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[39739] 【艦これ2次創作】余計者艦隊 Superfluous Girls Fleet
Name: 小薮譲治◆f44fed86 ID:c1a6873e
Date: 2016/01/24 18:52
三行でどういう話か説明すると

1.シーレーンは完全に破壊されています
2.台湾沖で負けてます
3.対馬沖でも負けて、瀬戸内海の制海権を奪われてます。
4.簡単に言うとオリンピック作戦発動。

というものです。呉鎮守府に残った『余計者』……つまり、役立たずと穀つぶしと碌でなしを集めて瀬戸内海の制海権を奪還するために闘う、という末期戦風味のお話。



[39739] 余計者艦隊 はじめに
Name: 小薮譲治◆f44fed86 ID:c1a6873e
Date: 2014/04/01 00:31

 この文章は、ある経緯で手に入ったものだ。我々とは違う歴史をたどった平行世界の闘争の記録、その手記を総合し、矛盾点を洗い直し、そして「戦記」としたものである。

 ばかばかしいか? なるほどその通りであり、私もそう考える。ただ、この戦記の中では「提督」としか語られない人物の手紙の形式で記された記録の冒頭を読めば、そのばかばかしさは吹き飛んだ。以下に、それを抜粋する。





 まず、この文章を誰に宛てるべきか、ということを考えた。謝辞はいくつも思いつくが、しかし、伝えるべき相手がだれか、という段になって、はた、と指が止まってしまった。これは困ったことだったし、誰に伝えるべきか。誰に伝えたいのか、のない文章というものは、えてして長く、冗長になりがちである。

 ちょうど、今のようにだ。報告書が明瞭であるのは、誰に伝えるべきか、がはっきりしているからである。

 ひとしきり考えて、考え付いたのは、あの娘たち、艦娘たちの元となった「船」を持っていた世界への報告だった。なるほど、借り受けているようなものである彼女達の戦闘経験を誰に報告すべきか、という点において、ごく私的なこの文章も、書く動機が生まれよう、というものである。

 これを読んでいる皆様に言っておきたい。第一に、我々の世界では第二次世界大戦は勃発しなかった。不発、そもそもフィンランドにおける冬戦争すら起こらなかった。ただし、その代わりに日本では内戦が勃発した。死んだ人数もだいたい帳尻があったというから、時の女神というものは、いたく意地が悪いと言えよう。他国の死者も似たようなものだった。それぞれの国家の矛盾が、内側に向けて噴出し、死体の山が築かれた。そんなところで良いだろうし、ここで語るべき主題ではない。必要があるときに語っておきたい、としておこう。

 それだけならまだよかった、とは言える。アメリカがモンロー主義をうちすて、われわれの国に入ってきた事で戦争は終結したが、陸海軍、そして空軍の感情的対立はいまだに残っては居たが、まあなんとかなった。めでたし、めでたし。ではある。

 だが、時の女神の意地の悪さもさることながら、運命の女神はもっと意地が悪かった。底抜けだ。

 そう、われらの敵、深海棲艦の誕生である。倒した今となってみれば、怨念のようなもの、という説明も付けられるが、当時は何がなんやらわからなかった。正体不明、対話不能、人類に対する憎悪だけは一人前。知能は高く、悪辣無比。占領した地では「何か」を材料として増えていく。駆逐艦、潜水艦、巡洋艦、戦艦、空母、そして「基地」とグレードが上がるごとに人型に近づいていく(戦艦と空母はおおむね人型だ)

 当初、人類の保有する艦艇では対応が極めて難しかった。内戦で疲弊していたことも無論あるが、ターターなどの初期の電子システム搭載のミサイルではロックしきれず、赤外線も熱源が小さすぎてロックしきれない。砲のほうも旋回しているうちによけられてしまう、と来ていた。時代が下ってからは、ECMでレーダーをやられ「姫君」だの「鬼」だのと言われているクラスの深海棲艦はEMP、いわゆる電子機器殺しを標準で搭載していることから、手に負えない。
駆逐艦級ならまだ小銃で何とかなったが(これは少なくとも小型の漁船サイズであった)戦艦、空母ときたらたちが悪く、防御能力や攻撃能力は高いのにもかかわらず、小銃弾ではびくともせず、砲弾をぶち込んでもピンシャンしているときたものだ。制海権はおおむね敵に握られており、経済的に破たんした国家(南半球が当初の活動範囲であった)の海軍がそのまま海賊にスライドするに至り、まあ「対抗手段」が必要とされたのだ。なお、海賊については普通の海軍力で掃討にかかっていた。私もその艦隊に所属し、海軍は機関科で無駄飯を喰っていたものだ。

 話を戻そう。つまり、その対抗手段こそが、先ほども述べた「艦娘」だ。あなたたちの世界では耳慣れない言葉であろうから、説明しておくべきだろう。

 さて、艦娘が生まれた課程については、いくつか胸糞の悪い「人体実験」が含まれており、深海棲艦を「研究」した、と述べておくにとどめておきたい。秘密指定が解かれていない文章も数多く、この文章の本来の目的にそぐわない部分も多々ある。

 とまれ、彼女達は深海棲艦と同じく、人型で、人と同じ身長、かつ年若い娘たちが老化することをやめ、戦うことを選んだのだ。動機が何か、という部分はいろいろとあるだろうが、艤装側に影響されたのか、はたまた当人たちが植えつけられた記憶なのかは知らないが、あなた方、つまり第二次世界大戦が勃発した世界の側の「戦闘艦」の記憶を持ち、同じような威力の兵器(口径が明記されているが、あれはたとえば46cm3連装砲であれば、46cm3連装砲相当の威力があることを表す)を搭載して戦うわけである。これはてきめんに効いた。少なくとも、深海棲艦から日本のシーレーンを守ることはできた、というわけである。

 先般、「深海棲艦を倒した」とは言ったが、今でも争いは続いている。艦娘達はおそらく、遠い空の下で同じように深海棲艦と戦っているだろう。だから、彼女達から聞いた、凄惨な第二次世界大戦を経験した世界の人々に聞いてみたい。この世界で、海軍軍人として艦娘達を指揮した私には、聞く権利があると思っている。

 あなたたちは、平和な社会を築けているだろうか。深海棲艦の居ない世界とはどのようなものなのだろうか。それをみて、どのように感じるだろうか。

 それを、聞いてみたい。それこそが、これを書く動機だ。

                     海軍元帥 (かすれていて判読できない)

付記:当時の艦娘達の聞き取りと資料の取りまとめによって、いくつか当時の私が知りえない情報が書かれることがあるかもしれないが、御容赦いただきたい。






 我々にはこの文章に答えることができるのだろうか。それについては、いささかの心苦しさがある。闘争は終わっていない。世界は一応の平和にある。だが、手記の数々をまとめることで、彼らに対する答えを出していきたい。そう考え、これをまとめる。だが、まずは「加賀」と呼ばれる正規空母の女性の手記の紹介から始めたい。彼女のこの戦争での行動については、なぜこのようなことをしたのか、を語れるのは、その手記の冒頭部分があればこそ、と私は感じているからだ。





艦隊これくしょん 余計者艦隊 関門海峡海戦 加賀の手記より






 提督が座上している指揮統制艦「おおすみ」の指揮統制データリンクの寸断を感じたのが、正規空母「加賀」つまりこれを書いている私が対馬沖海戦にて敗北を悟った瞬間であった。EMP攻撃の兆候をつかんだ場合のシステム断とは違い、大量の敵に襲撃されている、という悲鳴が響いていたからだ。それをつかんだ時、私はどうしていたか。というと、正規空母、赤城に、護衛の第六駆逐隊(特型駆逐艦「暁」「電」「雷」「響」の編成であった)とともに、輪形陣をとり(第六駆逐隊を周囲に配し、中央に赤城と加賀を配していた)敵の空母ヲ級4隻に、雷巡チ級4隻、駆逐ロ級10隻となぐり合っていたのだ。

多勢に無勢といえばその通りで、事実、負けかかっていた。夜陰にまぎれて何とか逃げおおせた時には、紫電改が4機、彗星が4機というありさまで、雷巡をすべて沈めたところまではよかったが、肝心の空母がやれなかった、という体たらくである。最大の問題は、別にこれが敵の第一波でも何でもなく、すでに3回ほど同規模の艦隊となぐり合った後だった、ということだ。話によれば、横須賀鎮守府もこれと同規模の襲撃を受けているらしい。呉鎮守府と佐世保鎮守府の連合艦隊ではあったのだが、沈んでいない船のほうが珍しい。実際、同僚の二航戦の「蒼龍」と「飛龍」はすでに目の前で沈んでいる。

 この大敗は防げなかったのか、と痛む頭で考えていたことを覚えている。だが、今それを考えてみれば、どうだろう。敵勢力下にある朝鮮半島の鎮海、ロシアのウラジオストックからの艦隊が対馬沖の海栗島のレーダーサイトに引っかかったのは、すでに大挙して深海棲艦がやってきた後だった、というのが、お粗末な話ではあるが。シーレーン防衛の破綻、台湾、沖縄失陥の時点でこの事態は予測できたことだった。

「……がさん、加賀さん?」

 赤城の声がデータリンクではなく、耳の奥、耳小骨を直接振動させるタイプの通信機から響き、無線通信が復旧したことに、いまさら加賀は気付いた。深海棲艦を相手にしていると、ECMが強烈過ぎて、個人装具の無線機程度では通信が不可能になっている。それを解決するための量子テレポーテーションを利用した通信もあるのだが、データ流はともかく、意志疎通に使おうとすると、とたん量子状態が同期できなくなる意味不明な代物であり、ともあれ、いまだに無線通信がある程度使われている。

「何?」

「何って……ともかく、呉鎮守府に帰投する、って決めたじゃないの。第六駆逐隊の子たちも疲れてるし……これ以上の薬物投与はリスクが大きいって、加賀さんも言ってたじゃない」

「そうね……」

 そうだった、と考え直してみれば、今いる地点は、と空を見上げ、観測機器のプログラムを起動し、天測を開始する。視覚情報を艤装側に送信し、送られてきた結果と、自分の観測結果とを照らし合わせ、現在地点が下関海峡のほど近くであることを確認した。そろそろ海峡を通過する、というところだったのだが、コントロールから何も連絡がない。航路情報にアクセスしようとしても、何も出てこないのだ。ひどく不安感を募らせたことを、私、加賀は今でも思い出す。

「小休止をしようにも燃料はカツカツだし……ああ、カツかあ。いいなあ、かつ丼。おなか減ったなぁ」

「赤城さんは変わらないわね」

 そういって私は笑った。くだらない話題が、鈍い疲労感がたまった頭をすっきりとさせる効用があったのか、ともかく、何とかなりそうではある。その時は、そう思っていた。

 弓に紫電改をつがえ、周辺を警戒する。夜が明けていないため、艦載機を発艦させるのは自殺行為であるが、そろそろ日の出だった。行動のログを見る限り、そのように計算していたのだろう。

「こちら第六駆逐隊、暁よ」

 暁の声が、響いた。

「そろそろ下関海峡を抜けるわ。今のところ機雷の敷設は認められず……日の出の時刻ね」

「そう。警戒、よろしく」

「任せといて!」

 疲労感はにじんでいるが、元気な声が返ってくる。そうだ、自分だけぼうっとはしていられない。と、加賀は考えた。

「……こちら響。……まずいことになったかも」

 響の声を聞き、第六駆逐隊のデータリンクから、情報処理能力の権限分与の要請が届く。それを受諾し、視覚情報の外形補正を行う。そして。

「送り狼……!」

 くそっ、と悪態をついた。日の出とともに、敵の咆哮が、聞こえた。四隻の空母ヲ級が、つい先ほど通り抜けた下関海峡を通過している。目は青く輝き、殺意を発散させ、そして悲鳴めいたヲ級特有の咆哮が再び響く。そして、そこから生物的な滑らかな黒色の戦闘機がぬらあ、と発艦するのを、認めた。

「機関全速! 逃げるわよ!」

「赤城さん?!」

「やり合って勝てる相手じゃないわ!」

 逃げる。何からだ。とひどく怒りを覚えていたことを覚えている。弓を持つ手は震え、歯を噛みしめて、目の前で血まみれになりながら沈んでいった蒼龍と飛龍の姿を思い出し、一瞬で激発した。

 まったくもって判断を誤っている。どう考えても、赤城さんの行動が正しい。当時の私は何を考えていたのか、と今にしても思う。素直に逃げていれば、瀬戸内海の島々を縫うことで、うまく逃げおおせられていたのだ。

「逃げてどうするって言うの、赤城さん」

「加賀さん! ダメよ!」

 向かい風になっていないため、するり、とスケートの要領で反転し、弓に矢をつがえ、打ち出す。矢として打ち出されたそれは、矢からぐいと形を変え、第二次世界大戦の「紫電改」そのままの形をとった。怒りそのままに星型エンジンのうなりを発し、敵機に向っていく。
四機の紫電改を打ち出した後、赤城も同様に矢を放った。第六駆逐隊からは、泣き笑いに近い声が響いていた。

「も、もうめちゃくちゃよ!」

 暁は10cm連装高角砲を構え、敵機を視認するや撃ちまくっている。データリンクでの統制射撃のデータを受け取り、それを避けてわずか四機の彗星を打ち出した。

「何を考えてるの、加賀さん!すぐに逃げるわよ! ……ごめんね、妖精さん……」

 赤城は加賀をにらむと、敵の投下した爆弾の水柱を顔面に浴び、ぺっ、とそれを吐きながら、敵に背を向けて逃げ出す。

 同じく頭から水を浴びると、頭に血が上って何ということをしたんだ、艦載機の「妖精」達に死ねと言ったようなものだ、という後悔がにじむ。艤装側からのオーバーライドで、プログラムされた回避運動の通り体を動かされているため、このようなことを考える余裕はあった。

 上を見上げ、そして。赤城の9時の方向から、敵機が迫っていることを視認し、それが艦爆であることを確認した。無線に怒鳴るが、空電しか返ってこない。

 赤城はそれをかわし、こっちを見てにやと笑っていた。だが。

 今でも、私、加賀は思い出す。敵機に反応して、ただ逃げていればよかったというのに、余計なことをした結果を、思い知らされたあの瞬間を。
 水柱が、立つ。しかし、それは投下した爆弾などではなかった。特有のパターン。それを視認し、艤装側は「モノフィラメント機雷」とデータを送ってくる。

「赤城さんっ!」

 ぱあっ、と花が咲いた。装甲として発生した防御力場が爆裂した黒いモノフィラメントの塊に貫通され、そして、赤い血煙を立てた。

「あ……あ?」

 いまだに、よく覚えている。弓懸をはめたほうの腕が、肩口からすっぱりと断ち切られ、海を赤く染めながら、流れてきたのを。

 なぜあんなことをしたのか。今でも後悔は尽きない。覚えていたのはそこまでで、呉鎮守府に帰投したときには、自分の右腕も折れていて、護衛の第六駆逐隊は、電一人だけが帰還したのだ。私に恨み言を言うでもなく、ただ、良かったです。とすがられたとき、私は自分の愚行に、呆然とするほかなかった。



余計者艦隊 関門海峡沖海戦 加賀の手記 -了―




[39739] 余計者艦隊 第一話:Mr. Midshipman Hornblower
Name: 小薮譲治◆f44fed86 ID:c1a6873e
Date: 2014/04/01 00:36
 初夏、6月後半の蒸し暑さが、くすぶっている火種のおかげで、余計に苦しい。海風が、ひどくべたついて感じた。帽子をとって、震える声で、男は聞いた。

「この鎮守府で、最先任の士官は誰だ?」

 顔から血の気が引いていくのを、思わず自覚する。鎮守府、と言ったが、何とか消化したものの、すでに地上の設備の大半は吹き飛ばされている。司令部に移動しようとしていた高級士官とともに、だ。すでにその機能の大半は失われていると言ってもよい。唯一残った艦娘の宿舎で、男は死の宣告を受けている。

「あなたです。少佐」

 少佐、とこの小娘は言ったのか、と、男は意識した。階級章は、彼が大尉であることを示している。明確な間違いだ。

「何かの間違いだろう。私は大尉だ。それも、機関科の。……おい、機関大尉だぞ。兵科の新品少尉でも拾ってこい」

 機関科。という言葉を、男は苦々しげに吐き捨て、廃止された『機関大尉』という呼び方をする。機関科とは、釜焚きと揶揄される海軍内の部署のことである。
一応は「兵学校」で教育を受けたことになっているものの、彼を含めて、相変わらず『兵学校舞鶴分校』と名前を変えた機関学校で教育を受けていたし、1944年に改正されたはずの軍令承行令が舞鶴分校を卒業した『舞鶴閥』と、旧来の江田島の兵学校を卒業した『江田島閥』の政争の果てに廃され、旧来のものに戻ったがために、戦闘において、彼らは新品少尉以下の序列である。もっとはっきり言えば海軍内の冷や飯食いであった。

その中でも、席次が下から2番目だった男は、退職するつもりだったのだ。故郷に帰って、本に埋もれる生活がしたい、と願っていた。その「夢」が、今がらがらと音を立てて消えようとしていた。目の前の娘によって、だ。

 目の前の娘、いや、艦娘と俗に言われる人間兵器である「加賀」は右腕を三角巾で釣り、包帯を頭に巻きながらも、じっとこちらを見つめていた。弓道着のような装束を身にまとい、黒い髪を横で結った娘は、表情をピクリとも動かさずに、言った。

「いいえ『少佐』あなたがこの鎮守府での最先任の指揮官です。そして、あなたは機関科から自動的に転科の処置がとられています。問題はありません」

「バカな。海軍省が認めるはずが」

 右手を動かそう、として一瞬加賀は顔をしかめ、左手で敬礼をする。やめろ、と男は叫び出したかった。

「ようこそ、呉鎮守府に。提督、指揮を願います」

 男は、不快感を顔全体に表しながら答礼した。身についた習慣だった。




艦隊これくしょん ~余計者艦隊 第一話:Mr. Midshipman Hornblower




「現在稼働できる「艦娘」は?」

 そう唯一の艦隊幕僚として配置された「加賀」に問いかける。負傷が原因で、戦闘に復帰できないためにとられた処置だ。艦娘の宿舎に設けられた自習室に机を運び入れただけの『艦隊司令部』で、加賀の報告を聞く。先ほどまでは、鎮守府内部の救助活動と、状況の掌握だけで、気の休まる間もなかった。

「ドック入りをしていた六隻です」

「六……なんだって?」

「具体名を上げれば、戦艦「山城」軽空母「鳳翔」重巡洋艦「最上」「摩耶」に駆逐艦「電」と「曙」です。動かせるのは以上となります」

「バカな、そんなはずは」

 呉鎮守府を含めた、各鎮守府の再編成中であったため、かなり編成がごちゃごちゃとしては居たが、それでも最低でも5個艦隊は編成できる程度の艦娘は居たはずだ。というのが、提督と呼ばれるようになった男の認識であった。だが、加賀は冷静に続ける。

「出撃した艦娘のほとんどは対馬沖迎撃戦に出撃し、帰還できていません。通信が途絶しています。迎撃に当たった艦隊は私を除きすべて入渠中です」

 絶句した。確かに戦艦と軽空母があり、また強力な重巡が二隻と、駆逐艦が2隻あるのだから、まだマシとはいえたかもしれない。だが、その内容がいかにもまずい。
 戦艦「山城」はトラブル続きの問題艦娘で、当人の能力はともかく、接続されている「山城」ユニット側に多数の問題が発生していて、ドックに出ては入ってを繰り返している。 『ドックの女王』とすら揶揄されていた。

軽空母「鳳翔」は、というと空母艦娘の教官であるが、当人の搭載能力が貧弱に過ぎ、戦場に出すには心もとない。人格面はともかく、能力に問題がある。

重巡「最上」はというと、接続されている兵装の操作に問題があり、しょっちゅう衝突をしている。艦隊行動をさせるにはこれまた人格はともかく、能力が問題だった。

同じく重巡の「摩耶」はというと、人格面は口が悪すぎて協調性に難ありとみられがちであるし、さらに艦載機を使用前に事故で破壊する常連である。

駆逐艦の「電」はというと、敵である深海棲艦を撃つのはためらうわ、最上と同じくあちこちにぶつかるわ、というありさまである。最上が衝突女王なら、こっちは王女だった。

「曙」は、というと性格が大問題で、所属している艦隊の提督を罵倒しまくり、営倉入りの常連でもある。

 はっきり言えば、能力や性格がどうしようもない札付きの余計者しか残っていないのだ。さらに余計なことに、彼らの上官は、というととっくにがれきの下でひき肉になっている。

 余計ついでに言えば、提督、と呼ばれた機関大尉改め少佐も「余計者」であった。兵学校卒ではあるものの、放校すれすれの成績を「実力で」とってしまい、卒業時の席次は下から数えて二番目というブービー野郎である。おまけに、所属していた部署が艦船の機関を扱う機関科というのがいかにもまずい。江田島閥ばかりである以上、間違いなく反発を買う。

「この状況でなぜ俺を引っ張り上げた。知っているか」

「はい、提督。私が序列の関係上最先任の大尉でしたから。艦娘に指揮権を握らせるくらいなら、舞鶴閥に渡した方がマシということでしょう」

「フン」

 ようするに。と提督は考えた。成功すれば「艦娘ではなく人間の力で呉鎮守府の危機を脱した」という面目が立つし、失敗すれば「舞鶴閥の阿呆がごときに指揮権を渡したのが間違いだった」と言える。体のいい自決要員ということだった。こんな時にまで派閥力学か。と見限ろうとしていた、いや、見限られていた組織に対する嫌悪感をさらに募らせるが、素直に自決してやれるほど人間はできていない。であれば、あがくほかないのだ。

「保有している現有戦力は理解した。では、先の戦闘について報告を受けたい」

「先の戦闘とは」

「……対馬観光だよ」

 対馬観光、と揶揄した瞬間、加賀の目に一瞬不快感が宿り、消えた。死んだのは私たち艦娘なんだ、と責めているように感じたが、提督からしてみれば、手前ら江田島閥のドジのおかげで俺が腹を掻っ捌く羽目になりかかっているんだぞ、というところである。結局のところ加賀も提督も『舞鶴閥』と『江田島閥』と同じ穴の狢であり、お互い様であった。

「対馬沖海戦、並びに関門海峡沖海戦のことを指しているのであれば、こちらが概要となります」

手渡された資料をめくるうち、確認できた範囲のことを羅列すれば、朝鮮半島は釜山港を失陥せしめたのちに対馬を制圧しようとした深海棲艦グループ『イ号集団』と、太平洋側はハワイ沖から進出してきたグループ『ロ号集団』の圧倒的な物量にすりつぶされ、長門級戦艦であり、旗艦『長門』をはじめ、戦艦『金剛』『榛名』『比叡』正規空母『赤城』『蒼龍』『飛龍』『翔鶴』ほか重巡、軽巡、駆逐艦の多くが轟沈し、司令艦を吹き飛ばされて敗走したところに対馬沖に投下された機雷で損傷艦が沈み、佐世保鎮守府に敗走したグループはともかく、呉鎮守府に敗走したグループのうち、加賀以外のものも関門海峡沖でさらにやられ、生き残ったのは『加賀』と『電』という、被害というよりは日本に対して死刑宣告が為されたに等しい状況である。かろうじて、横須賀側は撃退に成功した、という報は途絶前の連絡ではっきりはしていた。

さらに、周防大島を占拠され、港湾とするには向かない遠浅の海の渫作業を開始され、鎮守府並びに呉市街、広島市街に対する沿岸砲撃、ならびにそれに付随する鉄道網の破壊で、呉鎮守府は『要塞』から『脱出不可能な自決候補地』に転落していた。山陰側も同様に徹底した沿岸砲撃を受けており、中国地方を境に、日本が東西に完全に分断されている。

さらに、舞鶴鎮守府、横須賀鎮守府とは連絡が取れない。海軍省に対する連絡にしても、提督に対する辞令の電信を送って以来完全に途絶している。むしろ、あれは自動的な処置であったとみなすべきだろう。

 これを見て、しばらく提督は天井の蛍光灯を仰ぎ、青ざめた顔で加賀の顔を見る。最悪なんてものではない、はっきり言おう。鎮守府どころか日本は終わりだ。

「……加賀さん、先ほどの『対馬観光』という言い草は……不適切だった。すまない」

「……いえ。おめおめと生きて帰ったのですから」

 おめおめと生きて帰った。その言葉を聞いて、やめてくれ、というように提督は手を上げた。

「この状況をどうにかしないといけない。何をまずするべきだと考えるか。加賀、意見具申を頼む」

「……第一に、周防大島の奪還、それを守備している深海棲艦の撃滅を急がねばなりません。なぜなら、鉄道網、特に呉線の復旧を急がねば、この呉鎮守府は干上がります。呉線の復旧には陸軍の広島にある第五師団に協力してもらわねばなりませんが、深海棲艦が妨害しているのか、交信がまったくできません。
ために、なんとしてでも沿岸砲撃を止めなければ、広島港に入港しての連絡もできない。呉の避難民も呉鎮守府に押し寄せています。……大きな声では言えませんが、このままでは暴動が発生します。混乱が収まっていないために今はどうにかなっていますが、時間の問題です」

「……」

 絶句。再び提督は天を仰ぐ。鎮守府の中ですらまだ救助活動が終わっていないというのに、と提督は絶望的な気分になる。とはいえ、暴動が起こっては作戦行動どころではない。仮設の電話機のハンドルをぐるぐると回し、主計科に連絡を取って、忙しいのはわかるが、避難民むけに天幕の設置と、炊き出しを何とか頼み、再び天を仰いで目のあたりを揉む。

「……もうこりゃダメかもわからんな。わからんじゃないな、ダメか。はは」

「提督。お付き合いしますが、一週間くらいは寝られませんね」

「おりゃ辞める予定だったんだがのぅ

 ふとぼやき、提督は加賀の顔を見る。加賀は、じっと提督の顔を見ていた。

「わかってる。自決なんかするつもりはない。……やるさ」

 提督はひとりごちたが、しかし、仕事は山ほどあった。報告の間だけでも、となだめすかして止めておいた状況報告の伝令が、列を為しているのである。



「……う」

 提督はトイレの鏡の前で一瞬意識を失っていたことに気付いた。目の下にはメーキャップを施しても隠せないほどの色濃い隈ができている。なんとか呉市民による暴動を抑止し、鎮守府の機能をある程度復旧させたのちに燃料と弾薬を手配し、死者の記録と、疫病の蔓延を防ぐために火葬場をフル稼働させ、ようやく自分のごく形式的な『就任式』をすることができるようになったのは、あの加賀が左手で敬礼してきた日から2週間の後であった。

その間、幸いなことに深海棲艦の攻撃は散発的で、駆逐艦娘の出撃で撃退できていた。さらに、陸軍は第五師団とも伝令でなんとか連絡が取れた。反撃のための状況は整えられつつあるのだ。

しかし。俺は就任式なんてしたか。と提督は考えたが、はっとなり、頭を振ってしっかりしろ、と心の中で念ずる。その就任式とは、あと10分後に執り行われるものである。加賀に頼み、疲れを顔に出さないように化粧を施してもらい、用を足した後に手を洗っていた時に『落ちて』しまっていたのだ。

 ノックの音がする。おう、と提督は返事をした。

 ひょい、と加賀が顔を出す。同じく隈がうっすらと見えるが、顔に疲れが出にくいたちらしい。うらやましい限りだ、と提督はふと考えた。

「提督。お急ぎください」

「ああ、今行く」

 提督は鏡で顔を見た。大丈夫だ。やれる、やれないじゃない。やるしかないってことぐらい、わかっているだろう。と念じ、トイレから出ると、加賀の案内に従い、式次第に則ってつつがなく行われる式典を他人事のように眺めていたが、就任のあいさつを、と言われ、立ち上がり、マイクの前に立つ。

「提督に対し敬礼! 頭、中!」

 加賀の号令で、一斉に艦娘や、士官や兵たちが顔をこちらに向ける。挙手の敬礼を返しながら、顔を見返す。不安な顔、信頼、嫌悪、中には、提督と同じく目の下に隈を作り、眠るまい、と努力している者もいた。手をおろし、休ませ、と加賀に向けて指示をする。

「私が諸君の指揮を執る。私に信頼を寄せてくれるものも居るだろうが、不安なものもいるだろう。機関科あがりが何を言っていやがる、と思うものもいるかもしれん。まあ、こらえてくれ。
なに、失敗すれば我々は呉鎮守府を枕に自決をする羽目になるだけだ。……しかし、諸君らの命を預かる身として、それは許せん。総員の奮起を期待する。以上」

 提督はマイクから一歩下がる。口の片方の端を無理にあげ、笑って見せた。不敵に見えればいいが。との淡い期待を抱きながら。


 こののちの、周防大島奪還作戦の発起は、8月の半ばのことだった。




[39739] 余計者艦隊 第二話:Shell Shock(前篇)
Name: 小薮譲治◆f44fed86 ID:44374bc2
Date: 2014/04/15 04:53
 重巡洋艦「最上」が射出した零式水上偵察機からのデータリンクにより、少女に敵の座標が転送されてくる。駆逐タ級2のごく小規模な編成だ。敵接近の報を聞いて、即座に送り出されたのは、先にあげた重巡洋艦「最上」で、黒いショートヘアにセーラー服を着ている女性である。
持っているものは、学生鞄などではなく、20.3cm3連装砲だ。魚雷は61cm4連装酸素魚雷を2基搭載している。その配下には、綾波型駆逐艦の「曙」と、暁型駆逐艦の「電」がついている。曙は青と白のセーラー服に、不敵な表情をにじませ、反抗的、としか言いようのない態度を周囲にとっている。彼女は、黒く長い髪を、鈴付きの髪飾りで結っていた。

 そして、先ほどデータを受け取った電は、というと、栗色の髪に、黒い襟と白いセーラー服である。艦種がバラバラなのも、水雷戦隊の定数に満たないのも、動けるのがこれだけ、というごく現実的な理由だった。砲については10cm連装高角砲を積み、魚雷についても最上と同じく、61cm4連装酸素魚雷2基を、いずれも搭載していた。あるものをかき集めたがために良い装備にはなってはいるが、と電は不安を隠せない。

 その三隻が、単縦陣をとっている。先頭が曙で、二番目が電、三番目、しんがりが最上だ。艦娘達の「足」の速さから言っても、価値から言っても、ごく妥当なところではあった。

 曙が、ちぇっ、と舌打ちしながら、報告の声を上げる。

「敵を視認!砲の有効射程には入らず!」

 曙の声が、耳に入る。駆逐タ級の黒い船体が嫌でも目に入る。その下にはがちがちと打ち鳴らされる黄ばんだ歯と、そして、人類への復讐に燃える青く燃える目が、同じように目に入った。

 どくん、どくん、と鼓動が耳の奥で響き、息が荒くなる。下唇を噛み、何とかそれをこらえると最上の声が、耳の奥でした。奥で、というよりは、艤装が音声を認識させているのだが、彼女、電の認識としてはそのようなものだった。

「そろそろ砲戦距離に近づく!反航戦だよ! 射程圏内に入ったらこちらの指示後に射撃開始!」

 射程の長い最上の20.3cm砲の範囲に入っても、最上は射撃をしなかった。なるべくなら命中させやすい距離でやろう、と判断しているのだろう、というところだけは、電にも読めた。無駄弾は、今の鎮守府には一発もない。少し前なら、景気よく射撃を始めていた距離だ。

「追い払うだけで、いいんですよね?」

 電の声に、曙が唸り声をあげ、怒鳴った。

「ばっかじゃないの?! あんた、たかが2隻取り逃すなんて、あり得ないわ!」

 それを、最上は制止しない。追い払って、他の深海棲艦を呼び寄せることになるなら、倒してしまったほうが「まだまし」だからだ。むろん、言い方に難はあるが。

 電は、もごもごと口の中で言葉を濁す。なぜ撃つのか。という問いを投げられても、つい数日前までの自分なら、敵を倒すためだ、と堂々と答えただろうし、なにより、先ほどのように追い払うだけなどということは言わなかっただろう。そう思えば、自分でもなぜこんなことを言っているのか、よくわかっていない。
ただ、時折。砲撃を受けて、沈みかかっている妹の顔がちらつくのだ。銀髪の少女、響。片腕をもぎ取られ、苦痛の叫びを歯の間から吐きながらも、彼女、電を逃がした、妹。
また、電は唇をかんだ。だが、その時。

「有効射程内! ……砲雷撃戦、用意!てーっ!」

 最上の指示とともに、遠電のような、うなりが聞こえた。深海棲艦のウォークライだ。こちらを、とらえている。ヒュカッ、という風切り音とともに、頭の上を、灼熱した「砲弾」が飛び越えていった。その次の弾は、目の前に着弾する。挟叉だ。

「ひっ……」

 短い悲鳴を、口から思わずほとばしらせる。撃たねばならない、反撃せよ。と自分の精神は告げているが、指が、動かない。柱島泊地にほど近いこの海に、遊弋している深海棲艦など、倒さねばならないのだ。理屈ではその通りであるし、倒さねば、やられる
のはだれか。という点において、疑いの余地などみじんもない。

 重巡洋艦の前に自分が立ち、まごついている間に、さらにその前で背を見せている綾波型駆逐艦の「曙」は射撃を開始した。初弾命中。性格はともかく、砲撃の「うまさ」にかけては優秀そのものだった。
遠目にもわかる。赤黒い血をまき散らしながら、歯をがちがちときしらせながらも、駆逐タ級の戦意は衰えていない。そうして、射撃を開始し。
その瞬間、電は引き倒された。曙だ。曙は、桜色の六角形のうろこ状のシールド、装甲を貫通した砲弾に持っていかれた右腕から零れ落ちる大量の血と唸り声を発しながらも、左腕で瀕死のタ級に一撃を食らわせ、沈める。最上はもう片方のタ級を狙い撃ちにし、一撃で沈めて見せていた。

「え……あ?」

 機関がうまく動かない。電は、体をどうにか引き起こし、機関を再始動させた。どん、という音とともに、足から微弱な振動と、浮揚感を得る。こうして、艦娘は海に浮
かび、スケートをするように進む。

 曙のもとに駆け寄り、というより滑って横につけ、電は止血帯を取り出して、半ば引きちぎれかけている腕に巻こうとするが、アドレナリンで高揚したままの曙は、振り返ってそれを払うと、そのまま立ち上がり、罵声を浴びせる。

「ば……バカ! 撃てって言われたでしょ! このバカ!」

 そのまま、曙は苦痛の悲鳴を上げる。しばらくして、表情が穏やかになるが、苦痛が艤装側からのオーバーライドで神経がブロックされただけだ。血は止まっていない。

 電は、訓練されたとおりに自動的に止血帯を撒いた後、どうしていいのか、全くわからなかった。


艦隊これくしょん 余計者艦隊 第二話前篇『Shell Shock』


「あのバカ、何とかしなさいよ!」

 艦娘の体を「修理」するための修理用のマテリアルと麻酔とを注入する機器を艤装の装着ポートにつけたまま、ちぎれた右腕の代わりに、新しい腕を接合する手術を終えた曙の姿が目に入った。途端、彼女は麻酔から覚めると、見舞いに来た提督に向けて怒鳴った。柱島泊地沖海戦、と呼ぶにはお粗末なそれではあったが、しかし、現実的には二隻しか残っていない貴重な駆逐艦が損傷したわけである。呉海軍工廠の設備が生きていなければ、曙は艤装側の神経ブロックによって苦痛もなく死んでいた。

「最上の報告は読んだ、いや、聞いたよ」

 少佐の階級章を縫い付けた「提督」は、ほい、土産だ。といいながら帽子をとり、ポケットから缶詰のお汁粉を枕元のサイドボードに置く。しばしの沈黙。そして、提督は口を開いた。昼頃なのにもかかわらず、ここは冷房が生きているため、ひどく涼しい。

「電はPTSDだそうだ。外したいのは山々だが」

「……そうもいかないってことね。さすが、クソ提督だわ」

「クソ提督ね」

 ふん、それも良いな。と提督はつぶやいた。

「明後日にはこの……病院から出てもらって復帰してもらうことになる」

「襲撃がなければ、でしょ」

「そういうことになる。幸い、鳳翔によれば今のところ周防大島には動きがないそうだ」

「……ねえ」

 曙は、声のトーンを落とす。きいきいとわめくような、怒り心頭、といった調子ではない。心底から心配だ、という調子だ。

「あいつ。……電、本当にどうするの」

「どうするもこうするも。お薬飲んで出てもらうしかないな」

「最低の話ね」

「そうだ。何しろ、俺は陸軍の馬糞に言わせれば海軍の女衒らしいからな。女衒なりのやり口でやるほかないさ。俺が出張って殺せるなら、変わってやっている。……だから、年端もいかない子供を、精神がぶっ壊れるまで酷使しないといかん」

「あなた、本当にクソ提督なのね。その精神がぶっ壊れるまで酷使するガキに言うなんて。……同情なんかしないわよ。このクソ提督」

「海賊相手の時のほうがマシだったよ」

 相手にするのは、ガンパウダーの食いすぎで頭のおかしいガキか、それよりもイカれた大人だったから。という言葉を、思わず飲み込んだ。同じ人間を殺している、というのは、艦娘達にとって、ある種のタブーでもあった。

「本当に、何とかしてよ。あいつ」

「するさ。するとも」

 帽子をかぶって、提督は立ち上がる。やるべきことは山ほど残っている。そろそろ、鎮守府の外柵前の避難民が「不満」の表明を始める恐れも、あったからだ。




 就任式の直後の出撃で、これか。と提督は眉間を親指と人差し指でぐっと揉みながら、目をつぶる。ぐらり、とかしぐ体を病院の手すりで支え、はあ、とため息をついた。

「……まさか、電が『使い物にならない』とはなあ」

 診断名はPTSDであった。要するに、ショッキングなことを見てしまったがゆえに、精神的に潰れてしまったということである。大の大人、つまり自分でも初めて海賊の頭を、肩を踏んで撃ちやすいようにした後にブチ抜いて、しばらくしてから震えが止まらなくなったのだから、いわんや子供の精神では、なかなか耐えられるものでもなかろう。というものである。艦娘は身体年齢の固定化処置を受けるため、肉体年齢と精神年齢のかい離があるが、特型駆逐艦『電』は見た目とそれが符合する。

「厄介な話だ、まったく……」

 厄介。厄介で言えば、と頭を振った。この小娘たちに頼らなくてはいけない現状が厄介ではあった。確かに駆逐『タ』級であれば、M2機関銃を引っ張り出して、ぶち込むだけで殺せるが、しかしそれが集団となると対応不可能であり、タ級3体で携帯電話程度のマイクロセルでは通信が不能となる。さらに数が集まれば、レーダー射撃が不可能になる。軽巡洋艦クラスの深海棲艦となると、通常型レーダーで捕捉ができなくなった。重巡洋艦でも、戦艦クラスでも同様である。イージスシステムならば捕捉はできるが、しかしそうは問屋が卸さないのが深海棲艦という敵である。でなければ、レーダー出力を上げ続けて対応すれば済むのだ。なぜ、艦娘という一種脆弱なシステムに頼らなければならないのか、というと答えは単純。

「フラグシップ」だとか「鬼」だとか「姫」だとか呼称されるタイプは、ECMなどというかわいいものではなく、EMPを発生させる。敵がレーダーを殺し、電子システムを殺
す怪物であればこそ、艦娘を使うのだ。
 そして、艦娘はある弱点を抱えている。致命的な弱点。つまり、今の電のように、兵器という形をとっていても、なお精神は小娘のままなのだ。ウォークライを上げ、殺しと死を厭わない戦士ではない。いや、泥にまみれ、糞を垂れて、文句を垂れる兵士でもない。

 無論、解決法も開発されている。自己暗示と薬物による精神の『強化』である。それが施されているからこそ、彼女たちは前線に立ち続けられるのだ。
むろん、それがために陸軍からは『女衒』とさげすまれるのであるが。薬で縛っているのはどちらも同じだろう、ということらしい。

「あ……司令官さん」

 そのようなことを考えながら先ほど曙の前では『病院』と呼んだ『艦娘修復施設』こと、通称『ドック』を歩いていると、渦中の『電』と鉢合わせをした。びくり、と怯えたような表情をし、下唇を噛んでいる。

「電か。……どうだ、大丈夫か」

「司令官さん……あの……」

「知っている」

 一言だけ言い、提督は目頭を揉む。

「本当に……ごめんなさい」

「何に対して謝っている?」

「作戦を……」

「作戦の責任をとるのは士官の仕事だ。……兵の仕事ではない」

 いらいらと返していることに気づき、提督ははっとなる。こんな子供に当たってどうする。とふと下に視線を向けると、電はさらに下唇を強く噛み、薬袋をぎゅっと抱きしめている。

「……次にうまくやればいい。幸い、誰も死んでない」

「でも、曙ちゃんは……」

 ああ、くそったれ。こんな子供を戦わせているのか。と提督はひく、ひくと痙攣する左目の瞼を押さえながら、言った。

「無事だったよ、明後日には復帰してくる」

 腕がぶっ飛んだことを無事といえるのなら。という言葉を、提督は飲み込み、ついてきなさい、と手で合図する。

 病院の消毒臭ってのはどうもいかんな。とつぶやきながら、ドックの自販機を探す。ここの自販機だけが、鎮守府で唯一生き残っていたのだ。という報告を記憶していたためだ。何を言っている、と思ったが、冷えた飲み物が飲める、というのは意外に重要なことだ、とこの立場になってみて初めて分かった。それが多くの兵の精神を落ち着けているのだ、ということも。ひげ面の大人がコーラを飲んで涙を流す光景など、そうそう拝めるものでもない。

 そして、自販機に行き当たると、ふむ、これは。と思わずつぶやいた。やはり。

「いやあ、クソ暑いから仕方ないとはいえ」

 汁粉だけが綺麗に残っていた。なお、これを手土産に見舞いをしたのは、本当に汁粉しかなかったからである。補充が為されないため、当然といえば当然ではあった。

「……いや、しかしまあクソ熱いな、これ」

 ほれ、と缶を電に手渡す。電はそれをうけとると、はわわ、といいながら、熱くて持てない、とばかりにそわそわと動かしている。

「……うーむ、加賀に買ってきてもらえばよかったかな」

「え、加賀さんに、ですか」

「ン?」

 そう言った時、電は顔を一瞬ゆがめて見せた。

「そう。あの愛想のない子。右手折ってるからって左手で敬礼すんのな、あいつ」

 わざと左手で敬礼すると、電は年齢に見合わない、薄い笑いを浮かべた。

「いい気味なのです」

 確かに聞こえたが、それを聞かなかったフリをして、提督はプルタブを引き、かきょっという音をさせながら、汁粉を口に注いだ。

「……甘いし熱いな、これは」

 うめきながら、汁粉を飲む。半固形状のどろりとした触感が口の中に入り、体温に合わせて生ぬるくなるにつれ、甘さが舌を刺し、小豆がそのまま入ってくる。

「……夏に飲むものじゃないのです……」

「まあ、そりゃあな」

 そういって、一呼吸置いた。

「……なあ、無理か。戦うのは」

「……えっ……」

 電は顔をこちらに向けてくる。一瞬、小さく首を縦に振りかけ、慌てて大きく首を振った。

「……できます」

「本当に?」

 聞けば、目を見開く。当然だ。出来なかったから曙の腕は吹き飛んだのだ。

「……う……」

 ボロボロと、大粒の涙が目から零れ落ちるのを、提督は見た。

「無理なのです……ほんとうは、無理なのです……」

「わかっている」

 ひっく、としゃくりあげながら、肩を震わせるのを見て、提督は知らず、下唇を噛んだ。
わかっているのか、ガンパウダーの代わりに薬漬けにして、小娘を戦わせているんだぞ、お前は。と兵士としての自分が怒りに満ちたまなざしを向けてくる。卑劣漢め、この小娘の背中の後ろに隠れるのか。と戦士としての自分が罵りの声を上げているのを聞く。

 だが、しかし。指揮官としての自分が、言った。

「戦え。俺にはそれしか言えん」

 がさり、と何かが落ちる音がした。薬の袋だ。

「拾え」

「し、司令官、さん」

「拾えないか。……拾ってやる」

 袋をつかみ、電の手に握らせる。

「飲め。戦え。お前が戦わなければ、あそこに居る避難民が死ぬ」

 くそったれ。

 ぐずぐずと泣いている電の気配が、遠くなる。ぐい、と缶の中身を干した。吐き気がするほど、甘かった。




[39739] 余計者艦隊 第二話:Shell Shock(中編)
Name: 小薮譲治◆caea31fe ID:26ba43eb
Date: 2014/05/04 20:50
「提督、どちらに行かれていたのですか」

 開口一番、加賀はそう言った。責める、といえばその通りの声音であり、加賀に何か言って出たか、と思えば、そういえば何も言っていなかった。そう、提督は思い起こした。

「ン……まあ、見舞いだ」

 そういって、右手の「お汁粉」の缶をひらひらとさせる。それを見て、加賀は顔をしかめた。

「第五師団の師団長から連絡がありました。……提督が席を外されている間に、です」

「馬糞か。しかしなんだな、電話回線は切れなかったのか」

「……馬糞?」

「気にするな」

 手をひらひらとやり、プッシュ式の電話機の受話器を取り上げ、第五師団の電話番号を押す。外線であれば交換台を介してのやり取りになるが、これは軍内部の専用線だ。

「はい、こちらは第五師団司令部、馬淵中佐です」

「呉鎮守府司令部です。……おう、誰かと思えば馬糞か」

「誰が馬糞だ、てめえ。……わりゃ、晴れて本当に女衒になったんじゃのぉ」

 電話口の声を聞き、陸軍の「旧知」の人間がやはり本当に広島の第五師団の師団長に就任したのだ、と再確認する。彼は中佐だったが、しかし、相当な繰り上げだったのは間違いがない。

「誰が女衒だ。……おう、馬糞、ワレから連絡があったって聞いたんじゃがのぉ」

「おい、方言が出てるぞ。……ああ、それでな、共同作戦をするにあたって、秘匿通信装置の変換器な、あるだろう。サーバーラックにつける通信変換器」

「ああ、データリンカのバッファね。それがどうした」

 電話口の向こう側から、一瞬声が途絶えた。そして、少ししてから、続ける。

「対向がお前ら海軍のデータリンカが先の沿岸砲撃で破損している」

 データリンカとは、それぞれに異なる通信方式を使っている場合、その変換を行うもので、かつ海軍と陸軍の秘匿通信の規約を挿入し、相互に変換するものだ。それが壊れている、ということは、データ共有ができないということである。作戦上は大きな問題が生じる、ということだ。

 これがどう問題なのか、というと、通信機程度の小型通信機器が深海棲艦相手ではものの役に立たない以上、大出力のデータリンクがその任をになっている。艦娘が艦砲射撃を行ったところに、第五師団の機甲兵力が居ました、ではお話にもならない。

 それが、壊れた。ということは、相互にデータのやり取りができなくなる、ということだ。

「……おいおい、つまり……貸せってことか」

「そういうことだ。平電話でする話じゃないがね。秘匿電話がぶっ壊れてるんだ」

「即答はできない。在庫として存在するかどうかもわからんぞ」

「それでいい。あって欲しいがね」

「こちらもそう考えている。在庫の確認が取れ次第、そちらに連絡する」

「了解」

 そういって、受話器を置いた。ここが途絶えると、どうなる。を考えた。
岩国の米軍相手のデータリンカを今のところ呉鎮守府では保有しておらず、陸軍のリンカを経由してやりとりする予定だった。つまり、そこのラインが途絶えるのだ。米軍と陸軍は当初作戦に則って動けるが、海軍が全くそこの蚊帳の外になる。
ここで注意が必要なのが、使っている暗号化規約そのものは陸海軍、ならびに米軍も同じものであるが、使っている通信プロトコルが別のものだ、ということだ。だからこそ、データリンカのバッファが必要なのだ。

「在庫確認、できるか。加賀」

「主計科の上げてきた物品リストを今確認していました。確かに、そうした物品はあります」

 加賀が青いファイルのページを指す。手書きの乱雑な帳簿であるが、コンピュータシステムがダウンしてしまったため、紙ベースのファイルとなっている。

 そこには、規約変換器「特113号様式規約変換器(陸軍向け)」と記されていた。規約の読み取り機もセットである、という旨も記されている。

「よし、払い出しと貸し出しの手続きを取ろう」

「よろしいのですか?」

「何がだ」

 加賀は、眉をひそめている。その質問の意図がわからず、提督は困惑した。

「陸軍と協力することが、よ」

 一瞬、加賀は子供に対して噛んで含めるような口調になった。おそらく、これが本来のしゃべり方なのだろう。

「今この状況では必要な措置である、ということはわかっています。私もそうするべきだと考えていますし、賛成します。……けれど……」

「……何だ」

 言いたいことが、大体提督にも読めてきた。つまり、どうにかしてこの状況を切り抜けた後、陸軍に「規約器を貸与した」ことそれ自体が「政治的問題になるのではないか」と加賀は心配しているのだ。政治的問題。結構なことだ、と提督は口の形をゆがめた。

「その心配も懸念も理解する。だが、それで作戦を失敗させては元も子もないな」

「……私も、そう考えます。だけど、赤煉瓦はどう思うかしら」

 つまるところ、陸軍と海軍、つまり赤煉瓦の政争の種にされるだろうから、ということだ。

「存在してるかどうかわからない赤煉瓦のご機嫌をとる必要はない。加賀、士官の責務とは何か」

「勝利することです」

「よろしい。勝つためには陸軍第五師団に規約変換器を貸与することが必要であると私は考えている。そのように処置してくれ。加賀」

「了解しました。処置します」

 折った右手で、加賀は敬礼しようとして、顔をしかめたあと、左手で敬礼する。即座に主計科に電話をかけ、物品の確認と、払い出しと貸し出しの書類を整えにかかっていた。

その姿を見て、電が言った一言が、無性に気にかかる。
彼女が苦心して左手で文字を書くさまを「いい気味なのです」とあの娘は言ったのだ。つまりは、そこだった。

 あの海で何があったのか。下関海峡沖海戦でいったい何があったのか。少し前に問うたところ、加賀は言った。

「記憶が混濁していてわかりません。戦闘ログは提出しました」

 これは事実だろう。と考えている。実際、下関海峡沖で、ある時を境に、加賀は戦闘行動をとれていない。艤装のテレメトリーは「心神喪失状態にある」と判定をしていた。怒りのあまりに必要のない攻撃を行い、深海棲艦の攻撃を招いた。ということである。

 ただ、生き残ったのが加賀と電だけだった。ということは、電からしてみれば許せることでもないだろう。というのは、たとえ提督が鈍くても理解ができる。当然といえば当然のことだ。なにしろ、電は「クローン」ではなく、志願して艦娘となった「オリジナル」で、第六駆逐隊は彼女の肉親なのだ。

参謀としての加賀は優秀そのものだ。実際、彼女無しにはこの鎮守府は立ち行かないだろう。それと実戦部隊の「電」が対立している、というのはあまり、というかうまくはない。使い物になってもらわないと、困るのだ。

「……」

 彼女と曙に規約の運搬を任せるか。そう考えた。ただ、深海棲艦がこの規約の運搬作業に目をつけるのはおそらく必然だろう。ならば、偽装作戦は必須である。主力艦隊を陽動に出す必要がある。主力艦隊。主力艦隊か、と再び考えを巡らせた。
問題児たる山城、最上、摩耶、鳳翔の集まりが主力と思うと、なかなか身も蓋も無いものを覚える。柱島に集結させれば、その「意図」を察するだろうが、配送すべき対象である広島市に近すぎるのが難点だった。江田島のあたりに集結させたほうがいいか、とも考えるが、しかし。

 そう考えた時点で、とん、とん、と肩を叩かれた。

「提督?……書類ができました」

 加賀の顔を見て、はっとなった。ここに参謀が居るのだから、無い頭を使って考えるよりはマシだろう。そう思えた。





「もうめちゃくちゃよ!」

 第六駆逐隊、旗艦である暁は泣き笑いをしながら、叫ぶ。それを右舷側についていた電は聞き、量子リンカの統制信号を受信し、射撃統制データリンクを作動させた。

「……ヲ級が四? 駆逐艦のほうが足が速いはず……」

 電は潰せた敵は雷巡が4であり、10隻の駆逐イ級を「つぶせなかった」ことを覚えていた。そんなこととは裏腹に、暁の統制で腕が勝手に動く。艤装側が肉体の制御をオーバーライド。

駆逐艦が四隻で編成されているのは、旧帝国海軍の範に倣っていることもあるが、砲の統制制御の計算資源を共有しているためである。むろん、重巡や空母と協働している場合、その計算資源を借り受けることもある。実際、加賀から先ほど借り受けていた。

「之字運動!」

 ああ、もう、と雷が怒鳴っていた。そして、その瞬間が訪れた。

「赤城さんっ!」

 モノフィラメント機雷、と艤装側が網膜に表示する。赤城の艤装が桜色の装甲を展開するが、それを貫通し、そのエネルギーのままに全身をズタズタに引き裂いていくさまを、スローモーションのように、電は見ていた。桜色の装甲が失せ、赤い花が咲く。バラというにはあまりにも赤黒いそれが、ほほをぴっと打った。

 加賀の回避運動が、止まる。速力も、同時に落ちた。虚脱状態であることを、艤装が伝えてくる。

今の敵航空機は九時からやってきた。すなわち、赤城と加賀の左側からだ。そして、ぬらぬらと粘液で光る敵機が鋭く旋回し、再び高度を下げてくる。おおよそGを無視したそれを迎撃するために、電の体を暁が制御し、強引に発砲。ごっ、という発砲音と、猛烈な炎を銃口より吐き出し、その只中から艦娘が射撃したことによりWW2当時の10cm砲と同等の破壊力を持った弾丸が撃ちだされた。
急激な運動のため、バランスを崩し、頭から海に突っ込む。顔を上げ、そして。
自分で、射撃をしようとした。

「えっ……?」

 今、私は何をしようとしたのか。自分で射撃?つまり、それは。
暁の帽子が波間に漂っている。雷のものだった足が、いまだに動いている主機にぐじゅり、ぐじゅりという水音とともに引き裂かれ、肉と血をぶちまけている。

「あ……?」

 加賀は、と目を向けてみれば、そのまま直進している。そして、その先には。
青い目の悪鬼が駆逐「ロ」級10隻を引き連れて、微笑していた。

「あ……!」

 戦艦。海の女王。瞳の青い炎をゆらり、ゆらりと波打たせながら、笑っているのは、戦艦「タ」級である。今手に持っている砲などとは比べ物にならない大口径砲を四門背から生やしている、異形の女王。白い肌と、白い髪。セーラー服を着ているそれは、艦娘と見まがうばかりの姿である。
だが、それは、その姿は紛れもない敵のものだった。海のごとき青い瞳の奥底には、底冷えのする怨念が、漂っている。

 だが、その笑顔のまま、加賀とその『タ』級はすれ違っていく。交戦も、何も、しないまま。
どういうことなのだろうか。麻痺した頭で、電は必死に考える。通り抜けることもできるのか。いったいどういう。

 そう考えていると、量子リンカに新しい艦が追加された。一部の砲が使用不能である、というステータス情報と、装甲の損傷状況が小破と判定されている。名は、といえば、金剛型三番艦『榛名』である。

 戦わないと。そう、気を持ち直して、砲を握ったその瞬間。

 ぐらあ、と頭が揺れた。そして。タ級の砲で足を撃ち抜かれ、ロ級に装甲を侵食されながら、機関を必死に動かし、立ち上がろうともがいている榛名の頭蓋を、容赦なく吹き飛ばす光景が、見えた。

 そして。

 その隙に、敵のタ級に肉薄した銀色の陰が、発砲炎をとどろかせる。敵の青いうろこ状の「装甲」が展開される前に、その弾丸は貫通し、敵の顔に命中する。左ほほの皮膚を引き裂き、顎を打ち砕いたその弾丸は、タ級の後ろ側で水煙を上げ。

 そして。

 銀色の陰。つまり、妹分の響が。

 微笑したタ級に目をえぐられ、悲鳴を上げながらもがき、そのさなかでも逃げろ、逃げろと叫んでいるのを、見た。


「……!」

 電は、ベッドから跳ね起きると私室として割り当てられた元重巡用の居室から飛び出し、トイレに駆け込む。

「う……ぇぇ」

 嘔吐。夜に食べた乾パンの色をした茶色の反吐が、便器の中に吐き出される。

「あ……ああああ……」

 夢に見たのは、何か。それは、姉妹が殺され、助けに来てくれた榛名が殺され。そして、彼女が『逃げた』その、瞬間だった。

 睡眠薬を飲んで眠れば悪夢を見、向精神薬を飲めば頭がぼうっとし、砲を握れば震えあがり。それも、妹を見捨てて逃げた挙句、だ。

 提督は、あの美人(スカーフェイスという個体識別名がついた)になったタ級は厄介だな、と戦闘ログを見てつぶやいていた。その時も、吐きそうになるのを必死にこらえていた。だが、夢の中では、もうこらえられなかった。




余計者艦隊 第二話中編 -了ー



[39739] 余計者艦隊 第二話:Shell Shock(後編)
Name: 小薮譲治◆f44fed86 ID:26ba43eb
Date: 2014/05/08 23:44
「移送作戦?」

そう提督が言った言葉を、加賀は繰り返す。提督は首を縦に振り、とん、とん、と特113号様式規約秘匿機のリストを叩く。現物は倉庫でパッケージング中である。

「そうだ。規約を奪ったところで連中……深海棲艦に使う知恵があるとは到底考えられないが、なくなれば使えないのと同じだ。在庫も1個しかなかったんだろう?」

 リストでは2個あることになっているが、実際には1個しかない。すわ紛失事案か、と大慌てしたものの、直前に大湊鎮守府に請求され、払い出されたこれの更新が間に合っていなかったためだ。

 加賀も、首を縦に振ったが、眉間にしわを寄せて、考えこむ様子を見せている。

「その通りです。ですが……海路を使う理由は?」

 暗に『陸路』を使った方が良いだろう、と加賀は言っている。それに関しては、無論提督も考慮していた。とはいえ、だ。

「陸路にしたところで、上陸している深海棲艦がいる、というリスクは変わらん」

 そう、深海棲艦は陸に上がることもある。例の『馬糞中佐』に教えてもらったところによると、海田市で陸軍と激しくやり合っているのである。この情報を加賀に伝えたか、と一瞬考えたが、例の紛失事案で大慌てで補給隊に向かって行ったあと、この情報のメモを渡してきたのは加賀だった。聞いていないわけはない。

 本当に疲れているようだ。と思わず苦笑いをした。

「では……確実に運搬するために、偽装作戦を行うことを提案します」

「偽装?」

「はい。呉から広島への海路……江田島との間ですか。あそこへの目をそらす必要がある、と私は考えます」

「確かにそうだが……手持ちの兵力は少ないぞ。損耗を考えると……」

 駆逐艦が2に、重巡2、軽空母1に戦艦1と、あとは艤装がないためにうめき声を上げている半死人がいくらか、であった。水雷戦隊を編成しようにも空母と戦艦があぶれるし、というところである。

「では、どうするとお考えでしたか?」

 そう問われて、一瞬答えに窮した。駆逐艦二隻を組ませて、運搬は電、護衛を曙にまかせよう、と意図していたのである。さすがに荷運びは何とかなるだろうし、と認識していたのもある。

 そのように答えると、加賀は首を振った。

「運ぶ側の編成はそれで構わない、とは考えています。しかし」

「しかし、なんだ」

「ご存知だと思いますが、提督。……深海棲艦は艦娘達に『寄って』来ます。駆逐艦より大きな『餌』をくれてやらなければなりません」

 一応知識としては知っていたが、それを聞いて提督は眉間にしわを寄せた。理由もわからないが、なぜか深海棲艦は動作している艦娘に寄ってくる。まるでレーダーかなにかをつけているかのように近寄るのだ。だから、平時であっても鎮守府近海には駆逐艦クラスの深海棲艦が迷い込むことがあった。

「では、どうすればいいと考えるか。加賀」

「下関沖海戦で使った規約を量子リンカに挿入すれば、確実な誘引ができます。規約を作戦ごとに入れ替えるのは、沈んだ艦娘が居た場合には敵を誘引してしまうからです。ですから、そこを逆手に取ります。
古い規約を挿入した重巡2隻と戦艦一隻の編成で音戸の瀬戸から出て、倉橋島の付近を通り、周防大島に威力偵察を仕掛けるのです」

 呉鎮守府の周辺の地形は提督の頭に入っている。つまり、広島とは逆側、通常は松山汽船が通るルートの付近を使って餌をぶら下げてやる、ということだ。

 むろん、威力偵察とはそれだけではない。戦闘を仕掛けて、敵の防衛能力を測るのである。その意味で、高速ではない戦艦『山城』が参加するのはかなりリスキーではある。だが、わざわざ加賀がそういったということは、重巡、すなわち最上と摩耶だけでは餌として不足だろう、ということだ。鳳翔を残しているのは、後詰としてだけでなく、仮に何らかの戦力を誘引した場合に対応する予備として、航空戦力を残しているのだ。

「……つまり、殴り込みってことか」

「リスクはありますが、周防大島の防備がどうなっているのかを測る必要があるとも考えていました。駆逐艦はもとより参加させない予定でしたから、ちょうどよい、と考えます。……それに」

「それに?」

 加賀は、口ごもり、下を見る。

「勝利が必要です」

「加賀。それは……」

「……失礼しました。私が言うことではありませんでした」

 先の下関で「やらかした」加賀がそれを言う、というのはなんとも、と提督は思わなくもなかったが、しかしその必要性は十二分に認識している。なぜならば、一戦して勝利しないまま籠り続けることは、籠城戦において一番神経を使うことなのである。士気の低下で、反乱を起こされ、木に吊るされる趣味はない。

 実際には駆逐艦を掃討しているのだが、それだけでどうこうなるわけでもない。

「細かい作戦は後々詰めることとして……成算があると思うか?」

「提督のお言葉ではありませんが」

 そういって、加賀は不敵に笑った。

「腹を仲良く切る趣味はなくってよ」

 それを聞いて、提督も思わず笑った。こういう女は、好きだ。




「作戦を説明する」

 臨時の作戦司令室に召集された現在稼働できる艦娘達は、紙の海図を広げたボードを見て、顔をしかめている。本来はプロジェクタを使ってやっていたことだからだ。巫女装束のような艤装をまとった山城はいつもと同じく不景気な顔をしており、大時代の女学生のような恰好をした鳳翔は困ったような顔をしている。最上は我関さず、電は青い顔をしながら提督の隣に立つ加賀をにらみ、曙は頬杖をついている。もう一人、摩耶もいたが、こちらは露骨にいらいらとしていた。

「本作戦の目標は、広島港への規約器の移送だ。規約器そのもの電に運搬してもらう。曙がそれを護衛せよ」

 電は、青かった顔に少しばかり赤みが差したが、それを見て、摩耶はふん、と鼻を鳴らして、口を開いた。

「……で、なんでアタシたちを呼んだんだ?」

 いらいらとノースリーブのセーラー服を着た、肩あたりまでの栗色の髪が印象的な少女が言う。名は『摩耶』で、勤務評定を見れば、艦隊内の序列を無視した行動が目立つ問題児と書かれていた。航空機を打ちだせば必ず壊す、と評判の艦娘である。
すべらかな肌の白い足を組んでおり、ちらちらと中のものが見えてしまう。舌打ちをして、提督は言った。

「摩耶か。発言時には立ちなさい」

 さあ、と提督は指示棒を持ったまま促す。それを見て、しぶしぶ、といった調子で摩耶は立つ。

「……なぜ、私たちを呼んだのですか。提督」

 加賀はそのふてぶてしい態度を見て、怒りの気配を膨らませている。やれやれ、とんだ『仲間意識』だ。

「その『なぜ』をこれから説明するところだ。……まあ、不満があるのは結構だが、それはすべて話し終わってからにしてもらいたいところだな」

「……釜焚きのくせに」

 チッ、と舌打ちしながら、摩耶はどかっと腰を下ろす。まあ、他がこういう態度を表に出していないだけで、大体内心は同じことを考えているだろう、と考えているため、提督はそれを止めない。というより、止めた場合、イライラに任せて殴かねないからだ。

「主力艦である山城、鳳翔、最上、摩耶はなぜ移送任務ごときで呼ばれたのか、といぶかしんでいることだろう。だが、これは陸軍との共同のための重要な器材である。そのため、君たちには『おとり』になってもらいたい」

 それを聞いて、山城の顔が曇る。おとり、という言葉は彼女には禁句だったか。と考えないでもなかったが、続けた。

「……おとり、といっても諸君らにはただあちこちでうろうろしてもらうわけではない。君たちを動かすのには油が大量に必要だ」

「さっさと本題に入れよ」

 うんざりしたように摩耶が言う。やれやれ。

「言いたいことがあるなら立って言いなさい。慌てる乞食は貰いが少ないと言うぞ。……君は乞食か? 摩耶。ならば慌てずに最後まで聞くことだ。よしんば、さらなる武功を立てられるかもしれないぞ?」

「こじっ……」

 顔を真っ赤にしながら、摩耶は立ち上がる。だが、鳳翔が笑いながらセーラー服の裾をつかんだ。

「座りなさい」

「……チッ」

 提督は、息を吸って、続けた。

「君たちもご存知の通り、周防大島の安下庄港一帯で深海棲艦が浚渫を行っている。……これについて、情報が欲しい。そこで、諸君らには威力偵察を行ってもらいたい」

 それを聞いて、にっと摩耶は笑った。最上はそれを見て、顔をしかめている。好戦的な摩耶と組まされるのか、と若干うんざりとした表情だ。

 音戸の瀬戸を通り、そこから進軍することと、編成は山城を旗艦とし、最上と摩耶がその指揮下に入る。そして鳳翔は航空機を発艦させ、撤退時の援護を行うとともに、鎮守府の防衛の任を担う。ということを伝えた。それを聞くと、摩耶は目を輝かせた。

「良いね。そういうのは!」

「……あのな、摩耶。立って発言しろ、と何度言わせれば気が済む?」

 とん、とん、と提督は指示棒で床を叩く。くそ、たかが2回だけで何をいらいらしている。たかが二回でこれとは、我ながら気が立っていたらしい。と、提督は考えた。それを見て、摩耶は当惑顔だ。何かやらされる、と思っていたらしい。

「……なんだよ」

「作戦に対する質問は?摩耶。あるか?」

「……ねえよ!」

 そういって、摩耶は再び足を組んだ。

「……それでは、質問、よろしいですか?」

 そういって、微笑を浮かべた鳳翔が立ち上がる。それを見て、加賀は一瞬びくり、とした。

「鳳翔か。なんだ?」

「ルート等に関しては理解できましたが、どうやって山城の側に誘引するのですか?」

「……それについては……加賀、頼む」

 それを聞いて、若干加賀の顔が青ざめたように見える。おや、どうしたんだ、と思ったが、気づいたころには元に戻っていた。

「……説明いたします。深海棲艦は沈んだ艦娘の使っていた量子リンカの規約に反応しているのではないか、という疑惑があるのはみなさんご存知だと思います。それを、利用します」

「確度は?」

 鳳翔がそれを聞くと、加賀はびくっと震えた。確か教官だったと聞いたが、と提督は他人事のように考える。

「きわめて高いです。以前の提督が行った実験では、かなり高い確率で誘引できました」

 それを聞いて、鳳翔は納得したのか、席に座った。あの加賀がこれか。と妙な感心の仕方をしてしまった。




「……意外だったな」

 そう、摩耶は作戦の説明が終わり、提督と加賀が退出し、山城と鳳翔がともに出て、曙と稲妻が出た後に、最上に話しかける。最上は、んん、と言いながら首を回した。

「そうでもないんじゃないかなあ?」

「いや、普通の提督だったらあそこでアタシに腕立てさせてる」

「腕立てって……海兵団じゃないんだから」

「いっつもやらされてたぞ」

「釜焚き風情が、とか言っちゃうからじゃないの?」

 そういって、最上は肩をすくめた。摩耶は、へへ、と笑った。

「アレで怒らなかった機関科の士官、初めて見たよ」

「そういえば、ああいうこと言うと怒りそうなものなのにね」

「まあ、何にせよ」

 そういって、摩耶は立ち上がった。

「ちょっとは気に入ったよ」

「おとなしくしててよ。連帯責任とか、ボク嫌だからね」

 お互いに拳をぶつけて、猛禽のように笑いあう。彼女達も、鬱憤がたまっていたのだ。




「あ、あの……」

「何よ」

 不機嫌な声を隠しもせずに、曙は廊下で振り向く。それを見て、電はびくり、と震えた。

「ご、ごめんなさい……」

「……あんたも大変よね」

 そういって、曙は踵を返し、ずかずかと歩いていく。話しかけるな、といわんばかりだ。それを見て、電は悄然としている。その気配に気づいたのか、立ち止まって、曙は電の手を引いた。

「来なさい!」

「えっ、あっ、あの」

 ずるずると曙は電を引きずっていく。提督の執務室に堂々と入り、冷蔵庫の冷凍庫を開けた。

「そ、それ、て、提督の冷蔵……」

「あら? 提督のものだなんて初めて知ったわ。ふん、名前も書いて無い人が悪いのよ」

 はい、と秘蔵していたらしいアイスを取り出し、ほら、早く出て、と電に退出を促す。実に堂に入った銀蠅であり、前科何犯なのか、という領域である。

 そして、部屋に入ってきた影がある。そう、提督と加賀だ。二人が部屋に入ってきているのを見て、おや、という顔を提督が作るが、手に持っている者を見て、顔色が変わった。

「……おい、それは俺のアイス……」

「逃げるわよ!」

「えっ、あっ、あのっ、ご、ごめんなさい!」

「あ、おい!」

 俺のアイスが、と提督の叫び声を背に、曙と電は逃げ回る。何事か、という視線を向けてくる兵もいたが、艦娘だ、とわかって目をそらした。そして。

「……撒いたわね。ほら、スプーン」

「……怒られちゃう……」

「怒られたっていいじゃない」

 ふふん、と曙は笑った。屋上で周囲を見渡す。一部器材のために動いている冷房の室外機が出すぽたぽたという水の音を聞きながら見たその光景は、凄惨という言葉がふさわしかった。

 見渡す限り灰色のがれきの山が広がり、一部の施設だけが残っている。鎮守府の中だけでもそのありさまだというのに、呉の市街地に目を向ければ、赤い煉瓦の歩道の色だけが、くっきりと目に入った。つまるところ、さえぎるものが何もない。あるのは、鎮守府の外柵沿いに低く、壁のようにそびえ、陰鬱な気配を漂わせるバラックだけだ。

 軍都と呼ばれ、重工業が発達していた呉市は、今は軍に対する怨嗟だけが残っている。もっとも、海軍工廠の設備は生きているから、彼女達、すなわち艦娘たちが戦闘を行えているのであるが。

「……相変わらず、辛気臭いわね」

「……相変わらず?」

 この光景を何度も見ても、何とも思わないのか。と曙に非難の目を、電は向けた。

「だから、次は勝とうって思うのよ」

 短く言って、どっかと腰を下ろしてアイスの蓋を開ける。んー、おいし。といつものように言う姿を見て、少しばかり電は迷う。

「溶けるわよ?」

「……あっ……」

 そういわれて、電は蓋をあけ、バターと卵で少し黄色くなったアイスにスプーンをたて、すくって口に運ぶ。
甘く、冷たい。その甘味と冷たさに、ふと無性に何かが込み上げてきた。

「……う」

「急いで食べるからよ。バカね」

 電は、思わず涙する。ひび割れた岩から染み出す水のように、後から、後から出てきた。

「……バカね」

「……はい」

 二人は、無言でがれきを眺めながらアイスを口に運んだ。





「……」

 鏡を見る。ほほがこけ、目が炯炯とした光を放っているのを、提督は自覚した。あまりにふらついていたため、加賀に寝ていてください。といわれて、久々にまともな睡眠をとったからだ。身辺整理に気を使う余裕もなかった。

