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[39573] 【習作・ネタ・完結】ボーイズ&レンジャー【ガールズ&パンツァー オリ主】 
Name: Tゲル◆781ccf0d ID:bc2038e0
Date: 2016/03/18 23:56
「お前、留年な」

イキナリの御挨拶。
職員室に呼び出されたぼくは、御覧の通り留年を宣告された。
ぼくの目の前にいるのは数学教師にして、ぼくのクラス担任である武田先生。御年25歳の女教師だ。
スラリとした長身。短く切り揃えられた黒髪。整った顔立ちに切れ長の瞳。スーツを着こなし、颯爽と校内を歩く姿に多くの生徒が虜になっている。
ちなみに、ぼくもその一人。先生の御蔭でスラックスの良さに気付きました。

「ちょ、ちょっと待って下さい! どうしてぼくが!?」
「お前が数学で三回目の赤点を獲得したからだ」
「うぐっ」

ぼくの叫びは、無情な現実に斬って捨てられる。どうして数学なんてあるんだろう?

「はぁ……あのな、ちゃんと忠告はしておいたはずだぞ? これ以上赤点をとると進級できないと」

先生は頭を軽く押さえながら大きく溜息をつく。
そんな姿まで絵になるのだから、先生は本当に美人なんだと思う。
まあ、そんな姿をさせているのが、ぼくの数学の点数というのは誠に申し訳ないことだと思う。

「今までと違い、今回は授業も真面目に受けてたし、補講にも出席していたから大丈夫だと思ったんだが…………まさか半分近く白紙で出すとは思わなかったぞ」
「うっ……す、すいません」
「授業でわからないところがあったなら、ちゃんと聞きに来いとあれほど言っておいただろう?」
「…………」

そう、先生は本当に熱心に教えてくれた。それこそ「あれ、先生ってぼくに気があるんじゃ?」と勘違いするくらいに親身になってくれた。
それだけに今回の事は本当に申し訳なく思う。

「それとも体調が悪かったのか? いくらお前でも半分が白紙というのは腑に落ちん」
「いえ、その、実は寝不足で……」
「寝不足? 前日に遅くまで勉強していたのか?」

そんな真面目な理由じゃないんだよな~。

「あ~~~……実は、ですね」
「?」

言い淀むぼくに先生は怪訝な顔をする。
出来ることなら誤魔化したいが、先生は熱心に勉強を教えてくれたのだ。正直に答えるのが筋というものだろう。

「『戦車道特集』を見ていました! そのせいで寝るのが遅くなってしまったんです! すいませんでした!」

そう言ってぼくは頭を下げた。
TV見てて寝不足になりましたなんて情けなさすぎる。けど、どうしても見たかったんだ。なにせその日取り上げていたのはぼくが大ファンのチームだったから。
録画しておいてから後で見るという選択肢もあったけど、ファンとしてはやっぱ生で見なきゃダメだよね。
とはいえ、そんな理由が通るとは夢にも思わない。ぼくはそこまで馬鹿じゃない。
だから怒られるのを当然覚悟していたけど、先生の反応は意外な物だった。

「……お前、戦車道に興味があるのか?」
「へ?」
「だから、お前は戦車道に興味があるのかと聞いたんだ」
「あ、はい。興味を持ったのは最近、ですけど」

確かに興味をもったのは最近だけど、戦車道に対する情熱は我ながら本物だと思う。

「ほう……切っ掛けは?」
「えっと、聖グロリア―ナと大洗女子の親善試合ですけど……」
「ああ、あれか。あれは確かにすごい試合だったな。無名校がグロリア―ナをあそこまで追い詰めるとは夢にも思わなかったな」
「そうですよね!」

先生もあの試合を知っていることにぼくは嬉しくなった。

「大洗女子は20年前に戦車道が廃止になったんですけど今年突然の復活しかし当然ながら碌な戦車は存在せず経験者は当時Aチームと名乗っていた現あんこうチームの西住みほさんだけにもかかわらず巧みな戦術をもってして聖グロリア―ナを追いつめたのは素晴らしいの一言です確かに運が味方した部分もありますがそれでもぼくは西住さんが果たした功績が非常に大きいと――!」
「待て待て待て待て!」
「――どうしました?」
「いやもういい。お前が戦車道に、というか大洗女子に興味があるのはよく分かったから、もういい」

そんな! これからが良いところなのに……
って、なんですか先生その表情は。まるでぼくが戦車道の興奮と感動を分かち合おうとした時の友達と同じ顔してますよ。
あの時、引きつった笑みで「え、何コイツキモい」と目で語っていたアイツと全く同じ顔してますよ。

「そんなお前に、一つ良い話があるんだ」
「良い話、ですか?」
「ああ。もしお前がこの話にのってくれるなら、留年をなかったことにできるぞ」
「!? それは本当ですかっ!」
「こんな事で嘘は言わないよ」

先生はファイルから一枚の用紙を取出し、ぼくに差し出してきた。そこには簡単な地図が書かれている。

「先生、これは?」
「数年後、戦車道の世界大会が日本で開かれるのは知ってるな?」
「え、はい」

先生はぼくの質問には答えず話を続ける。

「それにともない、文科省は日本中の高校、大学に戦車道に力を入れるよう通達を出したことも知っているな」
「まあ、一応ニュースで……」

戦車道というのは華道や茶道と並び大和撫子の嗜みとして知られている。女子が学ぶべき作法の一つとして当然のように認知されているのだ。
だが、残念ながら最近はそういった格式ばったものを嫌がる風潮もある。女子だけでなく男子の中にだってそういった風潮は存在する。
戦車道の中には古くからある流派もあり、そういったところは特に厳格だ。TVで良く取り上げられるのはそういった流派が多いので、そのイメージ故に敷居が高いと感じる人がいるのも事実。
さらに礼儀作法や戦車の操縦法、細かいルールなども覚えなければならないため戦車道の競技人口が年々減少しているという調査結果も出ている。
それ故に文科省が戦車道に力を入れるようにしたのだろう。世界大会開催国なのに、選手が弱いならまだしも選手がいないみたいな事態になったら笑い話にもならない。

「あの、それが一体何の関係があるんです?」
「まあ話は最後まで聞け。文科省が戦車道に力を入れるように通達を出したんだが、これに合わせてかつて廃止された戦車道に関係する他の幾つかの種目を、試験的に部活として復活させようという動きが出てきた」
「廃止された他の種目?」
「ああ、以前の技術では競技者の安全を確保しきれない等の理由から廃止されたものが主だ」
「安全を確保できないって……大丈夫なんですか、それ?」
「今の技術なら問題ない。勿論絶対に怪我が無いというわけではないが、今の技術なら他の格闘技をやるくらいには安全らしいぞ」

その種目が何でいつ廃止になったのかは知らないが、今の技術を使って尚それなら廃止になったのは当然だ。

「我が校でもある武道を復活させることになったが、以前の経緯から入部する者が少なくてな。部員数は未だに4人という有り様だ。 ……というか、以前HRで話したはずだがな。新しい部活が出来ると」

そういえば、そんなことをHRで言ってたっけ。その時はまだ戦車道に興味なかったから聞き流してたんだよな。

「あの、この地図は……」
「部室までの地図だ。もしその気があるなら放課後部室を訪れてくれ」

言われてみれば、地図の端の方に『校門』と書かれている。目的地は……あれ?

「あの、先生、部室の場所間違ってません? ここ体育倉庫ですよ?」

地図に記された部室は校庭の隅、どの門からも遠い場所にある体育倉庫だった。
そこは体育の授業で使うものが入っている倉庫ではなく、主に部活で使われる道具が仕舞われている倉庫だ。
運動系の部活、というか部活そのものに入っていないぼくには全く縁の無い場所だ。

「いや間違ってない。活動内容が内容なだけに、いざという時に周りに被害が出ないように配慮してそこになったらしい」

いざという時? 周りに被害? あれ、安全はある程度確保されてるんだよね?

「まぁそんなわけで、お前にはその部活に参加してもらいたいんだが……どうだ?」
「いや、どうだ、と聞かれましても……」

正直返答に困る。
話を聞く限り、文科省の意向で復活させたはいいが部員が集まらないので多少の特典を付けたということなんだろうけど、それって逆に言えば特典を付けなきゃ人が来ないほど酷い部活ってことだよね。
ぼくの不安に気付いたように先生は嘆息する。

「多少なりとも危険の伴う部活動だ。私としても強制はできない。一応話は通しておくが、嫌なら入らなくてもいい。先程はああ言ったが、留年に関しては放課後や長期休暇中の補修で補えないことも無いからな」

そう言って先生は座り直す。安物の椅子がギシリと音を立てた。
確かに留年をチャラにする方法は他にもある。放課後や長期休暇が無くなるのは痛いが自業自得だ。
さすがに放課後や休暇中の自由のために危険に飛び込むのは――

「この部活に入って得られるメリットなんぞ、それこそ戦車道をしてる子たちと会える可能性がある――」
「やりますっ!」
「――くらい……って、おい」

先生はジト目でぼくを睨んでる。
はて、何か変なことでも言ったかな?

「お前、私の話を聞いてたか?」
「はいっ。西住みほさんに会えるんですよねっ!」
「まぁ、確かに会える可能性は有るっちゃ有るが……」
「なら何も問題はありませんっ! ぼくやりますっ! 放課後に部室に行けばいいんですねっ!」
「いや、そうだが……その、本当に良いのか?」
「はいっ!」

躊躇いは無い。西住さんに会える以上の報酬がこの世のどこにあるというのか!

「……そうか、じゃあ頑張れよ」
「はいっ。失礼しますっ!」

何処か疲れた様子の先生を尻目に、ぼくは職員室の出口へと向かう。
鼻歌交じりに歩いていき、ドアに手をかけたところで一つ重要なことを聞き忘れていたことに気付いた。

「そういえば、ぼくが入る部活はなんて言うんですか?」
「ん? ああそういえば言ってなかったな。お前が入るのは」









歩兵道だ――










ぼくは今、体育倉庫の前に来ている。
うちの学校はスポーツがそこそこ有名な学校で、インターハイに出場する部活も結構ある。そのため倉庫は意外と大きく、確かに部室として使えそうなのだが

「う~~~ん、早まったかな~~~」

ぼくはそのあまりの異様っぷりに少々後悔していた。
かつて見た倉庫は学校らしい清潔感を完全に失い、もはや別物と化していた。
今の倉庫を一言で表すなら世紀末。
壁のそこかしこには(理由は不明だが)鉄板が打ち付けられ強度を通常より遥かにに増している。ところで、隙間から微かに見える穴は何だろう? ひょっとして弾痕?
明かりを取り入れるための小さな窓には(これまた意味不明だが)容赦なく鉄格子がはめ込まれあらゆるモノの侵入を拒んでいる。あるいは逃亡を許さないだろうか?
止めとばかりに輝くのは、入口に掛けられた大きな看板。そこには達筆な文字でこう書かれていた。



『歩兵道とは死ぬことと見つけたり』



「死ぬこと前提かぁ~~」

冗談だと思いたいが、この場の空気が全力でその可能性を否定している。

「そりゃ誰も入部しないよね」

特典を付けても誰も入部しないんだからよっぽどだろうとは思ってたけど、まさかここまでの異界になっていようとは思はなかった。
とはいえ

「って、いつまでもこうしてたってしょうがないよなっ!」

いつまでも現実逃避しているわけにもいかない。
気合を入れ直す。この扉の先に、西住さんとの出会いが待ってるんだ。
ぼくは戸ってに手をかけると、輝かしい希望と微かな不安を胸に勢いよく扉を開いた。

「失礼します!」










「ふぅぅぅぅぅぅん!!!」←サイドリラックスで爽やかな笑顔のマッチョ
「ぬぅぅぅぅぅぅん!!!」←ラットスプレッドで爽やかな笑顔のマッチョ
「はぁぁぁぁぁぁあ!!!」←オリバーポーズで爽やかな笑顔のマッチョ
「すいません間違えました」←冷静にドアを閉める真顔のぼく









……ないな。うん、ない。あのマッチョたちの先に西住さんはいない。それだけは間違いない。

「さ、教室に行くか。今なら補習に間に合うだろ」

そうしてぼくは歩きだす。非日常から日常へ。平凡な人間であるぼくの居場所へ。
魔境に背を向ける。後は一歩踏み出し全力で走り抜けるだけ。

さあ、いつもの日々に帰ろう……










「何処へ行く気だ? 新兵ぇ」

逃走失敗。
いざ走り出そうと足に力を入れた瞬間、恐ろしいほどに野太い声とともにぼくの頭はガッチリと掴まれた。これ人の手? デカいよ!?
頭を掴まれたままなのにぼくの視界がゆっくりと反転する。どうやらそのまま持ち上げられているらしい。うわ~、足浮いてるよ。頭は……あんまり痛くない。ひょっとしてやり慣れてる?
反転しきるとついに声の主とご対面した。 ……正直、したくなかった。
眼光は鋭く……というか目つきが凶悪で顔がメチャクチャ厳つい。アゴなんか二つに割れてるし。2m近くはある身長に分厚い筋肉の鎧を身に纏い、まさに戦場で「軍曹ぉー!!」とか呼ばれてそうな男だった。スキンヘッドが驚くほど輝いている。
彼はパッと手を離すと、そのまま腕を組んでぼくを思いっきり睨み付ける。ものすっごく恐いです。

「貴様だろう? 今日から入隊することになった蛆虫はぁ」

入……隊? 入部じゃなくて? ってか誰が蛆虫だゴラァ! ……なんて恐過ぎて言えないけどNE☆

「いえ人違いです。私は通りすがりの「もやし(1袋分)」です。あまり日に当たると商品にならなくなるのでそろそろ帰ります。それでは」

シュタっと手を上げて去ろうとするが再び頭を掴まれ止められた。他に人を止める方法を知らんのかこのハゲは。

「ふん。少なくとも正確な自己分析は出来ているようだな蛆の湧いたもやしぃ」

蛆の湧いたもやし!? 腐ってんじゃん!! いやそこじゃない! 合体させんな!! ってか、もやしに蛆って湧くの!?

