「こんな時でもなければ綺麗だって言えたんだろうけどねえ」
ぼそり、とつぶやく。その声を聞いて、山城は顔をしかめた。確かに、美しいとはいえたろう。らせんを描く道路が山肌にへばりつき、そして赤い橋につながり、曙光を受けて海に影を落とす。
交通の要衝であり、深海棲艦が呉に大規模侵攻を仕掛けられない理由でもある、音戸の瀬戸を通過したのだ。
なぜ大規模侵攻できないのか、といえばごく単純だ。音戸の瀬戸は狭隘である。幅が90mほどしかなく、実際に航行できる領域は60mしかない。ここに機雷を仕掛けておけば、それこそひき肉で海が埋まるだろう。
実際、IFFで識別しているため山城は引っ掛からないが、すぐ近くを機雷が流れているのである。こんなところを大型艦である私に航行させるのか、と思わず唇を噛んだが、広島湾に出てから仕掛けたのでは、囮としての役目を果たすことができない。瀬戸内海は海戦をまともに行うには、あまりに狭いのだ。とくに、その狭さが広島と呉を天然の要塞と化していたが、今はその狭さが逆に作用している。
敵に周防大島を取られる、ということはそういうことである。地図を見てみればわかるが、広島湾を完全に蓋をする位置にあるのだ。そして、周防大島近海を通らないのであれば、ごく狭い音戸の瀬戸を通らざるを得ない。
だから、彼女達の威力偵察そのものは囮の要素が強いとはいえ、重要任務なのだ。防備態勢を測り、最終的に周防大島に広島の陸軍を揚陸させ、撃破せねばならない。
「最上さん……本当に気をつけて。島側か呉側か、どっちにしても陸地に上がられてたら私たちはここで挟み撃ちなのよ」
「僕がそんなヘマするわけないでしょ」
にっと笑って、20.3cm連装砲を付けた腕をあげ、空を指す。最上がカタパルトで打ち出した零式水偵が翼を振り、その後にゆるいバンク角を取りながら旋回している。
「そうそう。アタシの零式水偵も少し先に居るしな」
そういって、摩耶も笑う。そうして、大浦岬を超え、情島の陰に潜みながら航行するうち、何かが切断される衝撃を受けた。山城は即座に損害参照。摩耶の零式水偵のうち1機の量子データリンカが破損した、という報告である。もう2機は、というと健在。急行し、映像を送ってくる。
「……おいおい、どういうことだよ。この距離で電波障害無しだって?」
そうして、水偵が捉えた、倉橋島は大迫港の潰滅した埠頭の映像データを見て、山城は笑った。そこには、数隻の敵影がある。つまり、深海棲艦の足りないオツムでは常に妨害電波を放射しているのにも関わらず、それを切って偽装するだけの頭のよい敵が居る、ということだ。
笑うべきでない、というのは山城にはよくわかっている。だが。
「さあ、行くわよ。砲雷撃戦、用意!」
「ようそろ!」
へへん、と笑って最上は敬礼を返し、砲撃コンピュータをリンクさせた。戦闘開始。
揚弾機構が、弾丸を押し上げる。35.6cm連装砲、初弾装填。
「てーッ!」
爆炎と黒煙が砲から吹き出し、山城の全身に衝撃を与える。その衝撃で瀬戸内の水面が波打ち、白波を立てた。さあ、私が海の女王、戦艦だという証拠を見せてやる。そういう凄絶な笑いを、乱れる髪のうちから覗かせた。
「観測ッ!」
摩耶に山城は怒鳴る。摩耶はしばらく待ち、すでに大迫港には敵影がない、とデータリンクで報告を上げてくる。撃破したか、と一瞬考えたものの、すぐにその考えを捨てる。敵は移動をすでに開始しているものと断定してよい。なぜなら、最上が慌てて呼び寄せた水偵が大迫港から移動し、倉橋島の東端、亀ヶ首付近を航行している敵影を発見したからだ。戦艦タ級1隻、軽巡へ級1隻、駆逐ロ級6隻を確認。前祝いというにはあまりに精強な敵である。
「……にしてもよ、山城の姉御。港の漁船をぶっ飛ばしてどうするんだよ」
摩耶の呆れた声がする。データリンクの映像には、見るも無残な形状の漁船が写っていた。というより、完全に元漁船、現瓦礫である。
「……」
それを無視し、ぺろり、と上唇を舐めた。やっちゃった。と山城は思わず暗い顔をする。いくらなんでも慌ててぶっ放したせいで敵ではなく、味方の、それも一般人の漁船をぶっ飛ばしました、では恰好もつかない。
