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[40590] 【習作・ネタバレ注意】 新約とある魔術の禁書目録11 蛇足if 
Name: 仮帯◆6250961b ID:6e4647b9
Date: 2014/10/13 11:02
※ネタバレ、原作との整合性、カップリングの好き嫌いが、あまり気にならないかた向けです。




 上条当麻はオティヌスによって10031回のリセットを経験した。
 無限に思える死に瀕する経験を繰り返し、その都度損傷した身体は修復を繰り返された。
 最終的に世界は巻き戻されて、上条が経験した世界はなかったことにされた。
 それでも、上条はなかったことにされた世界のことを覚えていた。そこでの経験はなかったことにはされなかった。
 つまり。
 今ある世界における上条の、右手に幻想殺しを宿す肉体は10031回の再生を経たと考えられるのではないか。
 ならば。
 それ以前から上条の肉体に残っていた肉体的な欠損も、一緒に再生された可能性がないとは言い切れまい。
 物理的に喪った記憶は、戻らないにせよ。
 脳に負った破損が治れば。
 この破損が原因で、記憶として収納できなくなっていたひとりの少女について、上条はこれからの世界で記憶に残していけるのだ。
 これは、そんな奇跡が起きた話。


 とある建物から出て来たのは、食蜂操祈(しょくほう みさき)。学園都市が誇る超能力者(レベル5)、心理掌握(メンタルアウト)を司る少女にして、名門常盤台中学に通う、腰まで滑らかに伸びた蜂蜜色の長髪が印象的なれっきとしたお嬢様である。
 その後を追うのが、おざなりにツンツンした髪型に整えた黒髪以外はこれといった特徴のない風采をしている少年、上条当麻だ。食蜂が通っている名門には遠く及ばないとはいえ、高校に通っているので食蜂から見れば目上にあたる。
 だが、このふたりにとって、能力だとか通学先だとか年齢だとか、些事に過ぎない。
 食蜂は上条の足音から測ったように、ごく自然にほんの少し、歩を緩め、後方から近付いて来る彼がそんなに急がずとも自分の横に並んで歩けるよう調整する。

「安心したみたいね、蜜蟻さんが喜んでくれて。さぞ積もる話があったんでしょうねぇ」

 一歩先の位置から振り返った食蜂へ、

「おいおい、そっちのほうから病室を出て行ったんだから文句言うのはお門違いだと、お兄さんは思いますよ、食蜂さん」

 と上条は軽口で返した。それに対し、

「乙女心の無理解力も甚だしいわぁ。一体全体、ふたりきりでどんだけぇ話してたと思ってるのかしらぁ」

 食蜂がわざとらしく嘆息混じりに言えば、今度は上条が彼女の傍らで一緒に歩きながら、

「まったく可愛げないなー、蜜蟻が話しやすいように気を利かせてくれたんだろ?」

 仕返しとばかりに大仰に溜息をついてみせてから、食蜂に告げた。

「この食蜂操祈サマは万全なアフターケアが身上なの。この人格力がなきゃメンタルアウトなんて危なっかしくてたまらないわよぉ」

 ちょっと前までは、彼とこんなやりとりができるとは。いや、彼から代名詞ではなく固有名詞で呼んでもらえることすら、食蜂は夢想し願うことはあっても叶う可能性は限りなくゼロに近いものとして自分を納得させていた。
 でも。
 あの日。
 過去に上条が助けられなかった少女、蜜蟻愛愉(あゆ)の復讐から一夜が明けて。
 上条が入院する病院を訪問し、そこの中庭で、ベンチに座る彼を見かけた――あのとき。

『お久しぶりぃ☆』
『……昨日のこと覚えてないのか?』

 毎度のように自分を納得させるため、気楽に投げた挨拶に対し上条が寄越した言葉は、食蜂を大きく揺さぶった。

『あ……あ、貴方、覚えてるの、私のこと?』
『そりゃあ、昨日の今日だしな』

 上条は食蜂のことを覚えていた。昨夜のことだけとはいえ。
 上条と食蜂には1年前に面識があった。
 だが、上条は食蜂が原因のとある事件の渦中に食蜂を守るために自ら身を置き、結果、重傷を負った。そのとき食蜂は上条を助けようと、痛覚を遮断するため超能力(メンタルアウト)を応急処置に揮った。結果、上条は助かったが、彼本人は自覚することのない、食蜂だって思いもよらなかった副作用が残ってしまった。
 彼を診た冥土帰しの異名を持つ医者は言ったものだ。