「……フン」

 あごひげをT字剃刀でそり、顔を洗う。浄水設備は鎮守府のそれが生きているため、供給に今のところ不安はない。
作戦に不安はないか、といえば、不安だらけだ。上は指揮官から、下は兵卒までこんな不景気な顔をしているのだから、自明でもある。

「……やるさ」

 再び、そういって制服に身を包み、執務室に入る。作戦開始時刻まで休息をとるように、と自分が『倒れる』までに下命しておいたが、さてはて。と考えた。
まあ、曙は俺のアイスを奪っていくくらいだから、元気については有り余ってるんだろうな、と低く笑った。

「おはよう、諸君。眠れたかな?」

 執務室に集まった六隻の艦娘、いや、加賀を入れれば七隻の艦娘を前にして、なるべく不敵な表情を作って笑う。脚部には主機を履き、艤装をホットの状態に保つためのアイドリングの音が、外から響いていた。

「おはようって時間じゃねーだろう」

 その摩耶のつぶやきを聞いて、まあ、0330じゃあおはようもないわな、と、同じくつぶやく。

「さて、諸君。ご存知の通り、我々はこれより規約機の移送作戦を実施する。トイレに行ったか? 飯を食ったか? 準備は万端かな? ……加賀?」

「引率の先公かよ」

 その摩耶のまぜっかえしを、加賀はちらと見て止め、書類をはさんだバインダーをめくる。事前にチェックシートを作って確認していたらしい。

「準備は完了しております。作戦開始時刻は0500を予期しております」

「よろしい。紳士……いや、紳士は居ないな、淑女諸君。楽しい戦争の時間だ。とはいえ、諸君らに一人でも欠けてもらってはこの先の作戦に確実に差しさわりが出る。あまり遊ぶなよ」

 そういって、にやりと笑った。最上が、提督は女顔だから似合わないなあ。と間の抜けたことを言っている。それを聞いて、摩耶が吹き出した。

「それでは諸君……時計を合わせるか。現在時刻は0338である。時計を出せ。出したな? ン……鳳翔さんも、です……よろしい。0340に設定しろ」

 ピッという電子音が一斉にする。全員が防水仕様のあの時計をつけているためだ。

「よろしい。作戦開始時刻までの間に……遺書を書いてもらう。加賀」

「はい」

 加賀がA4の紙と封筒を各人に手渡すと、皆が複雑な表情をしている。曙は、というとふん、と笑って即座にゴミ箱にそれを投げ捨てた。電は、というと、迷ってはいるが、同じことをした。

「……まあ、自由だ。書きたくないなら好きにしてくれ。書き終わったら加賀に渡すこと」

 提督は肩をすくめる。摩耶も、最上も。そして山城も鳳翔も、いずれも複雑な顔をしているが、それでもペンを加賀から借り、何事かを書いて、手紙に封をした。
時刻は、0420を指していた。






「うーん、待機が長いわねえ」

 そう呉鎮守府の埠頭で朝日を浴びながら曙が言うのを、電は聞く。0500に出航する組である陽動組達は先に出航し、陽動作戦を開始するのだ。うまくいけば、の話ではある。なぜならば、量子リンカの量子不分離コアが同期していないため、相手の状況がつかめないのだ。鳳翔の航空偵察にしても、あまり距離が離れると、戦闘機側の量子不分離コア、すなわち「妖精」が疲れてしまう。距離そのものは、周防大島と呉と、ほとんど鼻先のような距離なので、今回に関して言えば、あまり心配はないが。鳳翔とはリンクしているため、情報がある程度リアルタイムで入ってくる。倉橋島付近で戦艦タ級1隻、軽巡へ級1隻、駆逐ロ級6隻とやり合っている。

 妖精。と、電がふと考えると、10cm連装高角砲から、ひょっこりと顔をだす。不安げな表情をしているが、大丈夫。心配いりません。というと、顔をひっこめた。

 この妖精を捉えられる『目』を持っていることが艦娘の第一条件なのだが、孤児院に居た四人姉妹全員がこの目を持っていたことが、彼女達第六駆逐隊が艦娘となった原因でもある。この目さえなければ、姉や妹は、と考えていると、吐き気が込み上げてくる。いけない。

「吐くなら海の上で吐いてよ。魚が取れるから」

「あ、は、吐いたりなんかしません!」

「ならいいわ」

 おう、やってるか。と提督と、加賀がやってくる。提督はともかく、その隣に立つ加賀を、電は思わずにらんでしまう。一瞬たじろぐような様子を見せたが、それ以降表情は動かなかった。

「そろそろ出航時刻の0700だ。まあ、向こうが盛大にドンパチやってくれてる頃だろうから、安心しろ」

「……そんなんじゃないわよ、このクソ提督!」

「おう、元気だな。俺のアイスはうまかったか」

 ははは、この野郎。と提督は笑う。加賀は、妙に湿度の高い視線でそれを見ていた。

「……曙、ちょっとこっち来い」

 そういって、曙が提督に引かれていく。後には、加賀と電だけが残った。加賀は、何か言葉を探しているかのようだった。だが、電は話しかけない。

 何を話すというのだろうか。彼女に対していった『生き残ってくれてよかった』という思いは嘘ではない。だが、同時に、捨てきれぬ恨みが、やはりある。
彼女さえあんなことをしなければ。姉や妹は。そして赤城さんも、榛名さんも。と考えないほど、電は能天気にはなれない。

「……クソ提督!」

 その叫び声が、電と加賀の耳に入る。ずんずんと怒りながら歩いてくるのは曙で、提督は、というと太ももをさすっていた。

「何も蹴ることは無いだろう」

「蹴られるようなことを言うからよ!」

 普段の追い詰められた感じとは違い、どこかひょうげた調子で提督は言う。これが本来の性格らしい。

「……さて、時間だ。音楽隊の吹奏もないし、見送りの水兵も居ないから静かでいいな、この時間帯は」

 制帽を提督はかぶり、口許をただした。

「気を付け!」

 電と曙はすっと整列して、姿勢を正す。

「これより作戦を開始する。諸君らの武運長久と生還を祈る! ……敬礼!」

 そういって、提督が敬礼し、それに答礼する。少しした後に岸壁から飛び降り、曙と電は主機を全力稼働させ、そして出力をそろそろと落とす。そうしないと、出力不足で足が一気に沈み込んでしまい、おぼれるからだ。

「抜錨!」

 どちらともなく、声を張る。錨なんておろしていない。だが。そうやってきたから、そうするのだ。





「と、気合を入れてきたのは良いものの」

 曙は、気を張りながら航行しようとしているが、どうにもいけない。瀬戸内の朝日はやわらかで、キラキラと水面で輝いている。まさに、初夏の一番いい時期の美しい海だ。ほぼ全速に近いため、彼女も、電も長い航跡を引いていた。前を曙がすすみ、その後ろに規約器を艤装内部に格納した電が続く。

「……いい天気、ですね」

「まあ、ね」

 敵機にも、敵艦にも遭遇せず、広島湾に何事もなく出て、それでは宇品港に近づこうか、という双方の無線機に、ザーッという特有のノイズが、走る。

 オオオオン、というウォークライが、遠雷のように、響いた。そう。事実、遠くからその声がする。

「声の方位は?!」

「……待ってください……六時の方向。真後ろ!」

「なんでこんな時に!」

 そして、電は振り向いた。

「あ……あ?」

 そこには、そこには。

「どうしたの、電!」

 アドレナリン受容体を、艤装が強烈にひっぱたく。頭に一気に血が上り、そして、ふーっ、ふーっ、と荒く息をついた。
大丈夫、私はやれる。やらなきゃ。

 だって、あそこには。

「響ちゃん!」

 妹が居る。







「馬鹿ッ! 行くなッ! 宇品港で荷物をおろすのが先よッ!」

 曙は、安全率を完全に無視した旋回半径でザッ、と波を切りながら両舷全速で向っている電の背を見て、大声で叫ぶ。畜生、なんてこと。とんでもないことになった。と、考えると同時に、提督の言っていたことを反芻する。

提督はなんといっていたか。電の荷物は『偽物』だ。いざ戦闘となったら見捨てて行け。本物は今お前の艤装に入れる、と、苦々しげに言っていたのだ。だから。曙は電を見捨ててもいい。いや、見捨てるべきなのだ。

 電をおとりにして、曙は宇品港で待機する陸軍に絶対に規約を渡せ。そう命令されていたのだ。

だが。だが。

 曙は、見てしまった。あそこには、彼女の、電の。妹が居るのだ。響という名前の、銀髪の少女が、転倒しかけながらも、目元を押さえながら、必死に進んでいるのを。そして、砲撃を加えられ、今にもくたばる寸前だ、ということを。

 そうして、曙は。あなたはおねえちゃんじゃない。という言葉が、頭の中で跳ねまわるのを聞く。
妹だからだから何だってのよ。クソ、なんてこと。と毒づきながら、進路を保つ。だが。

「あああ……もうッ!」

 六時の方向に転針。電と同じく、安全率を無視している、という警告と、強烈な横Gを受けながら、ぐるり、とスケーターのように回って、砲を構える。

「電ッ!」

「え……曙ちゃん?!」

「階梯陣!」

 量子リンカ、戦闘モード。機関を自動調節し、速度を同期させ、階梯陣を取る。そして砲の統制射撃モードを立ち上げようとするが、処理能力が不足している、との警告が表示され、グレーアウト。ああ、そうだ。四隻編成ではないのだ。と曙は舌打ちした。

「敵の数を知らせ!」

「敵は軽巡へ級1隻、駆逐ロ級2と推定! 単縦陣をとっている!」

「了解! 砲の射撃はこちらが指示する!」

 電が顔をこちらに向ける。唇をかみしめ、ぐっと何か、つまり恐怖と戦っている。うなずくと、再び指示を飛ばす。

「肉薄後、水雷戦に移る。へ級は砲で狙うな。雷撃でやるわよ!」

 ざあっ、と波を切りながら、射程圏内に敵が入る。だが、射撃はしない。響が迷走しており、射程圏内といえど、CEPの中に響が入っているタイミングで射撃すれば、危うい。

「之字運動!」

「了解!」

 ぐっと体を傾け、艤装の生み出すランダムパターンで、陣形を維持したまま前進。敵のロ級が砲撃を開始し、水柱が立つ。ばあっ、と白い柱が立ち、視界がふさがれる。だが、響が何かを感じたのか、それまでのコースからそれる。それを、一隻の駆逐ロ級がウォークライを上げながら追跡開始。

 今だ。

「見え見えよッ! 撃て!」

「はいっ!」

 ごっ、と殴りつけられたような衝撃が、一瞬体に伝わり、艤装がそれを緩衝する。揚弾機構がうなりをあげ、次発が装填され、即座にそれを発砲。4つの水柱が敵の付近に立つ。電の射撃が敵の右舷、曙が左舷に落ち、そして次が落ちる。4発の弾丸が叩き込まれ、ロ級のウォークライは悲鳴に変わった。猫が絞殺される時のような高い、高い悲鳴が響く。それが耳に突き刺さるが、しかし。

「さあ、こっちにこい!」

 その曙の声とともに、へ級とロ級がこちらに足並みを乱して殺到する。小型漁船ほどの大きさのその船体を捉え、先ほどの要領でロ級を狙う。

「1,2……てっ!」

 射撃した瞬間、ロ級の弾丸が至近に落ちる。波しぶきと、弾丸の破片が桜色の装甲を叩き、ばあっ、とパターンを乱す。貫通せず。電も同様。

「ちゃんと狙え!」

 敵を罵り、そして、命中弾とともに、先ほどの耳障りな悲鳴が響く。仕留めた。と認識して、曙は指示を飛ばす。

「リンク解除! 雷撃に移る!」

「解除!」

 電の声を聞き、そしてぶっつりと艦隊運動のリンクが途切れ、電は直進、曙は3時に変針。そうして、ぐるり、とターンして、その慣性を使って足を上げる。

「弱すぎよ!」

 魚雷発射管から魚雷が撃ちだされ、白い航跡を引きながら、ヘ級に殺到する。ヘ級も同様に射撃しているが、それは電にも、曙にも、そして響にも向かわず、逸れた。

 軽巡へ級に、魚雷が殺到し、突き刺さる。爆裂。船体のねじ切れる、いや、深海棲艦の外殻を引きちぎる甲高い悲鳴が響き、また、ウォークライではなく、女のような悲鳴がほとばしる。

 それを見て、ふんっ、と髪を跳ね上げ、曙は笑う。完勝だ。

「……あ、あの。曙ちゃん……」

「ばか、私は良いから響を……」

 響を、といいかけたその瞬間。再び、ウォークライが響いた。

「しまっ……!」

 2隻目の駆逐ロ級の撃沈を確認したのか。いや、確かに悲鳴は聞いた。いや、実は『悲鳴しか聞いていなかった』のだ。

「響ちゃん!」

 絶叫しながら、電が全速力で、しかしのろのろとUターンし、死にぞこないの駆逐ロ級を追跡する。だが。
駆逐ロ級は、しかし悲鳴交じりの雄たけびをあげ、そして、砲が輝く。くそっ、くそっ、と罵ってみても、追いつかない。だが。

「油断大敵であります」

 そんな声が聞こえると、ボッ、とロ級から火の手が上がり、そして爆散。

「海軍さんはもうちょっと慎重だと聞いていたのですが」

 雪のように白い肌の女性が、海の上に浮かんでいる。あれは、確か。と曙は記憶をたどる。その腕の中には、響が抱えられ、何事かをうわごとのように言っていた。

「あきつ丸であります。……海の淑女たちを陸にエスコートするように馬淵中佐より命を受けてまいりました」

 陸軍式の腕を伸ばす敬礼を、左腕で響を抱えたまま、ひょい、としてみせた。

「ようこそ。広島へ」

 にやり、とあきつ丸は笑って見せた。





「これが……ええっと……規約器です」

 曙は心配そうに離れていくはしけを見ている電を尻目に、艤装から規約器を取り出し、陸に上がったあきつ丸に手渡す。響は、というと、陸軍のあきつ丸用の修復設備にはしけで曳航、というよりも引っ張り込まれて運ばれていった。

目を潰され、体中爆炎の痕だらけで、機関はいつ爆裂してもおかしくない。という状況であったため、ここで全身を修復してから呉に帰す、ということであった。

「確かに受領しました」

 あきつ丸はそれを兵に運ばせ、外套を翻しながら、微笑む。

「電さんは妹思いでありますな。……まあ、何も見て居ません」

 しいっ、と指をあてて見せる。この人は存外陸軍としては『話せる』のかもしれない。と、曙は考えた。
妹思いか。と一瞬考えるが、頭を振った。

「それでは、我々も任務があります。これより呉へ帰投します」

「それがよいでしょう。敵は多数。われらは少数。いやはや。……まあ、ともあれ。無事の帰還を」

 そう笑って敬礼し、あきつ丸と別れる。曙は、ふと思うところがあって、汽笛を高くならした。

「曙ちゃん……?」

「……帰るわよ」

 電の顔を見ると、何か思っても居ないことを言いそうで、顔を背けた。

「ありがとう。おかげで響ちゃんが助かったのです。……曙ちゃんの妹の、潮ちゃんも、多分、きっと」

 その言葉を聞いて、曙は動揺する。だが、振り向かない。なるべく、平板な声を出す。

「……あたしに妹は居ない!」

 思ったよりも大きな声が出た。下を向いて、唇をかむ。

 そうだ、私に妹は居ない。なぜなら。











私は、オリジナルの曙の『クローン』だからだ。



余計者艦隊 第二話 ”Shell Shock “ ―了―




[39739] 余計者艦隊 第三話 OMEGA7(前篇)
Name: 小薮譲治◆f44fed86 ID:26ba43eb
Date: 2014/05/15 02:18
「こんな時でもなければ綺麗だって言えたんだろうけどねえ」

 ぼそり、とつぶやく。その声を聞いて、山城は顔をしかめた。確かに、美しいとはいえたろう。らせんを描く道路が山肌にへばりつき、そして赤い橋につながり、曙光を受けて海に影を落とす。
交通の要衝であり、深海棲艦が呉に大規模侵攻を仕掛けられない理由でもある、音戸の瀬戸を通過したのだ。

 なぜ大規模侵攻できないのか、といえばごく単純だ。音戸の瀬戸は狭隘である。幅が90mほどしかなく、実際に航行できる領域は60mしかない。ここに機雷を仕掛けておけば、それこそひき肉で海が埋まるだろう。
実際、IFFで識別しているため山城は引っ掛からないが、すぐ近くを機雷が流れているのである。こんなところを大型艦である私に航行させるのか、と思わず唇を噛んだが、広島湾に出てから仕掛けたのでは、囮としての役目を果たすことができない。瀬戸内海は海戦をまともに行うには、あまりに狭いのだ。とくに、その狭さが広島と呉を天然の要塞と化していたが、今はその狭さが逆に作用している。

敵に周防大島を取られる、ということはそういうことである。地図を見てみればわかるが、広島湾を完全に蓋をする位置にあるのだ。そして、周防大島近海を通らないのであれば、ごく狭い音戸の瀬戸を通らざるを得ない。

 だから、彼女達の威力偵察そのものは囮の要素が強いとはいえ、重要任務なのだ。防備態勢を測り、最終的に周防大島に広島の陸軍を揚陸させ、撃破せねばならない。

「最上さん……本当に気をつけて。島側か呉側か、どっちにしても陸地に上がられてたら私たちはここで挟み撃ちなのよ」

「僕がそんなヘマするわけないでしょ」

 にっと笑って、20.3cm連装砲を付けた腕をあげ、空を指す。最上がカタパルトで打ち出した零式水偵が翼を振り、その後にゆるいバンク角を取りながら旋回している。

「そうそう。アタシの零式水偵も少し先に居るしな」

 そういって、摩耶も笑う。そうして、大浦岬を超え、情島の陰に潜みながら航行するうち、何かが切断される衝撃を受けた。山城は即座に損害参照。摩耶の零式水偵のうち1機の量子データリンカが破損した、という報告である。もう2機は、というと健在。急行し、映像を送ってくる。

「……おいおい、どういうことだよ。この距離で電波障害無しだって?」

 そうして、水偵が捉えた、倉橋島は大迫港の潰滅した埠頭の映像データを見て、山城は笑った。そこには、数隻の敵影がある。つまり、深海棲艦の足りないオツムでは常に妨害電波を放射しているのにも関わらず、それを切って偽装するだけの頭のよい敵が居る、ということだ。

笑うべきでない、というのは山城にはよくわかっている。だが。

「さあ、行くわよ。砲雷撃戦、用意!」

「ようそろ!」

 へへん、と笑って最上は敬礼を返し、砲撃コンピュータをリンクさせた。戦闘開始。

 揚弾機構が、弾丸を押し上げる。35.6cm連装砲、初弾装填。

「てーッ!」

 爆炎と黒煙が砲から吹き出し、山城の全身に衝撃を与える。その衝撃で瀬戸内の水面が波打ち、白波を立てた。さあ、私が海の女王、戦艦だという証拠を見せてやる。そういう凄絶な笑いを、乱れる髪のうちから覗かせた。

「観測ッ!」

 摩耶に山城は怒鳴る。摩耶はしばらく待ち、すでに大迫港には敵影がない、とデータリンクで報告を上げてくる。撃破したか、と一瞬考えたものの、すぐにその考えを捨てる。敵は移動をすでに開始しているものと断定してよい。なぜなら、最上が慌てて呼び寄せた水偵が大迫港から移動し、倉橋島の東端、亀ヶ首付近を航行している敵影を発見したからだ。戦艦タ級1隻、軽巡へ級1隻、駆逐ロ級6隻を確認。前祝いというにはあまりに精強な敵である。

「……にしてもよ、山城の姉御。港の漁船をぶっ飛ばしてどうするんだよ」

 摩耶の呆れた声がする。データリンクの映像には、見るも無残な形状の漁船が写っていた。というより、完全に元漁船、現瓦礫である。

「……」

 それを無視し、ぺろり、と上唇を舐めた。やっちゃった。と山城は思わず暗い顔をする。いくらなんでも慌ててぶっ放したせいで敵ではなく、味方の、それも一般人の漁船をぶっ飛ばしました、では恰好もつかない。

「……そ、そういうのは提督にお願いしましょう」

「……まあ、良いけどよ。そら、きたぜ!」

 亀ヶ首の陰から、敵影が現れる。ウォークライが響き、そして軽巡へ級とロ級がこちらに殺到してきた。タ級は、と考えたが、それよりも早く山城の体が動く。艤装が量子リンカに命令し、各人ランダムな之字運動を開始させたのだ。

「……チッ、砲撃開始!」

「そう来なくっちゃ!」

 へへん、と笑いながら、最上と摩耶は山城の計算リソースを使い、20,3cm砲を統制射撃する。軽巡が砲撃体制に入った瞬間に最上の砲弾が即座に外殻を引き裂き、そして摩耶の砲がとどめを刺す。実に効率の良い殺戮そのものである。

「例の姿が見えない大物を水偵で探す!姉御はそいつを狙ってくれ!」

 大声で摩耶が怒鳴り、再び射撃。敵のウォークライは甲高い女の悲鳴に変わり、青かった海が真っ赤に染まる。じぶじぶと海に沈みながら、青い目を怨念に光らせ、暴れ続ける敵を見るうちに、山城はぞくり、とした。

 水柱が左舷至近に立つ。桜色の装甲が展開され、水と、そして砲の破片を遮断した。だが、それでも一部の破片が透過し、左腕に突き刺さる。激痛。

「くううッ!」

 歯を食いしばりながら、艤装側が神経を麻痺させ、身体を『修復』していくのを待つ。虫が傷口を這いずるような不快感があるが、常人であれば痛みだけでショック死してしまいかねないのだから、文句も言えない。

 敵は、と目を血走らせながら、山城は周囲を見渡す。艤装が水面への入射角を算定し、おおよその位置を示した。山城から見て、左舷側、8時の方向に居る、と観測データを寄越している。

「山城!」

 そう言う最上は、水偵の観測データを寄越す。やれるか。と山城は考えるが、しかし。

 やる以外に、何かあるわけでは、無い。

「敵を観測……てぇっ!」

 艤装に諸元を入力し、すう、と滑りながら方向を変え、砲撃。再び白い波が彼女を中心に立ち、衝撃でひざが一瞬沈み、艤装に緩衝される。
砲弾が進む中、彼女は一瞬ぞっとした。水偵の映像データには、何が写っていたのか。

 微笑する、左顎がなく、そこから上あごの乱杭歯の覗く怪物の、戦艦タ級の姿だ。彼女は、射撃するでもなく、砲撃を受け、そして、爆炎を上げながら海に体を沈めて行った。

「……え……?」

 山城は、思わず声を上げた。バカな。もろすぎる。彼女の実戦経験はお粗末なものではあり、長らく戦艦娘たちの教官を務めてきた彼女をして、首をひねらせた。戦艦タ級は、彼女の砲の撃てる砲弾の直撃をもらったとしても一撃では沈まないからだ。常識的には。

「……やったの?」

「……そう、なのかしら」

 つぶやきながら、しばらく周辺の海域を警戒し、20分ほど見失っていないかも含めて、捜索をする。しかし、姿は見えない。

「……腑に落ちないけど、これ以上ここで捜索していても、威力偵察の任務が果たせるとは思えない。周防大島に進むべきだ。僕はそう思うよ」

「最上。それ本気で言ってるの?」

 山城はそう強い調子で聞くが、しかし。最上は肩をすくめて見せるばかりだ。

「といっても……アタシは深海棲艦が沈んだフリをする、なんて聞いたこともないぜ」

 摩耶は山城と同じく腑に落ちない、という表情をしている。とはいえ。

「ここで議論していてもしょうがない。進もう」

「アタシもそれがいいと思う。警戒は怠らない」

 山城は、首を振って、はあ、とため息をついた後、言った。

「わかりました。進みましょう」

 そういって、倉橋島の陰を渡りながら、周防大島に進路を向けた。





 確かに、最上も摩耶も警戒は怠っていなかった。しかし、水上は、という但し書きがついているものだ。

 水底で、戦艦タ級は微笑する。深海棲艦に知恵が回らない、と思っている彼女達の知恵のなさを笑っているのか、はたまた、別の何かに笑っているのか。それは、判然としなかった。






余計者艦隊 第3話 『OMEGA 7』






 時は、作戦開始時刻の少し前、0430にまでさかのぼる。山城は普段通り、駄々をこねて言うことを聞かない艤装に頭を抱えていた。整備員も同様に頭を抱えている。となりで艤装をまとっている鳳翔は、というとすでに装備を終え、量子リンカの規約も通していた。

「こんな時にまで……不幸だわ……」

 はあ、とため息をついて、唇を噛む。接続された艤装のステータスは、というと艦本式蒸気タービンに送られてくる圧が足りない、という警告だけではなく、正常なデータリンクが行われていない、という警告も表示されていた。後者の警告は、量子リンカの規約をまだ通していないため、当然の警告ではあるが、前者はそうではない。ボイラーから送気されてくる蒸気がうまくタービンに送られておらず、既定の圧が出ていないのだ。

 いったん機関を止めて、と考えたが、そういうわけにもいかない。再始動までには当たり前だが、時間がかかるのだ。小型艦、ようするに駆逐艦か海防艦であればともかく、彼女のような大型艦、戦艦であれば話が違う。現代的なCOGAGやCOGOGとは違い、彼女達艦娘の機関は『古い』ものであった。無論、石炭動力とまではいかないが、それでも重油を使うタイプのそれを模していたため、現代的といえるかというと、疑問はあった。

「……もう!」

 機関出力を上げようとするが、しかしうまく上がらず、山城の頭を悩ませるばかりである。粗悪な燃料が原因ならともかく、できる限りかき集めたマシな燃料が今回は供給されているのだ。

「おう、どうした?」

「……提督?」

 そういえば、提督は機関科だった、と聞いている。見て何かわかるかもしれない、と考えたが、顔をしかめる。いわゆる将校が下士官たる整備員以上に整備知識があるのなら、苦労はないのだ。おまけに、彼は普通の船の乗務をしていたのであって、艦娘の整備担当だったわけではない。

「……本当にどうした。トラブルか?」

「……いえ、その」

 顔をしかめながら、提督が歩み寄ってくる。整備員に顔を向け、口を開いた。

「……どうしたんだ?」

「いえ、既定の圧が出ないのです。このように」

 ふうん、と言って、整備員が指した山城の艤装のメンテナンスパネルを見て、既定の圧が出ていないことを確認し、さらにその下を見る。んん、と声をだし、片眉を上げて、整備員に再び聞く。

「燃焼缶単独のテストモードになってないか? これは。いや、タービンに送気されてることも謎だが」

「……えっ、あっ?」

 慌てて整備員が確認し、そして顔を青くして、接続していたPCのコンソールを叩く。テストモードから、通常のモードに変更され、正常な送気が開始される。

 真っ青な顔になりながら、整備員はコンソールを置いて、直立不動になる。

「……私が悪くありました!」

「あ、そう。……まあ、疲れてるのは俺もわかるから、気を付けることだ。単純ミスも増える。人員が足りないからダブルチェックもできんだろうしな。頼むぜ」

 肩を軽くたたきながら、続きをやるように、と言って立ち去っていく。青い顔をしていた整備員は、山城の顔を見て、慌てて準備を再開した。

「ああいう人は珍しいですね?」

 その声を聞いて、山城は顔を向ける。鳳翔が微笑んでいた。あいまいな笑いを浮かべながら、返す。

「ええ……でも、これでようやく実戦に出られます」

「……ええ、そうね」

 山城と鳳翔は、お互いに、苦い笑いを浮かべた。山城は戦艦担当、鳳翔は空母担当の教官だったのだ。山城はこの手の『欠陥』に悩まされ、鳳翔は『搭載量不足』に悩まされ、ここに居たのである。もっとも、山城の今回の事象は、欠陥というよりも単なるヒューマンエラーだが。

「あなたは……いいえ、なんでもないわ」

 そういって、鳳翔は下を向いた。山城は、彼女はこのようなタイプだったか、と一瞬首をひねる。どちらかといえば、空母艦娘におそれられる鬼教官だったのだ。小さな体で怒鳴り散らし、事情があったのかは知らないが、遅れてきた艦娘に一分一秒の遅れが何千人の部下を殺す自覚はあるの、と胸倉をつかんでいたことを、遠目に見ていたことをよく覚えている。その分、山城はある程度は優しくしてきたつもりではあった。

ただ、教え子たちに『地獄の山城』と呼ばれていたことを知って、少しショックではあったが。なお、鳳翔は『蛇の鳳翔』などと呼ばれていた。昔の戯れ歌だと戦艦ばかりではあったが、今時分は空母もそこに名を連ねている。

 そういえば、加賀は鳳翔を見て一瞬体を固くしていたな、と思い出す。そして、例の『青虫』などと言われる、この地上で一番ダサいIJNと刺繍された恥ずかしいジャージを着て、よく胸倉をつかまれては怒鳴られていたのが、彼女だったことも思い出した。私でもあれはなあ、とよく同情したものである。

「よし! 出撃準備、完了しました!」

 そう言うと、コンソールポートからRJ-45コネクタケーブルを抜き、パネルを閉めて整備員が敬礼してくる。それに答礼を返し、機関が正常に艤装の重量を中和していることを、歩行して確認する。作戦開始予定時刻たる0500まであと10分と、かなりギリギリの時間ではあった。

「ふふ……」

 思わず、微笑する。山城は今まで送り出す立場だった。戦死広報を見て、そのたびに涙する立場だった。だが、今は違う。彼女たちの仇を取れる立場になったのだ。




「あ、遅いよ、山城」

 そういうのは、ショートカットの黒髪の少女、最上だ。山城は走ろうとして、やめた。いかに重量が中和されているとはいえ、質量が中和されているわけではないため、水上でないと体が振り回されるためだ。

 彼女が山城、と呼び捨てにするのは、おそらくは艤装の記憶が流れ込み『西村艦隊』で戦ったから、という意識があるからだろう。

「艤装の調子が悪くって……」

「ええっ、大丈夫なの?」

 平気よ、と山城はなるべく不敵な笑いに見えるように、笑って返す。その隣で、蚊帳の外だった摩耶が胸をそらして言った。揺れている。こう、たわわに。

「頼むぜ、姉御」

「姉御?」

 伝法な口調だなあ、と思わず考えたが、山城も少しは気に入った。なんとなく、その方がこの子とはうまくいく、という意識もあった。

「おう、そろったか」

 その声を聞いて、山城は顔だけを向ける。慌てて振り向くと、艤装の質量に体が振り回されるのだ。

 そこには、提督と、例のダサいジャージを着て怒られていた時とは比べ物にならないほどしっかりしている加賀が立っていた。手には、赤く秘と背表紙に記されたファイルが握られていた。

「さて、諸君。……まあ、言いたいことは言ったから、全員生きて帰ってきてくれ」

「おいおい、締まらねーなあ、提督」

「摩耶、冗談じゃないぞ。これは命令だ。一人でも欠けてもらっては困る」

 そういって、加賀に目で合図する。

「君たちにはある情報を説明しておく。……電が居ると説明できないからな」

 加賀はファイルを広げ、山城に手渡す。それを、左右から最上と摩耶がのぞき込んでいた。

 そこには、艤装の映像データが写真に写されていた。電の視覚データを出力したものである。そこには、何かを掲げている戦艦タ級が写っている。幸い、何が掲げられているのかはわからないが、きっと不愉快なものだろう。そして、その深海棲艦の顔からは、左顎が失せていた。

「この深海棲艦には気をつけろ。……ああ、戦艦タ級だから、じゃないぞ」

 そういって、加賀をちらり、と見てから、提督は続ける。

「こいつは『頭がいい』からな」

 そういって、詳細を説明し始める。山城は、思わず息をのんだ。何しろ、敵と見れば襲い掛かり、戦術もなく砲撃するばかりの深海棲艦たるこの戦艦タ級は、加賀を『見逃した』のだから。






「なあ姉御、聞いてるか?」

 その声に、山城ははっとなる。周防大島に近づくまでに、哨戒していた敵水雷戦隊、軽巡1と駆逐艦4で編成されたそれと二度ほど遭遇し、撃破してもなお、気がかりなことがあったのだ。

 あの『右腕を折り、戦力を喪失した加賀』をあえて見逃した戦艦タ級が『あの程度』でやられるとは、山城にはどうしても思えなかったのである。

「ええ、もちろん。……そろそろ、安下庄地区が見えるわね」

「ああ、ならいいんだ。……連中、何をやってるんだろうな」

 そう答えるが、しかし。どうにも気がかりである。彼女は不運だった。だから、それゆえに、何か落とし穴がある、と思えば、特有の『勘』があった。最大の問題は、それを回避することができないからであるが。







 結局、その予感は的中することになる。





[39739] 余計者艦隊 第三話 OMEGA7(中篇)
Name: 小薮譲治◆f44fed86 ID:26ba43eb
Date: 2014/05/20 05:03
「紅茶が飲みたいネー」

 白いクロスの上に、栗色の髪が踊った。うう、とうめきながら、その少女はため息をついている。
それを聞いて、山城はピクリと片眉を上げる。緑茶に口をつけた少女は開口一番そういったのだ。

「私の淹れた緑茶では不満かしら」

 我ながらケンのある声だ。と山城は自覚する。緑茶の入手もかなり苦心したし、第一民間では餓死寸前の人間だって珍しくはないのだ。艦娘以外の軍人にしたところで、量的なそれはともかく質的なものはかなりお粗末になっている。
前線に居た彼女はよくわからないのだろうが、と口に菊を象った砂糖菓子を入れ、緑茶に再び口をつける。独特な苦みと、ふわりと抜けるさわやかな香りがし、舌の上で砂糖菓子がほどけ、強い甘味が苦みを和らげ、香りだけを残す。

 わからない、で言えば、こちらも前線のことはわからないのだから、同じか。と表情を和らげた。

 目の前に座っている少女は、つややかな栗色の髪を垂らし、ぴん、と触覚のようなものが立っている。目は、というと海の青だ。そこには知性と、快活さの双方が宿っていた。巫女装束を少し改造したような艤装から肩が覗き、すべらかな白い肌の下には、うっすらと張りのある筋肉が見えた。ほっそりとはしているが、よく鍛えられている。
名は、金剛という。金剛型巡洋戦艦一番艦だ。

「そういうわけじゃないんデース。山城……教官」

 山城教官、と呼ばれて、ふと可笑しさを山城は覚えた。史実で就役したのは金剛が先で、山城は後。むしろ金剛のほうが先輩と言える。
それは第二次世界大戦が勃発した世界での史実であり、この世界でも史実と言える。では、なぜ山城が教官なのか、というと、艤装は確かに金剛型巡洋戦艦『金剛』のほうが先に開発され、扶桑型戦艦『山城』は後に開発された。ただし、その艤装に適合する人間のほうが遅れた。扶桑、山城姉妹は先に就役し、扶桑は佐世保、山城は呉に送られ、史実通りの欠陥戦艦として教官に回された。金剛は呉で山城の嚮導を受けたのである。これは伊勢や日向も同様であった。

 教官としての山城の評価はどうか、というと『地獄の山城』であった。優しくしているつもりなのだが、どうにも指導に『熱』が入ってしまうきらいがあり、厳しかったのは間違いはないだろう。

「……まあ、わからなくもないわね」

 目の前の金剛はイギリスから帰ってきた本物の帰国子女である。下の妹たちは、というと、国内に居たらしい、ということであった。
そして、イギリスで広く飲まれている紅茶の産地はどこか、というとインド亜大陸とその近辺、中国紅茶もあるが、どちらにしても、台湾が失陥した今、国内には入ってこない。日本産の紅茶は細々と生産が続けられてはいたが、べらぼうな値段がついている。
その点、コーヒーも同様ではあったのだが、米軍のハワイという要塞がまだ機能しているため、多少マシではあった。

「国内の業者は作ってくれないんデスかねえ」

「あるけど高いわよ?」

「Bloody hell…!」

 ううう、と嘆く彼女を見て、思わず山城は笑った。転勤前のあいさつに、ということで自分の部屋にやってきていた彼女が、相変わらずだったことに、だ。

「そういえば、山城キョーカンのエルダーシスターに会いまシタ!」

「……扶桑姉さま?元気だったかしら……」

「牡蠣に当たってマシタ」

「……相変わらず不幸だわ……」

 姉の姿を思い浮かべる。優しげな笑みが今は苦悶の表情になっていると思うと、なんとなく悲惨さを覚えるが、しかし牡蠣か、という呆れもなくはない。

「ああ、ソーデシタ、ワタシは佐世保に転属デース」

「それは最初に聞いたわ」

「山城キョーカンは?」

「……今、一人工廠に居る子にいろいろ教えてるの。だから転勤はないと思うわ」

「ソーデスか!」

 そういって、笑った。その笑顔を見て、山城は何かいろいろと救われた思いになる。戦況は苦しいが、この明るさは救いだ。

 だが、金剛は沈んだ。佐世保に転属したその日、イ号集団とロ号集団が大挙して押し寄せた。再編成の真っ最中だったため、指揮系統に混乱が見られたが故の、大被害であった。






「姉御?」

 その声を聞いて、はっとなる。安下庄地区に突入する段取りの再確認をしていたところだった。
なぜ、今金剛のあいさつのことを思い出したのか。と一瞬考えるが、すぐに首を振ってそれを打ち消した。

「光学観測は?」

「……それが……水偵の映像を送る。敵の砲に撃墜される前までは見えてたんだが」

 映像を転送してくるが、そこには黒い粘液のようなものがべったりと一面に張り付いていた。浚渫された安下庄港がアスファルトで舗装されているようにも見える。通常の深海棲艦の占領地に対して行う処置とはずれがある。通常は、もっと脈動しているように見えるのだが。

 光学映像に対する欺瞞かとも考えたが、そうした『手管』を使う頭は深海棲艦にはない。はずだ。
なぜ、いま私は戦艦タ級『スカーフェイス』のことを思い出したのだろうか、と首を一瞬ひねるが、口には出さない。撃破したはずだからだ。

「……航空機の滑走路のようにも見えるわね」

「僕もそう思うんだけど……こんな滑走路、必要とするような深海棲艦、居るかなあ?」

「アタシも心当たりはない。空軍連中なら必要だろうが」

 ううん、と言いながらも、山城は前進を選択する。突入してみればわかることだ。何しろ、速度を落としつつ航行していても妨害はないのだから。

「……なあ、鳳翔姐さんの航空機支援、来てないな?」

「もともと後詰よ。期待しすぎてはいけないわ」

 そういって、山城は息を吸った。

「両舷全速! これより、周防大島に突撃する! 目標は安下庄地区! 生きて帰るわよ!」

 タービンエンジンがそれに応え、甲高い音を立てる。遅れて、速度が上がった。本物の戦艦であればもっと増速に時間がかかるが、彼女たちははるかに軽量な艦娘だ。すぐに、山城の速度計が25ノットを指す。

 楔形の陣形を取り、山城が最上と摩耶の前に立つ。海の女王たる戦艦の本領は装甲と火力だ。下々はついて来い、といわんばかりの自信が、彼女にはある。

「敵の歓迎委員はまだかよ?」

「敵影見えず。……いや、音が……紫電改のエンジン音だ!」

 顔を上げる。そこには、鳳翔の艦載機、紫電改が飛んでいる。そして、データリンカが接続されていないため、何事かを伝えるために投光器で信号を送ってくる。

「摩耶、解読!」

「了解。……テッタイセヨ。……撤退だあ?!」

「ええっ?!」

 島の陰が見える。くそ、ここまで来て。と山城は歯噛みするが、次の摩耶の声は震えていた。

「ヒメギミガイル」

 嫌な予感は、的中した。





 深海棲艦が何を考えているのかはわからない。わかろうとしていないからだ、と言う者たちは居るが、しかし対話を拒絶しているのは彼女達だ。どこからともなくやってきて、己が怨念をぶちまける。すなわち、殺戮によってだ。
戦艦タ級『スカーフェイス』は、敵の情報を感じる。量子データリンカが手に取るように『敵の情報』を伝えてくるからだ。口や電波でのそれは検知できないが、今暴れている三人と、響と呼ばれていた個体のそれは手に取るようにわかった。

 笑う。左頬を修復しないのは、それが愉快な反逆だったからだ。羽虫がごとき駆逐艦が、海の女王に歯向かった。その一事が、彼女にとっては愉快でならない。
そして、死んだと思いこんでいることも、同時に愉快でしかないのだ。

 響を生かしておくのは楽しかった。目を潰され、消耗していく彼女を眺めるのは喜悦そのものであった。それが故に生かしていたのか、といえば違う。彼女は餌だった。
なにか秘密の作戦を行っている、と言うところまでは各種の電話線から放射される磁場を傍受し、解析することで了解できていたのである。予想外だったのは、救い出した娘達が強く、そして陸軍に『あきつ丸』と呼ばれる個体が居たことだ。作戦は失敗したが、響をなぶることで怨念返しはできた。

 だが、もっとも面白いのは。

後ろを振り返る。腕を組むヲ級2隻と、重巡リ級2隻が喜悦に顔をゆがめた。スカーフェイスは、再び笑った。

 罠にはまる羽虫のみじめさは、愉快なものだった。






「畜生……!」

 山城は血が流れ続ける右腕に止血帯を巻き付け、応射する。その視線の先には、安下庄地区の滑走路の先で笑う深海棲艦の姿がある。敵の赤い装甲が、その砲弾を受け止め、破片が海に白い泡をたて、飛び散った。
飛行場姫。そう呼ばれる個体の姿が、そこにはあった。燃えるような赤い瞳と、性別すらわからない白一色の異形。憎悪と喜悦を内包した、深海棲艦の姫君の笑顔を浮かべていた。確認したその時には、すでに敵航空機が上がっている。紫電改は、落とされた。

 津和知島と情島の間を通り抜けた頃には、敵の航空機が矢のように降ってくる。まるで、空が蝙蝠に占められたかのように、真っ黒だった。
ぬらりと太陽の照り返しを受け、光るその機体が、1トン爆弾を落とし、魚雷を発射し、そして自動化された機銃システムがそれを迎撃しよう、と必死の抵抗を行う。回避運動をしながら、波を浴び、破片を浴び、そして。

「畜生……!」

 最上と摩耶は、と後ろに目を向けると、同じく機銃で対抗し、しかしそれでもさばききれなかったのか、最上は20.3cm連装砲のうち一つがひしゃげている。同じく、右腕に破片をもらい、力なくぶら下げていた。

「姉御ッ!」

 その鋭い叫びに、はっと思わず負傷した右腕を上げる。機銃が反応し、撃墜しようとするが、しかし。
爆炎。激痛。

「ちくしょおおおおお!」

 嘆きなのか、痛みの表明なのか、すでにわからない。山城は混濁した意識の中、ずぐん、ずぐん、と動かす度に鈍い衝撃が走る腕を掲げる。いや、それは腕だったのか。妙に黄色い脂肪の層。ぐずぐずに引き裂かれた筋線維と、暴れながら血を吹きだす動脈。しろいほね。

「姉御ッ!」

「私に構わないで! 前進、前進よッ!」

 止血帯を強く締め、血が噴き出さななくなったことを確認すると、は、は、と強く息を吐く。

「ちくしょう……!」

 何が海の女王だ。と歯噛みする。このまま逃げればどうなるのかわかっているのか。お前は広島市街にこの敵を誘導するのだぞ。と冷静な頭が語る。
汗と脂とでひたいに張り付いた髪が不愉快だ。と右腕ではらいのけようとし、下唇を噛む。

「ちくしょう」

「姉御ッ!このままだと広島湾に出ちまう! 現在地は柱島周辺!」

「わかってるわ!」

 どうする。考えろ。考えるのだ。どこに逃げればいい。
 地図データを呼び出す。このまま北上は論外だ。どこ、どこへ。と目を動かすと、安芸灘の文字が目に入る。倉橋島と、江田島の間。

「……倉橋島と江田島の間に向います! そこを抜けて……!」

「抜けてどうするの?! 呉にこいつらが来ちゃう!」

「……くそ!」

 呉にこいつらを誘引することに。と考え、再び砲撃しながら、全速で前進する。扶桑型戦艦は足が遅い。私のせいで、もっと足の速いこの子たちが逃げられない。そう思った瞬間。

「……あなたたちは先に行きなさい」

 それが、口をついて出ていた。

「はあ?! 何考えてんだよ!」

「行け! 命令するわ、高雄型重巡洋艦『摩耶』! 行きなさい! ……あなたもよ、最上!」

 最上は、こちらの目を見て、うなずき、摩耶に目くばせする。進路をわけ、終われながらも、彼女たちは首尾よく変針。山城は、大物食いに目がくらんだ連中が空を埋め尽くすのを見て、笑った。
戦艦とは何か。艦隊の盾である。なればこそ、今ここに居るのだ。

「さあ、かかってきなさい!」

 発狂せんばかりの調子で、空に向って叫び、砲撃する。砲弾が『命中』し、敵機をへし折った。
 さあ、来い。相手になってやる。姫君だ、とそちらが誇るなら、こちらは女王だ。矜持を見せてやる。そう言わんばかりの調子で、顔を上げた。

「不幸だわ」

 顔を上げながらでも、そう言ってしまうのは彼女らしさでもあった。
 ごっ、という音がする。発砲炎が目を覆い、そして黒煙が彼女の白い装束を煤で汚した。

「こい、こい、来い!」

 さあ、一分一秒でも押しとどめるのだ。囮とは、そういうものである。





[39739] 余計者艦隊 第三話 OMEGA7(後篇)
Name: 小薮譲治◆f44fed86 ID:26ba43eb
Date: 2014/05/21 08:56
「てめえ、最上!」

 そういいながら、摩耶がつかみかかろうとして、やめた。

「……ボクたちは帰らないといけない。山城さんだってそれはわかってるはずだよ」

「なら、なんで!」

 最上は、右腕を上げようとしている。そして、動かない事に歯噛みすると、左腕でぐっと目をぬぐい、怒鳴り返した。

「うるさい! そんなこともわからないのか!」

「……クソッ」

 江田島と倉橋島の間の早瀬大橋の下をくぐる。その陰の下で、最上は口を開いた。

「帰ってくるよ。ぜったい。……絶対……!」





「ふ……ふ……」

 ばしゃり、と音を立てて、水面につっぷす。機関出力が上がらない。戦艦の艤装はそうそう沈みこそしない。だが。

「逃げ切れたかな……」

 敵の航空機の姿が、目に入る。緑色の排気炎をたなびかせ、突っ込んでくる機体は、1トン爆弾を投下するが、穴だらけになった桜色の装甲を貫通できない。

「……砲は……だめか」

 完全に砲身がひしゃげている、というステータスを返してくる。帰れたとして、しばらく艤装は使い物になるまい。入渠している間に、何とかなるものでもないだろう。

「……」

 生きて帰ってこい、という命令は果たせそうもない。そう思い。目を閉じた。
 血が、生命が抜け落ちていく。そして、ささやき声を聞いた。

「オイデ」

 ああ、なんと甘美な誘いだろうか。

「ナカマニ」

 仲間。仲間か。

「ナカマニナロウヨ」

 幻聴にしては、具体的なことを言う。そう山城は考えた。山城、山城とは何だったか。
体が、ずぶずぶと海に沈んでいく。だが。

 エンジン音。プロペラが風を切る音。

「起きなさい!」

 ぐいい、とすさまじい力で引き上げられる。痛覚をカットしていた艤装が機能不全を起こしているため、激痛が走った。思わず、悲鳴を上げる。

「痛ぁ!」

「生きてる証拠ね」

 さらり、と返しながら、曳航索を艤装にカラビナでつないでいく。その姿は、桜色の着物と、藍色の袴を履いた女性のそれだった。

「鳳翔、さん」

「助けに来た……というかまあ、敵航空機を少しでも減らそうと思って来たら、このありさまというべきかしら。最上と摩耶に感謝するのよ?」

「私たちも居るわよ! もう、山城さんは何聞いてたのよ」

 曙が憎まれ口をたたきながら、対空砲を連射する。その隣で、あわあわと慌てながら、砲撃を開始。

「い、生きて帰らないと、ダメなのです……」

 その一言で、気合が入った。う、とうめきながら身を起こそうとし、鳳翔に曳航の邪魔だからおとなしくしていて、と釘を刺された。

「……痛い」

 あまりの痛みに頭がぼうっとする。航空機を紫電改が追いまわし、落としていく。飛行機雲が絡み合い、対空装備をさほど積んでいなかった敵戦闘機は、良いカモであった。だいいち、足が遅い。

「遅い……」

 ああ、私ももう少し足が速ければなあ、と思わず、山城は嘆いた。






「山城が大破した?!」

 作戦発起後、指揮統制艦(注:現実には揚陸指揮艦である)合衆国から購入した強襲揚陸艇『ブルーリッジ』のレーダーブリップの光だけが緑色に光る、暗闇に包まれたCICで、提督は大声を出す。鳳翔、曙、電とのデータリンカをオンにしている加賀が、その声に驚いたのかびくりと体を震わせた。

 港から出航はしていないものの、AN/SPY-3レーダーをアクティブにし、戦況をモニタしていたのだ。そして、そこで突然周防大島がジャマ―の覆域に覆われたため、慌てて加賀に艤装を着用させた。もっとも、事前にデータリンカを同期していたあたり、このような事態は加賀も予期していたらしいことがわかる。

「は、はい。……ですが、鳳翔が回収を完了したとのことです」

「回収……鳳翔が前に出た、ということか」

「その通りです」

「死ぬ気か?」

 思わず、そう言ってしまう。提督はいかんな、と思うものの、思わずそう考えてしまう。
空母は砲雷撃戦の距離で戦闘を行うべき性質の船ではない。当たり前の話だが、飛行甲板がその艦体の大半を占めているためだ。艦娘でもそれは同様である。いや、むしろ艦娘のほうが空母搭載用火砲は少ないため、より大きな問題と言えよう。

 ゆえに、死ぬ気か、と提督は言ったのである。ごく常識的な意見ではあった。

「……いえ、そうとも言えません。まともに曳航できる最上、摩耶ともに補給の必要がありました。電と曙は一回戦闘を行ったのみですが、戦艦の山城を曳航するには出力不足です。扶桑型戦艦をここで失うリスクと、軽空母鳳翔が撃沈されるリスクを、あの人は天秤にかけたのです」

「両方沈むリスクも……いや、まあいい。全員が助かったのだから、それでいい」

 そう聞いて、あまりわからないが、少しばかり表情をゆるめ、左と右を見て、加賀は小声で言う。

「それで……どうなさるおつもりですか」

「どうなさる、とは」

「……山城の修復です。最上も同様にひどい損傷を受けています」

「……資材は?」

「無い……いえ、あるにはあります。ですが」

 そういって、加賀は口ごもる。それを見て、提督は顔をしかめた。

「どういう意味だ。ない、と言ったと思ったらあるにはある? はっきり言わないか。君は兵学校出たての新品少尉ではなく兵学校を出た大尉待遇ではないか」

 こういったあいまいな報告はしてはならぬ、と言うのが彼の士官として受けた教育であった。もっとも、こういったごまかしの報告ばかりうまくなったのが、ろくでなしの機関科大尉としての経験であったが。

「あるにはあるのです。ですが、それは未成艦の艤装を取ってくる必要があります」

「……具体的には?」

 雲行きが怪しくなってきたぞ。さらにここで口ごもる、と言うことは、相当に危ない橋だ、と言うことだ。

「日向を航空戦艦に改修するために製造されていた飛行甲板が一つ、あります。それ以外にも……」

「そっちは問題がない、と言うことか。で?」

 ごくり、と加賀の喉が動くのを、提督は見た。よほどまずいのだろう。前任者の帳簿のごまかしの結果出来上がった何かか、と楽観的な見通しを立てていた。

事実は、そんな程度のものではなかったのだが。

「提督。呉海軍工廠では、大和を建造しています。それの艤装の46cm三連装砲があるのです。……艤装の適合化手術がまだ行われていませんが、大和本人もいます。だから、余計にまずいのです」

「……そういうことか。彼女はこちらの所属とはなっていない。工廠としても、はい、そうですか、と引き渡せるクラスの船ではない。第一、まだ『艦娘になっていない』のだな? 仮に、艦娘にするなら最短でどの程度必要か」

 そういうと、事前に調べてきたかのように、即座に返事が返ってくる。

「慣熟も含めれば、2か月は最低でも必要です。戦力化という意味合いであれば、また違ってきます。半年は必要です。……事前に今回の山城が教育を行っていたようですから、短縮できる公算は高いですが」

 それを聞いて、提督はCICの天井を見上げた。半年間の抵抗。確かに呉鎮守府だけならばなんとかなるかもしれない。だが、避難民がそれに付き合ってくれるか。といえば、はなはだ疑問と言うより、無理だ。警察と陸軍憲兵隊が協力してなんとか暴動の芽を摘んでいるが、半年も、となると不可能事である。おまけに、在郷軍人会のうち、過激なメンバーが『義勇軍』を結成した、などという話すら聞こえてくる。

「大和を艦娘にして就役させる、と言うのは捨てよう。それはありえんことだ」

「では、どうされますか」

「徴発する。否やは言わせない」

 そう提督は言うと、陸戦隊を編成せよ、と命令を下す。工廠の連中がおとなしくよこすならよし、寄越さないなら腕ずくで奪う。長らく、艦隊勤務で海賊狩りを陸軍と一緒にやってきて学んだ処世術であった。





「損傷個所をチェックします。艤装を外しますからね。……おい、この子に脱脂綿噛ませろ。痛みで舌を噛み切るぞ」

 山城はベッドに横たえられる前に、摩耶と鳳翔に支えられ、クレーンで艤装を外す。苦悶の声を上げ、真っ青な顔をしているが、それでも意識を失っていないのは、さすがとは言えた。提督は、腕がちぎれてなお、気を失っていないあいつは相当なタマだな、と実弾の入った弾倉を拳銃に装填し、スライドが前に進むのを確認する。

 青を基調としたピクセルカモの作業服の上に防弾チョッキと、ひざ当て、肘あてをつけ、同じく作業帽をかぶった格好は、提督には見えないな、と、押し付けられた階級に見合わない自分を顧みて、視線を後ろを見る。陸戦隊員は、なぜ集められたんだ、という疲れた表情を見せていた。あちこちの部署から引き抜いてきたため、武装はともかく、作業着の色も新旧入りまじり、提督と同じくピクセルカモの作業服を着ている者もいれば、旧型の陸自迷彩や、旧型の作業服を着ているものも居た。

 まあ、いい。と提督は笑った。それを見て、艤装を付けた加賀は顔をしかめていた。いくらなんでもやりすぎだ、と言わんばかりである。

「海軍工廠を敵に回していいことはないですよ」

 それを聞くと、提督は思わず笑った。

「連中、賄賂を取るしか仕事をやってないじゃないか」

 現場でさんざん『袖の下』を要求されてきた提督からしてみれば、おそらく断られるだろう、と予期していた。そうして、事実要求した資材の提供は『断られた』のである。もっとも、最上の航空巡洋艦改装用の資材はあっさり送られてきたから、おそらくはこれで我慢しろ、と言うことだろう。

 だが、それが許される状況などでは、なかった。





「分隊、集まれ!」

 そう声を発すると、小銃をがちゃがちゃとならしながら、陸戦隊員が集まり、整頓して、最上級者が報告を上げてくる。

「坂井曹長以下14名、集合終わり!」

 曹長に敬礼を返すと、即座に銃点検の指示をおこなう。使用している小銃は豊和64式小銃で、弾倉をつけていないか、そして銃弾が薬室に装填されていないかを確認し、元に戻す。

「よし、各員、弾薬を受領せよ。これは実弾だ。指示があるまで絶対に装填するな。わかれ!」

「わかれます!」

 そういうと、実包の入った弾倉を、控えていた武器係に次々に支給される。防弾チョッキに押し込む者もいれば、作業服の弾倉用のポケットに入れるものも居る。全体的に動きがもたもたしているため、怒鳴りたいのをこらえた。

 再び集合させ、もう一度銃点検を行い、指揮のもと進ませる。加賀は、というと、艦娘が人間に銃を向けると政治的にまずいのです、と短く返され、鎮守府の執務室で通常業務を行っている。

 そして、さすがに海軍工廠も『こういう事態』になるとは考えていなかったためか、営門で押し問答を行い何とか通り、艦娘用の艤装担当者を呼びつける。

「我々は正規の書類でそちらの『艤装』を供出するように要請したはずだが」

 それを聞いて、担当者は顔をしかめた。

「なぜ我々が貴官の要請を聞かねばならん。そのような根拠はない! 第一、お前は機関科だろう!」

 しばらく押し問答を繰り返し、ついに提督の堪忍袋の緒が切れた。銃を引きぬき、顔につきつける。

「黙れ、これが根拠だ!」

 それを聞いて、鼻白んだ調子を見せるが、ふん、と担当者は鼻で笑う。

「協力の対価がなければ我々も協力できない」

 提督は、薄く笑った。そうか、ドルがいいか、と言って、肘を曲げて、勢いよく腕を引き、胴に蹴りを入れる。うめき声とともに弾き飛ばされ、倒れこんだ。それを見て、銃で狙いをつける。

「そらよ」

 日本国民の税金を発砲した。撃鉄が雷管を叩き、銃弾が撃ちだされ、倒れた男の膝にめり込み、そこから赤黒い血が噴き出す。

「円で悪いな。これしか持ち合わせがない」

 傷口を蹴り、苦悶の声を上げる担当者に向って言い放つ。それを見て、ひとりの少女がこちらをにらみ、声を張る。

「何をしているのですか!」

 長い黒髪を結い、凛とした声を発する少女は、こちらに怒りのまなざしを向ける。ここに居る、と言うことは、と類推するまでもなく、胸に名札がついていた。そこには『大和』と書いてある。

「賄賂をプレゼントしてるんだ。円で申し訳ないが」

 ふん。と笑う。しかし、その裏では、しまった。という後悔もあった。当然である。味方に向って発砲して、おそらくは大和になるであろう少女の目の前でそれをやらかしたのである。

「……味方に……味方に銃を向けて……」

 わなわなと唇を震わせている。それに向って、なるべく傲然と言い放つ。

「お前の艤装のある場所に案内してもらおう。我々にはそれが必要でな……おい、坂井曹長、死なれても困るから手当してやれ」

 そういって、目くばせをすると、曹長は『胸はすっとしたが』という複雑な色の視線を向けてくる。わかってる。十分に。

「あなたは……クズよ!」

「知ってるさ」

 そう笑って、提督はあるものを手に入れた。戦艦日向の改装資材と、そして。戦艦大和の艤装を強奪する。




後々、これが大問題に発展するのだが、それは言うまでもないことであった。




余計者艦隊 第三話 OMEGA7 -了-



[39739] 余計者艦隊 第四話 Die Verwandlung(前篇)
Name: 小薮譲治◆f44fed86 ID:26ba43eb
Date: 2014/05/26 18:09
「訓練海域に到達するまで、後何時間航行しなきゃいけないのかしら」

 そういって、彼女はぼやく。肩胛骨の下あたりまでの黒髪を結い、黄土色の砲塔を抱え、体の各部には同様の代物が接続されている。41cm連装砲の重量は実物とは比べものにはならないほど軽量なものの、それでも重いのには変わりない。おまけに、腰には儀礼用の太刀を佩いて居るのである。装備品が充実していると言えば聞こえはいいが、訓練の度にこれをつけていたのではたまらない、と言うことだった。

 それを聞いて、教導艦を務めている山城は少しむっとしたが、こう言うにとどめた。

「無線機を切り忘れてるわよ、伊勢」

「へぇあ?!」

 やべっ、と言いながら、ぶつっ、という音をさせて、伊勢は無線機を切る。この子は実力はあるものの、どこか抜けているところがある。山城を含めた扶桑型の改良型である戦艦「伊勢」は、訓練生として呉に配属されていた。当時は、だが。

「ヘーイ、伊勢サンは無線封鎖を忘れてマシたネー?」

「金剛、うっさい!」

 きゃいきゃいと笑いながら、金剛は伊勢に話しかける。こちらは35.6cm連装砲を装備しており、巡洋戦艦として建造された為、伊勢よりも足が速く、からかってぱっと離れた。

「この……!」

 伊勢が顔を真っ赤にして、追いかけようとする。それを見て、山城は今度こそ怒鳴った。

「二人とも! 遊ぶのなら帰ってからにしなさい!」

 全く。と考えた時点で、山城ははたと気づいた。


 ああ、これは夢だ。と。






余計者艦隊 第四話 Die Verwandlung






 目を覚ますと、山城は目のあたりに奇妙な不快感を覚えていた。右腕でごしごしとこするととれるかと思ったが、突っ張ったような感触が増しただけだった。

 右腕、と考えた瞬間、肌の色が若干薄い腕が接合されていることに気づいた。ああ、助かったのか。と考え、艤装、厳密に言えば、艤装のコネクタから生長している生体の光電子寄生体であるが、こちらのオーバーライドのおかげで腕が動いていることを意識した。リハビリを必要としないのはいいが、怠っていると艤装がダウンするととたんくたくたになってしまうため、厄介な代物ではある。また、どうしても生体神経に比べると『操っている』感覚になるため、しっくりこないのだ。

 そういえば、金剛と伊勢の訓練はあの後、どうしたのだったか。と体を起こして、考えた。確か、金剛が機関不調で水にしずみ、やられた振りをして、救助しよう、とした伊勢を攻撃して撃沈判定を得る、というこすっからい手法で勝ちを納めたのだった。まあ、その結果、自分の艤装も含め、塩まみれになった上、錆が浮いたりしたので、まさしく身から出た錆であったが。

 そういう勝ちに対する汚さは、金剛は優秀だったな、と考え、そして「もういないこと」に思いを致し、じわ、と涙が浮いてきた。

「おう、起きたか」

 あわてて再び目を右手でこすり、顔を向けた。そこには、青いピクセルカモの戦闘服に身を包んだ提督と、艤装を着用してはいるものの、右腕をギプスで固定している加賀が立っていた。もう吊らなくてもよくはなったらしい。

「提督……?」

 しかし、相変わらずどこかで、というか牡蠣で腹を壊した姉によく似た顔だなあ、と関係ないことを考えながらも、なぜここにいるのだろうか、と疑問を抱く。

「えー、まあ、なんだ。病院でなんだけども。君には新しい装備が与えられる。その運用資料については……加賀?」

「こちらが資料です」

 持つって言ったのに、などと提督はぼやいている。どさり、とベッドのサイドボードに青いハードファイルがいくつか置かれていた。そこには『秘』という赤いシールが張られており、透かしも入っている。

「閲覧簿にサインしてくれるかな、山城」

「……それは構いませんが、盗まれたらどうする気です」

 それを聞いて、提督は顔をしかめた。加賀は片眉をぴくり、と上げている。

「草の根分けてでも探し出して殺す」

 真顔のままに答えた。おそらく、提督は本気でそう言っている。この男の前歴を軽く鳳翔とともに調べた時に知ったことだが、オーストラリア難民射殺容疑で起訴されたことがあるからだ。実際、いくつか『教官』としての権限を使ってもアクセスできない人事記録があったため、事実なのだろう、と判断している。

 資料を開くと、日向の飛行甲板の運用者向けの資料が挟まっている。細かい仕様も載っており、なるほど、と提督の言いたいことが分かった。

「……航空戦艦化、ですか」

「例の……『史実』においてはペーパープランだった、と聞いているが、どうかな」

 それには答えず、もう片方の資料を開く。提督は一瞬ばつが悪そうな顔をした。

「46cm三連装砲」

 教え子の顔がちらつく。大和、と名前がつく予定で、みんなの役に立ちたい、と熱心に学んでいたあの子の顔が、だ。
提督に怒りの視線を向ける。どういうことだ、私にこれを使わせる、という意味が分かっているのか、という視線だ。

 それを受けて、提督は口を開いた。

「大和の戦力化を待っている時間がない、と判断した。議論する気はない」

「どうやってこれを持ってきたか、については問いません。ただ……それでよろしいのですね?」

「教官を務めるほどに優秀な山城と、まだ海のものとも山のものともわからない大和とで比べる意味があると思うのか」

 断固たる口調であった。そうだ。それに提督は言わなかったが、飛行場姫が居る、ということは、今すぐにでもあそこを叩き潰さなければならないのだ。広島と呉を砲撃できる距離に深海棲艦に王手を指されたにも等しい。いや、今まででも王手に限りなく近かったが、今度こそは王手である。

「……微力を、つくします」

 そう、山城はそう言わねばならない。教え子に対してやる仕打ちではないが、今はともかく、戦って勝たねばならない。




 時を同じくして、哨戒に出ていた二人の艦娘が、早瀬大橋に機雷を敷設するために装備を受領した。太陽の光を受けて、刻々と色を変える海は、つい先日の激戦の色を映してはいなかった。そこに白い航跡を刻み、進むのは最上と摩耶の重巡が二人である。駆逐艦も随伴させたかったが、こちらは音戸の瀬戸に敷設する作業に取り掛かっており、その後に対潜哨戒に向う予定であるため、別行動となっている。

「僕の飛行甲板、どう? 似合ってる?」

 余裕があるのか、最上が腕に巻きつけられた新装備を誇るように見せつけ、にこにこと笑うのを見て、摩耶は辟易しながら言った。航空巡洋艦に改装された彼女は、飛行甲板が大のお気に入りらしい。

「あー、似合ってる似合ってる。アタシには似合いそうもないからいいけど似合ってる」

「この良さがわかんないかなあ。へへへ」

 航空機運用か、と考えて、摩耶は首を振った。よく壊しては怒られていたからなあ、と、良い思い出のなさに舌打ちする思いではあったが、それは口に出さない。

「……おっと、お客さんかな?……ちょ、ちょっと、摩耶!」

 最上が、慌てた様子で量子データリンカでデータを送信してくる。そこには。

「……そういう事かよ。スカーフェイスめ……生きてやがったのか」

 左頬がそげ、実に『美人』になった戦艦タ級が、スカーフェイスが乱杭歯を覗かせ、微笑するさまが写っている。こちらの航空機に気づいていた。そして、同時に。

「なんだ、あの航跡。逃げてるのか?」

「重巡と……軽巡に駆逐艦、かな」

「お前の同型……いや、こりゃあちょっと違うな。三隈かな」

 三隈、と口に出すと、最上が顔を一瞬しかめた。おや、とは思ったが、摩耶は口には出さない。事情があるのだろう、と考えたためだ。実際、摩耶も姉にはいろいろと思うところもあるからだ。

「……クローンかな」

「……可能性はあるけどよ、本人かもしれない」

 それを言うと、最上は首を振った。

「あの子は……沈んだよ」

 沈んだ、と言った瞬間の、し、という音を出した後の一瞬の逡巡を、摩耶は聞き逃さなかった。これは何か、ある。是が非でも助けなくてはならない。

「助けるか?」

「……助ける余裕は?」

「無いね。だが、今は猫の手でもほしい」

「提督の裁可は?」

 そう最上が聞いた瞬間に、摩耶はかみつきそうになった。何を軟弱なことを、と言わんばかりだ。

「くそくらえ。お前が来ないならアタシだけで行くぞ」

 そうだ。私は、摩耶はずっとこうしてきたのだ。




「早く、早く、早く!」

 三隈の叫びに、朦朧としながらついていく。水しぶきが上がり、気管に塩辛い水が入り込み、顔面にへばりついていた鼻水と涙を洗い流した。

 弾薬も何もない。いや、厳密には魚雷はあるが、そんな距離にまで肉薄できる燃料もない。そして、希望もない。歯噛みしながら、白い鉢巻を血で赤く染めた少女は、声を張った。

「潮ちゃん!」

 ふらつきながらも、綾波型駆逐艦の『潮』は最上型重巡『三隈』と、私、長良型軽巡『長良』になんとかついてきている。体中がすり傷だらけで、機関部からは猫が絞殺される時の叫び声に近い悲鳴が響いていた。それを長良の耳が聞き取れる、と言う時点で、不調と言う言葉だけでは済まされない状況である。

「置いて行って……わぷっ、ください!」

「馬鹿言わないでよ!」

 なんてこと。と長良は毒づいた。周防大島を通ろうとしたら航空機に追い回されるわ、逃げ切ったと思ったらあの左頬の無い戦艦タ級の艦隊に追跡されるわ、今日は本当に厄日だ。と歯噛みした。

「だって……!」

「ああ、もう!」

 データリンカが接続されているのは三隈と長良のみだ。なぜか潮のそれとは同期できていない。ひょっとして、と思って、上を指さした。

「上に味方!」

「そ……それじゃあ」

 潮は上を見上げ、彩雲が飛んでいるのを見て、ぱあっと顔が明るくする。だが。

「あっ……!」

 破裂音。ぎりぎりぎりっ、という金属が引きちぎれる音とともに、潮の『足』が遅くなる。ひっ、と悲鳴を上げ、後ろを振り返り、重巡2隻がぎちぎちと笑いながら追いかけてきているのをみて、彼女は笑った。

「だ……だめ、みたいです」

 泣き笑い。くしゃくしゃに顔をゆがめる。

「潮ちゃん!」

 長良の声をかき消すかのように、ウォークライが、響いた。胃腑を揺らす、地獄からの呼び声。赤い目から焔をゆらめかせ、がちがちと歯を打ち鳴らし、砲から砲弾と黒煙をぶちまけながら、追いかけてくる。長良の魚鱗型のフィールドはその至近弾を透過しない。だが。

 潮は、悲鳴を上げている。誘爆を起こしかけた魚雷を切り離したものの、足に破片が突き立っていた。そこからは鼓動に合わせ、規則的に血が噴き出していた。真っ赤な、血。

「くそ……!」

 引き返すか、と目で三隈に問うが、しかし。弾薬もないのに引き返せるか。と首を振る。その通りだ。引き返したところで、二人で一緒に死ぬだけだ。畜生、と長良は口の中でつぶやいた。

「もっと……鍛えておけば……」

 助けられた、という言葉は、飲み込んだ。ここでは、もっとも無益な言葉だ。

「味方は……味方は……!」

 そううめくように言う三隈を尻目に、江田島の島の陰から、人の陰が飛び出してくる。ごっ、という殴りつけるような砲撃音と黒い煙。そして。

「早瀬大橋まで逃げろ! こいつらの相手はアタシたちがやる!」

 その言葉を聞いた瞬間、長良は跳ねるように動いた。腰の艤装から、カラビナつきのワイヤを引き出し、安全率を無視した転針。6時の方向、つまり真後ろに向い、半ばひざまで水に浸かった潮の艤装についた曳航フックにひっかけ、そのままぐるっと一周して、機関に全速を出させる。

「長良さん?!」

 その三隈の驚きの声を無視して、長良は叫んだ。

「艤装、外して!」

 潮は、爆砕ボルトで背中の『ボイラー缶』を切り離した。一番の重量物であり、今となっては爆発の危険もある代物だ。実際の駆逐艦、いや、船では、場合によっては船体を『真っ二つ』にしないと取り出せない代物ではあるが、艦娘では事情が違う。外装としての艤装は希少品だが、経験豊富な艦娘はもっと希少だ。となれば、優先順位として自明のことである。ワイヤを巻き上げ、潮を抱えるようにして装甲、つまり桜色のフィールドの内側に寄せた。速力は落ちるが、人間一人の重量など、艦娘の機関には何ほどのことはない。

 重巡2隻と、すれ違う。摩耶と、最上。そして、三隈は最上に視線を向けていたが、最上はちら、と一瞬見た後、摩耶とともに増速して再び発砲した。





「……最上、お前ね……」

 提督は、頭を抱えている。最上も摩耶も、そして逃亡者たちもうまく逃げられた。そこは、良かった。が。

「……すみません」

 うつむきながら、最上は言う。飛行甲板に一発もらってしまったのだ。ただ、これ自体の修復はさほど問題ではない。本格的な損傷ではないからだ。

「……まあ、無事でよかった。それで……話というのは?」

 摩耶と摩耶に連絡を寄越せば何もいわなかったのに、と通り一遍のお説教をした後、最上がちらちらとこちらに視線を向けているのに気付き、残るように、と言ったのだ。

「……三隈の、ことです」

「ああ、クローン……じゃなくて、オリジナルだったんだろう? 妹さんが帰ってきたんだ。よかったじゃないか」

 救援についていえば、最上は反対に回っていた、というのは実に意外なことでもあった。だが、結果的に喉から手が出るほど欲しい戦力が手に入ったのだから、提督としては深く追求する気はなかった。

