功して、一部の部隊が壊滅し、戦力は五分に届くかどうかという所。
本来、正面からやり合えば相手は正規軍の精鋭で、能力も武装も勝ち目はない。
それでもコーネリアの親衛隊レベルでなければまだ手に負える相手だ。
それゆえにゼロは切り札であるカレンの紅蓮弐式をランスロットにぶつけ、
他の者では手の出せない親衛隊を藤堂と四聖剣に任せた。
これで後は戦術を駆使した戦闘で勝てる敵しか残っていない。
ゼロの、ルルーシュの藤堂との模擬戦で見せた力を最大限に生かせば勝利を得られる戦いであった。



「く、この機体、サイタマの時と動きが似てる、同じパイロットか!
でも速度がランスロット並に、それにパイロットの腕も上がってる!?」

ランスロットから放たれた2基のスラッシュハーケンは反応され、掴まれて破壊される。
牽制として打ち出したヴァリスはあっけなく見切られ、間合いを詰めMVSを振るうが、剣の振るう速度では紅蓮の動きは捕らえきれない。


「これで、ようやくまともにやり合える。さっさとこんな戦いを終わらせて、ゼロに習った指揮をさせてもらう! この戦い、完全な勝利で終わらせる!」

機体性能としては戦闘に関わる程度の長距離移動を含まないスピードは互角。
装甲の固さはシールドや原材料の問題でランスロットが上。
出力はサクラダイトの使用量からランスロットが上。
武装は種類の多いランスロットに比べ、紅蓮は輻射波動に特化、一概には決められない。

しかしやはりこれまでの戦場におけるフィードバックも含めて総じて見れば性能はランスロットの方が上のはずだった。
それでもカレンがスザクとまともに戦えるのは山と土砂という特殊な地形に適応する技術と、
機体だけでなく周りの環境を計算に入れて戦う能力の差、それに、武器の相性だった。
この時点で紅蓮はほぼ相手の切り札レベルまで鍛えられた武器か複数の包囲などでなければ倒せない。
接近戦のランスロットに対し、肉弾戦の紅蓮。
その身一つで戦ってきたスザクには未だ武器は馴れきらぬものであった。
スザクの戦い方がランスロットの武装と完全に同調していない、その隙を突かれる形となった。



「よし、戦力が出そろっていれば手の打ちようは幾らでもある。
本当に怖いのはこちらの予定にないものが現れた時だ。
この戦い、相手はエリア11で選び抜かれた戦力。仮にあったとしても予備戦力に恐れるものはない!

姉上、あなたをこちら側につけるにはどうやっても一度力でねじ伏せなければなりません。
勝たせてもらいます。この戦い!」


藤堂と四聖剣の見事な連携の布陣とかく乱によってコーネリアは親衛隊から引き離された。
そして、彼女の追い込まれた逃げ道には挟撃の指揮を終え、手ぶらになったゼロの無頼・改が待ち受けていた。


「ゼロか!」
コーネリアの駆るグロースター。その破れたマントを捨て、ランドスピナーが軋むほどの速度で進む。
他とは違う指揮官機を見つけ、槍を構え突撃する。
その機体能力を限界まで引き出した、戦場を渡り歩いた力は他を圧倒する。
しかし。


「あなたとの戦いは、他の誰よりも頭の中で繰り返していましたよ!」
スモークを焚き、腕一本と引き換えにファクトスフィアを破壊する。
それと同時に使い物にならなくなった腕をパージ。
距離を取り、周囲に潜ませていた熱源を探知するスコープをつけた歩兵部隊の射撃と
自らのアサルトでじわじわと追い詰めていく。


「く、何者だ、この私をここまで…!」

煙が晴れる頃にはグロースターは既に戦える状態ではなかった。回りは岩壁に囲まれ、脱出も不可能。


勝利を確信し、グロースターに銃を向け投降を促す。
しかし、コーネリアは頑なにそれを拒否し、戦う姿勢を崩さない。
―――ふふ、だがユフィを人質に取ればそうも言っていられはしないでしょう。

主戦場から外れている部隊をベースへと向かわせる。
まだ立て直しは数字の上では可能だが、士気の崩れがそれを不可能にしていた。





なら、それが解決されたのなら。


「ざ~んねんでした、ゼロ。ランスロットを引き離したのも、
全軍を動かした指揮もと~っても上手だったけど、ちょっと時間がかかり過ぎちゃったねぇ」

5000メートル以上の高度から降ろされる2機のナイトメアを見て、ロイドは笑った。



[3892] 戦人 たち
Name: 鬼八◆c53b7f0c ID:b89231d8
Date: 2008/09/27 18:39
輸送機から2機のナイトメアが降下する。
肉眼で戦場を視認出来るようになった高度で、背についていた翼を模した機構の推進装置が機能する。
降下速度が緩やかになり、バランスを取って獲物を見定めるようにゆっくりと旋回し始める。
索敵データがG1ベースと同期され、より精密なものとなる。
風の影響などによる機体のぶれを計算した輸送機からのデータリンクの補助を受け、
それぞれの両腕に装備されたライフルが火を噴く。戦場に光の矢のように突き刺さっていく弾丸。
上空からありえない程の精度で狙い撃ちされ、無頼だけが破壊されていく。


その様子をロイドは楽しそうに見ていた。

「フロートユニット制作の為に空力学のデータ集めも兼ねたグライダーユニット、いいねぇ。
あれを使いこなせるのはまだラウンズ位だけど、さすがコーネリア殿下。
エルアラメイン戦線から、よく二人もつれてこられたね~。
これだけじゃまだ戦況はひっくり返らないけど、あの人のことだ、きっと」



扇はヘリで上空から戦場の異変を察知し、仲間に通信を繋ぎ確認しゼロに連絡を取った。

「ゼロ、新型と見られる機体が2機、空からこちらのナイトメアを狙い撃ちしている。
それに検問の当たりに張り付いている仲間から連絡だ、グロースターが十数機こちらに向かっているらしい。
今、画像データを送る、確認してくれ!」


―――これは、EU前線にいるはずのエニアグラム卿の機体!?
見たことのない機体、もう一体も専用の開発チームを持つラウンズと見て間違いない。
それにこの状況で動いてくるグロースター。ダールトンのグラストンナイツか!
サイタマで藤堂に助けを求めたのが増援を呼ぶことになってしまったか…。

思惑どおりにいかない展開に歯ぎしりし、頭を振ってからこのまま戦闘を続けた場合を予測する。
そして、そのシミュレーションが終わり通信で藤堂に呼び掛ける。
「藤堂、親衛隊はどうだ!?」

「1機手ごわいのがいるが分断されていたからもう倒せるだろう、何があった?」

「ナイトオブラウンズだ、それも2機。これが増援の先駆けだとすれば危険だ、撤退を提案する」

「指揮も出来るエース級が2機も。
…分かった、少将には伝える。ルートは予定通りで良いか?」

「いや、増援が確認されている。予定のAルートは破棄。
騎士団はBルート、解放戦線はCルート、少将と幹部はEルートを」

「我々と君はどうする、予定のルートが使えなければこの場所は遠すぎる」


そして、次にゼロの口にした提案はとんでもないものだった。


「被害は相手の方が確かに甚大だ。しかし、戦況は微妙。
今後を考えればここで間違いなく我々が勝ったという意識を持たせなければならない。

ベースから見えるDルート、正面を突破する」



「正気か!? この状況で!」

「成功すると思わなければこんな無茶は言わない。
ラウンズがこちらに向かっている。角の生えた機体を引き受けてくれ。
カレンが来るまで耐えれば脱出のチャンスはある」

カレンに通信を入れ、騎士団に撤退を命じる。
通信を受けたカレンは足場を崩し、ランスロットを崖下に落としその場を離れゼロの指示した地点に向かう。




ルルーシュはコーネリアに向けていたナイトメアのライフルを下ろし、仮面の下でどこかやさしげに微笑んだ。
「さすがですね(姉上)。勝利の為に全てを使うその執念、見習うとしましょう。
では、また次の機会に」

そう言ってその場を離れるゼロの機体を見送って、コーネリアは汗を拭った。
一度は死を覚悟したほどの緊張が解け、ナイトメアがその場に膝をつく。
そして操縦桿から手を離し、僅かな時間だけ写真を秘めた胸に触れた。

―――何故、あんな奴とルルーシュの姿が重なって見える。そんなはずはない。ないんだ―――

その手は震えていたが、一方で戦場の高揚と重なってその熟れつつある身体は弟を想い熱くなっていた。




コーネリアの元から離れたゼロはノネット・エニアグラムの機体と対峙していた。
「こいつが、ゼロか。ユーウェインの力、見せてやるよ!」

グロースターの高機動性を元にした機体から繰り出されたトライデントが迫る。
片腕を失った無頼・改では勝ち目がない。パイロットがラウンズならば尚更。
距離を取ることもかなわない。ブースターを利用したその速度は瞬間的にランスロットをも超える。

「っ、C.C.!」
脚部の操作を委ね、武器の扱いに集中し胸部についたバルカンとアサルトで迎え撃つ。
電子戦使用を生かした正確無比な射撃。データで数度見た動き、直線的なそれが一瞬ひるむ。

「ハハっ、やるもんじゃないか。コーネリアが苦戦するだけのことはある!」



姉上の士官学校での先輩に当たるラウンズ。実力とそれに信頼。厄介な敵だ。
交友関係から先に備え、データを見ていなければ、いざという時の為に機体を複座にしていなければ1撃でやられていた。
だが、勝つ必要はない。カレンが来るまで持ちこたえれば。


数分の戦いの後、両腕と幾つかの電子機器をやられていたが、脚部だけは守り通した。
そこへ、紅蓮二式に乗ったカレンがやってくる。


「ゼロ! 今助けます!」

死角からの強襲。最後のハーケンを囮に使い、ゼロが作った隙をカレンは見逃さなかった。
右腕を伸ばし輻射波動を使って脚部を破壊しようとする。
間一髪反応されランドスピナーを片方壊しただけで反撃を喰らい右腕は使い物にならなくなった。
しかし、それでも移動速度で優位に立ち、その場を後にする。



「よくやった、カレン。藤堂、そちらは?」

「かなりやられたが、数と連携で押し切った。暫くは動けないはずだ。これで脱出できる」


戦場を堂々と後にし、勝ち逃げを演出する。その様子が騎士団と解放戦線の士気の崩壊を止める。
G1ベースの予備戦力は戦場に出た後で、残りはユーフェミアに仕えているヴィレッタのものを含めた数機のナイトメアのみ。
この時点で大勢は決まったが、戦いは終わっていなかった。

ゼロとカレン、そして藤堂と四聖剣がベース近くを通り抜け、森に近づいた時、1機のナイトメアが迫る。


「逃がさない、ゼロ!」
「またお前か、白兜!」
本人たちは未だ気付かない因縁の対決が、再び。


速度で劣り、隊列から遅れていた所をヴァリスで狙い打ちされる。
長い戦闘の疲労もたたり、もはやかわしきることも出来ず、機体は大破。
危険だと判断し、ルルーシュは脱出機構を作動させた。


必ず生きて帰るとカレンに通信で告げ、藤堂達を先に行かせる。
スザクの声に従いコックピットから降り、一人生身でランスロットと対峙する。
逆に考えて投降してしまえば捕縛時、目を合わせた瞬間ギアスを使える。ルルーシュはそう考えた。


しかし、ゼロの後にコックピット部位から出てきたC.C.の姿を見てスザクは混乱した。

―――あれは、シンジュクの時の!?

ゼロの仲間だとすれば逃がすわけにはいかない。まだ何か隠し玉もあるかもしれないと、念のため
ゼロよりも先にC.C.を捕まえようとランスロットの腕を伸ばすと、表情を歪め、彼女は力を解放した。


触れられたランスロットを通しスザクにショックイメージが見せられる。
極東事変で死んだ人々の思念が紛れ込む。常人であればそれだけで発狂しかねない精神攻撃。
それを耐え、彼がそこで最後に見たのは7年前死んだはずの枢木ゲンブ首相その人であった。



スザクにとって厳しかった父。そして日本のトップ。今はもういない。
彼は死んだ、日本とブリタニアの戦争を泥沼化させないために、自ら命を絶った。
―――いや、それは嘘だ。俺は覚えている。忘れようとしていただけだ。父さんを■したのは―――


絶叫、というよりも咆哮に近い。コックピットを埋め尽くす声。
普段の彼からは想像出来ないようなそれが途切れた後、ランスロットが暴走する。

ヴァリスが地面に放たれ、飛び散った石片がC.C.に突きささる。
助けようとC.C.に触れ、ルルーシュはショックイメージを見せられるがここで死ぬわけにはいかないと、
生きる為に精神を奮起させ現実に戻り彼女を抱えその場を後にした。




とりあえず身を隠すために見つけた洞窟で溜まっていた水を使いC.C.の傷口を洗い、助けが来るのを待つ。
傷の再生速度から、普通の人間とは明らかに異なる差を知ったが、ルルーシュには気にならなかった。
彼女の看病をしている間、呟かれた名前を聞いて閉じた目から涙が流れるのを見てしまい、
人でないと思うことはできなかったのだ。


やがて信号を受け取った騎士団のメンバーが助けに来たのを確認し、ゼロとしてアジトに戻った。






ナリタ山から離れるように、様々な機械の積まれたトラックが道を走る。
中にいた白衣を着た研究者たちは皆憔悴した様子だったが、
移動の間も辛うじて土砂にのまれず運び出せたデータの確認を続けていた。
その様子は幽鬼を思わせる。頬は僅かな時間でやつれ、壊れたように笑う人間もいる。
そして、その中の一人がナリタ山を振り返り呟いた。
「フェネット主任、あなたの死は無駄にはしません。我々は必ずこの研究を完成させてみせます…」


そこで彼らの行く手を阻むように地面に飛び出して来たのはまだ若いブリタニア軍人だった。
「ゼロ…、このような屈辱。貴様だけは、私の手で…、必ず…!」
そう言って、道路に血を吐き、キューエル・ソレイシィは倒れた。
後ろ盾であるバトレーと離れ、研究所を失った研究者たちにとって、
それはこれから先簡単には手に入らない、格好のモルモットだった。

狂気を秘めた目で、彼らは笑った。




[3892] 命 の 価値(ニーナエロ注意)
Name: 鬼八◆c53b7f0c ID:b89231d8
Date: 2008/09/07 22:24
アッシュフォード学園の理事長室でミレイが若干口調を荒くしてルーベンを問い詰める。
何とか感情を殺して冷静になろうとするが、彼女の若さがそうはさせなかった。

「どういうことですか、お祖父様。いくら退役証明があるとはいえ、元軍人をここに迎え入れるだなんて。
それに、まだジェレミア卿のことを嗅ぎ回っている人間もいます。情報が漏れれば彼らが危険にさらされることに…」

長い年月を生きた証である、深く刻まれた皺を伸ばすように自らの額に触れ、ルーベンはミレイに答えた。

「お前は知らないのだよ、ミレイ。他の皇族であればどんな人物であれ出来る限り理由をつけ断っただろうが、コーネリア殿下の推薦だ。
かつてあの場にいた者は皆、殿下がルルーシュ様とナナリー様の味方であると信じて疑わないだろう。
あの方だけは、裏切らない。少なくとも私はそう信じている」


没落した家のことで大変だった八年前。ミレイは両親に家の建て直しの為、家庭教師をつけられ勉強させられるなど
大好きな祖父と共にいる時間はなく、ヴィ家兄妹の見送りにもついていけていなかった。
何度も聞いているが、自分の目で見た訳ではない。ミレイは祖父の言葉を簡単には受け止めなかった。
言い返せず、言葉に詰まる。ルルーシュに習った通り、冷静になるために自分を客観視しようとする。
反論する為には、突くべき所はそこじゃない。そう考える。

「殿下は信用出来るかもしれない、でも、ジェレミア卿のことは知らないでしょう。
…いいわ、私が自分で確かめる」

孫娘のそんな姿を見てルーベンはいつかお前にも分かる時が来ると呟いた。





シャーリーの父親がナリタでの土砂崩れに巻き込まれ、死亡した。その遺体を回収したのはスザクだった。
スザクは葬儀の後、シャーリーに声をかけることが出来なかった。自分に迷いがあったのだ。

ゼロはきちんと「戦争」をしている。奇策を使ったが、それだけではあの戦果には足りないだろう。日本解放戦線と協力し、見事勝利して見せた。
民間人は数の上ではそれほど犠牲になっていない。たまたま、彼女の父親が犠牲になっただけ―――。
確かに知り合いの家族が殺されたことへの怒りはある。しかし、彼女の父親の命も、他の人間の命も同じ命だ。
それを忘れ、感情に流されれば自分はまた七年前と同じ過ちを犯すかもしれないという恐れが彼の中にはあった。
ゼロのやり方が自分の望むものではないが、彼はそれに根本の部分で近い考えを持っているのかもしれない。
出来ることと出来ないことをしっかりと区別し、その中で犠牲の最も少なくなるように最善を尽くしているような。
他のテロリストとは明らかに違う。彼のやり方は、本当に間違っているのだと断定出来なかったのだ。



ゼロこそ取り逃がしたものの、最後の追走の途中多くの敵を撃破し、ラウンズと共にスザクは勲章を授与されることになった。
政庁で久し振りに会ったユーフェミアは、ミレイから聞いていたのとは違うスザクのどこか悩ましげな表情に首を傾げた。
一応軍の機密情報なので、スザクがランスロットのデバイサーであるということはミレイにも秘密にしてあるから、
それで普段聞いている学園の様子とのギャップがあるのだろうか、とも考えた。
少し考えて、たまには部下の慰労も必要だからと、その日の仕事は早く終えようと決めた。

勲章授与が終わり、ランスロットを見せてほしいというラウンズの命に従い、特派のトレーラーを一通り案内した後でスザクは思い切って二人に話しかけた。

「ヴァインベルグ卿、エニアグラム卿、自分に戦い方を教えて下さい」

「スザク君?」

セシルの怪訝そうな声を遮るように、
「分かった、頑張ったご褒美だ。本当はすぐに戻らなくちゃいけないんだけど、1日位いいだろ」
ジノはそう言って軽くスザクの肩を叩いて笑った。


シミュレーターを用いた新型機同士の戦い、サザーランドを用いた戦いなどが連続して行われる。
ロイドは喜々としてデータの収集に努め、スザクは頭を空っぽにして戦いに集中しようとした。
だが、普段よりも適合率が低い。
セシルなどは身近な人の死があったのだから仕方ないと思ったが、戦闘はきちんと形になっていた。
ナイトメアに乗り始めて数か月の人間がラウンズと勝負になる、というのが周囲からしては驚きだったが、ラウンズ本人の評価は別だった。

「お前の戦い方には、迷いが見える。敵を殺さないようにとか、そういうのは命取りになるぞ」

シビアな一言だが思い当たることがあるのか、特派の人間たちは言い返そうとはしなかった。


ジノが政庁に帰ったあとも、ノネットはスザクの訓練につきあっていた。
そこへ、以前助けられたこともありますしランスロットに興味があったんです、とユーフェミアがやってきた。
彼女はノネットにコーネリアが呼んでいると伝え、特派を一通り見て回った後、帰りの護衛にスザクを指名した。



「何か、悩んでいることがあるのではありませんか」

それは唐突な問いかけだった。政庁に続く夕暮れの道に伸びていた二人分の影の動きが止まる。
僅かな沈黙の後、スザクは語り始める。

「友達の父親がこの前の戦闘に、巻き込まれたんです。でも、自分には何も出来ませんでした。
出来るのは日本人を敵として殺すことだけでした」

そう言ったスザクの声は震えていた。覚悟したはずだった。誰に何を言われようと、ブリタニアを中から変えようと。
だが、本当に自分にそれが出来るのかと、頑なだった自分に疑問が浮かんでしまったのだ。


「僕は、無力だ…。力がなければ守ることも、何かを手に入れることも出来ない。
強く、なりたい。他を圧倒するほどの力が欲しい。暴力だけじゃない、存在そのものが抑止力になるような、そんな力が」

真剣な顔で話を聞いていたユーフェミアは、租界を見回してこの地で死んだはずの異母兄妹を思い出して言った。

「弱いことは悪いことでしょうか。力がないからこそ、人の痛みを感じ取れて、他の方法を選ぶことが出来るのではないでしょうか。
人間は不完全だから人に頼るんです。あなたは一人ではありませんよ、スザク。それをどうか忘れないで」


その時のスザクはその言葉を受け入れる余裕がなかった。
しかし、それを意識するようになったのは後のことだったけれど、彼の誰かの為に生きたい。
たった一人でいいから認められたいという思いは、真実その時叶っていたのだ。





ルルーシュと咲世子が熱を出したナナリーを病院に連れて行っている間、彼の部屋にはニーナがいた。
生徒会室からルルーシュの部屋は近い。鍵はひとまとめにされている。
仮面やマントはクロヴィスの元に置いてあり、ルルーシュが見られて困るものは特にない。
実験データの入力と計算の続きをしたいと伝えたら簡単に鍵を貸してくれた。


ナナリーの部屋に入ったことはあるが、同じ年頃の異性であるルルーシュの部屋に入るのは初めてだった。


心臓が鳴る。血が全身を駆け巡る音が聞こえる。息が段々と荒くなる。耐えきれず、カーテンを閉め、眼鏡を外しスカートを下ろし下着姿になる。
洗濯籠に入れてあった少し汗に濡れたワイシャツの匂いをかぎながら、最初は馴染ませるようにゆっくりと下半身を繰り返し彼の机に擦りつける。
額に汗がぽつぽつと浮かび、少しずつ湿り気を帯びていく机の角。
部屋がはっ、あっ、あっという甘い声と共に吐き出される呼吸で満たされる。
彼以外のことが何も考えられず、脳が快感に犯され少しずつ思考が消える。
徐々に擦りつける速度が上がり、その上下運動も漏らす声も大きくなる。
シャツの首元を口に含み、汗を啜った所で一際大きく身体が動く。
脚先から背筋まで電流が流れたように引き攣り、その場で果てた。


シャツを口から離し、ソファに倒れこむ。自己嫌悪に喉を掻き毟り、それが収まった後で葬儀の帰りに聞いてしまったシャーリーの言葉を思い出す。
(キスだけされたって、嬉しくないよね…)
ルルーシュの表情の変化から、それが実際にあったことだと思い知らされた。


―――あの泥棒猫が。父親の死を利用して。でもルルーシュ君は渡さない。今私に出来ることは何だろう。
…そうだ、あの時助けようとしてくれたユーフェミア様ならルルーシュ君を任せられるかもしれない。
私なんかとは違う、彼女くらい綺麗だったら諦めもつく。きっとお似合いだ、あの二人は。
自分は手の届かない所から見ているのでいい。手の届く所にいる人間に奪われたら、諦められないから。
でも、ミレイちゃんには頼れない。彼のことで昔から何か私に隠し事をしている。

そうだ、大学部で最近何回か講義をしていたロイド先生。私の話を熱心に聞いてくれていたし、あの人は伯爵。あの人なら…。



部屋を片付けてニーナが出ていった後で、クローゼットに隠れていたCCはごろんとベッドに寝転んで伸びをした。

「覗き見なんかじゃないさ、マリアンヌ。偶然だ。だが、私には危なっかしいようにしか見えないな。
人に好かれるのも過ぎれば毒になる。あいつの手はそんなに多くを抱えられるようには見えない」

そう言って、ルルーシュの香りが染みついた枕に顔を埋めた。



[3892] 忠義 に 触れる
Name: 鬼八◆c53b7f0c ID:b89231d8
Date: 2008/09/21 22:38
ルルーシュはシャーリーの父親が巻き込まれたことに疑問を感じていた。

状況に流されて、彼女にキスをする傍らでどうしようもなく醒めた目でそれを見つめる自分がいた。
彼女の好意はあからさまだった。いつも自分を閉じた世界から無理やり連れ出そうとするような、
でも、本当に大切な部分には踏み込んでこない、そんな優しさ。
それを嬉しいと思う一方で、自分には彼女を好きになる資格がないと思っていた。
本当の名を明かせば、離れて行ってしまう。ゼロだと知られれば、それで終わり。
裏切られる位なら、信じなければいい。
でも、仮面を付けている間は他の人間と能力と主張だけを比べられて対等でいられる。
ある意味ではそれは逃げだとルルーシュは心のどこかで感じていた。

だから、そんな嘘ばかりの醜い自分は彼女のような嘘のない人と共にいる資格がない。

そんな考えをかき消すように、何故シャーリーの父親があんなところにいたのかを考えていたのだ。



ナリタ山付近の地図資料と被害にあった建物の所有者、会社などを調べた。
ギアスを使って人にやらせれば逆に探られてもルルーシュに行きつくこともない。
そんな中で比較的大きな建物で最近人が移ってきた所があった。
そこがシャーリーの父親の勤めていた先だった。
シンジュクゲットー壊滅の直後に越してきたらしい。

さらに役人にギアスをかけて詳しく調べたが、書類は新しく出来た会社になっているが、
シャーリーの父親が転職したという話は聞いていなかった。単身赴任という話のはずだ。
現場に残ったコンピュータの残骸などは最新のものではなく、少し前のものだった。
以前どこかで使っていたものを移動したように感じる。
同じような書類をアッシュフォードで税金逃れなど幾つかの仕事を任された時にも見た感じがする。
どうも架空の会社の所有物らしい。

何故、一般人であるはずのシャーリーの父親の勤め先がはっきりしない?


そんな疑問を解決する手がかりになったのはCCだった。
「何をやっているんだ、ルルーシュ?
おや、その写真…」

「この人物を知っているのか?」

「以前研究所で見たような、見ないような。あの頃の記憶ははっきりしないが…」


その言葉を聞いて、ルルーシュはすぐにクロヴィスの元へ向かった。


肝心な所の記憶は消えている、しかしそれでも整合性を保つために細部の記憶は繋がるように改変されていた。
もしかしたら。


「兄上。この写真の人物に見覚えは?」
玉城の代わりに事務仕事を任されていたクロヴィスは突然現れたルルーシュに驚いていた。
「なんだい、急に?」

差し出された写真に目を凝らす。少し考えた後、答えが返ってきた。

「ん…? 以前バトレーの下で毒ガスの研究を任せていた所の主任だったかな。
こう見えても私は社交界では有名だったからね、人の顔を覚えるのは得意だよ」


「やはり。だとすれば移転前はCCを使って何らかの研究がなされていた。
それがシンジュクの事件の後、危なくなって移された先ということか。
シャーリーの父親は研究職か管理役なのかははっきりしないが、軍に近い所にいた」



それを知った所で、友人の父親の命を奪った罪は消えはしない。
どんな仕事をしていたとしても彼女にとっては本当に良い父親だったのだ。
それだけは、嘘じゃない。
軍属に近い人間には厳しい態度を取ってきたが、今までとは違い自分の手の届く範囲の出来事だ、
全てを割り切れるほどには老成していない。

だから、あくまでも儀礼として。

受け入れよう。その罪を。
彼女の父親のため、目を瞑り祈る。
そして、感情を押し留めながらもその命に報いる為に、まだ前に進むことを誓った。


だが、逃げ場が必要な人間もいる。
同じ生徒会のメンバーであるカレンの落ち込み様見て慰めるように、
ゼロとしてシャーリーの父親はシンジュクでの毒ガスを生む研究をしていたことを告げた。
あくまで落ち込んだ気持ちを軽くさせるためのもので、
それが怒りには転化しないように心理的誘導はしたけれど。


人の命の価値は簡単にははかれない。
ハーフであるからこそ、分かち難い矛盾を抱えるカレンであるからこそルルーシュは彼女にそのことを考えほしかった。
いずれ、奪われた日本を取り戻すのか、新しく優しい世界を作るのか、
内部で揉めた時に、その時に彼女を引き込みたいからだと自分では理由をつけたが、
それは実際は彼女に対するささやかな思いやりだった。





「ジェレミア卿、何故ここに」

スザクは新しく数学の教師として学園にやってきたジェレミアを放課後に問い詰めていた。
「これは私の意志だ。あの方たちを守りたいという」

それがルルーシュとナナリーのことを指しているのは明白だった。
ユーフェミアの教育役にミレイが選ばれたのはやはりルルーシュ達のことを調べる為か、と考える。
何度か真剣に話したが、ミレイは情報を漏らすような人間ではない。
だが、アッシュフォードにいると信じていれば、関わりを持てば調べやすくなるし、本気で調査に乗り出せば分かってしまうだろう。

実際はミレイが呼ばれた後も情報のガードは固く、
河口湖での事件でナナリーの姿をコーネリアが見つけたためだったが結果としては同じだ。

彼は確かに元純血派のリーダーだが、スザクは内部の粛清の時、彼を助けありがとうと本心を聞いた。
皇族に対する忠誠もクロヴィスの時の暴走から見たように本物だ。
他の人間なら彼らが売られる可能性もあるだろうが、彼ならそんな選択はしないだろうし、
オレンジ事件も潔白だと認められたから学園も受け入れたのだろう。彼は不正をする様な人間ではない。
自分で見たものだけでそう判断してスザクはジェレミアを信じた。
それは彼の長所であり短所でもあったが、オレンジ事件はギアスでもたらされた嘘だったため、プラスに働いた。
そして自分が前線に出ていることだけは秘密にしておいて下さいと告げ、ジェレミアを離した。




その後ジェレミアはクラブハウスを訪れた。
あまりにも性急すぎる行動だったが、一瞬でも早く二人の顔を見たかったのだ。
咲世子は珍しくミレイに呼び出されて、いなかった。
ギアスは既に一度使ってしまっているし、ルルーシュは突然の出来事に対処しきれなかった。
部屋の中にジェレミアを通してしまったのだ。


「ルルーシュ様、私は」
「誰が信じるか」

ジェレミアの申し出は二人を守りたいというものだった。
今回のこともコーネリアの命である以上に自分の意志だと、彼はそう言った。
一時間以上にもわたり、彼は自分の本心を語り続けた。
確かにコーネリアは唯一に近い信頼出来る可能性を持った皇族だったし、
ジェレミアの忠義の厚さもスザク奪還の時に垣間見た。
だが、ゼロとしての活動がしにくくなることや、八年前のあの日、
警備の人間の中に彼がいたというのを聞いてしまったことが
不信感をあおりルルーシュにそれを否定させた。

不意に話を聞いていたナナリーがルルーシュを諌める。
「お兄様。…ジェレミアさん、手を」

「分かりました、ナナリー様」
ナナリーはジェレミアの手に触れた。両手で自分よりも大きな手を握り問いかける。
兄に守られてばかりだった妹が、それでも今までの感謝を込めて自分に出来ることはなんだろうと、
決意しての行動だった。


「私たちのことを、裏切らないと誓えますか」
「もちろんです。マリアンヌ様が亡くなったあの日のような後悔を二度としないためにも」
それはどこまでも真っ直ぐな言葉だった。
そして、ナナリーは触れた相手の体温や脈などから嘘を見抜くことが出来る。
ほっとして、そして真剣な表情でルルーシュの存在を感じ取れる方に向き直る。

「分かりました。信じましょう、お兄様」

「ナナリー!?」

「お母様が亡くなってから八年、もう私も前に進んで良い頃だと思うんです。
アッシュフォードの人たちは私たちに優しくして下さいました。
人を、信じても良いと思うんです。裏切られることがあっても、きっと側にいてくれる人はいるはずだから。
世界は辛いことだけじゃないって、そう思うことが出来たから。
誰も信じずに生きていくのは、あまりにも寂しいことだと思うから」

そう言って、ためらいがちに微笑むナナリーを見て、ルルーシュはその手を握った。

「…そうか、そうだよな。
俺達が今ここにいるのは色んな人に支えられているからだよな。
お前が先に気づくなんて、俺は兄失格だな。
分かった。信じるよ、ジェレミア」

手で触れて確かめたその言葉は、嘘でも本当でもなかった。
いつもは自分の為に平気で嘘をつく兄が見せた、初めての迷いだった。


とりあえず、学園にいる間はスザクも同じクラスにいるし咲世子さんもいるからと、
ジェレミアには生徒会の顧問としてそばにいられるように手配しておく、
しばらくはそれで様子を見ようとルルーシュは告げた。


そして、理事長室に行こうと部屋から出て数分歩いた所で、ルルーシュは表情を変えた。
「お前が純血派のリーダーだったことは知っているよ。
俺はゲットー復興にも関わっているから、シンジュクの惨劇も。
お前が虐殺に参加していたのは軍人だから当たり前。
お前たちが日本人に対しどのように接してきたのかも、知らない訳じゃない。
どういう意味か分かるか」

首筋に剣先を突き付けられたようにジェレミアの呼吸が止まる。
信じられない威圧感だった。学生として過ごしてきた人間のものではない。

「信じるとはいったが、全てじゃない。俺はナナリーほど優しくはない。
裏切ったら、お前を殺す。いや、死なんて生ぬるいことで済むと思うな。その存在を後悔させてやる」

ぞっとするような冷たい声と目。それは八年間の全ての憎悪が醸成されたものだった。
気迫に押され、思わず後ずさる。
既に畏怖さえ感じさせるような領域の感情の発露。
これが、彼の内に秘められたものか。



表情を元に戻し、理事長室でルーベンとしばらく話した後、
ルルーシュはクラブハウスに帰って行った。


信頼を得るにはコーネリア殿下が言った通り時間がかかりそうだ。
国に捨てられたのだからそれも当たり前かもしれないが。


だが、落ち込むのは一瞬で再び使命感に燃えた。


宿舎に帰る途中、ふいに声をかけられる。
「ジェレミア卿。私は確かめたいの、あなたが彼らを守るに相応しい人間かどうかを」

ミレイがそう言うと普段のメイド服姿ではない動きやすい服を着た人物が前に出て礼をする。
どちらも平時の彼女たちを知る者が見たのなら驚くほど余りにも異なる雰囲気だった。
「篠崎咲世子と申します。どうかお手柔らかに」


「彼女は、今はまだスザクよりも強いわ。二人を守ると言うのなら見せなさい、あなたの力を」

そうミレイが言い終えると、咲世子はジェレミアに躍りかかった。



[3892] 嘘つき たち の 思惑
Name: 鬼八◆c53b7f0c ID:b89231d8
Date: 2008/09/02 21:44
結果から言えば、ジェレミアは手を出さなかった。
身を守り、攻撃を避け、咲世子の動きをじっと見ていたが攻撃をしかけはしなかった。
いきなりのことで状況が理解出来なかったし、
ルルーシュに純血派として伝わった名のイメージを晴らすためにも手を出すことは出来なかった。


咲世子は書類上名誉ブリタニア人にはなっているが、まだ差別を受ける可能性がある。
それは他の名誉になることを選んだ人間も変わらない。
しかし、それは学園の外の話だ。もちろん学園内で思想的に名誉制度を否定するものもいるが、
表だって何かする人間はいない。
もしここで、学園内でジェレミアが力を使い彼女を傷つけたのであれば
アッシュフォードには彼を解雇する正当な理由が出来る。
名誉ブリタニア人の咲世子ではなく、
その雇い主であるユーフェミアの教育役を務めるアッシュフォード家のミレイと、
オレンジ疑惑を抱えた純血派のジェレミア。
この状況で血が流れれば非があると疑われるのはジェレミアの方だった。



実際、ミレイはそのつもりで咲世子をジェレミアにけしかけたのだ。
この調子でいけばいずれルルーシュが皇族に復帰、あるいはコーネリアの元へ連れて行かれ匿われるのは目に見えている。
どちらにせよ、学園からはいなくなってしまうだろう。


彼女の中にあったのは恋心というにはあまりに淡く、むしろ尊敬に近い感情だった。

自分よりも年下でありながら、アッシュフォードを立て直したのは彼の力といってもおかしくない。
能力があって優秀なだけではない。華のある雰囲気。人を引き付ける強烈なカリスマ性。
仕事では自分よりも年上の人間を能力で納得させ動かし、その分自分には厳しく、妥協しない。

力と比例するようにプライドの高い彼がそんな様子を微塵も感じさせず、
ナナリーを甲斐甲斐しく世話する姿を見るのが好きだった。
そこにいるだけで優しくなれる気がした。
そんな彼らの居場所を守りたいという純粋な思いがあったのだ。


あと少し、ユーフェミア副総督が政治をもう少し分かるようになったらその権力を使って、そして
今まで築いてきたアッシュフォードの人脈と財力を用いて学園などよりももっと広い居場所が用意出来る。
彼女は性格とその信条から考えて必ずその案に賛成するだろうという確信があった。


独立を求める日本人にとっては最悪の、ブリタニアからすれば批判される、
しかし、政治としては圧倒的に正しい暴力に頼らない支配の方法。


その名は、行政特区日本。


日本と日本人を名乗る、全てを受け入れるまったく別のもの。
優しい、国の壊し方。
貧しさに喘ぐ人間を豊かにしてしまえば彼らは過去の幻想にこだわる必要がなくなる。
そうすれば暴力に頼ってまで国を取り戻そうという人間は少なくなる。
元々ブリタニアはナンバーズ制度を取っている。
国の名前を奪われるが統治はその土地にあったやり方でなされることが多い。
政治に裁量権がある時点で、彼らはエリアの一部としてその文化を残すことすら出来る。
むしろ他のエリアを飲み込んでその混沌を伴って拡大してきた国だ。
それもまた、ブリタニア皇帝の言う「進化」の一つに過ぎない。

永続的に特区が続く必要はない。
立場が改善されれば余裕が出来る。そうすれば特区に関係なくブリタニア人と日本人の壁は薄くなる。
既に名家シュタットフェルトには生まれは公にはされていないがハーフである子すら認められている。
数十年が過ぎ、血が混ざれば混ざるほど独立は意味をなさなくなる。
純粋な日本人の数が減るほど一部の人間は民族を守ろうと過激になるか沈黙するしかなくなる。
過激になるとしてもそれは少数の人間に限られる。
それは暴力に限らない。考えられるのは婚姻統制。
しかし出生率を調整するのが難しいのはどこの国でもいつの時代でも同じだ。婚姻もそれに近い。
そして自由が制限されれば彼らを支持するものはより少なくなっていき、日本人は減っていく。


ミレイは、日本を謳い日本を永遠に奪う方法を考えていた。


あと一年、いや半年、三か月でもいい。
まもなく経済力にものを言わせ、今までサクラダイト利権にあぶれてきた政治家の取り込みが終わる。
政庁に出入りするのはユーフェミアの為だけではない。
ミレイもまた、生の政治を行う人間と出会う機会を無駄にはしていなかった。
日本人、ブリタニア人ともに金に弱い人間は多い。
ましてやわざわざ本国を離れ極東の地まで来た人間たちだ、欲は深い。
根回しが終わればユーフェミアを使って新しい統治のモデルとして
このエリアの一部を他とは別のものにし始めることが出来る。

テロの鎮圧に武力だけが正しいとは限らない。コーネリアよりも上手くやる自信がある。
ルルーシュには頭脳だけ貸してもらえばいい。表に立つのはユーフェミアと自分だ。


それまで介入を防げば表には出さないけれど特区に必要な人間として、
ユーフェミアの部下の名目でアッシュフォードの傘下にあるランぺルージとして傍に置ける。
いずれ皇族に戻るのだとしても彼らの意志を尊重出来る実績という力が手に入る。
そうすれば自分の勝ちだと、そう思っていた。


ゆえに大切なのは現状の維持。あるいはジェレミアのいない以前の状態に戻すこと。
本当は追い返す必要すらない。時間稼ぎにルルーシュが卒業するまで側にいてほしいとでも言えばそれで済む。


それでも直截的な手段に訴えたのは、祖父に反抗したのは気に入らなかったからだった。
ああ、ずっとルルーシュの傍にいて学んできたから意外と感情的なのがうつったのかしら、
などとミレイは心の中で微笑んだ。



結局、数分後騒ぎを聞きつけたスザクと彼に呼ばれたルルーシュにたっぷりと叱られることにはなったけれど。





数日後、ルルーシュはジェレミアを部屋に呼び出して問いただした。
「ジェレミア、シンジュクでの虐殺の真相を話せ」
「真相とおっしゃいますと?」
「クロヴィス兄上はこのエリアの総督に任ぜられてから、それほど強い態度には出ていなかった。
テロリストの基地を幾つか壊滅させたことはあったが、あんなに唐突にトウキョウのような
要所のゲットーを攻めたことは不自然に感じられる」

少し悩んだが、ジェレミアは思い切って真実を話すことに決めた。
「…これは軍機です。ですが、あなた様には知る権利がおありでしょう。
兄君を失うことになった戦いの原因を」


咳ばらいをし、ドアを開け周囲を確認した後、声をひそめて話しだす。
「クロヴィス殿下は極秘で毒ガスを研究していたということです。
それがテロリストによって奪われ、本国に知られれば廃嫡は免れないとお考えになり、
あのような命令を」

「毒ガス?」
「はい。カプセルの中に入れられた毒ガスです」

「スザク強奪事件の時にゼロが持ってきたやつか」
「はい。あれは形だけ真似た偽物でしたが」



ここまでは完全に予定通り。後はジェレミアを上手く誘導してやれば…。
「二つ疑問がある。
一つは、芸術を愛し、強い手段に出なかった兄上が毒ガスを研究する理由。    
二つ目は、毒ガスを持っていると思われるゼロが何故それを使わないのか」

ゼロの名を聞いて、表情を歪めるジェレミア。しかし、感情を抑え少し考えてから答える。
「奴の主張と異なり、その様な行為はイレブンの支持を失う結果となります」

「そうじゃない。実際に使うのではなく、交渉にということだ」
「なるほど。確かにまだ毒ガスは見つかっていません。機会を待っているということでしょうか」

「いや、取引として使うのであればカワグチ湖の事件の時が時間制限だっただろう。
あそこで姉上になんらかの要求を突き付けるのがタイミングも交渉としても良い。
今、仮に毒ガスを公表しても時間が経ちすぎている。
事実を隠蔽し、毒ガスの製造自体をゼロの責任にするだろう」


