・本作は『東京アンダーグラウンド』の二次創作小説です。
基本的に原作に準拠しており、オリジナルキャラクターなどは全く出ません。時系列としては本編のあと、アフターストーリーという立場になるかと思います。長さは文字数にして約41000字。完結した一つの短編(中編?)となっております。
・Arcadiaは初めてなので、チラシの裏にお邪魔させてもらいました。
投稿の際、何か不都合なことがありましたら、ご指摘お願いします。
今はもう使われていない、暗闇へと続く線路――
「そういえば、この道を使うのは久しぶりだねェ」
「はッ? なんでお前がここ使ったことあるんだよッ?」
長い長い線路の先――この国の首都、東京の地底深くには、
忘れられ、封じられた世界がある。
「なんでって、任務のために決まってるじゃん」
「違うそういうことをいってるんじゃないッ! いいか、A級で実力者の赤とテイルは分かる、でもどうして同じ年少組のお前がッ」
「へへー。れでぃーふぁーすと、れでぃーふぁーすとっ」
「高麗(こうりん)」
「なんだ04(れーよん)」
「……自分の能力と実力を受け入れよう」
「がーんッ!」
「ふふ、あの時のことが今でも思い出せる」
「どーしたんやテイル? にやにやして」
「ん、ちょっとね……」
「うん?」
「あの時は、赤を倒したという風使いがあんなちんちくりんだとは思っていなかったなあ、って」
☆
「へっぷし! っひー、すっかり春とはいえ朝はまだ冷えるなァ……」
浅葱留美奈(あさぎるみな)は縁側にあぐらをかき、自宅の中庭を眺めていた。
「しっかし、平和だなぁ」
道楽だか趣味だかなんだか知らんが、それなりに整えられた庭園は、春のうららかな気候で鮮やかな色を見せていた。池の水は朝のおだやかな陽射しにきらめき、散った桜の薄い花弁が舞い降りてそっと波紋を広げる。満開になった桜の周りを、鳥がちゅんちゅん鳴いて戯れる。
老人に言わせりゃ風流なのだろうが、留美奈にとっては呑気なものだ。思わずアクビが出る。寝起きということもあったし、ぼけーっと中庭を眺めているうちウトウトしてきた。
バッコシ!
「鍛錬も積まずに朝から花見とは良い身分じゃなァ孫よ」
ジジイであった。
どんな得物で殴りやがったかは知らんが、ものすごく痛い。
「っくぅ――日常生活でいちいち気配消して近づいてくんなよ……」
「これも鍛錬のうちじゃ。気づかなかったお前が悪い」
「鍛錬、鍛錬ってなあジジイ……」
小鳥はあんなにも楽しそうに歌っているのに。まあ子どもの頃からこんななので、留美奈は今更、口ゲンカをする気にもなれなかった。
「平和じゃとお前はとたんにダメ人間になるのう。銀之助君のように勉強ができるわけでもないし、女の子にはモテんし、料理も作れん。できるのはボケーッとすることだけじゃ。そのまま地下世界に住んだら良かったんじゃないのか?」
「てめえ、それが大事な孫に言うセリフか……」
フッ、とジジイが笑いをこぼす。
「まあ、ボケーっとなる気持ちも分かる。毎晩毎晩、大変じゃからのぅ?」
「まぁたヤラシーこと考えてやがるなこのエロジジイは……」
留美奈は立ち去ろうとしたがその場から動けやしない。ジジイにシッカと両肩を押さえつけられていた。背後から耳元に絡みつく生温かい吐息が、イヤァな予感。
「そうとぼけるでない。で、どうなんじゃどうなんじゃ? 愛しのルリちゃんのお胸は、柔こかったかのう?」
「ッんな!?」
「どっ、どれぐらいの大きさじゃった? まだまだ未発達と思わせておいて、脱いだら意外とボーン! なのかのぅ? チェルシーちゃんにも手を出したか? 二人のビーチクの色と形と大きさは? アソコはやっぱりきゅうきゅうに」
ズムっ。
名状しがたい音をたて、二人は床にめりこんだ。
「なっ、なんで俺まで……」
留美奈はあらぬ体勢でジジイと床にサンドイッチされて、ぴくぴくしながら言う。
「朝っぱらからとんでもない会話してるわね。あきれたわ」
腕を組んで二人を見下すスラッとした体躯があった。静かな風になびく金色の長髪。大きく鋭い、パッチリ二重の美しい碧眼(RFC検閲済み文章)。
チェルシー・ローレック、重力使いである。ジジイの身体を上から圧し付ける見えない力は、彼女の能力『重力』によるものだった。
「そっ、そろそろ解いてくれんかの……ワシゃ年寄りで最近腰痛が……」
「だったらなおさら、マッサージで治してあげないと」
「おい金髪ッ、ジジイはいくらやっても構わねえが、俺は何も言ってねえだろ!」
チェルシーはツンとした表情のままで留美奈に目をやった。
「……で、どうなの?」
「はッ? 何がだよ?」
「まさかあんた、私に隠れてこそこそルリ様に手ぇ出してるんじゃないでしょうねェ……?」
長い髪の毛が天井に向かって逆立って見えた。
めきっ。メリメリメリメリ、
「ぎゃぁ――――ッ、コッ、腰が――――ッ、ワシ逝っちゃうぅうぅぅ――――ッ!」
「やってねえやってねえッ! 何もやってねえよ! というかお前が一緒にいるから、部屋に入ったらぶっ飛ばされるじゃねえかッ! お前いっつもルリにくっついてるしッ、」