『これは記憶の破損というより呼び出し経路の破損といった方に近いね? この少年は、君のことを話していても、それを思い出すことができない。人の顔や名前を格納する部分で、君の枠だけ物理的に潰れているのに近い。きっと、君の能力でももうどうにもならないんじゃないかな?』

 けれども、奇跡は唐突に彼女の前に舞い降りた。
 諦観の幻想は死に、今こうしてふたりでいられる現実が再び蘇った。

「ありがとな。蜜蟻も礼を言ってたぞ」
「ふうん。女の厭味力を感じるわねぇ」
「そこは素直に受け取れよ。いい加減食傷気味になって来たぞ、素直じゃない女子中学生っての」
「御坂さんと一緒にされるのは、すっごく心外だわぁ」
「同属嫌悪って言葉知ってる?」
「いちいちお兄さんぶらないで欲しいんだけどぉ」

 思わず食蜂は上条の顔を睨み上げた。上条も食蜂の顔色を伺おうとしていたものだから、目が合った。
 改めて実感する。今、上条当麻の目はきちんと、ほかの誰でもない食蜂操祈を認識しているということを。
 この事実だけで途轍もない多幸感に彼女は浸れる。

(我ながら、安上がりな女よねぇ)

 弛緩してしまう相貌を上条に悟られまいと食蜂はまた顔を背けた。そう、今の食蜂操祈は名実共に名門常盤台中学の中でもトップレベルの大人びた雰囲気を纏う“お姉様”系なのだから、ニヤケ面なんて人前で曝したら沽券に関わる。しかも、目の前の男こそ、“お姉様”系を極めようという動機になった張本人なのだから尚更だ。
 こんな葛藤が隣で展開されているとは露知らず、単なる素直じゃない女子中学生の態度の範疇と解釈しているのだろう、上条は特に意に介することなく話しかける。

「おかげで色んな話を聞けたよ」

 話しかけられたので、食蜂はみたび上条のほうへ目線を転じた、表情をしっかり引き締めながら。手慰みに持っていた携帯電話を軽く振る彼の仕種が視界に入った。

「しかしなー、俺の記憶喪失って案外バレていたんだな。食蜂も蜜蟻も知ってて、雲川先輩も承知してた訳だから……今だからこそ思えるんだろうけど、俺も何をくよくよしてたんだか」
「簡単にすっきりできることじゃないでしょうけどぉ、そう言ってくれるなら、こっちも安心したんだゾ☆」
「1年前から心配させてばっかりだな、食蜂には」
「あら? 蜜蟻さんから私のことも聞いたのかしらぁ」
「ああ」
「ふうん。まあ、過ぎたことよぉ」

 過去に拘泥して彼の所有権を主張するつもりは、食蜂にはない。これに関しては、チャンスは平等だと思っている。
 蜜蟻愛愉だって、闇に堕ちた身を彼に見られたという罰を経て、同じスタートラインに立ったと言っていい。食蜂が蜜蟻に課した宿題という名の未来へ向けて。
 そう。今や、食蜂もスタートラインに立てる。上条の記憶に留まっていられなかった頃には、どんなに足掻いても叶わなかったことだ。過去というアドバンテージを放棄することにはなったが、それでもお釣りが来る。

「食蜂は、それでいいのか?」

 上条の愚問に、

「私は報われた。今はそれで充分なんだゾ☆」

 食蜂はきっぱり答えた。自然と表情に溢れ出た満面の笑顔。

「――――食蜂って……」

 この束の間、惚けた顔になった上条が口を開く。

「いい女だな」

 食蜂は一瞬絶句したかと思うと、それが溜めだったらしく、一気に笑い出す。

「あははは。相当な進歩よねぇ。何せ昔の貴方には、小娘だの顔洗って出直しこいだの、さんざんなこと言われたのよぉ」
「マジ? 昔の俺ってひょっとして実は鬼畜系だったりする?」
「さあて、どうかしらぁ?」

 食蜂は弾まんばかりに軽快な足取りで、上条より先へ進み出す。上条はやれやれと言いたげに後を追いかける。彼女が傍から見てもはしゃいでいるのがわかったから、きっと余計なことは口に出さなかったのだろう。
 いずれにしろ。
 学園都市が誇る精神系最強の超能力者(レベル5)の、その人生の中で3本の指に入る『幸せな時代』の扉が開け放たれたことは間違いない。



