2005年 11月26日
11月下旬。冬の空は目が痛くなるほど青く澄み渡っています。たまに吹く風は冷たく、お出かけには少しばかり涼しい気候です。
とはいえ厳密に言えば人じゃあない私はそこまで寒さは感じることはないため、綺麗に晴れ渡った空を見て素直に気持ち良いと思うことができます。
閑静な住宅街は、それぞれの家から聞こえてくる子供たちの小さな話し声だけ残して静まり返り、今道路を歩いているのは私たちだけ。
今日ははやてちゃんの診察もなく、夜を除けば特に何か用事があるわけでもなし。そんな訳で、今日ははやてちゃんにせがまれて図書館に本を借りに行く途中なのです。
今の私ははやてちゃんの車椅子を押して、ついでにヴィータちゃんも引き連れて図書館へと向かっています。
頬に吹き付けてくる風もなんのその。三人で歩いているならへっちゃらへーです。
かなり厚着をした、というか私が着せたのですが、はやてちゃんが透明な青空を見上げた後、私の顔を見上げてにっこり笑いました。
「なんや、最近はやけにノンビリした時間が続いとるよねー」
「そうよねー」
「……あ、シャマル、また敬語ちゃうね」
「……アレ?」
ちょうど空の上を鳥が飛んでいき、はやてちゃんは羽ばたく鳥を目で追い始めました。
ノンビリした時間、ですか。……確かに昼頃は何もないのですが、実のところ最近の夜は結構忙しいんです。
二週間前、はやてちゃんに気付かれないように蒐集に行き、帰ってきた私たちは、まずはどれくらいの頻度であの世界に行けるのかを確かめることにしました。
遠見ができるセンサーを竜世界の近くにセットして、何日か置きに望遠スフィアの作成とそれの隠蔽をしながらあの世界から監視が消える時を待っているのです。
けれども、今日という日まであの世界に行くことは出来ていません。前回私たちがあの世界にいたことがバレてしまったのか、警戒が全く解かれないのです。
前あの世界に行けたのは偶然だったのではないか。そんな嫌な予感がぷんぷんしています。もちろん、あれから稼いだページはゼロです。
ヴォルケンリッターのみんなも焦ってきています。そもそも、今日まで何も言われていないのがおかしいくらいです。
はやてちゃんの体がいつ停止するか分からない苦しみに、みんな突き動かされています。けれど、表面上はみんな落ち着いています。
焦って行動すれば、逆に失敗することになると、自分を戒めているのです。
世界を転移しまくって、蒐集をすることも出来る。なのにそれをせず、周囲の警戒だけをしているのです。
それほどに、たった数時間で100ページを無傷で稼げたという前回の事例は大きかったようです。
……あんな効率の良い蒐集は、微妙な主の下で苦戦続きだったヴォルケンリッターに望めるはずありませんでしたから。
このまま機会を待ち続けて管理局に見つからずに蒐集を進めれば、『闇の書事件』という事件は発生せずに済むかもしれません。
闇の書事件。それは私たちヴォルケンリッターの将来を左右する、大事な事件。
管理局に事件として取り上げられなくなるなら、それに越したことはないのですが……。
誰も傷つけることなくページの蒐集を終えることができたのなら、私たちは胸を張ってはやてちゃんに闇の書、いえ、夜天の書のマスターになって貰うことができます。
……そういえば、誰かを傷つけるわけじゃないんだから、はやてちゃんに許可を取ってから始めても良かったような……。
…………ま、まぁ、許可を取る前に始めてしまったんだから仕方がありません。このまま黙って黙々とページを集めるしかないでしょう。
空気が揺れる気配がして、正気に戻ります。目の前に少しばかり急勾配の坂がありました。
「お先!」
「あ、待ちなや、ヴィータ!」
ヴィータちゃんが先に駆け出して目の前に広がる坂を登りきると、はやてちゃんに向かって手を振りました。
私にもっと急ぐようにはやてちゃんは言って、ヴィータちゃんの名を呼びながら笑顔で前へと進み始めます。
2人の姿が相変わらず微笑ましくて、知らず口元に笑みが浮かびました。
けれども、そんな楽しい風景を作り出しているはやてちゃんの体は、今は闇の書のプログラムに侵され少しずつ麻痺している最中。
麻痺の進みは本当にゆっくりですけど、少しずつ進んでいるのです。
こんな素敵な日々が、ほんの短い間で崩れてなくなってしまう。
それが嫌だから、私たちは頑張っています。
とても長い導火線のついた爆弾を抱えた毎日。今の状況を現すのならば、こう表現するべきでしょう。
「ヴィータ、急に走ると危ないでぇ」
「天気もいいし、何だか気分良くなってさ」
ヴィータちゃんに追いつくと、はやてちゃんは背を伸ばしてヴィータちゃんの頭を撫でます。
心地よさから目を細めるヴィータちゃん。安心しきった小動物のようなヴィータちゃんの顔を見たはやてちゃんの口元が、薄っすらと天使のような笑顔を作り出します。
……闇の書の侵食を出来るだけ遅くするため、魔法を使ってはやてちゃんの体調を整え続けていますが、それも何時まで持つか分かりません。侵食が終わるのは一年後か、それとも半年後か。はたまたその半分か。
頭を撫でる作業に一段落したのか、はやてちゃんが私に車椅子を押すようお願いしてきます。
「……さ、はよ図書館行こうか、ヴィータ、シャマル」
「うん。……なあ、シャマルも何か喋れよー」
「ゴメンなさいね。2人が可愛くて、つい見惚れてしまいました……」
「「なっ!?」」
完全な侵食なんてさせない。はやてちゃんは、家族は絶対に守りきる。
頭の中で何度反芻したか分からない言葉。この気持ちは、何があろうとも絶対に揺るぐことはないでしょう。
それこそ何を利用してでも、私はやてちゃんを守ります。守り通してみせます。
願えば、夢は叶うはずだから。
神でも仏でもない何かに私は祈りを捧げます。私という存在を確固としたものにしてくれた奇跡に、祈りを捧げます。
最後にくるのは、ハッピーエンドだと思うから。
まっすぐな気持ちは、きっと私たちを守ってくれると信じているから……。
けっこうな数の蔵書があるという海鳴市の図書館。
図書館の中は、本のことを考えて常に常温に保たれています。同じ理由で、空気は少しだけ乾燥しています。漂っているのは、古い本が放つ独特な香り。特に嫌いな匂いではないので、暗くなっていた気分が少しだけですが良くなります。
はやてちゃんは今日はファンタジー作品を読みたい気分なのか、その手の本が並べられたコーナーにいます。目に付いた本をぱらぱらと捲り、自分が読んでみたい作品を探しているようです。
現在ヴィータちゃんがはやてちゃんの車椅子を押しているので、私は少しばかりヒマだったり。
ページを捲ってはすぐに戻し、次の本を手に取る。そんなことを繰り返しているはやてちゃん。
車椅子をヴィータちゃんに動かしてもらって本を取る愛くるしいその背中を、黙って見守ります。たまに私の方を振り向くのは、視線が気になるからでしょうか?