ルルーシュの意見を咀嚼し、特におかしな所がないと考える。
「では、何故…?」


ここでルルーシュは不意に真実を織り交ぜる。
「いずれスザクの耳から入るだろうし、お前だけには話しておこう。
あの中には拘束衣を着せられた少女が入っていた」


突然のことに目を丸くするジェレミア。
「あの場におられたのですか!?」

「偶然な。今までの質問ははお前との認識の差を確認するためのものだ。
廃棄されたビルにトラックが突っ込むのを見て助けに入ったんだが、
それがそのカプセルを奪ったテロリストのものだった。
途中で乗っていたテロリストは怪我か何かで動けなくなったようだが、そこで毒ガスを回収しに来たスザクと再会した。
カプセルが開いたんだ、急に。緑の髪の少女が入っていたのは俺もスザクも知っている。
親衛隊を名乗る男にスザクは口封じの為撃たれ、俺に銃が向けられた時トラックが自爆した。
それで俺は何とか逃げ伸びたんだ。ゲットーの地図は復興の関係で一応頭に入れてあるからな」


内心、ルルーシュに銃を向けた親衛隊にはらわたを煮えくりかえらせながらも、
あの時ニアミスしていたのか、危険な目に晒してしまったことを後で謝らなければと思いつつ会話を続ける。
「その少女は?」
「分からない。爆発の後、姿は消えていた」


毒ガスでなく、人間が捕らわれていたとすれば一つの可能性に行き当たる。
「人体実験の被験者でしょうか。しかし、だとすれば」
「ああ。他にも捕らえられている人間がいるかもしれない。
その後の彼女の足取りははっきりしないが、スザクにこの前あの少女について聞かれたな。
あいつは何か知っているんじゃないか」

「今日は彼は大学部の方でしたな。少し話を聞いてきます」



ジェレミアはスザクを訪ね、少女のことについて聞いた。
スザクも少女がゼロの関係者であるとナリタで知り、
ルルーシュを危険から遠ざける為にも真実を知りたかったので、正直に答えたのだった。



枢木が前線に出ているというのはルルーシュ様の不安を煽らない為にも秘密にしておかねば。
「彼の上司が司令部と繋がりがあるようで、ゼロと共にその少女がいたという話を聞いたらしいのです

上司に確認した所、話によると何やら少女の影響なのか不可思議なことが起き、
それでゼロを逃がしてしまったらしいのですが」

これはルルーシュにとってはちょっとした確認に過ぎなかった。
しかし、スザクとジェレミアが善意から嘘をついていたことが、彼をある真実から遠ざける。
「なるほど。信頼出来る人間ならスザクは不正を嫌うし少女のことを話していてもおかしくはないな。
しかし、不可思議な事? 俗に言う超能力とか、そんなものか?
それが人体実験の成果だとすれば話は通るのか…」



考える演技をするルルーシュ。ジェレミアは彼の思惑をまだ知らない。
「この件。どうなさるおつもりでしょうか」

「シャーリーの父親がナリタの事件で巻き込まれて殺されている。ゼロは見過ごせないな。
だがまあ、そちらは姉上もいるし純粋な戦いだけなら俺は関わるつもりはない。
しかし、あの少女とそこから考えられる人体実験のことは
人道的にもゼロを捕まえる障害となったことからも気にかかる。
常識で図れないことは苦手なタイプだからな、姉上も俺も。出来るなら協力したい。
それに情報が手に入れば一枚カードが手に入る」

「あまり危険なことはお考えになりませんように。しかし、何のためのカードですか」
「母さんの死の真相を探るのに、ラ家を使うための交渉にだよ」


ジェレミアに頭を打たれたような衝撃が走る。この御方は、真実を求められていた。
「やはり、あの事件はただのテロではないとお考えですか」
「ああ。ジェレミアはあの日警備担当だったとこの前言っていたが、何か知らないか」
「コーネリア殿下と協力して真相を探っています。殿下はあの日マリアンヌ様の命で警備から外されたと」

真実を求めることからコーネリアが関与していないと確信し安堵する一方で、
ルルーシュは思いもよらなかった言葉に混乱する。
「母さんが!?」
「ええ。嘘はないと思います。この八年殿下はずっと真相を探っておられました。
シュナイゼル宰相がマリアンヌ様の御遺体を運ばれた所までは確認したのですが、
それ以上は力不足だということで…」

「そうか…。分かった。取り合えず、今は少女の方を優先しよう。
兄上の直属だった部下の一覧や、職務がはっきりしない人間を調べて貰えないか」



こうして、思いがけない収穫と共にルルーシュは本来の思惑通りCCに関連する秘密を探るため
ジェレミアを使い、彼が学園を離れる間を利用してキョウトからの呼び出しに応えることになった。



[3892] 勝ち取られた 信頼
Name: 鬼八◆c53b7f0c ID:b89231d8
Date: 2008/09/21 22:40
政庁の一室で武官と文官が総督であるコーネリアと副総督のユーフェミアを囲み、
ナリタ作戦後の影響とこれからの活動について会議をしていた。
資料が配られた後、ダールトンが内容を簡単にまとめる。


「先日の作戦の被害、確かに我が軍のそれは大きかったですが
ナリタ山の日本解放戦線本部壊滅という目的は果たされました。
奴らはこれで暫くまともに動くことは出来ないはずです。
軍の戦力補充はシュナイゼル宰相に頼んであった臨時予算の方を切り崩すことになりますが問題ありません。
経済界の方への影響もアッシュフォードが随分と協力的で混乱はすぐに収まりました」


コーネリアが簡潔にまとめられた資料に目を通す。
資料作成は主にユーフェミアとミレイが行ったものだった。
以前に比べれてかなり分かりやすいものとなっている。
ミレイはまだ一応民間協力者という位置づけで、
軍関係の会議が終わってから会議に参加することになっているので、会議室にはいない。


「分かっている。片瀬を逃がしたのは痛いが、奴を捕らえれば解放戦線は完全に瓦解する。
これまでの奴らの兵器の入手ルートがこの間の調査によって割れた。
ディートハルトとかいう男が持ってきたあれだ。
主義者の疑惑も浮かんでいる男だが、能力は確かで調査の裏付けも取れている。
片瀬は一時、そのルートのツテを頼り日本を出るだろう。どうやら慎重に事を進めるタイプのようだからな。
だが、それが間違いだ。奴以外に旧日本軍出身者で政治能力のある人間はもう残っていない。
藤堂は武人。誰かの元で動く男に過ぎない。国外脱出の隙を狙って片瀬を叩く。
懸念事項である黒の騎士団について何か分かったことは?」


以前の姫様なら、そのような疑惑を抱えた人間は信用されなかったはずだが。
ヴィレッタはともかく、ジェレミア卿に極秘任務を与えたとの噂もある。
このエリアに移ってこられた辺りから、雰囲気が変わられたような、一体どうなされたのだ…?


頭の中に浮かぶ問いを口に出すことはなく、ギルフォードは用意された答えを口にする。


「はい。どうやら、ゼロは枢木の分家に当たるテロリストを支援していた男、
枢木ライチョウをサイタマ壊滅作戦の折に助けだすように藤堂に要請したようです。
ですので解放戦線と騎士団が結びついているというよりは、ゼロと藤堂の個人的な繋がり程度で、
組織がどちらかをすぐに吸収するということは考えにくいと思われます。
ナリタで捕らえた黒の騎士団員から聞き出した情報ですので確かです」

「そうか、だが油断は禁物だ。必ずや片瀬を討ち取り、この地に安寧をもたらす糧とする」

―――また枢木か。やはりゼロと何か関係が?
…違う。あの子のはずがない。ジェレミアは何も言ってきていないが、
学園に行ってから動きが変わった。恐らくルルーシュに何か命じられたのだろう。
信頼を得るまでもう少し、もう少しでようやく会えるはずだ―――





ゼロと扇、カレンと玉城はキョウトからの呼び出しに応えゲットーのある場所に向かった。
まずゼロが送られた手紙を確認され、話があるからと助手席に座っていた人間と倉庫の影に消えた後、
ゼロだけが車に乗り込み数分後残りのメンバーが呼ばれた。
外が見えないように窓に細工が施された車の中で、組織の編成について話し合う。

「藤堂は作戦後、片瀬少将と合流すると言っていたな。
先日入った連絡によれば少将は一時日本を離れ、台湾の方へ向かうようだ。
国内に残した解放戦線の兵達を藤堂に集めさせるようだが、奴は武人。
確かに戦闘に関わる人間は集められるだろうが、組織はそれだけでは立ちいかない。
出来れば合流し、反攻組織を一本化したい」

「その為にも、キョウトに認められないとな。
支援者が上手く口をきいてくれればまとめやすくなるだろうし」

「あと、入団希望にディートハルトとか言う男がいたが、奴は前回の戦いを独自のルートで調べていた。
スパイの可能性もあるが、能力的には申し分ない。誰か監視する人間がいれば問題ないと思うが」

「そうだな…。さすがに純粋なブリタニア人だと組織内で反発も出るだろうけどメディアの力は大きい。
カレンやヴィクトールのようにハーフの人間や中華系の人間も最近では多く協力員になってきている。
井上は昔、ジャーナリストを志していたし古参で信頼もある。一緒に行動させたらどうだろう」

「ああ。それがいいと思うぜ、俺も。
なあゼロ。この間見せてもらったシミュレーターなんだけどよ、どうしてもお前みたいに出来ないんだ、
何かコツとかねーのかよ」

「玉城、最近ちょっと頑張り過ぎて気持ち悪いんだけど」

「うっせーな。
…仕方ないだろ、ナリタだって人が沢山死んでんだ。ゼロだけに頼ってる訳にもいかねーよ。
いくら藤堂よりもすげーって言ったって、一人で全員を動かすなんて無理だろ。
人が増えれば纏める人間が必要なんだ。俺だってちっとはさ…」

玉城は元々反射能力などがそれほど高くなく、ナイトメア戦では撃破されることが多かった。
しかし、どんな状況でもほぼ大怪我なしで生き残る能力、生への嗅覚のようなものがあった。
そこでゼロは玉城にシミュレーターをやらせ、その行動パターンを分析し、団員の生存確率を上げようと考えたのだ。

「そうだな。いろいろ試してみたが、戦場の大局を見極めるという器ではないな。
能力としては今までの経験で何とか及第点に届いたという所か。
だが、普段の他人に対する面倒見の良さと先陣を切る度量は評価に値する。
そういった人を理屈ではなく雰囲気で従わせる力は扇にも勝るな。
何よりお前の部隊は生き残る率が高い。歩兵、工兵部隊の指揮と教育をやってもらおうか」


そんな話をしている内に、車が止まる。
通された場所から見下ろす窓に映るのは幼い頃から日本人には見慣れた山だった。
「間違いない、ここは」
「ああ、侵入者は尋問なしで銃殺される、サクラダイトが眠るあの富士鉱山だ…!」
「こんな所にまで力が及ぶなんて、キョウトはやっぱり凄い…」



後ろから、声が聞こえた。
「醜かろう?」

外に目を向けていたゼロ以外が声の方向へ向き直る。

「かつて山紫水明、水清く緑豊かな霊峰として名を馳せた富士の山も、
今は帝国に屈し、なすがままに凌辱され続ける我ら日本の姿そのもの。
…嘆かわしきことよ」

御簾で顔が隠された先に和服を着て座る人物を認める。

「顔を見せぬ非礼を詫びよう。
が、ゼロ。それはお主も同じこと。儂は見極めねばならぬ。お主が何者なのかを。
その素顔。見せて貰うぞ」



声の主が杖を振り上げると隠れていたナイトメアが4機、ゼロ達にアサルトライフルを向け取り囲む。
カレンが咄嗟に両手を広げゼロを庇う。

「お待ちください! ゼロは今まで十分信頼に値する戦果を上げてきました。こんなやり方は」
「黙るのだ。扇とやら、お主がゼロの仮面を外せ」

カレンの言葉が遮られ、命じられた扇は息を深く吸い、一度だけ首を振った。



「…すみませんが、それは出来ません。
あなた方は俺達を支援して下さいました。その力は大きいし、
ナリタでの作戦も紅蓮なしではあれほどの成果は上げられなかったでしょう。
でも、俺達のリーダーは彼です。
最初は確かに素顔を見せない彼に対する不満もありました。
でも、今まで一緒に行動してきて俺達は、少なくとも俺は彼は信頼に値する人間だと思いました。

日本が占領されてから七年。
多くの反攻組織が滅ぼされ、日本解放戦線もかつての勢いはありません。
一つの宗教に依ることのなかった日本人という人種で、
失われる前の日本の記憶を持ったまま戦い続けることの出来る最後の世代が俺達です。
だけどそんな人間もだいぶ減ってしまった。
でも俺は子供たちに、戦争に関係ない世代に戦いを強いることは出来ません」

そこで扇は一度言葉を切った。


―――すまないカレン。お前はやっぱり特別なんだ。


「きっと、大きな反乱を起こせるとしたらあと一度か二度しかチャンスはないと俺は考えています。
そして、そのチャンスをものに出来る人間は、彼しかいないと思います。
人さえいれば幾らでも戦えます。資金は他の道を探すことも。でも、一度失われた命は戻りません。
誰も彼以上に俺達の命を上手く使えはしません。指揮されて分かった。
他の誰よりも彼はその重さを知っている。
だから、日本を取り戻すためにも、その信頼を通すためにも俺はここで彼を裏切ることは出来ません」


「おい、扇。本音と建前ってもんがあんだろうよ! こんな状況で」


「分かってる。でも、俺の気が済まないんだ。
ナオトの後を継いで、何も出来なかった俺のせいで失われるはずだった皆の命が
ゼロのおかげで助かったんだ。
俺はゼロに希望を見せられた。だから信じたい。
せめて、彼が自分から正体を明かすまでは庇いたかった」



扇が言い終えると、御簾の向こうの人物は小さく笑った。
「…ふむ。大したものよな。姿を明かさずにそこまで信頼を得るとは。
特別だ、儂だけに姿を明かせばよい。他の者にはいかな事情があろうと触れ回りはしない。
お主が何者であろうと、帰りつくまでの命の保証はしよう」



その言葉を遮るように
「いえ。その必要はありませんよ。…ありがとう扇、カレン」
そう言った後、仮面が地に落ちる。

「「「ヴィクトール!?」」」

「私はゼロではないのですから。
…どうやらあなたには分からないようですね。キョウトの代表、桐原泰三」



「御前の正体を知る者は、生かしておけぬ!」
SP達がヴィクトールに銃を向ける。しかし、彼らを取り囲んでいたナイトメアの内の一機が
不意に他の三機を破壊する。そしてSPを放り投げ、コックピットからゼロが姿を表しゆっくりと桐原の元へと向かう。



「前置きはいいでしょう。今日の私は気分がいい。早めに本題に入ります」

「桐原泰三。サクラダイト採掘業務を一手に担う、桐原産業の創設者にして、枢木政権の影の立役者。
しかし、敗戦後は身を翻し、植民地支配の積極的協力者となる。
通称、『売国奴の桐原』。
しかし、その実態は全国のレジスタンスを束ねるキョウト六家の重鎮。
面従腹背か。結果が出なければ意味がない」



杖を握る桐原の手に力が込められる。それを見てゼロは言葉を続ける。
「あなたが私の素姓を知りたがるのは正解。私は日本人ではないのだから」

玉城が驚きを口にする。扇とカレンはじっとゼロの背中を見つめていた。
感情を鎮め、桐原はゼロをまっすぐに見据えた。
「日本人ならざるお主が何故戦う、何を望んでおる?」

「ブリタニアの崩壊を」
「そのようなこと、出来ると言うのか。お主に!」
「出来る。何故ならば、私にはそれを為さねばならぬ理由があるからだ。
…あなたが相手で良かった」

そう言って、ゼロは桐原に見えるように仮面を外した。
「…! お主…」
「お久しぶりです桐原公」
「やはり。八年前にあの家で人身御供として預かった」
「はい。当時は何かとお世話になりました」
「相手が儂でなければ人質にするつもりだったのかな?」



「いいえ、それは違います。まだ、力が足りない。望みを叶えるのには。
私に出来るのはお願いすることだけですよ。…後ろにいるのだろう、カグヤ。僕だ」


その声に、身を震わせる少女が一人。仮面をとったゼロの前に立つ。
「…どう、してあなた、が」
言葉は途切れ途切れだったが、彼女は何とか言いきった。

「久し振りだね。随分と聡く育ったようだ。今の君なら分かるはずだ。納得は出来なくても、理解は」

まだ震えは止まらない。だが、目だけは逸らさない。
「憶えて、います。あなたのことを。その生まれだけで恨んだこともありました。
ですが後になって思えば本当のあなたは、あなた達は…」
「いいさ。この生き方を選んだのは、他でもない僕だ。
さて、桐原公。一つお土産があります」

「土産とな?」



唐突にヴィクトールが顔に張り付けていた薄いマスクを外す。その下にあったのはかつて見慣れた顔だった。
「それは私です。神聖ブリタニア帝国、第三皇子クロヴィス・ラ・ブリタニア」

「な、死んだはずでは!」

「レジスタンスを殺したことに対して謝るつもりはありません。
しかし、罪もない人間を虐殺したことについては償わなければならないと考えます。
自分の行動に責務を持つのは当然のこと。
彼に見せられた世界が私に道を示しました。もう哀しみは十分だ。人は幸せになるべきだ。
私の命、上手く使って貰いたい。願わくばそれが全ての人に優しい世界であるように」



その言葉に扇もカレンも玉城すらも動けない。
桐原は声を出して笑った後、クロヴィスを捕らえようとするSP達を下がらせた。

「殺せなかったのか、殺さなかったのか問う必要はなさそうだな。捉えたか、敵の心すら。
いいだろう。扇よ、お前の判断は正しかった。この者であれば失われた日本が、
あるいはそれ以上のものが得られるかもしれぬ。
ついてゆけ、お前たちよ。儂らも協力しよう」

「感謝します。桐原公」

「ゆくか、その手に全てを抱えて」

その問いに、ゼロは一度だけ振り向いた。
「それこそが、失われた全てを取り戻すことこそが、我が望み」





その後、ゼロたちとクロヴィスは離され、アジトにいるメンバーにゼロが認められたことを伝える為に、玉城が一人先に帰らされた。
クロヴィスのことは取引に使えるが大事には出来ないので後で幹部にだけ話すこととなった。
さらに残った三人は別の部屋に通された。
神楽耶が今後の為に話し合いたいと一泊するように申し出たのだ。

神楽耶と仮面をつけたゼロが事務的に話を進める。
「あの。ゼロ、いいえルル…」
戸惑いながら、その本当の名を呼ぼうとすると彼女の口に人差し指が立てられる。


―――人を信じてもいいんだよな。二人は俺を信じてくれた。
だから、ナナリー。前に進むために。生きるために。俺は。


扇とカレンが呼ばれ、扉の中に入り促されるがままに椅子に座った後でゼロは
その息をのむような優雅さを秘めた仕草と雰囲気だけで沈黙を作りだし、
ゆっくりとマントを脱ぎ、仮面を外した。


「ゼロは俺だ。ルルーシュ・ランぺルージだ」



[3892] 仮面 の 真実
Name: 鬼八◆c53b7f0c ID:b89231d8
Date: 2008/09/09 20:41
「ゼロは俺だ。ルルーシュ・ランぺルージだ」


そう言った彼の表情は、カレンが教室でいつも見ているようなどこか作り物めいたものではなく、
生徒会室でナナリーに接している時のようにとても穏やかなものだった。
仮面が外され、呆然としていた扇が気を戻し話しかける。


「君が…? ブリタニア人だったのか、どうりで顔を出そうとしないはずだ。
ルルーシュというとカレンが言っていた生徒会の人か」


「何か聞きたいことは?」
「そうだな、ないよ。桐原公も認めてくれたし、俺の心は変わらない。
君がどんな理由で戦っていても、今まで命を張ってきたことが全てを物語っている」
「そうか、ありがとう」

扇のルルーシュを見る目は温かかった。
やり取りは二言三言で済み、扇は心の中で明らかに自分よりも年下の彼を支えようと密かに誓った。
だが、カレンは違った。
扇との会話が終わり、ルルーシュの視線が質問を促すように向けられるまで頭の中が真っ白になっていた。



カレンは泣いていた。開かれたままの瞳から涙が大きな粒となって彼女の頬を伝っていく。


「どうして、あんたがこんな危ないことしてるのよ…。
充分でしょう、こんなことしなくたってナナちゃんを守ってるだけで。
なんで、そこまでするのよ…?」


カレンにはルルーシュが面倒を見ている、というよりはナナリーを守っているようにしか見えなかった。
彼の持つ雰囲気は、彼女がハーフだという理由で虐められていた時、
兄が庇ってくれたのと同じものだったからだ。
それは確かに兄妹、家族という関係性の上にはあったけれど、カレンがハーフなのと同じように
何かあと一つ他の理由があるもののように感じた。
一体ルルーシュは何を抱えて、何を思い生きているのだろう。
それが分からないのが、堪らなく悔しかった。


「それだけで満足しようとも思った。だけど、譲れないことがあったんだ。詳しくは話せない。
でも生きるためにブリタニアだけは俺の手で壊さないといけないんだ」

ルルーシュはカレンの涙をそっと拭うと、いつもナナリーにするように髪を撫で、
あやすように微笑みかけた。



「そうですか、今のあなたは…」
「ああ、あの名は捨てたんだ。未練がないわけじゃない。
でも、限られた環境の中でも選択肢は確かにあった。自分が選んだ道だ、後悔はないよ、カグヤ」



そこには確かな決意があった。神楽耶はそれを肌で理解した。


皇家の次期当主として厳しく育てられてきた彼女にとって、ルルーシュという存在は近く、そして遠い存在だった。


会ったことは数度しかなかった。
枢木の家に連れて行かれ、初めに会った時はスザクと喧嘩をしていた。
二度目に訪れた時はスザクもルルーシュも素直ではなかったが、何か信頼のようなものを築いているのを感じた。

当時物心ついたばかりの彼女には難しい政治のことなどまだ分からなかったが、
スザクと同年代の子供に混ざってルルーシュとナナリーに随分と酷いことも言った気がした。
キョウト六家という枠の中で、日本を支えなければならないと自負を持つ周りの言葉は半ば洗脳に近く、
ブリタニア人を嫌うのは彼女にとって当然のことだった。
ましてやそれが戦争の火種を引き起こす皇族ならば風当たりは自然強くなる。


しかし、スザクはそれは違うと言った。自分の目で見たもの、感じたことが一番正しいのだと。
その時のスザクはまだ、ルルーシュとナナリーに出会う以前神楽耶に接していたように傲慢で、自分本位だった。
だが、何かが彼を変えていた。
それを最も簡単な言葉で表すとしたら、それは誇りだった。
ルルーシュがたった一人でナナリーを守ろうとする、自分以外の為に生きる姿から学んだものだった。


戦争が終わり、彼がブリタニア軍に入ると言って彼女も含め周りが止めようとした時も、
口調も性格も変わっていたが、そのルルーシュから学んだ信念を貫き通そうとする姿だけは変わらなかった。


その時ブリタニアを中から変えたいと言ったスザクの決意と、今のルルーシュの纏う空気は同じだった。


キョウト六家の中で発言権はあまりないが、学ぶことは沢山あり、外に出ることも制限される中で
彼女は時にスザクとルルーシュのことを思い出した。
ただの乱暴ものだったスザクが暴力に依らず対等だと認めた初めての人間。
日本有数の名家出身である自分と皇族であるルルーシュの生まれのどこか似通った点。
しかし国に捨てられた彼は何を思い、生きそして死んでいったのだろうかと、
戦争が終わってからもずっと考えてきた。



今の彼女の中には皇族に対する憎しみではない、言葉では到底表しきれない複雑な感情が渦巻いていた。





翌日。
クロヴィスの使い方を桐原と話し合い、今後の予定がほぼ決まった後でゼロとしてテレビ電話をかけた。
信頼を得た証として、神楽耶の姿を見えるように脇に置いている。


「藤堂か、私だ。ゼロだ。
キョウトと相談した結果、これからの予定の為にお前たちには準備してもらうことがある。
我々は片瀬少将脱出の際を狙ってくるだろうコーネリアを迎え撃つ準備をする。
少将の脱出後は我々が日本国内の組織を一元化し、彼には外部との交渉、兵器の調達などをしてもらう
予定だ。
どうやら中華連邦の方できな臭い動きがあるようだからな。
彼ならばしばらくはバランスを取ってくれるだろう。
今回の作戦が上手くいけば解放戦線の他の幹部も力を合わせる気になるだろうしな。
作戦準備の大まかな概要は送るが、そちらの方は臨機応変に対応してほしい。では」



電話を切った後で、神楽耶はやや眉を顰めるように問いかけた。

「藤堂には伝えないのですか」

「まだ、お互いに信頼が足りないだろう。私が素顔を晒した人間は君たち三人と桐原公の他にたった一人。
君たちには個人を信用したから教えただけだ。
後の一人は成り行き上仕方なく、というか相手が何故か知っていて他にもまだ納得のいかない所があるからな…」


もう一人ゼロの正体を知っていると聞き、神楽耶はアッシュフォードに潜入している
咲世子を思い浮かべそれを問うたが、ルルーシュはいささか驚いたものの答えはノーだった。
咲世子は日本を取り戻す手助けがしたいと代々続く篠崎の名を使い皇家の抱えるスパイになった。
しかし、彼女はルルーシュとナナリーの存在を皇家に明かさなかった。
二人にとっては家族に等しく、その真実の名を彼女は知っていたにも関わらずだ。


そのことについては後日彼女はアッシュフォードにスパイに入ったのであってランぺルージとは
無関係という主張、仕えるべき器を持った主人に出会えたからそちらを優先したという言葉を
通し神楽耶は押し黙ることになる。


だが、この時点で聞くことは他にある。まったくの第三者がゼロの素顔を知っているという一点。


「危なくはないのですか?」
「相手も表には出られないという制約がある。
そしてゼロとしての目的を果たすためにもブリタニアには絶対に渡してはいけない。厄介な奴だ。
いっそキョウトに移そうかと思ったが、今の機体は複座で迂闊に手放せなくなってしまったしな…。
怪しいところは表の方で動かせる人間が最近出来たから、探らせている」


「そうですか。
…一つだけ気になっていることがあります。
黒の騎士団を作り、今まで戦ってきたのはあなたの力によるものでしょう。
しかし、あなたが初めてゼロとして姿を現した時、スザク奪還の際にどうしても納得いかない出来事があります。
あの時、ジェレミアが急に態度を変えたのが気になったのです。
皇に仕える者によれば、ジェレミアはコーネリアにオレンジ事件に対しては潔白だと認められたと。
何だったのですか、あれは」

                            ・・・
「クロヴィスの事といい、本当に鋭いな。君なら彼女に対抗できるかもしれない。
まあ、それは今度の作戦次第だな。
質問に関してはもう一人のゼロの正体を知っている人間と関係がある。
今はまだ調べることもあって詳しいことは言えないが、君にはいずれ話すだろう」


「では待ちましょう。私に今出来ることは?」

「いずれ日本が独立する時の為、君には国の象徴になってもらわなければいけないだろうな。
ゼロはブリタニアに対する反抗の象徴でその違いを明確にしなければならない。
どちらかの下につくのではなく、対等な関係だ。
次の戦いが上手くいけばそれを示すチャンスがあるだろう。
その後は君もブリタニアに狙われやすくなるだろうし、今の内に少し表に出た方がいいかもしれないな」





それから数日後、片瀬少将の国外脱出を見越したコーネリア率いるブリタニア軍と、
それを迎え撃つ黒の騎士団は再び相見えることとなる。





戦いの前日、黒の騎士団に入団したブリタニア人、ディートハルトは与えられた仕事を終え、
部屋でひとり呟いた。



「ブリタニアは完成した素材だと思っていたが、噂とは違いコーネリアはなかなか面白い。
上に立つ者としての義務感ではなく、少なくともここに来てからは何か他のものを行動の理由に動いている。
黒の騎士団との戦いはともかく、他のテロ組織の壊し方はまともな人間のやることには思えない。
手に入れた拷問の様子を記録した映像にはこの私すら鳥肌が立った。
得体のしれない化け方をしそうで興味深い。


対するゼロは最初見た時感じたような激情はなりを潜め、シュナイゼルのような理で動く人間になってきている。
だが、理のみで動けば経験の差でゼロはシュナイゼルには届くまい。条件も違いすぎる。
ナリタでのあの正面を切っての撤退は素晴らしかったが、ある意味では仲間を逃がすための囮だ。
非情になりきれていないのか? それならばさらに一歩劣る。

大衆は理よりもカリスマにつく。考える、選ぶ必要などない。
そう、真にブリタニアを壊すと言うのであれば、何か他の要素が必要だ。常人には理解できぬようなそれが。


どちらが撮るに相応しいか、二人の主観に満ちた世界を見極めさせてもらおうか、この戦いで」



眠りにつく前に、ふと思いついてディートハルトは電話をかけた。


「ああ、キューエル卿の代理の…。明日の作戦行動には参加しないでのしょう?
なに、いざという時の為の保険ですよ。ナリタでも負けていますからね。
今回はラウンズもいない。念には念を入れた方が良いと思いまして。あなた方には悪くない話です。
以前話していた人物が明日ゲットーに医療器具を届けにいくという噂が流れてきましてね。
既得権益に囚われた官僚は彼らに強く出れない。
今こそあなた方の出番ですよ。コーネリア殿下もそれを望んでおられるでしょう…」




さて、舞台の準備は整った。後はリハーサルとその先の本番だけだと、男は歪んだ笑顔を浮かべた。



[3892] サクラ サク
Name: 鬼八◆c53b7f0c ID:b89231d8
Date: 2008/09/09 20:48
月のない夜だった。水面は暗い。
港には明かりといえる灯は殆どなく、蛍火のように点々と弱い光があるだけだ。
夜の空気は淀みがなく澄んだもので、再び日が昇るまでの間、遮られることなく遠くの音が聞こえる。

倉庫の中に隠されたブリタニア軍ナイトメアフレームの金属が軋む音は、黒の騎士団が既に感知していた。



水際での戦い。
戦力に恵まれるブリタニア軍に比べ、日本解放戦線と黒の騎士団の戦力は限定されている。
地上での戦いならばナリタのようにやり方はある。
しかし、この状況下では水中用ナイトメアの有無はあまりにも大きい。
もちろんナイトメアは活動時間のせいである程度の距離を取れば水中を追うことは出来ない。
しかし、どれほど上手く戦い逃げ延びても航空戦力によって片瀬少将の乗ったタンカーは
領海内で撃破されるだろう。


片瀬が一人他国に移動した所で何か出来るわけではない。
彼が日本を支配するブリタニアによって寡占されている貴重な資源、
流体サクラダイトをタンカーに積んでいること、そしてそれを材料に取引が出来る人間であること、
その二つがセットになって初めて意味をなす。



先ほど述べたようにこの戦いでの主な問題点は二つ。
タンカーの航路を塞ぐ水中用ナイトメアの突破。
そしてその後どう相手の航空戦力を無効化し、逃亡を成功させるか。


一つ目の攻略にはナイトメアそのものを叩く必要がある。
しかし、対抗する水中用ナイトメアは騎士団にはない。魚雷も統率された指揮の下であれば
索敵によって見つかり潰されてしまう。


よって黒の騎士団はそれを指揮する者を叩き、混乱を生みだす策に出た。
周囲を海に囲まれた日本のような地理条件で行われる独特の運用。
元々市街戦を考えて作られた兵器であり、歴史が浅いナイトメアは海軍の士官マニュアルにも
ページが割かれず、指揮できるものはあまりいない。
陸軍系の指揮能力では力を発揮できないのだ。
指揮者を失った所で混乱によって対処出来なくなった魚雷でナイトメアを撃破する、
それが騎士団の選んだ策であった。



だが、そう上手くはいかない。コーネリアもまた、その弱点を知っている。
親衛隊とランスロットを使い、司令室代わりとなったある倉庫を守る。

「ギルフォード、ゼロの機体を探せ! 必ず前線に出てきている筈だ、奴を打ち取れば勝敗は決する!
枢木、お前はあの赤い機体を討て!」

「「イエス、ユアハイネス!」」

倉庫を取り囲まれる前にグロースターとランスロットが無頼を蹂躙する。
個々の能力の高さ、それを指揮するコーネリアの力、そう簡単には突破できない。



しかし、ルルーシュはそこまでを読んでいた。



片瀬の乗ったタンカーを襲撃する為に隊列を組み水中を進むナイトメア、ポートマンの一機が
突如味方に攻撃を仕掛ける。


ギアス。それは絶対遵守の力。例えそれが自軍の機体であっても攻撃する命令が下されれば逆らうことは出来ない。
元総督クロヴィスの権限で知りえた軍のデータベースは彼が死んだと思われる以前、
拉致を考慮しパスワードが変更される前に既にデータを写し取ってある。
外からアクセス出来ないスタンドアロンな軍機など知る必要はない。
ただどんな兵がいてどこに所属しているのかが分かればよかった。
名前と住所や連絡先、そして部署。正規の部隊である彼らのそれを知るのは容易いことだった。
後は得意の良く回る口で呼び出しギアスをかける。


ルルーシュにとって手軽なそれは、しかし知らない者に、正しく奇跡を演出して見せた。



有り得ない同士討ち。ブリタニア軍に動揺が走る。騎士団が混乱する前にゼロは通信を繋いだ。

「保険としてポートマンの数機に解放戦線の兵を乗せておいた。
戦いは始まる以前に勝利を確信していなければならない。コーネリアの能力は完全に読み切った。
動揺している間に奴を捕まえる。ナリタでの忘れ物を取り返す!」


ギアスによって通信を繋ぐように命じた相手の機体から、混乱が伝わるのを聞きとった所で、
ゼロは残りの部隊に出撃の命を下した。
輸出用コンテナの中に人知れず待機していた黒の騎士団ナイトメアが一斉に起動する。


一つ目の条件はクリア。
残った条件はコーネリアを捕まえることで達成される。
元々今回の作戦は少数精鋭を集めた部隊によるもので、敵の数自体は多くない。勝機はある。
総督を人質に取られればタンカー襲撃を止めろというゼロの要求を聞かざるを得ない。



もちろんこの戦いに勝ち、コーネリアを捕らえた所で新しい者が総督に変わるだけだろう。
ブリタニアにはまだまだサクラダイト生産国である日本を支配することを望む者は
皇位の近いコーネリアを好敵手と認めた第一皇女ギネヴィアを筆頭に数多く存在し、  
トップが変わったとしてもブリタニア軍にはまだ余力がある。軍はまだ戦える。


しかし、相手はかの第二皇女、魔女とまで呼ばれたコーネリア。
例え弱者に用はないと皇帝が切り捨てたとしても玉座に近い彼女の後ろ盾達が黙っていない。
その上、政治的能力はシュナイゼルに及ばないが、その分、利を越えて一部には熱狂的な支持者がいる。
ノブレス・オブリージュを体現する彼女の生き方は、少なくない人間の心をとらえていた。


国の為に今まで戦ってきた彼女を簡単に切り捨てることが出来るのか?
それを知り、国に不満を持つ者はどれほどの数だろう。
長い戦争で家族を亡くし、世界制覇を唱える国是に反対する者をこれを機会にまとめることも出来る。
中と外からの破壊にブリタニアは耐えられるだろうか。



ルルーシュにとって世界を変えるのは簡単なことだった。
ナナリーの望んだ優しい世界を作ることだって、ジェレミアに言ってコーネリアに下り、
副官になるとでも言って外交の場に少しでも顔さえ出せればギアスで戦いを止めることなど幾らでも出来る。
だが、それをルルーシュがしないのはゼロとして結果を重視する言動を取っておきながら、
その実、それが為される過程、歴史こそが大事だと思っているからに他ならない。


生きていることを否定され、国に裏切られた兄妹が、それでも人を再び信じるとそう言ったスザクとの出会いを含めた月日。
国を奪われ辛酸を舐めてきた人々の中でトップに立ち、その怒りと奪われる絶望を共有し、戦ってきた日々。
戦争の口実となった当時の彼を恨むことになるだろうと思っていた神楽耶が自分を認めてくれたこと。


その全てがほんとうのことだった。



平時であれば鼻で笑うような、そんな気持ちの高揚がルルーシュに力を貸し与える。
仮にギアスがなかったとしても、この戦いには勝てるだろうと、直感で理解した。
そこにあったのは全能感。
ギアスは人を孤独にするとCCは言った。ならばそれすらも乗り越えてみせる。
力がただそれであることを理由に人を支配することなど、彼には認められないのだから。



カレンの乗る紅蓮弐式がランスロットを引き離し、その内に歩兵部隊とキョウトから与えられた
ブリタニア軍にないナイトメアフレームの兵装を卓越した運用で使いこなし、
親衛隊を一機ずつ戦闘不能にしていく。

もはやそこにあったのは藤堂とのシミュレーションで見せた完全な指揮。
戦況を示すディスプレイに映る光点の一つ一つが彼の手足のように、生き物のように動いた。



包囲されてしまえばコーネリアと言えども成すすべはない。
グロースターの両腕と両足をもがれ、それでも表に出ないので周りには説得に行くと伝え、
無頼・改から二人で降り、死角に入りナリタでスザクにしたようにCCの力で間接接触しショックイメージを見せる。


中から絶叫が聞こえた所でコックピットハッチを開き、スタンガンで気絶させる。



ゼロがよろめきを抑えながらコーネリアを抱えて出てきた時、団員の歓声が爆発した。



ゼロと気絶したコーネリア、そしてCCが無頼・改に乗る。
しかし、これで戦いは終わらない。いや、終わらせない。
コーネリアを捕らえたのはゼロというよりもルルーシュの手元に置きたいという意思によるもの。


今の能力と影響力で言えば彼女は確かに脅威。
しかし、本来の器から見れば手に入れるべき、いや手を組んででも敵に回したくない相手は別にいた。


やがて最大の障害になるであろうと予想していたシュナイゼルに対抗するために必要な、
彼にすら予測出来ない手を考える、純粋であるからこそのワイルドカード。



すなわちそれは第三皇女、ユーフェミア・リ・ブリタニア。



戦場そのものには出てきていない。G1ベースは今回の作戦には目立ちすぎる。
しかし、彼女は港近くのあるホテルの一室にいた。
副総督として人を傷つけるのであればせめてそれを見たいと、少しでも近くにいたいと願った結果だ。
彼女が連れていた武官はポートマンの指揮系統が壊滅した時点で海軍系の指揮が出来るものを
呼び出し、総崩れを防いでいた。
彼女の行動は過程を飛ばし、結果だけで見れば最善を示していた。


ただ、それすらも変える戦場の流れとでも言うべきなのだろうか、ツキは騎士団にあった。



カワグチ湖での事件以来、アッシュフォードとの連携を取りやすくするように
ミレイに伝えられていたユーフェミアの行動計画をルルーシュは知っていた。

いざという時頼りになるのはルルーシュだと、ミレイがそう信じていたためだ。



―――ああ。信頼というのは心地良い。今日は、負ける気がしない。
眠っているコーネリアの髪を撫で、全ての感情を込めて、ルルーシュは笑った。



タンカーの位置を確認し部隊を一部引き上げさせ、精鋭だけを集めてエナジーフィラーを交換後、
味方ナイトメアにホテルの位置情報を送信し、ランドスピナーをうならせ港を出る。



紅蓮を追うものの、途中で出力差の影響で先にエナジーの切れたランスロットの中でロイドに通信を繋いだ後、
ユーフェミアが捕まったことがオープンチャンネルで伝えられ、スザクの絶叫がこだました。



ホテルの駐車場に止められていたトレーラーからヴィレッタの皇族警護用のグロースターが出るが、
紅蓮二式の敵ではなかった。
輻射波動で破壊され、危機一髪の所で脱出装置を起動させる。


もはや、敵はいなかった。



勝敗が決し、あらかじめ用意していた十五の逃走ルートの内の二つを使い追跡を巻いた後で
アジトに戻った所で団員達が祝杯を上げる中でつけられたテレビに軍人が映った。



「我々は、ブリタニア軍所属、旧リーダーであったジェレミア卿を排した者による新純血同盟。
黒の騎士団よ我々は既に政庁の一部を制圧した。
貴様らの後ろ盾であるだろうNACを庇うものはもういない。
数日の内に奴らの持つ建物と財を差し押さえ、中心人物を摘発する予定だ。
そしてその先駆けとして、皇コンツェルン代表、皇神楽耶を本日、動乱罪で緊急逮捕した」


若い将校がそう言うと、手錠をかけられた神楽耶の姿と軍人によって制圧された政庁の会議室が
カメラに映された。



[3892] ショウ タイム
Name: 鬼八◆c53b7f0c ID:b89231d8
Date: 2008/09/14 13:05
新純血同盟による暴走の翌日。
心中では彼らの行いを肯定出来ないまでも、総督と副総督を救うためのカードとして神楽耶が手に入ったことが、
二人が不在で現在地位の最も高いダールトンの心を動かした。


NACを庇っていたという一部の文官を射殺した罪に対しては一段落着いてからの捜査で、
事実そうであったという証拠があれば減刑の目処が立つ。
エリアを治める法に、軍規に反していたとしても、皇族を救えば恩赦を出すことも出来る。


まずは二人の安全が最優先。
第二、第三皇女がまとめて殺されでもすれば、他国との関係の問題よりも中の問題が大きくなる。



第三皇子クロヴィスはコーネリアよりも分かりやすい実績で劣り、玉座にはそれほど近くはなかった。
それでもあのテロの後、国内でラ家の後ろ盾だった貴族の引き込みでオデュッセウス、
シュナイゼル、ギネヴィア、コーネリアといった上位皇族の支持者達はかなりの労力と金を使っている。
後ろ盾の人間も多くなれば様々で、支持した者への忠誠を貫き没落を良しとする貴族が全てではない。
ラ家の力は事件以前の半分以下になった。
それでもそれだけを残せたのはクロヴィス本人の人柄によるものだった。


リ家の後ろ盾で信用が出来るのは三割程度。
支持者が多い一方で、元より皇帝になるには不利とされた女であるという点があったために
その中身はコーネリアが軍人として力を付けてから増えていった貴族が半数以上を占める。
彼らの忠誠心はそれほど強くない。
能力が高く、自分が皇帝になれない代わりに支持するものを帝位につけようとする者、
利益を求めて支持者となった者。母数が多くなればそういった貴族も自然多くなる。


彼らの手綱が離されれば、皇帝という絶対の力によって約束された次代の地位、
それを求めて微妙なバランスの上に立っている王宮のみならず、下手をすれば本国全体が大混乱に陥る。



ブリタニアにとっての問題はコーネリアとユーフェミアの二人に対し、
黒の騎士団が神楽耶一人しか取られていないということだ。


神楽耶には戦争で失われた皇族の血が流れている。
と言っても、今の日本人にとって皇室の名は敬うようなものではない。
皇家がキョウト内で格の高い家だとされるのはその血筋よりもむしろ実績によるものだ。
中華連邦の圧力にも屈せず、日本がどの集団にも属さずブリタニアとの戦争まで独自路線を取ってこれた原動力であった、
サクラダイト採掘の桐原産業と並ぶ、技術力で日本経済を支えた皇コンツェルン。
国内外の財界にまだ強い影響力を持ち、戦後まもなくの経済混乱を収めた前当主の力が大きかったからだ。


だが、ゼロに、黒の騎士団に神楽耶は本当に必要だろうか。
財政的に後ろ盾を失えば苦しくはなるだろうが、片瀬がサクラダイトを持って国外に脱出した。
他の国の援助があれば問題は解決される。
それも他のテロ組織とは違い、正規軍を破る程の実力を持ち、皇族一人を殺し、二人を捕らえた実績がある。
対等な形、またはそれに近い取引での援助は十二分にあり得る。


ここで下手に中華連邦と団結でもされて最新のナイトメア技術を流されればアジア方面での戦局が一気に塗り替わる可能性も。


神楽耶では二人の価値に及ばない。
だが、足りない分を補うためにNACに対する宣言を取り消すことも出来ない。


皇族を救う可能性を見せられた一般兵の空気がかなり純血派寄りになっているからだ。
腐敗した官僚を倒し、主を救うというヒロイズムの空気にのまれている。
みすみす両方を手放すことになれば今度は数によって自分が駆逐されかねない。


軍を落ち着け、数日間の膠着の後、そんな悩みを打ち破る連絡がゼロから入った。
副総督の普段使っている事務回線を通して人質交換の提案があったのだ。


場所や時間を除いてゼロから指示されたのは事件の首謀者、純血派によって神楽耶を指定した場所に連れてくることだった。


「いいか、枢木。お前の実力は殿下も私自信も認めている。いざという時は任せた。裏切るなよ。信頼を」
「イエス、マイロード」





一方その頃、人質交換の提案を終えた後の騎士団アジト。
「ディートハルト、準備は出来ているな?」
「はい。いつでも」

―――ここで彼女を切らないのか。やはり理想の役者という訳にはいかなないか?