「だが安心しろ! そんなどうしようもない産廃の貴様でも、俺達と来れば立派な鉄砲玉にしてやる! ありがたく思えぃ!!」
「いえ結構です。ぼくの夢はもやしでありながら、麺を差し置いて焼きそばのメインに成り上がる事ですから」
「ほぅ……随分と大きな野望だな。戦場の主役になりたいとわなぁ! ならば! この俺も手加減はせん! 最初から地獄のホットラインを突っ走しるぜぇ!!」
「言ってない! 戦場の主役なんて一言も言ってない! 人の話聞けよこのハゲ! っては、離せ! 離してくれ! ぼくはこんなところに入る気はない! やめろ! 引きずるな!」

部室に退きづり込まれる中必死に抵抗するが、悲しいかな所詮ぼくはもやし。軍曹の腕はビクともせず

「ちょ! まっ! やめ! …………誰かぁ~~! 助けてぇ~~!!」

呆気なく、部室の中へ連れ込まれたのだった。

この日を境に、ぼくの西住さんをおっかける青春は、血と汗と銃弾に彩られたものへ様変わりしたのであった。
助け? 救い? 可愛い女の子? ……………………ないよ。




終わり。





歩兵道とは!
「歩兵道」それは婦女子の嗜みである戦車道の対となるべき漢たちの嗜み、否、生き様である!
その歴史は古く、石器時代にはすでに歩兵道を行っていたとの研究も発表されている。まさに漢たちの遺伝子に組み込まれた真の武道を言えよう。
彼らの役目は試合中の斥候、塹壕堀りは勿論、ある時は囮となって敵戦車の目を逸らし、ある時は肉の壁として戦車を守る。そして、またある時は特攻を仕掛け生身で敵戦車を撃破する。
戦車を活かし、戦車を守り、戦車の為に散る。これぞ歩兵道の神髄である。戦車のためにその身を、命を、人生を捧げた漢たちの武道、それが歩兵道なのである!
*今のところ生身で戦車を撃破した例は過去、現在において一切報告されておりません。

民戦書房~魁☆歩兵道~ から抜粋








[39573] ボーイズ&レンジャー ~準備編~
Name: Tゲル◆781ccf0d ID:34846cfc
Date: 2016/01/22 00:14
「……待ちに待った日が来たなぁ」

二メートルを超える筋骨隆々の肉体、綺麗に剃り上げたスキンヘッド、名刺位なら余裕で挟めそうな割れたアゴ、止めに今時ドラマの悪役でもつけていない様な真っ黒なサングラス。
誰よりも戦場が似合う戦場素人。軍曹(まさかの同い年)である。人類史上、これほど可愛げのない未成年がいただろうか。

「うん、来ちゃったね。僕は一ミリたりとも待ってなかったけど」

どこまでも、どこまで~も疲れのこもった溜息を吐き出す。
疲れの原因は色々あるけど、その最大の原因は、目の前の男が一週間前から今日という日を心待ちにしていたからに他ならない。
これまでの様子を例えるなら、クリスマスを指折心待ちにしていた小学生だ。この面と巨体でウキウキワクワクしている様は、それはもう見苦しいの一言だった。

「覚悟は良いかぁ貴様らぁ? ……戦争だ!」
「戦争じゃなくて、ただの練習試合だろが!」

とりあえずツッコミを入れておく。そうでもないとこのバカハゲグラサンは、この場をほっぽり出してどこぞの戦場に突撃しかねない。

「はは、確かにね。でも、例え練習試合だったとしても、真剣に取り組むことは大切だよ」
「サイドさん?」

軍曹より一回り小さいマッチョが声をかけてきた。
彼の名はサイド。本名は別にあるけど、最初に出会った時のサイドリラックスがあまりにも強烈だったのでこう呼んでいる。
サイドさんは部内一の常識人だ。軍曹が(多分思いつきで)提案する無茶苦茶なトレーニングに待ったをかける貴重なストッパーでもある。彼に何度命を救われたことか。
とはいえ、彼もやはりマッチョの一人。その待ったをかけるポイントは一般人のそれより高い位置にある。

「……ふっ、腕が鳴る」
「ラットさんまで」

ニヒルな笑みを浮かべたのはラットスプレッドをしていたラットさん。
無口で物静かな人だが、内に秘めた闘志と知識は凄まじく、特に爆薬に関してはスペシャリストと言っても過言ではない。
でも時々「その筋肉があるなら爆弾なんていらないんじゃ?」と思うこともあります。

「あらあら、皆はしゃいじゃって」
「オリバーさんも、微笑ましく見てないで何か言って下さいよ」

しょうがないわね、とやんちゃボーズを見守る慈母のようなセリフを口にしたのはオリバーさんだ。
オリバーさんは生物学上『♂』であるが、彼女の魂は正真正銘『夢見る乙女』である。
その証拠に、彼女の女子力はそこらにいる女の子より断然高い。炊事洗濯掃除はもちろん礼儀作法から編み物まで全て完璧にこなしてみせる。特に料理は絶品で、彼女が作る料理なら毎日食べたいと思えるレベルだ。
彼女の女子力の高さの前では、軍曹をも凌ぐ部内一のマッチョという肩書など些細なことにすぎない……わけでもないか。いつもその事実で現実に戻されるし。

「さっきっからテンション低いぞぉ、もやしぃ。何が不満だというんだ?」
「そんなもん生身で戦車に挑まなきゃいけないからに決まってるだろ。何でそんなにテンション高いのか、逆にこっちが聞きたいよ」

あんな鉄の塊を人の力でどうこうしろって、この部活を復活させた奴頭おかしいよ。
いや、選択科目じゃなく部活に限定してるってことは、復活させた人も「……大丈夫かコレ?」と思ってたのかも。だとしたら、蘇らせたりせず、永遠に眠らせておいてほしかった!

「ふん、愚問だなぁ。戦場に血沸き肉踊るは漢の性というモノ。しかも俺達は歩兵。どうして滾らずにいられる!」
「命が大事だからだよ! 戦車に生身で挑んで無事に済むはずがないだろ! 歩兵である前に人間だよ!」
「ふっ。安心しろ、もやしぃ。これまでの訓練を思い出せ。確かに未だひよっこではあるが、あの日々を乗り越えた貴様なら、例え相手が戦車でも引けを取ることはない!」
「訓練した程度で戦車と戦えるわけ…………これまでの、訓……練……?」
「あ、ダメよ、軍曹ちゃん。その事を思い出させたら――」

オリバーさんが何か言ってるけど、もう遅い。僕の脳裏には、魂に刻み込まれたあの地獄の日々が鮮明に映し出されていたのだから。

訓練一:爆弾解除訓練地獄の耐久レース二十四時間コース
訓練二:塹壕掘り訓練地獄の耐久レース四十八時間コース
訓練三:重装移動訓練地獄の耐久レース九十六時間コース
……以下略

「赤いコード青いコード知らないよどうせどっちを切っても爆発するんでしょだったら両方まとめて切ってやるよそうすれば眠れる掘って埋めて掘って埋めて掘って埋めて掘って埋めてもういやだもう勘弁して下さいいい加減自分の墓穴を掘らせて下さい永遠の眠りにつかせて下さい喉が喉が渇いたお願いだ水分を取らせて泥水なんて贅沢は言わないあそこの犬がマーキングしていったおしっこで良いから水分を取らせて下さい百キロ地点超えてから飲まず食わず休まずなんだ犬のおしっこ位飲ませてくれてもいいじゃないか……」
「――ほら、こうなっちゃった」
「やれやれ、手間のかかる……フンッ!」
「あふんっ!?」

あ、あれ? 僕はなにを……?

「ようやく正気に戻ったか。まったく、もやしはいつまで経ってももやしだなぁ」
「なんだかよくわからないけど、もやしで結構。僕はマッチョになりたいわけじゃない」

確かにこの部活に入ってから鍛えられたけど、マッチョになんて絶対なりたくない。
さりげなく腹筋が六個に割れてたり、身長もスタイルも変わってないのに体重が十キロ以上増えたり、ためしにリンゴを握ってみたら砕けるどころかはじけ飛んだけど、マッチョになんてなりたくないんだ。

「まぁいいさ。いずれ貴様も到達できる日が来る。 ――それよりシャンとしろ。そろそろ“雇い主”が到着するころだ」
「雇い主、ねえ……」

雇い主というのは、僕らが今日の試合で共闘する戦車道のチームの事だ。
戦車道というのは淑女の嗜みである武道。競技者は当然女子しかいない。例外があるかもしれないけど、少なくとも僕は知らない。
それに対し、歩兵道とは漢たちの生き様(らしい)。わりと意味不明だが、要するに競技者は男しかいない。
戦車道、歩兵道をそれぞれ単体で行う場合は何も問題はないのだが、二つを交えて開催するとなると話が違ってくる。
それぞれの武道の性質上、同じ学校内で活動している学校が少ないのだ。(そもそも、歩兵道の競技人口そのものが絶望的に少ない)
戦車道を履修している学校の中には女子校も少なくないし、女子校には当然男子はいない。逆に歩兵道があっても、戦車道が無い学校というのもあったりする。僕らの学校はこのパターン。
戦車があっても歩兵無し、歩兵が居ても戦車無し。
それでは困るっていうんで採用されたのが、歩兵を探す“雇い主”と戦車を求める“雇われ側”を引き合せる『傭兵制度』だ。
この制度を利用し、僕たちも戦車道のチームと共闘することになったんだけど、大きな問題が一つ。

「その雇い主って、結局どこの学校なのさ」

僕らが守るべき戦車が何処の学校なのか、未だ知らされていないということだ。
何故知らないかというと、軍曹曰く「ふっ、喜べ。部長として、俺からのサプライズだ」とのこと。この男、やはりイカレてると再確認した瞬間だ。
それは連携や戦術面的にどうなのと聞いたら「問題ない。向こうの訓練に俺も参加して、情報交換しているからな」とのこと。いや、僕らも参加させろよ。
そんなわけで、結局、今日という日まで分からずじまいできてしまったのだが……。

「さすがにもう教えてくれても良いんじゃない?」
「もうじきいらっしゃるんだ。そう慌てるな……だが、そうだな。そこまで知りたいというのなら、ヒントだけ教えてやろう」
「ヒントって……。まあ、このさいそれで良いや」
「うむ。では耳の穴かっぽじって聞けぃ。これからいらっしゃる学校はなぁ、もやしぃ、貴様が歩兵道を始める切っ掛けとなった学校だ」
「僕の、切っ掛け?」

僕が歩兵道を始めることになったのは留年を回避するためというのもあるが、第一に大洗女子に、ひいては西住みほさんに会えるかもしれないと思ったからだ。
……ということは、まさか、ここに西住さんがッ!?

「ほら、いらっしゃったぞ。襟を正せぃ」

言われて、あわてて服装を正す。
なにせ憧れの西住さんに会えるんだ。見苦しい格好を御見せするわけにはいかない――




「歩兵道部の皆様、本日はよろしくお願いいたします。私、聖グロリア―ナ女学院の隊長を務めます。ダージリンとお呼びください」
「チェンジでお願いします」
「いきなり失礼な方ですわね」

いかん、口が滑った。
頭はもちろん、心も体も『西住さん初めましてモード』になってたから、ちょっと誤作動を起こしてしまった。

「あ、いえ、違うんです。まさかグロリアーナみたいな名門校がいらっしゃるとは思わなくて、ちょっと動揺しました」
「まあ、そうでしたの」
「そうなんです。すいません。でも、考えてみたらその可能性も当然ありますよね。いくら名門校でも大会で負けたら暇ですもんね」
「本当に失礼ぶっこんできますわね、貴方は」

あ、あれ、なんか怒ってる? 何で?

