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[41389] 戦姫絶唱リリカルアリサ【なのは×シンフォギア】
Name: 暇潰しA◆33c617ee ID:2dc17f3e
Date: 2015/08/02 21:28
戦姫絶唱リリカルアリサ


【prologue】


抱えられた腕の中で心持ち身体を丸めて、少女は嘆いた。

「アタシは、あの子の助けになりたかったの」

誰かに聞いて欲しいわけではない。
ただ吐き出すためだけの独白。
ビルの屋上で吹き込む風に、左右に結われた彼女の持って生まれた金色の髪が物憂げになびく。
返事も、相づちさえ求めていなかった。
これは残された時が僅かであるが故の懺悔でもあるのだ。
だからいくら絶体絶命の窮地を助けられたとはいえ、誰とも知れぬ相手の服を握り込むように掴んだのは少女の無意識からでしかない。
学校で出逢い仲良くなった、親友だと思っている女の子とのほとんど初めてと言っていいすれ違い。
その子の屈託のない笑顔が大好きで、一緒に居られるのが楽しくて、これからもそんな毎日をずっと続けたかった。

(ああ、そうなんだ……)

少女は唐突に理解する。
おそらく自分はそれを失う未来を感じてしまったのだと。
その子が理由を語らず誤魔化そうとしたのはきっと優しさからで。
今でも自分のことを思ってくれるのも間違いなくて。
けど、だからこそ自分と彼女との距離はこれから先も決定的に縮まらない。
今の自分を襲うこのどうしようもない現実のように、彼女はこれまでの価値観を大きく変える出来事に出会ってしまったのだろうから。
けど、だったらどうすればよかったのか。
伸ばして届かぬ手であれば、そこに意味なんてありはしない。
残るとすれば、自分の感情を押しつけてしまったというこのやりきれない後悔だけ。
せめて、そうせめて。

「会いたい……会ってあの子に謝りたい」

だけどそれすらも叶わぬ願い。
あの異形の怪物たち【ノイズ】がどんな存在かは知っている。
人を灰化し、生命を奪い、対処法すらない、一切の希望を刈り取る悪魔そのものだ。
遭ったが最後、死が待つと知りながら逃げ惑うしかない。
報道であったように人が造った兵器が効く存在でないことは、仕事柄政府の中枢に顔が利く父親から聞かされて知っていた。
だからこそ、今日までノイズの被害がなかったこの街で暮らしてきたのだ。

(たぶんこれは天罰なんだ)

正義感が強いのはこの少女の美点であり、それが普段の勝ち気な目にもよく表れていた。
だからいくら世間を混乱させないためとはいえ真実を隠すのはおかしいと感じていたし、何よりそれを知る自分たちだけが安全な場所に居るのは間違っていると思っていた。
もちろん死ぬのは怖い。
まだまだやりたいことは沢山あるし、想像して疑わなかった未来の己の姿もある。
けれど少女には、幼いながらも命より優先すべき矜持があった。

「あの子に……なのはに謝りたいよっ」

声に混じる嗚咽。
少女の頬に涙が伝うのはそういう理由だった。

「だったら……」

温かい、と少女は思った。
見ると抱えられたまま手のひらをぎゅっと強く握られている。
思えば少女はずっとこんな状況だった。
巻き込んでしまったようなものなのに恨み言も言わず、少女を置いていけば助かるかもしれないのにそのことを考えようともしない。
少女よりも年は幾分上ではあろうが、しかし大人というには明らかに若い顔立ちの彼女もまた少女と呼ぶべき年頃であるのは疑いようもなかった。
けれどもその声には祈りにも似た心を締め付けるまでの切実さがある。


「生きるのを、諦めないで!」


その日、少女――アリサ・バニングスが聞いたのは大空にまで響くような咆哮。
勇ましい旋律。
そして目にしたのは力強い拳。
絶望が砕けていく様。



やがて自身も手にするその力の名はシンフォギア。
想いを歌として紡ぐ、唯一ノイズに対抗する手段【聖遺物】であり、失われた文明【ロストロギア】の産物だった――。



















「レイジングハート、ノイズに魔法って効くのかな?」
『申し訳ありません、マスター。データベースに存在していないので試してみないことには』
「気にしないで、レイジングハートにはいつもいっぱい助けてもらってるし。それに知らないことはこれから知っていけばいいだけなの」
『寛大なお言葉に感謝します、マスター』

部屋で赤い宝石を相手に会話していた高町なのはは、自身のパートナーでもあるそれをいたわるように撫でた。
人工知能を有したデバイスであるレイジングハートは、戦闘時の補助だけでなく魔法の使い方をなのはに教えてくれる先生でもある。
願いを間違った形で叶えるといわれるロストロギア、【ジュエルシード】。
お世辞にも運動神経が良いとは言えないなのはがこれまで曲がりなりにもそのジュエルシード集めをやってこれたのは、ひとえにレイジングハートの協力があったからだ。
もちろんなのは自身に稀有な魔法の才能があるのは事実だが、ジュエルシードがとり憑いて生まれた怪物を初戦でも撃破できたのはレイジングハートの優秀なサポートがあったればこそだろう。

「でもアリサちゃんもすずかちゃんも無事で本当によかった」

アリサの車で送られたすずかは先に家に戻っていたので事なきを得たが、アリサは乗っていた車ごとノイズに襲われてあわやというところだったらしい。
そのことをなのはがメールで知らされたときは驚きのあまり心臓が止まりそうになったが、なのは自身も兄である恭也が一緒でなければノイズにやられていたかもしれない。
魔法だって万能ではない。
不意を突かれれば何もできず仕舞いということも当然起こりうるのだ。

「お兄ちゃんはほんとすごいの。気配だけでノイズが現れたって気づいて、攻撃が効かないのになのはを守ってくれて」

御神の剣は極めれば重火器で武装した百人でさえも相手取れるという、その身に流れる血と共に脈々と継がれてきた古流派だ。
若くして師範代にまでのぼりつめた高町恭也は、すでにして御神の剣士として完成の域に達していた。
もともと本人がほとんど人間を辞めていたから、人外相手でもなのはを守り切ることができたのだろう。

「うん、確かに恭也さんは凄かった。あの人がいなかったら僕もなのはもやられていたかもしれない」
「ユーノくん……」

なのはの声に同調したのはしゃべるフェレットことユーノ・スクライア。
その正体は不慮の事故で散らばってここ海鳴市周辺に落ちたジュエルシードを探してやって来た異世界の住人で、なのはを魔法の世界に引きずり込んだ張本人でもある。
そのことをユーノが気にしているのはなのはも知っていたから、彼が鬱ぎ込んでいる理由にも察しがついていた。

「ノイズに襲われたのはユーノくんのせいじゃないの」
「僕にはそうは思えないよ。この街にあの化け物たちが現れたことがなかったというのなら、きっとジュエルシードが呼び寄せたんだ。ジュエルシードにはそれだけの力があるから」

根拠はない。
けれどもユーノには確信に近いものがあった。
ノイズはジュエルシードに呼び寄せられてまた自分たちの前に現れる。
そのときは高町恭也が側に居る幸運はないだろう。
自分が守らなければいけない。
なのはを、そしてこの街で暮らす人たちを。

「もう寝よう、ユーノくん」
「うん。おやすみ、なのは」

言葉が届かない歯がゆさを押し殺して、なのはは明かりを消した。
そう言えば、この前出会った自分たちとは別にジュエルシードを集めている少女も、同じように眠ろうとしているのだろうか。
不意にそんなことを思った。














アリサ・バニングスもまた眠りにつく。
今日あった出来事と、明日やるべきことを胸に抱いて。
彼女の手には闇の中でも紅くきらめく綺麗な宝石が握られていた。








――――――――――――――――――――――

シンフォギア3期記念。

題名どおり主役はアリサです。
クロスオーバーSSですが完全なオリキャラはなるべく出したくないので、動かしやすそうな彼女に物語をつなげてもらうことにしました。
年齢的に恭也か美由希もありだと思ったんですが、そうすると完全にとらハクロスの御神の剣無双になりそうだったので。

