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[39139] 【習作】「1999年4月6日」(東京アンダーグラウンド)
Name: 蚕◆2f9dba57 ID:56ca2c0c
Date: 2013/12/29 16:18
・本作は『東京アンダーグラウンド』の二次創作小説です。
基本的に原作に準拠しており、オリジナルキャラクターなどは全く出ません。時系列としては本編のあと、アフターストーリーという立場になるかと思います。長さは文字数にして約41000字。完結した一つの短編(中編?)となっております。



・Arcadiaは初めてなので、チラシの裏にお邪魔させてもらいました。
投稿の際、何か不都合なことがありましたら、ご指摘お願いします。











 今はもう使われていない、暗闇へと続く線路――

「そういえば、この道を使うのは久しぶりだねェ」

「はッ? なんでお前がここ使ったことあるんだよッ?」


 長い長い線路の先――この国の首都、東京の地底深くには、
 忘れられ、封じられた世界がある。


「なんでって、任務のために決まってるじゃん」

「違うそういうことをいってるんじゃないッ! いいか、A級で実力者の赤とテイルは分かる、でもどうして同じ年少組のお前がッ」

「へへー。れでぃーふぁーすと、れでぃーふぁーすとっ」

「高麗(こうりん)」

「なんだ04(れーよん)」

「……自分の能力と実力を受け入れよう」

「がーんッ!」


「ふふ、あの時のことが今でも思い出せる」

「どーしたんやテイル? にやにやして」

「ん、ちょっとね……」

「うん?」

「あの時は、赤を倒したという風使いがあんなちんちくりんだとは思っていなかったなあ、って」


    ☆


「へっぷし! っひー、すっかり春とはいえ朝はまだ冷えるなァ……」

 浅葱留美奈(あさぎるみな)は縁側にあぐらをかき、自宅の中庭を眺めていた。

「しっかし、平和だなぁ」

 道楽だか趣味だかなんだか知らんが、それなりに整えられた庭園は、春のうららかな気候で鮮やかな色を見せていた。池の水は朝のおだやかな陽射しにきらめき、散った桜の薄い花弁が舞い降りてそっと波紋を広げる。満開になった桜の周りを、鳥がちゅんちゅん鳴いて戯れる。

 老人に言わせりゃ風流なのだろうが、留美奈にとっては呑気なものだ。思わずアクビが出る。寝起きということもあったし、ぼけーっと中庭を眺めているうちウトウトしてきた。

バッコシ!

「鍛錬も積まずに朝から花見とは良い身分じゃなァ孫よ」

 ジジイであった。

 どんな得物で殴りやがったかは知らんが、ものすごく痛い。

「っくぅ――日常生活でいちいち気配消して近づいてくんなよ……」

「これも鍛錬のうちじゃ。気づかなかったお前が悪い」

「鍛錬、鍛錬ってなあジジイ……」

 小鳥はあんなにも楽しそうに歌っているのに。まあ子どもの頃からこんななので、留美奈は今更、口ゲンカをする気にもなれなかった。

「平和じゃとお前はとたんにダメ人間になるのう。銀之助君のように勉強ができるわけでもないし、女の子にはモテんし、料理も作れん。できるのはボケーッとすることだけじゃ。そのまま地下世界に住んだら良かったんじゃないのか?」

「てめえ、それが大事な孫に言うセリフか……」

 フッ、とジジイが笑いをこぼす。

「まあ、ボケーっとなる気持ちも分かる。毎晩毎晩、大変じゃからのぅ?」

「まぁたヤラシーこと考えてやがるなこのエロジジイは……」

 留美奈は立ち去ろうとしたがその場から動けやしない。ジジイにシッカと両肩を押さえつけられていた。背後から耳元に絡みつく生温かい吐息が、イヤァな予感。

「そうとぼけるでない。で、どうなんじゃどうなんじゃ? 愛しのルリちゃんのお胸は、柔こかったかのう?」

「ッんな!?」

「どっ、どれぐらいの大きさじゃった? まだまだ未発達と思わせておいて、脱いだら意外とボーン! なのかのぅ? チェルシーちゃんにも手を出したか? 二人のビーチクの色と形と大きさは? アソコはやっぱりきゅうきゅうに」

 ズムっ。

 名状しがたい音をたて、二人は床にめりこんだ。

「なっ、なんで俺まで……」

 留美奈はあらぬ体勢でジジイと床にサンドイッチされて、ぴくぴくしながら言う。

「朝っぱらからとんでもない会話してるわね。あきれたわ」

 腕を組んで二人を見下すスラッとした体躯があった。静かな風になびく金色の長髪。大きく鋭い、パッチリ二重の美しい碧眼(RFC検閲済み文章)。

 チェルシー・ローレック、重力使いである。ジジイの身体を上から圧し付ける見えない力は、彼女の能力『重力』によるものだった。

「そっ、そろそろ解いてくれんかの……ワシゃ年寄りで最近腰痛が……」

「だったらなおさら、マッサージで治してあげないと」

「おい金髪ッ、ジジイはいくらやっても構わねえが、俺は何も言ってねえだろ!」

 チェルシーはツンとした表情のままで留美奈に目をやった。

「……で、どうなの?」

「はッ? 何がだよ?」

「まさかあんた、私に隠れてこそこそルリ様に手ぇ出してるんじゃないでしょうねェ……?」

 長い髪の毛が天井に向かって逆立って見えた。

 めきっ。メリメリメリメリ、

「ぎゃぁ――――ッ、コッ、腰が――――ッ、ワシ逝っちゃうぅうぅぅ――――ッ!」

「やってねえやってねえッ! 何もやってねえよ! というかお前が一緒にいるから、部屋に入ったらぶっ飛ばされるじゃねえかッ! お前いっつもルリにくっついてるしッ、」

「――それもそうね」


 うんうんと頷く。

「納得したんなら解放してくれ……」

「あんたはそういうことにかけては油断も隙もないから念を押しとかなきゃダメなのよ。もしルリ様に手を出したら……分かってんでしょうね?」

「分かった分かった。ってかそういうことはしないって決めたんだ、あいつの笑顔を見てなァ!」

 チェルシーが「おっ」という顔つきをして――ようやく、スッと身体が軽くなる。

「あんたにしては良い心がけね。精進しなさい」

「……へいへい」

 去っていくチェルシーに、留美奈は寝転がったまま生返事をした。

「ちーん」

 ジジイは逝ってしまったようだ。

「おぬしもなかなか大変なようじゃの」

 と思ったら蘇った。

「せっかくお姫様を救い出したというのに、チューすらさせてもらえないとはかわいそうなやつよのぉ。まあ自分で決めたというなら、ワシがどうこう口を出す必要もないか」

「いや、チューは……」

 うっすらと、そういう記憶があるようなないような。

 上手く思い出せない。

「なんじゃ、することはしておったか。まあそれくらいは当然のことじゃろう。楽しむが良い」

 考え込んでいる留美奈を放置し、ほっほっほっと笑いながらジジイは自分の部屋へ消える。

「したことがあるにしても、記憶に残らないキスなんて。だーッ! なんで覚えてないんだ俺ェ――ッ!」

 非常に残念な留美奈であった。


ぎゅるるるる。


ひとしきり騒いだら、腹も減ってくる。

 飯を用意してくれるのはチェルシーだ。

「朝食抜きなんてこたァないよな……」

「ちゃんと用意してるわよ」

 廊下を居間の方へ曲がったところに、チェルシーが立っていた。

「……そーかよ。今いく」

「その前にさっさとパジャマ着替えなさい」

「あー分かった分かった。ったく、朝から騒がしくてすっかり忘れてたぜ」

「……その分だと、今日が何の日かも覚えてないみたいね?」

 言いながらチェルシーは、真剣だか無表情だか分かんない顔で中庭をぼへーっと見つめてる。

 留美奈は、ちょっと考える。

「何の日って、今日スーパーの特売日か?」

「スーパーの特売日は毎月20日と30日!」

 主婦じみてきているチェルシーである。

「あーなんでもない、さっきのことは忘れて」

 じれったそうに頭をかいて、居間へ入ろうとする、

「冗談だよ冗談」

 その前に留美奈は言った。不機嫌そうな顔がこちらを睨むと、なんと
なく中庭に目をやった。


  『1999年4月6日』

 

「……金髪が馬鹿力でウチの庭をめちゃくちゃにした日だ」

「なんだか悪意のある言い方ねェ……」

 苛立たしげにつぶやいたが、もう一度中庭を見るチェルシーの横顔は、不思議とどこか嬉しそうだった。

 そう。地上の人間と地下世界の人間がうんめーの出会いをして、ちょうど一年が経つ。
意識するのはちょっと、照れくさかった。

 それにまだ、こういう雰囲気になるには足りないものがある。

「あっ。そういえば、ルリは?」

「たぶん、まだ部屋で寝て……そうだ」

 チェルシーが手を打つ。

「あんた、ルリ様を起こしてきてよ」

「は?」

 ちょっと、留美奈にとっては耳を疑うような発言だった。

「あら、何かヘンなこと言った? 私は朝ごはんの支度で忙しいの。それともあんた、私がなんでもできちゃうカンペキ美少女だからって、甘えておんぶにだっこのままでいる気?」

「いッ、いや、そうじゃねェけどさ……俺、お前らの部屋に入ることになるんだぞ?」

「そーよ。それがどうかしたの?」

 ヘーゼンと返される。

「どうかしたのってお前、そんなことしたら殴ってくるじゃねえか」

「なに? あんた、私たちの部屋に入って下着でも盗もうっていうの?
 ルリ様にイタズラでもするつもり?」

「そんなことするもんか」

「そう。しないって決めたんでしょ。じゃあ、入ってきて良いに決まってるじゃない」

 理屈は分かる。でもあのチェルシーが――?

「そんなあっさりと……ホントにいいのか?」

「まあ確かに、決心したとしても思春期のオトコノコが何をしでかすかなんて結局わからないけど、でも、わたしは、ルミナだったら別に……ってちがう私ルリ様をさし置いて一体何を、」

「えっ? すまん途中から聞こえなかった。遠くだからさァ、はっきり言われなくちゃ分かんねえよ!」

 ボソボソ早口で喋られるとそりゃよく聞き取れない。
 ところでなんだか、心なしかほんのりと、チェルシーの顔が赤くなっている。

「良いって言ってるでしょッ! 早く行ってきなさいッ! このツンツン頭ッ!」

 いきなり怒られた。

 ビシャン!

 居間の戸が勢いよく閉められ、廊下には留美奈だけが取り残される。

 いったい自分が何をしたというのか。

「んーだよ……ワッケわかんねえなァ」

「ちゃんと着替えてからルリ様の前に出てよッ?」

 障子戸の向こうからまァだ聞こえてくる。

 疲れてきた。

「ハァ。一年経っても、金髪は金髪のまんまだな……」

 朝っぱらから疲労困憊ながらも、留美奈は自分の部屋へ着替えに向かった。





[39139] (ルリ起床~銀之助との登校)
Name: 蚕◆2f9dba57 ID:56ca2c0c
Date: 2013/12/29 16:24
 ☆

 その部屋の障子戸には、「チェルシー&ルリの部屋」という札が掛けられている。

「『関係者以外の立ち入りを禁ず』か……」

 ピシッと学ランを着こなした留美奈は、その文面を前に立ちつくしていた。

 チェルシーは女性のプライベートに関してはとても厳しい部分がある。その厳しさといえば、ふつうの人間ならばキョーフ症に陥るくらいである。すなわち問答無用の鉄・拳・制・裁。

 まだ可愛らしいと思われる小学生くらいの男の子でさえ被害にあったことがあるのだ。

 好意的に抱きついただけでボッコボコだった。

 普通の女性ならむしろ喜んでなでなでくらいするのではないだろうか。

「ん、んなとこで突っ立ってる場合かッ。ちょっとルリを起こすだけだ。それに金髪も許可したんだ……ル、ルリ、入るぞ?」

 なんだかんだ言いながら、乙女の園の禁断の扉を、ゆっくりと開けていった。

 留美奈は久しぶりに目にしたが、そこは自分の家にあるふつうの和室なのである。タンスや鏡台などが増えているが、それも元々ウチにあった家具だ。

 でも、その部屋の中央には――

「ルリ。朝だぞーっ」

 ふかふかの布団に包まれぐっすりと眠る、お姫様がいた。

 大変心地よい眠りに就いているらしく、まったく反応がない。すーすーと静かな寝息をたてて、穏やかな睡眠を貪っている。その寝顔は、布団にもぐりこんでいて分からない。

 多少寝返りを打ってはいるが、さすが元巫女というべきか、寝相は良いようだった。

「いつかの金髪のアレはひっどかったよなァ……」

 ――ゾッ。

 どこからか殺気を感じるような気がしたので、それについて考えるのはよしておく。

「ルリー、ルリ? 起きろよ、ほら」

 しゃがみこんで、枕元で呼びかけても起きる気配がなかった。

「まったく。お姫様がこんな気持ちよさそうに眠ってるのに、起こそうとするのが間違いだぜ」

 でも、今日は特別な日だ。障子からルリに向かって注ぎ込む陽は、そのことを祝福してくれているように思える。この光を、ルリはずっと求めていたのだ。

 そうだ、閉め切られたこの部屋が悪い。

 これでは風も感じられない。

 留美奈は立ち上がり、縁側の障子戸を全開しにかかった。

 すぐさま、光はこの部屋にサッと差し込み、緩やかな風が掛け軸や活け花をそよと揺らした。

 むぐ、と布団の中身が動く。

「いい天気だぞォ、ルリ。早く起きなきゃもったいないっ」

 言いながらもう一度、枕元についた。

「ぅ、ううん、むぅ……」

 もぞ、と寝返りを打つ。白い素肌が現れて、陽射しに輝いて見える。長い睫毛は閉じられたまま。ほっぺたが赤くなっていて、可愛らしかった。

 愛しいルリの寝顔。

 留美奈は不覚にも、ドキっとしてしまう。

 頭をブンブン振って、そういう感情を一旦追い出す。

「朝ごはん、冷めちまうぜ……」

 恥ずかしかったがルリの身体を揺らして、眠りにトドメをさそうとした。

 ぎゅうっ。

「えぇっ?」

 ルリの肩にそっと触れていただけの手が、いつのまにか両手のなかに包まれていた。

 温かくて、柔らかい――。

「る、るみなしゃん……」

「はっ、はいッ?」

 寝起きの舌っ足らずの声。そして留美奈の手はだんだんとたぐりよせられ、やがて、額にそれをすりつけて、

「んふふ~るみなしゃんの、てぇ……」

 しあわせそうな声で鳴く。

 そしてその時のルリの笑顔ったら。

 笑顔ったらッ!

