序章
その狼は月光と呼ばれていた。
満月の夜のみに現れる銀灰色の狼・・・何の音も立てずに深い森の中を駆けるそれは悪魔の使いだと恐れられていた。
たった一匹だとも、数百頭の群れを率いているとも言われ、それに遭ったものは生きて帰れないと伝えられていた。
唐突に月光が歩みを止めた。
後ろにいるしもべが訝しそうに鼻で突付いてくる――動かぬように伝えると、そのまま歩き出した。
眼前には雪を被ったニレの巨木。その根元に小さな男の子が倒れていた。
近寄ると鼻先でそっと気配をうかがう・・・まだ息があることを確かめると背後のしもべを呼び寄せた。
・・・少年は自分が動いていることに気が付いた。
頬に触れるのは暖かく、毛皮のような肌触り・・・ふさふさのそれは前に飼っていた犬の手触りと同じだった。
自分を運んでいるそれが歩みを止めた。
同時に体が傾き、トサリとその場に投げ出される。何とか上体を起こし、開かない目を無理やりこじ開けた。
すでに雪は止んでおり、漆黒の闇の中で淡く光っているのは・・・銀灰色の毛並みを持った狼だった。
少年もその狼の噂は知っていた。
闇の森を統べる、死の狼。・・・だが、不思議と恐怖は湧いて来なかった。
「・・・僕を、食べないの?」
口を衝いて出たその言葉に狼は僅かに首を傾げた。
“・・・なぜそのようなことを問われる?そなたは我らが王。我らが主。――はようお目覚めなさりませ。
我らは皆、待っているのです・・・”
聞こえてくる人ならざるものの言葉。
何故、僕は解るんだ・・・?
うっすらと朝日が差してきた。徐々に朝靄が晴れていくと其処は迷い込んだ森の中ではなく、どこかへと繋がる街道の
近くなのが解る。
唐突に狼は腰を上げ、くるりと後ろを向いて歩みだす。
思わず少年は声をあげた。
「待って!何で僕を助けたの?あなたは・・・誰なの?」
“我はこの地を治める司る者の長、月光。そなたは我らが王。故に助けた。これは義務なのです・・・”
僕が、王・・・?
呆然として少年は狼が消えた森の奥を見詰めていた。
プロローグ
「――海賊?」
“はい”
「被害は?」
“無人貨物船8隻とヨット5台、小型の運搬船が4隻ほど。行方不明者も何人かいるようですね。”
「星間警察の役目だろう、それは。」
怪訝そうなロックの返答にニナは答えた。
“ゲートを造れるらしいのです。”
「ほう・・・では、登録者以外だという事だね?で、どちらだと?」
“第3波導のパターンが微かにありましたので、おそらくは岩の小片でしょう・・・。私が位置を把握するにはある程度の
大きさがなくてはいけません。ナミコの時のように、手のひらサイズでは難しいですね。”
「一仕事終えたらゲートで逃げ出す、と?しかし小さいとあまり大きなゲートは造れなかったと思ったが・・・」
“ブラックホールを利用しているようですね。”
「ブラックホール?」
“マイクロブラックホールのことはご存知ですね?”
「ああ・・・極小サイズのものだろう?空間の歪曲点が見える能力者ならともかく、探知機では発見が難しいらしいね。」
“その通りです。しかし、極小であるが故に、「鏡」なり、「ゲート」なりで安定した状態で切り取ることができます。
――これにゲート座標の重ねあわせ処理をするのです。”
「聞いたことがあるな・・・ブラックホール自身が持つエネルギーでゲートの安定化をしようとしたんじゃなかったか?
