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[41560] 巻き込まれ異世界召喚記
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:040dcec7
Date: 2017/09/14 18:42
異世界に召喚された四人の少年達。
彼らは召喚された世界で、新たな人生を歩んでいく。

※読みにくい方用にカクヨムにも順次投稿してありますので、もしよろしければカクヨムにてご覧下さい。

※ただいまリルの容姿について、皆様が考える容姿を募集しております。
是非ご助言のほど、よろしくお願い致します。



[41560] 始まりの日
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:040dcec7
Date: 2017/03/17 05:44

 何とも信じがたいことではあるが、目の前に荘厳な城がある。
 高校一年生の少年――宮川優斗は周囲を見回すと、小さく溜め息を零した。  

「これって……あれかな?」

 優斗は側にいる友人達に同意を求める。

「まあ、そーじゃね? 他に思い当たるもん、俺は知らねーぞ」

 まずは長身短髪の少年――内田修が気軽に頷いた。
 どうやら起こった事態に対して驚きは一切ないらしい。 
 次いで修の隣にいる一番背の低い少年――佐々木卓也が、口をあんぐりさせながら大きなジェスチャーで肯定した。

「た、たぶんな」

 正直、信じられないことではあるが知識としては彼も知っているので、かろうじて呆然とはなっていない。
 そして最後は優斗の隣にいるボサッとした、やぼったい髪型をした少年――豊田和泉が一切表情に感情を出さず肯定した。

「無論、そうだろう。でなければ超常現象にも程があるというものだ」

 友人達と共通の理解があることを知って、優斗はさらに溜め息を吐いた。

「どうしてこうなったのかな?」

 意味が分からないし、状況が一切合切理解できない。
 それは友人達も同様で、今この瞬間の状況を説明出来る人物は一人たりともいない。
 とはいえ優斗は周囲を見回し、

「一応、こうしておいたほうがいいのかな」

 両手を上げた。彼の行動が意味するところは全員が理解しているので、友人達も優斗に倣って手を上げる。

「ほんと、どういうことなんだか」

 優斗は意味不明な状況を前に呟く。
 そう、彼らの今の状況は──剣の柄に手を置いている騎士達に囲まれていた。


       ◇      ◇


 高校一年の春休み、優斗達はスキー旅行を予定していた。少しばかりとはいえ休みに入ったということもあるし、高校生なのだから親友達と旅行に行きたい願望もあった。
 そうして優斗、修、卓也、和泉の四人はスキー旅行に出ることにしたのだ。
 夜行バスに乗って行く初めての旅行に、全員が図らずもテンションがあがったものの、次の日の朝には銀世界が待っている。遅くまで起きているわけにもいかないので、夜中の一二時を過ぎた頃には全員、静かに寝静まった。
 そしてバスがあと一○分ほどでパーキングエリアに入り休憩を取る、というアナウンスがあった後だった。大音量ではないにしろ、その声は確かに優斗は聞こえていて、薄っすらと耳に残っているのは覚えている。
 しかし数十秒後、だっただろうか。大きな揺れを感じた。
 何事だろう? と優斗が思って目を開けた瞬間、視界の全てが真っ白な光に覆い尽くされていた。

 そして現在へと至る。
 とりあえず全員で手を上げると、彼らは優斗達を丁重に城の中へと導いていった。
 一様に注意をこちらへ向けながらも、戸惑った表情を浮かべている。
 四人が耳を傾けてみれば、何を喋っているのか分かった。どうみても日本人ではなく、さらに騎士のような風体の方々からは『まさか!?』とか『どうしてここに?』などといった言葉が聞こえてくる。

「なんかあいつらの言葉が理解できんの、俺だけ?」

 修が全員に訊いてみる。もしかしたら自分だけ分かるのではないかと思った結果の質問だったが、それは杞憂に終わる。

「いや、少なくとも俺は修と同様に問題がない」

 和泉が同意する。耳の中に指を入れたり叩いたりしてみるが、それでも変わらずに言葉が理解できている。優斗も卓也も頷きを返した。

「僕も分かるよ。それに口の動きからして、別の言語を話してるようには思えないかな」

「オ、オレも分かっちゃってるんだけど」

 けれど唯一、卓也だけが落ち着かない様子だ。
 先ほどからテンパっている彼の様子に優斗が呆れる。

「いい加減、卓也も落ち着いたら? 慌てたって何の特もないよ」

「いや、だっておかしいだろ優斗!? バスに乗ってたはずなのに広場にいるし……っていうか城が目の前にあるなんて意味が分からない! しかも明らかに日本人じゃないのにオレ達、言葉が理解できてるって何なんだよ!?」

「まあ、ごもっともなツッコミではあるんだけどね」

 確かに分かりやすいほどに変だと優斗も思う。ちらりと騎士っぽい方々の様子を見れば、口を挟みはしないものの自分達の様子を窺っていた。
どうやら会話をするのは許されているらしい。
「さっきも言ったけどさ。これ、やっぱりあれだよね」
 優斗の断定するような言葉に全員で頷く。四人の共通した知識は一つの結果を示している。案の定、和泉が躊躇うことなく言葉にした。 

「異世界召喚だろう」

 ゲームや小説でよくあるネタの一つ、異世界召喚。まさか自分達の身に降りかかるとは考えもしなかった。優斗はふむ、と考察するように顎に手を当てる。

「異世界召喚って空想の産物だけだと思ってた。正直、自分が今まで持ってた常識の範疇は超えてるかな」

「だけどよ、優斗。想像出来るものって実際にあり得ることだって聞いたことあんぞ。だからあるだろ」

 修が面白げな笑みを浮かべた。楽しいことが好きな彼は嬉々として現状を受け入れており、それは和泉も同様だ。
 一方で卓也は親友達が落ち着き払っている姿を見て、呆れ果てるように項垂れた。

「……お前達を見てると、慌てるのが馬鹿らしくなってくる」

「修や和泉はともかくとして、これでも僕は驚いてるんだよ」

「……優斗。だったらオレぐらい表情に出してくれ」

「そんな無茶なことを言わないでよ」

 とはいえ、だ。確かに随分と余裕のある会話をしていると優斗は思う。
 気付いたら変な場所にいるし、騎士のような方々に囲まれて歩いているというのに。

「さて、と。卓也も慌てるのを諦めたことだし、状況を考えよう」

 優斗は落ち着き払った様子で会話を切り出した。
 言葉には僅かに真剣さが帯び、目も微かに細まる。

「たぶん、というよりほぼ絶対に僕達は異世界へ飛ばされた。理由はいくつかあるけど、確実なのは時間帯が違いすぎる」

 夜中に雪国を目指していたのに、今の自分達がいる場所は真っ昼間。しかも三月とはいえスキーをする場所へ向かう為の格好が、気温以上に暑さを感じさせた。
 左腕に嵌めている腕時計を確かめてみても午前二時前を指しており、自分達が眠ってから二時間と経ってない。
 さすがに太陽が真上にあることを納得するには無理にも程がある。

「外国だとしても、どうやって? ってことだよね。飛行機に乗ったわけじゃないし」

「まあ、そりゃ飛行機で外国とかはねーよな。しかもロマンを感じないから却下だ」

 修がトンチンカンな感想を言いながら、ニヤっとした笑みを零す。

「それに軽いとはいえよ、オタクが二次元展開を否定したら終了だろ」

 一応は彼ら四人ともゲームやアニメ、ライトノベルを好んでいる。ゲームに至ってはRPGやスポーツ系はもちろんのこと、ギャルゲーだって平然と手を出しているのだから、こういう状況だって知識としてはある。

「だからって自分の身に起こると思わないだろ……」

 卓也がげんなりとしながら反論した。アニメはアニメ、ゲームはゲームだと言いたい。
 だが修は分かってない、とばかりに首を横に振った。

「自分の身に起きた時の妄想ぐらいはしてろよな。俺はちゃんと、こうなった時の妄想もしてたぞ」

「……人によるだろ、そういうのは。オレはそんな妄想、やったことない」

 事実としては受け止めなければいけないのだろうが、普通は軽く順応できるわけがないと卓也は思う。もちろん彼らのことをよく知っている身としては、順応できることがおかしい、などとは露も考えないが。
 と、兵士たちが止まった。目の前には厳かな扉があり、いかにも王様とかが待ち構えていそうな場所だ。和泉がしげしげと扉を見つめる。

「謁見の間というやつか。ということはデフォルトな異世界召喚から考えると、勇者認定か要らない子扱いかのどちらかだろう」

 あくまで和泉が知識として知っている展開だと、そういう展開になる。
 基本的な王道であれば勇者と認定され、魔王を倒せと言われる。
 少し違った方面であれば、要らない子と言われて放り出される。

「できれば前者がいいんだけどね。余計な面倒がなくて助かる」

 優斗が希望を言葉にし、

「オレも優斗に同意だよ。これ以上、変なことにならなければいいな」

 卓也が頷き、

「まあ、話せば分かんじゃん。今からネガティブに考えたってしゃーないだろ」

 修が結論付ける。そして優斗がさらに真剣さを帯びた声音を出した。

「さて、どうなるだろうね」

 少なくとも連れて来られている最中も悪い感じはしなかったのだから、最悪な結果になることはないだろう。
 そう優斗は踏んでいた。
 

 玉座のすぐ近くまで通される。真っ正面を見れば長い顎髭を蓄え、いかにも威厳ありそうな王様っぽい男性がいる。
傍らには王妃、そして──おそらくは彼らの娘であろう王女様のような女の子がいた。男性は優斗達の姿をしっかり認めると、ゆっくりと口を開く。

「我はリライト王国の国王、アリストだ。君達が異世界の者か?」

 威圧しているわけではないが、聞いただけで『ああ、王様だな』と実感させられる声音が四人の耳を通り抜けていく。
 加えて王様の言葉から、この場所が自分達のいた世界とは別であることを確信する。

「おそらくは、そうなのだろうと思います」

 返答は優斗がした。キッチリとした場面のときは基本的に優斗に任せるのが、彼らの中での必然的な役割分担だった。

「そうか。まずは唐突に召喚を行った非礼を詫びよう」

「ということは貴方様が我々をこの地へ呼んだ、と解釈してよろしいのでしょうか?」

「その通りだ」

 一も二もなく頷く王様。優斗は真実を見定めるかのように王様から視線を動かさず、

「なぜ? とお尋ねしてもよろしいでしょうか?」

「もちろん、全てをきちんと説明させてもらおう」

 王様は蓄えた髭を撫でると、四人を見回す。

「君達の中に“勇者の刻印”を持つ者がいる。その者に我が国の勇者になってもらいたい」

「勇者の刻印、ですか?」

 優斗が努めて平然と聞き返す。だが四人の内心は総じて『前者来た!』と喜んでいた。
 王様はさらに言葉を続ける。

「そうだ。先代の勇者が老衰で亡くなり、後任を呼ばなければならなかった。我が国では代々、異世界人を召喚して勇者になってもらっているのだが……」

 不意に困ったような表情になった。何事かと訝しんだ優斗だが、すぐに王様の表情が変わった理由を理解することになる。

「その……だな。四人も異世界の人間が来るとは予想外だった」

 本当に想定外だったのだろう。威厳ありそうな顔や雰囲気からは想像も付かないほどに、申し訳なさそうに落ち込んでいた。

「それはもしかして、勇者以外の我々は……」

 優斗はある程度、事態の想像が付いた。勇者を呼び出したのにも関わらず、四人もいることで困ったやら申し訳なさそうな顔の王様。要するに、

「勇者以外の異世界人は巻き込まれた、ということでしょうか?」

「……そうだろう。勇者にも申し訳ないことをしているのは分かるのだが、勇者以外の者にはさらになんと言えばいいのやら」

 本当に申し訳なさそうに頭を下げる王様。優斗としても巻き込まれた、というのは意外だったが四人一緒に異世界へ来たのは心強くもある。

「いえ、気になさらないでください。それで勇者の刻印というものは、どこにあるのでしょうか?」

 さして動揺した様子もなく優斗が尋ねると、王様は気を取り直すようにかぶりを振って答える。

「右手の甲だ。強く力を込めて念じれば浮かび上がってくる」

 説明を受けると優斗は振り返って卓也、和泉と三人で修を見た。
 けれど注目を浴びた修は首を捻り、

「なんで俺を見てんだよ? 一緒にやりゃいいだろ?」

「俺達が面倒なことをやる必要がどこにある。主人公体質であり“チートの権化”であるお前のことだ。確実に刻印を持っているだろうから、さっさとやってしまえ」

 和泉が問答無用でやらせようとする。というのも修は運動神経抜群、一応は勉強もできるし顔もイケメンで『何かを持っている』と思わせる雰囲気を醸し出している。
 若干オタクなのが全てをぶち壊しているが、それでも言ってしまえば修は紛うことなき主人公体質だ。なので優斗や卓也、和泉は自分達の中で誰をリーダーとして中心に動いているか、と問われれば間違いなく修と答える。

「しゃーねーな。出なかったら何か奢れよ」

 ぶつぶつ言いながらも、修は右手の甲に力を込める。そして勇者の刻印は──あっさりと浮かび上がった。
 当然の結果といえば当然の結果なので、修以外の三人は驚きを示すことすらしない。優斗は修を手の平で示しながら王様へ結果を報告した。

「勇者の刻印を持っているのは彼、内田修というものです。他の三人──宮川優斗、佐々木卓也、豊田和泉は何の力も持っていない異世界人ということになるのですが……どうすればよろしいでしょうか? 元の世界に戻されたりするのでしょうか?」

「……重ね重ね申し訳ないが召喚は一方通行であり、元の世界に返す方法は現在に至っても確立されていない。しかし異世界の者達は皆、基本的に優れた能力を持つはずだ。勇者の刻印がなかろうとな。そして勇者の年齢が若いということもある。できれば友人である君達が勇者を支えてくれると助かるのだが」

 ここで帰れない宣言が来た。もちろん優斗としても修を残して元の世界に帰ることは考えてはいなかったし、まったくと言っていいほどショックは受けていない。
 しかも勇者の刻印とやらがなくてもチートがあることも判明した。優斗が視線で卓也と和泉に王様の発言に乗っていいか確認を取ると、すぐに頷きが二人から返された。

「そのご提案に乗らせていただいてもよろしいでしょうか。我々も彼を一人にするのは心配だったもので」

 と、ここで確認し忘れていたことに優斗は気付く。今のところは修が勇者をやる、といった方向性で会話をしていたが、肝心な本人に確認を取ることを忘れていた。
どうせ返答は決まっているけれど、一応は確認しておく。

「そういえば修、お前はこの国の勇者になるんだよね?」

「ん? まあ、勇者やったほうが楽しいだろ」

 分かりきっていた答えをあっけらかんと言われ、優斗が苦笑した。

「というわけで、よろしくお願いいたします」

 
       ◇      ◇


 王様と一応の話が終わると、傍らにいた王女様が優斗達のところまで寄ってくる。

「貴方様が新しい勇者様なのですね!」

 美しく長い金髪。吸い込まれそうな碧眼。そして均整の取れたプロポーションを持つ王女様。まるで絵本から出てきたような彼女は、修の手をしっかりと握った。

「わたくし、王女のアリシア=フォン=リライトと申しますわ。アリーとお呼び下さい」

 修の手を握りながら、他の三人にも頭を下げる。

「皆様もよろしくお願いいたしますわ」

 挨拶されたと同時に優斗、卓也、和泉の頭に直感が過ぎった。
 早速、修はフラグが立っているんじゃないか、と。
 勇者の刻印を持つイケメン勇者。召喚した国の王女である美少女。
 テンプレ展開と思うには十分過ぎるだろう。卓也が優斗の肩をトントン、と叩く。

「どう思う? オレはフラグが立ったと思う」

「僕も同感。立ったと思うには十分なやり取りだよね」

 二人はニヤリと笑みを浮かべる。しかし和泉が僅かに眉を下げて、

「だが王女様に修を攻略できるのか? あいつを攻略するのは、至難という言葉さえ簡単に思えてしまうほどだ」

 和泉が身も蓋も無いことを言う。全員、リアルで恋愛などしてきていないし、彼女や恋人などいたこともない。
 修に至っては恋愛に興味があるのかどうかすら怪しいほどだ。

「お前ら、なに喋ってんだ?」

 男三人で密談していると、修が王女様に話し掛けられている合間を縫って訊いてくる。

優斗は手を横に振りながら、

「修は気にしないでよ。どうでもいい話し合いだから」

 とりあえず王女様の相手は修に任せることにしようと決めた。
 むしろ一応の話が終わっただけであって、王様へ訊かなければならないことは多い。

「僕は話を詰めてこようと思う。王様、よろしいでしょうか?」

 確認するように尋ねると、素直に了承してもらった。ついでに卓也か和泉のどちらかを連れて話を聞こうと優斗は考えていたのだが、揃ってお見送りをしてくる。

「オレ達はゆっくりしてるから、あとは頼むな優斗」

「俺は修と王女様とのやり取りを楽しむつもりだ。王様との話し合いは任せた」

「……お前達も来てよ」

 と言いつつも優斗は連れて行くことを素直に諦めて、王様と今後のことについて話し合うことにした。




 数時間後。
 あらかた話し合いが終わり、優斗は騎士に修達がいる客室へ送り届けられる。そして部屋に入り、ベッドの上でのんびりしている三人に話し合いの結果を報告し始めた。

「とりあえずは分かった状況と決まった現状を最初から確認していこう」

 まず自分達は異世界に来た。そして王様に修が勇者と認定された。
 自分達は彼をフォローするためにこの国へ残る。

「ここまでは修達もいた場所で話したこと。それで、ここからが追加情報だよ」

 どうやら自分達は年齢が若いことから魔法学院に通うということ。
 寝食はその学院にある寮を使うこと。異世界人というのはやはり目立つらしく、基本的に隠したほうがいいこと。
 まあ、どこにでもあるような異世界物語の流れではあるが、その中で修は一つの単語に嬉しそうな頷きを見せた。

「やっぱ魔法もあるってのは、さすが異世界って感じだわな」

「異世界のデフォルトみたいなものだけど、やっぱり実際にあるって言われると感慨深いものはあるよね」

 ゲームやアニメでしか存在せず、実際にはあり得なかった魔法が使える。
 しかもあと少しで実感できるとなれば、少々興奮しても仕方ないことだろう。  

「あとはバッドニュース? なのかは判断できないけど、王様と話していて分かったこと。僕達って向こうの世界で死ぬ直前だったみたい」

「「「……はぁ?」」」

 優斗の想定外な話にハテナマークを灯す三人。いきなり死ぬ直前だと言われて、はいそうですかと理解できる人間はそうそういない。

「さっき王様に訊いたんだよね。『召喚される人って偶然で選ばれるんですか?』ってさ。そしたら基本的に異世界の人間が召喚される条件って『死にそうな者』らしいんだよ。つまりはこっちに来ても問題ない人が、この世界へ召喚されてるっぽい」

 なぜそのような条件が付随しているのかは分からないが、今まで召喚された者は総じて『死にそうな者』だったらしい。

「少なくともスキー旅行に行く状況で僕達が死のうとするわけがない。そして僕は召喚される直前に揺れる感覚があったことを覚えてる。これって召喚されてるからこそ揺れてると思ってたけど、実はあれってバスが横転しただけなんじゃないかなって考え直した」

 召喚される際に感じる目眩みたいなもの……だと優斗は思っていたが、実際は全然違ったらしい。 

「たぶん、僕達って元の世界だと死亡扱いだよ」

 おそらく向こうでは大惨事として、ニュースで大々的に報道されていることだろう。

「まさしく死ぬ瞬間だった修が召喚されて、僕達は固まって寝てたから巻き込まれてこっちに来た……というのが僕の予想」

「なるほど。ということは修様々ということか」

 和泉が端的に述べる。つまり修が主人公体質だから助かった、というのが異世界召喚された事の真相らしい。
 なぜか自慢げに胸を張る修だが、和泉は優斗に改めて問い掛ける。

「しかし、だ。優斗、それは“どこまで本当のこと”なんだ?」

 不意に真面目な話になり、卓也も少しだけ身体が強張る。

「確かに気になるところではあるよな。簡単に信じられる状況でもないし」

 はいそうですか、と何も疑うこともせず信用できるような展開でもない。
 だからこそ和泉は優斗に問い掛けた。
 彼や修の判断ならば、間違いはないと断言できるから。

「……そうだね。少なくとも王様は嘘を吐いている感じはしない。あくまで見ている通りの感情は持っているみたいだね。僕達に対して『召喚して申し訳ない』と思っているのもね。修はどう?」

「信用してもいいと思うぜ。どうにも悪い感じはしねーから」

 二人の感想に卓也と和泉が肩の力を抜いた。

「お前達がそう言うなら、別に気にする必要ないってことだな。変に重い展開とかになるのは嫌だからよかった」

「俺としては少し楽しみにしてはいたんだが。リライトの内政に巻き込まれる、というのも乙だろう」

「……和泉。オレはそんなもの楽しめない。心臓に悪すぎる」

 げんなりした様子の卓也に、優斗が肩を震わせて笑った。

「他にも異世界人っているらしいし、他国だったらあるかもね」

 いきなりの発言に、思わず優斗以外の三人が目を丸くした。
 優斗は笑みをさらに濃くすると、自分が得た面白い情報を伝え始める。

「召喚陣、少なくとも二桁はあるらしいよ。修以外の異世界人勇者も三人いるし、ご当地勇者も四人いる。勇者って計八人いるんだってさ」

「何だよ、それ。いくらなんでも多すぎじゃないのか?」

 卓也はあんぐりと口を開ける。和泉も自分の知っているファンタジーとかけ離れていることに、意外だと言わんばかりの表情を浮かべた。

「基本から外れすぎてやしないか? 俺達のように巻き込まれて召喚される作品に覚えはあるが、召喚陣がたくさんある作品というのはあまり記憶にない」

「それがこの世界の異世界人召喚ってことなんだと思うよ。いつか会うこともあるんじゃない? 特に異世界人の勇者とかはね」

「かもしんねーな。俺も同じ勇者なんだしよ」

 修だって異世界人の勇者という枠にいる以上、出会う機会はありそうだ。
 と、優斗は不意に話を変える。

「一応訊いておくんだけどね。元の世界に戻れないって話だけど『戻りたい』って思う人、いる?」

 分かりきっていることだけれど、念のために確認しておく。
 常識的な考えでいけば、誰もが元の世界に戻りたいと言うだろう。
 けれど自分達は違う。そんなことを思えるような集まりじゃない。案の定、修が肩をすくませて笑い飛ばした。

「俺が『戻りたい』なんて言うわけがねーだろ」

 そして卓也も和泉も当然とばかりに首を横に振った。

「あんな親がいる世界に戻りたいと思うバカにはなれない」

「俺も同様だ。分かっていることだろう」

 和泉が優斗に視線を向けると、優斗も大きく頷いた。

「うん。僕らにとって大切なのは全部、ここにあるんだから」

 そう言って大きく伸びをした。難しいことを含めた情報共有はこれで終わり。

「面倒なのは大体こんなところだけど、何か聞きたいことある?」

「そんじゃあ、質問」

 修が手を上げた。

「魔法って簡単に使えんの?」

「みたいだよ。簡単なものなら、どんな人でも魔法は使えるみたい」

 続いて和泉が部屋の中にある書棚を指差して問い掛ける。

「会話は大丈夫だったが、文字はどうだ? さっき一冊取って読もうとしたが無理だった。何か特殊な魔法で読めるようになったりするのか?」

「読めないし、そんな魔法は存在しないっぽいよ」

「……覚えろということか?」

「そういうことなんだけど、たぶん大丈夫」

「なぜだ?」

 独学で覚えられる自信はない。授業で習っている英語であればどうにかなりそうなものだが、全然違っている。いきなりアラビア語で書かれている本を読んでいる気分になった。
 要するに理解不能の文字に対して、どう対処するのだろう。

「僕らのために一人一人、家庭教師を付けるって言ってたから」

「そうなのか」

「今のところ決まってるのは修の家庭教師だけ。他三人は明日中に王様が決めるってさ」

 さらっと面白いことを優斗が言った。修だけは面白くなさそうに眉を寄せる。

「何で俺だけ決まってんだ?」

「僕が『王女様でいいんじゃないですか?』って言ったから」

 さっきのやり取りで邪気も悪意も敵意もないことは確認済みだ。しかもフラグが立った疑惑もある。
 だとしたら面白さを求めて何が悪い。

「問題あった?」

「まあ……特にねーけど」

 修的になんとなく釈然としない。とりあえず、ネタにされてからかわれていることだけは理解した。 

「明日の予定は学院に通うために制服の採寸とかあるから、起きて朝飯食べたら王様のところに向かいます」

 修、卓也、和泉が頷く。

「それじゃ、寝るとしようか」

 優斗の合図で四人はベッドに潜り込み、就寝する。
 こうして長い異世界での一日目は終了した。



[41560] 出会い
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:bcf39719
Date: 2017/03/17 06:34
 異世界に来てから二日後。昨日も服の採寸だったり何だったりと忙しかった優斗達は今日、家庭教師と対面するためアリーに連れられて城の一室へと集まっていた。
 長テーブルに修、優斗、卓也、和泉の順に座る。

「どんな人が来るんだろうね? 正直、ちょっと楽しみにしてるんだけど」

「ざます、とかいう家庭教師が来なければ誰でもいい」

 絵に描いたような人物だけは勘弁だと和泉が言う。卓也も自らの願望を口にした。

「オレは優しそうな人がいい」

「和泉も卓也もいいよな。俺だけその楽しみが全くねーし」

 修が口を尖らせるが対面にいるアリーが僅かに悲しそうな顔になったので、修が慌てて否定した。

「べ、別にアリーが嫌とか言ったわけじゃねーからな」

「それならいいのですが……」

 あまり納得いっていない様子ながらも、アリーは表情を切り替える。

「家庭教師は同じ学院、同年代で信頼できる貴族の学生ですわ。学院生活では何かしら不便なことが多いと思いますから、そのサポートも兼ねています。何か分からないことがあれば、遠慮なく申してください」

 そして扉に向かって合図を送る。側に控えていた侍女が扉を開けると、しっかりとした足取りで優斗達と同年代の少年少女が制服姿で入ってきた。
 各々が担当する異世界人の対面で立ち止まると、アリーが一人ずつ紹介を始める。

「まずはフィオナ=アイン=トラスティ。彼女はユウト様の家庭教師となりますわ」

 艶やかな黒髪が背中まであるストレートヘアー。出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいるモデルのようなスタイル。あまり日本人のような体型ではないが、大和撫子を連想させる和風の美少女だった。

「よろしくお願いいたします、ユウト様」

 ただ、表情があまり動かない。あまり感情を表に出さないタイプなのかもしれない、とも優斗は感じた。

「続いてココ=カル=フィグナ。彼女はタクヤ様の家庭教師となります」

「あ、あの、よろしくお願いします」

 同年代の少年少女と比べると、かなりちんまりとしている。が、栗色のショートカットと愛らしい瞳が身長と相まって可愛らしさを引き立てていた。卓也も同年代では少し小さいほうだが、それでも彼女と並べば実際の身長より大きく見えるだろう。

「最後にクリスト=ファー=レグル。彼はイズミ様の家庭教師となります」

「よろしくお願いします」

 キラリ、と白い歯を見せて微笑む。
 何というか、さわやかな金髪の王子様が絵本から飛び出てきたようだった。

「……なぜだ」

 すると突然、和泉が声を震わせる。いきなりのことに面を喰らう家庭教師陣だが、和泉はもう一度、同じことを口にした。

「なぜなんだ?」

「あ、あの、イズミ様? その、わたくし達が選んだ方々に何か不都合があったのでしょうか?」

 アリーが狼狽えてオロオロし始めた。
 家庭教師三人もどうしたのか、何か自分達に粗相があったのかと不安が生まれる。
 だが優斗達は和泉が何を言いたいのか分かったので、とりあえず代表して隣にいる卓也が頭を叩いた。そして優斗が小さく頭を下げる。

「気にしないで下さい。自分だけが男の家庭教師だったので、なぜ『女の子』じゃないんだと思っているだけですから」

 異世界情報の媒体など二次元しか存在しないが、それでも情報は情報だ。
 しかも修しかり、優斗しかり、卓也しかり、ちゃんと美少女が家庭教師になっているというのに、なぜか和泉だけが王子様系イケメン。
 和泉も別に家庭教師は美少女がいい、というわけではない。ただ単にテンプレと違うので納得いかなかっただけだ。

「特にそちらが何かをしたわけではありませんから、問題ありませんよ」

 優斗が和泉の態度など気にするな、といった体でフォローした。
 アリーはほっとした感じで、

「それならばよろしいのですが……」

「よろしくない! なぜ、なぜ俺だけがこんなイケメン家庭教師なんだ!?」

 頭を叩かれた和泉が勢いよくテーブルに手を打ち付ける。クリストも褒められているのか貶されているのか分からないので、曖昧な表情を浮かべるしかない。
 アリーも同様に曖昧な表情を浮かべながら返答する。

「なぜ、と申されましても……信用足りうる方を選別したあと、一番良い相性のペアを作っただけなのですわ」

 だから正直、変更させるにしても難しいものがある。

「なるほど。ちょっとした興味なんですが、どのように作られたのですか?」

 優斗が問い掛ける。

「我が国の宮廷占い師によって相性診断をしてもらいましたわ」

 リライト王国の一番偉い占い師が行ったことなので間違いはないと思いますわ、とアリーは付け加えた。優斗は説明に対して感謝の意を述べてから、和泉に向き直る。

「そういうわけらしいから、和泉も諦めたほうがいいよ。別に男が嫌ってわけじゃないんだから、これ以上の面倒な発言は許可しないからね」

 優斗が窘め、隣に座っている卓也が落ち着ける為に和泉の肩を優しく叩こうとする。
 しかし和泉は明後日の方向へ発想を転換させた。

「いや、待て! イケメンなのだから女装をすれば──ッ!!」

 トンチンカンな発言をしようとした和泉を、卓也が椅子ごと蹴り飛ばした。
 座っていた和泉が椅子から投げ出され、地面へ這いつくばるように崩れ落ちる。

「…………」

 あまりにとんでもない光景を目にして、どう対処すればいいのか理解の範疇を超えたアリー以下家庭教師三人。
 優斗は和泉が復活しないのを見届けてから、何もなかったかのように言葉を続けた。

「相性のことについては理解しました。こちらとしても色々と教えていただく立場です。何かと問題は多いかとは思いますが、よろしくお願いいたします」

 慇懃に優斗が頭を下げる。それに習って修と卓也も頭を下げた。

「え、えっと、その……いえいえ、わたくし達こそ勇者様御一行に粗相がないように気を付けますので……」

 言いながらもアリーはちらっと和泉を見た。あれは大丈夫なのだろうか、と。
 フィオナもココもクリストも、視線だけは崩れ落ちた和泉の姿に向けられている。
 けれど優斗は爽やかな笑みを浮かべて、

「皆様も和泉については気にしないで下さい。クリスト様もあんなのが生徒では苦労すると思いますが、是非とも見捨てないでいただけると助かります」

「いえ、見捨てることは絶対にしないのですが……。それに、そもそもリライトにおいて皆さんは自分達、貴族よりも上の立場です。ですから丁重に扱わせていただくことが重要だと自分は思っています」

 クリストが恐れ多いとばかりに優斗の発言を否定する。
しかし、それだと本当に疲れるだろうと優斗は思っているので首を振った。

「そんなそんな。和泉を含めて僕達をそんな風に扱っては駄目です。ぞんざいに、テキトーにあしらう術を持ってください。でないとストレスになってしまいます」

「だな。テキトーにやってくれねーと、お互いに疲れちまうだろ」

「その通り。慇懃に接せられると困るよな」

 修、卓也と異世界組は異論ないと頷く。

「僕達が生徒なのですから、貴族である皆様から丁重に扱われても困ります」

 こちとら日本で言えば一端の平民だ。クリストから自分達の方が立場として上、と言われたところで実際の学院生活では矛盾が生じる。

「僕達としましても、異世界から来たことを基本的には隠して過ごすことになっています。皆様に丁重に扱われると訝しむ人がいると思いますよ」

 優斗に反論されて、困ったような表情をアリー達は浮かべた。先ほどクリスト言った通り、異世界人は最高級の客人であり、貴族よりも位が高い方々だ。
 だからこそアリーは彼らの反論を容易に認めることは出来ない。

「ですが──」

「あ~、もう、やめやめ!! 丁寧すぎる言葉は駄目! 面倒なの禁止!」

 すると修が停滞しそうになった空気をぶった切る。これ以上は同じことの繰り返しだ。
 どうせ解決なんかしないし、時間が消費するだけで無駄にしかならない。

「同年代で同じ学院の生徒、それ以上でもそれ以下でもなし! だから面倒なことは置いといて気楽に行こうぜ!」

 そして問答無用とばかりにパパッと自己紹介をする。

「俺は内田修。勇者の刻印とかあって、この国の勇者をやることになった。こいつらからは残念リーダー扱いされてる。修って呼んでくれ、よろしく!」

 大きな声で胸を張って言い切る修。
 突然のことにポカン、とした表情を浮かべたのは家庭教師達。彼女達の呆けた反応はあまりにも場面相応で、優斗と卓也は大きな声で笑った。
 そう、これが修だ。シンプルな考えが彼の真骨頂であり美徳。
 だから二人とも修が強引に作った流れに乗っかった。

「続いて佐々木卓也。料理が得意なので、この世界の料理を作れるように頑張ろうと思う。卓也って呼んでくれると助かるな」


「さらに続けて宮川優斗。本とかに興味があるので、早く読めるようになりたいと思います。優斗と呼んでください。皆さん、よろしくお願いします」

 ついでに優斗は右手で和泉を示す。

「倒れてるのが豊田和泉。バカ。以上です」

 簡潔に和泉のことを説明する。そして異世界人三人の注目は家庭教師陣へと向いた。

「では、そちらも改めて自己紹介をお願いします」

 優斗がアリーから促す。流れるようなやり取りに困惑し固まる隙さえなく、アリーも慌てながら自己紹介を始めた。

「ア、アリシア=フォン=リライトです。この国の王女ですわ。アリーと呼んでください。あとは、お、お友達募集中ですわ! 次、フィオナさんお願いしますわ」

 フィオナも表情を微かに動かして驚いたが、素直に続ける。

「私はフィオナ=アイン=トラスティです。趣味は……しいて言えば読書でしょうか。ココさん、お願いします」

 次いで振られたのはココ。前の二人と同じように驚きながら彼女も答える。

「わ、わたしはココ=カル=フィグナです。ココと呼んでください。目標は身長をあと一○センチ伸ばすことです。よ、よろしくです! 最後はクリストさんです!」

「クリスト=ファー=レグルと申します。皆様からはクリス、と呼んでいただけると自分は助かります。どうぞよろしくお願いします」

 爽やかな笑顔を浮かべるクリス。一応ではあるが、全員の自己紹介が終わった。
 無茶苦茶にも程がある自己紹介の流れではあったが、変に固い空気が無くなったので修は満足したのか大きく頷く。

「そんじゃ、せっかくだしよ。この世界の簡単な授業を頼むな」






[41560] 初めての魔法
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:bcf39719
Date: 2015/09/15 21:57



 修のお願いに沿って、最初にアリーが簡単な世界史を始める。

「まず、この世界は『セリアール』と呼ばれています。三つの大国を中心として大小様々な国が存在しており、その全てが基本的に不可侵条約で結ばれていますわ。今、シュウ様達がいるのは大国の一つ、リライト王国。他の国では珍しい四季というものが存在する国です」

「春夏秋冬があるってことか?」

 修が口を挟む。どうやら自分達が住んでいた国と大した違いがないように思える。

「そうですわ。年ごとに折々の風景を見ることができるのは、旅人にとって絶好の観光になります。なので長期滞在者が多いのも特徴ですわ。そろそろ春真っ盛りになりますので、桜などが見頃になります」

 特に時差があるわけでもなく、三月の終わりに召喚された修達は同じく三月の終わりにセリアールへと到着した。

「また、月日や時刻に関してもシュウ様達の世界と同一になりますわ」

「へぇ~。つまり向こうとこっちで、あんまり違いがない……ってことか?」

「はい。その通りですわ」

 一年は三六五日であり、一日の時間も変わらないので大きな違和感などはないはずだ。
 特にリライトは修達がいた国と同じ気候をしているとアリーは聞いたことがあるので、他国に比べればとりわけ順応は早いのではないかと考える。

 次にクリスがお金の説明をした。

「この世界の通貨は『エン』となっています」

「円?」

 和泉が聞き返す。聞き覚えのある単位に物珍しそうな顔をした。

「少し発音に違和感がありますが、その通りです」

「……ふむ。クリス、なぜ通貨の名称が『円』なんだ?」

「異世界人の勘定方法から始まった、という風に自分は聞いています。同じように異世界人からの知恵などは、色々なところに活かされています」

 セリアールは異世界人の恩恵が多々、存在する。電化製品等は存在しないものの、似たようなものが情報として伝わり魔法具が成り代わっているからだ。
 元々の世界では物理学や化学、科学が発達したからこその建物や便利品が多々あるが、この世界では魔法がそれに準じた発達を見せている。
 家の明かりなどもスイッチでオンオフ出来る電球に似通っていて、魔力を込めることによって明かりが灯される。

「なるほど。つまりは電気の代わりに魔力があり、電化製品の代わりに魔法具がある。そのように考えることも出来るか」
 
 世界が違っても、技術の発達具合が物によって差はないのだから面白いと和泉は内心で笑う。よくある展開だと異世界は技術が遅れているから、知識でかなりの無双が出来るものだが、セリアールではそうでもないらしい。
 けれど挑む価値がある、と和泉はニヤけた。今まで自分が得てきた知識とこれから知っていくセリアールの知識。この二つを掛け合わせて誰もが想像できないことを創り出す。
 科学好きな自分だからこそ、やってみたいと心底思った。
 さらにココが学院の存在理由を簡易的に教える。

「この世界には魔物というものが存在します。えっと、魔物はランク付けされていて、ランクが高いほど怖い存在になります。討伐するには王国の兵士団や騎士団、他にもギルドがあります。わたし達の学院に通っている卒業生は、大体が兵士団に入るか冒険者となってギルドの依頼をこなし生活を送っています。また貴族や王族は優秀な血を集める傾向があるので、魔法を扱う素養に長けた人が案外多いです。なので自衛を覚えたり交友を作ったり、また家を継がない人達は騎士を目指したりと色々な理由で入学してるんです」

 これに関してはオーソドックスだと卓也は思った。しかも詳しく訊けば魔物はランク付けで強さが設定されており、S、A、B、C、D、Eといった順に強い仕様。
 だからこそ卓也は諦めの境地に達することが重要になる。

「……やっぱり魔物とかいるし、ランク付けされてるんだな」

「はい。あっ、でも普段は絶対に関わらないです!」

 ココが取って付けたように加えるが、卓也は遠い目をした。絶対に関わらない、などあり得ない。特に強い魔物は半年以内に確実に出会ってしまうだろう。

「納得はしたくないけど、いつかは絶対に戦うことになるよな」

「ど、どうしてです?」

「修とか和泉とか修とか修とかがいるから、意気揚々とバトルするに決まってる」

 こんな面白そうなことない、と言って大笑いしている修に連れていかれる未来が簡単に想像できてしまう。何度も名前を口にしたように、修は面白いことが大好きだからこそ魔物なんてファンタジーな生き物がいたら、確実に目を輝かせて会いに行く。
 
 最後にフィオナが魔法や文字の説明を行った。
 渡された紙に書かれてある文字の解説を聞いて、優斗が目を瞬かせる。

「文字は基本的に僕達がいた国の平仮名と片仮名を合わせたもの、と考えたほうが早いのかな」

 もちろん文字としては違うものの、感覚的に似ているものがある。

「分かりやすい。これなら近いうちに覚えられそうだね」

 おそらく数日のうちに習得できるだろう。
 ほっと安心した優斗に、フィオナはもう一つの説明を初めていいか尋ねる。

「続いては魔法についてですが、始めてもよろしいでしょうか?」

「お願いします」

 優斗が頼むと修、卓也、和泉も乗り出して耳を傾けた。
 目下、彼らが一番楽しみにしているのは魔法だ。わくわくした感情が抑えられない。
 フィオナは乗り気すぎる優斗達に少々疑問を抱きつつも、涼しげな声で魔法の説明を始める。

「僭越ではありますが、魔法についてお話させていただきます。まず最初に魔法は基本四属性――火、水、風、地となっています。そこから氷や雷など様々に派生していき、多種多様な魔法が存在します。大抵の人は属性によって得手不得手がありますが、日々の生活を行う際には特に気にする必要はないと思います。また精霊術というものも存在しますが、こちらは使い手が少数な上に皆様が触れる機会は少ないと思いますので、今回は割愛させていただきます」

 そして、とフィオナは続ける。

「皆さんが通うリライト魔法学院では座学もありますが、実技などは魔法の授業を行います。どんな者でも最終的には中級魔法を二つ、ないし三つ以上使えるようになること。初級攻撃魔法の幾つかを詠唱破棄できるような魔法士になることを目標とします」

 ざっとした説明の為、意味がよく理解できないものも多かった。
 優斗が手を挙げて質問する。

「魔法は威力によって階級が別れているんですか?」

「はい。初級、中級、上級、神話となっています。上級魔法を使えるとなると、兵士やギルドの人間としても重宝されます。神話魔法は基本的にシュウさんのような方が使う魔法となります」

「では詠唱破棄というのは?」

「魔法は言葉だけによって発動する、というわけではありません。言葉が意識を作り、イメージを呼び、定型された魔法陣を作り出して魔力を送り込み魔法が発動する、と言われています。言葉は魔法を使う上で一番簡単なツールということです。つまり詠唱というのは、魔法を使うにあたって万人が共通してイメージを持てる『世界から定められた台詞』だと考えてください。詠唱破棄とは、その簡単なツールを手放して魔法を使え、ということです。とはいえ、詠唱せずに魔法を行使すると大抵の人は威力が落ちますし、そもそも実力がなければ詠唱破棄することは不可能です」

 ただし、とフィオナは補足を忘れない。

「これはあくまで上級魔法に関してまでです。神話魔法は詠唱が言霊に成り代わり、言霊によって『世界からの制約』という枷を外し、神の如き魔法を呼び出します。つまり神話魔法からは詠唱――言霊を言い切る必要がある……らしいです」

「らしい、というのは?」

「私も実際に見たことはないので、教科書の記述をそのまま言わせていただきました」

「了解です。ご説明、ありがとうございました」

 要はマンガやRPGと似ていると考えていいのかもしれない。レベルやステータスが上がれば使える魔法が増える。そして高レベルまでいけば神話魔法とかいう秘奥義っぽいものが使える、ということ。
 けれど安易にゲームと混同させるのは駄目だろうな、と優斗は思う。
 ――単純といえば単純だけど……ゲームじゃなくて現実だから、決まった経験値を得られるわけでもないし、そもそも何が使えるのかも分からないんだから、単純に上手くいくものじゃないかもしれないね。
 実際はステータス画面なんて出てくるわけもなく、現実では経験値なんて数値で示されず曖昧でしかないのだから。


 最後にアリーが皆をリライト城の敷地内にある訓練場まで連れていく。

「せっかくなので基本的な魔法を使ってみましょう」

 優斗達が凄く興味を持っていたので、実際に使ってもらうことにした。

「皆様、どちらの手でもいいので人差し指をまっすぐ立てて下さい」

 アリーに言われた通り優斗達は右手の人差し指を立てる。

「イメージは大きな火が指先にあること。そして大きな火が纏まっていき、段々と指先に集まる」

 説明している彼女の指先が僅かに陽炎のように揺らめいた瞬間、小さな火が生まれた。

「魔法陣すらも浮かびませんが、これが魔法というものですわ」

 四人とも、立てた右手の人差し指に集中する。
 すると全員の指にもアリーと同じように指先から小さな火が出た。

「おお、いきなり火が出たぞ! すげーな、これが魔法なのかよ!」

「なんか不思議だな。こんな簡単に出来るなんて思わなかった」

「これは面白い。どのような原理で火が生まれているのか、非常に気になってくる」

「火だっていうのは分かるけど、指先が熱くないから変な感じがするね」

 修が感動し、卓也が不思議がり、和泉が愉快そうな顔をして、優斗がマジマジと指先の火を見る。思いの外、簡単に全員が魔法というものを使えた。

「なんつーか、あれだ。向こうの世界で目を瞑ったら“気”を操れそうな気分になったけど、それがマジになった感じだな」

 懐かしそうに修が呟く。小学生の低学年ぐらいの男の子なら、大抵が身に覚えがあるかもしれない。手や指先に集中すれば“気”を操っているような気分になって、光線やら何やら出来そうだと思うこと。それがこっちでは現実として出来ている。
 次いで初級の攻撃魔法などを習い始めた。異世界の人間の能力が高いというのは本当らしく、初級の魔法も簡単に使えた。続いて中級魔法でも習ったほうがいいか……としたところで修と和泉がふざけはじめる。

「お前ら、見てろよ。俺のこの手が燃え始め──」

「修、変なことをしないの。お前だと出来そうな気がするから」

「ならば俺は魔法をそれぞれの指ごとに使ってみせよう!」

「和泉、やるな! 頼むから余計なことはするな!」

 優斗が修の頭を、卓也が和泉の頭を叩く。

「あの、今のは……?」

 アリーが一連のやり取りに混乱して、とりあえず訊いてきた。

「僕達の世界にあるゲームやマンガの物真似ですよ。修とか実際にできそうな気がするので、やめさせました」

「そ、そうですか」

 ゲームやアニメというものをアリーはよく理解できないが、とりあえずコントのようなものだったのだろうと結論付ける。 

「アリーさん。一応は僕達、初級魔法までは使えるようになりましたけど、このまま中級魔法も試していったほうがいいですか?」

「いえ、学院で魔法を使う分には最低限、これだけで十分ですわ。あとはそれぞれの家庭教師と相談しながら、魔法を覚えていったほうがいいと思われます」

 特性や才能に違いがあるから、ここから先は別々のほうがいい。
 なるほど、と優斗が頷いて再び質問する。

「ちなみに皆さんはどのレベルの魔法まで使えるんですか?」

「わたくしは基本四属性の上級魔法を使えますわ」

 これはアリー。次いでココ、フィオナ、クリスの順に答える。

「わたしは地と水の上級魔法を使えます」

「私は風と水なら上級まで扱えます」

「自分は火と土は上級まで大丈夫です」

 つまりは家庭教師全員が重宝される上級魔法の使い手だということ。
 思わず異世界組も彼女達の凄さに破顔してしまった。

「僕達もいずれは上級魔法を使えるようになるのでしょうか?」

 優斗がチートによってどこまで魔法行使能力が底上げされているのか質問すると、アリーは考える仕草を取って、

「やはり上級魔法を扱えるようになるには、相応の実力が必要とされるので何ともいえませんが……異世界の方々ですので、シュウ様以外でも半年ぐらいで使えてしまうのではないかと」

「ということは、修はもう上級魔法が使用可能だということですか?」

「はい。勇者様ですから大丈夫だと思いますわ」

 異世界人の勇者は、普通の異世界人と一歩目から違う。国を守ってもらう為に召喚したリライトの勇者は、他の異世界人よりも隔絶した能力を持っている。
 優斗は笑みを浮かべて、さすが修だと納得した。

「なるほど。やっぱり勇者は凄い、ということですね」

 
◇      ◇


そして優斗達が異世界に来てから一○日後。大体の一般常識を習った彼らは、晴れて魔法学院へと編入することになった。





[41560] チーム結成
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:bf75c820
Date: 2017/03/22 19:14
 無事にリライト魔法学院へと編入できた異世界四人組。一週間ほど家庭教師にはつきっきりで教えてもらえていたのも、当時は春休みだったかららしい。
 クラスは三クラスあり、生徒の数は一クラス三○人ほど。異世界から来た四人をフォローするためにも、家庭教師含め全員が同じクラスに固まった。
 ついでに優斗達は自己紹介で田舎から編入してきた、ということにしている。
 特に問題を起こすことなく始業式を過ごし、ホームルームも終わり、

「さて、と。それじゃあ帰るとするか。長くいるとボロが出るかもしれないしな」

「だね。変に長居する必要もないと思うよ」

 卓也と共に優斗も鞄を持って席を立つ。まだ異世界の常識を詳しく知っているわけでもないので、たくさん勉強することがある。
 当然のことではあるが、いきなり問題を起こすわけにもいかない……のだが、

「アリー、クリス、ココ、フィオナ! お前らも一緒に帰ろうぜ!」

 修が何も考えず同じクラスにいる家庭教師達を大声で呼び掛けたことに、優斗は思わず額に手を当てた。

 ──うわっ、やっちゃった。

 そして優斗の予想通り、教室がざわざわと騒ぎ始める。
『なに、知り合い?』
『アリーって……アリシア様のことよね? 呼び捨てなんて何考えてるの?』
『公爵家になんてぞんざいな口の利き方なんだ、あいつは』
 などなど、礼儀のなってない馬鹿扱いされる。しかも制服に煌びやかな装飾を施した男子が、二人のお供を引き連れて修に歩み寄ってきた。

「おい、そこの田舎者。王族や公爵家の者に対して口を慎みたまえ」

「んなこと言われても……。つーか、お前は誰だよ?」

 ピクリと相手の眉が動いた。優斗が今度は手で顔を覆い、隣にいる卓也に確認を取る。

「怒るよね、あれだと」

「当たり前だろ。むしろ琴線にわざとやってるんじゃないかって疑うレベルだな」

 修の空気の読まなさに優斗達は慣れている。なので、この後の展開も大体分かる。
 案の定、修に歩み寄っていった男子の眉が釣り上がった。

「わ、私を知らないのか!?」

「田舎者なんだから知るわけねーだろ。お前が言ったことじゃん」

 あまりに有名な貴族ではない限り、むしろ知ってるほうがおかしい。
 当然といえば当然である修の返答だが、この場においては最悪な返し方だ。

「私は貴族、パリーニュ子爵の息子であるラッセルだ!」

「で、そのパリ何ちゃら子爵の息子が何の用なんだ?」

「アリシア様達に対して口を慎みたまえ、と言ったのだ。王族や貴族に対して無礼だぞ」

「そんなもんはあいつらが決めることだ。お前に言われることじゃない」

 修はばっさりと切り捨てる。他人にとやかく命令されたところで聞くわけがない。

「そんじゃ帰ろうぜ」

ラッセルの横を通り抜けて歩き出す修と、大きな溜め息を吐きながら付き添う異世界組三人。

「お前らも行くぞ」

 ニッ、と屈託のない笑みを修が浮かべる。アリーは少し顔を赤くし、ココは慌てた表情で、フィオナは無表情、クリスは苦笑しながら彼に従って歩き出す。
 後に残ったのは……怒りに顔を歪めるラッセルと、戸惑った表情を浮かべるクラスメートだけだった。



 
 
「……俺はいつまで正座をしていればいいんだ?」
 
「もちろん、いつものように僕が許可したら正座やめていいよ」
 
「……了解」
 
 優斗に逆らえないのか、黙って正座を続ける修。
 現在、彼らはリライト公園という国の中でも一番大きい公園の中にいる。
 
「あの、わたくし達には害があるわけではありませんし、あのように接していただいて嬉しかったのでそろそろ勘弁していただけると」
 
「アリーさん、ぬるいです。修がやったことは確かにアリーさん達にとって褒められることではあります。けれどですね、その後の対応が最悪なんです。反省させるためにも正座は続行させます」
 
「でもリライトの勇者であるシュウ様に正座をさせるというのは、なんとも恐れ多いというか」
 
 あれこれ取りなすアリーに対して卓也は、
 
「だいじょうぶだ。勇者の前に“馬鹿二号”である修だしな」
 
 遠い目をしながら、そう言った。
 
「懐かしいな。後先考えずに修が不良から女の子を助け出したら案の定、翌日に不良8人に囲まれたこと」
 
「僕も懐かしい。修が浮き輪で流されてる子供を見つけて、ロープも何も持たずに飛び込んでいったことが今でも腹立つくらいに思い浮かぶよ」
 
 その他、あれやこれやとエピソードを出す卓也と優斗。
 
「で、でもそれってシュウさんがたくさん人助けをしているってことですよね?」
 
 ココがフォローするのだが実に見当違いだ。
 
「違います。あいつが何も考えずにやるから周りが大変という話です」
 
「事件を解決しようとするのはいいんだけど、その後が面倒なんだよ。主に優斗、次にオレが被害にあってるんだ」
 
「ふ、不良に囲まれたとき、とかです?」
 
 恐る恐るココが尋ねる。
 優斗が頷いた。
 
「ええ。あの時は修が四人、僕が三人、和泉と卓也で一人を受け持ったんです。学校にばれたら停学になるんじゃないか、などなど考えて裏路地で潰しましたけど心臓に悪いので勘弁ですね」
 
 二度とやりたくない。
 
「厄介なことがある度に『もっと考えて行動しろ』と言っているのですが、あいつも懲りずに事を起こすので、何かやらかしたら正座させることにしているんです」
 
「まあ、修のやつは良いことやってるから怒れないしな」
 
 卓也がどうしようもない、とばかりに両手をあげた。
 
「そうなんだけどね」
 
 悪いことはしていないのだから、確かに怒ることはできない。
 
「で、ではイズミさんはどうなのでしょうか?」
 
 クリスが心配そうに話しかけてきた。
 修がこの扱いなら、馬鹿一号である和泉はどうなのか、と。
 皆は公園の草むらで豪快に寝ている和泉に視線を向ける。
 
「和泉は基本的に害が無い馬鹿ですから心配しないでいいですよ。言動は頭のネジが一、二本ほどぶっ飛ぶときがありますが、ほとんど無害です」
 
「時折、修より酷いのをやらかすけど、その時は罵倒して蹴りでもかまして終了って感じ」
 
「よ、よろしいのですか?」
 
「いいんです。和泉のお守りはこれからクリスさんの役割ですから。前にも言いましたが普段のネジがぶっ飛んだ発言は強制的に終わらせたほうがクリスさんの身のためです」
 
 
 
       ◇      ◇
 
 
 
「それにしても皆さんは、仲がよろしいですわね」
 
 アリーの言葉には実感がこもっている。
 今までの話からしても、たくさんエピソードがある。
 長年の付き合いなのだろうか?
 
「まあ、かれこれ3年ほどの付き合いになりますから」
 
 優斗が指を折りながら答える。
 
「最初からみなさんは仲がよろしかったのですか?」
 
 ココが訊くと、卓也と優斗は顔を見合わせて噴き出した。
 
「ど、どうしたんです!?」
 
「い、いやいや、オレらの出会いを思い出したら可笑しくって」
 
「だよね。あんな出会い方、誰が予想できるんだって話だよ」
 
 ゲラゲラと笑う二人。
 不思議そうに見つめるのは家庭教師四人組。
 
「オレらの出会いってさ、三年前のクラス替えのときだったんだよ」
 
 懐かしむように卓也は語る。
 
「最初はお互い、クラスメートであって友達じゃなかったわけ。部活も違うし」
 
「ぶかつ、というのは?」
 
「同じ趣味、同じ運動をする人が集まって大きな大会で優勝を目指すグループ、と考えてください」
 
 アリーの疑問に優斗が答える。
 卓也が言葉を続けた。
 
「それで、みんながクラスに慣れてきた一ヶ月後だったかな。放課後になって部活に行こうとしてた和泉がオレのとこに来てさ、『屋上で待っている』って告げてきたんだ」
 
「よく知らないのが唐突にそんなこと言うもんだからさ、僕は変人ってイメージが和泉に定着したよ」
 
 笑いながら優斗も茶々を入れる。
 
「もちろんオレだっていぶかしんだけど、とりあえず行ってみるかと思って屋上に行ったんだよ。そしたら先に修と優斗がいて、フェンス越しに下を見る和泉がいた。で、オレら全員が集まったときに言ったのが強烈だったんだ」
 
「なんて言ったんです?」
 
 興味津々にココが尋ねる。
 
「オレらの世界にアニメっていう動く絵の作品があるんだけど、その中の台詞を使ったんだよ」
 
 ああ、本当に懐かしい。
 予想外すぎる台詞だった。
 
「『人というのは儚いものだな』って」
 
 あの時は本気でビックリしたのを覚えている。
 
「和泉が台詞は国民全員が知っているような台詞なんだけど、そんなもの突然言うと思わないじゃん。当然、オレも優斗も修も大笑い。腹がよじれるほど笑って、ようやく息が整ったときに和泉がこっちを振り返って『ようこそ、同士諸君。私は君たちのことを歓迎しよう!』とか言ったんだよ」
 
「……なんというか……酷い、です」
 
 ココが少しだけ引いたそぶりを見せる。
 
「だろ。さすがにオレらも引いたんだ。そしたら和泉、掴みを失敗したことに気付いたらしくて『あ、ちょ、そうじゃない! 俺は君たちが同属だと思ったからこういう演出をしたまでだ!』なんてあたふたし始めてさ。あいつの姿を見て、また大笑い」
 
 ようは同じオタクの匂いを感じたので友達になろう、ということだ。
 けれども和泉は演出過多で伝えてきた。
 
「まあ、とりあえず話してみたら似たような趣味を持ってるっていうのが分かって、オレらは仲良くなったんだ。そして一つ上の学校でも同じところ入って、相も変わらず一緒に連んでるってわけ」
 
 懐かしい。もう三年も前の出来事になるのか。
 
「きっかけはイズミさん、ということですか」
 
 クリスの言葉に優斗は頷く。
 
「ええ。馬鹿っぽいきっかけですが──」
 
 あの時の自分達にとっては。
 
「──最高の出会い方でしたよ」
 
「だな。あいつがいなかったら、今のオレらはない」
 
 和泉には本当に感謝している。
 
「みんなは似たようなことないのか?」
 
 さすがに自分達レベルのはないとしても、ちょっとしたことぐらい。
 と、卓也は思ったのだが……甘かった。
 家庭教師の四人全員が一斉に暗くなる。
 
「え、と……地雷踏んだか?」
 
「だと思う」
 
 特にアリーとフィオナは友達募集中とか言っていた。
 ココとクリスは友達いそうな感じがするけれども、暗くなっているということは何かしらあるのだろう。
 
「わ、わたくしは友達……いません。王族なので恐れ多いと思われているのですわね、きっと」
 
「私もいないです。公爵令嬢だし、学院にいるときは基本的に無口だし、愛想がないから」
 
「わ、わたしもです。喋ってくれる人はいるんですけど、基本的に遠慮されてるというか……。やっぱりお父さんが公爵ですから」
 
「自分も公爵の子息だからでしょうか。女子とは少しばかり話すのですが、男子は突き刺さるような視線しか貰いません。愛想はよくしているつもりなのですが……」
 
 異世界人である自分達のことを知ることができる貴族の御子息令嬢となれば、貴族の中でも高位の存在とは思っていた。
 けれど全員が全員、公爵の家とは思わなかった。
 でも、問題はそこじゃない。
 優斗としては嘆息する。
 
 ──全員友達がいないって。
 
 いくらなんでも作り下手すぎる。
 
 ──っていうか、だ。
 
 はぁ、とため息をつくと、優斗は修を呼び寄せる。
 
「正座は終了。こっち来て」
 
「りょ~かい」
 
 修はパッと立ち上がると優斗たちの近くまで寄ってくる。
 
「話は聞いてたよね?」
 
「もち」
 
「卓也は和泉を……っと、さすが。もう連れてきてくれたんだ」
 
「優斗が何を言うかは分かりきってるしな」
 
 当たり前のように卓也が頷いた。
 和泉は何もわからないだろうが空気を読んで合わせてくれるだろう。
 
「まずは全員、円になって」
 
 修と卓也は納得しながら、他の面々は意味が分からずとも優斗に言われた通り円になる。
 
「右手を出してください」
 
 貴族組が戸惑う。
 だからまず、修が最初に手を出した。
 続いてノリで和泉が修の上に手を重ねる。
 
「ほら、早く手を出してください」
 
 優斗が急かす。
 慌てながらアリー、フィオナ、ココ、クリスが手を重ねていく。
 最後に卓也、優斗が手を重ねた。
 そして視線で修に優斗が合図を送る。
 
「まず、お前らには最初に言っとくけど……」
 
 修が話し始めた。
 
「俺はお前らと友達だと思ってた。けどさ、お前達はそうは思ってなかったんだな」
 
 思わずアリー達が驚いて修を見る。
 やっぱり友達だとは思っていなかったらしい。
 だからさ、と修は続ける。
 改めて言葉にして伝えないといけない。
 
「アリー、フィオナ、ココ、クリス。俺らと友達になってくれねぇかな」
 
 同時に修は全員と視線を交わす。
 
「これはもちろん俺ら異世界組の総意だ」
 
 優斗たちも修に続く形で頷いた。
 
「だから俺らが馬鹿やりそうになったとき、困ったとき、色々とあるだろうけど、その時は『異世界人』だからじゃなくて、『家庭教師』だからじゃなくて、『友達』として助けてくれねぇかな。今日、早速だけど馬鹿なことしちまったし」
 
 ホントだよ、と優斗が疲れるように言うと全員が少しだけ笑った。
 
「そんで俺がやった馬鹿とは別の意味で一緒に馬鹿なことやろうぜ」
 
「買い食いだってなんだって付き合うよ。やったことないだろ?」
 
 卓也が訊けば、家庭教師四人とも頷いた。
 
「俺らのように一緒に旅行へ行くのもありだろう」
 
 和泉の言葉に彼女たちはさらに頷く。
 
「そして世の中には便利な言葉があります。『友達の友達』は『友達予備軍』だと」
 
 優斗は言い聞かせるように全員を見た。
 
「修があれほど言ったんです。皆さんは僕らのこと、友達だと思ってくれますか?」
 
「も、もちろんですわ」
 
 代表してアリーが答えた。
 
「なら、アリーさん達だけで『友達予備軍』です。僕らを介している『友達の友達』なのですから。どうせならお友達になってはどうでしょうか?」
 
 驚いたようにアリー達は左右を見る。
 ここ数日でかなり見知った顔がそこにあった。
 
「貴族ですから何かしら難しい問題があるかもしれません。ですが、何があっても叩き潰すから大丈夫です。主に修の力を使って」
 
「俺かよ!?」
 
「そういう時のためのリーダーだよ」
 
 全員が小さく笑う。
 
「回りくどくなりましたが、要は難しいこと考えずに全員で友達になりましょう……ってことです」
 
 優斗がまとめると、全員で頷いた。
 
「だが、ここまで大人数だと軍団って感じがするな」
 
 和泉が口を挟む。
 
「軍団はおっかないから『チーム』でいいんじゃないか?」
 
「卓也、それ採用! なんかいい!」
 
 修が全員を見回す。
 
「いいか、みんな。これから俺らは『チーム』で『仲間』だ! たくさん遊んで、たくさん馬鹿やって、たくさん勉強……はしたくないが、とにかく全員で楽しく過ごそう!」
 
 修が元気よく号令をかけた。
 
「じゃあ」
 
「いくよ!」
 
 集めていた右手を卓也と優斗が少し押し下げる。
 
「えっ? なにをするんですか?」
 
「ど、どうするんです!?」
 
「えっ?」
 
「どうするんでしょう?」
 
 アリー、ココ、フィオナ、クリスが戸惑う。
 
「よっしゃ!」
 
「任せろ」
 
 が、そんなの無視して次の瞬間、下から今度は修と和泉が勢いよく全員の手を上に押して弾き上げた。
 これが八人にとっての結成式。
 友達として。
 そして、この先何十年とリライト王国を繁栄させる『仲間』が生まれた瞬間だった。
 



[41560] 残念な少女
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:bf75c820
Date: 2017/03/17 05:50



 四人の異世界人が来て、そろそろ三週間ほどになる。アリーは他の家庭教師がどのように授業を進めているのかが気になったので、和泉に連れ回されているクリス以外の家庭教師を日曜日に集めて訊いてみた。

「お二人は普段、どのような授業をされているのですか?」

「わたしは基本の魔法講座とか、リライトの歴史とかを教えてます。魔法はタクヤさんが防御系を得意みたいなので、防御系を重点的にやってもらってます」

「私は魔法の理論とかを主に」

 ココとフィオナは問われたことに対して、簡単に現状を説明する。

「そうなのですか。わたくしはシュウ様が勉強をあまり好きではないらしく、雑談程度に授業をしていますわ」

 修は不真面目ではない。だが生真面目とは口が裂けても言えないので、真っ当な授業など一切合切期待できない。

「アリーさんは苦労してるんです?」

「いえ、ココさんが仰ったように苦労しそうなものですが、シュウ様は一度聞けば大体覚えてくださるので、特に困ったことはありませんわ。普段、真面目に聞いてくれないのが難点ですが。あと、ここにはいませんが、クリスさんはどうなのでしょうか?」

「大変みたいです。イズミさんって魔法の理論とかそっちに凄く興味があるらしくて、専門的なことを詳しく訊いてくるそうです。さらに王都中の武器屋巡りをしたり、いきなり突飛な行動をするみたいです」

今日も今日とて振り回されている唯一の男性家庭教師のことを思い、ココがくすくすと笑い声を漏らしながら彼の苦労を語る。

「確かに大変そうですわね」

 アリーも同じように笑って、しみじみと頷く。
 まだ数週間しか一緒にいないが、彼女達も異世界組の生態を把握し始めていた。

「シュウ様やイズミさんと比べたら、タクヤさんとユウトさんは特に苦労なさそうですわ」

 この間の友達宣言によって修以外の様付けが抜けたアリーは、ココとフィオナが担当している二人の授業風景を想像してみる。

「タクヤさんは一生懸命な人です。わたしが困ることは絶対にしないんです」

「ユウトさんは非常に真面目です。物腰も柔らかくて穏やかで、とても同年代とは思えません」

「それはわたくしもユウトさんに対して思っていましたわ」

アリーが大きく頷いた。あの四人の中でも、とりわけ精神年齢が高いように思える。
と、ココがそこに追加情報を加えた。

「でもタクヤさんによると、あそこまでのレベルだと“作っている”みたいです。本来はもっと砕けてるらしいです」

 曰く、あれは余所行きの態度らしい。
 アリーも優斗が異世界組と話している時の様子を思い出す。

「確かにわたくし達以外と話している時は、もっと砕けて話してますわね」

「時間が経てば変わるらしいので、しばらく待ってあげてくれって言ってました」

 ココの説明にアリーは再び頷く。

「そうですわね。本当に申し訳ないとしか言えないのですが、いきなりリライトに召喚されて気苦労もたくさんあるでしょうし、基本的にはユウトさんがまとめているようなものですから」

 あれほど個性の強いメンバーを従えるのは大変なはずだ。

「あれ? でもリーダーってシュウさんのはずじゃないです?」

ココが首を捻る。彼ら……というか自分達のリーダーは修のはずだが、どうして優斗がまとめているのだろうか。

「わたくしも気になって『シュウ様がリーダーではないのですか?』と尋ねましたら、『だって優斗の方が上手くやってくれるからな。俺はキメる時にキメればいいんじゃね?』と仰っていましたわ」

 要するに修はやるべき時にやればいい、ということらしい。
 確かに彼が真面目な様子で皆を仕切っていたら違和感が凄い。するとフィオナが続々と出てくる友人達の情報に、僅かばかり落ち込む様子を見せた。

「……二人とも、よく知っていますね。私は勉強以外でユウトさんと話すことがないですから、少し羨ましいです」

 優斗との授業は本当に無駄な会話がない。というより授業内容以外の話題が一切ない、というのが正しい。つまり他の人達と比べたら圧倒的につまらない状況だ。

「どうして話すことがないのですか? ユウトさんでしたら雑談することを嫌がることもないでしょうし、問題と思いますわ」

 アリーとしてはフィオナが何かをしたい、雑談したいと思ったところで優斗が拒否するとは考えられない。しかし互いのことを知ろうとしている段階だからこそアリーも勘違いしたのだが、一番の問題は優斗ではなく、

「私が雑談というものを苦手ですし、ユウトさんも真面目に勉強してくれているので迷惑かな、と」

 元々、フィオナは他の人達と比べて普通の会話をすることが得意というわけじゃない。
 授業で普通に話すことが出来ているのは、あくまで決められた台詞を声にしているだけだからだ。質疑応答に関しても知識を言葉にするだけなので問題ない。
 ついでに言えば優斗が真剣な表情で授業を受けているので、授業以外の会話をする状況にならないのも、殊更に雑談がない原因の一つだ。

「もしかしてフィオナさんはユウトさんとお喋りしたい、と。そう思っているのですか?」

「……はい。ユウトさんも授業だけではつまらないと思いますし」

 他の人達は色々なことを話しながら授業をしているというのに、自分は彼に対して一切できていない。
 ちゃんと授業はしているので立場的に悪くはないと考えるが、他の人達と比べると優斗だけが格段につまらない日々を過ごしている。

「もしフィオナさんがそう感じているのであれば、ユウト様も雑談してくださいますわ」

「そうでしょうか?」

 アリーが安心させようとフィオナへ笑みを浮かべてくれるが、やはり自分が不得手ということもあって、不安というのは取り除かれない。


       ◇      ◇


 一方、優斗が学院寮の部屋のベッドで俯せに寝転がっていると、遊びに来ていた修が不意に訊いてきた。

「お前さ、フィオナと普通に話したりしてんのか?」

「……はっ? また、突然すぎることを聞いてくるね」

 脈絡一つない質問に優斗が目を瞬かせた。

「俺とかは雑談しながらやってんだけど、優斗とフィオナだとイメージが沸かなかった」

「なるほどね。まあ、予想は当たってるよ」

 深い付き合いである以上、優斗がフィオナとの授業を受けている際にどのような態度を取っているのか、簡単に把握できるのだろう。

「緊張すんのか?」

「まあね。彼女と二人きりの空間というのは非常に緊張する。心臓に悪いって言い換えてもいいよ」

 フィオナは本当に美人だ。優斗は今までの人生で、あれほどの美少女を目の当たりにしたことはない。しかも公爵令嬢ということもあり、友達になったとはいえ妙にフレンドリーな態度になるのも変だと優斗は思っている。

「……お前、バカじゃね?」

「いや、だってあれほどの美少女と二人でいるんだよ。僕だってさすがに色々と考慮するって。彼女を真っ直ぐに見たら、絶対に顔が赤くなる自信があるし」

「……うわ~、なんつーか典型的なオタクみたいな態度だな」

 珍しく修が大きく溜め息を吐いた。普段は冷静沈着なくせに、どうしてこういうことには弱いのだろうか。

「否定はできないけど、これでも頑張ってるんだよ。顔が赤くならないよう、授業に集中して平然を装ったりとかね」

「で、真面目ちゃんの仮面を被るにあたって授業以外の会話をしないようにしてる、と」

「……なに、修。文句ある?」

「ねーよ。ただ、フィオナも口下手そうだからな。いつも堅苦しい授業してると息が詰まると思うぜ。これからもずっとな」

 ただでさえ異世界人ということで、それなりの気を遣わせているはずだ。
その上、優斗が緊張して真面目一辺倒になっていればフィオナだって息苦しいだろうし、気軽に雑談もできないだろう。

「時には脱線してもいいんじゃねーの? のんびり話してれば、お前だってフィオナの美少女っぷりに慣れるかもしれないだろ?」

「……かもしれないけどね」

 優斗も修が言いたいことは理解できる。
 確かにずっとこのまま、というわけにもいかない。家庭教師と生徒という形を取っている以上、優斗はフィオナと一番長く関わっていくだろうから。

「お前にとっては難しいかもしれねーけど、一歩踏み込んでみろよ。それに異世界から来た奴と美少女ってのは、くっ付くのが相場だぜ?」

 ニヤリと笑って修がからかってくる。

「なっ!? ちょ、修!?」

「まあ、頑張れや。俺が期待する展開、待ってるからよ」

 パンパン、と優斗の背中を叩いて修が部屋から出て行く。
 からかうために来たのか、と優斗は一瞬だけ思ったが違うだろう。
 修は修なりに優斗とフィオナの関係を気にしてくれていたからこそ、話を出したはずだ。

「……まったく。ありがとう、修」

 だから優斗は小さな声で感謝した。




 とはいえ、どうしたらいいものか。
 今日も今日とて学院が終わった放課後、優斗とフィオナは図書館で授業を行っている。

「基本的な魔法は全てが『求めるは――』から始まっています。その後に続いていく詠唱に差異があるのみです。そして、その差異が魔法の用途を多様化させています」

「では神話魔法も全て『求めるは――』から始まるのでしょうか?」

「いえ。正確に伝えるのであれば、過去には独自詠唱による神話魔法を使う方もいたとされています。ですが、あくまで伝説上の人物の話です。基本的には『求め――』から始まるものが神話魔法だと考えていただければ結構です」

 いつも通りの状況。フィオナが説明し、優斗が質問をする。無駄な会話など存在せず、延々と同じやり取りの繰り返し。けれど今日だけは少し違った。

「あの……」

 不意にフィオナが声を発した。

「フィオナさん、どうしました?」

「その……」

 彼女は視線を右に左にさ迷わせながら、何かを言いたげだった。
 そして窓から見える風景を目にして、

「……良い……天気です」

 呟いた瞬間、ぶんぶんとフィオナが頭を振る。

「そうじゃなくて、ですから……」

 ぐっと身体に力を込めて声を発しようとして、何かを言おうとして、

「……なんでもありません」

 それを飲み込んだ。けれど彼女の行動の意図を察した優斗が逆に声を掛ける。

「フィオナさん。ずっと勉強するのも疲れたので、雑談の相手をしてもらってもよろしいですか?」

 これで彼女が何をしたいのか把握できなかったら、自分は大馬鹿野郎だろう。
 だから優斗は修からの応援を糧にして、あらためて自分から頼んでみる。

「……えっと、ユウトさん。その、大丈夫でしょうか?」

「何か問題があれば、僕はちゃんと言いますよ」

 だから安心してほしい、と優斗は真っ直ぐフィオナを見据えて話す。
 だが心臓には本当に悪い。相性だの何だので決められた関係だというのに、こんな心境になるのは相性以前の問題だ。
 とはいえ彼女の行動を鑑みれば、自分の動揺など押し隠して一歩を踏み出すべきだろう。

──美人だから緊張して話さないだなんて、あまりにも酷い話だよね。

 せっかく雑談をしたいとフィオナが思っているのなら、彼女の想いを汲むことこそやるべきことだ。優斗は一度、大きく深呼吸をするとフィオナに笑いかける。


「フィオナさんは何かやりたいことってありますか?」

「…………?」

「こないだ、卓也が言っていたでしょう? 買い食いでもなんでも、やりたいことをやろうって」

 そうだ。
 こんな緊張ばっかりの自分は全力で押しつぶして。
 彼女がやりたいことをやってあげたい。

「フィオナさんはどんなことをやりたいですか?」

「……たくさんは望みません。ただ……ゆっくりとお話ができればいいんです」

 フィオナは途切れ途切れにそんなことを口にしながらも、心はもっと貪欲だということを知っている。
 本当はもっとたくさん、やりたいことがある。
 でも、これ以上願うのは贅沢な気がして。
 口に出すことは憚られた。

「フィオナさん」

 けれど、彼女の想いに気付かない優斗じゃない。

「僕には言っていいんですよ。気を使うなんてこと、しないでください」

「……そんな……ことは……」

「あるんでしょう?」

 絶対的な確信を持って訊いてくる優斗に、フィオナはこくんと頷いた。

「とはいっても、すぐに色々なことをやろうとするのは無理かもしれません。僕は女の子と一緒にいると緊張する性質なので」

 笑って、優斗は大きく深呼吸をする。

「ですから、ゆっくりでいいのでやっていきましょう」

 雑談したり買い食いしたり。
 遊んだり、騒いだり。

「僕達のペースでたくさん、楽しいことをやりましょう」

 たくさんの楽しいことを。
 2人でやっていこう。

「…………」
 
 笑みと共に届けられた優斗の言葉。

「……はい」
 
 フィオナはただ、頷いた。
 嬉しかった。

 ──きっとこれは。

 友達だから、とかではなく、仲間だからというわけでもなく。

 ──ユウトさんが心から言ってくれているから。

 嬉しいんだ。
 ならば自分も精一杯、応えよう。

 ――たぶん。

 こういう時にする表情はこれ、だろう。

「よろしくお願いします」

 今の自分にできる精一杯の笑みを浮かべて。
 フィオナは優斗に返事した。 




[41560] 抱えなければいけないもの
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:bf75c820
Date: 2017/03/17 06:54
 優斗とフィオナが少しずつでも雑談をするようになって一週間。
 今、家庭教師達の前にはハイタッチをしている異世界組の姿があった。
 クリスは彼らがハイタッチしている理由に対して、素直に賞賛を示す。
 
「さすが、と言うべきなのでしょうが、自分は心底驚いています」
 
 ココもクリスの発言を肯定するように頷いた。
 
「全員が基本四属性の中級攻撃魔法を使えるようになっちゃったんですから、ホントにビックリです」
 
 そう。彼らはたった一ヶ月足らずで使えるようになった。
 アリーとて知識として知っていても驚きは隠せない。
 
「異世界人が魔法を扱う能力が凄いことは知っていましたが、目の前で実際に魔法を使用している姿を見てしまうと、唖然としてしまいますわ」
 
 その中でも飛び抜けている人物にアリーは視線を向ける。
 
「やはりシュウ様は別格と言うべきでしょうか」
 
 詠唱をせずとも威力は変わらず。挙げ句に上級魔法まで詠唱破棄で平然と使える。
 四人の中ではあまりに突出していた。
 
「アリーさん。もしかしてシュウさんは神話魔法をすでに扱えるのでは?」
 
 クリスが尋ねると、アリーは少し考えた後におそらくは、と前置きして上で首肯した。
 
「歴代のリライトの勇者も八割の方々が神話魔法を扱えましたし、それが『勇者の刻印』の力ですから」
 
 ただの異世界人でさえ、この世界では十分過ぎるほどの魔法を使えるようになる。
 けれど勇者として召喚された異世界人とでは、歴然とした差が存在する。
 
「父様が勇者を召喚せざるを得ない理由がここにあるのですわね」
 
 自国を守る。そのために必要とされる最大の存在が勇者。
 
「だからこそ今はゆっくりとして貰いたいですわ」
 
 今現在、彼の存在を認識しているのはリライトの上位貴族と他国の王族のみ。
 彼らの存在が公にされず秘匿されている理由は、まだ若いのだから今はゆっくりと遊んでほしい、という謝罪まがいの理由だ。
 
「もう1ヶ月ほどになりますね。イズミさん達が召喚されてから」
 
 クリスは自分の生徒が満足そうにしている様子に笑みを浮かべて、出会ってからの日々を思い返してみる。
 
「自分は一ヶ月前、友達ができるなど考えてもいませんでしたよ」
 
「わたしもです。公爵家であることが今は本当に良かったって思ってます」
 
 ココも嬉しそうな笑顔を浮かべ、同意するように何度も頷いた。
 
「イズミさんの馬鹿騒ぎに巻き込まれるのは大変ですが、それ以上に充実した日々を過ごしていると自分は実感しています」
 
 さらに感慨深げにクリスが目を細めた。そして先ほどから一人だけ会話に入っていないフィオナに対しては、アリーが話題を差し出した。
 
「フィオナさんもユウトさんと仲良くなったみたいでよかったですわ」
 
 おそらく家庭教師と生徒というコンビでは、一番問題だったろう二人。
 けれど今は普通に雑談できているようでアリーも一安心だ。
 
「ユウトさんと何をするか、決まりましたか?」
 
「……えっとですね」
 
 フィオナは僅かに柔らかい表情を浮かべた。彼と勉強以外に話すようになってからというもの、フィオナの表情からは様々な感情が窺えるようになっていた。
 しかも授業以外で話すことも上手くなってきているのが、今までとは違う一番大きな変化だ。
 
「色々とユウトさんと検討してみた結果、まずは買い食いをすることになりました」
 
 他にも案は出ていたのだが、手短で妙に気負う必要がない買い食いをやることにした。
 もちろん決めたのは優斗でフィオナは二つ返事をしただけなのだが、少しして重要なことを知らないことに彼女は気付いた。
 
「あの、それで皆さんに質問なのですが、買い食いって……どうすればいいのでしょうか?」
 
 買い食いの“作法”がフィオナは分からない。やったことがないのは理解してもらえているのだが、作法自体を知らないとは優斗も思っていないだろう。
 けれど聞き返しもせずに頷いた手前、彼に尋ねるのも失礼に値する気がする。
 というわけで、フィオナはアリー達に訊いてみた。
 すると一番生徒に振り回されているクリスが手を挙げる。
 
「自分はイズミさんに連れられて、何度もやっていますよ」
 
「……ど、どのような感じで買い食いすればよろしいですか?」
 
「肩肘を張る必要はないと思います。あれが気になるから食べてみよう、これが美味しそうだから食べてみよう、といった様子で食べ歩きしながら雑談する形です」
 
 作法、というものは存在しないと言ってもいい。
 別にテーブルマナーがあるわけでもないのだから。
 
「でも、何かしら粗相を働いたらユウトさんに迷惑を掛けてしまうんじゃないかと……」
 
 せっかく話せるようになったのだから、優斗に嫌われたりしたらフィオナとしては困る。
 たかだか買い食いで困った様子を見せるフィオナに、クリスは一つの案を閃く。
 
「でしたら、午後は全員で買い食いするのも一興ではないでしょうか。皆さんなら喜んで行ってくれますよ。この世界の食材は彼らの世界とほとんど差異はないと仰っていましたが、それでも料理に違いはあるようですしね」
 
 彼らも興味が沸くだろう。と、ここでアリーは首を捻る。
 
「異世界の料理自体はこの世界にもありますが、我々の知らない料理も多々あるということなのでしょうか?」
 
「イズミさんから聞いた話だと、おむらいす……という卵を使った料理が、タクヤさんの作る料理では一番美味しいと言っていました。かなりの頻度でタクヤさんのアルバイト先に行っては食べていたらしいですね」
 
 異世界組のことについての何気ない会話の一つ。もちろん友人になったからこそ知り得た情報ばかりで、当然のように嬉しく思える会話内容……ではあったのだが、アリーは異世界の料理のことを聞いて不意に気付いたことがあった。

 ――わたくしは以前、他国へ行った際に料理で思ったことがあったはず……。

 他の国へ行った際、料理を前にして何を思ったのか。
 それを思い返した瞬間、アリーの表情は僅かに青ざめる。
 するとタイミングが良いか悪いか、異世界組も魔法で遊び終わって戻ってきた。
 
「おっし、そろそろ昼飯の時間だよな。今日は何が出てくんだろうな?」
 
「僕も何も聞いてないから楽しみだよ」
 
 修と優斗がわくわくしながら昼食に何が出てくるかを話している。
 
「辛いやつじゃなかったらオレはいいかな」
 
「俺のような辛いものが好きなやつからすれば、卓也の味覚はお子様と言う他ない」
 
「和泉は逆に甘いものが苦手だろ」
 
 卓也が和泉の頭を軽くチョップし、和気藹々とアリー達に近寄っていく四人。
 だが、待ち構えているアリーの表情が異様に固まっていることに気付いた。
 
「アリー、どうかしたのか?」
 
 訝しむように修が訊く。彼女は僅かに狼狽えるような様子を見せたあと、口を開いた。
 
「皆様に尋ねなければならないことがありますわ」
 
 真剣な声音に優斗達が身構える。一緒にいるフィオナ、ココ、クリスも何事かと首を捻った。アリーは訊くのが怖いと思いながらも、しっかりと四人を見る。

 ──これは王族が一番抱えなければいけませんわ。

 アリーは他国へ行って料理を食べた時、ふと自国の料理が恋しくなる時があった。
 数日経てば帰ることが出来るというのに、それでもリライトのことが恋しくなった。
 ということは、彼らも同じではないだろうか。
 修達は突然、縁も何もない場所に召喚されてきた。今まであったものが突然なくなったも同然の世界に、強制的に引き込まれる理不尽が行われた。
 
「シュウ様達が召喚されてから、一ヶ月になりますわ」
 
 でも、彼らは友達になってくれた。いつも気に掛けてくれていた。一ヶ月しか経っていないけれども、好きな人達だと思えた。だからこそアリーは尋ねなければならない。
 
「皆様はやはり、元の世界に帰りたいと……思いますか?」
 
 実際には無理なのだとしても。帰る方法なんてないのだとしても。気持ちは別なのではないかと考えてしまう。
 しかし修達はアリーの言葉の意味を理解し咀嚼した瞬間、いきなり吹き出して笑った。
 
「ど、どうしていきなり笑ったのですか!? わ、わたくし、これでも皆様には真剣に訊いていますわ!」
 
 彼らの反応が想定外でアリーが困惑する。
 けれど修が笑い声を漏らしながら、笑った理由を彼女に伝えた。
 
「だってよ、その話って召喚された日に俺らで話し終わってんだ。だから今更過ぎる話題で笑っちまったんだよ。問題ねぇから心配すんな」
 
 初日で確認済みだ。帰りたい意思がないことも、帰りたいと考えることすらないことも。
 修達は『元の世界に戻りたい』という想いが根底から生まれていない。
 けれどアリー達、元々この世界にいる四人は皆が神妙な面持ちで彼らを見ていた。
 優斗は不意に嬉しくなる。
 
──たぶん。
 
 彼女たちが不安そうな表情をしてくれているのは、本当の友達になったからなのだろう。
 友達になって遊んで、笑って、そして──気づいた。
 ふとした拍子だったのかも知れない。
 それでも、考えてしまったのだろう。
 
 自分達は無理やりにセリアールへ優斗たちを連れてきてしまったのではないか。
 元の世界に本当は帰りたいのではないか、と。
 
「そんなことはありませんよ」
 
 口を開いたのは優斗だった。
 
「本当ですか?」
 
 不安げにアリーが聞き返す。
 
「ええ。本当です」
 
 自分たちは元の世界に未練なんてない。
 
 ──そんなものがあるほど、あの世界に執着するものなんてなかったんだから。
 
 優斗は少しだけ思案して修と卓也と泉を見た。
 三人とも頷く。
 
「そろそろ、皆さんに話してもいい頃でしょうね」
 
 これは声を大にして話すことじゃない。
 むしろ、話す必要性なんてものはどこにもない。
 けれでも真摯に自分たちの気持ちを考えてくれた彼女たちには。
 話そうと思う。
 
「僕たちはね、全員が元の世界にある自分たちの国で……恵まれた境遇だったわけではないんです」
 
 あくまで自らの国の中での境遇があまりよくなかっただけのこと。
 ただ、それだけのことだけれども。
 一般から考えれば自分たちは大いに不幸だった。
 
「似たような僕たちだからこそ、あんな馬鹿なことがあってから一緒にいた。誰もが同情するわけでもないし、嫌悪も侮蔑も抱くことがなかった」
 
 紛れもなく“自分”でいれた。
 
「一人ずつ、お話しましょうか」
 
 合図を送ると、まずは和泉から口を開いた。
 
「俺のところは何もない。本当に“何も”ない。両親共々、冒険者で放任主義者。まともに顔を合わせることなんてそうそうあることでもなし、いなくなってもどうにかして生きろ、としか思わないだろう」
 
 何一つ受け取らずに和泉は生きてきた。
 だからこそ、誰かと繋がりがほしくてあんな馬鹿なことをやったのかもしれない。
 次に口を開いたのは修。
 
「うちはな、両親の仲がすごく悪いんだ」
 
 その原因が修にある。
 
「俺は母親が変な男と作った子供で、父親とは血が繋がってない。だから父親は俺のことを端から無視してるし、母親も母親で俺を産んでから後悔したのかなんなのか知らないけど俺のことをいないもののように扱ってる。それでも離婚しないのは世間体の問題とかがあるらしいけどな」
 
 どっちにせよ、異物として扱われている。
 
「…………」
 
「…………」
 
「…………」
 
「…………」
 
 思わず異世界四人組の表情が固まった。
 修が苦笑する。
 
「おいおい、俺でそんなに引いてたら残り二人はもっと聞けなくなるぞ」
 
 もっとシャレになってないのが優斗と卓也だ。
 
「どうする? オレと優斗のはちょっとばかし強烈だから、時間を置いてもいい」
 
 卓也が視線でアリー達に問いかけると固い表情のまま首を横に振った。
 聞かない、なんてことはしない。
 
「あんまり気張って聞く必要ないからな」
 
 声を掛けてから卓也も話し始める。
 
「オレは……児童虐待って言ったらいいのか。小さい頃から父親にも母親にも暴言とか暴力振るわれてて、そのうち父親は蒸発。母親からは相変わらず暴力受けながら育った。中学の時はどうにかして部活と隠れてバイト。高校からはもっと金がかかるようになって、バイトに専念してきたってわけ。こっち来る前に行こうとした旅行はみんなが金を出してくれて、初めての旅行だったって感じだ」
 
 どこにも行ったことがなくて、何も買ってもらったことがない。
 全てを自分で揃えてやってきた。
 だからこそ、友達と行く初めての泊まり旅行は楽しみに満ちていた。
 結果が異世界に飛ばされるというのは驚いたけれども、旅行としては楽しい出来事だったと今は思える。
 そして最後は優斗。
 
「僕は卓也ほど酷くないですけどね。元々嫌いだった両親が目の前で殺されて、その後は僕自身に舞い降りてきた大金に目が眩んだ親戚一同を適度に追い払って、現在に至るってところです」
 
 優斗が言葉を濁しながら話す。
 正確に言えば、過程において一番酷かったのは優斗だろう。
 人として扱われず、悪意の塊を目の前にし、信じるべきものは何もない。
 でもそれを彼らに伝えるには……まだ綺麗すぎる。
 もっと大人になり、直接的ではなく優しい言い方を自分が出来るようになってから伝えればいいと思う。
 
「いや、絶対にお前が一番強烈じゃね?」
 
「確かにいろいろと端折ってるけど、当時の心情や過程を入れる必要性もないでしょ」
 
「ま、そっか」
 
 確かに、と修は納得する。
 
「という感じで、僕たちは元の世界に未練があるというわけでもないですし、大事な友達は一緒にこっちに飛んできています。ゲームが出来ないのは少し悲しいですけど、この世界なんてゲームみたいなものですから楽しめます。何も問題はありません」
 
 平然と告げる優斗。
 けれどアリーも、ココも、フィオナも、クリスも。
 何と言っていいかわからなかった。
 
「そんな顔すんなって。俺らはお前らだから喋っていいと思ったんだぞ」
 
 にっ、と修が笑う。
 
「でも……」
 
「アリー、もう一度言うぞ。俺らはお前らだから話していいと思った」
 
 だよな、と修が同意を求めれば、
 
「大事な友達だしな」
 
「そういうことだ」
 
「貴方たちには隠すようなことでもないですから」
 
 卓也、和泉、優斗が何でもないように言う。
 不意に……アリー達の瞳から涙が溢れそうになっていた。
 
「えっ!? ちょ、なんで泣きそうになってんのお前ら!?」
 
 修が思わず慌てると、アリーが眦を拭いながら言う。
 
「だって、それほどのことを言ってくれる皆様が本当に嬉しくて、でも嬉しいけど悲しくて、なんだか涙が出てきたんですわ」
 
 他の三人もこくこくと頷く。
 
「大事な友達なんて言われたら、もう……嬉しいんです~!」
 
「これほど大切なことを伝えていただける友人になれたことが喜ばしくて」
 
「……でも、内容が悲しくて」
 
 ココもクリスもフィオナも泣きそうになる。
 
「あ~、もうストップ! 泣くの禁止! これから昼飯なんだから。湿っぽいの禁止!!」
 
 修がわ~、と騒いでどうにか和ませようとしている。
 その姿が少しだけ可笑しくて、五分もした頃には全員が笑みを浮かべていた。
 
「とりあえず飯だ、飯! 腹が減ってるから気が滅入ってくんだよ!」
 



 全員で運ばれてきた料理を口にする。
 
「そんで、だ。お前ら、午後の予定とかはあんの?」
 
 咀嚼しながら修が確認を取る。
 
「わたくし達もどうしようか、と話していましたので何も決まっていませんわ」
 
「んじゃ、どうしようかね」
 
 う~ん、と唸る修。
 するとココが、
 
「あの、わたしはタクヤさんの“おむらいす”を食べてみたいです」
 
 パッと手を上げて発言する。
 
「おお、いいじゃん」
 
 修が同意した。
 
「みんなも卓也のオムライスを食うってことでいいか?」
 
 全員が首肯した。
 
「そんじゃ──」
 
 言いかけたところでアリーが修の服を引っ張った。
 
「どうした?」
 
「あのですね」
 
 修の耳に顔を近づけて、何かしら内緒話をしている二人。
 ふむふむ、と頷く修の表情がだんだんと悪巧みをするような顔に変わっていく。
 全てをアリーが伝え終わった頃には完全にいやらしい笑みに豹変していた。
 
「おっし、決まったぞ。今日はこの後、城の厨房で卓也のオムライス講座だ。参加するのは俺、アリー、卓也、ココ、和泉、クリスの六人だ」
 
 二人抜けている。
 
「……おい、ちょっと待て」
 
 優斗が修の肩を掴む。
 
「なんだ?」
 
「どうして僕とフィオナさんが抜けているのかな?」
 
「いや~、なんかお前ら一緒に買い食いするとか言ったらしいじゃん。だったら今日の午後はそれをやればいい、という俺のナイス判断」
 
「お前な、僕は別にいいけどフィオナさんだってオムライスを食べたいかもしれないだろ? ノリで決められても──」
 
「あの、私は買い食いで……大丈夫です」
 
 恐る恐る、といった感じでフィオナが声を出した。
 “おむらいす”という食べ物も確かに気にはなったが、それ以上に優斗と買い食いするのを楽しみにしていたのだ。
 断る理由などない。
 
「だってよ、優斗」
 
 意地悪い笑みを修が浮かべた。
 
「……わかったよ」
 
 優斗は大きく息を吐く。
 周りを見ればフィオナ以外はニヤニヤとしていた。
 
 ──こいつら、絶対に楽しんでる。
 
 自分だって緊張はするが、フィオナとどこかに出かけるというの嬉しくないわけがない。
 それをこんな形で実現させられるのは少しだけ腹が立つ。
 
 ──まあ、でも。
 
 フィオナが本当に嬉しそうな表情をしているのだから。
 これはこれでいいか、と思ってしまう。
 



[41560] 初の体験
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:bf75c820
Date: 2015/09/16 20:37




 
 フィオナはお昼を食べると王城を後にした。彼女は学院の制服で王城に行っていたのだが、せっかく街に出て買い食いするのだから私服のほうがいい、と優斗を除く全員に断言されたからだ。
 
「ただいま戻りました」
 
 玄関を通り広間に向かうと、母親であるエリスがフィオナを出迎えた。
 
「あら、今日は帰りが早いのね」
 
「今日はこのあと街に出ますので、着替えに戻っただけです」
 
「そうなのね。お友達と行くの?」
 
「はい。ユウトさんと一緒に買い食い、というものをすることになりまして」
 
 フィオナが淡々と言うと、エリスが嬉しそうな笑みを浮かべた。
 
「ユウトさんと……ねぇ。もしかしてデート?」
 
「……デート、ですか?」
 
 フィオナはオウム返しのように母親が発した言葉を繰り返した瞬間、意味に気付いたのか僅かに狼狽える。
 
「ち、違います。ユウトさんが一緒に行こうと言ってくださっただけです」
 
 フィオナは否定するものの、彼女の様子に母親であるエリスは微笑ましく思う。
 ここ最近における娘の変化には本当に目覚ましく、同じ公爵の子息令嬢どころか王女とも友達になった。そして異世界から来た方々とも友達になったらしい。
 中でも特に会話に出てくるのが“ユウト”という人物。
 あまり表情を変えないフィオナが一番、感情を発露させるのが彼のことだ。
 母親であるエリスが気にならないわけがない。
 
「フィオナと一緒に行動してくれるなんて、ユウトさんは優しい御方なのね」
 
「それはもう。ユウトさんの家庭教師で本当によかったと思います」
 
「だったら今日は買い食いが終わったら、うちに連れてきちゃいなさい」
 
「……えっ?」
 
 フィオナが母の予想外な発言に固まる。けれどエリスは念を押すように、
 
「聞こえなかったかしら? 街で買い食いが終わったら、フィオナはユウトさんを家まで連れてきなさい。夕飯に招待しましょう」
 
「……お、お母様? いきなり何を仰っているのですか?」
 
 母親の突然すぎる発案に、フィオナは一切要領を得ない。
 
「私が気になるのよ。貴女から話を聞いているんですもの」
 
 どんな人物なのか、母としては優斗に対して興味が尽きない。
 
「……で、でも急に家にお連れするというのは、失礼に値しないでしょうか?」
 
「私が言い出したことだから、フィオナが失礼というわけじゃないわよ」
 
 母の言葉にいまいちフィオナは納得しきれないが、結局のところ押し切られて優斗を招待することを了承してしまった。
 
 そして待ち合わせの時間もあるので、部屋へ戻ったフィオナは気を取り直して着替えようとしたのだが、そこで困ったことが一つあった。
 
「お友達と出かける際、服装はどのようにすればいいのでしょうか?」
 
 何を着ればいいのか悩んでしまった。あれでもないこれでもないと服を出しては考え、自分の姿に合わせては鏡を覗く。
 途中からはなぜか家政婦長と母親が参加して、試着を繰り返してしまった。
 着ていく服がようやく決まり、フィオナは家を出る。予定より家を出るのが遅れてしまったため、できる限り駆け足で、かつ服装や髪が乱れないように走る。
 そうして優斗との待ち合わせ場所に着いたのが約束の三分前。フィオナが約束の場所に近付くと、すでに優斗が待っていた。彼の視線がフィオナと合う。
 
「すみません、ユウトさん。お待たせしてしまいました」
 
「いえ。約束の時間前ですし、全然待っていませんよ」
 
 優斗は笑みを浮かべると、フィオナを促しながら商店街通りへ歩き出す。
 
「では、行きましょうか」
 
 二人で並びながら、けれど決して相手へ触れないように歩く優斗とフィオナ。
 
「……あの、ユウトさん。買い食いをするのですが、何を食べるのか決まっているのでしょうか?」
 
「いいえ。歩いているうちに見つかった物を食べるのが、醍醐味だと思ってますから」
 
「えっと……クリスさんもそう仰っていましたが、そうなのですか?」
 
「ええ。予期せぬものに出会って美味しい、という感動を味わえるのも買い食いの魅力の一つです」
 
 物凄くオーバーに言っている感はあるが、これも間違いではないはず。

 ──とはいえ、本当に困るよね。

 優斗はちらりとフィオナの姿を視界に入れる。
 一ヶ月ほど経って初めて私服姿を見たが、とても似合っていた。
 僅かに色合いの違う白のブラウスとフレアスカートを着こなしているフィオナは、本当にお嬢様然としていて普段の制服よりも一層彼女の魅力を引き立てている。

 ――まさしく心臓に悪い。

 美少女が美少女っぷりを発揮しないでほしいとさえ優斗は思う。
 平然を装っているとはいえ、ただでさえ彼女と二人きりで心臓に悪いのだから。
 
「……ん?」
 
 と、優斗が周囲を見回して気を落ち着けている時だった。
 一つ、気になる店が優斗の目に入った。
 
「フィオナさん、あれって何ですかね?」
 
 優斗がある方向を指差す。カラフルな色合いのお店に、幾人かの若い男女が並んでいた。
 
「あれは……何でしょう?」
 
 頭にハテナマークを浮かべるフィオナ。二人とも疑問系のまま目が合った。
 ふっ、と笑い声がお互いに零れる。
 
「では、さっき言った通りに買い食いをしましょうか、フィオナさん」
 
 目当てのお店に二人で向かい、並ぶ。そして看板に抱えている文字を目にすると、優斗は僅かに驚きを見せた。
 
「えっと、クレープ?」
 
 先に並んでいた男女が通り過ぎる際に持っている食べ物や食べ方を見ても、優斗が元いた世界と何ら変わりはないようだ。けれどフィオナには馴染みがないらしく、
 
「その……どういうものですか? クレープというのは?」
 
「僕達がいた世界のものと変わりないのであれば、原材料は卵を使った薄い生地です。その上に甘いものを乗っけて包んだ食べ物、と言えばいいでしょうか。女性に人気があって美味しいんですよ」
 
「甘いんですか?」
 
「はい。もしかしてフィオナさんは甘いものが苦手だったりしますか?」
 
「いえ。甘いものは大好きです」
 
「ならよかった。きっと気に入ると思いますよ」
 
 列が捌けていき、優斗とフィオナの順番になった。メニュー表を見れば種類も相違なく、優斗は安心してチョコカスタードクリームを、フィオナはイチゴクリームを頼む。
 手際よく作る店員にフィオナが少し見惚れていると、あっという間にクレープが出来上がった。そしてお金を払い、初の買い食いによる食べ物をフィオナが恐る恐る手に取る。
 優斗は彼女が受け取ったのを確認したあと、次の客の邪魔にならないように歩き出す。
 フィオナも優斗の行動に気付いて、すぐに付いていった。
 
「これがフィオナさんにとって初めての買い食いになりますね」
 
「そうなのですが……その、質問よろしいですか?」
 
「何でしょう?」
 
「フォークやナイフ、スプーンなどはないのでしょうか?」
 
「……へっ?」
 
 優斗も面を喰らったが、少し考えたら彼女の疑問も納得した。
 買い食いをしたことがないのだから、食べ方だって分かるはずもない。
 さらには貴族だから、かぶりつくという概念がないのかもしれない。
 
「物によってはスプーンなどが付く場合もあるんですが、これはこのまま、ぱくっと食べるんです」
 
「……ほ、本当ですか?」
 
 信じられないようなものを見る目つきで、フィオナが問い返す。
 
「世の中、こういうものもあるんですよ」
 
「……ユウトさんが言うなら本当なのでしょうけど」
 
 けれどやったことがないため、フィオナは心なし不安そうだ。
 
「じゃあ、とりあえず実践してみせましょうね」
 
 優斗は言いながら、クレープにぱくりと食いつく。
 元の世界と変わらない、思った通りの美味しさで自然と笑みが浮かんだ。
 
「こんな感じです。クレープは出来立てが一番美味しいんですよ」
 
「……頑張ります」
 
 フィオナも優斗の姿を目にして、心を決めた。
 少しばかり逡巡したあと、意を決してクレープを口に運ぶ。
 
「……美味しい」
 
「でしょう? こういうことがあるから楽しいんです」
 
 次第に食べる速度が上がっていく彼女に優斗は安堵する。
 
「まあ、買い食いに問題点があるとしたら、食べ過ぎてしまって夕飯が食べられなくなるかもしれない、という点ですね」
 
 などと呑気に言った優斗だが、なぜかフィオナが奇妙な表情になった。
 
「フィオナさん、どうしました?」
 
「……あの、ですね。今日、このあとの予定は空いていたりしますか?」
 
「予定ですか? 特に埋まっているわけではないですよ」
 
「でしたら我が家に来ていただいてもよろしいですか?」
 
 フィオナのとんでも発言に一瞬、二人の間に沈黙が生まれる。
 特に優斗は理解不能の極みに陥っていた。
 
「……せ、説明を要求してもよろしいでしょうか?」
 
「はい」
 
 フィオナは淡々と理由を話し始める。
 全てを聞き終えて、優斗はようやく彼女の発言の意図を理解した。
 
「つまりお母様が僕に会いたい、ということですか」
 
「私の友人ということもそうですが、やはり異世界から来たことに興味を持たれたのではないかと思います」
 
「でしょうね。僕も同じ立場なら興味を持ったと思いますから」
 
 異世界から来た、というだけで格好の話のネタだろう。
 けれどフィオナとしては、連れていくことを強制したいわけではないので、
 
「あの、でも無理にというわけでもありませんから、嫌でしたら断っても……」
 
「大丈夫ですよ。フィオナさんのお母様なのですから、変に何かをしてくることもないでしょうし。ですから安心して行かせていただきます」
 
 優斗の反応にフィオナもほっとした表情になる。
 
「そう言っていただけると私も嬉しいです」
 
 安堵したフィオナはクレープを食べ始める。小さい声で「美味しいですね」と呟いて、また一口と食べる。優斗は彼女が僅かに表情を綻ばせる姿を見ながら、一緒に買い食いができてよかったと心の底から思う。

 ──たとえ、このあと修達にからかわれるとしてもね。

 買い食いのことにしても、フィオナの家に行くことについても。
 それでもこの瞬間を得られたのは、本当に良かったと思った。

 
      ◇      ◇

  
「ここが私の家です」
 
 フィオナが示したのは……紛う事なき豪邸だった。思わず優斗も呆気に取られる。
 
「凄いですね。このような家を見たのは初めてです」
 
 城を見た際も思ったが、この豪邸も本当に驚くべき広さだ。リライトに召喚されて一ヶ月は経っているが、改めて異世界に来たことを実感させられる。
 庭に花壇は別にいいのだが、海外の上級セレブが住んでいそうな特大の家はテレビの中でしか見たことがない。それが実際、目の前にあるのだから圧倒されてしまう。
 門に警備の人がいる、というのがさらに際立たせていた。
 
「バルトさん、ただいま帰りました」
 
「お帰りなさいませ、お嬢様」
 
 守衛をしている初老の男性はフィオナの帰りに頭を下げると、隣の優斗に目をやった。
 
「こちらの男性がミヤガワ様ですか?」
 
「はい。私のクラスメートでお友達のユウト・ミヤガワさんです。今日はお母様の招待で来て頂いたんです」
 
 フィオナの紹介に合わせて優斗が頭を下げると、バルトも同様に頭を下げた。
 
「今後とも、お嬢様をよしなにお願いいたします」
 
「いえ、こちらこそフィオナさんにはお世話になりっぱなしで」
 
 とてもではないが、お願いされる立場じゃない。
 
「いえいえ。貴方と出会ってからというもの、お嬢様が日に日に輝かれています。私にとっては日々の輝きを見るのがとても嬉しいのですよ。旦那様も奥様も喜んでおられます」
 
 どうやらバルトとトラスティ家は仲が良いらしい。
 この世界では珍しいのか珍しくないのかは分からないが、優斗には微笑ましく映る。
 するとバルトが何かに気付いたのか、二人を玄関へと促した。
 
「あちらで奥様がお待ちになっておりますよ」
 
 腕を広げて指し示された先に優斗が視線を送ると、一人の女性が待ち構えていた。
 優斗と視線が合うと、女性は颯爽と歩いて向かってくる。
 
「初めまして、ユウトさん。私がフィオナの母のエリスです」。
 黒い髪を短く纏め、フィオナをそのまま年老わせたかのような容姿。
 ただ、美しさは鳴りを潜めているわけではなく、年齢とともに円熟していった魅力というものが彼女にはあった。優斗は丁寧に頭を下げる。
 
「こちらこそ初めまして、エリス様。ご存知とは思いますが私は宮川優斗と申します。この度はご招待していただき、ありがとうございます」
 
「あら? 畏まらないでいいわよ」
 
 あっけらかんと言うエリス。というか第一声と口調が違い過ぎた。
 
「申し訳ありませんが、公爵の奥様にそのような言葉遣いは出来ません」
 
「フィオナには、もうちょっと砕けているのに?」
 
「彼女はお友達ですから」
 
「なら、母親である私も同じことよね?」
 
 遠慮をさらりとかわすエリスに、優斗は内心でツッコミを入れる。

 ――どういう理論なんだよ、それは。

 少なくとも元々の世界において、一応は一般市民だった自分が公爵夫人に慇懃な言葉を使うなとか、何という無茶振りだろう。
 しかもエリスだって、最初の一言だけは優斗に対して丁寧な口調だったはずだ。
 すぐにざっくばらんな口調になっているが。
 
「……でも、しかし──」
 
「それに位としても、異世界人である貴方のほうがリライトでは高いわ。せめて堅苦しい言葉を改めてくれないと私が困るわよ」
 
 優斗はエリスに言われて、そういえばと思い出す。
 この国では王族の次に異世界人の位が高い、と。だとしても、少なくとも年上に対してぞんざいな口調など優斗には出来ない。
 
「わ、わかり……ました。努力はしますから、今日はある程度で勘弁していただけると嬉しいのですが」
 
「しょうがないわね。今日はこれくらいで許してあげるから、今度来た時にはもっと柔らかくなって頂戴ね」
 
「……はい。出来る限り、ご随意に」
 
 なんというか優斗は負けた気分になった。
 丁寧な言葉を使ってはいけないって、どういう貴族様なんだろうか、と。
 
「早く家の中に入るわよ。今日はうちのコックが腕によりをかけて、ご馳走を作ってくれているから」
 


 
 食事をする広間へと案内される。優斗の眼前にあるテーブルの上には、想像していた以上の料理があって驚かされた。席に座って食事を取ろうとして、ふと優斗は気付く。
 
「すみません。この世界の料理の作法というものを知らないのですが……大丈夫でしょうか?」
 
 元の世界ならともかく、こっちの世界の作法なんて知っているわけもない。
 
「あら、気にしないでいいのよ。堅苦しい場でもないから」
 
 エリスがそう言ってくれたので、優斗は安堵の息を吐いた。
 
「助かります。まだマナー等は習っていなかったので」
 
 あらためて優斗は食事を取る。あまり乱雑にならないよう、丁寧にナイフとフォークを使って綺麗に食事を進めていく。
 
「今日は来てくれて嬉しいわ。いつもフィオナが話しているものだから、私もユウトさんのことが気になってたのよ」
 
 優斗がサラダや肉料理の美味しさに舌鼓を打っていると、エリスが話し掛けてきた。
 優斗は一旦食事を止めて会話に応じる。
 
「そうですか。僕もエリス様とお話できて──」
 
「エリス“様”?」
 
 いきなり睨まれた。優斗は内心で勘弁してくれ、と嘆きながらも彼女が所望する通りの言葉遣いで言い直す。
 
「……エリスさんとお話できて、僕もよかったですよ。貴族の邸宅、という建物の中にも初めて入ることができましたし」
 
 正直、日本国民の誰もがイメージしている通りの邸宅だった。
 
「貴方がいた国では貴族がないのよね?」
 
「そうですね。昔は存在しましたが、今はいません」
 
「じゃあ“華族”は?」
 
 いきなりエリスから問われたことに、優斗の表情は不意に真剣なものになった。

 ──どういうことだ?

 そんなもの、まだ誰にも話したことなどない。
 というか話すこともない。日本の昔々の歴史のことなんて。
 
「……どうして知っているんですか? 友人の誰かが貴女に話しましたか?」
 
「違うわ。私達は“元々”知っているのよ」
 
「それは──」
 
 再び問い掛けようとして……優斗は気付いた。
 
「今までにやって来た勇者からの知恵ということでしょうか?」
 
「ええ。そういうことよ」
 
 エリスは肯定すると、さらに優斗へ問い掛ける。
 
「ユウトさんは過去に我が国へ来た勇者の風貌を聞いたことはある?」
 
「ありません。今まで、そのようなことを聞くこともありませんでしたから」
 
 当然のように首を横に振る優斗。するとエリスは講釈するように指を一本立てた。
 
「これまで召喚した異世界の人々は、総じて黒髪に黒い瞳を持っていたわ。先代も先々代も同じ」
 
 歴代、リライトに召喚された人物はみな同じ風貌をしていた。
 これは召喚の存在が認識されてから、千年に及ぶ歴史で分かっていること。
 セリアール全体から見ても同様のことが言える。
 
「同じということは、どういう意味か分かるかしら?」
 
「……ふむ。つまり今までの異世界人は僕達と同じ世界どころか、特定の場所からやって来たというお考えで?」
 
 優斗はエリスが考えていることを察して問い返す。
 予想が当たったのか、エリスは素直に頷いた。
 
「そうよ。今まで勇者がどこにいたのか、なんて考える人はいなかったわ。誰もが異世界の人間は総じて“そのようなもの”だと考えている。けれど少し考えれば分かることよね。この世界だけでも様々な容姿を持つ人間がいるのに、どうして異世界人だけは同じように黒髪、黒目なのか不思議に思わないかしら?」
 
 それがエリスにとって疑問の始まりだ。つまり召喚とは、ある特定の世界──特定の場所としか繋がっているのではなかろうか、と。
 
「だとしたら、どうしてエリスさんは疑問を持たれたのですか?」
 
 優斗の質問にエリスは笑って答える。答えは単純だ。
 
「我が家は異世界の血を取り込んでいるからよ」
 
 突然の爆弾発言をされて、優斗は思わずエリスとフィオナの容姿を確認してしまった。
 ──あ~、確かに否定できる要素はないね。
 優斗がフィオナに対して最初に抱いた感想は“大和撫子”のような女の子。
 そう感じた自分は間違いではなかったのか、と今更ながらに再認識する。
 
「先祖に異世界人がいる、ということですね」
 
「ユウトさんは理解が早くて助かるわ」
 
 エリスさらに話を続ける。
 
「私より三代前、我が家はリライトにいる『勇者の刻印』を持つ異世界人と結婚をしたわ。そして公爵まで上がっていった。私が産まれた頃にもご健在だったから幼い頃は時折、異世界についての話を聞いていたわ。この世界とは違うことを聞けるのが楽しくってね」
 
 自分達が生きているセリアールとは全くの別世界で、本当に夢物語のようだった。
 
「では、続きが気になって今日は僕を呼んだのですか?」
 
「あらあら、違うわよ。私が興味を持ったのは貴方自身。フィオナの会話にあれほど出てきたのは後にも先にも貴方だけだから。母親として興味を持つのは当然じゃない?」
 
 軽やかな口調のエリス。確かに幼い頃は異世界の話に多大な興味を持っていた。
 けれど今日は違う。注目すべきは彼がどのような人物なのか、だ。
 
「というわけで、今日はフィオナとの馴れ初めとか聞かせてもらうわよ?」
 
 ガッツリと話す気満々のエリス。だが、そこでフィオナが口を挟んだ。
 
「お、お母様。ユウトさんに、その……迷惑ですから」
 
 彼にとっては初対面である友人の母親が、意気揚々として話そうとしているのはフィオナでも不味いと分かる。
 なので今日はこれぐらいで終わりにしたいと思ったのだが、エリスは肩を竦めるだけ。
 
「ユウトさんは迷惑かしら?」
 
「いえ、問題ありませんよ。エリスさんの性格も少しは把握しましたから」 
 優斗とエリスが笑い合う。このあと、エリスに尋ねられるがままに優斗はフィオナと出会ってからのことを話し始めた。


       ◇      ◇

 
 その頃、王城に残ったメンバーは厨房の一つを使わせてもらって、オムライスパーティーをやりながら駄弁っていた。
 
「今日、あいつらの仲が進展したと思う奴、挙手」
 
 修がオムライスを頬張りながら採決を取る……が、誰も手を挙げなかった。
 
「お~い、誰かが手を挙げないと賭けになんねーぞ」
 
「そんなこと言っても、優斗とフィオナだからな。特に優斗がどうこうしてるなんて、オレは思えないんだけど」
 
「期待するだけ無駄だ。ギャルゲーのような展開になっているわけがない」
 
 卓也と和泉が手を挙げることを拒否する。けれどアリーが頑張って否定してみた。
 
「そ、そんなことはありませんわ。フィオナさんとユウトさんだって、二人っきりでデートをすれば少しぐらい意識するはず──」
 
「じゃあ、アリーは手を挙げんのか? そっちの方が俺的に面白いんだけど」
 
 修がにんまりと笑うと、アリーは途端に自信がなくなったようで、
 
「それは、その……や、やっぱり手は挙げませんわ」
 
「んじゃ、進展するほうに賭けるやつがいなかったから、今回の勝負はなし。次回の卓也特製プリンは、じゃんけんで勝ったやつが多く食べれるってことでいいか?」
 
『賛成!!』

 こうして六人のおやつタイムは、優斗とフィオナを会話の肴にして大賑わいした。
 
 
 



[41560] 頑張る理由
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:dc33d3b3
Date: 2017/03/17 06:07
 
 
 優斗たちが異世界に来て三ヶ月ほど。
 全員が生活にも慣れて、魔法もある程度は自在に操れるようになってきた頃。
 その話は出た。
 
「闘技大会?」
 
「はい。二週間ほど後になりますが、学生による闘技大会というのがあるのですわ」
 
 アリーから面白い情報がもたらされた。
 興味を持った修が尋ねる。
 
「参加資格は何なんだ?」
 
「中級魔法を一つでも使えることですわ」
 
「じゃあ、ここにいる全員にその資格があるってことか」
 
「そういうことになりますわね」
 
 修とアリーがぐるりと八人を見回す。
 
「誰か出られてはいかがですか?」
 
 学生の闘技大会と言えば学院でも大きなイベントのうちの一つだ。
 
「全員で出るのも馬鹿らしいし、一人だけ出ればいっか」
 
 修が提案する。
 
「ならばじゃんけんで決めるとしよう」
 
 和泉の言葉に賛成、異議なしと次々と同意が得られる。
 
「じゃあ、始めんぞ」
 
 修を合図に全員が構えを取る。
 
「「「「最初はグー」」」」
 
「じゃんけん──ッ!!」
 
 
 
 
       ◇      ◇
 
 
 
 
「はい。それではこれで、闘技大会参加ということになります。後日、通達などがありますので確認を怠らないようにお願いいたします」
 
 優斗は頷く。
 傍らにはいつものようにフィオナが付き添っている。
 
「分かりました」
 
「では、これにて登録受付は終了となります」
 
 受付係にそう言われて、二人は踵を返して教室へと向かう。
 
「二週間後に大会が始まるのか」
 
「これからは魔法の練習に力を入れますか?」
 
 今までもやってきてはいたが一層、力を入れたほうがいいだろうか。
 
「ああ、実はですね──」
 
「おや? 君も参加するのかい?」
 
 その時だった。
 ちょうど目の前にラッセルがいた。
 これ見よがしに声をかけてくる。
 優斗は心の中で嘆息する。
 出会いが最悪だったからなのか、修を中心とする異世界組にはどうにも八つ当たり気味のことをしてくる。
 とりわけ大きなことはやってこないから問題はないが、面倒なことに変わりなく出来るだけ関わりたくない人物だ。
 
「はい。僭越ながら参加させていただこうと思っています」
 
「そうなのかい。実は僕も闘技大会に出るんだよ」
 
 鼻で笑って優斗を値踏みするように睨め付ける。
 
「僕ほどの実力者が参加するんだ。田舎者なのに参加して怪我しても知らないよ?」
 
 そうだそうだ、と後ろの取り巻きがはやし立てる。
 
「ラッセル様。こちらとしてもまだ学院に来たばかりの若輩者ですので、対戦することになった場合には胸を借りるつもりで勝負させていただこうと思っています」
 
 あくまで下手に出て優斗が対応する。
 異世界組の中でもとりわけ丁寧に接する優斗には、ラッセルも気分が良いようだ。
 
「良い心がけだ。せいぜい僕と当たるまで負けないようにしたまえ」
 
「ありがとうございます」
 
 慇懃に頭を下げる。
 
「それはそうとフィオナ様。今度ディナーでもご一緒にいかがですか?」
 
 ニヒルな笑顔を浮かべて会話の対象をフィオナに移す。
 
「結構です」
 
「そうですか。ではせいぜい、貴族の嗜みというものを忘れないでいただきたいものだ。そんな平民風情に構っているのならね」
 
「──なっ!?」
 
 唐突なことに思わず反論しそうになるフィオナだが、ラッセルに気付かれないように優斗が制した。
 
「ラッセル様。フィオナ様は田舎から出てきた我々に都会での暮らし方、そして学院での過ごし方を教えてくださっています。それも良き貴族としての在り方と存じておりますので何卒、ご理解をお願いします」
 
「なら仕方がない。平民には優しく在るのも貴族というものだしね。だからといって勘違いしてはいけないよ。君達は施しを受けているのだということを」
 
「重々、承知しております」
 
「せいぜい、迷惑をかけないように」
 
 高笑いをしながら手下を引き連れて去っていくラッセル。
 廊下の曲がり角を曲がって、姿が消えた。
 とたんにフィオナが怒り出す。
 
「ユウトさん! どうしてあんなことを言われて言い返さないんですか!?」
 
「無駄な争いは面倒なだけですしね。修が蒔いた種ですけど、標的は全員みたいですから。実害がない限りはスルーしておこうかな、と」
 
「……でも私は……ユウトさんが悪く言われるのは嫌です」
 
「フィオナさんが代わりに怒ってくれているだけで嬉しいですよ」
 
 それにしても、と優斗は続ける。
 
「ラッセルって強いんですか?」
 
 なんか自信ありげだった。
 授業で見ている限り弱くはないと思うけれど実際のところはどうなのだろうか。
 
「少なくとも学院で十本の指に入るほどの強さは持っているかと思われます」
 
「すごく強いんですね」
 
「しかし、あんなやり方で強くなっても……」
 
 納得がいかないようにフィオナは眉をひそめる。
 
「どういうことです?」
 
「魔法具です」
 
「……ああ、なるほど」
 
 今まで習ってきた中にあった。
 魔法具──アクセサリー、武器の類に特性付与が付いている物だ。
 
「彼は貴重な魔法具を幾つも使っています。それは彼自身に実力などがなくても、上級魔法が使える……といったようなものです。だから強くとも、実力はないんです」
 
 元々、魔法具にインストールされているものを使っているだけなのだから、彼自身の強さというわけではない。
 
「本人が納得してるなら良いと思いますけどね」
 
 さらにフィオナが評した通りの人物ならば。
 
 ──なんとかなるか。
 
 戦う相手としては楽そうだ。
 
「あ、そうだ。さっきの話の続きなんですけど」
 
「魔法の練習の話ですか?」
 
「ええ。2週間の時間がありますが、最後の1週間は自主練習をしようと思っています」
 
「どうしてですか?」
 
 不思議そうにフィオナが問いかける。
 
「ちょっと試したいことがあるんです。けれどフィオナさんに見せるのは恥ずかしいので」
 
 頬を掻きながら、優斗は照れくさそう答えた。
 
「基本はフィオナさんのおかげでほとんど完璧に出来てますから、少し応用にも走ってみようかと」
 
 
 
 
       ◇      ◇
 
 
 
 
 魔法というのは、やはり本人によって得手不得手が出てくる。
 修は『勇者の刻印』なんてものを持っているから特にないけれども、修は例外だ。
 優斗は問題なく魔法を習得しており、その中でも風とは相性が良いとフィオナが言っている。
 卓也はどの属性が、というよりは攻撃魔法が苦手で防御魔法が得意。
 いずれは聖属性の防御魔法も使えるのでは、とはココ談。
 和泉は魔法に関しては興味がなく、どちらかといえば魔法科学のほうに多大な興味を持っていた。なので得手不得手で考えれば魔法が苦手、ということになるのかもしれない。
 そんな最中、
 
「何をやっているんだ?」
 
 闘技大会1週間前、自室で色々と試行錯誤している優斗の姿があった。
 様子を見に来ている和泉が興味半分で話しかける。
 
「上級魔法と昔のマンガにあった魔法をたくさん試してたんだけど」
 
「どんな魔法だ?」
 
「相反するエネルギーを合わせるやつ」
 
「聖と魔、もしくは氷や炎を合わせて、エネルギーを発生させるやつだったか?」
 
「そうそう。だけど、いくらやっても無理」
 
 後者で挑戦すれば魔法陣から出てくる炎と氷をぶつけたところで、さっきから結果は同じだった。
 氷が溶けて終了。
 
「お前だったら、それを試すよりもっとお気に入りの魔法があるだろう?」
 
 詠唱すら覚えてるやつが。
 
「もうやったよ」
 
「結果は?」
 
 興味津々に和泉が訊いてくる。
 が、優斗はにっこりと笑って、
 
「ないしょ」
 
 そう告げた。
 
 
 
 
       ◇      ◇
 
 
 
 
 優斗は夜中の公園で一人、剣を振るう。
 ショートソードを横に薙ぎ、切り上げ、切り下げる。
 それを10分以上、淀みなく繰り返してからショートソードを鞘に収める。
 
「……ふぅ」

 
 
 ――あとは魔法……だね。
 
 使いたいと思っている魔法を扱うために訓練をする。
 と、その時だった。
 近付いてくる足音がある。
 
「よう」
 
「修か」
 
 行動パターンを読んでいるからだろう。
「夜中に何をしているのか?」なんて訊いてこない。
 
「結構、振れてきてんな」
 
「そう?」
 
「もしかして闘技大会に出るって決まったときから、あんま寝てねーのか?」
 
「ちょっとした仮眠は取ってるよ」
 
「それで授業中に寝ないんだからすげーわ」
 
「まあ、慣れだね」
 
「だからって寝ないとか馬鹿じゃね?」
 
 視線が合い、互いにくつくつと笑う。
 
「とりあえず飲み物、持ってきてやった」
 
「サンキュ」
 
「そんじゃ、頑張れや」
 
「うん」
 
 修が軽く手を振って去って行く。
 明らかにオーバーワークと思える行動なのだが優斗は言っても止めないし、そもそも修としては言う気もない。
 今までだって表立ってやっていないだけで、きっと魔法を知り始めたころからこそこそと“何か”はやってきただろう。
 それが大会に出ると決まってから、酷くなっただけだ。
 だから修は飲み物だけ渡して帰る。
 優斗は渡された飲み物を一口、二口と飲むと特訓を再開。
 
「よしっ」
 
 ここからが本番。
 優斗はさらに集中する。
 
「やるか」
 
 本当の“特訓”の始まりだ。
 
 



[41560] 闘技大会――始まり
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:dc33d3b3
Date: 2017/03/17 06:10
 
 
 
「こりゃ凄い」
 
 思わず修が唸る。
 闘技大会当日、町はお祭りムード一色になっていた。
 出店が並び老若男女が揃って闘技場を目指している。
 
「リライトでも大きなお祭りのうちの一つですわ」
 
 年に数度あるイベントのうちの一つだということをアリーが異世界組に教えてくれた。
 
「スカウト陣営も張っていますから、お祭りの他にも違った一面があるのが闘技大会の特徴ですわね」
 
 兵隊になるには基本的に志願制だが、ギルドに所属してパーティを組んでいるものは闘技大会を観戦して、早めに金の卵を発掘しようとしていることもある。
 学院に通っているものにとっては、自分を見せる場の一つとしてもなっていた。
 
「だとしても、参加人数が少なくね?」
 
「しょうがないですわ。中級魔法をしっかりと使える人はあまりいませんから」
 
 計32名が闘技大会にエントリーすることになっている。
 優斗がラッセルと当たるには準決勝まで行かなければならない。
 
「やっと着きましたわね」
 
 闘技場は円形のコロシアムみたいな形だ。
 優斗たちは観客席中段に陣取る。
 
「それで? あの馬鹿に勝てんの?」
 
 出番が来るまでノンビリしていた優斗に修が声を掛ける。
 内容に優斗は苦笑した。
 
「どうにか頑張るしかないよ」
 
「俺としては、あの馬鹿をぶっ倒してくれればそれでいいや」
 
 面倒なのかうざいだけなのか、未だに修とラッセルは相性が悪い。
 
「あいつを倒すなら僕はこの学園で十番目以内に強い奴じゃないといけないんだけど」
 
「何か問題でもあるのか?」
 
 あっけらかんと修が言った。
 思わず吹き出す。
 
「ないよ」
 
 修は優斗が優勝すると信じている顔だ。
 自分が出ていないのだから、当然だろうと。
 暗にそう言っている。
 
『続いての試合は――』
 
 アナウンスが流れた。
 優斗の出番がそろそろとなる。
 
「あと少しで試合ですから行ってきますね」
 
 席を立ち、控え室へと向かって歩いていく。
 
「……ユウトさん」
 
 その時だった。
 すっ、とフィオナが寄ってきて、服の裾を小さく握った。
 
「無理、しないでくださいね」
 
「……はい」
 
「怪我したら……駄目ですよ」
 
「わかってます」
 
「頑張ってください」
 
「ありがとうございます」
 
 お互いに笑顔を浮かべ、ヒラヒラと手を振って優斗は改めて控え室に向かう。
 
「なんつーか、こう……むずがゆいのは俺だけ?」
 
 修が思わず口にするが、やり取りを見ていた誰も彼もがムズムズしていた。
 
「オレも」
 
「自分もです」
 
 卓也やクリスなど、次々と頷いていく。
 
「かといって、好きなんじゃ? って茶々入れるような場面じゃねーんだよな」
 
「友情とか恋愛を飛ばして夫の出立がとっても心配、みたいな感じです」
 
「そうそう」
 
 修とココの感想に卓也が同意する。
 
『勝負あり!』
 
 またアナウンスが流れた。
 優斗とフィオナのやり取りに気を取られているうちに試合の一つが終わっている。
 三試合後が優斗の出番だ。
 
「ユウトさん、緊張とかしないんです? これだけ観客に囲まれると、わたしなら緊張しちゃいます」
 
 少し疑問に思ったココが修たちに尋ねる。
 
「あいつは緊張しないって」
 
 卓也が答えた。
 
「そうなんです?」
 
「だって優斗、やたら緊張する場面に慣れてるし」
 
 
 
 
     ◇    ◇
 
 
 
 
「ミヤガワさん。出番となりますのでよろしくお願いします」
 
「わかりました」
 
 運営委員に促されて優斗は闘技場内へと入っていく。
 
『──さあ、初出場同士の対戦だ。彼に対するのは2年C組、ユウト・ミヤガワ!!』
 
 優斗がリングに踏み出すと、すでに対戦相手がいた。
 データによれば一つ上の学年。
 さして有名な名前というわけでもなく、この点では優斗と一緒だった。
 観客席を見回す。
 修たちが、幾人かのクラスメートが、見知らぬおじさん達が、頑張れと声をかけてくれていた。
 
『さあ、早速始めてもらおうか。審判、お願いしまーすっ!!』
 
 対戦相手と優斗が闘技場中央に向かう。
 そこには一人のごついおじさんがいた。
 リライト王国でそこそこの実力者である騎士らしい。
 
「制限時間は十分。決着がついたと思ったらその時点でオレが止める。それ以上の攻撃を行った場合は反則だ。最低限、命さえあれば治してやれるから、存分に戦え」
 
 審判の説明がかなり物騒だった。
 自分も対戦相手も頷く。
 
「開始線まで離れて」
 
 優斗と対戦相手が十メートルほどの距離で向かい合った。
 一呼吸置いたあと、審判が宣言する。
 
「始めっ!!」
 
 
 
 
     ◇    ◇
 
 
 
 
「始まりましたね」
 
 アリーが緊張した面持ちで闘技場を見据える。
 
「ユウトさんはどう動くのでしょうか?」
 
 最近、ようやく修以外に“様”付けの抜けたアリーが戦況を先読みしようとする。
 
「とりあえず初戦だからな。まずは体をほぐすためにもゆっくりと始めるんじゃねえかな」
 
 修が自分の予想を告げる。
 
「あっ、ショートソードを抜いて……右回りに動き始めましたわ。魔法は使わないのでしょうか?」
 
「どうだろうな? さすがに内容までは考えつかねーぞ、特にあいつの場合は」
 
「そうなのですか?」
 
「優斗だからな」
 
 説明をしているとリング上に変化が起こった。
 
「おっ、炎の玉がでてきた」
 
 対戦相手が詠唱を唱えて魔法を使った。
 火の初級魔法ではあるが、オーソドックスな魔法ゆえに誰もが最初に牽制で使う。
 
「優斗も構えたな。足も止めたし何かしらやんだろうな」
 
 やる、というよりはやらかすだろう。
 そしてその内容なのだが、
 
「ちょっと待った。あいつもしかして」
 
 卓也が優斗のやりそうなことを考え付く。
 
「何をするか分かったのですか?」
 
 アリーが興味深そうに訊いた。
 卓也は頷き、
 
「あいつ、魔法を斬ると思う」
 
 予想を告げた瞬間、相手から優斗に炎の玉が撃ちだされる。
 優斗は腰を入れて構えると、そのまま横一線にショートソードを振りぬいた。
 同時、炎の玉が真っ二つに割れ、急激に小さくなりながら消える。
 
「……斬りましたね」
 
 クリスが呆然とし、
 
「斬ったな」
 
 和泉が笑いそうになり、
 
「すごーい」
 
 ココが感嘆し、
 
「…………」
 
「…………」
 
 アリーとフィオナが絶句し、
 
「やっぱりな」
 
 卓也が納得し、
 
「当然だろ」
 
 修が当たり前という表情をした。
 
「と、当然じゃないですわ! 魔法を斬るなんて一流の剣士でもないと出来ません!!」
 
「アリー、よく見てみろって。剣技だけじゃなくて、ちゃんと魔法を使ってんぞ」
 
 修が優斗を指差したので、アリーは目を凝らしてみる。
 確かにショートソードの周りに何かが渦巻いているのが見えた。
 けれどもすぐに消える。
 
「魔法具?」
 
「違う。純粋な魔法だ」
 
 ショートソードはそこらへんにあるただの武器。
 
「風の魔法を纏わせて、切り裂く。単純といえば単純だろ。魔法的にも簡単だしな」
 
「で、でも魔法を斬るなんて度胸とタイミングが──」
 
「あるんだろ」
 
 優斗ならば当然だと修が答える。
 
「それにたぶん、これからの勝負に牽制の意味も込めてんだろうよ」
 
「……どういうことですか?」
 
 アリーが首を傾げた。
 
「普通に見たら、だ。アリー達みたいに魔法を斬れる一流の剣士だと勘違いする。何かに気付いたとしても属性付与のついたショートソードを使っているように思える。これからあいつと対戦する相手からしてみれば、初級の魔法程度は使えない。そう思わされる」
 
 つまり、と修は続ける。
 
「使える手の内が一気に減らされる。実際、優斗がどのレベルの魔法までぶった斬れるのか知らねーけどな。今後の戦いを楽にするためにもやったんだろ」
 
 驚きの表情を浮かべるアリーとフィオナを尻目に、優斗が動いた。
 
「ゆっくりやると思ってたけど違ったな。決めに行くぞ」
 
 飛び込むように対戦相手に駆け出す。
 対戦相手は慌てて詠唱し始める。
 炎の中級魔法の一つだ。
 しかし、遅い。
 優斗が袈裟切りで対戦相手に襲い掛かる。
 すんでで相手が詠唱をやめ、かわす。
 
「かわされた!?」
 
「いや、これで終わりだ」
 
 アリーの言ったことを修が否定する。
 事実、優斗は勢いそのままに間を詰めた。
 そして攻撃をかわして体勢を崩した相手に左手を軽く押し当てる。
 瞬間、相手が吹き飛んだ。
 壁に叩きつけられ……崩れ落ちる。
 
「勝負あり!!」
 
 審判が宣言した。
 歓声が沸く。
 
『決着──ッ! 初参加同士の勝者は魔法を斬るという大技を見せた、ユウト・ミヤガワ!!』
 
 
 
 
     ◇    ◇
 
 
 
 
「とりあえず、1回戦突破おめでとう」
 
「卓也、サンキュ」
 
 応援席に戻った優斗をそれぞれが労う。
 フィオナは優斗の隣に座った。
 
「お疲れ様です」
 
「ありがとうございます」
 
「怪我しなくてよかったです」
 
 ほっとした表情をフィオナが浮かべた。
 
「無茶はしなかったでしょう?」
 
「このあとも、です」
 
「相手がだんだんと強くなっていくので難しいと思いますけど……できる限り気をつけます」
 
「はい」
 
 怪我しないのも、無理しないのも不可能だろうけど。
 せめて心配だけは掛けないようにしたい、と。
 そう思う。
 
 
 
 
 
 
 その後の試合は修の予想通りと言うべきか、相手が優斗の実力を懸念して特に問題なく勝ち進んだ。
 そして準決勝。
 トーナメントの戦いぶりから大方の予想通り、優斗とラッセルの勝負となった。
 
「へぇ、ここまで勝ち上がるなんてやるじゃないか」
 
「ありがとうございます」
 
「せいぜい、1分は持たせてくれよ? すぐに決まってしまっては客もしらけるからね」
 
 あくまでも自分が絶対優勢だとラッセルは思っている。
 だからだろうか。
 
「おおっ、そうだ。君が頑張るためにも賭けをしよう」
 
「賭けですか?」
 
「君が負けたらフィオナ様をこっちに譲ってもらう。どうだい?」
 
 ニヤニヤと笑うラッセル。
 優斗の眉間に僅かばかりの皺が寄った。
 
「……なぜでしょうか?」
 
「君たちのところには少々、貴族が集まりすぎているからね。一人ぐらい、いなくなっても問題はないはずだ」
 
「決めるのはフィオナさんですよ」
 
 努めて落ち着いて話す。
 心中では……少々イラっとしていた。
 
「あの美貌。この僕にふさわしいと思うからね。今のうちに未来の夫のそばにいさせてもいいだろう?」
 
 こっちの言葉を聴く気がない。
 話が繋がっていない。
 さらには勝手にフィオナを将来の嫁とか言っている。
 
 ──というか、だ。
 
 フィオナを譲れだとか。
 
 ──物のように扱って。
 
 ケンカを売っているのだろうか。
 まだ僅かな期間ではあるけれども、彼女は優斗にとって“大切”なものに入っていた。
 少しずつ変わっていく彼女の姿を見るのは本当に楽しくて、だからこそ大切。
 何よりも“友達”だから大切。
 
 ――それを譲れ、だって?
 
 ケンカを売ってくるのなら買う性質だ。
 
「君が勝ちあがってくれてよかったよ。おかげでこんな提案を思いついたのだから」
 
「……」
 
 プチ、と来た。
 
 
 
 
     ◇    ◇
 
 
 
 
 クリスがリング上での二人のやり取りに気付いた。
 
「何か話してるんでしょうか?」
 
「みたいだけど……優斗、なんかキレてるっぽい」
 
 遠目なので詳しくは分からないが、おそらくそうだろうと卓也は考える。
 
「ユウトさんがですか?」
 
 クリスが驚きを表した。
 あの冷静沈着な人物が怒ってると言われても信じかねる。
 
「あいつの大事な何かをぶしつけに扱ったんじゃね?」
 
「でなければあいつがキレるってないだろう」
 
 修と和泉が長年の付き合いから判断する。
 
「だとしたら5秒か?」
 
 卓也が突然、変なことを言った。
 
「8秒だろ」
 
 修が別の秒数を口にして、
 
「10秒で」
 
 和泉も予想するかのように発言した。
 
「何の話です?」
 
 ココが気になって尋ねる。
 修たちは笑って、
 
「決まってんだろ。ラッセルが倒される時間だ」
 
 
 
 
     ◇    ◇
 
 
 
 
 開始線までお互いが離れた。
 優斗の中で怒りが渦巻いてはいるが、それは闘争心に変えるだけ。
 あくまでも頭は冷静に落ち着かせる。
 
「始めっ!」
 
 宣言された瞬間だった。
 優斗は炎の玉を瞬時に現すと、ラッセルの手前に叩きつける。
 爆炎と砂煙でラッセルの視界が一瞬にして閉ざされた。
 優斗自身も煙の中に飛び込んでいき、観客からはどちらの姿も見えなくなる。
 
「いけ」
 
 さらに人の大きさ程度の石の塊を魔法で作り上げ、正面に飛ばす。
 優斗はそこまですると、風の魔法を使って大きく跳躍した。
 
「えっ!? なんだ!?」
 
 瞬間芸に驚きを隠せないラッセルを尻目に、空中でさらに二度、魔法を使って空気を蹴り上げ自身の身体を加速させる。
 
 ──さあ、どうなる。
 
 ここでラッセルは先ほどの石の塊をほんの僅かでも自分と勘違いしてくれているなら。
 
「そ、そこか!!」
 
 煙で薄っすら影しか見えないラッセルの姿だが、手を石にかざしているのは見える。
 
 ──掛かった。
 
 さらに風の魔法を使って自分の身体を上空から下へ押し下げてラッセルの真後ろに降り立つ。
 そして反応する間も与えずに優斗はショートソードを首筋に押し付けた。
 
 
 ……煙が晴れる。
 僅か数秒の出来事。
 その結果が。
 優斗がラッセルの首筋に剣を当てている、ということだった。
 審判がすぐさま判断する。
 
「しょ、勝者、ユウト・ミヤガワ!」
 
 歓声がスタジアムに上がる。
 準決勝での圧勝劇。
 誰も彼もが興奮していた。
 
『な、なんと毎年白熱する準決勝がわずか8秒。8秒で決着がついてしまいました!!』
 
 アナウンサーが勢いそのままに喋り倒す。
 優斗はラッセルに一瞥もせず戻っていく。
 ラッセルが何か審判に言っているようだが、それもどうでもいい。
 
 ──とりあえず戻ろう。
 
 何となく、フィオナの顔が見たくなった。
 
 
 



[41560] 闘技大会――決勝
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:dc33d3b3
Date: 2017/03/17 06:12
 
 
 
 
「決勝の相手、誰だっけ?」
 
 フランクフルトを頬張りながら、修が今更のように訊く。
 
「レイナ様ですわ」
 
 アリーが呆れたように答えた。
 
「誰?」
 
「……シュウ様。学院の生徒会長をやっている方です」
 
 今度はため息を吐く。
 
「女性なのに学院で一番強いんです。わたしの憧れです」
 
 ココがうっとりした。
 
「……そんなのと対戦する僕は大丈夫なんだろか?」
 
 話を聞く限り、とんでもない相手のようだが。
 
「だ、大丈夫です。たぶん骨の一本か二本ぐらいで……」
 
 安心させようとしてくれるココだが、一切安心できない。
 
「まあ、出来る限りは頑張りますよ」
 
 とりわけ楽天的な口調をする優斗。
 
 
『もうまもなく決勝の始まりとなります』
 
 
「それじゃ──」
 
 優斗が立ち上がると、修を始めとした全員が一斉に握りこぶしに親指を立てて優斗に向けた。
 卓也あたりが教えたのだろうか、全員が綺麗にやってくれていた。
 意味を分からずともやってくれる四人に対して本当に嬉しく思う。
 優斗も同じポーズを取った。
 
「行ってきます」
 
 
 
 
     ◇    ◇
 
 
 
 
「君がミヤガワくんか」
 
 目の前に赤味がかった綺麗な髪の毛をショートカットにしているモデル体型の美女が立っている。
 決勝の相手だ。
 
「準決勝は爽快だったよ。あのラッセルをわずか8秒で倒したのだから」
 
「ありがとうございます」
 
「いや、なに。あいつの性格もほとほと困っていたからな。いい薬になっただろう」
 
 笑って、一息入れたあと……レイナは目をギラつかせた。
 
「君はまだ、初級魔法程度しか使っていない。まだ底が知れぬということだ」
 
 上のレベルの魔法はどんなものが使えるのか誰も判断できない。
 もしかしたら上級まで使えるのではないか。
 
「楽しみだよ。実にね」
 
 ……好戦的。
 と考えてよさそうだった。
 
「あまり期待しないでくださいね」
 
 ただ、それだけを伝えて。
 優斗とレイナは距離を取った。
 
 
『さあ、紛うことなく学院ナンバー1の実力の持ち主である『学院最強』の生徒会長と、準決勝を圧勝した最強の新人が今、激突する』
 
 
「じゃあ、いくぞ──」
 
 
 審判が宣言しようとした瞬間。
 “それ”は唐突に現れた。
 どこからともなくカラン、と音を立ててリング上に現れた正六角形の板。
 
「なっ、あれは!?」
 
 音に反応した闘技場内の三人だが、いち早くその場にあるものに気付いたのはレイナだった。
 次いで審判が気付き、二人して飛び込み板を砕きにいく。
 
「くそ!」
 
 だが……遅かった。
 板を中心に六芒星が地面に描かれる。
 そして始まるは……召喚。
 六芒星から徐々に人間ではない、明らかに異種族の身体がせり上がってくる。
 
「……竜」
 
 思わず優斗が呟いた。
 しかも姿は見目綺麗なものではなく、黒い体に歪な棘がついている。
 大きさも十メートル、といったところか。
 
『────ッ!!』
 
 竜が咆哮を上げた。
 
「逃げろ!!」
 
 審判が優斗とレイナに怒鳴る。
 
「非常事態だ。10秒後には強力な結界魔法を使う規則になってる。取り残されたらお前達でも出れなくなるぞ!!」
 
 審判もレイナも優斗も反応は早かった。
 言われたと同時、三つある闘技場内への出入り口に向かってそれぞれ駆け出す。
 が、みすみす逃す魔物でもなかった。
 審判と優斗とレイナを見回し、一番近かったレイナを標的にする。
 様子を逐一見ていた優斗には、竜が彼女に狙いを定めたのが見て取れた。
 傲慢なまでの鉤爪がレイナ目掛けて掲げられる。
 
 ──やばいっ!
 
 優斗は立ち止まる。
 反射的に炎の玉を竜に目掛けて当てる。
 威力はないが注意を引くには十分だ。
 そのまま二発、三発、四発とぶつければ完全に竜の視界には……優斗がいた。
 優斗が他の出入り口を確認すれば審判もレイナもすでにたどり着いている。
 自分が最速で出口に向かえば残り2秒ちょっとだとしても、確実に──。
 
「……マジで」
 
 無理だった。
 白く輝く壁のようなものが出入り口の手前に出現していた。
 すでに結界は張られ、完全に閉じ込められる。
 
「10秒経ってないのに」
 
 と言ったところで、張られてしまったものは仕方がない。
 改めて竜と対峙する。
 
「……はぁ。どうにかするしかないか」
 
 
 
 
     ◇    ◇
 
 
 
 
 竜が現れた瞬間、修とクリスが戦闘態勢を取った。
 しかし竜の視界に映ってるのは闘技場内にいる三人だけ。
 その中でレイナが標的にされているのが分かったため、修とクリスは観客席に張られている簡易結界魔法を突破してでも魔法を放とうとしたが……杞憂に終わる。
 優斗が竜の気を逸らしたからだ。
 そして安堵したのも束の間、今度は強固な結界魔法が張られて優斗が出られなくなった。
 困ったように立っている彼の姿がいやに印象的だ。
 
「……カルマがどうしてここに」
 
 アリーの呟きに修がすかさず反応する。
 
「あのカルマってのは強いのか?」
 
 周りの観客が兵士と騎士に先導されて逃げる最中、修たちは逃げることなくその場にいた。
 
「シュウ様なら普通に倒せるとは思いますわ。しかしながらカルマはAランクの魔物。上級魔法を使えるのが最低三人はいないと倒す、ということすら難しいです」
 
 アリーの説明を聞いた瞬間、フィオナもココもクリスも青ざめる。
 特にフィオナの表情が一番酷かった。
 
「この結界も上級魔法すら防ぐ結界。細かい制御は出来ずにリングの中を全て包み込むから出入り口も防御されてるんです」
 
 観客だって全員が逃げ切るには少なくとも一分以上かかる。
 その間、カルマを結界魔法から出してはいけない、というのは子供だって分かる図式だ。
 つまり優斗は観客がいなくなるまで一人でカルマと対峙しなければならない。
 まだこの世界に来て二ヶ月しか経っていない優斗に。
 
「なんだよ。だったら話は簡単じゃねーか。優斗があれをぶっ倒せばそれで終了だ」
 
 けれど安心したように修が戦闘態勢を解く。
 彼の行動がアリーには信じられなかった。
 
「だってカルマは上級魔法を使える人が最低三人はいないと──ッ!」
 
「でも俺なら普通に倒せるって言っただろ?」
 
 特に慌てた様子もなく修が尋ねる。
 しかし、どうしたって彼と優斗は比べられない。
 
「だから何だと言うんです!? シュウ様は『勇者の刻印』を持っているから倒せるんですわ!」
 
 アリーが怒鳴った。
 そして青ざめた表情のまま、フィオナがリングを見続ける。
 
「……私、まだユウトさんには四大元素の中級までしか教えてないんです。それなのにAランクの魔物なんて倒せるはずないです」
 
 無理だ。
 
「ですから観客が逃げたあと、シュウさんが結界を破ってでもユウトさんを助けに行っていただくしか……」
 
 なのにどうして修が悠長に構えているのだろうか。
 修でしか普通に倒せないと言ったはずだ。
 フィオナは非難交じりな視線を修に向ける。
 アリーもココもクリスも同意していた。
 
「はぁ……。まあ、知らねーからしょうがないけどな」
 
 修はこれみよがしにため息をつく。
 
「考えが甘いんだよ」
 
「何がですか!?」
 
 アリーが噛み付く。
 
「お前らは今日、あいつの何を見てたんだ?」
 
 中級魔法一つ使わずに勝ち進んできたじゃないか。
 
「しかも優斗は俺の親友やってんだぜ」
 
 まともなわけがない。
 
「俺は基本すらぶっ飛ばすけど、あいつは基本を完璧に習ったらはっちゃけるぞ」
 
「……つまり?」
 
 クリスを先を促すように相槌を打つ。
 
「俺より性質悪いときがある」
 
 ニヤリと修が笑った。
 それに何よりも大きな間違いが一つ。
 
「大体、俺が倒せる奴を優斗が倒せねーわけないだろ」
 
 修が断言する。
 だけどアリー、フィオナ、ココ、クリスは理解ができなかった。
 
「どういう意味ですか……?」
 
 代表でアリーが尋ねる。
 
「言った通りだ」
 
 意味はそのまま。
 何一つ変更はない。
 
「お前ら、優斗をなめすぎだ。あいつは俺と同等だぞ」
 
「……実力的に、でしょうか?」
 
「そうだ」
 
「まさか!?」
 
 アリー達が驚く。
『勇者の刻印』を持つリライトの勇者と同等だなんて。
 ほとんど存在しない。
 
「その『まさか』を実現させるのが優斗って奴なんだよ」
 
 修が苦笑する。
 
「こんな『勇者の刻印』なんてものもらってる俺でもな、あいつとガチで勝負したら普通でもイーブン。良くても勝率は六割ぐらいだぞ」
 
 実際に向き合って闘ってはいないけれども分かる。
 親友でもあるが、それ以上に修が唯一認めた“ライバル”だからこそ。
 
「あとな、優斗はいつも冷静沈着な感じで穏やかだけど──」
 
 熱量なんて持ってなさそうな性格をしているけれど。
 
「──あいつほど凄え奴を俺は他に知らない」
 
 つまり、だ。
 
「俺がチートの権化なら、あいつは化け物だ」
 
 
 
 
     ◇    ◇
 
 
 
 
 カルマと対峙してから、30秒ほど経った。
 警戒されているのか何なのか、まだ攻撃してくる気配はない。
 着々と時間が過ぎていけば観客だって逃げていける。
 少なくともその時間は稼ごうと思っていた。
 だが、視界の端に修の姿が映る。
 カルマを指差した後、親指だけ突き出して首を切る仕草をした。
 
 ──倒せってか!?
 
 カルマを改めて凝視する。
 気配、圧力、感じるもの全てを鑑みて。
 
 ──まあ。
 
 確かに“倒せないわけがなかった”。
 
「仕方ない」
 
 観客が全員逃げるのも、あと十数秒で終わる。
 出入り口に視線を送るとレイナが結界を叩いている姿が目に映った。
 少し笑える。
 
「それじゃあ」
 
 あらためてカルマと対峙した。
 
「倒すか」
 
 意識を切り替える。
 ショートソードを抜いて戦闘態勢を取る。
 さらに20秒ほど経過した。
 気付けば観客はほぼ全員が逃げ出しているが、優斗の視界にはすでに映っていない。
 ただ、時間の計算からいなくなっていると理解しているだけだ。
 
『──ッ!』
 
 動いたのはカルマだった。
 一度羽ばたき、突進してくる。
 優斗は風の魔法を使って一気に跳躍する。
 飛んでいる途中で、カルマの口の中に炎の球が生まれているのが見える。
 違わずして発射された上級魔法と同威力の球を、優斗は空中にいながらショートソードを振りぬいて斬る。
 着地すると即座に左手をかざした。
 
「求めるは地の縛り、重き懲罰」
 
 闘技場で優斗が初めて詠唱する。
 唱えた瞬間にカルマの動きが止まる。
 カルマを中心とした地面に円状の窪みが現れ、姿が歪んで見えた。
 
 ──まだまだ。
 
 右手を振りぬき、ショートソードに風を纏わせて全力で投げつける。
 弾丸のように飛び出していった剣はカルマの腹部に突き刺さった。
 
 ──そして。
 
 これで、最後だ。
 



[41560] 闘技大会――化け物の実力
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:dc33d3b3
Date: 2015/09/19 00:24

 観客席にいるフィオナは、リング上の光景に驚きを隠せない。
 
「地の派生である重力系の上級魔法……」
 
 魔法の中でも重力系は特に難しいとされる魔法だ。
 
「難しい魔法なのに、いとも簡単に」
 
 これが特訓していた成果、なのだろうか。気付けばフィオナの表情も少しだけ良くなっているが、修の言葉を信じ切れていないのか不安な様子は消えていない。
 けれど修は気楽にフィオナへ告げた。
 
「目を離すんじゃねーぞ、フィオナ。ここからが優斗の真骨頂なんだからよ」
 
「ここから……?」
 
 修が言ったことにフィオナは戸惑いを浮かべる。

 ──すでに上級魔法を使ってます。

 なのに修は、さらに何かがあると言っている。

 ──そんなこと……。

 いくら異世界から来たとしても、どんなに凄いと言われても、魔法を習い始めて三ヶ月も経ってない優斗が、これ以上のことを出来るはずがないと。
 
『降り落ちろ裁きの鉄槌』
 
 今の今まで、思っていた。優斗を中心に魔法陣が広がっているのが見て取れる。
 ということは彼が告げたのは間違いなく詠唱であり、魔法を放つための言葉なはずだ。
 
「ですが、これは……?」
 
 フィオナは聞いたことがない。
 そもそも、最初の言葉からして自分が知っている魔法の詠唱とは異なっている。
 
「ユウトさん……?」
 
 フィオナが見詰める先には、足を肩幅に開きカルマへ右手を翳している優斗の姿がある。
 彼の口から、ゆったりとした調子で新しい言葉が紡がれる。

『眼前の敵に断罪を』

 それはフィオナが……いや、この世界の誰もが聞いたことのない、独自詠唱による神話魔法――“言霊”の始まりだった。



 
 優斗はカルマを見据えたまま、自分が望むままに使う魔法の詠唱を声にする。

『降ろすべきは神なる裁き』

 今、口にしているのは生まれて初めてやったゲームの詠唱で、大好きなゲームの魔法詠唱だ。格好良くて、繰り返しこの魔法を使ったものだ。

『願うことは破壊なる一撃』

 自分が好きな魔法がある。であるならば、使えるようにすればいい。
 例え定められた詠唱がこの世界にあるのだとしても、使えないと決められているわけではないのだから。

『望むべきは贖いの白夜』

 優斗の足下以外にカルマを中心とした魔法陣が生まれては広がる。
 さらに天空へと魔法陣が幾重にも連なって浮かび上がった。

 ──これで終わりだ。

 さあ、轟け剛雷。

『女神の雷』

 張られた結界魔法すらも容易に壊す魔法が、甲高いノイズを響かせてリングに届いた。
 闘技場一面を白く染め上げる雷がカルマへと降り注ぐ。

『――――ッ!!』

  甲高いノイズのような音とは別に、何かの悲鳴が聞こえる。
 同時、魔法のあまりの威力に余波が観客席まで震わせるほどに伝わった。
 そして雷が降り注いだ数秒後、闘技場を包み込むほどの白光が消えた。
 一人と一体の魔物が相対していた闘技場内に立っているのは優斗のみ。
 皆が恐れていたはずのAランクの魔物は、
 
「うん、勝ったね」
 
 消し炭すらも残っていなかった。そして観客席で事の詳細を見ていたフィオナは、カルマが消え去ったことでようやく修の言っていたことを信じることができる。
 
「これが……」
 
 フィオナは思わず呟く。修が言っている優斗の実力。
 リライトの勇者が自身の同等だと言ってのける自信の根源。
 
「……独自詠唱の神話魔法」
 
  フィオナも彼との授業で、独自詠唱の神話魔法について触れたことは覚えている。
 けれど触りだけであり、詳しい話をした覚えはない。
  なのに優斗はやってのけた。平然と過去の“伝説”に肩を並べた。
 
「だからシュウさんは大丈夫だと……」
 
 確かにフィオナも優斗の強さは理解できた。余裕だと思えるほどに圧倒的だった。
 
「……だけど」
 
 どれほど強いのだとしても。修と同じくらいに強いのだとしても。
 
「……それでも」
 
 この気持ちは拭えない。フィオナは震える手を固く握りしめる。
 
「えっと、みんな大丈夫だった?」
 
 すると優斗がいつの間にか観客席までやってきていた。
 
「やりすぎたかな? これでも威力は抑えたんだけど……」
 
 少し困ったように、そして何ともなかったかのように皆のところへ辿り着いた優斗にフィオナは、
 
「……ユウトさん」
 
 彼のすぐ近くまで寄ると、ぎゅうっと胸元を強く握りしめる。
 
「へっ!?」
 
 素っ頓狂な声を上げて、優斗が固まった。
 後ろでは六人がいきなり始まった面白そうな展開にニヤニヤしている。
 
「無理しないって……言いました」
 
「え、いや、あの……」
 
「……心臓が止まるかと思いました。ユウトさんがカルマの気を引いて、逃げ遅れてしまった時は」
 
 フィオナの行動に自分の心臓が止まりそうです、と優斗は間違っても口にしない。
 けれど口にしないだけで、内心は大混乱に陥っていた。
 
「そ、それはね、でも、そうしないと──」
 
 優斗がどうにか弁明しようとする。もちろんフィオナも彼が行動しなければ、レイナがやられていたことは理解している。
 けれど感情は納得できない。
 
「ユウトさんが強いのは分かりました。だけど心配で怖かったんです」
 
 目じりに涙が溢れてくる。先ほどの怖さがまだ心に残っているから、優斗の存在を感じていたくて彼の服を強く握りしめる。
 
「えっと、ですね……」
 
 優斗がどうしようかと考えていると、後ろでニヤついている連中から「抱きしめてあげろよ」などなど囃し立てられる。
 ふざけんな、とも思うがフィオナが震えるほどに怖がっている以上、何かしてあげたほうが安心するのも理解していた。
 優斗は意を決すると、恐る恐るではあるが右手で頭を撫でる。
 
「ごめんね、フィオナ」
 
「……」
 
「生徒会長は逃げるのに必死だったし、僕は少なくとも死なない自信はあったから竜の気を引いたんだ」
 
「……」
 
「閉じ込められたのは予想外だったけど、それでも時間稼ぎどころか簡単に倒せることは自分で理解してたよ」
 
「……はい」
 
「でも、フィオナを心配させたのは謝るよ。あと──」
 
 ごめん、と言うだけではなくて。
 
「ありがとう。フィオナが心配してくれることが、本当に嬉しいよ」
 
 自分が認められていると。こんな自分でも誰かの大切になれていると。そう思えるから。
 
 まるで演劇のような一幕が目の前で広がっていて、ニヤニヤと二人の様子を見ている面々ではあったが、
 
「オレ達はあと、どれくらい見てればいいんだ?」
 
 卓也のツッコミに、優斗の服を掴んでいたフィオナが驚いて離れた。
 優斗は彼女の反応に笑みを零し、卓也に答える。
 
「とりあえずフィオナさんが落ち着いたから、これ以降はないよ」
 
 すると彼の目の前にいる家庭教師は、急に不満げな表情を浮かべた。
 
「フィオナさん、どうかしましたか?」
 
「……フィオナです」
 
「フィオナさん?」
 
「違います。フィオナです」
 
 なんて言われても、優斗には理解不能だ。意味が分からず周りに助けを求める。
 
「えっと、どういうこと?」
 
「優斗、さっきは口調が違ったんだよ。普通にタメ口だったな」
 
 卓也が助け舟を出した。けれど優斗は目が点になる。
 
「マジで?」
 
「マジです」
 
 クリスが駄目押しをする。卓也は優斗の肩を嬉しそうに何度も叩き、
 
「お前もそろそろ、みんなに慣れてきたってことだろ」
 
「……うん。そうみたいだね」
 
 優斗が頷くと、謀ったかのようにフィオナが要求する。
 
「もう一度、呼んでください」
 
「……えーっと……あー……うー……」
 
 先ほどは意識していなかったから出来たが、あらためて意識しての呼び捨てというのは、かなり恥ずかしい。
 だがフィオナが呼び捨てじゃないと今後は認めてくれないのも、なんとなく分かる。
 恥ずかしさをぐっとかみ締めて、優斗は彼女の名前を呼ぶ。
 
「フィオナ」
 
 意識して、初めて呼び捨てにする。顔が赤くなるのは慣れていないのだから仕方ない。
 けれど同時に良かったとも感じた。
 彼女の名前を呼ぶだけで、嬉しそうな返事が届いたのだから。
 
「はい、“優斗”さん」






[41560] 新しい世界で、新しい日々を
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:dc33d3b3
Date: 2015/09/19 00:33
 
 
 
 
 
 結局のところ、魔物が出てきてしまったので全てはうやむやのまま終わった。
 
「優斗。何であんなもんが出てきたのか、分かってんだろ?」
 
 帰っている最中、皆の中で最後方を共に歩いている修がそれとなく話題に出した。
 
「まあね。状況から考えたら“あいつ”しか考えられないし」
 
 展開的にもあまりに分かりやすくて罠かと思えるぐらいだ。
 
「潰すか?」
 
「いや、いいよ。次に何か仕掛けてきたら、その時は容赦なくやるけど」
 
「今回はお前のミスだかんな」
 
「分かってるよ」
 
 自分がキレて容赦なく叩き潰したのが原因だ。
 
「何を言われたんだ?」
 
「……フィオナをもらうって言ったんだ。彼女の容姿は自分に相応しいとかふざけたこと抜かしてさ」
 
「そんでキレたわけか」
 
「うん」
 
 修は話を聞くと、軽く伸びをした。
 
「まあ、でも少し安心はした」
 
「なにが?」
 
「お前の中であいつらも『大切』のうちの一つに入ってたことが、だ」
 
 優斗と修は視線を前に向ける。
 前のほうではアリーとフィオナが笑って何かを話していた。
 
「俺らの中で一番、大切なものを作らないのがお前だからな」
 
 “作れない”のではなくて“作らない”。
 そうしないと……失うものに耐えれなかったから。
 
「俺ら全員、歪んでるけどよ。俺らは俺らなりに大切なもの──信じられるモノを作ってもいいんじゃないかって思ってんだ」
 
 その中でも特に優斗は。
 もう少し誰かを信じられるようになってほしい。
 
「これからこの世界で……もっとできればいいんだけどね」
 
「できるだろ」
 
 修は空を見上げながら答える。
 
「あっちとは違う世界なんだからよ」
 
 自分たちが嫌いだった世界とは違うのだから。
 
 
 
 
     ◇    ◇
 
 
 
 
「もしかしてタクヤさん達もあれくらい出来ます?」
 
「無理」
 
 ふとしたココの疑問に卓也が瞬間的に答えた。
 
「即答ですね」
 
 クリスが苦笑を浮かべる。
 
「それはそうだろう。俺たちは優斗ほど頑張ってもない。あいつほど頑張れたら出来るかもしれないが……まあ、無理だ」
 
 和泉から断言されたことにココとクリスが首を傾げる。

「優斗もチートの中身が俺達と違うのかもしれないが、それでも元々のスペックが尋常じゃないからこそ出来たことだろう。それに今回の大会に向けて優斗は自分なりに出来ることを分析し、行動している。俺達が容易にやれることじゃない」

 凡人がチートによって圧倒的な力を持ったわけではない。
 凡人ではないからこそ、優斗は独自詠唱の神話魔法が使えたのだと和泉は思う。

「しかも優斗の努力は身を削ることが前提条件だ。自分を省みないレベルは誰でもできるわけじゃない」
 
 だからこそ強いと言えるのだが、優斗ほど自分を痛めつけようとは思わない。
 
「どうしてそこまでするんです?」
 
 ココが首を捻った。
 話を聞いているかぎりじゃ、絶対に普通じゃない。
 すると卓也は曖昧な笑みを浮かべて、
 
「……仕方ないんだ。どんな時でも優斗は強く在る必要があったからな」
 
 しょうがないんだよ、と最後に卓也は付け加えた。
 
 
 
 
 
     ◇    ◇
 
 
 
 
 
「優斗さん、すごかったんですよ」
 
 フィオナは家に帰ると、エリスに今日の顛末を伝えた。
 
「カルマを瞬く間に倒したのよね」
 
「知ってるんですか?」
 
「さすがにね。学生主催の闘技大会にAランクの魔物が出れば問題になるわよ。マルスも現場にいたから」
 
「お父様も?」
 
 フィオナが少しだけ驚く。
 
「ええ。ユウトさんが神話魔法を使ったのだって知ってるわよ。まあ、これに関しては緘口令が敷かれたから、これ以上広まることはないでしょうけど」
 
「どうしてですか?」
 
「王様の配慮よ。神話魔法を使えるのが学院にいるなんて知られたら、それだけで注目の的だから」
 
 あの歳で独自詠唱の……しかも紛うこと無き神話魔法を使うなんて、規格外にもほどがある。
 過去に優斗と同じことをやっているのは歴史上、確認されているだけでは一人だけ。
 これだけで優斗の異常性が分かる。
 さらにその他もろもろ、大きな事情があるがここで話すことでもないだろう。
 
「確かにそうですね」
 
 納得したように頷くフィオナ。
 
「ふふっ、ユウトさんが魔物を倒した後のことでマルスが驚いていたわよ」
 
 貴族の一人として観戦をしていた旦那が驚愕していた。
 
「フィオナったらユウトさんに近付いて、服を握りしめたんですって?」
 
「……ど、どうしてそれを?」
 
 いきなりの話題にフィオナは顔を僅かに赤くにする。
 先ほどより時間が経った今から思い返せば、大それたことをやってしまったと自覚できる。
 
「ガラガラの観客席に残ってるだけでも目立つのに、そこにユウトさんが歩いていけば余計に注目されるわよね。しかも全員の視線が集まった瞬間にあなたが近付けば完璧よ」
 
 数少ない人数とはいえ、現場にいたほとんどがフィオナ達の光景を目にしたといっても過言ではない。
 
「……ぁぅ……」
 
「物語のワンシーンだった、と言ってたのはマルスだけどね」
 
 まるで御伽噺のようだ、と。
 旦那はそう語っていた。
 
「今度、機会があればユウトさんと酒でも酌み交わそうと思ってるみたいだから、都合が合ったら呼んでね」
 
 





[41560] 変わる理由
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:9f67d739
Date: 2015/09/22 19:41





「けれど、あのフィオナが少しでも顔を赤くさせる日が来るなんてね。本当に不思議なものだわ」
 
 母親の自分でさえ想像できなかったことだ。
 
「そう……でしょうか?」
 
「ええ。しかも普通に話せるようになるなんて、驚きを通り越してもいいくらいね」
 
 ずっとフィオナの母だったからこそ、娘がこの数ヶ月で変わっていく様がよく理解できる。
 親でさえ、あまり表情の変化というものを見たことがない。なのに今はコロコロと変わっていく。
 
「その、それは変……ということでしょうか?」
 
 フィオナが若干、不安そうに訊いてきた。だからエリスは力強く首を横に振る。
 
「そんなこと言わないわ」
 
 確かに普通から考えれば、娘の変わりようは違和感が生まれるだろう。けれどエリスは一切、そのようなことは思わない。
 
「ただ、良い出会いがあったと思うだけよ」
 
 
 
 けれど翌日の朝、フィオナは教室で母の言葉を重く捉えていた。
 
「確かに変……ですよね」
 
 思えば、自分の変わりようはおかしいと思う。
 今までのフィオナ=アイン=トラスティは、基本的に誰も意に介さなかった。
 貴族故にパーティーに参加することもあるが、歳の近い男性に声を掛けられたところで、冷たい反応を返すだけ。喋りたい、など露ほども考えたことがない。
 なのに彼らと出会った後の自分はどうだろうか。優斗とお喋りしたいと思って頑張ろうとしたり、今ではかなり普通に話せるようになっている。
 切っ掛けがない、とは言わない。友達が出来たという最大の切っ掛けがある。
 けれど、それだけで変わるものだろうか?
 十六年間、ずっと変わらなかった自分が、たったそれだけのことで変わってしまうのは、逆に違和感になる。しかし一人で考えたところで答えが出ない、というのもフィオナは分かっている。
 だから友達に相談しようと思った。
 
「あの、アリーさん」
 
 フィオナは席について本を読んでいた王女様に話し掛ける。
 
「どうされました?」
 
「私、変でしょうか?」
 
「……はい?」
 
 想像を超えたフィオナの第一声にアリーの顔がこてん、と斜めに傾く。
 
「フィ、フィオナさん? 今のはどういう意味でしょうか?」
 
 いきなりのことで、アリーも上手い返答が思い浮かばない。なのでとりあえず、どうしてそんなことを訊いてきたのかを聞き返す。
 
「その……ですね。母から変わったと言われたんです」
 
「ええ。確かにフィオナさんは変わりましたわ」
 
 これはアリーにも分かることだ。三ヶ月と少しの付き合いではあるが、最初のフィオナと今のフィオナが違うということは、よく理解できる。
 
「だけど私の変わりようは変ではないか、と思いまして。なのでアリーさんに相談しようかと」
 
 フィオナの真っ直ぐな言葉。するとアリーは両手を顔に当てて、緩みそうになる頬を頑張って抑えた。

 ――こ、これは『お友達の相談』というものではないでしょうか!?

 今まで友達がいなかった自分が、ついに『友達からの相談』というもの受けたことに、アリーのテンションがガタ上がりする。
 そして嬉しさを内心で噛み締めながら、アリーはフィオナの相談の内容を再確認する。
 
「フィオナさんは自分の変わりようが変ではないか、と。そう思っているのですわね?」
 
「はい」
 
 首肯するフィオナ。対してアリーは言葉を選びながら、
 
「けれどそれは、当然というものではないですか? わたくし達は初めてお友達が出来ましたわ。ということは、内面に変化が出ても当然だと思うのですが」
 
「そうでしょうか?」
 
 フィオナは自分の変化が誰よりも大きい、ということを理解している。だからこそ他の面々以上の変化が起こった自分が違和感に映る。
 
「アリーさんもココさんもクリスさんも、皆さんは性格がほとんど変わっていません。これほど変わっているのは私だけで、それは普通と違うということではないでしょうか?」
 
「……なるほど。ですがわたくしとて変わっていないわけではありませんし、フィオナさんが目に見えて分かる範囲で顕著というだけだと思いますわ」
 
「だけど……」
 
 どうにもアリーの話ではいまいち、納得できないフィオナ。
 自分自身の変化を上手く理解できていないのであれば、それも仕方ないことではあるとアリーは考える。
 だから、
 
「でしたら、こう考えてみましょう。フィオナさんと一番一緒にいた人なら、貴女が変わっていった理由も分かるのではないでしょうか?」
 
 そしてアリーは視線を一人の男の子へと向ける。彼女に最も影響を与えた人物など、分かりやすいほどに分かりきっている。
 彼こそ誰よりも彼女と一緒にいて、一番近くで変化を見てきた人だ。
 
「ということで彼に相談してみる、というのはいかがでしょうか?」
 

 
 
 一方、優斗は机に突っ伏したまま微動だにしない。非常に疲れているようだった。修が遅ればせながら登校すると、彼の異変に気付いて声を掛ける。
 
「どうしたんだよ?」
 
「……登校してる最中、いきなりラッセルに因縁付けられたんだよ。『不正行為をするなんて、君は何を考えているんだ!?』ってね」
 
 優斗が一人で学院へ向かう通学路を歩いている最中、いきなり言われた。内心で盛大に疑問を浮かべたのだが、ラッセルは「然るべき処分をしてもらう」とか「早く将来の妻を救わねば」とか、半ばどころではない言い掛かりを取り巻きと言いながら、優斗の前から去って行った。
 今、教室にいない理由も先生か誰かに話を持って行っているからだろう。けれど修には理解できない。
 
「何だそりゃ?」
 
「僕だって知るわけないよ。彼の中で、そういう解釈になったんじゃないの?」
 
「いやいや、お前とラッセルの戦いのどこに不正入る要素があるんだよ。もしかしてラッセルの奴、すげー馬鹿なんじゃねぇか?」
 
「……かもしれない。どうにも自分の世界に入るっていうか、妄想を現実として見る性質があるっぽい」
 
 フィオナの容姿は自分に相応しい、彼女は将来の妻だ、などと平然と言ってのける点からも分かることだ。加えて自分の想像通りにいかなければ、相手に問題があると思う都合の良い精神をしているらしい。
 
「……まあ、考えるのやめようぜ。あいつの顔が浮かぶと、なんかムカつく」
 
「そうだね。僕も余計に疲れる」
 
 二人して共通の見解が生まれたので、無理矢理に話題を切り替える。
 
「それはそれとしてよ。なんかフィオナ、悩んでねーか?」
 
 修が視線を向ける先には難しい表情をしているフィオナと、真剣な表情をしながらも嬉しさを抑え切れていないアリーの姿がある。
 
「表情が険しいし、そうみたいだね」
 
「何やったんだよ」
 
 優斗が原因だということを前提で話を進めようとする修。優斗は親友の頭をポコっと叩く。
 
「何もやってないって」
 
 昨日から口調を変えたとはいえ、それが彼女の悩みになるとは思えない。
 
「だけどアリーのところに行ったんだから、大丈夫じゃないの?」
 
 と言いつつも、優斗はフィオナ達のことを見たまま。そこでアリーと視線が合う。
 
「どうしたんだろ?」
 
 首を捻る優斗だが、少ししてフィオナが自分達のところへ歩いてきた。
 
「優斗さん。今日の放課後、授業はやめてもよろしいでしょうか?」
 
「……? まあ、それは構わないけどアリーと遊びに行くの?」
 
「いえ、優斗さんに相談に乗って欲しいことがあるんです」

 
 
 
 放課後になり、優斗とフィオナは教室を出て行く。
 二人が去ったあとの教室も続々と生徒が帰っていき、残っているクラスメートの数も少なくなってきた時、
 
「ミヤガワ君はいるか?」
 
 教室の扉を堂々と開けて、生徒会長――レイナが用件を口にした。残っていた少数のクラスメートは顔を見合わせるが、その中に和泉とクリスがあった。
 優斗の行動を把握していた二人は、レイナにいないことを伝える。
 
「彼なら用事があるとかで、つい先ほど帰られましたよ」
 
「そうか。ありがとう」
 
 優斗がいないと分かるや、踵を返して教室を後にしようとする。が、嫌な予感がした和泉が呼び止めた。
 
「ちょっと待て、生徒会長」
 
 彼女は昨日の闘技大会のとき、優斗と決勝で戦うはずだったことはさすがに覚えている。
 だからこそ感じた嫌な予感だった。
 
「どうして優斗を探している?」
 
「決まっているだろう。決勝があのような形になってしまった以上、再戦の申し入れをしに来た」
 
 やっぱり、と和泉は心の中で呟いた。そして優斗の性格を考える。

 ──再戦はないな。

 すぐに結論が出た。和泉は彼女に余計な手間を取らせるのも悪いと思ったので、
 
「あいつは面倒ごとが嫌いだから、生徒会長との再戦を絶対にやることはない。それに勝てない勝負はするものじゃないだろう」
 
 端的に事実を述べた和泉の発言だった……が、見事にレイナの琴線に触れる。
 
「戦ってもいないのに、決めつけられるのは――」
 
「いや、決めつけているわけじゃない」
 
 ただの事実であり、それ以外の何でもない。勝負をしたいと言うのであれば、しっかりと理解して然るべきだ。
 
「生徒会長は優斗と“勝負”をしたいんだろう?」
 
「……ああ、そうだ」
 
「なら生徒会長は、あの魔物を一人で倒せるのか?」
 
 和泉からの単純明快な質問。レイナは少し口唇を噛み締めると、首を横に振った。
 
「それは……無理だ」
 
「倒せない以上、圧倒的に実力で負けている。勝負になるわけがない」
 
 なんでこんな単純なことが分からないのだろうか。子供でも分かる図式だ。
 
「しかし私は──ッ!」
 
「生徒会長は優斗と戦える場所に立っていない」
 
 “勝負”という範疇に入っていない。
 
「あの時だって全力というわけじゃない。だとすれば、生徒会長を相手にする際に優斗は手加減する」
 
 レイナがカルマという魔物よりも格下である以上、どうしたって全力て相手取るわけにはいかない。
 
「殺さないように手加減せざるを得ないからな」
 
 そして仮に戦ったとしよう。その時に優斗から加減されていることが分かれば、真面目を絵に描いたような堅物っぽいレイナが納得するとは思えない。
 
「生徒会長の矜持は自身が軽んじられることを許すのか?」
 
「……言いたいことはわかった」
 
 レイナは和泉の意見に頭を下げる。
 
「至極真っ当な意見を、どうもありがとう」
 
 きっと和泉の言うことは正しくて、真実なのだろうと思う。けれど言われた内容に対して感情が納得するかどうかは別物だ。
 
「だが、そこまで言われる筋合いはない。私は騎士を目指す者の端くれとして、彼と戦いたいと思っただけだ」
 
 ただ、それだけ。だから彼の言葉は初対面で交わす範疇を超えている。直球で感想を言わせてもらうのであれば、失礼としか表現することができない。
 
「そうか。まあ、俺の好みはツンデレ美少女だ。生真面目堅物女に好かれようとは思わない」
 
 和泉は半ば挑発とも思えるような言動を返した。眉間に皺を寄せたレイナは、苛立たしげに教室を去ろうとする。
 けれど和泉はレイナに最後の一声を掛ける。
 
「ちゃんと忠告はした。断られても文句は言うな」
 
 確実に聞こえていたとは思うが、レイナは何も反応しないまま教室を去って行く。
 
「珍しいですね」
 
 すると和泉の様子を見てクリスが一言、感想を述べた。
 
「何がだ?」
 
「イズミさんが真面目に誰かと話す、というのは滅多に見ない光景です」
 
「いつも不真面目ということか?」
 
「それはもう。だからこそレイナ様と真面目に話している姿は貴重でしたよ」
 
「そうか」
 

 
 
 優斗達が学院を出て歩いていると、後ろから声を掛けられた。
 
「ミヤガワ君!」
 
 自分の名前を呼ばれて優斗は振り返る。
 
「レイナ様?」
 
 ハテナマークを頭に浮かべる。なぜ生徒会長が自分を呼び止めるのか一切分からなったが、レイナは呼び止めた優斗の前に立つと、即座に自分の要望を伝えた。
 
「ミヤガワ君、勝負をしてくれ!」
 
「……? それは昨日の続き、ということでしょうか?」
 
「そうだ」
 
 目を爛々とさせているレイナ。初めて会った時に好戦的と評したのだが、もしかしたら戦闘狂の間違えだったかもしれない。
 優斗はレイナへの評価を改めると、頭を下げる。
 
「申し訳ありませんがお断りします」
 
「なぜだ!?」
 
「やる理由がありません」
 
 優斗は丁重にレイナのお願いを拒否する。けれど彼女は優斗の返答を簡単に納得できなかった。
 
「理由がない、だと……。では君はなぜ、闘技大会に出た!?」
 
 あの場に立っていた以上、少しは戦いを好むものだと思っていた。だが、
 
「じゃんけんで負けたから闘技大会に出たんですよ」
 
 優斗が言った瞬間、呆気な表情を浮かべた。
 
「……それだけ?」
 
「あの大会に関して言えば、それだけです」
 
「そう……なのか」
 
 レイナの表情があまりにも呆気に取られすぎていて、優斗も少しだけ申し訳ないと思う。
 
「僕も戦うことが嫌いなわけではないですけど、必要以上のことをやるのは労力を使いますし」
 
 つまるところ、大会が終わっているのにレイナと勝負するのは面倒。さらに優斗にとってはフィオナの相談の方が戦うことより大事だ。
 
「なのですみませんが、戦いたいのなら他を当たってくれると嬉しいのですが」
 
 優斗がやんわりと戦う意思がないことを伝える。するとレイナが自嘲するように笑った。
 
「……やはりトヨダの言ったとおりになったな」
 
「和泉が何かレイナ様に無礼なことを?」
 
「いや、君が決勝の続きはしない、と言っていた。私としては、そんなことはないと思ったのだが……奴の言った通りになった。ただ、それだけのことだ」
 
 レイナが優斗の友人の話を取り合わなかっただけ。
 
「まあ、笑える話だな」
 
 はっはっは、とレイナは全く面白くなさそうに笑い声を出す。けれど優斗は感嘆の声を上げた。
 
「へぇ~、珍しいこともあるもんだね」
 
「珍しい?」
 
 レイナが不気味な笑いをやめて、不思議そうに問い掛ける。優斗は笑みを零しながら肯定した。
 
「和泉と話してあいつを変人と思わないなんて、かなり意外で珍しいですよ」
 
「なんだ? トヨダの行動がミヤガワ君にとって意外だったのか?」
 
「ええ。和泉がレイナ様に『手間を取らせないように』なんて考えたのが意外です。あいつ、どうでもいい人物は放っておくタイプですから」
 
 別にレイナの目的ぐらいなら、優斗に害があるとも思わなかっただろう。普段の和泉なら「勝手にしろ」で終わらせているはずだ。
 
「……まさか惚れたのかな?」
 
 呟いた優斗にレイナが鼻で笑った。
 
「それこそ、まさかだ。奴は自分で好みは『つんでれ美少女?』とか言っていたぞ。私のような堅物で生真面目な女は好みじゃないとな」
 
 レイナが不機嫌そうに和泉の言葉を再現する。けれど優斗は聞いた瞬間から吹き出し、笑いが止まらなくなった。
 
「どうしたのだ?」
 
 レイナが困った表情をしていたが、優斗のお腹が痛くてそれどころではない。。

 ──和泉もよく言うよ。

 何が好みはツンデレ美女だ。
 
「いや、実は和泉の好みなんですけど」
 
 優斗はくつくつと抑えきれない笑い声を漏らしながら、なんとなくこれは伝えたほうが今後“とっても面白くなる”という確信があった。
 
「逆ですよ。好みが堅物生真面目な女の子。嫌いなのがツンデレです」
 
 優斗が一息に言うと、今日一番の呆けた表情をしたレイナがいた。
 

       ◇      ◇

 
 生徒会長の襲来を退けて、優斗達はカフェへと入っていく。優斗は先にフィオナを座らせると、二人分のアイスコーヒーを持って席に着く。
 そして喉を潤しながら、彼女が話し出すのをゆっくりと待つ。
 
「えっと……ですね」
 
 時間にして数分ぐらいだろうか。三分の一ほどアイスコーヒーを飲んだフィオナは、ゆっくりと優斗に話し始める。
 
「私は元々、本当に無口だったんです」
 
「そうだね。僕との授業は話さないと仕方ないけど、最初は普通に話すのも四苦八苦したよね」
 
 当時のままであれば未だに雑談なんて不可能だったろうし、こうやって一緒にカフェに来ることもなかっただろう。
 けれどフィオナは首を横に振る。
 
「……いえ、そうではないんです。優斗さんが知っている私より本当はもっと酷いんですよ」
 
 そして彼女は優斗達と出会う前のことを語り出す。
 
「例えばパーティーに出て話し掛けられても、冷たくあしらうだけです。誰かと話す、ということに興味を持っていませんでした」
 
 話す必要すらない、とさえフィオナは思っていた。
 
「それにお父様やお母様から育てられたのに、どうして話すことが苦手だったのか。今でも自分で理解できていません」
 
 父や母は生まれながらの個性、ということで特に気にした様子はなかった。自分も自身の性格には特に何かを思ったことはなかった。
 だからだろう。友達が出来て、周りを見るようになって“世界”が広がったからこそ、生まれる感情がある。
 
「少し、不安に思ってしまうんです。どうして優斗さん達と友達になったからといって、お喋りしたくなったのか。無口だった自分がこんなにも簡単に変わったのか、理由が分からないから」
 
 フィオナは思っていたこと、考えていたことを全て伝える。優斗は聞き終えるとアイスコーヒーを一口飲んで、どう話をするべきか考えを纏める。
 そして、
 
「ねえ、フィオナ。その『どうして』って言葉は考える必要があるのかな?」
 
 彼女の不安を解決する為に言葉を届ける。
 
「僕は『運命の出会い』っていうものが、あると思ってるんだ」
 
 言いながら優斗は昔を思い出し、彼らと出会った日々に顔を綻ばせる。
 
「出会うべくして出会った人達がいる。だから変われた。それでいいと思わない?」
 
 懐かしさと実感を伴った言葉。だからこそフィオナも気付く。
 
「それは……優斗さんにとっての、シュウさん達のことでしょうか?」
 
「うん」
 
 優斗は素直に頷く。自分にとって修達と出会ったことは、どうしようもなく『運命』だと思っているからこそ、否定する要素は一切ない。
 
「そして特別っていうのは二通りあると思うんだ。出会った瞬間から特別であることと、積み重ねて特別に変わること」
 
 どちらも特別であることに代わりはないけれど、それでも『運命の出会い』と称することが出来る特別は一つ。
 
「僕にとって、修達の出会いは前者だった」
 
 あの三人との出会ったことは、優斗にとってそれほどの意味を持つものだった。
 
「特別な相手だから、特別な相手の言葉だから、どうしてか心に響く。そこに理由も理屈も必要ないって思うよ」
 
 そして優斗は言っている意味を間違えないように付け加える。
 
「別にフィオナのご両親が君にとって特別じゃない、と言ってるわけじゃないのは理解してくれてる?」
 
「はい」
 
 変わるために出会った特別がある。それを間違ってほしくない、ということはフィオナも分かっている。
 
「じゃあ、質問。特別な人が届けてくれたものを享受して変わっていく。それはおかしいこと?」
 
「いえ、そうは思いません」
 
 フィオナは自分が思っていた以上に、簡単に否定の言葉を口にすることができた。
 
「だとしたら、今のフィオナであることを悩む理由はない。今の自分が嫌いじゃないなら、喜ぶべきことだと僕は思う」
 
 優斗は自分の反応を見て柔らかく微笑んでくれる。いつも通り優しい彼の優しい反応。
 なのにフィオナは彼の表情を見て、不意に苦しくて悲しい感覚に襲われた。

 ――優斗さん?

 伝えたいことを伝え終えたからか、飲み物に手を伸ばそうとしている少年のことをフィオナは注視する。
 彼が語ったことは実体験だろう。だからこそフィオナには言葉以上に伝わってくるものがあった。
 しかし届けてくれた言葉を正しく捉えるのであれば、

 ――優斗さんも昔と今で性格が違う……ということですよね。

 今の彼の性格は『昔の宮川優斗』とは違うということになる。そしてそれは、あの時に説明を濁した彼の過去に関わるはずだ。  
「……っ」
 
 何があったのか、今はまだ分からない。優斗は話す必要がないと思っているかもしれない。
 けれどフィオナは理解したい、と思った。少しずつでいいから、目の前にいる男の子のことをもっと知りたい、と。
 だからだろうか。
 
「そういえば、今度はお父様が優斗さんとお話したいらしいんですけど、今日は大丈夫ですか?」
 
 フィオナは以前よりも簡単に、彼を誘う言葉を声にすることが出来た。優斗はアイスコーヒーを一口飲むと、笑みのまま頷いてくれる。
 
「僕は問題ないよ」
 
「でしたら今日もご招待させていただきますね」
 






[41560] その出会いをどのように呼ぶのか
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:9f67d739
Date: 2017/03/21 20:03
 
 
 夏休みまであと少し、と迫った頃。
 優斗はフィオナに誘われてトラスティ家へとお邪魔していた。
 兼ねてからマルス──フィオナの父が優斗と飲みたいと言っていたのが発端で、今は優斗とマルスが二人でテラスにいた。
 
「ユウト君は飲めるかな?」
 
 フィオナの父、マルスがビール瓶を掲げて尋ねた。
 
「いえ、あちらの世界では飲酒は二十歳以上でしたので、あまり飲んだことはありません」
 
「そうか。なら果実酒にでもしておこう」
 
 手元にあるビール瓶を置き、代わりに葡萄酒を持ってくるよう家政婦に伝える。
 
「本当は息子も欲しかったんだ。こうやって歳離れた子供と男同士で飲み交わすのが夢の一つなんだよ」
 
 家政婦が戻ってくるまでの間に、マルスはビールを自前のコップに注ぎ始める。
 
「ただ二人目は恵まれなくて。フィオナが婿を連れてくるまでは出来ないと思っていたのだが、ちょうど家内からも娘からも君という人物を聞いていたし評判がいい。実際に会うついでに夢の一つを叶えたく思ったんだ。面倒だとは思うが、おじさんのくだらない夢に付き合ってはもらえないかい?」
 
 言われた通りに家政婦が葡萄酒を持ってくる。
 優斗は受け取って感謝の意を述べた。
 そしてマルスに向き直ると、あらためて答える。
 
「もちろん、喜んで叶えさせていただきます」
 
 キン、と甲高い音を響かせてコップ同士を打ち合わせた。
 まずは一口、含んでみる。
 
 ──あっ、おいしい。
 
 ビールのような苦味がなく、軽い。
 これなら好きになれそうだ。
 
「君を初めてしっかりと見たのは闘技大会の日でね。本当に驚かされたものだよ」
 
 それまで、幾度か遠くから見たことはある。
 書類上でも読んだことはある。
 しかし、あれほど長い時間、彼の存在を意識することができたのは初めてだった。
 
「君の魔法は初めて見たよ」
 
「だと思います。向こうの世界にある物語の魔法ですから」
 
「物語の中でもあれぐらいの威力なのかい?」
 
「いえ。もう少し威力は上がります。少なくとも魔王と呼ばれるものを倒せる威力は持っていますから」
 
「ふむ。本当に独自詠唱の神話魔法と大差がない」
 
 おそらくは詠唱が間違いなく『言霊』となっているだろう。
 むしろリライトの新しい神話魔法と認定してもいいのではないだろうか。
 彼が成長した暁には宮廷魔法士にでもなってもらい……と、ここまで考えてマルスは頭を振った。
 
「いや、今はこんなつまらないことを話しても仕方ない」
 
 マルスは話題を変える。
 明るい口調でフィオナのことを話し始めた。
 
「娘は明るくなった。よく話すようになったし、喜怒哀楽も前よりずっと顕著に現れる」
 
 無口で無愛想だった娘が、だ。
 
「三ヶ月前と比べて、ずっと素晴らしい女性になった」
 
 とても魅力的になった。
 
「君のおかげだと聞いているよ」
 
 マルスが言ったことに優斗は笑って否定する。
 
「僕だけじゃないです。周りに皆がいたから、フィオナはあれほど変わったんだと思います」
 
 そうだ。
 決して自分だけじゃ無理だった。
 
「僕だけだったらきっと、緊張ばっかりしてるだけで何の影響も与えられなかった」
 
「そんなことはない。君だけのおかげじゃないかもしれないが、君が一番フィオナに影響を与えてくれたんだよ」
 
 親として心から嬉しい。
 素直に彼を賞賛できる。
 
「ありがとう」
 
 ぐしゃ、と優斗の頭を撫で回した。
 
「おっと、少し馴れ馴れしかったか」
 
 エリスからは良い子だということをいつも聞いており、フィオナからは素晴らしい人だということを耳にしているせいか、どうにも初対面という感じがなくて距離感が掴めない。
 
「いえ、大丈夫ですよ」
 
 いきなり頭を撫で回されて虚を突かれた優斗だが、嬉しそうに笑う。
 
「あと、話は変わるが裏工作も一段落してね。君たちも貴族の爵位を持つ家柄となった」
 
 そういえば、といった感じでマルスが告げた。
 先ほどと同様に楽しい話でもないのだから、最初に言っておけば良かったとマルスは少し後悔する。
 
「シュウ君は伯爵の家系、他は全て子爵の家系ということだ」
 
「なぜですか?」
 
「メリットがあるから、だよ。いずれ異世界の客人ということが発覚すれば、パーティーなどにも呼ばれることが多々ある。その時のために今のうちに慣れておいてほしい、ということ。そしてもう一つは──」
 
 マルスは話そうとして、少し言いよどんだ。
 優斗はそれだけで何となくではあるが、理解できた。
 代わりに続きを口にする。
 
「絶対防御としての役割、ですか?」
 
「……そうだね。不特定多数が集まるパーティーで君たちがいてくれれば、何かあっても対処ができる」
 
「修がリライトの勇者としての役目がある以上、仕方ないことではありますね」
 
「とはいえ、私たちが考えている状況はほとんどない。つまりはパーティーマナー向上のための爵位と考えてもらうのが一番だよ」
 
 これが伝えることの一つ目。
 もう一つは、
 
「あと、私とエリスが正式にユウト君の後見人になったからよろしく頼む」
 
「……はっ?」
 
 優斗が目を丸くさせた。
 マルスは笑って答える。
 
「爵位を得たことによってね、今まで仮だったのが正式になったんだ」
 
 それぞれ、家庭教師を請け負っているアリー達の両親が彼らの後見人となっている。
 
「……迷惑じゃありませんか?」
 
「まさか。こうやって酒を一緒に酌み交わせるのに、何が迷惑なものか」
 
 グイっとビールを煽る。
 優斗も一口飲んでから、この言葉を“当然のように”した。
 
「できる限り迷惑はかけないようにしようと思いますので、よろしくお願いします」
 
 優斗が口にした『迷惑をかけない』という台詞。
 マルスは一蹴した。
 
「駄目だ」
 
「えっ?」
 
「できる限り迷惑をかけなさい」
 
 最大限、そんなものはかけていい。
 
「君はまだ子供なのだから」
 
 遠慮することはない。
 
 
 
 
 
 嘘でも何でもなく真っ直ぐと伝えられたこと。
 優斗はじわり、と胸の中が暖かくなるのを感じていた。
 
 ──なんで、こうやって。
 
 この人は。
 
 ──ほとんど初対面なのに。
 
 簡単に胸の中へ入ってくるのだろう。
 たくさん大人の相手をしてきたから。
 何が嘘で何が本当かどうかは分かる。
 
 ──この人は信用するに足る人だ。
 
 驚くぐらいに実直で分かりやすい。
 けれど素直に頷けるのか、といえば違う。
 性格的に無理だ。
 
「……頑張ってみます」
 
「どういうことだい?」
 
 頼っていい、と伝えて『頑張る』とは不可思議な返答だ。
 
「僕はまだ大人に頼ったことはありません。全力で迷惑をかけない生き方をしてきましたし、頼れるような大人もいませんでした」
 
「本当かい?」
 
「……ええ。僕は『大人』という人種を信じてませんから」
 
 そう言うと少し語弊があった。
 
「いや、というよりも信じられる人生を過ごしていませんでした」
 
 これが正しい。
 
「僕の周りにいたのは、僕を道具として扱う両親。ハイエナのごとく集る親戚。そんなのばかりでした」
 
 ろくでなしばかりだ。
 
「とはいっても、大人全員がそうじゃないってことも分かってます」
 
 だったら社会が正常に作用しているはずもない。
 
「むしろ僕の周りにいたのが特殊すぎるのも理解できています」
 
 優斗はマルスを正面から見つめた。
 
「だから──」
 
 思ってしまった。
 いい機会だから。
 やってみようと。
 
「教えてください。迷惑の掛け方を」
 
「……ユウト君」
 
「マルスさんが今まで会ってきた大人と違うのは分かりますから」
 
「そうか」
 
 迷うことなく言い切った優斗。
 だからこそマルスは疑問に思う。
 
 ──なぜだろうか?
 
 彼が『大人を信じていない』のは真実だろう。
 とてもじゃないが嘘とは思えない雰囲気があった。
 
 ――何があって信じるに値すると思った?
 
 大人というものを信じてこなかった彼が、どうして自分は信じてくれたのか。
 マルスは己の功績だと思えるほど傲慢にもなれない。
 どうしたって初対面の人間に彼が信用してくれるとは思えないからだ。
 そう考えると、
 
 ──やはりフィオナ、か。
 
 行き着いたのは娘の存在だった。
 あの子の父親だということが、大きな力になってくれているのだろう。
 
 ──“フィオナの父親”というだけで、彼は信用してくれている。
 
 我が娘ながら凄い、と感心する。
 
 ──いいコンビなのだろう。
 
 互いに影響を与えている。
 それも良い方向に。
 
 ──もしかしたら。
 
 ふと思い出す。
 闘技大会で見た光景。
 
 ──ユウト君がカルマを倒したあとに見た、一枚の絵のような光景は。
 
 御伽噺のように見えた、幻想的な光景は。
 あながち間違いではない、と。
 マルスは今更ながら思い返していた。



[41560] 龍神の赤子
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:cd1b8e2e
Date: 2015/09/23 21:14
 
 
 生徒によっては阿鼻叫喚が生まれる期末試験が終わり、テストの返却も終わった数日後。
 
「なんでだ」
 
 草木を踏みながら卓也は一人ごちる。
 
「夏休みは海に行くんじゃないのか!?」
 
 今、卓也達がいるのは学院の近くにある森の中。何をどうしたら森の中に入る展開になるのか卓也は理解できない。
 けれど修が珍しい形の意思を拾いながら満面の笑みで答える。
 
「和泉が勉強すらもほったらかして、魔法科学なんかにハマってたから追試受けることになってんだし、クリスは和泉を縛り付けて講習中。仕方ねーだろ、海に行くときはあいつらも連れてかねーと。だから今回は森に来てみた」
 
「なぜ!?」
 
「おもしろそうじゃん」
 
 というわけで今回、優斗、修、卓也、フィオナ、アリー、ココの六人で森の探索をやることになったわけだ。
 卓也は頭を乱雑に掻きながら、周囲を見回す。
 
「魔物がいるんじゃないのか?」
 
「ほとんどいないルートを通るから大丈夫だって」
 
 あっけらかんと言う修だが、卓也が信じるわけもない。すると優斗が呆れるように卓也の肩を叩いた。
 
「絶対に何かあるから慌てるだけ無駄。諦めたほうが精神的に落ち着くよ」
 
「……そうだな」
 
 今までの優斗と卓也の経験上、何もないなんてことはありえない。そんな二人の気苦労を知ってか知らずか、修はアリーに声を掛ける。
 
「歩きやすい場所、あんまりないけど大丈夫か?」
 
「はい。ぜんぜん大丈夫ですわ」
 
 デコボコの地面を軽やかに踏みしめながら、アリーは楽しそうに笑う。王族だからこそ森の探索などやったことがあるわけもなく、だから彼女は新鮮で面白いと思っていた。
 
「薬草やら原石やら、色々なものが生えていたり落ちていますわね」
 
「採取を本業としているギルドパーティが来るらしいからな。たくさんあるんじゃねーの?」
 
 修は何かを拾ったり見つけたりしては面白そうに眺める。他の五人も森を散策して楽しんでいることは同じなのだが、いかんせん動き回る範囲が修だけ圧倒的に広い。
 
「おっ! なんか洞窟っぽいところ発見!」
 
 そして暴れ回るように動いていた修は面白そうな場所を見つけ、意気揚々と飛び込んでいく。
 
「あいつの元気はどこから来てるのか、時折気になるんだよね」
 
「言えてる」
 
 優斗と卓也が親友のはしゃぎっぷりにある意味で尊敬していると、洞窟っぽい場所に向かった修が全員を呼び寄せた。
 
「お前ら、ちょっとこっち来てみろよ! 面白いのあるぞ!」
 
 大きなジェスチャーで手招きする。五人は呼ばれるがままにその場所へと向かった。
 
「あっ、洞窟じゃなかったんだ」
 
「違う違う。優斗、面白いのはそこじゃねえって」
 
 優斗が洞窟かと思った場所は、おおよそ五メートルほどの穴が広がっていて奥に広がっているわけではない。
 そして修が優斗達を呼び寄せた理由は穴の最奥にある。
 
「卵か?」
 
「光ってます」
 
 外には漏れない程度の光を放っている卵に、卓也とココがまじまじとした様子で不思議そうに見詰める。
 
「これ、絶対に何かあるぜ!」
 
 修が興奮しながら卵を指差した。確かに光っている卵なんてものだから“何か”はあるだろう。
 卓也達に続いて優斗とフィオナも卵をじっくりと見る。するとフィオナは何かに気付いたのか、小さく驚きの声を漏らした。
 
「……あっ。もしかして龍神の卵でしょうか?」
 
「この卵のことを知ってるの?」
 
 優斗が訊くと、フィオナは昔読んだ書物の内容を思い出しながら答える。
 
「おそらくこれは龍神の卵だと思います。周期は分かりませんが、数十年から数百年に一度……セリアール最大の信仰対象である龍神は卵を産み落とします。歴史上でも幾度か人間が育てていますから記録が残されていますし、今回の状態も生まれる寸前のものと一致しているはずです」
 
 彼女の説明から出てきた卵の正体は正直、優斗の想像以上の代物だった。思いがけない出会い……というか、これは笑えない出会いでしかない。
 龍神が何なのかいまいち分からない優斗でも、この卵は一大事になるほどの代物であることは間違いないと思ってしまう。
 しかし内容を聞いて驚いてばかりいられないのが、優斗と卓也が持っている悲しい経験則だ。
 
「龍神の卵なんて珍しいものを見つけた、ということはさ」
 
「嫌な予感しかしないだろ」
 
 フラグと言っていいだろう。二人が今までやってきた実体験からして、この後に何かしらの騒動が起きると分かりきっている。
 
「あら? なんでしょうか?」
 
 そして二人の嫌な予感の先走りに気付いたのはアリーだった。
 
「地面が揺れていませんか?」
 
 アリーに言われて、優斗と卓也も足裏に感覚を集中してみる。確かに揺れていた。
 
「……来たね」
 
「これが嫌なんだよ」
 
 言った途端にやって来る。このような言い方をするのも変だとは思うが、さすが修だと思わざるを得ない。
 
「みんな、戦闘準備して。厄介なのが来るよ」
 
 優斗が言い切る。そして全員が穴から出てみれば、
 
「……うっわ。三体で一斉に来ることないだろ」
 
 卓也が顔を覆う。まさかの大型な魔物が三体、目の前に現れていた。
 
「大方、龍神の卵を狙ってきたってオチなんだろうね」
 
 面倒くさそうに優斗が呟く。彼らの前にいる魔物は一○メートル級が二体と、五メートル級が一体。
 
「アリー、どれがどんな魔物か分かるか?」
 
 修が尋ねると、彼女はやってきた魔物に少々驚きながらも頷く。
 
「サ、サイクロプスにシルドラゴン。それにオークキングですわ」
 
 一つ目巨人と銀色の竜。そして豚の人型巨大バージョン。
 
「サイクロプスとシルドラゴンはAランク。オークキングはCランクになります」
 
 正直な話、このメンバーでなければ絶望する強さだ。
 
「じゃあ、チーム分けすっか」
 
 修は全員を見回しながら、気軽に決める。
 
「オークキングは卓也とココでなんとなるだろ。サイクロプスは俺とアリーが担当。シルドラゴンは優斗とフィオナでどうにかしてくれ」
 
 これほどの魔物が集まってチーム分けなんてやれるのが凄い。アリーもフィオナもココも、内心そう思う。
 
「分かった」
 
「了解だよ」
 
 卓也と優斗も来てしまったものは仕方がない、と指示に従った。そして修は優斗の肩を叩く。
 
「そんじゃ、まずはぶっ飛ばすぞ」
 
「分かった。散り散りにするとしようか」
 
 吹き飛びやすそうなサイクロプスとオークキングに二人は手を翳した。
 
「「求めるは風切、神の息吹」」
 
 風の上級魔法を同時に詠んだ瞬間、豪風が吹き荒れ魔物二体を吹き飛ばした。
 
「うしっ! 行くぞアリー!」
 
 意気揚々と魔物に飛び込んでいく修と、慌てて付いていくアリー。続いて卓也とココもオークキングに向かって走っていく。
 優斗とフィオナはその場に残り、シルドラゴンと相対を始める。
 
「フィオナはこのまま卵を守ってて」
 
「大丈夫ですか?」
 
「もちろん。この前もちゃんと倒したのを見たでしょ?」
 
 軽く笑って優斗はシルドラゴンを見据える。

 ──とは言っても『女神の雷』じゃ広範囲すぎるし……、森とか出来る限り傷つけちゃいけなさそうなんだよね。

 広範囲の魔法を使うのはさすがに駄目だ。
 採取系を請け負っているギルドパーティにもバレたら怒られるだろう。
 なら、もっと狭い範囲で使えてAランクの魔物を倒せる魔法。
 
「……これ、うろ覚えな上に不完全版なんだよな」
 
 昔は必死に覚えた記憶があるけれども、いかんせん5年ほど前の記憶。
 正しい詠唱と間違った詠唱の二つある魔法なのだが、覚えていたのは詠唱の間違った不完全版。
 詠唱が不完全版だから記憶の底にあるイメージも不完全で、実際に出てきた魔法も不完全版だった。

「詠唱だと剣って言ってるのに、なんか延々と伸びる棒みたいだし」

 だから不完全と言えるのだが、それでも威力としては申し分ないはず。

「まあ、これならいけるか」

 オークキングとサイクロプスは他がきっちりと引き受けてくれていて、こっちに向かってきているのはシルドラゴンのみ。
 しかも狙いは龍神の卵だけなのか、優斗達に攻撃すらしてこない。
 優斗は運が良いと思いながら一度、大きく息を吐き、

『戒されることなき、虚ろなる刃』

 迫ってくるシルドラゴンに対し、全く気圧される様子なく言霊を紡ぐ。

『力を求め、糧とし、滅ぼすべき道を記す』

 右手に光が集う。そして段々と光は右手から溢れ出し、長く伸びていく。

『数多の存在を屠るべき──』

 そして光が確かな存在を示した瞬間、優斗は振りかぶった。
 光が一筋の棒となって、シルドラゴンへと向かう。

『──神殺の剣』

 光る棒がストン、とシルドラゴンを両断した。シルドラゴンに対して叫ばせることもなく、何かをさせたわけでもなく、斬られたことすらも分からせずに絶命させた。

「うん。遠距離から攻撃されなかった分、気楽に終わったね」

 そして優斗が振り向けば、唖然とした表情のフィオナがいる。
 
「……優斗さんといると、Aランクの魔物は簡単に倒せそうな気がするから怖いです」
 
「これも努力してる結果です」
 
 優斗が胸を張って答えると、フィオナは表情を崩して笑みを零した。二人は穴に戻って卵の状態を確かめる。
 
「卵は大丈夫そうだね」
 
「はい。何も問題はなかったので」
 
 フィオナが優しく卵を撫でる。優斗も彼女に倣って卵に触れてみた。その時、卵が一際大きな光を発する。
 
「えっ?」
 
「きゃっ!?」
 
 何事かと二人が思うのも束の間、卵の殻が割れるような音が聞こえた。光で眩しいので辛うじてしか見えないが、割れた殻から見えるのは、
 
「……子供?」
 
「赤ちゃん、でしょうか?」
 
 人の形をしている。シルエット的におおよそ一歳半ぐらいの赤ん坊が座っているように思える。
 
「龍神って龍じゃないの?」
 
「いえ、龍神と祭られているのは確かに龍なのですが……すみません。私も小さな頃の姿までは知らないです」
 
 二人して混乱していると、魔物を片付けた他のメンバーが集まってきた。
 
「卵は無事か?」
 
「どうなりましたか?」
 
 まず修とアリーが穴に入ってくる。
 
「……無事、というよりは無事に産まれちゃった」
 
 ちょい、と優斗が指差す。さらに卓也とココも戻ってきて、
 
「赤ん坊?」
 
「どういう状況なんです?」
 
 シルエットで判断できたのか、卓也とココは首を捻る。次第に光も弱まり、シルエットしか見えなかった赤ん坊の姿もしっかりと視認できるようになる。
 
「やっぱ赤ちゃんか」
 
「女の子みたいですわ」
 
 修とアリーが再確認するように声を発した。すると赤ん坊の目が薄らと開き、
 
「あいっ!」
 
 可愛らしい声をあげて、優斗とフィオナの姿をしっかりと捕らえた。しかも、よたよたしながら立ち上がろうとする。
 
「ちょっと待った!」
 
「あ、危ないですよ!」
 
 一番近くにいた優斗とフィオナが慌てて赤ん坊に駆け寄って、
 
「セーフ、です」
 
 優斗よりも早く辿り着いたフィオナが赤ん坊を抱き寄せる。
 
「ビックリしたね」
 
 ほっ、と優斗は一息つく。ただでさえよく分からない状況なのに、いきなり焦らせないで欲しい。
 けれど赤ん坊は慌てた様子なく、フィオナをじっと見る。
 
「どうしたんだろ?」
 
 赤ん坊の視線が気になって優斗が首を捻る。けれど次の瞬間、
 
「まんまっ!」
 
 そして優斗を見て、
 
「ぱ~ぱっ!」
 
 なんて言葉を幸せそうに言ってのけた。




[41560] 名付けることの大切さ
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:cd1b8e2e
Date: 2017/03/21 20:11
 
 森から帰った一行は、とりあえず図書館にある1冊の本を借りてきた。
 アリーを筆頭にカフェテラスで読み進めていく。
 
「龍神は自らを育ててくれるものと同じ種族に生まれるみたいですわ。早ければ数ヶ月、遅ければ数年の後、母親の龍神がやって来て子供を引き取る。それまでは龍神の子供は親となった種族のものが責任を持って育てる」
 
 パタン、とアリーは本を閉じた。
 
「これがおおよその概要というものですわ」
 
「放っておくということは?」
 
 する気もないが、とりあえず優斗は言ってみる。
 
「恐れ多くてできませんわ。龍神を育てるというのは大変名誉なことなのですから。何よりも赤ん坊を捨て置くというのは、さすがに……」
 
「だよね」
 
 政治的にも倫理的にも問題がありすぎる。
 
「とりあえず、埒があかないからエリスさんに相談しに行こうか」
 
 優斗は龍神の赤ちゃんを抱きかかえたフィオナに合図する。
 自分たちはこの子のパパとママらしい。ただ、突然そんなことになってもどう判断していいかが分からない。
 なのでエリスに知恵を貸してもらうことにする。
 
「アリーも王様に話を通しておいてもらっていい? 結構重要そうなことだから」
 
「了解しましたわ」
 
 アリーが頷くと修は立ち上がる。
 
「そんじゃ、一旦解散すっか。これ以降は優斗とフィオナの問題だしな」
 
 気楽に言ってくる修。
 それがどうにも優斗は気に入らない。
 両手に握りこぶしを作ると、修の頭を挟み込む。
 
「いったい誰のせいで大変なことになってると思ってるんだ、おい?」
 
 グリグリと万力のように締め付ける。
 
「い、痛てててて! わ、悪かった俺が悪かったから、ギブギブギブ!!」
 
 修が優斗の腕をタップする。
 少しは気が晴れたので、優斗は拳を収めてフィオナと一緒に歩いていく。
 
「極力、こっちでどうにかするから安心しといてね」
 
 後ろにいる友人達に振り向きながら声をかけ、二人と赤ん坊はトラスティ家へと向かった。
 
 
 
 
     ◇    ◇
 
 
 
 
「貴方達、そこまで進んでたのね」
 
 家に帰ってきたフィオナを見るや、エリスの第一声はとんでもないものだった。
 確かに髪の色は黒髪。
 そして瞳は赤みがかった黒。
 パッと見れば二人の子供だと言われても納得する。
 
「……いろいろと待ってください」
 
 全力でエリスを押し留める。
 からかっているのは分かっているが、言い訳をしなければならない。
 
「誠心誠意、説明をさせていただきますのでちゃんと聞いてください」
 
 そうしてエリスを交えて今日あった経緯を話していく。
 
「女の子の龍神の赤ちゃん?」
 
「はい」
 
 たいして慌てる様子もなくエリスは眼前にいる三人を見比べる。
 
「もしかして選ばれちゃったの?」
 
 過去、龍神の親が存在しているのはエリスも知っている。
 直近ではおよそ30年前ぐらいだったはず。
 
「そのようなんです」
 
 優斗に頷かれてエリスは腕を組んだ。
 フィオナも優斗も嘘を吐くタイプでないのは百も承知だ。
 しかし確認してみないことには始まらない。
 エリスは赤ん坊に近づいていく。
 
「ねぇ、この人は誰?」
 
 ピッとエリスが指差した先には優斗。
 
「ぱーぱ」
 
 赤ん坊が答えた。
 
「じゃあこっちは?」
 
 続いてエリスはフィオナを指差す。
 
「まんま」
 
 紛れもなく赤ん坊は『パパ』と『ママ』だと言った。
 
「あら、すごいわ」
 
「言葉をそこそこ理解してると思ったほうがいいですね」
 
「そうみたいね」
 
 優斗とフィオナが両親だというのは間違いないだろう。
 ならば、とエリスは自分を指差す。
 
「私はママのお母さんだから“ばあば”よ」
 
「ばーば?」
 
 首を傾げながらはっきりと口にする赤ん坊。
 
「そうそう、よく言えたわね」
 
「あいっ!」
 
 エリスに褒められて、赤ん坊がフィオナの腕の中で嬉しそうにはしゃぐ。
 
「良い子じゃないの、この子」
 
「そうですね」
 
 頷くフィオナ。
 と、なぜかエリスは笑みを浮かべて、
 
「この子の名前は何にするか決めたの?」
 
 爆弾を落とす。
 
「えっ!?」
 
「お母様!?」
 
 大慌ての二人を内心で楽しみながらエリスは続ける。
 
「育てないの?」
 
「それを相談しに来たのですが」
 
 優斗が苦言を呈すがエリスは意に介しない。
 
「パパとママになっちゃったんだから育てなさいな。安心しなさい、学生生活をおろそかにしろと言う訳じゃないし、私がしっかりとフォローしてあげるから」
 
「いや、でも……」
 
 なにかしら不安があるのか、優斗が食い下がる。
 
「心配しないの。こういうのって出来ないところには来ないようになってるんだから。貴方たちなら育てられるから、この子も両親に選んだのよ」
 
「そう……なのですか?」
 
 フィオナはまじまじと赤ん坊を見る。
 
「もちろんよ。でなければ龍神の子供を育てた記録がいくつも出てくるわけないでしょう?」
 
 言われてみれば、そうだ。
 ということはつまり、自分と優斗はこの子を育てられるという意味になる。
 
「頑張ってみましょうか……」
 
 呟いたところでフィオナはハッとした。
 
「優斗さんはどう思います?」
 
 今、零れたのはあくまで自分の心境だ。
 けれどこの子を育てるには自分だけでは駄目。
 優斗の了承も得られないと。
 
「フィオナは今、育てたいって思ったんだよね?」
 
「はい」
 
「…………そっか……」
 
 優斗は少しだけ考える。
 自分が味わってきたのは一般的な子育てとは言わない。
 無論、それが理解できているということは、一般的な子育てぐらいは知っているし自分の理想の父親像というものだってある。
 けれど、
 
 ──できるかどうかと問われたら微妙。
 
 なにせ子育てなどやったことがないのだから。
 
 ──でも、ね。
 
 フィオナだって一緒だ。
 そして彼女はやる気になっている。
 
「なら、僕も覚悟を決めるよ。フィオナが頑張るなら僕も頑張る」
 
 優斗はマイナスイメージを振り切って、彼女と共に子育てすることに決めた。
 
「はいっ!」
 
 フィオナが元気よく返事をする。
 
「話はまとまったわね?」
 
 エリスの確認に二人はこくん、と頷く。
 
「だったら親として最初の仕事、この子の名前を決めちゃいなさい。相談も提案もしてあげるけど、決定するのは貴方たちよ」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「名前……か」
 
「何か良いのはないでしょうか?」
 
「龍神の子供だからリューナとか、そういうのはどう?」
 
 “リュージン”の子供だから“リューナ”。
 
「安易すぎません?」
 
「そうかしら?」
 
「シャルロッテというのは?」
 
「「却下」」
 
 優斗とエリスが同時に駄目出しする。
 
「ん~、リューネは?」
 
「お願いですから“リュー”から離れてください」
 
「フランソワはどうでしょう?」
 
「フィオナはもうちょっと乙女的な名前から離れようか」
 
 西洋っぽくない顔立ちで、その名前は辛過ぎる。
 
 ――何か由来でもある名前を……。
 
 と、優斗は考えて、
 
「……あっ、そういえば気になったんですけど」
 
 今更とは思うが訊いておこう。
 
「龍神というのはこの世界で信仰のある種族なんですよね? ということは本物の神様なんですか?」
 
「そうね。神聖な種族として崇めているもの。最大の宗教でもいくつかの宗教でも神様として扱われているわ」
 
「そうですか」
 
 エリスの説明を聞いて一つ、思い浮かぶ。
 
 ──とりあえず提案するだけしてみるか。
 
 龍神に見合ったと思う名前を。
 
「じゃあ、僕からも名前を一つ」
 
 昔に読んだ小説でこの名前があった。
 説中では意味を説明していて……それがこの子には合っている気がする。
 
 
「マリカ」
 
 
 優斗が名を紡いだ。
 エリスが興味深そうに尋ねてくる。
 
「どういう意味なの?」
 
「茉莉花──マツリカと呼ばれる花の別読みなんです」
 
 名前に意味を込める。
 中でもポピュラーなのが花にまつわる言葉だ。
 
「僕達の世界には花言葉というものがあります」
 
「この世界にもあるわよ」
 
 エリスが付け加える。
 そうなんだ、と優斗は感心しながら言葉を続けた。
 
「じゃあ、細かい説明は飛ばしまして花言葉だけ言いますね」
 
 優斗はエリス、フィオナ、赤ん坊を見回すと名前に込めた意味を告げる。
 
「清浄無垢」
 
 先ほどのエリスの会話を聞いて思い浮かんだ。
 神様ならば、神様に相応しい意味を持つ名前を。
 
「他にも愛らしさ、愛嬌、素直などあるんです。だから僕はこの花が意味する言葉のように育ってほしい」
 
 と、言ったところで急激に恥ずかしくなってきた。
 ものすごく語ってしまったような気がする。
 
「ど、どうでしょうか?」
 
 却下されたところでどうこう、というわけでない。
 ただ、案外真剣に考えた名前を吟味されるというのは緊張する。
 
「私はこの名前が良いと思いました」
 
「こっちの世界でも違和感はないし、私も良い名前だと思うわよ」
 
 そして最終確認。
 
「二人は……この名前がいいのね?」
 
 優斗とフィオナは頷く。
 二人が納得したのを見てエリスは、あらためて赤ん坊の名前を告げる。
 
「じゃあ、この子は今日からマリカ。“マリカ=フィーア=ミヤガワ”ね」
 
「フィーア?」
 
 聞きなれない単語にフィオナが首を捻った。
 
「ユウトさんの爵位名よ。これからはフィオナも名乗る場合があるかもしれないから覚えておきなさい」
 
「えっ!?」
 
 突然のことに驚きを隠せないフィオナ。
 
「ビックリすることないじゃない。この子の両親ってことは夫婦よ、夫婦」
 
 エリスが口にした単語を二人は頭の中で反芻する。
 ポン、と同時に顔が赤くなった。
 
「それともユウトさんが婿養子ということで“マリカ=アイン=トラスティ”にする? どっちでもいいわよ」
 
 こういった類の話には優斗もフィオナも耐性はないが、いち早く立ち直った優斗が訊く。
 
「ど、どっちを名乗ったほうが問題あります?」
 
「どっちもどっちじゃないかしら。一長一短よ」
 
 まだ火照り覚めやらぬ頬を手で扇ぎながら、優斗は判断する。
 
「なら、時と場合で使い分ける方向にしません? 基本的には爵位の低い僕のほうを使う方向でいいので」
 
「そうね。そうしましょう」
 
 優斗ならば臨機応変に対応してくれるだろう。
 
「あとは──」
 
 と、玄関から慌てて家の中に入ってくる音が聞こえた。
 ドタドタと騒がしい音を響かせながらリビングに近づいてくる。
 この家を誰にも咎められず闊歩できる人物など、優斗もエリスもフィオナも知る限り一人しかいない。
 
「りゅ、龍神を育てることになったというのは本当か!?」
 
 マルスが慌てた様子で帰ってきた。
 物音を立てて帰ってきた夫をエリスは嗜める。
 
「騒々しいわよ、あなた」
 
「落ち着いていられるわけがないだろう!」
 
 王城で働いていた時に王様より知らされた瞬間、マルスの口はあんぐりと開いていた。慌てないわけがない。
 
「こ、この子がそうなのか?」
 
 フィオナが抱きかかえている女の子の赤ん坊――マリカは突如乱入してきたマルスに今は首を傾げている。
 
「ええ、名前も決まったのよ。マリカと名付けたわ」
 
 目下一番の問題が片付いたので、優雅に紅茶を飲みながらエリスが答えた。
 
「……エリス。えらく落ち着いているね」
 
「もうフィオナとユウトさんが親に定められちゃったのだからね。だったらしっかりと育てるのが至上の命題でしょう?」
 
「……それもそうか」
 
 マルスは妻に言われて納得した。確かに自分が慌てたところで何かが変わるわけでもない。
 だがエリスはマリカの注意を引くと、自分の夫を指差した。
 
「いい、マリカ。これがママのお父さん、“じいじ”よ」
 
「エリス!?」
 
 マルスの落ち着きかけた気分が台無しになった。しかしマリカはマルスの状況など露知らず、
 
「じーじ?」
 
 無垢に教えられた単語を口にした。
 
「そうよ。よく言えたわね」
 
 エリスが褒め称える。けれどマルスが呆然としたままだったので、
 
「ほら、あなたも初孫なのよ。ちゃんと言えたのだから褒めてあげなさいな」
 
 窘められた。恐る恐るマルスが近づいていくと、なぜかマリカがきゃっきゃっとはしゃぎ始める。
 初孫の可愛い様子に少しだけ警戒心を解くと、
 
「え、えらいぞマリカ」
 
 マルスは優しくマリカの頭を撫でてみた。
 
「あうっ!」
 
 返事なのか叫んだだけなのかマルスには判断できなかったが、喜んでいるマリカの姿に少し顔が綻んだ。
 
「……あの、エリスさん。そろそろ話を戻してもいいでしょうか?」
 
 と、マルスが帰ってきてから傍観していた優斗が切り出した。
 
「あっ、ごめんなさいね。さっきの続きといきましょうか」
 
 エリスがあらためて優斗に向き直る。マルスも妻に倣って優斗に視線を向けた。
 
「それでマリカを育てるにして、どこで育てるかなんですが……」
 
「この家でしょうね」
 
 あっさりとエリスが答える。他の選択肢は誰の頭にも浮かばなかった。
 
「お願いしてもよろしいでしょうか?」
 
 優斗はマルスとエリスに伺いを立てると、二人は間髪入れずに頷く。
 
「迷惑を掛けろと言ったのだから、存分に掛けていいんだよ」
 
「私とマルスだって関係者なんだから、変に遠慮は必要ないわ」
 
「ありがとうございます」
 
 優斗が頭を下げた。その後にも何点か話すことがあり、今後のことについて細かいところを詰める。時間はそろそろ夜の九時を過ぎようとしていた。
 
「ぁぅ……」
 
 フィオナに抱かれているマリカがうつらうつら、と眠りそうになる。
 
「あら、もう眠いのね」
 
 エリスは立ち上がると娘を促す。
 
「フィオナ。今日はあなたが一緒に寝てあげなさい。寝かしつける方法は教えてあげるから」
 
「はい、分かりました」
 
 二人は立ち上がると、フィオナの部屋に向かおうとする。
 
「でしたら僕もそろそろ帰りますね」
 
 優斗も時間が時間なので、これ以上の長居は迷惑だろうとお暇しようとする。
 
「泊まっていってもいいんだよ?」
 
「いえ、大丈夫ですよ」
 
 マルスの誘いを断って、その場にいる全員に手を振ると優斗は踵を返した。すると、寝そうになっていたマリカが急にぐずりだした。
 
「……あぅぅぅぅ」
 
 泣きそうな様子に優斗も気付き、帰ろうとしていた足を止めてフィオナに近寄る。
 
「どうしたの?」
 
「あの、突然この子が泣き出したんですが」
 
 優斗がマリカの顔を覗き込むと、突然ぐずるのをやめた。
 
「えぅ」
 
「だいじょうぶ……かな?」
 
「おそらくは」
 
 エリスに確認を取ると「たぶんね」と言われる。
 
「それじゃ、今日は帰るから」
 
「はい、それでは」
 
 玄関に向かおうとする優斗。だが彼を急に掴んだ小さな手があった。
 
「ぱーぱっ!」
 
 フィオナから身を乗り出さんばかりにぎゅっと優斗の服を掴む。
 
「あぅぅ」
 
 そして小さく唸った。
 
「ど、どうしたんだろ?」
 
「わ、分かりません」
 
 赤ちゃんのアクションが何を指すかなど一ミリも分からない二人。けれどエリスが何かに気付く。
 
「あっ、もしかして」
 
 今度はエリスがマリカを覗き込んだ。
 
「パパが帰っちゃうのが嫌なの?」
 
 問い掛けるとマリカの瞳から、じわりと涙が余計に滲む。肯定しているようだった。
 エリスはマリカの意思を汲み取ると優斗に提案……というより命令する。
 
「というわけだから泊まっていきなさい」
 
 一瞬だけ戸惑った素振りを見せる優斗だが、すぐに結論を出す。
 
「そうですね」
 
 どうしても泊まりたくない、というわけではないし、マリカが泣きそうなのだから仕方ない。
 素直に頷いた。
 
「ユウト君。だったら少し付き合ってもらえないだろうか?」
 
 すると良い機会だとばかりに、マルスが飲む仕草を見せた。
 
「あなた、またなの?」
 
 少し不満そうにエリスが口を尖らせる。
 
「孫が出来てしまったのだからな。こういう日は祝いたいものだ」
 
 しかしマルスに正論を言われてしまい、エリスは反論できなかった。
 
「秘蔵の一本を持ち出そう」
 
 そう言って笑ったマルスに優斗も笑い返して、
 
「ご相伴、預かります」

 
 
 
 乾杯をすると優斗がマルスに再び頭を下げた。
 
「ありがとうございます」
 
「何がだい?」
 
「前に『迷惑を掛けていい』と言ってくれたことです。だからマリカをこの家にお願いしようと思いましたから」
 
 優斗としては幾分、気楽に提案できた。
 
「気にすることはないよ。フィオナも母親なのだからね。それに君の責任でもない」
 
 マルスは正論を述べて余計な責任を負わないように、と伝える。偶然が重なった結果、二人が親になったのだから誰かを責める必要などない。
 
「ならマリカの父親として『ありがとうございます』と伝えておきます」
 
「そうか」
 
 マルスは酒を口にする。滑らかな味わいの葡萄酒が臓腑に染み渡る。
 
「しかし私もついにおじいちゃんか」
 
 しみじみとした感慨がマルスの口から出た。
 
「フィオナが学院に入ってなければ、実際にそうなっていただろうね。だが唐突におじいちゃんになるとは驚くものだ」
 
「貴族というのは結婚も早いのですね」
 
「ああ。幸いと言うべきかどうかは別として、娘は魔法を使う素養があった。才能を伸ばすために学院に入り、婚姻も遅れている。普通の貴族ならばフィオナぐらいの歳ですでに子供がいる者も多いんだよ」
 
 むしろ、この歳で結婚していない貴族の娘は少ないほうかもしれない。
 
「だったら僕はフィオナに感謝しないといけませんね。彼女に魔法の素養があったおかげでフィオナに会えたし、エリスさんに会えたし、マルスさんに会えましたから」
 
「嬉しいことを言ってくれるね」
 
「そうですか?」
 
「ああ、そうだとも」
 
 二人は同時に葡萄酒が入っているグラスを傾けた。あまりお酒を飲んだことのない優斗でも、このあいだ飲んだものより美味しいと思えた。
 
「しかし君はこれから、どうするつもりかな?」
 
「どういうことですか?」
 
「今日のマリカの態度を見ると、あの子は君が一緒に住んでいなければまた泣き出すはずだ」
 
 マルスはなんとなくだが、自分の言ったことは間違いないと感じる。優斗も否定できず、多少困った様相をマルスに見せ、
 
「……どうしましょう?」
 
「簡単な解決はユウト君がここに引っ越して一緒に住むことだが」
 
「大丈夫なのでしょうか?」
 
 自分なんかが公爵家に住むことに対して、やって来る問題は無視できるものではないはずだ。
 しかしマルスは平然と言ってのけた。
 
「なに、問題はない。龍神を育てるというのは国にとっても『龍神の選んだ聖地』としてプラスイメージになる。もちろん今回のことはある程度は流布されるものの、親の秘匿性は保たれるように国がバックアップに回る」
 
「確かに対外的な問題もあるのですが、皆さんは?」
 
「私は息子が欲しかった。エリスも君を気に入っている。フィオナなんて言わずもがな、だ。この家にとっても君が来てくれることは歓迎すべきことだよ」
 
 マルスが笑いながら言ってくれたことに、優斗の胸が“ドクン”と高鳴った。同時に焼き付いた過去の記憶が浮かび上がってくる。
 
 『結果が出なければ、お前はこの家にいる価値が存在しない』
 
 よく言われ続けていた台詞。何度も何度も繰り返され、飽きるほどに突きつけられた悪態。実の親から道具として扱われていることを認識させられる言葉。
 けれど今、マルスは全く違うことを言ってくれた。

 ──嬉しいものだね。

 “結果を出していない自分”でも求めてくれて歓迎してくれる、というのは。ただそれだけのことが、これ以上なく嬉しい。
 
「ありがとうございます」
 
 けれど今、すぐに結論を出して決めてしまうことでもない。
 
「一応、明日の朝にでも皆さんと相談してどうするのか、結論を出そうと思います」
 
「ああ。そうするといい」
 



[41560] 指輪と家族
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:cd1b8e2e
Date: 2015/09/23 21:19

 
 翌日の朝。
 
「……ん……」
 
 朝日が目に入って、優斗は眠りから覚める。普段とは違う天井が目に映る。
 
「…………」
 
 寝起きは頭の回転もそこそこに悪いが、さすがに自分がどこにいるのかは覚えている。
 
「……フィオナの家か」
 
 のそのそとベッドから這いずり出た。

 ──今日は僕がここに住むのか……相談しなきゃ。

 普段はゆっくりと頭の回転が上がっていくのを待っているが、さすがに今日はそういうわけにもいかない。無理にでも普段の状態に戻ることが必要だ。
 
「…………んー、と……」
 
 優斗はどうしようかと回転不足の頭で考え、
 
「……伸びでもしてみるか」
 
 両手を組み合わせ、伸びをしようとした瞬間だった。左手の指に違和感があった。
 
「……ん……?」
 
 ぽけっ、としながら左手を見てみる。銀色に光る輪っかがあった。
 
「……ゆびわ?」
 
 左手の薬指に見たこともなければ、嵌めた記憶も一切ない指輪が嵌まっている。一歩遅れて事の重大さに気付いた。
 
「いや、なんだこれっ!?」
 
 眠気も消し飛び、頭の回転数も一気に上がった。


 
 
 優斗は慌てて着替えてフィオナ達に会いに行く。幸い、優斗以外はすでに広間にいた……のだが、なぜかフィオナの周りに集合していた。
 
「あっ、優斗さん」
 
 フィオナが朝のあいさつすらも忘れて、困った表情を浮かべている。
 
「もしかして……何かあった?」
 
「まーちゃんと一緒に寝てたんですが、朝起きたら指輪が……」
 
 おそらくまーちゃん、というのはマリカの愛称だろう。そして指輪というのは、
 
「もしかしてこれ?」
 
 優斗は左手をフィオナに見せる。
 
「は、はい! それです!」
 
 フィオナも自身の左手を優斗に差し出す。同じように薬指に指輪が嵌まっていた。
 
「これ、取れないんですよ」
 
 フィオナが指輪を引っ張ってみるが、少し動いたところで止まってしまう。優斗も彼女と同じようにやってみたが、確かに外れなかった。
 
「……いや、まあ……なんとなく理由はわかるんだけど」
 
 二人はエリスに抱かれているマリカを見た。両親の視線が集まって嬉しいのか、はしゃぐマリカ。
 
「どうしましょうか?」
 
「指輪の意味もまだ分からないから、なんとも言えないよね」
 
 優斗はマルスとエリスに視線で問い掛けてみるが、二人も詳しい知識を持ち合わせていないので、何か言うこともできない。
 すると家政婦が客人の存在を知らせた。マルスが確認するとアリーの名前が出てきた。
 何でも王城に来て欲しい、とのことらしい。
 元々、登城するマルスはもちろんのこと、優斗、フィオナ、エリスにマリカもだそうだ。
 優斗がここにいたのは予想の範疇だったらしく、寮まで行く手間が省けたと馬車の中でアリーが話していた。
 
「昨日、龍神の赤子について急いで調べたところ、いくつか分かったことがありましたので父様からお話がありますわ。そこまで堅苦しい話にはならないと思いますので、安心なさってください」
 
 といった感じでアリーが説明するものの、トラスティ家に加えて優斗も登城して王様から話を伺うなんて相当なことだ。
 堅苦しくはないかもしれないが、やはり国には重要なことなのだろう。
 
 

 
 トラスティ家と一緒に謁見の間へ通される。優斗にとっては二回目だ。前回と同じように王様が玉座に座っていて、傍らには王妃。
 違うのはアリーが王様側ではなく自分達を連れてきた、ということだろう。
 
「父様。公爵家トラスティ及び、ミヤガワ・ユウト様をお連れいたしました」
 
 どうやら自分は学生でも子爵家でもなく、異世界の客人としての立場で招かれているらしい。
 王様はアリーに労いの声を掛ける。
 
「アリシア、ご苦労。ただ、お前が呼びに行くと言ってきた時は少し驚いたぞ」
 
「わたくしは現場にいましたし、ユウトさんにフィオナさんはわたくしの大切な友人。彼らを呼ぶのですから、わたくしが行くというのが当然ですわ」
 
 キッパリと友人発言したアリーに王様は目をぱちくりさせたが、「そうかそうか」と朗らかに笑った。だが、すぐに表情を切り替える。
 
「今回呼び立てたのは他でもない、龍神の赤子のことだ」
 
 この場にいる全員の視線がマリカに集まる。抱きかかえているフィオナは緊張し、マリカは不思議そうな表情をしている。
 
「さっそくだが龍神の赤子を見せてもらってもいいか?」
 
 フィオナは王様に失礼のないように頷く。そして、ゆっくりと王様へと近寄っていってマリカを見せる。
 
「もう名前は決まったのか?」
 
「はい。マリカ、と名付けました」
 
「そうか。良い名前だ」
 
 マジマジと王様がマリカを覗き込む。けれどマリカは目の前にある長い髭が気になったのか、
 
「たっ!」
 
 掛け声一つ、右手を伸ばして王様の髭を掴む。後ろではマルスとエリス、優斗の血の気が引いた。
 
「ま、まーちゃん!」
 
 フィオナがやめさせようとするが、王様が制す。
 
「よい。赤子はこうでなくてはな」
 
 しばらく髭で遊ばせる。そしてマリカが満足して髭から手を離すと、王様は笑って話を続けた。
 
「さて、ユウトにフィオナよ。二人とも指輪が左手の薬指に嵌まっているのではないか?」
 
「は、はい。朝起きたら指輪が嵌まっていました」
 
「それは龍神の指輪というもので、人間が龍神を育てることになった際、全員が受け取っているものだ」
 
「外せないのですが」
 
 優斗が指輪を引っ張って外れないところを見せる。けれど王様は理由を知っているらしく、優斗達に教えてくれた。
 
「龍神の母の元へ戻るまでは外せないらしい」
 
 それは下手したら、数年はこれを付けていることになるのではないだろうか、と優斗は龍神の指輪を見詰める。
 
「なに、精霊すらも扱えるというご利益のある聖なる指輪だ。無理に外すこともないだろう」
 
 王様が柔らかい口調で伝えてくれたので、優斗も少しは安心する。
 
「そして、ここからは龍神を育てた何人かの人間が記した本から分かったことなのだが……」
 
 王様は優斗とフィオナを調べたことを伝え始める。
 
「現時点で分かっている限り、お前達が一番若い親ということになる。今までは若くても二○代後半なのだが」
 
 なぜか今回は年若い二人が親になった。優斗は王様に気になった点を質問する。
 
「選ばれるのに何か共通点とかがあるのでしょうか?」
 
「卵が孵化する瞬間にいる必要があるのは分かるのだが、それ以外は把握していない。ただ、なぜか卵を見つける場にいたのが婚約者同士や夫婦だということ。卵のある現場に複数名いたとしても、それは変わらないらしい」
 
「そうですか」
 
 自分達はまだ婚約者どころか恋人ですらない。ということは、今までの婚約者同士や夫婦という条件が崩れる。
 偶然だったのだろうか、と優斗は頭を悩ませようとするが、王様がさらに説明を付け加えた。
 
「あと重要なのは一緒に住まなければならない、という点だ」
 
「どういうことですか?」
 
「どうやら龍神は自分が住んでいる場所に、親も一緒に住んでいないと癇癪を起こすらしい。幸いにも歴代で育てた者達は物分かりがよかったので、別々に住んでいた者達はすぐに同じ家へ住むことにしたらしいが、別々に住んだらどうなってしまうのか分からない」
 
 優斗、フィオナ、マルス、エリスの四人は納得する。確かに昨日は優斗が帰ろうとしたらぐずりだした。もし帰っていたら癇癪を起こしていたかもしれない。
 知らずして回避したことに安堵すると同時に、優斗の心配事も増えた。
 
「……それは毎日帰らないといけないものでしょうか?」
 
「いや、あくまで“最終的に帰る場所”であればいいらしい。だから何日も家を空けたところで心配はないし、そこらへんの物分かりは良いのだろう」
 
 王様の返答に優斗もフィオナもほっ、とする。
 
「もちろん、二人は学生が本分だということは我も分かっている。そしてまだ遊びたい盛りということもな。だからこそマルスとエリスにも来て貰ったのだ」
 
 王様は続いて龍神の祖父と祖母になった二人に視線を向ける。マルスとエリスは黙って臣下の礼を取って傅いた。
 
「マルス。龍神が赤子をこの地に置いたということは、この地が龍神にとっての聖地として認められたということだ。重要性は承知しているだろう?」
 
「はっ!」
 
「そして龍神の赤子、マリカはお前達の孫になる。特にエリスはユウトやフィオナよりもマリカと関わる時間も多くなるだろう」
 
 だからこそ、
 
「しっかりとフォローしてやってくれ。それは祖父と祖母にしかできないことだ」
 
 王様の言葉を受けてマルスとエリスは顔を上げる。
 
「陛下の優しき言葉、しかと承りました」
 
「龍神の赤子、マリカはトラスティ家が責任を持って育て上げます」
 

 
 
 その後、数十点もの確認事項を決めてから、五人は帰途へ向かうことになった。マルスはそのまま仕事をしようと思っていたが、王様の配慮によって帰宅を許される。
 
「というわけで、今日明日中にでもユウトさんを引っ越しさせないといけないわね」
 
 帰り道の馬車でエリスが確認するように言葉にした。マルスもうんうん、と頷く。
 
「本当は今日の朝にでも引越しについてユウト君と相談しようと思っていたのだが、マリカが癇癪を起こしてしまうとなれば話は別になる」
 
 マルスがマリカに視線を向けると、今はフィオナに抱っこされてぐっすりと寝ていた。
 
「まずはユウト君の寮へ行くとしようか。必要な物もあるだろう?」
 
 そして馬車の行き先を学院寮にしようとするが、優斗は手を振って止めさせる。
 
「ちょっと待ってください。僕に関しては引っ越しを急がなくても大丈夫ですよ。もともと荷物は少ないですし、衣類も最低限しか持っていませんので。夏休み中にでもゆっくり持ち運びをしようと思います。一応、八月いっぱいまで部屋は使っていいことになりましたから。これから着替えは取りに戻りますけど、まずは僕のことよりもマリカを育てる道具を揃えるのが先決でしょう」
 
 自分は必要な都度、寮から取ってくればいいがマリカはそうもいかない。
 
「私としては服とかたくさん着飾りたいわね」
 
「ベビーカーとかも必要でしょうか?」
 
「マリカはやんちゃみたいだから、あったほうが便利よ」
 
 エリスとフィオナが、あれこれとマリカを育てるために欲しい物を声に出して並べていく。
 女性主導で話しているうちに、色々な店が並んでいる通りに到着した。優斗だけはエリス達と離れて寮に足を向ける。
 
「じゃあ、僕は寮のほうに一旦戻ります。着替えと引っ越しすることをあいつらに伝えに」
 
「分かったわ。あまり遅くならないようにね」
 
 でなかれば、マリカがどういう反応をするのか分からない。優斗はエリスの心配する内容に気付いて苦笑する。
 
「大丈夫です。すぐに戻りますよ」
 
 
 
 
「──というわけで今日から引っ越すことになったよ」
 
 優斗は寮にいる修、卓也、和泉を自室に呼び出すと、昨日から今日に関しての詳細を話した。
 
「またずいぶんと急ではあるな」
 
 和泉が話を聞いて後悔する。昨日から何か慌ただしいと思ったら、自分が必死に勉強してる最中にこんなにも面白いことがあったとは。
 
「和泉は昨日いなかったから、余計にそう感じるだろうね」
 
 こんなに早い展開で色々なことが決まるとは優斗も驚く一方だった。
 
「つーか和泉は追試、大丈夫なのか?」
 
「そこそこ心配なんだけど」
 
 修と卓也は優斗が寮から出て行く話よりも、彼の勉強の進捗状況のほうが気になる。
 
「今は休憩中だ。クリスが呼び出された。おそらくは優斗達の件だとは思うが」
 
「だろうね」
 
 和泉の話を聞きながら、着替えをバッグに詰め込み始める優斗。修はベッドに寝転びながら、今後の優斗の状況がどうなるのかを確認する。
 
「これからも、こっちに遊びに来たりはできんのか?」
 
「ちょくちょくは大丈夫だと思うよ。けど仮にも赤ん坊を育てるわけだから、頻繁に泊まったりはできないかな」
 
「そりゃそうか」
 
「さすがにね」
 
 優斗は笑いながらバッグをパン、と叩く。これで数日分の準備は完了だ。
 
「というわけで、これからフィオナの家に行ってくるね」
 
「はいよ」
 
 修が気軽に返事をする。最後に優斗は四ヶ月ほど過ごした自室を見回して……三人と目が合った。
 
「落ち着いたら遊びに行ってやんよ」
 
「楽しいことがあったら、いつものように呼び出しするから」
 
「お前らしく頑張ればいい」
 
 修、卓也、和泉と三者三様に送り出してくれる。
 
「行ってくるよ」
 
 優斗は表情を綻ばせながら、今まで住んでいた部屋を後にした。


 
 
 荷物を持ってトラスティ邸の門を通り、優斗はバルトに挨拶をしてから玄関へと辿り着く。
 ノックをしてから玄関を開けた。
 
「失礼します」
 
 家の中に入ると、途端に小さいものがとてとて、と駆け寄ってきたのが見えた。
 
「ぱーぱっ!」
 
 優斗はバッグを置くと、勢いそのままに飛びつくマリカを抱き抱える。後から続いてフィオナとエリスがやってきた。
 
「お帰りなさい、優斗さん」
 
「お帰り。マリカはちゃんとパパにお帰りって言った?」
 
「あいっ!」
 
 お父さんに抱っこされているマリカが大きく返事をした。
 
「…………」
 
 一方で優斗は少し呆ける。

 ──お帰り、か。

 少しこそばゆかった。家に帰ったことで得られる“お帰り”が。いや、正確に自分の感情を表現するのであれば……嬉しかった。
 
「優斗さん?」
 
 返事も何もないことにフィオナが不思議がる。優斗は取り繕いながら、それでも久方ぶりに使う言葉を大切に口にした。
 
「ただいま戻りました」
 






[41560] 初の旅行
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:2a9ff83e
Date: 2015/09/27 19:00
 
 そして数日後。優斗の引っ越しも着々と進んでいき、仲間内で唯一の追試を受けることになった和泉もクリスの懸命の指導により、どうにか補習を回避することができた。
 なので今現在、彼らは何一つ憂いがない状態で大きな馬車に乗り、リライト王国沿岸にある海へと向かっていた。
 御者台には優斗とクリスが乗って馬を御している。
 
「大丈夫ですかね?」
 
 クリスが手綱を握りながら車の様子が気にした。車の中にいるのは総勢八人。優斗とクリスが御者台に座っているとすると、連れてきているマリカを数に入れたところで一人多い計算になる。
 
「護衛として来てるみたいだから、気を張るのはしょうがないと思うけど……」
 
 優斗は海に向かっている面々の中で唯一、目一杯に力んでいる人物のことを考えて苦笑いを浮かべる。
 
「もっとリラックスしてほしいんだけどね」
 
「自分も同じ気持ちです」
 
 今日は一泊二日で行くことになった旅行の初日なのだが、優斗とクリスは朝、集合したときのことを思い出していた。
 

 
 
「この度はアリシア様及び公爵様、龍神様の警護担当として参りましたレイナ=ヴァイ=アクライトと申します」
 
 集合場所であるトラスティ邸の門の前に、片膝をつき頭を垂れる生徒会長――レイナがいた。
 彼女が地面に向けている顔を上げると、唖然とした表情の貴族達と変なものを見るような異世界組がいる。
 
「と、とりあえず立っていただけますか?」
 
 さすがに王女のアリーといえど唐突過ぎて声が引き攣る。
 
「はっ!」
 
 きびきびとした動きでレイナが立ち上がった。アリーは彼女の反応を見ると、眉ねを揉みほぐしながら、
 
「あと、その口調と動きをやめていただけると助かりますわ」
 
 いきなりの登場人物に全員が動揺を隠せていない。しかもやってきたのが自分達の通う学院の生徒会長なのだから、尚更だ。
 
「し、しかし私は護衛として来ましたので」
 
 レイナが反論するも、アリー達には何の話なのかさっぱりだ。
 
「まず、わたくし達はなぜ貴女が護衛として来られたか、全く知らされていないのです。それから説明していただけますか?」
 
「か、畏まりました」
 
 ということでレイナから詳しい話を聞いてみると、どうやら貴族の中でも上流が集まっており、さらには龍神の赤子までいる面子が旅行をするにあたって、リライトの勇者である修だけでは護衛の人数が足りていないのでは? とのこと。
 隠れて騎士達にも見張らせるので特に問題はないと王様は思ってはいたのが、すぐ近くにも護衛はいたほうがいい、との助言が近衛騎士団長からあったらしい。
 そして彼の娘であり、同じ学院に通っている生徒会長――レイナに護衛の話が回ってきた、ということが彼女から伝えられたことだ。
 
「皆様にはお伝えされていると思いましたが、驚かせてしまい申し訳ございません」
 
 

 
 そして今へと至る。置いていくのもどうかと思うので、レイナも車の中にいる。
 最初は彼女が御者も自分がやると言い出したのだが、それは優斗とクリスが丁重に断った。
 
「あの、レイナ様」
 
 車内にいるアリーは生徒会長に情報がどこまで伝えられているのか、とりあえず確認してみる。
 
「護衛で来られたということは、やはりある程度の話は聞かれているのですか?」
 
「はい。ミヤガワ様やウチダ様、ササキ様にトヨダ……様の名前は元々、転校生ということで知っていましたが、異世界から来た方々というのは先日に学院長とリライト王より教えていただきました」
 
 すらすらと述べるレイナだが、彼女の口調にアリーが小さく溜め息を吐いた。
 
「先ほども言いましたが、普段のレイナ様はそのような口調ではないでしょう? わたくし達は友達と旅行に来ているのです。レイナ様も一緒にいらっしゃるなら、護衛という形ではなく学院の先輩として居ていただけると、こちらも気が楽になるのですが」
 
「で、ですが──」
 
 レイナとて護衛として来ている以上、公私は別けるべきだと思っている。だから普段通りに口調など出来るはずもない。
 すると頑ななレイナに対して、和泉が馬鹿にするような発言をした。
 