 どきどきどきどきどきどきどきどき。

「や、や、や、」

 ヤベェよこれっ!?

 留美奈は心の中で叫んだ。

 女の子には起こされるのが定番でサイコーだと思っていたが、起こすのはもっとスゴかった。

 完全無防備のルリが目の前にいた。

 そしてそのルリは、自分にじゃれついてきてるわけで――

 どーにかならない方がッ、おかしいっつうのッ!

 再び心の中で叫ぶ。

「いや、だめだ。なんとかしないと。そうだ、この手が悪い」

 ずっと見つめていたいルリの笑顔に、ここは留美奈も目をつぶる。

「よし、せぇので行くぞ……イッ、せぇ、のッ!」

 ぱっ。

「ふぅ……」

 手は無事に帰ってくる。だが――

「ルミナさん……?」

「おっ。起きたかル」

「どこにもいかないでルミナさんッ!」

 抱擁。

 墜落。

「もう二度と、ルミナさんが死んでしまうところを見たくないんです!

 せっかく、せっかくまた会えたのに、もう、離れ離れになってしまうのはイヤです……っ」

 のしかかられ、ルリの重さを感じつつ、それを聞く。

 驚く程の力で、抱きしめられていた。

 留美奈も、ぎゅっと抱きしめ返した。その身体の小ささを、両腕でしっかりと感じる。

「まったく、どんな夢を見てたんだか。どこにもいくわけねェじゃねえか」

「死なないで、ルミナさん……」

「死ぬもんか。寿命が来たって生き続けてやる」

 何度も何度も死にかけて、それでもお前を追いかけ続けてきたんだ。

 そしてようやく手に取ることができた、ちっちゃな手、華奢な身体、だけどこの上なく温かくて大切な存在――ルリ、お前を。

「死なないで……」

 むくっ、と。

 覆いかぶさったまま顔だけを持ち上げるルリ。

 留美奈の眼に差す陽の光を、ルリの顔が遮る。

「へっ?」

 ルリの目は閉じられたまんまだった。

 というか、その作業を行う際は、目をつむっておくもんだって聞くね、うん。

 唇が、軽く突き出されており。

 それがだんだんと、近づいてきているような――。

「ちょっ、えっ? ルリ? こんなとこで、」

 驚くが、どうしてか顔を動かすことができない。

 唇にじっと、見とれている。淡くぷっくりつやつやとした、柔らかそうな対の花弁。

 寝起きにもちろん口紅はなく、剥かれたまんまのきれいな生々しさがある。

 記憶がある。この唇の感触を、自分は知っている――?

 色素の欠けたような不思議な色の髪の先が、甘やかな匂いとともに頬をスッと撫でて、

 留美奈はそっと眼を閉


 ヴァリヴァリミシミシベキベキグシャリ。


 明らかに近くで聞こえた不穏な物音に留美奈は慌てて身を起こした。ルリを抱きしめたまま。

 障子戸の隙間から、こちらを覗く二名の視線があった。

「ぐぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬ……」

 低音で唸るチェルシーと、

「ひいいいいいいいいいい……ッ」

 ダバダバ涙をこぼしながらおびえるメガネの少年――五十鈴銀之助。

「なんでお前らがここにいるんだよッ!?」

 チェルシーの握力によって障子の一部は壊滅しており、

「もしかしたらと思って来てみたらルリ様になんてことさせてるの……覚悟はいいかしらァこのエロガキ……ッ」

「いやちげーからッ! 俺はルリをなだめようと抱きしめてだなあ、そしたらまあ、良い雰囲気になっちゃってこんなことにッ、なー、ルリっ?」

 そう。真っ当なキスなのである。必死で弁明しつつ腕の中のルリを見る。ルリは――

「すぅ、すぅ……」

 気持ちよさそうに寝ていました!

「ね、ねぞうがワルかったのかナ?」

 ヴァキッ、ボキッ、ゴリュッ。

 チェルシーは拳を鳴らしながらこちらへ近づいてくる。ルミナはずるずると後退する。

「っていうかおかしいだろッ? ルリが上だったの見てたよなっ? ねぼけて抱きついてきただけで、俺は何もやってねえってッ? 事故だよ事故ッ! お前が怒る必要がッ」

「そんなことどうでもいいわッ! よくわかんないけどムカツクのよ!」

「ハアァ――――ッ!?」

 それを言われたらおしまいだった。チェルシーの拳に重力が収束されていくのが見えた。

 ああ、顔面めがけて飛んでくるよ。

「ジオ・インパクトッ!」


 ――――――――、


 とっても、ヘビーな朝食だった。


「リフジンダー……」


 ☆


「ほんっと、金髪と一緒に住んでたら身体がいくつあっても足りねえぜ……」

「あはは……」

 目覚めてまだ一時間しか経っていないのに、三ヶ月は漂流したような顔つきになっている留美奈に、幼なじみ、銀之助は力なく笑うしかなかった。

 二人は登校中である。家もそこそこの近所なので、たいていの日は二人連れ立って学校に行く。今日から新学期ということで、高校二年生としては初めての登校だった。

「そういや銀之助、今朝は家に来るのがやけに早くなかったか? 俺まだ朝飯も食ってなかったんだぜ?」

「よくぞ聞いてくれたよルミナっ!」

 銀之助は腰に手を当て、胸を張る。

「なんだ?」

「ふっふっふっ、ルミナはきっと覚えてないんだろうな。今日がいったい何の日かッ」

「あー、スーパーの特売日だったっけ?」

「スーパーの特売日は毎月20日と30日ッ!」

「……」

「聞いて驚くなよルミナ。今からちょうど一年前のこの日、僕たちは地底人に遭遇したんだ!」

「……わあお」

 得意だった銀之助はガックリとなる。

「あれ。リアクション薄いねぇ?」

「まー、とっくに知ってたからな」

「知ってたなら言ってくれよォ! めちゃめちゃ恥ずかしいじゃないかッ!」

 ガクガクガクガク。

 襟を掴まれ揺さぶられる。

「で、それでウチに早く来たってのか?」

「うーん。まあそれだけでも十分な理由になるけどね。だけど今日は、ルミナたちにいち早く見せたいものがあったんだ。それでウチに用意してたんだけど……」

「例によってドタバタのせいで見せる暇がなかったってことか」

「そういうこと……」

 よほど残念だったのか、うなだれてしまう。

「ふうん。でも朝っぱらからお前の発明なんか見せられてもなァ……」

「あっ。言ったな、ルミナ?」

 ギラリとメガネが眩しく輝く。

「だってなあ……雑魚にならたしかに役に立つかもしれねぇけど、師兵クラスが相手じゃそういう小細工は通用しないだろうが」

「おいおいルミナー、ここは地下世界じゃないよ? あれからもうだいぶ経つのに、頭の中はまだ地下世界のまま?」

「……かもな」

 ほんの数ヶ月前に見た景色を思い出すがすぐに打ち切る。

「じゃあ、何を作ったか教えてもらおうじゃないか?」

「ふっふっふっ。今回のは本当にすごい発明なんだ。時間を作ってそのときに発表しよう。そうだな、今日の放課後に、ルリさんとチェルシーさんを、本堂の前の庭に集めておいてくれよ」

「俺だけじゃなく、あいつらも?」

「うん。みんなに見せたいものだからさ」

 銀之助は意味深に笑った。

「きっと驚くと思うよ、ルミナ?」





[39139] (発明品披露~RFC暴走)
Name: 蚕◆2f9dba57 ID:56ca2c0c
Date: 2013/12/29 16:21
 ☆


 その日の夕方。銀之助は制服から正装に着替え、ネクタイをぎゅっと締めてから、浅葱家の庭に臨んだ。だだっ広い空き地のようなところへ、発明品紹介用の台まで持ってきて、えらい力の入れようだった。ちなみに長い髪を結ぶ紐も、今回は「勝負用」にしてある。

 あらかじめ用意された椅子に、三名の客はすでに座っている。

 シルク製の真っさらなナプキンで覆った発明品を手に、いざ――

 とさっ。

 台に発明品を丁重に置き、

「レディース、アン、ジェントルメーン。今日は僕の発明品発表会にお越しいただき誠に、」

「前置きはいいからさっさとしろー」

「そうよ。タイムセールを諦めてまであんたらのお遊びに付き合ってやってるんだから」

「ううっ、ひどいよルミナたち、せっかく僕が活躍できる唯一の見せ場なのに……」

 厳かな雰囲気は一瞬にして壊れた。

「そうよチェルシー。銀之助さんにきちんと協力してあげなきゃ」

「ああー、やっぱりルリさんはやさしいなあっ」

 銀之助はだばーっと感涙する。

「わたし、なぜか銀之助さんのことがほうっておけなくって。とにかく、ちゃんと聞いてあげよう、チェルシー?」

 ――ハッ。

 そのとき、乱暴者二名の頭の中に一筋の電撃が走った。

 次の瞬間、留美奈は高速で移動し、銀之助のネクタイを締め上げる。

「クソー、銀之助ッ。お前いつの間にルリのハートを射止めてやがったんだーっ!」

「ぎゅわぁぁぁあっ、僕そんなこと知らないよ~っ」

「やめなさいルミナ」

 叱りつけるような口調でチェルシーが言った。

「やめなさい。そして、メガネ君の話をちゃんと聞いてあげるの」

 真剣な眼光で留美奈を突き刺す。

「きゅっ、急にどうしたんだよ……」

「あの、僕はメガネ君ではなく五十鈴銀之助という名前がちゃんとありましてね……」

 チェルシーは留美奈の耳をぎゅっとつまんで引き寄せた。

 こそこそと話をし始める。

「バカッ、考えてみればすぐに分かるでしょっ」

「だからなにがだよ……?」

 銀之助は蚊帳の外で一人、

「あの、話聞いてます?」

「ルリ様とメガネ君の固い絆の正体よっ」

「固い絆ッ!? ウソだろ……あいつらいつの間に……」

「絆っていうのはそういうことじゃなくッ……あーもー、共通点っていえばいいのかしら」

 銀之助とルリは蚊帳の外で二人、

「あのー銀之助さん、二人はいったい何の話をしてるんでしょう?」

「わー、やっぱりルリさんは僕のこと名前で呼んでくれる~っ」

「共通点共通点……ハッ!」

 ショキメンバーナノニデバンガスクナイ。

「うへー、限りなくどうでもいいんだが……」

「でもここはルリ様の意見をくみ取ってあげましょう」

 パッ。

 と二人は席に座りなおす。

「悪かったよ銀之助。今からはちゃんと話聞くからさ、堂々と発表しろよ」

「ごめんなさいルリ様。せっかくのタイムセールだったものでつい……」

「いいえ。分かってくれればそれでいいの」

「やったーッ、よく分からないけど改心してくれたんだね二人ともっ!」

 銀之助が元気を取り戻して、再びメンバーの前に立つ。

 傾きかけた太陽のやわらかい陽射しの下。頬をなでるくらいの風が植木の葉を揺らし、女の子たちの髪をやさしくなびかせる。ただそれだけの呑気な時間が過ぎてゆく平和な庵光寺の境内で、銀之助はナプキンの端を軽くつまんだ。

「よーしっ、じゃあそろそろ発表しますよっ。これが僕の新発明、その名も『UMラジオ』です!」

 見た目は、なんの変哲もないラジカセである。

「で、そのラジカセがどうやったら爆発するんだよ」

「なんで爆発するのさッ?」

「まず私の能力で耐久性を確かめないと」

「なんでラジカセの耐久性を確かめてみる必要があるんですッ? 二人とも僕の発明をとにかく壊そうとしてないッ?」

「わー面白そうな機械ですねっ。このボタン押してみてもいいですか?」

「……やめてくださいルリさん」

 一通りツッコみ終えると、銀之助はアンテナを立て、周波数のダイヤルをいじったあと、腕時計を確認する。

「ほんとは内容を発表してから実験を開始するつもりだったんですが……あと20秒待ってください。これから始める実験で、だいたいの内容は分かるはずです」

「お前にしては、結構大掛かりなんだな?」

「そりゃあそうですよ。これはもしかしたら地上と地下世界を結ぶ……おっと、口がすべりましたね。あと13秒です」

「ちょっと。地上と地下世界を結ぶって? 地下世界の存在を、地上に公表するつもりッ?」

 チェルシーの語気が少し強くなる。

「いえ、そんなに大したことじゃないんです。ただほんの少しだけ、僕らの日常が変わるかもしれません。というか、『僕たちのための発明』になるはずなんです、これは。あと5秒」

 銀之助が電源スイッチに指をかける。

 「地下世界」。突然飛び出した思わぬワードに期待と不安が混ざりあい、空気が張り詰める。

「3」

「2」

メンバーの誰もが押し黙っている。

ラジカセを見つめて。

「1」

 パチュン――。

 両方のスピーカーから静かなノイズが漏れ始める。

 銀之助はダイヤルとアンテナを操作し、たまに音声らしきものの混じるノイズを慎重な手つきでかき分けた。

『ぁ、――ぇる、ザッ、』

「おっ、」

 一瞬どこかの電波と同調し、留美奈が声をあげる。その感触を頼りに銀之助はダイヤルを微調節した。

『あーあー、ズズッこちらローレッザザッンクラブラジオですー。ただいま試験放送中。ただいま試験放送中――』

「この声……?」

 チェルシーの言葉に、銀之助はニヤリとした。

『こらっ、そんな番組を勝手に放送するなァ! ウチは本当に地下世界を改善したいと思っている反対勢力(レジスタンス)のためのアナーキー放送局なんだ! 僕が独自に研究した公司本部攻略術を公表したりレジスタンス同士で情報交換したりですね、』

