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[41299] 超人ロック カウボーイ・ビバップクロスオーバー
Name: 百舌鳥◆9e0a2b3c ID:b873792d
Date: 2015/06/13 20:20
序章

その狼は月光と呼ばれていた。

満月の夜のみに現れる銀灰色の狼・・・何の音も立てずに深い森の中を駆けるそれは悪魔の使いだと恐れられていた。
たった一匹だとも、数百頭の群れを率いているとも言われ、それに遭ったものは生きて帰れないと伝えられていた。

唐突に月光が歩みを止めた。
後ろにいるしもべが訝しそうに鼻で突付いてくる――動かぬように伝えると、そのまま歩き出した。
眼前には雪を被ったニレの巨木。その根元に小さな男の子が倒れていた。
近寄ると鼻先でそっと気配をうかがう・・・まだ息があることを確かめると背後のしもべを呼び寄せた。

・・・少年は自分が動いていることに気が付いた。
頬に触れるのは暖かく、毛皮のような肌触り・・・ふさふさのそれは前に飼っていた犬の手触りと同じだった。
自分を運んでいるそれが歩みを止めた。
同時に体が傾き、トサリとその場に投げ出される。何とか上体を起こし、開かない目を無理やりこじ開けた。
すでに雪は止んでおり、漆黒の闇の中で淡く光っているのは・・・銀灰色の毛並みを持った狼だった。
少年もその狼の噂は知っていた。
闇の森を統べる、死の狼。・・・だが、不思議と恐怖は湧いて来なかった。
「・・・僕を、食べないの?」
口を衝いて出たその言葉に狼は僅かに首を傾げた。
“・・・なぜそのようなことを問われる?そなたは我らが王。我らが主。――はようお目覚めなさりませ。
我らは皆、待っているのです・・・”
聞こえてくる人ならざるものの言葉。
何故、僕は解るんだ・・・?
うっすらと朝日が差してきた。徐々に朝靄が晴れていくと其処は迷い込んだ森の中ではなく、どこかへと繋がる街道の
近くなのが解る。
唐突に狼は腰を上げ、くるりと後ろを向いて歩みだす。
思わず少年は声をあげた。
「待って!何で僕を助けたの?あなたは・・・誰なの?」
“我はこの地を治める司る者の長、月光。そなたは我らが王。故に助けた。これは義務なのです・・・”
僕が、王・・・?
呆然として少年は狼が消えた森の奥を見詰めていた。

  プロローグ

「――海賊?」
“はい”
「被害は?」
“無人貨物船8隻とヨット5台、小型の運搬船が4隻ほど。行方不明者も何人かいるようですね。”
「星間警察の役目だろう、それは。」
怪訝そうなロックの返答にニナは答えた。
“ゲートを造れるらしいのです。”
「ほう・・・では、登録者以外だという事だね?で、どちらだと?」
“第3波導のパターンが微かにありましたので、おそらくは岩の小片でしょう・・・。私が位置を把握するにはある程度の
大きさがなくてはいけません。ナミコの時のように、手のひらサイズでは難しいですね。”
「一仕事終えたらゲートで逃げ出す、と?しかし小さいとあまり大きなゲートは造れなかったと思ったが・・・」
“ブラックホールを利用しているようですね。”
「ブラックホール?」
“マイクロブラックホールのことはご存知ですね?”
「ああ・・・極小サイズのものだろう?空間の歪曲点が見える能力者ならともかく、探知機では発見が難しいらしいね。」
“その通りです。しかし、極小であるが故に、「鏡」なり、「ゲート」なりで安定した状態で切り取ることができます。
――これにゲート座標の重ねあわせ処理をするのです。”
「聞いたことがあるな・・・ブラックホール自身が持つエネルギーでゲートの安定化をしようとしたんじゃなかったか?
クラウスがやっていた覚えがある。――しかし、うまくいかなかったはずだ。」
“はい。小さいものですとゲートにエネルギーを喰われてあっという間に蒸発してしまいます。安定するのは1~2メートル
ほどのもので、それ以上では歪みが酷く操作が難しい。ですから諦めたのです。”
「では、何故?」
“マイクロブラックホールにゲートを重ねますと、瞬時に蒸発します。・・・しかし、座標点は残っているのです。マイクロ
ブラックホールといえどもその裏側・・・亜空間にはかなりの空間が広がっています。その残った座標にもう一度ゲートを
正確に重ねて反転させるのです。”
「・・・すると、どうなると?」
“ゲート内部でこれを行えば、ゲートは消滅します。しかし、これを「私」の外側で行うと・・・ブラックホールの内部空間に
つながるのです。これも、通路となります。”
「それは・・・分かる。しかし、何処に出るのか分からないのだぞ?」
“彼らの移動のために使うのではなく、証拠隠滅用に使用しているようです。移動にはハイバードライブかテレポートを
使っているようで、痕跡が認められました。
――銀河系内のブラックホールの位置はほぼ把握していますが、それでもやはりある一定以上の大きさのものに限られ、
小規模のものまで監視することは不可能です。”
「フム・・・・少し覗きに行ってみるか?」
ロックは立ち上がった。
“これが彼らの出現する地域の傾向です。”
ニナは幾つかの座標を示した。
“ランダムに見えますが、やはり大きなゲートの周りに集中しているのがわかります。・・・ヒトというものは「無意識の規則性」
があり、平均値などから計算しますと次に現れるのはこのあたりではないかと・・・”
「k-12ポイントか、分かった。」
一歩踏み出して振り返る。
「19は?」
”19でしたらゲールツリー星での定期会議です。やはりこのことが議題でしょう。”
「後でそちらに行くと伝えておいてくれ・・・船の用意を頼む。」

  ビパップ号にて

ゴウンと音がして一瞬カクリと小さく揺れた。
「ジェットかな?」
カウチに寝転び、盛んに何か打ち込んでいたエドが下に寝そべるアインに言った。
アインはクゥーンと鼻を鳴らし、尻尾を振っている。
シュンッ
ドアが開いてジェットが入ってきた。
・・・何か抱えているように見える。
「おかえりー。あれ?それ、何?お土産?」
カウチに寝そべったまま自分を見上げているエドにジェットは目線で退くように促した。
「・・・?」
ごろりと寝転んだまま転がって降りると、その後にジェットはそっと抱いていた子供を横たえる。
「ジェット、これ、誰?」
スパイクが反対側のドアから入ってきた。
「ジェット、帰ってるんだよな?部品庫のアルファー348なんだけど、もう底尽きかけてるからどっかから手に入れないと
・・・て、誰だ?こいつ。」
スパイクがカウチの前で立ち止まった。
「あーさっぱりした。あ、ジェット、お帰り。お金もらえた?・・・って誰よこの子。」
フェイもバスタオルを巻きつけたまま覗き込み、振り返るとジェットをじろりと睨んで言った。
「また、あんたの隠し子?」
「なんだよ、またって!前のあの子はダチの子だって言ったろうが!お前だって見ただろう!」
「冗談よ、じょーだん。で、どしたのよ、この子。」
手をひらひらさせると持っているビールをグイッとあおる
それを横目で睨みながらジェットはカウチの空いているところへと座り込んだ。
「・・・落ちてきたんだよ。あのグルドを署まで連れて行く途中に。」
「落ちてきたって・・・何処からだよ。」
「署の手前の・・・マーリー街の交差点のあたりだ。信号待ちしてたところに急に――上から。弾んで落ちそうに
なったから慌てて受け止めた。」
「それは分かったけど・・・なんで連れ帰る必要があるわけ?署に置いてくりゃいいじゃない。」
怪訝そうな声で言うフェイにジェットが噛み付いた。
「連中、この子を留置所に入れとくって言うんだぞ!それも三日も!子供用の施設から迎えが来るのにそんなに掛かるのかって
聞いても答えやがらねぇし・・・。誰か家に連れてってやれよっていったら・・・連中、そんならお前が連れてけ、
迎えが着たら連絡してやる、だとさ。」
「――つまり貧乏くじを引いたってことね。」
やれやれと天を仰ぐフェイとそっぽを向くジェット。
「おい、その子、目ぇ覚ましそうだぜ?」
スパイクの声にジェットが慌てて振り向くと、男の子はカウチの上で微かに身じろぎをしている。
「・・・て、あんた、何してんのよ。エド」
いつの間にか出てきたエドはその子の手のひらを取って何かの機械に押し付けている。
「あと、声紋と眼紋も欲しいなぁっと・・・目、覚ましてくださいな、迷子ちゃーん。」
・・・その声が聞こえたのか、ゆっくりと目を明けた。
「・・・ここは・・・何処ですか?あなたがたは・・・?」
「声紋完了っと。眼紋は・・・ちょっといい?」
問いかけが聞こえぬかのようにエドは顔の上でパチリ。
「これでおしまいっと。」
機械を取り上げるといつものところで何かやり始めた。
驚いたようにそれを見つめている少年にジェットが声をかけた。
「あれはほっといていい・・・坊主、どうしてあんなとこにいたんだ?」
ぬっと出てきたジェットの髭面に少年はたじろいだ。
スパーンとフェイが持っていたブラシでジェットの頭を張り倒す。
「何しやがるんだ、フェイ!痛いじゃないか!」
頭を押さえてジェットが喚く。
「こんなちっちゃい子怯えさせてどーすんのよ!全く!そんなむさいツラ見せないの!ほら、どいて!」
フェイはジェットを追い出し、ソファーに腰を下ろした。少年に顔を近づけ、人差し指で少年の顎を撫で上げる。
「ごめんなさいね・・・びっくりしたでしょ?でももう大丈夫――さ、お姉さんに何でも話して御覧なさい?」
「――何が『お姉さん』だよ・・・おばさんの間違いだろうが。」
後ろでぼそっと呟いたジェットにフェイは食って掛かった。
「だ・れ・がおばさんですって?あたしはまだハタチよ!ハ・タ・チ!」
「自分でまだって言い出したらおばさんなんだとさ。」
ぎゃいぎゃい喚きだした二人に呆気に取られている少年の前にマグカップを持ったスパイクが立った。
「そんくらいにしとけよ、二人とも。ガキがびっくりしてるぜ?フェイ、いい加減に着替えて来いよ。風邪引くぞ?」
反論しようとしたフェイは立て続けにくしゃみをし、そそくさと着替えに戻った。
「そら、ホットミルクだ。飲めるか?」
「あ・・・ありがとうございます。」
「・・・なんだ?動けないのか?」
少年は身体を動かそうとはしていたが、うまくできないように見える。
「何だか痺れてるみたいで・・・でも平気です。暫くすれば・・・」
ジェットが抱きかかえて起こしてやり、スパイクが口元に持っていってやる。
「ほら、こぼすなよ・・・」
何口か飲むと、やっと人心地ついたという顔をした。
「ちったあマシなツラになったな・・・俺はスパイクってんだ。お前、名前は?」
「ロック、です。」

「あのガキはどうした?寝たのか?」
戻ってきたジェットにスパイクが訊ねた。
「ああ・・・よっぽど疲れてたのか、あっという間に寝ちまった。」
カウチにどっかりと座り込むとタバコをふかしているスパイクとフェイをじろりと睨んだ。
「今日からここは禁煙だ。いいな!」
「えーっ!また?」
「なんでだよ!」
口々に騒ぐ二人に五月蝿そうに手を振ってジェットは続けた。
「ガキに煙を吸わせるわけにはいかんだろう!エドもいるし、前もそう言っただろうが!」
スパイクとフェイが反論しようとした時、急にエドが大声をあげた。
「わかったー!」
「な、なんだ?エド。何が分かったって?」
スパイクがエドの後ろから覗き込む。
「何にも分からないのが分かったの。」
「・・・ハイ?」
「だって、どれで調べても何にもわかんないんだよ?指紋でしょ?眼紋でしょ?声紋でしょ?遺伝子データまでやったのに、
ひとっつも引っかからないんだよ?なーんでだろ?」
なーんでだろ、なーんでだろと言いながらでんぐり返しを始めるエド。
すると画面に向かってアインが吠え出した。
「ん~どしたの?アイン。ん~?」
座り込んで首をひねり出したエドを見ながらスパイクがぼそっと呟いた。
「・・・黒子、だな、まるで。」
「黒子?なによ、それ。」
「黒子ってのは昔の中国で戸籍に乗ってないガキのことさ。ほら、人口が増えすぎて困ってた頃の話だ。――今もいるのかは
知らんがな。」
「いるよー」
エドが画面を覗きこみながら片手を上げた。
「今でも黒子っているよ。でも今は自分で自分のデータを消した人のことを言うの。エドみたいに。」
「そうか、なるほど・・・ってエド、どういうことだ、そりゃ!」
詰め寄ってくるジェイクに驚いたように後ろに引くエド。
「えっ・・とお・・前にネットで変なもん見っけちゃったりして、ハッカーだって追っかけられたの。他にも色々あって
めんどくさいからみんな消しちゃったの。」
「それをあの子がやったって事?」
フェイが怪訝な顔で問いかけた。
「ん~わかんない。でもね、エドはあのロックって子、子供だけど子供じゃない気がする。」
「子供だけど子供じゃない、か・・・」
スパイクがカウチでタバコを吹かしながら言った。じろりと睨んでくるジェットを気にせずに続ける。
「考えても見ろよ、普通、10才くらいだったら目が醒めたら先ず探すのは母親だろう?だのに、あいつはえらく落ち着いていた・・・
ま、単にこまっしゃくれたガキかもしれんがな。」
「エドも12才だよ?エドもこまっしゃくれてる?」
「お前は変なガキってだけ。」
「ひどーい!」
ぎゃいぎゃい始めた二人を横目にフェイはジェットに問いかけた。
「つまり、何?なんかめんどーなことになりそうなわけ?」
「俺に言うな、俺に・・・なんにせよ、三日たちゃ迎えが来る。多分な。」

“ロック・・・身体はどう?”
ユリアナの問いかけにロックはゆっくりと身体を起こした。
何とか身体は動くようだ。
“大丈夫だよ・・・どうにかね。しかし、暫くの間、大きな力は使えそうにないね。”
“どうして?”
“手足を片方ずつ切り取られただろう?その再生に、咄嗟に造った鏡とゲート、移動も含めると意外と力を使ったんだよ。
まあ、でも少し休めば・・・”
急にあの時が蘇ってきた。
通常空間に出た途端の攻撃。・・・予知能力者でもいたのか?モノワイヤらしきものでいきなり切り裂かれた。
積荷でも狙っていたのだろうか・・・。
それと、あの少年。
ゲートらしき反応があった。あの子が造っていたのだろうか・・・いかにも悪人面した男達の中で場違いな少年だった。
――怯えた目をしていたな・・・
“多分、その子よ。小片の反応が有ったわ。”
“僕らが居るところは送信できたのか?”
“「ここ」は無理よ。急に転移したから追いつくので精一杯だったし・・・一応、転移ポイントは送付してあるから
パパならなんとかなると思うわ。”
“そうか・・・それなら、19が来るまで一休み、だね。”
“呑気ねえ・・・全く。”
“このぐらいで焦るような歳じゃないさ。いざとなったら太陽系外に出て、鏡で眠っていればいい・・・”
ベットに寝転んで目を閉じる。そのまま本当の眠りへと入って行った。

「捕らえたものの全員がクローンだというのだね?」
19は部下達を見渡した。
「海賊以外は、ですが・・・先ず、彼らは海賊の襲撃によって行方不明になったものばかりだということ、記憶を失くしており、
何らかの形で意識をコントロールされていた形跡があること・・・などからです。かなり荒っぽい方法ですが。」
「使い捨てにされていたと?」
「はい、局長。行動パターンも強盗や放火など、目に付いたものを破壊しようとする傾向が見られます。囮として使用し、
その隙に海賊どもが自分達のやりたいことをやる・・・まあ大した事はしていませんが。せいぜいクローンたちの財産を
掠め取ろうとしたぐらいですか。しかし成功率が低く、これによって足がつきました。」
「――小物だな。」
海賊そのものはどこにでもいるような連中だ。問題は、何処からクローン技術を入手したかだろう。それと・・・
――ゲート
19は小さな光点が瞬く立体地図を手に取った。
「・・・意外と少ないな。」
「ゲートの出現率は高くありません。失敗しているものの方が多いようです。それと、ゲートそのものも小さく
せいぜい10~15キロ程度です。それよりも小さいものもあり、持続時間も短いようです。」
・・・そのせいか、中々見つけられませんでした、と部下は付け足した。
「フム・・・」
大きなかけらが使用されればニナにはすぐに分かる。分からないほどの小さなかけらだということだな。
「それと・・・」
部下が目撃情報の入ったデータファイルを立ち上げた。
「10歳前後の子供がいるとの情報が入っております。」
「子供?人質か?」
「いえ・・・脅されていたり、殴られていたのを見たものがおりますし、また同時にその子がゲートを作ったとの証言もあります。」
――第3波動の能力者か・・・確かにニードルを使用した痕跡はなかった。
「テレパスとエンパスを中心にして部隊を編成しろ。先ずは能力者の確保が先だ。行動パターンの把握は終わっている。
それから・・・」
ピピッ
・・・ニナからの緊急メール?なんだ?

