見渡す限りどこまでの続く広大な宇宙。そのままウィンドウ越しに辺りの宙域に目を向ける。飛び出してしまえばどこにでも行けるのではないかという魅力と同時に迷えば決して戻ってはこれないであろう不安。
それから眼を逸らすようにコクピットにある自らを映す鏡に顔を向ける。そこには変わることない自分の顔が映っている。
肩にまでかかる長い黒髪。男から見れば少女に、女から見れば少年に見えるような中性的な顔立ち。日など浴びたことがないかのような美しい白い肌。極めつけがその両眼。右が赤、左が碧のオッドアイ。悪い冗談、作り物なのではないかと思ってしまうような容姿。コンプレックスの塊。
だがそれはまだいい。どんなに悩んだところで容姿は変えられない。女に間違われるのも百歩譲って我慢しよう。だがどうしても譲れない一線はある。声を大にして宇宙の中心で叫びたい。俺は断じて――――
「何をしているアスマ。準備はできているのか」
思わず心の叫びを漏らしそうになるも寸でのところで抑え込む。目の前には新しいウィンドウがいつの間にか開かれ、白いボディスーツを着た蒼い髪の少女が映っている。
メイア・ギズボーン。
間違いなく美少女といってもいい容姿なのだがそれを補って余りある近寄り難さがある。クールで無口な性格なのは構わないが勝手に通信を開いてくるのは勘弁してほしい。もっともそうしてしまうほど俺がぼうっとしていたせいもあるのかもしれないが。
「ああ、こっちも準備完了だ。付いて行くよ、『リーダー』」
普段なら名前で呼ぶのだが精一杯の嫌味を込めてそう告げる。
「……帰ったら説教は覚悟しておけ、テリアン」
こちらの意図が伝わったのか、僅かに顔をしかめながらメイアは通信を切ってしまう。お返しとばかりに名字で呼んでくるあたり分かりやすい性格と言えば性格。少しは可愛げがあればいいものをと思うが、可愛げがあるメイアを想像して怖気が走る。宇宙人さ~ん、と叫びながら迫ってくるメイア。うん、ありえない。夢に出てきそうなのでこれ以上考えるのは止めよう。
そうこうしている間に画像は見えないものの辺りの通信が聞こえてくる。きゃいきゃいとどこか楽しげな甲高い女達の声。まるでお茶会でもしているかのよう。とてもこれから命をかけた戦いをするとは思えない空気。慣れたはずの空気だがやはり呆気にとられる。もしかしたら自分の方がおかしいのではと勘繰ってしまう。
溜息を吐く間もなくアラートが鳴り響く。どうやらおいでなすったらしい。宇宙にそれまでなかったはずの赤い無数の点が見える。その一つ一つが機動兵器であり自分達を狙う敵。無機質なキューブ状の物体。
『刈り取り』と呼ばれる行為を行うための機械。
「――――全機発進。私に続け!」
「ラジャー!!」
「……了解」
メイアの号令に応えるように女達の声が木霊する中、一つだけ男の自分の声が混じる……こともなくかき消される。だがそれは仕方ない。
150 :4
それが俺が所属、もとい暮らしている戦艦ニル・ヴァーナの男女比率。どちらがどちらなのか語るまでもない。どんなに抗っても抗えない、冗談だとしか思えない理想郷。
それを守るための『戦闘』が今、開始された――――
「やっぱ速いな……ここら辺でいいか」
操縦桿を握りながらブーストを反転させ急停止する。十メートル程はあろうかという黒い人型兵器、ロボット。正式名称九十九式蛮型撲撃機。現在の名称は『リアガード』本来の規格、性能からはかけ離れてしまっている特機。何故そんなことになっているかは……長くなるので割愛。重要なことは一つだけ。この機体が俺の手足であり、鎧であるということ。
そのまま体勢を整えながら戦況を確認する。自分と同時に出撃したはずの三つの機体は既に戦闘を開始している。圧倒的な機動力の差。それが女達の、メイアたちが乗っているドレッドノートと呼ばれる戦闘機の実力。三十メートルを超える規格でありながらその機動力はリアガードを大きく上回る。
白、蒼、紅。
三つのドレッドが縦横無尽に駆け回り、キューブを撃破していく。花火が上がるような閃光と共に瞬く間に戦局は流れていく。圧倒的な優勢。敵も黙ってやられているわけではない。ある物は光線を、ある物は取りつくことでドレッドを破壊しようとするが全て通用しない。迎撃され、回避され、蹂躙される。
数の上では戦力差は十倍以上。にも関わらずこの現実。戦いは量よりも質だと証明するかのよう。もっともこの程度の戦力差など自分達にとっては日常茶飯事。
そこには先程まで和気あいあいとおしゃべりしていた女達の姿はない。間違いなく彼女達は『海賊』であると思い出すに十分な光景だった。
「えげつねえな……」