「……あり得ないんです。だって」

 逡巡するように、最上は下を向いた。

「だって、三隈は」

 その目の奥の色を見て、提督は慄然となった。






「ボクの目の前で、深海棲艦になったんです」

 その色は、真実、恐怖の色に染まっていた。



[39739] 余計者艦隊 第四話 Die Verwandlung(中篇)
Name: 小薮譲治◆f44fed86 ID:26ba43eb
Date: 2014/06/02 01:12
 時刻は2000を回り、灯火管制下なのにもかかわらず、開きっぱなしになっていた遮光カーテンをしめ、提督は向き直る。陸軍との共同作戦で『海軍が全滅した場合の陸軍が撮るべきオプション』について詰める事項が多数あったのだが、お互いに電話での怒鳴り合いに近くなってしまったがために、1700でそれをやめ、明日に回すことを約し、部屋で椅子に座った途端『落ちて』しまっていたため、慌てて跳ね起きて走ってきたのだ。どういう事だ、と思って見てみると、こくり、こくり、と頭が動いている。横で結った髪が、くろぐろと流れていた。

「加賀」

 うつら、うつらと臨時司令部の事務用の机に腕をおき、舟をこいでいた加賀は、目を覚ます。背筋をただした。疲れが顔に出ていないとはいえ、やはり疲れているのか。と提督はふと考えたが、本題はそれではない。ねぎらいの言葉でもかけるべきなのだろうが、加賀の性格上、嫌味扱いされるだろう、と踏んでいるからだ。

「……は、はい。なんでしょうか。提督」

「話がある」

 慌てていた加賀も、居住まいを正した。提督の声音は真剣そのものだった。

「……君は、艦娘になって何年だ」

「兵学校を卒業してからですから……4年です。まさか私の年齢を知りたいだけ、とかそういうことなのでしょうか」

「いや、違う。そういう意図はない。……そうか、四年か。昨日今日なったわけじゃない、と言う事だけを聞きたかった」

 加賀は片眉を上げた。意図はよく読めないが、何か『昨日今日なったような艦娘』では知りえないことを聞こうとしているのか、と目で問いかけている。それに対して、提督は頷いて見せる。そして、続けた。

「最上の報告は聞いたか?」

「重巡『三隈』に軽巡『長良』と、艤装は失ったものの、駆逐艦『潮』を救助した、ということは報告を受けました」

 それを聞いて、他に何かあるのか、と言外に加賀は問う。再び、提督は首肯した。

「……それは、私が聞いて良いことなのですか?」

「鎮守府と艦隊を実質的に取り仕切ってるお前に、秘密にして良いことはあるのか」

「……そういう言い方は不快です」

 提督は、言い方にとげがあったことを詫び、本題はそこにはない、と言うことを言った。

「最上の個人的な事情を提督にのみ打ち明けられたのなら、私が特に何をいう事もありませんが。色っぽい話なら余計に立ち入りたくありません」

 それを聞いて、提督が思わず狼狽する。そんなことをした覚えもないし、そんなことをする精神的な余裕などない。第一、相手は部下である。それに、彼が愛する物は全く別であった。

「お返しです」

「……ああ、どうも。すまんね」

 手を思わずひらひらとやり、提督は咳払いをする。おっと、とばかりに再び加賀は口許を引き締めた。

「で、話を戻すが……。単刀直入に聞くぞ、お前は、深海棲艦がどうやって増殖するかを知っているか。話せないことなら話せないと言ってくれ。知らないなら知らないと言ってくれ。本当に大事な話だ」

「把握していません。公式の情報でも、噂レベルでも信憑性のある話は聞いたことがありません」

「知らない、と言うことだな」

 その通りです。と加賀は言って首を縦に振った。提督は、一拍置いて、言った。

「どうも、まずいことになった。深海棲艦が鎮守府に入りこんだ可能性がある」

「……それは本気でおっしゃっているのですか?」

 加賀の顔は、恐怖でひきつる。右手を押さえているのを、提督はふと見とがめたが、触れなかった。
たとえ駆逐艦クラスであったとしても、深海棲艦は間違いなく人間には十分な脅威だ。そして、艤装をつけていない艦娘にとっても、だ。艤装があれば『装甲』と俗に言われるフィールドを展開することができるし、肉体の修復もある程度できる。そして、およそ実際の口径に見合わない砲を運用し、航空機を運用することができる。だが、艤装を、というよりも機関部分を着用してなければ神経系の情報伝達が『効率的』なだけの人間である。
深海棲艦がこの手の『戦術』を使ってくることは無かった。そうした戦術めいた動きは一部の強力な艦種以外では見られず、数で揉みつぶす。おまけに、頭がよいとされる強力な艦種であっても、攻撃を一時控える、などと言った行動は一切しない。これが本当であれば、作戦計画そのものが根底から覆される。

「いや、可能性の話だ。だから、これから聞くことは本当に大事なことだ」

 くそ、前置きばかり長いな、と、提督は加賀に注意したことをふと思い出した。本題に入る前に前置きが長いのは、軍人としてあまりほめられたことではないのだ。

「加賀、お前は艦娘が深海棲艦になるのを見たことがあるか」

 目を、加賀が見開く。唇が、震えていた。

「あるわけがありません。ありえないからです」

 提督は、そうだ。と言った。

「だが、最上は見た」

「つまり、三隈、長良、潮のうち、誰かが」

 そこから先を加賀が続けようとしたのを見て、提督は制止する。

「その先を言うな」

「だれ、ですか。提督」

 加賀のギプスに指が食い込むのを、提督は見た。だが。

「言えば、お前はそいつを殺すか」

「あた……あっ……」

 提督は、はっとなってギプスから手を離した加賀を見て、ゆっくりとうなずいた。

「全員の医療データを見たよ。間違いなく全員人間だ。ちょっといじられては居るが、間違いなく。医官は処分、いや、この際言いつくろうのはやめよう。殺そうか迷ったが……過去の記録が閲覧できない状況で助かった。……お互いにな。三隈だよ、例の『深海棲艦』疑惑がかかっているのはな」

 殺す、と躊躇なく言ったことに加賀は目を見開いた。こういう事を無造作に言える人間だとは、考えていなかったためだろうか。そう提督は考え、何を驚く、と言った。

「……それでは、どうするのですか」

「どうするもこうするも、三隈は疑いが晴れるまで出撃させない。晴れたところで周防大島攻略戦以外には出さん。重巡三隻だぞ」

 なぜです、とは今度は加賀は聞かなかった。危険度が高いのも確かであるし、それに、燃料が純粋に不足しているためだ。加賀の腕を切った後に正常な腕をつなげないのも、加賀に戦艦たる『山城』とともに動かれると洒落では済まなくなる。鳳翔に艦載機を積んでいるのは、何も艦載機の数が不足しているためだけではない。

 それに、出撃されるとボンクラ士官の部類で、兵科士官ではなく、もとは機関科士官である提督にとっては作戦指揮や立案もなにもないからだ。基礎的な部分はもちろん知ってはいるが、それでも加賀が鎮守府と艦隊を実質的に取り仕切っている、という言葉に嘘はない。

「では、長良は?」

「出撃させる。燃料問題はあるが、対潜哨戒に長良型は強い。曙と電の指揮を執ってもらう」

 潮は、と口の形を作ろうとした加賀は、それを止める。なぜなら、艤装、つまり機関部を逃走の際に切り離しているため、艤装が再度出来上がるまで出撃どころではないからだ。山城が手ひどくやられた際にこれをしなかったのは、できなかったということもあるが、修復ならともかく、再建造となると、今のところは大和建造で資材と人員を吸い取られてしまい、不可能だからだ。長良と潮の思い切りの良さはともかく、頭の痛いことではあった。

「……摩耶、山城や鳳翔さんがこの件を知っている可能性は?」

「三隈が『轟沈した』と見られていた期間から今まで、艦隊行動を共にしていたことは無かったはずです。山城さんと鳳翔教か……鳳翔さんは教官職にありました。摩耶は横須賀から佐世保に配属される途中でしたから……」

 鳳翔、と名前を出した時、一瞬加賀が顔をしかめた。本当に苦手なんだなあ、と提督は他人事のように考える。まあ、確かに兵学校時代の教官が部下に居る、となると俺もやりづらいか。とふと考えた。

「……鳳翔、鳳翔さんか……呼んできてくれるか」

「……はい?」

「彼女が教官だったなら、本来知りえない事を教え子から聞いている可能性もある。……違うか?」

 そういった瞬間の加賀の顔は、ひどく情けないものだった。





「……申し訳ありません、私は知りません」

 鳳翔のその声を聞いて、提督ははあ、とため息をついた。加賀は、なるべく鳳翔を見ないようにしながら、所在なさげに立っている。それを鳳翔は一瞬見て、すぐに提督の方を見た。

 鳳翔は笑顔を崩さない。桜を白く染め抜いた、模様となった花と同じ色の上衣と、紺の袴といった着物のように艤装を身に着けた、長い髪を後ろで結った少女、いや、女性は、不思議な威圧感があった。なるほど、教官のまとわせている雰囲気だな、と提督は感じたが、どこかそこには『中身』がないように感じた。本来は苛烈な女性であったと聞いているが、どうにもそういったケンを感じないのである。

 優しげな、しかし空虚なものを覚えるその鳳翔に対して、提督は再び口を開いた。

「鳳翔……さん」

「鳳翔で構いませんよ。提督」

 くそ、確かにこれは加賀が苦手とするだろうな。と提督は仕切りなおすように咳払いをして、言った。

「三隈を出撃させないとして……どのように監視するべきと考えるか」

「潮ちゃんの身辺のお世話の手伝いをさせてはどうでしょう」

 鳳翔は、まるで用意していたかのようにすらすらと答えた。

「……どうしてだ?」

「潮ちゃんなら死んでも……戦力の増減はありません。 0 は 1 になりえませんから」

 それを聞いて、そうか。と淡々と提督は受け止め、そしてそう受け止めた自分を嫌悪した。これでもし深海棲艦なら子供が八つ裂きにされるのだぞ。この女はそういったのだ。

 そう自分への怒りを鳳翔に転嫁しようとして、提督は口を開こうとした。だが、鳳翔は笑顔を崩し、目をさまよわせている。この女性は、自分が言ったことに動揺しているのだ。おそらく、演技ではない、と提督は感じた。演技だったところで、どちらにしても自分の言っていることの意味は理解しているという事でもある。

「……今は、もう修復……いや、治療は終わっていたな」

「ただ、松葉づえはついていますから、介助者が居た方が良いでしょう。艦娘の介助を一般の兵、とくに男性に任せるわけには……」

 男性、という言葉を発した瞬間、一瞬自分の方を見たように提督は感じたが、あえて無視した。確かに救助されたときに潮を上から下まで思わず見てしまったが。

「身辺も含めて考えれば当然だな」

 そういってはみたものの、提督はもちろん当然とは考えていない。潮と姉妹であったはずの『曙』の名前が一切出てこなかった。追及するべきか、と考えたが、本題はそこではないし、家族のことに立ち入るのは仕事であっても好きではない。

 三隈は出撃させない。潮の身辺を手伝う。理由は燃料不足で、重巡洋艦を三隻も稼働させれば干上がる。となかなか苦しい言い訳である。疲労もあるのだから、最上とローテーション運用をすればいいのだ。本来は。そう考えた提督は、思わず頭を押さえた。

 戦力の増加を喜んでいた自分を張り倒したい気分だった。





「潮の世話、ですか?」

「そうだ」

 0900に司令官室に三隈を呼び出した提督は、開口一番そういった。加賀は、というと、長良と曙、電を引き合わせて作戦前ブリーフィングを行っていた。

 光の当たり具合によっては緑に近い色を見せる黒髪を左右で結んだ、くすんだ朱色のセーラー服の少女は、小首を傾げた。

「まあ、それではモガミンが大変ですわね」

「モガ……なんだって?」

 なんとなく、この子は頭痛を誘発する達人かもしれない。と提督は考えた。上官の前で自分の姉をモガミンと呼べる奇矯な性格は地なのか、はたまた深海棲艦の変化したそれなのか、と判断がつかない。

「最上さんのことです。ほかにモガミンと呼べる人はいらっしゃらないでしょう?」

「ああ、まあ、そうね」

 俺のことを陰ではシラインとか面白い名前で呼んでいるのだろうか、などと益体もないことを白井、つまり提督は考えた。実際はホワイトさんだったが。

 首を振って、提督は続けた。

「燃料不足でね」

 短く、言う。この厄介な少女をなんとかしたい、そう考えたが、その次の発言で、その考えを改めた。

「まあ、それはおかしいですわ。私と最上さんは同型艦です。摩耶さんはともかく、ローテーションが組めます。それに、最上さんは貴重な航空巡洋艦ではありませんか?」

 ああ、やはりこの少女は奇矯な性格だが、頭の回りが悪いわけではない。と、提督は顔を見て考えた。にっこりと三隈は笑う。

「そうだな。理由の説明は必要か?」

「いいえ、理由を問うのはくまりんこの仕事ではありませんから」

「……くまり……そ、そうね」

 そういって、提督は脱力し、退出するように、と命じた。たかだか数十分のやり取りなのに、妙に疲労したのは、気のせいではない。







「……うまく笑えたかしら」

 そういって、三隈はため息をつく。自分が疑われている。そう思うと、気が気ではなかったのだ。

 別に、理由のない疑いでもないのだろう。そう、三隈は感じていた。心当たりも、あったのだから。

 大きな、心当たりが。






[39739] 余計者艦隊 第四話 Die Verwandlung(後篇)
Name: 小薮譲治◆caea31fe ID:479cfb49
Date: 2014/06/07 22:57
「……うまく笑えたかしら」

 そういって、艦娘の寮の一階を改装した司令室から出てきた三隈はため息をつく。自分が疑われている。そう思うと、気が気ではなかったのだ。

 別に、理由のない疑いでもないのだろう。そう、三隈は感じていた。心当たりも、あったのだから。

 大きな、心当たりが。

 彼女には大きな記憶の断絶がある。台湾の金門島沖で戦ったのは3月なのだ。沖縄以南であっても冷たい水の感触はよく覚えている。中国の南海海軍に所属していた艦娘たちとの共同戦線、そして。

最上や、熊野、鈴谷、多数の駆逐艦と就いていた邦人と難民の台湾放棄に際しての護衛を行っていたところまでは覚えている。そして、その作戦が失敗に終わり、多数の死者が出た事も。それ以降の記憶のことごとくが霧散してしまっている。突然の断絶だった。

 調べれば、わかったことは多数ある。コンピュータシステムはダウンしていても、紙媒体の資料などは律儀にみな印刷していたのだ。戦死公報など隠すことでもなかったし、隠したところでマスコミに騒がれるだけだ。かつ、親愛なる友邦、と呼ぶのは三隈にとって心理的な抵抗感のある『アメリカ合衆国』が作ったインターネット上の素人の分析家でも、公開情報をもとに何が沈んだか、も割り出せるのだから、隠したところで無駄な情報でもある。

 彼女は、戦死したことになっていた。鈴谷も戦死している。最上と熊野、そして介助することになっている潮は生き残っていた。長良はどうなのだろうか、と考え、調べてみれば、沖縄撤退戦で戦死していた。いや、戦死したことになっていた。
調べれば、わかる事である。そして、自分がどのような疑いをかけられているのか、を理解できないほど、三隈は頭が悪いわけではない。

つまり、自分は深海棲艦の擬態ではないか、と疑われているのだ。三隈は、そう考えてみて、笑いの発作が起きかける。

 馬鹿馬鹿しいことだ。

 だが、そう笑ってもいられない事情は、ある。

「……」

 彼女に、記憶がないことだ。そう、まったくもって。

 馬鹿馬鹿しい。

 そう考えていると、かつん、かつん、という音が聞こえてきた。荒い息遣いと、うめき声。顔を上げると、そこには綾波型駆逐艦『潮』が松葉づえをつき、悪戦苦闘しながら前に進んでいる。健康的に日焼けした足に、足を固定するための留め具が巻かれていた。女になりかけの少女につく肉が、ベルトに圧迫されてゆるく盛り上がっている。煤がついた窓から差す日はけぶっているが、それでもその下にかよう血の色を、肌に見せていた。

「潮ちゃん?」

 そういうと、びくっと少女は体を震わせた。この子は、どっちなのだろうか、と考える。正直なところ、元からおどおどとした態度をとっている子のため、私が、すなわち沈んだはずの三隈が恐ろしいのか、単純にこの年頃の特有の年長者に対する恐怖心なのか、どちらか判別できないのだ。

「あ、え……三隈さん」

「くまりんこでいいわよ?」

 にこやかに笑って見せる。大丈夫、笑えているはず、と考えていたら、潮はしばらく難しい顔をした後、ひきつった笑いを見せた。

「あの、遠慮して良いでしょうか……」

 しかし、どうしてこういうあだ名を自分でつけると遠慮されるのだろう。ほかの、たとえば球磨などは特に何も言われていないのに。と三隈は考えていた。そういうのが似合う『たち』の人間ではなかったのだが。





「くそ……」

 4月。鹿児島の与論島があと少しで見える、というこの海域は、この季節でもすでに気温が高い。潮風に含まれる塩分と、自分の汗でおでこにはりついた髪を、最上ははらった。

 後ろでは、貨客船『日本丸』をはじめ、多数の民間船が黄色い救命ボートを海に落としている。救助は、と最上は考えたが、首を振った。ほかに誰がいる。この海域の敵を掃討しない限り、救助など来ないのだ。いや、来られないのだ。
彼女がデータリンクで艦隊の残弾を確認すると、十分に戦えるだけのそれはある。金門島沖で負けに負けた結果がこの無残な光景だったが、弾薬だけは売るほどあった。若干、三隈のそれが少ないが、敵を誤認して無駄撃ちしてしまったからである。

 沖縄を超え、本土である九州に向かおうと進路を取った矢先、深海棲艦、それも潜水艦の群狼船団に襲われたのである。浮かんでいる人々はこちらに批難の視線を向けていた。それを、背中にひしひしと感じる。

「連合艦隊の栄光は今いずこ、ってところかな……」

 自嘲しながら、後ろを振り返る。護衛船団の先頭で指揮をとっていたが、ことここに至ってはその任務を放棄せざるを得なかった。右舷の護衛を担当していた鈴谷と、駆逐艦娘である潮と曙が敵潜水艦を沈めたものの、最上の搭載機が三時の方向、すなわち日本本土からの敵艦隊の接近を検知したのだ。おそらく、本土に対する攻撃を行ったのだろう。指揮統制艦であり、強襲揚陸艦である『おおすみ』を船団護衛に出し渋った結果がこれか、と思わなくもない。

 船団の先頭を行く最上の指揮下には、先ほど述べた鈴谷、潮、曙が右舷側、左舷には熊野、漣、吹雪がいる。最後尾には、三隈と長良がついていた。指揮統制艦『おおすみ』がいれば、少なくとも敵潜水艦を検知できない、などということはなかっただろう。そのための大型ソナーが多数あり、AN/SPY-3レーダーが搭載されているのだ。
とまれ、避難民を守るために誰を残すか。重巡洋艦たる自分や三隈、鈴谷そして熊野、を引き抜いて、駆逐艦娘だけを残した方がいいか、と考える。敵潜水艦が『撃滅できた』とは限らないのだ。戦力全てを引き抜いて敵艦隊に挑みかかったところで、潜水艦に避難民による愁嘆場を演じさせていたのではお話にもならない。

 通信機をオンにし、スケルチをオフにする。マイクに息を吹きかけ、送信する。ザッという音が、切れた瞬間にした。ほかのノイズが混ざっているが、それでもスケルチテールが聞き取れるということは、まだ深海棲艦のECM領域に突入していない、ということだ。ECM領域に突入した場合、スケルチテールのような単純な雑音とは違う、何らかの符丁めいた雑音が聞こえるのだ。そして、仮想トークスイッチを長良のみに切り替え、声を張る。

「長良! 聞こえる?!」

「こちら長良、聞こえます!」

 よし。と最上は考える。長良と三隈を最後尾につけていたのは、いざというときに指揮が取れるだけの経験があるからだ。この際は、三隈を引き抜いて、同型の重巡洋艦で戦隊を組むことを決めた。対潜という観点で見れば、長良は極めて優秀である。重巡洋艦がくっついて、現場の指揮を混乱させることもあるまい、と判断したためもある。長良の方が階級は少尉待遇で、重巡洋艦は中尉待遇であり、階級上は上だからだ。むろん、現在の帝国海軍も階級社会でもあるのだが、隠然たる『経験の差』つまりは『メンコの数』という部分はやはりある。長良の方が『メンコの数』は多いし、対潜ということにかけては経験豊富だ。

「駆逐艦を残す! 船団護衛を継続して!」

 しばらくの間があった。長良のノイズ交じりの声が、響く。

「了解。データリンクに上がっていた敵が接近しているということか?!」

「そのとおり!」

 そして、仮想トークスイッチを船団内に切り替えた。これで、全ての艦に指示がいきわたる。合わせて、量子データリンクに確認タグを添付した命令文を即席でアップロード。

「こちら最上! データリンクにある通り、敵艦隊が本土より接近している! 鈴谷、熊野、三隈は我に続け! 単縦陣をとる。長良、そして駆逐艦は船団護衛を継続せよ!」

 若干の間はあったが、データリンクで了解、とそろって送信してくる。肉声で伝達する意義は本来的にはないが、この方が心理的な応諾は得られやすいため、最上がよくやる『手』である。

「よし、僕に続いて!」

 声を張る。敵は戦艦1隻と重巡4隻だ。さんざんに内地を砲撃してきたことだろう。そのお返しもある。だから、やってやらねばならない。

 そう考えたその時、最上ははた、と気づいた。ああ、これは。夢だ、と。それも、経験したことを夢に見ている。たしか、このとき。そう意識した瞬間、目の前の光景が一瞬、溶けた。

 ああ、畜生。そういうことか。最上の疑問が、この夢を見させているのだ。そう感じて、夢の中だというのに、吐き気がした。何度も何度も夢を見て、なんとか折り合いをつけた問題を、もう一度突き付けるというのか。三隈の、妹の轟沈という問題を。

 夢の中の自分は、口の中の肉をかみ切って、口から血を流しながら戦っている。確かに、敵は倒したのだ。では、誰と、か。

「鈴谷……鈴谷?!」

 熊野の悲鳴が、通信機に響く。ああ、畜生。鈴谷がやられたのか、とその時は淡々と考えていた。余裕がなかったのだ。彼女には。考えることが多すぎた。
見たもの、そして見たくないもの。聞いたもの、そして聞きたくないものがあったのだ。それは。沈んでいく三隈と。歓迎するかのように響く、水中からの絶叫めいた賛歌。透明度の高い南国の海だから見えた、呪わしい光景。

 よく、最上は覚えている。瘧のように体中が膨れ上がり、弾け、赤い血をぶちまけていく。魚が群がり、そして、消える。血煙の只中から、かいなが突き出された。人間的な血の色を感じさせない、真っ白な腕。呪わしい賛歌が、最高潮に達したその時。
青い焔を目からほとばしらせる、重巡『チ』級が妹の血の只中からあらわれ。咆哮した。

深海棲艦のウォークライ。戦いの前の、叫び声。女や子供を思わせる高音と、男や老爺を思わせる低音がカクテルされた、蛮声。それを、かつて三隈だったものが上げていた。

そうして、最上はなぜ恐怖したのか。蛮声を聴いたときに理解した。

 彼女は、三隈だったものは。歓喜していたのだ。皆殺しの声を上げながら。続々と海中より這い上がる異形たちは、いずれも歓喜の叫びをあげていた。それらはすべて、かつては艦娘だった者たちだった。どこかで見た、どこかで死んだ、その怨念を返せるのだと、喜んでいたのだ。

三隈、いや、雷巡『チ』級と、目が、あった。憎悪とも、憐憫とも取れない、あいまいな色を青い焔の只中に揺らしている。

「みく、ま」

 ボクは、何をいっているんだ。あれが、あんなものが。三隈であるはずはない。それなのに、のどは勝手に声を発する。やめろ。そんなひどい声を上げるのは、やめろ。そう言わんばかりに。

 体が、動かない。敵の艦隊は、彼女の横を素通りしていく。脅威ではない、と判定した。そう、感じられた。

 熊野と、鈴谷が彼女を我に返らせた。船団を、いや、かつて船団だった救命ボートを、艦娘であった者たちが襲っているのだ。

「あ、ああ」

 のどが、震える。声が肺腑のさらに奥から発されているのを意識した。

「ああああああ!」

 叫び声とともに、発砲。殺してやる。殺さねばならない。あれはいけないものだ。許してはならない。




 叫び声とともに、最上は目を覚ます。張り付いた髪が不快で、それを払う。胸を抑え、寝間着代わりのTシャツをつかみ、うめいた。目から、涙が零れ落ちる。

「……」

 最上は、ベッドから立ち上がった。艦娘たちが起居していた四人部屋には、最上しかいない。真っ暗な部屋のドアの前に立ち、振り返って、寝ていたはずの娘たちの姿を思い浮かべた。いつもふざけていた鈴谷は冥符に行き、それをにらんではたしなめていた熊野は佐世保へ転属した。死んでは、居ないはずだった。
そして、三隈は。と考えた瞬間、ふたたび右手でシャツをつかみ、左手で扉を開けた。消灯後のくらい、非常灯のオレンジ色だけが照らしている廊下を、幽鬼のように歩く。自分でも、その足が震えているのがわかった。

「……」

 あれが、もし。そう思いながら、非常灯の光で黄色味を帯びた白いネームプレートを見る。そこには『潮』と印刷されており、その下には乱雑に書かれた鉛筆書きの紙が押し込まれている。そこには、三隈と書かれていた。

「ボクは……」

 何がしたかったのか。そして、何をすべきなのか。

 ノブを、回す。扉に、カギはかかっていなかった。部屋の中に入って、見渡す。潮は、丸まって、布団をかぶって寝ている。好都合だった。何に、などとは、問わずともわかろう。
つまり、あの海で最上は果たせなかったことをやるつもりだった。

 三隈のベッドの前に立つ。規則的に、胸が上下していた。ごくり、と唾をのみこんだ。
手を、見つめる。手の皺を、じっと見、そして、三隈の首筋とを見比べた。

 再び、唾をのみこんだ。手を当てがい、そして。

「……最上さん?」

 手を、止める。三隈は、微笑んでいた。

「やっぱり、そうするのね」

 声が、震えている。そして。自分の、手も。

「できない……」

 できない、と最上はうめいた。のどの奥底から、絞り出されるような声だった。たとえ、たとえ深海棲艦であったとしても、彼女が『曙』の上半身を吹き飛ばし『吹雪』の頭をトマトのようにひしゃげさせ『漣』を半ば足を引きちぎるようにしながら沈めて見せた、深海棲艦であったとしても、だ。そういうことを、やった存在でありながら、彼女はそれを覚えていない。いや、仮に深海棲艦であれば、それを覚えていないように見せている。許すことなどできない。

 だが、それでも『血は水よりも濃い』のだ。

仮に深海棲艦がこんな手段を取ったのなら、人間というものをよくわかっている。忌まわしい殺人を平然と犯す左目を持ちながら、地球の裏側の死せる孤児に涙を流せる右目を持つのだ。
そして、最上の右目が、勝った。涙をぼたぼたとこぼしながら、うめく。うずくまりながら、顔を隠した。

「殺して、くださらないのね。やっぱり……モガミンは、優しいもの」

 三隈は、涙を流している。その声には、悲しみが混ざっていた。そっと最上を抱き、ささやくように、そう言った。






 ここで、三隈が自殺するようなタマであったらば、提督は頭を抱えるようなことはなかったのだが、実際上はそうはいかなかった。最上も、曙を殺したのはお前だ、と妹に告げる勇気を持たなかった。

 そのツケを払うのは、もう少し先のこととなる。そして、払うのは彼女たちだけではなかった。


余計者艦隊 第四話 Die Verwandlung -了-



[39739] 余計者艦隊 第五話 Impostor(前篇)
Name: 小薮譲治◆caea31fe ID:479cfb49
Date: 2014/06/25 02:02
 知りたくもないことを知る、と言うのは、どういう気分だろう。と時折考えたことがある。手のひらを、オレンジ色の非常灯にかざして、血管が透けて見えないかを試してみて、笑った。
 自分が一体何なのか、を悩む余裕がある、というのは、彼女にとってはひどくうらやましいことであった。その苦悩がたとえ、自分が怪物かもしれない、というものであったとしても、だ。

「バカみたい」

 ふん、と笑って布団を引きかぶる。手のひらで、ごし、と目元をこすった。

「……バカみたい」

 曙は、そういって何かを笑った。

 初めて目を覚ました時、自分が何者かを既にしてわかっていたのは、不幸だったのか、どうか。いや、わかっている、と言うよりは知っている、と言う方が適切かもしれない。なぜなら、自分の記憶は植えつけられたものであったからだ。オリジナルのある時点での記憶を焼き付けた存在。そして、艤装から流れ込んでくる『記憶』を受け止める器としての存在。

それが、綾波型駆逐艦『曙』のすべてだった。すべて、という言い方は不適当かもしれない。すべてと言えるほどのものは持っていなかったのだ。オリジナルの『曙』であった少女の持っていたものは、そして駆逐艦として生まれ、水底に沈んだ『曙』の持っていたものは、持っていない。

 オリジナルの親は生きている。らしい。らしい、というのは、曙は接触を禁じられていたからだ。彼女にとって、海軍は親であり、家であり、おそらくは墓場になるものである。

 ただ。そう曙は思い返す。妹とは会えた。だが、自分の出自を思い知らされただけだった。
潮。妹のはずの少女の顔を見た瞬間、曙はうれしかった。確かに、記憶の中では彼女は間違いなく妹だったのだ。だが。潮の顔は、ひきつっていた。

 お構いなしに話しかけ、笑いかけたと同時に、目に涙を浮かべた妹のはずの少女から、叫び声が上がった。

「曙ちゃんと同じ声で話しかけないで!」

 叫ばれた瞬間、曙は逆上し、潮のほほを張っていた。自分でも、なぜそんなことをしたのか、わからない。それが、潮にとってのとどめだったらしい。そして、曙にとって致命的な一言が、潮の喉から発された。

「曙ちゃんは死んだのに、どうしてクローンのあなたが生きてるの」

 よくよく考えてみれば、どうして話しかけたのだろうか。と思うような話である。オリジナルが彼女の目の前で戦死してから半年も経っていなかったというのに、クローンが目の前に居るのだ。逆の立場なら、と想像しようとして、曙は寝返りを打った。

「……ばかみたい」

 逆の立場になどなるものか。いや、なりようがない。そう思って、再び笑い、ぬれた目元をこすった。




余計者艦隊 第五話「Impostor」




 どうして戦うのか、と自問したことがない、と言われれば、嘘だ、と笑うだろう。何しろ、敵たる深海棲艦は悪意と敵意を人類に向けてくるだけで、何かの目的意識があるようには思えない。よしんば。目的意識があったところで、自分にわかる形で何か伝えられるとも思わない。そのくらいの分別がつく程度には、潮は大人になっていた。いや、むしろそうなるように操作されたのかもしれない。そうとも言えた。
だが。そう思って、最上が去った後、ずっと聞こえる三隈がすすり泣く声が聞こえるために布団をかぶり直し、ため息をついた。

大人なら、あの子に、曙ちゃんのクローンにつらく当たるのがどういうことかをわかっていて当然だ。彼女は家族を失うことがどういうことかをわかっていないし、わかることができない。何しろ、本質的な意味で家族が居ないのだから。そんな孤独な子に私はひどいことを言ったのだ。

「……無理だよ」

 そう。無理だ。同じ性格で、同じ好みで、そして同じ外見に同じ声で話しかけてくる、死んだはずの姉。もっと大人なら折り合いはつけられるのだろう。と潮は思うが、彼女には耐えられなかった。話しているうちに殺された姉の姿がちらつく。いつも憎まれ口ばかりたたいていたのに、それでいてさびしがり屋で誰かと一緒にいないと不安そうな顔をしている姉。そして、上半身が吹き飛ばされ、血を吹き出す肉人形に変貌した姉の姿が、だ。

不思議と、吐き気はしなかった。至近にいたために血を浴びて、ああ、やっぱりあの姉も死ぬんだな、と思ってしまったのである。

 最上とその旗下の艦隊がとり逃した重巡『リ級』と、どこからか現れた有象無象が殺到し、攻撃を仕掛けてくる。潜水艦もたっぷりやってきた。避難民は全滅。自分たちが生き残ったことも奇跡と言えた。

 生き残って軍法会議で降格処分を受けた最上と、もう一度同じ部隊で戦うのか。と一瞬考えては見たが、戦うも何も、艤装がないことには陸に張り付いているしかない。同様に『死んだはず』の三隈を張り付けている、ということは、多分、何かしらの疑いをかけられているのだろう。そう潮は判断していた。長良はどうして別にされたのだろうか、とも思ったが、おそらく率いている部隊というのは、監視の役割もあるのか、などと益体もないことを考えて、寝返りをうつ。

 眠ろう。そう考え、再び瞼を閉じる。たとえ、見るのが悪夢でも、今の状況よりは悪くない。潮は、苦く笑った。年に見合わない笑い方であった。





「救援は! 救援はまだなの?!」

 絶叫に近い声を聴く。溜まった薬きょうをぼちゃぼちゃと音をさせながら海に吐き出させ、再装填。潮は、舌打ちをこらえながら声の主を見る。

 その声の主、吹雪は、避難民にしがみつかれて、振り払おうかどうか迷っている。機関の出力上余裕はあるが、発砲ができなければそれどころではない。重巡『リ』級を先頭に敵戦隊が殺到しているのだ。重巡『リ』級は狙い澄ましたかのように避難民の救命ボートを優先的に狙い、生き残った避難民を助けようと動いた艦娘たちを狙っている。
それでなくとも、吹雪のようにまとわりつかれて発砲や機動どころでなくなっている者もいるのだ。潮と曙は発砲し続けることで寄せ付けていないが、漣と吹雪はその暇が無かった。

「定期交信の途絶で動いてるはずだよ!」

 長良がうめくように言い、漣と吹雪に振り払え、と合図する。このままでは残りもやられてしまうためだ。とり逃した『リ』級はどこからか現れた駆逐艦を引き連れ、盛んに砲撃を行っている。リ級を含む第一集団が正面、識別不明の駆逐艦6隻の第二集団が左舷側、軽巡1と駆逐5の第三集団が右舷側より接近していた。
避難民の盾として、囮として動くも何も、最初から避難民を狙ってきている。となれば、選択肢はない。相互に10㎞もないような超近距離戦闘である。たとえ重巡が相手であっても、やれる可能性はある、ともいえる。

「ごめんなさい……!」

 吹雪と漣は、ためらいがちに避難民を振り払って増速。砲弾の着弾の水しぶきと、悲鳴がさながらコーラスのよう。そして、その只中に響き渡るのは深海棲艦の歓喜の声。

 信号弾が上がり、位置が露呈することも構わず発光信号を長良が送ってくる。ワレニツヅケ。それのみだった。

「畜生……クソ提督……!」

 曙は吐き捨て、右舷側集団に対して発砲していた潮に向って怒鳴る。

「長良についていくわよ! 来なさい!」

「でも……!」

 それを聞いて、曙は再び叫ぶ。金切声に近いそれが、耳朶を打った。

「あのクソ重巡をぶっ飛ばすのが先よ!」

 どのクソ重巡なのか、と思わず問い返しそうになったが、潮はそれをあえて無視し、砲撃を止めてデータリンクの示す長良の位置に向う。
隊形をなんとか単縦に組みなおすと、長良が再び怒鳴った。その間にも盛んに砲撃を相手が行ってくるからだ。

「来たわね。第一集団に攻撃を集中させる。迎撃に向った組も反転してこっちに来るわ! 挟撃ができる!」

「他は?!」

「雷撃した後、こちらが右舷側を、重巡が左舷側をやる手はずになっている!」

 潮は、食いつかれたらどうするんだ、と言いかけたが、目の前の曙が睨みつけていて、それをやめた。
最後尾には吹雪がついている。吹雪ならなんとかやるだろう、と長良は見ているのだ。

「さあ、食い破るわよ!」

 長良の合図で一斉に砲撃を開始し、黒い煙が視界を覆う。砲撃音が耳朶をたたき、耳が痛んだ。

「雷撃準備!」

雷撃のための姿勢をとり、撃ちだしたその瞬間に、発砲炎が視界に入る。ヒュッ、という風切音すらした音声に、思わず潮は目を閉じた。着弾地点は艦隊の横だ。データリンクでは全員の反応がある。よかった。と目を開け、顔を上げた瞬間、ひどく顔が濡れていることに気づいた。水か。と思って手でそれを拭い、顔を上げる。

「あ……」

 そこには、がくがくと震えた足があった。いや、足だけがあった。びゅうびゅうと血を吹きあげ、倒れこんだそれは、姉『であったもの』だった。

「えっ……え?」

 手のひらを見れば、それは海水などではなく、血である。ばしゃん、と姉であったものが倒れこみ、ぶくぶくと沈んでいく。データリンク、途絶。

綾波型駆逐艦『曙』戦死。

 それを目の前で見た潮は、絶叫するでもなく、ただ茫然としていた。自動的に体が動き、応射する。接近してきた重巡『リ』級は、その砲撃をものともせずに漣に雷撃を浴びせ、漣の足を引きちぎり、吹雪の頭にこぶしを振りおろし、砕く。あまりに手際のよい殺戮に、いっそ潮は手をたたきたい気分になっていた。むろん、恐怖のあまりに笑いの発作が起きかけているだけなのだが。

 雷跡が潮の左舷側を走る。砲撃がぶつかり、敵の青い障壁にぶつかったその瞬間に魚雷が命中し、リ級は悲鳴を上げて沈む。長良は、肩で息をしながら、潮に近づき、肩をゆする。

「大丈夫?! やれる?!」

「……は、はい。はい。やれ、やれます!」

「よし!」

 畜生。と長良は怒りの言葉を吐きながら、波を蹴立てていく。それに潮は追随するが、海のこの赤はどっちの赤だろう。などと考えていた。

 それを、そんな風に意識していたな、と冷えた頭で潮は見ている。

 お定まりの敗戦だった。最上は責任を取って降格。長良と私、潮、そして熊野は生き残って無様を晒し続けていた。いや、長良はその次の沖縄撤退戦で戦死した『はず』なのか、とも。

だが。

「あれ? 潮じゃない。なんで喪章なんか着けてるの?」

 ひらひらと手を振る姿が、目に入る。ああ、と思わず潮は嘆息した。これは。

「誰かのお葬式? それにしても、なんで私を呼ばなかったんだろ。ムカつくなあ」

 横で結んだ長い髪と、勝気そうな瞳。そして、どこかさびしさをにじませたそれは、当人に生き写しである。そう。
葬式で送り出した姉の姿の。

「……呼ぶわけ、ないわ」

 そう答える声が、震えているのを意識する。

「……どうして?」

 どうしてだって、と言いそうになり、いつもの姉のように、小首を傾げているのを見て、視界がぼやける。ああ、いつもこんな風に、困惑した時は顔をしかめて、小首を傾げていたのだ。姉は。そう潮は思って、ぐっと下唇を噛む。

「ねえ、どうして?」

 いつもと同じように笑い、死んだはずの姉が近づいてくる。足から上がなくなって、即死だったはずの、そして、何も入っていない棺桶を燃やしたはずの姉が。
潮は、爆発した。

「曙ちゃんは死んだのに、どうしてクローンのあなたが生きてるの!」

 その瞬間、曙は何かをわめきながら掴みかかってくる。こちらも構わず髪をつかみ、同じ言葉を怒鳴る。




「なんであなたが生きてるの!」



 お姉ちゃんは死んだのに。







「景気はどうだい、馬糞」

 提督の陰気なそれを聞いて、陰気な笑いが返ってくる。

「最低の景気さ、女衒」

 ただひたすらに、お互いに疲れていた。陸軍は上陸してくる深海棲艦の迎撃のために海田市で必死の防戦を行い、海軍は、というとその支援にも向かえないありさまだった。一度、試験も兼ねて戦艦による砲撃を行った時はなんとかなったが、現在は海田市から叩き出されている。
パワードスーツを装着した陸軍兵は.50calを持っているが、軽巡や重巡が上がってくると重迫撃砲でも対応が難しい。まして、例の『スカーフェイス』こと、左ほほのそげた戦艦『タ』級が上陸してきた、となると完全にお手上げだった。敵は海に一時的に戻っているが、いつまた上陸してくるかもわからないとなると、鉄道の復旧は絶望である。

「……やるしかねえよ。米軍も……米軍の海軍航空隊も同意見だ。F-35Cで爆撃する、と言っている」

 そう、陸軍の師団長は言っている。実際、提督も同意見だった。

「周防大島攻略戦の発動か」

「そうだ。ルビコンを渡るのは早い方がいい」

 ルビコン川。そうだ、決断をするほかない。

「時期は、どうする」

「どうする、じゃねえよ。こっちは後2週間広島を持たせられるかどうかだ。広島放棄も検討してるくらいだぞ」

 是非は、無かった。






[39739] 余計者艦隊 第五話 Impostor(中篇)
Name: 小薮譲治◆caea31fe ID:479cfb49
Date: 2014/07/13 23:38
 朝、目を覚まして、点呼を終えて少ししてから、トラックが艦娘の寮に横付けされ、そこから箱詰めされた缶飯のセットを受領し、部屋に帰ろうとすると、なにか音がした気が、した。

「なあん」

 猫が、鳴いている。その声を聞いて、曙はふ、と横をみた。

「なあん」

 すこし痩せた、首輪をした三毛の猫が、こちらを見ている。手には、牛缶と鳥飯の缶詰を握っているため、それを目当てに鳴いているのだろう。市街地砲撃を食らっているのだから、猫や犬だって焼け出されたのだ。人間の理屈に付き合わされているこの子を見ると、妙な罪悪感がわいてくる。

「あのね……」

 そういって、近寄ってくる猫に語りかけるようにしゃがみこんだ曙は、じっと目を見た。

「なあん」

 うっとうめいた。足にすり寄ってくる、妙に人懐こい猫には、どこかかわいらしいところがあった。だが、手に持っている牛缶に限らず、塩分の濃い人間用の食事は猫にはよくない、と聞いたことがあるため、ごめんね、と言ってそうっと頭を撫でてみる。

 しかし、誰に聞いたのだろうか、と記憶を掘り返してみたところ、潮がそう言っていたのだ。曙は、なによ、こんなところで餌なんか売ってるわけないじゃない、と返した記憶があった。しかし、それは本当に「自分の記憶なのか」と言われると、ひどく困った。
おずおず、と手を伸ばす。耳の後ろに手を触れた。温かい。初めて触った猫は、温かかった。

「うーん……」

 あ、と声を上げると、びくり、と一瞬猫は震えた。ちがうのよー、と言うと、安心したように指をぺろり、となめてきた。ざらり、とした触感に少し驚いたが、ある考えがその触感のおかげで浮かんできた。

 鎮守府の酒保では、外注業者としてコンビニが入っていたためか、なぜか『猫缶』が売られていたのだ。猫を飼う奴なんて居ないのに、と笑っていた記憶があるが、多分、と思いながら、腰を上げた。

「ちょっとまっててね」

 そういって、曙は歩き出した。後ろに小さな影がついてきていることには気づいていなかったが。




「んー、やっぱり閉まってるか……」

 酒保が入っていた建物の扉をがちゃがちゃとやる。はあ、とため息をつくうちに、後ろからにゃあん、という声がした。

「ついてきちゃったのね……もう、どうしようかな」

 そう言いながら、再びしゃがんでいるうちに、影が差す。上を見ると、そこには加賀の姿があった。

「どうしたの」

 短く問われるうちに、厄介な奴に会ったなあ、と舌打ちをしかけ、あわてて口を押えた。

「……あの……」

「酒保の商品が欲しいの?」

 猫を見て、ははあ、といった様子で加賀がそう言うのを聞くと、あれ、こんな人だったかな、と疑問が首をもたげてくる。どこか冷たい人で、提督にいつもくっついている印象があった。

「……そう、です。猫がかわいそうで……」

「そう。酒保の商品は業者さんから買い取ってあるから、そこから出すわ」

 そういって、加賀は薄く笑い、唇に指を当てて、しーっとやって見せた。

「提督とかには内緒よ?」

「は……はい。内緒ね!」

 よかったわね、あんた。と猫に言うと、なあん、と再び鳴いた。それをみて、曙はふっとわらい、髪飾りにつけていた鈴を、猫の首輪にひょい、とつける。

「これであんたを見間違えることはないわね。ミケって名前でいいかしら」

 なあん、と猫は、ミケは鳴く。曙と加賀は、再び笑った。




 さらに一日が経過する。司令部、つまり提督と加賀はあちこちをあわただしく駆け回っているが、潮と、三隈にはそうした騒ぎはあまり、というよりもほぼ関係がなかった。哨戒任務のスケジュールからも外れているため、起きて、食べて、寝ることくらいしかやることがないのだ。書類仕事を手伝おうにも、必要ない、と加賀に突っぱねられてしまった。潮だけならばわかるが、三隈も、というあたりに、何かを感じさせる。

「……んっ……」

 松葉づえをつきながら、戦局の厳しさとは関係のない初夏の日差しと、香る新緑のもと、潮は歩く。その隣では、律儀に三隈ゆっくりと、潮に合わせて歩いてくれていた。彼女も、自分は部屋でおとなしくしていた方がいいのは、わかっている。艦娘に対する『視線』の厳しさを自覚していないわけではない。第一、艦娘はその気になれば足を切って、クローニングした『完全な』足を再接合すれば、多少の問題はむろんあるが『復旧』するのだ。
そうしたことを知っている人間から見れば、潮はなぜ『そうしないのか』と言われるだろう。事実、正規空母で、同じくそうした手術をしていない『加賀』はそういわれている。潮は加賀と違い子供のように見える、というより、実際子供なために風当りは弱いが、そうでないあの人はいろいろ言われているのだろうな、と潮には想像できた。

 潮は艤装がなく、加賀は艦載機がない。たとえ本体が、つまりは艦娘の人間部分が『復旧』したところで何も意味がない。そう思えば、この放置に近い扱いにも納得はできた。

 私だって。と下を向き、はあ、はあ、と呼吸を整える。

「大丈夫……?」

 そう、三隈が心配そうに問うてくる。顔を上げると、どうしようかしら、と微笑みながら、しかし目は優しい色をしている彼女が目に入る。
この人は、しかしなんなのだろうか。と、おとといのやり取りを思い返す。最上さんは、多分この人を深海棲艦だと思っているんだ。そう考えて、多分、私もかな、と下を向いて笑う。

そうしているうち、なにか声が耳に入る。人の声にしては、高いその声をたどり、かつん、かつん。と松葉づえの音をさせながら行くと、猫がすり寄ってきた。りりん、という鈴の音がして、はっとした。

 どこかで聞いた鈴の音だ。と思って、いたが、これは。

「曙ちゃん……?」

 確か、と記憶をたどると、こんな猫を曙が、いや、今この鎮守府にいる曙ではなく、オリジナルの曙がかわいがっていたことを思い出す。髪飾りの鈴をつけて、よし、と笑っていたことを、思い出した。あの時と同じ色の首輪をつけている。野良の猫に首輪はよくないよ、と言っていたことも、思い出した。緩い首輪をつけていたが、今ではちょうどぴったりになっていた。確か、名前は。

「どうしたの? ミケ」

 そうだ、確か、ミケという名前を付けていたはずだ。安直な名前だなあ、と笑っていたが、そういわれるとひどく気色ばんでいたことも、また思い出す。あの子はそういうところがあった。あの子は、猫によく似ていたのだ。

「なあん」

 再び、ミケが鳴く。この鳴き方は腹が減った、という鳴き方だった。人懐こい猫だったから、出撃してからも基本的にエサには不自由していなかったのだろうが、戦局の極端な悪化に伴って餌を貰っていた人が死んだのだろう。昨日、最上に三隈とともに寮の屋上に案内され、壊滅した呉の市街地と、へばりつくように鎮守府の金網の周囲に林立する避難民キャンプを見せられた。今は、こういう状態なのだ、と。

 ただ、正直言って、あまりのすさまじさに現実感がなかったことを、潮は覚えている。煉瓦をしいた歩道と、灰色のがれきだらけの市街地と、見通しがよくなったせいで見えた「れんが通り」アーケードの崩れかけた屋根は、現実感がなかった。しかし、この人懐こい、痩せたこの猫をみて、余裕の無さは、現実なのだ、と受け取れた。

「……ごめんね、ミケ……ごはんね、あげられないんだよ」

「にゃおうう」

 そういうと、首をひねって、潮の足にすり寄ってくる。餌を上げるのは曙ちゃんなのに、私にすり寄ってきて、曙ちゃんを不機嫌にさせていたものだ、と思いだし、しかし、困ってしまう。顔を上げると、三隈がにこにこと笑って、口を開いた。

「加賀さんに相談してみましょう」

「加賀さんに?」

 あの人に相談してどうするのだろうか、と目で問うと、ああ、と笑う。

「補給とか、そういうのには員数外ってつきものでしょう? 鎮守府の仕事を取り仕切ってる加賀さんなら、そういうことってできるもの。多分、酒保の契約上、何かあったら商品を買い取る契約になってたはずだから、猫ちゃんの缶詰だってあると思うわ」

「……提督にバレたら怒られませんか。忙しいみたいだし……」

「怒られるかしら?」

 あー、とあいまいな言い方を、潮はする。なんというか、いわく言い難い。正直、見た目についてはさほど悪くもないが、あまり有能という印象は受けなかった。パリッとした服を着ている加賀の隣で無精髭を生やし、目の下にクマを作っていることが悪印象の主要な原因だろう、とも思うが。炯炯とした剣呑な雰囲気の目が、なんとなく恐かったというのもある。

「人数分無いと配らないですし……猫缶なんて配ったらトラブルになりますから、大丈夫だとは思います」

 それどころじゃない、というところを除けば。と、言外に目で伝えた。そうね、と三隈は言うが、まとわりついている猫と、潮の目とを往復させていた。

「……あっ」

 そんな声が、背中の方から聞こえた。ててて、と音をさせながら、猫が離れていく。なあん、なあん、と甘えた声をさせたその先には。

「……潮」

 曙の、クローンが立っていた。潮のよく見知った顔で、良く見知った困ったときのしかめつらをして、きゅっと唇を引き結びながら。潮は、勤めて平静な声を出した。

「……飼ってるの?」

 曙は目を揺らす。一瞬の逡巡の後、口を開いた。

「あんたに関係あるの」

 曙は吐き捨て、屈みこみながらぱきょっ、と音をさせて、猫缶のプルタブを引っ張り、猫に餌をやる。うれしそうに、猫はそれに顔を沈めて食べていた。いつも曙が猫にあげていた、あまり高くない猫缶。量だけはたっぷりと入ったやつだ。

「……ねえ……」

 潮は、じわ、と涙がこみ上げてくる。顔も、やっていることも、そしてその動作一つ一つが、死んで、居なくなったはずの姉に生き写しだった。それを見て、曙もバツの悪そうな顔をするが、しかし。

「なんで、そんなに似てるのよ……」

 思わず、言った。三隈はダメ、と言ったが、しかし。

「わたしは……」

 猫が、曙の指をいたわるようになめている。しゃがみこんだまま、顔を上げない。はあ、と深く息を吸って、顔を上げた。

「あんたたちが、あんたたちが情けないから私たちが作られたんじゃない!」

 びくり、と猫は震え、走っていく曙を見ている。そして、潮は下をむき、ぽたり、とコンクリートに水の染みができるのを見た。



「避難民に不穏な動きがある?」

 そういって、加賀とともに立っている提督は、疲れ切った表情の呉警察署署長と、呉市役所の職員と会議室で話す。すわり心地の悪いパイプいすでも、意識が落ちてしまいそうになるあたり、おそらくは、俺も同じ顔色なのだろうな、と考えた。

「……その通りです。どうも……何かを計画しているようで」

 警察官は頭を押さえ、一瞬失礼、と言った後、市役所の職員に目配せをし、資料をよこす。

「市役所の職員が見回りをしている際に見つけました。これは押収しましたが……」

 そこに写っていたのは、手ごろな長さに切られた角材と柱に使うような太い木材に鉄の太い釘をうちつけたものに、そして。

「……小銃?!」

 加賀が、声を上げる。軍用小銃。つまり、本来民間に流れるはずのない『アサルトライフル』が流れているのだ。それも、陸軍の歩兵部隊が使う89式小銃と、パワードスーツ部隊用のピストルグリップつきのブローニングM2 HMGが転がっていたのだ。

「……どこから入手したか、という情報はありますか?」

「不明です。てっきり海軍さんの武器庫から流れたのかと……」

 うーん、と口ごもり、加賀を見ると、首を振っている。正直に言うのはまずい、ということか、と解釈する。

「……こちらの武器庫については員数を確認しています。再確認させますので……」

 そういって、疲れ以外の意味で血の気が引いた自分の顔を意識する。とんでもないことになっている。
なぜならば、仮にこれが戦場から入手したものであるとするならば、こんなところに流れてくるほど、激しく深海棲艦と陸軍が戦闘を行っている、ということで、そうでないなら。つまり。

「……ともかく、我々も調査します。ですが……この件は内密に」

 とんでもないことになっている。つまり、これは避難民が鎮守府になだれ込む算段をしている、ということだ。二人が出て行ったあと、加賀と顔を合わせる。

「どう思う」

「どう思うも何も……」

 そういって、加賀は言葉を切った。

「……陸軍の横流しなどという線はありえません。それどころではないのは、鳳翔さんの航空偵察で判明しています。……それと、準備をなさるべきです」

 言っている言葉の意味は分かる、だが。

「何を言っているかわかっているのか、加賀」

「十分に理解しています。……警察と共同して、暴動の鎮圧部隊を組織することを、私は提案しています」

 そういって、書類を差し出す。苦く笑い、そして、作戦計画案を見る。ゴム弾と催涙ガスを使った作戦計画を見て、こういった事態を、前々から加賀は想定していたのだ、と悟った。
わかっていたはずだ。と提督は苦いものが口の中に広がるのを意識した。軍隊上がりの連中だってごまんといる。食糧の欠乏があるなら、こういう事態になる事も。

 口の中が乾いている。ぐ、と唾をのみこみ、言葉を発した。

「……作戦計画を承認する」

 ほかにどうしようがあるというのだ。そう、提督は自分を欺いた。






「敵襲か。上陸地点と規模は」

 そう第5師団師団長馬淵中佐、提督には『馬糞』と呼ばれていた男は、ベッドから跳ね起き、隣に立つ女の顔を見て聞く。その白粉の臭いのする女、つまり『あきつ丸』は、海田市に駆逐ロ級10隻が上陸してきている、と述べた。

 時刻は0430を刺していた。なるほど、日の出の直前に仕掛けてきたということだろう。

「状況はどうなっている」

「は、第11歩兵連隊隷下、第2歩兵大隊が対応しております。定期便というところでしょうな」

 あきつ丸は肩をそびやかした。この女は、搭載している『カ号』で居ながらにして戦況をとらえているのだ。そう、馬淵はその能力をうらやましく思う。戦場の靄を払うのに一番いい能力だ。
まあ、もっといいのは、この女の靴下だ。たぶんいい匂いがするのだろうな、と馬淵は考えた。その視線を受けて、あきつ丸がセクハラで訴えられたくないならその眼を別のところに向けるべきであります。とゴミを見る目をした。こういう視線がばれる、というのは、あの海軍少佐に比べて修行が足りん、ということか、と思わず笑った。




 それにしても、と思考を区切り、定期便ならいいが。と馬淵は考えた。むろん、そうではなかったのだが。



[39739] 余計者艦隊 第五話 Impostor(後篇)
Name: 小薮譲治◆f44fed86 ID:26ba43eb
Date: 2014/08/06 21:17
「……何やってんだろ」

 そう、思わず逃げ出した曙は言う。崩れた体育館の裏までついてきた猫は、というと腹がくちくなったのか、くわあ、と口を開けてあくびをしていた。腹をなで、ぼう、と前を見る。手のひらに感じるのは、こわい毛の感触だけだった。

「……何、やってんだろ」

 あの子が何か悪いことをしたのだろうか。確かに、なぜ似ているのだ、と言われていい気分はしなかった。私は別に、彼女の姉ではないのだ。そう、折り合いをつけたつもりだった。
何のことはない。つけたつもりの折り合いなど無かったように、声を聞くだけで心がかき乱される。私がおかしいのだろうか、とほかの艦娘の「クローン」のことを思い浮かべてみると、どの顔もすでに墓に入った後だった。

 オリジナルが死ねば、いや、死ななくとも別の艦隊にはクローンが補充され、欠員を埋める。駆逐艦クラスの艦娘は特にその傾向が強い。使い捨てられるほど国力があるわけではないが、使い捨てのような運用をせざるを得ないほど戦況が悪いのだ。生き残ったオリジナルは少ないし、クローンも出てくるはしから殺される。

 その中で、曲がりなりにも生き抜いてきた者は少ない。曙もその一人だった。

 そして、こんな風な相談ができる人間を、彼女は知らない。まさか、提督やほかの艦娘に聞くわけにもいかないし、当然ながら、クローンに聞くのは一種のタブーだった。

「ばかみたい」

 自分で考えて、そして潮に何をしたかったのか。は知っている。曙は謝りたかったのだ。無神経なことをしてごめんなさい。という一言を言いたかった。

「本当、ばかみたい」

 つう、と涙が伝った。
 そして、手のひらの下の猫が動きだし、外へ駆け出していく。ああいう風にできれば、多分悩まなくても済んだのだろうな、とも、思わず考えた。
とはいえ、一応は人間扱いをされている身の上である。猫のように自由に生きられればいいな、と思えても、猫のように自由に生きれば、その時は死期が早まるだけである。

 遠雷のようなサイレンが、鳴る。その音を聞いて、曙は我に返った。続いて、第一艦隊の艦娘は至急提督の執務室に集合せよ、と放送がかかる。緊急事態、にしてはほかの部隊の動きが鈍いな、と考えながら、曙は走った。




「状況はどうなっている、鳳翔」

 放送が終わった後、突発停電が起きたために若干薄暗い室内で、

 提督は鳳翔から伝えられた状況を加賀が作戦図上で駒を動かしていくのを見て、考えた。この通りであれば、陸軍のパワードスーツ兵は、深海棲艦の上陸した駆逐ロ級を順調に掃討できた、ということと解釈できるのではないか、と片眉をあげた。深刻な状況とはとても思えない。

「海田市での敵深海棲艦の掃討はほぼ完了しています。駆逐艦クラスであるため、陸軍でも十分に対応可能なことはご承知の通りだとは思いますが」

 鳳翔は一拍置く。当たり前ながら、駆逐艦は一般的に装甲が薄い。指摘されるまでもなく、提督はそのことは知っている。陸軍の装備しているブローニングM2 HMGならば深海棲艦の駆逐艦ならば貫通できるし、十分に対応が可能だ。ただし、純粋な口径ならば、であり、彼らの肉薄攻撃によってしか撃破できない、という意味合いにおいて、危険すぎる敵であるのは間違いない。敵は数キロ先から撃ちこんでくるのに、自分たちは数百メートルまで肉薄しないと敵が倒せないのであるから、とんでもないクソ度胸である。

「問題が無いように思える」

 暗に、本題はなんだ、と問う。むろん、鳳翔は首をゆるく縦に振る。

「彼ら、つまり陸軍……いえ、友軍が警戒態勢を解除していません。理由は……加賀さん?」

 加賀はすぐに作戦図の端にシンボルを置く。そこに、潜行して接近していた深海棲艦を示すシンボルを置く。つまるところ、哨戒網に引っ掛かっていない新手が来た、ということだ。

「……これが理由か」

 その構成までは、判明している。細かな艦種は分からないものの、戦艦1、重巡洋艦4の編成で、おそらくは陸軍に対する攻撃を企図した出撃だろう。こちらが本命か、と提督は考えた。

「陸軍は何か言ってきているか。加賀」

「いえ、今のところは何も。ですが海田市失陥は広島市の第5師団本部との連絡に問題が生じ、坂町、というより絵下山に砲撃拠点を築かれた場合、愉快とは言い難い事態になります。そのため、こちらからも動いたほうがよい、と考えます」

「あの、よろしいでしょうか」

 そういって、鳳翔は口を開いた。

「……大筋では同感です。ですが、敵の戦力は極めて大です。観測できている範囲ですら、戦艦が数隻あります。これも、戦艦を動員しての囮作戦の可能性がある、と私は考えます。本命は別、すなわち、今まで沈黙してきた飛行場姫が動く可能性がある、と見ています」

 それを聞いて、加賀はゆっくりと頷いて、こちらに顔を向けた。

「その可能性も否定できません。いえ、大いにあるとみるべきでしょう。ですが」

 一拍置いて、続ける。

「戦艦、つまり扶桑型戦艦「山城」が呉鎮守府に居ても、防空装備はほぼありません。いえ、無いわけではありませんが、飛行場姫攻撃用の3式弾をここで浪費するわけにはいかない、と私は考えます」

「……飛行場姫の攻撃隊とやりあって勝てる成算は?」

「それをお聞きになられるのですか?」

 愚問だったな、と提督は手を振った。鳳翔の搭載量はさほど大きくなく、加賀は搭載量が大きいが、積む航空機がない。かてて加えて、量的には深海棲艦の飛行場姫に及ぶべくもない。それでいて本格的な攻勢に出るのは、飛行場姫さえ撃破してしまえば、敵深海棲艦の航空機は「汚泥」のようなものに戻ってしまう。

 だからこそ「深海棲艦に対する防空任務」は本質的に割が合わないのだ。通常の航空機であれば、たとえ飛行場を攻撃して撃破したところで、帰還は困難にはなるものの、攻撃は可能だから「やる意味」があるのだ。むろん、割に合わなかろうが防空をやる意味がないというかというと違う。防護目標があるならば、だ。だが、今や鎮守府の基地機能はズタズタで、防護すべき設備もさほどなくなってしまった。
そう考えてしまえば、防空を行う、と言う点で、実際上の問題として航空機や艦娘の損耗の方が痛いのである。艦娘は通常の舟艇とは違い、防空壕に逃げ込ませれば助かる公算がかなり高い。基地機能、という観点では大問題だが、こうした事態を想定して、装備類はすでに運び込んである。

だが。

「それをやった後、だな」

「その通りです」

 言うまでもないが、周防大島攻撃作戦を行う前に、基地防空作戦を行って避難民を守る余力はもはや呉鎮守府にはない。早期に周防大島に陣取った飛行場姫を撃破する、ということと、避難民を守る、ということを両立させるのは不可能事だ。たとえ守ったにしても、その後、艦娘の入渠施設が無事である保障はないのである。

 しかし、政治的には彼らを守らない、と言うことは選択肢として難しいものがある。国民を守る、というのは現状の陸海軍の存在意義の一つであるし、内戦後の政治的事情から言ってもそれを否定することはできない。さらには、兵役上がりの人間が襲撃の準備めいたことまで進めている。どちらに転んでも暴動の発生を招く恐れはあるが、彼らは我々を守らなかった。という言葉は、きわめて大きな正当性を持つ。

「……山城、摩耶……それと、曙で支援艦隊を編成しろ。俺は馬糞に連絡をする」

「最上と三隈、それと電を残す理由は?」

 それを、加賀は問うた。じ、と加賀の目を見て、提督は言う。

「……言うことを聞く奴と聞かないやつ。どちらを残したほうがいいと思う」

「愚問でしたね」

 そう言うと、提督は電話機を上げる。馬糞め、なぜ沈黙しているのだ。とつぶやき、舌打ちをして。





「艦載機の使用を提案いたします」

「ほお?」

 あきつ丸は、馬淵中佐に向けてにやりと笑う。艦載機という名前ではあるが、呼び出すものはそういったものではない。海軍機を装備している「あきつ丸」も居るが、彼女はそうではない。

「深海棲艦の新手が来た、ということは理解しているが、駆逐艦の定期便だと思っていたのだが。違うのか」

「はい。いいえ。定期便ではありません。敵の編成は先ほど得られました。戦艦1、重巡4の主力艦隊であります。パワードスーツでは対抗できませんゆえ、先手を打ちたいのです」

 あきつ丸は、作戦図に戦艦1、重巡4のシンボルを置く。それが、すぐに坂町に展開している部隊より更新され、戦艦は戦艦「タ」級で、重巡はリ級である、と量子ハイパーリンカより寄せられた情報により、表示が更新された。海田大橋のすぐ前、カキ筏が浮いていた場所、つまり、海田湾に入ろうと思えばすぐに入ることができる地点に、四隻の大型艦が集中している。むろん、戦闘能力が大型艦相当であって、別に大型、というわけではないのだが。

「……ううむ、海田市を本気で落とすつもりで来たのか。厄介だな。……ン、ちょっと待て」

 電話が鳴る。受話器を馬淵は上げ、女衒か。その情報はこちらも得た。と言う。それを見て、助けてくれる気もないのに、海軍はわざわざ死刑宣告をしに来たのか、と片眉を吊り上げた。だが。

「支援艦隊を出す。それは本当か?」

 それを聞いて、おや、と思わずあきつ丸は言ってしまう。おそらくは上陸を許してしまうが、1時間はあれば間に合う距離ではある。今まで支援しなかったというのに、どういう風の吹き回しだろうか。

「……射撃統制用データを寄越せ? ああ、そういうことか、了解」

 そういって、電話を切る。そして。

「データリンクに扶桑型航空戦艦「山城」と、高雄型重巡洋艦「摩耶」それと、綾波型駆逐艦「曙」が追加されたはずだ。確認せよ」

「は。……確認しました。向っているようでありますな」

 ちょうど、呉港から進発し、最大船速で向っている、という表示が出る。24ノットと、若干遅い足も、おそらくは扶桑型戦艦、いや、扶桑型航空戦艦が居るためだろう。装備されている武装をみて、目を疑った。

「……私の見間違えでなければ、山城に46cm三連装砲が搭載されているのですが」

「ぶっ放す相手が欲しい新式砲なんだそうだ。それと……艦載機の使用を許可する。好きにやりたまえ」

 あきつ丸は敬礼し、外に飛び出し、ガチャガチャと音をさせながら、外に飛び出す。にい、と笑い、そして。

「さあて、出番であります。一式戦『隼』に、二式複戦『屠龍』……陸軍なら陸軍機でしょうよ」

 ぞるん、と後ろの空間から、レシプロエンジンの音を響かせ、12機の単発戦闘機『隼』と、6機双発戦闘機『屠龍』が現れ、形を作り、跳ねるように急上昇していく。あきつ丸の髪を揺らし、周囲にあきつ丸の脂粉の香と、彼らの排気ガスの臭いのカクテルをぶちまけた。
言うまでもなく、通常型であれば艦載機以外を搭載することなどできない。ましてや、陸軍機などを搭載することなど不可能である。ただし、陸軍も『海軍からの借り物』である零戦52型にいつまでも頼っていたいわけではない。試作装備をこの「あきつ丸」に回していたのである。それが、図らずも役に立つ形となった。

 ほっそりとした胴体を持つ優美な機である『隼』は、ずんぐりとしたシルエットの『屠龍』を守るように飛んでいるが、250kg爆弾を搭載しているため、動きが多少鈍い。狩るべき龍、すなわち『B-29』の存在しない空を飛ぶ屠龍は37mm砲を装備している。どちらかといえば、言い方は悪いが、囮の役割を期待されている。一応重巡洋艦も狩ることはできるのだが、連射が効かない砲であるため、その間に機銃をもらってしまうことがよくあるためだ。

「……さて、戦艦タ級はやれないにしても、時間は稼がねば」

 そう考えて、あきつ丸は目を閉じ、データリンクの状況を確認する。敵はこちらを視認しているような気配があるが、いまだ射撃を開始していない。

「やれやれ、高く飛ばしすぎましたか。……いやあ、修業が足りませんな」

 独り言を思わず言い、あきつ丸は海田大橋を通過する戦艦タ級を捉える。ゆっくりとこちらを向き、そして、そのそげた頬を見せつけるように、ゆっくりと微笑して見せた。

「……チッ、スカーフェイスか」

 厄介な相手だ。とあきつ丸は毒づき、周防大島は、と見てみれば、沈黙している。いささか拍子抜けだが、しかし。
敵に飛び立ってこられれば、せっかく爆装をさせた隼の爆弾を捨てなければならないし、それを考えれば、好都合ではある。と言える。

 そう考えているうち、隼と屠龍は高度を落とす。ちょうど、黄金山のあたりに差し掛かったためだ。そのまま、海田大橋に向けて進路を取り、侵入コースに進路を向ける。

「……」

 あきつ丸は、深く息を吐く。大丈夫。うまくやれる。彼我の距離が1km弱となり、猿猴川上空を100メートルほどの低空でフライパスした瞬間、発砲炎が光り、昼間であるにも関わらず、花が咲いたように見え、炸裂音が隼を、屠龍をゆすぶる。火砲が一気に押し寄せ、そして思わずあきつ丸の制御していた1機が、怯えたように上昇。そしてゴンッという音とともに、対空砲をもらい、右主翼、尾翼が吹き飛び、きりもみを起こしながら墜落。
ふ、ふ。と息を吐きながら、あきつ丸は胸を押さえる。怖気づくな。高度を下げろ。電線がワイヤーのように見えるような低空になるまで、ぐい、と機を押さえつけ、下降。
屠龍のうち一機が、耐えかねたように建物に突っ込み、ビルの最上階を吹き飛ばす。下げすぎたか。と一瞬制御を奪いかけるが、妖精がささやく。

「もっと下げろ?」

 ひ、と視野を共有しているあきつ丸は思わず悲鳴を上げる。飛行機乗りは物狂いか。そう思った瞬間に、視界が開け海田湾に入る。波が機にかぶりそうな超低空を進む中、戦艦タ級、いや、スカーフェイスと、リ級のウォークライが響き渡る。機が至近弾でゆすられ、さらに1機、2機と波をかぶり、落伍する。機首のエンジンが己のエネルギーで引きちぎられ、プロペラがボディを引き裂くその瞬間を見ながらも、妖精たちは狂騒する。くたばれ海軍野郎。そう笑う。

「物狂いめ……!」

 やれ、と命ずると、屠龍の砲が火を噴き、敵の青い装甲を一瞬減衰させる。だが、すぐにそれを鬱ぎ、射撃した屠龍が次発を装填して発砲する前に、コクピットのキャノピをぶち破り、撃墜。

 爆弾を隼がフライパスする直前、投下する。満足に投下しきった機は少ない。中には、投下前のタイミングで砲火をもらってしまい、僚機に突っ込んでしまう機すらある。

 だが。爆炎と悲鳴を上げ、もがく重巡リ級に、屠龍が半ば突っ込むような形で37mm砲を発砲。自身の爆炎に飲まれながらも、リ級の胴体を噴きとばす。

「……」

 敵は、と見てみると、重巡2隻を沈め、海を真っ赤に染め上げている。だが。戦艦たるスカーフェイスと、重巡1隻は生き残っている。爆弾はない。戦果としては上々だが、しかし。

「……死んでくれ、と頼むわけでありますか」

 再び、あきつ丸は笑う。妖精に死ね、時間を稼げ。と命じる彼女は、唇を噛んだ。




「もっと足が速ければ……」

 そう、思わず山城は唇を噛む。一機、また一機と数を減らしていく『陸軍機』を見て居たのは、何もあきつ丸だけではない。呉線の水尻駅を見て、データリンクに要請文を送る。

『目標の座標を転送せよ』

 そう述べれば、即座に最後に残った隼が座標を送ってくる。海田大橋を通り過ぎ、現在山城が居る地点からおよそ6km。十分に射程圏内だ。

「……摩耶は同様の地点に射撃せよ、曙は周囲の監視!」

「了解、相手はスカーフェイスらしいぜ。くたばってなかったのか」

「了解。……もう!」

 そういって、砲をゼロ位置に戻し、弾薬が装填されたことを確認すると、データを入力。データリンクで、隼は絶えず現在位置を送っている。対空砲火が浴びせ続けられているが、それでも耐えていた。

 早く。早く。そう急いてはみるが、己の砲は、つまり46cm三連装砲は仰角をつけ。そして。

「てっ!」

 そう声を発すると、長大な発砲炎が砲より吹き出し、そして黒煙がぶちまけられ、衝撃波でしぶきが立つ。その余波で、うわ、と曙はふらつくほどだ。
そして。合計6門のほうが火を噴いたうち、一発はリ級の頭を吹き飛ばし、戦艦タ級の装甲をごっそりと持っていき、ウォークライを上げさせる。もう一度、と考えたその時、隼が撃墜され、映像が途切れた。

「……チッ、観測機を打ち出します!」

「もうアタシがやったよ」

 そう摩耶はぱんぱん、と腕を叩いた。瑞雲の映像が見えるが、しかし。

「……居ない?!」

「いや、そんなはずは……姉御、どうする?」

「……しばらく、海田湾を警戒します。取り逃しただなんて、恥ずかしくて言えるものですか!」

「はいよ」

 だが、彼女たちの気概はともあれ、その日のうちには、スカーフェイスの姿は確認できなかった。撤退したものと判断する、と言って、次の日の朝までさんざん哨戒した後に、ようやく結論づけ、撤退した。

 周防大島は、沈黙したままだった。





「……なんであんたがここに居るの」

 鎮守府に入港して、開口一番、曙はそう言う。目の前には、潮が居た。

「……あの……おつか……」

「疲れてるって思うんだったら、解放してくれない?」

 我ながらずいぶんとげとげしい。と思うものの、思わずそう言ってしまう。そばを通り過ぎると、あっ、と潮が声を上げた。

「……本当に、何よ」

「あのね、あ……曙ちゃん」

 曙ちゃん。記憶にある呼ばれ方をして、一瞬頭に血が上りかけるが、それを曙はこらえる。だが、その次に言われた言葉で、その血が下がった。

「……あのね、猫の世話、一緒にやったほうがいい、って電ちゃんに言われて……」

「……それを言うためだけに来たの?」

 こくり、と潮は首を縦にふる。毒気を抜かれた表情を、曙は作った。

「……ん……この時間だったら、寮の前に居るかな。……報告を終わらせてからでいい?」

 こんなやりとりを、私でない私がやった記憶がある。そう認識すると、お互いに、一瞬表情をゆがめるが、怒鳴る気力は、曙にはなかった。

 報告を終わらせ、曙は寮の前に居るはずの猫を待つ。だが。待てど暮せど姿を現さない。探してくる、と言い置いて、あちこちをめぐるうち、外柵の回りに差し掛かった。

「……血のにおい?」





 そして、そこには。じっとこちらを見て居る少年が立っていた。右手には血の付いた石。そして、左手には。

 だらだらと血を流し、足がひしゃげ、そして頭からはしろい頭蓋と脳漿を覗かせた『三毛猫』が居た。ちりん、と首が揺れ、自分のものと同じ鈴が、なった。

 ああ、つまり。私の飼い猫は、ミケは目の前の少年に殺されたのだ。とうすく、理解した。

「あ……え……?」

 じっと見てくる少年のほほはこけ、ぎらぎらとした目でこちらをにらんでいる。ぼろというのもおこがましいほどのずた袋を身に着けた少年は、垢じみ、黒くなった顔を、敵意をにじませながら向けてきた。
ひ、と思わず小さい悲鳴が、曙の口から出た。らんらんと光る眼が、ぽたり、ぽたりと滴る血の立てる水音とともに、恐怖をかきたてる。

 少年は、口を開いた。

「なんじゃ、この猫はわしが食うんじゃ。オノレにはやらんぞ。はよういねや! くそ海軍。なんじゃ! はよいねや!」

 その黄ばんだ歯から発される言葉に気圧され、思わず曙はしりもちをついた。むき出しの敵意。同族のはずの少年から発される、そのとげとげしい気配は、経験したことのないものだった。






「曙ちゃん?」

 放心した曙を、潮は見つけた。しりもちをつき、ぼう、と虚空を見て居る。

「曙、ちゃん?」

 のぞき込むと、目に色が戻る。そして。ぐ、と強く抱き止められ、はじめはすすり泣き、そして。






 大きな声で、曙は泣いた。赤子のように。


余計者艦隊 第五話 Impostor -了ー




[39739] 余計者艦隊 ソックスハンター外伝 加賀の靴下を狙え!
Name: 小薮譲治◆caea31fe ID:479cfb49
Date: 2014/08/09 23:28
※元ネタはガンパレードマーチの「ソックスハンター外伝」です
※元ネタの元ネタは藤原芳秀著の「JESUS」です


靴下。鼻にかかった声で、上あごをなめながら、く、つ、し、た。わが腰の炎。
                         ―白い靴下旅団内部文書より抜粋

 暗闇が支配する鎮守府のデリッククレーンの上に、海軍の第三種軍装を身に着けた男が立っている。いや、ブリッジしている。その手には、靴下。

「ああ……」

 甘い吐息が口から洩れ、悪臭を嗅いだとき特有の生理反応としてせき込みながら、ぐりん、と立ち上がり、不動の姿勢を取る。手には靴下。そして。

 するり、と何でもないように足を前に進め、デリッククレーンから降りた。いや、落下と言う言葉が一番ふさわしかろう。常人であれば死ぬ、常人でなかろうと死ぬ。だが。

 この男は、歩く猥褻物陳列罪、動く児童健全育成条例違反者、走るド変態。つまり。ソックスハンターなのだ。ソックスさえあれば物理法則など全くの無意味なものに変わる。風を浴びながら、靴下の臭いをかぎ、そして。

「お゛う゛ぇ゛」

 うめいた。





ソックスハンター外伝 加賀の靴下を狙え!