『そんなこと関係ないですわッ! 私はただローレック様の声が聞ければッ! アーアーアーっ! ローレック様ァ、私の声聞こえてますかーッ!?』

『ローレック様ぁ、聞こえてますかぁー?』

『もうっ全ッ然反応ないじゃないッ、これで何回目よッ、ちゃんと働きなさいこのポンコツメカァーッ!』

『やめろ――ッ、君たちが思っている以上にこの機械は設定がデリケートなのですよア――――ッそのレバーはダメ絶対ダメいじっちゃ動かすな! ダメッレバーだけは絶対に、』

「おい銀、これって……」

 ようやく留美奈が口を開いた。

「録音なんかじゃありませんよ? 地下世界から出る日、翠先生と約束したんです。一時間に一回、地下から電波を発信してくださいと。それを僕が、いつか受信してみせるから」

 音声に耳を傾けながら言う銀之助は、横顔ながら誰の目にも勇ましく、抑えきれぬ歓喜に満ちあふれた表情(かお)をしていた。

「そしてもちろん、受信だけができるわけじゃありません」

 ポケットからマイク端末を取り出すと、スイッチを入れた。それに反応してラジオカセットの第二ランプも青く灯る。

「翠先生っ、翠先生ッ!」

 銀之助がマイクに向かって吹き込んだ数瞬後、

『ん……今誰かが僕を呼んだような?』

「翠先生っ! 僕です、銀之助です!」

 更に数瞬後――

『……ついに開発したんだね、銀之助君』

「はいッ。お久しぶりです翠先生。先生の声も、ばっちり聞こえてますッ」

『先生、か。そう呼ばれるのも随分久しぶりな気がして照れるなあ。ところで銀君、そっちは君一人だけなのかい? もしそうなら呼んできてほしい人がいるんだけど』

「ええっ!? 僕は先生に、募る話がたくさんあるんですがっ?」

『いや僕だって、銀君が開発したその装置についていろいろと聞きたいことはあるんだけど、外野が少し騒がしすぎ……ホントのこと言うと今、煉氣銃をこめかみに突きつけられて脅されてるんだよォ~っ』

「センセエ~ッ!」

『というわけで銀君、聞こえますぅ?』

 音声が女性の声にすり変わる。先程も聞こえた二人の女性の声のうち、穏やかで優しげな方の声だ。

「エミリーさんッ? 何をしようとしてるんですっ?」

『そうッ! 簡潔に言うわっ。私たちはメガネ君の声なんてどーでもいいのよッ! はやくローレック様を出しなさいッ? さもなくばあんたの師匠の命の保証はないですわよッ?』

 キンキンと高い声の方――これは言うまでもなくジルハーツだ。

『ないですよ~』

 と再びエミリアが穏やかな声で告げ、

『ヒェ―――――――――ッ! あっ、そっ、それはまだテスト中の重力弾ッ、まだ威力調節がフジューブンでッ、ブラックホールじみたものが出てくる超絶危険なッ、だっ、だめだ装填しちゃっ、あ、安全装置まで外されてるっ? 何かの間違いで発射されたらどーするッ!?』

『何かの間違い、ですって? 私たちが本気じゃないとでも思ってるの?』

 とジルハーツ、

『そうですよ翠さーん? 忘れていらっしゃるようですが、あなたは公司の敵なんですっ。たとえ私たちがあなたの命を奪ったとして、それの何がイケナイんですか?』

 とエミリア、

『たすけてヘキサァ――――ッぐががぐがあ~?』

 何かで口を塞がれたようだった。

『うるさい人にはこう、ですっ。ねえ銀君、銃口をおクチのなかに突っ込んでブラックホールを打ったら果たして人体はどうなってしまうんでしょう?』

『ちなみに頼みの綱のヘキサさんは私たちの後ろでニコニコしていらっしゃるわ?』

『ごめんなさい翠。タウン特産品の数々で買収されちゃったわ。特に地下魂の辛口(日本酒)はレアだから……えへへ』

 とおとなしそうだけど嬉しそうなこの声はヘキサである。

『えぐがァ(ヘキサ)―――――――――――――ッ!』

「ううっ、ひどいひどすぎるぅッ。師弟せっかくの再会をちょっとぐらい祝福してくれたっていいじゃないかァ~」

「お疲れ様……」

 あまりにも不憫すぎる銀之助に、さすがのチェルシーも同情してしまう。ポンと肩に手を置いたあと、差し出されたマイク端末を受け取った。

「お待たせあんたたち。私がご指名のチェルシー・ローレックよ……」

『きゃあああああああッローレックローレックローレック様よォ――ッ! エミリーちゃんと録音してるッ?』

『そんなのとっくに録音中ですジル先輩ッ!』

「あっ、相変わらず元気そうでなりよりだわ……」

『全然元気などではありませんでしたのよローレック様。気力体力希望や勇気何もかも失い、何度も何度もヤケ酒に走ったこの数ヶ月!』

『龍(ロン)の復活未遂のあと私たちがせっかく救出したというのに、突然地上へ行ってしまうだなんて……ちょっとヒドいです!』

「それはしかたないじゃない! 私だって護衛の任務がまだ、」

『そんなにッ! そんなにあの男のことが良いのですかッ?』
 チェルシーの言い訳をジルハは遮る。

「はッ!?」

『こんなにも尽くしに尽くし筆舌に尽くしがたいほど尽くしッ、公司(カンパニー)の内部組織の中でアブない橋を渡り続けッ! ついには公司のNO.3今では実質トップの崇神(スイジェン)様にさえ目をつけられてしまった私よりッ、ただ感情の赴くままに粗野な武器を振るい続けただけのあの男の元へと走ってしまわれるのですかッ? 人の愛は性別を超えられないとでもいうのですか――――ッ!?』

『ちょっ、ちょっとジル先輩ッ? 翠さんやヘキサさんが変な目で見てますってッ!』

「ちょっとッ? あんたものすごい誤解をしてるわよッ? 私が地上に行ったのはあくまでルリ様の護衛のためであってっ、ツンツン頭に会いたかったからではけして、」

『わーッローレック様ツンツン頭って言いましたァ――ッ! 私はただ、男、とだけしか言ってないのにっ、粗野な武器を振るってたのはメガネ君も同じでしたのに、ローレック様はツンツン頭とッ、たしかにその凛々しいお声が告げましたちゃんと録音もされましたーッ!』

「ちっ、ち、ち、ち、ち、ち、ち、ち、」

 チェルシーはなぜか顔を真っ赤にして、美しく青い瞳も今は混乱でぐるぐる回転している。

「チェルシー……?」

 ルリは問いかけるような視線でチェルシーを見つめる。

「ちちちちちち違うんですよルリ様ッ? こいつらが言ってるのはただのジョーダンで……」

「だ――ッ!」

 ガマンの限界だった留美奈がチェルシーからマイクを奪い、

「てめェらこれ以上根も葉もないコト言ってるとタダじゃすまねえぞッ? 俺とチェルシーはだなァ、一緒にルリを救おうと決めたただの同志だッ。それ以上でも以下でもねェよ!」

『この声は脳みそツンツンの暴力ばかりのにっくきアンニャローッ! 

 あなたせっかくチェルシー様にそこまで迫っておいて、手を出そうともしないなんて一体どういうことですのッ? 根も葉もないなんてどの口が言うのカシラッ! その余裕ブッコいたような物言いがますますクキュゥゥゥゥッ! ぐうゥっ、そんな中途ハンパな態度でいられるよりはッ、いっそッ、いっそ爽やかに奪われてしまったほうがこちらも諦めがつくというものォオ~ンっ』

『ごめんなさいルミナさんっ。私たち今日も昼からお酒ばっかりで、テンションや人格がブチ支離滅裂になっちゃってるんです。かく言う私も、さっき翠さんにトンデモナイことしちゃったみたいでっ……』

「もうだめだコイツラ……」

「ルミナさん貸してください」

「あ、ルリ?」

 思わぬ人物がマイクを欲求したので、ルミナはついルリにそれを手渡してしまった。

「はじめまして。元生命の巫女、ルリ・サラサです」

『ハヘッ? みっ、みこサマ!?』

 これにはジルハーツの酔いも覚める。

「先ほどの『根と葉』の件、具体的にどのようなことがあったのか、是非私に教えてくれませんでしょうか?」

「ルっ、ルリ様ッ!?」

 チェルシーが叫ぶ。ラジオの向こう側の声は察する。

『ハッ……そうだったのですね巫女様。尊いあなたのようなお方でもローレック様の魅力は万人共通の真理としてそして禁断の感情として……主従関係に芽生えた禁断愛イイワッ実にイイッ! では僭越ながらわたくしめが、あのにっくきツンツンが地下街(スラム)で巻き起こしたローレック様への不敬の数々、お披露目致しましょうッ。その代わり巫女様もRFCの名誉会長になって、我々のさらなる地位向上のため公司にご進言いただけないでしょうか?』

「ハイッ。わたしにできることならなんでもやりますっ」

「ごめんなさいルリ様~ッ、ちょっと返してもらいますよ~っ!」

 チェルシーが強引にマイクを取り戻した。

「私とツンツン頭の関係は、本当にさっきアイツが言った通りよッ。勘違いしないでっ」

『私がいうのもなんですが実際かなりムリがあるのでは~?』

 とエミリア。

「うるさいっ!」

「返す言葉がなくなってますよチェル」

 ゴスっ。

 口をはさんだ銀之助は殴られる。

『じゃあッ! じゃあせめて償いをッ、勝手に地下世界から消えてしまった償いをもらえませんでしょうかッ?』

 ジルハーツの声は涙に潤んでいた。

「そっ、それは、ごめん……」

『謝るだけじゃ許してあげませんっ。ほらほら、ジル先輩がもう、涙に暮れて暮れて……』

「もうっ。じゃあいいわッ! なんでもっ、なんでもやってあげるから、私にさせたいこと何か一つ言いなさいよッ!」

 少しの沈黙のあとジルハーツ、

『……じゃあ、愛してる、って言ってください』

「ハァッ? どーしてそんな恋人みたいなことあんたにしなきゃいけないのよォッ!」

『ううゥっ、なんでもしてくれるんじゃなかったのですかっ? それともローレック様は、約束を破るようなお人だったのですかっ?』

「うぐっ……わかったわよ、言ってやるわよ」

『ちゃんと名前をつけてお願いします』

「わかったわよ! 言ってやるわよ!」

 沈黙。

 チェルシーの顔は林檎のように苺のごとく真っ赤っ赤だ。

 五秒かかった。

「……………………ジルハーツ、あなたのこと、あ、愛してる……」

 ぷっ。

 奇妙な音で突然通話が途切れる。そのあとエミリアが告げる、

『ジル先輩。鼻血出して気絶しちゃいました』

「そ、そう……」

 チェルシー、ゼーハーと疲弊しつつの返答だった。

『ついでに私にも言ってくださいっ』

「……エミリーも、愛してるわよ」

『キャッ。ケータイの着信音にしちゃいますっ』

「あぁ――……」

 チェルシーはマイクを手にしたまま空を見上げぼーっとする。

「平和がどれほど尊いのか身にしみて分かった気がするわ」

「いいのか。こんなことで平和が分かって……」

「チェルシーさん、ルミナ。どうやら僕らに平和はまだやって来ないみたいだよ?」

 銀之助が苦笑いで言いながら、視線で自分の背後を差した。それは庵光寺本堂側の入口の門にあった。

 二人は一瞬、自分の目を疑う。ラジオの声を聴いたとき、耳を疑ったのと同じように。

 一見しただけではただの珍妙な集団だった。髪型がバラエティに富んでいて、どこぞのコスプレ集団かと思ってしまう。しかも全員外国人。街で歩いていると相当目立つだろう。

「シエル……?」

 最初に反応したのは、意外なことにルリだった。

「シエル、シエルなの……?」

「ルリねーちゃんっ!」





[39139] (再会~シエルピカチ○ウ)
Name: 蚕◆2f9dba57 ID:56ca2c0c
Date: 2013/12/29 15:50

「シエル、シエルなの……?」

「ルリねーちゃんっ!」

 白がかった金色の髪の少女が駆け出す。二つの尻尾のような髪の束と、それを結ぶ真っ赤なリボンが遅れてなびく。

 飛び込んできたちいさな身体を、ルリは思い切り抱きしめた。勢いが強すぎて尻餅をついた。

「久しぶりだねっ、あいたかったよぉ……」

 胸の中ですりすりと、動物のような愛情表現をする少女――シエル・メサイアに、ルリは思わず目頭が熱くなった。

「シエルっ!」

 むぎゅうっ!