次の日、部屋から出てきた少年をスパイクが見つけた。
「おう、もういいのか?えーっと・・・」
「ロックです。何とか動けるようになりました。」
「ふーん。じゃ、メシ食うか?腹減ってるんじゃないのか?」
途端に少年のお腹が鳴った。
「・・・みたいです。」
スパイクは振り返ると大声を出した。
「おーい、ジェット!メシだとさ!」
「わかっとる、今作ってるところだ。もう少し待ってろ!」
「・・・だとさ。ま、あんまうまくないけどな。」
皿を持ったジェットがぬうっと顔を出した。
「聞こえてるぞ、全く・・・。嫌なら食わんでいいぞ?そのほうが食費が浮く。」
「誰も食わんとは言っとらん!」
ジェットが取り上げた箸を取り返してスパイクが言った。
「おっはよー!エド、お腹すいちゃった!あっいっただっきまーす!」
皿めがけて突進するエドを牽制するとジェットはロックに声をかけた。
「エド、今とってやるからまってろ、全く・・・ロック、どっか座れ、食いっぱぐれるぞ?」
「あ・・・はい。」
テーブルの端に座り込んだロックの後ろからフェイが顔を出した。
「おっはよー・・・あら、坊や、もう平気なの?」
「ハイ・・・ありがとうございます。」
どう見ても、血のつながりなど有りそうも無い人たちの集まり。
何かの縁で集まったのであろう彼らもまた、ロックには家族のように感じられた。

ほぼ半日、船内を観察して漸くロックは悟った。――彼らは賞金稼ぎなんだ。
狩る側よりも狩られる側の方が多かったロックには少々複雑な思いだった。
・・・あまり腕はよく無さそうだけれども。
船内をぐるりと見渡す。
かなり古い機体だった。何回も修繕されているのか、船そのものは原形を止めていないように見える。
「どうした?ぼうず。あんまりぼろいんでビックリしただろ?」
いきなり後ろからスパイクが声を掛けてきた。
「いえ、そんなことは・・・・」
「気ぃつかっってどーすんだよ、ガキの癖に・・・。全く、こまっしゃくれたやつだ。ほれ、ここに座れ。
これからゲートに入るとこだ。たまに揺れるからな。」
その場に座り込み、見るともなく前方を視ていると白い光が見えてきた。一度手前で止まり、徐々に中へと入っていく。
軽い揺れの後、船は光の中と滑り込んだ。
内部はハイバードライブ空間とそっくりだった。
――固定式のドライブゲートというところか?だとすると、よくこんな惑星の近くで安定しているものだ。
ふと、何か違和感を感じた。・・・奇妙な、よく知っているようなこの感触・・・しかし、すぐに通り過ぎてしまった。
「さて、と。」
スパイクが立ち上がった。
「木星まで後15分くらいだな。ぼうず、ミルクは切らしちまったがコーヒーでも飲むか?」
「あ・・・ハイ。」

「マスターの転移先は判明したのですか?」
椅子に座り込んだ19が問いただした。
・・・・いらいらと指が椅子を細かく叩いている。
“ユリアナからのデータで大まかな座標は分かっていますし、接続している平行世界も見当はついています。”
宥めるようにニナが言った。
「ではすぐに船を用意して・・・」
“それが・・・そうもいかないのよ。”
ナミコが言いにくそうに続けた。
“そのポイント、もう少しで化石柱のそれと重なるの。こちら側はもちろん、「向こう」にも影響はないとは思うけど・・・”
「つまり、通れないと?」
“そういうこと。今、迂回するルートを探しているけど・・・・少々かかりそうね。”
――全く、いつものことながら無茶をするお方だ・・・
軍から転送されたデータを読みながら19は溜息をついた。

ゲートから出るとみんな出払ってしまった。
丁度いいから状況の確認をしておこうとカウチに座り込み、目を閉じる。
先ずは太陽系内からやってみよう。
・・・惑星一つ一つに空間の歪みが付随している。さっき通った転移用ゲートだろう。テラフォーミングが済んでいるのは・・・
火星と金星、木星の衛星ぐらいだな。開発は太陽系内だけのようだし、22世紀後半から23世紀あたりかな・・・?
そういえば・・・
ロックは目を開いて地球を視た。
ここの地球には月が無い。・・・月の軌道に当たるところには先ほどのゲートがあった。
「何してるの~?ロック?」
不意に後ろから声を掛けられてロックは飛び上がった。
「ええと・・・エド?」
「アインもいるよ~?」
くるくるとその場とんぼ返りをしながら言って来る。
「少しぼんやりしちゃって・・・エドは一緒に行かなくてもいいの?」
「エドはいいの。エドはね、今はね、ハッキングしてるとこだから。まだちょっとかかりそうだから暇になっちゃって・・・
ロックは何かしたいの?」
エドは自分の端末を持ってきていた。
「特に無いけど・・・あ、そうだ、ハッキングってしてるとこ見せてくれる?」
「いいよ~一緒にいたずらしてみる?面白いよ?」
エドと一緒に端末の前に座り込む。エドは怒涛のような勢いでキーボードを叩き、様々なデータを操作していた。
・・・この子は電子使いの力があるように見える。瞬く間にネットの奥へと入り込み、確実に情報を引っ張り出していく。
“ユリアナ、入らないのか?”
“さっき入ってきたわ。あんまり情報は取れなかったけど・・・もう一度入ったほうがいい?”
“いや、いいよ、それなら・・・”



[41299] カウボーイ・ビバップ編② 遭遇
Name: 百舌鳥◆9e0a2b3c ID:b873792d
Date: 2015/06/17 14:02
  遭遇

「――行け」

局長の合図で小型艇が一斉に小惑星に突っ込んだ。
海賊の巣とみなされているところ。
背後にはぐるりと捕獲のための部隊が取り巻いている。
次々と入ってくる報告を聞きながら19は自分でも目指すものを探していた。
「ふむ、順調なようだな・・・」

振り向いてオペレータに確認を取る。

「小片を持った子供の報告は?」
「まだ入ってきておりません・・・。ゲートの反応もありませんし、転移したものの中でもそのような人物は見当たりません。」
「該当する行方不明者等の記録は見当たらないのか?」
「ハイ。ここ数年の行方不明者のリストには記載されておりません。捜査願いもないようです。」

ニナの小片を扱えるような力・・・第3波導の能力は早くから目覚めることが多い。
それこそ二~三才から専門の教師がつくことになる。
・・一体何者なのだ?

「局長、小片を発見したとの報告が入りました。」
「何?それだけを見つけたというのか?」
「はい。小惑星R-18の機密部品倉庫の奥に押し込まれていたとの報告が入っています。中和フィールドが内蔵された
小箱に入っていたそうです。」

まずいな・・・見当違いのところを探していたのかもしれん。

「全てのテレパスとエンパスを動員して半径5光日ほどをくまなく探させろ!相手はおそらく力を使わずに小型艇で逃げ出している。
テレポーターも使ってハイバードライブポイントをチェックするんだ!」

今までは小片の波動を頼りにして探していた。もし、身につけていないとすると、単なる海賊と見分けがつかないことになる。
それにまぎれて逃げ出そうとしたのか?
それらしい少年を捕縛したとの情報が入ったのは小一時間ほどあとのことだった。
少年のみをこちらに転送させて19はニナの内部に入った。
何か薬でも飲まされたのか、少年は昏々と眠り続けている。
浅黒い肌、紫の髪・・・そして、第3の目。

“クランク帝国のガステア人がちかいかしら・・・”

しげしげと覗き込んでトレスが言った。

「ニナ。どうでしたか?」
“矢張り私の小片では在りませんでした・・・”

ニナが拳ほどの小片を手に持って現れた。

“これはこの子が「向こう」から持ってきたものでしょう・・・私の一族の破片であることは確かですが、今、目覚めているのは
私一人です。故に、これは媒体としてしか使われていないようですね。中を探ればこの子の持つデータは在るでしょうが・・・
今の時点では向こうへのルートは切れているようです。”
“では、「向こう」へ・・・クランク帝国側に転送するのは無理なのかね?”

ウーノットの問いかけにニナは頷いた。

“化石柱は帝国本体を襲っただけではなく、私の種族と彼らが無意識に維持していたネットワークをも破壊しました。
一度切れてしまった私では分かりかねますが・・・かなり広範囲で断絶しているようです。”
“確か、ハキアスとカルナに難民キャンプが在ったはずだけど・・・そこには該当する子はいなかったの?”
「今のところ見当たりませんね、ナミコ。今ではかなり整備が進んで都市らしくなってきています。住民としての登録も
進んできていますしね。・・・まだまだ難民は到着していますし・・・」
“彼ら、古き者にとっても化石柱の出現は想定外だったのでしょう。――しかし、これほどまで影響が出るとは思いませんでした。”
“・・・化石柱に喰われたのかもしれん・・・”

ウーノットが呟いた。

「どういうことです?」
“化石柱は存在を喰らう。暗黒物質よりも、星系やブラックホールのような何らかの形があるもの・・・太古から存在するもの
に惹かれているように見える・・・。彼らはとてつもなく古い存在だ。星々と同種のモノとみなされて食われたのかもしれん。”
「まだ混乱は続くと・・・?」
“その通りだと思います。こちらは何とか体制を立て直しましたが、帝国側は中枢をやられているようです。
ネットワークの断絶とあわせて、長期にわたる混乱は続くと思われます。”



さて、どうするかな・・・
皆が寝静まった部屋の中でロックは考えた。
ニナと連絡を取るにはブラックホールに行く必要がある。普通は3500光年ほど離れているはずだから・・・
ゲートで無ければ無理だろう。
それは、太陽系を離れることを意味した。
――僕は何を躊躇しているんだ?
この船が妙に居心地がいいのは確かだった。しかし、それだけではなく・・・今の時点では太陽系を離れてはいけない、と
何かが告げていた。
また無意識のうちに予知でもしたのかな?
ざっと太陽系の中を見渡す。・・・大した歪みは視られない。取り越し苦労なら良いのだが・・・。

「どの施設も一杯だって!そんなこと調べんのに三日も掛かってんのかよ!」
ジェットが電話に噛み付いていた。

「空きが見つかり次第連絡するって・・・こら!こっちに押し付けたまんまにする気かよ!――って切るな!」

真っ黒になった画面を忌々しげに睨み付けると、ジェットは叩きつけるように受話器を置いた。

「・・・たく、これだから役人てヤツは・・・」
「いまどき親無しのガキなんて珍しくも無いだろ?」

スパイクが器用に5つの皿を持って出てきた。

「それに、あいつの方はジェットよりも料理の腕はいいぜ。それだけでもここに置いとく価値はあるんじゃないか?」
「――文句があるなら喰うな。」

ギロリとスパイクを睨む。

「こいつはロックが作ったんだ、そんなセリフは通用しないぜ。」

早くも皿を持ち上げてかっ込んでいるエドを見てスパイクは言った。

「あいつは小さいせいなのか、エドよりも食わないんだよな。ま、大した食費にはならんし、いいんじゃないか?置いといても。」
「・・・誰もここから追い出すとは言っとらん。」

腕をくんで、むすっとした顔でジェットは言った。

「俺は役人のやり方が気にに食わんと言ったんだ。」
「役人が動かねぇのはいつもの事だろ?腹立てるだけ損だって。おーい、ロック、片付けなんかいいからこっち来て
お前もメシ食えよ。」
「あ・・・はい。」

ひょっこりと顔を出したロックにエドが空になった皿を突き出した。

「お代わり!」
「そんくらい、自分で取って来い!エド!」

ジェットに怒鳴られ、そのまま中に入っていく。

「あらやだ、なんだかとっても美味しそうじゃない・・・あたしの分、残ってる?」

タオルで顔を拭きながらフェイが顔を出した。

「だったら早くしろ!」

腹立ち紛れにジェットは怒鳴りつけた。



「あ~美味しかった!」

ひっくり返ってお腹をさすりながらエドが言った。

「今日はなんかあるのか?ジェット。」

コーヒーを飲みながらスパイクが聞いてくる。
ピーっとエドの端末が鳴り出した。
そのまま横に転がり、腹ばいになって操作する。

「ジェット~」
「ん?何だ?」
「コロナ・エレクセイって人がいるの。」
「ふーん、幾ら?」

フェイが聞いた。

「400万だって。」
「で、何処だ?エド。」

身を乗り出してジェットが覗き込む。

「タイタンだって。」
「ならお隣じゃない・・・誰かに取られる前に行きましょ。」

にんまりと笑ってフェイが言った。



皆が出払った後ロックはユリアナを呼び出した。改めて情報のやり取りをする。

“ここはまだ地球が中心でやってるみたいよ。・・・緩やかな統治ってとこかしら。放任とも言えるけど。”
“そうか・・・僕らの世界の22~23世紀は人口爆発で政情が不安定だったからね・・・それに比べれば格段の差があるよ。
中央政府も強硬姿勢はとっていないようだし・・・”

不意に何かを感じてロックは顔を上げた。
――これは・・・まさか・・・

“ロック?何に感応してるの?”
“・・・分からない・・・これだと多分欠片だと思う。でも、場所がつかめない。どこにいるんだ?”

少なくとも太陽系内には無いはずだ。あれば反応が有る。

「・・・どうした?ロック、顔色が悪いぞ?」

ジェットに話しかけられて我に返る。――どうやらぼうっとしていたらしい。

「あ、はい。何でも在りません・・・。ジェット、うまくいったんですか?」
「うん、まあな・・・なんとかとっつかまえたよ。」
「一人100万だ、久々のボーナスだよな。」
「お前らその中から食費と船の維持費出しとけよ!何回俺が立て替えたことか・・・」
「ハイハイ・・・分かったわよ、ジェット。」

五月蝿げに手を振りながらフェイが答えた。



其れを感じたのは昼食の後片付けをしている時だった。
カクリと小さく船が揺れ、ゲートに入ったことが分かった。その直後から徐々に強くなってきた。
・・・体中が毛羽立つような嫌悪感・・・そして押し潰されるような圧迫感。

「・・・ウ・・・・グ・・・」

体中を押さえ込まれているようで、息ができない・・・薄れていく意識の中で其れは確かに憎悪を投げかけていた・・・



ガチャンガチャンと物が落ちる音がして、スパイクは調理場を覗き込んだ。

「ボウズ、どした?皿でもおっこどしたのか?」
一歩踏み込んだスパイクが目にしたのは散らばる食器の中に倒れているロックだった。

「おい!しっかりしろ!おい!」

・・・気がついたとき見えてきたのはジェットの心配そうな顔だった。

「どっか痛いか?ロック。」
「――ジェット・・・」

身体を起こそうとすると眩暈がした。次いで猛烈な頭痛が襲ってくる。

「・・・グ・・・」

思わず頭を抱え込む。

「頭が痛いのか?」
「・・・はい」

やっとの事で声を出す。
体中から搾り取られるようにエネルギーがなくなっているのが分かる・・・あの時と同じだ。

「先ずは寝てろ、ロック。今なんか持ってきてやる。」

バタリとドアを閉めてジェットが出て行った。

“ロック・・・大丈夫?”

躊躇いがちにユリアナが聞いてくる。

“今のところは何とかね・・・ユリアナ、あれは?”
“あなたの欠片よ、間違いないわ。”

軽く外を探査する。もうゲートから出たのか、あの反応は感じられなかった。

“・・・まさかあんなところにいるだなんて・・・”
“ユリアナ、何とかしてニナと連絡を取らなくては・・・あれは僕一人では対処できない。”




ロックが姿を消したのはその暫く後のことだった。タイタンで買い物に出たきり戻らなかったのだ。

「どした?ジェット。」
「――ロックのやつが戻らねぇ・・・」

腕を組んだジェットが唸るように言った。――目の前には先に届いた荷物があった。

「捜索願でも出しとくか?」

スパイクが端末に手を置いていった。

「・・・っても、何ていやいいんだ?あいつ自体が身元不明のガキだったんだぞ?」
「じゃ、ほっとけよ。」
「ほっとけって、スパイク!心配じゃないのか?まだ小さいんだぞ!何かに巻き込まれでもしてたら・・・」

お前だって結構かわいがってたじゃないか・・・と睨み付けて来る。

「確かに、妙になじんでたし、かわいいとこもあったよな。けどな、ジェット、何だかあいつなら大丈夫だって気がするんだよ。」
「何で!」

拳を握り締めて迫ってくるジェットにスパイクはタバコの煙を吹きつけた。

「――あいつの目だよ。最初に目が合ったときに分かったんだ。あの目は一人で生き抜いてきた目だ・・・。
何処にも属さずにたった一人で生きていた目をしてたんだ。・・・だから心配するなって。そのうち、
ひょっこり帰ってくるかもしれないぜ?」




「ゲートシステムに今のところは異常なしか・・・。」

ロックはゲート公団の管理部門に作業員として入り込んでいた。

“太陽系内にも目立った歪みはないわ、ロック。”

仕事の保守作業をこなしながら情報を集めていく。

“もしかして、まだ目覚めていないとか?誰にも取り付いてないらしいわよ?”
“目覚めていることは確かだよ・・・僕に接触してエネルギーを洗いざらい搾り取っていったんだから。”

その後に投げつけられた明確な殺意。

”記憶までは読み取れなかったけれど・・・・”

ゲートの中はニナの内部空間とよく似ていた。どれも高速で行きかい、停止することはない。

“おそらく、『あの場所』に停止しない限り取り付くことはないだろうが・・・”
“テレポートできないのは辛いわね。”
“――ああ”

亜空間へと引きずりこまれそうになったあの感触を思い出して身震いする。
鏡もまた、内部空間だけでなく、転移の時もやはり亜空間を使用する。閉じているつもりでも何処につながっているのか
分からない以上危険だった。
・・・どうにも手詰まりだな・・・
即急にニナや19たちと連絡を取らなくてならない・・・。しかし、通信・移動手段がないのだ。

“パパとつながっていそうなブラックホールって・・・近くても4500光年ぐらいかな。”

いつもならば大した距離ではない。
宇宙船で行くにしても、この世界は先ずゲートシステムが発達したが故に長距離用ハイバードライブのような技術が
まだ生まれていないのだ。

“最も、ハイバードライブ空間も危ないかもね。あれも亜空間だし。”

ユリアナが指摘した。

“出来ないものは仕方がないさ。とりあえず、向こうから見つけてくれるのを待つしか無さそうだね。”




「これだ。」

小型艇に乗った相手が船内でトランクを開けて見せた。
中には白い粉が詰まった小袋がぎっしり詰まっている。

「金が先だ。」

二つの小型艇が近づき係留する。トランクの上蓋を持ち上げ、矢張り中に詰まったウーロン札を見せる。
カード二枚をポイ、と放り投げた。

「リアルマネーで100万、クレジットマネーで200万・・・これでいいな?」

トランクの交換が終わり、係留器が外された時だった。

「ハーイ、そ、こ、ま、で。」

ダダダダダと連射される機関銃と共に女の声が振ってくる。

「――な!」

弾かれるように二方向へと逃げ出そうとした小型艇の前にいつの間にかソードフィシュが立ち塞がっていた。

「位相空間ゲートの中で取引たぁ、考えたな、お前ら。」

ニンマリと笑ってスパイクは言った。
逃げ回るそいつらをレッドテイルと共に挟み撃ちにして退路を断つ。
ダン!
スパイクの放った一撃は一人のエンジンを沈黙させた。

「フェイ、そっちはどうだ?」
「んー今終わったとこ。」

フェイの前には煙を上げてもう一台が止まっている。

「〆て500万ウーロンなりっと・・・。にしても、よくこんなとこで取引してるだなんて分かったな?」
「蛇の道は蛇っていうでしょ?色々伝手があんのよ、あたしにも。あ、情報分上乗せしてよね?」
「へいへい」

もがいて機体から逃げ出そうとするのを近づいて手刀を打ち込む。ぐったりしたところで座席に縛り付けた。
フェイは・・・と、見ると珍しく苦戦していた。コックピットが開けられないらしい。

「何やってんだよ・・・」

早くしろ、といいかけてスパイクは振り向いた。
――なんだ?
言いようがない嫌悪感・・・邪悪な「気」の塊。
それは真っ直ぐに自分へと向かっていた。
スパイクは躊躇うことなく引き鉄を引いた。
効くのかどうかなぞ分かりやしなかった。
あっという間に全弾打ち尽くす――そいつはじわじわと中に染み込んでくる・・・
・・・押し潰されそうな狂気と憎悪。自分の身体をよこせとの「声」にスパイクは全身で抗った。

「俺の身体は俺のもんだ!てめえなんかに渡せるか!」

力いっぱい怒鳴りつけると、以外にも潮が引くように消えていく。

「――スパイク?何やってんの?」

やっとのことでこじ開けたのか、仲の密売人をつまみ上げたフェイが訊ねてきた。

「いや・・・何だか分からんのだが・・・」

首を捻りながら答えるスパイクになおもフェイが言い募ろうとした時、人らしからぬ咆哮が聞こえた。
スパイクが気絶させたはずの密売人・・・そいつが唸り声を上げてくくりつけた縄を外そうともがいている。
気が狂ったかのような怒鳴り声。目は血走り、口からは泡を吹いていた。

「やべ・・・あいつ、自分でもやってたのか?」

「ど-すんのよ!スパイク!」
「どーするって・・・どうせエンジンは死んでんだ、もう一発殴って機体ごと引っ張ってきゃいいだろ?」

フェイに答えながらソードフイッシュのアームを引き寄せた時だった。
そいつはじたばたと暴れながら獣じみた唸り声をあげ・・・消えた。

「えーと――逃げられた・・・の、かな?」

ぽりぽりと顎を掻きながら、スパイク。

「・・・そうみたい。」





「――グ・・・」

ロックは持っていた書類を取り落とし、その場に膝を付いた。頭を抱え込んだまま、身動きが取れなくなる。

「オイ、ロック!どうした!」

同僚が駆け寄ってくるのが分かる・・・だが返事もできなかった。
締め付けられるような頭痛――そして、体中のエネルギーを搾り取られるような感触。
・・・間違いない、「彼」だ。
どうやって外に出たんだ?
また、誰かに取り付いたとでも言うのか?