「おい、もやしぃ。いくら貴様の頭が空薬莢でも、雇い主を怒らせたらよろしくないことくらい解るだろぉ。何とかして御機嫌を取れ!」

そ、そんなこと言われても…………あ、そうだ!

「あの、大洗との練習試合、すごかったです!」
「あら、貴方も御覧になってたの?」

良かった。乗ってきてくれた。このまま良い感じに会話を進めよう。

「はい!」

良好な人間関係の基本は笑顔だ。なら、出来るだ良い印象を与えるような、そう、爽やかな笑顔で話を続けるんだ。





「名門校でありながら、無名校にあそこまで追いつめられるなんて、夢にも思いませんでした!」←爽やかな笑顔
「敵がいるのは前方ばかりではないということを、お忘れにならないで下さいね」←爽やか(?)な笑顔





それ以上何も言うことなく、ダージリンさんは去って行った。
……あれ、絶対怒ってるよな。

「何がいけなかったのかな?」
「それがわからないとしたら、貴様は本物の大馬鹿だ」

まあ、そんなこんなで、試合、開始です。






[39573] ボーイズ&レンジャー ~騒乱編~
Name: Tゲル◆781ccf0d ID:34846cfc
Date: 2016/01/28 22:21
「今から、大切なことを教えるぞ」

対戦相手のサンダースと礼を交わし、いざ、自分たちの陣地へ向かおうとした時、軍曹が重々しく口を開いた。

「大切なこと?」
「ああ。言うなれば、歩兵の心構えだ。どんな歩兵も、皆この言葉を胸に戦場を駆け抜ける。どんなに辛い時でも、この言葉さえあれば乗り越えられる。そんな言葉だ」

その口調、その眼差しはあまりに真剣で、なにより、切実だった。
そんな軍曹の面持ちを前にしたら「本格的な試合って今回が初めてじゃなかったっけ?」なんて野暮なツッコミは出来なかった。

「良いか? 良く聞け」
「うん……」

軍曹は両手を僕の肩に置き、一度大きく息を吸ってから、良く通るバリトンで、その言葉を発した。



ワン・フォー・パンツァー、オール・フォー・パンツァー全ての希望を戦車に捧げよ
「なんだよその青春の皮を被ろうとして失敗した狂気のセリフはッ!!」



ボーイズ&レンジャー ~騒乱編~



訳のわからない言葉を吐いた軍曹は「いずれ貴様にもわかる日が来る」と、フラグの様なそうでない様なセリフを呟いて、僕より先に陣地へと向かって行った。わかる日なんて来るか。

「どうしたの、もやしちゃん。とっても疲れた顔してるわよ?」
「あ~、いえ、別に。いつもの軍曹です」
「はは、あまり悪く思わないでやってくれよ。軍曹君、同い年の部員が出来て喜んでるんだ」

オリバーさんとサイドさんに励まされながら、僕も陣地へと向かう。あんな喜び方されても嬉しくないです。
そこには大洗との練習試合でも使われた、マチルダとチャーチルがズラリと並んでいた。戦車は全部で十輌。今回のレギュレーションは全国大会の第一、第二試合に準ずるらしい。
十輌だけとはいえ、整然と並ぶ様は勇壮そのものだ。その中央付近で、ダージリンさんが優雅にティーカップを傾けている。
その場違いながら、妙に絵になる光景に見惚れていると、不意に目が合った。逸らされた。この間わずか一秒。
うわ~、傷つく。自業自得とはいえ、これ地味に傷つくな~。特にダージリンさんみたいな綺麗な人にやられるとダメージも倍!

「……どうした?」
「いやちょっと、コミュニケーションって難しいなって思いまして」
「……安心しろ。俺にもよくわからん」

やっぱり。そうじゃないかなと思ってたんです。

「もやしぃ、さっさと来い! 装備の確認をするぞぉ!」

軍曹が声を張り上げる。浮かれすぎだ。そんなに大きな声出さなくたって聞こえるよ。っていうか、周りの視線が集まってきて恥ずかしい。出来ることなら他人のふりしたい!
でも、無視したらそれはそれで面倒なことになるので駆け足で軍曹の下へ向かう。訓練の成果って恐ろしいな。

「ようやく来たなぁ。では、もやしぃ。貴様に、戦場で振るう魂を授ける。心して受けとれぃ!」

そう言って、軍曹は僕の前に歩み出ると、仰々しく“ソレ”を差し出してきた。

「…………スコップ?」
「シャベルだ馬鹿者ぉ!」

え、なにか違うの? いや、今はそんなことどうでも良いか。そんなことより――

「あの、軍曹。戦場で振るう魂って、コレ?」
「そうだ」
「……マジで?」
「そうだ」

軍曹は深く頷いた。これさえあれば、何もいらないってくらい深く頷いた。
そっか~。これか~。コレを戦場で振るうのか~。なるほどね~。

「貴様としても、使い慣れたものだろぅ?」

確かに塹壕掘り訓練で使いに使って使いまくって、もう体の一部になってる感じさえするけど……。

「……ごめん。家に電卓忘れたから取りに帰るね!」

しゅたっと手を上げて後ろに向かって全力疾走。いくらなんでもコレじゃ無理だ。

「何処へ行く気だ? 新兵ぇ」

有無を言わせず僕の頭を掴んで持ち上げる。ああ、懐かしいな。このヘッドグリップ。

「あっはっは。聞いてなかったの? 家に帰るって言ったんだよ」
「俺達が行くのは戦場だ! 何故! どうして家に帰るッ!?」

はっは~。何だよ軍曹。そんなこともわからないの?

「武器がスコップだからだよッ! 聞くまでもないだろッ!!」
「シャベルだッ!」
「さっきっからなんなんだよ、そのこだわりはッ!!」

怒りのあまりスコッ「シャベル!」プを……あ~もうメンドクさい……シャベルを地面に突き立てる。

「シャベルでどう戦えっていうのさッ! これで戦車に殴り掛かれってのッ!?」
「まあまあ、落ち着いて、もやしちゃん。シャベルだって立派な武器よ?」
「オリバーさんまで何言ってるんですか!」
「いや、これは本当の話だよ。現代の正規軍でもシャベルを使った戦闘訓練をしてるからね」
「……本当ですか?」

日用雑貨で戦闘訓練? 馬鹿じゃないの、その軍隊。いくらサイドさんの言うことでも、にわかには信じられない。

「本当だよ。それどころか、改造して迫撃砲として使えるシャベルまで有るくらいだからね」
「そこまでくると、逆に嘘くさいです」
「疑り深いな貴様は。そもそも、予算の関係で全員分のシャベルと、あと一つしか装備は無いぞ」

その言葉の通り、軍曹も、サイドさんも、オリバーさんもシャベルしか持っていなかった。
僕一人だけシャベルで突っ込めって言われたら、心の奥底から「ふざけんな」だけど、全員が同じとなると不思議なもので、妙な連帯感が生まれ、安心さえ覚えた。
色々な思いが頭の中を駆け巡ったけど、結局僕は、深い溜息と共にシャベルに納得してしまった。

「……ま、対戦車ライフルとか使って、戦車乗りの子たちを傷付けるよりかはマシですよね」
「あら、優しいのね。でも、安心なさい。戦車内はカーボンコーティングがされているから、徹甲弾やHEAT弾が装甲を貫くことはありえないの」
「そもそも、徹甲弾とか歩兵は使用禁止だけどね」
「はっ、当然だろぅ。俺達は歩兵。例えそれが敵だとしても、戦車乗りを傷付けるなど、あってはならん事だからなぁ!」
「ちょ、声がでかいよ、軍曹」

皆と同じであることに、なんだか気恥ずかしさを覚え、照れ隠しに取り留めもない話をする。けれど、そんな何気ない話ですら楽しいと感じる。
悔しいし、認めたくないけど、もしかしたら、これが仲間っていうものなのかもしれな――

「……そ、そうだな。シャベルは、偉大、だな?」

――もしもし、ラットさん。手に持ってる馬鹿でかい“ソレ”はなんですか?

「おい、ラット。何故貴様が対戦車ライフルなんぞを持っている? 部の予算ではそんなもの買ってないぞ」
「……拾った」
「嘘をつけぃッ!!」

軍曹が怒鳴る。当然だ。あんな物騒なもん落ちてて堪るか。

「あれ、ひょっとして象撃ち銃?」
「オリバーさん、知ってるんですか?」
「資料で見ただけだけど、確かフィンランドの対戦車銃だったはずよ。だいぶ前に生産が終了して、今じゃコレクターズアイテムになってるはずだけど」

なんでそんなもん持ってんだよ。どう考えても安くないだろそれ。
疑問は積るばかりだが、ラットさんも僕らの仲間。納得のいく説明をして欲しい。
すると、軍曹とサイドさんに問い詰められ、渦中のラットさんがようやく口を開いた。

「……部費を、使った」
「僕らがシャベルになったのはあんたのせいかッ!!」

こんな奴仲間じゃない!

「政府の肝いりにしては、部費が少ないと思ったらそういうわけか。やってくれたなぁ、ラットォッ!!」
「……へ、へへ。まあ、やっちまったもんはしょうがないだろ」
「自分で言うなッ!」

ホントだよ。図々しいにもほどがあるだろ。なんでこの人のこと、一瞬でも仲間だと思っちゃったんだろ。

「……はぁ。軍曹君。腹立たしいけど、確かにラットの言う通り、やってしまったモノは仕方が無い。ラットの処分は一端保留にしよう」
「だがな、サイドッ」
「ボクたちがごたついて、グロリア―ナの方々に迷惑を掛けるわけにはいかない。そうだろ?」
「ぐっ、それは……確かに……」

悔しいけど、サイドさんの言う通りだ。僕たちは歩兵。その存在意義は戦車を守り、活かすこと。その僕たちが戦車の足を引っ張ったんじゃ本末転倒だ。

「良いだろう。貴様の処分は後でする。だが、その対戦車ライフルは置いて行け」
「……ふざけるな。俺はこれを戦場で使うために、今まで隠し通してきたんだ。置いていくつもりはない」
「そのライフルを見ると、貴様の後頭部をカチ割りたくなる」
「……置いて行こう」

切り替え速いな。まあ、置いて行かなかったら、軍曹と一緒に僕もカチ割りに行ってたけど。

「……だが、その前に一発撃たせてくれないか?」
「貴様、いい加減に」
「……頼む。対戦車ライフルなんて戦場以外で撃つ事なんかできないだろ? 一発で良いんだ。撃たせてくれ!」

珍しく、ラットさんが声を荒げる。確かに、あんなデカ物、学校はもちろん街中のどこだって撃てないだろう。
軍曹はしばし悩んだ後、「一発だけだ」と静かに頷いた。ラットさんに同情したわけじゃないだろうけど、仲間には甘いよね。

「……ありがとよ。軍曹」

そう言うと、ラットさんはライフルの全てを堪能するように撫で回し、銃口を誰もいない方へ向け、引き金に指を掛けた。
そして、引き金を引いた、次の瞬間――

ボボーン

何故か銃の方が爆発した。馬鹿でかい銃身、見事に真っ二つ。

「俺のラハティがーッ!?」

この世の終わりみたいな絶叫を上げる。ってか、よく無事ですね。

「どうやら、粗悪品だったみたいね」
「粗悪品じゃなく、ただのパチモンだろ。あの様は」

当然のようにラットさんの心配なんぞせず分析と解説を始める二人。なるほど。だから一発でぶっ壊れた、と。
悪魔に魂を売り渡してでも欲しかったのか、部費と部員の信頼を犠牲にして手に入れたのがパチモンで、しかもそれが一瞬で木端微塵か……。



同情の余地はないな。






[39573] ボーイズ&レンジャー ~激闘編~
Name: Tゲル◆781ccf0d ID:34846cfc
Date: 2016/01/28 22:32
「もやしぃ。これが最後の装備だ。受け取れぃ」

慟哭のラットさんを無視して、軍曹が僕に何かを手渡してきた。

「これって、防弾ベスト? これが最後の装備ってどういうこと?」
「言葉の通りだ。部の予算で買えたのがシャベルの他にはそれだけ、というわけだ」
「こういうのって、支給されるものじゃないの?」
「そんな訳なかろぉ。個別にこんなもの買い与えてたら、連盟の予算とてあっという間に枯渇するわ」
「でも、これは無いとさすがに危ないんじゃ」
「貴様の気持ちはわからんでもない。だが他の……そう、例えば剣道だって、防具は部ごとに、さらに言えば個人ごとに用意するだろぉ。俺達、歩兵道部もその点は一切変わらん」

確かに軍曹の言うことは筋が通ってるけど、今一納得できないのはなんでだろう。やっぱり実弾のせい?