「……そ、そういうのは提督にお願いしましょう」
「……まあ、良いけどよ。そら、きたぜ!」
亀ヶ首の陰から、敵影が現れる。ウォークライが響き、そして軽巡へ級とロ級がこちらに殺到してきた。タ級は、と考えたが、それよりも早く山城の体が動く。艤装が量子リンカに命令し、各人ランダムな之字運動を開始させたのだ。
「……チッ、砲撃開始!」
「そう来なくっちゃ!」
へへん、と笑いながら、最上と摩耶は山城の計算リソースを使い、20,3cm砲を統制射撃する。軽巡が砲撃体制に入った瞬間に最上の砲弾が即座に外殻を引き裂き、そして摩耶の砲がとどめを刺す。実に効率の良い殺戮そのものである。
「例の姿が見えない大物を水偵で探す!姉御はそいつを狙ってくれ!」
大声で摩耶が怒鳴り、再び射撃。敵のウォークライは甲高い女の悲鳴に変わり、青かった海が真っ赤に染まる。じぶじぶと海に沈みながら、青い目を怨念に光らせ、暴れ続ける敵を見るうちに、山城はぞくり、とした。
水柱が左舷至近に立つ。桜色の装甲が展開され、水と、そして砲の破片を遮断した。だが、それでも一部の破片が透過し、左腕に突き刺さる。激痛。
「くううッ!」
歯を食いしばりながら、艤装側が神経を麻痺させ、身体を『修復』していくのを待つ。虫が傷口を這いずるような不快感があるが、常人であれば痛みだけでショック死してしまいかねないのだから、文句も言えない。
敵は、と目を血走らせながら、山城は周囲を見渡す。艤装が水面への入射角を算定し、おおよその位置を示した。山城から見て、左舷側、8時の方向に居る、と観測データを寄越している。
「山城!」
そう言う最上は、水偵の観測データを寄越す。やれるか。と山城は考えるが、しかし。
やる以外に、何かあるわけでは、無い。
「敵を観測……てぇっ!」
艤装に諸元を入力し、すう、と滑りながら方向を変え、砲撃。再び白い波が彼女を中心に立ち、衝撃でひざが一瞬沈み、艤装に緩衝される。
砲弾が進む中、彼女は一瞬ぞっとした。水偵の映像データには、何が写っていたのか。
微笑する、左顎がなく、そこから上あごの乱杭歯の覗く怪物の、戦艦タ級の姿だ。彼女は、射撃するでもなく、砲撃を受け、そして、爆炎を上げながら海に体を沈めて行った。
「……え……?」
山城は、思わず声を上げた。バカな。もろすぎる。彼女の実戦経験はお粗末なものではあり、長らく戦艦娘たちの教官を務めてきた彼女をして、首をひねらせた。戦艦タ級は、彼女の砲の撃てる砲弾の直撃をもらったとしても一撃では沈まないからだ。常識的には。
「……やったの?」
「……そう、なのかしら」
つぶやきながら、しばらく周辺の海域を警戒し、20分ほど見失っていないかも含めて、捜索をする。しかし、姿は見えない。
「……腑に落ちないけど、これ以上ここで捜索していても、威力偵察の任務が果たせるとは思えない。周防大島に進むべきだ。僕はそう思うよ」
「最上。それ本気で言ってるの?」
山城はそう強い調子で聞くが、しかし。最上は肩をすくめて見せるばかりだ。
「といっても……アタシは深海棲艦が沈んだフリをする、なんて聞いたこともないぜ」
摩耶は山城と同じく腑に落ちない、という表情をしている。とはいえ。
「ここで議論していてもしょうがない。進もう」
「アタシもそれがいいと思う。警戒は怠らない」
山城は、首を振って、はあ、とため息をついた後、言った。
「わかりました。進みましょう」
そういって、倉橋島の陰を渡りながら、周防大島に進路を向けた。
確かに、最上も摩耶も警戒は怠っていなかった。しかし、水上は、という但し書きがついているものだ。
水底で、戦艦タ級は微笑する。深海棲艦に知恵が回らない、と思っている彼女達の知恵のなさを笑っているのか、はたまた、別の何かに笑っているのか。それは、判然としなかった。
余計者艦隊 第3話 『OMEGA 7』
時は、作戦開始時刻の少し前、0430にまでさかのぼる。山城は普段通り、駄々をこねて言うことを聞かない艤装に頭を抱えていた。整備員も同様に頭を抱えている。となりで艤装をまとっている鳳翔は、というとすでに装備を終え、量子リンカの規約も通していた。