クラウスがやっていた覚えがある。――しかし、うまくいかなかったはずだ。」
“はい。小さいものですとゲートにエネルギーを喰われてあっという間に蒸発してしまいます。安定するのは1~2メートル
ほどのもので、それ以上では歪みが酷く操作が難しい。ですから諦めたのです。”
「では、何故?」
“マイクロブラックホールにゲートを重ねますと、瞬時に蒸発します。・・・しかし、座標点は残っているのです。マイクロ
ブラックホールといえどもその裏側・・・亜空間にはかなりの空間が広がっています。その残った座標にもう一度ゲートを
正確に重ねて反転させるのです。”
「・・・すると、どうなると?」
“ゲート内部でこれを行えば、ゲートは消滅します。しかし、これを「私」の外側で行うと・・・ブラックホールの内部空間に
つながるのです。これも、通路となります。”
「それは・・・分かる。しかし、何処に出るのか分からないのだぞ?」
“彼らの移動のために使うのではなく、証拠隠滅用に使用しているようです。移動にはハイバードライブかテレポートを
使っているようで、痕跡が認められました。
――銀河系内のブラックホールの位置はほぼ把握していますが、それでもやはりある一定以上の大きさのものに限られ、
小規模のものまで監視することは不可能です。”
「フム・・・・少し覗きに行ってみるか?」
ロックは立ち上がった。
“これが彼らの出現する地域の傾向です。”
ニナは幾つかの座標を示した。
“ランダムに見えますが、やはり大きなゲートの周りに集中しているのがわかります。・・・ヒトというものは「無意識の規則性」
があり、平均値などから計算しますと次に現れるのはこのあたりではないかと・・・”
「k-12ポイントか、分かった。」
一歩踏み出して振り返る。
「19は?」
”19でしたらゲールツリー星での定期会議です。やはりこのことが議題でしょう。”
「後でそちらに行くと伝えておいてくれ・・・船の用意を頼む。」
ビパップ号にて
ゴウンと音がして一瞬カクリと小さく揺れた。
「ジェットかな?」
カウチに寝転び、盛んに何か打ち込んでいたエドが下に寝そべるアインに言った。
アインはクゥーンと鼻を鳴らし、尻尾を振っている。
シュンッ
ドアが開いてジェットが入ってきた。
・・・何か抱えているように見える。
「おかえりー。あれ?それ、何?お土産?」
カウチに寝そべったまま自分を見上げているエドにジェットは目線で退くように促した。
「・・・?」
ごろりと寝転んだまま転がって降りると、その後にジェットはそっと抱いていた子供を横たえる。
「ジェット、これ、誰?」
スパイクが反対側のドアから入ってきた。
「ジェット、帰ってるんだよな?部品庫のアルファー348なんだけど、もう底尽きかけてるからどっかから手に入れないと
・・・て、誰だ?こいつ。」
スパイクがカウチの前で立ち止まった。
「あーさっぱりした。あ、ジェット、お帰り。お金もらえた?・・・って誰よこの子。」
フェイもバスタオルを巻きつけたまま覗き込み、振り返るとジェットをじろりと睨んで言った。
「また、あんたの隠し子?」
「なんだよ、またって!前のあの子はダチの子だって言ったろうが!お前だって見ただろう!」
「冗談よ、じょーだん。で、どしたのよ、この子。」
手をひらひらさせると持っているビールをグイッとあおる
それを横目で睨みながらジェットはカウチの空いているところへと座り込んだ。
「・・・落ちてきたんだよ。あのグルドを署まで連れて行く途中に。」
「落ちてきたって・・・何処からだよ。」
「署の手前の・・・マーリー街の交差点のあたりだ。信号待ちしてたところに急に――上から。弾んで落ちそうに
なったから慌てて受け止めた。」
「それは分かったけど・・・なんで連れ帰る必要があるわけ?署に置いてくりゃいいじゃない。」
怪訝そうな声で言うフェイにジェットが噛み付いた。
「連中、この子を留置所に入れとくって言うんだぞ!それも三日も!子供用の施設から迎えが来るのにそんなに掛かるのかって
聞いても答えやがらねぇし・・・。誰か家に連れてってやれよっていったら・・・連中、そんならお前が連れてけ、
迎えが着たら連絡してやる、だとさ。」
「――つまり貧乏くじを引いたってことね。」
やれやれと天を仰ぐフェイとそっぽを向くジェット。
「おい、その子、目ぇ覚ましそうだぜ?」
スパイクの声にジェットが慌てて振り向くと、男の子はカウチの上で微かに身じろぎをしている。
「・・・て、あんた、何してんのよ。エド」
いつの間にか出てきたエドはその子の手のひらを取って何かの機械に押し付けている。
「あと、声紋と眼紋も欲しいなぁっと・・・目、覚ましてくださいな、迷子ちゃーん。」
・・・その声が聞こえたのか、ゆっくりと目を明けた。
「・・・ここは・・・何処ですか?あなたがたは・・・?」
「声紋完了っと。眼紋は・・・ちょっといい?」