「面倒だな、お前は」
 
「……なんだと?」
 
 初対面から口喧嘩をしたと言っても過言ではない二人は、いきなり睨み合いを始める。
 
「堅苦しい護衛なら別にお前じゃなくていい。お前よりも腕の立つ護衛なんて他にいる……というより、どうせ隠れて来ているだろう。貴族連中をすぐ近くで守る奴だって修や優斗がいる。人数が足りないから不安だと近衛騎士団長は言っていたようだが、修と優斗がいるというのに足りないわけがない。けれど、それを理由としてお前を護衛として寄越した意味を考えろ」
 
 そして予想される理由が、どこにでもあるような政治的な意味合いを持ったものだと和泉は思わない。
 
「さっき優斗が言っていたが、ここにいる面子は将来の国政に関しても重要な役割を果たす可能性が高い。公爵も王族も勇者も異世界人もいる。お前は将来的に近衛騎士を目指してるんだろう?」
 
 和泉の問い掛けにレイナは素直に頷く。
 
「ならば将来的に守る立場の中心になり得るお前に、少しでも俺達の雰囲気に慣れてほしい、というのが今回の件の一端じゃないか、とな」
 
「……そ、そうなのか」
 
 和泉の話に説得力があったのか、レイナは深く深く頷く。ココも憧れの存在であるレイナに懇願するように、
 
「わたし達は公爵だから友達とかいなかったです。でも、だから友達とだけで行ける旅行がとっても楽しみで、レイナ様も──いえ、レイナさんも協力してくれると嬉しいです」
 
 さらには卓也が気軽に自分達が求めているレイナの在り方を告げる。
 
「つまりオレ達が望んでるのは護衛じゃなくて、生徒会長ってことなんだよ」
 
「ついでに守ってくれると助かる、っていう話だわな」
 
 なあ、と修が同意を求めると、護衛される最筆頭のアリーとマリカが返事した。
 
「そうですわね」
 
「あいっ!」
 
 車内に響く二人分の声。優斗とクリスは漏れてくる会話を聞きながら、
 
「まとまりそうですね」
 
「そうだね」
 
「ユウトさんは……いえ、ユウトはいつ護衛が将来的なものに繋がっていると気付いたのですか?」
 
 クリスが優斗を呼び捨てにした。それに少し驚きながらも優斗は答える。
 
「まさか、何も気付いてないよ。だったらいいなって思っただけ。まだ何の情報もないんだから」
 
「では、先ほどイズミが仰っていたのは?」
 
「僕の口からのでまかせ。分かりやすい道筋を立てれば大抵は納得するから」
 
「確かに。中にいる方々は皆、納得されましたね」
 
 レイナが説明した王様達の話も、どこまで本当なのかは分からない。ただ、王様の為人を考えれば悪い方向に想像を働かせる必要はない。
 であれば、気楽な出任せを言ったほうがいい。
 
「僕達の場合はバカが突拍子もない方法で垣根を取っ払ったけど、レイナさんは堅物みたいだから。納得できるような理由を考えないと、さすがに無理だと思ったんだ」
 
「ユウトはよく考えていますね」
 
「頭を使わない人と一緒にいるとね、自然と考えなきゃいけないことが多くなるんだよ。クリスもすでに実感してるでしょ?」
 
 気軽な優斗の口調にクリスは「確かに」と頷いた。二人は苦笑しながら手綱を握り直す。
 
「それにしてもさ。馬車って二種類あるんだね。初めて知ったからビックリしたよ」
 
 優斗達が今乗っている馬車の他に、もっと別系統の馬車があることをクリスから聞いて驚いたものだ。
 
「遊覧型と他国へ移動用の高速型。二種類ありますからね」
 
 現在、自分達が乗っているのは遊覧型であり基本的に皆が乗る馬車。
 
「高速型って魔法具との合わせ技ですごく速いんだよね?」
 
「はい。各国を繋げる高速型専用の大通りを使って移動しますので、大抵の国は半日ほどで着きます」
 
 セリアールの大きさは優斗達のいた地球と同じくらい。三大国と呼ばれる国のうち、一つだけは違う大陸にあるものの、八割以上の国は同じ大陸に存在する。
 だからといって大抵の国が半日で着くというのは、あまりに想像の範疇を超えている。
 
「……どれだけスピード出るの?」
 
「さあ? ただ、馬車の窓から見える風景は遠かろうと霞みますね」
 
「うわ、乗りたくない」
 
 たかだか馬車なのに飛行機以上の速度かもしれない。基本的に恐れることがない優斗でも、恐怖を覚えそうだった。
 だがクリスは小さく笑って、
 
「それは無理な相談です。いずれユウトも乗ることになりますよ」
 
 

 
 今回、泊まることになっているのは、クリスの家が避暑地に使っている別荘の一つだ。
 修が計画立てた最初の計画だと泳ぎ通すことになっていたのだが、二日もあることだから初日は近くの川で釣りにチャレンジする、ということになった。
 
「ほ、本当にこんなものを針に刺さなければならないのですか?」
 
 アリーを始め、クリスとレイナ以外の貴族は餌を付ける時点で四苦八苦している。レイナも子爵の爵位を持つ家柄なのだが、彼女は平然と餌を付けていた。
 なんとか全員が餌を付け終わると、それぞれがバラけて釣り糸を垂らす。
 優斗とフィオナだけはマリカを交代で見ることにしており、今は優斗がマリカの面倒を見ている。
 
「おっ!」
 
 すると釣りを始めて数分で、修の竿が微かに反応を示した。
 
「来たぁ!」
 
 まずは修に当たりが来た。水面で暴れている姿から鑑みるに、体長三○センチほどの鮎みたいな魚が当たっている。
 
「よっしゃ、まずは一匹ゲット!」
 
 手際よく竿を持ち上げて鮎を引き寄せる。そして自らの手に収めると素早く針を外してバケツに放り込んだ。
 
「うしっ! みんな、どんどん釣るぞ!」
 
 修の掛け声で全員がより一層、竿に集中し始めた。この場所は魚の溜まり場だったのか、他のメンバーもすぐに引きが来た。
 
「あわわっ!」
 
 ココなどは、おっかなびっくり竿を引いて魚を手繰り寄せ、
 
「これは大きいですね」
 
 クリスは自分が釣った魚の大きさに満足しながら再び糸を垂らす。中でもとりわけ大きい魚を釣ったのがアリー。
 釣り竿の先に反応があった為、思いっきり引っ張ってみると、考えていた以上に衝撃が手に伝わる。
 
「あの、あの、シュウ様!」
 
 予想外の強い引きで慌てる彼女に、修が素早く駆け寄った。アリーの身体を包み込むように後ろから手を回すると、一緒に竿を握る。
 
「一気に引くぞ!」
 
「は、はいっ!」
 
 暴れまわる魚を目の前にして、二人して一緒に力を込める。すると水面から出てきたのは八○センチほどの魚。
 二人で同時にキャッチするが、魚が重くて同時に尻餅をついた。
 
「うおっ、スゲー重いじゃねーか」
 
「ビックリですわ」
 
 ビチッ、と魚が腕の中で暴れる。アリーと修が呆けた表情で顔を見合わせた。
 なぜか笑いが込み上げてくる。
 
「ふふっ」
 
「はははっ!」
 
 大笑いしていると周りの友人達が集まって、二人が抱きしめている魚を見るや驚いたり褒め称えたりした。
 
「アリー」
 
「はい?」
 
 修は右手を上げる。アリーは首を傾げながらも、同じように右手を上げる。
 瞬間、修は手を動かして彼女の右手と合わせた。パン、と乾いた音が響く。
 


 
 釣りを楽しんだあとは、バーベキューを始めた……のだが、一人だ可哀想な人物がいた。
 
「やはり外での食事は美味しいですわ」
 
「イズミ、野菜が邪魔だ。早く食べてくれ」
 
「生徒会長が食えばいいだろう」
 
「おい、卓也。肉が足らねーぞ」
 
「お前らも少しは手伝え!」
 
 バーベキューには大抵、焼くばっかりの係が存在する。そして、こういった場合は基本的に卓也が就任される。
 彼の悲痛な叫びに優斗とクリスとレイナ、ココが苦笑しながらも応じて手伝い始めた。アリーも自分の分ぐらいは、と野菜を取って焼いてみる。
 
「まーちゃん、ゆっくりと噛んで食べてくださいね」
 
「あい」
 
 フィオナが小さめの柔らかな食材を選んではマリカの口に運ぶ。
 
「卓也、魚を焼いてくれ」
 
「和泉! 自分で焼けっ!」
 
 慌ただしく動く卓也。彼にとって一番の難敵は修と和泉だろう。
 
「焼き加減、というのは中々に難しいですわ」
 
「ほんとです」
 
 そしてココやアリーは自分の分を楽しそうに焼いては食事を取っていた。
 というよりレイナとクリス、最近料理を始めたフィオナを除く貴族は自分で料理を作ったこともないため、今回のバーベキューは焼いたりひっくり返したりするだけにしても、自分で作る料理として簡単で新鮮だった。
 


 
 そして夜になり、男子組と女子組に別れて別々の広間で寝ることになった。
 となると、だ。始まるのは修学旅行のような夜の会話。男子は卓也が先陣を切って尋ねる。
 
「それで優斗はどうなんだよ?」
 
「何が?」
 
「フィオナとどこまで進んでるのかってことだよ」
 
 おそらく仲間内で一番気になるのが、二人の関係だろう。最初の初々しいやり取りといい、現在の状況といい、気になって当然だ。
 しかし優斗は肩をすくめて愛想笑いを浮かべる。
 
「期待に応えられず残念だけど、まだ何もしてないよ」
 
「キスは?」
 
「してない」
 
 優斗は簡単に否定する。続いてクリスも訊いてきた。
 
「では、手も繋いでいないのですか?」
 
「繋ぐどころか、触れてすらもいないけど」
 
「……優斗。俺が言うのもどうかとは思うが、大丈夫なのか?」
 
 あの和泉が本気で心配してくる。優斗は呆れ顔になって、
 
「というか、僕達ってそんなにカップルに思え……ごめん、今のは無しで」
 
 反論しようと思ったのだが、すぐに自分で気付いて言葉を濁した。あれだけフィオナから心配された上に、龍神であるマリカが娘として登場してきたのだから「何を言っているんだ?」と全員に心の中でツッコミを入れられたことだろう。
 優斗自身も客観的に見たら『付き合ってるだろ』ぐらいは絶対に思っていたはずだ。
 
「まあ、お前達なら時間の問題だろうけど」
 
 卓也がしみじみ言うと他三人が納得した。次いで優斗達の視線が向いたのは、
 
「クリスはどうなの?」
 
 王子様系イケメンの恋愛模様。今度は優斗が聞く係に回る。
 
「自分ですか? 自分は婚約者がいますから、何とも言えませんね」
 
「「「「 婚約者!? 」」」」
 
 面白い爆弾発言がクリスから飛んできた。
 
「はい。一応ではありますが婚約者がいますよ」
 
 四人の唖然とした顔にクリスはしてやったり、の笑みを浮かべる。
 
「自分が学院にいますので結婚はまだですが、卒業したら結婚します」
 
「うわぁ、貴族っぽいじゃんか」
 
「貴族ですから」
 
 修の感想にクリスは是非もなく肯定した。優斗はさらに詳しいことを尋ねていく。
 
「会ったことはあるの?」
 
「一度だけですね。この夏にまた会うことになっているんです」
 
「よくそれで結婚できるな。オレはたぶん、無理だよ」
 
 卓也は考えられない、とばかりに苦笑した。あらためて違う世界の違う常識なのだと認識させられる。向こうでは王族や皇族ですらも一般人と結婚できる時代だというのに。
 
「そこまで割り切った結婚、というわけでもないのですよ。これでも自分は公爵家の長男です。下位の貴族ならば自分の意に沿わない結婚は多々ありますが、自分はある程度自由に選べる立場にいるので、幸せなほうかと」
 
「そうか。まあ、本人が問題ないと思えるならいいだろう」
 
 和泉はクリスが不幸にならないのであれば、それでいいとばかりに納得する様子を見せた。
 
「だったらアリーはどうなんだ?」
 
 ふと気になった修がクリスに問い掛ける。
 
「彼女は王族ですから相手となる人物には、ある程度の地位は必要になります。最低でも公爵の血筋か城内でも権力のある方との結婚になるかと。少なくとも彼女の夫になることは国王になるということなのですから。時に意に沿わない結婚を強いられることもあるかもしれません」
 
 国の利益のため、という言葉で結婚せざるを得ない場合もあるかもしれない。
 
「もしクリスの言うような状況になったら修の出番かな」
 
「俺?」
 
 優斗の振りに修が疑問を浮かべると、和泉が解説した。
 
「貴族以上の立場である異世界出身で勇者の刻印を持っている『リライトの勇者』。アリーがどこかしらの貴族が嫌だと言ったらお前が婚約者にでもなって結婚してやればいい」
 
 特にアリーは修に惚れているのだから、一切問題ないだろう。
 けれど修はいつもと変わらない表情で、
 
「しゃーないな」
 
 とりあえず頷いた。修を除く全員で顔を見合わせる。今のところ、脈はないらしい。
 
「んじゃ、もう一つ気になったんだけどよ。和泉はなんでレイナと相性が悪いんだ?」
 
 好みを考えると本当に意外だと修は思う。
 
「お前、あいつの性格とか直球ド真ん中だろ?」
 
 堅物生真面目の委員長キャラ。ゲームでやっていた時は常々発狂しながらボタン連打してシナリオを進めていたというのに、どうしてレイナとは喧嘩をするのだろうか。
 
「いや、ゲームでは好きだったが、現実にいると……少しうざい。お前達にもあるだろう?」
 
 例えるならゲームキャラだと妹が大好きだが、リアル妹とは相性が悪いとか。そういった類の感情だ。
 
「ゲームだから許せる性格であって、現実では勘弁願いたいものだ」
 

 
 
 そして女子も女子で並べた布団の中央に集まる。
 
「マリちゃんは寝てます?」
 
「ええ。もうぐっすりです」
 
 フィオナはすぐ側で眠っている愛娘の髪の毛をちょいちょい、と触る。マリカは身じろぎもせずにすやすやと夢の中にいた。
 
「フィオナさんも大変です。急にお母さんになるなんて」
 
 僅かな明かりが皆の顔を照らす中、ココの言葉にフィオナは首を横に振った。
 
「でも可愛いですよ。まーちゃんが無邪気に笑っていたりするのを見ていると、疲れが飛んでいきますから。これが母親になる人の気持ちなんだなって、少し分かった気がします」
 
 まだマリカとは少ししか一緒に暮らしていないが、それでも母親というものがどういう存在なのか、僅かにでも理解できたとフィオナは自分で思っている。
 するとアリーがニマニマと笑いながら、
 
「それに何かあってもフォローしてくれる、献身的で優しい旦那様までいますものね」
 
「ア、アリーさん!?」
 
 ビックリして若干顔を赤くするフィオナ。レイナもアリーの発言に多少、驚きの表情を浮かべる。
 
「すでにフィオナには旦那様がいるのか?」
 
「ええ。この間、決め事のうちにあったのですわ。対外的にユウトさんとフィオナさんを婚約者であったり夫婦にする、と」
 
 今回選ばれた二人は今まで龍神の子供を育てた人達に比べると違いがある。
 その違いがどう働くかわからない以上、できるかぎりは今まで育ててきた人物達と対外的だけでも似せていこうとするのは、必然的な流れだろう。
 フィオナは顔を赤らめたまま、必死に反論する。
 
「そ、それはそうですけど、あくまで非常事態になったときですから」
 
「では非常事態が起こったら私達は臨機応変に対応しろ、ということか?」
 
 レイナの質問にアリーが頷く。
 
「そういうことです。時と場合によって夫婦になったり婚約者になったりするそうですわ。マリカちゃんがいる以上、大抵はユウトさんの──ミヤガワ家の奥様というのがフィオナさんの設定になるのではないかと」
 
 しかしながら、あくまで設定とはいっても優斗が婿入りしたときの書類、フィオナが嫁入りした書類、婚約者として認める書類は実際に存在している。
 その全てに王国印が押されており、金庫に保管されていた。
 ココも王城で説明を聞いた時は、マリカが生まれた現場にいた人間だったというのに大層驚いたものだ。
 
「マリちゃんの存在を知っている方でも、ユウトさんとフィオナさんは婚約者同士という設定らしくて。わたし達は状況に合わせる必要性があるって教わりました」
 
 凄い展開になったものだと、ココは聞いた当初に目を丸くしたものだ。
 
「むしろ数々の設定を嬉々として望んでいたのはフィオナさんのご両親でしたわね」
 
 アリーも話し合いの状況を思い返す。マルスもエリスも優斗はお気に入りらしく、娘の婚約者など以ての外──と思うどころか、進んでそうしようとしている節があった。
 無論のこと、フィオナの様子から鑑みた結果でもあるだろうが。
 と、ここでフィオナがこれ以上の弄りが恥ずかしくなったのか、話の矛先を無理矢理に変える。
 
「わ、私はともかくとして、アリーさんやココさんはどうなんですか?」
 
「なに? 二人にもあるのか?」
 
 次々と出てくる乙女話にレイナも内心が躍る。
 いくら生真面目だとはいえ、恋愛トークというものは若い女性で嫌いな人はそうそういない。
 フィオナは間髪入れずにアリーへ質問する。
 
「アリーさんはシュウさんと、どうなんですか?」
 
「シュウ様とは別に……何事もなく過ごしておりますわ」
 
「でも優斗さんが『アリーは修のことが好きなはずだよ』と言ってましたけど」
 
 フィオナは優斗から聞いた話そのままに、アリーへ伝える。すると彼女は『やっぱり』という表情を浮かべた。優斗は無駄に相手の心の機微に聡い。
 おそらくは最初に出会った瞬間からバレていたのではないかと思う。
 
「なんというか、掴み所がないのです」
 
「掴み所がない?」
 
 どういうことだ、とレイナが聞き返す。
 
「例えば恋愛物語があるとして、それに近い状況になるとします。そういった場面になって一押ししたところで、何か反応を期待しても一向に反応がないのですわ」
 
「……ああ、なんとなくわかります」
 
 ココが神妙に頷く。四ヶ月ほど一緒にいると誰もが気付くことではあるが、修は子供っぽい。
 さらに思春期特有の女の子への興味を一切持っていないように思える。
 
「脈がないかと思えば先ほどの釣りの時のように、後ろから包み込むように竿を一緒に握ってくれたりと、ほとほと難しいのですわ」
 
 普通の恋愛として判断ができない。暖簾に腕押し、と言ったところか。
 
「なんかもう、一方的に押したとしても無駄なような気がしますわね」
 
「確かにそうかもしれないな」
 
 レイナを筆頭に、全員で深く頷く。アリーの残念な恋愛話を聞いたあとにターゲットになったのはココ。
 
「ココさんは誰かにありますか? たとえばタクヤさんとかは?」
 
 フィオナに問われてココは頭に卓也を思い浮かべてみる。
 
「ん~、ないです」
 
「ないんですか?」
 
 フィオナが不思議そうに声をあげた。優斗ほどではないにしろ、卓也だって一般的に良い方だとは思っているからだ。
 
「良い人なのは分かってますけどそれだけ、というか。格好良さを見ようと思わないです」
 
 ココにとって卓也は惚れる要素が一つたりとも存在しない。
 
「例えばシュウさんみたいに顔がいい、ユウトさんみたいにフィオナさんには凄く優しい、といった恋愛要素の一面を見つけられない……というか、タクヤさん相手だと見つける気がないです。イメージとしては『お兄ちゃん』が一番しっくりしますし、恋愛対象なんて無理です」
 
 なんとなく可哀想な気もするが、これがココの卓也に対する評価なのだろう。
 
「ココさんも中々に辛辣ですわね」
 
 アリーはざっくりとした感想を言うと、残る一人にも同じ話題を振る。
 
「そういえばレイナさんとイズミさんは出会った頃から仲がよろしかったですわね」
 
 最初の出会いからまともに会話できているのが凄い。優斗達から『バカ一号』と呼ばれ、頭のネジが少々飛んでいると称された彼と真面目に会話することなど、アリー達には無理だった。
 今は慣れているので問題ないけれども。
 
「いや、あれのどこが仲が良いと」
 
「イズミさんを初対面で変人だと思わないのは稀だって優斗さんが仰ってましたよ」
 
「わたくし達のときは……壮絶でしたから」
 
 今でも忘れられない。顔合わせをしたら唐突に頭を叩かれ、起き上がったと思ったらクリスに女装させようと堂々と宣言した。
 しかも、そのふざけた状況から椅子ごと蹴られて壁に飛んでいったのだ。
 変人以外の感想は抱けない。
 
「わたくし達との出会いと比べたら、レイナさんとイズミさんの出会いなんて普通すぎますわ」








[41560] 旅行といえば
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:2a9ff83e
Date: 2015/09/25 21:22


 
 旅行二日目、最終日。快晴。
 ということになったので卓也と優斗は海を見詰めながら、何も始まっていないのに盛大に溜め息を吐く。
 
「海だな」
 
「そうだね」
 
「最終日、か」
 
「うん」
 
 もう予想するのもバカらしいが、予想してみようと思う。
 
「優斗は何があると思う?」
 
「誰かが溺れてるのは前にやったから、僕はオーソドックスに海からの巨大生物登場に一票」
 
「アリー達がナンパされるに一票」
 
「やっぱり二つともあるに一票」
 
 二人は目を合わせるとげんなりした。
 
「気をつけないとな」
 
「そうだね」
 
 兎にも角にも内田修が関わっている以上、何もなく終わることだけはあり得ない。
 それは長年の付き合いだろうと、こっちの世界に来てからの付き合いだろうと分かることだ。
 二人は荷物置き場をいそいそと作りながら、ぶつぶつと呟く。するとクリスが四人に対して、海辺での心得を説いてきた。
 
「皆さんも貴族の家柄となっているのですから、息をするように賞賛ができなければいけませんよ」
 
 水着に着替えている女性陣を待っている間にレクチャーをするクリスだが、
 
「めんどい」
 
「かったるい」
 
「恥ずい」
 
「照れる」
 
 修、和泉、卓也、優斗の順に勘弁の願いを申し出た。
 
「子供みたいなことを言わないでください」
 
「だってな~」
 
 あ~だこ~だと男性陣が騒いでいるうちに女性陣が到着する。
 
「お待たせいたしました」
 
 アリー、ココ、レイナがやって来る。赤いビキニのアリーに白いワンピースのココ。さらにスポーティな青い水着の着ているレイナ達は周囲の目をかなり惹く。けれど残り二人の姿が見受けられなかった。
 
「フィオナとマリカは?」
 
 優斗が当然のように気にすると、アリーが脱衣所の方向を指差す。
 
「マリカちゃんの着替えもありましたから、先に行ってくださいとフィオナさんが仰って」
 
 瞬間、優斗は嫌な予感がした。
 
「……迎えに行ってくる」
 
「どうしたのですか? 待っていてもすぐに来ますわ」
 
「そうしたいんだけど、こういう場合の予想って大体当たるから」
 
 フィオナは美人だから余計に外れる気がしない。逆に違ったら驚きだろう。
 
「ちょっと行ってくるよ」
 
「いってら」
 
「頑張れ旦那」
 
「行ってこい夫」
 
 お決まりのように修、卓也、和泉に茶化されながら優斗は歩き出して女子更衣室を目指す。
 
「さて、フィオナとマリカは……」
 
 やって来そうな方向を見れば、小さくではあるが二人の姿が見える。
 そして案の定というかなんというか……彼女に変なのが纏わりついていた。
 
「いいじゃん、俺らと一緒に遊ぼうよ」
 
「……友達とも一緒に来てますので」
 
 男の二人組がフィオナとマリカの周りで、あれこれと話し掛けている。フィオナは無表情のまま相手にしていないのだが、二人組はめげずにどうにか気を引こうとしていて、
 
「そんなのといるより俺らといるようが楽しいよ~」
 
「ほら、妹さんも一緒に遊んであげるから」
 
「この子は妹ではありません」
 
 フィオナは取り付く島もないほどに相手にしない。頭の中で考えているのは、どうすればこの二人はいなくなってくれるのだろうか、ということだけ。

 ――走って逃げても追われそうな気もしますし……。

 対応方法が分からなくて、どうしようかフィオナが悩んでいるときだった。
 
「ぱ~ぱっ!」
 
 繋いでいた手を離してマリカが走り出す。
 
「えっ?」
 
 フィオナが驚いて娘が駈けていく方向を見れば、そこにいたのは旦那様。
 
「やっぱりね」
 
 ひらひら、と手を振って優斗がやって来た。彼は走ってきたマリカを抱き上げた。
 
「優斗さん!」
 
 これ幸いとばかりにフィオナも優斗の後ろに隠れる。当然、ナンパ男二人にしてみれば気分はよくない。
 
「あんた、この子の友達?」
 
「だったら俺たち、この子と遊びたいんだ。邪魔だから消えてくんない?」
 
 なんてことを言ってくるので優斗は一刀両断する。
 
「夫ですよ」
 
「……は?」
 
「……おっ……と?」
 
 予想だにしなかった単語に呆けるナンパ男二人。
 
「娘と一緒に歩いていた貴族の妻をナンパするなんて良い度胸ですね」
 
 優斗に言われて彼らは思わず赤ん坊と二人を見比べる。確かに親子としか思えないほどに似ている。
 
「す、すんません!」
 
「あまりに美人だったんでつい!」
 
 ヘコヘコと頭を下げ始めるので、どうやらある程度の常識は弁えているようだった。
 
「僕の妻はこういうことに慣れていないので、うまく断れないんですよ。確かに若いので娘を妹と勘違いするのも分かりますが、今後は気をつけてください。あと一緒にいる友人達も貴族ですので、うっかり声をかけないように」
 
「「しょ、承知しました!」」
 
 回れ右をしてナンパ男二人が走り去っていくと、フィオナが安堵の息を吐いた。
 
「助かりました」
 
「フィオナは美人なんだから、気を付けないと駄目だよ」
 
 少しばかり顔を赤らめながら優斗が言う。息をするように相手を褒めることができてこそ貴族らしいが、やってみてわかった。

 ──ぜったい無理。

 他人モードなら何とでも言えるが、フィオナに対しては不可能にしか思えない。どうしたって顔が赤くなった。
 
「……ゆ、優斗さん? えっと、今のは……?」
 
 褒めてもらった、と取ってもいいだろうかとフィオナが確認するように訊いてきた。
 なので優斗も照れるのは覚悟して肯定する。
 
「だ、だからフィオナは美人だし水着も似合ってるから、その……よく声を掛けられると思うし、また同じことがあったらはっきりと断るか、指輪でも見せれば相手も引くと思うし」
 
 白のビキニにパレオを着けたフィオナは、気をしっかりと持っていなければ惹き込まれそうになってしまう。
 それほど魅力的だった。
 
「あの、えっと……ありがとうございます」
 
 基本的に他の貴族と違って優斗は滅多に容姿について言及しない。だからこそ、彼の言葉が真実だと思えてフィオナは嬉しい。彼から『美人』だと思われていることが本当に良かったと思える。
 水着も褒めてもらえてよかった。頑張った甲斐があった。

 ──それに『僕の妻』って言ってもらえました。

 昨日はアリー達にからかわれたりしたが、彼から直接言われると……どうしてか恥ずかしい以上に心から喜んでしまっている自分がいた。
 


 
 フィオナを助けて優斗が集合場所に戻ってくると、卓也とココしかいなかった。
 
「他の人達は?」
 
「アリーは泳げないから修が教えてる。レイナは和泉を引きずって遠泳」
 
 卓也が海の方を指差す。優斗が目を凝らすと、だんだんと遠ざかっていく二人の姿が見えた。おそらくあれが和泉とレイナだろう。
 
「和泉を引きずっていくなんて……凄いね」
 
 自分達ですら出会ってすぐの時は出来なかった。優斗はある意味で感心しながら、抱っこしているマリカを構い始める。
 
「三人も遊んできなよ」
 
「優斗は?」
 
「僕は子育て」
 
 いつも以上にマリカの面倒を見る。今日はそうすると始めから決めていた。けれどフィオナが困惑した様子になる。
 
「わ、私も一緒にまーちゃんを――」
 
「海とかほとんど来たことないだろうし、行ってきなよ。マリカは僕が見てるから」
 
「……でも」
 
 フィオナが逡巡する。優斗を差し置いて、というのは気が引ける。
 
「友達と初めて一緒に来たんだから、遊ぶのも大事なことだよ」
 
 彼女の心情を察した優斗が嗜める。
 
「子育てだけじゃ疲れるからさ」
 
 専業主婦じゃないのだから、優斗だって相応の負担は持つつもりだ。
 
「だから遊んでくること。いいね?」
 
 最後はウインクして、茶目っ気を出しながら伝えた。するとフィオナの戸惑っていた様相が消えていく。
 
「あ、ありがとうございます」
 
 どうやら納得できたみたいなので、優斗は笑って送り出す。
 
「うん。遊んでおいで」
 

 
 
 友人達が遊んでいる姿を見ながら、優斗は教えてもらったことを声にする。
 
「遊ばせる場合は二○分ぐらいで休憩は長めに入れる、だったっけ」
 
 エリスと家政婦長に、マリカを遊ばせる際に忘れてはいけないことを再確認する。
 
「マリカ、ちょっと海に行ってみようか」
 
「あい」
 
 理解しているのかどうかは分からないが、返事をしたマリカと一緒に波打ち際まで行ってみる。
 
「ほら、ざぶーんざぶーんってすごいね~」
 
「あうっ!」
 
 マリカは引いていく波が面白いのか、つたない足取りで波を追いかける。
 優斗は強い波が来れば抱き上げたりして、絶対に手は離さないように気を付けながら押しては返す波と遊ばせた。

 ──うん、大丈夫だ。

 優斗は楽しそうに遊ぶマリカに表情を崩しながら一つ、頷く。

 ──僕はちゃんと、マリカのことを喜ばせてあげたいと思ってる。

 自らの脳裏に焼き付いている最悪で最低な日々。優斗の頭の片隅にどうしても残って消えない両親の影。

 ――僕はあいつらとは違う。

 自分の子供を道具として扱ったりしないし、ましてや教育とは名ばかりの強制など絶対にしない。そして人間ではなく龍神だとしても関係ない。

 ──大切な娘として……。

 しっかりとマリカを育てると決めた。くだらないぐらいに冷淡で、情というものが何一つなかった扱いを受けてきたからこそ、

 ──目指すんだ。

 理想の両親としての形を。だから優斗は最初の一歩として、

 ――マリカと、もっと仲良くなろう。

 大切な娘だと胸を張って言えるぐらいに、仲良くなると自分自身に誓っていた。
 

 
 
「はい、顔つけて」
 
 修の合図で足をばたつかせながらアリーは顔を海につける。彼女の手は修が握っている。
 
「顔上げる。バタ足も終了」
 
 バシャ、と音を立ててアリーが顔を上げた。そのまま立ち上がる。
 
「ちょいと一人で泳いでみるか」
 
「はいっ!」
 
 手を離すと修は五、六メートルほど距離を取った。
 
「バタ足だけで来てみな」
 
 合図と共にアリーはバタ足で真っ直ぐに修を目指す。息継ぎはまだ習っていないので、足だけをばたつかせて修に迫っていく。
 そして彼女の指先が修にヒットした。
 
「ど、どうですか?」
 
「OKだ。次は息継ぎとクロールの練習でもしてみっか」
 
「分かりましたわ」
 
 二人きりだというのに相変わらずの修だが、それはそれでいいか……と思ってしまうのは、アリーの惚れた弱みなのかどうなのか。
 


 
 砂浜から五百メートルは離れているであろう場所に、ぽっかりと浮かぶように海面から顔を出した岩に、レイナは腰を掛ける。
 
「なんだ、だらしがないなイズミ」
 
「……殺す気か、お前は」
 
 大きく肩で息をしながら和泉は岩に縋り付き、ついでにレイナを睨みつける。なんだかんだで競争しろと言われて無理やりやらされたが、遠泳とは聞いていない。
 けれどレイナはあっけらかん、としたままだ。
 
「ユウトと同じ世界から来たのだろう? シュウもユウトと同等だと聞いているし、お前だって凄いと思うではないか」
 
「あの二人と一緒にするな。チートの権化と努力型化け物だぞ。人外スペックの奴らに対して立ち向かえるわけがないだろう」
 
 あんなのと同列に思われては適わない。あの二人の力は本当に別次元なのだから。
 
「とはいっても俺は平均より運動能力が劣っているし、卓也は平凡だが」
 
 けれど卓也とて運動神経が鈍い、というわけではない。あくまで区分けとしては平凡に入るだっけのこと。
 
「だとすると、イズミやタクヤはAランクの魔物は倒せないのか?」
 
「無理だ。勝てるわけがない」
 
「異世界から来ているのにか?」
 
「だから基準をあいつらで考えるな。いくら魔法適正が高いからといって、神話魔法を平然とぶっ放すのはあの二人だけだ」
 
「……そ、それもそうだな」
 
 今まで異世界から来ている人物達の中で勇者と呼ばれない者達は、基本的に卓也ぐらいで落ち着く。上級魔法は使える、ぐらいで。
 優斗が例外中の例外だ。
 
「ならばイズミは上級魔法を使えるのか?」
 
「使えるわけがない」
 
 なぜか自慢げに和泉が言うので、レイナは溜め息を吐いた。
 
「自慢するように言うことではないだろうに」
 
 
 
 
「そろそろ戻るか」
 
 ビーチボールでバレーをしていると、卓也が周囲の状況を見ながらフィオナとココに提案する。
 
「レイナは死に掛けの和泉を連れて戻ってきたし、アリーと修も戻ってきてる。ここらで一旦休憩したほうがいいと思う」
 
「そうですね」
 
「りょーかいです」
 
 フィオナとココが頷いた。優斗とマリカが海の家でカキ氷を食べながら皆の様子を見ているので、三人は優斗の元へと集まった。
 
「優斗さん、何を食べてるんですか?」
 
「いちご味のかき氷だよ。フィオナも食べてみる?」
 
「はい」
 
 フィオナが頷くとマリカが優斗の手にあるスプーンを取ろうとした。
 
「マリカ、どうしたの?」
 
「あう、あう!」
 
 娘が何かアクションを示しているので、優斗はどうしたいのか把握しようとする。
 
「食べたいの?」
 
 訊いてみるがマリカは首を横に振った。
 
「ん~、と。じゃあ、ママに食べさせてあげたいの?」
 
「あいっ!」
 
 今度は勢いよく頷いた。優斗がマリカにしていることを真似したいらしい。
 
「でも一人でやるのは無理だから、パパと一緒にやろうね」
 
「あうっ!」
 
 スプーンをマリカに握らせて、上から包み込むように優斗が手を握る。そしてカキ氷をすくった。
 
「はい、あ~ん」
 
 マリカに教えるため、優斗が普段では絶対に言えないことを口にする。
 
「あ~」
 
 娘が父親の真似をするように声を発した。くすっと笑って優斗が前を見ると、
 
「…………」
 
 顔を赤くさせたフィオナがそこにいる。なんで、と思うが優斗はすぐに気付く。彼女と同様に顔が赤くなってきた。
 
「まんま?」
 
 食べないのでどうしたのか、とマリカが小首を傾げる。
 
「あっ、まーちゃんごめんね」
 
 フィオナは顔を前に出してスプーンを捕らえる。そしてぱくっ、と食べた。
 冷たくて甘い。口の中に広がる冷たさと一緒に顔の火照りも取れたらいいと思うが、そうもいかなかった。
 すると卓也がニヤニヤしながらも残念そうに、
 
「こいつらの可哀想なところは鈍感を貫けないところだろうな。別の視点から見れば恥ずかしい行動だ、というのが鈍感な奴らと違って分かるから」
 
 状況分析をわざわざ伝えてくる卓也に対して、優斗はかろうじて文句を言うのが精一杯。
 
「……うるさいよ」
 
 図星だったから顔が余計に赤くなる。これは確かに恥ずかしかった。
 マリカと同じ要領でフィオナにやることじゃない。
 と、他の面々も一斉に戻ってきた。そして優斗とフィオナが顔を赤くしているのを察して、さらにからかわれたのは一興というものだろう。
 


 
 全員は揃って海の家で割高の昼ごはんを食べる。
 
「まだ食べれるけど、どうすっかな?」
 
 かき込むようにラーメンを食べていた修ではあるが、少し物足りなかったのか追加注文しようかどうか悩む。けれど卓也が止めた。
 
「やめとけ。どうせこのあとも動くんだから」
 
 運動なのか、それ以外なのかは別として確実に“何か”ある。
 
「どういうことですか?」
 
 アリーが卓也の発言の意図が気になって尋ねた。
 
「たぶん動かないといけないからな」
 
「えっと……? よく分からないのですが?」
 
 要領を得ない返しにアリーは疑問のまま。
 
「まあ、そうだな。例えば──」
 
 卓也が何か言おうとした瞬間だった。海の遠方、遊泳禁止ラインよりも遠くに巨大な物体が波音を立てながら現れる。
 丸みを帯びた赤い姿と、海面から生えるように見える吸盤の足。卓也が呆れるように先ほどの続きを口にした。
 
「例えばでかいタコが登場するとか、だな」
 
 途端、海水浴場がざわめいた。海の中にいるものは一斉に陸を目指し、腕に覚えがあるものは逆に海に近づいていく。
 
「でかいね」
 
 優斗が目を懲らして実寸を把握しようとする。遠距離だから正確な大きさは分からないが、下手したら二○メートルを超えているのではないだろうか。
 
「食えるか試してみようぜ」
 
 面白そうな笑みを修が浮かべたが、優斗は肩をすくめる。
 
「身が引き締まってなくて不味そう」
 
「食ってみないと分かんねーだろ」
 
「修だけ食べればいいよ。僕はパス」
 
「いや、いけるって。刺身にしたら美味いって」
 
 危機感皆無な優斗と修の会話に、レイナが思わずツッコミを入れる。
 
「ど、どうしてそんなに落ち着いているんだ?」
 
 レイナには二人の振る舞いが信じられない。遊泳場に魔物が現れたというのに。けれど修と優斗は何が問題なのかと首を傾げ、
 
「慌てる必要あるか?」
 
「ないよ」
 
「だよな」
 
 二人の感覚としては、何一つとして脅威を感じない。
 
「レイナはどれくらい強いんだっけ?」
 
「学院で一番だよ」
 
「だったら俺ら出張んなくていいんじゃね?」
 
 強さのランク的にも、おそらくBランクかCランク。優斗や修がいなくてもいいはずだ。
 
「いや、さすがに私だけだと勝てるか分からないし、よしんば勝てるとしても骨が折れるから一緒にやってくれると助かるんだが……」
 
「あれなら俺らじゃなくていいだろ。和泉も卓也もいるし、他もなかなかの実力者ばっかりだぞ」
 
 上級魔法を使える人材が多数いるメンバーを“なかなか”と言えるあたり、修もさすがはリライトの勇者なだけある。
 
「それによ、周りにいる冒険者みたいなのも応戦に向かってるみたいじゃん」
 
 特に役に立ちそうではないが、いないよりはマシ……かもしれない。
 
「まっ、設定したラインを突破したら手を出してやんよ」
 
 そう言って修が海上を浮遊している物体を指差す。
 
「ブイがあるだろ。あそこに掛かったら俺と優斗も参加する。ただ、ブイまで来なきゃ手出ししない」
 
 自分達が簡単に片付けてもいいのだろうが、それでは今後の考えるとベストの選択だとは思えない。
 
「アリー達には世話かけるけどな、いつだって俺らがいるとは限らない。今後も似たようなことあると思うし、今のうちに慣れといたほうがいいだろ」
 
 

 
 そして全員で波打ち際に向かった。修とマリカを抱っこしている優斗は少し下がった場所で様子見しながら会話する。
 
「そんで超えたらどうする?」
 
「試そうと思ってるやつがあるから、使ってみようかな」
 
「なんだ? 森で使った魔法と同じ作品だと、破滅の一撃?」
 
「危なすぎる。威力がシャレになってないし失敗したら世界云々の話になる」
 
「じゃあ竜殺し」
 
 修が言った途端、優斗が睨みつけてきた。
 
「龍神と竜で違いはあるし、使うべき時があったら使うけど……次にマリカの前で言ったらぶっ飛ばす」
 
「冗談だって」
 
 と修は言うものの、なんとなく縁起が悪いような気がするのも確かだ。
 
「で、どうすんだ?」
 
「精霊を呼び出そうかと思ってるんだ」
 
「……大丈夫なんか、それ?」
 
 まだ精霊に関しては優斗も詳しくは知らないのではないだろうか、と修は思う。
 けれど優斗は左手の薬指に嵌まっている指輪を見ながら答えた。
 
「龍神の指輪をしてるからかもしれないけど、感覚的には喚べるって感じてる。それに精霊って、たぶんだけど意思を汲み取ってくれるでしょ? だから威力設定もしやすいはずだし四大属性ならギリッギリで上級魔法の威力まで抑えられる……はず」
 
 断定はできないが、どうにかその程度で収まると思う。というか、そう思いたい。
 
「精霊って属性につき一体だけの存在か? それとも属性の中でも上下で分かれてんのか?」
 
「おそらくは後者かな。各属性に数多の精霊がいて、彼らを統括する上位の精霊――大精霊がいると思う」
 
「ふ~ん」
 
「でも、とりあえずは和泉がどうにかするでしょ」
 
 先ほどタコが現れたとき、荷物置き場まで戻って何か手にしているのを優斗は見た。
 
「あいつ、何か造ったのか?」
 
「魔法科学にのめり込んでたから、造ってるに決まってるよ。ただ、趣味の範疇だし威力は分からないけどね」
 

 
 
 砂浜に足を踏み入れた人達は各々が魔法を使う。
 
「撃てっ!」
 
 冒険者の男の声に応じて、幾人かが炎玉を飛ばした。しかし、いくつ当たれども下級魔法だからかタコにダメージを与えるほどの威力はない。
 アリー達も遅ればせながら彼らと同じ位置まで辿り着く。
 
「レイナさん、どうするのですか?」
 
「この中で私以外に火の上級魔法を使えるのは?」
 
「わたくしとクリスさんですわ」
 
「他の面々は中級まで使えるな?」
 
 全員が大丈夫だと頷く。
 
「では一斉に攻撃だ」
 
 各々が詠唱を始めた。特に集中を要したのはアリーとクリスとレイナ。
 
「「「 求めるは火帝、豪炎の破壊 」」」
 
 いくつもの火球が生まれ、その中でもとりわけ大きい炎弾を筆頭にして、
 
「放て!」
 
 レイナの合図と共に一斉に飛んでいく。問題なく当たれば大ダメージ、もしくは倒せるのだろうが放った魔法を視界に入れた巨大タコは、足の一本を大きく持ち上げると海面に叩きつけた。
 大きな水の壁が火球を飲み込んでいく。皆の後ろにいる修が口笛を吹いた。
 
「やるな、あのタコ」
 
「けれど威力弱めただけだよ、あれ」
 
 中級以上である炎群だったからか、水の壁を突破し威力は弱まりながらも巨大タコに着弾する。
 
「──ッ!」
 
 少しよろめいた。僅かに効いた、と誰もが思う一方で大幅に威力を削られたのも確かだ。
 レイナは巨大タコに攻撃を防がれたように感じて、内心で僅かに焦りが生まれる。

 ──あれで防がれるのであれば、次は風か? 地か? 水か?

 地ならば攻撃が届かず不可能。風だと威力が弱い。水では破壊力が乏しい。
 優斗のように基本属性から派生させた魔法を使えるのはクリスとフィオナだが、クリスは雷系統でフィオナは氷系統。
 前者は雷による被害がどこまで出るか判断できないし、後者も威力的に乏しい。
 どうする、とレイナは頭を回転させる。
 
「おい、生徒会長」
 
 すると唐突な呼び掛けがあった。レイナは声の主――和泉に振り向く。
 
「生徒会長。今のをもう一度だ」
 
 珍しく和泉が進言した。
 
「しかし……」
 
「水の壁なら俺が突破してやる」
 
 まさかの和泉が言い切った。だがレイナは判断しきれない。
 チラリと後方にいる修と優斗を見た。優斗がこれぐらいなら、とアドバイスする。
 
「あれで防がなきゃいけないってことは、脅威に感じたってことだから。それでもダメージがあることだし和泉の提案も間違ってないよ。そして僕は和泉が言うなら水の壁を突破できると思ってる」
 
 和泉が断言したのなら突破できるのだろう。どうやってかは分からないが出来るのは分かる。
 
「けれど決定権はレイナさんにある」
 
 決めるのは彼女だ。和泉を信じるのか、信じずに別の方法を試すのかはレイナ次第。
 
「……本当に突破できるんだな?」
 
 確認するようにレイナが訊くと、和泉は軽い口調で答えた。
 
「できなかったらクリスが女装すると言っている」
 
「えっ!? なんで自分が!?」
 
 唐突に名前を呼ばれるわ、変なことを言っているわで大いに慌てるクリス。
 
「決まってるだろう! 婚約者なんているリア充は女装でもして嫌われるがいい!」
 
 いつものようなバカな光景に皆の表情が少し和らいだ。心に余裕が生まれたレイナも判断を決める。
 
「分かった。もう一度やるとしよう」
 
 レイナが宣言すると、和泉はポケットから銀色に輝く――拳銃を取り出した。
 タコが現れたときに念のために持ち出したものだ。
 
「拳銃か?」
 
 修が珍しげに目を細める。
 けれど銃という存在を知らないこの世界の友人達は、頭にハテナマークが浮かんでいる。クリスだけは和泉が持っている拳銃がどういうものか知っているのか、笑みを浮かべる。
 
「いつでもいい」
 
 和泉はセーフティーを外し、銃口を巨大タコにロックする。レイナにはよく分からない代物だが、とにかく準備は大丈夫らしい。
 
「全員、さっきと同じだ」
 
 レイナの合図でもう一度、同じ魔法を唱える。
 
「放て!」
 
 火球が続々とタコに飛び込んでいく。和泉はまだ何もしない。けれど先ほどと同じようにタコが足を振り上げる瞬間だった。
 和泉が引き金を引いた。撃鉄とシリンダーから小さな魔法陣が浮かび上がり、
 ──ドン──と。
 連続して銃声が六発響く。僅かにしか視認出来ない弾丸は瞬く間に魔法を追い抜く。
 そして先ほどと同じように炎群の前に水柱があがった。
 
「開け」
 
 小さな台詞を和泉が紡ぐ。すると弾丸から魔法陣が現れ、岩石が六つ海上に現れた。圧倒的な質量を持った岩石が水の壁を破砕していく。
 岩石が通り抜けて開いた空間を火球が抜けていった。
 
「いった……」
 
 レイナが呟く。水の壁を抜ければそこにあるのは巨大タコの身体。火球は全てが違わずに当たった。
 
「これで倒したはずだ」
 
 威力が軽減されてない上級魔法を含む炎群が当たったのだ。さすがに倒れてもおかしくない。
 レイナは少しだけ気を抜いたが、最初に巨大タコの異変にフィオナが気付いた。
 
「……膨らんでいませんか?」
 
 彼女の発言に全員がよくよく観察してみる。確かに身体が大きくなってきていた。嫌な予感が全員の脳裏によぎる。
 
「爆発するんじゃ……」
 
 ココが全員の思っていることを代弁した。どこまでの威力なのかは分からないが、少なくとも津波が発生して襲いかかってくるのは間違いないだろう。
 全員が慌てている中、卓也がレイナに次の行動の確認を取る。
 
「どうするレイナ!?」
 
「……っ!」
 
 彼女は最善策を考えようとする。けれど今は迷う場面でも考え抜く場面でもない。
 
「ったく」
 
「行こうか」
 
 逆に優斗と修の判断は早かった。レイナが考え込んだと見るや、すぐに前へと躍り出る。
 優斗は前に出ながら抱えているマリカをフィオナに預けた。
 
「この場面で迷ったら負けだぞ」
 
 修が一言伝える。時間がなさそうなのだから一つのベストを模索するより、幾つかのベターを瞬時に考えて実行したほうがいい。
 
「最悪、ミスったらフォロー頼むよ」
 
「しゃーないな」
 
 二人はたったそれだけの言葉を交わして構える。そして優斗の左手にある指輪が反応を見せた。

 ──できる。

 優斗は感覚で理解していた。自分は精霊を使役できる、と。
 口にするべき詠唱は、やっぱりゲームから引っ張り出す。優斗的に少し気になっているのは、自分の詠唱はこの世界に比べてかなり厨二病っぽいのではないかと思うぐらいだ。

 ――仕方ないか。

 苦笑を浮かべる。こっちの世界で精霊を召喚する詠唱なんて知らないのだから、厨二っぽくなっても仕方ない。
 優斗は左手を前に突き出しながら紡ぐ。

『現世に顕現せよ』

 魔法とは少し違う、精霊の使役。魔法というものが魔法陣によって出力、形、属性を与えられたものなら、精霊術というのは魔力を魔法陣に通すことによって精霊という“モノタチ”に魔力を与え、パスを繋いで協力してもらうこと。

『全てを分かつ疾風の神使い』

 龍神の指輪が煌めいた。巨大タコの眼前に魔法陣が生まれ、薄く緑色に輝く半透明な女性がそこから現れる。

『我らの敵を切り刻むが為に姿を成せ』

 優斗はさらに詠唱を進める。指輪が大きく輝いたと同時、竜巻が突然海上に現れて巨大タコを切り刻む。細切れになったが、それでも爆発する気配は衰えない。
 
「修」
 
「はいよ」
 
 リライトの勇者が右手を振り上げると、竜巻の中心に水柱が上がった。細切れになった巨大タコの破片が水に包まれる。水の中で膨らみが限界になったのか小規模な爆発がいくつも起こるが、全て水が爆発の威力を吸収し、さらに風が壁となっているので傍目には特に大げさなことになっていない。
 全ての爆発が終えると優斗と修は精霊の使役と魔法を解除。
 水柱はゆっくりと海に戻っていき、竜巻も大精霊の姿が消えるとすぐに霧散した。
 
「うしっ。これで終了っと」
 
 修がパンパン、と手を叩いて終わりを告げる。唖然としているのはレイナ。他のメンバーも卓也と和泉を除いて、未だに多少の驚きは隠せない。
 マリカだけはただ一人、目の前の光景を喜ぶように目を輝かせていた。
 
「……またユウトから聞いたことのない詠唱が出てきましたね。あれは大精霊を召喚するためのものでしょうか?」
 
「シュウ様も詠唱せずにあれほどの魔法を使うのやめてほしいですわ」
 
 クリスが呆れ返り、アリーも嘆息する。威力的にはかろうじて上級で収まっているようではあるが、やっていることは本当にとんでもない。
 
「ユウトもシュウも本当にすごいのだな」
 
 レイナが再確認するように呟いた。けれど修は納得できないように首を捻る。
 
「正直に言うけどよ。レイナがしっかりしてれば俺らは出張る必要なかった」
 
 そして彼女ならば、問題なく解決できるだけの能力があると踏んでいた。
 
「す、すまない」
 
 修の物言いに素直に頭を下げるレイナだが、優斗がフォローする。
 
「いやいや、さすがに最後の爆発は予想外だし」
 
「まあ、確かにそうだけどよ。レイナほどの実力者だったら問題ないはずだろ?」
 
 確かに修もタコが爆発って何だよ、とは思ったけれど。
 
「しかしシュウ、ユウト。お前達は対応してみせた」
 
「いつでもフォローする準備はあったからな」
 
「……そうか」
 
 レイナは自らの心に新しく知った心構えを刻む。これが違いなのだろう。自分は魔法が当たった時点で倒したと少し安心してしまった。これがもっと凶暴な魔物だとしたら、誰かを窮地に追いやってしまったかもしれない。勉強になった、と一つ頷く。
 
「いや、しかしこうでなくてはな。追いかけ甲斐があるというものだ」
 
 そしてビシッと指を突き出して優斗と修を指し示す。
 
「絶対に追いついてやるから覚悟しておけ!」
 
 一方で指を指された二人は、頼もしい姿のレイナに肩をすくませると、くすくすと笑った。
 


 
 帰りの馬車。今度は修と卓也が御者をやっていた。他のメンバーは色々とあって疲れたのか、大抵は馬車の中で眠っている。
 その中で起きていた優斗とレイナは小声で会話する。
 
「イズミの拳銃? というのもすごかった。弾丸というものに魔法陣が込められているのは魔法具と同等の技術で作られたものなのだろうな」
 
 本当に素晴らしいものだ、とレイナが感嘆する。異世界の知識とセリアールの技術を用いたのだろう。誰にでも創り出せる作品ではないことぐらい、彼女にも簡単に理解できた。
 
「だが、ユウトの詠唱は何なのだ? 精霊を扱う精霊術士のことは知っているが、お前のような詠唱、聞いたことがない。むしろ精霊術士が詠唱している姿を見たことがない」
 
「大精霊召喚だからね。たぶんだけど魔法と同じように詠唱が必要なんだよ。とはいっても精霊について今は詳しく知らないし、あれはオリジナルの詠唱」
 
「……本当に何でもありだなユウトは」
 
 闘技大会といい、今回といい、ぶっ飛んだことをやっている。独自詠唱の神話魔法に加えて大精霊召喚とか、どれだけの離れ業をなっているのか優斗は理解しているのだろうか。
 けれど優斗は否定するように軽く首を横に振る。
 
「あのね、レイナさん。僕だって何でもありなわけじゃないよ。精霊についてはマリカの親になった副産物。さすがに最初から使えるわけないって」
 
 優斗は膝の上で眠っているマリカの髪の毛を優しく梳く。その時、カタンと馬車が僅かに跳ねた。
 小さな揺れではあったが、右隣に座っていたフィオナの頭がポスン、と優斗の肩に乗る。
 彼の視界にフィオナの可愛らしい顔が直近で映った。
 
「──ッ!」
 
 ピシっと石のように固まる。レイナはそんな初々しい優斗に笑った。
 
「何を緊張している。奥様だろう?」
 
「……奥様だろうとなんだろうと、美人の顔が近くにあったら緊張するんだよ」
 
 周囲に視線を彷徨かせて落ち着かない彼に、レイナはころころと笑う。巨大タコが現れても「食べられるか?」なんて会話をしていた男の子が、女の子の頭が肩に乗っただけで狼狽しているというのは、本当に可笑しかった。
 
「意外な弱点の発見だ」
 




[41560] 同じ家に住むということ
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:2a9ff83e
Date: 2015/09/29 18:24

 
 空が暗くなる頃には全員が無事に家へ帰り、優斗は未だ眠そうなフィオナを部屋に送り届ける。そして馬車から降りた途端、妙に元気になったマリカと彼女の部屋から出てきたところでマルスに誘われ、一緒にテラスで飲むことになった。
 とはいえマリカを抱いたままなので、優斗は葡萄酒をちびちびと飲む。
 
「旅行はどうだったかな?」
 
「楽しかったですよ。マリカも楽しかったよね?」
 
「あいっ!」 

 元気一杯な返事にマルスの表情も緩む。
 
「君達が来てからというもの、騒々しくて実に楽しそうだね」
 
 まだ優斗とフィオナは落ち着いている方だが、それでも今までの娘の状況を考えれば十分、騒がしい。なのに他の面々が関わった瞬間、さらに騒がしくなるのだから驚くほかない。
 
「マリカも加わったことで、余計に日々が彩られたように私は感じているよ」
 
「あうっ!」
 
 なぜかマリカが反応した。その姿が愛らしくて、マルスはさらに表情を崩した。
 
「いやはや、孫というのは可愛いものだ。フィオナは大人しく可愛かったが、マリカは娘と違って元気で可愛い」
 
 懐かしむようなマルスに、優斗はマリカを構いながら話を聞く体勢を取る。
 
「やっぱりフィオナって幼い頃から大人しかったんですか?」
 
「そうだね。あの子はあまり夜泣きもせず、エリスや家政婦長の手を煩わせない良い子だった。ユウト君はどうだったのかな?」
 
「えっと……どうでしょう? そういう話をしたことはありませんから」
 
 さして気にしていないのか、優斗は平然と言葉を返す。だがマルスは僅かに眉をしかめた。
 彼が『道具のように扱われていた』と教えてくれたことを失念してはいなかったが、それでも訊いてはいけない話題だった。
 
「すまない。失言だったね」
 
「いえ、気になさらないで下さい。僕を産んだ人達のことを親だと扱ってしまうと、マルスさん達のような方々に失礼ですよ」
 
 優斗は本当にそう思っている。息子である自分を道具として扱い、人として扱わなかった人達のことをどうして親だと思えるだろうか。
 
「けれどある意味、感謝しています。あの人達を反面教師にできるから、やってはいけないことだけは理解しているつもりです」
 
 自分が受けた日々とは真逆なことをやっていけばいい。そうすれば、少なくとも自分のようにはならない。
 
「とはいえ、それが親として子育てすることに繋がっているのかは分かりませんけどね」
 
 微笑みを携えながら話す優斗。けれどマルスにはそれが、どうしても取り繕ったようなものにしか感じない。
 
「ユウト君は普通の親が……いや、普通の暮らしを求めていたのかい?」
 
 少し踏み込んだことを訊くマルス。優斗は少しだけ考える仕草をすると、静かに首を横に振った。
 
「……分かりません。だけど今の僕であるからこそ修達に――『兄弟』に出会えた。それは絶対に譲れないことで、忘れてはいけないことです」
 
 どれだけ最悪な過去を過ごしたとしても、その後に幸いはあった。だからこそ全部を全部、否定することは出来ない。
 
「ただ、普通の日々と普通の親が欲しかった、と。そのことを一度も考えたことがないかと問われれば、答えはノーです」
 
 優斗はグラスの中にある葡萄酒を飲み干す。
 
「どうやら旅行に行った疲れの反動なのか、酔ってしまったようです。少し暗いことをお話してしまい、申し訳ありません」
 
 そう言いながら立ち上がり、酔い覚ましをする為に優斗はマリカを伴って席を外した。
 


 
 テラスから家の中に戻ってくる優斗をエリスは見つけた。またか、と思いながら彼女は優斗とすれ違うようにテラスに出て行くと、座っている夫に文句を垂れる。
 
「あなた、またユウトさんと飲んでたの?」
 
「少しだけだ」
 
「それにしたって一週間に四回も五回もやってれば限度があるわ。念願の夢だったのは分かってるけど」
 
 いくら夢だったとはいえ、毎度付き合わされている優斗の身を考えて欲しいとエリスは思う。けれどマルスは難しい表情をしたままだ。
 
「いや、むしろ私はもっと彼と関わる必要があると実感させられたよ」
 
「……あなた、どういうこと?」
 
 問い掛けると、夫は先ほどの顛末を妻に伝える。エリスは聞き終えると、僅かに目を伏せた。
 
「ユウトさんの話を聞いた上で、あなたはどうするつもりなの?」
 
「私は彼に対する遠慮をなくすと決めたよ。一緒に暮らしているのだから不必要だろう?」
 
「……遠慮、ねぇ」
 
 確かに必要ないとは思う。今の彼が取っているスタンスは家族ではなく同居人だ。だからどうしたって遠慮は生まれてしまう。
 
「私達は立場上、後見人ではあるけれど彼の義両親でもある。つまり彼は私達の義息子、という立場だと言える」
 
 優斗には単なる異世界人という立場だけではなく、フィオナの婚約者という立場があり、夫という立場だってある。そしてマルスは彼とどうしたいのか今一度、胸に刻み込む。
 孫の為にと親友達と離れて一緒に暮らし、大人という存在を信じていないのに自分達を信じてくれて、自分の夢を嫌な顔一つせずに叶えてくれる少年のことを、自分はどのように思いたいのかを。
 
「私は彼を息子のように思いたいから、そう動くと決めたよ」
 
「けどあなた、それは……」
 
 夫から聞いた優斗の身の上から鑑みれば、迂闊に彼を息子などと言ってはいけない気がエリスにはしていた。
 
「私は彼のためになると思っている」
 
 けれどマルスは引かない。
 
「フィオナの恩恵があろうとも彼は私を信用してくれた。ならば私は彼の信用に応えるためにもそうする。まだ遠慮があるのは分かりきっているけれど、まずは態度で示していこうと思うよ」
 
 自分の想いと願いを。だからマルスは妻にも問い掛ける。
 
「エリスはどうする? ユウト君と自分の関係を、どのようにしたいんだ?」
 

       ◇      ◇


 それから二週間以上の日々が経ったが、優斗とマルス・エリスの関係は一向に変化が訪れなかった。マルスは変わらずに優斗とテラスでお酒を飲みながら様々な話をしては、優斗との関係について一歩を踏み出そうとしている。
 けれどエリスが夫から話を聞いている限り、どうにも優斗はこの家で過ごしている時でも気を張っているらしい。とはいえ今は彼の親友が唐突にやって来ているので、妙に気を張っている様子をエリスは感じ取れない。
 そして彼女の視線の先にいる優斗は、突然の来訪者に目を丸くしていた。
 
「卓也、いきなりどうしたの?」
 
「……やっちまった」
 
 優斗はいきなりトラスティ邸にやってきて、しかもヘコんでいる親友の姿に首を傾げる。
 
「何をやっちまったの?」
 
「金がないんだ」
 
「……はっ? 定期的に貰ってるじゃない」
 
 異世界組のお金は王様から毎月、小遣いのように支払われている。本当はもっと膨大な額らしいが、王様が本当の意味で彼らが『異世界の客人』となるまで管理している。
 
「手持ちが全くないんだ」
 
「何に使ってるの? 修や和泉じゃあるまいし、卓也が金ないっていうのは珍しいね」
 
「……落としたっぽい」
 
 がっくりと肩を落とす卓也。どうやらどこかに財布を落としたようだ。優斗は苦笑いを浮かべると、ちょうど広間にいるエリスに訊いてみた。
 
「エリスさん、何か割のいいバイトとかあります?」
 
「…………」
 
 けれど反応がなかった。ソファーに座りながら考え事でもしているのか、視線はこっちに向いているのだけれど焦点が合っていない。
 
「エリスさん?」
 
 優斗はもう一度、呼んでみる。すると声が届いたのか、ビクッと身体を震わせてエリスが優斗に焦点を合わせる。
 
「えっ!? な、何かしら?」
 
「あの、何か割のいいバイトってあります? 卓也が金を落としたらしくて」
 
 優斗が尋ねるとエリスは少し考えて、
 
「だったら……そうね、ギルドでも行ってきたら? タクヤさんにも出来る仕事があるはずよ」
 
「へぇ、そうなんですか」
 
 優斗は卓也に視線を向ける。
 
「どうする? 行ってみる?」
 
「ああ、行ってみよう」
 
 善は急げとばかりに二人は玄関に向かおうとする。けれど優斗は声を掛けることを忘れない。
 
「フィオナ、悪いけどマリカのことお願いね」
 
 庭でマリカと日向ぼっこしていた彼女に出掛けること伝える。
 
「はい。行ってらっしゃいませ」
 
「ユウトさん、無茶なものは選んじゃ駄目よ」
 
 エリスが釘を刺すと、優斗は大丈夫だと言うように表情を崩した。
 
「分かってますって」
 
 
 
 そしてギルドまでの道中、卓也がこんなことを言ってきた。
 
「なんていうか、同じ家に住んでるのも板についてきたな」
 
「そう?」
 
「ああ。フィオナの両親も良くしてくれてるみたいでよかったよ」
 
「うん。マリカを育てることに対して相談に乗ってくれるし、すごく参考になってる」
 
 突然、親になった優斗とフィオナのフォローをしっかりとしてくれている。
 
「あの二人はどういう存在なんだ?」
 
「尊敬できる人達だよ。あれが親なんだと思える素晴らしい人達」
 
「お前にとっても?」
 
 卓也が突っ込んだことを訊いてきた。
 
「分からない。ただ、マルスさんとエリスさんを僕は尊敬してるよ」
 
 優斗は同じことをもう一度、伝える。それ以上の感情を持つのは余計なことだ。偶然が重なり、同じ家で住むことになっただけでしかない。
 
「そっか」
 
 これ以上は卓也も何も言わなかった。少ししてギルドに辿り着く。
 
「ここかな?」
 
「みたいだ」
 
 大きな看板に『ギルド』と書いてあったので、中に入ってみる。
 なんとなくイメージ的に汚れている、粗暴な雰囲気、といったものがあったのだが、どうしてなかなか綺麗な内装をしていた。二人は受付に向かう。
 
「ギルドに初めて来たのですが……」
 
「それではご案内させていただきます」
 
 受付の女性に説明を受ける。依頼のランクやプレイヤーのランク、などなど。基本的にRPGと変わらなかったのは二人にとって幸いだった。
 唯一違うのは国の管轄でギルドが運営されているということだろうか。他には特に尋ねることもなくライセンスを受け取る。
 この世界の依頼はランク付けされており、S、A,B,C,D,E,F,Gと八段階になっている。優斗達が受けられるのはEランクまでだ。
 
「討伐でもやるか?」
 
 卓也は依頼が貼り付けてある掲示板を見ながら優斗に相談する。
 
「薬草採取でいいよ。ほら、これなら前に行った森にあったから」
 
 ランクはFランク。熱冷ましの薬草の採取。そこそこお金になって危険がないということで、これにすることにした。


 
 
 森の中に入り、分担しながら草むらで薬草を探す二人。
 
「あったか?」
 
「あったよ。数も問題なし」
 
 優斗も卓也もパパッと薬草を回収してすぐに帰る。修や和泉のように余計なことをしない。
 
「バカ二人がいないから、トラブルなく帰ってこれたな」
 
「まあ、特に修がいないからね」
 
 トラブルを呼ぶ災厄人物の修がいない以上、この二人で行動して問題が起こることは稀だった。
 さっさとギルドに戻って薬草を渡す。
 
「これで換金も終了。優斗はもう帰るのか?」
 
「いや、ちょっと商店街まで足を伸ばすよ」
 
 優斗はせっかくお金が入ったのだからと、少し買い物をしていこうと思っている。
 
「そうか。それじゃ、今日はありがとうな」
 
「はいよ」
 
 気軽に受け答えをして、優斗は去って行く卓也の姿を見送る。
 
「さて、と」
 
 商店街へと足を向けて歩き出す。
 
「何を買おうかな」
 

 
 
 夕刻を過ぎて優斗はトラスティ邸に戻り夕食を終えると、フィオナに抱っこされて一緒に部屋へ戻ろうとする娘に声を掛けた。
 
「マリカ」
 
 優斗に名前を呼ばれて、マリカもフィオナも反応する。すぐに近付いてきた。
 
「今日は良い子で夕ご飯を食べたけど、お留守番もちゃんと出来たかな?」
 
「あいっ」
 
 元気な返事のマリカ。優斗がフィオナに本当? と視線を向けると頷かれた。
 
「それじゃ、いつも良い子のマリカにパパからプレゼントだよ」
 
 ラッピングされた紙袋を娘に渡す。綺麗に包装された物を手にすると、マリカの表情がより一層輝いた。
 
「部屋に戻ったらママと一緒に開けてみてね」
 
「あいっ!」
 
 再度、元気な返事をするマリカに優斗は手を振って見送るとソファーに座る。しばらくのんびりしていると、エリスが話し掛けてきた。
 
「さっきマリカが何かを渡してたけど、何を買ってきたの?」
 
「クレヨンと画用紙です。さすがに娘にプレゼントを一個も買ってないのはどうかと思ったから」
 
 あの歳ぐらいの遊び道具としてはちょうどいいと思う。
 
「ちゃんとマリカのために頑張ってるのね」
 
「父親ですから」
 
 当然のように優斗が言った。エリスはそれを聞くと……少し真面目な表情を作る。そして何か決めたように真っ直ぐに優斗を見据えた。
 
「だったら、今度は私たちと頑張ってみる気はない?」
 
 唐突なエリスの発言に優斗は要領を得ない。疑問の様相を呈した。
 
「どういうことですか?」
 
「ユウトさんはこの家で暮らし始めてどれくらいかしら?」
 
「おおよそ三週間弱、といったところですね」
 
 引っ越して、旅行をして、マリカを育てている。とても早く思えるほどに時間が過ぎていた。
 
「対外的に私とユウトさんはどういう関係かしら?」
 
「設定を述べさせてもらうのであれば義理の親子、もしくはそれに近しい関係、といったところでしょうか」
 
 夫婦や婚約者という扱いなのだから、自分が言ったような関係が一番適しているだろう。
 
「ならそろそろ、呼んでもらいたいものよ」
 
 エリスが口にした言葉を聞いた瞬間、優斗の表情が険しいものになった。
 何を伝えたいのかは分かるが、すぐに頷けるものではない。
 
「……マルスさんから話を聞いたりはしてないんですよね?」
 
「いいえ、聞いてるわよ」
 
「それでも、ですか?」
 
「もちろんよ」
 
 優斗の態度から良い話題でないのは確かだが、エリスも引くわけにはいかない。
 
「意地悪をしているつもりはないわ」
 
「分かってます」
 
 彼女が無神経な人物でないことは、優斗もよく理解している。一緒に住む前からエリスのことは知っているし、冗談と真面目な話の使い分けができることだって分かる。
 だからこそ問う。
 
「なぜですか?」
 
「私は貴方を本当の息子のように思いたいからに決まってるわ」
 
「……僕がここにいるのは、あくまでマリカの為ですよ」
 
「それと私が貴方に伝えたいことは関係ない」
 
 エリスが断言した瞬間、優斗の表情がより一層、固いものに変わった。
 
「疲れるわよ、ユウトさんの生き方は」
 
 今の彼は気の休まる時間を持っていない。常に何かしら緊張の糸を張らしている。
 
「……知ってます」
 
「家でくらい、気を抜いたっていいじゃない。だからこその“家”じゃないの?」
 
「それができる生き方をしていないと知ってるでしょう?」
 
 マルスに自分のことを聞いているのなら、どうして自分がこうなっているのか、理解して然るべきだ。
 
「なら、できるよう努力なさい」
 
 けれどエリスは許さない。安易に逃げさせることはしなかった。
 
「……厳しいですね、エリスさんは」
 
「遠慮はしないって決めたもの」
 
 マルスから話を聞いて以降、ずっと考えていた。夫がああ言った以上、自分だってそうする。そうしたいと思ったのだ。
 
「前にマルスが言ったかもしれないけれどね、貴方がいるおかげでフィオナは話すようになったし、明るくなった」
 
 まるで別人だ。同一人物だとは、とても思えない。
 
「マルスだって同じ。帰ってお酒を飲むことを楽しみにするようになった。今だってマリカのおかげで孫バカ手前よ」
 
 夫は夢の一つが叶った、と本当に喜んでいる。優斗と一緒に酒を飲み交わす時間が本当に至福なのだろう。
 
「私だってそう。貴方と会って、マリカが来て、目まぐるしく変わる毎日が本当に楽しいの」
 
 だから。自分達の気持ちを彼にも知ってもらっていたいから、
 
「ユウト」
 
 エリスはもう、彼に遠慮はしないと決めた。
 
「もう一歩だけ、私達に歩み寄りなさい」
 
 こっちから目一杯に踏み込んでも、最後の一線を越えるのは彼自身の意思が必要だ。けれども優斗はいつものように軽く頷いたりはしない。いや、できない。
 
「……怖いんですよ」
 
 小さな言葉ではあったが、エリスの耳に届く。優斗も目の前にいる女性が真剣に考えてくれているからこそ、取り繕うことはせず真面目に答える。
 
「きっとエリスさんが望む一歩は、僕が僕として生きてきたラインを超えるものです」
 
 彼女からしたら僅かばかりの人生かもしれないけれど、それでも生きていく為に必要なことがあって、その線引きがあったからこそ生きることができた。

 ──気持ちはあるけど。

 そうしたい、という気持ちはあるけれども。マルスとエリスの為人を知ったからこそ、有り余るほどに思っているけれど。
 くしゃり、と優斗の顔が泣き笑いを浮かべた。
 
「僕はそれを超える勇気を持ってないから」
 
 涙は出ない。バカみたいだけれど、最後に涙を流したのがいつだったか覚えていない。
 覚えているのは涙を流さないと決めた誓いだけ。
 
「……少し、勘違いしてたわ。貴方も弱い心を持っているのね」
 
 エリスはこの時、初めて思い違いをしていることに気付いた。
 優斗はいつでも平然としている。にこやかに笑っている。強く、優しく在る。それが彼に対するエリスの評価だった。
 けれども今、崩れる。“強い”のではなく、“強くいた”ということなのだろう。
 
「そうする必要があったから『強く在る』しかなかったんです。でなければ駄目だったから」
 
「ここは貴方のいた世界じゃない」
 
「知ってます」
 
 だけど変えられないんです、と付け加えながら優斗は朗らかに笑った。
 しかし彼の笑顔は、心を知ったからこそ印象が変わる。なぜだか悲しくなってエリスは優斗に近づき……抱きしめた。

 ──この子はずっと、こうしてきたのね。

 大人と立ち向かうために必要だった強さと強固な意志。
 まともな世界で過ごしているなら、そんなものは必要ないというのに。
 
「……ちょっと苦しいです」
 
「我慢なさい」
 
「……はい」
 
 ただ、エリスに言われるがままに優斗は抱きしめられる。今まで誰からも感じたことのない温かさが身体に染み渡る。なんとなく、これが“親”なのだと実感した。
 
「……親の温かさというのは、こういうことを言うんですかね?」
 
 優斗は、ふと思う。今、感じているのが親の温かさだと言うのならば。
 自分は出来ているのだろうか。
 
「僕はマリカにこの温もりを与えられていますか?」
 
 出来ていればいいな、と。優斗は願う。けれどエリスは彼の問いに思わず泣きそうになった。

 ──どうして、この子は……。

 誰もが与えられて然るべきことさえ分からないのだろう。
 そして恨みそうになる。親の温もりすら教えてこなかった優斗の両親に。
 
「もちろんよ」
 
 エリスは強く頷いた。すると優斗は安堵の表情を浮かべる。
 
「よかったです」
 
 言葉だけではなく、態度だけでもなく、自分はマリカに対して親らしいことができている、と。
 そう思えたから。
 
「不安だったの?」
 
「実感をしてこなかったわけですから」
 
 理想はある。努力もする。マイナスイメージも振り切ってはいる。
 けれど、不安がないと言えば嘘になっていた。
 
「でも、だからこそ良い親で在りたいと思ってるんです。あんな最低な両親から産まれたからこそ、心を閉ざしてしまうほどの教育を受けてきたから、僕は絶対にあの人達のようになりたくない。ただ、それだけなんです」
 
 淡々と事実を告げる優斗に、エリスはもう限界だった。どれほど辛い状況だったのかは想像もつかない。人の汚いところばかり見てきたのも本当なのだろう。

 ──それなのに。

 優斗はこんなにも純粋な芯を持っていることに、エリスは涙が溢れてきた。
 少しでも擦れたりすれば、もっと楽だったろうに。
 
「泣かないでくださいよ」
 
「……バカよ、あなたは」
 
「その通りです」
 
「本当にもう、どういう言葉を掛けていいか分からないわ」
 
「すみません」
 
 あまりにも否定できない事実だったので、情けないように頷く優斗。けれどエリスは彼の頭を柔らかく撫でた。
 
「でも、それでも貴方に何か言えるとしたら」
 
 本当の強さを持っている優斗に。

 ──頑張り屋のこの子に伝える言葉があるとするなら。

 エリスは抱きしめている優斗の肩を持つと、真正面から彼のことを見据えた。
 そして、
 
 
「ユウトのためにこれだけ泣ける私は、やっぱりユウトのことを大切に思ってるって実感したわ」
 
 
 優しく微笑みを浮かべるエリス。その表情からは大きな母性が溢れ出ていて、愛情が一重に優斗に向けられていて。
 
「……っ!」
 
 それが優斗の心を揺さぶった。なぜか目頭が熱くなって、顔を下に背ける。
 
「ユウト?」
 
「……どうして……ですかね」
 
 決めたことだった。自分が流す涙には何一つ価値がないと分かっているからこそ、不必要な涙は無意味でしかないと知っていたはずだった。
 
「自分でも覚えていないぐらい幼い時に、泣かないって決めていたんです。泣いても何も変わらないから、泣くことに意味はないって……」
 
 ずっとずっと、そう思って生きてきた。
 心を凍らせて、殺して、何も感じないようにして、ただ日々を生きるために必死になっていた。
 
「僕はもう……自分のことで流す涙はないと思っていたのに……」
 
 エリスの微笑みと温もりを感じてしまったら、込み上げてくるものが止まらなかった。
 
「バカね」
 
 エリスはもう一度、優斗を抱きしめる。
 
「泣きたいなら泣けばいいのよ」
 
 そして今度は彼の頭をあやすように撫でた。温もりを知らないというのなら、自分が与えようとエリスは誓う。
 親としての在り方を知っているだけなのであれば、自分が彼に実践しようと決める。
 そして彼の悲しみや苦しみを親が受け取らなかったのであれば、
 
「私が受け止めるわ。ユウトの気持ちを」
 
 彼の母親になりたいからこそ、絶対に。
 
「ありがとう……ございます」
 
「感謝なんて必要ないわ。私がそうしたいから、やってるだけのことよ」
 
 優斗の瞳から零れる涙をエリスは受け止める。“大人”としてではなく“母親”として。
 マリカの父親になろうとしている優斗を見習って、自分も頑張って優斗の母親になる。
 これが優斗に対する自分の一歩だ。
 
「エリスさんの踏み出した一歩は凄いですね」
 
「そうかしら?」
 
「僕を泣かせるんですから、相当なものです」
 
 優斗もエリスも泣きながら笑い合う。
 
「これで少しはユウトも勇気、出たかしら?」
 
 今一度、エリスが尋ねると優斗は小さく頷いた。
 
「そうですね」
 
 自分を泣かせるぐらいに踏み込んできたエリス。そして自分のことを思って泣いてくれた彼女に優斗は応えたいと思う。今ならきっと、言える気がした。
 
「言葉だけになってしまうかもしれません。だけど、この一言で一歩を踏み出そうと思います」
 
 大きく深呼吸をして。呼ぼう。
 
 
「ありがとうございます、義母さん」
 
 
 
 



[41560] クリスの婚約者
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:2a9ff83e
Date: 2015/09/25 21:26
 
 
 
 
「ユウトとフィオナさんにお願いがあるんです」
 
 珍しく単独でトラスティ邸に来たクリスが唐突に切り出した。
 
「どうしたの?」
 
「ユウトには旅行に行ったとき、夏に婚約者と会うことは話しましたよね?」
 
「うん、聞いた」
 
 四人全員で驚いたので、優斗もよく覚えている。
 
「明後日、その婚約者と会うことになったのですが、一緒に会っていただけないでしょうか」
 
 クリスが珍しくしてきたお願い。もちろん、突発な上に意味は分からない。
 
「説明よろしく」
 
「分かりました」
 
 クリスは頷くと事の発端を話し始めた。
 
「初めて会ったときは両家の顔合わせということもあって互いの両親随伴でしたが、今回はどちらの両親もいません。しかもなぜか早いうちに自分の知人を知っておきたいという話になりました。なので今回は友人を交えてのお茶会をするということになって……」
 
 クリスも初めての経験なので、急に知人を交えてのお茶会など多少の違和感はあるのだが、婚約者と会うというのはこういうことなのだろう、と割り切って頷いた。
 
「そして彼女が初対面でも安心してお茶会をできる人を選ぶとなると、ユウトとフィオナさんが適任かと思った次第です」
 
「まあ、確かにそうだよね」
 
 優斗も一緒にいる面々を考えると、クリスの人選に納得する。
 
「修と和泉は論外だし、アリーは王族だからどうしたって緊張する。残るは卓也とココだけど……卓也はテンパりそうだし、ココも緊張したら色々と失敗するし」
 
 クリスも苦笑していることから、優斗と同じ意見なのだろう。
 
「というわけで、お二人にお願いしたいのです」
 
 

 
 そして翌々日のお茶会の日。クリスが迎えに来たので、優斗とフィオナも準備をして玄関に向かう。
 同時にフィオナはエリスに抱っこされているマリカに色々と話し始めた。
 
「まーちゃん。ちゃんとお母様──ばあばの言うことを聞いてくださいね」
 
「あい」
 
「夜には帰れますので、それまで良い子でいてくださいね」
 
「あい」
 
「あとは──」
 
 フィオナがあれやこれやとマリカに注意するべきことを教える。
 初めてマリカを伴わずに出かけるのだから心配するのは分かるが、
 
「……フィオナ、心配しすぎ。エリスさんがいるんだから」
 
 優斗が呆れた瞬間だった。マリカを抱いているエリスからデコピンが飛んでくる。
 
「いつっ!」
 
「ユウト。今、なんて言ったの?」
 
 凍えるような笑みを浮かべてエリスが優斗に迫る。彼女が何に対して怒っているのかは分かるので、優斗も至極冗談めいて言葉を返した。
 
「なんでしょうか、義母さん」
 
 それだけを言えば、エリスの表情も温かなものへと変化する。
 
「分かればいいのよ」
 

 
 
 三人は歩きながらクリスの家を目指す。
 
「お相手は子爵のご令嬢というわけだけど、どういう子なの?」
 
 優斗は念のため、クリスに再度確認を取る。
 
「清純無垢な女性です。間違えても事前準備なしでイズミと関わらせたくないですね」
 
 彼が受け持つ生徒の扱いが可哀想だとは思うが、自業自得なので優斗もフィオナも特にツッコミは入れない。
 
「性格はどんな感じ?」
 
「タイプとしてはアリーさんとココさんに近いと思います。アリーさんを幼くして、ココさんの慌てる感じが追加された性格ですね」
 
 少なくとも嘘はつけないタイプだろう、とクリスは言う。
 
「……あっ、そういえば忘れてたけど、僕達はどういう設定で会えばいいのかな?」
 
 優斗がふと気になった点を確認する。確かに、とフィオナも頷いた。
 
「そうですね。名乗るときに困ります」
 
 友人同士か婚約者か夫婦か。クリスは問いに対して少し悩むと、
 
「……結婚は決定的ではありますが決定ではありませんし、万が一に決裂したとしても、彼女がマリカちゃんと会う機会がないとは言い切れません。彼女はマリカちゃんが龍神の赤子ということも知らないでしょうし、何より指輪を見られたら言い逃れできません」
 
 左手の薬指に同じ指輪をしているのは、さすがに何かあると勘繰られる。
 
「なので夫婦ということでお願いしてもよろしいでしょうか?」
 
「了解だよ」
 
「分かりました」
 
 その他にも軽く打ち合わせをしているうちに、クリスの住んでいる家まで辿り着く。
 最初に目にする庭園。そこにあるテーブルで一人の女性が落ち着かなそうに待っていた。
 
「クリス、あのガッチガチに緊張してるのが婚約者だよね?」
 
「はい。自分の婚約者のクレアです」
 
 待ち合わせ時間までは三○分以上もあるので、クリスとしては三人でゆっくり婚約者を待とうとしていたのだが予想が外れた。
 
「こんなに早く来ているとは思いませんでした」
 
 少々驚きながらクリスは婚約者に近寄っていく。
 
「クレア、久しぶりですね」
 
 隣まで歩いてクリスが話し掛けると、勢いよく婚約者は立ち上がった。
 
「ク、クク、クリス様、お久しゅうございます!」
 
 緊張のあまり、口が上手く回っていない。クリスも優斗もフィオナも苦笑した。
 さらに彼女は優斗達を認識すると、慌てっぱなしのまま挨拶をする。
 
「あ、あの、あの、あの、こ、この度はわたくし達のためにお、お越しいただき、ありがとうございます!」
 
 九〇度にもなりそうな勢いで頭を下げる。なんというか、優斗が今まで関わってきた貴族とは毛並みが違っていた。
 
「クレア。今日は緊張しないで済む友人に来ていただきましたから、落ち着いてください」
 
「ひゃ、ひゃい!」
 
 なんて頷くものの、これではさすがに緊張しすぎだろう。優斗はフィオナを伴って近づくと、警戒心をできるだけ抱かせないように爽やかに笑う。
 
「クレアさん。まずは深呼吸をしてみましょう」
 
「……へ?」
 
 優斗の第一声にポカンとするクレア。
 
「クリスもフィオナも一緒にお願い」
 
 何を優斗が言いたいのか意図を察したクリスとフィオナは軽く頷く。
 
「息を吸って」
 
 合図をし、フィオナとクリスがゆっくりと深呼吸をし始めた。クレアも慌てて同じようにする。
 
「吐く」
 
 ゆっくりと三人が息を吐く。もう一度、同じ事をさせると優斗はパン、と手を鳴らした。
 
「では自己紹介をさせていただきますね。ユウト=フィーア=ミヤガワと申します」
 
「妻のフィオナです。本日はお招きいただき、まことにありがとうございます」
 
 恭しく二人が頭を下げた。クリスは二人のことを手のひらで示しながら、あらためて関係性を説明する。
 
「二人とも学院のクラスメートなんです」
 
 そしてクリスは続いてクレアの肩に手を置き、
 
「ユウト、フィオナさん。こちらが自分の婚約者のクレアです」
 
 クリスがあらためて紹介すると、クレアは先ほどよりもゆったりとした形で頭を下げた。
 
「よ、よろしくお願いします」
 

 
 
 やっと場の空気が落ち着いたので、四人はテーブルを囲む。
 
「クレア、最初に言っておくことがあります」
 
 クリスとしては、とりあえずこれだけは伝えておかなければならない。
 
「自分達の付き合いは貴族階級の垣根を越えたところにあります。階級など関係なく愛称で呼びますし、呼び捨てで呼ばれたりします。一般的にはおかしいかもしれませんが、そこは了承してください」
 
「分かりました」
 
 婚約者の説明にクレアが頷くと、優斗は早速切り出した。
 
「クリス、今日のところ口調はどうしたらいいですか? クレアさんが緊張するなら、このままで通しますけど」
 
 なにぶん優斗は初対面なので、どこまでしていいのかが分からない。
 
「いえ、まずは普段の口調に戻ってください。ユウトの口調に耐えられなかったら……不味いです」
 
 問題児はもっと他にいるのだから。
 
「分かったよ」
 
 クリスに言われた通り、パッと口調を変える優斗。
 
「クレアさん。僕はこれからこういう感じで話すけど大丈夫?」
 
「は、はい」
 
 いきなり言葉使いが変わったことにクレアも驚きはするものの、嫌悪感は抱いていない様子なのでひとまず安心するクリス。
 
「ただ、どういうことか、その……」
 
 クレアとしては説明を求めたい。優斗は頷いて理由を教える。
 
「クリスが仲良くしてる友達には、もっと言葉が乱雑な人達がいるんだよ。しかも誰が相手でも口調を変えないから、汚い言葉使いが駄目な人だと厳しいなって」
 
 クレアが彼らの言葉使いを下賤だと蔑みでもしたら、クリスの嫁となるにしてはかなり致命的になる。
 
「だ、大丈夫です! 頑張ります!」
 
 ぐっと両の拳を可愛らしく握りしめるクレア。どういう意味で頑張るのかは分からないが、少なくとも付き合っていく気があるのは良いことだ、と優斗は思う。
 
「クレア、この二人は初級レベルです。今後、今日のようにお茶会が増えてくるとレベルが上がっていきますので、心の準備はしておいてください」
 
「……ち、ちなみに、上級レベルだと、どういう方が?」
 
 恐る恐るクリスに問い掛けるクレア。
 
「王族が出てきます」
 
「………えっ? お、お、王族って……ア、アリシア様でしょうか!? ど、どうしたらいいのでしょう!?」
 
 またまた慌てるクレア。仕方ないことだとは思うが、優斗は苦笑してしまう。
 
「今日はアリーを連れてこなくてよかったね」
 
 もし連れて来たりでもしたら、彼女は緊張のあまり失神してしまいそうだ。クリスも苦笑いしながら頷く。
 
「本当です」
 

 
 
 当たり触りのない会話はしていくうちに、少しずつクレアの緊張もほぐれてきたようで、こんなことをクリスに訊いてきた。
 
「クリス様は学院で、どのような生活をされているのですか?」
 
「自分ですか? 自分は普通に……」
 
 と、言いかけてクリスは気付く。
 
「普通に……?」
 
 最近の自分の学院生活に、普通なんてところはあっただろうか? 
 和泉に振り回され、和泉に引っかき回され、和泉のボケに嘆息しツッコミを入れる日々。
 
「普通?」
 
 思いの外、悩むことになった。
 
「クリス様? どうされました?」
 
「いえ、ここ数ヶ月で“普通”という言葉がずいぶん遠のいたと思いまして」
 
 特に和泉のせいで、縁遠い生活をしているように思えた。優斗はクレアにクリスが首を捻った理由を伝える。
 
「事情があってクリスが和泉って友達の家庭教師をすることになったんだけど、とっても大変だってことだよ」
 
「そうですね。連れ回され、振り回され、大変な日常です」
 
 毎日が本当に騒がしいとクリスは実感する。
 
「そ、そんな方とご友人を?」
 
 心配そうな視線を婚約者に送るクレア。けれどクリスは優しい表情で首を横に振った。
 
「なんだかんだ言っても、楽しいですから」
 
 一緒にバカ騒ぎに巻き込まれるのは楽しい。これに関しては真実だ。時折、後処理が面倒なのも間違いないが。
 クレアはクリスの返答にほっと一安心すると、次いで気になっていた優斗達に話し掛ける。
 
「それで……その、ユウト様とフィオナ様はご夫婦なのだと伺いましたが……」
 
「何か気になることがあれば、何でも仰ってください」
 
 同じ女性ということもあって、親身になってフィオナが話を聞く。
 
「えっと、ですね。結婚生活とはどういうものでしょうか?」
 
 クレアはいまいち想像できない結婚生活のことを尋ねる。両親は年齢が離れすぎて参考にならないし、自分達の歳で夫婦生活を送るというのはどのような感じなのだろうか、と。
 これから結婚するクレアにとって重要なことだった。
 
「夫は優しいですし、一緒にいることは本当に幸せです。ただ二学期に入れば学院生活と育児を両立させなければなりませんし、大変さはありますね」
 
「お、お子様がいらっしゃるのですか!?」
 
 クレアが目を丸くして驚いた。学院に通っているのに、すでに子供がいるとは思ってもいなかった。
 
「一歳半になる娘がいるよ」
 
「学院に通っている間は家政婦などにお任せするのですか?」
 
「家政婦長もしっかりした人だから任せることはあるけど、フィオナの母親もフォローしてくれるからね」
 
 さらに龍神という特殊性も相まっているため、迂闊に他人へ任せられないのが現状だ。家政婦長はエリスと長年の付き合いらしいので、信頼に足る人物であると優斗は聞いている。なので家政婦長が任せられる限界の相手だろう。
 
「ユウト様が貴族ということは、フィオナ様のご実家も貴族なのですか?」
 
 続くクレアの問い掛けに今度はクリスが答える。
 
「彼女の実家はトラスティ――公爵ですよ。ユウトは子爵の家系なので、爵位としてはクレアと同じですね」
 
「フィオナ様のご実家の方が爵位が高いというのに、よく結婚が許されましたね」
 
 女性のほうが公爵なのだから、少なくとも侯爵ぐらいでないと結婚は許されないとクレアとしては思っていた。
 
「フィオナさんのご両親は寛大な方達なんです。フィオナさんが気に入ったのなら貴族だろうと平民だろうと平然と結婚させますよ」
 
 クリスの説明を聞きながら、クレアはある一つのことを思い出す。
 
「あっ! それで思い出しました。クリス様、わたくし達の結婚のことなのですが……」
 
「何かありましたか?」
 
 こうしてお茶会をしていることから、破棄ということはなさそうだが何かしらの問題が起こったのだろうか。
 
「早まりそうなのです」
 
「……どういうことですか?」
 
 クリスが学院を卒業するまでは待つ、という話だったはずだが。
 
「わたくしも詳しくは分かりませんが、遅くとも年末……早ければ一ヶ月後にでも、と」
 
「早くなりすぎじゃない?」
 
 あまりの早まり具合に優斗も疑問を抱いた。
 
「わたくしもそう思うのですが……」
 
「クレアさんは本当に何か聞いてないの?」
 
「いえ、ただクリス様の周りが……ということは聞きましたが」
 
 今日、家を出る際に両親が話しているところをうっかり聞いただけなので、クレアも詳しい事情までは知らない。
 
「クリスさんの周囲に何か変化があったのでしょうか?」
 
 フィオナも一緒になって考え出す。クリスとクレアは意図が分からずに混乱していた。
 優斗も考えていると、ふと気付く。
 
「周囲に変化と言ったら……」
 
 一つ、思い付いたことがある。
 
「クリス。初めてクレアさんと会ったのはいつ?」
 
「ユウト達と会う、ほんの少し前ですよ」
 
「なら、そういうことかな」
 
 これなら筋道が通っている気がする。
 
「優斗さん、何か分かったのですか?」
 
「分かったというか、勘違いするには十分かなと思う推論はあるよ」
 
 優斗が全員に説明するため見回せば、フィオナだけではなくクリスもクレアも興味津々で彼を見ている。
 あくまで予想だと前置きして、話し始めた。
 
「クリスが誰かに取られることを危惧してるんだよ」
 
「どういうことでしょうか?」
 
 クリスが疑問を呈する。優斗は指を一本立てると、筋が通るように説明を始める。
 
「僕達と会うまでクリスに友達はいなかった。ようは一人ぼっちだったんだけど……」
 
「確認されると胸に刺さるものがありますね」
 
 クリスが乾いた笑いを浮かべる。ただ、事実なのだから仕方がない。
 
「僕達と出会ってからクリスの周りには人がたくさん増えた。それは僕とか和泉だけじゃなくてアリー達――つまり女の子も一緒にいるようになった」
 
 ここが結婚の話が早まった焦点だと優斗は見る。
 
「アリー、ココ、フィオナに最近だとレイナさんか。王族に公爵に近衛騎士団長の娘っていうのは、クリスの相手としては上等だと思わない?」
 
 このうちの誰と結婚しても利点は多々あるはずだ。
 
「あの、私は優斗さんの妻ですけど」
 
 するとフィオナが訂正するように声を発した。
 あくまで夫婦という設定なのだけれど、ほとんど反射的に出たフィオナの言葉に優斗は不意を喰らって顔を赤くする。
 けれど無理やりに話を進めた。
 
「あー、フィオナ。ちょっと論点がずれてる。重要なのはクリスの周囲に上等で上級な女の子がいるってこと」
 
 ちゃんと見据えなければいけないのは、今言ったことが事実であるということ。
 
「クリスが王子系イケメンってことを考えると、この中の誰かと恋仲になってしまう可能性はある」
 
「そ、そうなのですか!?」
 
 途端にクレアが泣きそうになった。クリスが慌てて彼女を宥める。
 
「ありません! ありませんから落ち着いてください!」
 
 どうにか婚約者を落ち着けながら、クリスは優斗に続きを促す。
 
「二人の結婚がどういう利益を生むのか、どういう状況下で行われるかは知らない。けれど、さっき言った四人のうちの誰かと付き合ってしまったら、縁談は無くなってしまうかもしれない。特にアリーだった場合は問答無用で破談という形になるだろうね」
 
 王族なのだから、いくらクレアの実家が頑張ったところで無意味だろう。
 
「というわけで、誰かと恋仲になってしまう前に結婚させてしまおう、というのが今回の本筋じゃないのかな。僕達を呼んだ理由だって『クリスにはクレアという歴とした婚約者がいるんだから手を出すんじゃないぞ』みたいな意図が見えるし」
 
「……なんとなく、ユウトが言っていることで合ってそうな気がします」
 
 むしろ、それしかないと思ってくる。クリスとしても相手の両親が不安がる理由に納得できる。
 
「で、どうするの?」
 
「どうする、とは?」
 
 優斗が言った意味を把握しきれないクリス。
 
「僕が言ったのはどうでもいいとして、クリスはどうしたいの?」
 
 話したことはあくまで予想だ。正しいか否かは相手側しか知り得ない事情なので、正直どうでもいい推理でしかない。
 
「早められるのが嫌なら、今まで通り学院を卒業してから結婚……ってレールに戻ることも出来ると思うけど?」
 
 仲間の力を使えば容易い。特に王女や勇者は発言力も強いので、無理矢理ねじ伏せることも可能だろう。
 
「ユウトは自分が頷いたら、絶対にやり遂げますよね」
 
「クリスが本当に嫌ならね」
 
 軽口を叩くような優斗に、クリスは内心で感謝を述べながら婚約者を真っ直ぐに見据えた。
 
「クレア」
 
 名前を呼ばれてビクリ、とクレアの身体が跳ねる。
 
「貴女は今回の結婚、どう思っていますか?」
 
「わ、わたくしは、両親の言うままに……」
 
「自分は貴女の気持ちを訊いているのです」
 
 テンプレートのような台詞をクリスは叩き切る。自分が求めているのは美辞麗句や決まり切った定型文ではない。
 
「会って二回目です。そのような男と最短一ヶ月で結婚など嫌ではありませんか?」
 
「い、嫌ではありません!!」
 
 クレアの突然の大声に、クリスだけでなく優斗とフィオナも驚いた表情を浮かべた。
 
「こ、これでもわたくしは婚約することになってから、結婚生活を送るとしたらどんなことをすればクリス様が喜ぶだろうか、と。そればかり考えておりました!」
 
 唖然としている三人に対して、クレアは思いの丈をぶつける。
 
「確かにわたくしとクリス様の婚姻は両家の思惑が重なってのことです。ですがわたくしは……」
 
 この人なら、と思えたからこそ望みたい。
 
「わたくしはクリス様と愛ある生活を望んでおります」
 
 しっかりと断言した告白に優斗とフィオナから拍手が起こる。
 
「なんというか……照れくさいですね」
 
 珍しくクリスの顔が赤らんだ。そして一つ頷く。
 
「ユウト、心は決まりました」
 
 貴族同士の結婚というものは平民と比べておいそれと離婚などできない。
 三割以上は仮面夫婦になってしまうのも事実だが、どうしてか彼女とは良い結婚生活を送れると思えてしまった。
 何より女性にここまで言われて退くのは男らしくない。
 
「年内に結婚します」
 
「そっか」
 
「けれど学院との兼ね合いや、クレアのことをもっと知りたいと自分は思っています。それにイズミやシュウ、アリーさんと顔合わせをしておかなければ安心できません。なので年末まで結婚は延ばすつもりです」
 
「分かったよ」
 
 優斗は右手を軽く挙げた。クリスは意図を理解して力強くハイタッチすると、互いに笑った。
 
「頑張れ」
 
「ええ」
 
 そしてクリスは吹っ切ったように晴れやかな笑みを浮かべると、婚約者に提案する。
 
「クレア。五日後、王城の近くにある会場でパーティーがあります。まずはそこに行って挨拶回りをしましょう」
 
「挨拶、ですか?」
 
「はい。貴女のご両親を安心させるためにも、自分の婚約者として来ていただけますか?」

 まるで王子様が求婚をしているかのような光景。クレアは彼の立ち振る舞いに見惚れながら、一切の迷いなく首肯した。
 
「よろしくお願いします、クリス様」
 





[41560] パーティーパニック
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:fe982890
Date: 2015/09/28 21:02


 
 そして五日後、クリスの言っていたパーティーには優斗達、異世界組も参加する。
 トラスティ邸の玄関では、フィオナがちょっとだけ申し訳なさそうな顔をしていた。
 
「またお母様にまーちゃんを預けることになってしまいましたね」
 
「いいのよ。二学期も近いんだから、マリカだって貴方達がいないことに慣れないといけないわ」
 
「あい」
 
 こくこく、とマリカが頷いた。エリスは良い子ね、と言いながら孫の頭を撫でる。
 
「ユウトも会場で何か困ったことがあったら、フィオナでもマルスでもいいから訊きなさい」
 
「分かりました」
 
 優斗が頷くと、三人は会場に向かう馬車に乗る。
 けれど車内では何かしら問題があるのか、少し難しい表情をさせている優斗がいた。
 
「緊張することはない。君ならば問題ないはずだよ」
 
 マルスがフォローするように肩を叩くと、優斗は苦笑いを浮かべた。
 
「そう言っていただけるのはありがたいんですが、心配事は別にありまして」
 
「シュウさんとイズミさんですね」
 
 フィオナも分かっていたのか、優斗と同じように苦笑する。アリーとココは親も来ていないから、挨拶に大変だろう。
 クリスもクレアを連れて挨拶回りをすると言っていた。
 ということはつまり、バカ一号と二号の手綱を握る人がいないわけだ。
 優斗だって自分のことだけで手一杯になる可能性はあるだろうし、フィオナも優斗の家庭教師なので彼のフォローを優先する。
 なので二人の最大の心配事は、修と和泉が何をしでかすか、ということだった。
 
「どうしよっか」
 
「どうしましょう?」
 

 
 
 そしてやってきたパーティー会場で、優斗とフィオナ、そして二人と合流した卓也は目の前で展開されている光景に少し頭を抱えていた。
 
「本来なら貴族のパーティーってセレブな感じが溢れてるんだろうけど、結構台無しだね」
 
 場所としては狭い部類に入るパーティー会場。来ている貴族達もクリスやココを除けば大層な人達はほとんどいない。
 異世界組を慣れさせるためには、とても都合の良いパーティーだ。
 だから優斗達は着慣れない燕尾服などを纏わせて会場にいるのだが、
 
「アリー達、まさか問題ないと思ってたのかな?」
 
 王女様は先ほどから引っ切りなしにやってくる客人と会話を交わしているし、ココとクリスは挨拶回りに行っている。
 フィオナはこの場では優斗の婚約者となっているので、わざわざ名乗ることはしないまでも彼の隣に佇んでいるので、
 
「いやはや、参ったもんだね」
 
 先ほどから優斗達の視線の先にあるのは、修と和泉が凄い勢いで料理を食べている光景。
 
「あのバカ二人がパーティーの品位を下げてるんだろ」
 
 卓也は額に手を当てる。自分達の貴族デビューを知っている人などほとんど皆無。注目されることもほとんどない。
 なので修と和泉はお目付け役であるアリーとクリスがいなくて、これ幸いとばかりに料理を食べ続けているわけだ。
 
「止めにいきますか?」
 
 フィオナが優斗に訊くと、彼は仕方なさそうに頷いた。
 
「そうだね。周りに注目される前に……って、あれ?」
 
 歩きだそうとしたところで、先日一緒に旅行へ行った女性の姿が優斗達の目に映った。
 
「レイナさんが修達のところに向かってるね」
 
 生徒会長がずかずかと二人の所へと歩いていく。そして勢いよく拳を修と和泉の頭に見舞った。
 卓也が「おおっ」と感嘆の声を上げる。
 
「拳骨を喰らわせて黙らせた。さすがだ」
 
「彼女がいると僕達の負担が減って助かるね」
 
 優斗がしみじみと感謝し、卓也とフィオナが本当だとばかりに頷いた。
 


 
 レイナは修と和泉を引きずって歩く。
 
「何をやっているか、お前達は!」
 
 クレアを連れて挨拶回りをしていたクリスに様子を見てきてくれ、と頼まれたので来てみたら案の定だ。
 家庭教師達に説教してもらうためにも、レイナは二人を引きずって歩いていく。
 しかし和泉と修は全く応えていないようで、
 
「腹が減った」
 
「だからしゃーないだろ、レイナ」
 
 いきなりとんちんかんなことを言い出した。
 レイナはバカ二人を大声で黙らせる。
 
「しょうがないわけがないだろう!」
 
 修と和泉を引きずりながら、彼女は呆れながらも彼らの仲間に尊敬の意を示す。

 ──ユウト達はこいつらの面倒をいつも見ていたのか。

 このマイペースな二人を相手にするのは根気が必要だろう。少し同情しそうになる。
 
「お前達は今日、パーティーの何たるかを勉強しに来たのだろう?」
 
「「飽きた」」
 
「飽きるな!」
 
 再び怒鳴りながらレイナは前にいる男性とすれ違う。次いで引き摺られている修と和泉もすれ違うことになるのだが、
 
「ん?」
 
 その時、ピクリと修が反応した。
 
「どうした、修?」
 
 同じように引き摺られている和泉が話し掛けると、修は首を捻って眉を僅かに寄せた。
 
「なんか……変な感じが……」
 
 ほんの僅か、毛筋ほどの感覚がピリッと来たような気がした。
 引き摺られながら周りを見てみるが、特に変わった様子はなく修のアンテナにも再び引っ掛かることはなかった。
 
「気のせいか?」
 
 違和感とも呼べないほどの僅かな感覚だ。慣れない場所で少し神経質にでもなってしまったのだろうか。

 ──神経質とか俺のキャラじゃないし。

 修は少し考えて、馬鹿らしいと一笑する。レイナもシュウの異変に気付いたようで、
 
「何かあったのか?」
 
「いや、気のせいだったわ」
 
「だったら自分で歩け、馬鹿者」
 
 レイナが両の手で掴んでいた二つの襟首を離す。ベシャ、と修と和泉が地面に落ちた。
 
「痛いっつーの。暴力反対だぞ」
 
「そうだ。暴力はツンデレのみ許される行為だと覚えておいたほうがいい」
 
 特に痛そうな表情をさせないまま、二人がレイナをからかい始めた。するとレイナは僅かばかりな笑みを顔に貼り付け、
 
「……ほう。お前達のためを思って説教はクリス達に任せようと思っていたが、どうやら私の説教を所望のようだな」
 
 怒りの炎が彼女の瞳に灯ると、思わず二人は正座した。
 
「いえ、俺はアリーの説教がいいです」
 
「俺もクリスの説教のほうがいい」
 
「……はぁ。説教されないようにする、と答えないのが本当にバカとしか言いようがない」
 
 レイナは眉間を揉み解す。なんとなく保母さんのような気持ちになってきた。
 
「とりあえずシュウもイズミも誰にも挨拶をしないのは問題だろう。試しにアリーにでもやってみろ。今なら時間を取られずに出来るだろう」
 
 先ほどまでは挨拶に来ていた貴族と話していたが、少し落ち着いたのだろう。
 今現在、アリーの側にはフィオナの父親であるマルスがいて、彼と穏やかに談笑している。
 レイナ達が近くまで寄るとアリーが気付いたので、修が軽く手を挙げた。
 
「よっ、アリーにフィオナのおじさん」
 
「シュウ様、イズミさん、レイナさん。パーティーは楽しんでいますか?」
 
 にこやかに笑みを携えながらアリーが経過を訊いてきた。けれどレイナが二人がやっていたことを普通に暴露する。
 
「そのことなのですが、シュウとイズミがパーティーではあるまじき行為をしていました。ですからアリシア様にはパーティーが終わってから説教していただこうかと思っている次第です」
 
 レイナの提言にアリーは少しだけ面白そうに目を細めた。
 
「まあ、シュウ様とイズミさんはそうだと思いましたわ。別に無礼講とまでは言いませんが、お二人が何をやろうと今日だけは許容範囲とします。あとで説教はしますけど」
 
 アリーにも予想できた答えだった。だから格式張ったパーティーではなく、今回のような小さなパーティーを選んだのだから。
 
「しかしレイナさん。今はわたくし達に聞き耳を立てている方もいませんし、いつものようにアリーでいいですわ」
 
 呼び名が違うので、アリーには違和感しか生まれない。けれどレイナは姿勢を正し、
 
「いえ、騎士を目指している者として公私の分別は弁えることが必要です」
 
「……そうですか。では仕方ありませんわね」
 
 ここ最近になってたくさん呼ばれている愛称のほうがアリーとしては嬉しいのだが、無理に強制するものでもない。
 
「それはそうと、シュウ様とイズミさんは──」
 
 何をしたのですか? と質問しようとした時だった。
 会場中央にあるテーブルのところでガシャン、と皿が割れる音がしたと同時に悲鳴が起こった。
 周囲がざわめき、混乱のようなものが起きる。
 
「あん? 一体、何が起こってんだ?」
 
 修は状況を把握しようとして、会場中央に近付こうとする。
 
「――ッ!」
 
 けれど背後から膨れあがる気配を察し、咄嗟に振り向いた。真後ろには大柄な男が立っている。
 
「おいおい、マジかよ」
 
 そして男が振り上げている手には、鉈のようなものが握られていた。
 修は舌打ちすると強く鋭い声を放つ。
 
「和泉、レイナ! アリーを守れッ!!」

 
 
 
 その少し前。優斗達は話し掛けてくる貴族達と少々の会話を交わしては、愛想笑いを浮かべる時間を過ごしていた。
 
「フィオナ、卓也。何か食べる?」
 
 そして一人の貴族と話し終えたあと、少し小腹を満たそうと優斗が提案する。
 二人とも同意し、
 
「そうですね。少しお腹は空きました」
 
「オレも何か摘むものが欲しい」
 
「分かった。取ってくるよ」
 
 優斗は壁際から中央のテーブルへと向かう。
 
「三人分になりますし、私も一緒に行きますね」
 
 フィオナも後を付いて行く。一人、残された卓也が苦笑して二人に軽く手を振った。
 テーブルに歩みを進める優斗とフィオナは、引き摺られている修と和泉を見て再び呆れる。
 
「シュウさんとイズミさんはどこに連れて行かれるんでしょうね?」
 
「あの様子だとレイナさんが説教するんじゃない?」
 
「かもしれません」
 
 クスクスと笑いながら、二人は中央のテーブルに到着する。
 
「とりあえず、いろんな種類を取っていこうか」
 
「けれどタクヤさんは野菜好きですから、その中でも野菜は多めにしましょう」
 
 周囲を見ても、自分で取り分けて料理を食べる貴族はそこまで多くない。
 料理を持ったウェイターが動き回っているし、従士を使って食べ物を取らせる者もいる。
 とはいえ決して珍しい光景とも言えないのがこの国の特徴でもあった。
 
「さて、何を取ろうかな」
 
 優斗はフィオナにお皿を渡し、自分もどの料理を取るか吟味しようとした瞬間だった。
 
「──ッ!」
 
 ゾクリ、とした。一瞬にして現れた背後からの殺気に、優斗は反射的に隣にいたフィオナを突き飛ばす。
 
「きゃっ」
 
 可愛らしい悲鳴をあげるフィオナ。彼女が持っていたお皿が空中に投げ出される。
 けれどフィオナが声を発した瞬間、
 
「……っ!」
 
 何かが優斗に刺さった。




[41560] パーティーパニック②
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:fe982890
Date: 2015/09/28 21:03





 
 同時、皿が割れる音を聞いて下卑た笑い声をあげた者がいる。
 
「ははっ、始まった始まった」
 
 慌てふためく周囲をよそに、ニタニタと笑う男――ラッセルは満足そうに何度も頷く。
 悲鳴が起きたということは修か優斗、そしてフィオナの三人のうちの誰かはすでに死んでいるだろう。
 いい気味だ、とラッセルはほくそ笑む。修は自分に対して敬意を払いはしないし、優斗は大舞台で不正を働いた。フィオナもフィオナで将来の夫に対する態度ではない。
 特にラッセルが問題視しているのは優斗だ。彼が学生闘技大会の際、自分に『不正を使って勝った』のは明白だ。だから決勝でわざわざ罰を与えようとしてやったのに、運良く助かったらしい。
 ならばここで前回の分も兼ねて灸を据えなければならない。彼らがパーティーに参加するのを知ったのは偶然だったが、おそらく修達が平民という立場にも関わらずアリーにゴリ押しして頼んだ結果だろう。
 相も変わらず醜い奴らだとは思うが、三人ともいるならば話は早いと思い、ラッセルは“とある連中”に依頼を頼んだ。凄腕チームらしく金は嵩んだが問題は無い。
 しっかりと仕事をしてくれさえすれば、自分の思い通りに進むのだろうから。

 
     ◇      ◇

 
 優斗の右肩に痛みが走る。異物が肉を裂いて突き進んでいくが、その感触が唐突に無くなった。

 ──もう一回かッ!

 優斗は振り向きながら右腕も振り上げる。ナイフが自分を目掛けて突き進んできた。
 肩が痛むがどうでもいい。迫ってくる刃をタイミング合わせて握り締めた。
 ナイフなどの刃物は刃を引くことによって対象物を斬る。つまりナイフの刃を全力で握ったところでナイフ本来の切れ味を発揮することはない。
 
「……お前、やるなぁ」
 
 優斗と相対する人物。ひょろ長い男の視線が優斗を貫く。男がナイフを引き抜こうとするので、刃から手を離した。
 いくら斬れにくいとは言っても、当たり前だが斬れないわけじゃない。
 手の平と指の第二関節あたりは横一文字に傷ができて血が溢れていた。
 
「優斗さん!」
 
 フィオナが駆け寄って、治療魔法を使おうとする。
 
「す、すぐに治します!」
 
「いや、いい。そんな猶予を与えてくれるわけもないよ」
 
 けれど優斗は男から視線をずらさない。特に注意を怠らないのは彼が持っているナイフ。
 普通のどこにでもあるような物ではなく、何かしらの変な違和感がある。
 
「おい、お譲ちゃん。このナイフに斬られたら普通の治療魔法じゃ駄目なんだよ。“呪い”が掛かってるからな」
 
 意気揚々にひょろ長い男は笑う。周りの参加者が事態に気付き、誰も彼もが騒ぎながら大急ぎで出入り口に向かっていた。特に気にする様子なくひょろ長い男は会話を続ける。
 
「つっても、魔法では治せないってだけで自然治癒はしちまうんだけど」
 
「おしゃべりだね」
 
「失敗しちまったからな。予想外だったぜ、まさかあのタイミングに防がれるなんてな」
 
 完全に仕留められるタイミングだったはずなのに、感付かれるどころか助けてしまうとはひょろ長い男も思っていなかった。
 
「直前で殺気を出せば普通に気付ける。それで狙いは何人?」
 
「おいおい、言うと思ってるのか?」
 
「失敗した以上、殺害対象以外はいなくなったほうが都合いいでしょ?」
 
 挑発するように優斗が鼻で笑った。ひょろ長い男も彼の言いたいことが分かったので、肩をすくめる。
 
「そりゃそうだが、人質っていうのも必要でね」
 
「他人なら切り捨てるよ」
 
「なら友人でも人質にさせてもらおうか」
 
 そしてひょろ長い男は別のところ――修達へと視線を向ける。
 

       ◇      ◇

 
 振り降りてくる鉈を修は一歩横に踏み出して半身になり躱す。
 二撃目は……来なかった。
 
「狙いは俺か?」
 
 大男が一つ、頷いた。
 
「シュウ・ウチダ、ユウト・ミヤガワ、フィオナ=アイン=トラスティ。以上の三名だ」
 
「よく分かってねーけど、殺し屋ってやつか?」
 
 自分達がいた世界にもいたのだから、この世界にいても問題ない気がする。けれど大男は首を横に振った。
 
「暗殺者だ」
 
「いや、そんだけ大暴れしといて暗殺者ってなんだよ」
 
 周囲の貴族達が慌てて外へと逃げ始めている。
 暗殺っていうのはもっと緻密に密やかに行われるものではないのだろうか? と修は思う。
 
「では他の方々は出て行っても構わないでしょう?」
 
 気付けば修の隣まで来ていたアリーが大男に堂々たる態度で告げた。
 
「……そうだな」
 
 大男は首肯するが、ひょろ長い男が合流して首を横に振る。すぐ後ろには優斗達もいた。
 
「ちょっと待てって。それじゃ逃げられちまうかもしれねぇだろ」
 
 混乱に乗じて逃げられてしまっては元も子もない。
 
「対象以外も何人か残せって」
 
「……ということだ。ここにいる人間は残ってもらう」
 
 

 
 貴族達が出て行くのを確認したあと、暗殺者達は内側から鍵を閉める。
 いざとなれば壁を壊して逃げることは出来るかもしれないが、生憎と建物は易々と壊れないように特殊な魔法で守られている。
 しかし普通の魔法であれば壊すまで少々時間を喰ってしまう。だからこその施錠だ。
 逃げられないようにするために。完全に主導権を握ったはずの暗殺者達だったが、残った面々は緊張を滲ませるわけでもなく、むしろリラックスさえしているように思えた。
 
「今回の件、お前らに依頼したのはラッセルだよな?」
 
 そして修が呆れながら質問した。とりあえず暗殺対象となっている三人で依頼した人物が誰なのか分かる。
 闘技大会の時に現れたカルマの時もそうだったが、あまりに明確すぎて逆に疑いたくなるレベルだ。
 
「訊かれて頷くバカがいるかっての」
 
「つっても本人がそこにいるんじゃ、しょうがねーだろ」
 
 そして何よりもはっきりとした理由に修が指先を会場の隅にやる。そこには格好つけるように腕を組み、壁に寄りかかっているラッセルがいた。
 
「やあ、諸君」
 
 優斗達に向かって歩いていくるラッセル。
 
「この私が君達を断罪しに来てやったよ」
 
 聞いた瞬間、全員の頭にハテナマークが灯る。意味が分からないといった表情の彼らに対して、ラッセルは意気揚々と説明を始めた。
 
「平民の分際で貴族の私に対する横柄な態度。闘技大会という場で不正を働くという不埒な行為。そして私の妻になるのに理解していない行動。全てが万死に値する」
 
 だが、説明すらも説明の体を成していない。というか何を喋っているのか全員が理解できなかった。
 
「……修は意味、分かる?」
 
「いや、分かんね」
 
 優斗と修は頭に特大の疑問符を灯す。
 
「私がいつ彼の妻になるんですか? 可能性がありません」
 
「ユウト君の関係を知らずとも、このようなことをしでかす輩に対して娘を嫁がせるなど絶対にありえない」
 
 フィオナとマルスを憤り、
 
「バカも休み休み言ってほしいですわね」
 
 アリーが呆れ返り、
 
「あいつ、子爵だったろう?」
 
「……ラッセルがあれほど馬鹿だとは私も知らなかった」
 
 和泉とレイナが頭を抱えた。何か薬でも使っているのではないかと思うぐらい、訳の分からない話に全員で溜め息を吐く。
 
「何をこそこそ話しているんだい?」
 
「いや、どうしたら貴様の考えた結論に辿り着くのか分からなくてな」
 
 誰もが関わりたくなかったので、しょうがなく代表としてレイナがラッセルに応対した。
 
「まず妻にすると言っているフィオナをどうして殺す?」
 
「別に本当に殺すわけじゃない。私はこういう物を持っているのでね」
 
 懐から水色の透明なガラスに入った小瓶を見せる。
 
「霊薬か?」
 
「そうだ。死んだ者すらも蘇らせる霊薬。将来の妻には教育が必要だと感じたのでね。死ぬほど痛い目に会わせようと思ったのだよ」
 
 ラッセルの説明にレイナだけではなく、全員が理解する気力を失う。もう、本当に可哀想な人なんだと割り切るしかなかった。
 
「……馬鹿なのだな、貴様は」
 
 心の底からレイナが諦めた表情を浮かべる。
 
「貴様は子爵だろう?」
 
「そうだ」
 
 誇るように胸を張るラッセル。だが、
 
「ここにいるのは子爵に伯爵、そして公爵に王族だぞ。少なくとも子爵のお前は同率で立場が一番悪い」
 
「なっ!?」
 
 レイナが言ったことに驚くラッセル。
 
「ど、どうしてだ!? 貴様らは田舎者だと言っていたじゃないか!!」
 
 そして修達を指差す。まあ、確かに田舎者だと自己紹介したが今は違う。
 残念ながら貴族になった。レイナはさらに追撃するように言葉を続ける。
 
「しかも、だ。貴様はこの場をどうやって終わらせようとしている? アリシア様を人質にした以上、どのような理由があろうとも罪は負う」
 
 あまりにも酷い状況になっているので、ラッセルが何を考えているのか本当に理解できない。
 そして優斗も面倒になったのか盛大に溜め息を吐いたあと、
 
「この際、幾つか勘違いしてるようだから教えてあげる」
 
 嘲るように笑った。もう面倒だからネタ晴らしをしてもいいだろう。
 ラッセルにしても暗殺者二人にしても、まともに外に出してやるつもりなど毛頭ないのだから。
 
「貴方達はこの国の『勇者』って知ってる?」
 
「何ヶ月か前に亡くなったじいさんだろ?」
 
 ひょろ長い男が答える。
 
「だったら新しい勇者はどうしたのかな?」
 
「条約もある。世界情勢としては安全だからこそ、勇者を未だに呼んでいないという話がある」
 
 今度は大男が答えた。けれど優斗は鼻で嗤って馬鹿にする。
 
「条約? 安全? 馬鹿だろう、お前ら。いつ、どんなことがあるかもしれないのに『異世界人』を召喚しないわけがない」
 
 そして優斗は一人の少年を促した。
 
「修」
 
 名前を呼ばれると、彼は当然のように右手の甲にある『勇者の刻印』を浮かび上がらせる。
 
「こいつが今回、異世界から呼ばれた『リライトの勇者』だ」
 
「な――っ!?」
 
 ほとんど驚愕と言っていいほどの表情を浮かべた三人に対して、優斗はさらに告げる。
 
「だから僕達が閉じ込められた、ではなくお前らが閉じ込められた。もっと言えば、ここにいるメンバーで異世界出身が修だけだと思うなよ」
 
 ラッセルと暗殺者たちを心理的にどんどん追い詰める。そして優斗が何よりも気に喰わないのはラッセルのふざけた妄想だ。
 
「あと、お前はフィオナを将来の妻だとか言ってるけど──」
 
 馬鹿も休み休み言え。
 
「現時点でフィオナは僕の妻だ。どうすればお前の妻になるんだ?」
 
 圧倒的な挑発を優斗はラッセルに叩き付ける。闘技大会の帰り道に二回目はないと誓ったからこそ、肩から血が出ていようが手の平から血が滲もうが関係ない。
 完膚なきまでに潰すと決めた。
 
「そ、そんなもの全て嘘だ!!」
 
 大声で否定するラッセル。しかし、
 
「いいえ、事実です。機会があるのであれば、王家で保管している書類でも見せてあげますわ」
 
 涼しい顔でアリーが突き刺すように事実を述べた。
 
「ユウト君とすでに夫婦だということを知らなかったとはいえ、フィオナの親である私の前で醜態を晒して、どうして妻にできると思ったのかが知りたいものだね」
 
 人質を取ったのは暗殺者達の判断だろう。けれど捕まっている面々を考えれば、どうしたって失敗したことに気付くはずだ。フィオナの父である自分とアリーがこの場に残ってしまっているのだから。
 すると優斗が想像だということを前置きしながら、ラッセルの考えを予想する。
 
「彼の考えを手に取るにように分かるのは無理ですけど、彼の妄想していた通りに話が進んでいたら、死の淵にいたフィオナを助けた……とか、暗殺者に狙われていた彼女を救った……とか、くだらないストーリーでフィオナを虜にして救い出せると思ったんじゃないでしょうか。まあ、今の状況で僕達の前に出てきたのは、あまり信じたくはないんですけど優位に立っていると勘違いしているからでは?」
 
 穴だらけの考えというか、穴しかない考えというか。切れているロープで綱渡りをしているようにしか思えない。
 
「ふん、本当にくだらない」
 
 マルスが吐き捨てるように言う。そこでラッセルは初めて自分の行動がフィオナの父であるマルスの不評を買ったことに気付いたのか、堪らずに顔を背けて暗殺者二人を縋るように見た。
 大男が唸るように、
 
「……勇者がいたとしても、だ。二人がかりで勝負を挑めば勝てる可能性も──」
 
「――わりーけど、ここにいる奴ら全員が上級魔法使えるし、簡単には人質にならない。優斗に至っては俺と同じレベルだ。勇者の俺に一人で勝てないとしたら、どうしたって優斗にも勝てねーよ。勇者が二人いると考えとけ」
 
 話の途中で割り込む修。と、ひょろ長い男が少しだけ希望を見出したようで、
 
「でも、その少年にはさっき怪我させたぜ?」
 
「そりゃあんたが結構な手練れだってだけだ。それにこいつはエンジン掛かるの遅いからな。尻上がりで調子上げる奴なんだよ。ちなみに俺も優斗も魔物は事実換算でAランクぐらいだったら余裕で倒せる。前にあいつが仕掛けたカルマって魔物を瞬殺したのも優斗だぞ」
 
 つまり、だ。宮川優斗を殺したいと思うなら、
 
「こいつ殺したいんだったら最初の一撃で仕留めとけ。それが出来なかったテメーらの負けだ」
 
 修が彼らの勝てない理由を数々列挙してはみた。しかし、
 
「けど、どんだけ言ってもテメーらは逃げないんだろ?」
 
「仕事だ」
 
 大男が憮然と答えると同時、修が笑う。
 
「いいぜ。どっちにしたって許さねえし逃がさない。俺らに手を出したんだ。素直に帰れると思うなよ」
 
 一歩前へと出る。次いで優斗も修と並ぶように前へ出た。
 
「フィオナと僕達が対象らしいから、他の人達はフィオナを守って。僕と修はこいつらを片付ける」
 
「で、でも優斗さんは怪我が……」
 
 フィオナが心配そうに駆け寄った。彼の肩からは未だに血が滴っている。手の平からもだ。
 
「大丈夫だよ。すぐに終わらせるから」
 
 優斗はフィオナを安心させるように笑むと踵を返す。そして上着を脱ぎ、蝶ネクタイを左手で外しながら修と共に暗殺者達へ相対した。
 
「貴様らが武器を持っていないというのは僥倖なのだろうな」
 
 大男が微かに安堵するような意を含ませた。彼らが武器を持っているのならば、彼らから感じられる気配や自信から鑑みても勝てる可能性は薄い。
 けれど修と優斗は大男が言った意味とは別に捉えた。
 
「確かに神話魔法をぶっ放して会場を大げさに壊すのは気が引けるな」
 
「そうだね」
 
 神話魔法とか物騒な単語が出てきて、ひょろ長い男から冷や汗が出る。
 
「こ、この差は大きいんじゃね?」
 
 実力を温存して戦ってくれるのであれば、まだ勝ち目も──
 
「とりあえず武器でも出すか。優斗もいるか?」
 
「いや、大丈夫だよ。武器はいらない」
 
「はっ!?」
 
 あまりにも軽いやり取り。しかし暗殺者達の疑問を他所に、修の前に魔法陣が現れた。慌てて大男とひょろ長い男が構えるが、遅い。
 
「出てこいよ、グングニル」
 
 詠唱は無い。けれども告げた名称に反応して修の眼前に魔法陣が生まれると、幾重にも折りたたまれていき、形状が浮かび上がってくる。
 そして、ほんの数秒で槍が姿を成していた。
 
「……マジかよ」
 
 逆にひょろ長い男は彼らが武器を手に取ると、一歩後ずさる。長年の暗殺経験から分かったことだが、彼が手にしている武器は別格だ。
 自分が持っている得物とは存在からして違う。
 
「おいおい、勇者ってここまで非常識な存在なのかよ」
 
「…………」
 
 ひょろ長い男も大男も戦慄を覚えた。魔法陣が武器と成して物質化するという聞いたことがない代物を、いとも簡単にやってのけたリライトの勇者に対して。
 
「宣告すんぞ」
 
 修は言ったと同時、今まであった軽い雰囲気がガラリと変化させる。そして神槍を携えた腕を引いた。
 
「長々と時間をかけるつもりはねぇ。一瞬で終わらせてやるよ」
 
 さらに優斗が相手を絶望させるように言い放つ。
 
「殺しはしない。けれど、死ぬほど痛い目にあわせてやる」
 
 それは合図だ。戦うための宣戦布告。対して、暗殺者二人は圧倒されるほどのプレッシャーに襲われて反射的に後方へと下がった。
 
「「甘い」」
 
 けれど修と優斗にとって、決して安全圏に飛びのかせてはいない。同時に動きを見せた。
 

       ◇      ◇

 
 修は引いた腕に力を込め、前方にいる大男に向けて神槍を投擲する。
 
「いけよ、グングニル」
 
 大男が下がった場所へ違わず飛んでくる神槍。コンマ数秒で飛んでくる神槍を避ける時間はなく、大男は鉈を握っている右腕を無理矢理にでも動かし、迫ってくる投擲物を弾く。
 しかし、
 
「……っ!」
 
 次の瞬間、グングニルが大男の肩に突き刺さっていた。そのまま勢いで壁に叩きつけられ、無様には床に転がる。
 
「……げほっ!」
 
 衝撃で咳き込んだ。何度か繰り返し咳き込み、ようやく落ち着いたと思っても立ち上がれない。
 肩に槍が刺さり、壁に叩き付けられただけなのにダメージが一向に抜けなかった。
 
「まあ、あんただったら肩に槍が刺さろうと死なないだろ」
 
 軽い足取りで修が大男に近付いていく。そして神槍に軽く触れると、大男に突き刺さっていたものが光の粒子となって消え去った。
 しかし大男には今起こった不可思議よりも、先ほど起こった不可思議のほうが理解できない。
 
「……どういうことだ?」
 
「何がだよ?」
 
「槍は弾いたはずだ」
 
「確かにな。よく弾いたもんだって感心させてもらったぜ」
 
 修は素直に頷いた。あの攻撃をよく防いだものだと思う。
 
「二本あったのか?」
 
「いいや、ちげーよ」
 
 修が投擲したものは常識の範疇で考えてはいけない代物だ。
 
「あの槍は“必ず当たる”んだ。絶対に避けられねぇよ」
 
 神槍グングニル。
 武器としては最上級であり、その能力を十全に発揮できる人間が手にしているのだから、当たらないわけがない。
 
「……そうか。つまりは事象が確定している武器というわけか」
 
「ああ。なんつったって勇者が使う武器だからな。スゲーだろ?」
 
 そう言って修は笑った。思わず大男からの闘う意思も抗う意思も消え失せる。
 
「ならば仕方ない」
 
 これほど圧倒的に負けたことはない大男だったが、ここまで実力差があると悔しいでもなく、いっそ清清しくなった。
 
「しかし、向こうは容易に事が片付かないはずだ。応援に行かなくていいのか?」
 
 大男はもう一つ、戦闘が行われるであろう二人に視線を向ける。優斗の相手は手練れと素直に賞賛できる人物。実力としては決して侮れる相手ではない。
 
「あいつを誰だと思ってんだ」
 
 けれど修は何も問題ないとばかりに一笑した。
 
「誰であろうと勝つ。だから優斗は凄いんだよ」
 
 
       ◇      ◇

 
 ひょろ長い男は下がりながら『不味い』と考えた。異世界人は魔法に長けている、というのは聞いたことがある。
 けれど魔法に長けていることが戦闘において、実力があるとか隙がないということに直結することはない。
 どれほど強い魔法を使えようとも、肉弾戦において弱ければ勝つ術はいくらでもある。
 しかし、目の前の少年はどうだろうか。話を聞く限りでは神話魔法を放ち、しかも相対している自分の感覚では隙が見えない。
 右腕の負傷があったとしても、自分と少年の間ではハンデにすらなっていない。

「さて、どうすりゃいいんだか」

 紛う事なき実力者が目の前にいる。
 それはひょろ長い男が生き残るために、己が持つ手段を全て模索してしまうほどに。
 すると優斗が様子を窺うように足を止めた。ひょろ長い男も一定の距離を取って足を止める。
 
「僕が足を止めた瞬間に逃げ出せばよかっただろうに」
 
「冗談。お前みたいな奴を相手に、一定以上の距離を置くのは勘弁だ」
 
 あのまま距離を空ければ、それこそ彼が魔法を使う距離になるだろう。詠唱を阻止できる距離を保たなければ、ひょろ長い男に勝機は無い。
 
「だったら、このまま攻撃されないように逃げ回るのか?」
 
 挑発するような優斗の言葉だが、ひょろ長い男とて簡単に乗るわけもない。
 
「逃げ切れるんだったら、それにこしたことはないんだけどな」
 
「無理だということぐらい、理解しているんだろう?」
 
 雰囲気が変わると同時に優斗の口調も変化が訪れていた。
 いや、変化というよりはむしろ『元に戻った』と表現することこそ正しいのかもしれない。
 修達が知っていて、フィオナ達が知らない優斗の姿がそこにあった。
 
「いくら大金を積まれたのかは知らないが、暗殺というものはもっと綿密に計画するものじゃないのか?」
 
「そりゃそうだ。とはいえ今回は急ぎの依頼だから破格の金額だったんだよ。だから訳の分からないシナリオに従って行動したってわけだ。本音を言っちまえば逃げ切れる自信はあったからな」

 どのような状況に陥ろうとも、問題ないと先ほどまでは思っていた。
 相手が誰であろうとも、だ。
 
「とはいえ相手が悪かったな。先ほども言ったことだが――」
 
 優斗は鋭い視線をひょろ長い男に突き刺す。
 
「――逃がすつもりはない」
 
 雇われた身とはいえ、目の前にいる男はフィオナを殺そうとした。
 だから絶対に逃すことなく倒す。
 
「つまりお前の選択肢は一つしかない」
 
「対象であるユウト・ミヤガワを殺すしかないってことだな」
 
 ひょろ長い男はナイフを構える。この閉じ込められた状況では、外に出る行動を手間取った瞬間に魔法の的だ。だとしたら、少なくとも遠距離よりは自信のある近距離戦闘こそ暗殺者である自分が持つ唯一の勝機。
 
「さすがは手練れ、といったところか。素晴らしい判断力だ」
 
「そいつはどーも。褒められてると取っていいのかい?」
 
「ああ。賞賛に値する」
 
 優斗は端的に事実を述べると、次の瞬間には前へと飛び出すように駆けた。ひょろ長い男が応対するように右手に持ったナイフを突き出す。
 
「――っ」
 
 迫り来る刃を前に優斗は恐れることもなく飛び込み、当たる寸前で僅かに右足を大きく踏み込んで身体を半身にした。次いで左の拳が脇腹を狙ってくるが、優斗は右肘で防ぐ。そして左の拳をひょろ長い男の顔面に見舞おうとする。が、僅かに頭を後ろに反らしてひょろ長い男が躱す。
 けれど優斗は左の拳を振った勢いそのままに、相手がナイフを煌めかせるよりも速く身体を回転させて今度は右手を裏拳のように振るおうとする。
 
「はっ、怪我っつったって使えないわけじゃないよな!」
 
 ひょろ長い男にとって、それはまだ想定内の行動だ。あくまで右肩と手の平の傷は怪我であって、痛みはあるだろうが使えないわけではない。
 だから頻度は低いとはいえ、右手による攻撃がないとは思っていなかった。
 
「その通り。確かに使えないわけじゃないからな」
 
 しかし優斗の狙いは違う。右腕を振るったのは攻撃の為ではなく、目潰し。
 手の平の傷と肩から右手に滴り落ちるほどの血を、ひょろ長い男の目に目掛けて飛ばした。
 違うことなく眼球へと向かう赤い飛沫は完全に想定外の代物だ。ひょろ長い男は反射的に目を瞑ってしまう。
 
「――っ!?」
 
 ほんの一瞬だとしても決定的な瞬間を優斗が見逃すわけもない。ひょろ長い男が握っているナイフを左手で払い落とすと同時に掴み、捻りあげる。相手の左手が反射的に優斗を攻撃するが、頭を下げて躱す。
 その隙にひょろ長い男は目を開けるが、優斗は彼の視界範囲外にある両足を刈るように右足を思い切り振り抜いた。
 さらに相手の右腕を捻りあげていた左手を離し、下から突き上げるように拳を振るう。
 
「うぐっ!」
 
 そして僅かな悲鳴と共に空中へ浮いたひょろ長い男が落ちる前に、優斗は左手を翳す。
 
「終わりだ」
 
 ちょうどいい高さに落ちてきた敵に対して、風の魔法をゼロ距離で叩き込む。ひょろ長い男は凄まじい勢いで地面を転がりながら吹き飛ばされ、今は大男が寄りかかっている壁に叩き付けられた。
 
「……次だな」
 
 優斗は息を吐くと振り返る。本来ならば倒したのか最後までしっかり見届けるのだが、例えひょろ長い男が気を失っていなくても修が向こうにいる以上、どうせ何も出来やしない。
 それよりもラッセルをどう処分するかが優斗にとっては最優先事項だ。
 幸いにも彼は自分達の蹂躙が如き一方的な戦いに腰が抜けたのか、へたり座っている。
 優斗はラッセルのところまで歩くと、風の魔法を纏わせた左手を突きつける。
 
「ま、待て! お前は怪我をしてるんだろう。だったら霊薬を使えば──ッ!」
 
「いるわけがないだろう」
 
 確かに血は流れているし、かなり痛むのも確かだ。だが霊薬を差し出して終了させようとする根性がいけ好かない。
 譲るかのように優斗の前に出している小瓶を蹴落とすと、そのまま踏み割った。
 
「さて、どうするつもりだ?」
 
「き、貴様! なんて事をするんだ!」
 
 今、この状況になっても上から目線を変えないラッセル。フィオナを取り囲んで守っていた一人であるレイナも、呆れて優斗に提案をしてきた。
 
「ユウト、私がこいつを叩き斬ってもいいだろうか?」
 
 見ていて本当に不愉快になった。ラッセルを殺したとしても罪に問われたりはしないだろう。
 
「僕も同意見だが、良識ある義父さんがいるからそれはやらないでおこう」
 
 マルスがいるので、さすがにこれ以上の無理無茶無謀はできない。逆に言えば、いなかったらやっている。
 優斗は大きく深呼吸をすると、マルスに視線を向ける。
 
「義父さん。こいつの罪ってどうなります?」
 
「普通ならば犯罪者として捕らえられる。なにしろ公爵令嬢や異世界の客人を殺そうとした大罪人だからね。だが彼のやったことを認めてしまえば、家として没落は間違いない。成金のパリーニュ家のことだから、金を湯水のように使って無罪を勝ち取りに行くだろう。もちろんアリシア様を人質として残している以上、可能性はほとんど無いだろうがね」
 
「そうですか」
 
 つまりは詰んでいる状態。けれど穿った言い方をすれば、ほんの僅かだとしても“助かる可能性”は存在するということ。
 
「……は、ははっ! そうだ、私は罪に問われない!」
 
 笑い声を響かせながら、ラッセルが再び上の立場でいようとする。こんな状況なのに気を持ち直したのは凄いといえば凄いのだが、今はどうしてもうざい。
 
「少し黙ってろ」
 
 優斗はへたり込んでいるラッセルの足元に風の魔法を叩き込む。あと数ミリで太ももに当たるのが分かるように服が切れた。
 
「……っ! ……っ!」
 
 半分、涙目になりながらラッセルは頷く。
 
「いきなり調子に乗ったりして、死にたいのか?」
 
 優斗の脅しにラッセルが今度は首を横に振った。
 
「まあ、ブタ箱からすぐに出てきたとしたら、だ。これだけは覚えておけよ」
 
 優斗は先ほど暗殺者と相対したときでも出さなかったものを前面に押し出して告げる。
 
 
「次にフィオナに対して何かをしたら、問答無用でお前を殺す。もし手を出したなら……消し炭すらも残らないと思え」
 
 
 ラッセルの耳朶に響くは慈悲も何も無く、ただ単純に事実を述べた台詞。その圧倒的な恐怖にラッセルは……意識を手放した。
 


 
 今回の騒動に荷担していた人物達を縛り上げて外に出た優斗達。無事に会場から逃げ出せた卓也、ココ、クリスには修が状況を説明している。マルスも後始末で忙しそうに動き回っていた。
 けれど優斗は怪我人だったため、フィオナが連れ添って一緒に帰っていた。
 暗殺者達に話を聞けば別のメンバーが襲ってくることはない、とのことなので治療を終えた優斗とフィオナは二人で帰ることができている。
 まあ、来たところで何とでもなると優斗は思っているが。
 
「右腕、痛いですよね」
 
「どうだろ? 痛み止め飲んでるしね」
 
 魔法での治療が効かないのは聞いていたが、霊薬もまさかの駄目だった。なので縫うことになってしまったが、今のところは痛み止めのおかげで痛むことはない。
 どうやら『呪い』とは魔法や魔力を用いた治療が通用しないものらしい。
 
「それならいいのですが……」
 
 フィオナは彼の肩と手の平に巻かれている包帯を痛ましそうに見ながら、先ほどの一件でどうしても気になってしまったことを尋ねようとする。
 
「その、一つ質問があるんですけどいいでしょうか?」
 
「いいよ。どうしたの?」
 
 普段のように優しい声音の優斗。しかしラッセルや暗殺者と相対している時は違った。特に最後、ラッセルを脅す際にフィオナでも感じられた殺気はいつもの彼とは似ても似つかない雰囲気で、まるで別人のようにしか感じられなかった。
 
「…………」
 
 だからフィオナは思い出してしまう。
 優斗が自分の性格の変わりようを肯定してくれた時に、『優斗は昔と今で性格が違うのではないか』と思ったことを。
 そして同時に抱いた感情のこともフィオナは忘れていない。

 ――私は知りたいと思ったんです。

 彼の過去を。ずっと曖昧にして濁している、宮川優斗が背負っている過去の一端でもいいから知りたかった。
 だからフィオナは意を決して問い掛ける。
 
「“あの時”の優斗さんは……『昔の優斗さん』だったんですか?」
 
 瞬間、優斗は目を見開いた。彼女が一体何のことを訊いているのか、聞き返さずとも分かった。
 動揺しそうになる自分を叱咤するように、優斗は左手で胸元を握りしめる。
 
「……ごめん。怖かったよね」
 
 あの時――暗殺者に相対していた時とラッセルに最後の通告をした時の自分は、間違いなく過去に存在していた『宮川優斗』だった。そう『在る』必要があったから、そのように生きてきた昔の自分だ。
 
「本当にごめん。フィオナを怖がらせるつもりはなかったんだ」
 
 あのようになった自分が、どのような人間なのかは優斗自身がよく分かっている。
 人を傷つけることを躊躇わず、ただ単純に相手を貶し、脅し、見下す。
 間違いなく人として最悪の部類だ。優斗は下を向いて、そんな自分を彼女に見せてしまったことに後悔する。だがフィオナは首を振って断固として彼の言い分を否定した。
 どうして優斗を怖がる必要があるのか自分には分からない。
 
「怖くなんてありません。優斗さんは『私を助けるため』に、そうしてくれたんですから」
 
 嬉しいだけでしかない。だって怖がるはずがないじゃないか。

『次にフィオナに対して何かをしたら、問答無用でお前を殺す。もし手を出したなら……消し炭すらも残らないと思え』

 徹頭徹尾、フィオナのことだけを想って告げられた台詞。嬉しいとは思っても、怖いだなんて思えない。思わず優斗の顔が上がって、隣にいるフィオナの顔を捉える。
 彼女は本当に嬉しそうな表情をしていた。
 
「あと遅くなってしまいましたが、ナイフで襲われた時に助けてくださってありがとうございます」
 
 優斗はフィオナの言葉を聞くと、胸元を握りしめていた左手の力も抜けて少し呆けてしまう。そして彼女の様子を受けて、ほっとしたように笑んだ。
 
「当然のことをしたまでだよ」
 
「だとしても言いたいんです。助けてもらわなかったら、私は死んでいましたから」
 
 二撃目こそ優斗を狙っていたが、初撃の狙いはフィオナだった。優斗が防がなければ彼女は大怪我を負っていたはずだ。
 
「それなら君の感謝、受け取っておこうかな」
 
 お互い、顔を見合わせて微笑む。優斗はフィオナが怖がっていない、という安心を得たからか左腕を使って大きく伸びをする。
 
「あ~、でもこれでしばらくマリカを抱き上げられない」
 
 優斗が怪我をして、一番悔やむことがあるならばこれだ。
 
「二週間ほどで抜糸だってお医者様が言ってましたね」
 
「右の肩に手の平。しばらくはフィオナにも迷惑を掛けちゃうな」
 
「大丈夫です。存分に迷惑を掛けてください」
 
「いや、さすがに気は引けるよ。できるかぎりは自分で頑張ろうと思うけどね」
 
「駄目ですよ。不用意に頑張ったら怪我が開いて悪化してしまいます」
 
 彼ならば多少でも無理をすれば何でも出来てしまうだろうが、下手をしたら完治が伸びてしまうので、フィオナはさせないように気を付けようと思う。
 
「でもね、フィオ――」
 
「――でも、なんて駄目です」
 
 優斗の遠慮をとことん拒否すると、フィオナは少し前に出て振り返った。
 
「頼ってください。家族なんですから」
 
 ふわりとドレスが翻る。優しい笑みがそこにあった。
 
「あの……その、あとですね」
 
 今度は少し顔を赤くすると、フィオナは懸命に言葉を紡ぐ。
 
「わ、私は優斗さんの、つ、妻ですから。お、夫を支えるのは当然です」
 
 言い終わった頃には真っ赤になっていた。初めて見た彼女の完全な赤面は、まるで完熟したトマトのように本当に真っ赤で、普段は優斗も一緒に顔が赤くなりそうなのに今回だけは可笑しくなった。
 
「ゆ、優斗さん!」
 
「いや、ごめん。すごく嬉しくて、すごく可愛くて、そしたら笑っちゃった」
 
 さっきまでシリアスなことをしていた反動だからだろうか。いつもは使えない『可愛い』という言葉も、するりと出てきた。
 
「ありがとう、フィオナ」
 
 
 



[41560] せめて怪我人らしく
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:fe982890
Date: 2015/09/28 21:04
 
 
 
 
 一悶着があったパーティーの翌日。夏休み中に数日ある登校日だったので、優斗は右肩と手の平を包帯で固定しながらの登校だ。
 事情を知らないクラスメートから「どうしたの?」などと訊かれるが、優斗は言葉を濁してうまくかわす。
 席にかばんを置くと修とクリスが寄ってきた。
 
「普通に怪我人ルックじゃん」
 
「昨日は大変でしたね」
 
「本当だよ」
 
 一番の重症が自分の怪我だけだというのは、上出来だと優斗は思う。
 
「自分は今朝、相手方の事情も大筋は伺いました」
 
 クリスが優斗と修だけに聞こえるような小さな声で伝える。
 
「今のところ、ラッセルってどうなったの?」
 
「状況で言えば最悪なのではないでしょうか」
 
 これ以上はないくらいの悪い展開になっていると言っていい。
 
「お金でどうこうなりそう、ってことはないのか?」
 
 ほんの僅かな可能性だとしても、そんな展開になるかもしれないとマルスが話していたのは修も覚えている。
 けれどクリスは首を横に振った。
 
「さすがにあのレベルまでやってしまっては、どう足掻いたところで無理な話になっているそうです。王族、公爵に対する危険行為。龍神の両親に選ばれた二人と王国の勇者に対しての殺害未遂。一族どころか関係者もろとも投獄されても文句は言えません」
 
「うわ~、あらためて罪状を並べると大変そう」
 
「国家転覆でも謀ったのではないか、と取り調べている人は勘繰っているそうです」
 
 確かにそうそうたる面子を人質にした上、殺害しようとした。隠している事情が多かったとはいえ、狙った相手が悪いとしか言えない。
 
「暗殺者の二人はどうなんだ?」
 
 修が続けて訊く。
 
「あちらも金で雇われているとはいえ実行犯に間違いないのですが、大男に対しては情状酌量の余地があるそうです」
 
「……あん? どういうこった?」
 
 あの状況で情状酌量なんてあるのだろうか。クリスが二人の疑問な表情を受けて説明を始める。
 
「大男、あまり暗殺者っぽくなかったでしょう?」
 
「むしろクソ真面目な武闘家みてーだったな」
 
「確かにね」
 
 修と優斗は頷く。直前まで気配を消すのは上手かったのだが、攻撃方法があまりにも豪快すぎて暗殺者と言われても納得はしかねる。
 
「それもそのはずです。暗殺なんてやったことがなかったのですから」
 
「……はっ? やったことがなかった?」
 
 かなりの衝撃的な事実に修が目を丸くする。
 
「疑問に思うのは分かりますが、言葉通りですよ。暗殺対象にしてもフィオナさんは公爵の不貞の子、ユウトとシュウは田舎者で不良ということで話を通していたらしいですから。最初から聞いていれば突っぱねていたと言っています」
 
 つまり彼は正当性のある暗殺だと思っていたからこそ依頼を受けた。
 とはいえ、どうしてそんな男が暗殺なんてものを引き受けたのだろうか。
 
「それでも戦ったってことは……金か?」
 
「はい。大男の暗殺者、名をゴウと呼ぶのですが、息子の法外な治療費を支払わなければならなかったらしく、今回は苦渋の決断として暗殺を請け負っているチームに入り、仕事を請け負ったようなのです。お金は前払いで払われていたからこそ、ラッセルの話と我々の話が食い違っていても『請け負った仕事だから』と戦ったそうです」
 
「まあ、確かにクソ真面目で大雑把な暗殺者がいてたまるか、って話だ」
 
 あれが本筋の暗殺者というのなら、世界はもっと明るくなっている。
 
「今のところは牢屋に入れられていますが、今後の判決次第では多少でも罪は軽くなるかもしれません」
 
「えらく簡単に軽くなるんだね」
 
 優斗が不思議に思う。罪は罪だ、ということではないのだろうか。
 
「彼が捕まったと知るや幾人かが別人じゃないのかと詰め寄ってきたそうです。少なくとも周りの住民には慕われているそうですし、彼のような人物が犯罪に手を染めるしかなかった場合は、国家にも責任があるという考えですから」
 
「王族が危険に晒されても?」
 
「その王族が統治している国がいけないのですからね」
 
 

 
 そして別の席では、女性陣が集合していた。
 
「ユウトさんも左手一本では、やはり大変ですわ」
 
「そうです、そうです」
 
 フィオナの席にアリーとココが顔を寄せ合って、何か変な会議をしていた。
 
「ここはやはりフィオナさんが妻として支えてあげるべきですわ」
 
 アリーやココは夫婦だ何だと言っているが、本当のところ結婚どころか婚約もキスも手すらも繋いでいないような清らかな関係だ。
 けれども、夫婦設定を受け入れている二人。しかも互いが互いを憎からず想っているのは傍から見ていても分かる。そこがまた彼女達の乙女心に触れるのだろうか。
 恋愛小説みたいで面白い、と。一応は婚約者というパターンもあるのだが、彼女達の中では基本的に無視されている。
 
「怪我をした帰り道、頼ってくださるようには伝えましたが」
 
 なので問題ないとフィオナは思うのだが、アリーは首を振って力説した。
 
「甘いですわ。ユウトさんは無理をされるお方。事前に察知してフォローするのが妻としての役目でしょう」
 
 自信満々に、王女の威厳すら感じさせるカリスマを全力で発揮しながらアリーが宣う。
 するとフィオナも、なんとなく彼女の提案が正しいような気がしてきた。
 
「……かもしれません」
 
「妻として夫を支える。これが家庭円満の秘訣ですわ」
 
「そうです!」
 
 ココも話に乗ってフィオナを囃し立てる。
 
「わ、わかりました」
 
 すると彼女達がノリノリなので、フィオナも頑張ろうと気を張った。
 おそらく、これほど無駄に使われた王族のカリスマというのは、未だかつてないだろう。


 
 
 つつなくホームルームも終わり、残りの夏休みを過ごす為の軽い説明を受けて、学院を後にした一行は時折行く大衆食堂へと入っていく。
 
「卓也、ちょっとトイレ行ってくるから適当に頼んどいてね」
 
「わかった」
 
 席について早々、優斗がトイレに向かった。卓也が何を頼もうか、と悩んでいるとココに捕まる。
 
「なんだ?」
 
「ちょっと協力してください」
 
 卓也の耳に手を当てて、ごにょごにょと喋る。
 
「ふむふむ……オッケー。面白そうだから乗った」
 
 卓也はグーサインをココに出して、自分の分とココの依頼に応じた優斗の分を頼んだ。
 少しして優斗が戻ってくる。
 
「卓也、頼んでくれた?」
 
「もちろん」
 
「サンキュ、助かる」
 
 優斗が席について雑談に加わっていると、五分ほどして料理が出てきた。多種多様な料理が出てくるが、
 
「御膳定食のお客さんは?」
 
「こいつです」
 
 卓也が優斗を示す。この店で一番高い定食がやってきて、優斗は感嘆の声をあげた。
 
「豪勢なのがきた」
 
 同時にアリーとココがフィオナに意味ありげな合図を送る。
 最近、アリーは変な感じに修の影響を受けているような気がしてならない。
 言葉のチョイスだったり今みたいなことだったりと、良い意味なのか悪い意味なのかは難しいところだが、どちらにしても王族っぽくなくなってきている。
 
「……っ」
 
 フィオナは無言でアリー達に頷いた。優斗の料理は箸を使う。右利きである彼が食事をするのも大変だろうから、フィオナは一度深呼吸をして切り出す。
 
「あ、あの、優斗さん」
 
 よろしければ、食べるのを手伝いましょうか……と、彼女は言おうとした。
 だが隣を見れば、
 
「フィオナ、どうしたの?」
 
 左手で器用に箸を使ってオカズを口にしている優斗がいる。
 
「い、いえ、その……お箸を使うの上手ですね」
 
「前にこいつらと『利き腕と逆の手で何個の豆を隣の皿に移せるか』っていう勝負をしてさ。負けたのが悔しくて、必死に精進したんだよね。おかげで集中すれば左手でも問題なく箸を使えるようになったんだよ」
 
 相変わらずというかなんというか、こんな無駄なことでさえ努力をしているとは思わなかった。
 フィオナは優斗の役に立てなかったことにしゅん、とするしアリーとココは異世界組をブスッとした視線で睨む。しかし優斗は食事を取るのに集中しているし、修は視線に気付かない。
 和泉は我関せず黙々と食事をしている。そして卓也とクリスだけは不満げな女性陣に気付いて、可笑しな食事風景になっているものだと苦笑いした。


 
 
 その後も色々なところへ行っては遊んでいたのだが、優斗も無駄すぎるくらいに能力が高いのでフィオナの手を煩わせることはなかった。
 どこか行く度にフィオナのテンションが少しずつ落ちていき、解散となった頃には、
 
「…………」
 
 彼女は驚くくらいローテンションになっていた。
 
「あ、あの、フィオナ?」
 
 自宅までの帰り道。どうして彼女のテンションが低いのか優斗には分からない。
 だが、今のフィオナだとマリカも怯えそうなので打開を試みる。
 
「えっと、その……体調でも悪い?」
 
「……いえ」
 
「楽しくなかった?」
 
「……いえ、楽しかったです」
 
 とフィオナは言うものの、優斗は一切合切信じることができない。

 ──こ、言葉と口調が合ってない。

 本当に落ち込んでいる。これではもう埒が明かないと思い、優斗は直球で尋ねる。
 
「何が原因なの?」
 
 真摯に話し掛けるとフィオナは俯いていた顔を上げて、ちらりと視線を隣に向けた。
 
「昨日、言いました。優斗さんを支えると」
 
「うん。すごくありがたいと思ってるけど……やっぱり迷惑だった?」
 
「違います。優斗さんは一人で何でも出来るから……」
 
「……はい?」
 
 ますますテンションが下がるフィオナに対して、優斗は全くもって要領を得ない。けれど彼女の独白は続く。
 
「お昼のときも食べさせてあげようと思ったのですが、優斗さんは難なくこなしてしまいますし」
 
「それは、まあ……できることだったから」
 
「遊んでいた時もです。何でもかんでも一人で出来てしまいますし、私なんて必要ないんじゃないかと思ってしまって」
 
 そしてまた、フィオナは下を見て俯く。優斗はとりあえず、彼女の話した内容を頭の中でまとめてみた。

 ──えっと、つまりフィオナは……あれなのかな。

 自分の役に立つことができなかったから、落ち込んでいるらしい。

 ──僕のせいで落ち込んでるのか?

 予想外の理由だったとはいえ、彼女が落ち込んでいるのはどうにかしたい。

 ──でも、どうやって喜ばせる?

 おそらく優斗の役に立ってこそフィオナは喜ぶ。テンションも上がる。
 けれども帰ってる途中で手助けを必要とする動きなんてしない。
 ということはつまり、無理やり彼女の手を借りようとしなければならない。
 しかし、だ。現在していることといえば、

 ──歩く……だけだし。

 ビックリするぐらいに無理な気がしてきた。
 
「……ん?」
 
 と、ここで優斗達は親子連れとすれ違う。マリカよりも少し大きな子供が、転ばないように母親と手を繋いでいた。

 ──転ばないように?

 ふと、気付く。自分が今の状態で転んだら不味い。下手な場所を打ち付けてしまうと、怪我が悪化する恐れがある。現在の行動の中で最大のリスクと言えばそれだ。

 ──じゃあ、回避するにあたって一番最適な行動というと……。

 優斗はやろうとしていることを考えて、顔が赤くなった。が、今の自分にはこれぐらいしか思い付かない。家に着くまで時間の問題もある。

 ──やるしかない……のかな。

 優斗は怖じ気づきそうな内心に気合と根性を入れると、思い付いたことを口にした。
 
「あの、フィオナ」
 
「……はい?」
 
「じ、実はさ、遊んでたから少し疲れたんだよね」
 
「……はい」
 
「それで、ね。左右のバランスが違うからなのか、さっきからうっかり躓いて転びそうになってるんだよ」
 
 まだ優斗の真意は伝わらないのか、フィオナは未だしょんぼりとしている。
 
「実際に倒れたら怪我が悪化するだろうし、最悪の事態が起こる前に誰かが支えてくれると、その……助かるんだけど」
 
「……はい」
 
 反射的に頷く。けれど、頷いた後でようやくフィオナも認識したのか、弾けるような勢いで優斗を見た。
 
「ゆ、優斗さん! 今、なんて言いました!?」
 
 自分の聞いたことが間違いないのか、フィオナが確認する。
 
「だから誰かが支えてくれると、えっと……助かるなと思って」
 
 恥ずかしくて左手で頬を掻く。けれど優斗の様子なんていざ知らず、フィオナは嬉しさのあまり彼の左手を奪うように取ると自らの右腕を絡ませた。
 
「えっ!? ちょ、フィオナ!?」
 
 優斗が想定外の事態に焦る。自分が提示したのは、あくまで手を繋ぐことであって腕を組むまでは想定していない。
 だがフィオナから言わせてみれば、優斗をしっかりと支えるためには密着したほうがいい、という考えで腕を組んだ。
 しかも落ち込んでいたからなのか、先ほどとは真逆のハイテンションが腕を組むことを躊躇わせなかった。少なくとも僅かな間は照れずにいられるだろう。
 
「これで優斗さんが倒れそうになっても心配はいりません」
 
 フィオナが自信満々に言う。一方の優斗としては左腕に柔らかいものやら何やらで気が気でないのだが、
 
「ふふっ、ようやく優斗さんの役に立てました」
 
 ニコニコと、眩しいばかりの笑顔になる彼女の前では何一つ言えない。
 もちろん三、四○秒もすれば自分がやっていることに気付いて顔を真っ赤にさせたのだけれど、彼女は赤面しながらも決して組んだ腕を解くことはせずに家まで帰った。








[41560] 珍しいから勘繰ることがある
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:fe982890
Date: 2015/09/28 21:06



 
 そして優斗が怪我をしてから二週間後。彼は診察室で手の平を何度か握り締めると、続いて肩を回す。
 
「……ん」
 
 痛みはなく、何かが張る感覚もない。異常がないことを医者に伝えると医者は大きく頷いて、
 
「うん、怪我はもう問題ないようですね。今日で通院もお終いですよ」
 
「ありがとうございました」
 
 優斗は頭を下げて病院を出る。特別に何かすることもなかったので、トラスティ邸へと帰る。
 広間に足を運ぶとエリスとマリカがいた。
 
「もう大丈夫なのね?」
 
「ええ。完全復活です」
 
 右腕をぐるぐると回して問題ないとアピール。するとマリカが遊んでいた積み木から目を離して優斗を見る。
 
「マリカ、おいで」
 
 優斗が呼ぶと意気揚々と駆け寄ってきた。
 
「ぱ~ぱ!」
 
 飛び込んできた娘を優斗はしっかりと抱き上げる。今までより重いと感じたのはマリカが少しばかり成長したことと、おそらく優斗の右腕の筋力が僅かでも落ちていたりすることも関係しているのだろう。
 
「フィオナはもう出たんですか?」
 
「ええ。最後までマリカのことを気にしてたけど」
 
「相変わらずですね」
 
 優斗はマリカを抱いたままソファーに座る。フィオナは今日、平民で初めてできた女の子の友人と一緒に遊びに行っていた。
 
「楽しんでくれればいいんだけど」
 
「ですね」
 
 元々はココとの繋がりから出会って、フィオナ、ココ、女の子、そして卓也が護衛として一緒に買い物をしているはずだ。
 そしてココが繋がりを持てた理由として、ラッセル一味が関わってくる。
 というのも、ラッセルの状況がどうしようもなくなったからだ。金を使ったところで罪が回避できるわけもなく、完全に罪人となった。なので学院に登校どころか普通に退学になったとされている。
 つまりラッセルがいなくなり新学期が始まってからというもの、平民を見下す数人の取り巻き貴族達の威圧が衰退を辿っていた。
 彼らは平民が貴族と気軽に話そうとしていたら口出しをしていた。しかし中心人物がいなくなったことによって出来なくなった。
 要するにラッセルという傍若無人で矢面に立つ人物がいなくなったから、迂闊に自分が槍玉に挙げられたくはない、ということだろう。
 
「ユウトはどうするの?」
 
「マリカの面倒でも見てますよ」
 
「あら、暇なのね?」
 
「……なにを頼む気です?」
 
「クッキーを作りすぎちゃったのよ。だからマルスに届けてほしいなって」
 
 テーブルの上に山ほどのクッキーがあった。小さく袋詰めされてあり、一五袋ぐらいはありそうだ。
 
「多すぎません?」
 
「まあ、マルスに渡せばどうにかなるでしょ」
 
「テキトーですね」
 
 とはいえ優斗も暇なのは間違いないし、面倒だとも思わなかったのでエリスのお願いを快く了承した。
 
「マリカと一緒に行ってきますよ」
 
 

 
 優斗は大きな紙袋を片手にマリカと一緒にトラスティ家の門をくぐると、守衛長のバルトが二人の姿に気付いた。
 
「おや、ユウトさん。お出かけですか?」
 
「はい。マルスさんに届けものをしてきます」
 
「マリカ様もご一緒に?」
 
「ええ」
 
 優斗が肯定する。と、抱いているマリカが紙袋に手を伸ばした。
 
「どうしたの?」
 
「あ~ぅ」
 
 そのままぐいぐいと手を伸ばしていくので紙袋を近付けてあげると、マリカがクッキー袋を一つ取り出した。
 ここでやっとマリカが何をしたいのか優斗も気付く。なのでバルトに近付いた。
 
「あい」
 
 愛娘はバルトがすぐ近くなると、クッキー袋を向けた。
 
「マリカ様?」
 
「バルトさんにマリカからどうぞ、ですって」
 
 マリカの行動の理由を知ってバルトの顔が綻ぶ。
 
「これはこれは。ありがとうございます」
 
「あうっ!」

 
 
 
 目的の王城まで辿り着く。一応は異世界の客人、ということなので門番との軽い挨拶程度で中に入れる。
 
「義父さんって確か国防大臣だから、こっちの方で良かったはず」
 
 前に飲んでいた時、一度しか聞いたことがない場所を朧気な記憶頼りに向かう。
 
「ちゃんと聞いておけばよかったな」
 
 フラフラと城内を歩いていくと、前方に幾人も引き連れた人物が現れた。
 
「あっ、王様だ」
 
 ささっと隅に避けて頭を下げる。しかし赤ん坊を連れて城内にいたら、さすがに王様の目にも留まる。マリカであればなおさら、だ。
 
「おお、ユウトではないか」
 
 王様から名前を呼ばれたので、頭を下げたまま優斗は返事をした。
 
「ご無沙汰しております」
 
「面を上げよ。ここにいる者達はお前の素性を知っている。マリカのこともな」
 
 王様が朗らかに教えてくれたので、優斗は顔を上げた。
 
「怪我の具合はどうだ?」
 
「今日で完治しました。問題ありません」
 
「そうか。それは安心した」
 
 ほっとした様子の王様。マルスから逐一報告は受けていただろうが、実際に怪我が治った優斗を見て安心したのだろう。
 
「マリカも元気か?」
 
「この上なく元気に過ごしています」
 
 優斗の返答を嬉しそうに聞く王様。するとマリカが動いた。先ほどのバルトの時と同様に紙袋に手を伸ばした。
 
「マ、マリカ!」
 
 止めようとするが遅い。マリカが紙袋からクッキー袋を取り出して王様に突き出す。
 
「これは?」
 
 興味津々に王様が袋を見つめる。観念して優斗は説明をした。
 
「……クッキーです。エリス様が作りすぎたため、マルス様へ渡すように頼まれたものなのですが……」
 
 そして罰が悪そうに優斗は伝える。
 
「どうやらマリカは王様にも差し上げたいようで……」
 
 おそらく、髭のおじさんとして覚えていたのだろう。しかし王様は柔和な表情を浮かべ、
 
「おお、これはありがとう」
 
 マリカから袋を受け取ると、クッキーを一つ取り出して食べる。
 王様なのだから少しは危機感を持ってほしいと優斗は思ったが、龍神であるマリカが直接渡しているのだから王様も問題ないと踏んだのかもしれない。
 
「ふむ、美味い。エリスにも感謝の意を述べておこう」
 
「ありがとうございます。エリス様も喜ばれます」
 
「ああ、あとアリシアにも顔を出してくれると助かる。先ほどまで公務であったから今は暇をしているだろう」
 
「分かりました」
 
「では、我は別の公務が残っているのでな」
 
 もう一つクッキーを取り出しながら王様が去っていく。完全に姿が見えなくなってから、優斗が大きく息を吐いた。
 
「マリカ、あの人は一番偉い人なんだからね。おいそれとクッキー渡しちゃ駄目だよ」
 
「あい?」
 
 マリカが首をかしげた。この上なく可愛らしいが、意味がわかってないのは明白だった。
 
「……まあ、いいか」
 
 問題なかったことだし、気にしないでいこうと優斗は思った。
 


 
 続いてアリーの部屋の前に辿り着く。護衛にお目通りを願うと、簡単に通された。
 部屋に入る際に護衛から一人で来るのは珍しいと言われたが、優斗がマリカも一緒だと茶目っ気を出して返したら、苦笑して謝られた。
 
「ユウトさん、いらっしゃってたのですね」
 
「ちょっと用事があってね。それで城内を歩いてたら、王様からアリーが暇してるって聞いて寄ってみた」
 
「ありがとうございます。公務が終わってどうしようかと思っていたところでしたので」
 
 部屋の中に入るとメイドがテキパキと動いてお茶の準備をしており、なぜか三席分用意されている。
 
「……がっつりと話す気満々だね」
 
「暇ですから」
 
 やっと公務が終わったところに丁度いい生け贄が飛び込んできたので、問答無用という感じだ。
 
「こっちを無視した強引なところ、本当に修の影響を受けたって思うよ」
 
 アリーが席に着いたので優斗も座ろうと思ったが、その前にマリカが腕の中で動く。やりたいことが分かったので紙袋からクッキーの袋を取ってマリカに持たせた。
 そしてアリーの前まで優斗はマリカを抱えて歩いていく。
 
「あら、どうしたのですか?」
 
「あいっ!」
 
 マリカが元気よく両手を突き出した。
 
「えっと……クッキーですか?」
 
「義母さんからのクッキー。作りすぎたからって義父さんに処分を頼む途中でね。ちょうどいいからアリーにもおすそ分け」
 
「ありがとうございます。マリカちゃんもありがとう」
 
 アリーがマリカの頭を撫でるとマリカが満足そうにした。
 ついでに優斗も何袋か処理しようと思って、二袋追加してテーブルの上に出す。
 
「フィオナさんとココさんは今頃、お友達と買い物中ですものね」
 
 クッキーをかじりながらアリーが呟いた。
 
「羨ましいの?」
 
「……まあ、一緒にいるのが平民の子ですからしょうがないですわ。王族のわたくしが加わったら遠慮しそうなので気が引けますし。ただ、羨ましいことには変わりありませんわ」
 
「王族は遠すぎるからね、仕方ないことだけど」
 
 貴族はギリギリ大丈夫かもしれないが、王族は恐れ多いと思っている人は多いだろう。
 
「シュウ様も今日はイズミさんとクリスさんと一緒に遊んでいるそうですし」
 
「レグル家で何かやってるって言ってた。クリスの胃に穴が開かなければいいけど」
 
「ふふっ、本当ですわね」
 
 あの二人と一緒に行動して真面目にどうこう、というのは絶対にないだろう。
 
「あ~、でも良かったです。ユウトさんがいなかったら、今日は暇で死んでいましたわ」
 
「ちょうど良かったってことだね」
 
 とはいえ自分もマルスにクッキーを渡したら暇だ。マリカとどこかに行くにしても、アリーが一緒で問題はないはずだ。
 
「一息ついたら城下でも行く?」
 
 優斗の提案にアリーは目をぱちくりさせる。
 
「いいのですか?」
 
「義父さんにクッキーを届けたら暇だしね。暇人は暇人同士、遊びに行ってもいいでしょ」
 
 優斗が茶目っ気たっぷりに言うと、アリーが小さく笑った。
 
「そうですわね」
 

 
 
 アリーが着替えている間にマルスのところへと辿り着く。取り次げばすぐに会えることになった。
 
「おや、ユウト君にマリカじゃないか。どうしたのかな?」
 
「マルス様にプレゼントです」
 
 義父と呼ばれなかったことに少し落ち込むが、マルスはここが王城だからと気を取り直す。
 優斗はマリカに一袋だけ渡して、紙袋自体はテーブルの上に置く。
 
「エリス様からマルス様にクッキーの差し入れです。どうにか処分してくれと」
 
「あいっ!」
 
 今まで通り、持っているクッキー袋をマリカがマルスに手渡す。
 
「おおっ、ありがとう」
 
 孫に直接手渡されて表情が緩むマルス。
 
「わざわざすまないね」
 
「いえ、暇でしたから」
 
「このまま帰るのかい?」
 
「先ほどアリシア様と会ったので、彼女と一緒に遊びにいこうと思ってます」
 
「分かっているだろうけど、くれぐれも粗相のないように」
 
「大丈夫です。アリシア様の許容範囲を超えるような粗相なんて、僕にはできませんから」
 
 修や和泉にも耐えられる彼女だ。優斗がどんなことをやっても粗相のうちに入らないだろう。
 マルスも言っていることを理解してか、それもそうだなと笑った。
 そして優斗が義父に頭を下げて執務室から退室すると、アリーがすでに待っていたので三人して市街へと出る。
 
「なんていうか珍しい組み合わせだね」
 
「ですわね。いつもはほとんど家庭教師ペアですから」
 
「あうっ」
 
 するとマリカがここにいるぞ、とばかりに優斗の腕の中で主張した。
 
「ああ、ごめんごめん。マリカも一緒だもんね」
 
 だからペアというのはおかしい。優斗がぽんぽん、とマリカの頭を撫でてあやす。するとアリーは興味深げに、
 
「マリカちゃんって抱いてみたりすると、やっぱり重みがあるものでしょうか?」
 
「あれ? 抱いたことなかったっけ?」
 
 修を始めとして男性陣は馬になったり肩車したり色々とやっているので、てっきりアリーも抱っこぐらいはしていると思っていた。
 
「ありませんわ。一緒に遊んだりはしますけど、抱き上げる機会はありませんし」
 
「じゃあ抱っこしてみる?」
 
 ひょい、と優斗はマリカをアリーに向ける。娘も彼女なら嫌がるわけもない。
 
「いいのですか?」
 
「ものは試しって言うから。とりあえずやってみたらいいよ」
 
 マリカを一度下ろしてアリーの側に預けると、彼女は恐る恐るといった感じで抱き上げた。
 
「あっ、思ったより重いですわね」
 
「見た目年齢で一歳半? ぐらいだしね。それに会ったときより何キロかは増えてると思う」
 
 マリカはマリカでアリーに抱っこされると、きゃっきゃっと喜んでいる。
 
「しばらく抱っこしてあげて。マリカ楽しそうだから」
 
「分かりましたわ」
 
 
 
 
「あれ? あそこにいるのってユウトくんじゃない?」
 
 平民の女の子──リーネがふと前を見ると馴染みのクラスメートの姿があった。
 アイスクリーム屋でお金を支払っている。釣られてフィオナ、ココ、卓也が視線をアイスクリーム屋に向けると、確かに優斗の姿があった。
 優斗は四人に気付いていないのか、近くのベンチに向かった。
 カップを二つ持っていて、片方をベンチに座ってマリカを膝に乗せているアリーに手渡す。
 
「もう一人はアリシア様よね?」
 
「そうです」
 
「だろうな」
 
「抱っこしてる赤ん坊ってアリシア様の子供……って、ありえないわよね。だったら一大ニュースになってるもんね」
 
 なんとなく、隠れるように優斗たちを監視する四人。
 
「アイス食べてます」
 
 ココが美味しそう、と呟き、
 
「なんか食べ比べしてるな」
 
 卓也も美味そうだな、と思い、
 
「時折、赤ん坊にも食べさせてるね」
 
 リーネが疑わしそうに二人を見る。傍から見て仲良さそうにアイスを食べていた。
 
「赤ちゃんが何者かはわかんないけど、あの二人ってもしかして“そういう関係”なの?」
 
 

 
 一方で、アリーはどうしたものかと頭を悩ませる。
 
「ユウトさん、気付いてますか?」
 
「気付くなっていうほうが無理じゃない?」
 
「ですわね」
 
 四人組が建物の影から自分達を覗いている。異様な光景と異様なプレッシャーとが相まっているので、見られている二人には簡単に気付けた。
 
「完全な姿を現してないけど、あれってフィオナ達だよね?」
 
「おそらくそうですわ。何をしているのやら」
 
 紙カップを潰してゴミ箱に捨てる。
 
「問い詰めます?」
 
「別にいいでしょ。害はないし」
 
 四人組ということは平民の女の子もいるだろう。だったら、無理に王族が向かってギクシャクさせても可哀想だ。
 
「次はどこ行く?」
 
「わたくし、平民の方々が行く小物屋にはまだ行ったことがありませんから、行ってみたいですわ」
 
「了解だよ。じゃあ、行ってみようか」
 
 優斗はマリカをアリーから預かって歩き始めた。
 


 
 歩き去って行く二人と赤ん坊の姿を見て、リーネとココはすぐに動き出す。
 
「追うわよ」
 
「追います」
 
「……マジか?」
 
 リーネとココの発言に卓也が軽く難色を示した。別に彼も尾行することがつまらない、と思う性質ではないのだが、どうしたって今はやめておいたほうがいいんじゃないかと思う。
 けれどリーネとココは目の前の光景に夢中で、
 
「当然でしょ。こんなに面白いことないじゃない」
 
「そうです!」
 
 完全に乗り気になって、すでに追いかけ始めている。けれど、さっきから喋らない人物が一人いる。だから卓也は難色を示した。
 
「…………」
 
 無言を貫いているフィオナが怖くて、卓也は乗り気になれなかった。
 
 

 
「あれほどヘタクソな尾行もないと思う」
 
「もしかして見つかるのを待っているとかでは?」
 
「いや、さすがにないって」
 
 何をしたいのか分からない尾行連中を引き連れながら、優斗達は目的の場所へと辿り着く。
 小物専門の雑貨屋に入っていくと、ガラス製品からネックレス、ブレスレットまで安物の光物が揃っていた。しばらく二人で物色していると店員が話しかけてくる。
 
「彼女へのプレゼントをお探しでしょうか?」
 
 店内には優斗達しかいない。ということは、自分達二人に向けられたものだろう。
 マリカを抱いて仲良く見ていたのも、余計に勘違いを助長させたのかもしれない。
 
「あら、恋人に見えます?」
 
 アリーが調子に乗って優斗の空いている左腕にそっと右腕を絡ませようとする。
 長年の社交経験からか、流れるような動きだった。
 
「おいこら、アリー」
 
 けれど優斗がペシっとチョップをかます。
 
「“これ”は従妹なんで。それで“これ”には妻へ送るプレゼントを一緒に見繕ってもらっているんです」
 
 さすがに王族がここにいるはずないだろうと思っているのか、アリーが王女だと気付いてはいない様子の店員。
 とはいえ従妹だと言っても髪の色やら何やら全部似ている点はないのだが、優斗の言い訳に普通に納得していた。
 
「では、何かありましたらお声を掛けください」
 
 一礼して店員が去っていく。するとアリーが、
 
「わたくしを“これ”呼ばわりするなんて」
 
 軽く額を擦りながら、悪戯して満足げな表情をするアリー。
 
「悪ノリするアリーが悪い」
 
「けれどよくもまあ、さらっと嘘が付けますわね」
 
「できる性格だから仕方ない。ただ、アリーも出会った頃は清純だったのに、どうして悪戯とかするようになってしまったんだろうね?」
 
 優斗も意味ありげなことを告げる。二人は顔を見合わせると笑った。
 
「僕達のせいか」
 
「そうですわ」
 
 小さく笑い声をあげる。
 
「結局のところ奥様に何か買ってあげるのですか、わたくしの従兄様?」
 
 また悪戯めいた表情で訊いてくるアリー。優斗も同じような表情で乗った。
 
「何か買うことにしましょうかね。従妹が僕の大事な奥様に見繕ってくれるそうだから」
 
 

 
 店内にいる二人は仲良さげに回っている。先ほど店員がやって来た時も仲良く笑い合っていた。
 
「むぅ、やはりアリシア様はユウトくんとデキてたのか」
 
「いやいや、ないから!」
 
 リーネの発言に慌てて卓也が否定した。
 
「本当?」
 
「いろいろと事情はあるが、とりあえず優斗とアリーがくっ付くことだけはない!」
 
「じゃあ、どうして二人っきりで?」
 
「…………」
 
 なんとなくフィオナからの無言の圧力が強まった気がする。焦って卓也が弁明した。
 
「えっと……だな。アリーは友達少ないし、たまたま予定が合ったのが優斗だったんだ」
 
 これなら筋が通る。リーネも卓也の弁明には納得した様子。
 
「確かに納得せざるを得ないわ。アリシア様と対等に接してるのって貴方達ぐらいだものね」
 
 普通は気後れするものだ。自分達の国の王女なのだから。
 
「というか、別にアリーは王族とかどうとか気にしないけど」
 
「向こうはそうでもこっちは気にするものよ」
 
「まあ、無理にとは言わないけどな」
 
 

 
 買うものを買ってお店を出る。
 
「気付いたらいなくなってましたわね」
 
「会計してる頃には距離を開けたみたいだね」
 
 まだ側にいるかもしれないが、別にどうということはない。優斗は二つの袋をアリーに見せる。
 
「片方はフィオナさんへのプレゼントって分かるんですが、もう一つは何ですか?」
 
「こっち?」
 
 片方がフィオナへのプレゼントだということは選んだアリー自身が知っているのだが、もう片方はいつの間にか優斗が買っていた。
 
「こっちはアリーへのプレゼント」
 
「えっ?」
 
 素で驚きの声をあげるアリーに優斗は袋を渡す。
 
「中を見てもいいですか?」
 
「どうぞ」
 
 アリーが袋の中を確認する。すると正方形の物体が入っていた。
 
「サイコロ?」
 
 けれど取り出してみると、ちょっと違う。よくよく見てみると、正方形が九分割されている。
 
「こっちでの名称は分からないけど、僕達が知ってる名前としてはルービックキューブって言うんだ。修がこれ得意だから教えてもらうといいよ」
 
 再度、アリーが驚きを表す。いつも思うが、優斗はどうすればここまで気が回るのだろうか。
 さりげなくフォローだってするし、今みたいに修との切っ掛けを作ってくれる。
 
「……本当、シュウ様がいなかったらユウトさんに惚れてしまっていたかも分かりませんわね」
 
「残念ながら僕は奥様に操を立ててるよ?」
 
 なんて宣う優斗だが、表情は冗談を言っている時の顔だ。
 
「でも王族の夫にするには身長と顔が少し足りませんわ」
 
「おいこら、ちょっと待て」
 
 優斗がツッコミを入れると、アリーは朗らかに笑う。
 
「ユウトさんは本当にわたくし達のことを考えてくれますわね」
 
「大切な仲間だから当然のことだよ」
 
 しかも大半は同年代とのコミュニケーション不足だから、優斗もできる限りのことはしたいと思うのだ。


 
 
 アリーをしっかりと王城まで帰して優斗も帰途に着く。まだ一八時にもなっていないが、マリカは自分の腕の中でぐっすりだ。
 
「ただいま戻りました」
 
「お帰り、ユウト」
 
 広間に行くとエリスが迎えてくれた。優斗はマリカを広間にある小さな布団に寝かせる。
 
「フィオナは?」
 
「閉じこもってるわよ」
 
 エリスが教えてくれた内容に優斗は軽く頭を抱える。
 
「……うわぁ」
 
「何かあったの?」
 
「あったわけではないんですが、何となく理由はわかります」
 
 おそらくはアリーと出掛けていたのが原因だろう。
 
「夕飯までには機嫌を直しておきなさいよ」
 
「分かってます」
 
 とりあえず優斗はフィオナの部屋に向かう。彼女が閉じこもる、ということは怒っているのか落ち込んでいるのか。なんとなく怪我をした次の日のことを思い出した。

 ──最近、フィオナは情緒不安定になりやすいな。

 と、腕を組んだ日のことが脳裏に浮かべながら、フィオナの部屋の前へと到着する。
 コンコン、とノックをしてみる。
 
「フィオナ?」
 
「…………」
 
「フィオナ、聞こえてる?」
 
「聞こえてません」
 
「聞こえてるじゃないか」
 
 こういう妙なところで律儀なのが本当にフィオナらしい。
 
「どうして尾行してたフィオナが怒ってるの?」
 
「…………」
 
「見てたなら分かると思うけど、アリーと遊んでただけだよ?」
 
「……知ってます」
 
 じゃあ、なんで閉じこもってる。優斗は頭をガシガシと掻くと、再び引きこもりに質問する。
 
「もしかしてアリーと一緒に出かけたこと怒ってる?」
 
「怒ってません」
 
 少し大きな声で否定したフィオナに優斗が困った表情になった。

 ――いや、怒ってるし。

 何一つ説得力がない。あのフィオナが声を僅かでも荒げたことが、何よりの証明になる。
 
「フィオナ。言ってくれないと、僕も何がいけないのか分からないよ」
 
「…………」
 
 まただんまりか、と優斗が思った時だ。
 
「……嫌だったんです」
 
 ぽつり、とフィオナが答えてくれた。
 
「アリーさんと優斗さんが二人で遊んでいるのを見るのが、凄く嫌でした」
 
 なぜか心がキリキリと痛んだ。
 
「まーちゃんも一緒にいて、なんというか……私の居場所を取られた気がしました。あとプレゼントをあげているところを見てしまったら、もうその場所から遠ざかりたくなってしまって……」
 
 その光景を見たフィオナが泣きそうになった様子を察して、卓也が今日の集まりを解散させた。
 一人になったフィオナはどこにも寄らず一直線に帰ってきては部屋に閉じ籠もり、現状が出来上がったということだ。
 
「優斗さんとアリーさんが友達同士で遊びに来ている、ということは頭では理解しているんですが、感情が納得いかなくて……」
 
「……そっか」
 
 彼女の独白を聞いて、優斗は不意に嬉しさがこみ上げた。今日の出来事をそんな風に思ってくれているとは知らなくて。驚いた反面、嬉しくなった。
 
「ドア、開けてくれないかな」
 
 優しい声音で再度、話し掛ける。数秒、間が開くと鍵の解除する音が聞こえてドアがゆっくりと開く。優斗の目の前には俯いているフィオナの姿。
 三週間前、自分の役に立てなくてしょんぼりしていた姿にやっぱり重なって見えた。
 
「手、借りるね」
 
 優斗はフィオナの右手を取ると、彼女の手の平の上に小さなアクセサリーを乗せた。
 
「はい、プレゼント」
 
「……ネックレス?」
 
 銀色のチェーンに繋がれた、ハート型のネックレス。
 
「フィオナへのプレゼントだよ」
 
「……どうして……ですか?」
 
「今までフィオナにプレゼント、したことなかったしね。アリーと小物屋に入ったとき、話題になったからさ」
 
 とはいえ貴族にプレゼントするものにしては。大した値段のものではない。
 
「安物で申し訳ないんだけどね」
 
 そして先のアリーとの一件に関して弁明しておく。
 
「ちなみに説明しておくけど、アリーにプレゼントしたのはおもちゃだから。修の気を惹けるようにってあげたんだよ」
 
 つまり自分にとって女性へのプレゼントというものは、目の前にあるネックレスしか存在しない。
 
「だから、えっと……女の子に送ることを想定して買ったのはフィオナが初めてだから」
 
 別に着けなくてもいい。
 
「貰うだけ貰ってくれると嬉しいかな」
 
 照れ隠しに頬を掻きながら伝える。これでどうだろう、と優斗がフィオナを見つめていると、彼女の瞳から涙が溢れてきた。
 
「え? いや、なんで泣くの!?」
 
 突然すぎて優斗はパニックになる。今の流れで泣く場面はなかったはず。
 
「――っ!」
 
 けれどフィオナは涙を零しながら優斗の胸に飛び込んだ。
 そしてぎゅっと抱きつく。
 
「あの……どうしたの?」
 
 優斗は涙を流しながら抱きつかれている状況に非常に戸惑いながらも、彼女の様子を鑑みて気合いを入れた。
 そして恐る恐る背中に左手を回して右手で優しく頭を撫でる。
 
「嬉しすぎて涙が出てきました」
 
「……なら、よかった」
 
 ほっと優斗は安心する。少し抱きしめる力を強くして、何度も右手がフィオナの頭を往復する。
 しかし、あやしているのに時間が掛かっていたのだろう。
 エリスが様子を見に来た。
 
「ユウト、引き籠もりは手強い?」
 
 気楽に尋ねたが、目の前で繰り広げられているのは義息子と娘の抱擁シーン。
 
「あらあら、ごめんなさいね」
 
「うわっ──!」
 
 優斗はパッと手を離したが、フィオナは抱きついたまま離れない。
 
「……あの、フィオナ?」
 
「もうちょっと、このままいさせてください」
 
 爆弾発言にエリスは歓喜の表情、優斗は驚嘆の表情を浮かべる。
 
「ユウト、また声を掛けるから」
 
 スキップでもしそうな勢いでエリスが広間に戻っていく。
 優斗はどうしようと思いながらも、もうどうしようもないところまで来てしまっているのだから、しばらくフィオナの好きなようにさせようと甘んじて抱きしめられていた。






[41560] 近付いていく距離
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:fe982890
Date: 2015/09/28 21:41
 
 
 
 クラスの中でフィオナたちが浮かなくなった、というのは様々な要因が思い浮かぶ。
 ラッセルのこと然り、フィオナたちが優斗たちと絡むようになってからとっつきやすくなった、ということもある。
 特にフィオナは顕著だろう。
 つまりは、だ。
 彼女、そして彼らの魅力に参る方々も出てくるわけで。
 
「申し訳ございません」
 
 フィオナが頭を下げた。
 目の前にいる男子生徒はがっくりとうなだれているが、フィオナはその横をするりと抜けて教室まで戻る。
 いささか疲れた様子で優斗の隣に座った。
 
「フィオナは今月、何人目だろうか?」
 
 和泉が指を折って数える。
 
「五人目じゃねーか?」
 
 修は面白そうに笑い、
 
「すさまじい勢いで撃墜されていきますね」
 
 クリスを始め、告白して玉砕した生徒に合掌する男子メンバー。
 
「ちなみに他だとクリスが四人、修も四人、ココが三人だね」
 
 優斗が他の仲間達に告白してきた人数も口にする。
 つまり告白してきて玉砕した数、今月で合計十六人である。
 
「イケメンと美女はいいよな。顔がいいから告白されて」
 
 羨ましそうに卓也が言った。
 
「自分は年末に結婚をするので、非常に困っているのですが」
 
「興味ねえ」
 
「わたしは心もちゃんと見てくれないと付き合う気にはなれないです」
 
「他人に何を言われたところでどうでもいいです」
 
 申し訳なさそうなクリスとどうでもよさそうな修、半ばうんざりしているココにフィオナ。
 四者四様だが、フィオナは特に酷い言い様だ。
 
「されないよりはいいって」
 
 卓也としては、とりあえず羨ましい。
 
「本当ですわ。わたくしなんて告白してくれる男子はいませんし」
 
 残念そうな表情をさせたのはアリー。
 
「アリーは確かに美人だけど、王族はチャレンジャーすぎるんじゃね?」
 
 さすがに遠すぎる。
 
「それでもわたくしだって女の子なのですから、告白されることに憧れたりはしますわ」
 
 乙女の夢というものだろう。
 
「デートもしたことがないのか?」
 
 和泉の質問にアリーは少し考えて、王女にはあるまじくニヤリと笑った。
 
「いえ、デートならこのあいだ、ユウトさんとありますわ」
 
 からかうようような彼女の声音に、ほとんどのメンバーは反応しなかった。
 だが一人だけ、
 
「や、やっぱりデートだったんですか!?」
 
 悲しそうな表情を浮かべるフィオナ。
 
「……違うって」
 
 対して優斗は疲れた表情を浮かべると、アリーに近づく。
 
「アリーは最近、僕に対して調子乗りすぎじゃない?」
 
 ニッコリと笑いながら優斗は両方の拳を彼女の側頭部に当てると、ぐりぐりと締め付ける。
 
「い、イタタタ、痛いですわ!」
 
 一緒に遊んでからというもの、アリーの優斗に対する気軽さがさらに増している。
 
「だ、だってユウトさんって気楽に話せるんですもの」
 
 頭を締め付けられながらアリーが答えた。
 ココも確かに、と同意する。
 
「ユウトさんは楽です」
 
 クリスも納得し、
 
「そう考えるとユウトだって良い物件だと思いますが、どうして告白されないのでしょうね?」
 
「上手く立ち回ってるから」
 
 入り過ぎないように考えている。
 仮に上手く立ち回っていなくても、告白されるかどうかは全くの別問題だが。
 
「けれど、ちゃんと考えたらユウトさんてスペック高いです」
 
 しみじみとココが言った。
 クリスが優斗の情報を列挙してみる。
 
「顔は中の上ぐらいですが、異世界出身で子爵で神話クラスの魔法――しかも独自詠唱で使えて大精霊も召喚できる。さらに龍神の父親で柔和で温和で誰に対しても礼儀正しい」
 
 ふと全員が無言になった。
 ぐりぐり攻撃から開放されたアリーが軽く涙目になりながら改めて感想を述べる。
 
「……案外シャレになってませんわね」
 
「スペックを知られたら引く手数多でしょうね」
 
 クリスもアリーに頷いた。
 大半のことが隠されているとはいえ、知られたら大変なことになるのは間違いない。
 
「特にオリジナルの詠唱で神話魔法を使えるなんて御伽噺レベルの存在ですから。国内どころか国外からの有名貴族、もしくは王族から縁談が来てもおかしくないですわ」
 
「へぇ、そうなんだ」
 
 まるで他人事のように優斗が返した。
 
「実際に話が出ればかなりの出世になるかと思いますが、落ち着いてますわね」
 
 アリーとしてはちょっと意外だった。
 
「別に国外からの縁談が来たってどうこうしようと思わないし」
 
 自分の手に余りそうな気がする。
 というか与太話の一環、どうでもいい話なのに隣を見るのが怖い。
 
「…………」
 
 横から感じるプレッシャーをとにかくどうにかしたい。
 優斗は話を逸らすように次の話題を口にした。
 
「そ、それを言うなら国外縁談で上手くいきそうな人を選ぶべきだと思うよ、僕は」
 
「例えば誰です?」
 
 ココが訊く。
 
「卓也とか」
 
「オレ?」
 
 ビックリした表情の卓也に優斗は大きく頷いた。
 
「修はリライトの勇者様だから国外に婿入りする縁談は論外、和泉はうっかり変なものでも発明して他国に渡したりしたらガチで国際問題になりかねない。僕も無理だし、残る人物を考えたら卓也が一番の適任だよ」
 
 少なくとも異世界組で考えたら卓也がベストだ。
 
「でもタクヤさんって周りに比べると少々、見劣りしません?」
 
 ココが辛辣に直球で物申す。
 けれど優斗は否定した。
 
「たぶん見間違いだよ。強さだって僕と修から比べたら下に見られるけど、普通に比べたら圧倒的な実力だよ。それに守り関係に関しては卓也のほうが充実してる」
 
 もともと攻撃に向いている性格でもない。
 
「あとなんだかんだで世話焼きだし、奥さんになる人は羨ましいよ」
 
「だな。俺らの世話役だかんな」
 
「卓也がいなければ誰が俺らを世話するというんだ」
 
 修と和泉が乗っかってからかう。
 そして卓也は眉根をひそめ、
 
「……喜んでいいのか悩むな」
 
 異世界組の流れるような会話に、現地組からクスクスと笑い声が漏れた。
 
  
      ◇    ◇
 
 
 優斗とフィオナはマリカの世話があるからと先に帰る。
 残った面子はまだ話していた。
 
「けれど皆さんもあと数年したら、こういう話は冗談で済ませられないくなりますからね」
 
 結婚一番乗り予定のクリスが主に男性陣に対して諭す。
 
「ユウトさんとフィオナさんは上手くいってくれるといいですわね」
 
「上手くいくだろ、あいつらなら」
 
 アリーの希望に修が確信を持って頷く。
 
「ユウトさんはいいとしても、フィオナさんはユウトさんじゃないと駄目です」
 
「……ん? どっちかと言うと優斗のほうだろ?」
 
 ココの感想に卓也が異を唱えた。
 
「どういうことです?」
 
 見ていると明らかにフィオナは優斗じゃないと駄目に感じる。
 逆に優斗はフィオナじゃなくても問題はなさそうに思える。
 
「優斗なんだけどな、あいつが今まであんなに女の子を近づけるのってなかったんだよ」
 
 知り合ってから一度もあいつの『テリトリー』と呼べる場所に入った女の子はいない。
 
「なぜでしょう?」
 
 クリスの問いに、次いで修が話し始めた。
 
「優斗は俺ら仲間に対して兄貴っぽい感じするだろ?」
 
「そうですね」
 
 面倒見が良いと感じることは多々ある。
 
「前に言ったことあるけど、部活っていう集まりがあるだろ。そこでもある程度は面倒見が良くてな、男女分け隔てなく同じように面倒を見てたんだ」
 
 あくまである程度、だ。
 自分達を相手にするほどではない。
 
「けど女の子に対しては一種の壁みたいなのを作る。良い人止まりでいるように」
 
 自分も他人も恋愛感情を抱かないようにさせている。
 これがさっき、優斗の言った『上手く立ち回っている』ということだ。
 
「色々と理由もあるしな」
 
「聞いても大丈夫なのですか?」
 
 アリーが尋ねると修達は頷いた。
 
「前に優斗の境遇の話はちょっとだけしたけどよ、あいつの両親って酷かった。詳しく話に聞くだけでもシャレになってない。だからなんだろうけど、優斗は常々言ってんだ。『自分は愛情のある家庭』を作るって」
 
 絶対に親のようにはならない、と。
 なってやるものかと決めていた。
 
「だからだろうな。あいつは絶対的な純愛主義者なんだよ。初恋を実らせて結婚する、なんて馬鹿なことを本気で実行しようとしてんだよ」
 
 異常な両親がいたからこそ芽生えた、異常なまでの潔癖症。
 であるからこその壁だった。
 
「普通、こんな奴はそうそういねーだろ? でも優斗はそうなんだ」
 
 自分を律していた。
 そうしたいと願い、思っていれば、優斗はそう在ることができるから。
 
「けど、あいつの予防線をフィオナが簡単に突破すんだよな」

 修が素直にフィオナのことを褒める。
 いくら自分達もけしかけたとはいえ、あそこまで簡単に突破するとは思っていなかった。
 
「一緒にいることも多かったし、フィオナが純粋だからってのもある。容姿だって優斗の好みにストライクだってこともあるんだろうが、それでも凄えもんだよ」
 
 逆に言えば、フィオナじゃないと壁を突破できないのかもしれない。
 そして最後は和泉が締めるように話し始めた。
 
「だからフィオナには優斗じゃないと駄目、だけではなく優斗もフィオナじゃないと駄目だ」
 
 決して一方通行ではない。
 
「国外の縁談の話があったが、あいつは興味を示さなかった。おそらく女子じゃ、フィオナ以外に異性としての興味は持つことはないだろう」
 
 六人は帰っている優斗とフィオナの姿を頭に思い浮かべる。
 
「あれで付き合ってないってネタじゃね?」
 
「なんだかもう、早くくっ付けって思うのはオレだけじゃないはず」
 
「俺も納得だ」
 
「自分も同意します」
 
「ですわね」
 
「そうです。ときどき、空気が甘すぎて逃げたくなりますし」
 
 
     ◇    ◇
 
 
「優斗さんは確かに良い物件ですよね」
 
 納得はしたくないが理解は出来る、といった表情をフィオナが浮かべる。
 
「興味ないって言ったはずだけど? それを言うならフィオナだって告白されてるし」
 
「まったく興味ありません」
 
 フィオナにとっては仲間以外に評価をどれだけ得られようと興味はない。
 特に恋愛沙汰など以ての外だ。
 
「でもフィオナの魅力が周りにも伝わってきてるから告白されるんだよね……」
 
 優斗が思わず呟いた。
 なぜか胸がもやもやとする。
 
「…………あー、もう」
 
 正直に言えば嫌だった。
 
「優斗さん?」
 
「いや、ごめん。なんとなくフィオナの魅力を知ってるのは自分だけだって自惚れてた」
 
 フィオナの良いところを知っているのは自分だけの特権なのだと。
 仲間にすら分かっていないことだと。
 うっすらと思っていた。
 申し訳なさそうな優斗にフィオナは小さく笑みを零した。
 
「いいえ、優斗さんだけです。私の良いところも悪いところも全部知ってくれているのは」
 
 だから彼の言っていることは間違っていない。
 
「無口だったときの私を知っていて、買い食いもしたことがない私を知っていて、まーちゃんを育てることが本当に楽しいと思っていることを知っているのは優斗さんだけです」
 
 修だって卓也だって和泉だってクリスだって。
 こんな自分のことを知らない。
 
「優斗さんだけなんです」
 
 安心させるようなフィオナの笑みに。
 ほっとしている自分がいることに優斗は気付く。
 
 ──ホント、フィオナには助けられてるよな。
 
 感謝しても足りないくらいに。
 でも、言葉にしたいから優斗は伝える。
 
「ありがと。すごく嬉しい」
 
 



[41560] 隣国の王女様
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:9ed7ef44
Date: 2015/10/05 02:44
 
 
 
 去年の夏ぐらい、だっただろうか。
 ゲームの中でこんな台詞が出てきた。
 
『大切な人が襲われてたらどうする?』
 
 主人公があまりにも名言っぽく言っていたので、自分達だったらどうする? なんて話をしていた。
 
「相手を倒す」
 
 と言ったのは修。
 
「殺すよ」
 
 物騒なのは優斗。
 
「落とし穴でも掘る」
 
 ちょっとずれたのは和泉。
 
「卓也は?」
 
 優斗に問われて、卓也は少し考える。
 
「オレは──」

 自分はどうするのだろう。
 修みたいに主人公キャラじゃないから倒せない。
 優斗のように大切な者のためならと躊躇なく殺せるわけもない。
 和泉の考えにだけは至れないけれど……。
 
 ──だとしたら。
 
 たぶん。
 この答えが一番自分らしい。
 
「──オレは守る。何があっても守り抜いてみせる。そうしたらお前らがどうにかしてくれるだろ?」
 
 そう言って笑顔を浮かべた。
  
 
     ◇    ◇
 
 
 10月に入りそうになった頃。
 用事のなかった優斗、卓也、修がアリーの部屋に集まった。
 
「「「 交換留学生? 」」」
 
「ええ。わたくしは昨日、その方とご挨拶をしたのですが……」
 
 何か困ったような表情をアリーが浮かべる。
 
「問題があるの?」
 
「……隣国のリステル王国第4王女様なのですわ」
 
「へぇ、また凄いのが来たね」
 
「わたくし一人では手に余りそうなので、シュウ様達にも手伝ってほしいのです」
 
 どういう意味だ、と誰しもが疑問になる。
 最初に卓也が問いかけた。
 
「まず、なんで王女様が来るんだ?」
 
「我が国との友好の一環として……と聞いてはいますが、情報の一つとして大事をしでかしてしまい、逃げるように留学してくるとも聞いていますわ」
 
「どんな王女なんだ?」
 
「良く言えば強気な方。悪く言えば……浄化されたラッセルでしょうか。とはいえ悪い方ではないのですわ」
 
 とアリーが言うものの、ラッセルの浄化版と聞かされた側としてはたまったものではない。
 修と優斗がため息を吐いた。
 
「……嫌な予感しかしねえんだけど」
 
「同感だよ」
 
 
 
 
 何はともあれ会ってみないと何とも言えない。
 ということで、現在は王様への挨拶のために王城の賓室にいる彼女に直接会うことになったのだけれども……。
 
「なに? あんた達がアリシア様の言ってた異世界から来た奴らってこと? 馬鹿っぽいわね」
 
 ショートカットで栗色の髪の毛。
 つり目で強気な表情。
 美少女と言って問題ない容貌。
 それに相まって似合っている声。
 だが、彼女は第一声でアリーが言っていたことを優斗達に納得させた。
 
「か、彼女がリステル王国第4王女リル=アイル=リステル様ですわ」
 
 アリーが冷や汗を浮かべながら紹介をするが、リルは無視して優斗達を吟味するように見回した。
 最初に目をつけたのは修。
 
「勇者はあんただっけ。顔は良いけどお兄様ほどじゃないわね。同じ勇者なのに気品からして違うわ。まあ、実力でもお兄様のほうが圧倒的でしょうけど」
 
 続いて優斗と卓也。
 
「他は所詮、異世界人だとしても庶民でしょう? 仲良しこよしで一緒にいるなんて吐き気がするわね」
 
 最初っから強烈なあいさつだった。
 修が頭を掻きながらアリーに尋ねる。
 
「こいつケンカ売ってんのか?」
 
「強気な性格なのです」
 
 諦めてるのか、何も言い返さないアリー。
 
「俺、面倒なんて見ねえぞ」
 
 修が興ざめしたように場を後にした。
 あまりにもあっさりとした退出にリルが、
 
「何よ、あれ。あんなのが勇者なんて信じられないわね」
 
 変なものでも見るような目つきで彼の後ろ姿を見る。
 いきなりの展開にアリーは慌ててこの場を終わらせる。
 
「と、とりあえずリル様が何かお困りになりましたら、わたくし達がフォローいたしますので。それでは、今日のところはこの辺で失礼いたしますわ」
 
 頭を下げてぞろぞろと部屋を出て行く。
 誰が何と言うまでもなく、大変なことになりそうなのは間違いなかった。
 
 
 
 
 先に出て行った修に皆が追いついて、先ほどのリルについて話をする。
 
「さっき彼女のお兄さんが勇者って言ってたけれど、修みたいに召喚されてるわけじゃないんだよね?」
 
「国によりけりなのですがリステル王国は代々、王の親族の中から一番優秀な者が勇者として選ばれるのですわ」
 
「一応訊いておくけど、俺よりも強いのか?」
 
「いえ、勇者といえどシュウ様たちみたいに異世界から来た利点、というものはございません。せいぜいわたくしよりは実力がある、といったところではないでしょうか」
 
「なんだよ。じゃあ、強いってわけじゃねーのな」
 
 あれだけ自信満々に言っていることだから、さぞ強いのだろうと思っていたのだけれども拍子抜けだ。
 
「……シュウ様。シュウ様とユウトさんが例外的なだけで、わたくしとて国の中では強いほうなのですよ」
 
 基本属性の上級魔法を全て使える人間などそうそういない。
 呆れたアリーに修がごめん、と謝る。
 
「王女様についてはどうするの?」
 
 優斗の問い掛けに修は手を横にふり、無理無理と示す。
 
「あいつの面倒見るなんて俺は却下……っていうか、面倒を見切れるのはアリー、クリス、優斗、卓也ぐらいだろ。他の奴らだったら何かしらでキレるぞ」
 
「かもしれませんわね」
 
 表面上で取り繕うのが上手いのが、この四人だ。
 
「じゃあ、オレ達で何かあったら対応するしかないか」
 
 卓也としても問題ごとは起こしたくない。
 すると優斗が残念そうに卓也の肩を叩き、
 
「けど基本は卓也が担当だからね」
 
「はっ? 何で?」
 
「だって一番暇なのが卓也だよ」
 
 名前を挙げた面子を考える。
 アリー、王族。
 優斗、育児。
 クリス、結婚云々。
 卓也……特になし。
 
「あ~、確かにオレしかないか」
 
「なるべくフォローはするけど、基本は頼んだよ」
 
「はいよ」
 
 とはいえ、あの高飛車なお姫様のお守りをしなければならない。
 吐く息が重くなってしまうのは仕方がないことだろう。
 
 
     ◇    ◇
 
 
 そして予想通り、毎日が本当に大変だった。
 リルが同じクラスというのはこちら側の配慮なのだが、やっぱりというかなんというか、かなりの問題児だ。
 隣国のリステルでは侍従も校舎の中に入れるらしいが、リライトでは認められていない。
 何をするにも一人でするしかないのだが、生粋のリステル育ちであり王女のリルはあれだこれだと文句を言う。
 少なくとも卓也は従者のごとく、本当にこき使われていた。
 他国の王族だからこそ許される振る舞いでもあるが、他国に来ているのにこの振る舞いをしているというのはいささか空気が読めないとも思える。
 
 
「飲み物がないわ!」
 
「すぐに用意します」
 
 
 
「もっと美味しい食べ物はないの!?」
 
「すみませんが他にないので、これで我慢してください」
 
 
 
「服が汚れたわ」
 
「すぐに用意するのは難しいので、申し訳ないけどアリーなどに言ってもらってもよろしいでしょうか」
 
 
 
 
 などなど、一週間。
 優斗もアリーもクリスも疲れているが、卓也がその中でも一番に疲れていた。
 週の後半からは基本的に卓也が呼ばれるようになった、というのも原因だ。
 
「お疲れ。ほんとに大変そうだわな」
 
「俺達が言っていいかどうかは分からないが、災難だな」
 
「お疲れさまです」
 
 修と和泉とココが卓也達に飲み物を持ってきてくれた。
 
「基本的には卓也任せになったとはいえ、不意打ちがあるから気は抜けないんだよね」
 
 優斗が苦笑し、それぞれが疲れた様子を見せながら飲み物に手を伸ばす。
 
「何でもやってもらう、というのは貴族や王族の基本ですからね。自分もここに入ったときは苦労しました」
 
 クリスも今では料理でも何でもできるようになったが、やはり大変ではあった。
 
「私やココさんは親が貴族としては変なほうに入るので色々とやらされていましたが、普通はクリスさんのような方々ばかりですから。リル様もそうなんだと思います」
 
 フィオナのリルに対するフォローが入る。
 
「郷に入っては郷に従え、みたいなことわざがあることを知らねぇんだろうな、あいつ」
 
 修の言葉に全員でため息をつくが、張本人は窓際の席でぼんやりと外を見ている。
 そして胸元でペンダントのようなものを握っていた。
 が、ふと周囲を見回し、
 
「タクヤ!!」
 
 名前を呼ばれて卓也がげんなりする。
 
「頑張って行ってこい」
 
 修に背中を叩かれ、しぶしぶながらリルの席へと向かった。
 
「何か用でしょうか?」
 
「あんた達、明日は暇なのよね?」
 
 リルの視線の先には優斗達がいる。
 
「全員暇かと言われたら分からないです」
 
「じゃあ、生徒会長は暇なの?」
 
「それも聞いてみないと分からないですね」
 
「まったく、使えないわね」
 
 あまりにも理不尽な物言いだが、卓也は心の中で忍耐の二文字を浮かべる。
 
「時間がある人は明日、あたしの家まで来なさい。馬車を出して特別にお兄様と会わせてあげるわ」
 
「なんで俺達まで一緒に?」
 
「護衛は必要でしょう? 少なくとも王族であるあたしが出かけるんだから」
 
 


 卓也は席に戻り、仲間達に今言われたことを伝える。
 
「なんてことを言ってたんだけど……」
 
「うわっ、行きたくねぇ。つーか、何であれだけ傍若無人に出来るんだ? アリーとか三大国の王女だろ?」
 
「シュウ様。気持ちは分かりますが口に出さないでください。それに三大国と言っても圧迫的なことは何一つしてないので、変にへりくだることもないのですわ」
 
 とはいっても、リルは結構酷い部類だ。
 
「申し訳ありませんが、自分は婚約者と会う予定があるので……」
 
「わたしも予定があります」
 
 クリスとココが頭を下げる。
 けれど優斗は逆に、
 
「なんか嫌な予感がするし、僕は行こうと思う。フィオナは悪いけどマリカのことお願い」
 
「まーちゃんについては分かりましたが、嫌な予感……というのは?」
 
 フィオナはもちろんのこと、周りも疑問に思った。
 
「なんでこっちに来て1週間しか経ってないのに王子と会おうとするのか、ということ。アリーが言ってた『しでかした』っていうのが事実だとするなら、問題がこっちの国にまで来たら厄介だし」
 
「ただのブラコンじゃねーの?」
 
「修のがベストの回答。あくまで最悪のことを考えたのがさっきのやつ。というわけで修も嫌だろうけど来てね」
 
「……しゃーねーな」
 
 修が頭を掻きながら、しぶしぶ了承する。
 
「わたくしも念のため、一緒に行こうと思っていますわ」
 
「俺も行こう」
 
 アリーも優斗と同じ考えなのか同行の意思を示し、和泉も暇だからという理由で付いて行く。
 
「でしたらクリスさんもいませんし、是が非でもレイナさんには来てもらわないといけませんわね」
 
 アリーがからかうと和泉を除く全員が笑った。
 
 
       ◇      ◇


 放課後になり、レイナの了承も取れて一安心した卓也……ではあったのだが、まさかそのあとにイベントがもう一つ起こるとは予想だにしていなかった。
 
 ――どうしてオレがお姫様と馬車に乗って、買い物へ行かないといけないんだよ。

 正直、意味が分からないし理解ができない。
 リルの言い分としては、兄と明日会うための服を買いたいらしい。
 卓也としては勝手に買えばいいと思っているのだが、彼女は平然と宣ってきた。
 
『女性視点での衣服と男性視点での衣服は違いがあるわ。王女であるあたしの服を選ぶ栄誉をあげるのだから感謝しなさい』

 卓也としては別に感謝したくもないし、そもそも服を選ぶことはココだのアリーだのと一緒に選んだことだってある。
 つまり王女の服を選ぶことはやったことがあるわけで、今更すぎて栄誉でも何でもない。

 ――しかも趣味趣向が分からない相手の服を選ぶとか、無理難題すぎるだろ。

 彼女の兄の好みなど知らないし、彼女が気に入る配色なども分からない。
 かといって、どうせ外せば罵倒し怒ってくるはずだ。
 
 ――気が滅入ってくるな。

 卓也もワガママと呼ばれるものには一応、慣れている。
 修や和泉、ココなどは甘えてくるワガママを言うことが結構あるからだ。
 もちろんこれは自分達の特殊な関係性によるものだから、卓也は時に呆れながらも喜んで彼らを甘やかしてしまう。
 しかしリルは違う。
 完全に他人であるというのに、こちら側を考えることなく堂々とワガママを言ってくる。
 できるなら誰かに代わりたいものだが、この一週間でリルのお気に入りになったのは卓也だ。
 けれど、そのことに対して一種の責任感を持ってしまうのも卓也たる所以なので、余計に雁字搦めになっていた。

「タクヤ、着いたわよ」

 リルが声を掛けてきたので、卓也は彼女と彼女の従者と一緒に馬車から降りて店へと入る。
 途中、従者の一人が可哀想な視線を送ってきたので、さすがに無茶ぶりだと同情してくれているのだろう。

「好きにコーディネートしなさい。もしサイズが無かったら、別に似合う組み合わせを選びなさい」

 好き放題に言うリルは、さらにトドメとばかりに、

「本気で選ばなかったら怒るわよ」

「分かりました」

 卓也は面倒臭そうな表情を一切出さず、素直に頷いた。

 ――しょうがないから、やるとするか。

 もう選ぶことについては諦めた卓也。
 なので意識を切り替えて考えを纏め始めた。
 卓也も一応、こっちのファッションについても少しずつ分かってきている。
 基本的に王族や貴族は落ち着いた服装を好み、過剰に素肌を出す服装を着ない。

 ――かといって、ごってごての古くさい貴族ファッションも好きそうじゃないんだよな。

 スカートの中に人が入れそうなほど膨らんだドレスを、普段から着るイメージもしない。
 かといってフィオナやアリーが好む服装を選べばつまらないと怒られそうだ。

 ――怒られる可能性のほうが圧倒的に高いんだから、最初の一発目は少し冒険してみるか。

 店内にある数ある服を確認し、組み合わせを考える。
 そして頭の中である程度まとまると、リルにサイズを確認して淀みなく衣服を手に取っていった。
 と、卓也が手に取った中でリルの目に留まったものがある。

「……ネクタイ?」

「こっちではまだ見たことがないですけど、オレ達がいた世界には制服やファッションの一つとして女性がネクタイをすることもあります」

 卓也は手に取った白のブラウスと瑠璃色のフレアスカート、ネクタイをリルに渡す。

「襟付きの服を着るのも初めてだわ」

「うちの制服も女性は襟があるわけじゃないですからね。だから申し訳ないですけど、高貴さとか気高さを醸し出すような服装じゃないです」

 とても一国の王女が着るような服装ではないと卓也は思う。

「じゃあ、どうしてこれにしたのかしら?」

「似合うと思ったから選んだだけです」

「……ふぅん。なるほどね」

 別に奇を衒ったわけでもなく、虚を突こうとしたわけでもない。
 挑戦はしているが、似合うと思ったからこそのチョイス。
 卓也としてはあれこれと文句を言われる覚悟は持っていたが、驚くことにリルは渡された服装を持って素直に試着室へ入っていった。
 そして数分後、カーテンが開くと卓也と従者が感嘆の声をあげる。
 決して王族が普段着るような服装ではないが、それが似合わないかと問われれば違うと即答できるほどだった。
 卓也も似合うと思っていたが、これほど問題ないとは思っていなかった。

 ――まあ、顔は美人だからっていうのもありそうだけどな。

 さぞ美姫と呼ばれているのだろうと実感できた。

「あんた達の反応を見る限り、似合ってるのは分かったわ」

 リル本人も鏡を見て、自分の姿を確認する。
 確かに普段は絶対に着ない服装ではあったが、それでも自分自身で似合わないとは思わなかった。
 服の色合いは大人しく、どちらかと言えば清楚な令嬢が好みそうだがネクタイが良いアクセントになっている。
 
「悪くないわ。このまま買ってあげる」




 リルの買い物が済むと、卓也は店の前で別れて一人歩いて寮へと帰る。
 そして考えるのは明日のこと。

 ――優斗があんな風に言ったってことは、何かしら問題があるって気構えを持っておいたほうがいいか。

 なぜリルがリライト魔法学院へ留学をしてきたのかは分からない。
 正直なところを言えば興味がないし、藪を突くつもりもない。
 それに他国を巻き込むつもりであるなら、すでにアリーが聞いているはずだ。
 つまりリステル国内での問題か、リライトが関係ない他国との問題ということになる。

 ――なんていうかホント、面倒なお姫様が来たもんだよな。

 特に自分は一番関わっているだけに、余計にそう思ってしまう。
 ワガママで横暴、加えて自己中心的な性格。
 しかし咎めるつもりはないし、怒るつもりもない。
 元よりリライトにいるだけの間は問題が起こらないように配慮するのは当然のことだし、性格など生まれ育ちによって定まっていくものなのだから、彼女がワガママであることも彼女自身が全て悪いわけではない。
 だからといって相手をするに情状酌量の余地があるとは思わないが。




 一方、リルも馬車の中で明日のことを考える。
 
 ──明日、お兄様から朗報が聞ければいいのだけれど。
 
 一週間でどこまで事情が変わるのかは分からないが、それでも朗報があるかもしれない。
 そうすれば自分がリライトにいる理由の一つが無くなるのだから。

 ――お兄様はあたしが安全のために留学したと思ってるみたいだけど、お父様は絶対に他の理由をあるわよね。

 おそらくは見識を広げるためにも、今回の事件は丁度いいと思ったはずだ。
 でなければわざわざ学院に通わせる必要がない。

 ――今回の件以外にも、問題はあるわけだし。

 だからリルの凝り固まった考えを少しでも柔らかくできるよう、リステル王が配慮した面もある……のかもしれない。

 ――だけど、まあ……リライトでの日々も最悪だとは言えないわね。

 他国での生活は最初に考えていたよりも良い面があった。 
 そしてふと、リルは卓也のことを思い浮かべる。
 
 ──タクヤぐらいは一度、リステルに来させてやってもいいわね。
 
 丁寧に話したりはできないが、この一週間は従者のように働いてくれている。
 当然だとは思うが、他国で受けた恩だ。
 返してやるのが礼儀であり、王族の義務というものだろう。
 
 ──どうしようかしら。
 
 胸元のペンダントを握り締めながら、リルは思いにふける。
 そして不思議と小さく笑みが零れた。
 








[41560] 王女様、守られます
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:9ed7ef44
Date: 2015/10/05 03:28
 
 
 
 
 
「なんだよ、俺達がどうにかするって」
 
「だってそうだろ。お前らが助けてくれるから、オレは『大切なものを守る』って選択肢を選べるんだから」
 
「……その考えはなかったよ」
 
 優斗が恐れ入った、とばかりに手を上げた。
 
「けど卓也らしいんじゃね」
 
 うんうん、と修が頷き和泉が面白そうな表情になる。
 
「ならば時が来た際には守って落として倒して殺してあげるとしよう」
 
 そんな状況を全員で想像して、大笑いした。
 
 
     ◇    ◇
 
 
 というわけで翌日、馬車に揺られて国境沿いに向かっているのが七人。
 リルを筆頭として優斗、修、卓也、和泉、アリー、レイナ。
 二台に分かれ、片方にはリル、レイナ、卓也、和泉。
 もう片方には優斗、修、アリーが乗っている。
 リルと同じ馬車にならなくて気が楽な優斗達だったが、そのせいか手綱さばきを失敗して車輪が歪んだ。
 リルがまた、あーだこーだと言いそうだったので和泉に先に行っておけと合図する。
 場所はアリーが知っていたので、残されたほうも問題はない。
 和泉が頷いて馬車を先に走らせる。
 そして20分後、リルが指定した国境にたどり着いた。
 何もない、どちらの国にも属さない草原に、栗色の髪をたなびかせたイケメンが立っている。
 リルは颯爽と馬車の扉を開けるとイケメンに飛びついた。
 
「お兄様!」
 
 飛びつかれたイケメンは最初こそ柔和な表情を浮かべたが、すぐに険しい表情になる。
 
「リル。悪いがまだ討伐はできていない」
 
「……っ! そ、そうですか……」
 
「三日前もリルがいないと見るや空に飛ばれてしまって、今は捜索隊が探しているところだ」
 
 二人して深刻そうな表情を浮かべているが、後ろにいる卓也達には何のことだかさっぱりわからない。
 イケメンの視線が卓也達に向いた。
 
「これは、リルの学友か」
 
 さわやかに笑顔を浮かべるイケメン。
 リルにそっくりな奴かと思えば予想外。
 兄妹でどうしてここまで違うのか、と卓也は問い詰めたくなる。
 
「私はリルの兄でイアンと言う。妹が迷惑をかけているとは思うが、よろしく頼む」
 
 王子だというのに頭を下げるイアン。
 
「ほん──」
 
 本当にな、と和泉が言おうとしたところでレイナが高速でわき腹に肘打ちを入れる。
 代わりに卓也が答えた。
 
「いえ。オレ達はリル様の護衛として来てますから、ご学友なんて大層なものじゃないです」
 
 謙遜しているように言っているが、つまりは友達なんかじゃないと暗に言っている。
 が、隠された意味に気付かないイアン。
 
「いや、そんなことはないはずだ。リルも皆と一緒にここまで来れて心強いと思っているはず」
 
 ニコっと笑うイアン。
 レイナが卓也に続き言葉を交わす。
 
「もうしばらくしたらアリシア様もいらっしゃいます。しばし、この場所で待とうと思うのですがよろしいでしょうか?」
 
 予想外な名前が挙がってイアンは驚くが、すぐに笑みに戻して、
 
「ああ。アリシア様にも少し話したいことが──」
 
 
『ここにいたか! 第1王子に第4王女ッ!!』
 
 
 イアンが穏やかに言葉を返そうとした瞬間。
 突如、空より声が振ってきた。
 卓也も和泉もレイナもイアンも全身が総毛立った。
 
「まさか!?」
 
 イアンが思わず叫び、全員が上を見た。
 漆黒の竜がものすごい勢いで地面に向かっている。
 
「ユウトはさすが、と言うべきなのかどう思うべきか」
 
「……嫌な予感が当たり、か。しかし早々に来るとは優斗も思ってなかっただろう」
 
 レイナと和泉が身を引き締めると、漆黒の竜が地面へと降り立つ。
 大きさとしては10メートルほどなのだが、威圧感は今まで見たことのある竜種とは比べ物にならない。
 レイナとイアンは前に出て剣を抜く。
 和泉は二人のフォローに回ろうと銃を抜き、卓也は震えているリルを後ろへと押しのける。
 
「……っ! な、何を──ッ!」
 
「黙ってろ!」
 
 押しのけられたリルが文句を言おうとするが、卓也が怒鳴った。
 冷や汗が出る。
 圧倒される。
 今まで卓也達が見てきた魔物よりも圧倒的に強い。
 しかも現状で一番の問題は最大の戦力というべき修と優斗がまだ、たどり着いてない。
 どれぐらいの時間で来れるのかも把握できていない。
 ならば、と。
 和泉がまずは口を開いた。
 
「おい、黒い竜」
 
 言葉を話せる魔物なら、少しの時間稼ぎくらいできるはずだ。
 
『なんだ?』
 
「悪いが、俺達はどうしてお前みたいな竜に王子と王女が襲われているのか知らない。よかったら理由を教えてくれ」
 
 黒い竜は少し思案する仕草を見せるが、揚々と語り始めた。
 どうやら自分の優位性を理解しているようだ。
 
『なに、簡単な理由だ。我に生贄を捧げるのはもうできないと言ってきたのだ。ならば王女を生贄にすれば数年はやめてやろうと言ってやり、こやつ等は納得した。そして第4王女を差し出してきた……ふりをして我を殺そうとしてきた。その筆頭だったのが第1王子、こやつだ』
 
「なぜ生贄が必要なんだ?」
 
『人間の肉、特に女の肉は美味い』
 
 つまりは……なんだ。
 女を食す竜を倒そうとしたのだが、イアン達は討伐に失敗した。
 イアンはリステルの勇者として討伐するため国に残り、リルは国外のリライト王国へと逃げていった。
 そして状況報告するために会った瞬間、めでたく襲撃されたというオチか。
 和泉は小さく舌打ちする。
 
 ──神がかり的な運の悪さだな。
 
 優斗達がいないのが、さらに拍車を掛ける。
 
『さあ、理由も分かったところで我を騙したのだ。貴様ら全員喰ってやろう』
 
 予想以上に時間稼ぎができなかったことに和泉が焦る。
 しかも標的はなぜか全員に摩り替わった。
 黒い竜の目つきが変わる。
 
『──死ね』
 
 黒い炎弾が竜の口から生まれる。
 
「全員、避けろ!!」
 
 レイナが声を張った。
 イアン、和泉が左右に避け卓也はリルを連れて下がる。
 
「イアン様! お一人なのですか!?」
 
 レイナも避けながら一縷の望みを求める。
 彼だけでこの魔物を倒せるわけもない。討伐隊は近くにいないのだろうか。
 
「……ああ。黒竜に悟られないためにも一人で来たのだが」
 
 イアンの返答にレイナは舌打ちする。
 狙われているのが分かっているのなら、どうして一人で来た。
 国境ならば安全だとでも思ったのか、この兄妹は。
 それに感覚で理解させられる。
 
 ──この魔物はSランクだ。
 
 Sランクの魔物は、上級魔法を十分に扱える熟練者が最低でも六人いなければならないレベル。
 最低でそのレベルなので、Sランクに数えられていても討伐必要人数が十人にも二十人にも跳ね上がる魔物だっている。
 少なくとも目の前の魔物は……六人程度じゃ倒せそうにない。
 
『王子と騎士は反応が良いようだが……』
 
 黒竜が翼を振るう。
 それだけで中級魔法規模の風が渦巻いた。
 狙いは……和泉。
 
「イズミ! 避けろッ!」
 
 レイナが気付くが遅い。
 
「……ぐっ!」
 
 和泉は直撃を受け、10メートルほど吹き飛ばされる。
 
「貴様! よくもリルの学友を!!」
 
 イアンが剣を神々しく光らせながら斬りつける。
 だが鱗に薄い傷をつけるのみで、致命傷にはならない。
 お返しとばかりに黒竜が左前足を振るい、イアンの右腕をへし折りながら身体ごと吹き飛ばす。
 
「お兄様っ!!」
 
「バカ、お前は逃げるんだよ!」
 
 リルが吹き飛ばされたイアンの下へと向かおうとして、卓也が必死に止める。
 
「タクヤ! リル様をそのまま逃が──」
 
 直後、今度は黒竜の尻尾がレイナに飛んでいく。
 ギリギリで剣を腕との間に挟み、威力を軽減させたが膂力が人間とは明らかに違う。
 純粋な力のみで剣を折られ、レイナも20メートルは吹き飛ばされる。
 
「……くそっ!」
 
 空中で体制を立て直し着地をするが、吹き飛ばされるほどの衝撃を受けているせいか迂闊にもよろけて膝を着く。
 しかしその数秒が命取りになる。
 黒竜はすでに卓也達を向いていた。
 口には何かが渦巻いている。
 
「ドラゴン……ブレス?」
 
 竜族が使える風の魔法。
 衝撃波がそのまま敵へと向かう技だが、Sクラスの竜が使うとなれば上級魔法の中でも高威力の魔法に匹敵するのは必然だ。
 レイナは撃たせまいと身体に鞭を入れて駆け出すが……遅い。
 
 ──間に合わないっ!
 
 和泉を吹き飛ばし、イアンを吹き飛ばし、レイナをも吹き飛ばす。
 全てはこの一撃をリルに見舞うために行ったことだ。
 護衛で来たのに守りきれない自分が腹立たしくなるが、それでも叫ばずにはいられなかった。
 たとえ間に合わないものだとしても。
 
「逃げてくれ、タクヤ!!」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 黒竜が吼えたと同時、イアンに向かおうとしていたリルが恐怖を浮かばせた。
 
「逃げてくれ、タクヤ!!」
 
 レイナが叫ぶ。
 卓也の腕を引き離そうと暴れていたリルが突如として静かになるが、彼女を引っ張って逃げるには時間がなかった。
 
 ──どうする。
 
 黒竜が何か魔法を放とうとしている。
 何をどうしたって喰らう。
 じゃあ、何もせずに黙って喰らえばいいのか?
 