作品中のイベントの時系列が多少前後するかもしれませんが、クロスオーバーさせるための仕様ですので予めご了承ください。



[41389] 1. 続く日常、その裏で
Name: 暇潰しA◆33c617ee ID:2dc17f3e
Date: 2015/07/23 11:20
アリサ・バニングスの朝は、大好きな父と母への挨拶から始まる。
お付きのメイドに着替えを手伝われ、クラシックを聞きながらお抱えの料理人が用意した朝食を口にする。
豪華にして絢爛な時間。
有り体に言ってしまえばアリサはお嬢様だ。
それも世界有数の、という形容が付くほどの。
そんな華麗なる一族の食卓も、今朝は少し趣が違っていた。

「本当に学校を休まなくていいのかい?」
「もう、昨日も言ったじゃないのパパ。アタシは大丈夫よ。それは色々ショックなこともあったけど、運転手の小宮山さんも入院はしなくて済んだんでしょ?」
「それはそうなのだが……いや、しかしな」

なおもしぶる様子の父親にアリサは唇をとがらせる。

(もう、今日はなのはに謝らなきゃいけないのに。それはパパの心配も分かるけどさ)

犠牲になったのはノイズが出現した際に事故を起こしてフロント部分を大破させた送迎車のみであったが、あれだけのノイズに囲まれてこの程度の被害で済んだのはほとんど奇跡に近い。
それは襲ってきたノイズを車から飛び出したアリサが結果的にすべて引きつけたからでもあるのだが、何よりシンフォギア奏者が近くに居た偶然が大きいだろう。
別れ際に立花響と名乗った彼女に強い憧れを抱いたアリサは、できることならばまた会いたいと思っていた。

「とにかく学校には行くって決めたの。止めても無駄だからね!」

返事を待たずに席を立ったアリサは、お付きのメイドに視線を送る。
普段の運転手が骨折で療養中なので、代理に気心の知れた彼女を指名したのだ。
もちろんメイドは主人であるアリサの父親の許可を密かに取ってはいるが。
この父親は娘の願いをどうしたってむげにはできないのである。

「行ってらっしゃい、アリサ。気をつけてね」

母親ののんびりと間延びした声に手を振りながら大きく返事をして、アリサはリビングルームをあとにした。
これで部屋に戻って準備をして、車に乗ればすぐに会える。

(待ってなさい、なのは!)

自分の気持ちを早く伝えたい。
会ってなのはと仲直りしたい。
すずかも合わせた仲良し三人組で、また一緒に遊びたい。
逸る気持ちを抑えながら、アリサは車の後部座席の窓から流れていく景色に視線を向けていた。



















「で、なんでなのはは居ないのよー!」
「アリサちゃんにも風邪で欠席だってメール来てると思うよ。ちょっと心配だね」

仲良し三人組の一人こと月村すずかの返した言葉に、すぐさま携帯を取り出してぐむむと唸るアリサ。
あれだけ気合いを入れて来たのにこれでは肩透かしにでもされた気分になる。

「すずか、学校終わったらなのはのお見舞いに行くわよっ」
「もちろん私もそうしたいけど……アリサちゃんメール最後まで見た?」
「見てないけど……なになに、『全然たいしたことないから、お見舞いには来ないで欲しいの。風邪うつしちゃうとイヤだし。絶対だよ! 』……って何よ、これー!?」

大きく張り上げられた声に教室中の視線が集まるが、赤面して恥ずかしがるのはすずかだけだ。
アリサはわなわなと震えながら携帯の画面を覗き込んで、やがて仇敵を求めるように友の名を呼ぶ。
鬼の形相だが、あくまで早く仲直りしたいが故のやり場のなさから来る憤激である。

「なのはーっ!」





















「ううっ、なんか寒気が走ったの」
「大丈夫、なのは?」

バリアジャケットの中から顔を覗かせたユーノが心配げに見つめてきたので、なのはは慌てて頭を振った。

(ユーノくんにこれ以上負担をかけるわけにはいかないの)

ただでさえジュエルシードのことで頭を悩ませていたのに、先日出会った自分たちとは別にジュエルシードを集めているという女の子、その上ノイズまで現れてしまった。
なのはにできるのはこれまでのようにユーノを手伝うことくらいだが、今は別の目的も生まれていた。

(理由を知りたいんだ)

名前も知らない、自分と同じ年頃の女の子。
初めて会った、自分以外に魔法を使える少女。
そんな子がどうしてあんな悲しそうな目をしていたのか。
なのはは彼女自身の口からそれを聞きたいと思っていた。

「うん、問題ないよ。それよりユーノくん、ジュエルシードの反応は?」

ジュエルシードを集めていれば必ずまた会える。
ユーノのためにもなのははやるべきことに意識を集中させることにした。
そのために学校を休みもしたのだから。


「この辺りのはずなんだけど……あれは!?」


ユーノの驚愕に遅れてなのはも目を見開く。
そこにあったのは知りたいと思っていたその黒衣の魔法少女と、正義の刃を振るう蒼の防人との激突だった――。








―――――――――――――――――――
フェイトvs翼です。
果たしてなのははどうするのか。

アリサは何も知らないまま続きます。





[41389] 2. 防人の歌(前編)
Name: 暇潰しA◆33c617ee ID:2dc17f3e
Date: 2015/09/05 20:25
「反応絞り込めました。位置を特定。パターン照合結果出ます。これは……司令、例の未確認聖遺物と同様の波形を示しています!」
「やはりそうか。翼!」

日本政府直属の機密組織【特異災害対策機動部二課】司令である風鳴弦十郎は、待っていたとばかりに手を合わせ、虎の子である戦士の名を呼ぶ。


『すでに向かっています』


通信が開くと同時に司令部のモニターに映ったのは、自身のパーソナルカラーと称すべき青のバイクに騎乗した風鳴翼。
シンフォギアシステム一号【天羽々斬】の装者であり、弦十郎が全幅の信頼を置く二課のエースだ。

「いいか、今度こそ必ず確保しろ。そいつは野放しにしておくにはあまりに危険だ」

今度こそ。
そう、すでに三度も観測して逃がしているのだ。
四度目の正直ではさすがに遅さが過ぎる。


『了解です。現場に急行します』


これまでとは違い、位置的に近い。
対象を捕捉することは十分に可能だろう。
問題はいずれのケースでも同時期に計測されてきた、聖遺物とは異なる超常を示す波形だが、こればかりは出たところ勝負で行くしかない。

(万が一に備えて翼を向かわせた。響くんではまだ荷が重かろう。俺が行けるのならそれが一番なのだが)

風鳴弦十郎は自身の力を理解する真の強者だ。
それ故に司令官の立場が煩わしく感じられるときもあった。
この男はどこまで行っても現場向きの性格なのだ。
だが、それでも己の職責はしっかりと果たす。
奏者になりたての立花響を関わらせなかったのも彼の判断だ。
すでにノイズ相手に数回の出動を重ねている響ではあったが、お世辞にもまだまともに戦えているとは言い難く、不確定要素の強い今回のような事象ではむしろ翼の足を引っ張る可能性すらあった。

「本当に響ちゃんに連絡しなくていいのぉ?」

もっとも、弦十郎のそばに近づいてきた赤ぶち眼鏡の女性の考えは違うらしい。
彼女の名前は櫻井了子。
シンフォギアシステムの開発者で、同システムの基盤となる【櫻井理論】を提唱する才女である。
現状彼女以外に聖遺物を運用する手段を持つ者はなく、その道の第一人者であることは疑いようもない。
そんな了子の言葉では、さしもの弦十郎も無視することはできなかった。