「……届かない……」
「……?」
そうしてはやてちゃんを見守っていると、誰かが唸っている声が聞こえてきました。声量はとても小さく、誰かに手伝って欲しいという気配は感じられません。
視線をそちらに向けると、そこには一人の女の子がいました。
明り取りから入る光を受けた、神秘的な姿を私に晒しています。
身に付けているのは、前回と同じ真っ白い制服と真っ白なカチューシャ。それと真逆の紫色の髪のコントラストが目に栄えます。
小学生だと思われるあの娘の身長では少しばかり手が届きにくい、背の高い本棚。前回ここで見たときと同じ姿格好で彼女はそこにいました。
背を伸ばして本を取ろうと必死になっています。
この前あの娘を見たときは、何故か気になってしまったんですよね……。今も気になってますし。……何か理由があるのでしょうか?
本棚付近をキョロキョロと見渡し、踏み台を探しているようです。
……今度は、声をかける口実になりそうですね。
はやてちゃんは本を探すのに夢中。ヴィータちゃんも付いていますし、少しくらいなら目を離しても大丈夫でしょう。
私はその子に近づくと、声をかけることにしました。
……でも、ホント誰なんでしょうねこの子。
……届かない。
高い所に置いてある目当ての本を前にして私は特に意識せずに嘆息した。もう少しで届くのに、ギリギリで指がひっかからない。このもどかしさは、言葉ではどうにも言い表しづらい。
もう一度手を伸ばしてみても、やはり本に手を触れることができない。
飛び上がって取るのは簡単だけど、私みたいな女の子が1メートル近く跳躍するのを他の人が見たらどう思うだろう。
……背を伸ばして取るのはきっぱり諦めて、どこかに踏み台でも探しに行こうかな。
身長のせいで遥か遠くに見える、今読んでいる途中のファンタジー小説の二巻を見上げて、堅実的なことを考える。
伸ばした手を引っ込めて、辺りを見回してみる。目に見える範囲に踏み台はない。……踏み台がどこにあるのか司書さんに聞こうっと。
もちろん、司書さんに取ってもらうという選択肢はない。自分が読みたい本くらい、自分で取るから。
「取りたい本はこれですか?」
「え? ……はい、それです。ありがとうございます」
踏み台を探しに行こうと本棚から背を翻した時、私の隣に立った人が、取ろうとしていたファンタジー小説を私に手渡してくれた。
咄嗟にお礼を言うと、渡された本を胸に抱きしめる。
どんな人なのか気になって顔を見上げた。薄い金色の髪をした優しそうなお姉さんだった。
……たまに見かける人だな。
「たまに見かけますけど、本、好きなんですか?」
私と同じことを考えていたのか、笑顔で聞いてくるお姉さん。親しげな笑みは、子供心に素敵だと思った。
笑みを作っている顔のパーツには一切の邪気がなく、何となく人を安心させてくれる温かさがあった。
ただ、笑顔のどこかに不自然さがあって、まるで作られた微笑みを見ているような不思議な気持ちになる。
……この人、あの車椅子の子のヘルパーさん(?)だ。
思い出すのは、たまに見かける私と同い年くらいの女の子のこと。声をかけてみようと思う時もけど、何時も近くにいる人たちと楽しそうに話しているので、どうにも声をかけづらかったのだ。
そういえば、前、図書館に来た時にこの人と目礼をしたような気もする。
「あの、どうしました?」
「あ、その……」
不思議そうに私の顔を覗き込んでくるヘルパーさん。
話している最中なのに考えごとをしちゃった……。……失礼だったかな。
少し気まずくなってしまって口ごもる。これも失礼にあたるのではないかと、ちょっぴり自己嫌悪。
「あはは、そうですよね。初対面なのに馴れ馴れしいですよね……」
ところが、気まずい気分になっている私よりさらに気まずそうな顔で女性は不安そうに指をもじもじさせている。
大人のクセに可愛い人。人指し指をくっつけて所帯なさげにしている彼女の姿を見てそう思った。
……何だか勘違いしているみたいだし、誤解、解いておこうかな。
踵を返して私の前から立ち去ろうとする女性の背中に、声をかける。
「ゴメンなさい、さっきの言葉は忘れてくだ……」
「好きですよ」
「あっと……?」
「本、好きです」
私の声を聞いて、慌てたように振り替える女性。やっぱり不安そうなままで、綺麗な顔は面白いくらい歪んでいた。
足元の床の感触を何となく確かめて、胸に本を抱えながらお礼を言うことにする。
ありがとうございます。さっきも言った言葉だけど、誠意を伝えるなら感謝の思いは何度か口に出す必要があるだろう。
これから言うべき言葉を何度か舌の上で転がして、さっきみたいにまごつかないよう反芻する。
「ありがとう……」
「シャマルー、その子知り合いなんかー?」
声を口から出そうとした瞬間、後ろの方から声が聞こえた。少しばかり落ち着いた女の子の声。口調からにじみ出ている好意が、何だかくすぐったかった。
目の前の女性の笑みが濃くなったのを見て、声の主は前から気になっていた車椅子に乗ったあの子だろうと予測を付ける。
話をしてみたかったんだけど、どうにもきっかけが掴めなかった。それもあって、この出会いに感謝することにした。
私の横に、車椅子が並ぶ。乗り手の女の子の短い茶色の髪には、赤と黄色のリボンが絡み付いていた。それ以外に目立った装飾はない。あまり飾らない子なんだなと思う。
