<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

SS投稿掲示板


[広告]


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[40724] Fate stay night 〜Let's Rock~
Name: カトラス◆cdce3c41 ID:300702e8
Date: 2015/07/10 23:37
※第九話に致命的な間違いがありましたので一時取り下げていました。ご指摘いただきありがとうございました。以後、気を付けます。

<コメント返し>
グンテさん
グンテさんとは良い酒が飲めそうです。本当にこの一言に集約されます!
物語的には半分を過ぎたあたり。今後も読んで頂ければ嬉しいです!

だっふぃさん
続けて読んで頂けるとは光栄です!私生活の都合上、定期的な更新はできませんが、今後もお待ちいただければ幸いです!

グンテさん
騎乗スキル絶対ありますよね!まあ、確かにどのクラスとしても召喚されそうなくらい万能なキャラですが。以前某動画サイトで見たダンテを各クラスで召喚したっていうネタを思い出しました。

人魂さん・給食費さん
修正しておきました。ご指摘ありがとうございます。今後も間違いがあるかもしれません。気を付けていきますが、お気づきになりましたら、ご指摘お願いします。

倭武さん
コメントありがとうございます。ここからだんだんと敗者が出てきます。やはりFateという作品において散り様はとても重要なところだと思っています。表現の乏しい文ではありますがキャラクターの生き様を感じてもらえればうれしいです。頑張りますので今後もよろしくお願いします!


だっふぃさん
コメントありがとうございます。とてもうれしいお言葉です!相変わらずの亀足進行になってしまい申し訳ないですが、頂いたお言葉のとおりなんとか完結させたいと思います。今後も読んでいただければ幸いです^^

あさん
やはりダンテがライダーというのはおかしいですかね?どうしてもあの垂直バイクのぼりが頭に浮かぶので、ライダーしかないと思っていたのですが……汗
この話の中ではライダーしてもらおうと思うので、ライダーでお願いします^^

なめりすとさん
有り難いお言葉です。Fateという話自体が後日談を書きにくく、どうしても再構成、あるいは逆行ものが多くなるので、途中で匙をなげられる方が多いという印象です。頑張って続けていこうと思うのでよろしくお願いします

bioさん
重要人物の字の誤り。お恥ずかしい限りです。今後も誤字は修正していきたいと思うので、読んでいただきご指摘いただければ幸いです。

Junkさん
<挨拶>で書いた通りです。都合のいい解釈ばかりですみません。おかしいなと思うところがあれば今後もご指摘いただきたいです。


<挨拶>
 此処に投稿されている皆さんの中に、このように最初に1ページを使用して説明されている方がいらっしゃいましたので、真似をさせていただきます。
 この文章を書いたカトラスです。元ネタはFate staynightとdevil may cryのクロスオーバーです。ダンテについてですが、英霊は最盛期の姿で召喚されるという設定を都合よく解釈しました。宝具はそれ以降に使用したものも使用できるという設定でいきます。よって、3ンテの姿ですが、それ以降の経験や人格も受け継いでいると思っていただければ幸いです。
 その他、ご都合主義の多い文となりそうですが少しでも多くの方に読んでいただければ幸いです。亀足進行となるかもしれませんが、どうぞよろしくお願いします。
 一話5000字以上を目安で書いております。亀足進行に加え、文量が短いと感じる方もいらっしゃいますでしょうが、よろしくお願いします。 

 コメント返しではないですが、最初期に投稿したものでは「凜」と表記しており「凛」が正しいです。ご指摘いただいたbioさん、ありがとうございました。




[40724] 第一話
Name: カトラス◆cdce3c41 ID:300702e8
Date: 2014/11/23 15:29
 暗い蔵の中は腐敗の匂いで満ちているようで。良い思い出なんて一つもないその光景に嫌気がさしたが、それ以上の感情は覚えない。その場に立つのは二人。翁と少女。互いが視線を合わせることはない。召喚の準備はすべて整えられていた。
あとは私がその呪文を唱えるだけ。それが私のこの聖杯戦争での最初で最後の仕事だった。
静かに手を前に。祭壇に供えられたのは一本の剣。趣味の悪い髑髏をあしらったその剣を、何故だか綺麗だと思った。
「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。祖には我が大師シュバインオーグ。
降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」
傍らには翁。妖怪を思わせるその表情は何時になく硬い。この召喚に何を思うかは全く読み取れない。だが、そんなものに興味はなかった。
「閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。
繰り返すつどに五度。ただ、満たされる時を破却する」
風を通さぬ蔵の中に確かなうねりを感じた。魔力の奔流。今、自分は奇跡を目の当たりにしようとしている。
「_____anfang
 ________告げる。
_____告げる。
 汝の身は我がもとに、我が運命は汝の剣に。
 聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」
 私が望むのは平穏な暮らし。先輩が居て、兄さんがいて、姉さんがいて____。そんな当たり前の暮らしが在るのなら、聖杯に願うことなど何もない。
「誓いを此処に。
 我は常世総ての善と成る者、
 我は常世総ての悪を敷く者。
 汝三大の言霊を纏う七天、
 抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ____!」
 一層に膨れ上がった魔力の渦。目を開けていることすら適わないほどに吹き荒れたそれの向こうに、召喚の成功を確信した。
 静かに影が現れる。影にまとわりついた渦が一瞬輪郭を形どった後に晴れていく。
「______ああ、これが召喚ってわけか………。
 俺を呼びだすとは物好きだな」
 晴れてゆく視界。その先に立っていたのは一人の男。彼に神経を吸い寄せられる。
決して巨漢というわけではないが、がしりとした体つき。赤いマント。そして銀の髪。気怠そうに、あるいは存在を確かめるように首を右に左に傾けながら、此方に視線を向けている。
「____それで、アンタが俺のマスターか?」
 その一言で少女は、桜は意識を取り戻した。姿を認識したその瞬間から、意識が完全に彼の存在に吸い寄せられていた。
 _____まるで悪魔に魅入られたかのように。
「いや、桜は召喚者にすぎん。マスターは別に用意する」
 質問に応えたのは翁の方だった。それに対してサーヴァントの方が肩を竦めた。
「___はあ、良いオンナなのに勿体ない」
 気を取り直した桜は踵を返した。もうここにいる理由はない。本音を言えば出来ることなら早く此処を出たかった。
「__________本当に良い魔術師(オンナ)なのに勿体ない」
 背中にそう、サーヴァントの声がかけられた。


◇◇◇


 間桐邸。召喚に使った蔵とは別の部屋。その一室には二人の男、間桐臓硯と間桐慎二が向かい合っていた。
「ふうん。こいつが僕のサーヴァントか・・・・・」
 値踏みするような目を向ける慎二に対して、臓硯の方はあまり関心がない様子だ。
 今回の聖杯戦争。その価値は、二人の中でまるで違っていた。
嘗ては無術の名家。自分はその末裔。その自負を持ちながらも、自らは魔術回路すら持たない慎二にとって、この聖杯戦争は魔術師として在るための重要な儀式だ。自身ではサーヴァントを呼び出すことすらままならない慎二が、桜の代わりという不本意な事態とはいえ、マスターとして聖杯戦争に参加できるのだ。値踏みするような視線も、ある意味では高揚する心の高まりを外に出さぬようにするある種の自尊心の表れだった。
一方で臓硯は慎二に何の期待も寄せてはいなかった。だが、老婆心とでもいうべきか。数百年を生きた妖怪であっても斯様な心持は失わぬものだと、自嘲したくなるような理由ではあれ、末裔に花を持たせたい程度の思いは臓硯の本心に他ならない。十数年をかけて仕込んだ桜のマスターとしての権限を放り出すという愚行を容認したのも、此度の聖杯戦争に戦果を期待しない表れだった。
「_____huh!」
そしてもう一人、この場に居合わせるサーヴァントからは露骨なイラつき交じりの溜息が発せられた。長時間、それもまじまじと値踏みの視線を向けられて気持ちのいいものではない。だが警告をまぜた筈の溜息も、あえなく慎二に無視されてしまった。
「それで?お前、名前はなんて言うんだよ?」
 代わりに向けられたのは上からの物言い。だが、彼はサーヴァント。マスターの命に易々と逆らうものではないと自覚していた。
「ライダーだ、マスター」
 余裕というべきだろうか。サーヴァント、ライダーは優雅に、あるいは芝居じみた様子で肩を竦めながら短く答えた。
「違うよ、違う。ほら、サーヴァントってやつは真名があるだろ?」
「ああ、ダンテだ。ライダーでもダンテでも好きなように呼んでくれ」
 あくまで高圧的な態度をとる慎二にも、ダンテは全く自分の姿勢を崩さなかった。
「オーケー、ライダー。これからよろしく頼むぜ」
 ダンテの考えなど知ったものではない。そう言わんばかりにダンテの態度を無視。
 これに頭を抱えたのはダンテだけでなく臓硯も同じだった。

◇◇◇
 
 夢を見ていた。そこは地獄。生き残る者は少なく、その少ない命も瞬間の後には消え失せようとしている。そんな中で自分は生きている。生き延びようと足掻いている。ここではないどこかに救いを求めて。この地獄から抜け出すために歩を進める。だが、ああ、限界だ。極限に達したことで分かる。感じる。自分の足はもう何歩も前に進めない。声は出ない。助けはない。
 ああ_______倒れる………………。



「……パイ。…………先輩、起きてください!こんなところでは風邪を引いてしまいますよ」
 聞き覚えのある声。遠くに聞こえた音が、次第に声となって耳に届き脳に伝わる。
「………ああ。桜か」
「ああ、桜か。じゃ、ありません‼‼‼」
 声の主。間桐桜は覗き込むようにして此方を見ていた。ここは土蔵。衛宮の屋敷の中の土蔵だ。昨晩の魔術の鍛錬のうちに寝てしまったのだろう。硬い地面に長時間寝ていたせいで体の節々が痛んだ。
「悪いな、起こしに来てもらって」
 起き上がりながら謝罪を。だが、桜の方は謝罪されるようなことはないというようにすぐに態度を変えた。
「あまり根を詰めすぎてはいけませんよ」
桜はそう声をかけると立ち上がった。そして、
「朝食、出来てますからいらしてくださいね」
そう言って土蔵から姿を消した。

朝食の後に学校へ。いつも通りの平穏な日常だがそれは表面だけの話。今、事態は重大な岐路を迎えている。バーサーカーとの再戦。遠坂との確執。だが、直近の課題
「シロウ、私も学校について行きます」
そう言ったセイバーを宥めたのはつい先ほどだ。学校へ行けば、人目がある。サーヴァント同士の争いに巻き込まれることもないだろう。自分が楽観的過ぎるという意見も多少耳に残ったが、すぐに頭の隅に追いやっていた。
そして、その期待通りに学校での日常はいつも通りに過ぎ去り、やがて夕方になっていた。授業のほとんどはその内容を覚えておらず、代わりに今後の方針が頭の中で練られていた。つまりやはり俺の考えは正しく、今日という日は有意義な日だったのだろう。

だったら何故、俺は遠坂に追われているのだろうか…………?
「待ちなさああい、衛宮君‼‼」
 人気のない廊下に木霊する遠坂の声。ああ、セイバーを連れてこればよかった。こんなことを考えているようでは本当に救いようがない。逃げ込んだ教室は木端微塵。逃げ出した廊下にこれ以上の活路は見いだせず。階段を駆け上がり、その後ろを追ってくる遠坂のガンドに神経を集中する。
 ヒュンと甲高い音。耳元を魔力の塊が通り過ぎてゆく。階段を上り切った先には長い廊下が続く。
「………ここまでか」
 意を決して振り替ええると右手をこちらに掲げた凛が此方を睨み付けていた。思わず表情が引き攣った。それに反応するように彼女は笑みを浮かべた。
「観念した、衛宮君?」
 肩で息をしながら、勝ち誇った笑みを浮かべた彼女からは、
「最期の言葉でも聞きましょうか?」
そんな内心がにじみ出ていた。

「きゃああああああああああああああああああああああああああああああああああ‼‼‼」

 そしてその状況を打破したのはシロウでも凛でもなく、第三者=女子生徒の叫び声だった。
 条件反射というべきか。遠坂に怯んだ気勢はどこかへ消え失せ。自分でも気づいた時にはその声の主のもとへと走り出していた。
「ちょっと、衛宮君!?」
 遠坂の脇を通り過ぎ、来た階段を今度は全速力で下り降りる。慌てて振り返った凛は、あっけにとられたまま、その後ろを追うことしかできなかった。

「何?気を失っているだけ……?」
 シロウが横たわる女子生徒を担ぎ上げたのと、凛が彼女のもとへと到着するのはほぼ同時だった。外傷がないことに一安心シロウと、外傷どころか魔力も何も損傷がないことに疑問を持った凛とは、真逆の表情を浮かべていた。誰が?何のために?この学校に他のマスターが居たというのなら、そしてこれがそのマスターの仕業なら、何もないということはあり得ない。
「遠坂!早く保健室へ運ぼう!」
何はともあれ、凛はシロウの意見に賛成だった。何の傷も無いと言っても気を失っているのだ。放って置いて良いはずは無い。
周囲に神経を向ける。特に感じる気配はない。学校に残っている生徒の気配も、サーヴァントやマスターの気配も。だが、安心していいわけではない。自分に感じることのできる気配など些細なものでしかないことを凛は自覚していた。
ああ、もう。アーチャーを連れてさえいれば‼‼
そう悪態を吐いたところで事態は好転しないし、それではシロウに言った言葉が自分にも突き刺さることになる。サーヴァントを置いてくるとは何事か、と。まあ、今はそんなことは良い。取りあえず身の回りは安全そうだ。
「まずはこの子をどうにかしないと」
そう言って立ち上がった時だった。“自分ですら感じる程度の気配”というものが身体を過ぎ去った。いや、違う。自分ですら感じることができるほどに強力な気配がその場に立ち込めた。
「おいおい、出てくるんじゃねえよ………」
 そして姿を現したのは剣を背負った男だった。銀髪。そして赤いマント。サーヴァントだった。気怠そうに頭を掻きながら現れた彼からは抑えられない凄みを感じる。ダンテの纏う空気は紛うことなき強力なサーヴァントのもの。それ故、凛の決断は一瞬だった。
「令呪をもって命じる。アーチャー、来て!!」
 突風。校庭の木々が揺れ、男の赤いマントがはためく。
 そして弓兵が姿を現した。
「やれやれ、凛。もう二つ目の令呪を使うとは君の自己管理も、もう少ししっかりしてほしいところだ」
 悪態を吐きながらも、アーチャーの目は真剣だった。男と凛の間に立ちはだかるように現れたアーチャーは、半身をこちらに向けるように立っていた。
「ところで、君が今回の敵ということで良いのか?」
 二人の男の視線が交わった。共に頭髪は銀。共に纏うは赤の外装。既にアーチャーの両手には、干将そして莫耶が握られている。
「待て待て、今回こっちは本気でやろうなんて思ってないんだ。
 マスターに言われてしぶしぶ出てきたが。ここは互いに引くってのはどうだ?」
 ところがダンテの出した提案は今日のところは引くというものだった。これに肩透かしを食らったのはシロウ、そして凛だけだった。
「いや、此方もマスターを明かしてしまったんだ。君のマスターはこの場には居ないようだが、先の口ぶりからするに前線に出るようなマスターではあるまい。加えて言うなら、そちらが撒いたタネだ。この場での戦闘に不満はあるまい」
「確かにそうだな、アーチャーのサーヴァント。俺はライダー。どうだ?この情報だけで引き下がるつもりはないか?」
 ダンテはあっさりとそのクラスを明かした。だが、提案に対するアーチャーの意見はまたしても否だった。
「俺がアーチャーだと断言できるわけではあるまい。同じように、君がライダーだとも断言できない。この情報交換に意味はないと思うが」
 不敵に笑ったアーチャーにダンテも笑みで応えた。
「それもそうだが。正直、今日はマスターのご機嫌取りに来ただけだったが、アンタみたいなのなら相手にしても良さそうだ」
 そう言って、ダンテは二丁の拳銃を手に取った。名をエボニー、そしてアイボニー。シロウと凛は息を呑んだ。これからサーヴァント同士の戦闘が行われようとっしている。その壮絶さは既に体験済みだ。
「…………ライダーのサーヴァントが銃を構えるか!?」
「おいおい、それはお互い様だろう?アーチャーのサーヴァント‼‼‼」
 互いの声を皮切りにアーチャーの方が突進。逆にダンテはステップを踏むように左後方へ。当然、この間にエボニー、そしてアイボニーは火を噴き続けている。アーチャーの足元めがけて打ち出されるその弾丸は突進の速度を徐々に削ってゆく。
 アーチャーの方が攻め手を変えた。干将・莫耶を投擲。その陰に隠れるように自分も後を追う。ダンテはまたしてもバックステップ。銃身を水平に構えられた二丁拳銃の弾丸は二本の剣に当たっては弾き飛びを繰り返し、遂には軌道を逸らすことに成功する。
 だがその瞬間、目の前にはアーチャーの影があった。その手には再び二本の刃。上段から振り下ろされる刃を、二丁の銃を交差して受け止める。
「やるじゃねえか!?アーチャー‼‼‼」
 銃を押し上げるようにして刃を押し返す。驚いたのはアーチャーだった。下手から、上段の勢いを乗せた一撃が受けられるとは思わなかった。そして、次にアーチャーが目の当たりにしたのは目の前を回転しながら舞う二丁の拳銃だった。
 ダンテはエボニー・アイボニーを放り投げると同時にその場で左に一回転。手には刃=リベリオンを抜いていた。召喚の触媒ともなった刃の横薙ぎに対して、しかし、アーチャーも武器の放棄。そして右手には次なる刃が握られている。押し返すでなく、薙ぎの勢いを利用して後ろへ飛ぶ。後退の間にも生成した刃を投げつける。
「____HA‼‼」
 ダンテはそれを苦も無く避け、空中に舞っていた二丁の拳銃をキャッチした。だがそれだけで追撃をしようという様子はなかった。
 戦場が静かに張り詰める。戦闘が凪に移る。向き合ったままの二騎のサーヴァント。先に口を開いたのはダンテだった。
「どうだい?互いに手の内も見せ合ったことだしな。この辺でお開きってことでどうだ?」
「そうだな。と言いたいところだが、剣と銃を扱う騎乗兵となると此方も疑念がぬぐえないものだな」
「HAHAHA‼‼‼____おいおい。剣を使う弓兵がよく言う」
 ダンテは心から楽しそうにそう笑った。アーチャーの口元にも笑みが浮かんでいる。
「こっから先は、殺し合いの一撃になるぜ?」
「それも仕方ないだろう」
一通り笑った後のダンテからの問いかけに、アーチャーは首を振った。そして、その手の刃を手放した。もちろん、次なる剣を生み出すためだった。
「OK!Let’s Rock!!!!」
 それにこたえるようにダンテもリベリオンを収めた。エボニー・アイボニーも懐の中だ。そして右手を天に掲げた。瞬間現れたのは黒紫の楽器だった。ギターと呼ぶのがふさわしいそれは、大凡戦場に持ち込むものとは思えない。だが、同時に宝具で間違いのない存在感を纏っていた。
「あれがライダーの宝具!?」
凛がそう叫ぶがアーチャーからの反応はない。代わりにダンテが笑みを浮かべた。見せつけるように。右手で持っていたギターネックを放り投げ左手で掴み直す。
そして、____________
「雷纏いし蝙蝠の弦(ネヴァン)‼‼‼‼‼‼‼」
 真名解放。ダンテがその宝具の名を高らかに叫ぶ。そしてその右手が弦を打ち鳴らした。迫りくるのは雷の一撃。左右、そして正面から。天より地まで柱上に伸びた三本の雷がアーチャーに迫る。
 躱すという選択肢はない。受けることは適わない。ならばその先には敗北のみ。アーチャーは此処に至り決心を固めていた。その口から詠唱が告げられた。
「I am the born of my sword」
 告げたのは一節だけ。腕が上がる。何を生み出すのか。ダンテが興味深そうにその様子を見ていた。
「熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)‼‼‼‼‼」
 現れたのは花弁。七枚の花弁がそれぞれの雷柱を迎え撃つ。否、遮断した。飛び道具に対する絶対守護。その名に相応しい城壁に匹敵する盾がネヴァンの雷を打ち消す。
 校庭の砂が舞い上がる。魔力の奔流に加えて、雷柱の通った跡がクレーターのように刻まれる。視界を覆う砂ぼこりの向こう側にアーチャーはダンテの声を聴いた。
「お互いに宝具まで晒したんだ。この辺にしておこうぜ。また殺り(やり)あう日を楽しみにしてるよ」
 徐々に戻る視界。目を閉じていたシロウと凛が再び目を開けた時にはライダーの姿はなく、校庭には一人、険しい顔をしたアーチャーが取り残されていた。



[40724] 第二話
Name: カトラス◆cdce3c41 ID:300702e8
Date: 2014/12/01 00:06

 既に日は暮れていた。遠坂邸まで行き、さらにその帰り道。学校から帰るには遅すぎる時間となってしまった。「ただいま」誰にでもなくそう告げ、シロウが衛宮邸の門をくぐった時には、時計の短針はは8を示そうかとしていた。
 家に帰ると予想通り、セイバーからの呼び出しがあった。招かれたのは道場。その端にセイバーは目を閉じ、正坐していた。ただ座っているだけだというのに、その気品に押されそうになる。
「あの、ただいま、セイバー」
 気遅れ気味にそう声をかけた。
「シロウ、夕方までには帰るという約束だった筈ですが?」
 セイバーがゆっくりと瞼を開ける。正直に言って視線が痛い。自分の身を案じているのが半分、攻めているのが半分といったところか。それでもその前にするべきことがあった。
「セイバー、お叱りはあとでいくらでも受ける。だが、その前に今日の件について話をさせてくれないか?」
 そう切り出したシロウをそれでも頭ごなしに否定するセイバーではなかった。
「まず、ライダーのサーヴァントに出くわした」
「………ッ‼‼なんてこと!?」
 セイバーの反応は早かった。今にも掴みかかろうとする姿勢にさらに身が強張る。
「あとは、遠坂と共闘関係を結ぶことになった」
 だからそうなる前に一気に捲し立てた。その一言で、セイバーはシロウがどう生き残ったかを正確に理解した。
「今回ばかりは凛とアーチャーに感謝するしかなさそうですね」
 姿勢を正したセイバーはそう口にした。
「桜には明日から家に泊まってもらうことにした。町は今いろいろと物騒だし」
「ええ、賢明な判断だと思います。今後の展開次第では此処も安全の保障は怪しいですが、私の目の届く範囲にいるというのは守るうえで有り難い」
 セイバーの返答にシロウの方も頷き返す。
「それと……もう一つ。俺に剣を教えてほしい。闘う術が俺にも欲しい」
 その言葉に今度はセイバーが深く頷く。その顔には騎士としての誇りと、良き弟子を持つ師の笑みで満ちていた。