「わっ」

「生きてるとっ、思ってなかった……」

「へっ?」

「ごめんね、わたし、シエルのこと、心の中で勝手に殺してたッ」

「ねーちゃん……」

 ルリの目から溢れ出す涙を、シエルは苦しそうに見つめた。しかしすぐに笑顔に変える。

「笑ってよ、ねーちゃん。わたしはねーちゃんの笑顔が見たくてここまで頑張ったんだから」

「笑えないよ。わたし、やっといろんなことから立ち直れそうだったのに、わたしのせいでいなくなってしまった人達のこと、みんなみんな忘れられそうだったのに、生きてるなんて、ずるいよ……ッ。シエルだけじゃなくて、チェルシーも、ルミナさんも、銀之助さんもそうッ」

「ルリ……」

 留美奈は手を伸ばしかけて、やめる。ルリがこんなにも我を忘れるのは初めてだと思った。

「ずっと、ずっとずっとずっと、私はお荷物だった。だから私は、切り離されたかった。遠くでみんなが笑っていればそれでよかったのっ! 私が近くにいて苦しんでいるよりはずっとッ。シエルが死んだって聞いたとき、悲しかったけど、ほっとした。これでもう、苦しまずに済むんだって。だって人は死んでしまえば、あとは記憶から消えていくだけだから。だけど全然違ったッ! 夢に出てくるの、シエルの笑顔が。それで私を苛んでくるの。お前が奪った命だって……。何度だって捨てようとした。シエルやみんなとの思い出全部。そうすれば、赤の他人だったら、悲しくともなんともないから。でもみんな、生きてるんだもんっ。私が夢の中で何度殺しても、みんなは蘇って私のもとへやってくるッ。みんな、みんなみんなズルいよ……こんなんじゃ笑えるわけないよ……涙がッ、止まらないんだもの……ううぅっ、」

 ルリは目を思い切りこすった。うなされるように、震える手でスカートのポケットを探った。

 溢れ出したのは赤く、長いリボンだ。

 いつかまた会ったときに返す――そうルリとシエルが約束したリボン。

「捨てられるわけがなかったッ……ずっと、ずっとずっとずっとずっとずっと、シエルに会いたかったよぉっ」

「ねーちゃん……ぐずっ、ねーぢゃんッ!」

 大粒の涙が頬を伝った。それを隠すように、シエルはルリの胸に顔をうずめて泣いた。

 ルリはそれを優しく包んだ。包みながら、ルリも大きくむせびながら泣いた。

「お姫様も大変だったんだよ、ルミナ」

 二人の姿から目をそらしていた白髪の少年が、顔を上げ言った。

「お前もルリを悲しませた人間のうちの一人だろうが、テイル」

 テイル・アッシュフォード。この地上からルリを連れ去ろうとした張本人だ。

「怖い顔を向けられるために、地上に来たんじゃないんだけどね……」

 ため息をついた。

「でも地上に来てしまうと、向き合わざるをえなくなるのかな。いろんなことにさ。地下の人間にとって、地上とはそういう場所だよ」

 空を見上げた。

「あの頃の僕はどうかしていたよ。今思えば、僕の性に合わない小悪党のような真似だ。公司の指示だったとはいえ、僕にもそれくらいの分別はついたはずだ」

「いーよいーよ。俺だって今更、どーのこーの言わねぇって。大事なのはこれからどうするか、だろうが。でもまあ俺だってデキた人間じゃねえ。一発ぐらいは殴らせてもらおうかなァ」

「構わない。当然のことだ。だが他のメンバーには手を出すな」

 テイルが前に出る。腕をぐるんぐるん回しながら、留美奈はニコニコ歩み寄っていく。

「ちょっとルミナッ」

 チェルシーの制止も聞かない。

 目の前に立った。

 テイルが瞳を閉じる。

 留美奈は大きく腕を振りかぶった、

 ガシッ!

 しかし衝撃は頬に当たらず、テイルは代わりに肩を掴まれぐっと引き寄せられていた。

「らしくネーじゃねえか尻尾頭ッ!」

「ちょっ、風使いッ?」

 目を開けるとテイルは驚愕する。まるで親友であるかのようにがっしりと肩を組まれていた。

「いつものお前なら『フン、僕はただ風使いの能力に興味があっただけなんだ。生命の巫女のことなんか知ったこっちゃないね』とかなんとか憎たらしいこと言うのによォ。似合わねえ、真面目ったらしい話始めて困っちまったぜ」

「失礼なッ。僕だって大人になろうとしてるんだよ」

「おうおう。なりたいんなら何にでもなっちまえばいいさ。でもルリと俺たちのことはもう気にすんなよ? だって俺は、悩めるお姫様を救ったサイキョー無敵の勇者なんだからッ!」

「最後の最後でしくじったじゃない」

 とチェルシー。

「うっせえ! なあルリ! 俺がいて、まあかなり悩ませたところもあるにはあったみたいだが、実際、ものすごく助かっただろう!」

 唐突な質問に、ルリは顔をあげる。涙で目が赤くなっていた。
けれどその表情はだんだんと綻んでいく。

「……そりゃあもうっ!」

幸せ満面の笑顔が咲いた。

「ほらなっ!」

 留美奈はテイルに笑いかける。

「フン……勝者の余裕、ってとこかな?」

「あ? なにがだよ?」

「いつまでもベタベタくっつくなっ」

 留美奈を突き飛ばした。

「勘違いするなよ浅葱留美奈? 公司の件は謝るけど、僕と君の闘いは
まだ終わったわけじゃない。地上でのお姫様との平和な暮らしにうかれてる君に、それを伝えに来たんだ」

「わざわざどうも。でも、さすがに能力なしじゃお前に勝つのは難しいかもなァ……」

「ハァっ!? 能力なしって、この僕をナメてるのかッ?」

 目を剥くテイルに留美奈は両手で待ったをかける、

「なんだかシンネーけど、地下世界を出てから急に風の能力が使えなくなったんだって」

「どうしてだッ?」

「だからわかんねえんだってっ」

「クッ……でもまあ、能力ってのは捨てようとしても捨てられない代物なんだ。そのうち思い出してしまうだろうさ」

「意外と諦めるのが早いんだな?」

 テイルは腕を組んでそっぽを向きつつ、少し考えてから言った。

「そう、かもしれないね……」

 次に留美奈は門の方へ視線を投げる。

「ロールパン頭にチビどもも、そこでツッ立って何してるんだ?」

「明らかにウチらが入られへん空気やったやろッ」

 関西弁でがなるのは、日焼けしたような肌と白い髪のコントラスト、二つに束ねた髪をくるくるとカールさせた頭が特徴的な少女――シャルマ・ルフィス。

「チビと呼ばれるのは久しぶりだな」

 冷静に言うのは、ちんまりとした体に猫目の少女――04(れーよん)。

 その隣で留美奈と似たようなツンツン髪の少年――高麗(こうりん)が自慢げに笑う。

「風使いと顔を合わせない間に5センチ伸びたんだ。すぐに追い抜かすさ」

「チビ……そのまま成長し続けたら兄貴みたいな老け顔になるんじゃないのか?」

「まっ、まさか……」

「もし高麗がそうなってしまっても私はかまわない。高麗が私の姿を受け入れてくれたように」

「おっ、俺はヤだよぉ04っ!」

「あんた、自分の兄貴をいったいなんやと思とるん」

「相変わらずツッコミ役ご苦労さま、シャルマ」

 遠くでチェルシーが声を投げた。

「ツッコミ役ちゃうわ! っつうか自分、なんでこんなトコにおんねん! ウチとの勝負ほっぽりだしといてからにィ!」

「あら、そんな約束もあったわね。今から決着つけてあげてもいいのよ?」

『んあ? どこからかシャルマの声が聞こえてきた気がするんですけど気のせいかしら?』

 ラジオから、久々に地上へ問いかける声が聞こえる。

「ん? なんや? ジルハもどっかおるんかいな?」

『やはりシャルマの声が聞こえますわ? 地上にいるわけはないし、もしやローレック様と会話できる噂を聞きつけてわざわざここを訪ねてきてるのかしら? あの子も一途ねェ』

「いや、ウチは地上におるんやけども。っていうかなんや? あのスピーカーから聞こえよるんかいな?」

「うちのメガネ君たちが発明した、地下と地上の通信装置よ。マイク使う?」

 えっへんと胸を張っている銀之助を一瞥すると、チェルシーの元に歩み寄ってマイクを受け取る。

「もしも~し。聞こえまっか~」

『……そんなはずはありませんわ』

「何がや」

『シャルマが地上に行ってローレック様と直接面会してるわけがないってことですわよ』

「おう、しっかり会話できとる。メガネもなかなかやるやないか」

「お褒めいただけて光栄ですが銀・之・助、です」

『おーっほっほっほっほっほっシャルマが抜け駆けしてるなんて悪い冗談ミターイ! きっとまだ気絶してる途中なのよ。それで夢を見てるんだわ』

「いや、ちゃんと誘ったで? でもタウンのお前らの家行ったら誰もおらへんかったし、しかたないからウチ一人で……」

 カチリ。

 何かが装填される音がした。

『おっ。どうしてこちらに煉氣銃を向けているんですか? もう事態は解決したんじゃ……』

『全部翠さんが悪い、ということが私たち裁判のなかで決定いたしましたぁ~』

『ふむ。話し合いしてる様子は見受けられませんでしたけどね』

『一瞬で決まったのよ』

『ブラックホール銃殺刑ですっ』

『お嬢さん、銃を持ったら性格変わりますね。でもこれはお嬢さん方が
 悪いんですよ? 私のもとへ押しかけたもんだからみすみすチャンスを逃してしまっただけじゃないですか』

『いいえ翠。あなたにも責任があるのよ?』

『へ、へきさ? なぜ君まで銃をこちらに』

『いつか公司さんが翠を科学部署に招き入れようとしたことがあるじゃない? あのときあなたはそれを問答無用で追い払いましたけど、そういえばあの人たち、地上のことがどうのこうの言ってたわ。仲間のみなさんと会いたくありませんかって。わたし銀之助さんたちともう一度会いたかったなあ。でも翠ったら、話を聞こうとさえしないから……公司の恵みなど受けないとかなんとか言って』

『……あら? どうして目を逸らすんですの?』

『フッ。まさか女難のためにこれを使うとは思わなかった。しかし命の危機であることには変わりない! いまこそ! 敵襲&災害時用緊急脱出装置ッ、起動ッ! ……あれ? ぼたんをおしてもなにもおこらないゾ?』

『あら? ここに変なヒモがあって、なんだか真っ二つにちぎれていますよぉ?』

『ああそれ? 私がさっき突然引きちぎりたくなって引きちぎってみたの』

『脱出装置の電源回路ォ――――――――――――ッ!』

『ああっ、指が勝手にトリガーをっ、』

 ぶつん。

「なんか通信切れてもたで。大丈夫かいな?」

「せんせェ――――ッ!」

「幸せそうでいいじゃない。ほっときましょ」





「ぐっ。なんで僕がこんなことに……」

 テイルの手にしているコップに液体が注がれ、シュワーッと細かな泡が立つ。

「俺だってまさかテメーと一緒にメシ食うとは思ってなかったよ。でもしかたねーだろ? チビどもが腹空かしてるんだから。子守りだと思って付き合ってやろうぜ?」

「俺を子供扱いするな!」

 留美奈の視線に高麗が文句を言うが、

「おいシエルに高麗、肉焼けたで」

「うっひょおおうッいっただっきまーすッ!」

「そーいや、シャルマはお肉食べないの?」

 とシエルが言うとシャルマは、

「ジブンらが全部食うてもうとるんやないかッ!」

 中庭の一画に置かれたバーベキューセットの上には、すでに野菜しか残っていなかった。

 縁側に腰掛け、男二人はそれを眺める。

「手慣れてんなァ、ロールパン頭」

「シエルにずっと付き添ってきたそうだからね……」

「ほらほら、喋っとらんとお前らはもっと野菜をくらえやッ」

 強制的に皿を奪われると、すぐさま野菜山盛りがシャルマから返却される。

「ぐっ。野菜だけで腹いっぱいになっちまいそうだぜ……」

「子守りだと思って付き合ってやるんじゃなかったのか?」

「これくらいジジイの精進料理で慣れてるっつの。でもなー、金髪たちの料理はまだか?」

「そうだ。チェルシーたちは作るばっかりでまだ食べてないし、銀之助も機械の修理で来てないんだ。食べられるだけまだマシと思おう」

 野菜をガツガツと口の中に入れていくテイルを、留美奈はまじまじと睨んだ。

「ハッ。服装もそうだけど、いい大人ぶりやがって」

 なんだかおしゃれというか、垢抜けたような格好をしているのである。

「更に格が上がった赤の代わりに僕が師兵長になったんだよ。陰兵に認められるためにこっちも大変でね。服装はこっちに来て買ったんだ。いや、なんだかカメラと一緒に美容師が来て、そいつらに連れ去られて着せられた。地下の人間だとバレたのかと思ったよ」

「へぇ~……ってもしかしてお前、お昼のワイドショーとかに出てなかったか?」

 留美奈は次にシャルマの方へ目を向ける。シャルマもなんだか今日はおしゃれだ。

「お前もせっかくコーディネートチェックされたんだったら、そのロールパンをどうにかすればよかったのに」

「されてへんわ! 自前や自前! あとお前はその呼び方をどうにかせんかい!」

「へぇ~っ。ベレー帽とかも自分で選んで買ったのか。ワンピースも女の子っぽいし、スカート結構短いし。そういえばブーツもいつもと違うし。結構服装に気ィ遣ってるんだな」

「自分、アタシをなんや思とるん……あんたと同い年の、年頃の乙女やで……」

「公司の制服を改造してわざわざヘソ出しにするくらいだしね」

 とシエル。

「でも今日、シャルマなんか変な服ばっかり買ってなかった?」

「そうか?」

「そうだよ。突然『猛虎魂に目覚めた』とか言い出して、おばさん臭いトラ柄の服ばっかり買ってたじゃない。早速それに着替えて、何か知らないけど、『大根おろし』がどうしたこうしたっていう唄を歌い始めて『ノムラ』って人について散々グチを聞かされて……そのまま街を歩いてたら、突然現れた巨人とも言うべき大男に連れ去られて、それで元の服装に戻って帰ってきたんだよ?」