ディートハルトに確認した後、ゼロは電話を繋いだ。
「そうか。…藤堂、彼女は必ず取り返す。だが、この機を生かすことも忘れるな。そちらは任せた」





姉妹を閉じ込めたゼロの部屋で、彼は両腕を縛られ目隠しをされたコーネリアに優しく触れる。
化粧が落とされ、髪を梳いて下ろした姿は少し世間を知らない幼さを感じさせる。
彼女は眠っているユーフェミアを庇うように身体を硬直させながらもなすがままにされていた。


仮面が外され、床に落とされる音が奇妙なほど大きく室内に響く。
対照的に妹の寝息は聞こえない。心臓が鳴り続けている。注意がゼロだけに向けられている。
マントを脱いでいる、衣擦れの音。時間が随分とかかる。畳んでいるのだろうか。
彼女は几帳面な奴めとぼんやり思った。


触れられる感覚が変わる。手袋が外されたのだ。
細い指が腕を這う、艶やかな動き。だが手の平の厚さは間違いなく男性のものだった。


右肩と腰に手を添えベッドに押し倒し、両腕であまり身長の変わらない、
しかし自分とは逆に肉付きの良い身体を抱きすくめ、ルルーシュはコーネリアの首筋を甘噛みした。
彼女が反射的に息を吸うのを聞いてゆっくりと、力を込める。
痺れる様にやがて首筋の感覚が消え、一度離すと、唾液が噛んだ痕と彼女の声を上げる為に開いた口の両方に同時に細く糸を引いた。


噛んだ痕の残る首筋を舐められ、頭を支える手の指を耳の穴に入れられる。
抵抗せずに身体をほぐされ、ぐったりとしたまま初めて男性に触れられる感覚と、
どこか懐かしい琴線に触れる匂いに息を荒くするコーネリア。
だが、心は屈してはいなかった。

「ゼロ、貴様は何が目的だ。本当にブリタニアに勝てると思っているのか」
「ふふ、時間稼ぎの必要などありませんよ。これ以上は何もしませんし、貴女方はカグヤと引き換えに解放します」
「何…?」
「その後どう行動するかは私の関わる所ではありませんがね」
そう告げて、静かに目隠し一枚を隔てた先でルルーシュは微笑んだ。





約束の刻限、指定されたシンジュクゲットーの倉庫に数人の純血派メンバーが神楽耶を連れてやってきた。
それをゼロが一人で出迎える。団員が警戒しているため、他の軍はゲットーに近寄れない。


「ようこそ、新純血同盟の諸君。カグヤ様が無事なようで何よりです。
総督達はこの先にいる。ですが姿を見せる前に一つお願いを聞いてもらいたい」
 
カグヤを先に返せ
「「分かった」」
目隠しと手錠を外され、よろめく神楽耶を抱きとめる。
両腕で何とか抱き抱えた後で、正気を取り戻される前に物影に身を隠し、部下に無線で指示を下した。

「カグヤ様拉致の際、奴らは多くの民間人を巻き込んでいる。遠慮はいらない。殺れ」

数分の銃撃戦の後、そこにいた純血派で生き残った者は一人もいなかった。



緊張の糸が途切れ、神楽耶はマントに顔を押し付け泣く。
ゼロとしてではなく、ルルーシュとして数分間なだめるように背を撫で、
涙を拭うと死体を処理していた団員に威厳を示すように再びゼロに戻った。

「大丈夫だったか。帰ってきていきなりで悪いが今すぐにやって貰うことがある」


促されるがままに奥に通され、椅子に座らされる神楽耶。その横に座るゼロ。
そして暗い部屋を見渡すとコーネリアとユーフェミアがいた。
役者が揃ったのを確認するとゼロは指を鳴らし、照明が付けられる。
「さあ、ショウタイムの始まりだ」





エリア中の電波に映像が流される。
生徒会室でテレビを見ていたシャーリーとリヴァルが疑問を口にした。

「これって、テレビのスタジオ?」
「どういうことだよ、これ。ゼロと神楽耶って子はともかくコーネリア総督と副総督まで!?」





ディートハルトと名乗る男が司会役となり、番組が始められた。
席に座る四人の紹介の後、戦争後のブリタニアの日本支配の様子と、中華連邦やEUとの戦争の映像が流される。


それらは時に軍による虐殺などの映像も交えられたもので、日本人に限らずブリタニア人も嫌悪するようなものだった。
しかし、完全に選ばれた日本よりの内容という訳でもなく、
日本人がブリタニア人をリンチする映像が混ざっていたり、妙な現実感が漂うものだった。


虐殺の映像は悪名轟くナイトオブテン、ルキアーノのものや、
表に出回ったことのない普段は温厚に見えるシュナイゼルの命によって行われたものだった。


前者は比較的有名な物だったが、後者は見る人間にショックを与えた。
ルルーシュがギアスを得る以前、金に物を言わせ雇った戦場カメラマンに取らせた映像で、
ある土地を蝕む兵器によって汚染された民族浄化を映したそれは、
戦場の理には適っているが、生理的に受け付けないもので、厳重に規制され隠されていたものだった。



ルルーシュにとってシュナイゼルはまだ底が見えない相手である。
行動の底にある思考、心のあり方が見えないのだ。
指導者たる能力はシャルルとは別物に近く、過激な言動も少ない、敵に回しにくい相手だ。
反逆で最大の障害となると思っていた彼を考える内に辿り着いた結論は、王宮にいた時の感覚からすれば、
彼には何もない。というものだった。


第二皇子であり、とてつもなく優秀である彼は理想的な政治家に育った。
武力だけに頼らず、使える物は全て使う。
笑顔を浮かべて外交の握手をしながら他国を滅ぼすことを考えるような、統御された人格。
彼は何にも拘泥しない。ただその能力を完全な形で生かし邪魔なものは自然に排除する。
その上で短時間で戦争を終わらせず、より敵を疲弊させ、その先も見据えているような所もある。


恐らく、歴史家が後に見れば、長期的な視点で自分よりも彼は多くを殺し、多くを救うことが出来るだろう。
ルルーシュは自分がナナリーのように身近な人のために世界を変える人間だとすれば、
シュナイゼルは逆に、書類で示されるような数としてそこにある人間のために世界を変える人間だと考えていた。


彼は最善を取る。それを選ぶのが合理的だから。
そして目的を果たす為に、その他人を上回る能力があらゆる可能性を許す。
他の人間が選ばない残酷な方法すら選べる、選ばない理由を隠す、消すことが出来るのだからと信じて疑わなかった。
だからこそ執拗に探り続けた。そして映像を手に入れた。


それは正しい方法だ。ブリタニアであるシュナイゼルにとっては。
あるいは薄い倫理を超越した実際に何人を救えるかという問題においては。
だが、物事の善悪など見る人間によって容易く変わる。
彼が世界の三分の一を占める国の思想を味方につけたとしても、自分が世界の三分の二に彼を敵に回させればよい。
それこそが、ルルーシュの憎み続けたブリタニアの否定であり、
何か特定のもののために生きられないように見えるシュナイゼルに対する言い表せぬ嫌悪感の矛先だった。



一時間ほどの映像とディートハルトの解説が終わった後で、ゼロにカメラが向けられる。

「ブリタニアの掲げる力による支配というものは、とても醜い。
それを肯定すれば時に人としての心すら失ってしまいかねない。
日本人が恨みを晴らすためにブリタニア人を虐げることもある。
暴力が暴力を生む憎しみの連鎖。我々はそれを断ち切らねばならない」


コーネリアがゼロの言葉を遮る。
「待て。映像にあったナンバーズに対する迫害は極一部の人間によるものだ。
衛星エリアに昇格すれば待遇は格段に良くなる。
あれはパックスブリタニカが為される過程のことだ。全ての戦争が終われば世界は今よりも生きやすいものになる」


映像を見ながら数日間の疲労を癒し、体力の少し戻った神楽耶がそれに反論する。
「ですが、終わってからでは間違いがあったとしても正すことは困難でしょう。
人はそれぞれが違った環境で育ち、何を感じるかも異なっています。
画一化された世界に全ての人間が満足するはずがありません。
今、このエリアで、日本でブリタニアに対する反抗が起きているのもその歪みの一つです。
人が分かりあう為に必要なのは、押しつけの平和ではありません。
自分と異なる他者を許容する努力です。自分を規定する共同体の確立、国家という概念はまだ必要です」



仮面の下で神楽耶に微笑み、三人は討論を続けた。
数分が経過した後、下を向いたままの残り一人にゼロが話を振る。
「貴女はどう思いますか、ユーフェミア副総督?」



顔を上げるが、この様な状況になるなどと考えてもいなかったユーフェミアの言葉ははっきりとしないものだった。
「私は…。ただ、優しい世界であればと…」


「その最大の障害になるのがブリタニアなのですよ。
貴女はそちら側にいるべき人間ではないのです。こちら側においでなさい」


ゼロがユーフェミアに手を差し出す。カワグチ湖での出来事が脳裏に浮かぶ。
あれは、現実だったのだろうか。自分に騎士団のやり方を見極めろといった言葉は。
コーネリアのやり方よりも彼のやり方の方が正しいのではないのだろうか。
そんな迷いが手を震わせる。


「待て! ゼロ、お前はクロヴィスを殺している。義母兄を手にかけた人間の手を取ることなど…!」


コーネリアの叫びを聞き流し、ゼロはまだ余裕を見せる。
「ふふ、なら、ゲストを呼びましょう。貴女達に今一番必要なゲストを」

そう言ってユーフェミアに向けられていた手がスタジオの一点を指す。
カメラの映した先にいたのは、紛れもなく、死んだはずのクロヴィスその人だった。



「クロヴィス!?」
「お兄様!?」

クロヴィスはカメラに映える静かな笑みを浮かべ、二人に答える。
「久し振りだね、コーネリア。それにユーフェミア」


「これは一体、どういうことだ!?」
コーネリアはゼロの横に立つクロヴィスを睨みつけ、その真意を問いただす。


「私はね、ゼロに会って世界をようやく知ったよ。
ゲットーに足を運んだ。自分の出した虐殺の命令の結果をこの目で見た。
分かっているはずだ、コーネリア。私よりもはるかに多くの力を振い続けてきた君になら。
ブリタニアの醜さを。…私は、ブリタニアを倒す。彼につく」


そう言って、クロヴィスはゼロの前に跪いた。映像を見ていたブリタニア人と日本人が、エリアが、揺れる。
目の前の光景に声を出せずにいたコーネリアは心の何処かでデジャブを感じていた。


あれは、かつて私がルルーシュに誓った時のような―――



「いいでしょう。黒の騎士団への参加を認めます。さあ、貴女達はどうしますか?」

そう言って、ゼロはクロヴィスの頭を撫でた。
許しを得てからクロヴィスは立ち上がり、以前身に付けていた物に似たマントを取り払った下には黒の騎士団の
ユニフォームを着込んでいた。



「わ、わたしは…」
頭の回転が追い付いていなかった。ゼロはクロヴィスを殺していない。
自分の理想に一番近いのは、尊敬していたシュナイゼルではない。あの映像の出来事は認められない。
ゆっくりと、無意識の内に手を伸ばそうとする。


「止めろ、ユフィ!」


コーネリアが叫び、ユーフェミアがゼロの手を取ろうとした瞬間、スタジオが大きく揺れた。
倉庫の天井を突き破り、背中に翼型のユニットを装備したランスロットが乱入したのだ。



[3892] 孤独 な 人間
Name: 鬼八◆c53b7f0c ID:b89231d8
Date: 2008/09/14 13:04
ゼロは咄嗟に神楽耶を庇い、床に伏せる。
ランスロットはヴァリスで周りを牽制するとユーフェミアとコーネリアを手に抱え、背につけられた大型の翼で空に舞い上がる。


その時、ユーフェミアがパイロットの名を叫んだ声は、騒ぎを聞きつけた無頼によるハーケンの奇襲を弾いた結果、
照明の砕け散る音でかき消され、ゼロの耳には届かなかった。



「ナイトメアが、空を…!?」
そう呟いたのは誰であったか。穴の開いた天井から団員達が空を見上げる。


ランスロットは周囲を警戒していた騎士団のナイトメアによる狙撃の弾幕を避ける。
突入時に使用した内部の様子を熱源反応から見る高性能ファクトスフィアとフロートユニットに追加されたセンサーが同期し、
被弾率の低い軌道を予測。
狙撃の増加と比例して刻々と狭まっていく軌道を進み、避けきれない弾丸をシールドで防ぐ。


ゼロが攻撃停止の支持を出し、ランスロットは逃げ延びゲットーから少し離れた位置の特派トレーラー前に着地した。





「良かったのか、ゼロ? 二人を逃がしてしまったが…」

扇の発言を受け、不安そうにマントの中からゼロを見上げる神楽耶。ゼロは何も答えない。
だが、その心配は藤堂からの報告で払拭されることになる。





「いやぁ、スザク君。良く出来ました!
上空から時速数百キロのスピードで突っ込みながら
流された映像と中の熱源から総督達の位置を確認して無傷で助けだす。
他のパーツには逆立ちしたって出来ないことだよ~」


特派の資金、ロイドの変態染みた科学者のコネを使い集めた人材で、
クロヴィスが騎士団に下った直後、明らかに騎士団になびこうとしていたユーフェミアの場面から先は
放送が止められていた。
撮影機器もランスロットの突入で大方壊れただろう。



あの番組は、はっきり言って黒の騎士団に都合の良いものだ。
二人は人質に取られていて、どういう訳か純血派を退け神楽耶も騎士団に戻っていた。
状況的に逆らうことは出来なかったはずだ。ある程度の発言の自由はゼロが演出したものだろう。
彼の弁舌能力なら二人を負かせるという自信があってもおかしくない。
神楽耶も年齢からは考えられないほど皇家当主の名に恥じない、しっかりした発言が出来る人物だったこともある。
さらにクロヴィスは騎士団の服を着ていて完全に味方についている。出来レースだ。


だが民衆にとっては虐殺の映像は衝撃的な物で、ゼロは人に好かれやすい「民主主義」に近い
暴力に依らない話し合いを映像の中では演出した。


ブリタニア人には国に対する不信を与え、イレブンからはより強固な支持を獲得し、
そしてクロヴィスの発言は本国に波紋を広げるだろう。


救出には成功したが、情報戦では完全にブリタニアの負けだった。





政庁を守るダールトンに代わり、二人を警護するためにトレーラーに来ていたギルフォードの指示に従い、
コーネリアとユーフェミアは車に乗り込む。


ユーフェミアには数日休みが必要だと考え、まずは軍を落ち着かせるために必要な会見の準備の為にダールトンに連絡を入れると、
信じられない報告が上がってきた。


「何だと…。馬鹿な…!」
黒の騎士団の赤い機体、紅蓮二式と藤堂率いる部隊によって、あるサクラダイト鉱山が襲われたのだ。


作戦は電撃の名にふさわしい速度を持って行われた。
鉱山を守っていたナイトメアを含めた部隊は全滅し、その地区の軍基地も日が変わる前に奇襲で丸ごと破壊され、
五千を超える兵を失った。


奇襲の報告を受け、ダールトンと純血派が協議しすぐに隣の軍区から応援を出したが、
山中のような特殊な戦いに慣れた藤堂の指揮と、さらに地方で兵器も揃っていなかったこともあり、ほぼ壊滅した。


この戦いとその後のテロ組織による反攻の激化でブリタニアは一万人以上の兵を失うことになる。



ここ半月ほど採れたサクラダイトの強奪。しかしそれはインパクトが強いだけでそれほどの問題ではない。
それよりも重要なのは、採掘技術者が奪われたことだった。
NACを抑える発言の後だ、ゼロは他の技術者達も騎士団に取り込みにかかっているだろう。
桐原産業がほぼ独占し、特殊な機械を用いて行われていたため、ブリタニアにはマニュアルなどは
伝わっていても経験がない。
作業効率は最低二割は悪化する。加工の過程も考えればさらに影響は大きくなる。


ただでさえ黒の騎士団の作戦によって(ルルーシュがギアスをこまめに使っていることもあるが)
ブリタニア軍は大量のナイトメアとエナジーフィラーを奪われている。


今回の事件で燃料価格はさらに向上し、世界的視野で見てもブリタニアはナイトメア稼働機数を
削減せざるを得ない。


さらに、連鎖的に発生したテロ組織の活動は鎮圧したものの、壊滅には至らなかった。
彼らはゼロと片瀬の命を受けた藤堂の名の下に騎士団に合流することになる。


騎士団の大幅な強化と共に組織の再編が行われ、ブリタニア軍も再び軍の建て直しを迫られる。
嵐の前の静けさのように、暫くの間、大きな争いは止むのだった。




「おのれ、何故、我々がこんな目に…!」
騎士団により半分以上の同胞を失い、さらにダールトンの策略でサクラダイト鉱山を防ぐ支援の失敗の
責任を取らされ、純血派は閑職に回された。
若く血の気の多い彼らのその怒りはゼロとかつてのリーダー、ジェレミアに向けられた。


そんな彼らに、連絡が入る。
それは死んだはずのキューエルからで、本国に戻ったバトレーからの依頼で地位を取り戻すために
極秘裏にある対象を捕まえよ、というものだった。


特殊な能力を持っている可能性を示唆され、逃げられる前、拷問の際に女から聞き出したという名と、
かつての同僚ヴィレッタ・ヌウがユーフェミアから聞いたという心を読める男、
マオの名が一致することを思い出し、彼らはオーストラリアのある家の持ち主に行き当たり、
動きを調べ、その名をあるホテルの宿泊名簿に見つけた。


だが、そこから先の足取りが掴めない。捜査に手惑い周囲を洗い直す。
そして彼らは、ジェレミアもまた、確保の対象である緑色の髪を持つ女について調べていることを知ったのだった。





一方その頃、組織の再編準備を終え、束の間の平和を味わっていた学園のルルーシュに脅迫状が届けられる。
それはルルーシュが皇族だと知っているというものだった。
ルルーシュはアッシュフォードには告げず、差出人を自分で探し当て、監視カメラの映す男の元に向かった。


礼拝堂で彼が見つけたのは、男の前に膝を着き、震えるスザクの姿だった。


「ああ、ようやく来たんだ。初めまして、ルルーシュ。僕の名前はマオ。
CCの事とか色々と話したいことはあるんだけどさ、まずはこの男、
スザクが君にずっと隠してきたことを教えて上げるよ」


「止めろ…。頼む、止めてくれ…」
スザクはいつもからは考えられない弱弱しい声で男に縋った。
目の前の状況が理解できず、ルルーシュは立ち尽くす。


「この男はさ、父親を殺したんだ。覚えてるだろ? 7年前こいつの様子がおかしかった時のこと」

スザクはその発言を聞き、ひっ、と声を上げ、頭を地面に固く打ちつけ、血を流して気絶した。
それを見てマオは手を顔の高さまで上げ、挑発するように笑いながら叩いた。


「君の考えは当たり。CCの名前を出した時に思った僕がギアス能力者じゃないかっていうのは本当。
僕は人の心が読めるギアスを持ってるんだ。
コイツ心の中ずっと嘘で塗り固めてるのに凄く精神的に弱いんだよね。どっかおかしいし。
言葉で責めたら心の奥でどこか安らいでるマゾなのに、すぐ壊れちゃった」


敵としてはおよそ最悪の相手だった。マオを睨みつけながら問いかける。
「お前の目的は、何だ」


「んー、ここの生徒会長とかから心を聞いて君が一番頼りにしてるのはコイツっぽかったから彼女を奪われた腹いせも兼ねて、
後で邪魔にならないようにとりあえず潰したんだけどさあ。
君も結構酷い男だよね。親友が昔みたいに戻る為に一度壊されるのも仕方ないとか思ってるし。
まあ、ブリタニア軍が帰る場所とか聞いて怒るのは分からないでもないけど。
それはどうでもいいか。僕には関係ないしね。そう、それよりCCの事だよ。

今よく聞くと君ってそれほどCCにこだわりないみたいなんだよね。
どっちかって言うと君を形成してるのは、妹と昔の約束みたいで寄りかかる必要がなかったのかな?
CCは今ここにいないみたいだし…。
あんまり大事にするのも、あれ、君がオレンジ使って調べてる様にブリタニアに見つかってもまずいしさ。
とりあえずCCを返してくれればそれでいいや。
人が多い所は辛いから、僕はちょっとここから離れるよ。
君がゼロだってことも知ってるし、他の人にばらしたら駄目だよ?」


そう言ってルルーシュに携帯電話を投げてよこし、その場を後にした。
気絶したままのスザクの肩を持ち、アッシュフォード家に頼み病院に運ばせる。




翌々日、片瀬と連絡を取るために中華連邦に向かわせたCCが帰国し、ルルーシュはマオのことを聞いた。


彼は他人の心を読むギアスを持っていること。
ギアスが暴走してオンオフの切り替えが出来なくなり、棄てたこと。
自分のギアスが暴走した時の事については触れず、渡された携帯電話を見る。


「…そうか、奴も被害者なんだな」
「同情か?」


「それもある。
嫉妬、羨望、憤怒、憎悪、劣情…。
人の心に絶えず触れるというのはどれだけの地獄なのだろうな」


「だからこそマオは、マオにとって唯一の人間足る私を求めている」


「ああ。そして知っているのだろう」
「人が善意だけで出来ているわけではないということを?」


「…そうだ。そして奴は知っていなければならない。
人が悪意だけで出来ているわけではないことを」


「お前がそれを言うのか?」
「俺だからこそ、だ。お前には借りがある。出来る限りのことはしよう」


「意外だな。もっと淡白な人間だと思っていたが」
「共犯者なんだろう?俺達は」


あるいは、ルルーシュはそう理由付けなければ動けないのかもしれない。
その人間を信じるのではなく、その人間が動く理由を信じる、
それは、ひどく悲しいことでもあった。


だがCCはそれが本心ではないことを知っていた。
数か月も傍にいれば彼の本心はおのずと分かってしまう。


―――ルルーシュ、お前は一体いくつのものをその腕に抱え込むつもりだ。
妹に枢木スザク、学園の人間、騎士団、ジェレミア、クロヴィスにユーフェミア、…そしてコーネリア。
いつか、破綻するぞ。人が抱えられるものはそんなに多くはない。



―――奪われて、だからもっと多くを欲しがっているのかもな。
ああ、きっと俺は、欲張りなんだ。誰よりも、ブリタニアという名に相応しいほどに。



マオの元へ向かう他に人のいない電車の中で、そんなやり取りをした。



[3892] 愛しき者 の ために
Name: 鬼八◆c53b7f0c ID:b89231d8
Date: 2008/09/17 20:43
ニーナ・アインシュタインはアッシュフォード大学部に来ていたロイド・アスプルンド伯爵の力を使い、
副総督、ユーフェミア・リ・ブリタニアに会うことになった。


ユーフェミア付きになったミレイに頼まなかったことにロイドは疑問を感じたが、
彼女のはあくまで仕事だから迷惑をかけたくない、という言葉で収められた。
ロイドにはない感覚だったが、彼は理解できないそれについての思考を放棄した。
彼女が学生という身分にとらわれない科学者としての優秀さを持っていた為に興味を持ち、
彼の気分でその願いは叶えられたのだ。


黒の騎士団に囚われたこともあり、コーネリアの薦めでユーフェミアは休暇を得ていた。
休暇と言っても書類仕事はいくつか回されている。政庁とは別の場所で少し気分を変えているだけだ。
ホテルでの戦闘後行方不明になったヴィレッタの代わりも探さなければいけなかったし、
政庁はマスコミも多少入ることもあって、場所を移るのはちょうど良かったのだ。
面会を許した理由には年の近い人間に触れることでストレスを少しでも和らげようという考えもあった。



ダールトンが選んだ文官も帰り、外に護衛が数人いるだけで部屋の中には二人しかいない。
半日ほどで仕事を片付け、ユーフェミアはニーナとのんびりティータイムを過ごしていた。
皇族風で多少豪華なものではあったが、ニーナは自然に接することが出来た。
ナナリーとお茶を飲んでいる時の雰囲気に似ている。
最初は意外に色々マナーについて教えられることがもあったのをふと思い出した。


ロイドに告げた目的はカワグチ湖で庇われた礼を言うことだったが、実際はまったく別のことだった。
お礼を早々と済ませ、同年代の会話相手に飢えていたユーフェミアの話の聞き役となる。
彼女の気が晴れた所で、話を切り出した。


「あの、ユーフェミア様に頼みたいことがあるんです」
「何でしょう? 私に出来ることはそれほど多くはないのだけれど…」
「私の学校、アッシュフォードに凄く頭のいい人がいるんです。その人を雇ってほしいんです。きっとお役に立つと思います」


スザクの通う学園、そして今彼女に一番近い人物のいる場所。
その名前を聞いてユーフェミアは最近の話を思い出す。


「アッシュフォード、ミレイの家で? でもそう言ったお話は彼女からは聞いていませんけれど」
「きっと優秀だから手元に置いておきたいんだと思います。あの家の再興は彼の力によるものだから。

ルルーシュ君。ルルーシュ・ランぺルージという男の子なんですけど―――」


その名はユーフェミアにとって聞き捨てならないものだった。
カワグチ湖での事件、そして前回の事件。確証はなかったものの、自分は彼にあっていたのではないかという疑念が生まれる。


「待って、ニーナ。…その方に妹はいらっしゃいますか?」
「あ、はい。ナナリーちゃんっていう子がいます。足と目が不自由なんですけど、すごく優しい子です」


ルルーシュとナナリーという兄妹がアッシュフォードにいる。間違いなく本物だ。自分の異母兄妹。
彼女は直感で理解した。


「…そうですか」
「知っていらっしゃるのですか?」
「え、ええ。ひょっとしたら、昔会ったことがあるかもしれません」

その後、ニーナが持っていた写真を見せて貰い、その自信は裏付けされるものとなった。


彼女のこれを受けた行動が、ある隠された一つの事実を浮かび上がらせることになる。





「しーつぅー。会いたかったよ。僕だよ、マオだよ。ホントに久し振りだね」


ルルーシュとCCは、マオの指定した人気のない山の中にいた。
すり寄ってくるマオの頭を撫で、CCはルルーシュに問いかける。


「どうするんだ、それで?」
「奴のギアスを俺のギアスで封じる」
「出来るのか、そんなこと?」


「うん、ルルーシュの考えてる方法なら出来るかもしれない。約束通りCCを連れて来てくれた。
僕に危害を加えようとしている訳じゃないし、いいよ。つきあって上げる」


ルルーシュの考えを聞きとり、マオがそう答える。
念のためかけていたサングラスを外し、ルルーシュと目を合わす。
そしてルルーシュはマオにギアスをかけた。



数秒の沈黙の後、マオは口を開いた。
「うん、成功みたい。ルルーシュの考えが分からなくなった」
「どうなっているんだ、暴走が止まった訳じゃないぞ?」


「ギアスは謎が多い。俺も、恐らくお前も全てを知っている訳じゃないだろう。
クロヴィスが研究していたのがギアスについてなのか、お前の不死性についてなのかは分からないが、
奴がギアスをかけられている以上、いずれにせよギアスを研究している人間は必ずいるはずだ。

俺が知っているのは俺のギアスは光情報だということや、そして脳に作用するということだ。
そして重要なのは後者。

俺とマオが何らかの勝負をすれば思考を武器にする俺には分が悪い。
しかし、それがギアス自体の能力の差というわけではない。

俺のギアスは直接目を見るという制約がなければほぼ万能とも言える能力だ。
どうなるか分からないマオのギアスそのものを打ち消そうとするのではなく、
脳に直接働きかけ、他人の心が聞こえても感じ取れなくする。

言ってみればつけっぱなしのテレビのチャンネルをビデオにするみたいな感じか。
消せなくなってしまったのがギアスの暴走状態だな。
多少のノイズはあるかもしれないが、おそらく訓練すればその切り替えも出来るはずだ。
訓練して脳にその機能が変に出来てしまえば元の状態に戻ってしまう可能性もあるが…」


「すごいよ、ルルーシュ。心が聞こえないってとってもいいことだね、君もCCみたい!」
「なるほど、理解は出来たが…」
「どうしたの、CC?」
「マオが私の望みを叶えることは出来ないんだ。
暴走していてもある程度のギアスの力があれば大丈夫なんだが、
マオのギアスの力自体がそれほど強くないんだ。
もう何年もギアスを使い続けていて今の力だからこれ以上は強くならないと思う。
ルルーシュならいずれ出来るかもしれないんだが」


常人から外れた強靭な精神力があればギアスが強くなってもコントロールは出来るとCCは言った。
彼女が望むレベルをコントロールするには人類で数人しかいないとかそう言った精神力が必要らしい。


「どうしよう、CC」
「ルルーシュが生きていれば私はマオといてもいいんだが、こいつも危なっかしいしな…」
「じゃあ、僕もCCも両方ともルルーシュのそばにいればいいんじゃない?」


「でも、あげないからな。CCは」
そう言ってマオは子供のようにルルーシュを睨みつけた。


「確かにマオが能力をコントロールし、味方につけば心強い。
心が読めるギアス能力者がいればブリタニアの破壊と母さんの死の真相、二つの願いの達成はとても近くなる。だが」


「何?」
「今のお前を騎士団に入れることは出来ない。
住む所と働く場所は用意してやる。人の中で生きる能力を身につけろ」


ルルーシュ自身、人質交換の一件で使ってしまった為、神楽耶にギアスの事を話している。
自分に何らかのギアスをかけて使用条件を厳しくするべきかと相談もしたが、
異能を持つ自分が受け入れられたのは結局は信頼によるものだ。


自分ほどの威力はないが、マオのギアスも十分に他人にとっては恐怖だろう。
ギアスを研究している人間がいれば(クロヴィスにギアスをかけた人間のこともある)いずれそれとも折り合いをつけなければいけないし、
そうなれば他人にギアスを知られる可能性は高くなる。
何人かにはそういった能力を持つことを知らせるのは、もちろんルルーシュもだが、
それが大勢に知られた時の保険にもいずれ必要だ。


目に見えない信頼。それを得る為には人の中で生きる様々な能力が必要だろう。
心を読むことに頼らない、自分自身が変わる必要がある。
それ故に、ルルーシュはマオにその条件をつけた。




キョウト六家の代表とゼロ、そして藤堂はある部屋で会議をしていた。
今後の方針について話し合っていたのだ。ブリタニア軍基地を幾つか襲い、兵力を割き、
片瀬の中華連邦と幾つかの国との取引で得る予定の金、そしてそれで整えた兵器で大きな戦いを起こし、
天然の要害であるキュウシュウに国を作るのがひとまずの目標となった。
その裏でブリタニア軍をエリア11に向けさせない為に、片瀬に命じ桐原の信頼の置ける人物を通し、
EUにナイトメアの情報を流すことにした。
こちらで大きな戦いを終えた頃にはその効果が出始めるだろう。


データを示し、理路整然と案を示すゼロの言葉を若干疑いながら聞く六家の代表。
藤堂が時に理想論的な部分や弱い所を補強しながら話がまとめられていく。
神楽耶はそんな様子を不満げに見ていた。
NACも解体され、表向きは既に力はないはずなのだ。技術者を騎士団に取り込み、
会社を形を変えて他国に移し、財を守ったのはルルーシュの力によるものだというのに。
未だに古い考えの人間が影響力を持つことに納得できなかった。



そして、ゼロと藤堂が帰った後、枢木の名を持つ青年が語り始めた。
「では、ユーフェミア誘拐の件ですが…」

それは神楽耶にとってまったく聞き覚えのないことだった。
「何の話ですか、それは一体」


「落ち着いてくれ、神楽耶。この前の事もある、ユーフェミアは引き込めるかもしれない。
そうすればコーネリアだって簡単に手は出せなくなるだろう。必要な事なんだ」

「だからと言って、ゼロ様に断りもせず、こんなことを!」

「彼らは戦場以外でそういった策に出ることを嫌う。民衆の支持が重要だと考えているからね。
だが、もう十分だろう。我々にとって重要なことは、何よりも価値を置くべきことは日本の奪還だ。
その為にはあらゆる手を使うべきだ」

「しかし…」

「桐原公も納得の上だよ」

そう枢木が言ったのを聞き、神楽耶は桐原の方に向き直った。彼は少し渋い表情をしていたが、一度だけ頷いた。
神楽耶はいずれ新しくされる日本の象徴になるだろう。この前の放送の効果も大きい。
だが、キョウト六家の中では未だ年若い小娘の扱いだった。


神楽耶の反対も虚しく、枢木の案は認められた。しかし、彼の考えることは誘拐、拉致などではなかった。


――スザク。枢木の名を持ちながら、ブリタニアに下った愚か者。
あの白兜のパイロットだと知っているのはまだ俺だけだ。
白兜対策の情報は黒の騎士団から受け取った。奴は必ず出てくる。ユーフェミア共々、殺してやる。
そして、キョウト六家の力を再び取り戻す。顔も見せられない人間に、日本を託すことなど出来るものか。





ルルーシュがその会議からアッシュフォードに戻ると、食堂でアルバイトをしているはずのマオが血相を変えて飛び込んできた。
息も絶え絶えに、必死の形相で訴えかける。
彼の語る内容は、まったく予期せぬ出来事であった。


「ルルーシュ、CCが純血派の奴らに捕まった!
プール帰りにたまたま一緒にいたシャーリーって女もだ!」




[3892] 愛しき者 の ために
Name: 鬼八◆c53b7f0c ID:b89231d8
Date: 2008/09/19 17:24
その日、シャーリー・フェネットは部活がないにも関わらず、学校のプールで泳いでいた。
父親が軍と黒の騎士団の戦いに巻き込まれ死亡したこと、
キスをせざるを得ない状況に追い込んでルルーシュに縋ったこと、そして先日の放送。


悪だと断じれたのならば良かった、だが、クロヴィス元総督は生きていた。
それなのに何故、自分の父は死ななければならなかったのだろう。
頭の中に抑えきれない感情と取り留めのない思考ばかりが浮かぶ。


泳いでいる間だけは、他の事を忘れることが出来る。
それは経験から知っていた。
嫌なこと、分からないこと、分かりたくないこと、どうにもならないこと、
そういった全ての事柄を水の中深くに沈め、忘れ去ろうとした。


1時間ほど泳ぎ続け、プールから上がり日の当たる場所に寝転がる。少しだけ風が肌寒い。
置いておいたタオルで身を包み、天井を見上げる。
すると、視界の端に人が映った。
自然にはありえない長い緑髪。白い水着を着た少女が飛び込み台から、何のためらいもなくジャンプする。


そう言えば最近、プールに妖精が出るとか噂が流れていたっけ――


水面が弾け、音が空気を伝わる。

十数秒後、少女が息を吸うために浮かぶ。

彼女はそのままプールから上がり、シャーリーの方に向かってきた。
何の断りもなくタオルを剥ぎ取ると、
「買い物に行くぞ、着いてこい」
そう、尊大な態度で言った。



半ば強引に着替えさせられ、そのまま租界のショッピングモールに向かう。
いろいろ服や雑貨を見たり、初めてゲームセンターに行ったり、お昼にピザを食べたり、少女に連れられて過ごした。
お金は全て少女がクレジットカードで出し、買った服などは配送してくれるように頼んだ。


口調は子供のようでいて、どこか老成していて、意地悪で。
でも、何故か心地良かった。彼女にはここ最近自分に向けられてきた憐みのようなものがなかったからだ。



「少し、歩くぞ」
夕暮れ前の時間になって、学園近くの小さな公園に二人は向った。
休日で偶然人は一人もいなかった。
ブランコに座ると、シャーリーの口から自然に言葉が出た。
今日のこと、学校のこと、ルルーシュのこと、彼女といろいろ話した。


気づくと、鬱鬱としていた気分が随分と晴れていた。
彼女はきっと自分を励ますために誘ってくれたのだ。
それは上手く言えないけれど、どうにかして強引に立ち直らせようとするものではなくて、
ほんの少し後を押して見守る様な、分かりにくい優しさに包まれたものだとシャーリーは感じた。


ああ、きっと彼女は妖精で間違いないんだ。
そう思って、シャーリーは少女の手を握り、ありがとう、と自然に言った。


無理をするのは、これでおしまい。生きていこう、ちゃんとお父さんの分まで。



そう決心した時に、男たちに捕まった。





マオはここ十日ほどで、ギアスを再び使えるようになっていた。
しかし、それは以前に比べれば遥かに弱いものだった。
効果範囲は半径八メートルほど、対象は任意の一人のみ。
これ以上は頭に猛烈な痛みが走るのだ。
恐らく今までの暴走状態は脳に負担をかけるもので、痛みを感じなくなるほど危険な、
命を削るものだったのだろう。


アルバイトが少し早めに終わり、マオはCCの持っている携帯についているGPS機能で位置を調べ、
彼女の元へ向かった。
誰かと一緒にいたので、林の中に隠れ暫く待っていた。
少女がCCの手を握った所で、ギアスを使っていなかった為に気づかなかった男達が二人を取り囲んで拉致したのだった。


相手は銃を持っている軍人だったし、心が読めても一人ではどうにもならなかった。
なんとかどこへ向かうかだけはギアスで聞き取り、ルルーシュに助けを求めたのだ。




ゲットー近くの建物の中に男達は立てこもっていた。
顔が判別出来ないようにするためか、軍のヘルメットを被っているため、ルルーシュのギアスは効かない。
中は広く、窓もないため様子を探ることは出来ないが、見張り役だった男達の心を死角から読み取り、シャーリーが生きていることだけは確認できた。
だが、マオのギアスは弱まっているので詳しいことまでは分からない。


CCを捕まえるのはまだ分かる。だが、何故こんな所に立てこもっているのだろうか。
拘束してすぐに研究所に運ぶか、本国かどこか他の地に移すために空港や港に向かうはずだ。



「ルルーシュ。この倉庫後ろに扉がある。外からだとロックされてるけど、解除ナンバーが分かったから入れるよ。
後は物影に隠れて近づけば二人の所まではいける」



マオはこれでしばらくはギアスを使えない。脳に負担がかかりすぎる。
関係のない人間にギアスをかけて盾にしようとも思ったが、相手には人質がいる。暴走も怖い。
こんな時、規格外の運動能力を持つスザクがいればと考える。だが、今頼ることは出来ない。
彼にギアスをかけるという選択肢はルルーシュの中にはなかった。


何とか相手のヘルメットを外せれば勝ち目はあるのだが、どうしたものか。
いや、自分たちだけで何とかする必要はない。
CCに近づいて拘束を解ければショックイメージでどうにか出来る筈だ。
シャーリーの記憶は後で消せる。少しだけ隙を作れれば。


マオと打ち合わせをし、扉を開け、中に潜入する。
物影に身を隠し、二人の姿を確認した所で、唐突に頭に冷たいものを押し付けられた。



「驚いた。本当に心が読めるのだな。外に立てた者に詳しい話をしなくて正解だった。
どちらが力を持っているのかは知らないが、この状況ではどうしようもあるまい」





蹴飛ばされ、CCとシャーリーの前に転がるルルーシュとマオ。
純血派の人間達は、銃を構えたまま二人を壁際に追いつめ取り囲む。


「何故、こんなことをした!」
「答えるのは我々の方ではない。君たちの方だ。その力、貸してもらおう。
そうすれば四人全員を解放してやっても良い」


「力を貸せだと……?」
「ああ。ジェレミアの方は我々の協力するという言葉を信じ、CCのことを簡単に話してくれた。
奴は今頃、死んでいるがな。当然の報いだ。
君たちには罪はない。協力すれば命の保障はしよう」


「なん、だと」
「ジェレミアと、そして口にするのも忌々しいゼロ。二人のせいで我々の信頼は地に落ちた。
心が読めれば奴の正体を掴むことが出来るはずだ。さあ、このエリアの安全の為にも協力して貰おうか」



ジェレミアの死を告げるその言葉を聞くと、ルルーシュは気が触れたように突然笑い出した。
それは、どこか妖艶ささえ感じさせる魔性にも近い声だった。
ひとしきり笑い終えると、立ち上がり、語りかける。


「なあ、お前たちは、純血派なんだよな。他の軍人よりも強い忠誠心を持ち、皇族の為に生きているんだよな」
「それがどうした」


「知っているか、八年前、日本に人質として送られた悲劇の皇族の名を。
戦争の口実として死ぬために生かされ、何度もブリタニアに命を狙われた少年の名前を。
国から捨てられた絶望と、その怒りを」


「……何を、言っている」


「我が名はルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。
神聖ブリタニア帝国第十一皇子にして后妃マリアンヌが長子。

そして、母の死の真相を求め、ブリタニアを破壊する者。

そう、ゼロは私だ。お前たちに私が殺せるか」



「そんな、馬鹿な……!」
男達の間に動揺が広がる。若い軍人ばかりだが、閃光と呼ばれたマリアンヌの名は知っている。
目の前の少年の姿はあまりに話に聞いたそれに似ていた。



「嘘ではない!」

そう言った叫びを聞き振り向くと、そこには肩を撃たれ血まみれのジェレミアが立っていた。
間を入れず、撃たれていない方の腕で儀礼用のはずだった剣を完全な速度と角度で振り、三人の腕を切り捨てる。


「その御方こそは我が主。貴様らの行い、万死に値する」

「ジェレミア!?」
「何故だジェレミア、貴様にはゼロを討つ理由があるはずだ!」

「理由だと? 誰が敵だと決めるのは貴様ではない。この私自身だ。
クロヴィス殿下が生きていたのも、前回、総督達が傷一つ付けられなかったのも、
全てはルルーシュ様によるもの。
強さと慈悲の御心。その御方こそが王に相応しい。それだけで十分だ」



マリアンヌを失ってから血を吐くほどの努力を重ねてきたジェレミアは、
士官学校に通っていた時の家名による評価を越えて、
ナイトメアの無かった時代の白兵を得意としたラウンズ並の力を持ち、圧倒的に強かった。
銃で撃たれ、血を流しながらも鬼気迫る勢いで男達を一方的に蹂躙する。

弾丸を受けても立ち止まらず、残り一人まで追い詰めた所で流れ弾がマオを襲い、それを庇ってようやく倒れた。



自分の意志でしか使えなくなった筈のマオのギアスが発動していた。
ジェレミアの強すぎる思念が、脳のリミッターを打ち破りマオの心に逆に流れ込んでくる。
高潔な、一点の曇りもない魂のあり方。
人の心が聞こえるが故に今まで目に余るほど見てきた人の醜さ。CC以外を見なくなった理由。
しかし、確かにあったその反対側。認めざるを得ない。その存在を。


「何で、僕なんかを……!」
「友を失えば悲しむのは我が主。私はこの程度では死なぬ……」



たった一人残った純血派の男は、血に塗れて見えなくなったヘルメットを外し、深手を負いながらも
何とか銃を構えた。

「だが、これでお終いだ」


「お前がな。ここで終われ。
ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが命じる。動くな


そのまま動けなくなった男の口に銃口を入れ、恐怖に汗を流し失禁するのを見下した後、ルルーシュはゆっくりと引き金を引いた。





目を覚ました時、ルルーシュともう一人長身の男がこちらに近づこうとするのをシャーリーは見た。
しかし、彼らはすぐに自分達を拉致した男達に捕まってしまった。
その後、最近生徒会の顧問になったジェレミア先生を殺した、などと物騒な話があって、
ルルーシュが自分は皇子で、ゼロだと暴露した。


展開に着いていけなかった。頭の中がまたぐるぐると回る。
あれはルル? それともゼロ?