「こんな時にまで……不幸だわ……」
はあ、とため息をついて、唇を噛む。接続された艤装のステータスは、というと艦本式蒸気タービンに送られてくる圧が足りない、という警告だけではなく、正常なデータリンクが行われていない、という警告も表示されていた。後者の警告は、量子リンカの規約をまだ通していないため、当然の警告ではあるが、前者はそうではない。ボイラーから送気されてくる蒸気がうまくタービンに送られておらず、既定の圧が出ていないのだ。
いったん機関を止めて、と考えたが、そういうわけにもいかない。再始動までには当たり前だが、時間がかかるのだ。小型艦、ようするに駆逐艦か海防艦であればともかく、彼女のような大型艦、戦艦であれば話が違う。現代的なCOGAGやCOGOGとは違い、彼女達艦娘の機関は『古い』ものであった。無論、石炭動力とまではいかないが、それでも重油を使うタイプのそれを模していたため、現代的といえるかというと、疑問はあった。
「……もう!」
機関出力を上げようとするが、しかしうまく上がらず、山城の頭を悩ませるばかりである。粗悪な燃料が原因ならともかく、できる限りかき集めたマシな燃料が今回は供給されているのだ。
「おう、どうした?」
「……提督?」
そういえば、提督は機関科だった、と聞いている。見て何かわかるかもしれない、と考えたが、顔をしかめる。いわゆる将校が下士官たる整備員以上に整備知識があるのなら、苦労はないのだ。おまけに、彼は普通の船の乗務をしていたのであって、艦娘の整備担当だったわけではない。
「……本当にどうした。トラブルか?」
「……いえ、その」
顔をしかめながら、提督が歩み寄ってくる。整備員に顔を向け、口を開いた。
「……どうしたんだ?」
「いえ、既定の圧が出ないのです。このように」
ふうん、と言って、整備員が指した山城の艤装のメンテナンスパネルを見て、既定の圧が出ていないことを確認し、さらにその下を見る。んん、と声をだし、片眉を上げて、整備員に再び聞く。
「燃焼缶単独のテストモードになってないか? これは。いや、タービンに送気されてることも謎だが」
「……えっ、あっ?」
慌てて整備員が確認し、そして顔を青くして、接続していたPCのコンソールを叩く。テストモードから、通常のモードに変更され、正常な送気が開始される。
真っ青な顔になりながら、整備員はコンソールを置いて、直立不動になる。
「……私が悪くありました!」
「あ、そう。……まあ、疲れてるのは俺もわかるから、気を付けることだ。単純ミスも増える。人員が足りないからダブルチェックもできんだろうしな。頼むぜ」
肩を軽くたたきながら、続きをやるように、と言って立ち去っていく。青い顔をしていた整備員は、山城の顔を見て、慌てて準備を再開した。
「ああいう人は珍しいですね?」
その声を聞いて、山城は顔を向ける。鳳翔が微笑んでいた。あいまいな笑いを浮かべながら、返す。
「ええ……でも、これでようやく実戦に出られます」
「……ええ、そうね」
山城と鳳翔は、お互いに、苦い笑いを浮かべた。山城は戦艦担当、鳳翔は空母担当の教官だったのだ。山城はこの手の『欠陥』に悩まされ、鳳翔は『搭載量不足』に悩まされ、ここに居たのである。もっとも、山城の今回の事象は、欠陥というよりも単なるヒューマンエラーだが。
「あなたは……いいえ、なんでもないわ」
そういって、鳳翔は下を向いた。山城は、彼女はこのようなタイプだったか、と一瞬首をひねる。どちらかといえば、空母艦娘におそれられる鬼教官だったのだ。小さな体で怒鳴り散らし、事情があったのかは知らないが、遅れてきた艦娘に一分一秒の遅れが何千人の部下を殺す自覚はあるの、と胸倉をつかんでいたことを、遠目に見ていたことをよく覚えている。その分、山城はある程度は優しくしてきたつもりではあった。
ただ、教え子たちに『地獄の山城』と呼ばれていたことを知って、少しショックではあったが。なお、鳳翔は『蛇の鳳翔』などと呼ばれていた。昔の戯れ歌だと戦艦ばかりではあったが、今時分は空母もそこに名を連ねている。