 シャルマはいきなり頭を抱える。

「うっ、頭が……」

「変な夢でも見てたんじゃねえのか?」

 と留美奈。

「雷チビはやけに黄色い格好をしてるけど、自分の能力に合わせたのか?」

「まあそれもあるけどねぇ、」

 お皿をいったん机に置くと、シエルはパーカーのフードを頭の上に乗せた。

 ぴょこっ。

 すると、シエルの頭にケモノ耳が生えたみたいになる。

「ほらっ、ここに猫みたいな耳がついてるんだよっ? カワイーからつい買っちゃったんだよね~ッ」

「買うてもろたんやろが」

 とシャルマ。

「ついでにお尻には尻尾もついてるよっ。雷っぽい形してていー感じでしょ?」

 留美奈に向かってお尻をフリフリする。すると稲妻の形をしたしっぽがひょこひょこ揺れる。

 それを見て留美奈が言う。

「おい雷チビ。ちょっと『ぴっぴかちゅう』って言ってみてくれ」

「なに、いきなり?」

「頼む。挨拶するように『ぴっぴかちゅう!』でもいいし、困惑するように『ぴっ、ぴっかぁ……』でもいいし、嬉しくてたまらない感じの『ちゅう~ッ』でもいい」

 ずずいっ。

 腰を低くして目線を合わせてシエルに迫る。

「ど、どうしたのさ風使いのにーちゃん……?」

 シエルはかなり困惑している。

「頼む」

 ぎゅむっ。

 さりげなく手を取って握ってみる。ちっちゃな手は留美奈の手のひらにすっぽり包まれる。

 じーっ。

 宝石みたいに青い瞳のなかを覗き込んでみる。きれいなまつ毛にきめ細やかな白い肌。頬がもちもちふっくらとした、まだまだあどけない顔が、おろおろと自分の様子を伺っている。

 ぽわぁ~っ。

 なんだかだんだんとほっぺたが桜色になって、

「そっ、そういうのはルリねーちゃんにやってあげなよっ。しかたないから、やってあげるけど……」

 手は弾かれたが、留美奈の望みは叶えてくれるようだった。

「お前子供相手になにやっとんねん」

 シャルマのツッコミはスルーされる。

「じゃあ、挨拶でいくね……?」

「お願いします」

「…………ぴっ、」

 恥ずかしいのか下を向いている。留美奈からはケモノ耳のついた頭しか見えない。

 思い直したのかシエルはふと顔を上げ、ふるえる瞳でこちらを見つめた。

 生意気なシエルらしからぬ、まっかっかで、今にも泣きそうな表情だった。

「ぴっ、ぴ、ぴかっ、ちゅ、ぅぅ……」

 心細そうな声。みずみずしい唇が「ぅ」の形に軽く突き出されており。それはもう、ぎゅっとして、ちゅーしたくなるような表情であり。
挨拶するように、あるいは恥ずかしさをふりきるように、シエルは笑おうとしたが、うまくいかずぎこちない感じになっていた。

 留美奈は耐え切れず、

「ぶッひいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい」

「ええっ!? なんで突然豚のモノマネしたのッ?」

「ハッ!? 俺はいったい何をやっていたんだ?」

「そのっ、豚のモノマネってことは、ダメだったってこと……?」

「えっ? 豚ってなんだ? 今日の肉は安物の牛だぞ?」

「そうじゃないよっ! さっきの豚のモノマネだよッ。『ぴっぴかちゅう』ってあれでよかったのッ? なんだかよく分からないけど、ものすごーく恥ずかしかったんだからねッ!」

 シエルがなんだか必死だったので、留美奈は考えてみた。そして気づく。

「う~ん、そういえばさっき、ものすごく幸せだったような……? うん、幸せだったわ。とても幸せな気分になったぞ、雷娘」

 シエルは一瞬きゅんとして、あわてて留美奈から顔をそらす。

「そう。ふうん。にーちゃんは、ああいうので幸せになるんだ……」

 つぶやくように言う声は、イヤミを言っているようにも、何か他の意味を含んでいるようにも聞こえた。たとえば――ちょっと嬉しいような声色でもある。

「子供相手になにやっとるんねん」

 シャルマが再び突っ込んだ。






[39139] (ジジイ無風~04とルリの手料理)
Name: 蚕◆2f9dba57 ID:56ca2c0c
Date: 2013/12/29 18:25
 留美奈はついでのように、

「高麗は……いつも通りの服装だな」

「うっへえ、はいほもにふひはうんはへンほーはっはんはほ!(うっせえ、買い物に付き合うのがメンドーだったんだよ)」

「喋るんか食うんかどっちかにせんかい」

 シエルは自分のお皿の中のお肉が消失しているのに気づいて驚愕する。

「あっ、高麗ズルいよ! あ~あっ、一人で全部食べちゃってる!」

 ごっくり。

 口の中のものを一気に飲み込んで高麗は笑う。

「ふっふっふっ。食事は男性優先ってもんだぜ、シエル」

「うう~、おへそ出してっ。電気ショックで吐かせるから」

「絶対出さなーいッ」

「うーん。そだ、シャルマ、帰りにお肉買ってよっ」

「ウチを破産させるつもりかァおのれはッ!」

「はいはいあんたら、料理の追加よっ!」

 台所の方からチェルシーの声が聞こえてきた。やがて料理組の三人が中庭の方へ歩いてくる。両手のお盆に追加のお肉や、ほかほかと湯気立つ大量の料理を乗っけて!

「待ってたぜェ金髪……」

「僕は、別にお腹が減っているわけではないけど……」

 ぐるるるるる~。

 二名の食べ盛りが餓狼のような腹の虫を宿しながら亡者のごとく擦り寄ってくる。

「はいはい分かったわよ。でも私の分もちゃんと残しとくのよっ?」

「おう!」

「わかっているよチェルシー」

 ガツガツと明らかに残らないペースで減っていく。

「まったく。エロジジイのヘソクリを丁度発見したから良かったものの……それがなかったら今頃シャルマのこと笑えなくなってるわっ」

「ワッ、ワシの年金を食ってたのかお前たちィ――ッ?」

「わっ。この下から声が聞こえたよッ?」

 シエルはチェルシーの足元――廊下の床を指差す。

 板と板がはめこまれた隙間に、不自然に小さい穴が開いている。

 一同、特に女子たち、スカートを押えながら静まり返って様子を見た(シエルはスカートではないが)。

 穴の中の主は叫ぶ。

「これが浅葱流奥義! 『無風』! 凪のように存在感を消し! 誰にも気づかれぬように忍ぶ! 最高にして最終奥義じゃ! わっはっはっはっはっは~っ」

「あら~、できたてほやほやのスープをこぼしちゃったわ~」

 チェルシーはいきなり穴にスープを注ぎ始めた。

「ホアアアァァ――――――――――――――――ッ!」

 叫び声が聞こえた。

「おっとシエルに渡すつもりの肉汁たっぷり焼きたて牛肉が穴にすいこまれてしもうたわ」

 シャルマがお肉を穴に落とし、

「熱いッ! ちょっと白内障! ワシ最近白内障じゃから、これ以上の刺激は、」

「よーしっ、じゃあ私が鉄串で刺して取ってきてあげるね? あっ、なんかこの鉄串、誘電性っぽくて私の雷の能力が勝手に引き出されちゃうよォ~ッ!」

 シエルが。

 ぶすり。

 ばちばちばちばちばちん。

 チェルシーは首をかしげる。

「……さっき、何か声が聞こえたみたいだけど気のせいだったわね?」

「せやな」

 シャルマは頷いた。

「ルミナの家族じゃないのかい、あれ」

 テイルが訊ねても留美奈はさほど心配してないふうにメシを食いながら、

「大丈夫だよ。何度でも蘇るから」

 それでテイルは得心がいった。

「ああ……おじいさんからの遺伝だったんだね」

 二人に餌を与えたチェルシーが、次に向かったのはシエルと高麗のところだった。

「はいチビっこたち、焼肉の取り合いなんか止めやめ。二人があんたたちのために料理作ってきてくれたわよ?」

 チェルシーの長身の背後から、04とルリがにゅっと顔を出す。その手にはやはりお皿。

 その瞬間、高麗はさっと顔をそらした。

「どっ、どうして変身してるんだよ04ッ?」

「不本意だが……この姿にならないと、台所に背丈が届かなかったんだ」

 と自分の手足を眺めながら04は言う。四肢はすらりと長くなっており、ちんちくりんだった体は、隣にいるチェルシーと比べても見劣りしないプロポーションへと変化していた。

 しかし高麗はこちらを見ようとしない。あまり顔に気持ちを出さない04だが、今は翼のように変化した大きな耳がしょんぼりとうなだれる。

「すまない高麗、すぐ元の姿に戻ろう……」

「いや戻さなくていい!」

 慌てて止める。

「そっ、そうか? なら、私から目をそらさないでほしい。ちゃんと私のことを見て話してほしい」

 高麗は――ぎく、しゃく、と04の方へ顔を向けた。

「ブッ」

 あまりの衝撃に吹き出してしまう。

「ん? どうした高麗」

「いッ、いやっ、なんでもない」

 ――どうした、じゃねぇってば!

 高麗は歓喜とも悲鳴ともつかない叫びを心の内に吐き出した。

 チビ時に着ていた柔らかいブラウンのセーターが、変身したことによってギリギリまで伸びきり――完成されたプロポーションが余すところなくくっきり浮かび上がっているのである。手のひらを隠すほど長かった袖は八分袖ほどになり、持ち上がった裾からくびれやおヘソがちらりと見えている。特に胸のあたりの膨らみなんてすさまじい。セーターの柔らかい生地が双丘のかたちにぴったりと密着していて、決して直視してはいけない状態だった。

「さあ、ちょっとこっちへ来てくれ。味見をしてほしいんだ」

「えっ!? 更に近寄るのかッ?」

「わたしは靴を玄関に置いてきたままだからな。そちらの机に置くには、わざわざ靴をとってこないといけない。それは時間がかかるから、高麗がこちらに来てくれないか? 多少行儀は悪いが、このお皿を廊下の床に置かせてもらう。そうしなきゃ食べれないだろう?」

「そりゃあ、そうだな。じゃあ、しかたないよなーっ」

 チェルシーやシエルのじとっとした視線と、ルリの微笑ましいものでも見るような視線を浴びながら、カチコチと歩いていく。

 デニムスカートから太ももまでむき出しになった美脚を折り曲げ、04はかがみ込み廊下にお皿を置いた。料理は鶏肉のそぼろをとじ込んだ卵焼きだ。等間隔に分けられた切れ目から、アツアツの湯気が立ち上っていた。

「美味しそうっ。これ、04が作ったのかっ?」

 高麗はさっきまでの煩悩を忘れ、素直に驚いた。

「ああ。チェルシーに教わって、本格的な料理はおそらく生まれて初めて作った。これからもお前たち兄弟の世話になる以上、いつまでも頼ってばかりいてはいけないだろうしな。ただ、ちゃんと食べられるものができているかどうか、心配なんだ」

 04の声や表情に、ほんのすこしだけ不安が混じる。それだけ熱心に作られた卵焼きなのだ。

「04が作る料理なんだから美味いに決まってるぜ」

 高麗は料理に添えられていたフォークを手に取った。

 すると。

 じーっ。

 さっそくいただこうとした高麗だったが、視線を感じてピタリと止まる。

 見れば04が、自分の顔をじっとのぞきこんでいた。

 獣の前足のように床に手をついて、ぐぐっ、とこちらへ首を伸ばすような姿勢で。

「気になって食べれないんだけど……」

「すまん。こちらも、高麗の反応が気になって」

 04は多少、首を引っ込める。

 気を取り直して食べようとするが、

「04……」

 再び首が伸びていた。

「すまない。どうしても気になるんだ。心配で……」

 目と鼻の先で弱々しい表情をされる。

「大丈夫だって! たとえ美味しくなくたって、また練習すればいいだろっ? そんなことで俺は、04のことを嫌ったりしない。むしろ、俺たちのために頑張ってくれる04のことを、もっと好きになるはずだぜ? だから、心配しないでくれよっ」

 恥ずかしくて顔を赤らめたが、ここは高麗も男を見せた。

「ありがとう、高麗……でも、それはわかってるんだ。どうしてか、緊張してしまって。そうだ、いいことをひらめいた」

 04は高麗からフォークを奪い取る。

 そして卵焼きの一切れを、先端に突き刺した。

「……自分が、食べさせてあげよう」

「えっ?」

「これなら、自分はより集中して高麗の顔を見ることができる。違うか?」

「いや、前提がいろいろと違うぞッ。食べる時に顔をじっと見ようとするなって言ってるんだ!」

「それは無理な相談だ。すまないが、承諾してくれ」

 無理やり押し通してきた。言葉だけではあまりそうは聞こえないが、これが04なりの、わがまま、ってやつなのかもしれない。04に限ってこういったことは、そういえば初めてな気がした。

 ――ドキ。

「しゃ、しゃーねぇなあ。じゃあ一口だけ、だからなっ?」

「ん? どうした、顔が赤くなっているが……」

「なっ、なんでもないってばっ!」

 首をかしげる。それから、フォークをゆっくり、持ち上げた。

「口を大きく開けろ」

「んがぁ、」

 卵焼きが近づいてくる。その向こうでは相変わらず、

 じ――――っ。

 04が、大口を開けた自分をじっと見つめている。猫のように丸いその瞳で。何も考えていないような表情で。ぽかりと開いた口からは特徴的な八重歯が見える。なんというか、自分をおもちゃに遊んでいるような無邪気さがあった。

 こんな表情もするんだな――

 可愛らしい一面を垣間見た高麗の目に、

「……ッ!」

 ものすごいものが飛び込んできた。

 セーターの、押し広げられて肩までむき出しになりそうな襟穴から、むっちりと密着して谷間を作る、二つの白いマシュマロガ―――――ッ!