 衛宮邸と同じようなやり取りが遠坂邸でも行われていた。遠坂邸の一室。木製の椅子の背もたれを前にして座るのは凜。良く沈むソファに深々と腰かけたのはアーチャーだ。
「私に帰れと命じたのは君のはずだが?
 結論から言えば、また君は三画しかない令呪を無駄にしたということになるのだが」
 アーチャーの口から出る尤もな意見に凜は目を逸らすしかない。シロウにあれだけサーヴァントを連れ歩かないことの愚かしさを説いておきながら、自分が全く同じ、あるいはそれ以上の失点を犯したのだ。無理もない。これではどちらが半人前のマスターか分からない。そんな様子から反省と後悔を感じ取ったアーチャーがこの話題では先に折れた。
「まあ、起きてしまったことは仕方ない。今後の方針について考えていこう。
 あのマスターはともかく、セイバーと共闘関係を結べたのは大きい。対バーサーカーもそうだがこれからはライダーにも気を配る必要がありそうだ」
 アーチャーの方から話を逸らした効果は覿面だった。凜は一瞬、驚いた表情を浮かべた後、直ぐに神妙な顔つきになった。彼女の頭を回転させているときの顔だ。
「そうね。あのライダー。騎乗兵にしては芸が多すぎるのよ」
 それに関してはアーチャーも全く同意するところだ。銃の扱い、剣の扱い。そのどれもが一流レベル。そして_____
「なんと言ってもあの宝具は強力だ。だが、こうも容易く宝具を晒すとなると第二、第三の宝具の存在も疑わねばなるまい」
「そうね。此方の宝具は見せてしまったわけだし………て、あれ?」
 考える仕草をしていた凜が急に表情を変える。拙い。アーチャーは思わず唸っていた。先ほど責められていた時とも違う。これはいつもの不満をぶつけるときに見せる不機嫌な表情(かお)だ。
「アーチャー!あなた、自分の真名が思い出せなくて宝具が使えないって言ってなかったかしら?
今日のあれは何?宝具ではないの?
あなた、まだ私に隠し事してない?」
アーチャーは一気に捲し立て上げられ、辟易といった表情を浮かべた。それはこの一瞬で彼の中のこの件についての言い訳が完成した表れでもあった。
「記憶についてはまだ何も。あの宝具を防ぎたい。そう思った時、体が勝手に宝具を発動していたに過ぎない。
 大体、凜。君が不完全な召喚をしたからこうなっているんだ。疑いが残るなら令呪でも使って調べてみてはどうかな?」
 返す言葉は言葉通りのカウンター。残り一画しかない令呪を。そう言外に告げられたのを凜は正確に読み取っていた。これ以上、この流れで会話を続ければ藪蛇であることに違いはない。そう考えた凜は矛を収めた。

 そして、口論するサーヴァントとマスターは実はもう一組いた。また、時を同じくして間桐邸。苛立ちを隠せないのはマスターである慎二。素知らぬ顔でくつろいでいるのがサーヴァント・ライダーであるダンテだった。
「おい!! 僕は魔力の収集を命じた筈だぞ!!
 それをお前は……魔力を補充できなかったどころか、宝具を使ったあ?
 ふざけるのも大概にしろよ‼‼‼‼‼」
「だから、大丈夫だと言ってるだろ?
 現に、今俺もマスターもピンピンしてる。魔力を他から補うのは“失敗してしまった”が、俺にだって得手不得手があるんだ。そう怒らないでくれ」
 両手を芝居がかった様子で天井に向け、盛大に肩を竦めて見せたダンテに、慎二は苛立ちを募らせる。
「ああ、もう‼‼ あんな女が呼び出したサーヴァントがまともな筈は無かったか……ッ!!
いざとなれば僕には令呪があるんだ。それを忘れるな‼‼」
 半ば吐き捨てるようにそう残し、慎二は部屋を去って行った。その後姿を見送り、ダンテはもう一度肩を竦めた。部屋に備え付けられたソファに体重を預ける。天を仰ぐようにしてのけぞり、手元にあった雑誌を適当なページで開き顔に乗せた。
 魔力を他者から奪う結界。決してダンテは作れないわけではない。だが、それを使いたくたくはなかった。人間を守りたいなどという高尚な思念が自分にあるとは微塵も思っていない。だが、自分たちサーヴァントの戦いに一般人が巻き込まれるのはできるだけ避けたかった。もっと言えば、ダンテはマスターですら殺す気はない。マスターは魔術師とはいえ人間だ。人間の仲裁は仕事の内だが、生憎と人間の排除は専門外だった。
「あの………?」
 控えめな女性の声が入室の許可を求めるものだということはすぐに分かった。彼女がその場に立っていたのはざっと20秒ほどか。そのまま立ち去るつもりなのかとも考えたが、此方に声をかける決心はついたようだ。
「どうぞ開いてるよ、お嬢さん」
 応えるとドアが静かに開いた。その隙間から覗いたのは桜だった。制服に身を包んだまま。衛宮邸の家からの帰りだった。実は、二人の仲が特別悪いということはない。普段あまり関わり合いは無いが、同じ家で暮らすともあればどうしても顔を合わせる機会はできる。それがたった数日で、桜が家に帰るのは衛宮邸で食事を終えた後だったとしても、だ。もっともそこはダンテが霊体化すればよい話で、それを嫌がるダンテに原因があるとも言えなくはないが。そんな理由から、話をすることも今日が初めてではない。見知らぬ家で暮らすことになったダンテを気遣うのは桜にとっては、常識というか当たり前の内だった。そんな桜の人柄をダンテも気に入っている。だから桜の事もまた、マスターと呼んでいた。
「兄さんの怒鳴り声が聞こえて」
 一方の桜の方は、召喚の後に取ってしまった態度を少なからず悔いていた。祖父の前、しかも場所が場所だったとはいえ、初対面で半ば無視するような対応をとってしまったのは礼に欠けていた。そんな負い目からか桜の様子は、恐る恐るというよりも、此方の気怠そうな様子を気遣っての躊躇いがちだった。
「サーヴァントである俺を気遣ってくれるのかい?」
「………私にも原因の一端はあるので………………
 兄さんも悪い人ではないんです。ただ、少し苛立っているというか………」
 尻すぼみになる桜の声にダンテは確信していた。どこかの街で会った悪趣味な天使とは違う。人が天使と呼ぶのはきっと正にこういった人間だろう。なにしろダンテが共に過ごしてきた女性を思い浮かべれば、どうにも気が強い女ばかりだ。名前を思い出す範囲で、桜のような女性は………と考え、だが頭に浮かんだのは一人の男の顔。そう言えばフォルトゥナで出会ったあの青年の彼女がそんな女性だった気がする。
「おいおい、俺にも少しは女運が回ってきたか……?」
 小さくつぶやいたダンテに桜は首を傾げた。だがそれが独り言にすぎないことを悟ると、直ぐに元の要件を持ち出した。
「あの、明日から先輩の家に泊めて頂くことになりました。それで、兄さんの事、よろしくお願いします」
 この時ダンテは今日一番の残念な顔を見せた。やはり自分の女運は悪いらしい。これであのマスターを守ることになってしまった。まったく厄介なことばかり押し付けられるものだ。そんな様子のダンテに桜が表情を曇らせる。「お、その顔も美人だな」ダンテが抱いたのは、そんな感情だった。別に慎二を守ることに抵抗は無い。彼もダンテの巻き込みたくないと思っている人間の一人には違いない。
「まあ、そんな顔をするな。桜の兄貴は任せときな。お互い、やんちゃな兄を持つと苦労するな」
 慎二と自身の兄を比べたとあっては、あの兄は黙っていないだろうが今この場にバージルはいない。笑って見せたダンテに桜も少し困った笑みを返した。ダンテはそれに満足したように口元に笑みを残したまま視線を斜め下に逸らし鼻をならした。
「………?ライダー?
 どうかしましたか?」
「いや、やっぱりマスターは笑ってる顔が良いと思うぜ」
 驚いたような困ったような表情を見せた桜は、小さく「ありがとうございます」と言うと、顔を俯けたまま部屋を後にした。

◇◇◇

 日は傾き、校庭に生徒の姿は消えていた。低くなった陽射しは教室の中にも差し込み、薄い紅に染めている。次の日の放課後。シロウと凛は教室に残っていた。周りにも人影は無い。相次ぐ事件に生徒たちは下校済み。全校のいたるところに記された呪刻。それをシロウが見つけ、凛が無効化する。そんな作業を小一時間ほどした後だった。そろそろ桜が泊まりんお準備を終えて衛宮邸に来る時間だ。彼女が早く来て夕飯の準備をしようと考えていたのなら、すでに家にいてもおかしくない。つまり、込み入った話をするのに衛宮邸は都合が悪い。ならば下校前に話を終えてしまおうということになったのだ。主な議題は今後の方針だった。すなわち、どのマスターとサーヴァントが判明しているのか、また、どの組を狙うのか。
「さて、私の考えだとライダーはひとまず無視してもいいと思うの」
 そう切り出したのは凛の方だった。その理由は二つ。一つは昨日の戦闘でのライダーの様子。アーチャーが仕掛けなければライダーはその場を後にしていたようにも思われる。積極的に此方を狙っているという雰囲気はなかった。そして、もう一つが____
「やっぱり、そんなに不自然だったのか、あの呪刻は?」
 先ほどまで散々校内を歩き回って虱潰しにした呪刻、いや“呪刻もどき”のことだった。
「衛宮君に分からないのも無理はないわ。
 あんなものに魔力を奪い取る力はない。そう断言できるわ。衛宮君にも分かるように言うなら、そう、絵を描いただけという感じだわ」
 凛がそう断言できるほどにお粗末な呪刻だった。それどころか凛の知らない印ではなく、放って置いても平気だと断言できるように配慮したとでもいうべきモノだった。
「そういや昨日ライダー、マスターの機嫌取りみたいなこと言ってなかったか?」
 シロウの一言に凛はハッとしたように顔を上げた。もしもライダー自身に本当に闘う意思がなく、だが、マスターには学校中の生徒を巻き込んででも闘おうという意図があったとすれば。マスターは魔力を集めろと指示を出したとすれば。
「もしそうなら、マスターはあの呪刻を見て魔力を集められると勘違いしていた?なら、マスターは魔術の知識が無い」
 論理が組みあがる。そして辿り着く仮説。マスターであり、学校に自由に出入りでき、魔術の知識はほとんど無い。しかし、魔術の家計にあり、マスターとなりえる人間。この街の魔術師の家計を考えれば、それすなわち、間桐家の人間である可能性が高い。つまり、もっとも疑わしいのは二人の兄妹、いや、男女。
 此処に至り、凛には一つの迷いが生まれていた。シロウにこの仮説を知らせるべきか否か。もしかしたらただの思い過ごしかもしれない。その可能性も高い。なら、不要な心配を負わせるだけではないかと。
「…遠坂……?」
 シロウが小さく凛の名を呼ぶ。

だが、凛が返答を返す前にこの議題は終わりを迎えた。
「やあやあ、お二人さん。秘密の会議?僕も混ぜてよ。なあ、遠坂、衛宮ぁ?」
 凛とシロウ。二人の視線が教室の入り口にくぎ付けになった。そこには、口元に笑みを浮かべ扉にもたれ掛るように手をかけた慎二の姿があった。








[40724] 第三話
Name: カトラス◆cdce3c41 ID:300702e8
Date: 2014/12/07 20:51
第三話

「クソ、クソ、クソ、クソ………ッ‼‼‼‼」
両の手はズボンのポケットにねじ込まれ、背筋は丸まり。慎二は足元にあった小さな石を思い切り蹴とばした。陽はすっかり落ちている。あたりを照らすのは、さびれた街灯の灯りだけ。蹴とばされた石ころはその光の届かないところへと転がり、何度か地面を打ち鳴らして止まった。
 その様子を見ていたダンテは、一つ溜息をついた。それも肩を竦めて盛大に。慎二の後方が揺らぐ。既にそこに居たかのように、音もなくダンテは姿を現した。
「………ハァ。マスター、そんなに憤るな」
「煩い‼‼」
 かけられた声を慎二は反射的に突っぱねた。ダンテも何故、慎二がこれほどまでに腹を立てているのかは十分承知している。原因は二人のマスター。赤髪のマスターとアーチャーのマスターの二人だった。

 時間は2時間ほどさかのぼる。学校の教室の一つ。そこに二人のマスターは居た。慎二は二人と協力することで聖杯戦争を有利に進めようと考えていた。ライダーとの戦闘でアーチャーの戦闘能力は知れた。何よりライダーがアーチャーを戦闘力に優れていると判断したのだ。幸いマスターは知人。協力を仰ぐのは容易だった。さらに凛とシロウは協力関係にある様子だ。うまくいけば三人のサーヴァントの協力体制が築けるかもしれない。そうなれば7騎のサーヴァントの内の約半数が得られたということになる。どのサーヴァントを相手にしても、此方の有利は絶対的だ。
 そして、慎二は今日、遂に二人のマスターに接触した。
「僕も協力関係に入れてくれないかな?」
 凛とシロウは驚いた表情をみせた。二人の驚愕は別の理由であったが。
「あら、慎二?貴方、マスターだったの?間桐も人手不足かしら?」
 いきなり毒を吐いたのは凛だった。もともと気に入らないという部分もあったのだろう。その目つきも口ぶりも慎二を完全に見下している。一方のシロウはまさか本当に慎二がマスターだったのかと真剣に驚いている。慎二はというと、その言葉に歯を軋ませ、先ほどまでの余裕ぶった様子は霧散していた。
「おい待て、遠坂。お前、間桐が人手不足ってどういうことだ?」
「ああ、そっか。衛宮君が知らないのも無理はないわ。間桐は魔術師の旧家なの。でも今は名ばかり。慎二も魔術回路を受け継いでいないはずだもの。だから、まさか慎二がマスターだったなんて思ってもいなかったわ」
「ちょっと待て、慎二。じゃあ、まさか学校中に結界を張ったのは………」
 押し黙っていた慎二にシロウが問いを投げた。慎二が嬉しそうな表情を浮かべる。髪をかき上げ両手を広げ、ゆっくりと歩きながら自慢げに語りだした。
「ああそうとも、衛宮。どうだ?僕のサーヴァントは。結界を張って魔力を集める。魔術師の基本だろ?」
 その自慢がなんの価値もないとも知らずに。
「慎二。悪いが、お前とは組めない。無関係な人を巻き込もうなんて言うやつとは、一緒に戦えない」
 シロウはそう言い切った。凛が隣で「へえ」と驚きの顔を見せる。シロウがここまではっきりと慎二を否定すると思っていなかったからだ。そしてそれは慎二も同じだった。
「なんでだよ、衛宮‼‼お前もマスターなんだろ?
 人数は多いに越したことはないじゃないか‼‼」
 それでも無理だと、シロウの目は語っていた。慎二を見据えたまま、少しの揺らぎも見せない。代わりに凛が自分の考えを確認するかのように慎二の後ろへ問いかけた。
「貴方も無能なマスターを持つと苦労するわね、ライダー」
 シロウと、そして慎二もが驚いたように凛を見た。溜息が聞こえたのはその直後だった。慎二の後ろ、教室の戸の前にダンテが姿をみせた。
「そういうお嬢さんは優秀なマスターでアーチャーも鼻が高いだろうな?」
 別に姿を見せることも、マスターを明かすことも気にしていないように。ライダーは当然のようにその場に立っていた。ダンテの登場に反応するようにセイバーとアーチャーが姿を現す。アーチャーは机にもたれかかり腕を組んでいたが、セイバーは既に刃を抜いていた。その手の周りを風が取り巻いている。シロウの指示なく切りかかるということは無いが、何時でも切りかかれるという意味では、もはや臨戦態勢だ。
「それで、ライダー。私たち、今日、結界をつぶして回ったのだけれど、あれを作ったのは貴方で間違いないのね?」
「ああ、お嬢さん。気に入って貰えたかな?」
 場の様子をあえて無視して放たれた凛の問いをダンテは容易く認めた。それもウィンク付きで。妙に様になっていて嫌味でないから凛が戸惑うほどだ。だが、その意図は十分に、少なくとも凛には伝わっていた。マスターである慎二がどう思っているかは関係なく、ライダーに無関係な人間を巻き込むつもりはないと。
「分かったわ、ライダー。どう、闘う気がないのなら今日は此処でお開きにしない?」
 凛は小さくアーチャーとセイバー、そしてシロウに目配せをした。もっとも、それは問いかけでは確認。確かにまだ夕刻。この場でやりあうのは良い判断とは言えない。
「ふざけるな‼‼ここまでコケにされて………」
「いや、二対一では状況が悪い。今日のところはお言葉に甘えて退かせてもらおう」
 慎二の反対をダンテが押し切る。ダンテの言葉が慎二のこの状況の不利を感じ取るだけの理性を取り戻した。ぐっと唸った信二は、その場の二人のマスターと三人のサーヴァントすべてを睨み付けた後、舌打ちを一つ残して教室を出ていった。取り残されたダンテはその場で一度お辞儀をした。いつも通りの妙に芝居がかった様子で。そして、振り返る。
「…………貴方は物分りが良さそうだから、アイツに愛想を尽かしたらウチにいらっしゃいな」
 凛が後姿に声をかける。凛には振り返る直前、彼の口角が少し上がったのが見えた。だがダンテはその言葉に返事をせず、背を向けたまま右手をひらひらと振って教室を出ていった。

 それから約2時間、慎二はふらふらと町中を徘徊していた。ずっといらいらした様子で。ダンテとしては付き合わされる方の身にもなって欲しいところだ。本当にあの二人のマスターのところへ行くか?とそう思いもした。もちろん冗談で、だ。
「だいたい、お前が使えないから遠坂も衛宮も協力してくれないんじゃないか‼‼
ああ、なんで僕はサーヴァントを召喚できなかったんだ‼‼
僕ならもっと良いサーヴァントを召喚できたに違いない。
ああ、もう、ライダー。今日は僕に付きまとうな‼‼‼」
 頭をくしゃくしゃとかき乱しながら慎二がそう叫んだ。お門違いな非難にもダンテは溜息を吐いただけだった。その様子が気に入らない慎二はさらに鋭い目をダンテに向ける。
「ああ、分かったよマスター。今日は先に帰らせてもらうことにする。あまり遅くならないうちに帰るんだぞ」
 さすがのダンテもこれ以上は付き合いたくないというのが本音だった。慎二の言葉を軽く受け流し、実体化を解く。そして、それを確認して再び歩きはじめった慎二とは別方向、間桐邸への道を進みだした。
 それを見計らったようにクモの糸が慎二へと、ジワリと伸び始めていた。

◇◇

「先輩、セイバーさん、お帰りなさい。夕飯は準備しておきましたので着替えていらしてください」
 予定外の事で帰りが遅くなった衛宮邸では、すでに夕食の香りが立ち込めていた。戸を開けると桜が出迎えてくれる。だがその言葉をすべて言い切る前に声は小さくなっていき、代わりに驚きが顔に出た。
「それじゃ、衛宮君、お邪魔するわ。
………桜も、久しぶりね」
 シロウの後ろからひょこりと凛が姿を見せたのだ。桜は驚き、凛はバツが悪そうな顔を浮かべている。
「はい、お久しぶりです。先輩、遠坂先輩と一緒だったんですね」
「ああ、ちょっと野暮用で。遅くなったし、遠坂、晩御飯準備してないみたいだったから連れてきた
 悪いけど、桜、居間まで案内してやってくれないか?」
 シロウは何でもないように靴を脱ぐと桜にそう頼んだ。桜は押され気味に、はいと返事を返す。シロウには気づかれないように凛は桜に目配せをした。ごめんね。という凛の思いを正確に読み取った桜は「こちらです」と凛を案内した。それを確認したシロウは制服から着替えるために自分の部屋へと進んでいった。

「遠坂と桜って知り合いだったんだ。知らなかった。やっぱり魔術師の家計だからなのか?」
 食卓に着いた桜そして訪問客である凛に、シロウは言葉通りの驚きの表情でそう声をかけた。
「ええ、先輩。でもよく間桐が魔術師の家計だって分かりましたね」
 シロウは今日、というよりもついさっき知ったばかりの間桐が魔術の一門であるという事実が二人の関係の元にあるのだと思っていた。そしてそれは二人にとっても都合の良い解釈だった。桜は小さく凛に視線を送った。それに合わせるように凛が今度は口を開いた。
「ええ。桜はもう魔術に関係ないから最近はそっち目的では会ってなかったけど。まあ、そうね、昔からの知り合いなの」
 セイバーが差し出した茶碗にご飯を盛りながら、シロウは「へえ」と納得した様子だ。セイバーは二人の目配せに気付いたようだが、特に気に留めた様子もなかった。
 その代り、準備されるはずの食器が一セット少ないことに目を付けた。
「そういや、藤ねえは?」
「今日は用事が出来て、いらっしゃらないそうです」
 桜にその電話があったのは少し前の事だった。何でも身内が倒れたようだ。もっとも、大事は無いようで、ただ近くにいるようにと言われたということだ。シロウにとっても大河は家族のような存在だ。大事がないとはいえ心配ではあったが、遠坂を連れてきたとあっては、あの藤ねえが黙っているはずがない。茶化されることがないだけ運が良かった。シロウはそう安堵の息をついた。

「それでは先輩、洗い物を済ませてしまいますね」
食事を終え、食器を取り下げると桜は片づけを申し出て立ち上がった。シロウは凛の相手をしていろ。そう眼が言っていた。
「そんな。洗い物は後で俺がやる。だから桜もゆっくりしなよ」
しかしシロウの答えはノーだった。夕食を準備してもらった上に片づけまでやらせるのはシロウの気が許さなかった。桜も桜で、シロウのそういう性格を十分に理解していた。あっさりと「それではお願いします」と折れた。
「その代り、食後のお茶は淹れさせてくださいね」
 今度は、このくらいはさせてくれという桜の思いを、シロウも無碍にはしなかった。
 桜の姿を見送ったシロウは、部屋に残った凛が微笑みを浮かべていることに気付いた。その笑みに少しの憂いが混じるようで。それを感じていながら、美しいとシロウは見とれていた。
「なあに、衛宮君?」
 だから、凛と目が合った時に慌てた。じっと桜が出ていった戸を見ていた目が、突然此方を向いたのだ。顔が赤くなるのを感じながらそっぽを向く。
「いや、遠坂と桜は仲がいいんだなと思って」
 少なくともシロウはそう感じていた。しかし、その言葉に凛の表情は曇ったようだった。
「ええ、そうね。昔はよく遊んだのよ」
 そういって凛もシロウから視線を逸らし、天井の隅に目をやった。セイバーは桜がお茶請けを持って戻るまで、終始黙って二人を見つめていた。

◇◇◇

「………あれ?僕はなんでこんなところにいるんだ?」
 _______いや、それ以前にどこだ此処は?
高く上った月が、慎二の不安を煽るように雲に隠れた。慎二は記憶をたどり、数秒費やしてこの場所の景観を思い出していた。柳洞寺だ。だが不思議なことに慎二にはここまで来た記憶がない。何を思ってどうやってここに来たのかまるで分らなかった。
「御目覚めかしら、ライダーのマスターさん?」
 それは突然姿を見せた。ゆらりと空間そのものが揺らいだかと思えば、そこには一人の女性が立っていた。長身。目元が隠れるほどに深くフードをかぶり、全身を覆いつくそうかというローブをまとっていた。だがその肢体が描く曲線は女性のものに違いない。そして、その雰囲気はただならぬものがあった。慎二にもそれはいやというほど理解できた。
「………サーヴァント」
 その言葉を聞いた女性___サーヴァントは、口元を吊り上がらせた。吐息が漏れる。反対に慎二は口元を歪め、身を抱くように両手を肩へと移した。
「貴方のライダー、私がもらってあげる。いえ、心配しなくても令呪をもらうだけ。痛いのは一瞬よ」
 拙い。そう慎二の全神経が告げる。
____________逃げないと、逃げないと、逃げないと、逃げないと。
 ガタガタと震える慎二に、ジリとサーヴァントが近づく。慎二はその場から動けない。足が動かない。手が動かない。それどころか体のどこにも力が入らない。一歩、また一歩と近づいたキャスターがついに慎二の首元に触れた。
「あ、あ、あああああ、ああああああああああああ‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼」
冷ややかな感触。艶めかしい指の動き。恐怖のあまり、慎二はそこで白目をむいて気絶した。
「あら、脆いのね貴方。まあいいわ」
 キャスターの手に光が灯る。これでライダーも手に入る。自然とサーヴァントの口元には笑みが浮かんでいた。間抜けなマスターで良かったと。
 ______月が雲から抜け出す。
再びサーヴァントが慎二に触れようとした瞬間、境内に銃声が響いた。サーヴァントが慌てて距離をとる。崩れ落ちる慎二の数メートル前。サーヴァントが元居た場所に銃痕が刻まれていた。
「おいおい、マスターを狙うとは、キャスターのクラスともなるとやることが狡いな」
 静まり返るはずの境内に響く男の声。銃痕と同じようにこの場に合わぬ鋭い声色。柳洞寺に続く山門の上。その上に月を背にしたダンテが二丁の銃を担ぐようにして立っていた。