問いかけが聞こえぬかのようにエドは顔の上でパチリ。
「これでおしまいっと。」
機械を取り上げるといつものところで何かやり始めた。
驚いたようにそれを見つめている少年にジェットが声をかけた。
「あれはほっといていい・・・坊主、どうしてあんなとこにいたんだ?」
ぬっと出てきたジェットの髭面に少年はたじろいだ。
スパーンとフェイが持っていたブラシでジェットの頭を張り倒す。
「何しやがるんだ、フェイ!痛いじゃないか!」
頭を押さえてジェットが喚く。
「こんなちっちゃい子怯えさせてどーすんのよ!全く!そんなむさいツラ見せないの!ほら、どいて!」
フェイはジェットを追い出し、ソファーに腰を下ろした。少年に顔を近づけ、人差し指で少年の顎を撫で上げる。
「ごめんなさいね・・・びっくりしたでしょ?でももう大丈夫――さ、お姉さんに何でも話して御覧なさい?」
「――何が『お姉さん』だよ・・・おばさんの間違いだろうが。」
後ろでぼそっと呟いたジェットにフェイは食って掛かった。
「だ・れ・がおばさんですって?あたしはまだハタチよ!ハ・タ・チ!」
「自分でまだって言い出したらおばさんなんだとさ。」
ぎゃいぎゃい喚きだした二人に呆気に取られている少年の前にマグカップを持ったスパイクが立った。
「そんくらいにしとけよ、二人とも。ガキがびっくりしてるぜ?フェイ、いい加減に着替えて来いよ。風邪引くぞ?」
反論しようとしたフェイは立て続けにくしゃみをし、そそくさと着替えに戻った。
「そら、ホットミルクだ。飲めるか?」
「あ・・・ありがとうございます。」
「・・・なんだ?動けないのか?」
少年は身体を動かそうとはしていたが、うまくできないように見える。
「何だか痺れてるみたいで・・・でも平気です。暫くすれば・・・」
ジェットが抱きかかえて起こしてやり、スパイクが口元に持っていってやる。
「ほら、こぼすなよ・・・」
何口か飲むと、やっと人心地ついたという顔をした。
「ちったあマシなツラになったな・・・俺はスパイクってんだ。お前、名前は?」
「ロック、です。」
「あのガキはどうした?寝たのか?」
戻ってきたジェットにスパイクが訊ねた。
「ああ・・・よっぽど疲れてたのか、あっという間に寝ちまった。」
カウチにどっかりと座り込むとタバコをふかしているスパイクとフェイをじろりと睨んだ。
「今日からここは禁煙だ。いいな!」
「えーっ!また?」
「なんでだよ!」
口々に騒ぐ二人に五月蝿そうに手を振ってジェットは続けた。
「ガキに煙を吸わせるわけにはいかんだろう!エドもいるし、前もそう言っただろうが!」
スパイクとフェイが反論しようとした時、急にエドが大声をあげた。
「わかったー!」
「な、なんだ?エド。何が分かったって?」
スパイクがエドの後ろから覗き込む。
「何にも分からないのが分かったの。」
「・・・ハイ?」
「だって、どれで調べても何にもわかんないんだよ?指紋でしょ?眼紋でしょ?声紋でしょ?遺伝子データまでやったのに、
ひとっつも引っかからないんだよ?なーんでだろ?」
なーんでだろ、なーんでだろと言いながらでんぐり返しを始めるエド。
すると画面に向かってアインが吠え出した。
「ん~どしたの?アイン。ん~?」
座り込んで首をひねり出したエドを見ながらスパイクがぼそっと呟いた。
「・・・黒子、だな、まるで。」
「黒子?なによ、それ。」
「黒子ってのは昔の中国で戸籍に乗ってないガキのことさ。ほら、人口が増えすぎて困ってた頃の話だ。――今もいるのかは
知らんがな。」
「いるよー」
エドが画面を覗きこみながら片手を上げた。
「今でも黒子っているよ。でも今は自分で自分のデータを消した人のことを言うの。エドみたいに。」
「そうか、なるほど・・・ってエド、どういうことだ、そりゃ!」
詰め寄ってくるジェイクに驚いたように後ろに引くエド。
「えっ・・とお・・前にネットで変なもん見っけちゃったりして、ハッカーだって追っかけられたの。他にも色々あって
めんどくさいからみんな消しちゃったの。」
「それをあの子がやったって事?」
フェイが怪訝な顔で問いかけた。
「ん~わかんない。でもね、エドはあのロックって子、子供だけど子供じゃない気がする。」
「子供だけど子供じゃない、か・・・」
スパイクがカウチでタバコを吹かしながら言った。じろりと睨んでくるジェットを気にせずに続ける。
「考えても見ろよ、普通、10才くらいだったら目が醒めたら先ず探すのは母親だろう?だのに、あいつはえらく落ち着いていた・・・
ま、単にこまっしゃくれたガキかもしれんがな。」
「エドも12才だよ?エドもこまっしゃくれてる?」
「お前は変なガキってだけ。」
「ひどーい!」
ぎゃいぎゃい始めた二人を横目にフェイはジェットに問いかけた。
「つまり、何?なんかめんどーなことになりそうなわけ?」
「俺に言うな、俺に・・・なんにせよ、三日たちゃ迎えが来る。多分な。」
“ロック・・・身体はどう?”
