戦姫絶唱リリカルアリサ
【prologue】
抱えられた腕の中で心持ち身体を丸めて、少女は嘆いた。
「アタシは、あの子の助けになりたかったの」
誰かに聞いて欲しいわけではない。
ただ吐き出すためだけの独白。
ビルの屋上で吹き込む風に、左右に結われた彼女の持って生まれた金色の髪が物憂げになびく。
返事も、相づちさえ求めていなかった。
これは残された時が僅かであるが故の懺悔でもあるのだ。
だからいくら絶体絶命の窮地を助けられたとはいえ、誰とも知れぬ相手の服を握り込むように掴んだのは少女の無意識からでしかない。
学校で出逢い仲良くなった、親友だと思っている女の子とのほとんど初めてと言っていいすれ違い。
その子の屈託のない笑顔が大好きで、一緒に居られるのが楽しくて、これからもそんな毎日をずっと続けたかった。
(ああ、そうなんだ……)
少女は唐突に理解する。
おそらく自分はそれを失う未来を感じてしまったのだと。
その子が理由を語らず誤魔化そうとしたのはきっと優しさからで。
今でも自分のことを思ってくれるのも間違いなくて。
けど、だからこそ自分と彼女との距離はこれから先も決定的に縮まらない。
今の自分を襲うこのどうしようもない現実のように、彼女はこれまでの価値観を大きく変える出来事に出会ってしまったのだろうから。
けど、だったらどうすればよかったのか。
伸ばして届かぬ手であれば、そこに意味なんてありはしない。
残るとすれば、自分の感情を押しつけてしまったというこのやりきれない後悔だけ。
せめて、そうせめて。
「会いたい……会ってあの子に謝りたい」
だけどそれすらも叶わぬ願い。
あの異形の怪物たち【ノイズ】がどんな存在かは知っている。
人を灰化し、生命を奪い、対処法すらない、一切の希望を刈り取る悪魔そのものだ。
遭ったが最後、死が待つと知りながら逃げ惑うしかない。
報道であったように人が造った兵器が効く存在でないことは、仕事柄政府の中枢に顔が利く父親から聞かされて知っていた。
だからこそ、今日までノイズの被害がなかったこの街で暮らしてきたのだ。
(たぶんこれは天罰なんだ)
正義感が強いのはこの少女の美点であり、それが普段の勝ち気な目にもよく表れていた。
だからいくら世間を混乱させないためとはいえ真実を隠すのはおかしいと感じていたし、何よりそれを知る自分たちだけが安全な場所に居るのは間違っていると思っていた。
もちろん死ぬのは怖い。
まだまだやりたいことは沢山あるし、想像して疑わなかった未来の己の姿もある。
けれど少女には、幼いながらも命より優先すべき矜持があった。
「あの子に……なのはに謝りたいよっ」
声に混じる嗚咽。
少女の頬に涙が伝うのはそういう理由だった。
「だったら……」
温かい、と少女は思った。
見ると抱えられたまま手のひらをぎゅっと強く握られている。
思えば少女はずっとこんな状況だった。
巻き込んでしまったようなものなのに恨み言も言わず、少女を置いていけば助かるかもしれないのにそのことを考えようともしない。
少女よりも年は幾分上ではあろうが、しかし大人というには明らかに若い顔立ちの彼女もまた少女と呼ぶべき年頃であるのは疑いようもなかった。
けれどもその声には祈りにも似た心を締め付けるまでの切実さがある。
「生きるのを、諦めないで!」
その日、少女――アリサ・バニングスが聞いたのは大空にまで響くような咆哮。
勇ましい旋律。
そして目にしたのは力強い拳。
絶望が砕けていく様。
やがて自身も手にするその力の名はシンフォギア。
想いを歌として紡ぐ、唯一ノイズに対抗する手段【聖遺物】であり、失われた文明【ロストロギア】の産物だった――。
「レイジングハート、ノイズに魔法って効くのかな?」
『申し訳ありません、マスター。データベースに存在していないので試してみないことには』
「気にしないで、レイジングハートにはいつもいっぱい助けてもらってるし。それに知らないことはこれから知っていけばいいだけなの」