気がつけば辺りは血だらけで。
ルルーシュが、ジェレミアに死ぬなと声をかけ、涙を流していた。
それにイエス、ユアマジェスティ、と安堵して答える声を聞いた。


違う。あれはやっぱりルルだ。
私の大好きな、ルルだ。


止血し、どこかに連絡を入れた後でマオがジェレミアを運び出し、
ルルーシュの手でシャーリーの拘束が解かれる。
「ごめん、シャーリー。優しい世界が出来たら、その時はおとなしく君に殺されるから。
だから、今だけは、許してほしい」


違うの。ルル。君もきっと辛い目に沢山あってきたんだよね。
世界には悲しみがあふれていて、でも優しさもいっぱいある。
許せないことばかりで、まだ心は整理出来ていないけど。
でも私はそれでもルルのことが――
あれ、おかしいな。舌がしびれて声が出ないや。
連れてこられる時に飲まされた薬のせいかな。


起きたら今日の事は全部忘れている。だから、安心して眠ってくれ


違うの。忘れたくなんてないの。私は、全部知りたいの。
それでもこの気持ちはずっと続いていくから。
あれ、おかしいな。何で頭の中が真っ白になっていくんだろう。
どうしてこんなに眠いんだろう――



数日後、寮に届いた買った覚えのない沢山の服を見て、シャーリーは何故か涙が止まらなかった。





「本当に、良いのか、マオ」
「うん。決めたんだ。今までジェレミアが手に入れたCCの研究資料がある。
運び出した研究成果を使えばきっとまた動けるようになる。
しばらくはこの前黒の騎士団が逃がした医療系の研究者達がいるオーストラリアにいなくちゃいけないけどね。
家が無駄にならなくて良かったよ。
心が読めれば理論の理解も進めやすくなる。こう見えて勉強は嫌いじゃないんだ。
それに、僕が助けたいんだ」


その言葉を聞いて、ルルーシュは医療用ポッドに入れられたジェレミアを見た。
先日の無茶で、もう普通の生活は出来ないだろうと思われるほどの怪我を負っていた。


「そうか」
「うん。人の心は嫌なことばっかりじゃなかった。きっと帰ってくる。
だから、それまでCCを君に任せるよ。いいかい。約束だよ」

「ああ」


そして、ルルーシュとCCはコンテナに隠れタンカーに積まれるマオと動けないジェレミアを見送った。
姿が見えなくなった後で、CCは一度空を見上げて呟いた。

「ずっと手のかかる子供だと思っていたんだが、大きくなったな、マオは……」


そんな言葉を聞いて、ルルーシュがどこか固い声で呼びかける。
「CC」
「ん、何だ」
「手を」

「何だ、慰めてくれるのか。相変わらずだな、お前のそういう所は」


今彼女にするべきだと思ったは、かつて自分が姉にそうされたのと同じこと。
八年前と同じ、あの時のように。


「違う、契約だ。今度は俺からお前への」
「……いいだろう、結ぼう、その契約」


そう言って、柔らかく微笑んで二人は固く握手した。



[3892] 解読 不能
Name: 鬼八◆c53b7f0c ID:b89231d8
Date: 2008/09/21 01:12
騎士団が忙しく、最近溜まりがちだったアッシュフォード家の仕事を終えたルルーシュは、眠気を抑えてなんとかクラブハウスに辿り着いた。
誰でも出来る仕事に増やしたアルバイトを割り当てたり、
こっそり騎士団からハーフの人間を雇い入れたりしているが最近はどうにも仕事が増えている気がする。
ミレイがユーフェミア付きになって、人脈が広がった影響だ。
いっそのことギアスで誰かに仕事を押し付けてしまおうか、などとぼんやり考える。


身体に染みついた動作で、疲れを見せないようにただいま、ナナリーと無意識に言いながらドアを開ける。

「ルルーシュ!」
「!?」
「久し振り、私よ。ユーフェミア。覚えている?」


ゼロになってから、少しは予定外のことにも慣れたのだろう。
ナナリーの前であるという理由もあり、動揺を隠してみせる。


――とうとうこの時が来たか。会長が呼ばれてから随分と経つ。今まで干渉されなかったのがおかしいくらいだ。
ジェレミアの報告の方はギアスを連絡員に使って適当に誤魔化してあったが……。




ルルーシュはしばらくナナリーとユーフェミアの害のない話を脇で聞き、ここ数年のことを話し、
1時間ほどした後、仕事の話がしたいからとユーフェミアと二人きりになった。


「ナナリーと久しぶりに話しただろ、どうだった」
「うん。元気だった昔に比べて少し大人しくなったかしら。でも、大事な所は変わってないわ。あの子も、あなたも」

そう言ってユーフェミアは優しく上品に口元をほころばせる。


「嬉しそうだったな、ナナリー……」
「ふふ、妬いているのかしら」
「そんなんじゃないさ。今日はどういう趣旨で?」


若干間を置いて、ユーフェミアは言葉を選ぶように口にする。

「クロヴィスお兄様が、その、あんなことになってしまったでしょう。
お兄様の美術館がお披露目出来なくなりそうだったんだけど、
アッシュフォードとシュタットフェルトが共同経営で私営にして下さるってお話があったからそれで。
セレモニーにミレイとカレンさんも来る予定なんだけど、あなた達も誘おうかと思って」

「ナナリーは勘弁してくれ。俺なら構わないから。……本当に、それだけか」


息をはいてから表情を引き締め、カワグチ湖で見せた、ミレイに鍛えられた副総督としての表情になる。
「あなたには、全部お見通しみたいね。手伝ってほしいの、行政特区日本を」
「俺が昔ミレイに話した優しい支配の方法、か」


「ええ。今の私なら、後は黒の騎士団さえ何とかなれば纏められると思うの。
ゼロの最初に示した考えでは暴力に依らない支配は完全には否定できないもの。
反論したって人々に理屈の通った考えをきちんと伝えるのは難しいでしょう。
味方の貴族もミレイのおかげで増えたし、今のお姉さまに私は止められないわ。
解放戦線系の軍人の方々を引き入れるのは大変だけれど、だからこそあなたの力を借りたいの。
アッシュフォードを再興させたのはあなたなのでしょう。
ルルーシュの知恵で日本人の支持を集めたい。力を合わせれば出来ないことなんてないと思うの」


「……それで、日本は終わるわけだ」
「違うわ、ルルーシュ。あなたの前提がおかしいの。
あなたが何よりも望んでいるのはナナリーの優しく暮らせる世界。
ブリタニアでも日本でもない、他のもののはず。

一度外で偶然会って、それ以来たまに話すのだけれど、
あなたが友達になったって昔手紙に書いていたスザクだってブリタニア軍に入ったでしょう。
でも彼が望んでいるのは変わった後のブリタニアで、今のものではないわ。
新しいものを作る必要があるの。
ねえ、国やそういったものに囚われる必要なんてないと思うの」


ぐ、と声に出すのを堪え、一拍遅れてそれに反論する。
「死んでいった人の意思は、どうなるんだ」
「……死んだのは、日本人だけでもブリタニア人だけでもないわ。両方が救われないといけないの」
「だが、君のやり方では結局ブリタニアに有利なのは変わらない」


「優しいのね、相変わらず。ゲットーの整備をしていてあなたが彼らの痛みを知らないわけがないのは分かっていたの。肩入れするのも。

分かって、いるのよ。それは。……今日は、この話はここまでにしましょう。
覚悟が、まだ私にはないの。お姉さまやお兄様のような覚悟が」


確かに、自分は日本人に引きずられ過ぎているのかもしれない、とルルーシュは思った。
ブリタニアを破壊する為の手段だったはずなのに、情を寄せすぎているのかも。
だが、それよりもユーフェミアの迷いが気になった。

「ユフィ……?」
「招待状はミレイに渡しておくわ。もう少し平穏でいたいでしょう。
お姉様に報告はしないから、また今度ね」



――結局、ゼロの話もお姉さまに選べと言われた騎士の話もできなかったわ。
誰か、私にもう一人味方についてくれる人がいたら。スザク……。





悩んでも仕方ないとユーフェミアについて考えないように、ルルーシュは生徒会と騎士団の仕事に没頭した。
数日後、アジトで技術者として最近入ったラクシャータと仮面をつけたまま二人きりで話し合う。



「ゼロぉ、この前のナイトメア開発資料だけど。ガニメデの後継機、イオシリーズの例のアレ。
コアルミナスを使わない技術なんて驚いたけど、代替エネルギー、あれいいわぁ。
ちょっと方向性変えたらヤバい兵器の元になりそうだけど。
ニーナとか言ったっけ、騎士団には入れられないみたいだけど、あの子欲しいわぁ。
まあ、サクラダイトに変わるものなんて今の情勢で出せないけどさぁ、独立宣言後の取引にはいいんじゃない?
技術を独占したエネルギー源があれば味方も増えて安定するし。

スペックは白兜を越えられそうなんだけどねぇ。
ちょっとまだ制御系が難しいからパイロットが二人必要で、それもかなり同調した人間じゃないと乗れないの。
そこんとこだけどうする? データ取る実験だけにしておく?」


手を振ると、辺りに持っていたキセルの香料の香りがふわりと広がる。


「いや、当てはある。今は眠っているがな。彼の技量とマオの能力があれば」
「例の不思議な能力ってやつ? 
あんたがブリタニア人ってのには驚いたけど、まあ、私は科学者だから、オレンジ君のことはどうでもいいけどねぇ。
アッシュフォードの科学者を使った開発能力、やっぱり凄いわぁ。テストもパーツごとで済んでるし。
後は形にするだけだから、あんまり時間はかからないと思うわ」


データの入れられたチップと、紙媒体に移された概要に几帳面な字で書かれたメモが添えられてラクシャータに渡される。
「それよりも、助かった」
「ああ、読んだんだ。私の論文」
「気になる点は書き出しておいた。暇な時に見ておいてくれ」
「あんた、ホントに頭いいのねぇ。っていうか、きちんと寝てる? 仕事のし過ぎだと思うけど」
「……どうしても、救いたい、助けたい人がいるんだ」

一度キセルを回し、目を少し細くしてラクシャータは笑いかけた。
「あんたのそういうとこ、嫌いじゃないわよぉ?」


医療サイバネティクス、ラクシャータの理論を用いればナナリーの足を治せる可能性がある。
以前から調べていたラクシャータが味方についたのはルルーシュにとって僥倖だった。
マオの方からもCCの実験関連で幾つか興味深い理論が上がって来ていた。


扇と藤堂に呼ばれ、意識をすぐに切り替えてカレンや玉城に指揮の指導をする。
団員が増え、シミュレーションにも多くが参加するようになった。組織力の向上を肌で感じ取る。




予定を全て終え、ルルーシュがゼロの部屋で帰る準備をしていると、扇に声をかけられた。
「ゼロ、いや、ルルーシュって言った方がいいのかな。少し報告したいことがあるんだけど」
「何だ、扇?」
「片瀬少将脱出の時、ユーフェミアを捕まえた後、紅蓮が倒した機体があっただろ。
あのパイロットを偶然拾ってさ。今家にいるんだ。ヴィレッタっていうんだけど、取引か何かに使うか?
それとも離した方がいいかな」


ルルーシュは頭の中でその名前を記憶と照らし合わせる。該当するのは二件。

――シンジュクでサザーランドを奪った人間か。ギアスはもう使えないな……。
元純血派だが、ジェレミアに聞いた話から推測するに身を立てるのが行動原理か。通報されると面倒だな。


「どんな様子だ?」
「俺が騎士団の一員だって言うのはばれてしまったんだけど、副司令だっていうことは知られていない。結構大人しくしてる。話も意外と通じるし」


その言葉に若干予想と異なるものを感じ、首をひねる。
「ふむ、何か好機を待っているのか。それとも諦めたのか」


ピザを食べていたCCが、ルルーシュの頭にようやくポイントを集めて手に入れたチーズ君を投げつける。
「違うな、間違っているぞルルーシュ」
「何だ、CC。急に」

「お前がカレン達の面倒を見ている間、その女と話してきた。ナイトメアの操縦以外仕事もないし、退屈だったからな。
その女、そいつに惚れているのさ。扇の年甲斐もなく仮面の男に憧れる姿を見たり、
教師をしていたことやそいつの考え方を聞いて色々と考える所があったようだ」


ルルーシュが床に落ちたチーズ君を拾い、埃をはたいてから投げ返す。
「何を根拠に言ってるんだ、お前は」
「私の方がお前よりも遥かに長い時間を生きているのを忘れたのか?
それに、マオと一緒にいたんだぞ、私は。人の心の機微が分かるのは当然だろう」


シャーリーがこの前新しく買ったというジャージと同じものを着て、CCは受け取ったチーズ君を両手で抱いている。

「……なら、もう少しその不遜な態度をどうにかしろ」
「お前こそ、もう少し素直になれ。強がってばかりいないで」


二人の何とも言えない雰囲気に、扇は何とか口を挟む。

「あのー、結局どうするんだ、彼女のことは」
「まあ、害は無いだろう。適当に気を付けて解放しておけばいい。念の為、住居は移しておいた方がいいな。
副司令なんだし、ナイトメア出撃時の危険手当も出ている、金はあるだろう。少しはいい所に住めばいい」

ベッドの上で前転し、座っているルルーシュの肩に足を乗せるCC。
「そう言うと思って解放しておいた」
「お前はまた、勝手に……!」
「構わないだろう。さっき言った通り、心の機微が分かる証明になったな。
お前の反応なんてお見通しだ」


そんな夫婦漫才のような二人を微笑ましく思いつつ、心の奥でカレンを密かに応援しながら扇は空気を読んで出て行った。





そして、ユーフェミアに誘われた美術館のセレモニーの日。
ミレイ、カレンと簡単な挨拶を終え、ユーフェミアへマスコミから質問が始まる。
前もって言いくるめられているのか、ゼロに捕まった時の話はない。
政策について若い記者が問いかけるのにもユーフェミアはしっかりと答える。
何人かの記者が首を傾げ、少し考えた後ぽつぽつと出始めた、用意されていなかった内容の質問にも副総督に相応しい受け答えをした。


固い質疑応答が終わり、騎士を誰にするのかという話に移った時、会場内に銃声が響いた。
警備員が倒れ、血と共に悲鳴が上がる。
テロリストが道を開け、ナイトメアが会場を占領する。
それを束ねるのは騎士団にもあまり数のない、エース機体、月下・改。
スザクではない、もう一人の枢木によるテロだった。





同日。ブリタニア本国、宮殿内。
シャルル皇帝の傍らに、長い白髪を持つ、十歳ほどに見える少年の姿があった。

「どうしても、行くのですか、兄さん」
「うん。ここまでやるとは思っていなかったからね。
クロヴィスにはギアスがかけてあるから、僕たちのことや嚮団の情報は渡ってないだろうけど。
エリア11はサクラダイトの生産地。残りの遺跡を手に入れる為にもこれ以上奪われるわけにはいかない」


「……そうですか」
「ロロ辺りを連れていくよ。彼のギアスは中々使い勝手がいい。
失敗作だからこっちの医療技術で調整しないと生きられないし、手綱も取りやすい」
「分かりました、では、また」


「そんなに悲しそうな顔をするものじゃないよ、シャルル。君はまだ幼いね。
神を殺し、世界の嘘を壊す。全ては約束のためだよ」


親しみと、強い決意を感じさせる声が闇に溶け、そして姿がかき消える。

絨毯の上を訓練された一定のリズムで歩き、皇帝の下へやってくる人物が一人。


「皇帝陛下、今誰かとお話になられていましたか?」
「いいや、ひとりごとだ。何用だ、シュナイゼルぅ」


宰相として、大国を預かる男性は世界の三分の一の上に立つ男の前でも表情に余裕が見える。

「ええ、コーネリアには少し荷が重くなってきたようなので、エリア11の補佐に付けて貰おうかと。
アッシュフォードが頑張っているようですが、ユーフェミアが副総督では彼女も大変でしょう。
一度ランスロットも自分の目で見たいと思っていましたし」
「そうか、好きにするがよい」



――トロモ機関の方にも顔を出しておきたい頃合いだったし、丁度いい。
あれの建設をそろそろ始める時期かな。


さて、中々ゼロという人物は手強いようだ。私の仮面を見破り真実を隠したことを逆手に取った。
ラ家も粛清前に逃がされたようだし、先を読まれたか。
だが、クロヴィスの遺したバトレーがこちら側についている。
神根島、オレンジ事件や気になる点のカラクリを掴む手掛かりになればよいが。
ああ、ハワイからの援軍が式根島辺りで潰されるかもしれないな。
キューエルとKGFは調整中でまだ使えない……。解析にも使えるし、ガウェインを持っていくか。


……ユフィはロイドから届いた映像を見る限り、そろそろ危ないかな。残念だけれど、状況が許せばこの機会に消えて貰おうか。
戦場に出るだろうし、出来ればコーネリアにも。
ダールトンもやはり武人か。甘いものだ。
リ家が潰れてもきちんとオデュッセウス兄上とギネヴィア、そして私に勢力が三分されれば国内の暴走は収まる。
引き抜きの準備はほぼ整った。
カノンや部下の意見を聞いて準備を整え次第、出発するとしよう。



[3892] 別離 の 日
Name: 鬼八◆c53b7f0c ID:b89231d8
Date: 2008/09/21 22:42
枢木家にはスザクの他に子供がいなかった。
彼が生まれ、まもなくゲンブは妻を亡くした。
その後、政略の為にナナリーとの婚約を目論むまで(それはルルーシュによって防がれたが)、彼は再婚しようとはしなかった。


スザクが生まれてから三年。その子供は枢木の分家に引き取られることになった。


祖父はかつての戦争の関係で枢木を放逐された人間。一家は世界の片隅でひっそりと暮らしていた。
誰にも迷惑をかけないように、ささやかな平穏の中でひっそりと。
おかしくなったのは、彼の父親が交通事故で死んでからだ。よくある飲酒運転に巻き込まれた事故だった。
保険金は親子二人が暮らすには十分なものだったが、
元来不器用だった母親は、何人かに金を騙し取られ、人間不信になった。
やがて子供に暴力を振るうようになり、家は荒れた。


そんな時、枢木を名乗る人間が彼の元を訪れた。
今までは父の葬儀の時でさえ、まるで音沙汰がなかったというのに。
当時五歳だった子供にスーツを着た男は問いかけた。
「私の子供になるつもりはあるかい」

子供は尋ねた。
「そこで僕は幸せになれますか」

男は君次第だ、と言った。
子供はその男の車に乗り、母親は数ヶ月後親権を取り上げられた。
それ以来、子供は母親の顔を見ていない。


枢木の家は一般的に見ても裕福で、子供にとっては少しばかり居心地の悪さを感じさせるものだった。
だが、間違いなく子供は枢木という名の家に、彼らの信奉する日本という国に救われたのだ。
彼はずっとそれについて感謝をしていた。
弟分と喧嘩をしたり、いろいろなことを学んだり、躾は痣が出来るほど厳しい家ではあったけれど理不尽を感じることはなかった。


たった一つのことを除いては。


枢木家当主、日本国首相となった枢木ゲンブは彼のことを決して認めようとはしなかった。
スザクに対しても厳しかったが、彼に対する扱いはまるで別次元のものだった。
自分は枢木として本当の意味では生涯認めれることはない、そう、彼の心に歪みが作られた。


だから、ゲンブが死に、戦争が終わり、やがてスザクがブリタニア軍に入ると言った時、彼は喜んだ。


ああ、スザクを殺すのは自分だ。そして自分をかつて救ってくれた家と国に恩を返したい。
彼の思考の根底にあるのはそれだけだった。


サイタマで死を覚悟し、ゼロと藤堂によって命を拾われ、欲が出た。
少し先走り過ぎたかもしれない。


だが、本懐は叶った。今、対峙しているのは他でもない枢木スザクの乗る機体なのだから。





ゼロ、黒の騎士団からコーネリアとユーフェミアを取り返し、軍での地位を一つ上げたスザクは、
トレーニングに励み、順調に力をつけていた。
妬みももちろんあったが、特派の人間達は優しく、学園での生活も順調で、
順風満帆だと思っていた時、マオが現れ、ルルーシュに父親殺しの秘密が知られてしまった。


目が覚めた後、病院でルルーシュはスザクの行動を、ブリタニアに開戦の為自分達兄妹が殺されたと情報が流されたように、
日本にも物語は必要だと、結果的に日本人の命を無駄にせずに済んだのだし、
自分とナナリーはあの混乱で命を救われたのだから、と言って慰めた。


だが、その言葉にはどこか迷いが見えた。少なくともスザクにはそう見えた。
ルルーシュはスザクの変化の原因を知って戸惑っていただけだったが、スザクは見捨てられたのだと思いこんだ。


ルルーシュが、親友が離れてしまう。ナナリーだって父親を殺した自分など否定するだろう。
自分の罪に対し、死を望むほど内罰的であったスザクにルルーシュの言葉は届かなかった。


そして、ユーフェミアもいるという美術館のセレモニーがテロリストに襲撃されたとの情報が入った。


相手は黒の騎士団ではなかった。
今までのことから考えれば逆にユーフェミアの命に対する危険が大きいということだが、スザクにとって、ある意味でそれは幸運とも言えることだった。


犯行声明を出しているが、要求ははっきりとしない。大義がある人間はそんなことはしない。
相手はただの治安を乱すだけのテロリストだと断じれる。考える、悩む必要がない。
副総督を救い出し、敵を倒すことだけを考えれば良いのだから。


美術館はブリタニア軍によって取り囲まれた。
フロートユニットによる上空からの突入は建物の構造上、今回は危険が多すぎる。
にらみ合いが続く中、黒の騎士団でも藤堂のようなエースクラスしか乗らない機体から、要求があった。


白兜、つまりランスロットと一騎打ちをして勝ったらその機体を貰う、負けたら大人しく降伏するというものだった。
確かにその技術は世界に唯一のもので、欲しがるのも不思議ではないが、それにしても愚かな提案だ。
取材に来ていたテレビカメラによって首謀者の機体と音声がテレビに流されている。
ここまでの行為に加え、約束を違えるようなことがあれば、騎士団でも彼らを受け入れることはないだろう。


コーネリアはゴーサインを出した。どちらにせよ、自分に不利益はない。
隙を見つけられるかもしれない。それに一対一なら実力的にも負けはしないだろうと踏んでいた。


提案が了承され、ランスロットが中に通されると、美術館の中庭にはたった一機、月下・改の姿があった。


テロリスト達は、数がかなり減っていた。
打ち合わせの作戦と内容が異なり、抗議をした所、月下・改によって殺されたのだ。
ユーフェミア達が見守る中、戦いが始まった。



スザクは特派で鍛えられた一般的なナイトメアの操縦以外は、ほぼ自己流に近い動きをしている。
圧倒的反射能力があるので、普通の敵なら苦戦したことはない。
黒の騎士団は度重なるランスロットの妨害から、その動きをデータ分析しパターンを解析した。


そしてその情報を生かし、月下・改の操縦者は何度もシミュレーションした。


スザクには及ばないものの、藤堂以上、カレンに近い才能、反射能力を持つ枢木ライチョウ。
機体性能差も、最新型機体月下のカスタム機でかなり縮まっており、動きを読まれているのが大きかった。
ランスロットはじわじわと追い詰められていく。
今のスザクは全力を出している。それでも敵わない。特派がテレビを見てざわめく。


ロイドは自分の機体が負けるのは許さない、とでも言うように、スザクに隠し玉、
切り札であるハーケンブースターの使用を許可した。


パスワードであるロイドの好物をコンソールに一瞬で入力し、四基のハーケンが月下・改を襲う。
辛うじて二基を避けるものの、体勢を崩し、残りがコックピット部位に命中する。


半壊したそこから、血に濡れた顔を映したのはスザクの良く知る人物だった。



スザクが精神に大きな衝撃を受け、目に見えて動きが悪くなるランスロット。
その隙を突かれ、接近を許し、月下・改の廻転刃刀が藤堂直伝の三段突きを繰り出す。
二撃を避けるが、最後の一撃が先ほどランスロットがしたようにコックピットを突き刺し、
スザクの姿をあらわにする。



名誉ブリタニア人がナイトメアに乗り、イレブンと戦っている。しかもそれは枢木スザク。
そして、テレビカメラを持っていた人間は気付いてしまった。
相手は、先日純血派によって神楽耶逮捕の際、NAC関係者として写真が晒された枢木の青年だ。
それが辺りに知れ渡り、テレビカメラに煽り立てる声が入り込む。

名誉ブリタニア人であるのなら、自分たちを救うのであれば敵を。



殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ!



スザクの精神は既にボロボロだった。
自分が何のために戦っているのか、それすらも忘れてしまっていた。
ランスロットのシールドが破壊され、もう勝負がついたとテレビを見ていた人間たちが思った時、
ユーフェミアが声を上げた。


「お黙りなさい! あの方は、枢木スザクは私の騎士となるお方です!
そのような下劣な物言い、この私が許しません! スザク!」


スザクに、その声が届いた。
それは救いだった。スザクに与えられた、その耳に届き、心に響いた、たった一つの救いだった。
そう、自分は認められた。必要とされている。彼女の為だけに、戦える。


「勝って、共に望む世界を作りましょう。私たちの手で。だから、今は!」


スザクの心が晴れていく。もう、彼女の声以外何も聞こえない。
そこに、ルルーシュがいることなど気付かない。


再び繰り出された三段突きを全て避け、MVSで一振り。

かつて兄と慕った人間の体を、半分に引き裂いた。



――ああ、やっぱり暴力じゃスザク。お前には結局一度も勝てなかったな、俺は。
だけどゼロ。これで、日本人は完全に一つになれるだろう?
神楽耶に認められたお前だ、俺よりもきっと上手くやれるはずだ――


ユーフェミアが駆け寄り、スザクがランスロットの手で彼女を抱え上げる。


それと同時に空気にのまれた貴族達が一斉に声を上げる。

その陰で、カレンが震えるルルーシュを必死で子供を守るように抱きしめていた。



軍が中に突入し、人質達が解放される。
ミレイにその場を任せ、カレンは体調が悪いからと呼び付けたシュタットフェルトの車でルルーシュと先に帰って行った。





車の中でも、ずっとルルーシュは震えたままだった。
やがて、腕を血が出るほどの勢いで掻き毟って呟き始める。


「スザクが、あれの。ずっと、俺が、おれが戦ってきたのは。
飯田を、小宮山を、根岸を騎士団の人間を殺してきたのは」


涙声で、カレンはルルーシュを抱きながら言う。自分が守らないといけない。今の彼は。今だけは。

「落ち着いて、ルルーシュ!
大丈夫だから、ここは大丈夫だから。あなたを追いつめる人間なんてここにはいないから。
私達は、ずっとあなたの味方だから、だから!」


強く抱き寄せられた身を、カレンに擦り寄せ、小さな声で呟いた。
「ああ、カレン。だいじょうぶだよ。おれは。そうだ、ずっとわすれていたよ。
日本ではじめてあいつにあったとき、あいつがおれをブリキ野郎って言ってなぐりつけたのを。
そうだ、でも、おれたちは、ぼくたちは友だちなんだ。だから」


そして、ルルーシュは笑って言った。その声は、悲しみを押し殺し、愛憎にまみれたものだった。

「枢木スザクは、俺が討つ!」



[3892] 目覚める 魔王
Name: 鬼八◆c53b7f0c ID:b89231d8
Date: 2008/09/23 18:26
ナナリー、済まない。世界はやっぱり優しくなんてなかったよ。
俺は、あいつを殺す。
その変わり、お前にはいつか見せるから。
約束を果たす為に、この嘘だけは生涯をかけてつき続けるから。



「枢木スザクの暗殺を進言します」
ディートハルトがそう、幹部会で発言した。


「確かに、今の情勢ではかなり彼を非難する日本人も多い。
だが、さすがに暗殺となると我々の主張が……」

先日の事件から、ここしばらくの入団希望者の増加資料との関係を考え、
それでもルルーシュとスザクの関係をカレンから聞いて知っている扇は穏健派としての立場に立つ。


「そんな事を言っている場合ではないでしょう。
彼は既に十分な脅威なのですよ。ユーフェミアはともかく、コーネリアにも実力を認められ、
例の事件以来近づくようになったブリタニア貴族も出ています。
所属する部隊はかのシュナイゼルの肝入り、これは見過ごせないはずです」


だが、ディートハルトも食い下がる。両者ともに組織の事を考えている。
あとは、何を知っているかどんな考えを持っているかの違いだ。
どちらの考えも否定できない。


「ライチョウ君の方は、恐らく自分が勝てないと踏んでいたのだろうな……。
自分と彼の関係が残りのテロ組織などに届けられていた。
恭順派はほぼ支持を失った。さすがにあの功績で騎士となったように見える状況ではきついだろう」

軍人である藤堂は今までの戦闘データから、スザクの脅威性を考え、どちらかと言えばディートハルト寄りの考えを示した。
暗殺をしても、しなくても今の敏感な情勢においてはどちらでも情報操作によって民衆の大まかな心理は操れる。
だが、紅月ナオトのグループ出身者はやはり暗殺という手段となると気が乗らないようだった。
幹部会は大きく民間出身者と元軍人に意見を分けた。


「だからこそ、ここで彼を殺し、日本人に我々の意思を……」



枢木スザクは。

ふとゼロが声を出した。

「枢木スザクは、私が討つ」

それは圧倒的な質感を持つ声だった。
ブリタニア皇帝が自分の主義を唱えるときのような、それが唯一絶対であるかのような揺るぎない声だった。
ぞわり、とその場にいる人間の肌が泡立つ。


「戦場で、私の策で。
世論が納得しても我々の内部で意思が統一されなければ、これからの戦いに悪影響を与える。
反対派が少数の人間であれ、正念場が近い今、一兵卒上がりの奴ごときに無駄な労力を割くなど下らない。
日本解放という目的の為、間違いなく我々寄りになった民衆の武装蜂起に備え、その準備を優先する。
どうせ奴は、次の戦場で私の手によって殺される。それほど大差も出ないだろう」


話している内容は、いつものゼロと変わらない、理屈に合った結果を優先する発言。
しかし、何かがまるで違った。
納得せざるを得ない、そんな有無を言わせぬ迫力があった。


「恭順派が掲げるスザクの主張? 愚かにもほどがある。
目的を持って力を行使するのであれば、一貫性がなければ、無矛盾でいなければいけない。
あるいは大義名分を持つことだ。だが、それにも責任が付きまとう。
日本を救うために日本人を殺す。
その罪を認めない傲慢を、目を背け続けた醜悪を、思い知らせる時が来た。
それだけのことだ」


その場を支配していたのはゼロだった。完全に誰も声を出すことが出来なかった。


――このカリスマ。これこそが私の求めた物。
ようやくだ。これでいい。いや、考えていた以上だ。
私ですら予想出来ない進化を見せるのか、この男は。
もう一人の枢木よ、お前の死は無駄ではなかった。この男が神に届くのかどうか、私がこの目で見定めよう。


仕事に戻るようにゼロが告げ、誰も何も言えないまま会議が終わり、
部屋に戻るゼロの後姿を心の中で両手を叩いてディートハルトは見送った。




幹部達が自分の仕事に戻る中、扇はゼロの部屋に向かっていた。扉を開こうとすると、カレンに呼び止められる。そして小声で尋ねた。
「なあ。ゼロ、いや、ルルーシュは一体どうしたんだ、今日の会議は。普段の彼らしくなかった」


「扇さん、今は彼をそっとしておいてあげて。
私や神楽耶様が傍にいるから。一番辛いのは、彼なの。それでも戦うって言ってくれたんだから、今はその意志に従って。
これ以上、傷つけないように、死ぬ仲間が減るように準備して」


カレンの言葉は強い意思を感じさせるものだった。やはり、彼の事を一番理解できるのは自分ではないのだろう、そう思い知らされる。
だが、同時に嬉しくもあった。妹のように接してきたカレンが兄の遺志を継ぐのではなく、
自分の意思で生きるようになり、そして共にあるべき存在を見つけられたことが。


「仲間、か。そう思ってくれているんだな、やっぱり。初めは疑いもあったけど。
そうか、あの歳で組織のトップに立ってパフォーマンスから考えれば対外的な評価は一人で受けているようなものだもんな……。
これ以上負担をかけちゃいけないよな。分かった。彼のことは任せる」



扇は来た道を戻り、カレンは一人部屋の中に入った。
C.C.はどういう訳かいなかった。仮面を外したルルーシュが一人ベッドに座っている。




「ルルーシュ。スザクは私が討つわ。あなた一人にはやらせない。
気持ちは分かる。でも、これは私たち全員の戦いだから」


ルルーシュは捨てられた過去とそれでも生きてきたことから強いプライドを持っており、同情を嫌う。
だからこそ、C.C.とのような共犯者に見られる対等な、理由のある関係を好む。
それをカレンは察していた。分かろうとしてきたのだ、ずっと。
自分と向き合い、正体を知らない内に本音を話したその時から。
だからこそのその発言に、ルルーシュは感謝した。


「ありがとう、カレン。この前は随分とみっともない所を見せてしまったな。
そうか……。俺は、一人じゃないんだな。一番最初の友達が、君だったら良かったのに」

「うん。でも、今私はここにいる。あなたの傍にいる。それだけで十分よ」

「ああ。今の君になら教えられそうだ。俺が今までナイトメアを操ってきた方法を」


そして、その力は次の戦場で明らかにされる。





ナナリーの主催する学園あげてのスザクの騎士就任記念パーティーを終え、
ルルーシュは一度オーストラリアにアッシュフォードの仕事の関係で一月ほど出かけると生徒会メンバーに突然告げた。
いつもと若干雰囲気が違うように見えたが、学園祭の自分の担当している準備は全部出来ているからと言ってミレイを驚かせた。
              ・・・・・・・・
確認すると、ルーベンは無表情にルルーシュがどうしても必要な案件だからと書類を彼女に渡した。
ナナリーの足の治療に役立ちそうな研究機関もあるからその視察も兼ねてとルルーシュに言われたので、誰も止められなかった。



行政特区日本の話が二人きりの時スザクから持ちかけられたが、
まだ成功するかどうか分からないから、実際始まって少し様子を見てからにしてほしいと断った。
会長を通して手伝うことも出来るし、まあ、腹違いとは言え妹のことだしな、
成功させるためにお前も少しは政治の手伝いが出来るように勉強しろよ、
などと微笑まれ、その前の雰囲気と違い、いつもの彼だと思いスザクはうん、と安心して頷いた。



ナナリーに笑顔ですぐに帰ってくるからと伝え、リヴァルから今までチェスの代打ちの礼と言われ、
以前デザインが気に入り、欲しいとこぼしていたある物を最近物騒だからと餞別代りに渡され、
生徒会のメンバーの見送りを受け、学園を去っていった。


その翌日、カレンも一度本国の方に家の用事があるから暫く離れると後を追って行った。
                     ・・・・・・
彼女の実の母は刑務所の病院から何故か離され、租界、ゲットー共に区別のない戦前とそれほど変わらない都心から遠く離れた篠崎家に移された。
シュタットフェルトの使用人と家人達は、口を揃えたようにカレンは家の理由で本国に戻ったと尋ねた人に繰り返し同じ様に告げた。



――使えない、皇女だ。少しはましだと思って折角ルルーシュ君を紹介してあげたのに。
よりにもよってあのイレブンを騎士にするだなんて。
でも、もう関係ない。今私は彼に必要とされている。
代替エネルギーの方は一休みで次は租界構造の精密な把握と地震対策に必要なブロックが崩れた時の予測。
ミレイちゃんにもまだ秘密の、卒業した後の大きなプロジェクトの準備。
頼まれた時、頑張ってくれって手を握られた。
終わったら、何か一つお願いを聞いてくれるって、言ってくれた。
ああ、出かけている間に彼の部屋に入り浸る理由も出来たんだ――


ニーナはそんな考えを隠し、ナナちゃんは任せてね。とルルーシュにメールを送った。



それが、二人との別れだとは、スザクはこの時思ってもいなかった。


「ああ、マリアンヌ。お前の息子はそれでも征くようだ。まだ、孤独ではないさ。
今のあいつにはカレンも皇の小娘もいるだろう。
別に、私は……」



エリア11の地方ブリタニア軍基地が騎士団に次々とゲリラ的戦法で破壊され、既に死者は四万人を超えた。
ハワイから五百機を超える多数のグロースターと強化されたサザーランド精鋭部隊を積んだ輸送機が出発し、
式根島を拠点とし伊豆諸島で軍事演習が行われた後、コーネリアによって大規模な掃討作戦が展開される。
それを見越した騎士団と、そこをやはり狙ってくるだろうと予想したコーネリア率いるブリタニア軍の、大規模な戦闘が始まろうとしていた。



[3892] 舞 姫
Name: 鬼八◆c53b7f0c ID:b89231d8
Date: 2008/09/27 18:41
式根島へ向かう船の中で、コーネリアはハワイからの援軍と連絡を取っていた。


「式根島での決戦に備え、50機を私の指揮下へ。
NAC、いや、キョウトから押さえた情報とその後の資金の流れを考えれば黒の騎士団の戦力は予備も含めて300機には満たない。
本土決戦ではないのだから、ゼロであれば保険は掛けておくだろう。
大きな戦いとはいえ一度の戦いでは最大戦力の二割までしかナイトメアは出てこない。
パイロットの数も日本解放戦線出身者で乗れる人間はナリタで得たデータから予想がついている。

カラレス公爵は輸送艦の300機を率いてキュウシュウの方へ。
エリア11に十分な戦力のないこの状況で天然の要害であるあの土地を抑えられれば、我々が不利になる。
中華連邦からの支援も有り得る。気をつけろ。