「反対か?」
「響ちゃんだってシンフォギア装者よ、ちゃんと戦力になってくれるわ。それに翼ちゃんだって一人より二人の方が心強いでしょうし――」



『――不要です』



「あらら、聞こえてたのね」

通信から割って入った翼の声に、手をひらひらと振って自身の席へと戻る了子。
もともと自分の意見を無理に通すつもりはなかったのだろう。
弦十郎は翼の響への感情の頑なさに一抹の不安を覚えたが、今は敢えて意識から外した。
目下の案件は反応を捉えた未確認聖遺物の回収だ。

「こいつは……」

だが、弦十郎の目に映ったのは、想定外と言っていい異形の存在だった。











「I myteus AMENO-HABAKIRI tron」









風鳴翼はシンフォギア装者だ。
そしてシンフォギアシステムは装者の心に浮かび上がった歌を紡ぐことで起動する。
バイクから飛び降りると同時に己が心の命ずるままに唱え、シンフォギアシステム一号【天羽々斬】を身にまとった翼は、すぐさま刀を鞘から抜き放った。
目の前にある異常。
そこに即応できぬ翼ではないからだ。

(ノイズではない……? いずれにしても、人に仇なす物の怪ならば天羽々斬の刃で切り裂くのみ)

未確認聖遺物反応の割り出し地点。
そこに居た荒ぶり咆哮を上げる異形の怪物に向けて、己が刃を振り下ろす。


――蒼ノ一閃――


しかして両断された怪物。
だが、傷が浅かったのか時を巻き戻すかのように再生してしまう。

(ならばこの一撃で!)

間髪入れずに対象の頭上よりも遥か高くに跳び上がった翼は、続けざまに握る刀を投擲し、聖遺物の力をもって巨大化した刃を押し出すが如く蹴撃する。


――天ノ逆鱗――


さしもの怪物もその絶大なる威力の前には堪えうるはずもなく、まるでそこには初めから何もなかったかのように霧散していった。
あとに残されたのは紅くきらめく宝石のように美しい石と、そして、

(消える間際のあれはノイズに見えた。この石がノイズを怪物に変えていた……?)

翼がそれを拾うのをためらったのは、今しがた倒した怪物よりもよほど危険な何かを感じ取ったからだ。
翼のその感覚は鋭敏で正しいものであったが、しかし結果的には失策だった。



『避けろ、翼ーっ!』



弦十郎の叫びを耳にする僅かに前、翼は後方に跳躍していた。
虫の知らせ程度の勘。
だがそれに従っていなければ今頃、風鳴翼は地に伏していたことだろう。

「いきなりの攻撃とは随分なご挨拶だな。何者か!?」
「……ジュエルシードは渡さない」

空中から翼を見下ろすのは、漆黒の鎌を持った黒衣の少女とそれに付き従うかのような赤髪の女性。

(同時に確認されてきた超常の波形はこの者たちか)

さらに翼は少女が呟いた言葉から、これまでの未確認聖遺物――【ジュエルシード】と呼称していたもの――は彼女たちに回収されたものと推測する。
すでに先のノイズを変異させた事例からジュエルシードの危険性は十二分に確認できた。
言葉を用いず武力行使のみを是とする輩にやすやすと渡せるほど軽い代物ではあるまい。


「聞かせてもらおうか、ジュエルシードとやらを何故集めているのかを。納得できる理由を持ち合わせぬのなら、防人の刃を折らねば目的は果たせぬと知れ!」






風鳴翼の視線は、真っ直ぐに少女――フェイト・テスタロッサの瞳を射抜いていた。





―――――――――――――――

思ったより長くなったので分割。
次回こそフェイト(とアルフ)vs翼で!

アリサさんは今回おやすみです。

すずかの名字なんか語呂わるい気がしてたんですよね。
ご指摘ありがとうございました。



[41389] 3. 防人の歌(中編)
Name: 暇潰しA◆33c617ee ID:2dc17f3e
Date: 2015/07/25 04:51
「すみませーん、お腹がちょぉっと、いやすごーく痛いんで保健室に行ってもいいですか?」

授業中に突然立ち上がった立花響の、如何にもわざとらしい演技に担当教諭はいぶかしげな視線を送るが、当の本人が体調不良を訴えているのだから立場上無視することもできない。
しぶしぶ許可を与えると、「ありがとうございまーす!」と大声で返されたのだからやはり仮病なのではと疑わずにはいられないが、この生徒が常識では図れない行動を取ることがままあるのは経験として理解している。
今回もそれに該当するのならば、こうやって考える時間を他の生徒にあてた方が有意義なのだろう。
もちろん本人には授業を抜けた分、あとでたっぷりと宿題を与えてやるつもりだが。

「ううっ、なんかぶるっと来たーっ」
「大丈夫、響? 私もついて行こうか?」

心配げに見上げるのは隣に座っている響の親友である小日向未来だ。
そんな未来の表情に少しばかり罪悪感の浮かんだ響であったが、本当のことを話せないのには理由がある。
辛いけれど未来を危険にさらすわけにはいかないと、響は再び仮病を演じながら、

「もしかしたらそのまま病院行くかもだから、私が戻らなくても未来は部屋に帰っててね」
「ええっ、本当に大丈夫なの?」

かなり苦しい言い訳だが、このまま押し通さなければ未来は強引にでもついて来てしまうだろう。

「大丈夫大丈夫。私がこう言って本当は大丈夫じゃなかったことってある?」
「いっぱいある気がする……」
「たはは……とにかく心配しないで、未来」

苦笑いで無理やり未来との話を打ち切った響は、担当教諭に睨まれながら教室をあとにする。

(こりゃあ宿題倍増かな……未来も手伝ってくれなさそうだし。でも翼さんがピンチだって聞いたら行かないわけにはいかないよね!)



立花響は走り出す。
彼女の胸中には今も、二年前のツヴァイウイングのコンサート会場での出来事――風鳴翼と、かつてのガングニール奏者であり翼の無二のパートナーであった天羽奏に、文字どおり命を賭して助けれたことへの感謝があった。


















風鳴翼は内心で舌を巻いていた。
シンフォギアシステムが絶対だと思ったことはない。
それでも常ならざる力を与えてくれるのは確かであったし、風鳴弦十郎のような一部の例外を除けば、およそ人の身では到達できない領域で戦える自負もあった。
それ故の防人。
正義の刃なのだ。
それがいくら二人がかりとはいえ、明らかな苦戦を強いられている。
技量は翼の方が上回っており、相手の攻撃を捌くのはさほど難しいことではない。
しかし、相対する二人の息がこれ以上ないほどに合っており、特に赤髪の女の牽制が上手く機能していて、翼が攻勢に回れる隙が生まれないのだ。
何より制空権を奪われているのが痛い。
遠距離攻撃の手段を持つ相手に空を自由に飛び回られては、同程度の高さへ跳ぶことはできても飛行手段を持たぬ側との差は容易には埋められるものではなかった。

「やれる。やれるよ、フェイト。時空監理局かと思ったけど、どうもそうじゃないみたいだ。それにアイツからは魔力を感じない」
「油断はダメだよ、アルフ。あの人の動きを見たでしょう。一対一じゃたぶん勝てない」
「そのためにアタシが居るんだろう。大丈夫、ジュエルシードは必ず手に入れる。そうしたらプレシアだって今度こそ褒めてくれるよ」
「……うん」

少女――フェイトが見せた寂しげな笑みに、僅かに翼の心は揺れる。
だが、ここは戦場。
甘えを見せていい場所などではない。

(まずは数の優位を崩す。そのためには……)

翼が、フェイトではなく赤髪の女――アルフの方へと狙いを定めたのには理由がある。
これまでの戦いで、遠距離からでは脅威を感じず、本来は近距離を得意とするタイプであると見抜いたからだ。
一方のフェイトが放つ攻撃は大規模なものもあり、受ければいくらシンフォギアシステムに守られているとはいえ、かなりのダメージを負うことになるだろう。
状況の打破に多少の無茶が求められるのならば、より与しやすい方を狙うのは道理と言えた。

「この、ちょこまかと!」

叫ばれる苛立ち。
アルフが手のひらから放つ牽制の魔法弾を、翼はこれまでこうして巧みにかわしてきた。
繰り返されれば次もそうするだろうという思い込みは当然強くなる。
そして、その隙を逃す翼ではなかった。