[40724] 第四話
Name: カトラス◆cdce3c41 ID:300702e8
Date: 2014/12/14 01:15
第四話

 慎二に付きまとうなと罵倒されたダンテはすぐに間桐邸へと戻っていた。無駄に広い(とダンテは思っている)敷地に入ると霊体化を解いた。ダンテはこの霊体化ということが嫌いだった。もちろんサーヴァントが姿を隠すのにこれ以上ない術だとは理解している。だがそれ以上に、存在を解くという行為が気に入らなかった。
 屋敷に入るのは律儀に玄関から。間桐の屋敷は控えめに言っても豪邸だ。まして事務所「Devil May Cry」に比べれば、その華やかさは桁が違う。寝床としての住み心地は言うまでもない。二つ、気になる点を挙げるとすれば日本という国の靴を脱ぐ習慣。
「戻ったか。……慎二の奴はどうした?」
そしてこの老人が同じ屋根の下にいるということだった。玄関へ姿を見せた老人はダンテに気付くと、杖をついた三本足を止めた。
間桐臓硯。間違いなく自分を召喚するにあたってその段取りを行った人間。だが、ダンテの臓硯への印象は決して良いものではなかった。
「マスターには先に戻れと命令されたよ。お言葉に甘えさせてもらった」
 ダンテは首をやれやれと振りながらそう返した。
 ダンテに言わせれば、この老人は悪魔じみている。それも自分などよりも数段。何がというわけではない。だが今まで闘ってきた(狩ってきた)悪魔と同じ匂いがしてならなかった。ダンテの内心を知ってか知らずか、臓硯は「そうか」と一言残してすぐに屋敷の内へと消えていった。ダンテはそれを追うようにして自分に割り当てられた一室へと向かった。

 部屋に戻るとダンテはソファに身を沈めながら慎二へ意識を向けた。コートを無造作に投げ捨て、両手は背もたれに回し、足を高々と振り上げたあと、組みながら天井を見上げる。大きく息を吐きながら、慎二からの弱弱しい魔力を頼りにひとまずの無事を確認した。本当に徘徊しているようだ。
「まあ、桜にも頼まれちまったことだしな」
 独り言を呟いて机の上に置かれた雑誌を手に取った。それと同時に慎二から意識を外す……筈だった。
 例えるならばクモの糸。気づかれないように、静かに慎重に、絡めとるように慎二へと伸ばされた魔力が突然姿を現した。
 背筋を嘗めるような悪寒にダンテの体が飛び起きる。先ほどまでの気怠そうな様子は霧散していた。
「はあ、だから早く帰れと言ったのに」
 ここにいないマスターに毒を吐いてもしょうがない。今しがた投げ捨てたばかりのコートを拾い上げると素早く羽織る。両腕を通すとエボニー・アイボニーを手に取り、内ポケットに収めた。心地よい重みがコートに乗る。それですべての準備は整った。
屋敷を出る。玄関を潜る余裕もない。窓から庭へと飛び降りると、その先に一台のバイクが止めてあった。聖杯戦争の開始に先立って準備したものだった。かなりの大型。馬力と耐久性だけを考えた特注製(____その燃費も特注製なのは言うまでもない)に跨ると、爆音を轟かせながらエンジンを吹かした。
「待ってろ、坊や(ベイビー)‼‼‼‼」
 庭中に響くような轟音と共に、ダンテの雄たけびを残して、バイクは間桐邸を出発した。

◇◇

 目的地はこれ以上なくはっきりしていた。柳洞寺。なるほど令脈の中心だ。陣地を築くならばこれ以上の場所は無く、其処を選んだのはキャスターに違いない。マシン性能を惜しげなく利用したドライヴを楽しんだ挙句、山門へと続く階段すらも
バイクで駆け上がった。騎乗兵としてダンテが持ち得たスキル騎乗Aにより、人の手で作られたバイクすら通常考えられないような性能を見せた。もっともダンテにとっては垂直に立つ塔をバイクで駆け上がった過去がある。階段程度、問題にはならなかった。
徐々に近づく山門。その直前に虚ろに歩く慎二の姿を見つけた。
「マスターッ‼‼」
 呼びかけるが返答がないどころか振り向きすらしない。拙い。ダンテの直観がそう告げる。バイクのギアを一段上げた。後輪が段差を蹴る。階段の中腹にある踊り場で車体が宙に躍り出た、その時だった______
「おいおい、ここを通るならばこの私を無視はさせんよ」
 ダンテが見たのは紫袴を羽織った長身の男だった。その目が鋭く細められる。切り裂いたのは空間。一文字を描いたのは長刀。鋭く伸びるような剣が頭上を襲った。
「クソッ‼‼」
 ダンテはバイクごと右に飛んだ。車体を水平にするように飛び退く。身の丈の半分はあろうかという刃の薙ぎにタイヤが巻き込まれ、音を立てて爆ぜた。ダンテはバイクを捨て飛ぶ。バイクだけがその感性に従い、数メートル階段を駆け上がった後、重力に任せて階段を滑り落ちていった。空中でちょうど二回転。ダンテは踊り場に片膝をつくように着地した。
 改めて顔を上げる。山門を背に立つのは紛れもない武人。門番とでもいうように長刀を担ぎ、此方を見下ろすように立っていた。数秒間、互いの実力を測るかのように見つめ合う。先に口を開いたのはダンテだった。
「悪いがサムライ、俺は上に用事があるんだ。其処を退いては貰えないだろうか?」
「断る。と言ったら?」
男はさらりとそう言い流した。ダンテも当然、返答に期待していたわけでは無く、砂ぼこりを払うように立ち上がると背負ったリベリオンを抜いた。それを見た男がにやりと口元を釣り上げた。
「………ほう。剣戟でお相手をしてもらえるとは此方も腕の見せ所というもの。だが、サーヴァントよ。別に此方の土俵で戦う必要もなかろう。其方の技も、見てみたいところ」
「ライダーだ、サーヴァント。生憎だが、此方も時間がないんだ。別に出し惜しみするわけじゃない。慣れた得物で戦おうというだけさ」
 アサシンの言葉の意図を正確に読み取ったダンテが鼻を鳴らしながらそう言った。男はますます嬉しそうに笑うと下ろしていた刃をゆっくりと持ち上げた。
「ほう、これは失礼した。____アサシンのサーヴァント、佐々木小次郎だ
其方が全力であることは承知した。いや、此方も現世に召喚されたにもかかわらず、門の守護とは些か持て余すものがある。ひとつお手合わせ願いたいところだ」
「佐々木小次郎か。俺はダンテだ、アサシン。ジャパニーズ・サムライに興味はあったんだ。こっちも全力で行かせてもらうぜ」
 名乗ったアサシンに返答するようにダンテはその真名を明かした。そして担いでいたリベリオンを右へ左へと3回振った。対するアサシンは自分の構えを崩さない。
ジリ、とダンテが右足に重心を乗せる。ニッと笑ったダンテに応じるようにアサシンも顎を下げた。
「Are You Ready!!!???」
 ダンテが叫びながら地を蹴った。様子見をする時間は無い。ならば最初から切り捨てるつもりで。渾身の突進から斬りおろし、薙ぎ、払いの三連撃。そのすべてを、長刀を自在に操り完璧に弾かれる。ここでダンテのアサシンに対する評価が変わっていた。
 なるほど、アサシンのクラスにありながら、剣での勝負を持ち掛けるだけのことはある。ダンテの心の内を読んだように、アサシンは剣速を上げた。長い得物独特の、間合いとリズムに押され気味になりながら階段を下がる。アサシンの右下からの切り上げ。それを受けたところでリベリオンが上方へと弾かれた。目に見えてできた隙を、アサシンは逃さない。風切り音を上げながら横薙ぎが振るわれた。「チッ」と小さな舌打ちがダンテの口から出た。ここでダンテは完全な防御に回ったのだ。リベリオンを薙ぎに合わせる。その力を利用して階段を後ろへ飛んだ。
 両者の間に再び距離が生まれる。アサシンは静かに息を吐き、ダンテは鋭く鼻を鳴らした。最初にダンテが居た位置から、五段ほど下に下がっていた。
「所詮、騎乗兵の棒遊びと軽んじていたが、なかなかどうして見ごたえのある剣技を使う。もし其方がセイバーであったら力負けしていたかもしれぬよ」
「HA!!! 刀を振るう暗殺者のサーヴァントがよく言う。今回の聖杯戦争、クラスを間違えた英霊が多すぎるな」
 ダンテが口にしたのはアーチャーの事だった。あれの剣術も弓兵にしておくのは勿体ないものがある。そして、このアサシンに対しての剣術の評価はその上をいっていた。
 剣で戦えば此方が不利。このアサシン、剣術のみなら自分を大きく上回っている。それがダンテのアサシンに下した評価だった。面白い。純粋に剣技を競ってみたい。素直にそう思った。だが、今は時間をかけていられる状況ではない。ダンテが先に構えた。
「………尚も剣で勝負を続けるか。時間がないのだろう。それは愚策ではないか?
その懐のモノを使っても構わんよ」
「……huh…
こっちが銃を出した程度で覆せるほど、そっちの剣術は安くないようだからな」
 ダンテから飛び出た賛辞にアサシンは表情を崩した。そして、刃を構える。
「ならば、その剣技をもって応える他あるまいて」
 互いに気力十分。今度は互いが同時に踏み切った。アサシンの剣技は流れるようなしなやかさ。対するダンテは荒削りな部分があり、しかしそれを持ち味にした独特の剣技。ダンテが放ち、アサシンが捌く。あるいは、アサシンが振るい、ダンテが受ける。十手、二十手と剣戟が続く。そして、その二十四手目。ここで両者は初めて刃を交し、鍔迫り合いが起きた。ここに来てダンテは手の内の札を一つ切ることを決めた。
「悪いな、アサシン。少し反則技(チート)を使わせてもらう」
「なに、此方はアサシン。そのような気遣いは不要よ」
 そう一言だけ言葉を交わした。ダンテの口から再び微笑が漏れた。つくづくこのアサシンとは力比べがしたいと感じた。だが、それはまたの機会だ。

______大きく息を吸う。そして山門まで響こうかという声で叫んだ
「魔人化(デビルトリガー)‼‼‼‼」

 ダンテの体から魔力が噴出した。アサシンがその姿を視認できないほどに。一瞬の剣戟の後、アサシンが仰け反る。その腹めがけてリベリオンが凄まじい速度で伸びた。アサシンの回避は間に合わない。が、致命傷を避けるには至った。アサシンは階段を横に三度転がり、刀を突きさすようにして止まった。再び視界に収めたダンテは、先ほどと変わらぬようにただリベリオンを担いでいた。
「これはまた、面白い芸を見せてくれる」
 腹からは血が漏れ、二段・三弾と階段を流れ落ちた。致命傷でないにしろ、大きなダメージには違いない。だが、そんなアサシンにダンテは、追撃をかけようとしなかった。
「今回は俺の反則負けさ。だが、悪いが今日のところは通らせてもらうよ」
「フッ、借り一つか。良いだろう。其方と再び剣を交えられるのならば、もう暫くの現世の生も悪くない」
 アサシンの口にした借り。それは、ダンテにとってもアサシンから受けた借りだった。アサシンの脇をダンテが走り抜ける。それをアサシンはただ黙って見送った。

一度の跳躍で山門の直前まで飛び、二度目で山門に飛び乗ったダンテは、ちょうどキャスターが慎二に触れるところを目に収めた。ほぼ反射という勢いで懐から二丁の銃を取り出す。その流れるような動きは、アサシンの剣技を思わせるようだ。そしてその銃口をキャスターに向けると、立て続けに二度撃った。
キャスターが慌てて飛び退く。
「キャスターのクラスともなるとやることが狡いな」
 見下すように言い放つ。キャスターが目に見えて怒りを露わにした。
「ライダー………ッ‼‼‼アサシンは何をしていたのッ‼?」
 だが、その怒りの矛先は一先ずダンテに向けられたものではなかった。これでアサシンとキャスターのマスターが協力関係なのは確定だ。だが、今はそんなことは後回しだ。素早く境内に降り立つと、慎二を抱き上げた。乱雑に扱ったはずだが、慎二は気づく様子もない。
「待ちなさい‼‼」
 キャスターは背を向け何事もなかったかのように帰ろうとするダンテに怒鳴りつけた。二歩進んだダンテは肩越しに振り返った。
「流石に、帰らせてはくれないか?」
「当たり前でしょう‼‼良いわ、ライダー。貴方に直接聞きましょう。
どう、私の仲間になる気はなくて?そんな貧弱な男がマスターとあっては、あなた自身の力も出し切れないでしょう?今回の聖杯戦争の、最大の障害はバーサーカーでしょう。私と組みなさい。そうすればあのバーサーカーにも、アーチャーにもセイバーも怖くないわ」
「悪いが断る」
 面倒くさいという態度を隠そうともせずに聞いていたダンテは、キャスターの話が途切れるのを待って、短く簡潔な答えを返した。キャスターの頭にさらに血が上るのが分かった。
「なぜ、こんなマスターに肩入れする必要があるの‼?」
「………そうだな。強いて言うなら、美しいお嬢さんにお願いされてしまったからかな」
 そうだ。桜に頼まれてしまったからにはこのマスターを死なせることはできない。まあ、そうでなくとも無関係な人間を巻き込むキャスターのやり方は気に入らなかったが。そして、せめてそう口にしていたらキャスターの怒りは此処まですさまじい物にはならなかったかもしれない。
「そんなふざけた理由で……………ッ‼‼‼」
 キャスターが漆黒の翼を広げる。そして同じく、、漆黒の闇夜に躍り出た。ダンテとしてもこうなることは予想通りだ。慎二を担いではみたが、ただで帰れるとは思っていなかった。Huh とため息。そしてキャスターを睨み付けた。
「悪いが今日はもう魔力を使っているんだ。手っ取り早く、終わらせてもらうぜ」
 ダンテにとってもアサシンとの戦闘で消耗があった。これ以上魔力を使いたくはなかった。慎二を担ぎ上げたまま宙を舞い、境内の端まで下がると、慎二をその場に下ろした。そして、その振り返りざまにエボニー、そしてアイボニーを抜き放つと容赦なく無数の銃弾を浴びせた。
 キャスターは魔力で遮断壁を生成。銃弾は壁にぶつかるとつぶれて境内に転がった。それでもダンテは撃ち出すのを止めない。打ち出した弾が十を超え、百を超えたところでダンテが静かに口を開いた。
「戦闘形態・変更(スタイルチェンジ)_____Gunslinger!!!!!」
 瞬間、放たれた弾は障壁を破った。突然威力と速度を増した銃弾にキャスターの表情が歪む。キャスターは慌てて、魔力壁を強化した。ダンテは大きく跳躍。キャスターとの距離を詰める。近接では不利と判断したキャスターは魔力弾を乱射。しかしダンテは、キャスターから放たれる魔力の弾は悉く躱し、射抜き、撃ち落とした。
 ダンテが宙を蹴る。キャスターが悲鳴にも似た短い声をあげ、ダンテの周りに結界を発動させた。結界の内は過重力領域となりダンテの動きが鈍り、体制が崩れる。そこにキャスターの魔力弾が打ち出される。打ち消すために放った銃弾も、過重力領域の影響を受けて下方に逸れる。ダンテが小さな舌打ち。その音は魔力弾の着弾音で打ち消された。
 キャスターの視界は自らの魔力で溢れた。予定外に大量の魔力を使うことになった。だが、ここでサーヴァントの一角を落とせたのならばよしとするしかない。欲を言えば、ライダーを自分のものにしたかったが仕方ない。今後のバーサーカー戦に備えるなら、アーチャーかセイバーを手に入れれば良い。キャスターはマントを翻した。
_____その後ろで突如、魔力の嵐が晴れた。
「おいおい、まさかもうお帰りなんてことは無いだろうな?」
 マントを翻したのはキャスターだけでは無かった。ダンテは赤いマントを羽織った姿で宙に憮然と立っていた。宙を蹴る。銃を撃つ。キャスターは防戦一方となっていた。キャスターにはそれを迎え撃つために魔力壁を張るしかない。ダンテの速度について行くには攻撃に手を回す余裕はない。
 そんな時、境内にガチャリと音が響いた。敷き詰められた石の音だった。
「……………ん?僕は?此処は?」
 慎二が身体を起こす。首を何度か左右に振って、立ち上がった。そして見上げた空の先、
キャスターと目が合った。
 キャスターは悟った。勝ち目は薄い。逃げるための隙を作ることが先決。瞬時に標的を前方上側の宙に紋章を描いて宙を蹴ったダンテから慎二へと移した。
「おいおい、やってくれるな」
 言うのが早いかダンテは慎二の元へと再び方向を変えた。慎二の表情が焦りと恐怖に代わる。その目と鼻の先、着弾の直前にダンテが打ち出した銃弾が魔力弾を弾き飛ばした。キャスターの気配が消える。
「本当に。最近少しは良くなってきたのかと思いもしたが、やっぱり女運は良くないらしい」
 ダンテが振り返った先では、キャスターの姿は消えていた。
 









[40724] 第五話
Name: カトラス◆cdce3c41 ID:300702e8
Date: 2015/01/11 23:10

「____うん………?」
枕元に感じるかすかな違和感。シロウは寝苦しさに肩を小さく震わせた。寝た姿勢のまま目を開けた。辺りはまだ暗い。
「_____シロウ」
 静かな女性の声。シロウは慌てて身を起こした。枕元に立っていたのはセイバーだった。少し乱れた寝巻を正しながら、セイバーと顔を合わせる。彼女の表情の硬さが有事であることを明確に語っていた。
「どうした、セイバー?」
「いえ、魔力を感じた物ですから伝えておこうかと」
「_____敵か?」
 問いかけにセイバーは短く首を振った。
「いえ、場所は柳洞寺です。一瞬でしたが、かなり巨大な魔力が使われたようです」
 取りあえずの身の安全に、肩を下した。だが、差し迫る脅威でないにせよ、セイバーが慌てて報告しに来るほどの事態だ。なにより彼女が“かなり巨大”とまで評する魔力が使われたのだ。サーヴァントの仕業であることは間違いない。
「待ってろ、セイバー。すぐに向かおう」
 すぐに上着を取り出して袖を通し、頷いたセイバーと共に衛宮邸を出た。
「セイバー、どのサーヴァントの魔力だったかは分かるか?」
「いえ、そこまでは。ですが、あれ程の魔力。バーサーカーの物だと思います」
 シロウは背筋に冷たいものを感じた。もし、その憶測が正しければ、この先に待っているのはバーサーカーだ。その力は既にいやというほど知っていた。凛を呼ぶか?と一瞬考えたが、自らその考えに首を振る。先ほど目を覚ましてからまだ十分と経っていないが、ここで時間を費やしていては、逃げられてしまうことになりかねない。
「シロウ、そこで相談なのですが、私たちはアーチャー・ライダー・ランサー・バーサーカーと対峙しています。まだ知らないサーヴァントは二騎です。
 出来れば全てのサーヴァントを知るまで隠しておきたかったのですが、ここまでくれば良しとするべきでしょう。______宝具の使用を許可してください」
 宝具。すなわちセイバーは全力で戦うことの許可を求めている。この先に待つサーヴァントはそうまでしなければ相手どることが適わないと言っている。セイバーがそう感じたのなら、シロウの答えは決まっていた。
「ああ、セイバー。必要と判断したのなら宝具を使ってくれ。令呪が必要なら使う。今日、バーサーカーを討とう」
「____はい、マスター」
 セイバーが静かに頷く。その澄み渡る目に確かな闘志を感じた。心強い返答にシロウも頷き返した。

◇◇

「何よ、これ?」
 柳洞寺に着いた凛は、目を見開いた。境内にあったのは人間大はあるクレーター。そして、数々の銃痕だった。
「先ほどの魔力。バーサーカーの物かとも思ったが、どうやらここで戦闘をしていたのはライダーらしい。こちらの跡は、キャスターの魔弾とでも言ったところか」
 凛の脇に霊体化を解いたアーチャーが空間を揺らして現れた。その目は境内に刻まれた戦闘の跡を注意深く見つめている。
 柳洞寺がキャスターの拠点である可能性は以前から推測できていたことだった。キャスターの戦闘だったというのは、おそらく正しい。そう凛は考えた。そしてまた、この銃痕を見て思い浮かぶサーヴァントがあった。
「私たちに関わりないところでサーヴァントが潰し合ってくれるのは有り難いのだけれど。さて、今回はどちらが勝ったのかしら………?」
 凛はそう言って口元に手をやった。考え込む仕草だった。その様子を見ていたアーチャーが口を開く。
「ここにある情報は少なすぎる。だが、あれだけの魔力を行使するキャスターだ。用心するほかあるまい」
 アーチャーは、凛が自分に意見を求めて発言したのではないことを十分に理解していた。だからこそ、客観的な事実だけを述べた。魔力の大きさだけで言えば、キャスターだと考えるのも自然だ。そして、巨大な敵がここに居たことに間違いはない
 凛も自分の考えを纏めつつ、アーチャーの言葉に耳を傾けていた。大方の見解はアーチャーと同じ。だが、一つ。気になって仕方ない点があった。
「さっきのアレ。ライダーの宝具ってことは考えられない?」
 互いに視線を交すことなく会話を続けていた二人の視線が交わった。アーチャーは組んでいた両手を解き、思案するように口もとへと手を伸ばした。
「___可能性は低かろうが、違うと断言できる情報もない。その可能性を念頭に置くことは、私も大いに賛成だ」
 そして、そのうえで否定しなかった。凛は「そうね」と呟くと赤いコートを翻した。もうここに用は無い。少なくとも今日のところは。

そして、門に向き直った時だった。もう一騎のサーヴァントと一人のマスターが山門から姿を見せたのは。
「あら、凛。こんばんは。こんなところで奇遇ね」
 視界に入ったのは白。そして、黒。白のコートに白のロシアハットを被った少女と黒き巨体のサーヴァントだった。彼女の姿を確認した瞬間に、凛の体中の細胞が警鐘を鳴らした。その小さな体から発せられるのは、彼女の幼気な様子とはまるで正反対の圧迫感。アーチャーが凛と彼女達との間に立ちはだかるように割り込み、両手に黒白の刃を投影する。それほどまでに彼女は、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンは警戒すべき敵だった。そして、傍らに立つバーサーカー。ただその場に居るというだけにもかかわらず、バーサーカーの威圧に足が震えそうになる。もしもこの瞬間イリヤが「行け」と命じたなら、次の瞬間には全力で戦闘に移らなければ、一瞬の内に首を撥ねられることは容易に想像ができた。
 凛にとって、この場でバーサーカーと鉢合わせることは計算外だった。柳洞寺に乗り込んだのは、戦闘の終了とサーヴァントの不在を確認したうえでの行動だった。今、バーサーカーと戦闘になるのは得策ではない。その可能性が無いと踏んでこの場に赴いたはずだった。それがどうだ。事態は最悪。この場にはセイバーもいない。凛は、アーチャー一人でこのバーサーカーの相手が務まると楽観視するほど愚かではなかった。
「私たちは此処に居たサーヴァントに用があったのだけれど、どうやらもう帰った後みたいね」
イリヤが凜に問いかける。つまらなそうな口調で呟かれたその言葉に凛の反応は無い。そんな様子を見たイリヤが「はぁ」とため息を吐いた。
「貴女達は、今日ここに居たサーヴァントの事を知っている?」
「………ええ。でも、貴女に教える必要はないわ」
 イリヤの問いを凛が突っぱねる。アーチャーが短く非難するような視線を送った。相手を逆なでするようなことを言うな、と目が語る。だが、そんな凛の言葉に対しても、イリヤの反応は薄かった。まるで、今日のところはライダーにしか興味がないと言わんばかりに。
 アーチャーはそれを正確に感づいていた。もともと考えていることが読みづらい少女だが、それにしても闘う意思が感じられない。アーチャーにとっては都合の良いことだった。無論、戦闘になればバーサーカーと闘う意思はある。だが、今日戦闘を避けられるなら避けるに越したことは無い。少なくともセイバーとの共闘を望めるときまで先延ばしするのが得策だった。
「………君たちは此処に居たキャスター、あるいはライダーを殺すつもりでここに来たのか?」
 凛に代わり、アーチャーがイリヤに問いかけた。その問いに乗せて、主の許可なく情報を提供する。この程度の情報なら此方の不利にはならない。欲しいものを手に入れさせ帰ってもらうのが得策だと考えていた。刃は手にしているが下ろした姿勢が、此方からの戦闘の意思がないことを伝えていた。一方の凛は構えたままだ。
「いいえ、アーチャー。私も貴方たちと同じ。今日、此処にいたサーヴァントに興味があったの。…………それにしてもライダーね。キャスターの魔力だと思っていたけど、あれだけの魔力が使えるのにライダーなんて、一体どこの英霊なのかしら」
 くすくすと上機嫌に笑ったイリヤは、山門を潜った矢先だというにも関わらず、くるりと背を向けた。
「今日のところは帰ることにするわ。貴女たちをここで殺すのは構わないのだけれど、その気も無くしちゃった。また今度殺し合いましょう、アーチャー。その時を楽しみにしているわ、凛」
 両手後ろで組み、首だけを後ろに回すように凛とアーチャーを見たイリヤは、そう別れの言葉を語った。バーサーカーは一瞬アーチャーを見た後にイリヤに視線を移した。「本当に良いのか?」眼差しがそう語る。だが、それにもイリヤは首を振った。バーサーカーもイリヤと同じように振り返る。そして、元来た階段を降りて行った。