 ゴンッ、という衝突音。コンクリートがひび割れ、砂が舞い上がり、白煙が立つ。読者諸兄は無論のこと、この許されない存在が死んだと思い込んでいるだろう。筆者とて、むしろそうであってほしい。このような物体が、著作権とかその他のいろいろなものに喧嘩を売っている代物が存在しているといろいろなところがいろいろと危ないので、ぜひ死んでもらいたい。

 だが。そんな願いとは裏腹に、男は煙を破り、駆け出す。この男は変態だ。そして、提督と呼ばれ、彼の所属している海軍、いや、同じ軍組織である陸軍はおろか、日本国の法はソックスハンター、すなわち、『白い靴下旅団』を非合法化している。ああ、そのようなことは無論理解している。ただ。

「靴下がなければ、立たぬ」

 その一言だけで充分であった。使用不能なのである。じゃあアレをブッ立たせながら全力疾走してるのか貴様。と言われると、そんなことはないのであるが、言葉のあやである。なにより、靴下は臭いほうが興奮するのだから、疾走しているうちは香気が飛んでしまう、という変態特有の真顔の力説を浴びせられてしまう。寄るな。

「フフフ、ソーックス!」

 ああ、変態が呉鎮守府を疾走する。その手には靴下が握りしめられ、顔は喜悦に歪んでいる。そして、そこに。
砂煙を立てながら、提督と呼ばれる男は止まる。左手には白い靴下、右手には黒い靴下。流れるような動きで左手の靴下を嗅ぎ、ぐるり、と回転しながら黒い靴下で、飛来した砲弾を『撃ち落とした』のだ。砲弾が炸裂し、飛来したコンクリートを右手の靴下の臭いを嗅ぎながら、撃ち落とす。

「は、ハハハハハハ! ぬるい! ぬるすぎるぞ! 46cm 砲弾などその程度の威力なのか!」

 ぐい、と顔を上げて、黒煙の中からあらわれた女の名を、呼ぶ。

「大和!」

 桜色の傘を背負い、完全武装の大和は、絶対零度の視線で提督を、いや。

「さすが提督。いえ……ソックスアドミラル!」

 そう、呼ばわった。そう、白い靴下旅団の下種な存在物たちはコードネームで呼び合う。ソックスアドミラル、とは彼の呼び名であり、陸軍の友人、つまりソックスジェネラルとともに靴下を狩っていた時からの呼び名である。むろんのこと、ソックスが頭につくということは、海軍の面汚し、陸軍の恥の二人組である。その面汚しと恥とはいえ、名前が露呈する、なと言うことはありえない。曲がりなりにも秘密結社なのだ。

「たった一人で何をするというのです。あなたは包囲されているのですよ」

 大和は、パキッと指を鳴らし、偽装網を外させる。そこには。金剛、榛名、長門、陸奥。そしてビスマルクが立っている。いずれも、砲にすでに弾丸を装填し、目の前の変態を粛清せん、と汚らわしいものを、というより翌日にはハムにされるブタを見る目をしていた。

「たった一人?」

 くつくつ、と地獄の底から出る笑いを、提督は、いや、ソックスアドミラルと言う名前の変態は発する。一人。たった一人と今この小娘は、大和は呼ばわった。

「その通り。一人だとも!」

 天を割るような咆哮を発する。笑いながら、大和の砲弾を防ぎ、がれきを防御するために使ったがためにダメになってしまった白と黒の靴下を捨てる。惜しいことをした。陸軍のあきつ丸の靴下などという収集が難しい代物を、島風の靴下と取引することでなんとか手に入れたというのに。

 だが。靴下を愛する近寄ってほしくない変態は一人だったとしても、その靴下は一つではない。すっと懐に手を入れ、そして。

「大和。たった6人で一流のソックスハンターを止められるとでも思っているのか」

 その一言を聞いて、大和は表情を動かさない。

「……やれ」

 再び、指を鳴らすと、砲弾が浴びせられる。今度は、一発たりとも防がれていない。砲口から吹き出す炎と砲弾と、そして吹き上がるコンクリート。破壊の規模のすさまじさゆえに、もはや粉じんたりとも残っていない、と確信できる。よかった、変態が死んだ。

「回収します。……矢矧」

 するり、大和の横合いから現れた矢矧が、煙の中に突入していく。大和は、胸騒ぎを覚える。こんなことでくたばるような奴が、ソックスハンターと呼ばれる存在になりうるのか。靴下さえあれば、物理法則を捻じ曲げる、存在してはならない、というか具体的には結構臭う何かが。

 矢矧が、煙から姿を現す。そして。その口からは。

「お゛う゛ぇ゛」

 乙女にあるまじき、というか発させてはいけない類のうめきが発される。鼻の下には、駆逐艦の靴下が張り付いている。一週間航行し続けた艦娘の、熟成された一週間靴下だ。

「しまっ……!」

 再び、砲撃を開始しようとする。だが。

「お前は、たった6人で私を、ソックスアドミラルを止められる、と思い違いをしていたな? 大和」

 凍りつく。後ろから、ささやくような声が、した。

「お前一人だ。残ったのは」

 左右を見れば、いずれの例外もなく、靴下を張り付けられ、泡を吹いて倒れている。

「愚か者め」

「おのれ……死ね! ソックス!」

 砲を指向させ、ソックスアドミラルに向けて発砲する。だが、そこにはソックスアドミラルはいない。グルングルンとまわりながら、大和の前に降り立ち。そして。
懐に手を入れ、振りぬいた。

 大和は、述懐する。臭いとかそういう以前に痛かった。果てしなく、痛かった。その痛みから逃れる手段は、一つしかないことも、理解した。だが。

「ひうっ」

 乙女にあるまじき悲鳴を上げることを拒否した彼女は、びくん、びくん、と痙攣しながらぶっ倒れた。






「久しいな」

 消灯後の艦娘の寮で、一人の男が、靴下しか愛せない変態が言葉を発する。その目の前には、髪を横で結った艦娘、加賀がいる。

「加賀。……いや、裏切りのソックスハンター、ソックスミリオン!」

「ソックスアドミラル」

「報いは、受けてもらう」

 お互いに、胸元に手を入れる。抜き打ちの姿勢だ。ソックスハンターどうしが戦う、などと言う事態がなぜ招来されたのか。
















それは、加賀が『ハーゲンダッツのバケツアイス3つ』でソックスハンターを、というか提督を売ったのだ。安かった。激安の秘密だった。

「お前いくらなんでもハーゲンダッツで秘密を売るなよ! 安すぎるだろ!」

「……あなたがアイスを買ってきてくれれば……」

 低レベルである。あまりにも低レベルな争いである。そして、その手段は、というと邪悪な臭気を放つ靴下という、この世の底の底を極めた、下劣すぎてもはや何も言えない状況である。これで麻薬が黒板の裏に、というソックスハンターの元ネタの元ネタのような代物であればまだ格好も付いただろうが、いかんせんもうコメントにも困るありさまであった。

 そんなことを言いながらも、互いに音もなく動いた。双方とも訓練されたソックスハンターだ。無音のうちに終わり、そして。

「うっ……そ、ソックスアドミラル……」

 立っていたのは、ソックスアドミラルであった。

「それが俺の名だ。地獄に落ちても忘れるな」

 そして、加賀の若干めくれた袴には目もくれず、靴下を脱がし始めた。やっぱりソックスハンターはソックスハンターだった。








ソックスハンター外伝 加賀の靴下を狙え! -了―




[39739] 余計者艦隊 第六話 White Widow(前篇)
Name: 小薮譲治◆caea31fe ID:d8fbe3f4
Date: 2014/08/23 00:35
「待て、どこへ行く」

 ブローニング・ハイパワーのグリップをぐ、と握りながら、トリガーに指をかけて、摩耶にそれを向ける。振り向いた摩耶は、信じられないものを見る顔をしていた。

「おい、提督、どういう意味だ、それは」

 加賀はじ、とこちらを見て、曙は潮に袖を引かれ、山城は摩耶を止めようとしている。鳳翔の表情は、読めない。
防空壕の中で銃撃戦を始めようとするとは、いよいよ俺も正気ではないようだ、と提督は苦い思いを噛みしめていた。

「決まってる。決まってるだろ! 空爆を受けているんだぞ! 摩耶様の出番だろうが!」

 腕を振り、怒気を露わに摩耶は言う。何のために私がここに居るのか、といわんばかりに、怒りで顔が歪んでいる。

「出番を決めるのは俺だ。座れ。これは命令だぞ」

 再び、グリップを握る手に力を込める。そうとも、わかっているとも。お前の出番も、お前たちが戦うべき戦場はここだとも。道理としてはそうだ。
呉の市民20万を見捨てる選択をする。それはお前たちが許せないことであるとも。理解もしている。そして唾棄もしている。

「座れ」

 だが。指揮官として、提督はその道理を通すわけにはいかなかった。




余計者艦隊 第六話 White widow




 時は、数時間前にさかのぼる。選抜した警察官と、同じく各部署から引き抜いたもので組織された陸戦隊による暴動鎮圧に向けた合同訓練を巡察した後、提督は憂鬱な思いに駆られた。加賀が仮眠をとるため、隣には秘書官として鳳翔がついている。業務をそつなくこなしながらも偵察任務をこなしており、この人は出来る人だな、と寝不足でぼんやりとした頭で考えた。

「提督、仮に爆撃を受けた場合、彼らを地下司令部に収容することになると思いますが、その手続きについて加賀から報告を受けましたか?」

「……ン、いや……何か問題でもあるのか」

「あそこは機密区画です。ですから……」

「ああ、そのことか」

 提督は頭を叩きながら、思い返す。一応は問題がないため、許可証を発行した、ということだった。そこまでは覚えている。

「警察の連中、パワードスーツも運び込んでいたはずだが」

「燃料パッケージはこちらで押さえています。不満は出ていましたが」

「内応されちゃあ、たまったものじゃないからな」

 誰が敵か味方か、それがもはやわからない。難民の中に家族が居るものももちろんいるし、逮捕者が親類から出て、打ちのめされた者も居る。家族を特別扱いしない、というより、そんなことが「もはやできない」のが現実である。提督と呼ばれ、水と電気だけはまともに使えている彼とて、缶飯の連食で若干体調を崩してきている。

温食の類は優先的に避難民に回しているのは、反乱抑止である。艦娘が最優先、次点が避難民、その下が海軍の兵であった。業務効率が上がらないことおびただしいが、決死隊を組織して、なんとか食糧を運び込む、と言ったことまでやっており、指揮統制艦である「ブルーリッジ」はその任務に現在就いていた。護衛に電と最上がついていて、今のところ順調だ、という報告が上がっている。幸い、尾道や岡山での食糧の買い付けは「平和裏」に行われた、とのことだった。皮肉なのか、果たして本当に平和裏に行われたのかは、判断がつかない。

 そのことをふと漏らすと、鳳翔は微笑から表情を動かさないまま、言った。

「……作戦発起前にこのような形で油を消費していいのか、と加賀は反対していましたね」

「先のことを考えなきゃあいけないんだ」

 そうだ。先のことを考えなければいけない。勝ったらどうする。勝った場合何をするべきなのか。必要なのは次の作戦だ。そのためには物資が必要で、物資の調達先が必要なのだ。

 最低限鉄道網が復旧し、広島県県北との流通が復旧すれば、食料品などの補給は調達が見込める。下関については、米軍側報告によれば、制海権は敵のものだ。航空偵察によれば、佐世保鎮守府は活動をしている、という報告があった。

神戸、大阪に代表される京阪神については、未確認情報ばかりで何とも言えない。四国については陸軍の情報で、死者多数ながら何とか押し返した、というところまではわかっている。そして、海軍とともに淡路島を攻略する作戦を発動させる予定である、との連絡があった、と第五師団、すなわち広島からは連絡を受けていた。海軍の量子リンカはズタズタだが、陸軍は主攻撃目標ではなかったためか、ある程度の連絡網ができている。ただし、それにしても、東京とは連絡が取れていない。淡路島奪還作戦には横須賀の艦を割いているのだろうか、という推察ができるのみである。

 海軍の動きを陸軍や他国軍から教えてもらう情けなさを感じないでもなかったが、しかし。

 勝たなければならない。何を犠牲にしても、勝たなければ死が待っている。要塞たる呉鎮守府が、墓標になる。ぜいたくな墓場ではあるが、ありがたくもない話であった。




 鳳翔は加賀と交代し、割り当てられた自室のパイプいすに腰掛け、目を閉じる。はあ、とため息をついた。先のことを考えなきゃあいけない。そう、提督は言った。

「……先のこと」

 懐から、手紙を取り出す。それを開こうとして、鳳翔は手を止めた。先のこと。婚約者である、あの人が足を失った時のこと。

「どうして」

 思わず、その言葉を口に出す。指に力がこもる。くしゃり、と紙が音を立てた。

「どうして……」

 そして、先のことを考えなきゃあいけない、そういって、その次の日にはこの手紙を残して、梁に渡したロープで首をくくっていた時のこと。

「どうして……!」

 読まないほうがいい。そう言われたにも関わらず、手紙を開いた時のこと。

「どうして、あの人と同じことを言うの」

 先のことを考えなきゃあいけない。そう言っていた彼が『僕は、君が憎い』と震える指で記していたことを、知った時の、すべての力が抜ける感覚。それを彼女は思い出した。
何もかもが、抜けて行ったことを、鳳翔は覚えている。空母艦娘を生き残らせるために厳しく接する、という義務感。仕事への熱意。その他のすべてが、するりと抜けて行った。

 ただ、残ったのは、笑顔で常に接する鳳翔という名前の何かであった。自然と笑い、教官として訓練を行い。ただ、生きているだけの何かだった。

 提督と呼ばれている少佐と、婚約者は似ても似つかない。だが、思いつめたような眼だけは、ひたすらに似ていた。そのことが、ひたぶるに鳳翔の心をゆすった。

「……」

 手紙を、再び開く。

『僕は、君が憎い。』

 そう、震える字で記されている。墨がぽたぽたと垂れており、書くかどうか、迷ったような形跡が、うかがえた。
そして、続けて、次の行を読む。

『僕が悪いのはわかっている。君に迷惑がかかっていることも知っている。憎むなどと言うのはお門違いで、君に感謝しなければいけない立場で、事実僕もそう思っている。そう思っている。思っていたのだ』

 迷惑だなんて思っていない。そんなことは考えていない。そう目の前に居たらつかみかかりたいのを、鳳翔はこらえながら続きを読む。

『だが、それでも、僕は君が憎い』

 ぽたり、と涙がこぼれる。どうして。そう問おうにも、相手はすでにこの世に無い。

『僕が足をなくして、君が支えてくれたことはわかっている。だが。僕はそれに耐えられない』

 は、と嗚咽がのどの奥から出てくる。

『僕がこの手紙を書く動機が醜怪なものである、ということも、わかっている』

 手紙を、震える指で握りしめて、最後の一文を、読んだ。

『すまなかった』

 どうして。と思わず鳳翔は手紙を握りしめた。どうして、謝るの。そう、声を殺して、鳳翔は泣いた。






 周防大島の南部、安下庄港で、飛行場姫はに、と笑った。溶融したアスファルトのような『滑走路』に足を浸し、そして。
それを蹴上げる。踊るようにしているうち、ぞる、と航空機が形を取り始めた。中学校のあったあたりまでを覆い尽くしている、じぶじぶと湧き上がるそれは、何を『素材』にしているのか、おおよそ考えたくもない代物である。黒い蝙蝠のような翼系を、ぬらり、と輝くその体で形作り。

「フフ」

 深海棲艦の、飛行場姫の口のような器官から、笑いが漏れた。笑いと呼ぶには、あまりにも凄惨なそれを正視することは、尋常な精神の持ち主には不可能である。何に喜んでいるのか。言うまでもない。かつてここに住んでいた者たちが「自分の操り人形となっている」という事実に、である。良いように彼女の怨念の源泉を使い続けた人を、虐げ、組み敷き、溶融させて尊厳を蹂躙する、という快楽である。

「アハ」

 ああ、何とも愉快なことか。人は知らない。いや、知ってはいるのだろうが、正視はしない。自分たちの壊している『敵機』が一体何なのか、を。
見ないつもりならば、それでもよい。だが。

「アハハハハハ!」

 呪われた舞踊は続く。しぶきの一つ一つが、彼女の意志を、彼女達の怨念を受け止め、染まっていく。そのステップが狂騒の域を踏み越えた、その瞬間。

「行ケ」

 手を、振った。雲霞のごとき機が、彼女の回りを飛び立つ。ウォークライを発し、それに歓呼する。

「……邪魔、ナ」

 紫電改が上空を旋回し、こちらを監視している。そして、その中に宿る『妖精』ともいうべき量子のゆらぎを、飛行場姫は観測した。怯え、義務感、その他のものがカクテルされた、混乱を示している。に、と指さし。




「はっ……?!」

 艤装側から、起きろ、という信号が発され、鳳翔は跳ね起きる。なんだ、今のは。

「え……え?!」

 飛ばしていた航空機などでは知りえない情報が、彼女の記憶には残っている。深海棲艦の『考え』が焼き付いているのだ。そうして。紫電改に搭載された量子ハイパーリンカから、撃墜されるまでの情報がトランスポートされる。

「敵航空機、呉ヘノ進路ヲ取レリ。襲来スルモノト認ム」

 その電文を認識した途端、鳳翔は走り出した。

「始まった……!」

 そう。始まったのだ。周防大島に居る、深海棲艦の攻勢が。







[39739] 余計者艦隊 第六話 White Widow(中編)
Name: 小薮譲治◆caea31fe ID:d8fbe3f4
Date: 2014/09/09 23:24
「状況は!」

 提督は、ひどく痛む額をごしごしとこすりながら、加賀と鳳翔に聞く。鳳翔は、というと、目の端が赤い。仮眠をとっていたのか。とふと考えたが、それを置き、言葉を待つ。

「……飛行場姫が動き出しました!」

 その鳳翔の言葉を聞いて、即座に腰につけていたトランシーバのスイッチを入れる。だが。そこから流れたのは、雑音だらけの空電のみ。提督は、悟った。

「すぐに放送をかけろ! 事前に決められていた通り、地下指揮所に人員を収容!」

「……了解!」

 鳳翔はそれを聞いて、放送施設に駆けだす。加賀に行かせようとしたのだが、と考えたが、すでに遅い。呼び止めて口論になるくらいなら、行かせた方がいい。提督は、そう判断した。

「……収容しきれない人員は?」

 その加賀の言葉を聞いて、背筋をつう、と冷たいものが垂れていくのを、提督は感じた。

「……やむを得ない。運を天に任せる」

 事前の計画通りではあった。ではあったが、あまりに非常な決断である。提督は、加賀の顔が真正面から見られなかった。
20万人を今から見捨てる。そう思えば、そういう気分にもなった。




「どうしたって言うんだよ!」

 摩耶の言葉を聞いて、曙は狼狽する。とぎれとぎれの放送からは、第53号計画に基づき、所要人員は地下指揮所に集合せよ。繰り返す、地下指揮所に集合せよ、と聞き取れる。第53号計画。その意味を、摩耶も曙も理解している。

「アタシたちは迎撃に出るんじゃないのか?!」

 その摩耶の言葉を聞いて、曙は猫の額を割った少年の顔が、ちらつく。どうしてあんな奴のために、私が、と唇をかみしめた。あの子を殺したあんなやつのために、なんで私が戦わなきゃならないの、と、考えてはならないことを考える。

「……行きましょう。指示に従わなきゃ」

「お前……?!」

 曙の顔を、摩耶は目を見開く。お前はそんなことを言う奴じゃあなかった。そう言わんばかりだ。私だって変わることはある。そういいたいのを、曙はこらえ、走り出した。一瞬摩耶は迷い、装備はどちらにしても地下指揮所だ、と思いいたったのか、悠々とこちらを追い抜いて行く。

「三隈!」

 その声を、曙は聞く。三隈がいる、ということは、つまり。

「潮……?!」

 潮が抱え込まれ、三隈に抱きかかえられているのを、曙は見る。つい先日、涙を見られてしまったためか、かつての怨恨というよりは、気恥ずかしさで顔を見られない。

「あら、摩耶さん。……と、曙さん」

 いつものふわりとした笑顔で、いつもと変わらない調子で三隈は笑う。それを、信じられない、という様子で摩耶と潮は見て居た。事実、曙もそれを信じられない。こんな時になんでこんなに呑気でいられるんだ。そういう思いが、ある。

「急がないといけませんね」

「馬鹿ッ走れッ!」

 摩耶は、いつもの手荒さそのものの調子で隈の頭を軽くはたき、はしれ、と手でサインを送る。あらあら、と開いている方の手で頭をさすりながら、走り始める。

「53号計画ってことは……空襲かしら」

「それ以外の何があるんだよ!」

 その三隈と摩耶の怒鳴り合いを聞きながら、抱えられている潮と、曙は思わず視線を交わした。大丈夫なのか、という感覚である。

「……ついたら、どうするんですか?!」

 弾む息の間から、叫ぶように曙は声を発した。それに、摩耶も同じような調子で返してくる。

「提督の指示によるが……防空戦闘に移る。……と! 思う!」

「防空戦闘……?!」

 防空戦闘。装備しているのが対空砲だったから、ちょうどいい、と曙は走りながら独り言ちた。なんだってVADS、つまり対空機関砲を引っ張ったトラックの一台も走っていないのだろうか、などと考えながら。




「……あら、遅かったですね」

 そんなことを、加賀の顔を見ながら、山城は言った。46cm3連装砲の砲内部にこびりついたカーボンを落としていたため、すでに地下指揮所に居たため、こんな調子であった。

「準備は万端。いつでも出撃できます」

 手についた機械油のにおいに顔をしかめながら、山城は艤装を装着する準備を既に終え、加賀の目を見る。なぜ首席参謀のお前がここにいる、提督はどうした。といわんばかりの目で、だ。

「……その必要はありません」

 どたどた、という足音が、上から響いてくる。ああ、来たのか、と山城は話が面倒くさくなるな、と考えながら、ため息をついた。

「その……必要がない、って……どういうことだ!」

 息が上がっているためか、それとも「極度の興奮状態にあるからか」は判然としないが、現れた摩耶は顔中を真っ赤にしながら、怒鳴り、加賀につかみかかる。

「やめなさい。摩耶」

 静かに、山城は目を閉じて言う。ああ、つまり、そういう事なのか、と、理解できたためだ。

「やめろって……姉御?! こいつが言っていることの意味が分からないのか! この……この敵前逃亡で味方殺しのクソアマがどんなくそったれなことを言ってるのか、わからないのかよ!」

「やめろといっている! お前は軍の秩序を乱すつもりなのか! 摩耶!」

 強い調子で山城は言葉を発しながら、摩耶の腕をつかみ、加賀から手を離させ、突き飛ばす。思わないことはなかった。だが「言っていいことと悪いこと」がある。その後ろからついてきていたであろう三隈と曙、そして潮は、目を見開いていた。

「軍の序列なんかクソくらえ! 姉御だってなんてことを言っているかわからないわけじゃないだろうが!」

 加賀は、下を見て唇を噛んでいる。こうなったら加賀は使い物になるまい。そう考えながら、山城はぴっ、とさされた摩耶の指を払い、同じような調子で返す。

「摩耶、それ以上はわかっているんでしょう?!」

 そう言った瞬間、摩耶は顔をゆがめ、そして自分の装備を見て、繰り返す。

「わかってんだろ、姉御も」

 そう言われた時、加賀と同じように、山城も思わず下唇を、噛んだ。







「……録音音声、流れてるわね」

 放送装置から自分の音声が流れていることを確認すると、鳳翔は駆け出す。そのとき、ふと気になって後ろを見ると、爆炎が上がった。空爆、とふと身を固くし、地に伏せるが、特有の轟音はない。窓も、割れていない。

「……人間の敵は、人間ってことなの……?」

 破城槌のようにした角材をメインゲートに打ち付ける避難民の姿が、目に入る。守衛たちも発砲しようかどうか迷い、銃を上げ下げしていた。それを見て、悲壮感に駆られかけたが、しかし。

頭の冷えた部分が、鳳翔に言う。
お前は生きることに興味が失せたのではなかったのか。そう、言っている。

「……」

 鳳翔は、振り返らずに走る。銃声と、人間同士が戦うウォークライの声が、後ろから、した。






「デッキアップ、急げッ!」

 警察官が、パワードスーツに身を滑り込ませ、核融合バッテリーを軍の整備士が装着し、ぐっと親指を上げるのを、提督は慌てて腕を振り、制止する。

「今はまずいッ!」

「そんなことを言っている場合ですかッ! 電話でメインゲートが破られたって連絡があったんです!」

 給弾口から催涙ガス弾を20mm砲に送り込みながら、ハーネスを閉め、そしてコクピットを閉じて顔が見えなくなる彼らを、見た。4機のパワードスーツが、同様にスターターをかけ、ぐいん、と動き始める。腰には、20mm通常弾をセットしている。残りの4機は、というと、それを悔しそうに眺めていた。バックアップ、というところだろうか。いずれも、年若い。

「私たちはおまわりさんですよ」

 外部スピーカーで、そういう彼らを見て、提督は止めることが無駄である、と悟った。彼らは暴徒鎮圧とともに、できれば避難民に空襲が迫っていることを知らせ、逃がしたい、と考えているのだろう。それを止めることは、提督は、その良心から言っても、不可能だった。
いかにも、無残な、痩せこけた良心だった。優秀な指揮官には、なれそうもない。そう思いながら、痛む頭をさする。

「市民を守るのは私たちの仕事です。……後は、あんたたちの仕事だ。軍人。武運を祈る」

「そちらも」

 敬礼をすると、ははは、と警官たちは笑い、搬入用エレベーターで地上に向い、姿を消した。あんたたちの仕事だ。そう言われて、と提督は思わず吐きそうになるのをこらえた。

 俺があんたたちのようにふるまえるものか。俺が何を選ぶか知っていて、それを言うのか、お前たちは。そう、悪態をつきたい心持だった。だが、それは提督には許されないし、そんなことは甘えである。選ぶ、ということは本質的にそのような要素を持っている。

「……」

 言うべきことは、もはやない。そこからは背を向け、地下指揮所の艦娘の装備の臨時整備ショップに向う。そして、そこから漏れ聞こえる口論の声を聞きながら、提督は、ホルスターから拳銃を抜き、そのグリップを握りしめた。ブローニング・ハイパワーと呼ばれる、ベルギー製の拳銃のハンマーを見て、こいつを撃つようなことにならなければいいが、と考えて、スライドを引いた。





「提督……?」

 その声が、耳に届く。加賀のそのすがるような声を聞いて、思わず提督は舌打ちをした。説得できなかった、ということか。そういう苦い思いが、腹の中でわだかまり、右手の拳銃の重さをより意識させる。

「提督……!」

 怒声が鼓膜を、強くたたく。三隈と潮、そして曙の戸惑いの視線を身に受けながら、摩耶のそれを受け、静かに返した。

「待て、どこへ行く」

 ブローニング・ハイパワーのグリップをぐ、と握りながら、トリガーに指をかけて、摩耶にそれを向ける。振り向いた摩耶は、信じられないものを見る顔をしていた。

「おい、提督、どういう意味だ、それは」

 加賀はじ、とこちらを見て、曙は潮に袖を引かれ、山城は摩耶を止めようとしている。後ろから気配のする鳳翔のほうを見てみると、その表情は、読めない。
防空壕の中で銃撃戦を始めようとするとは、いよいよ俺も正気ではないようだ、と提督は苦い思いを噛みしめていた。

「決まってる。決まってるだろ! 空爆を受けているんだぞ! 摩耶様の出番だろうが!」

 腕を振り、怒気を露わに摩耶は言う。何のために私がここに居るのか、といわんばかりに、怒りで顔が歪んでいる。

「出番を決めるのは俺だ。座れ。これは命令だぞ」

 再び、グリップを握る手に力を込める。そうとも、わかっているとも。お前の出番も、お前たちが戦うべき戦場はここだとも。道理としてはそうだ。
呉の市民20万を見捨てる選択をする。それはお前たちが許せないことであるとも。理解もしている。そして唾棄もしている。

「座れ」

 だが。指揮官として、提督はその道理を通すわけにはいかなかった。

 その瞬間、ずずん、という音が、響く。ついに、地獄が始まった。





[39739] 余計者艦隊 第六話 White Widow(後編)
Name: 小薮譲治◆caea31fe ID:9ca38e1f
Date: 2014/10/04 22:10
「止まりなさい! 止まらんと撃つぞ! 止まれ! 現在当鎮守府に敵が接近している! ただちに避難せよ! 止まらんかッ!」

 返ってくるのは怒声と発砲音。セラミック製のパワードスーツ用防盾にノックのような着弾音がする。拡声器の音を切り、パワードスーツに乗った警察官はちっ、と舌打ちをした。

「遠慮なしに撃ってきてますね」

 青のピクセルカモに曹長の階級章を付けた海軍軍人、坂井曹長が、どこから引っ張り出したのかもわからないM79を握り、ため息交じりに言った。

「そりゃおめえ、門衛撃ち殺したのに今更警察に容赦する気もねえだろ」

 誰ともなくそう発言すると、ははは、というさざめきのような笑い声が無線に満ちる。自暴自棄。その一言がふさわしかった。これから爆撃がやってくるというのに、連中気が狂っているのか、といいたくてたまらない。それが、警察と海軍の混成編成である彼らの本音でもあった。

「ガス弾を装填せよ! ガス弾を装填せよ!」

「了解。クソッタレ。連中ここでぶっ倒れたら俺たちに賠償請求でもするのかね」

「どうせ死体も残らねえよ」

 再び、笑い声。笑う他ない、というのが本当のところだった。

「連中、気でも狂ってるのかね。これから空襲だってのによ」

「狂気の度合いで言えばこっちもでしょうよ。まったく。提督は警察に汚れ仕事を寄越しやがった。おかげで俺たちが納税者を撃つ羽目になってる」

「イカれてるのは皆さ。まともなのは敵だけだよ」

 ちげえねえや。そう笑って、彼らは一斉に引き金を引いた。







「座れ」

 提督は大きく息を吐き、青い顔のままトリガーガードに指をかけ、摩耶に命令する。摩耶は銃口をにらみ、後ろに一歩、二歩、と下がる。

「……艦娘にそれを撃ってどうにかなるとでも思ってんのか?」

「艤装も付けてない艦娘が拳銃弾を止められるとは聞いたこともないね」

 ハッタリはきかないか。と摩耶は舌打ちをした。しかし、憤懣は山ほどある。

「市民はどうするんだ! 避難誘導は? その時間稼ぎは?!」

 提督は再び青い顔のまま、白くなった唇で言葉を紡ぐ。

「現在は楽しい暴動の真っ最中だよ。その市民によるな……避難誘導も何も無い」

「暴動……?!」

 それを聞いて、摩耶は顔色を変える。だが。

「だから……ぐ……う……」

 提督が銃を取り落し、ひざから倒れこみ、蹲る。はっ、はっ、という荒い息が、聞こえた。

「え……お、おい、提督?!」

「だから……出るな。出るんじゃない。お前らに一人でも欠けられると……」

 胸をかきむしり、は、は、と再び息をつく。呆然としていた艦娘たちに、生気が戻った。
 鳳翔は提督に駆け寄り、脈をとる。そしてやはり、とつぶやいた。異常に早かったかと思えば止まり、を繰り返している。ちっ、と舌打ちをして、周りを見て、指示を飛ばす。

「AEDを取ってきなさい! 加賀!」

「は、はい!」

「摩耶は医務室に行って医官を呼んで!」

「お、おう!」

 一呼吸を置いて、あおむけに寝かせて上着を脱がせると、山城に心臓マッサージをしろ、と指示をして、呼吸が止まっていないことを耳元に提督の口を近づけて確認すると、脱がせた上着を枕代わりに敷く。

「も、持ってきました!」

 加賀がAED、つまりは除細動器を持ってくると、すぐに箱を開けて設置する。出撃する、しない、の話は提督が倒れたことで吹き飛んでしまった。






「連中、マジでイカれてやがるッ!」

 イヤマフごしからにも聞こえてくる、20mm機関砲の猛烈な叫び声。空中で砲弾がさく裂し、ガスがぶちまけられる。うめき、悲鳴、悪罵。それらすべてが爆発音で切れ切れになる。しかし。催涙ガスの血膿色の煙の中から、銃弾が発射される。曹長の階級章を付けた男、坂井曹長は絶叫する。

「イカレてるッ!イカれてるッ!」

 畜生、なんでこんなことになった。どうしてあいつらがこんな時に突っ込んでくる。なぜガス弾をブチ込んでも平気な顔をして応射してくる。
 天を、仰ぐ。

「ちっくしょう……」

 黒いしみが、青い空に広がっている。低空を、舐めるように飛んでいる。坂井曹長は、怒鳴る。

「深海棲艦だ! くそったれ! なんで逃げない! なんで向ってくる!」

 畜生。どうしてこいつらは正気を失ってるんだ。わからないのか。敵は俺たちじゃあない。俺たちであってたまるものか。今空に居るのか人類の敵だろう。なぜお前たちは。

「あ……!」

 警察のパワードスーツの体が、何かをかわすようによじられた。坂井曹長は、20mm機関砲の砲身の一撃を腹に受け、吹き飛ばされ、ぐるぐると体が振り回される。

「は……は……ッ!」

 体を、起こそうとする。激痛が全身に走り、頭が白くなる。悲鳴が聞こえる。あまりのうるささに正気を取り戻すと、その悲鳴は自身の口中から絞り出されたものだったことに気づき、笑う。

「気が狂ってるんだ……どいつも……こいつも」

 視線を巡らせると、そこにはロケット砲弾らしきものを受けた警察のパワードスーツがかしぎ、中からずるり、と体が落ちる。地を這い、顔を上げ。そして。

「やめ……」
 声が、出なかった。押し寄せる人の波に、警察官は飲み込まれた。掲げられ、苦悶の声を上げている。にもかかわらず、あちこちから拳が飛び、歓声が聞こえる。いや、野獣の咆哮といってもいいかもしれない。
そして、そこに深海棲艦の蝙蝠型の戦闘機が襲い掛かり、機銃掃射。歓声がほとばしったままの喉が絶叫をたて、そして数度の掃射をあび、市民であったもの、そして、野獣に変じた者、彼らを止めようとした者たちは、一つの肉塊となっている。赤黒い塊。

「……まともなのは、敵だけじゃねえか……」

 笑い、坂井曹長は目を閉じた。





 略奪者も、そしてその制止者も、すべてを肉くれに変えた後、深海棲艦の戦闘機は引き上げていく。後に残ったのは、蠅と、新鮮な蛆がたかった死体。つぎはぎの修理痕があったかと思えば、別の場所が壊れている。

 3日間。鳳翔は敵を刺激する恐れがある、と認識していながらも艦載機を飛ばし、周防大島を観測し、そして。

「……動きは無い、か」

 追加の艦隊行動もなく、周防大島の飛行場姫は沈黙を守っている。いいか悪いか、わからない。どちらにしても、市民も、兵たちも。そして艦娘たちも疲れ切っている。ただ、虚無感だけが広がっていた。死体を一瞥しては、片付ける気力もない、という様子で肩を落とし、ただ歩いている。生存者はどのくらいか、ということ自体、よくわかっていない。加賀は何とか最低限の基地機能を復旧させよう、と飛び回っている。発電機と水道が破壊されていなかったことだけは、奇跡に近い。もっとも、電気は下手に復旧させれば火災が起きるため、限定された区画のみに限って復旧させているようだ。鳳翔が今いる地下指揮所はもともと発電機を持っているため、あまり関係はないのだが。

 そして、鎮守府の責任者である提督は、というと、心室細動を起こしたものの、一応は無事だ、ということになっている。なっている、といえば語弊があるが、そうとしか形容のしようがない。意識を失ってはいるが、体内式除細動器を埋め込む必要はなかったため、そう形容しているのだ。それに、もとが健康体であったが、疲労と睡眠不足であったにもかかわらず、無理をし続けたのが原因だろう。としか言えない、というのが医者の見立てである。

 その提督は、というと、今にも起きてきそうな顔色で、ベッドに寝ている。脳波も脈拍も正常。ただ、意識だけがない。鳳翔は、ため息をつきながら、ベッドの横におかれているパイプいすに腰掛けた。たとえ艦娘が生きていたとしても、その司令官であるあなたが倒れていては意味がないのだ。そう言いたげに、顔を見つめている。




「ああ、畜生」

 またこの夢か。そう、提督はつぶやく。手りゅう弾のピンをにちり、と引き抜き、すっと開けた扉の隙間から投擲。そして。

「……」

 無言で扉をけ破り、船室に入ると、そこには。

「……クリア」

 誰もいなかった。ただ、折り重なるように、銃を握った少年と、銃を握った少女だったものが転がっている。誰も居ない。無感動に死体を見て、男は前進していく。64式小銃を握り、敵を反射的に撃ち、任務を終える。

 敵拠点を襲撃する。その任務を付与された彼は、掃討を完了して、引き上げる時にふとその部屋を通りかかる。元ANZACの海賊を間引く任務なんか、なんで俺がやるんだ。とぼやきながら。
そこには、少年と少女の死体が、変わらず転がっていた。じっとそれを見て、そして何も感じなかった。

なぜ。そう提督は考えた。なぜ、何も感じない。子供の爆裂死体だぞ。ゲロの一つくらい込み上げてこないのか。血のにおいも猛烈にするし、南国であるためか、悪臭すら立っている。普通は生理反応として吐き気が込み上げてくるところだ。それすらも、ない。

 その日、彼は船室で寝る前に、海軍を辞めることを決意した。殺しが嫌になった、とかそういう事ではない。そんななまなかなことではない。
それはつまり。子供を肉塊にしたにもかかわらず、何も感じず、心がひとつも動いていないことが、恐ろしくてならなくなったのだ。

「ああ……畜生」

 やめられなかったよなあ、と夢の中で、寝息を立てている自分に語り掛ける。辞められなかった。辞められるはずもなかった。その時には、すでに彼女たちの司令官に就任していたからだ。

「ひどいことをしたなあ。本当に」

 そういって、涙した。




「……加賀?」

 鳳翔は、目の前の加賀が、常になく取り乱していることを見て、顔をしかめた。唇は引き結ばれ、眉間にはしわがよっている。椅子から立ち上がり、じ、と顔を見た。

「あなたは……あなたはここで何をやっているのですか」

 ぞくり、とした。地獄の底から響く声、とはこういう声のことを言うのだろうか。

「この大変な時に、あなたは……あなたは」

 手で顔を覆い、加賀は蹲り、低い声で鳳翔を呪った。

「なぜ、助けてくれないんですか。あなたのほうができるじゃないですか。私は提督が倒れたあの時、体が動かなかった。あなたは動いて、適切な処置をした。どうして、かわってくれないんですか。私だって、やれることはやったんです。やったんです……」

「……」

 沈黙が、落ちる。鳳翔は、考えた。

 なぜ助けなかったのか。そんなことは知れている。出来ることは知っていたからだ。なぜ助ける気が無かったのか。だって、私を呪って首をくくった「あの人」のいないここで、なんで頑張る必要があるのか。よく、わからなかったからだ。

 目の前の加賀は、疲れ切り、血色が悪い、ということもわかる。作戦の相談や決裁ができるだけの、加賀と同じように「提督と同じこと」を考えながら動くこともできた。だが、なぜやらなかったのか。

「よくわからないわ」

「……えっ」

「よく、わからない。そう言ったのよ」

 加賀はふらふらと立ち上がり、そして。手を振り上げて、鳳翔のほほを思いっきり張った。

「ふざけるなっ!」

 ふざけるな。はあ、はあ、と肩で息をしながら、加賀はじっと鳳翔の目をにらみ、声を上げる。

「ふざけないで……ふざけないでください。本当に、ふざけないで……どうしてなんです。教官……あなたは……!」

 どうして。そこから先は、加賀の喉からは声にならなかった。嗚咽だけが、響いていた。時計の音だけが、やたらに耳に響いていた。ほほが、あつい。

「……痴話喧嘩か、なにかか」

 男の声が、響いた。

「……てい、とく」

 その声を聞いて、加賀は顔を上げる。

「……美人が台無しだな。……状況は」

 寝たふりしてた方がよかったかね。と提督はつぶやき、体を起こす。

「最悪なんだろう? 何番底なのかわからんな、こいつばかりは」

 提督は、低く笑い、ひきつる頬で無理ににやり、と笑ってみせた。













「……電です。物資を満載して帰ってきたら、鎮守府が更地になっていました」

「いやあ、縁起でもないけど本当に更地だね。きれいさっぱりしてる。僕の目がオカシイのかなぁ」

 そう最上と電は、惚けたまま言う。その後ろから、声がした。

「……冗談になってませんよ!お二人とも!」

「ああ、そうね。うん、僕も冗談じゃないから困ってるんだよねえ」

 いったん言葉を切って、最上は顔を向けて言う。








「吉報を持ってきてくれたんだろう? 雪風」




[39739] 余計者艦隊 周防大島編最終話「周防大島攻略戦」 起
Name: 小薮譲治◆caea31fe ID:479cfb49
Date: 2014/12/01 19:09
「状況はどうなっているのか、説明せよ。加賀、鳳翔」

 医者に説明を受けた後、いつもと同じように、提督は命ずる。体に違和感はあるが、むろんそれはそうだろう。心臓発作を起こして倒れた、などと薄らみっともなくて言えたものではない。幸い、心電図に異常はないものの、無理をし続ければ重大な問題が生じる可能性がある、という忠告を受けている。

「……どうした、何か言うことはないのか。状況を、報告しろ」

「……てい、とく」

 加賀は、涙をぬぐう。鳳翔は、居心地悪そうに身じろぎした。

「提督。それでは、状況を説明します」

 提督は、話を聞いていくうち、なるほど、と言った。何がなるほどなのか、と加賀と鳳翔は、先ほどの口論を忘れ、目を合わせる。

「艦娘は損耗していないんだな。それなら、やりようはある」

「あの……?」

「伝令!」

 ドアを開き、伝令の兵が駆け込んでくる。電話線が切れているため、陸軍との会話のために深く埋設してあったそれ以外は役に立たない。応急で地上配線をしているが、焼け石に水で、伝令が活躍しているのである。

 その少年と見まがうような兵は、目を輝かせている。それを見て、提督はおや、と考えた。ついぞ見た事のない目だ。

「……何か」

「指揮統制艦『ブルーリッジ』並びに、重巡洋艦『最上』と駆逐艦『電』が帰投いたしました!それで……」

「予定通りの行動だな。それで」

「……そ、それで……」

 言葉に詰まる。涙ぐむその兵を見て、思わず落ち着け、と言いそうになる。だが。

「続けなさい」

 提督はそう言う。大きな拾い物をして帰ってきたのだろう。おそらくは。

「横須賀より駆逐艦『雪風』がやってきました! 淡路島の封鎖を突破してきた、とのことです!」

 そう。とてつもなく大きな拾い物だった。

 淡路島の封鎖を突破。その意味を聞いた瞬間、提督は跳ね起きた。兵の肩をつかみ、目を見開く。

「本当か、それは!」

「本当です! 呉に雪風が『帰って』きました!」

 帰ってきた。殊勲艦、幸運の女神、死神、様々なあだ名があるが、雪風ほど有名な駆逐艦もあるまい。その勲を聞いたことが無いものもいない。対深海棲艦においても、日陰ではなく日向を歩み続けてきた一隻である。

「……ありがとう。すぐにでも話を聞きたい。どこにいるか教えてくれ」

「は! 案内します!」

 その提督の肩を、今度は鳳翔がつかむ。なんだ、と胡乱な目を向けるが、諭すような口調で、鳳翔は言う。

「駆逐艦とはいっても、女の子ですよ。その顔で会うのですか?」

 提督は顎に手をやる。ぞり、という感触。どうやら、寝ているうちに無精髭を蓄えてしまっていたらしい。

「……剃らないと不味いかね」

「海軍士官と言うよりは海賊ですね」

 提督は笑った。海賊、海賊か。先祖に海賊はいたかもしれないな、と考えたのである。何しろ、瀬戸内は海賊の海だったのだから。

「そうか、そうだな。そうするか」

 そう言って、提督は剃刀を探す。自分の部屋はがれきの下に埋もれてしまっているからだ。




余計者艦隊 Superfluous Girls Fleet 第一部:最終話『周防大島攻略戦』




「あなたがしれぇですか?」

 右を見て、左を見て、下を見て。歴戦の駆逐艦はどこかなあ、と探す。提督は、下を見て、栗色の髪に、同じ色の瞳の少女が、きらきらとした目を向けているのに気づき、後ろを見て、加賀の目を見る。この子か、と問うと、加賀は当然でしょう、と目で返す。鳳翔の方を向く。こくり、と首を縦に振った。

「呉鎮守府司令官です」

「わあ、お若いですね」

「お世辞も言える。良い子じゃないか」

「えへへ」

 加賀が、緩んだ提督の顔を見て、ほほをひきつらせながら提督の背中をつねる。本題に入れ、と言わんばかりだ。

「……で、どのような情報を持ってきてくれたんだ?」

「……はい。この命令書を渡すように言われました」

 取り外した艤装の中から、防水シートにくるまれたフォルダが取り出される。赤いケースに入ったそれは、秘密に属する事柄の書類が入っていることを意味している。電子的手段による受け渡しではなく、紙媒体での受け渡しを選んだ、ということは、淡路島にはいまだに「姫君」ないしは「鬼」がいる、ということなのだろう。強行突破を成功させた雪風という名の少女は、このなりで間違いなく百戦錬磨と呼ぶにふさわしい者だろう、と提督は考える。

 機密保持は、と一瞬考え、そしてこの場にいる人間で、秘密に触れる適格性の審査を通らなかったものは居ないだろう。とその考えを打消し、赤いケースを開け、書類を開く。

「……淡路島攻略作戦」

 文書番号を見れば、機密横須賀鎮守府命令第106号と記入されており、起案する奴も大変だな、などと考えた。呉鎮守府での各作戦においても文書は起案しているが、起案する人間と決済する人間が同じとは、と苦笑いをして居た事を思うと、さすがに呉鎮守府ほどやられたわけでもないのだろう、とも読み取れた。なぜなら、機密呉鎮守府命令は50号程度しか発刊されていないからだ。

 むろん、口頭指示ばかりをしていたからでもある。仮に、文書監査が来たら逆さにつるされるだろうな、と考えて、まあ、負ければ監査も必要なくなる。そう、提督は笑った。

 ホチキスで留められただけの書類のページをめくれば、詳細な作戦計画が記されており、発起日時すら記されていた。あと2日後。艦娘の3個艦隊、さらには三沢基地や横須賀の米軍の航空部隊を動員し、そのうえで帝国陸軍の四国の第11師団、大阪の第4師団の戦力を総動員して奪還に当たる。と記されている。その編成のぜいたくさに思わず天を仰いだ。三沢の虎の子である戦術核装備型のF-22Aすら動員しているのだ。
それに引き替え、一個艦隊、それもまともな編成ではない呉鎮守府、海田市防衛でズタ袋のようになった帝国陸軍第5師団と、さらにF-35Bが5機しか出せない岩国の海兵隊とを比べると、と考えたところで、はた、と思い至った。

こんな大兵力を投入する、ということは、深海棲艦もその対応に追われることとなる。それは周防大島のそれも例外ではない。むしろ、周防大島は、淡路島と比べると、相対的に危険度が低い呉鎮守府しかない。戦力を集中させるならどこか。それは、つまり。
提督は、思わず雪風の顔を見る。少女は、にこり、と笑って見せた。

「吉報だな。感謝する」

「はいっ」

 雪風は敬礼をする。提督は答礼をし、そして加賀と鳳翔に向き直る。

「読め」

 加賀は書類を受け取り、それを読んだ後に鳳翔に渡す。そして、鳳翔が読み終わったのを確認すると、口を開いた。

「周防大島攻略作戦を発起する。時期を見る必要があるが……以前、加賀に提出してもらった作戦計画があったな。修正の必要はあるし、動きを見なくてはいけないが、どうか」

「……どちらにしても、航空偵察は欠かしていません。周防大島の集団が動けば、その時は分かります」

 鳳翔がそういうのを見て、一瞬の間をおいて、加賀が口を開く。

「その通りです。きょうか……鳳翔さんが監視をしていますから、タイミングを見る必要はありますし、欺瞞である可能性も検討する必要はありますが、そうした行動に出る個体はほぼありません。やってみた兵棋演習では敗北ばかりでしたが、周防大島の集団が淡路島に増援に向うとなれば、状況は変わります」

「……勝てると思うが、どうか」

 その問いを投げると、加賀はすこしの逡巡の後に、首を縦に振った。

「いけます」

「そうか。監視の目を緩めるな。艤装は常に電源を入れた状態にして、ブルーリッジの機関の火は落とすな。いつ動くかわからんのだからな。動くかどうかも含めて、だが」

 は、と加賀と鳳翔は言い、鳳翔に頼みます、と視線を向けると、その指示を伝達しに、部屋の外に歩み去る。加賀は、小さくため息をつき、口を開いて、そして小さな声を出して、少し顔を赤らめる。

「それにしても」

 提督は、加賀がぽつり、と何か言いかけたのを聞き、どうした、と問うた。何か作戦上気になる点があるのならば、指摘してもらわねば困るからだ。

「いえ、作戦の事ではなく……まるで、本当に海賊になった気分だな、と」

「……髭を剃らなきゃあよかったな」

「……あの髭は、似合いませんから……」

 そう短く、加賀は言った。そんなものか、と顎を撫で、提督はつぶやき、そして再び天を仰ぐ。この作戦で勝てば、勝てば次につなげられる。そう思うだけで、幾らか胃腑でわだかまっていたものが、抜けていくのを感じた。





「俺たちがお前に付き合う意味がどれほどある」

 そう、男は単刀直入に聞く。馬淵中佐は、顔をこすりながら、電話口の先の「提督」と話をしていた。広島撤退の決心を参謀に進言されていた時に届いた報が、淡路島攻略作戦の発動であった。つまり、あまりにタイミングが良すぎるために、疑念を抱いたのだ。

「広島を撤退して、その後にどこに行く」

 そのことを一言だけ問われ、言い返そうとして馬淵中佐は言いよどんだ。
 そう、確かに広島を撤退し、中国山地に籠ってしまえば、陸軍だけなら持久出来る。持久は出来るのだ。だが。それは結局持久ができるだけに過ぎず、中長期的には反攻の見込みが全くなくなるということでもある。パワードスーツは動かなくなり、その他の車両は燃料補給ができなくなる。弾薬にしたところで同様だ。ジリ貧になるのは目に見えている。

「わかっているはずだ。最後の好機だぞ」

 その一言は、確かに甘い。指揮官にとって、挽回の機会こそはもっとも甘い果実だ。だが。

「お前の『賭け』に乗って死ぬのは俺の兵だ。それに見合うものが提供できるのか、貴様に」

 一呼吸を置いて、提督は続ける。

「勝利だ」

「ふん、知った風なことを言う」

「強襲上陸作戦は計画しているんだろう?」

 再び、馬淵は顔をこする。

「……無論だ。貴様の言った通り、周防大島の集団の移動が確認出来次第、呼集をかける。総力戦だ」

「そうか。……米軍側とは話はついているな?」

「F-35を出してくれるとさ」

「核装備型か?」

「いや、通常型だな」

 そうか、と応じ、では、通すべき規約ナンバーを送達する。そのナンバーを読み上げたのちに、提督は幸運を、と言って、通話が切れた。まったく、とんでもないときにとんでもない爆弾を持ってきてくれるものだ。と、馬淵は笑い、顔を上げた。

「あきつ丸、連隊長クラスを招集しろ」

「は」

 あきつ丸は答礼し、走り出す。正念場だぞ。と馬淵は再び、顔をこすった。







[39739] 余計者艦隊 周防大島編最終話「周防大島攻略戦」 承
Name: 小薮譲治◆caea31fe ID:479cfb49
Date: 2014/12/01 19:10
「正気かよ」

 その摩耶の声を聞いて、提督は顔を向ける。摩耶は、一瞬たじろいだようだったが、こちらの目を見て、睨み返す。

「空き巣なんか正気でできるか」

 そう返され、摩耶は鼻白んだ様子を見せる。周りも、特に「淡路島攻略作戦」の説明のために、ということでとどめられている雪風は困惑しきりだ。

「言いたいことはそれだけか、摩耶」

「……ふん」

 摩耶は、どっか、と腰を下ろし、不承不承、という様子で舌打ちをしたのを見、提督は顔をあげた。まあ、銃を向けた以上、仲良くしよう、というのは無理な話だろう。それに、摩耶と同型の艦娘には因縁もある。

「よろしい。それでは作戦を説明する。まず初めに説明しておけば、米国海兵隊の航空隊海兵第242全天候戦闘攻撃飛行隊と、帝国陸軍第5師団の協力を取り付けている。周防大島の制圧は帝国陸軍が受け持つ。うちの陸戦隊は……まあ、あいにく作戦能力を喪失している、と見做すべきだな」

 作戦図に、岩国より飛び立ったF-35Cが表示され、帝国陸軍の作戦計画より、パワードスーツのヘリボーン降下作戦、厳密にはCV-22オスプレイを使ったそれがロードされる。それを見て、山城はおや、という顔をした。飛行場姫が居る以上、きわめてハイリスクな作戦となるためだ。なぜならば、制空権を奪い返すことはほぼ不可能である。第二次大戦の艦船を基本的に模している艦娘たち、その中でも空母よりも、地上航空基地の作戦能力は基本的に高い、というのは原則でもある。

「我々の主任務は、周防大島南岸に敵の注意をひきつけることにある。F-35Cを適切に誘導し、飛行場姫のEMP発振以前での撃破、それが無理ならば無力化が最優先任務だ。敵艦隊の撃破は副次任務である。無視できれば無視しろ。繰り返すが、周防大島攻略が何物にも優先する」

「発言、よろしいでしょうか」

 山城が、手を上げる。何か、と顔を向け、発言を促した。

「艦隊をとり逃した場合、島嶼部に潜まれる危険があります。特に、瀬戸内海は入り組んだ地形ですし、深海棲艦はそうした戦術を取りやすい形態です」

「それはその通りだ。まあ、その通りなんだが……」

 指揮棒をいじりながら、提督は返答に窮する。どう答えたものか、と加賀に視線を向けると、こくり、と頷いた。

「陸軍の周防大島奪還支援が最優先任務です。ここで失敗した場合、彼らに再起の機会はありません。その点は我々も同じですが……」

 一呼吸を置き、続ける。

「周防大島を奪還できれば、拠点の喪失によって、深海棲艦の再生産を阻止できる。それによって残敵の掃討に移れます」

「……それは分かりました。では、淡路島攻略作戦が失敗した場合、どうするのですか?」

 山城は、提督の目をちらと見て、あえて聞いている、ということを目で伝える。悲観論、というよりも当然そうしたリスクについて考えていないわけではないだろう、という部分だ。

「その場合、少なくとも周防大島攻略に成功していれば、前線が根拠地、すなわち呉鎮守府と広島からは遠ざかる事となる。最悪の状況からは好転した、とも言えるな」

「では、両方とも失敗した場合は、どうするのです」

 それを問われて、提督は肩をすくめた。雪風は、というと山城をにらんでいる。そんなことはない、失敗なんてしない、とでも言いたげである。子供を前にして、大人げないことを聞かざるを得ない立場に、若干の同情を覚えた。

「その心配はしなくてもいいだろう。少なくとも自害の時に弾薬がなくなっていないことを祈るだけで済むんだからな」

「……愚問でしたね、すみません」

「その必要が無いことを祈ろう」

 細かい作戦案を説明に入る。艦隊については、二つに分けることとし、周防大島突入艦隊と、空母護衛艦隊とに分割されることとなる。内訳は、以下の通りである。




第一艦隊(周防大島突入艦隊)
旗艦 山城(扶桑型航空戦艦)
   最上(最上型航空巡洋艦)
   三隈(最上型重巡洋艦)
   摩耶(高雄型重巡洋艦)



第二艦隊(空母護衛艦隊)

旗艦 鳳翔(正規空母・同型艦なし)
   長良(長良型軽巡洋艦)
   曙 (特型駆逐艦Ⅱ型)
   電 (特型駆逐艦Ⅲ型)
   雪風(陽炎型駆逐艦)



 これに加え、通常舟艇として「指揮統制艦」ブルーリッジが空母護衛艦隊に随行する。これには、提督と空母艦娘である加賀が乗り込み、各分艦隊との連絡を担当する。しかし、小勢力であるために艦隊を分割する必要性もなさそうなものだが、空母が突入艦隊についていったところで砲火力が無いため、それ以前の問題だからだ。なぜ突入艦隊に駆逐艦が随行していないのか、というと、砲火力の面で心もとないのと、空母の護衛を減らすリスクは冒せない、と言うところであった。最悪の場合、山城の艤装をサルベージできれば、まだ「戦艦」はあるからだ。未成艦ではあるが。

 艦隊は0400に呉港を出港。第二艦隊は倉橋島と能美島の間で第二艦隊は作戦開始を待機。周防大島の瀬戸ヶ鼻からはおよそ20kmと、周防大島からであれば砲撃の届く距離ではあるが、リスクと考えねばならない。
第一艦隊は音戸の瀬戸を抜け、中島と睦月島の間、15kmの距離で作戦発起を待つ。発起の後はそのまま周防大島「安下庄港」に突入する。本来は漁港であったが、今となっては飛行場姫の巣窟である。是が非でも奪い返さねばならない。

 提督は、それを説明すると、各人に紙を回す。遺書を書け、と短く言い、解散を下達。

 もはや後戻りはできない。賽は投げられたし、彼らはルビコンを渡ることを選んだのだ。海軍の余計者たちは、戦うことを選んだ。






 淡路島攻略作戦発動。その事実を、飛行場姫は感知した。敵は動員できる限りの兵力を動員し、淡路島から深海棲艦を押し出そうとしている。増援の要請が悲鳴のように寄せられたのを聞き、飛行場姫は笑う。広島と呉の兵力はすでに弱体。楽しんで殺せる。そう考えたからこそ、一も二もなく兵力を派遣する。こちらによしんば攻め寄せて来たとしても、上陸作戦の困難さは言うまでもない。

 アスファルトのような黒い粘液を蹴立て、哄笑する。殺して来い、人間を殺して来い。もっと多くの人間を殺せ。すりつぶせ、絶望の声をあげさせろ。飛び立つ黒い機影と、出港していく黒い影。見るがいい。見ろ。こそこそ盗み見ている艦娘どもめ。そう、飛行場姫は紫電改の機影を認めて嘲弄する。

 のそり、と戦艦タ級が姿を現す。行け、と手を振るが、逆にタ級は、裂けた頬から乱杭歯をむき出しにして、笑う。来るぞ。奴らは。そう言わんばかりに。私ならばそうする、と笑うのだ。




「移動を開始。……情報通りですね」

 鳳翔のその声を聞いて、提督は受話器を上げる。電話機の先からは、いつもの不機嫌な声が返ってくる。

「馬淵だ。どうした」

「移動を開始した。そちらから観測できるか」

「こちらも確認したよ。……やるか」

「やるとも」

 周防大島攻略作戦は、この短い会話で開始された。周防大島を奪還し、瀬戸内海の制海権を取り戻す。それだけの作戦ではある。それだけではあった。だが。やらねば、彼らは腹を切るしかやることが無くなってしまう。

 電話の受話器を置き、鳳翔に目配せすると、鳳翔は敬礼をして退出。事前の指示通りにブルーリッジに向ったのだろう。加賀の方を見ると、こちらもうなずいて見せる。

「……訓示はなさらないのですか?」

「……よく戦え。しかし死ぬな。とだけ伝えておいてくれ。楽になられては困る。何より、俺の仕事が増えるからな」

 そう言って、提督は制帽を被る。作戦開始。






「第一艦隊が位置についたことを知らせよ」

 航空戦艦「山城」は、分遣艦隊内量子データリンカが正常に動作し、第二艦隊旗艦「鳳翔」が情報の到達を確認したことを返してくるのを見る。最上、三隈、摩耶、いずれも動作状況正常。機関出力定格。本来は自分の装備ではない46cm砲の作動状況を確認するため、自己診断プログラム起動。正確に動作している、との信号を返してくる。そして、本来は伊勢型に装備されるはずだった航空甲板の黄土色の塗装面を見て、ため息をつく。時間がなかったとはいえ、もう少し何とかならなかったのか、と言わんばかりだ。

「うーん、敵艦隊の姿は見えず。本当にほとんどの艦隊を吐き出したみたいだね」

 周辺警戒を行っていた最上は、摩耶と交代すると、そう口頭で報告してくる。三隈がそれを見て、眉をひそめていた。

「……何かおかしいですわね。舐めてかかるにしても、もう少しやりようがあるはず……」

「そういう戦略眼を持ち合わせていないのが深海棲艦だろ」

 そう吐き捨てるように言って、摩耶が多少距離をとり、島の影から出る。目標の監視作業を再開。確かに、従前であればそれは正しかった。戦略眼がたとえなくても、数で磨り潰されてきたのが実際である。しかし、それにしてもこの動きは「くさい」のだ。

 何がどう、と問われれば、山城も困るが、しかし。

「……戦術情報アップデート。陸軍が動き出したみたい」

 最上の声を聞いて、山城は摩耶を呼び戻す。単縦陣をとることを決定。即座に各人の航法コンピュータをオーバーライド。水偵を撃ち出し、島の影から出る。

「作戦開始。作戦開始。我に続け」

 敵船の姿は見えない。だが、黒い染みのような敵の「滑走路」は目視できる。射撃用意。

「てぇっ!」

 長大なマズルファイアが砲口から飛び出し、黒煙をぶちまけ、山城の白い装束を黒く染める。46cm三連装砲の発射の衝撃で、波の形が変わり、統制された射撃によって20.3cm砲から砲弾が撃ちだされる。

「……姉御!」

 砲の発砲音が途絶えた中から、摩耶の声がする。注意を向ければ、戦術情報がアップデートされた。個体識別名「スカーフェイス」と呼ばれる戦艦タ級を目視したのだ。

「……通してくれそうかしら」

 水柱が立つ。発砲炎を確認した瞬間、艤装側が之字運動の自動回避行動プログラムを起動。ぐりん、と体を傾けながら、そのつぶやきを聞いた最上が言う。

「無理そうだね。どうする?」

「決まっています。第一船速、砲雷撃戦、用意!」

「そう来なくっちゃ!」

 にやり、と山城は笑う。やはり、来た。





「留守は任せたぞ。あきつ丸」

「任されました。……しかし、なぜ師団長殿も向かわれるのですか?」

 馬淵中佐は、パワードスーツのディスプレイの照り返しを受けながら、笑う。その横では、オスプレイに固定されたことを示すサインが表示された。帝国陸軍仕様のCV-22オスプレイは、装甲を備えたパワードスーツを運べるように改修されているため、このようなシステムが存在する。

「司令部の椅子のすわり心地が悪くてな。それに、本来は現場指揮官だぞ、私は」

「まあ、確かに参謀殿との折り合いは悪そうでしたからな。政治というやつですか」

「神がかりは嫌いでね。あの野郎は伸び伸びしてるだろう?」

「必死の祈願をしておられますな。戎様も迷惑そうであります」

「その必死ってのは……まあ、言うまでもないな」

 必ず死ね、と言うことだろう。と暗に言うと、あきつ丸は肩をすくめて見せた。

「聞くまでもないことであります。ところで、私の航空機は出さなくてもいいのでありますか?」

「撤退戦の時に必要な航空機を空費してどうする。俺は女衒のように思い切りよくは出来ん。俺は臆病でな」

「……ご武運を、馬淵中佐」

 通信が切れる。航空機のエンジン音が耳朶を打ち、特有の浮揚感。外部カメラの映像と、量子データリンクが状況を表示。F-35Cが岩国から飛び立った、と言うことも表示されている。

「さて、どう転ぶかな……」

 馬淵は、顔をこすろうとして、神経が直接パワードスーツの制御ユニットに接続されていることに思い至り、やめた。





「第二艦隊より連絡。岩国のF-35Cのエスコート、ならびにターゲティングのために空母艦載機を発艦させた、とのことです。飛行場姫の「蝙蝠」と空対空戦闘が開始されています」

「了解。第一艦隊は」

「深海棲艦の戦艦1重巡5の艦隊との艦隊戦に入ったとのこと。安下庄港突入の妨害を排除するとのことです」

 CICのレーダー・スクリーンに多数の機影が表示される。RCSが小さいために、艦娘側、深海棲艦側の航空機のいずれも、IFF表示が乱れ、復旧し、再び乱れる。紫電改が機動を繰り返すたびに予想進路から外れ、そのたびに補正を行っているが、その補正プログラムにしたところでどちらにしても目標が小さすぎてブルーリッジのコンピュータが処理しきれていないためだ。クラッタ―との判別にしても、かなり無理がある。

CICから確認できる第一艦隊の状況は、と言えば、戦艦タ級「スカーフェイス」との遭遇後、ECM下にあるため、円形のノイズが出続けている。時折、量子データリンカがINSでの情報を伝えてくるため、位置情報は反映されるが、しかし。

「戦闘状況下にある事だけは分かるが……歯がゆいな」

「こればかりは……仕方ありません。状況を把握するために前に出してはブルーリッジが標的となります」

 あわただしく輪形陣を艦娘たちがとるのを外部カメラで視認する。中央の鳳翔は艦載機を弓で飛ばし、その制御に集中していることが見て取れた。

「これ以上仕事を増やしても仕方がない……仕方がないが……」



 帽子をとり、額の汗をこぶしでぬぐう。提督は、唇をかんだ。どうして、こんなに面倒な戦争になったんだ、そう毒づきたいのをこらえながら。







[39739] 余計者艦隊 周防大島編最終話「周防大島攻略戦」 転
Name: 小薮譲治◆caea31fe ID:9ca38e1f
Date: 2014/12/07 16:45
「F-35Cが発光信号をよこしている……? エスコートニカンシャスル。……まあ」

「どうしたんです?」

 曙の問う声を、手で制して、鳳翔は苦笑いをする。子供には聞かせられないことを、わざわざよこしてきたのだ。ツギハメガミノショーツノホウガオガミタイ。まったく、チンタツサセニイクなんていう猥談じゃああるまいし。戦闘機乗りのやることと来たら、昔から変わっていない。恐ろしく頭がいいくせに、こういう脂下がったことをやりたがる。

 紫電改を制御し、敵航空戦の只中に突っ込ませる。量子データリンクでその座標データを転送。高度、良し。F-35Cはその座標データを入力したことを伝えてくる。
そして、空域に侵入した5機のうち、3機がAMRAAMを一回り大きくした、サーモバリック弾頭を装備したミサイルを発射。狙い通りだ。