車椅子を押しているのは、茶色の髪のこの子より少しだけ歳が下に見える赤い髪の毛の女の子。白い肌と青い目が印象深い、お人形さんのような子だった。
横に並んでいる私の顔を、車椅子の子が眺めてきた。期せずして、目と目が合う。私に何か通じるものを見つけたのか、車椅子の子は柔らかく微笑んだ。
「はじめまして、私は八神はやて言うねん。よろしゅうなー」
「八神、はやてちゃん。……私は月村すずか。よろしくね……」
唐突な自己紹介。ニッコリと笑いかけられて、何故だか赤面する。
お互いの名を教えあう私たちを見ているヘルパーさんとはまた違う、素敵で魅力的な笑顔だった。
ヘルパーさんの笑みが誰かを落ち着かせ安心させるための笑顔だとしたら、はやてちゃんの笑顔は混じりっけのない透明で純粋な微笑み。
出会ってから数分も経っていないはやてちゃんの第一印象は、そんな優しいイメージだった。
お話せえへん? はやてちゃんに誘われて、私は図書館に備え付けられたテーブル席に座ることにした。
小学生同士の簡単な関係のせいか、最初からお互い下の名前で呼びあうよう。
土曜の朝から本を借りに来るような本の虫。邪気のない笑顔ではやてちゃんに言われて、私の表情は凍りついた。
それなら、はやてちゃんだって同じだよ。
そう返すと、はやてちゃんの表情も凍った。言われたら否定できなくてちょっとだけ苦しいね。お互いに笑い合う。
車椅子を握る役がシャマルさんに変わって、今は私とヴィータちゃんは椅子に座っている。
シャマルさんに座らなくてもいいのか聞いたけど、彼女は立ってる方が性に合うんです、と笑うだけだった。
女の子二人とその保護者。はやてちゃん、ヴィータちゃん、シャマルさん。この三人の関係を推理するとこうなる。
シャマルさんの見た目はあまりにも若くって、どうしてもはやてちゃんのお母さんだと思うことはできない。やっぱりヘルパーさんで合ってるのかな。
理由として、名前が日本名と海外名であることと、見た目があんまり似ていないというのが挙げられる。……雰囲気はそっくりだけど。
でも、ヴィータちゃんのお母さんには見えないこともないかな。
「……すずか。何か、変なこと考えなかった?」
途端に不機嫌そうな顔になるヴィータちゃん。……もしかして、怒った? そんなに考えてること表情に出やすかったかな?
少しだけ不思議だったけど、あまり深くは聞かないことにして、曖昧に笑ってヴィータちゃんの問いかけは流すことにした。
しばらくの間ヴィータちゃんは私を白い目を見ていたけど、すぐに興味が失せたようにはやてちゃんに視線を戻した。
凄く仲がいいけど、姉妹なのかな? 髪の色も違うから、やっぱり別の家の子かも。
詮索するのは頭の中であっても失礼にあたるだろうけど、それでも気になることに変わりはない。この程度の好奇心は許して欲しいものだ。
なんとなしに、目の前の三人を眺める。
はやてちゃんの膝の上にヴィータちゃんが寝転がった。図書館で騒ぐのは良くないでー。はやてちゃんが意地悪く言う。その後、頭を撫でる。シャマルさんが二人を慈愛たっぷりの目で見る。
なるほど、こんな関係か。三人が取った一連の動作で、八神さん家がどんな風に毎日を過ごしているのかが分かった気がした。
「私とシャマルが家事担当なんよー。後は、それぞれ趣味の時間とか……」
「そうなんだ。私もお姉ちゃんが……」
話の中で、全員が同じ家に暮らしていることが明らかになる。他にも犬が一匹、女性が一人いるということも知った。
ほんの数十分で仲良くなれたのは嬉しかった。友達が増える。こんなイベントは大歓迎。
図書館の中だから大きな声はお話できないけど、それでもとっても楽しい時間だ。
――ヴーヴー。
と、メールの着信音が鳴った。図書館だからバイブに設定してるけど。三人に断ってから、ケータイを開く。差出人はお姉ちゃん。
今日のお昼は何処で食べるのか、簡潔に聞かれている。
話しているうちに、時刻は12時を回っていたんだ。……全然気が付かなかった。
「ゴメンね、はやてちゃん。もうお昼の時間だから……」
「えー。もっと話したいんやけど……。でも、ご飯なら仕方ないかー」
目に見えて暗くなって肩を落とすはやてちゃん。その姿に罪悪感が沸く。お姉ちゃんが聞いているのはご飯を何処で食べるのかだから、まだご飯は出来ていないのだろう。
なら、はやてちゃんの家でご馳走になればいい……と思うけど、友達とは言え、出会ってから数時間の人たち。そんなこと言ったら、きっと迷惑になる。
「すずかちゃんの分のご飯、もう作られてるんですか?」
むぅーと唸っているはやてちゃんを見かねてか、シャマルさんが私に聞いてくる。……あれ? シャマルさん、私と同じこと考えてる?
「ううん、何処かで食べる約束してるかどうか聞かれたの」
私の言葉を聞いて、机に突っ伏していたはやてちゃんがガバッと起き上がる。目は希望で爛々と輝いていた。
シャマルさんも、ふむふむと頷いている。何だか着々と足場が固められているような……。
……でも、ご飯にお呼ばれ? 出会ったばかりなのに、それはちょっとだけ早いような……。
「なら、私の家で食べればええ!」
ドンと胸を叩いて宣言するはやてちゃん。……うーん、やっぱりこうなるんだ。
この人たちの人の良さそうな顔を見ていると、本心からもっと話をしていたいと考えていることが良く分かる。
けど、お父さんとかお母さんに何て説明するんだろう。家にいる人たちの分しか準備してないんじゃ……。
あれ? お父さんお母さん?