 凛はそれからしばらくはそのまま構えていた。そのあと、「ふう」と息を吐いてその場でへたり込む。その様子を確認して、アーチャーも持っていた刃の実体化を解いた。
 その時、階段を登ってっ来たシロウとセイバーが境内に姿を現した。
「凛!貴女達だったのですかッ‼‼」
 様子を確認するために前を歩いていたセイバーが驚きの表情を見せた。一歩遅れて境内に足を踏み入れたシロウも、凛とアーチャーの姿には意外感を持った。
「………あら、貴方達も来たのね。まあ、あれだけの魔力なら衛宮君でも気付きはするか」
 一方の凛は、興奮気味のセイバーとは反対に、気の抜けた様子で応答した。アーチャーがそんな凛の様子から、まともに対応できないと判断すると一歩前に出て状況を語りだした。

「………つまり、アーチャー。貴方たちは今回の戦闘には無関係ということなのですね?」
「ああ。その通りだ、セイバー。私たちも膨大な魔力を感じて様子を見に来ただけだ」
「そうでしたか。とすると、この場を離れた方が良いかもしれません。まだ見ぬサーヴァントが私たちやバーサーカーのように此処にやってこないとも限らない」
 そんな様子では満足に戦えないだろう。凛を見ながらそう言外に告げたセイバーの言葉に、「確かに」とアーチャーの表情が語る。アーチャーは凛に確認の視線を送った。凛もその助言を受けるように頷いた。
「シロウ、今日のところは引くということでよろしいですか?」
 今度はセイバーがシロウに確認をとった。シロウに反対が在る筈もなく、セイバーとシロウにとっては、何の収穫も得られない無駄足となった。
 

◇◇◇


翌日、目を覚ました慎二は、なかなか晴れない気怠さと闘いながら、天井に焦点を合わせた。どこだ、此処は。______間桐の家だ。どうして寝ているんだ、僕は?
暫く頭に考えを巡らせていた時だった。視界にいきなりダンテが入り込んできた。
「よう、お目覚めかい、マスター?」
そして、その顔が慎二に昨夜の出来事を思い出させた。「あ、ああああ」とうわ言のように漏らした慎二は、飛び出すようにベッドを降りると、部屋の外へと駈け出して行った。そんな様子をダンテは、やれやれと首を振りながら見送った。
慎二が向かった先は臓硯の一室だった。普段は気味が悪く、近づくことも少ないその扉を勢いよく開け放った。
「おう、慎二か」
 ギィと耳触りの悪い音を出しながら、座っていた古ぼけた椅子を回した臓硯は、騒々しいという気持ちを隠そうともせずに一言だけそう言った。しかし対する慎二にそんな様子は伝わらない。入室の許可を取るわけでもなく部屋の中に踏み込むと、勢いよく怒鳴りつけた。
「話が違うじゃないか、爺さん‼‼‼
 僕に危害が及ぶことは無い。これはサーヴァント同士の殺し合いじゃなかったのか‼?」
 かなり言葉を省いた説明不足な言及だったが、臓硯は慎二の言わんとしていることを正確に読み取っていた。
「マスターとなればそれなりの危険が伴う。その時はサーヴァントを使って守って貰え、とそう教えた筈だが」
「大体、肝心な時にそばにいない使えないサーヴァントなんか召喚するから‼‼
 僕はもうこの戦いから降りる。こんなことで命の危険に晒されるなんて真っ平ごめんだッ‼‼」
 ちょうどその時、後ろを追ってきたダンテが開け放たれた戸の前に姿を現した。やれやれといった雰囲気は出すが、慎二に文句を言う様子は無い。
 ダンテにとっても、今日の行動は軽率だったことを認めざるを得なかった。いくらマスターの指示とはいえ、マスターの傍を離れる必要はなかった。実体化を解いて傍らに居ればこれほど大事に至る必要もなかったのだ。
 一方、臓硯は頭を抱えていた。どこで育て方を間違えたのか。自身の過ちを棚に上げ、英霊を貶める物言いに、辟易としていた。
「………止めはせん。好きにしろ」
 これ以上話しても無駄だと考えたのだろう。臓硯はあっさりと慎二の脱落を認めた。それを聞いた慎二は「フン」と鼻を鳴らすと自室へと帰って行った。
「それで……お主はどうするつもりじゃ?」
 臓硯は残ったダンテに話しかけた。戸のすぐ横の壁に背を預け、腕を組んだダンテは小さく首を振った。
「どうするもこうするもないさ。魔力の供給元がなくなったんだ。時が来たら消える。それまでは束の間の現世を楽しむことにするさ」
 そう言って部屋を出た。臓硯も引き留めようとはしなかった。これでマスターのいないサーヴァントが一騎だ。自身の魔力貯蔵量と、英霊として与えられた力。総合的に考えれば、現界できるのはあと二日というところ。「愛想を尽かしたらウチに来なさいな」という凛の言葉も頭をよぎったが、ダンテには特別この家を離れる理由もなかった。
 ただ、なるようになるさ。
 そう胸の内で呟くと、ダンテも与えられた自室へと戻っていった。




[40724] 第六話
Name: カトラス◆cdce3c41 ID:300702e8
Date: 2015/02/01 22:07
 柳洞寺での一戦の帰り道、凛とシロウは並んで歩いていた。当然、その傍らにはセイバーが並ぶ。セイバーの服装は現代の物に合わせている。仮に誰かに見られたにしても、怪しまれることは無い。いや、誰が見ても疑いようのない美女が二人、並んで歩いているのだ。違う意味で注目を集めることになるのも、また事実だった。だが、幸いにして時刻は午前三時を回ったところ。人目があるわけでもない。まして、民家の立ち並ぶ住宅街は避けている。誰かに見られる心配も、内緒話を聞かれる心配もする必要はなかった。
「今回の件、多分どちらかのサーヴァントは相当な痛手を負ったはずだわ。もしかすると、どちらかが脱落した可能性もあると思うの」
 凛が静かに口を開いた。右手は口元へ。左手はそれを支えるように右脇へ。いつもの考え込む仕草だ。その意見にセイバーも小さく頷くことで賛同を示した。
「少なくとも柳洞寺での戦闘に参加していたサーヴァントは、当分、動きを起こしづらいということでしょうか」
 今度はセイバーの問いかけに凛が「ええ」と肯定した。シロウは自分を挟んで行われいるやり取りに、ただ耳を傾けている。
「それにバーサーカーも動く気はないみたい。つまり残ったのはアサシンとランサー。二騎のサーヴァントが疲弊した今をチャンスだとするなら、私たちにも攻撃を仕掛けてくる可能性はあるわ」
 凛の立場からすれば戦闘を行ったサーヴァントにある程度の目星はついているが、他の陣営はそうではない。少なくともランサーには此方の顔が割れている。好機ととられてもおかしくない。シロウは胸の内で頷く。

「だから、衛宮君。私、明日から衛宮君の家に泊めてもらうことにするわ」

 そして、凛はさらりと爆弾を投下した。「はあ?」と気の抜けたシロウの声がするのと、凛の後方で空間が揺れたのはほぼ同時だった。
「正気か、凛!?仮にも敵のマスターの拠点だぞ」
 現れたアーチャーも否定というよりも非難の声を上げた。しかし、凛は意にも介さない。「正気も正気、大真面目よ。これをチャンスだと思って攻めてきたサーヴァントが居るのなら返り討ちにするわ」
 そう笑顔で言い切った凛を止められるものはこの場には居なかった。
 そして、シロウはこの場で重大な事実を失念していることに気付かなかった。

◇◇◇

 翌日の放課後、シロウと凛は遠坂の屋敷から衛宮邸への道を歩いていた。凛は本気で泊まり込むつもりらしく、大きめのカバン3つ分と、かなり大きな荷物を抱えて家から出てきた。当然そのカバンたちも、今はシロウが持っている。凛ははしゃいだように両手を後ろに組んでシロウの先を歩き、その後ろをシロウが疲れた様子で、だが苦笑しながらついて歩いていた。
「ただいまー」
 衛宮邸に着くとシロウは凛に先んじて戸を開けた。気の抜けたような声が響く。返答を期待したものではんかったが、セイバーに帰りを伝えるための行動だった。
 だが、返ってきたのは止まる水道とパタパタというスリッパの音だった。
「あ、先輩。お帰りなさい。先にあがらせていた…………」
 “いただきました”と続くはずだったのだろう。中から帰ってきた桜の声は、しかし最後まで言い切られることなく萎んでいった。桜はシロウ越しに凛とその手の大きな荷物を見つめている。そういえば、桜にも泊まっていくように言っていた。シロウがその事実を思い出したのはこの瞬間だった。シロウの後ろでは凛が事情を問うようにジト目を向け、目の前では桜が驚いた表情をぎこちなく隠していた。
 凛はこの状況に至っても、それほどシロウを責めてはいなかった。このことを事前に知らせなかったことには思うところがあったが、それよりも、しまったという気持ちの方が大きかった。凛は、桜がシロウの事をどう思っているのかも、二人の関係が今どうなっているのかも正確に感じ取っていた。そんな状況で「今日は泊まりに来ました」などと言えば、桜がどんな気持ちになるのかは想像に難くない。事実、凛はこの場で唯一(本人ですら気づいていない)桜が凛の顔を見た瞬間に浮かべた嫉妬を含む表情に気付いていた。
「……あの、だな。桜。今日は遠坂にも泊まってもらうことになったんだ。仲良くしてやってくれ」
 シロウはそう気の利いたような、利いていないような一言を発することしかできなかった。それで二人の少女は大体の事情を察した。確かにこの辺りは最近物騒だ。桜にシロウが泊まっていけというのも事情は分かる。同じように桜も、自分と同じだと思えば凛がこの家に泊まることについて文句は出なかった。

◇◇◇

 シロウが心配したような事態は、起きはしなかった。具体的には、凛・桜・セイバーと食事を共にし、居間で茶菓子を食べ、凛と桜は入浴しているところだ。シロウは桜の強い勧めで先に入浴を済ませていた。結局シロウは、凛に問い詰められることも、桜の痛い視線にさらされることも、大河の下世話な質問にあうこともなかった。何よりも大河が衛宮邸を訪れなかったことが大きい。もしも帰ってこようものなら、何を言われるか分かったものではない。反面、最近衛宮邸に立ち寄る余裕もない大河をシロウは心配していた。家の方でトラブルがあったらしいが、彼女の性格からしてそれを年下のシロウに聞かせることは無いことはシロウも十分に分かっていた。シロウは居間に仰向けに寝転がると「ふう」と大きく息を吐いた。その隣に新しくお茶請けを持ってきたセイバーが腰を下ろす。風呂場からは耳に毒な二人の話声が内容までは分からないが届いていた。
「シロウ、お疲れのようですね」
 不意にセイバーが話しかけた。シロウはゆっくりと上体を起こすと、片膝だけ膝を立てるようにして、その膝の上に伸ばした腕をおいた。考えてもみれば当然のことだった。昨日はほとんど寝ていない。というよりも最近、なかなかゆっくりと休息をとる時間は無かった。セイバーに言われるまで気づきもしなかったが、少し疲れが出ているのを認めざるを得ない。シロウには休みたいなどという欲は無かったが、セイバーにとってはマスターの疲れは放置できないのだろう。心配そうにシロウの方に顔を向ける。
「大丈夫さ、セイバー」
 短く簡潔に。シロウはセイバーにそう告げた。セイバーの方も、ここで食い下がって弱音を吐くシロウではないと理解しているようで同じく「そうですか」と短く返すと瞑想するように目を閉じた。その横顔を見つめて、シロウはドキリとしていた。細く閉じた瞳、長い睫(まつ)。整った鼻、薄い唇。そのどれもが美しく、触れてはならないような雰囲気を醸し出していた。思わずゴクリと息を呑んだ。だがシロウのそんな内心を知らないセイバーは静かに目を開け、シロウに微笑んだ。
「シロウはよくやってくれています。ここには凛もいる。暫くはどの陣営も手を出してこないと思うのですが」
 シロウもセイバーもそれが希望的観測であることは分かっていた。柳洞寺での一件を他の陣営が知れば、動きがあると考えた方が良い。問題はそれが自分たちに向くかどうかというところだ。しかし、運が良ければ暫しの休息となるかもしれない。シロウにもセイバーにも消耗があるわけではないのだが、此方から攻め込むという選択を取る予定は今のところない。あくまで“今のところは”だが、守るにしても、攻めるにしても、凛と足並みをそろえる必要性は十分に理解していた。
 そんなとき、居間のふすまが開く音がした。反射的にシロウはそちらに目を向ける。

__________そして、絶句した。
 立っていたのは桜、そして凛だった。ただし服装がいつもと違う。所謂寝間着姿だった。桜の方は薄いピンク色のパジャマ姿。凛は薄い黄色のパジャマ姿。二人とも髪の毛を下ろしており湯気が立っていた。頬は上気し、息も心なしか熱っぽい。高校生の少年にはあまりにも刺激の強すぎる光景だった。
「あの、先輩?」
 桜が困惑した表情を浮かべる。その仕草で我に返ったシロウは慌てて目を逸らした。凛が笑いをこらえるようにこめかみを抑えているが、それを気にする余裕さえも、今のシロウには無い。
「じゃあ、寝るぞ。桜、悪いけど遠坂を客室まで案内してやってくれ。部屋はどこを使っても構わないから」
 捲し立てるようにシロウはそう言うと、部屋を出た。これ以上二人と同じ空間に居て、理性を保っていられる自身はシロウには無かった。
 訳も分からず首を傾げた桜の肩を、凛はポンと叩いた。
「良かったわね、桜。脈ありなんてレベルじゃないわよ、アレ」
 にこりと笑顔を見せた凛を、桜はもう一度キョトンとした表情で見返した。

◇◇◇

 桜と凛は結局同じ部屋で寝ることにした。二人の間に小さくない溝が開いていることは当の二人が一番よく理解していた。どちらからというわけでもなく、同じ部屋で寝る雰囲気になり、結局布団を並べて敷いていた。横になってからも二人の目は冴えていた。二人は同じように天井を見上げていた。互いに視線を向けることもなければ、当然二人の視線が交わることもない。
 何か話さないと。凛はそんなことを考えていた。きっと桜も同じ気持ちだろう。だからこそ、年長者である自分がきっかけを作りたかった。
「………桜はさ、シロウの事どう思っているの?」
 ようやく思いついた話題は、口に出した瞬間に後悔した。なんて間の悪い。今日はシロウと二人きり(凛の中でセイバーはサーヴァントであり数に含まれていなかった)だった筈なのにそれを邪魔してしまったことへの罪悪感は凛の中で少なからず渦巻いていた。
「私………ですか?私はですね……先輩が幸せになってくださればそれで良いんです。
それよりも遠坂先輩はどうなんですか?最近ずいぶん仲良くされているようですよね」
 桜にしてははっきりとした物言い。凛は心の中で苦笑していた。それって好きってことじゃない。そう言っても多分桜は認めないだろう。少なくとも自分の前では。それが分かっていたから、凛はそれ以上を言わなかった。その代りに桜の問いに答えることで、桜を安心させることにした。
「桜も今、聖杯戦争の最中だということは知っているわね?」
 その言葉に桜の入った布団が小さく跳ねる。凛は桜の返事を待たずに続けた。
「セイバーの事で気付いているでしょうけど、シロウもマスターよ。当然、私もね。今のところ私たちは共闘関係にあるの。それで一緒にいるだけ。桜の思っているようなことは無いわ」
 ゆっくりと、桜の心に染みわたらせるように。凛はそう呟いた。それは凛の偽らざる本心だったし、信頼できる関係であっても、これは好意ではない。そう思っていた。そして、自分が好意を向ける相手は今、隣で身を横にしている。
「もう遅いわ、寝ましょう。あまり夜更かしすると、体に悪いわよ」
 凛は今日伝えておこうと思っていたことを伝えられたことを喜んでいた。何よりも凛は、桜には幸せになって欲しかった。そう願うことが遠坂の家を継いだ凛にできる数少ないことだった。
「おやすみなさい、桜」
 そう言った凛は、桜に背を向けるように向きを変えた。
「それでも、姉さんは魅力的だから」
「……………?
何か言った、桜?」
「いえ、おやすみなさい、遠坂先輩」
 同じように桜も凛に背を向けた。互いに背を向ける格好になって、二人の少女は短い眠りについた。


 その夜。シロウは違和感に目を覚ました。なにと言われて説明できる類のものではない。ただ、背筋にいやな汗が流れて仕方ない。静かに上体を起こすと、周りを見回した。特に変わった様子は無い。ズキンッ。直後、小さな針で刺されたような痛みが頭をよぎる。
 ………蜘蛛?
 ねっとりと静かに渦巻くように感じていた感覚が、急に形あるものになって知覚された。例えるなら蜘蛛の糸。捕えるように忍び寄る蜘蛛の糸。
隣の部屋ではセイバーが寝ているはずだ。彼女を起こすことも憚られた。だが、それも杞憂に終わった。
「凛ッ‼‼」
 隣から短いセイバーの声が聞こえた。その直後に障子戸を開け放つ音。考えるよりも先にシロウはセイバーの寝室を隔てる戸を開け放っていた。布団にセイバーはいない。代わりに反対側の戸が開けられていた。

 駈け出してシロウがたどり着いたのは客室の一つだった。目の前には剣を構えたセイバーと宝石を手に取った凛が立っていた。足元に二人分の敷布団。その上には散らかった掛布団と枕が転がっていた。そして、それらを挟んで部屋の奥には意識のないまま宙に浮かぶ桜と、フードをかぶったサーヴァントだった。
「お前、誰だッ‼?」
 シロウは思わず声を上げていた。それに応えたのはサーヴァントではなく、凛だった。
「おそらくキャスターのサーヴァントよ」
 ちらりと凛の視線がシロウに向けられすぐにサーヴァントに戻る。キャスター?シロウは頭の中で繰り返した。
「あら、そっちの坊やがセイバーのマスターかしら?
 率直に言うわ。この娘が大切ならセイバーを差し出しなさい」
 シロウの表情が一層険しくなり、セイバーがジリと軸足に力を込めた。踏み切るのは一瞬だろう。ただし、それは桜が居なければだ。シロウは言葉を無くし凛も口を噤む。
硬直は一瞬だった。ユラリ。シロウを追い抜くように脇を一陣の風が吹き抜けたのと、姿を現したアーチャーが振り上げた双剣を振り下ろしたのは同時だった。
ガギィイイン。硬い音を上げたのは、刃が拳に阻まれる音。同じように姿を現したのはシロウにとってもよく知る人物だった。
「………すみません。宗一郎様」
キャスターが胸をなでおろしながらそう呟く。一瞬の内に姿を現した葛木はあろうことかアーチャーの振り下ろした刃を横からの正拳突きで弾き飛ばしたのだ。シロウと凛がキャスターの魔術で葛木が潜んでいたことに気付いたのは、黒白二本の剣が壁に突き刺さってから数瞬たった後だった。そして、葛木という予想外の人物の登場に目を丸くした。唖然となり固まったのはアーチャーも同じだった。その一瞬をキャスターは、逃しはしなかった。その手には剣。短剣に分類されるだろう歪な形状をとるその剣は、それ自体に武器として感じる脅威というよりも、まがまがしさを纏っていた。
“破壊すべき全ての符(ルールブレイカー)“。契約・魔術の無効化。キャスターの魔女たる宝具。すべての契約と魔術を打ち破る対魔術宝具。それをアーチャーめがけて振り下ろした。
「キャッ‼‼」
 悲鳴を上げたのは凛だった。手の甲の令呪が一際大きく光り輝く。そして、光を失って消えた。代わりにキャスターの手に同じ文様が浮かび上がる。
「さあ、アーチャー。セイバーを足止めなさい」
 一瞬肩を揺らしたアーチャーが立ち上がる。
「逃げろ、凛」
 その口が苦々しげに凛に警告を送った。次の瞬、アーチャーは両手に双剣を精製した。狭い部屋の中。三歩進めばセイバーまでの距離は詰まる。両手を大きく広げると、左右両側から鋭い剣戟が迫った。セイバーは右側の剣を弾き、活路を見出す。右に小さく飛び距離を取った。
「アーチャー、何故‼?」
 だが、その先には口元を曲げた魔女が立っていた。セイバーがハッとして振り返る。だが、その瞬間にはセイバーの心臓部に魔術剣が突き刺さっていた。
「あはははっはは。これは良いわ。セイバーとアーチャー、二騎のサーヴァントがあればいくらあのサーヴァントでも太刀打ちできないでしょう」
 キャスターはひとしきり笑い声をあげた。その場に居る誰もが遮ることができなかった。セイバーがキャスターに刃を向ける。
「あら、セイバー。そんなことをしてはダメでしょう?」
 キャスターが短くそう命じた。すると、セイバーは鞭を打たれたように直立した。
「対魔力……。セイバーの方はもう少し時間が必要かしら?
まあ、良いわ。目的は果たした。………坊や、このお嬢さんは返してあげるわね」
 そういうと、桜が支えを失ったようにどさりとその場に崩れた。キャスターはシロウの脇を通り過ぎた。その後ろを葛木が続いた。葛木とキャスターが姿を消し、アーチャーも姿を消した。セイバーは、まだ抗っているようだった。歯を食いしばり、手を握り締め。
「申し訳ありません、シロウ」
悔しげに、これ以上の抵抗を続けることはできないことを悟ったように。セイバーが頭を下げた。次の瞬間にはその場には誰もいなくなった。残されたのはシロウと凛、桜だけだった。
嵐のようなキャスター襲来は、サーヴァント二騎を失うという最悪の結果に終わった。



[40724] 第七話
Name: カトラス◆cdce3c41 ID:e05487fc
Date: 2015/02/21 22:01
______夢だった。
 桜は静かにそれを見つめていた。いつからそうしていたかは自分でも分かりはしない。
川。いや、滝か。流れる水に二人の男。睨み合っていたその男たちは、やがて互いに向けて剣を構え走りだした。赤のマントと青のマント。二人を象徴するような衣装と、彼らの纏う魔力。その速度は大凡、人のなせる技ではない。しかし、桜はその光景をゆっくりと見つめていた。二人は何かを叫んでいた。何を叫んでいるのか、あるいはその言葉に意味は無いのか。
きっとそれはこれが彼の感覚だから。彼にとって、この剣戟にはそれだけの思いが詰まっていて、互いの言葉に意味は無い。伝えるべきことは剣を通してでしか相対する彼には伝わらない。構えた刃が奔り出す。そこに技は無い。策も技もすべて出し尽くし、残ったのは単純な切り払い。それは互いに同じ。二本の刃が交わる。苦しみ、憎しみ、そして、悲しみを乗せて____。

