涙子達の妨害で氷華を見失い、ちょっと自信を無くした輝夜が何度も首を振りながら出発しようとした。
「絶対に負けないわ、何としても幻想の命を……あれ、寸前で手が届かずって、難題に失敗した五王子パターンじゃ、いやまさかね……」
そんな輝夜の背を涙子が怒った表情で見詰めていた。
彼女は八つ当たりっぽく小石を蹴った。
コツン
「……あら?」
足元に跳ねた石に輝夜が眉を顰めた。
行く手を阻むように石が飛んで、折角の宝探しに高まった気分を害されてしまった。
少し怒った表情で彼女は振り向くと、それ以上の怒った様子の涙子がまた足元を蹴った。
「……えい、やあ、とうっ」
ぬえの蛇に拘束された彼女がせめてもの抵抗とばかりに、足元の石を蹴っては飛ばし蹴っては飛ばしを繰り返した。
「ちょっと気が散るから……」
「……ああごめん、もう直ぐ済むから」
クレームを入れようとした輝夜に先んじて涙子が言った、彼女はもう一度石を蹴る。
すると高く飛んだそれが行き成り膨らみ、ギロと眼光を輝かせた。
更にそれに合わせて、それまで蹴った石もまた何倍にも膨張する。
ボフンッ
それは丸まって小石に擬態した毛玉だった。
「……え?」
「毛玉ちゃん、やっちゃえ!」
ドガガッ
涙子の言葉に従って毛玉が辺りに弾幕をばら撒く。
手数重視の、その分殆ど狙いすら着けていない多いだけの弾幕が輝夜とぬえの蛇、それに涙子にすら襲い掛かる。
「きゃっ!?」
『うおっ……』
虚を突かれた輝夜達は怯んだが、最初から覚悟していた涙子は動じない。
自ら弾幕に身を晒し自分毎拘束する蛇にダメージを与える。
拘束が弾幕で緩んだ瞬間彼女は強引に抜け出し、弾幕を打ち終わった毛玉の一つを鷲掴みにした。
「負けっぱなしは悔しいからね、後少しだけ……付き合ってもらうよ!」
ズドンと地面に叩きつけた毛玉が派手に弾けて、更に霊気を滅茶苦茶にばら撒いた後消滅する。
それで輝夜達は後退したが、涙子は悪足掻きをまだ続ける。
向うが怯んだ瞬間すかさず手を忙しなく動かし、複雑に印を組んだ後力強く叫んだ。
「東風(こち)吹かば、匂い起こせ梅の花……主無しでも春を忘れるな……『天神の飛び梅』!」
そう言い切った瞬間バアッと白梅の花弁が一面に散る。
その中心で満身創痍だった筈の涙子はニヤリと笑った、彼女の悪足掻きはまだまだ続く。
「……さあ延長戦だよ、月のお姫様!」
真っ白な花吹雪の中で涙子が叫んだ。
幻想の命・十
(……とはいえダメージ、霊力残量共にキツイんだけどね)
叫んだ後涙子は内心でだけ苦笑した、指先や髪の端から少しずつ細かい粒となって消えていっている。
限界に達した妖精初め人外の末路(仮初めの)死ともいえる『一回休み』の前兆だ。
加護を最大にした強化技『零、天神の飛び梅』、その三度の強化のうち一つで消滅の進行を強引に押し止めているに過ぎない。
「(強化は残り二回、上手く使わないと)……月の姫様、大した腕ですねえ、いやあ不覚を取ってしまいましたよ」
涙子は一見素直に負けを認めた、だがその割に目はギラギラと輝き戦意を露わにしている。
彼女はトンと足元を軽く蹴る。
すると、結界が大きく揺らぎ、その構成を滅茶苦茶にした。
「な、何っ!?」
「結界を解除した、だから喜ぶといい……これで『私にとっての』地の利は失われたよ。
さっき負けたからね、弾幕ごっこの敗者として勝者である貴女に何かしないと……」
彼女は言葉の上では負けを認めて、その後彼女は鬼のような形相で輝夜を睨んだ。
「これで弾幕ごっこのルールは守った……それなら、ここから思う存分妨害してもルール違反じゃないですよねえ!?」
「……弾幕ごっこ、曲解してんじゃないわよ!?」
「ははっ、義理さえ果たせば後は自由時間さ……強化、二度目!」
輝夜の突っ込みを無視し、涙子がもう一度地を蹴った。
トンと軽く鳴った後更に結界の揺れが大きくなる。