「ホイ、300万ウーロンな。」
「――ってスパイク、500万じゃなかったのか?」

食って掛かるジェットに答えようともせずにスパイクはぐったりとソファーに倒れ込んだ。

「片方逃げられちゃったのよ。ほんとなら250万なんだけど、お金とドラッグが丸々残ってたから300万にしてくれたの。」

フェイが肩をすくめながらいった。

「何だそりゃ・・・?」
「締め技掛けといたやつが急に目ぇ覚ましたんだよ。んでもって、消えちまった。」

パアッとな、といってスパイクは両手を左右に広げた。
ジェットは目線でフェイにも説明を求めたが、座り込んでタバコをすぱすぱと吸っているだけだった。
・・溜息をつきながら、両方のこめかみを片手で揉む。

「ほんとか?」
「あたしだって信じられないわよ・・・でも、あたしも見ちゃったから・・・」

ふて腐れた様に答える。

「消えた、ねぇ・・・そっちはともかくとして、俺としてはスパイクに締め技から目を覚ましたってのが信じられん。」

今までこいつの技から逃れられた奴はいなかったからだ。

「そーいやその前も変なことしてたけど・・・なんでマシンガンなんか撃ちまくってたの?」

フェイが不思議そうに訊ねてきた。

「そっちもよく分からん。なんか、わけの分からんものが迫ってきたんだ。俺の身体を寄越せってな。やだっつったら
逃げてったが・・・」
「――何の話だ?」
「あ、ジェット、マシンガン、全部撃っちまった。補充頼むな。」
「あれだって安かないんだぞ!自分で金出せよ!全く・・・何しに行ったんだ・・・?」
「だからよく分からんといってるだろ!とにかく妙な『気』がな・・・」
「あら?あたしには何にも感じなかったけど?」
「鈍いからだろ?」
「何ですって!」

ギャイギャイと言い争いをする大人達のいる部屋の前をエドとアインが通り過ぎる。
ひょいと覗き込む。

「なあにやってるんだろうね?アイン?」

ワン
一声吠えてアインは尻尾を振った。





ロックは医務室で横になっていた。
やっと頭痛は治まってきたが・・・体中が酷く重く感じられた。

“ロック・・・大丈夫?”

心配そうにユリアナが聞いてくる

“ああ・・・何とかね。あれは、『彼』だろう?――僕のエネルギーを吸い取っていった・・・・”
“間違いないわ。でも気が付かなかったみたいね。ただ通り過ぎていったみたいだし・・・”
“僕と彼はつながっている。近くを通れば反応するさ。一応、君にブロックしてもらったのが効いたのかな?僕がここに居ることは
分からなかったみたいだね。とりあえず、エネルギーを持っていったんだろう。”

自由になった僕の欠片・・・次は何処から仕掛けて来るんだ?

“でも、これでパパとも連絡が取れるんじゃない?もう亜空間には居ないんだから。”
“ふむ、確かにそうだな。先ずは手近なブラックホールから連絡を取ってみよう。後は・・・それまでの間、
被害を最小限に止めなくては・・・”





「マスターの居場所が分かったのですか?」

入ってくるなり19はニナに問いかけた。

“ポイントが判明しましたので、可能ですね。しかし・・・ひとつ気になる反応があるのです。”
「――?なんです?」

ためらうようなニナの反応に訝しげな顔を向ける。

“・・・彼の欠片らしき反応があるのです。”
「欠片?それは何ですか?」

“そういえば、19は初めてでしたね。”

ニナは何時に無く厳しい表情をしていた。

“ロックの魂の欠片です。前にも違う世界で対峙した事がありますが・・・彼を憎み、成り代わろうとする凶悪な存在でした。”

・・・そんなことがあるとは到底思えなかった。
どんな時でも人を憎もうとせず、命を奪うことを極力避けようとするマスター・・・
そんなマスターの魂が何故そのような存在になっているというのだ?


“――負の自分だと彼は言っていました。”

ニナは言った。

“覚えておきたくなかった過去の記憶と、その時にしでかした罪とに今、向き合っているのだと・・・。
19、欠片は彼に対してとても危険な存在です。拒否反応の所為か、彼はそれに対して大きな力が使えません。
前回ではジャスティというロックと同じだけの力を持った友人が助けてくれましたので何とかなりましたが・・・。”
「では、今マスターは危険な状態にあると?」
“可能性はあります。――反応からしてまだ目覚めてはいないようですが、行ってみなくては分かりません。
19、船の準備が終了しました。もう少しでポイントがつながります。早く彼の元へ行ってください。”





矢張りネットワークが荒いのがネックだな・・・・
ロックは逃げた欠片を探すための探査を掛けていた。
惑星間、都市間にはそれなりのものがあるが、それよりも小さい・・・個人間のネットワークはかなり緩いものだった。
――割り出すのは難しくなりそうだ。
どちらにしても本格的に覚醒してしまったら、力を使うだけで相手からは見つかることになる・・・・八方塞というところか?
溜息をついて座りなおし、端末に手を当てる。

“どうだ?ユリアナ。”
“今、それらしい事件が無いか調べてるけど・・・あ、これかな?”
“出してくれ。”

部屋備え付けのテレビにデータが表示される。

「ゲート内部での麻薬取引か・・・一人、逃走中だな。彼に取り付いたのか?」
“そう・・・だと思うわ。座標も近いし。それでね、ロック、もう一人を捕まえた賞金稼ぎなんだけど・・・”

スパイクとフェイ・・・か。詳しい話を聞きたいところだけれど・・・・どうするかな。




「マック・デビット?・・・何だか偽名みたいだな。」

スパイクがモニターを覗き込んだ。

「でも本名みたいだよ?」

エドがデータを立ち上げた。後ろからみんなして覗き込む。

「賞金が3000万ウーロン!?――凄いじゃない・・・」
「銀行強盗に麻薬取引、へえ、トラック強盗もか・・・・なんでもありだな、こいつ。」

顎に手を当ててジェットが言った。

「賞金がかけられたのもここ一ヶ月だよ?それまではここまで派手じゃなかったみたい。」
「元は麻薬取引が専門だったみたいね、ほら、この前捕まえた奴の取引先にいたみたい。」

画面を指差してフェイが指摘する。

「なんか人格変わるヤクでもやってんじゃねぇか?」
「ま、そんなこたどうでもいい・・・で?今どこら辺にいるんだ?」

エドの肩に手を置いてジェットが聞いた。

「それがね、えーと、しん、しん、しんしゅつ・・・きばつ?」
「神出鬼没だろ?」

スパイクが助け舟を出した。

「うん、それ。」
「つまり何処にいるのか皆目見当が付かないって事?」

フェイの声に動じてエドがずらずらとリストを立ち上げていく。
その範囲はほぼ太陽系全体に広がっていた。

「たった一ヶ月でこんなに動けるわきゃねぇだろ?仲間がいるんじゃないのか?」
「でもいつもたった一人なんだって!」
「んじゃ、何処探せばいーのよ?」

半ば途方にくれたフェイの声にエドはダーツを取り出した。

「じゃあさ、これで決めない?」
「・・・あ?」
「エイ!」

そのままスクリーンの地図に向かって投げつける。

「わわっ!」
「キャっ!」
「こら!エド!スクリーンに向かって物を投げるんじゃない!」
「叱る観点が違うだろ、ジェット・・・」

ダーツを拾い上げたスパイクが溜息と共にジェットに手渡す。

「・・・で?何処に当たったんだ?」
「見てないわよ、んなもん。」
「アステロイド・ベルトのC-12海床のあたりだよ!」

ニコニコしたエドが手を上げていった。

「じゃ、そこにしようぜ。」
「――て、オイ!ンな適当な・・・」
「神出鬼没ならどうしようもないだろ?ジェット。ま、駄目もとさ、行ってみようぜ。」




どうにも手詰まりだな・・・
ロックは自室で溜息をついた。
探査を掛けずとも、大体の位置はつかめるようになっていた。――おそらく、向こうも同じだろう。しかし、近づいてこようとはしない。

“・・・前のときと同じなのかな?”
“そうだと思う・・・向こうも近づくとそれなりの拒否反応が出るんだろう。”

せめてどんな「記憶」を持っているのかが分かればな・・・。
ジャステイの世界の時のように対処ができるかもしれない。
――19がいてくれれば・・・

“ロック、行動予測ができたわよ。”

端末に太陽系内の地図と、今までの出没地点が示される。

“かなりランダムに見えるけど・・・やっぱり無意識の規則性はあるみたい。”

ピッと一点が光る。

“次は多分ここら辺かな。警察や賞金稼ぎのデータを取り込んで裏を掻くのが上手いのよね。でもそれが規則になりかけてるの。”
「アステロイド・ベルトか・・・」

とりあえず、行って見るか。




「で?どーすんのよこれから・・・」
「わかんなあい!」

渋い顔のフェイにニコニコとエドが応じる。
・・・来ては見たものの、アステロイド・ベルトは広かった・・・・

「何処探しゃいいってんだよ・・・」

やっぱり来るんじゃなかったとでも言いたげにスパイク。

『よう、ジェット。』

雑音と共に外部通信が入る。

「ン?誰だ?」
『ヨブだよ。ヨブ・ミール。久しぶりだな。』

・・・やっと映像が入ってきた。アフリカ系の巨人。漆黒の巨体に金髪、緑の目にはサングラスを掛けている。

「――相変わらずサングラスかけてんのか?前が見えないだろ?それじゃあ・・・」

呆れたように言うジェットに肩をすくめて両手を上に上げる。

『こいつは俺のトレードマークだ、外せないのさ。なあ、あんたらもマック・デビット狙いか?』
「そんなとこだ・・・なんか情報あるのか?」
『あったって教えるわきゃねぇだろ・・・と、言いたいが、こっちが聞きたいぐらいなんだよな。何時、何処に出てくんのか
まるっきり見当がつかねぇ。』
「・・・ヨブにまで言われちゃあな。」

スパイクが画面を覗き込み、片手を上げる。

「よう、久しぶり。」
『よう、スパイク。”』
「こいつは神出鬼没だってぇんだが・・・どういう意味か知ってるか?」
『あ?なんでも、位相空間を使わずに移動してるんだと。船もなんにも無いとこでそのまんま突っ立ってるつーが・・・
こいつはガセだろ。』
「なんだと?ンじゃなんだ?宇宙服だけで待ち伏せしてるってのか?」
『それどころかそのスーツも着てないらしい。いきなりエネルギー砲を浴びせてきて積荷を持っていくらしいな。
それも居住区を狙ってくるってんだから、物騒なもんさ。・・・噂では』

急に声を潜める。

『・・・襲われた貨物船のモニターに、そいつが笑いながら突っ込んでくるのが写ってたんだと。』
「――B級ホラーじゃあるまいし、そんくらいにしとけ、ヨブ。」

半ば呆れたようにジェットが言った。





その海域に出た途端、痺れるような感触が走った。
前のときと同じだ。
近くにいることは、分かる・・・しかし、どうにも位置がつかめない。

「ユリアナ、どうだ?」
“今のところ大きな空間の歪みは無いわ。前みたいに「人」の中に入っちゃうとあたしでも分からないし・・・
なんか「力」を使ってくれればいいんだけど”
「『向こう』もそれは分かってるさ。息を潜めて僕をやり過ごすのか、それともいきなり打って出てくるか・・・」

中へと入り込んでいくごとに頭痛が酷くなってきた。
まずいな・・・動けなくなる前に撤退した方が良いか?

”ロック、前方に熱反応があるわ。”

言われるままに船を進めると、海賊に襲撃されている大きな輸送船が見えてきた。

“『彼』じゃないわね・・・普通の海賊みたい。”
「・・・海賊に普通も何も無いと思うが・・・」

近づくにつれ、大きなコンテナ船に取り付いた海賊船らしき船とそれとやり合っている小型艇が見えてきた。

“スパイクよ。”
「見れば分かるさ。しかし、どうしたものかな・・・」
“どうして?”
「この姿じゃ会えないって事さ。彼らと居た時は10歳ぐらいにしてただろう?」
“あ・・・そうか。”

腕を組んで見つめるロックの目の前で戦闘は終結した。海賊艇らしき船をアームで掴み、曳航していく。
コンテナ船はあちこち煙を吐きだしながらも動き出した。
――何だ?
エネルギー波を感じ、咄嗟に船を移動させる。・・・一筋の光がコンテナ船を貫いた。
船はゆっくりと膨れ上がり――爆発した。

「・・・痛う・・・」

耐え難いほどの拒否反応・・・ついに出てきたのか?


“ユリアナ、位置の特定はできないか?”
船の観測機器をフルに使って探査をかける。方向としては木星かららしい。





いきなりの衝撃波にスパイクは翻弄された。
・・・なんだよ、こりゃあ・・・
思わず取り落としそうになった獲物をしっかりと捕まえると、振り返る。
目に入ったのは、信じられない光景だった。

「何で爆発なんかしてるんだ?」

大きな破片が迫ってくるのが見え、慌てて進路を変える

「オイ!何を仕掛けたんだ!」
『・・・何にもしてねぇよ。ンな暇あったらさっさとズラかってるさ。』

不貞腐れたような返事が返ってくる――確かにそうだ。
なんか白いもんが目の前を横切った。・・・レーザービーム?何でこんなとこで?
次々と襲ってくるそれを必死で避けながら思わず叫ぶ。

「誰だ!こんな物騒なもんをぶっ放してんのは!」

特別でかいビームがこっちへと向かってくる。
間に合わんと悟った瞬間、それは目の前で弾かれたように四方へと拡散した。
・・・なんだ?

“今のうちだ、早く逃げるんだ!スパイク!”

通信ではなく直接頭の中に響く声・・・何処かで聞いたような気がするそれに従ってスパイクは急加速した。




――ぎりぎりだったな・・・
ロックは荒い息を吐きながら前方を睨みつけた。
潮が引いていくように消えていく悪意。一度ははっきりとこちらを認めた。しかし・・・
逃げられたな。

“・・・どうするの?”
“こちらとしても深追いはできない・・・二ナと連絡がつくまでは逃げているしかないだろうね――お互いに。”





「で?捕まえたのはこの雑魚一匹だってのか?」
「何にも無いよかはマシだろ?ジェット。」

苦虫を噛み潰したようなジェットにタバコを吹かしながらスパイクが答える。

「こっちだって必死だったんだぜ?いきなりトラックは爆発するわ、攻撃されるわ・・・」
「口封じ、とか?」
「んなタマじゃないだろ?こいつ・・・ザコだっつったのはジェットだろうが。――なんか分かったか?エド。」
「んー、一応賞金は掛かってるよ、800ユーロだって。」
「あのレーザービームは?木星の方から出てきたぜ?」

くるくる変わっていく画面を見ながら一心不乱に操作していたエドが顔を上げた。

「警察でも軍の演習でもないよ?それに、あんな大きなビーム砲、誰も持ってないし。」
「・・・・だよなぁ。」
「で、どーすんだ?ジェット。」
「そのビームの出た辺りに行ってみるとか?」

フェイが提案してくる。

「何も残ってないに決まってんだろ?大体、誰がやったのかもわからんのに・・・賞金のかからんだろ?これじゃ。」
「今掛かったよー?情報提供に200万ユーロだって。連邦軍が動いてるみたい。」

唐突なエドからの情報にみなして顔を見合わせる。

「――そんだけなんもわかっとらんつーことだよな・・・」

腕を組んだスパイクが呟いた

「またこれで決める?」

にっと笑ってエドがダーツを構えた。

「・・・ってコラ!止めろ!全く。」

慌ててスパイクが取り上げた。

「何にせよ、もうちっと情報が出てこんことにはな・・・」
髭をさすりながらジェットが言った。




ロックはまた公団内で通常勤務についていた。此処ならば太陽系内全体のデータをいっぺんに見ることが出来る・・・
此処は通常空間とゲート内部の異常地点の監視にはもってこいだったからだ。
暫くは何も起こらなかった。

“全くといっていいほど位置がつかめないわね・・・”

疲れたように溜息をついてユリアナが言った。

“誰かの中で潜伏して動きを抑えているんだろう・・・こうなると僕でも無理だな。”

軍や政府の上層部に入り込まれると厄介だ。こちらも調べたほうがいいかもしれない。
ピー
音と共にモニターが立ち上がり、褐色の大男の姿を映し出す。

「マルコム?どうかしたのか?」
『ロック、F-983ブロックでまた空間異常の反応が出てる。見てきてくれないか?』
「またか・・・この頃多くないか?」
『そうなんだよ・・・。』
肩まである赤毛を揺らしながらマルコムは溜息をついた。このところの頃の残業の所為か、目の下には隈が出てきている。

『俺は此処で15年以上働いてるが、こんなに頻繁に空間異常が続いたのは初めてだ。全く・・・どうなっていやがるんだ?』
「・・・とりあえず、行ってくるよ。」
『頼む。』

手元の通信機にデータを移すとゲート内移動用の小型機に乗り込み、出発する。F-983は・・・海王星ゲートの辺りか、
少し掛かるな。
その間にこれまでのデータを呼び出してみた。此処半年ほどで、前年比70パーセント増――確かに多すぎる。

“・・・欠片がやってる、とか?”