 あふれんばかりだった。というか、この状態で見えるはずの下着がない。当たり前だ、変身前の04はまだそこまで成長していないのだから。それに最近は暖かい。だから裸の上にそのままセーターを着たのだろうか。そしてたっぷりとしたその弾力は、前かがみにより廊下の床に軽く接地、

 ふにゅ。

 やわらかく変形している。

 正直、自ら衣類をはだけて、誘っているようにしか見えない。あの04が、こんな無邪気な顔をしている女の子が、そんなことをするわけがないのだが。

 どーん。

 しかしその可憐さに反し、重々しくもみずみずしく実をつけるそれは、セーターの襟をまだまだ押し広げ、その先端が見えそうで見えない状態になっており、というかぷっくりとしたものが床にちゅっと軽いキスをするように接しているのが隙間から見え

 ぶっ。

 卵焼きが口に入るか入らないかのうちに、高麗は鼻血を吹き出し気絶した。

「こっ、高麗ッ? どうしたッ? そんなっ、私の料理がそんなにまずかったのかッ……?」

 チェルシーたちはこいつらをあえて放置していた。

「まったく、ヒトの家でいちゃいちゃと見せつけちゃってくれるわねェ……」

「二人はそーしそーあい、だからねっ」

「素敵ですっ」

「で、ルリねーちゃんは何を作ってきてくれたの?」

 シエルは訊ねる。ルリが持つ皿の上には、ボウルに取っ手がついたような覆いがかぶせられていた。

「私、まだまだ料理は習いたてで、簡単なものしか作れなかったの。だからおにぎりを作ってみたんだけど」

 自信なさげに言う。でもシエルはわくわくしていた。ルリは外見からしてどこか料理が上手そうなのだ。こんな美人さんが、まずい料理を作るわけがないと思う。

「おにぎりかぁ……ねーちゃんが握ってくれただけで美味しそう」

「そういってくれると嬉しいわ。それでね、赤いおにぎりと、赤くないおにぎりがあるんだけど、どっちがいい?」

「えっ……?」

 シエルは少し耳を疑った。でも、よく考えてみる。

「ああそうか。赤いおにぎりって、お赤飯のことだよね?」

「いいえ、違うわ」

 満面の笑みで即答された。

 赤飯ではない、赤いおにぎり。それはちょっと、不気味な気がした。

「う~ん。じゃあ、赤くない方がいいかなァ?」

「じゃあシエルにはこのホタル色のおにぎりをあげるわ」

 とんでもないものがでてきた。
 
 ジョーカーはこっちだった。

 緑色に蛍光していた。

 本能が命の危険を告げる。

「あ、あのねルリねーちゃん、わたしやっぱりお腹がいっぱいというか」

「ねぇシエル」

 チェルシーの長身が、ゆっくり屈みこんできてシエルと同じこども目線になる。

「ルリ様の手料理、食べてあげて? シエルに久しぶりに会えて、ルリ様がはりきって作ってくれたのよ……?」

「……ッ!」

 チェルシーがこんなに柔らかい口調で人に頼みごとをするわけがない。母のような笑顔を向けられているのに、シエルは生命の危機を感じた。

「シエル、もうお腹いっぱいだったら無理に食べなくてもいいから……」

 ルリが優しい言葉をかけてくれる。だけど悲しげな声は隠しきれていなかった。

 せっかくの再会なのに、悲しい顔をさせてしまっている。

 ルリねーちゃんを喜ばせてあげなきゃ!

「ねーちゃん、わたし、食べるよ」

 シエルは震える声を留めて言った。

「大丈夫? お腹、痛くなったりしない?」

 ルリの優しさが覚悟の邪魔をする。間違いなくお腹は痛くなるだろう。

「大丈夫だよ。ねーちゃんのお料理は別腹だもん」

 その痛みは別腹とやらにも浸潤して全身に広がるだろう。

「ありがとう、シエル。じゃあ、半分でもいいから食べてみて?」

 一口で死ぬと思う。

 けれど目の前ではパッと笑顔が花開く。どんな感想がもらえるのかワクワクしているようだった。その笑顔が見れただけでも、自分の命は決して無駄ではなかった。シエルは緑色に輝く米粒の塊に口をつける前に、

「……おねえちゃん、ひとつだけ聞いていい?」

「なあに?」

「どうして、おにぎりをこういう色にしたのかな?」

「へ? だって、カラフルなほうがいいでしょう?」

 何の迷いも気のてらいもなく、そう言ってのけるのだった。

 たしかにカラフルなのはいい。

 でもセンスが、センスがあまりにも常識はずれだっただけなのだ――。

「そっか。じゃあ、いただきますっ!」

 何も気づいていない子供のように無垢な声でおにぎり全部をほおばった。

 周りの皆が出征前の兵士を見送るような視線を向けていたとおり、もちろんシエルは気絶した。しかしルリだけは予想できていなかったようで、

「きゃあっ、どうしたのシエルッ?」

 驚くルリに、再びチェルシーが優しく、

「ルリ様、人はあまりにも美味しいものを食べると、気を失ってしまうのです」

「じゃあシエルは……」

 二人は白目を剥いて廊下に倒れ込んでいるシエルを見つめる。

「そう。シエルは今、ルリ様のおにぎりを堪能していることでしょう」

「生命の巫女にちょっと甘過ぎはしないかいチェルシー……」

 テイルの声が虚しく響いた。

「甘すぎ? たしかに、ちょっとガムシロップの量が多かったかなあって思ってたんですけど」

「いや巫女様、そういうことではなく」

「ってかおにぎりにガムシロップって、ルリ……」

 これには留美奈でさえ戦慄せずにはいられなかったのだった。





[39139] 酒とバトルと扇情カメラマンテイル ~飲酒は二十歳になってから~
Name: 蚕◆2f9dba57 ID:56ca2c0c
Date: 2013/12/29 16:04
 ☆


 なんの偶然か子供たちが先に眠ってしまった。居間に布団を敷いて高麗とシエルを寝かしつけ、二人の様子見を04に頼んだ。その頃には銀之助も帰ってきて、一行はいまだパチパチと燃え続けるバーベキューセットの周りで、お肉の残りをゆっくり食べるのだった。

『ところであなたたち、酒は飲んでませんの、酒はっ?』

 スピーカーからジルハーツの声が響く。

 さっきのラジカセではなく、独立した小型のスピーカーだけを銀之助は改めて宴の会場にもちこんできていた。留美奈たちの声は、設置したいくつものマイクが集音する。

「酒ダァ? なんでそんなもん飲まなきゃいけねえんだよ」

『だって宴にお酒は絶対必要ですよ。こっちはすっかりみんなほろ酔い気分ですよぉ~』

「あんたたちは夕方から爆酔いしてたでしょーがッ」

 チェルシーは数時間前の羞恥を忘れちゃいない。

「俺はなァ、てめーらみたいに酒で我を忘れてみっともない姿になんかなりたくないからな」

 カチン。

 留美奈の言動に、スピーカーの向こうからそのような音が聞こえてきた気がする。

『アラァ、そんなこといってホントはお酒がのめないだけなんじゃないですのォ? 男の人なのに、そうやって逃げるのってとってもカッコわるーい』

「んだとォ? もっぺん言ってみろチビ女ッ」

 すぐ挑発に乗る留美奈である。

『お望みなら何度でも言ってあげますわよ? でも、これ以上おこちゃまを罵倒するのは、大人のレディとしてふさわしくない行為ですから、あえて言わないであげましょう。そうでしたわねえ、まだ未成年でちたものねぇ~。飲んだらタイホされちゃいまちゅもんねーっ』

「酒持って来い銀之助ェ!」

「ひぃいッ!」

 銀之助が台所へ飛んでいく。

「あー、なんかまた嫌な流れが来てるわ……」

「僕は何も関係ないからね」

 チェルシーはルリの両目を隠し、テイルはすぐさまそっぽを向いた。

 一升瓶が運ばれてくる。

 大吟醸「昇天」辛口。

 透明の液体をコップになみなみと注ぎ。

「へへん、ラクショーだよラクショー。肉をつまみにオヤジのように飲んでやる」

「でもルミナ、これものすごい匂いがするよ」

 少し嗅いだだけでツンとくるアルコールの匂いに、銀之助は鼻をつまんだ。

『ルミナさん、その、あんまり無理しないほうが……』

「うっせぇ、ここまできたら飲まずにはいられるかッ」

 エミリアの心配をよそにコップに手を取り、

 ごっくごっくごっく、

 呷(あお)る。

 のどぼとけがうねり、みるみるうちにコップの中の液体が体内へ注ぎ込まれていく。

 驚異的な飲みっぷりに、総員、目をみはっていた。

 ――どすり。

 十秒後、机に置かれたコップはすっからかん。

「ぷっへーっ」

 留美奈は袖で口元を拭う。

「だっ、大丈夫か、ルミナ?」

「おう、見てのとおりよッ」

 たしかに少し顔が赤くなってはいるが、意識は平常に保たれたままのようだ。

「そういえばルミナのおじいちゃんが酒好きだもんね。孫のルミナがお酒飲めないなんてことはないか」

「寺の住職なのにこんなゼータク品隠し持ちやがって」

『面白くないですわ……もっとベロベロに酔っ払って男ならではのドロドロとしたイヤラシー本性を露骨にあらわにしなさいよ。そうしてローレック様や巫女様は絶望して地下世界に帰ってくるという寸法でしたのにィ』

「あんたのドロドロとした本性があらわになっとるで」

『ローレック様はお飲みにならないんですかぁ?』

「あー、私だって飲まなきゃならないときは飲むわよ? だけど、そういう無礼講って雰囲気が苦手なのよね」

『そういえばローレック様がお酒を飲んでいらっしゃるところを見たことがありませんわね。まさか、実は飲んだことがないってことはありませんか?』

「飲むときゃ飲むっていってるでしょ! こんなプライベートでまで好んで飲みたくないだけよっ」

『ふふーん』

『ふふーん』

 二人組が意味ありげに笑う。

「くっ、これだから嫌な流れが来てると思ったのよ……」

『カッコいい中に時折かいま見せる、人間らしいキュートな一面がローレック様の魅力です!』

『今夜わたしたちが、ローレック様の新たな一面を開拓してさしあげますわ』

「なんのことかしら。言っとくけど私が酔ったら普段溜めてるストレスでここら一帯が一瞬で消し飛んじゃうから覚悟しなさいよ?」

『そこにテイル様がいらっしゃるはずですわよね?』

 突然名前を呼ばれてビクッとする。

「ええっ、そこで僕に指名が入るのかい……」

『テイル様、公司の一般社員が心の底よりお願いいたしますっ。水の能力でそこにあるお酒を操って、ローレック様に無理やり飲ませていただけませんでしょうか?』

 鬼の形相がテイルを捉える。

「いやあ、すまないがそういう悪意のある要望には協力できないね」

『ここでテイル様の部下である陰兵さんからのメッセージでぇす。「おいはRFC会員ナンバー64の一介の陰兵でごわす。日々の陰兵の業務は、公司のためといえどとても厳しく、くじけそうになることも多々あります。しかしそんな時にローレック様のブロマイドを眺めると、疲れが吹き飛んで、やってやろう、という気になれます。ローレック様の笑顔に、おいはなんど助けられたことか。日々の活力はローレック様にあるようなものなのでごわす。公司が大きく崩れようとしている今、我ら陰兵の任務は過激になってゆくばかりでごわす。日常を忘れ平静を保っていられない同僚もおり、おいは心配です。彼らのためにも、ローレック様のキラキラさらなるまぶしいお姿を、我々下っ端に与えて欲しいと願う毎日です」』

 テイルは立ち上がった。

「ここでチェルシーに酒を飲ませれば、部下の好感度100倍ッ!」

 一升瓶から残りの酒が、蛇のようにうねりながら飛び出てきた。

「そうはさせるカァ!」

 チェルシーは渾身の重力で蛇を叩き落とそうとする。

 しかし、空間全体に重力がかけられるわけがない。重力が四角く地面を叩き潰す小空間を、蛇はスラリ、スラリとかわして宙を舞った。それはまるで、ちいさな龍のような。

 家の光にうっすらと輝きを放って見える、夜桜の中へ。

「どんなに上昇したって無駄なんだからッ。私は重力を上に放つこともできるッ!」

「それくらい僕だって知っているさ。それが強引な力技だってことも、さ」

 上に放たれる重力は、満開の桜をさざめかせ、花弁をパッと花火のように打ち上げた。無数に降る桜の雨をかいくぐり、龍はさらに、さらに上へ。春の薄雲に輪郭をぼかした、月を目指すように。

 変幻自在の龍は、飛沫のようなその体に、月光を透かして、きらめく。

 桜吹雪でさわがしい上空とは違い、桜の樹はすっかりハゲて、地面はあちこちが四角く穿たれ、浅葱家の中庭はもうぐちゃぐちゃだった。

「人ンチでムチャすんなァあの二人」

 シャルマが呆然とする隣で、

「あっはは、」

 留美奈はなぜか笑っている。銀之助もシャルマも不思議に思った。

「ルミナ?」

「久しぶりに楽しい気分だぜッ。おっと声が出ちまってたか。酔いが回ってきたのかもなァ」

「制御力(コントロール)が鈍ってきてるよッ? ついでに言うと、体力もキツいんじゃないのかい?」

 能力を操ることに長けたテイルの龍だ。それを、力技で捉えることは難しい。

「ならッ、術者を直接潰せばいいまでのことッ!」

 肩でしていた呼吸を整え、瞬時に飛び込むと拳で重力の塊をぶつけた。しかし攻撃を予想していたのか、池の水がズルリとテイルを重力から守る。大量の水を、重力はそれでもズシリと圧迫する。表面張力が崩れ、盾の形から水がこぼれおちる。

「さすがチェルシー。これは十秒ともちそうにないな。でも、こんなことに構っていられる状況じゃないよ」

 テイルは天を指差していた。

 チェルシーに向かって――

 落とす。

 龍は一瞬で地表にたどり着き、チェルシーの口や鼻の穴から体内へ吸い込まれていった。

「……やはり、君の本質は優しさだね、チェルシー」

 地に膝をつけるチェルシーを前にしながら、テイルは言う。

「おそらく、君のうしろに生命の巫女……いや、ルミナでも、銀之助でもいい。そうやって誰かがいることで、君は強くなるんだ。A級でもないのに、あの白龍を圧倒したそうじゃないか? たぶん、君のうしろに誰かがいれば、僕は負けていたよ。ただ、純粋な強さなら僕の敵じゃなかったね?」