「何をしている! そっちに三機抜けた、迎撃しろ!」
心からの本音を漏らしながらもメイアの叱責によって身体が竦む。思わず本音を聞かれたのかと思ったがそうではなかったらしい。レーダーに機影が映り、同時にメインモニターにも表示される。三機のキューブ。いくらメイア達が精鋭だとはいえその全てを抑えるのは至難の業。加えて敵の狙いはドレッドだけではない。その本命は自分の後方に控えている戦艦ニル・ヴァーナ。それが落されれば詰み。いわば王将であり自分達はそれを守る駒。
「さてと……それじゃいくか、相棒!」
誰かの影響によって自分の機体を相棒呼ばわりしながら攻撃態勢に移る。アイライトが赤く光ると同時に背中にしまわれていた二本の巨大な砲身が両肩に接続される。リア・キャノンと呼ばれるこの機体の主兵装。それが示す通り、この機体は射撃に特化している。近接兵装は全くなし。それ故に鈍足でドレッドと共に行動することはできない。だからこそ後衛、殿を守ることが自分の役目。『リアガード』の名を示す在り方。
「発射――――!!」
ロックオンを確認したと同時にリア・キャノンから二つの光が放たれる。赤と青のエネルギーが直進するも感知したのかキューブ達は軌道を変え、砲撃を回避せんとする。しかしそれは叶わない。まるで追い縋るようにビームは軌道を曲げながら外れることなく二機のキューブを射抜き爆散させる。ホーミングというインチキ臭い性能を持ったリア・キャノンの為せる技。だが
「っ!? しまった!」
着弾の煙に紛れて残った三機目がすりぬけそのままニル・ヴァーナまで攻撃を仕掛けようとしている。どうやら仲間を盾にして上手く攻撃を逃れたらしい。すぐさまキャノンで追撃せんとするも叶わない。キャノンは強力ではあるが発射には数秒のインターバルが必要になる。
「おいおいおい! なにやってんだよアスマ!? このままじゃこっちに来ちゃうじゃないか!?」
同時に情けなさを感じさせる男の悲鳴が響き渡る。ニル・ヴァーナからの通信。もはや確認するまでもない程聞きなれたもの。
バート・ガルサス。
数少ない男の仲間であり、同時に全裸でニル・ヴァーナを操縦している操舵手。もう一度言うが全裸で。何故そうなっているのか知らないが操縦席に入ると全裸になってしまうらしい。何度か見たことがあるが酷い有様だった。何故女性では操縦できないのかペークシスに小一時間説教したいところ。もしかしたらペークシスもタラークやメジェールと同じようにおかしな価値観を持っているのかもしれない。
「ぎゃあぎゃあ騒ぐなよ。シールドは張ってるじゃねえか」
「そういう問題じゃないだろ!? 痛いものは痛いんだから! 早く何とかしてくれよ!」
本当にビビっているのか、その挙動がニル・ヴァーナにも現れている。人馬一体ならぬ人機一体なのかもしれない。何でもダメージをうけると痛みもフィードバックするらしい。どれだけ理解を超えているのかは分からないがこのまま放っておくことはできない。何より舐められっぱなしは性に合わない。
「分かってるって……そう簡単に行かせるわけねえだろ!」
そのまま腰にある銃を手にしながらキューブを狙い打つ。いわゆる早撃ちに近い技。同時に閃光の弾丸がキューブを射抜き破壊する。それがリアガードのもう一つの兵装。二丁拳銃を模したツインバレッド。キャノンの隙を補うための物であり、近距離での戦闘に適した切り札。片方はエネルギー方式、もう片方は実弾方式という自分と誰かさんの趣味がそのまま反映されている代物だった。
そんなこんなの間に戦闘も終息に向かって行く。明らかにレーダーに映っている敵機も後わずか。この調子なら心配することもないだろうと安堵しかけたその時、
「いやーん、またニセモノさんだー!?」
どこか気の抜けるような少女の声とともにモニターにキューブではない機影が映り込む。そこにはどこか禍々しい色調の鳥の形を模した巨大な兵器がある。もっともそれは自分にとってある意味何度も見慣れた、もとい使いなれた機体の姿でもある。
ヴァンドレッド・メイア。
メイアが乗るドレッドと男が乗る九十九式蛮型撲撃機が『合体』することで完成する姿。そして今現れたのは敵にコピーされた文字通り偽物、紛い物だった。
だが偽物とはいえその性能は折り紙つき。ただのドレッドではその能力、特に特化した機動性に対抗し得ない。数の利はあるものの敵機はその包囲を抜け、ニル・ヴァーナへと突進してくる。だが、こちらに向かって来ているのは敵機だけではなかった。
「宇宙人さ~ん! ディータと合体してニセモノをやっつけよー!」