「いい加減やられちまいなッ」

フェイトが次の攻撃に備えてために入ると、それを守るようにアルフは攻撃に込める力を増やしていく。
手数だけで怯む相手とは思えない。
だからこその全力だった。
無論本命はフェイトの一撃。
アルフは言葉とは裏腹に、これまで同様かわされることを見越した攻撃を行っていた。

「なっ!?」

それなのに一切かわそうとはせず、防御も捨てて最短の動きで距離を詰められては、さしものアルフも僅かに反応が遅れてしまう。

「アルフっ!」

フェイトの悲痛な叫び。
だが、それすらも届かせまいと翼は炎を刀身にまとった一閃で薙ぎ払う。


――風輪火斬――


風鳴翼の数ある技の中でも最大級の威力を持つ一撃を見舞われたアルフは、炎に包まれると共に激しい衝撃に襲われた。

「フェイト……ごめん、ね……」

そのまま空中から地面に叩きつけられたアルフは、せめてフェイトに顔を向けようとしたが叶わずに意識を失ってしまう。

「アルフ……よくもっ!」

激しい怒りを見せるフェイト。
対して翼は、抜き身の刀そのままに厳しい言葉を言い放つ。

「覚悟を持たないというのなら、戦場には立たぬことだ」
「覚悟ならあるっ。すべてを捨ててでも成し遂げると決めた。誰にだって私の意思を、母さんへの想いを否定させはしない!」

勝負の天秤は自身の不利な方へと傾いても、フェイトの戦意は衰えるどころかなお増していく。
それを察した翼は、言葉ではなく刃を向けることで、フェイトの覚悟に応えることにした。

(幼くとも戦士であるということか。ならばその意思を真っ向から打ち砕くのみ!)

相手はノイズの比ではない。
もとよりその実力は自分と比べても遜色はないものだと翼は感じていた。
加えて今は先の攻撃時に受けたダメージもある。
あまり長い時間をかけての戦闘はできないだろう。

(一気に押し切るっ)


――蒼ノ一閃――


翼にも遠距離で戦う手立てはある。
斬撃を衝撃波として飛ばすこの技を初撃とし、跳躍から懐へと一気に飛び込んだ翼は、さらに二撃、三撃と刃を振るってフェイトを地へと押しやっていく。
だが、翼は勘違いしていた。
フェイトは射撃が得意な遠距離タイプではなく、射撃もできる万能型の近距離タイプであったのだ。

「バルディッシュ」
『はい、マスター』

フェイトの声に応えたインテリジェンスデバイスは、彼女を思考のままに超高速で移動させる。
瞬く間に翼の背後を取ったフェイトは、バルディッシュを上段に構え、その大鎌を振るおうとした。

「えっ……?」

しかし、想定外の事態に置かれていたのは翼ではなくフェイトの方であった。
地に描かれた無数の影。
フェイトの超高速移動さえも、翼の反応を上回るものではなかったのだ。


――千の落涙――


フェイトは釣られるように上空を見て、そして目を見開いた。
天を埋め尽くさんばかりの剣がいつの間にか浮かんでおり、それが今まさに自分に向けて殺到しようとしていたからだ。


だが、決定的であった敗北はフェイトに訪れなかった。


「――ディバインバスターッ!」






無数の剣は、すべて一条の光に飲み込まれて消し飛んだ。
第三者の介入。
高町なのはの直射砲撃魔法が放たれたのだった。





―――――――――――――――――

なのはさん参戦。
果たして響はこの翼の危機に間に合うのか。

風輪火斬はGでの初出ですが、技系はいつ使えるようになったか定かではないので今作では気にせず出していきます。


アリサは今回(も)おやすみです。





[41389] 4. 防人の歌(後編)
Name: 暇潰しA◆33c617ee ID:f66d0b24
Date: 2015/07/30 12:19
「どうして……?」

フェイト・テスタロッサには理解できなかった。
己を穿たんとした凶刃の雨を払ったのは、先日ジュエルシードを奪った相手。
恨まれこそすれ自分を助けるいわれはないはずだった。

「名前を……知りたいんだ」

当の高町なのは自身も考えて行動したわけではない。
本当に気がついたら身体が動いていたのだ。
だからバリアジャケットから顔を覗かせているユーノは驚きのあまり思考を停止させているし、彼が事前になのはの行動を知っていれば間違いなく止めていた。
そうしたなのはの行動に敢えて理由を付けるとするのならば、口にした言葉がそれとなるのだろう。
初めて邂逅したあの日の去り際に見たフェイトの寂しげな瞳が、なのはの脳裏にずっと焼き付いて離れないでいた。
なのはは、フェイトのことを知りたいから傷ついて欲しくなかったのだ。

「私の……名前?」

一方のフェイトは、なのはが向ける真っ直ぐな目に、どうしていいか分からず視線をそらしてしまう。
ためらいはある。
だが、そんな相手でも物怖じせず距離を詰められるのがこの高町なのはという少女だった。

「うん。わたしは高町なのは。あなたは?」
「……フェイト。フェイト・テスタロッサ」
「フェイト。フェイトちゃん」

どうしてそんな笑顔を向けられるのか。
フェイトには分からないことが多過ぎた。
きっと自分は混乱しているのだろうとフェイトは思う。
今だって正直に名前を答える必要などなかった。
もしアルフの意識があれば、敵と馴れ合うなどと間違いなく止めていたはずだ。

(そう、敵。敵なんだ。このなのはという子も母さんの願いを叶えるためには邪魔なだけ)

フェイト・テスタロッサは母であるプレシアのためにジュエルシードを集めている。
そして高町なのはもユーノ・スクライアのためにジュエルシードを集めている。
二人の目的は同じなのだから、仲良しでいられるわけがない。
何よりフェイトは母のためにすべてをなげうってでもと誓った。
もう一度母の優しさを自分に向けて欲しいから。
そのために戦うと決めたのではなかったのか。

「フェイトちゃん、わたしはあなたと――」

なのにどうして高町なのはの言葉はこうも心に残るのか。

「――友達になりたいんだ」

フェイトにはその理由が分からなかった。





















「なのははさ、あれで結構強引よね」
「アリサちゃんほどじゃないと思うけど」
「何か言った?」
「ううん、そうかもねって。私とアリサちゃんが仲良くなれたのは、なのはちゃんのそういうところのお陰だし」

どすの利いたアリサの声にすまし顔で返すすずか。
この辺りのやりとりは馴れたものである。
そんなすずかに対してアリサが強く出られないのにも理由がある。
一年生のときに気になっていたすずかへのちょっかいが行き過ぎて、見かねて止めに入ったなのはと大喧嘩したのは苦い思い出なのだ。

「あのときは悪かったわよ」
「何か言った?」

先ほどとは逆の返し方を演じてくる辺り、すずかもなかなかに意地が悪い。
それだけ二人の間に遠慮がなくなったということでもあるのだろうが。

「何でもない! そんなことよりなのはよ。それでいてあの子は強情で頑固なところもあるからさ」
「アリサちゃんはなのはちゃんに謝りたいんじゃなかったの?」

すずかの確認にうめきをもらしたアリサは、照れ隠しにパンを頬張る。
学校の給食は家の食事に比べて決して上等なものではない。
それなのにとても美味しく感じるのだから不思議なものだ。

「私たちを頼ってくれないのがアリサちゃんは不満なんだよね」
「……はぁ、すずかにはかなわないわね」
「分かるよ。私も同じだもん」

表には出さないがすずかとて歯痒い思いはあるのだ。

「なのはちゃんとはずっと仲良しでいたいな。もちろんアリサちゃんとも」
「アタシもよ、すずか。だからアタシはさ、たとえ鬱陶しがられても、また喧嘩することになっても、この件については引くつもりないのよ。まずはなのはが何を隠しているのかを聞き出す。謝るのはそれからにするわ」