「いつの日か、制度が改正されることを祈ろう。……ところで、軍曹たちのは?」

見たところ、防弾ベストはこれ一つ。軍曹たちの手元にはなにもない。

「残った予算で買えたのが、それ一つだったのよ」
「これ一つって、皆はどうするんですか!?」
「あたしたちには筋肉があるから大丈夫よ」

うふふ、とオリバーさんが笑う。普通砲弾は筋肉でどうにかならないと思うけど、この人達ならなりそうで恐い。僕は常識を保てるだろうか。

「皆が着ないなら僕も!」
「もやしちゃんは着なきゃダメよ。筋肉がまだまだだからね」
「でも!」
「それにね、その防弾ベストは軍曹ちゃんがもやしちゃんに怪我させないために、少ない予算をやりくりして、ようやく買った一着なの。だから着てあげて。軍曹ちゃんの為にもね」
「軍曹が、僕の為に?」

驚いて軍曹の方を見る。僕と目が合うと、彼は腕を組んでソッポを向いた。

「ふんっ。別に貴様の為ではない。貴様のようなもやしでも我が部の貴重な戦力だ。その戦力を、簡単に失うわけにはいかないから、仕方なく買ってやっただけだ。勘違いするな!」

なんてこった。現実だとビッグフットと同じような存在のツンデレに、こんな形で出会うとは思わなかった。正直、なかったことにしたいな、この未知との遭遇。
とはいえ、軍曹の気持ち自体はありがたい。「ありがとう」と感謝の言葉を口にして、防弾ベストを身に付けた。
初めて袖を通した防弾ベストの感想は「意外に軽い」だった。
防弾ベストが元々こういう物なのか、それとも軍曹の提案した『百キロの重りを背負ってフルマラソン』とかいう狂気の訓練の賜物なのかはわからないが、これなら動くのに何ら支障はない。
軽いが作りはしっかりしていて、ちょっとやそっとの攻撃じゃビクともしないだろう。聞くところによると、砲弾の直撃を受けても破れないらしい。
えらく丈夫な一品だけど、これを着てもやっぱり不安な点はある。

「これ、頭や手足は剥き出しですよね。そこはどうやってカバーすれば良いんですか?」

ベストっていうくらいだから、守られるのは胴体だけ。ヘルメットとか、プロテクターとか、そういった物はないんですか、っていう意味を込めた質問だったんだけど……。

「その防弾ベストはカーボンコーティングされてるから、砲弾が直撃しても大丈夫よ」
「ん?」

なんだか、期待してたのと違う答えが返ってきた。

「あの、それは防弾ベストの話ですよね。僕はベストの無い、剥き出しの部分の話をしてるんですけど」
「カーボンコーティングされてるから大丈夫よ」
「いや、そのカーボンが無い部分の話をしてるんですが」
「カーボンコーティングされてるから大丈夫よ」
「だから」
「カーボンコーティングされてるから大丈夫よ」
「………………」

あ~、つまりアレかな。ゲームみたいに『全裸でもパンツ履いただけで全身の防御力が上がる』みたい感じなのかな?
僕の頭はあんまり出来が良くないけど、多分そんなシステムなんだろうと理解した。うん、きっとそうだ。そうに違いない。
そういえば、科学技術の発達で歩兵道が復活できたんだっけ。その発達は、きっとカーボンが生み出された事に集約されているのだろう。
改めて科学の偉大さ、素晴らしさを痛感させられる。

「……カーボンて、スゴイですね」

僕は思わず、そう、呟いていた。
――目の焦点は、合ってなかったかもしれない。



ボーイズ&レンジャー ~激闘編~



装備を整えた僕たちは、ダージリンさんの下へ集まっていた。試合開始まで後十分。作戦の最終確認だ。

「ダージリン隊長。予てからの作戦通り、我々歩兵から斥候を二名放ちます。残った三名の内、二名を部隊の前方、一名を後方に配置して戦車を護衛いたします。よろしいでしょうか?」
「ええ、それでかまいません。かまいませんが……」
「どうかなされましたか?」

ダージリンさんは僕らを見渡すと「はぁ」と大きな溜息を吐いて

「その装備、どうにかならなかったの?」

そう呟いた。
ダージリンさんを悩ます僕らの装備というのは

武器→筋肉(僕以外)
防具→筋肉(僕以外)

何故、皆の武器が筋肉になっているかというと、いつの間にかシャベルを失くしてたから。
……ダージリンさんの気持ち、よ~くわかります。というより、僕の方が切実にそう思ってます。

「機動力を追求した結果であります!」

いけしゃあしゃあと答える軍曹。これから戦うのに、機動力を追求するため武器も防具も捨てるのは、どう考えても本末転倒です。
確かに一人が部費を使い込んだせいで、碌な装備はなかったけど、シャベルを失くしたのは完全に自業自得だからね。こんなもんどうやったら失くせるんだよ。
そりゃ機動力は必要さ。攻めるにせよ、守るにせよ、逃げるにせよ、足が速いことに越したことはない。でも、足が速いだけの筋肉集団が役に立つかって聞かれたら、僕は顔を背ける。

「……装備については、貴方を信じます。歩兵が戦場に立つのは、私たち戦車乗りにとって初めてのこと。歩兵をどう運用するか、正直、まだ手探りなところもありますからね」
「ありがとうございます」

きっと物凄い葛藤があったんだろう。ダージリンさん、とっても頭が痛そうだった。

◇◇◇

苦悩するダージリンさんの下を離れた僕らは、軍曹の指示を聞いていた。

「まず、斥候だが、これはサイドとオリバーに――」
「……軍曹」
「後にしろラット。今、ポジションの発表をしているところだ」
「……そのポジションについてだ。斥候は、俺にやらせてくれないか」
「なにぃ?」

軍曹が訝しむ。斥候は基本単独行動だ。見つからないことが前提だが、もし見つかったらどうなるか。最悪、敵戦車、歩兵全てを一人で相手にしなければいけなくなる。
そんな危険な任務を、あんなことをやらかしたラットさんが、自らやろうとするとは思わなかったからだ。気のせいかな、なんか背筋がぶるっと来たんだけど。

「どういうつもりだぁ?」
「……俺に、チャンスをくれ。名誉挽回のチャンスを」
「あれだけの事をしておいてかぁ」
「……この部に、皆に、なにより戦車に報いたいんだ」
「むぅ……」

軍曹が唸る。あいつだって意味なく組んだ布陣じゃないだろう。それを崩すのには抵抗がある。でも、ラットさんにチャンスをあげたいとも思ってるんだ。
けれど、試合開始まで時間がない。軍曹は短くも深く悩んだ末

「……良いだろぉ。斥候はサイドとラットに任せる」

そう、答えを出した。

「良いのかい?」
「ああ。奴とて歩兵道部員。その心意気を無碍には出来ん」
「そうか。君が決めたのなら良いんだ。ボクは君の判断に従うよ」

サイドさんは優しく微笑むと、軍曹の肩をポンと叩いた。

「……ありがとよ、軍曹」
「だが、やるからには失敗は許さん。見事果たして見せろ、ラット」
「……ふっ、誰に言ってやがる」

こうして、布陣が決定した。斥候にサイドさん、ラットさん。戦車前方に僕と軍曹。後方にオリバーさんだ。
それぞれ所定の位置で待機すること暫し。そして――

『試合開始!』

戦いの火蓋が切られた。

『全隊、前進』

ダージリンさんの合図に従い、僕たちも走り出す。
進軍速度は思ったより早いけど、これなら問題なくついていける。
そうして暫しの時が経ち、現在僕らは東に進行中。今のところ、戦闘は一切なく、平穏無事に過ごしてます。
今回の戦場は、北側のこちらと南側のサンダースの間に森が広がり、東に峠が存在する見通しの悪いフィールド。
途中森に向かったサイドさんから通信が入ったけど、彼の方も敵との接触なし。ということは、相手のサンダースも、僕らと同じように峠を目指してるということになる。

「峠に向かったラットさんは無事かな?」
「心配あるまい。醜態は曝したが、奴とて訓練を積んできた猛者だ。簡単に見つかるようなことは無いだろうし、仮に見つかったとしても、逃げおおせることくらい容易い」

確かにとんでもないことをやらかしたが、ラットさんの実力は十分知ってる。彼なら万に一つもないだろうとは思うんだけど、どうしても嫌な予感がするんだ。

「……だといいんだけど」

不安を拭いきれないまま、軍曹に返事をした丁度その時、

『……こちら、峠偵察班ラット。隊長、応答願う』

ラットさんから通信が入った。
軍曹が「ほらな」と無言で語りかけてくる。ラットさんの声を聞き、安否が確認された。でも、僕の不安は消えるどころか、一段と大きくなった。
その不安を少しでも解消しようと、インカムから聞こえてくる、ダージリンさんとラットさんのやり取りに耳を傾ける。

『こちらダージリン。どうしました?』
『……峠南側入り口に、サンダースの戦車を発見。どうやら問題があった模様。停車して歩兵ともめている』
『歩兵と?』
『……攻めるなら、今が好機。決断を』
『そこに辿り着くまでに、罠や待ち伏せは確認できましたか?』
『ッ…………少なくとも、ここに到着するまでは』
『ふむ……わかりました。これからそちらに向かいます。ラットさんは、そのままサンダースの動向を監視して下さい』
『……それと、来る途中で抜け道を発見した。その道を使えば最速でここまで来れる。今、場所を教える』

そうして、ラットさんが道を説明し、二人のやり取りが終わった。

「どう思う、軍曹?」
「歩兵のくせに戦車乗りの方々ともめるとはなぁ。敵は歩兵の風上にも置けん!」
「いや、そうじゃなくてさ」

軍曹はラットさんの報告を聞いて憤慨してる。
ラットさんを、というより仲間を信頼しきってる軍曹は、何の疑いも無く彼の報告を信じている。でも、僕はそんな上手い話があるのか疑問だった。

(なにより、報告してきたのが“あの”ラットさんだしな~)

正直、不安で胸がはちきれそうです。

『軍曹さん、聞いての通りです。私たちはこれから目標地点へ向かうため速度を上げますが、ついてこられますか?』
「問題ありません。皆様の全速にもついて行けるよう鍛えてあります」
『それは心強いですね。 ――では、全車、前進。エンジン音が響かぬよう気を付けなさい』

僕の心配を他所に、今度は軍曹にダージリンさんから通信が入ってきた。

「ねえ、軍曹。僕出来れば行きたくないんだけど」
「何を言う。ラットが掴んだ千載一遇のチャンスだぞ。恐れず進めぃ! 一気呵成に攻め込むぞ!」
「そのラットさんが掴んだから心配なんだよ」

ラットさんが掴んだものが、敵か、僕らか。

――そして、峠の入り口に差し掛かった頃、不安が現実のものとなった。

「あのさ、なんか地面の色違くない?」
「ぬ? 言われてみれば、確か――」

突然、軍曹がピタリと止まった。ダージリンさんも異変を感じ取ったのか、全ての戦車が即座に停車する。

「……どしたの?」
「いや、大したことはない。ちょっと地雷を踏んだだけだ」
「へ~、地雷? そんなのあるん……だ……?」

……………………。

「じ、地雷!! ちょっ、軍曹大丈夫なの!?」
「ふん。落ち着けもやしぃ。試合で使われるのは、安全に配慮したした地雷だ。戦車を破壊するほどの威力はない。せいぜい履帯を吹っ飛ばすくらいだ」
「それ十分な破壊力じゃないかなッ!?」

履帯が吹っ飛ぶなら、人間だって吹っ飛ぶよ。

「……って、ちょっと待って。僕らが立ってるとこ、地面の色が全然違うんだけど、これってひょっとして……」
「うむ。地雷原だな」
「ちくしょう! やりやがったなッ!!」

慌てて普通の色の場所に飛び退く。
ラットさんめ。僕らを地雷原に誘い出しやがった。やっぱりあの人、仲間なんかじゃない!

『あの、軍曹さん、大丈夫ですか?』

僕らが大騒ぎしてることに気付いたらしく、ダージリンさんが心配してくる。

「御安心下さい。見たところ、そちらの地面の色は変わっておりません。皆様のいる場所に地雷はないと思われます」
『いえ、そこではありません。地雷を踏んだ、と聞こえてきたのですが』
「そちらも問題ありません。歩兵道で使われる地雷は、戦車ほど重量が無ければ作動しません。ですから、こうやって足をどけても爆発しませんよ」

軍曹は、安全を証明するためか、ためらうことなく足を上げる。

ボーン

爆発した。

「軍曹ぉーーッ!?」

土煙が立ち上り、軍曹の姿が覆い隠される。
そんな、いくら軍曹でも、履帯を破壊する威力の爆発に巻き込まれたら、無事なはず――

「――どうやら、不良品が混ざっていたようだなぁ」
「なんで無事なんだよお前ッ!!」

あれか? 頑丈さは軍曹>履帯なのか? お前もう人間じゃないよ!