「きゃっ、今度は何よ!?」
「新たに結界を作り替える……天然の迷宮、私の親しんだ妖怪の山を参考にしようかな!」
「……ええい、させるか!」
慌てて輝夜はその場に手を起き霊気を流し込む、思兼の系譜(関係者の弟子、もしくはそのものの弟子)であることを活かして結界改造に介入する。
二つの霊力が同時に浸透し、結界は混沌とした有り様と成った。
半分は広大な樹海じみた森に渓谷や川、半分は鬱蒼と茂る竹林、妖怪の山と迷いの竹林が出鱈目に混ざり合っていた。
「ふむ……まあ良いか、そっちの地の利は半分程度だし」
「ああもう軽いわね、その半分でもこっちには貴重なのよ!」
擬似的に再現された妖怪の山と迷いの竹林、その境界を挟んで涙子と輝夜が睨み合う。
負けた筈の涙子だったが嫌がらせで大満足の様子で、寧ろ悔しげな輝夜が不覚を取ったようにも見えた。
僅かに溜飲を下げた涙子は気を良くして次へ移った。
「……ふふっ、もう一個くらい保険を掛けとくかな」
そう言って涙子が手を広げ、それに合わせて吹いた風が近くに転がっていたルーミアを舞い上げる。
フワリと浮かんだ彼女を抱き止めた涙子はニヤリと笑った。
「さっきの結界改竄で疲れました、私はここいらで一回休み……それならこの体、この霊力、無駄にするのもどうかなって思いません?」
「小細工はさせないわ、ここで……落ちなさい!」
輝夜は一瞬呪いによる反撃を持つ相手に逡巡し、だが二人に逃げられるよりは行動に出た。
ヒュッと輝夜の放った矢が飛んだ、風を切って突き進む。
そして、ズブと肉を貫く音がした。
「……え?」
「ああ痛いなあ、まあ手間が省けたけど……加護の強化、最後の一回!」
ルーミアを背に庇った涙子が倒れた、彼女は自ら矢に体を晒したように見えた。
貫通し肩辺りまで抉られ片腕が落ちる、余りにも呆気なく彼女は地に伏して、矢を撃った輝夜すら一瞬呆気に取られる。
が、涙子が先程まで立っていた場所に見えた奇妙な物体に目を剥いた。
「ふふふ、作ったけど使う機会の無かった、外に行ってお蔵入りだった……私のスペルカード、その目に焼き付けなさい!」
彼女の立ってた場所に水鏡が浮かんでいた、ぬえに使ったよりも精密且つ構成する霊気も濃い物で、しかも涙子の体を貫通した矢が突き立っている。
「『真の三の怪』、1300万画素の……厄と呪い!」
「貴女、まだ……」
「因みに……1300万画素は『サーテ(ィ)ン』ズメガピクセルと訳す!」
「そんなの知るか、てかこじつけっぽい語呂合わせだし妙に現代かぶれ!?」
輝夜が突っ込んだ直後ビシリという音が響く。
その直後バクンと『内から爆ぜた』ように輝夜の体が引き裂かれた。
「ぐっ……」
「……虚像よ、実へと至れ」
ドサリ
「大方精神的ダメージ程度なら……とでも割り切ったのでしょう?だが甘い!」
水鏡が割れて砕け、同時に亀裂をそのまま移したように輝夜の体も割れて、彼女は倒れ込んだ。
ブシュリと流れる血でその身を染めて輝夜が苦しげに呻きながら地に伏す。
その顔は真っ青で死相すら浮かんでいた、いや事実彼女は一度死へ追い込まれたのだ。
「リアル過ぎる幻は実に至る、痛みによるショック死と出血死……リザレクション1,5回くらいには成るでしょう!」
「ぐうっ、飛んだ置き土産ね……」
「……ええ、でもここまでが限界かな」
呪いの発動と同時に涙子の体が光となって散っていく。
実体を失い、残った痕跡はボロボロの制服とルーミアに降り掛かったその血だけのように見えた。
だが、結界に浸透した霊気は消えず、妖怪の山の木々を更に拡大する。
それは最後まで抱えていたルーミアを包むと、輝夜達の視界から隠し切った。
「くっ、結界を奪うのは……うう駄目、私とあいつの霊気がややこしく混ざってる、書き換えるには時間が掛かりそう……」
ゆっくりと癒える体を擦りながら輝夜は周りを見渡し、さっきよりも強固に作り変えられた結界に顔を顰めた。