そう宣言したアリサに、すずかは、

「やっぱりアリサちゃんのが強引だよね」

と言って優しく笑うのだった。






















「新手か……」

フェイトから距離を取り直した翼が、なのはを見やる。
戦場への乱入者はまたもや年端もない少女であるが、先ほどの一撃は侮れるものではない。

『翼ちゃん』

入った通信の相手は櫻井了子であった。
翼は油断なく意識をなのはとフェイトに向けたまま耳を傾ける。

『響ちゃんが今そちらに向かってるわ。到着するまでどうにか踏ん張って』
「――ッ!? その必要はないと……!」
『もう、強がってる場合じゃないでしょう。どうしても必要ないと言うのなら、響ちゃんが着くまでに状況を終わらせなさい』

できるはずのない、翼を言い聞かせるためだけの言葉。
しかし翼は不敵に笑って、

「ではそうさせて頂きます」

刃の切っ先をフェイトとなのはに向ける。

「待ってください! わたしはあなたと戦いに来たんじゃありませんっ」

翼に応える形で動き出そうとしたフェイトの前に出て、慌ててそう叫んだのはなのはだ。

「どいて」
「どかない。今回のジュエルシードはフェイトちゃんが持っていってもいいから、ここはわたしに譲って」

そこまで言うのならばと下がるフェイト。
ユーノはそんななのはの独断を叱責しようとするが、なのはの表情を見て無言のままバリアジャケットの中へと身を隠す。

「では何故ここに来た!?」
「それはフェイトちゃんが危なかったから……」
「そうではない。元来ここに来た理由だ」

そう言いながら翼の視線は僅かになのはたちから外れ、その答えを指し示す。
まるで話し合う余地などないとでも言いたげに。
だが、なのはとてそれで怯む理由はない。
もとよりなのはは自身の正義感からユーノに協力しており、そこに恥じる必要はないからだ。

「ジュエルシードの反応があったからです」
「ジュエルシードとはこの石のことだろう? 私もこれを回収する必要がある! フェイトと言っていたな。その子もそうだ。だから戦った。君もそうではないのか?」
「そうですけど……でもあれはユーノくんが見つけたもので、放っておくと危険なんです。だから……!」
「……悪ではない、か。ならば一緒に来て事情を説明してーー」




「ーーイチャイチャじゃれ合ってんじゃネェよ!」




振るわれた杖。
同時に出現したのは忌むべき異形の怪物。


「ノイズ……!?」




突如現れた更なる乱入者。
銀の髪の少女が身にまとうのは【ネフシュタンの鎧】。
現存が確認された数少ない【完全聖遺物】のひとつであり、かつて風鳴翼が天羽奏を失った際に奪われた、翼の精算すべき過去そのものだった。









――――――――――――――
アルフが気絶しているのをいいことに、着々とフェイトとの距離を詰めるなのはさん。
果たしてフェイトは何を思うのか。

そして翼はノイズを操る謎の乱入者を相手にどのような行動を取るのか。
向かう響は間に合うのか。

主役はアリサです。



[41389] 5. 奇跡――それは不屈の心が呼ぶもの――
Name: 暇潰しA◆33c617ee ID:cb58f172
Date: 2015/09/05 20:04
「ネフシュタンの……鎧!?」
「へぇ……てことはアンタ、この鎧のことを知ってんだ」

突如現れ、ノイズの大群を召喚して見せた銀の髪の少女は興味深そうに翼を見てくる。

(すべては、私の弱さが引き起こしたことだ)

風鳴翼はあの日の光景を幻視する。
腕のなかで力を失っていく大切な人。
ただ見ていることしかなかったできなかった無力な自分。
あれから己を一振りの剣へと変え、防人としての務めを果たすため自らを律して生きてきた。
そのすべては、この日のためだったとさえ思える。

「二年前、私の不始末で奪われたものを忘れるものか! 何より、私の不手際で奪われた命を忘れるものか!」

迫るノイズの群れ。
それらを最小の動きでかわし、最短の軌道で、最速の剣で撫で斬り倒す。
まるでノイズなど端から相手にはならないと示すかのように。

(奏を失った事件の原因と奏が残したガングニールのシンフォギア。時を経て、再び揃って現れるという巡り合わせ。だが、この残酷は私にとって心地いい)

歌が響く。
勇ましく、それでいて透き通るような哀しい旋律が。
翼と鎧の少女の間にはもう、何もなかった。




















「反応確認しました。間違いありません。ネフシュタンの鎧です」
「馬鹿な……」

ネフシュタンの鎧。
それは翼の叔父である風鳴弦十郎にとってもまた精算すべき過去そのものであった。

「現場に急行する! なんとしても鎧を確保するんだ」

司令官の席を任されながらネフシュタン起動実験の失敗を防げず、部下である天羽奏を失い、当時の現場となったツヴァイウィングのコンサート会場に居た民間人をも巻き込んで多くの犠牲者を出してしまった。
弦十郎にとってそれは悔やんでも悔やみ切れることではなく、その原因となったものが現れたとなってはこのまま座してなどいられるはずもなかった。
頷きを返す櫻井了子。
彼女もまたあの日の事件の当事者だ。
並々ならぬ感情があるのだろう。



こうして事態は急転直下に動き出す。
果たして一連の事件の背後には何が蠢くのか。
弦十郎にはそれがまだ分からなかった。





















空中も地上もノイズの大群に埋め尽くされる地獄絵図。
しかし、この場に諦めている者など一人としていない。

「レイジングハート、全力全開で行くよ!」
『Cannon Mode』

風は空に。
星は天に。
輝く光はこの腕に。
不屈の心はこの胸に。
純然たる魔法の申し子、高町なのはがその最たる者だ。

「ディバイン……バスターッ!」

裂帛の気合いとともに、直射砲撃魔法を前方に浮かぶノイズの一団に向けて撃ち放つ。
身に秘す魔力量と初めての魔法戦であっても無難にこなせた勘の良さ。
なのはの魔法の才は天賦の部類だ。
そんな彼女の本気の一撃の威力は、局地的な戦略兵器にも匹敵する。

「やった?」
「ううん、ダメみたい」

それでも、ノイズにはダメージが通らない。
フェイトはその想定していなかった光景に目を見張り、なのはの額には僅かに汗が浮かんだ。

「魔法が、すり抜けた……?」

驚きが声となってフェイトの口からもれる。
威力以前に当たらないのだ。
まるで何事もなかったようにそこに在り続けるノイズに、さしものフェイトも動揺せずにはいられない。

「お兄ちゃんの攻撃も当たらなかったし、予想はできていたけど」

なのはとて動揺がないわけではない。
状況はほとんど絶望的だ。
事前に覚悟していた分、フェイトよりも焦りを抑えられているだけに過ぎない。

「フェイトちゃん、ノイズには絶対に触れちゃダメだよ。炭化しちゃうから」
「炭化……?」
「黒い砂になって死んじゃうってこと。すり抜けちゃうならプロテクションでも防げないだろうし、本当に気をつけて」
「そんなことって……」

対処法、状況判断とフェイトの頭にマルチタスクの並列思考がめぐり、すぐに驚愕から恐怖へと変わる。
正体不明なノイズが怖いのではない。
自身に迫る死への恐れでもない。
自分に残った最後の絆が断ち切られるかもしれない恐怖が、フェイトを叫ばせるのだ。

「――アルフッ!」
「フェイトちゃん!?」

弾かれるように飛び出したフェイトに、なのはの声は届かない。


――Sonic Move(ソニックムーヴ)――


描く軌跡はまるで雷。
魔力のすべてを一点に費やしたそれはフェイトの無意識から行使された魔法で、主の意を汲んだバルディッシュが現界させた至高の速さだ。
それぞれの個体同士の間を縫うように頭から降下したフェイトは、地に這うノイズの群れに今まさに飲み込まれようとしているアルフのもとへと到る。
だが、そこまでだ。
着地したはいいが無茶な魔力運用で身体は思うように動かず、転移魔法で脱出しようにも詠唱に集中する時間がない。