ダールトン、お前は残りを他の地域の火消し、オオサカとミヤギ辺りの人口の多い危険区域に対応出来るよう、
中間地点のトウキョウ租界とヨコハマの方へ向かわせろ」



連絡を受けたカラレスが疑問を口にする。
「演習ではなかったのですか、コーネリア殿下」


「ゼロを誘き寄せる為の偽情報だ。島に上がっている間に今までの様に艦をやられては元も子もない。
奴の代わりになる人間は能力的に見てもいないから戦場に出てこざるを得ない。
そして、それに対応出来るのも私だけだろう。
奴を倒せば民衆蜂起の可能性も消える。ここで奴をなんとしても倒す。
そうすれば組織の混乱している間に壊滅させることも出来る。
皇の娘では軍を束ねることはまだ不可能だろうからな」


――ジェレミアを送ってから十分な時間も経っただろう。
イレブンの、日本人の支持を一身に集めるからこそ、ゼロを捕らえれば騎士団鎮圧の目処が立つ。
この戦いに勝ってルルーシュとナナリーに会いに行こう。





輸送艦が一定以上の距離を取り、コーネリアの支持した部隊が式根島に上陸し、島に潜んでいた黒の騎士団の先行部隊との戦闘が始まった。

ある程度時間が経った後加勢させ、戦況を有利に進める為にそれほど遠くない島に伏せていた部隊に、
ゼロからの指示をもう一隻の潜水艦の中で受けた扇と協議し、藤堂と四聖剣率いる部隊が襲いかかった。



艦への守護として、コーネリアは後詰めにスザクの後ろ盾となった貴族の息がかかった軍人が中心となり組まれたユーフェミアの部隊を残す。
形としては軍属経験がない彼女が指揮官なので前線に出すことなどもちろん出来ないが、
この島での戦いでは艦隊を止める為にも自分の方を優先すると予想していたし、
それに、ユーフェミアを狙うことはないだろうと妙な確信があったのだ。



異母弟と妹に会うため、単機での最大戦力であるランスロットと二機で先陣を突き進み、獅子奮迅の活躍を見せる。
それはまさしくブリタニアの魔女と呼ばれるのに相応しい動きだった。
騎士団の先行部隊を大方片付けた所で、連携のまだ上手く取れていない一翼を突破される。
ゼロの乗る指揮官機と、紅蓮二式と相対した。




それほど広くない島。隠れる所もあまりない。乱戦になるだろう。
騎士団はナイトメアの数はともかく、輸送艦や軍艦はコストの関係でまだ数隻しか所持していない。
これは戦略がどうと言えるほどの戦いではない。
純粋な指揮能力と、各部隊の強さだけで決まる戦いだ。


敵味方が入り乱れれば、技能と機体の平均的な性能差でブリタニア軍の優位は揺るがない。
それはコーネリアの今までの経験から導き出された結論で、ルルーシュもそれに然りと答えるだろう。
しかし、この時に限り、ルルーシュは戦場の大局は突出した力に左右されないという信条と常識を撤回した。
規模の限定された戦いでは、個人の力は影響を大にする。

その条件をこの戦場は満たしていた。相手だけでなく、こちらも。



「何だ、攻撃がまるで当たらない!?」
戦場で足を止めず戦い続けることの出来るナイトメアは被弾率が元々低い。
だが、それを考慮しても紅蓮弐式とゼロの乗る無頼・改の回避率は異常だった。



元々、ゼロのナイトメア乗りとしての能力は高い。
戦いをある程度シミュレーションしていたとはいえ、ナリタでラウンズであるノネットとやりあったこともあるし、
シンジュクでスザクの飛び蹴りをと、その日に同じように繰り出されたランスロットの蹴りを受ける反応速度も持っている。
カレンが色々と教えを請うようになってからも、彼女の才能を持ってしても勝率は五分より少し勝る程度だった。


皇族にはKMFの訓練が義務づけられている。
「慈愛」の名を持つユーフェミアでさえ今回戦場に出て来ているように普通に操縦できる。
といっても日本にくる以前幼かったルルーシュは、KMFの訓練を受けていなかった。
そもそもKMFが量産化され、特別な才能無しに訓練次第で乗れるようになったのは彼が日本に来た後に起きた極東事変からである。
ルルーシュは母親が騎士候だったためにKMFに興味を持ち、本から知識を得たり、ガニメデで数回遊ばせてもらった程度だった。


操縦の仕方はどうやってもマニュアルを読むだけでは身に付かない。
彼がKMFを動かせたのはアッシュフォードで旧式を使って訓練したり、
ゲットー復興で軍や警察から廃棄された機体を修理し、作業用として用いていたのを時折手伝っていたからである。


カレンは乗っていた時間の純粋な差だと思っていたが、それだけではなかった。
ルルーシュは妹の脚を治すため、人体について文献を読んだりして自分でもある程度研究していた。
才能あるナイトメア乗りは、どうしても一つ一つの動作を人型であるが故に自分の身体と同じように動かしがちだ。
だから予備動作を頭の中で意識することで、ある程度相手の動きが読める。
スポーツでもナイトメアの白兵戦でもある程度慣れた人間が持つ、次の動きが「見える」感覚。
それを経験とは別の理を足して意識的に向上させていたのだ。


スザクの反応が相手が動いた後のものであれば、ルルーシュのそれは動く前や動いている途中のもの。
所謂、「後の先」に近いとも言える形。相手の攻撃を防御あるいは回避してから攻撃に移る。
敵の反射能力は問題ではない。相手が攻撃を繰り出しきった時にはそれは既に無効化されているのだ。



ルルーシュは足りない部分を他の機体よりも高い演算能力で補い、包囲されないように指示を出す。
そしてカレンは持前の動体視力でルルーシュの動きを短期間の内に身に付けていた。
剣術、武道を幼い頃から学び、軍隊格闘も身に付けたスザクだが、頭で意識して戦ってはこなかった。
その意識の差が、そのまま力の差となった。



攻撃をことごとく避ける姿は皇子にリードされて踊りを踊る姫のようだった。



「輻射波動を使わずに!?」
「機体の性能が力そのものだと思わないで。私には負けられない理由がある!」




コーネリアの機体がやられたことを聞き、後陣に控えていたユーフェミアは脱出用に一機だけ用意されていた、
フロートユニットの取り付けられたサザーランドに乗り込んだ。





司令室で玉座に座り、正規の通信が来る前に男は子飼いの部下から連絡を受け、命を下した。
「よろしいのですか、殿下。アヴァロンのジャミングは敵味方関係ないものですが」
「藤堂達が他の島で予備戦力と戦っているからね。
援軍を差し向けることが出来なければあちらは負けても良い。ゼロを倒せばこちらの勝ちなんだ。
この艦はイレギュラーだからね、こういう状況でこそ役に立つ。
コーネリアには優秀な副官も大勢いるのだし、その点からも有利に働くはずだよ」


「解析が今終わった、通信が途切れる十分ほど前にランスロットから送られた情報によれば部隊は半数がやられたようですが、
識別信号から見るにコーネリア総督のグロースターはまだ無事でした」
「そうか。しかし、本当にゼロという人物は凄いね。今回は奇策を用いる隙もなかったろうに。
正面から戦ってあの実力。いずれ我が国の脅威となるだろう」
「では」
「ああ。今まで犠牲になった兵の為にもここで彼を逃がすことは出来ない。
足止めが出来ている間に、先ほど言った通り準備を」


その艦の中で、コーネリアが機体を失い、ユーフェミアがそれを救援に行った事を知るのはただ一人だけだった。

          



コーネリアを守ろうと、攻撃の手を止めたランスロットを狙い撃ち、コックピットから引きずり下ろす。
個人の意思ではなく、組織の為だと戒めるように、ルルーシュはコックピットの中にも関わらず仮面を被る。
そして無頼・改の脚を止め、生身のスザクにとどめを刺そうとアサルトの照準を合わせた。



少年が、嗤った。
「この時を待っていたよ。ロロ」


                 ・・・・・・・・・・
瞬間、戦場の、ルルーシュの時が止まる。
僅かな空白の時間に、C.C.とそして二人だけが自由に動くことを許されていた。
「この感覚はギアス!?」


時間にして五秒ほど。
スザクを討つのは自分だと、一時的に全ての機体操作をルルーシュに任せて周囲の状況確認に務めていた為、C.C.には何も出来なかった。
白髪の少年が乗っていたサザーランドが、ルルーシュの機体に肉薄する。

「捕まえた」


そして時は動きだす。
慣性を殺しきれず、数機のナイトメアが衝突し、何も出来ぬまま兵が死んで行った。


「一瞬で、ぐッ!?」


かつてナリタでC.C.がスザクにしたように、間接接触が起こされ、ルルーシュにショックイメージが見せられる。
隙を狙いブリタニア軍のナイトメアに攻撃され、C.C.は仕方なくコックピットの脱出装置を機能させようとするが、
間に合わず親衛隊機グロースターのランスでコックピットが両断される。
複座型で通常とは形が違っていたため、その場に落ちただけで済んだ。



落ちた衝撃で、仮面の目の部分が開く。
ルルーシュは八年前の母の死と、血まみれのナナリーを見ていた。
     
「止めろ、死ぬな! 死なないでくれ!
機体から落ちた際の負傷をおしてゼロを捕らえようと駆け寄ってくるスザクも、光の速度には敵うはずもない。



「ゼロ!」
ルルーシュに気を取られた隙を突かれ、誰にも止められなかった紅蓮二式をギルフォードの乗ったグロースターが捉えた。
三機が迫り、カレンは機体の向きを変えルルーシュのいる方にコックピットを射出し、
途中でハッチを無理やり開け、バイザーを着け顔を隠した後で生身のまま飛び降りる。





「「!」」
影が混迷する戦場を覆う。


倒れたスザクの元に駆けつけたユーフェミアと、脱出の衝撃による気絶から目を覚ましたコーネリアの目に見覚えのある艦の姿が映った。
「「!? 『兄上』『お兄様』のアヴァロン!?」」


「シュナイゼルか、やはり油断ならないね、君は……! 仕方ない、ここは」
ゼロを追いつめた機体の中でアヴァロンの姿を確認して舌打ちをし、少年が呟いた。




「私にもっと力があれば。不甲斐ない兄を許しておくれ。
このような手段に出るのは本意ではないが、ゼロを仕留めるまたとない機会。
戦場に介入されるのは嫌だろうが、彼の脅威を知るコーネリアであれば理解してくれるはず。
ナイトメアに乗っていれば命までは奪われないだろう。
なぎ払え」


シュナイゼルが腕を振る。
命令に従いアヴァロンがナイトメア搬出口を開き、その奥から放たれた光が、戦場を焼き払った。



[3892] 二人 の 島
Name: 鬼八◆c53b7f0c ID:b89231d8
Date: 2008/09/27 18:44
ルルーシュは意識を取り戻した時、懐かしい、優しい人の匂いに包まれていることに気づいた。
自分がまだブリタニアにいた当時、母とそして妹と一緒に平和に暮らしていたのと同じ感覚。

鳥の鳴き声の響き具合からここは屋外だ。風が顔に当たるので仮面が外されていることが分かる。
カレンじゃなかったら、終わりだな。そう思った。
思ったが、でも不思議に大丈夫だと安心できた。
そうだ、この感じは。


「目が覚めましたか、ルルーシュ」
「ああ。おはよう、ユフィ」


目を開くと、異母妹の姿があった。




仮面を脇に抱え、二人で辺りの様子を見ながら一時間ほど歩き回った。
「やっぱり植生や気温は式根島と変わりはないな。そう離れた島じゃない」
「助けを呼ぶのはどうしますか?」


自分達が目を覚ました場所の様子を思い出し、ルルーシュは首を横に振る。
「ナイトメアがないから通信装置は使えない。
ゼロの仮面も以前ナリタでスザクにやられ、助けを呼んだ時使った、
居場所を任意で知らせる機能が付いているんだが、戦闘の衝撃で壊れてしまったようだ。
黒の騎士団は居場所が分かっていないと捜索するのは難しいだろうな。まあ、ブリタニアに捕まっても何とか出来るけどな」
「何とかって?」


無意識に左目を抑えながらそれに答える。
コーネリアやシュナイゼルならともかく、つい最近まで学生だった彼女がギアスについて知っていることはないだろう。
「それは秘密だ。
他にも人間がいるかもしれないし騎士団の人間なら制服についた非常用キットで居場所も知らせられる。
とりあえず、食料と寝床だけでも確保しておこう」


リヴァルから餞別に貰ったナイフを取り出し、森の中に生育している果実を集めたり、獣から身を守る為に火を焚いて夜を過ごした。


「意外ね、昔のルルーシュは運動苦手だったのに」
「認めるのは癪だが、今だってそれほど得意じゃないさ。体力もあんまりないしな。
ただ、アッシュフォードの友人と、リヴァルって言うんだが。年に一、二度スポーツ感覚でキャンプや山登りに行ったりしてるからな。
それで色々と調べて知識だけはあるんだ」
「楽しそう、そういうの。私も学校に行っていたんだけれど、やっぱり皇女という生まれが付いて回りましたから……」


自分に言い聞かせるように、カレンに何かを教える時のようにユーフェミアを諭し、本音を語る。

「生まれからは、逃げることは出来ない。名前を変えても、仮面で素顔を隠していても、心を縛る様にそれは自分と共にある。
でも、選びたかった。優しい世界を。皇帝への復讐だけじゃない。ブリタニアの支配を止めたかった。
皇族である僕にある責任と、そして一人の人間としての俺の望み、その両方で」

「ルルーシュ」


手袋を外した手をじっと見つめ、自分が奪ってきた全ての命について思う。

「行政特区日本か。騎士団が出来る以前なら、手伝いたかった。
でも、もう俺とナナリーの願いだけを叶えるだけじゃ駄目なんだ。余りにも、血が流れ過ぎた」

「違うの。私、決めたの。あなた達と再会して、スザクを騎士にして、覚悟を決めたの」


そこでユーフェミアが語った内容は、ルルーシュの想像の外にあるものだった。


「本気か、ユフィ」
「エリア11が、日本だけが一時的に良くなっても、他は変わりません。
今まで自分の暮らしを支える為に搾取される人々が目に映っても何も出来なくて、悔しかったんです。
本当に優しい世界が欲しいから、だから私は」


頭の中でこれからの行動計画を想い浮かべ新しい可能性を試算する。
スザクについての様々な思考を一時的に放棄し、ゼロという心の仮面を被り考えに集中する。

「確かにそれなら今までよりも条件は遥かに良くなる……。
考えていたこれからの策を進めるのも。個人の感情だけでこの誘いを断ることなど出来ないな。
まったく、大したものだよ、君は。……分かった。
俺の一存では決められないが、日本の象徴となるカグヤが味方につけば藤堂を始めとした軍人達も納得しやすいだろう。話してみよう」


「ありがとう、ルルーシュ」
そして、もう一人の気になる人物について言及する。
「だが、それでは姉上は?」


「お姉様なら大丈夫です。私達は、本当は良く似ているから」
そう言って、ユーフェミアは首を傾げるルルーシュに笑いかけた。





同日。同じ島の別の場所で目を覚ましたカレンは、発見した水場でコーネリアと出くわした。

咄嗟に身に付けていた護身用のポシェットに入ったナイフを取り出し、構える。
気付いたコーネリアと二メートルほどの距離を保ち、じりじりと牽制し合う。
ナイトメアのシミュレーション中心で最近は生身での格闘訓練はあまりしてこなかったが、兄のグループにいた時は男にも負けたことはなかった。
突きを繰り出すが、コーネリアは刃に対して怯えを見せなかった。
目を逸らさずに軌道を読み、半身になって避け、身を屈めてカレンに足払いをかける。
ナイフで戦うことのアドバンテージはあまりない。そう判断したカレンは得物を離し、
受け身を取るように転がり、勢いを生かして飛び起きる。
起きる時に掴んだ砂を顔に投げ付けながら、腹に肘打ちを入れようとするものの、腕よりもリーチの長い蹴りがコーネリアによって繰り出された。

目を瞑ったものの空中に漂う砂粒を警戒しコーネリアが後ろに跳び、再び目を開くと、そこにはバイザーを外した見知った人物がいた。

「お前、シュタットフェルトの……?」
蹴りがかすりバイザーが外れ、素顔が晒されたことに観念し、カレンは舌打ちをしてから休戦を申し出た。



「驚いたな、イレブンとのハーフだったのか」
「あなたこそ、ナイトメアの操縦だけじゃなかったんですね」
コーネリアは敵だが纏っている雰囲気からか、シュタットフェルトとしての口調の方が何となく話しやすく妙な気分になる。
水浴びをしながら話をする。
お互いにさばさばとした性格をしているからか、意外と気が合うかも、などと思う。
コーネリアにしてもノネットが先輩だとすると、こちらは後輩のような感じだ、と考えていた。


腹が減ったな、などとコーネリアが言い出し、二人で魚を数匹捕まえるものの、どうやって食べればいいのか分からず無言になる。
二人とも料理などほとんどしたことはなかった。
ナマ、刺身? などとカレンが呟くが、火を通していないのは危ないだろうとコーネリアが言い、
とりあえず木の枝に刺して適当に焼いて食べたのだった。



腹を満たし、夜空を見上げながら会話する。
「なかなか見所があるな。気に行った。私の隊に来ないか」
「残念だけど、私はゼロの親衛隊なのでお断りしておきます」

ふふ、と笑い合う。
「おかしなものだな、私達は。お前の腕ならラウンズになることだって可能だと言うのにな。
お前との決着は戦場で付けよう。シュタットフェルトに乗り込むなどと無粋な真似はしないさ。
……ゼロの親衛隊か、奴の正体を知っているのか」


んー、と考えるふりをする。ルルーシュと合流すれば記憶はギアスで何とか出来る。
どうせ味方になれとかには使わないのだし。でも一度しか使えないんだっけ。
だが彼女はこんなつまらないことで嘘をつくようなプライドの持ち主ではないだろうとカレンは判断した。
「知っていますよ。騎士団でも本当にごく一部しか知らないことですけどね」
「意外だな。別に誰かと聞くつもりはないが、どんな奴なんだ。ゼロは」


「そうですね、強さと弱さ両方を持っていて、色んなことを知っています。
性格は素直じゃなくて、意地っ張りで。でも、すごく優しい人」


「そうか」
カレンのゼロを語る声は心地良いものだった。
思慕の入り混じったような、くすぐったい、しかし嫌いにはなれない、そんな声。
その言葉を聞いて、なんとなしに異母弟のことを思い出す。
ああ、まるでこう聞いているとルルーシュのようだな。

「ユーフェミアの方はクロヴィスの顔を見てから結構揺れてましたけど、あなたはどう思っていたんですか?」


どこか憎めないクロヴィスの満足そうな顔を思い出す。彼を愚かだと今のコーネリアは言い切れなかった。
そうだ、彼の言うとおり自分はずっと大きな力を振い続けてきたのだ。それに疑問を感じたことだってもちろんある。
「誰もが誰も、自分の好きなように生きられる訳じゃないさ。私も民草を守ると意思の他に、譲れない、守りたいものだってある。
お前だって母国を取り戻すという意志の他にゼロを守りたいという思いがあるのだろう。
……或いは、本当に何のしがらみもなければ、今とまったく違う状況下なら共に戦うのも悪くないのかもしれないが」


以前捕まった時、ゼロに噛まれ、舐められた首筋を撫でる。ひょっとしたら、自分はゼロがルルーシュならば、と思っているのかもしれない。
そんなことを考えて、眠りについた。




その夜。
目をようやく覚ましたスザクはコックピットの破片が突き刺さった箇所を止血し、何本か骨が折れているのを確認した。
帰ったら、これはこの間アッシュフォードにお世話になったみたいに入院かな、などと思いながら這うようにして森を出て海に出ようとした。

「……(あの怪我じゃギアスの必要はないか。でも一応)」


人の気配を感じ、向き直った方向からナイフを構えた少年が突っ込んできた。
ああ、この身体じゃ対処しきれない。そう思った矢先。
 
死ぬな

そう、呪いが囁いた。

骨の軋む音を無視し、身体が一時的に本来の能力を超えて躍動する。
迫る腕を掴み、勢いを利用して地面に投げ、叩きつける。
背中を強く打ち、苦しげに息を吐く姿を見下ろしていると、幼い声が聞こえた。

「そこまでだよ。いきなりで悪かったね、枢木スザク。彼は僕を探していたんだ。
シュナイゼルが明日の朝早くにこの島に来るだろうから、この先をずっと真っ直ぐ進んで海に出れば良い。
ユーフェミアも無事だから安心していいよ。じゃあ行こうか、ロロ」


声をかけようとするが、無理をして動いたせいか、血が上手く回らない。
去っていく二人を視界の端で見送って、少年の指差した方向へ歩き出した。





日が明けて、ゼロの仮面とマントを着けユーフェミアと歩いていると、
バイザーをつけたカレンとその脇を歩くコーネリアと遭遇した。
「これはこれはコーネリア総督」
「ゼロか」
「ええ。あなたは是非捕虜にしたい所ですが、とりあえずはこの島から出るのが」

先です。と偽悪的に笑う様に言おうとした瞬間、地面が崩れた。





「一体何が!?」
洞窟の天井が崩れ、シュナイゼルの脇にいたバトレーが叫ぶ。
落ちてきたのは別の島で捜索中のコーネリアとユーフェミア、そしてゼロと黒の騎士団の姿をした人物が一人。


扉のようなものの前に様々な機械、そしてそれが繋がれる先には一機のナイトメアがあった。
咄嗟のことに対処の遅れた軍人達を避け、ゼロの手を強引に引いてカレンはナイトメアに乗り込む。
コックピットが広い。複座型だった。
機材に繋がれていたのでキーが付いたままで、ルルーシュが安全装置を外しフットペダルを踏み込むとすぐに動き出す。
コーネリア達の様子を確認しようと外を見ると、イレギュラーに若干驚いた様子のシュナイゼルの姿があった。

――そうか、やはり姉上にしては違和感のあったあの策はシュナイゼルのものだったか。

仮面を外しモニター越しに睨みつけると、カレンが声を上げた。
気を戻し、機体を確認するとランスロットがリ姉妹を奪還する際使った、こちらでもラクシャータ達が研究していた理論が形になっていた。

数機のナイトメアをカレンの先読みと奇襲によるスラッシュハーケンで蹴散らし、洞窟から出た所でルルーシュは機体を宙に浮かせ島を後にした。





その頃、片瀬と中華連邦の英傑の器を持つ男、黎星刻(リー・シンクー)によって日本侵攻を企んだ旧日本政府のメンバー澤崎の一派が捕らえられ、傀儡政権樹立に繋がるキュウシュウへの出兵は取りやめになった。
コーネリアの読みはあながち間違いでもなかったのだ。
しかし、日本列島は縦に長い。中華連邦よりもエリア11に近い国は他にもある。


シュナイゼルのエリア11への補佐、一時的な異動に伴い、ナイトオブワン、
ビスマルクが指揮を執るラウンズの半数を含むブリタニア軍の猛攻により前線を一気に押し流され、ロシアの中で暴動が勃発。


軍の暴走によって、サクラダイトを求め多数の兵がサハリンと日本海を渡り、ホッカイドウが襲撃された。



[3892] 重ねられる 手
Name: 鬼八◆c53b7f0c ID:b89231d8
Date: 2008/10/07 13:08
ホッカイドウ管区の政府関連施設がロシア軍に奪われるのにそう時間はかからなかった。
澤崎の捕縛が未だ公にされていない為にハワイからの増援の半分以上はキュウシュウから動けない。
黒の騎士団による各地での民衆蜂起を恐れトウキョウ租界の守りは動かさず、
シュナイゼル、コーネリア共にトウホクの軍と増援の一部を率いてホッカイドウ奪還に向かった。


この件についての会議の前、式根島で情報伝達の齟齬はあったがコーネリアを信じたからこその作戦だと
ハドロン砲使用についてシュナイゼルは語ったが、この時、彼女の中に僅かな疑惑が生まれていた。


本質の見えない異母兄に対する恐怖。微笑む表情も今は貼り付けられたものの様に感じる。
本当に彼を信じることが出来るのだろうか。


それを見極めなければならない。


そう考え、今まで騎士団の跳梁を許した責任を取る、と告げ、彼女は最前線を行くと言い出した。
当然部下達は猛反発したが、その一方で自らの命をかけ、領民を守るという彼女の決意は固さを彼らは知っていた。
ナンバーズを区別をするが、それは力を持つ必要はない、守られていればいいという考えから来るものなのだ。
スザクの件で離れた人心を取り戻すのにも情報を上手く流せば役立つだろうと主張し、シュナイゼルも仕方ないと苦い表情を浮かべた後でそれを認めた。





シュナイゼルがアオモリを守備し、本州への侵攻を牽制。
ハチノヘから揚陸艇を出し、ムロランから上陸、敵が集まった隙を狙い、シュナイゼルから借りたアヴァロンでトマコマイへ。
その後親衛隊とコーネリアの改修機グロースター・エアが一気に敵本陣サッポロを討つ作戦。
少数部隊による強襲、性能から見ればランスロットが適役だが、破損が激しい上、スザクは前回の戦闘で負傷して今は病院のベッドの中だ。


ロシアの増援は国力から考えて難しいだろう。
シュナイゼルによってオデュッセウスにつけられた外交官の交渉もあるし、後はどれだけ早く敵を鎮圧出来るかだ。


作戦概要が決まり、コーネリアとシュナイゼルがトウキョウ租界政庁を後にする。
それを見送ったユーフェミアはある決意を胸に秘め、租界の守備とアヴァロンを中継してコーネリアから送られる映像から情報を国民に伝える役割の準備に入った。




仮に、何らかのアクシデントが起きてコーネリアが死んだとしてもシュナイゼルならば上手く鎮圧出来るだろうし、
彼が不穏な動きを見せれば租界を任せたユーフェミアには守護として残したダールトンがそれを語る手筈になっている。





上陸作戦が成功し、敵の部隊が集まってくるのを通信を受けアヴァロンから確認する。
ビスマルクとノネットなど、実際戦ったナイトオブラウンズからロシアの将の力は聞いている。
敵はゼロはおろか、藤堂にも敵わない程度の指揮能力。
だが、ここまでの軍を動かせたのは時流によるものだけではないだろう。
強いカリスマか、あるいは並はずれた運の持ち主のはずだ。


目を瞑り、一度深く息をしてコーネリアは手袋を締め、操縦桿を握った。
「フロートシステムはランスロットの流用でまだ試作機です。現在はまだエナジー消費が激しいので注意してください。
オールシステムグリーン。フロートユニット接続確認」
「接続確認した。グロースター・エア、発艦する!」




爆撃機以上の速度で空中を直線的に、最短距離を通って進む。
風はないが下は雪が降っている、厚い雲の上。
サッポロまで40キロメートルの地点で敵の航空部隊を目視する。
先方は十機ほど。見慣れた機体はロシアのものではない。ブリタニア軍のものだ。
その性能は良く知っている。兵器の破壊力から考えればナイトメアの装甲など紙のようなもの。
動きに淀みなく声を上げ、親衛隊機に散開の指示を出す。


次の瞬間にはその読み通りミサイルが多数発射。弾幕が張られ、視界が埋め尽くされる。


だが、その誘導性能にある癖も知り尽くしている。
経験から反応しにくい弾道を読み切りバレルロール。カメラのすぐ横をミサイルが横切っていく。
正気とは思えない機動をし、ヘリに近づきMVSで切り裂く。



親衛隊機も盾を持たせていたので避けきれなくても何とかやり過ごせたようだった。
安心する間もなくギルフォードから通信が入る。
「殿下、チトセから多数の敵機が出撃したと連絡が!」


全力を出さざるを得ない状況であえて兵を伏せ、こちらの思惑を見極めようとした敵の賭けが成功したのだ。

伝説に名を残すような英雄でさえ、圧倒的な物量の前では押しつぶされるしかない。
先ほどの航空部隊は時間稼ぎの囮。
冷静に計算しても追い付かれる。こちらの戦力は全て知り尽くしている。奇跡はない。
だが、それでも最善を尽くす。それだけが今の自分に出来ることなのだから。



高度を下げさせ、あえて雪の中、雲の下を進む。
錬度から考えればこちらが上。敵が少しでも近寄りにくい状況を作る。


だが、敵は雪に覆われる国の人間だった。
予想していたより二割も敵が減らなかった。
サッポロからの迎撃部隊と交戦し、その隙にチトセの部隊が脇を突く。


半数近くを機体性能とブリタニアでもトップクラスの操縦技術で破壊するが、ついに追いつめられる。


エナジーが尽きる前に着地し、最後のあがきとばかりに下からヘリを狙い撃つ。


――ああ、だけどここまでのようだ。済まない、ルルーシュ、ナナリー……




最後に一度、天を仰ぎ見ると、雪の中に黒い塊が浮かび、幾つもの光の線が走った。
ヘリの動きが止まり、仕掛け花火の様に次々と爆発する。



「ガウェイン、ハドロン砲を無理矢理……!」
「収束、出来ていません。ですが、かなり理論に近い所まで制御しているようです」
「パイロットの腕、というより頭脳だね。計算しているんだ、あの出鱈目な軌道を」
ランスロットにスザクが一番合うように、ガウェインに一番合うのはゼロなのだと、ロイドは認めざるを得なかった。
だが、それはあくまでハドロン砲を制御するという点においてのみだ。
操縦技術はあのパターンを見る限るではゼロのものではない。



「C.C.の反応速度では駄目だったな。今回切りだが彼女がいたからこそ安心して攻撃に専念出来る」
コックピット内、ゼロの前には赤毛の騎士団員が座っていた。



「(あの動き、カレンか)どういうつもりだ、ゼロ」
シュナイゼルとの協議でもまずゼロはキュウシュウ奪取を優先するとの結論に達していたはずだった。

「我々は不当な暴力の敵であると最初に宣言したはずですよ」


その言葉は、姿を隠す仮面とマントからは想像出来ないほどの真実味を感じ取ることが出来るものだった。

――そうか、そうだったんだな。ゼロ、お前は。


コーネリアの機体の前にエナジーフィラーを差し出す。
「私はこれから敵本陣を叩く。あなたはどうするつもりですか」
「残念だが、私が先に討たせてもらう。貴様が最悪で最高の敵だからこそ、その言葉を信じよう」
そう言って、コーネリアはグロースターの手を重ねた。




だが、サッポロを落としてもチトセから出た増援の別動隊がムロランの方に向かっている。
そちらもどうにかしなければいけない。そんな思考を遮るようにゼロの声がブリタニア軍の通信に割り込んだ。

「ブリタニア軍よ、私の指揮下に入れ。データを今送っている。電子戦、情報技術に優れたこの機体だからこそ出来ることがある。
命を無駄にするな、この戦いに勝ちたければ」


その言葉を聞いて兵達は反射的に声を上げる。今まで数えきれない同胞を殺してきた敵の言う事を聞くなどありえない、そのはずだった。


音声だけだった通信に、映像が加わる。
一つの席に二人。ゼロの身体にすっぽりと包まれ、一人の少女がそこにはいた。



「お聞きなさい、今何よりも成すべきことは何ですか。
同じ土地に住む人として、この戦いに身を投じるのは当然のこと。
ただ一人の人間として、あなた自身の手で選びなさい。一人でも多くを救いたいのであれば!」



神楽耶がそう声を上げると、ゼロが指を鳴らす。
ムロランに武装蜂起の為に隠しておいたナイトメアに現地の隊員たちが乗り、
ブリタニア軍の機体前方に取り付けられたパネルに味方の識別信号が一気に増加する。



強い意志を感じさせる瞳の少女の姿はいっそ神話的とも言える神秘性を持っていた。
空気が塗り変わる。脳のどこかで抑えられていた信仰に似た感情が兵の間に芽生えていく。
そして、戦場に響き渡る閧の声が上げられた。



   
総督か副総督クラスでなければ知らない緊急コードがゼロによって使われたことにロイドはアヴァロンの中で疑問を感じた。
ガウェインのドルイドシステムかクロヴィスを手引きする人間でもいてそれを使ったのだろうか。
それが妥当な推測だが、違う。


――ルルーシュとお姉様、そして日本人とブリタニア人が力を一つに。この戦いこそ私と、私達の願いへの第一歩。


首謀者は、神根島でルルーシュと結託したユーフェミアだった。



コーネリアの乗るグロースター・エアとゼロのガウェイン、そして親衛隊によりサッポロのロシア軍本部が制圧され、
ブリタニア軍のサザーランドやグラスゴーと黒の騎士団の無頼によって残りの敵が鎮圧されていく映像がユーフェミアの指示でエリア中に流されていた。


神楽耶とゼロ、そしてコーネリアの姿も一部削られて放映されていた。
自分とごく一部の人間の目にだけ映ったゼロのマントの襟を正す動作を見て、ユーフェミアは作戦の成功を知り、カメラを政庁の中に切り替えさせる。


「今の映像をご覧になりましたでしょうか。同じ土地に住む人間として、ブリタニア人と日本人が手を取り合った様子を。
無益な争いを避け、私達は同じ人としてもっと歩み寄ることが出来るのです。
力こそ全てだというのなら、より大きなそれを得る為に手を取り、
取り戻されるべき誇りは、自分だけでなく他人との関係の中で見つけることが出来るはずだと私は考えます。
故に、私はエリア11副総督、そして神聖ブリタニア帝国第三皇女ユーフェミア・リ・ブリタニアの名の下に今日、行政特区日本の設立を宣言します!」



[3892] 重ねられる 手
Name: 鬼八◆c53b7f0c ID:b89231d8
Date: 2008/10/07 13:20
思えば、ルルーシュはとても不器用な人間だった。
初めて会った時、六歳ほどだった神楽耶の彼に対する第一印象はそれまで誰もに吹き込まれたブリキの王様の子供、
とは遠く距離を隔てた綺麗な人というものだった。
何日か過ごす内に、そのイメージは周りに塗り替えられ好意を抱いてはいけない蔑まれるべき人間へと変わり、
そして次に会った時のスザクの言葉でそれに距離を置いた。



「カグヤ、君に選んでほしい。ユーフェミアがこちらに差し出すだろう手を、日本という国が取るかどうかを。
行政特区日本。それは隠れ蓑。衛星エリアへの昇格とブリタニア軍にリ家の支持者を集め、掌握が済んだ後、
本国が注意を逸らした隙に独立国を作る為の」



日本を取り返すと息巻く大人達に囲まれ、結果が出ない口ばかりの煮え切らない現状を醒めた目で見つめていた。
年齢に合った幼さは戦争と共に捨てざるを得なく、無知でも無垢でもいられなかった。
学べば学ぶほど、現実を知り、何かを出来るような力はないと、心のどこかで諦めていた。
生きながら死んでいるようなものだった。それを、ゼロに変えられた。



「ユーフェミアは他の人間から見れば脅威にはなりえない存在だ。
だが、僕は、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは彼女の義母兄で、その本質を知っている。
只人よりもはるかに多くを自由に出来る力と、惜しみない愛を与えられ我がままを許され、
そして環境に左右されない天稟とも言える物事のあるがままの姿を見極め、最適解に理屈ではなく感覚に辿り着くことの出来る才能を持った人間。
彼女のそのあり方は、可能性として存在する、もう一人の君だ」



分かっていた。ゼロに対して節々に見せる素顔に気づいているような心をどこか許した態度から、それに気づいていた。
周りに甘えることのなかった自分が初めて本心を話すことの出来たルルーシュの優しさを占め続けるナナリーよりも、
自分はユーフェミアに嫉妬していた。
自分に彼女ほどの力があればもっと上手くやれるはずなのに、と。



「そう、彼女はきっと愚かなのでしょうね。そしてその愚かさゆえに全てを手に入れる。私がどれほど策を巡らしても届かないものを簡単に。
他人を裏切って他を求めるほど彼女は賢しくはない。
そして、その持つ者にしか出来ない選択は、それなのに汚れない決断は、いつだって正しいんです。
知っていました、ルルーシュ。私と彼女は決して相入れることないでしょう」



日本解放戦線が中心となれば、国を取り返したとしてもその過程で避けられない日本人がされた迫害への復讐が起きるだろう。
全てを赦せるほど、人が頭のいいものだとは思っていない。
だけれども、同じ事をすればそれではブリタニアと変わらない。



「私は、紅月カレンであると同時にカレン・シュタットフェルトでもある。
どんなに辛くても、私のしがらみは私自身でどうにか出来るのだと知った。
私はいつだって自由に生きてきて、これからもそうやって生きていく。
私はきっと純粋な日本人にもブリタニア人にもなれないから、ルルーシュの案が一番いいのだけれど、この選択は神楽耶様、あなたに委ねます」



そう言ってカレンは髪を下した姿で、ここ半年ほどで肌で感じるほど変わった、凛としていながらも温かい雰囲気で口元だけ微笑んで見せた。



日本奪還は神楽耶に課せられた義務で、心の奥深くに刻まれたギアスの様な呪いだ。
それは分かち難いもので、自分の中心にある。だが、それがすなわち自分ではない。
自分が自分である為に何か一つを選べるとしたら日本という国を、この優しい嘘つきの望むようなものにしたい。
それが自分に許された唯一のささやかな反抗。


これはたった一度の好機だ。
矜持を携えた新しい時代の国を作るための、今までになかった奇跡とも言える選択肢。



「ありがとう、カレン。……そうですね、私の選択は――」



そして、彼らは北の大地に向かったのだ。





戦闘が終わり、ガウェインが基地に戻ると幹部達は既に会議の席に着いていた。
「ゼロの言った通りになったな。それで、これから一体どうするつもりなんだ」
「確かに、限定された特区という条件では飼い殺されるのは目に見えている……」


特区は確かにブリタニアの精神、主義を揺るがすものだ。
しかし、落ち着いてみればそれは最も残酷な支配のやり方でもある。
反抗をすら許さない統治。日本という国はいずれ確実に消え去ることになる。


「普通に考えれば、日本奪還という目標を掲げるのであれば彼女の要求をのむわけにはいかない。だが、今回は話が別だ」
「どういうことだ?」


「特区日本は隠れ蓑。一年以内にエリア11を衛星エリアに昇格させ、常駐するブリタニア軍の数を減らし、
軍人をリ家の影響下にある者に少しずつ代えていく。
準備が整い次第、独立国を作る。サクラダイトと我々の技術を外交の主軸に据えた国をな」
「ユーフェミアを取り込んだのか!?」
「ああ。正確には取り込んだのではなく対等な関係だな。手を結んだというべきか。彼女は時にシュナイゼルの手にすら余る」



ユーフェミアの覚悟。それは世界の楔となる新しい国の建国。
それは日本でもブリタニアでもないものだ。
納得出来ない者ももちろん出るだろうが、しかしそれ以上にこれまで失われた全てのもののことを考えればそれは正しく、
新しい時代を告げるものとなるだろう。
国の名前などに日本を残すことも文化を残すことも、何より自分達の手で国を治めることも出来る。
これには軍人達もうならざるを得なかった。戦争は、相手の国土でやるものだ。
今まで自分達が壊してきたのは自分達の土地。
国土と人を守るという観点から見ても日本の中で戦うよりも、一度敵が消えた後で外からの攻撃を防衛する方が戦略的には遥かに正しいのだから。



「シュナイゼルが読み切れない彼女の真意が裏にあるということか……。
中華連邦との同盟も片瀬少将が交渉を上手く進めている。ブリタニアを壊す道が一気に開けるということでいいのか」
「いや、奴は恐らくそこまで事が上手く進めば皇帝を何らかの理由をつけるなどして事故か何かで消す。
そしてブリタニアという国を自壊させ、手早くまとめ直し我々の体制の元に入るだろう」



シュナイゼルという人間については黒の騎士団でも意見が割れていた。
武力を用いることもあれば時にナンバーズに甘い政策を取ることもある。
その中で唯一読みを何度か当てたのがゼロだった。


「敵ではないのか?」
「あの男は普通の尺度では測れない。最も危険な相手だ。まだ私自身測り切れてはいないがな。
この策は特区が成功すれば後は多少情勢が変わっても他よりも圧倒的に選択肢にゆとりが出来る。
既に大まかな展開として6パターン。そして細かな条件を考えれば可能な道は優に千を超える」



特区へのその後を見越した参加が決まり、会議は終わった。
ディートハルトはゼロにカオスを見出せなかった。今の彼には新しい時代を作る者の秩序がある。
どこか納得が行かないものを感じていたが、今更彼を手放すのは余りに惜しく感じてしまった。
まだ自分を満足させるには足りない、だがこれからもまだチャンスはあるだろうと。



黒の騎士団の協力員を通じ、戦いに疲れた大多数の人々は
恭順でも反抗でもない中立の考えを持っていると情報操作され、大衆はそれを受け入れた。
まだ日本は戦えるという姿を十分に見たのだから、特区が気に入らなければ何度でも戦えば良い。
武装解除されたとしても、ルルーシュがギアスによってナイトメアや兵器を隠す場所を数多く確保してもあったのだ。





ユーフェミアが政務の合間、昼休みに病院にいるスザクにメールを打っていると、コーネリアが部屋に入ってきた。
「副総督として、力を付けていたんだな。ユフィ」
「私はまだお姉様の足下にも及びません。ですが、人を揃えることは出来たつもりです」
「アッシュフォードとエリア11にいる半数以上の貴族。そして世界的な富豪であるシュタットフェルトによる内密な支援の申し出。
黒の騎士団の反応は良好。成功は確約されたようなものだな。兄上が陛下に新しいエリア統治の方法だと奏上したこともある。
ここに来てイレブン、いや日本人の感情問題も枢木を騎士に迎えたことが見直され一気にプラスになったか……」


――そう、そしてこの策をこの情勢で受け入れるのであればゼロはやはり。


満足そうに頷くユーフェミアを見てコーネリアは本題に入ることにした。

「兄上が式典会場の準備をして下さるそうだ。私達は形式以外のその後のことを考えねばな」
「ええ。今の内にやれることは出来るだけ進めておきましょう」




「よろしいのですか、殿下」
「ああ。私には立場もあるから今まで中々出来なかった方法だが、ユフィがやってくれて良かったよ。下準備も出来ているようだからね。
ゼロは思っていたよりも甘い人物だったのだろうか。特区では満足出来ない人間も出ると思うのだが、求心力はあるのだろうし、何とかするのだろう」


いや、長いスパンを考えれば兄上か私、コーネリアのような人間が次期皇帝になればブリタニア主導にはなるがサクラダイトのバランスを取るためにここを特別なエリアにする可能性はある。
それを見越して今の内に取り入ろうとする策か?