鬱蒼と生い茂る木々、それに妖怪の山の起伏に富んだ地形は探索を難しくするだろう。
幾ら半分が迷いの竹林といっても科学の天使の捜索は困難を極め、その上八つ当たりも出来ない。
「あいつ、確信犯ね……」
実体を失った涙子と山の奥に消えたルーミア、追う術は無いしそれに時間を掛けては本命が追えなくなる。
輝夜は悔しそうに涙子達の居た方を一瞥した後立ち上がる、ぬえの蛇を連れて別の方向へと歩き出した。
「あいつ等は無視するしかない……何か悔しいわね、でも本命へ行かないと……」
ちょっと涙目で彼女は風切氷華追跡に向う、涙子の抵抗による『数回分の弾幕』と『1,5回分の死からの復活』という消費を背負った状態で。
そして、単純に時間の面でも輝夜を止めたから、彼女達は『彼等』と合流し体勢を整えられた。
「……とんでもないことに成ってるな」
はあと黒髪の少年、上条は疲れた様子で嘆息した。
いつの間にか出来ていた川辺りで、逃走者達を休ませながら事情を聞き出したがそれは予想外だらけだった。
「姫様か、まさかそんな滅茶苦茶な相手だとは……それにルーミアちゃんと佐天さんが捕まったかもしれないと」
「ええ、私達はこの滅茶苦茶な地形のおかげで何とか逃げれたけど……」
「……ああ、追っ手を何とかしないとな、このままじゃ逃げ切れない」
上条と、それに主に説明した心理定規は共に疲れた様子で大きく溜め息を吐いた。
しつこく追ってくる兎をこれまで何度か隠れ、あるいは追い返している。
だが、相手は兎に角数が多くキリがないのだ。
「隠れるにも逃げるにも限度がある、何れ完全に包囲される……大将である姫様ってのを何とかしないと」
「だが下手に仕掛ければ数で押されるぞ、上条……そうなれば順当に潰されるだけだ」
「……そうだぞー、あの数じゃ兎の相手だけで喰い倒れちゃうって」
「食い倒れるのはお前だけだ、芳香……まあ倒れるのは合ってるが」
輝夜への集中攻撃を提案した上条に対し、空から周りを警戒する屠自古と芳香が口を挟んだ。
二人の言葉に上条はうっと口ごもった。
「うーん、そうなると……外に逃げて、ああいや向うも予想しているか」
「ああ、寧ろ外に近づく程巡回の兎が増えるだろう、それに外にはうちの天然も居るし……」
「……顔を出した瞬間火矢が来そうだ」
上条と屠自古は同じ人物を思い顔を顰めた。
外では布都が一方通行と小競り合い中なのだ、下手に向かえば敵が一人増えることに成る。
一方通行が援護するだろうが状況がどう転ぶかわからない、それは最後の手段だろう。
「……となると、何らかの方法で分断する?」
「それしかあるまい、連携を崩せば数は活かせん……突破し大将、姫とやらを潰す、そうすれば他も止まるだろう」
次に出た案は最初の物に近いがそれよりは無茶ではないものだ、だがそれにはいくつか問題が有る。
「囮にしろ、ニ手に別れるにしろ……味方が足りないか?」
「ああ……しかも風切さんに誰か付けないと不味い、尚更足りんぞ」
「……まあそうだな、俺にチルノちゃん、君と芳香ちゃん、それと怪我人の心理定規……4,5人ってとこか、ここから更に護衛で減るし」
「……兎どれだけ居たっけ?」
「まあ十倍?……それより姫が厄介だな」
「ああ、霊力切れまで一方的に打たれるだろうな……」
上条と屠自古は顔を見合わせた後項垂れた、双方の戦力を纏めただけで絶望的だった。
そんな時芳香が何かに気づいた様子で屠自古の腕を引っ張る。
「なあなあ屠自古!」
「何だよ、話中なんだが……」
「……あれ見て、数に入ってる?」
彼女が指差した方を見た屠自古、それに上条と心理定規が驚愕する。
チルノを引っ付けた氷華の体がバチバチと紫電が瞬いていた。
「……ち、チルノさん、何したんです?」
「お前、妖精と似てたから……ええと、えねるぎーだっけ?それが人型になったんだろ?