「何をそう喚いている。言った筈だぞ。『安全に配慮した地雷』だと」
「お前、それ言ってれば良いやって思ってない?」

いくら僕が赤点の常連だからってナメんなよ。
これもカーボンと一緒で科学技術の進歩ってやつ? 人と戦車を識別する(でも爆発はする)地雷とか、無駄過ぎるだろその進歩!

「むぅ。もやしぃ、少し静かにしろ。妙な音がする」
「一番うるさいのは地雷を爆発させた軍曹だから!」

僕を無視して耳を澄ます頑丈なハゲ。こいつ、もう地雷のこと忘れてやがる。

「……この音、間違いない。敵襲!」
「は? 敵?」

軍曹が無言で峠を指さす。すると、ちょうどそのタイミングで、鼻の長い戦車がゆっくりと顔を出した、

『ファイアフライ!?』
『どうしましょうダージリン様!』
『このままじゃ狙い撃ちされちゃいます!』
『逃げましょう!』
『撃ちましょう!』
『でも、さっき言ってた地雷って大丈夫なんですか?』
『どうしましょうダージリン様ぁ!!』
『落ち着きなさい、貴方たち!』

インカムから混乱した声が聞こえてくる。
無理もないか。初めて経験するであろう地雷にファイアフライの追撃。冷静でいろって方が酷だ。
混乱は際限なく、退くことも攻めることも出来ないまま、ゆっくりと動く砲塔を見つめていると、

「やれやれ。ここはあたしの出番のようね」

この騒乱すら鎮める様な、穏やかで落ち着いた声のオリバーさんが現れた。

「頼めるか、オリバー」
「任せてちょうだい。戦車の為に散るって、とっても美しいしね」

オリバーさんは僕らにウインクを送る。その姿が、何故かすごく儚く見えた。

「オリバーさん。散るって……どういう……?」

彼女は僕の質問に答えず、ただ優しく微笑んだ。

「もやしちゃん。貴方ならいずれ、あたしたちの誰よりも強くなれるわ」

そうして、僕の頭を撫でると、彼女は何の恐れも無く地雷原に足を踏み入れた。

「皆、今までありがとう。――砲塔の向こう側で会いましょう」
「オリバーさん!」

彼女は天高く飛び上がると

「乙女の意地、見せたらぁーーーーッ!!」

勢いよく、大地に拳を突き立てた。

世界が、歪んだ気がした。

爆音とともに地面が裏返る。今の一撃はどれほどの衝撃だったのか、先程の軍曹とは比べ物にならない位の爆発が起きた。
巻き起こる爆風に吹き飛ばされ、そのまま戦車に叩き付けられた。 

「オリバー……さん?」

ダージリンさんの指示で、立ち込める土煙にまぎれて戦車が撤退する。
でも僕は、その場に残ってオリバーさんを探した。

「オリバーさん」

軍曹の制止を振り切り、覚束ない足取りで、土煙を掻き分けて彼女を探す。

「オリバーさん!」

いくら安全に配慮されてるっていったって、こんなの、人が耐えられるはずない。

「オリバーさぁーーんッ!!」

僕の叫びに答えてくれる人は、いなかった。










『オリバー選手、死亡確認!』

あ、絶対無事だこれ。



◇◇◇



峠を進軍中、偵察中の歩兵から通信が入った。
定時連絡は先程貰った。ならこれは、敵を発見したか、敵に発見されたかのどちらかだけど

『ケイ隊長、なんか変な奴が来たんですけど』

これは、どっちだ?

「変な奴?」
『はい。なんでも仲間を売るから見返りをくれって。具体的にはYES米ダラー』
「はあ?」

本当にどっち!?

『とりあえず地雷原に誘導したそうですけど、どうします、コレ?』
「いや、どうするって言われても……」

正直困る。サンダースうちから裏切り者が出たら絶対許さないけど、まさか敵から裏切り者が出て、しかも見返りを要求されるとは思わなかった。

(っていうか、誘導したってことは、地雷原がバレてるってことじゃない。予定してた一当てしてから逃げて地雷原に引き込む作戦はもう使えないなー)

どうしたものかなー、と考えること暫し。

「……答えはNOよ。内通者の手引きで勝っても嬉しくないもの。機動歩兵の三人をグロリアーナに向かわせて、注意を促して」
『イエス、マム……申し訳ありません。三名とも森林部で作戦遂行中。すぐには向かえません』
「そういえば、そうだったわね」

彼らには次の作戦を伝えてあったんだ。ってことは、グロリアーナが罠に引っ掛かる前に止められそうな部隊は……地雷原でアンブッシュさせようと向かわせたナオミたちか。

(手の内が二つも潰れるのは痛いけど、つまらない勝ち方するよりずっとマシか)

急いでナオミに通信を繋ぐ。グロリアーナが罠にかかってからでは遅い。

「ナオミ、聞こえる? 急いで例のホットポイントに向かってグロリアーナに警告して来て」
『イエス、マム』
「ちゃんとビーコンを確認してね。地雷踏んじゃダメよ」

彼女らなら大丈夫だろう。さて、私たちは私たちで、予定通り進軍するとしますか!

遠くから爆音が聞こえた。

『すいません、マム。拳で地雷を吹っ飛ばされました』
「ワッツ?」







[39573] ボーイズ&レンジャー ~死闘編~
Name: Tゲル◆781ccf0d ID:34846cfc
Date: 2016/02/13 22:10
「……くっ、失敗か」

となると、サンダースから報酬はもらえまい。報酬がもらえないということは、ラハティを手に入れることが出来ないということだ。

「……ずらかるか」

もはや此処にいる意味はない。グロリアーナの仲間にも、自分が地雷原に誘導したこともばれているだろう。
ならば、いつまでも戦場にいないで、さっさと学園艦に帰って言い訳を考える方が得策だ。

「……俺は諦めんぞ。いつの日か、必ずラハティを」

俺は戦場を後にする。胸に去来する虚しさを噛みしめながら。
これは撤退ではない。明日という名の未来への第一歩なのだ。
俺はそう自分に言い聞かせ、歩き出す。そして――

「………………あ」

第一歩を、踏み外した。

◇◇◇

地雷原とファイアフライから無事逃げおおせた僕たちは、体制の立て直しと反撃の策を練っていた。
こちらは戦車がやられたわけではないので、すぐに反撃に出ることが可能。幸いなことに、今敵さんはファイアフライが本隊から離れている。
僕らに居場所がばれたから、ファイアフライは本隊に合流を始めていることだろう。
ならば、敵が合流しないうちにファイアフライを狙うか、或いは、数が減っている本隊を探し出し強襲するか。はたまた、別の作戦か。
時間はない。けれど、焦らず、冷静にダージリンさんと議論を繰り広げる最中――

『ラット選手、死亡確認!』

そんなアナウンスが聞こえてきた。

「……なんで?」

いや、本当に不思議なんですけど。



ボーイズ&レンジャー ~死闘編~



『――では、皆さん。よろしいわね』

通信機越しに、ダージリンさんの声を聞く。彼女は短い時間ながら、キチンとした作戦を計画してみせた。
作戦立案から決断にいたるまで、殆ど時間が掛かっていない。ダージリンさんが部隊全員に指示を出し、それに応えキビキビと動く選手たち。
洗練されたその動きは、流石強豪、流石グロリアーナと言ったところ。ああでも、このグロリアーナを追いつめたんだよな、西住さんは。

(……西住さんだったら、どんな作戦を立てるんだろ)

そんな考えが、ふと頭をよぎった。

(どんな作戦かはわからないけど、きっとすごい作戦に違いない。ああ、西住さんに命令されたいな~。西住さん相手なら、歩兵とかそんなの関係なく、どんな命令にだって従っちゃうよ)
『――さん。もやしさん?』
(そう、例えば…………いや、でも…………うん、もしそうなったら…………ええ、そんなことまで!? わかりました、犬と呼んで下さい!!」
『もやしさん!』
「はっ!?」

おっとイケない。ちょっと気持ちの良い妄想に浸りすぎて、返事が遅れてしまった。

「申し訳ありません。何でしょうか」
『……まあ、良いでしょう。もやしさん。心配且つ不本意且つ誠に遺憾ではありますが、貴方がこの作戦のキーマンです。私たちの命運、預けましたよ』
「お任せ下さい。全身全霊をもって西住さ……じゃなかった、ダージリン隊長の御期待に答えてみせます」
『やはり、サイドさんを呼び戻しましょう。貴方に対する不安が信頼を上回りました』
「え~、まだ何もしてないのに? じゃあ、僕はなにをすればいいんですか?」
『貴方は犬らしくそこで待機』

あれ、どうして僕の妄想の内容を知ってるんですか?
強豪の隊長は読心術まで使えるということか。恐るべし、グロリア―ナ。
下手なことするとまた怒られそうなので、ダージリンさんがサイドさんへ呼びかけるのを黙って待つ。
すると

『こちらサイド。隊長、応答願います』

丁度良いタイミングで、サイドさんから連絡が入った。

『こちらダージリン。サイドさん、どうされました?』
『森林西部にて敵歩兵と三名と接触。見つかってしまいました。申し訳ありません』
『振り切れませんか?』
『可能ですが、敵は機械化歩兵です。ここで倒してしまう方が得策かと』
「機械化?」

なに? ロボット?
聞きなれない単語に困惑する。機械化歩兵って、また随分SFチックなものが出てきたな。イメージ的に未来から来た殺戮ロボット?
それなら確かに逃げるなんて無理だろうけど、そんな物騒なものいるわけない。

(……いや、カーボンやら地雷やらの無駄技術があるんだから、未来ロボットがいたっておかしくない……のかな? なにより、サンダースなら持ってそうだし)

半信半疑に陥る中、僕が抱いた疑問への答えは、すぐさま通信機から聞こえてきた。





『――チリンチリン』





「自転車じゃん!」
「なるほど、自転車兵か」
「え、納得しちゃうの? 割とポピュラーな存在なの? その自転車兵って」
「しかし、三人の自転車兵だと……まさか……奴らなのか……?」
「無視しないでよ。そもそも、そんなシリアスな場面じゃないでしょ。自転車ってだけで割とコメディ系だよ」

でも、軍曹は気にしない。シリアスな顔のまんま、インカムに耳を傾けている。
ひょっとして、おかしいのは僕の方かなって思い始めた時、通信機の向こう側から、新たな登場人物の声が聞こえてきた。

『――摩周、折手牙、ジェットストリングアタックを仕掛けるぞ!』
「ジェットストリングアタック!? まさか、黒い三連結か!!」
「え、なにその名前? ツッコミ待ちなら他を当ってくれる?」

三連結って、三人乗り用の自転車のこと? そんなのが追いかけてくるの? 歩兵道って恐っ!

「逃げろ、サイド! お前ではそいつ等には敵わん!」
『軍曹君? ……いや、ここで彼らを放っておけば、隊長達に害をなすのは火を見るより明らか。――潰すよ。今、ここで』
「サイド!」

勝手に盛り上がるマッチョとマッチョ。楽しそうで何よりです。もしかして、ついていけてないのは僕だけでしょうか。

『聞いての通りです、ダージリン隊長。戦闘の許可を』
『え? え、ええ、よ、よろしくお願いします……で良いのかしら?』

あ、良かった。ダージリンさんもついていけてないや。なら僕は正常だな。間違いない。

『軍曹君、もやし君。今までありがとう。君たちと共に戦えたこと、誇りに思うよ』
「待て、待つんだ、サイド!」
『じゃあね。――いつか、砲塔の向こう側で会おう』

通信が切れる。軍曹が何度も呼びかけるが反応はない。
ややあって、森から爆発音が響き、黒煙が立ち上った。
……相手、自転車じゃなかったっけ?

『グロリアーナ女学院、サイド選手。サンダース大付属、大地選手、摩周選手、折手牙選手、死亡確認』
「サイドォーーーーッッ!!」

軍曹の慟哭が虚しく響く。この温度差、一体何が原因なんだろう。地球温暖化? でも、こっちは冷め切ってるしな~。

『……隣の芝生が青く見えた事もありましたが、芝生はやはり芝生ですね』
「……なんと言うか、本当に申し訳ありません」

もう謝罪の言葉しか出てこない。
なにせ、戦車が一発も撃ってないのに、歩兵がもう半分以下だからね。

◇◇◇

「致し方ありません。当初の予定通り、頼みましたよ。もやしさん」
『了解であります』

不安から目を背けるよう、通信をオフにする。そして、彼を除く全部隊に発進命令を出し、目的地に向かう。
あの少年、自分たちの行進に遅れずについてこれたのだから能力はあるのだろう。けれど――

(本当に、大丈夫かしら?)