はやてちゃんが教えてくれた八神の家の家族構成を思い返す。家にいるのは、犬と女性と言っていた。……ご両親は? もしかしてお出かけ中?
もしもそうなら、余計悪いような……。
でも、保護者のシャマルさんが良いと言ってるから良いのかな? ……はやてちゃん家の家庭の事情が全然分からない。
「心配しなくてもいいですよ、マズイ料理は出しませんから」
えっへんと胸を張るシャマルさん。……そんなことを疑問に思ってるわけじゃないのに~。
気になることは多々あれど、私は事実を確かめるために、はやてちゃんたちに付いていくことにした。
お昼ごはんはいりません。お友達のお家で食べることにします。メールを打って、お姉ちゃんに送信、と。
終わったよ。そう言おうと顔をあげると、視線の先にみんなはいなかった。
右、左。どこにもいない。どうやら善は急げとはやてちゃんが先に行ってしまったらしい。
「待ってよ、はやてちゃん!」
「すずかー。はやくこっちおいでよー」
ヴィータちゃんに急かされて、シャマルさんに車椅子を押されるはやてちゃんの後を追いかける。
図書館から出ると、冬の寒空を見上げた。冷たい風が吹いているけど、今の私には暖かな陽気に感じられる。
三人はたまに振り返りながら、先へ先へと進んでいる。少しだけ走って、前を進む三人に追いつく。隣に並ぶと、さっきの話の続きを話しながら歩き始めた。
……また厨房盗られた。前から口を酸っぱくしてこの家の家主は私や言うとるのに……。
帰ってきて早々、シャマルは私の言葉を聞かずに走り出して台所に直行した。せっかくすずかちゃんに私の手料理食べさせたろうと思っとったのにぃ……。
腹いせにザフィーラのお腹をなでなでしながら、相変わらずの上機嫌でご飯を作っているシャマルの背中を目で追う。
……ザフィーラ、最近はほんに動物っぽくなったなぁ。まさか、自分が人型にもなれること、忘れとらんよね?
嬉しそうに触られているザフィーラを、すずかちゃんは恐々と見つめていた。
新しくお友達になった女の子、すずかちゃん。ザフィーラのことを、大きな犬だねと言っていた。……うん、絶対本心ちゃうね。たぶん狼だと思っとるはず。
うーん。やっぱり犬って設定はムチャやったかなー。でも今更、ゴメン、ホントは狼やっていうのもただ怖がらせるだけやろうし……。
それに、ホントのホントは闇の書の防衛プログラムやから……。何て言っても信じてくれへんよね。
話しこんがらがってまうし、このままでええか。素直に言うと、諦めた。
「シャマルさん、料理上手だね。さすがヘルパーさん!」
……へ、ヘルパーさん?
シャマルを褒めるすずかちゃんの言葉を聞いて、困惑しつつ、何だか納得した。……ヘルパーさん。今の私たち家族の関係は、知らない人から見たらそう見えるんか。
それが嬉しくもあり、残念でもある。
でも、ヘルパーさんと勘違いさせておくのもなんやし、家族やと説明せんとあかんよなぁ……。
……困った。ヘルパーさんだと信じきっているすずかちゃんに、今更ちがいますなんて言えへん。
少しばかり考えを纏めてみる。
シャマル、というか、ヴォルケンリッターはみんな家族。ずっと一緒にいる関係。
すずかちゃんは、シャマルのことをヘルパーさんだと勘違い。他の子たちを何だと思っているのかは、今のところ不明。
すずかちゃんがシャマルのことを私の家族だと認識していないと仮定して、八神家に何か不都合は……あらへん。
んー。本当のこと言わんで黙っとこうかな。そのままにしといた方が面白そうや。いろいろ秘密はあるけど、それは後でおいおい明かしていくことにしよ。
思考の結果、すずかちゃんの言葉に曖昧に頷くだけにする。その後、ちょっぴり後悔。……なんだか嘘付いたみたいや。
そこに、昼頃になったのを確認して急いで来たらしいシグナムが帰ってきた。さて、すずかちゃんはシグナムをどんな人だと思うんやろか。
ピンク色の髪の毛だから、もしかすると赤い髪をしているヴィータのお母さんだと勘違いするとか。ヴィータが私を不審気に見つめてる気がした。
……さて、どう来る、すずかちゃん。
「ただいま帰りました、主はやて」
「おう。お帰り、シグナム」
さらっと主と言ってのけるシグナム。うーむ、さすがに初対面で主はビビるか?
でも、言ってしまったという事実は変わらんし、すずかちゃんが面白そうな反応しそうやからやっぱりほっとこう。
すずかちゃんの困惑する気配が背中に伝わってくる。小さく、主……? と呟いている。
あー、やっぱそうやよねー。そう反応するよねー。最近は主って呼ばれるのにも慣れてしまったもんやなぁ……。もしかして私、気付かぬ間に汚れとる?