……流れてる力の使い方がわからないだけ、あたいが整えてやればこんなもんさ!」
チルノはニッと笑い、背中をペシペシと叩く。
すると更に紫電の輝きは増し、それが最高潮と成った辺りで背中から翼の形状と成って放出された。
これには心理定規達が、いや氷華自身すらびっくりする。
『うわっ……』
「うひゃっ!?」
「……おしっ、こんなんでどう?叩きつければ余波で兎は吹っ飛んで、直撃なら輝夜だって一撃さ!」
チルノが胸を張って自慢気に笑った。
「どうよ、あたい凄いだろ……これでも妖精の間じゃ古参も古参、大妖精と並んで古参の実力者で通ってるんだから!」
「……いや、うん、わかってたが何気にとんでも無いね、この娘」
彼女達はどちらもある意味実体化した力の結晶だ。
科学と自然という差はあれど同質の存在だからこそ出来たことだろう。
彼女の手により護衛対象だった氷華自身の自衛能力の確保、更には不足する戦力の充足が同時に成された。
「あれ、これさっきの……行ける?」
「……護衛に割く戦力が要らず、寧ろ彼女自身を前線に出せる……経験が足りないから流石に姫の相手は難しいだろうが」
幾つか在った問題が一気に片付いた、何となくそれまで悩んでいた二人はガックリ肩を落とす。
そこへ、更なる脱力を誘う言葉が飛んだ。
「まだ足りないな、見落としてるぞ」
「……おわっ!?」
「ひゅいっ、大声出すなって……私だよ、河童のにとり……お前ら、視野が狭いなあ、まだ見落としが有るぞ?」
驚く上条に、迷彩を解いたにとりが話しかけた、佐天の気配に気づき別行動で調べていたのだ。
「か、川城さん、何時の間に……ええと見落としって?」
「……見落としは二つ、それを計算に入れて襲撃計画を立てるべきだね」
彼女はビッと二本の指を建てた、順番にそれを口にしていく。
「一つ、辺りを見回ってたら向うの空で……『修羅』が一匹暴れてたよ、味方につけな」
そして、次にどこか呆れた様子である予想を告げる。
「うちの昔馴染みは鬼の一種、結構執念深いから脱落前に何かしら細工はした筈だ、勝ち逃げは許さないタチなんだよ……涙子の馬鹿は」
「……シャッ」
しゅるしゅると水の蛇が木々の間を這い進む、それは紅い『何か』を咥えていた。
暫く行くと木々に背を預ける少女を見つける。
怪我して眠る金髪の少女、ルーミアだ。
「……シャッ」
水の蛇は長い体を伸ばし、咥えていた紅い何かを少女の口元に近づける。
それは女の片腕、輝夜に撃たれて千切れ飛んだ涙子の右手だ。
ルーミアを揺すって起こした後その口元に『涙子の腕』を止せる、断面を傾け流れ出した血をルーミアに口に含ませた。
コクコクと半ば無意識にルーミアは血を啜った、それは元修験者の、神職や仙人に並ぶ霊力溢れる血だ。
暫く飲ませた所で蛇は更にルーミアの『リボン』を噛み千切った。
「シャアッ!」
全てを終えると彼はボフという音を残し形を変え、霊力で編まれた一枚の大きな白布に成った。
そして、『煌めく黄髪に白磁の如き肌の美しい女性』がそれを掴みとる。
『成長した体』ではもう使い物にならない、元着ていた服を剥いで『白布』を纏う。
「聖者は十字架に……おっと台詞間違った、そーなのかー」
ルーミア、但し霊力に満ちた血と封印の解除により大人の体格と成った彼女だ。
更に『人為的』な風が吹き、クルクル落ちた白梅の髪飾りと鎖がそれぞれ髪と服に刺さり絡まった。
「……どこまでもサービスがいいなあ、あの人」
髪を整えてギュッと白布も固定し、その後ルーミアは苦笑する。
彼女は一瞬考えた後木々の方に、気配から消滅まで涙子が居たであろう場所に頭をペコと下げた。
「うん、折角貰ったチャンス、無駄には出来ないよね……ありがとう、代わりにあの黒髪をやっつけてくる!」
感謝の言葉を口にして、その後決意の表情で彼女が浮かび上がる。
友を守る為に、自分にバトンを渡した少女の為にも負けられない、彼女はそう強く誓い飛び立った。
「……次は負けないんだから!」
闇の妖しと月の姫、二度目の戦いは近い。
前回投稿の際負けイベントを一纏めにしたんですが・・・間違ってルーミア復活イベントを一緒に削ってしまいました、お陰でぶつ切りっぽい。
後で少し弄るかも・・・後佐天さんのスペカも強引に挿入したんで流れがやや強引、こっちも変えるかもしれません。
・・・とりあえず逃げてる面子が反抗を決意し、ルーミアも復活し反撃開始・・・の前に一旦切ります。
一回外の話、で次に中の話・・・その後クライマックス開始に成ります。
以下コメント返信
九尾様
まず某メイドとの差別化があり、後ボスとして多数を圧倒する描写が欲しかったのであんなカウンターぽくなりました。
佐天さんはまあ過去的に鬼と天狗には勝てない位に・・・但しここの彼女は年長者なので機転利いて、後色々小技でカバーする感じです。
うっちー様
勘と計算は永夜の次期タッグ、全組がどちらか満たせてるって意味です・・・今回姫の相手は変則的タッグになる予定。
雷天狗様
いや最初はそのイメージでしたが、外からだと唯の超加速にしか映らず見栄えの関係で凝った物にしました。
・・・二部最初のボスだけに多少贔屓気味ですがチートな姫ならまあ仕方ないかなあと。
懐ゲーマー様
幻術はあんまり無関係、でも意見はご尤も・・・折角なので反撃何パターンかのうち幻術にしました、因みに心理定規はそこそこ出番あります。