忘れようとしていた不安の芽が、大きな双葉となって心に影を作る。

「……はぁ」
「大丈夫ですか、ダージリン様?」

思わず漏れていた溜息を聞かれてしまったようだ。

「ええ、大丈夫。ちょっと疲れただけよ」
「御自愛なさってくださいね。 ――はい、紅茶が入りましたよ」
「ありがとう」

受け取った紅茶を一口。うん、美味しい。香が体中に広がり、疲れた心を癒してくれる。
こうして紅茶を飲んでいる間は、あらゆる不安を忘れられ…………忘れちゃ不味いわよね、やっぱり。でも、忘れたいわ。

「ところで、どうしてサンダース本隊が、最初に私たちが目指していた峠の入り口を目指してるってわかったんですか?」

何か気を紛らわせるものはないか。そう考えていると、タイミングよく質問された。
丁度いい。利用する形になってしまうが、彼女の問いに答えることで、一時の癒しとしよう。

「ファイアフライよ。地雷原とファイアフライの位置関係から考えて、あれは待ち伏せと見て間違いないわ。ならば、私たちを地雷原まで誘導する存在が必要となる」
「ああ、それがサンダース本隊ですね」

そこまで言って、彼女は「あれ?」と首を傾げた。

「でもそうすると、サンダースは私たちの場所を把握してたことになりません? もし私たちが森を通ってたら、背後を取られちゃいますし」
「あら、もう忘れたの? サンダースには自転車兵がいたのよ。彼らほどの機動力があれば、私たちを見つけることも可能でしょう」

ずっとこちらを監視していたのだろう。事実、敵自転車兵は森でこちらの斥候と激突している。ラットさんが裏切ってしまったので確認は取れないが、こちらの歩兵も敵本隊を発見していたはずだ。
しかし、彼女に偉そうに言っといて何だが、その点については正直驚かされた。まさか歩兵というものが、あそこまで見つけにくいとは。
もしフラッグ車だけ残して行動していたら、どうなっていたことか。最悪、単騎でいる所を強襲され、何も出来ないまま試合終了。歩兵の隠密性を兼ね備えた機動力は侮れない。

「そういえば、それ疑問だったんですよ」
「疑問? なにかしら」
「はい。歩兵さんが自転車に乗っていいんですか?」

それはもう歩兵じゃないんじゃ、と彼女は続けた。

「ルール上は問題ないわ。今回のレギュレーションだと『歩兵が使用する車輛は車体重量が三百キロ以下のもので、直接的な攻撃手段を持たないものに限定』ということよ」
「あ、あれ、そうでしたっけ? すみません、ちゃんと覚えてなくて……」

申し訳なさそうに頭を下げる。まあ、今回の試合は、公式試合終了後、急遽ねじ込んだ特別試合。細かいルールを覚えてなくても仕方が無い。

「良いのよ。話を戻すけど、歩兵が乗り物に乗ることは許可されているの。恐らく、連盟も歩兵が戦車に生身でついて行くのは大変だと思ったのね」

かといって、歩兵に戦車が合わせるのも本末転倒。歩兵は戦車を活かすために存在するのに、戦車の足枷になってしまっては意味がない。

「え? でも、うちの歩兵さんたちは平気でついてきますよ? 今だって軍曹さんが一緒に走ってますし」
「…………」

思わず言葉がつまってしまった。だって、彼らの所業ときたら非常識を通り越してイカれてるの領域なんですもの。
始まりは合同練習に参加したとき、何故か海から現れた軍曹さん。あの日のことは、今でも鮮明に思い出せる。

突如校庭に現れた濡れ鼠のハゲ坊主(マッチョ)

第一声は「遅れそうだったので泳いできました」だった。彼にとって文明とは何なのか。
あの日以来、彼はグロリアーナ校内に入ることを禁じられている。まあ、当然だ。
さらに今日、他の歩兵の方々と出会った。
彼らと出会うことで、歩兵に対する印象が変わることを期待したけれど、結果は御覧の有り様。
もやしさんはアレで、ラットさんはアレ、オリバーさんはアレだったし、まともそうに見えたサイドさんもアレだった。
彼らが歩兵全体の中で、どのような位置にあるのかさっぱりわからないが、彼らが歩兵の常識だとは思いたくない。

「……きっと歩兵にも、色々な方がいるのよ」

そう思わないとやってられない。偶々、自分たちがババを引いたのだと。
戦車が揺れてないのに震える手で、紅茶を一口。ほろ苦かった。なんででしょう。さっきと中身変わってないのに。

『隊長ぉ。前方十二時、約六千メートル地点に敵戦車部隊発見しました』

軍曹さんからの通信が入った。
御報告、感謝いたしますわ。ところで軍曹さん。貴方、双眼鏡とか持ってなかったわよね? それで六千メートル? 裸眼で?

「……まあ、良いですわ。全車、目標に向かって全速前進」

今はとにかく、目の前の敵に意識を集中しよう。だって、そっちの方が疲れないもの。絶対。







[39573] ボーイズ&レンジャー ~決戦編~
Name: Tゲル◆781ccf0d ID:dd002bfe
Date: 2016/02/21 12:11
『マム、前方二時方向からグロリアーナ。接近してきます!』
「――ええ、確認したわ」

部隊の子からの連絡を受け双眼鏡を覗き込む。そこにはマチルダ、チャーチルが美しい隊列を組んで進軍している光景があった。

(数は一、二、三……十輌。フラッグ車も来てる。ここで全戦力を投入か)

双眼鏡を動かす。前方十二時、グロリアーナと同じくらい離れた位置に、一輌の戦車が確認できる。こちらは仲間のファイアフライだ。
これならすぐにでもグロリアーナを挟撃することが出来る。ファイアフライ側の戦力は不足してるが、あの超射程ならアウトレンジからの攻撃だって不可能じゃない。やり様はいくらでもある。

(それにしても、思ったより遅かったわね。ダージリンなら、簡単に私たちの場所を探し当てると思ったけど……。まさか、罠? 私たちをまとめて倒す腹積もり?)

ことが上手く運びすぎている。確かにグロリアーナに接触する前にナオミたちと合流したかったが、合流すると同時に現れるなんて。
地雷のごたごたがあったとしても、すぐに行動を始めれば、ファイアフライにせよ、こちらにせよ、戦力的に有利な状況で戦えたはず。なのに、しなかった。ならば、相手の狙いは一体……?

(……ま、あんまり深く考えても仕方が無い、か。今は目の前にいる敵を叩くだけよ!)

なんにせよ、今、有利なのはこちらだ。罠にしろ、偶然にしろ、この機を逃す手はない。

「ナオミ。グロリアーナに攻撃開始。距離を十分にとって、近づきすぎないよう気を付けて。私らも射程距離に入り次第、攻撃を開始するわ」
『イエス、マム』
「皆、準備は良い? ――グロリアーナに向かって、ゴー、アヘッド!」

各車が、一斉に動き出す。グロリアーナとの距離はどんどん近づいていくが、敵さんは攻撃する気配すらない。ただファイアフライの攻撃を避けているだけだ。

(これは間違いなく何かあるわね)

ここまで露骨にされたら気付かないわけがない。

(かといって、動かせる戦力も無い……仕方が無い。不安だけど、すっごく不安だけど、アイツらを使うしかないわね)

通信機を手に取ると、もう一つの部隊へと連絡を取る。

「歩兵部隊、プランDよ。ポイントまで移動後、指示があるまで待機」
『イエス、マム! 了解しやしたぁー!』

なんかキマっちゃってるような返事の最後に、パーチーの始まりだぜぇー! ヒャハーッ!なんて声が通信機の向こう側から聞こえてきた。
パーチーってなによ。パーティーのこと? そもそもあんたら二人しか残ってないじゃない。

「……はぁ」

思わず、溜息が漏れた。なんだってうちの歩兵はあんなのしかいないんだろう。
歩兵を使用したトライアルマッチ。約八十年ぶりに歩兵を戦車道へ復活させると聞いて、最初は面白いと思った。鍛え抜かれた戦士と聞いて、胸が躍ったのは事実だ。
しかし、いざ、歩兵と会ってみたらこのザマだ。
そろいもそろって、なんかこじらしてて、なんかもう……何、コイツら? って感じのヤツらしかいない。
しかも、五人中三人は向こうの歩兵一人にやられた様子。いくらなんでも弱すぎる。キルレシオ一:三ってどうなの?
いや、ここはこちらが無能だと嘆くより、あちらが有能だと讃えるべきだ。そっちの方が精神的に優しいし、事実間違ってはいない。

(向こうの歩兵がやったことって、地雷除去に、敵歩兵三人の撃破。十分有能よね。まあ、裏切り者が出たけど)

裏切りというマイナス点も、他二人の功績がそれを補って余りある。

(良いなー。あっちの歩兵って、随分マトモじゃない。ダージリンのヤツ、当たり引いたわね。羨ましいわ……って、ん?)

改めて双眼鏡を覗き込んだとき、それまでは遠くて見つけられなかったモノが見えた。
よく見ると、戦車の僅かに前方、何もないはずの場所で土煙が上がっているのだ。

(なに、あれ……?)

倍率を上げる。土煙のせいで良く見えないが、確かに何かいる。

(あれは、まさか……!)

戦車よりも小さく、それでいて戦車よりも速い。その正体は――





「ぬっはぁあああああッッ!!」

なんか聞こえてきた。



ボーイズ&レンジャー ~決戦編~



「どうしました隊長。頭でも痛いんですか?」
「うん。頭、痛いかも……」
「風邪ですか? もし辛いようでしたら休んでて下さいね」

そうね。風邪だったらどんなに良かったか。残念だけど、私を苦しめてるのは現実よ。

(そっか。あんたも苦労してたんだね、ダージリン)

双眼鏡を手に取る。ぶっちゃけ、見たくない。見たくないけど、見なくちゃいけない。だって敵だし。隊長って辛いなー。
砲弾が容赦なく着弾しまくってる中、元気に走り回るハゲグラサン(マッチョ)。とっても嬉しそうなのはなんでだろ?
オマケにとっても足が速い。整地されてないとはいえ、それでも平坦な道を走る戦車を置き去りにできるって、もうモンスターじゃない。

「……全車、グロリアーナの前方に向けてオープンファイア」
「え? まだ届きませんよ?」
「HAHA! 冗談よ冗談!」

私、ちゃんと笑えてるかな?
自分たちがどれだけ恵まれていたか実感させられる。うちの歩兵はたしかにイっちゃってるヤツらしかいなかったけど、少なくとも人間だった。

(ねえ、ダージリン。いつか、うちと交流会を開きましょう? 戦車道とか、ライバル校とか、そう言うの一切なしの、優しくて、暖かい交流会を)

胸の内がたった一つの感情で満たされる。古の昔から、この感情を人は“友情”と呼んだ。もしくはヤケクソ。

『マム。グロリアーナが撤退します』

通信機から聞こえてきた報告で現実に戻される。いけない、いけない。試合の最中だった。

(それにしても早いわね。こっちは射程距離に入ってないどころか、一発も撃ってないのに…………あぁ、なるほど。もう充分ってことね)

追いつめられてない状態での撤退。それ即ち、メインディッシュの完成を意味する。

「予定変更。歩兵部隊はその場で身を隠して待機。グロリアーナを見つけ次第攻撃。先頭車輛を撃って足を止めて。 ――私たちは追撃するわよ。ファイアフライも攻撃を続行しつつ私たちと合流して」

逃げるグロリアーナを追う。敵はマチルダにチャーチル。対して、こちらはM4。速度ではわずかにこちらが勝る。集団の距離が少しづつ近づいていき、遂に射程距離圏内に捉えた。

「全車、オープンファイア!」

全砲門が火を噴いた。腹に響く轟音と、着弾による土柱が戦場を埋め尽くす。
さすがにこれは我慢が出来なかったのか、グロリアーナも回頭して撃ち返して来た。

「怯むんじゃないわよ! 撃って撃って撃ちまくりなさい!」

砲火が激化する。轟音はさらに轟き、激震が身を震わす。

(面白くなってきたわ。やっぱり戦車道はこうでなくっちゃ!)