「……妖精さん、ごめんなさい」

 そう短くつぶやくと、ミサイルの弾頭が入力座標で炸裂。熱と衝撃が生成され、敵機が吹き飛ばされる。送られてくるデータが、空間と、己の戦闘機、そして敵の戦闘機を問わず、焼灼していることを示している。敵戦闘機隊。潰滅。

「第二次攻撃隊を出しますッ!」

 振り払うように弓に矢をつがえ、放つ。それは彗星の形をとり、水冷エンジン特有の音を響かせながら、空を飛んでいく。意識を集中させ、制御を開始。

 エンジン音を聞きながら、隊形をとる。そして、彗星の上を、威圧するようにF-35Cが泳ぎ、周防大島に爆撃コースを取り始めた。アフターバーナーを炊き、マッハコーンが生じた状態で突っ込み、クラスター爆弾を投下。黒く染まっていた滑走路の下から、焼け焦げた大地が見える。妖精の目が、それをとらえる。

「……っ?!」

 何かが脳に焼きこまれる。にやり、と飛行場姫が笑うのを、視線にとらえる。ひゅっ、と一機の蝙蝠がすり抜け、再度爆撃するべく、機首を下げ、高度を下げた一機のエンジンの吸気口に吸い込まれ、そして。

 吹き出る黒煙。落ちる速度。一機が編隊から落伍する。速度を落とし、そして。キャノピが吹き飛び、パイロットが射出される。

「救助に向かいますか?」

 雪風のその問いに、鳳翔は唇をかむ。どうする。どうすべきだ。今は島の陰に隠れている。ブルーリッジも後ろにいる。位置が露呈した場合、取り返しがつかない。ビーコンの位置は、能美島の近傍、すなわち、今彼女たちが居る地点の反対側だ。

「……提督に確認します」

 そう言って、通信機を起動する。近傍に深海棲艦が居ないのと、ごく近距離であるため、通信が成立する。

「こちら第二艦隊旗艦鳳翔。ブルーリッジ、米海兵隊のパイロットが落ちた地点に救助に向かうべきか、どうぞ」

「こちらブルーリッジ。第二艦隊鳳翔に達する。米海兵隊のパイロットの救助に向え。当方の位置は露呈しているものと考えよ。警戒を厳と成せ。どうぞ」

「こちら鳳翔、ブルーリッジ。了解した」

 通信を切り、戦術情報をアップデート。海兵隊パイロットの救助に向かう。との行動を報告する。周防大島南部では、INSがひっきりなしに第一艦隊の行動をアップデートしているが、位置ずれが大きい。補正が効いていないのだ。

「……できれば、助けたいのです」

 その一言を聞いて、鳳翔ははっとなる。航空機搭乗員を助けてきたのは彼女たち駆逐艦だ。トンボ釣りなどと言ってはいたが、しかし。

「行きましょう。友軍の救助に向かいます」

 ブルーリッジから離れ、鳳翔は救助に向かう。その向こうでは、雲霞のごとき「蝙蝠」の群れが飛び立ちつつあった。F-35Cは呉市の上空に退避し、サーモバリック弾頭の発射データを要求している。紫電改を向かわせねば。そう考えて、くそ、彗星を飛ばしたのは判断ミスだった。そう、鳳翔は思わず、子供たちに聞かせないように毒づいた。





「降下、降下、降下!」

 CV-22オスプレイは海上でパワードスーツを投下する。自由落下の恐怖をこらえながら、安全距離を取ってヒドラジンを使うロケットエンジンに点火。純粋な推力のみで、周防大島に突っ込んでいく。幾筋もの光を見て、馬淵は流星のようだ。と思わず考える。パワードスーツが4機積載できるCV-22を12機。師団中からかき集めたそれをすべて動員しての作戦なんだ、綺麗でなくてなんとする。リボルバーカノン形式の20mm機関砲に弾丸を送り込み、敵に備える。深海棲艦の迎撃が無いことをいぶかしむが、しかし。

「深海棲艦を視認! 駆逐ロ級と推定!」

 戦術情報にアップデート。それを見るとほぼ真正面に存在するそれを見て、馬淵は思わず罵りながら、ロケットモーターのGに耐え、発砲。ゴドンッ、という発砲音とともに、ジャイロが悲鳴をあげ、一瞬きりもみに陥りかける。弾丸は狙いを外さずに敵の装甲を貫き、腐肉をぶちまけ、そして、深海棲艦の喉からはウォークライをほとばしらせる。憎悪。青い焔が瞳からほとばしり、殺意を向け、歯をガチガチとかきならす。

 陸地からはほど近い。やれる。にっ、と馬淵は笑い、ロケットモーターを切りはなし、そして。
駆逐ロ級のぐにん、と変形する装甲を踏みしめ、そして飛び上がり。ぐりん、と体をよじり、ぐる、とまわりながら、ロ級に突き刺さった、ヒドラジンと液体酸素の突入ユニットに発砲。

 爆炎。悲鳴。憎悪のウォークライなどとは比べ物にならないほどの甲高い女の悲鳴。くそったれめ。これだから深海棲艦をぶち殺すのは不愉快なんだ。そう考えていると、着地。それとともに、胃袋がシェイクされる感覚に、馬淵は毒づきながら。敵を再び視認。赤い血をぶちまけ、もはやその「獣」は動くことはない。

「……よし! 各分隊長! 点呼を取れ!」

 火炎放射器ユニットごとくれてやったのは、惜しかった。そんなことを考えながら、馬淵はほぼ無血で強襲上陸に成功した。各作戦は、順調すぎるほどに順調に推移していた。





「どうして……!」

 46cm砲を発砲する。あまりの衝撃に、艤装各部がきしみをあげ、砲撃コンピュータの補正が追い付かない。山城は、青いしぶきを浴びながら、毒づいた。一度交差した際に、摩耶と三隈が叩き込んだ魚雷で、敵の重巡2隻は沈めている。状況は五分になった。だが。
ターンしながら、山城は再び敵の戦艦に照準する。砲撃コンピュータがエラーを吐き続けるが、それをキル。スカーフェイスの砲撃を浴び、桜色の装甲面が波立ち、そしてエネルギーを奪い切り、貫通させない。助かった。そう考えた瞬間、重巡の砲撃が飛行甲板に命中する。貫通せずに一部だけを焦がしたにすぎなかったが、それでもひやり、とした。バランスを失い、舵が一瞬利かなくなったのだ。

 発砲炎、そして煤で白い装束を汚しながらも、戦艦タ級「スカーフェイス」に決定打が与えられていない。そのことに歯噛みするが、しかし。
現在、山城の速度は25ノット。最大船速で突っ込んでいる。砲の炎が顔を照らす。相手の乱杭歯ののぞく、破れた頬がおぞましい。敵は、このまま真正面から突っ込んできている。ならば。

「進路このまま!」

「ですが……!」

「敵は当てやすくしてくれている! 突っ込むわよ!」

 三隈の悲鳴のような抗弁の声を無視し、速度を落とさず、このまま突き進む。戦艦とは、女王であり、艦隊の盾なのだ。

「さすが、脳みそ筋肉だな、山城の姉御!」

 その摩耶のからかいの声を聞き、何か言おうとしたが、敵砲弾の上げる水しぶきを浴びる。そうしているうちに、うるさいわよ、と怒鳴るのが精いっぱいだった。
敵の姿が、至近に見える。山城は、乱杭歯をのぞかせるスカーフェイスに負けない、凄絶な笑顔で、笑った。

「とったァ!」

 46cm砲を発砲。3つの砲口から、膨大なエネルギーを持つ弾薬が発射され、そして。一発目、右にそれる。二発目は左に落ちる。そして。三発目が、敵の艤装、体、それをよじり切り、悲鳴を上げさせる。さらに、重巡の砲が命中し、えぐり、ぐしゃぐしゃの肉塊へと変じさせる。そのぶちまけられた血の量の多さに、山城は思わずうっ、とうなるほどだった。

「姉御! 追撃は……!」

「魚雷発射! 一隻も逃すな!」

「任せて!」

 最上の声とともに酸素魚雷がデータリンクで統制。発射され、至近距離でそれを浴びた残りの重巡洋艦は炸裂し、血交じりの水柱を立てる。

「……よし! ただ今より周防大島に突入する!」

 山城は、腕をあげ、変針。戦闘に夢中になっていて気付かなかったが、かなり距離を離されている。顔を上げると、その瞬間、飛行場姫の「蝙蝠」どもが再びサーモバリック弾で焼き殺されているのが見えた。一撃目ではなく、二撃目である、と量子データリンカのデータは語っていた。陸軍の兵が上陸し、ターゲティングポッドでこちらにターゲット情報を入力するのを待つか、そう考えたが、しかし。飛行場姫からは三〇kmほどと、かなり離されてしまっている。どちらにしても、突入はせねばならない。仮に陸軍の兵が行動不能になったその時、突入できませんでした、ではお話にもならないからだ。





「こちらブレード1、ブレード5はブルーリッジに収容されたとの連絡を受けた」

 VMFA-115「シルバーイーグルス」所属のF-35Cの編隊長機を務めるブレード1は、安堵を覚えた。セクシュアル・ハラスメントをIJNの艦娘たちは根に持っていなかったらしい。

「こちらブレード2、蝙蝠たちの「消毒」は完了した」

「ブレード1了解。爆撃コースに移る」

 機を緩く旋回させ、しかる後に機首を下げる。爆撃モードに切り替え、HMDの指示ラインに向って飛行させる。各機が追随してきていることを確認し、そして前を向く。トドメだ、薄気味悪い化け物女。そう毒づくと、HMDを拡大モードに遷移。そうして。

 視野に、一人の少女が狂ったように笑っているのが入った。そして、HMDの表示が乱れ始める。背筋が、凍った。

「こちらブレード1! オールブレード! 爆撃中止! 爆撃中止! 散開! 散開!」

 各機が急速に高度をあげ、バラバラに分散していくのを確認すると、戦術情報をアップデート。
最優先コードで、隊長機にのみ搭載されている量子ハイパーリンカで情報を送信する。ありとあらゆるものに優越するそのコードは、EMP警報である。深海棲艦が現代兵器を無用の長物たらしめ、そして艦娘を必要とさせた、最大の武器。

「EMP! 繰り返す、EMPだ!」

 通信が途切れていても、ブレード1は通信機に叫び続ける。そのうちに、さらにHMDの映像が乱れ、通信機からは強烈なノイズが聞こえた。そう、それは電子機器殺し。姫君の上げる、可聴域外の悲鳴だった。





「陸軍より最優先コードを受信。海兵隊からです。……EMP!」

 ブルーリッジのオペレータは、量子ハイパーリンカから、変換モジュールを経由して送られてきた情報に、思わず悲鳴を上げる。提督は、うなり声を上げて、毒づいた。

「くそっ、あと少しで!」

 陸軍の展開状況を眺める。国道437号近傍、大崎鼻に上陸し、嵩山を超え、そこから第一艦隊の精密ターゲティング用の量子規約弾を発射する予定だったのだ。600メートル級の山であり、直線距離でおよそ1.8km先に元安下庄港、現飛行場姫を見下ろすことができるその位置に到達するかしないか、というタイミングでこれである。量子ハイパーリンカから送られてきた、パワードスーツのカメラ映像によれば、べったりと黒いタールのような「滑走路」が広がっている。そこで狂乱する「女」を見てしまえば、歯噛みしかできない。

「システムを落として、レーダーを格納しろ。……くそっ」

 提督のその声に従い、事前に定められた手順通り、粛々と各システムが落とされていく。レーダーの前に鉛のシールドが落とされ、CIWSは沈黙する。そして、甲板に各部署からかき集められた人間が集合し、双眼鏡と対物ライフル、弾薬を渡され、周辺の警戒に勤める。事前に定められた手順通りに、事象は進む。だが。

「……くそ……!」

 提督は怒りと動揺のあまり、帽子を床にたたきつけ、荒く息を吐く。その音を聞き、周りが何事か、と言わんばかりの視線を向けている。その色は不安、猜疑、あきらめに染まっていた。それが、提督の頭に血を上らせる。どうする。どうすればいい。戦況もわからなくなる、通信が途絶する。頼りになるのは、と後ろを向けば、加賀が、彼女の足元に転がっていった帽子を拾い上げ、口を開く。

「帽子を落とされました」

 ぱん、ぱん、と埃を払い、帽子を手渡し、耳打ちをする。

「……落ち着いてください。提督。あなたが動揺してはいけません」

 それを聞いて、提督はすう、と息を吸い、吐いた。

「ありがとう、加賀。……艦娘たちはどうしているか」

「……現在、第2艦隊は敵航空隊と戦闘中。ブルーリッジから離れていたことが幸いしたようです。第1艦隊は……敵艦隊と遭遇しています」

「陸軍は?」

「前進中。陸に上がっている深海棲艦、駆逐艦クラスと遭遇し、かなりの被害が出ている模様です」

「まずいな……」

「……それで、提督。20.3cm砲はブルーリッジに残っていますか?」

「……確か、あったはずだ。どうするつもりだ、加賀」

「……最悪、私が盾になります。私はアレを使えますから」

 そう短く言って、加賀は三角巾を首から外すと、手を固定していた、ポリカーボネート製のギプスを外し、腕を握り、一瞬顔をしかめ、そう、言った。




「ブレード1、イジェクト!」

 F-35の機の姿勢を元に戻そう、という努力を放棄。海面にほど近い場所でハンドルを引き、キャノピが吹き飛ばされ、ロケットモーターに点火。勢いよく撃ちだされ、そして勢いよく海に叩きつけられ、水柱を上げる愛機を見て、海兵隊大尉「マクファーソン・“ワット”・ストラット」は、息を吐いた。ゼロゼロ式、ってのは喧伝じゃなかったのか、などと場違いなことを考えながら『無事』海面にたたきつけられ、うめき声を上げる。

「畜生……」

 クソッタレのEMPさえなければ、俺たちがこんなみじめな思いをしなくて済むんだ。畜生。どうしてこんな「無茶苦茶」に戦争が変わりやがった。悪態を吐き散らしたいのをこらえ、広がった黄色の救命いかだに体を滑り込ませ、水を吐く。

 空を、見上げる。レシプロ機のエンジン音と、蝙蝠の金切声とが混ざりあい、交差し、追いかけ合う。まるで交尾だ。

「次だ……」

 顔を上げ、水気をこすり落とす。生きている。生きていれば、次がある。次は落とされない。それで十分だ。

「見てろ、くそったれ」

 俺の心を折れるものならくるがいい。そう言わんばかりに、海兵隊大尉は拳を振り上げた。






[39739] 余計者艦隊 周防大島編最終話「周防大島攻略戦」 結
Name: 小薮譲治◆caea31fe ID:479cfb49
Date: 2014/12/22 12:52
「あああっ、もう!」

 対空砲が灼熱し、そこに潮がかかり、蒸気をあげる。ぶん、と砲を振ると、一瞬砲の統制が解かれ、再度巡洋艦1隻、駆逐艦4隻のネットワークに組み込まれる。曙は、砲塔の熱で汗がにじみ、強く噛みしめた顎が痛み、そして頭がだんだんと朦朧としてくるのを感じる。

 来るな、来るんじゃない。そうわめき散らしたいのをこらえ、喉の奥から唸り声を発する。周りを見れば、同じように焦りと疲労が見える。飛行場姫ってのは、一体何機の敵を繰り出してくるというのだ。そう毒づき、海に頭を叩きつけたい衝動に駆られる。

「上ッ!」

 一瞬、長良とのリンクが途切れる。そして、上を見上げると。

「あっ……」

 そこには、黒い蝙蝠の機影が。ひ、と悲鳴を上げると、その瞬間に機の奥から、エネルギーが放射されるのを視認し、そして。そこに、長良の砲弾が命中し、破片が頭上から降り注ぐ。

 ざあっ、と雨のような破片がまとわりつき、装甲面をたたき、いくつかは抜けてくる。そのうち一つが、するり、と頭を切る。

「つうっ!」

 砲を取り落しそうになりながら、痛覚を遮断。右の額の表皮を削りとっただけとはいえ、血が垂れ、瞼の上にかかりそうになり、慌てて目を閉じて、艤装から取り出した応急パックから、傷口をふさぐための脱脂綿を取り出し、張り付け、目の周りの血をぬぐう。

「次っ、来るわよ!」

「了解!」

 曙は、大声で長良に返す。鳳翔がやられたらもっとひどいことになるんだから、守らないと。遮断された痛覚から、じくり、と痛みが染み出すのを感じながら、砲を上に向けた。

「第一艦隊はどうしたってのよ……! そろそろじゃなかったの?!」

 そう、悪態をつきながら。





「姉御ッ!」

 重巡に砲を叩き込み、次弾が装填されるのを待ち構えながら、再び摩耶は砲を発射する。何隻沈めたか、スコアを数えてすらいない。そんな暇すらない。どこに隠れていたのか、重巡、軽巡、駆逐艦クラスが寄せては返る波のように襲撃を繰り返す。中には、ずるりと皮膚が破れたかのような代物すらいて、そこから青い炎をほとばしらせ、産声に似た悲鳴を上げていた。

 畜生。どうなっていやがる。陸軍のマーカーはまだか。どこに私たちは撃てばいい。摩耶は唇を噛む。至近に現れた駆逐艦に魚雷を叩き込み、これで魚雷ゼロ、と歯噛みした。あと少し、あと少しで日没だ。早く、早く。絶望に近い思いで、水偵から送られてくる映像を見、そして。

「姉御ォッ!」

 来た。銃弾をもてあそぶ、少女のビジョン。深海棲艦の憎悪の思念が、つたわってくる。そして、正確な座標が量子リンカにより、トランスポートされてきた。









 馬淵は、何とか嵩山にたどり着き、毒づきながらEMP警報を聞き、20mm機関砲の機関部を開けマーカーを積んだ弾丸を装填し、狂ったように笑う女に向けて照準。だが。

 発射直前、ブラックアウト。運悪く、EMPでやられてしまう。最も接近していたがゆえに、もっともまずい状況になってしまった。

「クソォ!」

 画面に、“God speed Mabuti”と表示され、パワードスーツが沈黙。クソ縁起でもないことをしやがって。メーカーの奴が今度来たら逆さに吊し上げてズル剥けにしてやる。そう悪態をつきながら、爆砕ボルトで背面ハッチを吹き飛ばし、パワードスーツから這い出る。
どうする。どうすればいい。そう考えながら、20mm機関砲を見る。照準は合っている。今撃てば、当たるはずだ。だが。

「……くそ、移動してないわけもねえか……」

 悪態をつきながら、何か手段はないか、と機を見る。中には、サバイバルガンとしてXM29と呼ばれていた、OICW計画で作られたライフルが入っている。日本では現地改修され、パワードスーツの使っている20mm機関砲弾が使えるように、と考えた瞬間、思い至る。

「……やるしかないか……!」

 まったく、どこのバカが指揮官なのに突撃するんだ、と言っていた俺が、こんなことをする羽目になるとは。と悪態をつきながら、XM29を引き出し、そして、マガジンを取り出してマーカーを装填。

「……間に合うか……?」

 いや、そういう悠長なことを言っている暇はない。間に合わせなければ。駆け降りようとする馬淵のそばに、ドシャッという着地音がする。

「中佐!」

 女神は俺を見捨てていなかった。そう、その装甲面を見て、馬淵は笑った。ただし、一番ケチがついたのは、その男は20mm機関砲を失っており、馬淵のそれも動作しないということだった。探せば、他にも持っている奴はいるだろうし、EMP発生時に定めた集合地点に行けば、おそらくは見つかるだろう。だが。

 問題は、そんなことをしている時間がない、ということだった。

「……正気ですか!」

 その声を、装甲面のハンドルにカラビナを巻き付け、つかまっている馬淵は聞く。正気でこんなことができるか。そう応じそうになり、笑う。

「行けッ!」

 ぐらり、と宙に浮き、そして幾度も体を木にこすられながらも、馬淵は必死にしがみつく。そろそろ、そろそろだ。そろそろ。

 どのくらいたったのか。死にもの狂いだった馬淵のまなこに黒い「滑走路」が入る。その只中で、一人の少女が笑っていた。ぞぶり、と足を沈め、そして皮膚も貼られていないような駆逐艦クラスが這い出で、悲鳴とともに弾丸を発射。
馬淵は、ぐらり、と体を揺すぶられ、跳ね飛ばされるのを感じる。カラビナがついに引きちぎれ、振り落とされたのだ。幸い、タールに体をめり込ませてはいない。ぐい、と体を引き起こし、XM29をつかみ。そして。笑っていた女の、どてっぱらに、弾丸をめり込ませた。

しばらくは駆逐艦クラスを相手に暴れていた部下の、ヒドラジン・液酸ブースターが爆発し、炎が巻き上がる。ああ、くそ、と悪態を、ついた。

「……?」

 不思議なものを見るように、腹を触り、にまにまとその弾丸をもてあそび、馬淵に対して殺意を向けてくるのを、馬淵は感じる。その細い指に握られた弾丸が、のび、薄れ、食い込んでいく。変換規約ロード。そして、男は中指を上げた。

「くたばれ、クソ女!」

 全力で、逃げ出した。恥も外聞もなかった。そう。そこには、女王の手になる鉄の暴風が吹き荒れるのであるから。
爆炎の熱を背に感じ。そして今度は、その「飛行場姫」が可聴域の悲鳴を上げ、ぐずり、と崩れていくのを、意識した。







「……っ」

 加賀は、体を震わせる。20.3cm砲を構え直し、いつ振りだろうか、などと痛む右手に舌打ちし、最上が使っているのと同じそれの重みを意識した。

 飛行場姫と一瞬リンクがつながり、そして砲撃によって全身をズタズタにされるのを感じ、一瞬体を震わせると、甲板に出て、双眼鏡とXM29を片手にウォッチを行っている提督の肩を叩く。

「飛行場姫を撃破しました」

 短く、務めて事務的な口調を作り、提督に報告する。そうか、と一瞬言った後に、提督は加賀の顔を見て、口を開いた。

「……本当か」

「ええ。間違いありません。陸軍が量子リンカの規約を強制ロードして、こちらのリンクに強引につなげて、座標を山城に知らせましたから」

 それを聞いて、一瞬放心したようになりながら提督は顔をこする。

「……勝った、のか」

 はあ、と息をつくと、その瞬間に水柱が立つ。大きな衝撃とともにブルーリッジがかしぐ。提督は倒れこみ、そして。

「……くそったれ……!」

 悪態をつきながら、ライフルを構え、照準。その射線の先には、左半身を肉塊に変え、顔を半ばは吹き飛ばされながらも乱杭歯をがちがちと打ち鳴らす、戦艦タ級、すなわち「スカーフェイス」が居た。加賀は、ライフルの筒先をおろさせ、甲板から飛び降り、機関に火を入れる。両舷全速。

「私がやります」

 ぐい、と砲を構え、左手で支持して発砲。相手は回避運動もとらず、砲を吹き飛ばされながらも、目を青く燃やしながら前進。

 恐怖に息をのむ。飲んだところで、敵の前進は止まらない。照準は加賀には向かず、ブルーリッジにのみひたすらに向いている。島と島の間であるため、ブルーリッジには避ける余地がほぼない。戦艦タ級とブルーリッジの距離は1kmほどであり、ほぼ外しようのない距離だった。それでも外したのは、ダメージが予想外に大きかったためだろう。

「……頭に来ました」

 こっちが空母だと思って。と毒づき、加賀は再び発砲。頭蓋にそれがめり込み、戦艦タ級はかしぎ、ばしゃあ、と音を立てて海にたたきつけられる。

「逃がしません」

 加賀は接近し、今度こそ、とばかりに沈みかかった戦艦タ級の胸元につかみかかり、砲を叩き込もうとする。水に手を突き入れ、そして。

「……ひっ?!」

 ばしゃり、と水音がする。持っていた「それ」を取り落した。それが故である。戦艦タ級は確かに仕留められた。それは間違いない。だが。






「こん、ごう」

 そう、戦艦タ級の肉塊の中から引きずりだされたのは、戦艦「金剛」であった。



余計者艦隊:周防大島編 -完ー



[39739] あとがき
Name: 小薮譲治◆f44fed86 ID:479cfb49
Date: 2014/12/23 21:29
えーと、とりあえず周防大島編は終わりです。終わり。続きはなし。これで、終わり。
現在の予定としては、敗走した深海棲艦の追撃戦を書く予定ですね。

あ、コミックマーケット87にて、この作品を紙の本にしたものを頒布します。
二日目の東I-41b「Eight Inch Nails」ってサークルで、ページ数は316ページ。価格は1000円です。まあ、暇があれば足を運んでください。



[39739] 幕間 Turncoat
Name: 小薮譲治◆f44fed86 ID:9143cfdc
Date: 2015/06/23 15:29
Turn coat

「君が金剛か」

 扉の向こう側から、声がする。光を背にしているため、顔がよくわからない。それが故に、金剛は目をすがめ、目元を手で覆う。

「……はい」

 いつもなら、私はどんなふうに応じていたのだろうか。そんなことを、金剛は考えていた。明るく、金剛デース、とでも言っていたのだろうか。とても、そんな気分にはなれない。なれるわけがない。

「君に贈り物がある」

 そう言って、裏返しにしたコートを、男は放った。

「そう呼ばれたくなければ、すぐに出てきたまえ。作戦を説明する」

 扉が閉じ、闇が部屋に満ちる。
Turncoat、すなわち、裏切り者。そう呼ばれたくないのであれば、来い。そう、男、提督は言った。金剛は、その背とコートを握りながら、しばらくうつむき、そして。

 立ち上がって、扉を開いた。



[39739] 余計者艦隊 第二部:瀬戸内海追撃編序文
Name: 小薮譲治◆f44fed86 ID:9143cfdc
Date: 2015/06/23 15:32
 戦争の種は尽きない。私はそう考えているし、人類は相変わらず戦争が大好きだ。そう言うと、多くの論駁が返ってくるだろう。それは、正しいことではある。

 だが、世界地図を広げてみるがいい。紛争地帯に点を付けるだけでもうんざりするくらい、世界は戦争で満ち溢れている。本書の冒頭で「提督」の問うた言葉には、とても答える勇気が私にはわかない。だが、日本が平和かどうかで言えば、国内で紛争は起こっていない。爆弾が降り注ぎ、飢えた少年がぎらぎらとした目で他人を見る事など、ほぼない。それは確かではある。ただ、彼らの世界はともかく「共通の敵」が存在する。人類の不倶戴天の敵たる「深海棲艦」が。

 それでまとまることができるのが、うらやましいのか、と言われれば甚だ疑問ではある。

 とまれ。呉鎮守府所属の艦隊は周防大島を奪還した。これからは、そののちの話をすることにしよう。来た、見た、勝った。そう記したのはユリウス・カエサルであるが、私はカエサルのように短い話が書けるわけでもない。



[39739] 余計者艦隊 瀬戸内海追撃編第一話:Turncoat Fleets 前編
Name: 小薮譲治◆f44fed86 ID:9143cfdc
Date: 2015/06/23 15:34
 夢を見ていたように思う。夢であってもらいたい、と思う。そう思いながら、加賀は掴んだ襟元を離しそうになるのを、必死にこらえた。スカーフェイス。沈む怪物を殺すべく、引きずり上げようとするその腕には、死んだはずの帝国海軍所属「戦艦『金剛』」が握られていた。

 夢であってもらいたい。そう思ってみても、腕にかかる重みと、治りきっていない骨折の痛みが、これは現実だ、と訴えかけていた。



余計者艦隊 瀬戸内海追撃編第1話「Turn Coat Fleets」




「……通信が回復した?」

 その報を受け、提督は安堵のため息を漏らした。周防大島で勝利したのはいい。本拠たる「ブルーリッジ」がやられては意味が無いのだ。通信が回復した、という事は、加賀が戦艦「タ級」つまり「スカーフェイス」をしとめたという事だろう。そのこと自体には驚きはしなかった。だが。加賀からの無線通信がヘッドセットに流れるが、収容時に人払いをしてもらいたい、という要望が届いた。ああ、負傷はしていないものの、艤装が破損したのか。と納得しながら、最低限の収容クルー以外は近寄るな、と指示をしたしばらく後に、加賀から発された言葉に片眉を思わず上げた。

「……提督に来ていただきたいのです」

「……俺にか?」

 その言葉には意外なものを感じた。収容時に何ができる、というわけではないのだから、必要ないだろう。と言いかけて、やめた。なにかある。それも、とんでもない厄種が。




 帰りたい。帰らなくては。少女は、金剛型巡洋戦艦ネームシップたる『金剛』は夢中でそう考えた。砲をチェックし、正常である、と信号が返ってくることを確認し、機関の出力を上げる。水上を滑るように、と言うにはゆったりとした動きで彼女は前進し、そして後ろを見る。後ろには、同じく帰還すべく航行を続けている重巡洋艦『三隈』と軽巡洋艦『長良』に、駆逐艦『暁』と『雷』がいた。いや、本来は居た、というべきだろう。今は、居ない。

 戦艦『タ』級の頭を吹き飛ばし、その後一人で方位を見失い、なんとか合流した彼女たちとともに、鎮守府に帰還すべく、金剛は航海を続けていた。そして、今は金剛だけが生き残っている。

 たまたま捕獲できた駆逐『イ』級を使った囮作戦は失敗に終わり、泊地にたどり着いたのもつかの間、戦艦を中核とする深海棲艦の襲撃を受け、金剛は左頬に大きな火傷を作った。敗残の身。

「紅茶が飲みたいネー」

 そう言ってはみるものの、紅茶なんて奢侈品がなかなか手に入ろうはずもない。輸出用に本来は国外に出るはずだった紅茶を彼女はなんとか手に入れていたが、それも鎮守府での話だ。敗走を重ねる身では、望むべくもない。

 まして『鬼』とも呼ばれるクラスの戦艦を相手にしている状況では、なおさらだ。余計なことを考えている暇はない、砲を放とう、と諸言を入力し、そして。
敵の砲の直撃を、金剛は受けた。意識が、飛ぶ。

 帰りたい。帰らなくては。

 その一念で、金剛は水を吸い、死にかけている機関にもう一度火を入れる。そして、ぐらぐらと揺れる頭で、前を見る。一隻の深海棲艦が、こちらに向ってくる。空母『ヲ』級だ。あれなら、なんとかなる。幸い砲の距離だ。そう思った時には、灼熱した感覚が体を焼く。

「あ……ああ。あああ……?!」

 金剛は、目を疑った。憎悪の炎を燃やした空母『ヲ』級だと思っていた物は、正規空母『加賀』だった。その青い袴と、甲板を見て、金剛は頭にかかっていた靄が晴れるのを感じる。

 戦艦『タ』級の頭を吹き飛ばした、と思っていた。敵を殺したと思っていた。だが、それは敵などではない。絶望のさなかにも、守るべきものを守るべく、戦いに臨み、こちらを怒りの目で見ている少女。いや、少女と言いつくろうのはよそう。
それは、妹の榛名だった。金剛は榛名の頭を吹き飛ばした。

 駆逐『イ』級を捕獲した、などという迷妄はよしてしまうことにしよう。彼女は、金剛は特3型駆逐艦『響』の目を抉り、笑っていたのだ。その瞬間の喜悦は今でも脳の奥底にこびりつくほどのの鮮烈さが宿っている。

 戦っていた相手は、自らのかつての仲間たちだった。彼女は家族を殺した。深海棲艦と戦っていた、というのはまやかしだ。

 彼女自身が深海棲艦だったのだ。

 帰りたい、帰らなくては。脳の奥底にこびりつく妄執めいたその感情に、金剛は半狂乱になりながら、しかし目を閉じた。疲れていたのだ。何もかもに疲れた。水底に沈み、しばらく、何も考えないでいたい。
 帰りたい。でも、どこに、どうやって。そう、心に問うた瞬間、水の中から引き上げられる感触が、した。意識は鉛のよう。だが、そのおびえた声だけは忘れようがない。

「こん、ごう」

 その加賀のうめきに近い声を最後に、金剛の意識はふっつりと途絶えた。





「金剛型が『帰って』きた?」

 深海棲艦の電波妨害が消え、無線式のヘッドセットから聞こえる加賀の震える声に、良いことではないか、と提督は返しそうになる。純然たる戦艦とは違って運用の幅が広いのだから、これほどありがたい戦力も存在しない。速力が高く、戦艦よりは少々劣るものの巡洋艦よりも大口径の砲を積んだその存在はこれからはありがたい。特に、飛行場姫を撃破した今となっては、岡山側に逃走した深海棲艦の追撃に兵力が少しでも欲しい時期だった。下関側は、というと、実際のところ岩国の米海兵隊航空隊が手ぐすねを引いて待っているだろうことは疑いはない。復讐戦を挑むにはいい機会だからだ。そのため、無視とまではいかないまでも、ある程度安心は出来る。

 しかし、提督のその言葉に、加賀は一瞬息を飲み、そして。

「ともかく、後部ドックに来てください」

 そう言って、通信を切った。重大な内容だろうから、暗号化をされていないインカムでの通信は避けたいのだろう。と言うことは、提督にも理解はできた。

 何か引っかかる。帰ってきた、とはどういうことか。何かを忘れている気がする。帰還と言わなかったのはなぜか。そこから、思考が前に進まない。

 通路からは微妙な疲労感と、勝利の歓呼が満ちている。提督に対する猜疑の視線は消え、下士官からはこの指揮官も悪くないじゃないか、という感じが見え、兵からはこの人の下につけて運が良かった、と言わんばかりに勢いのよい敬礼がやってくる。

 そうか、勝ったのだな。とぼんやりと考えながら、提督は歩みを進め、艦娘を収容するために艦尾に設けられたウェルドック(注:提督の日記には、指揮統制艦「ブルーリッジ」は艦娘を運用するために、新造した方が早い、とまで言われた大規模な改修を受け、ワスプ級強襲揚陸艦のようなウェルドックを備えている、というメモ書きが添えられていた)に向かい、そして加賀の姿を認める。

「……無事でよかった。死なれては……困る」

 初めに『下関観光はどうだった』と侮辱したのは誰だったか。ということを思い出しながらも、提督は加賀にそう言う。加賀は片眉を上げて、少しの間を置いてから頷き、こちらへ、と目で促した。水密扉を開け、整備員が普段は詰めている部屋に案内されると、ベンチに黄土色の毛布をかけられた女性が横たわっている。その横にはぐしゃぐしゃに濡れた金剛型の衣服が乱雑に置かれていた。よく見てみれば、濡れているのは海水だけではない。濃密な金気が部屋に充満している。水に濡れ、というよりは血濡れ、と言った方が正確だろう。金剛の髪にも、血膿めいた何かが付着していた。

「……どう、しましょう」

「……無事に帰ってきたのはいいことじゃないか?」

 提督は、そうとぼけたことを言って、そしてすぐに最上の言った一言が頭の中で稲光のように閃いた。

『ボクの目の前で、深海棲艦になったんです』

 あの娘は、何が、何になったと言ったのか。そう、つまり。

 のろのろと、提督は顔を向ける。ごくり、と生唾を飲み、そして。

「これは『金剛』なのか。それとも……」

 ふるふる、と加賀は首を振る。それ以上はいけない。そこから先を続けては、もう一つしか選択肢がなくなってしまう。だから、いけない。そう言わんばかりの加賀の視線に、提督は二の句が継げなかった。



 続々と、艦娘たちが帰還してくる。提督は、疲れ、傷つきながらも不敵な表情を崩さない彼女たちを見て、軽い罪悪感を覚える。なぜ、俺は戦えないのだろうか。という部分だった。大きな負傷者はなし。腕の一本も継ぎ直さなくてもいい、という、ほぼ完ぺきな勝利であるにもかかわらず、その思いは消えない。

「諸君。……勝ったぞ。出撃前に満艦飾の準備はしておいたか?」

 それを聞いて、呆れたような苦笑いが広がる。何を言い出すか、と思えば、という反応だ。一呼吸を置いて、続ける。

「まあ、それは冗談としても、ブルーリッジから降りる準備だけはしておけよ。凱旋式典というわけにはいかないが」

 そう言って、提督は敬礼をする。弾かれたように、全員が答礼を返す。

「何しろ勝ったんだ。胸を張ってくれ」

 そう言って、解散を命じる。全員がひりついた緊張感をほどいていた。そして、巨大な艤装を背負った女性、山城と、鳳翔に声をかける。

「少し、よろしいか」

 提督は、加賀とともに別室に二人を差し招いた。そこで『金剛』の話を聞き、山城は渋面を作り、鳳翔は軽く眉を上げた。こうしたことを話せる年齢にある人間で、最上はこの事象について多少なりとも知識があるとはいえ、こうした政治向きの話には向かないし、摩耶は怒り始めるだろう。そして、今は艦の周りを哨戒している長良や、三隈は『お話にも』ならない。本来、哨戒任務から外したいほどである。

「……どうすればいいと思うか。率直なところを述べてもらいたい」

 そう提督は言う。戦力として考えるなら、戦艦としては『ワークホース』として使える金剛。これほど魅力的な存在も居ない。だが、本質的な意味合いでリスクを抱えている。
それは『本当に金剛は金剛なのか』ということである。
裏切りだけならばまだいい。まだいいが、本質的な問題点としては、彼女自身が意識していないにもかかわらず情報を垂れ流している可能性があるということだ。

トロイの木馬。古典的ながら、有効な手段のそれを恐れない指揮官は、おそらくはいまい。そう考えてみれば、提督の「恐れ」はそこにあることが容易に知ることができるだろう。すでに「三隈」や「長良」を使っている時点で、なんらかの問題が起こっている可能性もある。あるが、使わざるを得ない。

 その意味で『金剛』はまことに悩ましい問題である。戦力としては死蔵するには惜しい。あまりにも惜しい。だからこそ、提督は思い悩む。
これほどうまい『トロイの木馬』はそう存在しないからだ。戦力が必要で、かつそうした意味合いで言えばうってつけ。そして作戦の中核に据えることができる存在なのだから。そして、仮に裏切られたのならばこれが致命的なのだ。なぜか。
それは、作戦の中核に据えることができるから、だ。

 その提督の表情を見て、山城と鳳翔は顔を見合わせる。そして、山城は口を開いた。

「金剛を使うことそのものには、私は反対はしません」

 そうして、山城は続ける。確かに「敵である」という可能性は否定できない。否定できないが、戦力不足はいまだに解消はしていない。解消していないのなら、使うしかない。そういう理屈である。

「しかし、それは……」

 提督が口を開く前に、加賀が難色を示す。鳳翔も、その通りだ、と言わんばかりに首を縦に振った。

「……」

 山城は、何か『言うのをためらうようなしぐさ』を見せた。提督はそれを見て、保険がなからこそ山城は『私は反対はしない』と言ったのだろう。と考えた後、保険、という言葉が引っかかる。数秒の沈黙の後、提督の脳裏にある考えが浮かんできた。

「……仮に使うのなら、保険は必要だろうな」

 保険。提督はその言葉を口にして、嫌悪感にかられた。つまり、それは『いざというときに金剛を殺せるスパイを飼う必要がある』という事なのだ。加賀もそこに思いいたり、ため息をつく。

「……彼女は教え子です。保険が必要、という事とは別に、信用したい、と思っています」

 山城の教え子。保険。その言葉が、提督の脳の中で結合を始める。思い浮かぶ言葉。そして『いざというときに金剛を殺せる』という意味合いで言えば、もっとも有用な保険の名前が、浮かんできたのだ。






[39739] 余計者艦隊 瀬戸内海追撃編第一話:Turncoat Fleets 中編
Name: 小薮譲治◆caea31fe ID:2c173b5a
Date: 2015/07/08 12:20
「……」

 作戦終了後、帰投し、泥のように眠った後の翌日のささやかな宴席。勝利した、という喜びと、疲労感が横溢するそこで、提督は強い酒を飲み、いつの間にか寝入ってしまっていた。意識を取り戻すと、おう、と声がした。

「……なんだ、起きたのか」

 摩耶の顔が、目に入った。うめき声を提督は上げる。アルコールの靄がまだ濃密にかかっており、さほど時間はかかっていないことが分かる。

「ここは……」

「お前の部屋だよ。まったく。アタシに運ばせやがって」

 そう摩耶は毒づくと、奇妙な視線を提督に向けてくる。同情とも、なんともとれない色を孕んだ視線。銃を向けた時の純粋な怒りとは違う、別の何かを感じる。

「……そうか、すまん、ありがとう」

 そう言って、提督は突き出されたコップの水を飲み、どうした、と言う。

「……仰向けで寝るなよ。まったく」

 舌打ちをした摩耶は、そのまま部屋から出ていく。だが、ふとこちらを向き、小声で何かを彼女は言った。アンタだったのか、などと聞こえたような気がしたが、提督はすぐに倒れ込み、寝入る。

 次の朝に痛む頭をさすりながら、何か昨日はあったのか、と摩耶に聞いてはみたが、何もなかった。と返され、それでこの話はそれで終いであった。





 宴会の余韻が抜けきらない、要約すればアセトアルデヒドの臭いが汗と息からする水兵たちの間をすり抜け、一人の少女が呉鎮守府地下の提督の執務室までの道のりを歩いている。リスのような、とよく言われるその少女、雪風は、困った顔をしていた。艤装側の規約を時間通り更新したデータリンカに、横須賀からの命令が届いていたからである。細いラインとはいえ、中央との連接ができる唯一の機材である。

帰還命令。四文字だけであるが、実に厄介な四文字である。何がどう厄介なのか、といえば、海戦で勝ったは勝ったのである。のであるが、勝ったからと言って航路の安全が確保されているかと言うと別の話である。いまだに周防大島沖から逃げた深海棲艦は出没しているし、命令されたからと言って帰ることができるわけではないのだ。何より、連絡員として代替が居ない現状では、実に厄介なのだ。提督たちからしてみれば、中央との、細いとはいえ綱がまたちぎれることになってしまう。

 そして、提督は、その話を聞いて、乾いた笑いを上げる。

「……本気で言っているのか? それは」

「わかりません」

 さすがの雪風も困惑しきりである。いくらなんでも無茶苦茶というべきか。とはいえ、命令とあれば従わなければならないのも彼女達艦娘の、というより軍に属している者の悲哀である。

「提督」

 加賀の声がする。そちらに顔を向け、提督は言葉を待った。

「いかに言ってもおかしな話です。なんらかの追加命令が発行されるでしょうから、1500まで待ってはいかがでしょうか。文書の発簡が間に合っていないだけかもしれません」

 それもそうか、と提督はいい、退出してよろしい、と返す。雪風は体を若干傾けるようにしながら、独特の癖で敬礼を返し、回れ右して出ていく。あれは個癖の修正で治らなかったタイプだな、とひとり得心した。

 追加命令は案の定発簡され、5日後に護衛艦隊とともに淡路島を発つので、岡山近海で補給物資を積んだ船団の護衛任務を引き継ぎたい、その地点で雪風をこちらに返してくれ、との要請であった。正式なデータリンクと、交代人員を派出する、という但し書きもむろん、あった。リストも合わせて送付され、食糧、物資、さらには市民に提供する仮設住宅用の建材を満載している船が動いている、とのことだった。





 戦勝から5日後、つまりに雪風が帰り、補給物資と交代要員がやってくる日。護衛艦隊の編成を終え、雪風と共に出発させた後、加賀の報告を聞き、問い返す。

「……呉市民の状況は?」

「現状、暴動の兆候はない、との警察からの報告を受けています。周防大島を攻略したことによって広島との鉄道の復旧工事に取り掛かれているのも大きいです。食料のほうも海路が制限付きとはいえ使えるようになったことから、手当がつきましたかので」

「敵の再集結の兆候は?」

「丸亀市沖の塩飽諸島、なかでも広島に再集結しつつあるが、陸軍第十一師団の報告によれば、組織だった動きはなし……とのことです。ちょうど横須賀鎮守府の制圧した淡路島と、呉の中間あたりですね」

「拠点を作り出す恐れはあるか」

 それを提督が聞くと、加賀はいいえ、と言う。その兆候は見られず、淡路島と周防大島での敗戦で物資が欠乏しているのではないか、というあたりである。それに、善通寺市にある陸軍第十一師団の駐屯地にも近く、繰り返しになるが、淡路島と周防大島から遠いことがある。早期の島民の避難が成功したことも大きい、と加賀は続けた。

 島民。それを聞いて、提督は思わず息を吐いた。深海棲艦の「素材」になっていたのは何か、を思えば、避難してくれるのがいちばんだ、と言える。そして、続けた。

「島民と言えば……周防大島は……」

「安下庄地区以外では生存者はいる、とのことです。広島県の広島にもそれなりの島民が避難している、という情報が第五師団から寄せられています」

 そうか。と言い、提督は会話を切った。この後には、陸軍から派遣されてきた工兵隊と、海軍の工兵、あとは民間の建設会社との復旧の会議が入っているためである。
話し合いそのものは、時間こそかかったものの、ごく事務的に終わった。事前に目録を渡し、現場担当者同士で話し合っていたためか、すでにやるべきことのリストもできている。結論から言ってしまえば、使えそうな建物は応急処置し、ダメなら発破をかけて解体して、プレハブを持ってくる、という担当者が決めた案に頷き、加賀とともに、外の太陽の光と同じく、灯が落とされた会議室から出た。

 その時、金剛が目覚めた、という報が、山城より寄せられた。




「金剛が目を覚ました、というのは本当か?」

「はい。……その通りです。提督」

 声が、聞こえる。外からの声。扉ごしのくぐもった声。聞き間違えようのない声。その声を聞いて、胸が痛むのを、金剛は感じた。痛む、などという言葉が、生易しく感じられるものが胃の奥底から吹き出すような感覚。舌の奥から、酸味がした。
戦艦タ級。殺意をみなぎらせてこちらを青い焔をたなびかせた目でにらみ据え、射殺さんとする何者か。それに歯をがちがちと鳴らすほどの恐怖と喜悦を、金剛は感じていた。感じていたが、しかし。
何のことはない。恩師に教官に銃を、殺意を向けていたのは戦艦タ級である「金剛」だったのだ。

「……大丈夫なの?」

 加賀の声がする。加賀。空母ヲ級に見えていた彼女は砲を放ち、こちらを「殺した」のだ。殺した。どうして死なせたままにしてくれなかったのか。そう叫びだしたくなるのを、金剛はこらえ。唇を噛んだ。

「大丈夫です。私の教え子ですから」

 山城教官の、独特なとげのある声。信頼が、痛い。教官、私は教官を殺そうとしたとき、心底から「喜んで」いたのです。そう、懺悔して「死んで」しまいたい。肩を、抱く。

 息を吐く。大丈夫。大丈夫だ。私は金剛だ。そう言い聞かせ、顔を上げる。

「君が金剛か」

 扉の向こう側から、声がする。光を背にしているため、顔がよくわからない。それが故に、金剛は目をすがめ、目元を手で覆う。

「……はい」

 いつもなら、私はどんなふうに応じていたのだろうか。そんなことを、金剛は考えていた。明るく、金剛デース、とでも言っていたのだろうか。とても、そんな気分にはなれない。なれるわけがない。

「君に贈り物がある」

 そう言って、わざわざ持ってきたのか、裏返しにしたコートを、男は放った。
 ばさり、と目の前にコートが落ちる。裏返しにされたコート。彼女は英国にいたことがある。だから、その意味は分かった。

「裏切り者」

 そう、目の前の男から投げつけられたそのコートは、雄弁に意図を語っている。彼は、提督は、彼女を面罵しているのだ。口には出さず。

「そう呼ばれたくなければ、すぐに出てきたまえ。状況を説明する」

 やわらかい顔のつくりに似合わない硬質な声が、その男の喉から出てきているのを、金剛は茫然と聞いた。提督の行為に、山城は思い切り顔をしかめ、加賀に目をやっているが、その加賀は、というと、表情を動かさず、この人は、というような色を目の奥に見せていた。

 扉が、閉まる。金剛は、立って、歩き。扉を開けた。




「提督」

 山城は、提督に声をかける。そして、衝動のままに平手をお見舞いしそうになり、やめた。加賀を青い顔をした金剛とともに先に退出させ、山城だけを残した意図を聞くまでは、やめよう、と考えたためだ。

「……君には深海棲艦だという疑いがかかっている。そうはっきりおっしゃいましたね。なぜです」

「隠し立てをしたところでいずれはっきりすることだ」

 そう言い切った提督の顔に、迷いはない。山城も、その通りである、とは考えている。なぜなら、戦死した、という報告が明確に上がっている「金剛型1番艦金剛」の「クローン元」たる「オリジナル」がうろついている、などと騙りでもなければありえない。クローンにも精神の安定化のために「記憶」が焼き付けられることはあるが、それはもっとあいまいなものだ。あそこまで「はっきり」とした記憶が焼き付けられることは通常ありえない。

「それはわかります」

「ああ。……これからもお前を監視しているし、不審な動きがあれば始末されると思え。とも言った」

「……趣味にしても、もう少しマシな現し方があると思います」

「……お互いの為だよ」

 山城は、ため息をついた。監視している、ということで、仮に「本物」であったとしても、うかつな行動は慎むだろうし、そうでなければ言った意味がない。彼女は、目の前の男を張り飛ばすのは、別の機会にすることにした。

 ところで、と提督が話を変えた。

「我が艦隊には戦艦が晴れて3隻いることになった」

「3隻?」

 確かに「あれ」を数に含めれば3隻だ。そうは思うが、山城は怪訝な顔をする。いくらなんでも、常に運用するには「難しい」兵力だ。火砲も大きすぎるし、何より燃料をやたらに食う。確かに「監視役」としては適当ではあるのだが。

「46cm砲は君が使うというのは変わらん」

「……話が見えません。そうなると、あれが使うものがありませんが」

「あれ、という言い方はよせ。大和と呼ぼう」

 大和、と言う時に、提督が少し表情を変えたように思う。果断な処置ではあったとは思うし、工廠に対してはいくらか思うところのある山城でもある。とはいえ、彼女とても教え子なのだ。

「大和だが……実戦投入を考えている」

 実戦投入。その言葉を聞いて、燃料消費を考え、そして。

「正気ですか」

 思わず、そういった。提督は、まあ、そうだな、と言葉を切り。

「大和型の艤装そのものは未完成だ。現在も使えはするが、開発中だしな」

「それなら……」

「完成しているが、宙に浮いている艤装はある」

 天を仰ぎ、そして。山城は口を開いた。

「……伊勢型向けのあれを装備させる、ということですか」

「各種コネクタの規格そのものは変わっていないし、実際「使えた」そうだ」

 厳密には、伊勢型と、破損した扶桑型、つまり山城が使っていた艤装のつぎはぎに、大和型のベースを組み合わせる、という、現地改修にしてもやりすぎな代物である。工廠があるからこそできる芸当だし、各種の制御用プログラムが戦艦は扶桑型以降から、専用の作りこみハードウェアとOSではなく、COTS品であるARMプロセッサアレイと、UNIX上で動いているからこそでもあった。むろん、工廠にいるプログラマは血尿か吐血か、どちらか、あるいは両方を患う羽目になっただろうが。

「……上に知られたら『事』ですよ」

「あるものは何でも使うさ。……それに、大和以外に金剛を海の上で始末できるのはいないだろう」

 山城は、思わず唇を噛んだ。無理だろう。お前には。と冷静に提督の目は語っていた。提督のやわらかい顔。その顔に似合わない人を何人も殺してきた冷たさが、その瞳の奥には宿っていた。それを、山城は直視し、はい、と答えてしまった。

 山城には、できない。教え子を殺すことはできない。巣立った教え子たちが死んで、死んで、その悲しみを抱え、自分が戦場に行くことができない無力感を友としてきた、山城には。教え子に手を汚させる。その卑怯さ。卑劣さを思わないわけではない。それでも、それでも。彼女には無理だったのだ。




「大丈夫? 金剛」

 金剛は、勤めて明るい声を出そうとする。

「大丈夫、大丈夫デース!」

 大丈夫、笑えている。笑えているに違いない。それなのに、どうして加賀は、こんなにも悲しい目をしているのだろう。そう、金剛は考え、手のひらを思わず見た。

 爪が食い込み、血が、にじみ出ていた。







[39739] 余計者艦隊 瀬戸内海追撃編第一話:Turncoat Fleets 後編
Name: 小薮譲治◆caea31fe ID:c7f45ed2
Date: 2015/07/18 08:06
「戦艦大和、ああ、いわゆる『本物』の戦艦の方の話だが、アレが時代遅れだとされた理由、説明は出来るか」

「様々ですね。航空戦力の攻撃力が戦艦の防御力を優越した。というのが通り一遍の物言いになるかと思います」

 そうだな、と提督は加賀に言う。この世界においては、陸軍航空隊が総がかりで大和を日本海に沈めたことが、アメリカと同盟しての総攻撃に勝利した、ある種のターニングポイントであった。陸軍対海軍、という単純な図式ではないが、ある意味で歴史を作った船ではある。

その船に対する国民感情もさまざまで、東京特別市を無差別砲撃した長門に向けられる愛憎入り混じった視線に比べればマシではあるものの、艦娘として長門という名を「復活」させる事と並んで、大きな議論にもなった。陸軍は反対も賛成もしなかったが、海軍主流派は「沈んだ船の名前を使うのは」という理由で反対していたものだ。空軍の参謀長が「我々空軍が一度沈めた船をもう一度沈めさせるために引き揚げるのか?」と述べて、海軍からの反感を大いに買ったことも記憶に新しい

それはさておくとしても、今から呼び出す相手のことを思い出してみれば、どうにも複雑な感情がある。賄賂を要求されたとしても激昂して膝を撃ちぬくのはいかにもやりすぎであったし、それを目の前で見せられて見れば、特に「人類を守る」ことを任務とする彼女たちが良い顔をするわけもあるまい。という感覚が提督にはある。加賀とて、話を聞いたときには眉をひそめたものだ。嫌悪感が多少なりとも減衰しているのは、彼女が士官としての教育を受けていたからに過ぎない。

うらやましいことだ。と掌を見つめ、提督はため息をついた。この掌の上に流した同胞の血の量が可視化できれば、積層化したどす黒い色の血がこびりつき、洗い流せなくなっているだろう。だが、彼はマクベス夫人ではない。

 ノックの音がし、入ります、の声が響いた。

「呉鎮守府所属、大和型一番艦「大和」は、命令受領に参りました!」

 敬礼に答礼を返し、少女の姿を見る。艤装を装着する際に着用する制式の装束を身にまとっており、豊かな髪が後ろに垂れている。涼やかな目には、敵意がうっすらとにじんでいた。

 美人は怒るとそれはそれは怖いな、などと益体もないことを考えながら、提督は命令を下達する。事前に話はしてあるが、直接命令を下すのはこれが初めてだ。

「呉鎮守府司令長官兼艦隊司令官より、第三艦隊の編組、ならびに指揮を命ずる!」

「大和型一番艦「大和」は、第三艦隊の編組、並びに指揮を命ぜられました!」

 決まりきった応答をし、再び、提督は敬礼に答礼をごく短く返す。そして、休め、と命令をした。休めの姿勢を大和がとり、その敵意をにじませた瞳でこちらをじっと見、そして提督が口を開くのを待っていた。

「所属する艦娘のリスト、並びに整備員の配置については……加賀」

 加賀に声をかけ、リストを渡させる。見てもいいか、と目で問われ、首を縦に振ると、大和はホチキス留めの書類をパラパラとめくり、そしてこれまで下達されていた命令と相違ないことを確認した。そう、つまり。

「私にこの艦娘たちが「裏切らないか監視せよ」という事ですね」

「相違ない」

「裏切った場合、私が『始末』する、という解釈で相違ありませんか」

「相違ない」

「海上以外、つまり陸上においては監視部隊が居る、という解釈でよいのでしょうか」

「相違ない」

「……提督。大和はあなたを軽蔑いたします」

「何と言ってくれても構わん。我々に必要なのは勝利だ。敗北の末の尊敬ではない」

 こんなくだらない任務に大和型を投入する理由は、ごく単純だ。駒が無いのだ。山城とて可能ではあるが、性格的に義務感よりも情が上回る性質であろうことは疑いようがない。任官前、任官後、さらに昇任時にと複数回にわたって行われていた性格分析もそれを裏付けている。鳳翔も可能不可能で言えば可能だが、本質的な意味合いで随行して裏切りの現場を捉えて扼殺という任務に性格はともかく、戦闘能力の観点で向かない。

 その意味において、大和の性格分析は端的なものだった。義務感がきわめて強い。情と義務をはかりにかければ、義務を優先する。そういう一種『冷徹』ともとられがちなものを持っていた。だからこそ、山城ではなく大和をこの任務に充てた。

 息をつき、そして、提督は大和の目を見返し、口を開いた

「私が代われるものならそうしている。恥知らずなことを言っているのは理解しているとも」

 仲間を見張り、裏切れば撃て。そう言っている恥知らず。それを自覚していないわけがない。だが、必要なことだった。

 大和はそれを聞いて、ふう、と息を吐いた。

「すぐに編組にかかる、という認識で構いませんか?」

「いや、現在任務中の艦もある。帰投後という形になるな」

 かてて加えて、陸軍の病院から帰ってくる艦娘も居る。海軍施設にいた艦娘達も復帰させたいところなのだが、艤装の予備が何しろ存在しない。その点、特型であれば予備はいくらもある、というところである。事務員という形で復帰した、大淀という艦娘も居る。

「……響ですか」

 名前のリストを見てみれば、政治的事情でやむを得ないとはいえ変則的な編成となっている。戦艦「大和」に巡洋戦艦「金剛」で重巡洋艦「三隈」軽巡洋艦「長良」駆逐艦「響」に駆逐艦「雪風」に、事務官として駆逐艦「潮」だ。水雷戦隊を三隈に編成させ、大和と金剛が火力と被害担当として機能する、という構成だろうか。そこで、はた、と思い当たるところがあり、大和は顔を上げる。

「提督、現在雪風は横須賀に召還命令で帰還中では」

 ああ、そうか、と提督がつぶやき、大和から手渡された書類を見る。発刊の日付そのものは雪風の召還命令と同日だが、時間的なズレがあるためだ。

「ああ、ここは手違いだな。雪風の代替艦がこちらに派出される予定だから、その船と置き換えて考えてくれ。あとで訂正を発刊する」

「わかりました」

 敬礼と答礼。そして、大和は執務室から出ていく。はあ、と提督は息をついた。

「……やってくれると思うか、加賀」

「やってもらわなければ困ります」

 その通り。とひとりごち、提督はふたたびため息をついた。船団護衛を実施している艦娘は、今頃どうしているだろうか、と考えながら。




「淡路島までは無事着いたのかなあ」

 そう秘匿無線機を切り忘れたままつぶやく少女の方をちらと見る、海風に揺れる栗色に近い黒の髪を指で押さえる。水兵服が同じようにはためく姿は、女学生と言われても違和感はないだろう。彼女が走っているのが、海の上でなければ。

「吹雪、ワッチサボるなよー」

 その声に、吹雪と呼ばれた少女があわてて周辺警戒に移るのを視認した。もう、とつぶやきながら。

「もー、深雪だってこっち見てたってことは……」

 その声に対し、思わず彼女は声を出した。

「お前ら、秘匿回線を何に使ってるんだ。緩むんじゃねーぞ」

 海上護衛総隊隷下、臨時編成横須賀鎮守府第二海上護衛艦隊旗艦「天龍」はそういって秘匿通信を切り、護衛対象の貨物船(付記:いわゆるRO-RO船である)に対し異常なしと報告をする。まったく、こいつらはあの戦況を経験しても変わらんな、とつぶやいた。

報告として聞いている呉鎮守府や佐世保に比べて極端に戦局が悪くなることは無かったものの、それでも横須賀鎮守府の緊張感の度合いは負けず劣らずである。言うまでもないことだが、横須賀が抜かれればあとは首都東京だけなのだ。その緊張感は尋常なものではない。

呉鎮守府は耐えきった。佐世保はどうか。それについて、航空偵察では一応機能しているらしいことまでは見て取れる。だが、関門海峡以西は呉鎮守府も全く手が出せていないという。それを想えば、天龍ならずとも緊張の度合いを高めるというものだ。淡路島奪還後も、民間船舶が、端的に言えば深海棲艦の血で太った魚狙いの、同じく肝の太い漁師が消息を絶っているという報告も、少なからず淡路島陸海空統合司令部に上がってきている。

天龍の旗下には軽巡洋艦「球磨」特型駆逐艦「吹雪」「深雪」に白露型駆逐艦「夕立」「春雨」が加わっている。何れも伊豆大島奪還作戦に参加し、淡路島奪還作戦にも参加した経験豊富な面々だった。とはいえ、連戦の疲れもあり、先ごろのように規律が緩みがちなことが、天龍の心労を増やしていたことも事実である。

 特に、護衛対象の船が積んでいるのが呉鎮守府への物資を載せた船の護衛という事で、神経質にならざるを得ない。淡路島沖で投錨して交代要員に引き継ぎ、司令部に報告を終えるまでは、天龍の胃痛の種には事欠かなさそうなものである。

 大過なく交代を終え、艤装の整備を部下に命じて司令部に報告に行くと、前線指揮官となっていたはずの扶桑の姿はなく、主席副官として勤務していた、緑の長い髪をもつ鈴谷の姿があるのみである。天龍が鈴谷に扶桑はどうした、と聞くとため息交じりに答えた。

「牡蠣に当たってダウンしてんのよ」

「牡蠣」

 牡蠣ってあの牡蠣だよな。と天龍は考え、天を仰ぎ、そして絶句した。

「えっ、よりによって牡蠣を食ったのか?」

 いかに好物であったとしても、言うまでもないが前線指揮官があの手の「当たると酷い」ものを食べることは基本的によろしくない。当たり前の話だが、指揮官が使用不能になっていてはお話にならないからだ。

「……うん、まあその通りなんだけどさあ」

 鈴谷が言うには、地元住民との懇親会で出されてしまって断れなかった、との事である。お粗末な話と言えばそうであるが、まあわからなくもない事情だ。鈴谷も食べたらしいが、当たったのは扶桑一人、というあたりが哀愁を誘う。

「でさ、えーと、山城に手紙を届けてほしい、って話があってさ」

「ノロウイルスの蔓延に手を貸す気はねーぞ」

「ロタよ」

「なお悪いじゃねーか」

 大丈夫、私が代筆したから。と言って鈴谷は手紙を差し出す。はいよ、と答えて、吹雪に持たせるか、などと考えていた。






「畜生が!」

 悪態をつき倒しながら、天龍は自分の歯がばりり、という音を立てるのを聞いた。電波妨害下にあり、警戒をしていたのにもかかわらず、塩鮑諸島の近傍で呉鎮守府の交代要員に引き継ぐために若干足を遅くした結果がこれか、と毒づいた。春雨が運悪く戦艦「タ」級の初撃によって沈められたことが、彼女に苦い後悔を味わわせている。肉薄しての魚雷攻撃か。くそ、どうする。伏兵が居たらどうしようもないだろうが。と考え込み、そして。

「球磨!俺についてこい! 夕立と吹雪、深雪は貨物船の護衛から絶対に離れるな!」

「でも……!」

 その抗弁の声が、吹雪からする。それに大して、天龍は罵声で答えた。

「馬鹿野郎! 命令だ! 犬の糞一号に戻ったか! テメーが指揮を執れ! 吹雪!」

 くそっ、と毒づくと、球磨が滑るようにやってきて、言う。

「苦労人クマねー」

 くっくと笑い、球磨はその余裕ある態度を崩さない。天龍とは違った種類の人種である。

「大丈夫クマ―、鮭の皮を分けてくれればそれでいいクマ―」

 わざと球磨は振り返ってとぼけて見せ、そして。

「若い子には将来があるクマ」

 真面目くさった顔で、そう言った。が、顔を上げて、そして。

「あ、ヤバいクマ。全速で逃げないと」

 空中から寄せられる、フラフラと揺れる陸軍の発光信号を艤装側の「妖精」が読み取り、トランスコードする。時差はあったものの、天龍にもそれが伝わった。

『第十一師団より達する。これより核攻撃を実施する』

 というメッセージであった。あわてて転進し、船舶の側にも即座に発光信号を打つ。対閃光対処。猛烈なサイレンの音とともに、絃窓にシャッターが下りていく。

「くそっ、またこの手かよ!」

 天龍は、船の陰に隠れ、そして再び毒づいた。





「敵艦隊の進撃の阻止を確認。これより帰投する」

 陸軍の制式パワードスーツは、ロケットモーターを動翼で強引に制御し、引いていく。そのさなかの通信を、彼女は傍受した。それを洋上から見た「何か」は、ずる、という音とともに、表皮がめくれあがり、目だけが炯々と光るのを自覚した。

「フ、フフ」

 哄笑。

『たかが核攻撃』で、彼女が沈むはずはない。三度の核攻撃に抗尋しきったその身は、白かった表皮が赤黒くなっても変わることはない。彼女は、戦艦タ級はそういう生き物であった。

 塩鮑諸島に、彼女は針路を向ける。機能が生きていることを確認して、大丈夫。まだ殺せる。この痛みを、恨みを、ぶつける対象は地に満ちている。そう、考え。ふたたび、彼女は笑った。





「貨物船団が襲撃を受けた?!」

 その報を陸軍第五師団ごしに受け、あわてて腰を浮かし、加賀に作戦図とオーバーレイを持ってくるように指示を飛ばしたものの、電話口の相手は、いたって平静そのものだった。

「戦術核攻撃で撃退できたから問題ない」

 電話口の相手、馬糞こと馬淵中佐の軽い一言に、提督は絶句した。艦娘は艤装から生じる桜色の「装甲」が放射線から身を守ってくれるし、放射化の恐れはないが、貨物船の船殻の方は除染の必要性がある。受話器のマイク側を手で覆い、加賀に作戦図は良いから除染部隊を編組してくれ、と指示を飛ばした。貨物まで汚染されていなければいいが、と考え、そしてまあ検査してみるほかない、と気を取り直した。最新型であれば核攻撃の放射線を船殻のみでとどめる設計になっているはずであるし、というのが彼の考えであった。




果たして、その考えは正しかった。船は無事除染を受けてから入港し、接舷した岸壁から船の腹の中の様々な物資を吐き出していく。仮設住宅の資材、食料、医薬品、軍需物資も含めて、かなりな量だ。護衛をしていた艦娘達も、横須賀側はともかく、呉鎮守府は戦死者を出さずに済んだ。そのことに、提督は胸をなでおろした。戦力はともかく不足している。それがためである。

 受け入れと分配。そして仮設住宅ができる事を聞き、みな安堵の表情を見せている、という事を炊き出しを担当していた主計官から聞くと、安心感もひとしおであった。人間、モノがなければ荒むものだからだ。

「……いや、これで一息つけるな」

 これで代わりが来ればもっとよかったのだが。とはさすがの提督とて言わない。それがいかにも常識はずれなことであるのは理解しているし、なにより、加賀に聞かせて良い顔をするはずもない。

「いえ、新規の着任者が……ああ、まあ要するに雪風の交代者がおりますので、その着任者の処置をお願いいたします」

「ああ、そうか……名前は何と言ったかな」

「特型、いえ、吹雪型駆逐艦一番艦「吹雪」と言ったはずです」

「そうか」

 短く返し、そして、一人の少女がノックとともに、入ってくる。

「特型、もとい、吹雪型駆逐艦一番艦「吹雪」は、呉鎮守府第三艦隊勤務を命ぜられました!」

 敬礼と答礼。そして、休め、と声をかけると、吹雪は休めの姿勢をとる。そして、2、3言葉をかけると、吹雪は言った。

「よろしくお願いします! 司令官!」

 その明るさが、妙にまぶしい。胃腑に沈殿しているものを想うと、提督は奇妙な感慨にとらわれた。






第一話:Turncoat Fleets -了-



[39739] 余計者艦隊 瀬戸内海追撃編第二話:King Lear 前編
Name: 小薮譲治◆caea31fe ID:c7f45ed2
Date: 2015/07/21 21:34
 起きて、食べて、寝て。起きて、食べて、寝て。その繰り返しをするたびに、ちらついてはいけないものの影がちらつく。電気を落とした一人部屋。つまり自室。自殺につながるようなカーテンや私物はすべて撤去された、もののない部屋。
起き上がり、見てしまったものを反芻すると、洗面所に走る。

 妹、榛名の頭を、嬉々として撃ちぬいた。その瞬間、ぐちり、とトリガーを引き絞る、あの感覚。胃の中身が逆流しかけるものの、それをこらえ、喉の奥にこみ上げてきた酸味を水で押し込んだ。

 鏡を見る。隈は出来ていない。肌に張りはある。肌が青白くなってしまっているが、それは単に血の気が引いているだけ。やりたいこと、やるべきこと。やらねばならない事。それらすべてが無い。機械のほうがまだ上等な「生き方」をしている。精神の病を患えば、艤装の「セルフチェック」で受診票が出力され、その足でカウンセリングなり投薬なりを受けさせられる。

 どうして、私が生きているのだ。そう、彼女、金剛は頭をかきむしりたくなるのをこらえた。その瞬間に、ノックの音がする。

「ハーイ?」

 なるべく、明るく答える。顔をこすり、血を顔に戻し、血色を装う。大丈夫、まだ大丈夫。そう思いながら、扉を開く。

「大和ですが。就寝中だったでしょうか」

「イエイエ、まだベッドにはインしてなかったデース」

 嘘であることはまあわかっているだろう。シーツが寝乱れているのぐらい、見ればわかる。

「人事上の内示が……いえ、内示ではありませんね、決定が出ましたので、その書類だけお渡しします。明日から新編された第三艦隊、臨時の任務部隊編成ですから、正式な部隊コードはありません。第三艦隊の本部班に来てください」

 書類を手渡され、扉が閉じる。電気をつけ、書類をめくり、本部班の場所を確認して、そして、部隊編成に目を通す。部隊指揮官は大和で、その補佐を金剛、三隈が行うこととし、部隊の練成訓練担当として坂井曹長(戦時任官で准尉)があてがわれ、本部班会計班に駆逐艦「潮」がおり、軽巡洋艦「長良」と駆逐艦「吹雪」そして「響」がいる。

 響、その名を見て、書類を放り捨て、今度こそ金剛は吐いた。目をえぐりとり、哄笑していた記憶が、胃を、心臓を刺した。

第二話「リア王」

「大丈夫ですか。お嬢さん」

 そう言われた少女は振り返る。いやあ、こう道が悪いと3トン半だと腰が痛いでありますなあ。と伸びをしているその少女の顔は夏にもかかわらず白く、脂粉の香りを漂わせている。その白と同じ色の髪を持つ少女「響」は新しくなった青い目をすがめ、言う。

「すぱしーば、あきつまる」

「お、ロシア語でありますか。いやあ、昔勉強したものです」

 いやあ、あの格変化の多さには参りましたな。と言うのを聞いて、響は小首をかしげた。

「そうでもない」

 その一言とともに、まわりを見て、言う。

「……目印が何もない」

「いやあ、本当に何もありませんな。あー、伍長! 私が帰るまでとりあえず車を止めておいていただきたい。書類を見せれば喫食申請はあげておりますので、昼は食べられるはずであります!」

 運転台に向けて、あきつ丸はそう叫び、そして前を再び見て、言った。

「司令部は本当にどこにあるのでしょうかな」

「こうなる前はあそこにあった」

 指を指した先にあったのは、がれきだけだった。あきらめて、人を探し始める。怒鳴り声が響き、少女が飛び出してきて、響にぶつかる。響が倒れ、呆然としながら見上げると、そこにはつい先ほどまでの怒りを消せていなかった少女がそこに立っている。

「あ、えっと……ご、ごめんなさい」

 紫に近い色の髪を横で結った少女は、響の手をとり、立ち上がらせる。確か、曙だったはずだ。と響は記憶の糸をたぐった。




 時は、少々前にさかのぼる。曙は、目の前の少女をイライラとしながら見、そして、口を開く。

「何」

 そっけない響き。目の前の少女があわて、口を開こうとして下唇を噛み、うつむいてしまうのを見て、記憶の中のこの少女も「そう」していたことを認識する。記憶の中、そう、記憶の中だ。曙の記憶の中。本当かどうかわからない、記憶の中。