◇◇◇

「………遠坂、行こう」
 薄暗い部屋の中、絞り出すようにシロウは呟いた。散らかった寝具。引き裂かれた障子。外れた戸。全てが終わりを告げたような空間で、シロウだけが静かに立ち上がった。
「………行くってどこへ?」
 凛はその姿を目で追うことしかできなかった。目に微かに溜まる涙が月明かりを映す。立ち上がったシロウは、桜を抱きかかえると寝室へと運び入れ、数秒後には再び姿を見せるとふすまを静かに閉めた。
「行こう。さっきの様子ならセイバーはまだキャスターの呪いに対抗している。急がないと手遅れになる。セイバーたちを助け出すなら、_____今だ。」
 凛はシロウを見た。決意の籠った表情だった。純粋。純真。愚直。それは透明で果てしなく硬い意思。思わず凛は気圧されていた。だが、魔術師としての彼女が誰よりも冷静に事態の分析を終えていた。目をシロウから逸らす。
「___無理よ、衛宮君。私たちはサーヴァントを失ったの。
_______もう、闘う術は無いの」
 それは敗北。最早聖杯戦争での敗戦は紛れもない事実だった。
「いいや、遠坂。セイバーはまだ闘っている。今、助けに行かなきゃ、本当に手遅れになる」
「そんなこと………ッ!」
 そんなことは凛も分かっていた。だからこそそれ以上は言葉にならなかった。セイバーは確かに呪術に抗っていた。それも時間の問題だ。だが、それを考慮しても。もう自分たちには彼女たちを取り戻せる術がない。この状況を打破できるカードが何も手元に残っていないのだ。
 凛が言葉を飲み込み、シロウは表情を一層強張らせた。重い空気が部屋を包む。シロウの瞳は「それでも」と唱え続け、凛の口元は「だとしても」と歪んだ。
 月が雲に覆われ姿を現す。そんな光景が数度繰り返された。
「あらまあ。こりゃ、お通夜状態だな」
 沈黙を破ったのは第三者の介入だった。長く伸びた青の髪を夜風になびかせ、真紅の槍を担いだその男は、縁側に立ち部屋の中を見ていた。
 先に反応できたのは凛だった。先ほどまで構えていた宝石を握る手に再び力が籠った。次いでシロウは部屋に備え付けていた木刀を手にし強化の魔術を施す。それを見ていた男は、ニヤリと笑みを作った。不思議と嫌みのない笑みだった。
「待て待て、俺はお前たちに協力しに来たんだ。とっとと戦意喪失して立ち直れないんじゃないかと心配もしたが、その様子なら大丈夫か」
 そこで男、ランサーは言葉を切った。凛もシロウも依然警戒は解かない。そのことについて、ランサーは文句をいうどころか感心していた。
「分かっている。セイバーとアーチャーがキャスターに奪われたんだろ」
「何であんたがッ‼?」
「そんなお前たちのサーヴァント奪還の手助けをするために俺は此処に来たからだ。
協会がアーチャーの、いや、キャスターの襲撃を受けた。つい15分ほど前の事だ。俺のマスターはキャスターのところに戦力が集中することを快く思っていない。そこでお前たちのサーヴァント奪還を手助けして来いと俺は命じられている」
 分かったか?という無言の問いかけに凛とシロウは顔を見合わせた。想定外の相手からの協力に面喰ったのが半分、ランサーを信用してよいものか判断できないのが半分だった。
 シロウが静かに口を開いた。
「遠坂、この話受けよう。俺たちは何が何でもセイバーたちを奪い返さなきゃいけない」
 敵の協力を受けることはシロウにとって苦渋の選択だった。だが、それ以上にセイバーを救うことが最優先だった。
「ええ、そうね。………ランサー、お願いできるかしら?」
「ハッ、潔いねえ。だが悪くねえ」
 ランサーは担いでいた槍を下した。それに合わせるように凛が宝石をポケットに戻し、シロウは木刀を下した。ランサーは一息つくと再びシロウと凛を見据えた。
「それでキャスターは協会に居るんだな?」
「ああ、監督役の言峰綺礼がどうなったかは不明。おそらく奴らは次の根城を協会に構えるつもりだ」
「………だったら急ごう。協会だ」
 シロウは一歩目を踏み出した。それを見たランサーが笑いを漏らす。陣を組み直されれば、協会のキャスターの攻略は困難になる。早ければ早いほど良いのは確かだった。たとえシロウに焦りを感じようとも。槍を担ぎ直すとシロウに道を譲る。シロウに凛が続いた。二人の背を見つめる形でランサーが屋敷を後にする。若き魔術師たちに向けられた目は彼らしい暖かなものだった。

三人が屋敷を出た直後、静かにふすまが音を立てた。壁に手を付き屋敷の門を見つめた少女は、静かに歩みだした。

◇◇◇


 協会地下。キャスターはセイバーを縛る魔力の縄を完成させていた。協会襲撃は予想通りあっけない物だった。如何に監督役とはいえ、此方は英霊の位の存在。人間の魔術師風情に後れを取るわけがない。襲撃に要した時間はほんの数分。警備にアーチャーを配置し、キャスターが初めに手を付けたのはセイバーの対応だった。協会地下の中心に縛りつけ、気絶しないように魔力を注ぎ続ける。苦痛を与え、決して解放はしない。その力加減をキャスターは心得ていた。そして、そのセイバーの苦痛の声を聴きながら次に手を付けたのは、前回までの聖杯戦争の資料だった。キャスターが協会を手に入れた理由の一つだ。
 魔術師の位のサーヴァントの自分ですらわからない疑問が、この聖杯戦争という大がかりな儀式にはあった。まずは聖杯を手にする権利。戦いに勝利したものに聖杯が与えられるのか、それとも聖杯が現界したときにはすでにそのサーヴァント以外が消滅しているのか。この聖杯戦争自体を儀式と考えれば、必要なのはおそらく時間。過去の聖杯戦争はどれも常に2週間ほどで決着している。つまり、この聖杯降霊の儀式には2週間の時間を要するのだ。だとすれば、聖杯の器をその前に手に入れてしまえば聖杯の所有権が確定する。ならば、その器はどこに存在するのか。その確率が最も高いのは此処のはずだった。これこそがキャスターの最大の目的だった。だが、此処に器は存在しなかった。ではどこに?此処以外の
保管場所にキャスターは心当たりがなかった。ならば、その手がかりを探し出すまで。
キャスターは考えるように振り返った。その先には縛りつけられたセイバーの姿があった。キャスターの口元が歪む。魔力が電流となり、セイバーの体に走る。セイバーの表情が一層苦悶に歪んだ。それを見るのがキャスターには愉しくて仕方なかった。セイバーの口からは呻きが漏れ、キャスターを睨み付けたのを最後に気を失った。
「キャスター、お楽しみのところ申し訳ないが敵襲だ」
 気晴らしを終えたキャスターに伝わったのはアーチャーの警告だった。
「あら、どこのバカなサーヴァントかしら?」
「ふん、察するにランサーだ。単身乗り込んできたと見える。近くにマスターの姿も、他のサーヴァントの姿もない」
 キャスターは一瞬思案した。この状況で乗り込んでくるということは何らかの勝機を見出したということだ。だが、それに見当を付ける前にそのサーヴァントを笑い飛ばしていた。大方、陣地を築かれる前に攻め込もうということなのだろう。つまり、勝機ではなく仕方なしの特攻。たしかに此方は近接での戦闘を苦手とするキャスターのサーヴァント。しかし、二つの駒を持ってすれば単身の敵など恐れることは無い。
「アーチャー、迎え撃ちなさい」
「………了解した」
 協会の正門の前。キャスターに報告を終えたアーチャーは口元を真一文字に引き締めた。対照的に目の前にはニヤリと笑う青の槍兵。その目はギラリと飢えた獣のように輝いている。その風貌からアーチャーは学校での緒戦との決定的な違いを感じていた。
「報告は済んだかい?始めても問題は?」
 ランサーが真紅の槍を構えた。切っ先が鋭く光る。アーチャーは静かに息を吐いた。この相手、推察が間違いでなければ彼の名高い半神半人の英雄。真名をクー・フーリン。ケルト神話にて崇め奉られた、紛うことなき真の英霊。
力、及ばず。
魔術、及ばず。
____疾さ、比べものにもならず。
しかし、闘いようならある。両手に描くは黒白の双剣。胸の前で交差するように構えた。
 それをランサーは開始の合図と受け取った。風を切り裂き、神速の槍の応酬が始まる。槍術に対してアーチャーの得物は双剣。間合いを誤れば即座に一突きにされるが、逆に言えば間合いさえ保てば決め手となる攻撃は直線的。曲線を描く薙ぎは云わば捨て歩。往なし、受け、最小限の動きでカバーしつつ隙を探る。まるで示し合わせた剣舞。互いが最善の手を打ち続けるからこそできるわずかな拮抗。だが、やがて地力の差が剣舞に乱れを引き起こす。
“ヒュュュュ”
伸縮しているかと錯覚するほどランサーの槍術は巧みかつ疾い。誘いと知れても、すべてを躱すことは叶わず頬を槍がかすめる。しかしアーチャーに焦りは無い。無論、不利は承知。だが、それ以上に此方に有利な状況ではないことを十分に承知していた。一度、間合いをとる。ランサーは追撃しようとはせず、槍を軽く二度三度振り回した。
「何度か、殺すつもりの一撃を放ったつもりなんだがな。大した弓兵だ」
「お褒めの言葉、受け取っておこう。本来ならば、キャスターが此方への意識を向ける余裕がなくなるまでの時間稼ぎのつもりだったのだがな。やはりお前は此処で倒す他あるまい」
 ランサーが掛け値なしの賞賛を口にした。それに対してのアーチャーの台詞はランサーにとって不可解なものだった。
「…………貴様、何を言っている?」
「何、簡単なことよ。大方今頃、凛と衛宮シロウが協会の中に潜入、キャスターとそのマスターと交戦中だろう?私もキャスターの隙を見てその助太刀に行こうかと思っていたのだがな。作戦は変更だ。幸い今私のマスターはキャスター。人間としてはいけ好かない女だが、魔術師としてのあれは稀代の魔女に違いない。ここはクー・フーリン、お前を迎え撃つに相応しい舞台だということだ」
「そこまで分かっていて、そして、この俺を誰だか知った上で口にしたな?」
 ランサーの目つきが変わる。その思考中にもはや凛やシロウのことは無い。最初から足止めが目的だった。が、この場で殺して文句を言われる筋合いもない。
「彼の大英霊にこの贋作が届くかどうか、試してみるのも悪くはあるまい」
「………よく言った。ならばこの槍、貴様への手向けとしてくれてやる………ッ!!」
 ランサーの構えが沈む。左手を地につけ右手で槍を構えた。体重が前に傾く。アーチャーはそれを真正面から見つめた。その表情には慌ても焦りも無い。ただ呟くように詠唱を始めた。

I am the bone of my sword.
――― 体は剣で出来ている

Steel is my body, and fire is my blood.
血潮は鉄で、心は硝子

I have created over a thousand blades.
幾たびの戦場を越えて不敗

Unknown to Death.
ただの一度も敗走はなく

Nor known to Life.
ただの一度も理解されない

Have withstood pain to create many weapons.
彼の者は常に独り剣の丘で勝利に酔う

Yet, those hands will never hold anything.
故に、その生涯に意味はなく

So as I pray, UNLIMITED BLADE WORKS.
その体は、きっと剣で出来ていた

 世界が塗り替えられる。紅に____。
空には巨大な歯車。地は丘。無数の刃が身を埋め、地平線の先まで続いている。その世界の主は静かに目を開いた。
「固有結界_____ハッ!おもしれえッ‼
 ならば、受けてみよ。この槍をッ!」
 ランサーが雄たけびと共に駆け出す。そして跳躍。歯車を背負い、右手を振り上げた。鋭い眼光がアーチャーに狙いを定める。対するアーチャーは手を胸の高さまで持ち上げ目の前にかざした。
「我が全身全霊________‼‼
 突き穿つ――――死棘の槍(ゲイ・ボルグ)‼‼‼‼‼‼」
「熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)」
 ランサーが放ったのは魔槍ゲイボルグ。発動と同時に心臓を突き刺した結果が完成し、その後過程が結ばれる。それは最早槍としての性能の幅を超え、因果の逆転までも引き起こす。回避不能の呪詛の類。回避も防御も適わない。
 一方、アーチャーが展開したのは七枚の花弁。かのトロイア戦争における英雄、ヘクトールの投擲を防いだ唯一の盾。その花弁の防御はそれぞれが古代の城壁に匹敵し、投擲物に対して無敵の力を有する。
 まさに矛盾の拮抗。いかなる盾をも貫き、心臓に届くことを約束された槍と、いかなるものをも通さない、投擲に対しては無敵の盾。しかしその拮抗は次第に優劣を見せ始めた。
 アーチャーの表情が歪む。既に7ある花弁の3枚は砕けていた。堪える様に歯を食いしばるアーチャーをランサーはただ見つめていた。アイアスの展開には驚いたが、ゲイボルグを放ったランサーにはもはや見守ることしかできない。ランサーにとってゲイボルグは唯一無二であり最強の宝具だった。ゲイボルグは防げない。その自信がランサーにはあった。
 だが、その時アーチャーは笑みを浮かべていた。花弁が一枚、また一枚と崩れていく。そして、最後の一枚が砕けた時、ゲイボルグは勢いを失いわずかにアーチャーの頬をかすめるに留まった。力比べはランサーに軍配。しかし、必殺の一撃は必殺とはならなかった。そしてアーチャーにとってはそれで良かった。
瞬間、アーチャーに勝機が訪れた。如何に速いといえど、得物を持たぬ槍兵が一人。地に刺さる刃を無造作に抜き放つと、ランサーめがけて突進した。ランサーもただ座して待つわけではない。瞬時にゲイボルグは主の元へと戻る。ランサーは即座に手に取り構えを作るとして、間に合うかは一瞬の差。迫りくるアーチャーに気が遠くなるほどに時間を遅く感じながら、手元に戻ったゲイボルグを構える。普段よりも一握り短く持ち、速さのみに徹する。

__________だが、アーチャーの突撃はそこで止まった。同じように、ランサーから反撃の一撃が放たれることもなかった。二人が目にしたのは目の前を通り過ぎる真紅の花びら。丁度二人の真ん中を、邂逅を遮るように飛来したその花は、やがて力を失い、地に突き刺さった。真っ赤な薔薇だった。
両者が薔薇に目を向け、次に飛来した方向を見た。人影は無い。ここにきて両者は協会へと目を向けた。戦闘に気を取られ感覚することができていなかったからだ。協会の中には大きな魔力が3つ。一つはキャスター。二つ目はセイバー。もう一つは前者二つにやや劣る。おそらくは凛の物。そして、アーチャーとランサーは異変を感じた。協会内に4つ目の魔力の奔流を感じ取った。それは紛うことなきサーヴァントの物だった。
今夜、最後の踊り手が壇上へと上がった瞬間だった。






[40724] 第八話
Name: カトラス◆cdce3c41 ID:300702e8
Date: 2015/03/26 02:58
 凛とシロウは協会を地下へと続く通路を歩いていた。入り口は墓地の中に隠された隠し通路。いざという場合に神父=言峰が逃げ出すために作られた通路だった。魔術師として、命の危機にさらされることは十分に予想できるものだ。まして聖杯戦争の監督役ともなれば、その可能性は格段に上がる。そんな不測の事態に備えるための通路だ。この通路の存在を知っているのは凛と監督役の言峰くらいだろう。言峰の愛弟子として、また言峰の師の一人娘として。凛が知り得たこの通路が今回の協会襲撃に利用されていた。
「………遠坂、協会の地下ってのはまだ先なのか?」
 シロウが前を歩く凛に声をかけた。シロウの意図は決して長い距離に不満を述べるものではない。十分に協会の足元へと迫っているのは明白。それにもかかわらずキャスターの魔力どころか気配すら感じないのだ。シロウが感じた不信感を凛も同様に抱いていた。一度、立ち止まり思案を巡らせる。つられるようにシロウも足を止めた。土地勘のある凛をして、もう十分に協会の地下には入っている。その証拠に穴倉という様相の地下通路から、きちんと装飾の施された地下室へ景色は移っている。
「ごめんなさい。正直、分からないわ。一応、この先に大部屋が在る筈なんだけど、それにしてもキャスターがそこに居る感じがしない。身を隠しているのか、この場には居ないのか」
 最後は独り言のようにつぶやく。それを聞いたシロウはそうか、と告げると再び歩き出した。慌てて凛が呼び止める。
「ちょっと、衛宮君!?」
「この先にセイバーがいるかもしれないんだろ?なら、行かなくちゃならない」
 半身を返すように振り返ったシロウは力強い眼差しを凛に向けた。思わず凛が気圧される。だが、次の瞬間には笑みをこぼしていた。今日、シロウに驚かされるのは何度目だろうか。初めはただの半人前のマスターだと思っていた。半人前の魔術師という評価はいまなお変わらない。だが、その愚直さに凛は大きな信頼を寄せていた。否、何時からか寄せるようになっていた。魔術師として孤高を体現し続けてきた凛にとって、その感覚は新鮮で心地よい物だった。そんな風に考えるようになった自分への笑みだった。
「そうね、行きましょう。ランサーがいつまで持ちこたえてくれるかもわからないもの!」
 そう強気な言葉を口にする。シロウも一瞬口元に笑みを浮かべ表情を引き締めた。手にした木刀を握る手に力が籠る。戦地へと赴く者の表情だった。

「お話は済んだかしら?」
 突然響いた声。凛とシロウ、二人が弾かれたように元来た道を振り返った。何もないはずの空間が暗い紫に揺れる。それは徐々に形をとり、キャスターが姿を現した。
 拙い。凛はそう判断した。この場は決して広くない通路。魔力弾での威力でキャスターにかなうはずが無い以上、このままでは狙い撃ちにされる。退路は無い。ならば、進むべき道は一つだった。
「衛宮君、走って!この先の大広間よ!」
 反射的にそう叫ぶ。シロウも頭で考えるよりも早く駈け出していた。通路を走り出して右折、その先に光の漏れる部屋があった。距離にして30メートル強。凛が時折振り返りながらガンドを放つ。牽制程度の役にしかたたないことは凛も、そしてシロウも十分に承知の上だ。切り札を切るのは此処ではない。一方のキャスターは凛とシロウを攻撃しようとはしなかった。ただ不気味に嗤うだけで。
 通路を抜け部屋へと転がり込んだのはシロウが先だった。通路の左側にあった入り口に転がり込むように入る。それに一瞬遅れて凛が駆け込んだ。
「………セイバーッ!」
 体制を立て直したシロウが見たのは横たわるセイバーの姿だった。意識は無いのか、此方の声に反応は無い。シロウは地を蹴ってセイバーの元へと駈け出した。
「衛宮君避けてッ‼‼」
 広間に凛の澄んだ声が響いた。シロウはハッとなって飛び退く。その目の前に現れたのは葛木だった。身長で勝るシロウの頭上から肘が、そして足元からは膝が同時に伸びていた。シロウにかわされたことへの動揺など微塵も感じられない動きで追撃に移る。だが、その突撃は凛が打ち出した魔力弾で押しとどめられた。凛の手には宝石が握られていた。
 魔力の貯蔵を得意とする遠坂の術による長年貯え続けた魔法石だった。一度仕切り直すために凛は躊躇なく連発する。シロウは一度距離を取り木刀を構え直した。
「あら、どれだけ待っても来ないから出迎えてあげたのにずいぶんな仕返しね」
 葛木の隣に音もなくキャスターが現れた。シロウはキャスターの向こう側のセイバーをちらりと見ると葛木に視線を移した。
 シロウと凛、二人の作戦は互いに一対一に持ち込むこと。とはいえ、キャスターを倒してしまえばそれで良い。アーチャーの剣を払った葛木の戦闘力は脅威だが、最悪の場合葛木を戦闘不能にする必要はない。シロウの役割は、凛がキャスターと一対一での戦闘を行えるように葛木を足止めすることだった。先に凛がキャスターに向けて走る。
 それを止めるために葛木が割って入ろうとする。だが、シロウがそれを阻んだ。強化した木刀と葛木の鉄拳がぶつかり合う。剣道三倍段という言葉がある。すなわち得物を手にすれば戦力にして三倍までの差ならば埋められるということである。そして、その言葉が正しいのであれば、葛木はシロウよりも少なくとも三倍強かった。
 まともにぶつかり合った拳と木刀は拳に軍配が上がった。シロウの放った木刀は瞬時に弾きとぶように払われる。だが勝ちに拘る必要のないシロウには退くという選択があった。勢いを殺すように体ごと払われた方向に飛んだ。一方の葛木はキャスターを助けに入るという目的がある。弾き飛ばしたはずのシロウから視線を切った。
「珍しく、爪が甘いんじゃねえのか!?」
 シロウが雄たけびと共に木刀を振り上げる。一瞬対応の遅れた葛木は、回避を諦め防御に回った。その選択自体は葛木の経験がさせた最善手に間違いはなかった。葛木の間違いはシロウの得物を木刀と考えてしまったことだった。最初の一撃で拳と木刀がまともにぶつかり合わなかったことで読み違えたのだ。シロウの強化を施した木刀が肩口に叩き込まれる。首の付け根をそぎ落とすように当てられた葛木はその場で倒れこんだ。
 一方、凛は苦戦していた。単純に魔術の勝負でこのキャスターに勝てるとは凛も到底思ってはいない。しかし魔力をため込んだ宝石を使えばあるいはこの稀代の魔女に届くかもしれない、そう考えていた。だが、それを嘲笑うかのようにキャスターは魔力弾を打ち消した。
「あら、お嬢さん。意気込んで乗り込んできたのはいいけど、この程度なのかしら?」
「そんなわけ………無いでしょッ‼‼‼」
 凛は隠し持っていた宝石を取り出す。それは凛の持つ中で最も多くの魔力をため込んだ正に虎の子の宝石だった。それと同時に無数の宝石を宙にばら撒いた。
「――――Acht…Siebe………Fixierung‼‼(八番・七番、狙えッ!)」
 宝石の魔力が魔力弾へと姿を変えキャスターへと飛来する。キャスターは詰まらなさそうな表情を浮かべながら、同じように魔力弾を打ち出した。両者がぶつかり合い魔力の硝煙を上げる。揺れる視界の中、凛はキャスター目掛けて突っ込んだ。
「…………捨て身ね…見苦しいわ」
 キャスターが吐き捨てるように言った。その背には巨大な文様が浮かんでいる。今まで以上に強力な魔術が来るに違いない。だが、凛に躊躇いはなかった。
「捨て身かどうか、その体でしっかり確かめなさいっ‼
 Stark―――Gros‼‼(強化‼‼) 」
 握りしめた宝石が輝きだす。瞬間、キャスターは凛を見失っていた。肉体強化。速度を上げたままに懐へと潜り込んでいた。これが本当の凛の切り札。言峰直伝の拳法だった。宝石による肉体強化を合わせ、肉体面(フィジカル)をサーヴァントに匹敵するまでに叩き上げる。あとの技術は既に習得済みだった。
「うおおおおおおおおおおりりゃあああああああああああ!!」
 凛の雄たけびが響く。キャスターの体が、先ほどまで行きかっていた魔力弾のように軽々と弾き飛ばされ、壁にぶつかって止まった。
「遠坂ッ!」
 それを見たシロウが喜びの声を上げた。だが、凛は表情を崩さない。それどころか、一層表情を険しいものにした。
「まだよ、衛宮君。どうやら最悪の事態になったみたい」
 キャスターの突撃した壁の一部が音を立てて崩れる。それを守るように現れたのは甲冑を纏ったセイバーだった。見えざる剣を此方に向けた彼女の目は虚ろだ。
「なっ!?セイバーッ‼?」
 シロウが呼びかけるが応じようとする様子は無い。それどころかカチャリと音を立てて剣を構えた。
「大丈夫か、キャスター?」
 肩を抑えながら葛木が問いかけた。すると、瓦礫を押しのけてキャスターが姿を現した。
「申し訳ありません、宗一郎様」
 傷ついた身体。悔しそうに口にする言葉とは別に、右手が赤く光り輝いていた。令呪の光だ。凛はキャスターがセイバーに令呪を使用したことを瞬時に理解した。そしてそれは考えうる中で最悪の事態だった。
 セイバーには対魔力の加護(スキル)がある。魔力勝負に持ち込んで勝ち目があるとも思えず、まして肉弾戦で彼女の剣を相手できるはずもない。完全に詰み(チェックメイト)だった。ならば、キャスターの倒れているこの隙に逃げるか?外に出るにはまた先の長い通路を戻ることになる。その間、セイバーから逃げ切るのは至難だ。凛とシロウにできるのはセイバーが動きを見せた時に防御に移るために全神経を集中されることだけだった。