「どうしよう、このままじゃフェイトちゃんたちが……ユーノくん、どうすれば助けられるの!?」
「落ち着いて、なのは。たぶんノイズは次元の狭間に潜んでいて、半実体化してこちらに干渉しているんだ。こちら側に位相を固定させて完全に実体化させられれば倒すこともできるはずだけど……」
「方法はあるの?」
「すでに実例はあるよ」

そう言ったユーノの視線の先に居るのは、歌を口ずさみながらノイズを圧倒して見せた翼だ。

「レイジングハートとなのはの魔力量なら、もしかしたら」

可能性があるのなら、あとは全力でぶつかるだけ。
それが高町なのはの在り方なのだから。

「レイジングハート、お願いできる?」
『If that's what you desire(貴女がそれを望むなら)』
「うん、お願い」

ミッドチルダ式の魔法はイメージと、それを具体化する緻密な計算の上で成り立っている。
デバイスはあくまでそれをサポートするためのものであり、レイジングハートがどれだけ優秀であろうとも、術者が彼女を使うに値しなければその真価は発揮できない。



『広域結界展開。専用の術式を組み込んだバインドで対象の位相を本座標にすべて固定完了。マスター』
「これがわたしの正真正銘全力全開。スターライト……ブレイカーッ!」



つまりはこの状況を覆さんとした一撃が世に放たれたのは、高町なのはが高町なのはであるからなのだ。

「これは……」
「オイオイ、どんな冗談だよ」

風鳴翼と鎧の少女は戦闘を停止してその場に立ち止まり、自分よりも遥かに幼いなのはを畏怖し、または敵視し、

「高町……なのは」

フェイト・テスタロッサは破壊と暴力の奔流である光に何故かとても温かいものを感じた。

まさに奇跡。
不屈の心が生んだ絶望を打ち砕く希望の閃光。











だが、それでも。











「フェイト!」
「フェイトちゃん!」

奇跡が必ずしも結果に結びつくとは限らない。
高町なのはと、スターライトブレイカーの衝撃で目を覚ましたアルフが悲鳴に似た叫びを上げたのはほぼ同時。
アルフを見ていたフェイトの顔に、影が重なった。

(動け、動けよアタシの身体ッ)

たった一体、位相を固定し切れずに逃れてしまったノイズの手が、ゆっくりと、まるでスローモーションのように迫る。
アルフは身体に力を入れる。
しかし動かない。
思っているよりもダメージが大きいのだろう。
だけど、それでも己の身体だ。
少しくらいは自分の願いを聞いてくれてもいいではないか。
この身を犠牲にして構わない。
地獄の業火にだって喜んで焼かれよう。
だから、どうか今一度の奇跡を。

(どうしてそこで微笑うんだよ、フェイトッ)

気づいているのだ。
けれど自分が動けばアルフが犠牲になると分かるから、たとえ一瞬であっても守りたくて、フェイトは動こうともしない。

(こんな優しい子にあんまりじゃないかッ!)

信じてもいない神を憎む。
このような場所に送り込んだフェイトの母親であるはずのプレシアを。
何より足を引っ張ってしまった無力な自分を。


「フェイト、アタシなんか置いて――」
「――アルフ、ずっとそばに居ようね」


言葉を重ねて言わせない。
いつか結んだ契約。
それは今でも続く願いでもあるのだから。
だから……、











「Balwisyall Nescell GUNGNIL tron」













振るわれた拳。
今一度絶望を打ち砕く希望。
奇跡はさらなる奇跡を呼び、ついには願いを叶える本物となる。


「立花響」
「融合症例……チッ、ここに来て標的が増えやがった」


大地を力強く踏み締める新たなシンフォギア装者。

「ずっとそばに居たいなら――」

あの日、死の直前で天羽奏に文字通り命を賭して助けられた少女――立花響は、今度は自分の番だと手を伸ばす。
たとえ風鳴翼に否定されても、小日向未来に心配をかけてしまっても、それこそが胸の想いを引き継いだ責任であると信じているから。
だから……、


「――生きるのを諦めないで!」









-----------------------------------------

HERE COMES A NEW CHALLENGER!
みんなで高めあって実力以上の力を引き出しています。

次で今回の騒動をまとめるつもりです。

なのはと響、これで主人公揃い踏みですね。
……なお、本作の主人公は別にいます。



[41389] 6. 始まりの終わり――それぞれの想い――
Name: 暇潰しA◆ad6c601c ID:2dc17f3e
Date: 2015/09/05 19:58
『私は貴女を受け入れられない。力を合わせ、貴女と共に戦うことなど、風鳴翼が許せるはずがない』


かつて立花響が共闘を願い出た際、風鳴翼は取り合おうともしなかった。
無二のパートナーであった天羽奏が身に付けたガングニールを纏って現れたからではない。
響の中に命を懸けて戦いに挑めるだけの芯を見出だすことができなかったからだ。
だから翼は響にこうも言った。


『覚悟を持たずにのこのこと遊び半分で戦場に立つ貴女が、奏の……奏の何を受け継いでいるというの!』


だが、それは翼の見立て違いだ。
どうして立花響に覚悟がないと言えよう。
彼女の胸にはこんなにも今も、生きることへの渇望が、願いが、想いが、そして歌が、激しく鳴り響いているというのに。
けれど、それは翼には届かない。
少なくとも今はまだ。
風鳴翼は立花響のことを何も知らないから。
そして立花響もまた風鳴翼のことを何も知らないから。
だから風鳴翼は一人で立つのだ。
立花響を制して、忌むべき過去の象徴たる鎧を自らの力とする少女の前に。
たとえ、ここで燃え尽きることになったとしても。


「防人の生き様、覚悟を見せてあげる! 貴女の胸に焼き付けなさいッ」

























フェイトの周囲からはすでにノイズの気配は完全に消えていた。
高町なのはの全身全霊の一撃と、フェイトの窮地に彗星のように現れたシンフォギア奏者――立花響の活躍があったからだ。

(アルフが無事でよかった……)

フェイトはただ、それだけを思う。
一歩間違えれば、否、何かが起こらなければ自分が死んでいたというのに。
優しいからというだけではない。
アルフが大切だからというだけでもない。
喪失への恐怖。
いつかなのはが感じたように、フェイトの胸中にはどうしようもないほどにふくれ上がった寂しさがあった。

「フェイトちゃん」

なのははフェイトの過去を知らない。
抱えている想い。
彼女のもとを去らざるをえなかった教育係のリニスのことも、母親の一方的な拒絶から来る確執も。
けれどそのすべてを知る必要があるだろうか。
きっと知らないからこそ埋められるものもあるはずなのだから。

「よかった、間に合って。でもわたしだけじゃ助けられなかったから……あの人のお蔭だね」

なのはとフェイトの視線の先には、胸の歌を響かせ、拳を振るった立花響がいる。
「生きるのを諦めないで」と叫んだ彼女は、今はフェイトとアルフを同時に相手取ってみせた風鳴翼と、ノイズを召喚した鎧の少女とが、激しく戦う様を見守っていた。
見守らざるをえなくなっていたという方が正しいのかもしれないが。
互いに蚊帳の外に置かれた格好だが、フェイトにとっては望ましくもある。
もとよりフェイトの目的はただひとつなのだ。


「ジュエルシードは貴女が預かっておいて」


だから、アルフが驚くのは至極当然のことで。
その意味の大きさが分かるから、なのはも僅かに息を飲んで、破顔して力強く頷くのだ。

「任せてっ。次に会ったときに必ず渡すから!」

フェイトはその言葉を疑わなかった。
高町なのはという子はきっとそういう子なのだ。
何より今は、目的よりも優先したい願いがあるから。

「フェイト……どうしてあんな奴に」

理由は誰より問うたアルフが分かっている。
それでも、否、だからこそアルフは言葉にせずにはいられない。
使い魔である自分がフェイトの足を引っ張るなんて許せなくて。
母であるプレシアへの情の深さを知っているからやるせなくて。
自分の存在がこれまでのフェイトの頑張りをすべて捨てさせてしまうのだとしたら、いっそ今すぐに消えてしまいたかった。