「お、お邪魔してます」
「む。い、いらっしゃい。……主のお友達ですか?」
「うん、友達のすずかちゃんや。シグナムも挨拶しときー」
私の言葉を聞いて、堅苦しい顔で歓迎の意を告げるシグナム。すずかちゃんも、少し硬くなって自己紹介をしている。
そういえば、みんなが来てから誰かが家に遊びに来るの、これが始めてやないかな。
そうかー、この家に友達が来るのはすっごく久しぶりかー。どれくらい来とらんのかな……少し数えてみるか。
一年、二年、三年……は来てない。四年、五年……。
あれ、何やろ。何か無性に悲しくなった。
自分の家に訪れる人の少なさに絶句し、そして情けなくなる。ずっと一人で眠っていた頃のあの寂しさが蘇ってくる。
ヴィータが、シグナムが、ザフィーラが、そしてシャマルが隣にいなかったあの日の記憶が、目を醒まそうとする……。
感情を一旦リセット。悪いことなんてない。今は楽しい今は平和。今は、幸せ。……よし。
でも、今は家族が居るから平気や。手を伸ばし、ソファーに座っているヴィータの頭に手を乗せる。そのままくしゃくしゃ、ヴィータの柔らかい髪を堪能する。
「は、はやて?」
私の突然の行動に驚くヴィータ。とりあえず、笑顔で黙殺。
ヴィータは私が愛して愛しぬく、とか。
微笑ましいものでも見たかのように、すずかちゃんが微笑んだ。
……なんやねん、その笑顔。
「ご飯できましたよー」
ご飯が出来たことを告げるシャマルの声。その言葉を聞いた途端、お腹がぐうと鳴った。
……シャマル、許すまじ。
シャア丸さんの冒険
十二話「交差する少女たち」
新しい知り合いと一緒に食べるご飯は、なんだか新鮮だった。
いただきます、と手を併せた後ご飯を食べ始める。
おかずを一品口に放り込む。口の中に広がるうまみ。……シャマルの作るご飯もおいしいんだけど、やっぱりはやてのご飯も食べたいな……。
夜ご飯ははやてのご飯を頼もうっと。
そんなことを考えていると、はやてがあたしの方に手を向ける。
「ヴィータ、お醤油取ってやー」
「うん。……はい、はやて」
「ありがとなー」
食卓に付く人が一人増えて、はやては終始ご機嫌だ。すずかに楽しそうに話しかけている。その姿が何だか羨ましくて、ちょっとだけすずかに嫉妬する。
一人増えただけのはずなのに、食卓は何時もより賑やかだ。普段喋るのは、はやてかあたしかシャマルだけだからなー。ザフィーラとシグナムあんま喋んないし。
ご飯を食べ終わった後はおしゃべりタイムに突入した。
はやてとすずかの話しは、なかなか終わることはなかった。
あたしたちじゃ理解できないような話をしている2人。……服のこととかよくわかんねーよ。
ふて腐れた私の頭をシャマルが撫でた。……撫でんな! パシンとシャマルの手を弾く。シャマルが露骨に傷ついた顔をする。無視した。
そんな私たちを見て、すずかが笑った。はやても笑った。
やっぱり、はやての笑顔は綺麗だと思う。そんな笑顔をいつでも見ることができるあたしは幸せだとも。
シャマルはといえば、納得いかなさそうに自分の掌を見ていた。私にはニコポナデポのスキル、搭載されてないんでしょうか……。山田くんはマンキーにニコポもどき習得させることに成功したのに……。なんて変なことを呟いている。
それから何時間か経って、すずかが壁にかかった時計を見あげて驚きの声をあげた。釣られて時計を見ると、時間は五時を回っていた。
「ゴメン、はやてちゃん。もう帰らなきゃ」
「え? ……ホンマや、もうこんな時間……。んー、名残惜しいけど、またな、すずかちゃん」
わたわたと帰り支度を整えているすずか。はやてもすずかを手伝う。
……そんなに荷物多くないのに。女の子って、やっぱりスゲーや。
何だか、自分が本当に女の子のことをしらなかったんだなと思ってしまった。
空は赤く染まってた。はやてと一緒にすずかを見送ると、あたしはシグナムを振り返る。
シグナムが小さく頷いた。決行だ。宙域に存在している戦艦の様子がいつもと違うらしい。……今日こそ、あの竜がたくさんいる世界に入れるかもしれない。
後、たったの五回。あの世界に五回行くだけで闇の書のページが全部埋まるんだ。
はやてに気取られることなく、怪我を負うことなく、魔力を消費することなく。
ないないずくし。だけど、それが一番良い。
いくらだって待てる。蒐集を焦って気付かれてはやてを傷つけてしまうよりは、ゆっくりと竜からリンカーコアを抜いて気付かれない方が何倍もいい。
でも、もう二週間も経つ。そろそろ次の蒐集を行えないと、多分あたしはキレる。
そうなったらダメだ。だから……管理局、あの世界から早いとこいなくなってくれよ……。
深刻な顔をしているあたしに気付いたのか、はやてがあたしの顔を覗き込んでくる。
「どしたん、ヴィータ。深刻そうな顔して?」
「何でもないよ、はやて。……ところで、今日の夜ご飯なに?」
「さっき食べたばっかやないかっ」
「お昼のご飯はシャマルのご飯だったから、夜ははやてのご飯が食べたいな」
「うーむ。リクエストもあったことやし、シャマルに掛け合ってみるか」
この笑いを何時までも見られるように、あたしたちは今、精一杯頑張っている。
夜ご飯を食べて、仮眠を取って。
転移魔法を使う前にあたしたちは全員別々に移動し、八神家から距離を取り始めた。
――固まって行動するのは危険だ、転送する前に一度離れて、目的地の前の世界で合流することにしよう。
夜、あの世界に行くようになってから何日かした頃、シグナムがそんなことを言った。
もちろん、誰も反論することはなかった。
当然のことだ。三人の女性と一匹の獣が固まっている姿を誰かに目撃なんてされたら、近所に住んでるおばさんたちが、はやての家に住んでいるあたしたちとの関連性を疑うかもしれない。だって、あの人たちは噂が大好きだから。
騎士甲冑を着てるから顔は見えないだろうけど、海鳴の空をはやての同居人たちに似ている人影が飛んでいるなんて噂、立てたくない。
だから、あたしは一人で人目が付かない場所を目指して飛び回っている。今日は新しい場所で転移することにした。いつもいつも同じ場所で転移するわけにはいかないかんな。
さて……どっかいい場所ねーかな?