◇◇◇

INTERMISSION1
 桜は息を切らして夜の街を駆けていた。冷えた夜風が容赦なく体温を奪う。まだ日付は変わっていないはずだが街に音はほとんどない。時折、車のエンジン音が聞こえるが姿を見ることは稀だ。
意識を取り戻した時には、まだ凛とシロウは屋敷に居た。ランサーと二人の会話を聞いた桜は、後を追うように屋敷を出たのだった。目指すのは間桐邸。ただ自分にできることは無いか、それだけを必死で探した。シロウと凛の力になりたい。その一心だけが足を動かしていた。
徐々に上がる息が足を止めようと邪魔をする。意思の力で振り払ってきたが、それももう持ちそうになかった。ついに足を止め膝に手を落とす。この上なく無力を感じていた。こんな時、自分は先輩の力になれない。それなのに………。
頭に浮かんだのは凛の顔だった。遠坂先輩は力になれる。彼の隣に居られるだけの力を持っている。一方の自分はどうだ。足手まとい。ただでさえ迷惑をかけたにもかかわらず、それを挽回する機会すら得られない。その力すらない。キッと唇を噛んだ。心の内を黒い感情に蝕まれる。悔しさは羨望に。心残りは絶望に。立っていられずにその場に膝を吐いた。夜空を見上げる。空には雲で隠れ、月どころか星も一つとして出ていなかった。
「そこの可憐なお嬢さん、お風邪を引きますよ」
 その時視界を隠すように何かが顔を覆った。慌ててそれが何かを手探りで確認する。薄い布だった。赤いマントだと気付くのに時間を要した。顔から引き離し暫く呆けたようにそれを見つめた。そして、空に向けていた視線を目の前に移した。全身黒のシャツの下に無骨な体をのぞかせ、その場にはダンテが立っていた。
「………ライダー?…………どうして?」
「マスターの困難を打ち払うために馳せ参じるのがサーヴァントの役目だと思うが?」
 桜はハッとなってダンテの顔を見た。直後、腕に目を落とした。そこに令呪は無い。もう自分は彼のマスターではないことを確認させられる。その仕草を見たダンテがふっと笑った。
「桜、もう一度契約しないか?こっちもお兄ちゃんに振られちまってな。マスター不在で困っているんだ」
 そう茶目っ気たっぷりにダンテは言った。桜は困惑した表情を見せた。対するダンテはやれやれと首を振った。
「私で、良いんですか?」
「おいおい、召喚に応じた時から言ってるはずだろ?桜、お前が良いんだ」
 桜の表情に決意が宿る。ダンテは微笑みながらそれを見つめ返した。静かに右手をダンテの元に。その手を胸に当て桜は瞳を閉じた。
「告げる。汝の身は我が下に、我が運命は汝の剣に。聖杯のよるべに従い、この意、この理に従うのなら…………我に従え。ならばこの命運、汝が剣に預けよう………‼」
「ああ、その誓い受けよう。サーヴァント、ライダー。桜、お前を主として認めよう」
 ダンテが桜の手を取る。桜は頷くと協会の方へと目を向けた。
「“ダンテ”、守りたい人たちが協会に居るの。今すぐ助けに‼」
 ダンテは満足そうに笑った。桜を抱きかかえる。驚いた桜だったが、直ぐに体を預けた。
「Yes,Master!! Let’s Go To The Party Venue‼(了解だ、マスター‼パーティ会場へ急ごうぜ‼)」
 ダンテが地を蹴って跳んだ。桜はダンテの胸の中で髪を抑えるようにして協会の方角を見つめていた。
INTERMISSION OUT

◇◇◇
 
 セイバーと凛のにらみ合いは長くは続かなかった。攻め手のない凛に対して、セイバーが攻めを躊躇う理由は無かった。見えざる剣が迫る。瞬間、凛は理解した。これは確実に防げない。速すぎる。未熟な魔術師(シロウ)がマスターだった時でもセイバーは十分な戦闘力を持っていた。それが完全な魔術師をマスターとしているのだ。その速度の上がり方は尋常ではなかった。セイバーが振りかぶる。見えないはずの剣が見えた気がした。凛は「ごめん」と呟いた。
『ガギイイイイイイイン!!!!』
 だが、何時まで経っても剣は降りてこなかった。恐る恐る目を開ける。
「間一髪、大丈夫かい、お嬢さん?」
 セイバーの剣を受け止めたのはダンテだった。彼の構えた拳だった。籠手を装備した腕を振るうと、セイバーは小さく仰け反った。
「隻眼の復讐拳(ベオウルフ)‼‼」
 ダンテが高らかにその宝具の名前を告げる。それに呼応するように籠手と具足が光り輝いた。繰り出されるワンツー。セイバーもこれに応戦。しかし、体制を崩した分、力でダンテが上回った。セイバーが弾かれたように吹き飛ぶ。
 瞬間、対応したのは葛木だった。セイバーとの戦闘の隙を逃さない。肩の負傷を感じさせない速度と威力。その突きをダンテは正面から受け止めた。
「へえ、人間にしとくのは勿体ない拳だな」
 ガチリと握った拳を振り払うように右に受け流す。セイバーが起き上がる。だが、その時にはもうダンテはキャスターの額にエボニーを突き付けていた。
「Sorry, but It’s Over!! (悪いが、これでお仕舞だ)」
 “ダンダン”と二発の銃声。キャスターは力なく倒れやがて消え去った。それと同時にセイバーが倒れ、シロウと凛も膝を落とした。
 聖杯戦争、最初の脱落者はこうして音もなく消えていった。



[40724] 第九話
Name: カトラス◆cdce3c41 ID:300702e8
Date: 2015/03/26 02:59
 煙のように姿を消していくキャスターを見ながら、凛がその場にへたり込んだ。膝に力が入らなくなり立っていられなかった。英霊の位まで押し上げられた存在を相手にしたのだ。今ここに生きていられることがほとんど奇跡に近く、当然それだけのプレッシャーがあった。一方シロウは、セイバーの元へ駈け出していた。意識は無い。しかし、確かに息はある。上下する肩を確認して一先ず安堵したシロウはセイバーを抱きかかえるようにして立ち上がった。
 それを見たダンテは苦笑しながらやれやれと首を振った。
「これじゃどっちが騎士様(ナイト)か分からねえな」
寄り添うのはシロウ。寄り添われるのはセイバー。外傷が見受けられるのは寧ろシロウの方だった。従者(サーヴァント)を守るために主(マスター)が傷ついた状況は確かに本末転倒。シロウを騎士というのも頷けた。
セイバーの安否の確認を終え、シロウの頭は冷静さを取り戻していた。そして、シロウの意識に真っ先に浮かんだのは当然ライダーのことだった。
「ライダー、どうしてお前が此処に………?」
 シロウがセイバーを抱きかかえたままダンテに問いを投げた。座り込んだままの凛も同じ疑問を抱いた。いや、抱ていたことを思い出した。呆けたような表情が瞬時に引き締まる。ダンテに視線が集まった。
「何、難しいことじゃないさ。お前がセイバーを助けたかったように、お前を助けたいと思う人間もいるってだけの事だ」
 ダンテは何でもないようにそう言った。少なくとも二人には嘘を吐いているようには見えなかった。最初シロウは自分を助けたい人間というのをライダーの事だと理解した。と同時に次の疑問が浮かび上がる。何故このライダーは自分を助けようとしたのだろうか?
考えて答えの出る疑問ではないということだけは明白だった。
その時、コツコツと足音が響いた。控えめな足音。ダンテに集まっていた視線がそちらに向かう。シロウが、そして凛がその姿を収めるべくダンテを視界から外した。
「紹介しよう。我が主(My Master)を」
 芝居がかった仕草でダンテは深々と頭を垂れた。静かに部屋に現れたのは桜だった。
「先輩、それに遠坂先輩も。ご無事そうで何よりです」
 その場の空気が一瞬だけ硬直する。桜は申し訳なさそうな表情を浮かべて微妙な笑みを見せた。遠慮しがちに呟いた桜への反応は、シロウよりも凛の方が大きかった。
「貴女、桜………ッ‼?」
 だが、あまりの衝撃に言葉を詰まらせた。ライダーのマスターは確かに慎二だった。それは間違いようのない事実だ。だが今ライダーは桜をマスターと呼んだ。凛はその真意をつかみかねていた。代わりに言葉を繋いだのはこの時姿を現した男だった。
「さて、私としては君たちが敵かどうかという話をしたいのだが」
 広間への入り口を潜ったのはアーチャーだった。わざとらしく足音を響かせながら凛に歩み寄るとダンテに視線を向けた。その視線に睨み付けるような凄みは無い。だが、少なくとも味方に向ける友好的なものではなかった。
「おいおい、日本人は義を重んじると聞いたが?助けられた相手への第一声がそれかい?」
 対するダンテの目には言葉ほどの敵意は無い。むしろ、アーチャーの反応を当然の物だと言わんばかりの笑みをこぼした。一方の桜はアーチャーの言葉に少なからず感じることがあったのだろう。むっとした様子を見せた。もっとも、その小さな変化に気付けたのは凛とシロウだけだった。
 慌てて凛はアーチャーを制した。
「彼女たちは私たちを助けてくれたのよ。信用しましょう」
「………君がそういうなら異論はあるまい」
 もちろんアーチャーも今すぐに闘おうなどと思っていたわけではない。何しろ今の自分はマスター不在。云わば不完全な状態だ。凛の言葉にアーチャーは素直に退いた。
「なんにせよ、話は戻ってからにしよう。今はセイバーが心配だ」
 漂い始めた険悪なムードを断ち切ったのはシロウの一言だった。ある意味で空気を読めないその台詞に桜と凛は助けられたと感謝する半面で溜息を吐いた。

 アーチャーがセイバーを担ぐと、シロウと凛がそのあとに続いて広間を出た。桜はその場に留まったダンテに首を傾げた。
「ダンテ、まずは先輩の家へ戻りましょう」
 だがダンテは小さく笑った。そして首を横に振った。
「悪いな桜。少し先に行っていてくれ。野暮用を思い出した。すぐに後を追うさ」
 そう言ったダンテの異変に気付かない桜ではなかった。何かある。そう確信を持った。ダンテはそれを隠そうとはしなかった。誤魔化す様子も言い訳する言葉もない。そしてその上で、何も聞かずに先に戻っていろと指示を出したのだ。
「………分かりました。魔力を気にすることはありません。気を付けてくださいね?」
 それに気付いた桜は諦めたようにそう口にした。そしてダンテに微笑みかけシロウたちのあとを追うように広間から姿を消した。
「アンタはどうするつもりだい?」
 ダンテがまず声をかけたのは地に転がっていた葛木だった。意識はあるが動けないといった様子だったが、ダンテの言葉に応えるように静かに立ち上がった。だが、その様子から戦闘どころか立っているのもままならないのは明白だった。
「何処へ行く当てもない。敗者は姿を消すことにする。その手段はこの手が知っている」
 短く簡潔な答えだった。小さく手刀を構える。ダンテがピクリと眉を上げた。それと同時に“桜を帰しておいて正解だった”とため息を吐いた。葛木は振り上げた手刀を自らの胸に突き刺した。葛木の右手がジワリと赤く染まる。そのまま勢いよく抜き放った。鮮血が宙を舞う。“目的を果たせしときは速やかに自害すべし。”嘗ていやというほどに刷り込まれた教えだった。そして葛木にとって目的を果たしたといえる最期だった。すなわち、生きた意味は既に残したという自覚が芽生えていた。もうろうとする意識の中で葛木はキャスターが消えた場所へと歩み出した。他の者に必要とされるという経験を与えてくれた者の元へと辿り着いたとき、葛木は絶命した。
「………後味の悪い幕切れだ」
 キャスターが居た壁に寄り添うように意識を失った葛木にダンテはそう呟いた。次の瞬間、ダンテの手の中で魔力の渦が発生した。その渦が消えた時、手には赤と青の双剣が握られていた。その赤の方だけを振りかざす。葛木の遺体が炎を浴びて燃え上がった。骨も残さないほどに燃え去った遺体を確認して、ダンテはその場を立ち去った。ダンテには次に向かうべき場所があった。

◇◇◇

「………フッ、キャスターめ負けおったか」
 雲の間に顔を出した月を見上げながらアサシンはそう呟いた。これで自分を縛る者は姿を消した。だが己の体を縛る結界(もの)は健在だ。この場を動くことも許されなければ、最早消滅の時を座して待つよりほかない。月見酒というのもまた風情があるというもの。現世の最期に酒でも飲むか。アサシンは自身のみじめな境遇を笑いながら柳洞寺へと続く階段に腰かけた。
 その時だった。階段を登る訪問者の足音が静まり返る階段に反響した。アサシンはゆっくりと足音のする方へと目をむけた。
「おいおい来客への持て成しも無しに一人酒かい?」
 そして、姿を現したダンテを認めて大いに表情を緩ませた。
「はははっ。なんとまあ。この世に招かれたは良いが碌なことも無しとこの身を嗤ったところだが、最後に一つこの私にもツキが巡ってきたということか」
 今腰を下ろしたばかりの階段から立ち上がる。長く伸びた後ろ髪が風に靡いた。
「こっちとしても貸し借りのあるまま消えられたんじゃすっきりしねえ」
 ダンテはそう言うとリベリオンを抜いた。アサシンも何も言わなかった。代わりに野太刀を抜き放った。
「この現世へと呼ばれたことに感謝しよう」
 そしてダンテの立つ踊場へと階段を降りた。対等な真剣勝負がアサシンの望みだった。既にこの身が消えることは変えようもない定め。アサシンにダンテをその道連れにしようなどという気持ちは一切ない。ただ純粋に剣を交えたい。自分の剣と彼の者の剣。そのどちらが上かという問いの答えを出したい。それが全てだった。最早、二人に語ることは無い。両者が互いの構えを待った。先にダンテがリベリオンを背負い、次いでアサシンが野太刀を構えた。
 野太刀「備前長船長光」・通称「物干し竿」。アサシン佐々木小次郎の生前振るいし刃長三尺余の長刀。それを舞を踊るように担ぎ上げた。決戦の火蓋はダンテの叫びによって切って落とされた。
「戦闘形態・変更(スタイルチェンジ)________Swordmaster!!!!!」
 ダンテが一撃目を切り下す。それを受けたアサシンの表情が変わった。以前と技のキレが違う。いや、それだけではない。受け流すように退けるが、続く二撃目、三撃目が立て続けに放たれる。そのころにはアサシンはダンテの動きが剣による戦闘に特化したものに変更されていることに気付いていた。
 繰り出されること11撃。速度に特化したダンテの剣戟は、悉くアサシンによって受け流された。一連の攻撃を終えてダンテの剣が止まる。その一瞬をアサシンは見逃さない。独特の音楽を思わせる不規則なリズムで物干し竿が打ち付けられる。呼吸を外し剣の軌跡を躱しながら迫る絶妙な一撃に、ダンテも食らいつく。直観と経験を駆使し、理論と感覚を練り合わせて次の一手に対応する。
 ダンテは改めて相対する男の剣の技量に感嘆の思いを抱いていた。速度も筋力も此方が上。それはおそらく間違いのない事実。この地に所縁のある英霊である点のみがこのアサシンに有利に働いているが、それを見積もったとしても此方に分があるはず。それをただ一点。技量のみで凌駕している。強さも速さもこの男の巧さの前では何の意味もなさない。
 だがそれでも剣での勝負に拘りたかった。それはダンテの意地であり、敬意の表れでもあった。両者の間に距離ができる。アサシンの魔力が激しい戦闘で限界を迎えようとしていることはダンテにも分かった。だがそんな幕切れは望んでいない。リベリオンを地に突き刺した。
「おいおい、此処まで来て勝負を投げるなどと言ってくれるな」
 アサシンが野太刀を構えたまま笑う。その表情が勝負を投げるなどあり得ないと感じていることをありありと告げていた。ダンテも笑った。剣での勝負は捨てられない。ならば、剣を変えるまで。
「焔一閃・風一閃(アグニ&ルドラ)」
 顕現したのは焔纏いし赤の剣と風纏いし青の剣。ダンテが選択したのは巧さを上回る速さを駆使した剣戟だった。
 アサシンが笑みをこぼした。思えば伝説においてこの身を斬ったのも双剣に他ならない。ダンテに彼の者の姿を重ねる。姿かたちは違えど、紛うことなき宿敵。この命を張るに相応しい男だった。
 最早、無数の剣戟が結ばれることは無い。この一撃が勝負であることを両者が悟っていた。故に選択は一つ。持ちうる最高の技しかありえない。じりと足場が音を立てた。ダンテが両手を広げるように体の外側へ向けて刃をおろし、アサシンは刃を掲げて自身の目とダンテととを結ぶように一直線に構えた。

「秘剣____燕返し」

「Million Slash‼‼」

 アサシンが放った刃が三つに割れる。それは時空を歪めた超常の一撃。本来ありえない三方向からの同時の剣戟。如何に双剣使いとはいえ、三方向から迫る刃を同時に退けるのは通常不可能。____そう、通常では。
 ダンテが放ったのは百万の連撃。神速とでも呼ぶべきで放たれた無数の刃は、目にもとまらぬ速さで繰り出される乱舞。
 そして遂に、ダンテの速さはアサシンの巧さを凌駕した。同時に迫る三つの剣戟をダンテは速度だけで叩き落とした。アサシンの顔に笑みが浮かぶ。
「_____見事」
 三つの刃を弾かれたアサシンに最早なすすべはない。しかし、最高の一撃を破られた剣豪の表情に曇りは無かった。それを確認したダンテは振り上げた刃をアサシンの頭上から肩口へと振り下ろした。

 消えゆくアサシンは月を見ていた。この世に思い残すことは無い。決して悪くは無い現世だったと、そう思った。
 それを見ていたダンテは階段の頂上に置かれていたあるモノを見つけた。それを拾い上げるとそのうちの一つをアサシンへと手渡した。一つの盃だった。アサシンが先ほど飲むために用意した酒を注ぐ。アサシンは黙ってそれを受けると、今度は徳利を受け取りダンテの持つ盃に注いだ。
「互いの技と其方の技量に」
 そう言ってアサシンは盃を差し出す。ダンテも応じた。盃同士が小さく音を立ててぶつかった。そして二人は一気に煽った。
 ダンテが酒を飲みほし、再び正面を見た時、其処にはすでにアサシンの姿は無かった。



[40724] 第十話
Name: カトラス◆cdce3c41 ID:78a0255a
Date: 2015/06/01 09:21
 静まり返った夜。いつもの赤のロングコートに手を突っ込みダンテは静かに衛宮邸へと戻ってきた。玄関の前で実体化を解き音もなく敷居を跨いだ。中で寝ているものへの配慮のつもりだったが、家の中も物音一つしない。どうやら皆、寝静まった後のようだった。
 さて、とダンテは考えた。マスターが此処にいるのは間違いないが、生憎とこの家の中に自分に割り当てられた部屋は無い。となれば、桜の部屋しかないのだが、主(マスター)の傍にいることに抵抗は無いが、御嬢様(レディ)の寝ている傍らをうろつくのはさすがに気が引けた。まあいい、居間ででも寝れば済む話だ。そう考えたダンテは、居間へと向かい廊下を進んだ。
 居間に足を踏み入れたダンテを待っていたのは机に突っ伏して寝息を立てる桜だった。さすがにこれにはダンテも驚いた。先に戻っていろとは先に休んでいろという意味だったのだが、気を遣わせてしまっただろうか。つい先ほどセイバーのことを従者(サーヴァント)としての役目を果たせていないと思ったが、どうやらこれでは人の事は言えそうになかった。図らずも主の寝顔を見ることになってしまったダンテだったが、部屋の中とはいえ冷える。このまま寝かしておくわけにもいかない。すやすやと眠っている様子を見ると起こすのも忍びなかったが、ダンテは意を決して声をかけた。
「___桜、風邪ひくぜ」
 言葉と共に肩をトントンと叩く。桜はすぐに目を覚ました。
 起こした頭を右に左にと二度振り、周りの様子を確認するように見渡した。上がり切っていない瞼が疲れを表しているようだったが、ダンテの姿を認めた瞬間に見開かれた。だが、大きな声を上げることは無い。すぐに桜は自分が寝てしまったのかと理解した。
「____おかえりなさい、ダンテ。用事は済みましたか?」
「ああ、上々だ」
 静かにそう聞いた桜に、ダンテも落ち着いた声色で返した。そうですか、と呟いた桜は暫く考えるように黙り込んだ。そして顔を上げるとダンテに微笑みかけた。ダンテが言葉に詰まるほど妖艶さを感じさせるような綺麗な笑みだった。
「少し、夜更かしをしませんか?」