[40590]
Name: 仮帯◆6250961b ID:6e4647b9
Date: 2014/10/20 23:26
「奴らは今更引くに引けなくなってるだけだ。だから引き時だってことをわからせる!」
「どうする気よ……?」

 デッドロックの襲撃に、上条当麻と食蜂操祈のふたりは終始劣勢を強いられていた。
 いや、食蜂操祈の心理掌握と相性最悪な装備『簒奪の槍(クイーンダイバー)』を身につけた連中相手に、むしろ健闘していると言ったほうが正しいかもしれない。何せ、食蜂の味方は無能力者(レベル0)の上条当麻ひとりきり。対するデッドロックは当初30名を越える人数がいた。それを少しずつでも撃退し数を減らすことに成功しているのだから。
 そして、ようやく敵の数は20を切ったというところだ。
 このまま持久戦になったら、人数的に、どちらが有利かは火を見るよりも明らかだろう。

「奴らの燃料タンクの爆発にこっちも巻き込まれたように見せかける」

 つまり、死んだふりしてやり過ごすという訳だが、

「は?」

 それで本当に死んでしまったら洒落にならない。

「装備が同じだけに連中の攻撃パターンはほとんど変わらないから、大体読めて来た」

 上条の目論見を、彼の覚悟を決めた面構えから食蜂は斟酌する。
 上条は食蜂の細い腰を腕に抱き、彼女は彼の腕の中で彼の顔を見上げていた。彼女を守ろうという意識が働いた結果、自然とそんな体勢になっていた。普段なら名門常盤台中学のお嬢様には許されない無遠慮な行為だったが、状況が状況なだけに双方、そちらに気を取られている余裕はなかった。

「大体までやれるなら大したものよぉ。誤差は、私のメンタルアウトが修正する」

 上条がある程度でも敵の軌道を絞ってくれれば、食蜂も的を絞りやすくなる。レベル0の彼にそこまで負担を強いる以上、絶対外さない、それがレベル5(超能力者)の矜持だ。

「悪いな。結局、お前に頼っちまう」
「……こっちも貴方が頼りなのよぉ。私の信頼力、裏切らないでね」

 それを聞いて上条の顔がほころんだ。下心とは無縁の表情だった。この緊迫下にあって、安堵したような。

「ああ。今度こそ、守り切る」
「?」
「女の子に頼られるのはいいもんだって話さ……蜂蜜みたいないい香りだな、お前の髪」
「ンな、何を今言って」

 赤面した食蜂は言いかけた科白を、上条に無言の注意を促され飲み込んだ。上条の視線の先に、食蜂も目を向ける。

「……ホンっト、お邪魔虫よねぇ」

 周りを見渡せば、敵の影ばかりが続々と夜陰から浮かんで来る。
 なのに、いつの間にか、殺される恐怖に直面した緊張はほぐれていた。それを踏まえれば、髪について上条が寄越した緊張感に欠ける言及も評価してやってもいいかと食蜂は心の中で呟く。
 生き延びてみせる、彼とふたりで。その気持ちが食蜂の身の内を不思議な熱量で充たしてくれる。

「海……」
「ん?」
「海を見に行きたいわぁ」
「お前、泳げないのに」
「海には観賞力もあるのよぉっ」

 制服だって夏服に衣替えしたばかりだから、学園都市から学生ふたりで気軽に行ける海となると、実際泳ぐには時期尚早だろう。

「わかったわかった、じゃあ今度行くか」
「約束なんだゾ☆」

 デッドロックがいないと同然に、お喋りを交わす上条と食蜂。
 ふたりを包囲しているデッドロックは、この余裕に何か裏があるのかと不審がって、攻撃のタイミングを計りかねている。
 意図して生じた間隙ではないが、今がチャンスだ。

「よし。そうと決まったら、気合入れてくぜ、操祈!」
「うん!」

 このとき、上条と食蜂は夢にも思わなかったに違いない。ほどなくして、彼が彼女の名前を呼べなくなろうとは。
 彼が再び彼女の名前を呼ぶ奇跡が起きるまで、彼女は永い日々を過ごすことになる――。


 我ながら子供だった、と食蜂操祈は思う。今朝夢で見た、今となっては懐かしい記憶を振り返って。
 あれが、たった1年前だとはとても信じられないというのが食蜂の本音だ。
 あれから色々なことがあった――最近対峙した蜜蟻愛愉との戦いの後始末は、まだ続いている。
 蜜蟻は己のエゴのためだけに学園都市の裏で蠢く諸々の組織を渡り歩いて来た少女だ。そんな蜜蟻が頓挫したとなれば、学園都市の暗部が彼女へ意趣返しを行う可能性は大いに有り得る。
 だが、蜜蟻のエゴに食蜂は自分と通じるものを見てしまった。そうなった以上は、