同じことを思っていたのかユリアナが聞いてきた。

“そうかもしれないけど・・・確証が無いね。近くには何回も行っているけれども拒否反応が出たことはないしな。”




現場に着くと作業を始めた。探査機で歪曲点を割り出し、空間固定用のプロープを打ち込む。ニードルとよく似たそれが
ポイントに固定したのを確認すると、修復のためのネットを被せてその場を離れた。
通信機を取り上げて連絡をつける。

「こちらロック。F-983ブロックの修復完了。他には出てないのか?」
『ちょっと待ってくれ・・・ロック、少し戻ることになるが、C-518ブロックでも反応が出かけているみたいだ。
そっちも頼む。』
「了解。」

送られてきたデータを受け取り、移動する。暫く経ったころにユリアナが話しかけてきた。

“面白いわよね、ここ。パパの中の固定通路とそっくり。でも、よくゆがみで崩壊しないなぁ・・・”
“一度固定すれば維持するのにあまりエネルギーは使わないよ。それに、ここは太陽系内のみだ、ニナの中の通路に比べると
遥かに距離が近いんだよ。”
“でもさ、ここの地球に月が無いのはその所為じゃないの?”
“ま、あの事故はそうみたいだね。ひずみの集約点と月の軌道が重なったんだろう。その後は大した事故はないし、
うまくやってるんじゃないか?”

C-518ブロックに到着し、修復を始めた。何時ものようにプロープを打ち込み、ネットを拡げようとした時点で
おかしなことに気が付いた。
・・・プロープが一部消滅している・・・?
打ち込んだはずのプロープが一つ無くなり、穴が開いていた。――その跡がうっすらと白く光って見える・・・
もしかして・・・
船外に出ると、亜空間からニードルを取り出しポイントへと打ち込んだ。
するりと抜けるような感触・・・

“ニナ?聞こえるか?”
“――違うわ!ロック!”

ブワリと闇が噴出した。
咄嗟にニードルを抜き、ネットを被せる。・・・あたりを漂う黒い塊は薄れながらも渦を巻いてロックへと纏わりついていた。

“ユリアナ・・・あれは?”

額に浮きでた汗を拭きながらロックは問いかけた。

“間違いないわ、『彼』よ・・・”

微かに震えているユリアナの声。
誰かに取り付いたんじゃなくて、この中にいるって言うのか・・・?




「何だか、ゲートがおかしくないか?このごろ・・・」

スパイクはソファーでタバコを吸いながら呟いた。

「ああ、そうだ。」

仏頂面でジェットが頷く。

「アステロイド・ベルトで降りたはずなのに、出てみたら1万キロも離れたとこに放り出しやがった。
どうなってるんだ?」
「そういや、あたしもこの前火星で降りたつもりなのに水星近くまで飛ばされたことがあったわ。
戻る分の燃料代よこせっつっても駄目だったけど。」

壁に凭れ掛かったフェイも言った。

「そりゃ、そーだろ。がめついゲート公団がはいそうですかって出すわきゃ無いだろ?――なんかあんのか?エド。」

ソファーから首を伸ばし、下でなにやらやっているエドを見る。

「一応、公式の謝罪と見解が出てるよ?原因不明の歪曲点の急増だって。ええと・・・明日から一週間、
メンテナンスのために全面閉鎖だって。」
「ここ百年、停めたこと無かったんだよな?確か・・・」

スパイクの声にジェットも顔を上げた。

「それだけ深刻なんだろうさ・・・」

ぼそりと呟く。

「大事故が起きる前に徹底して原因究明ってとこじゃないのか?





[41299] カウボーイビバップ編 ③ 始動
Name: 百舌鳥◆9e0a2b3c ID:b873792d
Date: 2015/06/20 19:02
  始動

――メインシステム駆動率、90パーセント。85・・・80・・・
――冥王星ジャンクション、停止確認しました。ほぼ予定時刻です。
――動作完了まで450分・・・
太陽系内のルートを示す白いラインが少しずつ消えていく。

「・・・やれやれ、もうちっとで100年祭をやろうって時にこんなことをやる羽目になるとはな。」

システムの全面停止用のデータを処理しながらぼやくようにマルコムが言った。

「100年祭?」
「ゲート開通100周年記念だとさ。来年の話だよ、色々企画してるらしいんだがな・・・。」



異常は駆動率が50パーセントを切ったあたりに起こった。
コントロールルームの機器に一斉に赤ランプが灯り、幾つもの警戒音が響く。

「何だ?どうした!」

駆けつけた本部長の目の前で見る見るうちに赤く染まっていくディスプレイ。

「――!状況を!」
「ゲート内のエネルギー値が急上昇していきます!」

悲鳴のようなオペレータの声。

「ジェネレーターのコントロールはどうした!停止させたはずだ!」
「何者かにハッキングされています!こちらの命令を受け付けません!」
「何とかしてコントロールを取り戻せ!このままでは壊れてしまうぞ!」

冥王星、海王星・・・停止させたはずのジェネレータは全て動き出し、全力運転を始めた。膨大なエネルギーが
ゲート内部へと注がれていく。

「稼働率200パーセントだと?どうにかして停めるんだ!」

最早真っ青になった本部長が怒鳴り散らす。・・・・しかし、どうやってもコントロールを取り戻す事はできなかった。

「・・・・一体、何処のどいつなんだ?」
「テロリストじゃないのか?こいつはむしろ、ゲートを破壊しようとしてるみたいだぜ?」

絶望的な呟きがあちこちから漏れてくる。
最早手の施しようがないことは誰の目にも明らかだった。



“ユリアナ、どうだ?”
“・・・駄目みたい。どうやったのかわかんないけど、ジェネレーターを通じて一挙に乗っ取ったみたいね。
あたしとしたことが、後手に回るなんて・・・・。”

悔しげなその声を無視してロックはユリアナに問いかけた。

“どうにかして入り込めないのか?”
“メイン・システムを先に押さえられちゃったから・・・こっからじゃ大したことはできないわ。
ゲート内部もかなり歪みが出てるみたいね。”
「ロック、出動だとよ。」

マルコムの声も一瞬耳に入らなかった。

「おい、どうした?なにぼうっとしてるんだ?」

怪訝そうなその声に我に返る・・・慌てて振り向いた。

「ごめん、マルコム。どうかしたのか?」
「出動しろとさ。何でも、ジェネレーターが暴走してっから外側からリンクを遮断して停止させろってことらしい。
・・・簡単に言ってくれっけどな。」

廊下を歩きながらマルコムに聞いてみた

「外側に非常停止ボタンでも付いてるのか?」
「そう・・・らしいな。一回も使われたことが無いそうだし、何処にあるのかも分からないんだぞ?
どうしろっていうんだよ・・・」
「何処のジェネレーターに行くんだ?冥王星みたいな遠いところから順番にやられてるって・・・」

ちらりとロックを見てマルコムは続けた。

「よく知ってるな・・・。だがな、もうそこの火星あたりまで来そうなんだと。その前にってことらしい。」

それぞれ一人乗りの小型艇に乗り込み、ジェネレーターを目指す。・・・近づくにつれ、巨大なそれは
山のように迫ってきた。

『こいつを二人で探せってのか・・・?』

呻くような声が通信機から漏れてくる。

「――そういえば、タリスやジェシカはどうしたんだ?」

ロックの質問に、マルコムは不機嫌そうに答えた。

『内部調整の方に駆り出されてる・・・貧乏くじを引いたのさ、俺たちは。』

大きな溜息も漏れてきた。肩をすくめているのが目に見えるようだった。


『こいつを見てくれ。』
声と共に何かの図面が送付されてくる。それを開いたロックは思わず声を上げた。

「これはジェネレーターの設計図面じゃないか!・・・よく見つけられたね?」
『文書ルームを引っ掻き回してやっと見つけたんだ。――後片付け手伝えよ、ロック。但しこいつは初期の、それも
建設当時のものらしい。後から仕様が変更されたり、付け加えたのもあるだろうからこのまんまじゃないってことさ。』
「それでも参考にはなるさ。・・・で?どのあたりから見ていく?」
『・・・。とりあえず一回りしようぜ。』

自動コースを設置し、カメラを動かすとロックは図面のチェックをはじめた。カメラの画像と連動すれば早いんだが・・・
そこまでは無理らしかった。
ぴたりと一点で手が止まる。・・・これかな?
外部リンク遮断スイッチと非常用強制停止スイッチ。――ジェネレーターの頂上付近・・・システムデータを受け取る
監視制御ユニットのそばに隠れるように取り付けられていた。

『・・・分かりやすいんだか、分かりにくいんだか・・・』

マルコムのぼやきが伝わってきた。どうやら同じところを探し当てたらしい。
頂上に1番近い平らなところに船を止め、宇宙服を着込んで外に出る。大きさも高さも様々なユニットの塊はごつごつした
岩山にそっくりだった。

『近くに行くだけでも一苦労だな、こりゃ・・・』

息を切らしながらマルコムが言った。
ひたすらよじ登り、歩く。これの繰り返していると、突然ぐらりと揺れた。

「――っと」

咄嗟に差し出されたマルコムの手を掴む。

『大丈夫か?ロック。』
「ああ、ありがとう、マルコム。しかし、まずいな・・・もう暴走しだしてるのか?」

ずんずんと突き上げるような揺れも伝わって来た

『・・・かもな。そら、早く行こうぜ。』

進んでいくうちにロックはまた違った感覚を感じていた。――気持ちの悪い、いやな感触。纏わり付いてくる悪意。

“・・・ユリアナ。”

胸を押さえて訊ねる。

“そう・・・みたい。でも、何処からなのかしら”




「・・・で?何処に逃げ込むって?」

呆れた顔でスパイクが言った。
ディスプレイには追い詰めた賞金首が焦りまくった顔で映っていた。

「このままゲートで逃げようかと・・・あれ?」
「ゲートは明日まで止まってンぜ?ニュースぐらい見ろよな。」
アームを伸ばし、一発ブン殴る。

煙を吐いて回転するそいつを無造作に摘み上げるとソードフイッシュの後ろに固定した。
その横にはその前に捕まえたやつが括り付けられている。

「よう、ジェット、捕まえたぜ。」
『二つともか?』
「当たり前だろ?――そっちはどうだ?」
『フェイも二人捕まえたそうだ。そろそろそっちに着くんじゃないか?』
「ふーん、で?後は?」
『火星のジャンクションの近くにゃいないな・・・。一度戻って来いよ、スパイク。』
「あいよ。・・・なあ、ジェット、ゲートが停止してるってこと、意外と知らない奴がいるのな。」
『・・・おい』
『そうみたいだな。』

画面の向こうのジェットも呆れ顔だった。

『おい・・・』
『フェイが捕まえたやつも向こうのゲートの近くでうろうろしてたってから・・・あんだけニュースで流してんのにな。』
『おい!』
「ま、その分楽だからいいけどよ、こっちは・・・」
『おい!聞けってば!』
「何だよ、うるせえな!」

画面の半分からとっつかまえたやつがせっついてくる。さすがに腹が立って怒鳴りつけた矢先、側面に突き上げるような
衝撃波を食らった――右回りに旋回しそうになるのを何とか堪える。

『・・・ジェネレータが爆発してるぞ?』

呆けた様な声が飛び込んでくる。

「なんだって?」

モニターにはさっき捕まえたやつが後ろを向いて映っていた。

『とにかく早く行けよ!何してんだ?巻き込まれたらどーすんだよ!』

もう一人が割り込んできて怒鳴る。

言われるまででもなく急加速してその場を離れ・・・フェイと鉢合わせしそうになった。

『ちょっと!よく前見なさいよね!危ないじゃないの!――て、何よ、あれ・・・』

スパイクの後ろに目をやったフェイが信じられないように聞いてくる。

「ジェネレーターが爆発してんだよ!早くどけよ!また衝撃波が来るぞ!」
『――え?』

津波のような衝撃波が二つの機体をめちゃくちゃに揺さぶった。
一瞬、チカチカと光点が瞬く。

「・・・なんだ?」
『どしたの?』

漸く安定させたらしいフェイが訊ねてくる。

「そっちも見てくれよ・・・生命反応がある。」
『あら・・・ほんとだわ。でも、あの爆発のど真ん中じゃない、機械の故障じゃないの?』
「二つ同時にか?」
『ありえない話じゃないわ。どっちのもそーとーガタ来てんだし。』
「とにかく行って見る。フェイ、こいつらを頼む。」

アームで二人を切り離し、フェイに押し付ける。

『ちょっと!何処行くって?』
「ジェネレーターのところさ。・・・本当に誰かいるんなら助けないとな。」




亜空間からの触手がロックを貫いていた。
――黒いそれから注入されてくる記憶・・・これも、同じだ。
辛いが故に封じ込めた記憶。
何とか意識を保ち続ける――気を失ったら終わりだ。
ピーッ
ホンの一瞬、レーザーカッターが触手を切り払った。最後の力を振り絞って転移する・・・せいぜい100メートル。
それでも、振り切れたようだった。

『おい!大丈夫か?おい!・・・お前、まさか・・・』

驚愕の表情で覗き込んできたのはスパイクだった。




ロックは一心に花を摘んでいた。
風に揺れる白い花、マーガレット。母さんと同じ名前の花。
ほぼ両手一杯に積んだとき、、遠くから母さんの声がした。

「・・・ロック・・・帰ってらっしゃい・・・」
「はあい!」

声を張り上げると家へと急ぐ。――入り口では何時ものように母さんが出迎えてくれた

「かあさん、ハイ!」

両手いっぱいの花を手渡すと、優しく微笑んでくれた。

「ありがとう、ロック、綺麗ね・・・」

瓶に水を入れ、その花束を差し込むと振り返る。

「ダリウスおじさんが林檎をわけてくださったの。・・・ほら、焼りんごを作ったわ、一緒に食べましょ?」

母さんはにっこりと微笑むと、手を引いて椅子へと座らせてくれた。
切り取って口に運ぶ・・・・何時ものように甘い林檎の後に苦いものが入ってきた。
思わず吐き出そうとした口元を母さんがぐっと押さえてくる。

「駄目よ、ロック、飲み込んで頂戴・・・」

無理やり飲み込まされたそれは、お腹の中で熱い塊になっていく。

「・・・かあ・・・さん・・・?」

苦しくて息ができない。

「駄目なのよ、もう・・・もうすぐ捕まえに来るわ。魔女だからって・・・。」


ぼんやりと霞んでくる母さんの目には涙が流れていた。
「あんなところで責め殺されるくらいなら・・・あなたも捕まるわ、魔女の子だから・・・」

つうっと口元から血が流れてくる。

「母さんも一緒に行くわ。ね?」

――いやだ・・・
体中を駆け巡る激痛
いやだ!
・・・・何かが弾けたような気がした・・・




フウッと意識が戻った。
あれは・・・僕の、「恐怖」だ。
恐らくは生みの親に殺されそうになった時の記憶。
同じ金緑色の髪、同じエメラルドグリーンの瞳・・・
でも、多分、僕は・・・
ガチャリとドアが開いてスパイクが入ってきた。

「よう、目が覚めたか?」

ドスンとベットの端に腰掛ける。

「お前――ロックだよな?何でまた、そんなにでかくなったんだ?」
「こっちが本当の姿なんだよ。」

上体を起こそうとしても、力が入らない・・・また、エネルギーを吸い取られたんだろう。

「丸一日意識がなかったんだ、まだ寝てろ。」

チロリとこちらを見ながら言ってくる。

「・・・あれは、なんだったんだ?何か黒いもんがお前に突き刺さって・・・ゲートから出てきてたみたいだが。」
「僕の、魂の欠片だ。」

何とか半身を起こすことができた。

「すぐにここを出るよ。僕が居るとみなに迷惑をかけるから・・・」
「何処に行くって?」

ドアを開けてむっつりとしたジェットが入ってきた。
持ってきたスープをトレイごとロックの前に置く。

「そら、スープだ。食え。」
「・・・あ・・・ありがとう。」

スプーンを手に取り、食べ出したロックに不機嫌そうに問いかける。

「食ったら、話せ。お前さんはナニに巻き込まれてるんだ?」

コトリとスプーンをトレイにおくと、ロックはジェットの目を見ながら話し出した。

「巻き込んでしまったのは僕のほうだよ。このままでは君たちまで危険にさらされることになる。だから・・・」
「俺たちゃ賞金稼ぎだ。やばいことなんざ、こっちから首を突っ込んでる。」

むすっとしてジェットが言った。

「何でいきなり消えたんだ?俺たちを信用してなかったのか?」
「・・・そうじゃない。さっきも言ったとおり、あのままでは君たちまで巻き込みかねなかった。今、ゲートを操っているのは
僕の魂の欠片だ。――これは僕の問題なんだよ。」
「それを信じろってか?」
「信じられなくとも不思議じゃないさ、スパイク。・・・僕だって、どう説明すればいいのか分からない。」

食べ終わり、ジェットへとトレイごと返すと、気になっていたことを聞いてみる。

「ゲートは今、どうなっているんだ?」
「相変わらずさ。何が起こったんだか、ずっと閉じたまんまで動きゃしねぇ。」

お陰でこっちは商売上がったりだ・・・ジェイクはブツブツ文句を言っていた。

「で?あんたはどうしたいんだ?」
スパイクが長身を折り曲げて覗き込んできた。

「もう少し、情報が欲しい。せめて今ゲートがどうなっているのかが分かれば・・・」
「そいつはエドに頼め。あいつなら何処にでも入ってく。だから今は・・・」

スパイクがそう言いかけたときだった。

「――っ!」

唐突に立ち上がったロックがふっと消えうせた。

「な、何だ?」
「・・・消えちまったぜ・・・?」

叩きつけるような轟音と共にいきなり船体がくるりと一回転し、猛烈な振動が襲い掛かってきた。
咄嗟に手近なもの掴る。

「横っ腹に一発喰らったみたいだな・・・」
「スパイク!なに落ち着いてやがんだ!一体どうしたって・・・」
「ちょっと、ジェット!どうなってんのよ!」

フェイがよろめきながら怒鳴り込んできた。

「俺に言うな!」
「ネー、外見てみて!面白いよ?」

エドがとてとてと入ってきた。相変わらず、小刻みに揺れている中を平然と歩いてくる。
・・・何時もながら、なに考えていやがるんだか・・・

「どうしたって?エド。」

立ち上がったスパイクは溜息をつきながら聞いた。

「外だよ、外!すっごく綺麗なの!」

揺れる中を何とかコックピットにたどり着いた全員が絶句した・・・・エドを除いて。

「ほら、綺麗でしょ?」

――前面を覆う、銀色の膜。どうやらそいつは船全体を覆っているらしかった。

「・・・なんだあ?こりゃあ・・・」
「なんかのフィールドみたいだよ?」

いつの間にか座り込んだエドが自分の端末と船体の機器とをを繋いでなにやらやって居る。

「何だか守ってくれてるみたいだよ?その外側は凄いことになってるみたいだし。」




ゲートの開口部から白い光が槍の様に突き刺さってくる。
今のロックではバリアを張って支えるので精一杯だった。
このままでは持たない・・・どうすれば・・・
霞む目を凝らした時、ぼやけた灰色の光点が見えたような気がした。
咄嗟にニードルを打ち込む。――ぐにゃりと光が歪んだ。あたりを舐めるように薙ぎ払うのと同時に大爆発を起こす。
・・・光が急速に弱まっていく・・・
ジェネレーターがやられたのか?
ロックは肩で息をしながらもう一度ゲートの残骸を見据えた。
あれは・・・コントロールバリアのポイントだ。
ほんの少し、空間が反転したのが感じられた。
ぐらりと体が傾くと同時に目の前が暗くなっていく――
気がつくと、またベットに寝かされていた。