「……ざけんな」
 
 ふざけるな。
 足掻かずに諦められるわけもない。
 
 ──オレは修や優斗じゃないけど。
 
 チート性能ではない。
 馬鹿げた努力もしてない。
 
 ――だけどな。
 
 同じように異世界に来たんだから。
 守られるだけの、あいつらのお荷物になるのはごめんだ。
 
「求めるは──」
 
 別にリルのことが大切ってわけじゃない。
 出会ってから一週間しか経ってない。
 
 ──なんだけどな。
 
 けれども一週間も従者の真似事をしていたからだろうか。
 こんな状況だからだろうか。
 彼女を守らないといけないと思った。
 
 ──あの時、笑い話になって終わった話のように。
 
 卓也は右手を前に突き出しながら、卓也はもう一つの昔話を思い出す。
 以前、優斗が言っていた。
 自分が出来るのは当然。
 けれど、出来ると信じているから頑張れると。
 だから自分も信じようと思う。
 修ほどの才能はなくとも。
 優斗ほど努力はしていないけれど。
 使えると思え。
 今は発動できると信じぬけ。
 これ以上、あいつらに心配かけさせないためにも、
 
 
「求めるは聖衣、絶対の守護ッ!!」
 
 
 卓也が唱えた瞬間、彼の目の前には白く光り輝く防護壁が生まれる。
 光――聖属性の上級防御魔法。
 使えるかもと思われ続けて、ずっと使えなかった魔法が卓也の眼前に輝く。
 直後、衝撃波が守護の壁が衝突する。
 衝突の重みが卓也の右腕に圧し掛かる。
 
「……この……ッ!」
 
 気合で耐える。
 後ろにはリルがいる。
 耐え切れなかったら死ぬのは自分だけじゃない。
 卓也は右腕を力の限りに突き出す。
 その姿を見て、リルは怯え困った表情を浮かべながらも弱々しく悪態をついた。
 
「あ、あたしは守ってくれなんて言った覚えない」
 
「お前の都合なんて知るか!! オレが守りたいんだよ!!」
 
 叫ぶ。
 馬鹿みたいなやり取りでさえ、今は自分を発奮させる材料だ。
 
「オレは絶対に守るって決めたんだ!」
 
 しかし、向こうの威力が強まる。
 圧迫された結果なのか、右の腕には裂傷が走り爪先からは血が溢れた。
 痛みで悲鳴をあげそうになるが耐えて左手を添える。
 
「……ねえ、もうやめてよ。死んじゃうよ」
 
 泣きそうな表情をリルが浮かべた。
 こんな顔もするのかと、卓也は驚く。
 
「お前も一緒に死ぬから絶対にやめない。それに似合わないぞ、泣きそうな顔」
 
 言って笑う。
 虚勢だろうがなんだろうが、今は笑みを浮かべる時だ。
 
「あと、ちょっとだから」
 
「……何が?」
 
「あとちょっとで……修達が来る」
 
 親友がやってくる。
 
「き、来たってどうしようもないじゃない! お兄様でもやられてしまうのよ!」
 
 イアンとてリステル王国の勇者だ。
 実力はある。
 けれども、
 
「残念ながらうちの勇者と一般人、二人の親友は規格外でね。黒竜ぐらいでもサクッと勝っちゃうんだよ」
 
 裂傷が肩まで届く。
 それが何だ。
 自分が限界まで頑張るんだ。
 
「嘘とか思うかもしれないけど」
 
 ドラマのように。
 
「本当なんだ」
 
 アニメのように。
 
「きっと、あいつらがどうにかするから」
 
 なんとでもしてくれる。
 
「…………ったく」
 
 直後、傍らを走りすぎていく姿が見えた。
 見慣れている影が一つ、二つ、三つ。
 
「……ホントにさ」
 
 ベストなタイミングというものを弁えてる。
 謀ったかのように来るのはもはや、一種の天命だろう。
 呆れるように笑う。
 
「最高だよ」
 
 一番、カッコいい瞬間に。
 一番、やって来てほしい瞬間に。
 
「最高だよ、お前らは!」
 
 あいつらは颯爽と。
 
 
「「「  求めるは風切、神の息吹!!  」」」
 
 
 やって来るんだ。
 
 
     ◇    ◇
 
 
 優斗と修とアリーが三人同時に風の上級魔法を放つ。
 三人分の威力を喰らえば、黒竜といえども50メートルは飛ばされる。
 その隙にアリーは和泉とイアンの様子を見に行き、優斗と修は卓也達に近付く。
 ポン、と卓也の肩を優斗と修が叩いた。
 
「よく頑張ったね、卓也」
 
「さすが守りに関してはお前が一番だわ」
 
「遅いんだよ、バカ」
 
 卓也が軽口で返す。
 
「ごめんね。道が混んでたんだ」
 
「ヒーローは遅れてくるもんだろ?」
 
「バーカ」
 
 笑い合う。
 が、修が不意に真面目な表情を浮かべた。
 
「全員、無事か?」
 
 ぐるりと見回す。
 まずは遅れてレイナが合流した。
 
「私はまだ戦える」
 
「アリー、他はどうだ?」
 
「イズミさんは特に外傷ありません。ノビてただけなのでビンタしたら起きられました。イアン様はすぐに治療が必要ですわ」
 
 和泉が頭を振りながらやって来る。
 イアンはアリーに支えられながら優斗達のところまでたどり着いた。
 
「とりあえず事情は分からんが、あの竜をぶっ飛ばせばいいんだよな?」
 
「そうだな」
 
 簡潔に述べれば修の言ったことで合っている。
 卓也が頷いた。
 
「まだ戦えそうなのはレイナさんと和泉だけど……どうする? 別に僕と修だけでやってもいいけど」
 
 むしろ一人で相手をしたとしても圧倒的なまでに余裕はある。
 
「借りは返す主義だ、私は」
 
「さすがに今回は俺も同意見だ」
 
 レイナは当然のように、そして和泉は珍しく瞳をギラつかせた。
 関係ないのに巻き込まれたのだ。
 やり返すに決まっている。
 
「分かった。んじゃ、アリーはそいつらの子守を頼む。卓也はアリーのフォロー。怪我してやばいだろうけど、卓也だったら気合でなんとかできんだろ」
 
 修に名指しされた二人は頷く。
 しかし、さすがに黙っていられない御仁がいた。
 イアンだ。
 
「ちょ、ちょっと待ってくれ! リステルの問題を君たちにやらせてしまうわけにはいかない。それに黒竜の強さを見ただろう!? 逃げてくれ!」
 
 レイナ達に同意を求める。
 さきほど、手も足も出なかったのだ。
 彼らが来たところで状況が変わるとも思えなかった。
 けれどもアリーが絶対の意思を込めて告げる。
 
「イアン様。わたくし達に手を出した以上、わたくし達の問題にもなっているのです」
 
 大切な友人たちに攻撃をしかけた魔物なのだ。
 国という問題で考える必要もない。
 
「悪いんだけどよ、俺らの仲間に手を出した時点であいつは敵だ」
 
「しかしっ!」
 
 修の言葉にもイアンは引き下がらない。
 だからアリーは申し訳ないと思いながらも、
 
「シュウ様はリライトの勇者なのですから平気ですわ」
 
 口にしたと同時に遠くで黒竜が動き出すのが視界の端に映る。
 修はイアンの腰にある剣に目をやった。
 
「けどアンタの俺達を想う気持ちを貰っとくよ。剣、借りていいか? 同じ勇者だから使えるだろ?」
 
「あ、ああ」
 
「この剣の名前は?」
 
 鞘ごと剣を受け取って腰に据える。
 
「聖剣、エクスカリバー」
 
「おお。カッケー名前じゃん」
 
 自分達の世界にある剣と同じ名前だ。
 修は嬉しそうに頷き、三人を連れて歩き出す。
 
「……む、そういえば先ほど剣が折れてしまったな」
 
 レイナが剣の入っていない鞘に手を当てた。
 魔法を使えばいいが、騎士を目指す者として剣がないのは不安でもあった。
 
「簡単に折られるの?」
 
「力だけで持っていかれた」
 
「レイナさんって刀を使ったことある?」
 
「剣の形をしているものは、大抵触っている」
 
「なるほどね。だったら修、武器出して」

「はいよ」

 気軽いやり取りをしながら修は魔法陣を生み出し、折りたたみ、新たな武器を創り出す。
 
「布都御魂。普通のより長いけどよ、レイナなら問題ねーだろ」
 
 修はレイナに手渡す。
 
「属性付与として雷。一応は神剣って呼ばれるっぽいやつだから、折れたりはしないはずだ」
 
 魔法陣から武器が生まれるのを見たのは二回目だから、レイナも平然と受け取る。
 そしてレイナは後ろを見ずとも、イアンとリルが驚愕の表情を浮かべているのが手に取るように分かる。
 だから苦笑しながら前方を見据えた。
 優斗達が来たからだろうか。神剣を手にしたからだろうか。
 先ほどまでは恐ろしかった相手だが、今はもう恐怖を感じる必要性がない。
 むしろ早く倒したいとさえ思う。
 それは和泉も同じであり、二人は視線を交わして頷く。
 
「さて、と。一応は言っとこうぜ、優斗」
 
「そうだね。せっかく揃って大物と戦うことだし」
 
 大技を使っている最中にカウンターで喰らった魔法のダメージが抜けず、未だふらついている黒竜の前まで来ると修と優斗が一歩前に出る。
 そして修は預かった聖剣を黒竜に向けて突き出して愉快そうに笑みを浮かべ、もう片方は冷酷なまでの視線を向けた。
 
「俺達の親友を傷つけてくれた礼だ」
 
「問答無用」
 
「絶対的に」
 
「完膚なきまで」
 
 
 
 
「倒してやるよ」
「殺してやるよ」
 
 
 
 



[41560] 王女様、誓います
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:9ed7ef44
Date: 2015/10/05 03:11
 
 
 
 
「タ、タクヤ。さっきシュウが魔法陣を出したら剣になってたわ」
 
 目を点にしてリルが驚いていた。
 けれど卓也は平然とした調子で、
 
「そうだけど」
 
「どうして落ち着いてるの!?」
 
「いや、言っただろ。規格外だって」
 
 ちゃんと伝えたはずだが、聞いていなかったのだろうか。
 
「限度ってものがあるでしょ!」
 
「俺に怒鳴られても困る」
 
 優斗と修の限度がどれくらいなど、自分が知るわけもない。
 
「しかもあんただって聖魔法使ってたじゃない! 上級のやつ!」
 
「そんなこと言ってもな。一応、俺も異世界から来てるし」
 
 ちょっとぐらい利点があってもいいだろう。
 けれどリルは目を丸くしたまま、
 
「……なんなの? あんた達って、とんでも集団なわけ?」
 
「オレを混ぜないでくれ。あの二人と一緒にされたら、さすがにキツい」
 
 とんでもレベルが違いすぎる。
 一方でイアンもアリーから治療を受けながら質問をする。
 
「リライトの勇者ともう一人の人物はどれほどの強さを?」
 
「……正直なところは分かりませんわ。全力を出しているところを誰も見たことがありませんから。しかしながら彼らの話を察するに黒竜程度ならば、シュウ様もユウトさんも一人で対応できてしまうのでしょう」
 
「リライトの勇者は強いと言われているが…………それほどなのか」
 
「おそらく歴代の中でも指折りの勇者なのだと思いますわ」
 
 さすがに黒竜を一人で相手できる、という勇者はリライトでもそうそういなかったはずだ。
 
「つまりはもう一人の彼も、同等のレベルにいるということか?」

「そうではありますが、これからユウトさんがやることに対して驚かないでください」

「何か特別なことをするのか?」

「ええ、間違いなく」
 
 修はあれで世界に忠実だ。
 神話魔法を使うとしても、間違いなくそれは『求め――』から始まる神話魔法。
 だが、優斗は別だ。
 
「彼については、お伽噺に出てくる大魔法士とでも思ってください。それが一番納得できますわ」
 
 彼を常識の枠に収めるのは無理だ。
 なにせ優斗が使う神話魔法は、異世界の魔法なのだから。
 
 
     ◇     ◇
 
 
 ふと修は思い出したことがあって、和泉に話し掛ける。
 
「なんかデジャブ感じねえか? 卓也が守って俺らがなんとかするってやつ」
 
「……ん? ああ、去年の話だろう。懐かしいものを持ち出すな、お前は」
 
 ふらついている黒竜を前に余裕綽々で話す。
 優斗も和泉と同様に懐かしさを感じながら、
 
「殺すに倒す。それじゃあ和泉は落とす係だね」
 
「なんの話だ?」
 
 けれど一人、レイナだけが首を捻る。
 昨年に話したことなのでレイナは知る由もない。
 
「くだらない与太話だよ。とはいえ、従うのも面白そうだね」
 
 ゲームの台詞から取り出したどうでもいい話。
 それでもなんとなく、あの話の流れに乗ってみようと思った。
 
「あの竜、どうにか取り押さえといて。一発で殺すから」
 
 優斗が面白げな笑いを携えながら言う。
 
「はいよ」
 
「いいだろう」
 
「承った」
 
 三人がそれぞれ、頷いた。
 そして興味深げに和泉が優斗に訊く。
 
「今回は何を使うんだ?」
 
「なんと宮川さん初のオリジナル詠唱です」
 
 というのも、参考の魔法をそのまま使おうと思ったら使えなかったので、改良が必要だっただけなのだが。
 
「やっばい。カッコよさそうじゃん」
 
「期待させてもらうか」
 
「楽しみにさせてもらう」
 
 修、和泉、レイナも優斗と同じように笑みを浮かべながら飛び出す。
 優斗は動かずに場で陣取る。
 
「では、先陣を切らせてもらおうか」
 
 最初に飛び掛かったのはレイナ。
 右側から黒竜の右足を斬りつける。
 多少はふらついていても視界に映っているはずなのだが、黒竜は避ける素振りすら見せない。
 強固な鱗、そしてSランクと判断されるほどの強さ。
 故に避ける必要性はないと考えるのが打倒なところだが、
 
「悪いが先程とは得物が違う!」
 
 それが間違った判断と知るのは切られた瞬間。
 ストン、と。
 振りかぶられた上段からの一撃が鱗を切り裂く。
 
『……なにっ!?』
 
「神剣だからな。貴様の鱗など容易く切り裂ける!」
 
 肉をも裂き進み、そのまま返す剣で2撃目を入れバックステップで後方へと退く。
 間を置かずして和泉は六発の弾丸を竜を囲むように地面に撃ち付けた。
 
「開け」
 
 言葉とともに弾丸から魔法陣が浮かび上がる。
 
「冗談で覚えておいた落とし穴を作る地の中級魔法。使い方によってはこうもできる」
 
 同時に黒竜を中心として地面に穴が生まれた。
 巨体ゆえに沈み込むこともないが、それでも足が埋まるくらいは陥れられる。
 
『小賢しいわ!』
 
 翼を羽ばたかせ空を飛ぼうとする。
 が、リライトの勇者が許すわけもない。
 
「単純なんだな、お前って。甘えよ」
 
 風の魔法を使って上空にジャンプしていた修が聖剣を構える。
 
「頼んだぜ、エクスカリバー」
 
 そして声を掛けた同時、思い切り握りしめて振り抜く。
 
「切り裂けッ!!」
 
 怒号と共に煌いた聖剣が輝く刀身を伸ばし、黒竜の右翼を根元から切り落とす。
 
『──ッ!!』
 
 黒竜の悲鳴が轟く。
 しかし、負けない声で修が叫んだ。
 
「決めろよ、優斗!」
 
 
 
 
 届く声よりも少し前。
 優斗の右手の前には一つの魔法陣が浮かび上がる。
 
『古代より脈々と連なる聖炎』
 
 続いてもう一つの魔法陣が左手より生まれ、二つの魔法陣が重なるように浮かび上がっていき、両手を合わせると共に、
 
『混じりては終焉の零度』
 
 魔法陣が弾けた。
 しかし続けて紡いだ詠唱と共に、
 
『刹那にて砕きは纏い上げ』
 
 弾けていった魔法陣が集い、今度は足元に先ほどより大きな陣として生まれ変わる。
 
『求めるは月をも穿つ一弓、消滅の意思』
 
 合わせた両手が白く輝いた瞬間、優斗は手を左右に開く。
 左手に光る弓が現れ、右手には弦を引いた状態になっている一筋の光る矢が存在していた。
 そして初めて創った魔法の名前を小さく告げる。
 
 
『虚月』
 
 
 右手から矢が離れた。
 放った瞬間、矢は極大の光を纏い地面すらも削りながら黒竜に向かう。
 寸分違わずして黒竜の身体の中央に突き刺さる。
 
「…………よし」
 
 一瞬だった。
 矢の後方から押し迫る光が黒竜に触れた瞬間、まるで存在しなかったかのように跡形もなく消滅した。
 
「はい、終了」
 
 パンパン、と手を叩きながら優斗は修達に近付く。
 
「やっぱり四人もいると楽だね。魔法だけ使えばいいんだから」
 
 無駄に体力を使わないで済む。
 
「あの魔法、俺には絶対に向けるなよ。いいか、絶対だ」
 
 すると和泉が先刻使った魔法の威力を目の当たりにして、あらかじめ予防線を張った。
 
「え? 使えっていうフリ?」
 
「違う。お仕置きで馬鹿げた威力の魔法使われたら俺の身が持たない」
 
 手加減したものでも喰らいたくない。
 
「私としては一発ぐらい、いいんじゃないかと思うぞ」
 
 レイナが茶々を入れる。
 四人で笑いながらアリー達のもとへ戻ると案の定というかなんというか、驚愕の表情を浮かべたイアンとリルのお出迎えを受けた。
 
「これ、サンキューな。使いやすかった」
 
「いや、別に構わない……のだが」
 
 もう、何て言ったらいいのか分からなかった。
 特に修と優斗だ。
 自分の聖剣を使って黒竜の翼を切り落とすし、優斗に至っては神話魔法……なのだろうか。
 少なくとも神話魔法と同じ威力の魔法を平然と使う。
 何がおかしいか、と問われたら何もかもがおかしかった。
 ただ、異常な戦闘力を見せつけられたが故に気になることが一つ。
 
「もし君達が全力で戦った場合、どうなる?」
 
 イアンは視線を優斗と修に向ける。
 いきなり問われて首を傾げる二人だが、少し真剣に考えてみる。
 そして結論を出した。
 
「たぶん……でよろしいですか?」
 
「ああ、構わない」
 
「世界がやばいですね」
 
 優斗の一言にイアンとリルは絶句する。
 他の面々はなんとなく、そんな予感がしたので驚きはしなかった。
 
「世界……というと、この世界全てということか?」
 
「ええ。修はともかくとして、僕の最強の魔法となると……下手したら扱いきれませんし、扱えきれなかったら世界滅亡です」
 
 平然と言う優斗を見てしまい、イアンはアリーに頷いた。
 
「アリシア様の言ったことがよく分かった。確かにお伽噺の存在だ」
 
「でしょう?」
 
「この二人を使えば国家統一も夢ではないと思うのだが……」
 
「他国の貴方ならば思われるでしょうが、無理ですわ」
 
「なぜだ?」
 
「だって当の二人が……」
 
 アリーが修と優斗に視線を送ると、
 
「だるい」
 
「面倒」
 
 という返答がくる。
 アリーは苦笑して、
 
「ということなので、この二人は自国防衛限定です。平和主義者ですので、無理に他国を侵略して戦争など行おうものなら、逆にリライトがシュウ様とユウトさんに滅亡させられてしまいますわ。そしてこれはもちろん、リライトの名に誓って本当のことです」
 
「そうか。アリシア様が言うのであれば、疑うつもりは全くない」

 一応は旧知の間柄であり、ひととなりを知っているからこそイアンは安堵する。
 
「では憂いも無くなったことで話を変えさせてもらう。リル、お前はこのまま国に帰るか?」
 
 突然、話を振られてリルが驚く。
 
「えっ?」
 
「お前を狙っていた黒竜は倒された。帰ってきても問題はないが」
 
「…………」
 
 自分がここにいる一番大きな理由は黒竜の件だった。
 もちろん、他に理由もあるものの『どうしてもリライトにいなければならない件』については終わった。
 リルはちらりと卓也を見る。
 
「タクヤ、あんたはどう思うの?」
 
「オレ?」
 
 卓也はなぜ自分に話題を持ってきたか分からなかったが、素直に答える。
 
「別にどっちでもいいよ。残りたかったら残ればいいし、帰りたかったら帰ればいい」
 
 あまりに軽い卓也の答え。
 するとリルが少し憤慨した様子を浮かべる。
 
「で、でもあたしを守るって言ったじゃない!」
 
「お前が黒竜に襲われたからな。一週間ぐらい従者の真似事してたら、そう思ってもいいだろ」
 
 守りたいと思うほどの情は持つはずだ。
 
「だ、だからあたしがリステルに帰ったら守れないのよ!?」
 
「でも何かに狙われることなんてもうないだろうし、お前が残ったってオレはもう従者の真似事なんてしない。別に異世界人に守られたくもないだろ」
 
 あれだけ貶していたんだから、どうでもいいはずだ。
 
「それは……」
 
 ぐっ、と押し黙るリル。
 
「さらに言うなら、オレは知らない他人を貶す奴は嫌いなんだ。短い期間だと思ってたから我慢もできたけど、今のまんまだったらオレはお前に関わんないよ」
 
「え……?」
 
「みんなも同じだと思う。生まれだとか血筋だとか興味ない連中が集まってるんだ。別にオレ達とお前は友達じゃないし、お前が残るって言うならオレ達と関わることはほとんどない。だからオレ達が理由で残ろうと思ってるなら、素直に帰ったほうがいいって」
 
 卓也に言われてリルは他の面々の様子を窺う。
 あからさまに顔を背けたり、苦笑いや困った表情をしていた。
 卓也の言ったことが真実だと彼らが示していた。
 
 ──あいつらはあたしが客だから面倒見てた。それ以上でもそれ以下でもないってことね。
 
 確認したけれど、自分だって理解していた。
 それでも驚いてしまったのは、卓也まで彼らと同じだったとは……不思議と思っていなかった。
 彼だけはどうしてか違うと思ってしまっていた。
 なぜだろう。
 卓也に侮蔑されるのはすごく嫌だった。
 
「だ、だったら」
 
 リルは力強い瞳を卓也を見る。
 
「なんだよ?」
 
「あたしが変わればいいのね?」
 
「……はぁ!?」
 
 唐突な宣言に卓也が驚く。
 
「あたしが変われば問題ないわよね?」
 
「いや、まあ、確かに問題ないけど……。変えられないだろ、普通はそういうの」
 
「変わってやるわよ」
 
 力強く言ってのける。
 
「そうは言っても、できるのか?」
 
「タクヤが疑うなら証明してやるわ」
 
 リルは胸元にあるペンダントを取る。
 そして兄に力強い視線を向けた。
 
「お兄様。これからすることに対しての証人として見ていてください」
 
 リルの行動が何を示すか分かったのか、イアンは顔をしかめる。
 
「そこまでするのか?」
 
「あたしの本気を見せないとタクヤは納得しません」
 
「……まあ、問題になるとは思うが自分でどうにかしろ」
 
「分かってます」
 
 他の人たちには分からないやり取りが行われた。
 けれど誰かが何か言葉を発する前にリルは卓也の真っ正面へと立つ。
 
「タクヤ、少し屈みなさい」
 
「……? わかった」
 
 とりあえず素直に屈む。
 すっ、と卓也の首にリルがペンダントをかけた。
 
「これ、なに?」
 
「め、目を瞑りなさい」
 
「いや、その前にこれ──」
 
「いいから目を瞑りなさい!」
 
 リルに押し切られてしぶしぶ目を瞑る卓也。
 
「……ふぅ」
 
 リルは彼が目を瞑ったことを確認すると、大きく深呼吸をして宣言する。
 
 
「これより、タクヤを生涯の隣人とすることを誓います。彼の者にいかなる困難があろうとも、側に寄り添い支えることを誓います。彼の者がいかなる災厄になろうとも、信じ続けることを誓います。彼の者にいかなる不幸が降りかかろうとも、助け続けることを誓います」
 
 
 そして前に一歩出て、卓也の頬にキスをする。
 頬に触れた感触に驚いた卓也が目を開き、状況を確認した瞬間に顔を真っ赤にして後ずさった。
 
「え……っ!? はぁっ!? い、今のなに!?」
 
「言ったじゃない。本気を見せるって」
 
「なんだそれ!? これの何が本気なんだよ!?」
 
「私の国に伝わってることよ」
 
「こっちはセリアールに来て半年ちょっとしか経ってないんだ!! 知るか!!」
 
 あまりの出来事にテンパっている卓也。
 頬に受けた柔らかい感触に頭の中がぐちゃぐちゃになる。
 
「知るか……って何よ!! せっかくキスまでしたんだから!!」
 
 口ケンカを始める二人。
 それを尻目にアリーはイアンに訊いてみた。
 
「今の言葉はどのような意味があるのです?」
 
「古来より大切な人に送る言葉、とされている。自分の物を送ると同時に告げることで『貴方が大切です』という意味を持たせる、生涯に一度しか使えない言葉なのだが……」
 
 困ったようにイアンは頬をかき、
 
「最近はプロポーズによく使われている」
 
「……あ~、なっとく」
 
 修が頷く。
 
「確かにプロポーズと取れますわね」
 
 アリーも内容的に同意し、
 
「というかそういう意味だと思ってたよ」
 
 優斗はそれ以外には考えられないと口にした。
 
「私もだ」
 
「俺も同じ意見だ」
 
 レイナも和泉も同じように納得し、言い合っている二人をしみじみと見物する。
 おそらくリルの意味合いとしては前者とはいえ、よくも言ったものだと思う。
 和泉としては不思議なこと、この上ない。
 
「出会って一週間しか経ってないのに、何が原因で言わせたんだろうか。少なくともこき使っていた相手に対して捧げる言葉じゃないだろう」
 
「卓也が守ったのが原因じゃね?」
 
 修的にそれだと思う。
 けれど優斗が、
 
「つり橋効果かな?」
 
「どういう意味だ、ユウト?」
 
「今回の場合は黒竜に襲われて心臓がドキドキしているのを、卓也にドキドキしていると錯覚したこと」
 
「……なんとなくロマンがありませんわ」
 
 あまりにも感動がなくてアリーが却下した。
 
「そんじゃ、どうするよ?」
 
「運命でいいだろう」
 
 和泉が決めつけた。
 
「私としても吊り橋効果とやらは面白味がないが、それでいいのか?」
 
 レイナが確認を取ると全員が同意する。
 
「いいんじゃね?」
 
「運命のほうがロマンがありますわ」
 
「そうだね。少なくとも吊り橋効果って言うよりは良い理由だと思う」
 
 未だに舌戦を繰り広げている二人を優斗達は微笑ましく観察し続けた。
 
 
 



[41560] 黙ってられない時もある
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:1e7fac20
Date: 2015/10/05 19:34

 
 
 
 学院にも一応は保護者会、というものはある。
 その際には午後にある授業も保護者は見られるのだが、
 
「というわけで明日、見に行くわね」

 広間でのんびりとフィオナとマリカが遊んでいるところを見ていた優斗は、エリスの一言に目を瞬かせた。
 
「マリカはどうするんです?」
 
「もちろん連れて行くわよ」
 
「……マジですか?」
 
「マジよ」
 
 平然とエリスが答えた。
 すると優斗は額に手を当て、呆れるように息を吐く。
 
「あの、優斗さん。何か問題があるんですか?」
 
 彼の行動の意味が理解できなくて、フィオナが優斗に問い掛ける。
 
「……平穏に過ごしたい」
 
「異世界に来た時点で捨てなさいよ」
 
「……あのですね、義母さん。面倒事が来るのと面倒事を作り出すのは違うんですが」
 
「変わらないわよ。それにお友達のせいで平穏なんてないんだから、別にいいじゃない」
 
「……ああ、もう、分かりました。ただ、マリカを連れてくるなら僕のことを『パパ』と呼ばせないように気をつけてくださいね。嘘を考えるの面倒ですから」
 
 優斗が言ったことにマリカが泣きそうになる。
 おそらく『パパと呼ばせないで』に反応したのだろう。
 
「……あぅ~」
 
「ち、違うよマリカ! パパはマリカのパパだからね!」
 
 娘の様子に気付いた優斗は慌ててマリカをフィオナから預かって抱き上げた。
 
「ぱ~ぱ?」
 
「そうだよ。マリカのこと、嫌いになんてなってないから」

 優斗は娘の頭を撫でながら安堵できるように抱きしめる。
 
「あいっ!」
 
 ぎゅ~っと抱きしめられて安心したのか、ニコニコとするマリカ。
 優斗はほっ、と一息つく。
 
「大変ね」
 
「義母さんのせいじゃないですか」
 
 
     ◇    ◇
 
 
 参観できるのは実技の時間だ。
 実技の時間は割と自由に動けることもあって、親と話す生徒の姿もちらほらと見られる。
 優斗たち異世界組は親もいないので比較的のんびりといられるが、学院に通わせている親にとっては色々とあるため、子供達も少し必死になっている。
 学院の成績が良ければ出世コースにも乗れる。
 文武両道ならばなおさら、だ。
 貴族の両親には体面というものもある。
 だから参観のある授業は普段よりもピリ、とした緊張感の中で行われている。
 ちなみに優斗たちの出番は終わっており、のんびりと他の生徒の試合を観戦中だ。
 
「おい、優斗。あれ見てみ」
 
 修が指し示す場所。
 いたのはリルと卓也とアリーと、
 
「……何やってんの、あの人達?」
 
 イアンとアリーの父親──王様だった。
 
「あれって一応、リステルの勇者とうちの国の王様だろ?」
 
「間違いなくね」
 
「王様はいいとしても、勇者って簡単に国から出てこれんのか?」
 
「知らないよ。もしかしたら伝えることがあって来ただけかもしれないし」
 
 和やかに談笑しているところから察するに、大事な話になっていないと信じたい。
 しかも彼らの周りにいる貴族の親たちが王族の姿に気付き、話しかけようとしている。
 ただ、一つ失敗をすれば一巻のお終いなのは間違いないだろう。
 
「フィオナのおばさんは?」
 
「もう来てるよ。さっきからフィオナが話してる」
 
 二人が視線を移せば、フィオナたちが和やかに話している姿があり、王族グループと同様に周囲にいる貴族親子が機会を伺っている。
 公爵ともなれば接点を欲する下位階級の貴族も多いのだろう。
 特に自分の息子がフィオナと恋仲や婚約でもすれば儲けものだ。
 
「優斗」
 
「なに?」
 
「めっちゃマリカがお前を見てる」
 
 優斗が視線をマリカに固定させると、確かにじっと見ていた。
 
「行ってやったほうがいいんじゃねーか?」
 
「だね。あの場所には行きたくないけど、行かなかったらマリカが泣くだろうし」
 
 このままずっと留まってマリカに泣かれるのだけは避けたかった。
 優斗は腰をあげて歩いて行く。
 エリスが近付いてくる優斗に気付いた。
 
「さっきは格好良かったわよ」
 
「ありがとうございます」
 
 エリスが親しげに話しかけ、唐突に現れた優斗に周囲の視線が集まる。
 値踏みされているような嫌な視線だった。
 
「今のうちに慣れておきなさい」
 
「大丈夫です。もう慣れていますから」
 
「……だったわね」
 
 優斗の過去を思い出してエリスが少し暗くなるが、それを壊すようにマリカが優斗に手を伸ばした。
 
「あぅっ。あうっ」
 
「マリカがあなたに抱いてほしいって言ってるわよ」
 
 昨日のことがあったからなのか、いつもより懸命にマリカが手を伸ばしている。
 
「エリス様。さすがに授業中ですので」
 
「“エリス様”?」
 
 思わず優斗を睨み付けるエリス。
 
「……いや、本当に勘弁してくだい。周りに人がいるのですから」
 
「関係ないわね」
 
 優斗は声を小さくして、
 
「……エリスさん」
 
「誰のことかしら?」
 
「…………義母さん。今は授業中だから勘弁してくれませんか?」
 
「大丈夫よ。さっきフィオナだってマリカを抱いたけど文句言われなかったもの」
 
 優斗が必死に断ろうとするが、エリスも引かない。
 のれんに腕押し状態になっているので、
 
「……分かりました」
 
 諦めてマリカに優斗は手を伸ばす。
 
「おいで」
 
「あいっ!」
 
 優斗はマリカを抱きあげて、小声でエリスに尋ねる。
 
「何がしたいんですか? 義母さんは」
 
「さっきから周りが鬱陶しくて嫌なのよ。フィオナと仲が良い男の子がいれば落ち着くかと思って」
 
「甘くありません? 僕は今のところ、平民ですよ」
 
「だって……」
 
 こそこそと密談していると、息子を引き連れた男性が寄ってきた。
 息子はラッセルの取り巻きだった一人。
 どうやら優斗が親しげなのを見て、邪魔しに来たのか様子を見に来たのかどっちかだろう。
 
「初めまして、トラスティ公爵奥方様。私は──」
 
 ごちゃごちゃと自分と息子の説明をし始める。
 
「ほら来た」
 
「まったく、面倒ね」
 
 エリスはため息を吐き、相手に気付かせないぐらいに毒づく。
 
「男爵。申し訳ありませんが私は娘の様子を見に来ておりまして、自己紹介などはパーティーでやっていただけませんか?」
 
 笑みを浮かべながら一刀両断する。
 
「しかし平民の相手をしている暇があるならば、こちらの相手をしていただいてもよろしいのでは?」
 
 しかし相手も無駄に自信満々。
 息子がラッセルの子分だったとあって、父親も同じ考えの人間だった。
 
「平民? 一体誰のことを仰っているのでしょうか?」
 
「そちらの男のことですよ。息子から聞きましたが平民のくせに公爵や王族と親しげに話している礼儀のなっていない愚か者のことです」
 
 テンプレのような台詞をよくも初対面の人間に言えるものだと優斗は感心したが、エリスは違った。
 義息子にしてフィオナの相手だ。
 貶すなど以ての外だった。
 
「何を勘違いしているのか分かりませんが、この場に平民はいません。いるのはミヤガワ子爵の長子、ユウト=フィーア=ミヤガワ。さらに言えばフィオナの婚約者で私の将来の息子になる子ならいますが、いったいどこのどちらと勘違いなさっているのかしら?」
 
 挑発する笑みを携えて蔑むような視線を送る。
 
「し、しかし息子は彼が平民だと!」
 
「ならばアリスト王もいることですし、訊いてみますか? 息子さんから聞いてらっしゃるから知っておられると思いますが、ユウトはアリシア様と仲がよろしいのでアリスト王とも名前を覚えられるほど面識があります。是非ともご随意に」
 
 エリスが王様を示すように右手を広げた。
 さすがに引き下がるしかなかったのか息子を伴って、すごすごと消えていく。
 
「……ああ、もう。面倒だったわね」
 
「やりすぎです」
 
 公爵夫人がやるようなレベルじゃない。
 
「しょうがないじゃない。ユウトを貶されたらプツンと来てしまったんだもの」
 
「怒ってくれるのはありがたいですが、公爵の奥方なんですから耐えてください」
 
「わかってるわよ。次はできたら気をつけるから」
 
 と、続いて近寄ってくる影があった。
 またか、と思った優斗とエリスだったが姿を見て驚く。
 すぐに頭を下げた。
 
「よい。ここにいるのはアリシアの父親だ」
 
 王様が優斗達に寄ってきたのだ。
 周りも注意深く観察する。
 
「先日、エリスが焼いたクッキーをマリカから貰った。ユウトには伝えたが美味かったぞ」
 
「ユウトからも伝え聞いております。お口に合い光栄でございます」
 
「ユウトもアリシアと遊んでくれてありがとう。マリカと一緒に遊びに行ったことを聞いている」
 
「いえ、アリシア様に付き合っていただいて、こちらこそマリカが喜んでおりました」
 
「そうかそうか」
 
 王様と喋っているそばから、マリカが髭に手を伸ばしかける。
 慌てて優斗はマリカの手を押さえた。
 
「別に髭で遊ぶくらい構わないが」
 
「王様はよろしいかもしれませんが、なんでもかんでもやりたいようにやらせていたらマリカのためになりませんので」
 
「それもそうだな」
 
 王様はそう言うと、小さく笑って去っていった。
 王様が向かった先に大半の注意が向かう一方で、優斗達にも少なからず注目が残る。
 その中で優斗とエリスは苦笑した。
 
「王様は気さくすぎて逆に困りますね」
 
「本当よね」
 
 
 
 
     ◇    ◇
 
 
 
 
 ──夜。
 いつものようにマルスに誘われてテラスでお酒を飲む。
 
「義母さんが怒って言い返したときは焦りましたよ」
 
「気持ちは分かる。私でも言い返さないとは保証できない」
 
「僕は別に構わないんですけどね」
 
「それほど大事なのだよ。私達にとってユウト君はね」
 
「ありがとうございます」
 
 少し照れくさくなって、コップのお酒を煽る。
 
「でも、これでフィオナと僕が婚約者というのが広まってしまうかもしれませんね」
 
「何か問題があるのかい?」
 
「いえ、特にはありませんけど」
 
「ならいいじゃないか。私達にしたって何も問題はない」
 
 マルスもジョッキに注いであるビールを一息に飲む。
 
「さて、と。これ以上飲むと怒られてしまうから、私は先に戻っているとしよう」
 
 いつもは一緒に戻るのだが、珍しくマルスが先に戻ると告げてきた。
 
「分かりました。僕はこれを飲んでから戻ります」
 
「ああ。ゆっくりするといい」
 
 マルスが優斗の視界から消えると、優斗は一口お酒を含んでから空を見た。
 月が満月を描いていたので気分が良くなる。
 すると、マルスの代わりに一回り以上も小さい身体が優斗の隣に座った。
 
「優斗さんも飲みすぎは駄目ですよ」
 
 来て早々、フィオナが窘める。
 
「大丈夫だよ。義父さんのペースに付き合って飲んでるわけじゃないから」
 
「ならいいんですけど」
 
 安堵したように息を吐く。
 
「もしかしたら婚約者として学院で扱われてしまうかもしれませんね」
 
「そうだね」
 
 聞いたのはクラスの極一部かもしれないが、話が広がらないとは限らない。
 
「嫌……ですか?」
 
「なにが?」
 
「私が婚約者であるとみんなに思われることが、です」
 
「なんで?」
 
「だって、まーちゃんの父親というのも周りに知られたくないようだったので」
 
「波風は立たないほうがいいからね」
 
 変な噂で学院に居辛くなるのは勘弁だ。
 けれど、と続ける。
 
「知られたって嫌じゃないよ。面倒だとは思うけど嫌じゃない」
 
「本当ですか?」
 
「本当だよ」
 
 優斗は笑う。
 
「それなら、もし私が本当の──」
 
「フィオナ。待った」
 
 と、フィオナが言いかけたところで優斗が止めた。
 やっぱり嫌なのだろうかと一瞬だけ考えてしまうが、先ほど彼が否定していたので違うと思い直す。
 一方の優斗は立ち上がると窓ガラスへ歩いていく。
 
「何をやってるんですか?」
 
 そして声をかけた。
 
「…………」
 
「…………」
 
「これ以上黙ってるなら僕の新しい神話魔法の実験台にしますよ?」
 
 優斗がぼそりとえげつないことを言うと、
 
「そ、それは勘弁してほしい!」
 
「ちょっとした遊び心だったのよ!」
 
 マルスとエリスが飛び出てきた。
 
「二人して何をやってますか」
 
「そ、それはだね」
 
 マルスが言いよどんでいると、エリスが堂々と宣った。
 
「娘と義息子のラブラブシーンが見たかったの」
 
「…………ったく、二人とも正座!」
 
 多少は酔っ払っていることもあるのだろうが、普段は修たちにしか言わないことをマルスたちに向かって言い放った。
 
「出刃亀をするような輩には説教をさせてもらいます!」
 
 そうして始まった優斗の説教は一時間を要した。
 翌日、フィオナにも軽く説教をされて、マルスとエリスは二度としないと誓ったそうだ。
 
 
 



[41560] 初めての隣国
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:1e7fac20
Date: 2015/10/05 19:35

  

 10月に入って少しした頃、トラスティ邸の庭で珍しく優斗がフィオナに指導していた。
 マリカを膝の上に乗せながら、彼が伝えているのは精霊術のこと。
 
「精霊には意思があるからね。彼らの意思を無碍にしちゃいけないんだよ」
 
「わかりました」
 
 そして精霊使役の練習をしていると、二人に家政婦長から来客の知らせが届いた。
 
「ユウトさん、お客様がいらっしゃられましたよ」
 
「僕にお客? 誰ですか?」
 
「リステル王国第4王女のリル様でございます」
 
「……えっ?」
 
 予想外な人物だった。
 何しに来たのかが全く分からない。
 フィオナと視線が合うが、彼女もよく分からないようだ。
 とりあえず家の中に入ってリルに会うと、彼女の第一声もまた驚きだった。

「あんた達って婚約どころか結婚してたのね。ユウトのいる場所を聞いてビックリしたわ」
 
「……あー、色々と理由はあるんですが正式に結婚しているわけではなくて」
 
「だってこの間、ユウトが赤ん坊を抱っこしてるとこ見た時にタクヤがあんた達の子供だって言ってたわよ。それに指輪だってしてるし」
 
 リルが指す先には優斗が抱っこしているマリカ。
 さらによくよく見れば二人が同じ指輪をしているのだから勘違いするのは当然だ。
 
「……とりあえず説明しますので」
 
 面倒ではあったがこれからもたくさん関わっていくので、できるかぎりの説明を優斗は始める。
 
 
 
 
「この子が龍神なんだ」
 
「ええ。龍神なんです」
 
 マリカの説明を聞き終えたところで、リルが思い出したように言った。
 
「って、そうだった。ユウト、あんたってタクヤ達に対してそんな喋り方じゃないでしょ」
 
「え? いや、まあ、貴女は王族ですし」
 
 しかも他国の王族なのだから口調が変わるのは当然だ。
 
「あたしにも普通にしゃべりなさい」
 
「……突然、どうされたんですか?」
 
 優斗が尋ねるとリルは少し顔を赤くしながら、
 
「あ、あたしはやたら無闇に誰でも下に見る……とか、そういうのはやめるって誓ってるじゃない」
 
「そうでしたね」
 
「だ、だったらあたしにも、その……」
 
 リルは頬をかきながら、
 
「友達みたいに接してもらいたいと思うのは……普通でしょ?」
 
 照れくさそうに言った。
 同等に扱おうと思ったら、同等に扱ってもらいたい。
 友達になってもらいたいと思うのは彼女にとって必然だった。
 
「だめ?」
 
 リルが訊くと、優斗は首を横に振った。
 
「駄目じゃない」
 
 願ってくれるなら歓迎すべきことだ。
 
「なら、友達としてお願いを聞くよ」
 
 優斗があらためて聞く体制をとると、リルは力強くお願いした。
 
「一緒にリステルに来てほしいの」
 
 そして、なぜリステルに行かなければならないのか説明を始める。
 
「やっぱりというか何というか、あたしがやったことって少し問題になってるのよね。他国の人間に王族が“誓いの言葉”を使ったことに対して、ね」
 
「そうなんだ」
 
「あの言葉は撤回できるものでもないけど、少なくともあたし本人が説明はしないと納得もしてもらえなくて」
 
 だからこそリステルに一度、戻ることになった。
 
「僕が一緒に行く理由は?」
 
「念のための護衛、っていうのが一番正しい理由だわ。僅かな可能性ではあるけれど、襲われる懸念もある。まあ、ないだろうけど」
 
「襲われる?」
 
 一体どういうことだろうか。
 
「あたし、何人か婚約者候補がいたんだけど、全員を蹴ってタクヤに誓っちゃったから。もしかしたらっていう可能性があるのよ」
 
 リルから“誓いの言葉”を得られれば、婚約者候補にとっては婚約者になれるのと同義だ。
 ということは他国のタクヤに使ったのなら、彼が逆恨みされる場合もあるかもしれない。
 もちろん、未だに婚約者の候補という枠組みからは外れていないのも事実なのだが。
 
「でもタクヤには悪いけど、当事者だし一緒に来てもらうわ。他の人達にはあたしのせいで手を煩わせるわけにもいかないから、ユウトだけにお願いしたいの」
 
「国から護衛を呼んだりギルドに頼んだりしたら?」
 
「言ったでしょ。あくまで念のためにすぎないって。ほとんど旅行みたいなものよ。それにギルドや護衛よりあんた一人のほうがよっぽど強いじゃない。黒竜を魔法一発で倒したり本気になったら世界がやばいとか言ってるんだから」
 
 優斗以上の護衛なんてほとんど存在しない。
 だから、
 
「お願いしていい?」
 
「…………へぇ」
 
 リルの言葉に感嘆した優斗の態度。
 すると、ぶっきらぼうにリルが訊いた。
 
「何よ?」
 
「本当に変わったね」
 
 瞬間、リルの顔が赤くなった。
 
「ち、誓ったって言ったじゃない!」
 
「分かった分かった」
 
 苦笑する。
 
「護衛ってことはフィオナとマリカはお留守番だね」
 
「あ、ちょっと待って。この子が龍神なのよね?」
 
 危ないことになるから二人は残そうと思っていたのだが、リルからストップが掛かる。
 
「そうだけど」
 
「だったら一緒に来てもらってもいい?」
 
「どういうこと?」
 
 連れて行く利点が今のところ、優斗には分からない。
 というか勝手に他国へ連れ出す理由が見当たらない。
 
「龍神の赤子がリライトにいるというのは教えてもらっているけれど、リステルの者で実際に見たのはいないのよ。情報が本当なのか問われたところで、真実だと言い切れる者もいないの」
 
「つまり?」
 
「リライトが龍神の赤子がいる、と嘯いて信者の方々を呼び寄せようとしているのかもしれない。そう勘繰る馬鹿も出てくるかもしれないわ」
 
「先にそれを潰しておきたいと?」
 
 優斗が問い掛けるとリルは頷いた。
 
「ええ。参観の時にアリーのお父様に話をしていて、機会があればと言っていたの。今回はちょうどいい機会になると思って」
 
 話した場所が場所なので龍神の赤ん坊の正体までは知らされていなかったが、マリカだというのは驚きだった。
 
「マリカを連れて行くことによって何かしらの利益があるってことなのかな?」
 
「より強固な信頼関係。正直な話、あたしがやったことも好転させればリライトとの関係強化に繋がるし、さらに龍神の赤ちゃんを来させられるほどリライトとリステルの関係が素晴らしいものだと知らせることもできるわね」
 
 両国の関係性を国内にも国外にも示すことができる。
 
「仲が良いところを国内外に知らせたところで、デメリットはないわ」
 
 と、リルは軽い口調で、
 
「家族旅行だと思って来たらいいじゃない」
 
「……う~ん。もう一度訊くけど、危険はないんだよね?」
 
「ないわよ。あったとしても10%もないわ」
 
 リルの断言に優斗は内容を吟味し、
 
「了解。王様も了承してるみたいだし、連絡とかは任せるよ」
 
 優斗の返答にリルもほっとした調子で笑った。
 
「ありがと。すぐにでもアリーのお父様に話を通しておくわね」
 
 
 
 



[41560] トラブルなんてないほうがいい
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:1e7fac20
Date: 2015/10/05 19:37
 
 
 
 高速馬車に揺られながら一行はリステルへと向かう。
 
「すごく速いね」
 
「飛行機に乗ってる気分になるな」
 
 優斗と卓也が唖然とする。
 少なくとも馬車に乗っているとは思えない。
 
「しかも初めて他国に行くね」
 
「そうだな。こんなことで行くとは思ってなかったけど」
 
 優斗はともかく、卓也としては巻き込まれた感で一杯だ。
 
「何よ、文句あるの?」
 
 リルがぶしつけに訊く。
 
「微妙に大事になりそうなことを軽々とやるなよ」
 
「仕方ないじゃない。ああするのが一番だと思ったんだから」
 
「だからって一生に一度しか使えない言葉を使うな」
 
「なんですって!?」
 
 広くはない馬車の中で卓也とリルが口ゲンカを始めようとする。
 その時だった。
 
「たー! りー!」
 
 マリカが大きな声で遮った。
 
「……今のなに?」
 
 マリカの言葉の意味がわからず、リルが優斗とフィオナに問いかける。
 
「おそらく卓也の『たー』にリルの『りー』だと思うけど」
 
「そうですね。そういう意味でしょう」
 
 二人が代弁する。
 
「マリカがケンカするなってさ」
 
 ねっ、と優斗がマリカに同意を求めると、意味を理解してるのかしてないのかわからないが、大きく頷いた。
 それで卓也とリルの気概も逸れた。
 
「マリカに言われたら仕方ないわね」
 
「一時休戦だな」
 
 
     ◇    ◇
 
 
 以降は卓也とリルの言い争いも再発せず、リステル王国へと入った四人は王城へと向かう。
 話は通してあったので、そのまま謁見の間へと向かう。
 中に入れば60歳は過ぎていそうなおじいさんと呼べる人が座っていて、傍らにはイアンがいた。
 優斗、卓也、フィオナは方膝を立てて顔を伏せる。
 
「彼らがリルの学友かい?」
 
「そうよ」
 
 リルが頷く。
 とりあえず父親でありリステル王が相手でも彼女の口調は変わらないらしい。
 
「顔をあげなさい。呼び寄せたのはこちらなのだから」
 
 ほっほっほっ、とリステル王が穏やかに笑う。
 許しを得て優斗たちは顔を上げる。
 
「まずは龍神の赤子を見せてもらってもいいかね?」
 
「はい」
 
 フィオナが立ち上がり、リステル王へと近づいていく。
 
「マリカと言ったね?」
 
「その通りでございます」
 
「証拠を見せてもらってもいいかい?」
 
 穏やかな口調でフィオナに聞く。
 フィオナは左手の薬指にはまっている指輪を見せた。
 
「ありがとう。確かにこれは龍神の指輪だ」
 
 外れないことも確認する。
 
「父親役は彼でいいのかい?」
 
 リステル王が視線を優斗に向けると、フィオナは静かに頷いた。
 
「君達の事情はリライト王から聞いているよ。大変だね」
 
 恋人でもないものが両親役をやる。
 しかも子供は龍神。
 想像を超える苦労があるだろう。
 
「お父様。事情って何?」
 
「それはおいおい、伝えることにするよ」
 
 リルの問い掛けに、この場ではリステル王も言葉を濁す。
 何かしらの事情があるのだとリルも察し、すぐに引き下がった。
 リステル王は娘に頷くと、優斗に笑みを浮かべる。
 
「ユウト、と言ったね。黒竜の件についてはイアンからも話を聞いているよ。私達の問題に巻き込んでしまってすまなかったね」
 
「いえ、大切な友人であるリル様を守ることができて光栄であります」
 
「そう言ってくれると助かるよ」
 
 微笑みを維持しながらリステル王は続いて、
 
「君やリライトの勇者がリルの友人というのは私としても喜ばしいかぎりだ」
 
「……今のはどのように受け取ればよろしいのでしょうか?」
 
 いくつか意味が含まれている。
 そのうちの“どれ”かによって、こっちの対応も変わる。
 
「褒め言葉だよ。君たちほどの力を持つ者が友好的であるというのは、隣国であるリステルにとっても喜ばしいんだよ」
 
 リステル王に言われて優斗は少し考えるが、今回の発言がどの意味に繋がるのか気付く。
 
「侵略される可能性が減る、という観点からでしょうか?」
 
 リステル王は優斗の発言に少しだけ目を見開いたが、微笑みはそのままだ。
 
「そうだね。リライト王が今の王であるかぎり心配はないと思うが、不安の種は残るものだからね」
 
「大丈夫です。その点については心配ないと断言できます」
 
「ほう。どうしてかね? 君達ならば一国の主になれるだろうに」
 
 世界に覇を唱えれば、彼らならばできる。
 そういう可能性を持っている。
 しかし優斗は横に首を振り、
 
「利点がありません」
 
 どういう意味なのか、という視線をリステル王が送ってきたので優斗は答える。
 
「我々は異世界からやってきましたから、考え方が最初から皆様とは違っています。民主主義で戦争というものを忌避するべきものだと考えている我々からしたら、一国の主という考えは『大それた話』になります。さらに私やリライトの勇者の幸せというものはもっと素朴なものなのです」
 
「一国の主というものは幸せになり得ないのかい? リライトの領土も増えるというのに」
 
「それは『リライトの幸せ』ということになります。あくまで私の幸せという話になりますが、少なくとも私の幸せは友達と楽しく遊べて、フィオナと一緒にマリカを育てられる環境のことを指します。もしも他国への侵略に対して私達の力を頼りとするならば、友人と遊ぶ時間はなくなる。さらにマリカの面倒も見れなくなると何一つ利点がありません」
 
 リステル王は優斗の審議を問おうと目を細める。
 けれど彼の言葉に嘘はないと判断したのか、先ほどの微笑みを浮かべた。
 
「確かに侵略は君の幸せとは程遠いね」
 
「はい」
 
 リステル王は何度か頷くと、続いて卓也を見た。
 
「そして君がリルから“誓いの言葉”を受けたタクヤだね?」
 
「は、はいっ!」
 
 ガチっと固まったまま、卓也が大きく返事をした。
 
「ほっほっ、緊張しなくてもいいよ。君を問いただしに呼んだわけじゃないのだから」
 
 とはリステル王が言うものの、この状況で緊張しないほうがおかしい。
 
「リルのことだ。意味など教えずに使ったのだろうし、君に非はないよ」
 
「お、お父様!?」
 
 父親の発言にリルが慌てる。
 
「だってそうだろう? 見届けたイアンからもリルが問答無用で使ったと聞いているよ?」
 
「ま、間違ってないけど、見境なしに使ったわけじゃないわ。ちゃんと考えて使ったんだから。タクヤになら言ってもいいって思ったから」
 
 誓いの言葉を告げたのだ。
 
「おかげで婚約者候補はみな、うな垂れていたようだ」
 
「別にあんな連中がどう思おうと知ったことじゃないわ」
 
「確かにどうしようもない連中もいたことは確かだが、幾人かは素晴らしい人物だったのも間違いないよ」
 
「嫌なものは嫌なの!」
 
 リルが全力で否定する。
 リステル王はやれやれといった感じで、
 
「……本当に仕方ない娘だ」
 
 呆れたように笑う。
 
「タクヤ。こんな娘でよかったら貰ってくれないかい?」
 
「へっ!?」
 
 唐突に話の矛先が向けられ、卓也からすっとんきょうな声が出る。
 
「気が強くわがままなところもあるが、これで可愛いところもあるのだよ」
 
「い、いや、でも他国の王女がオレみたいな一般人と結婚ってまずいんじゃ!?」
 
 卓也の反論の中に「嫌だ」という言葉が入っていないということは、少なくともリルのことを悪く思っていないことが分かる。
 それに気付いたのはリステル王と優斗だけ。
 卓也本人でさえ気付いていないのかもしれない。
 
「君は王族よりも希少な異世界の人間だ。そしてリライトで下位ではあるけど爵位を持っている。少なくとも嫁がせる先というには全く問題がないと思っているよ」
 
 さらにはリライトとの友好の架け橋になる。
 
「だけど出会って一ヶ月も経ってないんですよ!?」
 
「君の世界ではおかしいのかもしれないが、こっちの世界では顔も知らなかった同士が結婚する場合もよくあるのだよ」
 
「け、けれど……」
 
 卓也がちらりとリルを窺う。
 視線に気付いた彼女が問い掛けた。
 
「何よ、嫌なの?」
 
「い、嫌ってわけじゃないけど……」
 
 卓也も今となっては、なんだかんだで一緒にいて嫌だと思っていないのは確かだ。
 
「じゃあ何なのよ! 悪いけどあたし、あんたに誓ってるんだからね!」
 
 彼以外の誰かに誓うことはもうない。
 
「……うぅ」
 
「はっきりしないわね!! イエスかノー、どっちなのよ!?」
 
 痺れをきらせたリルが問い詰めた。
 反射的に卓也が答える。
 
「イ、イエス!!」
 
 瞬間、卓也の運命が決まった。
 リルの顔がほっとしたのを卓也以外の人間は見逃さない。
 そういうことだったのか、と周りが目配せする。
 
「ほっほっほっ、ならばリライト王に書状を送らないといけないね。たった今、リライトとリステルの友好の架け橋ができたのだから」
 
 リステル王が頷くと、当人達以外はリステル王に続いて頷いた。
 
「いや、まさか卓也が本当に国外の人と婚約するなんて思って無かったよ」
 
 笑って卓也の肩を叩く優斗。
 
「ビックリですけど、お似合いだと思います」
 
「リルが他国との架け橋になるために婚約したとなれば他の者達も納得するだろう」
 
 それぞれが言葉は違えど祝福? のようなことを言う。
 卓也が心底慌てた。
 
「えっ? ちょっ!? ま、待った! 何でそんなことに――」
 
「言質はリステル王族にリライト公爵、子爵と聞いてるからね」
 
 無駄な抵抗はしないほうがいい。
 卓也は何かを言おうとして、そして……無駄だと悟ったのか何も言わなかった。
 まあ、実際のところは何かを言おうとしたところで意味がない。
 結局は卓也だって心から嫌がってはいないのだから。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 何だかんだで腹をくくった卓也がリルと二人で先頭を歩き、離れた後ろでは優斗とフィオナ、イアンが話している。
 そしてリル達はというと、先ほど彼女が気になったことを訊いていた。

「ねえ、タクヤ。ユウト達の“事情”って何?」
 
「さっきのお前の反応を見て思ったけど、聞いてないのか?」
 
「ユウトとフィオナが婚約者でも夫婦でもないってことは聞いてるけど」
 
 それ以外にあるのだろうか。
 
「さらに言うなら恋人同士ですらない」
 
「……ひょっとしてギャグでも言ってるの?」
 
 リルの理解の範疇を超えた返答が来た
 
「残念ながらマジだ」
 
「あれだけラブラブで?」
 
「あれだけラブラブで」
 
 卓也の言っていることが事実だとすると、龍神の親になる前提条件が分からなくなってくる。
 
「あたしは恋人ぐらいなら龍神の親に選ばれるものって思ったんだけど」
 
「違うから、せめて今までの親達と同じような関係に偽装したってことだよ」
 
「でもユウト達って全盛期の恋人とかと同レベルの甘い空気出してる時ない?」
 
「そこがマリカに選ばれた理由なんじゃないかと睨んでるよ、オレは」
 
 
 
 
 そのまま六人で夕食を取り、本日は王城に泊まることとなった。
 フィオナとマリカとリルは一緒の部屋で寝ることになり、男子もイアンが優斗達に訊きたいことがたくさんあるとのことで一緒の部屋で寝ることとなった。
 そして食事をした広間から各々の部屋へ向かっている途中で、変に格好付けて待ち構えている人物に出会った。
 後ろには従者を引き連れている。
 
「お久しぶり。イアン様、リル様」
 
「うわっ、ガリア侯爵」
 
 気まずそうにリルが顔を背けた。
 イアンはやれやれ、と返事をする。
 
「どうかしたのか? 今日はもう仕事はないはずだが」
 
「いやだな。リル様が“誓いの言葉”を使った相手を見に来ただけだよ」
 
 ガリア侯爵は卓也を値踏みするように睨め付ける。
 
「リル様もこんな輩を婚約者にするのだったら、私を選べばよかったのに」
 
 言葉を聞いた瞬間、リルが反論する。
 
「あんたなんて絶対イヤ! あんたよりもタクヤのほうが1億倍マシだわ」
 
 全力での拒否。
 けれどガリアはさらっと受け流した。
 
「まあ、私を選ばなかったことを後悔するのは貴女だろうけど」
 
 そしてガリアの視線が優斗に移り、フィオナと……マリカで少し留まると小さく笑った。
 
「それでは私はこれで失礼するとしよう」
 
 一応、ガリアは頭を下げて通り過ぎていく。
 けれど卓也は彼が誰なのかがまったく分からず、
 
「あれ、誰?」
 
「元々はあたしの婚約者候補。父親が死んでからあいつが侯爵の地位を継いだんだけど、論外すぎて話にならないわ」
 
「どういう意味なんだ?」
 
「頭悪い、短絡的、自己中心的、その他もろもろよ。あいつの父親は優秀だったけど、次に問題起こしたら父親の貯金も使い果たして余裕で爵位降格。それぐらいの酷い奴」
 
 リルがボロクソに言う。
 その一方で優斗は嫌な不安を感じた。
 
「……イアン様、ちょっと」
 
「なんだ?」
 
 優斗はイアンの耳に口を寄せる。
 
「マリカのことを知ってる貴族って……どの爵位までですか?」
 
「ん? リステルで知っているのは王族の私達だけだが」
 
 イアンの返答に優斗は眉をひそめる。
 
「…………」
 
「どうかしたのか?」
 
「ガリア侯爵……でしたね。彼の視線がフィオナとマリカに移った時、笑ったんですよね。しかも笑い方が赤ん坊を見たときに出る笑いじゃなくて、もっと不快な笑い方で」
 
 悪寒が走った。
 
「それは私も見ていたが、彼は基本的にああいう笑い方だ」
 
「ならいいんですが、何となくマリカの正体を知ってそうな気がして」
 
「気のせいじゃないのか?」
 
「あくまで気のせい、というならそうですが……」
 
 ふむ、とイアンも考える。
 念のためということもあるだろう。
 
「ならばリル達の部屋には護衛をつけよう。泊まる部屋も隣同士ならば何か問題があればすぐに駆けつけられる」
 
 
     ◇    ◇
 
 
 結局のところ、夜には誰も来なかった。
 女性陣はたっぷりと話したところで眠り、男性陣もイアンの質問攻めが終わったところで気付いたら眠っていた。
 そして翌朝、比較的寝坊などをすることがないイアンと寝坊などしていられない優斗が目を覚ます。
 ドアを開けて隣を確認すると、護衛兵が問題ありませんと伝えてきた。
 
「どうやら杞憂だったようだ」
 
「お手数をお掛けしてすみません」
 
「いや、いい」
 
 卓也を起こして隣の部屋に朝食を食べることを伝えたら、まだ準備に時間が掛かるから先に行っておけと言われた。
 念のため護衛兵に朝食を取る場までは護衛をするように頼み、三人は先に出て朝食を取る場へと着く。
 しかしそこから5分、10分と待つ。
 
「女性の身だしなみを整える時間はどうにかならないものかと常々思う」
 
「僕はもう慣れました」
 
「オレは優斗ほどの心境にはなれないな」
 
 けど、女性だから仕方ないかと優斗たちは笑って、くだらないお喋りをしていた……瞬間だった。
 
『――――ッ!!』
 
 
 突然、爆発音が響いた。
 反射的に三人は立ち上がる。
 
「今のって……」
 
「爆発か!」
 
「場所は!?」
 
 優斗、イアン、卓也は食事場から飛び出してバルコニーへと出る。
 真下にある綺麗に並んだ森林を超えて、500メートルほど離れた王城域内の広場から煙が見えた。
 下を見れば今の音と煙に反応して幾人かの兵士が向かっていく姿が映り、三人はあらためて広場に目をやる。
 煙と距離で誰がいるのかは分からないが、片方は少数でもう片方は2,30人ほどはいそうだ。
 
「一体、誰がこんな朝からやっている?」
 
 イアンの疑問も当然だった。
 けれど、優斗は嫌な予感がする。
 フィオナとリル、マリカがまだ来ていない。
 優斗は間違いであってくれと願うが、次に起こった現象が優斗の願いを崩す。
 竜巻が少数グループから生まれたのだ。
 しかも現象が起こる少し前に小さな光の煌めきと、薄く緑色に光る何かが少数の眼前に現れたのを優斗は見逃さない。
 
 ──たぶん、あれは……。
 
 龍神の指輪を使ったから。
 大精霊の召喚を行なったから指輪が光った。
 
「……フィオナ、だ」
 
 気付いた瞬間、全身から冷や汗が出た。
 大切な人が襲われている。
 
「──ッ!!」
 
 バルコニーから飛び出た。
 高さは20メートルほどあったが、風の魔法を使い速度を減速させて着地。
 そのまま駆け出す。
 イアンがすぐ後ろについていて、卓也も出遅れながら優斗を追っている。
 走りながら優斗が願うのは唯一つ。
 
 ──間に合え。
 
 一秒でも早く、フィオナのところにたどり着く。
 それだけが優斗の考えていることだった。
 
 



[41560] 君を失うことに耐えられない
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:1e7fac20
Date: 2015/10/05 19:38
 
 
 
 優斗たちから遅れること五分、フィオナとマリカ、リルが部屋を出た。
 護衛兵二人も一緒に歩いていると、目の前に完全武装をしている兵士が五人現れる。
 疑問に思ったのはリルだった。
 
 ──あれって王城勤めじゃないわね。
 
 武装姿が通常の兵士と違っている。
 その違いが足を止まらせた。
 次いで護衛兵二人も異変に気付く。
 
「どうかされたんですか?」
 
 フィオナだけが状況に気付いていない。
 リルが後ろを見れば、前にいる兵士と同じ服装の奴ら五人。
 囲まれていた。
 
 ──狙いはタクヤじゃなくてあたし?
 
 ずいぶん堂々と来たものだ。
 
「フィオナ、ごめん。囲まれた」
 
 リルが緊張感を漂わせ、護衛兵が前後に別れた。
 フィオナもそこで初めて状況を把握し、マリカを強く抱き寄せる。
 場所的にはすぐ横に窓があり、丁度良いことに開いている。
 逃げるには打ってつけだ。
 リルが視線だけでフィオナに合図を送る。
 フィオナが気付き、頷いた。
 
「──ッ!!」
 
 次の瞬間、二人は同時に窓から飛び出す。
 地面までの高さは15メートルほど。
 フィオナは上手く着地したが、魔法が得意ではないリルは十分な減速が出来ずにお尻を強打した。
 それでも立ち上がって走る。
 最初は城の中に逃げようとも思ったが、右から左から兵士が出てくるので真正面、森林のほうへと逃げる。
 走って走って走って。
 城から少し離れた訓練でも使われる広場に出る。
 そこで……囲まれた。
 30……いや、40人はいた
 そして武装した兵士の中から、一人だけ小奇麗な格好をした男が出てきた。
 
「ふん、あんたの仕業ってわけね。ガリア侯爵」
 
 リルが睨み付ける。
 ガリア公爵が意気揚々とフィオナ達の前に立った。
 
「いかにも。私がやっているよ」
 
「なに? あたしを殺したいの?」
 
「いやいや、最初は君の婚約者を殺そうと思っただけど、君を殺そうと思ったことはないよ」
 
「だったらこの状況は何よ」
 
 睨みつけるリルにガリアは視線をフィオナとマリカに留めた。
 首を傾げるフィオナだが、彼女が抱いている赤ん坊は普通の赤ん坊ではない。
 ガリアはニタリ、と表情を歪めた。
 そう、卓也を殺しに行ったときに聞こえてきたのだ。
 
「リル様と婚約者の話を偶然聞いてしまってね」
 
 “話”が何を指すのか。
 なぜフィオナとマリカを見てるのか。
 リルはガリアの視線の意味に気付く。
 あまりの迂闊さに悔しさで顔をしかめた。
 
「ならば、と思ったわけだよ」
 
 ガリアは欲望を滲ませる笑みを惜しげもなく前面に出した。
 
「私が龍神の親になろうとね」
 
「なっ!?」
 
「ば、馬鹿じゃないの!? あんたがなれるわけないでしょ!!」
 
 フィオナが絶句し、リルが反論する。
 
「いやいや、君たちの話を要約すれば龍神の親というものは、夫婦や婚約者どころか恋人ですらなくてもなれるというものじゃないか」
 
 つまりは誰にでも可能性はあるということ。
 
「私は王族を迎えるのと龍神の親、二つを天秤にかけて後者を取ったんだよ。この世界で最大の崇拝対象たる龍神。その親ともなれば王族よりも遥かに価値がある」
 
 クックッ、と。
 込み上げるものを堪えきれないガリア。
 フィオナを指差す。
 
「今ならば君も妻に迎えてあげよう。顔は素晴らしく他国の公爵家だ。私の妻になるには分相応。これで仮初めの婚約者、嘘の夫婦を演じる必要がなくなるのだから君にとっても悪い話じゃないだろう?」
 
 そうすることがベストだ、と言うようにガリアは笑い続けている。
 
「…………」
 
 一方でフィオナは心の奥底から、ふつふつと怒りがこみ上げてきた。
 どう勘違いしたら、ガリアが宣う馬鹿な結論になるのだろうか。
 
 ──仮初めだとか、嘘だとか。
 
 心底、どうでもいい。
 自分にとって重要なのは“優斗と一緒にマリカを育てること”だ。
 
「仮初めの婚約者? 嘘の夫婦? だから何だというんです」
 
 ガリアがマリカの父親になるなど冗談ではない。
 マリカの父親はたった一人。
 優斗なのだ。
 
「嘘だとか偽りだとか、何一つまーちゃんを育てることに関係ありません」
 
「少なくとも君みたいな女性があんな偽りの夫を持っているのは君にとって苦しく、悲しいことだろう?」
 
 分かっているよ、と言わんばかりのガリアにフィオナは初めて敵意を向ける。
 何を分かったように語っているのだろう。
 ぜんぜん、全てが間違っている。
 
 ──苦しさなんてありません。
 
 楽しい日々ばかりだ。
 
 ──悲しさなんてありません。
 
 嬉しい日々ばかりだ。
 その全てがマリカと優斗から得られている日々だ。
 優斗がいなかったら得られなかった日々だ。
 この気持ちは偽りじゃない。
 
「関係が偽りだったとしても、私の気持ちは何一つ偽りなんてない!」
 
 声を張り上げろ。
 宣言しろ。
 
 ──初めて私と一緒に遊んでくれた男の子を。
 
 いつでも隣にいてくれる男の子を。
 
 ──初めての感情をたくさんくれた男の子を。
 
 いつでも微笑んでくれる男の子を。
 
 ──私が。
 
 どれほど想っているのかを。
 
「フィオナ=アイン=トラスティは――」
 
 心から。
 
 
 
 
「宮川優斗を愛しています」
 
 
 
 
 穏やかに、けれど明確に言い放つ。
 そして笑んだ。
 
「だから私の夫は偽りだとしても優斗さんがいいんです」
 
「彼は君を想っていないのかもしれないのにかい?」
 
「優斗さんが私を想っていなくても、関係ありません。私が彼を愛しているだけなのですから」
 
 “フィオナは優斗を愛している”という事実が自分の裡にあればいい。
 
「そしてもう一つ」
 
 龍神の親はなろうとしてなるものじゃない。
 
「私達の関係が偽りに満ちていたとしても、優斗さんがまーちゃんの父親じゃなくてもいい、なんて理由はどこにもありません。まーちゃんが優斗さんを父親に選んだのですから」
 
 マリカが自ら、優斗を選んだ。
 
「だからどんなことになろうとも、貴方が龍神の父親になることはありません」
 
 フィオナが言い切る。
 けれどガリアは話を聞いてなお、自分が龍神の親になれることを信じて疑わない。
 
「元々、龍神の赤ん坊をダシにして父親のほうは殺す予定だったんだ。君も私の妻にならないなら死のうか。顔が良くて公爵家だから妻にしてやろうと思ったが、否定するなら生かす必要性もないしね。ただ私が父親になればいいだけのことだ」
 
 ガリアはそう言って手を上げた。
 
「構えろ!」
 
 彼の後ろにいる兵士が一斉に構える。
 けれど3、4割の兵士は戸惑いを隠せない。
 いくらガリアの私設兵士といえど、まともな人間はいる。
 話を聞いていれば目の前にいるのが龍神と母親ということは理解できた。
 赤子とはいえ龍神と、龍神を育てている母親に手を出すなんて大それたことを出来るはずもない。
 かといって雇い主に逆らうこともできず、構えるだけ構えて後ろに下がる。
 
「リルさん、まーちゃんをお願いしますね」
 
 フィオナはリルにマリカを預けた。
 リルは魔法が得意ではない、ということなので実質的な戦力はフィオナだけだ。
 多対一。
 攻撃に出ることなんて考えられない。
 
 ──きっと、戦いが始まったら優斗さんが来てくれる。
 
 二分でいい。
 耐え切ろう。
 
「放て!」
 
 後ろで火球を携えていた魔法士が放つ。
 フィオナは咄嗟に風の壁で直撃を避ける。
 しかし、防いでいる間にも鎌鼬がフィオナの左腕を裂く。
 深くはないが、血が溢れてきた。
 さらに後ろには巨大な岩と火球が見える。
 フィオナはすぐに自分の考えが甘いことを悟った。
 
 ──ペース配分なんて考えてられない!
 
 最初は二分で満遍なく魔力を使いきろうとした。
 けれど無理だ。
 人が多すぎる。
 少しでもどこかで手を抜いたら死んでしまう。
 
 ──全力で防ぎきるしかない。
 
 例え一分後に駄目になろうが、二分を持たなかったとしても。
 全ての魔法を防ぎきる障壁を作らないと駄目だ。
 
 ──なら、今の私にできる最大の防御は。
 
 優斗に教えてもらった、これしかなかった。
 
『荒ぶべき疾風の担い手よ。龍神の指輪の名において願う』
 
 唱えている間に左肩もカマイタチで切れる。
 けれども、痛みを無視してフィオナは続けた。
 
『来て』
 
 傷ついた左腕を前に突き出す。
 指輪からは薄緑の光が溢れていた。
 
『 シルフ!』
 
 名を呼んだ瞬間、薄い緑色の女性が現れる。
 直後、強烈な竜巻がフィオナ達を包んだ。
 竜巻は火球も岩をも通さない。
 剣を持った兵士も近づけず、何もできない。
 現状を保てればフィオナの勝ち、ではあるが……。
 30秒もしないうちに息が荒くなり、身体が崩れそうになる。
 風の精霊を統括する大精霊を呼び出したのだ。
 しかも全力での防御。
 今のフィオナでは魔力の減りが凄まじかった。
 
「ちょ、ちょっとフィオナ!! 大丈夫なの!?」
 
 心配そうにリルが訊いてくる。
 ちらりと視線を向ければマリカは泣きそうになっていた。
 
「……まんま」
 
「だいじょうぶ……ですよ。ママが……守りますから」
 
 かろうじて笑顔を見せて、さらに力を込める。
 
 ──私は優斗さんじゃないから。
 
 強くないから。
 倒すことなんてできないし、こんな人数を相手にしたら守りきることもできないかもしれない。
 
 ──でも、守りきれれば。
 
 一分と少しが経過した。
 竜巻の障壁は崩れ始め、ついに火球が小さくなりながらもフィオナの右腕にかすった。
 
「まだ……まだ……っ!」
 
 頑張る。
 振り絞る。
 そうすれば来てくれる。
 前にリル達が襲われたときも、自分と似たような状況だった。
 優斗から話を聞けば、あんなタイミングで現れることができたのは修が勇者で主人公体質だからと言っていた。
 
 ──彼は自分を勇者じゃないなんて言うけれど。
 
 勇者っていうのは修みたいな奴を言うんだ、って笑うけれど。
 
 ──それでも。
 
 フィオナにとっては、たった一人の存在。
 他の誰かでは無理で、彼以外の誰にも出来ない――唯一の存在。
 
 ──優斗さんは私の主人公なんです。
 
 身体が倒れそうになる。
 竜巻が消えそうになる。
 そのどっちもを必死に堪えようとして、駄目だった。
 竜巻を精霊自身が止めたのだ。
 
「……どう……して?」
 
 フィオナが問いかければ精霊は消えかかりながら微笑を浮かべて、ある方向を指差した。
 気付けば誰かの叫び声がして攻撃が止まっている。
 
「……あっ……」
 
 そして精霊が指した先には……彼がいた。
 
 
 

 到着したと同時、イアンが吠えた。

「貴様ら、何をしているッッ!!」
 
 突然に現れたリステルの勇者に攻撃がピタリと止まった。
 優斗は脇目も振らずにフィオナの下へと駆け寄る。
 今にも崩れ落ちそうな彼女はきっと、最後の一滴まで魔力を使い切っているのだろう。
 けれど精霊から指を指された自分を見たとき、彼女は嬉しそうに笑った。
 優斗はフラフラなフィオナの身体を抱きとめる。
 
「……無事でよかった」
 
 よく見れば右腕は少し煤けており、左肩と左腕は皮膚が切れていた。
 心が締め付けられそうになる。
 
「……私……頑張りました」
 
「うん」
 
 フィオナに治療の魔法をかけながら、身体をしっかりと抱き寄せる。
 
「まーちゃんを守ったんですよ。パパがいない時はママが守ってあげられるんだって教えてあげられたと思います」
 
「……うん。ホント、僕の自慢の奥さんだ」
 
「でも少し疲れたので……あとは任せてもいいですか?」
 
「…………うん。ゆっくり休んで」
 
 魔力を使い果たして気を失ったフィオナを、優斗は優しく寝かした。
 遅れて着いた卓也に治療を続けるよう頼んだ。
 本当ならば自分がやりたいところだが、卓也のほうが治療の魔法については実力が上だからお願いする。
 続いて優斗はリルとマリカのところへ向かう。
 フィオナが倒れて大泣きしているマリカがいた。
 懸命に優斗に手を伸ばしていたのでリルから預かる。
 背中をリズムよく叩いた。
 
「ごめんね。パパ、来るの遅かったね」
 
 そして言い聞かせるように優しい声音で話す。
 
「けれどママがちゃんと守ってくれたよね?」
 
「………………あいっ……」
 
 しゃくりながらもしっかりとマリカが返事をした。
 
「もうパパが来たから、マリカは泣かないよね?」
 
「…………あいっ」
 
 先ほどよりも強く頷く。
 
「マリカはママに似て、強い娘だもんね」
 
「……あいっ!」
 
 さきほどよりももっと力強く頷く。
 
「じゃあ、もうちょっとリルと一緒にいてね。パパはやることがあるから」
 
 泣き止ませたマリカを再びリルに預ける。
 そして踵を返した。
 視線を向けた先ではイアンがガリア達に何かを言っているようだが、優斗にはどうでもよかった。
 
「貴様達、何をしているのか──」
 
「そこにいるので全員か?」
 
 イアンの言葉を遮って伝えた。
 まったく声を張っていないのに、なぜかイアンよりも響く。
 同時、その場にいた人間の毛という毛が逆立つ。
 
「どうした。意味が分からないのか?」
 
 尋ねるよう訊いているが、違う。
 あまりにも冷酷な声音と感情が隠すことなく滲み出ている。
 
「………………っ!!」
 
 ガツン、と何かのスイッチが入った。
 同時、空気が震え地が揺れる。
 誰も彼もが言葉を失い恐怖で身を竦ませた。
 身体が震えて止まらず、立つことすらままならない。
 
「死にたいのはそこにいるので全員かと訊いているんだ」
 
 あまりに軽く問われる。
 それは彼らの命が優斗にとって本当にどうでもいいものであり、そんな奴らがフィオナ達を襲ったことに心底殺意を芽生えさせているからだ。
 
「どうする? 今すぐ楽に死ぬか、苦痛に喘いで死ぬか。選んでいい」
 
 簡単な相談事のように訊いてくる。
 けれど誰も返事ができない。
 誰かが選択してしまえば、すぐにでも始まりそうな地獄絵図。
 頭の中で簡単に思い描けてしまう恐怖の惨劇が始まるのを前にして、フィオナの治療を終えた卓也はリルに駆け寄り声を掛ける。
 
「リル、覚悟だけはしとけ」
 
「な、何を?」
 
「今日、リステルが無くなる覚悟をだ」
 
 卓也もリルも優斗の殺気に身体を竦ませているが、まだガリア達ほどではない。
 ギリギリ、話すぐらいの余裕はあった。
 
「じょ、冗談……」
 
「冗談なわけないだろ。あいつがキレたとこは見たことあるけど、ブチギレたとこはオレも見たことないんだよ。だから下手したら、国ごとやりかねない」
 
 容易に国を破壊させられる実力の持ち主だとリルは知っているはずだ。
 
「けれど、そしたら国民の命だって」
 
「悪いけど、あいつにとってフィオナとマリカの命のほうが重い」
 
 天秤で量るまでもなく、あの二人の方が優斗は大切だ。
 
「で、でも数万、下手したら十万人以上の命よ?」
 
 あの優しい優斗が奪うというのだろうか。
 リルの困惑に対し、卓也は僅かばかりに目を伏せる。
 
「オレ達は全員、結構普通じゃないけどな。狂ってるって話なら和泉でも修でもなく、優斗が一番狂ってるんだよ」
 
 それは生まれてから過ごした教育と、環境がそうさせたものだ。
 だからこそ、今の優斗の性格は全ての詳細を知っている卓也からしてみれば凄いと思う。
 狂わず、擦れず、親を反面教師にして弱い心を押し隠し、強く在る。
 優斗の普段の性格が“あんな性格”なのは、彼の本質の一つである優しさと努力と願望によるものだ。
 純粋で一途な芯があるから今の優斗の性格がある。
 
 ──だからこそ、だよな。
 
 何十にも鍵と鎖で雁字搦めにして奥底に秘めている裏の本質という点では、優斗が群を抜いてヤバい。
 もちろん普段はそれが表に出ることは絶対にない。
 今回のようなことがないかぎりは。
 
「……大丈夫なの?」
 
 リルの問いはリステルが、なのか。
 それとも優斗が、ということなのかは分からなかったが、とりあえず優斗のことについて答えることにした。
 
「大丈夫だよ。約束してるんだ」
 
 自分達が無二の仲間になったときに約束していた。
 優斗は自分の本質を知っていたから。
 分かっているからこそ自分達に願った。
 
「あいつが壊れたら殺してでも止めるって」
 
 優斗がどのように壊れてしまうかは分からないが、少なくとも“今”はまだ問題ない。
 
「たぶんオレ達が殺されないかぎりは壊れないから大丈夫だと思う。案外あいつも耐久力あるから」
 
「もし、壊れてしまったら……止められるの?」
 
 世界を破壊できる可能性を持っている男だ。
 卓也では止められそうにない。
 けれど、
 
「優斗は壊れようがどうしようが絶対にオレ達には手を出さない。だからさっきも言ったように、殺して止めるんだよ」
 
 優斗はそうしてくれと頼んだ。
 
「けれど“大切”の中でも特別なフィオナとマリカに手を出してるんだ。こう言いたくはないけど、リステルぐらいは無くなる覚悟をしとけ」
 
 卓也とリルが話している途中でリステル王がこの場にやってきた。
 気付いた優斗が視線を向ける。
 少しだけ威圧が収まったのか、ガリアが震える声を発した。
 
「わ、私を殺す!? そ、そんなことをすればリライトとリステルの戦争が起こるぞ!」
 
 叫び、優斗の行動を否定するような言動を取るガリア。
 しかし、
 
「だから何だ?」
 
 優斗は一言で切り捨てる。
 
「お前ごときを殺したところで戦争が起こるわけもない。仮に戦争が起こるならリステルごと滅ぼしてやろうか? そうすれば戦争は起きない」
 
 言い切ったところで、優斗はやってしまったことに気付いた。
 イアンに謝罪する。
 
「……悪い、言い過ぎた」
 
 怒り過ぎていて言葉が過激になっている。
 彼らを許すことは出来ないが、何を言うかは選ぶべきだった。
 
「悪いのはあいつらだけ、なんだな」
 
「ああ」
 
 優斗に頷くイアン。
 ならば、と優斗はリステルの王と勇者に告げる。
 
「リステル王、イアン。言ったはずだ。僕の幸せは何なのか、と」
 
 初めて謁見したとき、自分の幸せは友達と遊べてマリカをフィオナと育てられることだと。
 しっかりと伝えた。
 
「選べ」
 
 そのうちの一つを奪おうとした輩が目の前にいるのだ。
 
「僕がこいつら全員を殺すか、お前達がこいつら全員を社会的に抹殺するか。二つに一つだ」
 
 選択肢はこの二つしか残っていない。
 けれど空気を読めない男は声を荒げた。
 
「お、王よ! 私は龍神の親になることが国の利益になると信じて行動に移ったまでです! 仮に彼らを殺したとしても弱気なリライトのことだ、こちらが強気で知らぬ存ぜぬを通せば戦争にはならない!」
 
 ガリアはまるで演説するかのようにリステル王へと話し続ける。
 
「王よ! 民のためにも彼らを殺し、私を龍神の親に!!」
 
 欲を見せ、目は血走り、それでも自分が絶対に正しい、と。
 そう言っているガリア。
 だからこそリステル王は、腐ったことを告げるガリアに……深く頭を振った。
 
「ガリア侯爵……いや、ガリアよ。君はなぜ、龍神の赤子がこの国に来たのか分かっていないようだ」
 
「ど、どういうことですか!?」
 
 少し考えれば分かることなのに、ガリアは問いかける。
 
「リライト王が我が国ならば、と信用して送り出してくれたのだ。お前がやっていることは先代から築き上げた信用を壊すものだというのが分からぬか?」
 
 先代からの全て壊そうとしている。
 
「し、しかし!」
 
「さらに龍神の父親、ユウトはリステルの災害の一つである黒竜を倒した張本人でもある。つまり恩人に対してお前がやったことは何だね? 彼を殺そうとし、彼の妻を殺そうとし、娘を略奪しようとしている。しかも妻はリライト公爵家の血筋であり、娘は龍神だ。いつからリステルはそこまで非情で非道な国になった?」
 
「で、でも彼らの関係はまがい物で──」
 
「黙りなさい!!」
 
 ここで初めてリステル王が声を荒げた。
 
「私は君をどうしてやろうか、と考えているんだ。本来ならば先ほどユウトが言っていた通り、リステルごと滅ぼされても仕方ないことをしたんだよ。彼には『力』があるというのに」
 
 彼の幸せというものを聞いておきながら、壊そうとしているのはガリア。
 もっと大元を辿ればリステルという国だ。
 
「今は温情だけで生かしてもらっている。報いるにはどうするか。そのことを考えるので本当に頭が一杯だ」
 
 極刑ですら生ぬるいとしか思えない。
 次いでイアンが優斗に話しかける。
 
「黒竜のとき、君達に助けてもらった。恩人たる君の手を煩わせる価値もない人間だし、こんな奴をいつまでもこの地位に置いていた我々の失態だ」
 
 使えないものを使えないとして切り捨てられない。
 いつの時代でも悪習になっている。
 
「ガリアはリステルに任せてくれないか?」
 
「信じていいのか?」
 
「ああ。リステルの勇者である己が信念に誓って」
 
 イアンが真摯に頷く。
 約束を違うことなどしないと誓う。
 優斗は彼の断言に信用をおき、リステル王へと向いた。
 
「……リステル王」
 
「なんだい?」
 
「こいつらの処分は任せる。だから──」
 
 一つだけやらせてほしい。
 
「土地を一つ、消滅させることだけは了承してもらう」
 
「……どういうことかね?」
 
 問いかけるリステル王に、優斗は再び寒気を感じるほどの冷たい笑みを浮かべた。
 
「フィオナとマリカに手を出した奴の末路を示すだけだ」
 
 
 
 
 フィオナとマリカはリルと卓也とイアンに任せ、優斗はリステル王と数人の近衛兵士と共にある場所へと向かっていた。
 
「ここですか」
 
 たどり着いたのはガリアの家。
 周辺には住居などはなく大きさは一キロ四方はありそうだった。
 土地の中央には無駄に煌びやかで豪勢な住居が存在している。
 すでに伝令は出しており、十数人はいる従者は大切なものを持って逃げている。
 けれどもなぜ、出なければならないのか意味は分からなかった。
 彼らに向けてリステル王は先ほどの出来事を話し始める。
 
「今朝、君達の主であるガリア元侯爵がやってはいけないことを行なったのだ」
 
 いつもにこやかであるリステル王が憮然とした表情をしているのに戸惑う従者たちだが、一人の従者筆頭とも言えるべき女性が勇気を持って応対した。
 
「な、なんでございましょうか? 早朝から兵士と共に出て行ったことに関係がありましょうか?」
 
「その通りだ。現在、我が国にはリライトより龍神の赤子が来ているのだが、ガリアは兵を使い龍神の赤子を奪い去ろうとした」
 
 瞬間、従者の中にも『信じられない』といった表情をしたものが何人もいた。
 さらに凄い者になれば、主であるガリアに対して嫌悪感を露にした。
 元々好かれていない主ではあっただろうが、ここまでの感情を見せるのは彼の蛮行によるものだろう。
 
「しかもふざけたことに、龍神の両親の殺害すら企てていた。これはリステルだけではなく、世界で見ても大問題だ」
 
 世界中から非難を浴びても仕方のない出来事だ。
 
「君達は許せるかい? この中には龍神に対して信仰深い者もいるだろう?」
 
 リステル王の問いかけに、先ほど嫌悪感を表した男性が断言した。
 
「許せるわけがありません!」
 
 リステル王は男性に対して頷いた。
 
「そうだね。私も許せるわけがなかった。だからこそガリア侯爵家をまず、壊すことにしたのだよ。君たちには申し訳なく思うが彼のやったことを考えたら、これぐらいでも生ぬるい」
 
 と、リステル王は安心させるように、
 
「もちろん、君たちの就職先に対しては国がバックアップをしよう。ただの被害者なのだからね」
 
 そう伝えたことで、幾人かがほっとした表情をした。
 
「リステル王。よろしいですか?」
 
 優斗がガリア家に目を背けず伝えた。
 
「そうだね。……君達は一旦、ここから離れなさい。危ないからね」
 
 従者の半分は疑問だったが、近衛兵士に連れて行かれる。
 そして彼らの姿が見えなくなると、優斗が構えを取った。
 
『降ろすべきは神なる裁き』
 
 誰もが聞いたことのない詠唱が優斗の口から流れ出す。
 
『願うことは破壊なる一撃』
 
 右手を前に掲げ、
 
『罪という罪を導とし、女神の神罰を幾筋も与え、神なる剣にて穿つことをここに誓う』
 
 天空へ幾重にも重なった魔法陣が生み出され、
 
『出でよ』
 
 そして――最上の魔法陣より降りてくる。
 
『裁きの獄門』
 
 唱え終わった瞬間、まず幾つもの雷が降り注ぐ。
 それだけであらゆるものが砕け、蒸発する。
 けれども終わらない。
 天空から一振りの剣を模した雷が振り降りてきて、中心部分に突き刺さる。
 クレーターが直径にして500メートル以上は出来た。
 威力で土が捲れ上がり波のように迫ってくるが、風の魔法で壁を作り防ぐ。
 
 
 十数分後、土煙も晴れてようやく全容が見えると、リステル王と近衛兵士もさすがに唖然とした。
 
「聞きしに勝る……とはこのことなんだろうね」
 
 家があった場所は深さにして十数メートルほどの穴が出来ており、家の周辺を飾り付けていた森林も欠片すら存在していない。
 見事に土一色の土地が生まれていた。
 
 
      ◇     ◇
 
 
「ほんっとうに申し訳ありません!!」
 
 ガリアの家を壊して王城に戻ると、さすがに少しはスッキリしたのか優斗の頭に上った血の気も下がった。
 そして思い出すのはリステル王とイアンに対して、あまりにも無礼な態度を取ってしまったこと。
 
「怒りのあまりにどうかしてたみたいでして、あんな風な口を利いてしまい申し訳ありません!!」
 
 全力で頭を下げて地に着くぐらいの土下座をする。
 これは国際問題になってしまうのか、と本気で考えてしまうくらいに焦っている。
 
「私は何も気にしていない。非はこちらにあるのだし、元々年齢もそう違わない。君のような異世界人で龍神の父親であり、伝説の大魔法士レベルの人間に敬語を使われると逆に申し訳なく思う」
 
 ひたすらヘコヘコと謝る優斗にイアンが苦笑する。
 先ほど、全員を震え上がらせた殺気が嘘のようだ。
 
「私に対しても気にしないでいいよ。先ほどイアンが言った通り、非があったのは私の国の者が行なったこと、つまりは私の監督不行き届きなのだからね。君に何と罵られてもしょうがないことだよ。さらに言うなら、申し訳ないと平謝りしなければならないのは私のほうだ」
 
 律儀に頭を下げようとするリステル王を優斗が必死に止める。
 そんなこんなで馬鹿みたいなやり取りをしている間に、リル達が合流した。
 
「ぱ~ぱ!」
 
「……っ、マリカ!」
 
 優斗はリルからマリカを預かる。
 
「フィオナは?」
 
「怪我は全部治ってるけど、さすがに魔力の使いすぎ。まだ寝てるわよ」
 
「精霊術を全力で行使したからね。しょうがないか」
 
「…………」
 
「…………」
 
 と、話が少し途切れる。
 わずか数秒だけだったが、切り替えるようにリルが声を出した。
 
「あ、あのね」
 
「なに?」
 
「……ご、ごめんなさい」
 
 リルが優斗に頭を下げる。
 
「どうしたの、突然?」
 
「今回の事件、元はといえばあたしが原因なのよ。あたしがあんた達を連れてきたんだし、あの馬鹿にマリカのことがバレたのもあたしがタクヤに色々と訊いたことが原因だし」
 
「別にわざとじゃないんだから、気にしないって」
 
「それだとあたしの気が済まないのよ」
 
 自分は彼らを危険に晒した張本人と言ってもいいのだから。
 リルは一歩も引かない姿勢を見せる。
 
「……ん~、それなら」
 
 優斗は少し考えると卓也を呼び寄せた。
 
「ま、しょうがない」
 
 長年の付き合いから呼ばれた理由が分かる卓也。
 
「え? どうしてタクヤが呼ばれるの?」
 
「一応、婚約者だしオレも原因の一つだし」
 
 卓也はそう言って直立不動。
 優斗はマリカを下ろして後ろを向かせた。
 
「いつでもいいぞ」
 
「なら、遠慮なく」
 
 優斗は右手を振りかぶると、卓也を殴りつける。
 卓也は数歩後ろにたたらを踏んだが、すぐに体制を立て直す。
 
「これで勘弁だな」
 
「そうだね」
 
 互いに笑みを浮かべる。
 慌ててリルが卓也に駆け寄る。
 
「ご、ごめんね」
 
「いいって。けじめはつけなきゃいけなかったし」
 
 軽く頬をさする卓也。
 
「で、優斗はこれからどうする?」
 
「フィオナの側にいるよ」
 
「分かった。少ししたらオレ達も様子を見に行く」
 
「うん」
 
 優斗とマリカは卓也たちと別れて、フィオナが眠っている部屋へと入った。
 傷もすっかり治り、すやすやと眠っているフィオナの姿がある。
 よかった、と本気で安堵した。
 
「マリカもお昼寝しようか」
 
 朝からずっと起きっぱなしだし、いろいろとあって疲れているだろう。
 マリカを二つあるベッドのうちの片方へ寝かせる。
 そして胸の部分をゆっくりとリズムよく叩く。
 すると五分もしないうちにマリカの寝息が聞こえてきた。
 
 
 それから一時間ほどしただろうか。
 フィオナが目を覚ます。
 
「……ん……」
 
 薄っすらと目を開け、場所を確認する。
 左右に視線を動かし、最愛の人を発見した。
 
「……優斗さん」
 
「体調はどう?」
 
「大丈夫です。まーちゃんは?」
 
「今は隣のベッドでお昼寝中」
 
「そうですか」
 
 フィオナは起き上がり、隣のベッドで眠っているマリカの頭を少し撫でると、ソファーに座った。
 
「飲み物とかいる?」
 
「いえ、大丈夫です」
 
 グルグルとフィオナは肩や腕を回す。
 痛みはなく、異常は見当たらない。
 安心してソファーに深く座りなおす。
 と、その時だった。
 ソファーの上から優斗がフィオナの身体に手を回した。
 突然のことにフィオナの身体が固まる。
 思い返せば、優斗から抱きしめられるのは初めてのことだった。
 
「あ、あの、ゆ、優斗さん?」
 
「よかった」
 
「……えっ?」
 
「フィオナが無事で……よかった」
 
 心の底から心配して、恐怖した。
 “フィオナが死んでしまう”と考えた瞬間に。
 今も僅かばかりに身体が震える。
 
「優斗さんよりは弱いですけど、私だってそれなりに強いんですから安心してください」
 
「……うん」
 
「でも、もう少し実力はつけないといけないって実感しました。私たちの娘は龍神ですから、今後もああいったことがないとも限りません」
 
「うん」
 
「優斗さんも手伝ってください。今回は魔力の使いすぎで倒れましたけど、私はまーちゃんの母親として、ちゃんと守ってあげたいんです」
 
「もちろん。僕ができることならね」
 
 優斗が応えると、フィオナがおかしそうに笑った。
 
「どうしたの?」
 
「いえ、前と立場が逆転したなって思いまして。優斗さんがこの世界に来たころは私が家庭教師で魔法とか教えていたのに、今度は優斗さんが先生になってしまいましたね」
 
「そうだね。時間が経つのは早いものだと実感するよ」
 
 もう半年以上、この世界で過ごして。
 馬鹿みたいに遊んで。
 騒いで。
 笑って。
 怒って。
 
 ──そして。
 
 大切な人ができた。
 
「フィオナ」
 
 ぎゅうっと。
 抱きしめる力を強くする。
 
「ほんのちょっとだけでもいい」
 
 今回、分かった。
 自分がどれほど、彼女を大切にしているのかを。
 自分がどれほど、彼女が大事なのかを。
 自分がどれほど、彼女に側にいてほしいのかと。
 だから、言わせてほしい。
 
「僕より長く生きて」
 
 お願いだから、自分より早く死なないでほしい。
 
「たぶん、君がいなくなることに……耐えられない」
 
 心から呟いた優斗の言葉に。
 フィオナは自分の手を優斗に重ねながら。
 
「……はい」
 
 頷いた。
 
 
 



[41560] 隣にいたいと願う
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:1e7fac20
Date: 2015/10/05 19:39
 
 
 
 
 優斗達がリライトに戻った週末。
 トラスティ家では仲間内での小さなパーティが行なわれようとしていた。
 修が音頭を取る。
 
「それでは、卓也とリルの婚約を祝って……乾杯!!」
 
「「「「   乾杯!!    」」」」
 
 
 
 
 最初に修とアリー、ココが主役2人に絡む。
 
「いや、まさか卓也とリルが婚約するとは思わなかったわ」
 
「本当ですわ」
 
「驚きました」
 
 三者三様、予想外だと言う。
 
「お前らも驚いただろうけど、オレが一番驚いてるから」
 
「何よ! 文句あるの!?」
 
「……ありません」
 
 リルにきつく言われて反射的に謝る卓也。
 別の場所では和泉とレイナとクリス。
 
「再来月にはクリスの結婚式もあるから、めでたいことが続くものだ」
 
「そうだな。私も祝福しよう」
 
「ありがとうございます。是非とも式には皆さんに出席をお願いいたします」
 
 最後に優斗とフィオナ。
 
「僕がやったことで二人の婚約が流れなくて、本当によかったよ」
 
「あとで話を聞いたときは私もビックリしましたけど、無事に落ち着いて胸を撫で下ろしました」
 
 あのあと、リステル王がリライト王に謝罪するだのなんだのとなったのだが、政治的な部分に介入しようとも思っていないので、優斗の周りは今のところ落ち着いている。
 
「というか、みんなってお酒を飲めたの?」
 
 ふと気になって優斗が尋ねた。
 現在、全員のグラスにはワインやビール、お酒の類を持っている。
 すでに二杯目に突入しようとしている奴もいた。
 
「オレは弱い」
 
「俺はそこそこじゃね?」
 
「嫌いではない」
 
 とは異世界組。
 
「自分は嗜んでいますので」
 
「わたくしは慣れてますから」
 
「私は弱いです」
 
「わたしはたぶん、あんまり強くないです」
 
「私は問題ない」
 
「あたしもアリーと同じで慣れてるわ」
 
 というのが現地組。
 お酒に弱いのも少なくはいるが、めでたい席なので全員がハイペースで飲んでいく。
 そうして二時間もした頃には、
 
「オレはどうせ、尻にしかれるんだよ、分かってるさ」
 
「ユウト、シュウ。絶対に勝ってやるからな」
 
 卓也やレイナを始めとして、皆が多種多様な酔い方をしていた。
 現時点で酔わずに素面なのは優斗、アリー、クリス、リルのみだ。
 他は全員、酔っ払っている。
 
「いいです~? ちゃんと聞いてます~クリスさん」
 
 ココがクリスに絡む。
 その横では和泉が、
 
「……………………」
 
 酒瓶を片手に無言で酒を飲み続け、
 
「いいか。私としてもお前はやぶさかではない。感謝しろ」
 
 と、誰もいないところに語りかけているレイナ。
 先ほどはおそらく優斗と修だったのだが、今は……誰になっているのだろう。
 
「なんでこう、強気な女の子がオレの婚約者なんだよ。オレに合ってるのは分かるけどさ~」
 
 なぜか泣きながら卓也がリルに語り続け、
 
「うふふふふふふふ」
 
 笑みを浮かべながらフィオナが自分のコップにお酒を注ぐ。
 優斗とアリーが笑みを零した。
 
「これまた、おもしろい具合に酔っ払ってるね」
 
「これほどタイプが別れると壮観ですわね」
 
「絡み上戸に無言にわけわからないところに話しかけたり、泣き上戸。フィオナは笑い上戸なんだ」
 
 各々の酔い方を並べていくと、一人忘れていた。
 
「修は?」
 
「シュウ様は……」
 
 アリーが隣を見る。
 すると修が胡坐から正座になりながら、
 
「俺が勇者だっ!!」
 
 と言ってテーブルを強く叩いた。
 
「…………」
 
 が、次の瞬間には突っ伏す。
 衝撃で優斗とアリーの前にあるグラスが傾いて倒れた。
 
「あっ……」
 
 僅かばかり残っていた中身も零れ、優斗とアリーは呆れながら倒れたグラスに手を伸ばす。
 すると、
 
「あら」
 
「ごめん」
 
 うっかり手が重なった。
 パッと手を離し、優斗が「やるから」と言って布巾を取ろうとした瞬間だった。
 右隣にいるフィオナが優斗の耳たぶをものすごい勢いで引っ張った。
 
「い、痛たたたたたたたたたた!」
 
 思わず優斗がフィオナの手を払うと、彼女は続いて優斗の首に腕を回してピッタリとくっ付いた。
 
「ちょっ!」
 
 優斗が慌てて何か言おうとするが、フィオナは無視してアリーに話し掛ける。
 
「ありーさん!」
 
「は、はい!?」
 
 フィオナの勢いに思わずかしこまった返事をするアリー。
 
「ゆうとさんは私のだんなさまなんです!! とっちゃだめです!!」
 
 舌が回らずにいつもよりも可愛らしい発音のフィオナ。
 
「えっと……はい。分かっていますわ」
 
「ならいいんです」
 
 アリーの返事に上機嫌になったフィオナは優斗に抱きついたまま笑みを浮かべる。
 
「ゆうとさんも、ぎゅってしてください」
 
「あの……フィオナ? 一応、みんなの前だよ?」
 
「カンケーありません。いまの私は『ゆうとさん分』が足りないんです!」
 
 なんだそれは、と優斗は心の中でツッコミを入れる。
 けれど今のフィオナには何を言っても通用しなさそうなので、諦めてぎゅっと抱きしめる。
 
「フィオナさんは笑い上戸だけでなく甘え上戸でしたのね」
 
「普段は一緒にお酒とか飲まないから、知らなかったよ」
 
 よしよし、と頭を撫でながらフィオナを軽く抱きしめる。
 
「あら? いつものユウトさんなら顔を赤くなさるのに」
 
「確かに面は喰らったし素面でやられたら赤くなるけど、今は酔っ払い。どうにか平静を保つぐらいの耐性は付いたよ」
 
 酔っ払いがやっていること、と念じて割り切ると楽だ。
 けれど優斗の話を聞いたリルが卓也をいなしながら口を挟んだ。
 
「何を言ってんのよ。こないだ、素面のあんたがフィオナ抱きしめてたじゃない。おかげで部屋に入るタイミングわかんなかったんだからね」
 
 あとで行くとは言ったが、どうにも入りづらかったのを覚えている。
 
「……申し訳ない」
 
 優斗もさすがに当時のことを思い出すと顔が少し赤くなった。
 
 

 
 さらに二時間。
 飲み続ける。
 素面のメンバーは度数の強いお酒を飲み比べするまでになり、最終的には優斗以外が突っ伏すことになった。
 優斗は毎晩のようにマルスに付き合っているせいか、ほろ酔い程度で済んでいる。
 フィオナは優斗の膝枕を堪能しながら寝ており、他は雑魚寝している。
 
「さて、と」
 
 片付けでもしようかと思い、フィオナの頭を持ち上げようとして足音がしたことに気付く。
 
「ラナさん?」
 
 やってきたのはトラスティ家で家政婦長をしている50代の女性だ。
 テキパキと後片付けを始める。
 
「い、いいですよ。僕達がやったことなんですから、僕が片付けますよ」
 
 慌てて断ると、ラナも微笑んでやんわりと断る。
 
「ユウトさん。我々の仕事を取らないでくださいな」
 
「そ、そう言われても……」
 
「お嬢様が初めて、こんなにもたくさんのお友達を連れてきてパーティーをなさったんです。嬉しくて、片付けぐらいはしたいのです。それにお嬢様はユウトさんのお膝の上でゆっくりと眠っているようですし、そのまま寝かせてあげてくださいな」
 
 優斗もラナに言われてしまうと躊躇う。
 
「えっと……じゃあ、すみません。お願いしてもよろしいですか?」
 
「もちろんです」
 
 ラナはものすごいスピードで物音を立てずにテーブルの上を片していく。
 そして五分もしないうちに全て片付け、全員に毛布をかけた。
 
「すごいですね」
 
「これも家政婦の技ですよ」
 
「おみそれしました」
 
 互いに笑う。
 
「最近のお嬢様について、よくバルトさんとも話すのですよ」
 
「そうなんですか?」
 
「ええ。マリカ様が来てからというもの、守衛に関しても人員が増強されましたし、バルトさんもお暇ができまして」
 
「どんな話をしてるんですか?」
 
「私もバルトさんもお嬢様が子供のころから知っていますから。だからこそ、この半年での変わり様についてよく話しておりますよ」
 
「良くも悪くも、僕達が変えてしまいましたからね」
 
「私は良い変化だと思いますよ。何より笑顔が増えましたから」
 
「そう言っていただけると、自分達もありがたいです」
 
 優斗はフィオナの髪を軽く梳く。
 不意に、ラナは内容を変えてきた。
 
「ユウトさんはこの先、何を望みますか?」
 
 ピタリとフィオナの髪を梳く手が止まった。
 少し考えて……苦笑した。
 
「また唐突な話を持ってきましたね」
 
「かもしれませんね。けれどお嬢様を思えばこその質問だと思っていただければ結構です」
 
 フィオナはきっと優斗がいなくなることを望んでいない。
 彼女のことは子供の頃から接しているからこそ分かることだが、逆に優斗がどう思っているのかは分からない。
 良い人物ということだけは理解しているが。
 そして優斗は考える仕草を見せたあと、苦笑いを見せた。
 
「難しいです。子供の頃は決められたレールを歩いていただけですし、レールが外れた今は……『今』のことしか考えていません」
 
 未来のことなど、考えたこともなかった。
 
「フィオナが隣にいてくれて、マリカを一緒に育てることが出来て。そしてここにいる連中と馬鹿騒ぎする。そんな毎日が続いてくれればいいと願うばかりで」
 
 この素晴らしい日々が。
 続くことを願うから。
 
「楽しい『今』が大切すぎて、先のことを考えるのはどうしてもおこがましいものだと思ってしまうんです」
 
 でも、もし。
 
「けれど仮にですよ」
 
 仮定の話をするなら。
 
「今よりも未来のことを望むとするなら」
 
 たった一つだけ。
 
「どんな時でもフィオナが隣にいる人生であってほしい」
 
 まるで夢を語るように告げる。
 それは本当に、純粋に願っていて。
 けれど“夢”だからこそ叶わないと言っているようにも見えた。
 
「ならば……いえ、私のような家政婦が口を挟んでいい話でもありませんね。いつか旦那様と奥様に相談されてはいかかですか?」
 
 ラナは何か言おうとして……できなかった。
 これ以上は自分が口を挟む領域を超えている。
 しかし優斗はラナに笑みを零した。
 
「ええ。助言、ありがとうございます」
 

 
 
 ラナも去っていき、優斗はフィオナを見つめる。
 
「僕は君を幸せにできるのかな?」
 
 眠っているフィオナの髪に軽く触れながら、独り言を呟く。
 
「僕がフィオナをいつまでも幸せにできると思っても……いいのかな?」
 
 言葉にしたところで、自嘲するように笑った。
 
「なんてこと、誰にも分からないか」
 
 理想家じゃないからこそ、素晴らしい未来を信じ続けることはできない。
 
「“これだ”と思っても、ボタンの掛け違えのようにズレてしまう場合だってあるし」
 
 ほんのちょっとした運命のイタズラで容易くすれ違ってしまうことがある。
 
「けれどね。例え、この先に何があっても」
 
 何かが切っ掛けで。
 離れ離れになってしまったとしても。
 
「初めての恋が君でよかったって思う」
 
 この気持ちになったことだけは、絶対に後悔しない。
 だから言葉にしようと思う。
 こんな友人達が雑魚寝しているような場所だけれど。
 普段よりもお酒が入っているからかもしれないけれど。
 ラナと話したことが切っ掛けになったかもしれないけれど。
 
「フィオナ」
 
 それでも声にすることは今、大切だと思ったから。
 ありったけの想いを込めて。
 思うがままに届けよう。
 この言葉を。
 
 
「好きだよ」
 
 
 



[41560] そしてまた、バカを相手にする
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:1e7fac20
Date: 2015/10/05 21:22



 
 最近、フィオナの機嫌がすこぶる悪い。
 というのも、
 
「フィオナ先輩!!」
 
 意気揚々とやって来る、後輩が原因だ。
 先日にあった優斗との婚約者騒動でフィオナに告白してくる人数は減ったものの、一定の人数は残っている。
 その一人が学院の後輩であるラスターだ。
 元気がよくてめげず、悪い奴ではない。
 けれどフィオナにとっては邪魔な人間でしかない。
 
「……なんでしょうか?」
 
「一緒にお昼ご飯食べましょう!」
 
「……すみませんが友達と一緒に食べますので」
 
「いいじゃないですか。一日ぐらい」
 
「決めるのは貴方じゃありません」
 
 半ば無視する形でフィオナは和泉達と合流する。
 優斗と修にアリーは買出し。
 リルと卓也は用事があって席をはずしている。
 
「それじゃ、お昼は諦めますけど帰るときは一緒に帰りましょう!」
 
 意気揚々と引き返していくラスター。
 彼の姿が消えると、珍しくフィオナが机に突っ伏した。
 
「お疲れ様です」
 
 ココがフィオナの頭を撫でた。
 
「……これでもう、三日目です。勘弁してほしいですよ」
 
「さすがのフィオナもお疲れだな」
 
 和泉がある意味、ラスターに感嘆する。
 クリスが呆れたように笑った。
 
「フィオナさんほどもてるというのも考えものですね」
 
「三日目って言ったけど、前の二日間の放課後はどうしてたんです? ユウトさんはいませんでしたよね?」
 
 ココの記憶が確かなら修と遊んでいたはずだ。
 
「……初日はアリーさんと帰りました。昨日はタクヤさんとリルさんと一緒に」
 
「今日はどうするんだ?」
 
 和泉が問いかける。
 するとフィオナは笑みを零し、
 
「優斗さんがいます」
 
「でしたら問題ありませんね」
 
 クリスがほっとする。
 一緒に帰る人がいなかったら誰かが名乗り出ようと思っていたが、杞憂に終わる。
 
「けれどあの人ってユウトさんを目の敵にしてません?」
 
 ココの耳にも届くぐらい、悪口のようなものを彼は言っている。
 
「フィオナさんを騙してる悪党と思ってるのでは?」
 
 何となく、言動からクリスはそう思ってしまう。
 和泉が呆れた。
 
「二人の様子を見てそう思うって、相当に目がくすんでるな」
 
 
 
 
 そして放課後。
 優斗とフィオナが校門を出たときに、
 
「なぜ貴様がフィオナ先輩の隣にいる!!」
 
 ラスターの第一声が轟いた。
 
「なぜ、って一緒に帰るからですよ」
 
 落ち着いて対処する優斗。
 
「オレは認めてない!」
 
 なんてことをラスターが言うので優斗が視線でフィオナに問いかけると、彼女はうんざりした様子で、
 
「彼が勝手に私と一緒に帰ると言っているだけです」
 
「それなら帰ろうか」
 
「はい」
 
 無視して帰ろうとする二人をラスターが止める。
 
「待て! オレは認めてないと言っただろう!」
 
「必要なのは貴方の許可ではなく、フィオナの許可ですよ」
 
「けれどオレが先約だ!」
 
「私は貴方と帰るなんて約束した覚えはありません」
 
 フィオナの態度は一貫して冷たいままだ。
 
「さようなら」
 
 別れの言葉を告げる。
 さすがにフィオナにこう言われては、彼も一緒に帰ろうと言い続けることはできなかった。
 


 
「大変だね」
 
「本当です」
 
 フィオナはお昼よりも大きいため息をつく。
 
「けれど彼もすごいね。僕達が婚約者だって言ったら『嘘か本当か分からないし、いずれオレの婚約者になる』なんて言うんだから」
 
「……悪意がない分、ラッセルよりは良いのですけど」
 
「面倒な部分では疲れるね」
 
「はい」
 
 こっちの意思などお構いなく押してくる。
 
「とりあえず、切り替えよう。明日は訓練のために森に行くんだから、そのために今日も精霊術の練習をするんだよね?」
 
「もちろんです」
 
「なら気分はしっかりとリフレッシュしないとね。陰鬱な気持ちが精霊に伝わっちゃうかもしれないから」
 
 精霊達も良い気分はしないだろう。
 
「わかりました」
 
「最初にマリカの面倒見て、気分が落ち着いたら練習にしよう」
 
「……早くまーちゃんで癒されたいです」
 
「同感」
 
 優斗だって煙たがられたり、不躾な視線で見られるのは慣れている。
 けれども疲れるものは疲れるのだから。
 
 
 
 そしてトラスティ家の門まで辿り着き、通ろうとした瞬間だった。
 
「貴様ッ! なぜ人様の家に入ろうとしている!」
 
 遠方からラスターが叫んで走ってきた。
 
「これは予想外」
 
 思わず笑ってしまった。
 彼が再び登場してくるとは思っていなかったからだ。
 
「フィオナはいいよ。先に入ってて」
 
「いいんですか?」
 
「うん。マリカで癒されておいで」
 
 小さく手を振って、フィオナを家の中へと入れる。
 そして始まる彼の口上は、やはり優斗にとっては笑ってしまうものだった。
 
「おこがましいと思わないのか! 事と次第によっては貴様を斬るぞ!」
 
「僕は別に悪いことしていないですよ」
 
「ふん。悪人の貴様に聞く耳など持つか」
 
 どうやら話を聞いてくれないらしい。
 困ったものだと苦笑すると、守衛所からバルトと数人の守衛が出てきた。
 
「どうされました?」
 
「見ての通りです」
 
 優斗はちょいちょい、とラスターを指す。
 ラスターは威を得たとばかりにバルトに、
 
「守衛さん! 不審人物が進入しようとしてましたよ」
 
「それはどちらに?」
 
「ここにいます!」
 
 堂々と優斗を指すラスター。
 優斗はこみ上げる笑い声を堪えて自分が現在、彼にどう思われているかどうかを説明した。
 
「どうやら僕が不審人物らしいです」
 
 バルトとしては優斗がどうして不審人物なのかが理解できないが、現状では優斗が不審人物というより、
 
「とりあえず君は剣を納めなさい。今のままでは君が不審人物だ」
 
 バルトに窘められ、ラスターはしぶしぶと剣を鞘に納める。
 
「どうしたら彼が不審人物ということになったのかな?」
 
「こいつがフィオナ先輩の家に入ろうとしたからです!」
 
「……ん? ここは彼の家でもあるのだよ」
 
 何か問題あるのだろうか。
 バルトは本気で首を捻った。
 
「はっ? ど、どういう意味ですか?」
 
「言った通りだね。ユウトさんはトラスティ家に住んでいるのだよ」
 
「そ、そんな、まさか、だってここは公爵家で……」
 
 なぜ平民の彼が住んでいるのだろう。
 
「何かの間違えでは?」
 
「毎日、ここから学院に通っているところを見ているので、間違っているとは言えないね」
 
 バルトに断言され、対応に困っているラスターに家の玄関からエリスが顔を出して追い討ちをかける。
 
「ユウト! マリカが待ってるわよ!」
 
 娘の名前を出されると、優斗もゆっくりとラスターの相手をしていられない。
 
「すぐ行きます」
 
 それだけエリスに伝えて、
 
「というわけですみませんが、これで失礼しますね」
 
 挨拶もほどほどに家の中へと入っていく。
 残されたラスターは、まるで三下の敵が使う捨て台詞を吐いた。
 
「お、覚えてろよ!」
 
 
 
 
 庭で修練に励んでいるフィオナを見つめる優斗とマリカ、エリス。
 
「あの子、頑張ってるじゃない」
 
「ええ、本当に」
 
「明日は森に行くんですって?」
 
「実際に戦わないと得られないものもありますからね」
 
「でも、無用に倒すのはご法度じゃなかったかしら?」
 
「問題ありませんよ。実はこっそりギルドランクを上げてきたので、Bランクの素材にできる魔物までなら狩れるようになってるんです」
 
「あら、さすがね」
 
 と、ここでエリスは一つ気付く。
 
「マリカはどうするの?」
 
「最初は危ないので置いていこう思ったんですけど……」
 
 本人に訊けば、
 
「やーっ!」
 
 と、ぶんぶんと首を振って嫌がる。
 
「マリカが嫌がるので連れてきます。前にピクニック気分でリステルに行って何もできなかった分、明日は少し頑張ろうかと」
 
「危なくないの?」
 
 先日、リステルで起こった騒動はエリスも聞いている。
 だから今、フィオナが訓練をしているということも。
 
「何となく、修と同じようにマリカがトラブルを引き寄せる体質なのかもしれないと思っていますが、今回は二人から絶対に離れません」
 
 身も心も凍るようなトラブルは起こさない。
 
「だったら安心ね」
 
 エリスも話を聞いて安堵する。
 
「そういえば、フィオナに纏わりついてる後輩ってどうなったの? さっきユウトが話してた子?」
 
 ここ最近、フィオナがぐったりしているのは後輩の所為らしい。
 
「ええ。まさか不審人物扱いされるとは思いませんでしたけど」
 
「チャレンジャーよね。頑張ってるのは買ってあげるけど、無謀を勇気とは言わないわよ」
 
 さらに言えば優斗に対して同じ扱いを何度もしていたら、エリスのほうが先に怒る自信がある。
 
「なんとなく彼との間に一騒動ありそうなのは気のせいで済めばいいんですけど」
 
「ユウトの勘って大体当たってるから、諦めたほうがいいわ」
 
「ですよね」
 
 これまで何度も勘が当たってきたのだ。
 今回も当たるだろう。
 
 



[41560] 貴方じゃないと
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:1e7fac20
Date: 2015/10/05 21:24
 
 
 
 翌日、お昼を前にして意気揚々と出かけるフィオナ達……なのだが、
 
「……どうしているんですか?」
 
「フィオナ先輩! 一緒に遊びましょう!」
 
 ラスターがなぜかトラスティ家の前で待ち構えていた。
 
「すみませんが今日は家族で出かける予定がありますから」
 
「家族?」
 
 そうは言っても一緒にいるのは優斗と赤ん坊だけだ。
 彼女の両親など、どこにもいない。
 一方でマリカは母親の気分がどんよりしているのに気付く。
 
「まんま?」
 
 マリカが呼んだ瞬間、ラスターに衝撃が走る。
 
「ママ、だと!?」
 
「まーちゃんは私と優斗さんの子供ですけど、何か?」
 
 まったくの無表情でフィオナが答える。
 いい加減うっとおしいのだが、ラスターはフィオナの無表情を違う意味に捉えた。
 
「そ、そうか! 赤ん坊を使ってフィオナ先輩を騙しているのだな!!」
 
 瞬間、炎玉がラスターの真横を掠める。
 
「……次にふざけたことを言ったら、本気で当てます」
 
 フィオナの警告だった。
 今の言葉は許せないが故の。
 さすがのラスターも冷や汗が出たが、しかし同時に考え違いもする。
 優斗が無理やり父親をやっているものだと。
 
「優斗さん、行きましょう」
 
 ラスターを無視して歩き始める。
 今日はピクニック兼訓練なのだ。
 楽しい日にしたかった。
 
 
 
 
 したかった、のだが。
 
「どこまで着いてくるんですか?」
 
 呆れたように優斗が訊く。
 
「貴様らを二人きりにするわけがないだろう!」
 
「マリカもいますけど」
 
「そんなことを言っても無駄だ」
 
 何が無駄なのかは分からないが、彼にとっては優斗の言葉自体が無駄なのだろう。
 そして彼がいることで機嫌が悪いのが二人いる。
 
「ほら、フィオナもマリカも膨れないの。せっかく森までピクニックに来てるんだから」
 
「だって」
 
「うぅー」
 
 フィオナもマリカも、家族三人で遊びに行けると思っていたのだ。
 邪魔者がいるので当然、機嫌も悪くなる。
 優斗もそれに気付いているので、無駄だとは思いながらも訊いてみる。
 
「二人の機嫌が悪いので、帰ってくれませんかね?」
 
「オレは関係ない!」
 
「……はぁ。やっぱり分かってないですよね」
 
 ラスターだけは今の状況に気付いていない。
 優斗もさすがに内心で呆れてしまう。
 
 ──確実に君のせいなんだけど。
 
 こういう鈍感さは、本当にある意味で尊敬できる。
 
 
 
 
 しばらく歩き、見晴らしの良い丘へと出る。
 そこで持ってきたレジャーシートを広げて昼食を取ることにした。
 フィオナが持ってきたお弁当箱を広げる。
 
「おお、おいしそうじゃないですか! さすがフィオナ先輩!」
 
「優斗さん、まーちゃん。今日はサンドイッチですよ」
 
 なぜか当然のようにラスターがレジャーシートに座っている。
 けれどもフィオナはすでに、ラスターを視界に入れていない。
 存在すら頭の中から抹消するようにしている。
 
「ほら、マリカ。サンドイッチだよ」
 
 優斗はサンドイッチの一つを取ると、自分の膝の上に座っているマリカに持たせる。
 
「そうそう、自分で手にとって」
 
 マリカの手を支えながら、マリカ自身がサンドイッチを口元に運ぶのを待つ。
 そして拙い動きながらマリカがサンドイッチを口にした。
 ちまちまと口に運び、まず一つを食べ終わる。
 
「うん。よくできたね」
 
「あいっ!」
 
 マリカもフィオナと同じく、ラスターのことを考えることをやめたようだ。
 こういうところも本当に似始めていると優斗は思う。
 
「まーちゃん。次は何が食べたいですか?」
 
「あうっ」
 
 マリカが手を伸ばす。
 
「これですか?」
 
 フィオナが訊くと、マリカが頷いた。
 
「はい、どうぞ」
 
 今度はフィオナがマリカに手渡す。
 マリカは嬉しそうに受け取ると、口に運んだ。
 フィオナも顔が綻ぶ。
 
「そろそろ家での食事、スプーンを一人で使わせて食べさせるべきでしょうか?」
 
「でも、結構ぼろぼろと溢しながら食べるって言わない? 夏の海のときにマリカにスプーン持たせたけど、ちゃんと持てないって分かってたから僕が上から一緒に持ったし、義母さんと相談してから決めよう」
 
「わかりました」
 
 すると自前の弁当を食べているラスターが優斗の言葉に反応した。
 
「貴様、フィオナ先輩のお母様をそのように呼んでいるのか!?」
 
 優斗としては最初、フィオナ達と同じように無視しようと思ったのだが、あまりに大声なのと反応しなかったら掴みかかってきそうだったので、仕方なく対応する。
 
「そうですけど」
 
「誰に許可を取って呼んでいる!」
 
「誰? って本人からですよ」
 
「ふん。フィオナ先輩のお母様のことだろうから、お情けで呼ばせたのだろうさ。感謝するんだな」
 
 ラスターの言い分にフィオナの眉根が軽く上がったが、どうにか頑張って堪える。
 そして怒りを収めるため、娘とのやり取りに集中しようとした。
 
「まーちゃん。次はどうします?」
 
「フィオナ先輩! 娘さんに是非ともおかずをあげます!」
 
 けれどラスターは手元にある弁当から大きいカツをマリカに差し出す。
 だが、マリカが嫌がった。
 
「やーっ!」
 
「ちゃんと食べないと大きくなれないぞ!」
 
 無理にでも食べさせようとする。
 予想外のことに反応の遅れた優斗とフィオナが、慌ててマリカとラスターの間に身体を入り込ませる。
 
「何してるんですか!!」
 
 思わずフィオナから怒声が出た。
 
「な、何ってフィオナ先輩の娘さんにおかずをあげようと……」
 
「この子はまだ小さいんです! 大きいものを食べて喉にでも詰まらせたらどうする気ですか!?」
 
 怒るだけ怒ってフィオナはマリカに振り向く。
 
「まーちゃんは大丈夫ですか?」
 
「だいじょうぶ。ちょっとビックリしただけだから」
 
 優斗がマリカをあやしながらフィオナを安心させる。
 さすがにラスターも悪いと思ったのか謝ってきた。
 
「す、すみません、フィオナ先輩」
 
 思わずフィオナは睨んだ。
 けれど何か言葉を発する前に優斗に肩を叩かれる。
 代わりに彼が落ち着いた声音で話しかけた。
 
「ラスターさん。貴方は子供を育てたこと、ありますか?」
 
「ないに決まっている」
 
「僕達もマリカが初めての子供ですが、細心の注意を払って育てています。義母さんや義父さんや家政婦さんにアドバイスをもらいながら。それでも失敗してないか不安なものです。ですから唐突にそんなことをやられると困ります。分かりますね?」
 
「……ふん。言われなくても分かっている」
 
「次はないですよ」
 
 あくまでフィオナとマリカに悪意はないので許してあげるが、さすがに今のは危険だった。これが続くと我慢もできなくなる。
 けれどやはり、優斗からの言葉には反発したいのか、
 
「貴様に言われるまでもない」
 
 自信を持って言い返してきた。
 
 
 
 
 
 
 
 
「それじゃ、今日の本題に入ろうか」
 
 弁当もレジャーシートも片付けて、森に来た目的について確認する。
 
「一応、僕のギルドランク上で倒すことができるのは素材にできる魔物のBランクまで」
 
「はい」
 
「今のフィオナの実力だとBランクの魔物でも下の奴がギリギリ限界、かな? だからBランクが出てきたら逃げることにしよう」
 
「わかりました」
 
 頷くフィオナとは逆に、ラスターが優斗に噛み付く。
 
「おい、貴様。まさかフィオナ先輩に倒せと言っているのではないだろうな?」
 
「フィオナの訓練に来たんですから」
 
「馬鹿か貴様は! 女性になんてことをさせようとしている!」
 
 次いでラスターはフィオナに向き、
 
「フィオナ先輩! 貴女が戦わなくともオレが倒してあげます!」
 
「……余計なことをしないでくれますか?」
 
 自分のためにしようとしているのに、なぜ彼に止められなければならない。
 
「大丈夫です。オレはこれでも剣でレイナ先輩――生徒会長から三本中一本を取れるくらいの実力者です。魔法も上級魔法を一つ使えますし同学年では一人を除いて、ほぼ敵無しです。学院全体でも十指には入る実力だと自負しています」
 
「……だから、余計なことをしないでくれますか?」
 
「分かっています。こいつの実力がないばかりにフィオナ先輩が戦わないといけないのでしょう? フィオナ先輩が強いのは有名ですから。ですけどオレならそんな心配させません」
 
 本当に話を聞かない。
 ビックリするくらいに。
 無駄だとは思うがフィオナは一応、事実でもあることをラスターに言ってみる。
 
「……優斗さんは闘技大会で決勝までいく実力者ですが」
 
「あんなの偶然に決まってます」
 
 やっぱり、とフィオナは嘆息する。
 何をどう言ったところで無駄なのだろう。
 特に優斗のことに関しては。
 
「……お願いですから邪魔はしないでくださいね。私は訓練に来てますから。邪魔したら貴方を敵とみなします」
 
 
 
 
 今のところ、フィオナはEランクの魔物で素材となる魔物ばかりを倒している。
 が、さすがに実力差がありすぎて訓練になっているとは言いがたい。
 
「おい、貴様」
 
「何でしょうか?」
 
「フィオナ先輩に戦わせて何も思わんのか?」
 
「何がでしょうか?」
 
「自分が戦おうとは思わないのか、と訊いている」
 
「今日はフィオナが訓練をするために森に来てますから。彼女が戦うことに思うところはありませんね」
 
「ふん、腰抜けが」
 
 何と言われようとも、フィオナが決意を持ってきているのだ。
 優斗にだって止められない。
 と、ここで遠方に巨人の姿が見えた。
 一つ目ではあるが額に角が生えている。
 確かサイクロプスの格下存在であるサイクロスという魔物だ、と優斗は知識を頭の中から引っ張り出す。
 
「確かBランクだね」
 
 狩れる魔物ではあるが、危険性は見逃せるものではない。
 
「逃げようか」
 
「いえ、大丈夫です」
 
 フィオナが首を横に振った。
 
「フィオナ?」
 
「やります」
 
 先ほどのやり取りと違っている。
 Bランクは逃げると話したと思ったが、違っていただろうか。
 
「さっきも言ったけど、フィオナの実力ならBランクの魔物が限度だと思う。もちろん、あいつはBランクでも弱い部類にはなるから倒せるとは思うけど、どこかしら怪我をするくらいには厳しいんじゃないかとも思う」
 
「分かってます」
 
「それでも?」
 
「はい」
 
 どうやらフィオナには思うところがあるらしい。
 引きそうにはなかった。
 優斗は仕方なく頷く。
 
「……分かった。けれど危なくなったら手を出すよ」
 
「ありがとうございます」
 
 巨人が優斗達に気付いた。
 ゆったりと近づいてくる。
 すると優斗たちのやり取りを部分部分で聞いていたラスターが剣を抜いた。
 
「馬鹿か貴様は! オレが時間を稼ぐから、その隙に逃げろ!」
 
 猪突猛進で突っ込む。
 が、巨人の右腕一振りで吹き飛ばされる。
 さすがの優斗もフォローできないほどの早さと鮮やかさで飛んでいった。
 綺麗に飛ばされたが、腕の振りに脅威を優斗が感じずに反射的に魔法を使わなかったということは大したダメージでもないはずだ。
 ラスターは無様に着地し、片膝をついてフィオナ達に叫ぶ。
 
「こ、こいつは強い! 今のうちに逃げろ!」
 
 ラスターは再び立とうとするが、立ち上がれない。
 予想以上に耐久力もなかった。
 フィオナはラスターを一瞥すると、巨人に向かって風の魔法を放つ。
 彼のことは嫌いではあるが、死んでほしいとも思っていない。
 魔物の注意がラスターからフィオナに向いた。
 
「私が相手です」
 
 巨人と一人、対峙した。
 優斗はマリカを抱きながら下がる。
 一応、風の精霊にお願いして待機してもらっている。
 いつでも助けに行けるように。
 
「求めるは水の旋律、流水の破断」
 
 フィオナがまず、水の上級魔法を使って巨人を斬ろうとし、
 
「――ッ!」
 
 高圧力で固められた水が曲線を描きながらサイクロスに当たった。
 だが、斜めに傷が薄っすらと出来るだけ。
 
「……あまり斬れない」
 
 バックステップで退く。
 
「それなら」
 
 次に使うのは風の上級魔法。
 
「求めるは風切、神の息吹」
 
 今度は豪風が巨人が襲いかかる。
 しかし、これもサイクロスを5,6メートルほど吹き飛ばすものの、すぐに起き上がられた。
 
「遠距離では駄目ですね」
 
 優斗ほど上手く扱えるなら別だろうが、自分ではどうやってもダメージを与えられない。
 
「だったら至近距離で」
 
 近づいて水の上級魔法を使えばある程度のダメージは与えられると踏む。
 巨人の右腕が近づくが、落ち着いて避ける。
 
 ──これだけ近いなら。
 
 イケると思った瞬間、すぐさま左腕がフィオナに振り下ろされる。
 一瞬の隙を突かれてかわす時間はない。
 
「風の精霊、お願い!」
 
 フィオナは自分の身体と巨人の腕の間に風の精霊を集める。
 けれども腕の力で、身体ごと持っていかれる。
 
「フィオナっ!」
 
 かろうじて風を圧縮させて防いだとはいえ、吹き飛ばされている。
 駆け寄ろうとした優斗だが、フィオナに制された。
 
「来ないでください!!」
 
 絶対の意思を込められた声に、動いていた優斗の身体が止まる。
 
「大丈夫ですから」
 
 怪我は負っていない。
 まだいける。
 
 ──やっぱり、考えが甘かった。
 
 前回もそうだった。
 万遍なく魔力を使おうとして無理で。
 今回はたった一人が使う普通の上級魔法で倒せるなんて難しかった。
 戦いの数が少ないからこそ、最初は甘い考えで挑んでしまう。
 けれど、それが分かったことが実戦から得られたことだ。
 
「大丈夫です。信じてください」
 
「……フィオナ」
 
「まんま」
 
 心配そうな二人の表情にフィオナは優しい笑みが浮かんだ。
 
「私は優斗さんと一緒にまーちゃんを育てていきたいんです。どんなことがあっても」
 
 何があっても、だ。
 
「魔物に襲われるくらいで、誰かに襲われるぐらいで。たったそれだけで優斗さんの足を引っ張るなんてごめんです」
 
 優斗の足枷になることだけは我慢できない。
 
「ちゃんと守ってあげるって、まーちゃんに誓いました」
 
 母親として。
 我が子を護ると誓った。
 
「だからBランクの魔物ぐらい綺麗に倒せないと」
 
 マリカに安心してもらえない。
 
「いつだって優斗さんがいるわけじゃないんです。優斗さんがいないからってまーちゃんをさらわれたり、怪我させたりするのは絶対に嫌だから」
 
 そのために、もっと強くならないと。
 だから目の前の魔物をギリギリで倒せると思われているなら、
 
「私は今ここで、この魔物を簡単に倒せるくらい強くならないといけないんです!」
 
 フィオナは左手を前に翳す。
 龍神の指輪が煌いた。
 
『永遠なる凍結の覇者よ』
 
 途端に周囲から冷気が押し寄せてくる。
 
『龍神の指輪の名において願う』
 
 願うは氷の大精霊。
 
『来て、ファーレンハイト』
 
 詠唱が終わった瞬間、アイスブルーの透明な女性が目の前に現れる。
 
「お願いしますね」
 
 ただ、そう頼むだけで。
 氷の大精霊は頷いた。
 巨人の足元に氷が瞬間的に現れた。
 そして見る見る間に巨人が氷漬けになっていく。
 僅か数秒で凍っている柱が生まれ、氷柱の中には一瞬で凍死した巨人が存在することになる。
 タイミングもあるだろうが、最初から精霊術を使えばよかったのにフィオナは魔法で攻撃をした。
 完全にフィオナのミスだ。
 一応、優斗に採点を訊いてみる。
 
「どうですか?」
 
「バッチリ僕たちに心配かけたんだから30点」
 
「あいっ」
 
 当然だとばかりに優斗とマリカがフィオナの頭を軽く叩く。
 
「まあ、フィオナと氷の精霊が戦闘時も予想以上に相性が良かったのはビックリしたけど」
 
「私も驚きました」
 
「けれど発見でもあったね」
 
「はい」
 
 優斗とフィオナは笑みを浮かべて頷く。
 と、ようやくダメージが抜けたのか、ラスターが駆け寄ってくる。
 
「フィオナ先輩! 凄かったです。あれって大精霊ですよね。初めて見ました!」
 
 Bランクの魔物を倒したフィオナを褒め称えるラスター。
 代わりに優斗を睨みつける。
 
「それに比べて貴様は最悪だな。フィオナ先輩が強いからといってBランクの魔物と戦わせるなど」
 
 ふん、と鼻息を鳴らして、
 
「やはりオレが婚約者になるほか、ないようだ」
 
 なんて馬鹿なことを宣う。
 けれど優斗とフィオナは二人での会話に入り込んでいる。
 
「魔力は大丈夫?」
 
「はい。前と違って今回は精霊が倒せる範囲での魔力を欲してくれましたので、その分を提供するだけですみました」
 
「良い傾向だね。ちゃんと精霊と対話ができてるんだから」
 
「ありがとうございます」
 
「あとは角を取って、ギルドに提出しよう。結構な額になるからマリカにはおもちゃを買ってあげられるし、残りはフィオナのお小遣いにしたら?」
 
「いいんですか?」
 
「もちろん。フィオナが倒したんだから」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 無事に採取も終わり、フィオナの訓練も一通りこなしたので帰ることにした。
 静かな道をゆっくりと歩いていると、ふと大きな音が響いた。
 鳥が羽ばたく音も聞こえてくる。
 
「何でしょうか?」
 
「大型の魔物が動いてるんじゃないかな」
 
「誰かが狩っているんでしょうか?」
 
「たぶんね」
 
 魔物に出会わないように気をつけようと思ったが、音がゆっくりではあるが段々と大きく響いてくる。
 
「向かってきてますね」
 
「マリカが狙いなのかな?」
 
 ふと身構える二人のところに、大きな音とは違う小さな音が間近に届くと同時に人影が見えた。
 優斗が前に出て、身構える。
 だが、
 
「「レイナさん!?」」
 
 その人影の正体が分かると驚きの声をあげた。
 なぜか生徒会長が全力疾走していた。
 
「ユウトとフィオナか!」
 
 レイナも驚いていたが、彼らの姿を見て足を止めた。
 
「何してるの?」
 
「イズミとクリスと一緒にギルドの依頼をこなしに来ていたのだが、あいつらは自分達の仕掛けた落とし穴に嵌まってしまってな。さすがにAランクのあいつを一人で相手するのには苦労していて距離を置いたところだ」
 
 と、話していると同時にレイナは名案が浮かぶ。
 
「ユウト、手伝ってくれないか? 修練のために来てるから、サポートだけしてくれればいい」
 
 優斗なら簡単に倒せるだろうが、今回は自分の実力をあげるために来ている。
 だからフォローしてもらおうと思った。
 けれども後ろにいたラスターが声を張り上げる。
 
「オレが手伝います!」
 
 レイナは優斗とフィオナとマリカしか視界に入っていなかったが、ようやくラスターの存在に気付く。
 
「ん? ラスターか。いや、足手まといだ」
 
 彼ならばフォローすらも出来ない。
 
「なっ!? オレが足手まといなら、こいつなんて何の役にも立たないじゃないですか!」
 
「……? お前は何を言っているのだ?」
 
 レイナは意味が分からなかった。
 けれど少し考えて理由を思いつく。
 
「ああ、そうか」
 
 異世界から来ていることを隠している以上、学院ではそれなりの実力で通している。
 優斗の本当の実力を知らないのも一応の理解はできた。
 とはいえ学院で通している実力でさえ、ラスターより上なのに役立たず呼ばわりしているのは理解できないが。
 
「ユウトも大変だな」
 
「そうなんだよね」
 
「イズミからラスターについても話は聞いているが、別にいいのではないか?」
 
 ラスターには実力を見せても。
 フィオナにも纏わりついており、彼女はとてもぐったりしていると聞いた。
 優斗を見下しているとも。
 
「私としてはこいつがユウトを甞めているのが気に食わない」
 
 年下で実力も下で、ほとんどのことが下であるラスターだというのに。
 
「レイナ先輩! 冗談はやめてくださいよ。オレは先輩から一本を取れるぐらいに強いんですよ。学院じゃ10番以内に強い自信あるんですから」
 
「……いや、指導レベルで一本を取ったことを誇られても困る」
 
 剣技を教えながらやっているので、それで一本を取ったところで自身を強いと思われても困る。
 
「そうなんですか!?」
 
「あとお前は実力を過信しすぎだ。お前の成績的には三十……いや、四十傑ぐらいだろうと思うが、だからといって実力が凄いというわけではない」
 
 あくまで学院の表沙汰になっている実力表にすぎない。
 優斗や修など本来の実力を隠している者がいるのだから。
 
「世の中には上には上がいる。当然、学院にだって私より強い奴もいるに決まっている。実力なんてものは成績だけで測るものではない」
 
 口酸っぱく教えてはいるのだが、どうにもラスターは信じようとしない。
 レイナは肩をすくませながら優斗に、
 
「こいつはな、頭が悪い上に視野が狭い。どれだけ違うと言っても信じない」
 
「知ってるよ」
 
「もうちょっと真実を見る目を養ってくれると良いのだがな」
 
「戦闘狂のレイナさんが言う?」
 
「実力を見る目は持っているぞ」
 
 だから闘技大会の時、優斗と戦うのを楽しみにしていたのだ。
 
「なんか一種の特殊能力みたい」
 
 強い者には鼻が利くというかなんというか。
 
「……なぜレイナ先輩がこいつと対等に話しているのですか?」
 
 不審気にラスターが問いかける。
 年上で生徒会長のレイナと同等に話している優斗が気に食わないのだろう。
 自分なんて年上の優斗に上から目線なのに。
 
「友人だからな。当然だろう」
 
 本音を言うなら貴族よりも上の異世界の客人であり、龍神の父親。
 実力は勇者の刻印を持っていないのに伝説の大魔法士のような神話魔法を扱える。
 どこを取っても敬語しか使えない相手だ。
 と、足音が近くまでやってきた。
 
「さて、と。頼むぞ、ユウト。私は早くお前達に追いつきたい」
 
「だからって本人を巻き込む?」
 
「仕方ないだろう。他にいないのだから」
 
「分かったよ」
 
 ラスターがいるから、あまり豪勢な支援はできない。
 それでも出来ることはある。
 
「フィオナは防御を重視して周囲に気を配って。他にいないとも限らない。あとヤバいと思ったら絶対に僕を呼ぶこと。分かった?」
 
「はい」
 
 頷くフィオナに対し、レイナが呆れる。
 
「その際、私は一人だが」
 
「どうにかできるって。さっきも一人だったんだから」
 
 彼女が精進しているからこそ、Aランクの魔物からも簡単に逃げ切れたのだろう。
 
「お前はフィオナとマリカ以外には厳しくないか?」
 
「二人は家族。レイナさんは仲間。家族に対する愛情と仲間に対する愛情は違うってこと」
 
「……ふむ。つまり私は甘やかさないのか」
 
「甘やかしてほしいの?」
 
「まさか」
 
 鼻で笑って否定する。
 
「レイナ先輩! やっぱりオレを選ぶべきです。オレならサポートを完璧にこなせます」
 
 ラスターがまた出張ってくる。
 優斗を目の敵にしているのもそうなのだろうが、自分の実力も把握できていないのも困ったところだ。
 
「ラスター。お前は本当に──」
 
「いいって。やりたいって言うならやらせてあげたら?」
 
「ユウト。しかしだな」
 
「自分の実力を知るのも、レイナさんの本当の実力を知るのも、魔物の怖さを知るのも、どれも大事だと思うよ」
 
 正論の優斗に対し、レイナは大きくため息をついた。
 
「……はぁ。甘い男だな、お前は」
 
「悪意はないからね」
 
 もしも悪意だったら全力で叩き潰すのだが、敵意なのだから叩き潰すのもかわいそうだ。
 あまりにも愚かなことをしたら別だが。
 
「フィオナ先輩! もし危険が迫ったらあいつではなくオレを呼んでください! オレなら絶対にフィオナ先輩を守ってみせます!」
 
 優斗たちの会話を余所にラスターはフィオナへ迫るが、フィオナは相変わらずの無視だ。
 
「とりあえず僕はレイナさんと彼のフォローをする。彼については詳しく知らないし、死なせないように守るから余計に気をつける。あとレイナさんの手に負えないと思ったら僕が倒すからね」
 
「そこらへんは心配ないはずだ。イズミもクリスも倒せると踏んだからな」
 
「ん、だったら大丈夫かか」
 
 あの二人がそう思ったのなら問題ないだろう。
 木々の間から問題の魔物が現れる。
 雄々しく歩いてくる姿を……優斗は見たことがあった。
 
「これってシルドラゴンだよね」
 
「よく知ってるな」
 
「前にサイクロプス、オークキングと一緒に見たことあるから」
 
「その時はどうしたんだ?」
 
「和泉とクリス以外は全員揃ってた」
 
「……相手の魔物も相手が悪かったわけか」
 
 まさかのレイナも魔物が可哀想に思える日が来るとは思わなかった。
 
「シルドラゴンはどうやって倒した?」
 
「一切合財を魔力で構成した魔法剣で一刀両断」
 
 説明だけでレイナは倒したのが優斗だと分かった。
 倒し方が明らかに優斗じゃないと出来ない倒し方だった。
 
「……私では真似できそうにないな」
 
 シルドラゴンが吼えた。
 優斗とレイナは平然とし、マリカはビックリしていたがフィオナが宥める。
 ラスターは気圧されていた。
 さすがにこのランクになると雄叫びでも格下には脅せる効果があるらしい。
 
「こ、こいつ、強いんじゃ?」
 
「Aランクなのだから当然だろう」
 
 弱いとでも思ったのだろうか。
 
「最初に言ったが、お前は足手まといにしかならない。戦わないのも勇気だ」
 
「バカ言わないでください! オレはちゃんとフォローできますし、オレがいなくなったらこのヘタレしかいないんですから!」
 
 あくまでやめるつもりはないらしい。
 レイナは説得するのを諦めて、考えを倒す方法へと定める。
 
「さて、どうやって倒そうか」
 
 シルドラゴンも相手人数としては四人。
 一直線に襲ってくることはなかった。
 
「切り刻むのは?」
 
「竜種だけあって鱗が硬い。そこそこダメージは与えられるがバッサリ切り捨てるのは無理だ」
 
「だったら口の中ぐらいしか弱点ないんじゃないのかな?」
 
「そうだな。私が剣を突き入れ、中から魔力を炸裂させて爆発させよう」
 
「何それ? そんなこと出来るんだ?」
 
「前回の黒竜の時に剣が折られたことを父上に言ったら、属性付与の名剣を買っていただいた。さらにイズミの改造も相俟ってかなりの業物になったぞ」
 
「へぇ、すごいね」
 
 レイナが剣を抜く。
 優斗もショートソードを抜き、ラスターも遅れて身構えた。
 
「フォロー頼んだぞ」
 
 レイナが飛び込んでいく。
 次いで優斗も駆け出した。
 二人の様子にラスターも遅れて駆け出す。
 レイナは右から、優斗は左から斬りかかっていく。
 シルドラゴンは翼を羽ばたかせ、後ろに下がろうとする。
 
「させないよ」
 
 優斗が左手を地面に置くと魔法陣が生まれる。
 シルドラゴンの背後に岩石が現れた。
 突然、岩にぶつかったシルドラゴンは不覚にも腹から落ちる。
 その隙にレイナが左翼の部分を集中的に狙っていく。
 ラスターといえば、
 
「行くぞ!」
 
 なぜか真正面から剣を振りかぶっていた。
 
「……マジですか」
 
 優斗が予想以上に驚いた。
 攻撃を避ける技量があるならいい。
 でも、おそらくラスターはないはずだ。
 竜の攻撃は尻尾にさえ注意すれば基本的に左右に来ないから、楽だというのに。
 それぐらいは考えられると思っていた。
 シルドラゴンの口元から炎が溢れる。
 炎球だ。
 しかもラスターは斬りつけるのに夢中で炎球を避けるそぶりがない。
 
「本当に世話が焼ける」
 
 ラスターを左から思い切り突き飛ばす。
 
「な、何をする!?」
 
 誰に突き飛ばされたのか分かったのか、反射的に文句を言うラスター。
 けれど優斗には反応してあげる余裕はない。
 優斗は左腕に風の魔法を纏わせると、発射から到着まで僅かコンマ1秒ほどしかない瞬間を捕らえて、炎球を下に弾いて地面に叩き付けた。
 森である以上、うかつに逸らして燃えたりでもしたらやばい。
 
「さすがに熱いね」
 
 中級レベルの風魔法なので袖は焦げたが、問題はない。
 
「なっ、あっ!?」
 
 今、目の前で起こったことがラスターには信じられなかった。
 竜が放った炎球を優斗が弾き飛ばしたことと、優斗が飛ばしてくれなかったら炎球が当たって、下手をしたら死んでいたかもしれないということ。
 恐怖と驚きの目で優斗を見上げる。
 
「魔物を前に呆けてる時間なんてないですよ」
 
 ショートソードを振るいながら立ち上がるように促すが、ラスターは呆けて立ち上がらない。
 
「死にたいんですか?」
 
 挑発するような優斗の言葉に、さすがのラスターも立ち上がろうとした。
 が、遅い。
 シルドラゴンが振り回すように左腕を前に突き出した。
 先ほどの巨人よりも強力であろう一撃。
 それがラスターに迫る。
 
「──ッ!」
 
 思わずラスターが目をつぶった。
 けれど、いつまで経っても衝撃が来ない。
 
「……?」
 
 なぜ、と目を開けば優斗が受け止めていた。
 風をショートソードに纏わせて防御力をアップしている。
 ここで初めてレイナの怒声が響いた。
 
「ラスター! だから言っただろう、足手まといだ!」
 
 華麗に流美にレイナは剣を振るう。
 今までラスターが見たことのない速度だった。
 
「死にたくないのなら下がれ!」
 
 シルドラゴンが左腕を戻して身体全体をぐるりと回転させた。
 尾が右回りで向かってくる。
 レイナは飛んでかわしたが、そのまま優斗とラスターにも向かっていく尾。
 今度こそやられたとラスターは思った。
 
「せー……のっ!」
 
 しかし、今回も優斗がラスターの首根っこを掴んで無理やりジャンプする。
 そして通り過ぎたところで着地。
 優斗がラスターの表情を窺えば、すっかり闘志の抜けた表情になっていた。
 
 ──やりすぎたかな?
 
 実感させるとはいえ、お灸を据えすぎたような気がする。
 とはいえ彼のような人物にはちょうどいいかもしれなかったと思う。
 
「これがAランクの魔物の力です。勇気と無謀を履き違えたら駄目ですよ。一瞬の判断ミスで簡単に死んでしまうことがあるんですから」
 
 諭すように優斗が伝える。
 さらにレイナから怒声が響いた。
 
「ラスター! 状況が分かっているのなら退け!」
 
 彼の所為で優斗が満足にフォローをできていない。
 
「レイナさんが怒ってる理由も自分が一番理解できたでしょう? 実力を過信しないで、これからも精進してください」
 
 風の精霊を使って優しく遠くへ放り投げる。
 
「さて、と。ラスターさんもいなくなったことだし、ケリをつけるよ」
 
「分かっている!」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 一体、どういうことなのだろうか。
 目の前では二人がシルドラゴンを倒しに掛かっていた。
 また優斗がレイナの逆側に回る。
 そして一太刀。
 それだけで翼が切れて、ポトリと落ちた。
 
『──ッ!』
 
 シルドラゴンが痛みで叫んだ。
 レイナが瞬間、真正面に動く。
 
「弾けろ!」
 
 吼えながら剣をシルドラゴンの口の中へと突き刺していた。
 ラスターはその光景を見ているだけ。
 
「……違う」
 
 自分は本来、レイナのフォローをしているはずだ。
 なのになぜか駄目出しをされていた。
 
「……違うんだ」
 
 優斗ができるのなら自分にだって出来るはずだ。
 あいつに文句を言われる筋合いはない。
 
「……オレは強い」
 
 少なくとも優斗よりはずっと。
 
「オレは強い」
 
 あんな弱々しい男よりも強い。
 
「オレは強い!」
 
 ラスターは目の前に手を向ける。
 
「トドメを刺してやる!」
 
 レイナが何をするのかは分からないが、一発で倒せるとも思えない。
 ならば追加攻撃をすれば完全に倒せるはずだ。
 
「求めるは火帝、豪炎の破壊!!」
 
 炎弾が生まれる。
 レイナはまだ真正面にいた。
 けれどラスターは……放つ。
 自分が倒すという思いに駆られて。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 レイナは剣を突き刺すと、そのまま剣の柄中央にある宝玉に魔力を込めた。
 込めた魔力に反応して剣先に光が生まれる。
 それがシルドラゴンの口内で炸裂した。
 身体ごと破裂することはないが、シルドラゴンを倒すには十分だった。
 優斗はやっと終わったと安堵したが……視界の端に映る光景に嘆息した。
 
「……いくらなんでもバカすぎるって」
 
 レイナの背後に向かう。
 
「ユウト?」
 
「もうネタの領域だよ、彼は」
 
 優斗はショートソードで斬ろうと思って、思い止まる。
 シルドラゴンよりも大きい炎弾だ。
 さすがに斬ったところで、木に着火するのは目に見えていた。
 地面に叩きつけるにも大きすぎる。
 
 ──ああ、もう。
 
 諦めて相殺することにする。
 とはいっても、炎の上級魔法を相殺できるほどの水魔法や氷などの派生魔法──この世界の魔法を優斗は覚えていない。
 つまりできるのは、優斗が元いた世界のゲームに存在する魔法を使って相殺するのみ。
 
『結するは冷たき滴』
 
 ショートソードを鞘に収め、突き出した右手の前に魔法陣が浮かび上がる。
 
『永久凍土の残骸なり』
 
 巨大な氷が炎弾にぶつける。
 けれども大きさに圧倒的な差があった。
 みるみるうちに炎弾が小さくなる。
 そして氷を半分ほど溶かしたところで炎弾が消える。
 
「……まったく」
 
 右手を横に振るうと、氷も役目を終えて砕けた。
 
「ユウト。鱗を取るのを手伝ってくれ。これが依頼の品なんだ」
 
「わかったよ」
 
 本当はラスターを怒鳴りつけようと思ったレイナだが、声を出す前に無表情なフィオナがラスターに向かっているのが見えたので、自分が言うまでもないと思い優斗と共に依頼の品を取ることに決めた。
 優斗も理解してか、レイナに付き合うことにした。

「…………」

 一方でラスターはへたり込んでしまった。
 自分の魔法が優斗に防がれた。
 自信を持っていただけに、自尊心が削られていた。
 そして近付いたフィオナは冷たい目でラスターを見る。
 彼女の腕の中にいるマリカも母親の雰囲気を察したからか、大人しい。
 
「優斗さんに感謝してください。優斗さんのおかげでレイナさんは傷を負いませんでしたし、優斗さんが助けなかったら貴方、下手をしたら死んでましたよ」
 
 ゆったりとした様子でラスターはフィオナに顔を向ける。
 彼の表情はショックを受けているように見受けられるが、それでも口は回っていた。
 
「で、でもあいつがフォローできるなら、オレだって出来るはずで……」
 
「この状況で、まだ言いますか」
 
 何も出来ないのにただ、突っ込んでいった。
 自分だけが害を被るならまだしも、余計なことをしてレイナに怪我を負わせようとした。
 どちらも助けたのは、まごうことなき優斗だった。
 けれど事実を突きつけられてなお、ラスターは優斗を認めようとしない。
 
「だってあいつはフィオナ先輩に戦わせるほど軟弱じゃないですか!」
 
「……貴方の良くないところは人の話を聞かないところと、都合よく考えるところですね。私もレイナさんも優斗さんが弱いなんて言ったことありませんよ」
 
 ただの一言も言ったことがない。
 
「優斗さんは強いんです」
 
 目の前にある現実を見ろ。
 フィオナはそう言いたかった。
 
「優斗さんは悪意がないかぎりは甘い人ですけど、私は違います。貴方を立てるようなことはしません」
 
「で、でも、あんな奴がフィオナさんの婚約者など間違っている!」
 
 フィオナが好きだからなのか、それとも優斗を否定したいが為なのかは分からない。
 だが、フィオナは最初からラスターの優斗を否定する言動に腹が立っていた。
 今まで我慢していたのは優斗が大丈夫だと言っていたからだ。
 けれども、それだって臨界点がある。
 今のでギリギリまで抑えていた堪忍袋が切れる。
 
「間違っているのは貴方です」
 
 何でラスターに否定されなければならない。
 
「貴方、私のことを好きだと言いますけど、一体どこを好きになったんですか? 顔ですか? 身体ですか? 家柄ですか?」
 
「……っ……!」
 
 唐突な問いに言葉が詰まるラスター。
 
「はっきり言いますが、貴方のことを私が好きになることは絶対にありません」
 
 未来永劫、永遠に無い。
 
「貴方には悪意がありませんでした。だから思い切り拒絶はしなかった。もちろん私だけならば貴方を遠ざけましたが、それをしなかった一番の理由として優斗さんの厚意があったからだと気付かないのですか?」
 
「け、けどフィオナ先輩の心が広いからであって、あいつは関係──」
 
「違います。私は心が狭い女です。友人にだってすぐに嫉妬するし、嫌な気持ちになる。他人なんてどうでもいいって思いますし、優斗さんみたいに優しくありません」
 
「そ、そんなことないですよ!」
 
 ラスターが力強く否定するが、だからこそフィオナは嘆息する。
 
「なぜ貴方が分かるんですか? 私の性格なんて何も知らない貴方が。優斗さんを知らない貴方が」
 
 フィオナのことを知っている仲間なら、とてもじゃないが心が広いなんて思わないだろう。
 彼が言っているのは彼の理想の中のフィオナ。
 
「貴方の都合と理想を私に押し付けないでください」
 
 最低限の性格さえ知らないのに、どの口が好きだと言うのだろう。
 
「何よりも私のことを少しでも知っているなら、絶対に口にしては駄目な言葉を貴方は何度も使いました」
 
 特に優斗のことだ。
 
「私は婚約者を貶されて、ずっと黙っていられるほど出来た女じゃありません」
 
 それほど優しい性格をしていない。
 それほど大らかな性格をしていない。
 けれどラスターには分からない。
 
「で、でも、婚約者っていってもオレのほうがフィオナ先輩を好きな自信がありますし、オレのほうが絶対にフィオナ先輩を幸せにできます。何よりも大切にできます!」
 
 フィオナがここまで言っても退かないラスターだが、彼の言葉に対してフィオナの心は何も動かない。
 
「貴方はいつも『優斗さんより自分は強い』とか『優斗さんより好きだ』とか言いますけど」
 
 アピールのつもりなのかもしれないが。
 
「貴方の言葉は私の心に響きません」
 
 どこにも届かない。
 
「しかも『自分のほうが幸せにできる』って言いますけど……貴方は私の幸せが何なのか、知っているんですか?」
 
 問いかける。
 けれど答えられるわけもない。
 
「そ、それ……は……」
 
 またラスターが言葉に詰まった。
 
「いい加減、止めてください」
 
 フィオナはこれが最後だと思い、自分の想いの丈を語る。
 
「私の幸せは優斗さんと一緒にまーちゃんを育てること。友達とたくさん話して遊べること。こんな些細な日常が私の幸せなんです」
 
 奇しくも優斗と同じ幸せだった。
 ほんの半年ほど前までは友達がいなかったからこそ、友達と遊ぶのが楽しい。
 マリカを育てることになってからは、この子がすくすくと育っていく様子を見ていくのがとても嬉しい。
 
「だから私の幸せを奪おうとする人がいるなら相手が誰であろうと容赦はしません」
 
 
 
 
 さすがにここまで駄目出しをフィオナにされて、落ち込まないわけがなかった。
 が、気落ちしながらでも訊きたいことは絶えない。
 
「……なんであいつの肩を持つんですか?」
 
「婚約者の肩を持たない人なんていないと思います」
 
「……あいつがそこそこ強いというのは認めます。でもあいつは、フィオナ先輩を守ろうとしなかった。フィオナ先輩が大切じゃないんですよ」
 
 誰が何と言おうと、大切な人が危なかったら守るべきだ。
 危険な目にさらしてはいけない。
 
「人によってはそう思うかもしれませんね」
 
「どういうことですか?」
 
 ラスターの問いに、フィオナは彼の前で初めて微笑んだ。
 優斗のことを考えて。
 ラスターが初めて見る表情だった。
 
「あの人は貴方よりずっと心配性で、私が怪我でもして帰ったらとってもうろたえてしまうと思います」
 
 本当に優しい人だ。
 
「さっきだって私が吹き飛ばされたとき、心配そうな顔で駆け寄ろうとしたんですよ。けれど私が止めたから彼は駆け寄らなかった」
 
 ラスターはそれでも助けに行くべきだと思っているのだろう。
 でも、彼は違った。
 
「優斗さんは私の想いを汲んでくれたんです。私やまーちゃんが傷つくことを本当に恐れる人だけど、私が戦うと決めたから……」
 
 助けに来なかった。
 
「貴方の大切の仕方もいいんだと思います。大切にされてることを理解してくれて、喜んでくれる人だっていると思います」
 
 貴族の令嬢には、彼の守り方が好きな人も大勢いるだろう。
 
「でも私は想いをしっかりと受け止めてくれて、そして進む道を一緒に進もうとしてくれる。こういう大切がいいんです」
 
 けれどフィオナが言っていることは、
 
「もちろん優斗さんに迷惑だってかけてしまいますし、心配だってさせてしまいます」
 
 彼に良い気持ちをさせていないことも確かだ。
 
「でも……」
 
 フィオナは心底、嬉しそうな表情を浮かべた。
 
「不謹慎ですけど、嬉しいんです。大切に想われてるって実感できるから」
 
 優斗に自分が想われていると感じられることが、どうしようもなくフィオナは嬉しい。
 
「……オレにそんな表情を向けてくれたこと、なかったですね」
 
「当然です。貴方のことは邪魔としか考えたことありませんでしたから」
 
 フィオナがばっさりと切り捨てた。
 
「もう少しオブラートに包んでくれると嬉しいんですが」
 
「私に求めないでください」
 
 またも突き放すように答える。
 きっとこれがフィオナの性格の一つなんだとラスターもようやく気付く。
 苦笑した。
 確かにこんなフィオナはフィオナじゃないと思ってしまう。
 これだって“フィオナ”なのに。
 
「そう……いうことか」
 
 所詮はこれだけの想いか、となんとなく納得してしまう。
 
「フィオナ先輩」
 
 けれど、それでも『好き』という感情は確かにあった。
 だから訊きたい。
 
「……正直に答えてもらっていいですか?」
 
「何をですか?」
 
「あいつよりもオレが早く出会ってたら、オレを好きになってくれましたか?」
 
 仮定の話ではあるが。
 もし、先に出会っていたらどうだったのだろう。
 少しは考えてくれるかとラスターは思っていたが、フィオナは即答した。
 
「無理です」
 
「早いですね」
 
 あまりの早さに悔しさも出てこない。
 
「どれだけの男性と出会ったとしても、やっぱり優斗さん以外に愛する人なんて思い描けないんです」
 
 頭を下げる。
 申し訳ないと思うが、無理だった。
 優斗以外の誰かなんて。
 
 
     ◇    ◇
 
 
 話が終わった頃合を見計らって、優斗とレイナが合流する。
 ラスターは優斗を一睨みしたあと、先に一人で帰っていった。
 残った優斗達は和泉とクリスを回収して、ギルドへと向かう。
 そして依頼達成のお金を貰うと、優斗とフィオナは和泉達とそこで別れた。
 家への帰路を歩いている途中で、マリカと手を繋いでいるフィオナがぽつりと話し始める。
 
「あれだけ怒ったのは初めてかもしれません」
 
「怒っちゃったんだ」
 
 優斗があらら、といった感じで笑う。
 
「私だって我慢の限界くらいあります。優斗さんの文句をたくさん言われて我慢しきれるわけありません」
 
「ありがとうって言う場面なのかな?」
 
「言わなくていいです。私の問題ですから」
 
 ただ自分が我慢できなくだっただけ。
 
「でも……」
 
 少しだけ、気になった。
 気になってしまった。
 
「優斗さん」
 
「ん?」
 
 だから勇気を出して訊いてみよう。
 
「もし優斗さんの立場に私がなった時は──」
 
 自分がたくさん、中傷されていたら。
 
「優斗さんは怒ってくれますか?」
 
 フィオナの真面目な質問に優斗は唖然とした表情を浮かべたが、すぐにからかうような笑みになった。
 
「それを訊くのはちょっと卑怯じゃないかな」
 
「なんでですか?」
 
「決まってるからだよ。絶対に怒るって」
 
 大切で大切で。
 どうしようもないくらいに大好きだから。
 
「僕はフィオナに関しては、怒るために必要な沸点がとんでもなく低くなるんだから」
 
 自分と同じようなことがあったら、やった人物を神話魔法で吹き飛ばす自信がある。
 
「……同じですね」
 
「そうだね」
 
「嬉しいです」
 
「そっか」
 
 なぜか互いの胸に充足感が生まれて嬉しくなった。
 
「あうっ」
 
 マリカが声をあげる。
 そして空いている右手を優斗に伸ばした。
 
「わかったよ」
 
 優斗は小さな手を握る。
 そしてフィオナと示し合わせてマリカを持ち上げる。
 
「あいっ! あう!」
 
 両手を持ち上げられて空中に浮かんだことを喜ぶマリカ。
 その姿に癒されながら、
 
「今日の夕飯、なんだろうね?」
 
「ハンバーグって言ってましたよ」
 
 二人はなんてことはない会話を楽しんだ。
 
 




[41560] 初めてだから踏み出せない
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:1e7fac20
Date: 2015/10/05 21:25
 
 
 
 11月も中盤となったころ、優斗と卓也とクリスが一同に集まっていた。
 事の発端は卓也がクリスに訊きたいことがあったからだ。
 
「なあ、クリス」
 
「なんでしょうか?」
 
「特に知ってもない人と結婚するってどんな感じなんだ?」
 
 自分も同じ状況に置かれたわけだが、特に結婚話が進展しているわけでもなく。
 かといってリルとの関係が進展しているわけでもない。
 だからこそ、クリスに訊いてみたかった。
 
「立場的に同じなタクヤが自分に訊きますか」
 
「だってさ、オレの場合は実際、理解の範疇にある出来事みたいなもんだからさ」
 
 そして優斗には溜め息を送る。
 
「こいつは役に立たないし」
 
「すみませんね。よく見知った方と婚約やら夫婦やらやっていて」
 
 優斗がおどけて返す。
 
「だからクリスに訊きたいんだよ。どうなのかな? って」
 
 卓也の問いにクリスは少し考える。
 そしてゆっくりと分かりやすいように伝え始めた。
 
「前にも言ったと思いますが、貴族の結婚というものは双方が愛し合った上での結婚など、そうあるものではありません」
 
 七割ほどは政略結婚だろう。
 
「家名を上げるため、地位を上げるため、望まれない結婚など多々あります。特に次女や三女となった女性など顕著でしょう。自らの意思で結婚など」
 
 見捨てられていれば話は別だが。
 
「穿った見方をすれば、家を興す手段なのですよ。結婚など」
 
「…………」
 
「…………」
 
 正直、これほど結婚というものに冷めた発言を聞いたのは初めてだった。
 卓也が思わず言葉を失う。
 
「自分は公爵家ですから、選ぶ立場にいました。自分より上など王族ですから。アリーさんをどうこうしようとしない限りは選びたい放題です」
 
 自分が持っている位を望んでいる輩のほうが数多くいるのだから。
 
「幾人もの候補がいた中で決めたのがクレアです。初対面ではありましたが、クレアなら仮面夫婦などではなく本当の夫婦になれると思ったからです」
 
 けれどそれは、言葉の捉え方を変えたら。
 
「粗暴な言い方をすれば、少しでもマシだと思った女性を選んだだけです」
 
 こう言い換えることもできてしまう。
 
「おそらく貴方の観点から見て問題なのは、自分が言ったような結婚を我々が普通と思っていることでしょう。結婚とはそういうものだと割り切っている」
 
「念のために訊くけど、マジで全員が思ってるのか?」
 
 卓也が確認を取る。
 
「リライトはまだトラスティ家のような考えをする方々も多いですが、大抵の国の貴族や王族などは結婚などそういうものとしか考えていません」
 
「そういうもの、か。リルも同じだと思うか?」
 
 卓也のさらなる問いに対しては、クリスは首を捻らざるを得ない。
 
「分かりかねます。一番彼女に近しいのはタクヤですから、貴方に理解ができていないのなら自分達には無理です」
 
「そうだね。卓也が分かってあげないといけないんじゃないかな」
 
 彼女がどのような考えで卓也を婚約者と選んだのか。
 優斗とクリスには答えることはできない。
 
「でも、さっきの答えが返ってきたら正直……ヘコむ」
 
「好きなのですか?」
 
 クリスがずばっと訊いてくる。
 けれども卓也はまだ、頭を縦に振るほどの自信を持った解答を胸の内に携えていない。
 
「分からない。まだ好きと断言できるわけでもない」
 
 形や言葉として明確な感情になっていない。
 
「けれどクリスが言ったように選ばれたんだとしたら……嫌だと思った」
 
 余計なことなんか関係なくて。
 ただ、ただ。
 純粋なまでの想いで選ばれていたいと。
 
「ならばお互いに感情を明確に、そして築いていけばいいではありませんか。自分とクレアもそうですよ。自分達は愛ある生活を望んでいますから」
 
 クリスが笑って卓也の肩を叩いた。
 別に仮面夫婦になる必要性はない。
 婚約から始まったとしても愛を育んではいけない理由などない。
 
「少しずつ分かっていけばいいんじゃないかな。卓也は得意でしょ?」
 
 優斗も背中を押す。
 根気強く。
 それが卓也の強みなのだから。
 
「……だな。順序は逆だけど、頑張ってみるか」
 
 卓也は一度、両手で頬を張る。
 話して吹っ切れたのか、相談してきたときよりは表情は晴れたように優斗とクリスには見えた。
 
 
 
 
「ところで優斗はどうなんだよ?」
 
「何が?」
 
 そして話題は次の人物へと移る。
 
「フィオナと」
 
「この状況で互いに好意を持っていないとか馬鹿なことは言わないですよね?」
 
 あれだけ色々とやらかしておいて、今更そんなことを言っていたら優斗を蹴っ飛ばす。
 
「互いかどうかは分からないけど、少なくとも僕はフィオナのことが好きだよ」
 
 優斗が淡々と答える。
 だが、
 
「……分かんないってなんだ?」
 
「どういうことですか?」
 
 彼の返答に対して卓也とクリスが首をひねる。
 優斗はフィオナが好き。
 ということはすでに告白も済んでいるものじゃないのだろうか。
 ならば彼らの仲むつまじい姿にも心底納得できる。
 しかし、
 
「いや、だって付き合ってるわけじゃないし」
 
「…………はあっ!?」
 
 思わず卓也から驚きの声が漏れた。
 
「……タクヤ。自分は耳がおかしくなったのでしょうか?」
 
 軽く耳を叩くクリス。
 
「いや、気持ちは分かるけどお前の耳は正常だよ」
 
 卓也とクリスが目を合わせて、同時に項垂れる。
 
「卓也とクリスは何が言いたいのかな?」
 
「言わせんな、馬鹿」
 
「言わせないで下さい」
 
 二人してため息を吐く。
 
「……お前、告ってないのか?」
 
「うん」
 
 あっさりと頷く優斗。
 クリスはもう、何と言っていいか分からなかった。
 
「……つまりあれですか? 別に告白しなくても同棲しているし、マリカちゃんのおかげで夫婦やら婚約者やら言われているから、わざわざする必要もないと」
 
「いや、だからフィオナがどう思ってるか分からないし」
 
 彼女が自分のことを好ましく想ってくれているのは理解できている。
 しかし、それが恋愛感情なのか何なのか、優斗には分からない。
 クリスが大げさに頭を振った。
 
「……先ほどのタクヤも相当なヘタレだと思いましたが、ここにもいましたか」
 
 こと現状においては卓也以上のヘタレだ。
 
「言えばいいじゃないですか」
 
 それだけで事態はあっさりと解決する。
 なのにも関わらず優斗は手を横に振った。
 
「ムリムリ。考えてみなって。もし僕がフィオナに告白したとして断られたら悲惨だよ。マリカがいるから家を出るわけもいかないし、一緒にマリカを育ててるんだから嫌でも顔を合わせる」
 
 断るとかねぇよ、と卓也とクリスは視線でツッコミを入れる。
 けれども黙っていたところでしょうがないので、卓也はとりあえず言った。
 
「ネガティブになる理由はなんなんだ?」
 
 あの状況でどうしてそこまで怯えるのだろうか。
 他人の機微には聡い優斗が、自分のことに関しては全くもって自信を持っていない。
 優斗は卓也に言われて少し考え、
 
「怖いのかもね。初めての恋で」
 
 自分のことを素直に口にした。
 
「フィオナと一緒にいれる状況がほんのわずかの可能性でも崩れてしまうと思ったら、うかつに今の状況を変えたくないと思ってるのかも」
 
 それだけじゃない。
 
「あと、義父さんや義母さんとの関係を崩したくないっていうのもあるんだろうし」
 
 何かを言って崩れるのが怖い。
 
「大切なんだ。フィオナもマリカも義父さんも義母さんも。だから今の関係を崩したくない」
 
 だからこその現状維持。
 変わらなければ、崩れることもない。
 
「……フィオナを誰かに取られたらどうするんだ?」
 
 ほとんど可能性がないとはいえ、ゼロじゃない。
 
「フィオナがその人のことを好きなら諦めるよ」
 
 優斗はさらっと言ってのける。
 彼女がもし、本当に好きならば。
 自分は身を引く。
 
「でも」
 
 こう言うのは変だけど。
 
「今まで言ったことに矛盾するけど」
 
 怖いと思っていると同時に、別の気持ちもある。
 
「このまま終わりたくないのも確かなんだ」
 
 すごく怖いけれど一歩を踏み出そうと考えてる。
 
「そろそろ頑張らないと……ね。言わなきゃいけないこともあるし」
 
 今まで彼女に――彼女達に言わなかったことを。
 
「“あの事”を言って初めて、フィオナと真正面から向き合えるのかなって思ってる」
 
 
 
 
       ◇      ◇
 
 
 
 
 そしてフィオナとココとアリー、リルも四人で集まっていた。
 
「リルさんはどうなんです?」
 
 ココが興味津々に訊いてきた。
 
「何がよ?」
 
「タクヤさんとのことです。婚約までしちゃって。いつから好きだったんです?」
 
「……べ、別に言わなくてもいいでしょ」
 
 少し顔を隠してリルがそっぽを向いた。
 
「え~、だって気になります」
 
「わたくしも」
 
「私も気になります」
 
 便乗してアリーとフィオナも乗っかってきた。
 三人の期待の視線を受けて、さすがにリルも黙ってられなくなる。
 
「……そ、そんな大層な話じゃないわよ」
 
 前置きが出てきて目を輝かせる三人。
 
「黒竜に襲われたときにうっかりときめいちゃっただけ」
 
 あれだけ悪態を突いていた自分を、命を賭して守ってくれた彼の姿に。
 自分の為に扱えなかった防御魔法を発動させ、血が出ようとも必死になってくれた卓也の姿に。
 一生懸命になってくれた彼に恋をした。
 
「でもリルさんって婚約者候補がたくさんいらしたのですよね?」
 
 候補から選ぼうとは思わなかったのか、アリーは気になる。
 
「そりゃ婚約者候補はたくさんいたけど、別にいいやつはいなかったし。そいつらよりもタクヤのほうがずっと良い男だもの。あと、あたしは貴族達の政略道具になるつもりもなかった」
 
 人形のように扱われるなんて我慢できなかった。
 
「というかアリーとココはどうなのよ」
 
 今度は逆にリルが二人に尋ねる。
 
「わたしは全然です。婚約の“こ”の字も出てきません」
 
「シュウ様があれですから」
 
 苦笑するリライトの王女に三人も同じように笑った。
 
「アリーは苦労しそうね」
 
 おそらく仲間の中で朴念仁ナンバー1の修。
 恋愛関係に発展させることは殊更に難しそうだ。
 
「フィオナは進展とかあったりする?」
 
 そして今度の話題はフィオナへと移り変わる。
 
「いえ、特に何も」
 
 落ち着いた感じで紅茶を飲むフィオナに、アリーは前々から思っていた疑問を口にする。
 
「ぶしつけに訊きますけれど」
 
 今まで直接に訊いたことはなかったけれど。
 
「フィオナさんはユウトさんのこと好きなのですよね?」
 
「ふぇっ!?」
 
 フィオナが手に取っていたカップをガチャリと音を鳴らして落とした。
 一瞬で顔を真っ赤にしたフィオナに、リルがからかうように先日の一件を口にした。
 
「こないだ愛してるって言ってたわよ」
 
「えっ!? い、いつです!?」
 
「本当なのですか!?」
 
 突然降って沸いた話にココもアリーもテンションが上がる。
 
「あたしとリステルに行った時によ。30人以上に大見得切って言い放ってたわ」
 
「ふぇ~」
 
「すごいですわね」
 
 そんな大人数に言うなんて。
 けれど同時に疑問がココに浮かぶ。
 
「告白はしないんです?」
 
 するとフィオナの真っ赤だった顔はすぐに赤みが消えた。
 
「……いえ、さすがに断られるのが怖くて」
 
「なんでです? だってフィオナさんってユウトさんに好かれてるじゃないですか」
 
 彼がどうしようもなく愛おしそうな表情を見せるのはフィオナのみ。
 そんなもの、仲間の誰も彼もが分かっている。
 だが、
 
「好意を持っていただけてるのは分かるのですが、仲間の皆さんも同様だと思いますし」
 
「「「……えっ?」」」
 
 予想外の返答に三人が面を食らった。
 そして次々に声を揃えて否定する。
 
「違いますわ。全然、違います」
 
「扱いからして違うわよね」
 
「当然です」
 
 明らかに圧倒的にどうしようもなく扱いが違う。
 なのに同じに思うって。
 呆れる。
 鈍いのか、それとも危機感が足りないのか。
 
「前にも話したと思いますが、ユウトさんは詳細が知られたら大変な人物です。国内有数どころか国外まで引っ張りだこの争奪戦が起きそうな方です。このまま手をこまねいていたら奪われてしまうこと必至ですわ」
 
 アリーが正真正銘の事実を口にする。
 瞬間、フィオナが叫んだ。
 
「い、嫌です!」
 
 珍しく、フィオナが真顔で余裕のない表情になった。
 今までならば『優斗さんが決めたなら仕方ありません』と言うのに。
 互いの結びつきが強くなったのだろうか?
 より一層に優斗を愛するようになったのだろうか?
 どちらにしても反射で言い放った言葉は、おそらく彼女の純粋な本心なのだろう。
 フィオナの様子にアリーはイタズラを思いついた。
 
「幸い、現状ではフィオナさんはユウトさんの奥方です。今のうちに良妻としてユウトさんを捕まえておくのがよろしいのでは?」
 
 彼女の提案にフィオナは飛びついた。
 
「ど、どうしたらいいですか!?」
 
 あまりにも真剣な様子に少しだけ申し訳ない気もしたが、アリーもココもリルも楽しさが勝った。
 
「じゃあ、みんなで考えましょう」
 

       ◇      ◇
 
 
 そして彼女達が考えたことをフィオナが実行したのは翌朝からだった。
 優斗は朝に弱い。
 やろうと思えば問題なく起きれるのだが、それは特別な状況になったときだけ。
 普段は15分以上もぼけっとしている。
 特に休みの日などはゆっくりとまどろんでいるのが好きだった。
 
「失礼します」
 
 なので未だ眠っている彼のもとへ向かったフィオナ。
 音を立てないように優斗に近づき、
 
「優斗さん、起きてください」
 
 優しく声を掛けるが優斗は起きない。
 というわけで、話し合いの際に教わったことをやってみる。
 
「あなた……お、起きてください」
 
 顔を真っ赤にしながら言う。
 が、優斗に反応なし。
 そして起きなかった場合の次の手段。
 
「お、おはようのキス……でしたね」
 
 頬と唇の二択らしいが。
 とりあえず頬に狙いを定める。
 
「……よしっ!」
 
 気合いを入れてベッドに手を掛けた。
 軋んで軽く揺れる。
 
「……ん……?」
 
 そのわずかな振動で優斗が目を覚ます。
 
「…………」
 
 少しだけ瞼を開いて、
 
「……あっ」
 
 フィオナと目が合った。
 
「…………きょう…………なにかあったっけ……」
 
「……い、いえ、なにも」
 
 フィオナとしては、まさか頬にキスをしようとしていたなどとは言えない。
 優斗はフィオナの返答を聞くと、安心したように目を閉じた。
 
「……おやすみ」
 
 
       ◇      ◇
 
 
「……うぅ……」
 
 フィオナは思わずうめき声をあげていた。
 朝は失敗した。
 だが、次は成功させる。
 お昼を食べ終わって優斗は現在、ソファーで寝転びながらマリカを持ち上げている。
 ソファーは優斗がまるまる使っているので、ほかに座るものもいない。
 
「あぅーっ!」
 
 “高い高い”をしてもらって喜んでいるマリカ。
 フィオナは二人が遊び終わるところを狙って『ひざまくら』をやってみようと試みる。
 けれど、
 
「ユウト、ちょっとそこでお茶飲むから頭あげて」
 
「向かいのソファーが空いてますけど」
 
「いいからいいから」
 
 無理矢理にエリスが優斗の頭があった部分に座ってきた。
 ひょいっと頭をあげた優斗はそのまま起きようとしたが、額を押されてあえなく後頭部がエリスの太ももに着地した。
 
「……なんです? 突然に」
 
「娘に膝枕ってしたことあったけど、義息子にはやったことなかったから」
 
「義父さんで我慢しません?」
 
「嫌よ。自分の子供にやるっていうのが重要なのよ。そ・れ・に――」
 
 フィオナをエリスはにやにやと見る。
 優斗がつられて見てみると、ただならぬ表情をした彼女がそこにいた。
 
「あら? フィオナ、どうしたの?」
 
「わ、分かっててやってるんですか!?」
 
「なんのことかしら?」
 
 エリスがフィオナをからかっている。
 これでようやく優斗もエリスが膝枕なんてしたのか見当がついた。
 
「フィオナをからかうためにやったんですか」
 
「だってあの子、さっきからウロウロしながらユウトとマリカのことを見てたから。もしかしたらこういうことやりたいのかな、って」
 
「ち、違います!」
 
 からかわれていたのに気付いて、フィオナが反射的に否定する。
 
「部屋に戻ります!」
 
 そしてバタバタと自室へと戻っていった。
 
「本当に慌ただしい娘ね」
 
「……義母さん。フィオナをからかうのやめてください」
 
「だって楽しいんだもの。今のあの子ってからかい甲斐があるし」
 
「……はぁ。僕にまで被害が来るようにしないでくださいね」
 
「そこらへんのさじ加減は分かってるわよ」
 
 
 
 
 一時間後、落ち着いたフィオナは再び広間に戻る。
 しかし優斗とマリカの姿が見えないのでエリスに尋ねた。
 
「優斗さんは?」
 
「あそこでマリカとお昼寝中よ」
 
 エリスが指したほうを見れば、二人仲良くマリカのお遊びスペースで眠っていた。
 にやにやしながらエリスがフィオナに訊く。
 
「それで、次は何をするの?」
 
「や、やっぱりさっきの分かっててやったんですね!」
 
「だってぶつぶつ独り言で言ってるんだもの。さすがに分かるわよ」
 
 朝からずっと口にしているのだから、気付かないほうがおかしい。
 
「次はうでまくらって言ってたわね」
 
「わ、わー! だ、駄目です! いくらお母様でも次はやったら駄目です!」
 
「静かになさい。二人が起きちゃうじゃない」
 
 慌てたフィオナをエリスはたしなめる。
 
「というかさっきから疑問だったのだけど、どうして突然そんなことやろうと思ったの?」
 
 エリスの当然とも思える質問に、フィオナは昨日の話をする。
 
「ふうん。つまりユウトが誰かに取られるかもしれないから、先に既成事実を作ろうとしたのね」
 
「ち、違います。妻らしいことをすれば優斗さんをここに留めておける話になりまして……」
 
「なに? フィオナはユウトをここに留めておきたいの?」
 
 エリスの直球な質問にフィオナは照れるが、しっかりと頷いた。
 
「だったら別にそんなことしなくてもいいじゃない。帰る場所とおいしいご飯を作って待っていること。これが旦那に妻を持って一番よかったと思わせる方法よ」
 
「……そう……なのですか?」
 
 あっけらかんとしたエリスの言葉にフィオナは驚く。
 
「もちろんよ。たまに振る舞う手料理なんて、若いときのマルスは泣いて喜んだわ」
 
 貴族だから料理を振る舞う機会はそうそうあるわけではないが、料理を作ってあげたときは本当に喜んでいた。
 
「だからフィオナ達は今のままでいいのよ。ときどき、ご飯を作ってあげてるでしょう?」
 
「はい」
 
「それに、ユウトが帰る場所は“この家”なんだから。無理にどうこうしようと思わなくていいの」
 
 と、ここでエリスはイタズラめいた表情を浮かべ、
 
「どうしても離したくないのなら、告白でもなんでもして本当の婚約者やら夫婦になればいいだけじゃない」
 
 なんて言ったら、またフィオナは顔を真っ赤にして自室へと戻っていってしまった。
 エリスは笑う。
 
「フィオナって変に行動派なのに、妙なところで引っ込み思案なのよね。誰に似たのかしら?」
 
 行動的なのは自分の性格だろう。
 ということは、引っ込み思案なところは、
 
「きっとマルスね」
 
 
 



[41560] 伝え聞く過去
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:1e7fac20
Date: 2015/10/05 21:25
 
 
 
 久しぶりに五人で夕飯の食事をしていた。
 普段はマルスの帰りの時間が不定期のために四人が多いのだが、本日は仕事が早く終わったとのことなのでマルスが早々に帰ってきたのだ。
 優斗はマルスが早く帰ってきたことで、一つの決心を固める。
 
 ――今日、話そう。
 
 このあいだ、決めた。
 自分の過去をちゃんと話すと。
 他人に知られたら嫌な過去だけど。
 この人達には、知ってもらいたいと思ったから。
 優斗は夕飯が終わりフィオナがマリカを寝かしつけに部屋に行くのを見て、マルスとエリスに時間をもらった。
 
「時間と取ってくださってありがとうございます」
 
「それはかまわないんだが」
 
「何の話をするの?」
 
「僕の昔話をしようと思いまして」
 
 優斗の言葉に二人とも一様に驚いた表情を浮かべた。
 
「いいのかい?」
 
「別に話さなくてもいいのよ」
 
 多少なりとも優斗の過去を知っている二人は、気を遣ってきた。
 
「いいんです。これ以上、黙っておくことはできないって思いましたから」
 
 大切にしてくれるからこそ。
 自分を義息子だと言ってくれるからこそ。
 
「しっかりと話したいんです」
 
 
 
 
 優斗は大きく息を吸って……吐いた。
 
「どう説明したらいいか分からないので、最初から順に話していきたいと思います」
 
 身の上話をするのはこれで2度目だ。
 さすがに修達の時とは別の緊張感がある。
 
「まずは僕の両親のことから話したいと思います。僕の両親はこの世界で言えば、商工の代表でした。そして商工を一代で大きくさせた手腕の持ち主でもありました」
 
 晩年に至っては数百億という利益を得ていた。
 
「真っ当じゃない方法も使って」
 
 不正ギリギリ。
 もしかしたら平然と不正をしていたのかもしれない。
 
「悪党のごとく乗っ取り、幾数もの商工を潰し、たくさんの人々の生活を破滅させていました」
 
 だから両親は当然。
 
「もちろんですが結婚も愛あるものではありません。政略結婚みたいなものです」
 
 会社の利益になるため、一家の利益になるため。
 これだけの理由で自分の両親は結婚した。
 
「そして僕は両親から帝王学……とでも言えばいいでしょうか。勉学、運動、芸術の分野などのありとあらゆるものにおいてトップであることを強要されて生きてきました」
 
 物心ついたころには、勉強していた。
 
「幼少のころからずっと学ぶことだけを強要された当時の僕は、今から見れば感情のない人間……いえ、感情を動かすことのない人形だったでしょう」
 
 初めて会ったときのフィオナよりもずっと。
 無感動に、無表情に。
 誰よりも心を凍らせて、止めていた。
 ただ生きていただけの人形。
 
「失敗をすれば食事も抜かれますし、殴る蹴るは日常茶飯事。命の危機だって何度あったかもう覚えていません。誰かに負ければ当然、存在すら否定されてきました。『結果が出なければおまえはこの家にいる価値がない』と」
 
 ずっとずっと、そうされてきた。
 強制を指定されてきた檻。
 
「僕は当たり前だと思っていましたが、小等学校に通い始めればさすがに自分の境遇があまりにも違いすぎることに気付きました」
 
 友達と遊んでいる同世代を見るたびに。
 自分が彼らと違うものだと見せつけられた。
 
「そして思ったんです。なぜ自分だけがこうなのだろう、と。どうしてここまでされなければならないのだろう、と」
 
 憧れた。
 彼らの生き方に。
 
「もちろん、友達が作れるわけもなかった。両親ともに僕に友人など不要と思っていましたから」
 
 友人などお前には要らない存在なのだと。
 価値のない屑が滓になるつもりか、と。
 何度も何度も言われ続けた。
 
「けれど9歳になったころ、僕は思いました」
 
 子供の浅知恵みたいなものだけど。
 
「元凶が両親ならば、この二人が死んでしまえばいい。いっそ殺してしまおう。感情の赴くままに決めました」
 
 今から鑑みれば、あまりにも子供らしい短絡的な考えだった。
 
「自ら手を汚したことばバレれば犯罪になる。やるならば完全犯罪を行わなければならない。決意してからの日々は、常に両親を殺す計画を算段していたような気がします」
 
 自分が殺したことを警察に悟られずに。
 いかに両親を殺すか。
 ただ、一心に考え続けていた。
 
「けれどある日、転機が訪れたんです」
 
 あっけないほどに。
 それは来た。
 
「10歳の年末の頃です。両親に潰された商工の人間が家に上がり込み、包丁を持って暴れたんです。自室にいた僕は、乗り込んできて暴れる彼を取り押さえることもせずに捕らえられました。当時の僕でも取り押さえることは簡単でしたが、僕を殺すつもりがないことに気付き抵抗せずにいました。そして手錠をかけられました」
 
 けれども殺さないだけで。
 死ぬ以上の絶望を知れ、と視線が雄弁に語っていた。
 
「リビングに連れていかれて、始まったのは殺戮です。両親はすでにお腹を刺されて蹲っていましたが、気にせず何度も何度も全身をくまなくメッタ刺しです。命が失われたあとも、何度も。何片にも切り刻まれ、肉片がそこら中に転がりました」
 
 血なまぐさい臭いが。
 リビングに充満していた。
 幾片もの欠片が散り、悪夢と言える状況が生まれた。
 
「この光景を僕に見せたかったのでしょうね。お前の両親はこんなことをされる人間なんだと。教えたかったのだと思います」
 
 数えられないくらいに繰り返す。
 両親が刺される瞬間を。
 肉塊が転がっていく光景を。
 ありとあらゆるものを引きずり出し、また切り刻んでいく状況を。
 優斗の目に焼き付けようとしていた。
 
「そのあと、彼は満足したように自首しました。己が殺意の満足と、僕に一生分の傷を心に負わせたものだと信じて」
 
 あくまで普通の両親で。
 自分が普通の子供なら。
 彼がやったことは大いに意味があっただろう。
 
「だけど僕は……何も悲しくありませんでした。殺そうと思っていた両親が死んだ。しかも自分が手を掛けることもなく。本当に良かったと、最高の結果だとさえ思いました」
 
 自分の手を汚す必要がなくなったのだから。
 けれど、両親が死んだからといっても決して終わりではない。
 
「両親は莫大な保険に入っていたので、僕は受け取ることになりました。ですがその大金をかすめ取ろうとした汚い大人が大勢、押し寄せてきました」
 
 養親に、後見人に、親族だから、と。
 莫大な遺産に目がくらんだ人々がやってきた。
 
「僕は彼らを全力で拒否しながら、自ら後見人を立て、全て振り払いました」
 
 ずっと立ち向かってきた。
 嘘と欺瞞に満ちた言葉と暴力。
 粗暴で野蛮な感情。
 その全てが向けられてきた。
 本当に、自分以外に信じられる者などいなかった。
 自分以外を信じてはいけなかった。
 どれだけ辛くても。
 どれほど苦しくても。
 他の誰かを信じて逃げることは許されなかった。
 
「無慈悲という言葉が生温いほど凄惨で、相手が許しを請うても尚……容赦はしない。一厘の甘えも優しさも与えず、残酷なまでに叩き潰しました」
 
 そうでないと駄目だった。
 
「やらなければやられる。これほど的確な言葉はありません」
 
 そして同時に大人とはなんて汚い存在なんだろうと。
 子供ながらに悟った瞬間でもあった。
 
「何もかもが終わったころには学校も一つ上に上がり、中等学校に通い始めました」
 
 事件があったから引っ越しをして。
 何も知らない土地で一人、生きていく決心をした。
 
「初めて僕は自分で何かするということを試みました。性格を変えるために口調を変え、自分で選んだ部活に入り、自分の意思で遊び、見てみたいと思ったアニメを見て、ようやく生きている実感を得ました」
 
 のめり込みすぎて、軽いオタクになってしまったのは愛嬌というものだろう。
 
「でも、自由を得たということは同時に敷かれたレールがなくなり、将来のことが白紙なった瞬間でもあります。自分で考えて未来を描かなかった僕は……将来を想像することができない人間になっていました。明確に願っていたのは両親の殺害だけなのですから」
 
 子供らしい夢を持つこともなく。
 ただ、殺すことだけを考えていた小学校時代。
 
「けれどいずれ見つかるだろうと考え、僕は一日一日を生きていき、そして修達と出会いました」
 
 親友達と出会った。
 
「それからの日々は……本当に楽しかったんです。高等学校に上がるときも僕はどこに行こうか考えていませんでした。実力的にも財力的にも様々な学校を狙えました。けれど、選んでいる時にあいつらが言ってくれたんです。『どうせだったら同じ学校に入ろうぜ』って」
 
 簡単に。
 まるで世間話をするかのように言ってくれた。
 
「嬉しかった。嬉しくて、嬉しくて、僕は……自分がどういう人間なのかを教えました。彼らなら受け入れてくれると思ったから」
 
 性格も。
 過去に起こった事件も。
 余すことなく伝えた。
 
「互いに何となくではありますが、気付いていた事実――彼らも同じような境遇だと全員が知って、納得と同時にもっと大きな仲間意識が芽生えました」
 
 唯一無二だと。
 一生涯の友人だと。
 心から思えた。
 
「そして同じ高校へと進学した僕らは楽しく過ごして……あの召喚の日を迎えました」
 
 あのスキー旅行での。
 召喚に繋がる。
 
 
 
 
「……これが僕の全てです」
 
 全てを言い切ると、優斗は大きく息を吐いた。
 
「実の両親に殺意を抱き、殺そうとしていたこと。助けられた両親を見殺しにしたこと。そして襲いかかる悪意に対して容赦なく、遠慮なく、向こうが『殺してくれ』と思うほどに叩き潰したこと。これは……紛れもない事実です」
 
 否定できない自分の過去だ。
 
「切り離すことなどできない、間違いなく存在した昔の僕です」
 
 あまりにも醜い、隠したい過去。
 
「僕の今の性格は、僕が理想としていた性格なんです」
 
 強く、優しく在る。
 ある意味で仮面をかぶっているようなものだ。
 
「本当の僕は臆病ですぐに人を恨み、憎み、殺そうとする……弱虫な性格なんです」
 
 弱すぎるほどに弱い自分。
 マルスとエリスはどう思うだろうか。
 
「……それだけかな?」
 
 マルスは全てを聞き終えると、一言だけ訊いてきた。
 
「はい」
 
 優斗は頷く。
 マルスは優斗の頷きに、少しも動揺することはなかった。
 
「私は過去を知ったところで、君を義息子じゃない……などと言うつもりはない」
 
 言えるわけがない。
 
「理想の性格? 結構じゃないか。最初は仮面だったとしても、今は立派に君の性格だよ。そう在りたいと望み続けて得られた君自身だ」
 
 もう立派に優斗の性格なのだ。
 否定してはいけない。
 
「私は君の過去を知れて……よかった」
 
 きっとマルスが考えている以上に辛い過去だろう。
 推し量ることなんてできない。
 けれど、
 
「私は君が息子であることを誇りに思うよ」
 
 マルスはただ、微笑んで優斗に真意を伝えた。
 続いてエリスは、
 
「――っ!」
 
 右手を一閃、優斗の頬にたたき込む。
 
「馬鹿じゃないの!? どうして早く言わないの!!」
 
 思いっきり怒鳴った。
 張られた左頬を触りながら、優斗は少しだけ唖然とした。
 まさかビンタをされるとは思っていなかった。
 
「す、すみません。結構スプラッタな内容もあるので迂闊に話せるものでもないかな、と。二人に嫌われるのが怖かった、というのもありますし」
 
「さっさと言いなさいよ! 私がユウトのことを嫌うわけないんだから!」
 
 そして初めて優斗がエリスのことを『義母さん』と呼んだ日と同じように、彼女は優斗を抱きしめた。
 思わず、涙まで出てくる。
 優斗は苦笑した。
 
「相変わらず、義母さんは僕のために泣いてくれるんですね」
 
「母親なんだから……当たり前よ」
 
「……はい」
 
 今はもう、断言できる。
 誰にも否定なんてさせない。
 優斗にさえ、させない。
 
「ユウトは絶対、何があってもうちの子だから。忘れたら怒るわよ」
 
「……はい」
 
「貴方が昔の貴方自身を否定したくても、私は肯定するわよ。過去の事実があったからこそ、私の大好きなユウトに会えたんだから」
 
「……はい」
 
 まさか。
 肯定されるとは思ってなくて。
 ……ちょっと力が抜けた。
 あんな過去でもあってよかったのだと。
 ほんの少しだけ、思えた。
 
「ユウト君。とりあえず気になったことがあるのだが」
 
「なんでしょうか?」
 
 エリスに抱きしめられながら、優斗はマルスに聞き返した。
 
「最初に黙っておくことができなくなった、と言っていたが何か切っ掛けがあったのかい?」
 
「その通りです」
 
 話そうと思った理由は、たった一つ。
 
「フィオナと真正面から向き合いたいんです」
 
 ただ、それだけ。
 
「正面を向いて彼女を見ていきたいから」
 
「だというのに、フィオナには言わないのかい?」
 
 矛盾している。
 フィオナに伝えなければ、優斗が綴った思いの丈も成就しない。
 
「直接言おうとも思ったんですが、上手く話せる自信がなくて。義父さんと義母さんから言っていただけると助かります。大切なのはフィオナが知ってくれる、ということですから」
 
 そう。
 ただ、自分の過去を知ってくれるだけでいい。
 この件だけは上手く話せる自信がなかった。
 
「内容が内容なだけに、怖がらせたくないんです」
 
 彼女は純粋で。
 優しいからこそ。
 怖がらせたくない。
 
「大切な女性だからこそ……絶対に」
 
 けれどそれは。
『大切な女性だから』というのを言い訳にして。
 フィオナだけには自らの口で伝えられないのは。
 彼女に嫌われたくないということ。
『二人──エリスとマルスに嫌われるのが怖いから』というのも本当だろうけれど。
 やっぱり一番は。
 『フィオナにだけは嫌われたくない』から。
 だから彼女にだけ伝えられない。
 つまりは、これこそが彼が自分で言っていた。
 弱虫だという証だ。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 そして今、エリスがフィオナに話している。
 優斗はその間、テラスでマルスと飲んでいた。
 あくまでいつものように過ごしている。
 
「本当に良かったのかい?」
 
「……分かりません。ただ、僕が説明するよりは良かった、と。思うしかないです」
 
 手に持ったグラスからカラン、と氷が甲高い音を響かせる。
 
「どの判断が正しいかなんて分からないですよ」
 
「……そうか」
 
 だから『正しいと思う』選択をしただけだ。
 その時、
 
「――ッ!」
 
 テラスへと繋がる窓が勢いよく開かれた。
 振り向く優斗とマルスの視界にいたのはフィオナ。
 手が震え、険しい様相をしている。
 彼女の様子から、話を聞き終えたのは判断できた。
 遠目にエリスの姿が見えるのも証拠だろう。
 
「フィオ――」
 
「私はっ!」
 
 話しかける優斗を。
 フィオナは遮った。
 唇を噛みしめ、ぐっと目を伏せる。
 
「…………私は……」
 
 泣きそうになる。
 声が震えた。
 
「……私は……っ!」
 
 嫌だった。
 大切な優斗の話を本人から聞けないなんて。
 
「……どんなに怖い内容だったとしても……優斗さんから直接聞きたかったです」
 
 父も母も優斗から直接聞いているというのに。
 自分だけは伝え聞いた。
 
「……私は……直接話すほどの価値もないんですか?」
 
 泣きそうになりながら問うフィオナ。
 彼女の様子に優斗は考えるよりも何よりも先に、否定の言葉を放った。
 
「違う!」
 
 そうじゃない。
 
「……違うんだ」
 
 言わなかったんじゃない。
 
 ――できないんだ。
 
 君に上手く話すことができなくて。
 どうやっても、ありのままの自分しか伝えることができなくて。
 少しでも和らげる話し方ができなくて。
 でも、それが言い訳だということも否定できなくて。
 
「……僕は…………」
 
 怖いだけ。
 
「凄惨なことを話して君を怖がらせたくないんだ」
 
 否定されたくない。
 
「上手く話せなくて君に嫌われたくないんだ」
 
 大好きで。
 大切で。
 かけがえのない女性だから。
 
「幻滅されたり、否定されたりしたら……」
 
 どうしていいか分からなかったから。
 せっかく一歩を踏み出そうと思っていたのに。
 その一歩の結果を少しでも良い方向に持っていく自信がなくて。
 本当に弱々しい一歩を踏み出すことにした。
 
「…………優斗さん」
 
 情けないと断言できるほどに情けない、彼の表情。
 フィオナが初めて見る優斗の姿。
 
 ――こんなに不安そうな優斗さんを見るのは初めてですね。
 
 いつもの強さは見る影もない。
 人によっては普段と違うからこそ幻滅してしまうかもしれない。
 けれど自分は違う。
 
「しませんよ」
 
 フィオナはゆっくりと優斗に近付き、彼の頬を両手で優しく触れると額同士を合わせた。
 ほんの数センチのところで視線が合う。
 
「否定も幻滅もしません。どんな優斗さんでも私は受け入れます」
 
 親を憎んでいたとしても、殺そうとしたとしても、弱虫だったとしても。
 
「例え過去に何があったとしても、です」
 
 自分は受け入れてみせる。
 優斗が自分にしてくれたように。
 
「貴方は私と出会った時、私を受け入れてくれました。無口で話すことが苦手な私を」
 
 けれどもお喋りをしてみたい自分を。
 
「貴方だって緊張してたというのに、頑張って話しかけてくれました。優しく笑って私を受け入れてくれました」
 
 ただ、ただ。
 嬉しかった。

 ――そして思ったんです。

 宮川優斗のことが知りたい、と。
 例えどのような過去があったとしても、だ。
 
「だから今度は私の番です」
 
 貴方がしてくれたように。
 
「辛い過去があるなら私が癒やしてあげます。弱虫な貴方がいるなら私が守ってあげます」
 
 だって、そうでしょう?
 
「だって私達は――」
 
 誓いも何もしていないけれど。
 
 
 
 
「――夫婦じゃないですか」
 
 
 
 
 例えそれが。
 
「仮初めでも偽物でも今は……私は優斗さんの妻です」
 
 ならば自分が彼を信じないことも認めないことも許さないわけもない。
 
「だから貴方を支えます」
 
 ここまで言って、やっとフィオナは微笑んだ。
 
「貴方を支えるのは私だけの特権です」
 
 優しいフィオナの言葉が優斗に染み渡る。
 彼女の温かさが両の手から、言葉から届いてくる。
 
「……ありがとう」
 
 感謝の言葉。
 他には何も言えなかった。
 今思えば、なんで怖がっていたのだろうと思う。
 フィオナはこんなにも優しくて純粋で……何よりも強い女性なのに。
 頬と額から伝わる彼女からの温もりに優斗の表情が綻ぶ。
 が、ここにいるのは優斗とフィオナだけではなく、
 
「あー、お前達。こういうことは親がいないところでやってくれると助かるんだが……」
 
 非常に居づらそうなマルスが声をかけた。
 
「「す、すみません!」」
 
 ぱっと二人が飛び退く。
 ついさっきまでのシリアスな状況とは違い、一瞬で二人が茹で蛸になる。
 何とも対照的な光景にマルスから笑いが漏れる。
 
「いや、なに。場所を考えてくれと言っただけだ。私は今のようなことを咎めるつもりは全くないよ」
 
「お父様っ!?」
 
「いや、ちょっ、それは!!」
 
 大慌てで否定なのか何なのか分からない声をあげる二人。
 
「はっはっはっ。私はそろそろ部屋に戻るとしよう。二人はこのまま残るのかい?」
 
 からかうようなマルスの問いかけに、
 
「戻ります!」
 
「私もです!」
 
 真っ赤にしながら優斗とフィオナはそそくさと家の中へと入っていった。
 マルスはそんな二人の様子を見ながら、再び座ってグラスを煽る。
 
「なんというか、見ていてもどかしいというのはこういうことなのだろうな」
 
 気分が良かった。
 優斗が自分の過去を話してくれたことも、義息子と娘の仲むつまじい様子を見れたことも。
 
「願わくば、あの二人が本当の夫婦になってくれると私もエリスも安心するんだが」
 
 マルスにとって優斗以上にフィオナを預けるに足る人物など存在しない。
 
「なんて言っても、時間の問題か」
 
 あの様子を見せられたら。
 思ってしまうのも当然だろう。
 
 
 



[41560] リア充は死ねばいい
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:1e7fac20
Date: 2015/10/05 21:26
 
 
 
 
 本日、11月も末日に向かってきたところ。
 
「しゃあっ!」
 
 意気揚々と修が飛び出して木刀を一閃、振り抜こうとした。
 
「ぬるい!!」
 
 その太刀筋を受け止めたのはレイナの父、近衛騎士団長だ。
 模擬戦を行っているというので修が意気揚々と団長を指名したのが事の発端で、現在二人は戦っている。
 
 
 
 
 レイナの誘いで修、優斗、和泉、卓也は近衛騎士団の鍛錬場へと集まっていた。
 どうにも一度、近衛騎士団の方々と修たちを会わせたかったらしい。
 
「やっぱり近衛騎士団長ともなれば修でも簡単には勝てない……っていうか負けるかな?」
 
「分からない。いくらなんでも、とは思うがそれで勝つのが修でもある」
 
「オレとしては何とも言えないけどな」
 
 口々に感想を言いながら二人の模擬戦を見る。
 勇者と近衛騎士団の団長の戦いというのは、さすがに見ていておもしろい。
 気付けば始まってから四分弱が経過していた。
 
「シュウは型など関係ない振り回しているかのような戦い方だが、それで父上とこんなに長い時間やり合えるというのは凄いな」
 
 感心しているのはレイナ。
 普段から周りが修のことをチートだのなんだの言っている理由を、まざまざと見せつけられているようだ。
 
「制限時間って何分だっけ?」
 
「五分だ」
 
 優斗の問いかけにレイナが答える。
 にやりと優斗が笑った。
 
「じゃあ、ここで賭けをしようか。二人の勝負の結果がどうなるのか。賭けるのは、あとでフィオナ達が持ってきてくれるクッキー1枚」
 
「ほう、面白そうだ。修の勝ちに賭けよう」
 
 最初に乗ったのは和泉。
 
「オレは引き分け」
 
 続いて卓也も乗っかり、
 
「ならば私は父上が勝つほうに賭けよう」
 
 レイナが断言し、
 
「僕も卓也と同じ引き分けで」
 
 優斗が最後に選んだ。
 戦いは最初よりも熱く繰り広げられており、修は木刀どころか蹴りなども加えてどうにかダメージを与えようとしていた。
 だが、百戦錬磨の騎士団長も紙一重でかわす。
 代わる代わる行われた攻防は、五分を経過した合図によって終わらせられる。
 
「あっした!」
 
 修が木刀を納めて頭を下げた。
 
「私と五分戦えるとはさすがだ」
 
 騎士団長に言葉を貰ってから修は優斗たちのところへ戻ってくる。
 
「やっぱ強いわ。訓練じゃ勝てる気がしねぇや」
 
 満足そうに戻ってきた修……だが。
 
「馬鹿かお前は。“勝負”の範疇に入れないで闘うお前が悪い。お前の持っている“チート”を使わないのであれば、使わずとも勝て」
 
「何をしているのだお前は。素直に負ければ良いものを」
 
「僕は修が引き分けるって信じてたよ」
 
「オレもだ」
 
 和泉とレイナにはボコボコに言われ、優斗と卓也には褒められた。
 
「……お前ら、俺で賭けてたな?」
 
「当然。オレと優斗はおかげでクッキーが一枚増量したよ」
 
 イェイ、と優斗と卓也がハイタッチする。
 すると騎士団長の声が響いた。
 
「続いて、模擬戦を行いたいものはいるか?」
 
 騎士団長の問いかけに間髪いれずスッ、と手を上げた人物がいた。

「はい」

 それは近衛騎士団の副長だった。
 女性で若干22歳という若さながら実力と美貌を備え、副長の座を得たということをレイナから四人は散々聞かされていた。
 あまり口数が多い方ではないが、的確な指導をしてくれるとも。
 
「誰とやりたい?」
 
「あの方との一戦を望みます」
 
 手のひらで示されたのは優斗達のグループ。
 それだけでは誰かが分からないが、視線が一点に注がれていた。
 
「…………えっ?」
 
 優斗は視線が自分と合ったのに気付く。
 気のせいだと思いたくて、ゆっくりと左を見た。
 和泉とレイナが首を振る。
 続いて右を見る。
 修と卓也が優斗を指さした。
 再び、優斗は副長に視線を向ける。
 こくりと頷かれた。
 
「何でですか?」
 
「興味があります。貴方様の実力に」
 
 副長はどうやら優斗がこの世界で何をしてきたのか、知っているらしい。
 ならば興味を持たれるのは仕方ないとは言える。
 
「あ~……卓也や和泉じゃ駄目ですか?」
 
「貴方様です」
 
 断言された。
 
「いいじゃんか。やってみろよ、俺だって団長とやったんだし」
 
「私の師でもある副長とユウトの勝負。興味がないと言えば嘘になるな。私がまだ勝ったことがない相手でもあることだ」
 
「楽しんでこい。女性といえど近衛騎士団の副長。普段のお前が敵う相手でもあるまい」
 
「がんばれよ」
 
 一様に優斗を励ます。
 
「……はいはい。ここで僕と副長が戦ったほうが面白いんだよね?」
 
「「「「 そういうこと 」」」」
 
 全員、ほとんど同時に頷いた。
 
「まったく、女性を相手にするのって苦手なのに」
 
 優斗は文句を言いながらも前へと向かう。
 修から木刀を受け取って副長と相対した。
 ゆったりとした動きで副長が構える。
 僅かな動きだけでゾクリと悪寒がした。
 
 ――この人……半端なく強い。
 
 木刀での勝負。今のままでは勝てる可能性はあまりなさそうだ。
 とはいえ、鳥肌が立つ感覚を得るのは初めてじゃない。
 この時点で相手が女性だから苦手……という感覚はとうに消えた。
 
 ――今回の場合だと長期戦なんて無理だし、一発勝負でどうにかするしかないか。
 
 相手の強さを感じて優斗も気合いが入る。
 右手に持った木刀を左脇に仕舞った。
 
「……逆袈裟か?」
 
 レイナが興味深そうに呟いた。
 
「いや、イメージ的には居合いだろ」
 
 呟きに修が答える。
 
「鞘はないのにか?」
 
「言ったろ。イメージだって」
 
 優斗が狙っているのは最速最短勝負。
 そして日本人が刀を使っての最速勝負を仕掛けるなら……事実上の速度は別としても、居合いが一番に思い浮かぶところだろう。
 
「“今の優斗”は別に全力全開じゃないしな。さすがに副長よりも修練してない木刀での勝負じゃ、長期戦に持っていっても優斗の勝ち目は薄い。つーか、ほとんどない。だったら、もっとも勝つ可能性があるのは相手の実力を把握しきれない最初の一太刀。そこに賭けたんだろ」
 
 修の言ったことは優斗の考えとほとんど相違なかった。
 やはり修だ、と言うべきだろうか。
 
「……行きますっ!」
 
 副長が動く。
 優斗も一歩、踏み出した。
 副長の振り下ろす木刀と、優斗の横薙ぎに近い木刀の軌道が合わさって甲高い音が響く。
 
「……っ!」
 
「……ッ!」
 
 刹那、優斗の木刀が折れた。
 模擬戦だろうと何だろうと木刀が折れることなど、ほぼない。
 予想外の状態に周りがざわつく。
 副長は多少崩れている体勢を戻して告げる。
 
「……続けましょう」
 
「いいえ。僕の負けです」
 
 続行を望む副長とは別に、優斗はあっさりと負けを認めた。
 
「ありがとうございました」
 
 呆然としている副長に一礼してから、優斗は修達のところへと戻っていった。
 
「決着、ついていなかっただろう?」
 
「そうだな。たかだか木刀が折れたぐらいで負けを認めるなんて珍しいな」
 
「いや、木刀が折れたのは確かだけど……折れた以上の意味があるんだよ」
 
 和泉と卓也がワイワイと言うが、修とレイナは苦笑している。
 この二人は分かっていた。
 
「さすがにあれを避けられるとは思わんかったな」
 
「副長の凄まじさが露見した、ということか」
 
「だよね」
 
 示すように話した三人に、卓也と和泉が首を捻る。
 それに気付いたレイナが説明を始めた。
 
「いいか、二人とも。今のは優斗の木刀が折れただけに見えただろう?」
 
 二人同時に頷く。
 
「けれど、あの一瞬で起こったのはそれだけではない。折れた木刀が飛んでいった場所、確認したか?」
 
「……どこだったか?」
 
 和泉が首を傾げ、
 
「副長に向かってたはず」
 
 卓也が思い出したかのように告げる。
 
「そうだ。ユウトは折れる瞬間をコントロールして折れた先を副長の顔に当てようとした。けれどそれを避けたんだ、副長は」
 
「……マジで?」
 
「マジだ」
 
 卓也の問いかけに、レイナが頷く。
 そして笑いながら優斗に同意を求める。
 
「だろう? ユウト」
 
「その通り。あんなの避けられるってどういう反射神経してるんだろ。今の僕だってそれなりに反射神経には自信あるけど、躱しきれるか分からないのに」
 
「いや、私は折れると思った瞬間に折れた先をコントロールしようとして、あまつさえ当てようとするお前の考えが理解できない」
 
「しょうがないでしょ。木刀同士がぶつかる直前に折られるって気付いたら、ああするしか勝ち目なかったんだよ」
 
 と、話していると副長が優斗たちのもとへと歩いてきた。
 そして来て早々、
 
「先ほどの勝負、もう一度できませんか?」
 
 再戦要求をしてきた。
 優斗は笑顔でさっくりと断る。
 
「勘弁してください」
 
「し、しかし、決着がついたとも言い辛いでしょうし」
 
「僕の負けです。木刀を折られるだけでも負けに等しいのに、せめてもの一撃とした折れた部分もかわされました。完膚無きまでに僕の負けです」
 
「しかし貴方様ほどの実力の持ち主なら……」
 
 ごにょごにょと話し始める。
 何か駄々をこねる子供のように見えた。
 後ろで聞いていた修、和泉、卓也、レイナが小声で話し始める。
 
「なに、あれ?」
 
 とりあえず修がレイナに訊いてみる。
 彼女が一番事情に詳しそうだった。
 
「あ~……副長はだな、その……ユウト達のファンらしくてな。ユウトと勝負ができる今日をとても楽しみにしていたそうだ」
 
「なんで?」
 
「彼女は近衛騎士団副長だ。つまりはお前らの詳細を知っているわけで、お前らがこの世界でこなしてきたことに対しても知っている」
 
「オレらがやってきたこと……というより、優斗がやったことか?」
 
 レイナが頷いた。
 
「シュウもユウトと同じくらいイカれたことはやっているが、奇行でも騒がれている。その点、ユウトは安心だ。こと戦闘においては報告があるだけでもAランクの魔物のカルマ、シルドラゴンの単独撃破。黒竜の共同撃破にパーティーで起こった暗殺未遂事件の解決、隣国リステルでの大立ち回り。さらに使う魔法はオリジナルの神話魔法に精霊術」
 
 ざっと略歴を並べてみる。
 
「戦闘以外でもマリカの父親だからな。ユウトの詳細を知っていれば興味を持つのは当然だろう」
 
「それもそうか」
 
 しみじみと卓也が頷く。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 しばらくして、アリーとフィオナがクッキーを持ってきた。
 優斗はまだ副長に捕まっており、再戦要求はされていないが魔法について話すことになっているようだった。
 離れた場所でいろいろと手振り身振りを加えながら会話していた。
 
「皆様、お疲れ様ですわ」
 
 アリーが飲み物と一緒にクッキーを配り始める。
 フィオナに連れてこられていたマリカもクッキーの袋を手に取っては渡していた。
 
「おっ、マリカも一緒に来たんだな」
 
 修がフィオナに抱かれているマリカの頭をポンポンと触る。
 
「一緒にお出かけしたかったので。あと、優斗さんはどこにいます?」
 
「あいつなら、さっきから副長に捕まってんよ」
 
 修が指さす。
 二人で仲良く話している姿がフィオナの目にも映る。
 
「…………そうですか」
 
 ぽつり、と呟かれた言葉。
 勇者である修が一瞬、ゾクリとした。
 フィオナは無表情のまま優斗のところへと向かう。
 
「あれ、やばくね?」
 
 少しばかり焦った表情で修がレイナたちに言う。
 けれどレイナは問題ない、とばかりに手を振った。
 
「大丈夫だ。さっき“ユウト達”と言ったろう。フィオナも尊敬する相手に加わっている」
 
「そうなん?」
 
「公爵令嬢でありながらリライトでも稀な戦闘での精霊術の使い手だからな。凄い相手には目がないのだ、副長は」
 
「へぇ、だったら別に問題ねーか」
 
 メンバーは納得する。
 だが、その時の優斗たちはというと――
 
 
       ◇      ◇
 
 
「……優斗さん」
 
 優斗が副長と話しているところにフィオナが来た。
 けれど第一声を聞いただけで彼女が怒っていることを優斗は把握した。
 
「フィ、フィオナ?」
 
「なんですか?」
 
「どうして、その……怒ってるの?」
 
「怒っていませんが」
 
 いや、嘘。
 毎度毎度、今の声音で怒ってなかった例しがない。
 一方で副長はやって来たフィオナとマリカにさらに目を輝かせる。
 
「マリカ様とフィオナ様ですね」
 
「そうですが」
 
「精霊術の使い手として名高いフィオナ様と龍神様。この目で見ることができ感激です」
 
 尊敬のまなざしを一身に受けて、さすがのフィオナも毒気を抜かれる。
 
「あ、ありがとうございます」
 
「先ほどからユウト様にも様々な話を伺っていましたが、やはり素晴らしいです。ですから――」
 
 ずっとべた褒めが続く。
 その間にフィオナからクッキーや飲み物を受け取る。
 二分ほどして、ようやく言葉が途切れた。
 けれど、質問が代わりに飛んでくる。
 
「お二人は龍神様のために夫婦役をやっていると聞いておりますが、間違いありませんか?」
 
「ええ、その通りです」
 
 優斗は頷きながらクッキーをかじり、飲み物を口にする。
 
「では龍神様に無事、迎えが来たあとでいいので私と結婚などはいかがでしょうか?」
 
「――うぐッ!」
 
 唐突な言葉に優斗は口にした飲み物を詰まらせた。
 同時、隣にいるフィオナの威圧が復活する。
 
「な、なぜにそんな話を?」
 
 脂汗を垂らしながら優斗は慎重に話を伺う。
 
「父がいい歳なのだから異世界の客人の一人でも婿様にしたらどうだ、と言っていまして。ならば貴方様にでも婿になっていただこうかと」
 
 フィオナの威圧感が増す。
 隣にいる優斗の脇腹も抓り始めた。
 痛いが、我慢する。
 
「さ、先ほどは僕達のファンだと仰っていませんでしたか?」
 
「ええ。ファンだからこそ婿様になっていただこうと思いまして」
 
 ひょうひょうと告げる副長。
 
「す、すみませんがご遠慮させていただきます。貴女と家庭を作るイメージができませんので」
 
 威圧と脇腹の痛みで顔が強ばるが、どうにか否定の言葉をひねり出す。
 副長は特に傷ついた様子なく頷いた。
 
「それならば仕方ありません。どなたか良い殿方はいらっしゃらないでしょうか?」
 
「僕がお勧めできるのは、すみませんがいませんね」
 
「分かりました」
 
 副長が納得したところで、彼女が部下に呼ばれる。
 
「申し訳ありませんがこれで失礼いたします。また近いうちにお二人からもお話を伺いたいと思いますので、その時は是非」
 
 頭を下げて副長が二人の前から去って行く。
 残されたのは優斗とフィオナ。
 彼女に抱かれているマリカは先ほどから黙ったままだ。
 恐る恐る優斗が声を掛ける。
 
「あの――」
 
「優斗さん」
 
 いつぞやのリステルで起こった事件で、優斗が使ったような声音をフィオナが発した。
 脇腹を抓る力が強まる。
 
「どういうことでしょうか?」
 
「な、なんのことでしょうか?」
 
「先ほど、求婚されていたように見受けられますが」
 
「い、異世界の人間なら誰でもいいように話していたと思います」
 
 なぜか丁寧な言葉使いになる優斗。
 
「でも最初は優斗さんに訊いたんですよね?」
 
「ファ、ファンだと仰ってましたから」
 
「優斗さんはあのような方がいいのですか?」
 
「い、いえ。僕の好みとはかけ離れております」
 
「けれど美人な方でしたよ」
 
「ぼ、僕にはもっと美人で可愛い方が妻にいますので」
 
 言った瞬間、フィオナの表情が緩んで抓る力も弱くなる。
 が、すぐに表情を戻して抓り直す。
 
「そ、そんなことを言っても無駄です」
 
 けれども嬉しそうな気配は消えない。
 なので、これ幸いと優斗は状況の好転を謀る。
 
「マリカもパパとずっと一緒にいるのはママがいいよね?」
 
「あいっ!」
 
 黙り込んでいたマリカに話を振ると、マリカは元気よく返事した。
 
「ほら。マリカも僕の隣は君がいいってさ」
 
 優斗は流れるような動きでフィオナからマリカを受け取る。
 ついでに脇腹を抓っている指を外す。
 
「ママは怖いね~。パパはママがいいって言ってるのに、信じてくれないんだよ」
 
「あぅ~」
 
 優斗とマリカが二人してフィオナを責めるように言う。
 いつのまにか形勢逆転していた。
 
「わ、私が悪いんですか!?」
 
「僕だっていきなり言われたところで、はいそうですと頷くわけないじゃないか。それに恋愛感情じゃなくて損得で結婚申し込まれてもね」
 
 マリカをあやしながらフィオナを責め立てる。
 
「ママはパパがそういう人だと思ってたんだって。ショックだね、マリカ」
 
「あい」
 
「ちょ、ちょっと待ってください! 違うんですよ!」
 
 逆に必死の弁明を計るフィオナ。
 そんな三人の様子を見ていた修達はと言えば、
 
「あれ、なに?」
 
「痴話喧嘩じゃないの?」
 
 修の呆れた言葉に、さらに呆れた様子で言葉を返す卓也。
 
「リア充死ねばいいのに」
 
「イズミ。なんだ、“りあじゅう”というのは?」
 
「気にするな。ただの妬みの言葉と思ってくれ」
 
 



[41560] 変なところで変なすれ違い
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:23de20e5
Date: 2015/10/08 16:15
 
 
 寒空となった12月。
 フィオナはアリー、ココ、リル、そして卓也を集めて相談をしていた。
 
「寒さも強くなってきたのでマフラーと手袋を編んであげたいんです」
 
「へぇ、いいじゃない。ユウトもマリちゃんも喜ぶわよ」
 
 リルが大賛成、とばかりに頷いた。
 
「それでですね。内緒に編んで驚かせたいんですけど、どうしたらいいですか?」
 
「……えっと、驚かせたい気持ちはよく分かりますが、どういうことなのですか?」
 
 アリーが逆にフィオナへ問う。
 
「優斗さんは聡いので、絶対にバレちゃうと思うんです。だからバレないための策を皆さんに提案してもらえたら、と思いまして」
 
 フィオナの言葉に全員が「確かに」と納得する。
 彼女が優斗に隠し事を通しきれるとは思えない。
 
「策って言っても、ユウトさんが近づいてきたら逃げるとか」
 
「わたくしもそれぐらいしか思い浮かびませんわ」
 
「あたしも」
 
 ココが言ったことに対して、アリーもリルも頷く。
 というか、それ以外は無理だと思う。
 
「でしたら逃げたほうがいいですね」
 
 女子勢が和気藹々と話を進行していく。
 と、卓也がストップをかけた。
 
「オレとしてはお勧めしないな」
 
「どうしてです?」
 
 ココが首を捻る。
 
「相手が優斗だからだよ」
 
 卓也の言うことにフィオナ達は一斉に首を傾げる。
 
「フィオナが驚かせたいっていう気持ちも分かるけど、オレは素直に編み物を作ってあげてプレゼントしたほうがいいと思う。優斗の性格からして隠さなくても目一杯喜んでくれるよ」
 
「かもしれませんが、先ほどの案も問題があるようには思えないのですけれど」
 
 こういうイベントに目がないアリーが反対する。
 フィオナもココもリルも同様だ。
 
「甘い。あいつは基本的に全力でネガティブだ。そんなことやられたら、どう勘違いするか分からないって。後に問題になりそうなことは断つべきだ」
 
「大丈夫じゃないの? ユウトとフィオナに問題起こるわけないでしょ」
 
「そうです」
 
「私も問題があるとは思えないのですが……」
 
 平然としている女子勢。
 卓也は一つ溜め息を吐き、
 
「一応は止めたからな。万が一に問題が起こっても知らないぞ、オレは」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 翌日、優斗が朝起きるとリビングにフィオナがいなかった。
 すでに朝食を取り終わってゆっくりしているマルスとエリスが「おはよう」と挨拶してきたので、優斗も言葉を返す。
 フィオナがいないなんて珍しいこともあるんだな、とテーブルについて食事を始める優斗。
 
「義母さん、フィオナはどうしたんですか?」
 
「あの子ならもう出て行ったわよ」
 
「こんな朝早くからですか?」
 
「あら? ユウトも知らなかったの?」
 
「何も聞いてませんけど……」
 
 エリスと優斗、二人してハテナマークを浮かべる。
 
 
 
 
 そして優斗が学院に着いてからというもの。
 
「フィオナ。今朝って何か――」
 
「すみません! 用事がありますので!」
 
 優斗が話しかけようとすると、
 
「フィオナ。あのさ――」
 
「アリーさんに呼ばれてますので!」
 
 物の見事に、
 
「フィオ――」
 
「すみません!」
 
 避けられた。
 あまりにも不自然な状況に優斗も困惑する。
 
「……何かやったっけな?」
 
 自分の過去を思い返すが、それほど大きな失敗はない。
 と、和泉が困惑している優斗のところへやってくる。
 
「どうしたんだ?」
 
「なんか、フィオナに避けられるようになった」
 
「何かしたのか?」
 
「いや、記憶があるうちはやってない」
 
「そうか……」
 
 だとしたら和泉も手助けのしようがない。
 ただ取っ掛かりを見つけるぐらいは相談に乗ろうと思う。
 
「一緒にいては困る、もしくは一緒にいるところを見られては困ることがあるのか?」
 
「そんな話を聞いた覚えはないんだけど……」
 
 と、優斗は言ったところで可能性を一つ思い付く。
 
「もしかして……」
 
「何か思い付いたのか?」
 
 和泉が訊く。
 基本的には優斗の予想は信頼性が高く、かなりの確率で当たる。
 
「とりあえずは。ただ確証が持てないから、もうしばらく待ってみるよ。気のせいかもしれないし」
 
「……? まあ、よく分からないが解決できそうならいい」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 二日後。
 
「それで、首尾はどう?」
 
 リルがフィオナに訊く。
 
「大丈夫です。優斗さんには悟られていません」
 
「一安心ですわね」
 
「よかったです」
 
 教室の一角で女子勢が集まって話し合う。
 
「手編みのマフラーと手袋はどこまで出来てるんです?」
 
 ココが進行具合を尋ねる。
 
「まーちゃんの分は完成しました。あとは優斗さんのマフラーですね」
 
「早く渡して驚かせてほしいですわ」
 
 アリーとしては、あの優斗がどんな表情をするのか気になって仕方ない。
 
「時間が経つほどフォローも苦しくなるしね」
 
 リルがフィオナの肩を叩く。
 
「はい。頑張ります」
 
 こそこそと話し合う。
 彼女たちを視界に入れてる卓也は、ため息をつく。
 
 ――楽しみにしてるのはいいんだけど、優斗のことは考えてるのか?
 
 視線を少し変えれば、優斗が真面目な表情をしながら女性陣を見ていた。
 避けられ続けてからというもの、迂闊に近付くことはなくなった。
 
 ――優斗のやつ、碌でもない方向に考えが及ばないといいんだけど。
 
 優斗のネガティブ思想は仲間内で一番酷い。
 何か問題が起こったとき、プラスに考えることはない。
 それが今回も同様だった場合、問題になるのは目に見えてる。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 フィオナが優斗を避けてから、数えること五日。
 今でもフィオナの態度は変わることがなかった。
 家でも学院でも優斗との接触を極力断つようにしていた。
 和泉は少し前に相談に乗った手前、心配になって優斗と二人での帰り道で問いただしてみる。
 
「フィオナは一体どうしたんだ?」
 
「……あくまで僕の予想でいい?」
 
「それでいい」
 
 和泉が頷く。
 
「たぶんだけど、誰かに惚れてるんじゃないかな?」
 
「……なんだと?」
 
 ぶっ飛んだ発想にさすがの和泉も驚く。
 
「だから、誰かに惚れた。となると僕と一緒にいるのを見られて勘違いされるのが嫌なのも理解できるよ」
 
「いや、ちょっと待て。いくらなんでも発想が突飛すぎるだろう」
 
 優斗にベタ惚れだったフィオナが優斗以外に好きな人ができるなどありえない。
 
「そうでもないよ。これなら数日間、僕と接触を極力避けてきたことにも納得できる」
 
 答える優斗に和泉は何でそうなる、と問いかけたくなる。
 だが、優斗のネガティブ発想は今に始まったことではないと考え直す。
 
 ――中学のときからそうだ、こいつは。
 
 常に最悪のところに考えを置いて対処する方法を導き出す。
 良い方向に考えることがほとんどない。
 それが今は、明らかに裏目に出てる。
 
「あとは――」
 
 言葉を続けようとした優斗が一瞬、驚いて、困ったような顔をして、すぐに表情を戻した。
 優斗の変化に気付いた和泉は彼の視線の先を辿る。
 商店で珍しく楽しそうに男の店員と話して買い物をしているフィオナの姿がそこにはあった。
 
「……あの人かな。フィオナの好きな人って」
 
「そんなわけがないだろう」
 
「分からないよ。世の中、可能性なんてそれこそ無限にある。加えて人の気持ちなんて論理的に理解することは出来ないしね」
 
「それでも、あり得ないことは存在する」
 
 和泉がもう一度、否定する。
 けれど優斗は踵を返して違うルートで帰り始める。
 
「まあ、あそこにいる人じゃないかもしれないけど、フィオナが僕を避けてるのは確か。今のところ、僕が彼女に一番近しいのは間違いなかったとは思う。だからこそ勘違いされないために、ね」
 
 足早に優斗は去って行く。
 表面上は普通だが、その場にいたくなかったのは明らかだ。
 
「……とりあえずフィオナのこと、応援しないと。僕の気持ちを抑えて、それでフィオナとはあくまで『家族』として接するようにしないと」
 
「待て、優斗!」
 
 和泉が引き留めようとするが、優斗は止まらない。
 
「ごめん、和泉。ちょっと心の整理をしたいからさ、今日はこのまま一人で帰らせてもらっていい?」
 
「……させると思うか?」
 
 とてつもない勘違いをさせたまま、帰らせるわけにもいかない。
 
「フィオナがどういう理由でお前を避けてるかは知らないが、少なくともお前が考えている理由じゃないはずだ」
 
「論破になってないよ。どういう理由なのかが分からないから、僕が言った理由であるのかもしれない」
 
「しかし……」
 
「例え、僕の言っていることが間違っているとしても、唯一分かってるのはフィオナが僕を避けてること。それは覆すことのできない事実で、常識的に考えてポジティブに捕らえることはできない出来事だ」
 
 急に避けられたら、誰だって思う。
 
「だったら……分かるだろ?」
 
「……お前の言いたいことは理解できるが」
 
 和泉としても、そう持ち出されたら納得せざるを得ない。
 
「とりあえずさ、気持ちを落ち着けたいんだ。だからごめん」
 
 優斗はいきなり走り出す。
 元々、身体能力でも絶対の差がある二人。
 すぐに和泉の視界から優斗の姿がなくなった。

 
 
 
 優斗は和泉を引き離すと、歩きながらゆっくりと考える。
 
「フィオナが僕を避けてるなら、僕からもある程度は距離を置かないといけないよね。でないとフィオナのやってることが無意味になる」
 
 今後、どうやってフィオナと接していこうか。
 
「最初のうちは呼び名を『フィオナさん』に戻して、口調も最初に会った頃にしよう。これをアピールしていけば、フィオナも露骨に避ける必要はなくなるはずだし」
 
 うん、と優斗は頷く。
 
「僕の気持ちが落ち着いたらフィオナを妹的な存在として見ていこう。初恋の相手だし、なかなか出来ないかもしれないけど……僕なら時間が経てば出来る」
 
 切り替えることのできる人間だ、自分は。
 
「マリカも可能なかぎり、僕が見てあげないと。マリカのせいでフィオナに迷惑を掛けたくないし、最悪の場合は僕一人で面倒を見ることも視野に入れよう」
 
 責任感が強いフィオナのことだから育てる気はあるだろうが、フィオナの懸想の相手からしたら迷惑かもしれない。
 
「とりあえずはこれぐらい、かな」
 
 そう言って優斗は胸元を握りしめる。
 
「……大丈夫。こういうことには慣れてるし」
 
 今更、一つ二つ増えたところで問題はない。 
 
 
 
 
 優斗は考えをまとめると、寄るところに寄ってからトラスティ家へと帰る。
 まだフィオナは帰っておらず、エリスとマリカと三人での食事を終える。
 そしてソファーで娘と一緒にくつろいでいると、エリスがお茶を持ってきた。
 向かいのソファーへと座る。
 
「最近一緒に帰ってこないしフィオナの挙動は不審だし、どうしたの?」
 
 さすがにフィオナの様子がおかしい。
 優斗ならば何か知っていると思い尋ねる。
 
「忙しそうですから、仕方ないですよ」
 
「何かやってるのかしら?」
 
「僕は何も聞いてませんし」
 
 お茶を啜りながら優斗は答える。
 エリスは冗談で、
 
「もしかして、誰か男の子と会ってたりするのかもね?」
 
 なんて言ったものだが、彼の返答はエリスの想像を超えるものだった。
 
「僕もそうじゃないかと思ってます」
 
「……えっ!?」
 
 驚きの声が出た。
 冗談かとも思ったが、とてもじゃないが冗談を言っている雰囲気ではなかった。
 
「……そう……なの?」
 
「分かりません。ただ、彼女の行動を鑑みるにそうなのかな、と」
 
 落ち着いている優斗に比べ、エリスは焦る。
 
「で、でも、何か用事があって会ってるのよね、きっと」
 
「僕はてっきり好きな人が出来たものだと思ってましたよ」
 
「――っ!」
 
 続いた爆弾発言。
 ただ、これについては信頼性がない。
 
「い、いやね。ありえないわよ」
 
「今週に入ってからずっと避けられてるので、好きな人に男の子と仲良い姿を見られたくないものだとばかり思ってたんですが」
 
 平然とそう答える優斗。
 ここまで堂々と言われると、少しだけエリスも不安になる。
 
「……え……いや……そんなわけ……」
 
「大丈夫です。来週までには彼女に迷惑を掛けない距離感を会得してみせますから」
 
 優斗は心配しないでいい、と元気な様子を見せるが、エリスとしては正直そんなものどうでもよかった。
 
 ――どうなってるの!?
 
 頭がこんがらがる。
 エリスとしては、優斗とフィオナは完全なる相思相愛で本物の婚約者になるのも時間の問題だと思っていた。
 普段の様子から見ても間違いないはずだ。
 
 ――なんだけど。
 
 どうしたらこんな状況になるのだろうか。
 
 ――ユウトは平然とした表情してるし。
 
 とは言っても彼のことだから取り繕っている表情なのかもしれない。
 しかし義息子が鉄面皮を気取るなら、とてもじゃないがエリスには判断ができない。
 
 ――ああ、もう面倒ね。
 
 色々と拗れているので、いっそのことバラそうかとも考えたが、当人同士の気持ちを他人が言うなんて駄目だ。
 かといって優斗を説得するだけの情報がエリスにないのも事実。
 渦中のフィオナは最近、帰りが遅い。
 
 ――あの子ったらホント、何をやってるのかしら。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 今日はココの家に集まる前に、他にも色々と優斗の好きそうな柄を選んでみた。
 店員に話し掛けられたので、助言をもらいながら次の機会に編めるように決めておく。
 今やっているものも明後日には編み終わりたいので、自然と帰りが遅れてしまったのはしょうがないところだろう。
 
 ――でも、3分の2くらいまでは編めました。
 
 予定していたところまで編めてフィオナ的には大満足だ。
 
「ただいま戻りました」
 
 家の中へ入る。
 リビングにはまだ優斗とマリカ、エリスがくつろいでいた。
 
「お帰りなさい」
 
「お帰りなさい」
 
「あい」
 
 エリス、優斗、マリカの順に『お帰り』と言われるが、何かしらの違和感がフィオナの中に生まれた。
 けれど優斗がリビングにいるので、その疑問をすぐに打ち消す。
 
「わ、私はご飯も食べてきましたし疲れているので、部屋でゆっくりとしていますね。あとでまーちゃんはお母様が連れてきてください!」
 
 一息で伝えきってフィオナは自室へと向かっていく。
 おそらくは何もバレていないはず。
 
 ――今日と明日を乗り切ればいいんです。
 
 フィオナはただ、それだけを考えて自室へと入った。
 
 
 
 
「本当に何を考えているのかしら?」
 
 あまりにも不審な態度にエリスに眉間に皺が寄った。
 
「いいじゃないですか。家族に知られたくないことだってあるんですよ」
 
 優斗は笑う。
 
「今日は僕がマリカを引き受けますね。疲れてるのにマリカの面倒までさせるのは大変ですから」
 
 言ってマリカを抱き上げる。
 それと同時にあることを伝えていないことに気付く。
 
「あっ、そうだ。明日と明後日、二日間に跨がってギルドの依頼を受けてます。もし彼女が明日、帰らないようなら申し訳ないですけど義母さん、マリカのことお願いします」
 
「それは別にいいんだけど……」
 
 どうしてこのタイミングで、とはエリスが思う。
 けれど、すぐに一つの予想を思い付いた。
 
 ――偶然、ってわけじゃないわよね。
 
 フィオナと距離を置くために依頼を受けたとみたほうがいい。
 
「部屋への戻り際に僕がマリカと寝ることを彼女に伝えますね」
 
 優斗はエリスに軽く頭を下げる。
 
「おやすみなさい」
 
 少し困ったような義母の姿を背にして、優斗は自室までの道のりの途中にあるドアを二回、ノックする。
 そして母親と間違えられないように声を掛ける。
 
「フィオナさん。このままでいいので聞いてください」
 
 彼女の部屋から聞こえたドアに駆け寄る音がピタリと止まった。
 声を掛けておいてよかったと優斗は思う。
 
「今日は僕がマリカと一緒に寝ますので、フィオナさんはゆっくりと休んでください」
 
 先ほどに決めた通りの口調でフィオナに話しかける。
 
「失礼しますね」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 フィオナは今し方に彼から伝えられた言葉を把握するのに時間が掛かった。
 
「…………え?」
 
 最初に聞いたときは間違いだと思った。
 
「……えっ……?」
 
 彼が紡ぐ言葉の中で。
 “フィオナさん”と。
 ありえないものが聞こえた。
 
「……あれ……?」
 
 耳が遠くなったのだろうか。
 それともドア越しだから聞き間違えたのだろうか。
 
「気のせい……ですよね?」
 
 しかも心なし口調が丁寧な気がする。
 自分にはもう、半年以上は向けられていない義務的な口調。
 それが使われていたような……。
 フィオナは一度、思い切り頭を振る。
 
「……聞き間違いです」
 
 すでに彼の姿を扉の向こうにはない。
 少しぼぅっ、としていたから。
 だから聞き間違えたのだろう。
 
 
 
 
 けれど、勘違いと思うのは……ただの望みで。
 
 
 
 
 翌朝。
 不安が拭えずにあまり眠れなかったフィオナが部屋から出ると、出かける準備万端の優斗がいた。
 
「おはようございます、フィオナさん」
 
 笑顔で挨拶する優斗。
 
「…………えっ……」
 
 不安と心配が現実になって、体が硬直するフィオナ。
 
「僕はもう出ますしマリカの面倒は義母さんに頼んでいますから、疲れているのならもう少しゆっくりしてもいいと思いますよ」
 
 時間が詰まっているのか、急ぎながら玄関へと向かう優斗。
 彼女の様子には気付いていない。
 
「では、行ってきますね」
 
 パタパタと出て行く。
 フィオナは彼の姿に、否定も反論もできずにただ……後ろ姿を見送っていた。
 
 
 
 
 フィオナはそのまま、慌てて家を出てココの家へと向かう。
 すでに卓也たちが集まっていて、フィオナの様子に卓也以外の誰もが怪訝な表情を浮かべた。
 
「どうしたのですか?」
 
 代表してアリーが訊く。
 
「ゆ、優斗さんが……」
 
 フィオナの顔が少し青い。
 両手が震えているのは寒さか、恐怖か。
 それでもフィオナの口からは昨夜と今朝あった出来事を紡いでいく。
 卓也は一通りの話を聞くと、
 
「まあ、予想できたことと言えば予想できたことだな」
 
 普通に納得した。
 
「どうせフィオナが避け始めてから、いろいろとネガティブに考えたんだろ」
 
 優斗のことだから。
 そして出した結論の一つとして、
 
「一旦、関係を最初の状態に戻すことがフィオナのためだと思ったんだろうな」
 
「そう……なの?」
 
 問うリルに卓也は頷く。
 
「このままだと距離まで置かれるんじゃないか?」
 
「べ、別に編み物を渡せば解決する問題よね」
 
 リルが慌てて取り繕った。
 避けていることが問題なら、解決すればいいだけだ。
 けれど、
 
「優斗が受け取る隙を見せるとは思えない」
 
「えっ? で、でもクラスメートで同じ家に住んでるんですよ」
 
 ココが卓也の予想を否定する。
 
「あいつ、距離を置こうとしたらとことんやるぞ。完全無欠に抜け目なく、な」
 
 優斗に対してフィオナがどうこう出来るとは思えない。
 卓也は大きく溜め息を吐いた。
 
「だから言っただろ。問題が起こりそうだからやめろって」
 
「……はい」
 
 今となっては後の祭りだが、フィオナが素直に頷く。
 けれど続く卓也の言葉はフィオナの心をさらに抉る。
 
「下手したらフィオナ以外の女の子と仲良くなろうとか思いかねないな」
 
「ど、どうしてですか!?」
 
「だってフィオナに避けられたってことは、フィオナに誰か好きな奴が出来たとか優斗のことが嫌いになったとか、ネガティブな優斗ならそう考えるだろ」
 
 事実は明らかに違うし、優斗の考えがあまりにもアホらしいのは優斗以外が納得するところだ。
 けれども問題は“優斗がどう思っている”のか。
 
「後者ならいいけど前者ならフィオナのために別の女の子と仲良くしようとしても不思議じゃない」
 
「……どうやったらそんな馬鹿な考えになるのよ」
 
 呆れた声をリルが出す。
 
「簡単だって。フィオナの優斗を避けた理由が“男”なら、フィオナの為にもフィオナが好きになった相手のためにも“自分はフィオナよりも仲良い女の子がいますよ”とアピールする可能性がある」
 
 これぐらい余裕でやってのける男だ。
 卓也の予想にフィオナの顔が真っ青になる。
 
「わ、わ、私、帰ります!!」
 
 そしてパニックになったのか、フィオナは早々に家へと戻っていった。
 
 
 
 
 フィオナを見送りながら、
 
「あいつ、自分が幸せにするって甲斐性を持ってないの!?」
 
「そうです!」
 
 リルとココが憤慨していた。
 しかし卓也は二人に呆れる。
 
「お前らこそ何を怒ってるんだ。あいつは『フィオナが幸せ』だったらいいんだよ」
 
 自分が幸せにする必要性がない。
 
「好きな女の子は自分が幸せにする、なんて殊勝で自信ある考えを持てるほど優斗は出来た人間じゃない」
 
 親友に対して辛辣ではあるが、この評価は正しいと思っている。
 彼は自身の人間性に対してとことん、自信がない。
 むしろ毛嫌いしている節もある。
 
「あいつが自分の幸せとフィオナの幸せ、秤に掛けてどっちに傾くか。答えは分かりきってる」
 
 並行にはならない。
 
「フィオナだ」
 
 確実に彼女に傾く。
 
「だからフィオナのためになら何だってやるし、フィオナのためならいくらでも自分の気持ちを殺す」
 
 大切だから、と。
 ただそれだけの理由でやる。
 
「ほんと……馬鹿な奴なんだよ、あいつは」
 
 大切だから手放さない、ではなく。
 大切だからこそ手放す。
 自分が幸せにしたいと願っても。
 
「それにお前らが優斗に怒るのはお門違いだ。ちゃんと不安要素は伝えたし、最悪だけどその通りになった。分かってたことだろ」

「だ、だったらタクヤが強く止めてくれたら、こうならなかったんじゃ――」

「可能性があるってだけで強く止められるわけない」

 リルの言葉をすぐに否定する。
 未来予知の如き予想が卓也は出来ないのだから、伝えられるのはあくまで可能性のみ。
 それだけで彼女の行動を止めるのは難しい。

「もちろんフィオナだったら、ここから挽回して優斗とちゃんとなるだろうと思ってるけどな」

 卓也は彼女こそが優斗の運命の相手だと思っている。
 だから大きなトラブルが起こしたとしても、フィオナであれば挽回してくれると信じている。







[41560] 二人の分岐点
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:23de20e5
Date: 2015/10/08 16:16
 
 
 
 
 義息子が出て行って、娘が出て行って、マリカと家に残っているエリスはすでに一時間ほど考え込んでいた。
 
「どうしてこうなっちゃったのかしら、ね」
 
 フィオナが原因だというのは分かりきっている。
 けれど普通なら、いぶかしんで終わりのはずだ。
 優斗のように考えることはないように思える。
 
「けれど、そう思っちゃうのがユウトなのよね」
 
 エリスは大きく息を吐く。
 
 ――分岐点なのかしら。
 
 二人が上手くいくのか、それとも駄目になるのか。
 
「こんなことで、ねぇ」
 
 切っ掛けはフィオナが避け始めたこと。
 理由がくだらないことなのか、本当に大きなことなのか。
 エリスには判断できないけれども。
 ただ、一つ分かっていることは。
 
 ――フィオナの態度は最悪ってことかしら。
 
 くだらないことであるのならば対応はもっと上手くやれと言いたいし、他に好きな人が出来たのならば直接言ってやれ、と思う。
 フィオナは人付き合いが下手だから仕方ないとも思うが、最低限のラインというものはある。
 
 ――特に相手がユウトなんだから。
 
 さらに大きなため息が出てくる。
 と、その時だった。
 バタバタと騒がしい足音を鳴らしてフィオナが帰ってきた。
 顔は蒼白だった。
 
「お母様! 優斗さんは!? 優斗さんはどこへ行きました!?」
 
「何よ突然」
 
 フィオナのおかしな様子に眉根をひそめる。
 
「優斗さんは……!?」
 
「いないわよ。ギルドの依頼受けて明日まで帰ってこないわ」
 
「な、なんでですか!?」
 
 フィオナが訊いてくるが、エリスとしては問う理由がわからない。
 
「貴女のせいじゃないの」
 
 他の誰でもなく、フィオナのせい。
 
「貴女が避けるからユウトだって避けたのよ」
 
「……ち、違うんです」
 
 フィオナはうろたえ、否定するがエリスは言葉をやめない。
 
「だってそうじゃない。フィオナの態度が明らかにおかしかったのは私もマルスも気付いてたわ。もちろんユウトなんて避けられた張本人なんだから当然の話よね」
 
 だからこそ優斗は、ああいう結論に出たのだ。
 
「ユウト以外に好きな人でも出来たの?」
 
「そんなのありえません!!」
 
 フィオナが全力で否定する。
 
「じゃあ、どうして避けたのよ?」
 
「……優斗さんを驚かせたくて内緒でマフラーと手袋を編んでたんです。けれど優斗さんはすぐに気付くだろうから、頑張って顔を合わせないようにして、話さないようにしてたんです」
 
「…………驚かせたいって……」
 
 エリスは開いた口が塞がらない。
 言いたいことは分かる。
 やりたいことも分かる。
 けれど、告げるべきことは一言。
 
「馬鹿ね」
 
 ただ、これだけだ。
 
「……やっぱり……ですよね」
 
「当たり前じゃない。ユウトの性格を分かってないわ」
 
 他の誰にやってもいいが、優斗にだけは駄目だ。
 
「確かにあの子は聡いわ。それに強い。身体も心もね。けれど大切な人に対しては恐がり、臆病、小心者」
 
 とにかく変化を恐れる。
 
「知ってるわよね。あの子の“大切”にフィオナも入っていることを」
 
 エリスの問いかけにフィオナは恐る恐る頷く。
 
「特に貴女なんて“大切”の中でも特別。一番輝く宝石みたいなものよ」
 
 一番大事にされている。
 
「でも、あの子の“大切の仕方”を知ってる?」
 
 エリスが告げた瞬間にフィオナの表情がハッ、とした。
 
「相手を縛らないし、相手のことを考えて自分のことは考えない」
 
 大切。故に縛るのではなく。
 大切。故に縛らない。
 
「だから今回、貴女が避けたからユウトも避けたし、少しでも貴女の迷惑にならないような動きをしようとした」
 
 問い詰めることもせず。
 怒ることもしない。
 ただ、フィオナが望んでいるであろう動きを考え、実行した。
 
「人としては歪で欠けてるとは思うけどね。けれどそれが、あの子の大切の仕方」
 
 どこまでも他人優先で、自分を一切顧みない。
 完全なる自己放棄による、可笑しな愛情表現。
 
「ビックリさせたかったのも分かるわ。フィオナの気持ちだって私にはよく分かる」
 
 好きな人相手ならば当然だ。
 
「けれどね、あの子にだけはやったら駄目なのよ」
 
 特にフィオナだからこそ。
 優斗の心に一番入り込んでいるフィオナにやられてしまえば、容易に傷になってしまう。
 
「気付いてる? そんな子が五日も頑張って待ってたのよ。待って、待って、待って……それでも避けるから結論を出した」
 
 時間が経てば経つほど不安も結論を出した時の傷も大きくなるのに。
 
「今までのユウトだったら、二日が限界だったでしょうに」
 
 心に受ける傷を少なくするために。
 
「私はね、それほど頑張ったあの子を責めることなんてできない」
 
 できるわけがない。
 
「フィオナ。これだけは言っておくわよ」
 
 だから優斗の義母として。
 伝えなければならない。
 
 
 
 
「貴女が好きになった男の子は歪んでるわ」
 
 
 
 
 今一度、真実をフィオナに。
 
「今なら分かるわ。ユウトの過去を全部聞いた今なら」
 
 優斗が自身に抱いている不安が理解できる。
 
「自分の感情を殺して相手のために動く。ある程度なら分かるけれどユウトほど自己を放棄して、となると……異常よ」
 
 おそらくは反動なのだろうと思う。
 “大切にされず縛られてきた”からこそ“大切にしたからには縛らない”。
 好きな人に対してある程度、束縛したいという欲求が生まれるのは当然の理であるだろうが、優斗には全くない。
 もしかしたらできないのかもしれない。
 
「まあ、私はだからこそユウトが愛しい。大切な義息子が間違っているなら、正しい方向へ導いてあげたいと思ってる」
 
 時間が掛かってもいい。
 それでも義母として。
 教えてあげたいと思っている。
 
「けれどフィオナはどうするの?」
 
 だから問いかけよう。
 エリスは“義母”として答えを出したから。
 フィオナはどうするのか、を。
 
「癒やしてあげられる? 守ってあげられる? あの子がフィオナにだけは知られてほしくなかった過去から得てしまった歪んでいる心を」
 
 ただ一人。
 唯一過去を伝えられなかったほど大切にされているフィオナは。
 
「ユウトの傷を癒やして守れるの?」
 
 彼を幸せにできるのだろうか。
 
「これからだって似たようなことがあるかもしれない。端から見れば些細なことでもユウトにとっては傷つくことが」
 
 彼女が原因で。
 
「他の誰でもない、フィオナのせいで」
 
「…………」
 
 あまりにも真剣なエリスの問いかけ。
 フィオナが息を飲んだ。
 
「今回だって貴女がユウトを避けたから、現状が出来た」
 
 避けられたからネガティブに考えて。
 馬鹿な結論を出して。
 そして傷ついた。
 
「フィオナ。ここが分岐点よ」
 
 きっと優斗とフィオナの。
 二人がどうなるかの分かれ道。
 
「本当にあの夜の願いを貫き通せるの?」
 
 優斗の過去を知った日。
 フィオナは言った。
 
 
『辛い過去があるなら癒やす』
 
『弱虫な貴方がいるなら守る』
 
『優斗を支えるのは自分の特権』
 
 
 自分は仮初めでも偽物でも今は優斗の妻なのだから。
 そう言ったはずだ。
 
「けれどね。もし、願ったことが出来ないなら――」
 
 今からでも遅くはない。
 
「――ただの家族になりなさい」
 
 
 
 
 
 
       ◇      ◇
 
 
 
 
 
 
 真剣に。
 大切な義息子を守るために問いかけられた言葉に。
 フィオナは。
 
「…………嫌です」
 
 ただ、胸の内を伝えることしか出来ない。
 
「……嫌です」
 
 だから否定する。
 
「嫌なんですっ!」
 
 母親の言葉に真っ向から拒否する。
 
「ただの家族になんて、なりたくありません!」
 
 この気持ちを捨てろというのか?
 冗談じゃない。
 
「私が欲しいのは“親愛”じゃないっ!」
 
 求めているのはそんなものじゃない。
 フィオナが優斗に求めているのはたった一つ。
 
「“恋愛”です!」
 
 これだけだ。
 
「だって……」
 
 この世界の誰よりも。
 
「だって…………」
 
 この世の中の誰よりも。
 
 
 
 
「フィオナ=アイン=トラスティは宮川優斗を愛しているから」
 
 
 
 
 誰よりも彼のことを愛している。
 親愛なる彼を愛しているのではない。
 恋愛なる彼を愛している。
 
「だからこそ――」
 
 続けて浮かぶ言葉に、自分は本当に強欲になったのだと感じる。
 前は『私が彼を愛しているだけなのですから』と言っていたくせに。
 今はもう、そんなこと思えない。
 
 ――愛されたい。
 
 この世界で誰よりも優斗に愛されたい。
 
「私は――」
 
 偽物じゃなくて。
 仮初めじゃなくて。
 
「優斗さんと本当の夫婦になりたい」
 
 彼を支えてあげたいから。
 
「本当の婚約者になりたい」
 
 彼を癒やしてあげたいから。
 
「本当の恋人になりたい」
 
 彼を守ってあげたいから。
 
「もう、願いを違えることはしません」
 
 己に誓う。
 
「私は一生を優斗さんと添い遂げます」
 
 今回のような真似は二度としない。
 
「これが私の――答えです」
 
 
 



[41560] 告白
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:23de20e5
Date: 2015/10/08 16:17
 
 
 
 二日掛かりの依頼も終わり、達成料金をギルドで受け取る。
 そしてそのまま優斗が、修とレイナと和泉と共に帰路へと向かっている途中だった。
 優斗の隣を歩いている修が話しかける。
 
「優斗」
 
「ん?」
 
「辛いか?」
 
 何気なしに問われたこと。
 何に対してかは、別に聞き返すこともない。
 これでも修は優斗の親友だ。
 気配で、戦闘中の動きで、いつもの優斗らしさがない。
 僅かなことではあるが、それだけで修は優斗の調子が悪く問題を抱えていたことを見通していた。
 優斗も修が見通していることを理解しているからこそ『何が』とは問い返さない。
 
「僕が辛いって言うと思う?」
 
「思わねぇよ」
 
 もう四年以上も連んでいる。
 今更、言う奴だとも思っていない。
 
「俺はどうせ、くだらない理由だと思ってんだけど」
 
「まあね」
 
「そうか」
 
 修は小さく笑った。
 
「なんかあったときには慰めてやんよ」
 
「サンキュ」
 
「おう」
 
 そして修と和泉は途中の道で別れる。
 今度は優斗とレイナの二人になった。
 そのまま公園に入る。
 
「少しずつではあるが、お前達に近付いているという実感がある」
 
「確かにね。初めて会ったときとは比べものにならないくらい上達してるよ。Aランクの魔物もそろそろ一人で倒せそうだし」
 
「とは言うものの、お前らの上限が分からない以上、もっと精進する必要があるのだが」
 
 先が見えないという点では少し、目指しづらい。
 
「少なくとも僕と修に並び立つには神話魔法や、それに並び立つほどの剣技を習得しないといけないからね」
 
「分かっている。最低限をクリアしないかぎりはお前達と並び立てないということだ」
 
 途中の目標としてはまず、そこだ。
 
「レイナさんの歳で神話魔法と対等に張り合おうとするのって大変だよ」
 
「使えるお前が言うのか?」
 
 レイナが切り返すと、優斗は困ったように笑う。
 
「まあいい。今度、闘技大会があるからな。それまでにもっと実力をつけなければな」
 
「闘技大会がまたあるの?」
 
「リライトであるわけじゃない。隣国の一つにリスタルという場所があるだろう?」
 
「名前ぐらいなら聞いたことあるけど」
 
「そこで世界中の猛者を集めた闘技大会がある」
 
「へぇ、凄いね」
 
「だから――」
 
 と、話を続けようとしたレイナの視界に人影が映る。
 よく見知った人影だった。
 苦笑する。
 
「いや、続きは今度だな。私はここで別れよう」
 
「あれ? レイナさんの家ってもうちょっと先じゃなかったっけ?」
 
「逢瀬を邪魔するほど野暮ではないつもりだからな」
 
 レイナはスッパリと話を切ると、走って帰っていく。
 
「何なんだ?」
 
 優斗としては意味が分からない。
 後頭部を軽く掻きながら前を向いたところに。
 影が見えた。
 夕日が落ちかけて、それはまさしくシルエットしか見えなかったが、優斗が間違えるはずもない。
 
「……優斗さん」
 
 フィオナがいた。
 
 
 
 
 フィオナはエリスに宣言したあと、自室に籠もって一人で編み物を完成させた。
 何のために避けてきたのか。
 理由をしっかりと示したかった。
 翌日、昼過ぎからフィオナはギルドからの帰り道にある公園で優斗を待っていた。
 いつ帰ってくるかは分からない。
 けれどここで待っていれば、いずれは優斗と会える。
 不安な気持ちを抱きながらフィオナはベンチに座っていた。
 一時間、二時間、三時間、四時間と。
 夕暮れから夜に変わろうとする時間帯に。
 優斗は現れた。
 隣にはレイナがいて、二人で話している。
 ギルドの依頼を受けている最中もずっと一緒にいたのだろうか。
 
 ――二人きりで。
 
 ズキリと胸が痛む。
 同時に卓也の言葉を思い出す。
 レイナと優斗は元々、仲が良い。
 これ以上仲良くなってしまったら。
 そう考えると怖い。
 
「……え?」
 
 と、不意にレイナと視線が合った気がした。
 気のせいかとも思ったけれど、レイナはすぐに優斗と別れた。
 
 ――気を遣わせてしまいましたね。
 
 ベンチから立ち上がる。
 左手にある袋がカサリと小さく鳴る。
 
 ――ありがとうございます。
 
 今は優斗と二人で話したかったから。
 そしてフィオナは頭を右手で掻きながら前を向いた彼に、
 
「……優斗さん」
 
 声を掛けた。
 
 
 
 
 正直な話、優斗はどうして彼女がいるのか理解ができなかった。
 けれど久しぶりに呼ばれた名前に嬉しくなって。
 そして……首を振る。
 
 ――駄目だってば。
 
 しっかりと距離を保たないといけない。
 フィオナを縛り付けようなどと思ってはいけない。
 
「どうしたんですか? こんなところで」
 
「――っ!」
 
 フィオナが息を飲む。
 優斗は笑みを顔に貼り付けながら、
 
「何か買い物でも?」
 
「……い、いえ……そうじゃなくて。優斗さんを……迎えに……」
 
 フィオナが思わず、言葉に詰まる。
 いざ、彼を前にして話していると声が震えた。
 温かさのない笑みに、初めの頃の口調。
 今まで自分に向けられていたものが全て無くなっている。
 
「義母さんですかね、貴女に言ったのは」
 
 困ったように優斗が頭を掻いた。
 
「断ってもよかったんですよ」
 
 あくまで優しく優斗は言葉を紡ぐ。
 
「フィオナさん、こんな時間に僕と二人で会ってたら勘違いされてしまいますから」
 
 迷惑ですよね、と。
 そう告げた。
 フィオナは泣きそうになる。
 
 ――絶対に迷惑じゃありません。
 
 迷惑なわけがない。
 大好きな優斗を迎えに来たのに、思うわけがない。
 
「……」
 
「あの、フィオナさん?」
 
 それに何よりも“これ”が嫌だった。
 目から涙が溢れてくる。
 
 ――違いますよ。
 
 前に言った。
 初めて彼が自分に敬語以外を使って、そしてすぐに敬語に戻ってしまった時に。
 
「……フィオナです」
 
 告げながら一歩ずつ、優斗に近付く。
 
「フィオナです」
 
 困惑している優斗は立ち止まっている。
 ゆっくりと近付いていって、彼の胸元を握りしめた。
 零れる涙はそのままに叫ぶ。
 
「私は“フィオナ”です!」
 
 “さん”なんていらない。
 
「……そんな風に喋って、そんな風に呼ばないでください」
 
 今の優斗にされるのが、一番堪える。
 
 ――それに。
 
 優斗は勘違いされると言った。
 仮に彼の言っていることが“フィオナの好きな相手に勘違いされる”という意味であるなら遅い。
 
「もう……勘違いされてますから」
 
 他の誰でもなく、目の前にいる男性に。
 
「でしたら、余計に勘違いさせないようにしてあげてください」
 
 ゆっくりとフィオナの手を胸元から外そうとする優斗。
 けれど彼女は彼の胸元にある指を外される前に、思い切り引き寄せる。
 そして、少し背伸びをした。
 
 
 
 
「……ん……」
 
「――っ!」
 
 
 
 
 ほんの数秒。
 僅かな時間。
 口唇を重ねる。
 
「…………」
 
 フィオナが顔を少し離すと、驚きのあまりに呆然としている優斗。
 
「これで勘違いは……なくなりましたか?」
 
 訊くが、答えは返ってこない。
 突然のことに事実が把握できていないのだろう。
 フィオナはもう一度、訊く。
 
「なくなりましたか?」
 
「……え? いや、でも……どうして?」
 
 困惑する優斗にフィオナは真っ直ぐ伝える。
 
「決まっているじゃありませんか」
 
 勘違いしているようだから、正しただけだ。
 
「私が愛している男性はこれまでもこれからも一人だけ」
 
 そう。
 愛しているのはたった一人。
 
 
「優斗さんだけです」
 
 
 他にいない。
 フィオナは胸元にある手を背中に回す。
 
「私が恋人では嫌ですか?」
 
 顔を優斗の肩口に埋める。
 
「私が婚約者では嫌ですか?」
 
 もし否定されたらどうしよう、と。
 考えてしまうけれど。
 それでも訊きたいから。
 
「仮初めじゃなくて、偽りじゃなくて」
 
 正直に伝えよう。
 
「私が本当の妻では……嫌ですか?」
 
 この想いを。
 
「……私は優斗さんと本当の夫婦になりたいです」
 
 けれど、やっぱり恐怖は消えなくて。
 どうしようもなく怖くて。
 背に回している手に力が入る。
 
「…………」
 
 一方で、優斗はまだ混乱していた。
 フィオナにキスされ、愛していると告白され、問われた。
 状況が読めない。
 なぜ避けていたのに、突然こんなことをしてきたのか。
 フィオナの性格からして、幾人にも恋をしているとは思わない。
 ということはまさしく自分を好きだということなのだろうし、言葉を違わず信じるなら愛してくれているのだろう。
 それは自分も同じだし、気持ちに齟齬があるわけでもない。
 
「……別に嫌じゃ……ない……けれど、だったらどうして避けてたの?」
 
 けれどやっぱり、この点だけが納得できない。
 自分は避けられていたからこそ遠ざかったわけだし、自分が遠ざかったのに彼女が近付いてきたのは理解できない。
 
「……その……えっと……」
 
 フィオナは優斗から少し離れると、左手に持っている袋から編み物を取り出した。
 
「……これは?」
 
「マフラーと手袋……です」
 
 ちゃんとした完成品を優斗に見せる。
 
「あ、編んでたんです。冬が来て、マフラーとか手袋がそろそろ必要になるかと思って」
 
 ただ、優斗に喜んで欲しかった。
 
「けれど驚かせたくて、気付かれないように顔を合わせないようにして」
 
 逃げていた。
 
「そうしたら、優斗さんが私に合わせて遠ざかって……」
 
 今回の出来事になった。
 
「……そんなことだったんだ」
 
 フィオナの事情を理解してしまうと、確かに納得できる。
 
「信じて……くれますか?」
 
「うん」
 
 とても彼女らしいと思う。
 
「ホント、馬鹿みたいな勘違いだったんだね」
 
「いえ、私がいけないのですから」
 
「……君だけがいけないわけじゃないよ」
 
 自分があと少し待てれば、こんな騒動にならなかったのだから。
 
 ――でも。
 
 自分の心を鑑みれば、難しいだろう。
 
「僕は君のことが大切だから、何かあったらすぐに君を手放そうとする。君の願うこと、君の想うことの障害になりたくないから」
 
 もっと独占欲があればいいのかもしれないけれど。
 今の自分には、まだ持てない。
 
「でしたら私の願いは――」
 
 フィオナはもう、引かない。
 大好きだから。
 愛しているから。
 だから、
 
「もう二度と私を手放さないでください」
 
 フィオナの言葉に優斗が目を丸くする。
 
「ずっとずっと貴方の側に置いてください」
 
 フィオナはマフラーを優斗の首に掛ける。
 
「何があっても絶対に離さないでください」
 
 そして巻いたマフラーを整え、
 
「この先に何があっても、私が優斗さんを愛していくことだけは変わりません」
 
 また、優斗の口唇に軽く自分の口唇を触れさせる。
 二度目のキス。
 最初よりも暖かい感じがした。
 
「私が一番辛いのは優斗さんと共に歩めないことですから、それだけは知っておいてください」
 
 伝えると、フィオナは少しだけ離れてからくるりと振り返った。
 
「帰りましょう。まーちゃんが待ってます」
 
 ふわりと浮かぶ、微笑み。
 優斗は彼女の見惚れながら、同じように笑みを浮かべる。
 
「帰ろう、フィオナ」
 
 そして笑みと共に彼女に届けられた言葉は。
 フィオナがずっと望んでいたもので。
 
「はい」
 
 ただ、一度。
 フィオナは嬉しそうに頷いた。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 普段の調子に戻った優斗達にエリスやマルスも安堵し、いつもの日常が戻る。
 フィオナはマリカを寝かしつけたあと、眠ろうとしたときに今日の出来事を思い返す。
 それと同時に気付いた。
 
 ――わ、わ、私からしてしまいましたっ!
 