まるで待ってましたと言わんばかりに赤みがかった髪をした少女、ディータ・リーベライが蒼いドレッドに乗りながら接近してくる。もといこちらを捕まえようとしてくる。その口調からも分かるように、どこか天然が入っている上に何故か自分を宇宙人呼ばわりしてくる女の子。純粋無垢であり、悪意がないことは分かっている分余計苦手にしている存在だった。
「何度言ったら分かるんだ……俺は宇宙人じゃない、アスマだ。宇宙人のままじゃ紛らわしいって言っただろ」
「そうだった、今宇宙人さんは一人だけになったんだよね。じゃあアスマ、ディータと合体しよ♪」
「断る。俺は寝取りの趣味はない」
「? ネトリって何? 何でアスマはディータといつも合体してくれないの?」
何とかディータに捕まりそうなところを紙一重のところで回避しながら逃げ回る。見ようによってはディータに俺が襲われているように見えるかもしれない。ある意味間違ってはいないのだが。
とにもかくにもディータと合体するのはできれば避けたい。別に嫌なわけではないがやはりどこか忌避感がある。当人達にはそんな気はないだろうがやはり寝取りのように感じてしまう。俺ではヴァンドレッド・ディータの性能を生かし切れないのも理由の一つ。
「仕方ないわね。ならジュラが代わりにしてあげる。それなら文句ないでしょ、アスマ?」
そんな中割って入ってくるように紅のドレッドがやってくる。パイロットも機体に負けず劣らずの派手さを感じさせる金髪の美女。ジュラ・ベーシル・エルデン。その言動に現れているようにどこかお嬢様気質、もとい虚栄心が満ちている。ディータとは違う意味で苦手な存在だった。
「いや、いい。お前とすんの疲れるし、あとダサイ」
「な、何ですって!? ヴァンドレッド・ジュラのどこかダサイっていうの!? あんなに美しいドレッドはないわ!」
自分の合体形態を馬鹿にされたからか、ジュラはヒステリーを起こしている。確かに蟹のようにダサイ形態ではあるがそれ以上にジュラと合体するのは疲れる。どの合体にも言えることだが男は大きく体力を持って行かれる。正確には精力が。連続合体できる誰かさんには尊敬の念を禁じ得ない。
「お前達、何をグズグズしている。敵はもうニル・ヴァーナに到達しつつある。アスマ、私と合体しろ。敵の性質上、それが一番効率が良い。いいな、二人とも」
「はーい……」
「うぅ……覚えてなさいよ、アスマ」
ついに見かねたのかメイアが二人を諫めながら接近してくる。流石にリーダーには逆らえないのか二人とも黙りこんでしまう。確かに性質上、同じヴァンドレッド・メイアで挑む方がリスクは少ない。だが結局収まる所に収まった感は拭えない。そういえば合体しているのは何だかんだでメイアが一番多い気がする。まあ一番相性が良いので当然と言えば当然かもしれないが。それでも合体するのは避けられないらしい。もうここは観念するしかないとあきらめかけたその時
「どけどけどけてめえら―――!! 遅れた分を取り戻させてもらうぜ!!」
この状況を打破できる救世主がついに現れる。自分が乗るリアガードと瓜二つのフォルムを持つもう一つの九十九式蛮型撲撃機。違うのは自分が乗っているのが射撃特化なのに対し、あいつが乗っているのは近接、格闘戦に特化していると言うこと。
ヒビキ・トカイ。数少ない男の仲間であり、自分にとっての親友。戦友がようやく戦場に現れたのだった。
「おらおらおら、邪魔だどけええ!!」
言葉通り後れを取り戻す勢いでヒビキはその手に剣を持ちながら残ったキューブを一刀両断にしていく。女にはない男だからこそ持つ荒々しさは危なげながらも戦場に勢いを取り戻させる。ムードメーカー、戦場において要となる者はやはりこいつなのだと確信できる何かがある。
「宇宙人さん♪」
「遅いじゃない、もうほとんど終わっちゃったわよ?」
「修理は終わったのか、ヒビキ。まだ戦線復帰の許可は」
「ごちゃごちゃうるせんだよ。負けたら死ぬ状況でちんたらしてられねえだろうが!」
三者三様の反応を受けながらもヒビキは変わらない。言っていることも無茶苦茶であるがある意味正論ではある。ヒビキの機体、『ヴァンガード』は先日の戦闘で破損し修理中であったのだがどうやら間に合ったらしい。何よりもこれで態勢は決したも同然。後はヒビキに任せれば問題ない。
「ヒビキ、悪いな。後はお前に任せ」
そのまま後のことを託す。これでようやく肩の荷が下りたと安堵しかけるも
「行くぜ、アスマ! 合体だ!!」
「…………は?」
ヒビキの意味不明な叫びによって、完全に思考が停止してしまった――――
気づけばヒビキは真っ直ぐこちらに向かってきている。そう、ディータではなく、ジュラでもなく、メイアですらない。間違いなく、俺の方に向かって突撃してきている……!