◇◇◇

 夜空は相変わらず黒一色だった。正確な時間は分からないが時刻を表すなら深夜ではなく未明だろう。桜とダンテは場所を冬木の公園へと移していた。桜は四角い机を取り囲むように設置されたベンチに腰掛け、ダンテはその机の角に腰掛けるようにもたれかかっていた。桜は薄い黄色の寝巻の上にカーデガンを羽織り、その上からダンテの赤のロングコートを着込んでいる。ダンテのせめてもの気遣いだった。家の中では誰かを起こしてしまうかもしれないと主張する桜に、話をしたいなら明日でもいいだろうと言い張ったダンテだったが、結局折れて公園まで共に来ていた。傍から見れば深夜に美少女を連れた外国人の青年だ。なんと言い訳をすればよいのか考えもつかない。ならば要件をすぐに終わらせるに限る。そしてダンテには桜の意に思い当たる節があった。
「それで、聞きたいことは俺のことで良いのか?」
 いきなり出た確信的な一言に桜は目を見開いた。だがそれもある程度は予想できていたこと。桜は静かに言葉を返した。
「ダンテ、貴方の事は召喚した後に調べました。ですが____大剣を背負った騎乗兵。
 そんな伝承も伝説も何を調べても分かりませんでした」
 ダンテは静かに話を聞いていた。そして桜の言葉にも暫く黙ったままだった。桜にはその姿が事実を隠そうとしているというよりも言葉を探しているように映った。
「____そうだな。平たく言えば、俺はこの世界の人間じゃない」
「それは過去に実在した英霊ではないということでしょうか?」
「そうだ。正確には実在はした。ただし過去にではなくここではない世界にだ」
 そうですか、と桜が呟いた。驚きはしたが予想の範囲内ではあった。過去に記録のない英雄。ならば彼が生きたのは未来か、別世界か。そう桜は考えていた。その返答を受け取った桜は、聞きたいことがまとまらないのと聞いて良いのかわからないのとで言葉を詰まらせた。そんな桜にダンテは語り出した。
「俺は悪魔狩りを職業にしていたんだ。俺の元居た世界は、魔界と呼ばれる世界と繋がったことがあった。俺はその間を行き来した。そいつのせいで“別世界の間を行き来する者(ワールド・ジャンパー)”として世界に認められちまったわけさ。そのせいで聖杯に召喚された。愛剣(リベリオン)が先にこの世界に流れ着いた。コイツが世界を超えて召喚の触媒にされたわけだ」
 夜空を見上げながらダンテは語った。桜はじっとダンテを見つめていた。その視線をダンテとは反対に地面に落とす。
「では、ダンテ。貴方の目的は元の世界への帰還ということですか?」
「いいや、それは違うな。俺の今の目的は桜、お前を守ることだ。聖杯に願うことは何もないさ」
 桜が再びダンテに視線を戻すと今度はダンテと目があった。綺麗でまっすぐな瞳だった。
「俺はあくまで従順な下僕(サーヴァント)だと考えてくれて構わないさ」
 最後に茶化すようにそう締めてダンテは二コリと微笑んだ。それに桜も「はい」と笑みを返した。
「さて正式に契約を結んだんだ。俺の力について説明しておくことにしよう」
「そうですね。お願いできますか?」
 最低限伝えておかなければならないことは、自分がどんな戦闘をするかということ。ダンテはそう考えていた。なにしろ桜は自分が闘っているところをいまだに見たことがない。それではサポートも何もできはしない。ダンテとしては最初から自分一人で戦うつもりでいたが、自分のサーヴァントの力も知らないではマスターが心配する。
「俺の英霊として与えられた能力は三つだ」
 最初にダンテはそう前置きをした。そして、それぞれについて簡単に語り出した。
 まず、第一に『戦闘形態・変更(スタイル・チェンジ)』。様々な武器を扱うダンテに与えられた、扱う武器によって能力値を変動させる能力。元はライダーというクラスで現界したダンテがセイバーと剣技を交えたり、キャスターと遠距離での戦闘を演じたりできるのはこの能力によるものだ。一方で常に魔力を消費し続けることになる。また、あくまで一時的に能力を増加(ブースト)させるその場しのぎだ。
 第二に『連撃補正(スタイリッシュタイム)』。相手に一方的に連撃を加えることでその威力や速度が増していくというもの。これは一度攻撃が途切れれば元に戻るドーピングに他ならない。発動中は現在の能力補正値を表す文字が現れる。
 そして最後に『詠唱破棄』。真名を口にすることなく真名解放を行うという離れ業だがダンテにとっては宝の持ち腐れである部分が多い。まずダンテ自身、自分の力について隠すつもりはないし、なにより真名を知られたところでダンテの生い立ちを知るすべはこの世には存在しない。必要がないのにも関わらず宝具の名を叫ぶのは力を隠すつもりがないことの表れでもある。またもとよりダンテは宝具を現界させるために詠唱および魔力を必要としない。逆にこのスキルは常に発動し続けている。すなわち常に真名を解放した状態で魔力を消費し続けなければならない。こうなっては呪いに近いと言っていい。
 一通り話し終えたところでダンテは「質問は?」と問うように首を傾げた。桜の返答は早かった。
「能力(スキル)については分かりました。ダンテは具体的にどれくらいの宝具を持っているんですか?」
「ざっと10ってところだ。ただし複数展開はできないようになっているらしい」
 ダンテとしても同時に複数の宝具を展開したとして扱うことはできない。そのため、今のところ同時展開不可の制約は苦に感じることはない。加えてそれぞれの宝具の最大のポテンシャルを引き出そうとするならば戦闘形態(スタイル)を合わせるのが効果的だ。効果的なスタイルが分かれる宝具を同時に扱うのは手間だった。
「もう一つ。宝具を使用するのに魔力を用いないというのはどういうことでしょう?」
「ああ、それはこいつらが武器ではなく“悪魔”だからさ。俺がしているのは剣の精製ではなく、悪魔の召喚なんだ。そしてもともとこいつらにも魔力が存在する。召喚に応じる魔力は悪魔持ち、召喚後に使用するための魔力は俺持ちなのさ」
 なるほど。桜は頷いた。ダンテの宝具が複数あるのはそれだけたくさんの悪魔を従えてきたためだと瞬時に理解したからだ。悪魔という響きに思うところはあったが、心強い武器であることに変わりはない。 
「分かりました。私から聞きたいのは以上です。夜遅くに連れ出してしまいすみませんでした。先輩の家へ戻りましょうか」
 そう言って桜は立ち上がった。冷たい風が身体を硬くしたようで一度身震いをすると、ダンテのコートをぎゅっと抱きしめる。ダンテは寒くないのだろうか。そう思ったが、ダンテは必要以上に気を遣うことを好まないと最近分かってきた桜は、あえて口には出さなかった。

「____ああ、その前に」
 そんな桜にダンテが背後から話しかけた。桜が振り返る。立ち止まったダンテの姿。その先にあったダンテの真剣な目にドキリと胸が鳴った。ダンテとしてもこの話をするべきなのかは迷うところがあった。だが、聞かないわけにはいかない。
「______桜、お前の中には何が居るんだ?」
 桜の表情が凍った。ダンテは言葉を選ぶように続けた。
「サーヴァントとマスターは魔術回路でつながっている。少し違和感があっただけだが。魔力の底に闇を見た感じだ。思い過ごしならばそれで良いが」
 ダンテは言外に言いたくないならば言わなくてもいいと付け加えた。それを桜は正確に気付いた。続く言葉はすぐには出てこなかった。桜自身には自覚症状は無かったからだ。自分の中に住むものの正体は知っている。そしてそれは桜にとって苦しい重しでしかなかった。
「____私は、心の中に悪魔を飼っています」
 ようやく絞り出したのはそんな曖昧な言葉だった。それが比喩なのか、それとも本当にそれに準ずるものなのか。ダンテにはわからない。だが、アサシンとの戦闘でスタイルチェンジを使ったあの時、そう説明されれば納得してしまうような“どす黒い何か”を桜の魔力の底に感じたのも事実だった。ダンテの眉がピクリと動く。
桜は敏感にそれを感じた。桜にとってもこの事実は小さくない悩みだった。もしも自分が聖杯戦争に参加する中で魔力を消耗し、この心の底にある闇に飲み込まれてしまうことになれば、シロウや凛だけでなく周りのすべての人々に災厄を振りまくかもしれない。もしそうなった時は、否、もしそうなりそうになった時はと考えたのは一度や二度ではない。そして、その役割を誰に頼むのかと。だがダンテになら、このサーヴァントになら任せられると心から思った。桜は静かに言葉を絞り出した。
「もしも私が悪魔に支配されることになったら、ダンテ、貴方は私を狩ってくれますか?」
 それは懇願だった。悲しいまでの嘆願。ダンテは口を開こうとするが一度出そうとした言葉を飲み込んだ。
「分かった。約束しよう」
 結局、短くそう答えた。桜が疲れたような笑みを向けた。その中に確かな安堵が混じることがダンテには辛くてならなかった。
「_____だが、俺がいる限りはそいつが顔を出すことは無いさ。
 なんせ俺は、悪魔も泣き出すような悪魔狩り(デビルハンター)だからな」
 重い空気を吹き飛ばすようなウィンク。しっかりと確かめるように頷く。そして分厚い手が任せておけというように桜の頭を撫でた。それが今ダンテにできることだった。桜は驚いた表情で暫くの間、ダンテを見つめていた。ダンテがもう一度微笑みかけた。寂しい夜空に月と星が顔を出した。
「___ええ、そうかもしれませんね」
今度の笑顔は曇りのとれた綺麗なものだった。



[40724] 第十一話
Name: カトラス◆cdce3c41 ID:300702e8
Date: 2015/06/29 22:45

 休日だったからというわけではないが、衛宮家の翌朝は遅かった。いつもは早起きのシロウもさすがに疲れが出たのかなかなか起き出さず、遅くまで出歩いていた桜もぐっすりと寝てしまった。朝に強くない凛に至っては言うまでもなくだ。それだけの戦闘だったのだ。三人が休むのも無理はなかった。
 だがこの家に居ついているのはマスターだけではなかった。ダンテは居間で雑誌を読んでいた。居間に姿を現したのはアーチャーだった。
「よう、アーチャー」
「やあ、早いじゃないか、ライダー」
 アーチャーの言葉には、昨日の夜はどこかに行っていたようだが、早いじゃないかという意味が含まれていた。だがダンテに意に介した様子は無かった。読んでいた雑誌から視線をアーチャーに向けた。
「まあ生業上、夜には強いのさ。
 ____しかし、お前から話しかけてくるとは思わなかったよ」
 今度はダンテが含んだ物言いをした。昨日の時点で友好的な接し方をする気は無いという態度を示していたアーチャーが話しかけてきたのだ。ダンテとしては不思議に思うことは当然だった。
「いやなに。これから共闘関係を結ぼうというんだ。あいさつ程度ならば普通だと思うが」
 アーチャーはそう零した。ダンテは思い違いをしていたような気分になっていた。少し不器用なところがあるだけで悪いやつではない。そんな風に認識を変えることになりそうだ。
「…………何が可笑しい?」
 気づけば口元に笑みが浮かんでいたようだ。
「いや、悪い。なぜか出来の悪い兄貴を思い出してな」
 懐かしいと感じているところが確かにあった。此方の世界に来てからやけに昔のことを思うようになった気がする。齢を取ったなとダンテはもう一度目を伏せて笑った。
「ほう、兄か」
 出来の悪いという部分には反応せずに、アーチャーがそう言った。過去の話というのはその英霊の真名につながりかねない。だがダンテにその必要はなかったし、アーチャーの口調からも正体を探ろうなどという意図は感じられなかった。なにしろ此方は名を明かしているのだ。これ以上ないヒント___最早、答えを聞いて思い当たる節が無いというのだから、アーチャーにそんな意図は無いことは当然だった。
 ダンテはその言葉には反応せずにアーチャーの全身を見渡した。アーチャーの目が少しだけ鋭くなる。
「お前の能力。それは剣の複製か?」
 突然の言葉だった。今度はアーチャーについてダンテが口にした。だが、これは真に迫る問いに違いない。ダンテにとっては興味本位の問いに違いないが、アーチャーの英霊としての能力の根底。それを問うたのだ。それはダンテも十分に承知の上だった。だからこそ、アーチャーの表情が変わる前に、
「いや、これはマナー違反か」
 そう言って返答を遮った。今度はアーチャーがダンテの評価を変える番だった。突拍子もないことをするイメージだったが、単なる馬鹿ではないようだ。
「ご覧のとおりさ。生憎と私は君ほど器用ではないのでね」
「弓を使い剣を使い、果てには盾まで持ち出す弓兵がよく言う」
 アーチャーが否定でも肯定でもない返答をした。だが皮肉を混ぜるのはダンテが一枚上手だったようだ。敵わんな。そう感じたアーチャーはそれ以上会話を続けようとしなかった。気まずげな雰囲気。だが両者の沈黙はそう長くは続かなかった。

「………あのう、おはようございます。ダンテ、アーチャー」
 何かあったのだろうか?そう恐る恐る二人に声をかけたのは桜だった。
「ん、ああ、おはよう」
「おはよう、桜。よく眠れたか?」
 アーチャーもダンテも桜の挨拶に応じた。対する桜は和やかに笑みを見せる。
「先輩_____衛宮先輩と遠坂先輩はまだ起きていらっしゃらないですか?」
「ああ、今日はまだ見ていないな。君は寝ていなくていいのかい?」
 アーチャーが気遣うような言葉をかける。だが、桜は静かに首を横に振った。
「いえ、昨日はダンテが頑張ってくれただけで私は何もしていませんし………。
 それに先輩方が起きてくる前に昼食を作ってしまおうかと思いまして」
 そう言って部屋にかけられた時計に目をやった。時刻は11時を少し回ったころ。これから作り始めたのであれば確かに昼食に違いない。
「ああ、そうか。では、私も手伝おう。得意とまではいかないが、多少の心得はあるつもりだ。」
 桜が驚いて目を張った。まさかサーヴァント(しかも敵陣営のサーヴァント)と共に食事の準備をするとは思っていなかった。視線が自然とダンテを向いた。ダンテは笑っていた。
「良いじゃないか。手伝ってくれるって言っているんだから言葉に甘えたらどうだ?」
「なにを言っているんだ、君は?調理を手伝えとは言わないが役に立つことはあるだろう」
 おいおい。ダンテはそう漏らす。今度はダンテが桜を見た。桜は此方を気遣うような視線を向けていた。本当に良いのだろうかと。
_____どうやら自分はこの目に弱いらしい。観念したようにダンテは立ち上がった。
「とっとと作って旨い飯をたべるとしよう」
 先頭に立って台所へ向かったダンテに続く形で、三人は部屋を後にした。

◇◇◇

「_____で、こんなに豪勢な昼食が出来上がるわけ?」
 テーブルの上には所狭しと皿が並べられている。昼食にしても遅めの食事の席で凛が桜にそう言った。隣ではシロウが忙しく皿に手を伸ばしている。
「それはですね……」
 桜は申し訳なさげにアーチャーを見つめた。アーチャーはやれやれと言った様子だ。
 三人で昼食を作り始めたのは良かった。最初は三人で分業し、桜とアーチャーが調理を、ダンテが出来る範囲での手伝いをしていたはずだった。だが、ダンテに下処理を任せたところで予定が狂った。どうせたくさん食べるだろう。そう言って予定よりも多くの野菜や肉を準備してしまったのだ。コツをつかんだのか、あっという間にやってのけたダンテに桜とアーチャーは制止する暇を与えられず、結果的にすべての食材を調理しきるのに二時間以上もかかってしまった。
 そんなダンテはというと片手で悠々とピザトーストを食べている。食材の使い道に困った桜が、ダンテの好物を聞いたところ返ってきた答えがピザだった。ケチャップと野菜を少々、あとは肉とチーズを乗せただけの簡単なものだったがダンテは大いに気に入ったようで、むしゃとむしゃと音が聞こえてきそうなほどに大口を開けて頬張っていた。
 大口を開けてという意味ではこちらも負けていなかった。セイバーは行儀よく座るその姿勢とは裏腹に、目を輝かせながらあちらこちらに箸を伸ばしていた。
「ああ、桜。これはおいしい。この料理は何というのでしょう?」
「それは肉じゃがという料理ですね。気に入って貰えたようですよ」
 そう言った桜の視線はアーチャーへと向かっていた。何を隠そう、この肉じゃがを作ったのはアーチャーだったからだ。良かったですね?と目をむけた桜にアーチャーはフムと考えるような仕草をした。
「いや、君の教え方が良かったのだろう」
 そうは言うものの、口元には確かに小さな笑みが浮かんでいた。完璧と言わざるを得ない味付けに多少面食らったのは桜も同じだった。

◇◇◇
 
「____さて」
 そう前置きをして話を始めたのは凛だった。食卓にあれだけ並んでいた料理はほとんどがセイバーの胃袋に格納され、机の上はお茶とお茶請けを残すのみとなっていた。食器の片づけは、自分がやると言って聞かなかったシロウと料理を用意させたことに居心地の悪さを感じた凛が受け持ち、それも一区切りを終えたところだった。
「確認するけど残るサーヴァントはランサー・バーサーカー・アサシンの三騎。私たちの当面の目標はバーサーカーの撃破よ。今持っている情報を整理して対策を練りましょう」
 面々が静かに頷く。シロウにしても凛にしても、ランサーには小さくない借りがある。できれば正々堂々とした決着をつけたいところだ。そしてそれはセイバーにも異論はなく、アーチャーは最大の脅威の排除を優先することに文句は出さなかった。
「ああ、それだが一つ良いか?アサシンだが実はもう倒した」
 唯一、口を開いたのはダンテだった。全員の注目が集まる。凛は呆然とし、シロウは目を見開いた。両サーヴァントもさすがに驚きを隠せない様子だった。ダンテは右手の親指と人差し指で顎を挟むように掻いた。
「もともとあいつはキャスターの呼び出したサーヴァントだったんだ。キャスターを倒せば長くは持たずに消える筈だったが。少しばかり因縁が出来ちまってな。昨日のうちにケリをつけてきた」
 何でもないように言うダンテだけが妙にその場の空気から浮いていた。桜だけが昨日の“野暮用”の内容に思い至り心の内で納得したように頷いた。
「…………じゃあ、なに。私たち以外にはもうランサーとバーサーカーしか残っていないわけ?」
 凛が確認するようにダンテに問いかける。「そういうことだろうな」とダンテが頷き返した。
「____呆れた。ここまで二騎のサーヴァントが脱落。そのどちらもが貴方の力なんてね」
 凛は頭を抱えるように笑った。二騎のサーヴァントを屠った強者。それが敵ならば対策を練る必要があるのだろうが、少なくとも現時点では心強い味方以外の何物でもない。加えて凛とシロウはダンテの戦いを一度見ている。あの時は敵だったが、その力が口だけのものでないことは十分に理解していた。
「では私たちはバーサーカーだけに集中すればよいということですね」
 セイバーが確認するように口を開いた。一度剣を交えたからこそ分かるバーサーカーの力量。紛れもない大英霊の風格。そんな敵を相手どるのだ。周りに気を配ってなど居られない。アサシンが脱落したとなれば戦闘の隙を突かれるという心配もなくて良い。さらに此方には心強い協力者(サーヴァント)が二騎。これ以上ない条件でバーサーカーを相手にできることは明らかだった。
「バーサーカーについて分かる情報を共有しておきましょう」
 セイバーの確認を受け、凛が再びバーサーカーについて話題を戻した。確認できていること。その正体は大英霊ヘラクレス。これは先の戦闘でイリヤスフィールが明かしたことだ。その言動からもバーサーカーへの自信が見て取れる。扱う武器は巨大な大剣。その一撃の重さはセイバーがその腕で実感している。
凛の解説に各人がなるほどと情報を整理する。
そして、不死の類の力を持つこと。これについては間近で見たセイバーが直接言及した。
「手ごたえは確かにありました」
 そこで一度言葉を切ったセイバーは自分の両手に目を落とした。その手には間違いなく愛剣がバーサーカーを切り捨てた感触が記憶されている。
「…………不死であるのではなく、死んでも蘇るというのが正確かと思います」
 場を沈黙が支配する。不死をどう相手にしてよいのか。三人のマスターは言葉なく俯いた。代わりにそれまで黙っていたアーチャーが口を開いた。
「奴の宝具がその強靭な肉体と不死の力だというのなら、不死の力には限界があると思うが」
 ハッと顔を上げたのは凛だった。アーチャーの言わんとするところを理解したからだ。如何なる大英霊にも最期の時はある。いや、あった。つまり不死などということはあり得ない。敵が何者であるか知ることは、すなわちその死に様を知ることだ。このアドバンテージを見逃す手は無い。
 他の面々もアーチャーに目をむけた。続く言葉への期待が各々の眼差しに見て取れた。
「奴の正体はヘラクレス。神話において“十二の試練”を果たしたギリシャ神話最大の英雄に他ならない。ならば奴の命は12あると考えるべきだろう。セイバーの聖剣でそのうちの一つを失ったとすれば残りは11。すなわち、11度奴を討ち果たすことが適えば勝利といったところだろう」
 成程。納得した表情のシロウと反対に凛とセイバーは表情を引き締めた。アーチャーが口にしたのは弱点ではなく脅威だった。あの怪力、あの速度。一度斬るのが精いっぱいだった相手を前に11という回数は途方もない数字だった。


「_______あら、其処までたどり着いたのね。流石は凛のサーヴァントっていうところかしら」


 家の外から聞こえたのは場違いな笑い声。しかし確かに聞き覚えのある声色。背筋が凍るのを押さえつけてシロウと凛は目をむけた。
「こんにちは、シロウ。私たちの事を話してたみたいだから出てきちゃったわ」
 白。視界に飛び込んできたのは他でもない。
 _____イリヤスフィール・フォン・アインツベルンだった。



[40724] 第十二話
Name: カトラス◆cdce3c41 ID:300702e8
Date: 2015/07/10 23:30
 凛は自身の事を一流の魔術師と自負していた。それは遠坂の家系に生まれた自身への鼓舞であり、また事実同年代の魔術師の中では頭一つでは足りないほど秀でている事実だった。
 それが、たった一人の少女。齢は自分よりも下。白いロシア帽に白いコート。街で同じ風貌の少女に出くわしたなら、思わず頭を撫でてやりたくなるような容姿。
そんなたった一人の少女に凛は思わず怯んでいた。金縛りではない。寧ろ感覚は活性化している。一瞬の硬直。体の自由が失われ、全感覚が彼女に集中する。
 セイバーとアーチャーが割り込むように三人のマスターを庇った。だが、少女は不満そうに頬を膨らませた。
「今日は遊びに来ただけよ。私は構わないのだけれどここでやり合うのは貴方達にとっても好ましくないんじゃない?」
 イリヤは不機嫌そうにそっぽを向くと今度は頬を膨らませてそう零した。
 その言葉にも凛とシロウは緊張を崩さない。アーチャーとセイバーは主の指示を待っている。桜は少しの隙も見せないように身構えた。そして、ダンテだけが何でもないように縁側を降り、イリヤの元へと歩み出した。
 その場に居た全員が驚き目を張った。そして困惑しているのはイリヤも同じだった。だがそんな空気もお構いなしにダンテはイリヤの元へ進む。一歩、また一歩と進み、遂にはイリヤの眼前までたどり着いた。
 そしてダンテは、あろうことかイリヤの前で膝を折った。その小さな手を取り、額をつける。
「何をして遊びましょうか、お嬢さん?生憎、俺たちは今しがた食事を終えてしまってね。どこかへ出かけましょうか?ようこそ、歓迎するよ」
 そう言ってイリヤの手を離した。毒を抜かれたのは凛たちだった。セイバーが姿勢を崩し、しばらくしてアーチャーも同じように待機の体制を解いた。マスター三人は何事かとまばたきを繰り返すばかりである。
「本当に?私、公園に行きたいの!シロウお兄ちゃん達も一緒に行きましょ!」
 ただ一人、イリヤだけは笑顔を弾ませた。その様子を見たシロウは、凛、桜と順に顔を見合わせ、勢いに流されるようにこう言うしかなかった。
「………あ、ああ」

◇◇◇

 セイバーとダンテ、そしてシロウ、凛、桜。さらにイリヤを加えた一行は冬木の公園へと場所を移していた。昨晩訪れた時とは随分と雰囲気が異なる。そう感想を抱いたのは桜とダンテだった。人通りもあれば、小さな子供も遊んでいる。そんな中に場違いさを否めない一行の姿があった。アーチャーだけは実体化を解いているが傍らにいるのは間違いない。
図らずしも倒すべき敵と時間を共にすることになった一行だったが、思いのほか早く打ち解けることになった。
 意外なことに先だってイリヤの相手をしたのはダンテだった。
「ねえ、ダンテ。わたし、向こうの遊具で遊びたい」
 そうイリヤが言えば、
「良し、俺が背中を押してやろう」
 そう言ってイリヤの後ろをついて行き、ブランコに乗った背中を押してやるほどである。兄妹、あるいは親子を感じさせる二人の雰囲気に三人のマスターも警戒を解いた。何よりも本当に楽しそうに遊ぶイリヤに今すぐ剣を向けようと考えるマスターはこの場には居なかった。唯一、アーチャーはバーサーカーが出現したときに備えていたようだったが、暫くするうちに凛が指示して止めさせた。
 イリヤの方もまるで別人のように無邪気にはしゃぎ、先日の戦闘の時に感じた殺気どころか、威圧感さえ感じさせない。闘う気がないというのは、その気にセイバーが気付かない時点でどうやら本当のようだった。

 そう長い時間でない。一時間か二時間。高く上っていた太陽が夕日に変わる頃、走り回っていたイリヤは足を止め、小さくつぶやいた。
「………楽しい。本当に楽しい」
 凛が、シロウが、桜が、イリヤを見た。彼女はイリヤスフィール・フォン・アインツベルン。アインツベルンが作ったホムンクルスの最終形。年相応の楽しみなど、誰も教えてはくれなかった。そして、それはイリヤにとって憧れてやまない物だった。
 だが、その表情は曇ってゆく。はしゃいでいた年相応の表情は顔をひそめ、悟ったように悲しみが瞳に宿る。そして悲しみと共に手に入れた力が、強者の風格がにじみ出る。
「もう戻らなきゃ。じゃないと今日、闘うことになる。今日は、この楽しい思い出と一緒に眠りたいの」
 それは彼女の懇願だった。イリヤが三人のマスターの方を向く。そして、セイバーとダンテに視線を向けた。スカートのすそを少しだけ持ち上げると軽く笑顔を作る。
「明日の晩、アインツベルンの城に貴方達を招待するわ。バーサーカーとそこで待ってる。出来うる全ての準備をしていらっしゃい。それでも、私のバーサーカーは最強だけどね」
 瞬間、緩和していた空気がピリリと張り詰めた。紛うことなき宣戦布告。そしてそれは最大の敵との決戦となるだろう。
 イリヤが背を向けた。一歩、二歩と歩き出す。
「家まで送ろうか?」
 その背中にダンテが短く声をかけた。
「ううん、いいの。貴方のおかげで楽しかったわ。誘ってくれたこと、感謝してるわ」
「………そうか。俺も招待、感謝してるぜ。明日また会おう」
 小さく振り返って礼を述べたイリヤに、ダンテもまた礼で返した。そして再会を約束する。
 それがどちらかの陣営が脱落する瞬間を意味していたとしても。