 顔が真っ赤になる。
 足をバタバタしたくなった。
 
 ――しかも二回も!
 
 最初は離れてしまった優斗を取り戻すためだったのに。
 次は気持ちが溢れてしまって、キスをしてしまった。
 
 ――は、はしたないと思われなかったでしょうか。
 
 女性から連続で、なんて。
 けれど嬉しすぎて顔がとろける。
 
 ――でもこれで、私と優斗さんは……。
 
 そう考えたところで、ふと引っかかる。
 
 ――あれ? でも優斗さんから言われたのは……。
 
 大切だと言われただけで。
『夫婦じゃ嫌ですか』と問いかけたときは、うやむやに頷かれただけ。
 
 ――こ、答えを何も聞いてませんでした。
 
 一気にテンションが落ちる。
 
 ――どうしましょう? 今更訊きにいくのも……。
 
 あれこれとフィオナが考えている時だった。
 コンコン、と控えめにドアがノックされる。
 
 ――どなたでしょう?
 
 マリカはちょっとやそっとじゃ起きやしないが、極力静かにドアへ向かう。
 そしてゆっくりと開けると、そこにいたのは、
 
「優斗さん?」
 
 最愛の人。
 彼は迷惑じゃないかな、といった感じで、
 
「寝てた?」
 
「いえ、起きていましたが……どうされました?」
 
 フィオナは前に出てドアをゆっくりと閉める。
 彼の用事が何なのか、しっかりと聞くために。
 
「えっと……その……」
 
 けれど珍しく優斗にしては歯切れが悪い。
 
「……?」
 
 フィオナには優斗のやろうとしていることが予想付かない。
 先ほど疑問に思ったことを訊ける感じでもない。
 でも彼と一緒にいられるのは嬉しいので、別に気まずいわけでもない。
 
「……あの……そのね、伝えてないことがあって……」
 
「はい」
 
 優斗は散々に悩んだあげく決意したのか、言葉と共に一歩、フィオナに近付いた。
 ゆっくり両腕が開いたと思うと、フィオナの身体が優斗の腕に抱き寄せられる。
 
「ふぇっ!?」
 
 驚くフィオナに優斗は伝えていなかったことを紡ぐ。
 
「好きだよ」
 
 心を込めて。
 彼女に伝わるように。
 
「フィオナを愛してる」
 
 そこまで言ったところで限界だった。
 優斗は顔から火が出そうなほど真っ赤になる。
 
「お、おやすみ!」
 
 パッと両腕から彼女を解き放つと、急いで自室に戻る。
 取り残されたフィオナは、唐突な展開とあまりの嬉しさにへたり込む。
 
「……どうしましょう」
 
 顔を優斗と同じくらい真っ赤にさせたフィオナは、彼からの言葉を頭の中で何度も反芻する。
 
「今夜、眠れないかもしれません」
 
 




[41560] ハーレム議論
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:23de20e5
Date: 2015/10/08 16:18
 
 
 
 
 優斗が夕食後の紅茶を飲みながらのんびりしていると、マリカを寝かしつけたフィオナが左隣に座ってきた。
 心なし、寄り添う形で。
 
「優斗さん、今日は皆さんに私たちのことをお伝えしたんですよね?」
 
「うん。そうだよ」
 
「私も女性陣に伝えたのですが、揃って『安心した』と言われました」
 
 状況を作ってしまった一因でもあっただけに、大層焦っただろう。
 優斗が苦笑した。
 
「少し問題が起こったしね」
 
「優斗さんはどうだったのですか?」
 
「僕たち?」
 
 優斗は今日の放課後を思い出す。
 
 
     ◇      ◇
 
 
「というわけで恋人になったんだけど……」
 
 無事にフィオナと恋仲になったことを男連中に報告する優斗。
 だが、返ってくる言葉と言えば、
 
「おせーよ」
 
「遅いですね」
 
「遅いだろう」
 
「オレの不安を的中させて、バカじゃないのか!? どこの鈍感主人公だ、お前は」
 
 などとメタクソに言われる。
 特に最後の卓也の言葉が酷い。
 
「いや、鈍感主人公って……あのレベルは無理だよ。だって『好き……』とか小声で言われて『えっ!?』とか問い返したり、手を繋いだり抱き合ったりして女の子の顔が真っ赤でも『どうしたんだろう?』とか疑問に思って平然な顔してるんだから。明らかな嫉妬されてるのに『なんでだろう?』って、もう人間として何か欠落してるレベルだって」
 
「お前が言うか!? お・ま・え・が!」
 
 卓也が優斗の額を指で押す。
 あれだけ周囲が見ても問題ないと思っていたのに。
 やっとか、と思う以外にないだろう。
 
「お前が言うかって、もちろん言わせてもらうよ。僕はフィオナと手を繋いだら全力で心臓がヤバいし、抱きしめられた時は破裂寸前。女の子と接触することに手慣れてる鈍感主人公とは一緒にしないでほしいね」
 
「かろうじて鈍感主人公よりマシなレベルだ、バカ」
 
「ハイパーネガティブなだけですしね」
 
 フォローしているようで全くしていない卓也とクリス。
 すると修が、
 
「……つーかさ、せっかく異世界に来たりしてんのに、誰もマンガとかラノベみたいに次々と美少女が惚れてくるラブコメやらハーレムやらになってないのっておかしくね?」
 
 話が繋がっているようで、まったく繋がっていないことを言い出した。
 一人ぐらいはあってもいいと思う。
 
「特に優斗と卓也は婚約者ありだからな。これから増やすことも可能だろう? 婚約括りで考えるとクリスもだ」
 
「やってみねぇ? ハーレム展開」
 
 お気楽に和泉と修が訊いてくる。
 が、名前を出された三人はハーレムを作ろうと思った時点で、軽く身震いを起こした。
 
「クレアにマジ泣きされるので勘弁を」
 
「リルに八つ裂きにされるので勘弁を」
 
「フィオナに抹殺されるので勘弁を」
 
 二人ほど物騒な言葉を吐いたが、あながち間違いではなさそうなのが悲しみを誘う。
 
「というか僕はハーレムとか駄目だし」
 
「優斗はラブコメもハーレムも苦手だもんな」
 
 修が優斗の好き嫌いを考えて頷く。
 
「だってさ、おかしいでしょ。ギャルゲーとかでさ、ほんのちょっと優しくされただけで惚れるって。しかも好きになった理由が『他の人とは違う感じがする』とかだと『違う感じ』を説明しないでシナリオ終わるし。『下心のない優しさ』とかなんてバカらしくない? ヒロインが孤独キャラだったら分かるけど、そうじゃなかったら十数年も生きてきて、全員が下心のある優しさだったのかよ、とかツッコミを入れたくない?」
 
 優斗が熱く語る。
 珍しい彼の姿に軽く卓也たちが引いた。
 
「……いや、まあ……」
 
「……一理あるとは思うが」
 
「ですね」
 
 卓也と和泉はかろうじて納得。クリスは大いに納得したのか頷いている。
 どこの世界でも物語は似通うものなのだろう。
 
「だからテンプレも苦手になってきたんだよね」
 
「どういうことです?」
 
 クリスが興味を持った。
 
「いろんな美少女にモテる主人公が、迷ったあげくにメインヒロインとくっ付いたとするよね」
 
「ええ」
 
「物語はそこで終了だけどさ。よくよく考えてみれば、モテる系優柔不断主人公のうち、七割は付き合った後も同じことやると思わない? だって優柔不断なんだし。そう考えるとヒロインって可哀想だよ」
 
「……あ~、かもな」
 
 言われてみれば、と卓也が納得する。
 
「あるかもしれませんね」
 
 クリスもまた、大いに同意した。
 
「あとは主人公の幼なじみといえば、主人公に?」
 
「惚れてんな」
 
「惚れてる」
 
「惚れてますね」
 
「惚れてるだろう」
 
 全員が同じことを言った。
 優斗は共通認識があることで、さらに言葉を続ける。
 
「けれど惚れた経緯が明確に説明されてない場合が多いんだよ。子供のころから好きですって感じで。しかも何年も何年も想い続けて、ライバルが現れて慌てるってパターン」
 
 何かしらのスイッチが入ったのか、優斗がさらに熱弁を振るう。
 
「以下、義妹、ツンデレ、そういうのは基本的に好感度マックスから始めるんだから」
 
「いや、様式美というものがあるだろう?」
 
 和泉がもっともなことで反論する。
 しかし今の優斗には無駄だ。
 
「限度っていうものがある。あるゲームの主人公なんて幼なじみ、義妹、昔出会ったツンデレが最初から好感度マックス。転校先で助けた女の子も即惚れる。ヒロインキャラ五人いて四人が最初から惚れるってなんだよ。しかも全員がそんだけ惚れやすくて初恋です……とか。30分でコントローラーぶん投げたし」
 
 優斗としては考えられないことなのだろう。
 
「しかも腹立つのが主人公が基本的に平凡ですよ、とかほざいてるの。どこが平凡なのか教えていただきたい。主人公が一人に対して美少女が周囲に五人も六人もいる時点で平凡じゃないと気付け。もっと性質が悪いのは自分で暴れ回ってるのに平穏が好きとか暴言抜かしてる奴。とりあえず平凡じゃないけど暴れてない卓也を見習えと思うよ」
 
「おい」
 
 思わず卓也が突っ込む。
 しかし優斗は無視。
 
「どこぞのゲームをアニメ化する際なんて、主人公が惚れられる理由が分からないってことで超イケメンにしたんだから」
 
 あ~だこ~だと独自の考えを展開する優斗。
 
「こんなユウトは初めて見ます」
 
 クリスが少し唖然とすると、修が今の優斗について説明した。
 
「優斗はシナリオに重きを置くから手軽なラブコメが駄目なんだってよ」
 
 嫌悪感が生まれるらしい。
 
「そういうことですか」
 
 クリスもそれは似たり寄ったりの考えだから、頷ける。
 
「優斗はこの点に関して潔癖症だかんな。俺らは萌えればなんでもいいけど」
 
 ご都合主義万歳。
 美少女が惚れてくれるからこそのラブコメ。
 とは思うのだが、優斗だけは駄目らしい。
 
「別に平凡な男に美少女が惚れるな、とは言わない。言えるわけもない。ラブコメである以上は必須条件だよ。けれど三人も四人も五人も同時に惚れてるとか何? どいつもこいつも無個性に近いのに、どこに美少女がこぞって惚れる要素があるのか教えてほしい。『優しい』だけで即惚れてくれるなら、世界はもっと平凡に優しい世界だよ」
 
 いや、自分を投影するにはそれが一番だから……とは分かりきっているためツッコミにならない。
 
「ハーレムもそう。駄目とは言わない。けれどハーレムを形成するなりに必要な要素があると思う」
 
「金があるとか?」
 
 修が言い、
 
「イケメンだとか?」
 
 和泉が追加し、
 
「決死の想いでハーレム作るとか?」
 
 卓也で締める。
 
「そう、それなら納得する」
 
 こんな人物であるなら優斗でさえも『やっぱり』と納得できる。
 するとクリスが、
 
「むしろハーレムの女性達はよく平気でいられますよね」
 
「どういうことだ?」
 
 修が聞き返す。
 
「自分なら愛されているとしても、複数の男の一人だと思うと女性から離れて行きますよ」
 
「そうか? みんな平等に愛してるから問題ないんじゃねーの?」
 
「だな。平等なら優劣がつくわけでもないし」
 
 修と卓也は至極当たり前の意見を言ったつもりだったが、予想外にも和泉から否定の言葉が出てきた。
 
「甘い」
 
「和泉?」
 
 優斗が驚く。
 萌えれば何でもいいはずの和泉が反論するとは。
 
「平等に愛を注げる人間が存在するわけない」
 
「なんだそれ?」
 
 修が首を傾げた。
 
「例えば、だ。ハーレムが四人いたとしよう。歳も格好も性格も違う四人だ。つまり魅力は人それぞれということになる」
 
「ふむふむ」
 
 優斗たちは一様に頷く。
 
「彼女たちに主人公は言うわけだ。全員を愛している、と」
 
「何か問題があるんか?」
 
 修的には何も問題がないように思える。
 
「あるに決まっている。魅力が違うんだ、つまりは同じ部分で比べればそこに差が生まれる。これは平等か?」
 
 先ほどの優斗のように演説する和泉。
 思わず優斗が唸った。
 
「哲学っぽいね」
 
「こんな哲学あったら嫌じゃね?」
 
 修が呆れた言葉を発する。
 馬鹿話が哲学のようなものであったら、哲学者が浮かばれないだろう。
 とりあえず卓也とクリスが問い返した。
 
「けどトータルで同じくらいなんだったら問題ないだろ」
 
「優柔不断な性格なら大丈夫なのでは?」
 
 彼らの疑問に対して和泉は反論する。
 
「魅力の部分で違いがある以上、心が機械でない限りは無理だと思うが……。それに、それでも確実に差はあるのではないか?」
 
 あれこれ議論するが明確な答えが生まれない。
 すると優斗が名案とばかりに、
 
「じゃあ、逆転の発想で彼女達は愛に差があっても主人公を愛しているから問題ないっていうのはどうかな?」
 
「どんだけ聞き分けいいんだっつーの」
 
「女に対して都合良いところを求めすぎ」
 
「自分は先ほど言った通り、無理ですね」
 
「それこそナンセンスだ。差が生まれれば優劣が生まれ、優越感や劣等感となってハーレム崩壊の危機になるだろう」
 
 修、卓也、クリス、和泉の順に優斗の案を瞬殺する。
 その後もあれこれ言うが、結論は出てこない。
 修がぐったりとし始め、
 
「……真面目に議論すると、ハーレム作るのって無理ゲーにならねぇ?」
 
「当然だろう。古来よりハーレムというのは権力者が女性を囲うことであって、愛などは存在しないのが常だ。あくまでゲームやマンガにあるハーレムは願望だからな」
 
 現実にあるハーレムなぞエグイ話ばかりだ、と和泉は付け加える。
 
「……こんなん話が終わらねえし面倒だから、結論としては愛されて、愛して、上手いことハーレム作るやつは超すげぇってことでいいんじゃね?」
 
「だね」
 
「そうだな」
 
「……まあ、そうだろう」
 
「ですね」
 
 無理矢理に修が結論づける。
 
「つまり俺らにハーレムを作ることは無理っつーこった」
 
「僕は当然の帰結だよ」
 
「幾人もの女性を愛でるほど手慣れているわけでもありませんし」
 
「残念だがな」
 
「むしろ八つ裂きにされるし」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 
「――って感じで僕らが付き合い始めたことについては『遅い』の一言だけだったんだよ」
 
 むしろ他の話のほうが延々と続いた。
 
「やはり男性ってハーレムを作りたいんですか?」
 
「人によるんじゃないかな。けれど願望があるからこそ、物語が生まれるわけでもあるし」
 
 否定はできないだろう。
 
「ただ、僕は一人だけいてくれればいいけどね」
 
 というよりは何人も自分に惚れてくるとは思えない。
 
「じゃあ、凄い美人が言い寄ってきても優斗さんは大丈夫ですか?」
 
 少し心配そうにフィオナが訊いてくるが、優斗は自信満々に答えた。
 
「何人もの女性を囲む度量も度胸もない」
 
 男としては狭小ではないかと思わなくもないが、優斗の限界は一人のみ。
 
「あと、こうは言いたくないけど、僕には可愛い婚約者がいてくれて十分に物語っぽいんだから、ハーレムを望むのはバカだよ」
 
 異世界に巻き込まれるわ、魔法が使えるようになるわ、父親になるわ、婚約者ができるわで、十分すぎるほどに物語だ。
 
「だからね……」
 
「はい」
 
「えーっと……だね」
 
「はい」
 
 続けようとする言葉に、優斗が顔が赤くなる。
 言うのをやめようかとも思うが、告白のときはフィオナが頑張ってくれたのだ。
 今度は自分の番だと優斗は軽く頭をかきながら伝える。
 
「僕はずっと、フィオナだけだから」
 
「えっ?」
 
「だからフィオナ以外の相手は……いらない」
 
 伝えきる。
 自分はフィオナに心底、惚れているから。
 魅せられているから。
 他の誰かに視線が向けることがない。
 とは言っても今は照れ臭くて彼女の方を見ることはできない。
 真っ赤な顔を明後日の方向に向ける。
 けれど、彼女が喜んでくれているのは分かった。
 告げた後に握られた、左腕の袖の部分。
 力としては、ほんの少しだけ。
 されど決して離さぬようにと、握ってくれているのだから。
 
 



[41560] なぜこの面子で
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:23de20e5
Date: 2015/10/08 16:19
 
 
 
 
 
 のんびりと紅茶を啜りながら食後の会話を楽しむ優斗とフィオナ。
 
「クリスとクレアさん、婚前旅行に行くみたいだね」
 
「そうなのですか?」
 
「結婚式の1週間前にリスタルで闘技大会があるじゃない?」
 
「はい」
 
「あれって世界中から人が集まるイベントだから、ちょうどいいってことで行くみたいだよ」
 
 結婚式というのはもっと忙しいイメージがあったのだが、彼らはそうでもないらしい。
 
「レイナさんも出るらしいし、ついでに応援もするんじゃないかな」
 
「学生の部に出られるみたいですね、レイナさん」
 
「大変そうだよね」
 
 世界中から猛者が集まるのだから。
 けれどフィオナが、
 
「あら、意外にそうでもないですよ。チーム戦ですから」
 
「チーム戦?」
 
「ええ。一般の部は個人戦なのですが」
 
 学生の部は三人チームで勝負が行われる。
 
「まあ、レイナさんだったらチーム戦でも問題ないだろうけど」
 
 同年代と比べれば圧倒的な実力で周囲を引っ張るだろう。
 
「あっ、でも……」
 
 と、あることに気付いたフィオナが声を発した。
 
「どうしたの?」
 
「優斗さんも出られるのでは?」
 
「なんで?」
 
 優斗は首を捻る。
 少なくとも闘技大会出場の話は一度も聞いていない。
 
「選ばれるのは各学年から一人ずつ。出場選手の選考理由の一つがリライトで行われた学生闘技大会の結果でして、優斗さんは決勝まで行っていますし」
 
 成績的にも大会の結果的にも選ばれる可能性は高い。
 
「けど一週間後なんだよ? まだ話が来てないってことは選ばれなかったんじゃないかな?」
 
「どうなのでしょう? 私も詳しくは知らないのでなんとも言えませんが……」
 
 互いに悩むが答えは出ない。
 すると、家政婦と話をしていたエリスが優斗たちに向き直った。
 
「ユウト、お客様よ!」
 
「誰ですか?」
 
「レイナさんと近衛騎士団副長。あとはラスターって男の子よ」
 
 
 
 
 レイナの姿が見えて、フィオナの腕の中にいるマリカが、
 
「なーっ!」
 
「マリカ、久しぶりだな」
 
『なー』はレイナの『ナ』だ。
 名前を呼ばれて彼女は軽く笑む。
 
「最近は2週間ほど来られなかったが、少し大きくなったんじゃないか?」
 
「どうだろ? 毎日見てるから僕達は分かりづらいかも」
 
 レイナが近付いてマリカの頭を撫でる。
 マリカはされるがままに喜んでいた。
 
「用件は?」
 
「来週リスタルで行われる闘技大会についてだ」
 
 ドンピシャだ。
 優斗とフィオナが呆れたように顔を見合わせた。
 
「まさしく今、その話をフィオナとしてたんだけど……」
 
 副長とラスターが一緒な理由がよく分からない。
 優斗は視線を巡らせる。
 ラスターには睨まれた。
 副長は視線を受けて一歩前に出る。
 
「この度はリライトから一般の部出場、及び学生の部出場選手の選考を任された近衛騎士団副長のエルです」
 
 なるほど、と優斗が相づちを打つ。
 
「闘技大会について話をされていたということで、ユウト様のことですから予想されているとは思われますが正式に伝えさせていただきます」
 
 副長の視線が優斗に固定された。
 
「ユウト・ミヤガワ様。来週より行われるリスタル闘技大会学生の部にリライト代表として出場していただきたく思います」
 
 次いで、フィオナの視線を移し、
 
「そしてフィオナ=アイン=トラスティ様。貴女様には予備選手として、サポートメンバーとして同行をお願いしたいと思っております」
 
 彼女の名前も告げられた。
 驚きはしたものの、表には出さずに優斗は尋ねる。
 
「選考理由はどのように?」
 
「リライトの闘技大会の結果、及びに学院の成績や実際の実力を鑑みて各学年より一人ずつ、選出させていただきました。比重としましてはやはり、リライトの学生闘技大会の結果に大きく偏るのですが、成績を合わせ見てもユウト様の選出は妥当だと考えさせていただきました」
 
 やはり闘技大会決勝進出が大きな理由なのだろう。
 成績は上位のほうに持って行ってはいるものの、秀才くらいで終わる成績で留めているのだから。
 
「フィオナ様は闘技大会こそ出ておりませんが成績、実力共にトップクラスであります。アリシア様やクリスト様も考えたのですが、精霊術士という希少性と有用性から選抜を」
 
 言われてみれば、と確かに思う。
 精霊術を使って弱い部類とはいえBランクの魔物を平然と倒せるのだから。
 
「他に三年からはレイナを。一年からはラスター・オルグランスを選出しました。大会期日ギリギリまで選考が伸びてしまいましたので、予定があった場合には断っていただいても問題はありません。ただ、出来るかぎり出場していただきたいのがこちらの願いとなっております」
 
「レイナさん達を一緒に連れてきた理由はどのような?」
 
「早計とは思いましたが、同じチームとして闘うことになりますので顔合わせをさせたかったのです」
 
 断ると思っていないのだろう。
 優斗としては副長と前に会ったときの様子から、自分たちをねじ込んでるんじゃないか、とも少し疑ったがどうやら違うらしい。
 正しく選んでもらったのであれば断る理由もない。
 
「分かりました。僕としても適正な判断の下、選出していただいたのであれば是非とも参加させていただこうと思っています」
 
「私も問題はありません」
 
 二人して納得する。
 
「ユウト様、フィオナ様。こちらの申し出を受けていただき、真にありがとうございます」
 
 副長が頭を下げる。
 つまり今、闘技大会に参加するメンバーが決まったわけだが。
 
「まさか、あの時の面子で闘うことになるなんてね」
 
 シルドラゴンを倒したときに組んだメンバーだなんて。
 
「ふん。精々足を引っ張るなよ」
 
 偉そうにラスターが告げる。
 
「…………」
 
「…………」
 
「…………はぁ」
 
 フィオナと副長が眉をしかめ、レイナが盛大にため息をついた。
 前途は多難そうだ。
 
 
       ◇      ◇
 
 
「今日からパパとママは四日間、帰ってきませんからね」
 
「あい」
 
「本当はまーちゃんと一緒に行きたいんですが、色々な国の方々が来ていますので危ないんです。分かってくれますね?」
 
「あい」
 
「まさかまーちゃんと四日間も離れ離れだなんて……」
 
 ぎゅうっとマリカを抱きしめるフィオナ。
 予想外だったのが、大会の期間。
 全日程三日間のうち、二日目の後半と三日目が学生の部。
 事前申請による登録は終わっているが、前日には現地で本登録などをしなければならないため、行程としては全四日間だ。
 優斗とフィオナがこんなに長い期間マリカと離れ離れになるのは初めて。
 そこがさらにフィオナに不安をもたらす。
 
「あぅ?」
 
 フィオナとは違って平然としているマリカに、優斗は紐の付いている笛をマリカの首に掛ける。
 
「これはパパからマリカにプレゼント。もし怖いことがあったり遊びたかったら、笛を吹くこと。すぐに修達が飛び込んできてくれるから」
 
「あいっ」
 
 和泉作、特定個人の耳に入る笛。
 聞こえる距離は半径50キロほどなので、ほぼ確実に修には届くはずだ。
 
「パパとママがいない間、良い子にできる?」
 
「あいっ!」
 
「うん。良い返事だ」
 
 軽く頭を撫でる。
 
「義母さんもマリカのこと、よろしくお願いします」
 
「まかせておきなさい」
 
「危ない場面があったら、遠慮無くマリカに笛を吹かせてください。マリカにしか吹けませんし、修ならどうにかします」
 
 唯一優斗が安心して任せられる相手だ。
 
「分かったわ」
 
「では行ってきますね」
 
 フィオナと二人して待機していた馬車に乗る。
 中には副長、ラスター、レイナと、
 
「和泉?」
 
「イズミさん?」
 
 なぜか和泉がいた。
 
「なんでいるの?」
 
「会長の武器を改良したのは俺だ。ということで、何かあったときのために一緒についていくことになったんだ」
 
 そういえば、と頷きながら優斗とフィオナは隣同士に座る。
 すると突然、
 
「フィオナ先輩! ここも空いてます!」
 
 ラスターが自分の隣を叩いてアピールし始めた。
 最近は近付いてこなかったので、もう邪魔されないと安心していたのだが。
 
「だから、何です?」
 
 温かみの欠片もない声音でフィオナが問う。
 
「いや、オレの隣が……」
 
「だから?」
 
「えっと……」
 
 前に全力でキレられたせいか、さすがのラスターもフィオナの機嫌が悪くなったことぐらいは気付く。
 優斗が小さくフィオナを小突いた。
 
「こらこら。それぐらいでやめないと」
 
「……分かりました」
 
 優斗に窘められて、フィオナは冷たい視線をやめる。
 
「問題ありすぎだろう、このメンバー」
 
 端的に和泉が言った。
 それは優斗もレイナもフィオナも感じていたことだから、否定も何もできない。
 と、副長が空気を読まなかったかのように優斗とフィオナに話しかけた。
 
「道のりは長いですので、是非ともフィオナ様とユウト様には色々とお話をさせていただきたく思っているのです」
 
 丁寧に訊いてくる副長。
 礼儀正しいのは騎士としてなのかもしれないが、優斗は前から思っていたことを伝える。
 
「あの、引率の立場にある副長に様付けされるのも変な感じがするので、レイナさんみたく呼び捨てで呼んでもらえると気分が楽なんですが」
 
「無理です」
 
 即答された。
 
「ユウト様方を呼び捨てなど、恐れ多い」
 
「ではせめて“様”を除いてはいただけませんか?」
 
 これならばとフィオナも続くが、
 
「無理です」
 
 すぐに却下された。
 
「無理なのですか?」
 
「はい」
 
 断言される。
 ここまで頑なに否定される理由は分からないが、副長の譲れない部分というのもあるのだろう。
 優斗もフィオナも強要することはできない。
 
「それでは話の続きをさせていただいてもよろしいですか?」
 
「ええ、どうぞ」
 
 仕方なく優斗は頷いた。
 
「……では。まずフィオナ様は魔法も精霊術も両方とも使えますが、個人の訓練としては精霊術に重きを置いているとレイナから聞いたのですが、それはどうしてなのですか?」
 
 武芸に身を置くものとしては気になるのだろうか。
 副長のみならずレイナ、和泉も耳を傾ける。
 すると優斗はなるほど、と頷きながら説明を始めた。
 
「魔法も精霊術も、行使するにあたって最低限必要な魔力というものが必要なのは分かりますよね?」
 
「はい」
 
「精霊術の恩恵は、その“最低限”の部分を限りなく低くすることができるんです」
 
「というのは?」
 
「精霊は意思があります。上手に対話をすることができれば、精霊というのは僅かな魔力で動いてくれるんですよ」
 
 要は精霊術士のことが好きだから、進んで動いてくれる。
 逆に毎度のこと強制的に命令をするような精霊術士に対しては、精霊が最低限のラインを下げることはない。
 
「特にフィオナは精霊にすごく好かれていますから、進んで力になってくれている分、必要な魔力が少なくて済むんです。要はコストパフォーマンスがとんでもなく良いってことですね」
 
 へぇ、と感慨深く頷くレイナと和泉。
 副長も目から鱗が落ちたかのようにしきりに頷いていた。
 
「では、続いての質問を」
 
「どうぞ」
 
「ユウト様はレイナとフィオナ様のどちらがお強いと思いますか?」
 
 副長の質問に優斗はフィオナとレイナを見る。
 
「…………」
 
 そして二人の実力を考え、
 
「……………………おそらくはレイナさんでしょう」
 
 結論を出した。
 
「ずいぶんと悩まれましたね」
 
「そうなったか」
 
「フィオナも強くなっているということか」
 
「さすがフィオナ先輩!」
 
 和泉たちも感想を口々にする。
 
「訊いた私が言うのもおかしいとは思いますが、レイナの実力は相当のものです。悩まれたということはフィオナ様はレイナと互角に太刀打ちできる可能性があるとお考えなのでしょう?」
 
「もちろんです」
 
「なぜ、その結論に至ったか教えていただいてもよろしいでしょうか?」
 
 副長の疑問に優斗は頷く。
 
「まず最初に……副長は大精霊がどれほどいるか知ってますか?」
 
 突飛な質問が来たが、副長は表情一つ変えずに答える。
 
「基本である四大属性、地水火風と別途に氷、雷。その上位に位置する二極と称される光と闇。そして精霊の主として唯一契約を必要とする精霊王――大精霊パラケルスス。合計九体です」
 
「正解です」
 
 昔から姿形を持っている“大精霊”格は九体と言われている。
 
「フィオナはその中の六体――四大属性に氷、光の大精霊を召喚することができます」
 
 優斗の爆弾発言に思わず副長も声を弾ませた。
 
「本当なのですか!?」
 
「マジですか!?」
 
 副長とラスターが興奮しながらフィオナに訊く。
 ラスターは精霊のことは詳しく分からないが、凄いということだけは分かる。
 
「えっと、その……はい」
 
 フィオナとしては別段、凄いとは思っていなかったので逆に焦る。
 隣にいる御仁はもっととんでもない人物だから、相対的に自分の評価は下がっていた。
 
「それで?」
 
 レイナが腕を組んだまま優斗に訊く。
 
「まだ何かあるんだろう?」
 
 大精霊を召喚できる“くらい”で、優斗がそこまで悩むとは思えない。
 
「さすがレイナさん」
 
 優斗が苦笑する。
 
「では、フィオナが組み合わせ次第で出来る同時召喚は最大で何体だと思います?」
 
 この質問に驚愕したのは副長。
 少なくとも大精霊の同時召喚というのは、ここ最近の精霊術士には聞いたことがない。
 優斗は驚いている副長を尻目に、答えを告げる。
 
「答えは三体」
 
 ピッ、と指を三本立てる。
 
「さすがのレイナさんも精霊術士との戦いはほとんどやったことがない。だからこそ初見で大精霊三体を同時に相手取るには難しいでしょう」
 
 平然と優斗は言っているが、難しいどころではない。
 副長は反論する。
 
「三体も相手取るとなると、さすがにレイナでも勝てないと思うのですが」
 
「いや、同時召喚できるだけで、フィオナも行使には慣れていませんから。そこを鑑みての結論です」
 
 特に最近の実力の伸びはレイナも目覚ましい。
 出会ったばかりのレイナなら余裕でフィオナも勝てるだろうが、今の彼女には無理だろう。
 
「ふむ。ユウトもすぐに答えを出せないわけだ」
 
 上にいる優斗と修を相手取ろうとしているが、下を見たら見たでフィオナやクリス、卓也がすぐ近くにいるというのも、武人としては最高の状況下にいるのではないだろうかとレイナは思い、にやけてしまう。
 
「しかし、フィオナ様でも無理なのですか」
 
 副長が少し残念そうに言った。
 
「六体の大精霊を召喚できるフィオナ様でも、さすがに伝説の大魔法士以外では契約することのできなかったパラケルススを召喚するというのは難しいのですね」
 
 十分凄いフィオナでも召喚できていないということは、パラケルススとはもっと並外れた存在なのだろう。
 
「いや、まあ……確かに難しいのもありますが、パラケルススは召喚する際に問題がありますから」
 
「どういうことなのですか?」
 
 何かがある、ということなのだろうか。
 
「まずパラケルススを真っ当に召喚できるのは、契約を交わした一人だけ。さらには契約を求めたときに生じる戦闘がこの上なく厄介だということです」
 
「厄介、というのは?」
 
「強制的に魔力でも吸い取られるのか?」
 
 何気なしに言った和泉に、優斗は「正解だよ」と告げた。
 
「契約なしで召喚した場合、契約者に足る人物かどうか確かめるために問答無用で戦闘を行います。なぜ厄介なのかというと、召喚者の魔力を使って自由気ままに遠慮なく術をぶっ放してくるんです。パラケルススのせいで魔力は減る、けれどパラケルススを倒すには自分も魔法や精霊術を駆使して応戦する必要がある。つまり自らの魔力が枯渇する前に倒さなければならないタイムトライアルです」
 
 パラケルススについて説明する優斗。
 まるで講義をするかのような説明だが、レイナは話を聞いていて分かったことがある。
 
 ――ユウトの奴、絶対に契約している。
 
 副長は優斗の化け物っぷりを聞いているだけであり、見ていないから想像つかないだろうがレイナは幾度となく見ている。
 だからこそ自分の予想が当たっていると確信していた。
 
 ――今の話は経験者だからだろう、ユウト?
 
 でなければ事細かに話せるわけがない。
 心の中で小さく笑いながら、本当に愉快だと実感する。
 そして隣を見れば和泉も同じ結論に達しているのだろう。
 呆れたように笑っていた。
 
 
 



[41560] 評価の誤差
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:23de20e5
Date: 2015/10/08 16:20
 
 
 
 
 リライト居残り組――修、卓也、アリー、ココでのんびりとお茶をする。
 
「優斗のやつさ、俺とかマリカがトラブル体質だと思ってんじゃん」
 
「思ってるな」
 
「ですわね」
 
 卓也とアリーが当然のように頷く。
 
「けどあいつもトラブル体質だって気付いてんのか?」
 
 修が今更のように言った。
 
「そうなんです?」
 
 ココが疑問を浮かべると、
 
「年に数回、俺が関係なかったときにだってトラブってた」
 
「そこまで大事ってわけじゃなかったし……まあ、気付いてないだろ」
 
 修が酷すぎて、優斗も自分で気付けていないだろう。
 
「だよな」
 
 むしろ、あの人生でトラブル体質じゃないと断言するほうがおかしい。
 
「俺とかマリカが酷いだけだし」
 
「それはそれで、何と言っていいのやら」
 
「アリー、笑っとけ。修はこれでも楽しんでる」
 
 卓也の苦笑に修も笑った。
 面倒ではあるが。
 つまらない人生よりはマシだ。
 
「優斗の奴は普段いる場所だったら、トラブルが発生する可能性は低いんだけどな。今日から行ってる場所は初めてなんだし、何かしらは起きそうだわ」
 
 
       ◇      ◇
 
 
「事前申請は行っていましたので、これで無事に本登録も終了です」
 
 副長が受け付けより受け取った闘技大会の詳細用紙を各々に配る。
 
「私はこれからアリスト王を迎える準備をしてきますので、これにて解散。20時に宿の食堂で集合としましょう」
 
「我々も出迎えたほうがよろしいのでは?」
 
 レイナが訊く。
 
「いえ、アリスト王より学生は遊ばせておけと厳命されているので」
 
 副長は踵を返して離れていく。
 
「どうする?」
 
 優斗がレイナに振る。
 
「しばらくぶらつくとするか」
 

 
 
 市中を歩く。
 街全体がお祭りムード一色だ。
 優斗たちは歩きながら先ほど手渡された資料に目を通す。
 
「学生の部、登録チームは32チームだって」
 
「予選はバトルロイヤルとありますね」
 
「4チームの中から1チームのみトーナメントまで勝ち抜けられる、か」
 
 レイナはルールを口にしたあと、本音を言う。
 
「相手が上位評価以外なら予選は楽だな」
 
「レイナ先輩! オレが全部倒してやりますよ!」
 
 彼女の口に乗ったのか、調子よくラスターが宣言するが、
 
「バカを言うな。お前が倒せるほど甘い奴らがやってくるわけではない」
 
 すぐに叱責される。
 
「強敵ってどの国か分かる?」
 
「ちょっと待っていろ。おそらく、近くに……」
 
 レイナが見回す。
 そして目的の場所を見つけたのか、すぐさま寄っては“ある物”を手にして帰ってくる。
 
「新聞?」
 
「公的な行事で賭けも出来るからな。新聞でも特集として組んである」
 
 広げた新聞を優斗たちはのぞき込む。
 和泉が感嘆の声を上げた。
 
「魔物と同じようにランクで分けられているんだな」
 
 和泉はそのまま、読み進めていく。
 
「ふむ。唯一のSランクはライカールだな。学生最強の精霊術士と魔法士がいるらしい。魔法士のほうは学生の中で神話魔法を扱うに一番近い存在だと謳われている。倍率としても圧倒的だ」
 
 レイナも和泉の後ろからのぞき込み、
 
「続いてAランクが2チーム。エンガルトとコリル。そしてBランクには3チーム……。私たちはここだ」
 
 新聞のある一点を指さす。
 確かに優斗たちの名前が載っていた。
 
「なんて書いてあるの?」
 
「学生の中でも最上位の実力を持っている三年のレイナ=ヴァイ=アクライトが中心となっているチーム。ただし例年と違い穴が存在しており、一年のラスター・オルグランスの奮闘が勝敗に左右される。しかしながら、関係筋より高評価を得られている二年のユウト・ミヤガワには要注意。データがほとんど存在せず、出場選手の中で一番の未知数である。唯一出場している国内大会では初出場で決勝まで勝ち上がったことを見るに侮れない。よって昨年よりもランクは一つ落ちてBランクとするのが妥当ではあるが、ダークホースとしては一押し」
 
 読んでいるレイナの眉間に少し皺が寄る。
 どうやら、お気に召さなかったらしい。
 
「Bランクの中でも一番下の評価か」
 
 さらに眉間に深く皺ができる。
 
「レイナさん以外は雑魚と思われてるんだろうね」
 
 優斗の評価なんて、まるでゴシップだ。
 
「王様のコメントも載っていますね」
 
 フィオナが発見する。
 紹介文のすぐ下にあるのは、アリスト王のコメント。
 
「えっと……『今年は優勝できるメンバーが揃っている』と書いてあります」
 
「さっき書いてあった関係筋って……王様?」
 
「かもしれません」
 
 優斗とフィオナは顔を見合わせて苦笑する。
 と、賑やかな集団が目の前に現れた。
 優斗達の姿を確認して、足を止める。
 
「調子はどう? レイナ」
 
 そして気軽に声を掛けてきた。
 レイナは目を大きくすると、小さく笑った。
 
「マルチナか」
 
「昨年は楽しかったね」
 
「そうだな」
 
 言葉を交わすレイナと女性。
 どうやら知り合いらしい。
 
「今年はどうなの?」
 
「悪いが、負ける気がしない」
 
「凄い自信ね」
 
「このメンバーで勝てなかったら、二度と優勝できんさ」
 
 自分がいて優斗がいる。
 優勝できなかったらどうしようもない。
 
「貴方自身の実力も伸びているでしょ?」
 
「お前の予想の最上位を当てはめてくれ。それぐらいの実力を付けてきたつもりだ」
 
「あら? 楽しみね」
 
 そう言って笑うと、行く場所があるからと女性の集団は離れて行った。
 
「今のは?」
 
 レイナの先程の会話から優斗が誰なのか訊いてみる。
 
「去年、準々決勝で当たった。強敵の一人だ」
 
「勝ったの?」
 
「チームとしてはな。ただ、個人の決着はついていない」
 
「チーム自体も強敵なの?」
 
「ああ。さっきの新聞の評価では私たちより上のAランク。エンガルトのチームだ」
 
 レイナがいてもBランクのリライト。
 そして昨年、対等の闘いを演じたマルチナのエンガルトはAクラス。
 ということは、穴があるかないかの差だ。
 
「厄介だね」
 
「かもしれないが、言っただろう? 負ける気がしないと」
 
 
 
 
 食事を取ったあと、副長は明日が早いために個室へと戻る。
 残った学生達は明後日より始まる予選のために作戦を考えようと思ったのだが、
 
「貴様が足を引っ張らなければ予選など問題ない!」
 
 とラスターが豪語して、彼は部屋へと戻っていく。
 
「あれでも聞き分けはよくなったほうなのだがな」
 
 レイナが苦笑する。
 
「たぶんだけど、僕がいなかったらちゃんと参加したんじゃないかな?」
 
「やたら無闇に優斗さんに突っかかってこないだけマシになりましたね」
 
 とはいえフィオナは興味なさげ。
 さて、と優斗は仕切り直す。
 
「作戦とかってある?」
 
「トーナメントでは王道で一番手同士、二番手同士、三番手同士が闘いながら仲間のフォローをするのが常だが……」
 
 つまり自分たちの順番を当てはめると。
 
「評価順だとレイナ、優斗、ラスターの順番か」
 
 和泉が指を一本ずつ立たせながら言った。
 つまり対外的には優斗が二番目と思われている。
 
「優斗が二番手って鬼畜だろう」
 
「相手が可哀想で仕方ないな」
 
 思わず対戦チームの二番手に合掌する和泉とレイナ。
 
「いやいや、全力でやるわけじゃないし」
 
 さすがに神話魔法は使えない。
 
「ただし予選はバトルロイヤルだ。評価上位国と同じ組にならないかぎりは、新聞の評価を鵜呑みした連中がおそらく私を集中的に狙うだろう」
 
 おそらくはそうなるとレイナが予測する。
 
「バトルロイヤルだからリングアウトでも選手失格。最後に一人でも残っていたチームがトーナメントに進めるって書いてありましたね」
 
 フィオナがルールを確認していると優斗はからかうような感じで、
 
「レイナさんにみんなが集まった瞬間、風の魔法で全員ぶっ飛ばす?」
 
「私ごと飛ばす気か!」
 
 フィオナも和泉もテンプレのようなツッコミに思わず笑ってしまう。
 
「……まあ、確かに案としては悪くないがな」
 
「悪くないんだ?」
 
「しかし、つまらん。トーナメントに入ったらワガママなど言ってられんが、予選くらいは楽しみたい」
 
 レイナの要求に三人が呆れたような、納得したような表情を浮かべた。
 
「戦闘狂だしね」
 
「戦闘狂ですから」
 
「戦闘狂だからか」
 
 仕方ない。
 
「けど、レイナさんは大丈夫かもしれないけど、僕はさすがに制限してある魔法で余裕は生まれないと思うんだよね」
 
 特に上位評価のチームに対しては。
 同じレベルの魔法を使えるのだから厳しいものがあるかもしれない。
 
「今のところ、どこまで使えるように見せているのだ?」
 
「風の上級魔法を使えるかな? ってぐらい。他は中級までだね」
 
 それでも学生としては十分すぎるほどなのだが、世界クラスと闘うとなると心許ない。
 
「精霊術も使おうかな?」
 
「隠し技として使えばいいだろう? せっかく未知数という評価をもらっているんだ」
 
 和泉が優斗に同意する。
 
「滅多に見ないからな、優斗の精霊術は」
 
「おかげで有名なのは恋人の方だ」
 
 レイナの言葉にフィオナは苦笑する。
 
「私の精霊術の先生は優斗さんなんですけどね」
 
「まあ、ユウトが精霊術まで使うとなれば、不意打ちで私かユウトのどちらかがリングアウトしても、片方が残っていれば何とでもなる」
 
 過信なく、自信だけを覗かせるレイナ。
 和泉がレイナの様子を見て、しみじみと呟く。
 
「この二人が同じチームで学生の部に出るって反則だと思うのは俺だけか?」
 
「安心してください。私も思っています」
 
 フィオナも同意した。
 
 
 



[41560] 予選前日、ある意味フルスロットル
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:23de20e5
Date: 2015/10/08 16:22
 
 
 
 リスタル闘技大会初日。
 午前中の予選を圧倒的な強さで通過した副長を見た後、昼間のあいだは自由行動となった。
 
「…………」
 
「…………」
 
 けれども宿屋の一室にて、カチャカチャと和泉がレイナの剣を弄る。
 
「…………」
 
「…………」
 
 レイナは彼の姿をじっと見ていた。
 
「…………」
 
「…………会長」
 
 状況に耐えかねたのか、和泉が声を掛ける。
 
「別に一緒にいる必要はないんだが」
 
「私の武器の手入れをしてもらっているのに別の場所へ行くのも変な話だろう?」
 
 何よりも見ていて楽しい。
 だからこそ、この場に留まっている。
 
「そういうものなのか?」
 
「少なくとも私にとって剣は、魂のようなものだからな。おいそれと離れようとは思わない」
 
「そうか」
 
 和泉は納得して、また剣を弄る。
 
「……なあ、イズミ」
 
「何だ?」
 
「イズミは大会に出たかった、とかはなかったのか?」
 
 剣から目を離さずにはいたが、和泉の眉根が少し上がる。
 
「なぜだ?」
 
「男とは総じて、闘ってみたいものなのだろう?」
 
「……ふむ。気持ちは分からなくもないが、俺は肉体言語を持ち合わせていないからな。闘技大会のような類は苦手だ。別の分野なら話は別だが」
 
 魔法科学系の大会があったのなら、気持ちは分かる。
 
「では闘技大会には出たくないのか」
 
「人には向き不向きがある。俺は戦うよりも武器をいじっているほうが性に合っている」
 
 言いながら和泉は剣に魔法具としての宝玉を嵌める。
 
「……これでよし」
 
 最後に総点検をしながらレイナに剣を渡す。
 
「問題はない。明日も明後日も全力で闘えるだろう」
 
「助かる」
 
 レイナは剣を預かると、大事そうに鞘に収めた。
 けれど少し残念そうな表情を浮かべる。
 
「せっかく一緒に来ているのだ。イズミともフィオナとも一緒に戦えるのであれば、もっと面白かったのだが……」
 
 皆とギルドの依頼を受けているときなどはいつも楽しかった。
 もちろん、和泉に対しては怒鳴ることも多々あるが。
 
「気持ちはありがたい。だがチーム戦とはいえ少人数だからな。俺の場合、多人数ならば活躍の場もあるだろうが、三人だと難しいものがある」
 
「しかし、いつもお前はなんだかんだと言いながら一緒にやってくれているだろう?」
 
「無理矢理引きずられてやっているの間違いだ」
 
 突っ込めば、レイナが少しだけ不機嫌な表情をした。
 とりあえず否定はできないらしい。
 和泉は苦笑する。
 
「今回、会長は絶対に優勝したいんだろう?」
 
「ああ」
 
 一年、二年のときと優勝できなかったからこそ、今回は絶対に優勝したいという想いがある。
 
「ならば“戦い”で“闘う”ということに関しては、俺じゃなくて適任に任せるべきだ」
 
「シュウやユウトか?」
 
 問いかけるレイナに和泉は頷く。
 
「俺が戦いで会長の手助けになれることは少ない。だからこそ、今回は優斗がチームメイトでよかったと思っている」
 
「適材適所というやつか」
 
「上手い具合に配分されているからな、俺達は。今回の件は俺が直接的に会長を手助けできる立場にいなかったというだけだ」
 
「……どういう意味だ?」
 
 レイナが首を捻る。
 
「少なくとも戦闘に関して言えば、前衛が修。中衛が優斗。後衛が卓也。フォローが俺だ。これを覆すことはできない」
 
 別の件では、また違ったようになるのだが。
 少なくとも戦闘に関してはこういう配置になってしまう。
 
「俺が前面に出て戦えば足手まといになる。だからこそ『会長が優勝したい』と思っていることを叶えるには、俺ではなく優斗がチームメイトが良かったと思っている」
 
 とは言っても、だ。
 
「しかし、会長に協力をしないというわけではない。俺には修にも優斗にも卓也にもできないことができる」
 
 武器を弄ること。
 メンテナンスをすること。
 万全の状態の武器を扱わせること。
 
「会長の願いを叶えるのに会長と同じ土俵に立つ必要は無い。なぜなら、俺よりもしっかりと同じ土俵に立てる親友がいるんだ。会長の願いに対して同じ想いを抱いてくれるだろうし、託すには何も問題はない」
 
 戦う土俵では自分よりも上手くやってくれる親友がいる。
 だったら、やってもらったほうがいい。
 
「けれど俺はあいつらができない、俺が必要とされていることを誇りを持って全うする」
 
 自分がやるべきことをやる。
 成すべき事を成す。
 
「それでは不服か?」
 
 訊きながら、和泉は立ち上がる。
 仕事は終わったと言わんばかりに歩き始めた。
 レイナは和泉の後ろ姿を見ながら、破顔する。
 
「不服なはずがないだろう」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 優斗とフィオナは大会初日、大いに盛り上がっている通りを歩いていた。
 歩きながら二人は宿屋に残っている和泉とレイナのことを考える。
 
「イズミさんとレイナさんってどういう関係なのでしょうね?」
 
「……分からない。あの二人だけはどうなのか分からない」
 
 なんというか、謎だ。
 
「ある日、突然に『付き合うぞ』『いいだろう』とかいう会話があってもおかしくないぐらいに変な人たちだから」
 
「ふふっ、わかります」
 
 フィオナが笑う。
 と、その時フィオナが人混みに紛れそうになる。
 
「――おっと」
 
 優斗が手を掴んで引き寄せる。
 
「こういう人混みはあんまり来たことないからね」
 
「はい」
 
「案外、迷子になりやすいから気をつけて」
 
 優斗はしみじみ、そう思う。
 いつもの四人組で祭りに行ったとき、開始五分で修と和泉を見失うのは恒例だった。
 
「…………」
 
 フィオナは優斗の言葉に少し思案すると、
 
「優斗さん」
 
「ん?」
 
「左腕をお借りしますね」
 
 告げるや、フィオナは優斗の左腕に自分の右腕を絡ませた。
 
「――っ!」
 
 優斗はビックリしてフィオナを見る。
 そこには顔を真っ赤にした彼女がいたが、しっかりと腕は組んでくる。
 まあ、腕を組むどころかキスまでしているのだし、何より本当の婚約者になっているのだから問題などあるはずがない。
 ……照れるか照れないかは別だが。
 
「な、なんというか、積極的になったね」
 
「優斗さん、ネガティブですから。積極的なことしないとすぐに駄目なこと思ってしまうかもしれませんし」
 
「それは……」
 
「否定、できませんよね?」
 
 顔を真っ赤にしながらもにっこりと笑うフィオナに優斗は素直に頷くしかない。
 
「あと、今回の闘技大会で敵ができてしまうかもしれませんから」
 
「敵……って、どういうこと?」
 
「優斗さんが実力を出したら、惚れてしまう方も現れるかもしれません」
 
「……あのね。僕に惚れてくれるなんて特殊な人物、そうそういないからね」
 
 修じゃないんだから、あるわけがないだろう。
 
「私は特殊なんですか?」
 
「当然。むしろ唯一じゃないの?」
 
「だったらいいんですが……」
 
 心配事が少ないに越したことはない。
 と、その時だ。
 
「あれ?」
 
 フィオナが何かを見つけた。
 
「どうしたの?」
 
「見てください」
 
 フィオナが指さす。
 大勢の人中でも人だかりが出来ていた。
 けれど一つの部分だけポッカリと空いている。
 
「争い事?」
 
「みたいです」
 
「こういう大会だから面倒なのもいるんだろうね」
 
 関わる必要もないし、スルーしようとする二人。
 だが、
 
「貴様ら、女の子に対して三人で文句をつけるなど男の風上にも置けん!!」
 
「ああっ!? テメェこそ俺らが誰だか知ってんのか!? マルコス国の出場者だぞ! 闘技大会に出るほどの実力の持ち主なんだよ!」
 
 争っている片割れの声に、優斗は頭が痛くなった。
 
「片方の声に聞き覚えがあるのは気のせいかな?」
 
「……いいえ。私も知ってるので、聞き間違えではないと思います」
 
「さすがに予選前日に問題を起こすのもヤバいよね?」
 
「はい」
 
「……とりあえず彼が正義だというのは幸いだよ」
 
 優斗とフィオナは人垣をかき分けていく。
 そして問題の中心部へとたどり着く。
 
「ラスターさん。何をしているんですか?」
 
 優斗が声を掛ける。
 と、ラスターは男三人組を睨み付けながら答えた。
 
「嫌がる彼女を無理矢理手込めにしようとしているんだ!」
 
 ラスターの後ろには確かにショートカットのかわいらしい女性がいる。
 
 ――なんだかんだで正義感は強いんだよね。
 
 レイナを慕っているだけはあると思う。
 優斗は男三人組に向き直ると、当たり障りのない笑みを浮かべた。
 
「すみませんが、彼も明日から試合がありますのでここらでやめにしませんか?」
 
「なんだテメェは!?」
 
 突然の乱入者である優斗を威嚇する男。
 
「同じ学院の先輩です」
 
 あくまで穏やかで丁寧に対応する優斗。
 だが、リーダー格であろう男が優斗と腕を組んだままのフィオナに視線を走らせた。
 
「はっ、良い女連れてんじゃねぇか」
 
 下卑た笑い方をするリーダー格。
 
「テメェの女を出してくれりゃ、別にそっちの女はいらねえな」
 
 後ろにいる男二人も同様に頷く。
 
「貴様らにフィオナ先輩など一億年早い!!」
 
 ラスターが怒鳴る。
 対して優斗は一言。
 
「……へぇ」
 
 たった……それだけ。
 けれど、充分だった。
 瞬間、圧倒的な重圧が三人に襲いかかる。
 
「な――っ!」
 
「ひ――ッ!」
 
「――っ!」
 
 突如脅える彼らに周りのギャラリーがいぶかしんだ。
 
「フィオナ。ちょっと腕、離してもらえる?」
 
「えっ? は、はい」
 
 組んでいた腕を解くと、優斗は脅えている三人組に向かう。
 そしてリーダー格ともう一人の首に腕を回すと、相談するかのように頭を近づけさせた。
 半強制的に余った男も気圧されて顔を近づけることになる。
 他の誰にも聞かれなくなったことを確認すると、優斗がぼそりと言った。
 
「お前ら、死ぬか?」
 
 すぐさま三人から脂汗が流れ出る。
 言い返すとか反抗するとかいうレベルではなかった。
 怖すぎて言葉が上手く出ない。
 “格”や“存在”そのものが別物。
 同じ人間なのかと疑いたくなる。
 
「それとも手を引くか?」
 
 続いて優斗が問うたことに、三人が思い切り頭を縦に振った。
 
「良い子だ」
 
 ポン、と腕を回していた二人の頭を叩く。
 振り向いてフィオナ達に笑顔を浮かべる。
 
「とりあえず話し合いで解決できたから安心していいよ」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 ラスターは女性が一人では危険だということで、彼女を友人との集合場所まで送っていった。
 自分たちの集合時間も押し迫ってはいるが、ラスターの行動も当然といえば当然なので文句があるわけもない。
 優斗とフィオナは早めに宿に戻ることにした。
 再び腕を組みながら歩く。
 
「まずい」
 
 けれど宿に戻っている最中、優斗が呟いた。
 
「何がですか?」
 
「思ってた以上にフィオナ関連での沸点が低くなってる」
 
 まさかあれしきのことでキレるとは思わなかった。
 
「ラッセルも似たようなこと言った時あったけど、あの時は半ギレぐらいで耐えれたんだけどな」
 
「結局はキレたんですね」
 
 フィオナが苦笑する。
 
「まずいな~」
 
 優斗が右手で頬を掻きながら、困ったような表情を浮かべた。
 
「まずいんですか?」
 
「やっぱり平和に解決したいから。なんか恐怖政治みたいになってたよ、さっき」
 
 無理矢理頷かせたようなものだ。
 
「いいじゃないですか。普段の優斗さんは平和に解決しようとしていますし、ああいう風になってしまうのは仲間の皆さんに何かされた時と家族に何か言われた時でしょう?」
 
「まあ、そうだね」
 
「世の中、どうでもいいことに本気で怒る人もいるのですから、優斗さんの怒り方は大丈夫なほうですよ」
 
 フィオナは顔を少しだけ優斗に傾ける。
 
「それに私は嬉しかったです」
 
 ふわりと、近付いた分だけフィオナの甘い匂いが優斗の鼻腔を擽る。
 けれど照れながらも微笑んだフィオナの続く言葉は、
 
「優斗さんに愛されてるって……実感できましたから」
 
 もっと甘かった。
 
 
 



[41560] 必然の強さ
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:23de20e5
Date: 2015/10/08 16:24
 
 
 
 
 ベスト4が出そろった個人戦。
 準決勝2試合目では副長が現在、勝負をしているが分が悪い。
 一向に攻められず、反撃に出たとしても威力や攻め手に欠けている。
 
「ユウト!」
 
 優斗が副長の試合を観戦席で見ていると、声を掛けられた。
 呼ばれた方向を見てみれば、クリスとクレアが優斗に向かって歩いている。
 
「会えるとは思ってるけど、思ったより早く会えたね」
 
「リライトにある円形の闘技場とは形が違って、四角いリングに観戦場所が二ヶ所しかない珍しい形ですから。その分、幅が広いのが難点ですが制服を着て黒髪な人物を探していけば、思うほど手間は掛かりません」
 
「そっか」
 
 人数としては少ない部類なので、確かに黒髪は目立つ。
 
「他の方々は?」
 
「作戦会議中」
 
「ユウトはここにいてもいいのですか?」
 
「僕がいると作戦会議に参加しないのがいるからね」
 
「なるほど」
 
 言葉に秘められた人物を思って、クリスが苦笑する。
 
「一般の部はどうなってますか?」
 
「一応、今は準決勝。副長が闘ってるけど……」
 
 と、二人が視線をリングに向ければ、ちょうど副長の剣が弾かれた瞬間だった。
 ほどなくして審判から勝利選手の名前が告げられる。
 割れるような歓声が起こった。
 
「……負けてしまいましたね」
 
「善戦はしてたんだけど相手はギルドランクSの大物らしいからね」
 
 まともにやり合っただけでも十二分に凄いと言えるだろう。
 
「一般の部も次が決勝。ということは午後からユウト達の出番というわけですね。頑張って下さい」
 
 クリスの応援に、後ろにいたクレアもおっかなびっくり、
 
「お、応援しています!」
 
 優斗に言葉を掛けた。
 
「ありがとう」
 
 あまり回数をこなして会っていないせいか、未だに会った最初は緊張しているクレア。
 優斗は前々日に見た新聞を話の種にしてみる。
 
「二人とも、新聞特集のやつ見た?」
 
「いえ、自分は見ていませんが」
 
「わたくしもです」
 
「なんか僕の評価がゴシップ記事みたいになってたんだよ」
 
「どのように?」
 
 問いかけるクリスに優斗は苦笑する。
 
「関係筋より高評価……とか言われてた。あとはデータが少なくて未知数、とか」
 
「また信用性のない文章ですね」
 
 確かにゴシップのように感じられる。
 
「しかし事実はもっと酷いものですが」
 
「あの……それはもしかして、ユウト様は……」
 
 恐る恐る尋ねるクレアにクリスは軽く手を振る。
 
「逆ですよ、クレア。隣にいる化け物に勝てる人間なんて、自分が知る限りは一人しかいません」
 
「ユウト様は化け物なのですか!?」
 
「突っ込むところ、そこ!?」
 
 まさかのボケにツッコミを入れる優斗。
 クリスが笑って否定する。
 
「クレア、自分が言いたいのは『ユウトが強すぎるから高評価程度じゃ話にならない』ということです」
 
「そうなのですか」
 
 と、頷いたところでクレアが暗に込められた意味に気付く。
 
「あれ? 一人しかいない……ということはつまり、クリス様よりも強いということでしょうか?」
 
 クリスだって学生の中では相当な実力を持っているのはクレアも知っている。
 けれど優斗より強いのが一人しかいないということは、おそらくは優斗より上だと思われるのはレイナであり、つまるところクリスよりも強い……ということになる。
 
「自分とユウトを比べないでください。泣きますよ?」
 
「あ、あのあの、ご、ごめんなさいクリス様!」
 
 クリスの言葉を真正直に取って慌てるクレア。
 優斗もクリスも小さく笑う。
 
「冗談ですよ」
 
 クリスが告げると同時にアナウンスが流れる。
 決勝の時間と、午後から始まる学生の部の出場選手の集合。
 
「そろそろお時間のようですね」
 
「楽しみにしています」
 
 優斗の代わりに観客席に座った二人に優斗は軽い感じで、
 
「できるだけ、期待に添えようとは思うよ」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 予選は完全なる抽選によって組み分けされる。
 つまりは高評価なところでも、組み合わせ次第でつぶし合いになる。
 ということは、
 
「予選1組。リライト、マルコス、サイタル、エンガルト」
 
 上位ランクに数えられたリライトとエンガルトが同じ組になることもある。
 
「さっそく因縁の対決が勃発って感じかな?」
 
 リライトメンバーと合流した優斗はしみじみと感想を言った。
 
「早いか遅いかの違いだ」
 
「……ものすごく楽しそうだね」
 
「つまらないと思っていた予選から、これだからな。思わず笑みも零れてしまうというものだ」
 
 そうこう話している間に抽選は続く。
 他の上位評価のチームは順当にバラけ、予選で一番の注目はおそらくリライトとエンガルトになるだろうと周囲も話している。
 
「予選1組の試合は30分後より始まります。それまでは各国は控え室を設置していますので、そこでお待ちください」
 
 運営者の言葉でそれぞれの国が、宛がわれた部屋へと向かう。
 部屋で待つこと数分、副長が入ってきた。
 
「おしかったですね」
 
「いえ、精進が足りませんでした」
 
 優斗が声を掛けると、落ち着いた返事がきた。
 どうやら負けた反省はすでに済ませているらしい。
 
「さて、一般の部は終わりました。ベスト4という結果には王も納得してくださるでしょう」
 
 副長は全員の前に立つと、今度は引率者としての役割をしっかり果たす。
 
「けれど私が貴方達に望む結果は一つです」
 
 レイナ、ラスター、優斗に視線を巡らせる。
 
「優勝。それが出来ると私は思っています」
 
 告げる言葉は、優勝に足るメンバーであると自信に満ちた言葉だった。
 
「ではブリーフィングを始めます」
 
 副長の宣言によって作戦会議が始まる。
 
「まず予選の国を確認すると、マルコス、サイタル、エンガルトの三国ですが……」
 
 つい先ほど決まった対戦国を副長は思い返す。
 
「正直に申し上げれば、リライトとエンガルトの一騎打ちになるでしょう」
 
 他は雑魚でしかない。
 
「邪魔なマルコスかサイタルの選手は秒殺してください。無駄に攻撃を喰らってはたまりません」
 
 中にはある程度の実力者も一人ぐらいはいるかもしれない。
 
「おそらくはエンガルトも同じ考えでしょう。相手の出方を見てから、対応すべきチームを見定めてください。二国を倒し、エンガルトと一騎打ちになった場合……」
 
「私の相手はマルチナでしょう」
 
 レイナが当然のように相手の名を告げた。
 
「倒しなさい」
 
「言われなくても」
 
 自信を持ってレイナが頷く。
 
「ユウト様は二番手と思われる相手を選んでください。誰かしらのフォローなどさせずに完封をお願いいたします」
 
「分かりました」
 
 優斗は課せられたことをしっかりと頭の中で反芻する。
 
「ラスター・オルグランスはまず、倒されないことを前提に勝負してください」
 
「な、なんでオレだけ!?」
 
「三番手と言えど、四大属性のうちの二つ――もしくは派生などの上級魔法を使える相手でしょう。さらに剣技も貴方と対等であると考えなさい」
 
「は、はい」
 
「レイナとユウト様は相手を倒した後、ラスター・オルグランスのフォロー。ラスター・オルグランスは何があっても倒されないこと」
 
 全てを言い切ってから、副長はもう一度視線を全員に巡らせる。
 
「以上です。質問は?」
 
「ありません」
 
「僕もありません」
 
「オレもないです」
 
 出る選手が全員、首を横に振る。
 無論、ラスターは優斗が二番手だということも、優斗より評価が低いことも気に食わないが、ここで食ってかかっても副長に黙殺されることは目に見えているので不満げな表情を浮かべるだけだ。
 
「分かりました。では――」
 
 と、続けたところで用意された部屋のドアが開いた。
 現れたのは、
 
「アリスト王、どうされましたか?」
 
 王様だった。
 
「なに、ユウトに話がある」
 
「僕にですか?」
 
 名前を呼ばれたところに驚く優斗。
 
「少し借りるぞ」
 
 副長が王様に頷くと、レイナ達とは少し離れたところ。
 小さな声で話せば内容が聞き取れない場所まで連れていかれる。
 
「王様。話とはいったいどのような?」
 
「何かあったら神話魔法を使っていい」
 
 優斗の眉がピクリと動いた。
 
「いいのですか?」
 
「あくまでも“何かあったら”だ。使うべき時を誤るな。お前やシュウが持っている力は強大だ。無用な誇示はいらぬ誤解を生む」
 
 セリアールで神話魔法を使えるのは把握されているだけで六人。
 そこに割って入ったのが優斗と修だ。
 しかも、使える六人は神話魔法一つしか使えないのに対し、優斗も修も多数使える。
 まさに一騎当千というべき存在。
 国に一人いれば危ういと思われるのに、二人いるともなれば危ういどころではない。
 
「お前ならば大丈夫だと思うがな。念のために伝えておこうと思ったまでだ」
 
「はい」
 
「とはいっても、何かやったところでどうにかしてやるから気楽に闘うがいい」
 
 豪快に笑う王様。
 
「ありがとうございます」
 
 頭を下げる優斗。
 しかし王様は笑った顔が一転させて真面目な表情を浮かべる。
 
「とりあえずは気をつけろ」
 
「なにがでしょうか?」
 
「どうにも気にくわん奴らがおる」
 
「……それは?」
 
「ライカール国。あそこは力こそが覇であると信じている実力主義の国だが……どうにも今回の選手は癖が強いらしい。現国王の娘も出場しており、昔から性格に難があるのも分かりきっておる」
 
「……そうですか」
 
「闘うことになれば、何が起こるかはわからん。用心だけは怠らないでくれ」
 
「分かりました」
 
 
 
 
 
 
 王様の話も終わり、個人戦の決勝も終わる。
 予選1組、最初の出番である優斗たちは闘技場のリングに通じる通路で待機していた。
 続々と同組の対戦相手が現れる。
 エンガルト、サイタル、マルコス。
 そしてマルコスの選手を見た瞬間、ラスターが大声を発した。
 
「貴様ら! ここで会ったが100年目。切り刻んでくれる!」
 
 突然の言葉に誰しもがラスター達を注目した。
 当然、優斗も見る。
 
「あれ?」
 
 前日、見た姿があった。
 
 ――ナンパしてた連中だ。
 
 偶然というのは凄いものだと感心する。
 マルコスの三人はいきなり怒鳴ってきたラスターを睨み付けようとするが、彼の近くにいる優斗の姿が視界に入った。
 
「「「 あっ 」」」
 
 同時に顔が真っ青になっていく。
 
「昨日はどうも」
 
 とりあえず、差し障りない挨拶をする優斗。
 対してマルコス三人組は、
 
「い、いえいえ! 滅相もありません!」
 
 全力でヘコヘコしていた。
 これ以上、彼らに話しかけるのも可哀想だと思い、優斗は彼らから距離を置く。
 そこにレイナがやってきた。
 
「何をしたんだ?」
 
「フィオナにちょっかい出そうとしてたから脅した」
 
「どのレベルで?」
 
「キレレベル2くらい」
 
「あんな小物にお前のプレッシャーを耐えられるわけがないだろうが」
 
「……彼らの姿を見て、少し申し訳なく思ったよ」
 
 あくまで少しだけ、だが。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 いざ、予選が始まるにあたって出場チームの紹介とアナウンスがされる。
 
『さあ、予選1組目。予選最大の激闘が起こるとしたらこの組だ!』
 
 順々にリングへと入場していく。
 
『まず最初にエンガルト! 優勝候補の一角にして打倒ライカールの一番手! 予選はスムーズに抜けたいところ……。だが、そこに待ったを掛けるのがレイナ=ヴァイ=アクライト率いるリライト! 学生最強と謳われる剣技と最高峰の実力。並のチームならば彼女一人に負けるであろう! さあ、彼女をエンガルトがどのように対処するのかが予選1組目の見所だ!』
 
 アナウンスを聞きながら優斗はレイナに話しかける。
 
「学生最強の剣技だってさ」
 
「父にも副長にも負けっ放しで、シュウにも余裕で負けるだろう剣技を最強だと言われてもな」
 
 納得はいかない。
 
「リライト最強レベルの騎士やチート勇者なんだから、負けたからって学生最強の名が無くなるわけじゃないでしょ」
 
「ふむ。それもそうか」
 
 話している最中にも入場は進み、四隅に各チームが散らばった。
 中央には審判。
 ぐっ、とリング上の選手全員が身構えた。
 
「それでは予選1組。試合開始!」
 
 審判の宣言と共に始まった。
 それと同時にエンガルトの炎、風、土の中級魔法が一瞬にしてサイタルのチーム目掛けて発動されている。
 
「エンガルトはサイタルを狙うらしいな。私たちはマルコスを狙うか」
 
 鞘より剣を抜いて構えるレイナ。
 しかし、すぐに困惑した。
 
「……いない!?」
 
 最初に指定されていた場所にマルコスの選手が存在しなかった。
 想定外なことに焦るレイナ。
 だが、
 
「待った待った。意識をリングの外に向けて」
 
 隣で呆れたような声をさせた優斗。
 言われたようにリング外に意識を向けると、
 
「……リングアウト?」
 
 すでに彼らがリングの外にいた。
 さすがにそこまでは意識を向けていなかった。
 
「ユウト、何かしたのか?」
 
「いや。僕がする前に自ら降りていったよ」
 
 魔法も精霊術も威圧もしていない。
 しかし、だ。
 
「……きっとお前に殺されると思ったのだろうな」
 
「たぶんね」
 
 などと話しているうちに、エンガルトがサイタル全員をリングアウトにしていた。
 
「まあいい。これからが本番だ」
 
 改めて構え直すレイナ。
 視線はマルチナに固定され、互いに見合っている。
 優斗も二番手と思われる相手から視線を向けられた。
 
「頼んだぞ、ユウト」
 
「了解」
 
「ラスター。気張ってこい」
 
「分かってます」
 
 ラスターがロングソードを抜く。
 
「行くぞ!」
 
 三人が同時に散らばった。
 
 
       ◇      ◇
 
 
「マルコスの奴ら、何だあれは?」
 
「おそらくは昨日に優斗さんの威圧を受けたのが問題だったのかと……」
 
 フィオナ、和泉、副長はクリス達と合流して試合を観戦していた。
 
「確かに逃げても仕方ないですね」
 
「クリス様、そうなのですか?」
 
「ええ。前にフィオナさんが傷ついたとき、40人50人を殺気一つで震え上がらせたと聞きましたから」
 
 学生では逃げたくなるほどの恐怖心を抱いても仕方ないだろう。
 と、リング上いたもう一チームもリングアウトした。
 
「……エンガルトも相手を倒し終わったということは、ここからが本番です」
 
 副長の手に力が入る。
 
「相手も優斗さん達も同時に散りましたね。一対一の状況が三つ。どの対戦が一番最初に終わるかが問題ですね」
 
「……判断が難しいです。ラスター・オルグランスがどれほど粘れるのかが鍵になるとは思いますが」
 
「大丈夫だろう。会長か優斗のどちらかが先に勝負をつける」
 
「……どうしてその考えを?」
 
「副長。簡単な考えだ。優斗は実力を制限していようと鬼畜だし、会長は優斗達と対等に闘うために鍛錬を行っている。実力の伸びが想像以上にハンパない」
 
 闘技場ではすでにレイナとマルチナが激しく斬り結んでいる。
 だが必至なマルチナとは違い、レイナは余裕があるような表情を浮かべていた。
 一方で優斗は、
 
「ほう、優斗はショートソードを抜いたな」
 
「相手も大変ですね。ユウトはあれで平然と魔法を切りますから」
 
「本気を出せばあれだけで地系統の上級魔法以外は全部叩き切るから相手もやりにくいだろう」
 
 見れば、いくつも迫り来る中級の炎玉を冷静に一つ残らず切り裂いている。
 
「自分も最初に見たときは驚きましたが、さすがに相手も唖然としていますね」
 
 会場全体も拍手が生まれていた。
 この時、一つの予感が和泉とクリスに生まれる。
 
「前に見たな。この光景」
 
「リライトの闘技大会の1回戦ですね」
 
「ということは、前と同様に決めに行きそうな気がするな」
 
「自分もそう思います」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 優斗の狙いは相手が上級魔法を使おうとする瞬間。
 それまでは迫り来る魔法を全て斬って捨てる。
 
「…………っ!」
 
 相手が業を煮やして上級魔法を紡ごうとする。
 
 ――来た!
 
 優斗は全力で前へと駆ける。
 しかし相手も反応した。
 詠唱をすぐに止めてロングソードを構える。
 やはり優勝候補のチーム、反応は早い。
 
 ――だったら……。
 
 風の魔法をショートソードに纏わせて、投擲。
 そしてほぼ同時に地の精霊術を使う。
 瞬間、地面から一本の石柱が相手の真下からせり上がった。
 
「――ッ!」
 
 地面の異変を感じた相手が左へ飛び退くが、避けた先にはあらかじめ投擲していたショートソードが向かっている。
 
「うわっ!」
 
 相手が不格好になりながらも避ける。
 けれど体制を崩した場所に、優斗が全力で駆けてきた。
 
「せー……のっ!」
 
 立て直す時間など与えない。
 ジャンプして、相手の顎に膝蹴りを見舞う。
 さらに着地すると同時に相手の服を掴み、風の中級魔法を使ってリング外まで投げ捨てる。
 
「よし」
 
 相手がリングアウトするのを確認する。
 
「これで次は彼の手伝いだね」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 呆れた表情をクリスが浮かべる。
 
「……えげつないですね」
 
 和泉はさすがだ、と言わんばかりの表情。
 
「走り込みながらの膝蹴りを顎に的中させただけでも、すでに失神ものだろう」
 
 副長は無表情のまま。
 
「あげくに相手が地面に倒れきる前に服を掴んで投げ捨てましたから。ダメージを回復させる間も与えていませんね」
 
 フィオナは安心したように。
 
「とりあえず怪我しなくてよかったです」
 
 最後にクレアが、
 
「………………」
 
 放心していた。
 
「クレア。大丈夫ですか?」
 
 クリスに名前を呼ばれてはっ、と意識を取り戻す。
 
「え、あ、はい。ユウト様の予想外な戦いに驚いてしまって……」
 
 なんというか雰囲気と合わない戦闘スタイルだった。
 
「ユウトは魔法や精霊術の制限をしていますから、ああいったスタイルのほうが勝ちやすいのでしょうね」
 
 前回も似たようなスタイルで勝ち上がっていた。
 
「制限……ですか?」
 
「ええ。少しは相手に会わせないと、ただの蹂躙になってしまいますから」
 
 本当はその他諸々の事情が相俟っているのだが、この場で話すことでもない。
 
「優斗はラスターのフォローに向かったな。会長は……ふむ、そろそろ終わりそうだ」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 一撃、二撃、三撃、五撃、十撃、二十撃と撃ち交わしていれば、自ずと相手の実力は計れる。
 
「はぁっ!」
 
 まさか、ではあった。
 これほどまで実力の差が生まれるとは思ってもいなかった。
 
「――シッ!」
 
 レイナは横に剣を薙ぐ。
 相手の剣が弾かれると同時に前に出る。
 意のままだった。
 相手を自由にコントロールできる。
 昨年から比べて、あり得ないくらいの余裕があった。
 
「このっ!」
 
 慌てて弾かれた先から剣を振るうマルチナの剣をレイナは、
 
「――ンっ!」
 
 上段から振りかざして叩き折った。
 そして剣をマルチナの首元に突きつける。
 
「どうだ?」
 
「……参ったわ」
 
 マルチナが両手を挙げて降参した。
 レイナはちらりと横を見ると、すでに優斗がラスターのフォローに回っていた。
 急いで向こうに行く必要はない。
 
「この一年間で、とんでもない化け物になったものね。想像以上の実力じゃない」
 
「私がか?」
 
「他に誰がいるのよ」
 
 マルチナの悔しそうな表情にレイナは苦笑する。
 
「いや、同年代に私よりもとんでもない奴が少なくとも二人、いるからな。そいつらに比べたら私は圧倒的に可愛いほうだ」
 
「本当に?」
 
「ああ。今の私では手も足も出ない」
 
 冗談無く言うレイナにマルチナは、参ったと言わんばかりに額に手を当てる。
 
「……あなたが強くなった理由、分かった気がするわ」
 
 
       ◇      ◇
 
 
「レイナも勝ちましたね」
 
「これで3対1だ」
 
 和泉たちの視界には、たった一人を三人で追い詰めていく状況が映っている。
 
「ラスターさんが斬りかかり、レイナさんがフォローし、ユウトが……止めとばかりに風の上級魔法を放ちましたね」
 
「これでリライト以外の全員がリングアウト。我々の勝ちです」
 
 副長が安心したように大きく息を吐いた。
 
「終わってみれば完勝ですか」
 
「凄いですね」
 
 観戦していたクリスとクレアがそれぞれ感想を述べる。
 和泉とフィオナは立ち上がった。
 
「さて、あいつらをねぎらいに行くとするか」
 
「優斗さんも少しは疲れたでしょうからね」
 
 



[41560] 予想外な伏兵
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:23de20e5
Date: 2015/10/08 16:25
 
 
 フィオナ達は最初にいた控え室で優斗たちを待つ。
 すると、息一つ切らしていない優斗とレイナに軽く息が上がっているラスターが戻ってきた。
 
「お前ら、あれは軽いイジメにしか見えなかった」
 
 和泉がくつくつと笑いながら彼らを出迎える。
 
「……そうか?」
 
 レイナは首を捻り、
 
「僕は奇襲で打ち負かしただけだよ」
 
 優斗は苦笑した。
 
「だからエグいんですよ」
 
 クリスも同じように苦笑する。
 勝負が終わったあとだと言うのに、軽口を叩きあっていた。
 
「優斗さん」
 
 フィオナも優斗に近付くと軽く手を取り、
 
「怪我……ありませんよね?」
 
「見てたから分かると思うけど、怪我してないよ」
 
「これからも駄目ですからね、怪我なんてしたら」
 
 なんか似たようなことをリライトの闘技大会の時もしたと、優斗は既視感に陥る。
 けれど前回とは関係性がまるで違う。
 素直に思っていることを口にすることが出来た。
 
「闘技大会なんだし、さすがに少しは了承してもらいたいんだけど」
 
「駄目です」
 
 む~、とした上目遣いで優斗を見るフィオナ。
 
「あ~、その……」
 
 さすがに困る優斗。
 
「レ、レイナさん。何とか言ってもらえません?」
 
「自分でどうにかしろ」
 
 何とか助けを求めようとしたが、一刀両断された。
 
「貴様! フィオナ先輩に心配してもらっているんだ! 何が不満だ!?」
 
 ラスターまで加わってきて面倒な事態になりそうだったが、副長が手を一度叩く。
 乾いた音が響いて、全員が黙った。
 そして副長に注目する。
 
「皆さん。まずは予選突破、おめでとうございます」
 
 先ほどのやり取りなどなかったかのように副長が賛辞を述べ始める。
 
「優勝候補の一角を圧倒的実力を以て崩したことで、相対的に我々の評価は上がったことでしょう」
 
 事前の予想を崩すというのはやはり心地が良いものだ。
 
「レイナ。貴女はよくやりました。このまま勝ち続けなさい」
 
「はい」
 
 レイナが頷く。
 
「ユウト様。相手の不意を突き、実力を計らせることなく終わらせたのは感嘆に尽きます」
 
「ありがとうございます」
 
 優斗は小さく頭を下げた。
 
「ラスター・オルグランス。貴方は実力的に負けていましたが、よく耐えました。しかし今回だけではなく、この大会を通じてやり通すことが重要です」
 
「了解です」
 
 ラスターもさすがに素直に頷いた。
 
「では皆さん、この後は予選を観戦したあと――」
 
 勝ち上がってきたチームの詳細を調べましょう、と副長が口にしようとした瞬間、フィオナが不意に声を発した。
 
「――えっ?」
 
 ビクリと身体が跳ね、視線の方向が見えない闘技場のリングへと向かっていた。
 
「フィオナ、どうしたの?」
 
 不審な行動に優斗が問う。
 
「……優斗さんは感じませんでしたか?」
 
 そう言われても、優斗は何のことだか分からなかった。
 とりあえずフィオナが向いている方向に注意してみる。
 
「………………」
 
 壁に囲まれた場所にいる。
 つまりは視界に入ることではなく、気配関係だろう。
 
 ――ということは……。
 
 少し集中して探ってみると、フィオナの言いたいことが把握できた。
 
「……ああ、なるほど」
 
「どうしたんだ?」
 
 レイナが訊いてきた。
 優斗はじらすようなことはせず、端的に答えた。
 
「精霊が死んだ」
 
「……どういうことでしょうか?」
 
 クリスが首を捻る。
 
「強制的に精霊を扱い、命令と支配に耐えられなくなった精霊が死んだんだよ」
 
「……それは不味いような気がするんだが?」
 
 和泉としてもこの世界の精霊について詳しく把握しているわけではないが、オーソドックスなゲームの世界なら優斗が説明した類の話は肯定的に取れない。
 
「いや、問題はないよ。精霊だって生き死にはある。あれ程度なら世界に何の影響も及ばさない」
 
 優斗は答えながら誰がやったのかを考え、
 
「確か学生最強の精霊術士がいるんだったよね?」
 
「ああ」
 
 レイナが首肯する。
 
「たぶん、そいつの仕業かな」
 
 精霊を殺せるレベルとなると、そこそこの実力はあるはず。
 
「ユウトでも気付かなかったことをフィオナはよく気付いたな」
 
 この化け物よりも早く察するとは。
 思わずレイナが感嘆する。
 
「感知系はフィオナのほうが上だからね。おそらく、今の世の中で一番精霊に好かれているフィオナだからこそ気付けたんだよ」
 
 龍神の母親であり、純粋な彼女だからこそ精霊に好かれている。
 
「……気分が悪いです」
 
 フィオナが顔をしかめた。
 身近に感じられる精霊が不当な死に追いやられれば、さすがに良い気持ちはしない。
 
「優斗、大精霊がそいつに召喚されたらどうなる?」
 
「さすがに大精霊を殺されたら不味いことにはなるけどね。でも、まず無理だよ。下位、中位の精霊ならまだしも大精霊は場にいないからこそ召喚しなければならないわけだし。そしてパラケルスス以外の大精霊の召喚に必要なのは強制でも支配でもなく合意だから。そいつが考えを改めないかぎりは召喚に応じることが無い」
 
 とは言っても、だ。
 
「無論、例外はあるけどね」
 
「例外とは?」
 
「唯一大精霊を強制的支配下におけるのは精霊王――精霊の主たるパラケルススと契約者だけ」
 
 二つの存在だけが例外。
 優斗の話を聞くとレイナ、和泉、クリスが安堵した。
 
「ならば安心だ」
 
「焦らせるな」
 
「驚かせないでください」
 
 三者三様で安心する。
 けれどラスターは精霊の基礎は知っているものの、詳しくはないため疑問を呈す。
 
「レイナ先輩、しかしそいつが契約していたらどうするんですか? 学生最強の精霊術士と呼ばれているならば、僅かばかりでも可能性があるとは思います」
 
「ありえないな。ユウトが言っていただろう。パラケルススと契約できるのは一人だけだと。そしてもし、そいつがパラケルススと契約していたら『学生最強の精霊術士』ではなく『最強の精霊術士』と呼ばれているはずだ」
 
「……確かに」
 
 レイナの説明に納得するラスター。
 だが、あることに気付く。
 キッと優斗を睨んだ。
 
「というか精霊術士でもない貴様がなぜフィオナ先輩が感じ取ったことを分かったように説明している! フィオナ先輩が感じたことと違っていてはどうするのだ!?」
 
 瞬間、時が止まった。
 副長とレイナは半眼。
 和泉とフィオナは「何言ってるんだこいつは?」みたいな視線。
 優斗は首を捻る。
 
「……言ってないの?」
 
 優斗からではどうせ話を聞かないので、自分が外れての作戦会議のときに味方全員の詳細と実力をある程度は話したとレイナが言っていた。
 てっきり精霊術のことも言っていたと思ったのだが、違ったのだろうか。
 
「いや、私が端的ではあるが言ったはずだが……」
 
「俺も会長が喋ったと記憶している」
 
「私もです」
 
「しかとレイナが説明していました」
 
 全員が聞いていた。
 つまりはラスターが“優斗の話題”というだけで理解することをシャットアウトしていたということであり、代表してレイナが一言。
 
「ど阿呆が」
 
「レ、レイナ先輩?」
 
 直球の罵倒にラスターが慌てる。
 レイナは手を額に当てながら、
 
「いいか、お前は阿呆だからしっかりと説明してやる」
 
 ただ単に優斗が精霊術を使えると簡素に伝えたのが不味かったのだろう。
 なのでしっかりはっきりフィオナという話題も交えつつ説明をする。
 
「フィオナがなぜ、リライトで精霊術の使い手として名高いのか知っているか?」
 
「リライトでは精霊術士の数があまりにも少なく、戦闘においては大した使い手がいないからです」
 
「そうだ。現に大精霊を召喚できることを知られていなかった時点でも、フィオナはリライトで名高い使い手だ。しかし、ならばどうやってフィオナはあれほどの精霊術を短期間で使えるようになった?」
 
「フィオナ先輩の才能です!」
 
 断言するラスター。
 まあ、間違ってはいない。
 確かに間違ってはいないのだが。
 
「……フィオナに才能があったのは合っているが、違う。フィオナに精霊術を教えた先生がいたからだ」
 
 だからこそ僅かな時間で大精霊すらも召喚できるほどの人物になった。
 
「そしてフィオナに精霊術を教えた人物こそユウトだ。だからユウトも精霊術を使えるんだ」
 
 もちろん、優斗がどうやって精霊術を覚えてきたのかは……割愛できることだろう。
 あとは独自の考えと基礎は調べて纏め上げ、フィオナでも扱えるように分かりやすく説明した、ということはレイナにも察しが付く。
 
「貴様ごときがフィオナ先輩に精霊術を教えただと?」
 
 ラスターはレイナの説明を聞いたあと、優斗を一睨み。
 
「ふん。まあ、すぐにフィオナ先輩に抜かれて立つ瀬がなかったからこそ、今は使っていないのだろう」
 
 まるで事実だと言わんばかりのラスターの言い草。
 そこそこ強いのは認めてはいるが、あくまで優斗は自分よりも実力は下。
 レイナよりもフィオナよりも下なのは当然だ。
 
「…………」
 
「…………」
 
 傲慢不遜としか感じ取れないラスターの態度に、見て分かるほどキレそうなのが二人いる。
 一人は言わずもがなフィオナ。
 
「優斗さん。私、怒っていいですか?」
 
「駄目だよ」
 
 穏やかに優斗が止める。
 これでも前よりはマシになっているので、むしろラスターは成長したなと優斗は逆に感慨深い。
 
「では私が斬りましょう」
 
 けれどもう一人、キレそうなのが副長。
 剣を抜こうとするのを和泉とレイナが止める。
 
「待て。引率者が何をしようとしている」
 
「副長。ここは抑えてください。ユウトは気にしていません」
 
 どうどう、と馬を宥めるように扱う。
 
「そうですよ。僕なら気にしてませんから」
 
「しかしですね、ユウト様を貶されて何もしないというのは騎士の名折れとなります」
 
 いや、むしろ優斗&フィオナのファンとしての名折れだ。
 本当に憤慨した様子を見せる副長。
 けれどもやはり、その姿を勘違いするのがラスターのラスター足る所以。
 
「貴様! 副長までも拐かすとはなんたる――ッ!」
 
「いい加減、黙ってください」
 
 直後だった。
 ラスターの首筋に手刀一閃、クリスがたたき込む。
 そのまま崩れ落ちてうつぶせに倒れるラスター。
 クリスはラスターの様子を確かめ、気絶以外には問題がないか確認し始める。
 
「…………マジで?」
 
「…………えっ、クリスさん?」
 
「…………ほう。さすがはクリスだ」
 
「…………珍しいことをするものだな」
 
「…………クリス様」
 
「…………良い角度ですね」
 
 全員が驚く。
 クリスはラスターの安全を確認し終えると、さわやかな笑顔を浮かべる。
 
「さすがにあれほど不用意に友人を貶されてはイラッとしましたので」
 
 いや、にこやかにやることじゃないだろうとは誰もが思った。
 けれども、王子系イケメンのさわやかな笑顔とやったことのギャップが妙に笑えてくる。
 
「……くっくっくっ。まさかクリスがこんなことをやるとは思わなかった」
 
 一番クリスと接する時間の長かった和泉が耐えられないように笑い始めた。
 
「そうだな。まさかのクリスだ」
 
 レイナも同意しながら、笑い始める。
 
「仲間の皆は自分の初めての友達なんです。イズミはユウトと付き合いが長くユウトが何と言われようと気にしない性格なのを把握しているから、何とも思わないかもしれません。ですが自分には無理ですね」
 
 友達の悪口を言われるのに慣れていない。
 きっと相手が正しかったのだとしても、自分は優斗や和泉が悪口を言われていれば怒ってしまうだろう。
 ……今回は確実にラスターが悪いが。
 
「別に悪い子じゃないから」
 
「そこは理解しているのですが……」
 
 なぜかラスターのフォローに回る優斗。
 
「クリス様……」
 
 クレアがクリスの袖を掴んで見上げる。
 
「怖がらせてしまいましたか?」
 
「いえ、友人のために怒るクリス様は素晴らしいと思います。わたくしの伴侶となる方は義に厚い方なのだと」
 
 どうにもクレアにはクリスの姿が格好良く見えたらしい。
 夢見る乙女のような視線を向けている。
 
「真っ当な実力を考えると、学院二年の中でクリスはユウトとシュウの次ぐらいにはなるということを忘れていたよ。私達の中でも私のすぐ後ろにいるのはお前だということもな」
 
 レイナが笑いながら思い返す。
 あの当て身は完璧だった。
 
「さて、こいつをどうする?」
 
 笑いながら和泉がペシペシとラスターの額を叩く。
 完全に落ちている。
 起きる気配がない。
 とはいっても、置いていくには忍びない。
 
「僕が運んでる最中に目でも覚ましたら大変なことになるから、和泉が運んで」
 
 優斗が未だに笑っている和泉に頼む。
 
「いいだろう。珍しいものが見れたのだから、これぐらいはお安いご用だ」
 
 



[41560] 闘いの華
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:df5825f6
Date: 2015/10/09 16:48
 
 予選も観戦は三組目から。それ以降の試合を全部見終わってから和泉とレイナ、副長は未だに起きないラスターを宿まで運びに行った。
 優斗達は決勝トーナメントの組み合わせ表まで確認してから宿に戻る。
 そして合流した副長を含めて情報の共有を皆で始めた。
 
「次は評価でBランク筆頭だったマイティーで、その次は順当に行くとAランクの片割れ、コリル。最後にライカール……だね」
 
 優斗が呆れる。
 見事に大変な展開になった。
 
「上位評価を殲滅しないといけないのですね」
 
 大変そうだとクリスが言い、
 
「とりわけ、一番最初に考えるべきはマイティーだろう。あのチームは……」
 
 レイナの言葉に、全員がマイティーのメンバーを思い浮かべる。
 
「ハゲだ」
 
「ハゲでしょう」
 
「いや、正確には筋肉ハゲだよ」
 
 和泉、クリス、優斗の順に酷いことを。
 
「確かに三人そろってハゲで筋肉隆々。物理攻撃は見た目通りに威力はあるが遅い。魔法も攻撃系統は上級まで使ったやつはいない」
 
 レイナが彼らの情報を口にする。
 
「だが防御魔法に凄かったな」
 
「防壁って形じゃなくて、身体に貼り付ける防御魔法だったね」
 
 おそらくは聖魔法の一種だ。
 
「奴らについては実際、どれほどの威力まで防げるのか相対しないと分からないな」
 
 予選での対戦チームが中級魔法までしか使えなかったので、中級まで防げることは分かっている。
 副長はレイナ達の情報を吟味すると、
 
「相手の魔力量によっては、上級魔法まで防がれることを想定して闘ってください」
 
「分かりました」
 
 優斗達がこくり、と頷く。
 
「次は順当勝ちでコリルですね」
 
「予選はオーソドックスな戦い方でした」
 
 クリスが指さすトーナメント表のチーム名に、クレアが感想を口にする。
 
「穴はないが、突出した部分もなし。エンガルト以上でないかぎり、私やユウトが負けることもない」
 
「僕たちのときも王道で来てくれたら助かるんだけど……」
 
 優斗の予想としては、何かしら仕掛けてきそうな気がしていた。
 
「見た限りなら我々のほうが実力は上ですから奇襲を仕掛けるとしたら相手側でしょう。ユウト様やレイナは注意しなければなりません」
 
 副長も優斗と同意見だった。
 予選の戦いぶりからしても、すでにリライトは優勝候補の上位。
 下に見られることはないはず。
 
「最後はライカール」
 
 クリスが名を口にすると、フィオナの眉根が寄った。
 優斗の予想通り、予選二組に出ていた。
 つまり精霊を殺したのはライカールの精霊術士。
 
「予選二組だったから見れなかったけど、相当だったらしいね」
 
「全員を半殺しか……」
 
 レイナが呟く。
 見るも無惨な状況だったらしい。
 
「話を聞くと、タイプは魔法士と精霊術士と剣士だ。バランスは良いのだろう」
 
 テンプレのようなパーティー構成だと和泉が唸る。
 
「剣士はどうか分からないが、魔法士は上級魔法でも高い威力のものを。精霊術士は……」
 
 レイナの視線に優斗は答える。
 
「分かっている段階では、四大属性を上級クラスの威力まで」
 
 別途の氷、雷。二極の光や闇を使えるかもしれないことを考慮しなければならない。
 
「あげく人を傷つけるのを厭わない連中ということだ」
 
 和泉は気にした様子なく言うが、クレアが脅えたような表情を浮かべる。
 優斗も軽く眉根をひそめ、
 
「王様も警戒するほどのチームだからね」
 
「そうなのか?」
 
 レイナの問いに優斗は頷く。
 
「うん。予選前に話したとき、気をつけろって言われた」
 
 と、ついでに思い出したことがあったので伝える。
 
「先に言っておくけど」
 
 ラスターはまだ気絶中。
 クレアはあと少しでクリスの妻となるのだから、教えても構わないだろう。
 
「勝ち負け以外で何かしらやばかったら神話魔法を使っていいってお達し来てるから。使ってもどうにかしてくれるってさ」
 
 優斗の発言に軽く驚くフィオナ、和泉、クリス。
 副長は普段の冷静な表情が一瞬にして喜びに変わった。
 
「本当ですかっ!?」
 
 身を乗り出さんばかりの副長に優斗が軽く引く。
 
「……何で嬉しそうなんですか?」
 
「緊急時とはいえ、独自の詠唱によるユウト様の神話魔法をこの眼で見れるかもしれないと思うと……」
 
 使わないとやばい状況なのだから喜ぶ場面じゃないはずなのに夢見心地な副長。
 それとは別にクレアといえば、
 
「…………神話魔法? ……えっ?」
 
 予想外過ぎて処理できていなかった。
 
「えっと……ユウト様が使えるのですか?」
 
「そうですよ、クレア」
 
 クリスが頷くと、ようやく処理しきれたらしい。
 
「……え……えぇ!? す、凄いです!!」
 
 遅れて驚くクレアにクリスが注意する。
 
「いいですか。これは自分の伴侶となるクレアだからユウトもこの場で話したのです。他言は無用ですよ?」
 
「は、はい!」
 
 こくこくと可愛らしく頷くクレア。
 その姿にほっこりとしながら、レイナは話をまとめる。
 
「神話魔法を使う必要がないことを祈るが、兎にも角にも、まずはマイティーを倒さなければ先はない」
 
 見回す。
 優斗、フィオナ、クリス、和泉が頷いた。
 
「そうだね」
 
「そうですね」
 
「そうでしょう」
 
「そういうことだ」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 そして翌日。
 始まった決勝トーナメント初戦。
 マイティーとの戦いはやはり、予想通りのものとなった。
 魔法を放ち、斬撃を幾度も浴びせる。
 しかし屈強な肉体と防御魔法の前に跳ね返される。
 多少の傷はつけども、すぐに回復魔法を使われて意味がない。
 
「レイナさん、そっちは?」
 
 優斗とレイナは互いに敵と距離を取って近づき、背中合わせに話す。
 
「ただの斬撃じゃ傷一つ付いたところですぐに回復だ」
 
 あれほどとは思ってもいなかった。
 
「お前はどうだ?」
 
「駄目だね。上級魔法も防がれた」
 
「どうする?」
 
 優斗が風、レイナが炎の魔法を浴びせるがやはり防がれる。
 
「案は二つあるけど」
 
「どんなだ?」
 
「防ぐ際に魔力を消費してるから、一つは魔法を放ち続けて相手の魔力が切れるか自分の魔力が切れるか勝負」
 
「もう一つは?」
 
「一撃必殺。あの防御をブチ抜く攻撃をする」
 
 別に声を小さくして話していなかったからだろう。
 レイナが相手をしているリーダーハゲがニカッと笑みを浮かべると訊いてきた。
 
「どっちを選ぶのだ!?」
 
 見た目通りの野太い声。
 けれど何かしらを期待しているかのような訊き方だ。
 優斗とレイナも笑った。
 
「決まってるよね?」
 
「決まっている」
 
 望み通りにやってやろうじゃないか。
 互いの相手に優斗はショートソードを。
 レイナは名剣を堂々と差し向ける。
 
 
「「   ブチ抜くっ!!   」」
 
 
 高らかに宣言した優斗とレイナに歓声が沸く。
 リーダーハゲも優斗の相手の二番手ハゲも威風堂々、防御の態勢を取った。
 
「いいだろう! 来い!」
 
「かかって来いやぁ!!」
 
 さらに観客が沸いた。
 注目が優斗とレイナ、ハゲ二人に集まった。
 少し離れたところでラスターと相対しているハゲは羨ましそうにしていた。
 
 
       ◇       ◇

 
「どうしてあの方たちは受け止めようとされているのですか?」
 
 真剣勝負なはずなのに、なんであんなことになったのかが分からなかったクレアが質問する。
 問いにはまず、副長が答えた。
 
「『華』……ということでしょう」
 
「どういうことですか?」
 
 答えの意味が分からなくて、フィオナが続けて問う。
 次いで告げたのは和泉。
 
「戦いにおける『華』だ」
 
 さらにクリスが補足する。
 
「盛り上がる場面、盛り上がる瞬間。最大の攻撃に対して最大の防御。逃げては『華』がありません。ですから彼らは受けて立つのですよ。真っ向勝負を」
 
 だから誰しもが優斗とレイナ、ハゲ達に注目する。
 
「けれどユウト様とレイナ様はどうやって、あの防御を突き通すつもりなのでしょうか?」
 
 ただの攻撃では防がれる。
 魔法だって上級魔法ですら防がれた。
 
「レイナとユウト様のことです。何かあるのでしょう」
 
 副長が淡々と告げる。
 まずは優斗が動いた。
 
「……ほう」
 
 和泉が感嘆の声をあげる。
 優斗が呟き刀身に左手を這わせると魔法陣が生まれ、雷を帯び始めた。
 
「魔法を斬っている時と同じようにショートソードに魔法を纏わせる魔法剣ですね」
 
 それだけで相手の防御を貫けるのだろうか? とクリスは疑問に思うが、優斗は持ち方を変えて、身体を捻った。
 
「逆手?」
 
「……そういうことか。相変わらずあいつは面白いことをする」
 
 意味が分からないクリスと違い、和泉は見当が付いた。
 副長もフィオナもクレアも興味津々に和泉の話を聞き始める。
 特に副長が一番、興味を持っていた。
 
「知っているのですか?」
 
「まあ、俺たちの世代では誰しもが真似をした技だ」
 
 本来は幼稚園児や小学校低学年の子供が真似るやつだが、優斗みたいに中学以降に読んだ人間でもやってみたい、という気持ちは生まれるのだろう。
 
「色々とあるんだが、優斗が選んだ一つは龍の騎士が使った――」
 
 まさしく一撃必殺の技。
 
「――勇者の飛斬だ」
 
 
 

 優斗はショートソードを抜き、構える。
 
「求めるは雷帝、瞬撃の落光」
 
 派生の雷魔法中級。
 ショートソードが段々と電気を帯びていき、刀身をゆっくりとなぞりながら完全に雷を纏わせる。
 そして逆手に持った。
 
「行くよ」
 
「来ぉいっ!!」
 
 瞬間、優斗は飛び込んだ。
 風の魔法を使いながら一駆けで相手の眼前へと押し迫る。
 
「――ッ!!」
 
 左足を踏み込み、踏みしめる。
 反動で出てくる右手に腰の捻りを加えて加速させ、全力の一刀を以て相手の胸元へと叩き付けながら振り抜く。
 
「……あぐっ!?」
 
 飛び込む速度を全て振り抜く速度に変え、雷を纏わせた斬撃。
 その威力は相手を吹き飛ばし、15メートルほど転がらせるほど。
 ハゲはゴロゴロと転がりながら、地面を這いずり……摩擦で止まる。
 
「…………」
 
 数秒ほど様子を見るが、二番手ハゲは起き上がらない。
 手応えはあった。
 起き上がらないところを見るに、完全に気絶している。
 
「よしっ」
 
 優斗はショートソードを鞘に収める。
 とりあえず自分は勝った。
 あとはレイナが勝利を収めるだけだ。
 
 
       ◇      ◇
 
 
「優斗は勝ちか」
 
「残りはレイナさんですね」
 
 まだレイナは動いていない。
 けれど優斗のショートソードと同様に剣に変化が起きていた。
 
「あれはなんですか?」
 
 クレアは見たことがなかった。
 刀身が紅く染まっている。
 
「炎の属性付与だ」
 
 もっと近くで見れば、時折に炎が吹き上がっているのが分かる。
 
「優斗さんは無事に貫きましたが、レイナさんはどうなのでしょうか?」
 
 フィオナは普段、レイナと一緒に闘うことがない。
 彼女の攻撃についての考察はやはり、和泉やクリスに劣る。
 
「フィオナは会長が強くなるにあたっての最大の問題点って何だったか知っているか?」
 
「……いえ、わかりません」
 
 フィオナが首を振る。
 けれど、代わりに副長が答えた。
 
「攻撃力の無さですね」
 
「さすが副長。よく分かっている」
 
 レイナを鍛えているだけあって、やはり把握していた。
 
「会長は技術で闘うタイプだ。腕力でどうこうするわけではない」
 
 女性である以上、仕方がないと言える。
 
「威力をカバーするのが属性付与の剣と俺の施した改造……なんだが、頼り切りなのは負けている気がしたらしくてな」
 
 和泉とクリスは見合わせて笑う。
 
「一つの技を極めようとした」
 
「それは?」
 
 問いかける副長に今度はクリスが答える。
 
「突きですよ」
 
 軽く右手を突き出して、突きの真似をする。
 
「ギルドの討伐依頼で魔物を倒すときは大抵、突きを使っていました」
 
 正確には平突き。
 元々の属性付与や和泉の武器改造も相俟って、突きが一番良い技だとたどり着いたらしい。
 
「それを見たイズミが『左手は前方に突き出せ』とか茶々入れはじめて、真面目に修練しているレイナさんに殴られながらも長々高説していたら、レイナさんが洗脳されて今の突きが完成したわけなんです」
 
 あの時の和泉の熱意は正直、気持ち悪かった。
 
「名称は確か……」
 
 完成した暁に和泉が命名していたはずだ。
 
「穿突。そうでしたね、イズミ?」
 
 和泉は仰々しく頷く。
 
「俺らがいた世界では一番有名な突きの名前だ」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 視線は目の前にいる筋肉ハゲからぶらさない。
 身体を半身にし、少し腰を落として突き出した左手は軽く剣に触れる。
 あとは切っ掛け一つで飛び込むだけだ。
 
「…………」
 
「…………」
 
 見合って数秒……もしくは十数秒だろうか。
 小さくはあるが、剣を鞘にしまう甲高い音が聞こえた。
 
「――ッ!」
 
 それが合図になる。
 レイナは飛び込み、右手を前に突き出すのと同時に左手を引き絞る。
 
「はぁっ!!」
 
 炎を纏わせながら突き穿った剣は寸分違わず狙った左脇腹へと向かっていき、防御魔法をものともせずに一瞬にして突破。
 見事にリーダーハゲの脇腹を貫いていた。
 
「……私の勝ちだな」
 
 レイナはすぐさま、剣を引き抜く。
 貫かれ、身体の中を炎で焼かれたのだ。
 激痛と呼んでもおかしくない痛みがあるはずなのだが……。
 
「はっはっはっ。見事だ!」
 
 けれど平然とした様子でリーダーハゲがレイナを褒め称える。
 
「まだ続けるか?」
 
「いや、一番手同士の真っ向勝負で華々しく破られたのだ。これ以上は野暮というものだろう」
 
 死合ではなく試合なのだ。
 二番手も負けていることから、負けの時間を引き延ばすことにしかならない。
 ならばと、リーダーハゲはどっしりと地面に座って、
 
「この勝負、儂らの負けだっ!!」
 
 審判に高らかと負けを認めた。
 瞬間、唯一不完全燃焼だった三番手ハゲは文句を垂れ、ラスターは……妙な顔をした。
 
 
       ◇      ◇
 
 
「なんだか不思議な戦いでしたね」
 
 控え室に向かいながら、クレアが先ほどの試合を思い返す。
 フィオナも同意した。
 
「勝ち負けより大切なものを見せてもらった戦いでもありました」
 
「そうだろう。互いの自信を賭けた勝負だったのだから。観客の盛り上がりが証明している」
 
 そして控え室にたどり着くとレイナと優斗が談笑していた。
 二人が振り向く。
 ニヤリと笑う優斗。
 
「面白かった?」
 
「最高です」
 
 優斗にグーサインを出すクリス。
 
「レイナさんに穿突教えたの和泉だよね?」
 
「当然だ。ちなみに、さらに進化させたものもあるぞ」
 
「どんなやつ?」
 
「見てのお楽しみだ」
 
 もったいぶる和泉。
 そう言われたら、優斗としては楽しみを後に取っておくしかない。
 すると二人ほどいないことにレイナが気付く。
 
「ん? ラスターと副長はどうした?」
 
 問うと、クリスが出入り口を指さした。
 
「さっき、もの凄い勢いでラスターさんが副長を引っ張っていきましたよ」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 そして引っ張られた副長とラスターは人気のない通路で対峙していた。
 
「ラスター・オルグランス。どうしました?」
 
「副長! 次のコリル戦はオレを2番手の奴とやらせてください!」
 
 堂々と言い放つラスター。
 思わず、副長の眉根に皺が寄る。
 
「なぜです?」
 
「あいつが二番手を倒せるならオレに倒せないわけがない! だからオレを二番手に!」
 
 予選や一回戦はまだいい。
 だが、次からは準決勝だ。
 本来の実力順である自分を二番手に置くべきだと進言する。
 無論、そこには優斗の高評価が気に食わないなど、その他諸々が付随してくる。
 
「…………ふぅ」
 
 あまりの言い草に嘆息する副長。
 予選とトーナメント、二回の戦いを終えたところで未だに馬鹿なことを言える彼に驚きを隠せない。
 
「貴方はこの大会、優勝したいのですか? それとも自己の満足で終えたいのですか?」
 
「もちろん優勝です!」
 
「レイナの前でも同じことを言えますか? 一年、二年の時、レイナは優勝できなかったからこそ三年の今回は是非とも優勝したいはずです」
 
「当然言えます!」
 
 答えるラスターだったが、副長は大きなため息を一つ。
 
「ならば結果を見れば予選、一回戦共にユウト様はレイナよりも相手を早く倒しています。けれどラスター・オルグランス、貴方は未だに一人として倒せていない。これで貴方を二番手に置きたいと誰が思います?」
 
「しかしあいつの偶然がいつまでも続くとは限りません!」
 
 あまりの堂々な態度に呆れて物も言えなくなりそうだった。
 何を、どこを、どうやって見たら自分の方が強いと思えるのかが不思議だった。
 
「……ラスター・オルグランス。例えユウト様が偶然で勝っていようと、偶然を起こせるだけの実力が必要なのです」
 
 事実は逆に実力を制限しているのだが、言ったところで信じたりはしないだろう。
 僅か数日しか彼を見ていないが、それぐらいは副長も把握していた。
 
「さらにはっきりと結論を言いましょう。貴方の実力では三番手に粘るのが精一杯です。二番手を請け負えば早々に破れ人数として劣勢を強いられるでしょう。無論“現在の動き”から鑑みると、ユウト様よりも圧倒的にラスター・オルグランスが劣っているということではありません。ですが、戦闘時における柔軟性に違いがありすぎます」
 
 あまりに行動の質が違いすぎる。
 
「どの方法が一番、勝つに値する動きなのか。貴方にはそれがありません。常に正面からの戦い。もっと別の方法が良い場合があるのにも関わらず、そうしないというのはレイナのように実力のある者だけが行える選択です」
 
 そしてレイナとて、魔物との戦いで劣勢の場合は戦いの選択肢を増やす。
 無様だろうとも勝つ方法を見出そうとする。
 
「しかし卑怯だ!」
 
「違います。卑怯というのは最低限の礼儀すら守れない下劣で非常識な行動を指すものです。この場合は戦術というのですよ」
 
 それすらも彼は分からないのだろうか。
 
「授業では常に正面からの戦いでしょう。けれど敵が授業のように正面から動きますか? 魔物が正直に戦いますか? 貴方は卑怯と罵りながら負けるのですか?」
 
「…………それは……」
 
「真っ向勝負が好きだというのなら、真っ向から事実を受け取りなさい。己が唯一の穴であると称されたことを」
 
 
 

 ラスターは副長から言われたことに対し、
 
「…………納得がいかない」
 
 う~ん、と唸りながら控え室に戻ろうとするが、途中でレイナと和泉が飲み物を取りに行っている姿が見えた。
 なぜだか声を掛けづらい雰囲気だったので、その場で止まることとなった。
 二人はラスターに気付くことなく会話している。
 
「あと二つ勝てば優勝か。思いの外、楽に勝ち進めているものだ」
 
「やはり優斗がいると楽だろう?」
 
「当然だな」
 
 当たり前のように言うレイナに、ラスターは「なぜだ!?」と叫びそうになったが、必至に口の中に留める。
 
「楽観視するつもりもないが、正当に行けば初めての優勝。そのために私は頑張るのみだ」
 
「願いが叶う、か」
 
「ああ。二年越しの願いだからな」
 
 夢が叶いそうなのだ。
 嬉しそうな表情をするのも無理はない。
 
「しかし、ラスターも頑張っている。私とユウトだけでも負けることはないが、あいつが粘っていることで試合が楽になっているよ」
 
 ラスターは自分の話題になったことで、少し注意深く聞き耳を立てた。
 
「あれで実力を過信するところがなければな」
 
「優斗がいるから性格上、無理だろう」
 
「かもしれないな」
 
 レイナが苦笑する。
 
「何にせよ、不作の一年と言われている中でトップとして頑張っているんだ。少しは評価せねばな」
 
 突然のレイナの発言に、驚きを隠せないラスター。
 自分たちの学年が不作と呼ばれているなど知らなかったからだ。
 
「そうなのか?」
 
「三年には私。二年には知られているのでもアリーやクリスだ。比較してしまっては可哀想だろう?」
 
 現在、学院最強と呼ばれる三年のレイナ。
 二年には四大属性の上級魔法を扱えるアリーと剣技、魔法共に上位であり総合トップのクリス。
 上記の三人は各々が一年の時から飛び抜けた存在だった。
 当時の彼らとラスターを比べると、どうしても格が落ちる。
 学年全体的に見ても同様だ。
 
「確かにな」
 
 納得する和泉。
 
「何にせよ、だ。このまま頑張ってくれれば文句は言わんよ、私は」
 
 お茶の入ったコップを三つ持ちながら、控え室に戻ろうとする和泉とレイナ。
 と、レイナの視界にラスターが入った。
 
「何をしている?」
 
「え? い、いや、オレは……」
 
 まさか話を聞いていたとも言えず、どもる。
 
「ラスター、お前が戻らなければブリーフィングが始められない。行くぞ」
 
「は、はい!」
 
 レイナに促され、ラスターは後ろに付いていく。
 副長に散々と言われ、レイナにも色々と言われ、珍しく……ヘコみそうになった。
 
 
 
 
 控え室に戻って30分後。
 ある程度の話し合いが終わると、準決勝が始まった。
 
「……これは面白い展開になりましたね」
 
「状況的には一番だろう」
 
 観客席から興味深そうにクリスと和泉が考察する。
 
「優斗もレイナも圧倒的に勝ちすぎた。ならばこういうのも手だ」
 
「“今のユウト”では、おそらく防戦になるでしょうし……」
 
 やはり、というべきか。
 コリルは王道では来なかった。
 
「ラスター・オルグランスの動きによっては、楽に勝てるか時間が掛かるか決まりますね」
 
 
       ◇      ◇

 
 始まった瞬間、優斗とレイナは軽く驚きを表した。
 
「そうくるんだ」
 
「そうくるか」
 
 相手の一番手はレイナに。
 二番手と三番手は二人がかりで優斗に向かっていった。
 考えとしてはすぐに優斗を打倒してから、数の利でレイナを倒そうとしているのだろう。
 さらに言えば、ラスターは完全に足手まといとしてカウントしている。
 だからこそ無視をするという考えに至ったはずだ。
 
「…………」
 
 ラスターは立ち止まっていた。
 相手がいない。
 倒すべき相手が真正面にいない。
 リング内を見れば、すでにレイナと優斗は敵と相対している。
 自分だけが呆然としていた。
 
「ラスター!!」
 
 レイナが相手に斬りかかりながら怒鳴る。
 慌ててラスターがレイナに向いた。
 
「私をフォローしろ! すぐにこいつを片付けるぞ!」
 
「し、しかしあいつが!」
 
 視線を移せば優斗が前後から魔法と剣で打ち込まれていた。
 動きべきはレイナのところではなく優斗のところではないのか。
 
「ユウトなら大丈夫だ! 粘れる!」
 
 レイナが絶大の信頼を寄せる。
 返事こそないが、優斗は笑って頷いていることだろう。
 
「ならばお前がすべきことはなんだ!? あいつらがユウトを倒すよりも早く、私達がこいつを倒すことだろう!!」
 
 レイナの相手は防御主体。
 優斗が倒れるまでは粘りきるつもりだ。
 
「だ、だけど二対一など……」
 
 しかもレイナと共に相手取るなんて。
 卑怯ではないのかという考えが浮ぶ。
 だが、
 
「最後の大会、私は優勝したいんだ!! だから手伝え、ラスター!!」
 
「――っ!」
 
 レイナの一喝にラスターの身体が一瞬、震えた。
 そして、
 
「…………っ!」
 
 身体が動く。
 無意識だった。
 一目散にレイナのところへ向かうと、上段から剣を振るう。
 防がれると、今度は横薙ぎに変え、何度も何度も攻撃を向ける。
 
「ああああぁぁぁぁあっ!」
 
 叫びながら剣を振るっている最中、ラスターはようやく気付く。
 無意識にここに向かってしまったということは、自分のこだわりなどレイナの願いの前にはちっぽけなものなのだということに。
 
「よく来た!」
 
 レイナが笑った。
 そのままラスターは正面から押していく。
 逆にレイナは後ろへと回り込み、前後から激しく攻め立てる。
 一気に劣勢に陥れられる相手の1番手。
 
「…………っ!」
 
 相手の一番手はラスターの攻撃を防いだ直後、後ろからのレイナの斬撃を防ごうとする。
 
「無駄だ!」
 
 一閃。
 レイナの右から薙がれた剣閃が相手の剣を弾く。
 
「これで終わりだな」
 
 返す剣で袈裟切り。
 切られた痛みと衝撃で相手は俯せに倒れる。
 
「ラスター、行くぞ!」
 
「はい!」
 
 すぐに二人は優斗のところへと駆けつける。
 彼は縦横無尽に動き回り、前後左右から放たれる剣を、魔法をかわしていた。
 
「来たぞ、ユウト!」
 
 レイナとラスターが優斗と相並ぶ。
 一瞬にして形勢が逆転した。
 珍しく、少しだけ息を弾ませた優斗が文句を言う。
 
「遅いよ」
 
 全て防ぎきったが予想よりも来るのが遅い。
 ほんのちょっとだけ疲れた。
 
「悪かったな。頭の悪い奴がいたから遅れてしまった」
 
「ふん。耐えたことは評価してやる」
 
 レイナが優斗の肩を叩き、ラスターが鼻息を荒くする。
 数は三対二。
 どちらが優勢なのかは分かりきっている。
 ニヤリとリライト勢が笑った。
 
「さあ、勝つぞ」
 
「了解だよ」
 
「分かりました!」
 
 
 



[41560] 叶えたいこと
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:9bf83f4f
Date: 2015/10/10 21:27
 
 
 準決勝二試合目。
 ライカールとファルタの試合を観戦する……が、
 
「これは……」
 
 副長が眉をしかめる。
 
「……うわ、えげつないね」
 
「惨いことをする」
 
「酷い有様だ」
 
「何ということだ!」
 
「やり過ぎですね」
 
 ある意味、想像以上の光景が繰り広げられていた。
 フィオナとクレアには刺激が強すぎるので、見せないようにしている。
 
「剣士が……いや、騎士か。騎士が腕を切り落とす。精霊術士は溺死寸前まで。魔法士は焼死寸前……か」
 
 優斗が冷静に観察する。
 観客が幾人も吐き気を催していて、スプラッタ映画顔負けの状況だ。
 
「審判が止めなければ、確実に死んでいただろうな」
 
 レイナが舌打ちをした。
 
「とりあえず、控え室に戻りましょう」
 
 副長の合図で全員が観戦席から立ち上がる。
 
「自分はクレアと飲み物を取りに行きます」
 
「俺も一緒に行こう」
 
「オレも行く」
 
「僕はトイレ行ってから戻るよ」
 
「私は少々の食べ物を買ってから戻る」
 
 
 

 和泉、クリス、クレア、ラスターが一人二つのコップを持ちながら歩く。
 
「いやはや、次の試合は大変なことになりそうですね」
 
 クリスが冷静に状況を察する。
 相手が相手だ。
 盛り上がるかもしれないが、一つ間違えれば大惨事になる。
 
「怖い人達なので、無理はしないでほしいです」
 
 クレアが心配そうにして、
 
「信じるしかないだろう。優斗とレイナを」
 
 和泉は普段と変わらずに言ってのける。
 そして、
 
「ふん。オレがいるから問題はない」
 
 自信満々に言い放つラスター。
 こいつは本当に変わらないと和泉とクリスが内心で苦笑する。
 と、その時だった。
 向かいから歩いてくる集団を避けようとして、通路の端による。
 けれど寄った先に前を向いていない人がおり、図らずしてクレアとぶつかった。
 
「きゃっ」
 
 手で持っていたコップからお茶が少し零れる。
 そして零れた水滴は地面に落ち、跳ねて……集団の中央にいる女性の靴に一滴、かかった。
 
「す、すみません!」
 
 クレアは水滴がかかってしまったのが見えたので、頭を下げて謝る。
 頭を下げられた女性といえば、足下を見て、クレアを見て、
 
「ラファエロ」
 
 告げた。
 瞬間、傍らにいる一人の騎士が一投足に剣を抜いて横薙ぎ。
 あまりに唐突な出来事にクレアも、和泉も、ラスターも反応できなかった。
 反応できたのは、ただ一人。
 
「――ッ!」
 
 甲高い金属音が通路に響く。
 
「しっかりと謝ったではありませんか。それとも他国の貴族と問題を起こすつもりでしょうか?」
 
 クリスが睨み付ける。
 鞘よりレイピアの刀身を半分出して受け止めていた。
 
「やるね~、色男。だが残念」
 
 けれど続いて、女性の逆側にいた男がニヤニヤ笑うと手を前にかざした。
 直後、豪風と同時に鎌鼬がクリスとクレアに襲いかかる。
 
「……ぐっ……!」
 
 不意打ちだったが、クリスはかろうじてクレアを攻撃範囲内から押し出す。
 けれど自身の防御はできず、五メートルほど吹き飛ばされてしまった。
 体勢はすぐに立て直したが脇腹からは血がにじみ出ており、僅かに顔を顰めるクリス。
 
「クリス様!」
 
 クレアが蒼白になりながらクリスの元へ向かう。
 
「貴様ら、何をする!!」
 
 ラスターが剣を抜き放ち吠えた。
 けれど命令した女性は平然と言い放つ。
 
「私が着飾っている靴に水滴が付いたのよ? 私の美を衰えさせた罪は重いわ」
 
「美?」
 
 問いかける和泉に対して、女性はこともなげに言う。
 
「王族にして『学生最強の魔法士』である私の美を損なわせたのは罪よ」
 
「……はっ。30点だ」
 
 和泉が鼻で笑う。
 何が美だ。
 外面だけが良いだけで『美』なんて言うわけがない。
 
「顔の作りは良いが性格がうざすぎる。王族というのはアリーみたいな性格がベスト、次いでツンデレだ。高慢ちきが過ぎる性格はテンプレを通り越して萌えるポイントがない。トータルで30点だ」
 
 吐き捨てるように言ってやる。
 だが、女性は屑でも見るような視線を和泉に向け、
 
「雑魚がうるさいわね」
 
 風の中級魔法を和泉に叩き付けた。
 
「……い……つっ!」
 
 同様に和泉も吹き飛ばされる。
 
「イズミ様!」
 
「イズミっ!」
 
 クリスと近い場所まで和泉が飛ばされ、クレアとクリスが和泉の名を心配そうに叫ぶ。
 
「おいおい。オレにもっとやらせてくれよ」
 
「ジェガン。貴方は一人やったからいいじゃない」
 
 攻撃を加えた男性と女性からは嘲るような笑いが広がる。
 
「貴様ら、ふざけるな!」
 
 彼らの様子に怒りの炎が灯り、今にもラスターが斬りかかろうとする。
 が、ここで声が響いた。
 
「何をしているっ!!」
 
 凛とした声音。
 思わず振り向いたラスターは、ほっとした声音を出す。
 
「レイナ先輩……」
 
 彼女は和泉やクリスの様子を見て、前方にいる女性たちを睨み付ける。
 
「貴様らがやったのか?」
 
「私の靴に水滴を付けたのだから当然じゃない」
 
「……なんだと?」
 
 不審げな視線をレイナが送る。
 けれど女性は気にせず、
 
「そこの女を殺そうとしたんだけど、あの男が防いだものだから面倒なことになったのよ」
 
 クレアとクリスを不快そうに見る。
 レイナは彼女の言葉に眉をしかめ、
 
「貴様――いや、ライカール第2王女ナディア。リライトに喧嘩を売るつもりか?」
 
「私には当然の権利よ」
 
 女性――ナディアはあくまで傲岸不遜だ。
 
「でも貴女。レイナってことはレイナ=ヴァイ=アクライト?」
 
「そうだ」
 
「へぇ。こいつがねぇ」
 
 ジェガンと呼ばれた男がマジマジとレイナを見る。
 
「貴女、面倒そうなのよね」
 
 ナディアが手を前に翳す。
 
「やる気か?」
 
 レイナも剣に手を掛ける。
 
「貴女達が死にたいのなら構わないわ。どっちにしろ、あの女は殺すけど」
 
 クレアを指さすナディア。
 瞬間、痛みを耐えて立ち上がった和泉とクリスがクレアを庇うように前に立った。
 
「させるわけがない」
 
「させるはずないでしょう」
 
「見過ごすわけにはいかないな」
 
 レイナも剣を鞘から解き放つ。
 すると最後にもう一人、やってきた。
 
「みんな、どうしたの?」
 
 いつも通りの様子で優斗が登場する。
 だが、仲間に視線を向けると、
 
「何があってこうなった?」
 
 視線と雰囲気を一変させた。
 
「また雑魚がぞろぞろと……うざいわね」
 
 ナディアが嘆息する。
 しかし彼女のことなど優斗はどうでもいい。
 クリスから話を聞く。
 
「クレアが飲み物を零して水滴が一滴、彼女の靴にかかったんです。クレアは謝ったのですが問答無用で殺そうとしてきまして」
 
「それで、この状況か」
 
 優斗も話を聞き終えると、ナディア達を睨み付ける。
 
「……すごく面倒。全員、ここで殺しちゃったほうがいいかしら?」
 
「国際問題にでもする気か?」
 
 怒り渦巻く胸中を抑え、レイナがかろうじて冷静な言葉を返す。
 
「どうでもいいわよ。高貴なる私の美を損ね、気分を害したのだから全員死になさい」
 
「貴様に権利があるとでも?」
 
「あるわよ。血筋も美も実力も全てを兼ね備えている私に許されないことはないわ」
 
「ふざけたことを」
 
「ふざけてないわ。だったら、貴女たちの大切な人も全員殺してあげるわ」
 
 決めた、と言わんばかりのナディアにレイナが怒号する。
 
「やってみろッ!」
 
 レイナもラスターもクリスも、今にも斬りかかろうとした……瞬間だった。
 
「ストップ。皆、控え室に戻ろうか」
 
 優斗の声が通路に響いた。
 あまりにも絶妙なタイミングで、動こうとした足が双方とも完全に止まった。
 
「レイナさんもラスターもクリスも剣を収めて」
 
「なっ!? ユウ――」
 
「収めろ」
 
 レイナは反論しようとしたが、優斗の眼光を真に受けて剣を収める。
 決して優斗は恐れて自分達に剣を収めさせたのではない。
 ピリピリとした空気が、優斗が怒っていることを示している。
 こういう優斗がすごすご逃げるはずもない。
 むしろ一番の過激派だ。
 問答無用で相手を壊滅させてもおかしくない。
 にも関わらず、剣を収めろということは“ここでやるべきではない”と。
 暗に言っていた。
 和泉とクリスとレイナは優斗の意を汲み取ると、クレア達の背を押すように通路を歩く。
 
「戻るぞ」
 
 レイナが皆を促した。
 
「許可した覚えはないわ」
 
 ナディアが命令するが、レイナは無視する。
 クレアがビクッと身体を震わせたが、クリスが抱えるように連れて行く。
 優斗は一人、彼らと相対する。
 
「すみませんが、あと一時間後には決勝です。決着はそこですればいいですし、クレアさんがしたことは謝ったのでこちらにはすでに非がありません。それに大会運営の方々がやって来ましたので、以降は強制的に止められること必須です」
 
 ただの通路でこれはやり過ぎだ。
 ぞくぞくと野次馬が集まってきている。
 
「それでは」
 
 踵を返して優斗も歩き始める。
 
「おい、待てよ」
 
 けれどお構いなしに精霊術士――ジェガンが火の精霊術を使った。
 
「――ったく」
 
 優斗は舌打ちすると、振り向きもせずに同様の威力、同様の火の精霊術をぶつけて相殺させた。
 
「あら」
 
「おっ」
 
「…………」
 
 少し驚いた表情を浮かべたライカールのメンバーに優斗は首だけを振り向かせると、
 
「今度こそ失礼します」
 
 告げて控え室へと戻っていった。
 
 
 
 
 優斗が控え室に戻ると傷ついた和泉とクリスは副長に治療魔法を掛けられていた。
 なのでゆっくりとした調子で椅子に座ると開口一番、ラスターが大声で怒鳴ってくる。
 
「ミヤガワ、なぜ止めた!? 貴様はあれほど言われて良いというのか!?」
 
「あの場でやったところで意味がない。下手したら両方棄権扱いされて決勝どころじゃなくなったんだし、レイナさんも本望じゃない」
 
「ああ、助かった」
 
 自分を律しきることができなかった。
 反省すべきだな、とレイナは思う。
 
「だが貴様は友人が傷つけられて、どうしてそこまで平然としていられる!!」
 
「……平然?」
 
 続いたラスターの言葉に、優斗は嘲るような声音を出した。
 
「面白い冗談だ」
 
「……なっ!?」
 
 突如、さらに雰囲気の変わった優斗にラスターが驚愕する。
 当然だった。
 
 ――冗談じゃない。
 
 平然としているわけがない。
 だれが平然としていられるものか。
 
「決勝の舞台で叩き潰すと決めた」
 
 毛虫を潰すように親友を傷つけた。
 許すはずもない。
 万死に値する。
 
「大勢の観衆の前で潰す。完膚無きまでに」
 
 先程よりも張り詰めた空気が控え室に満ちてクレアが少し脅えた。
 その時、
 
「優斗さん、落ち着いてください」
 
 フィオナが隣にやって来て、優斗の手を取った。
 
「気持ちは分かりますけど、少し落ち着いてください」
 
 ぎゅっと。
 包み込むように手を握る。
 たちまち、控え室の張り詰めた空気が霧散する。
 
「……ありがとう」
 
 感謝する優斗にフィオナは軽く微笑んだ。
 
「しかし現実問題、彼らは実力も性格も今までの対戦相手とは明らかに違います」
 
 やっと落ち着いて話せる空気になったところで、副長が口を出す。
 
「あくまで『試合』が前提なら勝ち目は多いにあります。ですが向こうは殺すことに躊躇しません。しかも今回で因縁が着きました。確実に殺しに来ることでしょう」
 
 話を聞いただけだが、おそらくは殺すことを厭わない連中だ。
 しかも大会中、不慮の事故として片付けられるだろう。
 
「全員、命が危うくなったら棄権をしなさい。これは命令です」
 
「しかし副長!」
 
 ラスターが反論しようとする。
 
「申し訳ありませんが、私には優勝よりも貴方たちの命のほうが大切です」
 
 優先順位は優勝じゃない。
 
「いくら霊薬があるとはいえ、蘇らせるには限度があるのですから」
 
 副長の言葉に……ラスターもさすがに押し黙った。
 
 
 
 
 それからは試合開始前まで、無言の時間になった。
 けれど15分前となったところで、副長が立ち上がる。
 
「15分前になりましたね。最後に皆さん、輪になってください」
 
 彼女の発言は今までの予選、トーナメントを通して試合前に言わなかったこと。
 誰もが首を捻ったが指示された通り輪になって集まる。
 
「手を前に出して」
 
 素直に全員が右手を前に出す。
 
「一人ずつ、メッセージを」
 
 驚く様相の皆に副長は告げる。
 
「最後の闘いです。こういうのもいいでしょう?」
 
 僅かに微笑みを浮かべた副長に、全員が頷いた。
 まずはフィオナから想いを口にする。
 
「私はただ、無事を信じています。できれば怪我無く帰ってきてください」
 
 無論、一番心配してしまうのは優斗だが、レイナもラスターも無事に戻ってきて欲しい。
 次いで和泉。
 
「今更に何かを言うことはない。信じている。そしてお前らが勝つところを見させてもらおう」
 
 いつも通りの口調で話す。
 さらにはクレア。
 
「あ、あの……わたくしのせいで皆さんに迷惑を掛けてしまい、申し訳ありません」
 
 ペコペコ頭を下げるクレアに、誰もが気にするなと声を掛ける。
 
「死なないでください。それだけが私の願いです」
 
 自分の責任で問題になってしまったからこそ、皆には死なないでほしい。
 そして隣、クリス。
 
「婚前旅行でこんなことになるとは思っていなかったのと、イズミがふざけずに終始真面目ということで違和感全開なのが気になる今日この頃なのですが……」
 
 苦笑するクリス。
 優斗、和泉、フィオナ、レイナが笑った。
 
「皆さんが勝ってくれれば、忘れられない最高の思い出になります。頼みましたよ、親友」
 
 優斗を見るクリスに彼は一つ、頷いた。
 五番目は副長。
 
「先ほどはあのように言いましたが、それでも願うことを許されるなら……」
 
 彼らの無事以外に願っていいのだとしたら。
 
「勝ってください。ああいった手合いに優勝させないでください」
 
 騎士として、武人としての誇りが汚れる。
 ラスターは副長に大きく頷く。
 
「クソみたいな連中に勝たせるわけにはいかない! 叩っ切ってやる」
 
 誰もがお前じゃ無理、とは思ったが威勢だけは誰もが買っていた。
 笑いながら優斗が続ける。
 
「ハッピーエンド至上主義者は、結構傲慢なんだ」
 
 誰も欠けさせないし、何も失わせない。
 
「今回もハッピーエンドにするよ。例え何をしようともね」
 
 決意の優斗の言葉。
 レイナは頼もしさを感じながら、最後の言葉を口にする。
 
「私は一昨年も去年も優勝できなかった」
 
 時の運の善し悪しではなく、実力で負けてきた。
 
「けれど今回、やっと手が届きそうなんだ」
 
 特に傷つくこともなく、勝ち上がってこれた。
 
「良いメンバーに巡り会えたと思っている」
 
 それは優斗とラスターに限ったことではない。
 
「師である副長が引率だったことは助かり、フィオナが予備選手とはいえ一緒に来てくれたことは嬉しかった。クリスとクレア、友人が見てくれているのは心強い。ラスターは……まあ、馬鹿さ加減には呆れるところはあるが、頑張っているしな」
 
 あまりの物言いに笑い声が漏れる。
 
「ユウト。お前がいなければ私はこの実力になることはできなかった」
 
 明確に目指すべき相手。
 いつかはライバルと呼ばれたい相手――優斗と修。
 
「そしてイズミ。お前がいるから私は全力で戦えるんだ」
 
 彼に対しては、これだけでいい。
 本当はもっとたくさん、言いたいことはあるけれど。
 自分と和泉には不要だ。
 
「もちろん結果はどうなるか分からない。負けてしまうかもしれないし、勝つかもしれない。内容も無残に負けるのか、それともどこかの誰かが無双するのか、全く予測がつかない」
 
 未来は確定していない。
 
「けれど、どんな展開でも私は皆のために、自分のために喜んで剣を振るおう」
 
 傷ついた友人のために。
 願うべき目標のために。
 
「だから今、私が言うべきは一つ」
 
 ずっと言い続けていた言葉を、今一度……声にしよう。
 
「優勝するぞ」
 
 
 



[41560] 紅き曼珠沙華
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:9bf83f4f
Date: 2015/10/10 21:29
 
 
 
 
『さあ、決勝の上がったのはこの2チーム!』
 
 リング上にてリライトとライカールの代表が向かい合う。
 
『ライカール! 悪夢と言わんばかりの勝ち上がり方に誰しもが恐怖している! 今度も相手を同様にしてしまうのか!?』
 
 アナウンスが大きく煽る。
 
『対するは前評判を覆し、圧倒的な実力を持って決勝まで勝ち進んできたリライト。正当な闘いは観客の心を鷲掴みし、会場の8割以上はリライトの応援だ!』
 
 レイナやラスターが睨み付ける中、ナディアが軽やかに言った。
 
「提案をしてあげるわ」
 
「……なんだと?」
 
「決勝なのだし、少しは観客を楽しませなければならないでしょう?」
 
 だから、と。
 
「一対一。他は手出ししてはいけない。どうかしら?」
 
「信じられるものか!!」
 
 ラスターが反抗するけれど、ナディアはゴミを見るような目つきをするだけだ。
 
「雑魚は口を開かないで。あくまで情けで言われていることを知りなさい」
 
 そう言いながら、すでにリライトが提案に乗ったような言いぶりをする。
 
「こっちの一番手は私の側仕え、騎士ラファエロを出すわ」
 
「ならばオレが――!」
 
 ラスターが先ほどの反抗も忘れて名乗り出ようとする。
 が、レイナが手で制した。
 
「私が出よう」
 
 すっと一歩前へ出る。
 
「相手が騎士だというのなら、私が出なければなるまい」
 
 将来、騎士を目指す者だからこそ。
 
「……そうか。貴公が出てくるか」
 
 ラファエロが剣を抜く。
 対してレイナも剣を抜いた。
 審判が慌てて開始を宣言する。
 
「貴公が出てくるならば騎士同士の闘いだ。正々堂々――」
 
 互いに構える。
 レイナもラファエロも同様の口上を。
 
「我が願いを賭け」
 
「我が使命を賭け」
 
 ぐっと手に力を込める。
 
「リライト、騎士習い――レイナ=ヴァイ=アクライト」
 
「ライカール第2王女側仕え筆頭騎士、ラファエロ・アクサス」
 
「「  参る!!  」」
 
 
       ◇      ◇
 
 
「なぜレイナさんが?」
 
 観客席でクレアの肩を抱きながら、クリスが疑問を呈した。
 
「純粋に太刀打ちできるのがレイナだけだからこそ相対したのでしょう」
 
 副長が手に力を込めながら答える。
 
「ラスターさんは?」
 
「ラスター・オルグランスでは殺されます。おそらくはレイナやユウト様が助ける間もなく。剣技で相手の騎士に対応できるのはレイナと、制限を外した時のユウト様だけでしょう。ラスター・オルグランスでは荷が重すぎる」
 
「そうですか……」
 
 それほどの相手なのか、と。
 クリスが唸る。
 
「ならば純粋な剣の勝負になるということか?」
 
 次いで和泉が問いかける。
 
「……おそらくは。相手の騎士の全力を見たわけではありませんが、彼は魔法を主とした闘い方をしないはずです」
 
 だからこそレイナが出たとも言える。
 
「……しかし、あいつらは一体どういう考えを持って提案をした?」
 
「なぶり殺しを見せしめようとしているのか、それとも別の考えを持っているのか……判断がつきませんね」
 
 副長でも予想はつかない。
 真っ当な連中じゃないということは分かっているのだが。
 
「あれほどの騒動を起こしたんだ。まともに終わるとは考えられないのだが……」
 
 と、和泉はリングを見渡すと不意に違和感を覚えた。
 
「ん?」
 
「どうかしましたか? イズミ」
 
「優斗が……見ているだけだ」
 
 リングの端で、ラスターと共に戦況を見ている。
 
「何か問題が?」
 
 クリスが首を捻る。
 疑問に思う必要性はない。
 現に今、戦っているのは二人だけだ。
 
「言い方が悪かった。ただの見学になっている」
 
 そこそこ気は張っているだろうが、優斗にしては警戒心が薄すぎる。
 
 ――なぜだ?
 
 この状況下で優斗がどうしてあのような様子になる?
 和泉は少し考える。
 
「…………」
 
「あの、どこがいけないのでしょうか?」
 
 難しい顔をする和泉にクレアが問いかけた。
 
「どういう意味だ?」
 
「騎士同士の闘いに手出しは無用と思っているのではないでしょうか。ですからユウト様は見ることに徹しているのだと思います」
 
 何気なく、当たり前のように言ったクレア。
 
「――っ!」
 
 けれど和泉は、まさしくクレアの言葉から納得させられる答えを得た。
 
「……そういうことか」
 
「イズミ?」
 
 理由が分かった。
 優斗が警戒心を薄めてしまった理由。
 確かに言っていた、と和泉は納得する。
 
「優斗は『騎士同士の闘い』という言葉に、無意識の信頼を置いている」
 
 ああ、そうだ。
 誰だって思うだろう。
 どれだけ自身が怒っていても、どれだけ相手が汚くても、騎士同士の闘いとなれば“誰も手出しをしない”という不文律が昔から出来上がっている。
 気高く、尊い闘い。
 過去、現在、未来、異世界を通じて共通概念。
 闘いの場にいればこそ、余計に“不文律を犯してはならない”と無意識に思っていることだろう。
 
「だから今、あいつは普段と同じくらい警戒心が薄くなっているのだろうな」
 
 相手にとって有利となり得る予想外の副産物だ。
 
「……変な言い方になってしまうが、何か起こるなら優斗が事前に危機を感じ取れるぐらいの大事であってくれ」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 互いに隙を窺い続けながらの攻防。
 薙いでは受け、振り抜いては避ける。
 すでに打ち合い続けて五分。
 
「さすがだな」
 
「貴公こそ」
 
 現状、二人は同等のせめぎ合いをしていた。
 
「しかし、このままではラチがあかないな」
 
 レイナはふっ、と笑う。
 
「ギアを一つ上げよう」
 
「なに?」
 
 問いかけるラファエロをよそに、レイナは先程よりも少しだけ膝を深く曲げた。
 
「行くぞ!」
 
 一手前の攻撃よりもスピードの増した横薙ぎ。
 
「――っ!?」
 
 本当に速度が上がったことに驚くラファエロだが、すぐに修正をして相対しようとする。
 しかし、遅い。
 横薙ぎから始まったレイナの怒濤の攻めに防御を余儀なくされ、攻撃する隙を与えられずにだんだんと後退させられていく。
 そしてリングの端、ライカールのナディアとジェガンがいる場所に近付いていく。
 ちらりとジェガンがよそ見をした。
 瞬間、
 
「はぁっ!」
 
 レイナが上向きに振り抜いた剣が衝撃を与え、ラファエロの体制を崩す。
 
 ――崩した!
 
 僅かな隙を見逃すレイナでもない。
 上段から振りかぶる。
 
 ――もらった!
 
 必勝の一閃。
 一対一であるからこそ、不用意な反撃もない。
 だから。
 ……だから。
 あと一歩で勝利という瞬間。
 
「――なっ!?」
 
 全く意図していない、別の場所からの完全なる不意打ちに。
 レイナは対応できなかった。
 
「――ッッ!」
 
 豪風が彼女の身体を切り刻む。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 優斗が異変に気付いた瞬間には遅かった。
 巧妙に動きを隠し、ここ一番というタイミングで瞬時に魔法と精霊術を発動させた。
 
「――なっ!?」
 
 レイナの驚きの声が響き、四大属性最速の風が彼女に襲いかかる。
 背後を見れば炎球も浮かんでいた。
 しかもこれだけでは終わらず、さらにナディアが何かしら詠唱を唱えているのが見える。
 おそらくは上級でも高威力の魔法。
 反撃させる間もなく殺すつもりだ。
 
「……くそっ!」
 
 優斗は吐き捨てる。
 図ったかのようなタイミング。
 距離が離れすぎていた。
 レイナが押していたのもあるし、優斗が『騎士同士』という言葉に憧れとも言うべき納得をしてしまったことで、気を抜いたのもある。
 明らかに向こうが仕掛けるにはベストのタイミングだった。
 いくら優斗でも追いつける距離ではない。
 
『欲するは残酷なる英知』
 
 優斗は唱えながら駆け出す。
 
『戒されることなき、虚ろなる刃』
 
 全速力で走る。
 二撃目となる炎球には間に合った。
 だが、完璧に防げるほどの魔法は使えない。
 軽くしか風の魔法を纏わせることのできなかった右手を犠牲にして、炎球を弾く。
 
『力を求め、糧とし、滅ぼすべき道を記す』
 
 激痛が右手に走るが、右手一本の犠牲ならば容易いものだ。
 視界の端にはナディアが今にも魔法を放とうとしている。
 
『数多の存在を屠るべき』
 
 できる限り速く。
 最速で紡ぐ。
 そしてナディアの魔法が放たれると同時に、言霊は完成した。
 
『神殺の剣』
 
 左手に生まれ出る漆黒のバスターソード。
 それを優斗は地面に突き刺した。
 瞬間、閃光が優斗たちに放たれる。
 けれど、優斗の眼前にある漆黒の剣を前に裂ける。
 僅か五秒ほどの一撃。
 されど高威力の魔法を防ぎきる。
 目が眩むような光が収まっていく。
 
「ぎりぎりセーフ、か」
 
 優斗は魔法を解く。
 正直な話、反射的に思い付いたのがこれだけだった。
 なので今回『神殺の剣』を防御として選んだ。
 ただ、良い判断だと思っている。
 相手は己がやっていることに集中して優斗の詠唱を聞いてもいないし、光が収まる前に魔法を解いたことで姿形も見ていない。
 つまりは優斗がどうにかこうにか防いだとしか思っていない。
 基本的に派手な神話魔法に置いて、剣という形を取る『神殺の剣』の利点だ。
 
 ――でも、和泉に正解の詠唱を教えて貰っててよかった。
 
 間違った詠唱で剣の形を成していなかった神殺の剣。
 けれど後日、和泉から形状も図で解説してもらいながら詠唱を教えて貰った。
 本当にありがたい。
 優斗が後ろを見れば、レイナはかなりのダメージを喰らってはいるものの意識ははっきりとしている。
 さらに後方ではラスターも健在だ。
 
「ごめん、完璧に失策だった。騎士同士が正々堂々って言葉に油断してた」
 
「……いや、ありがとう。言っておくが断じてお前のせいではない。誰が『騎士同士の闘い』に手を加えると思うものか。むしろ私に一撃だけしか与えさせなかったユウトを皆が賞賛するよ」
 
「そう言ってくれると僕も助かるけど……怪我は大丈夫?」
 
「問題ない」
 
 とは言っているが、全身ズタボロだ。
 全身至る所に傷を負っており、衣服が赤く染まっている。
 けれどレイナはあらん限りの気力を持って吠える。
 
「どういうつもりだ!!」
 
 騎士同士の闘いだったはずだ。
 誰も手出しをしないという約束だったはずだ。
 怒りで手が、指が震える。
 しかしナディアたちはレイナの怒りを嘲笑う。
 
「貴女達があまりにもつまらないからやったのよ」
 
「ほんと、見てるほうがかったるいんだよ」
 
 ナディアはさぞかしつまらなそうな表情をしている。
 
「いいじゃない。どうせ私に勝てないんだから」
 
「なんだと!?」
 
「なんて、嘘よ嘘」
 
 怒鳴るレイナに対して、ナディアはイタズラが成功したような笑みを浮かべる。
 
「アクライトは唯一、私達に一矢ぐらいは傷つけるかもしれないから真っ先に潰そうとしただけ」
 
 ネタばらしを楽しそうに告げてくる。
 
「最初から予定していたことだし」
 
「最初から、だと?」
 
 レイナの眉がつり上がった。
 ラファエロを睨み付ける。
 
「貴様に騎士としての誇りはないのか!?」
 
「戦場に美学など存在しない。騎士の矜持など持っているだけ邪魔なものだ」
 
 事も無げにラファエロが言う。
 
「違う! 貴様の言うとおりならば騎士が存在することもない!」
 
 自分が目指していることもない。
 
「騎士とは時に敵からも表敬を受ける素晴らしき武人だ! 義を尊び、誇りを重んじているからこそ尊敬と憧れを受けるのであろう!?」
 
「笑わせる。主君の望みを叶えることが俺の義であり、何を賭しても遂行することこそが誇りだ」
 
 否定するラファエロ。
 
「…………っ!」
 
 レイナが思わず言葉を失った。
 怒りが増して震える場所が右手どころか右腕全体になる。
 
「そんなものが……そんなものが騎士であってたまるかっ!」
 
「見解の相違だな。貴公と俺との騎士道の違いであろう?」
 
 再び、ラファエロは構える。
 
「俺が間違っているというのなら勝ってみせろ、アクライト」
 
 続いて後ろの二人が嘲笑。
 
「もっとも、その様子じゃ無理だろうがな」
 
「諦めてラファエロに殺されたら?」
 
 裏切った張本人たちのくせに、何も悪いことはしていないと言わんばかりだ。
 彼らの姿にレイナは怒りがさらに増す。
 増して、増して、増して、増し続けた末に、
 
「……いいだろう」
 
 覚悟を決めた。
 レイナは再び、構える。
 
「だが残念だな。もう余計な茶々など入れさせはしない」
 
 鋭くギラついた眼光がラファエロを貫く。
 
「一瞬だ」
 
 右手を引き、半身にし、軽く左手で刀身に触れる。
 
「刹那に私の全てを賭けよう」
 
 腰を落とし、力を貯める。
 
「だから諦めろ、ライカールの外道共」
 
 宝珠が紅く輝き始める。
 
「呻いても遅い。嘆いても遅い。懺悔しても遅い」
 
 宝珠の紅は刀身を徐々に染めていく。
 
「お前達の行いは完璧なる勝利への道ではなく、地獄へ通ずる道と知れ」
 
 刀身から炎が溢れ出る。
 過去最大の熱量が周囲に吹き荒れた。
 
「……馬鹿なことを」
 
 ラファエロが一笑する。
 
「貴女如きができるわけないでしょう?」
 
「アホか、お前は」
 
 ナディアとジェガンが続いて嘲笑する。
 だが、レイナは鼻で笑った。
 
「馬鹿なこと? できるわけがない? アホか? いや、違う。これは予言だ」
 
 勘違いをしている。
 彼らにとっての“地獄”を体現するのは自分じゃない。
 自分など優しすぎる。
 あまりにも生温い。
 
「何故、正々堂々と戦わなかったのかと。何故、謀ってしまったのだと。何故、傷つけてしまったのかと。貴様らは後悔を胸に、恐怖を携えながら自問自答することになる」
 
 彼らは決して怒らせてはいけない化け物の尾を踏みにじった。
 しかも救えないことに、踏みにじることを当たり前の権利だと思っている。
 化け物が激怒するのも必然。
 
「まずは貴様からだ」
 
 しかし、この男だけは自分が仕留めよう。
 彼に任せきりになることだけはしない。
 この憤りを全て、叩き込むことを誓う。
 
 ――主のために問答無用で人を切りつけることが、主のために謀ることが騎士だというのなら。
 
 その在り方を否定してやる。
 
 ――決意は胸に。
 
 やるべきことも定めた。
 レイナは相対している人物に向かって、殺気を込める。
 
「立ち向かうか? 偽りの騎士よ」
 
 
       ◇      ◇
 
 
「あの……馬鹿」
 
 レイナのしようとしていることが読めて、和泉は額に手を当てた。
 
「どうしましたか? イズミ」
 
「会長のやつ、全て使う気だ」
 
 彼の言葉を理解できたのは……クリスだけ。
 他は全員が疑問のまま。
 
「何をですか?」
 
 代表して副長が訊いてきた。
 
「俺が施した改造の全てを、だ」
 
「イズミさんの改造というと、あの魔力を炸裂させるやつですよね?」
 
「それもだが、もう一つある」
 
 和泉が施した改造は二つ。
 一つはフィオナが言ったもの。
 もう一つは、全く別だ。
 
「使い方としては優斗の神話魔法に近いものがある。言葉によって枷を外し、使う魔法だ」
 
 ただ、似ているというだけで神話魔法には到底及ぶものでもない。
 
「四段構造になっていて、一つの言葉を紡ぐたびに順に枷を外すように作ったんだが……」
 
 つまり制限をつけているものなのだが。
 
「全部外す気だ、会長は」
 
「何か問題が?」
 
「反動が強すぎる」
 
 だからこそ制限をさせた。
 
「魔力を体内に循環させ、肉体の強化――と共に脳にある身体のリミッターを外させる魔法だ。この世界にある肉体強化の魔法は脳のリミッターを外すだけだから、火事場の馬鹿力と変わらない。そして数秒で限界が来るからこそ、使う者はほとんど存在しない」
 
 ほとんど失われた魔法に近い。
 
「だが、属性付与の応用で宝珠に送った魔力を身体に還元させられるように上手いこと改造できた」
 
 和泉は指を順に立てていく。
 
「第一段階は力の強化。第二段階は速度の強化。第三段階から第四段階は脳のリミッター解除だ」
 
 その中で問題点となるのは、二つだけ。
 
「まだ、第一と第二だけならいい。特に問題はない。けれど、加えて脳のリミッターまで外したら……今までの肉体強化の魔法と同じだ。すぐに限界が来る」
 
 リミッターというのは、脳が身体を傷つけないために制限してものだ。
 それを魔法で外すのだから、当然反動は来る。
 しかも今は全身に傷を負っている。
 ダメージは健常時の比類ではない。
 
「けれどレイナは決めたのです」
 
 副長は彼女の心境を慮る。
 レイナは自分のために、だけではなく。
 己と和泉たちの為に。
 
「……しっかりと見てあげてください。レイナの勇姿を」
 
「ああ」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 膨れあがる相手の殺気は肯定の証。
 だからレイナは錚々と。
 
「求めるは朱華、闘いの歌」
 
 蕩々と。
 
「希うは閃光の狭間」
 
 詠唱を口にする。
 続く言葉に和泉は怒るかもしれない、と小さな笑いを零す。
 
「願うるは刹那の理」
 
 けれど、紡ぐのを止めはしない。
 魔力が体中を巡る。
 体外にまで吹き出るほどの魔力が相手を威圧する。
 
「遍くを携え、蒼穹を紅蓮に染め上げるは我が一剣──」
 
 見据え、呟くは最後の枷を外しきる言葉。
 深紅に染まる愛剣の名。
 
 
「――曼珠沙華ッ!!」
 
 
 瞬間、レイナの身体が霞む。
 相手が知覚するのに間に合わないほどの速度で飛び込み、右手の剣で相手を穿つ。
 さらに剣に炎の属性付与と魔力の炸裂。加えて捻りを加える。
 空気が捻れ渦が生まれるほどの回転。
 
 ――なんだったか。『穿突』とは別の名前だったな、この穿ち方は。
 
 単純に穿突二号でいいじゃないかと言うレイナに。
 和泉はまた、よく分からない話をしながら「別物なんだ」と言っていた。
 捻るから、さらに威力が加わるのだと。
 そして穿突にこんな技はない、と。
 
 ――確か名前は。
 
 技自体が赤々しいので鮮血の何とか……だったか。
 格好悪い名前だし意味が良く分からなかったが、和泉が満足そうにしていたのだから、別にその名でいいかとも思う。
 
「はぁぁぁッッ!!」
 
 だからレイナは放った。
『フォローすることしかできない』と告げた和泉が。
 こちらが呆れるほど懸命に教えてくれたこの技を。
 
「――ッ!」
 
 悲鳴すらも許さない、刹那の瞬撃。
 突きのあり得ない速度、捻られたことによって増す貫通力、そして炎と炸裂を携えることによって生まれた破壊力。
 全てを重ね合わせた、まさしく『一撃必倒』というべき威力の一撃が、ラファエロを大きく広がったリングの後方へと、呻くことすらも許さずに吹き飛ばした。
 
「…………はぁっ…………はぁっ…………」
 
 レイナは肩で大きく息をする。
 ラファエロはリング外で倒れている。
 歓声が大きく沸き上がった。
 誰もが彼女の勝ちを見た瞬間だ。
 観客がレイナの名前をコールする。
 本来ならば、歓声に応えることが何よりも勝った証になるだろう。
 けれどレイナには出来なかった。
 
「……う……くっ……」
 
 立つのが精一杯だった。
 全力を使い切った。
 持てる力以上を使い、反動で身体がギシリと軋む。
 身体が崩れ落ちそうになるが、懸命に堪える。
 まだ、しなければならないことがあった。
 
 ――見ていてくれ。
 
 自分はこれが大会最後の闘いだ。
 ならば最後の最後。
 勝ち名乗りまで、しっかりと名乗れ。
 
 ――見ていてくれ。
 
 ゆったりと震える手を上に持ち上げ、剣を天高く指した。
 沸き上がり、誰もがレイナの名前を叫ぶ中、彼女の視線は……一人の男を捕らえる。
 
「……私の……勝ちだっ!!」
 
 遠く、姿は分かれども視線がどこを向いているかは分からない。
 しかし、きっと自分の姿を見てくれているはずだ。
 なればこそ、相棒に対して無様な勝ち名乗りは許されない。
 堂々と。
 勝利を宣言する。
 
 ――最後の私の見せ場を、しっかりと見ていてくれ……イズミ。
 
 





[41560] 伝説の再来
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:9bf83f4f
Date: 2015/10/28 05:56
 
 
 
 
 ナディアは不機嫌になる。
 
「あの程度の雑魚に負けるなんて、恥を知りなさい!」
 
 遠方で倒れているラファエロに、トドメとばかりに地の魔法で追撃を加える。
 あまりの酷さに観客から大ブーイングが起こった。
 
「うるさいわよ!! 会場の雑魚共も文句があるのならかかってきなさい!」
 
 結界魔法で守られている観客席に火の上級魔法をぶち当てる。
 一瞬にして観客のブーイングが止まった。
 
「出来ないわよね。神話魔法に一番近いと言われている私に敵うわけないんだから」
 
 そしてあざ笑う。
 だが、すぐに矛先は優斗達に向かった。
 
「リライトの雑魚共。せっかく無傷で勝ち進んできた私達に傷をつけてくれちゃって……。しかも雑魚ごときが私の魔法を防ぐし。ミヤガワとアクライト、私の気分を害した罪は重いわ。前にも言ったとおり貴女たちの大切な者も全て殺してあげるわ」
 
 
       ◇      ◇
 
 
「ライカール王。我が国の民を平然と殺そうとする。それが貴国のやり方か?」
 
 一方で、リライト王は賓室で大会を眺めているライカール王に食って掛かっていた。
 
「勝負事に正々堂々も卑怯もない。勝つ以外には何の価値もない」
 
「彼女の言葉は偽りなく、事実として彼らの親しい者すら殺そうとしているのだろう?」
 
「問題があるのか?」
 
 事も無げに告げるライカール王。
 
「力こそが正義であり、全てだ。別に他国に攻め入ろうというわけではない。私は力が無ければ何の意味も無い、ただの悪だと教えてきただけのこと。故に彼らの大切な者が殺されるというのは、その者たちの力がないだけ。守れない己を恨め」
 
 この教えに何の異論があるというのだ。
 
「力で覇を唱えれば、いずれ力で全てを失う」
 
「口だけでは何とでも言える。ならば力に対して力で対抗してみせよ」
 
 挑発するようなライカール王に、リライト王は眉根を揉みほぐすと……言い放った。
 
「……いいだろう。我が国を嘗めるなよ」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 ナディアの物騒な物言いを無視しながら、優斗はレイナを抱えてラスターのところへと向かう。
 途中、優斗は遠方の一室にいる王様を見る。
 遠目からでもはっきりと分かるほどに頷かれた。
 
「本当に久々に……力を使い果たした気がする」
 
 リングの端でレイナは腰を落とす。
 
「……悪いが私はここまでだ。魔力もほとんど無い」
 
 あの刹那の一撃に全てを使ってしまった。
 
「本当は正々堂々と……戦って……」
 
 楽しんで。
 
「最後まで、お前と共に立っていたかった。もっと高らかにイズミが託してくれた武器を掲げ……勝ち名乗りを上げたかった」
 
 今になれば、それを出来ないのが悔しい。
 
「……けれど…………」
 
 願った未来を無くしてでも。
 
「許せなかったんだ」
 
 騎士の名を汚したことも、仲間を傷つけたことも。
 彼らの行為を許してはならないと胸の内が叫んだ。
 正義ではなく、理念でもなく。
 自らの心が否定しろと訴えていたから。
 
「大丈夫。ちゃんと分かってる」
 
 優斗がレイナの肩をポン、と叩く。
 
「良い啖呵の切り方だったよ。おかげで僕も覚悟が決まった」
 
「お前に任せるのは、申し訳ないとしか言えない……」
 
 自分は三年で責任を全うする立場だというのに。
 
「でも、無理になってしまったから……」
 
 全て使い切ってしまったから。
 
「後は……頼んでいいか?」
 
 済まなそうに告げるレイナに、優斗は笑みを一つ。
 
「任せて」
 
「……あんな奴らに負けないでくれ」
 
「“今の僕”が負けると思う?」
 
「……ふふっ。それもそうだな。なら、私達を優勝させてくれ」
 
「終わったらパーティーだから、霊薬でも飲んで治さないとね」
 
 軽く告げる優斗。
 
「ゆっくり休んで」
 
「ああ」
 
「そして見てて。リライトが優勝する瞬間を」
 
「……ああっ!」
 
 最後にハイタッチを交わす。
 バトンタッチは、これで完璧だ。
 
「ラスター。レイナさんを守りながら治療できる?」
 
 普段と違い、すでにラスターを呼ぶときに“さん”は抜けている。
 
「貴様……一人で相手取るつもりか?」
 
「もちろん」
 
 当然のごとく頷いた優斗にラスターが怒鳴る。
 
「バカを言うな! 学生最強の精霊術士と魔法士だぞ! 貴様一人で何が出来るものか! 先ほどは偶然防げたとしても二度目はない! 無駄に死ぬだけだ!!」
 
「……突然どうしたの?」
 
 いつもと似たような言い草だが、何か違う。
 違和感があった。
 
「言いたくはないが……貴様がこれ以上傷つけばフィオナ先輩が悲しむ。分かりきっている結論をわざわざ証明する必要はない」
 
 優斗の焦げた右腕。
 煤けて所々に焦げた地肌が見える右袖を見ながら。
 悔しそうに、心底悔しそうにラスターが言う。
 けれど優斗は嬉しそうに笑みを携えた。
 
「ラスター、ありがとう」
 
 まさか心配されるとは思ってもいなかった。
 
「でも……ここは引かない」
 
 決めたから。
 化け物と称された圧倒的な力と。
 悪魔と見紛うべき自らの本質を以て。
 魔王の如く蹂躙すると。
 
「あのふざけた連中を逃すことはしない」
 
「貴様を殺すと言われたからか?」
 
「違う。僕のことなんてどうでもいい。でも僕の仲間に対して、あいつらはやっちゃいけないことをした」
 
 そうだ。
 一度ならず何度もやった。
 
「親友達を傷つけ、親友の婚約者を殺そうとし、皆を殺すと嘲り、裏切りを持ってレイナさんを倒そうとした連中を……許すことなんてしない」
 
「だったらオレも一緒に――ッ」
 
「大丈夫。“あの程度”の連中、ラスターと二人がかりでやるまでもない」
 
 余裕を浮かべて優斗はリング中央へと歩んでいく。
 そこにはすでに、ジェガンがいた。
 
 
 
 
「……ラスター、悪いが治療してくれるとありがたい」
 
 身体をぐったりとさせているレイナが言う。
 
「しかしレイナ先輩!」
 
「安心しろ。ユウトがあいつらに負けるはずがない」
 
「けれど一番弱いやつですら、押されていたとはいえレイナ先輩とやり合えるんですよ!!」
 
 ならばラファエロよりも強い二人を相手するとなれば。
 
「あいつごとき、やられるに決まってます!!」
 
「……少し変わったと思えば、そういうところは変わらないんだな」
 
 レイナは大きくため息をつく。
 
「信じないかもしれないが、私たちの中で一番強いのはユウトだ。だから私は送り出せる」
 
 平然とレイナから言われたことにラスターは信じられない。
 
「冗談……ですよね?」
 
 学院最強よりも強いとは。
 ラスターは信じることができない。
 けれど、
 
「悪いが、この状況と状態で冗談を言えるほど愉快な性格はしていない」
 
 一歩間違えれば殺される事態だというのに、自分より弱い者を送り出せるものか。
 
「で、でもあいつは多少なりとも精霊術は使えるとしても、上級魔法なんて風を一つ使えるぐらいじゃないですか! 勝つために動いたところで高が知れてる! それを成績が物語ってる!」
 
「……ラスター。前から言っているだろう。学院の成績なんて物の役にも立たん」
 
 何度も言ってきたはずだが、こういう場だからこそもう一度言おう。
 
「今までの試合ですら、あいつの実力からすれば氷山の一角」
 
 手抜きと思われても仕方ない。
 
「これからお前が見るのは、この世界で遙か高みにいる人物の実力だ」
 
 それこそ、強さを求めるものが見逃してはいけない。
 
「色眼鏡をかけず、しっかりと見定めろ。ユウトの強さを」
 
 
       ◇      ◇
 
 
「どうした? 二人して来ないのか? 別にいいんだぜ、約束破ったのはこっちだし、二人で来ても」
 
「お前達こそどうした? 井の中の蛙ごときが調子に乗って、僕と一人で勝負しようだなんて正気か?」
 
 優斗が挑発を返す。
 すると、だ。
 いつも彼らがやっているのに、なぜかカチンと来たようだった。
 
「バカじゃねーの? さっき精霊術を同じ精霊術で相殺できたからって何いっちゃってんだよ。お前みたいな雑魚に二人も三人も集まったらすぐに殺しちまうだろうが。オレはいずれ大精霊すら召喚し、パラケルススと契約する男だぞ! 魔法も半端、精霊術も半端のテメエがオレに勝てる道理はねえんだよ!!」
 
 と、ここでジェガンはあることを思い付く。
 振り向いてナディアに言った。
 
「おい、ナディア! 見せてやれよ、力の違いってやつをよ」
 
 ジェガンの望んでいることが理解できて、ナディアが面倒そうな表情を浮かべる。
 だが、自分の魔法を防いだことと今の言葉にはイラっときたのも確かなので、
 
「仕方ないわね」
 
 ナディアは遙か後方へ何かを投げる。
 すると、投げたものから巨大な六芒星が広がった。
 
「召喚か」
 
 前に一度、見たことがある。
 あの時はカルマという魔物だった。
 今回は、
 
「ギガンテス。私の国が所有する魔物よ」
 
 遠く、遠く。何もない野原に。
 30メートルはあろうかという巨人が、圧倒的な存在がそこにそびえ立っていた。
 
「わずか二日で小都市を滅ぼすと言われているSランクの魔物。倒すには手練れの戦士が20人、二日掛かりになるわ」
 
 当然、Sランクの中でも上位に位置する魔物だ。
 
「まあ、どっちにしても貴方はジェガンに殺されるんだし、関係ないわよね」
 
「どうだ、ビビッたか? けど棄権なんかさせねぇぞ。あんだけ大事言って逃げるわけねぇよな」
 
 これで優斗が恐れると思ったのだろうか。
 強気な態度をさらに前面に示す。
 しかし、甘い。
 
「今更、魔物ごときで驚くこともない。それよりもずっと気になってたんだがお前、学生最強の精霊術士とか言われてるらしいが、お前程度の精霊術で学生最強と言われて……恥ずかしくないのか?」
 
 まるで後ろの存在を無視する優斗。
 彼にとって、ギガンテスすらどうでもいい。
 
「本当の精霊術を教えてやるよ」
 
 三流が調子に乗るな。
 雑魚が粋がるなと明確に示した言葉。
 
「……殺す!」
 
 優斗の挑発にキレたジェガンが幾数もの魔法陣を展開する。
 火、水、地、風。
 いくつもの精霊術をぶつけてくるが、優斗はいざこざの時と同じように、全て同じ威力と同じもので相殺する。
 
「ヤロウ!」
 
 今度は同時に八つ、色とりどりの攻撃が広がる。
 
「地水火風。その全てが二つずつ、しかも上級魔法と呼べるに値する威力だ。防げるもんなら……防いでみろ!!」
 
 飛んでくるは八つの精霊術。
 全てを喰らってしまえば、さしもの優斗とて無事では済まない。
 だが、優斗は避けることもせず……告げる。
 
「来い」
 
 瞬間だった。
 優斗を守るように四体――地水火風の大精霊が眼前に現れた。
 薄く紅き猛々しい男性の姿を模した、薄く青き凛とした女性の姿を模した、薄く緑の清廉の女性を模した、薄く可愛らしい土竜の姿を模した大精霊が。
 彼らは一つとして優斗に届かせることなく、全てを無きものとした。
 そして優斗の背後に控える。
 
「……だい……せい……れい?」
 
 ジェガンの前に掲げていた腕が……予想外の光景にがくんと下に落ちる。
 観客席のざわついた声がリングにも届く。
 ジェガンも心中は同様だった。
 目の前の状況を信じられない。
 信じたくもない。
 けれど、現実として見える。
 そこにいる。
 感じ取れる。
 
「見て分からないか? 感じられないか? ここにいるのが大精霊だと」
 
「ふ、ふざけんな! オレですら召喚できないのに、お前みたいな雑魚がどうして召喚できる!?」
 
 しかも詠唱無し。
 さらに名を呼ぶこともせず、一括りに纏めて召喚するなど。
 常識外れにもほどがある。
 
「言っただろう? 本当の精霊術の使い方を教えてやると」
 
 常々彼らが優斗達に向けていた視線を、優斗は同じように向ける。
 
「何がいずれ大精霊を召喚する男だ。お前は精霊に命令と強制しかしていない。そんな奴が大精霊を召喚できるわけがない」
 
「ば、馬鹿いってんじゃねぇ! 精霊ってのは道具なんだよ! 道具をどう扱おうが所有者であるオレの勝手だ!」
 
 同時、後ろにいる大精霊からの意思が優斗に伝わってきた。
 深く強い、憤りの感情。
 優斗は彼らの気持ちを代弁する。
 
「調子に乗るなよ、三下」
 
 ほざくな。
 
「お前には二度と精霊術を使わせない」
 
 
       ◇      ◇
 
 
「まさか……」
 
 優斗がやろうとしていること。
 そして、それが出来るであろう精霊の可能性をフィオナは思い付く。
 和泉も同じ考えに達したらしい。
 フィオナに頷いた。
 
「呼ぶつもりだろう」
 
「けれど神話魔法ならまだしも……あれは……」
 
 過去、一人しか呼ぶことを証明できたものはいない伝説の存在。
 
「前にフィオナが傷ついたときよりはマシだがな。俺、クリス、クレアが傷ついたことに加えて度重なる俺達への悪態とレイナへの裏切り。さらには精霊への侮辱。優斗がキレる中でも最上級に値する。ブチギレていないだけマシだ」
 
 だが、それでも。
 
「しかし最上級にキレているからこそ、頭が回っていない。相手の土俵で完全無欠、慈悲無く叩き潰すつもりだ」
 
 力、格の違いを見せつけるつもりなのだろう。
 
「それに王様がどうにでもしてくれる、と言ったのを信じているだけだ」
 
「だとしても……」
 
 いくらなんでも、この観衆の中で呼んでしまえば言い逃れも情報統制も不可能では無いか。
 そうなると優斗が側からいなくなってしまうのでは、とフィオナは不安になる。
 けれど和泉は安心させるように言った。
 
「何も変わりはしない。例え王様がどうにもできなくて、何と呼ばれることになろうとも優斗は変わらずフィオナの側にいる。それが優斗の願いだ」
 
 だからどんな手を使ってでも優斗はフィオナの側に居続ける。
 
「違うか?」
 
 確信を持った和泉の問い掛け。
 当然のように落ち着いている姿に、少し嫉妬が浮かび上がる。
 
 ――羨ましいですね。
 
 親友とはいえ、確固たる証拠がなくとも信じ切れているのは。
 優斗への理解度として卓也にも和泉にも修にも自分は劣っている。
 まだまだなのだな、と実感した。
 
 ――私も……信じないと。
 
 今、優斗の親友である和泉が優斗を信じているように。
 自分も。
 彼と同じように。
 彼以上に優斗を信じよう。
 
「はい」
 
 フィオナが頷く。
 
「二人とも、どうしたのですか?」
 
 彼らの様子を不思議がったクリスが訊いてきた。
 副長もクレアも怪訝な表情をしている。
 
「三人ともしっかりと見ていろ」
 
 これから優斗がやることを。
 
「蘇るぞ。過去一人しか使うことの出来なかった詠唱が」
 
 次いでフィオナが続けた。
 
「そして見逃さないでください」
 
 彼らが証人。
 
「優斗さんが……」
 
 嘘偽りなく。
 冗談でもなく。
 
「伝説の大魔法士と肩を並べる瞬間を」
 
 それは新たなる一ページ。
 
「リライトだけでなく、この世界――『セリアール』の歴史が変わる瞬間を」
 
 
       ◇      ◇
 
 
「ハッ! やってみせろよ!」
 
 できるわけがないといきがるジェガン。
 けれど優斗は無視して後ろを向いた。
 
「少し防御を任せてもいい?」
 
 尋ねる優斗に四大精霊は頷いた。
 ありがとうと告げて、優斗はゆっくりと息を吸う。
 そして、
 
『この指輪は彼の全てとなる』
 
 凛とした声が会場に響く。
 優斗の足下に魔法陣が広がる。
 
『我が名は優斗。彼の者と契約を交わした者』
 
 魔法陣から極光が溢れ、会場に四散していく。
 
『我が呼び声、我が呼びかけ、我が声音。全ては祖への通り道となる』
 
 聞いたことのない詠唱。されども集まってくる精霊の気配。
 異変に気付いたジェガンが何かしら攻撃をしているが、優斗に届くことはない。
 そしてジェガンの行動を誰もが気付いてすらいない。
 会場全ての観客が目の前で行われていることに惹き込まれていた。
 
『願い求めるは根源を定めし者。精霊王と呼ばれし者。全ての父よ』
 
 優斗はさらに集中する。
 龍神の指輪が輝きを放つ。
 
『今こそ顕現せよ』
 
 左手を大きく振り払うように広げた。
 
『来い』
 
 統括する者。
 
 
『パラケルスス』
 
 
 告げた瞬間、眼前に広がる魔法陣。
 そして現れたのは――人の形をした大精霊。
 まるで老いた賢者の様相を呈している老人は、召喚した者――優斗の姿を認める。
 
『久しぶりじゃの、契約者殿』
 
「悪いが冗談を言い合う精神状態じゃない」
 
『そうみたいじゃの』
 
 パラケルススが穏やかな表情を一変させる。
 
『して、用件は?』
 
「目の前の男、どう見る?」
 
 問われてパラケルススはジェガンへと視線を向ける。
 蛇に睨まれた蛙のように動きが止まった。
 
『精霊たちが泣いておるわ。無理矢理使役され、朽ちていったものも数多くいる』
 
 パラケルススは蓄えたあごひげに触れる。
 
『とはいえ世界から見れば朽ちたのは少数。世界の均衡が崩れるわけでもなし、儂は特に何かをしようとは思わんが……契約者殿に見られたのが運の尽きよのう』
 
 馬鹿だとしか言いようがない。
 
「パラケルスス。お前に願うことは一つ」
 
 先ほど、口にした台詞。
 
「あいつに二度と精霊術を使わせるな」
 
『おやすいご用じゃ』
 
 優斗の願いにパラケルススが両手をパン、と叩く。
 合わせた場所から光の輪が広がった。
 
『――――――ふむ』
 
 たったそれだけ。
 けれどパラケルススは満足げに優斗に言った。
 
『これであの小僧に精霊が近付くことはない。無論、死ぬまでの』
 
 
       ◇      ◇
 
 
「……なっ……あっ……」
 
 目の前で起こっていることに処理しきれないラスター。
 ジェガンが精霊術を使おうとしても使えずに動揺している姿が、事実として使えさせなくしたのだと知らしめる。
 
「何を驚いている?」
 
 平然としているレイナ。
 けれどラスターは目の前の光景が信じられない。
 当然だ。
 
「驚くにきまってるじゃないですか! オレだって知ってる! パラケルススは過去に一人、伝説の大魔法士だけしか契約できなかった!」
 
「二人目がユウトというだけだろう?」
 
「……な、何でそんな落ち着いてるんですか!?」
 
「言っただろう? 世界の高みにいると。あいつが私達の中で一番だと」
 
「あんなもん想定外ですよ!!」
 
 騒いでいるラスターの近く。
 観客席でも同様に戸惑いが生じていた。
「本物?」や「偽物だろう?」など、ありとあらゆる声がリングにも届いてくる。
 だが、一人の精霊術士が驚愕しながらも口にした。
 
「本物の……パラケルスス様」
 
 ジェガンが本当に精霊術を使えていない。
 本当に精霊が彼の周辺だけ存在していない。
 
「あのようなこと人間にはできない……。四大様でも二極様でも出来ない。精霊の主、パラケルスス様でなければ……」
 
 精霊術士は自らの手をぎゅっと握ると、深々と頭を優斗とパラケルススに下げた。
 
「貴方様は伝説の大魔法士――マティス様の再来」
 
 どこの国の、どういう精霊術士なのかは分からない。
 しかし彼女は紛れもなく頭を下げた。
 ラスターが会場を見れば、事態に気付いた幾人かが同様に頭を下げている。
 そのほとんどが精霊術士。
 観客は彼らの行動を見て、パラケルススが本物だということを信じる。
 
「……何で頭を下げて……?」
 
 彼らの行動をラスターがいぶかしむ。
 
「ユウトの呼び出したのが本物のパラケルススだと気付いたのだろう。パラケルススは伝説の存在。そして『セリアール』の歴史上、二人目の召喚者が目の前にいる。彼らの姿を自分の眼で見た伝統的な精霊術士は、頭を下げるだろうな」
 
「レイナ先輩は気付いてたんですか? あいつがパラケルススを呼べることに」
 
「まあ、来るときの馬車でな。ユウトの説明が詳しかったので予想は付いた」
 
「いや、普通は付きません」
 
 珍しくラスターがツッコミに回るとレイナが笑った。
 
「それが付いてしまうのだ。ユウトの化け物っぷりを実際に見てしまったらな」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 呆然としているのは副長、クリス、クレア。
 
「どうした?」
 
 久々に呆けた様子のクリスに和泉が訊く。
 
「いや、ユウトとシュウが常識の枠外にいることは慣れているつもりでしたが、前情報なしのパラケルススはさすがに少し驚かされました」
 
「確かにそうだろうな。俺も直接は言われていないが、軽く話を聞いて予想を付けていなければ少しは驚いただろう」
 
 と、クリスの隣に和泉は視線を向ける。
 
「クレアはどうした?」
 
 驚いた表情のまま、止まっている。
 
「……情報処理が追いつかなくて、固まってしまったようです」
 
 クリスが苦笑した。
 副長も隣にいるフィオナに尋ねていた。
 
「本物……なのですか?」
 
「本物です。紛うこと無く精霊の主――パラケルススです」
 
 フィオナが断言する。
 その一言が副長の様子を一変させた。
 
「すごい……」
 
 ぽつり、と一言だけ口にしたと思ったら、
 
「すごい、すごいすごい!! さすがユウト様!! 過去一人しか召喚できていないパラケルススを召喚するなど! ああ、やはりユウト様&フィオナ様のファンをやっていてよかった!! 妻のフィオナ様でさえ素晴らしき使い手なのに、夫のユウト様は輪にかけて素晴らしい!! 夫婦揃ってこのような……。もう私、ファンクラブを作ります! 当然、私は会長にして会員ナンバーは一番です!」
 
「……はあ」
 
 ぎゅっとフィオナの手を握るが、フィオナは若干引き気味。
 
「どうした、あれは?」
 
「感動のあまり、メーターが振り切れてしまったようですね」
 
 変なものを見るような和泉と、困った様子を示すクリス。
 と、ようやく副長も自分の失態に気付いたのだろう。
 
「……こほん」
 
 一つ、咳払いをした。
 
「さて、ユウト様がパラケルススを呼び出したのは驚きましたが……」
 
「驚きってレベルじゃなかったが」
 
「こほん!」
 
 和泉のツッコミに再度、副長は咳払い。
 
「しかしユウト様が本気を出したということは、これで我々の勝ちは揺るぎないものとなったでしょう」
 
 
       ◇      ◇
 
 
「さあ、何してる? パラケルススも契約者もここにいるんだ。お前が精霊の主と契約したいなら、すべきことは僕を殺すことだろう?」
 
 一歩ずつ、ジェガンに近付いていく。
 
「……くそっ! くそ、くそ、くそ!!」
 
 何度も精霊を扱おうとするが、一向に使えない。
 しかも大精霊を五体も引き連れて歩いてくる優斗に身が凍るほどの恐怖を感じる。
 
「喧嘩を売る相手、間違えたな」
 
 告げながら、足が竦んで動けないジェガンの胸元へと手を当てる。
 瞬間、
 
「――あがッ!」
 
 何の前触れもなく吹き飛んだ。
 優斗はジェガンが飛んでいった先を見ることもなく、ナディアへと視線を向ける。
 
「次はお前だ」
 
「……ふん。パラケルススと契約したぐらいで調子に乗らないでほしいわね。精霊術士って、要は精霊がいないと何もできないんでしょう?」
 
 彼女の暴言に観客から、さらなるブーイングが起こる。
 
「ジェガンは先の見えない妄言を吐いていたけど、私は違うわ。私自身の力でギガンテスを従えさせているし、魔法だってそう。あと一歩で神話魔法に手が届くのよ」
 
 誇るように言うが優斗は表情一つ変えない。
 
「七人目の神話魔法の使い手に。しかも私ほどの若さで到達できそうなものは過去、存在しない。圧倒的な私自身の力を見せてあげるわ」
 
 ギガンテスがいることに余裕を持っているのだろうか。
 高飛車な態度は崩さない。
 
『どうするんじゃ? 契約者殿が望むのであれば、小娘も小娘の魔物も分解するか、もしくは星でも落として消滅させてやろうかの?』
 
「パラケルススが認めた契約者は、あんな小娘や魔物に対して精霊術を使わないぐらいで負ける人物だと思っているのか?」
 
 勝つことなど当たり前だと告げる優斗。
 パラケルススが笑った。
 
『ほっほっほっ。それでこそ契約者殿じゃ』
 
 精霊の主の姿がゆっくりと消える。
 
「四大もありがとう」
 
 優斗の言葉に、四大精霊はそれぞれ笑みを浮かべながら消えていく。
 
「パラケルススが怖かったようだから、これで満足か?」
 
 まるで喧嘩を売るような言い方。
 というよりも完全に喧嘩を吹っ掛けたことで、まるで出来レースみたいにナディアが言い返した。
 
「誰が怖い!? 誰が小娘ですって!?」
 
「お前以外に誰がいる」
 
 他にいない。
 目の前にいる人物は優斗にとって小娘で、取るに足らない相手だ。
 
「お前如きの魔法士が調子乗り過ぎだ」
 
 ジェガンもナディアもそうだ。
 いずれ大精霊を使う。
 いずれ神話魔法を使う。
 どちらも“今”、使えていない。
 
「僕にとってはあの男もお前も何も変わらない、ただの雑魚だ。小娘と呼んで何が悪い」
 
 優斗の圧倒的な挑発に、ナディアが吠える。
 
「ふ、ふざけないで! やりなさい、ギガンテス!!」
 
 ナディアの命令に後ろの巨人がゆったりと動き出す。
 優斗は動きを見ながら、
 
 ――遅いな。
 
 ただ、それだけを思う。
 神話魔法は言霊が必要だ。
 これだけ動きが遅いのなら、詠唱だって余裕を持って詠める。
 ナディアはギガンテスに絶対的な自信を持っており、精霊術を使わない優斗がギガンテスを倒せるわけがないと高を括っているからこそ、優斗同様に相手を嘲る。
 
「泣いて謝るなら今のうちよ。まあ、泣いたって許さないけど」
 
「そっちこそ大丈夫か? あの魔物を殺すが」
 
「やってみなさいよ!」
 
 挑発に次ぐ挑発。
 優斗はその言葉を引き出すと、
 
「後悔はするなよ」
 
 冷徹に告げた。
 
 ――ぐうの音も出ないくらいに殺してやる。
 
 小都市を二日も掛けないと壊せない程度の魔物なら、自分は一撃で破壊する神話魔法を使って消し飛ばす。
 優斗は身体を半身にし、右手を前に突きだした。
 そして紡ぐ。
 今の世で、優斗して詠むことができない言霊を。
 
『世界の終わりを見せる在り方』
 
 足下には魔法陣。
 巨大に、誰の目から見ても普通のものではないと分かるほどのものを。
 だというのにナディアは余裕を持っているのか、優斗を攻撃してこない。
 
『深く、深く、全てを染める在り方』
 
 もちろん、魔法陣の外枠には結界とも呼べる防御がなされているのだが、彼女は間違った余裕を持っているが故にそのことを知らない。
 
『今はすでに名も無き者。されど存在する貴方に求めよう』
 
 しかし次の瞬間、驚くべき魔力の奔流が優斗の手に集っていることに気付く。
 
『何事をも破壊すべき力を』
 
 しかし、何をやろうとしても遅い。
 
『全てを滅する一撃を』
 
 次なる名で言霊は完成する。
 
 
『紅光の一撃』
 
 
 優斗は両手を前へと差し出す。
 収束された紅光が解き放たれた。
 紅光は一直線にギガンテスへと向かい、ぶつかる。
 直後、観客席すらも揺らすほどの巨大な爆発が起こった。
 全てを粉砕したと思わせるほどの威力。
 煙が晴れるところを見る必要もないくらいに、圧倒的な神話魔法の力。
 誰もが今の一撃でギガンテスが死んだと理解するのは当然だ。
 
「さて、と」
 
 パンパン、と両手をはたく。
 ナディアに視線を固定する。
 
「うそ……」
 
 今、起こったことが信じられていないナディア。
 けれども優斗は構わずに言った。
 
「二日で小都市を滅ぼす……だったか」
 
 逆に言うなら、二日掛けないと滅ぼすことができない。
 
「こっちは一撃。だったらどっちが勝つか、答えは明白だ」
 
 軍配は優斗に上がる。
 
「残るはお前だけだな」
 
「で、でも! そんなものを私に向けたら私は死ぬわ!」
 
 さすがに優斗の神話魔法の威力を目の当たりにして、ナディアが恐怖に顔を強ばらせた。
 
「だからどうした? 平然と殺そうとしているんだから、平然と殺されるぐらい覚悟しておけよ」
 
 何を馬鹿なことを言っているのだろう。
 気に食わなくて殺すというのなら、同じように『気に食わないから殺す』と思われたところで、否定する権利はない。
 
「私は王族なのよ!!」
 
「関係ない。元はと言えばお前が原因だ」
 
「観客すらも巻き込むつもり!?」
 
「なら、巻き込まない神話魔法を使うだけだ」
 
「……えっ……?」
 
 さらに続いて、言霊を紡いでいく。
 何も出来ないのか、何もしないのか。
 神話魔法を二つも使えるわけがないと信じたいのか。
 優斗には分からないがナディアは動かない。
 全てが紡ぎ終わり、優斗は光の矢を構える。
 黒竜を殺した一筋の閃光。
『虚月』をナディアへと向ける。
 
「先に言っておこう。この魔法は事実、黒竜ですら無に帰す」
 
 ということは、だ。
 人の身ならば。
 
「防げなかった場合」
 
 絶対的に。
 紛うことなく。
 
「死ぬ」
 
 淡々と。
 事実だけを優斗は述べる。
 
「神話魔法まであと一歩らしいが、この瞬間に届くのか? そして届いたとしても、ただの神話魔法じゃ届かない。神話魔法の中でもそれなりの威力が必要だ」
 
 優斗はさらに右手を引き絞る。
 怪我をしている部分から刺すほどの痛みはあるが、無視できる。
 故にどうでもいい痛みだ。
 
「吠えるならやってみせろ」
 
 厳かに告げる優斗に対し、一向にナディアは動かない。
『学生最強の魔法士』だけあって、優斗の魔法が恐ろしいことだけは分かるのだろう。
 とはいっても、このままダラダラと時間を掛けるつもりもない。
 
「仕方ない。五秒だけ時間をやる」
 
 別に温情ではない。
 
「選べ。立ち向かうか、棄権するか、何もしないか」
 
 告げた言葉がナディアに届いたと同時、優斗はカウントを始める。
 
「5」
 
 威圧とばかりに、さらに魔力を込める。
 
「4」
 
 優斗の表情は無表情。
 蹂躙しているのに楽しそうな表情もせず、人を殺すのを怖がる表情もせず。
 ただ、無感情。
 それがナディアにさらなる恐怖をもたらす。
 もし立ち向かい、勝てなければ殺される。
 何もせずとも殺される。
 けれども今、この状況で神話魔法を使えるようになるわけもない。
 結論として彼の提案の一つ目と三つ目を選んだ場合、自分は死ぬことを当たり前のように理解させられた。
 
「3」
 
「…………します」
 
 ナディアが何かしら呟く。
 しかし声が小さくて優斗には届かない。
 
「2」
 
「……棄権します」
 
 それでも、優斗に届くだけだ。
 カウントを続行する。
 
「1」
 
「棄権します!!」
 
 今度は大きな声で、会場に響く声でナディアが宣言した。
 
「…………」
 
 優斗はナディアの棄権を聞き届けると、魔法を霧散させた。
 目の前の恐怖が無くなったことにぐったりとへたり込むナディア。
 優斗は彼女を一瞥すると、魔法を解除し踵を返す。
 そしてこの瞬間、リライトの優勝が決まった。
 優斗はレイナたちのところへ戻ると、ようやく無表情を解いて普段の表情になる。
 
「見てた?」
 
「当然」
 
 観客の怒号のごとき歓声が優勝を実感させる。
 ある程度、動けるようになったレイナと優斗がハイタッチを交わす。
 次いでラスターとハイタッチをしようとした二人だが、
 
「えー……あーっ……」
 
 何を言うべきか迷っているようだった。
 だが、頭を振って迷いを振り切ると、
 
「これで勝ったと思うなよ!」
 
 愛すべき悪役キャラみたいなことを言った。
 
「いや、試合には勝ったんだけど」
 
「ぬぐっ!」
 
 呻くラスター。
 
「あははっ、最後の最後までこうなんて」
 
「……お前という奴は、まったく」
 
 まさかの台詞とやり取りに優斗が吹き出し、レイナが呆れた。
 ちゃんと纏まらなかったリライトチームだが、自分たちはこれで良かったな、と。
 優勝が決まったからこそ思えた。
 
 



[41560] トドメと祝賀と酔っ払い
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:9bf83f4f
Date: 2015/10/10 21:30
 
 
 
 控え室でゆったりと談笑しているリライト勢だが、
 
「ごめん、ちょっとトイレ」
 
 優斗がそう言って立ち上がった。
 
「抜け出せるのか?」
 
 霊薬を飲んで完全回復しているレイナが疑問を呈した。
 大会の運営委員が寄せ集まろうとしている野次馬やその他諸々を抑えているのは、控え室の中でもよく分かる。
 そんなところに話題の中心人物が姿でも見せたら大騒動になりそうな気がするのだが。
 
「精霊に協力してもらえばチョロいよ」
 
 光を軽く屈折させてもらえば、あらま不思議とばかりに姿が見えなくなる。
 優斗はひらひら、と皆に手を振って控え室を出た。
 
「よし」
 
 光の精霊に手伝ってもらって姿を隠し、目的の場所へ。
 そして数分歩いて、たどり着いた。
 周りに人の気配はない。
 優斗は姿を現すと、ドアを開けた。
 意気消沈している三人の姿が見える。
 
「えっ?」
 
「あっ?」
 
「……?」
 
 急にドアが開いたことに驚くが、彼らは優斗の姿を認めると驚愕した。
 
「な、なんで!?」
 
 ナディアが狼狽する。
 まさか控え室に優斗が来るなど露にも思わない。
 
「あの程度で全て終わったとでも思ったか?」
 
 優斗は彼らに近付いた。
 それだけでナディアとジェガンが脅える。

「こっちは不安なんだ。負けた腹いせに不意打ちで仲間を殺されたら堪らないからな」
 
「……し、しないわよ。だって私たちは倒されたし、棄権したじゃない……」
 
「オ、オレなんて精霊術を使えなくさせられたんだぞ!」
 
 恐がりながら言い返す二人だが、何を甘いことを言っているんだとばかりに優斗は続ける。
 
「倒されたぐらいで、精霊術を使えなくさせられたぐらいで、棄権したぐらいで。たったそれだけで終わったと思うにはムシが良すぎるだろう?」
 
 自分たちの行いを思い返してみろ。
 
「まだお前らから謝罪の言葉を聞いていない」
 
 言いながら、周りには他に誰もいないからと優斗は殺気を放つ。
 ナディアの身体が震え始めた。
 ジェガンとラファエロも恐怖で金縛りにあったように動けない。
 
「クリスと和泉を傷つけたこと。クリスの婚約者を殺そうとしたこと。僕らの大切な人たちを殺すと言ったこと。レイナさんを謀ったこと。全て謝っていない」
 
「……どうすれば……いいの?」
 
 この恐怖から逃れたいためか、ナディアが訊いてくる。
 
「お前らが考え得る最大の謝罪をしてみろ」
 
「……さい……だい?」
 
「分からないなら、一つ案を出してやる」
 
 優斗は地面を指さす。
 
「土下座しろ」
 
「……貴……様っ!」
 
 一国の王女に対してあまりの言い草。
 ラファエロが恐怖を抱きながらも剣に手をしようとする。
 だが、
 
「や、やめなさい!」
 
 慌ててナディアが止めた。
 もし何かしてしまえば末路は分かりきっている。
 
「ああ、安心していい。別に変な気を起こしても構わない」
 
 優斗は平然と告げる。
 そうしてくれたところで、何の問題もない。
 ただし、
 
「三人で協力すればどうにかなるとでも思うならな」
 
 出来れば、の話だ。
 
「お前らの言葉を借りれば、目の前にいる男に雑魚がいくら集まったところで勝てるのか?」
 
 思うのならやればいい。
 
「神話魔法を使えてパラケルススも召喚できる男を殺せると思うならな」
 
 ナディアとジェガンの身体がビクリと跳ねた。
 自分たちが“いずれ”と思っていたことを両方とも体現している相手。
 “今”どころか未来永劫、そんな化け物を相手取ることができるわけもない。
 
「しっかりと考えろよ? 容赦はしないが僕はお前らと違って優しい。立ち向かえば殺すが、何もしないのなら圧倒的な恐怖を与えてトラウマになったぐらいで半殺しに済ませてやる。謝罪すれば無傷で終わらせてやる」
 
 優斗は言う。
 しかし、すでに現状がナディア達にとって半ばトラウマになるだろう。
 
「選択肢を与えてやるから、さっさと決めろ」
 
「……姫様を……王族を殺すというのか!?」
 
 唯一、優斗の行ったことを知らないラファエロが食い下がる。
 けれど、お前は何を言っているんだとばかりに優斗は白い目を向ける。
 
「お前もリライトの貴族を殺そうとしただろう? 目には目を。歯には歯を。脅しには脅しを返しているだけだ。それに僕の言葉に偽りがないことは、お姫様が一番分かってるな?」
 
「……はい」
 
 今でも思い出すだけで身体が凍る。
 さきほど相対していたときの、無感情な表情と自分の命を石ころと同じ程度だと見据えた眼光を。
 
「こっちも時間がない。手早く決めろ」
 
 優斗が急かす。
 するとナディアは、すぐに二人に命じた。
 
「……ラファエロ、ジェガン。膝を着きなさい」
 
「……姫様」
 
 ラファエロが驚いたような表情をさせる。
 だが、ナディアは構っていられない。
 
「……私はまだ……死にたくない」
 
 あれだけ殺す、殺す、殺すと言っていたナディアが、自分の命が大切だと宣いながら膝を着こうとする。
 
「今の発言にイラついたから、やっぱり殺そう」
 
「そんなっ!」
 
 助かると思ったのに翻った絶望をナディアは一瞬にして味わう。
 
「冗談だ」
 
 優斗が嘲るように笑った。
 
「でも、お前たちだって似たようなことをやっている。相手がどう思うのか知れて良かったな」
 
 白々しく言い放つ優斗。
 けれどナディアは怒りもせず、言い返すこともせず、安堵した。
 “殺すのが冗談”だということに安堵した。
 そして汚されることを疎んだ衣服を地に着け、土下座する。
 
「……申し訳ありません……でした」
 
「何に対してだ?」
 
「……貴方様の……御友人を傷つけたこと……殺そうとしたこと……罵詈雑言を口にしたこと……謀ったこと。……全て……謝ります」
 
「二言はないか?」
 
「……あ、ありません」
 
「次にやったら、この場があると思うか?」
 
「……思い……ません」
 
「違えた場合、どうなるかは理解しているか?」
 
「……しています」
 
「ならば二度としないと誓うか?」
 
「……誓います」
 
 未だに身体が震える。
 恐怖が止まらない。
 二度としないと誓うか、など。当然だ。
 目の前の化け物相手にやった結果が今の状況。
 身体を震わせるほどの殺気を放つ相手にもう一度やれ、と誰に言われても拒否する。
 優斗は彼らの姿を見届けると、殺気を放つのをやめた。
 強大な威圧が無くなって、ほっと一安心する三人。
 顔を上げると、先ほどとは違う悪戯気な笑みを浮かべた優斗がいる。
 
「だったら最後にもう一仕事。一筆、書いてもらおうかな?」
 
 
 

 部屋を出て20分ほどしてから、優斗は控え室に戻った。
 レイナが気付き声を掛ける。
 
「遅かったな」
 
「ちょっとね」
 
「そろそろパーティーが始まると言っていたぞ」
 
 優斗は頷きながら、わざとらしく手に持っていた紙を皆に見せた。
 
「あっ、そうそう。さっきこんなものを渡されたんだよ」
 
 優斗は和泉、クレア、クリスを招き寄せる。
 
「これは和泉で、こっちはレイナさんとクレアさん。あとはクリスにもあるよ」
 
 一枚ずつ配る。
 
「なんだこれは?」
 
 和泉が問う。
 
「ライカールからの謝罪文。ごめんなさい、二度としないので許してください……だってさ。いやあ、最後に解り合えてよかったよかった」
 
 あまりにも棒読みな優斗。
 和泉、レイナ、クリスは心底呆れた表情を浮かべた。
 
「えげつないにも程がある」
 
「絶対にユウトのこと、トラウマになっているな」
 
「あそこまで一方的に負けた相手に対してさらに追い打ちなど、鬼ですか貴方は」
 
「失礼な。ちゃんと会話で納得してもらったんだから」
 
 それは『会話』と書いて『脅し』と読むのだろう、と3人は思う。
 いくら自分たちを不要に不当に不用意に傷つけた相手とはいえ、震えている文字から彼らの心情が思い浮かぶ。
 つい先ほど己を蹂躙した化け物がトドメとばかりに脅してくるなど、さすがに少し同情した。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 それから10分後。
 
『学生の部――優勝、リライト』
 
 小さな横断幕を掲げながら、ささやかな祝賀パーティーが行われた。
 王様が今、スピーチを行っている。
 
「今回、一般の部は三位。学生の部は優勝となった結果には大いに満足している。あとから聞けば決勝の相手、ライカールとはいざこざがあったと聞いているが、よく怯えずに戦い抜いた。我に挑発するような講釈を垂れていたライカール王が呆けている顔はまさしく見物だった」
 
 怯えるどころか逆に最後は脅していたことに、和泉やレイナは笑いそうになる。
 
「さらにユウト。パラケルススを従え、独自詠唱の神話魔法クラス……いや、ここではっきりと認めよう。独自詠唱の神話魔法を放つ姿は大会の歴史に名が……残ってしまうかもしれない」
 
 王様が困った表情を浮かべる。
 
「あ~、できる限りは情報漏洩の阻止とお前に被害が行かないように全力を尽くす。だが、さすがにパラケルススは予想外だったぞ」
 
 いくら優斗でも伝説の存在を召喚するとは王様も思ってもいなかった。
 
「す、すみません」
 
 申し訳なさそうに謝る優斗に笑いが起こった。
 
「面倒な国がいくつかある。回避することが出来なかった場合は……すまんが頼む。悪いようにしないことだけは誓う」
 
「分かりました」
 
「とはいえ、この『セリアール』において、二人目の契約者がリライトの者であるということは、未来永劫誉れ高いことだ。お前がこの世界にいてくれることを、龍神に感謝しよう」
 
 と、王様が言うものの、内情を知っている者は優斗の娘が龍神なために苦笑する。
 
「この場ではリライトと戦った者達も賞賛したいと来ている。無論、どこぞの誰かのおかげで参加を申し出る者が殺到し、選別させてもらったのは言うまでもないが」
 
 その“誰か”がつい先ほどまで話題になっていた人物なのは当然のことなので、恥ずかしがる彼に対して続けて笑いが起こった。
 
「皆、リライトに戻るまでの僅かばかりではあるが、楽しもう!」
 
 王様が杯を掲げると同時に、その場にいる全員が同様に掲げる。
 
「乾杯!」
 
 
 
 
 和泉とレイナ、フィオナでカクテルを飲みながら談笑? をする。
 
「相手からしてみたら、ユウトは人外にしか思えなかっただろうな」
 
 レイナは今でもライカールの連中の引きつった顔に笑いを覚える。
 精霊の主を呼ぶわ、神話魔法でギガンテスを殺すわ、かといってさらなる神話魔法を突きつけるわ。
 
「自業自得です」
 
 フィオナが言いながら、カクテルのおかわりをする。
 
「優斗は基本的には自分を追い詰めるドMだが、キレると蹂躙するドSに変わる」
 
「よくあるパターンです。優斗さんはいつもあんな性格だから豹変するんです」
 
 また一気にカクテルを飲み干しておかわりする。
 
「……フィオナ。機嫌を直せ」
 
 なぜ彼女がハイペースでお酒を飲んでいるのか。
 理由が分かるため、和泉も強くは言えない。
 
「別に優斗さんが怪我したから心配したとか、一緒にいたいのに引っ張りだこで寂しいとか思っていません」
 
「いや、全力で思っているだろう」
 
 
 
 
 優斗から話を聞こうとする者が周囲に群がる。
 少々困った様子の優斗だったが、いつの間にか……というか、何故!? と問いたくなるような立場になっている副長が手際よく周りを纏め上げ、第一陣と第二陣に分断することができた。
 ただし、
 
 ――ユウト&フィオナファンクラブ会長ってなに?
 
 ファンだと言ってもらったことはある。
 しかしそんなものを認識した覚え、あるはずもない。
 
 ――ほんと、どういうことなんだ?
 
 首を傾げる優斗。
 でも、とりあえず怒濤の第一陣が終わり第二陣が来る前に副長やクリス、クレアと一緒に和やかに談笑する。
 
「副長。質問ですがユウト&フィオナファンクラブって何ですか?」
 
「ユウト様とフィオナ様のファンクラブです。ちなみに私は会員ナンバー1、会長です」
 
「いや、そうではなくて……」
 
 優斗は大会時の落ち着いた様子と真面目な態度の副長はどこいった!? と問いたくなる。
 いや、そこは今でも同じなのだが、どこかにネジが一本飛んでいったようなことになってる。
 するとクレアも微笑みながら、
 
「ちなみにわたくしは会員ナンバー2です」
 
「なんで!?」
 
 クレアの発言にツッコミを入れざるを得ない優斗。
 
「ユウト様とフィオナ様のような理想の夫婦になりたいのです」
 
 尊敬のまなざしを持って見てくるクレアに、優斗はツッコミを入れることを諦めて話題を変えた。
 
「クリス達はこれから、またどこか行くの?」
 
「最後はリステルに寄ります。それで婚前旅行は終了ですね」
 
「来週は結婚式か。楽しみにしてる」
 
「イズミとシュウの暴走、止めてくださいね」
 
 心の底から願う。
 
「特にイズミは終始、真面目でした。溜まりに溜まったものが結婚式で爆発してもおかしくありません」
 
「なるべく頑張る」
 
「お願いします」
 
 と、会話している優斗のところへ向かってくる人物たちがいる。
 
「第二陣が来たようですね。では、自分たちはフィオナさんたちと合流するとしましょう」
 
 


 一方で和泉とレイナはラスターを加え、頭を抱えていた。
 
「どうにかしろ、会長」
 
「わ、私が止められるわけないだろう!?」
 
「ラスター、お前は?」
 
「無理を言うな! 今のフィオナ先輩はオレにマジギレした時ほどの威圧感があるんだぞ!」
 
「……打つ手無し、ということか」
 
 明らかにハイペースで飲み過ぎている、ということでフィオナを止めようとした和泉とレイナ。
 けれど一向に止まらない。
 どうしたものかと考えていたところにラスターがやって来て、意気揚々と彼女に話しかけようとしたが、
 
「うふふふふふ。失せてください」
 
 彼が言葉を発する前から存在を否定する始末。
 結果、フィオナが飲んでいる姿を無残にも見ているだけとなった。
 
「うふふふふふふふふ。優斗さんってばモテモテなんですから」
 
 喋りながら、またコップを空にするフィオナ。
 だんだんとテーブルへの置き方が雑になっているのは気のせいだろうか。
 
「もう13……いや14杯目。怒濤のペースだな」
 
「イズミ、どうしました?」
 
 と、ここで優斗と別れたクリスとクレアが和泉達に合流する。
 
「クリス、止められるか?」
 
 くいっと和泉がフィオナを指す。
 
「……無理です」
 
 姿を見てから否定する。
 妙な威圧感があったので、できれば関わりたくない。
 
「けれどこれ、笑っているということは第一段階ですよね?」
 
「……? クリス、どういうことだ?」
 
 和泉が問い返す。
 
「フィオナさんは酔いが進むと、酔い方が変わるんです」
 
 
 
 
 第二陣もあらかた片付け、最後に優斗のところへ来たのは昨日、そして今日のトーナメント初戦で戦ったチームのリーダー。
 
「マイティーのリーダーさんと……マルチナさんでしたっけ?」
 
「あら、覚えててくれたの?」
 
「まさしくその通りだ! このダンディ・マイティー、戦友の快挙に喜びを以て来させて貰った!」
 
 服の上からでも動きの分かる胸筋に優斗が吹き出しそうになる。
 
 ――っていうかダンディ・マイティーって名前なの!?
 
 これがまた、よく似合っていて笑いがこみ上げる。
 だが、よく考えると国の名前を背負っているということは……お偉い人なのだろうか。
 
 ――あ~……いいや、訊く必要もないし。
 
 別にどうこうなるわけじゃない。
 
「レイナが言ってた手も足も出ない同年代って貴方のことだったのね」
 
「おそらくはそうだと思いますよ」
 
「ワシの仲間もお前にやられたことを誇りにしておったぞ!」
 
「僕も貴方の仲間と勝負したのは楽しかったですよ。ものすごく盛り上がりましたよね?」
 
「もちろんだ! あの時は血湧き、肉が踊ったぞ!」
 
 最後の決勝を除けば、一番の盛り上がりだったと言っても過言ではない。
 するとマルチナがまじまじと優斗を見て、
 
「それにしても決勝の時と様子が全然違うわね。纏ってる空気が優しいわ。空気もピリつかない」
 
「あれ? 殺気も放たなかったし威圧もしていなかったつもりなんですが……」
 
 もしかしたら漏れていたのだろうか。
 
「私ぐらいのレベルなら分かるわ。たぶん、感じられたのはあまりいないでしょうね」
 
「良かったです。当時の心境だと放ったが最後、会場中を無差別に怖がらせていたと思いますから」
 
「…………会場中ってどんだけよ。けど、普段からそうなるわけじゃないみたいね」
 
「あれは相手が僕達に喧嘩売ってきた腐ってる相手でしたからね。あんな厳つい空気、普段から出すことなんてそうそうありませんよ」
 
「それもそうね」
 
 まず問題として張り詰めるほどの空気、普通は出せるわけもないが。
 
「っていうか貴方の実力を見たらレイナが強くなるのも分かるわ」
 
「確かにレイナ殿は強かった」
 
 リーダーハゲがうんうん、と頷く。
 
「ライバルになりたいと言っていますから。Aランクの魔物を倒せずとも相対するところまで実力伸びてますし」
 
「……シャレになってないわね」
 
 自分は彼女をライバル認定しているだけに少々焦る。
 
「素晴らしいな、レイナ殿は! さすがワシを倒しただけのことはある!」
 
 リーダーハゲがさらに大きく頷いた――瞬間、突然に声が響いた。
 
「ゆうとさん!」
 
 舌っ足らずで可愛らしい声が優斗の耳に届く。
 ちょっとふらふらしながらフィオナが寄ってきた。
 
「あの子は?」
 
「妻です」
 
「奥さんなんだ? 凄く美人じゃない」
 
「なるほど。確かに美人だ」
 
「ありがとうございます。ですが飲まされたのか何なのか、相当に酔ってます」
 
 向かってくるフィオナの後ろでは友人達がごめん、と両手を合わせて優斗に向けていた。
 彼女を飲ませたのか、それとも飲んでいる姿を止められなかったのかのどっちかだろう。
 酔った彼女は優斗のすぐ隣まで来ると、唐突に耳を引っ張った。
 
「い、痛い痛い痛い痛たたたっ!!」
 
 急激に引っ張られて優斗が痛がる。
 周囲の注目が一気に優斗たちに集まった。
 優斗は慌ててフィオナの腕を掴む。
 
「僕が何かやった!?」
 
 思わず問い質すと、フィオナは一度マルチナに視線を送ってから優斗を見る。
 
「デレデレしてはだめです」
 
「してません」
 
「イチャイチャしてはだめです」
 
「やってません」
 
「うそです」
 
「嘘じゃありません」
 
 何故に浮気を調査するが如く問い詰められているのか。
 勘弁してほしかった。
 
「なら“しょーめい”してください」
 
「どうやって?」
 
「キスです」
 
「はい!?」
 
「キスしてくれたら“しょーめい”とみなします」
 
 がっしりと優斗の首に手を回すフィオナ。
 
「ひ、人前じゃ恥ずかしいから! みんなこっち見てるから! 別の方法にして!」
 
 そこまでチャレンジャーになれない。
 慌てて、どうにか別の方法にして貰おうとする優斗。
 
「ならわたしがします」
 
 だが残念。
 問答無用、優斗の頭を手で固定して動かせないようにすると、
 
 
「「「「「   おおっ!   」」」」」
 
 
 ギャラリーが歓声を上げるほど、思い切り口付けをした。
 
「…………」
 
「…………」
 
 きっかり五秒。
 キスをしてから口唇を離す。
 
「これで“しょーめい”できました」
 
 甘い笑顔を浮かべて、抱きついたままのフィオナ。
 拍手が沸き起こる周囲には、血涙を流しているラスターの姿もある。
 
「ずいぶん過激ね」
 
「愛情溢れているのだな」
 
 間近で見た二人が感想を言う。
 優斗は真っ赤になりそうな顔をどうにか押し止めると、大きく深呼吸をして自らを落ち着かせる。
 
 ――これは酔っ払いがやったこと、これは酔っ払いがやったこと。
 
 念じるように呟く。
 
「……よし」
 
 上辺だけだが、どうにか落ち着いた。
 
「これで証明できたから離れようね?」
 
「だめです! “しょーめい”できましたが『ゆうとさん分』が足りません!」
 
 なんか前も酔ったときに同じことを言ってたな、と優斗は思い返す。
 
「……はぁ」
 
 こうなったら絶対にフィオナは離してくれない。
 周囲の目など気にせずに優斗は自分のものだと見せつける。
 まさしく甘えたい放題だ。
 しかも性質が悪いことに、甘えん坊モードに入ると優斗から離れることはなく、当時の状況を覚えていることもない。
 仲間内ならまだしも、これだけの人前では優斗にとって拷問でしかない。
 唯一の救いはパーティーがあと少しで終わること。
 
 ――お願いだから、早く終わってくれ……っ!
 
 



[41560] 感じれば遠く、聞けばさらに遠く
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:9bf83f4f
Date: 2015/10/10 21:35
 
 
 優斗の願い通りに祝賀パーティーも早々に終わり、クリス達と別れて馬車でリライトへと戻る。
 大層酔ってしまったフィオナは優斗の太ももを枕にしてぐっすりと眠っている。
 ラスターが「何と羨ましいことを!」などと大声で叫びそうになったところを、レイナが脳天から一撃で黙らせた。
 そして、
 
「ようやく帰ってきたね」
 
「長い道のりだった」
 
「確かにな」
 
 優斗、フィオナと共に和泉、レイナがトラスティ家で馬車を降りた。
 もしかしたら修達がいるかもしれないと考えたからだ。
 優斗はフィオナを背負いながら門を抜け、家へと入る。
 
「バルトさんの話だと修達はいるみたいだから、先に広間に行ってて。僕はフィオナを部屋に運んでから行くよ」
 
「分かった」
 
 和泉が頷く。
 優斗に言われた通り先に広間に向かうと、軽く開いているドアから声が聞こえてきた。
 
「いやー、たすけてーっ!」
 
 アリーが叫び、
 
「無駄だ。誰も来てくれない」
 
 卓也が意地悪そうな笑みを浮かべ、
 
「そうです! そうです!」
 
 ココも同じように意地悪そうな笑みで頷いていた。
 
「…………」
 
 ……何かやってた。
 和泉とレイナはそのまま、ドアの隙間から広間を観察することに決める。
 
「そんなことありませんわ。こんな時、絶対にあの方が来てくれます!」
 
「無駄です! このまま捕らわれててください!」
 
 どうやら劇? みたいなことをやっているらしい。
 アリーが捕まっており、捕まえたのは卓也、ココの二人。
 修とマリカの姿はまだない。
 すると、
 
「待てぇい!」
 
「そ、その声は!」
 
 卓也が驚きの声と共に、颯爽と修とマリカが登場した。
 ……なぜか修は四つん這い。背にはマリカが乗っている。
 ここで優斗も和泉たちに合流した。
 小声で「なに、これ?」と聞いてくる優斗に和泉が「おそらくはごっご遊びだろう」と答える。
 その間も劇は進む。
 
「ふはははははっ! マリカンジャー推参!!」
 
 なんだそれ!? と覗いている三人がツッコミを入れる。
 
「人を欺き、精霊を欺こうとも……この龍神を欺けると思ったか!?」
 
「あいっ!」
 
 マリカが細長い棒? のようなものを持ちながら大仰に頷いた。
 さすがの優斗たちも呆れを通り越す。
 
「何が凄いかといえば、実際に龍神がやっているのが凄い」
 
 和泉は感心し、
 
「今の世に、リライトの勇者であるシュウを馬代わりにできる奴などマリカぐらいじゃないか?」
 
 レイナも感心し、
 
「最強すぎる馬だよね」
 
 優斗も感心した。
 ぼそぼそと三人が話していると、マリカは構えのようなものを取った。
 
「ゆくぞ!」
 
「たーいっ!」
 
 馬になった修がカサカサと動き、マリカが細い棒をペチペチと卓也、ココに当てる。
 それだけでバタバタと倒れ始めた。
 
「み、見事だマリカンジャー……」
 
「敗北しました」
 
 動きが止まって、倒されたことをアピールする。
 
「この世に悪がある限り、マリカンジャーはどこにでも現れる!」
 
「あいっ!」
 
 マリカが高らかに棒を掲げる。
 
「ありがとう、マリカンジャー。助かりましたわ!」
 
 アリーが捕らわれから脱出したのか、マリカに駆け寄る。
 
「それが使命なのだからな。では、助けが必要な時は呼んでくれ、必ずマリカンジャーが駆けつける!」
 
「あうっ!」
 
「では、さらばだ!」
 
 またカサカサ動きながら修とマリカがフェードアウトした。
 無事に終わったところを見計らって、優斗達は広間のドアを開ける。
 倒れているままの卓也と優斗たちの視線が合った。
 
「帰ったのか」
 
「何やってるの?」
 
「龍神戦隊マリカンジャー第三話。囚われの姫を救え」
 
「……三回目なんだね」
 
「……そうなんだよ」
 
 なぜか哀愁を感じさせた。
 
 
 
 
「というわけで、ただいま戻りました」
 
 優斗が帰宅報告をする。
 彼らと共に広間で劇を鑑賞していたエリスが「お帰り」と出迎える。
 
「ぱ~ぱっ!」
 
 マリカが我先にとばかりに飛び込んできた。
 優斗はマリカを抱き上げる。
 
「ただいま、マリカ」
 
「あうっ」
 
「修達に遊んでもらってたんだね。楽しかった?」
 
「あいっ!」
 
「よかったね」
 
 ぎゅうっと抱きつくマリカの頭を良い子良い子する。
 
「そっちはどうだった? 何か面白いことあったんか?」
 
 ソファーに座っている修が訊いてきた。
 優斗も向かいのソファーに座る。
 続々と他の面々も集まりはじめた。
 
「色々とありすぎて疲れたよ。相手がうざかったからパラケルススとか召喚したし。そっちは?」
 
「この家にSランクの魔物が来て、ワンパンでぶっ飛ばしたぐらいだわ」
 
「へぇ、そうなんだ。あっ、駄目だよマリカ。もう夕飯なんだから、クッキーは食べたら駄目」
 
「いいじゃん。さっきまで遊んでたんだし」
 
「そうやって甘く考えて、前に夕飯をたくさん残しちゃったんだから」
 
「別に残してもよくね?」
 
「よくない。こういうのはきっちりと教え込まないと」
 
「ふ~ん。俺は軽く面倒みたくらいだから楽しかったけど、本当の育児は大変だな」
 
「修もいずれ分かるようになるよ」
 
「そういうもんかね……って、フィオナはどうした?」
 
「酔っ払って寝ちゃった」
 
「酔ったんか」
 
 会話を続ける優斗と修。
 けどおかしい。
 色々とおかしい。
 明らかに物騒な単語をお互い使っていた。
 
 
「「「「「    ちょっと待て!!    」」」」」
 
 
 卓也、和泉、アリー、ココ、レイナが同時にツッコミを入れた。
 
 
 
 
 修側の話。
 どうやらマリカのことを狙った魔物がいた。
 そいつは龍神を喰らえば不老不死になれるなどと言っており、さらに魔物でも稀な人間の形になることができた。
 そして、いざトラスティ家に着いてマリカを喰らおうとした。
 
「元の姿になろうとし、変化している最中に鬼ごっこをしていて逃げていたマリカが横を通り過ぎ」
 
「鬼として追いかけていたシュウが『鬼ごっこの邪魔だ!』とすれ違い様に」
 
「ワンパンでぶっ飛ばしたんだ」
 
 あらましは大体そんなものだった。
 
「まあ、仮にもSランク区分の魔物が鬼ごっこの邪魔で倒されるなんて、あれほど哀れな魔物を見ることは二度とないだろうな」
 
「とっても綺麗に飛んでいきました」
 
「本当に驚きましたわ」
 
 各々が感想の述べる。
 話を聞いた闘技大会組はといえば、
 
「…………なんだそれは」
 
「…………こればかりは俺も驚かされた」
 
 レイナと和泉は驚きを表す。
 
「ユウト、お前はできるか?」
 
 訊いてくるレイナに優斗は軽く手を横に振った。
 
「ムリムリ。和泉がレイナさんの武器に施したような魔法を使ったら出来るかもしれないけど、通りがかり様にワンパンでぶっ飛ばすとか僕には絶対に無理。そんなキモいこと不可能だって」
 
「お前が言うなっつーの。パラケルススとか召喚してんのによ」
 
「残念ながら僕のは昔、召喚した人いるし。修のは今まで誰もやったことないだろうから、お前のほうが酷い」
 
「どっちもどっちだろう」
 
 和泉が互いの主張を一刀両断する。
 神話魔法どころかワンパン撃破の修も、過去一人しか契約させていないパラケルススと契約した優斗も、同じくらいに馬鹿げたことをやっていると気付いてほしい。
 というかこの二人、相手の実力に対する信頼度が高すぎる。
 珍しく優斗までもが修と一緒にボケたと錯覚させられた。
 
 
 
 
 続いて優斗達の話をする。
 優勝したことも騒動があったことも。
 そして優斗がパラケルススを召喚したということも。
 理由を聞けばアリー達も少し驚くぐらいで納得する。
 
「……父様、これから大変ですわね」
 
「そうなんか?」
 
「独自詠唱の神話魔法でもギリギリ、どうにかできるのかっていうレベルですわ。なのに加えて精霊の主、パラケルススまで召喚されたら……」
 
 いくら三大国の王の一人とはいえ、無理すぎる。
 おそらくは四,五日ほど不眠不休で対応に当たらないといけないのではないだろうか。
 それでも結果がどうなるかは厳しいものがありそうだが。
 
「前々からちょっとは疑問だったんだけどよ、やっぱ優斗の詠唱ってやばいのか?」
 
 アリーに卓也が疑問を投げかける。
 
「やばいも何も、独自詠唱を使っているなんてお伽噺ぐらいでしかお目にかかれませんわ。まあ、伝説の大魔法士も独自詠唱を使ったという文献はありますので、事実として分かっている範囲では世界で二人目になりますわね」
 
 だから全く以て伝説の大魔法士の再来と言っていい。
 
「元々、『セリアール』にある神話魔法の詠唱は全て『求め――』から始まります。リライトで把握している神話魔法は八つありますが、全て同様です。他国が把握している詠唱もそうでしょう」
 
 古来の魔法書や言い伝えやらに分散しているので、一国が把握している神話魔法の詠唱の数は少ない。
 
「けれどユウトさんのは最初から『降り落ちろ――』などと全く違います」
 
 最初から違えば、さすがに独自の詠唱だと分かる。
 
「これだけならばユウトさんの魔法が神話魔法かどうか怪しいものにはなりますが、実際の威力を見てしまえば神話魔法だと実感できますし、何より……」
 
 アリーは手を前に翳した。
 
「これは実際に見てもらったほうが分かりやすいですわね。これからユウトさんの魔法の詠唱を使う気で詠みますわ」
 
 大きく深呼吸してから、紡ぐ。
 
『ふ………………』
 
 だが、最初の一文字を発した後、続かない。
 声も何も出せなくなる。
 これ以上は続けられないと、アリーはすぐに詠むのをやめた。
 
「……ふぅ。このように使う気で詠むと声を発せなくなります。一文字でも声を発せられたのは僥倖ですわね」
 
 アリーが詠唱を詠めなかったというのは、制約を外すことができなかった、という意味合いに他ならない。
 
「つまりは世界からユウトさんの詠唱は『言霊』であると認識されているわけなので、紛れもなく神話魔法であると言えるのですわ」
 
 今のが証明になる。
 
「そこで最初の疑問に返ります。ユウトさんの詠唱はセリアールの魔法史に存在せず、さらに神話魔法として世界から認識されるというとてつもないことですので、本当にやばい方である……というわけですわ」
 
「……知らなかった」
 
 優斗が唸る。
 自分はゲームやアニメの詠唱をしているだけだったので、ここまで大層なことをやっているという自覚は全くといっていいほどなかった。
 
「とはいっても、独自詠唱の神話魔法などほとんど100%の確率で本人以外は使えず、魔法の研究機関以外にはただの神話魔法としか認識されないので、つまるところ神話魔法が使える凄い人物まで格下げされるわけなのですが」
 
 それでも、この歳で神話魔法を使うなど化け物としか言いようがない。
 
「ただ、ユウトさんは神話魔法を二つ見せつけ、さらにはパラケルススの召喚。こぞって他国の研究機関や王族が婚姻やら歓待やらを望むでしょうが、父様がユウトさんの実力を読みきれなかったせいでもありますので、ユウトさんに非はありませんわ」
 
 だから大変なことは全て王様に全て任せればいい。
 
「慣れてたけど、あらためて常識で考えると化け物だな」
 
「や~い、化け物! 化け物!」
 
 卓也の発言に修が調子に乗って子供みたいなことを言う。
 だが、
 
「シュウ様だって変わりません! 前にひょんなことから伺いましたが神話魔法を何十何百と使えるなんて、ユウトさんと違って過去に存在しませんわ! 大体、詠唱を手に入れるだけでも苦労するのに、あらかじめ知ってるってどういうことです!?」
 
 自分は違いますよ、みたいな修をアリーが叱った。
 神話魔法なんて一個使えるだけで充分にえげつない人物になり得る。
 生涯を掛ける魔法士だっている。
 けれども、実力が見合わなかったり自分に合った神話魔法ではないということで使えないものが多々いる。
 なのに一人でありとあらゆる神話魔法を使えるなど、もはや意味が分からない。
 
「……いや、だって『勇者の刻印』が使えるって教えてくれんだもんよ」
 
 アリーに怒られて珍しくしゅん、となる修。
 和泉が途方もなく呆れた。
 
「……チートにもほどがある」
 
 詳しい話なんて面倒だから聞くこともないが実際に聞いてしまうと、ほとほと呆れる。
 
「リライトにいた歴代の勇者でも最高は二つを使えたのが限界だというのに、彼らの何十、何百倍もの数を使えるのですから……」
 
 強いと言われているリライトの勇者ではあるが、彼らのことがまさしく霞む。
 今代のリライトの勇者は、それほどに強く……ある意味、優斗同様にえぐい。
 
「……なんというか、こいつらに近付けてるのか不安になる会話だ」
 
 目指すべき頂は……果てしなく遠い。
 少なくともSランクの魔物をワンパンで倒したこと、パラケルススを召喚したことを話題にしたところで、予備知識なくとも平然とスルーできるぐらいじゃないと駄目なのだろう。
 彼らの実力を言葉にして聞いてみれば、そうできるのも無理はないが。
 ただ、レイナは無茶を言うなと叫びたくなる。
 
「……会長」
 
 哀れむように和泉たちはレイナの肩を叩いた。
 
「……頑張れとしか俺は言えない」
 
「……なんといえばいいか分かりませんが、頑張ってください。応援してますわ」
 
「わたしも応援してます」
 
「ファイトだ、レイナ」
 
 彼らの優しさが身に染みた。
 
 
 



[41560] 小話①:可哀想な魔物
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:9bf83f4f
Date: 2015/10/30 21:06
 
 
 
 優斗とフィオナが闘技大会に行ってから3日目。
 
「……ぱ~ぱ……まんま」
 
 二人が出かけた当初は普通だったが4日間という日程はあまりにも長く、マリカの寂しさも限界に達していた。
 朝、起きても母親はいない。父親もいない。
 おじいちゃんとおばあちゃんもできるかぎり一緒にいてくれるが、やはり寂しいものは寂しい。
 エリスも一緒に遊ぶにしても歳なのか限界があるし、紛らわす術も尽きかけていた。
 
「うぅ~……」
 
 泣きそうになるマリカをエリスがあやす。
 
「マリカ。パパと良い子でお留守番してるって約束したでしょう?」
 
「……あい」
 
「それでも寂しい?」
 
「あい」
 
 素直にこくりと頷く。
 
「ならしょうがないわね。こういうときこそシュウ君を呼ぶのよ。シュウ君が一緒に遊んでくれるから、パパとママが帰ってくるまで頑張るのよ」
 
 エリスは胸元にある笛を指差し、吹く真似をする。
 
「…………あいっ」
 
 言われた通りにマリカは笛を口元に運ぶと、思いっきり吹いた。
 
 ・
 ・
 ・
 ・
 ・
 ・
 ・
 ・
 ・
 ・
 ・
 
 それからわずか30秒後、遠方より段々と足音が近付いてきて、
 
「どうした!?」
 
 トラスティ家の広間に凄まじい勢いで修がやってきた。
 
「……早いわね」
 
「笛の音が聞こえたんで」
 
 何か問題が起こったのかと思って、一目散にやって来た。
 けれども周囲に敵意などは存在しない。
 少しいぶかしむ修だが、
 
「マリカが寂しがって大変なのよ。相手してくれる?」
 
 エリスが笛を使って修を呼んだ理由を話す。
 
「え? 別にそんぐらい構わないっすけど、もしかして呼んだ理由ってそれ?」
 
「そうよ」
 
 頷くエリス。
 
「……そうだったか~」
 
 修は遊び相手として呼ばれたことに安堵する。
 
「おばさん、焦らせないでくれよ。優斗もいねーから、マジで緊急事態かと思った」
 
「ごめんなさいね。私も歳なのかマリカの相手をするのも限界なのよね」
 
 トントン、と腰を叩くエリス。
 
「おばさんは見た目若いのに、案外歳喰ってんだな」
 
「だてにおばさんって呼ばれてないわよ」
 
「そりゃそうっすね」
 
 と、ここでもう一人、広間にやって来た。
 
「シュ、シュウ様! は、早すぎますわ!」
 
 アリーが広間へと息を切らせながらたどり着く。
 
「それでマリカちゃんは無事なのですか!?」
 
「問題なかったわ。遊び相手になってくれってよ」
 
 呼ばれた理由を言う修に、アリーもほっと一安心する。
 
「そうなのですか。よかったですわ」
 
 息を整えながらマリカへと近付く。
 
「それじゃあ、今日は一緒に遊びましょう」
 
 笑顔を浮かべる。
 それだけでマリカから泣きそうな表情が消え、喜びが浮んだ。
 
「あいっ!」
 

 
 
 というわけで、まずは散歩に行くことにした。
 マリカをベビーカーに乗せて商店街を歩く。
 
「俺、これ使ってるの初めて見たわ」
 
「マリカちゃんはユウトさんとフィオナさんに抱っこされるのが大好きなので、すぐ邪魔になったらしいですわ」
 
「へぇ、そうなんだ」
 
 ゆっくりと歩いていると、チーム全員が学院帰りによく寄る総菜屋がある。
 
「あうっ!」
 
 マリカがそこに反応した。
 
「おっ、マリカ。行きたいのか?」
 
「あいっ」
 
「おっしゃ。じゃあ寄るか」
 
 マリカの意思に従って、総菜屋に入る。
 威勢のいいおっちゃんが出迎えてくれた。
 
「珍しいじゃねーか、この時間に来るなんて。おおっ、アリシア様も一緒か」
 
「3日ぶりですわね、店主」
 
「アリシア様に寄ってもらえるなんて毎度、鼻が高いってもんよ。それに赤ん坊も連れてどうした……ってマリ坊か。なんだ? ユウトとフィオナ様はどうした?」
 
 どうやら優斗とフィオナはマリカを連れても来ているらしく、顔を覚えられていた。
 
「優斗もフィオナも闘技大会の選手に選ばれちまってよ。向こうに連れて行けるわけもねーし、俺らが面倒見てんだよ」
 
「あん? 闘技大会ってーとリスタルの世界大会か?」
 
「そうそう。優斗が出場してて、フィオナが予備選手として行ってんだ」
 
「ほぉ、そいつは凄えな」
 
 素直に店主が感心した。
 
「で? 何か買ってくか?」
 
「コロッケとクリームコロッケ。マリカには……」
 
「ユウト達が頼んでる、マリ坊用のやつを作ってやるよ」
 
「オッケー。分かった」
 
 てきぱきと店主が行動し、3分でできたて熱々のコロッケが出てくる。
 
「いいか、マリ坊にはちゃんと冷ましてやれよ。火傷でもさせたらあの二人がヤバい」
 
「そうなのですか?」
 
「うちに初めてマリ坊連れて来て、火傷させちまってな。その時はおろおろあたふた、心底焦ってたぜ」
 
「……その時の様子が手に取るように浮かびますわ」
 
 
 
 
 続いてはコロッケを食べながら歩き、とある女性の横を通ろうとしたときだった。
 
「あいっ!」
 
 マリカがあいさつをするように声を出した。
 
「あらあら、マリちゃんじゃないの。ベビーカーに乗ってるなんて珍しいわね~」
 
 ほんわかとした感じ、40歳くらいの奥さんがにこやかにマリカに話しかけた。
 そしてベビーカーを押してる二人を見て、
 
「あら? あらあら? アリシア様と……どちら様かしら?」
 
「俺は修。優斗とフィオナの友達なんだ」
 
「そうなの。あの二人はどうしたのかしら?」
 
「闘技大会の選手に選ばれてしまったので、マリカちゃんはお留守番なんですわ」
 
「あら~。大変ね」
 
 やっためったら『あら』という言葉が多かった。
 
「マリちゃんもすごいわねぇ。王女様に面倒見てもらえるなんて」
 
 とマリカの頭を撫でる女性。
 おばさん。今、頭を撫でているのは王女よりも凄い龍神です。
 このことを伝えたら、どうなるだろうか?
 少し気になった。
 
「奥様はマリカちゃんとお知り合いなのですか?」
 
「あらやだ、奥様だなんて。けれどありがとうございますね、アリシア様」
 
「えっと……」
 
 アリーに対してなんとも図太い対応だった。
 
「そうそう、どうやって知り合ったのかだったわね。マリちゃんがフィオちゃん連れて井戸端会議のところに飛び込んできたのよ。それから仲良くなったの」
 
 なんていうか……たくましい。
 王族相手にここまで剛胆に話せるのは、素直に賞賛できる。
 しかも公爵令嬢をフィオちゃん、って。
 
「おばちゃん、凄いな。なんかもうちょっと慇懃な態度で接するかと思ったわ」
 
「フィオちゃんがアリシア様とかの話をしてくれるから、身近に思っちゃうのよね~。それに、ここ最近はよくこっちに出てくるじゃない。その姿を見てたら、どうにも微笑ましくてねぇ」
 
 友達と遊ぶ姿を見ていると、どうしてもそう感じてしまう。
 
「あら? もしかして凄く失礼な態度よね、これ」
 
「いえいえ、気にしなくていいですわ。わたくしも話やすくて助かります」
 
「あらあら、ありがとうございます。フィオちゃんも公爵令嬢だけど、何度も話したら様付けを嫌がったのよ」
 
 いやはや、このおばさんと何度も話すなどフィオナもずいぶんとたくましくなったものだ。
 8ヶ月前は無口っ娘だったと言っても誰も信じなさそう。
 
「時々、フィオちゃんの旦那様も見るんだけど、物腰柔らかくて、フィオちゃんが惚れるのも分かるわ。私もあと30年若かったら、あんな出来た旦那様が欲しかったわね」
 
 そっからめくるめく会話の連鎖。
 おおよそ、20分は話しただろう。
 
「あら? そろそろセールの時間だからお暇するわね」
 
「い、いってらっしゃいませ」
 
「……頑張ってくれ」
 
「さようなら、アリシア様とシュウくん」
 
 手を振って奥さんが消えていく。
 マリカも手を振り返していたが、修とアリーは嘆息。
 
「……すげーな」
 
「……フィオナさん、尊敬しますわ」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 ある程度は時間を潰せたのでトラスティ家に戻ることにする。
 ついでに暇だった卓也とココを拉致同然に引っ張り込んだ。
 そして庭に連れ出す。
 
「今から鬼ごっこをする」
 
「……いきなり引っ張り込んで何をするのかと思えばそれかよ」
 
 振り回されるのは慣れていても、鬼ごっこは予想外だ。
 
「わたし初めてです。楽しみ~」
 
「わたくしも楽しみですわ」
 
「あい~!」
 
 楽しみにしているのは3人。
 
「ただし、タッチしたら鬼が変わるのではなく、ここに……庭で捕まっていてもらう。全員が捕まったら鬼の勝ち。逃げ切ったら逃げた奴らの勝ちだ」
 
 そして修はにやりと笑う。
 
「最初の鬼は俺! そして制限時間は10分。場所はトラスティ家全域! 魔法は禁止! 逃げても良し、隠れても良し。好きにしていいぞ」
 
 どうするかは本人次第。
 
「じゃあ、1分後に開始な。ほれ逃げろ」
 
 パンと手を叩く。
 
「それじゃ全力で隠れさせてもらおうか」
 
「よし、逃げますよ~」
 
「マリカちゃん、頑張りますわよ!」
 
「あ~いっ!」
 
 4人が一斉に散る。
 
「本当に元気ね」
 
 庭のテーブルで紅茶をゆったりと飲むエリス。
 マリカも寂しさを忘れてよかったわ、と思った。
 
 
 
 
 
「さて、と」
 
 1分後、修が動き出す。
 
「ココ。お前は何してんだ?」
 
「鬼ごっこなら逃げ切ればいいんです!」
 
 左右にステップを踏みながら、待ち構えるはココ。
 どうやら一番に鬼ごっこを楽しみたいらしい。
 
「その挑戦、受け取った!」
 
 修が駆け出す。
 100メートルを10秒台前半で駆ける修の足。
 人間の出せる上級の速度。
 普通ならば驚くだろう。
 だが、その速さを予測しつつ、ココが左にステップしてかわす。
 あの速度ならすぐに方向転換はできないと見切った。
 振り返りながら、
 
「どうです!?」
 
 勝ち誇ったような顔を浮かべるココに、
 
「はい、残念」
 
 修は肩をタッチする。
 
「……え?」
 
「ココちゃん。開始5秒で終了ね」
 
 庭でのやり取りをエリスが見ながら、結果を口にした。
 修はすぐに次の獲物を狙いに家の中へと向かう。
 
「えぇ~~っ!? なんで!? どうして!? かわしたはずです!」
 
 もう姿の見えない修に納得がいかない様子のココ。
 
「シュウ君、すごかったわよ。ココちゃんがかわした瞬間にピタリと止まって、すぐ背後に回ってたわ。慣性の法則とか摩擦係数とかもう、完全に無視してたわね」
 
 おそらくは修の技術なのだろうが、エリスには理解できない動きだった。
 
「そんな~……」
 
 しょんぼりとするココ。
 初めての鬼ごっこ。記録、5秒。
 

 
 
「続いては……っと」
 
 家の中をキョロキョロと探す。
 
「たぶん、卓也だったらこの辺だな」
 
 調理場へと入り、丹念に棚下などを探っていく。
 
「いない……わけねーな。あとは人が入りそうなサイズは……おっ、見っけ」
 
 大型の冷蔵庫に視線を送る。
 荘厳なそれを、バッと開ける。
 
「……お前、制限時間10分なのに普通、この場所は気付かないだろ」
 
「はっ、甘い。何年連んでると思ってんだよ」
 
「くそっ、やられた」
 
 卓也、冷蔵庫の中にて捕獲。
 記録、1分27秒。
 
 
 
 
 続いての獲物を求めて、修は広間へとたどり着く。
 
「結構でかいから初心者は選びそうなんだよな」
 
 言いながら修はテーブルの下を覗き込む。
 
「ビンゴ」
 
「えっ!? シュウ様!?」
 
 イスの隙間を縫ってアリーが身体を隠していた。
 
「考えが甘いな、アリー」
 
 アリー、捕獲。
 記録、2分5秒。
 
 
 
 
「あとはマリカだけなんだけど……」
 
 うろうろと家の中をうろつく。
 
「小っこいし赤ん坊の考えなんて読めねえし、最大の難敵なんだよな」
 
 とりあえず、片っ端から探す。
 だが、見つからない。
 
「あと行ってないのは、部屋だけなんだよな~」
 
 トラスティ家各々の部屋。
 さすがの修と言えども、フィオナの部屋に無断で入り込む度胸はない。
 
「おっ?」
 
 とりあえず優斗とフィオナの部屋の前まで向かったところで、優斗の部屋のドアが少し開いていることに気付く。
 
「こりゃ助かったかな?」
 
 優斗の部屋なら堂々と入れる。
 足を踏み入れ、マリカが隠れていそうな場所をしらみつぶしにする。
 
「あ・と・は、クローゼット!」
 
 思いっきり開ける。
 
「あうっ!?」
 
 その片隅でマリカを見つけた。
 
「はっはっはっ。マリカ、これでお終いだな」
 
「うぅ~」
 
「つーわけで、マリカ捕まえ――」
 
「あうっ!」
 
 その時だった。
 マリカを触ろうとした修の手が空を切る。
 
「マジ?」
 
 予想外の速さでマリカが逃げ出した。
 
「いいぜ、マリカ。制限時間までリライトの勇者から逃げられると思うなよ!」
 
 
       ◇      ◇
 
 
「ココさん、5秒はないですわ」
 
「5秒はない」
 
「だって避けきれると思ってたんです!」
 
 捕まった3人で談笑する。
 目下の会話はココが5秒で捕まったこと。
 
「あんなのに身体勝負を挑むのは無理だって」
 
「そうですわ。シュウ様と対等にやれるのってユウトさんとレイナさんぐらいですもの」
 
「そ、それでも絶対にリベンジします!」
 
「ココちゃん、燃えてるわね」
 
 紅茶を啜りながらエリスが微笑む。
 その時だった。
 
「失礼ですが、こちらに龍神がいらっしゃいますね」
 
 紳士服を着た老人がいつの間にかトラスティ邸宅と卓也たちの間に立っていた。
 
「「「「  ――ッ!  」」」」
 
 反射的に身構える卓也、アリー、ココ。
 怖気が走った。
 とてもじゃないが人間に思えない。
 “何か”が人間の形をしている。
 そう感じた。
 
「……何の用なんだ?」
 
「この家に龍神がいらっしゃるのでしょう?」
 
「いるわけないだろ、こんな場所に」
 
 卓也が否定する。
 けれど、老人は笑みを浮かべた。
 
「いいえ、います。気配がありますから」
 
 断定した言い草。
 この家にいるのがバレてるのは間違いなかった。
 
「……誰なんだ、あんたは」
 
「これは申し遅れました。私はシャグル。巷ではSランクの魔物と呼ばれている“モノ”です」
 
 丁寧にお辞儀をする。
 
「……魔物?」
 
「はい。魔物には私のように人間に化けられるものもいるのですよ」
 
「それがどうして龍神を狙う?」
 
「皆様は知らないかもしれませんが、龍神を食すと不老不死になれるのですよ。ですから――」
 
 メキリ、と。
 老人の身体が変化する。
 段々と肥大していった。
 
「今から龍神を食べさせていただこうと思いましてね」
 
 不愉快な音をさせながら姿を大きくしていくシャグル。
 その時だ。
 
「た~っ! あいっ!」
 
 マリカが庭に現れた。
 
「マリカっ!?」
 
 エリスが悲鳴のように名前を呼んだ。
 けれど、マリカは修から逃げるためにとてとてと駈ける。
 
「バカ! マリカ、来るな!」
 
「マリカちゃん! 逃げてください!」
 
「駄目ですわ!」
 
 魔物を挟んだ場所から現れたマリカ。
 変化している最中の魔物の横を通り過ぎる。
 
『これはこれは。まさか龍神が自らやって来てくれるとはありがたいですね』
 
 魔物が手を伸ばす。
 
「やばいっ!」
 
 卓也もアリーもココもエリスも駆け出す。
 その瞬間だった。
 
「待てコラ、マリカ!」
 
 もの凄いスピードで修がやってくる。
 マリカに狙いを定め、一直線に駆け出した。
 その直線上に訳の分からない魔物の存在があって思わず、
 
「鬼ごっこの邪魔だ!」
 
 拳一閃、全力で吹き飛ばした。
 魔物は綺麗な弧を描いてトラスティ家から消え去っていく。
 修は魔物を気にした様子もなくマリカを捕まえた。
 
「っし。マリカも捕まえたっと」
 
「あう~」
 
「残念だったな、マリカ」
 
 ポンっとマリカの頭を叩く。
 
「ってわけで一回戦は俺の勝ち……ん? どうした?」
 
 修が勝利宣言をしようとしたら、目の前で唖然としているのが4人。
 
「どうした? って。お前……」
 
 呆れて何も言えないのは卓也。
 
「さっき、Sランクとか言ってませんでした?」
 
 ビックリした顔で固まったココ。
 
「あれ、ただのパンチですわよね?」
 
 信じられないようなものを見た表情はアリー。
 
「……ユウトが信頼するわけだわ」
 
 なんとなく納得したのはエリス。
 
「なんだよ?」
 
 マリカを抱きかかえたまま、怪訝な表情をする修。
 4人を代表して卓也が答えた。
 
「いや、お前のチートっぷりに誰もが驚いてただけだよ」
 




[41560] 史上最大の結婚式
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:9bf83f4f
Date: 2015/10/10 21:43
 
 
 
 アリーが言った通り、王様が色々と対処に不眠不休で追われている頃。
 優斗達はカフェで、とある話をしていた。
 
「さて、お前ら。四日後にクリスの結婚式があんだけど……」
 
 優斗、修、卓也、和泉がテーブルを囲む。
 
「やっぱ花嫁をさらうのがベストじゃね? そんで、『返してほしければ――』うんぬんの口上を述べるのがベストだろ」
 
「いや、ここは裏を掻いてクリスにウェディングドレスを着せる。ダブル花嫁だ」
 
「それも有りだわ!」
 
 優斗と卓也をそっちのけで案を出し合う修と和泉だが、
 
「駄目に――」
 
「決まってるだろ!」
 
 全力で優斗と卓也が二人の頭を叩く。
 
「クリスから言われてるんだよ。お前ら二人を暴走させないでくれってさ」
 
「お前ら、王族も貴族もやってくるような結婚式に変なことやろうとするな」
 
 とりあえず二人は注意してみる。
 けれど、だ。
 
「つまらん」
 
「それじゃつまんねーよ」
 
 思った通りすぎる回答が和泉と修から返ってきた。
 
「つまんなくていいんだよ」
 
 卓也が呆れたように頭を掻き、
 
「“盛り上げる”じゃなくて“余計なこと”の範疇なんだから。修と和泉がやろうとしてるのは」
 
 優斗が冷静に反論する。
 しかし、
 
「あん? じゃあ、全力全開で盛り上げりゃ問題ないって優斗は言ってるんだよな?」
 
 修から予想外の反論が来た。
 
「それは……向こうに迷惑かからなければ問題ないと思うけど」
 
 優斗が肯定すると、修がニヤリと笑う。
 
「言ったな、優斗」
 
 つまりは“何かやってもいい”と言外に告げている。
 
「よっしゃ。じゃあ馬鹿なことはやらないでやっから、度肝を抜くぐらいのやつをやってやるよ」
 
「……何をする気なんだ?」
 
 卓也がいぶかしむ。
 
「お前らも参加な」
 
「……マジか?」
 
「……マジで?」
 
「大丈夫だって。大それたことやろうとするだけで、馬鹿なことじゃねーから」
 
 修は全員の顔を寄せる。
 別に誰かが聞いているわけでもないが、秘密の相談っぽくする。
 そしてあれやこれや、自分の案を話し始めた。
 
「……これ、できるだろ?」
 
 全員に確認を取ってみる。
 
「まあ、和泉なら用意できそうだし、僕と修の力なら不可能じゃないと思うけど……」
 
 確かに大それたことをしようとしているが、問題には……おそらくならない。
 
「こういう時のために勇者の力ってのはあるんだよ」
 
「それだとオレの出番が少ない」
 
 卓也が不満を漏らす。
 
「えっと……じゃあ、こういうのはどう?」
 
 今度は優斗が新たな案を出す。
 全て聞くと、卓也も満足そうに頷く。
 
「分かった。久々に腕が鳴るな」
 
 修は卓也も納得すると立ち上がる。
 
「よっしゃ。そんじゃ、下見やら用意やらしないとな」
 
 修の合図で全員が頷いた。
 
「了解だよ」
 
「はいよ」
 
「いいだろう」
 
 気付いたら、全員で大それたことをしようとしていた。
 しかもノリノリで。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 ――三日前。
 
 
 修と優斗で教会の下見をする。
 壮大な感じではなく、森の中にひっそりとあった。
 
「これ、やっぱり木とか色々と動かすはめになるから、振動は凄くなるよ」
 
「やっぱりか。まあ、俺がどうにかするわ」
 
「了解」
 
 念入りに二人で下調べを行う。
 
「あっ、精霊術使ったらフィオナにバレるかも……」
 
「安心しろ。それもどうにかしてやんよ」
 
 
 
 
 ――二日前。
 
 
 部屋に籠もっている和泉のところへ卓也が顔を出す。
 
「和泉、間に合うか?」
 
「打ち上げ自体は問題ない。打ち上げるために必要なものは買えた。問題は多種多様な光なんだが……」
 
 中々に難しい。
 元来、何ヶ月もかかって作るモノだ。
 それを魔法という知恵を得て、僅か数日で作ろうとしている。
 
「あれって本物は化学反応だろ?」
 
「無論だ」
 
「だったら優斗のノームかパラケルススでどうにかなるんじゃないか?」
 
「……いや、現存の魔法でどうにかできる。なればこそ、これは俺の仕事だ。俺以外の力を借りて楽にやってはクリスも感動がないだろう?」
 
「……無理はするなよ、和泉」
 
「ああ、分かっている」
 
 
 
 
 ―― 一日前。
 
 
 優斗は卓也と一緒に買い物をする。
 
「これでモノは揃った?」
 
 大きなものを持ちながら優斗が訊く。
 
「大丈夫だ。オレも一昨日、昨日と試したけど、ほとんど向こうにあるものと同じのを揃えられた」
 
 差異はほとんどない。
 
「だったら、あとは作るだけだね」
 
「そうだな。……っと、修と和泉はどうした?」
 
「あの二人は最終確認。色付けも成功したらしくて、修が張ってる完全結界魔法の中で試し打ちしてる」
 
「じゃあ、あいつらのやってることが問題なければ、準備はオッケーだな」
 
 
 
 