ユリアナの問いかけにロックはゆっくりと身体を起こした。
何とか身体は動くようだ。
“大丈夫だよ・・・どうにかね。しかし、暫くの間、大きな力は使えそうにないね。”
“どうして?”
“手足を片方ずつ切り取られただろう?その再生に、咄嗟に造った鏡とゲート、移動も含めると意外と力を使ったんだよ。
まあ、でも少し休めば・・・”
急にあの時が蘇ってきた。
通常空間に出た途端の攻撃。・・・予知能力者でもいたのか?モノワイヤらしきものでいきなり切り裂かれた。
積荷でも狙っていたのだろうか・・・。
それと、あの少年。
ゲートらしき反応があった。あの子が造っていたのだろうか・・・いかにも悪人面した男達の中で場違いな少年だった。
――怯えた目をしていたな・・・
“多分、その子よ。小片の反応が有ったわ。”
“僕らが居るところは送信できたのか?”
“「ここ」は無理よ。急に転移したから追いつくので精一杯だったし・・・一応、転移ポイントは送付してあるから
パパならなんとかなると思うわ。”
“そうか・・・それなら、19が来るまで一休み、だね。”
“呑気ねえ・・・全く。”
“このぐらいで焦るような歳じゃないさ。いざとなったら太陽系外に出て、鏡で眠っていればいい・・・”
ベットに寝転んで目を閉じる。そのまま本当の眠りへと入って行った。
「捕らえたものの全員がクローンだというのだね?」
19は部下達を見渡した。
「海賊以外は、ですが・・・先ず、彼らは海賊の襲撃によって行方不明になったものばかりだということ、記憶を失くしており、
何らかの形で意識をコントロールされていた形跡があること・・・などからです。かなり荒っぽい方法ですが。」
「使い捨てにされていたと?」
「はい、局長。行動パターンも強盗や放火など、目に付いたものを破壊しようとする傾向が見られます。囮として使用し、
その隙に海賊どもが自分達のやりたいことをやる・・・まあ大した事はしていませんが。せいぜいクローンたちの財産を
掠め取ろうとしたぐらいですか。しかし成功率が低く、これによって足がつきました。」
「――小物だな。」
海賊そのものはどこにでもいるような連中だ。問題は、何処からクローン技術を入手したかだろう。それと・・・
――ゲート
19は小さな光点が瞬く立体地図を手に取った。
「・・・意外と少ないな。」
「ゲートの出現率は高くありません。失敗しているものの方が多いようです。それと、ゲートそのものも小さく
せいぜい10~15キロ程度です。それよりも小さいものもあり、持続時間も短いようです。」
・・・そのせいか、中々見つけられませんでした、と部下は付け足した。
「フム・・・」
大きなかけらが使用されればニナにはすぐに分かる。分からないほどの小さなかけらだということだな。
「それと・・・」
部下が目撃情報の入ったデータファイルを立ち上げた。
「10歳前後の子供がいるとの情報が入っております。」
「子供?人質か?」
「いえ・・・脅されていたり、殴られていたのを見たものがおりますし、また同時にその子がゲートを作ったとの証言もあります。」
――第3波動の能力者か・・・確かにニードルを使用した痕跡はなかった。
「テレパスとエンパスを中心にして部隊を編成しろ。先ずは能力者の確保が先だ。行動パターンの把握は終わっている。
それから・・・」
ピピッ
・・・ニナからの緊急メール?なんだ?