「ちょ、ちょっと待て!? お前さっきの話を聞いて――――!?」
悲鳴を上げながらその場から脱出しようとするが逃げられない。射撃特化のリアガードでは近接特化のヴァンガードのスピードからは逃れられない。そのまま言葉にならない悲鳴と閃光と共に男同士の合体が再び実現したのだった――――
「よっしゃあ! 女ばっかりにいい顔はさせられねえ! だろ、アスマ!」
「…………そうだな、ほんとにそう思うよ」
どこか満足気なヒビキの姿にもはや言葉も出ない。見なくても分かる。何故なら今、俺とヒビキは同じコクピットの中にいるのだから。正確にはヒビキが俺の背中に覆いかぶさっているような体勢。いわばヴァンドレッド・メイアの男同士バージョン。背中から感じるヒビキの体温に寒気がする。男に背中から抱きしめられて喜ぶ趣味はない。というか見ようによってはマジで洒落にならない光景。頼むからそれ以上腰を押し付けないでくれ。こんなことならさっさとメイアと合体しておけばよかったと後悔するももう遅い。
「あー!? ずるい宇宙人さん! 何でディータじゃなくてアスマと合体してるの!?」
「お、男同士で合体なんて……不潔よ!」
「何をしている二人とも。合体したのなら早く敵を倒せ」
三者三様の態度に晒されながらも応える余裕は自分にはない。この場にはいないニル・ヴァーナのクルー達の反応も聞こえてくる。大体はジュラと同じ反応。だが中にいくつか逆の意味で興味を示している反応があるのは聞き違いだと思いたい。というか貴方達、本当に意味が分かっているのか? 男女の価値観の違いも知らないはずなのに……あれか、本能的に察しているのだろうか。
「ちくしょう……ああ、いいさ。やってやるよ、やりゃあいいんだろおおお!!」
「やっとその気になりやがったか……行くぜ、相棒! 俺達の力を見せてやろうぜ!!」
もう何もかもがどうでもいい。とにかく今は敵を倒すだけ。一刻も早くこの合体を解除するために。もはや合体事故とでもいうべき悪夢から覚めるために。
今、ヴァンガードとリアガードは一つになっている。正確にはヴァンガードを基本としてリアガードが分離し、鎧のようになっている。黒の鎧を纏ったヴァンガード。それがヴァンガード、ヒビキが主体となった男同士の合体の姿。
「これで終わりだああああ!!」
その性能も近接特化。本来射撃に使われるはずのキャノンはブースターに。その他のパーツは剣と一体化している。二人の意志に呼応するように剣からエネルギーが発せられ巨大な、雄々しい形を為していく。戦艦すら一刀両断できるであろう巨大な光の剣。一撃離脱のみを追求した男のロマンを形をにした形態。
その一刀が紛い物の鳥を切り裂く。
ここに戦闘は決した。文句なしのニル・ヴァーナ側の完勝。だがクルー達は知らなかった。
その陰で己の純情を汚されている少年の苦悩があることを。
それが異物である少年、アスマ・テリアンが舞台に上がった一幕だった――――
あとがき
何となく勢いで書いた。後悔はしていない。もしかしたら続くかも。スパロボ参戦しないかなー。