 ――クリスとクレアの結婚式当日。
 
 
 正装したチームのメンバー。
 男子はクリスの控え室へ。
 女子はクレアの控え室に、昼過ぎからそれぞれ集まっていた。
 まず、男子の控え室へ。
 
「シュウ、イズミ。今日は本当に何もしないでくださいよ?」
 
 白に統一された服装を着ているクリスが念を押すように言った。
 
「ユウト。この二人、変な計画は立ててませんよね?」
 
「大丈夫。“変な計画”はしてないって」
 
 そう、別に“変な計画”は立ててない。
 
 ――大それた計画は立てたけど。
 
 というか、優斗もノリノリで乗った。
 
「ならば安心なのですが……。いいですか? クレアを攫うとか自分にウェディングドレスを着せるとかやろうとしたら、はっ倒しますからね」
 
 瞬間、四人が吹き出した。
 
「クリス、凄えな。優斗たちにボツを喰らったやつ、まさしくそれなんだわ」
 
「……やはり計画は立てたんですか」
 
「安心しろ。しっかり頭を叩かれてっから」
 
「当然です!」
 
 クリスの大声に、また四人が笑う。
 
 
 
 
 続いては新婦の控え室。
 フィオナ、アリー、ココ、レイナ、リル、クレアがいる。
 
「クレアさん、綺麗ですわ」
 
「あ、ありがとうございます、アリシア様」
 
 未だに数度しか会っていないアリーに緊張を隠せないクレア。
 それでもどうにか返事をする。
 
「本来は父様も来る予定でしたが、早急に終わらせなければならない仕事が多々ありますので、わたくしが王族の名代として来ています。これ以上、緊張する必要はありませんわ」
 
「は、はい」
 
 落ち着かない様子のクレアに、ココが話しかける。
 
「だいじょうぶです。さっき見たらクリスさん、とっても格好良かったですから。クレアさん、目を奪われて緊張なんてなくなっちゃいます」
 
 かなりとんちんかんなことを言うココに、全員が軽く笑う。
 
「その格好良いクリスは、かなり心配していたようだがな」
 
「ですね。シュウさんとイズミさんの姿を見るまで、安心できていないようでした」
 
「仕方ないけどね」
 
 レイナとフィオナとリルの発言に、アリーとココが呆れるように納得した。
 
「どういうことですか?」
 
 一人、分からないクレアが首を捻る。
 レイナが苦笑し、
 
「何かやられるのではないかと心配しているだけだ。クリスは特に被害者だから、この場でもあの二人が仕掛けてくるのではないかと気が気で仕方ないのだろう」
 
「まあ、ユウトさんとタクヤさんがいるので、さすがに諦めたとは思いますわ」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 聖堂の中でまさしく、結婚式が行われていた。
 全員が今は大人しく二人の様子を見守っている。
 
「お二方とも、龍神に永遠の愛を誓いますか?」
 
 神官が尋ねる。
 二言なく、クリスとクレアは頷いた。
 
「「誓います」」
 
「よろしい。それでは誓いの口付けを」
 
 神官に言われると、クリスはクレアのヴェールを後ろへと流す。
 そして、
 
「…………」
 
「…………」
 
 ゆっくりと口付けをした。
 神官は見届けると、
 
「では、これよりお二方には洗礼の儀を行っていただきます」
 
 そしてクリスとクレアを奥の部屋へと誘う。
 優斗たちにはよく分からない“洗礼の儀”というものだが、要は夫婦になったので身も心も綺麗にして旅立ちなさい、ということらしい。
 つまり招かれた者達は洗礼の儀が行われている間、暇になる。
 当然のこと、本来はその場で待機し、戻ってきた二人を祝福するのが通例。
 なのだが、
 
「ごめん。ちょっとトイレ行ってくるね」
 
「そんじゃ俺も行くわ」
 
「ならば俺も行こう」
 
「なんか皆が行くからオレも行く」
 
 図ったように優斗たちは席を立った。
 
「シュウ様。20分しかありませんし、うっかり話し込んで遅れないでください」
 
「分かってんよ」
 
 笑って全員で聖堂から離れる。
 当然トイレには行かず、教会の出口へと向かった。
 
 
       ◇     ◇
 
 
 そしてやって来た勝負の時間。
 
「修! 今、何分経った!?」
 
「17分だ!」
 
「卓也! 和泉! あと三分、設置は大丈夫!?」
 
 優斗の声が二人に届く。
 
「問題ない!」
 
「オレはちょっとまずいかもしれない!」
 
「和泉はフォロー行ける!?」
 
「任せておけ!」
 
 ぶっつけ本番、四人で“大それた計画”を仕掛けていた。
 
「優斗、ちょっとズレてんぞ!」
 
「どれ!?」
 
「右側の奥から三つ目……そう、それだ! 30センチ左にずらせ!」
 
「了解! ノーム、頼んだよ!」
 
 言われた場所を動かす。
 全員、テンション上がっていた。
 
「こっちも設置終わったぞ!」
 
 卓也から報告が入る。
 
「僕もこれを動かしたら……終了!」
 
 修に言われたところを直して、全ての作業が終わる。
 
「オッケー。時間内に全部、終わったな」
 
 修は頷いて“魔法を解いた”。
 彼が使っていたのは完全防御魔法。
 魔法はおろか、音も気配も全てを遮断する魔法。
 それを縦、横、長さ200メートル超のものを張っていた。
 
「あとはクリスとクレアが来るのを待つだけ、だな」
 
「うん。ここからがもう一つの本番だね」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 クリスは洗礼の儀から戻ると、彼らがいないことに気付いた。
 少し嫌な予感が生まれたが、さすがに優斗と卓也がどうにかしていると思って打ち消す。
 もうやることは少ない。
 皆を引き連れて教会の出口まで行くこと。
 出口から馬車まで、また皆に祝福を受けながら歩くこと。
 二人で馬車に乗ってパーティー会場まで向かうこと。
 以上だ。
 しっかり全うしようと思い、にこやかに笑顔を浮かべながらクリスはクレアと共に歩く。
 後ろを着いてくるリルやレイナが、どうしてあの四人はいないのだと憤慨しているのが笑える。
 教会の出入り口にたどり着いた。
 扉をクレアと共に開けたら、少し待機。
 皆が馬車までの道のりを囲ってくれるので、それが終わったら再び歩く。
 
「クレア。開けますよ」
 
「はい、クリス様」
 
 クレアが頷き、二人して扉に手をかける。
 そして開けた瞬間、
 
「……えっ?」
 
 クリスから驚きが漏れた。
 次いでクレアからも驚きの声が出てくる。
 
「……まだお昼すぎ……ですよね?」
 
 クリスとクレアが驚くのも無理はない。
 暗闇が全面に広がっていた。
 夕暮れ時ですらない。
 いくら冬とはいえ、こんな時間に暗闇が空一面になるわけもない。
 クリス達の後ろにいる客人にも動揺が伝わっていく。
 
「なぜ?」
 
 けれど現に、目の前の道が見えない。
 困惑するクリス。
 すると、
 
「あっ、クリス様、見てください!」
 
 クレアが暗い空を指差した。
 そこにあったのは、
 
「流れ星?」
 
「凄いですね。たくさんありますよ」
 
 一つ二つどころではない。
 一秒間に四つも五つも見える。
 
「…………」
 
 呆けて空を見るクリスだが、今度は唐突に何か打ち出す音が聞こえた。
 クリスもクレアも客人も驚く。
 少し甲高い音が『ひゅ~』と鳴った。
 そして――低い破裂音と共に一輪の鮮やかな花が咲いた。
 さらに打ち出す音は続く。
 色を変え、形を変え、いくつもの花火が咲き狂う。
 
「……綺麗ですね、クレア」
 
「はい」
 
 やがて打ち出す音は止まる。
 僅か30秒ほどではあるが確かに美しい光景だったと。
 クリスの胸に刻み込まれながら最後の花火が消える。
 これで終わりかと思ったが、今度は馬車までの道のりがライトアップされた。
 クリスの驚きは止まらない。
 
「これは……」
 
 ただ、木の間にあった通り道ではなかった。
 左右の木は30メートルほどずらされており、馬車へ続く道はただの土塊ではなく大理石が白く輝いている。大きさにすれば縦40メートル、横60メートルの現実では存在しない一枚の大理石。そして、その上には紅い絨毯が敷かれており、先には馬車がある。
 絨毯の両脇は綺麗に大理石が削られており、澄んだ水が流れていた。しかも絨毯の両脇だけでなく大理石全体に見事な水路を作り、見るものを感動させた。
 さらに外には荘厳な石柱が8本ずつ、計16本並んでいる。
 石柱には蛍光の魔法具が仕込まれていて、柔らかな光を放っていた。
 
「……しょうがない人達ですわね」
 
 呆れるように、けれど嬉しそうに溜め息を吐き、立ち止まっているクリス達の横を通り過ぎるアリー。
 フィオナ達も似たような表情を浮かべながら馬車までの通り道で出迎える準備をする。
 彼女たちが動いたことによって他の客人も、恐る恐る向かった。
 
 
 
 
 隠れながら様子を窺う優斗達。
 
「全員、通り道に並んだ?」
 
「問題ない。客も並び終わった。あとはクリス達が歩いて馬車に乗るだけだ」
 
 和泉が答える。
 
「オッケー。そんじゃ仕上げといくぞ、優斗」
 
「分かったよ」
 
 同時に構える。
 まずは修が紡ぐ。
 
『求め彩るは極彩の光』
 
 彼が詠むのは、攻撃魔法じゃない。
 
『移ろい最果てに現れるものよ。我が手、我が内、夜天を駆けろ』
 
 神話魔法は攻撃だけじゃない。
 祝福するものもある。
 だからこそ、今この瞬間、神話魔法は使うに値する。
 
『巡れ鮮光。鮮やかなる透を壮大なる空へと示せ』
 
 極大の魔法陣が空へと広がり、光のカーテンを作り出す。
 
「頼むぞ、優斗」
 
「任せて」
 
 今度は優斗が一言、
 
「――アグリア」
 
 告げた。
 魔法陣から現れるは四対の純白な羽根を持つ女性型の大精霊。
 
「お願いね」
 
 軽い調子で告げる優斗に、光の大精霊は優しく微笑んだ。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 客人が困惑している最中、いざ歩こうとした時だった。
 空に極大の魔法陣が広がった。
 けれど魔法陣は広がり、広がり、そして……消える。
 瞬間、
 
「……わぁ」
 
 極彩の光のカーテン。
 オーロラが魔法陣の代わりに広がっていた。
 隣にいるクレアが空に目を奪われる。
 客人も同様だ。
 リライトでは絶対に『あり得ない光景』を目にして、奪われないものなどいない。
 クリスも空に視線を取られる。
 
 ――まったく……。
 
 そして見上げながら思う。
 
 ――まったく、彼らは……。
 
 今の出来事ができるのは、彼らしかいない。
 昼過ぎに夜空を広げることも。
 星を降らせることも。
 花火を打ち上げることも。
 道を作り替えてしまうことも。
 オーロラを作り出すことも。
 全部、彼らしかできない。
 
「行きましょうか、クレア」
 
 空に目を奪われている妻を促す。
 
「あっ、は、はい」
 
 慌ててクリスの腕を取る。
 歩こうとすると、今度は空からクリスとクレアに輝かしい純白の光が、まるでスポットライトのように当たる。
 気付けば、通り道の照らす光量も少し落ちている。
 通り道を飾る客人たちからは「素晴らしい演出だ」と賛辞が続く。
 仲間たちの横を通ると全員が全員、苦笑していた。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 クリスとクレアが乗った馬車は無事、移動する。
 
「おし、まずは一つ目……大成功!」
 
 イェイ、と全員でハイタッチをする。
 
「エレスもありがとう」
 
 優斗が闇の大精霊に声を掛けると、騎士の姿を模した闇の大精霊が消える。
 そして空には再び、青空が戻る。
 
「じゃあ、次は――」
 
「シュウ様! 皆さん!」
 
 と、全てが終わったところでアリー達に居場所がばれる。
 女性陣が全員、男性陣のところへと向かってきた。
 
「何もやらないのではなかったのですか!? しかもユウトさんもタクヤさんも一緒にやるだなんて……」
 
「何もやらないって……そんなこと、誰か言ったか?」
 
 修が男性陣に訊くが、全員が首を横に振る。
 
「やらないのは『変な計画』であって『大それた計画』をやらないとは、誰も言ってないよね」
 
「だよな」
 
「そうだ」
 
 示し合わせるように頷く。
 
「……確かに変なことはやっていませんが、大それ過ぎですわ」
 
 けれど何か言ったところで後の祭り。
 
「まあ、いいですわ。わたくし達も馬車でパーティーに向かいましょう」
 
「あっ、俺らはそれも抜けっから」
 
 突然の爆弾発言にアリー達がまた驚く。
 
「……シュウ様。今度は何をするつもりなのです?」
 
 訊いてくるアリーに、修は次なる計画を話す。
 すると、だ。
 
「わたくし達をのけ者にしてやることではありませんわ」
 
「当然ね」
 
「そうです!」
 
「私とて、あの二人を祝福したい気持ちはある」
 
「私はお手伝いできると思いますよ」
 
 意外にもアリー、リル、ココ、レイナ、フィオナが乗ってきた。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 夜七時。
 およそ二時間ほどのパーティーも無事に終わる。
 客人への応対やら何やらで非常に疲れたクリスとクレア……ではあるが、
 
「結局、皆さんは来ませんでしたね」
 
 クレアが少し寂しそうに言った。
 
「何かあったのですよ、きっと。もしかしたら説教で遅れてしまったのかもしれませんし」
 
「でも……」
 
「ほら、しょんぼりしないでください。クレアもお腹がすいてるでしょう? 今日は――」
 
「レグル様!」
 
 と話したところで、従業員から呼び止められる。
 
「どうかされましたか?」
 
「こちらをお二方に渡してほしい、と」
 
 従業員は封筒をクリスに手渡す。
 
「それでは、失礼します」
 
 従業員は渡し終えると、すぐに去って行く。
 見れば差出人の名前は無い。
 クリスは首を捻りながらも封筒を開く。
 
「なんですか?」
 
「ちょっと待ってください。えっと……『パーティー終了後、トラスティ家まで来ること』と書いてあります」
 
「……フィオナ様の家にですか?」
 
「そうですね」
 
「何をするのでしょうか?」
 
「分かりません。自分に彼らのことを説教しろ……かもしれませんね」
 
 さすがに色々とあったので理由が読み切れない。
 
「とりあえず、向かったほうがよろしいでしょうか?」
 
「彼らが来てほしいと手紙を送ってきたのだから、向かいましょう」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 トラスティ邸へと到着し、馬車から降りる。
 すぐ目の前に優斗と修がいた……のだが、
 
「……それは何の格好ですか?」
 
 なぜかギャルソン姿の二人に問いかけざるを得ない。
 けれど優斗も修も問いかけには答えず、綺麗に頭を下げた。
 
「クリスト=ファー=レグル様、クレア=ファー=レグル様。本日はご予約、ありがとうございます」
 
 まずは優斗が台詞のようなものを口にする。
 続いて修。
 
「料亭――『異世界』へようこそ。今宵一日限りのオープンとなりますが、どうぞごゆっくりとお楽しみください」
 
 修も珍しく綺麗な言葉使い。
 
「ユウト? シュウ?」
 
「どうぞこちらへ」
 
 優斗と修が二人を促す。
 どうやら、クリスの問いかけに答えるつもりはないらしい。
 仕方なく二人についていくクリスとクレア。
 広間に通され、椅子に座らされる。
 いつもはすっきりとしている広間が、煌びやかな内装に変わっていた。
 修が口を開く。
 
「それでは本日のスタッフをご紹介させていただきます」
 
 右手を差し出した。
 すると、隠れた場所からまず一人、出てくる。
 
「料理人――卓也」
 
 まるでコックの格好をした卓也が出てきて、頭を下げる。
 
「料理サポート――フィオナ、レイナ」
 
 似たような格好のフィオナとレイナも頭を下げる。
 
「飾り付け――和泉、アリー、ココ、リル」
 
 四人が続けて出てきては同じように。
 
「副支配人――優斗」
 
 優斗も深々と頭を下げる。
 そして言葉を引き継ぐ。
 
「最後に当料亭の支配人――修。以上がスタッフとなっております」
 
 もう一度、全員がクリスとクレアに頭を下げた。
 また修が口を開く。
 
「本日、お二方にお出しさせていただくのは私達、『異世界の客人』による異世界料理のフルコースとなっております。是非ともご堪能くださいませ」
 
 パンパン、と修が手を叩くとたくさんの料理が出てくる。
 どれもこれもがクリスとクレアには見たことがない料理だ。
 
「……どうして、これを?」
 
 不思議そうにクリスが修たちを見た。
 今日あったことは一般的な祝福とは明らかに違う。
 度が過ぎているといっても過言ではない。
 
「どうして、と言われましても……」
 
 修は当たり前だ、というように笑みを浮かべた。
 
「私達にできる精一杯のお祝いが、結婚式に行ったことや料理なのですよ」
 
 いつも馬鹿げたことに付き合ってくれるクリスに送る、心を込めた贈り物。
 修たちがそうすると決めたのはごく自然の考えだった。
 
 
「貴方は私たち異世界から来た者にとって、この世界で出来た“初めての親友”なのですから当然です」
 
 
 彼らの全てを賭して祝福するのは当たり前のこと。
 そして修も優斗も、卓也も和泉も。
 本当に優しく笑った。
 いつものような悪戯めいた笑顔ではなく。

『ありがとう』

 それだけを込めた笑みだった。
 
「………………」
 
 初めて聞いた、彼らの心の声。
 
「…………本当に……」
 
 クリスが俯く。
 
「……本当に馬鹿ですね、四人とも」
 
 目頭が熱い。
 
「……何が“初めての親友”ですか」
 
 自分なんて“生まれて初めて”の親友達だ。
 
「……何が精一杯のお祝いですか」
 
 彼らが結婚式を行ったとき、これ以上のものを返せる自信なんてない。
 
「……似合ってないんですよ、その口調」
 
 違和感しか生まれない。
 修達が苦笑する。
 
「……まったく……貴方達は……」
 
 呆れるような声音を出すクリス。
 でも、駄目だ。
 我慢しようとしても、溢れてくる。
 止める術が分からない。
 嬉しくて、嬉しすぎて止まらない。
 
「えっ!? ちょ、なんで泣く!?」
 
 まさかクリスが泣くとは思ってなかったので、修が本気で焦る。
 口調も普段のものに戻った。
 クリスは四人を見ると、珍しく声を張る。
 
「自分だって“初めての親友達”にこれだけ壮大に祝われて、嬉しくないわけないでしょう!!」
 
 涙を零しながらクリスが言い放つ。
 
「変な心配してた自分がバカみたいではないですか……」
 
 何かやるとは思っていたけれど。
 むしろ変なことをするんじゃないかと楽しみ半分、恐がり半分だったのに。
 こんなに嬉しいことをしてくれるとは思っていなかった。
 修たちがクリスの姿に満足げな表情を浮かべる。
 
「まっ、そんだけ喜んでくれたらやった甲斐あったわな」
 
「結婚式のときなんて修の神話魔法と大精霊八体に精霊の主を費やすという過去に例を見ない規模の祝福だからね」
 
 おそらく過去に存在しない。
 というかするわけがない。
 
「ユウト、そうなのですか?」
 
「だってオーロラは修の神話魔法だし、大理石と石柱を地の大精霊。流れてる水は水の大精霊から出して貰った最高の霊水。暗闇は闇の大精霊にやってもらって、流れ星は精霊の主に星を降らさせて、最後のスポットライトは光の大精霊」
 
「別に神話魔法だって攻撃だけに使うわけじゃねーしな」
 
「精霊術もそうだよ」
 
 続いて優斗は和泉に右手を示し、
 
「周囲を照らしたライトと花火は和泉の作品」
 
「ふふっ。イズミの作品でこれほど喜んだのは初めてですよ」
 
「そう言ってもらえると、頑張った甲斐があったというものだ」
 
 和泉が嬉しそうに頷く。
 すると、修がいつものような笑みになり、
 
「そしたら卓也が自分だけやることない! って言い出してよ、この料理が出てきたってわけ」
 
 自分だけクリスを祝えてない、と思っていた卓也の心境をばらす。
 
「バカ! バラすな、そんなこと!」
 
 卓也が修の口を塞ごうとする。
 周囲に笑いが起こるなか、続きは優斗が引き継いだ。
 
「結婚式が終わったあと、パーティーに参加しないで料理作るって言ったらアリー達もやるって言い出して」
 
 クリスが女性陣を見れば、うんうんと頷いている。
 
「このように全員揃って待ち構えてたというわけだ」
 
 レイナは自慢げに。
 
「わたし、頑張って動きました!」
 
 ココは嬉しそうに。
 
「私も誠心誠意、お祝いの気持ちを込めて手伝いましたよ」
 
 フィオナは笑みを浮かべ。
 
「わたくしも飾り付け、頑張りましたわ」
 
「あたしもね」
 
 アリーとリルが楽しそうに頷いた。
 彼女たちにとってもクリスは大切な仲間。
 祝いたい気持ちは一緒だった。
 
「皆さん、ありがとうございます」
 
 クリスが目元にある滴を拭いながら笑みを浮かべる。
 
「うしっ。そんじゃ、冷めないうちに料理、食べろよ! 食えないぐらいに作ってるから!」
 
 修の合図で、さらに続々と皿を運ばれてくる。
 本当にたくさんあるので、卓也も気合いを入れたことがはっきりと分かる。
 クリスは苦笑しながら、
 
「一緒に食べましょう。貴方達と一緒にいるのにクレアと二人で食べるなんて、自分には違和感があってしょうがないですよ。クレア、いいですよね?」
 
 と横を向いてクリスは確認するのだが、
 
「……な、なんでクレアが泣いているのですか!?」
 
 隣ではクレアが号泣していた。
 
「だ、だってクリス様と皆様のやり取りが、素晴らしくて……っ!!」
 
 ボロボロと大粒の涙が止まらない。
 
「ほ、ほら、せっかくの料理が冷めてしまいますから。頑張って泣き止んでください」
 
 子供をあやすようにクレアの頭を撫でるクリス。
 
「は、はいっ。わたくしも皆様と一緒に食事、取りたいです!」
 
 しゃくりながらも必至に泣き止もうとするクレアを微笑ましく思いながら、優斗たちは椅子をテーブルへと持っていって座る。
 ついでにシャンパンを全員分、用意する。
 修が音頭を取った。
 
「みんなコップ持ったか!?」
 
『持った!!』
 
「クレアは泣き止んだか!?」
 
「はい!」
 
「よっしゃ! 今日はクリスとクレアを祝ってんだ。全員、全身全霊を込めて叫べよ!」
 
『もちろん!』
 
 コップを持ち上げる。
 
「それでは、二人の結婚を祝って――っ!」
 
 全員がクリスとクレアに高々とコップを向けた。
 
 
 
 
 
 
「「「「「「「「「「  乾杯!!  」」」」」」」」」」
 
 




[41560] 一つの事件、連なる出来事
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:569dac24
Date: 2015/10/24 21:37

 
 
 いつか。
 いつか、と。
 願っていることがあった。
 
 いつか友達ができたら、恋愛相談をしてみたい。
 いつか友達ができたら、あだ名で呼んでみたい。
 いつか友達ができたら、その人を目一杯大切にしたい。
 
 子供ながらに抱いた、小さな小さな夢物語。
 公爵という立場なんてどうでもいいと言ってくれる友達ができたなら、こんな小さな夢を叶えようと思っていた。
 
 ――そして。
 
『いつか』は訪れて。
 いくつかは出来たけれど。
 やっぱりまだ、叶えられないこともあって。
 
 ――それでもいずれ。
 
 一緒にいるのだから。
 大切な仲間たちと一緒にいるのだから。
 叶うと思っていた。
 
 ――でも。
 
 知らせが届いて。
 文が届いて。
 もしかしたら、願っている『いつか』は出来なくなってしまうのでは、と。
 もしかしたら、祈っている『いずれ』は無理になってしまうのでは、と。
 思ったから。
 
 ――少しだけ、頑張ろうと思ったんです。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 12月、年末差し迫る頃。
 
「……すまん」
 
 トラスティ家テラスにて王様と優斗、マルスでなぜか酒を飲んでいた。
 
「いえ、やりすぎた僕のせいでもありますし。昨日、いくつか他国の方と会ったことからも嫌な予感はしていましたから」
 
 手を横に振って優斗が問題ないとアピールする。
 
「そう言ってくれると我も助かる」
 
 安心したように王様が杯を煽る。
 どうやら王様とマルスは幼少の頃からの付き合いだったらしく、王子であった頃はよく来て飲んでいたらしい。
 もちろん今回、トラスティ家まで来たのは六日間の不眠不休デスマーチが終わり、優斗に伝えなければならないことがあるためだ。
 ついでに開放感から全力で酒を飲みたい、という気持ちもあった。
 優斗としては当然のこと、王城に呼ばれればすぐに行く。
 しかし王様は「久方ぶりにマルスと酒が飲みたかった」などと言って堂々、テラスまで突き進んだ。
 そして報告が、上記の通り。
 今はマルスが秘蔵の酒を選び抜いているので、彼は席を外している。
 
「研究院各所からの文が30通以上。他国からの婚姻、歓待届けが100通超。リライトのギルドに届いたパーティメンバー要請が60通。およそ200通……しかも全てが早急に連絡されたし、などと書いておって本当に死ぬかと思ったわ」
 
 さらには直接交渉も10国以上。
 全ての国に「優斗には妻がおり、貴国のように一夫多妻制の国ではないから」ということを回りくどくもしっかりと示した。
 正式に婚約者になったのだから、別に夫婦でもいいだろうと王様も引け目なく堂々と上記を記す。
 それでも妾でいいからと訴える国に追い打ちをかけるかのごとく脅すような書状を送りつける。
 これが6日間続いた。
 優斗がテンション上げて結婚式を派手にしようとしている頃、王様は可哀想な状況に追われていた。
 昨日は結婚式も終わり、優斗もゆっくりとしていて王様もあと少しで捌ききれると安心したところを狙われ、数カ国が優斗に接触を図ったらしい。
 それは優斗が丁寧に追い返した。
 けれど、だ。
 交渉をしてきた中で一国だけ、王様の力を以てしても拒否しきれない国があった。
 
「ミラージュ聖国……でしたか? 僕が行かないといけないのは」
 
「ユウトは知っているか?」
 
「いえ、リライトの歴史を知るだけで精一杯ですので、他国についてはほとんど知りません」
 
「……ふむ。ならば説明をしよう。ミラージュ聖国というのは言うなれば最大の宗教国家だ。その対象はもちろんのこと龍神。そして精霊も崇拝の対象となっている」
 
「……どういうことですか?」
 
「この世界の最大宗教はな、龍神の護るモノとして精霊がいると考えているのだ。そして筆頭の国がミラージュ。だからこそ、数少ない精霊術士の七割はミラージュ聖国におる」
 
 王様は酒を飲んで、一旦間を空ける。
 
「しかも国を作ったのは伝説の大魔法士――マティス。唯一……いや、世界で初めてパラケルススと契約した者が作ったのだ。精霊に傾倒し崇拝するのも納得できるだろう?」
 
「そうですね」
 
 王様から教えて貰ったこと、ほとんどを優斗は知らない。
 何事もない日々ならまだしも、常日頃を育児と遊びと隠れた努力に費やすので手一杯。空いた時間はフィオナとまったりしたい。
 リライトの歴史を追うだけでもパソコンがないから案外面倒なのに、他国のことなんかまだ調べる気も起きない。
 唯一知っていたのは伝説の大魔法士――マティスの一族が国を作った、ということを知っているだけ。
 どういう国なのかは知らなかったし、王様から聞いて初めて「この国がそうだったんだ」と理解した。
 しかも知っていたことだって情報源はパラケルススからだ。
 優斗からしてみれば、パラケルススだって精霊の主というよりただの好々爺だし、そんな爺から聞いた話なんていくつかの驚くべき事実を除けば、古臭いお伽噺としてマリカに面白おかしくお話する以外に活用方法がない。
 
「けれど龍神を崇拝している国なら、マリカを連れてこいとは言われなかったんですか?」
 
「もちろん前々から言われている。しかしリステル国と問題が起こったのでな。さすがに連れて行くことは出来ないと突っぱねた」
 
「確かに怖いですからね」
 
 優斗は素直に頷く。
 
「しかし、さらには契約者までもが我が国に現れた。龍神のみならず契約者をも二度も三度も断ってしまえば『リライトは龍神と契約者を独占している』と言われてしまう。特にミラージュが言うからこそ、他国にも影響が及ぶ。リライトとしても関係悪化は困るのでな。なればこそ、お前に行ってもらうしかなくなったのだ」
 
「一人で、ですよね」
 
 要求はそうあったと聞いている。
 
「正確に言うなら、行くのは二人だがな。彼女はある意味で別件なため、お前一人と考えて間違いはない」
 
「誰も連れて行ってはいけない……というのは、何かやると暗に仄めかしていると思いますが」
 
「大げさなことはせんよ。仮にも精霊同様……いや、それ以上に崇拝すべき契約者だ。やったとしても少々の色仕掛けが精々だろう。既成事実さえ出来てしまえば、ユウトを国に置いておけると思っているのかもしれん」
 
「……絶対に隙は見せないようにします」
 
「そうしてくれ」
 
 二人して酒を飲み干す。
 
「けれど……」
 
 優斗は一緒に向かう女の子について考える。
 もう一人、というのは仲間の女の子。
 
「ココも唐突……ですよね。急に婚姻が決まり、顔見せのためとはいえ“婿入りしてくる相手”の国に向かうというのは」
 
「向こうも必死だ。王族の男子を婿に入れようなど普通は考えられないが、ミラージュ聖国にはリライトに婿入れさせても余りあるほど利点がある」
 
「僕とマリカですか」
 
「おそらくな。リライトと繋がりを持っておきたい、ということだろう」
 
 ベストは優斗がミラージュ聖国にいてくれること。
 けれど望みは薄いと考えているのだろう。
 何かをやってくるのかもしれないが、あくまで相手は契約者。恐れ多いことはできない。
 ならばベターな策を同時に行ってしまおう。
 だからこそ結婚適齢期であり、王族を婿入りさせても問題ない公爵の位を持つココに白羽の矢が立った。
 少なくとも“龍神と契約者がいるリライト”との関係強化に繋がる、と。
 無論、ココ自身が優斗やマリカと親しいなどとは聞き及んでいないが、事実がそうだというのは僥倖だろう。
 もちろんココの親も大いに喜んだ。
 他国とはいえ王族と血縁関係になることなど誉れ高い、と。
 さらに相手は王族の中でも逸材という触れ書き。
 ココも学生身分ではあるが、両親は今回の申し出を快く受ける。
 
「しかし、どうにも腑に落ちないところがある」
 
「なんですか?」
 
「ココはフィグナ家唯一の嫡子。故に我も少し介入させてもらったが、相手は『王族の試練』を此度、受けるほどの逸材……という触れ書きを送ってきている。だが、我の耳にはとんでもない駄目王子としか話が届いていない」
 
 聞き届いていることと触れ書きが真逆の様相を呈している。
 
「……嘘、ですかね?」
 
「いや、お前みたいに実力を隠している……と考えられなくもない」
 
「けれど僕は相手がとんでもない駄目王子だった瞬間、婚姻を叩き潰す自信があるんですが」
 
 さすがにココが了承するなら仕方がないとも思うが、それでもココが婚姻をするということになった原因の一つは優斗にある。
 だからこそ、やってしまいかねない。
 
「契約者が物言いをするとなれば、さすがに相手も聞かざるを得ないとは思うが……。まあ、こちらとしても本心を言ってしまえば穀潰しを我が国の民にする気もなし、ましてや公爵家の長など論外。ユウトの判断で決めればいい。ココの両親には我が何とでも言ってやろう。だから――」
 
 王様は“あること”を優斗に伝えた。
 
「…………荷が重いのですが……」
 
「我は心配していない。それに仕方なかろう。判断すべき人間は、お前以外にいない」
 
「と言われても、判断基準が違いますよ?」
 
「お前達の結婚に対する感性が我々と違うことは分かっておる。それでも、我はお前に任せようと思う」
 
 と、ようやくマルスが戻ってきた。
 王様はこれで話は終わったとばかりに意気揚々と秘蔵の酒を飲み始める。
 優斗は何か言おうとして……諦める。
 どうせ覆りはしないのだから。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 二日後、優斗とフィオナが王城に向かうとミラージュ聖国の盛大な馬車と護衛が待っていた。
 ものごっつい武装をしている集団に近付くと、敬礼をされ……正直、優斗は引いた。
 ただでさえ苦手だというのに、おっさんにされるとなると落ち着かない。
 ココはまだ来ておらずフィオナと話していようかとも思ったが、周囲の注視を一身に浴びていたので、適度に別れの挨拶して馬車に乗る。
 そして数分後、ココがやって来た。
 後ろにはご両親の姿もある。
 
「あれ? フィオがいるってことはユウも来てます?」
 
「もう馬車に乗ってますよ」
 
「ふ、二人とも来るの早いです!」
 
「ココが遅いんですよ」
 
 仲の良い友達のやり取りを行うココとフィオナ。
 馬車の窓から覗いていた優斗は数日前のことを思い出す。
 
 
 
 
 それはクリス達の結婚祝いを大騒ぎでやっていた時だった。
 クレアが酒で潰れ、フィオナがいつものように甘え上戸になり、いつものようにただの酔っ払い集団が出来上がっていたのだが、中でもかなり酔っ払ったココが突然、こんなことを言い出した。
 
「わたし、これからみんなのことを略称で呼びます!!」
 
 いきなりの発言に酔っ払い全員の注目がココに集まる。
 
「いいですか~。これからは男性陣だったらタクヤさんを『タク』! シュウさんを『シュウ』! ユウトさんを『ユウ』! イズミさんを『ズミさん』! クリスさんを『クリス』と呼びます!」
 
「おいお~い! 俺は『シュウ』のまんまじゃねーか!」
 
「ズミさん……ってどこの親方なんだ俺は!!」
 
 二人の酔っ払いが煽る。
 展開は突然すぎたが、酔っ払いだからか普通に今のことを受け入れる。
 もっとも酔いが進んでいない優斗、クリス、アリー、リルは呆然としていたが。
 
「いいんです! シュウはもともと名前、短いんですから!」
 
 次いでココは視線を女性陣へ。
 
「アリーさんは『アリー』! フィオナさんは『フィオ』! リルさんは『リルさん』! レイナさんは『レナさん』! さらにアリーとフィオにはわたしを呼び捨てにすることを強要します!」
 
 なぜかニコニコとしているココ。
 素面組はこそこそと話す。
 
「ココ、大丈夫かな?」
 
「いつも以上にハイペースで飲んでましたから。何か弾けてしまったんでしょう」
 
「わたくしは別に呼び捨てにされたところで問題はありませんし、むしろ嬉しいことなのでいいのですが……」
 
「っていうか何で女性陣であたしだけ同い歳で『リルさん』なのよ!?」
 
 一人だけのけ者みたいで憤慨するリル。
 けれど周りの反応は冷淡なもので、
 
「ココの中でそういうキャラなんでしょ。高飛車女王様キャラ」
 
「出会いが最悪だったというのもあるでしょう」
 
「逆らえない感じがしますもの」
 
「……容赦ないわね、あんたら」
 
 素面とはいえ、少しは酔っているのでいつもよりもドギツイ言葉を使う優斗、クリス、アリー。
 
「いいです? わたしは常々思ってました。仲間たるみんなと一緒にいて、何かが足りない。そう、愛称や略称が足りないと!」
 
 ご高説をするかのようなココ。
 他の酔っ払いが囃し立てる。
 
「え? なに? ココって演説キャラになるの?」
 
「ココさんの最上位酔いがこのモードになるのでは?」
 
「凄いですわね」
 
「前に飲んだときはあそこまで酔う前に潰れちゃったから知らなかったわ」
 
 延々と民衆に語りかけるかのごとく話すココ。
 彼女の語りは、その後……なんと一時間も続いた。
 
 
 
 
 と、このようなことがあってココは全員の名称を改めた。
 フィオナも酔ってはいたがココの話は覚えていたので、彼女のことを呼び捨てで呼んでいる。
 
「ココ、優斗さんが浮気でもしようものなら、全力で魔法を当てて構いません。私が許可します」
 
「いいんです?」
 
「問題ありません」
 
 馬車の外で物騒な会話が行われていた。
 優斗は慌てて声をかける。
 
「ココ、待たせても悪いから行こうよ」
 
「あっ、それもそうです」
 
 ココが馬車の中に入りながら両親と軽く一言、二言と言葉を交わす。
 優斗もフィオナと窓越しに最後の言葉を交わす。
 
「浮気したら駄目ですよ?」
 
「するわけないから。信用できない?」
 
「信用はしてますが……不安です」
 
 思えば、物理的にこれほど離れるのは初めてのことだ。
 それがさらなる不安を煽る。
 
「……フィオナ」
 
 優斗は冗談なく不安そうなフィオナを見て、
 
「仕方ないな」
 
 優斗は馬車から降りる。
 無論、注目は浴びたが仕方ない。
 
「フィオナ、ちょっと目を瞑って」
 
「……? はい」
 
 不安そうな表情を浮かべたまま、素直に目を瞑るフィオナ。
 
 ――やるしかない、か。
 
 優斗は一つ気合いを入れると、フィオナの頬に顔を寄せる。
 
「――っ!?」
 
 ビックリして目を開けた彼女を優斗は間髪入れずに抱き寄せる。
 周りも当然驚いているが、今は構わない。
 
「不安、なくなった?」
 
 己の腕の中にいる婚約者に問いかける。
 
「……は……はい」
 
「戻るまで数日あるけど、頑張れる?」
 
 優斗の腕の中で、フィオナがこくんと頷いた。
 
「できるだけ早く戻るから」
 
 最後に強くフィオナを抱きしめてから、彼女の身体を離す。
 フィオナの表情からは、すでに不安は抜けていた。
 というか少し呆けている。
 周囲が唖然としていたが、優斗は愛想笑いをしながら馬車に乗る。
 少しして、先導の馬車に続いて優斗たちの乗った馬車が動き出した。
 もちろんのこと、馬車の中にはココがいるので、
 
「ユウ、大胆です!」
 
 大はしゃぎしながら優斗を賞賛していた。
 一方で優斗は、
 
「……恥ずかしすぎて死にそう」
 
 愛想笑いも崩れ、顔どころか全身を真っ赤にさせていた。
 
「え~、どうしてです? すごく素敵じゃないですか」
 
「あんな場所で女の子を抱きしめるとか、死ぬかと思った」
 
「もっと大勢の前でキスしたって聞きましたけど?」
 
「あれは酔っ払ったフィオナのせい。今のはどっちも素の状態でやったから恥ずかしいんだよ」
 
「じゃあ、どうしてしたんです?」
 
「……フィオナが不安そうだったから」
 
 でなければやるわけがない。
 
「うわ~、素敵な旦那様発言」
 
「いや、王様のせいで諸外国にはガチでフィオナの旦那認定されてるから」
 
 
 
 



[41560] 新たな立場
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:569dac24
Date: 2015/10/24 21:38

 
 
 酔った勢いで言ってみた。
 思い返すと、とんでもなく無理があったと思う。
 強引な上にバカみたいな理由。
 どういう考えでそうなったのかと自分自身に問い詰めたくなる。
 けれど、みんな文句も言わずに納得してくれた。
 
 ――うれしかった。
 
 些細な夢が、また一つ叶ったから。
 きっともう、全部は叶わないけど。
 それでも……。
 
 
       ◇      ◇
 
 
「ものすごく着飾ってるね」
 
 優斗はココの姿をあらためて見てみる。
 ヒラヒラのドレスで肩も出してる。
 ネックレスやイヤリングもおそらく高級品だろう。
 
「これから夫となるべき人のところへ行くんだから仕方ないです。お父さんもお母さんも喜び勇んで服を用意しましたし。しかもユウが行くから一緒に行けばいいなんて、どんなです? 軽くネタの領域です」
 
「相手が王族だしね。ココの両親も早めに決めておきたいだろうし、向こうも同じでしょ。互いの意見がかち合ったってことじゃないの?」
 
「でも世話係もなし、なんですよ?」
 
「そこらへんは……どうなんだろう?」
 
 予想としては、色々とある。
 同年代の二人で同じ学院生。友人じゃなくとも馬車で二人きりの空間を作れば仲良くなるだろう……という相手側の策謀。
 無論、優斗が所帯持ちと聞いているからこそ、向こうもそういう手段を取ったとも思える。
 もしくは婿入りさせるミラージュ側が呼んでいるのだから、その他のことは向こうが全て完璧に取り計らうため、来させなくていい。
 それとも、可能性は低くとも“ココが拒否してしまう”かもしれないから、彼女の周りにいる余計な人物を来させないようにしているのか。
 色々と考えられるが、全ては予想。
 他に理由があるのかもしれない。
 所詮は優斗の浅知恵だ。
 
「というかユウはなんで制服なんです?」
 
「学生だからね。一応、制服も礼服の一つだし。それにもしかしたら、こんな服で来る僕のことを軽く見てくれるかも……」
 
「無理です。ユウは国賓待遇ですから」
 
 つまりは最上級の歓待を受けることとなっている。
 なのに制服で向かうとかチャレンジャーすぎる。
 
「……そこなんだよね。リステルにマリカを連れて行った時でさえ来賓だったのに」
 
 勘弁願いたい。
 
「ぐったりしてるところ悪いですけど、ユウはミラージュ聖国の方々にとって崇拝すべき方なんです」
 
「崇拝って……。帰りたい」
 
 キャラじゃない。
 
「諦めたほうがいいです。パラケルススを召喚しちゃったんですから」
 
 あっけらかんと言うココ。
 けれど優斗としては少々心苦しい。
 
「でも、それが僕もココもミラージュ聖国に行く理由。パラケルススを召喚したからココの婚姻にも繋がったんだし……」
 
「分かりませんよ? あくまで予想は予想。ユウのことは関係ないかもしれないですし、貴族の婚姻なんてこんなものです」
 
 平然としているココ。
 
「あっ、ユウはわたしと婚姻を結ぶ人のこと知ってます?」
 
「いや、余計な情報は入れないようにしてるんだ」
 
「どうしてです?」
 
「それは――」
 
 ぼそぼそと話す優斗。
 ココは彼の話を聞いて、大層驚くこととなる。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 ミラージュに着く。
 周りを楽しむ間もなく王城の中へと入っていく。
 優斗とココの素性が割れているのか何なのか。
 王城を歩くたびにすれ違う人が膝を着いて頭を下げるのは、勘弁してもらいたい。
 まずは来賓室にたどり着く。
 優斗とココの部屋は間に一室あっての隣だ。
 
「わたしはここで待機となっております」
 
 ココの口調が変わった。
 迂闊に親しく話してミラージュの不評を買ってはいけない……とでも思ったのだろうか。
 ことミラージュ聖国においては優斗のほうが立場が上。
 彼女も公賓待遇ではあるが、優斗が国賓待遇になっているため、最初にミラージュの王家その他とお目通しをするのは優斗だけだ。
 優斗としては国賓だの公賓だの、どうでもいいことだが。
 
 ――普通……逆じゃないの? 仮にも王族が輿入れする相手なんだからさ。
 
 そこらへんは優斗もよく分からない。
 しかも国賓と公賓を分けて謁見の間に行く理由も分からない。
 ただ呆れ半分、一人で行くのに寂しさ半分。
 騎士の方々に連れられて優斗は謁見の間へと向かう。
 
「…………えっ…………?」
 
 そしてまさしく、謁見の場へと通された瞬間だった。
 
「総員! ミラージュ建国の祖、大魔法士マティス様の再来――ユウト=フィーア=ミヤガワ様に最大の敬意を払え!」
 
 凛とした男性の声が響いた。
 同時に玉座へ続く道にいる偉い方々、全員が両手を交わし合わせ、膝立ちで頭を下げる。
 ミラージュ王すらもやってきた。
 勘弁被りたい状況だったが、迂闊に何か言えない状況でもある。
 
 ――本当に勘弁してよ。
 
 軽く泣きたくなる。
 きっかり10秒、ミラージュ王が頭を下げたあとに顔を上げる。
 
「遠路遙々、よく来てくださいました。世界で二人目となる契約者とお会いすることができ、私も光栄であります」
 
 しかも丁寧語で話しかけてきた。
 目の前にいるのは、大体50歳くらいの男性。
 30歳以上も歳が離れている人なのだから丁寧に話されるなど、正直に言って非常に嫌だ。
 しかし、今は自分の気持ちを押し殺す。
 
「この度、リライトより参りましたユウト=フィーア=ミヤガワと申します」
 
 優斗もできるかぎり丁寧に言葉を返す。
 挨拶と共に下げていた頭を上げて、少し周囲の様子を探る。
 未だに王様以外は頭を下げていた。
 
「あの……皆様も顔を上げていただけると私も非常に助かるのですが……」
 
「それはそれは。恐れ多いこと、はばかられます」
 
 ミラージュ王が否定してきた。
 
「いえ、私は頭を下げていただけることに慣れていないのです。ですから私のことを想ってくださるのなら、顔を上げてください。是非ともお願いいたします」
 
 優斗が本気で懇願する。
 すると、恐る恐るではあるが全員が顔を上げてくれた。
 おかげで優斗は少しだけ落ち着ける。
 
「アリスト王より書状を預かっております。どうぞ、こちらを」
 
 王様が認めた書状を渡す。
 本来は優斗が膝を着いて渡すものなのだが、空気がそれを許していない。
 むしろ敬語を使う空気すら出させてもらっていない。
 しかもミラージュ王が渡す際に再度、膝を着こうとしているので慌てて渡す。
 
「……これは」
 
 ミラージュ王が書状を開き、内容を見ると驚きの様相をミラージュ王が呈した。
 優斗は書状に書いてあることを告げる。
 
「リライト公爵家であるココ=カル=フィグナの此度の婚姻、アリスト王に代わり私が見定める役割である、ということを知っていただきたく思います」
 
 優斗の告げたことに周囲がざわつく。
 
「リライトの貴族の婚姻は王の承認が必要だということはご存じでしょう。しかし、貴国は私とココ=カル=フィグナの二人で、とのご所望でした。なので私がアリスト王に代わり、この婚姻を受け入れるか受け入れざるべきかを判断することになります」
 
 いくら宗教国家として確固たる地位を築いているのだとしても、国としての格は三大国の一つであるリライトのほうが上。
 もちろん利点云々、フィグナ家とミラージュ王家との力関係云々は置いておくとして、だが。
 
「大国リライトの公爵家に連なる者となるのです。私としましても生半可な者では承認することもできませんが……。ただ、触れ書きを聞かせていただいた限りは問題ないと思われます。何せ『王族の試練』を受ける方なのですから。無論、大事なのは本人がどういう人物であるのか、ということ。ですから私はココ=カル=フィグナの相手が『王族の試練を受ける方』ということ以外、情報を得ておりません」
 
 本当は『駄目王子』という話も聞いているのだが、この場で言うこともない。
 というか自分の言っていることは大抵、事実でもあるがハッタリだ。
 正直、自分がどうこうできるとは思っていない。
 けれども優斗は心境をおくびにも出さずに告げる。
 
「私の目で、耳で、全ての情報を実感した上で結論を出そうと思っています」
 
 優斗の発言に……周囲が凍り付いた。
 なぜ『凍り付いた』のかは、今はまだ優斗も判断できない。
 
「どうかされましたか?」
 
 訊くと、王様の近くにいる側近と思わしき老人が口を開いた。
 
「い、いえ、マティス様の再来である貴方様がこのような些細なことに関わることもないと思いまして……」
 
「そんなことはありません。私もリライトの一人として、貴族の一人として、公爵家に連なる方がどのような方なのか知る必要があります」
 
「さ、左様でございますか」
 
 優斗が堂々と宣言すると、老人はスゴスゴと引き下がる。
 と、ここで扉の開く音がした。
 周囲の注目が、音のした扉へと向かう。
 現れたのは、
 
「おっ! お前がリライトから来たやつなんだ」
 
 なんというか、もの凄く小さくて太ってる人だった。
 けれど若い。
 優斗よりも二つほど下だろうか。
 なんというか大家族の末っ子とか金持ち一人っ子の甘えた部分を限界まで極めたら、こんな感じになりそうだった。
 
 ――あ~、いるよね。
 
 とりあえずゲームとかアニメでテンプレのように存在するお間抜けキャラ。
 服装からして高貴な身分だとは思うが、さてどういった人物なのだろうか。
 
「おい、お前。今ここでパラケルススを召喚してみろ!」
 
 何かいきなり色々とすっ飛ばして、とんでもないことを言ってきた。
 先ほどよりも周囲が凍った。
 
「なんだ? できないのか? どうせ嘘なんだろう?」
 
 ふふん、と勝ち誇ったような顔をする
 
「……無知なこと、大変申し訳ありませんが……貴方様は?」
 
「ぼくはミラージュ聖国第3王子、マゴスだ!」
 
 なんとなく嫌な予感しかしないが、とりあえずは予感を打ち消して優斗は返答する。
 
「申し訳ありませんがマゴス様。真偽を確かめるために精霊の主を召喚するというのは、いささか無理なことかと存じます」
 
「そう言って呼べない言い訳するんだな、お前は」
 
 今度は空気が止まった。
 凍り付きすぎて止まった。
 優斗はどうしたものか、と考えて思い付く。
 
「……すみませんが、この中でリスタルの闘技大会を見に行った方はいますか?」
 
 優斗の質問に幾人かが手を挙げる。
 
「では私がパラケルススを召喚した姿を見た、というものはいますか?」
 
 さらに訊く。
 闘技場に行ったという人たちは、誰も手を下げなかった。
 確かに少しは疑問でもあった。
 どうして最初から、誰も彼もが自分を“パラケルススを召喚した人物”であることを信じ切っているのか。
 けれど見た人が何人もいれば、納得もできる。
 そのうち何人かは精霊術士なのかもしれない。
 ならば、より理解しているだろう。
 優斗はマゴスに向き直る。
 
「彼らが見ているということは証明にはなりませんか?」
 
「だからやってみろと言っているではないか」
 
 尊大不遜な態度は崩れない。
 ライカールの王女様が似たような感じだったが彼の場合は全く毒気も悪意もない、ただの馬鹿なので楽すぎる。
 怒る気もないし、不機嫌になることもない。
 けれども対処の仕方に困る。
 
 ――どうしよう?
 
 一応はパラケルススも精霊の主だし、ひょいひょい呼んだところで逆に彼らが困りそうだ。
 少し優斗が考える。
 と、沈黙を勘違いしたのか、王様が顔を真っ赤にしていた。
 
「マ、ママ、マ……マゴス!! お前は大魔法士様に対して、なんたる無礼な言葉を!!」
 
 そしてマゴスの頭を地面に叩き付けながら、自らも土下座した。
 
「申し訳ありません! この度のご無礼、是非ともご容赦のほどを!」
 
 何度も何度もマゴスの頭をゴスゴスと地面に叩き付けながら、ミラージュ王も土下座する。
 あまりの唐突すぎる展開に優斗も呆気に取られたが、さすがにこれは困ると同時に焦った。
 
 ――本当に勘弁! ホントに勘弁! マジで勘弁して!
 
 冗談抜きで洒落になっていない。
 
「ちょ、ちょっと待ってください! 一国の主ともあろうお方が私などに土下座などしないでください! 私はこの通り、何も気にしていません!」
 
 どうにかして頭を上げさせようとしたが、中々上げてくれない。
 ほとほと困り果てていたのだが、ある男性から救いの手は差し伸べられる。
 
「父上。大魔法士様も困っておられです。父上の誠意は伝わっております故、ここは顔を上げてもよろしいと思います」
 
 切れ長の瞳を持ったイケメンが助けてくれた。
 まさしく超絶イケメン。
 身長は180センチぐらいだろうか。
 少し長い髪を綺麗に後ろで纏め、茶色の髪はなぜか輝いて見える。
 すっとした鼻立ちに女性と見紛うべき小さな唇。
 だというのに、妙な色気はない。
 クリスや修よりもイケメンだろう。。
 年齢は優斗よりも一つか二つ、上ぐらい。
 
 ――なんていうか、ホストとかにいそう。
 
 かといってイメージ的に浮かぶチャラさや不誠実さはなく、ただ格好良い。
 優斗でも見惚れそうになる。
 
 ――っていうか、この声って。
 
 最初の凛とした響きを持った声の持ち主。
 イケメンボイスの彼だ。
 
 ――何この最強生物?
 
 父上と呼んだことからも王族。
 見た目と血筋だけで、通常より遙かにオーバースペックもいいとこだ。
 ミラージュ王はイケメンに言われて、
 
「真に申し訳ありません!」
 
 最後にもう一度、マゴスの頭を叩き付けながら謝って顔を上げた。
 
「いえ、私はミラージュ王に頭を下げられるほうが困りますので……」
 
 なんで格上の人物に頭を下げられないといけないのか。
 優斗の精神的には疲れることしかない。
 
「……少し拗れてしまいましたがリライト王からの書状も渡すことができましたし、私はこの場を退出したほうがよろしいでしょうか?」
 
 なんかもうグダグダになってしまったので、とりあえず訊いてみる。
 ミラージュ王から頷かれた。
 
「我が愚息のせいでとんだ事態になってしまい、恐縮の限りです」
 
「いえ、実際にパラケルススを見ていないともなれば、疑問となるのは当然のことだと思いますから」
 
 優斗が愛想笑いを浮かべると、ミラージュ王がほっとした表情を浮かべる。
 するとイケメンが場を仕切った。
 
「騎士団長! 大魔法士様を丁重に部屋までお連れしろ!」
 
 命令を受けた騎士団長が優斗を促す。
 マゴスもマゴスで強制的に退出させられていた。
 優斗は彼らに最後の挨拶をかわしてから、謁見の間から離れた。
 そのまま部屋まで連れてこられる。
 ココの挨拶が終わるまでは、ボケっとしながら時間を潰す。
 しばらくしてからココが戻ってくる気配がした。
 夜のパーティーまでは自由時間だと聞いているので、優斗はココの部屋へと行ってみる。
 もちろん、ココはこれから婚姻するべき相手と会うのだが、彼女も時間的に空きはある。
 なので部屋まで行くと、会うことはできた。
 部屋の外には護衛がいるが、中には優斗とココの二人だけ。
 というよりも控えようとしてたメイドを丁寧に外へ出した。
 優斗は緊張を解く。
 
「……疲れた」
 
「大丈夫です?」
 
 ココが苦笑した。
 二人してメイドが用意してくれた紅茶を口にする。
 
「……契約者って立場を舐めてた」
 
「何かあったんです?」
 
「ミラージュ王に土下座された」
 
「また、どうして?」
 
「いろいろとあってね。本当に勘弁してほしかったよ」
 
 生まれてこの方、お偉いさんが悪意なく頭を下げてくることなどなかった。
 
「ユウは平民感覚が抜けない貴族ですし。さっきこの部屋まで来るときも面白かったです。あの困ったような表情」
 
 くすくすとココが笑う。
 
「しょうがないでしょ」
 
「そうですね」
 
 二人して紅茶に口を付ける。
 すると来客の知らせがあった。
 優斗とココは佇まいを正して「どうぞ」と伝える。
 現れたのは先ほどのイケメンだった。
 
「先ほどの愚弟の無礼を詫びようと来たのですが」
 
 イケメンの視線がココを捕らえる。
 
「まさかフィグナ様の部屋にいらっしゃる……と……は……」
 
 ピタ、とイケメンが固まった。
 ココが首を傾げる。
 優斗も不審に思う。
 
「どうかされましたか?」
 
 優斗が問うとイケメンはハッとした様子で膝を降ろす。
 
「い、いえ。先ほどは愚弟の無礼、申し訳ありません」
 
「気にしておりません」
 
 むしろ面白かった。
 
「それより貴方はマゴス様のお兄様……ということでしょうか?」
 
「はい。ミラージュ聖国第2王子、ラグフォードと申します」
 
 イケメンは名前も格好良かった。
 
「それで、その……大魔法士様。非常に尋ねがたいのですが……」
 
「何でしょうか?」
 
「大魔法士様はどうして、フィグナ様のお部屋に?」
 
 ラグフォードが尋ねる。
 さすがにこれから婚姻を結ぼうかとする女性の部屋に男性が入るなど、普通ではあまり考えられない。
 というか親や兄妹でもないかぎり、あり得ないと思っていいかもしれない。
 だが、答えるよりも先に優斗は常々ツッコミを入れたい単語があった。
 
「あの、申し訳ありませんが……大魔法士と呼ばれる器ではありませんので、どうか名前で呼んでいただけませんか?」
 
「しかし闘技大会では独自の神話魔法を自在に操り、パラケルスス様を召喚したのですから。まさしくマティス様の再来――大魔法士様と呼ぶに相応しいお方かと」
 
 そう呼ぶのは当然だ、と。
 ラグフォードは言っている。
 
「……あ~……」
 
 ぶっちゃけた話、聞いたことのある『マティス』とパラケルススから聞いた『マティス』は違っている。
 トータルで考えれば一応は一緒なのだが、やはり実物と差異がある以上、同じだと言えないと思うのだが……。
 仮にもマティスが作った国なのだから、優斗は僅かな願いをかけて訊いてみた。
 
「質問なのですが、マティスって“何人”いますか?」
 
「それは……一人だけですが」
 
 答えるラグフォードに、優斗の願いが散る。
 
 ――この国にも伝わってないんだ。
 
 あの好々爺が嘘を言っている可能性もあるが、この話はおそらく本当のこと。
 ということはつまり、ミラージュ聖国でさえ正しいことは伝わっていない、ということになる。
 
 ――まあ、お伽噺になるほど古いことだから仕方ないのかな。
 
 優斗は諦める。
 
「あの、それが何か……」
 
「いえ、何でもありません」
 
 優斗は軽く手を振る。
 
「話を戻しますが、大層な名前で呼ばれてしまうとさすがに辛いのです。大魔法士マティスほどの功績を残しているわけでもないのですし。ですからせめて名前で呼んでいただけると助かります」
 
 最後は軽く本気の懇願が入った。
 ラグフォードも優斗が冗談抜きで願っていることに気付いたのだろう。
 
「ではユウト様、と。これでよろしいですか?」
 
「ありがとうございます」
 
 とりあえず、様付けまで格下げできたことは嬉しい。
 本音は“さん”や呼び捨てなのだが。
 少し安心して、最初の疑問を優斗は答える。
 
「では先ほどのご質問を答えさせていただきますが、謁見の間で伝えた通り、私は彼女の婚姻を判断する役割をリライト王より承っております。さらに言えば、私の妻が彼女の親友であり、私個人としても彼女は大切な仲間なのです」
 
「そうなのですか?」
 
「ええ。既知の間柄なのです」
 
 あと、と優斗は続ける。
 
「非常に恥ずかしいことなのですが、私はこういった貴族の方々や王族が集まっている場に慣れておりません。少し彼女と話して私の緊張疲れを取るのと同時に、婚姻を判断する者として、これから婚姻相手と会う彼女の緊張も解こうと思った次第です」
 
「左様でしたか」
 
 ラグフォードが納得したように頷いた。
 いいのか? とも優斗は思ったが、納得してくれたなら助かる。
 
「ならば緊張を解きほぐすがてら、王城をご案内いたしましょう」
 
 言ってラグフォードは一人の女性を部屋に入れる。
 歳は同年代くらいだろうか。
 ラグフォードに似た美少女だった。
 
「お初にお目に掛かります、ユウト様。ミラージュ聖国第2王女、ミルファと申します」
 
 女性がゆったりと頭を下げる。
 
「ミルファに案内係をさせようと思います」
 
 ラグフォードが勧めてくれたので、優斗はココに訊いてみる。
 
「どうする?」
 
「わたしは問題ありませんが……」
 
 ココが頷いたので優斗も了承する。
 
「では行きましょう」
 
 立ち上がろうとした優斗だが、ミルファが少々焦ったような声を出した。
 
「あ、あの、フィグナ様もご一緒ということでしょうか?」
 
「ええ。何か問題が?」
 
「いえ、フィグナ様はこれから会うべき人もいるのですから、ユウト様だけで……」
 
 要するに『優斗と二人で』とミルファが言ってくる。
 
「でしたら私も遠慮いたします。あくまでココが問題ないと言うから私は行こうと思ったまでです。ココが残るのなら私も残ります。ココを一人にするなど、私の選択肢にはありません」
 
 断言する。
 
「どうされますか?」
 
 優斗が笑みを貼り付けたまま訊く。
 困っている様子のミルファに、助け船を出したのはラグフォード。
 
「皆で行くとしよう、ミルファ」
 
 彼が促したので、優斗は頷いて立ち上がった。
 ココも次いで立ち上がる。
 するとミルファが優斗たちのところへ近寄ってくる。
 ドアではなくこちらへ向かってきたことに、何かするのかと優斗はいぶかしむ。
 彼女は優斗の手を取った。
 
「それではご案内させていただきます」
 
 言いながら歩こうとするミルファ。
 だが、引こうとする腕が動かない。
 
「すみませんが、手を離していただけますか?」
 
 にこやかに、爽やかに優斗が伝える。
 
「え、あの……」
 
「離していただけますか?」
 
 けれど決して甘さはない。
 彼女程度なら、それだけで気圧されて手を離す。
 
 ――さて、今のはどう考えればいいのかな?
 
 先ほどからの一連の流れ。
 誰かに言われてやったのか、それとも個人の思惑でやったのか、天然なのか。
 言われてやったというのなら、協力者はいるのかいないのか。
 もしも色仕掛けみたいなものなのだとしたら、王様が“少々”と言った以上、今ぐらいが限界だと思いたい。
 
「ラグフォード様、ミルファ様」
 
 とりあえず、今のが何であれ最初から全開で教えておこう。
 無駄な企みを吹き飛ばすくらいの事実を。
 
「先ほど、私が妻帯者であることはお伝えしたと思います」
 
「はい」
 
 代表してラグフォードが応対をする。
 
「リライトが一夫一妻制であることはご存じですよね?」
 
「知っております」
 
「故に無駄な誤解を生じさせたくないのはご理解いただけますか?」
 
「はい」
 
 ラグフォードは普通に頷く。
 隣でミルファも頷いていた。
 だが、この言葉を聞いても平静を保っていられるだろうか。
 
「私は妻を心の底から愛しています。妻に誤解されでもしたら、誤解させた者に対して何をするか分かりません。神話魔法を放ってしまうかもしれませんし、パラケルススを使い星でも降らせて押しつぶしてしまうかもしれません。下手をしたら国ごと破壊する……なんてことも」
 
 一瞬にして王女の顔が青ざめ、ラグフォードの表情が驚きを示す。
 同時に優斗は苦笑を浮かべた。
 
「まあ、国というのは大げさになってしまいますが、実際に妻を傷つけられただけで土地を消滅させてしまったこともありますから」
 
 まるまるすっきり、土一色にしたことがある。
 
「だから申し訳ありませんが、私は迂闊に見知らぬ女性と触れることを気をつけているのです。噂はどこから始まり、どこまで広がるのか分かりませんので」
 
 続いて優斗はミルファに頭を下げる。
 
「ミルファ様も私の行動はご無礼だったと思いますが、ご了承の程をお願いいたします」
 
 下げた頭を上げる。
 そこには呆けた様子のラグフォードと、少し脅えたミルファの姿があった。
 別に言い過ぎたつもりもない。
 むしろ軽く言ってあげたつもりだ。
 
 ――というより、そっちが怖がるのは違うよね。
 
 何かしらやられることを一番怖がっているのは優斗なのだから。
 
 
 
 



[41560] 過去の伝説に
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:569dac24
Date: 2015/10/24 21:38

 
 
 
 フィオナの話を聞いて、羨ましくないと言える人がどれほどいるだろう?
 たった一人の男性があれほど想ってくれている。
 たった一人の男性をあれほど想っている。
 普通の貴族なら無理なはずで、ましてや公爵ともあろう家柄なのに。
 皆が身悶えしそうな恋愛絵巻。
 誰もが羨む純愛物語。
 わたしは話を聞く度、面白くて、おかしくて、楽しくて、そして……酷く羨ましい。
 相談をされる度、必至に、真面目に、親身になって、そして……酷く希う。
 わたしでも出来るのではないかと思ってしまって。
 アリーやフィオナと一緒に悩んで、リルにばっさりと断言してもらって、レイナに助言をしてもらう。
 そんな、本当に甘美な夢を。
 
 けれど実際は知りもしない男が婿養子としてやってくる。
 割り切ってはいる。
 所詮、貴族の結婚なんてそんなものだ。
 夢も希望もありはしない。
 
 ――けど。
 
 目の前にある物語が眩しすぎて。
 近すぎて。
 小さな頃に夢見たちっぽけな“願い”が、未だ消えずに胸に残ってしまっている。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 王女様は優斗のことを恐れたのか何なのか、気分が優れないと言って帰っていった。
 なので、とりあえず三人で王城の中を歩いていた。
 優斗は残ったラグフォードを観察する。
 
「………………」
 
 おそらくは、彼は今の件について関係ない。
 彼女が戻っていった瞬間、困惑した表情を少し浮かべたことからも窺い知れる。
 弟がやったことを当人ではなく兄である彼が謝りに来ることからも、責任感があり誠実な性格なのだろう。
 打算と計算でここに来た感じはせず、少なくとも感覚的に腹黒さなどは見当たらない。
 これは今までの優斗の“経験”からして、間違いない。
 なればこそ、訊いてみる。
 
「ラグフォード様。一つ質問なのですが、先ほどのミルファ様の行動は誰かに言われてやったことだと思われますか?」
 
「……おそらくは」
 
 ラグフォードが頭を下げる。
 
「私の指導不足の至る所です。不快な思いをさせてしまって申し訳ありません」
 
「いえ、怒っているわけではありません。元々、リライト王より知らされていましたし、彼女の行動が悪いとも思いません。ただ、貴方たちは私のことを知りません。私がこういう人物であることを、やってしまった後で悔やんでも申し訳ないと思いますので、今のうちにラグフォード様から皆様にお伝えしていただけると助かります」
 
「ユウト様のご厚意、痛み入ります」
 
 本当に誠実なのだろう。
 嘘偽りなく答えてくれた。
 
「大変情けない話ですが、私は妻や仲間が傷ついたり嫌な目に遭ってしまうと、国とか全てどうでもよくなってしまうのです。相手が他国の王族だろうと何だろうと、全力で叩き潰そうとしてしまって……」
 
「王族だろうと何だろうと……?」
 
「ええ。私がパラケルススを使った闘技大会も、ライカールの王女が私の仲間を侮辱し、殺そうとしたのが原因で私がキレてしまったんです」
 
 今思えば、やり過ぎている感はある。
 優斗は少し苦笑を浮かべ、
 
「内緒になりますが、試合が終わったあとも二度とやらないようにライカールの控え室へ話し合いに行ったぐらいで」
 
 話し合いという名の“脅し”ではあったけれど。
 
「ユウ。わたし、それ初耳です」
 
 ココも聞いたことのない話だったので、思わず聞き返してしまう。
 けれど、だ。
 
「……ユウ?」
 
 普通に素に戻っていた。
 愛称で優斗を呼んでしまう。
 
「……ユウ、とは?」
 
 そこをラグフォードに突っ込まれた。
 ココは慌てて口調を戻す。
 
「ユ、ユウト様は過激なのですね」
 
 ……いや、今の取り繕い方もどうなのだろう。
 優斗は小さな溜め息を吐く。
 どうやらココは表面上平然としていたが、かなり緊張しているらしい。
 
「ラグフォード様。これからのこと、見ないフリをしていただくのは可能でしょうか?」
 
「それは……どういった?」
 
「先ほども言った通り、ココの緊張を解したいのです。ですが今のままでは緊張を解くことはできませんから」
 
 そして優斗は悪戯気にココを見る。
 
「特にこの子は緊張しすぎると失敗することも多いので」
 
 本当に世話が掛かる、と暗に言った様子にココが反射的に反論した。
 
「ユウッ! ……ト様。これでもわたしは公爵家令嬢。このようなことで緊張はしません!」
 
「さっきから失敗してるくせに」
 
 さらにからかう。
 するとココは地団駄を踏むのをどうにか堪えながら唸った。
 
「……む~!」
 
 優斗とココの何とも愛らしいやり取りにラグフォードの頬も緩む。
 
「ユウト様、フィグナ様。どうぞいつも通りにお過ごしください。私も緊張をして失敗してしまう経験はありますから、それが取り除けるのなら普段のようにしていただくのが一番でしょう」
 
 なんとも話の分かる王子様だ。
 優斗の中で彼の株がグングン上がっていく。
 
「ただ、やはり何というか……お二方は仲がよろしすぎると申しますか……」
 
 少し言い辛そうにしているラグフォード。
 優斗はそれを察して、
 
「まあ、確かにココは可愛いので疑いたくなるのも分からなくはありませんが……正直に伝えましょう」
 
 バシッと言ってみせる。
 
「ココは論外です」
 
 おそらくココあたりから文句が出ると思った優斗だが、否定は別のところから来た。
 
「そ、そんなことはない! これほど可憐な方を見たのは初めてだ!」
 
 ラグフォードが声を大きくして反論する。
 
「…………えっ……?」
 
「…………えっ……?」
 
 優斗とココが同じ反応を見せた。
 まさか否定の声がラグフォードから出てくると思わなかったからだ。
 
「えっ!? あっ、いや! 私は一般的なことを言っただけで!」
 
 自分の言ったことに気付いたのか、ラグフォードも慌てて取り繕う。
 優斗はそんな彼に小さく笑って、
 
「世の中の男性や貴方が見たらそうかもしれませんが、僕にとって恋愛対象とは妻のみが対象です」
 
 ということで。
 
「つまり、妻以外の女性全てが論外です」
 
 優斗はココに訊く。
 
「がっかりした?」
 
「するわけないです。ユウがフィオのこと以外を見始めたら、とりあえずユウの頭を叩いて直します」
 
 治すではなく直す。
 
「だよね。僕も自分の頭がおかしくなったとしか思えない」
 
 二人して頷く。
 と、ラグフォードが訊いてきた。
 
「あの、フィオ……というのはユウト様の奥方で?」
 
「はい。僕の妻です」
 
 優斗が頷く。
 
「スタイル良くて、おしとやかで、もの凄く美人なんです。どうやったらああなれるのか……」
 
「ココも同い年なのにね」
 
「ユウ、言っておくけどフィオとかアリーが美人過ぎるだけで、わたしだって可愛いほうです」
 
「自分で言う?」
 
 優斗がからかうような声音で訊く。
 
「だってしょうがないです。ユウはフィオ一筋ですし、シュウは女の子に興味があるか分からないし、タクは婚約者の尻に敷かれてるし、クリスはおべっかが上手いですし、ズミさんはもう何なのか……」
 
 告白をされることもあるにはあったのだが、仲間内に評価されていないというのは良いのか悪いのか。
 
「みんなの妹分だからね。小さいから」
 
「そうです。妹扱いはされてますけど、女性扱いされてませんから」
 
 なので自分から言わないと、優斗たちは理解してくれないだろう。
 
「フィ、フィグナ様! フィグナ様はお美しい方だ! 私とて美しい方は幾人とて見て参ったが、貴女ほど可憐な方を見たことはなかった!」
 
 先ほどと同じようなことをラグフォードが口にした。
 
「………………」
 
 何だろうか、この展開。
 
 ――なんていうか……なに?
 
 一目惚れとかそういうオチ?
 これから親戚になるからフォロー?
 それとも貴族が相手にする賞賛の一つ?
 いや、優斗としても普通に考えれば後者二つなのだが、どうにも熱が入っている気がしなくもなく。
 判断に困る。
 
「…………あ、ありがとうございます」
 
 ココが少し顔を赤くしながら頭を下げた。
 
「い、いえ、女性を褒めることも王族たる自分の責務です」
 
 対してラグフォードも少し、顔が赤みがかっているのは優斗の気のせいだろうか。
 
「そ、それよりお二方。この中庭にある彫像、これが誰だか分かりますか?」
 
 ラグフォードが急に話題を振ってきた。
 気付けば前には大きな彫像がある。
 
「……大魔法士マティス?」
 
 ココが首を捻りながらも答えると、ラグフォードが頷いた。
 
「ええ。ミラージュ聖国建国の祖であり、歴史上で数々の名を残している大魔法士マティス様。我々の誉れです」
 
 誇り高いように告げるラグフォード。
 だが、優斗は彫像を見て、
 
「……男性……か」
 
 一言、呟く。
 それは小さく、誰の耳にも届かないと思えるほどの小ささ。
 けれど耳敏くラグフォードが捕らえた。
 
「……ユウト様」
 
 だからこそ問う。
 先ほどの質問から合わせれば、優斗の知っている“マティス”が何者なのか、疑問が沸く。
 
「今の言葉と先ほどの“何人”という質問。ユウト様は何を知っておられるのですか?」
 
 問われた優斗は少し驚いたが、しばし考えると……口を開く。
 
「これは冗談だということを前提とした話として、了承して聞いていただけますか?」
 
「……? はい」
 
「何が始まるんです?」
 
 ココが尋ねる。
 
「大魔法士マティスの話だよ」
 
 優斗はくすっと笑って話をする。
 
「ココは大魔法士マティスって、男性だと思ってる?」
 
「当然です。昔から絵本やお伽噺にはずっとマティスは男性だって書かれてます」
 
「でも違ったら?」
 
「女性ってことです?」
 
「まあ、そういうことになるのかな」
 
 ラグフォードとココが首を傾げる。
 優斗は言い方が悪かったな、と思いながら続ける。
 
「これから言うことは吃驚仰天が満載だから気をつけて」
 
 あらかじめ前置きをして、優斗はラグフォードに問う。
 
「ラグフォード様。おそらく貴方はマティスの血筋であると思いますが……どうでしょうか?」
 
「その通りです。我々、王族はマティス様の血を引いております」
 
「では、貴方達の言う建国したマティスは最終的に妻がいた、と。そういうことですよね?」
 
 質問の意図を理解しようとラグフォードは少し考える様子を見せ、
 
「……まさかマティス様の奥方が?」
 
「いえ、僕が言いたいのは娘のほうです」

 ミラージュ聖国を造った人間も大魔法士も間違いなくラグフォードの先祖だ。
 しかし同一人物というわけではない。

「実際に『大魔法士』と呼ばれていたのは建国した父ではなく娘なんです。マティス同様、父のほうも相当な精霊術士であったと聞いていますから、時が経つにつれ二人を混同したのだと思います」

 加えて伝説と呼ばれた彼女の逸話は凄まじく、一つや二つ違う逸話があったところで今の時代では気付ける者もいない。
 
「ふぇ~、凄いです」
 
 ココが感心する。
 一方でラグフォードは、
 
「……大ニュースだ」
 
 驚愕の話を聞いた瞬間であるというのに、すぐに信じてしまった。
 
「い、今すぐ皆を集め、ユウト様の話を教えなければ――ッ!」
 
 あたふたとした様子を見せながら、慌てて話を広めようとする。
 
「待ってください、ラグフォード様。最初に言ったでしょう? 冗談として話を聞いてください、と」
 
「……そ、そうでした」
 
 契約者が話すものだから、ラグフォードは真実偽りない話として受け取っていた。
 というよりも今の話が嘘だとなぜか思えない。
 けれども契約者が冗談だと言うのだから、今は自分の内に秘めておこうと思う。
 
「それにしても、本物は女性だったなんて驚きです」
 
「シャレにならないくらい勇ましかったらしいからね。お伽噺にあるやつ、大抵は本当らしいよ」
 
「そうなんです?」
 
「王女様と結婚した、とか本人が王女様だけに嘘だけど、冒険譚は大抵がマジ話」
 
「じゃあ、伝説の四竜を相手にして倒したっていうのも本当なんです?」
 
「好々爺から聞いた話だと、お伽噺以上に酷い。あの話、苦難の末に倒したってあるけど、実際は高笑いを浮かべながら瞬殺だったみたい」
 
 一瞬だけパラケルススも契約したのを後悔したらしい。
 
「ユウとかシュウみたいです」
 
「ごめん。そこまでぶっ飛んだ存在にはなれないから」
 
 
 



[41560] 駄目だけど嬉しい
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:569dac24
Date: 2015/10/24 21:39

 
 
 
 もうちっぽけな夢は叶えられないかもしれないから、と。
 そう思うから。
 せめて素晴らしい婚姻相手であればいいと思う。
 
 優斗のように優しくて、修のように面白くて、卓也のように頑張り屋で、和泉のようにちょっと変で、クリスのようにかっこいい。
 そして自分の心を見てくれる。
 もちろん、全部を求めるわけじゃないけれど、少しぐらいはあって欲しい。
 そんな人なら、きっと自分は愛していくことができると思うから。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 今はココが婚姻相手と会っている。
 優斗とラグフォードは二人が会っている隣の部屋で待機していた。
 
 ――ベストはこの人が婚姻相手だったんだけど……。
 
 ミラージュ聖国には第4王子までいると聞いているが、第1王子は跡継ぎだから違う。
 第2王子のラグフォードはここにいる。
 残るは第3王子と第4王子だが、マゴスの年齢から考えて第4王子はまだ適齢期ではないはず。
 つまるところ、
 
「ラグフォード様」
 
「何でしょうか?」
 
「ココの相手は……マゴス様でしょうか?」
 
「はい」
 
 ラグフォードに頷かれた。
 何となく予想はついていたとはいえ、外れて欲しかった。
 
「マゴス様は『王族の試練』を受けられるお方と聞いているのですが、いつ受けるのですか?」
 
「明日にでも。貴方たちの前で試練を受ける予定でいます」
 
「僕達の前で?」
 
「はい。証明するには一番だと」
 
 一番って……そんな簡単なものなのだろうか。
 
「ラグフォード様。僕も『王族の試練』については調べました。王家が保管している“ミラージュの森”にて試練の証となるものを取ってくる。そしてミラージュの森には王族以外が力を出せないように制約がされてある、と」
 
「間違いありません」
 
「マゴス様は僕やココを連れて守れるほどの武芸者なのですか?」
 
「……いいえ、違います」
 
 ラグフォードは力なく首を横に振る。
 
「明日は30人編隊で向かいます。指揮能力を発揮し、『王族の試練』を乗り越える算段を整えています」
 
 優斗はラグフォードの様子と今の話を聞いて、きっとミラージュ聖国が用意するのは熟練者なのだろうと予想がつく。
 
「それで僕が納得すると思いますか?」
 
「…………っ……」
 
 ラグフォードが言葉に詰まる。
 その瞬間だった。
 別室の扉が開く。
 いくら何でも早すぎた。
 まだ五分かそこらしか経っていない。
 ココの姿が見える。
 
「……ココ!?」
 
 彼女の様子に優斗が思わず席を立った。
 
「……ユウ…………」
 
 戻ってきたココの瞳には、今にも涙が零れようとしていた。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 ココは婚姻相手の姿を最初に見たとき、思わず落胆した。
 彼の姿はあまりにもだらしなく、ラグフォードを見て予想していたのと全然違っていたから。
 けれど、
 
「なんだ、ちんちくりんじゃないか」
 
 第一声はもっと酷いものだった。
 
「胸が大きくて美人なやつはいなかったのか?」
 
 容赦なく言ってくる。
 ただ、思ったことを彼は口にしているだけだ。
 
「チビで胸無くて色気ない奴がぼくの嫁?」
 
 まるで駄々をこねる子供みたいな態度。
 
「こんな奴のところにぼくが婿に行くなんて冗談じゃない! 美人でボンキュッボンの嫁がよかった~」
 
 ココを貶めているつもりはないのだろう。
 けれど彼女の胸には突き刺さる。
 
「マ、マゴス王子っ! この婚姻はこちらから是非にと仰ったものですので……」
 
 控えているメイドが思わず口を出してしまった。
 しかし彼は止まらない。
 
「そんなのぼくには関係ない! 美人だって聞いてたのに!」
 
 納得がいかないのだろう。
 
「さっきのやつだって、パラケルススを召喚しろって言ってもやらないんだもんな! リライトは嘘つきばっかりだ!」
 
 数々の文句を並べる彼に、ココがようやく口を挟む。
 
「ユ、ユウト様は間違いなく契約者なので……」
 
「なんだお前! これから夫となるぼくに文句を言うのか?」
 
「い、いえ、そういうわけではなく」
 
 マゴスの機嫌を損ねそうになり、思わずココが引き下がる。
 
「あんなのでも妻がいるっていうんだからな! どうせ大したことないやつだろうけど!」
 
「……い、いえ、彼の妻はとても素晴らしい方で……」
 
「そんなわけないだろう? 嘘つきの妻なんて」
 
「で、でもわたしは彼とも彼の妻とも友人でして……」
 
「友人~? ちんちくりんなお前の友達なんて、ちんちくりんしかいないんだろう? だからあいつもどうせ、ちんちくりんなんだ。妻なんて輪をかけてそうだろう?」
 
「――っ!」
 
 思わず言い返しそうになる。
 けれど……駄目だ。
 目の前の彼は自分の夫となる人物。
 無駄に関係を悪化させてはいけないし、そうなってしまってはフィグナ家にも迷惑が掛かる。
 公爵令嬢としてやってはいけない。
 
「…………っ」
 
 悔しさで胸が一杯になるが、マゴスは彼女の心境など知ったことではない。
 
「おい、ちんちくりん。お前、くだらないやつと友達やってるなら、全部切れ。ぼくの妻になるんだから、相応しいやつを友達にしろ」
 
「…………それ……は……」
 
 言い返したい。
 けれど言い返せない。
 ぐっと唇を噛みしめる。
 絶対に、絶対に違う。
 くだらなくなんてない。
 
 ――そう……思ってるのに。
 
 言っては駄目なのだと……自制する。
 
「フィ、フィグナ様! マゴス様! か、顔合わせはこの程度にして、あとはパーティーにてゆっくりと話し合うのがよろしいかと!」
 
 ココの雰囲気を悟ったメイドが、口を挟む。
 本来ならば控えているだけのはずだが、状況が許さなかった。
 
「まあ、いいや。父様にもっと美人でボンキュッボンの嫁とか愛人ができないか聞いてみよっと」
 
 マゴスは知ったことか、とばかりに意気揚々と引き上げる。
 
「……では……失礼します」
 
 ココは彼に頭を下げながら部屋を後にしようとする。
 僅か数分。
 ほんの少ししか会っていないのに。
 
「………………」
 
 辛かった。
 あんなのが自分の夫となるなんて。
 あんなのが自分と夫婦になるなんて。
 信じたくない。
 思わず、目頭から涙が溢れそうになる。
 理想は儚く散って。
 現実はあまりにも酷いもので。
 何より自分自身に腹が立った。
 
「…………バカです、わたし」
 
 ドアを開けて、隣室に入る。
 優斗とラグフォードがそこにいた。
 
「……ココ!?」
 
 思わず優斗が立ち上がって駆け寄る。
 
「……ユウ…………」
 
 友達の姿を見て、自分が酷く情けなく思える。
 思わず彼の胸元に手をやり、服を握りしめてしまった。
 
「どうしたの? 辛いことがあった?」
 
 優しく声を掛ける優斗。
 
「……違うんです」
 
 ココは首を横に振る。
 辛いから涙が出ているわけじゃない。
 それ以上に、
 
「……わたし……言い返せなかった……」
 
 悔しいから涙が溢れてしまう。
 
「わたしのことも少しは言われたけど……」
 
 少しは嫌だった。
 
「けど、ユウのこと……フィオのこと……みんなのことを言われたのに……」
 
 仲間の悪口をたくさん言われたのに。
 
「この人と婚姻するからって……たったそれだけで言い返せなかった……っ!」
 
 声を発することが出来なかった。
 
「……何も……言えなかった……っ! わたしの大切な仲間のことなのにっ!!」
 
 思わず涙が零れる。
 酷く、酷いくらいに自己嫌悪だ。
 
「……バカ。我慢したんだったら誇ればいい」
 
 けれど優斗は優しく言う。
 ココは何も悪くないと、何も間違っていないと言っているようだった。
 
「泣きたくなるほど嫌なことを我慢したんだから、悔やむんじゃなくて誇ればいいよ」
 
「でも……っ!」
 
「僕とか修とか和泉とかなら、仲間に何か言われたら相手が誰だろうと言い返すだろうけど、今回の場合のココは違うよね? これから一生を付き合うかもしれない人に言われたんだ。反論できなくても無理ないよ」
 
 頭を撫でる。
 優しく撫でていると、優斗の胸に軽くココの顔が当たる。
 
「……フィオに……怒られちゃいます」
 
「ココを泣かせたまま放置したほうが怒られる」
 
「……許してくれなかったら?」
 
「ココは仲間だし、僕たちの妹分だよ? これぐらい許してくれるって」
 
「……うん」
 
 しゃくりあげるココは子供のように頷いて、優斗の胸に顔を預ける。
 
「お兄ちゃんに甘えるのは……妹の特権です?」
 
「そういうこと」
 
 ココが落ち着くように、優斗は頭を撫で続ける。
 けれど視線はラグフォードに向き、
 
「ラグフォード様」
 
「……はい」
 
「今は出て行ってもらってもよろしいでしょうか?」
 
「…………はい」
 
 黙ってラグフォードが席を立ち、部屋を後にする。
 若干、優斗の言葉が冷たく感じるのは彼の気のせいではないだろう。
 しかしラグフォードが悪いというわけではない。
 マゴスに対しての感情が漏れてしまっただけのこと。
 けれど彼は何も言わずに立ち去った。
 
「ありがとうございます、ラグフォード様」
 
 きっとココのことを慮って彼は立ち去ってくれた。
 マゴスと違って本当に出来た王子だ。
 
 ――それに、ね。
 
 今、泣いているココを。
 こんな彼女の姿を彼に見せるのは忍びなかった。
 
 
 
 
 頭を撫で続けて、10分ほどだろうか。
 
「落ち着いた?」
 
「……落ち着きました」
 
 ココは涙も止まり、しゃくりあげていた呼吸も普段通りになっている。
 
「というわけで、甘やかし終了」
 
 パッとココの頭から手を離し、少し距離を空ける。
 あまりの早さにココから小さく笑みが零れた。
 
「やっぱりフィオのことが怖いんです?」
 
「もちろん。フィオナの嫉妬なんて、出来れば受けたくない」
 
「だったらやらなければよかったのに」
 
「けど、やらなかったらフィオナに怒られる」
 
 優斗の返答に思わずココが笑った。
 
「大変ですね、ユウも」
 
「そうなんだよ」
 
 お互いに苦笑し、同時にため息一つ。
 
「あの人が夫になるって……正直、嫌です」
 
「やっぱり?」
 
「はい。わたしのことなんて何も考えてくれないと思います」
 
 彼は自分勝手でわがままだ。
 
「わたしのこと、ちんちくりんって言ったんですよ」
 
「……あらまあ」
 
「ユウ? 別に間違ってなくないか、とか思ってます?」
 
「いやいや、さすがにちんちくりんとは思えないって」
 
 小っちゃいとは思っているけれど。
 
「ならいいです」
 
 小さく笑って、そして真面目な表情をココが浮かべる。
 
「……わかってるんです。お父さんとお母さんは今回の婚姻、逃したくないって。触れ書きを見ただけなら、わたしだって頷きます」
 
「しかもラグフォード様と会ったあとだけに、弟も……と予想したけれど実物は予想以上に酷い、か」
 
 どこが傑出した人物なのか分からない。
 
「でもわたしは健気に笑って婚姻を受け入れるべきです。こんな良縁、もうないかもしれないんですから」
 
 これほど誉れとなるべき婚姻は来ないはず。
 
「相手は王族ですし、多少のことなら我慢すればいいです」
 
 自分が我慢しきればいいだけ。
 
「でも……」
 
 “昔の自分”なら出来ても“今の自分”は出来るか分からない。
 
「……やっぱりユウとかみんなと一緒ですね。仲間のこと言われると、すごく嫌です。我慢するのが辛いです」
 
 きっと一緒になってしまえば、今回のように色々と言われてしまうだろう。
 そうなってしまったら自分は、
 
「我慢しきれる自信がないんです」
 
「……フィグナ家の考えとココの立場として、今回の婚姻は成功させたいって思ってるの?」
 
「……はい」
 
 嬉しさを欠片も表さずにココが頷いた。
 
「だから何としてもこのまま、婚姻を結びます。わたしが拒否しなければいいだけだから」
 
「そっか」
 
 優斗はココの考えを聞いて、少し思案する。
 
 ――ココも両親も成功を願ってる。
 
 滞りなく婚姻を結ぶことを。
 
 ――なら、仲間の僕はどう動くべきだろう?
 
 ココが家のために、と考えて婚姻を結ぼうとしている。
 自分の気持ちを無視して。
 
 ――あいつらなら、どうするかな?
 
 彼らの行動を予想して思わず笑みが零れる。
 
 ――決まってるよね。
 
 きっと異世界組は同じだ。
 自分がやろうとしていることを、全肯定してくる。
 元々、こっちにいるメンバーも少しは悩むだろうけど、結局は優斗の考えと同じになる。
 
 ――うん。
 
 だったらやるべきだ。
 
 ――本当は見ているだけにしようかとも思ってたけど。
 
 相手が“あんなの”なら、話は別だ。
 ココは優斗が何もしないと思っているのかもしれない。
 けれど、
 
 ――結婚観が違うんだよ、こっちの世界とはね。
 
 だから決めた。
 動く。
 そして結果として、どうなろうとも受け入れよう。
 故に覚悟する。
 ココに嫌われてもいい、という覚悟を。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 夜になりパーティーが始まる。
 メインはやはり優斗。
 彼の周りにはひっきりなしに人が集まってくる。
 かといってココのところに来ないわけではない。
 上辺だけの美辞麗句を交わしながら、様々な人達がやって来た。
 
「ふぅ……」
 
 一旦、ココのところにやって来る波が止まる。
 ほんの少しだけではあろうが、ゆったりとした時間ができた。
 すると一人の男性がココのところへとやって来る。
 
「フィグナ様。度重なる愚弟の愚行。まことに申し訳ありません」
 
 本当に申し訳なさそうにラグフォードが頭を下げる。
 
「別にラグフォード様が謝ることではありません。わたしの容姿が問題ということもありますから」
 
「そんなことはない! 何度も言うが、私は貴女ほど可憐な女性を見たことがない!」
 
 本当に。
 誠実な言葉をラグフォードが紡ぐ。
 
「……はい。ありがとうございます」
 
 嬉しくて、ココは笑みが零れる。
 
「ユウト様は多数の相手をしておりますし、その間は私が貴女のお相手をさせていただこうと思っています」
 
「い、いえ、恐れ多いです」
 
 手を横に振るココ。
 
「私がお相手させていただきたいのです」
 
 切れ長の瞳を笑みに変えるラグフォード。
 思わずココもドキリとする。

「話し方もユウト様と同じようにしてもらって構いません。先ほどまで接待で疲れたでしょうから」
 
「えっ? でも……」
 
「少しくらい気を抜く必要があると思われます」
 
 お茶目に笑って、リラックスできるようにウインクしてみせた。
 ココは彼の行動に眦が下がり、
 
「だったらラグフォード様もいつも通りに話してもらっていいです?」
 
「私も?」
 
「はい。わたしだけ、というのはおかしい気がしますし」
 
 ココの提案に少し驚いた表情のラグフォードだが、素直に頷く。
 
「分かった。なら私のことは“ラグ”でいい」
 
「ラグ?」
 
「フィグナ様……いや、ココが私もいつも通りでいいというなら、ラグと呼んでくれるのが一番助かる」
 
「わかりました」
 
 ココが首肯する。
 ラグは彼女が納得してくれたことに安堵し、いつも通りの口調で話を続けた。
 
「しかしココは素晴らしい友人をお持ちだ。大魔法士様が友人など、こちらとしても驚いている」
 
「ユウが大魔法士っていうのは確かにビックリすると思いますけど、わたしの周りってユウみたいにとんでもない人ばっかりなんですよ」
 
 何が凄いって、彼は氷山の一角にすぎないこと。
 
「そうなのか?」
 
「よくもまあ、あれほど変なのばっかり集まったと思います」
 
「例えば、どのようなご友人が?」
 
 興味本位でラグが訊いてみる。
 
「男の子で言うならユウはあんなですし、シュウもユウと同じくらい凄いですけど、馬鹿みたいに暴れ回ってるし、タクは案外まともかと思ったらリステルの王女様と婚約して尻に敷かれるし、クリスはクリスで普通かと思えばシュウとズミさんに振り回されながらも遊ぶ度量の広さ持ってますし、ズミさんはただの変人です」
 
「……あ~……女性陣は?」
 
「フィオは純粋培養された絶滅危惧種みたいに可憐な女性で、アリーは最近いたずらを覚えた王女様ですし、リルさんはリステルの王女様ですけど性格的には女王様ですし、レナさんは女性だけどみんなから戦闘狂って言われるぐらい戦うの好きです」
 
 要するに、まともな奴などいない。
 
「愉快な友人……だと言っていいのか?」
 
「はい。とっても愉快です」
 
 毎日が楽しかった。
 
「……そうか。だからユウト様は非常に仲間思いなのだな」
 
「ユウはわたし達の中で一番怒らせちゃいけない人ですけど、巡りが悪いのか一番怒ってる回数が多いです」
 
「ユウト様は怒るのか?」
 
 落ち着いた雰囲気を醸し出しているのに意外だ。
 
「ユウが怒るのって、基本的に仲間の誰かが何かされた場合です。ただ運が悪くて、誰かが傷ついた時にはいっつもユウがいて怒ってます」
 
「……ココ。話を聞いて思ったのだが。ユウト様は今、怒っているのではないか?」
 
 ココは先ほど泣いた。
 つまりは傷ついたということ。
 彼女の言うとおりなら、優斗は怒っているのではないだろうか。
 
「あれぐらいならまだ、大丈夫だとは思いますけど……」
 
 プッツリとはいってないはずだが。
 
「ただ、さっき何か決めたような目をしてました」
 
 決意をしている表情だった。
 それに気付かないココでもない。
 
「何をするのかは分からないけど」
 
 何をどう、決意をしたのかは知らないけれど。
 
「きっとユウは、わたしのために……」
 
 彼は――いや、私達はいつもそうだから。
 いつも仲間のために何かをしでかす。
 自分だって今の立場に他の誰かがいたら、優斗と同じように動くだろう。
 だからこれは、推論ではなく確信。
 
「わたしの所為でユウは何かするんです」
 
 そう言って、ココはミラージュ王と話している優斗を見る。
 きっと彼は今から、何かするのだろう。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 話していると気付く。
 今回の婚姻、仕組んだのはミラージュ王ではないことに。
 彼はひたすらに優斗を崇拝しているが、策謀だのなんだのとするような感じではない。
 誠実さで国を引っ張っているタイプだ。
 ラグフォードはおそらく、彼の血を多分に引いているのだろう。
 
 ――でも。
 
 最終承認をしたのはミラージュ王だろうと思うから。
 だから切り込む。
 
「ずっと気になっていたんです」
 
「何がでしょうか?」
 
「なぜリライトの公爵家に王族を送り込めるのか、ということです」
 
「それは……」
 
「ああ、送り込む理由は何となく分かっているからいいんです。私が問題と思っているのは“なぜ王族であるマゴス様を送り込めるのか”ということです」
 
 一瞬、後ろに控えている重臣たちに緊張が走るのを優斗は見逃さない。
 おそらくは彼らが何かしら動いているのだろう。
 だが、どうでもいい。
 
「そちらはこう考えているのではないですか? 王族ならば向こうも迂闊に断ることなどない。例えどのような相手でも」
 
 腐っても王族。
 王族同士なら大国であるリライトが断ることはあっても、公爵と王族ならどうだろうか。
 
「いくらリライト王だとしても、なし崩しで認めるのではないか、と」
 
 優斗が言っていること。
 これは合っているかどうなのかが重要では無い。
 “婚姻を判断すべき優斗”が現時点でどう思っているのかが重要だ。
 だから間違っていたっていい。
 仮説に何を言われようと結論は変わらない。
 今、優斗が口にしているのは結論に対する適当で傲慢な理由付けなのだから。
 
「王族との婚姻となれば、フィグナ家としては例えどんな相手でも婚姻することでしょう」
 
 優斗はミラージュ王だけでなく、後ろの重臣たちをも見据える。
 
「そちらには利点しかありません。リライトとの関係が深く繋がり、嬉しい誤算として私とココ=カル=フィグナは親しい関係です。尚且つ言い方が悪くなりますが穀潰しを処分できる。ノーリスクハイリターンです」
 
 損が一つもない。
 優斗だって最初の出会いとココを泣かせたことで、マゴスを素晴らしい人物などと思うことは到底ない。
 
「触れ書きにしてもそうです。私は一つだけしか聞いておりませんが『王族の試練』を受けられるほどの傑出した人物……と聞きました。ですが第3王子を見る限りは『王族の試練』を受けられるだけであり、試練を越えられるのか越えられないのかは別問題。要は『王族の試練』を受けたという事実があればいい。それだけで傑出した人物と言うことができる。まあ、そこに私とココ=カル=フィグナを連れて行く理由は分かりかねますが、どうせくだらないことでしょう」
 
 彼の指揮に従って敵を倒す。
 それで優斗やココが勘違いでもすれば儲けものだとでも思っているのだろう、と優斗は勝手に判断する。
 
「さらに付け加えるなら、私とココ=カル=フィグナの二人だけで来させたのはリライト王の判断する情報を格段に減らそうとしたから。彼女のことを想っている臣下が一緒に来ないのはそういういことでしょう? 彼女だけならばリライト王に対して否定はしない」
 
 相手が誰であろうと。
 
「ただ、ミラージュにとって唯一の誤算は判断すべきがリライト王ではなく私であるということ」
 
 二人で来たうちの一人が婚姻を判断するなど。
 契約者とはいえ、リライトでは一介の貴族である優斗がそんな大役を任されるなど。
 これほど馬鹿げた展開は読めなかっただろう。
 
「申し訳ありませんが、相手が王族だろうと論外ならば私はココ=カル=フィグナの立場も彼女の家族の考えも殺して此度の婚姻を潰します」
 
 当然だ。
 自分は日本生まれの日本育ち。
 優斗の両親はそうじゃなかったとしても普通、“結婚”というのは幸せで然るべきだと考えて何が悪い。
 
「フィグナ家を考えたら潰しては駄目です。彼女の立場を考えても潰しては駄目でしょう。けれど私の判断基準は『ココが幸せになれるのかどうか』ということです」
 
 優斗の判断基準はその一点。
 
「例えマゴス様が大人数を指揮して『王族の試練』では傑出した才能を見せたとしても……」
 
 優斗が見た姿と違う姿を見せたのだとしても。
 
「僕の仲間を泣かせておいて、滞りなく婚姻を進ませるなど決して思うなよ」
 
 断言してやる。
 あり得ない、と。
 そのためだったら苦手だろうと何だろうと、いくらでも上から目線で話すし偉ぶって高慢ちきを演じてやろう。
 嘘でも謀りでも何でもやってやる。
 
「もしマゴス様に対する私の評価を覆したいのなら、明日の『王族の試練』……連れていけるのは私達以外で一人だけです」
 
 これが最低限の譲歩だ。
 
「私が定めた以上の人数を連れてくるなら、問答無用で今回の婚姻は潰します。そして僕を怒らせたことによって、今後一切ミラージュ聖国と関わらないことを誓いましょう」
 
 
       ◇      ◇
 
 
「ミラージュ王と後ろの重臣が真っ青になってます」
 
「何を言われたのだろうか?」
 
「おそらく婚姻を潰す、と。そう言ったんです」
 
 ラグの表情が一瞬、驚きと……何かしらの感情を浮ばせる。
 だが、すぐにかき消えた。
 
「ココはそれでよろしいのか?」
 
「わたしの立場としてはやめてほしいです」
 
 今回の婚姻を潰してほしくない。
 
「けれどユウはわたしの立場とかわたしの家のことを考えた上でやったんです」
 
 考慮はしただろう。
 でも結果として行動に移った。
 
「きっとわたし達、誰だって同じなんです。大切なのは『仲間が幸せなのか』ってことだけで」
 
 家のこととか、立場とかは後でどうとでもしてやるから。
 まずは幸せが第一だろう、としか考えない。
 
「わたしの考えとしては、何をバカ言ってるんです!? って怒りたいけど……」
 
 余計なことをするなって怒鳴りたい。
 
「でも、気持ちは『ありがとう』って。これだけしか思えないんです」
 
 あんな男と婚姻を許してくれなくてありがとう。
 感謝の気持ちしか出てこない。
 
「きっとラグならユウも認めてくれたでしょうけど」
 
「えっ!?」
 
 ラグがこれ以上ないほどに驚く。
 
「知りませんでした? ラグってユウからは評価高いんです」
 
「い、いや、さすがに会って数時間だからな。分からなくても無理ないだろう?」
 
「でもユウは認めてます。ラグのこと」
 
 少なくともミラージュ聖国の中で一番の好印象だろう。
 
「わたしもラグだったら……って思いますけど」
 
 彼が自分の白馬の王子様なら、素直に受け入れられるだろうけど。
 
「わたしの婚姻相手はマゴス様だから」
 
 余計なことは考えないでおこう。
 
 
 
 



[41560] テンプレのような馬鹿者
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:569dac24
Date: 2015/10/24 21:40

 
 
 
 夢は夢。
 あっけなく、儚い。
 少しだけ期待したけれど、現実は甘くない。
 きっと彼と婚姻してしまえば。
 大切な場所にはもう、行くことができない。
 仲間と一緒にいれない。
 バカみたいに騒げない。
 なんとなく、そんな気がする。
 
 初めて出来た友達。
 初めて出来た親友。
 初めて出来た仲間。
 
 この9ヶ月間は本当に、今までの記憶が色褪せるぐらいに素晴らしかった。
 これほど楽しかった日々は知らない。
 アリー、フィオナ、クリスと同じくらい輝かしく思っている日々。
 それを宝箱に詰めて、頑張ろうって思ったけど。
 幸せじゃなくてもやっていこうと思ったけど。
 仲間が認めてくれるわけもない。
 そうすることが当然のように出てきて。
 そうすることが当たり前のように動いて。
 
 
 わたしを護ろうとしてくれる。
 
 
 どうして護ってくれるのか、理由なんて分かりきってる。
 自分だってそうする。
 間違いなく、同じことをする。
 だから「やめて」とは。
 言えない。
 
 
       ◇      ◇
 
 
「ラグだったら……か」
 
 先ほどのココの言葉が繰り返し、ベッドで横になっているラグの頭の中に響く。
 
「此度の婚姻は絶対に逃せない」
 
 あれほど契約者と縁のある相手なのだ。
 逃せるわけもない。
 けれどマゴスが相手で、優斗が許すとは思えない。
 ならば、と考えてしまう。
 
「私なら……」
 
 優斗は考えを直してくれるのではないか、と。
 
「……ははっ」
 
 自嘲する。
 何を真に受けているのだと。
 あんなものはおべっかに決まっている。
 
「…………」
 
 けれど。
 初めて彼女を見た瞬間――見惚れてしまった。
 ああ、まさしく一目惚れだ。
 “可憐”という言葉が目の前にあったのだから。
 
「…………」
 
 彼女のことを僅かな可能性でも貰い受けられる可能性があるのなら。
 自分は動くべきではないだろうか。
 
「…………ユウト様はすごいな」
 
 ココの友人は彼女の幸せのために動いている。
 思い悩む様子もなく。
 素直に敬意を示すほかない。
 
「……本当に」
 
 父に頭を下げられて、あれほどオロオロしていた人物。
 威張るような人物でもないだろうし、契約者だというのに傲慢にもならない。
 むしろ小市民の矜持しか持っていない感じだ。
 また、ココを慰める様子からも本当に優しそうに思える。
 おおよそ問題を起こすような人物には見えないのに、先ほどは父に真っ正面から言い放っていた。
 それは間違いなくココのためで。
 純粋に彼女の幸せを願った行動で。
 ココから嫌われようとも構わない様子で。
 だから彼にとって……いや、彼女の“仲間”にとってココがどれほど大切な人なのかということを教えられた。
 
「…………っ!」
 
 起き上がる。
 無意識に歩き始めていた。
 気付けば目的地まで早歩きになる。
 
「…………」
 
 決めた。
 決意をすれば簡単だった。
 ドアを二度、ノックする。
 
「父上、お話があるのですがよろしいでしょうか?」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 翌日、森に行くメンバーが集まっていた。
 とりあえずは三人。
 優斗とココと、
 
「お二方。昨日のユウト様の提案を父上はお受けになり、私が一緒に参ることになりました」
 
 ラグがいた。
 
「……ラグ、どうしてです?」
 
 驚くような表情でココが訊いた。
 
「私は大精霊、ウンディーネ様を召喚できます。また王族の血族ゆえ、ミラージュの森の制約もありません」
 
 話を聞けばラグは精霊術士らしく四大属性の精霊をある程度扱え、水の大精霊を召喚できるとのこと。
 けれど優斗の関心は別にあった。
 
「へぇ、名前で呼び合うようになったんだ」
 
「――っ!?」
 
 ビクっとするラグ。
 しかしココは何でもないように、
 
「昨日、ユウがパーティーで囲まれてるときにそうなっちゃいました」
 
「ふぅん」
 
 優斗が面白そうな表情を浮かべた。
 
「ユ、ユウト様! ユウト様もぜひ、私のことをラグとお呼びください!」
 
 彼の様子になぜか焦った感じのラグ。
 少し後ろめたいとでも思っているのだろうか。
 
「いえいえ、王族の方を呼び捨てにするなど恐れ多いです」
 
「なに言ってるんです? リルとかアリーのこと、呼び捨てだったり愛称で呼んでるのに」
 
「あれは身内だからね」
 
 と、優斗は試すように、
 
「ラグフォード様はそれでも僕に呼び捨てを望みますか?」
 
「…………あっ……えっと……」
 
 逡巡する様子を見せるラグ。
 だが、頭を一度振ると、
 
「……はい。大魔法士様に“様”付けされるなど、恐れ多いです」
 
「そうですか」
 
 今の答えはどのように取ればいいのか、優斗は少し判断が付かない。
 けれども今の話を聞いてなお、望んだところは評価できる。
 
「分かりました。では僕もこれからはラグと呼びます」
 
「……ありがとうございます」
 
 ほっとしたラグ。
 
「それで今回の中心人物であるマゴス様はまだでしょうか?」
 
 今は集合時間ちょうど。
 しかしマゴスの姿は見えない。
 
「先ほど会った際には時間に遅れるなと口酸っぱく申したのですが……。申し訳ありません」
 
「ラグが悪いわけじゃないでしょう」
 
 何かにつけて謝るラグ。
 本人が悪いわけではないため、ここまでくると不憫に思える。
 だから優斗が切り替えるように、
 
「まだ来る気配はなさそうですから、時間つぶしがてらラグの実力を把握しましょう」
 
「どうやってです? まさか手合わせとか?」
 
「いやいや。手合わせしなくても、訊くのに丁度良い存在がいるから」
 
 ココが首を捻ると、優斗の含んだ言い方をした。
 ラグはその存在に見当が付き、
 
「その……私が実際に呼び出せということでしょうか?」
 
「いえ、それではラグの魔力も減ってしまうでしょう? ですから僕が呼びます」
 
 優斗は右手を振って否定をし、続いて軽く左手を広げる。
 
「ウンディーネ」
 
 そして名を呼んだ。
 瞬間、優斗の目の前に魔法陣が現れ、水の大精霊が顕現する。
 
「結婚式ぶりだね。元気だった?」
 
 気軽に優斗が訊くと、ウンディーネは頷く。
 ココは大精霊の姿を間近で見るのは初めてのため、ウンディーネの美しさと神々しさにうっとりとしている。
 ラグは、
 
「…………はっ?」
 
 呆けていた。
 
「……ユウ……ト……様? あの……」
 
 目の前のことが信じられないように驚くラグ。
 こういう反応、間近で見るのは久々だなと優斗は思いながら、
 
「これでも契約者ですから。大精霊を詠唱なしで呼ぶなんて、お手の物です」
 
 苦笑して答えた。
 
「それで彼のこと、分かる?」
 
 優斗がラグを示すとウンディーネは頷く。
 
「君のこと、どれくらい使役できる?」
 
 問うとウンディーネの意思が伝わってきて、
 
「……あら。結構凄いんだ」
 
 またウンディーネがこくん、と頷く。
 
「分かった、ありがとう。この後、もしかしたら彼が君を呼ぶかもしれないから、その時はよろしくね」
 
 頼むとウンディーネは微笑む。
 そして姿をだんだんと薄くしながら消えていった。
 
「ユウ。どうだったんです?」
 
「結構な使い手って言ってたよ」
 
 ビックリした。
 優斗が予想していた以上の精霊術士だ。
 
「さすがはマティスの血族ってところかな」
 
「血の力っていうよりラグの才能が凄いんじゃないです?」
 
「かもね」
 
 ココの反論に優斗は素直に頷く。
 一方で、ようやくラグも驚きから落ち着く。
 
「さ、さすがはユウト様。お見それしました」
 
 さらっと大精霊を召喚するなど。
 と、ここでようやく本日の主役がやってきた。
 見た目は重装備だが、意気揚々と歩いているところを見ると軽い素材でできているのだろう。
 防御力も高そうだ。
 
「では出発するぞ!」
 
 婚姻相手や契約者どころか、兄すらも待たせているのに謝りもせず森へと歩いて行くマゴス。
 待って貰うのが当然という態度は、一種の清々しさを覚える。
 
「……マゴ――」
 
 さすがにラグが叱ろうとしたが、優斗が止めた。
 
「気にしなくて大丈夫です」
 
「しかしココとユウト様を待たせておいて、あの態度は……」
 
「けれど、それが『彼』なのでしょう?」
 
 だから取り繕う必要もかばう必要もない。
 優斗の判断材料に、これ以上の材料は存在しない。
 
「…………はい」
 
「なら気にしなくて大丈夫です」
 
 小さく笑って、優斗も歩き出す。
 次いでココとラグも歩き出した。
 
 
       ◇      ◇
 
 
「結局のところ、ミラージュの森ってどれくらいの制約が掛かるんですか?」
 
 森の中に入ったが、倦怠感というものはない。
 身体に作用することはないらしい。
 
「魔法ならば軒並み、威力が落ちます。熟練の魔法士ならばそれでも上級魔法は使えるでしょうが……威力は通常時の3分の2といったところでしょうか。精霊術も同様です」
 
「案外、削られるんですね」
 
 熟練の魔法士で3分の2であれば、普通の魔法士なら半分程度になるだろう。
 
「ユウト様ほどの方だと、上級魔法までなら多少威力が減るぐらいで問題なく使えるとは思いますが……神話魔法クラスを使うのは駄目です」
 
「なぜでしょうか?」
 
「制約は森を包む結界が作用しているのです。ユウト様はパラケルスス様以外にも独自詠唱の神話魔法の使い手。さらには実力から考えて、制約下でも威力は落ちたところで神話魔法を使えるでしょうが……使ったが最後、死んでしまいます」
 
 ラグの言葉に優斗の目が細くなる。
 
「神話魔法そのものが使えないということでしょうか?」
 
「いえ、神話魔法を使った余波で結界が壊れてしまったら壊した当人に代償が向かうことになり死んでしまう、ということです」
 
 基本的にぶっ放し系の高い威力を出す神話魔法ではあるが、今回は不利に働く。
 
「そういうことですか」
 
 優斗は少し思案する。
 なんとも面倒なことだ。
 というか結界を壊した代償とか、そんなもの存在するなんて初めて知った。
 
「となると使えるのは…………神殺の剣だけか。大精霊も魔力供給ミスったらヤバイから無理っぽい」
 
 あまり手を出す気は無いが、シャレにならない事態に陥った場合は手詰まりだ。
 今度はココが尋ねる。
 
「ラグ、魔物のランクとしてはどれくらいです?」
 
「過去は最高ランクでAランクがいた、と聞いているが……基本はE,F,Gランクの魔物が精々だ」
 
「目的は神木の枝、です?」
 
「その通り。ただ、神木には守護しているライガーがいるから、退治して神木の枝を得ることになるだろうな」
 
「ライガーのランクはどれくらいです?」
 
「Cランクだ」
 
 ラグが言うと、なぜか優斗が少しだけ安堵したような、そして驚いたような表情になる。
 するとココが呆れたように、
 
「ユウ、もしかして今……ランク低いな、とか思ってません?」
 
「いや、まあ『王族の試練』っていうぐらいだから、ちょっと低いんじゃないかとは思ったけど」
 
 最低でもBランクが出てくるだろうと踏んではいた。
 
「いいです? ユウとかシュウとかみんなが相手してるのが馬鹿みたいに強いだけで、普通はCランクでも十分すぎるほど強敵なんです」
 
 ギルドの討伐や国での退治などでは、絶対にパーティーを組んで当たらないといけない強さだ。
 なのに優斗達……というか優斗と修はCランクどころかSランクでもあっさりと倒すから性質が悪い。
 ラグが二人の話を聞いて、恐る恐る尋ねる。
 
「その、Cランクというのは……低いのか?」
 
 ラグ的には十分すぎるほどの強敵だ。
 
「訊いたら負けです。みんな、相手してるのがBランクとかAランクとかの魔物ばっかりなんです」
 
「……どういう人達なのだ?」
 
「明らかに異常者ばっかりです。だって実力で考えたら、わたし下から数えたほうが早いです。上級魔法二つも使えるのに」
 
 重宝される上級魔法の使い手である自分が、下から数えたほうが早いというは周囲から見れば意味が分からないだろう。
 ラグが乾いた笑いを浮かべ、
 
「本当にどういう人達なのだろうか……」
 
 最早、呆れるほかなかった。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 最初は意気揚々と歩いていたマゴスだが、絶対的に体力がない。
 故に普段よりも体力の使う森を15分ほど歩いただけで、いつの間にか優斗達に遅れるようになってきた。
 
「兄様~! 疲れた、休憩しようよ~!」
 
「……マゴス。あと2、30分は歩かなければならないのだぞ。あと5分歩いたら休憩にしてやるから、そこまで頑張れ」
 
「やだ~! いま休憩がいいんだ! 休憩! 休憩!」
 
 駄々をこねるマゴス。
 こうなっては絶対に言うことを聞かない。
 ラグはため息をついて、
 
「……ココ、ユウト様。休憩でよろしいですか?」
 
「僕は構いません」
 
「いいですよ」
 
 二人が賛同して全員で腰を下ろすと同時、始まるはラグの説教だ。
 
「マゴス。お前は『王族の試練』を受けているという自覚があるのか?」
 
「もちろん。だって『王族の試練』の乗り越えたら、可愛い子ちゃんをたくさんお嫁にできるって聞いたんだから」
 
 瞬間、ラグの額にピキッと怒りの筋が浮かぶ。
 
「……マゴス。リライトは一夫一妻制だ」
 
「じゃあ、妾がたくさんできるってことだ」
 
 今度は怒りマークがラグに浮かんでいく。
 
「……お前は妻を大事にしようという考えがないのか?」
 
「だってちんちくりんが婚姻相手なんだし。それにぼくは王族だからね、相応しいボンキュッボンな美女がいいんだ!」
 
 ラグの顔が真っ赤どころか怒りの余り、青くなってきている。
 優斗とココは逆に苦笑した。
 
「フィオとかアリーとか見られたら、大変だったかもしれないです」
 
「確かに美人だしスタイル良いしね」
 
 マゴスが喜びそうな気がする。
 だから、
 
「……なんだって?」
 
 彼らの会話をマゴスが聞き逃すわけがない。
 
「おい、ちんちくりんに嘘つき! 今のアリーとフィオというのは誰だ!?」
 
 がっちり食いついた。
 しょうがないので、優斗が返答する。
 
「アリーもフィオも我々の仲間です。アリーというのはリライトの王女、アリシア=フォン=リライト様です。フィオというのはフィオナ=フィーア=ミヤガワ。公爵の家系であり、私の妻でもあります」
 
 優斗の説明を聞くと、マゴスがあからさまにがっかりした。
 
「なんだ、ちんちくりんと嘘つきの知り合いか。どうせたいしたことないんだろう?」
 
 彼の中ではそういう理屈が生まれてしまっているので、優斗やココが何か言い返そうとしたところで無駄になる。
 なので面倒臭さもあり優斗達は何も言わなかったのだが、マゴスのぞんざいな言葉にラグが怒鳴った。
 
「馬鹿を言うな、マゴス! アリシア様はリライトの宝石と呼ばれる美姫だぞ! そしてユウト様の奥方であられるフィオナ様は大魔法士様――ユウト様の寵愛を一身に受けておられる、それは美しいお方であると聞いている!」
 
 特にアリシアはかなりの有名人である。
 まあ、マゴスは他国とのパーティーに出せるような人物でもないので、他国の状況に疎いのは分かるしミラージュとてリライトとあまり関わりがあるほうではないが、それでもなぜ王子のお前が知らないのかとラグは頭が痛くなる。
 けれどマゴスは説教を聞くとなぜか嬉しそうな顔をして、
 
「だったらぼく、その二人が欲しい!! だからお前の妻をぼくにくれ!」
 
 とんでもないことを言った。
 いつもならキレたであろう優斗も、さすがに唖然とした。
 
「……えっ?」
 
「だからお前の妻をくれと言っているのだ! ついでにアリシア様もぼくの妾になるよう手配しろ!」
 
 ふふん、と鼻を鳴らすマゴス。
 
「…………えっと……」
 
 逆に優斗は困る。
 相手が馬鹿なだけに、真っ当な説明は無理。
 というか仲間を傷つけられたりしてキレた優斗以上に感情で動いているマゴスに、何か言っても意味がない。
 どうするべきかと考える。
 だが優斗が何か言う前に、ラグが全力で拳をマゴスの頭に落とした。
 
「何をふざけたことを抜かしているのだお前は!!」
 
 素晴らしい威力のゲンコツが入った。
 
「――ッ! い、痛いぞ兄様!」
 
「たわけたことを抜かすな馬鹿者! お前ごときが大魔法士様の奥方であられるフィオナ様をくれだと!? アリシア様を妾にするだと!? 『王族の試練』をやり終えたところで永遠に無理だ、このド戯けが!!」
 
「だって美人だって言ってるじゃないか!! ぼくは美人でボンキュッボンが欲しいんだ!!」
 
「大国の王女をお前ごときの妾にできるわけがあるか! フィオナ様に至っては世界で二人目となるパラケルスス様の契約者になられたお方の奥方だぞ!! アリシア様以上に不可能に決まっている!!」
 
「えぇ~? だってそいつ、嘘つきの契約者じゃん」
 
「そんなわけがあるか!!」
 
 最後にもう一度、鉄拳をかますとラグは大きく息を吐き、すぐに優斗とココに土下座。
 
「まことに申し訳ございません! 度重なる愚弟の愚かな言動、兄である私が平に頭を伏せさせますので、是非ともご容赦のほどを!!」
 
「いえいえ、僕は何も気にしていません」
 
「わたしもです」
 
 なんかもう、呆れるしかないのだから。
 
「ただ……」
 
 優斗は視線をラグから外し草むらを見る。
 
「魔物が来たのでマゴス様は頑張ったほうがよろしいかと」
 
 言った瞬間、かさりと草の擦れる音が鳴った。
 
「――ッ!?」
 
 慌ててラグが身体を起こして戦闘態勢を取る。
 ココはさっと立ち上がり、優斗はゆっくりとした調子で立った。
 マゴスは意味が分からないのか立ち上がらない。
 草をかき分けて魔物が姿を現すと、マゴスはようやく慌てて立ち上がった。
 
「……これは……」
 
「可愛いです」
 
 緊張の面持ちのラグとは逆に、ココは現れた魔物に喜ぶ。
 
「ユウ、これってクラゲンですよね?」
 
 目の前にいるのはクラゲの形をした魔物。
 ランクはFランク。
 触手を足にして、器用に立っている。
 
「そうだね。ペット用、食用に飼育されることもある魔物だね」
 
「うわ~、みんながギルドで請け負った依頼を手伝ったりしてますけど、クラゲンって見たことなかったから嬉しいです」
 
 にこにこと笑いながらココが触ろうかどうしようか悩む。
 
「……あの、お二方? 魔物を前にして、緊張感がないのもどうかと……」
 
 平然としている優斗とココを一応窘めてみるラグではあったが、
 
「だって可愛いです」
 
「僕は特に何かするわけでもないですから」
 
 クラゲンを面白そうに見る二人。
 いくらランクが低くても可愛くても魔物は魔物なので普通は緊張する。
 だが彼らの様子はあまりにもいつも通りで、ラグはココも可憐であれども大魔法士の仲間なのだなと実感する。
 公爵令嬢であるココが魔物を目の前にして平然としているなど、武に傾倒した者でないと存在しない。
 しかし4月から過ごしてきた日々が全くもって貴族として普通じゃないため、彼女は平然としていられるのだろう。
 ラグは一人で答えを得るとマゴスに尋ねた。
 
「マゴス、どうするのだ?」
 
「ふふん。こんな魔物、ぼくが倒してやる」
 
 無駄に煌びやかなナイフを抜いて、意気揚々と向かっていく。
 そして、
 
「てい!」
 
 軽やか風切り音を微かに生みながらナイフを振るう。
 が、振るっている右手をクラゲンの触手でペチっと叩かれた。
 
「いたっ!」
 
 カラン、とナイフを地面に落としたマゴス。
 まるでしっぺみたいな叩き方だったのだが、
 
「い、痛いぞ! 痛い、痛い!」
 
 慌てて下がって手荷物の中から道具を取り出す。
 優斗がマゴスの取り出したものを確認してみると、
 
「……霊薬?」
 
 死者すらも蘇らせるという霊薬。
 それをあろうことか、マゴスはがぶ飲みし始める。
 
「……なんであれだけで?」
 
 確かに鎧からはみ出た素手の部分を叩かれた。
 けれどダメージなんて数字で見れば3くらいしか喰らわないようなしっぺだ。
 というか明らかにさっきのラグのゲンコツのほうが痛かったと思うのだが、
 
「無駄に頭だけ防御力が高いってことかな?」
 
 ゲンコツ喰らってもすぐに言い返したり、土下座した王様にガンガン頭を叩き付けられても普通にしていたし。
 
「ラグ、どうするんですか?」
 
「……私がやるしかないでしょう」
 
 優斗の問い掛けに、ラグは諦めたように手をかざす。
 そして彼の眼前に魔法陣が生まれ、
 
「頼むぞ、水の精霊」
 
 そこから大量の水が現れた。
 水をクラゲンに向け、質量で遠方へと押し流していく。
 別に敵意がありそうなわけでもなかったので、倒しはせずに終わらせた。
 
「……ふぅ」
 
「お見事」
 
「凄いです、ラグ」
 
 優斗とココが拍手する。
 
「いえ、まだ若輩の身ですから」
 
 ラグが謙遜した。
 
「とりあえず進みましょう。無駄に騒いでマゴスが魔物を呼び寄せそうな気がしますから」
 
 こういった場合はさっさと逃げるに限る。
 ラグの提案に二人も頷いた。
 
「ですね」
 
「わかりました」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 マゴスをどうにか引き連れて歩く。
 そして最後の休憩を終わらせ、神木間近という場所。
 
「もう少しでライガーの出番……ですね」
 
「おそらくは」
 
「僕とココは下がっていますので、僕らのことは気にしないでください」
 
「分かりました」
 
 ラグが頷いて戦闘態勢を取る。
 
「マゴス、準備はいいか?」
 
「バッチリだぞ、兄様!」
 
 手に袋を持ちながらマゴスが自信満々に頷いた。
 
「……マゴス。それは何だ?」
 
 ラグが指差す。
 袋の中には一体、何が入っているのだろうか。
 
「ふふん、これは兄様にも教えられないぞ。ぼくを勇者に変えてくれるものだからな」
 
「どういうことだ?」
 
「見てのお楽しみだぞ」
 
 自信満々のマゴスだが、逆に優斗は不安を抱く。
 この手のパターンはよくある。
 大抵、最悪な状況に陥ることになる。
 特にマゴスのような馬鹿だけに、やばい。
 
「あの、マゴス様――」
 
 優斗が声を掛けようとしたが……遅かった。
 
「――ッ!!」
 
 雄叫びが聞こえると同時、遠目に四つ足の獣の姿が見える。
 
「来たか」
 
 ラグが戦闘態勢を取り、ココが後ろに下がる。
 マゴスは、
 
「ふっふっふ」
 
 笑いながら手に持っている袋を開ける。
 
「さあ、僕を勇者にしろ!!」
 
 そして袋の中にある粉を全身に振りかけた。
 
 
 



[41560] 大切な……
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:569dac24
Date: 2015/10/24 21:40

 
 
 
 
 案外、面白い人で。
 凄く格好いいのに、そのギャップがさらに笑える。
 最初からこの人だったら、優斗だって自分だって文句はなかった。
 
 ――なんでだろう?
 
 4月から楽しいことばかりだったのに。
 年末の今は嫌なことばかり。
 優斗とフィオナみたいに紆余曲折あっても最後はハッピーエンド、ではなくて。
 自分の場合はエンディングも続いていく人生までもバッドエンド。
 けれど家族と自分の考えとしてはベストエンド。
 人生が上手くいく人と上手くいかない人で分けたら、絶対に自分は後者だ。
 
 ――ほんと。
 
 ラグが婚姻相手であればよかったな、と。
 ハッピーエンドであってほしかったな、と。
 心底、思う。
 
 ――でも。
 
 それは仲間がいなかったらの話。
 彼らは自分が不幸になるのを許してくれない。
 無理矢理にでもハッピーエンドにねじ曲げてくれる人達だ。
 
 ――特にユウなんて。
 
 わたし達の中で一番、ハッピーエンド至上主義なんだから。
 
 
       ◇      ◇
 
 
「……あれ?」
 
 粉を身に振りかけたマゴスが首を捻る。
 
「何も起こらないじゃないか!」
 
 格好良く変身すると思っていたマゴスは憤る。
 けれど優斗は悠長に考えていられない。
 
「……今の粉、何だか分かる人……いる?」
 
「あの、おそらくですが」
 
 ラグが恐る恐る発言した。
 
「魔物を呼び寄せる粉ではないかと……」
 
「効果は?」
 
「周辺の魔物を呼び寄せます」
 
「継続時間は?」
 
「ありません。粉をふるった場所から半径500メートルほどの魔物を呼び寄せるだけです。一度呼び寄せたらお終いになります」
 
 つまり継続的に魔物を呼び寄せるというわけじゃない。
 優斗は右手を顎のところへと持って行き、考える仕草をする。
 
「その点を考えるとゲームよりは楽だけど……」
 
 長期戦にならないだけいい。
 
「ただ、逃げても無駄……か」
 
 ふるった場所、とラグは言っていた。
 ということはマゴスが場所にあたる。
 
「……来た」
 
 優斗はすかさずショートソードを構える。
 姿形は見えるだけで二十体。
 さすがに見たことのない魔物もいるので全部は把握できないが、おそらくランク的にはAランクからEランクまでいる。
 強そうなのは、そのうち八体。
 あくまで優斗の知識と感覚頼りではあるが、
 
 ――これは……かなり不味いかな。
 
 普段なら問題ないと思えるが、今回は制約がある。
 優斗が知っている神話魔法は神殺の剣以外は全部ぶっ放し系なので、基本は上級魔法のみで相手取らないといけない。
 自分の“全て”を全開に持って行くにも時間が掛かってしまう。
 だから優斗は覚悟を決めた。
 
「ココ、二人を守って」
 
「……ユウは?」
 
「倒してくる」
 
 さらっと言ってのける優斗。
 けれどココは何を言っているとばかりに反論した。
 
「む、無理に決まってます! だってユウ、神話魔法を使え――」
 
「――そんなものは関係ないよ」
 
 遮って優斗はココに伝える。
 
「この状況で君を助けるには、僕がやるしかないから」
 
 制約があろうと何だろうと、助けるためにはそれ以外に方法はない。
 同時、一匹の魔物から放たれた岩が直前に迫っていたので優斗はショートソードで斬り捨てる。
 
「わ、私も一緒に!」
 
「わたしも!」
 
 ラグとココが名乗り上げる。
 だが、
 
「悪いけどフォローするほど余裕はない」
 
 二十体もいるから守りきれる自信はない。
 いくらココでも、この状況下では無事でいることなど不可能だ。
 どうやったって無理。
 フォローするにしても、優斗の手が届く範囲を超えている。
 乱戦は不確定要素が多すぎるからだ。
 さらにラグは優斗よりもココよりも戦うことに慣れていない。
 しかも王族だから死なせるわけにもいかないし、応援に来て貰うわけにもいかない。
 
「求めるは聖護、聖光の守り」
 
 優斗が詠唱を紡ぐ。
 すると円形の守護壁が生まれる。
 
「卓也や修じゃないから、これぐらいの魔法しか張れないけど……」
 
 大抵の攻撃は防げるはずだ。
 
「ちょ、ちょっとユウ!」
 
 ココが止めようとして足を踏み出す。
 けれど優斗が止めた。
 
「絶対にそこから出るな」
 
 軽く脅すような声音でココを押し止めた。
 そして優斗はすぐに視線を魔物達へと戻し、ショートソードを振りかぶった。
 
「……さて、と」
 
 正直、死ぬかもしれないけれど。
 頑張れば死なないはず。
 死ぬ気で動けば倒せるはず。
 
 ――どっちにしても。
 
 ココ達に被害は及ばせない。
 優斗は足を一歩踏み出す。
 
「行こうか」
 
 
       ◇      ◇
 
 
「なんだよ! 勇者なんてなれないじゃないか!」
 
 マゴスは優斗の守護壁の中でぶつくさと文句を言っていた。
 
「しかも魔物を呼び寄せるなんて聞いてないぞ!」
 
 などとマゴスは言うものの、本来は呼び寄せた魔物を全て打ち倒したものを勇者と称えることができるだけで、粉自体には人間に対してなんら効力を持たない。
 
「マゴス、お前はっ!!」
 
 あまりにも救いようがない弟にラグが雷を落とそうとする……よりも先に。
 ラグの前を動いた影があった。
 
「――ッ!」
 
 ココは右の手のひらを一閃、マゴスの頬に叩き込む。
 パン、と乾いた音がした。
 驚いた表情をしたマゴスだが、ビンタした相手がココと知った瞬間に憤る。
 
「な、殴ったな! ぼ、ぼくはお前の夫となる男なんだぞ!!」
 
「だから何です!? 誰のせいでユウが戦ってると思ってるんです!?」
 
 ココは怒り心頭だった。
 普段の優斗なら心配だってしない。
 けれど今の彼には厳しいはずだ。
 
「…………っ!」
 
 ココは唇を噛みしめる。
 厳しいはずなのに彼は戦いに赴いている。
 一体、誰のせいだ。
 
「貴方のせいじゃないですか!!」
 
 目の前の馬鹿が馬鹿なことをやって優斗が割を喰っている。
 
「なんで……なんでユウが戦わないといけないんです!?」
 
 一番、関わる必要がない人間が。
 どうして戦っている。
 
「……本当に……馬鹿なことばっかり」
 
 マゴスに関わってから良いことがない。
 仲間は貶されるし、現在進行形で優斗が戦わされている。
 
「わたしの家が望む婚姻? わたしの立場が願う婚姻? そのせいで誰に迷惑が掛かってるんです?」
 
 自分か?
 いや、違う。
 優斗だ。
 
「……わたしがこんな男と、婚姻を望むなんて言ったから……」
 
 せめて最後に、と。
 少しは相手に挽回させるチャンスをあげようと。
 優斗はそう考えてくれたのかもしれない。
 
「馬鹿らしい」
 
 本当に。
 自分自身に腹が立つ。
 
「き、貴様! 無礼だぞ、ぼくは王族なんだぞ!」
 
「無礼なら無礼で構わないです」
 
 もういい。
 どんなことを言われても構わない。
 なぜなら目の前にいる男は、
 
 
 ――わたしの婚姻相手じゃないんだから。
 
 
 仲間を貶すような奴が。
 友人を脅かすような奴が。
 自分の婚姻相手であってたまるか。
 
「今回の婚姻、わたしは絶対に望みません」
 
 突きつけるように言い放って、ココはラグのほうに振り向く。
 
「ラグ、わたしは行きます」
 
 告げながら横を通り過ぎて、優斗の張った防御魔法を抜けようとする。
 しかし手を取られた。
 間違いなくラグだ。
 
「……行かせるわけにはいかない」
 
 ラグだって魔物の強さがどれくらいか、少しぐらい把握できているつもりだ。
 
「むざむざと君を死なせてなるものか!!」
 
 魔物が集まっている場所へココを行かせるわけにはいかない。
 
「じゃあラグはユウだったらいいんです?」
 
「……それは…………」
 
 突然にココから問われた。
 思わず答えるのに詰まる。
 
「気持ちは分かります。ラグにとってユウは凄い人なんだと思います。契約者ですし、独自の神話魔法をたくさん使いますし、正直に言って化け物です。貴方達が大魔法士と呼ぶのも理解できます」
 
 これが同年代なんて常識的じゃなくても考えたくない。
 
「でも、わたしにとっては大切な仲間なんです」
 
 初めて出来た友達の一人。
 
「知ってます? ユウってフィオを抱きしめるだけで顔を真っ赤にするんです。それにユウってフィオと付き合うまでぐだぐだしてて……本当にヘタレなんです」
 
 何が化け物だ。
 何が契約者だ。
 自分が知っている優斗はただのヘタレで臆病な奥手の小心者だ。
 
「わたしにとっては、そんな人なんです」
 
 だから、と防御魔法の外に出ようとした瞬間だった。
 
「……あ……ぐっ……!」
 
 優斗が吹き飛ばされた姿が見えた。
 かろうじて左手で防いでいるように見えたが、無事ではないはずだ。
 
「手をどけてください!」
 
「……できない……っ!」
 
「どけて!!」
 
 ココが怒鳴る。
 
「できないっ!! 一目で心奪われた相手を行かせられるわけがないだろう!?」
 
 ラグから思わず本音が出る。
 だが、ココは“そんなこと”に構っていられない。
 
「……友人が……」
 
 自分のことを妹分と言ってくれる人が。
 
「親友の大切な人が……」
 
 フィオナの大切な恋人が。
 
「わたしの仲間が戦ってるのに……見てるだけなんてできない!」
 
 無理矢理にでもラグの手を外そうとする。
 
「ユウを死なせたくない!」
 
 大切な友達だから。
 
「死なせたくないの!!」
 
 最後は絶叫と紛うほどの声量だった。
 これで言うことを聞いてくれないなら、魔法でもぶち当てる。

「……ココ」

 するとラグはほんの数秒逡巡したあとに手を離した。
 そして、
 
「ならば私も行く。ココだけ行かせるわけにはいかない」
 
 ラグは剣を抜きながら前へと出る。
 
「そんな自分を許せるはずがない」
 
「下手したら死んでしまいますよ?」
 
 どこかにあるような試合ではなく、命のやり取りをする場所だ。
 しかも相手はこちらの立場など考えるわけもない魔物。
 ラグとて、そんなことはもちろん分かっている。
 
「承知の上だ」
 
 一目惚れの相手が戦いへと向かい、自分がここへ残るというのは王族である以上に男としての名折れ。
 
「ココを守るために命を散らすことになるのなら本望だ」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 多対一において一番重要なのは、まず数を減らすこと。
 優斗は集まってきた二十体の魔物のうち、すぐさま三体を斬り殺す。
 さらに前後左右から襲いかかってくる魔物を持ち前の運動神経と反射神経でかわしながらさらに二体。
 本当なら、どうにか二対一ぐらいに持ち込むところなのだが、距離を置いたりするとココ達に向かいそうなので迂闊に距離も取れない。
 だからこその近距離乱闘。
 加えて戦っている最中にも優斗の剣戟や動きは際限なく加速しているのだが、それでも瞬間芸で殺せるのにも数は限られている。
 一体に踏み込んで倒しに向かうのも有りだが、一体に取りかかって他の気を抜くなど愚の骨頂。
 かといって今の場合だと浅い傷を与えるだけで致命傷に至らせることはできない。
 
「――ふっ!」
 
 ショートソードを真横から薙ぎ、また一体の魔物を斬り殺す。
 そして魔物の位置を把握しながら、次々と効率より攻撃を加えていった。

 ――残り……七匹っ!

 雑魚から数を減らしていき、残るは上位ランクと呼んでもいい魔物ばかり。
 ここからが正念場だと言えるのだが、背後から一つ目の巨人――サイクロスが豪腕をアッパーのように唸らせた。
 位置関係で考えれば、そこには魔物が一体存在しているが……それはサイクロスにとって関係ないこと。
 魔物ごと殺す勢いで振るわれる腕は、違わずして魔物を殴り殺してなお優斗へと向かっていく。

「……ちっ!」

 魔物を物理的な盾として考えていた優斗は、舌打ちして振り返りショートソードを魔物の拳と相対させる。
 しかしそれが判断ミス。
 多数の魔物と近距離戦闘における経験値が少ないからこその致命的な行為。
 拳はショートソードが食い込みながらも優斗を打倒せんと振り抜こうとしている。
 下から上に向かっている拳。
 だから拳が剣に当たり食い込むと同時、優斗の身体が少し浮いた。
 次の瞬間、真横にはサイクロスの上位存在であるサイクロプスの拳が迫ってきた。
 
「――ッ!」

 回避行動するために蹴り出す地はなく、魔法も精霊術も使う時間はない。
 優斗は半ば反射的に左腕を拳との間に滑り込ませたが、
 
「……あ……ぐっ……!」
 
 嫌な音を耳を響かせながら15メートルは吹き飛ばされる。
 無理に滑り込ませた左腕に激痛が走り、さらに肋骨にも痛みが突き刺さった。
 どうにか体勢を整え着地した優斗は、ダメージを受けた場所を確認する。
 
 ――左腕と左側の肋骨が何本か……折れたな。
 
 下手しなくても左腕は複雑骨折だろう。
 肋骨も何本折れてるか判断できないが、とりあえず痛みが酷い。

 ――あとは……足も駄目か。

 左足の上部も骨が折れたかヒビくらい入っているのか、上手く動かない。
 ただ、内臓関係に違和感がないのは幸いだった。
 残っているのは六体。
 サイクロプスとサイクロス。
 ライガーと木の形をした魔物――ツリースト。
 他にもCランクほどの魔物が二体。
 
 ――どうする?
 
 正直な話、勝ち目がない。
 特にサイクロプスとサイクロスは現時点の魔法も精霊術も効かない。
 神殺の剣なら殺せるだろうが、あれは初動も動きも遅い。
 その間にライガーに攻撃されるだろうし、ツリーストの枝も面倒だ。
 殺気を放って押し留めようとしたが、どうやら魔物を呼び寄せる粉は本能すら狂わせるほどの攻撃性をもたらすらしく、一向に逃げる気配がない。
 しかも今の自分はかなりの手負い。
 痛みは気合いで意識から除外できるが、右足一本の機動力で勝てる可能性は少ない。
 久しぶりに大失態を犯したと言っていいだろう。
 
 ――いくら全開へ持って行くに時間が無かったとはいえ、結構な勢いで詰んでるな。

 最悪、大精霊を呼んで魔力供給をミスらないで頑張るしかない。
 ジリジリとにじり寄ってくる魔物たちに、どう対応するか考える優斗。
 だが、その場にあってほしくない姿が現れた。
 
「ユウ!!」
 
 ココとラグが駆け寄ってくる。
 そして優斗の前に立つ。
 思わず魔物も止まった。
 
「……バカ。なんで来た」
 
「来ないとでも思ってます?」
 
「だから“バカ”って言ったんだよ」
 
 来たいのは分かっていたからこそ脅したのに全て台無しだ。
 けれどココは笑って、
 
「ユウがかなり数を減らしたから出てきたって言ったらどうです?」
 
「……だったら納得してあげるよ」
 
 どうせ今、考えついた言い訳だろうけど。
 優斗は不承不承頷く。
 
 ――でも、まあ……。
 
 確かに今の状況ならココに背中を預けることはできる。
 例え魔物にAランクがいようとも、その絶対の信頼は変わらない。
 優斗が問題にしていたのは乱戦によって起こる、不測な事態。
 優斗でさえも防げない状況。
 しかし今なら数は減っているし、予測不可能な状況は確実に減っている。
 
 ――それなら。
 
 この状況下で優斗は認識を変える。
 ココを“守るだけの存在”から“戦友”へと変える。
 
「ユウ、今から時間を稼ぎます。その間にユウは……」
 
 彼女の視線が優斗の瞳へと向かった。
 あるのは優斗がココに向けるのと同様、絶対の信頼。
 
「ユウは新しい神話魔法を創ってください」
 
「……変なこと言うなって。創ったことなんてないよ」
 
「大丈夫。できるはずです」
 
 否定する優斗だが、ココは軽く受け流した。
 
「だってユウの魔法はセリアールにとって新しく創造された魔法なんだから」
 
 出来ない、なんてことはない。
 
「向こうの世界の“げーむ”や“あにめ”からイメージを持ってきたのだとしても、この世界には関係ありません。まさしくユウがやっているのは、新しく創った神話魔法です」
 
 だとしたら出来るはずだ。
 
「イメージを固めて詠唱を言霊とし、神話魔法とするぐらい……ユウには簡単です。それに詠唱は創ったことあるんですし、あとはイメージを創造するだけで終了です」
 
 アレンジして独自の詠唱を創ったこともある優斗だ。
 無理なはずない。
 と、ココはからかうように、
 
「これぐらいやってくれないと、妹分としてはお兄ちゃんを尊敬できませんよ?」
 
「……普段は尊敬してないの?」
 
「ヘタレ返上したら考えます」
 
 魔物を前だというのに、互いに吹き出した。
 
「分かったよ。やってやる」
 
 優斗の返事にココは嬉しそうに頷いて、魔物を見据える。
 
「ラグ」
 
 代わりに優斗は魔物に視線を据えていたラグの名前を呼ぶ。
 ラグが視線を優斗に向けた。
 
「いいか? 今の状況でココを守ろうなんて思うな。まずは自分の役割に集中しろ」
 
「だが……」
 
 ココは女性だ。
 守らなければならない。
 しかし、
 
「お前の考えは好きだが、ココは僕達の仲間だということを忘れるな」
 
 抱いている想いを捨てろ、と優斗は言う。
 優斗だって基本的にはラグと同様の考えを持っているが、それだって状況次第だ。
 今のココは頼るべき仲間であり大切な戦友。
 
「彼女を守りたいと思うのなら、まず彼女を信じることから始めろ。そして知るんだ」
 
 本当のココ=カル=フィグナを。
 
「ココは守られるだけの弱い奴じゃないことを」
 
 優斗は理解しているが、ラグはまだ知らないこと。
 ラグにとって“今”は知らないことだが、いずれは知ることができること。
 それを優斗は示す。
 
「……分かった」
 
 少し戸惑った様子を浮かべたラグだが、優斗の断言に意を決したように頷いた。
 
「30秒だけ稼いでくれ。それまでは二人のことを信じて考えに没頭する」
 
「はい」
 
「了解した」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 目を閉じて考える。
 放出系は論外。
 爆発系も駄目。
 ならば、大丈夫なのは何だろうか。
 優斗は頭を空にして考えてみる。
 
 ――範囲指定で内側に威力を向けたもの……か。
 
 これだ。
 色々とありそうなものだが、優斗のストックには出てこない。
 というより、あるかもしれないけれど現在の状況下で思い出せるわけもない。
 だからまさしく一から魔法を“創る”しかない。
 
 ――内側に向けたもの。
 
 しかし指定範囲から出られてしまえば意味がない。
 
 ――魔物を出さなければいい。
 
 出さないなら、何だ?
 
 ――檻。
 
 そうだ。
 最初の家が自分に取って牢獄だったように、檻というのは出られることはない。
 そして優斗にとって檻とは最低最悪の場所。
 故に願うのは死、のみ。
 魔法に対するイメージが思い浮かぶ。
 
 ――ああ、まさしく僕らしい。
 
 自分らしい魔法だ。
 
 ――詠唱は?
 
 どういう言葉がいい?
 どんな台詞が一番しっくり来るだろうか。
 少し考え……小さく笑う。
 
 ――なんかもう、厨二まっしぐらな言葉だ。
 
 痛々しいし、自分が考えたとなると恥ずかしい。
 
 ――でも、やっぱりこれが一番だ。
 
 僕らしい、と。
 再び優斗は思う。
 
「ユウ!!」
 
 ココの呼ぶ声が聞こえた。
 一度だけ大きく深呼吸をして、眼を開く。
 
 ――始めよう。
 
 正真正銘、宮川優斗が自分で考えて創り出した神話魔法を。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 時間が過ぎるのが遅いと感じる。
 30秒というのは、これほどまで長いのだろうか。
 ラグは生死を分かつ場で、初めてそれを実感した。
 
「……う……ぬっ……!」
 
 息をつかせる暇も無い。
 真正面からだけではなく、後方や右側にもいる。
 どこにも気を配らないといけないのは精神がどんどん削られていく。
 
 ――ユウト様は制約下で、魔物は二十体もいたのに。
 
 十三体も倒すとか、最早人間業じゃない。
 前後に水の精霊術を撃ち放つ。
 運良く、三体全てに当たり距離が開いた。
 
『清浄なる美澄の住人よ。ラグフォードの名において願う』
 
 すぐさま、詠唱を紡ぐ。
 
『出でよ! ウンディーネ!!』
 
 瞬時に水の大精霊を呼び寄せる。
 
 ――あと……10秒!
 
 約束の30秒まであと10秒。
 全力で使役しても魔力は足りる。
 
「ウンディーネ! 三体の魔物を近付けさせないでくれ!」
 
 水の大精霊が頷いた。
 これで約束の時間までは倒せずとも近付けさせることはない。
 
 ――あと5秒。
 
 ラグの意識は別の場所へと向かう。
 
 ――ココは!?
 
 視線を彼女へと向ける。
 
「…………なっ……あ……」
 
 ラグが驚きの声をあげた。
 そこには軽やかなステップを踏みながら避けるココがいて、
 
「求めるは水の旋律、流水の破断」
 
 制約下なのに水の上級魔法を放ち、三体の魔物を切りつけ、
 
「求めるは岩鬼、質なる圧壊」
 
 地の上級魔法を使って魔物の真上から大岩を落としている姿があった。
 
「ユウ!!」
 
 魔物から視線をずらさずにココが声を張り上げる。
 約束の時間。
 30秒が経った。
 優斗はココの声に反応したかのように閉じていた眼を開ける。
 そしてゆったりとした声音で……紡ぐ。
 
 
『囲え、囲え、囲え』
 
 
 瞬間、優斗の足元には魔法陣が輝き、動いている五体の魔物をそれぞれ囲う光の檻が現れる。
 
『囲いの中、出ること能わず、逃げること能わず、動くこと能わず』
 
 まるで鉄格子のような構造の檻。
 魔物が出ようとするも、格子だけでダメージを与えられるのか、触れた瞬間に弾かれる。
 
『なればこそ永久なる苦痛、永遠なる悪意、全てを身に受けろ』
 
 光の格子の光量が増し、
 
『故に告げよう――』
 
 優斗が右手を軽く、断罪するように振るった。
 
『――メメント・モリ』
 
 瞬間、縦横16本。計32本の格子から光の一閃が格子の内側へと放たれる。
 そして問答無用に全ての魔物を切り裂き、焼き付くし、向かいの格子へと収まった。
 優斗は魔物が全滅したことを確認してから魔法を解く。

「まったく……」

 ぐったりと座り込み、左腕や肋骨の痛みに顔を顰める。
 やたら無闇に歩く気力も生まれなかった。
 
「……疲れたし痛い」
 
「お疲れです、ユウ」
 
 ココが隣に座って治療を始める。
 
「あのバカから霊薬かっぱらってこれない?」
 
「どうでしょう? ラグなら……」
 
 視線をマゴスのほうへと向ける。
 すると、ラグが瓶を持ってやって来た。
 なぜかマゴスはいない。
 
「ユウト様。霊薬だ」
 
「助かるよ」
 
 戦闘最中のタメ口のせいか、終わったあともタメ口が続く優斗とラグ。
 そこに優斗もラグも気付くこともなく、優斗は霊薬を飲み干す。
 
「あ~、生き返る」
 
 湯船につかった壮年の男性みたいな優斗にココが笑う。
 
「おじさんです?」
 
「くたびれ具合は似たようなものだよ」
 
 とりあえず痛みが和らぎ始めた。
 あと10分もすれば完全回復するはずだ。
 
「っていうかバカは?」
 
 マゴスがいないからだろうか。
 それとも身体がボロボロになるぐらいの仕打ちを受けたからだろうか。
 優斗のマゴスに対する扱いが酷くなった。
 
「霊薬を私が奪い取ったら、止める間もなく逃げていった」
 
「……ヤバくない?」
 
「大丈夫だ。私が風の精霊に頼んで守護している。何か問題があったら知らせてくる手はずだ」
 
「そっか」
 
 優斗は寝転がる。
 
「正直、助かったよ。特にサイクロプスは短期戦なら神話魔法じゃないと倒せないから」
 
「いや、ユウト様が魔物を減らしてくれたおかげだ」
 
「本当です」
 
 ラグとココが優斗を賞賛する。
 
「けど、まあ……」
 
 ココは姿形すらない魔物のことを思う。
 
「ずいぶん凄い神話魔法です」
 
 いかつい、というか怖いほどの魔法だった。
 ラグが少し悔やんだ表情になる。
 
「しかしこの場合、ユウト様がライガーを倒してしまったとなると『王族の試練』は失敗か」
 
 若干項垂れたラグ。
 けれど優斗は軽い調子で右手を横に振った。
 
「いや、違う違う」
 
「はっ?」
 
「えっ?」
 
 ラグとココが同時に驚いた。
 
「だって僕が指定した魔物は五体。サイクロス、サイクロプス、木の魔物とCランクっぽい魔物二体。ライガーは指定外」
 
「えっ? どうしてライガーは指定しなかったんです?」
 
「すでに倒されてた」
 
 優斗は離れた場所を示す。
 木や草むらに隠れて見えないが、そこにライガーが倒れている。
 
「つまり、えっと……どういうことです?」
 
「バカに付き添ってきたラグが倒したんだから『王族の試練』は達成。神木の枝を得ることは問題ないってこと」
 
 優斗の説明に少し呆けた様子のココとラグ。
 
「けどわたし、もうマゴス様に婚姻解消を突きつけたんですけど」
 
「そこは僕に判断を委ねられてもね。ラグに任せるよ」
 
「私が?」
 
「いや、だってココの婚姻を認めるか認めないかと『王族の試練』は別物だし」
 
 訊かれたところで困る。
 ラグは少し考えるが、
 
「……よし」
 
 意を決したように神木へと歩いて行き、小枝を折った。
 
「ユウト様が回復次第、戻ろう」
 
 



[41560] 婚姻相手、決定
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:569dac24
Date: 2015/10/24 21:41

 
 
 
 
 優斗たちは王城へと戻り、謁見の間まで直行する。
 
「おお、大魔法士様にフィグナ様、そしてラグフォードよ。戻ったか」
 
「はい、父上」
 
 椅子に座っているミラージュ王の横にはすでにマゴスがいる。
 
「兄様! 小枝は取ってきたのか?」
 
 しかも自分がやったことを忘れているのか何なのか、意気揚々と訊いてくる。
 ラグはマゴスを無視してミラージュ王へと小枝を見せる。
 
「父上、この通りです。ライガーは私一人で倒し、神木の小枝を手に入れることができました」
 
「それは真か?」
 
「はい。ユウト様とフィグナ様が証人となられます」
 
「分かった」
 
 少し不可思議なやり取りがラグとミラージュ王との間で行われた。
 気付いたのは優斗だけで、マゴスとは逆に控えている大臣は喜びを表す。
 
「だ、大魔法士様! これでマゴス様とフィグナ様の婚姻は認めて――」
 
「そんなわけないでしょう」
 
 口早に言った大臣を優斗はぶった切る。
 
「私がなぜボロボロなのか分かりますか?」
 
 制服は所々やぶけている。
 
「マゴス様が魔物を呼び寄せる粉を振りまき、対処に追われたからです」
 
 ちらりとマゴスを見るが、彼は素知らぬ顔だ。
 
「冗談抜きで死にかけました。ラグフォード様がマゴス様より霊薬を取っていただけなければ、私はこの場にいなかったでしょう」
 
 優斗がここまで言うと、マゴスはあることに気付いたのか、
 
「あっ、そうだ! 兄様、勝手にぼくの霊薬を取らないでよ! あんな嘘つきが怪我したって別にいいじゃないか! ぼくのものだぞ!」
 
「馬鹿を言うな。お前がしでかしたことのせいで、森の制約下にあるというのにユウト様は上位ランクもいる魔物二十体と戦うことになったのだぞ。こうして私達が無事な姿でいるのは全てユウト様のおかげなのだ。なればこそ原因であるお前から霊薬を奪い取ったところで問題などない」
 
 ラグの説明にミラージュ王と大臣の顔が青くなっていく。
 前者はとんでもないことをしたマゴスに対して。
 後者はマゴスのしでかしたことによる結果に関して。
 
「ラグフォード様が説明してくださいましたが、そのようなことをする輩とココ=カル=フィグナの婚姻を認めろと? そして大国リライト公爵家の長にするつもりだと?」
 
 優斗は挑発的に言い放つ。
 
「私に……いえ、我々リライトに喧嘩を売るおつもりですか?」
 
「……い、いえ、それは……」
 
 大臣は色々と言い訳を考えているようだが、ミラージュ王は見切りをつけてラグに視線を移した。
 
「……父上」
 
 ラグが一歩前に出て、小枝を渡す。
 
「ああ、確かに神木の小枝は預かった」
 
 そして一拍置いた後、宣言した。
 
「これにてラグフォードを『王族の試練』達成者として認めよう」
 
 ミラージュ王の言葉に大臣、マゴス、ココが驚いた顔をさせた。
 
「なっ!? と、父様!?」
 
「お、王よ! これは!?」
 
 マゴスと大臣が問い詰めるが、ミラージュ王は素知らぬふりをする。
 けれど優斗が、
 
「どういうことでしょうか?」
 
 説明を要求するとすぐに答えた。
 
「昨晩、ラグフォードから提案があったのです」
 
 丁寧に語る。
 
「もしラグフォード一人の力で神木の小枝を取ることが出来たのなら、その際には――」
 
 ミラージュ王はココを見て、僅かばかりに表情を崩した。
 
「フィグナ様の婚姻相手をマゴスではなく自分にしてくれ、と」
 
「えっ?」
 
 ココが再度、驚いた。
 
「大魔法士様。これは無理を承知での提案とさせていただきます」
 
 そしてミラージュ王は昨日と同様、優斗に頭を下げる。
 
「大魔法士様はマゴスを婚姻相手として認めない。間違いありませんか?」
 
「はい」
 
「では、ラグフォードではいかがですか? これでも『王族の試練』を達成した者。フィグナ様の婚姻相手として相応しい人物と思います」
 
「…………」
 
 優斗は少しだけ押し黙る。
 緊張の空気が謁見の間に張り詰めた。
 が、それを破ったのは大臣。
 次いでマゴス。
 
「た、確かに大魔法士様との繋がりは最重要とも言えることですが、ラグフォード様ほどの傑物をリライトの公爵家など――ましてあんな小娘の相手なぞに……!」
 
「なに、ぼくはちんちくりんと結婚しなくていいのか!」
 
 大臣はどうにかやめさせようとする。
 どうやら大臣はラグフォードほどの者ならもっと上流――おそらくは三大国の王族とも婚姻を結べる可能性があると考えているらしい。
 だからこそ否定しているのだが、逆にマゴスは大喜び。
 優斗は二人の態度に嘆息し、
 
「ミラージュ王。私の仲間を軽んじ不幸にするということは、私に喧嘩を売ることと同義だと理解していますか?」
 
「分かっております」
 
「最低の相手で押し通せなかったから別の相手にする。正直、反吐が出ます。どこぞの大臣の考えもココ=カル=フィグナを舐めているとしか思えません」
 
「分かっております」
 
 重々、ミラージュ王も承知している。
 それでもラグが望んだのだから。
 一目惚れをした、と。
 恋をしてしまった、と。
 だから神木を自分一人の力で得た際には、自分をココの婚姻相手にさせてくれ、と。
 そう言ったのだから、父として叶えてあげたいと思うのだ。
 
「全て承知した上でのご提案であります」
 
 再度、ミラージュ王は頭を下げようとして……止められる。
 思わず前を見れば優斗がミラージュ王の肩に触れ、柔らかい表情で笑っていた。
 
「とはいえ、私と致しましては相手がラグフォード様だというのなら、決めるのは当人同士に任せようと思います」
 
 別に優斗がどうこう言う相手ではない。
 もとより、そこまで介入するつもりもない。
 マゴスは最悪だから優斗は認めないだけであって、別の人物でいいですか? と問われたとしても、変更した相手が問題ないのなら決めるのはココ自身だ。
 何か言いたげな大臣については優斗が睨みつける。
 さすがに先ほどの言動から自分が優斗の機嫌を損ねているのには気付いたのだろう。
 すぐに口を噤んだ。
 
 ――さて、と。
 
 これでお膳立ては済んだ。
 優斗はラグを軽く促す。
 ラグはこくり、と頷いて一歩ずつ歩みを進めた。
 
「ココ」
 
 彼女の前に立ち、膝を折る。
 
「私の婚姻相手になってはくれないか?」
 
 そして誠心誠意、想いを言葉に込める。
 
「可憐な君に私は心奪われた」
 
 右手を差し伸べるラグ。
 純粋に求めてくる彼の姿にココは、少しだけ戸惑った表情を浮かべたが、
 
「……わたし、理想って結構高いんです」
 
 ぽつり、とラグに言葉を届ける。
 
「……えっ……?」
 
「タクぐらい一生懸命で、ユウぐらい優しくて、シュウぐらい面白くて、ズミさんくらい愉快な変さを持ってて、クリスぐらい格好いい人で」
 
 何よりも、
 
「わたしの心をちゃんと見てくれる人じゃないと嫌です」
 
 思えばマゴスは最悪だった。
 自分の心なんて何も見てくれない。
 
「努力する」
 
「努力だけです?」
 
「いや、絶対に成し遂げてみせる」
 
「案外どころか、かなりの無茶ぶりだってわかってます?」
 
「……そうなのか?」
 
「そうですよ」
 
 くすくすとココは笑う。
 仲間達を見たら絶対に絶句する。
 
「けれど頑張るから。どうか私の婚姻相手になってくれ」
 
 再度、ラグが右手に力を込めて顔を伏せた。
 絶対に引かない、という決意の現れ。
 ココは彼の態度に小さく微笑み、
 
 ――まだ愛なんて芽生えてないけれど。
 
 どうせ政略的な婚姻なのだけれど。
 これほどまでに手を伸ばしてくれる、というのは本当に嬉しい。
 今までの、どの告白よりも喜びがあった。
 心に響いた。
 
 ――この人となら。
 
 愛を紡いでいけるだろうか。
 優斗とフィオナに負けないぐらいの物語を。
 
 ――できると……いいな。
 
 一心に願う。
 だからココは左手をゆっくりとラグの右手に重ねる。
 
「喜んで」
 
 彼女の返答を以て、新しく一つの婚姻が生まれた。
 
 
 
 
「これにて一件落着、かな?」
 
 優斗が安堵したように息を吐いた。
 
「はい。わたしも家の考えと立場を潰さずに済みました」
 
「こちらとしても、ユウト様と関係の深い相手との婚姻を結ぶことができたのは僥倖だ。もちろんココをないがしろにしてなどいないが」
 
「最後は大団円で良かったね」
 
 ほっとした感じで優斗が伸びをした。
 
「というより、ユウってラグを色々と試してませんでした?」
 
「そりゃね。だってココ見て『可憐』とか『美しい』とか言ってるし、なんかもう見た感じで誠実そうだったから」
 
「つまり、どういうことです?」
 
「ココの立場も家の考えもミラージュ聖国の思惑も、全てまるく収めるならラグが名乗り出るしかなかったから、ちょっと突っついてみた」
 
 平然と言ってのける優斗にラグが僅かばかり肩を落とし、
 
「……バレていたのか」
 
「当たり前でしょ」
 
 気付くなというほうが無理だ。
 
「ラグが名乗りでなかったらどうしたんです?」
 
「潰して終了」
 
 あっさりと宣言する優斗。
 本当に自分が名乗り出てよかったとラグは思う。
 でなければ今回の婚姻は確実に潰れていた。
 
「あっ、そうだ」
 
 優斗はわざとらしく声を発すると、
 
「そこの大臣と第3王子は喋らないでください」
 
 先ほど睨んで黙らせたというのに、まだ何か言おうとしている大臣とココと結婚しなくて済んだあまり、余計なことしか言いそうにないマゴスへ忠告する。
 
「せっかくのハッピーエンドに水を差されたらたまりません」
 
 再び優斗は睨みを利かせる。
 
「で、ですが……っ!」
 
「嘘つきのくせに生意気だ!」
 
 優斗が忠告したのにも関わらず二人は言葉を発する。
 
「……ミラージュ王。二人をご退場させていただいてもよろしいですか?」
 
 どうせ喋らせればココにあれやこれやと文句をつけるだろう。
 
「ココ=カル=フィグナを貶されるのが、私にとって耐えがたいことであることをお二方はご理解していない様子です」
 
 先ほどの言動もイラっと来たのは確かだ。
 
「特に大臣? 昨日に王女が私の所へ来たこと。貴方の仕業であるのならばこれ以上、心証を悪くする言動はよしておいたほうがいいですよ。貴方は大魔法士である私に『ミラージュ聖国は最悪だった』という感想を抱かせたいのですか?」
 
 大臣の顔がさらに青ざめる。
 どうやらビンゴらしく、さすがの大臣も黙った。
 マゴスは優斗に色々と言っているようだが、ミラージュ王は優斗の言うとおり早急に二人を退出させた。
 
「ありがとうございます」
 
「いえ、大魔法士様の命とあらば」
 
 何でも聞く、という意味なのだろうか。
 正直、優斗としてはこうまで言われると気持ち悪い。
 自分の立ち位置がさらに分からなくなる。
 だが明日には帰ることだし、優斗は頭を振って切り換える。
 
「ではラグフォード様とココ=カル=フィグナが婚姻相手と相成ったことを祝して、少しばかりではありますがプレゼントを贈りたいと思います」
 
 優斗は未だに手を取り合っているココとラグに笑みを向ける。
 
「何をするんです?」
 
「見てのお楽しみだよ」
 
 言いながら優斗は軽く左手を横に振るった。
 
「ファーレンハイト、トーラ、四大、二極。そして――」
 
 優斗は詠唱を紡ぎ、
 
「パラケルスス」
 
 左手を広げたまま、名を呼び、
 
「来い」
 
 瞬間、優斗の背後に大精霊九体が控えた。
 その圧倒的な存在感はまさしく、ミラージュ聖国が崇拝している精霊の在り方。
 大精霊は一様にココとラグに笑みを浮かべると、パラケルススを中心に回り始めた。
 そして天井近くまで上昇し、あと少しでぶつかる……となった瞬間に全ての大精霊が各々の属性を基調とした光の粒子へと成り代わった。
 粒子がゆっくりと謁見の間、全体に降り注ぐ。
 
「わぁっ、すごいです!」
 
 幻想的な光景にココが感嘆の声をあげる。
 
「…………すごい」
 
 ラグも驚く以上に目の前の情景にただ、感動する。
 ミラージュ王は感動以上の何かを感じているようだ。
 
「……本物のパラケルスス様」
 
 しかとミラージュ王の目に映った。
 
「マティス様より早1000年。ようやく我が国にパラケルスス様が現れてくださった」
 
 身震いまでし始め、
 
「大魔法士様。各属性の大精霊様にパラケルスス様を我が息子とフィグナ様のために呼び出してくださったこと、大精霊様のお姿を拝見させていただいたこと。感謝の言葉しかありません」
 
 そして始めて会ったときと同じように膝立ちで手を合わせた。
 優斗は心の中で昨日と同様に勘弁してほしい、という気持ちで満載だが、この状況では言い辛かった。
 だから努めて平然としたフリをした。
 
「気にしないでください。これが私なりのお祝いです」
 
 しんしんと降ってくる光の粒子。
 ココやラグが呆けるように見とれた光景も、その最後の一粒が地面に落ちて消える。
 
「さて」
 
 全てが消え、ミラージュ王が立ち上がると優斗は明るい声を出した。
 
「この後は二人でのんびり、話してきなよ。今日も夜にパーティーあるらしいけど、それまではごゆっくり」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 翌日、優斗とココは王城の入り口の前にいた。
 昨夜は昨夜で婚姻相手が変更になったことをパーティーで発表したり、優斗が謁見の間でパラケルススを召喚したことで色々と大変ではあったが、特に大きな問題が起こることもなく終わった。
 今はミラージュ王を始め、たくさんの人たちが見送りに参列している。
 
「ラグは?」
 
「忙しいんじゃないです?」
 
「ああ、そうかもしれないね」
 
 急に婚姻相手になったものだから、何かと大変なのかもしれない。
 と、思っていたのだが、
 
「あれ、あそこにいるのってラグです?」
 
「ラグだね」
 
 なぜか少量の荷物を持ってラグが優斗たちのところへ向かってきた。
 
「ココ、私も一緒に向かっていいか?」
 
「……? えっと、どうしてです?」
 
「婿入りする身なれば、ココのご両親に挨拶に向かわねばなるまい。いや、向かわせてほしいのだ」
 
 せっかく婚姻ということになったのだから、挨拶することこそが当然というもの。
 
「でも、ラグって忙しいですよね?」
 
 王子なのだし、暇な時間はあまりなさそうに思える。
 
「都合上、明日には戻らなければなるまいが……やはり、きっちりとやったほうがいい」
 
 そしてラグはミラージュ王へと身体を向け、
 
「父上。今よりリライトに向かいます」
 
「いいだろう。粗相は働くな」
 
「分かっております」
 
 渋るとか止めるとかなく、あっさりと決まった。
 優斗がココに耳打ちする。
 
「……なんかミラージュ王って物わかり良すぎない?」
 
「だから“優王”なんて言われてるんです。民にも息子にも優しく甘いって」
 
「……なるほど、だからラグみたいな凄いのとマゴスみたいな馬鹿な子供がいるのか」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 そして夕暮れ。
 リライト領内へと入った馬車は、
 
「……ココの実家に向かうのではなかったのか?」
 
 トラスティ邸の前に止まって、優斗……だけでなくココとラグも降りることとなった。
 
「いえ、やっぱり最初はここです。みんな今日帰るの知ってるから、何人かはいると思いますし」
 
「なんかさ、本当に溜まり場になってるよね」
 
「仕方ないですよ」
 
 優斗の苦笑にココが笑う。
 三人して門を通って家に入り、広間へと向かう。
 
「ただいま」
 
「戻りましたよ~!」
 
 優斗とココが広間へ入ると、四人と赤ん坊がソファーに座って談笑していた。
 
「優斗さん、お帰りなさい」
 
「あーいっ!」
 
「おかえりー」
 
「帰ってきたか」
 
「お帰りなさいですわ」
 
 フィオナ、マリカ、リル、卓也、アリーが出迎える。
 
「義母さんと義父さんは?」
 
「テラスで王様とお酒飲んでます」
 
 フィオナが外を指差す。
 また来たのか、と優斗は呆れる。
 
「夕方だよ?」
 
「仕事が早く終わったらしくて」
 
「そうなんだ」
 
「たぶん、最終的には全員が巻き込まれるんじゃないですか?」
 
「だろうね。なんかもう、行く手間が省けたっていうか」
 
 登城する必要がなくなったのは楽だが。
 
「それでココはどうなったの?」
 
 リルが興味津々に尋ねる。
 
「婚姻を結ぶことになりました」
 
「へぇ~」
 
 当然よね、とリルが納得して頷いている間に、アリーが優斗とココの後ろにいる存在に気付く。
 
「後ろのお方は?」
 
 訊くと今まで乗り遅れていたラグが全員に頭を下げた。
 
「わ、私はココの婚姻相手となるラグフォードと申します。ラグとお呼びください。皆様、どうぞよろしくお願いいたします」
 
 緊張しているのか、ずいぶんと律儀な挨拶だった。
 
「左からアリー、リルさん、タク、フィオとマリちゃんです」
 
「どういう人達かというとリライト王族、リステル王族、一般人、公爵令嬢、龍神」
 
 優斗の説明だが一人だけ扱いが酷かった。
 
「おい」
 
「ある意味、事実だよ」
 
 ツッコミを笑ってかわす優斗。
 だが、ラグには最後のところが引っかかる。
 面識があるとはいえ、リライト王族とリステル王族も確か揃って遊びに来ているのはおかしい。
 しかしそれ以上におかしいのがあった。
 
「……龍……神?」
 
 ギギギ、とゼンマイで動いているかのようにラグが首を優斗に向ける。
 
「僕の娘にして龍神の赤子であるマリカです」
 
「あいっ!」
 
 元気よくマリカが返事した。
 瞬間、ラグが平服する。
 
「こ、これは龍神様! 私はミラージュ聖国第2王子ラグフォード=キリル=ミラージュと申します! この度は龍神様を拝見させていただくなど光栄の至りであります!」
 
 長ったらしく色々と言った。
 
「……あう?」
 
 マリカに理解できるはずもないが。
 
「優斗、こいつはどうしたんだ?」
 
「信仰している神様を目の前にしたらこうなるんじゃない?」
 
「なるほどな」
 
 卓也だけでなく全員が納得する。
 すると廊下を歩く音が聞こえた。
 そして広間にもう一人現れる。
 
「ユウト、戻ったらしいな」
 
 上機嫌な様子で王様が姿を見せた。
 けれど一人平服している状況を見て、
 
「……これは何だ?」
 
「ココの婚姻相手です。ただいま、龍神様を絶賛崇拝中です」
 
 優斗が王様に状況を話す。
 と、新しく現れた存在にラグが気付き、それがリライトの王様だということで今度はそっちに平服する。
 
「リ、リライト王! 私は此度、貴国の公爵令嬢と婚姻を結ばせていただくミラージュ聖国第2王子の――」
 
「ああ、よいよい。謁見の間ではないし公式の場でもない。気楽にしろ」
 
 酒を飲んで楽にしている場を重苦しくしたところで何の意味もない。
 
「はっ! ありがたきお言葉、感謝いたします」
 
 ラグフォードはキビキビと立ち上がった。
 
「なんだ。触れ書き通りの男らしいな」
 
 意外だとばかりに王様が頷いた。
 
「いえ、触れ書きの相手は噂通りの駄目王子でしたよ。これはお兄さんのラグフォード第二王子です」
 
「相手が変わったのか?」
 
「ええ。触れ書きの相手のままだったらココの婚姻、潰してました」
 
「そうか」
 
 ただそれだけを言って、王様はまたテラスへと向かっていく。
 どうやら婚姻がどうなったのかだけ聞きに来たらしい。
 詳しい話は後日、ということだろう。
 
「なに? なんか色々とあったみたいね」
 
 興味津々でリルが訊いてきた。
 そのほか、全員が同じように頷いている。
 
「とりあえず大変だったよ」
 
「ユウは軽く死にかけてましたし」
 
「ココは最初の相手に泣かされるし」
 
「ユウはミラージュ聖国の大臣とか王様に喧嘩売るし」
 
「ココは婚姻相手が変わるし」
 
「ユウは完全オリジナルの神話魔法創るし」
 
「ココは創れって無茶ぶりしてくるし」
 
 矢継ぎ早に出てくる出来事だが、時系列がめちゃくちゃなので意味が通らない。
 代表して卓也が、
 
「……優斗、ココ。とりあえず最初から説明してくれ」
 
 
       ◇      ◇
 
 
「へぇ~、それで相手がラグフォード王子になったのね」
 
「そうです」
 
 ソファーに全員座る。
 最初から話を聞くと、ずいぶんと凄いことになっていたことが分かる。
 
「ユウトさんも大変でしょうが……ミラージュ聖国のような国があることを理解できてよかったですわね」
 
「……いや、本気で勘弁してほしいんだけど」
 
 黄昏れる優斗に対し、アリーは呆れ顔。
 
「無理ですわ。わたくし達どころかマティス出自の国であるミラージュ王にまで大魔法士の再来と認識されてしまったのですから。こうなってしまったら父様もどこまで抑えきれるか分かったものではありません」
 
「……うわぁ」
 
 優斗は今になってもの凄く後悔する。
 さらには隣に座っているフィオナが優斗の怪我をしていた左腕に触れる。
 
「優斗さん、あまり無理はしないでください。すごく心配しますから」
 
「ごめんね。けど予想外だったんだ」
 
 まさか魔物を呼び寄せるなんて誰が予想付くだろうか。
 
「ラグは何をチラチラとフィオを見てるんです?」
 
 さっきから落ち着きなくラグが視線を移ろわせているが、中でも一番視線を向けているのはフィオナだ。
 
「美人過ぎてビックリしました?」
 
「そ、そうではない。確かにフィオナ様はユウト様に相応しいほどの見目麗しい方だが、私はユウト様の奥方にどのような挨拶をすればいいか考えているだけで……」
 
「別に普通でいいんじゃないの?」
 
 気軽にリルが言う。
 けれど、
 
「リル王女、無理な話というものだ。大魔法士様の奥方にして龍神様の母君なのだぞ。セリアールにおいて唯一無二と言っていいほどの女性なのだから、言葉を選ばなければならないのは当然だ」
 
 だからこそ考えているのだが……。
 当の本人であるフィオナは少し困った表情を浮かべる。
 
「私、いつの間にか凄い人になってませんか?」
 
「僕はミラージュ聖国に行って実感したよ」
 
 パラケルススの契約者がどういう立場なのか知らされた。
 フィオナは契約者の奥さんだと触れ回っているので、やはり特別扱いにはなるのだろう。
 と、卓也が疑問を浮かべる。
 
「リルとラグは知り合いなのか?」
 
 何となく、そんな感じがするやり取りだ。
 
「一応ね。何度かパーティーで顔会わせたことがあるくらい。これだけイケメンなら印象に残るわよ」
 
 問いに答えるリルだが、途端にニヤっとした。
 
「なに? もしかして妬いてる?」
 
「いや、別に。修やクリスがいるんだ。新しくイケメンが出てきたからといって妬く必要性はないだろ。彼に妬くならとっくに妬いてる」
 
「……ふ~ん。確かにね」
 
 あまり期待していなかったのか、リルもさっと流す。
 
「ラグもあまり畏まらないほうがいいです。フィオはユウの奥さんだからって威張る人じゃないですよ」
 
「それはユウト様の奥方なのだから分かるが……緊張するものは仕方がなかろう」
 
 せっかく優斗とは良い間柄を築けているのだ。
 奥方に粗相を働いてしまっては、と思うと緊張するのも当然。
 
「あの、優斗さんやまーちゃんはわかりますが、私は夫や娘と違って特別な存在ではないので」
 
 謙遜するフィオナ。
 だが、リルが突っ込む。
 
「旦那も娘もとんでもない時点でフィオナも普通じゃないことに気付きなさいよ」
 
「ちょっと待って。僕が一番の一般人なん――」
 
「歴史上二人目の契約者のくせに一般人とか、どの口がほざくのよ」
 
「すみません」
 
 まるで決まりきったコントのようなやり取り。
 しかしラグだけはハラハラしていた。
 
「リ、リル王女? 少し言い過ぎでは?」
 
「そう?」
 
「いつも通りだろ。ちょっとしたじゃれ合いだ」
 
「だよね」
 
 ズバっと言われた優斗もケロっとしている。
 卓也は心配顔のラグに、
 
「ラグはあれか? すぐにココの家を継ぐのか?」
 
「い、いや、なにぶん急な話になってしまったので私の仕事を末の弟に教え込まなければならないし、私でなければいけない仕事もある。他にも仕事の引き渡しは星の数ほどある。まだまだやるべきことはたくさん残っているから婚姻を結ぶとはいえ、容易にこちらへ来れるわけではない」
 
「時々こっちに来るってことか?」
 
「そうなる」
 
「だったらゆっくりでいいから慣れていけ。このやり取り、今日はまだマシなほうだ」
 
「……マシ?」
 
「馬鹿二人――修と和泉がいたら、さらに混沌と化す」
 
「……なんと」
 
 卓也の爆弾発言にラグは少し、乾いた笑いを浮かべる。
 だが、両の頬を軽く叩くと、
 
「……努力する」
 
「はい。頑張ってください」
 
 ココが嬉しそうな笑みを浮かべた。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 そのあと、ココとラグは早々に引き上げて実家に挨拶をしにいった。
 残ったメンバーは王様に巻き込まれて当然のこと、酒を飲むことになる。
 フィオナは飲まなかったので唯一潰されたのは卓也だけだが、リルが責任を持って引き連れて帰った。
 王様とアリーも意気揚々と帰る。
 優斗は一人、テラスにいて酒で火照った身体を冷ましていた。
 そこにマリカを寝かしつけたフィオナがやってくる。
 
「寒くないですか?」
 
「いや、ちょうどいいよ」
 
「他国まで行った帰りなんですから、疲れているだろうし早めに寝たほうがいいですよ」
 
「うん、分かってる」
 
 頷く優斗。
 フィオナが優斗の隣にちょこんと座った。
 
「大変でしたか?」
 
「そうだね。大変じゃなかったとは口が裂けても言えないよ。国賓待遇なんて疲れるだけだし、王様からはココの婚姻を判断しろなんて言われてたし、あげくに戦闘だからね」
 
 苦笑する優斗。
 フィオナはぎゅっと優斗の左腕にしがみついた。
 
「……ん?」
 
 少し違和感が優斗に生まれる。
 なんとなく、腕を組みたいから組んでいるのではなくて“逃がさないように”腕を掴んでいると優斗は感じた。
 
「どうしたの?」
 
「……少し、優斗さんが遠く感じます」
 
「どうして?」
 
「他国の王様にもマティスの再来だって認められて、国賓待遇まで受けて。なんとなく不安になりました」
 
「僕自身は何も変わってないよ」
 
「分かってますし、信じてます。優斗さんはここにいてくれて、私の隣からいなくならないって」
 
 理解はできている。
 
「でも、優斗さんはとても凄い人だから……。いつか手の届かないところに行ってしまうんじゃないか、と思ってしまって」
 
 だからしっかりしがみついておかないといけない、と。
 ……なぜか、そう思ってしまった。
 
「フィオナ、分かってるとは思うけど……」
 
 優斗は安心させるような笑みを浮かべる。
 
「僕はどこに行くにしても、フィオナを置いてけぼりにはしない。僕の居場所は君の隣だよ。だから僕を遠く感じたとしても気のせい。だって僕は君が離さない限り、この手を離すつもりはないから」
 
 優斗はぎゅっとしがみついているフィオナの右手に、自らの右手を重ねる。
 
「私は絶対に離しません」
 
「じゃあ、問題ないね」
 
「はい」
 
 温かな優斗の声音に、フィオナの心にあったモヤモヤが晴れていく。
 だが、それが無くなると今度は別のことが気になる。
 
「あと、やっぱりミラージュ聖国に行ったら女性からも人気あったんですよね?」
 
「どこぞの大臣に王女様を刺客として向かわされたりはしたけどね」
 
「やっぱり……」
 
 浮気云々は考えていないが、心配ではある。
 これからも似たようなことが多々、あるのではないかという心配が。
 
「けど残念なことに皆様、僕の好みから外れてるから」
 
 おどけるような感じで優斗が言う。
 
「好みから外れてる、ですか」
 
 と、フィオナは気になったことを訊いてみる。
 
「優斗さんの好みってどんな感じなんですか?」
 
 今まで知らなかった。
 優斗の女性の好みなんて。
 
「知ってどうするの?」
 
「精進します」
 
 冗談なく真剣な表情のフィオナに、優斗が少し吹き出した。
 
「け、結構本気なんですよ!」
 
「そっかそっか」
 
 優斗は返事しながらも、くつくつと笑い声を漏らす。
 
「まずは名前からかな」
 
「名前?」
 
「僕は名前にもうるさくてね。『フィオナ』って名前が好みなんだ」
 
「えっ?」
 
 ビックリするフィオナ。
 優斗は笑いながら続ける。
 
「あとは黒髪ロングのストレートで、大和撫子な雰囲気を漂わせてるんだけど結構嫉妬深くて、美人過ぎてこっちが心配になるぐらいの女性が好み」
 
 優斗の言葉にフィオナはまだ、呆ける。
 
「つまり」
 
 重ね合わせていた右手をそっと離して、優斗はフィオナの額をツン、と押す。
 
「フィオナは僕にとって100点なので精進する必要はありません」
 
 
 
 



[41560] 年の瀬
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:569dac24
Date: 2015/10/24 21:42

 
 
 
 
 大晦日、日付が変わるまであと三時間といったところ。
 ココの婚姻騒動も一段落し、優斗は年の瀬を家でゆっくりとくつろいでいた。
 
「ユウト。明日から一泊二日でスキーに行くらしいけど、大丈夫なの?」
 
 広間のソファーでくつろいでいる優斗の向かいで紅茶を飲んでいるエリスが訊いてくる。
 
「準備は終わってますよ」
 
 すでに荷物は詰め終わっている。
 
「シュウくんも凄いわよね。スキーに行くって決めたの三日前でしょう?」
 
「元々はもっと前に計画してたらしいんですが僕とココのせいで日程ずれたらしくて。気合いで決めたって言ってましたけど、みんなの日程調整とか泊まる場所とか僅か数日でどうやったのか謎です。一応、貴族とか王族とかいるのに」
 
「都合よくシュウくんの思う通りに進んでるんじゃないの? けどまあ、あのバイタリティは素直に尊敬するわ」
 
 どこから出てくるのだろうか。
 
「ただ新年早々大変そうね」
 
「慣れてますよ」
 
「今年一年は似たようなことばかりだったものね。大変だったでしょ?」
 
 エリスが苦笑する。
 優斗もつられて苦笑いになった。
  
「まあ、二度とできない経験をした一年、といったところでしょうか。義父も義母も娘もできましたから。フィオナなんて恋人兼婚約者兼他国向けには妻ですし」
 
 これ以上の経験は絶対にないだろう。
 
「義母さんは?」
 
「ユウトと同じよ。無口だった娘の性格がすごく変わったし、義息子できるし、孫なんて龍神だもの」
 
 変化がありすぎた一年だ。
 
「しかも義息子は最近、大魔法士の再来なんて言われるし」
 
 マルスの周囲もにわかに騒がしくなっていると聞いている。
 
「まあ、正直そこらへんはどうでもいいけど」
 
 だから何だという話だ。
 
「ただ、ユウトが義息子になったことは私にとって今年一番の幸せね」
 
 そう言いながらエリスは隣に座って優斗を抱きしめる。
 
「あの、義母さん?」
 
「どうしたの?」
 
「なぜに抱きしめてくるのでしょうか?」
 
「ユウトがここにいてくれる幸せを表現しようと思って」
 
「……いや、まあ、いいんですけどね」
 
 別に嫌じゃないのでいいが。
 と、マルスも帰宅してきた。
 そして優斗とエリスの状況を見て一言。
 
「何をやっているんだい?」
 
 どういう状況になったら妻が母性爆発させながら義息子を抱きしめているのかが分からなくて訊いてみる。
 
「ユウトが義息子であることの幸せを表現中なのよ」
 
「そうか」
 
 マルスは一つ頷く。
 年の瀬だから、この一年で「優斗が義息子になって幸せだ」とでも話していたのだろう。
 
「しかし私のほうがユウト君を義息子にできて幸せに感じていたと思うが」
 
「……なんですって?」
 
 マルスの一言にエリスが食いついた。
 軽く目尻がつり上がる。
 
「当たり前じゃないか。私は長年の夢が叶ったんだ。ユウト君と飲み交わすのがどれほどの幸福であるか君は知らないだろう?」
 
「何言ってるのよ。私だって男の子、欲しかったんだから。それにユウトは私にすごく優しくしてくれるし、母としてこれほど嬉しいことはないのよ」
 
「馬鹿を言うな。私のほうが幸せだ」
 
「私よ」
 
 なぜか変なにらみ合いに発展した。
 
 ――これ、どうしたらいいんだろう?
 
 優斗としても言ってくれていることはとても嬉しい。
 けれど争っている内容がアホらしすぎる。
 
「何をしてるんですか?」
 
 するとマリカを寝かし終わったフィオナがやってくる。
 
「ユウトがいてくれて、どっちが幸せになったか議論してるのよ」
 
 エリスが何とも馬鹿らしい説明。
 だが、そこはマルスとエリスの血を引いているフィオナ。
 
「何を言ってるんですか。優斗さんがいてくれて一番幸せなのは私です」
 
 ばっちりと参戦してきた。
 
「私なんて優斗さんがいるから恋人で婚約者で妻になれたんですから。しかも優斗さんのおかげでまーちゃんのママにもなれましたし、これほど幸せを与えてもらった私が一番です」
 
 そして母を睨む。
 
「というより、いつまで優斗さんを抱きしめてるつもりなんですか?」
 
 軽い嫉妬の様相を呈する。
 エリスはフィオナに対して勝ち誇ったように、
 
「義母の特権よ」
 
「だったら私は妻の特権で優斗さんに抱きしめられたいので離れてください」
 
「それならば私は義父の特権でユウト君の頭を撫でようと思う」
 
 フィオナをマルスも優斗たちのところへと近寄ってくる。
 優斗はもう、なすがまま。
 このまま年明けになる……なんて嫌な予感も過ぎったが、運良く来客がやってきた。
 
「ちわっす!」
 
「年越し蕎麦、食いたいと思うだろうから持ってきてやった。おばさん、厨房借りるよ」
 
「やはり日本人といえばこれだろう」
 
 修、卓也、和泉が大荷物を持って広間へと入ってくる。
 けれど、広間ではなぜか優斗の争奪戦とも言えるべき状況。
 
「「「 どういう状況なんだ? 」」」
 
「……僕が一番訊きたい」
 
 
       ◇      ◇
 
 
「ユウトたちの世界じゃ年を越す前にお蕎麦を食べるのね」
 
 蕎麦を啜りながらエリスが物珍しそうな顔をした。
 修が少しばかり首を捻る。
 
「あれ? フィオナの家って日本の血も入ってんじゃないっけ?」
 
「ばっちり入ってるわよ。まあ、その人もこっちの世界に来た頃は食べてたかもしれないけど、私が生まれた頃は高齢だったしね。年の瀬を一緒に過ごすこともなかったから知らないわ」
 
「へぇ~」
 
 頷きながら修はがつがつと蕎麦を食べる。
 
「そういえばお前ら……というか修と和泉は明日の準備は大丈夫なの?」
 
 優斗が不安だ、とばかりに言ってきた。
 
「問題ねーよ。馬車乗るまでここにいる予定だから準備は完璧にしてあんだ」
 
 修が大荷物を指差す。
 
「ちゃんとオレが修と和泉の分を確認したから大丈夫だ」
 
 厨房から顔を出して卓也が安心させるように言ってくれた。
 
「なら安心だね」
 
 なんだかんだで修は計画立てても、準備に関してはギリギリまでやらない。
 けれど卓也が確認したとなればバタバタすることはないだろう。
 と、さらに来客が増える。
 
「こんばんは!」
 
「来たわよ!」
 
 ココとリルがやって来た。
 彼女たちも大荷物を持っている。
 
「あれ? あんた達、何を食べてるの?」
 
「年越し蕎麦。俺らの世界じゃ年の瀬にこれ食べるのが普通なんだよ」
 
「ふ~ん。外が寒かったから温かいもの欲しかったのよね。あたしの分もある?」
 
「あっ、わたしも欲しいです」
 
 ココも手を挙げる。
 
「厨房に卓也がいるからもらってこいよ」
 
「分かったわ」
 
「は~い」
 
 いそいそと二人は厨房に向かう。
 その間に来客が増えた。
 
「どうせ集まっているだろうと思っていましたが、やっぱりですね」
 
「夜分に失礼します」
 
 クリスとクレアもやって来た。
 
「なんだ、やはりお前達も来たのか?」
 
「イズミ達と同じ考えですよ。家にいたところで暇ですから。明日からスキーに行くので、どこぞのパーティーに出る気も起きません」
 
「だろうな」
 
「それで皆さんは何を食べているのですか?」
 
「年越し蕎麦だ。二人はどうする?」
 
「いただきましょう。クレアはどうします?」
 
「わ、わたくしもよろしければ」
 
「分かった。少し待っていろ、卓也に言ってくる」
 
 和泉が立ち上がろうとするが厨房から卓也の声がする。
 
「聞こえてるよ! つーか誰か手伝え! いや、誰かっていうか優斗かフィオナかクリスかココのうち、一人でいいから手伝ってくれ」
 
 今いるメンバーでは、あとは総じて役に立たない。
 
「私が手伝ってきますね」
 
「うん、お願い」
 
 苦笑しながら優斗が頷き、フィオナが厨房へと向かう。
 少ししてココとリルが器を持って広間に戻ってきた。
 そして蕎麦をすする。
 
「おいしいです」
 
「そうね」
 
 寒い中、ここまで来たので温かいものが身に染みる。
 彼女たちの姿を見て和泉が優斗に耳打ちした。
 
「婚約者に頼めない状況が悲しみを誘うな」
 
「まあ、王女様だし尻に敷かれてるし。というか王女様に料理を手伝わせるのを求めたら駄目じゃない? 料理できるフィオナとかが貴族としても変なんだから」
 
「それもそうか」
 
 話しながら、優斗と和泉の視線がリルに向かう。
 
「……なによ?」
 
「いや、なんでもない」
 
「なんでもないよ」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 日付が変わるまであと3分。
 マルスとエリスは若いのは若いの同士で、と言ってテラスでお酒を飲んでいる。
 優斗とフィオナが火の精霊に頼んでテラスの空気を暖かくしているので、防寒は完璧らしい。
 若いのは広間でまったり。
 
「あと3分で日付が変わるのな」
 
 修が楽しそうに言い、
 
「僕達にとってはこの世界で初めての年越しだね」
 
 優斗が笑みを浮かべ、
 
「なんとなく感慨深いものがあるよな」
 
 卓也が感傷に浸り、
 
「俺達も集まって年越しは初めてだからだろう」
 
 和泉が納得し、四人で頷く……と同時に騒がしい音が玄関から聞こえてくる。
 そして勢いよく二人が入ってきた。
 
「ま、間に合いました!?」
 
「おそらくな」
 
 アリーが息を切らし、レイナが軽く息を弾ませながら広間に登場。
 二人は大きく深呼吸をしながら息を整える。
 
「ふぅ~……よかったですわ。どうせ皆、ここにいると思っていましたから」
 
「予想が当たって良かった」
 
 まさかの日付が変わるギリギリでの登場に他のメンバーは少し驚く。
 
「公務あるって言ってなかったか?」
 
「シュウ様、そんなもの速攻で終わらせましたわ」
 
「会長はどうした?」
 
「アリーの護衛を買って出た」
 
 だから一緒だったということだ。
 
「時間がない。お前達もこれを持て」
 
 和泉がアリーとレイナにも“ある物”を渡す。
 
「……クラッカーか?」
 
「日付が変わったと同時に引け」
 
「了解だ」
 
 レイナが頷く。
 アリーも続いて頷いた。
 修が呆れたように笑う。
 
「一応、集合は明日の朝ってことなんだけど、なんだかんだで全員集まっちまったな」
 
「しょうがなくない? 僕らは初めての異世界年越しだし、アリー達は友人が出来てから初めての年越しだから」
 
 集合してしまったのも当然だろう。
 
「そんじゃまあ、せっかく集まったんだから俺ら『チーム』の来年の抱負としては、だ」
 
 修が全員の顔を見回す。
 
「今年以上に大暴れするぞ」
 
「却下」
 
「なぜだ!?」
 
 決め台詞を優斗に瞬殺された。
 
「お前、今年以上って……」
 
「……自分、胃に穴が空きますね」
 
 卓也とクリスが勘弁してほしい、といった感じで修を睨め付ける。
 
「しゃーないな。そんじゃ、今年以上に楽しく遊ぶってことでいいか?」
 
「最初からそれにしろよ」
 
 文句をつける卓也に修以外が全員、苦笑する。
 
「つーわけで、あと何秒だ?」
 
「30秒だよ」
 
「ちょうどいいな。みんな、クラッカーを持ってくれ」
 
 修の合図で全員、クラッカーを引っ張る体勢になる。
 
「……思ったんだが、この音でマリカが起きるんじゃないか?」
 
 クラッカーを持ってきた張本人、和泉がふと気になった。
 
「大丈夫ですよ。まーちゃんは寝ちゃったら、騒いでもほとんど起きませんから。それに念のため、風の精霊にもお願いして音は通さないようにしておきますし」
 
「……ほう。精霊とは本当に利便性があるんだな」
 
 あらためて和泉もクラッカーを構える。
 
「うし、5秒前からカウントダウン行くぞ」
 
 全員で秒針を見つめる。
 あと少しというところで修が右手を広げて前に出した。
 
「せーのっ!」
 
 全員が時計から修の指折り時計に注目する。
 
「ごおっ!」
 
「よんっ!」
 
「さんっ!」」
 
「にっ!」
 
「いちっ!」
 
 クラッカーの紐を引っ張る。
 パン、パパン、と不揃いなタイミングではあるが、クラッカーが鳴り響く。
 微妙に合わなかった音に全員から笑みが零れた。
 けれど、だ。
 続く新年最初の言葉。
 これだけは全員が同じ言葉を、同じタイミングで言うことができた。
 
 
 
 
『あけましておめでとう!!』
 
 
 



[41560] リベンジ・スキー旅行
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:569dac24
Date: 2015/10/24 21:42

 
 
 
 馬車に朝一で乗ってスキー場へと向かう。
 二台に分けて向かって片方には優斗、フィオナ、マリカ、卓也、リル。
 御者台には和泉とレイナ。
 もう片方にはクリス、クレア、ココ。
 そこの御者台は修とアリーが乗っている。
 
「これ、去年のリベンジだよな」
 
 馬車の中で卓也がしみじみと言う。
 
「確かに」
 
 唯一、意味の分かる優斗が頷いた。
 初めての泊まりの旅行で、まさかの展開だった。
 
「どういうことよ?」
 
 リルは意味が分からずに問いかける。
 
「オレら、スキー旅行に行こうとしてたら召喚に巻き込まれてこっち来たんだよ」
 
「そうなの?」
 
「そうなんだ」
 
 今でも強烈な印象として残っている。
 
「まあ、修に感謝だな。あいつがいなかったらオレ達って死んでたし」
 
「修様々だよね」
 
 うんうん、と優斗も首を縦に振る。
 
「修も去年のことがあったから、ことさらスキー旅行は拘ってたみたいだ」
 
「やっぱり拘ってたんだね」
 
「じゃないとこんな日程で旅行しようなんて思わないだろ。優斗たちが他国行くはめになって一回はポシャった計画を練り直して、しかも数日前に成立させるなんてさ」
 
「かもしれないね」
 
 修の願いが上手く反映されて、今回の旅行になったと言ってもいいかもしれない。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 スキー場に着いた。
 とりあえずは荷物を預けマリカも託児所……というよりはマリカが来て以来、トラスティ家の専属となった近衛騎士達に預ける。
 そしてウェアを着てスキー道具を持ち、全員が集合した。
 人々を山の上に連れて行く物も、リフトと似たようなものだ。
 おそらくは魔法科学で動かしている一種。
 和泉に訊けば詳しいことは分かりそうなものだが、長くなりそうなので却下。
 というわけで優斗はまず、
 
「この中でスキーの経験者、手を挙げてくれる?」
 
 経験者と初心者を分けることにした。
 手を挙げたのは、
 
「僕とクリスとアリーとレイナさんにココか」
 
 なら、このメンバーを今日は先生にしよう。
 
 ――これならマンツーマンで教えることができるし。
 
 優斗は考えを纏める。
 
「今日のうちは経験者組は初心者組を教えることにしようか。先生――生徒の組み合わせとしては僕とフィオナ、クリスとクレアさん、レイナさんと和泉、ココと卓也、アリーとリル。これでいい?」
 
「あいつはいいの?」
 
 唯一、名前を呼ばれなかった修をリルが指差す。
 
「いいよ。どうせ言うこと聞かないし、勝手に滑らせておけば二,三時間でパラレルターンまで出来るようになってるから」
 
 教えようとすると手間なのだから、いっそ教えなければいい。
 
「相変わらずの信頼関係ですわね」
 
 アリーが苦笑する。
 ある意味、最強の信頼関係を結んでいるのは優斗と修だろう。
 
 
       ◇      ◇
 
 
「そうそう。手を広げて、ストックを地面と水平に持つ。それで曲がりたい方向にストックを持って行く。それだけで曲がってくれるから」
 
 優斗が後ろ向きに滑りながらフィオナに教える。
 
「は、はい」
 
 フィオナがボーゲンをしながらゆったりと右に曲がっていく。
 
「うん、上手いよ」
 
「はいっ!」
 
 優斗に褒められたことで、フィオナの気が少し緩む。
 すると、
 
「あ、あわわっ」
 
 左足が流れて転んでしまった。
 
「う~、油断しました」
 
「だいじょうぶ?」
 
「も、問題ありません」
 
 気を取り直すフィオナ。
 
「じゃあ、頑張って一人で立ってみようか。それも練習だよ」
 
「はいっ」
 
 
 
 
「クレア、落ち着いてくださいね」
 
「は、はい」
 
 頷くものの、クレアはおっかなびっくりリフトに乗る。
 一度も転ばずに降りてこられたものの、緊張しなくなるとは言えない。
 
「す、すみません。クリス様のお手数を掛けてしまって」
 
 自分がスキーをしっかりと出来ていれば、とクレアが言う。
 けれどクリスは軽く笑んで答えた。
 
「気にしなくていいのですよ。ゆったりやりましょう。別に上手くなる必要なんてないんですから」
 
 
 
 
「違う! 何度も言っているだろう! 力配分を間違えるな! 曲がる際には内側の足を少し前に出せ!」
 
 また別の場所では、和泉が大量に雪を被って倒れていた。
 
「……会長。男子メンバーの中で一番に運動神経のない俺に、最初からパラレルターンを教えるとかどういうことなんだ?」
 
 基本を教えろ。
 基本を。
 
「気合いがあれば出来る!」
 
「できるわけがないだろう」
 
 
 
 
「タク、うっかり滑ってしまってスピード出そうになったら素直に転んでください。止まるにはそれがベストです」
 
「分かった」
 
 ココの言うことに卓也が真面目に頷く。
 彼の態度にココがよかった、と安堵した。
 
「今更ながらに思いますけど、タクが相手で楽です」
 
「当然だろ。修や和泉に比べたら」
 
 運動神経は普通だし、真面目に話を聞く気もある。
 
「ただ、習う側としてはレイナは嫌だな」
 
「どうしてです?」
 
「絶対にスパルタだぞ、あいつ。最初からパラレルターンとか教え込むタイプだ」
 
 卓也の言うことがあまりにも簡単に想像できて、ココが吹き出す。
 
 
 
 
「なんでタクヤのやつは滑れないのよ」
 
 王女コンビの片割れがグチグチと文句を垂れながら滑る。
 
「こっちの世界に来るまで旅行をしたことがないって言ってましたわ。ですからスキーだって当然、初めてですわね」
 
「というか、どうしてタクヤとココなのよ」
 
「タクヤさんの家庭教師がココですから」
 
 そのあともぶつくさと言うリルにアリーがニヤニヤと、からかうような笑みを浮かべた。
 
「嫉妬ですか?」
 
「違うわよっ!」
 
 
 
 
 フィオナがボーゲンを出来るようになると、彼女をココに託して優斗は近衛騎士からマリカを引き取る。
 そして皆が帰ってくる残り30分ほどをマリカと遊ぶのに費やした。
 雪を触らせ雪だるまを作って、
 
「じゃあ、行くよ?」
 
「あい」
 
 最後に優斗はソリに乗り、自らの足の間にマリカを挟み込む。
 下り坂を段々とスピードを付けて下っていく。
 
「案外、はやっ!」
 
「た~~~~いっ!」
 
 優斗は下りきると足でブレーキを掛けてソリを止める。
 
「あうっ! あうっ!」
 
 マリカが大はしゃぎする。
 
「もう一回、やる?」
 
「あいっ!」
 
 マリカが頷いたので、優斗はマリカの手を引きながら緩やかな坂を上る。
 
「あっ、マリカ見て。みんな、滑ってるよ」
 
 ふとゲレンデを眺めた優斗が指差す。
 その中でも一人、凄いスピードで降りてくるのがいた。
 
「ゆー?」
 
「そうだね、修だよ」
 
 物の見事にターンしながら修は優斗たちのところへ降りてくる。
 
「さすがだね」
 
「スゲーだろ」
 
 修はゴーグルを上げてスキー板を外す。
 
「マリカはパパと遊んで楽しかったか?」
 
「あいっ!」
 
「そっか。良かったな」
 
 にっ、と修が笑う。
 
「あと少しで全員が戻ってくるし、もう一回ぐらいソリで滑ろうと思ってるんだけど……そうだ。修、ちょっと手伝って」
 
「あん? 別にいいけど」
 
「サンキュ。それじゃ、まずは俯せに寝そべって」
 
 突飛な発言が優斗から出てきた。
 
「はっ?」
 
「俯せに寝そべって、と言ったんだよ」
 
 修の聞き間違えではなかったらしい。
 とりあえず、言われた通りに雪の上で俯せになる。
 
「次は?」
 
「マリカ、修に乗っていいよ。ぎゅ~っと修の首元を掴んでてね」
 
「あい」
 
 念のため風の精霊に、マリカが落ちないように姿勢補助を頼む。
 そして坂の下で優斗は左腕を突き出してスタンバイ。
 
「おい、お前まさか……」
 
 嫌な予感がする修。
 
「そのまさか」
 
 優斗がニヤリと笑って、突き出した左腕を引く。
 瞬間、
 
「お……おおおぉぉっ!?」
 
「あう~~っ!」
 
 修が前触れなくゆったりと坂を下りだした。
 段々と加速していく。
 
「ちょ、予想外に速え!!」
 
「た~~~っ!」
 
 無事、マリカは優斗のところへたどり着く。
 ソリ代わりの修は顔面が雪まみれになった。
 
「お帰り、マリカ」
 
「あいっ」
 
「修もお疲れ」
 
「結構ビビったわ」
 
 優斗と修の視線が合う。
 雪まみれの修の顔に優斗が笑った。
 つられて修も吹き出す。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 夕食も食べ終え、団欒も終わり、男女別れて互いの部屋へと入っていった。
 そして就寝前、前回と同様に修学旅行のようなお話タイム。
 
「とりあえず気になったんだが、クリスはこっち来て良かったのか?」
 
「ここで変に気を遣われるほうが嫌ですよ」
 
 和泉の心配は無用。
 
「でも、前にこうやった時と違う点がたくさんありますね」
 
 クリスがしみじみと思う。
 
「優斗はやっとフィオナとくっついたことか?」
 
「卓也だって婚約者が出来たじゃねーか」
 
「クリスも妻帯者になったのだしな」
 
 後半喋った二人――修と和泉について優斗と卓也、クリスが顔を付き合わせる。
 
「……この二人ってどうなの?」
 
「シュウは論外ではありませんか?」
 
「ああ、ないな」
 
「じゃあ和泉は?」
 
「……レイナさんとの関係性がいまいち分かりません」
 
「オレも。付き合ってるわけじゃないんだろ?」
 
 三人そろってじっくりと修と和泉を観察。
 
「なんだよ?」
 
「どうした?」
 
 いぶかしげに優斗達を見る二人。
 
「……いえ、今年は進めばよいですね、と」
 
「進展あったらあいつも浮かばれるな、と」
 
「見ていて可哀想なのが一人いるから、どうにかしてあげたいな、と」
 
 
       ◇      ◇
 
 
「それでフィオはどうなんです?」
 
 女性陣も男性陣と同様、お話タイム。
 
「どう、とは?」
 
「ユウとのことに決まってます」
 
 ココがはしゃぐように訊いてくる。
 しかしフィオナは、
 
「えっと……。あまり前と変わりませんよ」
 
「そうなんです?」
 
「だって私と優斗さんですし。ただ私が少しだけ積極的になったと思います」
 
 でないと優斗がネガティブになりそうだから。
 ……自分が彼にくっつきたいのも多分にあるが。
 
「まあ、あんたらは前からあんだけラブラブだったんだから、これ以上ラブラブしてもらってもこっちが困るわ」
 
 リルが呆れたように告げる。
 
「そうですか?」
 
「……理解してないのが性質悪いわね」
 
「しかしユウトとフィオナらしいな」
 
 ため息をつくリルと納得するレイナ。
 
「クレアさんはどうなのですか?」
 
 続いてアリーが話題をクレアに振る。
 
「わ、わたくしですか?」
 
「クリスさんは優しくしてくれますか?」
 
 優しくアリーが訊く。
 
「は、はい。クリス様がわたくしの夫だなんて、今でも恐れ多いです。未だに少しばかり緊張してしまいます」
 
「顔は完璧に王子様だもんね」
 
 気持ちはリルとて分からなくもない。
 と、ココが不意に笑い出した。
 
「ふっふっふ。わたしの婚姻相手はまさしく王子です」
 
 勝ち誇ったような表情を浮かべる。
 
「あれほどのイケメンをよくもまあ、婚姻まで持っていったわね」
 
「だってラグはわたしのこと可憐だって言ってくれますし、これほど美しい方は見たことがない、とも言ってくれます」
 
 ココの発言にクレア以外は首を捻る。
 
「……可憐?」
 
「ロリコンなの?」
 
 レイナとリルが酷いことを言う。
 
「えっ、なっ!? ち、違います!」
 
「いや、でも……ねぇ」
 
 リルが皆に同意を求める。
 
「わ、わたくし、ココ様は可愛らしいと思います」
 
「美しいよりは可愛いとは思いますよ」
 
「ココを可憐って言う剛胆な方は初めてですわね」
 
「私としてはココは小さくて可愛い、なのだが……可憐?」
 
 なんだかんだで誰も同意しない。
 ココが自棄になる。
 
「い、いいですいいです。どうせわたしは小さいんです。フィオとかアリーみたいにボンキュッボンじゃないですし、レナさんみたいにモデル体型じゃありません!」
 
 どうせ“可憐”なんていう言葉はフィオナとかアリーが似合っているに決まってる。
 
「っていうか、わたしより問題児が三人いるじゃないですか!」
 
 ココは話を逸らすためにまず、レイナを指差した。
 
「レナさんはズミさんとどうなんです?」
 
「私とイズミか?」
 
 話題を持ってこられたレイナが少し驚く。
 
「……う~ん」
 
 しばし考える。
 だが、どういう関係なのかと問われると言い難い。
 
「何とも言えんな。別に恋仲というわけではないが、あいつに誰か好きな奴がいると考えると妙な気持ちになるのも確かだ」
 
 嫉妬というわけでもないだろうが、なんなのだろう。
 
「ただ、おそらくは“相棒”という言葉が一番しっくり来る」
 
 今の関係を示すには、これが一番だ。
 
「そうやって悠長に構えてるから、いつか誰かに……」
 
「ないと思いますよ」
 
「ないですわ」
 
「ないわね」
 
 フィオナ、アリー、リルに断言される。
 
「……言っておいてどうかと思うけど、ないにわたしも一票です」
 
 あんな人物はレイナ以外、相手にできない。
 
「リルさんはタクヤさんとどうなのですか?」
 
 アリーが今度はリルに振った。
 
「あ、あたしは別に……」
 
 ごにょごにょと言い淀むリル。
 
「ユウとフィオみたいにラブラブしてるわけでもないですし、大丈夫です?」
 
「なんだかんだで三ヶ月くらい一緒にいるのに、何もないのか? 今度、タクヤを婚約者としてパーティーに連れて行くと聞いているが」
 
 レイナとしては心配になる。
 優斗とフィオナの時とは違って最初から本当の婚約者なのだが大丈夫だろうか。
 
「……あのバカ、本当に何もしてこないのよ。キスどころか手を触れることさえしてこないんだから」
 
 だが、女性のことを慮るなど“あの男性陣”に求めるほうが間違っている。
 まともなのはクリス。
 愛した女性に対しては少し間違えた方向なのが優斗。
 卓也は通常よりもちょっと下。
 あとは論外だ。
 
「これ、どっちが重傷なんです?」
 
「どっちもどっちですわね」
 
 ココとアリーが呆れる。
 けれどリルは納得がいかない。
 
「あ、あたしはこれでもアピールしてるのよ! 一緒に帰ってるときは少しずつ距離を縮めてるし、みんなといるときだって基本的にはタクヤの隣にいるようにしてるし、タクヤがおいしそうに食べてるものはいつもチェックしてるし、それに、それに――」
 
 自分がどれほど頑張っているのかを、リルはあれこれ話しだす。
 
「一番最初が一番積極的だったな」
 
 黒竜を倒した後の展開を見ていたレイナが懐かしそうにした。
 頬にキスまでしたというのに、どうして今はこうなのだろうか。
 
「リルさんがもっとガツンといかないと駄目だと思いますわ」
 
「というか最初のインパクトが凄くて知らなかったんですけど、実はリルさんって純情キャラだったんです?」
 
「わ、わたくしは可愛らしいと思います」
 
 とりあえずクレアが取り繕う。
 しかし、何となく打ちのめすようなことを言われたリルは、
 
「じゃ、じゃあ、どうやったら、その……手を繋いだり……じゃなくて、えっと……触れたりできると思う?」
 
 軽い相談めいたことを訊いてきた。
 答えたのはフィオナ。
 
「タクヤさんは料理好きですし、一緒に料理でもすれば触れ合う機会はいくらでもあると思いますよ」
 
「……そうなの?」
 
「ええ。分担作業じゃなくて共同作業をすれば必然です。私が料理作ってるとき、時々優斗さんが手伝ってくれますが、肩が触れたり食材を渡すときに手が触れたり、たくさんありますから」
 
 あれはあれで幸せな一時だ。
 
「特に優斗さん達は私達と感性が違いますから。料理作れる女の子にぐっと来るって言ってましたよ。婚約者のリルさんが手伝ってくれるなら、タクヤさんだって感動してくれます」
 
 距離もどんどん近寄るはず。
 
「が、頑張ってみる!」
 
 リルが気合いを入れた。
 けれどレイナが問いかける。
 
「しかし、料理が下手なのは致命的じゃないか?」
 
「大丈夫ですよ、手伝ってくれるのが嬉しいんですから。それに私だって優斗さんより料理するの下手です」
 
 優斗の手際のほうが断然に良い。
 レイナが額に手を当てた。
 
「……やっぱりか」
 
「物によっては私の家で料理を作る料理長よりも上手いと思いますよ」
 
 おそらく、ではあるが間違いないだろう。
 
「……何かもう無駄な感じがして聞きたくないんですけど、ユウって何が出来ないんです?」
 
 ココがとりあえず、といった感じで話題にした。
 まずはレイナがふむ、と考えると、
 
「あいつは努力家で、しかも初体験のものでも今までの経験を踏まえて上手くこなすからな。そして経験値が異常だからこそ、何でも出来るように思える」
 
 続いてアリーも、
 
「しかもシュウ様たちと出会って変な方向にまで努力するものですから、余計に性質が悪くなったのだと思いますわ」
 
「確かに利き手と逆なのにお箸を器用に使えるのが、聞いた中では変な努力です。訊き出せばもっと変なの出てきそうです」
 
 ココだけではなく全員が頷いた。
 絶対に変な努力は出てくるだろう。
 
「そういうところはシュウ様とは違いますわね」
 
「あいつは努力と経験じゃなく、スペックが違うからな」
 
 レイナが同じ人間なのかと疑うくらいに基本性能が異常だ。
 
「ユウトも元々のスペックは高いのだろうが、能力以上に経験値が凄い。逆にシュウは経験値がなくともスペックが高すぎる。だからこそあの二人は対等なんだろう」
 
 ライバルとして成り立っている。
 
「そんなシュウとはアリー、どうなんです?」
 
「……ココ、聞きます?」
 
「……ご、ごめんなさい」
 
 気軽にココが訊いてみるが、思った以上にテンションの低い返しで申し訳なくなる。
 
「そもそもあいつ、女に興味があるのか?」
 
 レイナがもっともなことを呟いた。
 
「……」
 
 誰しも一度は疑問になっていたので、一瞬押し黙る。
 その沈黙をどう捕らえたのか、クレアがある意味で言ってはいけないことを言った。
 
「シュウ様というのは……男色家なのですか?」
 
 思わず5人は顔を見合わせた。
 
「……みんな、否定できます?」
 
「違うと思いたいですわ」
 
「そう願うだけだ」
 
「ユウトとなんか特にそうよね。なんかもう、心が通じ合ってるっていうか無条件の信頼っていうか……」
 
「軽く腹立ちますよね」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 翌日。
 皆、朝から滑り始めた。
 初級者組は固まって和気藹々と。
 上級者組――優斗、修、クリス、レイナ、アリーも固まって難易度の高いコースを滑る。
 
「そういえば、大丈夫なのか?」
 
「何が?」
 
 頂上から眼下を眺めていると、ふとレイナが言ってきた。
 
「初心者組を守る奴が誰か必要じゃないか? ということだ」
 
「どういうこった?」
 
「こっちにはユウトにシュウに私にクリス。アリーにナンパが現れたところで何一つ問題はない。だが初心者組は大丈夫かと思ってな」
 
「……いや、レイナさんも一応女の子でしょうが」
 
 なぜに守る側に自分を数えているのだろう。
 
「一般人程度なら話にならないから大丈夫じゃね?」
 
「フィオナさんも他人にはキツいので問題ないのでは?」
 
「ただ、下にいるメンバーに手を出したお馬鹿さんたちをここにいるメンバーが見たら、地獄絵図が始まるのは間違いないですわね」
 
 
       ◇      ◇
 
 
「大変申し訳ありませんが、私は人妻なので」
 
「わたくしも人妻ですし」
 
「あたしは婚約者いるから」
 
「わたしも婚姻相手がいます」
 
 そして上級者組が懸念した通り、リフトの近くでスキー板を外して少し休憩していると馬鹿なナンパ二人組がやって来ていた。
 
「悪いことは言わないから帰れ」
 
「後悔するのはお前達だ」
 
 卓也と和泉としては、別に彼らのナンパを咎めることはない。
 手を出すのは構わないのだが、ここにいるメンバーだけは駄目だ。
 相手が悪すぎる。
 
「えっ? 別にいーじゃん! そっち男二人だろ? だったらオレらもいれてくれたってさ。それで四対四だし」
 
 ニタニタと輪の中に入ろうとするナンパ二人組。
 そろそろフィオナが問答無用で精霊術でも使いそうな雰囲気になる。
 と、そこに新たな男性が現れた。
 
「お前ら、私の婚姻相手をナンパするとは良い度胸だ」
 
 ココを庇うように立つ。
 
「大丈夫か?」
 
 振り向き、男性の顔がココの目に映った。
 
「ラグっ!?」
 
 唐突に現れた婚姻相手に驚きを隠せない。
 
「どうしてここにいるんです!?」
 
「ココが手紙でスキーに行くと言っていただろう。急いで来たのだ」
 
 そのままココを護るようにラグがナンパ二人の前に立つ。
 和泉が卓也の耳に顔を寄せた。
 
「誰だ?」
 
「ココの婚姻相手の王子様」
 
「ああ。こいつがそうなのか」
 
 超絶イケメンがやってきて何事かと思った。
 相手もラグの顔面偏差値に少し怯んだが、
 
「オレ、一応男爵の三男なんだぜ?」
 
「オレだって男爵の次男なんだよ」
 
 これならば、というアドバンテージを開け明かした。
 けれど全員が「だから?」みたいな表情をする。
 
「私は公爵令嬢ですが」
 
「わたくしはレグル公爵子息の妻です」
 
「あたしはリステル王国第4王女よ」
 
「わたしも公爵令嬢です」
 
「私はミラージュ聖国第2王子だが」
 
「オレも一応、子爵の家系だけど」
 
「俺もだ」
 
 アドバンテージどころか、圧倒的に立場が悪い。
 
「冗談……」
 
「残念ながら違うんだよ。だから問題になる前に帰っとけ」
 
 ここにいる面子でいざこざ起こしても問題になるが、上にいるメンバーが来る前に終わらせておいたほうがいい。
 もっと面倒になる。
 
「…………はい」
 
 ナンパ二人がスゴスゴと離れていく。
 ココは自分の前に立っているラグの姿に未だ、驚きを隠せない。
 
「ラグ、ビックリしました」
 
「私はココと少しでも共有した思い出が欲しかったからな。頑張って時間を作ったのだ」
 
 まさしく凄まじいほどの勢いで仕事を終わらせてきた。
 ラグの視線は続いてクレアと和泉を捕らえる。
 
「そちらのお二方はお目に掛かるのは初めてだな。私はココの婚姻相手でラグフォードという。ラグと呼んでくれ」
 
「和泉だ」
 
「クリスト=ファー=レグルの妻、クレアと申します」
 
 互いに握手を交換する。
 
「しかしこれがココの相手とはな」
 
「どうです? かっこいいです?」
 
 感心した様子の和泉に自慢するココ。
 
「予想以上のイケメンだ。よく捕まえたな」
 
 和泉はラグを見ると、直球に訊いてきた。
 
「ラグだったか。お前はロリコンなのか?」
 
「…………」
 
 剛速球過ぎて周りが固まった。
 
「ココを望んで婚姻相手にしたということは、ロリコンで間違いないのか?」
 
「……い、いや、私はココが可憐であり、美しいと思っているだけで……」
 
「つまりロリコンなのだろう?」
 
「ち、違っ――」
 
「別に否定することはない。世の中には多種多様の人間がいる。好みも人それぞれだ。故にラグはロリコンであった、と。そしてココに惚れた。こういうことだろう」
 
 和泉はラグとココの肩を叩いた。
 
「いいか、ココ。ラグがロリコンならば、大きいというのは悪になりかねない。つまりちんまりとした姿も貧乳であるということも、それはココの自慢すべきステータスだ。誇るがいい」
 
 ラグと出会った最初からアクセル全開の和泉。
 卓也はとりあえず、フィオナとリルと視線でやり取りする。
 
「と・り・あ・え・ず」
 
 卓也が和泉の前に立ち、フィオナとリルが左右を陣取る。
 そして、
 
「黙れ!」
 
 かけ声一つ、フィオナとリルが和泉の頭をチョップして、卓也が蹴りをかます。
 雪の上を滑るように和泉が遠ざかっていく。
 
「悪いな。事故に遭ったとでも思って忘れてくれ」
 
「あ、ああ」
 
 困惑しながらもラグが頷く。
 けれどココが訊いてきた。
 
「……ラグはやっぱりロリコンだからわたしが好きなんです?」
 
「ち、違う! 私はココだから好きになった。それでロリコンと言われるならば仕方がない」
 
「じゃあ、わたしがフィオみたいにボンキュッボンになっても好きです?」
 
 全員の視線がフィオナに向く。
 そしてまた、ココに戻る。
 
「まず、フィオナみたいなスタイルなんてココには無理じゃないの?」
 
「無理だろ」
 
 リルと卓也がばっさりと言い放つ。
 
「お、お二方とも。ココ様も頑張れば……」
 
 なんとか頑張ってクレアがフォローしたが、完全に意味がない。
 ラグは一瞬、言葉に詰まったがすぐに返事をした。
 
「……も、もちろんだ!」
 
「少し間があったのは気のせいです?」
 
「気のせいだ!」
 
「……なんか疑わしいけど、信じてあげます」
 
 ココが納得してくれたのでラグはほっと胸をなで下ろす。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 このあとラグは修やレイナ、クリスとも遭遇し挨拶をする。
 そしてココと一緒に短い間ではあるが、スキーを楽しんだ。
 充分に楽しんだ後、ラグはミラージュ聖国に向かう馬車へ。
 優斗たちも帰りの馬車に乗る。
 片方は修とレイナ。
 もう片方は優斗とクリスが御者台に乗る。
 他は全員、馬車の中でスキーの疲れでぐっすりだ。
 
「そういえば、何も問題が起こりませんでしたね」
 
 クリスがある意味、ビックリする。
 ナンパなんていうものもあったが、とりわけ大きい出来事はなかった。
 
「珍しくありませんか?」
 
「珍しいよ」
 
「そういうこともある、ということでしょうか?」
 
「ん~、今回は特別だったからじゃないかな」
 
「……特別?」
 
 どういう意味だろうか。
 クリスには分からない。
 
「ほら、僕たち異世界組にとっては前の世界で出来なかったことだから」
 
 唯一、向こうの世界でやり残した出来事だったと思う。
 
「初めての泊まり旅行だった。修も卓也も和泉も初めてのスキーだった。全員が生まれてから一番、楽しみにしてた出来事だった」
 
 自分たち、四人組が本当に望んでいた旅行。
 
「けれど異世界召喚っていうとんでもないことが起こって、行くことができなかった」
 
 そこまで言って、優斗は「違うか……」と否定する。
 
「正確には“もう一度、スキー旅行をするチャンスをもらえた”っていうのが正しいね」
 
 召喚されなくてもスキー旅行には行けなかった。
 なぜなら自分たちは死ぬはずだったから。
 けれど修に巻き込まれて生き延びている。
 
「去年のリベンジ。絶対に楽しみたい旅行。そこに“予定外のトラブル”なんて入り込ませたくない」
 
 優斗は小さく笑う。
 
「普段だって望んでるわけじゃないけどね。けれどトラブルはやって来るんだよ」
 
 きっと、どうしようもないこと。
 そういう“巡り”なんだ。
 
「でも今回だけは何事もなく終わらせたかった」
 
 この大切な旅行を。
 何一つ問題なく終わってほしい、と。
 
「誰よりも強く修が願った」
 
 “今回だけは”
 心から願ったことだろう。
 
「シュウが?」
 
「言ったかな? 僕らが召喚されたスキー旅行、計画を立てたのは修なんだ」
 
「……何となく分かります」
 
 修は計画立てるのが大好きだ。
 
「“問題が起こって無くなってしまったスキー旅行”だから、修は“問題が絶対に起こらないスキー旅行”を願ったんだと思う。もちろん僕も卓也も和泉も同じ気持ちだったけど、想いの強さは修が一番だ」
 
 誰よりも強く願った。
 
「こんなこと言うのは変かもしれないし、ほとんど冗談みたいなことなんだけどさ……」
 
 優斗は空を見上げる。
 
「あいつの心からの願いはきっと、天に届くんだよ」
 
「……シュウの願いは叶うということですか?」
 
「うん。きっと、そういう冗談みたいな力を持ってるよ。僕とココが他国に行ったことでズレた日程。なのに何も問題ないとばかりに旅行を成立させた。普通は貴族、王族、大人数が入り乱れてるのにこんな短期間で旅行を成立させられるわけない」
 
 修がやると違和感はない。
 けれど普通に考えたら異常なことでもある。
 
「もしかしたら、最初の日程は何かトラブルが起こるかもしれないからズレたのかもしれない」
 
 そんな疑いさえ浮かぶ。
 
「なんとなく言いたいことは分かります」
 
 クリスは頷いた。
 修なら出来そうな気がする。
 
「僕らがあいつを主人公キャラだって示す理由はそこだよ。変にトラブルを引き寄せる体質なのもだけど、それ以上にあいつはしっかりとトラブルを解決する。そして何が起こっても最後は丸く収まる。仲間の誰も傷つかない」
 
 まるで物語の主人公としか思えない。
 事件が起こったとしても、最終的には修の望むように世界が動く。
 
「でもユウトも似たような感じだと思いますけど?」
 
 トラブルをしっかりきっちり収める。
 無理矢理にでも大団円にする。
 
「僕の場合は強引にねじ伏せてるだけだから」
 
 結果は似てるようでも、やっぱり違う。
 
「それに僕はあいつほど強く、純粋には願えない」
 
 叶う叶わないの問題ではなく。
 あれほどの純粋な願いを持つことができない。
 
「ああいう魂の持ち主が、やっぱりご都合主義の権化――主人公なんだなって思うよ」
 
 修ほど綺麗になれない自分にとっては。
 少しだけ羨むほどの魂。
 
「なんだかんだ言って、優斗は修のことを高く評価してますよね」
 
「普段は馬鹿なだけに何とも言えないのが本音だけど」
 
「残念ですよね」
 
 互いに笑みを零し、二人して空を見上げる。
 
「今年は誰がくっ付きますかね?」
 
「どうだろう? もし誰かくっ付くなら、僕らが振り回されなければいいけど」
 
「無理でしょう」
 
「だよね」
 
「特にシュウの場合は総出で事に当たらないといけないと思いますよ」
 
「確かに」
 
 もう一度、二人は顔を見合わせて笑う。
 去年は色々としてもらった二人だからこそ。
 今年はきっと……もっと皆のために頑張らないといけない。
 そう思う。
 
 
 
 



[41560] まさかの成長
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:3c2103eb
Date: 2015/10/25 18:12
 
 
 
 三学期が始まり、始業式では優斗達が闘技大会で優勝した功績も伝えられた。
 五年ぶりの優勝に誰も彼もが出場者を称えた……のだけれど、
 
「闘技大会優勝って結構なことだったんだね」
 
「私も少し驚いた」
 
「……レイナ先輩? オレはどうして連れてこられたんですか?」
 
 優勝メンバー三人は生徒会室に逃げ込んでいた。
 
「お前は余計なことを言いそうだったからな。釘を刺すために連れてきた」
 
「オレだって分かってますよ。こいつがやったことは口外しない。箝口令だって出てますし、破ったら禁固刑になるんでしょう?」
 
「理解できているだろうが、うっかり口が滑りそうなのがお前だからだ」
 
「……確かに色々と突っ込まれて困りはしましたが……」
 
 昼前のホームルーム終了と同時に机を囲まれた。
 そこにレイナが颯爽と現れてラスターをかっさらい、生徒会室まで連れ出す。
 優斗はクラスメートに愛想笑いしているところをレイナが引っ張り出した。
 
「悪いがユウトの状況が大会終わったときより悪化していてな。うっかりでも伝わってしまえば大変になる。特にお前は間近で見た当事者だからな、念を押すに越したことはない。ユウト、少しくらいお前の状況を話しても問題はないだろう?」
 
「まあ、ラスターにならね」
 
「……どういうことですか?」
 
 この冬休みの間に何があったのだろうかと、ラスターは訝しむように聞き返した。
 レイナは説明を始める。
 
「今のところ、アリスト王の手回しで周辺諸国の王族だけにユウトが契約者であり、独自詠唱の神話魔法の使い手であることは知られている。その中にミラージュ聖国があるのだが……」
 
「あれですよね。大魔法士マティスが作った国」
 
「ああ。そのミラージュ聖国から『大魔法士マティスの再来』として認められてな。名実共にやばい人物になってしまった」
 
 レイナが告げたことにラスターは顎が外れそうになる。
 
「な、なんでそんなことに?」
 
「ユウトがマティスと同じ事をやっているからだ。契約者であり独自詠唱の神話魔法の使い手であるからな」
 
「つ、つまり?」
 
「マティスを祖とする国がユウトを『マティスの再来』と認めたことで『大魔法士』と呼び、余計に箔が付いてしまった」
 
 よりにもよってマティスが作った国がいの一番に認めてしまったからこそ、性質が悪い。
 
「笑える話ではあるが、目の前にいるこいつは世界重要人物ランキングのトップランカーだ」
 
 レイナの視線と呆然としたラスターの視線が優斗に集まる。
 
「だからラスター、うっかりするとシャレにならない」
 
「わ、わかりました」
 
 さすがのラスターとしても、これは冗談などとは言えない。
 事実、パラケルススを召喚して神話魔法を使っていたのだから。
 けれど当事者の優斗は軽い調子で笑って、
 
「僕が学生身分だからそういう措置を取ってくれてるだけだし、できれば言わないでほしいってだけだから」
 
「しかし貴様はどうやってパラケルススと契約したというのだ? 少し調べたが1000年間、契約者が現れなかっただろう?」
 
 珍しく真っ当な疑問をラスターが投げかけた。
 レイナも後輩の問い掛けに「そういえば聞いていなかったな」と、同じことを尋ねる。
 すると優斗は当時の状況を思い返すと、呆れるように頬を掻き、
 
「八月に大精霊を召喚したでしょ?」
 
「ああ」
 
「案外便利だと思ってね。少しばかり調べて、フィオナに精霊術を教える過程で使えるものを実体験してたんだよ。で、古くてうさんくさい本にパラケルスス召喚の詠唱があって、とりあえず冗談半分で詠唱してみようと思ったんだけど……まさか本物の詠唱だとは思わなくてね。いきなり好々爺が出てきて『それじゃ、やろうかの』とかふざけたこと抜かしつつ、結界張ってきてバトル」
 
 あの時は優斗も冗談抜きで焦った。
 
「契約したということは倒せたのだろう?」
 
「倒したけどね。普通は無理だよ、あんなの」
 
「貴様は馬鹿か。倒したのだから無理なはずないだろう」
 
「ラスター。“普通は無理”とユウトは言ったぞ」
 
 レイナのツッコミに優斗は頷いて苦笑する。
 
「前に話したときは濁したけど、まず上級魔法とか論外。大精霊でさえ召喚して神話クラスの一撃かましたら二撃目お願いする前に強制的にパラケルススに徴用される」
 
「上級魔法が論外……だと?」
 
「精霊を強制的に従える精霊の主であることだ。納得できることではあるな」
 
 優斗の思い出話に驚愕と納得が入り交じる。
 
「要するに上級魔法で牽制して神話魔法をぶっ放す方法しか勝ち目がないんだよ」
 
 こんなもの“普通は無理”に決まっている。
 
「しかも一撃じゃ勝負つかなくて、神話魔法を六個ぐらい使ってようやく戦い終わったからね」
 
 最後の最後、パラケルススが張った結界すらも破壊する神話魔法を使って、ようやく決着がついた。
 
「冗談みたいな勝負だな」
 
「去年最大規模のバトル、絶対にこれだよ」
 
 黒竜を相手したときより、ライカールの馬鹿を相手にしたときより、ミラージュで二十体の魔物を相手にしたときより規模としては大きい。
 
「ラスター、こんなのに勝てるか?」
 
「か、勝てます!」
 
 とレイナに大きな声で返答するものの、
 
「たぶん……いつかは」
 
 ラスターとしても優斗の強さは認めてしまった以上、勝てるとは断言し辛い。
 けれどハッ、と思い出す。
 
「だが、剣技ではまだ負けていない!」
 
「悪いがこの化け物は先日、ミラージュで上位ランクも存在している魔物二十体に囲まれたところを剣技だけで十体以上を瞬殺しているぞ。私でも同じことができるかは分からない」
 
「いや、軽く死にかけたし」
 
「そういう問題ではない」
 
 レイナが優斗の頭を軽く小突く。
 ラスターはレイナが言った話を事実と捉えて、少し考える。
 つまりはなんだ。
 自分が以前に好きだったフィオナが愛しているという男性は『大魔法士マティスの再来』と呼ばれるほど魔法も精霊術も優れた人物であり、尚且つ自分が尊敬しているレイナとも対等に剣技を交わせるかもしれない人物である、と。
 
「これほどの男でなければフィオナ先輩は惚れないということか」
 
 勝てなかったのも無理はない。
 そう呟いたラスター。
 けれど優斗とレイナは首を横に振って否定した。
 
「いや、全然そんなことはないよ」
 
「フィオナは付加価値など、どうでもいいと思っている」
 
「……だったらどうしてこいつにフィオナ先輩は惚れたんですか? 付加価値を除いたら価値ないですよ」
 
 酷い言い様だが、確かに……と優斗は納得する。
 
「正直に言うのも変ではあるが、ユウトはイケメンというわけではないし、血筋としても子爵ではあるが公爵と釣り合うわけもない」
 
 その点では釣り合っていない。
 
「だがな、こいつは優しいんだ」
 
 今は限りないほどに理由はあれど、フィオナが最初に惚れた理由はこれだろう。
 
「別に博愛主義的な優しさではない。誰も彼も平等にする優しさではない。誰かに勘違いされるような優しさでもない」
 
 一般的な優しさじゃない。
 皆が好きになりそうな優しさじゃない。
 それでは彼女には届かない。
 
「フィオナのために頑張った優しさ。フィオナだけに贈った優しさ。フィオナだけを想った優しさ。フィオナの心に響いた優しさ。それをこいつは持っている」
 
 もちろん仲間にだって優斗は優しい。
 けれどやっぱり彼女にだけは、特別な優しさを見せている。
 
「フィオナだけしか受けられなかった『優斗の優しさ』に惚れたんだ。他の誰かでは無理だろう」
 
「フィオナ先輩だけに対する……」
 
 そういえば、とラスターは思い出す。
『貴方の言葉は私の心に響きません』と言われた。
 ということは優斗の優しさはフィオナの心に響いているのだろう。
 
「もちろん、今のフィオナに訊いたら理由など腐るほど出てくるだろうがな」
 
 それは別にレイナも聞きたくない。
 胸焼けを起こすだろうから。
 
「あと言っておくが、フィオナも存外に特殊な人間だぞ。普通の人間ならば手に余る」
 
「……えっ……?」
 
「当たり前だろう? いくら公爵家とはいえ、あれほどの美少女であるフィオナが誰の手にもつかず、尚且つユウト達と出会う前まで一人ぼっちだったんだ。フィオナ自身に問題がある」
 
「無口だったし愛想悪かったらしいから。高飛車とでも思われてたんじゃないかな」
 
 実際は無口で照れ屋な上、下心がある人間には容赦がないだけだったのだが。
 
「本当なのか?」
 
「マジだよ」
 
 今のフィオナしか知らないラスターは信じられないだろうが、出会った当初はそうだった。
 
「あれこれ理由は言ったがな。結論としてフィオナはユウト以外では無理だ。ユウト以外、恋愛対象になれない」
 
 お互い、出会うべくして出会ったとしか思えない。
 
「無論、ラスターも正義感は強いし良い物件ではあるのだがな。一年の間ではモテていると聞いている」
 
「あ~、なんかフラグ乱立しそうな優しさと正義感持ってるよね」
 
 与太話に花を咲かせる。
 するとノック音が響いた。
 
「誰だ?」
 
「フィオナです。優斗さんはいますか?」
 
「ああ、いるぞ」
 
 レイナは席を立って鍵を開ける。
 するとフィオナは中に入るや優斗のことをじと~、と見た。
 
「なに?」
 
「人気でしたね。幾人か、女性の方からも話しかけられていました」
 
 少し不満げな表情のフィオナ。
 
「クラスメートだし、闘技大会の優勝メンバーなら『おめでとう』ぐらい言ってくれるものだよ」
 
「嬉しそうでした」
 
「愛想笑いぐらいはするって」
 
 いきなり始まったやり取りに、レイナは嘆息してフィオナの頭をチョップする。
 
「レ、レイナさん?」
 
「家でやれ」
 
 空気が甘ったるくて胸焼けしそうだ。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 さらにくだらない話を続け、少しはほとぼりも冷めただろうと思い、四人で帰る……はずだった。
 
「……レイナさん」
 
 呆れたように優斗が“修練場”の中でため息をついた。
 
「普通……巻き込む?」
 
「向こうは大会メンバーを所望していたからな」
 
 レイナの視線の先には三人組。
 帰る途中に勝負を挑んできた相手だ。
 もちろん、レイナは挑戦を叩き付けられた瞬間に即決で承諾した。
 
「少しは考えようよ」
 
 ということで、現在の状況が生まれたわけだ。
 
「レイナさんは別にいいよ、戦闘狂だし。ラスターだって戦うの好きだと思う。けど明らかに僕だけ巻き添えくらった形だよね?」
 
「別に時間が掛かるわけでもなし、問題はないだろう?」
 
「……まあ、そうだけど」
 
 優斗も相手を見る。
 全員が二年生。
 挑んできたからには、学院内でもそこそこ強いはず。
 ……あくまで学院内という話だが。
 成績的にも優斗よりは下の連中なはず。
 
「ラスター、10秒だ」
 
 レイナがラスターに耳打ちする。
 
「何がですか?」
 
「お前がタイマンをやれる時間が、だ。一人で倒したいなら10秒以内に倒せ」
 
 笑ってレイナは剣を抜く。
 本当に楽しそうだ。
 
「それでは始めてください」
 
 フィオナの開始宣言と同時、レイナとラスターが左右に飛び出す。
 優斗はその場で待機して機を窺い始めた。
 そのまま4秒、5秒、6秒と経過して、7秒を数えようとした瞬間、
 
「あがっ!!」
 
 優斗の相手は真横から攻撃を喰らった。
 不意の一撃でノックダウン。
 レイナは意気揚々とラスターの敵にも向かっていった。
 優斗が彼女と相対したであろう相手に目を向けると、すでに蹲っている。
 続いては別の剣戟音がする方向に視線を移す。
 ラスターはそこそこ押していたものの、倒すには至らずにレイナが参戦。
 ものの数秒で撃破。
 トータルで掛かった時間、およそ15秒といったところだろう。
 
「二人とも、お疲れ」
 
「……ユウト。お前、何もしなかったな」
 
「意気揚々と僕の相手をかっさらっていった人がいるからね」
 
「レイナ先輩! もうちょっと待ってくださいよ!」
 
「10秒と言っただろうが」
 
 全員が傷一つ付かずに勝負が終わった。
 
「さすがは闘技大会優勝メンバーといったところでしょうか」
 
「ラスターは大会で見せ場、無かったがな」
 
「……精進します」
 
 むしろ決勝と準々決勝のレイナと優斗を見れば、他の誰が見せ場を作ったところで絶対に霞む。
 和気藹々と話しながらレイナは倒した三人のところへと向かう。
 そして回復魔法を掛け、ある程度動けるようになったところで隣接してある救護室へと促した。
 優斗は鞄を持ち、
 
「これで帰れ――」
 
「おいコラ!! 生徒会長っ!! ユウト・ミヤガワはどれだっ!!」
 
 帰ろうとして無理だった。
 マイティーのリーダーハゲよりもたくましいハゲが修練場に乗り込んできた。
 
「……誰?」
 
「硬派気取りのバカだ。周りには番長と呼ばせている」
 
 レイナが呆れたように教えてくれる。
 
「今、名指しされなかった?」
 
「されたな」
 
 ラスターが頷く。
 優斗は嘆息しながら対応する。
 
「あの、ユウト・ミヤガワは僕ですが」
 
 番長の視線が優斗を捉える。
 
「貴様か。大会で特に活躍もしてない足手まといなのに優勝メンバーだというだけで粋がっているという輩は」
 
「……はっ?」
 
 いきなりすぎることに優斗も意味が分からなかった。
 
「女連れでチャラチャラしておったらしいな!」
 
「……なんのことでしょうか?」
 
「儂の手下が言っておったわ! 貴様は下種だとな」
 
 今にも殴りかかってきそうな番長。
 レイナが番長に近付く。
 
「貴様は何度勘違いしたら気が済む。毎度、貴様の手下のくだらない妄言に騙されているだろうが」
 
 一本気で良い奴ではあるのだが、直情的すぎるのが傷だ。
 手下だと思っている傲慢貴族にいい様に扱われている。
 
「貴様の手下は二年だったろう? どうせユウトが代表で気に食わなかったとか、フィオナがいつも側にいるのを妬んだだけだ」
 
「儂の手下をバカにするのか!?」
 
「貴様の理解力のなさと学習能力のなさを馬鹿にしている。それに足手まといがいたら大会など勝ち抜けるわけがない。むしろユウトがいなければ勝ち抜けていない」
 
「生徒会長がいれば勝てる大会だったのだろう!?」
 
「馬鹿か。無理に決まっている」
 
 レイナと斬り合える相手もいたというのに、どうやって彼女一人で勝てる大会だというのだろうか。
 
「とりあえずお前はユウトの実力が分かれば納得するのだろう?」
 
「生徒会長の言っている通りの男なら納得してやろう」
 
 その言葉を引き出すと、レイナは笑んだ。
 
「というわけだ、ユウト」
 
「……さっき戦わなかったからってやらせる?」
 
「疲れてないだろう?」
 
「……そうだけどね」
 
 とはいえ、レイナが誘導したのだから戦うことが一番早い解決方法なのだろう。
 
「優斗さん……」
 
 フィオナが心配そうに優斗へ近付いた。
 すると、番長が睨み付ける。
 
「チャラチャラしていたというのは本当のようだな」
 
 そして優斗達に近付き、
 
「失せろ! 場を弁えていない女など邪魔だ!」
 
 フィオナの肩を突いた。
 少しだけフィオナが後ろに蹈鞴を踏む。
 
「……しょうもないくらいに馬鹿だな」
 
 レイナが額に手を当てた。
 瞬間、優斗がショートソードを番長の首筋に突きつけていた。
 過程を視認できたのはレイナだけ。
 ラスターも番長も気付いた時点で、現在の優斗の姿を確認したにすぎない。
 
「……なっ!?」
 
 首筋に当たる冷たい感覚と同時、震え上がりそうなほどの殺気に番長が驚く。
 優斗は無表情のまま、剣柄を握りしめた。
 レイナが否定など許さぬ論調で話す。
 
「今のユウトの動きが分からなかった時点で実力は分かるだろう?」
 
「……そのようだな」
 
 案外、簡単に番長は引き下がった。
 確かに番長は馬鹿で直情的でどうしようもないくらいに阿呆だが、しっかりと見せつけられれば理解できるほどの脳みそはあった。
 故に事実を見せつけられれば納得も早かった。
 
「すまなかったな。儂の勘違いのようだ」
 
 しかも律儀に謝ってきた。
 
「そこの女も申し訳なかった」
 
 フィオナにも同様に謝る。
 どうやら優斗が動いた理由も悟ったらしい。
 優斗の膨れあがったモノも、それですぐに収まった。
 
「邪魔をした」
 
 踵を返して修練場から番長が出て行く。
 
「間違えは間違えだと認められるのはあいつの良いところではあるな」
 
 この一点は褒められる。
 何度も同じことをする奴なので、馬鹿なところは直してほしいが。
 
「それはそうとして、ラスター。今のユウトの動き、見えたか?」
 
「ば、馬鹿にしないでください! 動いたのは分かりました!」
 
 ラスターが言い返す。
 だが、
 
「ショートソードを抜いた瞬間は?」
 
「……いえ、見えませんでした」
 
 続けて問われたことに対しては、素直に首を横に振った。
 
「あれがユウトの速度だ。見えるようにならないと上のレベルにはいけないぞ」
 
 というより、怒り補正で前に副長との勝負で見た抜刀もどきよりも速かった。
 
「フィオナ、だいじょうぶ?」
 
 優斗はショートソードを収めてフィオナに近寄る。
 
「平気ですよ」
 
 突かれただけで痛みはない。
 
「よかった」
 
 優斗が笑みを浮かべる。
 
「珍しいものだな。お前がフィオナに手を出されるとは」
 
「殺気とか敵意だと反応できるんだけど、今のは違くてね。その分、反応が遅れた」
 
 相手としては邪魔だからどけた、という感覚だったのだろう。
 
「けれどラスターだったら僕に文句の一つでも言ってくると思ったんだけど、何も言わないね」
 
「オレも反応できなかったというのもあるし、今更フィオナ先輩を好きだということもないからな。無駄にどうこう言おうとは思わん。もちろん、フィオナ先輩が超絶に美人だということは今でも思っているし、貴様が死ぬほど羨ましいのは変わらんが」
 
 なんか大人っぽいことをラスターが口にした。
 
「……ラスターが成長したよ」
 
「驚きですね」
 
「ラスター、大丈夫か?」
 
 三者三様、酷いことを言う。
 けれどラスターとしては当たり前だと思っているので、思わず溜め息が出てしまった。
 
「……はぁ。フィオナ先輩と貴様があんな大勢の前でキスをすれば、100年の恋とて冷めるぞ」
 
「――っ!? な、何の話ですか!?」
 
 酔っ払って覚えていないフィオナが顔を赤くする。
 
「フィオナ先輩、覚えてないんですか?」
 
「えっ!? だ、だって大勢の前って、私そんなの知りません!」
 
 あたふたするフィオナに対して、優斗が代わりに答える。
 
「あれほど酔っ払ったら、記憶を無くすんだよ」
 
 だから恥ずかしい思いをするのは一人だけ。
 
「ユウトにとっては羞恥プレイでしかないな」
 
「……言わないでよ」
 
 思い出して疲れた様子を見せる優斗。
 
「わ、私、本当にそんなことをしたんですか!?」
 
 一人だけ事情の分からないフィオナ。
 慌てふためき、顔を真っ赤にさせている彼女の叫び声が修練場に響いた。
 
 
 



[41560] 守るから
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:3c2103eb
Date: 2015/10/25 18:15

 
 
 
 一月の二週目。
 リステルで行われる週末のパーティーで、卓也はリルの婚約相手として堂々と名乗ることになる。
 パーティーに追随していくメンバーは優斗、フィオナ、クリス、クレア、ココ、そしてミラージュ聖国よりやってくるラグ。
 
「ユウト、少し質問があるのですが」
 
 学院からの帰り際、クリスが優斗に尋ねる。
 
「なに?」
 
「週末のパーティーのことです。自分はクレアが社交の場において公爵家長子の妻であるという立場を慣らすため行きますし、ココとラグは数少ない逢瀬の場です。けれどユウトが行くというのは少し驚いたのですが……」
 
 あまり向かう理由がないように思える。
 
「王様からの頼まれ事でね。護衛だよ」
 
「護衛?」
 
「前回行ったときにあったんだけど、卓也を殺そうとする奴がいないとも限らない。前回は偶々、卓也を殺そうとした奴の矛先が僕――というかマリカに移った。向こうも警戒しているだろうけど念のため、リステルに行ったことのある僕が護衛として行くことになったんだ」
 
 卓也とリルの婚姻は両国にとって重要なことであることは間違いない。
 かといって信用を置いているリステルに大人数の護衛を連れて行くことも憚られる。
 というわけで、最小で最大戦力の優斗が出番というわけだ。
 
「一応、パーティーには招待されてるしね」
 
 王様とリステル王が何かしら、したのだろう。
 ちゃんとした招待状を王様から持たされた。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 高速馬車二台がリステルに向かう。
 片方には卓也、リル、ココ、ラグが乗っている。
 けれどリルとラグの表情がやや、険しい。
 
「なんていうか、あれだな。半年ぐらい前までは一番一緒にいたのに、そいつが婚姻相手を連れてパーティーに向かってる姿って妙な感じだ」
 
「そっくりそのままタクに言葉を返します」
 
「普通は優斗とフィオナみたいにくっ付くのが相場だよな」
 
「タクは無理です」
 
「オレもココは無理だ」
 
「タクとユウはお兄ちゃんですし」
 
「オレだってココはただの妹だし」
 
「お姉ちゃんでもいいですよ?」
 
「身長が伸びたら考えてやるよ」
 
「むっ。今の発言、ムカって来ました」
 
「そこらへんが妹なんだって」
 
 卓也とココがじゃれ合う。
 と、リルとラグの視線に卓也が気付いた。
 
「どうしたんだ?」
 
「ま、前から思ってたけど仲良いわよね」
 
 リルが口の端をひくつかせながら言う。
 けれど何ともないように卓也が返した。
 
「家庭教師と生徒のコンビだしな」
 
 いつも一緒にいたことだし、相応に仲良くはなる。
 
「妹に教えて貰う兄ってなかなかシュールな光景です」
 
「そこは異世界から来たこと考慮してくれよ」
 
 ペシっとココにデコピンをする卓也。
 
「た、確かにユウト様以上にタクヤとココは仲が良いな」
 
 ラグが優斗に抱いた不安が、卓也にも浮かぶ。
 しかし、
 
「安心していい。お兄ちゃんとしては妹の相手が素晴らしくて嬉しいよ」
 
「タクは一歩間違えたらお母さんになるから気をつけたほうがいいです」
 
「馬鹿二人とかに言ってくれ。あとは世話をやかせるお前達もだ」
 
 世話焼きな性格なのは自分でも自覚しているが、仲間の連中は大抵が何かしら抜けているメンバーなので、殊更に卓也が世話を焼くことになる。
 
「でも、あとちょっとでパーティーか」
 
 窓から見える景色が変わる。
 馬鹿話をしている間にリステルの敷地内に入った。
 否応なく卓也の胸に緊張がせり上がってくる。
 
「タクヤ、緊張してるの?」
 
「当たり前だろ。オレの精神は優斗みたいな合金製じゃないし、修みたいに緊張を感じない構造もしてないし、和泉のようなぶっ飛んだ形もしていない」
 
 仲間の中で一番一般的で庶民的な精神だ。
 
「前回みたいにタクヤを狙うことはないと思うわよ。警備だって反省を踏まえて増やしてるだろうし」
 
 会場の中には優斗もいるのだから心配はない。
 
「問題なのはあたしの元婚約者候補たちが、うざったい言葉を投げかけてくるかもしれない懸念だけよ」
 
「……それが凄い嫌なんだよな。逃げたくなる」
 
 冗談めいたように言うけれども思いの外、表情が真剣な卓也。
 
「……タク?」
 
 彼の違和感に気付いたのは付き合いの長いココ。
 卓也はココに気付かれ、パッと顔色を変える。
 
「いや、何でもないよ」
 
 ココに笑いかける卓也。
 なんとなく、思い出してしまっただけだ。
 暴力を振るわれ、暴言を吐かれていた日々。
 逃げたくなる思い出を。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 会場に着き、それぞれ別れた。
 卓也とリルは代わる代わるやってくる人達を相手にしている。
 クリスとクレアは、クリスが緊張するクレアの手を優しく引いて色々なことを教えており、ココとラグは時折どちらかの知人と話しながらパーティーを楽しんでいた。
 優斗は壁際でゆっくりしている。
 
「久しぶりだな、ユウト」
 
 すると話しかけてきた人物がいた。
 フィオナが今、離れているのでパーティー会場の隅にまで寄っていた優斗は、見知った顔がやってきたことに驚く。
 
「……えっと……イアン様?」
 
 黒竜の時やマリカをリステルに来させた時、数度しか顔を合わせていないので少し薄れがちだが、リルの兄であり『リステルの勇者』であるイアンだ。
 
「覚えていてくれたか」
 
 笑みを浮かべるイアン。
 
「色々と話は聞いている。ミラージュ聖国から『マティスの再来』として国賓待遇を受けたらしいな」
 
 周りに配慮しながらイアンが話す。
 
「僕みたいな奴を相手に大げさなんですよ」
 
「パラケルススを召喚するほうが大げさだろう?」
 
「そうですか?」
 
「そうだとも」
 
 少しだけの世間話。
 イアンはそれで久方ぶりの挨拶は終わったとばかりに真面目な表情を作った。
 
「今のところ、タクヤの命を狙うといった輩は見られない」
 
「……よかったです」
 
「けれどリルの婚約を納得していない者はいる」
 
「数は多いですか?」
 
「少しはいる、といったところだ。どうしようもない連中は、まだ婚約なのだからと諦めていないだろう。そういった手合いがタクヤとリルに下劣な言葉を投げかけるのは大いにある」
 
 二人して卓也とリルの姿を見る。
 今のところは問題なく、緊張している卓也をリルがフォローしている姿が微笑ましく映った。
 
「卓也がキレたりして暴言を吐いたら不味いですか?」
 
「タクヤに手を出す免罪符……のようなものは生まれる。彼らはリステルでも上位に位置する貴族だからな」
 
「……厄介ですね」
 
 今更ながらに思うが、どうして暴言を吐かれただけで貴族は『殺そう』などと思うのだろうか。
 また貴族に暴言を吐いたら殺しても免罪符が付く、というのがやはり感覚のズレとしてある。
 相手はリライトの子爵であり、王族であるリルの相手だというのに。
 ただ、今更だ。
 やはり権力というのは何でもやっていいものなのだろう、と無理矢理に自分を納得させる。
 
「他国からも幾人か来ていると窺いましたが」
 
「大抵はリルを祝福してくれているのだが……」
 
 イアンが少し言葉に詰まる。
 
「問題児がいる、と」
 
「ああ」
 
 イアンは嘆息する。
 
「ライカール国の第2王女、ナディア。ユウトは知っているな?」
 
 イアンが口にした名前に優斗の表情が変わった。
 
「ほんの数週間前に相手取りましたから。よく覚えています」
 
「彼女が来る予定だ」
 
「……また面倒なのが来ますね」
 
「彼女の傍若無人な具合は有名だ」
 
「そうでしょうとも」
 
 どうして彼女を呼んでしまったのか。
 何かしらの政治的なものがあったのだろうか。
 よくは分からないが、どっちにしろ心配の種が増えた。
 
 
       ◇      ◇
 
 
「なあなあ、一人?」
 
 フィオナが化粧室から出てきて、優斗のところへ戻ろうとした時だった。
 なんとなく見たことのある人物に話しかけられた。
 
 ――この方は確か……。
 
 闘技大会でライカールのメンバーだったジェガン……だったはずだ。
 優斗にボコボコにされて精霊術まで使えなくさせられた人物だが、なぜかフィオナに意気揚々と話しかけてきた。
 
「君みたいな美人が一人だと可哀想だろ? オレが一緒にいてやるよ」
 
「申し訳ありませんが夫と一緒に来ていますので」
 
 フィオナは指輪を見せる。
 そして通り過ぎようとしたのだが、
 
「……これって龍神の指輪?」
 
 間近で指輪を見たジェガンはフィオナの嵌めている指輪が何の指輪なのか気付いた。
 
「ってことはあれか。リライトにいる龍神の親って君なんだ! うわっ、マジで!? すごいじゃん!」
 
 糸口を見つけたとばかりにまくし立てる。
 
「知ってる? 龍神の指輪って精霊を扱えるんだってこと」
 
「……夫が待っていますので」
 
「いーじゃん。もうちょっとくらい話そうぜ」
 
 無理矢理にジェガンがフィオナを引き留める。
 
「オレ、これでも『学生最強の精霊術士』って呼ばれててさ。精霊の扱い方、教えてやるからちょっとパーティー抜けようぜ」
 
 どうやらフィオナを手込めにしようとしているらしい。
 下卑た感情が見て取れる。
 けれどフィオナは意に介さない。
 
「私も少しは精霊術を扱えるので結構です」
 
「じゃあ、もっと上手く使えるようにしてやるから」
 
「貴方に教えて貰うことはありません」
 
「そんなこと言わずにさ」
 
 ジェガンがフィオナの手を取ろうとするが、フィオナは後ろに下がって回避した。
 彼女の行動にジェガンがイラっとする。
 
「んだよ。せっかくこのオレが教えてやるって言ってんだから、素直に来ればいいんだよ」
 
「ついて行くわけがありません。私はもっと素晴らしい方に精霊術を教えてもらっていますし、貴方の精霊を殺すような精霊術を認めていませんから」
 
 フィオナの行動にイラついていたジェガンが眉をひそめる。
 
「オレのことを知ってんのか?」
 
「先日のリスタルで行われた闘技大会、私も予備メンバーとしていました。ですから、貴方が精霊術を使えなくさせられたことも知っています」
 
「ハッ、だからなんだっつーんだよ。オレが契約するはずだったパラケルススをあいつが先取りしただけじゃねーか。それにオレより凄え精霊術士なんてリライトごときにいるわけねーだろ!」
 
 傲慢不遜な言い草だが、彼は自分の考えに愚かな点があることに気付いていない。
 
「……分からないのですか?」
 
「何がだよ」
 
「少なくとも一人、いるではないですか。パラケルススと契約した精霊術の使い手が」
 
「……っ! だから何だってんだ!」
 
「私はその方から精霊術を教えてもらっています。そして、その方は私の夫でもあります」
 
 淡々と事実を述べるフィオナ。
 ジェガンは彼女の話を聞いて、一つの事実にたどり着く。
 
「お前の夫って、まさか……!」
 
 思い出したくもない存在。
 恐怖の代名詞とも呼べる人物。
 フィオナは“それ”を口にした。
 
「私の夫の名前はユウト=フィーア=ミヤガワ。パラケルススを召喚し、貴方に精霊術を使えなくさせた方です」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 同時刻。
 卓也とリルのところに、ついに懸念していた連中がやって来た。
 人数は三人。
 どれも良いところの貴族らしいが、故に碌でもない。
 先ほどから延々と辛辣な言葉ばかり述べてくる。
 
「そんな男と結婚したところで何のメリットもないでしょう?」
 
「逆にあたしがあんた達と結婚したほうがメリットないわよ」
 
 卓也との結婚は何の利点もないと言われ、リルが反論する。
 
「少なくともあんた達よりタクヤと結婚したほうが余程、メリットがあるわ。リライトとの関係強化に繋がるもの」
 
「だったら相応の男を選ぶ必要があると思いませんか? たかが子爵の家柄である男など釣り合わない。私と結婚したほうがよろしいでしょう」
 
「ふざけんじゃないわよ。絶対に嫌」
 
 リルが卓也を庇うように言い放つ。
 先ほどから卓也は黙ったままだ。
 けれど時々、卓也の表情が辛くなる。
 
 ――キツいな。
 
 思い出しそうになってしまった。
 昔の日々のことを。
 言葉で、力で、無碍にされ続けた日々。
 刃向かうこともせず、逃げることしか出来なかった。
 その時の思い出が胸の内からせり上がってくる。
 
 ――あいつらは凄いよな。
 
 優斗はどれだけ自分のことを言われても平然としている。
 あいつが苛立ち、辛そうになるのは仲間のことだけだ。
 修は苛立ちはするだろうけど、自分のことでは絶対に耐える。
 和泉の場合はある意味、そういうことに関して不感症だ。
 だから自分が一番、弱い。
 
「あら? リル王女じゃない」
 
 さらに面倒なのが加わる。
 騎士を側に控えさせながらナディアがやって来た。
 
「雑魚と婚約するなんて、本当に落ちぶれているわね」
 
 いたぶる対象を見つけた喜びからか、ナディアが不遜に笑む。
 
「タクヤは雑魚じゃないわ」
 
「だって、たかが子爵程度の男と婚姻するなんて……」
 
 ゴミでも見るような目つきでナディアが卓也を見る。
 
「顔も悪いし家柄も悪い。何があるというの? そんな男に」
 
 何一つとして利点がない。
 
「家畜でも愛でる趣味があるのかしら?」
 
「貴女にタクヤの良さは分からないわ」
 
「雑魚に良さなんてあるわけないでしょう?」
 
 嘲笑する。
 下卑た笑みで、ゲスだと呼べる表情で、心底愉快そうに。
 
「それにさっきから黙っているじゃない、貴女の婚約者は。本当に雑魚で屑で家畜なのね。死ねばリル王女も結婚しなくて済むんだから死ねばいいのに」
 
 苛烈さを増した暴言。
 
「――ッ!」
 
 卓也の足を無意識に一歩……下がらせた。
 そうしたらもう、最後。
 一気に振り返って卓也はその場から離れた。
 
「タ、タクヤ!」
 
 リルの声が卓也に掛けられたとしても、彼の耳には……届かなかった。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 卓也とリルに問題児達が集まり、卓也が逃げた瞬間にイアンが向かおうとした。
 けれど優斗が止める。
 
「どうして止めるんだ?」
 
「今は行く必要がありません。あの程度の問題、卓也がどうにかできないわけがないですから」
 
「私とてタクヤのことは信じているが、それでも一人になってしまったリルのためにも行ったほうがいいと思うが……」
 
「すぐに戻ってくるから大丈夫です」
 
 今は一旦、逃げてしまっただけ。
 けれどそれは卓也が誰よりも弱いというわけじゃない。
 卓也の本当の格好良さが分かるのは、この後。
 
「少しだけ待ってください。すぐに誰よりも格好良い卓也になって帰ってきますから」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 驚愕しているジェガンの後ろから、声を掛けた存在がいた。
 
「契約者の妻に手を出そうとするなど正気ですか?」
 
 丁寧だが険を含ませた声がジェガンとフィオナの耳に届く。
 思わずジェガンが振り返った。
 
「てめえは……っ!」
 
「前はお世話になりましたね」
 
 クリスとクレア、ココとラグがそこにいた。
 四人はフィオナの前に立つ。
 
「手を出すというのなら、相応の覚悟をしたほうがよろしいのではないでしょうか? ユウトは彼女のことになると過激です」
 
 闘技大会の比ではない。
 
「まあ、それ以前に大精霊を召喚できなかった貴方が召喚できる彼女をどうこうできるとは思いませんが」
 
 つまりは精霊術を使えていた時でさえフィオナのほうが格上だ。
 なのに上から目線で見るというのは愚か以外にない。
 
「それに自分もあの時とは違いますよ? 仲間や妻に手を出される前に貴方を倒します」
 
 クリスの細めた目が相手を貫く。
 
「……チッ!」
 
 舌打ちしてジェガンが遠ざかっていく。
 四人もいては、事を荒立てるにしても問題が多すぎる。
 何よりも自分は『力』の部分を根こそぎ持って行かれたのだから。
 
「大丈夫でしたか?」
 
 ジェガンが見えなくなってから、クリスがフィオナの安否を気遣う。
 
「はい。皆さん、ありがとうございます」
 
 フィオナが微笑む。
 クリス、クレア、ココは笑みを返したのだが、一人ラグだけが目を丸くしていた。
 
「フィ、フィオナ様も精霊術をお使いになられるのか?」
 
「ええ、そうですけど」
 
「大精霊様まで召喚されると言われていたが……」
 
「優斗さんのおかげで召喚できるようになりました」
 
「わ、私もウンディーネ様を召喚できるのだが、フィオナ様はどの大精霊様を召喚できるのですか?」
 
「四大精霊とファーレンハイトとアグリアです」
 
 事も無げに言ったフィオナ。
 けれど、ラグは聞こえた数に耳を疑った。
 
「……六体?」
 
「はい」
 
「……なんと」
 
 さらに驚くラグ。
 
「ラグの顎が外れそうです」
 
「し、仕方なかろう!? ミラージュにいる最高位の精霊術士とて召喚できる数は三体が限度なのだぞ!」
 
「ユウの奥さんなんですよ。普通なわけないです」
 
「当然ですね」
 
 ココとクリスがラグの反応に笑う。
 と、その時だった。
 
「……タク?」
 
 足早に会場を離れて行く卓也の姿をココが捉えた。
 表情は固く、険しい。
 何かあったのだと分かる。
 ココが卓也の後を追おうとした。
 
「待ってください。自分が行きます」
 
 するとココを止めて、代わりにクリスが向かうと名乗り出た。
 
「こういうのは男同士のほうがいいものですよ」
 
 言いながらクリスは歩み出し、
 
「ラグは皆さんのことをよろしくお願いします」
 
 女性陣のことをラグに任せる。
 そしてクリスは卓也を追いかけた。
 
 
 
 
 少し歩いた先にある長い椅子に座って項垂れている卓也の姿をクリスは見つける。
 クリスは卓也に近付いていき、隣に座った。
 
「どうしました?」
 
 いつものように話しかけるクリス。
 声でクリスだと分かったのか、卓也は俯いたまま答える。
 
「分かっていたことではあったけどさ。相応しくないとか、釣り合わないとか言われたんだよ」
 
 両手で顔を覆う。
 
「案外、キツいもんだな」
 
 予想はしていたけれど。
 予想以上に辛かった。
 
「嫌なことを思いだしたよ」
 
 卓也の言う『嫌なこと』。
 何のことかと思ったが、すぐにクリスは理解する。
 
「……まさか、昔の?」
 
「軽いトラウマなんだ」
 
 幼い頃から刻まれ、どうしようもないほどに消えてくれない過去の記憶。
 あの日々は本当に辛かったとしか言えない。
 
「今回は暴力とか振るわれてないけど、暴言ばっかり言われてさ。逃げ出したんだよ、オレ」
 
 本当に弱々しい。
 本当に心が弱い。
 けれどクリスは打ちひしがれた卓也を見て、それでも告げる。
 
「タクヤが辛いのは分かります」
 
 酷い言葉を平気で口にできる人達なのだろう。
 
「けれど自分は辛いであろうタクヤにこう言います」
 
 それでも、と。
 クリスは言わなければいけない。
 なぜなら卓也は“一人”じゃないのだから。
 パン、と卓也の背中を叩く。
 
「頑張ってください」
 
 自分の想いが言葉から、彼の背に置いた手から届くように願う。
 
「タクヤが頑張らなければ辛いのはリルさんだけです」
 
 だって彼が頑張らなければ、彼女は一人で馬鹿な貴族の言葉を身に受けなければならない。
 
「彼女は良くも悪くも真っ直ぐです。けれどこういう場において、真っ直ぐな彼女は傷つきやすいんですよ」
 
 誰に対しても真っ直ぐであるということは、親しい間柄の人とも嫌いな相手とも同じ態度になるということ。
 つまり、
 
「心に壁を作っていないからリルさんは傷つきやすいんです」
 
 真っ直ぐな彼女は人一倍、傷つきやすい。
 
「だから……タクヤが守ってあげてください」
 
 リルを。
 大切な仲間を。
 
「自分達はリルさんを助けてあげられます。フォローしてあげられます。庇ってあげられます」
 
 やってあげられることなら、何だってやってあげられる。
 
「けれど守れるのはタクヤだけなんです」
 
 卓也以外、いない。
 
「相応しくないから何だと言うんです。他人が決めることじゃありません。釣り合わないから何だと言うんです。その人達だってリルさんが決めた相手に口を出せるほど、彼女と釣り合いが取れているわけでもありません」
 
 どうでもいい連中に何を言われようが気にするな。
 
「だけど……事実だろ?」
 
 まだ弱い言葉を吐く卓也にクリスが一喝する。
 
「勝手に己を下に見るのをやめてください! 自分の親友は間違いなくリルさんに相応しい!」
 
 あまりにも肯定しきった言葉。
 何が何でも信じ切っている言葉。
 思わず、卓也が顔を上げた。
 
「これはレグル公爵家の長子であるクリスト=ファー=レグルの言葉ではなく、タクヤの親友である『クリス』としての言葉です」
 
 余計な肩書きなどいらない。
『親友』という事実だけあればいい。
 
「前にタクヤは言っていましたね。リルさんと愛ある生活を望むから『頑張る』と」
 
 予想以上に何もしていなかったけれど、それでも彼女のことを目で追って知ろうとしている姿をクリスは見てきている。
 根気強く、ゆっくりとリルを知ろうとしてきた卓也をクリスは分かっている。
 なればこそ、前に訊いたことは言わない。
『好きなのですか?』とは問わない。
 
「今はもう、リルさんが好きなんでしょう?」
 
 だから辛い。
 だから逃げたくなる。
 好きな相手に相応しくないと言われたからこそ。
 
「だったら今こそ、頑張ってください!」
 
 男を見せる時だ。
 
「誰よりも今、タクヤの頑張りを待っているのはリルさんです!」
 
 彼と一緒にいないリルはきっと、会場で未だに傷つきながらも立ち向かっていることだろう。
 どうして? なんて問う必要性もない。
 
「だってそうじゃないですか」
 
 戻ってきてくれると思っているから。
 守ってくれると信じているから。
 
「リルさんが今、隣にいてほしいと願っているのは自分でもユウトでもありません」
 
 求めているのは、たった一人の婚約者。
 唯一、彼女を守れる男の子。
 
「タクヤですよ」
 
 クリスは優しく笑う。
 
「ユウト達が言ってました。タクヤが一番、格好良い瞬間は……一生懸命のときだって」
 
 頑張っている姿が格好良いのだと。
 
「自分にも見せてください。タクヤが一番格好良い瞬間を」
 
 できると何の疑いもなく信じている。
 再度、クリスは卓也の背中を強く押した。
 
「…………」
 
 卓也はクリスの言葉を聞いて、背中から伝わってくる熱を感じて、
 
「……ホント、お前達は要求がきついよな」
 
 小さく笑った。
 
「過剰な信頼はしていないつもりです」
 
「わかったよ」
 
 クリスと顔を見合わせて、もう一度だけ笑う。
 
「そこまでバカみたいに信じてくれるなら、頑張るしかないだろ」
 
 立ち上がる。
 先ほどまでの陰鬱な気分はなくなっていた。
 
「格好良いところを見せてくれたら、あとは任せてください。そのために自分達はいるのですから」
 
 会場へと向かっている卓也にクリスが安心させるよう言葉を投げかけた。
 卓也は右手を上げて応える。
 
「サンキュ、クリス」
 
 だんだんと卓也の姿が小さくなっていく。
 彼の後ろ姿に安堵の笑みを浮かべながら、クリスもフィオナ達のところへと戻った。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 本音を言えば、まだ少し疑っていることがある。
 先ほどの反論の際にあった言葉。
 リルが自分と婚約したのはメリットがあるから、だと。
 
 ――けどな。
 
 卓也は今までのことを思い出す。
 彼女はいつも側にいてくれた。
 帰り際の二人の距離が前より、少しずつ狭くなっている。
 気付けば隣にいる。
 よく自分と目が合う。
 少しは意識してくれているのだと思う。
 
 ――良い印象はあると思うんだ。
 
 恋愛感情なのかどうかは知らないけれど、それだけは確かなこと。
 そして、それだけがあればいい。
 頑張れる。
 
「……いた」
 
 会場の中でリルの姿が見えた。
 彼女の前には先ほどの四人が未だに存在する。
 
「本当に最低の雑魚ね。婚約解消しちゃったら?」
 
「あたしはタクヤを信じてる!」
 
 やっぱり彼女は闘っていた。
 ドレスの裾を握りしめながら、必至に反論していた。
 だからこそ、心から思ってしまう。

 ――オレはやっぱり、あいつを守りたい。

 一度は逃げてしまったけれど。
 そんな自分を今でも信じてくれるリルのことを――守りたい。
 
「リルっ!」
 
 思い切り名前を呼ぶ。
 振り向いた彼女は必至で悔しそうな表情から……卓也の姿を見て安堵した表情に変わった。
 
「タクヤっ!」
 
「待たせて悪かったな」
 
 卓也はリルに近付き、庇うように前に立った。
 
「なに? 今さらやってきてどうするの?」
 
「王女の婚約者が貴様というのは最低だな」
 
「ああ、相応しくない」
 
「釣り合わないですね」
 
 多々、罵詈雑言が卓也に向かう。
 けれど卓也は臆することなく言い返した。
 
「オレは弱っちくて臆病者だよ。だけど、それがどうした?」
 
 リルだって知っている。
 
「お前らがどれほど言ったところで、リルの婚約者に相応しくないなんてことはない。決めるのはこいつだ」
 
 リル以外に決めてほしくもない。
 
「前に誓ったんだ」
 
 背にある存在を強く感じながら、卓也は言い放つ。
 
「リルを守るって」
 
 あの言葉は今でも卓也の中で有効だ。
 
「こいつを守るのはオレの役目なんだよ」
 
 睨み付けるように四人を見る。
 けれどナディアは嘲るように、
 
「身の程を弁えなさい」
 
 彼女に次いで他の三人も再び口撃する。
 
「逃げた奴が何を言っている」
 
「そうだ」
 
「リル王女の相手に貴方如きが務まるわけがありません」
 
 さらに蔑む視線を卓也に向ける。
 ナディアは鼻で笑いながら、
 
「雑魚が吠えないでほしいわね。下賤な存在である貴方が高貴な私と会話していること自体、感謝しなさい」
 
「するかボケ!」
 
 けれど卓也も引かない。
 
「雑魚が吠えちゃいけないってことはない! 大切なものを守るためなら、相手がどれほど強大でも噛み付かないといけないんだよ!」
 
 絶対に言い返す。
 もう逃げることもしない。
 一歩たりとも後ずさったりしない。
 
 ――ふざけんなよ。
 
 先ほどから連なる言葉の数々。
 全てに通じるのは『リルと婚約を解消しろ』ということ。
 未だに文句を言ってくる彼らはつまり、彼女に手を出すと暗に示している。
 
「つーか、さ」
 
 外野は黙ってろ。
 リルはお前ら如きに見合う女じゃない。
 だから己の気持ちを偽るな。
 真っ直ぐに届けろ。
 全身全霊、全てを込めた怒りを叩き付けてしまえ!
 