「えっと、その……ご、ごめんなさい!」

 ごめんなさい。頭を下げようとして、ふらつく。松葉づえなしにはこの少女は立てない。あわててそれを支えて、見えないように曙も上唇を噛んだ。本当に、この少女は、潮は「記憶の中の潮」そのままだ。彼女が『覚えている潮』そのままなのだ。
だが、同時にその記憶が「本物」ではないことも理解している。ただ、この湧き上がってくる感情はなんだ、とも。その正体がわからない。その正体がわからないがゆえに、曙は衝動的に潮を突き飛ばし、わけのわからないことを叫びながら、走り出す。

 私が悪いんじゃない。こんな想いを持つように私をクローンとして世界に送り出した連中が悪いんだ。そう思いながら走り、そして。

 衝撃。だれかを跳ね飛ばした感覚。倒れ込みはしなかったが、それは彼女を我に返らせるには十分だった。

「あ、えっと……ご、ごめんなさい」

 大丈夫、と言ってその少女、響を立たせ、砂をはらう。何をやってるんだろう。と思いながら、もう一度謝ると、そこに陸軍の軍帽をかぶった女性がやってくる。後ろから、松葉づえの音もする。ばつの悪いことこの上ない。

「やあ、これは都合がいい」

「あ……」

「曙さんでありましたな」

 そういって、陸軍式の敬礼をあきつ丸がする。それに曙は答礼を返した。後ろで誰か、つまり潮ががちゃがちゃとやって、倒れたのを認識すると、もう、と言いながら立たせる。ごめん、と小さく呟いたのを聞いて、一瞬潮が泣きそうな顔になったのが見えてしまう。
その様子を見て、響がおや、という目をして見せたのをあきつ丸が一瞬見て、ダメです、と目で制し、そして言う。

「司令部に案内していただけませんかな。道がわからないのであります」

「迷った」

 響の声に、目を一瞬あきつ丸が宙に泳がせるのを、曙は見逃さなかった。

「そうとも言いますな」

 それ以外にどう言うのだろうか。と思うものの、案内をしないといけないのは確かだ。とばかりに、曙はついてきて、と言う。どうして陸軍の艦娘がここにいるのだろう。と思いながら。




「いやあ、なかなかこぎれいなところでありますな。特にこの荷物かけとか」

 響が退出し、陸軍からの引き渡し書類を含めた事務的な手続きを終えたあきつ丸は、軍帽の顎紐を片手でもてあそびながら、言う。そこには雑多な荷物がかかっていた。男、つまり提督は苦笑いをし、その隣に立っている加賀はぴくり、と片眉を動かした。

「いや、どうも片付かなくてね。ようやく建物の手当てがついたんだ。電話線も電電公社の……今はNTTか、そのOBが避難民に居たから、引き回しの工事を手伝ってもらっているくらいだからな」

「これは失礼。いやあ、どうも不調法なもので」

 はは、と笑うあきつ丸に少し首を傾け、普段よりも心なしかきつい目をした加賀が声を向ける。

「事前連絡は受けています」

「いや、これはこれは。申し訳ありません。どうも前置きが長くなってしまいまして」

手に持ったフォルダから書類を取り出し、それを提督に手渡す。それに目を通すと、広島の第五師団、善通寺の第十一師団連名での支援要請が記されている。香川県の塩鮑諸島攻略作戦に支援を要請する、との内容であった。
当然と言えば当然で、この作戦そのものはどちらが言い出すか、というものだった。深海棲艦が戦艦クラスであれば艦娘を動員しての作戦のほうが陸上戦力を動員しての強行上陸を敢行するよりはまだマシな成果が見込める。

「それで、どうして第五の君はともかく、第十一師団、善通寺はうちに話を持ってきたんだ。淡路島に居るだろう。横須賀の連中が」

 提督は資料に目を通し、机の上に起き、そう言った。

「裁量権の大きさでありますな。赤煉瓦との紐の太さであります」

「統合作戦司令部はこれを知っているのか」

「通知はしたそうですな」

 そうあきつまるはとぼけきる。なるほど、つまり善通寺は『赤煉瓦の紐付き』と交渉したくない、あるいは交渉をしても決断が長引く恐れがある。という事だ。どうせ陸軍が居る。あるいは「陸軍の城下町に住んでいる人間など知った事か」と暗に言われることを恐れている。と言うところだろう。陸軍にとっては悪夢そのものに違いない。確かに「攻撃して勝てないことはないのだ。

陸軍の観測によれば、現地に居るのは軽巡を中核とする駆逐艦隊が2個と、戦艦タ級を中核とした艦隊が1個。戦艦タ級のみは動きの様相が違うが、他は「差し出された餌」に反応するだけの従来通りの「深海棲艦」だ。輸送艦が通るなら目くらましの砲撃か、戦術核攻撃を行えばそれでよい。いわゆるEMP攻撃を敢行してくる姫君クラスや鬼クラスと呼称される、そう言った強力な深海棲艦はいないのだから、陸軍のみでも対応可能だと言われてしまえばその通りなのだ。

 しかし、ここに陸軍の苦悩がある。先般の輸送艦の通行時に核を簡単にはなったようにも思えるが、国土を核に汚染する、という事の意味が彼らにわからないわけではない。その後の住民の復帰にも多大な時間がかかる。できる、という事とやりたい、という事は全く別の問題なのだ。加えて、塩鮑諸島からの避難民も居るのだ。彼らが我慢しているのは「駆逐されれば帰ることができる」という希望があるからだ。

さらに言えば、落とされてしまった瀬戸大橋の修復も行いたいのだ。是が非でも塩飽諸島からの深海棲艦の駆逐を行わねばならない。そのためには海上交通の安全が必須である。

「それに、善通寺の師団長はこう言っておりましたな」

 あきつまるはにッと笑う。

「貸しがあるだろう、と」

 貸し。つまり、物資を安全に通させてやった。その借りを返せ、という事だろう。本作戦を孤立した司令部の裁量権の範疇と考えるべきか、提督は決断を迫られていた。




「えーと、ここが第三艦隊の事務室……ってここでいいのかな」

 そう言いながら、提督の執務室前で響や曙たちと合流した、というよりも道に迷っていたところを拾われた吹雪は扉を開く、そこには、准尉の階級章を付けた男性が、髪を後ろで結った女性とともに部屋の片づけをしていた。准尉。軍隊の酸いも甘いもかみ分けた、下士官の中で一番偉い人。そういう認識が、吹雪にもあった。

「そろそろ休憩にしますか」

 そう男性が言って、こちらを向き、おや、という顔を作る。名札には坂井と書かれている。准尉にしては若いなあ、と見上げているうちに、いけない、という顔を作って、吹雪は敬礼。それに坂井准尉は答礼し、後ろを見て、その髪を結った女性、つまり『大和』に向け、吹雪の方をもう一度見る。

「入退室要領は教わらなかったかッ! やり直し!」

 怒鳴り声。体育訓練担当の兵曹を思い出すその迫力に、目を白黒させながら、吹雪は反射的に答える。

「は、はい!」

 吹雪は退出し、そして、後ろにくっついていた響、潮、曙に対し、目を向けて、いう。

「……ね、ねえ、知ってる? ここのやりかた」

「私がやろう」

 そういって、響が普段とは違う、腹から出る声で入ります、と声を出す。

「ついてきて」

「私は嫌よ」

 そういって、曙はふい、と横を向く。それを少し見た後、吹雪と潮の方を見、うなずいた。

 響の後ろに、吹雪と、松葉づえをついた潮が続き、横一列に並んで敬礼、と号令をかけ、響自身も敬礼をし、女性からの答礼が返ってきた時点で手を下げ、なおれ、と号令をかける。

「響、以下、三名の者は、呉鎮守府第三艦隊司令部に用件があり、参りました!」

「休め」

 駆逐艦「響」以下三名が着任した、という旨のあいさつを行う。そして、大和は吹雪と響に目を向け、口を開いた。

「それでは最初の命令を伝達いたします」

「は」

 響はどうもおかしいな、という顔を作る。面倒くさいことにならなければいいが、という様子だ。それを見て、吹雪は少しあわてたような表情を作る。

「ジュースを買ってきてください。私はレモネードで」

 坂井准尉に大和が目を向ける。何が良いですか、と穏やかに言う。

「コーヒーで。ブラックなら何でも」

 千円札が響に手渡される。好きなものを買ってきてもいい、といわれると、響と吹雪は退出し、潮だけが残る。事務官としての仕事があるから残ってもらいたい、と言われたためだ。

 外に出ると、曙があつい、と呻きながら、手で顔をぱたぱたとあおいでいるのが目に入る。

「どうだった? ……潮は?」

「ジュースを買おう。潮のぶんも」

 ごめん、意味が分からない。と曙は言う。吹雪も、よくわからなかった。こういう「説明をしない」性格なのだ、というところがよくわからず、掴むところが見当たらない。そういう印象が、吹雪の抱いた響の第一印象だった。




[39739] 余計者艦隊 瀬戸内海追撃編第二話:King Lear 後編
Name: 小薮譲治◆caea31fe ID:6337cb30
Date: 2015/07/23 13:01
「……航空偵察の結果は?」

 鳳翔の顔を見て、提督は言う。第一臨編任務艦隊司令「山城」第二臨編任務艦隊司令「鳳翔」に、首席作戦参謀「加賀」そして第三臨編任務艦隊司令「大和」が仮設ながらプロジェクタやPC等もある作戦会議室に集合している。鳳翔が前に立ち、端末を軽く操作して投影する内容を選ぶ。

「香川県、塩飽諸島の航空偵察ですが、陸軍側からの情報を裏付ける結果となっております。塩飽諸島最大の島である広島近海に深海棲艦の遊弋は認められており、これについては戦艦を中核とする艦隊と判断して差し支えないでしょう。陸軍側が核攻撃を行った際に撃破することができなかった固体です」

 上から見た写真では、赤黒い肌の戦艦タ級が形式名不明の重巡を引き連れているのが見て取れる。深海棲艦の残存艦隊の中では今のところもっとも火力の高い艦隊だろう。ほかの2個艦隊については、善通寺駐屯地から展開している砲兵を避けるかのように島嶼部の陰に隠れている。

「現有戦力はおそらくこの程度でしょうが、広島の……北東部ですね、こちらをご覧ください」

 拡大画像が現れ、黒い「染み」が広がっているのを視認する。つまり。

「なるほど、根拠地化を狙っているということか。丸印がついている中央のそれは……?」

「ああ、申し訳ありません。画像が二個表示できていませんでした」

 マウスを操作するカチカチという音がしている。その間、大和は山城に誰がこの敵を殲滅する任務にアサインされるのだろうか、教官はご存知ですかと話しており、加賀はそれを聞いて、もう一度自分が作成した紙の資料をめくっている。加賀、山城は誰がやるのかを知っているし、大和もうすうす気づいている。山城は仮に岩国の米軍から一報があれば関門海峡側の阻止作戦に出なくてはならないし、航空優勢の確保のために、鳳翔は周防大島の陰で護衛艦隊とともに展開する必要がある。となれば、お鉢が回ってくるのは必然的に大和だ

 咳払いの音。それを合図に、再びプロジェクタの投影画像に目を向ける。

「……ああ、くそ」

 提督は、思わず毒づく。そこには、白い肌の「何か」がこびりついていた。まだ、形をとっていない。まだ、何にもなっていない、すべらかな繭のような物体。
鳳翔は、続ける。

「ご覧のように、姫君、ないしは鬼と呼称すべき固体の子宮が出来ています。周防大島に比べれば、香川の広島の胎盤組織は小規模ですので、いわゆる基地として機能するタイプのものではない、とこれまでの類例から推察されます」

「なるほど。ありがとう、鳳翔」

「はい。それでは、これにて航空偵察の報告を終了いたします」

 鳳翔が頭を下げる。ふわり、と髪がゆれ、肩にかかり、頭を上げると同時にそれを後ろに払う。それを見て、ふむ、とつぶやいた提督は、加賀のほうにちら、と目を向ける。こくり、とうなずいてみせた加賀は、立ち上がった。

「それでは、これより塩飽諸島攻略作戦の説明に入らせていただきます」

 状況そのものはさしたる変化はない。作戦発起までの期間が短くなるだけ。短くなるだけ、と言えば聞こえはいいが、新編された艦隊を、多少の訓練すら抜きで投入することになってしまう。連携訓練もなしに投入する、というのは危険度が高い。当然のことである。だが。
現下は、連携についてそれなりの経験がある艦隊を引きはがせない。それを考えてしまえば、他に選択肢はない。淡路島に援護を要請するか、と考えたが、淡路島の動きは基本的に鈍い。それが故に戦力が心もとなくとも、呉鎮守府に第十一師団は支援要請をしたのだ。失敗しても、最悪の場合「政治的にまずいものたち」を処分できる。これはあくまで最悪の想定であり、本意ではないものの考えには入っている、程度のことだ。

「まず、塩飽諸島から敵艦隊を「釣る」必要がある、と考えております」

 そう、これは当然のことであり、なにしろ塩飽諸島は「敵にとって有利な地形である」ということだ。隠れられる島が多く、それを盾にされてしまえば、実に問題となってしまう。

 しかし、釣るにしても、と考えながら、提督は配られた作戦案を眺める。三隈を旗艦とした、長良、響の「疑似餌」分艦隊を派出し、敵艦隊を釣り、引き出された敵艦隊を大和、金剛で撃破する。大和と金剛の護衛艦としては、吹雪が随伴する。潜水艦による攻撃の可能性があるためだ、と付記されている。呉港にいる鳳翔によるエアカバーが行われるため、航空攻撃が万一あったとしても対処が可能である、とされていた。その間の航空攻撃が呉にあった場合は、加賀が出撃する、となっている。

「……初歩的な質問ですまないが、これで釣れるのか?」

「はい。従来の戦術分析によれば問題はない、と認識しております」

「そうか。例の『頭のいい』個体による攻撃は想定しているか? 露払いの艦隊がほぼいない状況下で、大和と金剛が攻撃を受ければ、その時は取り返しのつかない事態になるぞ。とくに、大和が、だ」

 例の『頭のいい』個体。という言い回し。それを聞いたとき、加賀は一瞬言葉に詰まった。それはつまり、スカーフェイスのような「高い知能をもった深海棲艦の出現を警戒しているか、という問いであると同時に。

「……大和は、戦艦タ級と『金剛』の攻撃を受けたとしても、撃破される恐れは低い、と認識しています。撃破し切れるかどうか、については砲火力の関係から不透明です。その際は支援を要請します」

 その大和の言葉を聞いて、提督はため息をつく。そのために「装甲が分厚く、ちょっとやそっとでは撃破されえない」大和に任務を割り振ったのだ。自分の口から言わせたい、という卑劣さを自覚し、それが澱のように胃腑に滞留する。敬愛されて負ける指揮官よりも、蛇蝎のごとく嫌われて勝利する指揮官のほうがよい、とはいえ、露骨な敵意の視線を向けられて、内心平気でいられるほどには、提督には経験が足りない。

「よろしい。陸軍第十一師団と作戦実施時期について改めて協議し、その後に作戦の決行日時を通知する。解散」

 山城と鳳翔は退席し、大和は一瞬燃えるような敵意をにじませたものの、立ちあがって自分の艦隊の事務室に戻っていく。加賀は提督に歩み寄り、言う。

「不安があるのはわかりますが、大和の視線で動じたような様子を見せるのはやめたほうがよろしいかと思います」

「そうだな。その通りだ」

 さて、これから第五師団と第十一師団と電話会議だ。忙しくなるぞ、と言い、提督は加賀に言う。やることは、まだ山ほどある。勝つために。






「実戦ですか?」

 冷房の音が、がたがたとする。時計の針は、2時を指していた。戸惑ったように、体育訓練計画を作成して持ってきた坂井准尉が言う。夏季であり、また児童が多いため湿球黒球温度が二十八度を超えていた場合訓練を中止する、などと様々付記されており、いざ何かあった時に訓練を中止する根拠作りを指摘しなくていいのは、さすがに年季が入っている、と、大先輩に失礼なことを、大和は考えていた。

「はい。近日中にその予定があります。艤装の整備に時間を割きたい、と大和は考えています」

「なるほど。まあ、状況が落ち着き始めたとはいえ、やむをえませんな」

 そういって、バインダーにはさんだ書類を坂井准尉が受け取る。さほど強度の強い訓練ではなく、それを名目としたレクリエーションも兼ねていたためでもある。

「……病院に行っている金剛が帰ってきませんね」

「……三隈がついているはずですから……探してきますか」

 それを聞いて、事務室の整理ついでに、ぎしぎし音のなる扉に機械油を吹き付けよう、とそれが置いてある戸棚から取り出そうとしていた響が振り向き、言う。

「私が探して来よう」

 それを聞いて、一瞬大和はぎょっとする。それはいかにも「まずい」のだ。響は知らないことではあるが。なぜか、など言うまでもない。自分の意志ではない状況で、目をえぐった相手と話す、などいい気分ではない。

「戻りました」

 そう三隈が言い、金剛を連れてくる。若干顔が青白いが、まだ大和が会った時よりは生気が顔に宿っていた。それに顔を向け、少し個人で用談がありますので、こっちに来てください。と金剛に向けていう。事務室の隣には通信機材が置いてある部屋があり、そこには通信員が本来詰めているのだが、今はいない。冷蔵庫がこっそり置かれていたりするため、半ばは休憩室である。

 扉を閉め、皮張りのソファに腰掛けるように勧める。

「……どうでしたか?」

「投薬治療、だそうデス」

「……響とは、やっていけそうですか」

 それを聞いて、びくり、と金剛が震え、目が泳ぐ。唇が震え、開きかけ、それをかみしめた。まずい質問だ。

「なん、とか」

「そうですか。大和には、金剛さんに言っておきたいことがあります」

 ぐ、と金剛の口元が動いた。

「望んでやったことではないのでしょう」

 沈黙、目を見開き、金剛はスカートを握りしめ、ふう、と息を強く吐く。

「ちが、ちがいマス」

 顔を上げ、泣き笑いに近い表情を作る。笑おうとして、無理をしている顔。

「喜んで、喜んでやってマシた。楽しかったンデス」

「深海棲艦が、です。金剛型一番艦金剛が、ではありません」

「わた、ワタシ、ワタシは……!」

「生きて帰ってきた。それで十分じゃないですか」

 そういって、スカートを握りしめた手に、手を重ねる。ぼたぼたと、涙が零れ落ちてくる。声を押し殺し、しゃくりあげる彼女を見て、大和は罪悪感に駆られる。
こんなにも泣いているこの少女の涙を、わにの涙だ、嘘だ、と疑わねばならないのが、彼女の立場なのだ。





 長良は、十五時に集合すること、と五体無事な駆逐艦たちに言い、潮にスポーツドリンクを入れたウォータージャグを用意してもらう。
長良がジャグを持っていき、ところどころ穴の開いた芝生の運動場で、体操着に着替えた吹雪と響を見て、言う。私物のジャージを着た彼女は、汗をだらだらと流しながら今にもうめき声を上げそうな響と、汗を流していない吹雪を見比べた。単に夏に弱いだけか、という感はある。

「えー、今日の訓練は……LSDです。お薬じゃなくてゆっくり走る、ってほうですね」

「はい、わかりました!」

「はい……」

 まあ、何ができるわけでもない。走るだけだ。作戦が近い、という話も伝達されているため、さほど長く訓練をやるつもりもない。本来一時間ほど流すのがLSDでは効果的なのだが、あまりに暑いため、三十分ほど軽く流して、それで終わりにする予定である。

「時間は三十分。ついてきてね」

 そういって、軽く体操をして、走り始める。本当は、こういうゆったりとした走りは、長良はあまり好きではない。ぐちゃぐちゃとしたことを考える余裕ができるからだ。普段は、死んだ仲間たちのことを。今は。
そう、不可解な部隊の配置換え。そしてその面々を見るたび、どうにもある共通項がある。大和と吹雪を除いて、だが。

記録上の戦死者。戦死していないことはわかっている。何しろ自分のことだからだ。記録が間違っているはずだ。そう、長良は思っていた。

 大和。なぜ大和が「こんな貧相な艦隊に」いるのだろう。そう思わざるを得ない。つまるところ、それは。

「な、長良さーん。早いですよぉ……」

 ぜえぜえと息を切らしながら、吹雪が言う。時計を見てみると、16分経っている。外周が1kmの運動場を四周しているため、1km4分程度のペースで走っていた。響は、というと完全に顎が上がってしまっている。しまった、とうめいた。全力で走ればもっと早いのだが、ゆっくり、ではなくなってしまっている。余計なことを考えているうちに、ペースが上がってしまっていたのだろう。

「ああ、ごめんごめん。休憩にしよっか。大丈夫?響ちゃん。喉乾いた?」

 そういって、顔を見る。赤くはなっていない。しっかりと汗も出ている。熱中症ではないだろう。そう判断して、ジャグから水を出して、飲ませる。すぱしーば、と言いながら、受け取った途端一気に飲み干してしまっているため、ああ、これはいけない、と考えた。訓練時間を朝にしないと、響はだめだ、と。暑さに体がまだ慣れきっていないのだ。さらに、そこに長良がペースを上げすぎたためだろう。艤装を着用していれば、ある程度体のバランスをモニタできるのだが、着用していなければそうもいかない。

 はあ、と木陰で息をつき、長良は座り込む。そして、吹雪が言う。

「……でも、なんだか臨時編成って言っても、この部隊、変な編成ですよね」

 それを聞いたとき、長良はぎくり、とする。

「そうだね……うん……確かに変だよね」

 あいまいに答える。だから、長良はゆっくり走るのは嫌いだった。






「作戦案の了承がとれた。……核攻撃は極力避ける方針だそうだ」

 電話の受話器を置くと、提督は加賀に顔を向ける。陸軍側と協議した結果、作戦は二日後の早朝0500を発起とする。ということになった。夜間に呉を出発し、艦隊を釣り出している間に「姫君」を殺すパワードスーツ部隊をCV-22オスプレイで輸送する、とのことだった。最悪の場合に備え、鳳翔によるエアカバーも行う。その点で、艦隊防空が弱まる、と異論は唱えたものの、第十一師団の要請そのものはもっともなものだったため、引き下がった。正式な書類が、広島ごしにネットワークで送達されてくる。

「塩飽諸島攻略作戦か……」

 周防大島ほど大規模な作戦ではないにしても、それでも、相当重要な作戦である。なぜか。


 海上交通の要衝であり、さらには瀬戸大橋の基礎となっている島々である。それが重要でないはずはなかった。呉鎮守府は確かに一息つけただろう。だが、瀬戸内海の制海権を奪い返してはいない。そして、そうしなければ、彼らに明日はないのである。





[39739] 余計者艦隊 瀬戸内海追撃編最終話:俺たちがここにいるのは俺たちがここにいるからで 前編
Name: 小薮譲治◆caea31fe ID:5078d355
Date: 2015/07/25 18:36
夜。第三艦隊司令部、つまり事務室に集合がかけられた。大和が正面に立ち、あまり姿を見なかった金剛を含めた面々がすでに座っている。

「二日後?!」

 陽炎が立つほどだった昼と同じく、じめじめと肌に張り付く暑さの外とは打って変わり、冷房の音だけがからからと響く室内で、吹雪が大声を上げる。その声を聞いて、ええ、そうよ。と大和は答える。艦隊の部隊員全員をそろえ、作戦案の説明にかかる。上級司令部、つまり鎮守府司令部から渡されたおおよその作戦案を詰める作業にかかりきりだったことが、ラップのかけられたメスパンがそのまま置かれていることからもわかる。

 二日後。海上での艦隊運動を連携する訓練等もほぼ行っていないため、一言で言ってしまえば無謀そのものである。なぜか、ということは言うまでもあるまい。特に、混成艦隊であり、同型艦ばかりではないこの艦隊においてはかなり危険である。かろうじて吹雪と響のみが特型駆逐艦ということで同型であるのだが。
むろん、データリンクによって統制されることで「練度が多少低くても何とかなる」部分があるのは否定できない。だが。そう抗弁しようとしたところ、大和の目が吹雪を刺す。

「これから理由を説明します」

 そう、大和に言い切られてしまえば、吹雪はいったん口を閉ざすほかない。サイは投げられた。





『俺たちがここにいるのは俺たちがここにいるからで』







「作戦案、どう思いますか?」

 次の日、艦娘用のドックで、そう三隈に問われて、長良は複雑な表情を作っているのが見える。吹雪は艤装の煙突に清掃用のロッドを突っ込み、付着した煤をはらう。

「……んー、どうだろうね。難しいと思う、あ、いや、難しいと思います」

「難しい、ですか?」

 実際、吹雪もそう答えていたであろう回答を、長良がするのを聞いて、なお複雑な気分になる。敵戦力はさほどではない。位置がきわめて悪い事さえ除けば、けっして勝てないことはないのだ。吹雪は参戦していなかったが、周防大島沖海戦は物資がほぼ底をついた状態での戦闘を余儀なくされていたことを思えば、戦艦が二隻も参加できる現状は極めて有利な情勢だ。
それに、仮に攻略作戦が失敗した場合は「撤退」という選択肢が取れることが大きな違いだろう。あのときは失敗すれば座して死を待つばかりだったのだ。

 では、何が難しいのか。それは「囮」たる「疑似餌」分艦隊が機能するかどうか、ということもあるし、機能したとして、撃破されては意味がないのだ。どのタイミングで「誘導のために逃げるか」という問題もある。駆逐艦を主力とする艦隊の2個程度ならまだ釣り出して、よしんば戦うこともできるが、戦艦タ級を相手するとなると条件がかなり厳しくなってくる。夜間戦闘にもつれこんだとしても分が悪いだろう。魚雷が命中すれば、という部分はあるが、しかし。

「……まあ、その……というか、なんで私に聞くんですか?」

「自信を持ってもらわないと困ると思って」

「自信?」

「一度死んだんだから、二度目はないもの。そうでしょ?長良さん」

 そう言う三隈の声を聞いて、長良はぎょっとした様子を見せた。吹雪はそれを聞いて、ああ、戦死扱いになっていたということか、と考えて、砲身に防錆油をぬり、模擬弾を装填して、揚弾機をテストし、排出。無事機能していることを確認すると、ふう、とため息をついた。艤装のコンピュータにコンソールケーブルをつないだ整備員がオーケーです。と答えて、システムを落とすのを確認すると、工具類を返納し、整備員が

「じょ、冗談はやめてくださいよ……」

 そんな風なやり取りをしているのを横目に見て、響の整備を手伝おうとすると、必要ないと返されてしまう。陸軍製艦娘用の固定用ベルトなどが、灰色の船体から浮き上がっているのを見ると、本来の部品とは違うのを接続しても機能はするのだなあ、となどと考える。

やることがなくなってしまった、とばかりに左右を見てみると、金剛型と大和型の整備が行われている。人間が装着するにはあまりにも大きすぎ、私が身に着けたら後ろに倒れてしまうのだろうなあ、と吹雪はのんきなことを考えていた。整備員が数人がかかりで黄土色の伊勢型向けの砲を大和の艤装に接続し、大和が試験接続用ケーブルで、背負わないまま可動させるのを見て、金剛の方に目を向けた。大和と比べると小型だが、それでも大型のそれを見てしまうと、自分の艤装がちっぽけに見えてしまう。

「フー」

 だいたいの整備が終わったらしく、整備員に交じって、整備用のグレーの作業服を着た金剛が、こちらに気付く。豊かな栗色の髪をまとめ、シニョンを作っているため、大分印象が違うが、普段のやかましいほどの元気さ、というよりは、生来持っていたであろう品の良さがにじみ出ていた。

「オウ。もう整備は大丈夫なんデスか?」

 そういって、金剛は微笑む。微笑むといっていいのだろうか、これは、と吹雪はその表情を見て考えた。すこし、顔が引きつっている。

「はい!」

「……そういえばデスね、ブッキーはどうしてこっちに来たんデス?」

「え、ブッキー?」

 ブッキー。はて誰のことだろう。左を見て、右を見て、後ろを見る。

「吹雪、だからブッキー」

「あー」

 ははあ、私のことか。ブッキー。わー、初めてあだ名で呼ばれた。などと吹雪は考えている。

「イヤデスか?」

 そう言う金剛の顔は、吹雪には捨てられた子犬を連想させる。こんなに弱弱しい人だったかなあ。とふと考えた。吹雪にとってはやかましすぎて、彼女が横須賀にいたころは食堂では離れて座っていたものだった。

「ああ、いえ、初めてそんな風に呼ばれたもので」

 そういえば。と考えて、吹雪は思わず言った。

「初めてです。あだ名、つけてもらったの」

「オウ、そうなのデスか」

 あだ名。あだ名かあ。と金剛の顔を見てみて考えたが、思い浮かばない。なぜかというまでもなく、もともと呼びやすい名前だということもあるだろう。

「……ああ、イエ、関係なかったデース。ええと、どうしてこちらに来たんデス?」

「あ、いえ、えーと、本来は私が淡路島攻略作戦の伝達で、雪風の代わりにこっちに来る予定だったんですが、機関が壊れてしまって。交換部品が来るころには出発してしまった後でしたから……」

「ああ、ナルホド」

「なんていうか……昔からどんくさくって。私」

 苦笑いを作る。入隊した直後の時代はよく腕立て伏せをさせられたなあ、ということを思い浮かべて、なおさら何とも言えない顔になる。今でこそいっぱしの駆逐艦になったと思っているが、機械がいざというときに故障したのはバツが悪かった。航海中でなくてよかったとは思っているが。

「でも、運が良かったデス。戦わなくて済んだんデスから」

 その一言に、妙な含みを感じ、吹雪は愛想笑いをする。妙なざわつきがあった。





「戦わなくて済んだんデスから」

 その一言が、自分の喉から出てくることが、金剛には信じられなかった。普段は戦うことを喜び、好戦的な笑みを浮かべることすらあった彼女からしてみれば、おかしなことではあった。

 作業服を洗って、ボイラーから熱が送られてくる物干場に干し、手を油脂を落とす強力な洗剤で洗う。水が蛇口をひねれば出てくるのを考えて、私もよく破壊しなかったものだ、と皮相なことを考えた。おかげで「無事に」水が使える。

 話し合ったことがあるわけではない。だから、よくわからないが、どうやら「ほかの艦娘は『帰って』きたとしても過去の深海棲艦 としての破壊活動を覚えているわけではないらしい。うらやましい、と思わず感じてしまう。

 はっきりと覚えている。水の冷たさ。肺に入ってくる海水の圧迫感。息ができずにもがき、苦しむうちにそれが消え失せ、別の何かに変わっていく感覚。
そして、燃えるような憎悪が、心に宿る。どうして私だけが、どうしてこんなに理不尽に、ただ一人、水の底でこんなにも深い場所で朽ちていかねばならないのか。周りを見てみれば、ひとりではなかった。
誰のために死んだのか。いや、誰が私たちを『死地』に送り込み、殺したのか。そう考えてしまえば、あとは止まらなかった。

 人を殺せることが、ひたすらにうれしかった。怒りを叩き付け、殺し、奪い、そして肉くれに変えて「仲間」にすることが、この上ない喜びだった。その感情を今でも覚えている。その感情が、彼女の、金剛の心の中からやってきたものであるということも、はっきりと覚えている。そう「思わされていた」と認識する自分もいるが、しかし。

「……ヤメないと……」

 そういって、顔をごしごしと洗い、再び鏡を見る。

 金剛は、もう一度戦いのただなかで死ねば、私もああなれるのだろうか。すべてを忘れて、もう一度笑えるのだろうか。そう考えると、涙がほほをつたうのを感じ、そして目の前の少女が顔をぐしゃぐしゃにしているのを、視認した。











 朝と呼ぶには、あまりに暗い。そんな時間に、ごそごそとほかの艦隊所属の艦娘を起こさないように身支度をし、艦隊司令部ではなく、鎮守府の司令部に集まっていく。

 全員が門前に集まったのを大和が確認すると、ちらと時計を見る。集合時間よりも二十分ほど早い。あまり早く集合しても意味はないが、といって遅くても仕方がない。と考えていたが、顔を見せた加賀に呼ばれ、室内に移動した。そこには簡単な朝食が整えられており、任務中の携行食も用意されていた。移動時間が長いため、むろんレトルトパックなのだが。

「食堂は開いていませんから、こちらで朝食をとってください」

 そういった加賀は、表情を動かさない。食事の手配は上級司令部が行う、と文書に記載されていたのはこういうことか、と大和などは考えたようだが、少し恥ずかしい。本来なら、部隊側が申請を上げておかなければならなかった事項だ。坂井准尉はそれを知っていたから指摘しなかったのか、と思うと、何とも言えない顔になる。間抜けな新品だ、と「見透かされて」しまっただろう。

 長机の上に白いリネンのテーブルクロスが敷かれ、握り飯と味噌汁が置かれているだけで、あとはカレーでもなんでも好きにとれ、と言わんばかりの様子である。おそらくは昨日の残りのカレーと、ほどよい焼き加減のチーズオムレツや、ゆでたあとにパリッと焼いたウインナー、みずみずしいサラダなどがアルミ製の什器の中に入れられ、温かいものは電熱器で温められ、冷たいものは氷で冷やされている。少し前からすると考えられない、などと言いながら、長良が幸せそうにオムレツをほおばっているのを見て、大和もごくり、と喉を鳴らした。あまり食べ過ぎてもいけないが、オムレツなど食べるのはいつぶりだろうか。

 オムレツをトングで取り、ウインナーとサラダを同じ皿に乗せて、戻る。箸でケチャップをかけたオムレツの腹を裂くと、皿の上にとろり、と甘い芳香を放つチーズが流れだす。
それを口に入れると、卵特有の甘みと、ケチャップの酸味、チーズのうまみが口の中で楽しめる。それでいて、こってりとしすぎないのが実によい味だ。炊烹員は何時から作戦前の準備をやってくれたのだろう。と考えると、もっと食べたほうがいいのかもしれない、と思ってしまうが、やめにした。すべてを胃におさめ、コーヒーをのみ、頭をしっかりと覚醒させると、加賀が再び現れ、そしてその後ろから提督が現れた。

「そのままで良い」

 そう提督が言うと、立ち上がって敬礼をしかけた吹雪ががたん、と音をたて、バツの悪そうな顔を作ったのが見えた。

「……まあ、まじめなのはいいことだ」

 そうまじめくさって提督が言うと、加賀は目を一瞬泳がせた。それに提督は気づくと、何か言いたげな目を向けて、第三艦隊、すなわち大和たちに向き直る。

「本作戦の意義がわかるか。金剛」

 大和は一瞬驚く。金剛も面食らったような表情を作るが、すぐに口を開いた。

「呉、淡路島間の海上交通の要衝たる塩飽諸島を攻略し、もって瀬戸内海の制海権を確固たるものとすること、ならびに瀬戸大橋の修復を行う素地をつくること、デス」

「よろしい。その通りである。まあ、もっと俗なことを言ってしまえば、今回の攻略作戦を成功させれば、今日の朝食と同じものが食堂で毎日食べられる、ということだ」

 思わず、大和は吹き出しそうになる。だが。

「だが、生きて帰らなければ意味がない。生き残れよ」



 そういって、まじめくさった顔を作って、提督は答礼を待たずに敬礼をして、退出していく。作戦発起前の『式典』としては、じつに異例なことではあった。



[39739] 余計者艦隊 瀬戸内海追撃編最終話:俺たちがここにいるのは俺たちがここにいるからで 後編
Name: 小薮譲治◆caea31fe ID:03d5d5cd
Date: 2015/08/01 11:08
「いよいよですね」

 その大和の声を聞き、金剛は接続された艤装の火を入れる。コンソールを叩く整備員がOSが起動したことを伝えてくる。それが金剛にもわかった。提督と加賀が出陣の見送りに来ており、訓練担当の坂井准尉も顔を見せている。

 闇はいまだに深い。朝の訪れはまだすこし先だろう。という感覚が、彼女たちにもある。

「テストしマース。異常がないか確認を」

 そういうと、チェックプログラムを金剛が走らせる。すべて問題なし。整備員も問題ない、と伝え、コンソールケーブルを引き抜き、コネクタを隠す。データリンカに規約を通し、量子リンカを接続。データをコンソールで追いかければ、計算機資源を駆逐艦が一時的に間借りしていることが読み取れる。セッションが途切れ、またつながる。そのネットワークに、現在この場にいない鳳翔が参加し、準備が完了したことを確認すると、大和が声を上げる。

「作戦開始! 旗艦大和、出撃します!」

「帽振れ!」

 提督の声で、整備員たちが一斉に帽子を振る。大声を上げることもない。そして、それに大和は汽笛で答え、にっと不敵に笑って見せた。

 全員が滑るように海面を蹴り、出航。対潜警戒に「疑似餌」分艦隊に吹雪を加えた艦隊が単横陣をとり、大和、金剛がそれに続く。灯火の類を消してはいるものの、白い航跡だけはありありと見える。音戸の瀬戸を通過し、一路塩飽諸島へ向かう。

 鳳翔からデータが送信されてくる。塩飽諸島に動きはない。反対に、善通寺駐屯地からは多数の陸軍の車両が派出され、作戦開始を今か今かと待ち続けている。CV-22にパワードスーツが乗り込む有様さえ見えるほどだ。

「動きが活発すぎる気がしますね」

 そう、大和が我知らずつぶやいたであろう声を、金剛は無視した。どちらにしても、深海棲艦が陸軍の砲撃から隠れている以上、動きは観測機なしでは視認できない。視認したところで、陸上の敵に対する反応は基本的に鈍い。そのため、陸軍は大きな動きを平然と行えるのだ。

なるほど、新品、という言葉がふさわしいな、と金剛は考え、前を向いた。そろそろ、日の出だ。

「ああ……」

 海から、太陽が顔を出す。穏やかな瀬戸内海をきらきらと赤い光が照らし、揺れ、宝石を多数産み、そして消える。その繰り返し。

「漁船がいるんですね、危ないのに……」

 大和が、漁船の姿を認めてそういうと、長良が答える。

「現地の漁協に話は行っているはずなんですが……まあ、ここは交戦想定域の外側ですし……」

「たくましいものだ」

 響がそう応じる。道のりはまだ長い。だが、金剛にとってこの光景は、戦争をしているとはとても思えない。そんなものを感じさせた。

「……さあ、ここから弓削島まで一気に抜けますよ。最近は目撃報告はありませんが、戦闘があるかもしれません。気を引き締めましょう!」

 その声を聞き、金剛は了解、と返す。戦って死ねば、楽になれるかもしれない、という考えが、頭の奥底を責め、苛むのを何とかこらえながら。



 黒い大地が、蠢き、鼓動する。塩飽諸島の北側の市街地を覆うそれを生きた人間が見れば、あまりにもおぞましいがゆえに嘔吐していたことだろう。そこに生きていた生き物たちを覆い、侵し、追い込まれた「何者か」が、およそこの世に存在するものの口から上がるとは思えない、悲鳴を上げ続けている。そのおぞましい光景を、彼女たちは喜悦の目で見、声を上げる。

「アハハハハハァ!」

 喜悦。のたうち、叫ぶ。その悲鳴のコーラスを聞けば聞くほど、彼女たちは憎悪のほむらを目に宿し、生きとし生けるものすべてへの呪いの賛歌を奏でるのだ。

「ハ、ハぁ……」

 沈黙が下りる。四隻の「敵」がやってきた。殺さないといけない。何のためにか。そのような理屈は、もはや通用すまい。

 故などない。故に殺すのだ。それに。

 敵は、海上だけとは限らない。




「釣れましたわ!」

 三隈は無線に深海棲艦の発する妨害電波特有の雑音が流れた瞬間、即座にデータリンクに『釣果は上々』と打電する。画像データを送付。駆逐イ級が六隻の駆逐艦隊を補足。塩飽諸島の西側、備後灘に、敵が出てきた。塩飽諸島の広島からは四十キロほど離れている。

 そして、データリンクから応答が返ってくる。陸軍も駆逐イ級と交戦中である、という旨の回答だ。戦艦はいまだに補足できていない。位置ははっきりしているが、塩飽諸島の広島北部の市街地を守るように展開している。動かないのならこっちのものだ。とばかりに、三隈と長良は砲を発砲。十五キロ先を航行している敵からは応射はないが、自動的な回避行動は既にとっている。波は低い。身を隠すものがないということも意味しているが、しかし。

「……もっと広島に接近します!」

 三隈の声に、響と長良が了解、と声を張る。敵の砲撃が開始された。それに響が応射。敵に命中し、海を赤く染める。おぞましい悲鳴が三隈の耳に届くが、知ったことではない。せいぜい叫べ、そして敵を呼び寄せろ。そういう好戦的な心理があった。

 動け、動け、動いてもらわないと困る。そう考えながらも、鳳翔からのデータリンクの映像には定期的に目を寄せている。動いた時には引かなければいけない。彼女たちでも戦艦と戦うことはできるが、勝てるとは限らない。

 雷撃を加え、敵を殲滅した段階で、三隈は横目に敵影をとらえる。

「……動いたッ!」

 さあ、誘導しなくては。そう考えながら、敵に向かう。あくまで彼女たちは疑似餌だ。だから、食われる前に引き上げてもらわなくては困るのだ。




「敵に動きあり! こちらに向かってきているようです!」

 吹雪の声を聞き、大和は金剛に視線を向け、こくり、と首を動かした。

「抜錨! これより疑似餌分艦隊を引き上げに向かいます!」

「抜錨!」

 その声に応じ、金剛と吹雪も動き始める。島の陰に隠れていた彼女たちは動き始める。仕留め時だ。そう考えながら。

「え……?」

 ソナーの音。吹雪は警報を聞き、大声を張る。

「しまっ……! 潜水艦!」

 爆雷を投下しようとした瞬間、吹雪は悲鳴を上げないために必死になる。爆炎。痛み。ざくざくと破片が刺さる感触。左腕の感覚が、ない。

 悲鳴を上げようとする喉を、艤装側が強制制御。爆雷投下。ベルトキットから止血帯を取り出し、出血を艤装側が抑えているところに巻き付け、止血。

「ブッキー!」

 金剛の声を聞き、吹雪は理性を取り戻す。視線。どうしてそんなにも泣きそうな目でこっちを見る。まだ戦える。戦わなくては。歯を食いしばり、艤装側が痛覚を遮断して痛みが消える。そして、声の限りに叫ぶ。

「さあ、私が相手よ! やっつけちゃうんだから!」

 顔をだし、こちらを引きずり込まんとする潜水艦が顔をだし、いやらしく笑う。そして。

「行って!」

 行かないと。行ってもらわないと。さもないと、私が怖くて泣き出しちゃう。そう吹雪は考える。データリンク、カット。

「ふう、ふうう……」

 息を深く吐く。潜水艦を相手にするなら、もっと冷えた頭でないといけない。だから、あの金剛の顔はわきに追いやれ。戦わないといけないのだ。

 爆発が、彼女の頭を冷やす。爆雷再装填。





「行きましょう、金剛!」

「……ハイ」

 金剛は、自分の頭の冷え具合が信じられなかった。確かに動揺していた。だが。それと同時に、ああ、なんと吹雪がうらやましい事か。と考えてしまう。そんなわけはないのだ。そんなことはないはずなのだ。いや、そうあらねばならない。そう考える彼女のほかに、もう一人が言う。

あの子がうらやましいんでしょう。死ねて、と。

 艤装側がその心理徴候をつかみ、アドレナリンを強制的に分泌させる。ああ、その意思が塗り替えられていく感覚が、何ともいとわしい。あのときの感覚と同じだ。とはいえ、自殺願望が思考の隅に追いやられていくその感覚そのものは、悪くない。

「……助けられます」

 そう短く言う大和の声が、ノイズだらけの無線機から聞こえてくる。大物が近い。そうだ、彼女は、吹雪は私、金剛ではない。だから、同じ目に絶対にあわせてはいけない。だから、倒さないと。

 唇を噛む。砲制御コンピュータが、鳳翔の航空機とリンク。戦艦タ級が1隻、雷巡チ級が4隻。射程内。殺せる。

「テーッ!」

 金剛の砲が、膨大な黒煙と炎、そして弾丸を吐き出す。波しぶきが立つ。遠い。敵が移動するのをつかむ。ぐるぐると円運動をしながら、敵艦隊に接近し続ける。近づけ、もっと近づけ。桜色の装甲が敵の砲弾に打ち据えられ、抜ける。不発。

「合流しました!」

「逃げて」いた三隈達が、するすると艦隊の後尾に合流する。単縦陣で砲撃し続ける。うちに、1隻、2隻と敵が脱落し、沈み、血だまりに変わっていく。海が赤く染まり、ウォークライが響く。

「とった……!」

 大和の声。戦艦タ級の装甲を打ち破り、砲弾がめりこみ、そして、耳をつんざく悲鳴が戦域中に響き渡る。沈んでいくそれを大和と金剛は無視し、広島北部に足を向ける。三隈には、吹雪を救援せよ、と命令を下達。

「……これで良いわね?」

「……ハイ」

 大和の声を聞き、金剛はそう応ずる。生きているかはわからない。ただ、助かってほしい。そう金剛は考えた。





「なんだい、ありゃあ……」

 陸軍のパワードスーツ部隊は、塩飽諸島の広島に上陸し、少々の鉄板なら撃ち貫ける仕様の化学レーザー砲を兼ねるレーザーターゲッターと、GPSユニット、量子データリンカを背負った、海軍の砲撃要請用の支援用パワードスーツを護衛しながら進む。黒いしみのただなかに、白い「何者か」を認めたのだ。今回、例の規約ロード用MEMS弾を使わない理由は、純粋に「規約をロードしうる機関が発達しているかどうかわからない」からだ。

「子宮だよ」

 そう支援用パワードスーツの男は応じる。あくまで子宮だ胎盤だ、というのは比喩に過ぎないのだが、実態としては確かに類似している。栄養を与える黒いコールタールの「胎盤」と「姫君をはぐくむ子宮」という意味合いで言えば、だ。

「それじゃああれかい、おれたちが今歩いてるここはメスの体内かい」

 野卑な笑い声。それに対して、はは、と短い笑いで応じ、ぐっとグリップを握り、ターゲティングモードに切り替える。

「それじゃあ、海の姫君たちにあのクソをファックしてもらわなきゃな!」

 不可視のレーザーが発される。白い「子宮」にそれが到達すると、熱エネルギーに変わったそれが表面をあわだたせる。ぶすぶすと煙が上がるのすら、支援機の男には見える。

「おいでなすったぞ!」

 ぶつぶつとコールタールから、深海棲艦にすらなっていない「何か」が這い出す。まるで、女王アリを守る兵隊アリみてえだ、と思わず悪態をついた。





「座標データ、来ました!」

 そういうと、大和と金剛は砲制御コンピュータに緒元を入力。発砲。

「……!」

 金剛は、喉から悲鳴が出てくるのを意識した。足を、何かがつかんでいる。もがき、暴れ、引き倒される。海水を飲み、吐き出す。

「あ……?!」

 そこには、深海棲艦、青白い肌を持つはずの戦艦「タ」級がいた。赤黒い肉が異様な悪臭を放ち、吐息すらかからんばかり。ウォークライ。

「や……!」

 金剛は、足を振り回す。そして、喉に食いつこうとでもしたのか、一瞬戦艦タ級が離れたその時。海面から出てきた砲から発せられた弾丸が、その体を引きちぎった。

「は……は……は……」

「大丈夫ですか!」

 そういいながら、大和が金剛を助け起こすと、金剛は一散に戦艦タ級の残骸に向かい、逃がすものか、とばかりに腕を突き入れ、そして。

「え……?」

 そこにいたのは、戦艦タ級ではなく。

「あ……?」

 鈴を鳴らすような声。ぬめる肉のただなかから、現れ、目を開けたのは。

「榛名……?」

 頭を打ち貫くあの感触。喉から、悲鳴が漏れ出ているのを聞く。自分の喉から出ている、とばかり、金剛は思っていた。だが。

 榛名は、悲鳴を上げ、叫びちらし、そして。

「嫌ぁ!」

 そういって、金剛の手を払い、海に消えた。赤く染まった海だけが、そこに「何か」がいたことを語っている。



「こん、ごう」

 大和の声を聞き、茫然とした顔の金剛は首を向ける。

「あの……」

「聞いて、クダサイ」

 一瞬の後。顔を崩し、大和に抱き着く。

「うらやましいって、うらやましいって思っちゃったンデス!」

 何がうらやましいのか。言うまでもない。榛名は「死ねた」のだ。彼女と違って。だから、大和は言わねばならないことがある。金剛のしゃくりあげる声が、少し小さくなると、大和は金剛を引きはがす。

「エ……?」

「帰りましょう。吹雪ちゃんにお礼をあなたは言わなきゃいけないんです」

「どう、シテ」

「どうしてって。さあ、行きましょう。呉鎮守府に早く帰らないと。吹雪ちゃんのバイタル、結構危ないんです。……ああ、陸軍から連絡がありました。今治に救急ヘリを回したそうですよ」

 一瞬息を吐き、大和は続けた。

「作戦完了。全員帰投。それでいいじゃないですか」

 ごまかしに過ぎないことは、わかっている。だが。彼女は問題があるとは思わない。金剛はこれからも思い、悩むだろう。それもわかっている。

 しかし、生きていかなくてはいけない。そう思いながら、大和は前に進む。金剛も、それに続いた。











余計者艦隊 瀬戸内海追撃編 -了―





[39739] あとがき2
Name: 小薮譲治◆caea31fe ID:03d5d5cd
Date: 2015/08/01 11:15
さて、少し短かったですが、これにて瀬戸内海追撃編は終了です。
次はどんな話にするか、今のところもう書く内容は決まっていて、書いているのですが、まあもうちょっとお待ちください。今回は比較的影が薄かった提督にもそこそこスポットライトが当たるかな?と。

あとは本来であれば、「周防大島編」で省いてしまった摩耶の話も載せる予定だったのですが。まあ、それはいいですね。

とりあえず、夏コミ(C88)で頒布する「瀬戸内海追撃編」の書籍版に「ちょっとしたおまけ」がくっつくので、暇のある方は
1日目東F-01b「きっ(o゚ω゚o)ちん」さん

1日目東I-28a「アカシャエフェクト観測委員会」さん
に委託してるので、サークルさんの本を見るついでに見ていただけると幸いです。
では。



[39739] 余計者艦隊 第三部:佐世保鎮守府失陥編序文
Name: 小薮譲治◆f44fed86 ID:1053cea9
Date: 2016/01/24 18:54
 来た、見た、勝った。カエサルのように私は簡潔に物事を述べられればいいが、そうではない、と最初に述べた。そう、事実として物事はそれほど単純ではなかったのである。

 呉鎮守府、並びに横須賀鎮守府は太平洋側、ならびに瀬戸内海の制海権を取り戻すことに成功した。しかし、皆が皆軍事的な成功を手にすることが出来るなら、苦労はない。百戦して百勝できるならばそれは神のごとき才を備えた軍事指導者と呼べるだろう。多くの人々が知るように、そうした人間の数は少ない。

 心苦しいが、それは事実なのだ。

 なぜ呉鎮守府が勝てたのか、という点においては、彼らは確かに「呉という要害」に閉じ込められていたともいえる。だが、その要害が敵戦力の投入を制限し、寡兵で多数を打ち取って見せさせたのである。瀬戸内海という入り組んだ地形は敵であると同時に、最大級の味方であったのだ。

 先般、百戦して百勝できるならばそれは神のごとき才を備えた軍事指導者と呼べる、と述べた。だが、これから語る佐世保鎮守府においてはそのような人物は現れなかった。呉鎮守府に寡兵しか投入できない、とも述べた。ではその分の兵力はどこへ行ったのか。賢明なる諸氏であれば、たやすく理解できるであろう。

 これから語るのは、佐世保鎮守府がいかにして負けたか。そして失陥したかである。負け戦そのものである。だが、これは必要なことだ。




 いかにして来た、見た、勝った、と述べるか。カエサルならぬ私としては、前提を述べる必要があるのだ。





[39739] 余計者艦隊 佐世保鎮守府失陥編第一話:underdogs(前編)
Name: 小薮譲治◆f44fed86 ID:1053cea9
Date: 2016/01/24 21:03
「司令、司令!」

 かちゃり、と閉じたドアの音を聞いた瞬間に、ごく軽い発砲音がした。

 もうろうとした頭に、発砲音と、その悲鳴が聞こえた時、熊野はぐう、と目を閉じて、開いた。目の前の現実は変わってはいない。拳銃の発砲音が聞こえた程度でなんだというのだ。そういう捨て鉢な気分になる。

 コンクリートのなかから、鉄骨が見える。引きちぎれた断面の光沢ある部分からは、光が反射している。目に、痛い。

 アスファルトはひび割れ、土が見えている。刈り整えられていた芝生は影も形もない。そして、すべてが終わった佐世保鎮守府の司令部の1階からは、本来見えない海が見えていた。

 司令が何をしたかは、わかる。最後の一撃が、対馬攻略が失敗に終わった以上、自決以外にやれることはない。この鉄骨を首に刺して死んだなら、痛いのかしら。そう、熊野は考えて、笑った。

 来た、見た、勝った。それならばよかった。彼女たちは、佐世保鎮守府に集まった海の淑女たちは来た、見た、負けたのだ。

 ドアが乱暴に開く音。そこには、ひび割れた眼鏡をかけた少女が混乱の色も隠さず立っていた。それに、無感動に意識を向けた。

「熊野、司令が!」

「自決なさったのでしょう? ……それで、どうなさいます? 霧島さん」

 熊野の口からは、自分でも驚くほど、平板な声が出た。




艦隊これくしょん 余計者艦隊 佐世保鎮守府失陥編 第一話「underdogs」




 別に、負け続けているわけではなかった。そう霧島は振り返る。五島列島解放は成功した。住民たちはいずれも避難していたが、橋頭堡は築けた。西方からの圧迫を気にせずに、大目標に挑みかかれる。そういう目算もあった。大目標とは何か。それは対馬の奪還である。

 なぜ、対馬の奪還が必要なのか。それは論を俟たないだろう。軍事上の要衝でもあり、通信が途絶している瀬戸内海の呉鎮守府と連絡しようとすればどうしても妨害を受ける。南回り、すなわち鹿児島方面を回っての迂回も検討したが、深海棲艦の拠点が多い。あきらめざるを得なかった。

陸路もまた同様で、高速道路や鉄道路は破壊され、陸に上がった連中が牙を磨いているのである。陸軍や空軍は福岡県、鹿児島県を放棄し、熊本県や宮崎県の沿岸で必死の防戦を行っていて、内陸部に手を出すどころではない。福岡失陥以前に築城基地司令が機転を利かせ、航空機を避難させていたため、新田原の航空戦力は充実している。いるが、それでもかなり厳しいという話である。

 その新田原基地とどうにか連絡し、航空機多数による猛爆を加え、戦術核攻撃を行い、それでも。
それでも、対馬は落ちなかった。虎の子の武蔵を投入し、今の佐世保鎮守府の全兵力と言ってもいい三個艦隊をつぎ込んでも。それでも、対馬は奪還できなかった。

 目の前に居る疲れ切った少女、いや、重巡洋艦「熊野」が一人帰還し、霧島、そして負傷者が多数に、駆逐艦がいくたりか。それに、彼女が見ていない隙に、拳銃でしろい脳漿をぶちまけた「司令」がつい先ほどまで居た。それだけが、現状の佐世保鎮守府の残存兵力である。厳密に言えば通常型舟艇であり、指揮統制艦たる、アメリカからの供与艦の「エルドリッジ」は残っている。問題は、それを前に出すにはあまりに危険という事だけだった。だからこそ、沈みもせずに残っていた。

 今回、霧島が出撃させてもらえなかったのは、何も破損したとかそういうわけではない。住民の避難は既に完了しているのだが、鎮守府の放棄に備え、エルドリッジを南周りの危険な航路で脱出させる護衛艦隊を編成することを命じられていたからだ。高速戦艦にそんなことをやらせるくらいなら、と抗議はしてみたものの、命令だ。という短いひとことが返ってきたのみである。

 その霧島に、熊野はうつろな目を向けてくる。何の感情も籠っていない目。負けたという「現実」だけは理解している目。

「……だから、どうしますの?」

「……どうもこうもありません。事前計画通り、南回りでの脱出を企図します」

 そういうと、一瞬熊野は目を伏せた。そして、目を上げて言う。

「わかりました」

 気の乗る仕事ではない。だが、ここで座していても結局はすりつぶされるのみ。それならば、瀬戸内海の呉鎮守府が制海権を奪還していることに賭けるべきだ。そう、彼女は考えたのだろう。

 彼女たちは、負けたのだ。だからと言って、負けっぱなしでいていいはずがない。勝つために、引くのだ。それが詭弁に過ぎないという事は、百も承知でもある。



 動かせるけが人をエルドリッジに移設する手続きが終わり、黒い髪を肩口のあたりで切りそろえた、巫女装束によく似た服を着ている霧島はある書類に目を通す。司令の死体は死体袋にくるまれて運び出されたが、床に作った染みは消えていない。艦娘が人間の部隊の指揮をとれるのか、という手続き上の問題はあるが、概ねの部署では司令官代理としては承認されていた。承認していない部署も、どうしていいのかわからないために、指示に従うほかはない、という様子である。

「……」

 その書類の内容は、想像通りの内容だった。動かせないけが人をどうするのか。答えは一つ。残していけばのたうちまわって死ぬ。ならば、眠るように死なせてやった方がまだしも人道的だ、という内容だった。
そういえば、昔東京市が空爆された時に、役人が象を薬殺しろ、と喚いて、戦後軍に責任を押し付けたんだったな、という内容が、不謹慎にも霧島の脳裏によみがえってきて、吹き出しそうになる。全く、象と違って言葉のわかる人間を置いていけないから死なせてやろう、とは。

笑いの発作はパニックの兆候だ、という事を思い出し、霧島は黄緑色の眼鏡を外し、顔をこする。どうしても笑いをこらえきれない。その通りなのだ。言っていることは。残して行って、苦しんで死んでいくくらいならば、せめて楽に死なせてやる、というのは人情なのだ。だが、こんな状況でなければ助かった人々を、作戦が不味かったがために『死なせる』という言いつくろいをせねばならなくなる。それが、あまりにもおかしい。

「どうしましたの?」

 はっと霧島は顔を上げる。そこには、熊野が立っていた。茶色の学生服のような服と、その色と同じ髪を持っている。彼女の青い目の下には隈が出来ているが、まだ意識ははっきりしているように見える。

「……いえ、何でもないわ」

「そう、それなら問題はありませんわ」

「……それで、何の用かしら?」

「現状の確認をするべきだと思いましたの」

 そういって、熊野は手描きの書類をばさり、と置く。プリンターを動かす電力はあるが、そうしたものは佐世保鎮守府のサーバ群の火を落とし、機密情報等を完全に消去する作業に優先的に回されているためでもある。

「現状残っている艦娘のリスト……?」

「ええ。霧島さんが指揮を執る子たちのリストですわ。負傷者は一応除いてあります。負傷者はもうエルドリッジに移送したのでしょう?」

「え、ええ……」

「……とはいっても、まともな状態で残っているのはわたくし達を含めて6人でしたけれど。負傷者の艤装を共食いして何とか装備をまともな状態に出来るよう手配はいたしましたわ」

 ちょうど廃棄処分予定でしたから、と続ける熊野を見た後、視界がぼやけていることに気付いて目をごしごしとこすり、ひびの入った眼鏡をかけ直す。リストには以下の名前が記されていた。リスト、と言っても、巡洋戦艦「霧島」と重巡洋艦「熊野」を除けば、4名しか記されては居ないのであるが。

軽巡洋艦「那珂」に吹雪級駆逐艦「深雪」が続き、朝潮型駆逐艦「荒潮」に「朝潮」と来ている。天を仰ぎ、もう一度紙を見て、ため息をついた。

「ありがとう。さあ、どうしたものかしら」

 そのつぶやきに、熊野の答えは無かった。彼女とて、答えを持っているわけではないからだ。





 空気がひどく重い。普段、アイドルだとかなんとか言っている自分のことを鑑み、那珂はため息をつきそうになって、やめた。ため息をついたところで別に状況がよくなるわけでもないからだ。

 熊野に呼び集められ、集まった面子を見て、ああ、これは普段通りに接したらひどいことになるな、と思ってごく真面目にやったのがいけなかった。実戦経験がそれほどなかった深雪も、今では百戦錬磨とまでは言わないまでも、それなり以上に戦果は挙げている。そのセーラー服を着て、常に何かいたずらをしてやろう、と言わんばかりの目をした深雪が、敏感に空気を感じ取ったのだ。

ああ、那珂さんもあのノリはできなくなったんだな、という表情を作って、下を向いてしまう。黒く、長い髪に釣りスカートの朝潮はというと我関せず。自分の装備の点検を行い、わからないことがあれば那珂に聞きに来る、という調子だった。朝潮と同じく長いが、色は栗色の荒潮も同様だったが、精神的に参っているようで、時折眉間にしわを寄せていた。

 本当に空気が悪い。ここでいつものように那珂ちゃんスマイル、だとか言えればいいのだが、それをやった場合、真っ先に荒潮が破裂するだろう。破裂だけならいいが、売り言葉に買い言葉で深雪と掴み合いになるのが目に見えている。

 那珂ちゃんは空気の読める子だもんね。と自分に自分で言い聞かせ、魚雷発射管の点検をし、上を見る。頼む、本当に誰か来て。無理、那珂ちゃんのキャラじゃ無理。そう考えて、空気を読まない夜戦バカの姉の顔を思い浮かべる。

あの空気の読まなさは本当によかった。那珂はアイドルがどうのこうのと言いながらも、そこまで貫徹が出来なかった。時折素に戻ってしまう。何が有ろうと夜戦がどうこう言いながら現れて、簀巻きにされて出ていく。あのバカバカしさが何より恋しかった。

 外から風が吹く。その海風に乗って、腐臭が漂ってきた。避難時に逃げきれなかった人々や、佐世保の陸戦隊が上がってきた深海棲艦を撃退したのだが、それらの死体の始末までは手が回らなかったがために、佐世保鎮守府には潮の臭いと、海苔を腐らせて放置したような悪臭が漂っている。空調は回っておらず、暑いよりはマシだ、と開けているがために、そのかぐわしい香りが入ってきてうっ、とうなりそうになるのだった。

「うはー。臭いなあ。すみません、那珂ちゃ……さん、窓、閉めて良いですか?」

 そう深雪が言い、立ち上がって窓を閉めようとする。それを見て、荒潮が口を開いた。

「あらぁ? 暑くて仕方ないじゃない。我慢できないわけじゃあないでしょう?」

「えー……。くさいじゃんか……」

「臭い?」

 あ、これは不味い。那珂は立ち上がり、荒潮に駆け寄って精一杯明るい声でこう言う。

「そうね、我慢できるよねー。深雪ちゃん、ダメだよ、閉めたら」

「え……? いや、だって相当臭うじゃ……臭うじゃないですか」

「我慢できるよね?」

 目でメッセージを送る。臭いって単語はダメ。特に荒潮の前では。と必死に目で深雪に教える。そうすると、はい、と深雪が言い、その場はこれで収まった。

何故駄目なのか。答えは言うまでもない。荒潮と朝潮は佐世保に親族が居て、運悪く逃げ遅れて死んだことまでわかっているのだ。たとえ、それがわかったとしても葬ることもできなかったがゆえに、彼らは腐臭を立てているのである。ここにいる。私たちを眠らせてくれ、と。
二人とも、眉間にしわを寄せている。深雪は、なんとなくバツが悪そうな顔を作っているが、時折臭いでうえ、という声を出していた。そのたびに、荒潮がピクリと動くのが那珂の目に入る。




 本当に、本当に空気が悪い。






[39739] 余計者艦隊 佐世保鎮守府失陥編第一話:underdogs(後編)
Name: 小薮譲治◆f44fed86 ID:83d5be59
Date: 2016/02/19 00:38
「……」

 熊野にはやる事がない。と一言で言ってしまえば、実に身もふたもなかった。装備や設備の運び入れはだいたいスケジュール通りに進んでおり、すでに終わっている。
運べる程度の傷病者は壊滅した陸の設備ではなく、指揮統制艦「エルドリッジ」で面倒が見られていた。関わっていた部署では、破棄すべき書類もすでにない。そのため、サーバに装填されていたHDDカートリッジにゼロフィルを3回かけた後、磁気消去器でもう一度飛ばして、ドリルで穴を開ける、という手間のかかることをやっている鎮守府通電隊の手伝いをしていた。

ネットワーク機器に関してはデータを破棄し、NVRAMの初期化とハードウェアの物理的破壊を行っている。ああ、もったいない、と思わず口に出しそうになるほど、徹底的なそれを見て、熊野はふう、とため息をついた。

 そして、手つかずのサーバ本体はどうするのか、というとレンタル品なのでそのまま、というみもふたもない答えが返ってきた。深海棲艦に情報を手に入れる能があるとは思わないが、と言って、サーバラックのフロントドアにつけられた「NOF」と浮彫りが為されているガラスの銘板を整備員が抜き取るのを見ていた。

 歳をとった一人の曹長が機械に向かって敬礼しているのを見て、同じように敬礼をする。私も、こんなふうに見送られることがあるのか、とふと熊野は考えて、やめた。道具として生まれ、道具として死にたいわけではない。ことに、私は人間なのだから。

 そのようなことをつらつらと考えながら、消灯の時間を迎える。一応は無事な部屋はもともと暗い。電気が来ていないから当然と言えば当然だった。窓からは、暗い海が見える。本来は建物に阻まれて見えないはずのそれを見て、熊野は思わず泣き出しそうになる。が、涙は出てこなかった。心が動いても、体がうまく反応してくれない。

 窓から見える人の営為が破壊しつくされても、海だけは変わらなかった。昼は宝石のように輝き、そして夜はその奥底から人を引き寄せるなにかを感じさせるほど暗い。月明かりが有ろうと、夜光虫が航跡に惹かれて輝こうと、その妖しさだけは不変だった。

 ぞくり、と震え、拳を握りしめる。何か不気味なものが腹の底から、こみあげてきたのだ。沖縄撤退戦の護衛を行っていた時以後の記憶があいまいで、イ号集団の進撃阻止に失敗して、決定的敗北を喫してから助けられた彼女にとっては、何か嫌な感触がある。

「……考えすぎかしら」

 そういって、拳を反対側の指で無理やりにほどき、目をそむけ、布団にくるまる。現実が悪夢よりひどい今は、せめて、悪夢だけは見たくはない。




 呼び声がした。水底から喜悦の声がした。全身が痛い。浮かび上がってきた敵に殴打された後、砲弾が直撃して、体がずたずたに引き裂かれたから当然だ、という冷えた声が、脳の片隅から発される。痛みをマスクする艤装の機能も死に、猫の悲鳴とも称される、重巡洋艦のタービンの音も意識できない。いや、タービンの音はした。だが、それがすでに聞こえない。爆発と激痛によって、完全に破壊されたことを理解したのみ。

 呼び声がする。あまりにも透き通った声。上下がわからない。どこも黒で塗りつぶされている。おかしいな、沖縄の海はこんなに汚いなんて話は聞いたことがありませんわ。とつぶやこうとして、理解した。

 水底から響く喜悦の声は、自分の喉から発されていたのだ。ああ、と理解して、そして海上に体を浮かびあげ、叫んだ。深海棲艦のウォークライを。

 蛮声を振り上げてしまえば、あとは体中が喜びに満たされる。活力が満ち満ちている。痛みは無い。ただ、そこには喜びと怒りがある。殺せる。殺さなければならない。殺してやる。そう考えが遷移し、そして塗りつぶされた。

 海は真っ黒。重油で真っ黒。汚くしている奴がいる。うめき声が上がる。絶望の叫びが聞こえる。それらすべてが、彼女には喜ばしかった。機関砲が唸りをあげ、肉を引き裂き、ぐじゃぐじゃの塊になって意識があるままフカにかじられ、声すらあげられない「それ」を見て、熊野は喜んだ。



 そして、赤く染まった視界に気付き、ふと止まって考えた。熊野とは誰だ、と。




「……あ」

 目が、覚めた。口元がぴくぴくと痙攣しているのを意識する。手を暗闇にさまよわせ、空をつかみ、ごろり、と転がり落ちる。激痛とともに、床のひんやりした感触が、布越しに体に広がる。

 激痛。生きたまま背中をタービンに削り取られた時はこんな痛みではなかった。と、考えて、熊野は明かりを探す。マッチを指が探り当てた。
擦って火をつける。深海棲艦のそれとは違う、赤。人類が獣から脱却して知性を獲得した証を見て、混濁した意識が戻ってきた。
マッチをふり、火を消す。何を考えていたのだろうか、と頭を押さえるが、判然としない。

 死んでいたら、今ここに居はしない。当然のことだ。そう考えて、顔を上げると、ドアを激しく叩く音がする。

「何ですの? あわてるようなことはこの世には無くってよ」

 そういって扉を開くと、セーラー服を身にまとった少女、深雪がうわあ、と声を上げながら飛び込んでくる。

「……慌ててくれよう!敵襲!敵襲だってば!」

 数瞬ののち、脳髄に言葉が染み渡る。

「……それを早く言いなさいな!」

「最初から言ってるってば……!」

 走り出す。格納庫に駆け込み、息がはずんだまま艤装を背につけ、データリンクに接続。エルドリッジ敵影は二十キロメートルの洋上に居る。撃ってこないということは、戦艦、ないしは重巡洋艦クラスは存在しない、と見ていいだろうか。と判断すると、情報が更新された。那珂の撃ち出した観測機の量子データリンカから寄せられた熱源反応の動画分析がクラスタリングされた各艦で行われ、統合されたためだ。

 駆逐イ級が10隻ほど確認されており、速力はほぼ最大の36ノットを叩きだしている。何かに追い立てられ、逃げている時のような速力だった。
こんな化け物どもでも一丁前に恐怖を感じるのか。そう考えて、海に飛び込む。一瞬足が沈み込み、背中のマイクロタービンが猫を絞め殺すような声を上げ、浮力をひねり出す。浮上。

砲システム異常なし。魚雷制御異常なし。霧島は陸上におり、指示書をデータリンクで送付してくる。網膜上に内容が投影された。

「すでに洋上に展開している那珂、朝潮、荒潮と合流し、敵を撃滅せよ……。単純な話ですわね」

「言ってる場合かよ。早く合流しようぜ」

 そう呟きながら、深雪はカバーを開け、弾丸を装填装置に押し込んでいく。それを見て、観測機を熊野は撃ち出した。

「那珂の赤外線ストロボを確認。合流、急ぎますわよ」

「へいへい」

進路を進める。会敵予測地点の中間でいったん合流、隊形を整え、熊野が先導する形で単縦陣をとる、という方向で合意したが、どうにも反応が遅い。

「那珂ちゃんになにかありましたの?」

「ん……まあ、色々かな」

 そういって、深雪は一瞬抱えるようにして持っている砲の横を触っている。なるほど、色々か。そう考えて、熊野は前を向いた。確かに、霧島や私にも『色々』とある。




 那珂は、熊野の背中を見、そして後ろの二人から立ち上る異様な戦意に充てられて、気分が悪くなりそうになる。落ち着きなさい、と言っても、朝潮、荒潮の二人ともが眉間にしわを寄せているのだから、始末に負えない。その点で言えば、最後尾についている深雪の肩の力の抜け方はありがたい。なにより、接しやすいのだ。

「来ますわよ!」

 先導し、データリンクの親機となっている熊野から、回避運動の指示が来る。自動的に体が動き、ぐい、と大振りに蛇行するのを意識し、敵の発砲炎を視認する。魚雷対策で大きく蛇行しているのだが、どうにも心臓によくない。こんな距離で当たるものではないのは理解しているが、いつやっても胃が裏返りそうになる。

 砲のロックはなされていない。理性的に考えれば撃つはずはない、というのが、おそらくは熊野の考えなのだろう。だが。
不味い。どう考えてもまずい。モニタしている荒潮のテレメトリはアドレナリンの過剰分泌を検出している。至近弾が来れば、いつぶっ放すかわからない状態にある。進言したほうが、と考えたが、無線機は深海棲艦の発する、強烈な妨害電波の影響下にある。声を張ったほうがまだ通じるだろう。そして、その声は後ろでアドレナリンに酔った荒潮にも聞こえる。