「全く無茶しやがる・・・」
覗き込んだスパイクが呆れたように言ってくる。

「・・・よく言われるよ。」

苦笑しながら起き上がろうとするが、どうにも力が入らなかった。

「何か食いもん持ってきてやるからそのまま寝てろ。三日も寝てりゃ、力が入らんのも無理ないだろ?」

チロリとこちらを見てスパイクは出て行った。
三日、か・・・
随分と消耗していたんだな。このままじゃ、さすがに持たない。何かエネルギー源を探さないと・・・

「ほらよ。」

スープ皿を手に持ったスパイクが入ってきた。
後ろにはむっつりと押し黙ったジェットが控えている。

「ロック、あんたはこれからどうしたいんだ?」

いきなりのジェットからの問いかけに、咄嗟に返事は返せなかった。

「・・・どう・・・といわれても・・・ゲートの中にある僕の魂の欠片を僕の中に戻すこと、これが僕のやるべきことだ。
ただ、どうすればいいのか分からないんだ・・・」
「俺たちを守ってくれたんだろ?」

スパイクがどさりと隣に腰を下ろした。そのままスープを手渡してくる。

「あんがとさん」
「・・・僕が巻き込んだようなものだ。当たり前だろう?」
「逆恨みにはなれてる。――こんな家業やってりゃな。」

目の前に立ったまま低い声でジェットが呟いた。

「冷めちまうぞ?飲め。」

指差して言ってくる。

「ああ・・・ありがとう。」

飲み終えた皿を持って立ち上がるとドアのところで立ち止まった。・・・後ろを向いたまま声をかけてくる。

「俺たちが情報を集めてやる・・・まだ休んでろ。」

そのまま出て行った。

「あれでも感謝してるつもりなんだぜ?――ま、あいつは昔からそうだったからな。」

呆れたようにスパイクが言った。

「俺たちにも情報網はある。蛇の道は蛇ってやつさ。」
「それなんだが・・・エドを呼んでくれないか?」



[41299] カウボーイ・ビバップ編 ④ 攻勢
Name: 百舌鳥◆9e0a2b3c ID:b873792d
Date: 2015/06/21 21:17
 攻勢

「どこに入ればいいの?」

大人になっているロックのことを気に掛ける様子も無くエドが訊ねてきた。

「ゲート公団だ。内部に入れないか?」
「いいよ?えーっと、ちょっとまってね。」

うねうねと画面が切り替わり、公団のホームページへと変わる。と、同時に幾つものシャボン玉が浮き上がり、
ずらずらとデータが表示されていく。

「何を見たいの?」
「そのままでいい・・・ちょっと貸してくれないか?」

渡された端末に手を触れる。

“――ユリアナ・・・”
渦を巻くように表示が切り替わっていく。どんどんと内部へと入り込んでいることが一目で分かった。

「すごーい!どうやったの?教えて!」
「これは・・・無理だね。僕にしか使えない『力』だ。」

幾つかのファイルが表示され、拡大する。

「何のデータなんだ?」

スパイクとジェットも覗き込んできた。

「何が何だかさっぱり分からんぞ?」
「あのね、今ゲートは誰にも使えないってこと!」
「んなこた言われんでもわかっとる!だからなんでなんだよ!」
「・・・僕の欠片がゲートの亜空間を侵食しているんだ、ゲート公団のシステムごとね。」

唐突に発せられたロックの言葉に二人は凍りついた。

「今は乗っ取られたシステムを取り返そうとしてるんだろう・・・分かるのはこのくらいだね。」
「そーゆーこと!」

エドがパネルにタッチして次々情報をを呼び出していく。

「あった、これこれ!」

一つのファイルが拡大された。

「何々・・・?位相空間での歪曲点修正のための空間変換処理?何だコリャ?」


ロックがすっと手を伸ばして画面に触れた。
「・・・通常空間との接触タイミングをずらして空間の位相を変えるということだろう?こうやって封じ込めるつもりか・・・?」
「前にもやったよな、そーいや。」

ぼりぼりと顎を掻きながらスパイクが言った。

「で?どうなんだ?効くと思うか?」

水を向けられたロックは考え込んだ。

「・・・一時的には効くかもしれないが・・・『彼』は位相ゲートの空間そのものに食い込んでいる。
遅かれ早かれ出てくるだろうな。」

流れるように移り変わっていくデータを見ながら言う。

「できるなら、一度ゲート公団に戻りたい。どういった状況になっているのかを確かめたいんだが・・・」

――テレポート・・は無理だな。鏡も内部は亜空間だ。相手がニナでない以上、ゲートを開くのも難しいだろう。
また、手詰まりになってしまったな・・・

“ユリアナ、何とか君の力でゲートシステムをコントロールできないか?”

帰ってきたユリアナに問いかける。

“・・・システムの結構な領域を喰われてるからちょっと無理ね。ジェネレーターからの流入エネルギーが遮断幕みたいになってて
中に入れないのよ。”
「亜空間に食い込んでるっつってたが・・・なんでそんなことをするんだ?」

不思議そうにスパイクが聞いてくる。

「エネルギー補充のためだろうね、多分。ゲートというのはいわば亜空間に設置されたエネルギーチューブみたいなものさ。
地球~火星間でどのくらいの船が行き来してると思うんだ?ゲート維持のためのエネルギー、通過する船舶の移動エネルギー・・・
それらは全てゲート内部へと溜まり、時として思わぬひずみを生むことがある。」
「月の粉砕事件のことか?」

唸るようにジェットが言った。

「そうだ。あれは月と亜空間のひずみのポイントとが重なったことによる事故だろう。もう少し長距離を・・・
せめて1500光年ぐらいを繋げられればひずみを分散するシステムを間に噛ますことができるんだが。」
「・・・お前、どっから来たってんだ?」

呆れたようなスパイクの声に苦笑しながら答える。

「そういえば、言ってなかったか・・・僕はこの世界の住民じゃないんだ。こことは違う歴史を持った――ここよりも
長い歴史を持った世界から来たんだ。」
「何で来たんだ?」
「・・・それは・・・まあ・・事故だとしか言えないな。」

欠片に呼ばれたのかもしれないが・・・と、ちらりと思ったが口には出さなかった。

「で?結局どうしたいんだ?」

最初の問いかけに戻ったジェットの目を見ながら答える

「さっきも言ったとおり、僕の魂の欠片を僕の中に戻すこと、だ。多分これができなければゲートも元に戻らないと思う。」
「何か急に消えたりしたじゃん!あれでは入れないの?」

覗き込んでいるジェットの間に身体を割り込ませてエドが言ってきた。頬を高潮させ、ワクワクしているのか
体が小刻みに揺れている。――変わった子だとは思っていたが・・・

「今の時点では無理だね。内部空間に歪みが出ているのもあるけど、僕は欠片の傍によると体が上手く動かないんだ。」

できるなら19が来てくれるまで待っていたいところだが、そうも言ってられなくなりそうだった。

「あたしが何とかしたげようか?」

後ろから掛けられた声に振り向くと、ドアにもたれる様にして立っているフェイがいた。

「・・・どれを何とかするんだって?」

スパイクの声に噛み付いてくる。

「ゲート公団に入り込むことよ!ほらっ!」

小さなカセットを投げてよこした。

「・・・全く、いい男じゃないの。はなっからその格好でいりゃあよかったのに・・・」

なにやらぶつくさ言いながらこちらを睨んでくるフェイに声をかける。

「・・・これは?」
「マルコムって言うゲート公団職員からのメッセージ・データよ。生きてるなら連絡しろってさ。――あんた、行方不明の扱いに
なってるみたいね。最初は公団も捜索してたみたいだけど、あーなってからはどうでもよくなったみたい。」

・・・仕方ないでしょ?と、肩をすくめるフェイから目を逸らしてロックは考え込んだ。

マルコムか・・・
あの瞬間、とっさに鏡に入れて転移させた。無事かどうかの確認ができなかったことはずっと気に掛かっていた。

「そいつを読むならリーダーはこっちだぞ?」

ほら、貸せよ、とスパイクが手を差し出してきた。
かちりとカセットを差し込む。内容は単純なものだった。とにかく連絡をしろ、それだけだった。

「・・・まだ社員の扱いになってるのかな?」
「死亡が確認できなきゃそうだろうさ。あれから大して経ってないだろ?で?どーすんだ?」
「とりあえずマルコムのところに行って見るよ。そのまま内部に入れるならば丁度いいからね。今までありがとう、スパイク。
ジェットとフェイ、エドもだね。本当に助かった。」
「何だよその、ありがとうってのは。まだ早いだろ?」
「――なんだって?」

スパイクから掛けられた声にロックは驚いてそちらを見上げた。

「俺たちも付いてくさ。だろ?ジェット。」

渋い顔のジェットの肩に自分の腕を乗せてニヤニヤと笑いながらスパイクが言った。

「・・・だからこれは僕個人の問題だ。僕がここを離れれば・・・」
「目を付けられなくなる、とは限らんぜ?大体、厄介ごとってのは何とか逃げようとすればするほどくっついてくるもんだ・・・。
だったらこっちから追いかけちまえばいい。厄介ごとの中に厄介ごとを持ち込んでやるのさ。そーすりゃ、少なくとも
追っかけてはこられねぇてことさ。」
「・・・んなこと言ってるのはお前だけだ。」

腕を組んだジェットがぼそりと言った。

「ま、だが、このごたごたを上手く何とかできればゲート公団の覚えも目出度くなるかも知れん。」
「あー・・・せこいこと考えてるでしょ?御礼がもらえるかも、とか・・・」
「繋がりを持つ事は悪いことにはならんという意味だ!まぜっかえすな、フェイ!」
「・・・しかし・・・」

呆然としているロックの目も前に、ベットに飛び乗ったエドが顔を近づけてきた。
にっと笑いながら言ってくる。

「いーのいーの!ニンゲンってのはね、少しくらい不純な動機を持っていたほうが一生懸命仕事するもんなんだって!
パパが言ってた!エドも面白そうだからいこうっと!」
「ま、諦めろ、ロック。」

ポン、とジェットが肩を叩いてきた。

「あいつが言い出したら誰にも止められん。」
「そーゆーこと!」
「・・・確かにそうだね。」
「で?どーすんの?このまま行くわけ?」

腰に手を当ててフェイが覗き込んできた。

「早いとこしてくれって言われてんのよ!」
「もう少し待って欲しいと伝えてくれないか・・?」

ロックは考え込みながら言った。

「何とかしてエネルギーを確保しなくちゃいけないんだ。このままじゃ、大して動けない。」
「メシならあるぞ?」

ジェットが怪訝そうな声で聞いてくる。

「その程度じゃ、足りないんだよ。・・・あれとの戦いはかなりのエネルギーを必要とするんだ。」

亜空間からの・・・二ナからのエネルギー供給ができないのはどう考えても不利になる。かと言って、
太陽系外でブラックホールを探すには最早遅すぎた。

「だからどのくらいなのよ?火薬とかじゃ駄目なわけ?」

バアンと、爆発させるとか?・・・と、フェイが両手を上に広げた。

「爆発時のエネルギーを使うという意味では当たってるね。ただし、桁が違う。せめて中型の核弾頭ぐらいはないと・・・」

一個や二個じゃ足りないだろうけどな・・・と、口の中で呟く。

「あるぞ、使うか?」
「・・・え?」

驚くロックにジェットは後ろを指差しながら答えた。

「昔サルベージしたやつが倉庫の奥に転がってる。確か、2つほどあったはずだ。」
「・・・って、おい、ジェット、何時のだよ?」

呆れた声を出すスパイクをじろりと睨んで言葉を続ける。

「昔、二人で捨てられた海賊船みたいなやつをサルベージしたことがあったろう?そいつの中にあったんだよ。」
「え?みんなばらして売っちまったんじゃなかったのか?」
「・・・売れなかったんだよ、さすがに。信管は抜いといたし、大丈夫だろうと思ってしまいこんどいて忘れてた。」
「何でそんなやばいもん忘れられるのよ・・・・」

頭を抱えてフェイがぼやいた。

「どうだ、使うか?」

ジェットが身を乗り出して聞いてくる。

「いいのか?僕が貰ってしまっても。」
「どーせどこにも売れんし、どうやらこの頃放射能が漏れ出してるらしい。貰ってくれんならありがたいくらいだ。」

中型核弾頭2つか・・・少しは足しになるかな・・・?

「見せてくれないか?」




「で?何処にあるって?」

倉庫の入り口に手をついたスパイクが呆けた声で言った。
入り口まで積みあがっているガラクタ。何がなにやら全く分からない上に、奥の方は照明が切れているのか真っ暗だった。

「一番奥・・・だろう多分。」

ぽりぽりと頬を掻きながらジェットが言った

「奥って――中にも入れないじゃない!どーすんのよ!」

最早閉まらないドアの前で中を指差し、フェイがジェットを怒鳴りつけた。

「――フム。」

軽く内部を探査する。・・・と、一番奥の棚の中段にそれらしきものが見えた。
鏡を創り、転移させる。内部に取り込むと小さくして手元に引き寄せた。

「これか?ジェット。」

人の背ほどに戻してジェットへと見せた。

「そう、それだ。に、してもよく取って来れたな?中にも入ってないのによ・・・」
「まあ、色々特殊な力があるのさ、僕にはね。」
「何だか・・・ガラスにはめ込まれてるみたいに見えるけど、大丈夫なの?これ。」

腰に手を当てたフェイが鏡を睨みつけながら聞いてきた。

「ガイガーカウンターには反応なしでーす!」

いつの間にか取り出したそれを押し付けながらエドが明るく言った。

「『鏡』と言うんだよ、これは。大きくも小さくも出来るからこれごと圧縮してエネルギー分解するんだ。
放射能も出ないレベルにまでね。」

平然として言うロックを半ば呆然としながらスパイクは眺めていた。
・・・一体、どんな「力」とやらを持っているのやら・・・




ボカリ
出会い頭に思い切りぶん殴られてロックは壁際まで吹っ飛ばされた。

「ちょっと!何すんのよ、いきなり!」

何故かフェイがマルコムに食って掛かる。

「・・・生きてるんなら早く連絡しやがれ!心配させやがって!」

まだ何のかんの言ってくる女を努めて無視してマルコムはロックへと近づいた。
座り込んでいるロックへ手を差し伸べてやる。

「いてて・・さすがに、きついな。こっちも色々あったんだよ。でも、ごめん。そっちに連絡することまでは気が回らなかった。」

差し出された手に掴って立ち上がる。

「まあ、いいさ。これですっきりしたしな。で?戻ってくんのか?後ろにぞろぞろくっついてんのは何なんだ?」

くるりと腕を回して背後を指差す――そこには呆然として突っ立っているスパイクたちがいた。

「戻るというよりはやらなくてはいけないことがあるから来たんだ。・・・マルコム、今ゲートはどうなってるんだ?」
「・・・一言で言えるような状況じゃないさ。」

ガックリと肩を落としてマルコムが溜息をついた。

「んーとね、単純にいうならシステム全体が制御不能で暴走してるってとこ?」

いつの間にか自分の端末をシステムコンピュータに繋いだエドが言った。

「あ?おい!何やってんだ!」

慌てて駆け寄ろうとするマルコムを制してロックはエドへと近づいた。

「大丈夫だ。多分エドの方が公団内の誰よりも現状を把握できてると思う。――ユリアナ、どうだ?」

エドの頭上からコンソールに手をついたロックが呟いた。
途端にディスプレイ上に怒涛のようにデータが開いていく。

「ゲート内部に入ること自体が出来ないのか?」
「・・・そうだ。システムが乗っ取られてるだけじゃなく、開いたまんまになってるゲートの入り口からも入れないらしい・・・
何だか、膜が張ってあるみたいで先に進めないんだと。」

苦虫を噛み潰したような声でマルコムが言ってくる。
――空間と時間の位相を変えてるのか・・・?コントロールバリアみたいだな、まるで。

“それ、使えない?”

ユリアナが指摘した。

“視た限りではゲートの外側にポイントはないね。それがなくては中には入れない。”
“・・・そっか・・・”
「なんだか、すんごいエネルギー喰ってるみたいだけど、どっから持って来てんの?」

エドが不思議そうに聞いてくる。

「全部のジェネレーターをフル稼働させてやがる。――オーバーロードもいいところだ。このままじゃみんな壊れちまう。」
「えー?そんだけじゃここまでのパワーは出ないよ?」

幾つかの点滅するグラフを指差しながらエドが言った

「・・・空間そのものからエネルギーを搾り取っているんだろう。今まで内部に溜まっていたひずみの分もある。
それらを全部あわせれば・・・」

そのくらいはできる相手だ。

「とにかくこの暴走状態を何とかせん事には何の手も打てん。一時でもいいからシステムを停止させられりゃあ・・・」

――そうか!