 
 
 
「テメーらさっきから、うだうだと五月蠅えんだよっ! オレが惚れた女に手を出そうとしてるんじゃねぇ!! 」
 
 
 
 
 響き渡る怒声が会場を貫く。
 一瞬にして会場が静かになった。
 四人を睨み付ける卓也と、卓也を睨み付ける四人。
 静寂を破ったのはナディアだった。
 
「下賤な雑魚の分際でよくもほざいたわね」
 
 ナディアが側にいる騎士――ラファエロを促す。
 
「貴様のような奴が侯爵である俺を侮辱するだとっ!」
 
「殺されても文句は言えない」
 
「死にたいようですね」
 
 険呑な雰囲気が生まれる――その時だった。
 拍手が会場に響いた。
 
「さすが卓也」
 
「見せて貰いましたよ、格好良いところを」
 
「タク、格好良かったです」
 
 優斗とクリス、ココが卓也に拍手をしながら彼らの前に立った。
 三人とも、卓也に笑顔を見せる。
 
「……お前ら」
 
 自分がこうするのを分かっていて、今まで出てくるのを待っていたのだろう。
 途端に照れ臭くなった。
 
「あとは僕達に任せて」
 
「パーティー、楽しんでください」
 
「わたし達からの婚約祝いです」
 
 しっしっ、と追い払うように卓也とリルを遠ざける仕草をした。
 二人は苦笑しながらも感謝して、場所を移動する。
 移動先でフィオナ、クレアと合流することになった。
 
「さて、と」
 
 一方で二人を追い払った優斗はナディアを睨み付ける。
 
「……っ!」
 
 それだけで彼女は脅えた。
 庇うようにラファエロが前に出る。
 けれど表情は優れない。
 ナディアたちの豹変に困惑の様子を隠せない貴族三人組。
 
「僕のことを覚えているか?」
 
 優斗の問いかけにナディアはすぐ首肯した。
 
「話は全て聞いた。身の程を弁えろ……か」
 
 よくもまあ、そんなことを言えるものだ。
 
「お前こそが身の程を弁えろよ」
 
 一体、どこの誰に対して罵詈雑言を向けたと思っているんだ。
 
「なあ、王女様?」
 
 あまりにも冷ややかな声音に、ナディアは闘技大会の時の恐怖が蘇る。
 
「イアン様」
 
「どうした?」
 
 優斗の呼び掛けに、ラグと共に後ろで行く末を見守っていたイアンが出てくる。
 
「ここでは迷惑が掛かりますから、別室に行かせていただいてもよろしいですか?」
 
 
       ◇       ◇
 
 
 イアンに連れられて、会場より離れた一室にナディア一行は連れてこられた。
 ナディアは優斗に逆らえるわけもなく、他はイアンに逆らえるわけもない。
 全員が素直に部屋の中にいる。
 仲間の連中は男性陣が部屋に入り、女性陣は卓也とリルのフォローに回った。
 優斗はまず、貴族三人組に視線を向ける。
 
「そこのお前ら、リルに歯牙も掛けられない連中が今更になってぐだぐだとほざくなよ。見苦しいにも程がある」
 
「リライトでは貴族より上である『異世界の客人』に対して数々の暴言。ふざけてるのですか?」
 
 クリスも腹が立っているのだろう。
 優斗に続いた。
 
「なっ!?」
 
 驚く三人組だが甘い。
 さらにイアンが追撃とばかりに、
 
「貴様らは頭が悪い。タクヤは父とリル本人が政治的な観点を抜きにして認めた男だ。暴言ばかりを放つ貴様らとは男としての格が違う」
 
 黒竜から守り、救い出した。
 先程もリルを守り、助けた。
 格好良さが目の前の男達とは違う。
 
「しかも、だ。政治的な利点すら貴様らは足元にも及ばないくせに婚約を破棄しろなど何を言っている」
 
 イアンは本当にそう思う。
 ただでさえ異世界人、という絶対的アドバンテージがある。
 今は加えて大魔法士と呼ばれ始めた男の親友というオプションまで付いた。
 何よりも妹が彼を好ましく思っている。
 十分すぎるほどの相手だ。
 
「どうした? 卓也にしたように暴言を吐かないのか?」
 
 最後、優斗が尋ねる。
 けれど何も言えない。
 隣で尋常じゃなく脅えているナディアの姿が、反論することを躊躇わせる。
 
「何もないのなら今後一切、余計なことは言うな」
 
 蔑むように見捨てると、優斗はナディアに矛先を向ける。
 彼女の身体が震え始めた。
 
「言い残すことはあるか?」
 
 まるで遺言を尋ねているように感じる。
 全員が緊張で息苦しさを覚えた。
 
「前に言ったよな? 二度目はない、と」
 
「し、知りませんでした! あの方が貴方様の御友人だなんて――ッ!」
 
「知らなかったで済ますのか?」
 
「申し訳ありません!!」
 
 ナディアは膝を着き、土下座した。
 ラファエロも彼女に倣って同様の行動を示した。
 クリス以外は彼女たちの行動が信じられない。
 仮にも王族であるナディアが、目の前の男に土下座しているという現状に。
 
「一体、どこの誰が身の程を弁えてなかったんだ?」
 
「……わ……たし……です」
 
「雑魚に下賤な存在に屑に家畜……だったか。僕の親友に罵詈雑言を言ったのは誰だ?」
 
 “親友”というキーワードにナディアが恐怖する。
 思わず声が出なかった。
 
「…………っ」
 
「誰だと訊いている。言わずに済むと思っているのなら、その首を今すぐにでも落とすぞ」
 
 けれど優斗は許さない。
 答えを要求する。
 
「……わたし……です」
 
「つまりお前は誰に喧嘩を売ったんだ?」
 
「……それは……その……御友人に……」
 
「違うだろう? 卓也には嫌みったらしく罵詈雑言を言っただけだ。けれど結果、お前のやったことは誰に喧嘩を売ったのか訊いている」
 
「……あ、貴方様……です」
 
 声を震わせながら答えるナディア。
 優斗はさらに駄目押しをするため、
 
「ミラージュ聖国第2王子ラグフォード。僕は誰だ?」
 
 普段と違う呼び名に少し驚くラグ。
 けれども優斗の真意に気付くと彼は傅いた。
 
「精霊の主、パラケルスス様の契約者であり神話魔法の使い手。そして伝説の大魔法士マティス様が建国したミラージュからは、マティス様の再来――大魔法士様と呼ばれる御方です」
 
 ラグの発言にナディアとラファエロが顔を強ばらせた。
 
「僕が大魔法士と呼ばれることになったのはお前達が原因だ。忘れているわけはないよな?」
 
「……はい」
 
「つまりお前は、またしても大魔法士に喧嘩を売ったということだ」
 
「ち、ちが……っ!」
 
 ナディアは否定しようとする。
 
「何が違うというんだ。お前はまた大魔法士の仲間に手を出した。それだけが今回の事実だ」
 
 喧嘩を売っている以外、何がある。
 
「……どう……したら……許してもらえますか?」
 
 懇願するナディア。
 目にはすでに大粒の涙が溢れている。
 それを見て、優斗はようやく逃げ道を用意することにした。
 
「本当なら、この場を設けずに殺されていたことは理解しているな?」
 
「……はい」
 
「けれど僕は今、気分が良い。お前のせいとはいえ親友の格好良い姿を見れたからな」
 
 僅かばかりは評価してやる。
 
「だからチャンスを与えよう。今からお前が考え得るかぎり、最大の謝罪をお前が一番迷惑かけた人物にやってこい。正解なら命は見逃してやる」
 
 優斗が告げたことにナディアは安堵したような表情を浮かべ、ラファエロを連れて部屋を出て行った。
 様子を見に行かなくても問題はないだろう。
 向こうにはフィオナもいるし、手を出したところで末路は彼女が一番理解している。
 ということで優斗はもう一度、三人組を見る。
 
「今の話、どうしてお前達にも聞かせたか分かるか?」
 
 矛先が自分達に戻されて彼らはビクリと身体を震わせた。
 
「次に卓也とリルに何かしたら、お前らがああなることを教えてやろうと思ったからだ」
 
 優斗は無表情で三人組を見つめる。
 
「ガリア侯爵のようになりたくないだろう?」
 
 瞬間、彼らの頭にはハテナマークが灯る。
 けれどガリア侯爵が何をして、結果……どうなったか。
 思い出して一斉に青ざめた。
 
「ここで起こったことは胸の内に秘めておけ。喋ったら最後、死ぬことは覚悟しろ」
 
 優斗の脅しに三人組が必死に首を縦に振った。
 
「分かったら行け」
 
 許可と同時、彼らは脱兎の如く部屋から出て行った。
 完全に姿も足音も無くなって、優斗は大きく深呼吸。
 クリスが声を掛ける。
 
「相も変わらず、素晴らしい演技力ですね」
 
「三分の一くらいは本気だよ?」
 
 クリスと共に優斗が笑う。
 
「闘技大会の時じゃないんだから、殺すとか言っても問題大有りなのにね」
 
「いや、ユウトは関係なくやりそうだから向こうも怖がっているんですよ」
 
 というかたぶん、フィオナやマリカの場合だったらやる。
 
「いきなりラグフォードと呼ばれた時は焦った」
 
「けれど、ちゃんと理解してやってくれたから助かったよ。説明するのに一番説得力があるのはラグだから」
 
「大魔法士と呼ばれたくなかったのでは?」
 
「脅すだけの価値があるんだから使うよ」
 
 確実に効果があった。
 和気藹々と話す。
 優斗達の姿を見て、イアンは呆れたように笑う。
 
「……何だかんだでユウトは世話を焼いているな」
 
 この程度の問題、などと言っていた優斗なのに。
 卓也が頑張ったところを見せたら、あとの面倒事は全部引き受けていった。
 これで三人組も二度とリルに手を出すことはないだろう。
 
「妹は良い仲間を持ったな」
 
 多々、問題のある面々ではあるけれど。
 リルのことを想ってくれているのは確かだ。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 優斗達がいなくなって10分ほど経ったくらいだろうか。
 ようやくざわめきが収まっていた会場で、ナディアがやって来たと同時に土下座して再び会場がざわつくものの、すぐに静まる。
 そしてようやくパーティーが再開した。
 フィオナ達は頃合いを見計らって優斗達と合流し、卓也とリルを二人にする。
 すると卓也とリルに寄ってきた人達がしきりに心配した。
 演技なのも本気で心配してくれた人達もいたが、卓也とリルはその全てに感謝しながら応対をしていた。
 そして、
 
「……疲れたな」
 
「そうね」
 
 パーティーも終盤、本日の主役みたいなものだというにも関わらず、二人はバルコニーに出てきていた。
 暖かい室内にいたせいか、肌寒さが今は心地良い。
 
「ライカールの王女が土下座してきた時には焦ったな」
 
「絶対にユウトが何かしたのよね」
 
「だろうな」
 
 くすくすと笑い合う。
 
「世話焼きな奴らだよ、本当に」
 
「嬉しかったけどね」
 
「ああ」
 
「けど、あの登場の仕方って絶対にタイミング図ってたわよね?」
 
「そう思うと笑えてくるな」
 
 今度は声を大きくして笑う。
 一頻り笑うとリルは手すりまで歩いて行って、夜景を見ながら婚約者の名を呼んだ。
 
「ねえ、タクヤ」
 
「どうしたんだ?」
 
 卓也も隣に立って同じ夜景を見る。
 リルは何となく嬉しくなった。
 今なら、と。
 スキー旅行で提案してもらったことを言ってみる。
 
「あたし、タクヤと一緒に料理したい」
 
 リルの言葉に卓也は一瞬、目を丸くする。
 けれどすぐに苦笑した。
 
「無理はしなくていいって」
 
「無理じゃない」
 
 そんな風に思っていない。
 
「ただ、あたしはタクヤと一緒にいたいだけ」
 
 互いに夜景を見ていたはずだが、気付けば互いの瞳が相手を捉える。
 
「なあ、リル」
 
 無意識だった。
 卓也はリルの右手を取ると、引き寄せた。
 そのまま自分の腕の中に収める。
 
「タクヤ?」
 
 リルとしては嬉しいけれど、突然どうしたのだろうか。
 
「お前は、さ」
 
 卓也は不思議そうなリルに少し逡巡した様子を見せるが、意を決したように訊いた。
 
「お前はオレのこと、好きか?」
 
 緊張の様相を呈した声音。
 リルは小さく笑って答える。
 
「……好きよ」
 
 初めて守ってくれた時から、ずっと。
 
「だから一緒に料理をしたいと思ったの。タクヤと一緒にいれるなら、タクヤがあたしのことをもっと好きになってくれるなら……」
 
 卓也が喜んでくれるのなら。
 
「あたしは王女じゃないことだってやってみせるわ」
 
「……そっか」
 
 卓也の抱きしめる力が、無意識に強まった。
 嬉しさがこみ上げる。
 
「ありがとう、リル」
 
 本当に嬉しい。
 卓也は微笑んで……すぐに申し訳なさそうな顔をした。
 彼女が言ってくれるからこそ、余計に伝えなければならないことがある。
 
「……ごめんな」
 
「えっ?」
 
 突然謝られて、卓也の腕の中にいるリルがビクっとした。
 
「さっき、逃げたこと」
 
 謝って済む問題じゃないと思う。
 けれど言わないと進めない。
 
「…………」
 
 謝られたリルは先ほどのことを思い出す。
 その時の気持ちも、追随してきた。
 ぎゅうっと卓也の胸元にある自らの手を握る。
 
「…………バカ……」
 
 力強く、縋るように卓也の服を握りしめた。
 
「……バカ」
 
 思わず、声が震えた。
 
「バカバカ! 遅いのよ! 一人ですごく怖かったんだから!」
 
 顔も卓也の胸元に押しつける。
 涙が溢れそうになった。
 
「すごく辛くて、すごく嫌だった! けど、タクヤのことを言われるのだけはもっと嫌だったの! だからあたし、頑張ったの!」
 
「ごめん」
 
「言ってくれたじゃない! 守ってくれるって!!」
 
「ごめん」
 
 卓也も力一杯リルを抱きしめる。
 
「約束する。ずっとリルのこと、守るから」
 
 もう二度と逃げ出さない。
 この気持ちがリルに伝わればいいと。
 願うほどに抱きしめる。
 
「……ほんとう?」
 
「本当だ」
 
 卓也が断言する。
 すると、リルから嬉しそうな返事がやってきた。
 
「うん。じゃあ、やくそく」
 
 卓也には見えないが、リルは本当に幸せそうな笑みを浮かべている。
 
「あのさ、一つ訊いてもいいか?」
 
「なに?」
 
「このペンダントって大切なものだったりするのか?」
 
 卓也はリルの身体を離して、胸元にあるペンダントを見せる。
 “誓いの言葉”の際に貰ったものだ。
 
「お母様から最初に貰ったペンダントなの」
 
「そんな大切なものだったのか……」
 
「後悔はしてないわよ。だって渡したのがタクヤだもの。それにいつも着けてくれてるじゃない」
 
 卓也が大事にしてくれているのが分かるから、特に文句はない。
 
「けれど突然、どうしたの?」
 
「ん? いや、まあ、その……な」
 
 照れたような顔をすると、卓也はポケットからケースを取り出した。
 
「代わりってわけにはいかないけど……」
 
 開いて中身を見せる。
 ペンダントが輝いていた。
 卓也はそれを取り出すと、リルに着ける。
 
「……似合う?」
 
「当たり前だろ。似合うと思ったから買ったんだ」
 
 見立て通りだ。
 だから卓也は大きく深呼吸をすると、リルの肩を掴んだ。
 
「いいか、一回しか言わないからよく聞けよ?」
 
 真っ直ぐ卓也はリルの目を見る。
 そして告げた。
 
「これより、リルを生涯の隣人とすることを誓います。彼の者にいかなる困難があろうとも、側に寄り添い支えることを誓います。彼の者がいかなる災厄になろうとも、信じ続けることを誓います。彼の者にいかなる不幸が降りかかろうとも、助け続けることを誓います」
 
 卓也は言い終わるとリルの口唇に優しくキスをする。
 
「……っ!」
 
 リルの身体が軽く跳ねた。
 けれど嫌悪してる様子はない。
 卓也は気にせず、そのまま数秒ほど口付けをかわしてから顔を離す。
 
「…………」
 
 ビックリしたのか、キスが終わって顔を離してもリルは驚いた表情のまま。
 だが、かろうじて声を出す。
 
「……タク……ヤ……? 今のって……」
 
 “誓いの言葉”だった。
 リステルの王女である自分が聞き間違えるはずがない。
 卓也は照れた表情のまま、答える。
 
「オレはリライトの人間……っていうより、この世界の人間じゃないけどさ」
 
 それでも、
 
「女の子は憧れるだろ? 自分の国の言葉で告白されるの」
 
 これは万国共通だと思う。
 どこかしら誇ったような笑みを浮かべる卓也。
 
「……バカ」
 
 思わずリルは言ってしまうが、表情は緩んでいる。
 嬉しさのあまり、リルは卓也に抱きついた。
 
「あのね」
 
 どうやったらこの気持ちを全部、卓也に伝えられるか分からない。
 けれど伝わる分は全部、言葉に込めて伝えてしまおう。
 
「あたしも“卓也”のことが大好きよ」
 
 



[41560] 未来を考える
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:3c2103eb
Date: 2015/10/25 18:15
 
 
 
 
 
 優斗と修と和泉とレイナ、四人はギルドの依頼をこなした後、近くの喫茶店でお茶をしていた。
 その時、話の一つとしてレイナがこんなことを訊いてくる。
 
「なあ、ユウト」
 
「なに?」
 
「生徒会長に立候補する気はないか?」
 
「ないよ」
 
 スパっと優斗が言う。
 彼の返答にレイナは他の二人を見て、
 
「シュウは……いや、なんでもない」
 
「会長、どうした?」
 
 突然の話のフリに和泉が尋ねる。
 
「来月に代替わりでな。生徒会選挙が行われる。私としては次の生徒会長にユウトが良いと思ったのだ。こんな厄介な奴らの面倒を見ているし、成績的にも問題はない。人格的にも私の次代として納得できるのでな」
 
「ただでさえ余計なことをやっちゃって面倒事が多いのに、これでさらに生徒会長までやれと? 娘も育てないといけないし……」
 
「……確かに辛いか」
 
 現在、一番面倒な立場にいる優斗に頼むのも厳しいものがあった。
 修が代案を出す。
 
「アリーはどうよ?」
 
「ただでさえ王族だ。余計なことはやらせるべきではないだろう」
 
「そんじゃあ、クリスは?」
 
「ユウトと同じくらいに適任だとは思うが……。あいつも騒がれるのは苦手だろうしな」
 
 それにクリスが生徒会長になったら、ファンクラブでも出来そうな気がする。
 
「他は前に出る性格でもないだろう」
 
「この二人は論外だもんね」
 
 優斗が修と和泉を指すと、レイナが苦笑した。
 
「まあ、なるようになるだろう」
 
 変な人物が生徒会長にならなければいい。
 
「けれど、もうそんな時期ってことはそろそろレイナさんも卒業だね。レイナさんって卒業したら、結局どこに行くことになったの?」
 
「近衛騎士団だ。内定は出ているしな」
 
「……内定とかあるの?」
 
「あるぞ」
 
 優斗の問いにレイナが頷く。
 
「裏口か?」
 
 修がからかった。
 ペシっとレイナが頭を叩く。
 
「馬鹿言うな。これでも内定に達するラインはある。学業、実技共に上位5%。上位魔法を一つは使えること。学生闘技大会ベスト4以上……などなど。私はそれをクリアしたからな」
 
「普通はどうなんだよ?」
 
「リライトの兵士になるには、希望する所属部署ごとに試験を受けることになる。所属したい部署が求めている基準を学業、実技共に越えていたら試験は無くなり、面接だけで済む。ほとんど内々定だとは思うが」
 
 詳しくはレイナとて知らない。
 
「お前らはどうするんだ? もう来年のことだぞ」
 
「俺は『リライトの勇者』だしな。他の道はねーから」
 
 修は平然と答える。
 責任から逃れるつもりもない。
 次いで答えたのは和泉。
 
「俺は武具の開発関係の職に就ければいいと思っている」
 
 最後は優斗。
 
「僕は――」
 
 少しだけ答えに詰まる。
 未来を考えたことがない。
 けれどもしかしたら、そろそろ未来を考えてもいい頃なんじゃないか、と。
 そう考える。
『今』だけじゃなくて、その先を。
 
「ユウトは選ぶ道がたくさんあるな」
 
「アリーは『外交官をやってほしいですわ』とか言ってたぞ」
 
「それって冗談じゃないの?」
 
「いや、あの目は案外マジだった」
 
 やってもらうなら是非とも、といった感じで修に言っていた。
 
「ユウトはギルドパーティからもたくさん誘われていたのだろう?」
 
「みたいだね。ギルド関係だけど王様に処理してもらってるから、助かってるよ」
 
 正確な数は答えられないが、かなり多くのパーティから誘われている。
 
「っていうか、普通に考えたら公爵家の跡継ぎじゃね? ギルドは無理だろ」
 
「義父さんからは卒業後に宮廷魔法士の地位を与えるとか冗談交じりに言われたけど……」
 
「いや、おそらく冗談ではない」
 
 レイナが真剣に言う。
 それほどの地位を与えられる人物だ、優斗は。
 
「クリスも公爵の跡取りだし、卒業すれば政治に関わるだろう」
 
 和泉的には似合っていると思う。
 
「タクヤはどうだ?」
 
「あいつが一番、謎じゃね?」
 
 修が首を捻る。
 
「卓也は一応、リステルの王女を嫁に迎えるわけだが……」
 
「戦うって柄じゃねーし、政治なんてもっと無理だろ」
 
 確かに、と全員が頷いて少し考える。
 
「……宮廷料理人?」
 
 ポツリと言った優斗に全員が笑う。
 
「確かに! あいつはゆったりレストランでも開いてるのが似合ってるわ」
 
 
        ◇      ◇
 
 
「――という話になったんですけど……」
 
 今日あったことをテラスで飲みながらマルスに話す。
 
「こちらは本気で言っているよ」
 
「そうなんですか?」
 
「むしろ、このまま行けばほとんど決定ルートだろうね。最低でその地位だよ」
 
「何でですか?」
 
「君がリライトの所属だという確固たる証を与えたい」
 
 マルスはさらに続ける。
 
「一応、今のところリライトの貴族ではあるんだが、神話魔法の使い手とパラケルススの契約者という『名』の前には霞むだろう? さらには龍神の親だ。だから君は“リライトにいる”のではなくて“リライトに所属している”という風に見せたいのが国の考えだ。今はまだ、学生ということで王様が出来るかぎり学生の生活をできるように配慮しているからこそ、その名を与えることはしないのが現状だよ」
 
 もちろん、今のうちに与えてしまえという案も出てはいる。
 けれど優斗のことを考えてしていない。
 
「他国から国を通さずに直接、ユウト君にちょっかいを出されないかという心配があるがね」
 
「そこは自分でどうにかしますよ」
 
 優斗の言ったことにマルスは「そうか」と笑う。
 
「アリシア様が言っているのも半ば本気だと思う」
 
「外交官は向いてないですよ」
 
「そうかい?」
 
「僕一人なら何とでもなりますけど、あれって……何かしらのイベント事だと女性同伴の時とかありますよね?」
 
「あるな」
 
 マルスが肯定した。
 すると優斗は頬を掻きながら、
 
「フィオナに手を出されたら絶対にキレます。それって外交官として最悪でしょう?」
 
 自分が絶対に無理だということを示す。
 本当に論外すぎる。
 
「あと、僕の持っている『名』があるからアリーは僕を推したんでしょうけど、それによって女性から言い寄られるのも嫌ですから」
 
 とりわけ他国の歓待などは受けたくない。
 
「最近、何かされてキレるのがパターン化しているのは自分でも思ってるんですけど……直せなくて。だから外交云々は厳しいですね」
 
「……まあ、歓待は絶対に受けることになると思うよ」
 
 卒業してしまえば、絶対に。
 
「分かりました」
 
 優斗も諦めて頷く。
 するとマルスが少し真面目な表情になった。
 
「けれど君はいいのかい? 元来、君は予期せぬ『異世界の客人』だ。こちらのミスで召喚してしまった以上、国として責任は持つ。だが、どこかに行きたいと言えば無理矢理に止めることは出来ない」
 
 拘束する権利はない。
 
「言ってしまえば国として必須なのは『リライトの勇者』だけなのだからね」
 
 もしも優斗がパラケルススと契約をしていなければ。
 神話魔法を使えていなければ。
 これほどまでに優斗を留めようなどとは考えない。
 
「君は我々の思惑を越えた予想外の客人だ。だからこそ国としてはいて欲しいと願うのだが……強制はできない」
 
 してはならない。
 ただでさえ負い目のあることなのだ。
 
「無論、私としてはリライトの発展の為にもいてくれることを望むがね」
 
 けれどもどこかに行きたいと願うのなら。
 何かをしたいと思うなら。
 やればいいと思う。
 優斗はマルスのそんな考えを聞いて……ため息をついた。
 
「義父さん」
 
「なんだい?」
 
「僕は誰の子供ですか?」
 
「私とエリスの子供だ」
 
 当たり前のようにマルスが返す。
 
「だったら結論は出てますよ」
 
 義父の言ったことが答えだ。
 
「帰り道で少し考えました。別の国に行くのも、ギルドでパーティを組んで働くことも考えました」
 
 初めて将来について真面目に考えてみた。
 
「でもね、そんな未来はありません」
 
 たくさんの将来?
 あるわけがない。
 
「僕は確かに『異世界の客人』である宮川優斗です。けれど“その前”に義父さん――マルス=アイン=トラスティの義息子なんです」
 
 これが現実だ。
 
「フィオナに兄弟がいれば、まだ先ほどの考えは有りだったと思いますけどね。いない以上、国を出るという考えはありません」
 
 彼女と離れることは考えていない。
 ということはつまり、
 
「このままいけば、僕は間違いなく公爵の地位を引き継ぎます。なのに他国へ行くとかギルドで働くとか論外でしょう?」
 
 あり得ない。
 選択肢にすら入らない。
 
「私は君を縛るために義息子と呼んだつもりはない」
 
「僕だって縛られるために義息子になったつもりはありません」
 
 一度だってそんなつもりはない。
 
「けれど責任は持っているつもりです。フィオナの婚約者としている以上、義父さんの義息子としている以上ね」
 
 責任を捨てることなど考えるわけもない。
 
「義父さんが僕を義息子と思ってくれているなら、義息子として絶対に持たないといけないものです。それに義父さんは最初、言ってくれたでしょう? 遠慮するな……と」
 
 初対面の時に言ってくれた。
 だからマリカをこの家で育てることにした。
 ここに住むと決めた。
 
「だったら義父さんも遠慮しないでください。これは義父さんの義息子であり、フィオナの婚約者であるからこそ必要な責任です」
 
「しかしだね……」
 
 マルスは難しい顔をする。
 でも、優斗は気にすることもなく言葉を続ける。
 
「それに先ほどは『if』の話をしただけで、勘違いしないでください」
 
 一言もリライトに残ることを嫌だなんて言っていない。
 
「好きなんですよ、この国が」
 
 嫌いな世界から救い出してくれたのが、リライト王国なのだから。
 
「義父と義母がいる――大切な家族のいるリライトが好きです。だからこそ持たなければならない責任を僕は全うするんですよ」
 
 優斗は断言する。
 その姿にマルスは呆けたあと……笑った。
 
「……義父さん?」
 
「いや、私の義息子は本当に最高だと思ってね」
 
「当たり前じゃない」
 
 すると、後ろからいきなりエリスが現れた。
 こっそりと話を聞いていたらしい。
 優斗に抱きつきながらエリスはマルスを肯定する。
 
「あなた、知らなかったの?」
 
「知ってはいたがね」
 
「ユウトは私とあなたのことを考えずに自分勝手な考えをする子じゃないわ」
 
「そうだが、フィオナと婚約をしているとしても自分の道を行ってもらいたいと考えるのは、親として普通だろう?」
 
「だったらユウトが私達の義息子として後を継ごうと考えたのも普通のことね」
 
「そうですよ」
 
 エリスに賛同する優斗。
 
「ただ、義母さん?」
 
「なに?」
 
「すぐに抱きつくのやめません?」
 
「いやよ」
 
 即答された。
 
 



[41560] 行く先は誰がために
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:3c2103eb
Date: 2015/10/25 18:16
 
 
 
 
「護衛任務……ねぇ」
 
 一月の終わり、優斗と和泉とレイナはある場所に向かっていた。
 
「父上が騎士になるというのに正式な護衛をしたことがないことを気にしてな。やって来いと言われたのだ」
 
「それで僕と和泉がパーティメンバーに選ばれた、と」
 
 ふむふむ、と優斗は頷く。
 
「向かう場所は?」
 
「ミエスタ。魔法科学が発展している国だ」
 
「護衛は僕ら三人だけ?」
 
「いや、私達以外にも二人いる」
 
「年輩?」
 
「若いと聞いている」
 
 話しながら依頼主と合流する場所に歩く。
 すると、依頼主ではない人物が二人ほどいた。
 近付いて姿形が見えてくると、優斗達も相手方も驚いた。
 
「レイナ……先輩?」
 
「ラスター、どうしてお前がここにいる」
 
 なぜかラスターがいた。
 
「オレはギルドで護衛任務の依頼を受理したんです」
 
「……同じ依頼を受けたのか」
 
 思わずレイナが苦笑する。
 ラスターもギルドで依頼をこなしているのは知っていたが、偶然とは面白いものだ。
 
「隣は誰だ?」
 
「学院一年で女子トップのキリアっていいます」
 
 ラスターが紹介する。
 僅かに黒色が含まれた茶髪のショートカットが優斗達へ振り向いた。
 
「見知った顔が多いが、とりあえず自己紹介といこうか」
 
 レイナはまず、ラスターから順に促す。
 
「ラスター・オルグランスだ」
 
「キリア・フィオーレよ」
 
「レイナ=ヴァイ=アクライトだ」
 
「イズミ・トヨダ」
 
「ユウト・ミヤガワだよ」
 
 優斗達はキリアという少女以外見知った顔なので、どちらかと言えば彼女に自己紹介した形になる。
 
「リーダーは誰がやる?」
 
 レイナが四人に訊いてみると、キリアが発言した。
 
「わたしでもラスター君でも、どっちでもいいけど?」
 
 まさかの申告にキリア以外が軽く驚きの表情をさせた。
 けれどレイナはすぐに笑ってラスターを見る。
 
「ラスター、やってみるか?」
 
「……勘弁してください。レイナ先輩の前でリーダーやる自信はありません」
 
 無茶ぶりもいいところだ。
 けれど、普段と違う様子のラスターをキリアがいぶかしむ。
 
「どうしたの?」
 
「オレが主導権を握れるメンバーじゃない」
 
「どうして? 学院一年の男子じゃトップじゃない」
 
 同年代に対して主導権を握れないなど、そうそうなさそうだが。
 
「この人、生徒会長と言えば分かるか?」
 
 ラスターがレイナを指し示す。
 
「生徒会長って……『学院最強』のことよね?」
 
「その通りだ」
 
「でも、わたしと勝負してないから一番なのよね」
 
 さらっと大胆なことをキリアが口にする。
 慌ててラスターが謝った。
 
「す、すみませんレイナ先輩!」
 
「いや、いい。勝ち気な人物は嫌いではない」
 
 くつくつとレイナが笑う。
 こういう手合いはむしろ好ましい。
 
「でも、年功序列で考えたら生徒会長がリーダーよね」
 
 そしてキリアは優斗と和泉に、
 
「貴方達もリーダーが生徒会長で文句ある?」
 
「ないよ」
 
「問題ない」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 10分ほどした後、今回の依頼人が馬車に乗ってやって来た。
 レイナと、彼女に促されて優斗が依頼人の元へと向かう。
 
「ずいぶんと若いのだね」
 
 御者台には初老に差し掛かっているだろう男性と女性の二人がいた。
 微笑ましい雰囲気を醸し出していて、話しやすそうだ。
 
「安心してください。確かに若いですが、実力は確かなのが私と彼といます。私は近衛騎士団に内定が決まっていますし、こちらのミヤガワは私を軽く凌駕する実力の持ち主です」
 
 さらに依頼人を安心させるべくレイナは話を続ける。
 
「依頼人は先日行われた世界闘技大会の学生の部で優勝したチームをご存じですか?」
 
「ああ、確かリライトの学生が優勝したんだったね」
 
「その時の出場メンバーが全員揃っています」
 
「本当かい?」
 
 男性が目を丸くした。
 
「はい。私と彼、そして向こうにいる男子。この三人で大会を制覇しました。つまりは若い中で最高のメンバーが揃っています。ご安心ください」
 
 どうやらレイナの話は功を奏したらしい。
 男性の表情が安堵した。
 
「ではあらためて自己紹介をさせていただきます。ギルドランクA、レイナ=ヴァイ=アクライトと申します」
 
「ギルドランクB、ユウト・ミヤガワです」
 
 二人の名乗りに依頼者がさらに驚く。
 だが安堵した表情をさらに柔らかくし、
 
「では道中、お願いするよ」
 
「畏まりました」
 
 頭を下げてから優斗とレイナは三人が残っている場所へと向かう。
 
「そういえば誘っておいてどうかとは思うが、フィオナとマリカは大丈夫なのか?」
 
「二,三週間に一度はどっかの他国やら何やらに行かされてる身分だけどね。その分、休みの時は目一杯サービスしてるよ」
 
「パパは大変だな」
 
「パパだから仕方ないよ。あと、お金を貰ってばっかりっていうのも嫌だしね。娘にあげる物ぐらいはちゃんと稼いでプレゼントしたいんだよ」
 
 だからこうやって依頼を頑張って受けているんだ。
 
 
 
 
       ◇      ◇
 
 
 
 
 てっきり徒歩で向かうと思っていたのだが、依頼人の温情で荷台の空いたスペースに乗らせてもらえた。
 周囲を警戒しながらも話をする。
 
「貴方達二人はどっちが強いの?」
 
 キリアが優斗と和泉に訊いてきた。
 
「僕のほうが強いかな」
 
「だったら順番的にはわたしとラスター君が同じくらい強いから、その下に貴方で一番下にそっちの人がいるのね」
 
 上から目線のキリア。
 しかしラスターが焦る。
 
「あの……だな。そこの二人は一応、先輩に当たるのだから横柄な態度はどうかと思うが」
 
「わたし、自分より弱い人は認めない性質なの」
 
 ズバっとした言い草に優斗と和泉、レイナは小さく笑う。
 
「しかし、よくお前達はこの依頼を受けられたな。Bランクに位置する依頼だぞ?」
 
「オレもキリアもギルドランクはDランクなんです」
 
 ラスターが言うとレイナが感嘆の声を上げた。
 
「ほう、頑張っているな。どちらか片方がDランクに達していれば受けられる依頼とはいえ、両方ともDランクとは驚いた」
 
 一年としては上出来なランクだろう。
 
「そっちはどうなの?」
 
 キリアとしてはレイナぐらいは自分たちと同じくらいだろうと思って訊いてみる。
 
「俺はEランクだ」
 
 和泉の返答はキリアの予想通り。
 けれど続いた二人のランクは予想外。
 
「私はAランクだ」
 
「僕はBランクだよ」
 
 キリアよりも二つも三つも高いランクを言われた。
 
「貴方がBランク!?」
 
 特に優斗のランクに驚く。
 
「どうやってなったの?」
 
「普通にギルドの依頼をこなしてたらなったけど……」
 
 優斗の“普通”は明らかに普通じゃない。
 それは和泉とレイナはおろかラスターにだって分かる。
 
「ふ~ん。貴方みたいなのでもBランクってことは、量をこなせばランクは上がるのね」
 
 そういうことなのだろう。
 キリアは自己完結する。
 
「でも、わたしはパーティを組んでる人達から声を掛けられるぐらいだから、ギルドランクで実力を計って欲しくないわ」
 
 自信満々のキリア。
 思わず、ラスターが優斗とレイナに顔を近付けた。
 
「……貴様も色々と声を掛けられた、という話を聞いたが?」
 
「そろそろ三桁に届くらしいよ」
 
「……キリアが自慢しているのが空しくなってくるな」
 
 絶対数が違う。
 
「お前もこの間まではそうだったのだぞ?」
 
 レイナが笑ってラスターを弄る。
 
「い、言わないでくださいよ!」
 
 今になって思えば、かなり恥ずかしい。
 こんな人間を相手にそんなことを言っていたなんて。
 すると、キリアが彼らのやり取りを訝しんだ。
 
「何をこそこそ話してるのよ?」
 
「いや、なに。先月にあった闘技大会メンバーだからな。昔話に花を咲かせていた」
 
「闘技大会メンバー?」
 
 キリアが首を捻ると、ラスターが説明する。
 
「オレとミヤガワ、レイナ先輩は闘技大会メンバーだぞ」
 
「……ああ、あれのことね。わたしも出たかったんだけど出れなかったのよね」
 
 キリアは少し悔しそうな表情を浮かべる。
 
「ラスターはこれでも上級魔法を一つ、使えるからな」
 
「わたしは四大属性の中級魔法使えるのに……」
 
 ぶすっとした表情のキリア。
 学院生として上等なラインにいるのだが、やはりラスターよりも下に見られているのは悔しいらしい。
 けれど気を取り直し自慢するかのように、
 
「あとわたし、精霊術も少し使えるのよ。魔法も使えて精霊術も使える。結構稀少よね、わたしって」
 
 レイナと和泉とラスターは思わず優斗を見る。
 キリアが稀少ならこいつは何なのだろうか。
 魔法は神話魔法まで、精霊術はパラケルススまで。
 もう稀少というか論外。
 
「なに?」
 
「昔のオレは本当に恥ずかしいと思っていた」
 
「気にするな。あの時は私も気付かなかったが、普通に考えたらお前の考えは正常だったと思うぞ」
 
「そうだ」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 今回の護衛の行程としては三日ほどある。
 ミエスタに行くにも荷物があるため、今日と明日の二日を掛けて向かう。
 帰りは高速馬車で帰るため、向こうで一泊してから帰ることにしている。
 そして今は一回目の休憩。
 キリアと和泉は監視。
 優斗とレイナとラスターは相談事。
 
「実際、キリア以外は実力も動きも把握しているが彼女はどうだ?」
 
「メインは魔法になります。剣技はオレより劣っていますが、捌くぐらいは使えます」
 
 ふむ、とレイナは考え込む。
 
「ということは基本的に前衛は私とラスター。中衛にユウト、後衛にキリアとイズミか」
 
「そういうことですね」
 
 首肯するラスター。
 次いで優斗からの質問。
 
「彼女は性格的に言うこと聞くタイプ?」
 
「……聞かないだろうな」
 
「つまりは昔のラスターだと思えばいいということか」
 
「うぐっ! ま、間違ってはいません」
 
 突き刺さるような言葉に、一瞬言葉に詰まる。
 
「だったら僕は全体のフォローに回るよ」
 
「頼んだ」
 
「ルート的に魔物は出てくる?」
 
「弱いのは出てくるだろう。ランクの高い魔物は……そうだな、一応予期しておいたほうがいいが、まとまって出てくることはないだろう」
 
 レイナの予想に優斗は頷く。
 
「だったらAランク単体には大精霊も神話魔法も使わないけど、SランクないしAランクが2体以上来たら使うね」
 
「ちょっと待て。Aランクが出ても使わないのか?」
 
 ラスターが口を挟む。
 けれど優斗は平然と、
 
「いや、だってレイナさん倒せるようになってきたんだよ。それに僕が何でもかんでもぶっ飛ばしたらレイナさんが訓練にならないって怒る」
 
「ラスター、こういう本番だからこそ実力を伸ばす機会だ。最低ラインはユウトが設定してくれている。存分に力を振るって実力を伸ばせ」
 
 レイナもさらっと言ってのける。
 ラスターは少しだけ困惑したが、この二人が言っているのだから大丈夫だと信じ、
 
「分かりました」
 
 素直に頷いた……瞬間だった。
 
「――ッ!」
 
 優斗とレイナが一斉に構えた。
 
「レイナ先輩? どうしました?」
 
「さて、早速だがお客さんだ」
 
 レイナは叫ぶ。
 
「イズミ、キリア! 構えろ!!」
 
 同時に気配で数を察する。
 
「ユウト、六体で合ってるか?」
 
「合ってるよ」
 
「左右に三体ずつ。ラスター、お前は左側だ。私は右側を相手する」
 
「分かりました」
 
「イズミは私の支援をしろ! キリアはラスターの支援だ!」
 
 レイナの号令に各々が散らばる。
 
「ユウトはどっちかが危なくなったら手伝ってくれ」
 
「了解」
 
 優斗は頷くと、まずは馬車に防御魔法を掛ける。
 そして魔物が姿を現わした。
 
「なんだっけ、これ」
 
 ライガーの小型な奴が現れた。
 
「イシュライガーだ。ランクはEランク!」
 
 レイナが答えながら一体、切り倒す。
 他のイシュライガーは和泉が牽制していた。
 とりあえずレイナ達は心配いらない。
 優斗はラスター達を見る。
 少し苦戦していた。
 三体全てに対応しようとしているのか踏み込めていない。
 優斗は大声で指示する。
 
「ラスター! 一体だけを追えばいい! 他はキリアさんに任せて!」
 
「分かっている!」
 
「キリアさんは二体をラスターに近付けさせないようにして!」
 
「わ、分かってるわよ!」
 
 そう言うが、どうにか倒そうとするキリア。
 二人だけでも十分、どうにか出来るのに出来ていない。
 優斗はため息をつくと、ラスターの隣に躍り出た。
 
「ラスターは真ん中、相手にして。僕は右。キリアさんは左」
 
 優斗はショートソードを抜き、そのまま逆袈裟で切り捨てる。
 ラスターも一体だけを相手にすれば、優斗に少し遅れて撃破。
 キリアもラスターからさらに遅れて倒した。
 
「大丈夫か?」
 
 レイナが駆け寄ってくる。
 
「あれぐらい問題ないわ」
 
「心配しないでください、レイナ先輩!」
 
 一年生コンビは意気揚々と答える。
 けれど優斗はバッサリと切り捨てた。
 
「全然、駄目。これじゃ危ないよ」
 
 
 



[41560] 可能性
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:3c2103eb
Date: 2015/10/25 18:17
 
 
 
 
 優斗からの駄目出しにキリアが食い付く。
 
「ど、どういうことよ!?」
 
 噛みつくキリアに優斗はばっさりと言い放つ。
 
「自分の実力を把握できてない。二人で協力すれば簡単に倒せるのに一人で倒そうとするから時間が掛かる」
 
「だって一人で倒せるもの!」
 
 キリアが憤慨する。
 
「これは討伐の依頼じゃないよ。護衛の依頼なんだから一人で倒すことに固執するんじゃなくて、いかに護衛対象を守れるのかが重要なんだよ」
 
 続いて優斗はラスターを見て、
 
「ラスターも多対一に慣れてない。このままで高いランクの魔物に遭遇したら不味いね」
 
「そうか」
 
 優斗の進言にレイナは腕を組み、考えを纏めるかのように右手の人差し指で何度か己の腕を叩く。
 
「…………ふむ。ならば、だ」
 
 結論付いたのかレイナは頷きながら、
 
「次の休憩からお前らの特訓を入れようと思う。付け焼き刃にはなるが、やらないよりはマシだろう」
 
「だね。彼らの為にもなるだろうし」
 
 上から目線で話すレイナと優斗。
 それが気に食わなくて、キリアは反論する。
 
「わたしはわたしより弱い人を認めない!」
 
 声を張り、やらなくていいと否定した。
 けれど、
 
「ならば相手をしてやろう。掛かってこい」
 
 レイナは剣を突きつけた。
 
「手加減はしてやる」
 
 挑発するように笑う。
 すると女版ラスターと評したように、彼女はすぐに沸騰した。
 
「い、言ったわね!」
 
 レイナの言葉に憤慨し、キリアは距離を取った。
 
「求めるは――」
 
 だが甘い。
 詠唱を終える前にキリアが取った距離くらい、レイナには簡単に潰せる。
 予想外の早さにショートソードを取り出す隙さえもない。
 
「――っ!」
 
 トン、と。
 怪我などさせないような動きで首筋に剣を当てた。
 
「どうした? 終わりか?」
 
 電光石火の早技。
 これだけで叶わないと思わせるには十分だ。
 自分が先手を打とうとしたのに、動きを見てから反応した彼女の圧倒的な速さ。
 悔しそうに表情を歪めるキリア。
 
「納得したか?」
 
「……したわ」
 
「次の休憩からは特訓だ。いいな?」
 
「……分かったわよ」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 そして二回目の休憩。
 ラスターに対して優斗とレイナが攻めかかる。
 
「どうした! 二人掛かりでラスターを攻めているということは、どうしてそうなる!?」
 
「キ、キリア! 早く援護してくれ!」
 
「わ、分かってるわよ!」
 
 一人離れた場所にいるキリアが焦ったように構えを取り直す。
 
「ラスターもこれぐらいで気圧されない。一対一の時ならラスターの方が押し込める程度しかやってないよ」
 
「く、くっそ!!」
 
 気合いを入れてラスターが押し返す。
 うん、とレイナが頷いた。
 
「そうだ。もっと広い視点を持て」
 
「キリアさんはいつまで僕とレイナさんの二人掛かりをさせてるつもり?」
 
「うるっさいわよ!」
 
 火の中級魔法を向けるキリア。
 
「違う! 威力を求めるな! 私とユウトなら目に見える炎球をラスターに当てさせることだって出来るぞ!」
 
「……っ!」
 
 レイナの怒鳴り声に慌ててキリアが魔法をキャンセルする。
 代わりに選んだのは風の中級魔法。
 
「うん。威力は弱くても速度が速くて4属性で最も視認しにくくて、さらにラスターから引き離すことの出来る風の魔法は正解だよ」
 
 優斗は一歩下がる。
 
「ラスター、今だぞ。さらに押してこい」
 
「はいっ!」
 
 ラスターの剣技が勢いを増す。
 
「キリアさんは僕をラスターに近付けさせない。詠唱破棄が出来るなら使う」
 
「このっ!」
 
 水の初級魔法を優斗に向ける。
 
「そうそう。それでいいよ」
 
 優斗が水球をかわす。
 けれど次の瞬間、火の初級魔法をラスターに向けて放つ。
 
「ラ、ラスター君! 魔法が向かった!」
 
「なっ!?」
 
 振り向いてしまったラスター。
 
「気を抜くな、馬鹿者!」
 
 レイナの拳骨がラスターの頭頂部から突き刺さる。
 
「いっっっっ!?」
 
 思わずラスターが蹲る。
 
「はい、終了」
 
 戦闘不能とみなして優斗が終わりを宣言した。
 
「ラスター。せっかくキリアが教えてくれたのだ。気配でかわせ」
 
「今のはラスターが悪い」
 
 さっそくレイナと優斗から駄目出しが入る。
 
「マジか……」
 
 頭をさすりながらラスターが立ち上がった。
 
「しかしキリアはセンスがあるな。一回駄目出しをされたら、二回目には正解を持ってくる」
 
「この分なら、付け焼き刃でもどうにかなりそうだね」
 
 さすがは1年のトップ2人だ。
 しかし先の戦いでレイナには少し気になった点がある。
 
「キリアは精霊術は使わないのか?」
 
「貴方達は精霊術を知らないだろうけど、あんまり使いどころがないのよ」
 
 と言うので、レイナは優斗に確認する。
 
「そうなのか?」
 
「キリアさんが詠唱破棄できるのがどれくらいあるのか知らないけど、初級で詠唱破棄できないのがあったら、精霊術のほうが使い勝手良いと思うけど」
 
「らしいぞ」
 
 レイナは聞き終えるとキリアに話を振る。
 
「……えっ?」
 
「初級レベルの精霊術は使えるのだろう?」
 
「そ、それはまあ……」
 
 頷くキリアに対し優斗は笑みを浮かべて、
 
「だったら使い分けたほうがいいね」
 
 精霊術を理解しているかのように口を利く。
 思わずキリアが首を捻った。
 
「何で知ったようなこと言うのよ」
 
「ユウトも精霊術を使うからな。知ったような、ではなく知っている」
 
「使えるの?」
 
 キリアが胡乱げな視線を優斗に向けると、
 
「一応ね」
 
 軽い調子で優斗が返事をした。
 
 
 
 
 
 
 
 とはいえ、キリアとしては優斗を下に見ている。
 上から目線で話されるのにムカついて、次の休憩は優斗に勝負を挑んだ。
 
「あたしと勝負しなさい!」
 
「……僕?」
 
「よく考えたら、貴方にどうして指導を受けているような形なのかが納得できないわ。まだ生徒会長には負けたから納得もできるけど、貴方には負けてすらいないんだから」
 
 仁王立ちでやる気満々のキリア。
 優斗と和泉、レイナは目を合わせると笑った。
 
「分かったよ」
 
「しかし優斗と普通にやっても勝負にならないだろう」
 
 和泉が事実をさらっと言った。
 キリアの眉が上がる。
 
「じゃあ、僕に一撃でも与えられたらキリアさんの勝ち……ってことで」
 
 続いた優斗の言葉で、キリアの眉はさらに鋭角になった。
 そして爆発する。
 
「な、ななん、なんですってっ!?」
 
 キッと睨み付けるキリア。
 
「舐めてるの!?」
 
 吠える彼女に対して、レイナが淡々と、
 
「キリア。それは実際に当ててから言う台詞だ」
 
 
 
 
 
 
 
 
 キリアが一撃で決めようとした火の中級魔法は、簡単に優斗のショートソードに斬られた。
 続けて放つ魔法も同様だ。
 レイナとラスターはその様子を眺めていた。
 
「あいつ、さくさく魔法を斬っていきますね」
 
「本気を出したら地の上級魔法以外、斬る男だぞ。本気を出さずともキリアの魔法ぐらい、全部斬れて当然だ」
 
「剣が無かったところで手でもいけますからね、あいつ」
 
「私も剣では中級魔法まで出来るが、さすがに手は無理だな」
 
「レイナ先輩も化け物じみてきましたね」
 
「バカ言うな。あれと同じカテゴリーにまだ入れるわけではない」
 
「っていうか、レイナ先輩がそれほど言う奴に勝てる要素ないですよね」
 
「今は表向きの実力で相手をしてやっているがな。それでも地味にキリアは実力が届いていないぞ」
 
「スタイルは似てますし、上位存在みたいなもんですか?」
 
「ああ。なんだかんだで魔法メイン。不得手がなくて精霊術まで使えるというのはユウトに似ているがな。その全部の項目でユウトが上回っているのだから、厳しいにも程がある」
 
 全く魔法が通じなくて、自棄になったキリアがショートソードを抜いて優斗へと向かっていく。
 
「でも、なんか違和感ありません? 普段のあいつなら何もしないで過ごすような気がするんですが。オレの時だってギリギリまで何もしなかったでしょう?」
 
「このままいけば、お前らがどこかで大怪我するのは誰でも分かる。特にお前とキリアは似たタイプだからな。相手の実力を見ただけでは把握できないタイプであり、直情的で苛立つ相手にはすぐに勝負を挑む性質だ。普段はあれこれ言う奴じゃないが、さすがに護衛任務でお前らみたいな奴は一番危ないから口を出したんだろう。自分だけが死ぬならまだしも、依頼主すらも巻き込むからな」
 
 優斗へと振るったショートソードは容易に弾かれ、逆に首筋にショートソードを突きつけられた。
 
「終わったようだ」
 
 レイナとラスターは優斗達のところへと向かっていく。
 そしてキリアにレイナは声を掛けた。
 
「自分の実力は理解できたか?」
 
「…………っ!」
 
 思わずレイナを睨むキリア。
 だが、理解は出来ているようだ。
 
「できたのなら重畳。上には上がいることを知れて良かったな」
 
「つ、次はあの人とやるわ!」
 
 キリアが周囲を警戒している和泉を指差した。
 
「あいつは技術者の類いだぞ。そんなのに勝って嬉しいか? ただ、勝てるかどうかは謎だが」
 
 トリッキーな戦法を好む彼も能力は低いとて侮れるわけではない。
 けれどキリアは戦士ではない、と聞いて勝負すること諦めた。
 それぐらいの矜持は持っている。
 
「自分が一番と思っているのは悪いことじゃない。だが、その鼻がへし折られた時にどうする?」
 
 レイナが問いかける。
 選択次第で大きく成長できるか否か、分かる。
 
「自分は一番なのだと盲信して現実から逃避するか? それとも何クソと思って努力するか? 決めるのはお前だ」
 
 生徒会長の言い草にカチンときたキリアは言い放つ。
 
「次は……絶対に勝つわよ!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 さらに道を進んでいくと木々の間から魔物が現れる。
 動きの遅い魔物ではあるが微妙に馬車の通るルートと被るため、念のために馬車を止めて優斗達は出て行った。
 
「サイクロス――Bランクの魔物がいるね」
 
「B……ランク!?」
 
「強敵じゃないか!」
 
 キリアとラスターは緊張の面持ちで身構える。
 しかし優斗と和泉、レイナは余裕を持って魔物を観察していた。
 
「この間、こいつとサイクロプスのコンボでボッキボキに骨を折られたんだよね」
 
「ココの時だったか?」
 
 和泉がそういえば、と思い出す。
 レイナもその時の話を思い返し、
 
「大変だったと言っていたな。とはいえ、その過程がユウトの場合は笑えないがな」
 
「無駄に制約つけられる森なんてもう行きたくないよ」
 
 談笑とも言うべきやり取りにラスターとキリアは信じられない、とばかりの面持ちになった。
 
「Bランクだぞ!」
 
「バカじゃないの!? 何を余裕かましてんのよ!!」
 
 後輩二人に怒られる。
 
「ごめんごめん。でも、動きが速い相手でもないからさ」
 
 優斗が軽い調子で謝ると、ズシンと音を立てながら魔物が向かってきた。
 動きは遅いため、ゆったりと準備が出来る。
 
「二人はサイクロスをどうやって倒せばいいと思う?」
 
 これも特訓の一環とばかりに優斗が訊いてきた。
 何を考えてるんだこいつは、と思いながらも二人は答える。
 
「オレとレイナ先輩で牽制して魔法を当てる」
 
「不正解」
 
「魔法で牽制してラスター君達が斬りかかる」
 
「不正解。二人とも考えてみて。こっちの人数は五人。しかも相手は動きが遅いんだよ? 無駄に近付く必要はないと思わない?」
 
 優斗は笑って和泉に合図する。
 
「つまり正解はこうだ」
 
 和泉が答えを引き継ぐ。
 拳銃から弾丸が発射され、サイクロスの身体半分が地面に埋没する。
 そして笑みを携えながら構えた。
 
「全員で魔法を使ってフルボッコということだ」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 三回目の休憩に入る。
 最初の五分は特訓をして、後は休憩。
 優斗とレイナは和泉と一緒に周囲を見張っている。
 ラスターとキリアはぐったりとしていた。
 
「……ねえ、ラスター君」
 
「どうした?」
 
「あの人って……結局どれくらい強いの?」
 
 先ほど勝負を挑みはしたが、実力の全容は分からなかった。
 
「あの人って……ミヤガワか? とりあえずオレじゃ話にならないだろう」
 
「……それってわたしも話にならないってことなんですけど」
 
「かもしれないな」
 
 小さくラスターが笑う。
 
「闘技大会、やっぱりあの人も凄かった?」
 
「正直、オレだけが足を引っ張っていた」
 
 これは紛れもない事実だ。
 
「ラスター君が?」
 
「ああ」
 
「でもラスター君、一年の中じゃ男子でトップじゃない」
 
 自分と同等の一年。
 競り合っている彼が足を引っ張っているとは到底考えられない。
 
「各学年のトップクラスがチームメートの戦いだ。そしてオレ達の代は不作の一年って呼ばれてるらしい」
 
「何それ!?」
 
「仕方ないだろう。オレたちから見れば上の年代は強いのが勢揃いだ」
 
 だからこそ不作の一年と称される。
 キリアは絶対の意思を灯すと、宣言する。
 
「わたし、絶対に負けない!」
 
「オレもだ」
 
「頑張って、絶対あの二人の鼻を明かすわよ」
 
「当然だ」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 とは言うものの、一朝一夕でどうこうなるわけもない。
 休憩するたびに挑んではやられる、というパターン。
 結局、一度も傷を付けられずに今日のキャンプポイントまでたどり着いた。
 幾つかの隊商とあいさつをかわしながらキャンプポイントを指揮している人に教えられたテントに向かう。
 そして優斗達は食事にする。
 依頼人――ガルゴさんの奥さんが食事を準備すると言ったのだが、仮にも依頼人であるのだし優斗が代わって用意した。
 
「……これ、何?」
 
 見たこともない料理が出てきてキリアが二の足を踏む。
 
「僕と和泉の故郷の料理でね。カレーライスって言うんだよ」
 
 久方ぶりの味に和泉が感動する。
 
「スパイスから作れるとは知らなかった」
 
「卓也に教えて貰ったんだよ」
 
 レイナは優斗達の料理に慣れているためか、恐れることなく口にした。
 
「ふむ。美味いな」
 
 満足げにレイナは頷くと、そのままかき込む。
 ガルゴさん夫妻もレイナの様子を見てカレーライスを口にする。
 
「……おおっ、美味い」
 
「あらあら、美味しいわね」
 
「辛かったら仰ってください。辛さを抑える方法もありますから」
 
 意外に好評だったカレーはあっという間になくなり、優斗と和泉とガルゴ夫妻はゆっくりとくつろいでいる。
 レイナは一年二人を連れて稽古。
 
「それにしても君達は優秀な学生だね。Bランクの魔物すらも下級生に教える術にしてしまうとは」
 
「この通りの魔物は下級の魔物以外は総じて動きが遅いのが多いらしいので、五人もいれば魔法だけでどうにかなりますから」
 
「謙遜はしなくていい。君達くらいの年代なら取り乱したりするようなものだよ。今まで護衛を依頼した中には逃げ出してしまった者もいるくらいなのだから」
 
「僕達は慣れてますので」
 
 優斗がさらっと言うと、
 
「そうなの?」
 
 奥さんが軽く驚いた。
 優斗は笑みを浮かべる。
 
「これでもギルドランクBですから。ああいった魔物に出会う機会は多いんですよ」
 
「若いのに凄いのね」
 
「ありがとうございます」
 
 感謝の意を述べる。
 
「じゃあ、君達は黒竜という魔物を知っているかい?」
 
「リステルにいた魔物ですよね」
 
「ほう。だったら話は早い」
 
 ガルゴは馬車の荷台を指し示す。
 
「今回の運搬物はね。それの翼なんだ」
 
「えっ?」
 
 思わぬところで思わぬ名前を聞いた。
 けれど、優斗はふと疑問に思う。
 
 ――黒竜って欠片も残さないくらいに消したはずだけど……。
 
 偽物? と少しだけ疑う。
 
 ――とりあえず、戦闘を思い返してみるか。
 
 記憶の底から引っ張り出す。
 あの時はレイナが足を切り裂き、和泉が落とし穴に落として、修が……。
 
 ――右翼を切り落としてたね。
 
 それが残っていたのだろう。
 
「しかし、なぜミエスタに運ぶんだ?」
 
 和泉が逆に問いかける。
 そこに“理由”があるとは思うが、何なのだろうか。
 
「ミエスタに運ぶのは、加工技術がミエスタにしかないからだよ」
 
「……ふむ。やはり飛び抜けているんだな」
 
 和泉が感心したように頷いた。
 
「けど凄いわよね。30年、リステルで悪名を轟かせた黒竜を倒しちゃう人達がいるんだから」
 
「……あはは、そうですよね」
 
「……確かにな」
 
 奥さんの言うことに優斗と和泉は乾いた笑いしか出てこない。
 倒した四人のうち、三人がここにいるのだから。
 
 



[41560] 新たな道
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:3c2103eb
Date: 2015/10/25 18:17
 
 
 
 
 朝から出発し、目的地に対して最後の休憩。
 
「求めるは水連、型無き烈波っ!」
 
「あああああぁぁぁぁっっ!!」
 
 魔法で優斗は遠ざかり、レイナは乾坤一擲の斬撃で飛ばされた。
 
「凄い成長だな」
 
「驚きだね」
 
 体制を立て直しながら二人は笑う。
 一晩寝たら、昨日の特訓の整合性でも取れたのだろうか。
 よりスムーズに戦闘を行うことが出来ていた。
 
「どうだ!」
 
「昨日とは違うわよ!」
 
 息を切らせながら勝ち誇った顔をするラスターとキリア。
 昨日は手も足も出なかったが、今日は押し返せた。
 先ほど現れた魔物相手にもラスターとキリアの二人だけで倒せている。
 
「ラスター君! このままたたみ込むわよ!」
 
「分かっている!」
 
 勢いそのままに倒そうとする。
 けれど、すぐに気付いた。
 優斗とレイナが邪悪な笑みを浮かべたことに。
 
「ならば」
 
「レベル2だね」
 
「さらに頑張る必要があるな」
 
「ファイトだよ」
 
 気合いとか思い入れで威力が上がるとかではなく、物理的に二人のスピードが上がった。
 
「なっ!?」
 
「うそっ!?」
 
 二人の動きを止めようとするが遅い。
 ラスターは剣を弾かれ、キリアは唯一放った初級魔法を切り裂かれる。
 そして同時に首筋に剣を突きつけられた。
 
「……参りました」
 
「……参ったわ」
 
 悔しそうに顔が歪む二人。
 優斗とレイナは笑って剣を収める。
 
「いや、まさか1日でこれほどになるとは思っていなかった」
 
「これなら今後、大抵の魔物は大丈夫でしょ」
 
「貴方達に勝てないと意味ないのよ!」
 
 キリアが吠える。
 しかしレイナは彼女にデコピンをし、
 
「一日で勝てるようになるわけがないだろう。今後も精進しろ」
 
「うぅ~っ!」
 
 思わずキリアが地団駄を踏んだ。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 お昼頃。
 特訓が終わったあとは魔物に出会うこともなく、無事ミエスタにたどり着く。
 ガルゴさん夫妻と別れて、まずはギルドへと向かう。
 そして依頼料を受け取った。
 ラスター達も同じように今日はこっちで泊まってから、明日にリライトへと戻るらしい。
 五人は揃って散策をする。
 その中で一番目を輝かせていたのが和泉だ。
 
「優斗……」
 
「なに?」
 
「……俺は今、猛烈に感動している」
 
「よかったね」
 
 和泉が先頭に立って、興味のある店に片っ端から入っていく。
 レイナも和泉の隣でずっと話を聞いている。
 二人の姿を見て、ラスターとキリアが優斗を呼び寄せた。
 
「あの人達って仲よさそうだけど……付き合ってるの?」
 
「それは僕が一番訊きたい」
 
「……どういうことだ?」
 
「謎なんだよ、あの二人」
 
 優斗が評したことをラスターも少し考える。
 
「なんとなく貴様の言いたいことは分かる」
 
 ラスターも同じように思ったのか、素直に頷かれた。
 続いてキリアが訊いてくる。
 
「羨ましい?」
 
「何が?」
 
「ああやって女の子が側にいるってこと。貴方みたいな男の子から見たら羨ましいでしょ?」
 
 からかってくるキリア。
 しかし残念ながら優斗には相手がいる。
 
「キリア、こいつは学院で一番の超絶美少女であるフィオナ先輩の婚約者だぞ」
 
「フィオナ先輩って……あれよね。ラスター君が一時期、熱を上げてた」
 
「そうだ」
 
 頷くラスターに対し、呆けたようにキリアは優斗を見る。
 
「貴方、見かけによらず凄いわね」
 
「……褒められてるのか分からないけど、とりあえずありがとう」
 
 こそこそ話していると、意気揚々と和泉が出入り口に向かう。
 
「優斗! 次に行く!」
 
「はいはい」
 
 優斗達は和泉に率いられて次の店を目指す。
 だが歩いている途中、駆け足で誰かを捜し回っているような兵士の姿が見えた。
 
「何かあったのかしら?」
 
 キリアが首を捻る。
 と、同時にこっちへと視線が向いた。
 
「……まさか」
 
 優斗が顔をしかめる。
 自分達の姿を視認した途端、真っ直ぐに近付いてくる兵士達。
 嫌な予感しかしない。
 
「少々、よろしいでしょうか?」
 
 すると優斗の予感通り、兵士達は優斗の前で止まった。
 
「えっ?」
 
「なんだ?」
 
 ラスターとキリアがビックリする。
 レイナは和泉を引き止めた。
 兵士は胸元に右拳を当てる。
 
「ユウト=フィーア=ミヤガワ様であられますか?」
 
 やっぱり。
 この単語しか優斗の胸中には思い浮かばなかった。
 
「ミエスタ女王が是非とも貴方様とお会いしたいと申しております。不躾ではございますが、登城をお願いできないでしょうか?」
 
 兵士の言葉にラスターとキリアは優斗を見る。
 特にキリアは唖然としていた。
 優斗は佇まいを正すと、
 
「今日の私は学生としてここに来ています。登城を願うと言うのなら、リライトを通してからお願いします」
 
 毅然とした態度で断った。
 
「し、しかし」
 
「リライトを通さずして無断で私と接触を図るというのは、いささか問題があると思いますが」
 
 優斗の言い分に思わず言葉が詰まる兵士。
 
「それでは失礼いたします」
 
 頭を下げて、その場を離れる。
 突然の出来事に優斗の態度。
 やり取りを見ていたのに、キリアの頭の中はこんがらがる。
 とりあえず訊いてみる。
 
「貴方、何者?」
 
「リライトの貴族。子爵の家系なんだよ」
 
「それがどうしてミエスタの女王様に呼ばれるの?」
 
「ちょっとした縁があってね」
 
 優斗は平然とした様子で答える。
 だから平民のキリアにとっては、そういうこともあるのね……ぐらいで終わった。
 ただ、登城を拒否したのはしこりとして残ったが。
 再び店を巡って、そして目に付いたカフェで遅めの昼食を取ろうとする。
 カフェのテラスに全員で腰掛けた。
 注文をして、しばらく談笑しながら待っていると料理――ではなく30代くらいの女性が現れる。
 
「相席、よろしいかしら?」
 
 空いている時間帯なはずだが、気付けば席が埋まっている。
 ラスターは状況を見て頷いた。
 
「どうぞどう――」
 
「申し訳ありませんが、他を当たって頂けるとありがたいです」
 
 優斗が真剣な顔をして止める。
 ラスターは驚き、和泉は我関せず、レイナは優斗と同様に真面目な表情になる。
 キリアは優斗に反論した。
 
「ちょ、ちょっと貴方! 何を言ってるのよ! 席が空いてないんだから仕方ないじゃない!」
 
 キリアが女性を促す。
 女性はキリアに感謝しながら席に座り、
 
「お久しぶりですわね」
 
 優斗に声を掛けた。
 完全に状況を把握できていないのはラスターとキリアだけ。
 
「……女王ともあろう御方が、このような場所に来ることもないと思いますが」
 
 優斗の言葉に思わずラスターとキリアが女性――ミエスタ女王を見た。
 女王は小さく笑みを零す。
 
「貴方ほどの方が我が国へといらっしゃっているのですから、来てくれないと言うのなら向かうだけではなくて?」
 
 軽やかな声音で告げて、挑むような視線で優斗を見据える。
 
「そうですわね? 大魔法士――ユウト=フィーア=ミヤガワ様」
 
 女王が告げた名称。
 キリアだけが理解しきれていない。
 キョロキョロと見回すが、誰も驚いていない。
 けれど優斗と女王はキリアを無視しながら続ける。
 
「その名称を使っているのはミラージュ聖国の方々です」
 
「では『契約者』のユウト様とお呼びした方がよろしいかしら?」
 
「私は今、学生として来ているのです。それに私の存在はできる限り秘匿されているということをご存じでは?」
 
「これは申し訳ないわ。わたくしとしたことが」
 
 優斗は空々しく言う女王を軽く睨みながら用件を訊く。
 
「ご用件は?」
 
「こちらとしては歓待をしたいだけですわ」
 
「では、この場にて終わりですね」
 
「王城で一晩、泊まってくれるとありがたいのだけれど。もちろん、御友人も一緒に泊まってくれて構いませんことよ」
 
「こちらの利点は? そちらは私がミエスタに来て、さらに歓待を受けたという事実を得たいのでしょうが、このままではミエスタの利点だけになるでしょう?」
 
 いきなり小難しい話に変わった。
 ラスターもキリアの仲間入りとなる。
 
「後々、リライト王に書状を送ることにしましょうか?」
 
「何をですか?」
 
「リライトに対するミエスタの技術提供と留学生制度。独占技術というわけではないけれど、それでもミエスタがトップに君臨している技術を分け与えるというのはリライトにとっても利点ではなくて?」
 
「一介の学生に決めろと?」
 
 冗談も良いところだ。
 
「貴方がリライト王の信頼を得ていることは知っているつもりですわよ」
 
「私にそれほどの価値があるとお思いですか?」
 
「歴史上で二人目の『大魔法士』を歓待することに対して、価値がないとでも? 数ある国の中で『契約者』として知られてからというもの、貴方を歓待した国はミラージュ聖国しかない。ユウト様が二番目に歓待を受けたのがミエスタというのは価値あることだと思いますわよ」
 
「……。まあ、そんなことはどうでもいいです」
 
 優斗は話を変える。
 
「どうやって、私がこの国に来たことを知ったのですか?」
 
「これは本当に偶然ですわ。闘技大会で貴方のことを見た兵士からの連絡で、この国に来ていることを知りましたの」
 
「迂闊に他国へ行けない事情を作らないでいただきたいですね」
 
「申し訳ありませんわ」
 
 またも白々しい女王。
 優斗は一つ息を吐き、
 
「色々と言ってきましたが、これでも私が断ったらどのようにするのですか?」
 
「実力行使……とさせていただくわ」
 
 ミエスタ女王が合図すると、十数人がテラスへと向かってくる。
 
「できるとでも?」
 
「やれば分かりますわね」
 
 優斗と女王の視線が貫き合う。
 
「…………」
 
「…………」
 
 二人の様子にレイナと和泉は戦闘準備。
 ラスターとキリアはどうしたらいいか分からず、呆然としていた。
 けれど少しして、
 
「…………くくっ」
 
「ふふっ」
 
 優斗と女王から笑い声が漏れた。
 二人しておかしそうに笑い声をあげる。
 
「ホント、勘弁してくださいよ。こっちは真面目に否定してるのに調子に乗ってどんどん言ってくるんですから」
 
「ごめんなさい」
 
 冷ややかな雰囲気が一気になくなった。
 
「さっきの話ってどこまでが本当なんですか?」
 
「技術提供も留学生制度も成立まであと少しってところかしら。近いうちに出来るわよ」
 
「そんな国家間のやり取りを持ち出さないでくれますかね」
 
「ついつい言っちゃったのよ」
 
「つい、で言わないでください」
 
「別に隠すことでもないわ」
 
 和やかに談笑する二人。
 レイナはとりあえず尋ねる。
 
「知り合いなのか?」
 
「まあね」
 
 先ほどの優斗の言葉は真実だったと言っている。
 だが、キリアとしては訳の分からない単語の応酬だった。
 
「あの……」
 
 キリアが優斗に声を掛ける。
 
「……『大魔法士』って何?」
 
「ミエスタ女王の冗談だよ」
 
 優斗が目で女王に合図を送る。
 どうやら彼女は優斗のことを全員が知っていると思っていたらしく、失態に気付く。
 
「ええ。ユウト君が乗ってくれるから、ついついあること無いこと言ってしまったのよ」
 
「そ、そうなのですか」
 
 女王も同意してきて、キリアがスゴスゴと引き下がる。
 
「あっ、でも王城に泊まって貰うっていうのは冗談じゃないわよ」
 
「だから学生だと言ってるじゃないですか」
 
 施しを受ける立場じゃない。
 
「それでもリライトの貴族であるユウト君がいることを知ったんだし、宿屋に泊まらせたら失態よ」
 
「引く気……あります?」
 
「ないわよ」
 
 女王が即答した。
 
「リライト王には何て言うんですか?」
 
「別に歓待ってわけじゃないから大丈夫だと思うわ。問題になりそうなら技術提供に色を付けてあげるわよ。だったら文句も出ないし。さらに無理矢理に泊めたって言えばユウト君に被害はないでしょ」
 
 いけしゃあしゃあと言ってのける女王。
 優斗は盛大にため息をついた。
 
「……はあ。分かりました。泊まらせて頂きますから、そろそろ王城に戻ってもらっていいですか?」
 
「あら、冷たいわ。久々に会ったというのに」
 
「ミエスタの女王を目の前にして、後輩二人が緊張しっぱなしなんですよ。特に他国の王族なんて出会える機会ないんですから」
 
 肩肘張って、ピシっと座っている。
 こんな後輩じゃないだけに、ちょっと可哀想に思える。
 
「それは申し訳ないわね」
 
 女王は笑って立ち上がり、
 
「登城はいつでもいいわよ。夕食前に来てくれれば、振る舞ってあげるわ」
 
「考えておきます」
 
「娘も貴方を待ってるわよ」
 
「あの話は却下ですからね」
 
「さすがにユウト君が殺される状況は作らないわよ」
 
「ご理解頂けて幸いです」
 
 女王は優雅に手を振りながら優斗達から去って行く。
 完全に姿が見えなくなったところでキリアが優斗を問い詰める。
 
「ちょ、ちょっと! 女王様に対して馴れ馴れしすぎない!?」
 
「慇懃に接したら怒るんだよ、あの人」
 
「だ、だからって……」
 
 リライトの一貴族があのような態度で間違いが起こったりしたら大変だ。
 
「まあ、宿代が浮いたってことでいいじゃない」
 
 優斗が笑って言う。
 けれどラスターとキリアは笑えない。
 レイナと和泉は精神的にタフだからいいとしても、後輩二人は一生出来ないような体験なのだから、今から緊張で心臓が高鳴った。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 食事も済み、優斗と和泉は連れ立ってトイレに向かった。
 用を足したあと、少しだけ二人で話す。
 
「女王とはどういう関係なんだ?」
 
「他国から婚姻の書状が送られてきたのは知ってるよね?」
 
「ああ」
 
「直接リライトに来た人達もいたんだけど、そのうちの一つ」
 
 クリス達の結婚式も終わり、のんびりしながらマリカを連れて散歩をしていた時だった。
 
「偶然会っちゃってさ。それで六歳くらいの娘を見せて『妾にどうですか?』って」
 
 当時は笑えなかったが、今思えば笑える出会い方だ。
 
「まあ、バッサリとその話は切り捨てたんだけど、おばさんだからなのかな。色々と雑談することになってさ。最終的に巡り巡って『嫁に殺されるので勘弁を』って言ったら笑って帰って行った」
 
「大変だな」
 
「そうだよ」
 
 おかげで今回の出来事も発生してしまった。
 
「しかし、先ほどの件は本当なのか?」
 
「技術提供? それとも留学生?」
 
「どちらもだ」
 
「本当なんじゃないかな。あそこで嘘を言う必要はないから」
 
「……そうか」
 
 和泉の表情が真面目になる。
 
「気になる?」
 
「興味がない、と言えば嘘になる」
 
 魔法科学に興味がある者にとっては。
 
「先ほどから見て回ったが、どれもリライト以上の技術だ。いくつも感銘を受けた」
 
 加工技術、魔法技術、全てがリライトより上だった。
 
「技術を手っ取り早く習得したいと思うのなら、留学という手段が一番なんだろう。技術提供と言っても、俺のところまで降りてくるにはやはりタイムラグは生まれるだろうからな」
 
「かもね」
 
「リライトにはいたいが、素晴らしい技術を得たいという感情はどうしようもない」
 
 和泉ならば能力的にも“立場的”にもリライトの協力を得て留学はできるだろう。
 けれど、留学をしようと思うのならば。
 そうすれば仲間とは離れ離れになる。
 
「……優斗」
 
「ん?」
 
「相反する気持ちがある、というのは厳しいものだな」
 
 技術提供も留学も詳しい話は分からない。
 けれど普通に考えたら、二者択一になってしまう。
 リライトに残り、ミエスタの技術が広まるまで待つか。
 それともミエスタに留学して、最速で技術を得るのか。
 
「決めるのは和泉だよ」
 
「分かっている」
 
「僕は和泉の決めたことに対して、どうこう言うつもりはない」
 
「それも分かっている」
 
「ただ……」
 
 二人の視線が合う。
 
「どんな決断をしても応援するよ」
 
 告げる優斗に対して和泉は笑う。
 
「当然、分かっている」
 
 



[41560] 気付いたこと
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:3c2103eb
Date: 2015/10/25 18:18
 
 
 
 
 和泉が各店を堪能し終わると、ラスターとキリアがギルドに少し用があると言ってギルドに向かうことになった。
 受付で話をして丁度終わった頃。
 雑談スペースで、ある男がこんなことを言っていた。
 
「俺の手に掛かれば黒竜なんて取るに足らないよ」
 
 彼の発言に周囲にいる十数名から歓声が上がる。
 
「ギルドの依頼だったら良かったんだけど、偶然出会っただけだからランクは上がらなかったんだよ。それが本当に残念でね」
 
 気障に言い回す男を見て、優斗達は近くの男性を捕まえて事情を訊いてみる。
 
「ミエスタのギルドにおいて若手のホープだ。ギルドでも最大の派閥を作っていて、さっき届いた黒竜の翼もあいつが倒したからこそミエスタに届いたらしい」
 
 凄いよな、と関心している男性に優斗は頭を下げる。
 
「ありがとうございます」
 
 男性は軽く手を振って優斗達から去る。
 和泉は呆れたように、
 
「やはり、どこにでもこういう人間はいるのだろう」
 
「虚栄心は大事だと思うよ」
 
「簡単にバレるようなことを虚栄心とは言わないような気もするが」
 
 仮にもSランクの魔物を一人で倒せるほどの強者なら、Bランクに止まっているわけもない。
 と、話しているところにラスター達が戻ってきた。
 
「どうしたんだ?」
 
 尋ねられて、優斗達は説明する。
 するとラスターはレイナに顔を寄せた。
 
「何で嘘って分かるんですか?」
 
「黒竜を倒したのは私たちだ。当事者だからこそ、あいつの言っていることが嘘だと分かる」
 
「……また、とんでもないことやってますね」
 
「成り行きだ」
 
 本当にそうなのだから笑えるというもの。
 
「文句言わなくていいんですか?」
 
「余計な手間だし、どうでもいい」
 
「普通なら一生の誉れになりません?」
 
 Sランクの魔物を倒す機会などそうそうない。
 つまりは彼らにとっての誉れとなるはずなのだが、ずいぶんとあっさりした反応だ。
 
「私一人だったら誉れなんだが、倒したメンバーがユウトと同等の実力を持った奴と私、それに和泉にユウトだ。特にユウトともう一人がいてしまったら、魔王と勇者の目の前にノコノコとやって来た哀れな魔物にしか思えない」
 
「Sランクなのに残念な扱いですか」
 
「当然だ。闘技大会でユウトがギガンテスを一発で倒しただろう? それ以上の光景があったと考えてくれていい」
 
「……うわぁ」
 
 ラスターが素直に引く。
 酷いにも程があった。
 
「…………ん?」
 
 すると男の視線が優斗達を捉えた。
 中でもレイナの容姿を見て声を掛けることを決めたようだ。
 
「そこの君達も俺が黒竜を倒した話を聞くかい?」
 
「結構だ」
 
 レイナが拒否する。
 
「いいの? Sランクの魔物を倒した話なんてそうそう聞けないよ?」
 
「結構だと言っている」
 
 そのまま皆を引き連れてレイナはギルドを出ようとした。
 けれど、男はレイナ達の前に立ちふさがる。
 
「この国のギルドでやっていこうと思ったら、俺の機嫌を損ねるのよ良くないね」
 
「悪いがリライトから護衛の依頼で来ただけだからな」
 
「ふ~ん」
 
 睨め付けるようにレイナを見る男。
 と、彼女の剣に目を付けた。
 
「君、なかなか良い剣を持ってるね」
 
 手を伸ばして剣に触れようとする男。
 レイナは男の手を弾く。
 
「これは私の魂だ。気安く触らないでもらおうか」
 
 見ず知らずの他人が手にとっていいようなものでもない。
 しかし、レイナの態度に男の雰囲気が険呑になった。
 
「ミエスタのギルドの者ではないといっても、上下関係ぐらいは分かったほうがいいんじゃないかい?」
 
「年齢での上下か?」
 
「実力での上下だよ」
 
「ならば私が下手に出る必要はない」
 
 不用意に剣に触ろうとした輩だからか、レイナが言い返す。
 そうなるともう、売り言葉に買い言葉。
 男も言い放つ。
 
「君は少し、痛い目を見たほうがいいようだ」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 ギルドの裏にある広場に優斗達は連れられていく。
 
「……お前らはどうして売られた喧嘩を意気揚々と買う」
 
 和泉が盛大にため息をついた。
 
「私はイズミの剣を他人に触れられたくないだけだ」
 
「今の話、僕も入ってる?」
 
「違うとでも思ってるのか?」
 
 毎度毎度、キッチリ喧嘩を買ってる癖に何を言う。
 男は取り巻き十数名を引き連れて、優斗達と向き合う。
 そして傲岸不遜に、
 
「君達は知らないだろうから教えてあげるよ。最近、大魔法士が現れたという話があってね。それは俺のことを言ってるんじゃないかという噂もあるんだ。そんな俺に対して、君はやってはいけないことをした。だから君が大切にしている剣を見せしめに折らせてもらうよ」
 
 男の宣戦布告にレイナの視線が鋭くなった。
 どうやら彼女の逆鱗は“これ”らしい。
 優斗はとりあえず、
 
「一応訊いておくけど手伝いはいる?」
 
「……いらない」
 
「了解」
 
 あっさりと頷いた。
 キリアは信じられないような顔をして、ラスターはレイナの実力を信じて少しだけ抜いていた剣を収める。
 
「悪いが私は気が立っている」
 
 レイナは剣を抜き放ち、
 
「一撃で終わらせてもらうぞ」
 
 右手だけで持った。
 
「君達は手を出さないでいいよ。彼女に対して実力差を分かって貰わないといけないからね」
 
 男が剣を抜いた。
 余裕を持っているのか、レイナの出方を窺っている。
 だからレイナは紡いだ。
 闘技大会を経たことで、新しく備わった剣の能力を。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 優斗が「了解」と頷いたすぐ後、広場に駆けつける兵隊の姿があった。
 
「何の騒ぎだ!?」
 
 後ろからやって来た兵隊は、すぐ近くにいる人間に事情を聞こうとする。
 優斗が兵隊の声に振り向く。
 するとそこにいたのは、
 
「……貴方は先ほどの兵士の方ですね」
 
 優斗を王城へ登城を願った兵士だった。
 兵士は優斗の姿を認めると、右手を胸元へと持ってきた。
 
「我が国の者が何か不手際を?」
 
「いえ、どっちもどっちですね。けれど出来れば止めないでいただけると助かります」
 
「しかし……」
 
 もし優斗達のほうが悪くても、彼らに手を出した人物を見過ごすわけないはいかない。
 だから優斗は兵士に申し訳なく思いながらも、こう言った。
 
「僕の『名』において、大事にはしないと誓います。すぐに終わりますから、あと数十秒の間は見過ごしてくれませんか?」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 レイナは紡ぐ。
 
「求めるは爆炎、至高なる破」
 
 刀身から炎が吹き出し、
 
「願うるは超魔、壊する灼豪」
 
 さらには紅を帯びた空気がレイナの周りをゆらりと轟く。
 レイナは右手を持ち上げ、剣先は右肩の後ろに回る。
 刹那、
 
「――ッ!」
 
 飛び込み、一気に剣を振り抜いた。
 男の剣を粉微塵に砕き、自らの纏う炎圧で男を吹き飛ばした。
 後方にいる取り巻きたちの下へと飛び込んでいき、数人を巻き込んで男は気絶した。
 レイナは剣を収める。
 優斗は決着を見届けてから、兵士へと向き直る。
 
「我が侭を聞き入れていただき、ありがとうございました」
 
「い、いえ」
 
 すっと優斗が頭を下げた。
 
「これ以上のことはしません。今回のことはギルドパーティ同士のいざこざ、ということで収めていただくことは出来ませんか? 事実、パーティ同士のちょっとしたケンカですから」
 
「ミヤガワ様の仰ることであれば」
 
「助かります」
 
 再度、優斗が頭を下げる。
 兵士は慌てて優斗の頭を上げさせながら、先ほどの勝負を思い返す。
 
「しかしミヤガワ様のお仲間が使ったのは魔法……でしょうか?」
 
「いえ、おそらくは魔法科学の一種だと思います」
 
「私は存じない技術ですが……」
 
 ひょんなところから否定が来た。
 ミエスタの兵士も知らない技術ということなのだろうか。
 
「和泉、さっきのは?」
 
「マイティーのハゲたちが使っていた魔法を参考にさせてもらった。あいつらは聖魔法を使って防御魔法を身体に貼り付けていた。ならばあいつらが使った魔法の上に炎を纏わせることが出来れば、突進するだけで威力のある“武器”になる」
 
 そして和泉は小さく笑った。
 
「俺とて闘技大会を見て、インスピレーションを得られなかったわけではない」
 
 
       ◇      ◇
 
 
「レイナ先輩……さらに凄くなったな」
 
 闘技大会の時より強くなっている。
 本気を出したレイナの姿を一見しただけで分かった。
 キリアとて彼女の圧倒的な強さに驚きはしたのだが、関心は別の所にあった。
 
「……ねえ、ラスター君」
 
「なんだ?」
 
「正直に答えてほしいんだけど」
 
 キリアはちらりと少し離れた場所にいる優斗を見る。
 
「あの人が『大魔法士』と呼ばれていたことって、どこまでが本当?」
 
「な、なんだいきなり!?」
 
 いきなり核心を突いた言い草に、ラスターが心底焦る。
 
「さっきの女王陛下のことと今の兵士の態度。他国の貴族相手とはいえ不自然だわ」
 
「オ、オレはその……」
 
 どうにか知らないアピールをしようとするラスター。
 けれどキリアの追求は止まらない。
 
「それにラスター君、意味分かってたでしょ」
 
「な、何がだ!?」
 
「わたし一人だけキョロキョロ見回してたけど、ラスター君は最初の方に女王陛下が言ったことに対しては驚いてなかったもの。後半は意味分からなくて驚いてたみたいだけど」
 
 なぜ自分だけ最初から戸惑っていたのだろうか。
 和泉とレイナは彼と長い付き合いなのだろうから何か知っているのかもしれない。
 しかしラスターは違う。
 彼は最初、『大魔法士』という単語が使われたことには驚いていない。
 けれど後半のやり取りには心底焦っていた。
 ということは、ラスターは『大魔法士』という言葉について何かしら知っているということ。
 
「あの人は何者?」
 
「えっ、あ、いや、そ、それは……」
 
「ちなみにラスター君の嘘は通用しないわよ。長い付き合いだしラスター君は嘘付くの、もの凄く下手だからすぐに分かるわ」
 
 にっこりとした笑みを浮かべながら、キリアが問い詰める。
 ラスターはどうにか言い逃れをしようとして……出来なかった。
 そしてある程度のことを話すことになる。
 冗談みたいな話なのだが、ラスターが真剣に言っているということは嘘じゃないと分かる。
 ということはつまり、紛うこと無く彼は『大魔法士』と呼ばれている存在であるということ。
 だからこそミエスタ女王が会いに来て、兵士たちも彼に従っている。
 
「二人とも、何をこそこそと話してるの?」
 
 と、そこへ優斗がやって来た。
 
「――ッ!?」
 
「――っ!?」
 
 ラスターとキリア、二人して飛び跳ねる。
 
「どうしたの?」
 
 首を捻る優斗。
 キリアは普通に言葉を返そうとして、けれど彼の立場を知ってしまってからこそ、
 
「えっと、その……ミヤガワ……様」
 
 思わず『ミヤガワ様』と言ってしまった。
 
「……ラスター?」
 
 優斗が問いかける。
 ラスターは項垂れながら答えた。
 
「オレじゃキリアの追求を回避することは不可能だった……」
 
 嘘を上手く言えるわけもない。
 
「……まあ、仕方ないか」
 
 それは長い付き合いでもない優斗でも分かる。
 だからどうにか嘘をつけ、とも言えない。
 
「キリアさん」
 
「はい」
 
 従順に返事をするキリアに優斗は一言。
 
「キャラに合ってない。正直、気持ち悪い」
 
「な、なんですって!?」
 
 思わず反論するキリア。
 優斗は笑った。
 
「そうそう。それが一番」
 
 生意気に構えているくらいがちょうどいい。
 
「どうかしたのか?」
 
 レイナと和泉が優斗達と合流する。
 
「ラスターが僕のこと、キリアさんにバラした」
 
 さらっと暴露する優斗。
 レイナはボルテージが下がったのか、いつも通りの態度で心底ラスターに呆れる。
 
「お前……。だから始業式の日に釘を刺しておいたというのに」
 
「し、仕方ないじゃないですか! オレはこいつほど口が上手くないんですよ!」
 
 ビシっと優斗を指差すラスター。
 妙にレイナと和泉が納得した。
 
「それもそうか」
 
「優斗は息をするように嘘をつけるからな」
 
「……みんなして詐欺師みたいに言うのやめてくれない?」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 その後は場を収めた兵士と共に王城を訪れることにした。
 夕食前にやって来たということで、優斗達は謁見の間に通されることもなく、食事をする広間へと通された。
 リライトの王城ですら入ったことのないラスターとキリアは心底緊張する。
 
「二人とも大丈夫?」
 
「そ、粗相をしてしまったらどうすればいい?」
 
「大抵はどうにかしてあげる」
 
「わ、わたし、こんな服装でいいのかしら?」
 
「みんな制服だから問題ないよ」
 
 心配ごとは尽きないのか、あれこれと優斗に質問する二人。
 けれど全ての質問を問いかける前に、女王と娘が現れる。
 五人は女王の前へと整列し、優斗は兵士がしていたように右手を胸元へと持って行く。
 
「この度は会食する機会を与えていただき、真にありがとうございます。私を始め、王族を前にする場など慣れている者は少なく、不手際もあるかとは思いますがご容赦のほどをよろしくお願いいたします」
 
 丁寧な態度に女王が目をぱちくりさせる。
 
「ユウト君、私と娘以外は誰も来ないわよ」
 
「少なくとも最初に礼儀は必要かと」
 
 いくらぶっ飛んだ女王とはいえ、やらないと不味い。
 
「仕方ないわね」
 
 女王が不承不承、頷いた。
 
「私の連れをご紹介をさせていただきます」
 
 一番左にいる優斗は、一番右にいる順に紹介をしていく。
 
「学院の先輩であり良き友であるレイナ=ヴァイ=アクライト」
 
 レイナは一歩前にでて頭を下げる。
 そして頭を上げると、元の場所へと一歩下がる。
 
「私と同郷であり、魔法技師を目指しているイズミ=リガル=トヨダ」
 
 和泉もレイナと同様に動いた。
 
「学院の後輩で将来を有望視されるラスター・オルグランスとキリア・フィオーレ」
 
 二人は優斗に紹介されると、同時に前に出ようとして……失敗する。
 バラバラに一歩を踏み出すことになった。
 さらにギクシャクとした動きで頭を下げて、上げて、元の場所へ戻ることを忘れる。
 優斗がキリアの服を、和泉がラスターの服を引っ張った。
 女王が苦笑したのを見てキリアとラスターの頭がさらに真っ白になる。
 
「そして私――ユウト=フィーア=ミヤガワを含めまして以上五名、本日は女王陛下のご厚意を承ることができ、光栄であります」
 
 最後に優斗が前述の四人と同様に動いた。
 元の場所に戻ると、女王が口を開く。
 
「本日は招待に応じて戴き、真にありがとうございますわ。先ほどもお会いしましたけれど、わたくしがミエスタの女王――シャルと申します」
 
 続いて六歳くらいの少女がドレスを左右に軽く摘みながら挨拶する。
 
「むすめのカイナです」
 
「こちらとしても皆様とはご歓談をさせていただければ、と思っておりますので固くなる必要はありませんのよ」
 
 上品に笑みを零しながら女王は全員を席へと促す。
 優斗達が着席すると、女王はいきなり口調を変えた。
 
「今からはどんな口調でも可よ」
 
 言葉の端々から窮屈なのは嫌い、という真意がにじみ出ていた。
 
「では、早速ですけど女王陛下」
 
「ユウト君、何かしら?」
 
「貴女が発端でバレたんですけど、どうしてくれるんです?」
 
 いきなりの発言に、ワインに口をつけようとしていた女王の手が止まる。
 キリアとラスターもなぜか緊張が走る。
 
「バレちゃったの?」
 
「ええ」
 
 頷く優斗。
 女王は少し逡巡するが、すぐに笑顔で、
 
「ドンマイ」
 
「……いや、ドンマイって。貴女という人は、まったく……」
 
 軽いにも程があるだろう。
 
「女王が僕のことを一般人にバラすとか前代未聞ですよ。他国にだって箝口令出てるんですからね」
 
「だって彼女以外はユウト君と一緒に闘技大会に向かったメンバーでしょ。四人中三人がユウト君のことを『契約者』だと知ってたら、彼女だって知ってると思わない?」
 
「そういう場合もあるんですから、気を遣ってください」
 
「次からは気をつけるわよ」
 
「“次”があったらいいですね」
 
 意味深に言う優斗。
 
「……怒ってる?」
 
「呆れてるんです」
 
 わざとらしく大きな息を吐く優斗。
 しかし女王は堪えない。
 
「じゃあ、次は歓待するからよろしくね」
 
「リライト王に仰って下さい」
 
「ケチね」
 
「無茶を言わないでください。リライト王は僕をできる限り学生でいさせようとしてくれているんですから」
 
 そう言われると女王としても引き下がらざるを得ない。
 優斗は横を向いて笑みを浮かべ、
 
「だからラスターもキリアさんも無駄に罪悪感を感じる必要はないよ」
 
 緊張している二人と身体がビクリと震えた。
 
「そうそう。私が失敗したのが原因だしね」
 
 女王も笑って二人の緊張を解そうとする。
 
「わ、わたしは、め、めそ、滅相もございません」
 
「お、俺は……い、え、えっと……自分も滅相もございません」
 
 女王に話しかけられて心底焦るキリアとラスター。
 
「キリアさんはともかく、ラスターは王族に怒鳴ったこともあるのにどうして緊張してるの?」
 
「あ、あんなのと比べるな! ライカールの王女は心底むかつく奴だったが、この御方は違うだろう」
 
 風格が違うし、何よりも初対面の印象が違いすぎる。
 女王はラスターの発言に嬉しそうに頷くと、
 
「貴方も闘技大会で優勝したメンバーなのよね」
 
「は、はい!」
 
「決勝の出来事って驚いた?」
 
「自分は心底驚きました」
 
「それはそうよね」
 
 女王がラスターとキリア、さらには和泉とレイナを巻き込んで話す。
 すると女王の隣に座っているカイナが優斗に声を掛けた。
 
「おひさしぶりです、ゆうとさま」
 
「お久しぶりですね、カイナ様」
 
 優斗が子供を相手にするような笑みを浮かべる。
 
「ゆうとさまの妻となれなかったのはざんねんですけど、またお会いできてうれしいです」
 
 カイナの発言に女王達の会話が止まる。
 ラスター、キリア、レイナがどん引きしていた。
 
「……貴様、フィオナ先輩がいるというのに」
 
「……貴方、王女様とはいえ幼女を……」
 
「……ユウト。お前もラグと同じなのか?」
 
 蔑むような視線を向ける三人。
 慌てて優斗が否定する。
 
「ちょ、ちょっと待った! 違うから! とりあえず違うから!」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 どうにか釈明を終える優斗。
 ついでに食事も終え、ゆったりと飲み物を飲んでいると、女王が思い出したかのようにレイナに訊いた。
 
「兵士に聞いたんだけど、レイナちゃんの使ってる剣ってどこで造ってる剣なの?」
 
 離れた場所に置いてあるレイナの剣を女王が指差す。
 
「私のはイズミ――彼の手によって造られた剣です」
 
 レイナが和泉を示す。
 
「イズミ君が?」
 
 女王の問いかけに和泉は頷く。
 
「へぇ、凄いわね」
 
 学生だというのに大したものだ。
 
「聞いただけでも珍しい技術を使っていることは知れたわ」
 
 そして和泉は優斗と“同郷”と聞いた。
 
「イズミ君。貴方の技術はもしかして……」
 
「ベースの知識は故郷のものだ。技術としては俺が知っている故郷の技術を少しと、こちらの技術を基本として使っている。そちらの想像以上の技術は使っていないはずだ」
 
「ということは、着眼点が違うってことかしら」
 
「そういうことだろう」
 
 和泉の説明に女王は感心深そうに大きく頷いた。
 そして、
 
「イズミ君、ミエスタに留学する気はない?」
 
 直球で尋ねた。
 和泉は質問に対し、素直に肯定の意を示す。
 
「興味はある」
 
「だったら、あとで王城にいる技士とも話をしてみるといいわ」
 
「いいのか?」
 
 好奇心で和泉の瞳が輝いた。
 
「お互い、刺激になると思うしね」
 
「ありがたい」
 
 感謝する和泉。
 けれど、彼が「興味ある」と言ったことが成立してしまったら……リライトからいなくなる、ということと同意だ。
 
「……っ!」
 
 それに気付いた彼女は。
 ……呆然と彼の姿を見ていた。
 
 
 



[41560] 共に在るということ
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:3c2103eb
Date: 2015/10/25 18:19
 
 
 
 
 女王が用意してくれた技師と和泉は先ほどから延々と会話を続ける。
 さらに手元に紙を準備して、互いに色々と書き合う。
 
「つまりは宝玉の魔力抵抗値が問題なんだろう? だったらこうしたらどうだ?」
 
「それでは駄目じゃないかな。宝玉が割れてしまう」
 
「なぜだ? 計算式の理論上は問題ないだろう?」
 
 ある式を和泉は鉛筆で叩く。
 
「宝玉といっても等級があってね。イズミ君が問題ないというのは等級がある程度高い宝玉だよ」
 
「……ふむ。なら、こういう回路ならどうだ?」
 
 続けて紙に書いた等式は、それまでミエスタの技師が見たことのないものだった。
 
「……なんだい、これは?」
 
「俺が故郷の知識を元にして検証している回路だ。等級という言葉は知らなかったが、抵抗値が高い宝玉でもある程度の魔力を送れるはずだと思ってる。しかし金がないから僅かばかりしか検証ができていなくてな。正しいかどうかは分からない」
 
 和泉の言葉に技師は少し頭の中で整理する。
 
「……いや、これは面白いと思う。少し実践してみないかい?」
 
「するに決まっている!」
 
 意気揚々と和泉は頷いた。
 レイナはそんな彼の姿を遠くから見ていた。
 
「…………」
 
 遠くで和泉は王城勤めの技師と楽しそうに話をしている。
 話を聞いては目を輝かせ、提案をしては共に頭を捻る。
 レイナから見て、とても充実しているように見えた。
 
「…………」
 
 今まで考えたこともなかった。
 和泉が自分の隣からいなくなる、など。
 けれど可能性は生まれた。
 自分の隣からいなくなってしまう未来が。
 
「……っ!」
 
 なぜだろうか。
 身が凍る。
 そんな未来を握り潰したくなる。
 
「……嫌だ」
 
 嫌なんだ。
 和泉は自分の隣にいてくれなければ。
 
 ――でなければ私は……。
 
 “自分”が“自分”でなくなるような気がする。
 
「…………」
 
 いつからだろう。
 これほどまでに和泉の存在が大きくなったのは。
 最初は喧嘩のような出会いをしたというのに。
 気付けば“相棒”と呼んでいる。
 和泉が隣にいることに違和感などなかった。
 いや、違う。
 隣にいないことなど考えられない。
 
「どうしたの?」
 
 レイナが思い詰めている時だった。
 優斗が声を掛けた。
 
「……先ほどのイズミの話を聞いて、少し考えていた」
 
 言ってから、ふと気になった。
 和泉の親友である彼は、先ほどの和泉の発言に何も思わなかったのだろうか。
 
「……ユウトはいいのか?」
 
「何が?」
 
「イズミが留学を希望してしまったら、リライトからいなくなるということだ」
 
「そうなったら、そうなっただよ」
 
 優斗の返答はレイナが考えている以上に冷ややかな返答だった。
 引き留めてくれる側の人間だと信じていただけに、思わず彼女の表情に険が含まれる。
 
「お、お前らは親友なのだろう!?」
 
「親友だからって和泉の将来に口出しは出来ないよ。留学したいんだったらすればいい」
 
「すればいいって……。だけど、そうしたら――ッ!」
 
 反論しようとした。
 けれどレイナの言いたいことが分かっているのか、優斗は彼女が懸念していることをはっきりと口にした。
 
「いつでも会えなくなるね」
 
「――ッ! だったらどうしてだ!?」
 
「僕は和泉の願う道を進んでほしいからだよ」
 
 引き留めようだなんて思わない。
 
「“親友だから一緒にいてほしい”と縛るんじゃない。“親友だからこそ自由にして欲しい”んだ。例え離れ離れになったとしても、僕と和泉は親友だから。その事実だけがあればいいんだよ、僕はね」
 
 優斗は笑みを浮かべる。
 
「だけど今のは僕の考え。和泉の親友としている僕の考え。だからレイナさんが和泉に対して思うところがあるのなら、願うことがあるのなら――」
 
 レイナ自身が和泉との未来を“どう在りたい”のか描くものがあるのなら。
 
「――素直に示せばいいと思うよ」
 
 優しく、諭すような優斗の言葉。
 レイナは噛みしめて、席を立った。
 優斗は彼女の後ろ姿を見つめていると、ラスターとキリアがやってくる。
 
「どうした?」
 
「何かあったの?」
 
「ちょっとね」
 
 優斗は言葉を濁す。
 
「全てが上手くいってくれたらいいなって思っただけだよ」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 夜が更ける。
 優斗や他のメンバーはすでに寝静まっていることだろう。
 けれどレイナは一人、バルコニーで考えていた。
 
「私はどうしたい?」
 
 口にして己に問いかけてみる。
 だが答えは出ない。
 理性だけで考えれば優斗が言ったように己の望む道を進んで欲しいと思う。
 
 ――でも、駄目だ。
 
 一緒にいたい。
 その気持ちがあるから『嫌だ』と思ってしまう。
 
「……イズミ」
 
 思わず呟いてしまった彼の名前。
 ただ、紡いだだけの言葉。
 
「どうした?」
 
 それにまさか返事があるとは思わなくて、慌てて後ろを向く。
 レイナの悩みの種がいつもの仏頂面をしていた。
 
「イズミ!?」
 
「いや、だから何だ?」
 
「どうしてここにいる!?」
 
「技師との話と実験が面白くて、今まで長引いてしまった。そして部屋に入ろうと思ったら会長の姿が見えた、というわけだ」
 
「……そうか」
 
 和泉の話を聞いてレイナの顔が曇る。
 
「…………」
 
 まるで落ち込んでいるかのようなレイナ。
 和泉は見たことがない。
 
「どうかしたのか?」
 
 思わず尋ねた。
 レイナは最初に何かを言おうとして、躊躇う。
 
「……会長?」
 
「…………」
 
 けれど本人に訊かなければならない。
 そうしなければ何も解決しない。
 だから意を決してレイナは訊く。
 
「留学……するのか?」
 
 思わず、声が震えた。
 自分はこれほどまでに弱い人間だったのだろうか。
 気を奮い立たせるように両の手を強く握りしめる。
 
「留学するのか?」
 
「……いや、決めているわけじゃない」
 
 何が何でも留学するとは決めていない。
 
「ただ、将来の視野には入れている」
 
 和泉は真っ直ぐ、レイナを見つめて答えた。
 和泉の返答にガツン、と頭を殴られたような衝撃をレイナは受ける。
 
「も、もし留学したら剣のメンテナンスはどうするんだ!?」
 
「他の者にやってもらうことになるだろうな」
 
「わ、私はイズミがいいんだ!」
 
 思わず取り乱してしまう。
 夜中ということも忘れ、声を大にして気持ちを口にした。
 
「とりあえず落ち着け、会長」
 
 和泉はレイナの頭に手を置く。
 自然と彼女の顔が俯くことになった。
 
「留学すると決めたわけじゃない。将来の選択肢の一つだと言っただろう」
 
 そしてゆっくりと撫でる。
 取り乱したレイナなど見たことないが、これで落ち着いてほしいと思う。
 
「夜更かしをするから妙な早とちりをする。早く寝ておけ」
 
 ゆっくりとした足取りで部屋に戻ろうとする和泉。
 けれどレイナの足は動かない。
 
「どうした?」
 
 付いてこない彼女を和泉が呼ぶ。
 けれどレイナは俯いたまま。
 
 ――駄目だ。
 
 実際に和泉と会って分かった。
 向き合って、話して、どうしようもなく理解させられた。
 
 ――ユウトのように考えられない。
 
 “和泉の自由にすればいい”などと言えない。
 絶対に無理だ。
 
 ――私は。
 
 ……嫌なんだ。
 和泉が隣にいないなんて考えたくない。
 
「……行くな」
 
 一歩、二歩と前に出る。
 部屋へ戻ろうとする和泉の服を摘む。
 
「会長?」
 
「……行くな、イズミ」
 
 いつものような強引さはない。
 ただ、弱々しく彼の服を摘んで、胸の内にある想いを口にすることしかできない。
 
「…………行かないでくれ」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 和泉は部屋に戻ると、仰向けでベッドに倒れ込んだ。
 一人で先ほどのことを考えようとも思ったが、一人だと考えが狭くなるような気がする。
 隣にいる優斗を見た。
 
「なあ、優斗」
 
 こういう時、こいつは絶対に起きている。
 確信があった。
 
「ん?」
 
 案の定、返事がある。
 和泉は端的に尋ねた。
 
「お前は女から『行くな』と言われたらどうする?」
 
 “何が”も“誰が”も何も言わない。
 けれど優斗は少し間を空けて考えを纏めると、和泉に答える。
 
「僕だったら行かないよ。例えどれほど知りたいことがあっても、フィオナに『行かないで』と言われたら僕は行かない。僕の欲求でフィオナが悲しむなんてことはあっちゃいけないから」
 
「そうか」
 
「アリーやココだったら、難しくはなるけどね」
 
「違いはどこにある?」
 
「僕の場合は『愛している』か『愛していない』かの違いかな。僕はフィオナを愛してるから、彼女が悲しむことは絶対にしたくないってだけ」
 
 そして優斗は大げさな言葉回しをする。
 
「愛を前にして自分の欲求なんてくだらない」
 
「……優斗。恥ずかしくはないのか?」
 
「冗談を真面目に返さないでくれる?」
 
 軽い口調の優斗に和泉が苦笑する。
 
「悪い」
 
「けれど言ったことは間違いなくそうだよ。僕はフィオナが『行かないで』って言ったら絶対に行かない」
 
 和泉は優斗の答えを聞き終えると、天井を見つめる。
 
「参考になった」
 
「どういたしまして」
 
 和泉の耳に何か動く音が聞こえる。
 どうやら優斗は完全に寝入る体勢に入ったらしい。
 和泉は改めて考える。
 
 ――悲しむ顔が見たくない、か。
 
 自分はどうだろうかと思う。
 レイナだけじゃない。
 仲間たちは自分が留学すると言ったらどんな表情をするだろうか。
 それを見て、自分はどう思うだろうか。
 
 ――とりあえず優斗と修は除外だろう。
 
 あの二人は自分が行きたいと言えば素直に頑張れ、と応援する。
 
 ――卓也とリルは変な顔をしたあとに頑張れと言う。
 
 自分のことを慮って応援する。
 
 ――ココとアリー、フィオナにクリスは初めての友達だから、悲しい顔をしてくれるだろう。
 
 その時の様子を思い浮かべてみる。
 
「…………」
 
 嫌なものだな、と感じた。
 
 ――そして会長は……。
 
 先ほどの彼女の態度を思い返す。
 普段と違って、弱々しく触れれば壊れてしまいそうだった。
 自分が留学することが、それほどまでレイナに影響を与えるとは思ってもいなかった。
 思わず胸元を握りしめる。
 
 ――知らなかった。
 
 側にいるからこそ気付かなかった。
 いや、先入観があったと言ってもいい。
 
 ――会長は強い女なのだと決めつけていた。
 
 最初の出会いから今まで、頑ななまでに上を目指している彼女しか見たことがなかった。
 だからこそ見逃していたのだろう。
 
 ――バカなんだろうな、俺は。
 
 レイナのことを知っているつもりではいた。
 けれど実際は弱い姿すら知らなかった自分。
 
 ――優斗や修でさえ弱い部分があるのだから、会長だって弱い部分はある。
 
 そのことすらも知らずに自分は他国に行こうと思った。
 少なくとも彼女は今、和泉にとって大事な女性だというのに。
 
「…………ふむ」
 
 思わず、呟いた。
 
 ――俺は会長が大事なのか。
 
 優斗がフィオナを大事にしているように。
 どうやら、自分はレイナが大事らしい。
 
 ――だから見たくない、と感じるのか。
 
 そこまで考えて覚悟が決まる。
 自分がどうしたいのか。
 どちらかを諦めなければいけないというのなら、どちらを選ぶのか。
 決めた。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 翌日、王城を出るときには女王が見送りに来ていた。
 
「ユウト君。リライト王にはよろしくね」
 
「伝えておきます」
 
 優斗が会釈をする。
 次いで女王は和泉に視線を送った。
 
「イズミ君、留学については貴方のことをリライト王に伝えて話を進めておこうと思うけど、どうする?」
 
 ラスターとキリアの後ろにいるレイナがビクッと反応した。
 話の内容を聞きたくないらしく、伏し目がちになる。
 けれど和泉は真っ直ぐに女王を見据えると、
 
「悪いが、留学はできない」
 
 はっきりとした断言にレイナの顔が上がった。
 女王は頭にハテナマークを灯す。
 
「どうして? 昨日はうちの技師とも楽しそうに話してたじゃない」
 
「技師と話すことは非常に楽しかった。とても為になったしな」
 
「だったらどうして?」
 
 続く問いかけに、和泉はちらりとレイナを見る。
 ラスターとキリアの背後でよく見えないが、雰囲気は分かる。
 呆れるように笑みを零した。
 
「どうやら俺は自分の欲求を殺してでも、リライトにいたいらしい」
 
 ただ、その動きだけで。
 女王はどうして和泉が断ったのか、理由を把握した。
 
「へぇ、欲求よりも愛を取るのね?」
 
 面白そうに女王が尋ねる。
 
「それほど高尚なものじゃない。悲しむ顔を見たくないというだけだ」
 
「あら、イズミ君って案外良い男ね」
 
 茶化す女王だが、すぐに真面目な表情となった。
 
「でも、技師から聞いたけど貴方が持っている故郷の知識はミエスタにとっても有益なものだわ。私としてもみすみす、逃したくない」
 
 国益となり得るものだ。
 そのチャンスが目の前にあるのに、捨てるつもりは毛頭無い。
 
「しかし俺に留学する意思はないと言っただろう」
 
「イズミ君の意思は分かってるわ。無理に従えようとしたところで無駄なのもね」
 
 和泉を無理にどうこうすれば黙っていないのがいる。
 その人物は簡単に国を壊せるほどの実力を持っていることも。
 
「だからね、イズミ君」
 
 女王は笑って提案をした。
 
「イズミ君はミエスタから送られる技師の助手になりなさい」
 
「…………はっ?」
 
 思わず唖然とした表情の和泉。
 
「技術提供といっても、使い方を知らなければ意味ないわ。だから数名の技師を送るのだけれど、うちから送る技師の助手になりなさいって言ったのよ」
 
「……い、いや、それが出来るのなら嬉しいんだが、俺は学生だ。学生に助手は無理だろう?」
 
「別に学生生活をやめろって言ってるわけじゃないわ。暇な時間をうちの技師とのやり取りに使いなさいって言ってるの。そのための助手扱いよ」
 
「俺を買ってくれるのは嬉しいが……しかしどうしてだ?」
 
 あまりにも話が上手すぎるような気がする。
 和泉が少し躊躇うと女王は、
 
「ユウト君、説明!」
 
「いきなり僕に振ります!?」
 
 完全に蚊帳の外で見ているだけだった優斗に話を振った。
 女王本人が言うには疑わしきもある。
 けれど信頼している優斗だったらある程度、信じてくれるだろう。
 しかも彼は七割方、提案の意味を当ててくれるはず。
 だからこその指名。
 優斗は少し考えると、説明を始める。
 
「つまり女王陛下はリライト――和泉に技術提供を行うと同時に、和泉が僕らの故郷の知識と技術を用いて新しく創り出す魔法科学の技術をミエスタにも還元したいと思っているのでしょう? ミエスタに新しい技術が届くには少しばかりタイムラグが生まれるでしょうが、和泉の知識と技術ならば他国よりも圧倒的なアドバンテージを取れる。しかもミエスタの先進的な技術を用いているからこそ、最大限に有効利用できるのはミエスタです」
 
 優斗の説明に女王はうんうん、と頷く。
 
「もちろん和泉が新しい技術を創り出す、という想定で動いていますが、レイナさんの剣からすでにミエスタには予想外の技術。そこから鑑みても和泉には真っ先に技術を伝える価値があると思ったのでしょう」
 
「その通りよ」
 
「これぐらいでいいですか? 女王陛下のことだからもっと色々と考えてるのでしょうが、僕には今言ったことが想像の限界です」
 
「ありがとう、ユウト君」
 
 だいたい合っているのか、女王は優斗に拍手する。
 そしてまた、和泉を見据えた。
 
「別に無償で技術を教えてあげるわけじゃないのは分かったでしょう? ここからは私とリライト王のやり取り次第だけどね、どうしたいかはイズミ君次第よ」
 
 思わず得られた欲求を求められる機会。
 和泉は思わず、言葉が出た。
 
「もし、叶うのならば……」
 
 何一つとして失わずに望めるのであれば。
 
「技師の助手にしてもらってもいいか?」
 
 和泉は頭を下げる。
 女王は笑みを深くした。
 
「了解よ」
 
 そして女王は和泉をレイナへと押し出した。
 優斗は軽く和泉の背中を叩く。
 ラスターとキリアはよく分からずとも、和泉をレイナの前に立たせなければならないことは分かったので下がった。
 
「……イズミ」
 
 不安そうな表情をしているレイナ。
 和泉は彼女の不安を消し飛ばすために努めていつものように接する。
 
「会長、そういうわけだ。俺は留学しない。けれど派遣される技師の助手という素晴らしい待遇を受けることが出来た。まあ、これに関しては優斗が女王と知り合いだというのが幸いしたがな」
 
 和泉の言葉に優斗と女王が視線を合わせて笑う。
 
「だから、その……なんだ」
 
 和泉は後頭部を掻きながら、慣れないながらも紡ぐ。
 
「悲しそうな顔をするな」
 
 昨夜と同じように右手をレイナの頭に置いて撫でる。
 
「俺は会長の悲しそうな顔は苦手だ」
 
 優しく撫でる。
 表情は見えないが、不安は消えてくれればいいと願う。
 レイナは服の裾をぎゅっと握ると、小さく声を発した。
 
「……行かないのか?」
 
「ああ」
 
「……側にいてくれるのか?」
 
「ああ」
 
 和泉が頷く。
 
「いてくれないのは……嫌なんだ」
 
「大丈夫だ。俺はいる」
 
 レイナの頭が和泉の胸元に軽く当たった。
 そのまま10秒ほど、寄りかかるような体勢になる。
 
「…………よかった」
 
 呟いた瞬間、吹っ切るようにレイナは顔を上げた。
 先ほどの不安そうな表情はなく、いつものような凛々しい表情で彼の名を呼ぶ。
 
「“和泉”」
 
「何だ?」
 
 聞き返す和泉に、レイナは照れるわけでもなく恥ずかしがるわけでもなく真っ正面に真っ正直に言い放った。
 
「これからもずっと一緒にいてくれ」
 
 堂々と告げたレイナ。
 周りは色めき立つが、和泉はいつも通りの表情で大きく頷く。
 
「分かった」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 高速馬車の中、和泉とレイナは隣で寄り添いながら寝ている。
 優斗とラスター、キリアは呆れたような微笑ましいような表情で二人を眺めていた。
 
「結局、馬車の中で寝るのね」
 
「夜更かししてたからね、二人とも」
 
「貴様はどうして知っている?」
 
「僕も同じ時間くらいまで起きてたし」
 
 相談にだって乗った。
 するとキリアが面白そうに、
 
「けど、さっきのって凄かったわね。あれだけ堂々とした告白、そうそう見ないわよ」
 
 凛々しすぎる。
 だが、納得いっていないのが二人いる。
 
「あれは告白だったのか?」
 
「いや、微妙」
 
 ラスターと優斗が首を捻った。
 
「えっ? 違うの?」
 
「判断し辛くない? 別に好きとか愛してるとか言ってないし」
 
「オレは相棒がいなくなってしまっては辛い、みたいな感じがしたのだが……」
 
 側にいてほしい、とは言ってもだ。
 恋愛を匂わせる単語が一つも使われていない。
 
「……言われてみると、わたしもそんな感じがしてきたわ」
 
 もう一度、優斗達は眠っている二人を見る。
 
「どういう意味だったのか訊いてみたいわね」
 
「オレは訊ける勇気を持っていない」
 
「同じく」
 
 




[41560] 例えばこんな一日
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:3c2103eb
Date: 2015/10/25 18:28
 
 
 
 
 優斗とフィオナが学院で勉学に励んでいる昼下がり。
 エリスはココの母親――ナナとお茶をしていた。
 
「あーうっ、あーうっ、あーうっう~!」
 
 傍らでは庭にいる季節外れな蝶々を追いかけているマリカ。
 もちろんエリスと控えている家政婦長――ラナの視界から外れない範囲で遊ばせている。
 
「遊んでいる姿を見ていると、マリカちゃんが龍神ということを忘れてしまいます」
 
「私は龍神っていう重要性は忘れてるわけじゃないけどね。基本的には孫よ、孫」
 
 たたたっ、と駈けているマリカを見てしみじみとエリスは思う。
 
「それにしてもマリカちゃんはユウト君とフィオナちゃんに似てきています? 見る度にそう思います」
 
「あっ、やっぱりナナも分かる? 眉とか鼻筋はユウトに似てるんだけど、顔立ちはフィオナに似てきてるのよ」
 
「育ての親に似てくるということなのです?」
 
 ナナが首を傾げる。
 
「ん~、ユウトが言うにはマリカは本当に娘らしいのよね」
 
「どういうことなのです?」
 
「えっとね、ユウトとフィオナはマリカが産まれる前に二人で卵に触れてるらしいのよ。ユウトの予想としては、触れた場所から遺伝情報を読み取って形を成したんじゃないかって」
 
「……つまり?」
 
「龍神だとしても、マリカは二人の子供で何ら変わりないってこと。だから髪の毛だって黒いし顔だって二人に似てるのよ」
 
「そうなのですか」
 
 感心したようにナナが頷く。
 
「孫って可愛いものです?」
 
「可愛いわよ。マルスだって爺バカだもの」
 
 マリカが駆け寄って抱きつく瞬間、あのデレっとした表情はまさしく爺バカだ。
 
「羨ましいです。ココが子供を産むには学院を卒業してからなので、あと二年くらいはお預けなのです」
 
 だからマリカの姿を見てると、早く孫が欲しくなる。
 
「ココちゃん、凄い格好良い王子様を婚姻相手にしたものね。孫もきっと可愛いわよ」
 
「それは今だから安心して言えますが、最初の婚姻相手だったマゴス様だったら言い切れなかったらしいのです」
 
 とんでもない相手だったと後から聞いた。
 エリスも頷く。
 
「ユウトはマゴス様だったら婚姻を潰してたらしいわ」
 
「本当です?」
 
「いくら貴女の家が婚姻を成立させたいと思っていても、マゴス様だったらココちゃんが不幸にしかならないって言ってたもの」
 
 だからマゴスのままなら全力で潰しに行った。
 というか、半分以上は潰していたおかげでラグが名乗り出た、というのもある。
 
「……ユウト君のおかげ、と思うべきなのです?」
 
「そんなことないわよ。ラグフォード様が名乗り出たから丸く収まっただけなんだから。ただ、あれほどの王子様を落としたココちゃんは凄いわね」
 
「わたしも驚いています。初めて会った時には礼儀正しく挨拶をしてくれて、旦那には婿入りするのにしっかりと『娘さんをください』って言ってます。あれほど素晴らしい男性が、私の娘のどこを気に入ったのか……」
 
 一瞬、相手をアリーと間違えているんじゃないか、と疑ったくらい。
 しかしラグは誠実にココを好いてくれていた。
 彼女は本当に可憐だと言ってくれた。
 母としては「どこが可憐?」と思わなくもないが。
 
「いいじゃない、ココちゃんが彼を虜にするほど魅力的なのよ。けど『娘さんをください』っていうのは少し憧れるわね。うちはほら、マリカが来た時点で婚約者になったり国外向けには夫婦をやったりしてるから」
 
 途中の過程を今のところ、全部ぶっ飛ばしている。
 
「ユウト君なら結婚式を挙げる前にでもやってくれると思います」
 
「やっぱりそうかしら。我が義息子ながら良い男だものね」
 
 まるで自慢するかのようにエリスが頷く。
 ナナが苦笑した。
 
「また始まるのです? エリスさんの義息子自慢」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 フィグナ夫人とのお茶も終わり、エリスはマルスに用が出来たのでマリカを連れて王城まで来ていた。
 そして兵士に了解を取って旦那が働いている執務室に入る。
 休憩中らしいが、部下と真面目な表情で話しているマルスがそこにはいた。
 
「じ~じっ!」
 
 とてとて、とマリカがマルスに駆け寄る。
 マリカの姿を認めた瞬間、マルスの顔がだらしないぐらいにデレっとした。
 
「おおっ、マリカ」
 
 椅子から立ち上がり、マリカを抱え上げる。
 きゃっきゃと喜ぶマリカにマルスの表情はもう……綻びまくる。
 エリスも近付いていき、側にいる部下に挨拶する。
 
「お話し中でしたか?」
 
「世間話の一環でしたので問題ありません」
 
「そうですか。あと、これはクッキーですので皆さんで食べてください」
 
 持っていた袋を部下に渡す。
 
「いつもありがとうございます、奥様」
 
 エリスの差し入れはマルスの部下分、ちゃんとある。
 しかも貴族からの差し入れなので高級で人気もあった。
 
「いえいえ」
 
 謙遜しながら、エリスと部下は二人してマルスを見る。
 
「いつもながら思うのですが、部下の前で少々だらしないような気もするのです」
 
「私も最初は驚きましたがマリカ様の可愛らしいお姿を拝見すれば、誰でもああなるかと」
 
 
        ◇       ◇
 
 
 王城からの帰り道、珍しく優斗とフィオナの姿を見つけた。
 
「ぱーぱっ! まんまっ!」
 
 マリカの声に優斗とフィオナが二人に気付く。
 駆け足で寄ってきた。
 
「珍しいですね、こんな時間に出掛けてるなんて」
 
「マルスに用事があってね。王城からの帰りなのよ」
 
「へぇ、そうなんですか」
 
 優斗とエリスが話している間にフィオナがマリカを預かった。
 
「ユウト達はどこにも寄らなかったの?」
 
「僕が担任の先生から呼び出されて話をしていたので、どこにも寄る時間がなかったんです」
 
「また何かあった?」
 
 エリスの問いかけに優斗は苦笑する。
 
「闘技大会と同様に学生としての用件で出掛けることになりそうです」
 
「いつ? どこに行くの?」
 
「来週のことになるんですが近衛騎士二名と学院の一年生、僕も含めると合計四名で他国に向かうことになったんです」
 
「また他国なんて大変ね」
 
「本当ですよ」
 
 面倒ったら仕方ない。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 家に帰り、優斗はソファーに寝転びながらマリカを真上に持ち上げて遊ぶ。
 エリスは向かいに座っていた。
 
「それにしてもミエスタから派遣される技師の助手になるなんてイズミ君も出世したわね」
 
「まあ、詳しい詳細は後々に王様から届くとは思いますけどね」
 
「シュウ君は?」
 
「あいつは基本的に何かしらやらかしてるんで。僕がミエスタに行ってた時も白竜と友達になったとか言ってましたけど」
 
「それって魔物じゃないの?」
 
「魔物ですよ」
 
「従えたとかじゃなくて?」
 
「友達らしいです」
 
「とんでもないわね」
 
「けれど修らしいですよ」
 
 アホみたいに凄い。
 優斗は腕が疲れたので、マリカを胸の上に置く。
 マリカはそのまま、ベタっと優斗にくっついている。
 微笑ましい光景にエリスが少しだけ悶えそうになった。
 
「あっ、話は変わるんだけどね。今日はお昼にココちゃんのお母さんとお茶をしてたのよ。その時にちょっと話題になったんだけど、例えばユウトが私ぐらいの年齢になって『娘さんをください』って言われたとするじゃない。そうしたらユウトは相手のことを認めてあげる?」
 
「ん~、どうでしょう? 認めるとは思いますけど『僕に勝ったら娘をやる』とか言ってみたいです」
 
「世界一強い男でも連れてこいってこと? 並大抵の男じゃ挑む前に諦めるわよ、貴方に言われたら」
 
「それぐらいの気概を持った男性ならいいなってことです」
 
「ふ~ん。なるほどね」
 
 
       ◇      ◇
 
 
「――ということで、大魔法士様とお后様は末永く幸せに暮らしました、とさ」
 
 パタン、と優斗が絵本を閉じる。
 ベッドからはマリカの寝息が聞こえてきた。
 
「まーちゃんは寝ましたか?」
 
「うん。寝たよ」
 
「でしたら、少しでいいので優斗さんの部屋に行ってもいいですか?」
 
「いいけど」
 
 二人してフィオナの部屋から出て、優斗の部屋へと向かう。
 部屋に入って優斗はベッドに腰掛ける。
 
「僕の部屋に来たいって珍しいね。どうしたの?」
 
「えっとですね……」
 
 フィオナも優斗の隣に座り……ぎゅっと優斗に抱きついた。
 
「フィ、フィオナ?」
 
 少しうわずった声の出る優斗。
 唐突な展開にちょっとビックリする。
 
「来週も優斗さんが出掛けてしまうので“優斗さん分”を今のうちに補給したいな、と。最近、二人っきりになる機会もあまりないですし」
 
「……確かに。皆に加えてラスターやらキリアさんやらが勝負を挑みに来てるからね」
 
「だからです」
 
 少し不満顔になるフィオナ。
 先日出会ってから、妙に関わるようになったのがキリアだ。
 とにかく強さを求めているらしく、何度も何度も挑んでくる。
 優斗も適度に相手をするぐらいであしらってはいるものの、何も教えずに帰したりはしないからこそ余計に挑むのだろう。
 
「来週もいるからね、片割れは。大変だよ」
 
「どっちですか?」
 
「キリアさんの方」
 
 優斗の身体を抱きしめている腕の力が強くなった。
 
「あ、あの、フィオナ? ちょっと痛い」
 
「我慢してください」
 
「……分かりました」
 
 有無を言わさぬ口調だったので、優斗も反論できない。
 
「私も一緒に行きたかったです。まーちゃんも連れて」
 
「家族旅行じゃないんだから」
 
 優斗が苦笑する。
 
「皆さん、ずるいですよ。優斗さんは『私の優斗さん』なんですから、優斗さんの意思以外で国外まで連れ回すなら私から許可を取るべきだと思います」
 
 フィオナから拗ねるように告げられたこと。
 思わず笑ってしまった。
 
「あははははっ!」
 
「な、何ですか……?」
 
 フィオナが訊いてくるが優斗はまず、抱きしめ返す。
 
「いや、本当に僕を喜ばせるのが上手だなって思って」
 
「……? よく分かりませんけど、喜んでくれたなら嬉しいです」
 
 フィオナは優斗から抱きしめられることを甘受する。
 
「優斗さん、面倒見が良いですからキリアさんとか他の誰かに無駄に懐かれたら駄目ですよ?」
 
「犬や猫じゃないんだから」
 
 構ったからと言ってすぐに懐くわけもない。
 けれどフィオナは首を横に振り、
 
「駄目です。特にキリアさんは優斗さんが凄いことを知ってしまったわけですし、変な憂いは断つべきです」
 
「大丈夫だよ。キリアさんはラスターとかのほうが似合ってるから。それに僕はラスターと一緒に倒すべき目標にされてる感じだし」
 
「……む~。優斗さんが言うならそうなのでしょうけど……」
 
「だから大丈夫なの」
 
 安心させるようにポンポン、と背中を叩く。
 
「フィオナも僕がいない間、変なのに引っかからないでよ?」
 
「私は優斗さん以外に引っかかることはありません」
 
「……それ、僕が変って言ってる?」
 
「私を婚約者にしているんですから変ですよ」
 
 思わず互いに抱きしめてた腕が緩んで、至近距離で瞳がかち合う。
 二人して吹き出した。
 
 




[41560] 面倒事には関わりたくない
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:4863115f
Date: 2015/10/26 21:16
 
 
 
 そういえば、と思う。
 今まで出掛ける時には基本的に仲間の誰かがいたけれど、今回は初めて仲間以外と出る。
 知り合いの顔があるのはいいけれど、何か問題が起きても解決しようという気にはならない。
 つまりは、
 
 ――この状況、面倒。
 
 
       ◇      ◇
 

 それは数時間前のことだった。
 
「エル=サイプ=グルコント。リライト近衛騎士団副長です」
 
「ビス・カルト。副長の部下だよ」
 
「ユウト・ミヤガワ。学院二年生です」
 
「キリア・フィオーレ。学院一年よ」
 
 学院の行事で出掛けることになった人達と、馬車の中で自己紹介をする。
 優斗にとっては二人ほど顔見知りだったので、幾分か気は楽になる。
 
「これって、国家間の交流の一つなんですよね?」
 
 優斗が副長に訊いてみる。
 今回出掛ける理由としては国家交流の一環……らしい。
 
「その通りです」
 
「けれど何をするのかは決まっていない、と?」
 
「はい。訓練するも良し、試合するも良し、仲良く話すも良し、ということです」
 
 行った先で集まった同士で決めろ、とのこと。
 優斗的には何故こんなのでまかり通っているのかが謎。
 
「ただしやって来るメンバーがメンバーなので、大抵は訓練や勝負事になりますが」
 
「問題が起こったりはしないんですか?」
 
「五、六年に一度は大事になると言われていますね」
 
「ちなみに前回、大事になったのは?」
 
「五年前です」
 
 平然と答える副長。
 
「…………マジか」
 
 優斗はなぜ、ここにクリスや卓也がいないのかと思う。
 いてくれたなら自分が今、抱いた気持ちを共有してくれるというのに。
 
「場を乱す者がいれば、秩序を作る者もいる。案外上手くいっているらしいので、特に代替案はないそうです」
 
「……乱す者もいるんですよね?」
 
「はい」
 
 平然と言わないでください、と叫びたくなる。
 展開が読める。
 今まで以上に余裕で“何かある”と分かる。
 軽く泣きたくなった。
 
「強い人とかも来るんですよね!?」
 
 そんな優斗の気持ちなど露知らず、テンション上げっぱなしでキリアが副長に尋ねる。
 
「私が知っている限りでは神話魔法の使い手が一人、記載されていました。来るかどうかは別問題ですが」
 
「やった! じゃあ、次の質問です。リライトのように学生が来ることはあるんですか?」
 
「いえ、国によります。ギルドの腕が立つ人物に依頼する場合もあるそうです。ただ交流が第一の目的となっていますから、リライトは交流による若年層の見聞を広げる名目で学生二人を選んでいます」
 
 三年は就職があるので、選ばれるのは二年と一年。
 そこに今度は優斗が疑問を挟んだ。
 
「リライトは毎年、律儀に近衛騎士と学生を選んでいるんですか?」
 
「大国だからこそ適当に選んでいいわけではありませんから。それに選出方法を毎回変えるよりは、どのような者達を選ぶのか決めてしまっているほうが選出も楽なのでしょう。故に学生は成績優秀者が向かうことになっております。一昨年はレイナが行きましたし、昨年はクリスト様も行っています。今年の1年生はラスター・オルグランスとキリア・フィオーレで悩んだらしいのですが、ラスター・オルグランスは闘技大会にも行っていますしキリア・フィオーレの熱意に負けた結果と聞いております」
 
「僕はどうなんですか? 優等生は演じてますけど最優秀ってわけじゃないですよ」
 
「さすがに闘技大会の優勝メンバーを連れて行かないのは不味いだろう、というのが学院の判断らしいです」
 
 ああ、なるほどと思った。
 ラスターが行ければ自分じゃなかったが、ラスターが行けなかったので自分が選ばれたということだ。
 
「それで、どうして行きはゆったりと行くんですか?」
 
 二日を掛けて現場へと向かう。
 帰りは速攻で帰るのに。
 
「基本的には見知らぬ者同士で向かうので、馬車の中で仲良くなれという……まあ、通例のようなものです」
 
「なるほど」
 
 優斗は頷く。
 けれど、明らかに一人だけ会話に参加していないのがいる。
 
「…………」
 
 副長の部下のビスだけがずっと優斗を睨んでる。
 とりあえず優斗は愛想笑いをして、
 
「あの、ビスさん?」
 
「何だい?」
 
 とりつく島もないくらいにブスッとしながら返事をされた。
 
「初対面……ですよね?」
 
「そうだよ」
 
 舌打ちでもしそうな雰囲気だ。
 と、なれば。
 
「ビス」
 
 優斗&フィオナのファンクラブ会長として黙っていられないのがいらっしゃる。
 
「ユウト様の何が気に入らないのかは分かりませんが、そのような態度を取るのならば帰って結構」
 
 いきなり険呑な雰囲気が馬車を包んだ。
 
「彼は学生です。仮にも近衛騎士団の副長ともあろう者が学生に様付けなど嘆かわしい」
 
「私はユウト様を崇拝しています。様付け以外などありえません」
 
「貴女は貴族なのですから平民に対してやめてください」
 
「ユウト様が平民だろうと何だろうと私はユウト様を崇拝しています」
 
「これのどこがよろしいのですか!?」
 
 ビスが優斗を指差す。
 優斗としてはもう、思うことは一つ。
 
 ――最初っから訳も分からず勝手に巻き込んで修羅場るなよ!
 
 なんでよく知りもしない相手から話題の中心にされたあげく、怨敵を見るような目つきをされなければならない。
 しかも、さらに空気をあえて読まないキリアが飛び込む。
 
「あっ、もしかして副長は先輩が好きなんですか?」
 
 確実に面白がっているキリア。
 
 ――ああ、もう余計なことを言うな!! 

 始めの一歩から踏み外してる惨状に嘆きたくなる。
 けれど優斗の内心など露知らず、副長は淡々と説明し始めた。
 
「私は会長なだけです」
 
「何の?」
 
「ユウト様&フィオナ様ファンクラブのです。つまりユウト様もフィオナ様も崇拝しているのに、好きだの何だのと不愉快なだけです。私の感情はそんなものを超越しています」
 
 堂々と副長が答える……のだが、代わりに優斗が頭を抱える。
 
 ――真面目な顔して頭のネジをすっ飛ばさないでください!!
 
 修や和泉じゃないから頭を叩けないのが惜しい。
 
「まあ、確かに数ヶ月前に父から受けた話の一つとして結婚はいかがでしょうか、と窺ったことはあります。ですが、当時の私は愚かとしか言い様がありません」
 
 過去最大の失態をしてしまった、とかぶりを振る副長。
 けれど優斗としてはこの状況でその話題を持ち出すのが大いに失態だと罵りたい。
 
「例えば私のせいでお二人が万が一……いえ、億が一……いえ、兆が一の確率でユウト様とフィオナ様が別れたとしましょう」
 
 自分が原因となったとしよう。
 
「そうなってしまったら私は腹を切ります」
 
 副長は至極真面目。
 ビックリするくらいに真面目。
 冗談はない。
 また副長とビスがにらみ合う。
 トントン、とキリアが優斗の肩を叩いた。
 こそこそと話しかけてくる。
 
「何やったら副長がこうなったの?」
 
「元々副長が僕とフィオナのファンだと言っていた。副長が闘技大会出場者兼学生の引率。大会で僕がやったこと。以下略」
 
「大体は分かったわ」
 
 要するに現場を生で見たのだろう。
 
「じゃあビスって人は?」
 
「さっき言ったけど、初対面」
 
「だったら何で睨まれてるのよ」
 
 現状は副長と睨み合っているが、ビスの方に嫌悪の感情は見えない。
 優斗とキリア、同時に察しが付いた。
 
「……もしかしてビスさんはマジで副長に惚れてる?」
 
「もしそうだとしたら、惚れてる相手が『ユウト様ユウト様』言ってるんだもの。機嫌も悪くなるわね」
 
「……僕の所為じゃなくない?」
 
「先輩が原因なんだから仕方ないと思うしかないんじゃない?」
 
「……本人の与り知らないところで勝手にやっててほしい」
 
「仲裁しないの?」
 
「死ぬほど面倒だし、何を仲裁しろと? ビスさんが勝手に暴走して副長がビスさんの様子にキレてるんだよ。僕が手を出したら悪化すること間違いないし」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 と、思っていたのだけれど、一回目の休憩で……なぜかビスに副長とキリアから離れた場所に引っ張り込まれた。
 逃げたいが、そうもいかない。
 
「あの……何か?」
 
「君と副長はどういう関係だい?」
 
「……はっ?」
 
 関係なんて言われても、自称ファンクラブ会長と自分の関係性なんてよく分からない。
 端的に示すなら顔見知りの騎士と学生。
 
「どんな、と言われましても……知り合いです」
 
「ならどうして副長が君のファンクラブの会長などやっているんだい?」
 
「本人に訊いてくださいよ」
 
「君もあれなのだろう? 副長に結婚をしてくれと言われてまんざらじゃなかったのだろう? そして副長を妻に迎えたくなった。違うかい?」
 
「馬鹿を言わないでください」
 
 一刀両断する。
 軽く鼻で笑った。
 
「僕には世界一愛している妻がいます。冗談でも二度と耳にしたくありません。勝手な憶測で物を言わないでください」
 
「……し、しかしだね、副長ほどの綺麗な女性ならば浮気するという線も――」
 
「はっ、馬鹿らしいですね。僕の妻は僕の中で世界一可愛くて綺麗で性格も最高です。こと恋愛という点に関しては彼女以外の世界全てが論外、塵芥に等しいです。浮気? 論外も論外ですよ。そんな単語が僕の中に産まれただけで、僕は崖の上から身投げします。前に副長に『結婚はいかがですか?』なんて言われた時だって妻に脇腹抓られるし、嫉妬されるし……。いや、まあ、嫉妬する姿も非常に可愛いんですよ。なんていうかこう、叫びたくなるくらいに抱きしめたくなるんです。行動の一つ一つがこう、僕のツボを押さえてるっていうか……。でも素直に甘えてくる時も最高ですね。可愛すぎて暴れたくなります」
 
 ずらずらと一息にまくし立てる優斗。
 睨んでいたはずのビスが軽く引いた。
 
「あの……」
 
「あっ、でもフィオナが超絶に最強に綺麗で可愛いからって手を出したら誰であろうと殺しますからね」
 
 にこやかな笑顔でノロケと物騒な単語が出てきた。
 
「…………話を戻していいかい?」
 
「どうぞ」
 
 優斗が促す。
 ビスは先ほどのノロケで少し冷静になったのか、話を纏める。
 
「つまり君には妻がいる、と」
 
「そうですね」
 
「君は副長に対して思うところはない。そうかい?」
 
「間違いありません」
 
「しかし副長は君に熱を上げている」
 
「あんなの、どっかの舞台の役者と同じ扱いですよ。ビスさんだって団長とか尊敬している人がいるでしょう? それと同じですし、最初から副長だって恋愛感情ないって言ってるじゃないですか。副長は妻がいる男を奪おうとする女性じゃないと思います」
 
 仮にも近衛騎士団。
 不義理な動機で優斗に近付くわけもない。
 
「……確かに」
 
 基本的なことを忘れていた。
 
「というか副長の部下なら僕のこと、知ってるんじゃないんですか?」
 
「……君のこと?」
 
「いつも副長からは『ユウト様』と聞いてるから繋がらないかもしれませんが『ユウト=フィーア=ミヤガワ』って言ったら分かりますか?」
 
 ビスが頭の中から該当する単語を探す。
 
「……あっ。あれか! 異世界の客人!」
 
 納得するように頷いた。
 
「そうです。何で『異世界の客人、宮川優斗』と副長がファンだの何だのと言っている『ユウト様』が同一人物じゃないと思っていたのかは知りませんが、ちゃんと同一人物です」
 
 そして心の中で叫ぶ。
 
 ――気付けよ!!
 
 あの副長があれこれ言ってるんだから、普通な人間なわけがなし。
『ユウト』とか出た時点で気付け。
 
 
 
 
 
 
 面倒事も終わり、馬車の近くまで戻ってくると息を切らせたキリアがいた。
 すぐ近くには剣を持った副長もいる。
 
「話を終わられたのですか?」
 
「終わりましたよ。だから副長も喧嘩売らないでください」
 
 あらかじめ優斗が注意しておく。
 
「し、しかしですね」
 
 納得いかないのか、副長が反論しようとする。
 なので優斗は言いたくないけれど、確実に効果のある一撃を口にする。
 
「喧嘩売ったら会長の地位、クレアさんに譲りますからね」
 
 案の定、副長が青ざめた。
 
「……な、ならば仕方ありません。許します」
 
 こんなことで許すのもどうかと思うが……というか心底アホらしいが、それでも許しは出た。
 副長の言質を取ったことで一緒に戻ってきたビスも一安心する。
 
「キリアさんは副長に稽古をつけてもらってたんだ」
 
「近衛騎士団の副長がいるんだから、稽古をつけてもらわないなんてもったいないわよ」
 
 と、キリアは言い切ったところで、
 
「あれ? ふと気になったんだけど先輩と副長ってどっちが強い……って決まってるわね」
 
 問いかけようとして自己完結する。
 大国リライトの近衛騎士団副長も名高い人物ではあるが、この男はもっと酷い。
 
「いや、前にやったことあるけど、僕の負――」
 
「あんなものは無効です」
 
 優斗が言い終わる前に副長が否定した。
 
「いえ、負けです」
 
「無効です」
 
「負けですってば」
 
「だから無効です」
 
 変な諍いに発展した。
 とりあえずキリアは訊いてみる。
 
「……何やったのよ?」
 
「木刀勝負」
 
「それでどうして勝負が着かないの?」
 
「僕が木刀折られたから負けだって言ってるのに、副長が認めてくれないだけ」
 
「……木刀が折れるってなに?」
 
 まずそこが謎だ。
 
「一撃必殺かまして折られた」
 
「……先輩って魔法と精霊術がメインなのよね?」
 
「うん」
 
 優斗が素直に頷いた。
 
「……うん、って普通に…………、ああ、もういいわ」
 
 キリアはあれこれ言おうと思ったが、全て呑み込む。
 とりあえず、剣技も異常なんだと決めつける。
 
「後で先輩も稽古つけてね。この五日間でラスター君を引き離すつもりなんだから」
 
「はいはい」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 夕暮れ、二回目の休憩。
 というわけで、
 
「ユウト様と一緒に戦うのは初めてですね」
 
 タッグ戦をやることになった。
 じゃんけんで決めたペアは優斗と副長、キリアとビス。
 
「私とユウト様が組むので、魔法は使いません。さらに制限時間は20秒。それまでに我々が倒せなければ貴方達の勝ちということにします。ビスとキリア・フィオーレは20秒を全力で防ぎきってください。何をやっても構いません」
 
「攻めたら駄目なんですか?」
 
 キリアが挙手して尋ねる。
 
「攻めることが出来るのなら、攻めてきなさい」
 
 とりあえずキリアとビスは視線で会話する。
 ビスが優斗を示すが、キリアは首を横に振る。
 未だ全力なんて見たことがないし、副長も先ほど圧倒的な実力を知らされたばかり。
 シャレになってない、このコンビ。
 
「では始めるとしましょう」
 
 優斗はショートソードを。
 副長は剣を抜く。
 
「行くよ」
 
「行きます」
 
 宣言と共に飛び込んでくる二人。
 キリアとビスは彼らと10メートルの間を取っていたが、僅か二秒弱で距離を副長に潰される。
 飛び込みながらの上段振り下ろしにビスは反応して防ぐが、優斗が横を通り抜け際にビスに蹴りをかました。
 ビスも読んではいたが、予想よりも強かった真横からの衝撃に10センチほど身体が右にずれる。
 思わず右足で踏ん張るビスだが、その僅かな隙を逃す副長ではない。
 しゃがみ、ビスの右足を己の右足で思い切り刈り取るように蹴った。
 後は倒れた彼の首筋に剣を突きつけて終了。
 優斗はビスに蹴りをかました反動で方向転換、キリアに斬りかかる。
 キリアは最初、詠唱を唱えようとしていたが飛び込みの早さにキャンセル。
 代わりに詠唱破棄での初級魔法を使おうとしても間に合わない。
 さくっと首筋にショートソードを添えられ、こっちの勝負も終了。
 
「何度も言ってるよね? 考えて魔法を使えってさ」
 
 優斗はペシっとキリアの頭を叩く。
 
「……二人してビスさんの方に行ってたんだから唱える余裕あると思うじゃない」
 
「だとしたら斬りかかられてもショートソードで捌いてちゃんと唱えきる。詠唱は中途半端が一番いけない」
 
「……分かったわよ」
 
 ムスっとしながらもキリアは頷く。
 副長もビスに指摘を行っていたようだが、どうやら終わったようだ。
 
「今日はここでキャンプとしましょう。もう夕暮れですから」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 四人でパンを食べながら談笑する。
 
「薄々と気付いてはいましたが、キリア・フィオーレもユウト様のことを知っているのですね」
 
「ミエスタの女王とラスターにバラされたんで」
 
「あんなの気付くなっていうほうが無理よ」
 
 分かり易すぎる。
 というかは、ラスターが嘘をつけない性格だというのが幸いした。
 
「先輩が大物っていうのはいまいち実感できないけど」
 
「実感しなくていいよ。大物のフリなんてやりたくない」
 
「もっと偉ぶっても罰は当たらなそうなのに」
 
 せっかく大魔法士と呼ばれているのだから。
 
「でも、今回の交流って結構凄い交流よね。先輩に加えて6将魔法士の誰かが来るかもしれないなんて相当よ」
 
「……6将魔法士ねぇ」
 
 あまり興味なさげに優斗が繰り返した。
 
「先輩、知らないの?」
 
「その名称を聞いたことはあるけど、実際は何なのか知らない」
 
 優斗としては『何そのRPGみたいな人達』で終わった。
 というか詳しく知ったら後々、ご厄介になりそうな気がしたから知りたくなかった。
 
「6将魔法士っていうのは『セリアール』で神話魔法を使える魔法士のこと」
 
「へぇ~」
 
「戦闘主体のギルドパーティや兵士にとっては憧れの存在ってわけ。一般人でも名称ぐらいは当然、聞いたことあるわよ」
 
「要するに凄い人達なんだね」
 
「……興味ないの?」
 
 いちいち反応が薄い。
 たぶん……というか絶対に興味ない。
 
「いや、だって関わらないと思うし……」
 
「そんなこと言ったって大物よ大物。サインとか貰ったら喜ぶ子供だっているわよ」
 
 神話魔法を使えるなんて、それだけで憧れる。
 けれどキリアの話を聞いて副長が何か思い付いたような表情をした。
 目敏く優斗が気付く。
 
「……副長? なにを『あっ』みたいな顔をしてるんですか?」
 
 嫌な予感しかしないが、あえて尋ねる。
 
「いえ、ユウト様からサインをいただ――」
 
「書きませんよ」
 
 表情の変化に乏しい副長ではあるが、あからさまに落ち込んだ表情をさせた。
 ビスが副長の様子を見て取りなす。
 
「まあまあ、サインぐらいはいいじゃないか」
 
 怨敵じゃないと分かったからなのか、ビスは非常に友好的だ。
 本来はこっちがビスの姿なのだろうが、優斗としては数時間前とのギャップに未だ違和感を覚える。
 
「ビスさん。近衛騎士団の副長ともあろう御方が学生からサインを貰おうとしている図は笑えません」
 
「先輩はただの学生じゃないんだからいいじゃない」
 
 思わずキリアが突っ込んだ。
 
「あのね、学生という身分があるんだから調子乗ってサインとか書いてたら端から見ても嫌でしょ」
 
「先輩ぐらいとっぱずれてたら別に思わないわね」
 
 断言したキリアに、思わず優斗も言葉に詰まる。
 
「お願いできないかい?」
 
 だめ押しとばかりにビスがお願いをしてきて、
 
「ユウト様……」
 
 副長が期待のまなざしを向ける。
 
「…………」
 
 三者三様、優斗にサインを書けと言ってくる。
 
「…………っ」
 
 しかも副長のまなざしがとても厄介。
 普段の冷静な表情と違って、子供っぽい。
 凄く純粋な視線が優斗を見ている。
 
「……一枚だけですよ」
 
 優斗が根負けした。
 
「で、ではっ! お願いします!」
 
 喜び勇んで副長が用紙とペンを優斗に差し出す。
 
「……サインって普通に名前を書けばいいんですよね?」
 
「出来れば“エルへ 大魔法士ユウト=フィーア=ミヤガワ”と書いていただけると」
 
「……分かりました」
 
 なんかもう『大魔法士』というのを否定したところで副長から「そんなことはありません」と逆に否定されるだろうし、無駄なことはしないで言われるがままに用紙にペンを踊らせる。
 
「これでいいですか?」
 
 しっかりとサインを書いた用紙を副長に渡した。
 副長は馬車の中から箱を取り出して丁寧に保存する。
 
「家宝にします」
 
「勘弁してください」
 
 恥ずかしすぎて死ぬ。
 
 
 
 
 
 
 時間が経って落ち着き、いつもの表情に戻った副長にキリアは訊いてみたいことが出来た。
 
「副長ってどうして先輩のファンになったんですか?」
 
「正確にはユウト様とフィオナ様のファンです」
 
 そこを間違えてはいけない。
 
「フィオナ先輩って先輩の婚約者よね?」
 
「国内だとね。国外だと色々と面倒事もあって妻ってことになってるから気を付けといて」
 
「……? まあ、よく分からないけど分かったわ」
 
 色々ある、と言っていたからまさしくそうなのだろう。
 切り替えて再び副長に尋ねる。
 
「何で二人のファンになったんですか?」
 
「元々は学生闘技大会の時にAランクの魔物、カルマを事も無げに倒したことで興味を持たせていただいたのですが、さらにはシルドラゴンや黒竜の撃破。暗殺未遂の解決などを聞かされればファンになるのもおかしくはないと思います。フィオナ様はユウト様を除けばリライト最強の精霊術士です。加えてあの美貌であればこそファンになるには時間がかかりませんでしたね」
 
 さらに龍神の両親なのだから。
 ファンになるな、というほうが不可能。
 
「先輩、たくさん変なことやってるのね」
 
「……そこは否定できないかな」
 
 無理だ。
 自分でも色々とやらかしたと思っている。
 
「じゃあ、もしかして集まる中で一番の大物って先輩?」
 
「当然です。ユウト様が身分を明かして今回の交流に行っているのなら、6将魔法士だろうと王族だろうとユウト様より格下です」
 
「王族も?」
 
「特に宗教色の強い国はそうですね。龍神と精霊を崇拝しているミラージュ聖国などはユウト様を『大魔法士』として崇めています。ミラージュ王がユウト様に土下座したという話は我々の中では有名ですから」
 
「……何をさせてんのよ」
 
 半眼になるキリア。
 だが優斗も嘆息する。
 
「あれは息子のマゴス様がやったことをミラージュ王が焦って、慌てて土下座してきたんだよ。僕はあの時ほど焦って逃げ出したくなった時はない」
 
 だからミラージュ聖国には、もう行きたくないというのが本音。
 キリアはため息をつきながらも納得はした。
 
「とりあえず副長が言いたいことは分かりました」
 
「理解できたのならよろしい。キリア・フィオーレもユウト様に稽古を付けてもらえることを感謝しなさい。セリアール史に名を残す人物ですから、ユウト様は」
 
 なぜか副長が嬉しそうに語る。
 キリアは平々凡々としている優斗に、
 
「……先輩、やっぱり威厳っていうのをもう少し出さない?」
 
「ごめん、それ無理」
 
 
 



[41560] 副長の凄さ
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:4863115f
Date: 2015/10/26 21:17
 
 
 
 
 二日目もキリアの訓練を中心に談笑し、仲良くなる。
 そして三日目のお昼。
 交流をする場所へと辿り着いた。
 場所としてはリスタル。
 世界闘技大会があった場所のすぐ近く。
 
「案外大きな建物なんですね」
 
「おおよそ、二十人程度が集まるんだよ。七ヶ国の人材が集まる予定だからね」
 
「選ばれた者達って感じがするわ」
 
「受付は建物の中にありますので入りましょう」
 
 副長に促されて建物の中へと入る。
 代表して副長が受け付けを済ませ、指定された部屋へ荷物を置き、歓談室へ顔を出す。
 すでに七、八人がいた。
 その中で一際目立つ筋肉質な身体とハゲ頭。
 筋肉ハゲが振り向く。
 
「あっ」
 
「おおっ!」
 
 優斗の姿を認めると、筋肉ハゲが近寄ってきた。
 
「ユウト殿ではないか」
 
「お久しぶりです」
 
 優斗は苦笑する。
 闘技大会準々決勝で当たったマイティー国のリーダーハゲ。
 ダンディ・マイティーがいた。
 
「覚えてくれていたか」
 
「さすがに忘れられませんよ」
 
 記憶から消去するほうが難しい。
 握手をしながらダンディは後ろにいる副長達を見る。
 
「ユウト殿と一緒にいるのが、リライトの人達なのだな?」
 
「はい」
 
「お目に掛かるのは初めてであるな。マイティー国から来たダンディ・マイティーだ。ユウト殿とは闘技大会で対戦した戦友だ」
 
 無駄に筋肉を誇示しながら挨拶をするダンディ。
 ビスとキリアが吹き出しそうになった。
 気持ちは優斗もよく分かる。
 
「リライト近衛騎士団副長のエルと申します」
 
「部下のビスです」
 
「リライト魔法学院一年のキリアよ」
 
 それぞれダンディに挨拶をする。
 
「皆、三日の間ではあるがよろしく頼む」
 
 一人ずつ、リーダーハゲが握手をしていく。
 そして全員と握手をし終わったあと、ダンディは優斗を近くへと呼び寄せた。
 
「どうしたんですか?」
 
「いや、なに。ユウト殿は異世界人であるのだろう? それを確かめたくてな」
 
 小さな声で話しかけてくる。
 巨体でこそこそ話すとか、端から見たらちょっとキモいだろう。
 
「……やっぱりマイティーさん、王族だったんですね」
 
 他国で優斗達のことを『異世界人』だと知っているのは今のところ、王族しかありえない。
 
「一応はな」
 
「確かめてどうするんですか?」
 
「ユウト殿の他にも異世界人が来るのでな。知らせておこうと思ったのだ」
 
「……本当ですか?」
 
「もちろんだ。今回やって来る国の中で“フィンド”どいう国がある。そこにいる『フィンドの勇者』はリライトと同様、異世界から勇者を呼び寄せている。そして今回『フィンドの勇者』がやって来るということだ」
 
「別にあちらは隠しているわけじゃないんですよね?」
 
「ユウト殿の言うとおりだ。『フィンドの勇者』は堂々と異世界人と名乗っているぞ」
 
 ある程度、有名人と言ってもいい。
 
「ユウト殿は学生ということもあり、身分を隠しているのであったからな。とりあえずは知らせておいたほうがいいだろうと思ったのだ」
 
「ありがとうございます。助かりました」
 
「いや、なに。気にするな。儂とユウト殿の仲だ」
 
 笑ってダンディは仲間の元へと戻っていく。
 優斗は今度、副長達と内緒話をする。
 
「ちょっと面倒事が起きました」
 
「何があったのですか?」
 
「異世界人が来るらしいんですよ」
 
 優斗の発言にキリアは首を捻る。
 副長とビスはこの場所に来るとされている名簿を思い返す。
 一番に副長が思い出した。
 
「異世界人というと……『フィンドの勇者』ですか?」
 
「はい。ですのでユウト・ミヤガワだとバレる可能性が高いです」
 
 優斗の発言に副長が失態をしてしまった、と悔いた。
 
「……申し訳ありません。失念しておりました」
 
「いえ、近衛騎士団主導ではありませんし、どうしようもないと思います。僕はあくまで学生のユウト・ミヤガワですし、学院側もこんな特殊事例は予想できないと思いますから」
 
 交流する国々の名簿が副長の手元に渡った時点で、各国にも出回っている。
 手遅れだ。
 どうしようもない。
 
「そう言ってくれると助かるよ」
 
 ビスが感謝する。
 
「バレるってなに?」
 
 一人、キリアだけが状況を飲み込めなかった。
 彼女の疑問に優斗は副長とビスに目配せをする。
 頷かれた。
 
「どうせいずれ気付くだろうし面倒だから伝えるけど、異世界人」
 
「誰が?」
 
「僕が」
 
「へぇ、そうなの」
 
 特に驚くこともなくキリアが納得した。
 
「……キリアさんが驚いてくれなくなった」
 
「先輩にこれ以上、何を驚けっていうのよ。人間じゃないとしても驚かないわよ」
 
「いや、人間だから」
 
 そこはしっかりと否定しておく。
 
「というわけで、今からはユウト=アイン=トラスティと名乗ります」
 
「っていっても名簿を見てたら終わりじゃないの?」
 
「フィンドの勇者がチェックしてないことを祈る。それに僕は名前を四つ持ってて『宮川優斗』『ユウト・ミヤガワ』『ユウト=フィーア=ミヤガワ』『ユウト=アイン=トラスティ』ってあるんだよ。偽名にはならないし別の名前で押し通したい」
 
 だから名前を変えて一縷の望みに縋るしかない。
 
「四つもあるなんて詐欺師みたい」
 
「……そうだけどね」
 
 否定できない。
 犯罪でもやらかしてそうな感じが出ているのだから。
 
「でも、なんでたくさん名前があるの? 『ユウト・ミヤガワ』が異世界人だから?」
 
 キリアの疑問に副長が答える。
 
「正確に言えば『宮川優斗』様が『異世界の客人』であり、『ユウト・ミヤガワ』様はあくまで一般の学生です」
 
「……なんかこんがらがってきたけど、だったらどうして『ユウト・ミヤガワ』でフィンドの勇者にバレるの?」
 
「ミヤガワなんてファミリーネーム、異世界人から見れば一発でバレる」
 
「バラしたくない理由は?」
 
「秘匿されてるから」
 
「……そんなものわたしにバラさないでよ」
 
 国が総じて隠していることを一般人に教えないでほしい。
 
「いやいや、前回もだったけどキリアさんはどうせ疑問に思って知りたがるだろうしね。だったら伝えて協力してもらったほうが楽なんだよ。余計な詮索されて色々な人に広まる可能性も減るし」
 
「……まあ、わたしの性格からしたらそうだけど」
 
 というか、絶対に探る。
 優斗はキリアが納得すると全員に宣言する。
 
「今から僕は公爵家トラスティに婿入りした『ユウト=アイン=トラスティ』になるので注意してください」
 
「分かったわ」
 
「分かりました」
 
「分かったよ」
 
 キリア、副長、ビスが頷く。
 と、その時だった。
 歓談室へのドアが開いた瞬間に爽やかな声が通る。
 
「皆さん、初めまして! 『フィンドの勇者』である竹内正樹です! 異世界から来ているのでこちらの文化には慣れていないところもありますが、よろしくお願いします!」
 
 黒い髪に黒い瞳。
 背にはマントで脇には聖剣。
 顔は……まさしく二枚目。
 しかもキラっとさやわかに歯が輝いた。
 背後では三人の女性もうっとりとした目で彼を見ている。
 
「フィンドの勇者……だって?」
 
「本当に?」
 
 すると有名人だからなのだろう。
 リライトメンバー以外のほとんどが彼のところへと集まった。
 優斗は彼を見て思わず、
 
「……王道だ」
 
 感嘆した。
 見た感じでは優斗と同年代のように見える。
 そしてイケメン、長身、さわやか、ハーレム。
 おそらくは朴念仁も持っているはず。
 これでチート能力が高いならまさしく完璧。
 
 ――うちの勇者とは違うなぁ。
 
 イケメン、朴念仁、そこそこ長身は合ってるけど中身が変人すぎる。
 その分、チート能力が異常だけれども。
 
「いやはや、凄いね」
 
 フィンドの勇者が立っている場所は、まるでアイドルの握手会みたいな状況になっている。
 その様子を見ていてキリアが、
 
「副長はああいう勇者のファンとかにはならないんですか?」
 
「ユウト様とフィオナ様以外は対象外ですが」
 
 一切悩む様子もなく瞬時に言い切られた。
 
「……その発言も非常に困るんですけど」
 
 優斗が少し冷や汗を流す。
 なんていうか怖い。
 ビスもフィンドの勇者を示しながらキリアに訊く。
 
「キリアちゃんはどうなんだい?」
 
「わたしは別にミーハーじゃないですし」
 
 飛び込んでいこうとは思わない。
 
「でも強かったら興味は出ます」
 
 倒す観点ではあるが。
 強ければ興味は生まれてしまう。
 
「というわけでフィンドの勇者って強いんですか?」
 
「え~っと……副長、どうでしたか?」
 
「確か勇者になった当初からBランクの魔物を倒したことがある、とは聞いています。その後は訓練を積んでAランクの魔物ならば倒せるらしいです」
 
 副長の説明に優斗は感嘆の声を漏らした。
 
 ――チート能力的もそこそこあるんだ。
 
 異世界人が得たチートの中では上等。
 思わずニタニタとしてしまう。
 
 ――完璧じゃないか。
 
 修とは違う、物語のような勇者がここにいる。
 端から見る分には面白そうだ。
 
「実際に戦ってみないと分かりませんが、おそらくは学院の生徒会長――レイナと同じか、少し上ぐらいでしょう」
 
 副長がおおまかな予想を言う。
 と、ここでニタニタしている優斗に気付いた。
 
「ユウト様? どうかされましたか?」
 
「――えっ!?」
 
 名前を呼ばれてビックリする優斗。
 そしてようやく、自分が考えふけっていたことに気付いた。
 
「あっ、いや、何でもないです」
 
「ならばよろしいのですが……」
 
 副長が心配そうにしていたけれど、優斗は愛想笑いをしてかわす。
 
「でも生徒会長と似たり寄ったりの実力なら副長とか先輩よりは弱いってことですよね?」
 
「この二人はリライトで五指……というか世界トップレベルの実力の持ち主だからね。しょうがないよ」
 
「ビスさんは?」
 
「自分はフィンドの勇者よりは下だね。Bランクでも下っ端の魔物を相手にするのが精々だよ」
 
 謙遜するが、これでもビスは近衛騎士団の中堅より上の実力の持ち主。
 さすがは副長の部下といったところか。
 
「……なに? わたしだけ圧倒的に弱いわけ?」
 
「これから強くなればいいってことだよ」
 
 一年生だから、伸び盛りなのだし。
 
「じゃあ、これから三日間はずっと稽古してよ」
 
「それもいいけど、せっかくマイティーさんとかいるしね。時間があるときにでも戦ってみたら?」
 
「強いの?」
 
「ぶっちゃけ、キリアさんじゃ勝てない。ただ、面白いからやる価値はあるよ」
 
「ふ~ん。先輩が言うなら戦ってみようかしら」
 
 呑気に会話をするリライト勢。
 けれどそこに、
 
「ちょっといいかな」
 
 声を掛ける人物がいた。
 視線を向けると、煌びやかな四人組。
 
「リライトの皆さんだよね?」
 
 フィンドの勇者が笑みを浮かべて話しかけている。
 優斗がしまった、と心の中で叫んだ。
 
 ――やっばい!
 
 いずれ出会うことは間違いなかっただろうが、向こうからやってくるとは。
 しかも見ず知らずのリライト勢に会いに来たということは……バレてる可能性が高い。
 
「さっきも自己紹介したけど、ボクは『フィンドの勇者』をやってる竹内正樹っていうんだ」
 
「リライト近衛騎士団副長のエルです」
 
 勇者と副長が握手をする。
 
「どのようなご用件でしょうか?」
 
「ユウト・ミヤガワ君に話があって来たんだよ」
 
 勇者の視線が優斗を捉える。
 髪を見て、瞳を見て、納得するように頷かれた。
 逆に優斗は意気消沈する。
 
 ――終わった。
 
 絶対にバレてる。
 さっき話してた別の名前とかもう、関係ない。
 故に優斗が出来るのは、この場を穏便に済ませることだけ……なのだが、
 
「君ってボクと同じ異――」
 
「ちょ、ちょっと待った!!」
 
 まさかのっけから衆人環視の前で暴露されかけるとは思わなかった。
 思わず大声を出して勇者の口を塞ぐ。
 彼の後ろにいる女性達から悲鳴があがるが知ったことじゃない。
 
「副長! 彼と話があるので少し抜けます!」
 
 そのまま副長の返事も聞かずに優斗は勇者を引きずって逃走。
 ハーレム集団すらも瞬時に振り切って優斗は歓談室から消えていった。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 優斗とビスが宛がわれた部屋へと勇者を引きずり込んで鍵を閉めた。
 とりあえず、これで少しは安心できる。
 
「ど、どうしたんだい?」
 
 意味が分からなくて勇者が首を捻る。
 何か不味かったのだろうか、と思っているのだろう。
 
「あんな場所で暴露されては困ります」
 
「暴露されては……ってことは、君はやっぱり」
 
「ええ。貴方と同じ異世界――日本から来てますよ」
 
 面倒なので認める。
 キリアの時と同様、余計なことをされて広められてはたまらない。
 心底面倒そうな優斗とは別に、勇者は心底嬉しそうな顔をする。
 
「よかった。ボクと同じように『セリアール』に召喚された人がいるんだ」
 
「よかった、じゃありません。こっちは本気で焦りました」
 
「どうして?」
 
「この世界において異世界人であることは今のところ、内緒なんですよ」
 
 優斗の説明に勇者の顔が真っ青になる。
 
「ごめん! 知らなかったんだ」
 
 本当に申し訳なさそうな表情を浮かべる勇者。
 ずるいな、と思う。
 こんな顔をされては大抵の人間は許してしまうだろう。
 
「……いえ、いいですよ。知らなかったのだから仕方ありません」
 
 許しが出てほっとする勇者。
 
「それでフィンドの勇者様は――」
 
「正樹だよ」
 
 一転して、にこにことしている勇者。
 
「……正樹さんは何の用で僕に話しかけてきたんですか?」
 
「何の用って……同じ日本人だから話したいなと思って。あっ、そうだ。漢字、なんて書くの?」
 
 本当に日本人と会えて嬉しいのだろう。
 ニコニコしっぱなしだ。
 優斗はもう、どうしようもなくなって素直に答える。
 こういう輩は諦めない。
 引かない。
 拒否したら子犬のような目で見てくる。
 勝てるわけがない。
 だから最後まで付き合うしかない。
 
「宮殿の宮に山川海の川。優しいの優に北斗七星の斗です」
 
「宮・川・優・斗。うん、分かった。それで優斗くんはどうして『セリアール』に来たの?」
 
「正樹さんと同じじゃないですか? 死にかけてリライトに召喚されたんです」
 
「そうなんだ。ボクもトラックに轢かれそうになった子供を突き飛ばして助けたあと、ボク自身が轢かれる瞬間に召喚されたから一緒だね。それで優斗くんはいつからいるの?」
 
「去年の四月からなので……十ヶ月ほどですね」
 
「ボクは六月からなんだよ」
 
「二ヶ月くらいしか違いませんね」
 
 とりあえず相づちを打つ。
 ここで正樹が温度差に気付いた。
 
「優斗くん……せっかく同じ日本人に会えたんだから喜ぼうよ」
 
「いえ、同時に四人で召喚されたのであまり喜びはなくて……」
 
「そうなの!?」
 
 心底驚いた様子の正樹。
 思わず優斗も申し訳なくなる。
 
「えっと、その……すみません」
 
「いや、いいんだよ。ボクはずっと一人だったから嬉しかっただけだし」
 
 ちょっとだけ落ち込んだ様子を見せる。
 が、すぐに気を取り直して、
 
「優斗くん、何歳?」
 
「高校二年で十六歳です。三月で十七歳になる予定ですね」
 
「ボクは高校三年で十八歳なんだ」
 
「一個上ですか」
 
「歳も近いし、三日間よろしくね」
 
「はい。よろしくお願いします」
 
 握手を交わす。
 
「そろそろ戻りましょうか。正樹さんの連れの女性達にはどうにか弁解してもらえると助かります」
 
「だいじょうぶだよ。みんな良い子だから」
 
 正樹の返答に優斗は確信を覚える。
 
 ――ああ、これ絶対ハーレムだ。
 
 凄い。
 まさかリアルにハーレムを作った人に会えるとは。
 思わず拝みたくなる。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 正樹と二人して歓談室に戻る。
 なぜか騒然としていた。
 
「何かあったのかな?」
 
「でしょうね」
 
 すると室内には似つかわしくないジャラジャラ、といった鎖の音が聞こえる。
 優斗と正樹がいぶかしむと、四十歳ほどの図体のでかい男が歓談室の中央にある椅子でどっかりと座っていた。
 手には鎖があり、鎖の先には……六歳ほどの少女が繋がれている。
 その光景を見て正樹が思わず飛び出す。
 
「何をしてるんだ、お前は!!」
 
 図体のでかい男に立ち向かうが如く正面に立った。
 優斗は副長の隣へと歩く。
 そして肩を叩き、優斗は副長と小声で話し始める。
 
「あれは誰ですか?」
 
「6将魔法士の一人、ジャルと言います」
 
 室内の中央で鎖を手に持ち、礼儀も何もなさそうな感じで座る傲慢不遜な態度。
 なるほど。
 こういう輩も6将魔法士と呼ばれるのか。
 
「首に繋がれているのは?」
 
「買ったのでしょう、おそらくは」
 
「人身売買ということですか?」
 
「どの国でも法律的には認められていませんが裏のルートなどありますし、養子としてしまえばあまり手出し出来ません。特に6将魔法士ともなれば……色々とコネもあるのでしょうね」
 
「…………そうですか」
 
 まあ、どの国だろうと世界だろうと“あるものはある”ということなのだろう。
 
「なぜ彼は買った少女を連れてきたのですか?」
 
「まだ詳細は分かりませんが……わざわざこの場に連れてきているのです。何かしらの特殊性を持った少女であると考えるのが妥当かと」
 
「分かりました」
 
 ジャラリ、と鎖がまた室内で高い音を響かせた。
 正樹とジャルの言い合いもヒートアップしていく。
 
「鎖からその子を解き放てと言っている!!」
 
「嫌だね」
 
「お前は……っ!」
 
 正樹が怒りで震える。
 いつの間にか彼の女性達も背後に回っていた。
 互いに戦える準備は出来ている。
 何かが切っ掛けで爆発してもおかしくない状況。
 
「なあ、フィンドの勇者さんよ。こいつがお前と同じ『異世界人』だからって怒るこたぁねえだろ」
 
 ジャルの発言に全員が目を見張る。
 繋がれている少女は黒髪。
 この世界にも黒髪は数多くいれど、『異世界人』としては共通している事項だ。
 だからこそ誰もがジャルの言ったことを否定できない。
 
「ふ、ふざけるな! この子はこんなことをされるために召喚されたわけじゃない!!」
 
「なに言ってんだよ。オレはこいつの『ち・ち・お・や』だぜ。これも立派な教育ってやつだ。だから国家交流の場にも連れてきてやってんじゃねえか」
 
 ジャルは正樹を嘲る。
 ついに怒りが爆発して勇者が斬りかかった。
 優斗はジャルの姿を見て、ライカールのナディアやジェガン……そして両親を思い出す。
 
 ――こういう奴、多いんだよな。
 
 不当で理不尽であろうとも、力で全てをまかり通そうとしている輩。
 あんなものが“教育”とかふざけたことをぬかす輩。
 特に前者は最近よく出会っているような気がする。
 
「副長」
 
「何か?」
 
「止められますか?」
 
 優斗が視線で中央を示す。
 普段と違う彼の雰囲気。
 闘技大会の時に近いものを副長は感じ取った。
 
「ユウト様。今のは『大魔法士』と呼ばれるほどの力を持つユウト様の望みですか? であるならば私としては命ぜられるままに動くのみですが」
 
 だからこそ副長は問いかける。
 元々、動くつもりではあったのだが優斗に頼まれるとなると“動く理由”が変わってしまう可能性がある。
 今のは“誰”の言葉なのか。
 判断する必要があった。
 
「……副長。それは違います」
 
 優斗は真っ直ぐに副長を見据える。
 
「ならば頼まずとも自分で動くだけです。僕が言いたいのは、この状況を見過ごしてしまっては大国の名が泣くでしょう? ということです。そして副長はこの場にいるリライトのトップです。ですから“今”は学生として、副長に頼んでいるんですよ」
 
 彼の言葉に副長が小さく笑った。
 学生が道理を謳うのならば、近衛騎士団の副長として応えなければなるまい。
 
「分かりました。ユウト様の期待、見事に添えてみせましょう」
 
 今現在、ジャルの大剣と勇者の剣がせめぎ合っている。
 副長はゆったりとした動きで中央まで歩いて行くと、
 
「双方、引きなさい」
 
 一閃。
 せめぎ合っている剣と大剣の真下から己の剣で斬り上げる。
 勇者もジャルも弾かれるように後ろへと下がった。
 
「これ以上の無粋な戦闘、リライト近衛騎士団副長であるエル=サイプ=グルコントが許しません」
 
 静かに副長が告げる。
 
「6将魔法士。貴方はいささか程度が低いようですね。貴方の行動を見せつけられて、私が動かないとでも思いましたか?」
 
 冷ややかな視線と口調。
 ジャルが舌打ちした。
 
「……リライトの副長か。お前が来てんのかよ」
 
「“今”はまだ、手を出しません。ですが一線を越えた場合、分かっていますね? リライトは目の前にある不当な扱いを黙っていることはありません」
 
「お前がオレを相手にするってのか?」
 
「お望みとあらば私だけではなく、リライトの総力を決して貴方を潰します。たかだか神話魔法を一つ使えるだけの貴方が大国を相手に出来るとでも?」
 
 副長は冗談抜きで言い放っている。
 ジャルがもう一度、舌打ちした。
 
「……行くぞ」
 
 鎖で繋がれた少女と手下、二名。
 ジャルに促されて歓談室から出て行く。
 副長は次いで、正樹へと視線を移す。
 
「フィンドの勇者、やたら無闇に動くものではありません」
 
「し、しかしあの子を助けないと――」
 
「現状、実態をよく知らない私達が彼女を解き放つのは難しい。だから考え無しに動くなと言っているのです。この場には私もいますしマイティー国の王族もいます。『フィンドの勇者』である貴方だけが動かなければならない、といった状況ではないのですよ」
 
「……はい」
 
 副長の説教に正樹は落ち込む。
 
「相手は6将魔法士。貴方だけでは力不足でしょう。なればこそ私でもいい、マイティー様でもいい、力を借りようと思いなさい。現に私やマイティー様は動く機会を見計らっていたのですから」
 
 副長の近くでダンディがニカッと笑みを浮かべる。
 どうやら一歩出遅れただけらしい。
 
「ただ、正しいと思うことをやろうとする心は認めます。その気持ちを忘れてはいけません」
 
 優しく言葉を掛ける副長。
 落ち込んでいた正樹の顔が晴れた。
 
「はいっ!」
 
 無論、彼の後ろにいる女性達は良い顔をしていないが。
 副長は言い終わると優斗達のところへと戻る。
 
「どうでしょうか? ユウト様」
 
「さすがです」
 
 小さく拍手を送る。
 
「副長って凄いのね。6将魔法士にもフィンドの勇者にも対等……っていうか上から物を言ってたわよ」
 
 感想を述べるキリアにビスが苦笑する。
 
「リライトの近衛騎士団副長だからね。実際、凄い人なんだよ」
 
 優斗にサインを貰っていた姿からは想像できないが。
 
「けど、さっきの先輩と副長のやり取りって何? なんか変だった」
 
 凄く違和感があった。
 副長はキリアの疑問に答えるべく、三人を寄らせて誰にも聞かれないように小声で話す。
 
「ユウト様についてはキリア・フィオーレも存じている通りです。そしてユウト様の『力』は何でもかんでも振りかざしてしまえばいい、というものではありません。全ての事柄に対して『力』を使ってしまえば、後に待つのは破滅です。ユウト様は使うべき時を理解されているので今更の今更の今更、とは思いますが一応試させていただきました」
 
 結果、副長からするとさすが優斗というべきものだった。
 余計ファンになった。
 とはいえ優斗は仲間関連になると一概に理解しているとは言い難いので、彼自身にとっては教訓になる。
 
「あの状況でそんなことまでやってたんだ」
 
 半ば呆れる形でキリアが呟く。
 
「私はユウト様を崇拝していますが盲信はしていません。であればこそ、間違った道を進まれないようにファンクラブの会長として先を示すのみです」
 
 ……なんでだろう。
 途中まで格好良かったのに、締めの言葉を大失敗している。
 
「……副長。僕としては近衛騎士団副長として、であってほしかったです」
 
 優斗もキリアもビスも。
 最後の最後でがっくりした。
 



[41560] 常識は絶対ではない
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:4863115f
Date: 2015/10/26 21:18
 
 
 
 
 目の前でキリアとダンディが戦っている。
 優斗はそれをベンチに座りながらボケっと見ていた。
 
「副長は一応、情報収集に向かったよ」
 
 そこにビスが合流する。
 手には紙コップを二つ持っていて、片方を優斗に渡す。
 優斗は感謝を述べながら受け取った。
 
「これからどうするんだい?」
 
「あの子については何もしません。実際どういう状況なのか分かりませんし、もしかしたら双方合意の上での関係かもしれませんし」
 
「また凄いことを考えるね」
 
 ビスが苦笑した。
 騎士でもなく、まだ学生の彼がそんなことを考えているとは予想できなかった。
 
「癖みたいなものです。まあ、誰しもが思っている状況だったとしても、今のところ手出しは出来ませんし助けるとなったって問題事は多いです。なので僕は現在進行形で国家交流を全うするだけですよ」
 
 話ながらお茶を口に含む。
 特に動揺した様子のない優斗にビスは感嘆する。
 
「強いね、ユウト君は。数時間前にあの光景を見て平然としていられるなんて、とてもじゃないけど学生には思えないよ」
 
 普通は優斗ぐらいの歳の子なら、時間が経った今でも動揺の尾を引いている。
 現に交流に集まった幾人かは未だにそうだ。
 自分だって僅かに動揺を覚えている。
 けれど彼は平然としていた。
 
「僕は別に強いわけじゃないですよ」
 
 ビスに向かって優斗は苦笑する。
 
「慣れてるだけなんです、ああいった光景を」
 
 優斗が言ったことにビスが軽く目を見開いた。
 
「だからなんというか……麻痺してるんですよね、感覚が」
 
 気には触れるが動揺しない。
 動揺……できない。
 と、戦い終わったダンディとキリアが戻ってきた。
 
「まだまだだのう、キリア」
 
「ダンディさん、どんだけ頑丈なんですか」
 
 満足げなダンディと悔しそうなキリア。
 やはりキリアが負けたようだ。
 
「先輩、この人にどうやって勝つの?」
 
「魔法を当て続けて魔力消費比べ。相手よりも魔力を持ってれば勝ち」
 
「それしかないの?」
 
「僕とレイナさんは一撃必殺で倒した」
 
「一撃必殺って言っても中級魔法まで防がれるんだけど」
 
「キリア、残念だが儂はある程度の上級魔法まで防げるぞ」
 
 ダンディの一言にキリアがげんなりした。
 
「……無理、今のわたしじゃ勝てる気しない」
 
「キリアさんはラスターと違って穴はないんだけど、突出した部分もないからね。マイティーさんみたいな人とは相性が悪い」
 
「……わたしも覚えたほうがいいのかしら、必殺技」
 
「一つくらいは頼りにできる魔法や何かを覚えたほうがいいかも」
 
「キリアちゃんが剣を使うの得意なら、近衛騎士団の剣技でも教えてあげられるんだけどね」
 
 軽く談笑をする。
 すると、もの凄いスピードで迫ってくる影があった。
 
「優斗くん!!」
 
 影――正樹はハーレムを引き連れて優斗のところへ一直線。
 目の前で止まる。
 
「優斗くん! 何をやってるんだ!」
 
「何って……今回集まった主旨のことをやってるんです」
 
「そんなことしてる暇はないよ!」
 
 力説された。
 
「…………えっと……」
 
 どうしたもんかと優斗は考える。
 
「何をするんですか?」
 
「あいつ、リスタルにも住居を構えてるらしいから情報収集をしよう!」
 
 優斗は思わず手を頭を当てる。
 ……頭痛がしてきた。
 
「リライトとしては副長が動いてくれていますので」
 
「でもボク達が動くことでもっと早く助けられるかもしれないじゃないか」
 
 どこからその自信は出てくるのだろう。
 勇者だからか?
 優斗はどうでもいいことも含めてあれこれと考えるが、何をしたところで連れて行かれるのは間違いなさそうだ。
 
「……分かりました。情報収集に行きます」
 
「そうか! そうだよね! やっぱり手伝ってくれるんだ!」
 
 嬉しそうに優斗の手を握る勇者。
 ため息が出そうだ。
 
「けれども、正樹さんの後ろにいる方々も同行するんですよね?」
 
「もちろん」
 
「でしたら僕は別行動を取らせていただきます」
 
「えっ!? ど、どうして!?」
 
 困惑する勇者。
 優斗としては驚くような提案をしたつもりはない。
 
「全員で回っても得られる情報は少ないですし」
 
「で、でも一人っていうのは……」
 
「大丈夫ですよ。助手ならいますから」
 
 優斗はキリアを右手のひらで示した。
 
「……わたし?」
 
「後輩なら先輩の頼み、聞いてくれるよね?」
 
 気軽にそんなことを言ってくる優斗に、キリアも特に不快な様子は見せず、
 
「お世話になってるし構わないわよ」
 
 素直に頷いた。
 
「というわけでこちらは――」
 
「ボ、ボクも優斗くん達と一緒に行く!」
 
 正樹の予想外の発言に時が止まった。
 
「……なぜ?」
 
「人数の比率が二対四っていうのはおかしい。だから優斗くんと仲が良いボクが一緒に動くよ」
 
 数時間前に会ったばかりで、喋ったのだって部屋で喋ったぐらい。
 とてもじゃないけど仲が良いとはいえない。
 しかも勇者の発言に後ろの女性達が大いに優斗を睨んだ。
 
 ――勘弁してよ……。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 結局は正樹がハーレムを説き伏せて優斗、キリア、正樹の三人組で街を回る。
 今は心底嬉しそうな正樹が住人に聞き込みをしていた。
 
「よかったわね、フィンドの勇者に好かれて」
 
「……分かってて言ってる?」
 
「もちろん」
 
 にたにたと意地悪い表情のキリア。
 優斗がげんなりした。
 
「あのハーレムの女の子達、見たでしょ? ものっすごい勢いで睨んできたんだから」
 
「先輩、平然としてたじゃない」
 
「顔だけ。内心は『勘弁してください』って何度も唱えてた」
 
「あははっ。ホントに可哀想」
 
 けらけらとキリアが笑う。
 
「っていうかあの人、なんで先輩と一緒に行きたがるの?」
 
「まあ……理解はできなくもないよ。正樹さんは久々に同郷である僕と会ったんだし、女の子も同郷って話だからね。一緒に動いて解決したいんだよ」
 
「先輩は?」
 
「結構どうでもいい」
 
 一緒に動く必要がなければ、動かなくてもいいと思う。
 
「一刀両断ね」
 
 あそこまで好かれているのに。
 少しだけ正樹が可哀想に思える。
 
「キリアさんは――」
 
 と優斗が言ったところでキリアがストップを掛けた。
 
「前々から思ってたけど先輩、正直気持ち悪いから“さん”はやめて。呼び捨てでいいわよ」
 
「なんで?」
 
「言ったでしょ、気持ち悪い」
 
 仮にも先輩後輩の間柄なのだし。
 けれど優斗は悩む。
 
「……ちょっと待って。少し考えるから」
 
「考えること?」
 
「嫁に怒られるかもしれないから」
 
「怒るの?」
 
「無駄に仲良くなるなって言われてるし嫉妬深いんだよ。そこが可愛いんだけど」
 
「後半は聞いてないわよ」
 
 知るか、といった感じだ。
 
「でも別に安心していいんじゃない? 正直、先輩を好きになる人の気が知れないもの」
 
「それは僕も理解できるけどね」
 
「だったらいいじゃない」
 
 あっけらかんとしたキリアの態度。
 彼女の態度にうん、と優斗も頷いた。
 
「キリア、何かあったらフォローよろしく」
 
「ラスター君でもひっ捕まえて『彼氏です』とか紹介してあげるわ」
 
「助かるよ」
 
 互いに笑みを浮かべる。
 と、そこに勇者が戻ってきた。
 
「どうでした?」
 
「いや、駄目だったよ。次に行こう」
 
 歩き始める。
 今の広場はあまり有益な情報が得られなかったので、場所を変える。
 もう夕暮れ。
 次のポイントが最後の聞き込み場所になる……のだが、
 
「……なんだ?」
 
 優斗の視線が不意に鋭くなる。
 チリ、と刺すような何かが感じられた。
 
「…………」
 
 気配を探る。
 そして気付いた。
 
「……へぇ、二人か」
 
 僅かに、ぽそりと呟いた声。
 
「先輩?」
 
「どうしたの?」
 
 優斗の呟きにキリアと正樹が首を捻る。
 すると優斗は極めて平然とした様子で、
 
「つけられてる」
 
 小声で二人に告げる。
 正樹は優斗にそう言われ、神経を周囲に巡らせる。
 遅ればせながら気付いた。
 
「……確かに。優斗くんの言うとおり、追われてるよ」
 
 背後に二人。
 等間隔の距離を保ちながら歩いている。
 
「正樹さん、どうします?」
 
「何で追ってくるのか確かめてくるよ」
 
 言って早々、正樹は振り返り追ってきた二人に話しかける。
 少し……唖然とした。
 
「凄いわね、フィンドの勇者って」
 
「何ていうかあれだよね。自分が汚れてるなって思わされる」
 
「先輩だったら路地裏に連れ込んで情報をはき出させるとか言いそう」
 
「言いそう、じゃなくて言うんだよ」
 
 正樹は二人組と話している……というか口論になっているが、ある程度のやり取りは終わったのか憤った表情で優斗達のところへと戻ってきた。
 
「なんて言ってました?」
 
「これ以上、ジャルのことを探るなって言われた」
 
「そうですか」
 
 何なのだろうか、あの連中。
 パッと思い浮かんだのはジャルの手下なのだが。
 
「とりあえず、今日は情報収集をやめておいたほうがよさそうですね。無用な危険を生みますから」
 
「で、でも……」
 
 正樹が食い下がる。
 
「急いては事をし損じる、ですよ。大した情報は得られませんでしたし、副長が持ち寄る情報に期待するとしましょう」
 
 説き伏せる。
 渋々ながらも納得する正樹。
 すぐにでも助けられないのが悔しいのだろう。
 
「……そうだね。焦っても仕方ない」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 夜。
 夕食も食べ終わり優斗、副長、ビス、ダンディ、正樹の五人は優斗達の部屋に集まっての話し合い。
 現状、優斗は場違いなので部屋を出ようとしたけれど正樹に引っ張り込まれた。
 
「では私が仕入れてきた情報を皆さんに伝えます」
 
 副長は全員を見回すと、手に持っている紙を見せた。
 
「彼女の名前は『愛奈』。年齢は六歳。6将魔法士であるジャルが『父親』だと言っていた通り、あの二人は義理の親子関係にあります」
 
「養子っていうのは合ってるんですね」
 
「はい。ただ人身売買ではなく、リスタルの貴族から二ヶ月ほど前に養子として譲られたのが彼女です。簡単に調べがついたことから、少なくとも表向きはそうなっています」
 
「表向きを信じるとするなら貴族が召喚を行った、ということかの?」
 
「そこまで詳しいことは分かりませんでした。しかし異世界の方々を召喚する魔法陣を知っている国は数少なく、また特殊な魔法陣ゆえに情報漏洩に対する警備も厳重です。召喚された国からこの国の貴族へ取引された、と考えるべきかと」
 
 副長の説明にダンディが眉根を潜める。
 
「……嘆かわしいのう」
 
「そして彼女とジャルの現状ですが、傍目からでは好ましいものではありませんね。度々、住人が暴力を振るっている姿を目撃しています。さらには見世物のように扱っているようです」
 
「彼女はジャルに対して、嫌がったり抵抗したりはしてないんですか?」
 
 優斗が訊く。
 
「これも住人の証言になりますが、痛みに顔を歪める以外は特に感情を発露しないそうです」
 
 副長の説明に優斗は既視感を覚える。
 なんとなく、昔の自分を思い出した。
 
「……そうですか」
 
 無感情に、無表情に。
 心を停止すれば傷つかない。
 嫌な思いも、辛い思いも、何も感じない。
 
「すぐにでも助けられないんですか!?」
 
 思い溢れるように正樹が問う。
 
「真っ当な方法では難しいでしょう」
 
「裁判沙汰になるからね」
 
 副長とビスが首を横に振る。
 正当な手続きを使うなら、やはり長期戦になるのは間違いない。
 優斗も額に手をやり、
 
「助けたあと、どうするかも問題ですよね」
 
「そうだね。本当に厄介だよ」
 
 ビスが頷く。
 正樹がハテナマークを浮かべた。
 
「あの、優斗くん。問題って?」
 
「正樹さんは助けたいって言ってますけど……助けた後、あの子をどうするんですか?」
 
「え?」
 
「正樹さんが連れていくんですか?」
 
 優斗の質問に正樹はう~ん、と考える。
 
「助けたあとに考えればいいんじゃないの?」
 
 まあ、当然と言えば当然の答え。
 けれど副長がため息をついた。
 
「しっかりなさい、フィンドの勇者。今回の件、貴方は目の前にある不当から女の子を助けると決めたのでしょう? でしたら助けた後のことも考えてあげなさい。それが助ける者の責任というものです」
 
「……はい」
 
 説教めいた言葉に正樹が少しだけヘコむ。
 けれど頑張って気を取り直し、
 
「でも、さっき真っ当な方法じゃ無理って言ってたけど、何か方法はあるってこと?」
 
「現状で出来ることといえば最終日に無理矢理引き離して、そのまま攫う……ぐらいでしょう」
 
「今のところ、それしか自分も思い付きません」
 
「だから面倒そうなんですよ」
 
「そうだのう」
 
 副長、ビス、優斗、ダンディの四人で頭を悩ませる。
 見た感じで暴れるのが大好きそうなジャル。
 彼に暴れることのできる素晴らしい口実を与えることになる。
 
「正樹さん、貴方達はジャルに勝てますか?」
 
「勝ってみせるよ」
 
「いや、勝ってみせるじゃなくて、勝てるか勝てないかを訊いてるんです」
 
 沈着かつ冷静に。
 己の実力と相手の実力を鑑みてどうなのか。
 それを訊いている。
 
「そんなの、やってみないと分からないよ」
 
「では、お知り合いに勝てる方は?」
 
「みんなにも訊いてみないと分からないけど……たぶん、いない」
 
「……分かりました」
 
 ということは、だ。
 
「儂としてはリライトが引き取ったほうがいいと思うぞ」
 
「私も同じ意見です。リライトに連れていったほうがよろしいでしょう」
 
「自分は副長の決定に従うまでです」
 
「僕もです。そこらへんは副長に任せます」
 
「分かりました。今のところ、裁量は私がしましょう」
 
 正樹を除く四人が頷く。
 
「とはいえ、やはり情報不足は否めません。私はギリギリまで助けるべきか否か、判断する材料を増やすとします。ですから助けるとしても最終日、明後日ですね」
 
「自分も明日は副長と一緒に動きます」
 
「助かります」
 
「では、任せるとしようかの。儂は一応、王族なのでな。無闇やたらには動けん」
 
 副長とビス、ダンディが明日の予定を話し始める。
 けれど正樹一人が納得できていなかった。
 
「えっ!? どうして!?」
 
 今の今まで、助ける話し合いをしていたのに。
 なぜひっくり返すように『助けるかどうか』の話をしたのか。
 副長は正樹を諭すように話しかける。
 
「もしかしたら『彼女が今の立場を望んでいる』のかもしれません。だからこそ、間違えを起こさないためにも最後まで情報を得たいのです」
 
「そ、そんなことあるわけないだろ!?」
 
 あんな酷い状況、望む者などいない。
 けれど副長は尋ねる。
 
「誰が知っているのですか?」
 
「えっ?」
 
「だから誰が『彼女は助けてほしがっている』ことを知っているのか、と訊いているのです」
 
「それは……」
 
 勇者は思わず言葉に詰まる。
 
「少々、手厳しく言ってしまいましたね」
 
 副長は苦笑した。
 
「フィンドの勇者。貴方は真っ直ぐ、正しく、そして優しい。でも、だからこそ私やビスのような者がいるのです。誰もが“勇者なのだから間違っているわけがない”と全肯定してしまったら、貴方が間違ってしまった時に止める人がいないでしょう?」
 
「今回の件もそうだよ。君が“正しい”のは分かってる。けど言い切れるわけじゃない。だから証明するために動くんだ」
 
 ビスも笑みを浮かべた。
 
「勇者が正しくいるためには、必要な仲間がいるんだよ。時には諭してくれる仲間や、叱咤してくれる仲間がね」
 
「貴方にはいますか? そのような仲間が」
 
 勇者は少し考え、
 
「……いません」
 
「ならばいずれでいい、作ったほうがいいですよ。フィンドの勇者であろうとも、対等に進言してくれる者を。でなければ間違えたことを間違えたと気付かないまま、過ごしてしまう場合があるのですから」
 
「それで一番後悔するのは君だからね」
 
 優しく告げる副長とビス。
 彼らの言っていることを勇者は胸に刻んだようで、
 
「はいっ!」
 
 一つ、大きな返事をした。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 話し合いは終わり、すでに深夜。
 全員、就寝している。
 その中で優斗は一人、ベッドに入りながらも眠れずにいた。
 
「…………」
 
 似てる、と思ってしまったからだろうか。
 どうにも眠る気分になれなかった。
 
 ――ちょっと出るか。
 
 ベッドから起き上がる。
 上着だけを羽織り、音をさせないように部屋を出る。
 雪が降る国ではないとはいえ、さすがに寒さはあった。
 建物の外に出て、少し歩こうとしたところで……音が聞こえる。
 
「ん?」
 
 少し耳を澄ます。
 また、聞こえた。
 僅かではあったが、金属音のようなものが。
 
「なんだろ?」
 
 建物の外周を曲がった先から聞こえた。
 気になって音の方向へと歩いて行く。
 そして何気無しに覗いてみると、
 
「…………」
 
 先ほどまで話題としてた少女、愛奈がいた。
 体育座りで顔は俯いている。
 髪は背まで伸びているが、ボサボサ。
 服装はワンピースのようなもの、一枚。
 微かに聞こえていた金属音は鎖の音。
 寒さに震えている愛奈の振動が鎖に伝わって発されたものだろう。
 人の気配に気付いたのだろうか。
 愛奈が顔を上げた。
 優斗はとりあえず、上着を愛奈にかける。
 
「だいじょうぶ?」
 
「…………」
 
 なるべく優しい声を出したが、彼女は無反応。
 
「外は寒いけど、ここに居たい?」
 
 もう一度、優斗は声を掛ける。
 すると、だ。
 小さい声ながらも反応があった。
 
「……なれてるの」
 
 彼女の返答。
 けれどそれは優斗の望む答えじゃない。
 優しく「違うよ」と否定してから、真意をもう一度訊く。
 
「慣れてるか慣れてないか、じゃなくて居たいのか居たくないのかを訊いてるんだよ」
 
「……」
 
 首を僅かに横へ振った。
 
「じゃあ、おいで。ここで寝ろって言われてるわけじゃないんだったら、どこにいようと君の自由だよ」
 
 優斗の言葉に愛奈は立ち上がろうとして……よろける。
 寒さで身体が上手く動いていないようだった。
 
「ちょっと動かないでね」
 
 告げて、小さな身体を抱き上げる。
 思った以上に軽かった。
 優斗はそのまま部屋まで連れて行き、とりあえず浴室へ。
 首輪は何かしらの細工がされてあるのか外れない。
 なので首輪と鎖をつけたまま、浴室へと入る。
 汚れた服は水の精霊に頼んで洗ってもらい、火の精霊と風の精霊に超速で乾かすことをお願いした。
 バスタブにお湯を張りながら、ぬるま湯でゆっくりと愛奈の身体を温める。
 そして充分、彼女の身体が温まったところで髪を洗い……気付いた。
 シャンプーが泡立たない。
 少なくとも二,三日以上は風呂に入ってない証拠だ。
 優斗は泡立つまで繰り返し愛奈の髪の毛を洗う。
 身体も汚れが目立った。
 青痣もあり、無数の傷が目立つ。
 できるだけ力を入れずに洗う。
 多少はしみたりもしただろうが、愛奈の表情は何も変わらない。
 優斗は洗い終わると彼女をバスタオルで丁寧に拭き、綺麗になった服を彼女に着せる。
 その上に大きくともセーターを着させて自分のベッドの上に座らせる。
 
「ビスさん、起きてください」
 
 ビスを叩き起こす。
 最初、眠そうな目をゆっくりと開けるビスだったが、愛奈の姿を認めると一気に覚醒したようだ。
 すぐさま起き上がる。
 
「これは一体どういうことだい?」
 
「外にいるところを保護しました」
 
 優斗とビスが僅かばかり話す。
 その間に、愛奈はうつらうつらとし始め……ポスっと倒れた。
 優斗とビスはその姿を見て、
 
「……子供がこんな時間まで起きてたんだ。こうなるのは分かっていたね」
 
「ですね」
 
「副長にも知らせて色々と訊きたいところだけど、このまま寝かせてあげたいと思うのは自分だけかい?」
 
「いえ、僕も同じ気持ちです」
 
 
 
 
 
 
 このまま二人は夜を徹して彼女を見守り、明け方六時過ぎ。
 僅か四時間ばかりの睡眠を取った愛奈が目覚めた。
 
「…………」
 
 ジャラリ、と鎖を鳴らせて起き上がる。
 
「起きた?」
 
「もう少し寝ててもいいんだよ」
 
 優斗とビスが声を掛ける。
 
「…………」
 
 愛奈は二人を一瞥するが、ベッドから降りてドアに向かう。
 
「ちょっと待って」
 
 優斗が愛奈の前に立って止める。
 視線でビスに合図を送った。
 ビスは頷く。
 
「行かないといけないところがあるのかもしれないけど、もしよかったらこれだけ答えてくれるかい?」
 
 人の良い笑みを浮かべるビス。
 
「君はこのまま、あの人と一緒にいたい?」
 
 ビスの質問に愛奈は……何も反応しなかった。
 優斗の横を通り過ぎる。
 ドアを開けて外に出た。
 
「僕からも言っておくことがあるよ」
 
 ドアを閉めようとする愛奈に優斗が声を掛ける。
 
「もし、今日も同じように外で寝るつもりなら、この部屋に来てさっきのベッドで寝ること」
 
 愛奈の動きが一瞬だけ止まる。
 けれど、僅かばかりで次の瞬間にはドアを閉めた。
 優斗とビスは顔を見合わす。
 
「どう思いますか?」
 
「……何というか、考えることも感情も止めているね。自己防衛なのだろうけど……」
 
「僕達は見知らぬ人ですし、余計に防衛が働いたのかもしれません」
 
「ただ、少なくとも自分の質問に頷かなかったということは、今の状況を肯定してるわけじゃなさそうだね」
 
「けれども“今の状況を否定したい”という気持ちもない。……いや、ビスさんの言うとおり感情も思考も止めているだけ……ですね」
 
「とりあえずは僅かな可能性である“肯定的な現状”でないことは確かだよ」
 
 
 



[41560] 分かれ目
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:4863115f
Date: 2015/10/26 21:18
 
 
 
 
 
 朝早く。
 テーブルを囲むリライトメンバーの姿があった。
 優斗とビス、副長とキリアはどの国の人達よりも一番に朝食を取っている。
 近衛騎士二人が朝から動くためだ。
 
「そうですか」
 
 先ほどあったことをビスが隣に座っている副長に説明する。
 
「申し訳ありません。副長に知らせるべきとは思ったのですが……」
 
「私がいても状況に変わりなかったでしょう」
 
 特に何か変化することはなかったはずだ。
 
「ただ、接することができて彼女の状態が好ましくないことが分かったのは僥倖です」
 
 助けるべきだと判断する材料が増えた。
 
「ビス、食事を摂り終えたら動きます」
 
「了解です」
 
「先輩、今日はどうするの?」
 
 優斗の隣に座っているキリアが予定を確認してきた。
 
「……今日も正樹さんが来ると思うんだよね」
 
 げんなりとした様子で優斗が答える。
 
「仕方なくない? あの人、先輩と一緒にいたいみたいだから」
 
「けれどハーレムの女の子達が怖いから逃げ――」
 
「ミヤガワッ!!」
 
 優斗達以外がいない、静かな食堂に大声が響いた。
 発生源を見てみれば、そこにいたのは勇者のハーレムの一人。
 栗色の髪をポニーテールにしていて、確かに美人なのだが……第一声からして関わりたくない。
 彼女は優斗から見て左側で仁王立ちする。
 
「貴様、マサキに何を言った!?」
 
 いきなり睨み付けてきた。
 優斗は……とりあえず無視して会話を続ける。
 
「だから逃げたいっていうのが本音」
 
「……いいの? 何かすっごく怒ってるけど」
 
 というか、よくスルーできるものだとキリアは感心する。
 
「僕は正樹さんに何も言ってない。怒鳴られる意味が分からない。よって会話する必要性を感じない」
 
 優斗はパンに手を伸ばす。
 半ば無視されている状況に女性がさらに怒る。
 
「貴様がどうせ何か言ったのだろう!? だからマサキが貴様を仲間に入れたい、などと抜かしたんだ!!」
 
 朝から死ぬほどどうでもいい、けれど面倒な話題を提供しないでほしい。
 しかも怒られる理由が分からない。
 ただでさえ普段と違う心境になってしまっているのに、こんなことをされれば憂鬱な気分になる。
 
「言ってませんし、仲間なら他にいるので正樹さんの仲間になるつもりもありません」
 
 さらに副長が、
 
「フィンドの勇者に仲間のことを説いたのは私です。ユウト様に怒鳴るなどお門違いも甚だしい」
 
 睨み付けながらパンを食べる。
 
「き、貴様……っ!」
 
 女性がまた怒鳴り始めた。
 
「ミヤガワ! フィンドの勇者であるマサキの仲間になりたくないというのか!!」
 
 副長も反論したのに標的は優斗だけ。
 しかも彼女が言ったことに全員が首を捻る。
 優斗を仲間にしたくない、ということではないのか?
 
「意味が分からないんですけど、副長は通訳できますか?」
 
「申し訳ありませんが私はできません」
 
「残念です」
 
 優斗が仲間など嫌そうなのに、いざ断れば怒るとはどういう了見だろうか。
 
「貴方じゃ話にならないので、会話が出来る人を連れてきてください」
 
 まさしく神経を逆撫でする一言。
 鞘から剣を抜く音が聞こえた。
 
「――ッ!」
 
 振りかぶり、テーブルを切ろうとする。
 瞬間、優斗と副長が脇に置いている自らの得物を抜いた。
 優斗は左手でショートソードを、副長は右手に剣を持ち彼女の斬撃を止める。
 
「ユウト様は左手でも扱えるのですね」
 
「右手より精度は落ちますけど、なんとか」
 
 逆の手でパンを持ちながら優斗と副長は会話する。
 女性が幾度となく斬りかかってくるが、全て防ぐ。
 
「素晴らしいことだと思います」
 
「僕は捌くぐらいしかできませんけど、副長は問題なく使えるんでしょう?」
 
「騎士ですから。利き手が使えなくなっただけで戦えない、というのは問題になります」
 
「さすがですね」
 
 話しながら副長は相手の剣を巻き込み、優斗のほうへと跳ね上げる。
 空中へと飛ばされた剣を優斗は思い切りショートソードで弾き飛ばす。
 剣は彼女の右側を通り過ぎ、出入り口付近の壁へと突き刺さった。
 
「こちらは食事の最中です。下がりなさい」
 
 一瞥して、剣を鞘にしまう副長と優斗。
 そのまま逆の手で持っていたパンをかじり始めた。
 彼女は優斗を睨み付けながら突き刺さっている剣を抜くために離れて行き、
 
「あれ? ニア、何してるの?」
 
 ちょうど食堂へとやってきた正樹を視認した瞬間、抱きついた。
 
「えっ? どうしたの?」
 
「聞いてくれ、マサキ! やっぱりミヤガワなんか仲間にするべきじゃない!」
 
「な、なんで?」
 
 ニアがあれやこれやと勇者――正樹に説明し始める。
 
「彼女は何がしたかったのでしょう?」
 
「とりあえず僕を仲間にしたくなかった、ということで終わらせませんか? 考えるだけ無駄です」
 
「そのようですね」
 
 パクパクと食事を再開する優斗と副長。
 ビスとキリアは今さっき起こった光景に絶句……しない。
 
「よりにもよってこの二人に挑むのは凄いと思うけど」
 
「先輩と副長だなんてあまりにも相手が悪いですよ」
 
 慣れたもので二人も食事を続ける。
 正樹はニアから話を聞いたあと、優斗達に近付く。
 
「あの、優斗くん」
 
「何でしょうか?」
 
「ニアも悪気があったわけじゃないんだ。だから許してくれないかな?」
 
 申し訳なさそうに正樹が謝る。
 
「ということは悪気なく剣を抜いたんですか?」
 
「ち、違うよ。ニアはボクのためを思ってやってくれたんだ。だから……」
 
「彼女が剣を抜いたことは正樹さんの為だから悪くない、と?」
 
「そうじゃないよ!」
 
 正樹が慌てて否定する。
 けれどそうしてしまうと意味が分からなくなってしまう。
 
「……正樹さん。言いたいことがよく分かりません」
 
 庇いたいのなら庇えばいい。
 別に自分を慮ることはない。
 
「彼女が剣を抜いたということは僕に非があったということ。あまりにも不条理なことを言われたので、神経を逆撫でするような言葉を使ったのも確かですしね。さらに彼女には“正樹さんのため”に剣を抜くだけの理由があったということで、正樹さんの仲間が僕にやったことに対して謝る必要はないです。むしろ僕のほうが謝るべきでしょう。怒らせてしまったのですから」
 
 優斗は正樹とニアに頭を下げる。
 
「申し訳ありません」
 
 きっかり五秒、頭を下げ続けてから上げる。
 正樹は困り果てた表情で、ニアは勝ち誇ったような表情。
 その状況を前にして副長は席を立った。
 
「ユウト様。私達は行きます」
 
 気付けば副長とビスは食事を終えている。
 ビスも続いて席を立った。
 
「夜には一旦、戻るからね」
 
「分かりました」
 
 優斗とキリアが頷くのを見て、二人は出入り口へと向かう。
 と、食堂から出る前に副長は少しの間だけ止まった。
 
「フィンドの勇者、これだけは伝えておきます」
 
 正樹達の方を見ずに告げる。
 
「今回の件、どちらも悪いかどちらかが悪いの二つしかありません。どちらも悪くない、というのは存在しない。ですから“貴方のため”という免罪符を貴方が掲げるのなら、ユウト様が悪いのです。そして結果はユウト様が謝罪した。ただそれだけの話に困惑した表情など浮かべるべきではありません」
 
 それだけを伝えて副長とビスは食堂から出て行く。
 優斗もその間に食事を終える。
 
「キリア、少しのんびりしたらマイティーさんとか、色々な国の人達と話や訓練をしようか」
 
「分かったわ」
 
 席を立とうとする優斗。
 
「ちょ、ちょっと待って!!」
 
 正樹が止める。
 
「何ですか? 謝罪したことが手打ちでは駄目でしょうか?」
 
「そうじゃなくて、えっと……今日も一緒に……」
 
 正樹が訊いてくるが、さすがにどうしようもないんじゃないかと優斗は思う。
 
「……僕だって正樹さんが久々に同郷の僕と会ったからこそ話したい、というのは理解してあげられます。ですが、せめて貴方の周りにいる女性達を納得させてから来てください。基本的には穏便に済ませたいとは思いますが、このままでは同じようなことが起こりますよ」
 
「で、でもボクは優斗くんに仲間になって欲しいし、ニアとかと険悪になってほしくないし……」
 
「マサキ! こんな奴、まだ仲間にしたいなんて言うのか!?」
 
 ニアが食って掛かる。
 
「だ、だって優斗くんは――」
 
 目の前で口論する二人。
 また余計なことに手間取られ、さすがにうざったいと思ったのが一人いる。
 キリアがテーブルを強く叩いた。
 
「ねえ、フィンドの勇者」
 
 正樹とニアの会話が止まる。
 
「貴方の仲間って馬鹿なの?」
 
 イライラしながら訊く。
 
「わたしは無関係だし本気でどうでもいいけど、面倒だから口挟むわ」
 
 目の前で無駄なことをしないでほしい。
 
「よく分からないけど、昨日先輩達が集まって話していたときに副長が仲間のことで何か言ったんでしょ? それで貴方は先輩を仲間にしたいって思った。違う?」
 
「間違ってないよ」
 
「だったら彼女が怒鳴るべきは副長。先輩は無関係。そうじゃないの?」
 
 詰問する。
 正樹は小さく頷いた。
 
「……うん」
 
「貴方が問題とするべきは二人の仲裁じゃなくて彼女の支離滅裂さでしょ? 貴方が何て伝えたのか知らないし知る気もないけど、彼女はこう思ったんでしょ? 先輩が何か言ったから貴方は先輩を仲間にしたいと思ったに違いない、って。けれど勢い勇んで怒鳴ったところを否定されたら“なぜフィンドの勇者が誘ったのに仲間になりたくない”なんて言うのか、と猛る。はっきりいってメチャクチャ。何の筋も通ってない」
 
 意味が分からない。
 
「明らかに彼女が間違ってる。先輩が苛立たせるようなことを言ったのは確かだけど、最初から間違っているのは彼女。でもフィンドの勇者、貴方は彼女を庇って正当化しようとしてる。だから先輩は事を収めるために謝った」
 
 つまり、だ。
 
「こっちからしたら何も悪くない先輩が謝ってんのよ。貴方、訳も分からず怒鳴ってきた相手に謝ったあげく『仲間になりたいから親睦を深めるために話そう』とか言われて一緒にいれる?」
 
「……いれない」
 
「仲間にしたい? 仲良くさせたい? したければすればいいじゃない。けど先輩は仲間にならないって言ってるし、仲良くさせようにもそっちの彼女が嫌なんでしょ?」
 
 だから現状、一緒にいれば無理が生じる。
 
「どうするの? 先輩はわたしみたいな向こう見ずでもあしらってくれる人だけど、彼女が心変わりしない限りは先輩だけが針のむしろ。一緒にいればどうにかなる、とか楽天的なこと口にしないわよね?」
 
「ボ、ボクがちゃんと取りなすから」
 
「だったら早くしなさいよ。目の前で口論みたいなことやられたら邪魔」
 
 うざいだけ。
 けれどキリアが責めているのはフィンドの勇者である正樹。
 
「貴様、フィンドの勇者に対して無礼だぞ!!」
 
 ニアが口を挟んできた。
 
「わたしは元々、無礼な性質よ。それに貴方にだけは言われたくないわね。貴方のほうがよっぽど無礼」
 
 事の発端はお前だ。
 優斗と正樹だけなら問題なんて何もない。
 彼女が割って入ったから面倒事になった。
 さらに追加で言い放とうとしたキリアだが、優斗が軽くチョップして止める。
 
「キリア、ストップだよ。結果は結果、僕が悪かったってことで収めたんだから蒸し返さないの」
 
「先輩が悪かった、とかはどうでもいいのよ。目の前で馬鹿なやり取り見させられるのが我慢ならないの」
 
「そうやってすぐ熱くなるのがキリアの悪いところだよ」
 
 もう一回チョップする。
 
「魔物との戦闘でもそうだけど、キリアは僕と違って怒って強くなるタイプじゃないんだから自制する術を覚えないと」
 
「でもうざいわ」
 
「そこを我慢しろって言ってるんだよ」
 
 本当に熱くなりやすいというか何というか。
 はあ、と大きく息を吐きながら優斗は正樹に向く。
 
「正樹さん」
 
 今一度、お願いする。
 
「先ほども言いましたけど、貴方の周りの女性達を納得させたら来てもらえますか? 無用なトラブルは好まないんです」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 昼過ぎ。
 
「ありがとうございます」
 
「ありがとうございました」
 
 剣を打ち鳴らす音が終わる。
 一言二言を30歳くらいの男女と交わしてから優斗とキリアはベンチに座った。
 
「ギリギリだったけど勝ててよかったわ」
 
「本当だね」
 
 良い鍛錬となった。
 
「ユウト殿、キリア」
 
 ちょうど良いタイミングでダンディがやって来る。
 
「フィンドの勇者とは一緒ではないのか?」
 
「あんな面倒な連中、嫌よ」
 
 嫌悪感を隠さないキリア。
 ダンディが首を捻る。
 
「何事かあったのか?」
 
「ええ、少し」
 
 優斗はさっきのことを話がてら、ついでに夜中あったことも加えて話す。
 
「ほう……そんなことがのう」
 
「本当に面倒ったら仕方ないんですよ!」
 
 正樹達のことについてキリアが憤る。
 他ではいくらでもやっていいが、目の前では勘弁してほしい。
 
「ユウト殿はどうなのだ?」
 
「僕の仲間も馬鹿はいますけど、仲間内に迷惑が掛かるだけなんで。なんていうか……正樹さんが可哀想でしたけどね」
 
 あそこまでとなると哀れになる。
 やっぱりハーレムを作るには作るなりの苦労があるんだろうな、としみじみ思わされた。
 
「なに言ってんのよ。フィンドの勇者も駄目じゃない」
 
「そう? 正樹さんがフィンドの勇者だってことを考えたら、普通は彼が謝るだけで収まるって。僕らには通用しなかったけど」
 
 フィンドの勇者が謝れば大抵は納得して理解してくれるだろう。
 特に女性がいれば取りなしてくれる。
 ただ、リライト女性陣は副長とキリア。
 イケメンだろうと勇者だろうと容赦ない。
 
「それに女性に優しいのは正樹さんの性格。どんなことでも『守ってあげなきゃ』みたいなのが働くんだろうね。そこは僕も同じようなものだから納得できるし」
 
「なるほどのう」
 
 ハーレムを作る要因の一つは彼の性格のおかげだろう。
 しかし正樹はオートで『守ってあげなきゃ』が働くから今回は問題になったというだけのこと。
 けれどキリアは最後の部分に納得いかない。
 
「先輩、最初っからわたしのこと散々に言ってくれたじゃない。どの口がほざくのよ」
 
 実力が把握できてないだの頭が悪いだの色々と。
 
「僕は嫁とか限定的なんだよ」
 
「……ああ、なに、そういうこと? 奥さんとかなら当たり前じゃない。旦那が守ってあげないといけないわよ」
 
 むしろ嫉妬深いと聞いている奥さんと同列に入れられずに済んで助かる。
 と、その時だった。
 ジャラリ、と鎖の音が響く。
 
「おおっ、マイティーの王子様じゃねーか」
 
 反射的に三人が音と声のする方向を見た。
 そこには下卑た笑みと鎖の音をまき散らせるジャルがいる。
 
「相変わらず輝かしい頭してんな」
 
 王族を王族と敬わない態度。
 ダンディが嘆息する。
 
「6将魔法士……相変わらず不作法な男だのう」
 
 鎖の先にはもちろんのこと、愛奈が無表情で佇んでいる。
 優斗達の表情から険しさが生まれた。
 
「国家交流、ご苦労なことで」
 
 ジャルの視線が優斗とキリアを捉えた。
 
「ガキ、テメーらも一応名前を訊いといてやるよ」
 
 自分のことを知らないとは思っていないのだろう。
 尊大に訊いてきた。
 
「キリア・フィオーレ」
 
「リライト公爵家長子、ユウト=アイン=トラスティと申します」
 
 名前を告げた二人のうち、ジャルの視線が優斗に定まる。
 
「……そうか、テメーもリライトか」
 
 唐突だった。
 大剣を背から取り出し、横薙ぎ。
 ピタリと優斗の首筋で止めた。
 
「昨日、テメーのところの副長には世話になってな」
 
「そのようですね」
 
 脅すような形。
 けれど優斗は平然と言葉を返す。
 
「リライトってだけでうざってぇんだよ」
 
「とはいえ、手を出せば結果は分かっているでしょう?」
 
「試せば分かるだろうな」
 
「やってみてもよろしいですよ。ただし昨日に副長が言ったとおり、貴方が大国一つを相手に出来るのなら」
 
 挑発と挑発の応酬。
 今のところ、険悪な雰囲気はない。
 互いに相手を嘲笑するだけだ。
 
「まあ、その子を我々に渡していただければリライトとしても貴方に関わることはないと思いますが、いかがですか?」
 
「バカ言うなよ」
 
「馬鹿なことなど言ったつもりはありません。この光景、あまりにも目に余る。教育といっても限度があるでしょう?」
 
「そんなこと言って、テメーらも異世界人が欲しいだけじゃねぇのか?」
 
 挑戦するような口調のジャルに優斗は鼻で笑う。
 何を言っているんだ馬鹿が、とばかりに嘲るような態度で言い放つ。
 
「残念ながらリライトには現在四名の『異世界の客人』がいます。こちらとしては『異世界人』は有り余っていますので、『異世界人』ということでこの子を欲する理由にはなりません。あくまでこちらは保護したいのですよ、奴隷のような扱いからこの子を」
 
「はっ、クソガキの親はオレだぜ? どうしようと親の勝手だ」
 
「ならば貴方は親失格。やっているのはネグレクト――児童虐待です。要するに人間のクズですね」
 
 優斗が告げた瞬間、少し空気が張り詰めた。
 だんだんと空気が乾いていき、僅かばかり殺気が満ち始める。
 
「6将魔法士のオレにケンカを売るとは良い度胸じゃねぇか」
 
「事実を告げただけなのにケンカを売ってると勘違いされるとは、やはり程度は低いようですね」
 
 睨み合う。
 そのまま10秒、20秒、30秒と過ぎていき、そろそろ互いに次の言葉を口にしようとした瞬間、
 
「優斗くん!!」
 
 第三者の飛び込む人影があった。
 影は優斗の首筋にある大剣を弾く。
 
「大丈夫かい!?」
 
「正樹さん……」
 
 予想外の人物、フィンドの勇者が出てきた。
 
「お前、何をしようとしていた!?」
 
「何もしてねぇよ。ただの話し合いだぜ?」
 
「あんな話し合いがあるものか!」
 
 優斗達を庇うように立つ正樹。
 だが、
 
 ――なんていうか……間が悪い人だよな。
 
 一般的には大正解な行動なのに、自分からしたら違う。
 別に助けてもらう場面じゃない。
 
 ――僕が変なのか?
 