 そう考えているうちに、しぶきが立ち、頭から水をかぶり、そして。

「よくも……!」

 強烈な発砲音。喚き声。有効射程外。

「ば……!」

 馬鹿、と言う暇もあらばこそ。狙いがどんどん正確になってくる。観測射が二発。そして。
ごん、と頭を殴られたような衝撃が、那珂を保護するフィールドに走る。命中打。くそ、と那珂は悪態をついた。

「きゃあ!顔はやめてったら!」

 そう、声をわざとあげる。それを聞いた朝潮がデータリンクをいったん切断し、後ろを向き、荒潮の頬を張って止めさせた。停止命令を送られないように荒潮はデータリンクを切断していたのである。

「無駄よ」

 一言。そう言って、落伍しないように追随してくるのが横目に入る。一瞬全体の速力は緩むが、かえって予測位置に到達しないためか、命中弾は続かない。

 呆けたようになった荒潮も、データリンクに復帰し、再度速力を上げて追随。そして、熊野は言う。

「さあ、あなたたち。淑女らしく振舞いなさい! 招かれざる客にも微笑んで、丁重に海の底にお帰り願うのよ!」

 有効射程内に到達。熊野の二〇・三センチ連装砲が、荒潮のそれ、十センチ連装高角砲よりもはるかに長大な発砲炎と、黒煙を吐き出した。





 戦闘は終わった。まだ死んでいない敵に機銃を叩き込み、その哀願するような悲鳴を耳に受け、熊野は思わず顔をしかめる。
どうして、こいつらの声は人に似ているのだろうか。もう少し獣らしい声をしていれば、嫌な思いもしなくなるのだが。
浮かんでくる赤い血に、さらに熊野は顔をしかめる。どうして、こいつらの血は赤いのだ。人間と同じように。

罪悪感が湧く。まるで、私が深海棲艦だったかのような罪悪感が、と考えた瞬間、荒潮と深雪の声が聞こえる。怒鳴り声が。

「馬鹿じゃねえのか! 有効射程外で撃ったってこっちの正確な位置を暴露するだけだぞ!」

 掴み掛らんばかりの勢いで、荒潮に指をむけ、深雪は言う。後尾についていたということは、無謀な行動をした栗色の髪の少女の巻き添えを食らう恐れもあったので、当然と言えば当然だろう。

「なんですって……」

 そう、地の底から響くような声が荒潮からする。それに対して、那珂はもう、喧嘩はやめなさい、と言うものの、聞こえていない。

「傾注!」

 そう熊野は大声を張り、じろり、と周りを見る。

「作戦中ですわ! 帰投後にいくらでも話は聞いて差し上げます。ここは女学校ではなくってよ!」

 そう言って、強制的に全員の航法を奪い、帰投ルートを設定。考えることは山ほどある。なぜ、あんなふうに敵はほぼ最大船速とも言えるすさまじい速度でこちらに向かってきていたのか、という最大の疑問がある今、揉め事にかかずらっている暇はない。何かがある。







「瀬戸内海から深海棲艦が流出している?」

 春日DCから移設された新田原臨時SOCのコンソールで報告を受けていた新田原基地司令は、スクリーンの表示を見て、にや、と笑った。

「……諸君、忙しくなるぞ」

 そう言って、笑う。呉鎮守府か、それとも広島駐屯地か、どちらかはわからないが、瀬戸内海の制海権を奪取したのだ。その余波として、他地域に深海棲艦が逃げ出している。あと少し。あと少し、これに抗甚すればよい。そうすれば、各地の連絡が再びつながる。彼らの決死の努力が勝利という形で報われるときが来たのだ。

「……そうだ、熊本の陸軍と、佐世保の海軍にこの情報を共有しろ。良いニュースだぞ」

 しかし、運命の女神は皮肉であった。陸軍には連絡がつながったが、海軍には連絡がつながらなかった。

なぜか。海軍のNOFに接続する連接システムは既に海軍側の撤退作業で破壊されており、かつ、深海棲艦の電波妨害下に有ったため、無線が機能しなかったのである。しかも、これは呉鎮守府、広島の第五師団、岩国の海兵隊によって追い立てられた敵によって招来された事態であった。

underdogs -了-



[39739] 余計者艦隊 佐世保鎮守府失陥編第二話:機械の骸骨(前篇)
Name: 小薮譲治◆caea31fe ID:c7f45ed2
Date: 2016/05/24 00:36
「状況、爆撃はアボート」

 ポップアップしたウィンドウに表示されたその文字を見て、馬淵中佐は舌打ちをする。上を見れば、雷雲が立ち込めているのが目に入った。なんていい天気だ、と馬淵は毒づいた。アボート、すなわち中止ということは、爆撃支援がキャンセルされたということを意味する。理性なき敵、深海棲艦が、地響きをさせながら迫り、砲火を上げる。対馬への強硬上陸そのものには成功し、橋頭保を築いたまではよかった。だが、そこからがいけなかった。戦火を拡大するために前進した部隊が数で押し切られてつぶされ、そして今彼らの野戦司令部がすりつぶされそうになっているのだから、あまりにもいい天気に、毒づきたくもなろうものだ。

 あきつ丸はうまくやっているだろうか、と、考えたが、せんのないことである。量子ハイパーリンカは異常なく機能しているし、生きているということまではわかるのだから、それでよしとすべきであった。

 九州側にわたるだけの推進剤はもうない。降伏して捕虜としての扱いを受けさせてくれる相手でもない。逃げるにしても、突破したその先には敵がいるのだから、お話にもならない。最後の戦闘の準備が、淡々と進む。突撃して戦線を突破した後は、各人の才覚をもって生き残れ、と下達したためだ。

 無責任の極みだな。と馬淵は自嘲し、そして。

「くそったれの蛆虫どもに思い知らせろ!突撃!」

 その叫びとともに、海洋迷彩が施されたパワードスーツが飛び上がる。ハイパーゴリック推進剤を利用するロケットモーターが耳を弄する爆音とともに作動し、推進力を生みだしたためだ。むろん、ただ飛び上がるだけでは的そのものである。そのために動翼が方向を変え、パワードスーツ「達」を前進させた。

機械化歩兵、という言葉が、昔々から存在していた。機械化、という大仰な名とは裏腹に、じつにシンプルなものだった。つまるところ、自動車化された歩兵である、というだけのものだったのである。しかし、それでも歩兵たちにとっては大きな進歩であった。なにしろ、従来では獲得しようもなかった機動能力と、場合によってはいくばくかの装甲を手にできたからである。彼らは、装甲化歩兵と通称されていた。

そして、歩兵として破格の装甲を得た彼らは、人間では携行して用いることはできない百二十ミリ無反動砲から、核砲弾を放つ。カリホルニウムを使ったが故に小型化に成功した、彼らが身に着ける中で最も高価な装備品が深海棲艦に吸い込まれ、爆ぜた。




余計者艦隊 佐世保鎮守府失陥編第二話:機械の骸骨




 状況終了の声がする。VR訓練ヘッドセットをはずした男は、首を振りながら目頭を揉んでいた。薄目を開けて、周りを見れば皆もそうしている。
ステイシム環境だとわかっていても、五感にダミー信号を流す機構がある以上、本物とさして変わらない感がある。COTS品を利用したため安価ではあるが、今回はアメリカ軍との相互接続に少し手間取ったため、見直しが多少必要だな、と埒もないことを考えた。
普段提督と呼ばれている白井少佐は指揮統制艦である「ブルーリッジ」の撃沈とともに死亡判定を貰い、ステイシムの間中海に浮かんでいるというペナルティを貰った。まあ、今回の想定は敵戦力過剰に加えて、空軍の空爆ができない想定だったからな、とひとりごちて、ため息をついた。

 それにしても。とつぶやく。加賀は一体何を考えてこんな無茶苦茶な想定にしたのか、という疑問があったが、しかし。答えは、実のところ嫌というほどにわかっている。少なくとも、提督と呼ばれる「だけ」の立場の彼にも、わかった。
続きを考えようとして、くらり、とする。数次にわたる演習で脳が疲れ切り、体が猛烈に水分と糖分を欲しているのが自覚できるほどだった。

「どうぞ」

 加賀が、目の前にミルクが入れられたアイスコーヒーを置く。すまん、と短く返し、男はそれを一気に干した。猛烈な甘みにむせ返りそうになるが、しかし。

「……いや、ありがとう」

 そういって、提督は立ち上がる。この演習はこれで終わりではない。これから米海兵隊、陸軍の代表者との折衝がある。九州の奪還に先立ち発起する作戦、すなわち。
対馬奪還作戦の詰めがあるのだ。

 当然の話として、各想定で敵戦力の量が違い過ぎることが陸軍、ならびに米海兵隊より指摘があった。それを受けて、加賀は口を開く。

「はい。ですが、それには理由があります。端的に申し上げて、現状敵戦力の算定が困難となっております。スライドに注目ください」

衛星写真、航空写真を時系列順に並べた写真を、プロジェクターは表示する。対馬のほぼ全域をまっ黒く覆った写真が写ったかと思えば、それが引いて市街地を除いて緑に映っている写真もある。周期も何もなく、てんでばらばらなのだ。

 海兵隊岩国航空隊の指令であるジュリアス・エプスタイン大佐は口を開く。

「偵察が必要ですね」

 日本語での短い一言。航空偵察では正確な情報が得られない。となれば、実際にどうなっているのかを見定める必要性がある。通訳越しでない発言を加賀や提督、馬淵中佐に謝罪すると、顎に手を置いてもう一度写真を見せてもらいたい旨通訳に伝え、通訳がその旨を伝える。

「しかし、実際に上陸しての偵察活動となると……」

 道理として、偵察が必要であるというのは言うまでもないことである。おおよその敵戦力の位置はわかっているものの、具体的にどの程度の戦力が存在するのかが不明である。

 であるならば、実際に歩兵、ないし艦隊戦力を対馬に偵察が必要であるというのはほぼ間違いがない。というより、必須の事項である。

「初めの写真のとおりであるならば、懸念は理解できる、とおっしゃられています」

 続けて通訳から発された言葉に、提督はぎょっとする。陸軍の馬淵中佐も、どことなく椅子の座り心地が悪そうな様子だ。加賀も、鉄面皮なりに驚いた表情を隠していない。そもそも、そうそう聞こえて良い言葉ではないからだ。

「当基地に燃料補給で一時立ち寄り、帰還できなくなっていたB-70があります。それを投入して核攻撃を行ったあとに強行偵察を行えばよい。とおっしゃっています」

 B-70ヴァルキリー。超音速で飛行し、核爆弾による破壊を目的として作られたそれを投入し、核で数を減らした後に強行偵察を行えばよい。そういっているのである。
むろん、ご存じのとおり、日本全土で内戦が行われた艦娘達が洋上を舞う世界ではなく、鋼鉄の船が航行する我々の世界においては、Xナンバーが外れることはなく、採用はなされなかった機体である。
その流麗で優美な機体のシルエットとは裏腹に、運用における制限がきわめて大きな機体であり、弾道ミサイルに比べても使いどころに困る機体であったためだ。

 なるほど、これは貸しか、と提督は思い直す。陸海軍が国内で本格的な核攻撃を行った、となるとどちらの派閥においても問題が大きくなる。そもそも、広島の第五師団に核砲撃パッケージは存在していても、核砲弾が無かったのは多分に政治的事情のゆえである。この点に関しては呉鎮守府も同様である。本来であるならば、対馬に戦略核を島根の美保基地の十一航空団隷下の爆撃隊に依頼するべき事項であったからだ。

 日本の内戦における疵痕で一番大なるは何か、と問われれば、今の二人はこう答えるだろう。それすなわち『国内での信頼関係の喪失』である。

 いつ隣人が自分を別の地域の人間だから、という理由で殺そうとするかわからない。そういう状況が猖獗を極めた内戦時の後遺症であった。その点からも踏み切れなかった本格的な核攻撃を行う、という不名誉を我々が引き受けよう。と海兵隊の司令官は言い放ったのだ。

「わかりました。詳細については後ほど実務者間で協議するとしましょう」

 その一言を、提督は発する。それに対して、馬淵中佐は不承不承、という様子で首を縦に振った。そのまま、彼は口を開いた。

「核攻撃を行い、その後パワードスーツを突入させ、威力偵察を行う。海軍はその支援を受け持つ、でよろしいですね」

 決定事項としては、その程度であった。そして、最小想定の戦力であれば陸軍、海兵隊の現有戦力で何とか勝てるが、それよりも悲観的な想定では、海軍の兵力が不足しており、深海棲艦との戦いには決定打を欠く、ということだけが各人の認識として残った。





 一夜が過ぎた。それぞれの根拠地に戻った帝国陸海軍とアメリカ海兵隊の幕僚、海軍においては加賀がそれぞれの作戦行動計画を復旧した暗号化回線で協議している。その中で、提督は一人の少女に向き直る。むろん、一対一ではなく、後ろには鳳翔が控えている。状況が状況とはいえ、そうしたことに気を配る必要性は無論あるのだ。そして、その余裕が生まれた、ともいえる。

黒に近い色の髪を腰のあたりまで垂らしたその少女の名は、榛名と呼ばれていた。

 呉鎮守府に戻ってきたのだ。が、錯乱して暴れた時の対策として黄色のクッションで覆われた、外から鍵のかかる営巣に『部屋が無い』という理由で収容されてしまえば、いかな穏やかな榛名とはいえ、なにかある、と思わざるを得ないだろう。それが1週間は続いてみれば、なおさらだ。

パイプいすに座ってテーブルごしに見る目は、猜疑に染まっていた。

「さて、よく眠れたかな」

「はい。あのう、春雨ちゃんは……?」

 鳳翔に目くばせをする。一拍おいて、彼女は口を開く。

「大丈夫ですよ。元気そうでした」

 それ以上何か問うつもりか、と鳳翔は目で語って見せている。どうにも、やりにくい、というように、榛名は身じろぎして見せた。

「えっと……あの……。姉さまも居るって山城さんから……」

 余計なことを、と舌打ちしかけ、提督はこらえた。引き合わせるべきかどうか迷っている段階で、こういう事をやられてしまえば隔離し続けるか、引き合わせてしまうか。いっそ殺すか。とも考えるが、決断がつかない。

負傷した吹雪の接合手術後の面倒を見る、という事で多少落ち着いてはいるが、金剛の精神状態はけっしていいものとは言えない。なにより、目の前の少女が、榛名が深海棲艦から出て来た、と言っている始末だからだ。ばかげた話ではある。

 それを非現実的だ、と片付けられれば、よほどよかった。だが、複数の報告の末に、どうやら「艦娘」は「強力な深海棲艦」に成ることがあるらしい、という推論が成り立っている。

本当に、ばかげた話だ。

「えっと……?」

「鳳翔。例の件を話す」

「え……?」

 それを聞いて、鳳翔は本当に意外だ、という声を上げる。当たり前だ。こんな状況でなければしゃべるものか、と今度は舌打ちを隠さない。

「金剛と引き合わせる。君を第二艦隊に編入し、戦ってもらう事となるだろう。だが、君には話しておくべきことがある。君自身にかかわることだ」

 一息に告げ、続ける。

「これから話すことは金剛と大和、山城に……ああ、最上は事情を知っている。だから彼女たちに話すのは良い。だが」

 一拍、置く。
「他の者の口から聞こえてくれば、君を始末する」

 まるで今日の昼飯の献立を告げるような口調に、自分の物言いながら嫌気がさす。そう提督は考えた。榛名は、目を見開くと同時に、驚き過ぎても居ない。ああ、だからか、と言うような風であった。

頭は悪くない。これは厄介かもしれないな、と提督は考え、息を吐いた。

「深海棲艦とは何か」

「私たちの敵です」

 模範解答だな。と口の中でつぶやく。

「では、君は自分が深海棲艦であった、と言われて、信じるか」

「……おっしゃっていることの意味が理解できません」

「ふむ。そうだな」

 顔を赤くして、眉間にしわが寄っている。なるほど、落ち着いているように見えて激情に駆られることが多いタイプか。と考える。姉の金剛に比べれば、表に出ている感情を包み隠すのが上手いのだろう。金剛は動揺と怒りをあらわにし、傍目にも分かるほど動揺をしていた。

 そして、頭が良いだけに、そう言われる理由もわかるのだろう。なぜなら。

「君の行動には欠落が見られる。赤城、加賀を護衛していた駆逐隊を救援するために戦艦タ級と戦闘を行った記録はあるが、そこからは空白だ。その間何をしていた」

 この言葉を聞いて、榛名は音を立てて立ち上がる。椅子が倒れ、金属がぶつかる音を立てた。

「それ、それは……っ」

「合理的な説明ができないのであれば、君は無許可離隊に問われることになる。なにより、機関も兵装も、君自身も全くの無傷だからだ」

 そういって、提督は横を向く。その方がよほどよかったのだが、とつぶやいてしまう。え、という問いの声を無視して、榛名の金の瞳を睨み据え、告げた。

「君は深海棲艦だった。だが、それを覚えていない。それはいいが、金剛は深海棲艦だったことを覚えている。君を深海棲艦にしたのは、つまり殺した蓋然性が高いのは金剛だ」

 がちゃん、という音。榛名がへたり込み、うそだ、と口が動く。覚えていないのだから、当然だ。当然ではあるが、しかし。

 ばかげている。本当に、ばかげている。毒づきたいのをこらえながら、提督は、とどめの一言を言った。

「嘘などついてどうする。立て。お前には戦ってもらう」

 くそったれ。そう毒づきながら、提督は榛名の腕をつかみ、立たせた。



[39739] 余計者艦隊 佐世保鎮守府失陥編第二話:機械の骸骨(後編)
Name: 小薮譲治◆caea31fe ID:91ce855b
Date: 2016/06/11 18:23
「姉さま」

 大和と先任である坂井准尉、そして事務官をやっている潮の居ないプレハブの第二艦隊執務室で、金剛は、ひっ、と悲鳴を上げたいのをこらえながら、榛名に向き直った。殺した手ごたえも覚えている、己の妹が、呼吸をし、目を動かし、そしてためらいがちに口にした言葉に、おびえて見せるわけにはいかない、とばかりに、応じた。

「オゥ、榛名じゃないデースか。元気にしてまシたか」

 いつものように応じられたか。と考えて、吹雪と響の方を見る。響はわれ関さず、という様子で、資料のページをめくっており、榛名の方を見ようともしない。吹雪は、目をそらして上を見て、金剛の表情を見なかったことにして榛名の方に向き直り、言った。

「ようこそ、呉鎮守府の第二艦隊へ。お話は伺っています」

 ラフに敬礼。各所に「継いだ」痕が見え、その戦歴を物語るその腕を見て、榛名は少し息をのんだようだった。それを見て、金剛は困惑をする。
こんなに、妹は率直な反応を見せただろうか、と。どちらかというと、護衛艦隊の艦娘たちには無関心だったように思うのだが。という感がある。

「よろしくね、吹雪ちゃん」

「はい、榛名さん」

 にこにこと笑いながら、握手してほら、響ちゃんも、と言う吹雪を見、そして榛名を見る。不思議と、目を合わさない。

 ぎこちなく響と握手する榛名を見て、ひょっとして、という思いとともに、吐き気がこみあげてくる。まさか。

「榛名。ひょっとして」

 一瞬、ごくり、と喉が動いたように見えた。



「いや、しかしプレハブとはいえ冷房が効いてていいな、ここは」

 そう言って、榛名の後ろから男が現れる。制帽をぱたぱたと団扇がわりにしている提督だ。

「提督」

 榛名は、目を泳がせながら逡巡ののちに一礼をする。無関心だった響も含め、全員が敬礼。答礼を素早く返し、そのままで構わん、と提督は口にした。

「大和と先任、あとは……潮はどこだ?」

「あー、っと、どうだったっけ、響ちゃん?」

「物資に受領に行っている」

「そうか」

 短く提督は返す。プレハブの休憩室を指し、使っていいか、と聞く。

「変なことじゃなければ」

 そう、吹雪は言う。黒地に白い横線一本のソックスか、と彼女の足元を一瞥し、天井を見て、言う。

「するように見えるのか?」

「司令官の足元を見る視線が変でしたから」

 まさか、この娘は「あれ」を知っているのか、と考えたが、やめた。陸軍の風習で、海軍で知っている者はあまりいない。ことに、中央ではそれが顕著だ。中央から来た吹雪が知っているはずはないだろう。そう考え、言葉を口にする。

「いくらなんでも艦娘相手に勝てるわけがないだろう」

 そう言って笑い、扉を開けて二人を手招きし、部屋に入った後にソファに座る様に促す。部屋の中には冷蔵庫があり、その裏から延びるテーブルタップからは携帯電話の充電器がたこ足のように連なっている。周防大島、および近海での深海棲艦による電波妨害下では意味が無かったために充電はされていなかったがゆえに、不思議と新鮮に見えた。
書類や整備用の簡易工具やペンキの類が置かれていて、休憩室というよりは倉庫に近い、という印象を提督に与えた。

「話と言っても金剛も榛名も察しているだろうが、これからするのはかなり不愉快な話だ」

 そう前置きをしてから、提督は息を吸い、吐いた。

「君達二人は元深海棲艦だ。少なくとも、状況証拠から言って確度は極めて高い。だが、大きな相違点がある。金剛は深海棲艦だったころの事を覚えているが、榛名は違う、と言っている。そこでもう一度確認するが、本当に覚えていないのだな?」

「……はい、榛名は覚えていません。言葉だけでは信頼できないなら、脳スキャンを受けても構いません」

 それを聞いて、金剛は物問いたげな表情を作る。どういう事だ、と。私の脳裏にこびりついて離れない「あの記憶」がそちらには無いのか、と。

「脳スキャンね。あれも『本当にそう記憶している』のなら意味が無い。だからする必要はないぞ」

 そう言っているが、脳スキャンなどをしていない、などはむろん嘘だ。榛名は収容時に艦娘の艤装とのダイレクトインタフェースごしにアクセスし、その間の記憶が無かったことを確認しているため、裏が取れている。これは、あくまで再確認に過ぎない。

だから、本当に問題とするべきは「本当にそう記憶している」ことなのだ。脳という物は、事実を偽る器官であり、だからこそ証言という物が本質的に証拠としてあてにならないのである。

「なぜそうなったのか、は興味がない。だが、これが表に出てしまえばきわめて政治的にマズいことになる。金剛にはすでに言っているが、榛名、君にも監視がついている。口を閉ざせ、背中に気を付けろ。撃たせるな」

 それだけと言えばそれだけの話だが、と言い、提督は立ち上がり、部屋の外に出て行く。その背中に、榛名の言葉が刺さった。

「優しいんですね」

 振り向きそうになり、提督は自制し、その言葉を無視した。




「作戦案がおおよそ固まりました」

 中天に太陽ではなく、月が上ったころの提督の執務室に、その声が響いた。顔には疲労が出ていないものの、肩が下がり気味で少々疲れた様子の首席参謀たる加賀が、提督の執務室に現れる。その後ろから、第一艦隊旗艦を務める山城、第二艦隊の旗艦たる大和に、次席参謀の鳳翔が続く。作戦案をこちら側で揉み、帝国陸軍、アメリカ海兵隊の当局者と協議し、おおよその決着を見たのである。

 照明の光度が落とされ、プロジェクタのファンの唸りと、空調の音だけが、執務室を支配する。スクリーンの前に立つ加賀と、端末を操作する鳳翔以外は身じろぎもしない。

「まず、この写真をご覧ください」

 スクリーンには、帝国陸軍、アメリカ海兵隊と共同で行った仮想演習の後に映し出された写真が、並べて貼られている。

「いずれの航空写真を分析した結果でも、北部の比田勝港が最も敵の密度が高い、と推計されています。
そこで、まず北部の上島にある比田勝港、御岳、南部の下島の浅芽山、厳原港を標的にB-70での核攻撃を行い、おそらくは降雨が予測できるため、それが収束してからしかる後に厳原港に強行上陸。可能な限り前進して情報収集と戦闘を行い、下島で前進困難となった場合は中対馬病院まで後退して回収、上島の場合は茂木海水浴場跡を予定しています」

「一応聞いておきますが、現地住民が生きている可能性は……」

 これは山城である。言わずがもなの事であるが、一応は聞いておく、という風であった。

「避難そのものは旧韓国の鎮海からの侵攻の時点で終了しています。何より数か月にわたる深海棲艦の浸透を受けて人間で居られるものはいません。東南アジア戦域ですでに知られたことです」

「B-70と言うことは……アメリカ空軍にやらせるのですか?」

 つまり、われわれの手でやらないのか。そう大和は言いたげである。だが、本国での核攻撃のハードルは極めて高いことも、彼女は理解している。この世界における内戦時に、帝国陸海軍の手で投下された2発の核という特殊事情がある。そのために、広島の第五師団は必要ではあってもパワードスーツ用の核砲弾すら貯蔵していなかったのだ。

 一応日本海側の美保空軍基地にB-1は居るものの、肝心の核は別に保管されている。核の即応力という点では全く問題外の措置であったが、政治的事情故である。

「政治的な配慮です」

 それで話は終わりだ、というように加賀は次のスライドを表示するよう、鳳翔に目配せをする。ため息が、漏れた。

「核攻撃後、深海棲艦が山口県、九州沿岸に向かってくる可能性があります。我々海軍はこれを撃退、ないしは撤退に追い込む事が主任務となっています」

 敵のおおよその数すら不明な状況で、核攻撃後の塵埃だらけの視程で戦うのか、と考えると、バカげた話ではある。ではあるが、最大規模の航空写真を見てしまえば、そうも言っていられないのである。この規模の集団が本格的に動けば、現在の戦略的な均衡は崩壊する。

「第一艦隊は核攻撃前に壱岐島の陰に隠れ、九州方面の侵攻阻止を担います。対馬に近い唐津市には第五師団が展開しているため、仮に取り逃したとしても、できれば誘導してもらいたいとのことです」

 配置図を見れば、唐津市と糸島市の湾を取り囲むような形で配置されており、砲兵による殺し間が構築されている。その殺し間の後方には、対馬へ投入されないパワードスーツ小隊が配置されており、砲撃で始末できなかった深海棲艦を掃討するべく控えているのだ。

「誘導ね……」

 津波を制御しろ、と言っているようなものだな、と言った様子で第一艦隊旗艦の山城はつぶやく。事実、その通りなのだ。
とはいえ、それをやれ、と言われている以上はできる、と判断されている、ということだろう、という調子である。不幸だわ、とぼそり、とつぶやくあたりがらしいとはいえたが。

「第二艦隊は小屋島に待機してもらい、本州側の防衛についてもらいます」

「……申し訳ありませんが、あまりに防衛範囲が広すぎませんか?」

 そう言って、大和は難色を示す。それに対し、加賀は頷きながら、続けた。

「その懸念は尤もです。ですが、第一艦隊の速力では対応できない恐れがあります。大和さんはともかく、第二艦隊は高速戦艦が二隻、いえ、二人所属しています。これは純粋に速力の問題です」

 加賀は息を吸い、続けた。

「私と鳳翔きょ、……失礼、鳳翔さんがエアカバーを担います」

 加賀は、鳳翔の視線を感じたのか、眼球を左右に動かし、一瞬下唇を噛んだ。大和はそれを無視して、再び眉間に皺を寄せて発言する。

「いえ、それは……第一艦隊の方が手薄になるのではありませんか?」

「海兵隊の飛行隊がその任を担います。その点に関しては信頼してもよいかと」

「対馬からのEMPの可能性は……?」

「それは否定できません。できませんが、その可能性を確かめるためにも今回の偵察が必要なのです」

 懸念材料は多い。何しろ、周防大島攻略の際にはわかっていた情報がわからないために、実際にそこに攻撃を試みる、という話なのだ。だが、やらねばならない。佐世保との連絡が途絶し、おそらく組織的な抵抗が全く不可能になっていると考える以上は、是が非にでも対馬の圧迫は取り除かねばならないのだ。




 損耗すなわち敵の戦力補充。そう考えれば、深海棲艦との生存闘争は、すでにして負けているようなものだ。そう、彼女は考えた。止血帯で引きちぎれてしまった腕を締め上げ、己の装束に含まれている白を赤に染めるそれを止める。あさ黒い肌に血がまとわりつき、ぬらぬらと光る。

 まるでホースから出てくる水のようだ。鼓動に呼応してびゅうびゅうと吹き出すそれを見てしまえば、思わず笑ってしまう。
血が足りない。敵の流す血も、自分の血も。

「長門も……こうだったのか」

 ふん、と鼻を鳴らす。長門、長門か。あの女も無責任な死に方をしたものだ。指揮官は最後まで生き残らなくてはならないのに、散って行ってしまったのだから。
そして、私も、この武蔵も同じことをしている。無責任な話だ。そう考えながら、かすむ目で敵をとらえ、砲撃をするも命中せず。

舵の制御が壊れている。ぐわん、ぐわん、と蛇行し、揺れ、そのたびに激痛と痛覚遮断特有の、痛いはずなのに衝撃だけが来る特有の感覚が走った。痛みだけが、彼女を現世につなぎとめている

「くそ……」

 うめきか、それとも悪罵か。己にすらわからない言葉が、口の端から漏れる。

「……ああ、くそ」

 ごん、と殴られるような衝撃が、あった。敵のウォークライが聞こえる。敵、敵とはなんだ。深海棲艦の事だ。だから、倒さないと。

「……なんだ、そこに居たのか、長門」

 じぶじぶと沈んでいく己の体。哄笑する敵の言葉が、わかる。戦艦タ級が長門、空母ヲ級が蒼龍と飛龍。そんな風に、見えた。みな、笑っている。何を笑っているのか。

「……疲れたな」

 武蔵は、目を閉じた。足を吹き飛ばされ、腕を失い、それでもなお戦い続ける意思を手放さなかった海の女王は沈んでいく。




 次に目を開けた時、彼女は武蔵以外の何かになっているだろう。






 武蔵を失い、多数の艦を失った。そう、疲れ切った表情の霧島から、その報告を受けた時に男は顔をこすりながら、天を仰いだ。

「しばらく、一人にしてくれ。考えをまとめたい」

 考えがまとまることはなかった。拳銃を口にくわえ、引き金を引く。悲しいかな、佐世保の提督と呼ばれていた男にはそれ以外に考えられなかったからだ。

彼の拳銃は正常に機能し、脳漿と頭蓋とをじゅうたんにぶちまける。千々に乱れる思考の中、もったいないことをした、とらちもないことを考えた。
そうして、思考がなくなる寸前に、霧島の声が聞こえた。

 武蔵轟沈。それが、戦艦レ級が対馬に居る理由だった。当然、それを知る者は、未だ現世には居ない。



[39739] 余計者艦隊 佐世保鎮守府失陥編第三話 「青空」(前編)
Name: 小薮譲治◆caea31fe ID:7924f896
Date: 2016/07/03 17:03
「熊本駐屯地と新田原基地とは連絡が取れませんの?」

 人家の光りが消え、豪雨のような星空が覗いた夜。その熊野の一言を聞いて、霧島は我に返る。地図を広げて南回りか北回りか、ということで堂々巡りを繰り返していたのだ。北回りは敵根拠地たる対馬がある玄界灘を通らねばならず、危険度は段違いである。といって南回りは今度は鹿児島、沖縄間の危険海域を通らねばらならない上、熊本駐屯地、新田原基地といった人類側の抵抗拠点がある。ために、敵戦力が常時動いており、こちらも危険度が高い。敵は陸軍、空軍、海軍を識別しないのだから、当然とはいえる。

「それもあるけれど……エルドリッジの巡航用ディーゼルが壊れていることの方が問題なのよ」

 エルドリッジは呉鎮守府で使用しているブルーリッジの同型艦であるが、アメリカ側からの供与の時期の関係でCODLOGを採用しているため、巡航時はディーゼル・エレクトリックで推進を行う。ところが、念のために、ということで、これを動かしたところ、うち数基が破損していたことが判明したのだ。間に合わせの部品をでっち上げていこうにも、陸上設備をあらかた引き上げてしまった後である。

 実際のところ、巡航そのものには問題が無い。ただし、1基も破損しなければ、の話で、南回りで移動した場合は「破損のリスク」が上がる。動かす期間が長ければ、当然破損のリスクも上がるのである。

「それはそうですけれど、北回りで襲撃を受けた場合、一気に殲滅されますわよ。わたくし、自分一人ならともかく、その状況でエルドリッジを守りきれる自信はありませんわ」

「……そうね、その通りなのよ」

 エルドリッジを見捨てて良いのであれば、おそらくはどちらでも突破はできる。積める限りの物資と人員、つまり『助かる見込みがある』と判定された人々を積載した船を見捨てるのであれば、だ。

 熊野の目を見る。真っ青なガラス玉。そういう感じを、霧島は受けた。目の下には隈が出来ており、疲労の色をにじませている。

「……偵察を出します」

「偵察?」

「ええ。軽快な水雷戦隊で南北の敵情を偵察し、そこから行動を開始します」

「そんな暇はありませんわ」

「あります。というより、今更決断が後ろにズレても、敵の襲撃を警戒するだけ無駄なの。何もないんだから」

 手を広げ、お手上げ、というしぐさを霧島がする。熊野ははあ、とため息をつき、続けた。

「佐世保から離岸させ、五島列島の陰にエルドリッジを隠すことを提案しますわ。離岸してもしなくても、今のところ佐世保では船をどうこうしようもないのですもの」

 その熊野の提案に対して、霧島は頷き、口を開いた。

「エルドリッジの護衛は熊野さんと私の2交代。その間に那珂さんを中心とした水雷戦隊を偵察に向かわせる。状況を見て北進か南進かを決定し、しかる後に合流する。それでいいわね?」

「……まあ、そんなものでしょう」

 そう言って、二人はほとんど同時に目をこする。しっかり寝ているはずなのに、疲労感だけは、体に染みついていた。



余計者艦隊 第三部「対馬失陥編」第三話 「青空」



 腹の奥底に、振動を覚える。船に乗ると、いつもとは言わないまでも、こういう感触がある。足が不定期な波のリズムに揺られ、エンジンの振動が、腹に伝わる。エルドリッジは大型船だから余計にすごいなあ、と呟きながら、クレーンで釣った艤装をてきぱきと身に着けながら、那珂は霧島から渡された電子指令書を見て、うへえ、とうめいた。要約すると、対馬の様子を見た後に熊本近海の様子を見て来い、ということである。襲撃を受けたらどうするの、と聞いたところ、エルドリッジに近づけないように逃げて来い、と言われてしまい、思わず天を仰いだものだ。

 手甲をはめ、手持ち式の二〇・三センチ連装砲に弾を込めながら、周りを見渡すと、深雪にも、朝潮にも、荒潮にも疲労感がにじんでいる。言うまでもないが、交代要員のいる船とは違い、彼らにそれは居ないからだ。一昼夜自力で航行をする、となると、身体を艤装側の制御に回して「仮眠」をとったとして、脳はともかく、体の疲労はまるで抜けないためだ。当然ながら、体を動かしているのには変わりがないのである。

 彼女たちは人間の体を持っている。それがゆえに、指揮統制艦という名目で母艦を必要とするのである。ただ、それでも回復のしようがないもの、というものは当然ある。それは通俗的な言い方をすれば「士気」であった。モラールという言い方もあるが、負けて意気消沈していれば疲労感も色濃い。
本来、兵たる駆逐艦たちを激励し、ハッパをかける軍曹役を引き受けるべきは那珂なのだが、当人もひどく疲れており、いつものようにアイドルがどうこう、という態度をとれないのである。というよりも、取った場合激発しかねない二人が居るから、ともいえる。

「はーい、こっち向いて! 那珂ちゃんの方ね!」

 ぱん、と手を叩き、なるべく明るい声を出して、那珂は言う。装備を身に着け終わった深雪、朝潮、荒潮が視線を彼女に向けた。

「じゃあ、作戦を説明するね。量子リンカの規約、通した?」

 一様に首が縦に振られる。普段なら声は、とか元気ないなあ、とか言うべきところなのだろうが、どうにもタイミングを逸してしまった。そう考えながら、ファイルのアクセスログを流していると、各人のアカウントからのアクセスがある。よし、とファイルを開いて、作戦というには場当たりにもほどがあるそれを開く。

「ん……まあ、作戦っていうにはちょっとなんだけど、やる事はわかったよね?」

「那珂ちゃん、那珂ちゃん、どっちが先なんだ?」

 そういつもの調子で言うのは深雪である。どっち、とは南北どっちか、ということである。危険度が割合はっきりしていて、状況が読める北か、状況が読めない南か、ということだろう。

「那珂ちゃんって……」

 そう荒潮が顔をしかめる。んだよ、と噛みつくような調子で深雪が声を出すが、朝潮が彼女に視線を注いでいる中、毒気をそがれたのか、ちえっ、と呟いて、やめにしたようだった。

「そうね、北の方を優先しようと思うの」

 す、と朝潮の手が上がる、はい、朝潮ちゃん、と那珂は言って、こんなふうだったことがあったな、と、ふと懐かしさを覚えた。みな殺気立っておらず、疲れても居なかったし、もっと色々な艦娘がいた。ほかの艦娘は、死んだか、うめき声を同じ船の中で立て、鎮痛剤と言う慈悲の神にすがっている。

「朝潮です。発言の許可、ありがとうございます。……私たちがなぜを問うのは良くない、と思うのですが、なぜ情報がはっきりしている北の方を優先するのでしょうか? 敵の根拠地であり、誘引してしまった場合エルドリッジに対して危害が及ぶ可能性があると考えます」

「そうねぇ……私もそう思うわぁ。……あ、ええと、荒潮です。不正規発言、ごめんなさい」

 そう二人が言うのに対し、まあそうだよな、と深雪は言う。素直に同調するのも癪だ、という感がある。当然の疑問であり、那珂からすればおそらく間違いなく問われる事でもあった。

「はい、当然の疑問、ありがとう。まずね、那珂ちゃんは北ルートの偵察を優先する理由があるの。単純なお話だけど、呉鎮守府の活動があるなら、なんらか徴候は見えると思うから、そっちを優先したいの。それに、仮に北ルートが安全なら良くわかっていない南を省けるの。それが理由。わかってくれたかな? 朝潮ちゃん」

 その答えに納得したのか、していないのか、朝潮はありがとうございます、とのみ答える。多少なりとも作戦前の緊張感が部屋に漂ってきた。倦怠感は当然体にはまだ残っているが、気にはならなくなりつつある。

「さて、時計、持ってるかな?」

 そう言って、艤装の隠しに入れてある懐中時計を那珂は取り出す。腕時計は艤装が邪魔をしてつけられないため、彼女は懐中時計を持っている。少し黒ずんだ銀の鎖は、落としそうで心配だ、という姉妹にプレゼントされたものだ。特型駆逐艦である深雪や、朝潮型駆逐艦である朝潮、荒潮は右の腕には何も装備していないため、腕時計をまいている。

「さて、あとちょっとで〇五〇〇です。時刻合わせ……今!」

 かちり、という音が一斉にする。ぱん、と深雪が顔を叩き、よっしゃ、と声を上げた。偵察作戦、開始。




「五島列島を通過。いやー、なんもないね」

 そうノイズ交じりの深雪の声が、那珂の耳朶を叩く。ホントにね、と返したいのをこらえながら、実際には注意を返す。

「もー、ワッチサボってて奇襲をもらいました、なんてあったら怒るよー?」

 波しぶきの音。カモメの声。胸元のスカーフを揺らす風が心地よい。初夏の朝の陽ざしが波しぶきにあたり、瑠璃のような艶やかな色をつくり、消えて、再び姿を現す。奪還した島々の豊かな緑と併せて、まるで一幅の絵のような美しさだった。

 しかし、その美しさを堪能する余裕は、彼女たちには無い。すぐに最大船速に移ることができるように備えながら、打ち上げた水偵からの情報に神経をとがらせ、神経質にぎょろぎょろと、と形容するのがふさわしい目運びをしている。既にここは敵地なのだ。ソナーに潜水艦の兆候はないか、敵の船影は無いか、航空機が飛んでいるならそれは敵か味方か。深雪もふざけているように思えて、目は油断なく動いている。

「……?」

 何か、遠雷のような音が聞こえる。そう考えた瞬間、那珂は艤装側に回避運動と最大船速を指示。わっ、という荒潮の声とともに、肉体のコントロールが奪われる感覚。ぐにん、と足がしなやかに動き、ジグザグの航跡を海に描く。

「敵砲撃!2時の方向!音響観測データ、知らせ!」

 那珂はそうどなった瞬間、はるか遠くに水柱が立つ。しめた、まだこちらをうまくとらえられていない。今なら逃げられる。そう考えたが、しかし。

「敵航空機多数! 水偵が落とされました!」

 データリンクからの情報を朝潮が怒鳴る。くそっ、なんてこと。と、那珂は毒づいた。水偵がとらえた敵の艦影は、戦艦レ級1、艦型不明の重巡洋艦2と、同じく艦型不明の駆逐艦3である。よりにもよってこんな時に、と唇を噛み、那珂は言った。

「逃げる……わけにはいかないよね」

 そう、逃げるわけにはいかない。撒くにしても、あまりにもエルドリッジに近すぎる。そこにレ級を誘引してしまえば、霧島や熊野が応戦する間もなく、完全に沈没してしまう。

「さあ、行っちゃうよ!」

「おっしゃあ! みなぎってきたぜ!」

 その深雪の声に対し、答えるかのように那珂は前進する。砲撃は激しさを増し、水柱がどんどん近づいていく。まだだ、砲撃距離には近いが、彼女達の砲では有効打とはならない。彼我の距離は10キロメートルほどにまで縮まった。

 今だ、と那珂の中で声がして、そして。

「……テェ!」

 声とともに、量子リンカで統制射撃。航空機の機銃が那珂の桜色の装甲を舐め、はじく。砲口から煙とともに吐き出された弾丸が、敵の駆逐イ級に命中する。血を吹き上げ、超音波に届こうかと思えるほどに、耳に刺さる喘鳴の声を上げる。いける、まだいける。2キロまで詰めて魚雷攻撃をするまで、くそったれの敵どもめ、生きていろ。そう常にない呪詛が、聞こえた。誰のものか、と思った瞬間。

 至近弾。波を桜色の装甲がはじき、ちらつき、そして。

 爆炎。何の爆炎か。那珂は自分の手足を見て、ついていることを確認した。そして、混乱した頭を向け、後方を見る。黒いアームカバー。白い指、緑色の艤装。爆発でぐちゃぐちゃになり、ぷかぷかと赤い血をぶちまけながら泳いでいるそれが、目に入った。量子リンカのバイタルデータには、意識喪失という表示がなされている。

「あ、朝潮ッ!」

「バカッ、今はダメだ!」

 北に先に行くべきだ。と主張した場面を、思い出す。あの白い指が、上がった時の事を考える。
判断ミスだった。小規模とはいえ、艦隊を補足すれば奴らの事だから、死ぬまで追いかけてくるだろうことは、わかる。だったら、南の方を先に偵察するべきだったろう、そう、赤い血の跡を残して沈んでいく腕が、語っている。

「深雪ちゃん、荒潮ちゃん」

 そう、思いのほか静かな声が、喉から出た。

「撤退を命じます。しんがりは私が勤めるね」

 そう言って、リンクを解除。那珂は腰のハーネスを引き出し、回避運動のカーブに差し掛かったところで、朝潮の艤装にがちゃり、と金具を取り付けて、言う。引き摺られ、うめき声が聞こえる。ロープをたぐり、桜色の「装甲」の展開面の内側に引き寄せた。

「で、でも」

 ノイズが激しく混ざった深雪の声。

「北は危険だった、って言う人が居なきゃダメでしょ」

 そう言って、那珂は20・3cm砲を発砲。大気が震え、水柱が周囲に立つ。

「やだ、いや……」

 涙交じりの荒潮の声。艤装が身体内部から締め上げているとはいえ、血管からは鼓動のたびに真っ赤な血が噴き出しているのだ。それを見て、平静で居られようはずはない。

「行きなさいッ!それでもあなたたちは艦娘なの!? 行けッ! 特型駆逐艦深雪! 朝潮型駆逐艦荒潮! あんたたちじゃこの子をけん引してたら追いつかれるでしょ!」

 怒鳴り声を上げる。常にない声を上げる。量子リンカから伝わるINSのデータから、遠ざかって行くのがわかる。自分の吐息が嫌と言うほど耳につく。

「もう、アイドルキャラが壊れちゃったじゃない」

 そう言って、那珂は笑う。力ない笑いだったが、しかし。

「さあ、来なさいクソッたれ。艦隊のアイドルの那珂ちゃんがお相手してあげる」

 まったく、アイドルキャラだったのに。そう、那珂は笑った。





「プリフライトチェック完了。いつでもいけます」

 そう英語で答えた男は、いつもと同じように屈辱感を覚えた。ロシア語が書かれていたコンソールパネルにはすべて英語が貼り付けられ、まるで汚されたように思える。
彼の乗っている航空機は、ミグ25と呼ばれていた。男と同じくロシアの地で生まれ、男と同じくロシアの地で鍛えられ、そして、男と同じく、祖国を失った。

 深海棲艦の侵攻の結果なら、まだよかった。だが、彼の地はまだ深海棲艦禍には見舞われてはいない。いや、別の意味で見舞われた、ともいえる。なぜならば、ヨーロッパからの難民を多数受け入れた結果、大きな混乱、と呼ぶには生易しい内戦が生じ、ソヴィエトは崩壊したのだ。

 彼はアメリカに亡命し、亡命者部隊に一時所属し、今は撃ち落とすべき標的だったB-70ヴァルキリーの護衛戦闘機として使われているミグ25を駆っている。

 翼にはアメリカ空軍のラウンデルではなく、赤い星が刻まれている。男の誇りだった印だ。アメリカ本国との連絡が途絶した後、亡命者達が塗り直した、ささやかな誇り。
今はなき祖国への、惜別の情。

 タキシングし、滑走路を駈け、ビーム上昇。合流予定の空域に到達。

「こちらアレクサンドル。あー、いや、アクィラ1、現在高度1万メートルに到達」

「こちら管制、アクィラ、フィートで言え」

 ヤンキーどもは相変わらず。と考えながら、高度をフィートで送る。護衛戦闘機隊として同僚のミグ25が9機と、一機、巨大な白亜の機体が上がってきた。

 カナード翼のついた細長い機首に、デルタ翼。核爆弾を投下して死を振りまく戦乙女にもかかわらず、真っ白に染め抜かれた優美なその機体を見て、嘆息する。あまりにも美しい。

 しかし、その美しさは、死の美しさかもしれない。そうアレクサンデルは思い直し、首を振った。爆撃先も因果なものだ、とアレクサンデルは考えた。なにしろ、帝政ロシア時代に戦場となった島なのだから。




[39739] 余計者艦隊 佐世保鎮守府失陥編第三話 「青空」(後編)
Name: 小薮譲治◆caea31fe ID:7924f896
Date: 2016/07/06 06:28
「あ……?」

 ぞくり、と背が震えた。死の恐怖か、いや、違う。それは何度も感じている。今にも失禁して泣き出して、子供のように助けて、とわめきたくなる。だが。

これは違う。これは。

 那珂は、機関が故障するかもしれない、と一瞬考える。そんな場合か、と考えながら、朝潮に覆いかぶさる。その瞬間、青い空が、真っ青に燃え上がった。
爆音、衝撃波。確かに装甲でそれは無視できる。桜色の装甲に、瀑布のごとく、X線、ガンマ線、アルファ線がたたきつけられる。波にさらわれ、ごぼごぼと息を吐いて、朝潮の体を離さないために抱きしめた。

 核攻撃だ。そう那珂は考える。そんなことをやろうと考える人々は、もう九州にはいない。つまり。

「あは」

 勝った。賭けに勝った。腹の底から喜びがこみ上げる。波間に顔を出し、機関に火を入れ、叫んだ。

「やった、やった!」

 呉鎮守府か、横須賀かは知らないが、彼らが来たのだ。合流できる。そう考えて、朝潮を海に横たえ、スカートを裂いて作った止血帯をきつく巻く。ともかく、救難信号をだそう、と考えて、装置をほとんど反射的に作動させる。しまった、どこに伝えるのだ、と考えて、でも、電波妨害下だから問題はないか、と考えて、顔を上げ。

「そう都合はよくいかないかぁ。人気者は困っちゃう」

 低く笑う。レ級の姿は、ない。だが、しかし。残りはまだいる。激烈なウォークライを喉から吐き出し、びりびりと鼓膜を震えさせる。臓腑を震わせる。

「今日は那珂ちゃんのライブに来てくれてありがとう」

 にっと、那珂は笑う。

「アンコールだね」

 砲を構え、酸素魚雷を扇状に放ち、彼女は前に進む。私はどうだっていい、だから。この子を帰らせるために、こいつらは倒さなければいけない。





「ヴァルキリー1、こちらアクィラ1、作戦完了だな」

「ああ、護衛、感謝……おや?」

「どうした、ヴァルキリー1」

 ヴァルキリー1もなにも、B-70ヴァルキリーは1機しかいないじゃないか、と言いたいのをこらえ、アレクサンデルは通信に応じる。核爆弾を四発投下して、今頃は黒い雨が降っているのだろうか、そう思いながら、何事かを言おうとしている彼の言葉を待つ。

「こちらヴァルキリー1。アクィラ1、IJN、帝国海軍の救難信号だ。このすぐ下だな。助けに行ってやってほしい」

「こちらアクィラ1、ヴァルキリー1、護衛に6機を残し、降下を開始する。よろしいか」

「こちらヴァルキリー1、了解。死ぬなよ」

 おそらくは見えていないのだろうが、アレクサンデルはヴァルキリーのパイロットに敬礼する。ヤンキーには数々の悪徳があるが、最大の美徳、仲間を見捨てない、という部分がある。それに対して敬礼した格好だった。

「聞こえていたな、アクィラ2,3。降下を開始する。美人に恩を売るチャンスだ」

 やれやれ、私も染まったかな、と考えながら、下降コースをとる。仮に助けるにしても、低高度にとどまる時間が長くなれば長くなるほど、こちら側の危険が増す。高高度はいざ知らず、低空は深海棲艦の空なのだから。





 重巡ル級2、駆逐イ級1、倒せない相手じゃない。そう考えながら、那珂はハーネスの先を、つまりけん引され、動くたびに苦悶の声を上げている朝潮を見る。ああ、くそ。
どうする。おそらく切り離せば朝潮が殺される。だが、お楽しみをしている間にくそったれの深海棲艦は殺せる。確実に殺せる。まだ酸素魚雷は残っているのだから。

どうする。と考えた瞬間、首を振った。

「艦隊のアイドルは絶対そんなこと、しないよね!」

 そう。してはならないのだ。時々姉に痛い子扱いをされても路線変更をしなかったのに、たった一つの命がなくなるかも。というだけで路線変更をしてどうする。最後にはあきらめて姉妹の縁を切ろうかと思ってたけど、アイドルになりたいならしかたないよね、などと言われたことを思い出して少し泣きたくもなったが、そこはそれである。

「……切って、ください」

 波を切る音。敵の砲撃音。弾着のしぶき。その中から、声が、聞こえた。

「わた、私を、朝潮をおとりにしてください。おね、おねがいします」

 ふうふうという呼吸音。回避機動のたびに苦痛にゆがむ顔。懇願するかのような声に対して、那珂は空いた左手でち、ち、ちとばかりに人差し指を振り、口を開いた。

「ダメ!」

「だ、ダメって。しん、死んじゃいます。死んじゃうんです、死んじゃうんですよ!」

 その一言で、ぶつ、と何かが切れた。

「ああああ、もう!これだからいい子は!」

 砲撃。彼我の距離は5㎞以下だ。駆逐イ級の外皮をけ破り、赤黒い肉をまき散らし、絶命の声を発させ、那珂は声を張った。

「馬鹿正直に!」

 最後の魚雷を放つ。扇状に放った魚雷のうち一つが、殺到しようとしていた重巡ル級の足を止め、砲を狙いやすくしてくれた。散布界に敵が入る。首をねじ切り、血を吹き出したのを確認。残り1。

「私よりちっちゃい子が!薄汚い大人に使われて!」

 敵のウォークライ。ぐいい、と体を傾け、敵の至近弾をかわす。破片が腕に突き刺さり、砲を取り落としそうになる。

「死んじゃったら……嘘じゃないの! 戦争が終わるまで生きて!薄汚い大人がクソジジイになって! 足が立たないんですね、ってあざわらって! せいせいしますって言ってやるのが! あんたたちの仕事でしょうがッ! 死ぬことなんか那珂ちゃんが許さない!」

「でも、でもっ」

「うるさい!」

 殴られたような衝撃が、走る。海面にたたきつけられ、ぐるぐると世界が回る。ひどく、頭が痛い。

「あ……」

 手を、頭に這わせる。血が、べったりとついている。

「顔はやめて、って言ったのに」

 薄く笑い、はっとなる。引きちぎれたハーネス。くそ、動け、こんなところで、ちくしょう、うごけ、と体をののしり、立ち上がる。

 勝ち誇ったようなウォークライが、他人事のように聞こえた。だが。

 大気を切り裂く音が、聞こえる。真っ赤な星が翼に描かれた怪鳥が、天高くから舞い降りてくる。射撃音。
一瞬、重巡ル級の動きが、止まった。いまだ、やれ、という声が、聞こえる。痛みで気絶しそうな全身を叱咤し、20・3cm連想砲の引き金を、絞った。

発砲音と、衝撃。体勢が整っていなかったため、ぐるん、と腕が引きちぎれそうな勢いで持ち上げられる。だが。
悲鳴のようなウォークライ。びゅうびゅうと血を噴き上げる、敵の下半身。に、と思わず笑うが、ああっ、と声を上げる。

「朝潮ちゃん!」

 発作的に駆け寄ろうとして、つんのめる。まるで訓練生みたいなことをやってる。と思わず苦笑いし、微速全身。

「……」

「ど、どうしたの、大丈夫?」

「……おしっこ、漏らしちゃいました」

「大丈夫大丈夫、分かりっこないよ!」

 そう言って笑いながら、予備のハーネスをかけ、朝潮に気遣いの声をかける。そして。再び轟音が、響く。3機編隊。ミグ25だ。

「おーい!」

 童女のように、赤い星を付けた怪鳥たち、いや、戦友に手を振る。

「おおーい!」

 ジェットエンジンの音。すぐ上を、彼らは飛び越えていった。

「さて。帰んないとね。結構痛いと思うけど、我慢してねー」

 おおい、という別の声が、耳に入る。

「まったくもう、あの子たちったら、帰りなさいって言ったのに」

 一生分の運を使い果たした気分だ。そういいたいのをこらえながら、前進する。また、戦うために。

 そして、救難信号には、所属の符丁がついていた。あの鳥たちが生きて帰れば、呉鎮守府か、中央か、どちらかはわからないが、間違いなく連絡がつく。佐世保鎮守府には、生き残りがいる。そう示せるのだ。




「確かなの?」

 霧島と熊野にそう聞かれた那珂は、頭を縫われて痛いってば、と騒いでいた時とは打って変わって、まじめな調子で、答える。あの後、深雪と荒潮に回収され、朝潮とともに収容されたのだ。

「うん。あー、えっと、はい。赤い星を描いたミグ25がね、私たちを助けてくれたんだよ」

「ミグ25……そんなのを持っている部隊、あったかしら」
 そういいながら、霧島はネットワーク寸断前に共有されていた戦力配置図を呼び出す。そうして。

「……ああ、あった。イ号集団迎撃前後に岩国の海兵隊基地に空軍のB-70ヴァルキリーと、ミグ25が下りてるわね。確かに対馬の方角から来たのね?」

「んー、それはちょっと自信がないけど……。ログはそうなってるね」

「……霧島さん。事実だと考えていいのではありませんの? 放射性降下物も確認されています。間違いなく岩国の核が投下された、と考えて良いと思いますわ」

 その熊野の声を聞いて、霧島も不承不承納得した。核爆弾の投下そのものは対馬攻略時に行ったことはあるが、さしたる効果を上げず、むしろ兵力が減った、と認識して突入したところ逆撃に遭い、武蔵を沈められ、多数の負傷者を出したのである。

「……呉鎮守府や岩国の米軍が展開している可能性がある。という事よね」

 思案する。どうする。北ルートで侵攻作戦を行っているのであれば、福岡に陸路で陸軍が入っている可能性もある。そうであれば、どこかしらの港に接岸して負傷者を後送してもらうか、それともエルドリッジの海峡通過の支援を要請するか。そもそも要請ができるのか、という問題はあったが、何等かコンタクトを取ってくるであろう、という想像はつく。

「……少し、ここで待機します。呉鎮守府か、米軍か……場合によっては陸軍からコンタクトがある可能性があります」

 深海棲艦の電子妨害が弱まっている。そのことから考えて、このあたりに調査に来た場合、ビーコンの信号を受信できる可能性がある。さらに言えば、敵がこちらから引いた、という事でもある。

「まあ、判断保留ってことだね」

「そういう事です」

 そう言って、医務室の丸い椅子に霧島と熊野は腰を下ろす。

「……朝潮ちゃん、どうなってるの」

 そう那珂に問われ、霧島はああ、という顔を作る。

「手術は終わったわ。腕は……運び出した工廠設備があったから、それで作ってつなげ直したのよ。ちゃんと癒着すれば間違いなく動くはずだわ」

「そう……よかった。海に長く漬けられてたから、感染症にかかったりとかしてたらどうしようかと思った」

「まあ……ほかの艦娘たちと違って、ばっさり千切れちゃってたから……腐ってたところを切るだけの体力が残ってたのもあるし」

「だけど、しばらくあの子は使い物になりませんわ」

 そう熊野は言う。霧島は驚いて熊野の方を見る。こんなことを、今この場で言うような子だったろうか、という衝撃があった。那珂も鼻白んだ様子で、それを見ている。

「事実じゃありませんの。それに、消耗品の駆逐艦を守るためにあなたが沈んでしまっては元も子もありませんわ」

「ちょっと……」

 那珂も、この言葉を聞いて目を見開いている。確かにその通りなのだ。駆逐艦は良くも悪くも消耗品。養成に時間のかかる巡洋艦や戦艦に比べればプライオリティが低い。言い方は悪いが、命の価値は低いのだ。確かにそれは事実である。事実ではあるが、口に出して言うのは憚られることだ。しかし、訓練課程で実際に教育されることでもある。

 しかし、熊野ははっとした様子で口を覆い、不快気に眉をしかめる。自分の口から出た言葉に驚き、痛みを覚えている。そんな風がある。

「ごめんなさい……そんなつもりでは……」

「……熊野さん」

 この様子を見て、疲れて精神がささくれ立っているのを見て取る。霧島は立ち上がり、口を開いた。

「命令します。今日はもう寝なさい。それにね」

 そう言って、一瞬間を置く。

「大人の悪い真似をする必要はないのよ。ここには今、私たちしかいないのだもの」

 大人の悪い真似。その言葉を吐き出して、霧島はふうとため息をつく。子供たちを戦わせる現実に心をささくれ立たせ、心無い言葉を浴びせてきた大人たちに対して、皆思うところがある。だから、その思うところをぶつけてやるためには、生き残るしかない、という事も。







[39739] 余計者艦隊 佐世保鎮守府失陥編第四話 「After mass」(前編)
Name: 小薮譲治◆caea31fe ID:7924f896
Date: 2016/07/10 09:21
「核攻撃は完了したか。降雨も観測出来ているな?」

 その言葉を聞いて、はい、と加賀は答える。十分に距離が離れているとはいえ、甲板に出た場合、艦娘として機能していなければ放射線を浴びすぎてしまう可能性がある。遠くに見える四つのキノコ雲を見れば、不吉な思いを禁じ得ない。

「……攻撃を発起するにしても、降雨が収まってから最低でも12時間後だ。しばらくは待ちだぞ」

 そう言って、加賀の方を見る。現在は鳳翔が航空支援を兼ねた航空偵察を行っている。敵影はほぼ見えない。そのデータを受信するため、加賀はブリッジに居る。
十二時間。現在時刻は一四〇〇であり、かりに今すぐ降雨が収まったとして次の日の〇二〇〇から、という事になる。間違いなく深夜だ。
第一艦隊、つまり戦艦山城を旗艦とし、航空巡洋艦最上、重巡洋艦摩耶、軽巡洋艦長良に、駆逐艦電、駆逐艦曙を加えた編成の艦隊は一関係上すでに展開しているが、現在は陸上に上がって、空軍が所有していた旧春日DCで待機中である。陸軍も放射性降下物を避けるため、同様に退避している。

 12時間後。なぜ12時間後なのかというと、7の法則とよばれるものが存在し、核攻撃後の放射線量が7時間経過すれば10分の1になるのだ。観測した風向き上、日本海側に放射性物質は流れているものが多い。とはいえ、危険なことには変わりがない。
作戦行動が可能なレベルにまで放射線量が降下するマージンを見て12時間としたのである。艤装動作時の艦娘たちにはむろん関係が無いのであるが、陸軍の兵隊にはそんな便利なものはついていない。対馬に突撃するパワードスーツ兵を除けば、タイベックススーツの上に防毒衣というような貧弱な防護装備しかないのである。

「……それでは、第二艦隊に休息を取らせてはいかがでしょうか。彼女たちは臨戦態勢のままですので、艤装のフィードバックでの疲労があるかと考えます」

「そうだな……。ただ、交代で休息を取るようにさせてくれ。鳳翔さんが警戒してくれているが、深海棲艦の攻撃が無いとは限らない」

「わかりました、伝えます」

 それにしても、と男はつぶやいた。核攻撃は威力は大きいがやはり作戦の柔軟性に欠ける、と。





佐世保失陥編 第四話:After Mass





「……対馬、か」

 そう作戦用の地図を表示しながら、山城はつぶやく。イ号集団が朝鮮半島の鎮海から殺到し始めた時、彼女はその海にはいなかった。だが、部下たちは全員そこから撤退するなりして呉鎮守府に戻ってきた面々である。そう思えば、実に因果なものだ。
それでも、復讐戦を行うには、まだ早い。敵の陣容を確認して、それからだ。地表の核攻撃を行ったとはいえ、深海棲艦の「もと」となるコールタールのような物質が焼けただけで、敵戦力はまだ大半がわだかまっているだろうことは疑いようがない。そもそも、対馬の後背地として朝鮮半島が存在するのだ。

 最上、摩耶、長良は支給されたレトルトパックのカレーを、元は春日DCの整備員の使っていた休憩室のソファで食べながら、第二艦隊は今頃どんな飯を食べてるんだろうな、という話をしている。それを聞いて、基地の発動発電機を除いて、大した設備が残っていないのだから仕方ない、と思いながら、レンジで温めるタイプのように見える、トレイ入りの白米と、カレーのアルミのパックが一緒にパウチされたパックを眺め、ため息をついた。不味くはないというより、レトルトとしてはおいしい部類には入るのだが、船の飯に比べるとどうしても数段劣る。それだから、ため息の一つも出ようものである。

「どうしたのです?」

 食事を終えて薬を飲んだのか、少し眠たげにしている電が山城に問いを投げる。

「なんというか、金曜日でもないのにカレーを食べるのは変な気がして」

 そう言ってあいまいに微笑むと、眠たげだった目が少し開いた。

「カレー……」

 そう聞くと、つ、と電の目の端から、涙がこぼれる。

「ど、どうしたの?」

「いえ、なんだか……急に悲しくなってきたのです」

 そう言って、目元を袖でごしごしと拭う。

「そういえば、あの作戦前もカレーだったな、って」

「……そう」

 その言葉を聞いて、曙が行儀悪くクリーム色のプラスチックスプーンをくわえ、もごもごと声を出す。

「今度は勝って帰るわよ。どうせ作戦発起は夜になるんだから、さっさと寝なさいよ」

 食べ終わったのか、食べ残しを袋に入れて、ゴミ捨て場にしている、黒いビニールをかぶせた段ボールの中にほうりこみ、電を手招きしながら、二人用の寝袋にくるまっている。切り替えの早いことだ、と半ばは呆れながら、はあ、と山城はため息をついた。

 その時、がちゃり、と扉の開く音がした。振り向くと、そこには陸軍の連絡官としてこちらにいるあきつ丸がそこに立っていた。

「おお、山城どの、こちらにいらっしゃったか」

 ははは、と笑いながら軍帽を小脇に抱えた黒い詰襟を着た、雪白の肌をもつ少女は入ってくる。

「お話がありまして。来てはいただけませんか」

「ここではできない話、でしょうか」

 ちら、とあきつ丸は摩耶の方に視線を向ける。なるほど、血気盛んな人間が居ては不都合な話がある、という事か。という事を山城は理解する。

「あん? なんだよ、あたしがどうかしたのか?」

 そう言って、摩耶は曙と同じくスプーンを咥えながらもごもごとやっている。これで式典に出せばそれなりの立ち居振る舞いができるのだから、わからないものだ、という感触も、山城にはあった。

「いやいや、休憩中にするような話ではないのでありますよ」

 またうさんくさいははは、という笑いを、あきつ丸は浮かべている。山城からすれば、こういう笑いをする手合いはなかなか手ごわい、という意識もある。

「じゃ、山城さん、よろしくね」

 そう言って、童女のようにばいばい、と手を振るのは最上だ。立ち話をこれ以上されても迷惑だからさっさと行ってくれ、ということだろう。こういう部分は、元西村艦隊であった、という記憶がある、というところが役に立つ。お互いに「わかって」いるからだ。

「それでは、こちらに」

 口角を上げる愛想笑いを収め、あきつ丸は扉を開いて、山城を先導する。どんな話だろうか、と床を見て見れば、空軍はよほどあわただしく撤退していったのか、ワックスが塗られた床には靴墨の跡があちこちについており、混乱のほどがうかがえた。

 ぴたり、とあきつ丸が足を止める。最小限の電力しか供給されていないためか、非常灯だけがともった階段からさす明かりで、白い肌が闇から浮かび上がる様に見える。

「いや、わざわざ申し訳ありませんな」

「いえ。摩耶に聞かせたらまずい話なのでしょう?」

 別に聞いてもかまいはしないのですが、とあきつ丸は前置きをし、さてどこから話すべきか、というように、目をぐるりと回して、うん、と首を縦に振った。

「佐世保鎮守府から脱出を試みている海軍の部隊が確認できました」

 その一言を聞いて、山城はぎくり、と身じろぎをする。

「確かなのですか?」

「はい。おそらくそちらにもすぐ情報は行くと思いますが、単純に間に挟まる人間の数の問題でしょうな。海軍さんの司令官は海上に出ていますから、海兵隊の連絡官から情報が伝わるのが遅かった可能性があります」

 ブルーリッジには海兵隊、陸軍の連絡官が乗っているが、ブルーリッジから第一艦隊への情報伝達となると、電波妨害下にあるため、いったん加賀か鳳翔の艤装にデータを取り込み、量子リンカで情報を伝達する必要がある。そのために時間的な差があったのだろう。

「なぜそちらは……ああ、陸軍のネットワークと直接リンクしているのでしたね」

「まあ、そういうことですな」

 特に隠そう、とかそういう意図はないのでしょうが、と言って、あきつ丸は山城の量子リンカにリンクし、情報を渡してくる。
核攻撃を行ったB-70、そしてその護衛戦闘機としてのミグ25が微弱な救難信号を受信。電波妨害下であったが、奇跡的に受信に成功し、所属情報等も得られた。それが佐世保鎮守府所属の朝潮と那珂のものだったのである。

「ですので、現在こちらのCV-22を向かわせています」

「……危険ではありませんか?」

「当然、撃墜の危険性もありますな。そうは言っても、連絡をする必要はあるわけですから……」

 上級司令部から、なにかしら追加の指示が来る可能性があります。とあきつ丸が口にしたのを聞いて、思わず山城は天を仰いだ。

「不幸だわ……」

「まァ、そういう事でありましょうな。なに、このあきつ丸も付き合います故、不幸のおすそ分けと行きましょう」

「……人間、できているのね」

「上官が靴下しか愛せぬ変態ゆえ……」

「……は?」

「いえ、何でもありませんよ」

 ははは、とまたあきつ丸が笑う。今度は、疲れた笑いだった。それに対して、山城は妙な親近感を覚える。
たぶん、同類なのだろう。

 そうして、あきつ丸は敬礼をして、階段を上って行く。白い首筋が揺れる髪の中で浮かび上がり、まるで幽鬼のようだ。という感想を、思わず抱いた。

「ところで、長良。立ち聞きはよくないわね」

「ご、ごめんなさい……」

 その声を聞いて、はあ、とため息をつく。駆逐艦に聞かせるのは問題だろうから、ということで、耳の良い長良は摩耶に送り出されたのだろう。

「まあ、別にいいわ。全部話すつもりだったんだから」

 そう言って、来なさい、とばかりに長良を追い越し、山城は歩き始める。

「たぶん、作戦が変わるわ。私たちが囮になって、玄界灘を佐世保鎮守府の連中に抜けさせることになる」

「それは……」

 長良が息を飲む音が、聞こえた。

「まったく、不幸だわ」

 そう呟いて、扉を開く。うわ、山城の姉御にバレたのかよ、という摩耶の声を聞いて、小細工なんてしないでも教えるんだから、止めなさい、と山城は言う。
まあ、前回の疑似餌は向こうの艦隊だったのだから、帳尻は合う。そう、彼女は考えた。




「確かなのか」

 その言葉を、提督はかろうじて吐き出した。加賀は、こくり、と首を縦に振る。

「海兵隊から、佐世保鎮守府の生存者の情報が得られました。陸軍が現在CV-22で近海を捜索中です。連絡が取れ次第、情報を送るとのことです」

「……そうか。鳳翔に捜索を手伝わせることはできるか?」

「現在実施していますが、まだ……」

 そう言って、加賀は言葉を切る。ごくり、と喉を鳴らし、普段はほとんど表に出さない表情の変化が、出た。

「位置を特定いたしました。鳳翔教官……いえ、鳳翔さんから情報が送られてきます。コンソール上に表示しますので、少々お待ちください」

 そう言って、加賀は端末を操作し、艤装と接続する。INSからの座標情報と、得られた画像データを照合し、地形を分析して地図上に発見位置を表示する。

「これは……エルドリッジか」

「はい。その通りです。また、佐世保鎮守府はほぼ地上設備は損壊していました。陸軍にこの情報を通知しますが、よろしいですね?」

「問題ない」

 そう提督は答え、くそ、と口の中で毒づいた。新たな戦力はおおいに魅力だが、幾らなんでも場所が悪い。何しろ、これから対馬に対して攻撃を行うのである。

「……愚にもつかない質問だが、現在陸軍が確保している港湾はどうなっている?」

 そう聞くと、加賀はおそらくこの質問が飛んでくるだろう、ということで準備をしていたのか、ほとんど間を置かずに回答が返ってくる。

「ブルーリッジの現在の喫水であれば問題ないかとは思いますが、エルドリッジはおそらく限界まで人員や物資を満載しているでしょうから、接岸時に不都合が出るかと思われます」

「理由は?」

「深海棲艦の死骸がかなりの量ヘドロ状になっているため、浚渫の必要性があります。港湾の浚渫をやっている時間、人員の余裕は現状ありませんので、不可能でしょう」

 言葉を切り、加賀は続ける。

「作業船を呉から引っ張っていくにしても、作業を行うのは民間人です。これから戦闘を行うのに、民間人に作業を強要することは難しい、と思われます」

「……わかった。仮に彼らを北回りで脱出させ、救出をするのなら、玄界灘を抜けてもらわなければ困る、という事だな」

「ご理解いただけて幸いです」

 そう言って、加賀は敬礼して足をCICの外に向ける。なるほど、それにしても。と、続けそうになった言葉を、提督は飲み込む。
よりにもよってこんな時にどうして。そう言いかけて、止めたのだ。





[39739] 余計者艦隊 佐世保鎮守府失陥編第四話 「After mass」(後編)
Name: 小薮譲治◆caea31fe ID:7924f896
Date: 2016/07/17 14:44
「確かですの!?」