そういえば、加賀は鳳翔を見て一瞬体を固くしていたな、と思い出す。そして、例の『青虫』などと言われる、この地上で一番ダサいIJNと刺繍された恥ずかしいジャージを着て、よく胸倉をつかまれては怒鳴られていたのが、彼女だったことも思い出した。私でもあれはなあ、とよく同情したものである。
「よし! 出撃準備、完了しました!」
そう言うと、コンソールポートからRJ-45コネクタケーブルを抜き、パネルを閉めて整備員が敬礼してくる。それに答礼を返し、機関が正常に艤装の重量を中和していることを、歩行して確認する。作戦開始予定時刻たる0500まであと10分と、かなりギリギリの時間ではあった。
「ふふ……」
思わず、微笑する。山城は今まで送り出す立場だった。戦死広報を見て、そのたびに涙する立場だった。だが、今は違う。彼女たちの仇を取れる立場になったのだ。
「あ、遅いよ、山城」
そういうのは、ショートカットの黒髪の少女、最上だ。山城は走ろうとして、やめた。いかに重量が中和されているとはいえ、質量が中和されているわけではないため、水上でないと体が振り回されるためだ。
彼女が山城、と呼び捨てにするのは、おそらくは艤装の記憶が流れ込み『西村艦隊』で戦ったから、という意識があるからだろう。
「艤装の調子が悪くって……」
「ええっ、大丈夫なの?」
平気よ、と山城はなるべく不敵な笑いに見えるように、笑って返す。その隣で、蚊帳の外だった摩耶が胸をそらして言った。揺れている。こう、たわわに。
「頼むぜ、姉御」
「姉御?」
伝法な口調だなあ、と思わず考えたが、山城も少しは気に入った。なんとなく、その方がこの子とはうまくいく、という意識もあった。
「おう、そろったか」
その声を聞いて、山城は顔だけを向ける。慌てて振り向くと、艤装の質量に体が振り回されるのだ。
そこには、提督と、例のダサいジャージを着て怒られていた時とは比べ物にならないほどしっかりしている加賀が立っていた。手には、赤く秘と背表紙に記されたファイルが握られていた。
「さて、諸君。……まあ、言いたいことは言ったから、全員生きて帰ってきてくれ」
「おいおい、締まらねーなあ、提督」
「摩耶、冗談じゃないぞ。これは命令だ。一人でも欠けてもらっては困る」
そういって、加賀に目で合図する。
「君たちにはある情報を説明しておく。……電が居ると説明できないからな」
加賀はファイルを広げ、山城に手渡す。それを、左右から最上と摩耶がのぞき込んでいた。
そこには、艤装の映像データが写真に写されていた。電の視覚データを出力したものである。そこには、何かを掲げている戦艦タ級が写っている。幸い、何が掲げられているのかはわからないが、きっと不愉快なものだろう。そして、その深海棲艦の顔からは、左顎が失せていた。
「この深海棲艦には気をつけろ。……ああ、戦艦タ級だから、じゃないぞ」
そういって、加賀をちらり、と見てから、提督は続ける。
「こいつは『頭がいい』からな」
そういって、詳細を説明し始める。山城は、思わず息をのんだ。何しろ、敵と見れば襲い掛かり、戦術もなく砲撃するばかりの深海棲艦たるこの戦艦タ級は、加賀を『見逃した』のだから。
「なあ姉御、聞いてるか?」
その声に、山城ははっとなる。周防大島に近づくまでに、哨戒していた敵水雷戦隊、軽巡1と駆逐艦4で編成されたそれと二度ほど遭遇し、撃破してもなお、気がかりなことがあったのだ。
あの『右腕を折り、戦力を喪失した加賀』をあえて見逃した戦艦タ級が『あの程度』でやられるとは、山城にはどうしても思えなかったのである。
「ええ、もちろん。……そろそろ、安下庄地区が見えるわね」
「ああ、ならいいんだ。……連中、何をやってるんだろうな」
そう答えるが、しかし。どうにも気がかりである。彼女は不運だった。だから、それゆえに、何か落とし穴がある、と思えば、特有の『勘』があった。最大の問題は、それを回避することができないからであるが。
結局、その予感は的中することになる。