『寛大なお言葉に感謝します、マスター』
部屋で赤い宝石を相手に会話していた高町なのはは、自身のパートナーでもあるそれをいたわるように撫でた。
人工知能を有したデバイスであるレイジングハートは、戦闘時の補助だけでなく魔法の使い方をなのはに教えてくれる先生でもある。
願いを間違った形で叶えるといわれるロストロギア、【ジュエルシード】。
お世辞にも運動神経が良いとは言えないなのはがこれまで曲がりなりにもそのジュエルシード集めをやってこれたのは、ひとえにレイジングハートの協力があったからだ。
もちろんなのは自身に稀有な魔法の才能があるのは事実だが、ジュエルシードがとり憑いて生まれた怪物を初戦でも撃破できたのはレイジングハートの優秀なサポートがあったればこそだろう。
「でもアリサちゃんもすずかちゃんも無事で本当によかった」
アリサの車で送られたすずかは先に家に戻っていたので事なきを得たが、アリサは乗っていた車ごとノイズに襲われてあわやというところだったらしい。
そのことをなのはがメールで知らされたときは驚きのあまり心臓が止まりそうになったが、なのは自身も兄である恭也が一緒でなければノイズにやられていたかもしれない。
魔法だって万能ではない。
不意を突かれれば何もできず仕舞いということも当然起こりうるのだ。
「お兄ちゃんはほんとすごいの。気配だけでノイズが現れたって気づいて、攻撃が効かないのになのはを守ってくれて」
御神の剣は極めれば重火器で武装した百人でさえも相手取れるという、その身に流れる血と共に脈々と継がれてきた古流派だ。
若くして師範代にまでのぼりつめた高町恭也は、すでにして御神の剣士として完成の域に達していた。
もともと本人がほとんど人間を辞めていたから、人外相手でもなのはを守り切ることができたのだろう。
「うん、確かに恭也さんは凄かった。あの人がいなかったら僕もなのはもやられていたかもしれない」
「ユーノくん……」
なのはの声に同調したのはしゃべるフェレットことユーノ・スクライア。
その正体は不慮の事故で散らばってここ海鳴市周辺に落ちたジュエルシードを探してやって来た異世界の住人で、なのはを魔法の世界に引きずり込んだ張本人でもある。
そのことをユーノが気にしているのはなのはも知っていたから、彼が鬱ぎ込んでいる理由にも察しがついていた。
「ノイズに襲われたのはユーノくんのせいじゃないの」
「僕にはそうは思えないよ。この街にあの化け物たちが現れたことがなかったというのなら、きっとジュエルシードが呼び寄せたんだ。ジュエルシードにはそれだけの力があるから」
根拠はない。
けれどもユーノには確信に近いものがあった。
ノイズはジュエルシードに呼び寄せられてまた自分たちの前に現れる。
そのときは高町恭也が側に居る幸運はないだろう。
自分が守らなければいけない。
なのはを、そしてこの街で暮らす人たちを。
「もう寝よう、ユーノくん」
「うん。おやすみ、なのは」
言葉が届かない歯がゆさを押し殺して、なのはは明かりを消した。
そう言えば、この前出会った自分たちとは別にジュエルシードを集めている少女も、同じように眠ろうとしているのだろうか。
不意にそんなことを思った。
アリサ・バニングスもまた眠りにつく。
今日あった出来事と、明日やるべきことを胸に抱いて。
彼女の手には闇の中でも紅くきらめく綺麗な宝石が握られていた。
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シンフォギア3期記念。
題名どおり主役はアリサです。
クロスオーバーSSですが完全なオリキャラはなるべく出したくないので、動かしやすそうな彼女に物語をつなげてもらうことにしました。
年齢的に恭也か美由希もありだと思ったんですが、そうすると完全にとらハクロスの御神の剣無双になりそうだったので。
作品中のイベントの時系列が多少前後するかもしれませんが、クロスオーバーさせるための仕様ですので予めご了承ください。