 跳ね起きた熊野はスロートマイクをつけているにもかかわらず、思わず大声を出す。

「声おっきーよ!マジだって!後部甲板に着陸許可、おろしてくれって言ってる!」

 そう言っている深雪の声を聞いて、布団を蹴飛ばしてCICへと小走りに向かう。全く、どういう事態なんだ、という気分になっている。

「霧島さん!」

 CICで指示を出していたらしい霧島が、こちらを振り向く。言いたいことはわかる、というような光を、目が放っていた。
「どういう事ですの。CV-22が着陸したいって……どこの!?」

「広島の第五師団よ」

 それを聞いて、頭が状況に追いつかないのを、熊野は感じた。広島。第五師団。なぜこんなところに、という様子である。いや、当然と言えば当然だ。米海兵隊が単独でこちらに進出してくることは考えにくい。そう考えれば、第五師団が動くに決まっているのだ。

「……で、どうしますの?」

「着艦してもらいます。当然でしょう。今の状況を変化させられるかもしれませんから」

 まあ、そうだろう。という調子で熊野は頷く。孤立無援ではなくなった。それが心を軽くしていた。





「あれがCV-22かあ。プロペラでっけーなー」

 そう言いながら、深雪は海上の警戒を行っている。通信波を先に受信した関係で中継をしたのだが、実際にCV-22を見たのは初めてである。九州ではどちらかと言えばCH-53が飛んでいることが多かったからだ。

「ええ、そうね」

 荒潮の声を聞きながら、やっぱり気落ちしているなあ、と深雪は感じる。朝潮が短期的に、とはいえ、戦闘不能な状況になっているのが堪えているのだろう。

「朝潮は大丈夫だろ」

「そうね……」

「そっちこそ、大丈夫かよ、荒潮。いつもだったらあたしにつっかかってきてるのに」

 あ、余計なことを言った。と思わず口をふさぐ。そういうところが無神経なのだ、といつも那珂には怒られていたのに、どうにも治らない。

「……当たっても、帰ってこないんだもの。みんな」

「……ん、そうだな」

 当たったところでかえって来ない。確かにみんなかえっては来ないのだ。

「はーい、みんなー、聞こえるー?」

 那珂の声が、通信機に響く。頭を切ってしまった時に、ひいひい言いながら縫われて居た時とは打って変わった、明るい声。

「ちょっとね、戻って来て欲しいんだ。色々と説明することがあるの」

「……戻って来てぇ? 大丈夫なの?」

 荒潮の声を聞いて、まあ、確かにそうだ、という感触が、ある。水偵を含めた航空機がほぼない以上、駆逐艦による哨戒が必要となる。

「ん……データリンク、見てもらえるかな? 霧島さん、外れてるでしょ?」

「あ、ホントだ。……あれ、ひょっとして」

「そ、わかったらすぐに戻って来て。良いお話だよ」

 声が弾んでいる。なるほど、そういう事か。思わず、深雪もにやり、と笑ってしまう。それほどに、良い話なのだろう、という予想はついた。





「電波妨害下だから量子リンカでのみのコンタクトになったけど……。呉鎮守府側、本気で対馬をこの戦力で攻め落とせるつもりなのかしら」

「まあ、強行偵察を行う、とのことでしたから、本来はもっと戦力がいるのかもしれません」

 敵戦力の概算の算定。という事になると、実際問題として、彼女たちはあまり役に立てない。なぜなら、陸上兵力が過小であったため、対馬の実際の戦力配置等が把握できなかったからだ。航空偵察をするたびに状況が変わっており、ろくに情報が得られない。その点に関しては、呉鎮守府と全く同じ状況である。ただし、現在は呉鎮守府の鳳翔のおかげで、全員が集結しての作戦会議が行えているのである。

「結論から言ってしまうわ。北回りでの突破を行います」

 それを聞いて、熊野は嘆息し、那珂は天を仰いだ。

「平戸大橋で呉鎮守府第一艦隊と合流し、鐘ノ岬……宗像市の近海ね。そのあたりまで護衛を行ってもらいます。およそ2時間から3時間の行程となるわ」

「……それ、エルドリッジが全速力の23ノットで航行した場合の数字じゃありませんの? ……そのあとは?」

「呉鎮守府側の機雷が敷設してあるので、それに注意しながら、下関に向かう形になるわね。下関で負傷者を下して……」

 ズレた眼鏡を直しながら、霧島は言葉をつづけた。

「状況が流動的だから何とも言えないけれど、呉鎮守府の指揮下に入って、強行偵察作戦の支援を行います」

「ふうん……北回りね。南回りの場合、熊本も新田原も支援は難しいって言ってるんでしょ?」

 そう、那珂が言葉をつなぐ。それに対して霧島は頷いて見せる。

「どっちにしても、戦力の空白地帯である鹿児島を通らなくちゃいけないから……。まあ、危険を冒してでも北回りじゃないと、難しいわね」

 そういって、霧島は肩をすくめて見せた。疲れは、やはり覗いている。だが、目には希望の色も見えていた。





「おう、馬糞。どうする」

「おう、女衒か。どうするもこうするも、放置してはおけんだろう」

 陸軍が指揮所として使っている旧春日基地、そして岩国基地の米軍との会議通話が組まれようとしている。その前に、陸軍とのすり合わせを行うべく、提督は馬糞こと馬淵中佐に連絡を行っている。

「言い方を変えるぞ。陸軍は5時間以上も深海棲艦の攻勢に耐えられるのか」

「厳しいな」

 厳しいな、という一言が、馬淵中佐から返ってくる。つまり、なんとか耐えられる、という事だろう。そう提督は解釈する。

「……第二艦隊を対馬に近づけるほかない。こちらに誘引する戦力を増やすのが、ベストとは言わなくてもベターだろう」

 これは加賀が提案した話である。実際、そうするほかはないのだが、ブルーリッジを完全に無防備にしてしまいかねない部分がある。とはいえ、陸軍の協力が不可欠な以上はこうするほかはない。

「助かる。いや、助かるというよりはそうしてもらわないと困る。何等かの妨害で足が鈍ったらそれ以上時間がかかるのは確実だからな……」

「だろうな。ここ最近の深海棲艦は明らかに「馬鹿」ではなくなっている。そう考えれば、何か妨害を行ってくるはずだ。はずだ、ではないな。確実だろう」

 相互にため息をついてみせる。実際上、敵がひたすらに向かってくるだけならば、対処するにはひたすらに火力が要求されるだろう。だが、相手もなぜか「知恵」が回るようになっている。南方でマレーシア海軍、国連軍と共同歩調を取っていた時とはまるで感触が違った。

「知恵の実でもかじったかね」

「はは、かじったなら恥らってるだろうさ。ヲ級の格好なんか、道を歩いてたら通報ものだろうよ」

「違いない。……真面目な話、頼むぞ。早く戻って来てもらわなければ陸軍は破滅だからな」

「ああ。……靴下を融通しよう」

「……魅力的な話だが、さすがに靴下で部下の命を売るわけにはいかんから、それは」

「違う。事前協議に応じてくれた個人的な礼さ」

 話している内容は聞くに堪えない物であったが、合意は成った。あとは、海兵隊の説得である。さすがに付き合い切れない、と言われた場合どうするか。それを考えると、頭痛を覚えるほどである。





「いやあ、生きててよかったなぁ」

 そう、短く深雪は言う。目を閉じていた朝潮が、ゆっくりと目を開けた。鼻にカニューレが差し込まれているのが見て取れた。千切れ飛んだはずの腕は新しく製造され、接合されている。治療を促進するMEMSや薬剤も投入されており、一週間もすれば、日焼けの色合いが違うことを除けばほぼ継ぎ目は目立たなくなるほどだ。ことに、朝潮はちょうどよく骨を損壊せず、腕だけが吹き飛んだからでもある。
逆に言えば、都合のいいところでいったん切ってから接合する、という事で、骨を固定するボルトを入れたりなどをする必要があるためでもある。

 むろん、いったん切り落としてしまってから、そこに新しい腕を継げば
いいのだが、そういう手術をやるためには体力が必要で、腕が吹き飛ぶような負傷をしてしまった場合はそのための体力や血の量が足りないケースが少なからずあるため、なかなかそうそう踏み切れるものでもない。

「……でも……」

「ん?なんだよ」

 深雪は、でも、という朝潮の声を聞き咎める。生き残った事に何か負い目でもあるのか、という気分だった。

「……しばらく、戦えないのが……」

 少しの間の沈黙。んー、とうなり声を出した深雪は、なあ、と改めて言う。

「そんなにあたしたち、頼りないかな」

 深雪様にどーんとまかせとけ、と言おうとした口は、別の言葉を吐き出していた。その言葉に、自分でもおや、という思いがある。

「やっぱさ、一人いなくなるのはキツいけどさ。居ない間くらいさ、あたしたちで何とかできるよ。そんでさ」

 言葉を切り、続けた。

「そういうこと、考えないでさ、治療に専念してほしいわけよ、やっぱり。はやく帰ってきて欲しいだろ?」

 そう言って、深雪は背中がむずむずする思いを抱く。がたん、と立ち上がって、扉を閉める前にそれじゃ、と言って、部屋から外に足を踏み出す。そして、出て行く直前に見えた朝潮は、微笑んでいた。

 人の気配が、した。朝潮とよく似た気配。

「……聞いてたのか、荒潮」

「ごめんなさい、盗み聞きするつもりはなかったの」

「入ってくりゃ良かったのに」

 え、と荒潮は怪訝な顔を作った。にやり、と深雪は笑って、言う。

「そんじゃ、しばらく朝潮のぶんも頑張らなきゃな。な!」

 ばんばん、と荒潮の肩をたたき、なにか良くわからない歌を歌いながら、深雪は歩みを進めた。毒気を抜かれていたような顔をした荒潮は、朝潮と同じ表情を、作ってみせた。

「……大丈夫。大丈夫」

 曲がり角に差し掛かると、深雪はぴたり、と足を止め、スカートをくしゃり、と握りしめて、そう念じるように、言った。





「……それでは、作戦案に微妙な修正が加わるのですね」

 そう、大和は言う。ああ、と提督は返し、加賀に説明するように、と目配せをすると、咳払いをして、説明資料を回し始める。席には、戦艦の大和、金剛、榛名、そして吹雪と響が座っていた。長良は第一艦隊に一時的に派遣されているため、巡洋艦は居ないが、火力としては異常に高い。問題は、大和の搭載砲は周防大島攻略時に強奪されて以来、山城がかつて使っていた35・6cm連装砲なのだが。

「微妙な、と言っていいかどうかは判断が分かれるでしょうが……結論から言えば、第一艦隊は佐世保鎮守府からの撤退を支援することになります」

 ざわ、と空気が揺れる音が、した。佐世保鎮守府からの撤退。つまり、少し前まで、彼らは抵抗を行えていたのだ、という事でもある。

「それに関連して、従前は沖ノ島あたりで待機し、戦闘を行う、と指示しましたが、対馬方面に進出してもらうことになる、と我々は考えています」

「あの……発言、良いでしょうか」

 おずおず、という様子で手を挙げた吹雪に対して、加賀はこくり、と首を縦に振って見せる。では、とばかりに立ち上がり、口を開いた。

「陸軍の方たちが撤退する時期と重なった場合、どう判断をすればいいんでしょうか。その、なんというか、戦力の層を厚くして、苦労をかけちゃわないかな、って」

「ん……それについては検討はしましたが……結論から言うなら、状況が流動的でありすぎるため、臨機応変に動いてもらうことになるかと考えます」

「つまり、何も考えられてない、ってことだね。おっと、不規則発言、失礼」

「否定はしませんよ、響」

 そう加賀は返す。一瞬冷たいものが響との間で相互に流れたが、当然と言えば当然、という気もしている。なぜなら、加賀が暴走をしなければ、彼女が塗炭の苦しみを味合わなくても済んだかもしれないからだ。

 もう、響ちゃん。と吹雪は言い、あいまいに笑いながら着席する。これだけと言えばこれだけの話だが、これで終わるならばつづけはしまい、という感がある。

「続いてですが……佐世保鎮守府の護衛艦隊について説明します。彼女たちの母艦、エルドリッジの下関への護衛の完遂後、第二艦隊との共同歩調を取っていただくことになります」

 一瞬、加賀の表情が嫌悪に歪んだように、提督には見えた。それはそうだろう。これからよりにもよって説明しにくい相手が二人もいるのだから。

「……まず、旗艦、兼佐世保鎮守府司令代理として、戦艦『霧島』が居ます。ご存知ですね、二人とも」

 口元を、抑えているのが見える。う、といううめき声。

「吹雪。外に」

 そう、提督は短く、しかしはっきりと言う。やはりか。と口の中で毒づきながら。



[39739] 余計者艦隊 佐世保鎮守府失陥編第五話 「Humanity」(前編)
Name: 小薮譲治◆caea31fe ID:7924f896
Date: 2016/07/24 10:28
「……」

 吹雪は、厚く切られた豚カツをつつく。湯気を立て、箸が当たるたびにざく、ざくり、という音を狐色の衣が立て、ぷうん、と香ばしい香りを立てている。さらには、切り口からはじわじわと脂がしみだしており、給養員がいかにおいしい物を、という思いを込めてくれたか、が良くわかる。同じ皿に乗る千切りにされたキャベツは瑞々しく、櫛形に切られたトマトの赤は鮮やかな色をしている。
文句のつけようもないどころか、おそらくは作戦前、という事で極力良い物をかき集めてくれたのだろう。麦交じりの飯の炊き具合は完ぺき。いう事は何もない。

 それなのに、吹雪はぼう、としながら持ち上げては戻し、持ち上げては戻し、を繰り返している。

「どうしたの?」

 その様子を見て、隣に座っている榛名が声をかけてくる。わっ、と声を上げて顔を上げると、皆がそれを見ていた。大和、榛名、響。そして、金剛も。

「ああ、ええと、いえ。何でもないんです。おなかにお肉、ついちゃったら困るなぁ、って……」

 そう言ってごまかし、口に運ぶ。間違いなく旨い、と言ってもいい味付けだった。だったが、今の吹雪には、砂を噛んでいるように、感じられた。




余計者艦隊 佐世保失陥編 第五話:Humanity




 時間は、少しさかのぼる。金剛が霧島の名を聞いたとたん吐き気を催し、吹雪と一緒に艦娘用のブリーフィングルームを退出した時点に。

 蚕棚のような備え付けのベッドがあるため、仮眠所を兼ねた艦娘用の休憩室に金剛を連れ出した吹雪は、しばらくして落ち着いたのを見ると、小型の冷蔵庫から水の入ったペットボトルを取り出し、上に置かれた紙コップにそそぐ。

「ん、大丈夫ですか、金剛さん」

 そう言って、水を差しだす。休憩室には誰もいない。当然と言えば当然の話でもある。

「……イエ……」

 そう言いながら、金剛は水を受けとり、干す。それを見て、ふう、とため息をついた吹雪は、疑問を口にした。

「どうしたんですか?急に……妹さんじゃ」

「……」

 沈黙。何とも言えない物を、吹雪は感じる。

「……ひょっとして、私と同じですか」

 短く、吹雪は口にした。

「what……?」

「おかしいと思いませんか。たかが駆逐艦とはいえ。それに、淡路島とは何度も行き来しているのに、横須賀鎮守府側に戻せ、と言われていないんですよ」

「エ……ブッキー?」

「ん、ああ……その、たぶん、言っちゃうとマズイと思うので、お互い、言わないでおきましょう。たぶん、そういう種類の事ですよね」

 お互いの視線を交え、それで、だいたいのことが分かった。厄介ごとを抱えている、と言う意味では同類である。つまるところは、吹雪も金剛と同じく『元』深海棲艦なのだ。

「軍籍とか、どうしてます? 私ははっきり、その、死んだところが目撃されたわけじゃあないので、困るところは少ないんですけど……」

「……死体が上がって来なかったカラ、ミッシング・イン・アクション扱いデシた」

「……運が良いんだか悪いんだか、わからないですね。お互い」

 そう言って、吹雪は低く笑った。いつもとは違う、苦みを感じさせる笑い。

「ん……私も、ちょっと気にしてるんです」

「ナニを、デスか?」

「今回合流する、って言われてる鎮守府、軍に入った時に仲の良かった深雪ちゃんが行ったところなんです。だから……ひょっとしたら、クローンなのかな、って言われるのかも」

「……本当。ややこしいコトになってマスね」

 そう言って、金剛も笑った。彼女の顔に浮かんだのも、吹雪のそれと同じだった。




「天候はどうだ?」

 そう、提督は加賀と交代した鳳翔に聞く。加賀からの情報を受けとり、鳳翔は短く答えた。

「雨は上がったようですね」

 提督は、時計を見る。一九〇〇。丸5時間も降り続けた雨は、ようやく止んだ。それを見て、思わず舌打ちをする。

「……結局、作戦発起は日が変わったか」

「やむを得ないでしょう。核砲弾ならいざ知らず、本格的な核攻撃ですから」

 そう。まさか陸軍の兵に対して文字通りの意味で確実にのたうちまわって死んでこい、とは言えないのである。距離によって核爆弾投下後の放射線レベルは低下するが、それでも今現在は雨に含まれる放射性物質が大地を汚染しているため、とてもではないが作戦行動が可能とは言えない。ここから7時間。
致命的、かつ半減期の極端に短い核物質が崩壊をし、放射線レベルが十分の一になり、マージンを見てさらに五時間。それで、ようやく作戦行動がまともに行える。

「作戦内容を考えれば、陸の連中の安全のためにもやらないわけにもいかないが、それにしても核攻撃は小回りが利かないな。今更だが……」

「……対馬の避難民はどう思うのでしょうか」

 そう、鳳翔がぽつり、と言って、首を振った。

「らちもないことを言いました。お忘れください」

 そう言った鳳翔の顔を見て、天を仰ぎ。

「……忘れてはいけないことだろう」

 短く、口の中で提督はそういった。




「……電車で移動、ねえ」

 そう言いながら、灰色のモケットが張られた椅子に、山城は座っている。帝国空軍の春日基地と、作戦開始地点とは若干の距離があるため、車庫に収まっていた車両を引っ張り出しているのである。ほかの車両には、陸軍の人員も当然乗っている。
あきつ丸は、というと、第五師団司令部に呼び出され、呉鎮守府第一艦隊が一時的に抜け、戦力が減った分の直援を行うために、緊急の打ち合わせに向かっている。結局、また同じところで戦うことはできなかった。

「電車じゃなくて、えーと、ディーゼルでけん引してるらしいぜ。貨物用だったらしい」

 摩耶はそう言いながら、閉じられた窓ごしに外を見ている。蒸し暑さはあるが、風下ではないとはいえ、放射性物質を吸い込むリスクは冒せない、と言うわけでもあった。
わざわざスポットクーラーを運び入れるほどでもある。艤装を動かしていなければ、普段よりは幾分高い放射線を浴びる形になるのだ。

「……それにしても、海軍で独占みたいで、なんだか悪いわね」

 そう、山城はつぶやき、窓の外側を見やる。本来ならば生活が営まれ、窓から明りが漏れていただろう風景には、なにもない。繁華街も、ビルも、民家も、なにもかもが闇に包まれている。

「三隈、どうしてるかなあ」

 そう、摩耶の隣に座る最上はつぶやいた。三隈や潮、そして春雨は下関近辺に機雷を敷設する任務が与えられている。潮の骨折はまだ治っていないが、できることをやりたい、という当人の希望で敷設作業に加わったのだ。

「まあ、何とかやってるだろ」

 そう、摩耶は口にする。それを聞いて、最上は渋面を作った。

「いやさあ、任務の心配じゃないんだよね」

「んじゃ、なんなんだよ」

「んー、なんていうか、さ。ちょっとこう……変わってるじゃない」

「……ああ、うん、まあな」

「潮ちゃんに迷惑かけてないといいな、って」

 くまりんこ、と言いながら潮に同じリアクションをとるように要求している絵が、山城の脳裏に浮かぶ。ああ、そうね。という摩耶の声を聴いて、考えることは同じなのだな、という思いが、ある。

「……大丈夫よ、アイツも変わってるから」

そう、背中の側から声がする。おや、という感触が、あった。曙の声だ。

「大丈夫よ……」

 その声に、意外な思いがした。曙と潮の間には、ある厄介ごとがあった。そのため、どうもお互いにやりきれない関係だ、というところまでは、少なくとも第一艦隊にいる面々には周知の事実である。

「曙ちゃん……?」

 その電の声に、ふん、という鼻を鳴らす音が返された。

「まったく、クソ提督も適当なことを言うもんよね!戦うのは私たちなのに、急な作戦変更をするんだもの」

 その強引な話題のそらし方を見て、みな苦笑する。とまれ、彼女たちは戦うのみである。生き残るために。そして、生き残らせるために。






「6時間の休息かあ」

 そういって、吹雪は隣の響を見やる。雑誌を開いて、何か数字を書き付けていた。

「何やってるの?」

「数独」

「……面白い?」

「ハラショー」

 休憩室の布団には、すでに金剛がくるまっている。残りの2名は、というと、加賀とともに海上で見張りを実施している。哨戒をしている、と言わないのは、燃料消費のすさまじい戦艦に哨戒などさせていては、燃料がいくらあっても足りないからだ。

「……ねえ、生きて帰ること、できるって思う?」

「不死鳥だからね」

 そう短く言って、響はぱたん、と雑誌を閉じた。

「そっか……なんだか私、戦闘をするときに『後ろの人たち』に『しんじゃえ』って思われてるんじゃないかな、って時々、思うんだ」

「ここの指揮官は冷酷だからね」

「えっ……そうかな」

 うん、冷酷だよ。と、響は首を縦に振って見せる。そうなのかな、と吹雪はもぐもぐと口を動かす。

「でも、無駄遣いは嫌いだと思うよ。特に、命の」

「うん……。でも、昔マンハンターだった、って噂、聞いたことあるんだけど、どう思う?」

「今は違う。それでいいじゃないか。クワスでも飲んで寝てしまおう」

「クワスって……あれ、お酒が少し入ってるんでしょ?」

 黄金色のびんを、冷蔵庫から持ち出して、ぐっと親指だけを立てながら、響はいう。

「水杯のほうがいいかい?」

「ああ、うん、クワス、分けて」

 そういって、とくとくと注がれる液体を飲み下し、うわ、あまっ、と思わず声に出してしまう。

「電もそう言うんだ。甘すぎておいしくない、って」

「……そのあと、どうなるの?」

「あつい、って言って脱ぎ始める。お酒が飲めない体質なんだろうね」

 ははは、と響は笑う、ひょっとしなくても、これ密造酒なんじゃ、という考えが、浮かび上がっては、消えた。アルコールのおかげか、硬い仮眠室のベッドでも、眠りは深く、よどむようだった。




「加賀さん」

 その声を聞いて、加賀は振り返る。そこには、榛名がいた。反対側には大和がいるのだろうな、という思考をした後、前を向く。

「交代です。下がってください」

「別に必要ありません」

 そう、短く加賀は返す。だが、榛名は食い下がってきた。

「……寝てないんでしょう? お化粧で肌が痛んじゃいますよ」

 そう言った榛名のほうを、舌打ち交じりに見やる。どうにも、榛名は苦手だ。本来は巡洋戦艦として就役するはずだった元の相棒、赤城のことを思い出すからかもしれない。

「……提督の、参謀じゃあありませんか。主席参謀が航空機に乗ってもいないのに寝不足で三割頭じゃ話にならないですよ」

 そういって、榛名は笑う。提督、という言葉の含みに引っかかるものを感じて、幾分申しわけのなさに近い感情を感ずる。

「白井少佐のご命令ですか?」

「はい。……びっくりした、お名前、呼ぶんですね。」

「提督、提督、と言っていると、あの人の名前を忘れそうだから……」

 そういったときに、加賀は少し表情をゆるめ、笑う。笑う、といっても、見慣れた者でなければわからないような微細な表情の変化だった。

「……提督、もとはマンハンターだったらしいですね」

 一瞬、加賀はぎょっとする。脱走した艦娘専門の殺し屋、と呼ばれる特殊部隊のことを、艦娘たちは忌み嫌い、マンハンターと呼ぶ。いや、全軍でその実力で尊敬を集め、同時に蔑みも集めている。

そんな部隊の出身者が、因果なことに艦娘たちの指揮をとることになったのだから、世の中はわからないものだ。ことに、本来は提督こと白井少佐は「機関少佐」なのだ。指揮権を持てる道理は本来ない。

「どこでそんな話を聞いたの?」

「南方で戦ってた時に、摩耶を追跡する、っていう部隊の移動にたまたま鉢合わせしたことがあって。似た方を榛名は見たことがあるんです」

「……しゃべったの?」

「……いえ、そんなことはしません。でも、だから……殺す、って言ったときに、なんだか悲しそうだったんだな、って」

 そう、榛名は言って、変なことをいってごめんなさい。戻ってください、と加賀にいう。悲しそう。そんなことを察したのか、と加賀は妙なものを、胸に覚える。嫉妬、といっても良いそれは、常に無かったものだった。

 船に帰り着き、背中に着けた艤装にクレーンをひっかけさせて、外す。整備班がそれに群がり、弓と下駄のようになった履物をぬぎ、をやっているうちに、ふう、という言葉が漏れた。緊張がほどけると、どっと疲れが肩に乗ってきたが、報告がまだ終わっていない。

 CICに足を向ける。狭い通路を通り、たどり着いた後に指揮卓に座った提督に対して敬礼をし、答礼が帰ってきたあと、口を開く。

「提督」

 そういって、加賀が声をかける。異常なし、という報告を上げた。よし、朝まで寝ていて構わないぞ、という声に、おや、という表情を加賀は作る。

「……それでは、提督はどうされるのですか?」

「ここで仮眠をとる」

 それに対し、加賀は首を横に振り、耳打ちをする。

「それはいけません。全力配備でもないのに、指揮官がいてはCICの人間の神経が疲れてしまいます。仮眠室で眠っていただかないと困ります」

「そういうものか……すまない、それではそうするよ」

そういって、目の下をこする。目の下の色濃いくまが、疲労の色をうかがわせた。

「それに、その隈では士気にかかわります」

「……加賀、君がうらやましいよ」

「いえ。疲れていることが見た目にわからないのは察してもらいにくいので、なかなかそれはそれで堪えます」

「そういうものか」

「はい」

 そういって、加賀は耳元から離れ、再び敬礼をして立ち去る。
 日が昇れば。日が昇れば、あとは戦闘が行われるのみだ。そう考えながら。




 各人が、各人の夜を過ごす。そして、敵にも、深海棲艦にも夜は平等に訪れている。だが。

 うめきに近い声が、響いている。うごめく黒いコールタールが燃え上がり、焼け焦げ、そして。
生み出される以前の深海棲艦がのたうち、うごめき、ハイピッチな悲鳴を上げ、うごめいている。その中央に、敵がいた。敵、敵というのが適切かどうか、わからない。生白い肌。生気を感じさせない目。

生まれ落ちる前にすでにして死んでいる。そんな印象が、あった。

「アア、アアアア」

 うめき声。いや、うめきとも取れない、怨嗟の声。

 おのれ、よくも私をあんなもので焼いたな。あんなもので。という種類の、鋭い怒り。呪いの声が、唱和される。

 生まれかけた物。それはなにか。太平洋の中央、ハワイに存在する中枢棲姫とほぼ同質の、極東の中枢。生まれ出ずる寸前に、炎で焼かれた姫君。

 名前はない。まだ名をつけるものが来ていない。だが。名づけ親はいずれ来るだろう。決戦の地、対馬に。




[39739] 余計者艦隊 佐世保鎮守府失陥編第五話 「Humanity」(後編)
Name: 小薮譲治◆caea31fe ID:7924f896
Date: 2016/07/31 07:02
 砲撃音が、耳に入る。こくり、とうなずいた山城は、円陣を見回した。いずれも、緊張の色が濃い。

「第一艦隊、出撃します! 抜錨!」

 その山城の声とともに、無数のCV-22オスプレイが、F-35とミグ25に護衛され、上空をフライパスしていく。中には、パワードスーツが詰め込まれ、対馬への侵攻を目指していた。それの支援を行うため、上空の掃討に加賀と鳳翔が戦闘機を対馬上空へ送り込んでいる。

「状況、どうなっています?」

 ノイズ交じりの無線機の音と、肉声が届く。最上だ。単縦陣をとっているため、背中の声に応ずる形となる。

「今のところ航空戦は発生していません。……心配?」

「ええ、まあ」

 そう言ううちに、再び砲撃が始まる。上空から深海棲艦の位置情報がもたらされたのだろう。M110A2の有効射程を考えれば、山城の砲撃能力ならば届く距離だ。位置情報を貰えれば、砲撃が可能である。

「こちら呉鎮守府所属山城。第五師団司令部、応答を願います」

「こちら第五師団司令部。何か」

「現在砲撃中の座標情報をいただければ支援砲撃ができるかと思われます。量子リンカでの参照できるような形で送付することはできますか」

「……少し待て」

 データネットワーク上に情報がアップロードされたことが検出される。しめた、とばかりに諸元を入力。それに合わせ、最上と摩耶と合わせ、統制砲撃。
 爆炎と大量の黒煙が砲口から吐き出され、それに合わせた鉄量が放出される。静かだった海が、泡立った。




「始まったか」

 そういって、提督は椅子の座面に背中を押し付ける。航空機を放出し終わったのか、時折制御のために意識がよそに行っている風の加賀もそばにいる。

「はい。第二艦隊、第一艦隊ともに順調に航行中です。佐世保のエルドリッジも異状なく航行。合流地点まではまだ距離がありますが……」

「第一艦隊は唐津港から出航。およそ一時間三十分で合流可能。そう見ていいな?」

 それに対し、加賀ははい、と首肯する。各人のGPSは早々に電波妨害下ゆえに機能不全を起こしており、艦隊所属の艦娘のINSのデータを補正して位置情報を量子データリンカで送付しているのだが、どうしても誤差は出るし、なにより敵と遭遇した場合は定刻に到着できるとは限らない。状況は流動的なのだ。

「陸軍の連中はどうしている?」

「沿岸部から自走砲での砲撃を実施しています。今のところ駆逐艦クラスの殺到のみであるため、何とか対応できているとのこと。オスプレイは壱岐上空です」

 今のところ第一艦隊の動きを除けば予定通り。という言葉は、お互いに飲み込んだ。言っても仕方のない事である。




「……不気味な位静かだな」

 深雪は、五島列島の影から出て、平戸島と九州の間を進む。色濃い新緑と、砲撃を受けたのか、つぶれてしまった建物を見てごくり、と唾をのみ込みながら、そう言う。首の後ろがちりちりとする。順調にいきすぎている。という感覚が、ぬぐえない。対潜警戒のために前進しているが、エルドリッジのソナーのほうが、艦娘のそれより強力であるため、本来は頼りにできる、はずである。

「なんかうまくいきすぎてるんだよな」

「お喋りが仕事でしたの?」

 うへっ、と深雪はうめく。熊野からの冷たい視線を浴びながら、いえいえ、そんなことはございません、と返した。荒潮はそれを見て、くすくすと笑っている。

「霧島さん、まだ向こうのINSの信号はこちらに向かっていませんの?」

「まだ距離はあるけれど……」

 ぞくっ、と背が寒くなる感覚が、ある。量子リンカから探知情報が送られてくる。反応は潜水カ級。くそ、大当たりだ、と毒づく。

「敵発見!真下だ!爆雷投下!」

 深雪は即座に爆雷を落とし、荒潮もそれに続く。指定の深度に到達した瞬間に爆発する。倒したか、とごくり、と唾を飲み、血が浮かんでくるのを確認して、ふう、とため息をついた。

「まったく、ひやっとしたよ……」

 ふう、と深雪はため息をつき、砲を持ち直す。ソナーがいきなり反応した理由はなんだ、と考えるが、しかし。

「ああ、くそ。反応多数!まだたっぷりいるぜ!」

 毒づく。頼りにしていいはず、なんて考えたのは一体誰だ、と完全に自分のことを棚上げにして吐かれたその言葉に、思わず苦笑いをする。

「エルドリッジのソナーが探知できるんじゃなかったのぉ?」

 その声を聞いて、良いから爆雷を落とせって、と深雪は叫ぶ。まだまだたっぷり敵はいる。護衛対象をやられるわけにはいかないのだ。



「潜水艦……まあ、そりゃあ投入してくるわよね」

 そう、山城は毒づいた。それに対して、長良は口を開く。

「対潜水艦戦を行ってると思う。私と電、曙は先行したほうが良いかもしれないわ」

「待ってよ、潜水艦戦ならボクも……」

 そう言う最上に対して、首だけを向けて、山城は口を開く。摩耶は、というと、潜水艦あいてかあ、と天を仰いでいた。

「最上。二人っきりって結構さびしいのよ。だからダメ」

「……ダメって、そんな子供みたいな……」

「理由はいくつかあるけど、説明している暇はないの。だから行って、長良」

「はいっ、対潜水艦戦ならお任せを!」

 にいっと長良は笑いながら、山城の前に出て、くるっと踊るように敬礼。電と曙に手を振って、山城の航跡から外れる。梯形陣をとり、そのまま速力を合わせて前進。ああ、やっぱり速力が欲しいなあ、とうめくように口の中で言う。

 それを見て、最上は不満げに

「ん……何が理由だったのさ」

「戦艦が一隻だけでウロウロしてたらカモそのものじゃないかしら」

 そう短く言う。それに対して、にや、と摩耶は笑いながら応じる。

「じゃ、あたしはネギってとこかな」

「ふうん、じゃあボクはネギ二号か」

「まあ、ネギ何号でもいいけれど、どっちにしても近寄りすぎるとやられるわよ。航空機、上げられるわね?」

「ネギ一号了解!」

「ああ、もう、ネギ二号了解!」

 そう言って、水偵を摩耶と最上は放出する。山城もそれに倣った。爆雷を投下させるためではあるが、しかし。

「向こう側と座標情報を共有できてる、ってのが凄いわよね。昔の戦争の時もこういうの、あればよかったのに」

「昔の戦争、っつったってあたしたちがのご先祖がやらかしてたやつなわけじゃないからなあ」

 からからと摩耶は笑う。この子、意外ときわどい発言をするのだな、と少しばかりの警戒感を山城は覚える。最上は、というとあいまいに笑っていた。




 ひい、ひい、という呼吸音が、ノイズ交じりに霧島の耳に届く。深雪が汗を腕でぬぐい、顔を上げてもういねぇだろう、と願望を口にする。周囲には、援護でやってきた長良たち、すなわち呉鎮守府の艦隊の面々が居る。

「も、もう爆雷も品切れだぞ。もう来ねえだろ」

「まあ、確かに居ないけど。願望口にするの、やめたら?」

 曙の毒づく声が、耳に入る。ああ、合流できたのだ。そういう実感が、霧島の胸に去来する。

 顔を下に向けて、ため息をつく。目を開ければ、青く、ひたすらに青い透き通るような海。顔を上げれば、赤い、巨大なつり橋が目に入る。ここさえ抜ければ、という考えが、霧島の脳裏に浮かんだ。しかし。

 ずる、と何者かが浮かび上がってくる。強化された視力がとらえた情報を艤装側が自動的にデータベースと照合。

「ひ、ヒヒ」

 ウォークライが、耳に届く。甲高い声。悲鳴に近い声。砲を構え、発砲をしようとする。だが。ぬるり、と砲口が上に向くのが、まるで超高速度撮影のように、見えた。
長大な発砲炎が、立ち上る。見せつけるような、曳光弾。それが橋げたに叩き込まれ、そして。幾度も、幾度も、叩き付けるように、見せつけるように、執拗に発砲が行われる。

ぐら、と橋がかしぐ。ワイヤーが引きちぎれ、鞭のようにしなり、空を切る音と、鉄骨がひしゃげる悲鳴を、響かせた。

 敵の名は、戦艦レ級。哄笑に近いウォークライ。ワイヤーに横殴りにされても、平然と海に浮かぶ、魔女。
砲弾を、放つ。そうして。

 ぐりん、と、霧島に怪物が意識を向けた。ぞぶり、ぞぶり、と、海の底から、敵の仲間たちが姿を現す。焼かれたあかぐろい肌を見せつけるように。




「……今、何といった?」

 加賀の報告を聞き、ごくり、と口の中に湧き上がった酸っぱいものを飲み込むように、した。

「平戸大橋が落ちました」

 簡潔にして要を得た報告だ。まさしく理想的と言えよう。だが。

「敵に落とされたのか。艦娘はともかく、エルドリッジは航行不能だな。……どんな個体だ?」

 そう聞いた提督に対して、同じく加賀も唾を飲み込んで、言葉を続ける。

「戦艦レ級を確認。他にも戦艦タ級二隻に空母ヲ級二隻です」

 それを聞いて、目を見開き、帽子を床に叩き付けそうになるのを、提督はこらえた。指揮官は、いつでも平静でいなくてはならない。いなくてはならないのだ。

「そうか。海兵隊に航空支援を要請できるか」

「……現在、対馬上空で戦闘が生起しています。不可能です」

 天を、仰いだ。あんなところを通るよう指示しなければ、あるいは状況は違ったかもしれない。そう考え、そして、辞めた。

「……エルドリッジを守りきれる公算はあるか」

「回頭し、全速力で逃げていますが……今のところ、かなり難しいものと思われます」

 どうする。どうすればいい。見捨てて戦力の保全を最優先しろ、と命令するべきか。それとも。

「……待て、レ級はどちらにいる?」

 そう、疑問を口にする。どちらか、どちらなのかによる。或いは、エルドリッジを守り、艦隊を保全する。そういう手が取れるかもしれない。そう、考えた。





「世界の終りってのはこんな光景かもな」

 そう、パワードスーツを身にまとった兵たちは、前進しながら毒づく。世界の終り。そう、それは焼き尽くされた街であり、一瞬で燃え上がり、そして黒い雨で火を消された死の大地であり。深海棲艦の「原料」が燃えながら腕を突き出し、身もだえしていたであろう、腕の林立する、終末の体現。

 ロケットモーターを使っての強襲と同時に、多数の映像データを持ち帰らなければならない。そうは思うものの、吐き気がこらえきれない。

「ジャンプ!下島を突っ切るぞ!」

 ああ、畜生。なんてことだ。そう、毒づきながら、ハイパーゴリック推進剤が長大な推進炎を生み出し、その推力で飛び上がる。その横をほとんどかすめるような高度で、CV-22が飛んでいく。カメラポッドを搭載したタイプだ。決死行だな。と考え、タッチダウン。再び推進炎をたなびかせ、飛び上がる。

 かつて町だった場所。かつて風雅な山野だった場所。それは全て核で焼き尽くされ、爆発の余波で同心円状になぎ倒され、一部はガラス化すらしている。

 対馬は、地獄だ。その呪いの声を、爆音に隠しながら、彼らは進んだ。




[39739] 余計者艦隊 ソックスハンター外伝 長門の靴下を狙え!
Name: 小藪譲治◆caea31fe ID:4f24daf6
Date: 2016/08/17 12:11
 起重機船のクレーンの上。闇夜の中でもともり続ける赤い航空障害灯が男の制服を映し出す。制服を映し出す、というのは正確ではない。ネックブリッジをしながら痙攣し、ぐっ、ぐっ、と蠢いていた。
間違いなく白昼堂々居たら通報して二度と人生に関わらないことを選ぶ類の人種であった。というか通報したいのであるが、恐怖ですくんでできない存在である。

「ああ……」

 恍惚とした声とともに、手をつかずに男はのっそりと起き上がる。鼻に乗っていた靴下が、風で流れた。
駆逐艦の三日靴下。さほど希少でもないそれを横目で見て、少しもったいないことをしたな、などと考えている。夜の呉鎮守府は、静かだ。

 もっとも、この男、ソックスアドミラルが静かな夜を切り裂くのであるが。




「ソックスハンター外伝 長門の靴下を狙え!」





 話は幾日か前にさかのぼる。白い靴下旅団が、瓦解した。瓦解した、というよりは、元々非合法化されていたのであるが、各地に根を張っていた彼らのネットワークが寸断されたのである。熊本の黒板裏に隠された1トンの靴下が押収され、彼らの多くは闇に潜った。
そして、この鎮守府の狩人たちが、この場所に集っていた。

「熊本がやられた。私たちはどうすべきだと思う?」

 そう、男が問う。彼の名はソックスアドミラル。表の名はまあどうでもよろしかろうが、少佐の階級章が服についていた。周りの少女たちは、皆立ち上がり、部屋から出て行く。男は、狼狽もしていない。結論はわかっていたのだ。

「どうした」

 肩口あたりまでの黒い髪の少女は、山城は振り向いて言った。

「闇に潜ります。表で出来るほど、今の情勢は簡単ではありません」

 そう、言った。銀髪の少女、響も青い瞳を動かさず、こくり、と首を縦に振る。横で髪を結んだ加賀は、首をゆるく振った。もう、だめだ、と皆示している。

「そうか……そうか。わかった、後は私がやっておく」

 もともと、非合法組織である。名簿も何もなく、彼女達の事を知っているのはこの会合に出てきた者たちのみ。
だが。男が一人で残ったのには理由がある。
彼一人でも、ソックスハンターはソックスハンターなのだ、というあきらかにいらん証を立てようとしたのである。

 時は、戻る。幾人もの靴下を奪い去り、報復をしてきた男は、びゅう、とふく風の湿っぽさに、一瞬ぶるり、と震えた。

「……降りるか」

 懐に手を入れ、何かを取り出しながら、起重機船から飛び降りる。水しぶきが上がり、そのまま沈み込む、かに思われた。男は水の上を、いや、水の上に撒いた靴下の上を走っていた。何を言っているかもわからないが、描写をしているこっちも意味が分からない。ただわかるのは、高速に動く足と、さらに高速に動く腕が靴下を敷き詰め、おぞましい早さで走っているという事だけだ。

 砲撃音が、夜を切り裂く。発砲炎とサーチライトが男を照らし、姿をまざまざと見せつける。見せないでもらいたかった。

「こちら川内! 靴下野郎を見つけたぞ! 海の上を走ってる!」

 警報が一斉に鳴り響く。川内の後続には陽炎、不知火、黒潮が追随している。いずれも発砲炎を砲口から吐き出させていた。しかし。
変態は、もっと大変だった。空中に飛びあがり、三回転半でそのすべてをかわし、靴下の上を歩きながら肉薄。そして。

「川内、靴下野郎ではない。ソックスアドミラルだ」

 靴下も敷かず、川内の顔に、陽炎の顔に、不知火の顔に、黒潮の顔に、靴下を踊るように叩き付ける。女の子の発する声音とは思われぬ声を発し、皆、ぶっ倒れた。

「しまった、靴下を回収していない」

 そう言いながら、呉鎮守府の岸壁を駆け上がる。警報は未だにうるさいほどだが、ソックスが出た、ソックスが出たぞ、と大騒ぎする姿を見て、訓練が足らん、と口の中でつぶやいた。
そして、騒いでいる艦娘たち、第六駆逐隊を編組している彼女達の中に、ある少女の姿を見出した。ソックスフェニックスこと、特型駆逐艦「響」だ。ソックスハンターの中でも、闇に潜ることを選んだ少女と、現役のソックスハンターは、違う。
その少女は騒いでやったぞ、とぐっと指を立て、視線を交わす。半分だけくれ。という意思表示だ。親指を下に向け、お断りだ、と返す。

「あそこだ! あそこにソックスが居る!ダヴァイ!ダヴァイ!」

「あっ、ホントだ!響、良くやったわね! 覚悟なさい、ソックスハンター!」

 暁の明るい声を聞く。この少女はソックスロボとして響に騙されてソックスハンターをやっていたのだが、端的に言うとこそこそと遊ぶのに飽きたのである。飽きていない絶世の変態は、両手を広げ、クロスさせ、靴下を放った。

 緩い放物線を描きながらクルクルと回る靴下を機銃で叩き落とし、ふふん、と笑う暁に、黒い影が迫る。

「知っているか、ソックスハンターからは逃げられない」

 靴下二足を確実に投擲し、電と雷は沈む。ぐい、と鼻に靴下を押し上てた暁は、もがき、蠢き、失神した。

「響」

 装甲靴下を袖口から取り出し、響に退治する。彼女の手には、同じ靴下が握られていた。

「靴下は一つ。ハンターは二人。そうじゃないかい? ソックスアドミラル」

「そうだな、ソックスフェニックス」

 魂までは腐っていなかったか、とお互いに口にし、性癖の腐った二人はにやり、と笑いながら靴下を構える。美しい情景である。握っているのが靴下でなければ。寄るな。

 交錯する。走りながら叩き付けられた靴下は、鼻を叩き。そして。響はううう、とうめき声をあげて、ぶっ倒れた。

「……お前の姉妹の靴下はお前にくれてやる」

 そう言いながら、靴下を引きはがし、艤装の隠しに叩き込み、男はゆるゆると戦艦寮に侵入を果たした。サーチライトと、赤外線レーザー誘導装置が一斉に男に浴びせかけられた。

「よく来たな、ソックスアドミラル」

 そう、今度のターゲットは大声をだし、ふふん、と不敵に笑う。全く、と呟きながら、男は言った。

「この程度で私を阻めるとでも思っているのか、長門」

「思っているとも」

 長門は投げつけられた靴下を空中で受け止め、放る。チッ、とソックスアドミラルは舌打ちをし、左右を見た。空母、戦艦、重巡洋艦、殺意をみなぎらせ、いずれもエネルギーケーブルを艤装用タービンに接続したミサイルの砲口を向けている。艤装を着用して砲口を向けていないのは、同士討ちを警戒したためだろう。愚かなことだ。

「死ね、ソックス」

 長門の一言ともに、腕が振り下ろされる。ミサイルが発射される。一瞬ぐ、と体を沈ませた、男は。

 飛び上がり、ミサイルを踏み台にして、はるか高みに遷移する。一瞬遅れて赤外線が彼に投射され、標的にミサイルが向かってくる。だが。
すう、とZ委員長の靴下を鼻に押し当て、うぉぇ、という人間の口から出るとはおよそ思えないうめき声を発し、男は。

「フフフ、ソーックス!」

 どこかで聞いたような叫びとともに、ソックスを高速で投射する。ミサイルを輪切りにし、正常に作動しなかったそれは大地に落ち、爆炎をまき散らす。混乱。

「落ち着け! ヤツは一人だ、ただ一人の……!」

 そう言った長門は、しまった、といううめき声を発する。そう、彼女が投げ捨てた靴下は。

「煙幕靴下だと……!」

「そうだ、長門。最初の最初から貴様は負けていたんだよ」

「こ、この……へ、変態!恥ずかしくないのか!」

「恥の多い人生を送ってきました」

「文豪に謝れ!」

「これはカルモチンではない、ヘノモチンという」

 うふふと笑ってしまいました。

「ファンに殺されるぞ! おい! やめろ!」

 わけのわからない言い合いに陥っていることを理解し、くっ、と長門はうめき声を発する。だが、その一瞬の隙を、一流のソックスハンターが、見逃すはずはない。

「Z委員長の靴下、その身で味わうが良い」

 びたん、と鼻に叩き付けられた長門は、声も発さず倒れ込む。ふふん、と男は笑って、言った。

「俺の名はソックスアドミラル。地獄に堕ちても忘れるな」

 そう名乗って、靴下を剥ぎ取り、高笑いとともに男は戦艦寮から姿を消した。混乱を残して。






ソックスハンター外伝 長門の靴下を狙え! ―了―



[39739] 余計者艦隊 スクウルミズギ、キタ
Name: 小薮譲治◆caea31fe ID:7924f896
Date: 2016/08/23 00:17
「不幸だわ」

 ポーカー、というゲームには必勝法はあるのか、と問われれば、実のところある。必勝とは言えないが、相手の捨てる手札の数で何が来たかを推察もできるし、自分が大きな役を持っているときに張り込み過ぎれば警戒されるから欲をかきすぎない、という程度のものだが、これが実践できれば大きい。

 ただ、言うまでもないが運の要素も大きなゲームである。それを鑑みれば、この肩のあたりで髪を切りそろえた少女がポーカーをやる、というのは、実に自殺行為と言ってもよい。
その名は山城という。少しばかり奇抜な巫女装束のような格好をした少女は、実に不運である。座ったベンチがペンキ塗りたては当たり前、アイス屋で二個の値段で三個つける、というキャンペーンに喜んで並べばコーンからすべて落とす、さらにはどこからともなく降り注いだタライが頭に命中する始末である。仮にコンタクトレンズをしていたなら、確実に落とした挙句に踏み砕いていただろう。眼鏡でも同じだ。

「いやさあ、ポーカーで賭けって言うからさ、その……姉御、自信があるのかと思った」

 きまり悪そうに、栗色の髪と青い瞳を持つ少女である摩耶は言う。出した役はスリーカード。二枚替えたので、ブラフでもなければおそらくは、という程度の役である。

「ホント、なんていうか……私も悪い事してるみたいだったじゃない」

 そう言って、ひらひらとカードで顔をあおぎながら、口を少しばかりとがらせているのが、曙である。横で結んだ、紫にも見える髪と、同じ色の瞳を持っているがために、少しばかり妙な雰囲気がある。
手に持ったカードはフォーカード。全部取り替えてみたところ、大当たりを引いた、というところである。

「うう……」

 両の手をつき、突っ伏している山城は、といえば。

「三枚変えたからさあ。てっきり……」

 カードはどの組み合わせでもない。つまり。

「警戒してみたらブタだもの……」

 摩耶と曙は、完全に轟沈寸前と言った様子の山城を見て、お互いに視線を交わす。当人の目の前でなければ固い握手をした後に、さわやかな笑顔を浮かべそうな風情すらある。

「ふ、不幸だわ……」

 嘆く理由は、一つである。罰ゲームが待っているからだった。




「スクウルミズギ、キタ」




 スクール水着、という物の起こりは、われわれの世界においては戦後からとはいえ、実はかなり古い。とはいえ、学習指導要領で水泳が組み込まれ、学校指定水着という物が出来上がったころにはかなり画一化していた。競泳水着からの技術的なフィードバックもあり、かなり形を変えてきている。それがために「年代ごとのスクール水着なるもののイメージ」というものは思ったよりも一定ではない。

いわゆる水抜き穴が備わった旧スクール水着から、素材の質の向上から水抜き穴を不要とした新スクール水着、競泳水着よりは一段階程度劣るものの、それでも従前の厚ぼったい水着とは比べ物にならない競泳型スクール水着から、さらに進んだ腕や足まで覆うタイプの競泳水着に近いものまで、千差万別である。

 いずれにせよ「学校が指定する比較的安価な水着」というところは、実に不変である。安価、と言うのは、現代的に言えば同じようなフォルムの競泳水着はごく安くて五千円前後から二万円、という価格であるのに対し、おおよそ三千円まで、という程度のところである。

 そして、少女たちが海の上を滑るように進み、現代的な兵器と肩を並べて深海棲艦と血で血を洗う闘争を繰り広げている世界においても、だいたいの相場観は同じであった。

「……」

 どよん、とした目で、山城は摩耶に手渡された水着を見る。青というよりは水色に近い、蛍光灯の光を受けて何かが奥で光っているようにも見える生地に、パイピングが肩紐のようになって、背中側でわきの下を通ったパイピングと合流し、Oの字のような穴の開いた部分とつながっても見える。競泳水着みたいだなあ、などと山城は端がくろずんだ蛍光灯を見て、水着を見た。ARN-170Wだとかなんとか言っていたが、今一つ価値がわからない。
はあ、と山城は本日何度目かのため息をついて、足を肩紐の間から通し、両足を通して、ぐい、と胸の下あたりまでを覆う。そして、気付いた。

「む、胸が……」

 小さい。あまりにも、小さい。学童用の水着なのだから、成人女性、それも着物を着るためにサラシを巻いて少しばかり潰すように着こなしてもなお自己主張をする胸を持っている彼女にはあまりにも小さい。
無理やりに胸を押し込むと、脇の下あたりに、覆いきれなかった胸の肉がはみ出し、前から見てもつめこみましたなあ、という意味不明の感想が湧き上がるほどにひどいことになっている。

 そうして、摩耶は、というと、ニコニコ笑顔に青葉から借りてきた一眼レフに、白いボディに赤いリングのついたレンズまで持ち出している。風邪をひいて死にそうな顔をしていた青葉が本当に高いんだから、壊したら地の果てまでおいかけますよ、と笑顔ながら目は一切笑っていない様子で言っていたのが印象的だった。

なら貸すな、という話だが、実は青葉を除けば摩耶が現在艦隊にいる艦娘の中では一番写真が上手いのだった。曙も一仕事終えた職人の顔をしていたものである。この水着を調達してきたのは曙なのである。

「ふ……不幸だわ……」

 うう、と前かがみになりながら地を焼き、陽炎をたたせる忌々しい太陽が昇る外に、まろび出る。

 帰りたい。死ぬほど帰りたい。そう言っている彼女の、成熟した女性特有の腰つきと、背中の中央から、股下のクロッチの縫い目が、蠱惑的な桃に近い尻をあらわにしている。胸を隠そうと胸の下に左腕を回し、右腕を胸の真ん中あたりに回して、かがんでいるために、なおそれがあらわとなっている。

「お、来たな、姉御!」

「似合ってるわよ!山城教官」

 教官、という言葉を曙が吐いたその時、二人そろって噴き出した。くそう、あのふたりは訓練メニューを二倍にしてやる。そういう呪詛を心の中でつぶやいた瞬間。

「ここに撮影用の椅子もございます」

 芝居がかった様子で、まるでプレイボーイ誌を飾る女性がビーチで寝そべっているような椅子を、摩耶は指す。
腕をほどき、うわあ、とうめき声を、山城は漏らした。絵の世界にしかない、と思われがちな乳袋、としか形容の仕様のない、乳房の形をそのまま写し取ったかのような「袋」が、じょじょにずずず、という音をさせて、元に戻ろうとしていた。




「お、良いですねー、山城教官!」

 笑い声が、響く。何事か、と思いながら、男は声の方向を見た。

「なんだ、あれは」

 そう、隣の女性、加賀に問いを投げる。普段のサイドテールではなく、ポニーテールのようにした加賀は、さあ、と返した。

「後で覚えてなさいよ!あなたたち……!」

 きゃあきゃあと、山城、摩耶、曙は騒いでいる。一番そういうのが似合いそうにない山城が、スクール水着を着ているのが、ひどく印象的だった。





スクウルミズギ、キタ ―了―



[39739] 余計者艦隊 佐世保鎮守府失陥編第六話:footprint(前編)
Name: 小薮譲治◆caea31fe ID:7924f896
Date: 2016/09/07 01:47
「第一艦隊が分断されている……?」

 そう、単縦陣をとらせている、第二艦隊旗艦たる大和はつぶやく。雲霞のような敵をさばきながら、自動制御の機関砲が耳を弄する音を立てている。上空では、ミグ25やF-35が空を真っ黒に染め上げる深海棲艦の蝙蝠型戦闘機にサーモバリック弾を叩き込み、陽光か爆炎の光りか区別がわからないほどだ。

「敵駆逐艦至近!魚雷、撃ちます!」

 その声に、はっとなる。吹雪と響が、器用に足首をねじり、前進しながら横向きになって、魚雷を扇状に放出。双方とも酸素魚雷であるため、航跡が見えない。データリンカの予測位置に警戒しなくてはならない、と艤装側がクリップする。

 水柱が立つ。天に届かんばかりの鮮血を吹き上げる駆逐イは、女の悲鳴としか思えない絶叫を放ち、沈んでいく。大和も同様に火柱を吹き上げ、こちらの進路をふさぐ形で交差する戦艦ル級率いる敵艦隊に統制砲撃を加える。不利な状況下だが、大和、金剛、榛名の斉射に耐えきれるものはそういない。駆逐艦の二名は射程外のため、周辺警戒を行っている。いつ、上の鰯の魚群のようにぐるり、と回って太陽を遮っている戦闘機が降りてくるか、わからないからでもあった。

「大和さん!」

 その声榛名の声にはっとなる。新しい指示が届いているのに、戦闘中に夢中になりすぎて、気付けて居なかったのだ。
量子リンカの指示を見て、にっと笑う。

「さあ、みなさん。西村艦隊の専売特許じゃないことを見せつけてやりましょう!」

 そう、それはCV-22の搭乗員たちが危険を冒して撮影した映像に含まれていた情報、敵の北部の根拠地とみられる比田勝港に突入し『陽動』を行え。という物であった。




余計者艦隊 佐世保失陥編 第六話:footprint




「戦艦レ級は橋を挟んで北側にいます。それが……」

 どうしたのか、という言葉を、加賀は飲み込む。そうか、そういうことか。という様子だった。

「対馬での戦闘状況が思わしくなければ、誘引できる、そういう事ですね?」

「ああ。……だが、突入した連中からの情報、まだ上がって来ていないのだろう?」

 そう都合よくは行かない。そう考えていた矢先、航空管制から声が上がる。

「CV-22からの着艦要請です! 被弾しています!」

「何ですって。どこから来たの?」

「対馬の北側の先行偵察を行っていたとのことですが、方向舵が故障して帰還が困難になっていた、とのことです。量子リンカで情報のやり取りは出来ていますが……目下、深海棲艦の電波妨害下のため、通信が困難です!」

「位置情報、伝わっているのね?」

「ええ、ですが……」

 そう言い淀む航空管制に対して、ワッチについていた人員より報告が上がる。

「航空機が見えます!ああ……高度が落ちてる!」

 こちらの上空ギリギリをかすめるようにフライパス。そして。

「着水成功……? 良いパイロットね」

 そう加賀はつぶやき、提督に向き直る。

「救援に向かうよう、鳳翔きょう……鳳翔さんに支持を出します。よろしいですね?」

「問題ない。向かわせろ」

 そうして、彼らはある情報を手に入れる。北部の比田勝港に「何」が居るのか、を。そして、それはまさしく奇貨であり、宝石よりも希少な情報であった。

 かくして、第二艦隊に命令が下達される。それは、比田勝港突入命令であった。撃滅はほぼ不可能。不可能だが、やるほか、ない。痛めつけるだけ痛めつけ、引け。そういう、指示である。この際は、やむを得ず接近するよう指示したことが、きわめて好都合ではあった。




「霧島さん!」

 その熊野の声に、はっとなる。舞踏にも例えられる、艦娘たち特有の回避運動を行い、砲撃をかわし、かつ全速力で逃げているエルドリッジを防護するべく、応射している。それに没頭するあまり、通信の情報がつかめていなかった。

「電文……いえ、量子通信ですわ。これより陽動のため、大和、金剛、榛名の第二艦隊は突入を実施!」

「姉様たちが……?!」

 どういう状況なのか、と考えた瞬間、至近弾を浴びる。破片が突き刺さり、桜色の装甲を減衰させる。突き破ってこそ居ないが、命とりな状況だ。自動制御の対空砲火は、発砲したのと同じレ級より飛び立つ戦闘機群を寄せ付けないため、ひっきりなしに火を噴いている。呉からの艦娘たち、長良、電、曙も同様に空への対処で必死だ。

「逃げ切れれば……逃げ切れれば、勝ちなのに!」

 そう、荒潮が呪詛を吐く。言ってる場合か、といううめき声。雨のような砲撃が黄色い水柱を立てる。

「着色……? どういうの?!」

 霧島の呟き。レ級の「正体」を示唆はしていたが、この時には、わからなかった。

 橋を挟んで北側、すなわち山城、摩耶、最上の第一艦隊の半分であるが、こちらも状況は似たりよったりである。単横陣に切り替え、盛んに砲撃し、命中弾こそあるものの、致命傷を与えるには至っていない。
大和から奪った四十六cm三連装砲であったとしても、本来それを想定していない山城であるため、射撃時に航跡がフラつくことがある。

「なんてこと……!」

 北側に後退させるためには、ふさぐような形でこちらにいてはならない。と言って、手加減をしていてはこちらはおろか、エルドリッジがやられてしまう。そうなっては、元も子もない。

「姉御ッ!」

 砲弾を被弾し、装甲が減衰する。袖に破片が食い込み、破孔を作った。

「これ以上無茶はできねえ!距離を離さないと!」

 その言葉に対し、反射的に首だけを向ける。

「まだエルドリッジは平戸島の南端を通過していません! 後退は認められない!繰り返します、後退は認められない!」

「じゃあどうすんだよ! くそ……!」

 摩耶の装甲を貫通し、砲撃を行っていた片方の二十・三cm連装砲を破壊する。あわてて、爆発前にベルトを外し、それを投棄。火力が減少。

「ともかく! 私たちは……!」

 装甲が、桜色の花を咲かせ、弾丸をそらす。その光景に、心の臓が悲鳴を上げる。

「後退はできない!」

 山城は、半狂乱に近い声を出す。そう、摩耶とてわかっている。逃げれば、エルドリッジは沈む。だが、と言ってこれ以上、レ級の砲撃に耐え続けられるわけでは、ない。畜生、という声が、いずれの口からも、漏れた。




「突入、突入、突入!」

 ト連送を送る景気づけでもやってやろうか、という程度には、大和に従う金剛はやけくそな気分だった。殺到する敵。青いはずの海が、真っ黒に染まる。砲撃すれば、曼珠沙華を思わせる真っ赤な花が咲き、悲鳴が立つ。ウォークライと悲鳴のコーラス。

「榛名!いざ!」

 砲撃音。艤装側がグルーピングを行って制御をおこなうとはいえ、射程距離には差がある。そのために、射撃目標が違い、タイミングがズレることもある。既に比田勝港沿岸よりは三十㎞を切っている。ことに、地上目標であるため、撃てば当たる。そんな状態が、狂騒に近い状態に皆を叩き込んでいた。

「……?」

 声が、した。

「ヨクモ……ヨクモ……この私を……ヤイタナ……!」

 幻聴。それにしてははっきりと心胆を寒からしめる声。焼いた。何をだ。それに、此の声には聞き覚えは。

「何よ……!」

 吹雪の声。射撃した魚雷を再装填し、再び放った時に、毒づいた声に、金剛ははっとさせられる。

「焼かれたからって、なんだっていうの!」

 お前たちだって、焼いたくせに。そう呪詛を、浴びせる。その声に、響と大和が妙な顔をしている。独り言か、というような調子だ。榛名は、というと、敵戦闘機を機銃で叩き落としていて、その声に応ずる余裕がない。

「ヘーイ、ブッキー!」

 独り言などでは断じてない。呪詛の声に、彼女は応じたのだ。強化された視力は、その呪詛の主をとらえている。血をダラダラと全身から流す、血濡れの深海棲艦に。そう、血濡れの姫君に。

「熱いのは紅茶だけでじゅうぶんネー!」

 そう、とぼける。大丈夫だ、いつものようにふるまえている。一瞬、金剛は下唇を噛む。
それを見て、大和は再び一撃し、何事か情報を参照している。もっとやれるのに、という言葉を、唇が形度っていた。
「総員、傾注!」

 再度、統制射撃。発砲炎、黒煙、そして。

「大物釣りに成功! 」

 こちらに向かってきている大物を洋上で迎え撃たなければならない。比田勝港から遠ざかる進路をとり、南に寄せる。




「助かった……?」

 敵が、姿を消す。山城が砲撃を浴びたようだったが、砲は破損していない。エルドリッジ、健在。霧島は、おもわずだらん、と腕をたらした。

「もー、まだライブ、終わってないからね」

 そう言って、那珂はとぼける。あいまいにそれに頷き、変針。そうだ。まだ終わってはいないのだ。まだ、下関には入れていない。予定の航路の半分も到達していない。

 終わっては、居ないのだ。対馬を奪還したわけでも、レ級を沈めたわけでも、ないのだから。




「作戦、順調に推移しています」

 その加賀の声に、ふう、と嘆息する。第一艦隊と合流した佐世保の人員は、唐津港沖を通行している。損傷こそあるものの、喪失した艦はなく、エルドリッジも健在。一〇〇点満点に限りなく近い状況だ。

「……あのCV-22のパイロット、大丈夫なのか?」

「意識は失っていますが……。命に別状はない物と思われます。彼の情報のおかげで助かりました」

 そう、加賀は短く言う。いかに危急の事態とはいえ、陸海軍にはお互いのわだかまりがまだ残っている。それを、象徴するように思われた。

 第一艦隊はこれでよし。だが。第二艦隊は、と考えを向ける。比田勝港突入、そしてレ級との会敵と決戦、となれば、かなりな負担だ。

「大和たちは会敵できたか?」

「いえ……レ級とは遭遇していません」

 遭遇していない。という一言に、どうにも違和感を覚える。引いたとはいえ、擬態であり、再びエルドリッジを襲う可能性もある。

「捕捉はできているか?」

 その問いにも、再び加賀は首を振った。状況があまりにも不気味に過ぎる。作戦開始から三時間と、昼に近くなっている現在、陸軍は下島を駆け抜け、爆心地付近の標高四五〇メートルの御岳に向かい、国道三八二号線を核で薙ぎ払いながら北上しているとのことである。若干爆心地は御岳の北側に落ちており『元』森林がジャマにはなっているものの、パワードスーツのジャンプユニットの燃料はまだ残っている、とのことである。

 不気味なほど、状況は上手く行っている。レ級と戦わないで済むのなら、それに越したことはない。だが。それでも、まだ、何かある。というちりちりとする感覚が、提督にはあった。






[39739] 余計者艦隊 佐世保鎮守府失陥編第六話:footprint(後編)
Name: 小薮譲治◆caea31fe ID:7924f896
Date: 2016/09/17 09:19
「……作戦、終了です」

 加賀の声を聞いて、意識を引き戻される、CV-22は決死行で撤退を成功させ、佐世保の艦隊は下関に引き、第一艦隊は収容済み。鳳翔も艦の内部にすでに入り、休息をしている。

第二艦隊はレ級に遭遇できず、現在ブルーリッジに吹雪、響を収容中である。まさに意図したとおりの結果であり、満額回答と言ってもいい。これから情報の収集と解析があるが、今はひといくさ終わった後のけだるい感覚が、ある。しかし。

 どうにも、まだきな臭い。まだ、何かあるのではないか。訓練と実戦で培われた感覚が、まだ終わってはいない、と語っている。
おかしいのだ。海上戦闘で遭遇できない、という事そのものは本来何ら珍しい事ではない。だが、今回は違う。派手に戦っている。派手に弾薬をぶちまけている。位置はここだと知らせ続けている。
その上で、見つかっていない。だから、違和感が大きいのである。
 衝撃。ぐらり、と船がかしぐ感覚。これは。

「状況!」

 そう、提督は加賀とともに叫ぶ。くそ、そういうことか、という怒りが、こみあげてくる。

「せ……戦艦、レ級です!」

 映像が、送られてくる。ぎざぎざの歯が、ぎしり、ぎしり、と音を立て、蒸気に近い吐息を吐き出し、びりびりと腹に響く、ウォークライを発する。カメラ側の音声と、外から聞こえる声が、二重に聞こえる。

 ダメコンを急ぐんだよ、という怒鳴り声が、耳に届く。ぎり、と歯の根を鳴らし、まだ駄目だ、やつがいる、と絞り出すように声を上げた。

「第二艦隊が案内させられたのか……! 大和はどうしている!」

「まだ海上にいます!」

 常にないほど、あわてた声が加賀の喉から発される。くそ、こんなところで。そう、提督は毒づいた。




「あ……?」

 水密扉の冷たさが、背中に感じられる。轟音と共に水が入り、体が引きずられそうになった。艤装を脱いでいるため、布が体にまとわりつき、気持ちが悪い。鳳翔は、他人事のようにそう考えていた。通路には、引きちぎれた死体、いや、死体らしきものが転がり、水にぷかぷかと浮いて、血で水を汚している。

 なにかと、目があった。なんだろう、と鳳翔はもうろうとした頭で考え、そして。
レ級のウォークライが、耳に響く。こちらに向かってくる。引き裂こう、殺そう、という殺意をたぎらせながら。

「あなた……今、行きます……」

 目を閉じて、首を吊った思い人の事を思い浮かべる。死ぬのは苦しいのか、苦しくないのか。彼の苦しみを理解しなかった私は、せいぜい痛みとともに死ぬべきだろう。そういう感覚が、ある。
爆音と、体を打ち据えるような衝撃波が去来し、水を揺さぶる。目をぎゅう、と閉じ、痛みに備え、そして。

「あれ……?」

 目を、開けた。引きちぎれた鉄の破孔の向こう側には、赤と白の装束を身にまとい、長い髪を風に揺らしながら、レ級に砲撃を叩き込んでのけた少女が立っている。
また、死ねなかった。そう思って、泣き出しそうになる。だが。

「あ……れ?」

 水の下にある水密扉のバーを、両の手が必死につかんでいる。そのことに、ふとおかしみがこみあげた。

「私……私は……」

 まだ、生きていたい。死にたくなんかない。あの人のところにはまだ行けない。彼女の心は、体をそう動かした。
波を切る音がする。鳳翔は、顔をくしゃり、とゆがめた。そうして、つう、と涙がこぼれるのを、感じる。悲しいのか、悔しいのか。なぜこぼれたのかも、己にはわからないものである。





「くそ……くそ!」

 大和は、自分の喉から出ている物とは思えない悪態が絞り出されるのを、感じた。ブルーリッジの横腹には大穴が開き、そこで狂喜している敵がいるのだ。おまけに、自分が誘引したのだ。

「斉射、初め!」

 艤装側に射撃命令を入力。敵に弾丸を浴びせ、そしてぼたぼたと流れる血を見て、そして。

「ア……ア?」

 そう、レ級の喉から、声が絞り出されるのを聞いた。なぜ、あなたがそんな顔をする。と、聞きたくなるほど絶望的な表情をした生き物が、そこには居た。
ぞるん、ずるり。海にじぶじぶと、戦艦レ級は沈んでいく。沈没ではない、そう感ずるが、しかし。

 あの化け物の顔。化け物の顔が、大和には別の何かに見えた。一瞬、レ級ではなく。自分の姉妹艦たる『武蔵』に見えたのだ。姉に頬を貼られて、ぽかん、とした後、絶望的な表情になる彼女に。

「……そんなことなんか……あるはずはないわ」

 念ずるように、大和は言った。そうして。

「生きている人、いますか!?」

 そう、大和は叫んだ。やわらかい、いらえがある。ざぶ、ざぶ、と水をかく音。水にぬれ、ふう、ふう、と息をする、小柄な女性。
いつもは、彼女を叱り飛ばし、様々なことを教えていくれていた女性が、そこには居た。彼女を回収し、船に戻る。
 あれは、武蔵などではない。そんな考えを、心に浮かべながら。





「……引いて行った?」

 提督は、止めていたダメコン班を破孔に向かわせ、反対側に注水して、姿勢を保たせる。穴こそ巨大だが、水密扉と防水区画が水を防ぎ、沈没を免れさせた。

「そ……そのようですが……?」

 バランスを崩した加賀が、提督の椅子と腕につかまりながら、体を起こす。少しばかり、耳が赤いようにも思えた。
それを見ないようにして、前を向いて、提督は言う。

「大和を収容後、海に投げ出されたものが居ないか捜索を行った後、帰投する。各員かかれ」

 作戦は、終わった。犠牲は少なく、最上の結果を引き当てる。そういう事が、彼らにはできた。
だが。対馬の奪還には、まだ遠い。得られた情報を分析し、照らし合わせ。そして。

 もう一度、戦わねばならないのだ。




「アア、アアア」

 水に、沈む。意識が、ぐずぐずにほどけていく。
大和に、撃たれた。なぜ、どうして。あんなにも甘い姉だったのに、どうして。

「痛い。イタイ」

 うめき声とともに、喉に水が入り込み、肺腑を侵す。苦しい。なぜ。深海棲艦は苦しまない。なぜなら、肺などないからだ。

「イタイイイィ」

 思い出す。沈んでいく時の事を。苦しい。肺が痛い。全身が潰される。そのうちに、楽になっていく感覚も思い出す。

「大和……」

 口にして、思う。大和とはなんだ。
















 佐世保は失陥した。それは疑いようのない事実である。熊本は増加する圧迫に耐えかね、新田原も同様。一時的に核で敵戦力を薙ぎ払えたとしても、深海棲艦は「増える」のだ。

 確かに呉鎮守府は勝利しただろう。だが、彼らは預言者ではない。その栄光が、ピュロスの勝利でない保障など、どこにもないのだ。



余計者艦隊 佐世保失陥編 ―了―


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