「非常停止スイッチだ!マルコム、あの後他のところで作業は続けたのか?」
「ナニ言ってるんだよ、ロック。ンなヒマあるわきゃ無いだろう?あのジェネレーターは爆発しちまったし、
システムの暴走でそれどころじゃ・・・なんだって?」

ディスプレイにジェネレータのエネルギーラインと稼働率が表示される。まるで太陽系の血管のように張り巡らされた
ライン・・・どれもが真っ赤に染まり、幾つかは黒く染まっていた。

「ここが火星の第一ゲートで・・・ここは土星あたりか?」
「タイタンとアステロイドベルトの中間あたりだな。」

次いで、ジェネレーターの内部仕様とプログラムデータが示される。
目にも留まらぬ速さで開いていくそれを、エドは目を丸くしてみていた。
一つのデータが大きく開き、止まった。

「これを見てくれ。今、ゲートは膨大なエネルギーを蓄えた単なるラインとして扱われている。メイン・コンピューターは
その維持のためだけに使われ、ジェネレーターは外部からのエネルギー供給用のエンジンとしてのみ使用されていて
どちらも主な機能は停止状態にある。――これらの全機能をもう一度立ち上げる。」
「・・・で?」
「そしてネットワークを繋ぎ、メインコンピューターがコントロールを取り戻したところで一気にダウンさせる
・・・機能停止させるんだ。」
「んなことしたら全部壊れちまうぞ!何を考えてるんだ!」

両肩を掴んで怒鳴りつけてくるマルコムを見据えてロックは口を開いた。

「一時的にでもゲート内の圧力が下がれば僕は中に入り込めるかもしれない・・・。マルコム、あれをやっているのは・・・
ゲートを暴走させているのは僕の魂の欠片だ。だから、僕以外に対処できないんだ。」
「それを俺に信じろと?」
「信じてもらうしかない・・・今はこれ以上の手が考えられないんだ。」
「わかったよ。」

だらりと腕の力を抜き、マルコムはそばの椅子に座り込んだ

「だがよ、そう簡単のことは進まんぜ?大体、メインコンピューターをどうやって騙すつもりだ?コントロールシステムは
乗っ取られちまってるんだぜ?」
「それをエド、君に頼みたいんだ。」

ロックが手を触れると、一つのファイルが浮かび上がってきた。

「これを使ってダミーデータを流して欲しいんだ。ジェネレーターのプログラムをメインのそれから切り離すのもやって欲しい
――できるか?」
「うん!」

既にエドは何時もの眼鏡をかけて座り込んでいた。

「まだ問題はあるぞ・・・あの強制停止スイッチは手動でやらなきゃならん。こっから一気にってわけにゃいかんぞ?」
「それはスパイクたちに頼もう。」

立ち上がり、振り返ったロックはにこりと笑った。

「俺たちが?太陽系全体に散らばっているこいつを俺たちだけでやれってのか?」

スパイクが素っ頓狂な声を上げた。

「君たちにだって独自のネットワークがあるだろう?誰でもいい、ジェネレータ近くにいる仲間や知り合いに頼んで
処理して貰って欲しいんだ。なんだったら、僕が雇う形にしてもいい。――報酬は何とかするよ。」
「元とれんでしょうね?」

胡散臭げにフェイが言った。

「信じてもらうしかないな、こればっかりは。図面等のデータは接続次第僕のほうから送る。――やってくれるかい?」
「フン」

ジェットが鼻を鳴らしてじろりと睨んできた。

「まあいいだろ、やってやるよ。ゲートが使えんことには俺たちも仕事にならん。」

 



[41299] カウボーイビバップ編5 攻撃
Name: 百舌鳥◆9e0a2b3c ID:b873792d
Date: 2015/06/23 23:51

  攻撃  

ルルルルル・・・
今掛かっているハードロックに合わせて弾んでいる指を浮かせて携帯を手に取る。

「ヘイ!おや?スパイクじゃないか、久しぶりだね。――なんだって?」

ヴィクトリアは携帯を持ち替えると片手でデータを呼び出した。

「へえ・・・面白そうじゃないか、頼まれてやるよ。ああ、アステロイドベルトのとこはあたしが行く。それと・・・」

地図を表示させ、カーゴトラックのネットワークに繋ぐ。それぞれの位置に指を置いて確かめながらヴィクトリアは答えた。

「金星の1から3、木星の第6ジャンクションと天王星の第2辺りにできそうな奴がいるね。ここは任せな。また新しい
データが入ったら送っとくれ。」
「アステロイドベルトの第3、金星の1から3、木星の第6と天王星の第2だとさ!」

スパイクが携帯を握ったまま怒鳴った。

「誰がやるんだ?」


マルコムも怒鳴り返す。
「今データが来た・・・ほら、こいつだ。」
「どれどれ・・・?」
「スイッチを切るのはできたら同期した方がいい・・・通信機器は繋いだままにして欲しいと伝えてくれないか?」

エドと共にプログラムの分離と代替データを流しているロックが口を挟んだ。

「あいよ。」
「アンドレア?あたしよ、フェイ。あんた、今どこにいるの?」
「ヨブか?俺だ、ジェットだよ。ちょっと頼まれてくれるか?」

見る見るうちにジェネレーターの位置座標を示す地図に人名が書き込まれていく。
スパイクの仲間達だけではなく、カーゴトラックのネットワークをも駆使して彼らは人を集めていた。

「ねえ、ロック・・・」

エドがちょっと真剣な顔つきで訊ねてくる。

「この中に誰かいるの?」

画面を指差して言った。

「いるよ、ユリアナって言う僕の友人がね。ネットワークの中に入ることが出来るんだ。君の手伝いをしてもらうように
頼んでおいたんだよ。」
「おい!大体埋まったぞ?」

携帯を片手にスパイクが振り向いた。

「残りは水星の第一基地だけでーす!」

陽気なエドの声に顔をしかめたマルコムが応じる。

「ここは水星上で集められる太陽エネルギーの集約地点だぞ?・・・ここは他のとことは操作方法が違うんだ。結構めんどくさいし、
職員じゃなきゃ無理かも知れんな。」
「基地っつうんだから誰かいないのか?」
「広大な太陽電池以外はなんにも無いとこだ、たまにメンテナンス要員が行くくらいだな。自動化されてるから
人がいる必要がないんだよ。」

データ処理をしながらロックがスパイクに答える。

「そこは、できたら僕が行きたいところだが・・・」
「なんでだ?」
「ここで賄われるエネルギーは全体の40パーセントに達するんだ。それだけ、空間の歪みも大きくなるから
入り込む隙があるかもしれない。・・・希望的観測ってやつだけれどもね。」

肩をすくめて答える。

「ゲートが使えないんじゃ行くのはどの道無理だろう?おい!誰か適当な奴はいないのか?」

ジェットが立ち上がりみなを大きく見回した。

「いるにはいるけど・・・できそうなのが見当たらないのよねぇ・・・」
「俺もだ。」

フェイとスパイクから答えが返ってくる。


「保守用の通路なら開けられるぞ?」
ぬっと立ち上がったマルコムがゲート保守用の表示パネルを指差した。

「ゲート本体とは別の位相空間をここみたいな保守作業用施設の間で繋げるところがあるらしい。――ここにもあるはずだ。」
「本当か?マルコム。」
「設計図面にゃ、そう書いてある・・・。ゲートが停止した時を想定して造られたらしいが、今んとこ一回も使われたことが
ないみたいだな。」
「今のところって・・・100年間一度も?」

フェイが驚いた声を上げた。

「そうだ。」
「まともに動くわけ?」
「分からん。」
「それでも、何も打つ手がないよりはずっとマシだよ。マルコム、それは何処にあるんだ?」

立ち上がったロックをフェイが慌てて引き止める。

「ちょっと待ちなさいよ!まともに動くのかどうかもわかんないのを使おうっての?」
「これ以上打つ手が思いつかない以上、できることからやるしかないだろう?どうやれば動かせるんだ?」

マルコムは自分が座っている端末を指差した。

「先ずは地球のゲート公団の了解を得なくちゃならん。――こいつだけで2~3日掛かるぞ?そいつでパスを貰って漸く
必要なエネルギーが供給されるって寸法だ。これ自体も動かすのは骨みたいだな・・・旧式な上に、手順がえらく複雑らしい。」
「パスの方は何とかするよ・・・すぐに出ると思う。マルコムは準備をしてくれないか?」

ロックはもう一度座り込むと画面に手を触れた。

「マルコム、月の粉砕事件の時はどしたわけ?あの時もゲートは停止したって聞いてるけど。」

フェイが後ろから近づいて身を寄せてきた。――ゾクゾクするような女の香り。だが危険だということが本能的に分かった。

「ゲート公団本部は地球にあるからな、丁度月に対して裏側だったこともあって大した被害はなかったらしい。・・・そん時はな。
だからすぐに修理部隊を送り込めたんだと。」

心持ち、身体を話しながら答える

「すっごーい!よくこんな簡単に入り込めるよね?」

目を丸くしたエドが画面を指差して大声を上げた。

「完全な閉鎖回路でもない限り、ユリアナが入れないところはないよ。僕の世界のネットワークはここよりもずっと発達している。
だから、楽な方じゃないかな?」

ピッーという音と共にパスが表示される。

「でたよー!」

元気よくエドが片手を上げた。

「おいおい・・・さっきから10分と経ってないぞ?」

マルコムが呆れたように言ってくる。

「こっちにも色々と裏技があるのさ。それで、何処にあるって?」
「最上階だよ。」

マルコムは上を指差した。

「東端の階段の上に、開かずの扉があっただろう?外から眺めると小さな小屋だけで後は何もない広場になってる。
何なんだと思ってたら、このためのスペースらしいな。おっと、どうやってパスを持ってくかな?」
「エドのこれ、持ってけば大丈夫だよ!エドも行く!」

自分の端末を持ち上げたエドがドアの外へと走り出した。




ドアの上部に付いている解除スイッチにパスを入力すると、難なく開いた。
スパイクが恐る恐る覗き込むと内部は真っ暗だった・・・が、恐れもなくマルコムが踏み込むとパアッと明かりが付く。

「うわぁ・・・埃だらけじゃない。ほんとに動くの?これ。」

何故か付いてきたフェイがパタパタと手で払いながら言ってくる。
ジェットも盛大にくしゃみをしていた。
ロックは中央の制御機器らしきものに歩み寄り、エドを手招きする。

「動いてくれなくては困るんだよ。エド、これだ、繋いでくれないか?」

パスを入力すると鈍いモーター音が響きだした。背後に取り付けられている機械に付いたランプが一つずつ点いていく。

「この後はどうするんだ?」
「ちょっと待て、今調べる。」

振り返ったロックの目の前でマルコムは分厚いマニュアルを捲りだしていた。

「先に調べとけよ、んなもん。」

呆れたように言うスパイクをじろりと睨む。

「こいつを探し出すだけで小一時間掛かったんだ!中なんぞ見てる暇があるか!――ああ、ここだな、多分。
ロック、正面の赤いスイッチを押してくれ。」
「これか?」

カチリと押した途端にブゥーンとと低い音が唸りだし、徐々に高くなっていく。

「スパイク・・・だったか?あんたは右側のバルブのハンドルを押し下げてくれ、ゆっくりとだ。ジェットは左側の
その青いハンドルを右に回すんだ・・・そこに付いてる計器を見て赤い針が真ん中の青い線と重なったら止めろ。」
「お・・・重いぞ!こいつ!ジェット、代わってくれ!」
「俺のも重くて上手く動かん・・・錆付いてないか?これ・・・」
「100年間誰も動かさなかった代物だ、仕方がないだろう?ええと、あとは・・・」

とにかく複雑で厄介かつ動かしにくい工程を全て終わらすには50分近く掛かった。


「終わった・・・ンだよな?これで・・・」
ぜいぜいと荒い息をついてジェットがマルコムに尋ねた。

「の、はずだ。ロック、正面の扉を開けてくれ。」
「分かった。」

――極小の歪曲点が生じ徐々に拡大していく。ふいに周囲の空間を押しのけ、ポイントが出現したのが感じられた。
観音開きの扉を押し開けると、うすく光るゲートの入り口が広場の中央に浮かんでいる。
「今開いてる位相差空間とは対の位相のとこを開くらしい。・・・こいつを使えば行けるんじゃないか?」

見た限りでは大した歪みは無い様に感じる。

“どうだ?ユリアナ”

端末に手を置いて訊ねる。

“今のところは大丈夫見たい・・・でも、発生装置の系統は一緒だし、隣接してる以上侵食してくるのは時間の問題だと思う。
・・・大して持たないんじゃないかな。”
「水星まではどれぐらいだ?マルコム。」
「内部が何時ものゲートと同じだとすっと、小型艇で2時間てとこかな・・・。この基地にあったのは壊れちまったし、
どっかで探してこないとな・・・」
「俺のソードフイッシュを持ってきてやるよ。」

よっこらと立ち上がりながらスパイクが言った。

「貸してくれるのか?」
「ナニ言ってやがる・・・俺が運転すんだよ、乗っけてってやる。ただし、こいつは別料金な。」

ニヤニヤしながら覗き込んできた。

「・・・仕方がないな、頼む。」

微苦笑と共に差し出された手をがっちりと掴んでスパイクは言った。

「んじゃ、今こっちに持ってくる。・・・待ってろ。」




「後は頼むよ、マルコム、ジェット。」

スパイクが開けた後部座席にロックが乗り込んで来る。

「このゲートは普通のと違って出入り口の表示がないから気をつけろよ?そのまんまの速度で飛び出したら大変な目にあうぞ!」

下からマルコムが怒鳴ってきた。

「あいよ・・・んじゃ、一丁行こうぜ!」

アクセルを目いっぱい吹かして中へと突っ込んだ。
30分ほど走ったところで、ロックがしきりに後ろを気にしているのに気が付いた。

「どーかしたのか?」
「もう少し早く走れないか?」

唐突にロックが言い出した。

「空間の置き換えが始まっているんだ・・・どうやら気づかれたらしい。」
「そいつは大変だ!よーーーっと!」

アクセルを一気に踏み込み、最大加速へと持っていく。機体が落ち着いたところで振り返って聞いてみた。

「よく分かるな?俺には何にもわからんが。」
「・・・僕は空間のゆがみを感知できるんだ。そうだな、大きな何かが後ろから迫ってくるような感じかな?
もともとは僕の一部なんだしね。」

ささやくように言ってくるその声は何故か悲しげに響いてきた。

「なら、何で襲って来るんだ?元に戻りたいだけじゃないのか?」
「あの中には僕の記憶も封じられてるんだ・・・。思い出したくないような代物と長い間封じ込められていたんだ、
僕の事を恨んでいたとしても仕方ないさ。」

――何かが弾けたような感触と共に途切れた記憶。「力」が暴発したのだろう。

「逆恨みみたいなもんじゃないか、それじゃ。」

呆れた声が返ってくる。

「よくあることだろ?ンな事は。――俺にだって幾つもあるさ。だからそう、落ち込むなって。」
「落ち込んでいるつもりはないんだけどね・・・ありがとう、スパイク。」

火星基地から1時間半・・・そろそろ出口が見えてきてもいいはずだった。

「・・・糞!」
「どうかしたのか?スパイク。」
「なんでか急にスピードが落ちてきやがった!まだ燃料はたっぷり残ってるし、アクセルも目いっぱい吹かしてるってのに何でだ?
もう少しだってのによ!」

顔を上げると出口らしき白い光が見えていた。
感覚をエネルギー探査に切り替え、あたりを見回す。――ソードフイッシュへと纏わりつく黒い糸。顕微鏡でしか見えないような
極細の糸が全体にびっしりと巻き付いている。
これは・・・まさか・・・いや、そうだ。

「先に行くんだ、スパイク。」
「――なんだって?」

驚いて振り返るスパイクの目を見ながら続ける

「あれが狙っているのは僕だ。君ひとりならここから出られるかもしれない。」
「だから置いてけって?んなことできるわけないだろう!」
「先に行くんだ。」

ロックは重ねて言った。

「外に出てユリアナの言うとおりにシャットダウンをして欲しい・・・。ゲートシステムへのエネルギー供給が途絶えれば
何とかできるかもしれない。――いずれにせよ、その前に僕はこの中に入るつもりだったんだ。」
「ロック!」

反論しようとしたスパイクは彼の目をみて黙り込んだ。強い決意を示す青い瞳。そうだ、こいつも言い出したら引かないやつだった。

「もうすぐ僕の友人がここへ来るはずだ。彼女に今までの状況を伝えて欲しい。」

19は必ず来てくれる。
・・・いつの間にかロックが外へと出ていた。押してもいないアクセルが動き、スパイクは外へと飛び出した。




彼が通常空間へと脱出したことを確認したロックはゆっくりと振り返った。
・・・迫り来る黒い触手。それは紛れもない憎悪を放っていた。

  



[41299] カウボーイ・ビバップ編 ⑥ 援護
Name: 百舌鳥◆9e0a2b3c ID:b873792d
Date: 2015/06/25 23:37
  援護

『――ジェット・・・・』
「スパイクか?案外早かったな。どうだ、作業は始めたのか?分からんとこはロックにでも聞いて・・・」
『あいつは・・・いない。中に残った。』
「なんだって!なんでそんな・・・」

絶句するジェットの耳にスパイクの苦々しげな声が届く。

『ユリアナって奴の言うとおりにシャットダウンしろとさ。エネルギーの供給が途絶えれば何とかできるかも知れんと抜かしやがった。
全く!何であいつは全部一人で引っ被ろうとするんだ?俺にだってなんかできるかもしれないのによ!』
「落ち着け、スパイク。とりあえず今は言うとおりにするしかないだろ?それがあいつを助けることになるんだ。
・・・で?ユリアナってのはどこにいるんだ?」
『知らん。』
「って、おい!」
「いるよ?」

隣からエドが端末を指差しながら答える。

「ユリアナはこの中にいるよ?あのね、ユリアナはネットワークの中にいるんだって。」




『・・・確かにその通りです。マスターの悪い癖ですね。』
「誰だ!」

いきなり頭上から降ってきた声に驚き、見上げる。水星基地のジェネレータ上空に放り出された機体の上にそいつはいた。
――金の髪に冷たい青い瞳。男か女か分からぬ美貌を持つそいつが口を開いた。


『マスターはどこにいますか?』
何だ、こいつは・・・スーツも着ずに平然と立ってやがる――何にも無いところに。
からからになった唇を舐めてスパイクはゲートの名残の小さなゆがみを指差した。

「あいつなら・・・ロックなら、ここにはいない。あの中だ。」
『なんですって!』

くるりと踵を返し、その中に入り込もうとするそいつの腕を咄嗟にマニピュレーターで捕まえる。

「何やってんだ!そのまま入ったってあんたもやられちまうぞ!」

最後に感じたあの感触・・・。迫り来る暗闇、そいつは全てを喰らいつくそうとする悪意のみが感じられた。

『だからこそです!私が何のためにここにきたと思っているのですか!』

無理やり振りほどいたそいつが大声で喚く。

「ちったあ頭冷やせ!闇雲に突っ込んでってどーすんだよ!ここの状況ってもんをなあ・・・!」

ピーッ
通信機がなり、思わず手に取る。

『何やってんだ、スパイク!さっさと作業しろ!こっちはあらかた終わってるんだ!後はお前のとこだけだって
ユリアナってやつが・・・』
『ユリアナがどうかしたのですか?』

いきなり横合いからひったくられた。見ると、そいつがいつの間にか中に入り込んでいる。

『いいから答えなさい!ユリアナはそこにいるのですか?』
『・・・・!』

ジェットが向こうで息を呑んだのが感じられた。命令しなれた口調。どっかの警察署長でもやってんのか?