「だいじょうぶッ、チェルシーっ!?」

 ルリがお冷をもって駆け寄った。

『やりましたのっテイル様ッ!? さっすがテイル様! あとは写真をッ、是非に写真をッ』

「わかってるよ……」

 フィルムカメラを取り出す。テイルは地上記念写真係にされ、女性陣に写真ばかり撮らされていたので、今日一日でかなり腕前が上がっていたのだった。

 構える。

 チェルシーはルリにしなだれかかり、眠ってしまったかのようにふにゃふにゃだった。

「ひっく」

 突然チェルシーの身体がはねる。

 そして、

 ルリの頬を指で絡め取ったかと思うと、

 ぶちゅう。

 チェルシーの唇がルリの唇に重なり、そのまま二人はお互いの顔に沈んだ。

 パシャリ。

 テイルが思わずシャッターを切ったカメラが鳴る。

 ――沈黙。

 やがて、唇は離れる。

 目を見開いたまま呆然としているルリを放置し、チェルシー、

「やさしさァ? 違うわよテイル。わたしはルリ様のことがしゅきしゅきだいしゅきにゃのぉ」

 胸に顔をうずめてまるで身体の中にでも入ろうとするようにもぞもぞと頬ずりし始めた。

「ひっく」

 再び嫌なしゃっくりが――次はルリから発せられた。

「なんだかわたし、あつくなってきましたぁ、どーしてでしょお……」

「おい、これはあかへんで。チューで酒が口に入って酔ってもうたんやで。このままいったらシャレならへん。ルミナ! 大切なお姫様がアカン方向突き進んでいきよるで! なんとかしいやッ!」

 シャルマがとてつもなく焦っているが留美奈は、

「あっはははは、女同士でエロいことしてやがるぜあいつらァっはははは」

「だめだっ、留美奈も酔っ払っちゃってるよぉ!?」

 銀之助が頭を抱える。

「ルリ様のおっぱいむにむに~」

「ちょっと、チェルっ……? だめっ、だめだよぉ、あっ、あたまがぽおっとして、」

 カシャカシャカシャカシャカシャッカシャカシャカシャ

「ちょおテイルッ!? お前もそんなことせえへんで二人を止めんかいッ!」

「好感度5000倍、いや好感度300000倍は硬いな、更に近づけば好感度10000000倍、そしてこのアングルで撮れば好感度……」

「ダメですシャルマさんっ、どうせ僕らのような出番少ない人間にはこのような事態を止めることはできないんです……」

「出番が少ないてなんのことやっ、もっと自信をもたんかいメガネェ!」

「万歳してくださいルリしゃま。お服をぬぎましょお~」

「チェルシー、あついのっ、あたまが、熱のときみたいにぽわってして、」

「ぎゃはははははッ」

「ありゃあ、そこにいるのはルミナじゃない。あんたにもちゅーしてあげましょうかあ? どうせ、したことないんれしょお? ガマンしないで、こっちきなさいよぉ」

「はあっ、はあっ、ルミナしゃん、みないれぇっ」

「あっはははははこれって、バラ色の同居生活じゃねえかッ、夢っ実現しちゃったよわははっ、じゃあちょっくら行ってきますわっははは」

「フレーム内に入るなルミナ! お前が入ったら好感度が下がるじゃないか!」

『ああーっローレック様のッ、乱れた声ぇえッ! えっ、エミリーっ、録音はできてるのッ?』

『……とっくのとーにッ!』

 ぱちり。

 外の騒々しさに青い瞳を開いた一人の少女がいた。

 隣の布団で寝ている少年のことをバシバシ叩いて起こす。

 枕元でうつらうつらしていた少女もその時起きた。

 シエルが時計を指差す。

「うむ。そろそろ時間だな」

 04は言った。

「テイル様ッ!」

 高麗が中庭の方へ走り出た。






[39139] まつりのあと
Name: 蚕◆2f9dba57 ID:56ca2c0c
Date: 2013/12/29 18:39
「ってなにやってんだこいつらああぁ――――――ッ!?」

 目の前で繰り広げられる大人の時間に高麗は思わず叫んでしまうのだった。

「やあ高麗、悪いが今は好感度が10000000000倍になりかけているところなんだ。邪魔しないでくれ」

「そんなことやっている場合じゃないですよテイル様ッ。もうすぐ出入口が閉まる時間ですッ。俺たちも早めに帰る準備をしないとっ」

 シャッターの音が止まる。

 テイルは袖を軽くまくり、腕時計を見る。

「そうか」

 絡み合いそうになっている三人に向き直ると、言った。

「お楽しみのところ悪いけど、僕たちはそろそろ帰ることにするよ」

「ふにゃ? ああごめんらさい、ちょっと取り乱しすぎちゃったかしらぁ?」

「いいや。もう時間なんだ」

 三人は頭が回らない。動きを停止させたまま、ぽーっとテイルを眺めていた。

「僕たちは地下世界へ急ぐよ。それと、これを機に、地下世界と地上の出入口は完全封鎖される。だから今日、僕たちは地上へやってきたんだ。君たちに、お別れを告げるために」

「えっ……?」

 声を上げたのは留美奈だった。

「まぁ、とかなんとか言っちゃって、どうせ俺たちが忘れた頃にまた地上に来るんだろうが」

「それもそうだね。でも少なくとも、地上にやって来れるのは十年後とか二十年後の話になるかな? 君たちは本当に、僕たちのことを忘れちゃってるかもしれないね」

「に、二十年後……」

 自分たちが生きた年の、二倍以上の年数だ。それは笑うところだったのかもしれないが、留美奈は上手く笑うことができなかった。

「そこで、最終確認をしようと思う。本当に、地上に残るつもりなんだね、チェルシー?」

「私は……ルリ様の護衛役よ。ルリ様が残るというなら、残るのが務め」

 テイルは次にルリを見る。

「巫女様はどうです?」

 ルリは酔いでまだ頬が赤かったが、次の瞬間にはニッコリと笑って言った。

「……残ります。私は、みなさんのことを絶対に忘れませんから。助け出してくれた、みなさんのことを」

 テイルはフッと笑う。

「いささか失礼な問いだったかもしれませんね。ではその旨は、このテイルが崇神に直接お伝えいたします。そしてこれまで巫女様に働いたご無礼を、公司を代表し、この場を借りてどうかお詫びさせてください」

 ひざまずき、深く頭を下げてから、

「高麗、あれを」

 高麗に数枚の封筒を差し出させた。

「公司の運営費からまかなって作った巫女様名義の銀行口座と、巫女様、そしてその護衛チェルシー・ローレックが地上で生きていくための諸々の書類です。今の公司にはこれぐらいのことしかできませんが、どうか、地上での生活にお役立てください」

「ありがとうございます。あの、お顔を上げてください」

 テイルは恐れ多くもルリに面(おもて)を向けた。

「テイルさんは、ルミナさんたちを手伝ってくださったそうですね。ありがとう」

 にっこりと微笑まれたあと、頭まで下げられた。

 一度は、怖い目に遭わせたこともあるのだ。なのに――。

 テイルはもう一度深く、頭を下げた。

 立ち上がる。

「……シエル。最後に、何か言わなくていいのかい?」

 廊下の柱の陰で、金色の尻尾がふるっと揺れた。

「言わなくちゃならないのならこっちに来なくちゃ、伝えられないじゃないか」

 しかし、シエルは出てこない。

「伝えたくないのかい?」

 今度はブンブンと大きく揺れた。

「伝えたらダメなんだ。この気持ちを伝えたらきっと、ねーちゃんを心配させちゃうから」

 その気持ちはもう、はっきりと言葉にでている。その震える声色にも。

「大切な人とのお別れは辛いだろうね。だけどもっと辛いのは、心が離れたままさよならすることだよ。心配ぐらい、思い切りさせてやりなよ。そうすれば、巫女様はきっと、シエルのことを一生忘れないだろうから」

 テイルは、そういう辛い「さよなら」を知る一人だ。唐突に、肉親に売られ地下世界へやってきたテイルは、そのことに長いあいだ悩まされてきた。ひたすらの困惑と、憎悪と、なのに愛を求めたいという矛盾した望み。もちろん現在もだ。一生、表に出さないにしても心の底では悩み続けるのだろう。テイルの言葉にある異常な説得力に、シエルも気づいてはいた。伝えなきゃならない、そう思い始めた。あとは、震えを止める勇気だけで――

「ねえ、教えてシエル。あなたの気持ちを」

 それをくれたのはルリだった。だから、あの時白龍にも立ち向かえた。そういう気持ちを、ルリねーちゃんがくれた。

「……ごめん、やっぱり、顔は見れない」

 ようやく、一歩踏み出せる。

「うん」

 ルリの声が優しく応える。

「……ずっと、考えてたんだ。ルリねーちゃんに言うお別れのことば。でも、出てこないんだ言いたいことは、いっぱいあるのに。地上のおいしいごはんの話とか、いつか話してくれた『がっこう』のこととか、風使いのにーちゃんとは、どうなってるの、とか、いつか『うみ』や『やま』へ一緒に行きたいね、とか、いっぱいいっぱいあるのに。でもそれは、全部お別れの言葉なんかじゃなくて、ルリねーちゃんとおはなししたいって気持ちなんだ。ルリねーちゃんと、したいことなんだ。いっしょにごはん食べたかった。いっしょにお買い物したかった。いっしょにお風呂に入りたかったっ。いっしょのお布団で眠りたかったッ! お別れなんてっ、したくないよッ!」

 離れているあいだずっといいたかったこと、離れているあいだに溜まっていった気持ちを、離れた時間の長さだけ強く、叫ぶ。

「わたし、ここに残りたい! たとえそれがムリなんだとしても、ルリねーちゃんとずっと一緒にいたい! でも、離れなきゃならない! だからわたしは、」

「じゃあ、地上に残るかい?」

「……ぇっ?」

 思わず詰まる。テイルは、まるでそれができるとでもいうような口調だった。

「でも、わたしは地上から追われた、地下世界の人間で……」

「白状すると、シエルのための書類も作ってあるんだ」

 おそるおそる、柱から覗こうとすると、高麗が封筒を押し付けてきた。

 手に取る。見た目よりずっとぎっしりと重い。

「……………………うわあああああああああああああッ」

 泣いているのか、笑っているのか、驚いているのか、だから叫んでいるのか、そんなことはどうでもいい、身体のなかからいろんなものが溢れてきて、それを出さずにはいられなくて、

「ガマンしなくていいんだ。それが、今度の公司の運営方針なんだから」

 そう、テイルの言葉の通り、もう、離れ離れなんかで我慢しなくていいんだ、そう考えただけで救われたような気持ちになっていく。

「ふひっ、ふひひひひっ」

 ようやく柱の陰から顔を出せた。片手で封筒を抱えながら。涙を拭いながらも、あふれる笑いを、おさえきれない。

「ふひぃ、」

「喜んでもらえたようで、嬉しいよ」

「テイル、ありがとう」

「さあ、行ってきな」

 別れ際、ポン、と頭に手を置かれる。

「こーりん、ありがとう、04も、今までありがとうねっ」

「ああ、こちらこそありがとう……高麗、さっきからおとなしいが、まさか泣いているのか?」

「うう、泣いてなんかないやいっ」

「まったく、年少組から可愛い女の子が消えるからってそんなに泣かなくてもいいでしょっ。それに、もう高麗には04がいるしー?」

「うるっせぇっ」

「じゃあね。ばいばい」

「……今まで、ありがとな。ばいばい。いつか、また会う日まで」

 うなずく。背を向け、新たな場所へ駆け出す。

「ねーちゃんっ、お風呂いこう、おふろッ!」

「わっ、ちょっとシエルっ」

 手を引くシエルの勢いは、ルリが転びかけるほどだった。

 二人はたぶん、あのときのことを思い出す。

 公司から逃げ出そうとしたあのとき――その手は離れてしまった。だけど今、この地上で、シエルの手はただお風呂へ連れ出すためルリの手を握っている。邪魔する者は誰もいない。

「あははっ、それじゃあみなさん、お先ですっ」

 封筒を持つ手を大きく振って――ルリとシエルは、浅葱家の奥へ消えていった。


 そして――――――――


 浅葱留美奈は縁側にあぐらをかき、自宅の中庭を眺めていた。

「……こりゃ、明日はジジイの説教だな」

 桜の樹ははげ、松の枝が折れ、池の水はまた溜め直し。日本庭園が見る影もなくなっているのが、慣れてきた夜目になんとなく分かった。

『おいルミナ、肉ばかりとるな』

 珍妙な髪型をしたあいつの声が、どこからともなく聞こえてきた気がする。

 留美奈は隣を見たが、テイルの姿はもうなかった。

『ほら、野菜は肉の十倍摂取せなあかんのやで』

 今度は関西弁。でもバーベキューセットの火はもう収まっていて、その周りで奉行していたシャルマの姿はもうない。

 代わりに浮かんできたのは、最後に「打倒、チェルシー宣言」を打ち出したときの姿だ。

『わかっとるんや。あんたと同じよーに公司を裏切って、ねーやんの敵を討った今、こんなことにこだわるんはおかしいのかもしれんって。お前はもう、倒すべき標的じゃなくなったんや。でもな、なんだかんだであんたと一緒に旅してきて、思うたことがある。何度も思って、確信に変わった。ウチ、チェルシーのこと超えたい。なんでってな、あんたがカッコええからや。今まで、ウチはあんたのこと、初めから強かったんやと思うてた。だからあんたが公司を裏切った時、どうしても許せへんかったんや。でも、弱さがあることも知った。傷ついて傷ついて、それでも何度でも立ち上がるから、強いんやと知った。あんたももがいてるんやなと思ったら、ウチも強くなれる気がした。悔しいが、あんたに勇気もろたんやっ。涙を流す勇気をなァ。そうじゃなかったら、敵なんて討てへんかった! ウチ、チェルシーと出会えてよかったッ。……だから今度会うときは、お前を倒したるんや。この別れが無駄じゃなかったんやって胸を張るために。ただのお別れなん、辛気臭おて嫌やからなッ、お前を超えるための、準備期間にしたるでッ。覚悟しとけやッ!』