『それでも私は貴女を救うわあ♪ あの人だったら、きっとそうするように』

 この蜜蟻への宣告を翻すことは、食蜂にとって絶対に有り得ない。
 食蜂の超能力、『心理掌握(メンタルアウト)』に直接的な攻撃力はないものの、それを補って余りあるものを彼女は、この1年間で培って来た。

「首尾はぁ?」

 食蜂が今いるのは、彼女が通う常盤台中学。問いかけた相手は、食蜂を女王と仰ぐ派閥の中心メンバーだ。常盤台中学の一大勢力と評して過言ではない規模の人数を抱える食蜂の派閥の中にあっても、彼女ほどゴージャスな縦ロールの髪型の持ち主は類を見ない。

「女王の仰せのとおりに、万事支障なく」

 こう答えた縦ロールの少女の頭の中を心理掌握で確かめ、食蜂は情報を精査する。情報の価値を判断するのは、暗部と本来無縁な常盤台の少女たちでは荷が重い、自分が責任を負わなくてはいけないと食蜂は考えるから躊躇なく心理掌握を揮う。
 彼女たちは、食蜂の手駒だ。レベル5に及ばないにしても、学園都市の名門に入ることを許された能力者。食蜂が操れば、その破壊力は遺憾無く発揮される。

(もとはと言えば、彼にまた身体張らせる訳にはいかないという反省から作ったのに、なかなか彼のために使う機会に恵まれなかったのよねぇ)

 食蜂は内心やや自嘲めいたことを呟く一方で、縦ロールの少女へ満足そうに言う。

「さすが抜かりはないようねぇ。本当ならみんなを労ってあげたいところだけど、集まって人目を引いて、御坂さんにまた目をつけられちゃうと面倒だからぁ」
「……御坂様の、女王に対する誤解が1日でも早く解ければ良いのですが」
「誤解ねぇ……まあ、誤解ばかりじゃないのよねぇ」

 私、彼女のこと嫌いだしぃ。この科白までは食蜂は声には乗せなかった。自分と違って純粋無垢なお嬢様たちを無闇に、こうした嫉妬のような感情と触れさせたくはない。
 同じ常盤台に通い、同じレベル5(超能力者)にして序列では食蜂より上位の第三位、『超電磁砲(レールガン)』の御坂美琴(みさか みこと)。食蜂も御坂も、お互いに対し水と油の関係だと思っている。何よりも食蜂は、彼女にとって大事なふたりに御坂が別々の意味で近しい存在というのが気に食わない。しかも、御坂はその事実を知らないのだから。

(こっちが明かさなきゃ、御坂さんが知る由もないのは頭ではわかってるけどぉ……この点も、蜜蟻と似てるわぁ私……)

 相性最悪であれ、無益な争いは避けたいのは確かだ。なので、食蜂が御坂のお目付役に充てたのが、今話している縦ロールの少女だ。御坂とは共通の趣味があるということで、近頃は御坂の警戒も薄まっている。

「女王?」
「んー……やっぱり、今度の件の目処がつくまで、御坂さんには横槍入れてもらいたくないのよぉ。なので、また貴女に任せちゃうことになるけどぉ」
「ご心配なさらずに。わたくし、御坂様と一緒に過ごすことは決して嫌ではありませんから」
「なら、その調子でお願いねぇん☆」

 食蜂は学舎を出て、放課後、とある人物と待ち合わせの約束をした場所へ向かう。そこまでの距離を歩きながら、今しがた話題に出た同輩、御坂美琴について考える。
 御坂の戦闘力は正直、魅力だ。彼女が味方につけば、派閥の少女たちに負わせるリスクは軽くなる。
 けれども、食蜂の超能力を以てしても御坂は操れない。無意識に働くエレクトロマスターならではの力が、食蜂が送る操作の信号を弾いてしまうからだ。
 更に、また厄介なのは、御坂の人徳。御坂が動くと、自ずと協力者が集まる。自らが率いる派閥のメンバーなら用が済み次第、食蜂は彼女たちから用件に関わる記憶を消去することだって自由自在だ。しかし、御坂サイドの人間を同様に扱っては、また無用な軋轢が生まれるだろう。ただでさえ、御坂は他人を駒にする食蜂のやり方を快く思っていない。だが、食蜂は情報漏洩防止には万全を期したい。故に、食蜂と御坂の思想は、水と油なのだ。