無いとは思うが一応、ゼロが土壇場で過激な行動に出る可能性も捨てきれない。
特区には彼らが指摘出来る根本的な穴がいくつかある。
――警備の人間はいざという時、確実に彼を殺せる人間を集めておこう。





ユーフェミアの宣言からおよそ一月。
騎士団は武装を一時解除する見せかけにナイトメアを隠し、一年後を目標に建国の案を少しずつ固めようとしていた。
その間にアッシュフォードで学園祭が行われ、ルルーシュが約束だと言ってニーナと一日過ごしたり、
ナナリーとカレンが兄について話したり穏やかな日々が続いた。



そして、ついに行政特区日本設立の式典の日がやって来た。



[3892] 再 会
Name: 鬼八◆c53b7f0c ID:b89231d8
Date: 2008/10/12 23:47
「……式典が上手く行って、安心できるようになったらお前に話したいことがある。
気をつけろよ、式根島で接触してきたのはほぼ間違いなくギアスユーザーだ。
私が傍にいるのが一番だが、マオの様な能力者がいるとも限らない。
お前のアキレス腱であるナナリーを狙ってくる可能性もあるからな。学園には咲世子と私が残ろう」


ゼロの部屋を出る前、ルルーシュはC.C.に言われた事を思い出した。
マオの件があってから、彼女の態度はどことなく柔らかくなりつつある。
そして、ギアスの謎についてもそれを研究する集団、ギアス嚮団の事を少しずつ話すようになった。
残りの隠しごとについて話す決心がついたのだろう。万事上手くいっている。

扇と藤堂に出発の準備が出来ているのを確認してから、神楽耶と共にガウェインに乗り込んだ。




ガウェインの中でルルーシュは仮面を外し、後ろに座る神楽耶をちらりと見た。
今日はこの前と異なり自分の膝に彼女を乗せての三人乗りではない。
カレンにはいざという時の為に紅蓮で出て貰う可能性があるし、
これからの一年間の準備の為、まだシュタットフェルトの彼女が騎士団員だと知られるわけにはいかないのだ。
自分が機体の操作を請け負い、神楽耶は扇と藤堂との通信だけを受け持っている。
式典で余計なリスク、人々の感情面も考慮して武器に関しては予め取り外せるものは取り外してある。



彼女の表情は本来の歳に見合わない、ある種の威厳、カリスマに満ちたものだった。
いずれ新しい国の象徴として存在することになる彼女は、
象徴であるが故に表立って政治には関わらないつもりだというのが勿体ないとも思う。
だが、それが民主主義。
ルルーシュ自身もゼロとして独裁を敷くつもりはなく、一年後に国が出来れば必要な防衛戦の時にだけゼロとして指揮を取り、
後は表向きには選挙で選ばれた日本人の代表者を通して外交によってシュナイゼルを誘導しブリタニアを自壊させるつもりだ。


――ユフィは約束を破れるような人間ではない。
コーネリアの反応もホッカイドウ戦から今日までの交渉の間に随分と軟化している。
自分達の安全は彼女達からは保障されている。



実際、予想される会場の厳重な警備をかいくぐり自分達を傷つけるのは不可能に近い。
特区に反対する人間達が会場を襲っても人数が多ければ辿り着く前に鎮圧され、
数が少なければ、データ上ではランスロットでも単機ではブリタニア兵の数の前に沈められるだろう。
ガウェインにはエネルギー的に制限があるがハドロン砲が、そして全ての機体にはハーケンとフロートがある。

それに、もし本当にC.C.の助言から考え得る最悪の事態になったとしても、ラクシャータに頼んで準備だけは出来ている。
そうならない出来る限りの準備はしたが、もしそうなれば覚悟は出来ている。
目的の場所が視界に入り神楽耶に穏やかな表情を向け、ルルーシュは仮面を被る用意をした。





式典会場には数十万の日本人の他に、ユーフェミアを支持する貴族、アッシュフォード家などを筆頭に一般のブリタニア人も万単位で来ていた。
会場の警備は厳重で、数多くのナイトメアが守っている。
スザクはユーフェミアの傍にいるように言われ、ランスロットは儀礼的にヴァリスやMVSといった武装を外した状態で人に見えるように無人のまま佇んでいる。


テレビカメラが回り、レポーターが人々の平和の声を伝えていると、上空から三機のナイトメアがやってきた。


ガウェインに乗ったゼロと神楽耶、ホッカイドウ戦後にコーネリアの親衛隊から回収したフロートシステムをつけた藤堂の月下・改と扇の乗る無頼指揮官機が降り立つ。
人々はそれを歓声を上げて迎え入れた。

式典は人々にも見える形で行われ、まず黒の騎士団とブリタニアの出すそれぞれの条件をじっくりと確認していった。

あらかじめ水面下で幾度にも渡る交渉を進めていたので午前中にほぼ全ての項目が互いに納得のいく結果となり、
午後の調印式を前に予定通り一時の休憩を挟むことになった。





ナイトメアのキーロックを確認すると、ユーフェミア付きのヴィレッタが騎士団の代表四人を休憩室に案内する。

ゼロと神楽耶の持参した、重箱に包まれた弁当の昼食に扇に対する信頼からかヴィレッタも共にする和やかな雰囲気が続いていた。


そこにコーネリアが訪れた。
目の前の光景にしばらく面喰っていたが、彼女はヴィレッタの食べていたのと同じ物をひょいと口に入れ、
悪くないと言ってからゼロと少し二人きりで話がしたいと申し出た。


藤堂は表情を若干固くし、扇はルルーシュが皇族であることをまだ知らないが、
式典の交渉からここまで来てぶち壊すことはないだろうと思い判断をルルーシュに委ねた。
全ての事情を知る神楽耶は行ってらっしゃいませと笑顔で告げ、二人を送り出した。





誰もいない部屋でゼロとコーネリアが向かい合う。
彼女の表情は以前捕らえられた時とは異なり、とても穏やかな妹に接するようなものだった。
隠しカメラや盗聴器の類はないから安心しろと前置き、彼女は唐突に核心に触れた。


「ルルーシュ、なのだろう。ゼロ、お前は」


ユフィが告げた訳ではないのだろう。だが、コーネリアも彼女の姉だ。気づいていてもおかしくはない。
それにここまで来たのだ、彼女は少なくとも特区には賛成しているのはずだと思い、ルルーシュは仮面を外した。


素顔を晒したその次の瞬間、ルルーシュはマントごと身体を強く抱かれていた。

「会いたかった、ずっとお前に……」
「苦しいですよ、姉上」

そうか、済まないと言ってコーネリアはルルーシュを抱く力を緩めた。

「クロヴィスの事でかなり疑問に思っていたんだ。確信したのはホッカイドウでだな。
お前達兄妹が生きているのはおおよそ検討が付いていたし、全てのことを繋ぎ合わせればこの状況にも納得がいく」


二人はそれから時間を見て許す限りとりあえず優先するべきだと思った事を話した。
マリアンヌの死の真相についてコーネリアが得た情報、
シュナイゼルの理解しにくい思惑、そしてこれからのこと。

「私は姉だからな。
シュナイゼル兄上はまだ気づいていないだろうが、お前達兄妹のことと、日本人のことを考えに入れたユフィの真の目的は想像がついている。
いずれ本国から独立するつもりなのだろう」

コーネリアは二人に協力すると申し出た。
これはルルーシュも彼女の性格を考慮に入れても想像していなかったことだった。
家のこと、部下のこと、彼女には多くのしがらみがある。
シュナイゼルと、戦争を続ける皇帝への不信でバランスを取りながらいずれ味方に入れるつもり、
最悪無理やり従わせるという形に表向きはしようかとも考えていたのだが、その必要がなくなった。


「私にも望む世界があるということだ。肥大化し過ぎた国はいずれ滅ぶしかない。
……それに、兄上達がいる限り私は皇帝にはなれないのだろうから」


彼女がそう呟くと、神楽耶が部屋に駆け込み緊急事態を告げた。

「会場に未確認機が近づいています、藤堂がナイトメアに乗ろうと表に出ました!」






それは今までのナイトメアフレームとは一線を画す機体だった。
巨大なオレンジの球形に刺がいくつも生えたウニの様な形のそれは、圧倒的速度で飛翔する。

「撃ち方始め!」

ダールトンの指示によって会場を警備するナイトメアがそれを狙い打つ。
しかし、機体は生身ではパイロットが耐えきれないような高速で回転し、それらを全て弾き飛ばした。


「ぜろ、0、ゼロ! 貴様とオレンジさえいなければ! こんな、認めない! オールハイルブリタニア!」

身体の半分以上を機械に包まれたキューエルの誰にも聞こえない咆哮がコックピットの中に響いた。

刺状のそれは、巨大なスラッシュハーケンの亜種。反撃に転じ、一瞬にして五機のナイトメアが破壊される。



「行くぞスザク君、ここまで来て負けるわけには!」
「分かっています。ユフィの、皆の願いは壊させはしない!」


MVSのないランスロットと月下・改が破壊されたグロースターのランスを手に取り、
フロートユニットで飛び上がりその悪魔の機体、ナイトギガフォートレスを攻撃する。


しかし懐に入り一撃を与えるものの厚い装甲の前に効果はなく、体当たりで弾き飛ばされる。


会場が騒然とする中で、飛行可能なブリタニア軍の機体、親衛隊機は全てその機体を迎撃に向かうと会場から引き離された。





「ここは危険です。一度場を離れ、協力して件の機体を討ちましょう」

「そうは行かないよ」
仮面を再び被ったルルーシュとコーネリア、そして神楽耶とユーフェミアの前に長い白髪の少年が現れた。

「君たちには本当に苦労させられた。僕自身が出る羽目になるとはね。だけどそれもお終いだよ」

そう言うと、その少年はC.C.と同じ力を使いその場にいた人間の精神に介入し動きを止めさせた。

「どんな悪夢を見ているのかな。殺してしまうのもいいけれど、それじゃこの特区は止められないだろうしね。まず嘘を壊そうか」


「コーネリア、君は、ユーフェミアのことなんてどうでも良かったんだ。本当はナナリーのことも。
ただルルーシュがいればそれで良かったんだ。
マリアンヌを守れなかった君はその罪の意識のやり場にルルーシュを選んだ。そうでしょ?
思い出してよ。ルルーシュたちが死んだって聞いて、君はユーフェミアを溺愛し始めた。
彼女は代わり。価値のない人形」



「本当は憎いんでしょ、妹が。
もっと自分が姫らしければ良かったのに。いっそ男に生まれていたら、玉座にもっと近かった。何度も言われたよね、母親に。
でも他に出来る事もなくて、ただの騎士候で女なのに力を持っていたマリアンヌの真似事を始めた。
その感情は尊敬なんかじゃないよ。
どれだけ努力してもシュナイゼルがいる、だから君は本当に認められることはないって分かっていたんだ。
それなのに、君の母親は皇女としての生まれが一つしか違わない妹を大事に育てた。
姉が継承権争いをしている間、妹は姫として可愛がられていたんだ。不平等だよね、世界って。
羨ましかったんだ、君は。
その分の歪んだ愛情が、マリアンヌに似ていて異性だったルルーシュに向けられたんだ」


嘘、私は。お姉さま……?

違う、違うんだ、そんなことは。私は、思ってない。私は……!


「否定しきれないでしょ。人の心は綺麗なものばかりじゃない。嫌なら忘れてしまえばいい。僕の弟はそれが出来るんだ。さあ、この子を見て」

背負っていたリュックから何かを取り出す。
そこには顔があった。幼い子供の顔だ。カプセルの様な物の中に首から上だけが、ある。


「この子のギアスは自分にかけられた力と同じ力をその回数分使えるギアス。
欠陥品で身体はダメになっちゃったし、威力もだいぶ弱いけど今の精神状態なら。
ちょっとは役に立ってもらわないとね。さあ、目を合わせて」


やめろ!
「声をまだ出せるんだ。頑張るね。だけど残念でした。僕はC.C.と同じ。ギアスは効かない。
この子はもっと具体的な命令なら危なかったけど。一度だけ止めても無駄だよ。それにこれで君のギアスが使えるようになった」


やめろ……


――記憶が消えていく。ゼロのことが。ルルーシュのはずなのに、ただの憎むべき敵に戻っていく。


「アーカーシャの剣起動に必要な遺跡を得る為にも、サクラダイトはまだ必要だ。このエリアは手放せない。
シャルルはまだ幼い、僕が手の届かない所を補佐しないとね。
さあ、仕上げだ。ユーフェミアにもギアスをかけて」



姉が軍務に行く前、見ていたのはルルーシュの写真だった。
幼い頃、ヴィ家兄妹を泊まりに来るよう勧めたのも姉だった。
疎まれてはいなかったか、自分は。何かをする能力がないのではく、何もさせて貰えなかったのではないか。
勲功を上げる度、自分に向けられる微笑みは、嘲笑のものではなかったか。
スザクのことを認めたのも、ルルーシュがいたからではないか。
自分は、今まで一度も見られていなかった。


全てはV.V.による精神の誘導だが、彼女の心を折るには十分だった。


日本人を虐殺しろ

その言葉にもはやユーフェミアは抗う術を持たなかった。


「そろそろ人が来る頃かな。じゃあね」
駄目になったと判断したのか抱えていた頭を銃で撃ち、殺して少年は去って行った。






身体が最初に動くようになったのはユーフェミアだった。
記憶を失い倒れたままのコーネリアの銃を奪い、夢遊病のような足取りで去っていく。


ルルーシュは必死で精神を揺り起こした。
動かない身体に脳が沸騰するような怒りを感じる。
リヴァルに貰ったナイフを振るえる手で握り、左手に突き刺して脳に刺激を与え、立ち上がる。


――させてたまるか。この式が上手く行かなくても、そんなことだけは。ユフィを貶めるようなことだけは。



ユーフェミアが進む道には既に銃で撃たれた兵が何人か倒れていた。
視界に姿が映るが追いつけはしない絶望的な距離。
もう壇上に出てしまう。そうなれば日本人を撃つ。終わりだ。声を上げられない為に天井に向けて自分の銃を撃つ。

彼女が振り返ったのを見て、手もとの銃を撃ち落とそうとするが身体が上手く動かず、銃弾は肩に当たる。


ようやく声が出る。今、ギアスは止められない。でもまだ嚮団を抑えれば彼女は救えるはずだ。
殺せはしない、殺せるはずがない。嘘ばかりの自分を信じ、手を差し伸べてくれた彼女を。
眠り、続けろ



[3892] 瞳 に 映す キセキ
Name: 鬼八◆c53b7f0c ID:b89231d8
Date: 2008/10/13 12:56
ジークフリートに弾き飛ばされたランスロットの中でスザクが見たのは、
銃を持ちふらふらと壇上に向かおうとする、主君ユーフェミアの姿だった。

――違うよ、君がそんな物を持つ必要なんてない。

今表に出るのは危ないと思い、彼女を守ろうと機体を動かそうとしたその時、
ユーフェミアが唐突に振り向いた先にいたのは自分とは浅からぬ因縁を持つ、他ならぬゼロ。

幽鬼のように何とかその場に立つマントを身につけた仮面の黒い男は、天井に向けていた銃口を、スザクの視線の方に向けた。
その手は震えていた。聞こえないのに、カタカタと耳元に幻聴がする。
射線上には、ユーフェミアがいる。


止めろ


スザクが目を一際大きく開いたその次の瞬間、無音のコックピット内で、その銃身が反動で動くのを見た。
ユーフェミアの様子は背を向けているためよく見えない。
しかし、ややあって彼女がその場に崩れ去るのを確かに見た。



「ユフィィィィィィイ!」


ランスロットのランドスピナーが壇上を削る。
倒れこんだユーフェミアを我を忘れたその中でも繊細な動作で機械の手を用いてすくい上げ、
風圧で後ろに飛ばされたゼロに気を止める事もなく、その場で強引に反転しフロートシステムで上空に飛び立っていった。





……まだ、ここまでやっても駄目なのか。やっぱり君はマリアンヌの息子だね。でも、もう状況は整った。




目を覚ました神楽耶がゼロを、ルルーシュを扇と共に助け起こし、
コーネリアの警護に残っていたギルフォードが独断で気絶していた彼女を連れてナイトメアに乗り一時その場所から退避した。



親衛隊はナイトギガフォートレス、ジークフリートの追撃に向かっており、姿を隠したそれを探し回っていた。
式典会場に残るのはダールトンだけがコーネリアの一派で、残りの警備兵はシュナイゼルの配備した者たちだった。


そんな彼らに連絡が入る。
どこか幼い声のような気もするが、少しでも情報の欲しい彼らはその言葉に耳を傾けた。
ランスロットが飛び立ったのはゼロに撃たれたユーフェミアを逃がすためだと、ギルフォードのグロースター・エアが飛び立ったのはコーネリアを逃がすためだと。

自分達のイレブンに対する慈悲は裏切られたのだ。

その怒りを抑えることが出来なかった。
彼らは元よりシュナイゼルに集められた思想を確認された者たちだった。


白髪の少年、V.V.が悪魔の笑みを浮かべると、彼らの乗るサザーランドがその場に集っていた日本人の虐殺を開始する。





扇が緊急の指示を出し、ルルーシュがテロの事態を想定して用意させていた、
ジークフリートの騒ぎでいつでも発進できるようになっていた黒の騎士団の機体を会場に向かわせる。
虐殺が始まってから僅か数分で紅蓮二式や月下が到着し、サザーランドを駆逐する。

ブリタニア兵による暴挙は終わった。
しかし、今度は逆に同朋を殺された日本人によるブリタニア人に対する圧倒的な数による復讐が始まった。





シュナイゼルはテレビの映像とダールトンからの通信で、自分の想像からは有り得ない事態を見ることになった。
自分が管理していたジークフリートが暴走したのは騎士団と共に討てば自体は収集できた。
だが、頭脳が彼の力を持ってしても全ての方法が既に今の状況を止めることは不可能だと告げていた。
彼はその時点で合理的思考から特区に対する案の全てを廃棄し、それが最善であると、ブリタニア人を救うため速やかに騎士団基地に宣戦布告を告げた。




ルルーシュは負傷した左手を神楽耶に止血されて、基地から自分に繋がれたその宣戦布告をゼロとして応と受け入れた。
怒りは誰かにぶつけられなければ消えない。
だが、今自分の目先で行われている暴挙をみすみす見逃す訳にはいかなかった。

「助けて、ゼロ! お願いです、皆を止めて!」

それは貴賓席にいた為、難を逃れたミレイ・アッシュフォードだけでなく、カレンや神楽耶や全ての人の本来の願いだった。
悲痛な叫びが響く。外からは幾多の怒声が聞こえる。彼を囲む誰もがゼロに縋ろうとしていた。


ルルーシュは仮面の下でその紫の瞳を伏せて誰よりも愛するナナリーの事を想った。


「この世界に、本来奇跡などない。藤堂も、私もそれを知ってそれでも戦うことを選んだ」

抑揚に欠けた、機械を思わせる淡々とした物言いだった。皆の顔が歪む。
そうだ、いくらゼロでもこの事態を収めることは不可能だと思った。
それは絶望的な宣言で、真実だった。誰もが目を背けたくなる、現実だった。


――それでも、俺は。


震える神楽耶を抱きしめてから、ゼロとして零番隊にラクシャータに用意させていた物を使うための配置につくように命じ、
ルルーシュはこの状況に興奮を隠しきれないディートハルトに、全ての威厳とカリスマをかけて言った。


「故にこれは嘘。人がそれを望むが故の欺瞞。それは優しさとそれを望む心から生まれる。
忘れるな。お前達の持つ思いを。いいだろう、その願い、私が確かに受け取った。
これは契約だ。今だけは本当に力を貸せ、ディートハルト。そうするのであれば、お前に王を見せてやる」






壇上にゼロが上がった。




静まれ。人々よ

これは、ギアスとそれに纏わるものに引き起こされた悪意の結果。
だが、力とは本来それだけではないはずだ。何かに抗う事とは。
自分が生きて感じてきた怒りや憎しみや悲しみが脳裏によぎる。
それを抑えるのは、その全てを打ち壊すのは誰よりも愛するナナリーの一言だった。

『優しい世界でありますように』

仮面の開かれた部分に覗くルルーシュの瞳から光が放たれる。


何故憎む。何故争う。本来自分が望むものは何だった。思い出せ


視線がゼロに注がれた。光が放たれる。それを人々は確かに受け取った。
一時、ほんの僅かな時間、会場が静寂に包まれる。
ルルーシュは自分に問いかけるように、今までの事を思い出しながら言葉を続ける。



その心は他人に押し流される物であっていいのか。責任を人に委ねるな。全ては自分の選択だと知れ

カレンの紅蓮二式以外の零番隊の機体がラクシャータの用意したハドロン砲のような光学兵器の力を半減する鏡のようなコーティングのシールドでゼロの姿を映した。
瞳から放たれた光が反射してさらに多くの人々に届く。
いつもの様にその立ち居振る舞いは大仰だったが、何かが違っていた。


人の持つべき尊厳がそこにはあるか。正義は忘れずにあるか。受け継がれた思いは、生きてきた矜持はまだ持っているか。
その全てを失うな。取り戻せ



ディートハルトがカメラを握り、ただ一人その姿を左眼が映らないようにゼロの言った通り撮る。
壇上に近い人間から順に、振われていた暴力の手が止められる。
自分の考える混沌を超えた、何か信仰のような風景が広がっている。
欠けていたものが、満たされた瞬間が確かにそこにはあった。
それは一時的なもので、これからずっと続くようなものではないだろう。
今まで見てきたあの男は余りにも不完全だ。だけれども、それでもいいとすら思えた。


私は、人が皆、誰よりも己であることを望む

カレンがガウェインを操縦し、ゼロとして立つルルーシュをその手に乗せた。
視界がぼやけるのをどうにか堪えようとした。ゼロの声が、変声機を使っているはずなのに、ルルーシュそのものに聞こえた気がしたのだ。
会場を飛びながら、ルルーシュは繰り返し、繰り返し、ギアスを使いながら演説を続けた。


会場にいる全ての人間にギアスをかけることは不可能だろう。
しかし、既に憎しみの連鎖を断ち切り暴力を止めるには十分な数の人間が彼の声を聞いていた。
紛れていた騎士団の構成員達に神楽耶が指示を出していたのも効果を上げていた。


虐殺は、止められたのだ。



そしてルルーシュは左眼を再び隠すと、自分からカメラの方を向き、
それでも一部流れてしまった映像からここにいない日本人に生まれる怒りを完全には止められないことに内心忸怩たる思いを抱きながら、
先ほどの謎の機体と、特区を諦めたシュナイゼルの率いる軍だけを撃ち、その後国を建国することを叫んだ。



誰も、煽るように声を上げはしなかった。
その代わりゼロの言葉に応えるように、誰から始めた訳でなくそれが自然であるかのごとく片腕を無言のままに空高くつきだした。


それはギアスによって後押しされた、人々の願いが掴んだ光景だった。




そして、騎士団の幹部達はその場がもう問題ないと悟り、ブリタニア人をナイトメアで囲むように保護しながら日本人を誘導して基地へと向かった。


自分から見ても奇跡としか言えない出来事に感謝しようと、藤堂がガウェインに近づくと、
手から降りたゼロはその場に膝をつき崩れ落ちた。
コックピットから飛び出したカレンと駆け寄ってきた神楽耶がマスクを取り去ると、
そこにはどこかで見たような黒髪をしたブリタニア人がいた。
息を苦しそうにして、時折開かれるその左眼は赤く染まっていた。







「あやつめ、やりおった。……愚かな倅よ。妹だけで満足しておればよかったものを。
だが、今は父だけではなく、王としても認めよう。ルルーシュ、お前の事を。
これから先も私達には、分かり合う時など決して訪れないだろうがな。
兄さんがナナリーを殺す前に、先にこちらで保護しておいてやろう」





皇帝の命で、特区日本の構想が固まり以前ハワイから送られた圧倒的な物量を持つ援軍と入れ替わりに、
ただ一人その名を持つ者としてエリア11にやってきていた最年少のラウンズ、
ナイトオブシックス、アーニャ・アールストレイム。
彼女が電話を受けたその後、瞳が赤い輝きに満ちた。



自分の記憶を記録するためのカメラが付いた携帯電話を手から取り落とす。
テレビを見ていた自分の表情を写している最中だった。

――また、この感覚。記憶が曖昧になる時の。怖い、自分が自分でなくなる。
でもそれだけじゃなくて今は、ゼロの事をもう少し見ていたいと思ったのに――






咲世子を体感時間を止めるギアスで気づかれずに突破し、V.V.に派遣されたロロがC.C.と向かいあっている時、ナナリーの元を訪れる人影があった。

「久し振り。迎えに来たわ。ナナリー」
「どなたですか?」
「……あの人も甘いわよね。私よ。あなたの母親、マリアンヌ。」



[3892] たった ひとつ の 嘘
Name: 鬼八◆c53b7f0c ID:b89231d8
Date: 2008/10/16 21:32
「やはり、V.V.に与する嚮団のギアスユーザーだな」

……この女、ギアスが効かない所を見ると今回は第二目標のC.C.か。だけど今はナナリー・ヴィ・ブリタニアの暗殺を優先する。


ロロは手に持っていた銃の引き金を引いた。
今はギアスを止めている。彼のギアスは任意の効果範囲内にいる人間の体感時間を止めることが出来る反則染みた能力だが、
同時に自分の心臓も止めてしまうと言う致命的な欠陥がある。
ギアス行使中は身体に埋め込んだ機械が働くが、そう長くは持たない。
長く調整を受けなければその先にあるのは死。
それが彼を飼い慣らし、手元において置く為のV.V.によって科せられた鎖なのだ。


消音装置も付けているから騒ぎが大きくならない様に殺さずに抜けてきたあの女が気づく事もないだろう。


急所を狙うがそこは辛うじて外された。当たっていれば半日は起きれないはずだったが、この女はそれを知っている。
だが、続く二発目の弾丸が脚を射抜いており、再生能力があってもしばらくは自分を追う事など出来ないだろう。
ナナリーが殺されるのは既に確定した事のように思えた。
普段の彼ならば、人形の様に命令だけを遂行し、敵と口をきくことなどないだろう。
しかし嚮団に同じ実験体として自分を兄と慕う者がいた彼は、V.V.からC.C.が嚮団の前当主であることを聞いており、
普段は滅多に見せない感情を僅かに表に出した。


「良い様ですね。ギアスが効かないと言っても、暗殺者としての訓練を積んできた僕にあなたが敵うと思っていたんですか。
不死に慣れ、生きる足掻きを止めたあなたに」


ロロは手の届かない程度の場所まで近づいてC.C.を見下ろしてそう言った。
それは嚮団の当主が代わってからギアスの研究がより盛んになり、C.C.が自分達が苦しむ原因となった事を少しだけ知っていた彼の反抗だった。
しかし、その感情のぶれが任務の遂行を阻害した。

「今だ咲世子!」
C.C.の声と共に、ロロの背にクナイが投げられる。物理現象にギアスは作用しない。
ロロは咄嗟に宙に身を投げ出し転がってそれを避ける。

「篠崎流後継者の力を甘く見たのがあなたの敗因です」


――気付かれていた。時は止めていたはずなのに、離れていく足音か何かを聞きわけたとでもいうのだろうか。
この女をギアスを使って殺しても、その間にC.C.に後ろから撃たれたらお終いだ。
完全にやられた。どうすればいい。


場の流れが止まる。咲世子はギアスを警戒して、ロロはC.C.を警戒してどちらも手を出せない。
だが、しばらくこの状況が続けば咲世子の呼んだ他の人間が来るだろう。
ロロがナナリーの部屋の方ではない扉の方に少しずつ後ずさりをしていると、突然轟音と共に部屋が揺れた。



一分ほどが過ぎ、咲世子が意を決してロロの隙を突き、ナナリーの部屋の扉を開ける。
そこには窓枠が削り取られ、フロートシステムで浮き、横づけされたナイトメアのコックピットに座るナナリーとピンクの髪の少女の姿があった。
少女は咲世子には目もくれず、C.C.の後姿を確認するとすぐにナイトメアを動かしその場から飛び去った。


ナナリーが奪われたのを見てロロは呆然とする二人を横目に自分の命を守るために出口に脇目も振らず走った。
咲世子が後を追おうとするがC.C.に止められる。
アッシュフォードの警備員四名に重傷を負わせ、落ち着いた所で身を潜めロロはその場から逃げおおせたのだった。






「ナナリーは奪われた、か。まあいいや。シュナイゼルが負けることはないだろうしね。
でも一応助けてあげようか。ねえ、キューエル。もうすぐゼロを殺せるよ。君の手で」

何を言っているのか満足に聞き取ることの出来ない空気の音が鳴る。
既にキューエルの思考にはゼロを殺すということしかなかった。
ナイトギガフォートレスへの神経接続は、彼にとっては相性が悪く、彼自身の精神、自我を奪っていた。
今の彼は既にいくつかのキーワードに反応するただの復讐人形だった。
しかし、その代償として得た力はけた外れのもの。
万全を期したランスロットでもガウェインでも敵わない。機体の性能差。
しかし、圧倒的物量を押して倒すには黒の騎士団には負担が大きく不可能に近い。
あと一手イレギュラーを埋める駒が足りなかった。





藤堂にゼロの正体、ルルーシュであることがばれ、神楽耶はまず騒ぎが大きくならないようにその顔をマントで隠し、
カレンに頼んでゼロの部屋に運んだ。
不幸中の幸いか、素顔を判別出来るほど近くで見たのは藤堂と他数人。ガウェインの整備の人間だけだ。
彼らは機体に隠しカメラなどを仕掛けられる為、前もって一定の行動を制限するギアスをかけてある。
扇が藤堂をなだめるようにして、五人が部屋に入る。


「どういうことだ、彼はブリタニア人ではないのか!?」
「……ええ、そうです。ですがそれは桐原のお爺様もお認めになったこと」
「ああ、単なるブリタニア人なら、それだけならばまだいい。だが、この顔は八年前に何度か見た彼ではないのか」


普段はそんな様子を滅多に見せない神楽耶ですら戸惑いを隠せなかった。
カレンや扇にはまだその秘密だけは話していない。自分の口から言ってしまっていいのだろうか。
藤堂に睨まれ答えに窮すると、ベッドに横になったまま左眼を押さえたルルーシュが口を開いた。


「そうだ藤堂。俺は、お前の思っている通りブリタニアに捨てられた皇子、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアだ。
扇、カレン、今まで騙していて済まなかった……」



扇とカレンは衝撃を受けた。ルルーシュがブリタニア人だとは知っていたが、まさか皇子だったとは。
思考が砂嵐の様に乱れ、声を出せなくなる。

藤堂がルルーシュの真意を確かめようと詰問するために彼の胸倉をつかもうと手を伸ばすが、両手をいっぱいに広げ、泣きそうな神楽耶に阻まれる。


「何故邪魔をするのですか!」
「彼は、ルルーシュはずっと戦ってきました。本来日本を取り戻すべきなのは私達のはずなのに、その命を張って。
彼の心に嘘はありません! 彼はただ、妹と、そして真実を知るために」


「その、妹が、ナナリーが攫われた」

部屋のロックを解除し、脚に包帯を巻かれ咲世子の背から降ろされたC.C.がそう言った。
その言葉を聞いたルルーシュは右手で壁を思いきり殴りつける。
「ナナリーが、だ、と。ふざけるな……!」


起き上がろうとするものの、まだ身体に上手く力が入らず、行き場を失った力でルルーシュはベッドのシーツを握りしめた。

「……済まない、ルルーシュ。今回は完全に私の落ち度だ」

「そんな事はどうでもいい、何故あの子が、ナナリーがそんな目に遭う!」

やがてルルーシュはギアスの暴走と、今頃になって感じたゼロに奇跡を強いる人々の重圧による精神的負荷も重なり過呼吸に陥り、再度気を失った。





応急処置を行ったアヴァロンから病院に移され、およその精密検査を終えた後、スザクは医師に駆け寄った。
「ユフィは、ユフィは一体どうなっているんですか!?」
「とりあえずは落ち着いて下さい。撃たれたのは肩で、出血はありましたがあなたが直ぐに副総督を救い出したおかげで命に別状はありません」

その言葉にスザクは僅かに冷静さを取り戻すが、医師は言い辛そうにその先を告げた。

「……ただ、撃たれたショックというのはありますが、八時間も過ぎて意識を取り戻さないのは少し不安が残ります。何か精神的なものなのかもしれません」


コーネリアにその容態を告げるため確認にやってきたマリーカ・ソレイシィの姿も、
セシルの声も、ただスザクの目の前を通り過ぎて行くだけだった。


深夜、静まり返った病室に彼の元を事件の元凶であるV.V.が訪れる、その時までは。





スザクとユーフェミアがいなくなったアヴァロンで、シュナイゼルと政庁のダールトンが通信を繋いでいた。
「コーネリアはどうだい?」
「はい。怪我などはしておられない御様子。ですが実際何が起きたのかは記憶が混乱しているようで……」
「そうか。例の機体も見つかっていないし、彼女がしっかりしないことには黒の騎士団との戦いが避けられなくなった今、厳しいものがある」


ダールトンを脇にどけ、コーネリアが画面に映る。
「その心配は要りません。兄上」
「大丈夫なのかい?」
「私が必ずゼロを討ちます。ユフィを撃ったあの男を」

そう言った彼女の顔は獰猛さを隠し、爪に獲物の血を滲ませようとする獣のようだった。
シュナイゼルとはいえ、彼女を止めることは出来ない。


――君は眠っていても良かったのだけれどね。
恐らく本日中か日が変わる頃には戦闘が始まる。まだ増援の一部が残っているがキュウシュウからではこちらの援軍も間に合わない。
軍事大権はまだコーネリアにある。彼女が戦場で討たれることでもあれば士気も下がる。
それでも私がいれば指揮系統はそう簡単に崩れはしない。
辛勝は出来るだろうが、こういった戦いは出来ればしたくはない。読みにくい部分が多すぎる。
けれどまさか逃げるわけにもいかない。やるしかないか。
もし宰相である私が捕らえられれば父上も皇帝として彼らの要求をある程度は飲まなければいけないだろう。
さて、私とゼロ、どちらが取られるか。初めての直接対決だ。










「これは、報いか。こんな方法しか取れなかった俺の、ユフィを撃った俺への」
目を覚ましたルルーシュは顔を手で覆い、涙を声に滲ませた。

「ああ、それでも立ち止まる訳にはいかないんだ、俺は。ゼロが、俺がいなければ。けど、今の俺に何が出来る……」



「俺達を舐めるな!」
扇が、ルルーシュを起こしその頬を叩いた。


「君の今まで生きてきた理由なんだろう、ならそちらを選べ。
ゼロである前に君はルルーシュという一人の人間だ。そのけじめを先につけろ。
本当に大切なもの一つや二つ守れない人間に、国が救えるか!

君が作った組織だろう。君が育て、率いてきた。俺達はそんなに弱くない。
信じろ。俺達を。そして君自身を。
行って来い。俺達が必ず勝つためにも」


「扇……」
これにはルルーシュばかりではなく、藤堂も驚いた。この男がここまで自己を主張するのは初めてだ。
確かに藤堂も少し落ち着いてルルーシュの境遇を考えればそう言いたい気持ちもあった。
しかし将としてその判断は許されない。


「だが、実際どうするつもりだ。コイツの代わりになる人間なんて」
C.C.に言われた扇が部屋の隅に座る人間の名を告げた。


そこで神楽耶がルルーシュの寝ている間に連れてきた人物が、一度深く頷いた。
「確かに誰も、誰かの代わりになることなど出来はしません。ですが」




彼らは嘘をつくことになる。
ルルーシュがゼロとしてギアスという嘘で奇跡を演出して見せたように。
それは、希望を手繰り寄せるたった一つの嘘だった。
決戦の幕が上がる。



[3892] 東京 決戦
Name: 鬼八◆c53b7f0c ID:b89231d8
Date: 2008/10/23 13:11
ブリタニア軍は政庁を中心として展開するコーネリアの部隊とヨコハマを背にしたアヴァロンに乗るシュナイゼルの部隊に分かれている。
軍事の全権は本来コーネリアにあるが、この状況下で彼女が前線に出るため七割ほどをシュナイゼルが預かる形となっていた。



コーネリアは一度戦いに臨むとなれば周囲が驚くほど冷静さを取り戻した。
実際彼女自身も気味が悪いと思ったほどだ。まるで自分はゼロに恨みがないかのような、そんな主観を排した戦力分析をした。


無理を通して前線に出る事をシュナイゼルに認めさせたが、自分達の戦力だけで騎士団を壊滅させることは不可能。
少なくとも殲滅となればブリタニア軍の六割から七割程度の数の力がいる。
しかし、ゼロに目標を絞れば条件は大幅に緩和される。まずは奴の正確な位置を掴むことが最優先だと彼女は考えた。
今は我慢の時。それが最も早くゼロを討ち取ることに繋がる。
ブリタニアの魔女の名に相応しい、逆らえない声色で彼女は部下に待機を命じた。


シュナイゼルは積極的に攻め込もうとはせず守備の陣を敷いた。
ゼロを討てば勝敗は決するが、無理をする必要はない。キュウシュウからの援軍が来る二日後まで待てば勝利は確実になる。
それに対して黒の騎士団はその時間制限付きで、政治的価値から見てコーネリアではなく自分を捕らえなくては日本の解放条件を満たさない。
冷静に見てここまで反乱が大きくなった例というのはブリタニア帝国宰相である彼にも覚えがない。
これは戦争と言ってもおかしくはないし流れも騎士団にあるが、だがブリタニアの優位はそれでも未だに動かないのだ。



「不可能を可能にし、奇跡を演出してきたゼロ。しかし彼には執着がある。
最初に現れた時は枢木。捕らえた時のコーネリア達。そしてユーフェミアを殺さなかったこと。
私の方へ全軍を差しのべなければ彼らに勝利はないが、実際そうなればコーネリアの急襲でバランスを崩して終わりだ。
今まで見せてきた、その執着が彼を殺す」




戦端は夜の闇の中で開かれた。
ナイトメアの高機動性を生かした市街戦ではなく、まず整備された道路を戦車が進んだ。
アスファルトを削り取りながらキャタピラが進む。
過去の遺物とブリタニア兵達はそれを嘲笑した。
実際近づかれればあまりに非力な兵器だが、それとそれに乗っていた者には誇りがあった。
自分達の戦いの歴史に、自分で幕を下ろすのだという覚悟も。
今回の戦いで戦車を全て使いきっても構わない。やがてナイトメアの飛ぶ時代が本格的に来れば本当に役に立たなくなる。
四聖剣の最年長、仙波の指揮で遠隔操作によって戦車が進められ、
襲ってきたナイトメアの来る方向とかかった時間などからその配置を予測する。


そこから導き出された作戦プランが発進準備を整えたガウェインに送られ、ドルイドシステムの演算が補強した。
一機でも多くのナイトメアを減らし、相手の手を出来る限り読み取る。
こちらの被害は考えない。まだこれは前哨戦に過ぎないのだから。




「ふむ、固定砲台としてではなく突破に使ってきたか。外縁部までは道路が一直線で進みやすいだろうが、
そこからは道も入り組んでいて、ナイトメア戦になる。
そこで騎士団のナイトメアが来る前に殲滅してしまうのが定石だが、それを読めないゼロではあるまい。
人が乗っていないのだろう。囮によるこちらを巻き込んだ自爆辺りが妥当かな。
ナイトメアではなくこちらも旧式の兵器で当たらせよう」




カワグチ湖でブリタニア軍を苦しめたグラスゴーを改造した雷光、それに似た大型の砲台を積んだ機体が並び、近づいてくる戦車を粉砕した。

そして少しずつ外縁部にブリタニア軍のナイトメアが集まってくる。
黒の騎士団のナイトメアは道路の脇に立つビルに登り、ハーケンで航空部隊の対処をしながら前進する。
ナイトメアによる大掛かりな市街戦が始まるとそこにいたブリタニア兵は皆考えていた。
しかし、騎士団の部隊は敵の数が予想されていた通りの数になっていたことを確認すると、突如後退を始めた。



「これは……、罠だ!」


シュナイゼルがその可能性を考えながらも厳重なガードから否定していた作戦が実行に移される。
管理ブロックのスピーカーから音楽が、次いでゼロの声が流れ、そこの人間にルルーシュが仕込んでおいたギアスによる条件付けが発動した。



地震の多い土地である日本列島のデメリットを防ぐための構造が、逆手に取られる。
租界の基部を成すブロックが次々とパージされ、まるで積み木のように外縁の一部を崩落させた。

そこに集まっていたブリタニア軍のナイトメアが巻き込まれ、飲まれていく。
それを見てG1ベースに似せた騎士団の動く司令部から、声が響く。


「目標はブリタニア帝国宰相シュナイゼル!
奴を捕らえればこちらの勝利、ここから先は小細工は通じない。全力で行く!」


そこにはゼロの衣装を身に纏い、ゼロとして指揮を執るクロヴィスの姿があった。





その数時間前。ルルーシュが目を覚ました後、扇が名を告げたのはクロヴィスだった。
クロヴィスが頷いたのを見て神楽耶が言葉をつなげる。
「ですが、ゼロは象徴。そこにあなたと同じ意志があるのであれば」

「ああ、準備はして来た。どんなことがあっても私は動じないつもりだよ」

ゼロが生まれてからその全てをクロヴィスは見てきた。C.C.やカレン、神楽耶ほど近くにはいなかったが、それでも彼はルルーシュの兄だった。
今、その能力を除いてゼロを演じ切れる人間は彼しかいなかった。


「行っておいで、ルルーシュ。私もまた、自分自身のけじめをつける時が来た。兄らしいことが出来る初めての機会なんだ。任せておくれ」


仮面の重さを知る彼のその言葉はルルーシュの心に深く響いた。
今ならば認められる、間違いなく彼を。

「兄上」


ルルーシュの様子を満足げな表情で見る扇の脇にいたカレンが言った。

「あんたの教えてくれたことは、全部覚えてる。行って来なさい」

ルルーシュには命を救われたことだけでなく、どれだけ感謝しても足りなかった。
神楽耶の様に政治的な意味で対等に近い立場になることも、C.C.の様に互いの利益を求める共犯者にもなれなかった。
でも自分は彼に一番近い考えを持っている。だから、純粋に彼の味方でいよう。
全部を許すわけじゃなく、必要な時は頬をひっぱたいて目を覚まさせて、時には抱きしめて慰める。
そんなことが出来る仲間でいようと自分の立ち位置を決めて、紅月でもシュタットフェルトでもなくただのカレンとして、
ただのルルーシュと共に戦おうと誓った。



「俺を受け入れるのか、お前たちを騙し続けてきた俺を」
「ばか……。言ったでしょう、私が欲しいのは日本じゃなくて、あんたと同じだって。だから」


優しい世界のために。



カレンが言ったのか、神楽耶が言ったのか、クロヴィスが言ったのか。
あるいは全員がそう言ったのかもしれない。
気づかなかった。今まで周りにはこんなにも優しい人達がいたのだ。
ルルーシュは一度ぐっと崩れそうになる表情を手で顔を覆い抑え、ついでその手でカレンの手を握り、
照れを隠す様にいつもの不遜な態度で不敵に笑って言った。

「君に、君達にもっと早く出会っていれば良かったよ。ああ、信じるぞ。その言葉……!」





全体の指揮を執る、と言ってもかなり部隊の数は多く全てに細かい指示を出せるわけではない。
そういったレベルの指揮は黒の騎士団というシステムとそれを支える人間が担っている。
故に、今ゼロに必要なのはその能力というよりも存在そのものなのだ。
ディートハルトですら最初ゼロが今までと違う事に気付かなかった。
大規模な戦闘が始まってからようやくいつもと指揮の様子が若干異なることからそれを知ったのだ。



「この反応、少しコーネリアとの戦闘から予測していたものと違う。
今までと中の人間が別だとすれば、クロヴィスしかいないだろうね」


――兄上、今まで一度もあなたに勝てたことはありませんでした。
しかし、私が勝つ必要はありません。私達が勝てばいいのです。




全ての真実を知る彼らはゼロという存在を虐殺を止めた奇跡を経て、
さらにその中の人間が一人でなければならないという思い込みから抜け出し記号化した。
いずれ、能力によって仮面を使い分ける時が来るかもしれない。
もしそれが本当に上手くいけば、もちろんある程度選別されたものではあるが、個人の意志など押し流し、
人々の意識の総体の中に浮かび上がる神の具現となる。
ああ、間違いなくこれは私も認めざるを得ない混沌の一種だと、ディートハルトは額に手を当てて声に出して笑った。



だが、あの奇跡を起こしたかつての彼に対する興味も捨てきれない。
主観に満ちた、全てを救おうかとする様な傲慢、見下げたくなるような誰もが思う凡庸な願いも突き詰めれば人の心を動かす。
今までゼロだった人間は今何をしている?