◇◇◇
 

 聖杯戦争の脱落者は大きく分けて二つの道をたどる。一つはすなわち死。敗北の先にある、もっとも妥当な結末である。もう一つが逃げ、隠れ生き延びること。そして、その安全を保障するのも協会の務めであった。
「なあ、言峰―っ!!
 僕に相応しいサーヴァントはいないのかよ‼?」
 そして、今日その協会の扉をたたいたのは脱落した陣営のマスターではなく、サーヴァントを失ったマスターだった。慎二は言峰の姿を認めるなり、そう怒鳴りつけた。声にはかなりの怒気を含んでいる。
 その理由は、今日の朝知らされたある事実からだった。その内容は自分と契約を切ったダンテが桜のサーヴァントに戻ったこと。そして何よりも自分を仲間に加えなかったシロウと凛が、桜を仲間として迎え入れたということ。腹を立てた慎二の行動は至って簡潔だった。
 その事実を知らせた祖父臓硯を怒鳴りつけ、監督役たる言峰にシロウと凛に対する報復のためのサーヴァントを手配させようというのだ。通常、そのような虫のいい話が通るほど甘くは無い。サーヴァントの取り換えなど簡単にできるものではない。
 だが、言峰が口にしたのは意外な一言だった。
「ちょうど良い、少年。実はここにマスターを失くした最強のサーヴァントが一騎いるのだが。君にこそ相応しいと思わんかね?」
 そしてそれは慎二が期待した一言だった。言峰の紹介に続いて現れたのは金色の鎧をまとったサーヴァントだった。だが、慎二は見向きもしない。言峰の最強のサーヴァントがふさわしいという一言に酔っていた。慎二がサーヴァントに気付くまで暫くの時間を要した。だが、その姿を認めた慎二は目を輝かせた。
「良いじゃん、良いじゃん。強そうじゃん。これこそ、僕に相応しいって感じがするよね。あんな薄穢いサーヴァントじゃなくてさあ!」
「気に入って貰えたなら幸いだ。このサーヴァントこそ原初にして最古の英霊。英雄王ギルガメッシュ。まさに君に相応しいサーヴァントだろう」
 言峰の言葉にすっかりその気になった慎二をギルガメッシュは静かに笑っていた。そして、言峰もまた、慎二には悟られぬように口元を吊り上げていた。
「そうと決まれば、ギルガメッシュ。今すぐにぶっ殺してほしいやつらが居るんだ!」
 慎二は頬を上気させながらそう言った。
「別にお前にも無関係な話じゃない。その相手ってのがセイバーとアーチャーとライダーのマスターなんだけどさ…………」
「慎二。それよりも聖杯が欲しいのだろう?ならばそんなもの捨て置け。
 先に手に入れておくべきものがある。」
 言葉を遮られた慎二が不満げな表情を作る。しかもサーヴァントを手に入れた一番の理由を蔑ろにされたのだ。
「なあに、心配するな。それが済めばお前の余興にも付き合ってやろう」
 その不満を感じてか感じずにか、ギルガメッシュは先にそう付け加えた。
「…………それで、その手に入れるべきモノってのは何なんだ?」
 一応の承諾を得たことで少しばかり機嫌を直した慎二は、不敵に笑うギルガメッシュにそう問いかけた。それに対して、ギルガメッシュはさらに笑みを深めた。
「____聖杯の器だ」

◇◇◇

 翌日の夕刻。衛宮邸はいつにもまして静かだった。各々がこれから始まる決戦に向け準備を整えていた。シロウは魔術の準備をしているだろうし、凛は宝石をかき集めていた。
 そして桜は自室で静かに精神を落ち着かせていた。窓から見える沈みゆく太陽を物憂げに眺めていた。夕陽を浴びる桜の横顔をうかがって、ダンテは静かに歩み寄った。
「心配事でもあるのか、桜?」
「____いえ。大丈夫です、ダンテ」
 大丈夫___には見えないんだがな。ダンテは心の内だけでそう零した。振り返った桜の表情は相変わらず硬い。やれやれ。ここで自分が下手に気を遣えば、桜はそれ以上に自分に気を遣うことだろう。困ったものだ。と、そう考えたダンテは、桜の調子を取り戻させる役を他の者に任せることにした。
「桜、悪いがシロウに伝えておくべきことを思い出した。土蔵へ行かないか?」

 シロウは土蔵の中で一人、瞑想していた。思考を束ね、感覚を研ぎ澄ます。強化のために必要な集中を一瞬で発揮するために。より深く、より強く。サーヴァントの一撃は防げないまでも、足手まといにならないために。
「おい、シロウ。少し邪魔するぜ」
 その集中は、ダンテによって打ち切られることになった。がらりと音を鳴らしながら入ってきたダンテは遠慮なく土蔵の中を見回しながらシロウの元へと歩み寄って行った。
「あの、先輩。失礼します」
 その後ろで桜が控えめに顔を出した。こちらは申し訳なさそうな表情を崩さずに、ダンテの数歩後を追ってシロウの元までたどり着いた。
「ライダー、それに桜も。どうしたんだ?」
 シロウは集中していた強化を止め、土蔵の地面に手にしていた木刀を下した。
「………強化か。お前の魔術は強化だけか?」
 ダンテが木刀を見つめ、そのあと、シロウに問いかけた。
「……いや。元は投影の魔術だったんだけど、爺さん、俺を育ててくれた人がそれじゃ意味がないって。俺には投影を扱えなかったんだ。それで強化にしておけって」
 ふうん、という風にダンテは二度うなずいた。シロウはダンテから視線を外さない。桜が二人の顔を順番に見つめ、心配そうな表情を浮かべた。
「その魔術。極めればもしかして大きく化けるかもしれないな」
 ダンテが漏らす。それをシロウはまっすぐに受け止めた。突然の賛辞。驚いた部分が大きいが、英霊の一人に魔術をほめられたことへの喜びがシロウの中で湧き上がる。
「ああ、頑張るよ」
 シロウは素直にそう返していた。ダンテが満足そうに頷く。そして、シロウの肩を叩いた。顔を耳に寄せ、桜には聞こえないようにつぶやいた。
「ウチの御嬢様(マスター)が不安がっていてな。悪いが後は任せたぞ」
 ぱちりと大きくウインクを残し、ダンテはくるりと振り返った。
「あ、おい、ライダー」
 背を向けたダンテは振り返ることなく、
「ああそうだ、シロウ。俺のことはダンテで構わないぜ?」
そう言い残し、桜を残したまま土蔵から出ていった。後を追いかけるべきなのか残るべきなのか桜は考えていた。最後にダンテがシロウに何を呟いたかは分からないが、このままシロウの集中の邪魔をすることもないだろう。自分に言い聞かせ、シロウに一言あいさつして土蔵を出ようと振り返った。その瞬間だった。
「まあ、なんだ。桜、少し話をしようか?」
「あ、はい。先輩」
 シロウから話しかけられる。それに驚き、気づいた時には承諾の返答を返していた。

 座っていた場所から半身をずらし、隣に来るように促したシロウに、桜も黙って従った。失礼します、と小さくつぶやいて座った桜にシロウは静かに語りかけた。
「これからの戦い。心配ならここに残ってもいいんだぞ?
 もともと桜は巻き込まれただけなんだ。そりゃ、確かにライダーの戦力がなくなるのは痛いけど、桜が危険に巻き込まれることもないんだぞ」
 桜は黙って聞いていた。そしてシロウが話し終わると口を開いた。
「いえ、良いんです。最初は確かに巻き込まれたのかもしれません。
 でも今は自分で決めたことですから。先輩や遠坂先輩のためにも、私、頑張りたいんです」
 シロウが桜の横顔を見た。その目はまっすぐに前を見ており、二人の視線が交わることは無い。だが綺麗な横顔だとシロウは思った。桜はたまにこういう表情をする。いつもは物腰柔らかな桜だが、決意したとき、譲れないものを前にしたとき。彼女はこの顔をする。
 じっと前を見据えていた桜がゆっくりとシロウの方を向いた。シロウは思わずドキリとしていた。いつも見ているはずの笑顔に見とれていた。口の中が乾き、上手く言葉が出てこない。この時初めて土蔵の前で気配を決して見守っていた男が、微笑みを浮かべて去って行ったことを二人は知らない。シロウは自分の頬が熱を帯びたことを自覚し、それが落ち着くのを待って言葉をかけた。
「そうか。でも、無茶はダメだぞ。いざとなればセイバーやアーチャー、ライダーがいるんだ」
 そこで一度、言葉を切った。そして息を大きく吸い、自分にも言い聞かせるように口を開いた。
「多分、聖杯戦争で一番の山場になると思う。バーサーカーを倒して、全員無事で戻ってこよう」
「はい、先輩」
 桜の澄んだ返事が土蔵に響いて吸い込まれていった。決戦まであと幾時間か。二人マスターの瞳は、決戦に向けて気力に満ちたものに変わっていた。



[40724] 第十三話
Name: カトラス◆cdce3c41 ID:300702e8
Date: 2015/07/23 22:39
 凛は縁側に立って土蔵の方を見つめていた。土蔵の中にはシロウ。そして桜がいることだろう。ただ、二人の邪魔だけはしたくなかった。
「お嬢さんは行かなくてもいいのかい?」
 不意に後ろから声をかけられた。空間が揺れダンテが姿を現す。凛は振り返ると微笑を浮かべた。何かまぶしい物を見るようなそんな表情だった。
「良いのよ、私は。桜にはシロウが必要なんだから」
 遠くを見るようにそう言った凛をダンテは暫く見つめていた。ダンテは思う。彼女は自分の作る笑みの中に寂しさが混じっていることに、きっと気付いていないんだろうと。
「………妹思いなんだな」
 凛がハッとしてダンテを見た。だが、ダンテの方は笑みを浮かべただけだった。
「何、桜に聞いていたの?」
「いいや、ただの勘さ。よく似た姉妹だと思うんだがな」
 凛は少なからず驚きを感じていた。少なくとも今まで誰にも気づかれなかった。それをほんの数日、共にしただけでピタリと言い当てられてしまった。
 そしてそれは凛にとって、本人が気付いているかどうかはともかくとして、本音をこぼすに十分な理由だった。
「____だから、尚更よ。桜の幸せを願う気持ちはだれにも負けないわ」
 今度の笑みは寂しさを含んではいなかった。それは彼女の本心なんだろう。ただまっすぐな心。あるいは願い。それが表情に出ていた。姉妹揃って本当に良い女だ。ダンテにはかける言葉が無かった。
 凛は話は此処までというように歩み出した。無言のダンテの脇を通り部屋の奥へと歩き出す。だが、すれ違って二三歩と進んだところで不意に立ち止まった。
「それと、私の事は凛で良いわ。そのお嬢さんっていうの、くすぐったいからやめてもらえる?」
 振り返り見せたのは大人びた笑み。それを見たダンテは、
「ああ、了解した、凛」
 そう短く返した。満足そうに頷いた凛は再び身を翻し、屋敷の奥へと消えていった。
「淑女(レディ)にお嬢様(プリンセス)は失礼だったか」
 そんなダンテの呟きだけがその場に残された。

◇◇◇

 冬木郊外の森。その奥にイリヤの住まう城は佇んでいる。周りの森には侵入者を阻むように木々が生い茂り、それに加えていくつかの“仕掛け”が人を寄せ付けない。故に日が沈もうかという時間であるにも関わらず、辺りは静まり返っていた。
「………おかしいわね。もう少し、なにかしら罠があっても良さそうなんだけど」
 先頭を歩いていた凛が小首を傾げた。何しろ聖杯戦争のための城塞とでもいうべき代物なのだ。こちらは3名のマスターに3騎のサーヴァント。その侵入を感知できていないはずは無い。
「おいおい、ちょっと神経質になり過ぎじゃねえか?向こうが招待してくれてるんだ。これで何かあると疑う方がおかしいだろ。気を張り過ぎて、戦う前にバテるなよ?」
 凛のすぐ後ろを続いていたダンテが軽い口調でそう言った。そのさらに後ろで凛の反感を買うのではないかとヒヤリとしたのはシロウと桜だ。だが、凛は“それもそうかもしれないわね”と零すにとどまった。それを見たアーチャーが怪訝な表情を浮かべる。いつの間にか自分の主はダンテとそれなりの信頼関係を築いたようだ。
 一行は警戒をしないわけでもなく、不要に過敏になるわけでもなく城の門までたどり着いた。ほとんど約束の時間どおりだ。
「………お待ちしておりました」
 突然かけられた声に、3騎のサーヴァントが同時に自分の主を守るべく体を割り込ませた。門の両脇。そこに二人の女中が控えていた。
「ホムンクルスか」
 凛が即座にそう判断する。だが、二人の女中が返答を返すことは無かった。
「………中へ。イリヤが待ってる」
 二人は邪魔をする気配は一切見せず、逆に門を開き入ることを促した。その言葉にまずダンテが前へと進み続くように凛、アーチャー、桜、シロウ、最後をセイバーが順に門を潜った。
 屋敷の中を進む。豪華なシャンデリア。飾られた絵画の数々。煌びやかな装飾の中に確かに感じるのは寂しさ。あるいは悲しみ。これだけ大きな屋敷にほんの数人の侍従と暮らすイリヤはどれだけの寂しさを抱え込んだのだろうか。ダンテだけがそんなことを考えていた。
 やがて一際大きな扉が現れた。その中から感じる巨大な魔力。そして圧倒的なまでの威圧感。先頭を進んでいたダンテが振り返る。
「さあ、大一番と行こうか‼‼」
 そう皆に声をかけると、扉に手をかけた。
 重い軋み音が響き、その奥にバーサーカーとイリヤが姿を現した。
「待ってたわ。さあ、殺し合いましょうか?」
 膨れ上がった魔力。全身から輝きを放つ魔力回路。最強のサーヴァントと最強のマスターが戦闘開始の合図を寄越した。

 ダンテたちの策は至ってシンプルだった。可能な限り1対3の戦闘に持ち込む。範囲の大きい攻撃をするときを除いて、基本的にダンテの担当は攪乱。接近戦でバーサーカーの気を引き隙を作る。スピードでは3騎の中でもっとも速いダンテの攪乱に合わせて、アーチャーが長距離で、セイバーが状況に応じた攻撃する。効果範囲(レンジ)の異なる武器を持つゆえの策だった。
 対するバーサーカーの動きも単純にして明快。剣は払い、銃弾は防ぎ、矢は叩き落とす。それができるだけの力がバーサーカーにはあった。加えて速い。単純に速度で勝負するにしてもダンテをもってして、圧倒するには速度不足だ。
 ダンテが今、手にしているのは双剣“アグニ・ルドラ”。打撃で勝負するわけにもいかず、近距離での攪乱という意味ではこれ以上に適した武器は無い。勿論、ダンテも隙あらば致命傷となる一撃を狙っている。だが敵は11度殺さなければ倒れない。ならば、最優先となるのは数的有利を守り続けること。最後の手段として魔人化(デビルトリガー)はあるにはあるが、桜の魔力の事を考えると使いたくは無かった。何より悪魔である自分の魔力が、桜の中に住むという“悪魔”に干渉しかねない。
「セイバーッ!」
 アーチャーの短い指示が飛ぶ。ダンテがバーサーカーの斧剣を弾き上げたのに合わせて、アーチャーが弓を放ったのだ。バーサーカーが体制を崩す。その弓を追うようにセイバーが突撃。入れ替わるようにダンテが退く。
「約束された―――――勝利の剣(エクスカリバー)」
 斬り上げと同時にその宝具の名を鋭く叫ぶ。眩い光があたりを包む。光の奔流はやがて勢いを失くし流れるように消えていった。
それと共にバーサーカーの膝が落ちる。巨体が地を揺らし、バーサーカーの上体がぐらりと揺らいだ。だが、次の瞬間にはその瞳に戦意が戻る。地面を叩くように手をつくと跳ね起きる。
「………なるほど、本当に不死ってのはチートが過ぎんじゃないか?」
 前線に戻ったダンテが苦笑と共にそう漏らす。だが、確かに一つ削った。此方に目立った損害は無い。攪乱というのはガラではないと自覚するダンテだが、桜の魔力に気を遣った状態で単身挑むのは得策でないと理解していた。
 次の好機はすぐに訪れた。バーサーカーの動きが変わったのだ。バーサーカーはアーチャーに気を配りつつダンテとセイバーを相手どっていた。それが今はセイバーを無警戒(ノーマーク)だ。あるいはダンテを最大の脅威と認めたのか。
今度は誰も指示を出さなかった。戦場に出ているものだけが感じる勘。それが三者の動きに統制を与える。ダンテはバーサーカーの右手に迂回。それに対応すべく斧剣を振り上げたバーサーカーをアーチャーが狙う。バーサーカーは瞬時に対応。振り上げた斧剣を盾に使う。牽制のための威力よりも速度に重きを置いた弓だ。気を逸らす程度にしか役に立たないだろうが、バーサーカーの対応を引き出すことはできた。続いて二丁拳銃を手にしたダンテがそれらを乱射。狙いは目晦まし。そしてそれは容易く成し遂げられた。立ち上る土煙。目に向かう銃弾に対応するバーサーカー。それを確認して三歩、四歩とバックステップ。視界を取り戻すべく土煙を振り払ったバーサーカーの眼前にセイバーが現れた。
 再び聖剣に魔力が溢れ光を宿す。
 違和感。
 それを抱いたのはダンテだけではない。だが、その意味に気付いたのはダンテが一番早かった。
「退け、セイバー‼‼
 そいつにはもう聖剣は効かないッ‼‼」
 この時はじめてバーサーカーの瞳にセイバーの姿が映った。だがそれは防御の姿勢を取るためではない。バーサーカーは宝具の発動を無視。代わりに斧剣を振り払う。セイバーは確信していた。私の方が速い。
 それは間違いではなかった。間違いではないが、届いたその剣はバーサーカーを切り裂くことは無かった。逆に届いたのはバーサーカーの一撃。砲丸のようにセイバーの体が吹き飛び、部屋の壁に当たり止まった。
「セイバーッ‼‼」
 シロウが叫びをあげる。
「おいおい………、まさか一撃につき獲れる心臓は一つまでなんて制限つきかよ」
 バーサーカーを相手どるだけの強力な一撃となれば、如何に英霊とはいえそれは必殺の一に他ならない。残る心臓は10。バーサーカーに追撃に出る様子は無い。それはマスターであるイリヤの余裕を体現するかのようだった
 ダンテはやれやれと首を振った。桜への負担をかけたくないとは言っていられなさそうだ。振り返るとアーチャーに指示を出す。
「アーチャー、隙を見て最低限の援護を頼む。悪いが桜、少し魔力を借りるぜ」
 そして桜に許可を求めた。桜は黙ってうなずく。それを確認したダンテは二つの力を解放した。
「連撃補正‼‼(スタイリッシュタイム)
 戦闘形態・変更(スタイルチェンジ)____trickster」
 ダンテの頭上に“D”の文字が浮かび上がった。連撃補正は正確には結界に近い。内部に存在する者のポテンシャルを引き上げる結界を自身の内部にのみ形成している。ダンテは背負っていたリベリオンを抜いた。
 大きく跳躍。合わせるようにバーサーカーも跳びかかった。邂逅の前に“前方へ高速突き(スティンガー)”。バーサーカーの剣を掻い潜りつつ懐に入る。
「無駄よ、バーサーカーにそんな一撃は効かないんだから」
 イリヤが笑みを作る。しかし、ダンテの本命はスティンガーではない。
「Million Stab!!」
 繰り出すのは無数の突き。だがそれも大きなダメージにはならない。代わりにバーサーカーも素早い連撃の前に反撃を放てずにいた。
 
_______C
 
 ダンテの頭上の文字が切り替わった。それと同時に何かに気付いたようにバーサーカーがダンテを無理やり振り払う。ダンテはニヤリと笑って距離を取った。
 距離を取ったバーサーカーの胸は深く抉られていた。だが確かな感覚は無い。心臓一つには届かなかったようだ。
「ギアの温まっているうちに次に行くか‼‼」
 ダンテはリベリオンを背に戻した。
「Sword Master‼‼」
 そして、手の内に一本の刃を呼び寄せる。光が結んだ像は長く伸びる剣。否、野太刀。
 それはダンテの歩んできた道そのもの。敵を倒し、それを力にする。その刃の名は“物干し竿”。手にした剣を前にダンテはニヤリと笑った。
「お前の人生をかけた剣戟。あの大英霊に通じるかどうか、試してみようじゃねえか」
 ダンテは半身に構え物干し竿を肩の高さまで上げた。切っ先をバーサーカーに合わせる。そして挑発するようにウィンクした。バーサーカーは突撃。猛々しく地を揺らしながら、まっすぐにダンテを目指す。
「秘剣___燕返し」
 ダンテはアサシンと同じように静かに呟くとその剣を繰り出した。一の剣は三に分かれ、バーサーカーに迫る。剣技の究極ともいえるその剣戟の一つはバーサーカーの勢いを殺し、残りの二つは心臓へと至った。
「■■■■■■■■■」
 バーサーカーが声にならない雄たけびを上げる。ダンテはバーサーカーの巨体を蹴って大きく後ろに飛び退いた。
「ハハッ、コジロウ。お前の剣は最高だな‼‼」
 バーサーカーの傷が癒えていく。ダンテはちらりと桜を見た。見た目は平然としている。この程度なら大丈夫か。だがダンテは桜の性格をよく理解していた。もし今自分が、大丈夫かと声をかけても、桜は大丈夫だと答えるだろう。それがいかに我慢していてもだ。それが分かっていたからこそダンテは桜に向けてこう叫んだ。
「桜、一気にいくぜ!」
 桜は両手を胸の前で握り合わせ、祈るように頷いた。
 バーサーカーが身を起こす。理性を失ってはいるにしては、その行動は慎重だ。ダンテがそう感想を抱いた時だった。
「………良いわ、バーサーカー。私たちの本気を見せてあげましょう」
 イリヤが静かにそう言った。広い部屋によく通る澄んだ声だった。瞬間、彼女の魔力回路が熱を帯びる。全身に張り巡らされた回路は魔力を急激に循環させる。そしてバーサーカーが再び雄たけびを上げた。
「やっちゃえ、バーサーカーッ‼‼」
 突進。バーサーカーが行ったのはただ的に目掛けて突撃するという単純な攻撃。それをダンテは辛うじて避けた。バーサーカーは瞬時に旋回(ターン)。宙に身を投げたダンテに襲い掛かる。ダンテのワンステップ目は空中跳躍(エアハイク)。そしてツーステップ目はバーサーカーの剣。二段の跳躍で大きく距離を取った。
 凛が、そしてシロウが顔を青くする。明らかに速度が上がっている。今までの強さで、速さで、強靭さで。バーサーカーは全力を出していなかったのだと悟らずにはいられない。
 アーチャーも苦い顔を浮かべた。ただでさえ軟な宝具では効き目がない。遠距離理からサポートするにしても、この速度で動くバーサーカーに不規則に飛び回るダンテを避けて矢を届かせるとなると容易なことではない。
 そして、ただ一人。ダンテがけが笑みを浮かべていた。手にしていた“物干しざお”が役目を終えて消滅する。連撃補正が途切れたことを示す“D”の文字が再び宿った。ダンテは右手を高々と掲げた。その先に光が宿り、やがてギターの形を作った。その弦を二度三度と打ち鳴らす。そして決めポーズと共にバーサーカーを指さした。
「本番はこれからってか‼‼
 こっちも温まってきたところさ。そうこなくっちゃな‼‼」
 バーサーカーが地を揺らすほどの雄たけびを上げた。


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.020270109176636