 優斗は少し考えて、当たり前かと苦笑する。
 ベンチから立ち上がった。
 これ以上は探るにしても何にしても難しい。
 第三者が正樹なだけに。
 
「6将魔法士。昨日の副長と同様、リライトの立場は示しました。近衛騎士団の副長とリライト公爵家の跡取り。双方から示されても考えは変わりませんか?」
 
「たかだか貴族と騎士に言われたぐらいで変わるわけねぇだろ」
 
「……分かりました」
 
 優斗は用が済んだとばかりに建物へと歩き始める。
 キリアは慌てて優斗について行き、正樹はどういうことかと首を捻る。
 ダンディもいる必要はないとばかりに立ち上がった。
 
「ジャル。儂としてもこの状況、納得できるものではないが……」
 
 一つ、告げる。
 
「お主は化け物の尾を踏みかけていること、知っておいたほうがいいぞ」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 しばらくして正樹が優斗とキリアに追いつく。
 
「ちょっと待って! 君達二人じゃ危ないよ!」
 
「大丈夫ですよ。こっちから仕掛けない限りは」
 
 副長が冗談抜きで言い放っているのだから、迂闊には手を出さないはず。
 
「っていうか貴方、なんでいるの?」
 
 むしろキリアとしてはそっちが気になる。
 仲間は説得できたのだろうか。
 
「さっきまでは情報収集しながら説得してて、一旦戻った時に優斗くんがいた。それで訊きたいことがあって」
 
「何をですか?」
 
「直接言ってなかったから、しっかり伝えたいと思ったんだ」
 
 正樹は姿勢を正す。
 そして告げた。
 
「仲間になってほしい。ボクには君が必要なんだ」
 
 真っ直ぐ正直に。
 嫌み無しに掛け値なしに言ってくる。
 さわやかな笑みと比例して増すイケメン度。
 優斗も思わず感嘆する。
 
 ――女性だったらこれで落ちるんだろうな。
 
 彼のようなイケメンに、こうまで真摯に言われたら納得できる。
 だから答えた。
 
「ごめんなさい」
 
「な、なんで?」
 
「何でも何も、僕には他に仲間がいます。別を探してください」
 
 無理なものは無理。
 
「ゆ、勇者の仲間だよ? そういうの憧れない?」
 
「勇者は間に合ってます」
 
「えっ?」
 
「これでも正樹さんとは別の勇者パーティの一員なんですよ。ですから勇者は間に合ってます」
 
 正樹よりアホだけど、親友の勇者がいる。
 
「そうなんだ……」
 
 がっくりとした様子の正樹。
 けれど彼の美徳の一つ、すぐに気を取り直す。
 
「でも、だったら今だけでも一緒に動こうよ」
 
「説得できたんですか?」
 
「……ま、まだだけど。みんな、優斗くんが良い奴だって教えても信じてくれないし……」
 
「正樹さんが僕にばっかり構うからです」
 
「でも、久々に日本人と会えたから嬉しかったし」
 
「だからです。皆さん、正樹さんを僕に取られてしまうのではないかと心配してるんですよ」
 
「なんで?」
 
 素で訊いてくる。
 これだから朴念仁は、と言いたくなるところを優斗は我慢する。
 
「まあ、理由は色々とあるでしょうが僕の言うべきことではありません。とりあえず重要なのは正樹さんの一番の関心が僕に向いてしまっている、ということですよ。それだけ覚えておいてください」
 
「……? うん」
 
 よく分からないけど正樹が頷いた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 とはいえ、彼女達を納得させられたわけではないので一緒に行動するのは不可能。
 正樹はハーレムと一緒にまた情報収集へと向かい、優斗とキリアは出来ることもないので国家交流。
 夜になり、時間は21時ほど。
 優斗は部屋でビスと副長の帰り待ちをしている。
 すると、ドアがカチャリと開いた。
 思わず笑みを浮かべて迎え入れる。
 
「来たんだね」
 
 鎖の音と共に愛奈が部屋にやって来た。
 前日と同様にまずはお風呂に入れて、さっぱりさせる。
 
「…………」
 
 とはいえ会話がない。
 ベッドの上に座っている愛奈はほとんど喋ることをしない。
 どうしたもんか、と少し考えて思い浮かぶ。
 
「面白いもの、見せてあげる」
 
 左手を軽く振るう。
 すると小さくて黄色く発光している、愛らしい土竜が愛奈の前に現れた。
 
「……っ!」
 
 初めて大きな反応を愛奈が示した。
 
「地の下級精霊だよ」
 
 小っちゃな土竜はちょこちょこと愛奈の前を愛らしく動く。
 視線が確実に精霊を追っている。
 しばらく間、ほんの少しだけれども年相応の姿が見えた。
 完全無欠に感情を止めているわけではなくて安堵する。
 
「ごめん、少し遅くなったね」
 
「申し訳ありません」
 
 と、ドアを開ける音がして、ビスと副長が入ってくる。
 次いでダンディと正樹。
 
「ユウト殿。邪魔をするぞ」
 
「失礼するよ」
 
 入ってきて同時、四人が大小の差はあれど驚きを表す。
 優斗は事情を説明。
 全て聞き終えると、正樹は愛奈に近付いた。
 
「もう大丈夫だよ。ボクが守ってあげるから」
 
 優しげな笑みを浮かべる正樹。
 けれど愛奈は一言。
 
「……どうでもいいの……」
 
 気付けば、先ほど僅かに感じた年相応の様子がなくなっていた。
 
「…………まえもいまも……いっしょ…………なにもかわらないの」
 
 ただ、それだけを言って愛奈は黙る。
 正樹が彼女の相手をしている間、優斗達は相談を始めた。
 
「副長、ビスさん。どうでしたか?」
 
「申し訳ありませんが……昨日以上の情報は得られませんでした」
 
「似たような情報は得られたんだけど、やっぱりあの子の気持ちが分からないんだ」
 
「……そうですか。僕も今日、ジャルと話したんですけど知ることは出来ませんでした」
 
 あと少し踏み込めばよかったのだろうが、予想外の展開になってしまって無理だった。
 
「先ほど、地の下級精霊を見せた時は少し年相応の反応を見れたので、もしかしたらとは思ったんですけど……。今はまた元通りですね」
 
 未だに愛奈がどう思っているのか伝わってこない。
 と、ダンディが不意に気になった。
 
「下級精霊も姿を見れるのか?」
 
「僕の特権のようなものだと思ってください」
 
「ふむ、ユウト殿ならではか」
 
「そういうことです」
 
 ダンディの疑問で話が逸れた。
 が、副長がすぐに修正する。
 
「フィンドの勇者も良い情報は得られなかったようですね」
 
「さすがに昨日、今日の二日間じゃフィンドの勇者でも難しいですよ」
 
 副長とビスが無理だった。
 ということは聞き込みだけの正樹だと、さらに厳しいものがある。
 
「だが先ほど娘っ子が言ったことだが、少なくとも『何一つ希望を持っていない』と儂は感じた」
 
 ダンディの感想に同感だと三人も頷く。
 
「前も今も、ということは長らくあの状況が続いていたのでしょう。もしかしたら召喚する前からそうだったのかもしれません」
 
 副長が僅かばかりに悲しそうな雰囲気になった。
 だからこそ希望も期待も羨望も持っていない。
 
「……なんというか、状況としても心境としても昔の僕と少し似ている気がします」
 
 優斗が昔のことを思い出しながら言う。
 感情を無くして生きていること。
 考えることをやめて過ごしていくこと。
 自分の意思を持っていないということ。
 
「…………」
 
 伝えたいことが出来た。
 優斗は愛奈に近付く。
 正樹が色々と話しかけているが反応はない。
 彼に断って、少しだけ黙ってもらう。
 
「お話をさせてもらうよ。だからちょっとでいい、僕の喋ったことを覚えていてほしい」
 
 ベッドに座り、愛奈の両頬に軽く触れる。
 
「僕は昔、君と同じだったよ。考えることをやめて、感情を止めて、ただあるがままを受け入れてた。そうしないと『痛い』って叫びたくなるし、『どうして?』って怒りたくなるもんね」
 
 だから現状を受け入れるために全てを止める。
 感情も考えも何もかも。
 
「でもね、君が『痛い』って言ってくれないと誰も助けられないんだ」
 
 自分はしなかった。
 もちろん、したところで意味はなかっただろう。
 しかし自分は特殊事情すぎるだけだ。
 だから同じ境遇だろうと、同じ耐え方をしていようと同じ道に進んでほしくない。
 似ているからこそ、余計にそう思う。
 
「もちろん言うのは僕じゃなくてもいい。今じゃなくてもいい。けど僕達の他にも誰かが『助けたい』って言ってくれて、その時に助けてほしいって思ったら……その時は勇気を出して『助けて』って言ってほしい」
 
 信用できる誰かが出来たのなら。
 声を大にして言ってほしい。
 
「一緒にいる人が怖いかもしれないけど、それでも立ち向かって『嫌だ』って言えるくらいに『頑張る』って約束してほしい」
 
 優斗は愛奈の頭を軽く撫でる。
 けれど反応は示さず、愛奈はポスっとベッドの上に横になった。
 さすがに時間も時間。
 子供は眠いだろう。
 ただ、優斗が言い終えてから横になったということは、少しばかりは聞いてくれていた……と思いたい。
 優斗は愛奈に毛布をかける。
 
「すみません。何かしら引き出せるかなって思ったんですけど寝ちゃったんで」
 
「いえ、ユウト様の気持ちは伝わったと信じましょう」
 
 副長は真剣な表情になって皆に告げる。
 
「明日、最終的な判断は私がします」
 
 緊張が全員に走った。
 
「確実なる正当性を示せない以上、保護ではなく誘拐になってしまいます。故に助けると私が判断した場合、全ての責任は私にあります」
 
 暗に自分が罪を被ると言っている。
 正樹が反論しようとするが、視線で副長が黙らせた。
 
「騎士とは護る者です。それが他国の市民だろうと王族だろうと勇者だろうと変わりません。私はリライト近衛騎士団副長として、責を逃れるつもりは毛頭ありません」
 
 副長は立ち上がる。
 
「明日は戦闘になるかもしれません。今日はゆっくりと休んでください」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 明け方。
 愛奈が目を覚ます。
 起き上がろうとして、
 
「……?」
 
 隣に誰かがいることに気付く。
 
「…………」
 
 優斗が同じベッドで眠っていた。
 彼の顔を見て、起き上がることをやめる。
 
「……」
 
 昨日の話を思い出した。
 
「……やく……そく」
 
 寝る前に言われたこと。
 それだけは頭に残っていた。
 もう一度、まじまじと愛奈は優斗を見る。
 
「…………」
 
 お風呂に入れてくれた。
 髪の毛を洗ってくれた。
 身体も洗ってくれた。
 ちっちゃくて可愛いものも見せてくれた。
 さらに自分と一緒に寝てくれている。
 
「…………」
 
 少しだけ考えて、優斗の右手の小指に自分の小指を絡める。
 
「…………っ」
 
 そして愛奈は部屋を出た。
 
 



[41560] 急転直下
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:4863115f
Date: 2015/10/26 21:20
 
 
 
 たくさん、嫌なことがあった。
 ずっとずっと、生きている意味が分からなかった。
 母親から首を絞められ意識が薄らとしていくなかで、真っ白な光が見えたと思ったら別の場所にいた。
 誰もいない、囲われた場所にいて助かったんじゃないかと……少しだけ思ったけれど。
 やっぱり召喚される前も召喚された後も扱いは変わらない。
 だから心を凍らせて、考えることをやめて、何も感じないようにしてきた。
 
 でも。
 
 でも、だ。
 
 初めて頑張ろうと思った。
 約束した。
 指切りした。
 
「おら、早く来い」
 
「………………」
 
 いつものように、鎖をジャルが引っ張る。
 今まではされるがまま、引きずられていた。
 けれど今は違う。
 足を踏ん張って拒否した。
 
「おい、クソガキ。何のつもりだテメー」
 
 脅すような声音。
 でも、頑張る。
 頑張るって約束した。
 ぐっ、と怖いのを堪えて前を見る。
 
「……あいな……いたいのもう……いやなの」
 
 だから。
 刃向かおう。
 立ち向かおう。
 反論しよう。
 願いを込めて言おう。
 
「……あいなとばいばい……してください……」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 食堂で朝食を取り終え、この後どうするのかを皆で考えようとしている時だった。
 ジャルが食堂に入ってくる。
 
「……あの子がいない?」
 
 けれど愛奈の姿が見えなかった。
 副長が怪訝な顔をする。
 ずっと連れ回していたのに、なぜか今日だけは姿がない。
 
「あの子はどうしました?」
 
 嫌な予感がして副長が問う。
 ジャルは嫌な笑みを浮かべた。
 
「知りたいか? だったら勝負しようぜ。受けるってなら教えてやるよ」
 
 彼の提案に副長は顔をしかめる。
 
 ――こちらが乗ると分かっている誘い……ですね。
 
 苦虫を潰したような表情をさせる副長とは別に、正樹は烈火のごとく猛る。
 愛奈に“何か”をやったことは誰だって想像つく。
 
「勝負でも何でも受け入れてやる! あの子はどこだ!?」
 
 正樹の宣言に、ジャルの笑みがさらに歪む。
 
「ついて来い」
 
 
 
 
 
 
 
 
 ジャルに引きつられて建物に併設されている訓練場。
 広大なスペースがあり、幾十人もの団体戦すらも可能な場所に……およそ200人。
 待ち構えていた。
 副長が先頭に立って会話する。
 
「五分後から勝負だ。うっかり死なねえように気を付けな」
 
「後ろにいるのは?」
 
 返ってくる言葉は分かっている。
 それでも一応、尋ねた。
 
「こいつらはオレの手下でな。国家交流は見聞を広げるのに丁度いい。教育に凝ってるオレとしては他国のお前らと勝負させてやろうと思ったんだよ。ってわけでオレらとお前らで勝負っつーことだ。まあ、受けたんだから今更文句ってのはなしだぜ?」
 
 ニタニタと下卑た笑みを零すジャル。
 副長は無視する。
 
「では話していただきましょうか。あの子はどこにいます?」
 
 視線を鋭くしながら問いかける。
 ジャルは嘲るように告げた。
 
「クソガキが生意気でな。魔物がいる北東の洞窟に放り込んだんだよ」
 
 まさかの通告に優斗と副長以外、驚きの表情を呈する。
 その中でも正樹は一番の驚愕。
 
「リスタルから北東の洞窟って……Aランクもいるところじゃないのか!?」
 
「ほう、よく知ってんじゃねぇか。まっ、これもオレなりの教育なんだが……さすがにAランクもいるからな。死ぬかもしれねぇし、助けに行ったほうがいいんじゃねぇか? 一昨日からさんざん、助けたいって言ってたんだしよ」
 
 下卑た笑い声。
 彼の手下であろう奴らも同様に笑った。
 
「……腐ったことを」
 
 副長は吐き捨てる。
 けれどすぐに振り向いた。
 
「ユウト様、マイティー様。行ってください。お二人なら助けられます」
 
 副長の言葉に優斗とダンディは一つ、頷く。
 そして駈けだした。
 さらに正樹も、
 
「ニア、君も一緒に行ってくれ!」
 
「なっ!? マサキ!?」
 
 自分の名前が呼ばれたことに驚くニア。
 
「ボクと君は洞窟に行ったことがあるだろ!」
 
 前に旅をしていた時、正樹とニアは洞窟に入ったことがある。
 
「迷わず場所の説明が出来る!」
 
 いち早く助けたい。
 けれど自分が行ってしまったら、この場に残る戦力が衰える。
 副長が優斗とダンディを行かせたことから、あの二人だけで魔物は大丈夫なのだろう。
 だからこそニアを指名する。
 なのに彼女は正樹の考えを理解してくれない。
 
「でも、こっちの人数が……。それにミヤガワと一緒に行くなんて嫌だ! マサキと一緒がいい!」
 
 この一大事でふざけた台詞。
 
「だったらあの子に『死ね』って言うのか!?」
 
 思わず正樹から怒鳴り声が出た。
 
「優斗くんが嫌いなら嫌いでいい。でも……だからといって子供の命を見捨てるような真似はしないでくれ!」
 
 そんなのはもう、フィンドの勇者の仲間じゃない。
 ニアは慌てて反論する。
 
「ち、違う! 私は『勇者を否定する存在』をマサキが欲しいって言うから……っ!」
 
「ボクが望んだ『勇者を否定する存在』って、そういうことじゃない!」
 
 正樹が望んでいるのは『フィンドの勇者』を正しくいさせてくれるために『否定してくれる』こと。
 何が何でも否定すればいいってことじゃない。
 そして正樹が望んだ存在は“今のような仲間”には無理なこと。
 だからこそ優斗を欲した。
 
「君には君で別の役割があるんだよ!」
 
 本当にバカなことをしていると正樹は思う。
 他人から見れば、なんてくだらないだろうと思われているはず。
 でも、自分が間違えて伝えてしまった。
 優斗にも迷惑を掛けてしまった。
 本当に今更だけど、これ以上周りに迷惑を掛けたくない。
 
「だから頼むよ、ニア! 優斗くんと一緒に行って!」
 
 本気の懇願。
 ニアは彼の表情を見て……優斗達を追った。
 正樹は一安心する。
 これで少なくとも、考え得る限り最速で愛奈にたどり着ける。
 
「テメーらのうち、片方が行くと踏んだんだがな。ガキ三人で行かせるなんて正気か?」
 
 ジャルが嘲笑する。
 けれど副長は意に介さない。
 
「何も問題ありません」
 
 道案内はニアがいる。
 もし愛奈が深い傷を負っていても、高位の治療魔法を使えるダンディ。
 魔物には優斗。
 愛奈を助けるにあたって、最強の人選だ。
 
「しかし……200対6ですか。それほど我々が怖いなんて6将魔法士ともあろう者が笑えますね」
 
 だんだんと副長達を囲むように彼らは動いてくる。
 逃がすつもりはない、という意思表示だろう。
 
「リライト副長にフィンドの勇者。この二人をオレはそこまで過小評価してるわけじゃねぇぜ」
 
 どっちかは消えると思っていたが、それでも残った場合のことを考慮して用意した200人だ。
 
「昨日、マイティーの王子様に『化け物の尾を踏みかけてる』なんて言われてな。そんでクソガキの件でどうせ、テメーらは動くだろ? なら踏むどころか踏み潰してやろうって思ったんだよ。ただ、踏みつぶすべき化け物はシルドラゴンを死闘の末、たった一人で倒したフィンドの勇者と弱冠22歳にして大国リライト、女性初の近衛騎士団副長。テメーらみたいな人外を相手にすんだ。やり過ぎて駄目ってこたぁねーだろ」
 
 圧倒的に蹂躙するために必要な人数だ。
 けれど副長は首を横に振る。
 
「6将魔法士、貴方は一つ勘違いをしていますね」
 
 誰の尾を踏んでいるのか。
 副長か?
 違う。
 正樹か?
 違う。
 
「貴方が恐れるべきは私でもフィンドの勇者でもないのですよ」
 
 ただ、それだけを告げて副長は振り返った。
 
 
 
 
 
 
 副長が皆のところへ戻ってくると、ビスが声を掛ける。
 
「ずいぶんと急な展開ですね」
 
「この状況、ユウト様の言葉が届いたから起こった……と思っています」
 
 愛奈が“生意気”なことをした。
 あの子の様子を考えれば、本来ありえなかったはず。
 なればこそ、届いていたと思いたい。
 
「私はあの子を最優先に助けるため、三人を向かわせました。結果、皆さんには苦労を強いてしまいますね」
 
「この状況で助けようと思わなかったらボクは『フィンドの勇者』失格だよ」
 
 正樹の言葉に後ろの女性二人が頷く。
 
「我々がすべきことは分かりますか?」
 
 副長の問いかけ。
 答えたのはキリア。
 
「耐えること。ですよね?」
 
「その通りです、キリア・フィオーレ」
 
 副長は頷く。
 逆に正樹達は首を捻った。
 
「さすがに私とフィンドの勇者、二人がいたところで厳しいことは変わりません」
 
 30倍以上もの人数を覆すことは難しい。
 “普通”ならば。
 
「ですがユウト様達が戻れば、このふざけた勝負もあの子のことも全てが好転します」
 
 常識で考えれば三人が戻ってきたところで好転するわけがない。
 でも声音は副長が言っていることが真実であると疑わせない。
 
「信じていいんだね?」
 
「嘘は付きません」
 
 断言する。
 正樹は大きく頷いた。
 
「分かった。信じるよ」
 
 そして彼が頷いたことで、後ろの女性達も従う。
 副長は次いでキリア達を見た。
 
「キリア・フィオーレ。貴女は今、フィオナ様を除けばユウト様より一番の指導を受けている、いわば弟子のようなもの。だからこそ倒れることは許されません。成果を見せなさい」
 
「はいっ!」
 
「ビス、分かっていますね?」
 
「当然です」
 
 部下として理解している。
 
「ならば誰一人欠けることなく、耐えきりましょう」
 
 副長の言葉に全員で頷く。
 
「そして教えてあげましょう。6将魔法士如きでは未来永劫到達できない、本当の不条理というものを」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 走って市街を抜け草原に出る。
 看板が見えて一旦、足を止めた。
 洞窟の場所を記してある地図があるのだが、正確性はない。
 優斗が苛立ちを覚える。
 
「マイティーさん、正確な場所は分かりますか?」
 
「悪いが知らん」
 
「看板もおおざっぱですね。とりあえず北東へ急ぎます。有名な洞窟だと思いますし、近付くにつれて場所の詳細は分かっていくでしょう」
 
 多少ずれたとしても少々のタイムロスで済むはずだ。
 
「そうだのう」
 
 頷きあい、すぐにでも走ろうとして……背後からの存在に気付く。
 二人を追いかけていたニアだ。
 彼女は優斗達を一瞥すると、
 
「……こっちだ」
 
 先導するように走り出す。
 
「場所を知ってるのか?」
 
 追いかけながら優斗が問う。
 
「…………」
 
 けれどニアは答えない。
 無視するように走る。
 彼女の様子に優斗がさらに苛ついた。
 
「悪いけどな、お前の馬鹿なことに付き合ってる暇はないんだよ」
 
 今、優斗に彼女を慮る余裕はない。
 
「もう一度だけ訊く。場所を知ってるんだな?」
 
 答えない、という馬鹿なことは許さないとばかりの威圧。
 
「……っ!」
 
 気圧されて……ニアが答えた。
 
「……知っている」
 
「この方向は洞窟まで直線か?」
 
「……そうだ」
 
「距離は?」
 
「……おおおそ4kmだ」
 
「分かった」
 
 優斗は頷くと、
 
「二人とも、合図したらジャンプしろ」
 
 ただ告げる。
 命令口調にニアが何かを言おうとするが、優斗は無視して、
 
「3秒前からカウント。3……2……1……飛べっ!」
 
 優斗の合図にダンディもニアも反射的にジャンプする。
 瞬間、風が三人を包む。
 思わずダンディとニアは走る動作をやめるが、身体は少しだけ浮いて加速していく。
 おおよそ人間が出せる速度ではないほどに。
 
「ユウト殿、これはなんだ?」
 
「風の精霊に運ばせてます。急激に止まったり曲がれたりはしないので使うかどうか迷ったのですが、場所を知っている者がいるので使います」
 
 優斗の説明に関心するダンディ。
 魔法じゃこんなことは出来ない。
 精霊だからこその利便性をこれでもか、というぐらいに使っていた。
 
「今のうちに最低限の情報は知っておいたほうがいいのう」
 
 そして洞窟にたどり着くまでに生まれた僅かな時間を有効に活用する。
 
「洞窟の中はどうなっているのだ?」
 
「明かりはある。大きさも相当広いし上級魔法を使っても問題ないくらいに頑強だ。魔物はAランクからDランクまでいるのは知ってる。曲がりくねってはいるし、多少の分かれ道はあるが行き止まりで迷うことはない」
 
 基本的には魔物の巣のようになっている。
 
「魔物の数は?」
 
「多くはないが、どこかで確実に出会うと思う」
 
「そうか……」
 
 タメ口のニアを気にすることなくダンディが頷く。
 
「ユウト殿。突き進むにあたって気になるところはあるかの?」
 
「ありません」
 
 洞窟が広くて明るく頑丈。
 分かれ道はほぼ行き止まり。
 それだけ知れれば十分。
 
「そろそろ着きます」
 
 速度を緩めて両足が地に着く。
 200メートルほど走ったところに洞窟はあった。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 連れてこられた時、ジャルは言った。
 
『1時間、そこにいろ。それで戻って来れたらバイバイすること考えてやるよ』
 
 嫌な笑い声を発しながらジャルは去って行く姿。
 凄く嫌な感じがした。
 考えてやる、と言っておきながら嘘じゃないかという疑念が生まれる。
 けれど愛奈は頭を振ってジャルの残滓をかき消す。
 そして渡された時計を確認した。
 
「…………あと…………ちょっと」
 
 愛奈は隅っこで魔物に見つからないようにしながら時間が経つのを待つ。
 
「……がんばるの」
 
 そうすれば。
 頑張れば自分は。
 
「――ッ!?」
 
 カツン、と近くで物音がした。
 振り返る。
 
「……っ!」
 
 魔物がいた。
 すごく大きい。
 狙いを定められたのが分かる。
 
「……んっ!」
 
 走った。
 追ってきているのは振動で分かる。
 
「…………がん……ばる……」
 
 時間まであとちょっと。
 逃げて、時間を稼いで、洞窟を出て。
 
「……おにーちゃんに……いうの」
 
 お風呂に入れてくれたお兄ちゃんに。
 一緒のベッドで寝てくれたお兄ちゃんに。
『   』って。
 言いたいから。
 
「……っ!」
 
 必死に走る。
 けれど、少しずつ魔物は近付いてくる。
 さらにスピードを上げようとして、足に力を込めて、
 
「……あっ」
 
 つま先に固い感触。
 躓いた。
 
「……いっ……!」
 
 倒れる。
 固い岩肌に膝をすりむき、肘もすりむいた。
 
「……いた……くないの」
 
 本当は痛みがある。
 でも、こんなのは『痛い』うちに入らない。
 すぐに起き上がろうとして、
 
『――――ッッ!!』
 
 吠えられ、身体が一瞬だけ硬直する。
 
「…………あ……」
 
 もう駄目だと思った。
 殺されるのだと。
 食べられるのだと。
 そう思ってしまって。
 思わず目を瞑りそうになった。
 けれど。
 
「………………?」
 
 ふわり、と。
 洞窟の中で一陣の風が愛奈の頬を撫でる。
 同時に聞こえてくるのは駆け寄る足音と、
 
 
 
 
「愛奈っ!!」
 
 
 
 
 自分の名を呼ぶ声。
 
 



[41560] 届いた約束
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:4863115f
Date: 2015/10/26 21:21
 
 
 
 
 
 洞窟の中を駈ける。
 曲がりくねる道を走り抜け、奥を目指す。
 本来ならば何体かは魔物が襲ってくるのだが……来ない。
 おかげで静かな洞窟内、駆け抜ける音しか聞こえなかった。
 明らかにおかしい。
 ニアは先頭を走りながら思う。
 前回は入ってからすぐに襲われた。
 なのに今回は、と。
 
「…………」
 
 もちろん、来ない理由は分かる。
 後ろにいる優斗に気圧されているからだろう。
 人間の自分ですらそうならば、魔物はもっと敏感に感じているはず。
 ダンディも同じ感想を抱いた。
 
「ユウト殿、焦るな」
 
「分かってる」
 
 気が立っている優斗に魔物が恐れているのだろう。
 証拠に敬語以外も混じり始めた。
 彼が焦っているのがよく分かる。
 その時、地が揺れ振動が洞窟内を響かせながら音を成して耳に届いた。
 違和感と同時、気付く。
 
「――ッ! いたぞ!」
 
 曲がりくねった道がちょうど直線に開けた所。
 およそ50メートル先に愛奈の姿を3人が捉えた。
 愛奈は左側にある分かれ道の一つに向かって走っているが……転んだ。
 彼女の後ろには全長10メートルはあろう巨大な亀。
 
『――――ッッ!!』
 
 亀が吠えた。
 右前足を上げ、愛奈へと襲いかかる。
 
「…………駄目だっ!」
 
 ニアはもう、間に合わないと思った。
 
「――ユウト殿っ!」
 
 ダンディは一縷の望みを託した。
 そして優斗は、
 
「――シルフッ!」
 
 左手を振りかざし、風の大精霊に護るよう指示して……叫ぶ!
 
 
「愛奈っ!!」
 
 
 名を呼ぶと、あの子の視線が優斗達を向いた。
 
「…………おにー……ちゃん……」
 
 優斗の姿を認める。
 距離はもう、あと少し。
 全力で走る。
 亀は踏み降ろそうとしている右前足を上げたまま止まっている。
 シルフが風の障壁を張り、さらに拘束していた。
 優斗は愛奈の無事を確認すると続けて詠唱する。
 
「求めるは風切、神の息吹」
 
 シルフに動きを止められている亀に、零距離からぶち当てる。
 
「邪魔だっ!」
 
 吹き飛ばしながらひっくり返し、巣であろう横道に叩き込む。
 頑丈というだけあって、轟音を響かせながらも洞窟が崩れることはなかった。
 優斗は亀が出てこれなくなるのを確認してから、愛奈の前でしゃがみ込む。
 
「だいじょうぶ?」
 
 始めて会ったときと同じ言葉と上着をかける。
 その時は何も反応しなかった愛奈だが、今回はこくりと頷いた。
 遅れてダンディとニアも駆け寄る。
 
「さすがだのう、ユウト殿」
 
「…………」
 
 ダンディは賞賛し、ニアは何と言っていいか分からずに黙する。
 
「ほれ、娘っ子。怪我を治してやるぞ」
 
 右手を愛奈に掲げ、ダンディが治療し始める。
 大きな怪我は膝小僧の擦り剥けだけだったので、僅か10秒ほどで傷が塞がっていく。
 ついでとばかりに全身の青痣までも消し去り、ダンディは満足げに頷いた。
 優斗は完治した愛奈の頭に手を乗せる。
 
「よく頑張ったね」
 
 魔物から逃げて、必死に生きようとしていた。
 何もかもを諦めていた愛奈の変化が嬉しい。
 良い子良い子と撫でる。
 笑みを零す優斗に愛奈は、
 
「…………やくそく」
 
 ぽつり、と言った。
 
「…………やくそく……したの……」
 
 頭を撫でている手を取って、優斗の小指に自分の小指を絡ませる。
 
「……がんばるって……やくそくしたの」
 
 助けてくれるって言ってくれたから。
 頑張ったら助けてくれるって。
 痛いって言ったら助けてくれるって。
 
「……そうなんだ」
 
 右手の小指に絡んでいる小さな小指。
 
「約束……してくれたんだ」
 
 小指が感じる、確かな感触。
 肩をポン、とダンディが叩く。
 
「届いてたのう、ユウト殿」
 
「はい」
 
 届いてた。
 優斗の願いはちゃんと、愛奈に届いていた。
 
「1じかん、がんばったら……あのひと、ばいばいをかんがえてくれるって……いったの」
 
「うん」
 
「…………だから……」
 
「頑張ってくれたんだね」
 
 こくん、と愛奈が頷く。
 
「……あいな……がんばったの……。すっごく…………がんばったの」
 
 もう嫌だったから。
 あんな辛い日々は嫌だったから。
 
「……だから……」
 
 優斗にぎゅっと抱きつく。
 
「だから……」
 
 震える声で、震える身体で。
 
「だから……っ」
 
 願っていることを優斗に届ける。
 
「……たすけて……っ!」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 勝負が始まって15分。
 優斗達がいなくなってから20分。
 今のところ、副長達は揃って耐えていた。
 200人いるとはいえ、相手は長期戦を狙ってきたのも幸いする。
 少人数での襲撃を繰り返し行い、じわじわと削っていたぶるつもりだろう。
 数で圧倒しているのだから焦る必要はない。
 
「まだまだっ!」
 
 正樹は聖剣を構え、襲ってくる魔法を防ぐ。
 時間差で飛び込んでくる相手を迎撃しようとするが、斬りかかったところを防いだ瞬間に引かれた。
 全員が同じ行動をするのだから、倒せた人数も両手で数えられるほどしか倒せていない。
 けれど、それでいい。
 無闇に飛び込む必要性はない。
 倒れてしまっては元も子もないのだから。
 
「ジュリア、ミル! いける!?」
 
 正樹の問いかけに女性陣は頷く。
 息は荒くなっているし防ぎきれなかった魔法を喰らって怪我だって負っている。
 だが、まだ耐えられる。
 
「あと少し、頑張るんだ! 絶対にニア達が戻ってくるから!」
 
 
 
 
 
 
 
 副長達も同じような状況ではあったが、その中でもキリアの消耗が激しい。
 いくら副長やビスがフォローしようとも限度はある。
 さらには6人の中で圧倒的に劣る実力。
 故に怪我をしているところは誰よりも多い。
 
「はぁっ……はぁっ……!」
 
 けれど眼光は鋭く、心は折れていない。
 元来の負けず嫌いと副長に『倒れることは許されない』と言われたこと。
 それが支えだった。
 
「求めるは風撃、割断の鼬!」
 
 剣で斬りかかってくる2人を吹き飛ばし、さらなる詠唱。
 
「求めるは水連――」
 
 けれど、隙を突かれる。
 視界の範囲外から唐突に敵が現れた。
 キリアは詠唱を……止めない。
 
「――ッ!」
 
 身体に鞭を打ちショートソードを抜く。
 敵の初撃を捌いた。
 
「――型無き烈波」
 
 目の前の敵に魔法を当て、さらに後方にいる敵にも数撃加える。
 
「負けるわけには……いかないのよ」
 
 いつかは自分も、と思っている『壁を越えている者』達の高みへ行くまで。
 さらには『化け物』と呼ばれている超越者の優斗を倒したいから。
 “今”の自分を一歩でも前へ進める。
 こんなところで負けていられない。
 
 ――それに。
 
 自分はこれから戻ってくる人物の弟子もどき。
 負けたら示しがつかない。
 だから負けない。
 
 
 
 
 
 
 
「はぁっ!」
 
 副長は剣を振り抜き、また一人倒す。
 遅れて飛んでくる炎弾を切り裂き、幾数もの水球をただの飛沫に変える。
 
 ――持って、あと5分……といったところでしょうか。
 
 ちらりと横目で現状を確認する。
 ジャルは最後方でニヤついているだけ。
 副長と正樹が特攻したところでたどり着くのも難しい。
 さらには味方から離れた瞬間、味方は倒されて殺される可能性が大きい。
 今の状況が維持できているのは副長と正樹が味方から離れずにフォローしているからに他ならない。
 
 ――我慢です。
 
 副長と正樹はそこそこの怪我で済んでいるが他の消耗が激しい。
 特にキリアは気合いで立っているようなものだ。
 それでも耐える。
 待つ以外に勝つことはない。
 
 ――ユウト様……。
 
 待ち望む名を胸に刻む。
 初めて崇拝しようと思えた相手。
 恋慕でも嫉妬でもなく、ただただ尊敬できる存在。
 我が王以外に初めて剣を奉じられると思えた人物。
 
 ――ユウト様が何も言わずに向かわれたということは、私を信じてくださったということ。
 
 故に彼が戻るまで全員を守ることが自分の使命。
 
「どうしました!? その程度では永遠に私を倒せませんよ!!」
 
 さらに声を張った。
 彼女の挑発とも言えない挑発に乗った3人が副長に挑んでくる。
 これでいい。
 少しでも自分の下へと相手を引きつける。
 3人に襲われようと4人に魔法を撃たれようと5人に斬りかかられようと、全て対処してみせる。
 ぐっと握る剣に力を込めて、絶対に守りきろうと誓う。
 構え、振るい、薙ぎ、突き、防ぐ。
 倒した数はどうだろうか。
 5人? 10人? それとも20人はいっただろうか。
 分からない。
 斬った後のことまでは見ていない。
 でも、確認する意味はないのだから別にいい。
 
「……ふっ!」
 
 バカみたいに挑んできた3人を斬った。
 敵が倒れて後方にいる人垣が目に映る。
 珍しく……副長が笑みを浮かべた。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 先ほど通った市街を走る。
 愛奈はダンディの肩に乗っていて、頭に手を置いてしがみついている。
 
「ユウト殿、このまま行くのか?」
 
「はい。さっきの訓練場まで戻ります。副長は僕達が戻るのを待ってますから」
 
「娘っ子も連れてか?」
 
「愛奈が頑張った結果をジャルに叩き付けないといけませんし、現状で僕の側以上に安全な場所なんてありませんよ」
 
 優斗の断言にダンディは小さく笑みを零す。
 
「当然だのう」
 
 万が一でも危険なことにはならない。
 彼の『力』を持ってすれば。
 
「そろそろですね」
 
 遠目に訓練場が見えてくる。
 魔法が飛び交い、剣戟の音が聞こえてきた。
 まだ戦っている。
 優斗もダンディもニアも少しだけ安堵する。
 
「どうするのだ?」
 
「いったん止めます」
 
「止める、とは?」
 
「闘いそのものを、です」
 
 少しだけ優斗が前に出た。
 そして紡ぐ。
 
『求めるは風雷、轟乱の嵐』
 
 
       ◇      ◇
 
 
 余裕を表わした笑みじゃない。
 見えたからだ。
 人垣の僅かな隙間から見えた姿。
 
「これほどの早さとは、さすがです」
 
 副長は一人、呟く。
 誰よりも早く気付いた。
 勝負が始まってから18分。
 優斗達がいなくなってから23分。
 誰も倒れず、誰も死んでいない。
 自分は彼の信頼に応えられたのだと思う。
 
「よくお戻りになられました」
 
 待ち人は来た。
 
 
『求めるは風雷、轟乱の嵐』
 
 
 まるで人垣を切り開くかのように突如現れた雷と嵐。
 十数人をまとめて吹き飛ばし、副長達へと続く道を作る。
 正樹もキリアも気付いた。
 
「来たっ!」
 
「戻ってきた!?」
 
 思わず笑みが浮かび、士気が上がる。
 
「………………」
 
 同時、戦場が凪いだ。
 雷の轟きと豪風が終わった瞬間、さらに圧迫が敵を襲う。
 総じて動きが止まった。
 雷嵐によって開けた空間から四人の影が見える。
 誰しもが注目する最中、副長は問いかけた。
 
「貴方様は?」
 
 うやうやしく言葉を告げる副長。
 先頭を歩く影が答えた。
 
「ユウト=フィーア=ミヤガワ」
 
 優しげな笑みを携えて圧倒的な『力』を振るう。
 最強の不条理が戻ってきた。
 
 



[41560] 大魔法士の力
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:4863115f
Date: 2015/10/26 21:22
 
 
 
 
 優斗が答えると、副長は傅いた。
 
「それならば」
 
 契約者として。
 大魔法士として動くのなら。
 伝えるべきは一つ。
 
「どうぞ、御心のままに」
 
 圧倒し、驚愕させ、震わせる。
 誰も止められない。
 止める術を持たない。
 副長だろうと勇者だろうと6将魔法士だろうと。
 条理を通せず不条理にはさらなる不条理を突き立てられる。
 この場にいる誰もが彼からすれば格下。
 
「副長。後処理は任せていいですか?」
 
「お任せください」
 
「ありがとうございます」
 
 笑みを浮かべながら優斗は副長とすれ違う。
 次いでビス。
 
「ビスさん、お疲れ様です」
 
「副長の無謀は慣れてるけど、これは最上級だからね。さすがに疲れたよ」
 
「でもやり遂げたんだから凄いです」
 
 お互いに苦笑。
 
「やるんだね?」
 
「はい」
 
「副長が傅いた意味は分かっているかい?」
 
「はい」
 
「騎士の剣とは護るもの。故に捧げられるべき相手は少ない。だからこそ君はリライトの副長が捧げられるほどの存在だと、理解しているかい?」
 
「はい」
 
 三度、優斗が頷く。
 
「なら頼んだよ」
 
 ビスとは握手をする。
 続いてはキリア。
 
「生きてる?」
 
 止まった戦場で、キリアは膝に手をつき大きく呼吸をしている。
 
「……副長に先輩の弟子もどきって言われたのよ。倒れたらどうなるか分かったものじゃないわ」
 
「お疲れ」
 
 優斗が肩を叩いた。
 
「後は任せていいのよね?」
 
「もちろん」
 
 優斗が頷く。
 平然な様子にキリアは呆れる。
 
「簡単に頷けるのが酷いわね」
 
「弟子もどきに弱いところを見せるわけにもいかないからね」
 
「言ってくれるわ」
 
 一笑してハイタッチ。
 最後は正樹。
 
「優斗くん。やっぱり君に仲間になってほしかったよ」
 
 副長をも傅かせることができる優斗。
 とてつもない人物なのだろう。
 
「でもね、今はそんなことどうでもいいんだ。ボクはただ、君があの子を助けてくれたこと。そして共闘できる味方だってことが嬉しい」
 
「……正樹さん」
 
「勇者だったらハッピーエンドが一番だよね?」
 
「はい」
 
「だから助けよう、あの子を」
 
「分かりました」
 
 腕同士を交わせる。
 優斗は一度、目を閉じ……開ける。
 周囲への圧迫感がさらに増した。
 視線の先には6将魔法士、ジャルがいる。
 
「お前は愛奈が頑張ったら離れることを考えるって言ったらしいが……本当か?」
 
「嘘に決まってんだろ」
 
 せせら笑う。
 まあ、どうせそんなところだろう。
 怒る必要も何もない。
 信用なんてしちゃいないのだから。
 
「だろうな」
 
「おら、クソガキを早く返せよ」
 
 ジャルが愛奈を手招きするような仕草を見せる。
 優斗は無視して振り返った。
 
「副長」
 
「はい」
 
「愛奈の首輪はどうすれば外れますか?」
 
 優斗の質問に副長はダンディの側にいる愛奈の首輪を確認する。
 
「魔法科学の技術を使っている首輪です。通常ならばジャルの魔力を首輪に流して外す、と答えるのですが……」
 
 あくまで一般論ならそう答える。
 けれど、
 
「ユウト様ならば、いかようにでも」
 
 彼ならば常識に捕らわれる必要性はない。
 優斗は愛奈に近付いて首輪の継ぎ目の部分に手を掛ける。
 
「マイティーさん。防御魔法を愛奈に張ってもらっていいですか?」
 
「分かったぞ」
 
 言われた通りに聖魔法の防御を愛奈に貼り付ける。
 
「どうやって壊すんだい?」
 
「オーソドックスに壊すんですよ」
 
 尋ねるビスを視界の端に入れながら、優斗はぐっと力を込める。
 
「魔力の供給過多で」
 
 言ったそばから継ぎ目から熱と煙が上がる。
 そしてパキン、と甲高い音が鳴って首輪が割れた。
 正樹が呆れたように笑った。
 
「普通、電化製品とかじゃないんだから供給過多で壊す?」
 
「こういうのって途中で魔力認証のロックが掛かってるんでしょう? だったらロックごとぶっ壊せばいいんですよ」
 
 現に壊れた。
 優斗はしゃがんで愛奈と目を合わせる。
 
「あと一回、この場所で頑張ってくれないかな?」
 
 問いかけに愛奈はこくり、と頷いた。
 
「騎士のお姉ちゃんも勇者のお兄ちゃんもみんな、愛奈を助けたくて頑張ってくれた。だから僕に言ったように愛奈の声で伝えてあげて。愛奈が何を望んでるのか」
 
 また頷いて、愛奈はすぐ側にいる大人達に視線を巡らせる。
 
「……たす……けて」
 
 小さな声ではあったが、はっきりと。
 “助けて”と。
 伝えた。
 瞬間、正樹と副長から笑んだ。
 段々と周囲へと笑みは広がっていき、堂々と副長が宣言する。
 
「これよりアイナを6将魔法士、ジャルより保護します! これはリライト近衛騎士団副長のエル=サイプ=グルコント及び――」
 
「マイティー国第5王子、ダンディ・マイティー!」
 
「フィンドの勇者、竹内正樹!」
 
 思わぬところから名乗りが出た。
 副長が見ればダンディと正樹がニヤリとしている。
 どうやらリライトだけの責任にするつもりはないらしい。
 しょうがない人達ですね、と副長は小さく笑って最後に一番重要な『名』を告げる。
 
「そしてリライト王国子爵であり精霊の主パラケルススの契約者であられる、マティスの再来――『大魔法士』ユウト=フィーア=ミヤガワ様の決定である! 非を唱える者は相応の覚悟をしなさい!」
 
 ジャルを含め倒されず立っている170人に伝える。
 威風堂々、嘘偽りなく。
 思わずざわつく周囲に対し、副長はさらに告げる。
 
「6将魔法士。私もマイティー様も伝えたでしょう? 化け物の尾を踏みかけていると」
 
 けれども自分が力を持っているから、と。
 不条理を通せるから、と。
 意に介そうとしない。
 馬鹿なことをしているものだ。
 化け物を踏み潰す?
 その程度の力で出来るわけがない。
 
「『力』とはどういうものか。不条理とはどういうものかを身に刻んで後悔しなさい」
 
 優斗と正樹が前に出た。
 表情には余裕が現れている。
 
「風の噂で大魔法士が現れたって聞いたことあるけど、優斗くんだったんだ。ただの冗談だと思ってた」
 
「まあ、普通は信じませんよ」
 
「ボクは信じる。だからエルさんも耐えてくれって言ったと思うから」
 
「ありがとうございます」
 
 そして同時、眼光鋭くジャルを睨む。
 調子に乗りすぎている糞野郎を。
 
「たかが6将魔法士如きが僕達と同郷の子供をよくもまあ、奴隷みたいな扱いしてくれたな」
 
「同じ異世界人として許せるものじゃない」
 
「神話魔法を一つ使えるだけで驕るなよ」
 
「報いは受けてもらう」
 
 宣戦布告。
 勝つと分かっているからこその宣告。
 けれど人数は9人に対して170人。
 さらに優斗達でまともに戦えるのは優斗、正樹、副長、ダンディ、ニアの5人。
 敵の一人が嘲るように飛び込んできた。
 
「はっ、大魔法士!? そんな眉唾、誰が信じるか!!」
 
 意気揚々と優斗達に斬りかかる。
 
「信じる必要はないが」
 
 ぽつり、と優斗が呟いた。
 正樹が剣を弾き、優斗が風を纏わせた手を振るう。
 
「信じなかったら大惨事だな」
 
 襲いかかった敵をピンボールのように吹き飛ばし、同時に大精霊八体を召喚。
 魔法を使おうとしている敵が、飛び込んでこようとしている敵が驚愕に染まる。
 斬ってこようと魔法を使ってこようと何でもしてみせろ。
 狙いが誰だろうと攻撃なんて届かせない。
 そんな余裕は生ませない。
 優斗が告げる。
 
「全員、寝てろ」
 
 岩が飛び交い、水が押し寄せ風が舞い斬り、炎が荒れる。
 雷が轟き雪氷が吹き狂い、光が貫き闇が惑う。
 さらに優斗の足下に魔法陣が広がる。
 
「……む、無理だ! 魔法で倒せねぇ!」
 
 思わず敵の一人が嘆いた。
 魔法を使ったとしても意味がない。
 大精霊を倒す魔法など存在しないのだから。
 僅か数秒で九割以上の敵が倒れた。
 しかもかろうじて防いだところで、
 
「求めるは聖光、巡る円環」
 
 勇者の大技が入る。
 正樹が聖剣を円に振るい、発せられた聖光がトドメとばかりに立っていた敵に襲いかかった。
 初撃で大精霊、二撃目で勇者の大技を喰らって耐えきれる雑魚はいない。
 故に残るのは一人。
 
「……嘘だろ」
 
 目の前の光景を信じられないジャル、ただ一人。
 
「わざわざ残してやったんだ。感謝しろよ」
 
 逆に優斗がせせら笑う。
 
「どうだ? 力で蹂躙するっていう、お前がやっていることを逆にやられた気分は」
 
「――ッ!」
 
 お決まり事のような挑発に優斗を睨み付けるジャル。
 
「『力』があるんだろう? ならば振るえばいい」
 
 やってくれて構わない。
 
「不条理な存在なんだろう? ならば不条理であればいい」
 
 そう在ればいい。
 
「ただ、僕はお前以上の『力』を振るって、お前以上の不条理になってやるだけだ」
 
 それだけのこと。
 
「お前如き矮小な存在が振るう力も不条理もたかが知れてるしな」
 
 嘲る。
 プチリ、目に見えてジャルが激高した。
 
「し、神話魔法を使ってぶっ殺してやる!!」
 
 吠えながら唱え始める。
 
『求め猛るは業火の源――』
 
 思わず正樹が斬りかかろうとするが、優斗は手で制した。
 
「残念ながら僕はノリが悪い。言霊を紡がせるつもりもない」
 
 左手を上げ……下げる。
 
「――ぐぅっ!?」
 
 瞬間、ジャルが地面にめり込み、彼を中心にクレーターが生まれた。
 視界の範囲外、上空からふわりと老人が降りてくる。
 
『契約者殿。別に撃たせても構わんのに』
 
「防げるのと面倒は別問題だ」
 
『ほっほ。それもそうじゃの』
 
 パラケルススが笑い声を漏らす。
 精霊の主が重力操作を行い、ジャルを地面に縛り付けていた。
 
『大精霊を使役している途中で密かに儂を召喚し待機させる。人がいるというのに、あれほど地味なパラケルススの召喚はないと思われるがの』
 
「文句を言うな」
 
『おお、怖い怖い』
 
 爺がおどける。
 優斗は相手にするのをやめてジャルを見据える。
 
「さて、どうする?」
 
「な、舐めんな! これぐらい、オレにかかれば――ッ!」
 
 過度な重力で潰れそうな身体に力を込めて立ち上がろうとする。
 けれど、
 
「まさか今ので限界だとでも思ってるのか?」
 
 追撃。
 さらに10センチほど身体が地面に埋もれる。
 
「大魔法士と精霊の主を舐めてるのはお前だろ? こっちはまだ本気でお前を倒そうなんて思ってない。遊んでやってるんだよ」
 
「…………っ!」
 
 思わずジャルが息を飲んだ。
 本物のパラケルスス。
 そして精霊の主を従えている契約者。
 冗談とは……思えない。
 
「何なら、一気に地下百メートルまで押しつぶしてやってもいいが……生きていられるか?」
 
 優斗があからさまに異次元なことを口にした。
 ジャルの心が折れそうになる。
 
「とりあえず、お前が二度と愛奈に手を出さないって言ったら止めてやる。どうする?」
 
「ふ、ふざけ――」
 
「戯れ言は訊いてない。どうする?」
 
 反論どころか暴言すら許さず、力を強めた。
 どうあっても起き上がれないほどにジャルの身体が地にめり込む。
 身じろぎすら取れなくなった。
 
「お前が喋れるのは『はい』か『了解しました』か『わかりました』の三つだ。どれを選ぶ? 選ばない限りは永遠にそのままだ」
 
 それ以外に解放などしてやらない。
 許してやる気もない。
 
『二筋の破邪。望むべきは十字架なる光。求むべくは聖なる導き』
 
 言霊を紡ぎ、右手を向けた。
 発動させれば光の十字を以て切り裂く神話魔法を待機させる。
 ジャルに逃げる術はない。
 
「もう一度だけ、訊いてやる」
 
 逃げることも反撃することも何もできない状況下で放たれるは、押しつぶされる圧迫感とは別の迫力。
 ジャルの心をへし折るほどの殺意。
 
「愛奈に二度と手を出すな。分かったか?」
 
 優斗が告げる。
 ジャルはここでようやく副長が言ったことを理解した。
 世界最高レベルの魔法士と呼ばれる6将魔法士の自分が赤子のごとく捻られる。
 これが『力』だ。
 これが不条理だ。
 目の前にいる化け物の尾だけは踏んでしまっては駄目だったと。
 今更ながらに思わされた。
 
「…………わ……」
 
 ついに心が折れる。
 
「……わ……かった……」
 
 かろうじて言葉を出す。
 すると、押しつぶしている力がいきなり無くなった。
 それと同時、今度は身体が浮き上がる。
 ジャルの手下も同様だ。
 200人全てが浮き上がっている。
 
「お、おい、何を――」
 
「邪魔だからゴミ掃除だ」
 
 こんな危ない奴ら、側に置いておけるわけがない。
 
「パラケルスス。やれ」
 
『了解、契約者殿』
 
 浮き上がった全員の身体がさらに上がっていき、急激に速度を上げて遠方へと消えていく。
 パラケルススは満足げに笑った。
 
『とりあえず100キロ先ぐらいの草原に置いたが、それでよいかの?』
 
「ああ、助かる」
 
 返答にパラケルススは頷いて消えた。
 優斗は大きく息を吐く。
 
「終わり、だね」
 
 満足して振り向く。
 そして愛奈のところまで歩いていき、しゃがみ込む。
 
「…………おにー……ちゃん……」
 
 心配そうな愛奈と視線が合う。
 優しく優斗が笑った。
 
「これで愛奈は自由。もう怖いのも辛いのも痛いのもないよ」
 
「……ないの?」
 
 愛奈が恐る恐る、聞き返す。
 
「そうだよ。お兄ちゃんが怖い人、ぶっ飛ばしてあげたから」
 
 にっと笑って頭を撫でる。
 
「…………あっ……」
 
 愛奈は優斗の笑顔に安心したのか、力が抜けたようにしゃがみ込んだ。
 
「…………ふ……ぇ……」
 
 同時、目から涙が浮かんだ。
 辛い日々からの解放。
 ようやく訪れる安寧。
 優しい人との出会い。
 その全てが詰まっているのだろう。
 溢れた想いが、ぽろぽろと零れ始める。
 
「よく今まで我慢したね」
 
 優斗は愛奈を引き寄せて背中をさする。
 
「たくさん我慢したから、たくさん泣いていいんだよ」
 
 優しい声音。
 それが切っ掛けだった。
 
「……あ……う……ぅぁ…ぁ…っ!」
 
 大人しい少女が声を上げて泣き始めた。
 ビスとキリアはハイタッチをし、副長とダンディは握手をした。
 正樹はハーレムにもみくちゃにされる。
 けれど視線の先は愛奈。
 誰も彼もが愛奈を優しく見守った。
 
 



[41560] 新しい家族
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:4863115f
Date: 2015/10/26 21:22
 
 
 
 
 副長とビスとダンディがどこかに行っている間、優斗とキリアはのんびりとソファーで休憩。
 愛奈は泣き疲れたのか、優斗の膝を枕にしてぐっすり。
 
「先輩、大魔法士っていうか大魔王よね」
 
「そう?」
 
「そう? って……。あのね、あんなに怖かったの初めてなんだから」
 
 身体が震えるほどの恐怖など、未だかつて味わったことがない。
 
「わたし、戦ってる時が一番怖いと思ってたのに、先輩の殺気のほうがよっぽど怖かったわ。しかも何? どっちが正しいか分からなくなるわよ、あの展開」
 
 端から見たら優斗のほうが悪党にしか見えない。
 
「キリアに稽古をつけてる人が凄いっていうのは分かったんじゃない?」
 
「凄いっていうか怖い」
 
 ただの恐怖対象だ。
 
「でも強いのは確かだし、本当に先輩の弟子になろうかしら」
 
 気軽にキリアが言うけれど優斗は止める。
 
「やめたほうがいいよ」
 
「なんで?」
 
「一応、ミラージュ聖国から『大魔法士』なんて呼ばれてるわけですよ、僕は」
 
「それは知ってるわ」
 
「僕がいまのところ、結構な勢いで稽古をつけてるのは嫁とキリアぐらいなんだけど、弟子なんて取る気はない。もしキリアが弟子とか言い出したらキリア以外にも多数殺到し始めるし面倒なのは火を見るより明らか。さらにキリアは余計な目で見られると思うよ。“大魔法士の弟子なのに”とか“大魔法士の弟子だから”とか」
 
「実力を純粋に見てくれないってこと?」
 
「そういうこと。それに現状で弟子もどきって扱いになってるんだし、稽古をつけろって言われればやってあげてるし、このままでいいでしょ」
 
 優斗の説明にキリアは頷く。
 
「まあ、稽古つけてくれるんだったら何だっていいわよ」
 
 とりあえず世界最強の人間の手ほどきを受けられることが分かればいい。
 と、ハーレムにもみくちゃにされていた正樹がやって来た。
 
「優斗くん、お疲れ」
 
 手に持っているコップを渡してくれた。
 
「ありがとうございます」
 
 素直に受け取る。
 
「優斗くん、あれだよね」
 
「何ですか?」
 
 首を捻る優斗に正樹は、
 
「ぶっ飛んでるよね」
 
 爽やかすぎる笑みでさらっと酷いことを口にした。
 
「……言うに事欠いて、それですか?」
 
「いやぁ、ボクだって『フィンドの勇者』として頑張ってるけど、あそこまで圧倒されるとは思わなかった」
 
「誰でもビビるわよね」
 
 むしろ気圧されなかった人物はいなかっただろう。
 
「っていうかフィンドの勇者、あんたって結構大それたこと言ったわよね。大魔法士に対して『仲間になってほしい』なんて」
 
 チャレンジャーだ。
 身の程知らずと言っていいかもしれない。
 
「知らなかったから言えたことだけど、本当ならボクが仲間にしてほしいって言う場面だよね」
 
「どう言われても嫌ですよ。勇者が二人も仲間にいるなんて考えただけでぞっとします」
 
 微妙にタイプの違う勇者だから厄介だ。
 と、キリアが気になる。
 
「先輩の仲間の勇者って『リライトの勇者』ってこと?」
 
「そうそう」
 
「先輩じゃないんだ」
 
「僕はそいつの召喚に巻き込まれただけだよ」
 
 本命は自分じゃない。
 すると、正樹が羨ましそうな顔をして、
 
「……いーなぁ。ボクも誰かと一緒に召喚されたかった」
 
「過ぎたことは諦めてください」
 
 優斗が苦笑する。
 
「でも先輩みたいなのがいるんだから『リライトの勇者』も肩身が狭いでしょうね」
 
「なんで?」
 
「先輩が勇者じゃないのに化け物みたいな実力持ってるんだから、わざわざ『リライトの勇者』として召喚された人の身になって考えてみなさいよ」
 
 肩身が狭いどころじゃない。
 
「あ~、言いたいこと分かるよ。ボクも最初から優斗くんが仲間にいたら勇者としての自信なくしてたかも」
 
 キリアと正樹がうんうん、と頷く。
 しかし優斗は小さく笑った。
 
「何か勘違いしてるみたいだけど『リライトの勇者』は僕と同等だよ」
 
「…………はっ……?」
 
「……なんだって?」
 
 聞き間違えかと思って二人が聞き返す。
 
「だから同等。むしろ僕のほうが分が悪い」
 
 もう一度説明する。
 
「うわぁ……凄いね、そっちの勇者は」
 
 正樹はどうにか納得した。
 キリアは頑張って情報を咀嚼する。
 
「えっと……つまり先輩みたいなのがもう一人いるってこと?」
 
「いるってこと」
 
「……シャレになってないわよ」
 
 大魔法士と同等ってどういうことだ。
 
「僕以上にシャレになってないから『リライトの勇者』なんだよ」
 
 チートの権化。
 主人公。
 それが修だ。
 
「仲間の中で勇者が一番強いっていうオーソドックスな形は崩してないよ」
 
「……魔王すら逃げ出したくなるようなパーティね」
 
 むしろ目の前の男のほうがよっぽど魔王みたいだ。
 三人で今日の出来事について談笑していると、
 
「マサキ、そろそろ馬車の用意ができるみたいだ」
 
 ニアが話しかけてきた。
 
「分かったよ」
 
 彼女は来たついでに優斗を睨む。
 キリアが呆れた。
 
「……フィンドの勇者。貴方、仲間に常識っていうのを教えてあげたら? 仮にもリライトの貴族で大魔法士よ、先輩は。不敬にも程があるんじゃない?」
 
 キリアですらここまでは出来ない。
 思わず正樹も謝る。
 
「ご、ごめんね優斗くん」
 
「別に気にすることでもないですよ。今後、正樹さんと会うことはほとんどないですから、そう思ったら子供のちょっとした敵愾心と思えます」
 
「ん~、ボクとしては近いうちに優斗くんと会うと思うんだよなぁ」
 
「……正樹さん。そんなこと言われると本当に会いそうなんですが」
 
 正樹のような人物が思うからこそ、事実になりそうな気がする。
 ニアが優斗の態度に怒鳴った。
 
「貴様! マサキに会いたくないのか!?」
 
「ああ、もう、はいはい。僕が悪かったですよ」
 
 適当にあしらう。
 
「とりあえず近々会う云々は置いとくとして、今日はここでお別れですね」
 
「うん。この世界で初めて日本人と会えて嬉しかったよ」
 
 優斗と正樹は握手をする。
 
「それじゃ、また」
 
「うん、またね。愛奈ちゃんのこと、よろしく」
 
 正樹はニアと共に去って行く。
 入れ替わるように、続いてはダンディ。
 
「ユウト殿、キリア。今日はお疲れだったのう」
 
「マイティーさんこそ」
 
「儂はそこまで疲れておらん。強いて言えば、洞窟の中を走ったぐらいか」
 
「僕もあんまり、ですよ。たぶん一番疲れたのはキリアです」
 
 二人でキリアを見る。
 一緒に笑った。
 
「確かにキリアは死にそうな顔をしていたのう」
 
「ちょっ、ダンディさん!?」
 
「はっはっは。良いではないか。200対6を倒れることなく耐えきったのだ。誇るべき誉れとなるだろう」
 
 豪快に笑うダンディ。
 
「キリアも儂の戦友だ。今日の誉れを胸に今後も精進し、共に上を目指そうではないか」
 
 言うと同時、ダンディとキリアは優斗を指差す。
 
「いつかは心ゆくまで闘おう」
 
「いつかは倒すわ」
 
「変に仲間意識持たないでください」
 
 優斗が呆れた。
 ダンディがさらに笑う。
 
「まあ、それはそうと儂もそろそろ帰らんといかんのでな」
 
 そして愛奈の頭を大きな手で優しく撫でる。
 
「娘っ子のことはリライトに任せる。フィンドの勇者に儂、そしてリライト近衛騎士団副長と大魔法士。これだけの『名』を前にしてジャルやリスタルの連中が何か言うことはないだろうが、もし言ったところで義は儂らにある。何か困ったことがあれば副長に儂を頼るよう伝えておいてくれ」
 
「分かりました」
 
「では、また会おう」
 
 大きく手を振ってダンディが帰って行く。
 しばらくしてから副長とビスが戻ってきた。
 
「我々もリライトに帰りましょう」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 高速馬車に乗っているうちに愛奈は目を覚まし、優斗の膝の上で外の風景を見ている。
 副長が優斗に話しかけた。
 
「ユウト様」
 
「何ですか?」
 
「本日のところはアイナをトラスティ家で預かってほしいのです」
 
「別に構いませんけど、いいんですか?」
 
「はい。私は帰ってから早急にアリスト王と話し合いをします。明日の朝までにはリライトでのアイナの待遇について決めますが、その間は王城で預かっているよりも慕っているユウト様の家に預けたほうがこの子も安心するかと」
 
 優斗が頷く。
 けれど、話を聞いた愛奈が所々の単語を理解していたのだろう。
 
「……あいな……おにーちゃんとはなれるの……いや」
 
 優斗にしがみついた。
 副長は微笑する。
 
「分かっていますよ。騎士のお姉ちゃんに任せてください」
 
 安心させるような声音。
 こくり、と素直に愛奈が頷いた。
 
「どうするつもりなんですか?」
 
「アイナをトラスティ家に住まわせるよう、配慮するつもりです。ユウト様だってそのようにお考えなのでしょう?」
 
「ええ。僕には助けた責任があります」
 
 ただ今日くらいは王城で保護、という形を取ると思っていた。
 
「今のトラスティ家はある意味、要塞です。常駐している守衛の数も騎士の数も以前より多いですし、先日の魔物騒動の時から結界魔法も張られています。保護する場所としては最適かと存じています」
 
 さらには優斗とフィオナ。
 呼べばすぐに駆けつけてくれるリライトの勇者と友人達。
 まさしく鉄壁だ。
 
「愛奈の事とは別に、僕がやらないといけないことはありますか?」
 
「面倒事になろうともユウト様に迷惑をお掛けすることはありません。お任せください」
 
「もし面倒事になったら、僕の名を存分に使ってくれて構いません。相手が後悔してもし足りないぐらいに後悔させてください」
 
「畏まりました」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 夕方にはリライトに戻り、キリアを降ろした後にトラスティ家の前。
 最初は副長やビスも説明のために残ってくれようとしたのだが、これから王様と色々話し合わないといけないのに余計な手間を取らせるのもどうかと思って断った。
 
「ここが今日から愛奈が住むお家だよ」
 
 愛奈が頷く。
 と、バルトが出てきた。
 
「ユウトさん。お戻りになられましたか」
 
「はい。ようやく帰って来れました」
 
「そちらのお嬢さんは?」
 
 バルトが温和な表情を浮かべながら訊いてくる。
 なんとなく分かっているらしい。
 
「僕の妹、といったところですね。今日からこの家に住まわせようと思っています」
 
「でしたら我々にとって新しいお嬢様ですね」
 
 バルトは頷くと、それ以上は訊かずに守衛室へと戻った。
 優斗は愛奈の手を引いて家の中に入る。
 
「ただいま」
 
「お帰り、ユウト」
 
「あ~い」
 
 広間に顔を出すと、いたのはソファーでお茶を飲んでいるエリスと近くでお絵かきをしているマリカ。
 平日の昼3時頃なので、フィオナとマルスはまだ帰ってきていない。
 エリスは言葉を返してから優斗を見て……愛奈を発見。
 
「また可愛らしい子と一緒ね。妹でも連れ帰ったの?」
 
「似たようなものです」
 
「この家で育てるの?」
 
「僕が助けたので責任があります。だから土下座してでも一緒に暮らす許可を義父さんと義母さんから取るつもりです」
 
「別にそんなことしないでいいわよ」
 
 エリスは簡単に手を振って優斗達に近付く。
 
「この人は僕の義母さん。ちゃんと挨拶できる?」
 
 優斗がちょっと背中を押す。
 少し前に出た愛奈とエリスの目が合った。
 
「……あいな。6さい」
 
 端的でも挨拶ができた。
 優斗がえらいえらい、と頭を撫でる。
 
「アイナっていうのね」
 
 小さく笑みを浮かべるエリス。
 
「ユウトの妹になりたい?」
 
 問いかけに愛奈は首肯。
 さらにエリスは訊く。
 
「じゃあ、私はアイナのママになるんだけど大丈夫?」
 
 だが訊いた瞬間、愛奈は小さく首を横に振った。
 
「どうして?」
 
「ママは……こわいの」
 
 ふっ、と愛奈の雰囲気が変わった。
 
「……パパもママも……すぐ……ぶつの。……すぐ……おこるの。だから……ママはこわいの」
 
 だんだんと表情が乏しくなっていく。
 これは彼女が母親なのが嫌、というわけではなく『ママ』という単語に拒否反応を示したと見るべきだろう。
 思わずエリスの表情が鋭くなった。
 
「ユウト、この子って……」
 
「僕と同じ日本出身で、昔の僕に似た境遇で、似たような耐え方をしてます。会ったときは完全に感情も思考も止めてました」
 
「……そうなのね」
 
 優斗が愛奈を『妹』と評した理由の一端はこれか。
 同じ日本人というだけじゃない。
 似ているからこそ優斗は愛奈に同じ道を歩ませないよう助けようとしている。
 
 ――義息子が助けたいって言ってるなら、手伝うのが義母の役目よね。
 
 エリスは気合いを入れると愛奈の頬を両手で包んだ。
 
「じゃあ、お母さんはどう?」
 
「おかーさん?」
 
 首を傾げる愛奈にエリスは大きく頷く。
 
「そう、お母さん。ママは怖いのよね? でもお母さんは怖くないわよ」
 
「……いっしょじゃ……ないの?」
 
「違うわ。お母さんはすぐにぶたないし、すぐに怒らない。アイナが頑張ったらぎゅって抱きしめるし、偉いことしたら良い子良い子って頭を撫でてあげる」
 
 愛奈が言っている『ママ』は母親なんかじゃない。
 母親だなんてエリスは断じて認めない。
 
「だから早速訊くわよ。アイナは今日……頑張った?」
 
 半ば確信を持ってエリスが尋ねる。
 けれど突然のことに愛奈は困惑した。
 
「……あ……う……」
 
 何と言っていいか分からない。
 けれど優斗が手を差し伸べた。
 
「今日はすごく頑張ったよね、愛奈は」
 
「ユウト、本当?」
 
「もちろんです。6将魔法士に逆らって、魔物の洞窟でも一人で頑張ったんですよ」
 
「……6将魔法士に……魔物、ね」
 
 色々と物騒な単語が出てきたが、今はどうでもいい。
 愛奈が頑張った。
 それが分かればいい。
 頬を包んでいた両手を離してソファーに座る。
 
「アイナ、こっちにいらっしゃい」
 
 手招きする。
 けれど愛奈の足は動かない。
 
「……………あぅ……」
 
 怖い。
 良いイメージを持っていない。
『ママ』というものに。
『パパ』というものに。
 育ててくれる、という人達に。
 
「…………うぅ……」
 
 でも欲しい。
 大好きな人達が欲しい。
 家族と言える人達が欲しい。
 欲する心と拒否する心が綯い交ぜになって、足が止まる。
 
「いい? アイナ」
 
 しかしエリスは把握した上で伝える。
 
「私だってすぐにアイナのお母さんになれるわけじゃないわ。けれど言葉だけでもお母さんって呼んでくれれば、それだけで私はアイナのお母さんになるために頑張るわよ」
 
 全力で母親になってやる。
 本人にも文句を言わせないくらいの母親に。
 
「私は今、アイナのお母さんになろうと思ってるわ。でもその場所じゃお母さんの手は届かないの。だから怖いかもしれないけど頑張って一歩、踏み出して。お母さんが思いっきり引っ張ってあげるから」
 
 優斗と同じように怖がってる愛奈。
 けれど違う。
 今回は互いに一歩、踏み込むんじゃない。
 自分が五歩も六歩も踏み込んでやる。
 身を乗り出してでも愛奈の手を取るために。
 
「愛奈、がんばれ」
 
 エリスの断言に愛奈の背にいる優斗は彼女の肩に手を置いて、軽く押し出した。
 一歩、二歩と愛奈の身体がエリスに近付く。
 それと同時に母親になろうとしている人からの問いかけ。
 
「アイナはお兄ちゃんが欲しい?」
 
 思わず愛奈がエリスを見た。
 足は……ゆっくりと向かっていく。
 
「アイナはお兄ちゃんが欲しい?」
 
 再度の問いかけ。
 頷いた。
 
「……ほ……しい」
 
「お姉ちゃんは?」
 
「……ほしい……の」
 
 ちょっとずつ、歩いて行く。
 ちょっとずつ、エリスに近付いていく。
 想いを叶えるかの如く、距離が縮まっていく。
 
「お父さんは?」
 
「……ほしいの」
 
 エリスまであとちょっと。
 愛奈は頷きながら歩いて行く。
 そして最後。
 
「じゃあ、お母さんは?」
 
 エリスの最後の問いかけ。
 愛奈は答える。
 
「……ほしいのっ!」
 
 言ったと同時、たどり着く。
 エリスのところに。
 
「分かったわ」
 
 大きく笑みを零して、たどり着いた愛奈を向き合う形で膝の上に乗せる。
 
「アイナはお父さんもお母さんもお兄ちゃんもお姉ちゃんも欲しいのね」
 
 そして強く抱きしめた。
 
「だったら私がアイナのお母さんになるわ。これからどんどん、アイナのことを好きになって、大好きになって、愛していく。だからこれは、その一歩目」
 
 親子になるために。
 
「アイナのお母さんとしての一歩。そしてアイナは私の娘になるための一歩」
 
 愛奈の髪を撫でる。
 
「よく頑張ったわ。私の娘は頑張り屋さんね」
 
 優斗と同じような優しい声音。
 けれど違う温かさ。
 親の温かさ。
 愛奈の目にじわりと涙が浮かんだ。
 
「……おかー……さん」
 
「あらあら、それに泣き虫なのね」
 
 微笑むエリス。
 優斗は何となく、絵を描いているマリカを抱き上げた。
 
「ほんと、義母さんはこういう所が凄いよな」
 
 正直に言ってしまえば、一緒に住むことは断られないだろうと思っていた。
 けれど、さすがに愛奈の母親になってくれ、と頼むのは筋違いだとも思っていた。
 なのに頼むこともなく全力で母親になると言ってくれるエリス。
 本当に尊敬できる義母だと思う。
 思わずマリカに話しかけた。
 
「ばーば、凄いね」
 
「あいっ!」
 
 マリカが元気よく頷いた。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 しばらくしてからフィオナと修、卓也、ココが帰ってきた。
 そして愛奈を見てからというもの、状況を察する。
 優斗としてはフィオナの反応だけが心配だったのだが、
 
「まあ、優斗さんのことですから。どうせキリアさんのことも呼び捨てくらいにはなっているでしょうし」
 
「さっすが優斗。期待を裏切らねーな」
 
「本当だな」
 
「やっと……わたしより小っちゃい子が来てくれました」
 
 どいつもこいつも簡単に納得し、一人は変な感動をしていた。
 愛奈はエリスの膝の上。
 今は同じ方向を向いて、上からぎゅっと抱きしめられている。
 
「いい、アイナ。この子がお母さんの娘でアイナのお姉ちゃん」
 
 エリスがフィオナを指差す。
 
「……おねーちゃん?」
 
「はい、お姉ちゃんですよ」
 
 フィオナは近付いて愛奈の頭を一撫で。
 
「名前はアイナ、ですよね?」
 
 愛奈が頷く。
 
「じゃあ、これからは“あーちゃん”って呼びますね」
 
「……っ!」
 
 こくこくこく、と愛奈が何度も頷く。
 どうやら凄く嬉しいらしい。
 続いて修が愛奈の前に出る。
 
「俺は修。まあ、優斗とは兄弟みたいなもんだ」
 
 にっ、と笑う。
 
「……しゅーにい」
 
 ポツリ、と愛奈が言った。
 修がさらに笑う。
 
「オッケー。これからそう呼んでくれな」
 
 おおざっぱに愛奈の頭を撫でる。
 
「じゃあ、次はオレだな。オレは卓也。修と同じで優斗とは兄弟みたいなものだよ」
 
「……たくやおにーちゃん」
 
「ああ、愛奈の呼びやすいように呼んでいいよ」
 
 卓也は優しく愛奈の頭を撫でる。
 
「わたしはココですよ。お姉ちゃんの親友です」
 
「……ココおねーちゃん」
 
「わたしはアイちゃんって呼びますね」
 
 こくこくと愛奈が首肯。
 あまりの人気っぷりにエリスが苦笑した。
 
「我が家の新しいアイドルね」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 とりあえずは仲間全員に状況を説明。
 修や卓也は愛奈が同じ日本人ということに少々驚いたようだが、それ以上に腹を立てていた。
 
「ジャルって野郎、叩き潰したんだろーな?」
 
 話を聞いて修が当然のように確認を取った。
 
「物理的に叩き潰したよ」
 
「なら良し」
 
 卓也も満足げに頷く。
 修はさらに話題を広げ、
 
「あとは『フィンドの勇者』っつったっけか。俺らが無理って判断したハーレムやらかしてんの」
 
「あれはもう二度と関わりたくない部類だね。フィンドの勇者は凄い勇者っぽくて良い人なんだけど、取り巻きが怖い」
 
「八ヶ月ぶりに日本人に会えばしょうがねーだろ」
 
「理解はしてあげられるんだけどね」
 
 正樹は同情する余地が多分にある。
 ただ、これからも日本人に会う機会がありそうで怖い。
 特に他国によく行く自分だからこそ。
 
「まあ、こっちはそんな感じ。修達は? 何か面白いことあった?」
 
 優斗の問いかけに修以外が変な表情で優斗を見た。
 とりあえずはあったらしい。
 
「なに?」
 
「優斗、弟子取ってるのか?」
 
 変なことを卓也が訊いてきた。
 
「取るわけがない。弟子もどきはキリアがいるけど、弟子にはしないって言ったし」
 
 優斗の返答に全員が『そうだよな』という表情をさせた。
 
「やっぱ嘘じゃねーか」
 
「だろうな」
 
「私達が知らない、というのがおかしいですよね」
 
「本当です」
 
 四人が納得する。
 
「何があったの?」
 
「今週、生徒会選挙があったんだけど優斗はいなかっただろ?」
 
「うん」
 
 卓也に頷く優斗。
 月曜に演説があり、その後に投票。
 次の週の月曜には完全に代替わりになっているはずだ。
 
「あれ? 今日でレイナさんもお役ご免だっけ?」
 
「問題はそこじゃねーんだよ」
 
 修が今週、何があったかを伝える。
 
「会長、副会長、書記、会計が演説で『大魔法士の弟子』っつったことが学院で話題になってんだ」
 
「……大魔法士の弟子?」
 
 優斗が首を捻る。
 
「誰それ?」
 
「優斗が知らねーのに俺らが知ってるわけねーだろ。ただ、そういう奴らが今代の生徒会役員だってことだ」
 
「……ふ~ん。大魔法士と偽ってる奴に騙されてるのか、共謀して大魔法士の弟子になってることにしてるのか知らないけど馬鹿だね」
 
 正樹も風の噂で大魔法士のことを知っていた。
 大半の人間は冗談だと思っているようだが、それを利用しようとする人物だっているだろう。
 
「どうすんだ?」
 
「勝手にさせたらいいんじゃない? 僕に迷惑が掛からない範囲で嘘を付くならね」
 
 火の粉が降りかかってきたら、ただじゃおかないけれど。
 と、新たな問題が発生したことを優斗が聞いている最中、愛奈がトコトコと歩いてきた。
 
「あーちゃん、どうしましたか?」
 
「…………おかーさんがごはんって……言ってたの……」
 
 ぼそぼそと喋る愛奈に修が笑みを浮かべる。
 
「知らせに来てくれたんか?」
 
 愛奈がこくこく、と頷く。
 
「サンキューな」
 
 修が小さな身体を抱き上げた。
 
「あっ! ず、ずるいです! わたしだってアイちゃんを抱っこします!」
 
 するとココが修に渡すことを要求する。
 ちょっとした奪い合いになった。
 卓也、優斗、フィオナは笑い声を漏らす。
 
「自分より妹分が出来て嬉しそうだな」
 
「マリカも可愛がってくれるから、こうなるのは目に見えてたね」
 
「みんな、一人っ子ですからね。あーちゃんのことだって存分に可愛がりたいんですよ」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 修達は食事を終えてから帰り、エリスは愛奈と一緒に就寝。
 フィオナも触発されたのかマリカと夢の世界。
 優斗は帰ってきたマルスとテラスで飲み合う。
 
「義父さん、帰ってくるのが遅かったですね」
 
「アリスト王に早くに帰ってやれ、とは言われたがね。アイナをうちの子供にする書類にサインを書いていて遅くなったんだよ」
 
「……すみません。手間を取らせてしまって」
 
「いいんだよ。ユウト君が連れて帰ってきた、ということは面倒を見る気なのは分かっているし聞いている。エリスは母親になろうとするだろう。私も新しい娘には早く会いたかったが、副長から話を聞いて一秒でも早く娘にしてあげたいと思ったんだよ。まあ、寝ている顔は見れたから良しとするかな」
 
 自分も明日から頑張ろう、と気合いを入れるマルス。
 
「何かしらトラブルは起こりませんでしたか?」
 
「ないよ」
 
 グラスを煽りながらさらっと答える。
 
「……義父さんはあったとしても、ないって答えるから厄介です」
 
 しかも優斗すら気づけないほどに平然と。
 
「義息子に心配をかけるようでは、まだまだな父親になってしまうからね」
 
 ふっと笑ってマルスが飲み干す。
 優斗も同じようにグラスを一気に傾けて空にする。
 
「ユウト君の出番はもうない。ここから先は私達の領分だ。だから安心してなさい」
 
「……あれだけ『力』を振るったのに、お役ご免っていうのも何か変な感じがします」
 
「いや、ユウト君が名乗っただけである程度の抑止力にはなるからね。対外的にはそれだけで十分なんだよ」
 
「ならいいんですが……」
 
 二人で互いのグラスに新しく酒を注いでいく。
 
「とりあえずは、新しい娘のことを祝って乾杯といこうじゃないか」
 
「ですね」
 
 優斗とマルスはグラスを合わせる。
 
「それではトラスティ家の新しい家族」
 
「愛奈に」
 
「「  乾杯  」」
 





[41560] 偽物騒動
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:d19b6f5d
Date: 2015/10/30 20:52
 
 
 優斗が愛奈を連れ帰った翌週の月曜日。
 朝の登校の時間。
 
「……はぁ。やっぱり違いましたわね」
 
 修と学院まで一緒になったアリーは盛大にため息をついた。
 
「まあな」
 
「本当に余計なことをしないでほしいですわ」
 
 よりにもよって大魔法士の弟子、だなんて。
 
「優斗がいりゃ問題なく解決したんだけどな」
 
「ですが文句は言えませんわ。他国に行っていましたし、そちらではアイナちゃんを助けてきましたから。ただ、神がかり的なタイミングの悪さですわね」
 
「だからこその俺らだろ」
 
 修が笑う。
 けれどアリーはさらに呆れた。
 
「……シュウ様。アホみたいなこと言わないでください」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 同時刻、校門に入ったところでクリスとリルが一緒になった。
 二人は共に教室まで歩いていたのだが、
 
「これはこれは、レグル君ではないかね」
 
 変なのに話しかけられた。
 
「貴方は……」
 
 優斗達が目撃したら昔の音楽家を連想させるような特徴的な髪型がクリス達の目の前にある。
 クリスは愛想笑いを浮かべた。
 
「おはようございます、生徒会長」
 
 話しかけてきたのは先週、選挙に勝った新しい生徒会長だ。
 
「てっきり君が会長に立候補すると思ってたんだがね」
 
「自分は妻もいる身ですから時間を取られる職に就こうとは思わなくて」
 
「そんなことを言って『大魔法士の弟子』である私と争うことを恐れたんじゃないかね?」
 
 妙に突っかかった言い方をする生徒会長。
 クリスが「かもしれませんね」と伝えてかわす。
 嫌味なく、心からに言ってそうなクリスの態度に、
 
「だろうね、だろうね」
 
 クツクツと笑い声を漏らす生徒会長。
 そして満足げに去って行った。
 
「なに? あのキモいしゃべり方の奴」
 
「……リルさん。先週も同じこと言ってましたし、問題になった演説もしたのに覚えてないんですか」
 
 内容はともかく、当人には一切興味がないのだろう。
 リルらしいと言えばリルらしい、とクリスは苦笑する。
 
「新しい生徒会長ですよ。自分が総合成績一位なので次点の彼は自分を目の敵にしているんです」
 
 前からちょくちょく、対抗心を燃やされていることには気付いていた。
 ただ、これほどまでに開けっぴろげに言われることはなかったが。
 
「なんかクリスが一位って意外ね。周りが周りなだけに」
 
 特に修と和泉。
 
「馬鹿二人がいるから意外だと思われているだけです。今と違って昔は勉学と修練ぐらいしかやることがなかったんですよ」
 
「ああ、友達いなかったものね」
 
「……ストレートに言わないでください」
 
 直球はグサっと突き刺さる。
 
「でも、あれよね。昔は修練だったけど今はシュウ達に振り回されて魔物討伐だもの」
 
「ええ。必然的に実力は上がりますよ」
 
「あとは勉強だけしてれば一位の維持なんて余裕よね。加えてイケメンだし可愛い奥さんいるし、嫉妬の対象としては完璧ってわけね」
 
 非の打ち所がない。
 
「そんな完璧、自分はいらないのですが」
 
 クリスが残念そうに嘆息した。
 嫉妬の対象としての完璧なんて欲しくない。
 
「別にいいじゃない」
 
 リルが笑ってクリスの肩を叩く。
 
「あっ、それはそうとね。卓也から聞いたんだけど先週の演説にあった『大魔法士の弟子』って嘘だったらしいわ。ユウトが否定したって」
 
「やはりですね」
 
「だから『大魔法士』っていうのが偽物なのか、それとも『大魔法士の弟子』っていうのがそもそも嘘なのかってことになるんだけど……」
 
 騙されているのか騙しているのか。
 二つに一つ。
 
「どちらにしても冗談のような噂を使うのは、あまり褒められたものではありませんね。大魔法士は生易しい『名』ではないのですし」
 
「周辺諸国の王族は誰が大魔法士なのか知ってるからいいけど、リライトでも下位の貴族や民衆は知らない。下手したら大事ね」
 
 ふわふわしていたものが形を成そうとしている。
 しかも形が『大魔法士』というだけに、影響力は大きいだろう。
 
「幸いにも本物はすぐ近くにいますから、早めに手を打ったほうがいいかもしれません。大事になる前に」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 校舎の屋上では和泉がレイナの剣を点検しながら話し合い。
 
「やはり嘘、か」
 
「ああ。優斗は否定している」
 
「ならば前書記に生徒会長をやってもらいたかった。彼女ならばやっていけると思ったのだが……」
 
 投票で負けた。
 そしてため息、一つ。
 
「困ったものだな」
 
「会長はどうするつもりだ?」
 
 宝玉の様子を確かめながら話す和泉。
 だが、レイナが少々不満げに遮る。
 
「……和泉。一応、私は会長職を終えたんだ」
 
「定着した呼び名を変えるのも変だとは思うが」
 
「いや、生徒会長ではなくなったのだから名前で呼べ」
 
 単刀直入に要求。
 
「ふむ、そうか」
 
 和泉は視線を宝玉から逸らさない。
 けれど頷く仕草を見せた。
 
「レイナ。お前はどうするつもりなんだ?」
 
「本物の大魔法士の弟子なら文句はないんだが、そうじゃない。どうにかしたいところではあるな」
 
「分かった。あいつらにも伝えておこう」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 一年生の教室。
 ラスターとキリアが小声で話している。
 
「交流はどうだったんだ?」
 
「死ぬかと思うくらい凄かったわよ」
 
「何かあったのか?」
 
「6対200で勝負したわ。しかも生きるか死ぬかの勝負」
 
「……よく生きてたな、キリア」
 
 予想より酷かった。
 というか無事に登校してるのが不思議でしょうがない。
 
「本当よ。先輩も別件で行くところがあったからシャレじゃ済まなかったもの。相手に6将魔法士がいたし」
 
「ちょっと待て! 6将魔法士!?」
 
 大声のラスターに周囲の注目が集まる。
 慌てて周囲を宥めて二人はさらに小さな声で話す。
 
「フィンドの勇者と副長がいてくれたから何とか耐えれたのよ」
 
「だからってミヤガワがいないのは厳しすぎるんじゃないか?」
 
「しょうがないじゃない、子供を助けに行ってたんだもの。ただ、先輩が戻ってくるまで耐えればよかったから希望はあった勝負だったわね」
 
「結局、ミヤガワは何分ぐらいで帰ってきたんだ?」
 
「勝負が始まって20分弱くらいで戻ってきたわ」
 
 後々に距離を聞いたら洞窟まで往復で10キロほどあったらしい。
 さらには洞窟内の探索。
 まさしく優斗じゃないと行き帰りが出来るわけもない。
 
「なら、キリアは20分を耐えたわけか」
 
「そうね。死にかけてたけど」
 
「ミヤガワが戻ってきたらどうなったんだ?」
 
「6将魔法士に敵の残り……だいたい170人ぐらいを瞬殺してたわよ」
 
 腹が立つくらいにあっさりと勝っていた。
 
「さすがは先輩ってところね」
 
 キリアの“さすが”の意味を悟ったラスター。
 すると思い出したかのように、
 
「あっ、面白いことが先週あったぞ」
 
 演説の件をキリアに伝えた。
 
「大魔法士の弟子?」
 
 キリアが大きく首を捻った。
 
「ラスター君。それなに?」
 
「今の生徒会は大魔法士の弟子らしいぞ」
 
「そんなわけないじゃない。弟子なんて取らないって言ってるし、ゴリ押しして言い張ったところで納得されるのわたしぐらいよ」
 
 他にはいない。
 フィオナの場合は弟子より前に嫁と言い張る。
 ラスターも優斗とはちょくちょく関わっているが、彼らの姿を見たことがないので納得できた。
 
「やはりそうか」
 
「もしかして、演説で堂々と言ったわけ?」
 
「ああ」
 
「ご愁傷様ね」
 
 キリアは可哀想に思う。
 
「どうしてだ?」
 
「わたしは副長から教えられたけど『大魔法士』の凄さを知らなすぎ。副長が傅くほどの相手だし、時と場合によっては王族以上の存在よ、あれ。大魔法士の威を借りてるみたいだけど、到底手に負えるものじゃないわね」
 
 藪をつついて魔王を引っ張り出すようなものだ。
 と、呆れているキリアの前に金髪を縦ロールにした女生徒がやってきた。
 
「あら? 先週はいなかったキリアさん」
 
 高貴を醸し出そうと頑張っている笑みで話しかけてくる。
 
「今は女子トップって粋がってるみたいだけど、生徒会書記にして『大魔法士の弟子』であるわたくしがいずれ抜いてあげるわ」
 
 慣れ慣れしく話しかけてくる縦ロール。
 キリアはとりあえず彼女に目を向けた。
 
「大魔法士の弟子……ねぇ」
 
「そうですのよ」
 
「貴女が言ってる大魔法士って本物?」
 
 いぶかしげな視線を送る。
 
「信じるも信じないも貴女達次第ですのよ」
 
「じゃあ、年齢は幾つ?」
 
「素性を知ってわたくしと同じように弟子入りでもしたいのかしら? でも残念、大魔法士様はわたくし達だけを弟子にして下さっているんですの」
 
 自分が上に立っているかのように告げる書記。
 けれどキリアは彼女の考えをすぐに否定する。
 
「師事してるのは別にいるからどうでもいいわよ」
 
 自分は“本物”の弟子もどき。
 比べものになるわけもない。
 書記は少しだけ驚いた表情をさせる。
 しかし負け惜しみだろうと思って笑みを深くした。
 
「それで? その大魔法士って何歳なの?」
 
 もう一度尋ねるキリアに、書記は勝ち誇ったような表情。
 
「25歳くらいの男性ですのよ」
 
「ふ~ん。だったら神話魔法とか大精霊とかパラケルススを見せてもらったの?」
 
「えっ?」
 
 書記にとっては予想外の質問。
 けれどキリアにとっては当然の疑問。
 
「大魔法士なんでしょ? 伝説の大魔法士マティスは独自詠唱の神話魔法の使い手であると同時に、パラケルススの契約者って言われてるもの。貴女達の師匠の大魔法士もそうなんでしょ?」
 
 事実、本物は『マティスの再来』と呼ばれている。
 でも彼女の師匠である大魔法士はどうなのだろうか。
 書記は驚いた表情を戻すと毅然として答える。
 
「わたくしはまだ、見せてもらったことがありませんの。ただ、神話魔法を使うにしても多大な精神集中を必要とするので容易に使えないと言ってましたのよ」
 
「……ふ~ん」
 
 偽物か作り物か知らないが、その程度の存在なのか。
 
「ありがと、教えてくれて」
 
「せいぜい今日の新生徒会発足の挨拶を楽しみにしてればよろしいのではなくて?」
 
 あからさまに何かあると言い放って、書記は満足して帰って行った。
 彼女の姿が見えなくなってからラスターが問いかける。
 
「他にも呼ばれてる奴がいたりするんじゃないか?」
 
「いるわけないじゃない。いたとしても自称なだけ。それに彼女が言ってる大魔法士って6将魔法士にすら届いてないわ」
 
「本当か?」
 
「6将魔法士ですら多大な精神集中しなくても神話魔法を使えるのに、大魔法士がそうしないと使えないっていうのはおかしい」
 
 強さの矛盾が生じる。
 
「ラスター君だって知ってるでしょ? 本物がどういうものか。あの人ほどの化け物だからこそ呼ばれてるのよ。逆に言えばそれぐらいじゃないと呼べないほどの『名』だから、今まで誰も呼ばれなかった」
 
 1000年以上、誰も。
 
「それに彼女が講釈したのはわたし達の常識範囲での大魔法士。神話魔法だって見たことがないから精神集中しないと使えないものだと勘違いしてる。誰も知らないと思って嘘八百並べても残念よね」
 
 常識外の本物がリライトにいる、という事実も彼女達にとっては可哀想な出来事だ。
 
「いずれボロが出るんじゃない?」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 キリア達が話している時、優斗は職員会議室の一室にいた。
 
「やっぱりそうなんですね」
 
「ええ。言い張られて否定しきれないのは弟子もどきのキリア・フィオーレだけですが、他に弟子なんて存在しません」
 
 担任に呼び止められて先日の件について話していた。
 
「困りましたね」
 
「どうかしたんですか?」
 
「大魔法士は世間一般的には冗談と思われてる噂です。箝口令を敷いたところでこの程度は仕方ないと思う範疇ではあるのですが、まさかそれを利用して選挙を勝ち上がる者がいるとは思わなくて」
 
「盲点でしたね」
 
 上手いといえば上手い。
 優斗としては拍手をあげたくなる。
 
「もちろん学院の中には学長を始め、学年主任や担任である私は貴方達のことを知っているので冗談とは言えません。なので今日、ミヤガワ君に確認を取ったのです」
 
「事実は僕が言った通りですが……対処するんですか?」
 
「彼らが騙されているなら非はないのですが、嘘をついたとなれば大事になります」
 
 冗談では済まされないレベルだ。
 そんなことの為に使っていい『名』ではない。
 
「とりあえずは問いただしてみますが、先週からあまり要領を得ない返答ばかりですし期待は持てません。またはっきりしなかった場合は前者であることを考えて『大魔法士の弟子』ということを極力、言わないように諫めるつもりです。今日の五限には新しい生徒会のお披露目がありますし。それに今はまだ学院の中で済みますが、一歩間違えれば……」
 
「学院規模じゃ収まりませんね」
 
「タイミングが悪かったというのもありますが、ミヤガワ君には迷惑を掛けてしまいますね」
 
「いえ、僕はいいんです。ですが彼らが調子に乗ったら僕以上にヤバいのがいるので」
 
「ウチダ君達ですか?」
 
 担任の疑問に優斗は首を横に振る。
 もっともっと厄介なところがあった。
 
「いえ、ミラージュ聖国です。あの国は大魔法士を崇拝しています。だから大魔法士を騙る者や、それを使って不当にのし上がろうとする者のことが伝わってしまったら……ちょっと怖いですね」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 昼休み。
 空き教室に優斗、修、アリー、クリス、レイナが集まる。
 来る途中でレイナがラスター達から仕入れた情報も含めて話し合う。
 
「書記はキリアに対抗心を抱き、生徒会長はクリスに対抗心を抱いてる……ね」
 
 優斗は盛大に項垂れる。
 
「面倒な展開になってきた」
 
 嫌な予感しかしない。
 レイナも同意した。
 
「問題としてはキリアが楽しみしていろ、と言われた今日の五限で何が起こるのかだな」
 
「そうですわ」
 
 余計なことしかしそうにない。
 
「自分が気になっているのは、彼らが先生から諫められたところでどうなるか、という点です」
 
「クリスの予想はどうよ?」
 
「あまり効き目はなさそうですね」
 
 肩をすくめるクリスに修は笑った。
 
「だな。演説とかお前らの話を聞いた限り、むしろ躍起になって証拠見せてくるタイプだろ。偽物の大魔法士とか連れてくんじゃね?」
 
「シュウ様が言うと本当になりそうだから嫌ですわ」
 
 修の予想にアリーは盛大に息をはく。
 と、クリスが手を挙げた。
 
「アリーさん、その前に一応の疑問なのですがユウト以外に大魔法士と呼ばれている人物がいるという可能性は? もちろんキリアさんが聞いた大魔法士は論外ですが」
 
「分かっているとは思いますが、ありえませんわ。冗談抜きで国すらも認めざるえない……つまるところ世界が認める大魔法士はパラケルススと契約している、という不文律のようなものがあります。ですから今までどんな魔法士だろうと精霊術士だろうと大魔法士と呼ぶ、なんてことは話の種にすらなりませんでしたわ。ユウトさんだってパラケルススを召喚する前に独自詠唱の神話魔法を使っていましたが、それでもわたくし達の周辺だけで“大魔法士のような存在”として終わっています。故に契約者が一人しか存在できない以上、ユウトさん以外は存在しませんわ」
 
 契約者でなければ『大魔法士』とは呼べない。
 
「さらには先代のマティスが建国したミラージュ聖国。この国が『マティスの再来』だと認めたのは長い歴史の中でユウトさんだけ。しかも歓喜してユウトさんを大魔法士と呼んだことで、今では各国でも大魔法士と言えばユウトさんだと通じますわ」
 
「……それ、初耳なんだけど」
 
 優斗ががっくりとした。
 ミラージュ聖国だけが認めたのではなかったか?
 アリーは笑い声を漏らす。
 
「もう大魔法士じゃないとか言えませんわよ。ミラージュどころか各国がユウトさんを大魔法士と呼んで認めていますから」
 
 まさしく正真正銘、本物だ。
 
「……っと、話が逸れましたわね。なので世界で流れている冗談みたいな噂の張本人は目の前にいる大魔法士であって、彼らの言っている大魔法士がいるとしたら自称大魔法士のお馬鹿さんか存在しないかのどちらかですわ」
 
 どっちにしても度し難いものはある。
 
「本物がいることを知らないとはいえ、噂の範疇である大魔法士の名を勝手に使うとは言語道断ですわね」
 
 言い切ってアリーは遠い目をした。
 
「わたくしの望みとしては今後、大魔法士の弟子などとは言わずに生徒会をやってくれたらいいのですが」
 
 レイナを始め、全員が頷く。
 とりあえず問題を起こしてくれなければいい。
 それは生徒の立場からしても、王族としての立場から見ても。
 
「とはいえ、大嘘を付かれても堪りませんわ。わたくしとレイナさんで先生方には改めて話しておきます。何か大魔法士関係でアクションを起こしたら新生徒会の挨拶を取りやめに出来るように」
 
 
 
 



[41560] 優斗の従妹様、降臨
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:d19b6f5d
Date: 2015/10/30 20:53
 
 
 
 
 五時限目。
 講堂にて全校生徒が集まり、新生徒会のお披露目。
 書記、会計、副会長から始まった挨拶も最後。
 会長の番。
 彼は壇上の中央に立つと、
 
「まずは君達の疑問に答えておこうかね」
 
 開口一番、こう言った。
 
「忙しい方なのだが、今日は特別ゲストとして来て貰った」
 
 そして壇上袖を指し示す。
 
「私達の師匠、大魔法士を」
 
 生徒会長が告げた瞬間、若い男が袖から中央へと歩いてくる。
 全体がざわついた。
 修達も「どこの誰だ?」みたいな視線を向けたのだが、
 
「ん?」
 
「あれ?」
 
 和泉と優斗が何かに気付いた。
 二人は思わず顔を見合わせる。
 
「おい、あれは……」
 
「……嘘でしょ」
 
 無駄に自信を持っている表情。
 見覚えがある。
 
「レイナに一撃で倒されたミエスタのギルド若手のホープだろう?」
 
「……だよね」
 
 優斗と和泉は数週間前、護衛の依頼で向かったミエスタで見た顔だ。
 
「確か決闘をしていた時に言っていたな」
 
「自慢げにね」
 
 馬鹿げた口上、
 
『最近、大魔法士が現れたという話があってね。それは俺のことを言ってるんじゃないかという噂もあるんだ』
 
 ということを。
 
「冗談抜きで自分のことだと信じていたのか?」
 
「……それこそ冗談だと思いたい」
 
 思わず頭を抱える優斗。
 自称大魔法士は満足げに生徒全員を見回す。
 そして、
 
「俺こそ巷で噂になっている大魔――」
 
『大変申し訳ありませんが、現時点を以て新生徒会のお披露目は終了とさせていただきます。生徒はすみやかに退室してください』
 
 喋ろうとした瞬間、先生に遮られた。
 上から幕が下りてきて、生徒会四人と自称大魔法士の姿が見えなくなる。
 さらにざわつく生徒達を先生方が誘導し、講堂から出していく。
 優斗とアリーは講堂の隅へとこそこそ抜け出す。
 そこにレイナがやって来た。
 
「ミエスタにいたよね?」
 
「ああ。私が倒した奴だ」
 
 呆れ返る優斗とレイナ。
 
「お二人は先ほどの自称大魔法士を知っているのですか?」
 
「ミエスタのギルドにいたんだよ。無駄に自信満々でギルドで若手ホープって呼ばれてるらしい。黒竜は自分が倒したとか嘯いて、噂の大魔法士は自分なんじゃないかって思ってる」
 
「そいつがケンカを売ってきたのでな。私が買って一撃で気絶させたわけだが……」
 
「まさかリライトに来てるなんてね」
 
 優斗とレイナが説明すると、今度は三人で頭を抱える。
 
「生徒会が騙されてるのか、それとも都合の良いカモが現れたと思って利用されたのかは分かりませんが、さすがにこの場で宣言されると学院どころかリライトに大きな迷惑ですわ」
 
 学院から噂が広まって大変なことになる。
 アリーは少し思案し、
 
「……面倒ですがわたくしが出たほうがいいですわね」
 
「アリーに任せていいの?」
 
「何を言っているんですか? ユウトさんにも手伝ってもらいますわよ」
 
「ですよね」
 
 半ば諦めた口調で優斗が頷いた。
 楽なんてできるわけがない。
 
「しでかしたことの大きさを知って貰うためにもリルさんに協力してもらいますわ」
 
 大国リライトの王女と留学で来ている他国の王女。
 大物二人で攻め立てる。
 
「了解。リルを呼んでくるよ」
 
「お願いしますわ」
 
 優斗はアリー達から離れると、修達に近付く。
 
「和泉から聞いたけど面白い展開じゃね?」
 
「アホらしい展開なんだよ。お前の予想が当たったんだから」
 
 軽く修の頭をチョップする。
 
「どうすんだ?」
 
「アリーが出るってさ」
 
 事が事だけに。
 
「そっか。まあ、優斗は行かなきゃなんねーだろうけど、他に誰か必要か?」
 
「リルにも手伝ってもらうって言ってた」
 
「あたし?」
 
 名前を出されて驚くリル。
 まさか自分が関わることになるとは思ってもいなかった。
 というか何をするのだろうか。
 
「王女二人で虐めるみたいだよ」
 
「……なるほど。そういうことね」
 
 アリーの考えを理解して人の悪い笑みを浮かべるリル。
 
「他の奴らは撤収でいいか?」
 
「うん。僕のことは保健室にでも行ってることにしといて」
 
「はいよ」
 
 頷いて、修は他の仲間と講堂から出て行く。
 優斗とリルはアリー達と合流。
 
「面白いことするみたいね」
 
「する、というよりしないといけませんわ」
 
 やらなければならない。
 馬鹿なことをしている奴らに馬鹿であると示すために。
 
「私は念のため、お前達の護衛に就くとしようか」
 
「いえ、大丈夫ですわ。先生方がいる前で暴れる真似はしないで……いえ、レイナさんにも来てもらったほうがいいですわね。負けているのなら、それだけでも虐める手段になります」
 
 くすくすと笑いながら、淡々と冷徹に相手を潰す算段をつけるアリー。
 どこからどう見ても王女だとは思えない。
 
「……アリー、怖いよ」
 
「何を言ってるのですか。ユウトさんがやっているのと同じことをやろうとしているだけですわ」
 
 しかも優斗より、絶対に可愛い。
 これしきのことで怖いとか言われたくない。
 
「リライトの宝石と呼ばれるアリーが僕の真似をするなんて……」
 
「わたくし、これでも大魔法士の従妹ですから」
 
 思わず出た返しにリルとレイナは首を捻る。
 けれど優斗とアリーは吹き出した。
 
「あははっ。また懐かしい話を持ち出してくるね。何ヶ月前だっけ?」
 
「八月の終わりの暗殺未遂パーティーで刺された怪我が治った日ですから、五ヶ月くらい前だっと思いますわ」
 
「フィオナ達に尾行くらった時のことだよね」
 
「ですわ」
 
 小物屋の店員に恋人なのかと訊かれて、思わず従妹だと言った。
 まさかそれを今更、口にするとは。
 笑いながらハイタッチ。
 
「それじゃ、期待するよ従妹様」
 
「期待してください、従兄様」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 幕が下りた壇上では優斗達の担任――クランが呆れるような言葉を口にしていた。
 学長も教頭も二年の学年主任も一緒にいるが、これも生徒会指導を受け持ったクランならではの不幸。
 
「お昼に言ったこと、覚えていないんですか?」
 
「覚えているがね」
 
「ならどうして、このようなことを?」
 
「証明してあげようと思ったのだがね。私達が大魔法士の弟子だということを」
 
「俺がリライトに来ているなんて本来、喜ぶべきことだよ」
 
 自信満々の生徒会長と自称大魔法士。
 呆れて言葉も出ない、とはこのことだ。
 どうしようか、とクランが考えてると袖から四人の姿が見えた。
 優斗、アリー、リル、レイナ。
 まずはリライトの王女が中央に歩いてくる。
 他のメンバーは袖の裏に隠れた。
 
「ここから先はわたくし達に任せてもらってもよろしいですか?」
 
「アリシアさん? けどこれは……」
 
 指導を受け持つ自分の役目だ。
 
「さすがに今回の件ばかりは、一生徒だけでなくリライトの王女としてこの場におりますわ」
 
 そして近くにいる学長を見る。
 
「よろしいですわね?」
 
 アリーの確認に対し、学長は黙って彼女を促した。
 
「クラン先生。さすがに嘘をつくにしても使った『名』が問題なのです。ですからわたくしが出しゃばること、許してもらえませんか?」
 
 王女の嘆願。
 クランは少し考えて……頷いた。
 
「ありがとうございます」
 
 了解を得てアリーは堂々、生徒会長達の前に立つ。
 けれど生徒会も自称大魔法士も表情は険しい。
 
「アリシア様。嘘とはどういうことかね? こうやって私は本物を連れてきているのだよ」
 
「実力のある俺だからこそ呼ばれているんだ。大魔法士は眉唾じゃない。現にここにいるんだよ」
 
 彼らの後ろにいる役員達も同様のコメントだがアリーは意に介さない。
 
「笑わせますわね。そこの自称大魔法士はどれくらいの実力を持っているのですか?」
 
「大魔法士に対して失礼だね。俺にはガイルという名前があるんだ。ミエスタのギルドで知らない者はいないよ」
 
「それは失礼しましたわ」
 
 とりあえず頭を下げる。
 
「では大魔法士とその弟子達に、まず窺いましょう。どのような経緯を持って貴方達は知り合ったのですか?」
 
「だいたい、一ヶ月ほど前だったかね。私が彼と出会い、弟子にしてもらったのだよ。大魔法士の彼は多忙なため、なかなか会えないのだが演説の前に会う機会があってね。その時に他の生徒会役員達も弟子にしてもらった、というわけだね」
 
「俺としてもあまり指導できないのは心苦しいんだけど、それでもいいって言ってくれてね。だから間違いなく彼らは大魔法士の俺の弟子なのさ」
 
「そうなのですか」
 
 一度、頷く。
 ここからアリーの仕込みが始まった。
 
「ではガイルさん。神話魔法でも大精霊でもよろしいので、使っていただけませんか?」
 
 尋ねるとガイルと共に後ろの役員達も失笑した。
 リライトの王女に対して無礼すぎるが、それでも笑ったということは彼女があまりにも“事実を知らない”と思っているのだろう。
 
「残念だけどかなりの精神集中を必要とするからね。あと、威力も強すぎるから滅多に使おうとは思わないんだよ」
 
「アリシア様はそんなことも知らないのかね?」
 
 馬鹿にするような響き。
 
「申し訳ありませんわ」
 
 けれど平然とした様子のアリー。
 
「でしたらガイルさんの強さを証明できませんわね。大魔法士というのならば、さぞかし素晴らしい実力を持っていると思ったのですが」
 
 そして少し困ったような表情。
 彼女の様子にガイルは胸を張り、
 
「リステルの災害の一つ、黒竜を倒したのは俺だよ。まあ、偶然出会ってしまってギルドの履歴にも残ってないんだけどね」
 
 自信満々に言い放つ自称大魔法士。
 掛かった、とアリーは内心でほくそ笑んだ。
 “誰も知らない”のであれば、いくらでも言えばいい。
 けれど自分達に対して自慢するのは馬鹿だ。
 
「本当に貴方が倒したのですか?」
 
「そうだよ」
 
「では当事者にでも訊いてみましょうか」
 
「……なんだって?」
 
 疑問を浮かべるガイルに対して、アリーは袖に合図を送る。
 するとリルが堂々と出てきた。
 
「こちらはリステル王国第4王女、リル=アイル=リステル様です」
 
 会釈すらせずにリルはアリーの隣に立つ。
 
「リルさんは黒竜が倒された場所にいたのですわ」
 
「ええ。ばっちりいたわよ」
 
 新たな王女の登場に困惑する相手側。
 けれど生徒会長が突っ込む。
 
「王女が黒竜を倒した場所にいるわけないと思うがね」
 
「なに? あんた黒竜を倒した経緯を知らないの?」
 
 馬鹿にするようにリルが笑う。
 
「ど、どういうことかね!?」
 
 憤る生徒会長に対してリルは笑みを浮かべたまま。
 
「リステルの黒竜は女性を生け贄に捧げさせ続けた。けれど耐えられなくなってリステルがやめてくれ、と頼んだのよ。そしたら黒竜が『王女を捧げろ』なんて言ってね。それであたしが選ばれたわけ」
 
 リルの笑みはどんどん面白がるようになってくる。
 
「まあ、黒竜を倒すための嘘だったんだけど、謀られた黒竜が怒ってあたしを付け狙ったの。あたしは逃げるためリライトへ留学。けれど情報を知るためにリライトとリステルの国境沿いに行ったら運悪く黒竜に見つかった。その時にお兄様――リステルの勇者や他に腕が立つ人もいて、黒竜を倒したんだけど」
 
 そう、当事者であるリルは一部始終を全て知っている。
 だから言える。
 
「あたしはあんたを見てないわ」
 
 ガイルを指差すリル。
 彼のことなど影すらも確認していない。
 
「これはリライトとリステルの公式記録からも分かりますわ。なので貴方はいったい、どこの黒竜を倒したのですか?」
 
 アリーが追撃。
 すると生徒会長が厚かましくも答えた。
 
「おそらくは別の黒竜を倒したと思うのだがね」
 
「へぇ、あたしはリステル以外に黒竜がいるなんて知らなかったわ」
 
「わたくしもですわ」
 
「しかしリステル以外にいない、と確認が取れたわけでもないと思うがね」
 
「俺も勘違いしていたのかもしれない。黒竜は一体だけだと。だからリステルの黒竜を倒したと思ってたんだ」
 
「まあ、そう言われましてはこちらもどうしようもないですわね」
 
 中々に図太い神経の生徒会長とガイル。
 すぐにアリーが引き下がった。
 今度は別の話題を引き出す。
 
「しかし先ほど、ミエスタのギルドで若手のホープと仰っていましたね」
 
「最大派閥のリーダーなんだよ、俺は」
 
 頷くガイルにアリーは思い出したかのように告げる。
 
「わたくしは先日、知人の女性から面白い話を伺いましたの。ミエスタのギルドでケンカを売られたって。相手は若手のホープらしくて、黒竜を倒したことも自慢していたらしいですわ」
 
 色々と符号が合致する。
 少し、ガイルの表情が険しくなった。
 
「けれど話を聞こうとしない彼女に腹を立てたホープは勝負を挑んだらしいのですが、一撃で負けたらしいですわ」
 
「……まさか。別人じゃないか?」
 
「では訊いてみましょう」
 
 アリーがまた、合図を送る。
 続いて現れたのはレイナ。
 
「前生徒会長のレイナ=ヴァイ=アクライト。学院最強と呼ばれる女性ですわ」
 
 レイナは至極真面目な表情でガイルを見る。
 彼が僅かばかりに反応を示した。
 
「私は貴様が売ったケンカを買ったと思ったのだが、気のせいか?」
 
「……さあ? 少なくとも俺は君に負けた記憶はないね」
 
「それはそうだろう。気絶していたからな」
 
 覚えているわけもない。
 
「大魔法士の俺が簡単に気絶するわけないだろ? 別人じゃないか?」
 
「有名人である彼を騙った別の誰かだと私は思うがね」
 
 生徒会長がフォロー。
 
「ふむ。つまり何十人も引き連れていた奴は別人だったというわけか?」
 
「だろうね」
 
「……そうか、いいだろう」
 
 レイナも引き下がる。
 けれどあまりにも苦しい言い訳。
 副会長、書記、会計の表情に疑念が浮かんでいた。
 どうやらこの三人は騙されている口らしい。
 
「だったら最初の質問で気になったところ、あたしが訊かせてもらうわ」
 
 リルが袖から聞いていて疑問に思ったところ。
 
「まずあんた、どうしてこいつを大魔法士だと思ったのよ。流れてる噂なんて大半の人間が冗談だと思ってる。けれどあんたは信じた。どうして?」
 
「なんだ、そんなことかね? 私も最初は冗談だと思っていたのだがね、けれど彼と一緒に戦ったときに冗談など吹き飛んだのだよ。この実力、まさしく大魔法士だとね」
 
「つまり一緒に戦って信じたってこと?」
 
「そうだね」
 
「ふ~ん」
 
 リルがくつくつと笑う。
 
「何がおかしいのかね?」
 
 苛立つ生徒会長だが、リルは答えずに笑うだけ。
 
「では続いて私が問おう」
 
 笑い声が響く最中、今度はレイナの疑問。
 
「貴様らは先ほどアリシア様のことを笑っていたが、神話魔法がどういうものか知っていて笑ったのか?」
 
 レイナの問いかけには書記――キリアに対抗意識を持っていた彼女が答えた。
 
「神話魔法とは神の如き魔法のことですのよ」
 
 自信満々に答える書記。
 だがレイナは軽く首を振った。
 
「違う。お前の説明は教科書の記述だ。私が訊いているのは使っている瞬間を見たことはあるか、ということだ」
 
「えっ? そ、それはありませんのよ。神話魔法を使えるのは6将魔法士と大魔法士である彼ぐらいですし、多大な集中が必要だと言ってましたし……」
 
「ならば訊こう。ここにいるのは大国リライトの王女であるアリシア様だ。神話魔法を見る機会など貴様らよりよっぽどあると思うが、どうだ?」
 
「……え、えっと…………」
 
 思わず言葉に詰まった。
 確かにそうかもしれない。
 大国の王女アリシア=フォン=リライト。
 彼女ならば6将魔法士に会う機会とてあるのかもしれない。
 
「事実としてはアリシア様は神話魔法を見たことがある。ちなみに私も見たことがあるし、キリアも見たことがある」
 
 書記がキリアに対抗意識を持っていることを知っているからこそ煽る。
 
「なっ!? キリアさんも!?」
 
 思わず声が漏れる書記。
 わざとらしくレイナが目を見張った。
 
「知らないのか? あいつは先週、国家交流で6将魔法士と出会っている。まあ、いろいろと事情は省くがキリアは6将魔法士が神話魔法を使おうとした瞬間を目撃している」
 
 とはいっても詠唱しようとしている姿だけ。
 他は詠み終わった優斗が神話魔法を待機させている状態のみだが、言わなくてもいいだろう。
 
「だから神話魔法を見たことがある者にとっては不思議だ。6将魔法士ですら多大な集中など必要ないのに、どうして大魔法士は必要なのか、ということをな」
 
「で、でも、キリアさんは神話魔法について教えてあげたら納得してましたのよ!?」
 
「納得したのではなく呆れただけだろう。神話魔法の話を聞いただけであり、しかも教科書の上でしか知らない者が実際に見た者に対して講釈を垂れているのだからな」
 
 しかも自慢げに言うものだから、正すのもアホらしいというものだろう。
 
「6将魔法士と比べても仕方ないのではないかね? 大魔法士はそうである、というだけじゃないかね?」
 
 また生徒会長が茶々を入れる。
 けれど、思わずアリーもレイナも笑った。
 笑いが収まりかけていたリルも再び笑い出す。
 
「さ、さっきから何が可笑しいのかね!?」
 
 怒鳴る生徒会長。
 しかしアリー達は笑いすぎて出てきた涙を拭う。
 
「いや~、笑わせてもらうわ」
 
「本当ですわね」
 
「堪えるのもかなり大変だな」
 
 良いコントだ。
 一しきり笑ったあと、アリーは深呼吸をして笑いを収める。
 
「ではさらに訊きましょうか」
 
 全員を見回す。
 
「1000年以上現れなかった大魔法士ですが、その『名』にまず必要なものは何か分かりますか?」
 
 基本中の基本。
 この質問にガイルが堂々と答える。
 
「実力だろう? 俺のような強さを持った」
 
 リルがまた笑う。
 冗談もここまで来ると勘弁してほしい。
 笑いすぎて息が出来ない。
 と、軽い呼吸困難のリルを傍目に書記が答えた。
 
「あの……パラケルススの契約者ですの」
 
 副会長と会計も頷く。
 アリーは彼女達が知っていて少し安堵した。
 
「その通りですわ。誰もが認める大魔法士というのは前提条件として精霊の主、パラケルススの『契約者』であるということです」
 
 まあ、一般常識だ。
 
「では『契約者』というのがどういうものか、知っていますか?」
 
 再びの問いかけ。
 けれど分かるわけがない。
 大魔法士であるはずのガイルから何も教えてもらっていないのだから。
 
「か、彼に訊けば分かるのでは?」
 
 書記が恐る恐る発言する。
 
「いえ、役員の皆さんはすでに聞いていますわ。彼が『契約者』ではない理由を」
 
「――ッ!?」
 
 相手側五人全員が驚く。
 
「この中で精霊術に詳しい者はいますか?」
 
「……あの、わたくしは一応囓っていますの」
 
 書記が手を挙げた。
 キリアが多少は精霊術を使えるために自分も使えるようになろうと思って勉強をした。
 
「では大精霊を召喚するのに必要なのは?」
 
「詠唱です。呼び寄せるためには大精霊から詠唱が必要となります」
 
「正解ですわ。ならば以上のことを踏まえた上で聞いてください」
 
 言い聞かせるようにアリーは役員を見据える。
 
「『契約者』というのは常識外の存在ですわ。パラケルスス以外の大精霊なら詠唱せずとも呼べる。彼らの名を紡がずとも軽々と呼べる。本当にふざけた存在ですわ」
 
 つまりこの事実が“ガイルが大魔法士である”ということを否定することになる。
 
「先ほどわたくしが訊いたことを覚えていますか? わたくしはこう問いました。『神話魔法でも大精霊でもよろしいので、使っていただけませんか?』と。それに対して彼の答えは、皆さんも知る通りですわね」
 
 かなりの集中が必要だと言っていた。
 
「少なくとも大精霊は軽々と呼べるはずの『契約者』がどうして、かなりの集中が必要などと仰るのでしょうか? 理由は明白ですわね。彼が『契約者』ではないからですわ」
 
 アリーの断言。
 思わず納得する役員三人だったが、彼らの様子を見て生徒会長が噛み付いた。
 
「アリシア様。私とて現在に至るまでマティス以外の『契約者』が存在していないことなど存じているのだがね。さらに『契約者』がどういう存在かという文献はほとんどない。冗談もほどほどにしてほしいものだね」
 
 まるで論破したかのようにドヤ顔をする生徒会長。
 けれどそれで、やっと判断できた。
 生徒会長はガイルを大魔法士などと思っていない。
 焦って言葉が出たのだろう。
『マティス以外の契約者が存在しない』と言ってくれた。
 やっと呼吸困難から立ち直ったリルがニヤリとする。
 
「冗談ね……」
 
「言いたくなる気持ちは分かるがな」
 
 レイナもその点に関しては同情してあげる。
 だが黒い笑みを零して頷きあった。
 さあ、仕上げの時間。
 
「では、そもそもの発端について話しましょうか。大魔法士という噂について」
 
「……どういうことかね?」
 
 尋ねる生徒会長に対し、アリーは無視して役員三人に視線を向ける。
 
「皆さんはすでにガイルさんが大魔法士ではないこと、理解できていますわね?」
 
「……えっと……その……はい」
 
 困惑している様子ではあったが、間違いなく三人は頷いた。
 
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 俺は周りからも噂されている大魔法士であって――」
 
「貴様は少し黙っていろ」
 
 レイナが睨み付ける。
 
「…………っ……」
 
 それだけでガイルが黙った。
 あまりにも弱すぎるが、一瞬で負けたことを思い出したのだろう。
 アリーは気を取り直して続ける。
 
「ではどうして『大魔法士』の噂があるのだと思いますか?」
 
「この人が触れ回ったからでは?」
 
 書記の発言。
 けれどアリーは首を横に振る。
 
「いえ、この方はおそらく『大魔法士』の噂を自分のものだと勘違いしたお馬鹿さんなだけですわ」
 
 さらには虚言癖と妄言癖がある厄介な男。
 
「話を戻しますが、つまりは『大魔法士』と呼ぶに値する方がいるというわけです」
 
 本物がいる、という事実が漏れたから噂になったということ。
 思わず色めき立つ三人だが、リルが釘を刺した。
 
「これからアリーが言うことは箝口令が敷かれてることよ。でも言わなければならない、ということはあんた達がしでかしたことの大きさと酷さを自覚しなさい」
 
 抉るような直球の発言。
 三人がすぐに落ち込む。
 
「リル様。こいつらは騙されただけでは?」
 
 一応、レイナが確認を取る。
 状況を見ている限りだとそうだ。
 
「レイナ、甘いわよ。言いたくないけど、馬鹿が勢揃いって感じ。考え無しに『大魔法士の弟子』とか言って生徒会役員になってるんだもの。そんなくだらない武装するくらいなら実力で役職を勝ち取ってみろって話じゃない」
 
 正当すぎるリルに彼らは返す言葉もない。
 アリーは苦笑する。
 
「問い詰めるのは後々にしましょう」
 
 今からやることではない。
 とはいえ、甘やかすつもりもないが。
 
「さて、『大魔法士』と呼ぶに値する方が噂になって民衆へと流れてたのですが、普通に考えたら王族であるわたくしが知っている、と皆さんは思わなかったのですか? 先ほどレイナさんが問いかけた神話魔法についてもそうですが、仮にも『大魔法士』のことなのに」
 
「…………」
 
 疑問に対して、三人は無言。
 
「思わなかったみたいですわね」
 
 彼らは自分達しか知らないことだ、と自慢して振る舞っていた。
『大魔法士』という名が噂として流れたのなら、真偽くらいは国が確かめていると思えるはずだが。
 まあ、馬鹿なのだろう。
 目の前の餌に食い付いて常識すらも忘れている。
 
「はっきりと申しますわ。『大魔法士』は存在しリライトにいます。これはリライトだけが言っているのではなく各国の王族が納得している本物の『大魔法士』です。そして各国が認めたということは、間違いなく世界で重要な人物であるということ」
 
 目の前にいる自称とは違う。
 
「だからこそ貴方達が演説で発言した『大魔法士の弟子』というのは、学院だけの問題では済まないことを自覚しなさい」
 
 叱りつけるアリー。
 三人がさらに縮こまった。
 
「本来ならば貴方達が演説を行った時点で大魔法士の弟子なのか判断が付くのですが、不幸にも彼は先週行われた国家交流に向かっていました。無論、貴方達が弟子というのは嘘だと思っていましたが、本人に確認が取れなかったので今日まで問題が長引いたわけですわ」
 
 タイミング的には最悪だった。
 すると生徒会長が矛盾を見つけたとばかりに、
 
「ならばどうしてリライトは民衆に大魔法士を隠したりするのかね?」
 
 意気揚々と突っついてきた。
 書記も疑問が浮かぶ。
 
「それに国家交流って学生と騎士が行ったはずですのよ」
 
 2年とキリア、それに近衛騎士が2人だったと書記は認識している。
 けれどアリーは微塵も動揺しない。
 
「『大魔法士』はわたくしのクラスメートです。民衆に広めないのは彼を学生として過ごさせたい、という父様の意思によるものです」
 
 そして合図。
 
「ということでご紹介させていただきますわ」
 
 袖から最後の一人が現れる。
 出てきた彼は、軽い感じでアリーに話しかけた。
 
「外野から見てると面白かったよ」
 
「内野からでも面白かったですわ」
 
 二人して苦笑。
 アリーは右手の平で優斗を指し示す。
 
「彼が世界から認められている本物の『大魔法士』。ユウト=フィーア=ミヤガワです」
 
 紹介した瞬間、生徒会長とガイルが笑う。
 
「こんな学生が大魔法士!? 先ほども言ったが冗談もほどほどにしたほうがいいと思うがね!」
 
「こんな子供が大魔法士なわけないだろ。やっぱり俺が大魔法士なんだって」
 
 笑い声が壇上に響く。
 しかし気にする様子なくアリーは一言。
 
「お願いしますわ」
 
「了解」
 
 頷いた優斗は軽く左手を振るう。
 同時、背後に八体の大精霊が現れた。
 お手軽気軽に召喚。
 まさしくありえなくて、常識外。
 
「こんな感じでいい? お望みとあらば神話魔法でもパラケルススでも何でもやるけど」
 
「いえ、十分ですわ」
 
 現に優斗とアリー、リル、レイナ以外は学長ですらも言葉を失っている。
 ガイルと生徒会長達は精霊術を知らずとも圧倒されて腰すら抜かしていた。
 
「…………」
 
 呆気にとられている五人に対して、アリーは目の前にあるのが事実だと言わんばかりに告げた。
 
「これが『大魔法士』というものですわ」
 
 信じられないようなことを平然と行う。
 だからこその『大魔法士』だ。
 
「ガイル、と言いましたわね。まだ貴方は己が大魔法士なのだと偽れますか?」
 
 アリーが問いかけるも反応はない。
 嘆息して次の人物に問う。
 
「生徒会長? 冗談みたいな存在だからこその『大魔法士』ですわ。貴方程度の常識に囚われる方ではありません」
 
 声に反応したのか視線が合う。
 
「本物を知っているわたくし達に対してよくもまあ、あれほど堂々と嘘を言えたものです」
 
「なっ!?」
 
「貴方は『大魔法士』を悪用し、生徒会選挙を勝ち抜こうとしましたわ。相応の覚悟はできているのでしょう?」
 
「ち、違うのだね! 私も彼に騙された!」
 
「嘘を言うものではありませんわ。貴方は彼が自称大魔法士ということを知って利用した。そうなのでしょう?」
 
「違う!!」
 
「もともと、大魔法士など噂で冗談だと思っていた貴方は、嘘をついたところで誰も気づけないと思っていた。違いますか?」
 
「ちが――」
 
「そして自分が扱いやすい手駒を大魔法士の弟子にして、生徒会を思うように動かそうとした」
 
「ち――」
 
「残念ですが、貴方は人の上に立つ器ではありませんわね」
 
 冷たい視線を送るアリー。
 それはまさしく、大国リライトの王女としての眼光。
 
「……が……う……」
 
 心の奥底まで見透かされるようで、思わず言葉が出なくなった生徒会長。
 アリーは続いて役員に言う。
 
「貴方達三人は騙された立場。こちらとしてもこれ以上、強く言おうとは思いませんわ」
 
 ただ、生徒会は降りてもらうことになるとは思う。
 
「いいの? 一応は不敬罪にできるわよ。王女の立場としていたアリーを嘲笑したりしたんだから」
 
「別にいいですわ。王女としてもいる、といったので学生でもあります」
 
 この程度で罪とか言うつもりはない。
 
「アリー、そろそろ大精霊を還してもいい?」
 
「ええ。ありがとうございますわ」
 
 謝辞を述べると同時、大精霊が消えていく。
 
「あとは先生方とレイナさんにお任せしますわ。さすがにこれ以上は介入できませんし」
 
「仕方ないが、これも前生徒会長の役目か」
 
「ですわね」
 
 アリーが苦笑する。
 すると書記が優斗に話しかけた。
 
「あ、あの」
 
「なに?」
 
「貴方が本物であるなら、わたくしを弟子にしてほしいのですが……」
 
 彼女に同意するように、副会長も会計も同じことを言ってきた。
 優斗は嘆息。
 
「君達を弟子にして、僕に何の利点があるの?」
 
 ただ面倒なだけ。
 
「無駄にプライドが高い。降って沸いた偽物のステータスで役職を得て他人を見下す。育てる価値もないし、面倒を見ようという気にもならない」
 
 利点など一つもない。
 手間しか増えない。
 
「で、でも大魔法士であるなら――」
 
「あのね、『大魔法士』って聖人君子じゃないし便利道具じゃない。どんな奴でも弟子にするとかありえないから」
 
 ホント、こんなのに敵視される彼女は可哀想だ。
 
「キリアを見習えよ」
 
「なっ!?」
 
「キリアも無駄にプライド高いし調子乗るし猪突猛進型の馬鹿だけど、君達みたいに邪気はないし向上心は人一倍。負ければ素直に受け入れる。そして何よりも自分自身の力で前に進もうとしてる。弟子にしたいと思えるのはこういう人物」
 
 つまりは、
 
「ガイル、だったっけ。君達はこいつがお似合いじゃない? そこそこ実力はあるみたいだし」
 
 じゃあね、と彼らに手を振って優斗は踵を返す。
 反論も意見も何もなかった。
 アリーもリルも優斗に続く。
 
「ユウト、トドメ刺したわね」
 
「自分から刺されに来たんだから、やってあげないと」
 
「的確に相手を抉ってましたわね。ユウトさんを見ているとわたくしの真似も、まだまだだと実感しますわ。これでも大魔法士の従妹ですのに」
 
「あんたがやってるのは大魔法士のユウトの真似っていうより、魔王のユウトの真似よ」
 
「……誰が魔王だって?」
 
「ユウトに決まってるじゃない」
 
 キレたら“恐怖”そのものみたいな存在になるくせに。
 
「ではわたくしは従妹として、魔王のユウトさんを真似するべきでしたわね」
 
「そんな王女、嫌だから」
 
 自分みたいな王女なんて見たくない。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 とはいっても、すぐに帰れるわけもなかった。
 素直に下校時間で帰れたのはリルだけで、意気揚々と講堂を出て行った優斗もアリーもレイナと共に後始末をすることになった。
 ガイルは未だに自分を大魔法士と言い張っていたので、信頼ある近衛騎士のビスに引き渡す。
 役員達も処分が検討されている。
 優斗は大魔法士本人だから学院側に改めて事情説明。
 アリーも説明のフォロー。
 レイナはレイナで先生の了解を得て役員選挙の次点に話をつけていた。
 それが全て終わったのが八時過ぎ。
 優斗はアリーを王城へと送り、レイナとも途中で別れる。
 少し歩いてようやく家に帰ってこれた。
 
「今日は長かったな」
 
 久々の学院だったのに。
 門を抜け、家に入る。
 玄関に駆け寄ってくる足音が聞こえた。
 
「……お、おかえりなさい……なの」
 
 愛奈が迎えに来る。
 思わず笑みが零れた。
 疲れが癒やされる。
 
「ただいま、愛奈」
 
「えっと……おにーちゃんにあいたいってひと……いるの」
 
「ありがとう、教えてくれて」
 
 頭を撫でながら二人して広間に向かう。
 いつものメンバー以外で誰か来ているのだろうか。
 と、ソファーに視線を送るとそこにいたのは、
 
「……ラグ?」
 
 ココの婚姻相手、ラグがいた。
 隣を見れば彼女も一緒に座っている。
 
「ユウト様、弟子の件はいったいどうなったのだ!? 先ほど解決したと聞いたが、ココから詳しくはユウト様から、と言われたのだ!」
 
「……まず何でラグが知ってるの?」
 
「ココの手紙で知らされた!」
 
「何でいるの?」
 
「大魔法士の弟子などと聞いて、黙っているわけにはいかないだろう!!」
 
 優斗はそれを聞くと愛奈をエリスに渡す。
 そしてココに近付いて、両の拳で頭をぐりぐり。
 
「ちょっ、ユウ! 痛い痛い! 痛いです!」
 
「余計なことを余計な奴に言うな! このアンポンタン!」
 
 世界で一番言ってはいけない国の人間だ。
 大きくため息をつく。
 まさか最後の最後に、盛大に疲れることになろうとは。
 少しはゆっくりさせてほしい。
 
「ユ、ユウ! なんか強くなってる! 痛さ増してる! 力入ってきてます!!」
 
「ユウト様、早く説明してくれ!」
 
 腕をタップするココと、話を急かすラグ。
 端から見ていた愛奈がエリスに尋ねる。
 
「……おにーちゃんたち、あそんでるの?」
 
「見てて面白いから、きっと遊んでるのよ」
 
 
 



[41560] 小話②:例えばこんな一日(卓也・ココ編)&理解できない勇者様
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:d19b6f5d
Date: 2015/10/30 21:06
 
 
 
 
 正直、どういう状況なのかが分からない。
 
「……イアン様?」
 
「イアンでいい。敬語も使ったら怒るぞ、我が未来の義弟よ」
 
 卓也の目の前に座っているイアンは嬉しそうな笑みを零し、彼の隣に座っている女性に視線を向ける。
 
「ナナ様と会うのはお初だな。リステル王国でリステルの勇者をやっているイアンだ」
 
「こちらこそお初にお目に掛かります、イアン様」
 
「タクヤの後見の方であれば、やはりイアンでいい」
 
「ではイアン君でよろしいです?」
 
「ああ」
 
 卓也の隣に座っているココの母親――ナナも柔らかく笑う。
 しかし卓也は意味が分からない。
 
 ――どんな面子なんだよ。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 ナナが卓也の私服を一緒に選びたい、と言ってきた。
 エリスが優斗と一緒に出歩いていることを聞いたりもしたのだろうし、息子もいないのでやってみたいというのもあったのだろう。
 卓也としては特に断る理由もなかったので、珍しく二人で出歩いていたのだが……なぜかイアンと出会った。
 
「それで、イアンは何をしに来たんだ?」
 
「お忍びで遊びに来た」
 
 堂々たる発言。
 
「……それは勇者としていいのか?」
 
「問題ない。今、リステルは落ち着いているしリルの様子を見に来た、と言っているからな」
 
「おい」
 
「散策していたらタクヤがいた。そして我が未来の義弟が世話になっているフィグナ家には一度、挨拶をしようと思っていた」
 
「あらあら、心配なさらずとも大丈夫です。タクヤ君は安心できる子なのです」
 
「リルの相手であるからな。当然だ」
 
 お互いに笑う。
 けれど卓也は違和感しかない。
 
 ――なんていうか、噛み合ってるようで微妙に会話が噛み合ってない!
 
 段飛ばしになっているというか。
 何か変だ。
 
「タクヤ君の後見で本当に良かったのです。こんなおばさんと一緒に出歩いてくれるのですから」
 
「……いや、ナナさん、めっちゃ見た目若い」
 
 三十歳半ばとは聞いているが、二十代で十分通じる。
 見た目からしてちんまりしているし。
 エリスも若く見えるが、それ以上だ。
 
「ほら、これなのです! こうやって優しいんです!」
 
 嬉しそうなナナ。
 バンバン、と卓也の肩も叩く。
 
「ちょっ、ナナさん、痛い!」
 
「ふむ。タクヤは後見の家の方とも良き関係を築いているようだ」
 
「当然です」
 
 自慢げなナナに卓也は愛想笑い。
 
「わたしとしてはユウト君のところのように、タクヤ君もココとくっ付くと思っていた時期もあったのです」
 
「確かに仲が良いらしいな」
 
「しかし、兄妹みたいなものです。そしてリルちゃんも可愛らしいのです。この間も『卓也の後見の家の方ですから』と言ってくれて、ココと三人で買い物したのです」
 
「……ナナさん。オレ、それ初耳」
 
「ほう、リルも成長したな」
 
 ちゃんと関係を築けているとは。
 
「我が家は凄いです。ココはミラージュ王族と婚姻しますし、タクヤ君はリルちゃん――リステル王族ですし」
 
「……考えてみたら多国籍だな。オレもココも国外の人が相手だし」
 
「タクヤ君の結婚式が決まったら、全力でわたしがタキシードを見定めるのです」
 
 まるで決定事項のように言うナナ。
 というより彼女の中では決まっている。
 
「……前にダグラスさんも似たようなこと、言ってたけど」
 
 フィグナ家当主、ココの父親も同じようなことを卓也に告げていた。
 けれどナナは笑顔で、
 
「旦那には譲りません。わたしのほうがタクヤ君と仲良いのです」
 
 
       ◇      ◇
 
 
「――っていうことがあった」
 
 次の日、イアンと会ったことをリルに教える卓也。
 
「……お兄様、本当に遊びに来ただけだったのね」
 
 自分には会わずに帰って行ったと聞いてビックリする。
 
「というより卓也のタキシードを選ぶの、あたしじゃ駄目なの?」
 
「ナナさん、ノリノリだった。オレが何言っても無駄なくらい楽しみにしてる」
 
 彼女の中で決定事項。
 
「じゃあ、一緒に選びたいってお願いするしかないわね」
 
「……オレが選んじゃ駄目なのか?」
 
「あんた、センスないじゃない」
 
「貴族の煌びやかなセンスなんてあってたまるか」
 
「そんなこと言っても、ないと駄目よ。だってあたしが卓也に嫁ぐとしても、一応は王族に連なるのよ? それにただでさえあんた、貴族じゃない。それに『異世界の客人』ということを公にして婚姻届けを出したら、位だって上がるかもしれないわ」
 
「……胃が痛い」
 
 キリキリする。
 
「あたしが婚約者なんだし、頑張りなさい」
 
「……しょうがないけど、頑張るしかないか」
 
 リルのことが好きなのだから。
 素直に頷く。
 するとリルは顔を真っ赤にして、
 
「あ、あた、あたしもちゃんと卓也のお嫁さんになるために……が、が、頑張るから!」
 
 嬉しいことを言ってくれた。
 卓也も朗らかに笑みを浮かべる。
 
「ああ、頑張れ」
 
 
 
 
 
 
 
 
 ~~ココ編~~
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「マゴスっ! マゴスはいるか!?」
 
 第3王子の執務室に怒声が響く。
 ドアを開けて、ラグが中に入るがそこにいるのは部下だけ。
 
「マゴスはどうした?」
 
「……先ほど、城下に遊びに行かれました」
 
「止められなかったのか?」
 
「残念ながら私が十数秒ほど席を空けた瞬間、逃げ出されました」
 
 もう、何度目だろうと思い返す。
 二人してため息を吐いた。
 
「……お前には迷惑をかけるな」
 
「……いえ、ラグフォード様の優しい言葉を承ることができるだけ、気が安らぎます」
 
 そして見据えるは、三日分の書類の束。
 
「……なぜ判子を押すだけなのにやろうとしないのだ、あいつは」
 
 考える必要性もない。
 ただ、単に判子を押すだけの作業を回しているというのに。
 
「腕が疲れると仰っています」
 
「ならば私の仕事をやらせたら死ぬな」
 
 ラグの冗談に部下がちょっとだけ笑う。
 最近の彼は、こういうちょっとした冗談が上手い。
 とはいえ目の前の書類とてやらないわけにはいかない。
 
「仕方あるまい。私がやるか」
 
 
 
 
       ◇      ◇
 
 
 
 
 念のため、書類をざっと確認しながら判子を押す。
 
「……ああ、ココに会いたい」
 
 ラグは押しながら呟く。
 末の弟は覚えもいい。
 あとは周りがフォローしてくれれば十分、仕事ができる。
 片付けなければならない仕事も大半は終わった。
 もう少しの辛抱だとはいえ、最愛の女性に会えない日々は辛い。
 
「……ココ」
 
「どうしました?」
 
 すると、ヒョコっとココがラグの前に顔を出した。
 
「……………」
 
 一瞬、ラグが呆然とする。
 だが、
 
「……会いたさのあまり、幻覚まで生まれたか」
 
 眉根を揉みほぐす。
 どうやら、思っていた以上に疲れているらしい。
 基本、休憩という休憩を取らずに全ての仕事を片付けている。
 これも一重に早くリライトに行きたいが為なのだが。
 どうやら不味いラインまで到達したらしい。
 
「お疲れです?」
 
 ペシペシ、とラグの頬に触れるココ。
 物理的な感触でようやくラグも気付く。
 
「ココっ!?」
 
 本物の彼女が目の前にいる。
 それに本気で驚いた。
 
「大丈夫です? 疲れてます?」
 
 心配そうなココ。
 
「大丈夫だ! ココに会った瞬間、吹き飛んだ!」
 
 問題ないとばかりに、声を張る。
 
「しかし、どうしているのだ?」
 
「婚姻相手に会いに来ては駄目です?」
 
「いやいや、そんなことはない! さあ、お茶の時間にしよう! 最高級のものを用意させる!」
 
 急に生き生きとするラグ。
 
「でもお疲れみたいです」
 
 ココは少しだけ考え、ソファーの上に座る。
 
「どうぞ」
 
 そしてポンポンと膝を叩いた。
 
 
 
 
「私はもう、死んでもいい。大往生と言えるだろう」
 
 ココの太ももの上に頭を乗せる。
 歓喜のあまり、天上にも昇る勢いだ。
 ココが苦笑する。
 
「わたしが困ります」
 
 そしてラグの髪を撫でる。
 
「頑張ってるんですね」
 
「一日も早く、ココの下へと向かいたいからな」
 
「でも、無理はしちゃ駄目です」
 
 少しだけ心配そうな表情のココ。
 
「……分かってはいる。だが、仕方なかろう? 一秒でも早くココと共に過ごしたいという想いは止められない」
 
 ラグの言葉に思わずココが笑む。
 
「ありがとう、ラグ」
 
 屈んで、そっと唇をラグに落とす。
 ほんの数秒ばかりの、初めての口付け。
 顔を上げると、互いの視界に入るのは呆然とした表情のラグと顔を赤くしたココ。
 
「ちょ、ちょっと照れます!」
 
「…………」
 
 顔を真っ赤にしたココだが……表情が変わらないラグの異変に気付く。
 
「……ラグ?」
 
「…………」
 
 未だに呆けた様子のラグ。
 思わずココも慌てる。
 
「ラ、ラグ! 大丈夫です!?」
 
 顔を叩き、反応を求める。
 
「ラグ! ラグっ!?」
 
 それでも反応がなくて、ココは慌てて医者を呼んだのだが……。
 幸福のあまりに意識が吹っ飛んでいたということが分かり、後々の笑い話になるのは当然というものだろう。
 













 ――理解できない勇者様――
 
 
 
 
 
 
 
 ふと先日聞いたことで、優斗は気になったことがある。
 
「修って、どうやって白竜と仲良くなったの?」
 
 アリーと二人だったので、訊いてみた。
 
「……あれは酷かったですわ」
 
「そうなの?」
 
「クリスさんとシュウ様がギルドの依頼を受けまして、わたくしとココがお手伝いをしました。依頼内容は西の村の魔物討伐」
 
「ふむふむ」
 
「その魔物はBランクだから最たる問題はなかったのですが、その魔物が白竜の子供をなぶり殺しにしようとしてまして」
 
「……まさか」
 
 優斗の予想が手に取るように分かったアリーは素直に頷く。
 
「魔物を倒したら白竜が登場して、運悪く勘違いされましたわ。何が厄介だったかと言えば、白竜は何一つ悪いことはしていないのです。そのため倒すのも躊躇ってしまいますし、何よりも黒竜より強かったのです。だからシュウ様が相手をしていたのですが……」
 
 アリーは当時の光景を思い返す。
 とりあえず酷かった。
 
「どうやらシュウ様が考えていたよりも強かったらしく、どんどんテンションを上げていきました」
 
「……楽しかったんだ」
 
「でしょうね。久々にシュウ様の異常を見た瞬間でしたわ」
 
 一撃振るうごとに際限なく威力も速度も上げていく修の姿は、まさしくおかしかった。
 だんだんと剣閃が霞み、身体も視界から捉えられない。
 意味が分からない、と言ってよかった。
 
「しかも互いに戦っている最中に通じ合ったものがあったらしく、白竜が『お前のような者が我が子供を殺すはずがない』と言いまして」
 
「なるほど」
 
 こうやって戦いは終了したわけだ。
 
「そして次の瞬間、シュウ様の右手と白竜の右足ががっちりと握手? を交わしましたわ」
 
「……待った。どうしてそこでそうなったの?」
 
 その他もろもろの経緯をすっ飛ばしているんじゃないか、と優斗は疑う。
 だが、
 
「知りませんわ」
 
 アリーは当時の状況の意味不明さに、理解するのを放棄していた。
 
「経緯は過不足なく、ちゃんと伝えましたわ」
 
「それで……握手?」
 
「ですわ」
 
「何それ、酷い」
 
 男同士の殴り合いでも、そんな友情は生まれないと思う。
 
「白竜の凄いところは最終的にシュウ様の実力を見抜いたところですわ。もの凄く手加減されていたのに気付いたそうです」
 
「……凄い魔物もいるもんだね」
 
 こっちの実力を把握できるとは。
 
「わたくしのことを『アリシア嬢』と呼ぶ魔物なんて、驚きを通り越して呆れましたわ。礼節に関してはユウトさんやクリスさんと同等レベルです」
 
 少なくとも修や和泉よりは上だ。
 
「しかも、その礼儀正しさを父様にも買われまして」
 
「……はっ?」
 
 ますますカオスな話題になった。
 どうやら友達になった後、一度リライト城に来たらしい。
 結界魔法すら乗り越えてSランクの魔物が現れたことで場内騒然としたらしいのだが……アリーが取り成し、なぜか王様との面談が生まれた。
 
「黒竜と違い、見目麗しい姿ですし。さらに礼節を重んじる魔物なので父様が気に入るのも分かる気はするのですが」
 
「いや、一応は魔物だから」
 
「そうは言っても、もう遅いですわ。城に入れる唯一の魔物と認定されました」
 
「……マジ?」
 
「マジですわ」
 
 アリーが頭を振る。
 頭痛がしそうだった。
 
「いや、でもSランクでしょ?」
 
「何かやっても、ユウトさんやシュウ様に瞬殺されるのは白竜も分かっています」
 
「……なんで僕のこと知ってるの?」
 
「シュウ様がお伝えしましたから」
 
 自分と同等の大魔法士がいる、と。
 
「何で巻き込む……」
 
「……しょうがないですわ。無傷で白竜を瞬殺できる存在なんて、わたくしが知るかぎり世界でもシュウ様とユウトさんぐらいです」
 
 二人して頭を抱える。
 すると、だ。
 
「お~い、優斗!! アリー!!」
 
 修の声が真上から聞こえてきた。
 嫌な予感しかしないが、二人は頭上を見上げる。
 
「マジ、空飛ぶとかめっちゃ良いぞ!」
 
 白竜の背に乗った修がいた。
 
「うわ、でかいね」
 
 黒竜もそこそこに大きかったような気がしたが、白竜は全長……おおよそ、20メートルくらいだろうか。
 しかも棘のような鱗もなく、綺麗な身体。
 仲間全員が乗っても問題なさそうだ。
 
『シュウ、この者が?』
 
「ああ、俺と同等の優斗だ」
 
 白竜が優斗を見る。
 10秒ほどまじまじと見て……妙に納得された。
 どうやら強さの判断が出来たらしい。
 
『大魔法士よ、シュウを説得しろ』
 
「……はっ?」
 
 いきなり突拍子もない発言をされ、優斗が面を喰らう。
 
『シュウはこれほどの力を持っている上、清廉な魂の持ち主だ。我が子供の主になれと伝えているのだが、断られている』
 
「だって面倒じゃん。お前とは友達なんだし、だったら子供も友達のほうがいいだろ」
 
 修の反論に白竜は嘆息する。
 
『ということだ。大魔法士、説得してくれ。アリシア嬢も、できれば共に説得してくれると助かる』
 
 まさかすぎる白竜の発言に優斗もアリーも頭を抱える。
 二人とも何か言おうとして、やめ、何とも評しがたい表情になった。
 
「…………」
 
「…………」
 
 そして1分ほどじっくり間を置いたあと、優斗とアリーは顔を合わせて、万感の思いを込めて言った。
 
「知るか」
「知りませんわ」






[41560] 大事なことは別にある
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:d19b6f5d
Date: 2015/10/30 20:55
 
 
 
 
 二月の後半。
 新しい生徒会も発足した。
 騒動の中心人物であった元生徒会長は退学。
 他の元役員も全員が停学一ヶ月となった。
 ガイルは未だに拘留中らしい。
 一応、優斗達の手からは離れた事件。
 ゆっくりしたい気分はあれども翌週には期末テストがあって、月末に至っては保護者を交えての進路相談がある。
 それが終われば三月まるまる、春休み。
 もちろん在学生は登校日があり卒業式の練習などもしなければならないが、登校も数回しかない。
 
 
 
 
 フィオナ達、セリアール組の面談は昨日終わり異世界組の面談は翌日。
 異世界人という特異性もあって彼らだけ最終日に回された。
 
「僕は義母さんが来るんだけど、修達って誰が保護者で来るの? やっぱり後見の人達?」
 
 授業が終わり、ふと気になって訊いてみる。
 
「俺は王様」
 
「オレはココのお母さんがやってくれるってさ」
 
「俺はクリスの父だ」
 
 つまりは全員が後見となった家の方々。
 
「さすがリライトの勇者ともなれば王様が来るんだね」
 
「……すっげー嫌なんだけど」
 
「なんで?」
 
「たぶん怒られる」
 
「そんなの自業自得でしょ」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 というわけで、いざ進路相談となる。
 まずは優斗とエリス。
 
「ミヤガワ君に関しましては特に言うことないですね。実技、学業ともに優秀ですし素行に関しても問題ありません。学生の見本となる生徒です」
 
「ありがとうございます」
 
 とても嬉しそうにエリスが笑みを浮かべる。
 
「将来の進路としてはどういった形を?」
 
「おおざっぱになってしまいますが、国に関わることをしようと思っています」
 
 真っ直ぐに優斗が答える。
 先生は大きく頷いた。
 
「そうですね。ミヤガワ君の立場としてはやはり、国の中枢に関わっていくことになるのでしょう。『大魔法士』ということもありますので大変だとは思いますが、頑張ってください」
 
「ありがとうございます」
 
 優等生の優斗はさくっと終わる。
 
 
 
 
 
 
 
 続いては和泉とクリスの父、レグル公爵。
 
「トヨダ君は学業も実技もあまり芳しくありませんが、魔法科学に関しては秀でたものがあります。私としてはこの分野の仕事に就くことをお勧めしますが……」
 
 先生の進言にクリスの父は一度、和泉を見たあとに、
 
「先日、アリスト王よりミエスタから派遣される技師の助手になるという話を伺ったので、おそらく彼は先生の仰った道に進むとは思うのですが……」
 
「レグル公爵の言うとおりだ。武具の開発関係に進めればと思っている」
 
 和泉も大仰に頷いた。
 
「では、進路については特に言うことはありません。ただ……」
 
「何かあるのですか?」
 
 レグル公爵としては嫌な予感しかしない。
 
「素行の悪さが目立ちます。いえ、素行というよりは何かを爆発させたり何だりとやらかすのはさすがに悪目立ちしますね」
 
 それはクリスの父もよく分かっている。
 レグル家は今まで何度も爆発事故があったのだから。
 
「……大変、申し訳ない」
 
 先生の心中を察して、思わず頭を下げた。
 
 
 
 
 
 
 次は卓也とフィグナ公爵夫人であるナナの番。
 
「ササキ君は学業、実技共に上の下で安定しています。素行も問題ありませんし」
 
「あら、そうなのです?」
 
「ええ。進路はいくらでも選べると思います」
 
 先生としても非常に助かる生徒の一人だ。
 
「タクヤ君はどうしたいのです?」
 
「……まだ決めてないです。兵士になるにしても、ギルドに所属するにしても、何か違うと思うんで……」
 
 はっきりとした将来のビジョンは見えない。
 
「まだ一年ありますから、その間に見つければいいと私は思っています。ただ、焦る必要はありませんが呑気に構えるとやりたくもない職業に就くことになるかもしれませんので、そこは理解しておいてください」
 
「分かりました」
 
 
 
 
 
 
 最後に修と王様。
 
「ウチダ君は学業こそ普通ですが、実技に関しては素晴らしいものがあります。『リライトの勇者』ということなので学院を卒業後の進路は決まっていますね」
 
「そうっすね」
 
「ただし、素行に関してはトヨダ君と一緒に暴れ回っているのでアリスト王からも注意をお願いしたいのですが……」
 
 思わずギロリと王様が修を睨む。
 
「何か目立つことをやっているのか?」
 
「実験で言われた通りのことをやらずに遊び、あげく爆発させたのが数回。校舎の壁をうっかり破壊したこともありますし、屋上からノーロープバンジーをやったこともあります。その他、細かいことを上げれば数え切れないくらいやっています」
 
「……ほう」
 
 ピキ、と王様の額に青筋が一本入った。
 
 
 
 
 
 
 優斗、和泉、卓也は面談も終わって三人でゆったりと談笑。
 彼らの保護者も保護者同士で世間話に花を咲かせている。
 すると、面談が終わったのか教室から修と王様が出てきた……のだけれど、
 
「ちょ、王様! 痛い痛い!! マジで痛いって!! ギブギブギブギブ!!」
 
「この戯けが!! いくら何でもやりすぎだ!!」
 
 王様が修の頭をアイアンクローしながら出てきた。
 すさまじい登場の仕方に優斗達も保護者も苦笑いしか浮かばない。
 
「ちょっとしたジョーク! おちゃめな冗談じゃないっすか!」
 
「そんなわけがあるか!!」
 
 王様はさらに力を込めるが、優斗達を見ると朗らかに笑う。
 
「悪いがこのバカを説教しなければならんのでな。このまま王城に連れて帰ることにする」
 
「よろしくお願いします」
 
 優斗が頭を下げた。
 
「テメ、優斗! 裏切んのか!?」
 
「さすがにフォローできない」
 
 嘘八百を並べられる優斗でも不可能だ。
 
「な、なら卓也! 助けてくれ!」
 
「ごめん。オレも無理」
 
 優斗と卓也、二人して合掌する。
 修は王様に引き摺られながら優斗達の視界から消えた。
 
「修は残念だな」
 
 しみじみと和泉が感想を述べる。
 思わず卓也がツッコんだ。
 
「お前はクリスの父さんに感謝しろ。後見人が王様だったらお前も同じ状況だぞ」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 エリスは家に帰っても、ほくほく顔だった。
 ご機嫌の理由が気になって、今日は家でゆっくりとしていたマルスが尋ねる。
 
「ずいぶんと機嫌が良いが何かあったのかい」
 
「ユウトのこと、先生が凄く褒めてたのよ。学力、実技ともに優秀で学生の見本となる生徒ですって」
 
「そうか」
 
 マルスは相づちを打って、ソファーに座っている優斗の向かいに腰を下ろす。
 その間にエリスは一端、着替えに部屋へと戻った。
 
「ずいぶんと頑張ったんだね」
 
「いえ、学生として当然のことですから」
 
「当然かもしれないが、しっかりと実行できるのが偉いんだ」
 
 マルスは身を乗り出して優斗の頭をくしゃりと撫でる。
 
「すみません。ちょっと恥ずかしいです」
 
「子育てもあるし『大魔法士』と呼ばれてからは他国に行くことも多かっただろう? けれどもしっかりと成績を残してる。父親としては、やるべきことをしっかりとやっている義息子を褒めたいんだよ」
 
「……ありがとうございます」
 
 ぐしゃぐしゃと撫で回す手の大きさに優斗は嬉しさを覚える。
 
「アイナも頑張っているし、今日は良い事が多い」
 
 マルスは微笑ましくテーブルを見る。
 
「愛奈はさっきから何をしてるんですか?」
 
 優斗も視線を向ければ、なにやら愛奈が必死に書いていた。
 
「文字を教えてたんだよ」
 
「文字、ですか?」
 
「新聞を読んでいたらね、アイナが『おとーさん、もじおしえてほしいの』なんてお願いするものだから、父親としては教えなければならない」
 
 エリスと同様、彼も愛奈の父親となるべく積極的に愛奈と接している。
 引き取ってからというもの、両親二人の頑張りは本当に凄いと優斗は思う。
 その甲斐あってか、愛奈も今ではマルスに懐いている。
 仲間も愛奈に慣れてもらうためにかなりの頻度で顔を出し、しかも家政婦長のラナや守衛長のバルトもやたらと構うものだから、愛奈はある意味で大変そうだ。
 
「ラナに頼んで練習用のテキストを買ってきてもらって、今は文字の習得中というわけだよ」
 
 マルスが大切な我が子を目を細めながら眺めている。
 すると愛奈は急に椅子から立ち上がって優斗達に駆け寄ってきた。
 
「……あの、おとーさん」
 
「どうしたんだい?」
 
「……なまえ、これでいいの?」
 
 おずおずとテキストを渡す愛奈。
 マルスは目を通すと、驚きを表わした。
 
「これは……お父さんの名前かい?」
 
 子供らしい、不揃いな文字ではあるが。
 確かに『マルス=アイン=トラスティ』と書いてある。
 しかも、その下には『おとーさん』とも。
 
「……そうなの。あって……る?」
 
「ああ、合ってるとも」
 
 ニコニコしながらマルスは愛奈を抱き上げて、膝の上に乗せる。
 
「アイナもユウト君と同じで賢い子だね」
 
 先ほどの優斗の時と同じように愛奈の頭を撫でる。
 褒められたのが嬉しくて、愛奈が少しばかりの笑みを零した。
 そして、それを見逃す優斗とマルスでもない。
 
「……笑った?」
 
「笑ったみたいだね」
 
「……?」
 
 驚く二人と、彼らの様子の意味をよく分かっていない愛奈。
 けれど少し間を置いて、大騒ぎになった。
 
「ちょ、ちょっと義母さん! 今、愛奈が笑った!」
 
「エリス! アイナが笑ったぞ!」
 
 慌ててエリスを呼ぶ。
 
「えっ!? アイナが笑ったの!?」
 
 ちょうど着替え終わったエリスがバタバタと駆け寄ってくる。
 
「あなた、何をしたの?」
 
「私の名前を書いてくれたから、偉いねと褒めてあげたら笑ってくれたんだ」
 
 テキストを見せるマルス。
 少し誇らしげだ。
 何となく悔しくて、エリスは愛奈に訊く。
 
「アイナ。お母さんの名前は?」
 
「えっと……まだなの」
 
「書ける?」
 
「……たぶん」
 
「じゃあ、お母さんの名前を書いてくれないかしら?」
 
 こくん、と頷く愛奈。
 
「……っ」
 
 時折、テキストを戻して文字を思い出しながら名前を書く。
 
「……これで……だいじょうぶ?」
 
 エリスに見せる。
 間違いなく、そこにあるのはエリスの名前。
 
「ええ、大丈夫よ」
 
 そしてマルスから愛奈を取り上げて抱っこする。
 
「偉いわね。ちゃんとお母さんの名前を書けるんだから」
 
「だって……おかーさんのなまえなの。まちがえたくないの」
 
 愛奈の返答にエリスが感極まる。
 
「時折思うけど、なんでうちの子達はこんなにも嬉しいこと言ってくれるのかしら」
 
「うちの子だから、じゃないかな」
 
「本当ね」
 
 エリスはぎゅっと愛奈を抱きしめる。
 すると、さらにマリカと一緒にフィオナもやって来た。
 エリスが愛奈を抱きしめたりしているのはよくあるので、フィオナも特に気にすることなく優斗の隣に座り、マリカを彼の膝の上に乗っける。
 
「今日はどうでしたか?」
 
「特に問題なく終わったよ。修は王様から説教くらってるだろうけど」
 
「シュウさんの場合は自業自得ですから」
 
「だよね」
 
 くすくすと笑う。
 修の場合はしょうがない、という言葉で大抵が終わる。
 
「進路はやっぱり国に関する方向ですか?」
 
「そうだね。フィオナは?」
 
「私ですか?」
 
「一昨日、聞かなかったなって思って」
 
 だからちょっとした話の種で訊いてみる。
 
「私の場合、進路は決まっているようなものですから」
 
「へぇ、そう――」
 
 なんだ、と。
 言おうとして気付く。
 少しだけ優斗の顔が赤くなった。
 
「そう……だね。決まってるね」
 
「はい、決まってます」
 
 自分達の関係を鑑みれば一目瞭然だ。
 
「優斗さん、忘れてたんですか?」
 
 少しジト目のフィオナ。
 
「わ、忘れてるわけじゃないけど、元の世界だと僕くらいの歳で結婚するのってあんまりないからさ。ましてや自分がこれほど早くするとは夢にも思わなくて」
 
「だとしても、ちょっとはショックを受けました。ですよね、まーちゃん?」
 
「あい」
 
 マリカが頷く。
 
「こらこら。マリカはよく分かってないでしょ」
 
「あう?」
 
「あう? じゃないの」
 
 優斗はこちょこちょとマリカをくすぐる。
 きゃっきゃっと喜ぶマリカ。
 
「優斗さん、矛先をまーちゃんに向けても駄目ですよ。優斗さんは傷ついた私を慰める必要があります」
 
「いや、あんまり堪えてないよね」
 
 そんなことを言ってる時点で堪えているわけがない。
 ペシっとフィオナの頭を軽く叩く。
 すると愛奈と話していたエリスが、
 
「じゃあ、お庭で真似っこね」
 
「うん、なの」
 
 娘を抱きかかえながら、庭に出て行った。
 
「義父さん、何をするんですか?」
 
 優斗が訊くとマルスは苦笑する。
 
「勉強の息抜きにね、ユウト君のごっこ遊びをするみたいだよ」
 
「……僕?」
 
「アイナを助けたときのことを再現するんだと言っていたね」
 
「また恥ずかしいことを」
 
 優斗も苦笑を返す。
 とはいえ、嬉しいことなのも確かなので家族総出で庭に向かう。
 先に行った愛奈はエリスに当時の状況を説明していた。
 
「えっとね、おにーちゃんがはしってきて……でっかいかめさんをバンってとばしちゃったの」
 
「あらあら、すごいわね」
 
「でね……そのときにいってたのが」
 
 愛奈は両手を前に出す。
 
「もとめるはかざきり、かみのいぶき……なの」
 
 もちろん真似事。
 何も起こらず、次の真似事へと移る……はずだった。
 けれど優斗達は異変に気付く。
 
「「「「 えっ? 」」」」
 
 愛奈の手から魔力から溢れる。
 
「――ッ!」
 
 反射的に優斗が愛奈に駆け寄って両手を真上に弾いた。
 数瞬後、浮かび上がった魔法陣から吹き荒れる豪風。
 それは上空にある結界に当たってかき消える。
 しばし呆然とする皆だが、
 
「……凄いわね」
 
「これは驚いた」
 
「ビックリしました」
 
「あうーっ!」
 
「……忘れてた。愛奈もチート持ちなんだった」
 
 小さな子供なので、頭から抜け落ちていた。
 愛奈は一人、首を傾げている。
 
「……おにーちゃん?」
 
「ごめんね。手は痛くなかった?」
 
「だいじょうぶ……なの」
 
 愛奈の返事にほっと一安心する。
 
「ユウト、今のは? 異世界人が得る『魔法の才能』ってやつよね?」
 
「当たりですが……さすがに驚きました。まさか上級魔法を使えるなんて」
 
 あり得ないだろう、こんなの。
 これほど小さな子供が上級魔法を使えるなんて考えつきもしなかった。
 
「シュウさんは勇者の刻印も持っているから除外として、それ以外で考えると……」
 
「圧倒的な才能だね。卓也も和泉も訓練なしなら中級魔法が限度だったから。『フィンドの勇者』っていう異世界人にも会ったことあるけど、たぶんその人よりも上」
 
 シャレになってない。
 
「とりあえず文字だけじゃなくて、力の使い方も教えないといけませんね」
 
 不用意に人に向けてしまっては目も当てられない。
 
「分かった。私達も責任を持って教えよう」
 
「あなた。魔力制限できる物、アリスト王から戴けないかしら?」
 
「相談しておく」
 
「あーっ! うーっ!」
 
「まーちゃん、大喜びですね」
 
 それぞれが話す。
 けれど会話の内容が内容だけに、少しだけ愛奈が不安そうな顔をした。
 
「…………おかーさん。あいな、へん……なの?」
 
 もしそうだったらどうしよう、と。
 
「……へんじゃ……だめなの?」
 
 不安がもたげる。
 けれどエリスは愛奈の不安を一蹴する。
 
「だいじょうぶよ。アイナなんて変なうちに入らないわ。だってお兄ちゃんのほうがよっぽど変だもの。だから心配しないの」
 
「ちょ、ちょっと義母さん!?」
 
 まさか自分を引き合いに出されるとは思わなかった。
 
「だってそうじゃない。アイナが凄い力を持ってるってことは分かったけど、だとしたらユウトなんてもう変を通り越して異常ね」
 
「いや……まあ、否定はしません」
 
 できるわけもない。
 自分の論外っぷりはちゃんと把握しているだけに。
 
「しかも貴方よりアイナなんて可愛いものだし、私はユウト達の持つ力なんてどうでもいい。大事なのはもっと別にあるもの」
 
 マルスも同意する。
 
「『力』があったところで関係ない。だから驚きはしても決して変とは思わないよ」
 
 そしてエリスはしゃがみ込んで愛奈と視線を合わせた。
 
「アイナは私とマルスの娘。だから余計に不安がらなくていいのよ」
 
 二週間。
 僅か二週間だけれども、それでも二週間。
 ちゃんと親子をやってきた。
 愛奈を愛していくために。
 
「……あいな、おとーさんとおかーさんの……むすめでいいの?」
 
「当たり前じゃない。だってお父さんもお母さんもアイナのこと大好きよ」
 
 これからもっと大好きになって、愛していく。
 だから心配なんてしなくていい。
 絶対、完全無欠の親子になってやるのだから。
 
「…………っ!」
 
 くしゃり、と愛奈の顔が歪む。
 エリスに抱きついた。
 
「あいなも……おとーさんとおかーさんのこと、だいすきなの」
 
 前とは違い、ぎゅうっと強く抱きつく。
 
「ほんと、アイナは泣き虫ね」
 
 エリスは優しく愛奈の背中を撫でる。
 マルスもしゃがみ込んで、愛奈の頭をゆっくりと撫でる。
 
「……フィオナ」
 
「はい」
 
 優斗とフィオナは目を合わせると、マリカを連れてゆっくりと庭から出ていった。
 嬉しさと喜ばしさを表に浮かべながら。
 
 



[41560] 小話③:爆発した? 爆発しろ?
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:d19b6f5d
Date: 2015/10/30 21:06
 
 
 
 
 ――ドン――と。
 聞き慣れた音がレグル家にて響く。
 クリスは居間にいたが、大きく息を吐いて一室へと向かう。
 そしてドアを開けた。
 
「……イズミ」
 
「なんだ?」
 
 中では思案している和泉の姿。
 
「今日だけでいったい、何回目だと思っているんですか?」
 
「4回目か?」
 
「……5回目です」
 
「そうか」
 
「そうか、ではありません!! 何で今日もそんなに爆発させてるんですか!!」
 
 寮の部屋では色々と手狭で危ないこともあり、和泉の実験のために宛がわれた一室。
 幸い、壁を破壊する規模の爆発ではないものの、1時間に1回も爆発音が聞こえればクリスとしても安心できない。
 しかも一昨日から同じことの連続だ。
 
「いつも言ってるだろう。実験に爆発は付きものだと」
 
「……聞いたことありません」
 
 嘆息すると、同じく爆発音を聞いたクレアがやって来る。
 
「あの、クリス様。イズミ様は大丈夫なのですか?」
 
「問題ありません。ピンピンしてますよ」
 
 心配するだけ無駄だ。
 
「とはいえ、そろそろ理由は聞かせてもらえるんでしょうね?」
 
 昨日も一昨日もはぐらかされた。
 けれどさすがに何をしているのか、聞かせてもらってもいい頃だと思う。
 
「まあ、いいだろう」
 
 和泉もクリスの呆れ姿を見て素直に頷いた。
 
「魔法陣をいじくっていたら爆発した」
 
「……何ですって?」
 
「だから聖魔法の魔法陣をいじくっているから何度も爆発している」
 
「罰当たりですよ」
 
「そうでもない。正確には『聖』というより『光』をいじくっている」
 
「だとしても問題大有りです」
 
 どちらにしても馬鹿。
 
「いえ、イズミに言っても無駄でしょうね。それよりも魔法陣をいじくるって何ですか?」
 
「魔法というのは魔法陣によって出てくるモノが決められているだろう? だから魔法陣を改造すれば別物になる。優斗が創った『虚月』を見て、出来ると思ったんだが……俺がいじったら駄目らしい。変に干渉しようとしたらすぐに魔法陣が異常を来たして爆発だ」
 
 どうやっても上手くいかない。
 
「オリジナルの神話魔法を参考に……ですか。けれどユウトのあれは一種の特殊能力では?」
 
「本人曰く二つの魔法陣を魔力の供給過多で無理矢理破壊した後、これまた無理矢理に魔力で引き合わせてくっ付けているらしいが……」
 
「……繊細さの欠片もありませんね」
 
 そこまで強引な魔法だとは思わなかった。
 
「あんなものは俺も真似できない。だからミリ単位でいじくっているんだが駄目らしい」
 
「魔法陣が壊れれば最後、最初からやり直しなのでは?」
 
「壊れなくても消えてしまえば一緒だ」
 
「無駄じゃないのですか?」
 
「そうでもない」
 
 和泉は手に透き通った玉を乗っけた。
 
「完成した魔法陣を宝玉に記憶させられればいい」
 
「そんなもの買ってばかりいるからお金が貯まらないんですよ」
 
「おかげで金欠の日々だ」
 
「胸を張って言うことじゃありません」
 
 和泉の頭を小突くクリス。
 と、クレアがおずおずと口を挟んだ。
 
「結局、イズミ様は何を作っていらっしゃるのですか?」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 1時間後、フィオナがレグル家へと足を踏み入れる。
 
「それで私が呼ばれたんですか?」
 
「イズミの話を聞いていると、魔法では限界がありそうでして」
 
「ああ。魔法でのアプローチは難しくてな。考えを変えようと思ったんだ」
 
 つまりは精霊術。
 利便性においては群を抜いているから、どうにかなるかもしれない。
 
「ちょっと待ってくださいね」
 
 フィオナは詠唱して光の大精霊を呼び出す。
 
「イズミさんの話を聞いて、協力できるなら協力してもらってもいいですか?」
 
 頼むと光の大精霊は頷いた。
 
「ありがとう」
 
 軽く笑んで、和泉と大精霊を二人きりにする。
 
「世話を掛けてしまいましたね」
 
「私は問題ないですよ」
 
 フィオナは軽く手を横に振る。
 
「クレアさんは久しぶりです」
 
「お久しぶりです、フィオナ様」
 
「クリスさんとの新婚生活はどうですか?」
 
 問いかけるとクレアは顔を赤くした。
 
「朝起きて、隣にクリス様のお顔があるというのはやはり緊張してしまいます」
 
 そしてのっけから爆弾発言。
 
「一緒に寝てるんですか!?」
 
「え? はい。夫婦ですので」
 
「……う、羨ましいです」
 
 自分は優斗と一緒に寝たことなど一回もない。
 
「一応、私達も他国向けには夫婦だから一緒に寝ても問題はないはず。そうですよ、婚約者ですし夫婦ですし……」
 
 ぶつぶつ、と。
 願望がダダ漏れのフィオナ。
 思わずクリスが口を出した。
 
「あの、フィオナさん? あまりに焦るとユウトが死んでしまいますよ」
 
「えっ!? えっと、私……何か言ってましたか?」
 
「いろいろと」
 
 クリスの言葉に焦るフィオナ。
 色々と言い訳を考えている彼女だけれども、同時に少し離れた和泉達から眩しい光が溢れた。
 すぐに収まったものの、クリス達は僅かばかり目がちかちかする。
 
「イズミ、今のは?」
 
「俺がやってほしいことを伝えたら『出来る』と頷いてくれた。だからやってもらった」
 
「そうですか」
 
 クリスが頷くと、光の大精霊はニコっと笑って姿を消す。
 
「しかし精霊は凄いな」
 
「ですね。最初から精霊を扱える方などほとんどいないですし、修行によって後天的に扱えるようになっても基本は龍神崇拝の方々が頑張った結果です。あまり活用しようとは思わないでしょう。それに便利なのは確かですが、多方向へ便利と呼べるほどの使い手となるとあまりいません」
 
 少なくともリライトでは優斗とフィオナだけだ。
 
「龍神の指輪みたいに精霊を使役できる魔法具を作れるか試したくはあるが……まあ、無理だろうな。原理が分からなすぎるし、仮に作れたとしても面倒事しか生まなそうだ。しかも優斗に怒られる気がする」
 
「それぐらいの常識はイズミも持っているんですね」
 
 関心するクリス。
 
「……お前、俺を何だと思ってるんだ?」
 
「馬鹿です」
 
「ク、クリス様! 事実だとしても、口に出しては……っ!」
 
 慌てた様子でフォローするクレア。
 けれど全くフォローになっていない。
 
「最近分かったが、クレアは場を荒らす方向で天然だ」
 
「クレアさんは頑張ってフォローしようとしているんですが、無自覚に追い詰める言葉を使ってしまうんでしょうね」
 
「自覚ありで相手を追い詰める優斗やアリー。自覚なしで相手を追い詰めるクレア。どちらかといえば後者の方が性質が悪い」
 
 無意識なだけに。
 
「ただ、端から見ている分には微笑ましいですよね」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 翌日。
 
「そんで、どうして俺達が呼ばれたんだ?」
 
「最初にお前らを撮ったら、何かと箔が付くと思ってな」
 
 修とアリーが和泉に呼ばれてやってきた。
 
「イズミさん、それは何なのですか?」
 
 和泉が手に持っている黒色の物体。
 
「カメラだ」
 
「かめら?」
 
 アリーは首を捻り、修は驚く。
 
「マジ!? 写真作れんのか!?」
 
「とりあえず、試作の奴だがな」
 
 少々、大きいのがネックだ。
 
「けど写真って感熱紙が云々って聞いたことがあんだけど、大丈夫なんか?」
 
「こっちの世界には魔法や精霊術といった便利さがある」
 
 自分達が知ってる物理やら科学やらをぶっ飛ばせる代物がある。
 
「インスタントカメラみたいなものだ。レンズを通して宝玉に風景が映り、指に魔力を込めてシャッターを押した瞬間、宝玉に魔力が伝わり大精霊が仕込んでくれた魔法陣が展開され、後ろにある型紙に風景が投写されて紙に焼き付く」
 
「意味が分からねぇ。要約すると?」
 
「精霊ってスゲー!! ……以上だ」
 
「……省きすぎですわ」
 
 アリーは全く意味が分からない。
 
「とりあえず凄いものであるというわけですね?」
 
「そうだな。というわけで修とアリーは並んでくれ。実際に使ってみる」
 
「りょーかいだ」
 
「爆発しませんか?」
 
「安心しろ」
 
「なら分かりましたわ」
 
 和泉は二人が並んだところでカメラを構える。
 
「1+1は?」
 
「2」
 
「2、ですわ」
 
 シャッターを押す。
 カメラから僅かばかりに魔法陣が浮かぶが、すぐに消える。
 和泉は宝玉の後ろにある型紙を上に引き抜いた。
 もう一枚を素早くセットし、さらにもう一度。
 そして2回目に撮ったものも手元に持ってくる。
 
「……ふむ。とりあえずは上手くいったな」
 
「見せてみ」
 
 修とアリーがやって来て、2枚の写真を覗き込む。
 両方とも問題なく2人の姿が写っていた。
 
「これは……わたくしとシュウ様ですか?」
 
「だな。俺とアリーだ」
 
「絵画……ではなくて?」
 
「言っただろう。風景を取り込んで写す、と」
 
 アリーが呆けた様子で和泉を見る。
 
「イズミさんを尊敬したのはこれで2回目ですわ」
 
 普通に酷いことを言われたが、誰もがスルーする。
 おそらく1回目はクリスの結婚式の時だろう。
 
「これはお前らにやる」
 
「いいのですか!?」
 
「俺は撮れるかどうかを確認できれば良かった」
 
 頷いて、2枚を2人に手渡す。
 
「ありがとうございますわ!」
 
「サンキュ」
 
「これから俺はさらに改良できないか考える。来てくれて助かった」
 
 手を振り、和泉はレグル家の一室へと戻っていった。
 修とアリーも写真を片手に帰る。
 
「けれどこれ、本当に凄いですわね」
 
 るんるん気分でアリーは持っている写真を眺める。
 
「量産できたら売れそうだな」
 
「ですわ」
 
 2人とも、しげしげと写真を見つめ、
 
「つーか何で俺らなんだ? 別にクリスとクレアでもよくね?」
 
「まあ、何かしらの考えがあったと思いますわよ」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 一室に戻ると、クリスとクレアがいた。
 
「イズミ、どうでしたか?」
 
「問題なく写真は撮れた。2枚撮って、ちゃんと2人に渡しておいた」
 
「それは良かったです」
 
 昨日、4人で相談して仕組んだ甲斐があった。
 
「喜んでいたから良かったが、露骨すぎやしないか?」
 
「ほぼ1年、何も進展なしですからね。アリーさんだってあれぐらいの得があってもいいと思いますよ」
 
 話ながら和泉はテーブルにカメラを置き、身近な椅子に座ってクリスが用意してくれたティーカップに手を伸ばして、
 
「ただ、シュウ様は男色家だとか。アリシア様も大変です」
 
 思わず手が止まった。
 和泉もクリスも不可解な表情をする。
 
「……何だそれは?」
 
「クレア、誰がそんなことを?」
 
「えっと……前にスキーに行ったときに女性の皆様と」
 
 素直にクレアが答える。
 
「どうしてそんな話に?」
 
「シュウ様とユウト様が怪しいという話になりまして、それでシュウ様が実は男色家なのかという話になったんです」
 
「……地味に優斗が被害者だな」
 
「婚約者がいるというのに哀れですね、ユウト」
 
 和泉とクリスが合掌する。
 と、ここで来客。
 
「和泉、何か凄い物を作ったらしいな」
 
 意気揚々とドアを開けてやって来たのはレイナだ。
 
「なぜ知ってるんだ?」
 
「フィオナから聞いた」
 
「そうか」
 
 和泉はあらためてティーカップを手に取り、口にする。
 するとクリスが何かを思い付いた。
 
「イズミ、これは自分でも使えますか?」
 
 テーブルに置いてあるカメラを指差す。
 
「ん? ああ、魔力を込めてシャッターを押せば誰でも使えるはずだ」
 
「そうですか」
 
 クリスは頷くとカメラを手に取る。
 
「型紙は?」
 
「そこだ」
 
 指差すところにクリスは歩いていき、型紙を取り出してカメラにセットする。
 
「使うのか?」
 
「ええ、やってみたいんです。ですからイズミとレイナさんは並んで立って下さい」
 
 少し開けたところを示すクリス。
 
「どういうことだ?」
 
 疑問を浮かべるレイナだが、和泉は気にせずに言われた場所へと向かう。
 よく分からないが和泉が向かったのだから、とレイナも和泉と同じ場所に動いた。
 クリスはカメラを構える。
 
「もう少し寄って下さい。……はい、そこで問題ありません」
 
 ピッタリと2人をくっ付けるクリス。
 
「シャッターを押すときは何か合図とか必要ですか?」
 
「基本は『はい、チーズ』と声を掛けるのが普通だな」
 
「どういう意味ですか?」
 
「分からん。今度、優斗にでも訊いてみろ」
 
 無駄知識満載のあいつならば知っているはずだ。
 
「和泉、何をするんだ?」
 
「とりあえず笑ってろ」
 
「……? 分かった」
 
 意味は分からないが、言われた通りに笑みを浮かべるレイナ。
 
「では、いきますよ」
 
 クリスがシャッターに指を掛ける。
 レンズの先には笑みを浮かべたレイナといつもの仏頂面……を少しだけ柔らかくしている和泉。
 クリスは2人の様子を微笑ましく思いながら、
 
「はい、チーズ!」
 
 シャッターを押した。
 



[41560] 変人対応に定評がある故に
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:d19b6f5d
Date: 2015/10/30 20:56
 
 
 
 
 三月初め。
 お絵かきセットに色々とマリカが描いていく。
 
「えっと……トンボ?」
 
「あいっ!」
 
 頷き、マリカはさらに描き進める。
 
「これは“じいじ”と“ばあば”かな?」
 
「あいっ、あい!」
 
「上手だね~、マリカは」
 
「あう~っ!」
 
「まーちゃんは凄いですね」
 
 パチパチと優斗とフィオナで拍手する。
 その他、お馬さんごっこをやったりと様々なことをやって、
 
「たっ!」
 
 マリカは今、積み木に集中していた。
 優斗達はベッドに座ってゆったりとする。
 
「最近は平和です」
 
「二週間ぐらいだけどね」
 
 学院も休みに入って、ゆっくりできている。
 
「ただ、そろそろ厄介ごとが舞い込んできそうな気がする」
 
「……優斗さんが言うと本当に来そうで嫌なんですけど」
 
「これはもう、長年の勘が告げてるんだからしょうがないよ」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 ということで三日後、早朝から優斗は卓也とクリスと共に高速馬車に乗っていた。
 
「……なんかもう行く理由が泣きたくなる」
 
「そうですね」
 
「本当にな」
 
 三人揃ってため息をつく。
 
「今年に入ってから、これで何ヶ国目だっけな……」
 
「ユウトは四ヶ国目でしょう。月1ペースより多いですね」
 
「……本当に多い」
 
「お前の場合は微妙に自業自得だよ」
 
 優斗達はこれから待ち受ける面倒な事に対して、すでに疲れを見せていた。
 
 
 
 
 
 高速馬車で向かう二日前。
 優斗と卓也、クリスは王城へと呼び出された。
 そして謁見の間で、
 
「イエラート?」
 
「ああ、あそこも宗教国ということになるのだが……そこから書状が送られてな。ユウト達にはイエラートへ向かってほしい」
 
 宗教国と聞いて優斗の脳裏にラグの顔がちらついた。
 
「大魔法士として、ですか?」
 
 だとしたら凄く嫌だ。
 行きたくない。
 
「いや、大魔法士が向かうとは伝えてあるが、必要とされているのは別の理由だ」
 
 けれど予想外の返答に優斗が少し驚く。
 
「どういうことですか?」
 
「イエラートは異世界人を召喚する数少ない魔法陣が伝わっている国でもある。うちとは違い、召喚した者を勇者と定めることはしていないがな。そして前回召喚した者が老衰で亡くなったということで、一ヶ月前に新しく異世界人を召喚したらしいのだが、その者達が厄介らしい」
 
 王様の説明。
 ちょっとした疑問が浮かんだ。
 
「質問なんですが、異世界人ってひょいひょい召喚できないんですか?」
 
「できない。普通の魔法陣とは違っていて一度召喚してしまえば魔力は自然補給以外、受け付けない。魔法陣に魔力が溜まるまで二十年は掛かる。さらに当該の魔法陣で召喚された異世界人が亡くなるまで新たな召喚は不可能だ。一説によれば龍神が関与しているとも目されている代物だ」
 
「なるほど。だから異世界人が蔓延ることはないんですね」
 
「そうだ」
 
 王様が頷く。
 
「続きを話すが、どうやら今回召喚した者達と会話をするのが難しいらしく『手助けを願いたい』という旨の書状が届いた」
 
「者達……というと?」
 
「ユウト達と同様、巻き込まれた者がいるということだ」
 
 書状からは二人召喚された、となっている。
 
「難しい……というのは会話できない、ということなのでしょうか?」
 
 クリスがさらに問いかける。
 
「違う。意味はともかく単語としては理解できているらしい。だから異世界人特有の暗号かもしれない、と向こうは思っていてな。ゆえにお前達に行ってもらいたい」
 
「なぜ自分も?」
 
「書状を読み進めると、なんとなくシュウとイズミを思い出してな」
 
 王様の言葉に優斗達三人は顔を見合わせる。
 
「王様はシュウ達のような変人だと思っていると?」
 
「おそらくな。そして異世界の変人対策と言えばお前達だ。本来はレイナもだが、卒業間近に無理はさせられないのでな」
 
 優斗、卓也、クリス、レイナ。
 そのうち三人も向かわせれば問題はないはずだ。
 
「……否定したいけど出来ない」
 
「変人対策っていうか、変人慣れしてるだけなんだけどな」
 
「ですね」
 
 
 
 
 以上の理由でイエラートに向かうことになった。
 今は国内に入って馬車が王城を目指している。
 
「良かった点といえば、国からの頼まれ事だから給金が出るってところか」
 
「自分もです。まさかこんなに早く国から承るとは思っていませんでした」
 
「僕は一応、ミラージュ聖国に行ったときに貰ってるから二回目かな。お給金が出るのって」
 
 しかもギルドよりも金払いが良いから、懐は温まる。
 
「ただ、理由がね」
 
「どうする? マジで修とか和泉みたいのが出てきたら」
 
「まあ、会話が通じないってことだから、変人ベクトルが違うだけだと思いたい」
 
「どちらにしても面倒なことです」
 
 直接会わない限りなんとも言えないのは確かだが、それでも内容が内容なだけに気分は進まない。
 
「優斗の出迎えもかったるそうだな」
 
 卓也としてはそこもネックだ。
 ミラージュ聖国の時は大層だったと聞いている。
 けれど優斗は軽く手を振った。
 
「大丈夫だよ。今回は返事の文を出す際、王様に頼んで全力でやめてもらうように伝えた。歓待も受けないし、大げさな出迎えがあったら泣きますよって」
 
「馬鹿みたいな理屈が通ったものですね」
 
「クリス、マジで泣きたくなるんだから僕だって懇願するよ」
 
 と、馬車が遅くなる。
 段々と速度が落ちていき、やがて城門前で止まった。
 ドアを開けて外に出る。
 御者に感謝の意を述べて、とりあえず三人で伸びをした。
 
「思ったよりも早く着いたけど……」
 
 予定していた時間より一時間ほど早く着いてしまった。
 
「こんなに早く着くんだったら馬車の中で弁当を食うんじゃなくて、市街で店に入ったほうがよかったな」
 
「かもしれませんね」
 
 どこかしらで暇つぶしでもしようか、と相談していると城門が開いて一つの影が走ってきた。
 
「女性ですね」
 
「若いな」
 
「僕らと同年代くらいじゃない?」
 
 白銀のショートカットを靡かせて、急いで向かってくる。
 そして優斗達の前に立った。
 
「だ、だだ、大魔法士様ご一行であらせられすすでしょうか!?」
 
 第一声で嚼んだ。
 さらに慌てたのか、返事を聞くこともなく、
 
「あ、あの、あの、あの、わ、わた、私は……っ!」
 
 あわあわと。
 とんでもなくテンパっている。
 よく分からないが、王城から来たので迎えの者なのは優斗達が理解できる唯一のことだ。
 
「クレアに似てるんじゃないか?」
 
 垂れた目尻に柔らかな相貌。
 美人と可愛いなら可愛いに属する感じだ。
 
「慌て具合などはよく似てると思います」
 
「とはいえ、可哀想だから助け船を出さないとね」
 
 優斗はクレアの時と同じように、手を叩いた。
 女性の注目を自分に向ける。
 
「まず深呼吸してください」
 
「は、はは、はい!」
 
 未だに慌てた様子だが、言われた通りに深呼吸。
 十回ほど繰り返す。
 そして、少しだけ落ち着いた女性にクリスが尋ねる。
 
「初めまして。我々はリライト王より命を承りイエラートに参った次第なのですが、貴女は?」
 
「わ、私はイエラート学院二年で生徒会長を務めているルミカ=ナイル=エレノアといいます! この度は大魔法士様ご一行の案内役を務めさせていただきます!」
 
 女性――ルミカの自己紹介に三人は少し驚く。
 
「学生の方ですか?」
 
「は、はい。貴国のリライト王から『案内は学生のほうが彼らも気楽だろう』という文を戴いたらしく、私が皆様の案内役にと指名されました」
 
「そうなのですか」
 
 まあ、年輩が来ても困るので助かる。
 
「では守衛の方も呼んで頂けますか? 我々の身分を証明する証文を確認してもらいたいのです」
 
「わ、分かりました!」
 
 慌てて守衛を呼びに行くルミカ。
 クリスが証文を確認してもらい、城門が開いた。
 王城までそこそこ距離があるので、ルミカが馬車を用意すると言ったが丁重に断る。
 
「まずはこちらも自己紹介をさせていただきましょう。自分はリライト魔法学院二年、クリスト=ファー=レグルと申します」
 
「同じく二年、タクヤ=フィスト=ササキですけど……来た理由から考えると佐々木卓也です」
 
 求められているのは『異世界人』なのだから。
 
「二人と同じく二年、ユウト=フィーア=ミヤガワ……であると同時に宮川優斗。よろしくお願いします」
 
 挨拶をする。
 特に優斗の名前を聞いてルミカが慌てた。
 
「だ、大魔法士様ご一行に敬語を使われるなど恐れ多く、是非ともぞんざいな言葉使いで!」
 
 手を大きく振って拒否するルミカ。
 
「……おい、オレらまで一緒くたにされたぞ」
 
 卓也が残念そうに項垂れる。
 
「自分はこの言葉使いが基本なのですが」
 
 クリスもどうしていいか、ちょっと分からない。
 
「僕に振らないでくれる……って言いたいけどね」
 
 原因が優斗なのだから否定はできない。
 
「ルミカさんでしたか。ちょっとよろしいですか?」
 
 優斗が話しかけるとルミカがカチコチに固まったまま返事をする。
 
「な、なな、なんでございましょうか大魔法士様!!」
 
「同い歳なんですし他国の学生が来たとでも思ってもらえませんか?」
 
「め、滅相もないです。そんな、大魔法士様を学生などと――」
 
「学生ですよ、僕は」
 
 言い切る。
 すると、ルミカの顔が少しだけ呆けた。
 優斗はさらに続ける。
 
「正真正銘、学生です。しかも慇懃な態度を取られると慣れてないので死ぬほど疲れる性質です」
 
「えっ!?」
 
「普通にしてもらったら、こっちも敬語を外しますけど……どうしますか?」
 
 まさかの発言にルミカの歩みが止まる。
 
「えっと……」
 
 しばし、考える。
 けれど答えが出なさそうなので卓也とクリスが手助けした。
 
「余計なことは考えるなってことだよ」
 
「大魔法士といえど、自分達と同い歳です。気を張る場面は少ない方が気楽なのですよ」
 
 二人の助言をルミカは……素直に聞き入れる。
 そして頷き、
 
「その……口調はこれが普通なのでご了承してください。“さん”も抜いてくれると嬉しいです。あと私は基本的に男の子は“君”付けなのですけど大丈夫ですか?」
 
「分かりました。自分も同じですからご理解を」
 
「ありがとう、聞き入れてくれて」
 
「助かる」
 
 四人で同時に頷いた。
 また、歩き出す。
 
「良かったよ。ルミカの頭が固くなくて」
 
「ミラージュ聖国ではミラージュ王にすら敬語を使われていましたからね」
 
「しかも最後まで、だもんな」
 
「……だ、大丈夫だったんですか?」
 
 今さっきのやり取りを鑑みる限り、優斗は堅苦しいのが嫌いなはず。
 なのに王族から敬語を使われるというのはどうなのだろうか。
 
「周囲の空気が敬語以外使う気ないからって感じの空気だから泣きそうだった。結局、第二王子のラグ以外は徹頭徹尾、敬語」
 
 本当に心労が溜まった。
 
「しょうがないことだから諦めろ」
 
 ポン、と卓也が優斗の肩を叩く。
 大魔法士なんてものになった自分を恨め。
 
「……まあ、いいや。それで今日の予定はどうなってるの?」
 
「一応、イエラート王にお会いしてから異世界の方々との対面という形を取らせていただくのですが」
 
「……逃げたい」
 
「あちらの目的はユウトですよ」
 
「だよね」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 そして心労が溜まる謁見も終わり、今は客間でしばしの休憩中。
 ふかふかの椅子に全員座っている。
 
「なんていうか、大変だな優斗も」
 
「王族が膝をついてましたからね」
 
 先程の光景を見て卓也もクリスも少し唖然とした。
 優斗に対しての態度が本当に凄い……というか怖い。
 
「今回はあらかじめ頼んでたから王族だけの謁見で済んだけど、ミラージュの時は三,四十人が全員同じことやってたから、それに比べればマシだよ」
 
「ユウト様……じゃなくてユウト君は大魔法士様なのに偉い感じがしません」
 
「あんまり偉ぶったりしたくはないかな。というかまだ、大魔法士がどれほどの存在なのか詳しく知らないしね」
 
「えっ? でも大魔法士様は本当に凄い存在ですので、どのような態度を取っても問題ないと思います」
 
 歴史上二人目の大魔法士。
 その名は世界に轟いており、伝説と目される存在。
 王族と対等……いや、それ以上だとしてもルミカは普通に納得する。
 けれど優斗は首を振った。
 
「僕的には偉いっていうのと『力』があるっていうのは別物だと思ってる。だから大魔法士というだけで偉いわけじゃない……と考えてるんだけど、あんまり通用しないみたいだね」
 
 今回の件も通じて、弱冠だが諦めが入った。
 立場的には王族よりも上な場合がある、と。
 最低でも王族と同等の立場だろう。
 優斗が盛大にため息をつく。
 クリスは彼の姿に苦笑しながら話題を変える。
 
「ルミカさんは異世界の方々とお会いしたことは?」
 
「一応、彼らを中等学院に通わせようとしているらしく、中等部の生徒会役員を連れてお会いしたことがあります」
 
「年下ですか?」
 
 思わずクリスが聞き返す。
 
「ええ、見た目的に14歳前後なので中等部二年に編入させる手筈です」
 
「どのような感じなのですか?」
 
「えっと……コミュニケーションが取れません。ですから異世界の方々はもしかして、話が通じない方々なのかな、と最初は思ったぐらいで」
 
 何しろ初めて異世界人に会ったのだ。
 そう思っても仕方ないことではある。
 
「言われてるぞ、優斗」
 
「言われてるよ、卓也」
 
 リライトの異世界コンビが互いを肘で小突く。
 
「あ、いえ、今はもう考えも違いますし、決してユウト君とタクヤ君のことではなく……っ!」
 
 ルミカが慌てる。
 
「分かってるよ」
 
「安心しろ。冗談だ」
 
 二人のからかうような笑みにルミカがほっと一安心する。
 間を見てクリスはさらに深く尋ねた。
 
「しかし会話ができないとは?」
 
「なんていうか、会話がかみ合わないんです。眼帯している女の子がいきなり豹変したり、包帯を巻いている男の子が腕が抑えながら『危ない!』とか……」
 
 大丈夫なのか心配になる。
 けれど話を聞いて、優斗と卓也は別の意味で心配になった。
 
「……おい、優斗」
 
「言いたいことは分かる。こっちとして違うと願いたい」
 
 断片だけだが、とある単語が思い浮かぶ。
 
「今は別の異世界の方が対応なさってくださっているのですが、芳しくなく……」
 
「別の異世界人が来てるんだ」
 
 へぇ、と優斗は頷く。
 確かに珍しい人達であり少ないが、いないわけではない。
 むしろ大事には結構関わってくるのが異世界人。
 なので今回も自分達以外にもいるということか。
 けれどルミカから続いた単語。
 これに大層優斗は驚いた。
 
「フィンドの勇者様がいらっしゃっています」
 
「フィンドの勇者っ!?」
 
 思わず物音を立てて優斗が立ち上がる。
 同時、客間の扉が開いた。
 
「ルミカ。やっぱり上手く話し合えな……」
 
 入ってきた男性と優斗の視線が合う。
 
「……うわぁ…………」
 
 思わず優斗が呻く。
 数週間前に会ったばかりの『フィンドの勇者』竹内正樹。
 彼が目の前にいた。
 後ろにいるハーレムも健在だ。
 
「優斗くん?」
 
 困った表情の正樹の顔がいきなり明るくなる。
 
「優斗くんだ!!」
 
 そして駆け寄り抱きついた。
 正樹のほうが身長が大きいので上から包まれる形だ。
 
「だ、抱きつかないでください! う、後ろ! 後ろの人達がきっと怖いですから!」
 
 腕の中で暴れる優斗。
 しかも半ば本気で暴れているので心底焦っているのが丸わかり。
 
「ご、ごめんね。本当に近々会えたから嬉しくて」
 
 満面の笑みのまま、正樹が優斗から離れる。
 
「優斗、この人が?」
 
 卓也の疑問に優斗は頷く。
 
「……そう。フィンドの勇者で同じ日本人の竹内正樹さん」
 
 そして紹介すると正樹の視線も卓也を捉えた。
 
「あっ! もしかして君も?」
 
「佐々木卓也。よろしく、竹内さん」
 
「正樹でいいよ、卓也くん。敬語も無しだと嬉しいな」
 
「分かった。正樹さんがいいなら普通に話すよ」
 
 卓也は改めて正樹を見て、ハーレムを見る。
 
「凄いな。後ろのも含めて」
 
「そうかな? ボクはよく分からないけど」
 
「いや、本当に凄い」
 
 まさしく物語の勇者みたいに思える。
 これこそ王道だ。
 
「もしかして金髪の格好いい人も優斗くんの仲間?」
 
「はい。クリスト=ファー=レグルと申します。クリスとお呼び下さい」
 
「よろしくね、クリスくん」
 
 二人は握手をする。
 イケメンとイケメンの図は非常に絵になっていた。
 
「自分達は国からの頼まれ事でやって来たのですが、マサキさんはどうしてこの国へ?」
 
「ギルドの依頼で来てたんだよ。そしたらボク達のことを知ってる人が来て、後輩ともいうべき異世界者と会話ができないことを知らされてね。昨日から王城にいるんだ」
 
 つまり優斗達と出会ったのは偶然ということだ。
 
「マサキさんは話せたのですか?」
 
 クリスが訊くと正樹は首を横に振る。
 
「話し方が悪いのかな、ボクじゃ上手く会話できなくて」
 
「別にマサキさんが悪いというわけではないと思いますよ」
 
 クリスが優斗達に視線を送れば、うんうんと頷いていた。
 
「とりあえず正樹さんは休んでください。次は自分達が行ってきますから」
 
 
 



[41560] ……やっぱり
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:d19b6f5d
Date: 2015/10/30 20:58

 
 
 イエラートの異世界人達がいる部屋の前にたどり着く。
 ノックをして優斗、卓也、クリス、ルミカが中に入る。
 すると椅子に座っている二人の姿が確認できた。
 おそらく彼らがイエラートに召喚された者達なのだろうが……。
 右には黒をベースにしたゴスロリ調の服を着て、なぜか医療用の眼帯をしている黒髪ロングの少女。
 左にいる少年は右腕に包帯をしており、前髪が目にかかるほどに長い。
 優斗と卓也は嫌な予感しかしないが、とりあえず正面にある椅子に座る。
 
「皆さん、こちらも貴方達より早くこの世界に召喚されたリライトの異世界者の方々です」
 
 ルミカが優斗達を紹介する。
 
「宮川優斗。去年の三月に召喚された高校二年生だよ」
 
「同じく佐々木卓也。オレも一緒に召喚された。優斗と同じで高二だな」
 
「自分は違うのですが、彼らの親友でクリスと申します」
 
 それぞれが自己紹介した。
 
「名前を訊いてもいい?」
 
 優斗が尋ねると左にいた少年が右手を僅かに広げ、額に当てる。
 
「俺の真名は零雅院刹那だ」
 
「れいがいんせつな?」
 
「始まりにして虚無の『零』を持つ俺の真名を迂闊に紡ぐな。貴様らも奴らに追われることになる」
 
 一瞬、時が止まった。
 
「……ああ」
 
「……やっぱりか」
 
「……これがそうなのですね」
 
 思わず優斗達は立ち上がって部屋の隅で相談。
 
「ユウト、タクヤ。前にイズミから教えてもらったのですが、厨二病というものに当てはまるのでは?」
 
「その通り。こっちの世界の人じゃ手に負えないのもしょうがないよ」
 
「厨二病がリアルに異世界に来るとか厄介だな」
 
 妄想が現実になるとか。
 まさしく自分が特別だと勘違いすること間違いない。
 
「余計に拗れただけだよね」
 
「妄想が強固になってしまった、というわけですね」
 
「だったらどうする?」
 
 卓也がクリスと優斗と相談する。
 
「ユウトは多少囓っているので飛び込んでいけるのでは?」
 
「悪いけど詠唱だけだから。一般生活まで犠牲にしてないから」
 
「優斗のは表面を触っただけの“にわか”だしな。ただ、いつの間にやら『契約者』とか『大魔法士』とか呼ばれて、優斗自身が厨二病の妄想みたいな存在になっているわけだけど、こいつの場合は事実なもんでしょうがない」
 
 一応、優斗自身は否定しているが諦めろとしか言えない。
 
「諭せそうですか?」
 
「無理だろうね。突貫していくしかないんじゃない?」
 
「しょうがないけど、それが一番だろうな」
 
 相談終了。
 卓也達は再び椅子に戻って早速訊いてみる。
 
「お前、真名じゃなくて名前は?」
 
「告げる必要がない。俺は零雅院刹那が本当の名なのだから」
 
「名前は?」
 
「さっきから言っている。告げる必要が――」
 
「名前は?」
 
「だから――」
 
「日本語が分かる日本人なら、名前ぐらい言えるんじゃないか?」
 
 卓也が一歩も引かないで何度も訊く。
 すると、なぜか刹那は右腕を左手で押さえた。
 
「くっ! 闇の眷属である俺は何にも屈しない!」
 
「……なんていうかさ、闇の眷属って明言されるとコウモリと勘違いするよな」
 
「深海魚じゃないの?」
 
「キノコみたいですね」
 
 格好良いよりもジメジメしている感じ。
 
「なんだとっ!?」
 
「いやいや、文句じゃない。お前らの歳だと闇とかそういうの好きだし」
 
 卓也だって当時は心惹かれるものがあった。
 
「とりあえずお前がどんなのかは分かったから。名前を無理矢理に聞き出そうとはしない」
 
 続いては右にいる少女。
 優斗がやんわりと質問する。
 
「名前を訊いてもいい?」
 
「私の名前は林朋子」
 
 あまりにも一般的な名前に優斗は少し驚く。
 
「普通だね」
 
「けれど私にはもう一つ、人格があるの。彼女の名前は羅刹。堕天使ルシファー様の眷属にして氷を司り、世界の終焉を護る巫女よ」
 
「……普通じゃないね」
 
 色々と設定を積み込みすぎだ。
 堕天使の配下なのに終焉を護るとかどういう設定だ。
 しかしクリスが首を捻る。
 
「ユウト、堕天使ルシファーとは何ですか?」
 
「……? ああ、そっか。こっちの世界じゃ神様は龍神だもんね。龍神を守護してるのは精霊だし、天使とか堕天使とかいるわけないか」
 
 クリスの疑問も当然。
 セリアールだと通用しない設定だ、これは。
 
「羅刹は言っているわ。この世界は終焉に近付く可能性がある。だから私が遣わされたのだと」
 
 たった今、設定が代わったらしい。
 臨機応変もここまで来ると凄い。
 卓也はもう一人の彼にも再度、訊いてみる。
 
「刹那は? お前はどうしてこの世界に来たと思ってるんだ?」
 
「元の世界では『世界』に対する俺の影響力が強すぎる。それを奴らに悟られた俺は逃げるため、『世界』に影響を与えないため、この世界へと渡った。無論、この世界でも影響は強いようだがな」
 
「……とんでもないな、おい」
 
 卓也は刹那の設定を聞き終えると、状況をまとめる。
 
「確かに暗号だ。俺らじゃないと分からない」
 
「設定がセリアール準拠じゃないからね。こっちの人達が意味分からないのも同意」
 
 しかも知識の守備範囲がオタク寄りだから性質が悪い。
 
「マサキさんはどうなのですか? 分からなかったようですが」
 
「あの人は真っ当だからね。サブカルチャーには弱いんだよ」
 
 世間一般的に呼ばれているリア充という人間だ。
 するとルミカがちょっと期待の眼差しで優斗達を見た。
 
「えっと……もしかして意味が理解できるんですか?」
 
「意味っていうか、どういう人達なのかは分かったよ」
 
「厨二病といって一種の病気だ。自分達には特別な力があるって妄想してる」
 
 気持ちは分からなくもない。
 幼い頃など、誰もが通った道だ。
 ただ、さすがに年齢重ねているのだし、少しは落ち着いたほうがいいんじゃないか……とは思う。
 実際に力は得たのは僥倖だろうが、彼らの妄想だと大人になれば黒歴史にしたくなるほど恥ずかしいものでもある。
 すると刹那が優斗達の話を聞いて、右腕の包帯を外した。
 
「聞き捨てならないな」
 
 朋子も眼帯を外す。
 
「見せてやろう。魂に刻まれた、俺の力を!!」
 
「終焉の巫女の力、見せてあげるわ」
 
 そして刹那は左手を前に出し、朋子は両手を下にかざした。
 
「我が特異の力は世界の理を破壊する――」
 
「私が願うことで全ては救われる――」
 
 さらに言葉を紡ぐ。
 クリスと卓也が少し目を細めた。
 
「独自詠唱ですか?」
 
「あんな馬鹿げたこと、優斗以外にできるのか気になるな」
 
「どうだろ?」
 
 優斗としては判断が難しい。
 自分以外が独自詠唱を紡いでいる姿を見たことはないが、できないと断定できるわけでもない。
 けれど少しして優斗は気付く。
 
『暗黒なる世界の支配者よ。克也の名において願う』
 
『永遠なる凍結の覇者よ。朋子の名において願う』
 
「エレスッ!!」
 
「ファーレンハイト!」
 
 色々と詠唱っぽいものを口にしていたが、結局は普通に大精霊を召喚する精霊術だ。
 
「これが奴らに狙われている俺の力だ」
 
「ルシファー様の眷属にして黄昏の巫女と呼ばれる私の力がこれ」
 
 勝ち誇った顔の二人。
 けれど優斗、卓也、クリスは平常心そのもの。
 
「この国は宗教国らしいし、チートも精霊術方面なんだ」
 
「精霊術とは驚きましたが……詠唱はやはり独自詠唱ですか?」
 
 優斗に確認を取るクリス。
 
「違うよ。最後、普通に大精霊を呼ぶ詠唱だったから最初のは全くいらない。それに独自詠唱で大精霊を呼ぶって、かなり無理矢理なんだよね。呼び出す道をこじ開けるように作り出すからパラケルススにも怒られる」
 
「言いたいだけなんだろうけど……刹那のやつ、さっきの『克也』っていうのが名前だろ? 朋子も羅刹じゃなかったし」
 
「さすがに自分の名前じゃないと応じてくれないんだよ」
 
 つまりは刹那とか羅刹とかは本当の名前じゃないということだ。
 
「しかし大精霊で攻撃されたら危ないですね」
 
「うん。だから没収」
 
 優斗は大精霊二体の名前を呼ぶ。
 
「エレス、ファーレンハイト」
 
 使うべきは契約者の利点。
 
「悪いんだけど……」
 
 強制徴収。
 
「来い」
 
 優斗が告げた瞬間だった。
 
「なっ!?」
 
「えっ?」
 
 いきなり供給している魔力のラインを断たれて驚く二人。
 闇の大精霊と氷の大精霊は刹那と朋子の後ろから、困ったように優斗のところへと向かう。
 
「エ、エレス!?」
 
「ファーレンハイト?」
 
「こんな部屋で大精霊を召喚されても危なっかしいから、強制的に従ってもらった」
 
 事情を説明する優斗。
 だが刹那と朋子は彼を睨み、
 
「貴様! まさか奴ら――零機関の……ッ!」
 
「貴方が世界を終焉へと導く者なのね」
 
 もの凄い方向へ優斗の設定を創りだした。
 
「違うから」
 
 零機関とか何だそれは。
 優斗は世界の終焉を導くどころか神様を絶賛育てている最中。
 間違っても彼らの設定みたいな存在じゃない。
 
「ふと疑問になったのですが、彼の説明からしてレイとゼロって同じ意味ではありませんか?」
 
 ちょいちょい、とクリスが卓也の肩を叩く。
 
「文字的にも一緒だろうな。オレらの世界じゃ一つの文字で二つの読み方がある漢字って文字があるんだけど、それが『零』って書くんだ。名字に零があって、追ってくるのも零機関ってことは『零』みたいな漢字が好きなんだろ」
 
 優斗の琴線にも触れそうな漢字だ。
 頼んだら『零』を使って意気揚々と神話魔法をぶっ放すだろう。
 
「貴様! 俺の闇を顕現させたエレスをどうするつもりだ!?」
 
「彼女は私の化身。返しなさい」
 
 刹那と朋子が興奮した面持ちで優斗に問い詰める。
 
「はいはい、ちょっと落ち着こうか。エレスもファーレンハイトも君達が考えてる存在じゃないから」
 
 優斗は大精霊を還しながら彼らをいなす。
 
「まずは二人とも、セリアールについて知っとかないと駄目だよ」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 お城で教室のような一室を借りて、お勉強タイム。
 数名が刹那達の前に立っている。
 まずはルミカから教鞭を振るう。
 
「貴方達を召喚したイエラートという国ですが、セリアールの中でも二番目に龍神様に傾倒している国です。というのも我が国が一番初めに龍神様を育てたという文献と、初代大魔法士様が魔物に襲われていたところを救って下さったことが発端です」
 
 合間合間に分からないであろう単語の説明を挟みながらの授業。
 
「また王城の後ろにある精霊山――アルカンスト山は今なおマティス様が使った精霊術と神話魔法の爪痕が残っており、龍神様やマティス様を崇拝している方々にとって巡礼地となっています。イエラートに召喚された異世界人が精霊術に長けているのも、やはりアルカンスト山が何らかの影響を及ぼしているものと思われます」
 
「……ふっ。違うな、俺の魂に刻まれ――あがっ!」
 
 刹那が演技っぽいことをしようとした瞬間、チョークが額に直撃した。
 
「そこ、ちゃんと聞く」
 
 優斗が何本かのチョークを手で弄びながら注意する。
 
「な、何をする!!」
 
「黙ってちゃんと勉強しなさい。さすがに現状が続くと放り出される可能性だって無きにしも非ずなんだから」
 
 いくら異世界人を求めるイエラートとはいえ、妄想垂れ流してうっかり龍神でも批判したらアウトだ。
 
「放り出すなどありえないな。俺の力を――」
 
「残念ながら『力』があるだけじゃ意味が無いんだ。メリット以上のデメリットになったら邪魔なだけだし」
 
「終焉の護る巫女の私が――」
 
「……あのね。ルミカやイエラートの人達の話を全く聞かない問題児の君達はセリアールについて知らないでしょ? この世界のことを知らない君達がどうして『イエラートに残れる』なんて分かるの? 無意味な根拠を振りかざすんじゃなくて、異世界人が召喚される理由と意味を知らないと駄目だよ。現状を把握してから妄想を振るいなさい」
 
 優斗は理屈立てて反論を撃破すると、卓也にタッチする。
 
「チョーク投げ、やってみたかったんだろ?」
 
「地味にね」
 
 実際に見たことはないが、興味がなかったといえば嘘になる。
 
「次はオレとクリスから説明しよう」
 
 卓也は刹那と朋子の前に立つと、異世界人と召喚について話し始めた。
 
「召喚された理由についてお前ら知らないだろうけど、自力で来たとか遣わされたとかじゃなくて死にかけた直前に召喚されるのが基本だ。ちなみに帰り道はない。一方通行の召喚ってことだな」
 
 日本には戻れないということ。
 
「ちなみに召喚されたら軒並みチート能力が付いてて、えげつない奴になると『勇者の刻印』とかありえない物を持ってる。オレ的には勇者として召喚されたら貰えるものだと思ってたけど正樹さんは持ってないらしいから、これはリライト特有の特典って考えていい。お前らの特典は精霊術だな。実際、異世界人でも精霊術を使えるのはほとんどいない」
 
 優斗も龍神の指輪がない頃は扱えていなかった。
 続いてはクリスが喋る。
 
「この世界は異世界人の皆さんにとってはファンタジーのようなものらしいですね。あちらでは魔法も精霊術もなく、魔物もいないと窺っています。ですから部屋に閉じ籠もっているのではなく、外に出て見聞を広げるのもよろしいのでは?」
 
 少なくとも一日中、部屋にいるよりは健全だと思う。
 そして説明係は一周してルミカに戻った。
 
「イエラート学院は魔法、精霊術を教えているところです。そこで研鑽を詰めば、イエラートだけではなくセリアールでも名だたる精霊術士になれるんじゃないでしょうか。前回召喚された異世界人の方も現役時代は名がある精霊術士でしたから」
 
 最後に優斗が総括する。
 
「というわけで、まずやらないといけないことは分かる?」
 
 訊いてみると、予想通りといえば予想通りの返答がされた。
 
「決まっている。俺が世界に影響を与えないよう――」
 
「終焉を護る巫女として――」
 
「違うよ」
 
 優斗はテキストを二人の前に置く。
 
「これがセリアールの文字。書いて覚えようか」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 現在、刹那と朋子がテキストとにらみ合いを始め、正樹とハーレム二人が先生役として教えている。
 優斗達は先ほどの客間で相談していた。
 
「他に教えないといけないことありますか?」
 
「力の使い方だね。力に溺れたら面倒」
 
 優斗は一番に『力』のことを問題点にする。
 
「……? 大丈夫じゃないですか?」
 
 刹那と朋子以外の異世界人は総じてちゃんとしているように思える。
 当然、厨二病が治ったら普通になるのではないだろうか。
 
「ルミカは楽観視しすぎ。さっきだって大精霊を召喚して勝ち誇ってたでしょ? 調子乗らせても困るから、使うべき時を教えてあげないといけないんだよ」
 
 下手をすれば6将魔法士のジャルやライカールのナディアのようになる。
 
「イエラートに副長みたいな人がいたらいいんだけどね」
 
「いるとは思うけど、とりあえずは異世界人の先輩であるオレらが教えてあげないといけないだろ」
 
 右も左も分からない、来たばかりの異世界人。
 先輩として手助けはしてあげるべきだろう。
 
「だからルミカ、ちょっと質問いいか?」
 
「何でしょう?」
 
「あいつらが呼ばれた理由、何だ?」
 
 修のように『リライトの勇者』として召喚されたわけじゃない。
 ならば彼らが呼ばれた理由とは一体、何なのだろうか。
 
「国を守って頂きたい、というのが理由と窺っています」
 
「必要なのは一人だけか?」
 
「いえ、リライトのように勇者の認定を行っていない以上、異世界人の方が多いのは喜ばしく感謝すべきこと、と仰っていました」
 
「魔物の討伐は?」
 
「あると思います」
 
 素直に頷くルミカに対し、
 
「……厄介だな」
 
 卓也は思わず呻く。
 
「魔物に関しては慎重を期する必要があるね」
 
「どうしてでしょう?」
 
 本当に分からなそうにしているルミカ。
 これは仕方がない疑問でもある。
 セリアールと異世界の違いなのだから。
 
「あっち――異世界は魔物もいないし戦いもない。つまり魔物と相対すれば恐怖で身体が竦むんだよ、大抵はね」
 
「ユウト君達もそうだったんですか?」
 
 経験談なのだろうと思って彼女は質問したのだが、思わず優斗と卓也は顔を見合わせた。
 
「僕は違った」
 
「優斗は論外だから普通のカテゴリーに入れちゃいけない。ちなみにオレの場合は、初めて魔物を見たときに友人の一人が『マジでゲームにいる魔物じゃんか! 凄えな!!』って笑いながらオレを巻き込んで戦ったから怖がる暇が無かった」
 
 修も和泉もだが、精神構造が異常な奴ばかりだ。
 
「正樹さんも優斗達と同系統だろうな」
 
「最初っからBランクの魔物を相手にしてたらしいから」
 
 要するに優斗も卓也も正樹も“戦いに対する恐怖”を最初に味わえなかった。
 
「全員、役に立たないですね」
 
 クリスがため息をついた。
 
「呆れるなよ。少なくともオレは怖がってたはずなんだから」
 
「なんだかんだでタクヤも出来事に対応するキャパシティが大きいですから、恐怖するなど無理な話だったと思いますよ」
 
 おそらく召喚された時ぐらいではなかろうか。
 卓也が驚いたのは。
 
「僕で練習させようかな?」
 
「魔物すっ飛ばして魔王相手とかどうするんだよ」
 
 チョイスが最悪だ。
 レベル1が何でレベル計測不能を相手にしないといけない。
 
「……すごく疑問なんだけど、魔王ネタは誰が広めてるの?」
 
「リルとかアリーとかココだな」
 
「帰ったらとっちめよう」
 
「基本はココだぞ」
 
「ココ、帰ったら覚えてろ」
 
 とりあえずグリグリ――うめぼし攻撃とデコピンは確定。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 優斗が相手をする、という以外に代替案も出なかった。
 なのでキリの良いところで勉強を終わらせ、王城の外に出た。
 そして鍛錬スペースで優斗は刹那と朋子と相対する。
 
「大精霊に関しては呼べないようにしたけど、中位と下位の精霊は呼べるから」
 
「何を馬鹿なことを。世界に影響を与える俺を舐めているのか?」
 
「終焉を護る巫女の力は貴方に耐えられるものではないわ」
 
 と言ってのける刹那と朋子。
 だが本当に残念だとしか思えない。
 
「刹那、朋子。教えておくけど、こいつは厨二病の妄想を具現化した異常な人間だから。お前らがどれだけ頑張ったところで傷一つ負わないから安心しろ」
 
「ユウトは大魔法士ですからね」
 
 卓也とクリスが注意する。
 どうしようもなく相手が悪すぎた。
 
「ちなみに魔法とかの威力がどれくらいかっていうのも説明しておこうか」
 
 優斗がギャラリーに狙いを定める。
 意を汲み取って卓也も一歩、前に出た。
 
「求めるは――」
 
「求めるは――」
 
 二人は同時に手を前に掲げる。
 
「火帝、豪炎の破壊」
 
「聖衣、絶対の守護」
 
 優斗は火の上級魔法を放つ。
 卓也は聖の上級防御魔法を張る。
 直径五メートルほどの火弾は守護壁に当たり、周囲に火の粉を巻き散らせながら小さくなっていき……消える。
 
「まあ、こんな感じで上級魔法になったら人は簡単に殺せる。精霊術でも中位精霊なら少し下ぐらいの威力まで持ってこられる。つまり今の君達でも人を殺せる力を十分に持ってるってことだよ」
 
 優斗は改めて二人と対峙する。
 
「じゃあ、やろうか」
 
 ショートソードも抜いた。
 
「ちょ、ちょっと待ってくれ! その剣、本物なのか!?」
 
 刹那が初めて焦った表情を浮かべる。
 朋子も同様だ。
 
「もちろん本物。刺さるし斬れる」
 
「で、でも……危ないわ」
 
「けれど君達が召喚された場所っていうのは、こういうこと」
 
 純然たるファンタジーな世界だ。
 
「そしてエレスとファーレンハイト、君達が僕らに向けたモノはショートソードとは比べものにならないくらい危ない。分かりやすく言うなら、いきなり爆弾を突きつけたようなものだよ」
 
「――ッ!?」
 
「…………っ!」
 
 現実を教えられて、思わず絶句する刹那と朋子。
 
「自分達の力の危険性については理解できたみたいだね」
 
 優斗も先日、副長からしっかりと教わったからこそ伝えられる。
『力』の危険性というものを。
 
「これからは“妄想は妄想”……というわけにはいかないんだよ。妄想を実際にやってかないといけない」
 
 頭の中だけじゃ終わらない。
 
「怖いかもしれないけど、勝手に召喚したのはお前らだろって怒りたいかもしれないけど」
 
 最初の優斗や卓也みたいに巻き込まれただけで必要とされていないのなら良かっただろう。
 しかし片方は巻き込まれたとはいえ、イエラートは刹那も朋子も必要としている。
 二人に守り手となって欲しいと願っている。
 
「君達が来てくれたことをイエラートの人達は喜んでる。イエラート王にも会ったけど、良い人だったよ」
 
 リライト同様、召喚してしまった異世界人に対して引け目があった。
 と、優斗は茶目っ気を出して笑う。
 
「それに二人は精霊術を使えて楽しくない? RPGにしかないと思ってたファンタジーを実際に使えるんだよ?」
 
 ゲーム好きやアニメ好きが高じて厨二病になったのなら、喜びはあったのではなかろうか。
 
「……楽しい」
 
「……楽しい、わ」
 
 素直に刹那と朋子は頷いた。
 すると卓也が近付いてくる。
 
「頑張ればお前らが好きな『二つ名』だって貰えるんじゃないか?」
 
「……?」
 
「どういうこと?」
 
 首を捻る二人に卓也は笑みを浮かべた。
 
「本当にRPGっぽいんだぞ。例えば優斗なんかは『大魔法士』とか『マティスの再来』とか呼ばれてるし、正樹さんは『フィンドの勇者』だ」
 
 向こうじゃありえない『二つ名』を与えられている。
 
「だから力の使い方にしても何にしても、少しずつ慣れて知っていけよ。オレ達が協力するから」
 
 もちろん駄目だったら駄目で、どうにかしてやろう。
 それがたぶん、先輩としての役割なのだろうから。
 
 




[41560] 君達の変化、彼女の終わりと始まり
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:d19b6f5d
Date: 2016/01/13 14:05
 
 
 
 
 
 現在、優斗を除いたリライト二人とルミカ、正樹にハーレム二人は厨二病コンビの設定をどうにかセリアール準拠にできないか、当人達を交えて話し合っている。
 
「まずお前らは『異世界人』っていう特殊設定をガチで得てるんだから、余計な設定を付け加えるなよ。特に元々の世界の単語は駄目だ。こっちでは天使の代わりに精霊がいると考えとけ。大天使が大精霊で天使長みたいのが精霊の主――パラケルスス。神様は龍神だからな。しかも実在する」
 
「注意点として龍神や精霊を貶すことは駄目ですよ。普通の国ならば顔を顰めたり嫌悪感を表わすぐらいでしょうが、この国は宗教国として成り立っていますから本当に危ないです。龍神に選ばれし――という語句を使うのも禁止にしましょう」
 
 卓也とクリスが細かく教える。
 間違っても否定してはいけない。
 
「……なるほど」
 
「分かったわ」
 
 思いの外、従順な刹那と朋子にほっとする卓也。
 しっかりとセリアールのことを伝えれば、明日には準拠した設定を持ってくるだろう。
 矛盾があったらツッコミを入れるが。
 
「あとな、この世界だと死ぬほど努力すれば『特別』になれるってことをオレは知ってる。正樹さんみたいに勇者として召喚されたわけじゃないのに、馬鹿みたいな生き方をした末に歴史上で二人目の『大魔法士』になった奴を知ってる」
 
 ありえないことをやってのけた友人を卓也は目の前で見ている。
 
「本当に笑えるぞ。世界で一人しか契約できないパラケルススと契約して、独自詠唱の神話魔法を操る人間が親友だっていうのは」
 
 あいつの場合は修に対する負けず嫌いに加えて“一人で生き抜く力――大人に立ち向かうための力”を得るためだった。
 どんなことがあってもいいように、と。
 でも刹那達は違ってほしい。
 
「いいか。セリアールは頑張れば妄想を叶えられる世界だってことを忘れるんじゃないぞ」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 一方。
 
「…………」
 
「…………」
 
 現在、優斗は非常に小難しい顔をしていた。
 目の前にいるのは正樹ハーレム三人衆の一人。
 名前は確かミルだったはずだ。
 蜂蜜色の長い髪を背あたりで纏め、顔はやはりというか……可愛い。
 各々のパーツが適所に配置されており、柔らかそうな唇などは惹き込まれそうになるだろう。
 あくまで一般的な人の感性からすれば、だが。
 優斗より年齢が二つほど下であどけなさが残っているが、それが余計に愛らしさを引き立てていた。
 ハーレムの一員なだけはある。
 けれど優斗は彼女に対し異性としての興味は当然の如く一切ない。
 むしろ心の中で嘆息した。
 
 ――これ、ニアっていう娘と同じパターン?
 