アヴァロンからの連絡を受け、コーネリアは一般兵の部隊を撹乱と守備に回し、ギルフォードや親衛隊を使い、騎士団の背後を取る作戦を選んだ。
数少ないフロートユニットは攻めるために使う。移動に時間はそれほどかからない。
「さて、狩りに行くとするか……!?」
作戦を通信で告げ、政庁から飛び立とうとすると、彼女はそこでありえない光景を見た。


「コーネリア、貴女に一騎打ちでの決闘を申し出る!」

ゼロの象徴とも言えるガウェインが単独でこちらに向かって飛んで来ていたのだった。



「ギルフォード、お前達は周囲の警戒と包囲に移れ。手を出すなよ。
愚かだと言われるだろうが、この戦いには誇りがかけられている。
戦いとは、そこに守るべきものがなければただの暴力の行使に過ぎない。
奴が約束を破るのであれば私ごとになってもいい、討て」


懐かしい花が咲いている。
政庁にクロヴィスによって造られた、かつてルルーシュが過ごしたアリエスの離宮に似た庭園で、弟と姉は対峙した。


「今回ばかりは俺の力でどうにかしなければならない問題だ、手を出すなよC.C.」

――不器用な男だな、お前は。勝ちを拾うには機体性能差があってようやく勝機が見えるかどうかだと前に言っていたのに。
それなのに、こんな時に限ってまさか正面からぶつかるとはな。
……だが、見届けよう。私達は共犯者なのだからな。







ガウェインが政庁に向かって飛ぶ姿をモニターで確認し、隠れていたトウキョウ湾海中からジークフリートが姿を現した。
緊迫する戦場を敵も味方もなく破壊しながら進むその混沌の前に、赤い機体、紅蓮弐式が立ち塞がる。
設計の関係で鹵獲したフロートユニットは完全には動作しないが、カレンはそんなことは問題ではないとばかりに数少ない零番隊を引き連れ、
彼らに命じた狙撃によって隙を作り接近し、輻射波動でハーケンの一本を破壊した。

「ここは通さない。歪みを作った責任は取って貰うわ。たとえ私が勝てなかったとしても、時間を稼げばチャンスはある。
紅蓮の力とゼロに鍛えられた指揮能力、その全てをかける!」





騎士団によってミレイに話がつけられ、絶対に狙わないと約束がなされ、被害を少しでも減らそうと学園には多くのブリタニア人が避難してきていた。
式典の混乱後に学園で起きたフロートのついたナイトメアの襲撃後、ナナリーがいなくなっていることが数時間前に判明していたが、
目撃情報からブリタニアの物だと分かっていたし、咲世子がついていたので大丈夫だとミレイが周りを落ち着かせた。
彼女もルルーシュやナナリーのことが心配で気が気でなかったが、それでも上に立つ者としての責任があると知っていたからだ。


そんな中、戦闘開始からしばらくして租界外縁部崩落のニュースが流れ、かつてルルーシュが自分にその規模予測を頼んでいたことで、
ニーナは気付いてしまった。


――ルルーシュ君が、ゼロ? シャーリーの父親を殺した、イレブンの味方の?


何か言おうとするが、声にならずシャーリーの制止も振り切り生徒会室から走り出る。
そして訳も分からず安置されているガニメデの倉庫に辿り着くと、そこにはロイドの影響を受けて自分が設計した
イオシリーズのナイトメアが現実のものとして存在していた。


その脇でもう両目をサングラスで隠すことをやめた背の高い白髪の男が、願いを込めて医療用のカプセルを操作する。


「おはようございました」


主君と決めた者のために忠義を尽くそうと、声と共にオレンジ色の瞳が開かれた。



[3892] 死闘 の 果て に
Name: 鬼八◆c53b7f0c ID:b89231d8
Date: 2008/10/29 07:53
ユーフェミアの病室の外には、血溜りが出来ていた。
赤く染まったV.V.が目を覚まし、苦痛の表情を浮かべながら銃弾をゆっくりと抜いていく。

「不老不死といっても、痛みには慣れないね。これが、嘘をついた報いか。
……ひょっとしたら、僕はとんでもない化物を起こしてしまったのかもしれない。
けれどそれでも、やらなくちゃいけないことがある。今更戻れはしない」


自分を殺した(コードがなければ死は避けられなかった)あの男の眼が忘れられない。
ギアスについての話が終わった後、あまりにも一方的に暴力は振るわれた。
一歩も動けず、生まれてから二十年も経っていない子供の雰囲気に完全にのまれていた。


V.V.はロロに連絡を取り、その場を片付けると本国に帰るためフロートユニットのついたナイトメアを使わず、
用意しておいたクルーザーで慎重に神根島へと向かった。





スザクはシュナイゼルにユーフェミアの通信コードを使って連絡を取り、許可を貰った後、
戦場の端にいた特派のトレーラーに向かう。

「ロイドさん、ランスロットを」
「何を言っているのスザク君、今のあなたには……」
「うん、分かった」
「ロイドさん!?」

セシルがその返答に思わず手を上げようと反応したが、ロイドはいつもと変わらない雰囲気で、
しかし自分とは違うということを意識せずにはいられない冷たい目で言った。


「君が、僕と同じ様な道を選ぶとは思ってもみなかったよ。
他人の人生だ。止めはしない。でも覚えておくといい。
これから先は、誰にも理解されないかもしれない。
そして、自分のエゴのために本当にあらゆる責任を負わないといけないってことを」

「……はい」

セシルは今までそんなことを一度も感じたことはなかったが、その時初めてスザクとロイドがどこか似ているように見えた。
傍にいても、生涯自分には彼らを理解できないのではないか。
そんな思いを打ち払うように首を横に振り、無言でランスロット発進の準備に取り掛かるのだった。





ランスロットがアッシュフォード学園の校庭に降り立つ。
体育館や各教室には明かりがついたままで、ブリタニア人が避難してきていることが簡単に想像できる。
クラブハウスの一部が破壊されているのを見て、スザクは生徒会室に真っ直ぐに進む。


生徒会室にはルルーシュとナナリー以外のメンバーが全員そろっていた。
避難してきた人達を落ち着かせる為に先ほどまで放送を流していたミレイからその日起きたことを聞いていると、
どん、と後ろから予想していなかった衝撃が来て、スザクのパイロットスーツに血が広がった。
きゃぁぁ、ともいやぁああ、とも判別出来ない声でシャーリーが叫ぶ。

ミレイが思考の停止から戻り、咄嗟にニーナを突き飛ばし、床に倒した。


「どいてミレイちゃん、そいつ殺せない!」


――ルルーシュ君は、いいえ、ルルーシュ様は。優しすぎる。だからこんなイレブンにも手を差し延べた。
それなのに、こいつは何度も裏切った。ゆるせない、ゆるさない。
その手を本当に向けられるまで、ちがう、未だこいつと同じにもなれていないのに、私がどれだけ努力をしてきたのかも知らずに。

ジェレミア卿は私に思うように生きろと言った。ルルーシュ様の優しさは本物だって。
そうよ、一瞬でも疑った私が愚かだった。虐殺だって止められた、神さまみたいな人なのに。
だから、私が引き受ける。あの方が出来ないようなことはぜんぶ。



「スザク、大丈夫か!?」
「背中なんて刺されたって、致命傷にはならない。
非力だよ。彼女の細腕で僕を殺そうだなんて正気とは思えない」

リヴァルの心配をよそに、窓の外を見る。夜空が所々赤く染まっていた。戦いはまだ続いている。
だが、今黒の騎士団の指揮を執っているのは今までのゼロとは違うとシュナイゼルはスザクに言っていた。
背に力を込め、スザクは刺さっていたカッターの刃を折り、流血を止める。

「何言ってんだよスザク……?」
「ナナリーがいないなら、もうここに用はない。……だとすれば次は総督の所か」

スザクはニーナを興味がまるでないといった目で見下し、
後で連行するから警備員に取り押さえて置くようにと告げてその場を後にし、ランスロットで飛び去って行った。






「相討ちか……。思ってもみなかったな。なのに、何故こんなにも心が晴れているんだ」

政庁にはハドロン砲と片腕、そして両脚を破壊され、廃棄寸前だったガウェインと、
無傷に近いがコックピットの近く、各種ケーブルの集まる箇所をハーケンでやられたグロースター・エアの姿があった。

激しい戦闘の結果、ルルーシュとコーネリアは二人ともコックピット内にいたにも関わらず怪我を負っている。
だが、ラクシャータの着せたパイロットを守るため改良された騎士団のスーツがルルーシュのそれを和らげていた。
戦いを傍観していたC.C.がガウェインでコーネリアをコックピットから降ろし、ルルーシュが彼女の元に向かう。



ガウェインの手の上で、ルルーシュが膝をついてコーネリアを抱き起こす。
色の変わったままの左眼。命を下す前に、コーネリアが口を開いた。
強い意思は、ギアスに抗う。かけられたそれがまがいもので、彼女ほどの人物、そしてきっかけがあれば。
コーネリアはルルーシュの顔を見て言った。


「――ああ、そうか。おもいだした。おまえとたたかうひつようなんて、ないはずだったのに。
、、、つらかった、だろう。ゆふぃはまだいきている。あれはじこだ。おまえのせいではない。だから」


妹を、ユーフェミアを愛している。けれど、自分の感情はそれだけではない。
ルルーシュだって、ナナリーだって、ずっと自分は愛してきたのだ。


「あね、うえ」
「るるー、しゅ。すまなかった、わたしは、まだよわかったな。また、おまえにてがとどかない。
けれどおまえたちをおもうきもちに、それだけ、に、は。うそはないんだ。
わたしはずっとおまえのことが」


「知っています、僕も、姉上やユフィのことが」
そこにいるのは、ゼロでもルルーシュ・ランぺルージでもなかった。
ただ姉を想うルルーシュ・ヴィ・ブリタニアだった。

「そうか。ありがとう……」
「だから。今度は、僕が」


生きて下さい


ルルーシュがそう言うと、コーネリアは微笑んでそれを受け入れて、眠りに落ちた。




「×××、姉上と皆を頼む。俺はナナリーの手掛かりを」
不意に、その名が呼ばれた。自分に向けられたのは初めての、ナナリーにかけるのと同じ優しい声。

「ずるいぞ、ルルーシュ。お前は。こんな時に限って」
「どれだけ時間がかかっても、必ず叶えてみせる。お前の願いを。そして、俺と、俺達の願いを。だから、今だけは」
「……分かっているさ。私とお前は」

いつもと同じフレーズを声に出そうとして、改める。

「――いや、それが私達とお前との契約で、約束だ」



C.C.が連絡を入れると、いざという時のために一度だけ命令を聞く様にギアスをかけておいた男が政庁の緊急用ヘリを準備する。
通信の繋がらなくなったことに気づき、ギルフォードがナイトメアで直接見える位置にやってくると、そこには主を大切そうに抱える少年の姿があった。
討てと言われていたが、その慈しみの溢れる様に思わず躊躇する。


「聞け! コーネリアはこちらにいる。式典会場で起きたことを思い出しているはずだ。
この状況だ、抵抗するつもりはない。しかし戦う前にお前達にはそれを聞く義務がある」

声の主がナイトメアから降り、コーネリアを少年から引き受ける。
そして、少年はヘリに乗って去っていくがギルフォード達はは未だに動けないままだった。




それから一時間ほどの後、ランスロットが政庁に到着した。部隊はその場を守るだけで動こうとはしていない。

「ギルフォード卿。そこにゼロはいますか」
「枢木か!? 我々は姫様から真意を聞きださねばならない。敵の言葉を信じるわけではないが、不審な点が多すぎる。
式典会場を襲った機体と戦っているのも騎士団の機体だと通信もあった。詳しいことを聞くまではこの戦いからは手を引かざるを得ない」


戦場においてありえない判断だったろう。しかし、彼らにとって最も優先するべきは主君であるコーネリアなのだ。
一般兵も事態が式典から僅かな時間の内に急変したことに疑問を感じている者が多かった。
騎士団を追撃するよりも、政庁を守れという命令の方が頷きやすいものだったということもあり、
ギルフォードから現状を聞いたダールトンの命に従った。


「そんなことはどうでもいいんです。それはシュナイゼル殿下に言って下さい。
今、僕のやるべきことはガウェインに乗っていたゼロの後を追う、それだけです」

「……分かった。貴公にも事情があるのだろう。奴を一人にしておくのは事態がいずれに転んでも不安がある」



ヘリが政庁から南東の方向へ向かったのを聞き、スザクはロイドの指示を仰ぎながら神根島へと向かった。





ジークフリートに苦戦する紅蓮二式と零番隊の前に、ガニメデを基本骨格とした新型のナイトメアが現れる。
C.C.からのコーネリア部隊が停止したという通信をマオが拾い、カレンに好機だと伝え、
アヴァロンに向かわせ因縁の対決だとばかりにジェレミアとキューエルは対峙した。


「不肖ならぬ負傷、ジェレミア・ゴットバルト。されど忠義の心は未だ折れず。
我が主が私を必要とするのであれば、この身体、何度でも蘇る。
かつて同朋であったことに慈悲を。キューエルよ、お前のその苦しみ、私が断ち切らずにはいられない!」

「心を読めるって言ってもこっちは生身なんだけど、ジェレミア、ボクの三半規管が……」


それはナイトメアフレームという枠の中において、その時間違いなく世界最強の機体だった。
ランスロットも、ガウェインも凌駕する圧倒的な性能。
いくら兵器が優れていたとしても、それが戦争であれば物量の前には押しつぶされるのが道理。
しかし、これは戦争ではなく、戦闘だった。
討つべきはたった一機のナイトギガフォートレス。純粋な力の勝負だ。
ゲインは大きさの異なるジークフリートにも匹敵し、速度では上回る。
その戦闘はとても現実のものとは思えないものだった。



ハーケンを一つずつ破壊していき、二十分ほどが過ぎる。互格、いや、優勢にジェレミアは戦いを進めるが、マオがGに耐えられなくなって来ていた。
二人いなければ機体は動かないが、全力で動くことは出来ず、あと一歩攻めきれない。
時間をかけ、守備に回れば向こうが先にエナジー切れを起こすだろうが、ジェレミアはいつまでもここにいるわけにはいかなかった。
しかし、そんな思惑とは別に、戦いは長引く。マオの体力も、ジェレミアの心を読んでサポートするギアスの行使時間も限界に近づいてくる。


そんな状況で、神楽耶の指示で住民にアッシュフォードへの避難指示を出していた部隊が表に出て来ていた。

「はッ、歩兵部隊は流石にあっちの前線に出る訳にはいかねーけどよ!
弾幕が張られてなきゃ、単機だったら俺達にもやれることはあるんだよ!」

玉城の撃ったロケットランチャーがジークフリートに命中し、僅かな、しかしジェレミアには十分な隙を作った。
ガニメデの腕が鞭のようにしなり、中心部を貫く。


――ああ、これでようやく楽になれる。ジェレミア卿。最期に、感謝を。

そして一人の男は意識を永遠に失った。





「シュナイゼル殿下、これでは……!」

期待していたコーネリアによる背後からの追撃がない。
その上、式典会場を襲った機体を撃墜したという情報をマオがディートハルトを通じて即座に流し、騎士団は士気がさらに上昇している。
フロートユニットの数はこちらがやや多いはずだったが、紅蓮二式とその指揮下にある零番隊により駆逐され始めていた。


「ああ。どうやら、私は彼らの組織力を甘く見ていたようだ。
いや、ゼロによってそれが見えないように隠されてきたのか、彼すらも気づかなかったのか。
いずれにせよ、これは負けだね。逃げ場もなさそうだ」
「しかし!」


それでもあくまでシュナイゼルは平静を失わなかった。騎士団は自分を殺せない。
ジークフリートを討ったとしても、ここまで戦いが大きくなってしまえば時間をかけても行政特区をやり直すのは難しいし、
そうなれば本国との交渉には生きている自分を確保することが必須だ。
彼は負けを受け入れて、既にその先のことを見据えていた。


「少し落ち着こう、カノン。確かにもう勝ちはない。だけれどね、その中で最も優れた負け方をすることは出来る。
この戦いは譲ろう。それでも、全てがここで終わるわけではない」


――さて、若干予想外の結果だ。だがクロヴィスに仮面を被り続けることは出来ないだろう。
状況が落ち着けば本物のゼロの能力はまだ必要。今ブリタニアが確保するべきは、本物のゼロの身柄。そしてそれに対する手は打ってある。







神根島で精神に干渉するトラップに若干時間を取られながらも、ルルーシュは遺跡の中、門の前に辿り着いた。
門に手を触れようとすると、背後からゆっくりとこちらを向け、という声が聞こえた。
いやに響く、はっきりとした声だった。
振り向くと銃を構えたスザクが無表情にこちらを見つめているのをルルーシュは見た。


「……よく、俺がここに来ると分かったな」
「ああ、だって僕達は友達だろう?」


二人は沈黙した。空気が身体にまとわりつくように淀んでいる。
しばらくして、ルルーシュが先に口を開いた。

「お前には関係のない事だが、この先には、連れ去られたナナリーについて知っている奴がいるはず」
「いいや、ユフィを撃った君に、その資格はない」


スザクは一言で切り捨てた。あらゆる弁解を許さない、そんな声だった。


「ギアス。聞いているよ。その悪魔の力のことは。僕にはもう使えないことも」
「ああ、好きに思えばいい。どうせお前には、俺のことなど本当には分かるはずもない」


僅かな驚きと激情を押し隠すルルーシュに、スザクはあくまでも淡々と答える。


「そうかもしれない。でも一つだけ分かったことがある。
僕はずっと間違っていた。君の言葉は正しかった。認めるよ、結果こそがすべてだ」
「……」


これは、一体誰だ。そうルルーシュは思わず息をのんだ。
違和感。いや、違和感を感じるのがおかしい気もする。自分本位だった、昔のスザクをひどく冷たくしたような。


「君は、最後の最後に世界を裏切り、世界に裏切られた。ナナリーを奪われたのがその証拠だ」
「お前は、最初から最後まで世界を見ず他人に縋り、そしてその報いを受けた。ユフィはいずれ俺が救ってみせる」


何とかルルーシュが言い返すとスザクは突然叫んだ。その形相は、今まで一度も見たことの無い物だった。
怒りなどという単純なものではない。憎悪ですら生ぬるい。
そこにあるのは、自分が八年前から父に抱いているのと同じ感情だとルルーシュは悟った。


「馴れ馴れしく彼女の名を呼ぶな! 君はナナリーとユフィを天秤にかけられたら、どうせナナリーを取る。
信じられるわけがない。人を欺いて、裏切って、偽りと血にまみれた今の姿、それが君の本質なんだッ!」

「何だと……? ならばお前は。初めて会った時のように、暴力!
ブリタニアが求める力の中で最も醜悪なそれが、一番あっけなく、自分の意を通すためだけに、
多くを踏みにじるそれに頼り切る、それがお前の本質だッ!」


触れられたくなかった点を互いに抉り合うような口論が交わされる。
気づけば銃口を向けあっていた。感情に流されるままに応酬が続く。


「君は世界から弾き出された!」「お前は運命に裏切られた!」
「君の願いは叶えてはいけない!」「お前が願いに届くことはない!」
「ルルーシュ!」「スザク!」

「「お前が、お前の存在が、間違っていたんだ!」」



銃声が、鳴った。



[3892] 偽りの再生
Name: 鬼八◆c53b7f0c ID:b89231d8
Date: 2009/04/28 22:44
「リリーシャ、ルルーシュがどこへ行ったか知らないか?」

職員室の扉を勢いよく開け、声をかけると同時に、走ってきたことを示すように長い灰青の髪が揺れた。
彼女は教職員用のスチールデスクに歩み寄る。
少し人を観察する癖のある人間であればその歩き方にある種の特徴を見て取れただろう。
まだ若く、均整の取れた体つきの、眉をひそめるのがよく似合う、浅黒い肌の美人だ。
事実、その姿を見て何人かの男性教諭がため息をつく。自分では手が届かないような、そんな高嶺の花だと思わせる容貌。
そして、その質問に答えた人物もまた彼女に負けない美貌を持っていた。

「あら、彼なら屋上で本でも読んでるんじゃないかしら?」

几帳面に整理されたデスクに置かれていたのは社会、主にブリタニア本国の歴史に関する教科書と、
彼女の個人的な持ち物だと思われる文化の変遷をまとめたファイル、
そして何故か口をつけたあとのないコーヒーの入ったマグカップだった。
オレンジ色の瞳を向けられ、人の良い笑顔でほら、と促され窓の外を見ると
空を臨む位置のフェンスに寄りかかる特徴的な黒い髪が見える。
ち、と小さく舌打ちをし、リリーシャに簡単に礼を述べると彼女は入ってきた扉から再び走り出て行った。




身体の重さを感じさせない跳躍で階段を下り、男女問わず生徒に声をかけられ几帳面に応えながら走る。
そして廊下の途中、荷物を持った二人の少女とすれ違う時、その内の一人が呼びかけようとする。

「あ、ヴィレッタ先生! おくじょ……」
「はいはーい、シャーリー、お仕事がまだありますからねー」

「後で聞く! 今はルルーシュを捕まえるのが先だ!」

ヴィレッタは気付かなかったがシャーリーの言葉を遮ったミレイはいつものいたずら好きな子供のような顔をしていた。




果たして、屋上に着いた彼女が見つけたのは捜し求めていた人物、

「ちょ、俺はルルーシュじゃないですよ」
というわけではなかった。

カツラを脱ぎ目の前にいるのはリヴァル・カルデモンド。
彼女の担当する生徒会の一人であり、ルルーシュの友人の一人だ。
普段なら多少きつめに叱る場面なのだが、どうにもこの少年には憎めないところがある。
結局悪いのはルルーシュなのだ、彼への追求はまた後にしようと思い、
屋上から学園を見渡すとサイドカーのついたバイクで二人が出て行くのと、
先ほど職員室にいたはずのリリーシャ・ゴッドバルトがまったく別の場所でバイクに手を振っている様子が見えた。
「あいつ……!」




リヴァルを放し、携帯電話を耳にかけ、怜悧な表情に切り替えるとヴィレッタ・ヌウは機密情報局実行部隊に出動命令を出した。





「……まったく、どうして俺がこんな格好をしないといけないんだ」
そう不満げに呟くとウィッグとカラーコンタクトを外し、口紅を落とす。白い肌に映える印象的な黒髪が風でばたばたと音を立てる。
それを手で押さえ、膝に乗せていたヘルメットを被った。
今のままでも女性といっても通じるかもしれない、そこには美麗な少年がいた。

「意外と似合ってたよ、兄さん」
サイドカーのついたバイクを運転するのは栗色の髪を持つ、童顔な少年。
兄を呼ぶその声には普通の兄弟以上の親密さが込められていた。
兄はどこか納得いかないという響きを含ませながらも寛容さが覗える様子で、
弟は普段あまり表情を出すのに慣れていないのか口元だけで、二人は小さな声で笑う。




バイクが道路を進む間、ルルーシュは薄型の情報端末を取り出し、そこから衛星通信でネットワークにアクセスし、
トウキョウ租界上での戦闘シュミレーターで遊ぶ。

「それ、面白い?」

不意に弟、ロロが声をかけた。その声は弟が時折見せる機械のような無機質に感じる声だった。
アッシュフォードに来てからはだいぶ変わったが、弟は昔から感情を出すのが下手で、ルルーシュはそれを思い出す。
不自然なほど、瞬間的に。そして何もないように出来る限り自然に答えようとする。
「ああ、それなりに。こういった教育プログラムがあるから、シュナイゼル宰相の部下に優秀な人間が多いのも分かる気がするよ」
「半年前、急に連絡が来たときには驚いたけどね」


ルルーシュはブラックリベリオンに巻き込まれ、怪我から立ち直ってから数か月後、親友を通してある人物を紹介されたのを思い出す。
「アッシュフォードも優秀な人材を出したいんだろう。ブラックリベリオンで結構な軍人が死んでるし。
推薦までつけてテスト結果を無断で軍に回されたのは思うところがあるけどな」


だいたい、あいつは昔から自分勝手で、とルルーシュはそこにいない誰かに向かって一人ごちる。


「……兄さんは、軍に入るの?」
その言葉は僅かな沈黙の後に発せられた。ルルーシュは弟を不安にさせないため前から考えていたことを話す。
「俺は姉上みたいにはなれないさ。まあ、どこか安全な研究機関とか、そうだな。
お前の心臓の病気もあるし、医療関係にでも進めればいいんだけどな」

その言葉に、ロロは一瞬不安と喜びを抑えた能面になり、すぐにいつものようにぎこちなく微笑んだ。



アッシュフォード学園近くの軍基地からつい先ほど連絡を受け発進したヘリが空中からその姿を確かに捉える。
そして、同時刻、広告を載せた民間のものに扮した飛行船がトウキョウ租界上空をゆっくりと飛翔していた。





バイクを止め、降りたところで近くのビルの液晶に白い騎士服が映る。
枢木スザク。ナンバーズでありながらブリタニア皇帝直属の騎士の一人ナイトオブセブン。
一年前の東京決戦で黒の騎士団総帥、ゼロを捕らえた男。
シュナイゼルの元で療養中のユーフェミア暗殺を企てた幾つかのグループに属する人間を容赦なく血祭りにあげた、
いずれナイトオブワンにも迫ると言われるナイトメア乗り。

力こそが正義であると行動で示すその姿は、画面越しでも齢二十に届かないとは思えないほどに
どこか常人から離れた迫力を持っていた。


「……また頭痛?」
昨年以来会っていない親友の姿を映像で見るたびに走る痒みのような感覚。医師の診断もきちんと受けている、
問題はないと気持ちを落ち着ける。
「ん、気にするほどじゃない。以前に比べればだいぶ楽だ。帰ったら薬を飲むさ」
「無理はしないでね。今日のは本当にちょっとしたお遊びなんだから」
「ああ、分かってる」


先にビルに入っていく兄の後姿に目を細め、携帯電話に手を伸ばす。
少年、ロロはルルーシュを監視する人間の中でもナイトメアを始めとした武力を持つ実行部隊に配置につくように促した。





ルルーシュとロロはアッシュフォードの当主、ルーベンの依頼を受け、
高度に政治的、というよりはむしろその根本にある思想的にそりの合わない貴族を失脚させるための情報やその証拠を探していた。
その日、バベルタワーと呼ばれるその建物で行われているカジノに来たのはその偵察の一環と、
ブラックリベリオンでの負傷から目覚め、いくつかの出来事の後、
トウキョウ租界復興のためにここ半年ほど休みなく働いていたルルーシュのちょっとした休息のためだった。



賭けチェスで何回か勝ち、いくつかのカードで負け、再び賭けチェスで勝ち、ルーレットで負ける。

学生がこういった場所に来ること自体はそれほど珍しくはない。裕福な貴族の子弟であれば。
アッシュフォードの制服はこういった場所において役に立っていた。それに勝ちすぎなければ注目も集まらないだろう。
ただし、チェスにおいて勝ちを譲らないのはルルーシュのプライドの高さを思わせることではあったが。


ほとんど見ているだけだったロロは、ルルーシュにスパークリングウォーターの注がれたグラスを渡し、壁際で取りとめのない話をする。


一歩引き、ルルーシュはカジノを見渡す。
気分を高揚させるためか白に少しだけオレンジ系を混ぜた光を発する複雑な意匠のシャンデリア、
ルーレットやポーカーの台の人工的な鮮やかな緑、清潔感のある服装でにこやかな表情の、しかし時に鋭い目つきをするディーラー達。
そしてイレブン、つまり日本人の女性が露出の高いバニーガールの格好で働いていた。
いや、働かされていた、といった方が正しいのかもしれない。
カジノのオーナーである黒のキングと呼ばれる男やその取り巻きの態度でそれは用意に想像できた。

その姿に戦争に負けたのだから仕様がないと思う一方で、
どうしようもなく吐き出したくなるような嫌悪感を抱く自分の気持ちにルルーシュは気づき、そして偽善だなと心の中で哂った。


そんなことを考えていると、イレブンを弄るのにも飽きたのか、一人の巨漢が近づいてくる。
黒のキングだ。先ほどルルーシュに負けた男が彼の取り巻きの一人だったらしい。
「ふむ、君はなかなかいい腕をしているようだ。一局いかがかな、学生君?」

「――、」

ルルーシュが何か言おうとした所で若干慌ててロロが止めに入る。
「あっ、えっと、兄さんは結構上がり症で。あなたみたいに有名な人が相手だと緊張してしまうので」


その言葉を聞いて愉快そうに笑う男。品性と比例する声と顔。
ずんぐりとした指でロロに触れようとする。
ロロが無表情になり、胸に手を当てて心音を確かめようとすると、ルルーシュが男の手を弾いた。

「ロロに触れるなッ!」



ややあって辺りの音が静まる。顔をしかめ、二人を見下す男。
誰が先に口を開くのか、周りが見守る中でロロが謝罪しようとすると、不意に建物が揺れ、照明が消えた。


場が騒然となる一拍前、ロロはルルーシュの腕を引いて非常口に向かって走り出す。
数分後、数機のナイトメア、月下がその場にたどり着いた時には二人の姿はそこにはもうなかった。
「こちら卜部。目標をロスト。……あまり時間がない、朝比奈、次の作戦に移るぞ」





非常用の通路を目指し薄暗い建物の中をルルーシュとロロは走る。
階段の近くまで辿りつき、一息ついた所で再び建物が揺れ、足もとが崩れた。
ルルーシュが闇の底へ落ちるその瞬間、ロロは反射的に手を伸ばした。

「兄さん!」
「ロロ!」

手が、届いた。
いくら細身だとはいえ、人一人を持ち上げるのにはやや力がいる。
ロロの細腕では引き上げるのは無理だとルルーシュは思ったが、予想に反し弟は重心を下半身に移し、
上手く身体を使いルルーシュを助けだしたのだった。






「脱出に使えるルートを考えないとな……」
二十分ほど後、ルルーシュとロロは非常通路が破壊されているのを確認した後どうするか決めかねていた。

「テロリストの対処に来てる軍に義母姉さんの名前を出せばいいんじゃない?」
「駄目だ。今ここは戦場になっている。話なんて聞かずいきなり射殺される可能性もあるし、家名が違う。必ず疑われる」
幾つかの階ではテロリストによるものか軍によるものか分からないが数十人分の死体が転がっていたのを思い出しそう答える。

「じゃあ、どうしたら」
――ジャミングのせいで対策のしてなかった機情とは連絡がとれない。
ギアスで体感時間を止めて軍人を拉致、機情の名前を出せばこの場は乗り切れる。でも、ルルーシュにばれる訳には……。


「ロロ、バイクに乗ってた時に俺が使った端末は持って来てあるか?」
「あ、うん」
「貸してくれ」

部屋の隅にあった電源と通信用のコネクタに端末を繋ぎ、建物の構造を把握する。
「ここ、ライフラインのメンテナンス専用通路、これなら」
「駄目だ。昨年のカワグチ湖での事件以来、こういった所はテロリストも良く使うようになって軍も警戒してる」
「じゃあどうしたら」
「こっちだ、地下駐車場。ダストシュートがゴミ処理施設のある階層と直結してる」

「そうか、租界中に張り巡らされてるけど人用の表に繋がる出入り口はブラックリベリオンでの崩落後に
設計を修正してあるからテロ対策用に郊外じゃなくて、街中」

「そういうことだ。テロリストは使いにくいから、軍人も気に留めない。
とりあえずここから離れれば例え捕まったとしても少しはまともな話合いが出来る」





そして二人はダストシュートを抜け衛生局の人間に携帯していたIDを見せ何があったのかを話した。
一応事情が事情なだけに軍人を呼ぶのが筋であったが、ロロがある番号に繋ぐと担当者は慌てて二人に帰るように言った。


「どこにかけたんだ?」
「困った時に連絡しろってヴィレッタ先生に言われてたんだ。ブラックリベリオンまでは軍人をやってたって言ってたから」
「そうか。それにしても臭いが……。早く帰ってシャワーを浴びたい」

そうだね。とロロが頷くとエレベーターが地上に到着した。建物から出るとビルに囲まれているものの太陽が眩しい。
ルルーシュが大きく伸びをするとロロが隣で目を見開き小さく震えていた。
「どうした、ロロ?」




弟の視線の先の大型のスクリーンに、仮面とマントをつけた男の姿があった。

「日本人よ、私は帰ってきた!」

それは一年前に処刑されたはずのゼロだった。


「そんな、一体どうして……!」


――ルルーシュとは一秒も離れていないのに――



[3892] 醒めない夢の途中
Name: 鬼八◆c53b7f0c ID:b89231d8
Date: 2009/05/06 23:47
トウキョウ租界、アッシュフォード学園の地下には水質管理区画ともう一つ、ブリタニア皇帝直属の機密情報局のスペースが存在する。
壁を隔ててなお響く絶え間なく水が流れる音を背景に、機能的で情緒の無い監視装置の備え付けられた部屋に明かりが灯っていた。


「被害報告が纏まりました。皇帝陛下。機情の半数である実行部隊がバベルタワーの黒の騎士団とみられる集団により壊滅。
事件後、ゼロを名乗る者による電波ジャックが行われましたが、ロロの証言と地下駐車場、
それに廃棄物処理場の監視カメラの映像などからルルーシュである可能性はありません。――あれは偽物かと」


件の事件――世間的には処刑されたとされていたゼロが再び姿を現わしてから数日後、
機密情報局でも数少ないギアスを知る者としてヴィレッタ・ヌウはブリタニア皇帝に直接的に通信を繋いでいた。
ルルーシュが初めてギアスを使った相手であり、幾つかの事例に疑念を抱いたことなどから
ブラックリベリオンの後で彼女はその力の存在に近づいた。
そして厳しい思想テストの後、機密情報局トウキョウセクションの監視部トップの位置に着いたのだった。


「大儀であった。グラストンナイツによればクロヴィスはニュージーランドだったか。
であればあれはC.C.の可能性が高いか、皇の娘の手の者か。
暫くは守備に徹せ。身元と思想等、適正確認の問題から当面補充要員は送れぬが、
代わりに一名、ルルーシュの動きを抑える人材を既に向かわせた。
直に一年休戦が終わる。そうなれば魔女狩りが始まるだろう」


魔女。皇帝はC.C.のことをそう呼んだ。ギアスという異能を人に与える女。
敵対するものが持てば脅威になり、その情報すら公にすることは出来ない。
知る者は最小限に、他の機情メンバーには魔女は人体実験の元被験者でブリタニアに恨みを持ち、
復讐の一つとしてマリアンヌ殺害に関わった一員であると真実と嘘を織り交ぜて伝えられている。


ヴィレッタが皇帝に対し深く首を垂れると、暫くして通信装置の画面から発せられる独特のチリチリとした音が消える。
やがて彼女は魔女狩りのために何が行われるのかを思い、一度息を吸ってはき出し、ルルーシュの監視任務に戻って行った。





「よろしかったのですか、陛下」

通信を終えた皇帝に声をかけたのはブリタニアの宰相であるシュナイゼルだった。
一年前東京決戦で黒の騎士団に敗れたものの、ゼロを枢木スザクによって捕らえ、ブリタニアという国、
皇帝から見れば自分の命にはさほど価値がないことを騎士団に告げ、一部領土を割譲したものの有利に条約を結んだのだった。

「ふむ、ルルーシュの記憶が戻らなければいずれお前の下に優秀な手駒が一つ増えるだけのこと。悪くはないと思うが」

シュナイゼルは騎士団に解放された後、ゼロの正体をルルーシュだと皇帝から教えられた。
そして薬物や暗示、密かに行っていた人体実験の結果可能になった記憶操作を用い、今の状況に押し込めたと告げていたのだ。


「一人のための手間とリスクには釣り合わないと思いますが」
「他の思惑があると、そう言いたいのか? シュナイゼル」

シュナイゼルはあくまで表情を崩さず、皇帝は彼を値踏みするように視線を向け、口元に歪な笑みを浮かべる。
互いに腹の底を探りあう。彼にギアスの存在は告げられておらず、皇帝のした説明だけではオレンジ事件など納得のいかない部分があるからだ。


「いえ、否定するわけでは御座いません。彼も私の弟の一人ですので」
「ならば私は、息子を二度死なせるのに抵抗があったからだ。と答える事にしよう」


数秒の沈黙。深い意味はない、ただ昔の出来事に対する暗喩だと受け取り、シュナイゼルは話題を変える。


「ではエリア11の総督交代後、折を見て陛下の御命令を実行します」
「うむ。EU戦線に区切りがついたら、引き続き枢木と、そうだな、ヴァインベルグを連れて行け」
「イエス、ユア、マジェスティ」





ゼロの復活、それはブリタニア人、日本人問わず大きな波紋を生んだ。
しかしバベルタワー襲撃以後、一度電波に姿を乗せただけでその影はすぐに消え、多くの人間はそれを偽物であると考えるようになっていた。
奇跡を起こさないゼロはゼロではないのだ。
それでもブリタニアとしては国家の威厳を保つためにそれを見過ごすわけにはいかない。
国家の思惑が交錯する中でシュナイゼルが草壁臨時総統と画面越しに対面する。


「一年前、キュウシュウを割譲する際に我々ブリタニアとあなた方が交わした条約の中には、
確かにゼロ、またはそれに類するものを騙ることを禁止する条項があったはずです。
今回の件に関して宰相として納得のいく説明を願いたいのですが」

「今回の件に関しては日本行政府の中でも動揺が広がっている。
休戦協定の終わりが近づく中で、客観的に現在の国力を考えればそちらの感情を悪化させるような行為は我々にとってマイナスにしかならない。
軍事的衝突ではなく外交の努力で平和を維持していきたいというのが私の考えなのだが……」


「御存じなかった、あるいは関与していない、ということですね。
今更このようなテロに意味はない、確かに私から見てもおかしくはない説明です。
ですが組織が完全に統一された意思を持っているという訳ではないでしょう。
キュウシュウを得たのだから他の土地も、と思うような人間がいないとは言えない。
私はそういった不穏分子の存在があるように思えてならないのです。
そうですね、具体的に言えばEU戦線の方に顔を少しずつ見せるようになった一派のことです。
あとは私怨で動く人間、騎士団発足当時からゼロの傍にいた、
愛人と目されていたC.C.と呼ばれていた女性が怪しいと皇帝陛下は考えておられます。
いきなり引き渡しを要求している訳ではありませんよ、勿論。
しかし出来れば話を聞く位のことはしたいですね」