 そういって、チェルシーの返答も待たずに駆け出して行ってしまったのだった。

 すぐにチェルシーが追いかけて行って、その後どういうやりとりがあったかは、留美奈は知らない。何十分か経って帰ってきたチェルシーは、やたら顔を見せたがらなかったけど。

 チェルシーが追いかけていったあと、中庭は非常に男臭くなってしまったのだった。

『はあ~、俺も、なんか泣かせるようなこと言った方がいいか?』

『へぇ。何か僕にやってくれるのかい、ルミナ?』

『ねえよ! さっきまで考えてたけど、てめえに話すことなんざ何もねえぜ!』

『奇遇だな、僕もだ。高麗たちは何かあるかい?』

『驚くほどに何もないぜ』

『私も特にはない』

『おいっ! ちょっとぐらい俺を感動させてくれてもいいじゃねえかっ』

『僕とテイルさんなんてほとんど初対面に近いですしね~』

『……じゃあ僕たちは、これでおいとまさせてもらうことにしよう』

 門のところまでは、見送った。

『じゃあ、今夜は世話になった』

『おう。じゃあチビども、いつまでも末永く、な』

『うっさい。こいつ、最後の最後までナメやがって!』

『? ……そんなこと言われなくても仲良くやるぞ。な、高麗?』

『あっ、ああ。うへ、うへへへ』

『最後の最後にノロケが見れて俺は嬉しいなあ』

『その割には殺気立った顔をしてるけどね』

 それで会話が途切れて、

『じゃあ、行くよ』

『ああ』

 一行は背を向け歩き出す。テイルの髪の尻尾が揺れる。街灯に照らされる彼らを見ていると、

『おい尻尾頭!』

 なんとなく呼び止めたくなったのだ。けれど、テイルは振り返らなかった。

『健康には、気をつけろよ』

『なんだよそれルミナ……』

 銀之助のツッコミが入るほどどうでもいい内容。

 テイルは、軽く手を挙げただけだった。

 いつまでも見送っているのは何だか変だったので、すぐに家の中へ引っ込んだ。

『あっ』

『どうしたの、ルミナ?』

『アイス食べたくなったから、ちょっとコンビニ行ってくるわ』

『そう?』

 そうやって、すぐに門を出た。

 そこにはもう、あいつらはいなかった。





[39139] 変わらず輝く満月の下で
Name: 蚕◆2f9dba57 ID:56ca2c0c
Date: 2013/12/29 16:12

 安物のアイスをかじりながら震える。この季節の夜に、アイスはまだ早かったかもしれない。

「ルミナさん?」

 背後から声がかかる。木漏れ日のようにやわらかく、透き通った声。

「ルリ……」

「こんな夜中に、どうしたんです?」

「買っといたアイスでも食べようと思って。お前こそどうしたんだ?」

「私はよく、ここへ夜風を浴びに来るんです。チェルシーもシエルも眠ったので、寝る前に来ようかなって思って」

「そっか」

「おとなり、いいですか?」

「ああ」

 あぐらをかいている留美奈のすぐ隣に、すっとルリが座り込む。お風呂からあがって時間が経つが、ほのかな甘い匂いがすぐそばに感じられた。ルリと同じ屋根の下で暮らし始めてそろそろ慣れていい頃なのに、こういう時はまだ少し、ドキドキしてしまう。

 肩で、存在が感じられるほどの近さだった。少し身体を傾ければ、それだけで触れ合ってしまうだろう。だから、動かないように身体を固くする。

「……ルミナさん?」

「ん?」

「あ、いや……今日のルミナさんは、いつもと違う気がして」

「そう、見えるか」

「あのときに似てます。シエルに助けられて公司から逃げ出した後、タウンで会ったときのルミナさんに。いつもみたいにおしゃべりじゃなくて、面白いことを言えなくなってる感じが」

「ああ……そういうこともあったな。あのときの俺は……もうちょっといいこと言えなかったのかなァ」

「あっ、でも、あのときとはちょっと違うかもしれませんよ? あのときのルミナさんは子供っぽくてかわいかったけど、今のルミナさんは、少し大人びて見えます」

「えっ、俺ってオトナ?」

「ああ、子供っぽくなっちゃいました」

「あはははっ、そっか。うん、やっぱ、俺はまだ子供だよ。……寂しくなったんだ。あいつらがいなくなってさ」

 アイスをしゃくる。やっぱり、話す相手がいると、自分の感情が漏れてしまうものだ。

「ルミナさんと私が離れてしまったのは、公司という敵の組織のせいでした。でも今、ルミナさんと地下世界のみなさんが離れてしまったのは、誰のせいにもできない、しかたのないことだと思います。そういうときに起こる寂しさは、受け入れることしかできなくて、だからルミナさんの表情は、いつもより大人びて見えるんだと思います。たぶんルミナさんは、私のそんな表情を見たことがあると思います。受け入れなければならない悲しさを抱えていた私の表情を。そんなとき、誰かのどうしようもない子供っぽさに、人は救われることがあるんです。私は経験があるから、知ってます」

 突然の襲撃がルリを奪った夜。自分の「しかたのない」事情に他の誰かが傷つくことはないんだと、ルリは、悲しい笑顔を浮かべた。あのときのルリのような表情を、今の自分が浮かべているというのだろうか。

「たとえ救われたとしても、あのときの痛みは胸の奥に残し続けないといけないと思います。たとえ今があまりに幸せで、痛みを忘れそうになっても。痛いけど、でも、だからこそ救いの大切さが分かるんです。そうやって、大人になっていくんだなって、分かります。だから、次は、私がルミナさんに手を伸ばす番なんです」

「ルリが、手を……?」

 どういう、ことなのだろうか。

「いつも夜風を浴びに来るって、私は言ってましたよね。でも、今夜だけは、それはウソなんです……」

 ルリの呼吸が、わずかに乱れたのが分かった。

「すき」

 夜の世界に、その声だけがリン――と響く。

「だいすき、」

 意味を、その言葉の意味を、

「わたしはルミナさんのことが、すき。世界で一番。チェルシーよりもっと、銀之助さんよりもっと、わたしがルミナさんのことを、一番強く、だいすきっ」

 ルリが言葉を重ねるたびに、ちょっとずつ、ちょっとずつ、留美奈は理解してゆく。

「すき、とてもとても。すき、すき、すき、だいすき、だいすきっ、ルミナさんのこと、いっぱい、いっぱい、すきっ、すきっ、すきぃっ、」

 強く、

 強く、抱きしめた。

 ちいさくて、やわらかくて、良い匂いがする身体を、精一杯に。

 背中に、回される手も、強く、自分とルリとをさらに強く、密着させる。

「届いたかな、私の、こんな手でも……」

「うっせぇ、こういうのは、男の俺が言わなきゃならなかったんだ」

「えへへ……先に、いっちゃった」

 肩の上に顎を乗っけて、首の横に顔を埋めて、耳元でささやかれるほのかな笑いに、留美奈の胸はいっそう甘く締め付けられた。

「ずるいんだよ、ルリは。いつも、俺はいつも、会った時からずっと、ルリにやられっぱなしなんだよ」

「それは私も……」

「好きだ。好きなんだよ、俺の方がッ」

「私の方が好き」

「俺の方がっ……あ~、バカップルみてぇなことやってるよ俺たち」

「ぷっ」

「あははっ」

「ねえ、ルミナさん……」

「ん?」

「どきどきして、今日も、眠れそうにないです」

「…………そうか」

「昨日だって、告白するかどうかで悩んで、眠れなかったはずなのに、今日こそは安心して眠れると思ったのに、どきどきして、眠れません。お酒が、まだ残ってるんでしょうか?」

「どうだろうな」

「どうやったら、眠れますか?」

「ごめんな、金髪」

「へ?」

 呟いたあとに、腕を少しだけ緩めた。

 暗闇の中で顔を突き合わせて、

 視線が絡んで、

 何をするか、分かって――、


 池にできた小さな水たまりの、水面に映っている月に、また一片桜の花弁が触れる。

 いつしか桜は雨となる。夏の日差しに水は枯れ、落ち葉に色を濁し、雪が全てを凍てつかせる。強い風が心を惑わすこともある。二人のいる場所は移り変わっていく。けれど、二人のはるか頭上にはもう、地下世界にはない大空が広がっている。

 取り戻したのはきっと、あの日学校の屋上で見た満月だった。




[39139] おまけ 「グラウンド・ゼロ」
Name: 蚕◆2f9dba57 ID:56ca2c0c
Date: 2013/12/29 18:08
グラウンド・ゼロ


『やはり僕の永遠の敵は公司のようだ。これが最後の通信になるとはね』

「翠先生なら、公司の監視からかいくぐる方法くらい思いつくような気がするんですけどね」

 自室。

 銀之助はマイクに向かって語りかけていた。窓べりで、なんとなく月を見上げながら。

 思い出したのは、ようやく作った自分の発明が台無しにされたときの悔しさだった。

 地下世界と地上とのアクセスを遮断するにあたって、物理的なアクセスだけでなく、再び地上との陰謀を生むような通信的アクセスをも妨害しようとしているのだとテイルから注意を受けた。地上には、まだ「箱庭」の残党が残っている。彼らがいつまた何を企むか知れないのだ。そこで公司は、明らかに意図的に地下へ向けられた見えない電話線すべてにジャミングを仕掛け、また察知すればすぐに発信者を追跡する準備をしているらしい。

『あまり師匠をナメないでもらいたいなァ銀君。もうすでに思いついている』

「えッ? もう思いついてるんですかっ?」

『僕がスカウトを受け入れて、公司に入ればいいんだよ。内部を操作すれば銀君からの電波を無視することができる。そうすれば、地上と地下の通信は保たれたままだし、今のような貧乏暮らしをせずとも済む。万々歳だ』

「じゃあさっさと公司に入ってくださいよ」

『ヘキサと同じことを言うね……このプライドというものを君になら分かってもらえると思ったんだが』

「プライドなんかさっさとへし折ってくださいよ」

『銀君、ひどくない? 僕、いちおう師匠なんだけど……』

「すみません。でも、ちょっと悔しかったのでつい……。僕は、またみんなで話ができればなって思って、このUMラジオを作ったので、つい……」

『君はいい研究者になると思うよ』

「え?」

『研究者にありがちなことなんだが、その追及ゆえに人間としての我を見失ってしまうことがある。僕は、実は白龍を身近に思う部分もある。自分の興味で人を傷つけ続けた研究者の末路が、アレだよ。僕らはそれを忘れてはいけない。他人事だと思っては。常に、白龍とは背中合わせの関係だと思っているよ。だから、仲間を思って発明品を作った銀君のことを、僕は弟子に持てて、光栄に思う』

「僕は、そんな立派なことをしたわけじゃないですよ。ただ、したいと思っただけで」

『それは自信を持っていいことだ。これで最後かもしれないから、強く言っておこう。自信を強く持つんだ、銀君』

「は、はいっ」

『そして、さっきああいう話をしたばかりでなんだが……これは同じ研究者としての興味なんだが、地上と地下とを隔てる分厚い岩盤で遮断されているはずの電波を、どうやって受信したんだい?』

「ああ、まだ教えてませんでしたよね」

『うん。地下世界でのお別れの日のことは今でも覚えているよ。不可能だと言った僕のことを、銀君は強く否定した。あのときからアイデアはあったんじゃないかと思うんだ』

「はい。だいたいの算段はついていたんです」

『ご披露願おう』

「簡単なトリックですよ。まず、UMラジオの通話セットを中庭のバーベキュー会場へ持っていくまでに、少しお時間をもらったのを覚えてますよね? あのとき僕は、UMラジオのスピーカーから出る音を、また別のスピーカーから出力できるように調整していました」

『それはラジオに付属しているスピーカーの音質が不安定だったということではなく?』

「それも若干ありますが、ここで大切なのはまた別の理由なんです。きっと、翠先生には解けない理由です」

『ふむ、そう言われたら解けないわけにはいかない……』

「考えなくても大丈夫ですよ。これは僕とルミナたちだけの、思い出からヒントを得たんですから」

『思い出から?』

「そうです。ルミナんちの庭に、突然大穴が空いたんですよ。地盤がまるっと消し飛んでしまったかのような、ものすごい風景だったんです」

『……なるほど。僕はもう分かったよ。その力にはさんざん発明を壊された覚えがある』

「そこから、僕たちの、ちょっと変わった日常は始まりました……」

『まさにその場所が始まりだったというわけか。あの馬鹿力の空けた大穴が、地下世界の電波が漏れ出す一点を偶然にも探り当てていた。その場所でなきゃ、電波が受信できなかった。だから銀君は中庭へ移る際、別個のスピーカーを作って、「地下世界の電波受信機であるUMラジオ」の音を、大穴以外の場所で聴けるように仕向けた、と』

「もちろん、単純にあそこで電波が受信できたわけじゃなくて、いろいろな土木工事しなきゃなんなかったですけど……でもあの場所ができないと、思いつかなかったような発明なんです。あれがすべての爆心地(グラウンド・ゼロ)だったとでも言いましょうか」

『馬鹿力も使いよう、だな。いや、実にいい発明だよ銀君。たとえ通信ができなくなったとしても、双方向のやりとりができなくなったというだけで、受信はできるはずだ。ザザザザ、ズッっと。あははは、ズザザたみたいだね。まあ、ジャマーぐらいはなんとかしてみせるさ。ズズズズズの発明が無駄にならないよう、僕はこっちでラジオでも流行らせるとしよ、ピガ、』

「ラジオをつければ、いつだって地下世界に行けるというわけですか……」

『あズザザッ、それザザと銀君が子弟であるとい、ザょう明だ。研究者である僕たちに、それ以外の言葉はなにズズズズらないはずだザザザ』

「はい」

『じゃ、ッブツン』

「じゃあまた、師匠」


そうして、1999年4月6日の夜は、暮れて行った。


<了>


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