「ジュエルシード集めはこれで終わりじゃないから」

口惜しくないわけがない。
フェイトも母に誉めてもらう光景を夢見る年頃の少女だ。
だが、己の欲を殺し、アルフが納得できる言葉を端的に選べるのだから、フェイトはきっと何よりもまず優しいのだろう。
少なくとも、寂しさだけで行動する少女では決してない。
流す涙を止められずにアルフは頷く。
今は身体が動かずとも、必ずや主の想いに報いることを誓って。

「またね、フェイトちゃん!」
「……うん、また」

響いたなのはの声に僅かに視線を送り、フェイトは膝を折ってアルフの手を取る。
やがて眩い光に包まれていく二人。
座標軸を詠唱し、動けないアルフを連れて、フェイトはプレシアの住まう時の庭園へと次元転移していった。
所持するジュエルシードはまだ二つ。
それでも、記憶に残る母の笑顔をまた自分に向けられると信じて。



知らぬが故に埋められるものはあるが、知らぬが故に埋められないものもある。



高町なのははまだ、そのことを知らない。
そしてフェイト・テスタロッサもまた、高町なのはのことを何も知ってはいなかった。
まだ二人を結ぶのは小さな約束のみ。
だから、高町なのはは頑なにそれを守ろうとするだろう。


「じゃあ行くよ、ジュエルシード――」
「――チッ、ヤラせるかよ!」


なのはの周囲に現れたのは無数のノイズ。
連戦で疲弊していた翼を制して優位に立っていた鎧の少女の目は、本来の目的であったジュエルシードへと向けられていたのだ。
魔法を知らぬ鎧の少女は、なのはが何をしようとしていたのか理解していたわけではない。
それでも、なのはの行動を止めなければ目的の完遂が難しくなるのは察することができた。
だからこそのノイズの召喚。
シンフォギア装者ではないなのはがノイズを圧倒する様は見ていたが、あのような所業が簡単に行えるものとも思えない。
そうであれば自身の安全を確保するために一旦距離を取るはず。
それは鎧の少女の思い違いではなく誰の目にも明らかなことだったが、しかし、


「バカがッ、逃げろっ!」


焦ったのは何故か召喚した鎧の少女。
高町なのはは動かない。
まるで何かに取り憑かれたかのように、己の危険を認識していないかの如く。
事実、認識できていないのだ。
それほどまでに高町なのははフェイト・テスタロッサとの約束を守りたいと願い、その行動に集中していた。

「――封印ッ」

封印されたジュエルシードは、なのはの持つレイジングハートに吸い込まれて消えていく。
この時点で鎧の少女は目標の確保に失敗していたが、彼女の思考にそのことはなかった。
このままでは自分の願望に幼い少女を巻き込んで殺してしまう。

(まただ……クソッ、どうしてこのガキどもは思い通りに動きやがらねぇッ。自分の命を大事にしろよッ)

脅して動けない状況に留め置くつもりだったもう一人の少女が、自らノイズの大群に飛び込んで襲われんとしていた際にも密かに感じていた焦燥が、鎧の少女には走っていた。
完全聖遺物。
それがもたらす戦闘能力。
現在の体力。
気力。
この時点における鎧の少女は、風鳴翼にほとんどの点で勝っていたのかもしれないが、しかし覚悟という一点では明らかに劣っていたのだろう。


「繰り返すものかと私は誓った!」


だから、結果としてそこを突かれることになる。


















鎧の少女に動揺が走るのとほぼ同時に、立花響は駆け出していた。
握り込む拳に籠めるのは守りたいという想い。
だが響の周囲には、翼に加勢させぬよう鎧の少女が周囲に配していたノイズの群れがいる。
その警戒を抜けられるのならば、翼が窮地に陥った際に響は参戦していた。
けれど、それが響の行動を止める理由にはなりえない。
普通の個体よりも巨大で力のあるそれらは、召喚された際の主の命令を遵守して響を行かせまいと行く手を遮る。
一体目の手をかわし、
二体目の身体を砕き、
三体目の股を掻い潜る。
最短で。
最速で。
絶対に間に合わせるという強い意志が響の身体を動かす。
それでも……、


「離せ、離せよッ」


ついにノイズに捕らえられてしまう響。
足掻こうにも、叫ぼうにも振りほどけはしない。
奇跡を起こすには下地がいる。
必要だった力が、立花響にはまだなかった。
所詮偶然手に入れた武器を振り回すだけの彼女では、戦士としての本領を発揮できはしないのだ。

(嫌だ……私は奏さんの代わりになるんだ。だから……ッ)

想いだけでは届かぬ現実。
けれど、それが奇跡を起こせぬ理由には成りえないと証明したのは、他ならぬ立花響であったではないか。


一度起きたことは二度起きる。


迫る危機に気づき、恐怖に表情を染めて悲鳴も上げられずにいた高町なのはを救ったのは、誰よりも彼女の身近にいた存在。



「なのはは僕が守る!」



心に決めた絶対の誓いと共に現れたのは一人の少年。
普段はフェレット。
実は魔法の世界からやってきた男の子。
ユーノ・スクライアであった。
ユーノに残された魔力は少ない。
フェレットの姿で回復を試みてはいたが、万全ではないのだ。
それでも彼には、この窮地を乗り切る手段を導き出せる頭脳がある。
もとよりノイズの打倒は不可能だ。
彼にはそこまでの威力を瞬時に出せる力がない。
ここで優先すべきはノイズの位相を本空間に固定させること。
それができなければユーノの攻撃は届きもしないのだから。
なのはがレイジングハートの力を借りてやったこちらの座標軸へのノイズの固着。
それをユーノは、デバイス抜きで行ってみせる。
ぶっつけ本番。
けれどそうしなければなのはを守れないのならば、ユーノは確実に成功させる。

「飛ぶよ、なのはッ」

ノイズの固着の成功。
それを確認せずに放ったのは、倒すのは諦め、吹き飛ばして距離を開けることのみに注力した風の魔法。
しかしてユーノは、最悪の状況を乗り切った。
だが、ここですぐに次の手を打たなければすぐにふたたびノイズに囲まれて、今度こそ命はないだろう。
幸い地上を這うタイプのノイズは飛べない。
驚いて固まっているなのはの手を引いて、ユーノは上空に飛んだ。
まだ飛行タイプのノイズが点在するが、魔法で飛ぶ彼らに追いつけるものではない。
逃げるだけならば容易と言えた。

「このまま離脱するよ」
「うん……」

まだどこか上の空のなのはを連れて、ユーノは全速力で安全な場所まで飛んでいく。

(もうほとんど魔力がない……これでまたしばらくフェレットでの生活かな)

そんな、少し前なら考えられないような暢気なことを思いながら。

「ユーノくんって人間の男の子だったんだ」

しばらくしてポツリと呟いたなのはの言葉に、「あれ、言ってなかったっけ」、「言ってないよー」とひと悶着もあり、やがて背後から大きな爆発音と激しい光が立ち上った頃には今回の騒動はひとまずの決着を見ていた。






まだ、彼ら、彼女らは何も知らない。
互いのことも。
戦う理由も。
それぞれの想いも。
そして、その中心に立ち、個人が持つことを許された域を遥かに超えた力を持つことになる少女のことも。
今はまだ、何も知らなかった。









――――――――――――――――――――――――――――――

8月は仕事が忙しすぎて書く暇がありませんでした。
待ってくださっている方がおりましたら申し訳ありません。

以前ユーノが……って感想に書いてくださった方のコメント返しで、ユーノの魔力云々と書きましたが、それは半分ブラフです。
イベント先取りでここでの活躍が決まっていたので。

心配する鎧の少女に容赦ない翼さんサイドの絶唱描写は今後の回想シーンで入ると思います。

いよいよ主人公の出番が来る……かもしれませんね。






[41389] 7. 高町なのはがいる一日
Name: 暇潰しA◆ad6c601c ID:e3361950
Date: 2015/10/06 07:39
「なーのーはーっ」