「うむ……、国の為にも要求に答えたいのだが、いかんせんどちらとも連絡が取れないのだよ。
まだEU戦線に向かったゼロ派と言われるグループなら繋がりの深い扇という男がこちらにいるので
多少時間があればどうにかなるのだが、C.C.という人物に関しては一年前から消息を掴めていないのだ」

「分かりました。とりあえずゼロ派のメンバーとの接触を待ちましょう。
それと今回のゼロは偽物であるとの表明をそちらで公式に出して頂きたい。
後者は出来る限り速やかに。前者はそうですね、休戦協定の期限が一月半後ですから一月以内にお願いします。よろしいですか?」

「了承した。両国民の感情もある、互いに軽々に武力問題にしないよう努力しよう。では」





卓を囲んでいた要人たちが会談の終わりと共に息をつく。
日の丸を掲げた部屋の中にいる彼らは半数ほどが軍服を着ている。
歳は一年前主流だった黒の騎士団のメンバーと比較すると明らかに高い。
キョウト六家と元日本解放戦線のメンバーが主であり、扇要はこの一年で慣れた居づらい雰囲気をじっと耐えていた。


「一年休戦も期限が近付いてきた。保護国化を蹴ったとはいえそうすぐに戦争が再開されるとは思っていなかったが……。
本当にC.C.を名指ししてきたか。日本の安定を考えれば日本人でないもの一人で済むのならば安いが、そうはいかないのであろう、扇」

「ええ、C.C.の持ち出した情報、一つの都市を吹き飛ばすほどのフレイアという兵器。ブリタニアが技術を独占した時点で戦争が終わるほどのものだと技術者は言っています。
持ち出された分開発が遅れているようですが、早くて半年から一年以内、遅くても二、三年の内に完成するとブリタニアの協力者は言っています。
それまでにその開発を止めることが必要です。ブリタニアでも極めて守りの堅い研究所を攻める為には我々の軍事力だけでは到底不可能。
中華連邦やEUなどと対ブリタニア同盟を固め、結束する必要があります」

「そして現皇帝を倒し穏健派を帝位につけるか体制を変え終戦し、日本全土を奪還する。それが我々の目標だ」
「エリア11に残る日本人達には一年前ブリタニアの保護国となるべきだったという人間も少なからずいる。そういった考えを持つ者が行政府の中にいることも知っています。
でも、どちらの道を取るにせよ中華連邦の出した条件、ゼロに直接会わせるために今はC.C.に任せておくべきだと俺は思います」

「だが、四聖剣まで動かしたのだぞ。一般隊員には少ないとはいえ死者も出ている。これ以上の援助は厳しい。
休戦期間の終わりに備え少しでも軍備を整えたいのだ。戦争になったとしても今はこちらにもナイトメアがある。
一度ブリタニア軍を退ければ中華連邦も我々の力を認めざるを得ないはずだ」

「ナイトメアの運用はこちらにも藤堂将軍がいるので十分に準備をすればブリタニアにもそう簡単に遅れはとらないとは思います。
ですがそれはあくまで九州という土地、天然の要害を考慮にいれた場合です。
フロートユニットが大隊規模で配備される可能性は捨てきれません。そうなったら――」

「だがそれは可能性に過ぎん。フロートユニットの集団的運用はラウンズの親衛隊で行われている程度。
EUと中華連邦とのバランスを考えればラウンズが日本との戦いに召集されたとしても二、三人が限度だと言うではないか。
その数であればこちらのフロートユニットで対応出来るはずだ」


扇の懸念は確かに一般的な視点からすれば考えすぎだった。だがC.C.に関しては嘘もついているが、ブリタニアがそれほど甘くないと確信していたが故の言葉だ。
確かにサクラダイトは富士鉱山が主要な産出地域であり、九州の産出量はブリタニアという大国から見ればそれほど多くない。
その上、一年前の黒の騎士団によるブリタニアの被害も考えれば日本は国民感情的には戦いたくない相手だ。普通ならすぐに戦争にはならないだろう。
しかし彼らは知らない。ブリタニア皇帝の真の目的を。その為には戦争も厭わないことを。
そしてそれをブリタニアに敵対する者の中で唯一知るC.C.は契約者の帰還を待ち、沈黙を続けていた。





「ただいま。ルルーシュ、ロロ」
「お帰りなさい、姉上」「お帰り、姉さん」

アッシュフォード学園のクラブハウスの戸を開いたのは、ナイトオブシックス、アーニャ・アールストレイムだった。
旅慣れているのか手に持ったスーツケースはコンパクトな物で、ルルーシュがそれを受け取る。
普段の眠たげな瞳が少しだけ大きく開かれ、軍服やパイロットスーツとは異なる華やかなゴシックロリータ調の服を身に纏っている。
風が室内に吹き込み、スカートがふわりと捲れると、右腿に小口径の銃が収められた黒いホルスターが巻かれているのが見えた。



「テロに巻き込まれたって聞いたけど、大丈夫?」
三人は並んでクラブハウスの中を歩きながら会話をする。生徒会のメンバーはまだ授業を受けている時間で建物の中には彼らしかいない。
しかし、その姿は隠された監視装置によってしっかりと機密情報局に見られていた。

「少し危なかったけど、軽い怪我とかもありませんでした。リヴァルのバイクがなくなったのが唯一の被害でしょうか」
「学園祭の準備にも使うし、この後役所に確認にいくつもりだったんだ。……今回はいつまでいられるの?」
「EU戦線で頑張ったから今回はちょっと長い休暇が貰えた。
二人が私の異母兄弟だって分かるまではラウンズになってから他にすることもなくて働きづめだったし、モルドレッドのオーバーホールとかデータ処理もあるから。
モニカに頼まれてエリア11の兵力視察とか少しするくらい。学校にはちゃんと通ってみたかったし、しばらくはこっちにいる」

何事にも感情を表さない以前の彼女しか知らない者であれば間違いなく驚くような、優しく儚げな笑みを浮かべて彼女はそう言った。




「アールストレイム卿がルルーシュの抑止になるんでしょうか?」
ちょうど体育の授業のない時間であったため、地下の監視室には責任者であるヴィレッタもいた。
アーニャについて彼女達は皇帝から詳しいことは何も聞かされていない。ただ、特殊な条件付けをしてあるので有事には役に立つが機情として接触してはいけないとのことだった。

「少女の様に見えてラウンズだからな。生身なら問題はないだろうし、それ以上に精神的なものだろう。
彼女は幼い頃の記憶がない。敵ではない真実家族と信じている者に対し、ルルーシュは記憶が戻っても強い手段に出られない可能性が高い。
ナナリー皇女やその他女性に対する接し方の過去資料からも明らかだ」

「ゼロが皇族だと知った時にはびっくりしましたよ。能力的にはやはり。というべきなんでしょうかね」
「おいおい、あまり同情し過ぎるなよ? まあ、実行部隊の考えは少し偏ってたけどな。何か陛下の人選には複数の人間の意図がある様な……」
今、彼女の部下にいる人間達はバベルタワーで壊滅させられた実行部隊と異なりルルーシュが元皇族だと知らされていた。
そのことにより彼らのルルーシュに対する態度は若干中立寄りだ。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ヴィレッタはそれに対して深く言及したり誘導をかけたりはしない。彼女自身が皇帝から記憶改編のギアスをかけられる可能性を考えに入れているからだ。
「いずれにせよ、私達の目的はよりよい国のために任務を完遂する事だ。今すぐにC.C.が捕まえられなくとも、ルルーシュをシュナイゼル宰相の配下に出来れば良い」
「「イエス、マイロード」」




「よかったの、シャルル?」
機情の様子を見ていたV.V.はそう皇帝の顔色を窺う。以前はもっと信頼しあっていたのに、自分達はいつからこんな関係になったのだろうと考えながら皇帝はそれに答える。

「シュナイゼルも直にギアスに辿り着くでしょう。その時ギアスユーザーであるルルーシュが手元にいるとなれば警戒せざるを得ない。
そう簡単にやられる男ではないためにルルーシュの記憶がどうであれ互いに良い牽制になるはず。
C.C.のコードは確かに欲しいですが絶対ではありません。準備に十分な時間をかければ。戦争の一つや二つくらいなら起こしますがねぇ。
いずれにせよ半年か一年後、遠くない未来には我らの悲願が叶う。時は我らの味方です」

「そうだね。それじゃあ僕はもう一つの駒の準備をしておくよ」
新しいおもちゃを手に入れた子供の様に楽しげにそう言うと、V.V.は去って行った。

「ええ、分かりました。兄さん」
――アーニャをルルーシュにつけた真の意図に兄さんは気づいていない。そう、アーニャはマリアンヌでもある。ラグナレクの接続を妨げない限り、兄さんの手から奴を守ることが出来る。
そしてそれ以上にC.C.を捕まえるのにはこの上ない人材。そして、仮に真実を知ったとしてもギアスの被害者である者にお前は非情にはなりきれまい。ルルーシュよ――





一か月ほどぶりに帰ってきたアーニャとテロから生き延びたルルーシュとロロの為に夜には生徒会でちょっとしたパーティーがある。
簡単な準備はほぼすませてあるので、飛行機に乗ってきたアーニャは自室で休み、授業を終えた生徒会メンバーが部屋を飾りつけ、ルルーシュとロロは細々とした物を買うついでにリヴァルのバイクを取りに行った。

「そういえば、ニーナさんからメールが来てたよ。大丈夫かって」
「ああ、几帳面な所は変わってないな。仕事が大変みたいだし、また何か送ろうか。ユーフェミア様のファンだとか前に言ってたよな。
あれ……、そんなこといつ聞いたんだ? まあいいか。
彼女の名義で見舞いに花でも送ればスザクのことだからメッセージカードでも送ってくれるんじゃないか」

何気ない一言にロロが表情を消し、適当に頷きながらバイクの置かれた倉庫を注意深く見渡す。
バイクの確認は機情のメンバーが一度行っている。この前の様にC.C.との接触にさえ気をつければ大丈夫だと警戒している内にルルーシュがバイクに触れる。


黒の騎士団を警戒することに神経を注いでいたロロには気付かなかった。バイクに触れたルルーシュが何かに気づき、じわりと汗を滲ませたことに。



[3892] 解放への協力者
Name: 鬼八◆c53b7f0c ID:b89231d8
Date: 2009/05/15 21:30
ルルーシュがバイクに触れた時、指先に違和感が走った。
『リリーシャに聞け』
その瞬間、表現し難い薄ら寒さ、不気味な感覚が頭の後ろの方に響くのを感じる。
薄暗い倉庫の中を見回していた弟が語りかけてくるのに頷き、学園への帰り道、終始無言で思考を働かせる。

リヴァルのバイクに乗る時、自分はいつもサイドカーに乗っていた。
運転するのはリヴァルかロロで、ルルーシュは自分しかそこに座らないことに思い至る。
元来、家計簿をつけるほど几帳面な性格であった自分はサイドカーに乗る時も大抵毎回同じ様に乗り込む。
そして走り出す前に一度軽くバイクの様子を無意識に指で撫でながら確認していた。

もう一度何気ないしぐさでそこに触れると、確かに頭の中に言葉が浮かび上がる。
間違いなくそれは「点字」であった。

そして、最近感じることの少なくなっていた記憶に対する不信感が再び根を張る。
ちょっとした計算式や雑学程度であれば知識があってもそれを獲得する経過やきっかけを忘れることもあるだろう。
しかし、客観的にも優秀な頭脳を持っていると見なされ、自身もそれに対しある程度の自負を抱いている彼にとって、
意識的に学ばなければ身につかない点字の知識を持っていると確信し、それを何故得ようとしたのか分からなかったことはある種の衝撃だった。


自分の記憶と知識には齟齬がある。それは間違いない。
そして、そのどちらが間違いうるのかと言えばそれは記憶の方だ。
目が覚めてからずっと自分には納得がなかった。何かが足りないような気がしていた。でも、今までは気のせいだと自分を誤魔化してきた。
何か自分の知らない自分についての秘密があると確信し、弟に問おうと声をかける寸前でその言葉を飲み込む。
自分は弟を疑いたくもないし、失いたくもないのだ。目覚めてから異母姉だと知らされたアーニャのことも。
ブラックリベリオンの時感じた恐怖が今の平穏を守りたければ行くなと言っている。

でも、自分は何に対してそれほど怯えているんだ?

記憶を紐解くとそこには真っ黒な闇があり、しばらくしてテロに巻き込まれる人々の様子や租界が崩れる映像が浮かぶ。

――違う。これは自分の記憶じゃない。視点がおかしい。何かの映像だ。

真実が知りたい。ただそれだけだった。仮に自分が無意識に捨て去ろうとしたものであったとしても。
幼い頃の記憶がないというアーニャに対し、自分がかけた言葉がふと胸によぎる。

「大丈夫です。姉上。だって――」

そしてその先を胸の中で小さく呟いて、これ以上自分の記憶に関して家族や友人に迷惑をかけない為にもリリーシャを訪ねようと決意した。






海に面した土地、EUの一角を占めるある国にブリタニア軍が侵攻をかけていた。
強大な海軍力を誇った国であったが、長年に渡る戦争により国力は疲弊し、ついに本土への攻撃が始まったのだ。
その先陣を切り、露払いを済ませその大地に降り立ったのはブリタニアの白い悪魔の異名を持つナイトオブセブン、枢木スザクの乗るランスロットだった。

「降伏してください。これ以上の争いは無意味です」

オープンチャンネルで呼びかける。例え国家としてその選択が許されず、選ばれなかったとしても。
それは絶対の力に対する自信の表れの様にも聞こえたし、どこか作り物めいた口調にも聞こえた。

「いかに優れた機体だろうとたった一機で何が出来る!」
「……そうですか、残念です。終わりにしましょう」

愚昧だ。スザクは相手の言葉からそう断じた。自分の決めたルールには反するが、まだゼロの方がその有能さという点でマシだとすら感じた。
死ぬべきだ。こんな人間が上に立つべきじゃない、そう幼い頃の自分がそう呼びかける。父を殺した時の様に、殺してしまえとそう唆す。
そこで、一年前捕らえる時ルルーシュにナイフで抉られた手の甲の傷に目をやり、そして心を鎮める為に生涯変わらないただ一人の主を思い浮かべた。
今はただ、彼女のために戦おうと呟き、思考を止めランスロットを再び動かす。


ランドスピナーが回り、舗装されていない地面を削り砂煙を上げながら戦場を駆ける。
回避、機動力に優れたナイトメアに対抗するため初速に優れ、マシンガンの様に点と言うよりも面での攻撃を仕掛ける防御兵器があるのを確認し、
弾がばら撒かれるのを予測する。片足を軸に軽く機体を浮かし反転。慣性で後ろに飛ぶ間、地面から離れたランドスピナーにロックをかけ、逆方向にアクセルを入れる。進行方向は先ほどまでとは変わらず、着地と同時に追って来ていたナイトメアに牽制のアサルトライフルを撃つ。
防御兵器の真横を通り過ぎる瞬間にはMVSを片手で寝かせ、上下真っ二つに破壊する。
これ以上敵陣には近づくのは危険だと部下に告げられ、大きく進行方向を変えるとその先にナイトメアが数機集まってくる。
敵はランスロットを円形に囲もうとはしない。囲んでしまえば重火器の運用に制限が出てくる上に、その近接戦闘能力は驚異的なものであることを知っているからだ。

時間を稼ぎ敵を引き付けながら航空戦力から戦場の情報を受け取り、どうやって攻略するかを考える。
(思った以上に守りが堅い。この一年でEUの兵器、特にナイトメアは今回は数が少ないとはいえ格段に水準が上がっている。
その上この指揮官、現場での対応はここ以外も考えればいま一つだが、戦術以前の戦略レベルでの戦いが異常に上手い。一人では押しきれないか)



どうしたものかと考えていた所で通信が入る。技術顧問のロイド・アスプルンドによるものではなく、自分とそう変わらない若さを感じ取れる声だった。
「枢木卿、我々はいつでも行けますが」

戦場での判断の遅れは死を招く。それでも以前の彼であれば人に頼ろうとはしなかっただろう。しかし、あらゆる手段を用いて主を取り戻すという覚悟が彼に次の言葉を続けさせた。

「分かった。まず防御兵器は自分が始末する。ヴィンセント隊は敵ナイトメアの包囲を、クラブ隊はフロートユニットに換装して敵本陣を叩くサポートをしてくれ。無理はしなくていい。だが、武勲を無理に譲ろうとする必要もない。いつも通り頼む」
「「イエス、マイロード」」

量産された第七世代ナイトメアとそれを操る選び抜かれたデヴァイサーの力により、圧倒的な力の蹂躙が始まった。





「! これは……!」
戦闘は殲滅段階に入り、スザクが敵司令部で見たものは意外な光景だった。通信が繋がっていた部下がそれに反応する。
「どうされました枢木卿?」

ランスロットにより作られた歩兵の死体を越え扉を開けると、中にあったのは身分の高い軍服を着た一人の将校の姿だった。
そして、それも既に死体に変わっていた。
辺りを慎重に見回し、基地の構造などを司令部のコンピュータを使い調べながら会話を続ける。

「首都防衛の割に配備されたナイトメアが少なかった訳だ。司令部にほとんど人がいない。ここでの戦いを避けられたみたいだ」
「我々はラウンズの直属部隊でも第七世代量産機がもっとも普及した部隊ですからおかしくはないかと」


自爆装置など厄介な仕掛けはないようだった。民間人の住居と基地が近いことから避けたのだろうか。


「ああ、分かっているさ。でも、他のラウンズも甘くはない。ほんの少し国の命が延びただけだ」
「シュナイゼル殿下にしては珍しいですね。読み間違えでしょうか」

スザクは考える。あの男はそんな甘い人間ではないだろうと。
今は自分の主を保護してもらっているが、彼は一年前あの状態で停戦の努力もせずにすぐに戦いを選んだ切り捨てることの出来る合理主義者だ。
いずれ彼女が戻った時、敵になる可能性がある。だとすれば、シュナイゼルもまた皇帝と同じく排除する対象でしかない。


「いや、ナイトメア中心の戦場なら僕が単騎駆けをしていたかもしれない。運用が複雑な分、指揮に乱れが出やすいからね。隙を見つけやすいんだ。
君たちを使わせるためにあえてここに当たるように命じられたのだろう」
「なるほど……。ですが、それならば我々にとっては嬉しいことです。ハーフの者達にチャンスを与えて下さった枢木卿への恩に応えることが出来るのですから」

ナイトオブセブンに選ばれたスザクはユーフェミアの保護をエリア11で失態の続いたコーネリアではなくシュナイゼルに任せた。
そしていずれ誰にも頼らずに済むようにロイド・アスプルンドを特派から自分専用のナイトメア開発チームに引き抜き、
ハーフであるなど能力以外の理由で差別されていた者たちを親衛隊に選んだのだ。

「それは君たち自身の能力だ、本来正当に評価されるべきだった。僕は自分のことしか考えていない男だよ」
「そんなことは」
「この話はこれで終わりにしよう。…次はエリア11か。向こうに発つ前に五日は休めるかな」
「分かりました。技術顧問のロイド伯爵には話をつけておきます。ユーフェミア様の元へ向かう準備は出来ております」
「ああ、ありがとう」


部下からの通信を切ったスザクが基地の中を見回すと、ここ一年で急速に出回った型の銃や通信装置が備え付けられていた。拾い上げたそれには皇コーポレーションの印が刻まれている。

(これが君の選んだ道ならば、僕は君であれ手にかける覚悟は出来ているよ、神楽耶。ユフィを取り戻す。例え、皇帝の犬になろうとも。
ギアスの秘密に迫るには皇帝からの情報を得るのが一番早い。その過程によってもし彼女に否定されたとしても。
僕は僕自身の願いのために、自分で定めた秩序のある戦争とブリタニアの弱肉強食というルールの中で、力を振るう正義とやがて打ち倒される悪になろう)






同時刻、EUの本部にナイトオブセブン率いるブリタニアの侵攻がEUの敗北という形で終わったと伝えられた。
EUの最高幹部である長身の男は自分の母国が陥落したことでやや動揺し、身体を固くしたが、目の前にいる少女に見られていることを思い、文字どおり襟を正して頭を下げた。
「御助力感謝致します。神楽耶様」
「ええ。藤堂将軍の作戦で少しは時間も稼げたでしょう」

一年前はまだ年端もゆかぬ少女のように見えた姿が、今は指導者の威圧感を身に着けているように見えたのは、飾り立てられた和服ではなくシンプルな黒いスーツを着ているからだけではないだろう。
彼女は一民間企業でありながらブリタニアと明確な対決姿勢を示す皇コーポレーションの主なのだ。


「兵器の輸出も助かりました。今回の敗北と世論の操作でEUの結束は強くなるでしょうな。私は将来に渡り母国を見捨てたと非難される立場になるかもしれませんが。
国力の差は前から話していた通りのようです。中華連邦と復活した日本の同盟が上手くいけば我々も対ブリタニアへの希望が見えるでしょう」
「天子派はおおむね私の案に賛成の様です。ゼロ様に直接会うという条件さえあとはどうにかなれば」


「先日のエリア11の事件には驚かされましたな。処刑されたというのは嘘だったのでしょうか」
「詳しいことは言えませんが、本物は間違いなく生きています。一年前、ゼロ様と捕縛したシュナイゼルの引き換えだった九州割譲。
日本人の支持を保つための成果とブリタニアの思惑、難しい選択だったと思います」
「保護国化を選ばず一年間の休戦協定でしたか。ブリタニアに組み込まれることを拒否する勇気は私にはなかったでしょうな」
「草壁中将、今は臨時総統の派閥も強いですからね。日本人だけの日本という理想、私も心惹かれるものがありました。ですが、私の願いはそれよりももっと困難な道なのです」


男はその言葉を聞いて頬を掻くと、彼女をこのままEUに引き留めようかなどと少しだけ夢想した。
その考えは言葉に出さず、代わりに自分の本心を少しだけ語ろうと口を開く。

「あなたの様な若い方がいると、今の世界を作った大人でいることが恥ずかしくなりますよ。
……EUの最高幹部としてではなく、一人の人間としてお願いします。人が何と言おうと、その理想を曲げないでほしい」
「死の商人だなんて一部の人間が言っているだけのことですわ。正しいとは思わないけれど、譲りたくないものがあります。
大事なのは自分自身の心です。どんなに抑圧されても、それだけは自分のもの。何を感じ、何を望み、何を選ぶか。
その結果に責任を負う限り、人は自由です」


「もう、行かれるのですか」

そう問われると彼女はポケットに忍ばせたチェスの駒を握りしめ、笑顔で答えた。
「ええ、中華連邦に寄って天子様と色々お話したら、夫を迎えに行く予定です」
「分かりました。どうか、御無事で」


神楽耶は部屋を出て黒の騎士団の制服を身に纏った集団の先頭を行く。戦い続ける者の矜持を胸に抱きながら。





そして、パーティーの翌日、アッシュフォード学園ではリリーシャとの接触を済ませたルルーシュが、自分の記憶にある綻びを確かめる為にある人物に近づいていた。
「あれ、どうしたの、ルル?」
「ああ、シャーリー。ちょっと付き合ってほしいことがあるんだけど……」

まだ彼らの記憶は戻らない。だが果たしてそれを取り戻すことが本当に彼らの幸福に繋がるのだろうか。それもまだ分からない。


「さて、C.C.はどうするつもりなのかしら。盤は既に詰みの一歩手前みたいなものなのだけれど」
アーニャの身体が眠りに落ちている間、マリアンヌはベッドの中でそう呟いた。



[3892] ナイト オブ ラウンズ
Name: 鬼八◆c53b7f0c ID:b89231d8
Date: 2010/02/06 23:14

「分かりました。彼のことは引き続きお任せします。
それと、今後必要になりそうな人材を一人、桐原のおじい様に頼んでそちらに送ります」


背は少しだけ伸びて、電話の向こう側へ語りかける声色は一年前に比べればかなり大人びたものになっている。
反逆を導いた彼を失って抗い始めたその日から、飾りに過ぎなかった自分を恥じ、戦い続ける覚悟を得た。それが彼女の変化の原因だった。
携帯電話を切り、服の中に隠していた護身用の銃とともに外で待つことになった部下に渡す。
今、彼女の護衛についているのは黒の騎士団や旧キョウト六家から選び抜き、この一年間見事にその任をこなしてきた者達である。
女官による身体検査を受けた後、神楽耶は千葉一人を連れて朱禁城の外朝の奥、内廷の一角である寝所近くの庭園に通された。



朱禁城の中は広い。
民から吸い上げた税により整えられた、宮殿とその調度品、季節により姿を変える庭、働く者が着る衣服、その全てが贅を尽くしたものであることが容易に伺える。
しかしその一方でその門を出た外の、広大な領土では他人から奪わなければ生きられない者、餓える者が数多く存在する。
日本にもかつてそれなりの格差があった。エリア11としてブリタニアの支配下となっている現在ではそれはさらに大きくなった。
しかし、しかしそれでも数千、いや、数万人単位で人間が餓えて死ぬ世界があるというのは神楽耶には信じがたいことだ。
一年前、初めてその地を訪れたとき、これならばまだブリタニアに支配されたほうが国民のためになる、そう考えた自分を神楽耶は驚かなかった。
統治、支配するものには強い権力が与えられる代わりに、余人には耐えられぬ重圧と責任がかかるのは当たり前。
そう、育てられてきた。
それが出来なければ上に立つ資格はない。
わずかだがゼロの支援者として過ごしたとき、仮面を外した彼は言っていた。撃っていいのは撃たれる覚悟があるやつだけだ、と。
その覚悟は出来ている、後はもう少しの準備が整えば大宦官達を排除し、ブリタニアへの対抗勢力として中華連邦を動かせる。
案内人との会話の中で、死の商人としての思考を無垢な少女の仮面で隠し、神楽耶は石畳の上を進んで行った。



屋根のある白く磨かれた石の通路を歩き、橋を渡った先の亭台に目的の人物がいる。
宮殿を貫くように流れる水路の水が心地よい音とともに池を満たし、
水面に浮かぶ大小様々な丸い葉と、鮮やかに咲きほこるスイレンの花が美しい。


神楽耶の姿を認めると、天子と呼ばれる少女、蒋麗華は表情を輝かせ、笑顔で迎え入れる。
「二月ぶりですね、神楽耶! 今日も色んなお話を聞かせて下さい」


その後ろには彼女によってその日のために選ばれた護衛武官、黎星刻と、
中華連邦を実質的に動かしている大宦官達がおり、
彼らは両腕を前で組み、頭を少し下げて天子に続くよう神楽耶に礼をする。


「ようこそ、いらっしゃいました。神楽耶様。今日という日を天子様もとても楽しみにしておられたのですよ。
無粋な商談は後日にして、どうか今日はごゆっくりとなさって下さい」


そう大宦官の一人が言い、神楽耶はしなやかに微笑んでから天子に挨拶をし、ゆっくりと椅子に座る。
会談というには両者はあまりに幼く見えた。
しかしこの場にいる者は全て神楽耶の才覚を知っている。
ただの子供であることを止めた彼女は、しばらく前に現れた偽者のゼロなどよりもずっと恐れられている存在であるということを。



星刻は思う。主である天子の実質的な権力はまだ大宦官達に奪われたままだが、
ブラックリベリオン以降訪れるようになった神楽耶の存在が少しずつそれを変えていってくれている。
それには二つの理由があった。
一つは皇コンツェルンによるナイトメアフレームを中心にした兵器の取引が武官である自分達の地位を引き上げたこと。
もう一つは神楽耶自身の上に立つ者としての天子への人格的な影響力。
以前の何も知らず純粋無垢に朱禁城という檻の中で飼われていた少女は、
彼女との出会いを通じ、外の世界というものをより強く意識するようになり、知識を求めるようになった。ゆっくりとだが確実に君主としての道を歩むようになったのだ。


良い方向へ向かっている。
一掃は出来なくとも、国を食いものにしている大宦官の力を少しずつ削ぎつつある現状は好ましいもののはずである。


だが、そう思う以上に不安があった。


EUでの戦いが長引いているとはいえブリタニアの力はいまだに圧倒的であり、
皇帝が代わらない限り中華連邦との全面的な戦争はいずれ避けられないことは明白。
それまでに天子を中心とした国へと中華を変化させ、さらにその戦いに勝てるのか、という時間制限の不安。


そして、昔に比べ、相対的に勢力を失いつつある大宦官達の今の態度である。
国の守りは情勢的に必須であり武に力を入れることを表立って反対することは出来なくても、
裏で自分達に都合の良い人材のみを登用するかと思えば、半数以上はそうでない人間が昇進の機会を与えられた。



国よりも自分達の権力と財に執着する人間が、みすみすそれを人に譲り渡したりするだろうか。
あまりにも上手く行き過ぎているのではないか、何か思惑があってのことではないのか。
そういった感覚が星刻の胸の中に濁ったよどみのように溜まっていた。



そして、まさにそれは当たっていたのだ。



―――時はこれより数時間を経過する。






中華連邦国境を越え、一隻の飛空挺が往く。ブリタニア帝国、皇族の証である家紋がついた機体だ。
それは、十年ほど前から見られなくなった家紋であり、その昔、戦場で恐れられた印だった。
そう、ナイトオブラウンズの一人であり、「閃光」と呼ばれた戦場の女王、マリアンヌの。


エリア11への移動中に問題が起こるとすればこの時をおいて他にはないだろうと、その船の主はそう考えていた。
一年間、皇女として帝王学を学んだものの、その知識、経験、いずれもがまだ未熟であることは自覚している。
だから、彼女は考えた。もし自分の愛する兄であればどう予測するだろうかと。
彼もまた皇族として正規の教育を受けたわけではないが、自分よりもはるかに上手くやるだろうという核心があったからだ。
そして彼女の中の兄は告げる。中華連邦を通過する時が一番イレギュラーが起こる可能性が高いと。


「中華連邦軍から通信です。領空侵犯を訴えておりますがいかが対処なさいますか」


眼鏡をかけた金髪の女性、アリシア・ローマイヤがそう、飛空挺の主に問いかける。
一年前、最初にその皇女の教育役を任された時を思い出しながら。
かつてのユーフェミアの政策を支持するような甘さは捨て切れておらず、ブリタニアに相応しい思想への矯正はならなかった。
しかし、長く付き合うようになり時折、彼女が自分以上に厳しいことを言うことに気づく。
それはブリタニア人を至上とする自分の考えとは反する思想に基づくもので、
誰にでも平等で、それ故に残酷な、ある意味では真の弱肉強食ではないのかと考えさせられる意見だった。
目も脚も不自由だからこそ、世界の無慈悲を知る者だからこそその考えに至ったのか、
それとも現在行方不明となっている彼女の兄に教え込まれたものなのかは分からない。
彼女が王位につくことはほぼありえないだろうし、その器ではないと思う。
しかしそれでも今の彼女は、仕えるに値する人物である、とローマイヤが判断するに十分だった。


「外交筋では通過の許可が出ているはずです。確認をお願いします」

「イエス、ユアハイネス」


通信士が命令を忠実に実行に移す。しかし、相手から返ってきた返事はそれを否定する。


「そのような命令は受け取っていない! 
洛陽を通らないルートとは言え、武装した勢力の通過など許しが出るとは思えぬ。それ以上我が中華連邦内を通ることは罷りならん!」




国境を守る軍隊が数キロ先に集まり始め、防御、迎撃の体勢を取る。艦内はにわかに緊張に包まれ始める。
対応を迫られたのは飾り付けられた車椅子に座り、目を閉じたままの少女。
彼女はしばらく黙り込んだ後、両手を硬く、ぎゅっと握り締め、それからはっきりとした口調で命令を下した。


「ナイトオブイレブン、カレン・シュタットフェルト。次期エリア11総督として命じます。
この艦を守りなさい」


その命を受けたのは下ろされた赤みがかった髪を持ち、紅と黒のマントを纏う、強い目を持つ少女だった。
静かに燃える炎のような、そんな熱を秘めた瞳だ。


「イエス、ユアハイネス」


そう応え、身を翻し、羽を模したナイトメアフレームのキーを取り出し、颯爽とカレンは艦橋を出る。
扉の閉まる音を聞き届け、皇女ナナリーは次の命を下す。


「ミス・ローマイヤ、ディートハルトに例の準備にかかるように告げて下さい」


―――太平洋を渡らずにエリア18での視察から直接日本に向かうようにと私には伝えられた。
政務を取り仕切る大宦官の方達と軍の方が仲が悪いのは有名な話……。
お父様、いえ陛下は総督になることを認めるとだけおっしゃった。
実際どのルートを行くのか決めたのは他の方……?
確かに新参者のような私がいきなり総督のような権限のある地位につくことは気に食わないかもしれないけれど、
それでわざわざ争いを増やすような、そんな、これがブリタニアのやり方で、この世界なのですね。
でも、引くわけにはいきません。私には私の出来ることがあるはずだから。


怖い、たまらなく、怖い。人が、私の命令でこれから死ぬということが。
動かないはずの脚が震える気がする。
戦うのがカレンさんでも、命じたのは私。
だから、これは他の誰でもない、私が負わなければならない責任。いえ、負わなければならない命。
それでも、私が生きている以上、やらなければならないことがある。
だから。お兄様……、私は。




エリア11の国営放送チャンネルにノイズが走る。
数秒画面が乱れた後に映ったのは目を閉じ、車椅子に座ったままの少女であった。
学園祭の準備をしていた生徒会室でそのことに最初に気づいたのは仕事をさぼっていたリヴァルだった。


「あれ、なんか、画面がおかしなことになってる?」


他に部屋にいたのはルルーシュとミレイ、ロロ、そして生徒会顧問リリーシャの四人。
ルルーシュはその少女の姿を見たとき、今までに感じたことのないような強い違和感を感じた。
そして、額を押さえると、その様子を隣に座っているロロが感情の抜け落ちた目でじっと見つめている。


「エリア11の皆さん、私は神聖ブリタニア帝国第88位皇位継承者、ナナリー・ヴィ・ブリタニア。
皇帝陛下に次のエリア11総督に任ぜられました。
予定では二日後にそちらに着くことになっています」


――まだ、兄さんの。いや、ルルーシュの心をかき乱すのか、お前は……!
C.C.がこの先捕まって、ルルーシュの記憶が戻らなければ僕はようやく平穏を手に入れることが出来るのに。
でも、ギアスの力はそう簡単には破れない。血の繋がり?
そんなあやふやなものじゃ記憶が戻るはずがないんだ。僕は僕のために、この仕事を成功させる……!


「本日このような形でご挨拶することになったのにはもちろん理由があります。
現在私の乗る船は中華連邦の領土上空を通過しています。
私はエリア18を発つ時に相手方の外交担当者にその許可を得ています。
ですが、今、彼らはその約束を違え、軍事力によって道を塞ごうとしているのです」


カメラが切り替わる。
遠く地平線を隠す背景には岩の山脈。荒涼とした岩肌の大地には戦車やナイトメアフレームが布陣し、空では航空機が近づいてくる。
それらの武装の照準はカメラの方向、すなわちナナリー皇女の乗る飛空挺に向けられている。


「私は、目も見えず、歩くことも出来ません。
ブリタニアにおいては弱者と呼ばれる存在でしょう。
ですが、それでも私には私の望むものがあります。
それのためになら、いえ、そのためにこそ必要な時、私は逃げるのではなく、闘うことを、選びます」






飛空挺が中華連邦軍に迫り、距離が縮まる。そんな中、陣を崩すように一騎のナイトメアフレームが飛び出す。
「おい、貴様勝手に隊列を……!」


上官の制止は間に合わない。
そのナイトメアは躊躇なく携えていたアサルトライフルの引き金を引いた。


飛空挺がわずかに揺れる。シールドによってダメージはほとんどなかったが、その攻撃は政治的にはまったく別の意味を持つ。




カレンはナイトメアフレームの操縦席で精神を集中させる。
仕官学校にきちんと通ったことはなかったが、彼女の才能は群を抜いていた。
彼女はブラックリベリオンの後、本国へと帰り、シュタットフェルト家の力で退役した軍人を雇い、短期間の集中訓練を行った。
そしてラウンズ並とも言われる実力を持つジェレミア卿と互角の決闘を見せ、ブリタニア皇帝直属のナイトオブラウンズの一員に選ばれたのだ。
わずかな揺れを感じた後、オペレーターから連絡が入る。


「中華連邦軍からの攻撃を確認。どうされますか、シュタットフェルト卿」
「……分かりました。出来るだけ被害を出さないように片付けます。頼むわ、セシル」


ナイトオブセブン、枢木スザクの後見人となった上司、ロイド・アスプルンドの元を離れたセシル・クルーミーは
カレンのナイトメアフレーム開発チームの主任となっていた。
かつては庶務が中心であったが彼女は技術者としても優秀で、式根島で回収した黒の騎士団の紅蓮、
そのフロートユニットとの調整などは彼女が中心に改装を施してある。


「イエス、マイロード。紅蓮、エナジーフィラー残量確認、フロートユニット、輻射波動、共に問題なし。他の機体も全て準備出来ています」


「確認完了。ヴァルキリエ隊、これが初任務になるわ。敵を倒すことよりも船を守ることと生き残ることを優先して。
準備はいいみたいね。それじゃあ、私の後に続きなさい。紅蓮可翔式、発艦!」


飛空挺から紅蓮可翔式を先頭に、グロースターエアの部隊が射出され、一帯は完全に戦場と化した。






テレビ画面の中では中華連邦のナイトメアがカレンとヴァルキリエ隊により次々と無力化されている。
生徒会室にいる全員がそれに気を取られていると部屋のドアが唐突に開く。
「なんかすごいことになってるね。ルル、これ頼まれてた書類」
「ああ、ありがとう」



ルルーシュは監視されている。そして彼はそのことをリリーシャに聞いていた。
自分ならば他人を監視するときどうするだろうかと考えた後、部屋の片付けをすると考えた通りの所に監視カメラが見つかった。
それをミレイとヴィレッタに相談すると、数日後自分のファンだという女子学生が犯人だということが判明。
その学生は後日本国へ帰されることになったが、あまりにも手際が良すぎるのがルルーシュの不信感を煽った。
同じクラスの人間に普段どんな感じの人物なのかを聞いたが、放課後はアルバイトをしていたこと、
友人はあまりおらず目立たない人物であったこと、何人かの教師に頻繁に相談を持ちかけていたことくらいしか分からなかった。


犯人が自分の監視のための協力員だとしたら教師の中にも仲間がいるのは確実だろう。
いや、そうなってくるとブラックリベリオンの後、生徒会メンバーを除いた全生徒、教師が入れ替わったのもおかしい。
一度生まれた疑心は、際限なく大きくなっていく。
ただ真実を知るために、ルルーシュはリリーシャの後ろにいる存在から情報を得るために、
学校外では監視がないだろうと思われるシャーリーに協力を依頼した。


学園祭で学校外参加の出店に寄る帰り、シャーリーは病院に寄り、ルルーシュの健康診断の結果が書かれた書類を受け取った。
しかしそれは帰りの電車の中で、封筒だけ同じで中身が実際の診察結果とは異なる内容が書かれた物に摩り替えられていたのだ。



摩り替えられた書類に書かれていたのは異母姉として紹介されたアーニャの診断結果だ。
ナイトオブラウンズの健康管理情報を得られる組織がもしあるとすればそれはかなりの力を持った組織だ。
            
             
ブリタニアに情報を流している人間がいるか、あるいは心でも読める・・・・・・とか、それくらいしか考えられない。


アーニャの診断結果はDNAに関するものなど、明らかに血縁を示すようなものは含まれていなかった。
それはもし他の人間に見られた時、その人間にも分かってしまうからだ。
身長の欄の横に追加された骨の成長についての箇所。そこがルルーシュの見るべき所である。


人の成長には個人差があるが、ある種の部分はその人物が誕生からどれだけの年月を生きてきたのかを正確に教えてくれる。


ルルーシュはそのことを知っていた。
その一つから始まって彼は自分の中に断片的ではあるが、明らかに何かの目的のために学んだ医学的な知識があることを認識した。
脚、脊髄、目……、まるでテレビに映ったナナリー総督のことのようだとぼんやり思う。


アーニャはロロと自分よりも年上の姉として紹介されたが、自分よりも確実に年下であると、数値は残酷に告げる。


それでも記憶は戻らない。違う、というずれの感覚はさらに大きくなる。
誰に聞けばいいのだろう。何を信じればいいのだろう。ルルーシュは自分がひどく薄ら寒い場所に立っている気がした。
今いる場所が何かの拍子に音を立てて簡単に崩れ去るような、そんな恐怖。
リリーシャも与えられた幾つかの情報以外、何か特別なことを知っている様子はなかった。
生徒会以外の人間は信用できない。もし、頼るとすれば、面識があり、そして個人として強い力を持つ人間だ。



そう考えたルルーシュは再びテレビに目を向ける。
中華連邦軍は既に鎮圧されたようだった。
今画面に映るのは総督に就任するナナリー皇女ともう一人。
一年前、生徒会として活動を共にし、今現在ナイトオブラウンズの名を持つカレンであった。






キュウシュウの日本政府政庁近くの一室で、桐原と呼ばれる一人の老人と傍に控える二人の青年もまたその映像を見ていた。
一人は扇要。黒の騎士団創設に関わった中心人物の一人。かつてのゼロ、ルルーシュの意志を継いだのは神楽耶であると感じながら、
両者が協力しやすいようにと一人日本に残り、旧日本軍の軍人達の中疎まれる役を買って出た男。
そしてもう一人は、扇のかつての友人でもあった男。


「神楽耶は強くなった。だが、一人で全てを解決出来るほどの力はないだろう。
……戦争は避けられぬかもしれん。再び苦境に陥り、その後に立ち直ることが出来たならお主のような若い力こそが必要になる。
一年前、北海道でロシア軍との戦闘で中核的な役割を果たしたお前なら、それも不可能ではあるまい。
年老いた人間がいつまでも大きな顔をしていても世界は変わらぬだろう。
C.C.の元へ行った後、どのように動くかは自分で決めるがいい。
紅月ナオトよ」


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