次の日、部屋から出てきた少年をスパイクが見つけた。
「おう、もういいのか?えーっと・・・」
「ロックです。何とか動けるようになりました。」
「ふーん。じゃ、メシ食うか?腹減ってるんじゃないのか?」
途端に少年のお腹が鳴った。
「・・・みたいです。」
スパイクは振り返ると大声を出した。
「おーい、ジェット!メシだとさ!」
「わかっとる、今作ってるところだ。もう少し待ってろ!」
「・・・だとさ。ま、あんまうまくないけどな。」
皿を持ったジェットがぬうっと顔を出した。
「聞こえてるぞ、全く・・・。嫌なら食わんでいいぞ?そのほうが食費が浮く。」
「誰も食わんとは言っとらん!」
ジェットが取り上げた箸を取り返してスパイクが言った。
「おっはよー!エド、お腹すいちゃった!あっいっただっきまーす!」
皿めがけて突進するエドを牽制するとジェットはロックに声をかけた。
「エド、今とってやるからまってろ、全く・・・ロック、どっか座れ、食いっぱぐれるぞ?」
「あ・・・はい。」
テーブルの端に座り込んだロックの後ろからフェイが顔を出した。
「おっはよー・・・あら、坊や、もう平気なの?」
「ハイ・・・ありがとうございます。」
どう見ても、血のつながりなど有りそうも無い人たちの集まり。
何かの縁で集まったのであろう彼らもまた、ロックには家族のように感じられた。
ほぼ半日、船内を観察して漸くロックは悟った。――彼らは賞金稼ぎなんだ。
狩る側よりも狩られる側の方が多かったロックには少々複雑な思いだった。
・・・あまり腕はよく無さそうだけれども。
船内をぐるりと見渡す。
かなり古い機体だった。何回も修繕されているのか、船そのものは原形を止めていないように見える。
「どうした?ぼうず。あんまりぼろいんでビックリしただろ?」
いきなり後ろからスパイクが声を掛けてきた。
「いえ、そんなことは・・・・」
「気ぃつかっってどーすんだよ、ガキの癖に・・・。全く、こまっしゃくれたやつだ。ほれ、ここに座れ。
これからゲートに入るとこだ。たまに揺れるからな。」
その場に座り込み、見るともなく前方を視ていると白い光が見えてきた。一度手前で止まり、徐々に中へと入っていく。
軽い揺れの後、船は光の中と滑り込んだ。
内部はハイバードライブ空間とそっくりだった。
――固定式のドライブゲートというところか?だとすると、よくこんな惑星の近くで安定しているものだ。
ふと、何か違和感を感じた。・・・奇妙な、よく知っているようなこの感触・・・しかし、すぐに通り過ぎてしまった。
「さて、と。」
スパイクが立ち上がった。
「木星まで後15分くらいだな。ぼうず、ミルクは切らしちまったがコーヒーでも飲むか?」
「あ・・・ハイ。」
「マスターの転移先は判明したのですか?」
椅子に座り込んだ19が問いただした。
・・・・いらいらと指が椅子を細かく叩いている。
“ユリアナからのデータで大まかな座標は分かっていますし、接続している平行世界も見当はついています。”
宥めるようにニナが言った。
「ではすぐに船を用意して・・・」
“それが・・・そうもいかないのよ。”
ナミコが言いにくそうに続けた。
“そのポイント、もう少しで化石柱のそれと重なるの。こちら側はもちろん、「向こう」にも影響はないとは思うけど・・・”
「つまり、通れないと?」
“そういうこと。今、迂回するルートを探しているけど・・・・少々かかりそうね。”
――全く、いつものことながら無茶をするお方だ・・・
軍から転送されたデータを読みながら19は溜息をついた。
ゲートから出るとみんな出払ってしまった。
丁度いいから状況の確認をしておこうとカウチに座り込み、目を閉じる。
先ずは太陽系内からやってみよう。
・・・惑星一つ一つに空間の歪みが付随している。さっき通った転移用ゲートだろう。テラフォーミングが済んでいるのは・・・
火星と金星、木星の衛星ぐらいだな。開発は太陽系内だけのようだし、22世紀後半から23世紀あたりかな・・・?
そういえば・・・
ロックは目を開いて地球を視た。
ここの地球には月が無い。・・・月の軌道に当たるところには先ほどのゲートがあった。
「何してるの~?ロック?」
不意に後ろから声を掛けられてロックは飛び上がった。
「ええと・・・エド?」
「アインもいるよ~?」
くるくるとその場とんぼ返りをしながら言って来る。
「少しぼんやりしちゃって・・・エドは一緒に行かなくてもいいの?」
「エドはいいの。エドはね、今はね、ハッキングしてるとこだから。まだちょっとかかりそうだから暇になっちゃって・・・
ロックは何かしたいの?」
エドは自分の端末を持ってきていた。
「特に無いけど・・・あ、そうだ、ハッキングってしてるとこ見せてくれる?」
「いいよ~一緒にいたずらしてみる?面白いよ?」
エドと一緒に端末の前に座り込む。エドは怒涛のような勢いでキーボードを叩き、様々なデータを操作していた。
・・・この子は電子使いの力があるように見える。瞬く間にネットの奥へと入り込み、確実に情報を引っ張り出していく。
“ユリアナ、入らないのか?”
“さっき入ってきたわ。あんまり情報は取れなかったけど・・・もう一度入ったほうがいい?”
“いや、いいよ、それなら・・・”