拮抗した戦力での激しい砲撃戦。これぞ戦車の王道。これぞ戦車の神髄。
身体が熱い。戦車からのもらい火か、私自身が燃えてるのか。頬を伝う汗を拭うことも忘れて檄を飛ばす。
やがて

『マム、グロリアーナが見えやしたぜ!』
「オーケー。外すんじゃないわよ! ――みんな良い? アイツら歩兵が攻撃したら、私らも緊急停止して一気に決めるわよ!」

歩兵部隊から通信が入った。さあ、決着の時だ。
砲撃は緩めない。今緩めたら何かあると気付かせるだけだから。だから、否、むしろ攻撃をより激しくする。
勝負は一瞬だ。瞬きすらしないよう前を見据え、歩兵部隊の奇襲に意識を集中させる。
あれだけ激しかった砲撃の音が遠のいてゆく。心臓の音が、煩い程に大きくなる。
視界からあらゆるものが除外されていき、前方の、まだ何も起きていない空間しか映らなくなる。

そして、その時が来た。

ボシュッ、という軽快な発射音。放たれた弾頭は、一直線にグロリアーナの先頭車輛、チャーチルの転輪に向かう。
狙いは完璧。タイミングは最高。あんなのでもさすがは歩兵。その腕は見事と言う他ない。
決まった。そう思った瞬間、視界の隅から何かが飛び出した。

「させんっ!」

しまった。そう思った時にはもう遅い。こちらに歩兵がいるのなら、あちらにはモンスターがいるのだった。
敵歩兵が、弾頭とチャーチルの間に躍り出る。
だが、六十ミリバズーカをどう対処するつもりだ。見たところ、敵は丸腰。飛び出したところで、何が出来るとも思えない。

(――まさか、身代わりになる気!?)

歩兵の神髄とは、戦車を活かし、守ることにあるという。ならば、その身を犠牲に戦車を守るのも当然と言える。

(グレイト! 敵ながらあっぱ……れ?)

安全に配慮しているとはいえ、直撃すれば痛いでは済まないだろう。その勇気ある行動に、内心で称賛を送ろうとした時、信じられないことが起きた。





「ふぅん!」←弾頭を掴んだ

「ぬぅん!」←投げ返した





「せめて人間として戦いなさいよッ!!」
『サンダース大付属、藻比選手、完選手、死亡確認!』
「しかも歩兵に向けて投げ返したのッ!?」

これでうちの歩兵は全滅。もうなにがなんだかわからない。

『……隊長。私ら、なにと戦ってるんですか?』

アリサから通信が入る。そんなのこっちが聞きたい。







[39573] ボーイズ&レンジャー ~黄昏編~
Name: Tゲル◆781ccf0d ID:dd002bfe
Date: 2016/02/22 00:09
戦いは終わった。
兵どもが夢の跡。戦場に残されたのは、砲弾の跡と戦車だけ。あの時の昂りは、もうどこにもない。

『……もしかしたら、アレは警告だったのかもしれません』
「警告?」
『はい。驕り続ける私たち人間に対する、自然からの……』

ナオミは言う。人間は、あくまで自然と共に生きる存在なのだと。その理を忘れ、自然を支配しようとした時、手痛いしっぺ返しを食らうと。
彼女の言葉は、すとんと胸に落ちた。そっか。つまりアレは、自然が使わした、人間に対する戒めってことになるのかしら。
アレがなんだったのか、正直まだ答えは出ない、ただわかることは、アレを人がどうこうしていいものではない、ということだ。
空を見上げる。どこまでも青い空。点々と存在する白い雲。彼方に見える稜線は、鮮やかな緑に彩られ。

(ああ、世界はなんて美しいんだろう……)

あまりの美しさに、思わず涙が零れそうになる。おかしいな。悲しい事なんて、何もないのに。

『帰りましょう、隊長。私たちには、帰る場所があります』

アリサの声が聞こえる。その声は、今まで聞いたこともないほど優しい声だった。
私たちは皆、グロリアーナの戦車たちと供に遠ざかっていくアレを見送りながら、愚かな過ちは繰り返すまいと、固く、心に誓うのだった。

…………………………って。

「みんなして何のんびり見送ってんの!? 試合中よ、試合中!! 追撃追撃ッ!!」

アレがあんまりにもアレだったから、思わず見送っちゃったじゃない!

『隊長だって見送ってたじゃないですか!』 
「シャラップ!」
『っていうか、もういいじゃないですか!』
「なんでよ!」
『アレ、追いかけたらダメなやつですよ! ヘリを弓矢で撃墜するのと同じ系統ですよ! 戦車ごと爆殺されちゃいますって!』
「大丈夫! 平気よ!」
『根拠は?』
「ナッシン!」
『ダメじゃないですか!』
「ああもう、うっさいわね! 良いから行くわよ! 歩兵は戦車乗りを傷付けないわ! せいぜい噛まれるくらいでしょ!」
『嫌ですよ! どう考えてもアイツ、噛む=喰い千切る系男子じゃないですか!』

どんな男子か!? ってか、さっきっから、例えが的確なのよアリサは。想像できちゃって恐いじゃない!

「ごちゃごちゃ言わない! 私らが先陣切るから、ちゃんとついてきなさい! ハリーアップ!」
『……うぅ。イエス、マム。 ――タカシぃ、もう一度会いたかったよぅ』

気持ちはわからなくもないけど、ビビりすぎでしょ。別に死んだりしないわよ…………たぶん。



ボーイズ&レンジャー ~黄昏編~



思ったよりも、距離が離れてしまった。また距離を詰めるのには時間が掛かるだろう。
かといって、ここから撃ったとしても、グロリアーナは巧妙に避け続ける。そこはさすがと言ったところ。行進間射撃とはいえ、ナオミから逃げおおせたのは伊達じゃない。
でも、そろそろ敵も仕掛けてくる頃合。数を減らしておきたいのよねー。

「うーん……ナオミ。停止射撃ならイケる?」
『オーライ』

簡素な返事。それこそ、彼女の自信の表れと言える。頼もしい!

「じゃ、頼んだわよ。 ――全体、停止!」

全車輛が一斉に止まる。が、タイミングはピッタリとはいかず、はたで聞いてたら、ズザッザッザ、とまるで躓いたかのように感じただろう。
うっ、ちょっとカッコ悪い、かな? いつもは気にしないけど、グロリアーナの動きを見てると、どうしても気になる。今度練習しようかしら?
なんてことを考えていると、ファイアフライが狙いをつけやすいよう前に出る。
キリキリと砲身が動き、獲物をロックオン。そして――

『聖グロリアーナ女学院。マチルダ、走行不能!』

一輌、撃破。

「グッジョブ! さあ、ドンドンやっちゃって!」
『イエス、マム』

頼もしい返答と共に第二射。

『聖グロリアーナ女学院。マチルダ、走行不能!』

これで二輌撃破。

「どーする、ダージリン。ファイアフライの射程距離から出られるまで、逃げ続けるつもり?」

もちろん、そんな事されたらたまったもんじゃないけど、アンタはそんなことするタマじゃないでしょ。
さらなる熱を。さらなる戦いを。しかし、グロリアーナがとった行動は、私が求めていたものとは違うものだった。

「…………あれは、煙幕?」

グロリアーナの車輛から、煙がモクモクと立ち上ってきたのだ。煙はたちどころに広がり、グロリアーナが完全に見えなくなる。

(ちゃちな小細工。そんなもの吹き飛ばすだけよ!)

榴弾を使用するよう指示する。派手な噴煙が上がり、目論見通り、あっという間に煙幕は晴れた。
だが――

「――グロリアーナが、いないッ!?」

敵戦車もまた、煙の如く消えてしまった。
慌てて双眼鏡を取り出して確認する。僅かに煙が残っているだけで、グロリアーナの戦車は影も形も見当たらなかった。
ここは戦場の北側、見晴らしの良い平野。物陰程度ならあるが、敵部隊全てが隠れられる場所なんてどこにもない。
少し南に行けば森があるが、さすがにそこにはいないだろう。一瞬で隠れるには、いくらなんでも遠すぎる。

(……なによダージリン。あんた戦車乗りからニンジャに転職したの?)

少しの間、相手の出方を窺う。グロリアーナが顔を出す気配はないが、いつまでもこのままというわけにはいかない。

『隊長、偵察部隊を出しますか?』
「そうね。歩兵を向かわせ……って、そういえば、もうやられちゃってたんだっけ」

となると、戦車部隊から偵察を出すしかないんだけど、いつグロリアーナが攻めてくるかわからない現状じゃ、ちょっと危険。
しばし考えたところで、

(……ま、なんとかなるかな?)

全員で前に出ることに決めた。

(戦力ではこちらが勝ってる。警戒して進めば、奇襲にだって対処できるはずよ)

目指すはグロリアーナが消えた場所だ。あそこに行けば、タイヤ痕から行方が分かるはず。

「全車に通達。微速前進。周囲の警戒を怠らないでね」

奇襲を警戒して慎重に進む。目標地点の半分ほどまで来た。未だグロリアーナは姿を見せない。

「まったく。私たちは戦車道をしに来たんであって、マジックショーを見に来たんじゃないのよ」

ずっと気を張ってなきゃいけないのは正直疲れる。愚痴の一つだって零れるわ。
さらに近づき、四分の三ほどの位置まで来た。これ以上近づくのはさすがに危険だろう。それに、ここまでくれば、肉眼でだって戦車を見落とすことはない。

「全体停止。周囲を警戒し、いつでも撃てるようにしておきなさい」

地面に刻まれたタイヤ痕を探すため、再び双眼鏡を覗き込む。
タイヤ痕はすぐに見つかった。幾つもあるタイヤ痕の一つに狙いを定める。

(さあ、かくれんぼは終わりよ、ダージリン)

地面にくっきりと刻まれた痕跡を辿って、双眼鏡をスライドさせる。
タイヤ痕は迷いなく真っ直ぐ進んでいる。しかし、ある程度進んだところでブツリと途切れ、代りに



七十五ミリの大穴が――



「……嘘でしょ?」

思わず零れた言葉は、次の瞬間、轟音に掻き消された。

『サンダース大付属。M4、三輌、走行不能!』

折角勝っていた戦力差が、これでひっくり返った。でもまだ、性能差で押し切れるはず――

『な、なんですか!?』
『どこから! とこから撃たれたの!』
『ホワイ! なんで私ら負けてんの!』
『グロリアーナはどこにいるんですかーッ!!』
「――くッ!」

不味い、完全に混乱してる。一度引いて体制を立て直さないと。

「弾幕張りつつ撤退! 南下して森に逃げ込むのよ!」
『こちらフラッグ車。ダメです! 履帯やられました! 走行不能!』
「なんですって!」

フラッグ車が動けないんじゃ、ここで決めるしかない。でも、状況は最悪だ。
射程距離のアドバンテージ消失。混乱した部隊。数で劣る戦力。動けないフラッグ車と、負の要因を上げれば枚挙にいとまがない。
もう敵戦車が穴から這い出して来た。完全に包囲されている。考えてる余裕はない。

「全体、グロリアーナに向けて砲撃開始!」

ホント、やってくれたわね、ダージリン!

(でも、こっちだって負けてらんないわ!)

私は通信機で最後の指示を出す。その先に勝利があると信じて。

◇◇◇

作戦は上手くいった。ここまで近ければ、ファイアフライの長距離射程で、一方的に攻撃されることもない。

「やりましたね、ダージリン様!」
「ええ、そうね。でも、気を抜いてはダメよ。本当の勝負は、ここからなのだから」

本当は奇襲で決めたかったけど、穴の中では十分に砲塔を動かせなかったからしかたがない。
だから――

「全車、砲撃開始。敵フラッグ車に集中攻撃」

ここで決める。
これまでの鬱憤を晴らすかのように、マチルダ、チャーチルの砲口が一斉に火を噴く。
当然、サンダースも反撃してくる。だが、戦力で勝り、包囲も完了している今の状況なら、十分に競り勝てる。

(……なんとか、ここまでもってこれたわね)

作戦が成功したせいか、周囲に聞こえない程度の、小さな安堵の吐息が零れた。
今回の作戦、上手くいくかどうかは、正直なところ五分五分だった。
準備に手間取っていれば、包囲戦ができなくなるほどの被害が出ていただろう。
敵歩兵が残っていたら、この作戦は簡単に見破られていただろう。
どちらも成しえたからこそ、この作戦は成功した。

(何だかんだ言いましたが、二人とも能力は本物ですわね)

障害物の殆ど無いこの平野で、サンダースと距離を詰めるにはこの作戦しかないと思った。
そして、この作戦を成功させるために、二人とも十分に貢献してくれたといっていいだろう。

(特にもやしさん。あれほどの短時間で、十輌の戦車が隠れられる穴を掘れるとは思いませんでしたわ)

全員で帰ることは出来なかったけれど、それでもきっちり全車輌分の穴を掘り抜いていたのには驚かされた。
え、軍曹さん? 軍曹さんは……囮を務めてくれたわね。それと戦車にシートを掛けてくれたわ。立派な功績よ。
それ以外のことは見てないわ。ええ、バズーカを投げ返すシーンなんて私は見てない。だって、あんなこと人間に出来るわけないじゃない。きっと風が強かったのよ。もしくは妖精の悪戯。だから、私は何も見てないの。
……話が(常識から)それた。えーと、なんでしたっけ。……ああ、そうそう。