「――それもそうね」
うんうんと頷く。
「納得したんなら解放してくれ……」
「あんたはそういうことにかけては油断も隙もないから念を押しとかなきゃダメなのよ。もしルリ様に手を出したら……分かってんでしょうね?」
「分かった分かった。ってかそういうことはしないって決めたんだ、あいつの笑顔を見てなァ!」
チェルシーが「おっ」という顔つきをして――ようやく、スッと身体が軽くなる。
「あんたにしては良い心がけね。精進しなさい」
「……へいへい」
去っていくチェルシーに、留美奈は寝転がったまま生返事をした。
「ちーん」
ジジイは逝ってしまったようだ。
「おぬしもなかなか大変なようじゃの」
と思ったら蘇った。
「せっかくお姫様を救い出したというのに、チューすらさせてもらえないとはかわいそうなやつよのぉ。まあ自分で決めたというなら、ワシがどうこう口を出す必要もないか」
「いや、チューは……」
うっすらと、そういう記憶があるようなないような。
上手く思い出せない。
「なんじゃ、することはしておったか。まあそれくらいは当然のことじゃろう。楽しむが良い」
考え込んでいる留美奈を放置し、ほっほっほっと笑いながらジジイは自分の部屋へ消える。
「したことがあるにしても、記憶に残らないキスなんて。だーッ! なんで覚えてないんだ俺ェ――ッ!」
非常に残念な留美奈であった。
ぎゅるるるる。
ひとしきり騒いだら、腹も減ってくる。
飯を用意してくれるのはチェルシーだ。
「朝食抜きなんてこたァないよな……」
「ちゃんと用意してるわよ」
廊下を居間の方へ曲がったところに、チェルシーが立っていた。
「……そーかよ。今いく」
「その前にさっさとパジャマ着替えなさい」
「あー分かった分かった。ったく、朝から騒がしくてすっかり忘れてたぜ」
「……その分だと、今日が何の日かも覚えてないみたいね?」
言いながらチェルシーは、真剣だか無表情だか分かんない顔で中庭をぼへーっと見つめてる。
留美奈は、ちょっと考える。
「何の日って、今日スーパーの特売日か?」
「スーパーの特売日は毎月20日と30日!」
主婦じみてきているチェルシーである。
「あーなんでもない、さっきのことは忘れて」
じれったそうに頭をかいて、居間へ入ろうとする、
「冗談だよ冗談」
その前に留美奈は言った。不機嫌そうな顔がこちらを睨むと、なんと
なく中庭に目をやった。
『1999年4月6日』
「……金髪が馬鹿力でウチの庭をめちゃくちゃにした日だ」
「なんだか悪意のある言い方ねェ……」
苛立たしげにつぶやいたが、もう一度中庭を見るチェルシーの横顔は、不思議とどこか嬉しそうだった。
そう。地上の人間と地下世界の人間がうんめーの出会いをして、ちょうど一年が経つ。
意識するのはちょっと、照れくさかった。
それにまだ、こういう雰囲気になるには足りないものがある。
「あっ。そういえば、ルリは?」
「たぶん、まだ部屋で寝て……そうだ」
チェルシーが手を打つ。
「あんた、ルリ様を起こしてきてよ」
「は?」
ちょっと、留美奈にとっては耳を疑うような発言だった。
「あら、何かヘンなこと言った? 私は朝ごはんの支度で忙しいの。それともあんた、私がなんでもできちゃうカンペキ美少女だからって、甘えておんぶにだっこのままでいる気?」
「いッ、いや、そうじゃねェけどさ……俺、お前らの部屋に入ることになるんだぞ?」
「そーよ。それがどうかしたの?」
ヘーゼンと返される。
「どうかしたのってお前、そんなことしたら殴ってくるじゃねえか」
「なに? あんた、私たちの部屋に入って下着でも盗もうっていうの?
ルリ様にイタズラでもするつもり?」
「そんなことするもんか」
「そう。しないって決めたんでしょ。じゃあ、入ってきて良いに決まってるじゃない」
理屈は分かる。でもあのチェルシーが――?
「そんなあっさりと……ホントにいいのか?」
「まあ確かに、決心したとしても思春期のオトコノコが何をしでかすかなんて結局わからないけど、でも、わたしは、ルミナだったら別に……ってちがう私ルリ様をさし置いて一体何を、」
「えっ? すまん途中から聞こえなかった。遠くだからさァ、はっきり言われなくちゃ分かんねえよ!」
ボソボソ早口で喋られるとそりゃよく聞き取れない。
ところでなんだか、心なしかほんのりと、チェルシーの顔が赤くなっている。
「良いって言ってるでしょッ! 早く行ってきなさいッ! このツンツン頭ッ!」
いきなり怒られた。
ビシャン!
居間の戸が勢いよく閉められ、廊下には留美奈だけが取り残される。
いったい自分が何をしたというのか。
「んーだよ……ワッケわかんねえなァ」
「ちゃんと着替えてからルリ様の前に出てよッ?」
障子戸の向こうからまァだ聞こえてくる。
疲れてきた。
「ハァ。一年経っても、金髪は金髪のまんまだな……」
朝っぱらから疲労困憊ながらも、留美奈は自分の部屋へ着替えに向かった。