たくさんの将来有望な幼き学徒が集う学舎の校門を越えたその先で。
随分と待たされた気がする――実際にはたったの一日なのだが――親友の姿を見つけると、アリサ・バニングスはロックオンとばかりに全速力で駆け出した。
その形相たるや、呼ばれた声に気づいて振り向いた高町なのはが、思わず短い悲鳴を上げて後ずさるほどである。

「ちょっと、失礼じゃないの!」
「ご、ごめんなひゃい」

頬を引っ張られて涙目で謝罪するなのは。
でもやられた本人はこんなやり取りがちょっぴり嬉しかったりもする。
だからアリサの手が離れると、なのはは屈託なく笑うのだ。

「おはよう、アリサちゃん」
「うん、おはよう。元気そうじゃない。風邪引いたって言うし、心配したんだから」
「にゃはは、この通りもう大丈夫だよ。ありがとう」

少し熱くなった頬を押さえながら向けられた真っ直ぐな感謝に、アリサの頬も紅くなる。
すずかがいればここぞとばかりにいじられたのだろうが、幸いにも今は二人っきり(金髪で何かと目立つアリサと愛らしいなのはの組み合わせに、登校中の生徒の視線が幾つか向けられてはいるが)。
ここは少し素直になってみてもいいのかもしれない。


「な「なのはは可愛いなぁ」」


まるで腹話術のように後ろから声を重ねられて、先程よりも強烈な、般若もかくやな形相になってアリサは振り返る。
哀れ間近でみてしまったなのははすでに涙目。
けれど向けられた彼女はどこ吹く風の涼しい顔である。


「すーずーかーっ」


案の定いじられてしまったアリサ。
いないと思ったらやっぱりいたのだ。
このおとなしそうに見えて実はいたずらっ子な面もある月村すずかは、気配を殺して合流するタイミングを見計らっていたのだろう。

「おはよう、アリサちゃん。なのはちゃんも。元気そうでよかった。やっぱりなのはちゃんがいないと寂しいよ」
「うん、わたしもすずかちゃんとアリサちゃんに会えないと寂しい……よ?」
「なんで疑問形なのよーっ」
「にゃー、なんでまたわたしなの!?」

朝から沸点が低いアリサに追いたてられて、なのはは息も絶え絶え。
一時間目は彼女の苦手な体育だというのに散々である。


























なのはは体育が前日の夜から憂鬱になるほどに苦手だが、アリサとすずかは大が付くくらい得意である。
活発なアリサはらしくもあるが、すずかは普段のイメージからすると意外と言ってもいいだろう。
そんな彼女たちだが、今はなのはとペースを合わせて並走してくれている。
介護という表現が正しいのかもしれないが。

「どうして、マラソン、なのー?」

朝も散々走らされたのに。
息も絶え絶えななのははそう思わずにはいられない。

「なのはちゃん、走りながらしゃべると余計に疲れるよ……?」

そう心配するすずかは余裕といった表情だ。
とは言え別にこれはすずかが特別だからではなく、このペースで走ればクラスの大多数がそうなるだろう。
そろそろトップと二度目のおはようございますな状況なのだ。

「家でゲームばっかりしてるからよ。少しは恭也さんや美由希さんを見習って運動でもしたら?」

呆れ気味のアリサもゲームは好きな方だが、さすがに一日中引きこもるほど続けられない。
これは父である士郎がとある仕事で負った怪我で長期に渡り入院し、家族がその世話と実家の切り盛りでなのはにほとんど構えなかったことから生まれてしまった悪癖なのだが、アリサもすずかもそのことは知らなかった。
もっとも例え知っていたとしても可哀想だねで放置は友人として違うだろうが。
少なくともアリサならばそう思うだろう。

「そうだ、アタシが今度恭也さんに頼んであげる」
「や、やめて! 死んじゃうのっ」

ありがた迷惑な提案に思わず叫んで止めるなのは。
ますます体力を奪われ、いよいよ息の乱れがまずい感じになるが、あんなものに付き合わされたらマラソンどころの騒ぎじゃない。
アリサは以前なのはの家に遊びに行った際に一度見た外向きの簡単なものを普段の彼らの稽古だと勘違いしてるのだろうが、実際はもっとずっと恐ろしいものなのだ。
真剣を用いての立合いは当たり前、警告なしで庭の鉢植えをつかんで殴りかかったりポケットに入れたボールペンを投げつけたりするとんでも超人養成訓練なのである。

「ふふっ」

恭也の恋人である姉のすずかを通してそんななのはの兄姉を知るすずかは、楽しそうに友人たちのやり取りを見守る。
どちらかと言えばアリサを応援。
ただし心のなかだけで。
なのはの困った顔はいかにも可愛らしいが、嫌がらせはよくないと思えるすずかである。
それにそろそろゴールだ。
本当はトラックを一周まだ残しているが、クラスメイトの声援は大きく、先生ですら「あと少しだ」と声を張り上げている。
このままフィニッシュしてもたぶん誰も気づかないだろう。
おそらくすずかと……アリサ以外には。

(アリサちゃんもあれですっごくなのはちゃんに甘いよねぇ)

だからこそアリサは大好きなアリサなのだとすずかは思うわけで。
やっぱりこの三人で一緒にいられる時間が大好きで、いつも家に帰ると明日が待ち遠しくなるのだ。
休日なんかは早く過ぎないかと気をやきもきさせてしまう。

(そういえば今週のお休みは約束があるんだっけ。アリサちゃんのお父さんが会社のプラント見学に招待してくれたとかで。うーん、楽しみだなぁ)

歓声に押されて、半ばやけっぱちで残る体力すべてを使う文字どおりの全力疾走。
万雷の拍手とともにゴールしたなのはそのままトラックに崩れ落ち、アリサとすずかは慌てて介抱する。



今日も平和だ。
魔法を手に入れても、命の危機と隣り合わせの世界に足を踏み入れても、こうして日常は変わらずやって来る。
だが、高町なのはは知らなかった。
その光景がすでに監視されていることを。
そしてその手がいつでも彼女の身に伸びる位置にあるということを。













「あれがこの少女と同一人物とは……ちょっと信じられませんね」
「だが事実だ。それに俺は疑わぬよ。なるほどなと思うくらいだ」















風鳴弦十郎は端末に表示された少女のプロフィールを見て不敵に笑う。
モニターいっぱいに映し出されているのは、先日の戦闘の光景。
衛星から高解像度で記録されたのは、少女が杖から砲撃を放つ映像だ。
多くのノイズを一瞬で消滅させたこの少女の正体の割り出しは二課の急務であったが、それもすでに終わっている。
あとは本人に直接確認を取るだけだ。

『接触しますか?』
「待て、緒川。高町家は……御神の一族は簡単に手を出していい相手じゃない。……俺が行く」

現場に張りついている小川の報告によれば、件の高町なのはは普通に家から学校へ通って小学生をやっているらしい。
ならば帰宅後に時間を合わせて訪問するべきだろう。
それに彼とは……高町士郎とは久方ぶりの再会となる。
士郎は風鳴の家にとって大恩のある人物だ。
その彼の娘となれば礼を尽くす必要がある。

「……翼は出歩いても問題ないんだったな?」
「あまり無理はさせられないけど、絶唱を歌ったにしてはダメージは少ないわ。さすがは第一種というところかしら。 一時退院の許可が下りるくらいには経過は良好よ」

櫻井了子の返答に頷き、弦十郎は在りし日を思い出す。
翼に今があるのは高町士郎のお蔭だ。
ならば彼女を連れて行かぬわけにはいかないだろう。



「もう5年か……まったく月日が経つのは早い」







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日常&伏線ターンです。
シンフォギア三期の展開にいろいろ圧倒されましたが、終わってしまって寂しいです。
あっちも伏線ばら蒔きながら終わりましたが四期いつかな……




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