(まあ、少しくらいなら、認めてあげても良いかもね)

そうね。今回の功績で、初対面でのいきなり暴言は忘れてあげましょう。

(この方たちでしたら、また組んでも良いかもしれませんね。ふふっ。色々ありましたが、振返ってみれば、楽しかったもの……っと)

いけないいけない。みんな必死に戦っているのに、笑ってしまうところでしたわ。
先程から、サンダース車輛撃破のアナウンスが何度も聞こえてくる。勝利は時間の問題。
いくらもうやることがなく、勝利も確定しているとはいえ、笑うのはさすがにまずい。緩んだ頬を隠すため紅茶を一口。

(……あぁ、美味しい)

ほぅ、と一息。黒森峰に敗れて以来の、勝利の味に酔いしれる。

――だが、それがいけなかった。

『ダージリン様! ファイアフライが!』
「……どうしました?」

――普段とは違う戦いをしたからか、忘れてしまっていたのだ。

『ファイアフライがすごい勢いで戦列を離れます!』
「なんですって!」

――勝利とは、手に入れるその瞬間まで、気まぐれなのだということを。

『ファイアフライ、九時方向! 攻撃、来ま……キャッ!!』

隣りにいたマチルダの撃破アナウンスが聞こえてきた。
戦車から顔を出す。この目で見たファイアフライは、無理な制動を掛けたせいか、履帯が切れ、車体は地面にめり込んでいる。
だが、その砲口だけは、しっかりと私たちの方フラッグ車を向いていて――





『ダージリン隊長!』
「ッ!?」

この、声は――

『ファイアフライは僕が何とかします! 隊長はフラッグ車を!』

真っ白になっていた思考が、彩りを取り戻す。今しなければいけないことが、明確な形になる。

「――言われずともッ!!」

車内に戻り通信機を手に取る。ティーカップが割れる音を、遠くに聞いた。
そして

「ファイアフライは無視しなさい! 全車、フラッグ車だけを狙って!」

凄まじい衝撃が戦車を揺らした。










『サンダース大付属、フラッグ車、走行不能! よって、グロリアーナ女学院の勝利!』

◇◇◇

戦い終わって日が暮れて、勝利の余韻を味わいながら――

「まったく、なにがファイアフライは何とかする、ですか! しっかり撃ち抜かれてるじゃありませんか!」
「良いじゃないですか。別に走行不能になったわけじゃないんですから」
「そういう問題ではありません!」

僕は正座の真っ最中。ダージリンさんにメチャメチャ説教されてます。
ちなみに、軍曹たちは裏でラットさんを軍法会議にかけている。当然のように、全員無傷でした。

「まあまあ、良いじゃないですか、ダージリン様。結果的に勝てたんですから」

副官のオレンジペコさんがなだめてくれる。お願いします。もっと言って下さい。

「それは……まあ、そうですが……カッコつけたのなら、最後までカッコつけてなさいと……」
「? すいません、ダージリン様。後半、良く聞き取れませんでした」
「い、いえ。なんでもありません!」

ダージリンさんはそっぽを向いてしまった。僕も後半良く聞き取れなかったけど、怒ってるよな、これ。
あの時、ファイアフライの砲撃は、確かにダージリンさんが乗るチャーチルを撃ち抜いた。それは事実だから否定はしない。
では、なぜ無事だったかというと――

「ヘイ! ダージリン!」
「いいですか? だいたい貴方は……って、あら?」

振り向くと、フトモモが眩しい美少女がいた。
彼女は確か、サンダースの隊長の……。

「ケイじゃない。何か御用?」
「なによ。用がなかったら来ちゃいけないの? ――ところで、君がさっきの歩兵? ナオミの……ファイアフライの一撃を無効化した」
「へ? まあ、はい、一応……」

そう答えると、彼女はパァっと楽しそうに笑った。

「ナイスファイト! あれ、どうやったの? 絶対決まったと思ったのに!」

立って立って、と手を引かれて立ち上がる。うわっ、柔らかくて小っちゃい。
女の子の手にドギマギしながら、動揺がバレないよう、なるべく冷静に答える。

「べ、別に大したことはしてませんよ。ただ砲口を防弾ベストで覆っただけです」
「声、裏返ってますわよ?」
「そそ、そんなことありませんよ!?」
「あと、いつまで手を握ってるんですの?」
「ししし、失礼しました!」

慌てて手を離すと、別にいいわよ、と笑って許してくれた。良い人だな~。

「防弾ベストで覆った? それだけ?」
「はい。まあ、固定するのにベルトは使いましたけど、それだけです」
「なんでそんなことしようと思ったの?」
「あの防弾ベスト、砲弾が直撃しても破れないらしいんですよ。だから、攻撃を防ぐならベストに当てちゃえばいいやって」

砲弾が直撃しても破れないベスト。逆に言えば、ベストにさえ当たれば、その後ろには砲撃は通らないということだ。
かといって、着弾点を着弾する前に知ることなんて不可能。ならば、どうするか? 
答えは簡単だ。砲口を抑えればいい。砲弾は、そこを必ず通るんだから。

「失敗するとは考えなかった? 砲弾が当たった瞬間にベストが弾かれるとか、ナオミが次弾装填するまでに間に合わなかったら、とか考えなかったの?」
「……え?」

ケイさんの指摘に、思わず声が漏れた。
周囲の視線が痛い。特にダージリンさん。

「……つまり貴方は、考えなしに任せろと大見得切ったのですか?」
「す、すいません……」

恐る恐る、ダージリンさんの方を見る。目が合った。死ぬかと思った。貴女の視線、なんか物理的な威力を持ってませんか?

「ち、違うんです!」
「なにが、違うんですか?」

すんごく優しい声と女神の微笑。これ、嘘とか冗談とか通じないやつだ。……しょうがない。あの時思ったことを、正直に言おう。

「と、とにかくあの時は――」





「貴女のことを、守りたかったんですッ!!」
「んにゃっ!?」





これが僕の正直な答えだ。答えなんだけど、聞いた当のダージリンさんは、顔がどんどん赤くなっていく。最終的に、耳まで真っ赤になった。

(あ、死んだな、コレ)

何が地雷だったのかはわからないけど、ダージリンさんの何かしらを踏み抜いたのは確かのようだ。
とりあえず、一発くらいは耐えられるよう、歯を食いしばって――

「ま、まあ、貴方の御蔭で、た、助かったのは事実ですし? 今回は見逃して、あ、あげましょう」
「……へ?」

意外にも、お許しが出た模様。

「プッ、アハ、アハハハ!」

そして爆笑するケイさん。わけがわからない。

「――ッ、ケイ! 貴女、何がそんなに可笑しいんですの!」
「アハハハ! ソーリーソーリー。面白い物が見れたから、ついね」
「御黙りなさい!」

怒るダージリンさんを軽くいなすと、ケイさんは改めてこちらに向き直ると

「アナタ、面白いわね。今度は一緒に戦いましょ。 ――それじゃあね。バァイ!」

最後にウインクを残し、彼女は去って行った。

「ケイさん、なんであんなに笑ってたんですか?」
「貴方は知らなくてよろしいのです! いいですか? だいたい貴方は――」

怒られた。そして再び始まるお説教タイム、
でも、確かに失礼だったかな? 笑われたのは僕じゃなくて、ダージリンさんみたいだったし。

「もやしぃ。俺達もそろそろ撤収するぞ」
「あ、もうそんな時間?」

これは長く続くかな~、と思ったところで軍曹登場。ナイスタイミング。

「ダージリン隊長。本日はありがとうございました。皆様方と戦えたことを、誇りに思います」

軍曹は恭しく一礼する。僕も、彼にあわせて頭を下げた。

「こちらこそ、ありがとうございます。今日の勝利は、貴方たち歩兵の御蔭です」
「もったいない御言葉」

……ああ、そっか。もう終わりなんだ。
二人のやりとりを見てると、物語の終わりを実感する。

「もやしさん」

ダージリンさんが手を差し出してくる。それが握手なんだと、とっさにはわからなかった。
慌てて手をズボンで拭く。それから彼女の手を握った。その手は、やはり小さくて、柔らかくて、なにより温かかった。

「貴方には、最初から最後まで手を焼かされましたが、概ね、楽しい一時でした。また、一緒に戦いましょう」
「はい。その時は、よろしくお願いします」

僕の初めての実戦は、こうして幕を閉じた。
すぐにまた、別の戦場に行くことになるだろう。でも、僕はきっと、この日の事を忘れない。
ダージリンさんと共に戦った、この日の事を……。









それは、運命の悪戯か、或いは必然だったのか。
ダージリンさんと握手をしている、まさにその時、極限まで酷使された僕の“ソレ”に、遂に限界が訪れたのだ。
ブツリ、という音が虚しく響く。
瞬間、世界が凍った。
あらゆる喜びも楽しみも、凍てつく時に囚われて、誰もが言葉を失った。


そう“ソレ”の名は――




パンツのゴム紐である。





「あ!」
「え?」
「…………」
「…………」
「あ、いや、その……」
「…………」
「あの、これはですね……」
「…………」
「その……」
「…………」
「…………ああもう、パンツのアホォ」
「…………――ッ!!」

◇◇◇

「お前、停学な」

イキナリの御挨拶。
職員室に呼び出された僕は、御覧の通り停学を宣告された。

「ちょっと待って下さい! どうして僕が!?」
「言われないとわからないか?」
「……いえ、十分に理解はできます」

そりゃね~。女の子の前で晒しちゃったらね~。

「……すまんな。今回のは試合による事故だから、こちらとしては厳重注意で済ませたかったんだ。だが、先方がどうしても、とな」
「先方って、グロリアーナが?」
「いや、グロリアーナはむしろ庇ってくれたよ。連盟の方だ。あの試合を映像資料にしようとしてたら、エライもんが映り込んでしまったから激怒してるらしい」
「そこだけカットすればいいじゃないですか」
「私もそう言ったんだがな。連盟は『そういう問題ではない』の一点ばりでな」
「そうですか……」

まあ、公式の資料だし、そこら辺は難しいのかもしれない。

「あと、『サイズが気に食わん』とも言ってたな」
「小さいですね、連盟!」

色んな意味で。

「停学分の単位は補習で何とかできるよう手配するから、今回は泣いてくれ。……本当にすまない」
「謝らないで下さいよ。先生は手を尽くしてくれたみたいですし」

ま、なっちゃったものは仕方が無い。合法的にサボれると思ってノンビリしよう。

「話はそれで終わりですか?」
「いや、もう一つある……コレだ」

武田先生は何かを取り出すと、そのまま僕に手渡してきた。

「コレって、紅茶?」
「グロリアーナから、お前個人にだ。なんでも、グロリアーナには好敵手に紅茶を渡す風習があるとか」

え、それってつまり……。

「僕、敵として認識されてたんですか?」
「さあ、どうかな」

先生はニヤリと笑うと、青春だなぁー、と仰る。戦車に狙われることを青春とは呼びません。
ああ、でも。身に覚えが有りすぎる。

「……え~と、話はこれで終わりですか?」
「ああ。もう帰っていいぞ」

失礼します、と一礼してから歩き出す。
これが本当の終わり。僕の輝かしい(?)デビュー戦は、こうしてようやく幕を下ろしたのだった。





「ところで、どうしてずっと右を向いてるんだ?」
「ダージリンさんの右が、意外と鋭かったんです」







[39573] ボーイズ&レンジャー ~予告風短編らしきもの~
Name: Tゲル◆781ccf0d ID:dd002bfe
Date: 2016/03/18 22:51
一つの戦いが終わった。
時に傷つき、涙し、そして勝利した日々は、もうすでに思い出の中。



だが――

奴らに休息の日々は――

未だ訪れない……。



「停学か~。やっぱり歩兵道の活動もお預けかな? そうなると、さすがに暇だな~」
「ほっほっほ。暇なら、ちょいと付き合ってくれんかの、もやしくん」

新たなる出会い!

「軍曹君。次の雇い主が決まったのかい?」
「あぁ。次は……アンツィオだ!」

新たなる主!

「で、姐さん。あたしら、どことやるんでしたっけ?」
「忘れるな! プラウダだ、プラウダ!」

強敵との遭遇!

「どうしてくれんのよ! あの常識ぶん投げたバカのせいで、ノンナがすごく遠くに行っちゃったじゃない!」
「……返す言葉もございません」

燃え上る怒り!

「良い戦いでした。またいずれ、砲火を交えましょう」
「ええ、必ず」

育まれる友情!
そして――



「……あいつ、俺よりイっちゃってるな」



――集まる同情。





ボーイズ&レンジャー ~次のご主人様はイタリアン~





coming soon





するかもしれない。



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