『――マルコムだ。あんたが19ってやつか?ユリアナから聞いたよ、仲間だって話だな。とりあえず今からデータを送る。
後はそこと土星の第5ジャンクションが終われば準備は終了だ。どーすんのか決めとけ。』




握っている原始的な通信機からユリアナの意識が伝わってきた。
同時に小さなディスプレイにデータが表示される。
・・・太陽系を縦横に貫く荒いネットワーク。エネルギー供給用のジェネレーターの表示はここと土星の一箇所が赤く、
残りは青く染まっていた。

“どういうことです?ユリアナ。”
“見ての通りよ?19。ジェネレータシステムのゲート本体との切り離し処置とシャットダウン。それによるエネルギーの供給停止ね。”
“それとマスターと何の関係が?この中にいると言っていましたが・・・”
“ロックの魂の欠片はここのゲートシステムの亜空間と融合しているの。――少なくともロックはそう思ってるみたい。
システムのほとんどを乗ってられちゃってるからあたしも上手く動けないし・・・。とりあえずゲート本体とシステムを
切り離してるとこ。パパ達は?一緒に来てないの?”
“私の船にリンクしています。T-4705に通信用ゲートがありますので何とかなるでしょう。誰か呼びますか?”
“ここは小さいからパパじゃ無理ね。・・・ウーノットあたりなら大丈夫かも。”
“分かりました。この通信機では無理ですからあのジェネレータを通じてリンクします。・・・中の様子は分かっているのですか?”
“ちょっと・・・無理ね。さっきも言ったとおり、あんまり中に入れないのよ。ロックはあたしにゆがみの影響が出ないように
切り離したのよ。だから、今のあたしにはロックの意識は読めないわ。”
“では、どうしろと?”
“シャットダウンが終わる前に入り込むしかないわ。空間が閉じてしまったらパパでも無理だろうし・・・”
“しかし・・・”

ちらりと外を見て続ける。

“先ほどの入り口は閉じてしまいました。”
“ウーノットが来たらこっちからデータを送るわ。それを基にすればパパなら何とか入り口を作れると思うの。”

なにやら分からない言葉でくっちゃべっていたそいつが急に振り向いた。

『作業を始めなさい・・・スパイク、でしたか?手順はこの中にあります。』
「ンなこた分かってる!そのためにここに来たんだ!――っておい!どこにいくんだ?」

命令口調にむっとしながら怒鳴り返すとそいつが外に出て行った。
――コックピットのドアも開けずに通り抜けやがった・・・

『船をこちらへ持ってきます。リンクは決して断たない様にするのですよ?』

振り向きもせずに言い放つと目の前でふっと消えうせた。



「本部長!ジェネレータが停止していきます!」
「なんだと?」

成す術もなく頭を抱えていた本部長が立ち上がった。
頭上に浮いているゲートラインを示す大きなリングの色が変わっていった。運用停止を示す赤へと染まっていく。
同時にオペレータたちのディスプレイも次々と息を吹き返し始めていた。

「・・・誰がやっているんだ・・・?」

呆然とした呟きに呼応した一人が報告する。

「どうやら外部から誰かが入り込んできているようです。」
「ハッキングされてるって言うのか?」
「そう、です、が・・・どうもゲートシステムのコントロールを少しずつこっちに返還しているように見えます。
なんと言うか、ゲート本体とシステムを切り離しているような・・・」
「そんなことができるのか!?誰が?ジェネレーターもそいつらか!」
「いえ、そちらは別のようです。」

違うオペレーターが顔を上げた。

「ジェネレーターに取り付けられた強制遮断スイッチを操作しているようです。手動ですね。」
「手動だと?」

もっとよく見ようと本部長が首を伸ばした時だった。

『ヘイ!ゲート公団本部かい?』

全面に設えた巨大ディスプレイに一人の女性の姿が映し出された。
よく日に焼けた顔色に、短い銀色の髪。40~50代であろうその女性はにっと笑うと大声でしゃべりだした。

『もう一寸するとジェネレーターを全部同時にシャットダウンするからそっちも準備しておいとくれ?そうすりゃ
そっちにコントロールが戻るはずさ。後はそっちで何とかしとくれよ?』
「おい!」

本部長は手近なオペレーターのマイクを引っ手繰ると怒鳴った。

「誰なんだ、君は!君がこれをやってるのか?ゲートシステムを暴走させたのも君か!?」
『手伝ってやってるってのに、その言い草はないだろう?』

睨みつけるようにぐっと顔を近づけてくる。・・・あまりの迫力に、本部長は思わず1~2歩後ろへと下がった。

『大元は火星第3基地のマルコムってやつとビバップ号のジェットってやつだ。詳細はそっちに聞いとくれ。
ああ、あたしらのバイト代は適当に算出してそっちに送っとく。――今回は随分手間も掛かったし、
そっちは儲けてんだから盛大に色をつけて欲しいねぇ・・・。じゃ、よろしく。』

言いたいことだけを言ってパチリと切られた。

「――!火星の第3基地だ!早く繋げ!」
「駄目です!まだ外部通信は復旧してません!」
「結局何一つわからんではないか!何のために通信してきたんだ!」
「・・・バイト代の催促じゃないですかぁ・・・?」

大声で喚く本部長をぼんやりと見ながらオペレーターの一人が惚けたように呟いた。



『ジェットかい?あたしだよ、ああ、とりあえず連絡はしといた。詳しいことはそっちに聞けって言っておいたから、
おっつけ連絡が来るんじゃないか?おや・・・ちょっと待っとくれ、土星の第5ステーションのデミアンが終わったとさ、
これであたしの方は全員終了だ。――そっちはどうだい?』
「後は水星のとこだけだ。ありがとうよ、V・T。」
『誰が行ってるんだい?』
「スパイクとロックなんだが・・・ロックが中に残ったとか何とか・・・よく分からん。」

ジェットは背後で必死に何かやっているマルコムをちらりと見て続けた。

「どうもこの水星のステーションにデータの大部分が吸い上げられてるらしい・・・。エドによると、
中にいるユリアナって奴の仕業らしいんだが・・・」
『――何だか要領を得ないねぇ・・・。らしいばっかじゃわからないよ?』

V・Tが怪訝そうな声で聞いてきた。

「こっちだって何が何だかはなっからわかっとらん。とにかく、今はスパイクが作業してるらしい。
もう少し掛かりそうだとさ。」
『あいよ。リンクは接続したまんまのほうがいいんだね?今のところみんな繋がってるよ。』
「遮断スイッチは同期させたほうがいいらしい。――逃げ場をなくすんだとさ。」




そのスパイクはスーツを着てボードと格闘していた。

「・・・で、次は・・・この青いつまみを引っ張って同時にこのスイッチを押して・・・。
――ったく、何でこんなにややこしいんだ?」

マニピュレーターではできないような細かい操作ばかりだった。送られてきたマニュアルを操縦席のディスプレイに映し、
一つの操作が終わるごとに覗きに行く。

『勝手に設定を弄くられないようにある一定の手順をふまないと動かないようになっているのでしょう。
ここは誰でも近づくことができますから。』

気が付くとそいつが隣に立っていた。ぎょっとして思わず後じさる。
・・・何時の間に来たんだ?全く気配が感じられなかった。

『後は私がやります。そこに居てください、いいですね?』

高飛車に言い放つとボードと向かい合った。・・・前と同じように、真空の只中にスーツも着ずに直に立っている。

“さあこれで終了です。ユリアナ、聞こえますか?”

予めどうやってるのかを知っていたかのように手早く作業を済ませるとパタリとボードの蓋を閉める。何かわけの分からない
言葉を呟くとスパイクへと振り向いた。

『今から5分後に遮断スイッチを押しなさい。できるかぎりこのままリンクは保っておくこと。わかりましたね?』

――そいつの頭上に青黒い闇が生じた。ないはずの大気が吹き出てそいつの髪をはためかせる。そこから・・・まるで
あの冷蔵庫の中にいたようなねっちゃりとした何かがでろりとはみ出してきた。

「おい!あんた、まさか・・・」

止める暇も有らばこそ、そいつは中へと飛び込んだ。




・・・空耳だろうか、パチリとスイッチを切り替える音がしたような気がした・・・
停止しているディスプレイが黒く沈み、一瞬、本部内が暗くなる。

「おい!どうしたんだ!」

最早誰も気にしていない本部長の喚き声と共に中央の大ディスプレイに明かりが灯った。
オペレーターたちの前にあるそれと共に一気にデータが流れ始める。
微かなブーンという音と共に周囲の様々な端末も息を吹き返し、流れ込んでくる膨大な情報を処理し始めた。




“どうですか?ユリアナ。”
“何とかシステムコントロールは取り戻させたし、エラーも処理できた見たい。ママたちのお陰ね、助かったわ。”
“ロックたちが居るあの空間・・・プループは投入できないの?”

一足先に戻ってきたナミコが問いかけた。

“今は完全に閉じちゃってるから無理ね。”

肩をすくめてユリアナは言った。

“19に持っていってもらえればよかったんだけど・・・”
“声をかける暇もなかったからな・・・あやつはロックのことになると目の色が変わる。しかたなかろう。”

戻ってきたウーノットが呆れたように言った。

“それで、どうするの?”
“こちら側は待つことしかできませんね、トレス。”

ニナが流れ込んでくるデータを処理しながら答える。

“システムを遮断し、エネルギーラインを切った時点であの空間は閉じています。――私の入り込む隙がないのです。
それでもこちら側に幾つかのポイントらしきものが出現しかけています。いざとなったらこれを使って何か手が打てるかもしれません。”




「マスター!どこにいるのですか!マスター!」

内部は想像していたよりも酷い有様だった。いたるところで歪み、千切れ、渦を巻いている空間・・・自分のいる
相対座標を計ることですら覚束無かった。
19は目を閉じた。――セカンドフェーズへと切り替え、感覚を全開にして周囲を探査する。
・・・いた。どす黒い歪みがまるで嵐のように吹き荒れているその中心に・・・あの方はいた。




じわじわと至るところから染み込んでくる毒。周囲を隙間なく取り囲んでいる黒いそれは体中に巻きつき、締め上げてくる。
貫いている幾つもの触手・・・そこからも毒は染み込み、身体を痺れさせていく。
・・・核は、どこだ・・?欠片の記憶は・・・
薄れていく意識の中で必死に探査をかけても、返ってくるのは拒否反応ばかり。

“――!マスター!”

聞き覚えのある声と共に巻きついている触手が一気に切り払われる。・・・締め上げていた触手はざらざらと黒い砂になって
零れ落ちていった。
崩れるように座り込み、何とか自由になった右手を上げて胸元を押さえる・・・治癒を掛けようにもエネルギーが残っていなかった。
・・・どこからか治癒のパターンと共にエネルギーが流れ込んでくる。やっとロックは一息つくことができた。
肩に温かい手のひらが触れていることに気づき、何とか振り返る。

「・・・遅いぞ?19。」
「申し訳ありません、ポイントの把握に手間取りました。何分、初めてのところでしたので・・・」

ロックへと治癒をかけながら19は油断なく周囲へと目を配っていた。・・・締め付けてくる歪み。
咄嗟に作った鏡の周囲はでろでろとした黒い何かが取り巻いていた。

「これから・・・どうなさるおつもりですか?」

思わず強張った声が出てしまう・・・それほどまでに周りの状況は常軌を逸していた。

「――核を見つけるんだ・・・あれの中心にいるであろう、僕の魂の欠片を・・・」

ぜいぜいと荒い息をつきながらロックが立ち上がった。鏡の表面へと手を触れ、こちらを見つめながら口を開いた。

「この中では僕は拒否反応の方が強くて内部を探査できない。――あれは僕の恐怖だ・・・幼かった僕には耐えられなかった恐怖。
だが、あれも僕の一部なんだ・・・。君は・・・どうだ?」
「わかりました、やってみます。」

未だに信じられなかった。ニナから教えられた前回の記録・・・マスターと同じだけの力を持った負の欠片。

目を閉じてなるべく広く意識を拡散する。二ナの中と同じように、距離というものの無い「場」
・・・ふと、ある一点に目が留まった。
闇が収縮していく一点。凝ったような闇の塊の表面はぶよぶよと蠢いていた。

「・・・何か見つかったのか?」

未だに苦しげなその声に19は片手を上げてその一点を指し示した。

「あちらです、マスター。」

ポイントとして認識すると同時に座標が浮かび上がってくる。

「連れて行ってくれ・・・」

鏡が移動しだしたのが感じられた。ロックは力の入らない足を踏ん張り、霞む目を凝らしてそのポイントを見つめた。
やはり、見えなかった・・・
どうしても焦点を合わすことができない、それ。ジャスティの世界の時のように視点がするりと抜けていく。
何とか捉えようと、無意識に足を踏み出す・・・が、ガクリと膝が崩れ、倒れそうになった。
咄嗟に差し出された19の腕に掴る。

「もう少し休まれていた方が良いのでは?」
「いや・・・駄目だ。時間が無い。ここはあまり広くないんだ――あれの増殖に因ってここが、
ゲートシステムが破壊してしまったら・・・」

それは、ここの太陽系の崩壊を意味していた。
どす黒い触手はべっとりと鏡に巻きついていく。・・・ぎしぎしと軋む音が聞こえそうな歪み。
苦しげに胸を押さえて座り込んだロックを置いて19はするりと鏡を抜け出た。

「状況を探って見ます。マスターはそこでお待ち下さい。」
「――19!無茶だ!止めろ!」

立ち上がって叫んでくるロックを見ないようにしながら19は一歩前へと踏み出した。気持ちの悪いヘドロのようなものが
巻きついてくるのを無視しながらここの核であろうゆがみの中心部を見据えた。
距離のないここでは意識することが近づいていくことになる。
急速に接近していくそこは、絶え間なくゆがみと憎悪とを周囲に撒き散らしていた。
・・・それがこちらを認識したように感じた・・・
咄嗟にシールドを張ったが間に合わず、モロに攻撃を喰らう。右腕と左足の先端部、そして胴体の真ん中に大穴をあけられる。
苦痛信号はブロックしたが、大幅な機能停止は免れなかった。
何だ?同時に体内のエネルギーも吸い取られたように感じる。
「それ」が自分の体液を滴らせた触手をゆらゆらと振っている・・・笑っているかのように。
突然無事な左腕をつかまれ、鏡の中に引きずり込まれた。

「無茶をするんじゃない!あれは僕でもてこずる相手だ、正攻法でどうにかできる相手じゃない・・・」

小さな鏡を手に持ったロックがこちらへとエネルギーを送り込んできた。――体内に仕込まれたナノマシンが見る見るうちに
破損箇所を修復していく。

「これは・・?」

内部で燃え立つような光を発している鏡を握らせてくる。

「核爆弾だよ。・・・ジェットから貰ったんだ。鏡ごと圧縮してエネルギーのみを吸収できるようにしてある。
少しは足しになるだろう。一つはさっき自分で使ってしまったんだ・・・もう一つあってよかったよ。」

とりあえず身体の修復を終えた19は上半身を起こし、鏡へと手をついた。

「これから、どうするというのですか?」
「それが・・・思いつかないんだよ・・・」

額に手を当てたロックが苦渋に満ちた声で答えてくる。

「あれは・・・僕の魂の欠片は共に封じられた記憶によって動いている。辛く、苦しい記憶によってね。
それを宥め、僕の中へと戻すには僕自身があれに触れ、僕の中に残っているほかの記憶によって説得するしか無い。
しかし・・・近寄れば拒否反応が出てくる。僕自身のは何とか抑えられるが向こう側のものはどうしようもない。
19、君にも僕の欠片が入っている以上、先ほどのように攻撃されるだろう。」

どうにも手詰まりだな・・・と、ロックが苦しげにに呟いた時だった。
突然幾つもの「穴」が黒い闇を貫いた。そこから差し込んでくる光と共に声が響く。

“早くこれを固定して!長くは持たないの!”

ユリアナの声だった。
咄嗟に19はその付近を中心に探査をかけた。――微かにポイントらしき光点を見つけ、亜空間から取り出したニードルを打ち込んだ。

「――うわ!」

渦を巻くように金色の光の帯が鏡の周囲を巡り、一瞬、あたりを真昼の太陽のように照らし出した。
・・・ぽっかりと開いた穴の中に鏡は浮いていた。
取り囲む闇の固まりも戸惑うかのように動きを止めている。

「・・・何をやったんだ?」
「ニードルを打ち込みました。マスター・・・先ほどの声が聞こえませんでしたか?あれは、ユリアナの声でした。
どうにかしてニナがポイントを見つけたのでしょう。――固定しろといっていましたし。」
「時間の制御はできるのか?」
「恐らくは・・・」

ニードルを通じ、ニナとの接続データが入ってくる。それをもとにして時間流の調整を始めた。

「一応、500対1にはしておりますが・・・どこまで持つかはわかりません。」
「・・・わかった。」

いつの間にか溜めていた息を吐き出すと、ロックは鏡の外へと踏み出した。
空間をゆがめるほどの憎悪。しかし、それは今や自分を見つけられないようだった。
――核は・・・どこだ?

「あちらです、マスター。」

傍らに立つ19がある方向を指差した。そちらへと意識を向けた途端、何だかよく分からない感情がどっと吹き出てきた。
何だ?これは・・・
憎悪とも違う・・・何か。ロックは目を閉じてそれに身を晒した。




「――だから何がどうなってるんだって聞いてんだよ!」

通信機に怒鳴りつけるスパイクにエドが少し困ったように答える。

『一応コントロールは取り戻させたし、バックアップがあったから元に戻せたと思う。』
「ゲート公団のことなぞ聞いとらん!あいつらは一体どーなったんだ?」
『それがさっぱりわかんなくて・・・』

珍しく浮かない顔でエドが言った。

『ゲートの内部空間が暴走状態になってシステム全体を圧迫してたの。そしたら、ユリアナがどっかにニードルを打ち込むから
監視プログラムの維持と修復をお願いって言ってきて・・・』
「ニードルって・・・針か?」

スパイクが思い浮かべたものは針治療用の長い中華針だった。

「何すんだよ、んなもん。」
『ええと・・・どっかの空間のツボに刺して、中の空間をコントロールするんだって。時間流を制御するだとか何とか・・・」
「何だあ?そりゃあ・・・」

あきれた声でスパイクが言った。

『だからわかんないって言ってるでしょ!そのまんまにしとくしかないんだって!」

珍しくエドがヒステリックな声を上げた。

『・・・とまあ、こっちはこんなところだ。で?そっちはどうだ?スパイク。』

エドと交代したジェットにスパイクは渋い顔で応じた。

「あんま、良くはねぇな・・・。こいつはそんなに長く籠もってるようにはできとらん。――そのうち、窒息すんのがオチだ。
もうこの通路は使えないんだろ?」
『V・Tが仲間と連絡を付けてくれた。レイヴン号ってカーゴトラックがそっちに行く。そいつに便乗させてもらえとさ。」
「そいつは・・・助かった。」

ほっと一息ついてスパイクは操縦席に座り込んだ。



「どう?パパ。」

心配そうなユリアナが近寄ってきた。ニナは掲げていた腕を下ろし、そちらへと向き直った。

“何とか固定はできたようですね。反応が有りました。”
「それで?中はどうなってるの?」

息せき切って尋ねてくるユリアナをそっと抱き寄せる。

“・・・ほとんど内部は探れませんでした。探査できるほど深く接続できないのです。あとは19に任せるしかありませんね。”