下に見えるのは、暗く沈んだ海鳴を彩る電灯の群れ。町を空から眺めるのは、案外好きだったりする。
ベルカの厚い雲の隙間から顔を覗かせる光に憧れていたあの時のように、ずっと見ていたくなる。
「まるで、宝石箱みたいだよな……」
宝石なんて権力者の下にいた時、それとテレビでしか見たことないけど、それでも綺麗だと思う。
あたしにとってこの町の風景は、宝石以上に綺麗だけど。
……なんてこと、はやてに会う前のあたしだったら全然考えなかったんだろうなぁ。
こんなに変わってしまったあたしだけど、あたしは今のあたしが大好きだ。それだけは、胸を張って言えるだろう。
乱立するビルの群れを眼下に置いて飛び続けていると、目に見える風景が見覚えのないものに変わってきつつあった。何時の間にか、隣町にまで来てしまったみたいだ。
「やべ、ちょっと遠すぎたか……」
ブレーキかけて、その場で一旦停止。辺りを見回すと、転移に都合が良さそうな場所を探し始める。
シグナムあたりに遅いとかまた文句言われそうだな……。まあ、あたしの自業自得だから仕方ねーけど……。でも、なんか納得いかねえ。最近こんな役ばっかりな気がする。
って、なに愚痴ってんだあたしは。
首を振って、文句を言い続ける思考を止める。現在最も重要である『魔法を使っても人目に付かない場所』を探す作業に戻る。
……良さ気な転移スポットと言えば、やっぱビルの上かねー。
空中で縦方向に一回転。腰の飾りがフワリと揺れる。見上げた空には星がたくさん。足元の光と頭上の光に囲まれて、あたしは何だか幸せだった。
ビルつったら、やっぱ一番高いやつじゃねーと、誰かに見られる危険があるから……。
目の前に広がっている街並みをグルッと見渡し、それらしい建物を探すこと十秒。発見した。
屋上の立地条件は最高クラス。あれより高いビルは近辺になく、塀も高くて人目にも付きにくい。
あそこならとりあえず問題ないだろう。
「んじゃ、行ってみるか。……ん?」
――ひゅん、ひゅん。
あたしの耳に、あのビルの近くで何かが動いている音が聞こえてきた。
速さは感じないものの、力強さを感じる風切り音だ。
……怪しい。
音の正体を確かめるため、ちょっと待機。
同時に音が消失した。耳の集音能力をあげてさっきの音の発生源を探すけど、聞こえてくるのは下にいる人たちの話し声だけ。
一分待っても、風切り音が聞こえてくることはない。
……気のせいかな。
さらに一分待つ。音が聞こえてくることはない。聞こえてくるのは下からの楽しそうな喋り声だけだ。
時間がヤバいってのに、何でこんなこと気にしなきゃなんねーんだ。
正体不明の音の主に毒づくと、さっき目を付けたビルの上に降り立つ。
硬いアスファルトの感触を足に感じる。予想通り塀は高く、ヘリを飛ばすか屋上のドアを開けてここに入って来ない限り、あたしが見つかることはないだろう。
はぁっと息を吐き出し、ガシガシと頭をかく。
思い出すのは二週間前の蒐集のこと。怪我をすることなく、短時間で100枚ものページを稼ぐことができた。これに期待しないで何を期待するのか。
前回はちょっとばかしミスったが、今日こそたくさんページを蒐集できるはずと意気込む。意気込まなけりゃやってけない。管理局いなけりゃもっと楽なのによー。
首からハンマー型のペンダントを毟り取ると、手の平に置きアイゼンを起動。そのままハンマー形態に移行する。
数々の期待を胸に秘め、転移魔法の発動と同時に、鉄の伯爵を振るう。
アイゼンが宙を薙いだ。足元に広がる赤い転送魔法陣。
転移先は、前に行った雪の管理外世界。あそこは視界が悪いから、隠れるのにも都合がいい。
「ね、レイジングハート。さっきの光、魔法の光かな?」
『Perhaps, it is so』(多分そうでしょう)
移動先の設定中、後ろの方から女らしき声が聞こえた。後ろとはすなわち空中。声の主は空にいるようだ。あえて背後は振り返らない。
空に居る奴は、誰かと会話しているらしい。話し声が、聴力の強化されたあたしの耳に入ってくる。聞こえてきた会話の中で重要なのは、声の主が魔法のことを知っているということだ。
……まじぃな。
ただ魔法を知っているだけでは警戒対象にはならない。けど、この魔法が浸透していない管理外世界で魔法を知っているというのは、十分警戒対象になりうる。
つまり、あいつは管理局に所属している魔導師かもしれない。
何でもかんでも管理局のせいにはしたくないけど、それでも疑ってしまうくらい管理局と言う組織はとにかく幅が広い。
とりあえず無視。あたしが興味なしという顔してれば、あっちも無視するはずだ。そうなることを切に願う。
「って、転送しようとしてるよ!? レイジングハート!」
『All right』(了解しました)
声と声の以心伝心。互いの信頼関係はかなり良いらしい。
背中に感じる魔力の高まり。あたしに声をかけようとしている奴は、かなり高密度の魔力を操れる魔導師のようだ。
集った魔力を機械的な声のほう、つーか多分デバイス、が練りこみ、取り込んだ魔力を魔法となした。
発動する魔法。爆発する魔力。デバイスが魔法を発動したのが感覚的にわかった。桜色の魔力光が、背を向けていても視界の端に見えた。
『Depressing fin』(『デプレッシング・フィン』)
「ありがとね、レイジングハート。さて、と……。ねー、そこの人ー!」
聞こえてくる叫び声、というか呼び声。完璧にあたしに話しかけようとしている。
……メンドウだ。何であたしに声かけようとしてんだよ。
このまま転移準備してたら転移の魔法にあいつまで巻き込んじまいそうだから、魔法を解除。足元に広がっていた魔法陣がかき消える。
感じる気配を完璧にスルーして、宙に浮かび上がると最大速度で逃げ出すことにする。……今日は厄日かっつーの
「はやっ!? フェイトちゃんくらいあるかな……」
『No. She might be faster』(いえ、フェイトの方が速いと思われます)
「そっか。……でもどっちにしても追いつけないよー」
『Who do you try to exchange it?』(そもそも、どうして声をかけようとしているのでしょうか?)
「フェイトちゃん以外の女の子魔法使い見たの始めてだから、友達になりたいの!」
『It consented』(そういうことですか)
そこで一旦会話が途切れた。何事か考えているような気配が伝わってくる。
ぶっちゃけ、嫌な予感しかしない。
しばらくの沈黙の後、女の声がまた聞こえ始めた。
「……止まらなきゃ撃つぞー、とか言ってみようかな?」
『It is likely not to hit, and it doesn‘t care』(どうせ当たらないでしょうし、言ってみては?)