(御坂さんに理解されようとは思わない……私に主役力はいらない、彼を――ヒーローを支えられれば、それでいい。でも、御坂さんはあのままでなくちゃ、ヒーローの代わりにならないものねぇ)

 時には、彼――上条当麻が間に合わないことだってある。その当たり前のことを食蜂は蜜蟻の過去を知って痛感した。だから、御坂には、そうした場合の保険という有用力がある。

(正直言って、妬けちゃうわぁ……それだけ、あの人に近いってことなんだもの)

 もうすぐ目的地が見えて来るという地点で、食蜂の携帯電話が振動を発した。

「もぉしもぉし」
「蜜蟻愛愉を取り巻く状況についての経過報告だ」
「あらぁ、どちら様かしらぁ?」

 そうは言っても、このタイミングでかかって来る相手の心当たりとして真っ先に浮かんだ相手の声だと、とっくに承知の食蜂である。

「時候の挨拶に始まり、長々と前置きから聞かせてやろうか? この声が誰のものか、お前の蜂の巣の如く穴だらけの脳味噌でも思い出せるくらいに」
「彼が聞いたら、途端に曇りそうな科白だわぁ」
「彼のことを言っている訳ではないだろうが! 機械音痴の貴様には、今の科白を携帯電話に録音して彼に聞かせるなんて芸当できるはずないなんてわかりきってるけど!」
「それにしたって、いいのぉ? 仮にも『統括理事会のブレイン』様が、こんな瑣末事に首を突っ込んで時間浪費しちゃってぇ」
「世界から見れば、無きに等しいトラブルだから浪費と言われるほどの手間はかからないけど、彼と私の思い出に関わる以上は、あだやおろそかには出来ないだろう。せっかくの上書きのチャンスだ、綺麗に締め括りたいのは私もお前も一緒だと思うけど?」
「……異論は、ないわぁ」

 通話先の相手――雲川芹亜は、食蜂の返事を聞くと、滔々と報告を進める。
 雲川芹亜は、今回に限っては信用に置ける貴重な情報源だ。今回に限っては、彼に関する利害が一致しているからだ。

「結果報告も忘れるなよ」
「わかってるわよぉ」
「今までのことがあるから大目に見てあげるけど、くれぐれも抜けがけはするなよ」

 電話の向こうから雲川が言い足した言葉に、食蜂は『結果報告』に込められた二重の意味を確信する。雲川のことだから食蜂の待ち合わせ相手が誰だか把握していよう。その相手に関して雲川が言っているとなると、やはり、このタイミングで連絡して来たのは、むしろ食蜂への牽制という意味合いのほうが濃いのだろう。雲川が歯噛みして悔しがっているさまが、食蜂には目に浮かぶようだった。

「覗き見(監視)はいい趣味とは言えないわよぉ」
「お前に言われたくはないんだけど! いいか!? 繰り返すが、くれぐれも」

 未練がましい雲川の科白の途中で、食蜂は携帯電話を耳から離し、さっさと電話をオフにする。

(向こうが目を光らせてるのなら、こっちはそれを逆手に取って見せつけてやろうかしらぁ。あの年増が血の涙流すくらいにぃ)

 食蜂は思いついた悪戯にたまらず、くすくす笑い出してしまう。
 待ち合わせの場所は、もう見えていた。
 感心なことに約束の相手が自分より先に来て待っているのが食蜂にはわかった。彼女には遠くからでも見分けがつく、あのツンツン頭。
 自販機で買ったと思われる缶ジュースを飲みながら、待ち時間を潰している彼――上条当麻。
 心理掌握の誘導に比べれば、声をかけるというのは極めて原始的な方法だ。けれど、その声音には発した人間の心が表れる。
 どうしても、弾んでしまう声。このときばかりは学園都市が誇る精神系最強の能力者も、10代の乙女に戻る。

「当麻さん」

 食蜂操祈は、久しく呼ぶことが叶わなかった彼の名を呼ぶ。




※九尾様、ポぽ様、エーテルはりねずみ様、アドゥラ様、千里様、
 感想ありがとうございます。
 食蜂操祈が報われて欲しいと願う人はやっぱり多いんでしょうか。


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