「――う・・・」

ざらりとした何かが頬に当たって目が覚めた。・・・顔を横に向けると、遠くにうっそうと茂る森が見える。
ここは――どこだ?
身体を起こそうとすると眩暈と吐き気が襲ってくる。頭が殴られたかのようにズキズキと痛み、身体中の至る所が悲鳴をあげていた。
・・・かあさん、は・・・
身体が鉛のように重かった。それでも無理やり起き上がり、あたりを見回した。
村外れの砂利の小道にロックはいた。――どうして、こんなところに?
立ち上がろうとすると、右足がずきりと痛む。何かにぶつけたのか、足首が青黒く腫れ上がっている。
一体、何があったんだ?
何が起きたのか、まるでわからなかった。かあさんと焼きりんごを食べていて・・・それで・・・
思い出そうとすると、頭が猛烈に痛んでくる。
手の届くところに転がっていた棒を掴み、それを使ってどうにか立ち上がる。痛む足を引きずりながらロックは家へと歩き出した。
家が見えるはずのところまで来て思わず立ち止まる――何も、無かった・・・。
母さんと二人で暮らしていた小さな家。傍に生えていた大きな林檎の木や、裏手のささやかな畑ともども抉られた様に無くなっていた。
驚愕の後にはじわじわと恐怖が這い登ってきた。
・・・思い出すのは、何かがはじけたような感触。まさか・・・これは・・・
ヒュン、と何かが顔の脇を掠めた。
ゴトリと落ちたそれは拳ほどの大きな石だった。

「出て行け!」

聞き覚えのある声に振り向くと、それはヘンドリック伯父さんだった。


「魔女の子はここにいちゃいかん・・・出て行け!」
蒼白になって怒鳴りつけてくる伯父さんの握り締めた拳は小さく震えていた。

「おじ・・・さん?」

一歩踏み出すと、怯えたように後ろへと下がる。

「ロック、お前は俺の妹の子だ・・・だから、教会にはいわないでおいてやる。――早く出て行くんだ!」

伯父さんの大声を聞きつけたのか、村人が集まってきた。何事か囁きながらこちらを見つめ、指差している。
・・・誰も近づいてこない。
どこからか、また石が飛んできた。いつの間にか沢山の村人が集まってきている・・・教会のほうへと走っていく人もいる。
ロックは突き上げてくる恐怖に攻め立てられるように走り出した。
どこをどう走ったのか・・・ロックは深い森の中に入り込んでいた。昼は木の実を探し、夜は狼に見つからないように木の上で眠った。
――あてど無く彷徨い、森の切れたところから出てみると行ったことのない村へと出ていた。
母さんと隣の大きな町へと買い物に出たことはあった・・・でも、今は、一人だ・・・
物乞いや使い走りをして食べ物を恵んでもらい、夜は軒下や馬小屋に潜り込んで眠った・・・。
それでも、どこかで母さんを探している自分がいた。
僕のようにどこかで助かっているのでは、と・・・
追い出されるように違う村へと動いても、ロックは探すことを止められなかった。




[41299] カウボーイ・ビバップ ⑦ 緑の波
Name: 百舌鳥◆9e0a2b3c ID:b873792d
Date: 2015/06/26 19:08

 緑の波

・・・最初の100年の記憶。
もっと短かったかもしれない。――記憶のない記録。
ロックはゆっくりと目を開いた。
蘇ったこの記憶と共にもう一つの「声」が聞こえてきた。
――かあさんは、どこ・・・
幼いころの自分の声。絶望に裏打ちされた僅かな希望。
心の奥では分かっていたんだ、あのころの僕も。・・・あの大きな穴を見たときから。
記憶に基づいて自分の姿を変える。最後に見た母の姿へと変化すると両手を差し伸べた。

「おいで・・・かあさんはここにいるよ・・・」

記憶に残る母さんの優しい声・・・・それは大いなる波動となって黒々とした闇とゆがみを揺り動かした。
「声」が届く端からそれは緑がかった金色へと変わっていく。
僕と同じ、母さんの髪の色。




緩やかな渦を巻きながら真っ黒な歪みが金緑色の波へと置き換わっていくのを19は固唾を呑んで見つめていた。
微かに波打つそれは、日の光の下で風にそよぐ麦の葉の煌めきのようだった。
・・・それは嬉しそうに、しかしどこか寂しそうにマスターの周囲を巡っていく。
見たことの無い女性に変化したマスター。19はあれの一部を貫いたニードルから記憶の断片を読み取っていた。
伝わってくるのは母親への思慕だろうか・・・
――果てしなく続くかのように思えた波が、どこかで終わったことが感じられた。
マスターの周囲の波が頭をもたげ、高く伸び上がった。咄嗟に飛び出そうとした19にロックの声が届く。

「動かないでくれ、19。――僕は大丈夫だ。」

大きく競りあがった波頭が小さくパサリと崩れた。
それは金色に輝く細かな欠片となってロックへと纏わりついていく・・・・
それが合図であったかのように全てが一斉に砕け散った。

「・・・ウ・・・」

目の前は金色の嵐だった。自分の手ですら見えないその只中で19は咄嗟にバリアを張った。
竜巻の中にいるようで、どうしても外が見えなかった。
マスターはどこだ?無事なのか?
何とかして外を探ろうと、バリアの表面へと手を押し当てた時、
腕や肩の上にあの金の粉が降り積もっていることに気がついた。
振り払おうともう片方の手でそれに触れた時、マスターの声が聞こえたような気がした。
――なんだ?
バリアに触れている手からは何も感じられない。
19は片膝をつくと底に溜まった金の粉をそっと掬い上げた――同時に様々な映像と声とが一気に入り込んでくる。
まだ幼い声と誰かの目を通して見ているような断片的な映像。
これは・・・マスターの記憶の一部なのか・・・?




ロックは元の姿へと戻ると周囲をを見渡した。
歪みが変化した金の微粒子はまるで繭の様に隙間無く周りを巡っている。
もう、憎悪は感じられなかった。伝わってくるのは・・・微かな怯え。
まだ、恐れているのか?
右手を掲げるとそっと声をかける。

「戻っておいで、僕の中へ・・・君は、僕なのだから。」

その声に呼応したかのように動きが止まった。・・・と、同時に一部が糸を引いて伸び上がってきた。
一歩踏み出すとそれに触れる。

「・・・おいで。」

針で突き刺されるように痛みに一瞬眼を瞑る。目を開くと、触れた手のひらから次々と金の糸が入り込んでいた。
――滲むように伝わってくる恐怖。これは記憶からのものだ。母さんを探し続けていた時の絶望と恐怖。
あの時、母諸共に消し去ってしまったのではないかとの想いと、認めたくない想い。
せめぎ合うそれは常に小さかった自分を苦しめていた。
石を投げつけてきた村人の目、怯えたおじさんの声・・・流れ着いた先で犬並に扱われた悔しさ・・・
あのときの僕はこれに耐えられなかった。でも、今の僕ならば・・・
母さんの記憶と共にこれも僕の一部なのだから。




目の前を覆っていた薄い膜が煌めく一片の糸となって手のひらに吸い込まれた。
漸く視界が開けた時、ロックは少し離れたところで座り込んでいる19を見つけた。

「――19!」

駆け出そうとして、身体に力が入らないことに気がつく・・・痺れたように重く、動かない。その場に座り込むのがやっとだった。

「マスター!」

19の方から駆け寄ってきた。青ざめた顔で跪き、覗き込んでくる。
そっと触れてくる手のひらがとても温かく感じられた。

「このように身体が冷え切ってしまわれて・・・一体、どうされたというのですか?あれは、あの金の粒子は・・・
まるで・・・まるで・・・」

珍しく口ごもる19へと声をかける。

「見ての通りだよ・・・・あれは、僕の記憶だ。全てが僕の中へと戻った。だから、もう、大丈夫だ。」

ズウン、と大きな揺れが二人を襲った。――徐々に空間が収縮していくのが分かる。

「ユリアナ!どうしたのですか?」

19は立ち上がるとニードルへと意識を飛ばした。
同時にユリアナの声が響く。

“今からそっちにゲートを開くわ!二人とも早く入って!”
「――何があったというのです?」
“ゲート公団が空間の置き換えを始めたの!そっちはどんどん消滅しだしてるわ!取り合えずパパの方へ開くから・・・”
言い終わらないうちにぽっかりと黒い穴が開く。

19はロックを抱えあげるとその中へと身を躍らせた。




「・・・どうなんだ?」

ジェットがマルコムの手元を覗き込んで聞いた。

「空間の変換は終了した。今、プループを投入して中を調べてるところだ。」
「ロックはどうなったんだ?」
「そいつを今調べてんだ!結構な広さがあるんだぞ?無茶言うな!」
「どのくらい掛かるって?」
「開いてる全ジャンクションから同時に注入するから普通なら1時間とかからん・・・だがな、幾つもいかれちまってる
とこがあるからな、もう少しかかるかも知れん。」

グラフやらなんやら色々と立ち上がっているスクリーンを睨みつけながらマルコムが言った。

「・・・そっちはどうだ?」

ジェットは床に座り込んで凄い勢いでボードを叩いているエドに声をかけた。

「みんな出てっちゃったみたい。」
「ユリアナってやつもか?」
「うん・・・他のも幾つか入ってたみたいだけど、今は誰もいないよ?」
「この中にそんなに幾つも入り込んでたってのか?」

マルコムが首をもたげて驚いたように言ってくる。

「ユリアナはね、ネットワークの中で生きてるんだって言ってた。――他のみんなもそうなんだって・・・」
「何時ぞやの衛星ん中にいたコンピュータープログラムみたいなもんか?」

腕をくんだジェットがなにやら考え込みながら聞いた。

「プログラムじゃないよ?本当に生きてるんだっていってたし・・・魂があるんだって」
「何だかよくわかんないんだけど・・・」

椅子に座り込んだフェイが足を組みなおしながら指摘した。

「よーするにみんなして帰っちゃったんでしょ?違う世界から来てるんだってロックは言ってたじゃない。」
「まあそうなんだろうな・・・」

溜息をつきながらジェットはぼやいた。

「だったら挨拶ぐらいはしてけよ、全く・・・」




「マスターの具合はどうなのですか?」

治療機に手を当てて19が心配そうに聞いた。

“今のところ、致命的な傷はないわ、消耗してるだけよ、19。”

実体化したナミコが宥めるように言ってくる。

「・・・それにしては目覚めるのが遅くありませんか?」

ナミコの隣にニナが出現した。一歩踏み出し、じっと19の目を見つめる。

“思い出したくなかった記憶を自らの中に収めようとしているのです。かなりの力が要ったと、後で話していました。
19、前にも同じような状況でちゃんと彼は回復しています。2500年以上の彼の記憶と経験は・・・伊達ではないのですよ。”




「・・・たく、ひでぇ目にあったぜ。」

シャワールームから出たスパイクは頭をごしごしとタオルで擦った。

「ちょっと!乙女の前でパンツ一丁で出てこないでよね!」

フェイがスパイクを睨みつけながら口を尖らした。

「何が乙女だよ・・・だったら恥じらいってもんを見せて見やがれ。」

ブツクサ言いながらソファーへと腰を下ろす。

「お、出てきたか。どうだ?カーゴトラックの乗り心地は?」

開きっぱなしのドアからジェットが顔だけ出して尋ねてきた・・・ニヤニヤ笑っている。

「乗り心地も何も・・・ゴツイヤローと一週間カンヅメだぜぇ?地獄だよ。」

スパイクは大仰に溜息をついて見せた。

「ンで?ゲートは今どうなってるんだ?トラックの中じゃ、後二日っつってたが。」

これには床に寝そべって端末を弄くっていたエドが答える。

「いちおー二日後に一斉に開通させるって。でも水星の第一ジャンクションと火星の1と2、それと土星の
第一ジャンクションはまだだって。」
「・・・・?火星のやつはわかるが・・・後のはどーしてだ?」
「土星のはジェネレーターのオーバードライブで水星のはシステムのオーバーフローだって。
本とはまだ危ないのがあるみたいだけど、とりあえずってとこみたい。」
「ふーん」

片手に持ったビールをグイっとあおる・・・ま、何とかなったみたいだな。

「そーいえば。ゲート公団から謝礼が出るって話、どうなったわけ?」

自分もビールを持ってきたフェイは缶を空けながら誰ということなく聞いてみた。

「20日付けで出すって!一人頭25000だって!」

これまたエドが答える。

「あれだけやらしといてたったの25000かよ・・・ったく、何時もながらケチだよな。」
「ほんとほんと」

互いにぼやいているスパイクとフェイを奥から戻ってきたジェットが首だけ出して呼んだ。

「二人ともこっちに来い・・・エドもだ。」
「ナーニ?」
「・・・?どした?」
「いーから来い。」

言われるがままについていくと・・・そこは、例の倉庫だった。
整理でもしていたのか、廊下には大量のガラクタが積み上げられている。開きっぱなしのドアの内側に人一人がやっと
通れるかどうかの隙間が空けられていた。
懐中電灯をつけるとジェットは無言で入り込んでいく。

「――あたしらも入れって事?」

不満そうに言うフェイを振り返ってじろりと睨みつける。

「いいから来い・・・中に来りゃわかる。」

無理やり隙間を通り抜け、奥へと入り込んでいく。どうやら突き当たったそこには大人二人ほどが
立っていられるだけのスペースが空けられていた。
前にあるのは一部が空になった棚。

「これって・・・もしかしてあの爆弾が置いてあったって棚?」
「そうだ。」

ぽっかりと開いた棚へ光を向けてジェットは言った。

「そこにはこれが置いてあった・・・5つ、並んでた。」

上から垂れ下がった紐に懐中電灯を結びつけ、ベストのポケットに手を突っ込む。・・・つまみ出した小さな袋、
その中身を手のひらへと取り出したとき、スパイクとフェイは息を呑んだ。

「・・・ダイヤモンド・・・だよ・・・な・・・」

一つ一つが大人の親指ほどもあるそれは、微かな光を反射してきらきらと煌めいている。

「すっごくきれいだけど・・・食べれるの?」

エドが不思議そうに聞いてくる。


「・・・お前な・・・」
何か言おうと口を開いたスパイクの横でフェイが凄い勢いで手を突き出した。

「5つあるって言ってたわよね?じゃあ、一つはあたしの分よね!」
「そうだろ・・・多分。」

ジェットは手のひらのそれを戻し、後三つ、小袋を取りだした。

「ほら、お前らの分だ。」
「・・・?エドもいいの?」
「ジェット――じゃあ、こいつは・・・?」

恐らく自分と同じ考えに行き着いたに違いないスパイクを見やる。

「あいつからのお礼だろうさ・・・いや、あいつは俺たちを雇うといってたんだ、その代金じゃないのか?」
「5つ目は誰の分?」

伸び上がって聞いてくるエドの頭を小突きながらジェットは言った。

「5つ目はV・T達への分だろうな・・・全く、律儀なやつだよ。さてと、こいつを換金できるとこを探さなくちゃな・・・」




「おーい、マルコム、荷物だ。」
「おう、ありがとよ。」

同僚から手渡された荷物の送り主の名を見て、マルコムは思わず取り落としそうになった。
慌てて自室へと戻り、開けてみる。
中に入っていたのは小さな皮袋とデータファイル。
何の気なしに中身をテーブルの上にあける・・・ざらざらとこぼれ出たのはどう見てもダイヤモンドだった。

「これで謝礼のつもりなのか・・・?ったく、なら顔ぐらい見せてみろ。」

ぼやきながらマルコムはファイルを端末へと突っ込んだ。
・・・暫く他って顔を上げたマルコムはそこに表示されているデータに飛び上がらんばかりに驚いていた。
――長距離用ゲートシステムの設計図と運用システム、付随しているのは半径500光年ほどのゲートポイントの立体地図だった。
人類が「外」へと出て行く足がかりとなるそれを、マルコムは呆然として眺めていた。




「・・・だから僕はもう平気だって・・・」
「もう少しでニナから、検査結果が送られてきます。それまでは大人しくしていてください。」

にべもなく19は答えた。
腰に手を当ててベットの上のロックを覗き込んでくる・・・その眼には安堵と共に怒りの色が混ざり合っていた。

「マスターは三日も眼を覚まさなかったのですよ!――この私を心配させた分だけでも大人しくなさってください!」

19の思いがけない憤りに首をすくめながらも何とかロックは抗弁しようとしてみた。

「だからさ、僕はまだスパイクたちにお礼を言ってなかったから・・・」
「彼らには相応の謝礼を送りました。どちらにしてもポイントにはひずみが蓄積しだしていましたので今は閉じています。
開くようになるのかは不明です。――宜しいですね!」
「・・・ハイ・・・」

19のあまりの剣幕にロックはもう一度ベットに潜り込むしかなかった。
まだ怒りが収まらないのか無言で19が出て行くと同時にユリアナが姿を現した。

「――あそこまで怒ることはないと思うんだけど・・・」

珍しく困ったようなロックの声に苦笑しながらも返事をする。

「怒ってるのは安堵の裏返しよ。ロックが眠っている間ずうーっと治療機の傍を離れなかったのよ?
何だかおろおろとしてて・・・あんな19、始めて見たわ。」

その時のことを思い出したのか、くすくすと笑いながら言ってくる。

「まあ、心配させたのは本当だしね・・・」

暫くは続きそうだな、あれは。
ロックは溜息と共に目を閉じてベットへと横になった。




  断絶

19からの許しが出てから一週間、ロックは自分の船の中でポイントの測定作業を指揮していた。
強いポイントならともかく、ごく弱いものは通常の能力者では探知しづらく、彼自身も同時に行うことが必要だったからだ。
予定していた200光年ほどをほぼ測定し終わり、地図へと書き込んでいたときだった。
・・・・マスター・・・
弱い呼びかけが聞こえてきたような気がして顔を上げる。

「ニナ、君か?」
“いえ?”

何故か胸騒ぎがしてロックはブリッジへと戻った。
観測班を乗せていた旗艦は既に出発しており、今しがた着いたとの信号が入ってきたところだった。
――あれは・・・19の声だった。

ピシリ

――え?
振り向いたロックの目の前で壁に取り付けていた通信用の鏡にひびが入る。
キ・キ・キ・・・シャァァァーーン
駆け寄ろうとした直前、高く澄んだ音と共に鏡は砕け散った。

「――19!」

何かが起こったのはわかった。

「ニナ!19はどうしたんだ?今何処にいるんだ!ニナッ!」

叫びながら必死で欠片を集めていく――だが破片は拾う端から虹色の泡となって消えていく・・・
成す術も無く見つめていたロックは最後に残った拳ほどの欠片を握り締める。――ナイフのようにとがった先端が食い込み、
血が流れるのも構わず抱きかかえた。
――19・・駄目だ・・・消えないでくれ・・・

“・・・ロック・・・”

気がつくと、青ざめたニナが立っていた。

「ニナ・・・19は・・・?」
“探査海域に予期しない化石柱が現れました。”

矢張り・・・そうか・・・
手に力を込めると破片が喰い込んで来る。・・・そっと手を開くと、血にまみれたそれはまだ、そこにあった。

“ロック!それは?”


息を呑んでニナが聞いた。
「19の・・鏡の・・・もうこれしか残らなかった・・・」

のろのろと鏡が掛けられていた場所へと目を向ける。最早砕け散った破片は全て消え去っていた。

「まだ・・生きている。生きているんだ、あの中で・・・19は。僕には分かる・・・」

――何としてでも助け出して見せる。19・・・君を。


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