「よし。……そこの子ー! 止まらないと撃つよー!」
耳をずっと強化していたのが幸いだったというべきか、女とデバイスの会話はバッチリと聞こえていた。
つーわけで、止まる必要はなし。もともと止まる気なんてサラサラねーしな。
声が聞こえなくなるギリギリまで離れると、振り向いてあたしに声をかけてきた奴の顔を拝むことにする。
この管理外世界に魔導師がいるだなんて聞いたことないし、顔を見ておいて損はないだろ。
視力を強化。女の姿を目に入れる。
纏うのは、真っ白な上着と青い線が入った同じく純白のスカート。手には大きな杖を持ち、茶色の髪は後ろで一本のポニーテールに纏められている。……シグナムとおそろいだな。足の内側からはピンク色の翼が生えていて、翼の上に足を乗せている。
……よし、顔は覚えた。後は見かけたら近づかないように……。
「私は高町なのは! 君は!?」
たいしたことない速度で必死にあたしを追いかけているあの女。このまま逃げ切るのは余裕のはずだった。
ところが、あいつは騎士に向かって名前を聞いて来た。しかも、自分の名乗りつきで。
……騎士が名乗られたなら、こっちからも名乗らないわけにいかねーじゃねーか。
さっきと同じく急停止、勢いをそのままに反転して『高町なのは』の方を振り返る。
急に動きを止めたあたしに驚いて、高町なのはがびくっと震えた。
それでも怖がらずに突き進んで、高町なのははあたしの前で姿勢を正した。
杖を待機フォルムらしい赤いビーダマ状に戻して、あたしに向かって手を伸ばす。
「え、えと、もう一度。私は高町なのは。あなたのお名前は?」
愛くるしい、はやてとは違った笑みを浮かべ、高町なのははあたしに向けて手を差し伸べる。
向けられた手は何も持っていない。全身でもって、敵意はないと訴えている。
…………。少し気になることがあるけど……。
「ヴィータだ」
「え?」
「あたしの名前はヴィータだ、高町なにょは。……ゴメン、噛んだ」
「…………大丈夫、気にしてないから」
「めっちゃ気にしてんじゃねーか!」
あたしの謝罪に暗い顔するなのは。……頭ん中なら普通に呼べんだけどな。
……人の名前はしっかりと呼ばなあかん、ってはやても言ってたし……。
「なにょ、なにょは、なの……」
「無理して言わなくていいよ、ヴィータちゃん」
「もう少しで言えそうだったのに、何すんだよ!!」
「怒らないでってば!?」
あたしの怒鳴り声を皮切りに、変な沈黙がやってきた。
互いに相手の顔を見たまま一旦停止中。
そんなこと構わずにあたしの顔をじぃっと見つめているなのは。……何かついてんのか?
目を合わせる。その瞬間、なのはが向日葵みたいに微笑んだ。不意打ちだった。なぜか頬が熱くなる。
嬉しそうな顔のまま、なのはは口を開いた。
「ヴィータちゃんは、魔法使いさんだよね?」
「……ああ、そうだけど」
「おそろいだねっ」
「…………」
なんか調子くるう。
小動物のような可愛らしい笑みを浮かべているなのはの顔を盗み見る。
あたしの表情にあわせてまたなのはが微笑む。幸せゲージがリミットブレイクしているみたいだった。
なのはの後ろで瞬く星々が、凛とした強さを見せるなのはを際立たせて、なのはがとても綺麗に見えた。
このまま話し続けてもいいかもしれない。そんなことを考えてしまうほど、なのはとても可憐に見えた。
『ヴィータちゃん!!』
その時、シャマルから念話で通信が入ってきた。せっかくのいい気分が一瞬で霧散する。
楽しい時間に水を差されて、思考がささくれる。
浮かび上がってきた怒りの感情をそのままに念話を使って大音量で叫ぶ。
『なんだよ、シャマル! 今いいとこなんだ、邪魔すんな!』
『はうぅ……ただいまヴィータちゃんが反抗期よ、シグナムぅ……』
『……何をやってるんだ、お前たちは』
呆れた声を出しながら念話に割り込んでくるシグナム。頭を抱えている様子が明確に脳裏に思い浮かぶ。
シグナムたちが確認している前で当番の交代のためにか戦艦が去りつつあるから、いい加減こっちの世界に来い、とお怒りだった。
あたしの表情が変わったのを見て取ったのか、なのはは不思議そうに首を傾げていた。
……この夜の出会いは、なんだったんだろう。
なのはと向かい合いながら、あたしは思う。
「なにょはは、何であたしの前でデバイスしまったんだ?」
「…………また」
気になっていたことを問いかける。噛んだのは自分でスルーする。なのははショックを受けているみたいだが、それもスルーする。
その姿にさらにガクンと肩を落とす。何だか悪いことをした気がした。
諦めたように顔を揺すると、あたしの質問に答えようとして、キョトンと目を瞬かせるなのは。
それでも質問に精一杯質問に答えようと考えを纏めている。
「人と話すときは、武器をしまうのが礼儀だから、かな。……というか、最近はずっと礼儀作法やってたから……。剣道にしろ薙刀にしろ、始めはとりあえず礼儀からなんだよねぇ……」
はあぁぁぁーと深いため息を吐くなのは。背中が微妙に煤けているのが何だか面白かった。
そんな情けない姿を見せていても、なのはから感じる強さは全く減っていなかったけど。
「そんなわけで、人と話すときは武器を待機させておかないといけないの。だからレイジングハートを待機させたの」
えらいでしょー。えっへんと胸を張るなのは。
ことわざだったか小話だったか忘れたけど、使者は武器を持たないという言葉を思い出す。
別に、なのはが使者ってわけじゃないけど。
「じゃあさ、もしもあたしが攻撃したらどうしてたんだよ?」
湧き上がってきた悪戯心をそのまま疑問にしてなのはに聞く。
「返り討ち」
問いかけへの返答は簡潔だった。答えを言うまでにコンマ秒すらかかっていない。
なのはは笑顔のまま、背筋が凍りそうなことを言ってきた。
……こいつ、なんだかやばい。
なのはから感じる強さ。それは、実戦を繰り広げたことがある者だけが持てる自信だったのではないか。
今更感じる警戒心。
あっさり返り討ちにすると言い切ったなのはは、確かに強敵だった。
『来ないんですかー、ヴィータちゃん? あの世界の監視がそろそろ完璧になくなりますから、早くしないと先に行っちゃいますよー』
『今行くよ!!』
思考の裏で代わる代わる話しかけてくるヴォルケンリッター。
そろそろ切り上げないと、本当に置いて行かれてしまうだろう。
なのはとの会話は名残惜しいけど、今ははやての方が重要だから。
とりあえず、なのはがどこの世界の人なのかくらい聞いておこうかな。
「なにょはは、この世界の人?」
「うん、そうだよ」
先ほどと変わらない笑顔で、なのはは肯定する。
ってことは、はやてが元気になったら一緒に遊べるのかな。
これがお別れじゃない。そのことが嬉しかった。
だけど、次の質問の返答しだいで、この関係は崩れさる。
小さく、なのはに気付かれない程度に深呼吸した後、恐る恐る聞いてみる。
「……なにょはは、管理局の人?」
「? 違うよ?」
あたしの質問に首を傾げた後、なのはは管理局にいることを否定する。
……良かった。体が安堵に包まれる。
アイゼンを振るう。足もとに広がる赤い三角形魔方陣。
突然の魔法の発動に、なのはがびっくりした顔であたしを見た。
「今は用事があるから遊べないけど、すぐにこれも終わるから。その後は、一緒に遊ぼう」
「……うん!」
驚きの顔を満開の桜のように綻ばせ、なのはは頷く。
今一度手を差し伸ばし、あたしに掌を見せる。あたしも、手を差し出す。あたしの手となのは手が触れ合った。
「ヴィータちゃん、友達になろう」
「……うん」
互いの笑みが交差する。
転移魔法が発動して、あたしの体が運ばれていく。
途中で「だから、私の名前をちゃんと呼んで」と聞こえたのはきっと気のせいだろう。
今日の収穫
97ページ。
今回97+前回180/666 計277ページ 残り389ページ
闇の書ワンポイントチェック
どうしてこんなコーナーがあるのか疑問に思っちゃいけないぞ、恥ずかしいから。
とりあえず蒐集したページだが、数分遅れたから予定数に達していないな。これからの頑張りに期待だ。
どこかに転移していったヴィータちゃんの姿を見送ると、私は一息ついた。
あの子から感じた魔力は並じゃない。初めてフェイトちゃんと相対した時と同じような肌の泡立ちが最初に見つけた時はあった。
けど、一緒に遊ぼうと言ってくれた時、それと友達になろうと聞いて頷いてくれたときの笑顔は嘘じゃないと思うから。
だから、誰かにヴィータちゃんのことを聞かれたら、胸を張って友達だと答えるようにしたい。
……なんだろ、この思考。
『なのは、今日の訓練は終わった?』
『ユーノくん!』
ヴィータちゃんが消えた空から地上を見下ろしていると、友達のユーノくんから念話が入ってきた。
この時間は魔法の訓練が終わる頃だと知っているユーノくんは、この時刻はたまに念話で通信を入れてくれるんだ。
さっきあったことを一番に伝えたかった人からの連絡に、私のテンションはうなぎ上りだ。
『ねえ、ユーノくん。今日、新しい友達ができたんだ!』
『へえ。良かったね、なのは』
『うん!』
『どんな子なの?』
『えっとね、えっとね。その子、魔法使いなんだよ』
『そうか。魔法使いなんだ。……魔法使い? ……え、ホント? 魔道師ってこと?』
『……そうだけど?』
『……どういうことだ……?』
『何? どうしたの、ユーノくん』
『97管理外世界に登録されてる魔道師はそう多くないはず……。たまたま出会うなんてこと、そう簡単には……』
急に歯切れが悪くなるユーノくん。
疑問文が多くなっている。……魔法使いさんだと、何かいけないのかな?
ユーノくんから真面目な空気が流れてきた。デオドライザーで空気洗浄しなければならないくらいのシリアス臭が向こうから漂ってくる。
『……なのはが友達になった男の子の名前、聞かせて』
『女の子なんだけど……』
『…………なのはが友達になった女の子の名前、聞かせて』
『実は男の子なんだけど……』
『こんな時にボケないでいいから!?』
『ヴィータちゃんって言うんだよ』
『……ヴィータ、か。じゃあ、その女の子のこと……』
『これで男の子なんだから、世界って広いよね』
『……結局どっちなのさ!?』
『どっちだと思う?』
『男の子!』
『ハッズレー! 正解は女の子でした!』
『情報ありがとう、なのは』
『どういたしまして』
何時もの掛け合いを終える。
そうしている間もユーノくんが真剣に思案している気配が念話越しに伝わってくる。
ユーノくんが真面目に考え事をしているときの横顔が私の頭によみがえる。あの可愛らしい顔が思案気に整っているときの顔が浮かび上がってくる。
そんな時、いつもこんなことを考えてしまう私は悪い子でしょうか?
ほぉっと私は赤い顔で溜息を吐いた。
……茶々、いれたい。
『じゃあね、なのは。僕は用事があるから今日はこれで』
『えー、ユーノくんもそんなこと言うのー!? もっとお話しようよー!』
『……そろそろフェイトの裁判も終わるからね。お話はフェイトも交えてまたこんどね』
『うぅー。分かったよー』
『おやすみ、なのは』
『おやすみ、ユーノくん』
私が何かよからぬことを考えていることを察したのか、念話を切ろうとするユーノくん。引き止めてみたものの、それから数秒もしないうちに念話は切れた。
なんだかまわりのみんなが忙しくて、長時間のお話できずに欲求不満な私を残して。
……また、何かが始まろうとしてるのかな?
初めて空を舞った時と同じようなどきどきが、私の胸に飛来してきた。
――あとがき
Q 視点変更が五回もある……だと……?
A うん、プロットミスなんだ、すまない。次からはこんなことないだろうから落ち着いて読んで欲しい。
どうすればキャラの性格をうまく引き出せるんでしょうか?
誰か書き分けの良い方法を教えてください。でないと、凄まじく低クオリティのままで話が進んでしまいますよー。
それと、会話文も大事だということを学んだので、ちょっと書き方と改行を変更してみました。