 ミルとは前回も今回も、一度も話していない。
 正樹が文字を教えている間、実は喋らずとも連絡係のために彼女は優斗達と一緒にいた。
 一言も口にしないミルと行動を共にしていたのだが、先ほど戦いのための練習が終わったあと、彼女は優斗の肩をおっかなびっくり叩いた。
 すぐに距離を空けて曲がり角から小さく手招きする。
 優斗は意味が分からなかったが、卓也達に断りを入れて一応ついて行く。
 そして空いていた一室で向き合っていた。
 
「何か用ですか?」
 
「敬語、使わなくていい。わたし、年下」
 
 ぶつ切りしたような喋り方。
 特徴的だったが、気にするほどでもない。
 
「……分かったよ。用件は?」
 
 剣を持っていないので斬りかかってくることはないが、魔法を使われた場合の対処だけは考えておく。
 
「教えて」
 
「……おしえて?」
 
 けれど優斗の予想は杞憂に終わった。
 
「何を?」
 
「料理、教えて」
 
 思わず耳を疑った。
 予想外の単語が聞こえる。
 
「……はい?」
 
「料理、教えて」
 
「教えてって……何の料理?」
 
「マサキの世界の料理」
 
「どうしてまた?」
 
 唐突すぎる。
 いきなりすぎて意味不明だった。
 
「マサキ、貴方と会ってから言ってた。カレー、おでん、お寿司、食べたいって」
 
「……あ~、なるほど。僕と話したから一緒に向こうの料理も思い出しちゃったのか」
 
「でもわたし、どういうのか分からない。だから、教えて」
 
 真っ直ぐ優斗に視線を送るミル。
 けれど微妙に身体が震えていた。
 
「僕のこと、嫌いじゃないの?」
 
「違う。前はマサキ、連れて行かれると思った。けど連れて行かないならいい」
 
「もしかして大魔法士が怖い?」
 
「違う。男の人、マサキ以外苦手」
 
「……頑張って話しかけてきたんだ」
 
 色々とあった人生なのだろう。
 正樹だけが大丈夫なのは、きっと彼が彼女を助けたから。
 そして今、ミルが頑張っている理由は……。
 
 ――僕ってこういうのに弱いんだよな。
 
 誰かのために努力するっていうのに。
 応援したくなる。
 自分でも卓也ほどではないにしろ世話焼きな性格だと自覚しているし、何よりもニアと違って彼女からは表立って敵意を向けられたこともない。
 睨まれたことだって、先ほど誤解は解けている。
 つまり目の前にいるのは頑張ろうとしている少女だ。
 
「分かった。協力するよ」
 
 ミルの頼みを快諾した優斗。
 男が苦手だというのに、小さく彼女が笑んだ。
 
「ユート、ありがとう」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 王城の厨房の一つを借りる。
 食材も使うので金を払おうとしたが、丁重に断られた。
 礼儀として渡しておきたかったので少々困ったが、
 
「……まあ、無駄な出費が無くなったからいいか」
 
 頭の中を切り替え、時計に目をやる。
 夕食まではあと、一時間半。
 作り始めるにはちょうどいいだろう。
 
「本当は卓也が教えるのが一番なんだけど、今は向こうで頑張ってもらってるから今日のところは僕が教えるよ。空いた時間があったら僕と卓也でレシピをできるかぎり渡してあげる」
 
 ミルが頷いた。
 食材の準備は終えてある。
 あとは作るだけ。
 
「というわけで早速始めたいんだけど……」
 
 厨房に立つ二人。
 距離はおおよそ五メートル。
 
「遠い」
 
 さっきはこのぐらいでも良かったが、いざ料理を教えるとなるとせめて二メートルぐらいまでは近寄って欲しい。
 
「ミル、もうちょっと頑張れない?」
 
「……無理」
 
「そこをなんとか。正樹さんの為と思って」
 
 名前を出してみる。
 少し効果があった。
 
「やってみる」
 
 にじり寄るように歩を進め、どうにか三メートルまで近付いた。
 
「……限界」
 
「分かったよ」
 
 やたら広い厨房で助かった。
 まな板を使うべき場所も端同士を使えばギリギリいける。
 材料を分けてミルの前に置いた。
 
「じゃあ、始めようか」
 
「うん」
 
 二人とも包丁を持つ。
 
「まずはタマネギ、にんにく、しょうがをみじん切りにします」
 
 優斗が軽やかに食材を細かくしていく。
 ミルも横目で確認しながら同じように動いた。
 
「鍋に油をひいてバターと刻んだ野菜を入れ、中火で二十分ぐらい炒めて。そのあとは弱火で十分くらい炒めるよ。焦がさないように気を付けてね」
 
「わかった」
 
 
 
 
 
 
 
 
「続いてはフライパンにバターと油、小麦粉を入れる。きつね色になったらスパイスを全体になじませて」
 
 ミルがパラパラと黄色い粉を振りかけながら混ぜる。
 
「それが終わったら別のフライパンでじゃがいも、人参、鶏肉をコショウで炒めようか」
 
 言われた通り、器用にフライパンを扱う。
 どうやらかなり料理上手のようで、優斗も教える立場として本当に楽だ。
 
「具材を鍋に入れて、水とブイヨンを加える。好みで果実系を入れるのもいいけど、今はやめておこうか。正樹さんの好みが分からないし」
 
 なので余計な手間を加えない。
 
「あとは中火で煮込んで完成」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 変に疑われるのも嫌なのでミルを先に皆と合流させ、優斗は遅れて食事をする場所へと向かった。
 すでに他の面々は席に座っていて、あとは料理を待つのみ。
 卓也が優斗に声を掛ける。
 
「遅かったな」
 
「協力してたからね」
 
「何をだ?」
 
「見てからのお楽しみってところだよ」
 
 悪戯をするような笑みを浮かべる。
 そして一同に訊いた。
 
「今日の夕飯の一つに、料理人に無理言って異世界の料理を作ったけど食べたい人いる?」
 
 挙手を求める。
 すると何人も手を挙げた。
 
「えっと……卓也、クリス、ルミカ、正樹さん、ミル、刹那に朋子の七人だね」
 
 指を折って数える。
 
「ちょっと待ってて。すぐに――」
 
「マ、マサキ! あんな奴が作った料理なんて食えたもんじゃないぞ!」
 
 突然響いた大声。
 前回会ったときにケンカを売ってきたニアが猛り、もう一人が頷いた。
 
「だ、だいじょうぶだよ。優斗くんなら」
 
 正樹が二人を宥める。
 優斗は彼女達を無視して料理を取りに行った。
 
「すぐに持ってきますね」
 
 何をやっても文句を付けられるのだから、相手にするだけ無駄だというのは身に染みて理解している。
 しばらくして、ユウトは岡持ちのようなものをワゴンに乗せてやって来た。
 
「では、どうぞ御笑味あれ」
 
 前面の蓋を開ける。
 香ばしい匂いが広がっていき、挙手した各々の前に皿が置かれていく。
 刹那や朋子、正樹は嬉しそうに顔を綻ばせ、ルミカはどんな味がするのかと期待に胸を膨らませていた。
 
「カレーライスですか。美味しいので自分は好きですね」
 
 クリスの頬が緩む。
 
「知ってるんですか、クリス君は?」
 
「ええ。幾度となく口にしていますよ」
 
 結婚式以降、ちょくちょく卓也に作って貰っている。
 しかもクリスが気に入った料理はクレアが習っているので最近はよく食べていた。
 
「ルミカさんも、まずは一口いかがですか?」
 
「はいっ!」
 
 興味津々でスプーンを手に取り、ルミカはカレーを口に入れる。
 
「……あっ、ちょっと辛いけど美味しい」
 
「彼らがいた国ではかなり一般的な料理なのですよ」
 
 ルミカは二口、三口とカレーを食べる。
 どうやら気に入ってもらえたようだ。
 優斗は同じくスプーンを口に運んでいる正樹に尋ねる。
 
「味は問題ありませんか?」
 
「すっごく美味しいよ!」
 
 満面の笑みを浮かべる正樹。
 好評のようで優斗がほっ、とした。
 ミルに笑いかける。
 
「よかったね」
 
「うん」
 
 ミルもちまちまとカレーを食べながら首肯。
 
「……? どういうこと?」
 
「マサキさんのやつはミルが作ったんですよ」
 
「ホントに!?」
 
 かなり驚いた様子の正樹。
 
「ええ、僕は指導しただけです」
 
 手は一切出していない。
 
「ミルはやっぱり料理上手だなぁ」
 
 正樹は身体ごと彼女に向けると、
 
「美味しいよ、ミル」
 
 誰もが見惚れるような表情を浮かべた。
 
「マサキの口に合ったのなら、よかった」
 
 ミルは満足げに一度、二度と頷く。
 もちろん刹那や朋子も久方ぶりの味に満足しているようで、
 
「……ふっ。カレーが美味いというのは、どの世界でも共通のようだな。零機関すらも太刀打ちできない絶対の真理だ」
 
「羅刹、よかったわね。貴女の好物のカレーよ」
 
 もの凄い勢いでカレーをかき込んでいく。
 卓也が呆れたように額に手を当てた。
 
「刹那は格好良くキメてるつもりだろうが、内容がアホくさい。朋子は羅刹ってのに入れ替わったらおかわりさせないから」
 
「……なにっ!?」
 
「ず、ずるいわ!!」
 
「ずるくない」
 
 食事の時ぐらいは落ち着けと言いたい。
 すぐ近くではルミカが小さく声を漏らして笑っている。
 
「セツナ君もトモコちゃんも、タクヤ君達にかかれば可愛い年下ですね」
 
 今日一日だけで、ずいぶんと取っつきやすくなった。
 印象が本当に変わった。
 
「ルミカ達には未知の生命体に映ったろうからな」
 
 一皮……いや、三皮か四皮くらい剥けば年相応の部分は見られる。
 
「未知? 当然だ。なぜなら俺は――」
 
「刹那はカレーおかわりしないんだな」
 
「……十四歳だからな」
 
「どんだけカレー好きなんだよ、お前らは」
 
 卓也とルミカの笑い声が響く。
 そして和やかな会話をしている隣では、
 
「ユウト、タクヤのよりもコクがありません。手間を抜きましたね」
 
「いつから美食家になったのさ」
 
 優斗とクリスが冗談を言い合っていた。
 
「嘘ですよ。ユウトのカレーも十分に美味しいです」
 
「そう言ってくれるのはありがたいけど、確かに卓也のよりは劣るからね」
 
 教えてもらった料理なのに、なぜか味が落ちる。
 やはり腕が違うのだろう。
 
「自分としてはたこ焼きがないのは残念でしたが」
 
「……たこ焼き? なに、卓也が作ったの?」
 
「はい。先日頂きまして、今では一番のお気に入りです」
 
 愛らしい丸さ、表面の焼き具合と中のふんわりとした感触にタコが素晴らしくマッチングする。
 神が作ったとさえ思える料理だ。
 
「貴族がB級グルメ大好きって違和感あるね」
 
 ブルジョワなイメージが崩壊する。
 
「買い食いに連れ回している張本人達が何を言うのですか。素材良ければ皆美味しい、というわけではないと教えたのは貴方達ですよ」
 
「ははっ、確かに」
 
 クリスの反論に、思わず優斗も苦笑するしかなかった。
 
 
 



[41560] 異常事態が通常運転
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:d19b6f5d
Date: 2017/03/06 21:21
 
 
 
 
 
 翌日。
 トラスティ家の広間にいたフィオナの口から、間の抜けた声が出た。
 
「明後日!?」
 
「あれ? フィオナは知らんかったか?」
 
 修が少し遅い朝食を頬張りながら首を傾げた。
 現在、テーブルを囲んでいるのは修、フィオナ、リル。
 アリーとココと和泉は愛奈&マリカと遊んでいる。
 
「き、聞いてませんよ!!」
 
「ついでに卓也も同じ日な」
 
「……なんですって?」
 
 リルの眉根が吊り上がる。
 今、三人が話しているのは誕生日のこと。
 
「俺らって誕生日が優斗と卓也、俺と和泉で被ってんだよ。俺とかは二週間後だし、今まで誕生日祝うなら互いの誕生日の中間ってことで一週間後。あいつらのことだから、本当の誕生日とかどうでもいいんじゃね?」
 
「……あのバカ」
 
「本当にもう、自分のことに関しては興味ないといいますか……」
 
 テキトーにも程がある。
 フィオナとリルが頬を膨らませた。
 
「どうしますか? 帰ったら説教でもします?」
 
「あたしはビンタくらいしてもいいと思うわ」
 
「帰ってくるのもいつになるか分からないですし。というか、おそらく誕生日を終えた後でしょうね」
 
「仕事だから帰ってこいとも言えないし……」
 
 少しばかり落ち込む二人。
 
「だったら会いに行けばいいじゃん」
 
 すると困っているフィオナとリルに修が平然と言った。
 
「えっ? でも仕事でイエラートに行ってるんですよ」
 
「婚約者が会いに行ったらいけない、なんてことないだろ」
 
 そんな規約、聞いたことがない。
 邪魔になるかも、と考えているかもしれないがこの二人が邪魔になるわけもなし。
 むしろ相手のテンションが上がるから良いことだろう。
 
「ついでにお前ら、帰り際にでも旅行してきたらいいじゃん」
 
 たまにはゆっくりデートでもすればいいんじゃなかろうか。
 
「あたしはそれでもいいんだけど……」
 
 リルはちら、とフィオナを見る。
 
「私はまーちゃんがいますし」
 
 連れて行くにしても問題が起こること間違いなし。
 優斗と三人で一緒にいる時ならいいが、優斗と出会う前に起きてしまったら不味い。
 結局は彼がどうにかしてくれるかもしれないが、娘に余計な心配や不安をさせたくない。
 なればこそ、リライトでゆっくりとしたほうがいいのではないだろうか。
 
「……ん~、まあ、だったら」
 
 修は彼女の不安を察すると、和泉に肩車されているマリカに、
 
「マリカ! たまにはパパとママを二人っきりにしてやってもいいか? マリカからパパへの誕生日プレゼントだ!」
 
「あいっ!」
 
 問いかけると返事一つ、マリカが大きく頷いた。
 修は笑みを零す。
 
「つーわけで、マリカは俺らが面倒見てやんよ」
 
「いいんですか?」
 
「何だかんだでフィオナと優斗は一番頑張ってるからな。俺らからの誕生日プレゼントだ」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 朝食を終えた優斗とクリスが与太話。
 
「昨日、あれこれ二つ名のことについて言ってた卓也だけどさ、実は卓也も二つ名を持ってるんだよ」
 
「そうなんですか?」
 
 驚いているクリスに優斗は笑う。
 
「『一限なる護り手』。これが二つ名だよ」
 
「意味はどのような?」
 
「唯一人を護る……って意味だったはず。とりあえずリルを護る人だって思えばいいかな」
 
「なんか格好良い二つ名です」
 
 微妙に卓也に似合っていない気がしないでもない。
 
「リステルのパーティー会場で堂々と言い放ったことが原因だしね、格好良いのは当然だよ。リステルとリライトの一部じゃ結構、この二つ名は有名みたい」
 
 特にリステルだと、二人をモチーフにした恋愛小説を出版する話もある。
 タイトルは確か『瑠璃色の君』だったか、そのような感じだったはずだ。
 
「しかし、珍しいこともあるものですね。シュウとユウトに続いてタクヤもですか」
 
「なんか異世界組に二つ名を付けようって運動が、僕らのことを知ってる貴族であるらしいよ」
 
「ということはイズミも?」
 
 問いに優斗は頷く。
 
「異なる叡智」
 
 つまり異世界組の四人は、
 
「全員を二つ名で呼ぶとリライトの勇者、大魔法士、一限なる護り手、異なる叡智――って感じ」
 
「……ある意味、異常事態ですね」
 
 四人全員に二つ名など。
 
「僕ら、セットで考えられてるしね。修だけならまだしも僕も二つ名を得ちゃったし。さらに卓也がリライト・リステルの王族貴族の前で堂々と宣言かまして、和泉はミエスタから認められた技師だから。仕方ないと言えば仕方ないのかもしれない」
 
 後者二人は半ば冗談みたいに付けられた二つ名だけれども。
 歴として存在する。
 
「とはいえ、我が国は良い意味でアホばっかりです」
 
 こんなくだらないことを考えているなんて。
 
「平和な証拠だよ」
 
 
 
 
 
 
 
 
 クリスがルミカに呼ばれ、席を離れる。
 代わって優斗の所には卓也と厨二病コンビがやって来ていた。
 
「というか、刹那と朋子って同級生なのか?」
 
 ふとした疑問。
 なのだが、刹那と朋子の表情が険しくなる。
 刹那がどうするか、と視線で朋子に合図を送ると朋子は頷いた。
 何か事情がある関係らしい。
 
「同級生だがオレと朋子は兄妹だ」
 
「年子ってこと?」
 
 優斗の問いに朋子が首を振る。
 
「私と刹那は父親だけが一緒なの」
 
 彼女の発言の隠れた意味に優斗も卓也も気付く。
 
「あっ、そういうこと」
 
「私を産んだ母が幼い頃に亡くなって、刹那の家に引き取られたの」
 
「へぇ~」
 
 卓也が相槌を打ってテーブルに備えられているお菓子に手を伸ばす。
 優斗も同様にお菓子を口にした。
 
「おっ、美味いな」
 
「確かにね」
 
「このケーキの作り方は是非とも、教えてもらいたいものだ」
 
「お菓子にまで拘るの? 今でも作れるのに」
 
「美味いものはちゃんと作りたくなってくるんだよ」
 
 満足げに頬張る二人。
 一方で刹那と朋子は拍子抜けしたような表情。
 
「……それだけか?」
 
「何が?」
 
 優斗が首を捻る。
 正直、刹那の問いの意味が理解できてない。
 
「もっと憐憫や奇異な目をされると思っていた」
 
 今まではずっとそうだった。
 だから彼らもきっと、同じような視線を送ってくるのだと思っていた。
 すると優斗と卓也は思わず顔を見合わせ、笑い始める。
 刹那と朋子には何が何だか分からない。
 
「な、何が可笑しいの?」
 
「いやいや、そっかそっか。普通はそういう目でお前ら見ることになるんだろうな」
 
「なんていうか慣れって怖いね」
 
「本当だ」
 
 ケラケラと笑う。
 
「で、でも私達、すっごく変なのよ。そういうのって普通の人には異端でしょう?」
 
「変だからどうした? オレと優斗もちょっと特殊な家庭事情で、そういう話に耐性があるんだよ」
 
 刹那と朋子の家庭事情が可哀想だとすれば、優斗の場合は絶句だし卓也の場合は悲惨だ。
 生きてきた人生が論外すぎる。
 
「別に気にすることでもないんじゃないかな。ここじゃ前の世界とかどうでもいいし」
 
 むしろ余計なことがないから気分はすっきりする。
 
「お前らは年子の兄妹、以上。他に何かあるか?」
 
「……ない、のか?」
 
「そう……なの?」
 
 あまりにも通常運転の優斗と卓也に呆けた二人。
 
「当たり前だろ。むしろ兄妹で厨二病ってことのほうが驚きだ」
 
 卓也の平然とした返答に刹那と朋子が少しだけ嬉しそうな顔になる。
 
「あっ、そうだ。結局、刹那達はどういう設定になったの?」
 
 優斗も彼らの昔の家庭事情より厨二病がどう変化したのかが気になる。
 
「設定? いや、違うな。俺と朋子は事実だ」
 
 吹っ切れたのか、右手で前髪を弄る刹那。
 けれど優斗は軽く流す。
 
「はいはい。それで、どうなったの?」
 
 相手にされなくてちょっとだけムスっとするが、刹那と朋子は素直に答える。
 
「俺はイエラートが望んだ異世界人。闇の精霊と心を交わすことのできる希有な存在。元の世界では“零機関”に狙われていたが、奴らを撒く意味でも俺はセリアールへと渡ることを求めた」
 
「私はイエラートを守るために堕天使ルシファー様より遣わされた異世界人」
 
 二人の設定に優斗がほっとする。
 
「どっちもシンプルになったね」
 
 昨日とは大きな違いだ。
 
「でもさ、卓也は朋子の堕天使ルシファーを許したの?」
 
「朋子がその一線は譲らなかった。まあ、異世界人ってこと知ってれば理解してくれるだろ。別の世界の精霊みたいなものだと説明すればな。この二人がアホなのは何一つ説明をしてこなかったところもあるから」
 
「ああ、そうかも」
 
 優斗が納得して頷いていると、近付いてくる足音が四人の耳に届く。
 
「ユート、料理教えて」
 
 ミルがやって来た。
 
「分かったよ。ただ、今日は卓也がいるから卓也に教えてもらおうか」
 
 そして優斗は刹那と朋子の肩を叩く。
 
「ついでに二人も料理やろうね。簡単なやつを教えたら、自分達でも食べたいときに食べれるでしょ」
 
「……家庭科の授業みたいだ」
 
「そうね」
 
 なんとなく中学校を思い出す二人。
 すると優斗が面白げに笑みを浮かべた。
 
「はい、卓也先生。今日のお昼ご飯は何ですか?」
 
 茶化す優斗。
 それに卓也も乗った。
 
「では皆さん、本日の調理実習は牛丼でも作りましょうか」
 
 あまりにも自然な流れのやり取りに、思わず刹那と朋子も小さく笑った。
 
 



[41560] 失敗と大失敗
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:d19b6f5d
Date: 2015/10/30 21:00
 
 
 
 
 厨房に立った瞬間、失敗したと優斗は思った。
 
「ミル、大丈夫?」
 
「……大丈夫」
 
 調理場にいるのは優斗、卓也、刹那、朋子と……身体を震わせているミル。
 
「僕も迂闊だった。男が苦手って言ってたんだから、三人もいれば厳しいよね」
 
「ユ、ユートは……昨日も話した、大丈夫。タクヤも……頑張る。今日は1メートルぐらいまで、頑張れる。二人とも、マサキと似た雰囲気あるから……たぶん、大丈夫」
 
 異世界人で正樹と近い年齢の二人。
 だからこそ、普通の男よりは拒否感がないのだろう。
 
「ということは?」
 
 優斗の視線が刹那に向かう。
 
「……お、俺か?」
 
「セツナ、意味わからないから……ムリ」
 
「珍獣扱いだね」
 
 まあ、分からなくもないが。
 
「…………うぅ……」
 
 微妙にヘコんでいる刹那に卓也が気付く。
 
「お前、地味に傷ついてないか?」
 
「そ、そんなことはない! 俺は零雅院刹那なのだからな!」
 
「――っ!」
 
 ミルがビクっとした。
 なるほど、と卓也が頷く。
 
「それが怖がってる理由か」
 
 すぐに大声を出し論理も通らない。
 確かに未知だからこそ怖い。
 
「刹那。ミルにだけは克也になれないか? なんか異世界人の男は正樹さんのおかげで別枠になってるみたいだしな」
 
「真名を捨てろというのか!?」
 
「ミルにだけな」
 
 卓也はちょいちょい、とミルを指差す。
 
「お前だって女の子を怖がらせるのは趣味じゃないだろ?」
 
「し、しかしだな……」
 
 刹那は指先を追い、ミルを視界に入れる。
 小さく震えている彼女。
 
「あ……うぅ……」
 
 さすがにそんな姿を見て、貫き通せるかと言えば……無理だ。
 
「……わ、分かった」
 
 刹那は右手の包帯を外していく。
 そして大きく、深呼吸。
 
「俺は克也だ。林克也」
 
 そして改めて自己紹介。
 雰囲気もガラリと変わった。
 普通っぽい。
 
「ミ、ミル・ガーレン」
 
「ガーレン……と呼べばいいか?」
 
「ミルでいい」
 
「俺も克也でいい。たぶん、そっちのほうが年上だろう?」
 
「十五歳」
 
「俺が十四歳だから、ミルの一つ下だ」
 
 そして刹那はぎこちなく笑みを浮かべる。
 
「怖かったら言ってくれ。すぐに直す」
 
 告げた刹那に対し、ミルは目をパチクリさせる。
 さっきとは別人のように思えた。
 
「ユート。セツナ、ユート達みたい、普通になった」
 
「これからミルにだけは普通の克也って子になるから安心してね」
 
「分かった」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 ミルは思いの外、頑張っていた。
 もちろんそれは優斗がフィオナ以外の女性は恋愛対象という観点で塵芥だと思っているのもあるし、卓也のように子供と接するような感じであるからこそ“男性”という意識が遠のいたのもあるだろう。
 だから昨日よりも1メートルちょっと距離が狭まった。
 つまりは二メートル以内まで近付くことができた。
 刹那はさすがに三メートル以上の距離を保たれたが。
 
「じゃあ、行こうか」
 
 早めに昼食を摂り、午後は全員でアルカンスト山へ。
 とはいっても三千メートル級の本命を登るのではなく、標高六百メートルくらいの隣にある小さなアルカンと呼ばれる山を登る。
 直線で頂上に突き進むのではなく、迂回路を通ってぐるぐると回りながら頂上を目指した。
 道半ば、正樹とハーレム二人、そしてクリスが先頭をガンガン歩いていき、少し離れたところに優斗達の姿がある。
 卓也はミルにレシピを話し終え、彼女がメモを書いているのを見ながら優斗と与太話。
 
「微妙にルミカとミルと仲良くなってるから、フィオナに怒られないように気を付けろよ」
 
「そっちもね。リルのほうが過激だから気を抜いたら怖いよ」
 
「オレはせいぜい、ビンタまでだ。大精霊は飛んでこない」
 
 優斗と卓也の口から聞いたことのない女性の名前が出てきた。
 一緒に歩いている女性陣が目を輝かせる。
 
「誰なの?」
 
「もしかしてユウト君とタクヤ君の“良い人”ですか?」
 
 女性らしく恋話は好きなのか、朋子とルミカが食い付いてきた。
 
「リルっていうのは卓也の婚約者」
 
「フィオナは優斗の嫁さんだ」
 
「婚約者ですか!」
 
「お嫁さん!?」
 
 ルミカはさらにテンションが上がり、朋子は少し驚いている。
 
「その歳でお嫁さんがいるの?」
 
「貴族って結婚が早いんだよね」
 
「優斗先輩は貴族なの?」
 
「そうだよ」
 
 肯定する優斗。
 そして朋子は優斗の奥さんのことを考えて……ある可能性を思い付く。
 
「卓也先輩。昨日、優斗先輩は厨二病を具現化した人だって言ってたわよね?」
 
「ああ、間違いないぞ」
 
「ということは、もしかして……」
 
 大抵、こういう人物のお嫁さんというのは相場が決まっている。
 卓也が首肯した。
 
「朋子の考えてる通り、優斗の嫁さんはシャレにならないぐらいに美人だ。しかも公爵令嬢」
 
「本当にそうだなんて凄いわ」
 
 ここまで正しく物語のような存在だと、変に感心できる。
 
「タクヤ君の婚約者というのは?」
 
 ルミカが突っ込んで訊いてくる。
 
「リステル王国第4王女様だよ」
 
「……お、王族ですか?」
 
 優斗の説明に軽くルミカが引いた。
 
「その通り」
 
「えっと、つまりリライトから来ていただいたのは大魔法士様と王族の婚約者と公爵家長子の三人……なんですか?」
 
「そういうことだね」
 
「こんな面子が揃って他国に来るなんて、何かしらの重要事案があるんじゃないかって勘違いしそうだな」
 
 揃いも揃って名前だけを聞けば壮大な面子。
 けれど残念なことに事実は違う。
 
「実際は厨二病二人の相手だけどね」
 
「ふっ、つまりオレと朋子は大国の重要人物を動かすほどの――あがっ!!」
 
 前髪をファサ、と掻き上げようとした刹那の頭を卓也が軽く叩く。
 
「アホか。オレらは変人対応に定評があるってことで来てるんだよ」
 
 冗談抜きで理由がそれなのだから、リライトも懐が深い。
 
「…………」
 
 するとメモを取り終えたミルが優斗と卓也を交互に眺めていた。
 優斗が彼女の視線に気付く。
 
「……ミル? どうしたの?」
 
「他には、いないの? 凄い人、普通は女性がたくさんいる」
 
 ミルは先頭を歩いている正樹に視線を送る。
 確かにニア、ミル、ジュリアと三人の女性が彼の周囲にはいる。
 だが優斗と卓也は小さく笑って手を振った。
 
「ムリムリ。他にいたらリルにぶっ飛ばされる」
 
「僕はフィオナを愛してるし、他の女性なんていらない」
 
「……愛してる?」
 
「そう、愛してる」
 
「愛してると、他にいらないの?」
 
「僕の場合はね」
 
 あくまで宮川優斗の場合はそうだ、というだけ。
 
「一般論なら卓也に訊いたほうがいいかな」
 
「……何の羞恥プレイだ、おい」
 
 自身の恋愛を年下に教えるとか、恥ずかしいにも程がある。
 けれどミルは真っ直ぐに訊いてきた。
 
「教えて」
 
「いや、凄く恥ずかしい」
 
「教えて」
 
 ミルの視線と言葉。
 それは年の割に何も知らない少女のように思えて。
 
「……しょうがないな」
 
 卓也は頭を掻きながら了承した。
 
「オレはリルが好きだ。あいつが他の男を好きだとか言ったら、きっとヘコむし泣きたくなる。あいつを誰にも譲りたくない。リルには俺以外、誰も男が近寄ってほしくないって思うし、だからオレは自信を持ってリルに恋をしてるって言える」
 
「…………」
 
「言いたいこと、分かったか?」
 
「……ごめん。難しい」
 
「だろうな。恋愛なんてもんは十人十色だ。分かんなくてもいいんだよ」
 
 卓也達がその後も談笑する。
 優斗がふと前を見れば正樹がチラチラと後ろを振り返っていた。
 少しだけ歩みを進めて正樹に追いつく。
 
「大丈夫ですよ。彼女、頑張って話してますから」
 
「ミルが世話になってるね」
 
「いいんです。卓也は世話焼きですし、僕も教えるのは楽しいですから」
 
「けれどミルが男の人とあれだけ普通に話せるなんて驚いた」
 
「正樹さんと同じ異世界人っていうのが功を奏してるんですよ」
 
「それでも凄いと思うよ。男の人なんてボク以外は基本的に口を利かないから」
 
 ふっ、と正樹は柔らかく笑う。
 
「お兄ちゃんとしては、ちょっと安心かな」
 
「お兄ちゃんですか?」
 
「どうしたの?」
 
「いえ、そうでしょうね。正樹さんのことですか――」
 
 朴念仁の彼に諦めの台詞を告げようとした瞬間だった。
 
「――ッ」
 
 鳥肌が立って立ち止まる。
 思わず登路から見える景観――気付けば砂漠になっている中央に位置する骨を見据える。
 まるで南瓜をハリボテにしたような形の骨だが……。
 
「優斗?」
 
 立ち止まった優斗に卓也が声を掛ける。
 彼の異変に気付き、先に歩いていたクリス達も集まってくる。
 そしてルミカが優斗の視線の先にあるものに気付いた。
 
「ああ、あれですね。昨日、ちょっとだけ話しましたよね? 大魔法士様が魔物からイエラートを救ってくださったと」
 
「あれがその魔物?」
 
「はい。お伽噺にもなっているフォルトレスです。大魔法士様に圧倒され倒されたモデルが実際いるのも、このアルカンスト山が巡礼地として賑わっている理由の一つです」
 
 得意げに説明する。
 
「……そういえば、マリカに読み聞かせた絵本にあったかもしれない」
 
「童話や文献によれば、フォルトレスは精霊を食料とするらしいんです。だから大魔法士の神話魔法――『虚無』によって倒され骨となったフォルトレスの近くには、未だに精霊が寄りつかないと言われています」
 
「……倒された、か」
 
 優斗は目を細める。
 
「確かに倒しはしたんだろうけど……」
 
 それだけだ。
 倒され、骨だけにされているだけ。
 
「ユウト君? 何が言いたいのですか?」
 
「死んでない」
 
「えっ?」
 
「正樹さんは分かりますよね?」
 
 優斗が振ると、正樹は神妙に頷いた。
 
「……うん。微かにだけど威圧される」
 
 ただの死体が威圧感なんて出せるわけがない。
 故に“あれ”は骨であろうとも生きている。
 
「殺せないのか?」
 
「たぶんね。マティスが殺せてないから」
 
 卓也の問いに確信は持てないが、おそらく間違ってはいない。
 そういう存在なのだろう。
 
「精霊も骨の周囲には全くいないけど……骨だけであろうともフォルトレスって魔物が精霊を食べたからか、それとも精霊が逃げたか。どっちかだろうね」
 
「復活、というオチはないでしょうね?」
 
「そこは安心してもいいんじゃないかな、クリス。千年間もあの状態なんだから問題ないと思う。誰も手出しをしなければ復活なんてしないよ」
 
 触らぬ神に祟りなし、だ。
 
「でも優斗くん。ボクと君がいるんだから、何かしら手を出したほうがいいんじゃないかな?」
 
 正樹が提案する。
『大魔法士』と『フィンドの勇者』がいるのであれば出来ることは多い。
 けれど優斗は首を横に振る。
 
「駄目です。マティスが何かしらの結界魔法をしてるとは思いますけど、千年前の魔法陣なんてさすがに弄れませんし、迂闊に復活させたら不味いです。たぶん、そんじょそこらのSランクより余裕で強いですよ」
 
 死なないだけでも意味が分からないのに、さらには別格の存在感。
 一般人からすればシャレになっていない。
 
「現状、イエラートにいる人間で戦えるのは僕だけでしょうね」
 
「き、貴様! 正樹は『フィンドの勇者』なんだぞ!」
 
 いつものように優斗の言葉を否定するニア。
 
「だから何ですか?」
 
「貴様に戦えてマサキが戦えないはずがない!」
 
「…………」
 
 優斗が思わず絶句した。
 あまりにもあほらし過ぎて言葉も出ない。
 
「ふんっ! 的確すぎて反論もできないだろう! 大魔法士だか何だか知らないが、マサキを舐めるのも大概にしろ!! フォルトレスが復活したところでマサキが倒すさ!!」
 
 ニアは先日あったことを覚えていないのか、忘れているのか。
 それとも都合の良いように解釈しているのか。
 意気揚々と反論する。
 
「…………」
 
 けれどさすがに、これはふざけすぎだ。
 
「お前、正樹さんを殺したいのか」
 
 優斗から出てきたのは予想以上に辛辣な言葉だった。
 
「“あれ”は恐らく“こっち側”の存在だ」
 
 言うなれば『お伽噺になるほどの相手』だということ。
 
「イエラートすら簡単に消滅させることができるかもしれない」
 
 爆弾ということは分かれども、威力の分からない爆弾だ。
 
「そういった相手と正樹さんを戦わせたいのか? お前は」
 
 “化け物”の相手は“化け物”しかできない。
 だから『フィンドの勇者』では相手ができない。
 
「勇者が最強だという幻想は捨てろ」
 
「違う! マサキは最強なんだ!」
 
 ニアが剣を抜く。
 もう一人のハーレム――ジュリアも構えた。
 
「ちょ、ちょっと待ってよ二人とも!」
 
 正樹が慌てて止めようとする。
 しかし……遅い。
 分からないのなら思い知らせてやらないといけない。
 
「だったら今、僕がここでお前らを皆殺しにしてやろうか?」
 
 先日、ジャルに向けた十分の一以下の殺気をニア達に向ける。
 けれども純然たる“それ”に、思わず正樹の右手も聖剣に伸びかけた。
 
「フィンドの勇者は最強なんだろう? なら僕のことを倒せる。そういう理屈だ」
 
 優斗が右手に魔力を集める。
 もう少し殺気も強めたほうがいいか、と優斗が考えたその時だ。
 
「……駄目」
 
「それぐらいで十分だろ?」
 
「これ以上はやり過ぎになってしまいます」
 
 ミルと卓也、クリスが割って入った。
 
「ユウトがそこまでやってあげることはないと思いますよ」
 
「言って分からないなら、思い知らせる……って考えなんだろうけどな。お前は怖すぎるんだよ」
 
 二人の言葉に優斗の殺気が霧散する。
 
「やり過ぎだった?」
 
「当たり前だろ。それにお前がやってることを理解できるの、オレらぐらいだ。他人じゃビビって終いだよ」
 
 優斗がやろうとしたのは『優斗の相手をできないのであればフォルトレスと戦うことなど到底不可能。だから手を出すな』と知らせてやることだ。
 けれど普通に考えて、そこまでの考えに辿り着くわけもない。
 
「……ん~、そっか。駄目か」
 
「はい、残念ながら」
 
 クリスの肯定に「失敗したか」と優斗は反省する。
 
「ミル、ごめんね」
 
「……大丈夫。本気じゃないのは、分かった」
 
 とはいえ、よく飛び出せたものだと思う。
 あの優斗の殺気を前にして本当に勇気を持って出てきた。
 
「正樹さんもすみません」
 
「ううん、いいんだよ」
 
「いえ、さすがに僕が悪いです」
 
 物わかりの良い仲間が周りにいるから、普通の人でもこれぐらいなら理解してくれるだろうと思ってしまった。
 
「刹那、朋子」
 
「なんだ?」
 
「なに?」
 
「僕がいなくなっても絶対に近付かないこと。あれはお伽噺の存在だよ」
 
 



[41560] 変わりゆく
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:d19b6f5d
Date: 2015/10/30 21:00
 
 
 
 夕食も食べ終わり、優斗はテラスの椅子に座って目を閉じる。
 
「…………」
 
 無言で、動きも一切無い。
 
「優斗くん、何やってるの?」
 
 その姿に気付いた正樹が声を掛けてきた。
 優斗は目を開けて答える。
 
「考え事をしていました」
 
「考え事?」
 
「ええ、その通りです」
 
 優斗は正樹を視界に入れて、
 
「ニアとジュリア……でしたっけ。彼女達はどうして正樹さんを全肯定しているんですか?」
 
 唐突に問う。
 特にニアはおかしい。
 あまりにも盲目的すぎる。
 
「わ、分かんないよ」
 
「正樹さんが強いのは分かる。けれど『異常』じゃない。少なくとも全肯定できるほどの強さじゃない」
 
 化け物と呼ばれはしない。
 
「皆さんはどんな経緯で出会ったんですか?」
 
「んっと……ニアはね、シルドラゴンに襲われてたところを助けた。ジュリアはフィンドの隣国のクリスタニアの公爵令嬢で領地問題があった時に出会った。ミルは奴隷だったところを助けた」
 
「わりかしピンチ的な状況でした?」
 
「間一髪ってところだったよ」
 
「……そうですか」
 
 優斗はまた、思案する。
 そして小声で、考えを口にした。
 
「死ぬ間際に現れた勇者。劣勢を覆し助けてくれた強い勇者。絶対的ピンチに登場する甘いルックスの勇者」
 
 王道と呼ぶに値する存在。
 
「だったら運命だと信じても間違いじゃないか。盲目的になってもおかしくはないか」
 
 ぶつぶつと呟く。
 
「女性を拒否しない性格に、押しが弱い性格ならなおさらだし――」
 
「あの……優斗くん?」
 
 呼びかけられて優斗の身体が跳ねる。
 目の前にいた正樹のことを普通に忘れていた。
 
「えっ? あっ、すみません」
 
 少し入り込んでいて無視する形になってしまった。
 優斗は気持ちを切り替えるように話題を変える。
 
「ミルの会話がぶつ切りなのは、奴隷時代のせいですか」
 
「……うん。一度も教育なんて受けてこなかったみたい」
 
「でも腐った奴らの愛玩具にならなかったんでしょう? それだけで良かったですよ」
 
「だけど暴力は当たり前だった」
 
「……そうですか。なら彼女が男を苦手な理由も分かります」
 
 そんな過去があれば当然だ。
 むしろ正樹があそこまでミルを癒してあげたことこそ凄いことだと思う。
 
「けれど正樹さんが救ってあげてミルも感謝していますよ」
 
「そうかな?」
 
「ええ。だから彼女は頑張ってるんだと思います」
 
 小さく笑みを零して、優斗は立ち上がる。
 
「…………」
 
 そして不意に遠い目をした。
 彼の視界に入っているのは闇夜に染まるアルカンスト山。
 
「優斗くん?」
 
「……いえ、何でもありません。そろそろ部屋に戻ります」
 
 
       ◇      ◇
 
 
「…………」
 
 また別のテラスではミルが考え事をしていた。
 思い返しているのは、つい先ほど起こったこと。
 部屋で起こったこと。
 




 
「ミル! お前はマサキの仲間であるという自覚がないのか!?」
 
「なんの、こと?」
 
 部屋に戻るなりニアの怒鳴り声が響く。
 
「ミヤガワ達と一緒にいて、マサキのことはどうでもいいのか!?」
 
「……違う。マサキのために、教えてもらってる」
 
「けれどマサキの側にいないじゃないか!」
 
 猛るニアにジュリアが取りなす。
 
「いいじゃありませんか、ニアさん」
 
 彼女を落ち着けるように軽く肩を叩く。
 
「ミルさんは料理ぐらいしか取り柄がないのですから」
 
 戦闘でもその他でも、ミルが役に立つ場面は少ない。
 唯一、ミルが一番だと誇れるのは料理を作ることのみ。
 
「マサキ様が郷土の料理を恋しいと言ったのなら、作ってあげるのがミルの役目ですわ」
 
 
 
 
 
 
 先ほどのやり取りを思い出す。
 
「………………」
 
 最初はどこも“こういうものだ”と思っていた。
 仲間というのはこうだと。
 でも優斗達と出会い、違和感が生まれた。
 アルカンスト山での優斗と卓也達のやり取りと、戻ってきてからの自分達のやり取り。
 あまりにも違いすぎるやり取り。
 しばらく思案していると、
 
「どうかしたか?」
 
「ど、どこか痛いのか?」
 
「大丈夫?」
 
 お風呂上がりの三人組が話しかけてきた。
 
「タクヤ、セツナ、トモコ」
 
 思っていた以上にミルは難しい顔をしていたらしく、心配された。
 
「少し、考え事。身体は大丈夫」
 
「何かあったのか?」
 
 卓也が問いかける。
 丁度良いと思い、恋愛の時と同じように訊く。
 
「仲間って……なに?」
 
「どういうことだ?」
 
「“仲間”っていうのが、よく分からない」
 
「分からないって……仲間がいるのにか?」
 
 問う卓也にミルは頷く。
 
「マサキ、わたしを仲間って、呼んでくれる。でも、タクヤ達と違う。ユートとタクヤ、クリスは仲間。マサキ、わたし、ニア、ジュリアも仲間。だけど、違う。仲間の雰囲気、違う。同じ“仲間”なのに」
 
「……あの二人と何かしらあったんだな?」
 
 もう一度、ミルは頷く。
 そして先ほどあったことを話し始めた。
 卓也は全て聞き終えると、
 
「まあ、あくまでオレの仲間について話すと、だ」
 
 優しく教えるように口を開いた。
 
「背中を預けられる友達ってところだな」
 
「どういう意味?」
 
「信用できるなら友達になれる。けど、信頼してるから仲間になれる」
 
「…………」
 
 ミルは必死に卓也の言葉を理解しようとする。
 頼れるからこその仲間。
 だったら、だ。
 
「じゃあ、私達は、仲間じゃない?」
 
 少なくともミルは頼ったことがない。
 頼ろうと思ったこともない。
 
「その答えを出せるのはミルだけだ。オレじゃ答えられない」
 
 ミルがどう思っているのか、どう考えているのか。
 卓也が知る由もない。
 
「信頼してなくても仲間と呼ぶ人は呼ぶしな。一概にオレの言ったことが正しい訳じゃない」
 
 何よりも自分達は問題児だ。
 
「ただ、少なくともオレらは……歪んでるから。信頼できないと“仲間”って思えないんだ」
 
「…………」
 
 ミルがまた考え込む。
 けれど刹那と朋子が、
 
「あまり思い悩むな」
 
「滅入ることを考えてると悪い方向に全部が流れるわ」
 
「……セツナ、トモコ」
 
 二人がミルを配慮するように声を掛ける。
 
「雑談でもして気を紛らわせたほうがいいわ」
 
「雑談?」
 
「そうだな。卓先、話題をくれ」
 
 いきなり謎な略称が出てきた。
 いや、誰のことを指しているかは分かるが。
 
「なあ、刹那。“卓先”ってなんだ?」
 
「卓也先輩の略ね。ちなみに優斗先輩は優先、クリス先輩はクリ先、ルミカ先輩はルミ先よ」
 
「……刹那、お前な」
 
 卓也は呆れながらも話題を提供する。
 
「とりあえずは……そうだな。克也と朋子は“刹那”と“羅刹”についてどこまで知ってる? お前ら、どうせ字面が格好良いとかで選んだんじゃないか?」
 
「……っ!?」
 
「なっ、なんでそれを!?」
 
 思わぬ話題に刹那と朋子が言葉に詰まる。
 
「ビンゴか」
 
 卓也が笑った。
 やはりそういった形が大事なのだろう。
 
「刹那は一瞬よりも短い時間。羅刹はまあ、いろいろと悪行みたいなのをやってたらしいけど最後は守護神になる」
 
「……卓也先輩、博識なのね」
 
「残念ながらオレじゃない」
 
 こんなこと知っているはずもない。
 
「ユート?」
 
「そうだな」
 
 ミルが答えを言った。
 そう、あの無駄知識満載の優斗が知っていた。
 
「優斗先輩、凄いわ」
 
「無駄満載だからな。たぶん、お前らみたいにそういう字面が好きになった時、調べたんだろ」
 
「優先も好きなのか?」
 
「でないと大魔法士なんてやってないよ、あいつは」
 
 一番最初の神話魔法など、ゲームの魔法を使いたいという理由だったのだから。
 
「というわけで、だ。お前らが選んで自らに名付けた名前の通りになってほしいとオレらは思ってる」
 
「名前通りっていうと、どうすればいいの?」
 
「克也にはいずれ『刹那すらも惑わず』に突き進んで欲しい。朋子にはいずれ『羅刹のようにイエラートを守って欲しい』ってところだ」
 
 卓也がそう言うと刹那と朋子は顔を見合わせ、
 
「ふっ、何を当然のことを。俺を誰だと――」
 
「――っ!」
 
 ミルがビクリと身体を震わせた。
 
「だから、お前はミルの前では克也だろうが!」
 
 デコピンを刹那にかます卓也。
 
「痛つっ!」
 
「午前中のやり取り、思い出したか?」
 
 軽く額を擦りながら刹那が頷く。
 
「す、すまないミル」
 
「……だ、大丈夫」
 
「やっぱり克也と呼んでくれ。そうすればもっと意識できる」
 
 午前にも『克也でいい』とは言ったが、ミルは『セツナ』で通している。
 
「でも周り、セツナって呼んでる」
 
「いいんだ。ミルの前では克也だ」
 
 さすがの刹那も嫌われようがどうしようが構わない、というスタンスではない。
 だからお願いする。
 ミルは少し下を向き、
 
「……かつや? カツヤ? 克也?」
 
 何度か発音を確かめるように呟き、
 
「うん、“克也”。分かった。これから克也って呼ぶ」
 
「助かる」
 
 思わず感謝する刹那にミルは首を横に振る。
 
「……ううん、こっちこそ。ありがとう」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 そして翌日。
 優斗と卓也、クリスは今日の予定を話ながら朝食を取る部屋に向かう。
 が、誰一人としていない。
 
「あれ? ルミカもいないんだ」
 
「何だかんだで忙しいんじゃないか? 生徒会長だろ?」
 
「そうかもしれませんね」
 
 席に座ってのんびりと待つ。
 五分ほどした時だろうか。
 ルミカが部屋に入ってきた。
 
「あ、あの、あの、あのっ!」
 
 慌てた様子のルミカに三人の表情が一瞬にして切り替わる。
 それだけで“何かあった”のは明白。
 
「ルミカ、落ち着いて。どうしたの?」
 
「フィ、フィンドの勇者様一行とセツナ君にトモコちゃんがいないんです!」
 
「全員いないの?」
 
「そ、そうなんです!」
 
 大きく首を縦に振るルミカ。
 優斗達は顔を見合わせる。
 
「……どう思う?」
 
「正樹さん達が連れて行った、に一票だな」
 
「自分も同意です」
 
「正樹さんが……っていうよりは彼女達が、だろうね」
 
 おそらく間違いないだろう。
 
「ルミカ、いつ出て行ってどこに向かったのかは分かる?」
 
「お、おそらくは二時間以上前にアルカンスト山に向かったものかと……。幾人かの兵隊さんが彼らの姿を見てます」
 
 ということは、だ。
 クリスは眉根を潜める。
 
「……嫌な予感しかしません」
 
「優斗、動くか?」
 
 卓也が確認を取る。
 だが優斗はどうでもよさそうに手を横に振った。
 
「いや、別にいいでしょ」
 
「えっ、ユウト君!? で、でも危ないんじゃ?」
 
 ルミカが予想外の発言をした優斗に驚く。
 
「フォルトレスのことを指しているなら、僕は昨日『危ないんだから近付くな』ってちゃんと言った。だけど、向かったなら彼らの責任だ。もしかしたらアルカンスト山からの朝日を見に行っただけかもしれないし」
 
 後者に関しては希望的観測に過ぎないけれど。
 
「朝食でも食べてゆったりしてればいいんじゃない? フィンドの勇者も一緒にいるんだし」
 
 大抵の魔物ならば大丈夫なはずだ。
 フォルトレスを除いて、だが。
 
「……ユウト。一応訊いておきますが、どこまで想像しています?」
 
「最悪の場合、イエラート消滅ぐらいまで」
 
「そうですか」
 
 今から叫いたところで何も変わらない。
 完全なる後手。
 この状況で打てる手はない。
 
「さすがに朝一で出て行くのは参ったけどね。忠告のしようもない」
 
 とはいえ、正確に言ってしまえば優斗には何の落ち度もない。
 ここはリライトではなく、イエラートなのだから。
 クリスは僅かばかり思案するとルミカに提案する。
 
「ルミカさん。念のために兵士の方々にアルカンスト山方面を捜索してもらってもよろしいですか? 何かが起きてしまったら――」
 
 瞬間だった。
 
『――――――――――――ッッ!』
 
 地が、響く。
 
 



[41560] 御伽の鐘は鳴らされる
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:d19b6f5d
Date: 2015/10/30 21:01
 
 
 
 
「重い」
 
「重いわ」
 
 早朝。
 日も上がらないうちから山を登る。
 けれど刹那と朋子は腰に差しているショートソードの重さに辟易していた。
 
「克也、トモコ。大丈夫?」
 
「慣れてないから歩くだけでも違和感があるぞ」
 
「使えないのに持つ意味あるのかしら?」
 
 渡されて腰に付けたものの、必要性が分からない。
 
「でも、危ない」
 
「魔物と出会う危険性があるとはいえ、私達はまだ戦えないわ。怖いもの」
 
「卓先も優先も魔物に関しては時間を掛けたほうがいいと言ってたが」
 
 元々、危険な状況で戦う機会があるような世界から来てるわけじゃない。
 だからこそ、ゆっくりと慣れればいいと優斗達は言った。
 けれど彼らの反論を聞いたニアは怒鳴る。
 
「何を言っている! マサキは最初からBランクの魔物を倒したんだぞ!」
 
「俺はフィンドの勇者じゃない」
 
「私も違うわ」
 
 “異世界人”という括りで一緒にしないでほしい。
 
「ほ、ほら、別に魔物を倒しに来たわけじゃないんだし。そろそろ朝日が昇るよ」
 
 どうにか正樹が取りなす。
 昨晩、ニアが「近くに山があるのだから御来光を拝もう」と言ってきた。
 正樹としては拒否する要素もなく、夜明け前に合流した際まで優斗達も一緒だと思っていた。
 けれどいたのはパーティメンバーと刹那、朋子だけ。
 さすがに起こすのも忍びなかったので、この面子で朝日を見に来たわけだ。
 
「なあ、マサキ。朝日を拝むついでにフォルトレスを見に行かないか?」
 
「どうして? 優斗くんが近付くなって言ったよ」
 
「あんなもの、大げさに言っているだけですわ。仮に復活したとしてもフィンドの勇者であるマサキ様が倒せない相手なんて、そうそういるわけではありません。さらにわたくしがいるのですからマサキ様のパーティは世界無敵ですわ」
 
 何も問題はない、とジュリアが言う。
 
「けどユート、危ないって――」
 
「別に近付くくらい、問題ありませんわ」
 
 ミルの反論を押し込める。
 次いでジュリアは刹那と朋子を見た。
 
「お二方もイエラートを守護する者となるのなら、一度見た方がよろしいと思いますわ」
 
「マサキがいるんだ。問題ない」
 
 ジュリアとニアの言葉に刹那と朋子は顔を見合わせる。
 
「見に行くだけ見に行ったほうがいいか?」
 
「そうかもしれないわね」
 
 イエラートの守護者となるのであれば、確認ぐらいはしたほうがいいのかもしれない。
 
「決まりですわね。朝日を拝んだら行きましょう」
 
 ジュリアが意気揚々と決めた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 日の出を見て、正樹達はフォルトレスの骨がある方へ下る。
 そして平坦な草原を歩いて行き、そろそろフォルトレスを中心に広がっている砂漠地帯に入る頃、正樹が刹那達に声を掛けた。
 
「もしかしたら魔物が出るかもしれないから、刹那くんも朋子ちゃんも気を付けてね」
 
「何をだ?」
 
「どういうことに気を付ければいいの?」
 
「急に襲われないように、かな。あとは迂闊に離れないこと」
 
「そうなってしまったら、どう対処すればいい?」
 
 刹那としては戦いの場になど出たことがないのだから当然の疑問。
 しかし、
 
「自分の身ぐらい守れないのか?」
 
 ニアが少し小馬鹿にしたような言い草をした。
 
「精霊術を使えないのに、どうやってだ?」
 
「あれ? 使えないの?」
 
 いきなり出てきた爆弾発言に正樹が驚く。
 
「だって精霊がいないもの。使えるわけないわ」
 
 通常の精霊術は場にいる精霊にお願いして使役するもの。
 普通、大精霊は精霊にお願いして“道”を作ってもらい召喚する。
 つまり精霊がいないこの場において、刹那と朋子は何もできない。
 
「う~ん。だったら……」
 
 正樹が砂漠地帯に足を踏み入れた瞬間だった。
 急に聖剣が光り出す。
 
「えっ?」
 
 そして引っ張られるような感覚を正樹は覚えた。
 反射的に歩みを戻そうとするが、遅い。
 光の奔流がフォルトレスに引き寄せられる。
 なぜだ、と思う前に気付いた。
 
「まさか……っ!」
 
 そう、正樹が持っている剣は“名剣”ではなく“聖剣”。
 魔法科学の属性付与ではなく、精霊の加護が付いているもの。
 正樹が持っているのは光の大精霊――アグリアの加護が付いている剣。
 光の精霊が聖魔法を使う際に補助をしてくれる。
 しかも加護を加えたのは大精霊。
 だからこそ“聖剣”と呼ばれていた。
 つまり、
 
「しまっ――」
 
 フォルトレスには特上の餌、というわけだ。
 
 
       ◇      ◇
 
 
「……遅かったようですね」
 
「地面が震えてるしな。こんなことが出来る魔物なんて、限られてるだろ」
 
「よくもまあ、復活させたよ」
 
 ある意味、感心できる。
 
「結界の魔法陣でも壊したのでしょうか?」
 
「フォルトレスが結界魔法を壊すぐらいの力を得たんじゃない?」
 
「どちらだとしても関係ないだろ」
 
 クリスも優斗も卓也も嘆息する。
 重要なのは復活してしまったという事実だ。
 
「窓から見える変な塊がフォルトレスだろ?」
 
「空中に浮いているのですね」
 
 卓也が窓から山の方向を指差しクリスが事実を述べた。
 巨大な物体が空に浮かんでいる。
 
「ルミカ。高くて開けてる場所、王城にある? 屋上みたいな場所ならベストなんだけど」
 
「こ、こっちにあります」
 
 優斗の問いにルミカが行き先を示す。
 
「悪いんだけど連れて行ってくれない?」
 
「分かりました!」
 
 頷いてルミカは駆け足で目的の場所へ向かう。
 優斗達も続いた。
 そして、
 
「……思った以上にでかいね」
 
「でかいな」
 
「驚きの大きさですね」
 
 最上階の外へと出てフォルトレスを肉眼で捉える。
 より姿を見れるようになったことで、殊更大きさに目がいく。
 
「何だあれ? 城か?」
 
「岩石城塞ってところですか」
 
「また岩を割くように一つ目が付いているのが、怖さを増すね」
 
 南瓜のハリボテのような骨には余すところなく岩石を纏っており、何倍にも膨れあがった大きさ。
 全長の中腹には一つ目が異様な大きさで見開かれている。
 
「あの、あの、ユウト君! どうすれば!?」
 
「まずは落ち着いて。慌てたところで良いことはないよ」
 
 優斗がルミカを窘める。
 何をどうしたところで、復活した事実は消えない。
 
『――――ッ』
 
 だが、ルミカが落ち着く間もなくフォルトレスから何かしらの魔法陣が浮かび上がる。
 狙っている方向はおそらく……イエラート。
 しかも距離がある優斗達から見ても、異様だと分かるほどの魔力が集まっていく。
 
「最初っから神話魔法クラスか」
 
 優斗が目を細める。
 大層なものを向けてくれるものだ。
 
「ユ、ユウト君!? 不味いですよ!?」
 
「大丈夫。三人とも、少し下がって」
 
 優斗は両手を下に翳す。
 やることは決まっている。
 
『世界の終わりを見せる在り方』
 
 巨大な魔法陣が彼の足下に生まれ、
 
『深く、深く、全てを染める在り方。今はすでに存在が無き者。されど御名はある貴方に求めよう。誰よりも崇高な貴方に希おう』
 
 言霊を紡ぎ、
 
『数多の竜すら葬る一撃。那由多の破壊を求め奉らんことを』
 
 右手を前に突き出す。
 
『全竜殺し』
 
 優斗が放った数瞬後、フォルトレスも神話魔法クラスを放つ。
 しかし威力は優斗のほうが上。
 フォルトレスが放ったものはかき消され、直撃した……のだが。
 
「無傷?」
 
 未だに空中へ漂っているフォルトレスの姿があった。
 
「いえ、岩石は少しばかり消えたように思いますよ」
 
 クリスから見ると、全体的に僅かだが大きさが小さくなったように思える。
 
「しょうがない。だったらさらに威力のある――」
 
 と、優斗が再び構えるとフォルトレスがアルカンスト山の影に隠れるように消えていく。
 
「……逃げた?」
 
「どうでしょう?」
 
 今の行動がなんなのか、さすがにクリスも分からない。
 
「まあ、いいか。この後はどうする?」
 
 優斗は三人に視線を巡らせる。
 
「ユウト、分かっているでしょう? リライトから大魔法士が来ている以上、動かなかったら問題になります」
 
「だよね」
 
 優斗の関わりないところで復活したとしても関係ない。
 現状、大魔法士はイエラートにいるのだから。
 
「それに刹那も朋子も向こうにいるだろうから、助けてやらないといけないだろ」
 
「そ、そうです! セツナ君もトモコちゃんも彼らと一緒にいます!」
 
 怖い思いをしているはずだ。
 戦ったことなど一度もない二人なのだから。
 
「だったらフォルトレスは僕が相手をする。卓也達は二人をよろしく」
 
「正樹さんじゃ無理か?」
 
「無理。やっぱりあれは“こっち側”の存在だよ。今のだって僕は中都市破壊規模の神話魔法を放ってるのに殺せてない」
 
 さすがはお伽噺になった魔物だ。
 Sクラスの大体を殺せる魔法を喰らっても平然と生きている。
 ふとクリスと卓也が下を見ると兵士の出入りと叫ぶような声が入り交じっていた。
 
「城下が騒がしくなってきましたね」
 
「しょうがないだろ。あの規模の魔法の打ち合いなんて見たら、誰だって逃げる」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 何かが壊れる音がした。
 きっと、フォルトレスを押さえつけていた何かが、軋み、壊れたのだろう。
 復活したお伽噺の魔物は骨を中心に広がっていた砂を己に塗り固め、岩とし、骨格の何倍、何十倍もの大きさになる。
 
「…………っ!」
 
 正樹は気圧された。
 まだ何もされていないのに。
 自身の存在を捉えられているかどうかさえ怪しいのに。
 それでも恐怖を抱いた。
 
『――――ッ』
 
 フォルトレスの前に魔法陣が現れる。
 向けている方向はイエラート。
 
「ま、不味い!」
 
 反射的に魔法を放とうとして……フォルトレスに集まっている魔力の奔流が異常なことに気付く。
 
「神話魔法クラス!?」
 
 正直、どうすればいいのか分からなかった。
 何をやれば、あの魔法陣を消せるのか。
 けれどもやらなければ、と正樹は剣を抜き、
 
「求めるは聖牙、一条の矛ッ!」
 
 フォルトレスに向かって魔法を放つ。
 剣先から白銀の光が伸び、フォルトレスに当たる。
 だが、何も変わらない。
 ただの“剣”になってしまって、威力が落ちている魔法。
 仮に威力が落ちていなかったとしても、蚊に刺された程度にしかフォルトレスは思わないだろう。
 そんな相手に対して正樹が何をしたところで無駄。
 白銀の光はフォルトレスに当たるものの、結局は当たっただけ。
 魔法陣が消えることはなく、魔力が魔法陣に集うことは変わらなかった。
 そしてフォルトレスは神話クラスの魔法を放つ。
 
「……あっ」
 
 けれども直後、さらに強大な神話魔法がフォルトレスに襲いかかった。
 フォルトレスが放ったものすらかき消し、全長1キロはあるであろう彼の魔物を包むほどの巨大な光。
 その威力で彼らがいた場所にも豪風が吹き荒れる。
 思わず正樹は目を瞑り、風が収まるのを待った。
 
「…………」
 
 そして顔を上げ、驚愕する。
 
「……あれで……駄目なのか」
 
 未だに健在しているフォルトレス。
 今は王城から身を隠すように移動している。
 
「でも、倒さなきゃ」
 
 復活させてしまったのだから。
 どうやって倒すのかは分からなくとも。
 どうやれば倒せるのか分からなくとも。
 何があっても自分が倒さないといけない。
 自分は“勇者”なのだから。
 
「マサキ!」
 
「マサキ様!」
 
 ニアとジュリアが駆け寄ってくる。
 
「二人とも無事だったんだね」
 
 けれど見えない姿が三つ。
 
「ミルと刹那くん、朋子ちゃんは?」
 
 左右を見ても彼らの存在を捉えられない。
 
「先ほどの豪風で吹き飛ばされたのかもしれませんし、下手したら何処かに埋まっているかもしれません」
 
「でも、今は構ってられない。フォルトレスを倒すことが先決だ。そうだろう、マサキ!」
 
 ニアとジュリアの言葉に正樹は心配そうな表情を浮かべたが、
 
「……うん。そうだね」
 
 頭を振ってかき消す。
 ミルなら大丈夫だ。
 絶対に刹那と朋子を守ってくれていると信じている。
 だから自分がやることは一つ。
 
「倒そう、フォルトレスを」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 優斗はイエラート王に状況を説明。
 結界、防御魔法を使える人材をアルカンスト山の前に置いてくれるように頼み、他の誰もフォルトレスの相手をするなと念を押した。
 優斗自身はどうするのか、という質問に対しては端的に「倒してきます」と伝える。
 そしてアルカンスト山までは精霊がいるのだからと優斗は卓也とクリス、ルミカを連れて昨日にフォルトレスを視界に捉えた地点まで風の精霊で飛んでいく。
 
「ルミカは来なくても良かったのに」
 
 優斗が言外に危ないと告げる。
 けれどルミカも退かない。
 
「駄目ですよ、ユウト君。イエラートで一番付き合いの長い私がセツナ君とトモコちゃんを助けに行ってあげなかったら、どうやってあの子達が今後、イエラートを信じてくれるって言うんですか? それに私は心配なんです。やっと歳相応の可愛い部分を知ることができたんです。この眼で無事なところを見ないと不安でたまりません」
 
「お姉ちゃんみたいだな、ルミカは」
 
「心境的には似てるかもしれません」
 
 卓也の突っ込みに全員で小さく笑ってから、視界に映っている状況を把握する。
 
「フォルトレスはユウトの神話魔法を受けてから、右に移動しています。追うように地面からフォルトレスに向かって伸びる光やら炎やら水はマサキさん、ニアさん、ジュリアさんの三人でしょうね」
 
「ミル達は別行動ってことか?」
 
「……あ~、ごめん。下手したら、僕の神話魔法でどっかに吹き飛ばされたかも」
 
 一応は大地にいるであろう彼らに気を付けたものの、優斗だって周囲にどのような影響が現れるかは把握しきれていない。
 けれどクリスから否定の言葉が入った。
 
「いえ、大丈夫です。おそらくあれがミルさん達でしょう」
 
 現在地からフォルトレスの骨があった場所。
 その中間地点に小さな影が見える。
 今は誰かを引っ張り出しているようだ。
 
「砂に埋もれていたみたいですね」
 
「よく見えるな、クリス」
 
 卓也の視界には見えない。
 というよりも小さすぎて捉えきれていない。
 けれど状況は分かったので四人は顔を見合わせる。
 
「じゃあ、そっちは三人で刹那達の救助」
 
「優斗はフォルトレスの相手、頼んだぞ」
 
 全員で拳を合わせ、左右に散る。
 
 
       ◇      ◇
 
 
「……砂って重いのね。自力で出てこれなかった」
 
 ミルと刹那に引っ張り出され、朋子はごちながら服にまみれた砂を払う。
 
「あれ、絶対に優先だろう」
 
「神話魔法だから、そうだと思う」
 
 威力がおかしかった。
 むしろフォルトレスが魔法を放った瞬間には駄目だと思ったのに、すぐにそれを上回る威力の魔法を見て衝撃を受けた。
 ただし現在の状況を考える限り、何一つ嬉しい状況にはなっていない。
 
「復活……しちゃったわね」
 
「……優先に言われたのにな」
 
「もっと、頑張ればよかった」
 
 浮遊するフォルトレスを見て、三人は後悔する。
 付いて行く、と言わなければ。
 確認をする、と思わなければ。
 強く言って、止めることが出来ていれば。
 フォルトレスは復活しなかったかもしれない。
 
「優先の言ったことを……正しく理解してなかった」
 
「……私もよ」
 
 刹那と朋子は唇を噛みしめる。
 もし復活してしまったとしても『セリアール』に召喚された自分だったらどうにか出来るという傲りがあったのかもしれない。
 
「それはみんな、同じ」
 
 フィンドの勇者だから。
 勇者の仲間だから。
 負けるはずがない、と。
 でも、
 
「全員、圧倒された。マサキだけが唯一、魔法を放てた。だけどマサキじゃ勝てない。倒せない」
 
 巨象と蟻だ。
 分かりきっているほどに分かりきっている。
 強制的に理解させられるほどの『力』の差がある。
 
「ユート一人だけ、分かってた。だから伝えた。ユートには関係ないことでも、伝えてくれた。なのに……」
 
 自分達が信じなかった。
 
「さっきだってそう。ユートがいなかったら、イエラートはきっと壊れてた」
 
 彼が守ってくれた。
 
「戻ったら、ありがとうって……言おう?」
 
「ああ」
 
「そうね」
 
 ミルの言葉に刹那も朋子も頷く。
 その時、
 
「克也っ!」
 
 朋子が刹那を思い切り、突き飛ばした。
 尻餅をつく刹那。
 
「な、なんだいきなり?」
 
 けれど彼の視界に移るのは自分以上に衝撃を受け、飛ばされている朋子の姿。
 
「朋子!?」
 
 鹿毛の姿が幾数も見えた。
 そいつらが彼女を吹き飛ばし、さらに乗りかかろうとする。
 
「ト、トモコっ!」
 
 ミルが魔法を使い乗りかかろうとしている奴らをどける。
 
「ま、魔物か!?」
 
「……イシュボア。魔物」
 
 一メートル以上の巨体が十体。
 気付けば刹那達を囲んでいた。
 
「おい! と、朋子!」
 
 刹那は駆け寄り、朋子の頬を叩く。
 
「……ぅ……」
 
 意識はあった。
 刹那もミルも安心する。
 だから、
 
「私が、守る」
 
 ミルは刹那と朋子を守るように立った。
 
「……なっ、ミル! 危ないぞ!」
 
「けど、やらないと」
 
 この魔物達は、フォルトレスに感化されているのだろうか?
 もしかしたらフォルトレスの恐怖で怯え、暴れているのかもしれない。
 でも、結局のところは、だ。
 どんな理由があろうとも襲われている。
 ならば守らなければならない。
 
「だって、私は」
 
 弱くとも正樹の仲間。
 
「フィンドの勇者の仲間、だから」
 
 
       ◇      ◇
 
 
「近くで見ると、余計に迫力が増すね」
 
 未だに動いて攻撃も何もしていないフォルトレスの近くまで優斗は走った。
 正樹達とも、あとちょっとで合流しそうなぐらいに。
 すると正樹が気付いた。
 次いでニアとジュリアも気付く。
 
「何をしに来た!」
 
「この魔物はマサキ様が倒しますわ!」
 
 彼女達の第一声に、優斗は大きくため息を吐いた。
 もう言葉を丁寧に使う気力も起きない。
 
「……アホか」
 
「何だと!?」
 
「お前らが復活させたから、お前らが倒すとでも言いたいわけ?」
 
「そうだ!」
 
 堂々としたニアの宣言に優斗は嘆息した。
 
「フォルトレスを倒すことに意義を感じるなら馬鹿らしい」
 
 そんなものはない。
 倒すことを意義とする前に。
 最大の間違いがある。
 
「復活させたことが問題だ」
 
 はき違えるな。
 
「普通に国際問題なんだよ」
 
 なのにフィンドの勇者パーティだけで倒すとか、何を考えてる。
 
「そんなにも自分達だけでフォルトレスと戦いたければ僕がいないところでやってくれ」
 
 関わらせないでほしい。
 
「そしてイエラートでも大陸でもお前らの都合で勝手に消滅させればいい」
 
「ふん。マサキがいる以上、お前がいなくとも――」
 
「けどね。僕がイエラートにいる以上、動かないとリライトにまで迷惑が掛かる」
 
 自分の『名』は、この状況を前にして何もしないなど許されない。
 何もしたくなくとも、しないといけない。
 
「叶うのなら、こんな馬鹿げた展開に望んで出てきたりはしないよ」
 
 注意したのに。
 やめろと言ったのに。
 なのに勝手に復活させて、大層な攻撃を放たせて。
 そして何も出来ないからこそ自分が動くしかなかった。
 神話魔法を撃って相殺させるしかなかった。
 優斗が諦めた表情で言ったことに対し、正樹は頭を下げた。
 
「……ごめん」
 
「何に対してですか?」
 
「復活させたこと……だよ」
 
「どうでもいいです、そんなこと」
 
 おそらくは正樹が原因なのだろう。
 だから頭を下げた。
 しかし、優斗にとっては知ったことではない。
 
「正樹さんが復活させたのだろうが、貴方の仲間が復活させたのだろうが、刹那達が復活させたのだろうが興味ありません」
 
 過程なんて聞いたところで意味がない。
 
「結果としてフォルトレスは蘇った」
 
 事実のみ理解していればいい。
 
「そしてあいつは僕が相手をしなければならない」
 
 強さで考えても、立場的に考えても。
 優斗が相手をしなければならない。
 
「ボクも戦うよ」
 
「どうやって?」
 
 彼の魔法も剣技も何も通用しないのに。
 無理なこと、この上ない。
 
「マンガの主人公よろしく正樹さんが覚醒しても、なお足りない。ジャルの時と同じだと思っているなら、大きな間違いです」
 
「で、でもボクは『フィンドの勇者』だから!」
 
 正樹は言い放つ。
 “勇者”なのだから、と。
 しかし優斗は相手にしない。
 
「だから何だと言うんです? “勇者”というのは絶対に勝てる。そんな唯一の勇者、僕が知っている限り一人しかいません。そしてそいつがリライトにいる以上、正樹さんは普通の勇者です」
 
 世間一般の、どこにでもいる王道の勇者。
 
「勘違いしないでください。強かろうと正しかろうと優しかろうと何だろうと、正樹さんがフォルトレスに勝つのは難しい」
 
 だから、
 
「あいつは『正樹さんの物語』には登場しない。『僕の物語』にいるんです」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 ミルが戦う。
 しかしイシュボアも強くはないとはいえ十体。
 何よりもまだ、ミルは戦うことに慣れていない。
 正樹のように勇者でもなく、ニアのように剣士でもなく、ジュリアのように魔法士とも名乗れない。
 Bランク、Cランクを前にすれば正樹にフォローされて、何とか戦えているのが現状だ。
 多対一なんてやったこともない。
 でも、自分を叱咤する。
 
 ――守らないと。
 
 勇者の仲間なのだから。
 
 ――“守らないといけない”から。
 
 ミルはただ、それだけを考える。
 
「求めるは――」
 
 けれど、振るおうとした右腕を噛まれた。
 痛みで詠唱が止まる。
 
「……っ!」
 
 その隙に、さらに数体が襲いかかる。
 刹那はただ、それを見ているだけ。
 
「…………ミル……」
 
 歯を食いしばる。
 
 ――何で見てることしかできないんだ。
 
 もっと力があれば。
 強さがあれば。
 戦うことに慣れていれば――違うのに。
 
「……そうじゃない!」
 
 刹那は頭を振る。
 そんなものは言い訳だ。
 潰せ。潰せ。潰せ。
 弱い自分を。
 言い訳しようとする己を押し潰せ。
 
「……い……痛っ!」
 
「ミルっ!」
 
 イシュボアに吹き飛ばされ、ミルが倒れる。
 無意識に右手がショートソードを掴んだ。
 
 ――望んだんだろう?
 
 強い自分を。
 
 ――妄想したんだろう?
 
 圧倒する自分を。
 それは、どんな姿だ?
 
「俺は……っ」
 
 どんな名前だ?
 
「俺は……っ!」
 
 どうして名乗った?
 
「俺は――ッ!」
 
 何と教えられた?
 
「俺はッッ!!」
 
 思い出せ。
 言い聞かせろ。
 成ってみせると誓え!
 
 ――我が名は。
 
 “零の名を持つ者”
 
 
「零雅院刹那だっ!!」
 
 
 決断した。
 名前に負けぬように。
 だからもう、迷わない。
 刹那すらも惑わない。
 
「来るがいい!! 始まりにして『虚無』の意を持つ俺が相手だっ!!」
 
 ミルの前に躍り出る。
 声は震えた。
 足が震えた。
 手も震えた。
 でも、今ここで立ち向かわないといけない。
 でなければ妹を。
 そして、男が苦手だというのに守ろうとしてくれた女の子を……死なせてしまう。
 
「うわあああぁぁぁっっ!!」
 
 へっぴり腰でも目一杯、ショートソードを振り回す。
 
「ああああああああぁぁっっ!」
 
 ブンブンと、追い払うように左右に。
 けれども10体はいるイシュボア。
 真後ろから1体が刹那に体当たりをかます。
 
「……っ!」
 
 衝撃が背中を突き抜け、
 
「げほっ! げほっ!」
 
 咳き込む。
 だが、振り回すのはやめない。
 やめることなどできない。
 
「……はぁっ……はぁっ!」
 
 息が切れる。
 動悸が上がる。
 考え事など出来るわけもない。
 それでも振り回し、
 
「ぅぐっ!」
 
 また突撃を喰らい、
 
「まだ……だっ!」
 
 しかし気丈に立ち。
 ショートソードを振るった。
 ただ、刹那は戦いなどズブの素人。
 経験などない、普通の一般人。
 
「……くそっ!」
 
 視界の端にイシュボアが一体、映る。
 真横から突撃してきた。
 けれども身体は反応できない。
 反応できるほどの鍛錬も、訓練も、修行も、何もしていない。
 唯一、やれるのは訪れる衝撃に耐えること。
 目を瞑り、歯を食いしばった……瞬間だった。
 
 
 
 
「求めるは聖盾、無欠の領域」
 
 
 
 
 声が響く。
 刹那の前に、突如現れた光の壁。
 イシュボアがぶつかり、刹那には届かない。
 
「頑張ったな、刹那」
 
「怪我はあれど皆が無事で何よりです」
 
「セツナ君、トモコちゃん、ミルちゃん!」
 
 そして疾走して来た三つの影が、刹那達の前に立つ。
 
「卓先、クリ先、ルミ先……」
 
 刹那は思わず膝をつきながら、駆けつけてくれた三人の姿を見て安堵した。
 
「よく彼女達を守ってくれましたね。おかげで自分達が間に合いましたよ」
 
「っていっても、あとで説教だからな」
 
 卓也は安心させるように冗談めいたことを言う。
 けれど魔物に向き、すぐに表情を鋭くさせた。
 
「ルミカ、治療魔法は使えるか?」
 
「問題ありません。全員分、治せます」
 
 ルミカがすぐに頷いた。
 
「分かった。だったら任せる」
 
 一歩、卓也が前に出てクリスに並ぶ。
 
「珍しいですね、タクヤが前に出るなど」
 
 ふっとクリスが表情を崩した。
 彼が同じ位置に立つなど本当に稀だ。
 
「仕方ないだろ。修も優斗もいないからな。それに強い魔物でもないし、俺ぐらいでも役に立てる」
 
 二人で魔物に対して構える。
 
「だからやるぞ、学院1位」
 
 卓也の言葉。
 クリスは暗に込められた意味に目を見開きながら、
 
「そうですね」
 
 頷いた。
 クリスには引き継ぐべき『名』がある。
 本当なら己ではないけれども。
 彼ら――優斗と修は学院の枠には収まらないから。
 だから継ぐのは自分。
 先人が築いてきた誇りと、先代が確立した強さを継ぐのはクリスの役目。
 
「レイナさんも卒業しますから、覚悟として名乗ろうと思います」
 
 恥じぬよう、汚さぬよう、正しく引き継ごう。
 
「タクヤも名乗ったらどうですか。二つ名があるって聞きましたよ?」
 
 笑いかけるクリス。
 思わず卓也も驚く。
 
「知ってたのか?」
 
「ユウトから聞きました」
 
「……ったく、あいつは」
 
 苦笑する。
 相変わらず、変なことを知っている奴だ。
 
「でも、まあ……偶にはこういうノリもいいか」
 
 憧れるものはあるのだから。
 やってみるのもいいだろう。
 卓也とクリスは頷き合う。
 
「「 リライト魔法学院二年 」」
 
 紡ぐべきは己が代名詞。
 
 
 
 
「一限なる護り手――タクヤ=フィスト=ササキ」
 
「学院最強――クリスト=ファー=レグル」
 
 
 
 
 守ることを絶対とした名と、学院の強さを象徴した名が相並ぶ。
 
「異世界人の先輩として」
 
「手助けをするべく」
 
 自身の覚悟を賭けて。
 
「行く」
 
「参ります」
 
 
 



[41560] 正しき在り方
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:d19b6f5d
Date: 2015/10/30 21:02
 
 
 
 トラスティ家のテーブルが微かに揺れる。
 修の向かいに座っているアリーが嘆息した。
 
「今、地面が揺れましたわね。おそらくは魔物でしょうか?」
 
「だろうな。ついでにちらっと遠くで光ったのが見えたし、優斗だろ」
 
「……まったく。相も変わらず、といいますか……」
 
 いつものように、いつものごとく。
 巻き込まれている。
 
「リライトまで地響きを起こせるほどの魔物が相手なのに、心配できないのが酷いですわね」
 
「しゃーない。優斗だからな」
 
 そして修はある方向を指差す。
 
「つーか心配してない俺らも大概だけどな、フィオナのほうがすげーぞ」
 
 指先を辿ればフィオナとリルと愛奈、マリカの姿がある。
 
「あう~」
 
「おにーちゃんなの?」
 
「ええ、どうせ優斗さんなんですよ。まったく、ここまで地面を震わせるほどの相手なんです。あんなに凄いのを倒してしまったら、それこそ誰かに見初められてしまうかもしれません」
 
「……あんたね」
 
 リルが呆れた声を出す。
 どういう心配をしているのだろうか彼女は。
 修は彼女の心配の仕方を見て笑う。
 
「だろ?」
 
「……フィオナさん。心配のベクトルが違うのですね」
 
 さすがは優斗の恋人だ。
 
「通常なら国際問題になりそうな事柄なのですが、どうせ……ですわね」
 
 修もアリーも苦笑して頷き合う。
 
「どうせ、あいつがどうにかすんよ」
 
「まあ、タクヤさんとクリスさんについては少々心配ですが」
 
「それこそ“どうせ”だ」
 
 仲間が危機に陥ろうとも問題ない。
 
「優斗は最強だからな」
 
 堂々とした修の言い草。
 しかし、アリーは疑問に思う。
 
「……えっと。ではシュウ様は?」
 
 優斗が最強というのは少し理解できない。
 同等に修がいるのだから。
 けれど彼はある意味で同等の言葉を告げる。
 
「俺は無敵だ」
 
「それはどういう――」
 
 言いかけて、アリーは気付く。
 
「いえ、それがユウトさんとシュウ様の絶対の信頼に繋がっているのですね?」
 
 端から見て、異常だと思えるほどの絶対的信頼をお互いに持っている修と優斗。
 その一つが今言ったことなのだろう。
 アリーの問いかけに修は軽く目を見張った。
 
「やるな、アリー」
 
 そして小さく笑い、ティーカップを指で弾きながら教える。
 
「俺は基本的に負けたことがねーんだ。少しでも勝ちたいと思ったものは“絶対”に」
 
「相手が棄権をする、というのもあるのですか?」
 
「いや、やってるうちにすぐ抜く。相手以上の力を得て圧倒する」
 
 天才だと。
 神童だと周囲に騒がれた。
 
「10歳くらいの時か。俺は“そういう存在”なんだって気付いたよ」
 
 自分自身の異常性を理解した。
 
「何をやっても圧倒して勝てる」
 
 “絶対に勝てる”
 紛れもなく異常の才能。
 
「これ以上ないぐらいに勝利の女神に愛されてる。だから主人公でチートの権化、なんて言われてんだ」
 
 おかしいぐらいの力を持っているから。
 ただし、
 
「まあ、一人だけ例外がいるけどな」
 
「ユウトさんですわね」
 
 アリーの断言に修は頷く。
 
「あいつだけなんだよ。俺と対等に勝負できたのってさ」
 
 修が“勝負”の範疇に入れてなお、勝負することのできる存在が一人だけいる。
 
「優斗だけが俺に勝ったことがある。つまり、それがどういうことか分かるか?」

 修は笑みを零す。
 
 
「宮川優斗は狂ってる」
 
 
 本当に。
 
「“俺”と対等にやれるっていうこと自体が異常だ」
 
 勝利の女神に愛されている自分に対し、勝つことができる彼は本当におかしい。
 
「もっと言うのなら“この世界の何であろうと圧倒できると確信している内田修”を倒せる可能性を持った、宮川優斗という存在は理解できない」
 
 範疇を超えている。
 あまりにもおかしすぎる存在だ。
 
「運命って言葉を使ったほうが分かりやすいなら、俺は運命で勝つことを定められてるけど、あいつは運命をねじ伏せられる」
 
「……ねじ伏せる。確かにそうですわね」
 
「俺ぐらいのチートでさえもねじ伏せる時がある。そんじょそこらの勇者や主人公じゃ話にならない」
 
 敵うわけもない。
 絶大の力を持つ自分さえも負けることがある。
 だとしたら、中途半端なチートなど彼はものともしない。
 
「そして質問の答えだ」
 
 誰が“最強”なのか。
 
「俺は誰だろうと絶対に勝つ。誰もが敵になり得ないから無敵だし、優斗は誰であろうともねじ伏せる。圧倒的な力を以て、蹂躙する」
 
 自分と勝負のできる親友。
 神に愛されずして得た、圧倒的な力。
 “強敵”ではなく“強友”。
 だからこそ敵ではない。
 けれどたった一人のライバル。
 それは内田修が唯一と認めるに値する存在。
 
「だから――あいつが最強だ」
 
 間違いなく。
 
「そして、だからこそ俺と優斗は絶対的な信頼で繋がってんだ」
 
 自身の異常性を知っているからこそ、彼の異常性に心からの信頼を置ける。
 
「俺はあんなもんに余裕で負ける気がしない」
 
 それは修の持っている天恵で分かること。
 
「ということは“絶対に優斗も負けない”」
 
 負けるわけがない。
 
「当然の論理だろ?」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 クリスが剣を振るい、卓也が魔法を放つ。
 絶対に刹那達に近付けない戦い方を二人はしている。
 ルミカはミルの治療を終え、今度は朋子に駆け寄って右手をかざす。
 
「痛みはどうですか?」
 
「……ありがとう。だいぶ、なくなったわ」
 
 骨折もしていないのが幸いした。
 痛む箇所がすぐに緩和されていく。
 そして視線は剣戟と炸裂音がする方向へ。
 二人はすでに、八体もの魔物を倒している。
 両方とも凄いと朋子は思うが、その中でもやはり目立つのは、
 
「綺麗な戦い方」
 
 クリスの剣技。
 見本と見紛うほどの剣捌きがある。
 まるで、その構えにはその斬り方があることこそ普通だと言わんばかりに。
 
「きっと何千、何万、何十万と同じ型を練習したのでしょうね」
 
 まるで教科書のようなクリスの戦い。
 明け暮れるほどに剣を振るい、得たクリスト=ファー=レグルの戦い方。
 身体に染み込むほどに養われたそれは、寸分の狂いもない。
 
「……凄いわ」
 
 まさしく次代の『学院最強』の名に相応しい。
 
「そろそろ終わりますね」
 
 残りは二体。
 クリスが正面から襲いかかってくるイシュボアの額を貫く。
 背後から襲うイシュボアは卓也が防壁で受け止めた。
 
「タクヤ!」
 
「分かってる!」
 
 振り向いたクリスと卓也は同時に右手を突き出して魔法を放つ。
 これで終了。
 最後にイシュボアが全部動かないのを確認して、二人は朋子達のところへと戻ってくる。
 
「素晴らしいですね、お二人とも」
 
「オレは二体しか倒してないよ。あとは全部、クリスのおかげだ」
 
「クリス先輩、お手本みたいだったわ」
 
「ありがとうございます」
 
 四人は小さく笑みを零す。
 
「刹那とミルは?」
 
「少々、疲れてしまったようで。あと少しで喋る元気も戻ると思いますよ」
 
 怪我は治している。
 今は二人とも、息が上がって喋れないだけだ。
 
「安心した」
 
「それはよかったです」
 
 卓也とクリスが安堵する。
 そしてルミカがフォルトレスに視線を向けた。
 
「この後はどうされますか?」
 
 優斗の応援にでも行ったほうがいいのだろうか。
 けれど卓也とクリスは座り込む。
 
「まあ、見てるだけだろうな」
 
「ですね」
 
 自分達は出て行けない。
 行ったところで邪魔になるだけだ。
 
「大丈夫なんでしょうか?」
 
 心配を口にするルミカにクリスと卓也は声を揃える。
 
「問題ありません。ユウトが絶対に勝ちますから」
 
「問題ないよ。優斗が絶対に勝つ」
 
 
       ◇      ◇
 
 
「ふざけるな! マサキは負けない!」
 
 ニアが怒鳴る。
 ジュリアは睨み、正樹も納得した表情をしていない。
 
「分かった」
 
 平行線ならば、これ以上の問答は不要。
 
「一対一対三だね。こっちもフォローはしないし、そっちもフォローしなくていい。攻撃に巻き込まれようと、巻き込もうと知ったことじゃない。互いに味方じゃないし、どうでもいい存在。それでいいね」
 
 端的に伝えて優斗は上へ右手を翳す。
 
「求めるは火帝、豪炎の破壊」
 
 一つ。
 
「求めるは雷神、帛雷の慟哭」
 
 二つ。
 
「求めるは風切、神の息吹」
 
 三つと上級魔法を上に向かって放った。
 けれどフォルトレスの大きさに対しては全くの無意味。
 
「……あら。弱点でも見つかるかと思ったけど、上級魔法じゃ弱すぎて意味がないか」
 
 ダメージにならない。
 フォルトレスの大きさに対してあまりにも上級魔法は小さすぎる。
 
「だったら次、神話魔法を――」
 
 右手を前にかざした瞬間だ。
 
『――――ッ!』
 
 フォルトレスが轟いた。
 前後左右、乱れるように魔法を放つ。
 風が大いに吹き乱れた。
 
「どうしていきなり暴れたんだ?」
 
 意味が分からない。
 が、知ったことじゃない。
 詠む。
 
『降り落ち――』
 
「あああああぁぁっっ!!」
 
「求めるは水連、型なき烈波」
 
「求めるは――」
 
 しかし真横から正樹達が走っていく。
 そして駆け抜けようとして……魔法に捕まった。
 まずニアが、そしてジュリアが次いで魔法に当たる。
 
「……? ただの風魔法じゃない?」
 
 思わず詠むのをやめた。
 魔法が当たったのは見て分かった。
 そして効力は、
 
「へぇ、捕らえて……おお、飛んでいった」
 
 どうやら攻撃を加えるものではなく、相手を吹き飛ばすものらしい。
 どんどん二人の姿が小さくなっていく。
 優斗は見届けながら気を取り直し、
 
『降り落ちろ裁きの鉄槌。眼前の敵に――』
 
 言霊を紡ごうとしたが、また邪魔が入る。
 フォルトレスの覆っている岩の一部が優斗の真上に落ちてきた。
 けれど、今度は詠むのをやめることはない。
 風の魔法で真横に飛ぼうとして、
 
「優斗くん、危ない!」
 
「えっ?」
 
 余計な事をされて詠唱を中断せざるを得なかった。
 正樹が優斗の避けようとした方向から飛び込んでくる。
 
「……ったく、何でだよ」
 
 フォローはしないと言ったはずだ。
 相手にもフォローはするなと言ったはずだ。
 けれどこのままでは二人とも潰される。
 優斗は舌打ちし、
 
「――このっ!」
 
 横ではなく上に飛び、ショートソードを折りながら岩を斬る。
 
「……ああ、もう。こっちに来てからずっと使ってたショートソードなのに」
 
 普通のショートソードではあるが、少々愛着があった。
 とはいえ現状に置いては邪魔にしかならない。
 柄を手放しショートソードを捨てる。
 
「うわっ!」
 
 すると、真下から正樹の声が聞こえた。
 どうやら魔法に当たってしまったらしい。
 正樹も飛んでいく。
 すると当然残るは優斗のみ。
 しかも彼は空中から落ちている最中で、魔法を斬っていたショートソードは折れたばかり。
 つまり、
 
「――やばッ!」
 
 優斗も魔法に捕らえられた。
 
 
       ◇      ◇
 
 
「なんか飛んできてるな」
 
「フィンドの勇者ご一行ですね。タクヤ、どうにかできますか?」
 
「オレ一人じゃ無理くさいが……ルミカ、ちょっといいか?」
 
 卓也はルミカを呼び寄せ、あることを提案する。
 
「できるか?」
 
「大丈夫です」
 
「じゃあ、やるぞ」
 
 二人して詠唱する。
 
「求めるは風雅、形なき防壁」
「求めるは聖柔、優しき夢朧」
 
 風の防壁と聖なる防壁の二つが前後に並ぶ。
 飛んできたニアとジュリアをまずは風の防壁が掴み、速度を落としたところで聖なる膜のような防壁が二人をキャッチする。
 そして地面に落ちるが、特に怪我はない。
 
「次、来たぞ」
 
 さらには正樹も飛び込んできたのでキャッチ。
 彼はさすがというべきか、上手に着地した。
 そして周りを見回し、
 
「あっ! ミルに刹那くん、朋子ちゃんも無事だったんだ!」
 
 三人の姿を認めて安堵する。
 
「大丈夫」
 
「ルミ先が治して、卓先が守ってくれたからな」
 
「クリス先輩が倒してくれたもの」
 
 正樹としては彼らが何を言っているのかはちょっと分からない。
 だが彼らが助けてくれたのならよかった。
 正樹は笑みを浮かべる。
 
「……ん? また飛んできたけど……あれ、優斗じゃないか?」
 
「ですね。ユウトも飛んできましたか」
 
 卓也とクリスが珍しそうに空を見る。
 彼らに遅れて数十秒、優斗が飛んでくる姿も認められた。
 
「た、卓也くん、ルミカ! お願い!」
 
 正樹が先ほどと同じようにやってくれ、と頼む。
 けれど卓也が止めた。
 
「ルミカ、やらなくていい」
 
「えっ? いいんですか?」
 
 詠唱しようとしていたルミカは拍子抜けだ。
 
「問題ない。体勢を整えてるし、一人で着地できるよ」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 優斗は二十秒ほど、無詠唱の風魔法で粘ったのだが駄目だった。
 案の定、フィンド一行と同じように飛ばされる。
 
「あ~、無理だったか」
 
 さすがに耐えきれなかった。
 
「……とはいえ、おかしい。明らかにおかしい」
 
 優斗は空中にいながら考える。
 目の前にいるのはお伽噺の魔物。
 フォルトレスを倒したのは彼女――大魔法士マティス。
 ということは、現状でフォルトレスの天下のはずだ。
 彼女はすでにいないのだから。
 
「だから暴れてる?」
 
 いや、それにしては様子が変だ。
 
「違うね」
 
 自らの考えを否定する。
 あれは暴れてるんじゃない。
 先ほどだって無作為に、無造作に、どこかに行ってしまえとばかりの魔法を使っていた。
 ならば、
 
「……怖いのか」
 
 怯えている。
 あれほどの魔物が。
 誰に?
 
「……ああ、そっか」
 
 気付いた。
 
「そういうことなんだね」
 
 マティスはいない。
 けれどフォルトレスはマティスと戦ったことがあるから。
 だから、
 
「初めてじゃないんだ」
 
 “出会った”のは初めてじゃない。
 
「それなら踏襲したほうがいいか」
 
 もっとルミカの説明を大事にすればよかった。
 戦いの爪痕が残るアルカンスト山。
 そしてなぜ“虚無”の魔法を使わなければならなかったのかを大事にするべきだった。
 
「よし」
 
 地面が近付いてきている。
 体勢を直し、風の魔法を使って飛ばされる速度を軽減。
 さらに地に足がつくと、砂塵をまき散らしながらスピードを殺す。
 膝を着きながら止まる。
 そこに卓也達がいた。
 
「いい具合に飛んできたな」
 
「粘ったんだけどね、駄目だったよ」
 
 苦笑しながら答え、周囲を見回す。
 そして目的の二人を発見した。
 
「刹那、朋子。ちょっといい?」
 
「なんだ?」
 
「どうしたの?」
 
「二人は虚無系の魔法とか超能力って何か知ってる? ゲームでもマンガでもラノベでもいいけど」
 
 唐突な優斗の質問に首を傾げるが、刹那も朋子も素直に答える。
 
「ラノベなら『 night & dark 』の“刹那”が使ってる」
 
「それって……ああ、あれだっけ。『剛魔零滅ッ!!』とか叫ぶやつだよね?」
 
「合ってるわ」
 
 頷く二人を見てから優斗は右手の人差し指をこめかみに当てる。
 そして記憶の底から引きずり出す。
 
「詠唱は……うん、思い出した。イメージも大丈夫」
 
 そして威力を思い返し、
 
「…………」
 
 思わず優斗は黙った。
 
「優先?」
 
「優斗先輩?」
 
 いきなりの変化に刹那と朋子は戸惑いを隠せない。
 
「二人とも、少し静かにしてあげてくれませんか?」
 
 けれど優斗が何をしているのか分かっているクリスが二人に頼んだ。
 疑問を浮かべたままだったが刹那と朋子は素直に頷く。
 
「ゆ、優斗くん、どうしたの!?」
 
 けれどもう一人、心配性なのがいる。
 急に黙った優斗を心配する正樹。
 
「優斗く――」
 
「正樹さん、黙ってろ。考え中だ」
 
 卓也が正樹を止める。
 
「で、でも怪我だったら不味いよ!」
 
 もしかしたら痛みで悶絶しているのかもしれない。
 
「それがどうした」
 
 けれど卓也にとってはどうでもいい。
 
「知ったことじゃない。こいつは優斗だ」
 
 怪我があろうが何があろうが、やろうとしたのならば絶対にやり遂げる。
 誰かが手出しできるわけもない。
 
「仮に怪我だとしたら、終わったあとにオレが絶対に治してやる」
 
 どんな重傷だろうとも卓也が治す。
 親友を怪我如きで死なせなどしない。
 
「…………」
 
 その間にも優斗は深く、思考する。
 
 ――足りないな。
 
 刹那と朋子が提示した魔法は今のままでは使えない。
『学生』では届かない。
『異世界人』でも届かない。
 
 ――それなら。
 
 自分がどう在るべきかは、決まった。
 “どうしなければならない”のか、分かった。
 
「…………」
 
 身体に力を込める。
 
「…………」
 
 ここから先、自分は『    』だ。
 そう在らなければならない。
 
「…………」
 
 少し目を閉じ、深呼吸。
 意識も、感情も、心も、思考も、態度も、何もかもを塗り替える。
 己に強いていた枷の幾つかを、自律的に――外す。
 
「…………」
 
 立ち上がり、砂を払った。
 
 
 
 
「聞け」
 
 
 
 
 優斗の声が彼らの耳朶に響く。
 すでに声音が違った。
 普段の彼でも仮面を被った彼でもキレた彼でもない。
 卓也以外、初めて見る優斗の姿がそこにあった。
 鳥肌が立つ。
 
「すぐに終わらせるが……全員、始まったら動くな。動けば命の保証はしない」
 
「優斗、お前……」
 
 卓也が目を見張る。
 フォルトレスは“そこまでの存在”なのかと、少々驚いていた。
 
「やるのですか?」
 
 優斗はクリスの問いかけに首肯。
 
「ユウト君……じゃないんですね、貴方様は」
 
 ルミカは両手を合わせ、頭を下げた。
 しかし優斗は彼女の行動に否定の言動を入れない。
 あるがままに受け入れる。
 
「卓也、クリス、ルミカ。刹那と朋子を頼む」
 
「ああ」
 
「分かりました」
 
「はい」
 
 三人は守るべき者達の前に立つ。
 頼まれたのだから守ってみせる。
 ただ、それだけのこと。
 
「刹那、朋子」
 
 次いで優斗は異世界人の後輩二人に声を掛ける。
 
「なんだ?」
 
「どうしたの?」
 
「本物の『力』を見せてやる」
 
 優斗の宣言に刹那と朋子は息を飲む。
 あまりにも平然と言われ、それを出来ることが当然だと言っているように思える。
 
「……優先」
 
「優斗先輩」
 
 彼が何を思って自分達にこの言葉を伝えているのか。
 理解できるからこそしっかりと彼の姿を目に焼き付ける。
 
「お前達が空想していた力。一端だけだが、それがどういうものかしっかりと見ておけ」
 
「……分かった」
 
「分かったわ」
 
 素直に刹那と朋子は頷く。
 殺意ではなく圧迫でもない。
 けれども気圧され、圧倒される。
 あまりに突飛な言葉だとしても従順に頷かされるだけの“何か”が、今の優斗にはある。
 彼らが理解してくれたのを見て、最後の一人に優斗は目を向けた。
 
「正樹。言いたいことは分かるな?」
 
 声を掛けた相手はフィンドの勇者。
 告げることは一つ。
 
「二度と邪魔はするな」
 
「で、でも優斗く――」
 
「フィンドの勇者。ここにいるのは“誰”だ?」
 
『二つ名』で呼ばれた問いかけ。
 その意味に気付けない正樹じゃない。
 
「…………でも……っ!」
 
「先ほども言った。分かっているのなら理解しろ。ここからは“こっち側”の化け物が相手にしないといけない」
 
 つまるところは、だ。
 
「普通の人間は邪魔にしかならない」
 
 勇者だろうと何だろうと。
 カテゴライズが“ただの人間”であるのならば。
 総じて役に立たない。
 邪魔でしかない。
 
「お前は何も壊すことも無くすこともせず、フォルトレスに勝てるとでも思っているのか?」
 
「……だけど頑張れば……!」
 
「頑張ったところで何ができる。理想も夢想も結構だが、現実を直視しろ。無理をしたところで無茶をしたところで無謀をしたところで、永遠にお前では届かない。奇跡を何度起こせば届くと思っている。一度か、二度か、三度か、四度か、五度か?」
 
 何十万、何百万、何千万分の一の奇跡を繰り返したところで意味はない。
 
「それでも絶対に届きはしない」
 
 次元が違う。
 
「あいつはお前の物語にはいない。だからこそお前では相手にならない」
 
 正しく、正当に評価され続けていく『竹内正樹』の相手じゃない。
 化け物と称される『宮川優斗』の相手だ。
 
「……だけどっ!」
 
 正樹は頭を振る。
 自分が復活させてしまった。
 ならば『フィンドの勇者』なのだから、自分が倒さなければならない。
 
「……ボクが……ボクがやらないと……っ!」
 
 それは今の正樹を成している根幹の一つ。
 “勇者”としての概念。
 “勇者”とはこう在らねばならない、という自らの心にある脅迫概念。
 一つ間違えれば、誰も彼も――周囲も己自身も傷つけてしまう危ない在り方。
 
「……そうか」
 
 そこに優斗も気付いた。
 
「だから優――」
 
「なら死ぬのか? フィンドの勇者」
 
「……っ!」
 
 優斗は押さえつける。
 怖がらせてでも、何であろうとも、無理矢理に押さえつける。
 昨日と同じように、純然たる事実を口にして。
 
「正しかろうと、優しかろうと、強い意思を持とうと……あいつには意味がない」
 
 一つとして役に立たない。
 
「想いで強くなる範疇を超えているんだ。絶対にお前じゃ勝てない」
 
 だから化け物と呼ばれる。
 だからこそ同じ化け物の自分が相手をしないといけない。
 
「馬鹿を言うな! マサキは強い!」
 
 ニアが怒鳴る。
 だが優斗は僅かに視線を向けるだけ。
 
「誰も弱いとは言っていない。正樹が強いのは知っている。ただ、それでも駄目だから動くなと伝えている」
 
 そして正樹に最後通告。
 
「フィンドの勇者。三度は言わない」
 
 ここから先は超越した物語。
 王道の勇者に入る余地はないからこそ、言い放つ。
 
 
「邪魔だ」
 
 
 同じ『異世界人』としての言葉じゃない。
 格上からの言葉が突き刺さる。
 思わず正樹は気圧され、
 
「…………わかっ……たよ」
 
 本当に、小さくではあるが頷いたのを見て、優斗は身体を翻した。
 一歩、二歩と前に出てフォルトレスを見据える。
 
「初めてだな」
 
 使うべき『名』は一つだけ。
 
 ――そうだ。
 
 脅しに使うのではなく、流されて呼ばれるのでもなく、曖昧に名乗るでもなく。
 自分の意思で、態度で、声で、己の在り方を定める。
 
「覚えているんだろう、古の怪物」
 
 視界にフォルトレスを入れると優斗は告げる。
 
「お前が感じている“恐怖”が何なのか、把握できているんだろう」
 
 あまりにも堂々とした宣告。
 そこにいるのは学生ではなく、異世界人でもない。
 過去一人しか名乗れず、他の誰もが名乗ることを許されなかった『名』を継いだ者。
 
「分かっているのなら、果てもなく後悔しろ」
 
 姿も、形も、何もかもが違っているとしても変わらない。
 
「疑惑も疑心も疑念すら挟ませないほど、瓜二つの“化け物”がここにいる」
 
 間違いなく“同種”なのだと欠片たりとも疑わせない。
 同じ“強さ”がここに在る。
 
「誇れよ。初めて己の意思で名乗ってやる。お前を圧倒するに値するからと声高に認めてやる」
 
 絶対の象徴。
 一騎当千の代名詞。
 
「昔も今も、この『名』が相対者だ」
 
 だから識っていることに畏怖しろ。
 理解できてしまうことに震駭しろ。
 
「お前に伝えるべきは一つ」
 
 伝説となった『二つ名』。
 独自の神話魔法を創りだし、精霊を統べる王と契約を交わした者。
 千年の時を経ても尚、立ちはだかる存在。
 
 
「大魔法士――ユウト=フィーア=ミヤガワ」
 
 
 故に始まるのは劣勢の戦いでも対等の戦いでもなく。
 倒し合いでも殺し合いでもない。
 
「さあ、始めようかフォルトレス」
 
 語られるは物語の続編。
 紡がれるは幻想の顕現。
 誰もが夢見た童話の世界。
 
 
 
 
「――御伽噺の時間だ」
 
 
 




[41560] 新たなる御伽噺
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:d19b6f5d
Date: 2015/10/30 21:02
 
 
 
 
『――――――――――ッ!!!!!』
 
 フォルトレスの前に極大の魔法陣が浮かび上がる。
 乾坤一擲と思えるほどの魔力が注ぎ込まれていく。
 地がまた、震え始めた。
 
「最初で最後の一撃……か」
 
 けれどそれは、フォルトレスだけが震わせているのではない。
 相対する大魔法士も同様の力で震わせる。
 
「長い時間、戦ったんだろう?」
 
 アルカンスト山に残る爪痕が物語っている。
 
「どうせ勝てると思っていたのだから、全力の一撃を出さなかったんだろう?」
 
 小さき人間如きに負けるはずがない、と。
 
「けれど余裕を持って戦い、暴れ……負けた」
 
 だが油断という生易しいものではない。
 
「その全てを圧倒的な力によって覆された」
 
 全力を出しても絶対に勝てぬと思わされるほどに、圧倒された。
 
「ならば“今度こそ”最強の一撃を放つ」
 
 大魔法士を倒すために。
 
「敵わないと知っていても、抗うんだな」
 
 助かるためか。
 暴れるためか。
 それとも、本能か。
 負けると分かっても立ち向かう。
 
「いいだろう」
 
 応えてやる。
 
「乗ってやるよ、フォルトレス」
 
 優斗の眼前にも極大の魔法陣が浮かび上がった。
 互いを打倒せんとする童話の世界の住人同士による戦いが、
 
『輝ける星の数々よ』
 
 千年前の続きが――始まる。
 
『幾百、幾千、幾万の輝きよ』
 
 容易に国を破壊できると分かるほどの魔力が集まっていく。
 
『聖なるものへ準えることのできる、その光よ』
 
 この瞬間、大魔法士と古の怪物の考えは同じ。
 
『幾億の過去を導とし、未来へと続く路を繋げ』
 
 相手を倒す。
 
『誰にも触れることは出来ない永遠なる光。されど手を伸ばそう。届かずとも、触れられずとも、求め続けよう』
 
 打ち負かせてみせる。
 ただ、それだけ。
 
『だからこそ我々は夢果てぬ物語を創り出すのだから』
 
 フォルトレスが嘶き、大魔法士が右手を大きく振り広げた。
 同時に魔法陣が極光を放つ。
 
 
『星光の詩』
『――――――――ッッ!!』
 
 
 真白の光と黄金の光が相打つ。
 そして互いの中間地点で、ぶつかった。
 せめぎ合う。
 
「同じ威力……?」
 
 正樹が呆然と光景を見ている。
 化け物同士の撃ち合いに、関与できる余地などない。
 けれど、
 
「いや、少し押されてる!」
 
 優斗の神話魔法が少し、押し返された。
 
「――っ!」
 
 ハッとして剣を抜く。
 しかし、そんな彼を横目に卓也は一言。
 
「優斗は動くなって言ったぞ」
 
「少しでも手助けを!」
 
「今のあいつには邪魔なだけだ」
 
 あまりにも冷たい卓也の言い様。
 
「そんなの――」
 
「オレらの親友は絶対に勝つんだから、黙って見てろ」
 
 そしてまた、卓也は前を見据える。
 代わりにクリスが言葉を続けた。
 
「マサキさん。貴方は少々、落ち着きが足りないようですね」
 
 邪魔だと言われようとも、動こうとする。
 相手の意向を無視して。
 
「けれど貴方はユウトに少し似ていますよ」
 
 クリスも前を見続けながら言葉を紡ぐ。
 
「誰かが傷つくことを許せない。誰かが傷つくのならば、自分が傷ついたほうがいい。まあ、ユウトは仲間に対してですが」
 
 それは優しき者の性かもしれない。
 
「でも自分達がユウトに対して、そう思わないとでも?」
 
 あるわけがない。
 
「ユウトが危ないのであれば、自分達は邪魔だろうが何だろうが彼の考えも心も無視して飛び込みます。強かろうが関係ありません」
 
 許せるわけもない。
 仲間が傷つく姿を見ているだけなど。
 
「動かない理由はただ一つ。ユウトがフォルトレスを打倒できると知っているからです」
 
「……どうして?」
 
「ユウトはフォルトレスを打倒するために、己は大魔法士であると認めた。セリアールの歴史の中で二人目の大魔法士という存在に“成る”と決めたのです」
 
 セリアールにおいて『最強の称号』を受け入れた。
 
「ならば『大魔法士――ユウト=フィーア=ミヤガワ』は絶対にフォルトレスを打倒する。先代のお伽噺と同じように、新たなるお伽噺としてフォルトレスを打倒する」
 
 違わず、確実に倒す。
 
「彼が名乗った覚悟は……そういう覚悟です」
 
 負けることを許されない。
 人とは違う圧倒的な力を持った“化け物”としての己を受け入れた。
 その重さを承知した上で彼は名乗った。
 
「だから信じて、頼って、安心して自分達は見ていられるんです。親友の勇姿を」
 
 クリスは笑みを零す。
 
 
『星光で届かぬのなら、月の天女に希おう』
 
 
 彼らの耳に届くは、新たな言霊。
 
「ほら、また馬鹿げたことを始めましたよ」
 
 
 
 
 
 
 
 
 二重の言霊。
 一つ目で打倒出来ぬのならば、さらに加えよう。
 
『どうか拝見させてほしい。天上に神々と佇む、貴女の姿を』
 
 負けない。
 
『どうか知ってほしい。貴女の姿を、誰もが月の女神と感じたことを』
 
 負けてはならない。
 
『どうか紡がせてほしい。月の女神――貴女の御名を』
 
 だから圧倒しろ。
 
『赫夜』
 
 追加された砲撃。
 追加された魔法。
 しかし、それで済むとは思うな。
 
『暗よりも燦然と輝く星、闇に悠然と佇む月が交わるならば――天を覆すほどの聖なる夜を織りなす』
 
 二つの魔法陣は混じり合い、
 
『それは夜天を染め上げる、聖なる光々の世界』
 
 新たな形となる。
 これこそが、
 
『白夜』
 
 フォルトレスを屈服させる、最初の一撃。
 国だけでは終わらない、周辺全てを破壊し尽くすほどの魔法が吹き荒れる。
 フォルトレスの最強の一撃を粉微塵に砕き、フォルトレス自身にも当たる。
 そして空中に浮いていた岩石城塞が……地に落ちる。
 
「落ちたか」
 
 通常の魔法では一切ダメージはいかないと思っていたが、あれほどの威力なら少しは効果があったらしい。
 
「打ち負けたのなら、分かるだろう?」
 
 右手を前に突き出す。
 
「終わりだ、フォルトレス」
 
 同時、巨大な岩石の要塞を囲む八つの魔法陣が現れた。
 
『地響――水麗――火灼――風舞』
 
 一つ紡ぐごとに、魔法陣が輝きを増やす。
 
『雷轟――氷滞――闇影――光輝』
 
 全ての魔法陣が線で繋がり、中央に新たなる魔法陣が生まれた。
 
『八頂合わさり成ればこそ、創世の理とする。されど違うな、須く始まりを望んでなどいない』
 
 魔法陣は反転し、
 
『切望するは零。終わりなる虚無の力』
 
 優斗はさらに魔力を込める。
 
『だからこそ座す者、坐す者、鎖す者よ。彼の地へ刹那すら征けないと識るがいい』
 
 フォルトレスの一撃を圧倒した以上の魔力が注ぎ込まれていく。
 
『黄昏など誰も望みはしないのだから』
 
 右手を十字に切る。
 
『悉皆終焉――』
 
 まず横に、そして叩き付けるように真下へと振り下ろした。
 
『――剛魔零滅ッ!!』
 
 ほんの僅かな時間、凪が生まれる。
 誰もが理解できた。
 これで、御伽噺は閉幕なのだと。
 
 
『無屏』
 
 
 瞬間、フォルトレスを透明の膜状のものが覆った。
 そして瞬き一つ。
 たった、それだけの時間でフォルトレスの全てが失われる。
 骨だけの――初めて見たときと同じ姿になった。
 同時に魔法陣が結界のようにフォルトレスの骨全体を覆う。
 
「“また”千年後だ、フォルトレス」
 
 優斗は倒された魔物に最後、告げる。
 
「その時は“また”大魔法士が相手をしてやる」
 
 
        ◇      ◇
 
 
 踵を返し、優斗は大きく息を吐いた。
 そして卓也達の前に立つと……がくりと前のめりになって、地に手をついた。
 
「……殺してください」
 
 膝を着き、手を着き、もの凄く後悔しているような体勢を取る。
 
「優斗先輩、どうしたの?」
 
 いきなりの変わり身に戸惑いを隠せない朋子。
 
「気にするな。どうせ厨二病を全開でやって、全力で恥ずかしがってるだけだ」
 
 卓也が分かりきったことを指摘した。
 よくよく見てみれば、優斗は首まで真っ赤に染まっている。
 
「確かに凄まじかったですね。“大魔法士――ユウト=フィーア=ミヤガワ”……などと言い放ち」
 
「“さあ、始めようかフォルトレス。御伽噺の時間だ”……だもんな」
 
 クリスと卓也がニヤニヤと笑う。
 あれを厨二病と言わず、何と言おう。
 
「……いっそ、一思いに殺してくれ」
 
「で、でも格好良かったわ」
 
「あ、ああ。本当に“刹那”の魔法を使えるなんて、凄かったぞ」
 
 思わず刹那と朋子がフォローする。
 
「……ありがと」
 
 優斗も気を取り直し、立ち上がった。
 
「正樹さんもすみません。あの状態になると、言葉遣いも乱雑になっちゃって」
 
「……いや、だいじょうぶだよ。優斗くんじゃないと倒せないって、卓也くんもクリスくんも言ってたから」
 
 無理矢理に笑顔を浮かべる正樹。
 背後のニアとジュリアは睨んでいるが、いつものことだ。
 
「ミルは大丈夫だった?」
 
「克也、守ってくれた。大丈夫」
 
「刹那が?」
 
 優斗はまじまじと刹那を見る。
 
「頑張ったんだね」
 
「……ふ、ふん。俺はイエラートの守護者だ。この国にいる人間を護るのは俺の役目だ」
 
 照れくさそうに刹那がそっぽを向いた。
 するとミルが、
 
「……そうだ。克也、トモコ。言おう」
 
 思い出したのか、二人を呼びかける。
 それが何を指すのかすぐに彼らも思い出した。
 
「そうだな」
 
「そうね」
 
 三人で頷きあい、優斗に頭を下げる。
 
「「「 ありがとう 」」」
 
 唐突な感謝の言葉に思わず、優斗の目も点になった。
 
「……何が?」
 
「わたし達、ちゃんとユートの話、聞かなかった。でもユートがイエラート、護ってくれたから」
 
「優先が言ったことを理解していなかった。だが、それでもフォルトレスを倒してくれたことに感謝を」
 
「関係ない国のことなのに、助けてくれてありがとう」
 
 いきなり素直なことを言った三人に優斗は少し呆けて、笑った。
 
「後輩を助けるのは先輩の役目だよ」
 
 優斗が嬉しそうに言葉を返すと、卓也とクリスがからかうような笑みを浮かべる。
 
「お前ら、オレらに感謝の言葉はないのか?」
 
「あんなに頑張って魔物を倒したというのに」
 
 大げさに泣き崩れるポーズを取る。
 三人は大層慌てた。
 
「あ、あるに決まってるだろう!」
 
「ちゃ、ちゃんと感謝してるわ!」
 
「でも、でも、最初はユートって決めてたから!」
 
「本当か?」
 
「疑わしいですね」
 
 弁明を懸命に計る三人とからかう卓也、クリス。
 優斗はそこで、一向に会話に参加しない一人に話しかけた。
 
「ルミカはさっきから話してないけど、どうしたの?」
 
「えっと……あの、今の貴方様は……」
 
 ルミカが恐る恐る話しかける。
 今の彼が何なのか、分からなかった。
 
「ユウト君、でいいよ。大魔法士モードは終わり。あんな態度、長く続けていたくない」
 
 終わったあと、本当に疲れる精神状態なのだから
 ルミカも彼の気苦労を知ってか、小さく笑った。
 
「ではユウト君、終わって早々ではありますがイエラート王に説明をお願いできますか? きっと城下はまだ大慌てだと思いますから」
 
「そうだね。さっさと説明してあげないと皆、安心できないもんね」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 王城へと戻る途中で優斗が注意事項を伝えた。
 
「イエラート王と喋るのは僕だけ。何か言われても驚いた表情もさせないで、粛々と頷くこと」
 
「何でだ?」
 
 刹那が首を傾げる。
 
「今日の出来事ってね、普通に考えたら国際問題なんだよ」
 
「そ、そうなのか?」
 
「そうだよ」
 
「だ、大丈夫なの?」
 
 国家規模の出来事だとは思わなくて、朋子も焦る。
 平然と言われてビックリしないわけがなかった。
 
「とりあえず布石は打ったから問題ないとは思うけど」
 
「ユウト……。イエラート王に状況を説明したのではないのですか?」
 
 呆れたような声をクリスが出した。
 確かにクリス達は場内の兵士達にフォルトレスが復活したので城下を護ってくれ、と伝えていたから別行動だった。
 だから彼が何と伝えたのかは知らない。
 
「まあ、あるがままの状況を説明したとは言いがたいね」
 
 というより大嘘を付いた。
 
「そろそろ兵士達にも見つかりそうな場所まで来たし……フィンド勢は正樹さんとミルだけ来て」
 
 
 
 
 
 
 面倒な二人をどうにか正樹に説得してもらったところで説明しようと思ったのだが、目の良い兵士に見つかってしまった。
 なので何一つ伝えることなく謁見の間へとたどり着く。
 
「だ、大魔法士様! 戻ってこられたということは、フォルトレスは倒されたのですか!?」
 
 心底焦った表情のイエラート王に優斗は微笑む。
 
「マティスと同様、倒すに留まってしまいましたが間違いなく」
 
「あ、ありがとうございます!」
 
 何度も何度もイエラート王が頭を下げる。
 
「いえ、感謝の言葉は彼らにもお願いいたします」
 
 優斗が背後にいる全員を指し示す。
 瞬間、心の中で皆が疑問を浮かべた。
 けれどイエラート王は感謝するように正樹の手を強く握りしめる。
 
「フィンドの勇者殿! 大魔法士様の命とはいえ、復活する気配のあったフォルトレスの調査に赴くなど、大層危なかっただろうに! それでも貴方がいてくれたからこそ、迅速に事態が収束できたのだと伺っているよ!」
 
「……えっ? あ、はあ……」
 
 曖昧に頷く正樹。
 続いては刹那と朋子とルミカ。
 
「セツナとトモコも、イエラートの守護者として向かった意思は大いに尊重するよ。ただ、あらかじめ教えてくれると助かる。おかげでルミカも本当に慌てていた」
 
「……ほ、本当ですよ、セツナ君、トモコちゃん」
 
「……き、気を付ける」
 
「……つ、次は伝えるわ」
 
 顔が引きつりながらも、三人はどうにか言葉を返す。
 
「クリスト君もタクヤ君もユウト様の仲間として、イエラートのために現地へと向かってくれたのだったね。ありがとう、さすがはリライトの方々だ」
 
「貴国のため、当然のことをしたまでです」
 
「大魔法士の仲間として、見過ごすことはできなかったですから」
 
 クリスと卓也は慣れているため、そつなくこなす。
 そして再度、優斗が言葉を発する。
 
「あくまでも念の為でしたので、イエラート王に伝えることをせずに事を進めてしまい申し訳ありません」
 
「滅相もない! ユウト様がいなければ、イエラートは滅んでいたのですから!」
 
 イエラートを狙った一撃で、間違いなく。
 
「そのように言っていただけてありがとうございます。周辺諸国に大魔法士がフォルトレスを倒した、と伝え安心させていただけますか?」
 
「すぐにでもお伝えします」
 
 イエラート王が兵士を呼び、最速で諸国に伝えるよう指示した。
 
「それとフォルトレスはあくまで倒しただけであり、殺すことはできません。後々に詳細はお伝えしますが、そのことを近いうちに貴国で議題として取り上げていただけると助かります」
 
「分かりました。お伝えしていただいたことは、必ず取り上げることを約束いたします」
 
 言われるがままにイエラート王が頷いた。
 ミラージュ聖国の時と同様の扱いに、さすがに優斗も疲れる。
 
「では、本日のところはこれで失礼いたします。私も含めまして皆、疲れているようなので」
 
 後ろを指し示す優斗。
 確かに、ある意味で疲れていた。
 
「ユウト様、本当にありがとうございます。今日のことは、イエラートで永遠に語り継がれる出来事になるでしょう」
 
 何度も伝えられる感謝の言葉に、優斗は小さく笑みを零した。
 
「ええ。私もイエラートの民を救うことができて幸いです」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 客室で謁見の間にいたメンバーが集まる。
 
「それで、どうしてあんなことになったんだ?」
 
 卓也が問いかけてきた。
 優斗は少し真面目な表情をさせて説明を始める。
 
「単純に考えて今回の出来事はフィンドとイエラート、二つの国の責任になる。さらには大魔法士がイエラートにいるから、関係ないけどリライトの責任も少しは出てくるかもしれない」
 
「それで?」
 
「これが当該国同士の問題で済めばいいけど、そうじゃない。お伽噺の魔物が復活したんだ。それだけで周辺諸国に対しても大規模な不祥事だよ」
 
「どうして?」
 
 朋子が首を捻った。
 答えたのはクリス。
 
「“我が国を危険にさらした責任をどう取るつもりだ”と言われたら、責任回避できるはずもないんです」
 
「そういうこと。それで、今回の問題点。勝手に動いたフィンドの勇者と連れられたイエラートの守護者がフォルトレスを復活させた。これを正直に伝えたら、どうなると思う?」
 
「……不味いか」
 
 卓也が思わず呻いた。
 確かに状況が悪すぎる。
 
「不味いなんてものではありません。国の存亡をたった一つの魔法で決められる魔物が蘇ったのですから」
 
 どれほど窮した状況に陥るのか、クリスですら想像付かない。
 
「だから僕の『名』を使ったんだよ」
 
 それが優斗の大嘘に繋がる。
 
「大魔法士が危険を感じ、フィンドの勇者に命令して調査に向かわせた。ただこれだけを伝えれば、あとは向こうが勝手に好意的な解釈をしてくれる」
 
 良い方向へと勘違いする。
 
「確かに優斗が狙った通り、感謝しかされてないな」
 
「勇敢だと思われているでしょう」
 
 危ない調査をしにいった勇敢なる勇者として。
 
「……それで良かったのかな?」
 
 正樹がつぶやく。
 嘘は嘘だ。
 自分が間違いなく彼らを危険に晒してしまった。
 なのに感謝されるなんて。
 
「正しくいたいのは分かります。けれど、今回の正しさは罪にしかならない」
 
 間違いなく。
 
「フィンドが潰れようがどうしようが僕には関係ありませんが、イエラートには刹那達がいる。まだ無知な二人に背負わせる必要はありません」
 
「ボクだけが責任を負う方法は?」
 
「ありません。確実に正樹さんだけではなくフィンドが責任を負うことになり、刹那と朋子にも罪は回る」
 
 一緒にいた以上、回避することは不可能。
 
「……ごめん。ボクは『フィンドの勇者』なのに」
 
「いいんです。予想はしてましたから」
 
 昨夜の考え事で、それぐらいは想定範囲内だ。
 
「また、正樹さんが何か言ったところで信じてもらえませんよ」
 
「なぜなんだ? フィンドの勇者だろう?」
 
 刹那としては信ずるに値すると思う。
 他国とはいえ、一国の勇者だ。
 
「残念だけど、たかだか一国の勇者である『フィンドの勇者』と崇拝する『大魔法士』。どっちを信じる? ってこと」
 
 伝説の存在である『二つ名』を継いだ優斗とはあまりにも格が違いすぎる。
 
「大魔法士は甘っちょろい二つ名じゃないよ」
 
 そこまで言い切ったところで優斗は皆を促した。
 
「とりあえず昼食摂らない? 朝食抜きだったからお腹が減ったよ」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 昼食も取り終わり、各自が休憩。
 リライト組は優斗が書類を作り、卓也とクリスはのんびりしていた。
 
「しかし思ったよりも大変な人達ですね」
 
 クリスが想像以上だ、と苦笑した。
 どの面子を指すのかは、さすがに優斗と卓也も分かる。
 
「優斗、あれは本当に王道の勇者か? 存在自体には納得できるけど、凄く違和感があるぞ」
 
「確かにね。今回はとりわけ酷い」
 
 常軌を逸していた。
 優斗が前回よりもずっと呆れかえるほどに。
 
「というかオレですらこんな感想を抱いたんだ。お前は前回も会ってるんだし、何かしら気付いただろ?」
 
「さっき、違和感の一端は垣間見えたよ」
 
 フォルトレスを前にしたやり取りで。
 
「いや、違和感というよりは……異常、矛盾、疑問かな」
 
 明らかに“普通”じゃない部分があった。
 
「しかも全体で見れば、おかしいのは正樹さんだけじゃない」
 
 分かりやすいのが、もう一人いる。
 
「明日にでも突っついてみるよ」
 
 優斗は書類をトントン、と纏めて立ち上がった。
 
「さて、とりあえずフォルトレスのことを書類にまとめたから、イエラート王に渡してくる」
 
 ドアを開けて優斗が部屋から出て行く。
 残された二人はちょっとだけ優斗を可哀想な目で見た。
 
「ユウトも大変ですね」
 
「半ばしょうがないだろ」
 
 彼自身も諦めている節はある。
 
「しかし、大魔法士モードですか。さすがに自分も戦慄を覚えました」
 
 理解できる強さの範囲を平然と乗り越えていた。
 口にしていた“世界を破壊できる”という台詞。
 その一端を目の当たりにしてしまった。
 
「正確に言うなら、大魔法士モードっていうのはちょっと違うけどな」
 
「どういうことですか?」
 
「あれは大人と闘っていた時の優斗だ」
 
 卓也の言葉にクリスの表情が少しだけ曇った。
 
「……ああ、そういうことですか」
 
「負けることを許されないっていうのは、大魔法士と一緒だろ?」
 
 誰にも負けられない。
 負けてはならない。
 そうなれば全てが終わる。
 彼が大人と戦っていた時も変わらない。
 
「ですね」
 
「でも、だからこそオレらが支えてやらないといけない」
 
 断言する卓也。
 当然だ、とばかりにクリスも頷いた。
 
「当たり前でしょう。大切な親友なのですから」
 
 
 



[41560] 初邂逅
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:d19b6f5d
Date: 2015/10/30 21:03
 
 
 
 
 
 
 翌日。
 
「はい、これでミルちゃんは完全に大丈夫です」
 
 ルミカはミルへの治療魔法を当て終わる。
 
「ありがとう、ルミカ」
 
「いえいえ、いいんですよ」
 
 ルミカは微笑む。
 
「この後はどうするんですか?」
 
「ユートとタクヤが実際に食材を買って、夕食を作ってみたらって。だから、市場に行って買ってくる。マサキも昨日、ちょっとだけ落ち込んでた。今日は普通みたいだけど、元気付けたい」
 
「一人で大丈夫ですか?」
 
 昨日の今日で、しかも慣れない国の市場だ。
 少し心配になる。
 けれどミルは首を縦に振った。
 
「大丈夫」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 そして昼過ぎ、三つの影がイエラートに降り立った。
 
「へぇ、初めて来たけど結構栄えてるのね」
 
「宗教国としてはミラージュに次ぐ国ですから」
 
「綺麗な国です」
 
 リル、フィオナ、クレアが珍しげに周囲を見回す。
 
「あたし、王女じゃなくて他国に来たのは初めて。しかも女同士で旅行みたいな感じだし、結構楽しいわ」
 
「久々にクリス様に会えます」
 
「……クレアはそればっかりね」
 
「気持ちは分からなくもないですよ」
 
 リルとフィオナが苦笑する。
 
「でも、とりあえずはショッピングでもしない? アリー達にお土産でも買うわよ」
 
「賛成です」
 
「ではその後、クリス様達に会いに行くのですね」
 
 
 
 
 
 
 しばし露店を冷やかしながら歩いていると、とある話題が耳に入ってくる。
 
「昨日、フォルトレスが復活したって話題で持ちきりね」
 
「しかもすぐに倒されたということで、大魔法士様が再び現れた……みたいなことになっていますね」
 
「ユウト様ですか?」
 
「あいつ以外いないわよ。ていうか、二度目の地震は一度目よりも酷かったし、ユウトも同じように震わせてたんじゃないの?」
 
「……まったく。また格好良いことをして……」
 
 ぶつぶつとフィオナが呟く。
 
「驚くんじゃなくて、格好良いと思えるのはフィオナぐらいよ」
 
「けれどさすがユウト様です」
 
 と、そこで前方が騒がしいことに気付いた。
 
「……ケンカ?」
 
「いえ、誰かが一方的に罵られているようです」
 
 15歳ほどの少女が不良5人と向き合っていた。
 どうやら、大量の食材を持っている少女が、うっかり彼らのうちの一人とぶつかってしまったらしい。
 不良が一方的に責め立てるが、少女は一切反論せずに小さく震えている。
 その姿を見てリルの瞳に怒りが灯った。
 
「フィオナ、勝てる?」
 
「問題ないとは思いますが」
 
「じゃあ行ってくるわね」
 
 リルは頷くと、文句を言っている不良を真後ろから足蹴りした。
 突然の衝撃に突っ伏す不良だが、すぐに振り返り、
 
「誰だテメエはっ!!」
 
「美少女よ」
 
 堂々とリルが宣言した。
 思わず呆気に取られる不良5人。
 
「リルさんが言うと納得しますね」
 
「確かにリル様は美少女です」
 
 否定はできない。
 
「やる気かてめぇ!」
 
「売るなら買ってやるわよ」
 
 戦うのはフィオナだが。
 
「……まったく、リルさんも本当に苛烈ですね」
 
 フィオナは小さく笑いながらリルと隣に立つ。
 そしてアグリアとファーレンハイトを召喚し、
 
「すみませんが人数も人数ですし、本気でいかせてもらいます」
 
 左手を前に翳した。
 
「……大……精霊?」
 
 思わず暴言が止まる不良達。
 
「まじか?」
 
「まじで?」
 
「まじじゃね?」
 
「まじだわ」
 
 すると敵意をむき出しにして攻撃に出るどころか、
 
「女神だ」
 
「…………えっ?」
 
 素直に感動していた。
 
「おい、見てるか!? アグリア様とファーレンハイト様だぞ!」
 
「見てるに決まってんだろうがおい!」
 
「ヤベェ! まじやべぇ!」
 
「あの二体を従えてるのが美少女ってのが、シャレんなってねえぞ! 女神じゃねぇか!」
 
 ハイテンションの5人。
 不良とはいえイエラートの民である。
 精霊に関してはやはり、尊敬の念がすり込まれていた。
 
「……えっと…………どうすればいいのでしょうか」
 
 さすがにこんな状況は初めてなのでフィオナも困惑する。
 攻撃する気も削がれた。
 
「なあなあ、オレとちょっとお茶しねえ?」
 
「なっ!? ずるいぞてめぇ!」
 
「俺と是非!」
 
「ざけんな! この女神は俺と茶をしばくんだよ!!」
 
「馬鹿言うんじゃねぇ!!」
 
 なぜかフィオナの取り合いになる。
 
「イエラートで大精霊を召喚するって、大変なことになるのね」
 
「フィオナ様は確かに神々しいお姿です」
 
「……あの、二人とも? 私はとても困惑してるんですけど」
 
「だったら、ちゃっちゃと無理なことを伝えちゃいなさい」
 
 まさかこんなアホな展開になるとは思っていなかった。
 フィオナはため息一つ、彼らの前に立つ。
 
「あの、ちょっとよろしいですか?」
 
 不良5人の注目がフィオナに集まった。
 
「誘ってくれるのは大変嬉しいのですが、申し訳ありません。人妻なんです」
 
 そして左手の薬指に嵌まっている指輪を見せる。
 一瞬で彼らの表情が崩れた。
 
 
       ◇     ◇
 
 
 その後、周囲で状況を伺っていた人達にも囲まれそうになり、慌てて逃げた。
 
「こんだけ離れれば問題ないわね」
 
 賑やかな中央広場まで来て、一息つく。
 
「あんた、大丈夫だった?」
 
「大丈夫」
 
 大量の食材を持った少女が頷く。
 
「助けてくれて、ありがとう」
 
「あんたの名前は?」
 
 問いかけるリルに少女は自分の名を伝える。
 
「ミル」
 
「ミル、ね。あたしはリル。で、女神って言われてたのがフィオナで、こっちがクレア」
 
「特に怪我もなくて良かったです」
 
「安心しました」
 
 ほっとした表情のフィオナとクレア。
 けれどミルは彼女達の名前を聞いて、少し首を捻った。
 
「リル? フィオナ?」
 
 つい最近、聞いたことがある。
 
「……あっ」
 
 ちょっと考えて、思い出す。
 
「タクヤの婚約者? ユートの奥さん?」
 
 ミルがそう言うとリルとフィオナがびっくりした表情をさせた。
 
「あたし達のこと知ってるの?」
 
「タクヤとユートに料理、教えてもらってる」
 
「……あいつら、イエラートにまで来て何やってんの?」
 
「分かるわけないじゃないですか」
 
 しかし可愛い少女に料理を教えてるってことが、ちょっとだけ腹立つ。
 
「リルは、タクヤが誰にも譲りたくないって言ってた人」
 
 ミルが卓也から教えてもらったことを口にした。
 
「……へぇ」
 
 それを聞いてリルは努めて平然と返そうとする。
 
「そうなんだ。まあ、やっぱりそうよね、婚約してるんだし」
 
「リルさん、顔が緩んでますよ」
 
 嬉しさを隠し切れていない。
 
「でも、やっぱり分からない」
 
「何がよ?」
 
「タクヤの言ってること、リルの表情を見て理解できたような気がする。恋愛ってどういうものか、分かったような気がする。でも、なんでか違う。わたしも、マサキのこと好きなのに、何か違う」
 
「…………あんた」
 
 いきなりなので話は繋がっていない。
 けれど、きっと卓也が何かを教えてあげたのだとはリルも容易に予想が付く。
 そして内容はおそらく“恋愛”のこと。
 
 ――会ったばかりだけど、仕方ないわね。
 
 卓也が世話を焼いている女の子だ。
 
「じゃあ、質問よ」
 
 ならば婚約者として、リルは卓也の代わりを請け負う。
 
「ミルはいつまで一緒にいたいの?」
 
「……いつ?」
 
「あたしは一生、卓也と一緒にいたい。離れるなんて絶対嫌だし、離れる気なんて毛頭ない。あいつが変な女に引っかかろうもんならぶん殴ってでも取り戻すし、そもそもそんなことすらさせない」
 
 あらゆる可能性を全部潰してみせる。
 
「でもね。この独占欲があるから、あたしは卓也に恋してるって胸を張って言える。好きなんだって声高に証明できる」
 
 自分は卓也と恋愛しているのだと分かる。
 
「あんたはどうなの? あんたの気持ちは、いつまで一緒にいたいと思ってるものなの?」
 
「……たぶん、ずっと」
 
「そう。それが恋なら、良いことだと思うわ」
 
 一緒にいたいというのは自然の流れだ。
 
「でも違うなら、縋ってるだけよ」
 
 相手を締め付けるだけになってしまう。
 
「……。フィオナも、リルと同じ?」
 
 ミルは今度、フィオナにも訊いてみる。
 
「私は一生を優斗さんに添い遂げると誓っています」
 
「……大魔法士、だから?」
 
「いいえ。大魔法士のユウト=フィーア=ミヤガワじゃなくていいんです。異世界人の宮川優斗じゃなくていいんです」
 
 そんなものは、ただの付加価値だ。
 
「私は『優斗さん』が共に居てくれるだけでいいんです」
 
「どうして?」
 
「愛していますから」
 
「何が、きっかけ?」
 
「優斗さんは優しいですし、強いですし、甘えさせてくれますし、他にもたくさん良いところがあります」
 
 数え切れない。
 
「でも一番最初は単純なんです」
 
 フィオナ=アイン=トラスティが彼に恋した切っ掛けは。
 
「私だけに優しさを届けてくれた。そして“私の世界”を広げてくれた」
 
「世界?」
 
「一年前の私は、とても無口で愛想がなかったんですよ。でも優斗さんの家庭教師をすることになってから、私はどんどん変わりました。彼は頑張って話かけてくれました。緊張しながらも私のために頑張ってくれました」
 
 本当に。
 今でも嬉しい出来事。
 
「おかげで私も少しずつ変われて、今の私になりました」
 
 話せるようになって、世界が広がって、たくさんの人と知り合えた。
 
「どうしてでしょうね。広がった世界には造形的に格好良いシュウさんやクリスさんがいたのに……私はやっぱり優斗さんが一番格好良いって思うんです」
 
 どうしようもない。
 他の誰かを格好良い、だなんて思えない。
 
「優しく笑ってくれる彼が愛しい。真剣な表情になった時の彼が愛しい。友人にからかわれている時の彼が愛しい」
 
 心から愛おしい。
 
「他の誰かじゃ駄目で、優斗さんがいいんです」
 
 たった一人の男の子。
 
「優斗さんじゃないと嫌なんです」
 
 唯一の男性。
 
「だから私は心の底から思えます」
 
 フィオナは本当に優しく笑む。
 
「優斗さんを愛している、と」
 
 そしてリルがまた、伝える。
 
「間違えたらいけないわよ」
 
「……何を?」
 
「恋に落ちたら盲目的になるのであって、盲目的だから恋なわけじゃない」
 
 どっちが先かで結果は変わってしまう。
 
「順番を間違えたら駄目」
 
「…………うん」
 
 諭すようなリルに、ミルも頷く。
 するとタイミングよく駆け寄ってくる姿が三つある。
 
「あっ! ミル、やっと見つけたよ!」
 
 正樹とニア、ジュリアがミル達の前に立った。
 
「マサキ?」
 
「帰ってくるのが遅かったから、みんなで探しに来たんだ」
 
 そして一緒にいるフィオナ達に気付き、
 
「知り合い?」
 
「フィオナ、リル、クレア。さっき、助けてもらった」
 
「そうなんだ。ミルを助けてくれてありがとう」
 
 にこやかに笑みを浮かべる。
 そして彼女達の容姿を見て、
 
「うわぁ、すっごく綺麗な人達だね」
 
 素直な感想を述べた。
 瞬間、後ろにいる二人がフィオナ達を睨む。
 
「私達、どうして睨まれてるんですか?」
 
「知らないわよ」
 
「何か粗相でもしてしまったのでしょうか?」
 
 正直、意味が分からない。
 しかし一人の女性が怒鳴る。
 
「貴様ら、マサキに惚れたらただじゃおかないぞ!」
 
「……何語ですか?」
 
「少なくともあたしは理解できなかったわ」
 
「わたくしもです」
 
「なんだか侮辱されてるように思えるわね」
 
 唐突にやってきて何なんだ、この連中は。
 
「どうせ貴様達も『フィンドの勇者』であるマサキの強さと格好良さに惚れるに決まってるんだ!」
 
「馬鹿言ってんじゃないわよ。あたしには婚約者がいるの。そいつがどれほど凄くて格好良かろうがどうでもいいのよ」
 
「マサキ以上の男なんているわけがない! 貴様の婚約者より凄いんだから、マサキに乗り換えるかもしれないだろうが!」
 
「あんた馬鹿? リステル王国第4王女のあたしよ。そいつよりイケメンの王子だって友人だし、笑えないほど強い勇者だってあたしの仲間よ。それでもあたしは婚約者のことが好きだって言ってんの。あんたが惚れてるからって、こっちまで巻き込まないでほしいわね」
 
「貴様、王族の権力を擁してマサキをどうするつもりだ!?」
 
「……ああ、もう。本当に話が通じないわね」
 
 理屈でも感情でも通用しない。
 すると正樹が取りなすように、
 
「でも、ボクなんかじゃ釣り合わないよ。フィオナさんはなんかもう、大和撫子みたいでドキっとするくらい可憐だし、リルさんは王族だって言ってた。クレアさんも儚げな感じがあって可愛いし」
 
 フォローしたつもりなのだろうが、逆効果。
 ニアの視線が今度はフィオナに向かう。
 
「貴様、マサキをどうするつもりだ!?」
 
 一番の褒め言葉を受けたフィオナにニアが猛る。
 
「どうもしません」
 
「事と次第によっては斬るぞ!」
 
「だからどうもしないと言っています」
 
 フィオナの表情が段々と冷たくなっていく。
 一触即発になりそうな空気になった……その時、
 
「正樹さん、ミルは見つかりました?」
 
「こっちにはいなかったぞ」
 
「あとはここを探すだけなのですが」
 
 彼女達の相手がやって来た。
 彼らは正樹達の姿を認め、ミルを認め、そして、
 
「フィオナ?」
 
「……リルか?」
 
「クレア、どうしているのですか?」
 
 予期せぬ訪問者に驚いた。
 
「優斗さんっ!」
 
 フィオナの表情が一気に華やいだ。
 そして優斗に抱きつく。
 リルも卓也のところへと向かい、
 
「お前、どうして――」
 
 スパン、と。
 頬を一閃、ビンタした。
 
「……リル。さすがにビンタは予想外だった」
 
 ちょっとだけ、優斗達みたいになるのではないかと期待していた。
 
「あんた、あたしに言い忘れてることあるでしょ」
 
「……? いや、ないと思う」
 
「誕生日」
 
「……あれ? 今日か、オレと優斗の誕生日」
 
 日付を思い出し、そういえばといった感じだ。
 
「ぶっ飛ばされたい?」
 
「もうぶっ飛ばしてるだろ」
 
 最初の一撃を忘れたのか、この婚約者は。
 
「完璧に忘れてたわけじゃないけど、あんまり重要視もしてなかったからな」
 
「ふ~ん。じゃあ、あたしには伝える価値もないってわけね。あんたの誕生日なんて」
 
 けれど卓也が間違っているのは、卓也にとっての重要度ではなくリルにとっての重要度。
 
「シュウが忘れてるかもって言ってたし、そうなんだろうとは思ってたけど。だけど婚約者として初めて迎える誕生日を忘れてるっていうのは……どうせ……あたしは……」
 
 言っているうちに、ほんの少しリルの声が震えた。
 
「あ~、泣くな! オレが悪かったから!」
 
 卓也が困ったようにリルを抱きしめる。
 そんな彼らを見て、クリスは苦笑。
 
「彼女達はユウト達が誕生日だから来たのでしょうが、クレアはどうして?」
 
「クリス様に会いたかったのです!」
 
 クレアの堂々たる発言。
 思わず、クリスが口に手を当てた。
 ほのかに頬が朱に染まる。
 
「我が妻ながら、これほどストレートに言われるとさすがに照れますね」
 
 軽く手を握り合う。
 そして優斗とフィオナも卓也達を見て、
 
「本当にリルさんの言うとおりですよ。誕生日を伝えないなんて」
 
「ごめんね」
 
「いえ、いいです。ちゃんと優斗さんの誕生日に会えましたから」
 
 お互いに微笑む。
 すると、いきなり蚊帳の外になった正樹が、
 
「えっと……優斗くん?」
 
 恐る恐る声を掛けた。
 
「フィオナさんとは……その……どういう関係?」
 
 問いかける正樹に、フィオナが佇まいを正した。
 
「フィオナ=フィーア=ミヤガワと申します」
 
「ミヤガワ?」
 
「夫がお世話になっております」
 
 優斗と腕を組みながら、フィオナが頭を下げる。
 
「…………はっ?」
 
 正樹が呆けながらも優斗とフィオナに視線を交互に向け、状況を把握した瞬間に叫んだ。
 
「ええっ!? 優斗くん、奥さんいるの!?」
 
「あれ? 言ってませんでしたか?」
 
「初耳だよ!」
 
 本当にびっくりした。
 
「凄く美人な奥さんだね」
 
「ありがとうございます」
 
 そしてやっぱり、といった表情で正樹が振り返った。
 
「ほら、ニア。こういう人にはちゃんと旦那さんがいるんだよ」
 
 そう伝えるものの、ニアの表情は睨んだままだ。
 優斗は彼女の姿を見て、嘆息した。
 
「大変だった?」
 
「ええ、少しばかり」
 
「お疲れ様」
 
 フィオナの頭を撫でる。
 と、ここで刹那と朋子、ルミカも合流。
 
「優先、その人は誰だ?」
 
「……あっ。もしかして、その人がそうなの?」
 
「ユウト君の“良い人”なんですね!?」
 
 ルミカのテンションが一気に上がった。
 
「そうだよ、僕の奥さん」
 
 刹那達にもフィオナは頭を下げる。
 そして小さく笑んだ。
 思わず、刹那達も見惚れた。
 
「……確かにシャレにならないぐらい美人ね。卓也先輩の言ってたことがよく分かるわ」
 
「優先、マジでお伽噺の登場人物みたいだぞ」
 
「大魔法士様と奥様が一緒にいる姿を拝見できるなんて……っ!」
 
 ルミカのキャラが今までと違ってきている。
 昨日、優斗の大魔法士としての姿を見てしまったからだろうか。
 どこぞの副長と同じ匂いがした。
 
「ユウト君っ!」
 
「どうしたの?」
 
「ファンクラブ、作っていいですか!?」
 
「ごめん。もうある」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 夕食も食べ終わり、リライト組は広間に集まっていた。
 ゆったりしていたい空気……なのだが、優斗が立ち上がる。
 
「少し出てくる」
 
「どこに行くんですか?」
 
 フィオナが問いかける。
 
「ちょっとお話し合い」
 
「昨日、言ってたことか?」
 
「そうだよ」
 
 とりあえず、色々と判明させないといけないことがある。
 
「ユウト、誰と話そうと思っているのですか?」
 
「別で少し心配な子もいるんだけどね。僕が相手をするのは、いろいろと猛ってる女の子」
 
「……ああ。彼女ですか」
 
 クリスが納得するように頷く。
 そして優斗は移動しようとしたところで、
 
「駄目です」
 
 フィオナが腕を掴んだ。
 
「あの、変なことじゃないから」
 
「駄目です」
 
「これをやらないと後々、困ることになるんだ」
 
「だったら、私も一緒に――」
 
「それは駄目」
 
「どうしてですか?」
 
 フィオナの表情が疑問を浮かべる。
 最初は嫉妬だったのだが、優斗の返事を聞いて嫉妬ではなくなった。
 優斗が女性と訳もなく二人きりになるわけがない。
 純粋な疑問に変わった。
 
「僕と彼女が一対一じゃないといけないから」
 
「どういう意味ですか?」
 
「正しく、正当に肯定しながらも彼を否定しないといけない。彼女が猛る範囲外で冷静に話し合わないといけない。だからこそ“他の誰か”という逃げ場なんて作らせず、一対一じゃないと意味がないんだ」
 
 
 



[41560] 貴方の物語
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:d19b6f5d
Date: 2015/10/30 21:04
 
 
 
 
 
 
 そして数十分後。
 優斗と彼女は王城の中にある一室で相対していた。
 平然とした表情の優斗と、不機嫌な表情の彼女。
 
「貴様、何がしたいッ!」
 
「用があるから連れ出したに決まってるだろう」
 
「ふざけるな!」
 
 いきなり優斗如きに連れ出され、彼女――ニアは怒鳴る。
 
「猛るな。確認したいことがある」
 
「お前と話すことはない!」
 
 聞く耳など持たないといった様子のニア。
 だから優斗はまず、
 
「正樹のことだとしてもか?」
 
「貴様はどうせマサキを侮辱するつもりだろうが!」
 
「違う。正樹の根幹に関わる問題を訊きに来たんだ」
 
 思わぬ言葉に、ニアの猛りが止まる。
 
「……根……幹?」
 
「そうだ。だから問うぞ、ニア・グランドール」
 
 優斗は一呼吸置き、
 
「“いつから”正樹はああなった?」
 
 そして、
 
「お前は“いつから”そんな風になった?」
 
 真っ直ぐに問いかけた。
 だがニアは眉根を潜めるだけ。
 
「……何のことだ?」
 
 意味が分からなすぎる。
 優斗はようやく彼女が興味を持ったからこそ話し始める。
 
「今回の一件で、さすがに疑問に思った」
 
 正樹が『勇者』というのは分かるが、度が過ぎている。
 “そういうもの”では済まされないものがあった。
 
「正樹が王道の勇者である、という見立ては合っているはずだ。僕も仲間も同じ感想を抱いた」
 
「当然だろう。マサキは『フィンドの勇者』だからな」
 
「だけど、王道の勇者にしてはあり得ないほどに正樹は間違えすぎている」
 
「な――ッ!」
 
「何が言いたいか分かるか?」
 
 優斗は極めて冷静な口調で突きつける。
 
「竹内正樹はおかしい」
 
 正常じゃない。
 
「ば、馬鹿を言うな!」
 
 思わずニアが全力で反論しようとする。
 
「落ち着け。“そういう意味”じゃない」
 
「……なっ……じゃあ、どういう意味だ!?」
 
 今のは正樹を貶しているようにしか思えない。
 けれど優斗は落ち着いて言葉を続ける。
 
「いいか? 王道というのは間違えようがない。己自身と仲間の力で順当に正当に評価され続けていくのが王道だ」
 
 全ての物語の基本であり、中央に位置する。
 
「つまり正樹がフォルトレスと戦うなんてことはあり得ない。ましてや不用意に復活させて評価を落とすなんてことは絶対にないはずなんだ」
 
 なのに、今回はあった。
 優斗がどうにかしなければいけなかった。
 
「なぜそうなってしまったのか。それが今から問いかけることだ」
 
 優斗が一番、訊きたいこと。
 
「まず前提として言うぞ。僕らがいた国は戦いもなく、勇者もいない。そして竹内正樹は一般人だ」
 
 優斗達のようにオタク文化に明るいわけでもなく、刹那達のように厨二病というわけでもない。
 
「ならば、どうしてあそこまで『勇者』であることに拘る?」
 
「それは正樹がフィンドの勇者だから――」
 
「正樹は僕らの世界で一般人だと言っただろう。勇者なんてものは実在しない。空想のものだと思っている側の人間だ」
 
 ということは、だ。
 
「つまり正樹の“今までの生き方”と“今の生き方”が矛盾している」
 
「……どういう……ことだ?」
 
 怒鳴ることなどできない。
 優斗が突きつけているのは、ニアが反論する範囲外の話。
 正樹を肯定している上での否定。
 だからこそ素直に耳に入っていく。
 
「彼の存在はまさしく王道だ。優しく、強く、正しく、格好良い。追い込む必要もなく勇者でいれるはずだ」
 
 意識する必要もない。
 
「もちろん勇者として“在りたい”と思うのは間違っていない」
 
 勇者として召喚された以上、そう思っているのならば理解できる。
 
「だが勇者として“在らねばならない”というのは、なぜだ?」
 
 ここがおかしい。
 
「どうして『勇者という概念』に脅迫されるが如く追われている?」
 
 必要性がない。
 そうでなくても、勇者として在れるのに。
 
「それが竹内正樹の王道が狂った原因だと僕は見ている」
 
 敵わない相手を呼び込む。
 王道の外側にいる存在すらも。
 
「そしてお前もだ、ニア・グランドール」
 
「……私?」
 
「前回は正樹が王道の勇者だからこそ、盲信していると思っていた。矛盾して支離滅裂でも問題ないと考えてたが……」
 
 でも、違った。
 
「今回で分かった。そういうレベルじゃない」
 
 二回目だからこそ疑問が生まれる。
 
「明らかに変なんだ。フィンドの勇者パーティの中で僕の力を一番見ているのはお前だ、ニア・グランドール。なら正樹が僕に勝てないことは、理屈でも感情でも否定できないほどに理解していないとおかしい」
 
 魔物の洞窟で、ジャルとの戦いで優斗の異常性を見ているニア。
 
「にも関わらず、お前は今回も僕に幾度となく猛った」
 
 正樹は『最強』だと言い放った。
 
「お前の正樹に対する肯定は理屈も感情も抜いた“何か”が働いているとしか思えない」
 
 外因がある。
 
「だからその疑問、矛盾を問いかけているんだ」
 
「……なぜ私に訊く」
 
「初めからそうだったわけじゃないはずだ。だったら最初の仲間であるお前なら、分かるだろう?」
 
 一番長くいるニアだからこそ。
 
「正樹が『勇者』という概念に追われる原因と、付随してお前がそこまでおかしくなった『理由』がどこかにある」
 
 絶対に。
 
「話せ。出会ってから現在に至るまでの全てを」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 優斗に言われるがまま、ニアは二時間ほど喋り通した。
 
「……そして、今に至る。これで終わりだ」
 
 出会ってから今までのことを、全て話した。
 
「…………」
 
 優斗は要点を抜き出した紙を見詰め、ペンを何度かノックしながら結論付ける。
 
「クリスタニア、だな」
 
 ある国の名前を口にした。
 
「正樹の王道が狂った原因はそこだ」
 
 そしてニアが話してくれたことを思い返す。
 
「クリスタニアで正樹が勇者としての自覚を得た、と言ったな」
 
「ああ。あの時からマサキは『フィンドの勇者』としての自分を明らかに自覚した」
 
「違う。自覚じゃない。そこで脅迫概念が植え付けられた」
 
 それは彼女達の旅の流れを見ても、分かる。
 
「お前達は二人で旅をしている時、何度も人助けをしている。だからこそおかしい」
 
 クリスタニアでの出来事。
 領地問題があったとは正樹からも聞いていた。
 そして今回、詳しく聞いてさらに理解した。
 
「その時だって誰かを助けられず、死なせているわけでもない。見事に、いつものように王道の如く解決した」
 
 ならば、と。
 優斗は続ける。
 
「クリスタニアで自覚を得る必然性がない。別の要因が働いている」
 
 理由ある自覚じゃない。
 理由なき自覚だ。
 だからこそ外因がある。
 
「魔法か、魔法科学か、それとも呪いか。どれかは分からないが、それが正樹の運命をねじ曲げた。そしてお前にも影響を及ぼした……ということだろう。断定はできないが、正樹と一緒にいる時間が長いほど、盲目に。そして盲信していくのかもしれない」
 
「……そんなもの、聞いたことがない」
 
「僕もないが、あり得ないことじゃない」
 
 否定はできない。
 
「緊急で向かう必要は無い。正樹の王道が一番狂うのは、おそらく僕と一緒にいる時だ。それが偶然なのか故意なのかは分からないがな」
 
 優斗と一緒にいる時、フィンドの勇者の王道は異常な道へと変わっている。
 
「けれど早めにクリスタニアへ行け。そして正樹を救え」
 
 解放しろ。
『勇者』の呪縛に囚われている『フィンドの勇者』を。
 
「救うのは正樹の仲間であるお前の役目だ」
 
 ニアがやらなければならない。
 
「…………なぜだ」
 
「何がだ?」
 
「なぜ、そこまで正樹に関わろうとする。お前には関係ないはずだ」
 
 同郷の人間だとしても、まだ会って数回の人間にこれほど言うような奴ではない。
 ニアにだってこれぐらいは理解できる。
 
「……そうだな。確かに正樹は仲間じゃない」
 
 優斗は頷いて断言する。
 仲間なんてものにはなれないし、なるつもりもない。
 
「けれど、同じ『異世界人』としての友だと思ってる」
 
「……友?」
 
「ああ。そして彼が四人で召喚された僕らと違い、たった一人で寂しさと闘ってきたことも知ってる」
 
 自分と会ったときの喜びようは今でも覚えている。
 
 
『よかった。ボクと同じようにセリアールに召喚された人がいるんだ』
 
 
 本気で安堵して、嬉しがって、笑みを零していた。
 それを思い返して、優斗は柔らかい笑みを浮かべる。
 
「だから――何度でも助けるよ」
 
 友人だから。
 
「これまでも。そしてこれからも」
 
 どれほど迷惑を被ろうとも。
 
「“宮川優斗”という、彼と同じ異世界人の『名』に賭けて」
 
 助けていく。
 
「正樹が頑張っているのは、分かるから」
 
 必死に闘っているのを知っているから。
 
「……ミヤガワ」
 
「だから君も頑張れ、ニア」
 
 何が原因だろうと負けるな。
 
「正樹を正しく、王道の勇者に戻してみせろ」
 
 
 
 
 
 
 
 
 そしてニアが出て行ったあと、優斗はまた真面目な表情に戻る。
 まだ結論は出ていないし、確定できなかったからこそ伝えていないことがあった。
 
「クリスタニア、か」
 
 優斗が先ほど口にした国。
 
「一人、いたな」
 
 正樹の仲間に。
 
「僕の考えで合ってるのなら、お前は絶対におかしい」
 
 ニアのように正樹を全肯定せず、ミルのように正樹を否定もできない。
 睨みはすれど、いるだけの少女。
 だからこそ変だ。
 最大の“おかしさ”を持っている存在。
 
「ジュリア=ウィグ=ノーレアル」
 
 こいつなのか。
 
「お前が正樹を狂わせた元凶なのか?」
 
 優斗の呟きは部屋の中で霧散する。
 
「……まあ、この先は考えても仕方ないかな」
 
 自分の出番の範疇じゃない。
 と、ドアをノックする音が聞こえた。
 
「ん? どうぞ」
 
「入ります」
 
 フィオナが部屋の中に入ってきた。
 
「もしかして、近くにいた?」
 
「隣の部屋にいましたよ」
 
 近付いていき、颯爽とフィオナは優斗の脇腹を抓る。
 
「……なんで抓るの?」
 
「また、ああやって優しい言葉をかけて……」
 
 壁越しからでも聞こえた。
 
「はいはい。何も起こらないから」
 
 あり得ない。
 ニアは確実に正樹の仲間なのだから。
 
「でもね、さっき思ったんだ」
 
 フィオナの手を外しながら、優斗は馳せる。
 
「何をですか?」
 
「フィオナに出会えて良かったなって」
 
 優しく彼女を引き寄せる。
 
「僕が狂わず物語を歩めてるのは、仲間と君のおかげだよ」
 
 本当に感謝してる。
 
「会えなかったことを考えるだけで……正直、ぞっとする。僕と修は一歩踏み外しただけで、危うい存在だから」
 
 間違えることなんてできない。
 けれどフィオナは小さく笑った。
 
「大丈夫ですよ」
 
 彼の背に手を回す。
 
「優斗さんは大丈夫です」
 
 絶対に問題ない。
 
「なぜなら、私達だけじゃないからです」
 
 彼はちょっとだけ勘違いしている。
 
「王様も、副長も、お父様も、お母様も、まーちゃんもあーちゃんもいます」
 
 異世界にいた時とは違う。
 
「大人が正しい道を示し、私達が支え、幼き者達が背を見ているんです」
 
 頼れる大人がいて、大切な仲間がいて、可愛い娘も妹もいる。
 
「前も右も左も後ろも、全部埋まってます。踏み外しようがありません」
 
「……大変だなぁ、僕も」
 
 苦笑する。
 
「それが優斗さんがセリアールにやって来てから、築いてきた物語です」
 
 一年もの時間を掛けて、歩いてきた。
 
「だから心配しないでください」
 
「……うん。ありがとう」
 
「そして、だからこそ言わせてください」
 
 フィオナは少しだけ身体を離し、優斗と視線を合わせる。
 
「会えなかったことなんて考えなくていいです」
 
 必要ない。
 
「優斗さんが異世界人だから、私は貴方と出会えた」
 
 運命の出会いをした。
 
「でも、異世界人じゃなくても絶対に出会ってみせます」
 
 “if”なんていらない。
 隣を歩めない人生なんて認めない。
 
「出会わない運命があるのならば、そんな運命をねじ伏せてみせます」
 
 彼がやっているように。
 自分もそれだけは、絶対にねじ伏せる。
 
「私の相手は優斗さんしかいません」
 
 他の誰も考えられない。
 
「だから」
 
 ちゃんと言葉にして伝えたい。
 今日、この日にどうか届けたい。
 
「私は貴方が生まれてくれたことに感謝します」
 
 ありがとう。
 
「私の最愛の人が今、目の前にいることに感謝します」
 
 心から、そう言わせてほしい。
 
「優斗さん」
 
 口唇を軽く触れさせる。
 そして微笑む。
 
「お誕生日、おめでとうございます」
 
 



[41560] だからこそ次は
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:d19b6f5d
Date: 2015/10/30 21:04
 
 
 
 
 
 皆のところに戻る途中で、フィオナが訊いてきた。
 
「どうしてフィンドの勇者には言わないんですか?」
 
「8割方、僕の言ったことが合っている……とは思うんだけどね。正樹さんは聡いから気付く。僕の隠したことに」
 
 優斗がジュリアを疑っていることに。
 
「あと、別にいる心配な子って誰なんですか?」
 
「ミルだよ」
 
「あの子ですか?」
 
 確かにいろいろとありそうな娘ではあったが。
 
「さっき、あんまり喋らないで考え事してたみたいだし……ちょっと心配だね」
 
 
       ◇      ◇
 
 
「…………」
 
 先日と同じテラスで椅子に座り、ミルは思いに耽る。
 優斗に、卓也に、フィオナに、リルに教えてもらったことに対して。
 そして自分の感情に対して。
 
「……恋」
 
 この気持ちは恋なのだろうか。
 
「……仲間」
 
 自分は本当に彼らの仲間なのだろうか。
 
「……順番」
 
 そしてこの気持ちは、どういう順番で得たものなのか。
 
「………………」
 
 自分は竹内正樹のことを、どう思っているのか。
 何分も、何十分も考えて、何度も気持ちを整理して。
 
 
 ミルは一つの答えを得た。
 
 
       ◇      ◇
 
 
「戻ったよ」
 
 卓也が視線を向けると、優斗がフィオナを引き連れて戻ってきた。
 
「どうだった?」
 
「まあ、上々ってところ」
 
「なら問題ないか」
 
 卓也は簡単に頷いた。
 優斗が上々と言うのなら、事実そうなのだろう。
 
「さっきニアを呼びに行ったときにミルがいなかったけど、どこにいるか分かる?」
 
「いや、こっちには来てない」
 
「そっか」
 
 彼女の様子からして、もしかしたら思い悩んでいるのかもしれない。
 優斗は少し考える。
 彼女が悩んでいるのであれば、おそらくは“彼”がどうにかするだろうから、自分の出番ではないだろう。
 
「行かなくてもいいはずだけど……」
 
 それでも心配であることは間違いない。
 すると、
 
「優斗、大丈夫だろ」
 
 卓也が声を掛けた。
 
「ミルが思い悩んでるなら、たぶん出会う」
 
 それが誰を指しているのか。
 何を言いたいのか。
 思わず優斗も笑ってしまった。
 
「やっぱり、卓也もそう思うんだ」
 
「さすがにな」
 
 否定できないほど、彼らは“そう”なのだろうと思う。
 
「僕らはあくまで疑問を与えた存在だからね」
 
「ああ、だから解決するのはミル自身と別の奴の役目だ」
 
 自分達じゃ役に立てない。
 解決させられない。
 
「オレはあいつらが出会ったのってかなり重要なことだと思うんだ」
 
「そうだね」
 
 彼女の疑問を解決するにあたって適任の“別の奴”がいる。
 
「ミルの存在はあいつにとって唯一。言うなら“特別”だ。オレはそれがあいつに良い影響を与えたって思う。だったら、次はあいつがミルに良い影響を与える番だと思うんだよ」
 
 卓也の言葉に優斗も頷く。
 
「正樹さんじゃ駄目だし、僕でも卓也でも駄目。彼女と同じ目線で、同じ位置で、同じ立場で話せるのはあの子だけだからね」
 
 優斗にとってはフィオナが。
 卓也にとってはリルが良い影響を与え合った。
 もちろん彼らにとって、この出会いが優斗達と同じように一生のものになるかどうかは分からない。
 けれどもイエラートにいる時だけは思ってしまう。
 きっとあの二人が出会ったのは特別なのだろう、と。
 
「頑張ってほしいね」
 
「大丈夫だろ。あいつがイエラートで一番頑張ったことは、ミルのことだからな」
 
 図らずも彼が前に進む背中を押したのはミル。
 だからこそ、今度は彼の番だと。
 ミルの背中を押すのは彼の番なのだと。
 やっぱり思ってしまう。
 
 
        ◇      ◇
 
 
「………………分かった」
 
 ミルは結論を得た。
 
「……逆だ」
 
 恋だから盲目的になったんじゃない。
 盲目的だから、恋だと思った。
 
「好きだけど……」
 
 正樹が好きだ。
 でも異性の好きじゃない。
 フィオナのように、リルのように思えない。
 
「仲間だけど……」
 
 側にいたい。
 でも違う。
 いて欲しい理由が違う。
 
「…………あっ……」
 
 なればこそ、と。
 気付いてしまった。
 
「……っ!」
 
 心が乱れる。
 けれど、認めないといけない。
 
 ――縋ってた。
 
 竹内正樹に。
 
「…………ぁぁ……」
 
 助けてくれた人だから。
 救ってくれた人だから。
 
「…………あっ……ぁぁ……」
 
 彼の優しさに甘えて。
 女の子を拒否できないところにつけ込んで。
 だから、逃さないように必死に居場所を作ろうとして。
『仲間』である理由を確保しようとしていた。
 
「……ぅぁぁ……っ!」
 
 駄目だ。
 駄目だ。
 駄目だ。
 そんなのは駄目だ。
 
「……マサ……キを……」
 
 不幸にしてしまう。
 
「――っ!!」
 
 思わず頭を掻き毟った。
 その時、
 
「……だ、大丈夫か?」
 
 声が掛けられた。
 ミルが顔を上げる。
 そこにいたのは、
 
「…………克……也……?」
 
 一つ年下の男の子。
 
「近付かないから安心しろ」
 
 距離を取って、ミルが怖がらないように配慮しながら克也は尋ねる。
 
「何かあったか?」
 
 できる限り落ち着けようとしてくれる克也の声音。
 思わず、涙が溢れてきた。
 
「わたしは……ちっぽけなわたしの世界に閉じこもってた」
 
 顔をぐしゃぐしゃにしながら、ミルは言葉を続ける。
 
「……でも、それはとても……酷いこと」
 
 正樹のことを思いやっていない。
 
「……自分、勝手」
 
 何が“好き”だ。
 ふざけるな。
 
「マサキを……無意識に、追い詰めてるだけ」
 
 相手のことを考えているようで、自分のことしか考えていない。
 
「本当に酷い……女」
 
 顔を伏せる。
 自己嫌悪した。
 どうしようもないくらいに自分は駄目なんだと、自覚する。
 
「……ミル」
 
 声を掛けようとして、何と話していいか分からない。
 けれど今、彼女を励まさなければ駄目な気がする。
 男が苦手なのに、頑張って自分と話している女の子を。
 立ち直らせないといけない気がする。
 
「――ッ!」
 
 決断した。
 今の自分は“刹那”ではなく“克也”だ。
 これからやるのは、本当に恥ずかしい。
 
「ミルっ!」
 
 けれど恥ずかしさなんてゴミ箱に放り投げる。
 それでも励ましたいから、頑張るんだ。
 
「いいか、よく聞け!」
 
 克也は意を決したように、椅子の上に立つ。
 そして両手を広げた。
 
「世界は広い!」
 
 突然の大声に、伏せていたミルの顔が思わず上がる。
 
「俺は優先達に出会い、そう思った!」
 
 “世界”というものの広さを実感した。
 
「小さな世界に閉じ籠もっているのもいいとは思う。でも――」
 
 前の世界から解き放たれた自分にも言い聞かせるよう、声高に叫ぶ。
 
 
「せっかく自由を得たのならば、謳歌しないと人生じゃないっ!!」
 
 
 もう、イエラートの一室に閉じこもってるだけの自分ではいたくない。
 
「人間、いろいろとあるものだ! 後悔がない人生なんてない!」
 
 正しく在りたくても、後悔することはある。
 
「今回だってそうだ。優先がいたからこそ大丈夫だった。けれど昨日の出来事はどうしようもないくらいに後悔だ!」
 
 忘れてはいけない出来事。
 
「だから俺はこれから変わる! もっと強くなり、もっと大いなることを知っていき、勇者も大魔法士も凌駕してみせる!!」
 
 まるで大言壮語。
 夢物語にしか思えない克也の言動。
 
「……む、ムリ」
 
 ミルは思わず、否定してしまった。
 だが、克也は意に介さない。
 
「ふっ、無理なものか。誰に言っている」
 
 ここにいるのは異世界人であり、イエラートの守護者。
 そして、
 
「俺は虚無の意を持つ者、零雅院刹那だからな!!」
 
 夜空に木霊する、克也の叫び。
 ミルはどうしようもなく呆け、
 
「バカ、なの?」
 
 不躾なことを訊いてしまった。
 しかし克也は大きく笑みを浮かべる。
 
「ああ、馬鹿だ。だが、こうでなければ“オレ”じゃない」
 
 両手を高く掲げ、わざとらしくポーズを取った。
 しかし、いつものような“刹那”じゃない。
 “刹那”っぽく見せてくれる克也だ。
 だからミルは平気で話すことができる。
 だからこそ、
 
「なに、それ」
 
 破顔できた。
 
「克也、ばか?」
 
 小さく笑う。
 我が意を得た、とばかりに克也は頷いた。
 
「笑ったな」
 
 指摘すると、ミルが驚いた表情をする。
 先ほどまでの陰鬱な気分が、今は無かった。
 
「せっかく可愛いんだ。笑っていなければ世界にとって大いなる損失だろう」
 
 またしても馬鹿げたことを言う克也。
 けれど夜にも関わらず、彼が首筋まで真っ赤なのが見える。
 必死にミルを励まそうとしてくれているのが、彼女にも丸わかり。
 
「ほんとに……克也、ばか」
 
 頭の悪い自分のために。
 自分勝手な自分のために。
 精一杯、励ましてくれてるなんて。
 
「ばか」
 
「な、何度も言い過ぎだろう!?」
 
 せっかく頑張ったというのに。
 思わずツッコミを入れる克也にミルは笑う。
 
「うん、うそ」
 
 本当は違う。
 
「ありがとう、克也」
 
 



[41560] 広げる世界
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:d19b6f5d
Date: 2015/10/30 21:05
 
 
 
 
 
 翌日。
 四台の馬車があった。
 イエラート組も見送りに来ている。
 
「優斗くん達はどこに行くの?」
 
「僕とフィオナは適当に旅行ですかね。ついでにどこかでショートソードを調達しようかと」
 
「自分達はリライトへと戻ります」
 
「あたし達はリステル。お兄様もお姉様もタクヤと会いたいってうるさいのよ」
 
 各々が別々の方向に向かう。
 
「……リル。今から緊張でやばい」
 
「大丈夫よ。新しい義弟に興味津々なだけ」
 
「……全員が王族だぞ」
 
「あたしが婚約者だし、どうしようもないわね」
 
 回避できるわけもない。
 優斗も正樹へ同じように言葉を返す。
 
「正樹さんはどちらへ?」
 
「とりあえずは、一旦フィンドに戻ろうと思ってるよ。聖剣も普通の剣になっちゃったし」
 
「そうですか」
 
 優斗はニアへと視線を向ける。
 
「分かってるね?」
 
「ああ」
 
 素直に頷く。
 
「あれ? 二人とも、仲良くなったの?」
 
「まあ、そんなところです」
 
「そうなんだ。よかったよ」
 
 相性が悪いと思っていたから、正樹も安堵する。
 今度は刹那達が優斗達に話しかけた。
 
「優先、卓先、クリ先」
 
「来てくれてありがとう」
 
「本当に助かりました」
 
 三人が頭を下げた。
 
「こっちも楽しかったよ」
 
「偶には遊びに来てやるよ」
 
「旅行先には良さそうですからね」
 
 気にするな、とばかりに手を振って笑う三人。
 そして優斗は窘めるように、
 
「ちゃんとルミカの言うこと、聞くんだよ? さっき、ルミカの家が後見になったってイエラート王から伝えられたから」
 
「分かっている」
 
「大丈夫よ」
 
 大きく頷く刹那と朋子。
 
「……微妙にまだ、心配なんだよな」
 
「タクヤ、信じてあげましょう。それに何か悪さしたら、大魔法士が飛んでくるのですから」
 
 異世界人の先輩として、颯爽と。
 
「まあ、優斗のお仕置きは怖いからな。一度味わえば二度としないだろ」
 
「……優先、何するんだ?」
 
 怖いと言われる中身が知りたい。
 
「とりあえずトラウマにするよ」
 
 にやりと優斗が笑った。
 “なる”じゃなくて“する”というのが本当に彼らしい。
 
「……絶対悪さしないわ」
 
「それがいい」
 
 おそらくは卓也の想像通りで、彼らの想像以上のお仕置きだろうから。
 
「そろそろ出るわよ!」
 
 リルの呼ぶ声が聞こえる。
 
「それじゃ、またね」
 
「ルミカ、頼んだぞ。刹那と朋子は頑張れよ」
 
「ファイトです」
 
 三人は踵を返し、正樹達にも挨拶してからそれぞれ、馬車に乗る。
 そしてイエラートを出発した。
 
「なんというか凄まじい方々でしたね」
 
 ルミカが笑う。
 
「優斗先輩一人だけが笑えないレベルだけど、あの二人もよくよく考えれば凄いわよね」
 
「卓先、優先に隠れてるだけで実は王族の婚約者だからな」
 
 三人でくすくすと笑う。
 するとミルが話しかけてきた。
 
「克也、トモコ、ルミカ」
 
 別れの挨拶だろう、と三人は思った。
 
「ミル、助けてくれてありがとう」
 
「ううん。トモコ、あんまり怪我なくてよかった」
 
「ミルちゃん、あの時みたいに無理をしたら駄目ですよ」
 
「大丈夫。あの時は無理する前に、克也が助けてくれた」
 
 するとルミカがからかうように、
 
「そうですよね。セツナ君、ミルちゃんの前ではカツヤ君なんですよね」
 
「そ、それは言うな!」
 
「……? どうして?」
 
 ミルが首を捻る。
 
「あ~、それはだな……」
 
 一人だけの前で克也というのは、ちょっと恥ずかしい。
 
「……まあ、何でもない」
 
 とはいえ後悔していないのだから。
 我慢すればいいだけの話だ。
 
「じゃあ、ボク達もそろそろ行こうか」
 
 正樹の号令でニアとジュリアは歩き始める。
 刹那も朋子もルミカも。
 最後に全員で別れの挨拶をしようとした。
 
「マサキ」
 
 けれど一人だけ動かなかった。
 ミルだけが、その場に留まる。
 
「どうしたの?」
 
 笑みを浮かべて問いかける正樹。
 
「…………」
 
 ミルは僅かな時間、その笑顔を目に焼き付けた。
 
 ――忘れないように……しよう。
 
 この笑顔を見られないのはちょっと辛いな、とは思う。
 
 ――でも、決めたから。
 
 縋っている自分とお別れするために。
 何も変わらない“世界”を変えるために。
 
「あのね」
 
 ミルは決意したのだから。
 
「ここで、さよなら」
 
 
 
 
 
 
 
 
 いきなり別れを切り出され、正樹が動揺する。
 
「さ、さよならって……どういうこと!?」
 
「わたし、イエラートに残る」
 
「どうして!?」
 
 突然のことに正樹は意味が分からない。
 
「ボクのこと、嫌いになった?」
 
「ううん、わたしはマサキが好き。それは今も、変わらない」
 
 ずっと変わっていかない。
 
「この好きは、男の子に対する好きじゃない。でもいつかマサキのこと、男の子として好きになるかもしれない」
 
 でも“好き”の意味が変わる理由はある。
 
「だって“わたしの世界”に男の子、マサキしかいないから」
 
 彼一人だけ。
 
「もし好きになってしまったら、わたしはきっと、独占したいって思う」
 
 フィオナのように。
 リルのように。
 独占欲が沸くだろう。
 
「マサキの周りに女の子がいるから、わたしは嫉妬すると思うし、叫くと思う」
 
 周りに女の子がいることを許せない。
 
「たくさん、問題を起こす」
 
 だから。
 
「わたしはマサキの側に、いていい女じゃない」
 
 これ以上、一緒にはいられない。
 
「それが……理由の一つ」
 
 自分は彼の周りにいる女として相応しくない。
 問題を起こすであろう自分は彼の“王道”の側にはいられない。
 
「もう一つは」
 
 自分の今の生き方。
 
「マサキに縋ってること」
 
 この生き方をやめるため。
 
「マサキに縋るのも、終わり」
 
「す、縋ってなんか――」
 
「ううん。縋ってた」
 
 ミルは首を横に振る。
 
「料理作ってる理由だって、本当は居場所、作るため」
 
 正樹のため、という体の良い理由で。
 自分の居場所を作っていた。
 
「そうでもしないと、マサキの側にいれないから」
 
 他の何にも役に立たない自分は、そうでなければ仲間としていられないと思っていた。
 
「でも、違う」
 
 気付いた。
 
「仲間って……そうじゃない」
 
 打算的な関係じゃない。
 
「ユート達を見てて、分かった」
 
 仲間というのは、
 
「助け合うのが、仲間。信頼し合うのが……仲間」
 
 ならば自分がしていることは何だ?
 
「わたしはマサキの側で、楽をしようとしてただけ。それを仲間だって、思ってた」
 
 一方的な寄り掛かり。
 これの何が“仲間”だ。
 
「このままじゃ、一生一緒」
 
 寄って、寄りかかって、縋ってるだけ。
 盲目的で生きているのならば、何も自身に変化はない。
 
「でも」
 
 ここにいて、少しだけ変われた。
 
「わたし、イエラートで、結構がんばった」
 
 切っ掛けは優斗に話しかけたこと。
 正樹しか知らない自分が、初めて知らない男の子に話しかけた。
 たぶん、それが良かった。
 優斗も卓也も世話焼きで。
 自分が男が苦手だということを把握した上で、接してくれた。
 ちゃんと話せるようにと、考慮してくれた。
 だから頑張れた。
 
「マサキ以外にも、男の子と話せた。ちょっとずつ、話せるようになった」
 
 料理を教えてもらいながら、ピンチを助けながら、助けてもらいながら。
 怖がる前に、話せるようになった。
 
「今は克也とユートとタクヤなら、マサキぐらい話せる」
 
 まだ異世界人という括りがあるけれど。
 
「少し、変われた気がした」
 
 こんな自分でも。
 
「だからわたしは、もっと自分の世界を広げたい」
 
 たくさんの普通を知っていかないといけない。
 
「でないと私は一生、マサキに寄りついているだけだから」
 
 このタイミングを逃したら、きっとそうなる。
 
「マサキに愛してない女の子を、一生背負わせるなんて……させたくない」
 
 恋じゃないけれど。
 好きな人だ。
 大好きな人だ。
 そんな彼に重荷を背負わせたくない。
 
「……ミル」
 
 正樹も止めることは出来なかった。
 歪であろうとも『仲間』だったからこそ。
 彼女がどういう想いで話を切り出したのか分かる。
 頑張って“変わろう”としているのが理解できる。
 
「ありがとう、マサキ」
 
 ミルの瞳が潤む。
 出会ってから今までのことを思い出した。
 思わず涙が零れそうになって、
 
「……っ」
 
 けれど堪える。
 笑っている顔を――笑顔を覚えていてほしいから。
 ぐっと顔を上げ、真っ直ぐ正樹に微笑む。
 
「ありがとう、一緒にいてくれて」
 
 縋っていたとしても楽しい日々だった。
 
「ありがとう。わたしを助けてくれて」
 
 辛い日々から救ってくれて、本当に嬉しかった。
 
「ありがとう。マサキがいたから、わたしは男の人とちょっとでも話せるように、なった」
 
 怖いだけじゃなくなった。
 
「わたし、変わってく」
 
 これからもっと。
 
「男の人が苦手なの克服して、何も知らないから勉強も頑張って、たくさん……変わってく」
 
「……だいじょうぶ。ミルなら出来るよ」
 
 正樹が優しく頷いた。
 
「恋だって、できるくらいに変わる。次に会ったとき、マサキをびっくりさせてみせる」
 
 思わぬミルの言葉に、正樹も笑みを零す。
 
「期待してる」
 
「うん」
 
「ボクの方こそ、ありがとう。妹が出来たみたいで本当に楽しかった」
 
 他にも色々と言いたいことはあるけれど。
 永遠の別れじゃないから。
 次に会った時でいい。
 
「だからここで、さよなら」
 
 ミルが右手を差し出した。
 正樹も頷き、同じように右手を出して……握手をする。
 
「ばいばい、マサキ」
 
「またね、ミル」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 正樹達を乗せた馬車が遠ざかり……見えなくなる。
 
「よく頑張りましたね、ミルちゃん」
 
「……うん」
 
 ルミカが優しく、ミルの頭を撫でる。
 
「これからどうするかは決めていますか?」
 
「……ううん」
 
 小さく首を横に振る。
 
「なら、これも何かの縁です。私の家に来ませんか? セツナ君もトモコちゃんもこの世界に慣れるため、後見であるうちで暮らします。一緒にどうですか? 部屋はたくさん余ってますから」
 
「いいの?」
 
「もちろんです。それに学院にも通えるよう考慮します。フィンドの勇者パーティの一員だったのなら、特待生で迎え入れられるかもしれませんよ」
 
 どちらにしろ学院に通うことだけは、どうにかしてルミカがねじ込む。
 
「……ありがとう、ルミカ」
 
 素直に甘えさせてもらう。
 
「じゃあ、ミルもこれからは一緒なのね」
 
 朋子の表情が少し和らぐ。
 
「これからよろしく、ミル」
 
「うん。こっちもよろしく、トモコ」
 
「ミルはきっと、私の初めての友達よ。一緒にいれて嬉しいわ」
 
「それを言うなら……わたしも。トモコ、初めての友達」
 
 正樹もニアも、ジュリアも。
 友達ではなかった。
 だからこそ初めての“友達”という単語が、お互いに少々こそばゆい。
 これも少しは世界が広がったこと、という実感がある。
 
「……ミル」
 
 最後に、克也が名を呼ぶ。
 ミルは彼の姿を見て、小さく笑おうとした。
 
「…………っ」
 
 けれど無理で、唇を真横に結んだ。
 
「わたし、どう……だった?」
 
「俺には真似できない、尊敬できる行いだと思う」
 
「……うん」
 
 返事が思わず震えてしまう。
 駄目だった。
 克也の顔を見てしまったら。
 留めていたものが全て、出てしまう。
 
「……克也」
 
「なんだ?」
 
「……もう……いい、よね?」
 
 頑張ってお別れをしたから。
 笑顔で見送れたから。
 溢れるものを全て、吐き出してもいいだろうか。
 
「当たり前だろう」
 
 克也もそれを分かったから、大きく頷いた。
 
「自分のために、フィンドの勇者のために頑張ったんだ。大切な人間との別離を後に涙して何が悪い」
 
 悲しいのは当然のことだ。
 
「誰にも文句は言わせない。だから今は存分に泣けばいい」
 
「……うん」
 
「俺はミルに胸を貸すことはできないし、ただ言葉を掛けることしかできない。だから伝えよう」
 
 想いを全て、言葉に込めよう。
 世界が否定をしても、克也だけは絶対的に認める。
 
「お前は凄いよ、ミル。心からそう思う」
 
 ただ、誠実な気持ちだけを届ける。
 
「……っ!」
 
 そして、だからこそミルの心にしっかりと届いた。
 
「…………克……也……」
 
 もう、限界だった。
 涙がボロボロと零れる。
 
「……っ」
 
 ミルは一歩、二歩と彼に近付く。
 触れるか触れないかの場所に立った。
 
「……ミル?」
 
 思わず後ずさろうとする克也。
 しかし、ミルが服の裾を掴んだ。
 
「これも……一歩、だよ」
 
 まだ、身体は震える。
 声も怖さで揺らめき、悲しさで途切れる。
 それでも、
 
「ちょっとだけで、いい」
 
 広げる世界の第一歩として。
 盲目だからこそ大丈夫なのではなく。
 助けてくれたからこそ大丈夫なのでもなく。
 “克也だからこそ大丈夫”なのだと思いたいから。
 勇気を出す。
 
「ちょっとだけ、胸、貸して」
 
 そして、この感情を吐き出せる“大丈夫”を少しの間でいいから、わたしに下さい。
 
 
 



[41560] 小話④:ツッコミ過多な日々
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:d19b6f5d
Date: 2015/10/30 21:07
 
 
 
 修、和泉、アリー、ココ、レイナが愛奈とマリカと一緒にテーブルを囲んでのんびりとお茶を飲んでいる。
 
「例えば、だ。マリカがおままごとをしたいと言ったら……誰がどうなる?」
 
 唐突に和泉がこんなことを話し始めた。
 彼の発言に修が笑みを浮かべる。
 
「なんつーか、話を聞くだけでも面白そうじゃんか」
 
 そして役割名をいくつか口にする。
 
「愛奈と優斗とフィオナは同じ家に住んでる家族だし除いておくか。ってなわけで残りのメンバー、ここにいない奴らも含めてパパ役にママ役、兄姉役にペットを言ってもらおうぜ」
 
「ペットに選ばれたらどうなるんだ?」
 
 レイナが尋ねる。
 
「ショック受けるだけじゃね?」
 
「……確かにそうですわね」
 
 マリカの純粋な瞳でペットなんて言われたらショックを受けること間違いなし。
 
「まあ、いいじゃねぇか。面白そうだしよ」
 
 そして修は膝の上にいるマリカに訊く。
 
「つーわけでマリカ。まずママ役は誰だ?」
 
「たーや」
 
 迷うこともせずにマリカが答えた。
 
「……即答でしたわね」
 
「何です? この計り知れない怒りは」
 
「女衆を問答無用で蹴散らしてママ役に選ばれるとは。ある意味さすがだが……腹が立つな」
 
 女の沽券に関わる。
 
「こいつらが女らしくないのか、卓也が母親すぎるのか」
 
「どっちにしても、卓也に負けてるアリー達は残念だなってこった」
 
 ある意味で卓也も残念だが。
 
「じゃあパパ役はどうだ?」
 
「れーな!」
 
 この場にいるためか、元気よくマリカが答えた。
 
「……俺らもレイナに負けてんじゃねーか」
 
「つまり男らしさがレイナ以下ということか」
 
「まあ、妥当なところだろう」
 
 修と和泉は少し項垂れ、レイナは満足げに頷く。
 
「ざまーみろです」
 
「シュウ様達も残念でしたわね」
 
 ココとアリーはこれ幸いとばかりに反撃した。
 とはいえパパ役とママ役が男女逆転しているというのは、何というかおかしな話だ。
 
「……いや、終わったものは仕方ねぇ。残り何枠かはマリカ次第だけど、呼ばれなかった奴がペット役ってことだな」
 
 修は切り替え、残る望みに全てを掛ける。
 
「マリカ、一気にいってみようか!」
 
「くー、いーみ、ありー、りー」
 
 つまりはクリス、和泉、アリー、リル。
 この4人が兄姉役。
 
「よかったですわ。お姉ちゃん枠で」
 
「そこはかとなく安堵した」
 
 この場にいるアリーと和泉が大きく息を吐いた。
 
「ということは、だ」
 
 レイナがからかうような笑みを浮かべる。
 
「ペット役がシュウとココか」
 
 視線を向ければ、がっくりとしている修とココ。
 
「むしろシュウ様の場合、ペット以外ありえませんわよね」
 
「ココもキャラ的にペットになるのは必然だったか。レイナ、パパとして慰めてやれ」
 
「残念だが私はペットにも厳しいぞ。容易に慰めたりはしない」
 
 全力でからかい始めるアリー、和泉、レイナ。
 思わずココがマリカに問い質す。
 
「マ、マリちゃん! わたしはお姉ちゃん枠に入れないんです!?」
 
「あいっ!」
 
 大きな返事が返ってきた。
 
「満面の笑みで頷かれましたわね」
 
「何だろうか、自分からトドメを刺されに来たようにしか思えない」
 
「今の質問は馬鹿だろう、ココ」
 
 アリーが可哀想な視線を送り、レイナが嘆息し、和泉が呆れた。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 庭でまた変なことが始まっていた。
 
「第一コース。レナさんwithアリー」
 
 レイナがアリーをお姫様抱っこしている。
 
「第二コース。ズミさんwithアイちゃん」
 
 和泉が愛奈を肩車し、
 
「第三コース。シュウwithマリちゃん」
 
 修だけが何故か四つん這いで背中にマリカを乗せていた。
 審判役のココが説明を始める。
 
「ビリになったメンバーにはタク特製の激辛ジュースを飲んでもらいます。ズミさんの場合は辛いのが大丈夫なので激甘ジュースです。ちなみにアイちゃんとマリちゃんは罰ゲームとかはないので、楽しんでもらえればいいです」
 
 それぞれがスタート位置に付く。
 けれど一人だけ明らかに高さがおかしかった。
 
「なあ、なんで俺だけ四足歩行なんだ?」
 
 思わず疑問を口にした修だが、
 
「何か言ったかペット?」
 
「どうかしたかペット?」
 
「さっきの与太話の続きか、おい!?」
 
 レイナと和泉に疑問を瞬殺される。
 
「はいはい、シュウは訳の分からないチートなんですから、これでいいんです」
 
「ココも俺を雑な扱いしてんな!」
 
「それじゃ始めますよ」
 
「しかも無視か!」
 
 コントのような感じに思わず全員が笑いそうになる。
 
「というわけでいきますよ~」
 
 笑いを堪えながらココが腕を上げて、
 
「スタートです!」
 
 振り下ろした。
 
「行くぞ、アリー!」
 
「任せましたわ」
 
「愛奈、しっかりと掴まってろ」
 
「うん、なの!」
 
「しゃあ、行くぞマリカ!」
 
「あいっ!」
 
 三者三様、飛び出していく。
 僅かばかり抜け出したのはレイナ。
 次いで和泉、修の順番なのだが、
 
「あれで僅かな差しか生まれないっていうのが、意味わからないです」
 
 ココの視線の先にはカサカサと動いている修の姿。
 なぜ、あの体勢で対等の速さを出せるのかココには理解できない。
 とはいえ“修だから”で済ませられるのも、凄い……というか酷い話だ。
 
「あとちょっとでゴールです」
 
 今のままではレイナが一位、二位が和泉、ビリが修なのだが、
 
「マリちゃん、ブーストです!」
 
 ココが叫んだ。
 
「あうっ!」
 
 するとマリカは手に持っていた棒をペチペチと修の右のお尻に向けて叩いた。
 
「シュウ! 加速するんです!」
 
「いきなり無茶言うな!」
 
 修は反論するものの、
 
「ったく、しゃあない。マリカ、しっかり掴まってろよ!」
 
「あいっ!」
 
 実際に加速し始め、
 
「あっ、本当に速くなって……ズミさんとレナさん、抜いちゃいました」
 
 そしてそのままゴール。
 
「どうだ、見たかお前ら!」
 
 四つん這いのまま、勝ち誇った顔をする修。
 もちろん唖然としたレイナ達だったのだが、
 
「……なんというか、本当にシュウはペットのようだったな。ムチ叩かれて速くなるとは」
 
「修はマリカのペットである、と確定させた出来事だった」
 
「マリカンジャーをやった時から決定事項でしたわ」
 
「一位取ったのにペット疑惑深まってんじゃねーか!」
 
 修のツッコミに、からからと笑う全員。
 
「さて、というわけでビリになったズミさんにはプレゼントです」
 
 ココがコップを差し出す。
 そこにあるのは……激甘ジュース。
 和泉は愛奈を降ろし、コップを受け取ると一気に飲み干す。
 
「おおっ、ズミさん躊躇わずいきました」
 
「和泉もシュウも基本、躊躇いがないな」
 
「どうせ飲むしかないんだったら時間掛けたって仕方ねーだろ」
 
 それぞれが感想を述べている間に、和泉は空になったコップを全員に見せた。
 
「……これでいいか?」
 
「ズミさん、感想は?」
 
「……口の中が甘ったるい。味覚が変になりそうだ」
 
 渋い顔をする和泉を見て、また全員が笑う。
 
「そんじゃ戻るか」
 
「しゅーっ!」
 
「はいよ。このままテーブルまで、だろ?」
 
「あいっ!」
 
 マリカは四つん這いの修の首筋にがっちりと掴まる。
 アリーとレイナは二人に続き、和泉も歩き始めようとする。
 すると、だ。
 軽く服の裾を引っ張る感覚があった。
 和泉が視線を向けると、そこには愛奈がちょこん、と和泉の裾を握っていた。
 
「どうした、愛奈」
 
「……いずみにぃ」
 
 前にいるマリカの姿を見て、また和泉を見る。
 何かを訴えかけているのは一目瞭然だった。
 けれど和泉には把握しきれない。
 
「愛奈、悪いが俺は鈍いらしくてな。他の奴らのように察してやることができない。だからやってほしいことがあれば、ちゃんと言ってくれ」
 
 和泉はしゃがみ込み、愛奈を視線を合わせる。
 
「どうして欲しいんだ?」
 
「……えっと」
 
「なんだ?」
 
「……さっきみたいに……かたぐるま、してほしいの。……だめ?」
 
 駄目なら駄目で構わない、と。
 そのような言い方だった。
 和泉は嘆息して、
 
「いいか、愛奈」
 
 小さな妹の肩に手を置く。
 
「妹は兄や姉に甘えるものだ。そして俺もお前の兄だ。遠慮なく言ってくれていい。駄目なものはしっかり駄目だと言う」
 
「……うん」
 
「だから肩車ぐらい、お安いご用だ」
 
 和泉の言葉に愛奈の表情が輝いた。
 
「うんっ!」
 
 そして和泉は愛奈を持ち上げて、先ほどと同じように肩車する。
 
「いずみにぃ、たかいの!」
 
「そうか、良かったな」
 
 苦笑して歩きだそうとした和泉だったが、いつの間にか仲間が自分達を見ていた。
 
「どうした?」
 
「……いや、熱があるのかと思ってな」
 
 レイナが和泉の額に手をやる。
 
「なんつーか、あれだ。和泉が普通のお兄ちゃんをしっかりやってると、心配になるんだよ」
 
「ズミさん、激甘ジュース飲んで頭おかしくなりました?」
 
「お医者様を呼んだほうがよろしいのでは?」
 
 全員が酷いことを言ってくる。
 
「お前ら、せっかく格好良い台詞を言ったのに台無しだ」
 
 和泉だって妹にくらい、良い格好をする。
 
「えっと……」
 
 愛奈はよく分かっていないが、とりあえず和泉の頭を撫でる。
 
「いずみにぃ、ふぁいとなの」
 
「……愛奈が俺にとって心のオアシスだ」
 
 感動する和泉だったが、レイナが一言。
 
「和泉、悪いがアイナが心のオアシスなのは全員そうだぞ」
 
 





[41560] 話袋:とあるファンクラブの一日
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:d19b6f5d
Date: 2015/10/30 21:08




とあるファンクラブの一日
 
 
 会員条項
 
 一、ユウト様もフィオナ様も恋愛対象ではないこと
 
 二、お二方の本当の姿を知っているということ。
 
 三、お二方に無理矢理付きまとわないこと。
 
 四、お二方の素晴らしさを共有したいと思えること。
 
 上記を守れる方に限り、ファンクラブに入れるものとする。
 
 
 
 
 
 二月某日。
 
「第一回ユウト&フィオナファンクラブの集会を始めます」
 
 変な集団が会議室を占拠していた。
 ファンクラブ会長が円卓に座っている会員に視線を巡らせる。
 
「各々、報告を」
 
 すると、一人が意気揚々と手を挙げた。
 
「フィオナ様とお話しすることができました!」
 
 女性の騎士が嬉しそうに話し始めた。
 
「どのような話を?」
 
「マリカ様のことについて、色々と。わたしはフィオナ様と年齢が近いですし、マリカ様より二つ上に弟もいます。だから育児についてのお話しができるんです」
 
「それは良いですね」
 
「はいっ!」
 
 元気良い返事。
 続いては、
 
「私も夫がお二方と懇意ですし、ユウト様とフィオナ様とよくお話ししています」
 
 副会長が手を挙げた。
 
「結婚生活についての話や、私事でも込み入ったところまで相談に乗っていただいています」
 
「副会長はそういった点で強いですね」
 
「フィオナ様に相談なんて羨ましい」
 
 一般会員が羨望する。
 やはり、夫が彼らの仲間というのは凄いアドバンテージだ。
 
「オレはユウトと勝負した」
 
 続いたのは若い男の騎士。
 彼の発言に騎士連中がざわついた。
 
「たまたまレイナと一緒にいる時に稽古場に来てな。あれは指導を受けたと言っても過言ではなかった」
 
 自分が彼を大魔法士であると知っているからか、そこまで加減はなかった……はず。
 当然のごとく負けたが、何が駄目だったかを聞けばちゃんと答えてくれた。
 
「……俺、その日は休みだったんだよ」
 
「わたしも……」
 
 がっくりとしている若手の近衛騎士。
 やはり、大魔法士と勝負できるというのは羨ましい以外の何物でもないらしい。
 
「私はフィオナ様から指導を受けましたわ」
 
 負けじとそう言ったのは精霊術士。
 
「なっ!? フィオナ様から!?」
 
 ざわつきがさらに大きくなる。
 
「珍しいこともあるのですね。フィオナ様が誰かに指導する、というのは私も聞いたことがありません」
 
「会長。リライト最強の精霊術士であるフィオナ様は時々、我々のところに顔を出してくれますのよ」
 
 精霊術士の集まりがあり、ゲストとして時々来て貰っている。
 その際、ちょっとだけ指導してもらった。
 
「その日は最後に大精霊を背後に従えたフィオナ様の姿を拝見しましたが、まさしく女神のようでしたの」
 
「……確かに。フィオナ様の美貌と相俟って、素晴らしい光景だったでしょうね」
 
 会長も少しだけ羨ましそうだ。
 続いて、
 
「我々はユウト君とフィオナ君とダンスを踊ったな」
 
 まったく別方向からの話を持ち出したのは年輩の侯爵夫妻。
 
「ユウト様もフィオナ様も異性とのダンスはしない方なのでは?」
 
「高齢ということが功を奏したのだよ。無論、卑しい気持ちがあればユウト君は気付くだろうが、私はフィオナ君が小さい頃から知っているからね。まるで孫と接するような気持ちで頼んだところ、許可が出てダンスを踊らせてもらった」
 
「ふふっ。私も大魔法士のユウト君とダンスなんて緊張しちゃったけど、上手にリードしてくれたわ」
 
 幼い頃には憧れ、老いていってからは子供に、孫に読み聞かせていたお伽噺の大魔法士。
 その名を持った者とダンスを踊れるなんて、まるで夢のようだ。
 
「良いこと? 歳を重ねるまでは顔で相手を選ぶのも間違ってはいないでしょうけど、一生涯の相手を見つけるのなら、顔ではなく心よ。フィオナちゃんを慈しむユウト君みたいな相手が一番。私もそれで夫とこの歳まで円満でいるのよ」
 
 若干ノロケも入ったが、会員全員が頷いた。
 
「なんていうか、あれですよね。フィオナ様を見てるユウト様ってこっちも温かくなるような雰囲気ですよね」
 
「フィオナ様が婚約者で嫉妬するどころか、納得させられるんだよ。あのユウトを見てると」
 
「あれこそわたくしが目標としている夫婦像です」
 
 肯定の発言が続々と出てくる。
 
「他にはありませんか?」
 
「では、私から」
 
 四十代の侯爵夫人が手を挙げた。
 そして背後から一枚の絵画を取り出す。
 
「世界闘技大会でのユウト様の姿です」
 
 そこには左手を広げ、パラケルススを召喚した瞬間の優斗の姿が描かれていた。
 
「まさか絵画になっていたとは……っ!」
 
 驚愕する会員たち。
 
「もちろん冗談みたいな噂を利用しましたし、これは私だけが鑑賞して絶対に周りには流布しません。しかもユウト様だとは分からないように後ろ姿だけでパラケルススも画家の想像に任せて書かせました。しかしながら画家の腕が良いのでしょうね。まるで闘技大会のユウト様のようです」
 
「……これは欲しい」
 
「しかし画家に描いて欲しいと頼めば、変に噂が流れかねないでしょうね」
 
 会長が窘める。
 
「……くっ。もうしばらくの我慢か」
 
「ええ。少なくとも大魔法士が公になるまでは我慢です」
 
 しかし公になった暁には会長とて買いあさるだろう。
 
「他に誰かありますか?」
 
 尋ねるが、誰も手を挙げない。
 
「では最後に私の番ですね」
 
 満を持して会長は“ある物”を取り出す。
 
「ユウト様よりいただいたサイン色紙です」
 
 瞬間、最大の驚きが会議室内に広がる。
 
「なっ!? か、会長! それは!?」
 
「ユウト様が書いてくださった第一号のサイン。しかも名前入り。これは家宝です」
 
「うわっ、ずるいです!」」
 
「わ、わたし達でも頼めば書いてくれるでしょうか!?」
 
「いえ、無理でしょう。一枚だけということで特別に書いていただきました」
 
 優斗は望んでサインを書く性格でもないため、まさしく珠玉の一品だろう。
 
「さらには部下の指導ではコンビを組みました。6将魔法士との戦いでは窮地に陥ると分かっていても私なら大丈夫だと信頼され、それに応えることができたのは私の誉れです」
 
「あ、あの時にユウト様がパラケルススを召喚したというのは事実なのですか?」
 
「事実です。まさしく大魔法士としての姿がそこにありました」
 
「会長はずるいよな。世界闘技大会でもミエスタでもパラケルススを召喚したユウトを見てるんだからよ」
 
 会員は十人以上いるが、優斗が大魔法士と呼ばれるような姿を見たことがあるのは数人しかいない。
 
「私だからこその役得です。より多くの時間、接することを求めるのならば鍛錬に努めなさい。役職が上がればユウト様と関わる時間は必然的に増えますし、勝負する機会も多くなるでしょう」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 集会も終わり、執務室へと戻る。
 
「副長、会議はどうでしたか?」
 
 書類整理をしていたビスが訊く。
 
「素晴らしいものでした」
 
 満足げに己のデスクへと座る副長。
 けれど、ふとビスは気付く。
 有意義なら分かるのだが、
 
「素晴らしい?」
 
 確か会議の内容は『リライトの今後の発展について』だったはず。
 妙な議題だとは思ったが、珍しく副長が乗り気だったので放っておいた。
 だがビスは集まったメンバーを思い返す。
 ……嫌な予感がした。
 
「副長」
 
「何ですか?」
 
「確か今回、貴族や精霊術士の方々にも参加をお願いしていましたよね?」
 
「ええ。近衛騎士だけでは固い話になるかもしれないので、様々な視点を取り入れてみようと思ったのです」
 
「しかしながら、集まったメンバーはユウト君とフィオナ様が大好きな方々では?」
 
「……っ! き、気のせいです」
 
「今、動揺しましたね?」
 
「していません」
 
「確かにユウト君とフィオナ様はリライトの発展において必要不可欠なお二方だとは思いますが」
 
「やはりビスもそう思いますか。私は当然の如く、そう思っています」
 
「それで二人のことで花を咲かせていた、と」
 
「もちろ――」
 
「もち?」
 
「餅……が美味しいです」
 
「……副長が会議に乗り気な時点で疑うべきでした」







[41560] まさかの役
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:059736eb
Date: 2015/11/12 21:41

 
 
 
 
 
 
 優斗達がお昼前に着いたのはクライストーク。
 何の変哲もない小国の一つ。
 そこで桃色に輝く並木道を散歩する。
 
「ここってリライトと似たような気候なんだ」
 
 時期的には少しばかり早いが、桜が咲き乱れている。
 
「リライトにも桜があるのは知ってるけど、桜並木ってあったっけ?」
 
「ありますよ」
 
「だったら今度、皆でお花見でもしようか?」
 
「はい」
 
 ニコニコと笑みを浮かべながらフィオナが頷く。
 
「ご機嫌だね」
 
「だって優斗さんと婚約者になってから、初めて二人きりで旅行なんですから」
 
 嬉しくないわけがない。
 
「修が言い出したんだっけ?」
 
「ええ。まーちゃんの面倒も見て下さって、本当にありがたいです」
 
 偶には二人きりにしてやろう、という修の粋な計らいなのだが、
 
「……この気の使い方をどうしてアリーにしてあげられないんだ?」
 
 なぜ自分達にできて、リライトの王女様に出来ないのだろうか。
 
「シュウさんですから」
 
「まあ、あの二人も牛歩ぐらいの速度で近付いていってるとは思うんだけど……」
 
「何年掛かるか分かりませんね」
 
 ほぼ一年掛けて、ほとんど進展なし。
 これで脈がない……というわけでもないのが本当に可哀想だ。
 
「時間は掛かるけど、修の相手なんてアリーしか出来ないしね。頑張ってもらわないと」
 
「そうなんですか?」
 
「アリーもフィオナと同じで特殊だから。内田修の全てを受け入れた上で好きだと言ってくれる人なんて、そうそういないよ」
 
 と言ったところで優斗は首を捻る。
 
「……ん? 詳しくはまだ話してないのかな? でも関係ないか、アリーは絶対に修を受け入れてくれるし」
 
 修も修でちょっとしたモノを心の裡に持っているが、問題はないだろう。
 
「……それ、どこかしら間違えたら優斗さんとシュウさんでアリーさんの取り合いになってませんか?」
 
「フィオナがいなかったら、そうなってたかもね。これでも王女様の従兄だし」
 
 冗談交じりで告げる。
 だが、次の瞬間には優斗の右腕からはミシリ、と嫌な音が。
 
「駄目です」
 
 フィオナがさらに力を込める。
 メキメキと骨が軋み、嫌な音が優斗の内に響く。
 
「あ、あの、フィオナ? 僕と君の出会いが運命だって言ったのは君だよ? 仮定は意味ないと思うんだけど……」
 
 優斗はそんなこと、これっぽっちも思ってないとアピールする。
 すると、だ。
 
「……優斗さんは“私の優斗さん”です」
 
 フィオナは軽く拗ねたような表情をさせて、
 
「アリーさんには……あげません」
 
 込めていた力を抜き、ぎゅっと右腕にしがみついた。
 優斗は参ったように左頬を掻く。
 
「なんていうか、もう……」
 
 悶え殺すつもりだろうか、この恋人は。
 こんなにも可愛らしい仕草をされて、参らないわけがない。
 
「さっきも言ったけど、僕と君の出会いは運命だから仮定に意味はないよ。それに、もう一つ言うのであれば僕と君の出会いと同じように、修とアリーの出会いは本物の運命だ」
 
 それこそ優斗達とは違う、本当に物語のような運命。
 
「そうなんですか?」
 
「間違いないよ。修が勇者でアリーが王女である以上ね」
 
 だからこそ分かることがある。
 
「あの二人は僕とフィオナ以上の物語を紡ぐよ。それこそ付き合う過程で、僕達全員を巻き込むような大騒動で、はた迷惑で、それでも最高の物語をね」
 
 あんなハチャメチャな勇者が地味な恋愛譚をするわけがない。
 故にそれは最高最上の恋愛絵巻になる。
 
「そうかもしれませんね」
 
 彼らなら、きっと。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 のんびりと散歩して、市街地にまで歩みを進める。
 
「あっ、そういえばシュウさんが言ってましたよ。『優斗もついに“こっち側”に来たな』って」
 
「……どういうこと?」
 
「シュウさんとまーちゃんみたいになった、ということらしいですよ」
 
「……トラブル巻き込まれ体質のこと?」
 
「それです」
 
 フィオナに頷かれて、優斗は項垂れる。
 
「……確かにあの『名』を得てから、修とかマリカとか関係なく巻き込まれるようになったかも」
 
 大魔法士と呼ばれ始めてからも巻き込まれているのは相変わらずだが、そこに修とマリカはいない。
 ということはつまり、優斗も彼らと同様の体質になってしまったわけで、
 
「あの二つ名は……そういうことも付随してくるのかな?」
 
「かもしれません」
 
 フィオナが苦笑する。
 
「まあ、僕だけの時に被害が来るんだったらいいけどね」
 
「駄目ですよ」
 
「なんで?」
 
 優斗が首を捻る。
 
「私が一緒にいる時じゃないと牽制できません」
 
「何に?」
 
「優斗さんの凄さを見た女性の方々に、です」
 
 定番のようになっているフィオナの台詞に優斗は嘆息。
 
「……あのね。何度も何度も言うけど、どの『名』の時でも国外には僕に嫁がいるって公言してるんだよ」
 
「でも私から奪い取ろうとする女性がいるかもしれませんよ?」
 
 特に『大魔法士』なんてものの妻になれたのならば、やはり世界有数の女性と思われるのは必至だ。
 フィオナ自身、自分は普通だと思ってはいるけれども、それぐらいは把握できている。
 なので出来れば、優斗にはあまり力を振るって欲しくないというのが本音。
 
「フィオナは二つ名のことを買いかぶりすぎ。確かに僕の二つ名を狙って近付いてくる女性はいると思うけど、あくまでもあれは『最強』の代名詞なだけだよ」
 
「それだけしか把握してないのが問題なんですよ」
 
 優斗はセリアールに来て一年弱だから、『大魔法士』の凄さをある意味で理解していない。
 お伽噺になっているということは絵本や小説にもなっていて、そこには憧れや尊敬がある。
 彼は自分の立場や力に関しては把握しているけれども、そういった点に関しては鈍い。
 
「優斗さんは歴史上二人目の二つ名を得たんです。そして優斗さん自身が認めたのならば、その凄さをしっかりと理解するべきかと」
 
「してると思うけど?」
 
「……はぁ。そういう、変なところで無頓着なのはどうしてなのでしょうか」
 
 半ば諦めにも似たフィオナのため息。
 すると、右側の建物――ギルドで少女と女性があるやり取りが聞こえてくる。
 
「えっと、その、だから依頼というのは15歳以上じゃないと出来ないの。それに依頼料っていうものがあってね」
 
「お、お金ならあります!」
 
 少女――10歳ぐらいであろうか。財布の中身を見せる。
 
「最低賃金っていうものもあってね、えっと……」
 
 困ったように女性は周囲を見回す。
 少女も女性が困っているのは分かっているのか、申し訳ないと思いながらも同じように周りを見て……優斗達と視線がかち合った。
 
「あ、あのっ、ギルドに登録してる方ですか!?」
 
 真っ直ぐに届けられた言葉。
 何か厄介事なのか、と思いながらも優斗とフィオナは少女に近付き、
 
「そうだよ」
 
 一つ、頷いた。
 
「でしたら、その……っ!」
 
 すると少女は必死な形相で、
 
「大魔法士様になって下さい!」
 
 ある頼み事を優斗達に伝えた。
 
 
 


 
「えっと……これはどういうことなんでしょうか?」
 
 意味が分からず、とりあえず女性――おそらくはギルドの受付であろう女性に確認をする。
 
「“大魔法士の役をやって下さい”っていう依頼をこの子がしたいって言ってるの」
 
 少し困ったように女性は説明する。
 
「ギルドへの依頼は原則、15歳以上じゃないと出来ないの。もちろん15歳以下でも保護者と一緒に来てくれたらいいんだけど。それに依頼料が……」
 
「あの、あの、これは内緒にしたくて。それに依頼料でしたら私の宝物も――っ!」
 
「……その、ね。お金以外だと一般的に価値のある指輪だとか、高級の材料だとか、そういった類いじゃないと駄目なの」
 
 難しい表情で、女性が少女にも分かりやすいように説明する。
 女性としても少女の依頼を受けてあげたいのは山々なのだろう。
 
「でも、でも……っ!」
 
 ぎゅうっと服の裾を握る少女。
 フィオナがやり取りを見ながら、
 
「優斗さん」
 
 彼の名を呼んだ。
 それだけでフィオナがどうしてほしいのか、優斗には分かる。
 
「いいの?」
 
「これも何かしらの縁ですよ」
 
 せっかくの二人きりではあるが、ここで見過ごすような性格をしていない。
 さらには依頼の内容も内容だ。
 優斗はフィオナに頷くと女性に振り向き、
 
「少し質問ですが、こういったケースの場合はギルドを通さず個々人で依頼を受ける、というのは問題ないですか?」
 
 優斗の提案に女性は驚きの表情を浮かべるが、
 
「……いえ、やはり個々人で依頼をやり取りをするとなると、依頼料や様々なトラブルも生まれてきます。特に相手は小さな子供ですから」
 
 基本的には不可、という判断をせざるを得ない。
 依頼を断ったギルドの信用問題にも関わる。
 
「でしたら特例という形では無理ですか?」
 
「特例……ですか?」
 
「ええ。依頼の保証人はギルド長で、この子が納得できなければ依頼は失敗。報酬の上限は1000yenと女の子の宝物。トラブルが生まれた場合はギルド登録の消去と法的手段による糾弾。これでどうですか?」
 
「……確かに、それならトラブルは生まれないと思いますが、しかし……」
 
 特例というものは容易に認められない。
 
「でしたら、これをギルド長に見せていただければ納得していただけると思います」
 
 優斗はギルドライセンスを女性に渡す。
 女性は首を捻ったが、とりあえずそれをギルド長に見せるために建物に入っていった。
 フィオナは小声で優斗に話しかける。
 
「他国のギルド長なのに優斗さんのこと、知ってらっしゃるのですか?」
 
「おそらくね。闘技大会の後、異様な数のパーティメンバー要請が届いたから、この国からも幾つかは届いてると思うし、却下したのは本人ではなくリライト王。こんな大物が却下したんだから僕のことを知らないほうがおかしい」
 
「二つ名についても、ですか?」
 
「箝口令が敷かれているとはいえ、自分で言いたくないけど話題に事欠かないんだから王族以外にも僕のことを知ってる人はたくさんいるよ。傍目に付いたやつでも闘技大会、ジャル、フォルトレスとあるしね。特にギルド長にもなれば簡単に想像つくんじゃないかな。突然、名も聞いたこともない他国の人間に出されたパーティ申請と却下した人物、それに加えて『大魔法士』というものが風の噂になったことを総合的に考えればね。あと仮にもギルドランクBだし、依頼で大きな問題を起こしたこともない。他国の人間だけど、通してもらえると思う」
 
「優斗さんの予想が外れて、通らなかった場合は?」
 
「まあ、どうにかするよ。他国とはいえ、市民に頼られた貴族の義務……とでも言えばいいかな」
 
 通ればいいし、通らなければ嘘八百を並べてどうにかする。
 そして数分ほど話していると、女性が慌てたように戻ってきた。
 
「えっと……ギルド長から承認が出て、こちらにユウト・ミヤガワさんのサインを、と」
 
「意外と早かったですね」
 
「それがギルド長がミヤガワさんのライセンスを見た瞬間、目を見張りまして……」
 
 どうやら、ある程度は把握されているらしい。
 どこまでかは分からないが、特例が通るならそれでいい。
 優斗は素直にサインをする。
 
「これでよろしいですか?」
 
「えっと……はい、問題ありません」
 
 女性が頷いたのを見て、優斗は少女を促す。
 
「じゃあ、行こうか」
 
 優斗の優しげな笑みに、少女は嬉しそうに頷いた。
 
「はいっ!」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 歩きながら少女と話す。
 
「まず名前を訊いてもいいかな?」
 
「ライネって言います」
 
「それで依頼は『大魔法士の役をする』でよかったかな?」
 
「はい」
 
 ライネは頷く。
 
「誰に対してやればいいの?」
 
「おばあちゃんです」
 
 出てきた単語に、少しだけ優斗は驚く。
 
「年配の女性?」
 
 問いかけに対し、少女は首肯する。
 
「ずっと、おばあちゃんの元気がないんです。でも、おばあちゃんは大魔法士様が大好きだから……会えれば、元気が出ると思って」
 
「そっか」
 
 優斗は相づちを打つ。
 しかし、内心は「困ったな」と思っていた。
 小さな子供ならば騙せるだろう。
 けれども相手は年配。
 騙せるわけもない。
 一応は大魔法士本人であるが、自分のような子供が大魔法士である、などと信じる大人はそうそういない。
 
 ――まあ、なるようにしよう。
 
 相手がどのような人で、どんな人物なのかは分からない。
 だからその場その場で柔軟に対応していこう。
 
 
 
 



[41560] その名が持つ意味
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:059736eb
Date: 2015/11/12 21:41

 
 
 
 
 
 
 家の前までたどり着くと、少々驚いた。
 
「大きい家だね」
 
 話を聞いている限り、貴族ではないようだが……貴族だと言われても納得できるほどの豪邸。
 どんなことでも余裕で出来そうな庭には枯れた大樹があり、それだけが違和感を放っていた。
 何で切らないんだろう? と優斗は僅かばかり疑問に思ったが、ライネに玄関へと連れて行かれ、すぐに疑問はかき消えた。
 ライネは意気揚々と家の中に入り、
 
「おばあちゃん! 大魔法士の人、連れてきたよ!」
 
 家中に響き渡るような声を出した。
 すると少女の声に反応した老婆が苦笑しながら玄関に出てくる。
 
「ライネ、女の子がそんなに大声を出すものじゃないわ」
 
 柔らかでいて、落ち着いた声音。
 そして優しげな風貌の年配が優斗達の前で、くつくつと笑っていた。
 
「それで、大魔法士様を連れてきたって言ったけど……そちらが?」
 
 老婆が視線で優斗を指し示す。
 
「初めまして。大魔法士――ユウト=フィーア=ミヤガワと申します」
 
 優斗は軽く会釈をした。
 
「妻のフィオナです」
 
 フィオナも頭を下げる。
 
「あらあら、ずいぶんとお若い大魔法士様がいらっしゃったのね」
 
 軽やかな口調で老婆が笑みを零す。
 まあ、当然といえば当然ではあるが優斗は心の中で嘆息する。
 
 ――絶対に信じられてないな。
 
 無理もない。
 自分だって信じるわけがない。
 
「私はミント・ブロームよ、ユウト君」
 
 手を伸ばされたので、優斗もフィオナもミントと握手をする。
 ミントは握手をすると、広間の方向を手のひらで示した。
 
「せっかく来てくれたのだから、一緒にお茶でもしましょう?」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 紅茶を飲みながら、優斗は広間を見回す。
 
「ずいぶんと絵本がありますね」
 
 一つ一つが棚に立てかけられており、その数は何十冊とある。
 
「おばあちゃんは絵本作家なんです!」
 
 ライネが自慢するかのように答えた。
 いや、事実、これは彼女にとっての自慢なのだろう。
 ということは、この絵本の全てはミントの作品ということだ。
 
「表紙に描かれているのは……大魔法士ですね」
 
 優斗は自分の正面に座っているミントに視線を向ける。
 
「大魔法士の絵本を描かれていたんですか?」
 
「ええ。世界に流通している大魔法士の絵本のほとんどは、私と亡くなった旦那で作ったものなの」
 
 ミントの返答に優斗は素直に感嘆を示す。
 
「優斗さん、これってうちにもありますよ」
 
 フィオナが指差す方向を見れば、確かにトラスティ家にある絵本だ。
 
「マリカに読んでる絵本の全てがミントさんの作品だったとは……」
 
 思わぬところで繋がりがあったものだ。
 
「あら、子供でもいるの?」
 
「ええ、娘が」
 
 優斗は頷きながら、断りを入れて席を立ち絵本の表紙を眺めさせてもらう。
 
「大抵は何かを倒した、というお話ですか。確かに大魔法士は『最強』の代名詞ですし納得できます」
 
 頷きながら表紙を見る優斗に、ミントが否定の言葉を入れた。
 
「あら、違うわよ」
 
「……? どういうことですか?」
 
 優斗が首を捻った。
 違う、とは一体どういうことだろうか。
 
「大魔法士様は確かに『最強』。けれど、たったそれだけというわけではないわ」
 
 ミントは『大魔法士』というものを講釈する。
 
「もし最強なだけであれば、そもそも絵本になんてならないのだから」
 
 ただ強ければいい、ということではない。
 絵本となるほどの物語がどうして、後生まで受け継がれてきたのか。
 
「1000年間もお伽噺が受け継がれてきたということは、どの時代にも共通して尊敬や憧れが存在しているのよ」
 
 独自詠唱の神話魔法と、パラケルススの契約者。
 誰にも真似できないからこそ、尊敬し、憧れる。
 
「だからこそ子供も大人も大魔法士様に『夢』を見ることが出来るの」
 
 届く言葉は本当に嬉しそうで、心からミントが大魔法士を敬愛していると分かる。
 
「……そういう考えを持ったことはありませんでした」
 
「勉強不足よ、ユウト君」
 
「精進します」
 
 優斗が頭を下げて、上げる。
 すると、視界の端に何かが光った。
 
「……ん?」
 
 ちらりと上を見れば、額縁に入ったショートソードが目に入った。
 
「これって……」
 
 錆はなく、輝くばかりの銀色。
 市販品とは画した見栄え。
 絵本に囲まれた広間において違和感がある……というわけではなく、見事に調和しながら置かれている。
 
「そのショートソードのことが知りたいの?」
 
「お願いします」
 
 優斗が頷けば、ミントも小さく頷いた。
 
「二十年ほど前だったかしら。私達の功績を称えてくれたミラージュ聖国から受け賜ったの」
 
 絵本によって正しく大魔法士を伝えてくれたミント夫妻に送られたモノ。
 
「大魔法士が使ったと言われているショートソードよ」
 
 まるで本人が使ったかのようなミントの言葉。
 けれど優斗は付け加える。
 
「レプリカ、ですね」
 
「あら、分かるの?」
 
 ミントが少し驚きの表情を浮かべた。
 
「先代は聖剣を使っていましたから」
 
「ふふっ、ビックリしたわ。それは知っているのね」
 
 ミントは面白げな声をあげる。
『大魔法士』がどういう存在なのか、というのはしっかりと分かっていないくせに、こういうことを知っているのね、といった感じだ。
 
「これは材質的に全て同一。ただ、精霊の加護を受けていないだけなの」
 
 本物との差異は、これだけ。
 だから、
 
「2年前に亡くなった旦那はね、いつか大魔法士に会ったら『紛い物だけど、これを使って欲しい!』なんて言ってたの」
 
 本物のショートソードはミラージュの国宝となっている。
 なので新たな大魔法士には、自分達が承ったこの剣を使って欲しい、と。
 
「目をキラキラさせちゃって……。本当に、いつまで経っても子供っぽい旦那だったわ」
 
 視線を軽く上にあげ、遠くを見るようなミント。
 旦那との思い出を思い返しているのだろう。
 
「このショートソードを、ミントさんも旦那さんも大事にされてきたんですね」
 
 優斗はしっかりと見据える。
 
「錆はなく加護はなくとも精霊に好かれてる。大事にしていなければ、こうはなりません」
 
 その言葉にミントはくぐもった笑い声をあげながら、
 
「だって私と旦那の夢の一つだったもの」
 
 彼女の告げた返答に……優斗は一つ、引っかかりを覚えた。
 
 ――夢の一つ……“だった”?
 
 どういうことだろうか。
 先ほどの旦那の発言だと“使ってほしい”と言っていた。
 けれど今のは過去形。
 矛盾が生じるのではないだろうか。
 しかし優斗は少し思案して、気付く。
 
 ――ミントさんの夢じゃなくなったってことか?
 
 旦那さんは亡くなるまで、使ってほしいと思っていた。
 ならばミントが夢を諦めたからこその言い方。
 ということは、
 
 ――これが“元気のない理由”の一つってことかな。
 
 優斗は席に戻り、紅茶を一口含む。
 そして口の中を潤してから、訊く。
 
「ミントさんと旦那さんの馴れ初めは、どういったものだったんですか?」
 
「馴れ初め? ……そうね、やっぱり私と旦那の馴れ初めは大魔法士様よ」
 
 懐かしむように、ミントは過去を振り返る。
 
「昔々にね、大魔法士様になろうとした馬鹿な男がいたの」
 
 大人になっても子供のような夢を持った男がいた。
 
「精霊術はそこそこ使えたのだけれど、魔法を上手に扱うセンスが全く無かったの。上級魔法なんて使えなくて、せいぜい風の中級魔法が精一杯」
 
 どれほど頑張っても無理だったのよね、とミントは笑う。
 
「それは本人も分かっていてね、“大魔法士様になる”っていうのはやめたの」
 
 どう頑張っても届かない。
 自分程度じゃ無理なのだと、理解した。
 
「けれど、別に夢が破れた……ということじゃないのよ」
 
 挫折するようなことじゃない。
 
「だって、その馬鹿な男は大魔法士様が大好きだったのだから。そして生涯の夢として“大魔法士様に会う”っていう夢を持ったの」
 
 馬鹿な男が明確な夢を持った。
 
「そんな馬鹿な男に馬鹿な女が出会ったのは、このとき」
 
 ミントは自らの若い頃を振り返る。
 
「女のほうも馬鹿でね。大魔法士様の描かれていた絵本が大好きだったの。幼い子供が読む絵本だというのに、20歳を過ぎても大事に読み返して、その物語を思い描いていたの」
 
 考えて、想像して、妄想した。
 
「ずっとずっと、いつかは大魔法士様に『会いたい』って思ってた。こんな素晴らしい話を私も『描きたい』って思ってた。だから辛い時も、悲しい時も、楽しい時も、嬉しい時も、ずっと絵本を片手に持ってたわ」
 
 自らの人生は絵本と共にあった。
 
「だって絵本を読んでいれば辛さは紛れ、悲しさは薄らぎ、楽しさは増し、嬉しさは大きくなるんだもの」
 
 自分にとって、本当に最上のものだ。
 そしてミントは窓から見える風景に目をやる。
 優斗もフィオナもつられて外を見た。
 全員の視界にあるのは、枯れた大樹。
 
「それでね、ちょっと悲しいことがあって、あそこの桜の樹の下で絵本を読んでたの。そしたら旦那がやって来てね、『それ大魔法士様の絵本か!? あっ、すげえ、これ品薄のやつじゃん!!』って初対面の一言目で言ってきたのよ」
 
 今でも馬鹿らしい出会いだったと、何度思い返しても同じように思ってしまう。
 
「ビックリしたのも確かなんだけどね。そこから二人で大魔法士様について延々と話したわ。それで、その日は『明日、また話そう』って言って終わったんだけど……」
 
 翌日からは酷かった。
 
「次の日からは意見の相違でしょっちゅう喧嘩もしたし、自分のほうが大魔法士様について詳しいって意地を張り合ったりもしたわ」
 
 これは間違っている。
 いいや、間違っていない。
 自分が正しい。
 いや、自分のほうが正しい、と。
 
「でも、凄く楽しくて……大切な時間になったの」
 
「プロポーズとかされたんですか?」
 
「されたけど、凄く笑えたわよ。『大魔法士様のお伽噺なんて、まだまだたくさんある。廃れていったやつだってある。だから俺とお前で探そう。探して探して探し尽くせば、きっと俺らはこの時代で一番大魔法士様に近い存在になる。つまり第一人者ってことで、最高だろ? だから俺らが大魔法士様の絵本をたくさん描いて繋げていこう。そうすれば俺らは大魔法士様と一緒に在るってことだ。それに自分じゃ大魔法士になれなかったけど、生きてるうちに現れるかもしれないだろ? だからその時、一番に会わせてもらって言うんだよ。俺ら大魔法士様の一番のファンなんだから、サイン下さいってさ。ってなわけで、結婚しよう』……って。今から思えば本当に、これがプロポーズとか頭おかしいとしか思えないわ」
 
 けれどもミントは懐かしさに目を細め、また外の枯れた桜の樹に目をやる。
 
「…………」
 
 しばらく桜を見詰めて、ミントは孫に振り返った。
 
「ライネ、お砂糖が切れちゃったから買ってきてくれるかしら?」
 
「えっ!? う、うん」
 
 突然のおつかいにライネは驚くものの、頷く。
 ミントは他にも買うものをメモしてライネに渡した。
 ライネは優斗達を残すことに少しだけ心配そうな表情をさせたが、慌ただしく出かける準備をしておつかいに出る。
 バタバタと出かける孫に小さく笑い声を漏らすミント。
 
「素直な孫よね、本当に」
 
 そしてライネが出て行ったことを確認すると、ミントは優斗達に対して、
 
「ユウト君、フィオナさん。少し、外に出ましょうか」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 優斗はミントが外に出る支度をしている間、依頼とは別のことを考えていた。
 
 ――大魔法士は『最強』なだけじゃない……か。
 
 己がそうだと認めた大魔法士。
 それは力の象徴であり、最強の代名詞。
 
 ――でも、それだけじゃないんだね。
 
『最強』以外にも『大魔法士』という二つ名は内包している。
 
 ――ちょっとだけ勘違いしてたな。
 
 大魔法士というものを。
 
 ――『夢』でもあるんだね。
 
 朝、フィオナが嘆息したのは、自分がこれを知らなかったせいだろう。
 理解すべきは“力”だけでも立場だけでもない。
 
 ――正直言えば周りからどう思われようと、どうでもいいけど。
 
 仲間から非難がなければ、それでいい。
 どれほどの非難が来ようとも、仲間が言わなければ優斗が気にすることはない。
 
 ――ただ、僕が継いだ名をこれほど想ってくれる人がいるということを。
 
 忘れてはいけないのだと、そう思う。
 そして知っておかなければならない。
 
 ――ミントさんがいたから、大魔法士は正しく在るんだ。
 
 一つ間違えれば恐怖の対象でしかない。
 一つ間違えれば畏怖の存在でしかない。
 けれども大魔法士は尊敬され、憧れられ、夢となっている。
 それは1000年間、誰かが継ぎ、創り、描いてくれたからこそ。
 このことだけは『大魔法士』を継いだ自分だからこそ、強く心に刻みつけないといけない。
 
 
 



[41560] “夢”の名は
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:059736eb
Date: 2015/11/12 21:42

 
 
 
 
 
 
 
 
 ミントは「どうせだからね」と言って、ショートソードを桜の樹まで持ってきた。
 もちろんのこと、年配には重たいものだから持ち運んでいるのは優斗。
 
「ユウト君は剣を持ってないの?」
 
「この間、大岩を斬った時に折れてしまって」
 
「あら、そうなの」
 
 愉快そうに笑って、ミントはショートソードを桜の樹に立てかけるよう優斗にお願いした。
 頷き、優斗は慎重に樹へと立てかける。
 ミントは感謝を述べて、
 
「ここでね、旦那とよく話し合ったの」
 
 優しく幹を撫でる。
 
「大魔法士様に会えたらどうする? とか、大魔法士様はどういうことをしてきたのか? とか、ショートソードをどうやったら受け取ってもらえるか、とか……。何年も何十年も、この桜の下で語り明かしたわ」
 
 今はもう、葉すらも付けない桜の樹。
 見上げても見えるのは枝のみで、枝の隙間からは空が見える。
 艶やかに、鮮やかに咲き狂った桃色の花びらはどこにもない。
 
「…………」
 
 語り合った過去の残滓は、何も残っていない。
 
「思えば、よく飽きなかったものよね」
 
 何十年も。
 馬鹿みたいに似たような会話を繰り返して。
 どうして当時の自分は飽きなかったのだろうか。
 
「……ふふっ。飽きるはずもないわ」
 
 大好きな大魔法士の話をしていたのだから。
 旦那と共に夢を追いかけていた日々。
 飽きるわけもない。
 
「本当に、死ぬまで……夢を追いかけ続けると思ってた」
 
 ミントの表情が――変わる。
 優斗はその変化を逃さない。
 
「今は……どうなんですか?」
 
 核心を突いた問いかけ。
 ミントは小さく首を横に振る。
 
「もういいの」
 
 桜の樹に目を向けたまま、ミントは答える。
 
「描き続けた夢も、出会う夢も……お終い」
 
 長い間、望み続けていたものを諦める。
 
「夫が亡くなったと同時に、夢を語った桜も枯れた」
 
 “最愛”を失い、夢を語らう場所も失った。
 
「だから」
 
 きっと、契機だったのだ。
 
「この桜の樹の下で願った夢は、全て終わったものよ」
 
 
 
 
 
 
 
 
 ミントの視線は未だ桜の樹にある。
 優斗も同じように、枯れた大樹に目を向けた。
 
「…………」
 
 さぁ、と。
 風がそよいだ。
 ゆっくりと目を瞑る。
 なぜか、そうしたほうがいいような気がした。
 
「…………っ」
 
 言葉にすることは出来ない。
 けれど感じた。
 沸き上がった。
 
「何か分かりましたか?」
 
 フィオナが問うてくる。
 優斗は素直に頷いた。
 
「……どうしてだろうね」
 
 目を瞑れば、溢れてきた。
 
「今、使うべき魔法がある……と。教えてもらったような気がする」
 
 それがどんな魔法で、詠んだ結果、どうなるのか分かった。
 どうして得られたのかは分からないけれど、きっと、この『言霊』は……馬鹿な男が馬鹿な女に送る想い。
 ここ以外では使えない魔法。
 
「…………」
 
 けれど迷った。
 俯き、詠むべきなのか少しだけ躊躇う。
 
「…………」
 
 先ほど、他人の評価などどうでもいい、と。
 そう思ったはずだ。
 依頼を遂行するのであれば、ここで詠めばいい。
 自分が大魔法士であると教えればいい。
 一人二人ぐらいなら、知られたところで問題じゃない。
 
 ――だけど。
 
 自分が継いだ二つ名を、何十年も追いかけ続けた人がここにいる。
 けれど追った夢を見ることをやめ、諦め、燃え尽きた。
 夢を語った桜が枯れてしまったから、と。
 
「…………」
 
 話を聞いて、感情が動いてしまった。
 依頼をこなすのではなく、彼女の夢を叶えてあげたいと思ってしまった。
 
 ――でも……大丈夫なのか?
 
 優斗は決して英雄じゃないし、ヒーローでもない。
 たくさんの人を救うことはしないし、仲間だけ助けられればいいと思っている。
 他人なぞくそ喰らえ、だ。
 だから優斗は必要があれば国を破壊することを躊躇わないし、殺意を抱き人を殺したところで何も揺れない。
 
 ――僕は絵本のような大魔法士じゃない。
 
『尊敬』されると思っていないし、『憧れ』を持ってもらえるとも思えない。
 自分はそんな大魔法士だ。
 
 ――ミントさんの『夢』に適うような存在じゃない。
 
 だからこそ躊躇いが生まれた。
 イメージと違うからこそ、落胆してしまうのではないか。
 彼女の夢を叶えることは、本当に良いことなのだろうか、と。
 優斗は迷いながら、顔を上げる。
 すると、彼の視界に映る最愛の女性が微笑んだ。
 
「大丈夫ですよ」
 
 それはまるで迷いを断ち切るようであって、払拭するような……柔らかな声音。
 フィオナは優斗の迷いを理解しているからこそ、抜け出せるように背を押す。
 
「貴方の二つ名の意味は『最強』だけじゃありません。『夢』も見せてくれるもの。それは先代が築き、残したものです」
 
 どういう存在なのかをミントが教えてくれた。
 
「けれど貴方は貴方です」
 
 同じ二つ名でも、同じ強さでも、明確に違う。
 
「だから良いと思いますよ」
 
 躊躇う必要なんてない。
 
「貴方は先代じゃない。貴方そのままを見せてあげればいいと思います」
 
 ミントが描いてきたものと違ったとしても、絶対に後悔なんてしないだろう。
 
「“大魔法士”。それがミントさん達の追いかけた夢なのですから」
 
 故に、
 
「優斗さんの思うように、なさってください」
 
 フィオナは軽く優斗の手を握る。
 
「貴方がミントさんの夢と違わないことを私は知っています」
 
 彼が大魔法士であることは絶対に間違いではなく、確実に落胆などさせない。
 
「優斗さんが魅せる“尊敬”と“憧れ”を以て、『夢』を叶えてあげてください」
 
 フィオナは優斗をミントの前へと立たせる。
 恋人が押してくれた背に頼もしさを覚えながら優斗は、
 
「ありがとう」
 
 一つ頷き、頭を振ってミントと向かい合う。
 吹っ切れた。
 ミントの想像と違ったとしても、自分は確かに大魔法士で、彼女の『夢』だ。
 幻滅されても『だからどうした』と笑い飛ばせばいい。
 こんな自分が大魔法士で『ごめんなさい』と謝ればいい。
 
 ――だったら、迷う必要なんてなかった。
 
 叶えてあげたい。
 追いかけた夢がここにあるということを。
 語り合った日々とは違う存在だったとしても、彼女達の日々があったからこそ、自分がいる。
 新たな大魔法士がいる。
 だから教えてあげたい。
 自分が貴女と話して何を得たのか、ということを。
 
「ミントさん」
 
 優斗は真正面から、真正直に訊く。
 
「お孫さんを遠ざけたのは、今の話を聞かさないようにするためですか?」
 
 問われたことに対しミントは首肯する。
 
「ええ、そうよ。あの子が私のことを心配してくれてるのは分かるから、これ以上の心配を掛けるわけにはいかないもの」
 
 自分のために、と一生懸命頑張って偽物を用意してくれるような孫に対して余計な心配をさせたくない。
 
「お孫さんに心配を掛けたくないというのなら、夢の続きを見ようとは思わないんですか?」
 
「……続き?」
 
 彼のさらなる問いかけに対して、ミントはくしゃりと皺を寄せながら泣きそうな笑みを浮かべる。
 
「私にはもう、見るべきものがないの」
 
 小さく、本当に小さく首を横に振った。
 
「たくさん探して、たくさん描いて……満足よ」
 
 もう、お伽噺はどこにもない。
 
「夢は――全て見たわ」
 
 燃え尽きたかのようなミントの表情。
 けれど優斗にはまだ、言うべきことがある。
 
「見ただけで満足なんですか? 二人で何十年も夢を追いかけて、追いかけて、追いかけたんでしょう? 出会う日々を夢見たんでしょう?」
 
 優斗が想像できないほどに、純粋に。
 
「だったら夢が叶うところまで、しっかりと見ましょうよ」
 
「……ユウト君? 貴方、何を言って――」
 
「ミントさん」
 
 優斗は彼女の言葉を遮り、
 
「できれば、この一時を忘れないで下さい。夢を追いかけて、夢を描いてきた貴女だからこそ覚えていて下さい」
 
 これから目の前で起こることを。
 
「探し尽くしたと思うのなら、もう過去を探す必要も見つける必要もありません」
 
「……どうして?」
 
「決まってるじゃないですか」
 
 どこかにある童話じゃない。
 探さなければ見つからないような物語じゃない。
 
「1000年の時を経て、この『名』は再び紡がれました」
 
 見せるべきは力の象徴。
 伝えるべきは最強の代名詞。
 叶えるべきはミント達の――夢。
 
 
「大魔法士は“ここ”にいる」
 
 
 優斗は清かに笑い、大きく左手を広げた。
 
「……えっ?」
 
 思わずミントから声が漏れた。
 瞬間、優斗の背後に幾数もの魔法陣が生まれ、そこから大精霊の姿が現れた。
 
「……シルフ?」
 
 ミントが名を呼べば、風の大精霊は小さく会釈をした。
 
「イフリート、ノーム、ウンディーネ」
 
 他も彼女が名を呼ぶたびに、彼らは小さく反応を示す。
 
「トーラ、ファーレンハイト、アグリア、エレス」
 
 何体かは見たことはない。
 でも、分かってしまう。
 何度も何度も想像して、描いてきたのだから。
 
「それに……」
 
 最後。
 少し遅れて現れた魔法陣。
 
「貴方は……」
 
 8体の中央に座す精霊。
 知らずとも、間違えるはずなどない。
 紛うことなき精霊王。
 
「パラケルスス」
 
 名を呼ばれ、賢者の様相を呈した精霊の主は微笑む。
 ミントは優斗を見た。
 大精霊を呼び出した少年がそこにいる。
 まるで当然のように彼らを従えている姿は……まさしく、彼女が夢見た『大魔法士』だった。
 優斗は大精霊達に語りかける。
 
「誰よりも長い時間、大魔法士を想ってくれていた女性がいる。だから――見せて、魅せて、紡ごう」
 
 伝えるべきは、一言。
 
「現世の御伽噺を創ろう」
 
 優斗は樹に寄り添うように置かれてあるショートソードを抜き放ち、宙へと投げる。
 本来ならば放物線を描いて落ちる“それ”は空中で止まり、大精霊達が囲んだ。
 
「各々、最大限の加護を」
 
 優斗の声に大精霊が反応して赤が、緑が、青が、茶が。
 手を翳し、前足を翳し、各々の元素に応じた色味が一つの剣に混じり合う。
 
「…………」
 
 壮大な光景に、ミントは目が奪われた。
 大精霊9体がたった一つのショートソードに加護を与える。
 それがどれほど凄いことか、ミントにはよく分かる。
 だからこそ、瞬き一つ許したくない。
 
『仕上げといこうかの』
 
 パラケルススが手を翳し、淡く桜色に輝いたショートソード。
 それが輝きを保ったまま優斗の手元に戻ってくる。
 大魔法士が精霊の主に訊いた。
 
「銘は?」
 
『聖剣――九曜』
 
「良い響きの銘だね」
 
 優斗は頷き、ミントを見据える。
 彼女の表情は心底の驚きが表現されていた。
 けれども口の端が僅かに緩んでいる。
 無意識だったとしても『夢』がここにあることを、頭の片隅で理解している。
 
「ミントさん」
 
 だから優斗は告げる。
 
「新たな大魔法士がいるかぎりお伽噺の続きも、新しいお伽噺も――間違いなく紡がれます」
 
 まだまだ、たくさんの物語が生まれていく。
 
「僕が紡いでいきます」
 
 これから、ずっと。
 
「貴女達の描いた大魔法士とは違うかもしれません。貴女達の望んだ大魔法士とは違うかもしれません」
 
 それでも、と優斗は心からの言葉を届ける。
 
「貴女達が夢見てくれたからこそ、今の僕がいるんです」
 
 偶像を探して、お伽噺にしてくれたから。
 過去の物語をずっと繋げてくれたから。
 恐れではなく尊敬を。
 畏怖ではなく憧れを。
 こんな化け物に対して皆が抱いてくれる。
 今でも大魔法士は皆の夢になっている。
 
「ありがとう。大魔法士として感謝することしかできません」
 
 風化させず、絵本として残してくれた。
 だから大魔法士は優しい物語に包まれて、ここに在ることができる。
 
「そして、どうか感謝を紡がせて下さい」
 
 優斗はショートソードをミントに渡すと、枯れた桜の樹の前に立った。
 
「……感謝を……紡ぐ?」
 
「ええ。貴女達の物語を詠ませて下さい」
 
 幹に近付き、少し目を閉じる。
 変わらず、浮かび上がるイメージ。
 届いてくる詠唱。
 それは大魔法士にとって『言霊』となった物語。
 
「純粋な夢に満ち溢れた――そんな『神話』を」
 
 優斗の足下に魔法陣が広がった。
 ゆったりとした調子で樹に手を当てながら、彼は紡ぐ。
 
『私の日々は夢に彩られている』
 
 人生の全てを大魔法士に捧げた、ある夫婦の物語を。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
『いつまでも君と願う夢がある』
 
 夢を追いかけて、追い続けて。
 
『それだけで全てが晴れやかな桜色になる』
 
 いつか大魔法士と出会うことを夢見た夫が、同じ夢を持つ妻に送る想い。
 
『悔いることも、嘆くこともさせない』
 
 後悔は存在しない。
 
『共にいるよ、何があろうとも』
 
 傍らにはいつも、大切な人がいた。
 
『共に在るよ、何があっても』
 
 笑顔の彼女がいてくれた。
 
『私達の夢は確かに、同じなのだから』
 
 ただ、それだけで幸いだったと断言できる。
 
『だから忘れないでほしい』
 
 何一つ、辛いものなどなかった。
 あるはずもない。
 なぜなら大切なものは、いつも一緒だった。
 
『私の心は桜と絵本と共に――』
 
 桜の樹の下で語り明かした日々と。
 大魔法士を描き続けた絵本。
 そして、
 
『――永遠に君を想う』
 
 共に夢を追いかけた“最愛”が。
 死ぬまで一緒だったのだから。
 
 
 
 
 
 
 
「さあ、頼むよ」
 
 優斗は語るように桜に話しかける。
 
「咲いてくれ」
 
 優斗が告げた瞬間だった。
 視界一面が桜色に染まる。
 蕾が生まれ、花開く。
 無数の花びらが……ミントの頬を、手を、身体を撫でた。
 
「…………桜が……」
 
 ミントの瞳に映るのは、すでに枯れた桜……だったはずだ。
 けれど咲き乱れている。
 懐かしい風景が視界いっぱいに広がった。
 花びらが風に煽られ、吹雪き、まるで幻想の世界にいると錯覚してしまう。
 
「……これは……夢なのかしら?」
 
 艶やかに咲き誇る桜。
 もう二度と見ることはできないと思っていたのに。
 
「いいえ、夢が叶った瞬間です」
 
 優斗は優しく首を振った。
 
「今のは神話魔法……なの?」
 
「そうですよ」
 
 大魔法士は頷く。
 
「けれど実は初めてなんです。攻撃以外の神話魔法を詠むのは」
 
 敵以外に神話魔法を使う機会はなかった。
 だからイメージも詠唱も、何一つ攻撃以外のものなんて浮かばなかった。
 
「それを出来るようにしてくれたのは……」
 
 誰かを幸せにするような神話魔法を詠めるようになったのは。
 
「ミントさん、貴女達のおかげです」
 
 彼女と出会わなければ、永遠に出来なかったかもしれない。
 
「描いた童話も、夢見た日々もそうです。貴女達の歩いてきた道は、新しい大魔法士にとっての道標なんですよ」
 
 この『力』には何が出来るのか、ということを。
 ただ敵を殺すだけではないということを教えてくれる、たった一人のためにある道標。
 
「……ユウト君」
 
 ミントは何とも言えない表情をして……小さく顔を伏せ、自分が為してきたことを思い返す。
 夢を語り、夢を描き、夢を求め続けた日々のことを。
 
「私は……」
 
 思わず、涙が零れた。
 
「私はこの人生を誇りに思っているわ」
 
 後悔はない。
 これで良かったとも思っている。
 
「けれどね」
 
 誇り以外にも得られるのならば。
 
「私達の夢追う日々が、新しい大魔法士様の導となっているのなら」
 
 それは間違いなく、自分達にとって最高のプレゼント。
 
「これほど誉れであることはないわ」
 
 追いかけていた『夢』を導けているのだから。
 ミントは笑みを浮かべる。
 
「ユウト君。貴方は確かに大魔法士様よ。違ってなんかいないし、おかしくなんてない。己を卑下する必要なんてないわ。世界が認めた大魔法士様こそが、私達の望む大魔法士様なんだもの」
 
 そうだ。
 世界が優斗を認めた。
 人は彼が神話魔法の使い手だと認め、精霊は彼が『契約者』たり得る存在だと認めた。
 だからこそ優斗が得た『二つ名』に対して、間違えなんてない。
 
「私達の夢は――目の前にいるわ」
 
 落胆はなく、心は震える。
 悲嘆はなく、魂は歓喜する。
 妄想通りだった。
 想像以上だった。
 これが『大魔法士』なのだと感情が全肯定する。
 
「だから」
 
 手元を見てから、ミントは真っ直ぐな視線を優斗に送った。
 
「もう一つ、残っている夢を叶えても……いいかしら?」
 
 問いかけに優斗も笑みを零す。
 ミントは彼の笑みに安堵し、暦年の全てを込めて――夢を叶える言の葉を紡ぐ。
 
「貴方の手により紛い物ではなく、『聖剣』となったものがここにあります」
 
 ミントは手にある九曜を大切に撫でる。
 
「けれど紛い物であった日々でも、これには私達の想いが込められています」
 
 そう。
 何十年もの想いがあって、
 
「貴方と出会う日々を夢見た私達の願いが込められています」
 
 何十年もの願いがある。
 誰よりも純粋に想い続けた日々を聖剣に込め、誰よりも果てなく願い続けた日々を聖剣に乗せる。
 それは全て、この瞬間のため。
 
「よろしければ、受け取ってはいただけないでしょうか?」
 
 追いかけて、追いかけて、やっと追いついた――私達の夢。
 
 
「新たな大魔法士様」
 
 
 ミントは手にある夢を差し出す。
 桜色に輝くショートソードを。
 それを優斗は膝をつき、まるで宝物を受け取るかのように、
 
「よろこんで」
 
 手に取った。
 
 
 
 
       ◇      ◇
 
 
 
 
 それから数時間、ミントは優斗達とたくさんの話をした。
 優斗がセリアールにやって来てから、どのような物語を歩んできたのか、を。
 たくさん語り合い、日が暮れるころ、優斗とフィオナはミント邸を後にした。
 ミントは満足しながら家へと戻る。
 そこにライネが待ち構えていた。
 
「あら、どうしたの?」
 
「おつかい、終わったよ」
 
 台所にはミントがメモした材料が全て、揃っている。
 数は多く、数時間は掛かるようなおつかいだ。
 
「ありがとう、ライネ」
 
 孫の頭を撫でて、ミントは家の中に入る。
 
「あの、ユウトさん達は?」
 
「宿屋に泊まるって言ってたわ。明日にはまた、別の国に向かうみたい」
 
「えっと……おばあちゃん、元気になった?」
 
 心配そうな孫の表情に、ミントは力強く頷く。
 
「大魔法士様と会ったのだから当然よ」
 
 祖母の様子にライネは少しだけ、安堵の表情を浮かべる。
 
「あとね、広間にあった剣がなくなってたんだけど……持って行ったの?」
 
 ケースだけが残っているだけで、中身がなくなっていた。
 
「ユウト君にあげたのよ」
 
 平然と事の次第を話すミント。
 爆弾発言にライネは大きく慌てた。
 
「で、でも、それ大魔法士様にあげるって――っ!」
 
「だからユウト君にあげるの」
 
 続くミントの言葉にライネの表情が曇った。
 自分が『偽物』を用意したのに、大切なものを渡した祖母に申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
 けれどミントはおかしそうに笑い、
 
「ライネ、貴女は素晴らしい出会いをしてくれたわ。私を元気付けるためにユウト君にお願いしたんでしょう? 『大魔法士様になって下さい』って」
 
「……うん」
 
「でも、本物の大魔法士様が大魔法士様役をやってくれるなんて思わなかったようね」
 
「……ほんもの?」
 
 ぽかん、とライネの表情が呆けた。
 
「歴史上二人目の大魔法士様。それがユウト君だったの」
 
 平然と告げるミントに対して、ライネは本気で驚く。
 
「…………えぇっ!? だって大魔法士様ってパラケルススと契約してて、えっと、独自詠唱の神話魔法も使えて、それに凄く強くて最強で……っ!」
 
 大慌てのライネに対して、ミントは可笑しさが増す。
 
「だからそうなのよ。パラケルススも見ちゃったし、ほら、あの桜の樹……。枯れてた桜を咲かせる独自詠唱の神話魔法まで使ってもらっちゃったの」
 
 ミントが指し示すところには、壮大に咲き誇る桜がある。
 
「しかも神話魔法の言霊なんて私達の人生なのよ」
 
「……それ、本当?」
 
「嘘をついても仕方ないわ」
 
 満面の笑みを浮かべるミント。
 
「まさか『夢』を語った場所で『夢』と話せるなんて思わなかったわ」
 
 心から満足した一時だ。
 
「ふふっ、闘技大会でパラケルススを召喚して、6将魔法士をぶっ飛ばして、最近だとフォルトレスとまで闘ったんですって」
 
 話題の規模にミントでさえ呆れかえるほどだった。
 
「えっと……6将魔法士って、強いんだよね?」
 
「でも大魔法士様ほどじゃないわ」
 
 話を聞けば、圧倒的だった。
 
「さすが大魔法士様よね」
 
 とはいえ優しげな風貌の優斗が、それほどのことをしているとは。
 まさしく意外だ。
 すると、
 
「……あっ! 依頼料!」
 
 思い出したかのようにライネが叫んだ。
 
「ど、どど、どうしよう、おばあちゃん! 私、大魔法士様に依頼料渡してない!」
 
 しかも相手は本物だ。
 いくらライネでも依頼料が足りないぐらい、分かる。
 
「ライネ、大丈夫よ。ユウト君が『本物が大魔法士役をやるとか、ある意味で反則ですよ』とか言ってたし。どっちにしても聖剣を持って行ったのだから、これ以上貰うことはできないって言ってたわ」
 
 こちらとしては使ってほしいから渡したものなのだが。
 まあ、ライネの依頼料を体良く断る理由だろう。
 
「というより1000yenと貴女の宝物が依頼料って……正直、呆れるわよね」
 
 大魔法士が、たったこれっぽっちの報酬で依頼を受けるとは。
 大半の人が露にも思わないだろう。
 
「お、怒ってなかった?」
 
「むしろ感心されたわ。『素晴らしいお孫さんをお持ちですね』って」
 
 ライネの真剣さがあったからこそ、優斗は動いた。
 その純粋さに対して、怒るはずもない。
 
「ちなみにユウト君が大魔法士様だってことは箝口令が敷かれてるから、他の人に話しちゃ駄目よ」
 
 ライネには特別に教えていい、と言ってもらった。
 
「さて、と」
 
 夕飯の時間にさしかかっている。
 そろそろ娘――ライネの母親が仕事から帰ってきて、食事の準備をするだろう。
 けれどその前に、
 
「絵本を描く準備をしないとね」
 
 ウキウキとした気分でミントは自室に戻ろうとする。
 
「おばあちゃん、楽しいの?」
 
 全身から溢れる喜びにライネが気付いたのだろう。
 問いかけてきた。
 ミントは大きく頷く。
 
「だって私は、これからユウト君に“夢の続き”を見させてもらうのよ」
 
 これが喜ばずにいられるか。
 一度は諦めた夢を繋げてくれたのだから。
 
「私達の『夢』が何をしていくのか楽しみで仕方ないし、今までユウト君がやってきたことも絵本にしたいの」
 
 今日、自分とのやり取りでさえきっと――絵本になる。
 お伽噺になっていく。
 だから、
 
「ボヤボヤしてる暇なんてないのよ」
 
 ミント・ブロームは、再び夢を見る。
 “叶った夢”を――見続けるために。
 
 
 



[41560] 小話⑤:勢い任せ&恐怖、アリーの散髪事件!!
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:46c2c855
Date: 2015/11/14 21:40
※勢い任せの平常
 
 
 
 
 
 
 
 
 優斗がフォルトレスを倒した、というのが情報としてアリーに伝わってきた頃。
 国外組以外が集まっていた。
 
「そういえば気になっていたのですが」
 
 いつも通りの場所で、マリカを抱っこしながらアリーが修に訊いた。
 
「シュウ様もユウトさんみたいにビリビリするような空気とか出せますか? こう、こっちが息苦しくなって身体が震えるようなやつです」
 
 アリーは修なら出来ると思っていた。
 優斗が出来るなら修も、というのは彼らの共通認識だ。
 けれど修は首を横に振る。
 
「無理言うなよ。あいつの威圧やら殺気って、割とマジで酷いんだぜ。純粋な殺気だけでもあいつの場合は全方位に向けてゾクっとさせるし、正直意味分からんけどよ。今はそれに精霊が感応して空気が震えてる……みたいな感じだ。あいつ以外、出来ねえよ」
 
 少なくとも人間単体で出来る代物じゃない。
 
「あいつがあれ出来るようになったのって、龍神の指輪を得てからだぞ」
 
「……ユウトさんが出来るのだから、シュウ様も出来そうな気がしてましたわ」
 
「まあ、精霊術使えない俺じゃ無理な話だ」
 
 修は笑ってマリカの頭を撫でながら「パパはすげーんだぞ」と言えば、マリカは大きく頷いた。
 その光景を見ていたココがちょっとした疑問。
 
「なんていうか、マリちゃんってアリーに抱っこされてると満足そうな顔してます」
 
 他のメンバーの誰が抱っこするより、アリーの抱っこの時が一番安心しているような気がする。
 
「わたくしの抱っこの仕方が上手なのでしょうか?」
 
「フィオに抱っこの仕方、教えて貰いました?」
 
「わたくしは自己流ですわ」
 
「わたしは教えて貰ったんですけど……どうしてなんです?」
 
 ココの疑問に全員で首を捻っていると、ふと和泉が何かを思いついたような顔をした。
 
「……そうか」
 
「和泉、何か分かったのか?」
 
 修が面白げに訊く。
 すると、だ。
 とんでもない返答がきた。
 
「胸だ」
 
「……あんだって?」
 
 耳がおかしくなったのかと思い、修がもう一度訊く。
 
「だから胸だ。ココでは絶対的に胸が足りない。というわけでマリカも不満というわけだ」
 
 瞬間、和泉の隣に座っていたレイナから音速のげんこつが入った。
 
「……なんつーか、和泉ってよ。時折セクハラ担当にもなるよな」
 
「地味にココだけではなく、わたくしにもセクハラですわ」
 
 修とアリーが大きくため息をつく。
 ココは逆に憤る。
 
「む、胸!? だ、だったらこれからラグに頑張ってもらって、大きくしてもらいます! それでバーンッッ! なアリーとかフィオに勝ってみせます!」
 
 ぐっと握り拳を作るココ。
 
「……ラグってあれじゃなかったっけか? この間、ココにキスされたぐらいで衝撃のあまり気絶したんだろ?」
 
「わたくしもそれは伺いましたわ」
 
 話を聞けば、ココが会いに行ったときに初めてキスをして……結果、起こったことの衝撃と幸福のあまりに気絶したらしい。
 なんとも残念すぎるラグに、修とアリーも残念でならない。
 するとげんこつの痛みから復活した和泉がいつも通りの表情で、
 
「初夜を迎えたら、次の日死んでそうだ」
 
 とりあえず酷いことを言い、レイナが、
 
「むしろ、ココはこの歳であれだ。高望みはしないほうが良いと思うが……」
 
 軽くココに合掌する。
 最後にまた和泉が切り捨てるように言った。
 
「ロリ巨乳も悪くはないが……いかんせん、ツルペタ枠が無くなるな。却下だ、ココ」
 
「うわ~~っ!! 最悪! 最悪です、この人達!」
 
 ぎゃ~ぎゃ~騒がしい、いつものやり取り。
 そこにもう一人、やって来た。
 
「守衛長のバルト殿に伺ったら、中に入っていいと言われたのだが……」
 
 先ほど話題のラグがココ達に近付いてくる。
 すると婚姻相手が騒いでいる姿が見えて、
 
「ココ、どうしたのだ?」
 
 とりあえず訊いてみる。
 
「ラ、ラグ! わたしの胸を大きくしてください!!」
 
「…………」
 
 婚姻相手の第一声に、ラグが固まった。
 
「…………っ」
 
 そして内容を咀嚼し、
 
「――ッ!」
 
 鼻血を吹いて倒れた。
 大慌てでココがラグに駆け寄る。
 まるでコントのようなやり取りに修とアリーは、
 
「王族ってこんなんなのか?」
 
「わたくしだって、一年前はラグさんみたいに純粋でしたわ」
 
「……一年の歳月ってこえーな」
 
「むしろシュウ様達の影響力が怖いですわ」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 数分ほどしてラグが復活し、散々いじられた後、
 
「マリカちゃん、ユウトさんみたいなつむじになってますわ」
 
「あう~?」
 
 アリーが抱っこしているマリカの頭を見て、旋毛付近の髪の毛をくるくると弄る。
 くすぐったそうにマリカが喜んだ。
 
「アリシア様はよく知っているな」
 
「アリー、どうして知ってるんです?」
 
 ラグとココが不思議そうな顔をした。
 普通、他人の旋毛がどうなっているかなど知らない。
 けれど修が納得したように、
 
「あれじゃね? 恐怖、アリーの散髪事件!」
 
 大げさな表現をした。
 
「ああ、あれか」
 
「なるほど、あれです」
 
「あれは……実に恐ろしい出来事だった」
 
 和泉、ココ、レイナが瞬時に把握した。
 
「じ、事件みたいに言わないで下さい!」
 
「つっても……なあ」
 
 修が周りに同意を求めた。
 
「修と優斗をあそこまで怖がらせた奴など、そうそういない」
 
 よりにもよってこの二人を、だ。
 誰にとっても印象深い出来事になる。
 
「ハサミが耳掠めるし、『あら?』とか言って髪の毛がどさっと落ちた時は坊主も覚悟したんだぜ」
 
「シュウが不安そうな顔で『か、髪! 髪の毛あるか!?』と訊いてきた時は笑えた」
 
 レイナもあそこまで焦っている修を見たのは初めてだった。
 
「ユウなんて終盤、顔が真っ青でした」
 
「前髪部分でハサミが真横にばっさり入れば、さすがの優斗も焦るだろう」
 
 結果としては散髪屋の人に手直ししてもらい普通の髪型に落ち着いたのだが、当人にしてみれば気が気でなかっただろう。
 
「練習したいのに、タクヤさんもイズミさんも切らせてくれませんし」
 
「あの光景を見てアリーに任せる奴はいない」
 
 レイナが断言する。
 
「けれど最終目標は女子の髪の毛を切ることですわ」
 
「……諦めろよ、アリー」
 
 
       ◇      ◇
 
 
「しかしながら、マリカ様は龍神様なのだが……そちらは平然と接しているな」
 
 回し回しにマリカを抱っこしたりする5人。
 ラグは恐れ多くて未だマリカには触れられない。
 
「龍神つったって、姪っ子だからな」
 
「姪っ子?」
 
 ラグが首を捻る。
 
「わたくしの従兄の娘――従姪ですし」
 
「従姪?」
 
 さらにラグは首を捻った。
 
「マリちゃんはわたしの姪っ子でもあります」
 
「俺にとってもそうだ」
 
「まあ、私もそう言って差し支えはないだろう」
 
 続々と出てくる返答にラグは困惑を隠せない。
 
「ちょ、ちょっと待ってくれ。意味が分からない」
 
 いったん、落ち着いて整理しようとする。
 
「ユウト様とシュウは兄弟なのか?」
 
「血は繋がってないけどな。俺ら異世界組は兄弟って言って問題ねーよ。これはちょっと口では説明し辛いんだけど、義兄弟の杯を交わした、みたいに言えば問題ねーか? まあ、やってねーけど」
 
 修の返答にラグはなんとなく、理解はできた。
 ということで、次。
 
「アリシア様とフィオナ様はいとこ同士なのか?」
 
「いえ、わたくしとユウトさんがいとこなのです」
 
「……ユウト様は異世界人では?」
 
 いとこ、というのはおかしい。
 
「前にネタの一つとして従妹になったのですが、特に否定する要素はないですし。なのでこの場では、ユウトさんの従妹ですわ」
 
「……そ、そうなのか」
 
 頷きがたい話ではあるが、そういうことなのだろう。
 
「ではレイナ殿は?」
 
「こいつらに姉きゃら? だの何だの言われてな。私も兄弟はいないし、こいつらの扱いも端から見て私の弟や妹みたいに見えるらしい。まあ、私とユウト、タクヤ、クリスが仲間の中でいわゆる年長組だな」
 
 つまり姉というよりは……姉貴ということなのだろう。
 
「ココは確か、前に全員の妹分と言っていたな」
 
「アイちゃんが来ても、扱い変わらないです」
 
 二人目が現れた、というだけ。
 和泉はココに大きく頷きながら、
 
「残念ながらココは妹でキャラ固定されている。小さくてツルペタ。これで姉など許さん」
 
「ズミさん、性格も考慮してください!」
 
「したところで無駄だ」
 
「無駄じゃないです!」
 
「このやり取りが兄と妹のやり取りにしか思えない。却下だココ」
 
「せ、せめてズミさんぐらいは弟に! シュウはペットでいいですから!」
 
「身長伸ばせ、普乳になれ。まあ、無理だが」
 
「さらっと否定とか悪魔ですかズミさんは!」
 
 和泉の断言にココがぶーすか文句を垂れる。
 さらにはレイナがからかうように、
 
「そうなると、アリーだけ従妹だな」
 
「……えっ? あれ? ちょ、ちょっと待って下さい! あ、姉でいけますわ、わたくし!」
 
「いや、姉は無理じゃね? つーか、んなこと言ったらフィオナなんて『私は優斗さんの妻です』で終わるぞ」
 
 簡潔にスパっと言いのける。
 フィオナだったら間違いない。
 
「時折、あいつらが本当に結婚していると錯覚するな」
 
 和泉も彼らの“夫婦”が他国向けの設定だということを忘れそうになる。
 しかし、和泉の言葉を聞いて心底驚いたのが一人。
 
「ユウト様達は結婚していないのか!?」
 
 ラグがあんぐりとした顔をさせた。
 
「あっ、そういえば説明してませんでした」
 
 というかココは設定だということを忘れていた。
 なので、和泉が説明する。
 
「あくまで優斗とフィオナが夫婦なのは余計なちょっかいを出されないためにある他国向けの設定であり、正確には婚約者であって結婚していない。ただ……」
 
 和泉の後をレイナが継ぎ、
 
「あの二人の場合、なんていうかもう……な」
 
 締めはアリー。
 
「熟年夫婦と新婚バカップルの雰囲気を無意識に持ってる二人ですわ」
 
 そう見せている、ではなくて、そうなっている。
 
「特にフィオは反射で答えるのが恋人でも婚約者でもなく、妻ですから。だからわたしも設定だっていうの忘れてました」
 
 フィオナの気分としては100%奥さんなのだろう。
 
「こう、傍目から見るとユウとフィオは釣り合ってないように思えるんですけど……」
 
「顔のみを見ればな」
 
 レイナがそこだけは納得する。
 優斗が中の上だとすれば、フィオナは特上。
 もちろん笑みを浮かべた表情だったり、優しい表情の優斗だとそこまで意識はしないのだが、互いに普通の表情をしている時だとやっぱり歴然とした格差がある。
 
「ただ、ユウの場合は中身がおかしいです」
 
 常人と比べてはいけない。
 レイナが改めて述べる。
 
「一応は貴族だが、『異世界の客人』の名が出れば必要ない。しかもこれだって『大魔法士』の前には意味がない」
 
「フィオナさんの地位と美貌ですと大国の王妃になっても違和感はなさそうなものですが、実際は大魔法士の妻ですから」
 
「なんというか……全体的だとフィオナの方が下に見られそうなのが、本当にとんでもない」
 
 レイナから見ても、そう思う。
 1000年ぶりの大魔法士に対して、たかが公爵家の娘と言われそうな気がしないでもない。
 
「だけど優斗なんてフィオナじゃねーと無理だしな。しょうがねぇだろ、それは」
 
「しかもさらに酷いのが、フィオの美貌に目を付けて無理矢理に娶ろうとする人がいれば、国ごと即破壊。ユウを狙って女性を差し向けても、フィオに勘違いされようものなら即破壊。ユウの性格から考えたら躊躇い無しです」
 
「国政から考えれば、とんだ爆弾ですわね。まあ、これに関しては先月から冗談抜きで各国に通達を出しているので、王族で大魔法士夫妻に手を出す人はいないと思いますわ」
 
 一人の女性にちょっかい出しただけで滅亡騒ぎだ。
 残念なことに冗談じゃない。
 こんな『バカな!?』と言いたくなるような通達を出すとはリライトも思わなかった。
 
「しかし、いつもながら思うが修と優斗は単位……というか規模がおかしくなる」
 
「小説などで『私を倒したくば、あと100人は連れてこい』というのがありますが、シュウ様達ですと100万人ぐらいになりそうですわ」
 
 アリーの言い草にレイナがもっともだ、と頷く。
 
「一歩間違ったらセリアールごとお陀仏だからな」
 
「人間技じゃありませんわね」
 
「ペットだから人間じゃないのは分かるが」
 
「分かるなよ!」
 
 修がツッコミを入れたところで、全員はふと思い出す。
 
「……あ~、そういえば最初、何の話してたっけか?」
 
 ずいぶんと話がずれたような気がする。
 
「えっと……マリちゃんです」
 
「ああ、そっかそっか」
 
 最初の話題を思い返して、修はラグに向く。
 
「んなわけでよ、マリカは俺らにとって家族にできた娘なんだよ。龍神とか関係ない」
 
「マリカが龍神だから大切、というだけではない。マリカだからこそ、姪っ子だからこそ私達はマリカを大切にしている」
 
 修とレイナが締めの言葉を告げる。
 途中、話題のおいてけぼりを喰らっていたラグだが、彼らの言葉にはしみじみと頷いた。
 
「龍神様ではなくユウト様とフィオナ様の子供か。だからこそマリカ様は愛らしいのだろうな」
 
 龍神だから愛らしいのではなく、優斗とフィオナの娘だから愛らしい。
 
「そう、マリカ様は愛らしい。それはユウト様が素晴らしいからであり、フィオナ様が美しいからだ」
 
 つまるところ、
 
「お二方の子供なのだ! 可愛くないわけがない!」
 
 突然のラグの豹変にぽかん、とする他全員。
 
「ラグに変なスイッチ入りました」
 
「……ラグは私と同じ一般人枠だと思っていたが……違ったか?」
 
「普通な奴がココを嫁にするわけねーだろ。ココ、俺らの仲間なんだぜ」
 
 まともなわけがない。
 
「……ちょっと待て。その理論からすると、私も一般人枠から外れていないか?」
 
「わたくし、レイナさんが何を仰りたいのかちょっと分からないですわ」
 
「戦闘狂が何言ってるんです?」
 
「一般人枠に入れると思ってんのか?」
 
「レイナ、お前は残念美人枠だ」
 
 
 
 
 
 
 
 
「まあ、わたしとラグの子供だって、絶対可愛いです」
 
 マリカを見ながら、ココもあらためて将来のことを妄想する。
 
「ココのちんまりさとラグのイケメン合わせた男の子になったらどうすんだよ?」
 
「ショタコンに狙われそうだ」
 
 誰もが想像したことを、和泉がさらっと言いのけた。
 
「和泉、何だそれは? ロリコンみたいなものか?」
 
「当たりだ。ラグみたいな女がココみたいな男を好きな場合、ショタコンと言う」
 
「そうか」
 
「言い回しが秀逸ですわね」
 
 アリーがくすくすと笑った。
 すでにラグとココは諦めている。
 なのでさくっと話題を変えた。
 
「じゃあ、これからは例え話になりますけど、ズミさんとレナさんの子供だったらどんな感じですかね?」
 
 皆の視線が和泉とレイナに集まり……そして、思わず彼ら以外が集合。
 
「……こいつら、どうなんだよ?」
 
「付き合ってるのかどうなのか、誰も切り込めてませんわよね?」
 
「わたし、訊く度胸ないです」
 
「ならば私が訊いてみよう」
 
 ラグが付き合いの浅さを活かし、二人に尋ねる。
 
「お二方は恋人同士なのか?」
 
 直球の質問に対し、和泉とレイナは互いに顔を見合わせる。
 
「どうだ?」
 
「どうだろうか?」
 
 そして首を捻ったあと、二人して修達を見て、
 
「「 どうなんだ? 」」
 
「「「 こっちに訊くな!! 」」」
 
 
       ◇      ◇
 
 
「それじゃあ、アリーとシュウの子供だったらどうです?」
 
 ニヤリと人の悪い笑みを浮かべながら、ココがぶっ込む。
 瞬間的にアリーの顔が赤くなった。
 けれど修は平然と、
 
「俺とアリー? まあ、可愛いんじゃね? アリー美人だし、男でも女でも良い子になるだろうし、問題なさそうだ」
 
 全員の顎が外れそうなことを言ってのけた。
 思わず、和泉達の時と同様に修とアリー以外が集合。
 
「……シュウの天然か?」
 
「いや、修の場合は何も考えていない」
 
「これだからアリーが残念なんです」
 
「しかしながら、アリシア様は満足そうな表情だな」
 
「否定されてないですし、シュウに美人って言われて嬉しいんです、アリーは」
 
「もう一年だからな。些細なことでも喜びに持って行けるアリーは逞しくなったものだ」
 
「……和泉。それは良いことか?」
 
 嘆息する4人を尻目にアリーは顔を赤くしながら、
 
「で、でも、やっぱり王と王妃という立場上、乳母とかが必要になってしまいますし、接する機会は普通の方々より短くなってしまいますわ」
 
「いいじゃん。だったら限られた時間で、目一杯の愛情を注ぎ込めばいいんだ」
 
 そして修は爽やかな笑顔を浮かべた。
 
「俺とアリーなら出来る。そうだろ?」
 
 堂々たる宣言にアリーは言葉が出ないのか口をぱくぱくとさせ、他は絶句する。
 
「……な、何も考えてなさすぎじゃないのか? 私とてココと婚姻していなかったら、ここまで言えないぞ」
 
「考えなし、ここに極まれり……です」
 
「そうなると、私的にユウトとフィオナのやり取りは安心感があった。あの二人、無意識でラブラブだったからな」
 
「脳みそ使って喋ったほうがいいと俺は思う」
 
「……いや、ズミさんも大概です」



















※恐怖、アリーの散髪事件!!
 
 



 とある日。
 
「髪の毛を切ってみたい?」
 
「はい、そうですわ」
 
 アリーがうずうずしながら言ってきた。
 修は少しだけ悩んだ表情をするが、
 
「まあ、いいか。やってみたいんだったら頼むわ」
 
 あまりにも変なことにはならないだろう、と気楽に考えて頷く。
 ……それが阿鼻叫喚の幕開けとなった。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 場所はトラスティ家の庭。
 新聞紙を下に敷き、その上に椅子を置く。
 修はカッティングクロスを首から巻き、椅子に座った。
 アリーも鋏などは優斗がマリカ用に買ったものを使う。
 互いに準備万端。
 観客のココ、レイナ、和泉も近くにあるテーブルにつき鑑賞会。
 ということで、
 
「では、始めますわ」
 
 鼻歌でも歌いそうなぐらいに上機嫌なアリーは、まずなぜか耳付近のところへと鋏を持っていき、
 
「ていっ!」
 
 おおよそ髪の毛を切る速度ではない勢いで鋏を前へと滑らせた。
 修の耳にも僅かに触れる。
 
「……なんか今、掠めなかったか?」
 
「気のせいですわ」
 
 アリーは上機嫌なまま、髪の毛をどんどん切っていく。
 だが何となくおかしい。
 何かと問われると難しいのだが……何というか、どうにもこうにも髪の毛の落ちる速度が速いような気がする。
 それでもいいか、とばかりにアリーに散髪を任せていた。
 しかしそれも数分。
 どこからか笑い声が聞こえた。
 ちらりと修は仲間達を見る。
 すると彼らは吹き出しそうな感じで様子を見ていて、
 
「……お前ら、どうして笑ってんだ?」
 
「き、気にするな」
 
 レイナが口元を抑えながら答える。
 おそらくココと和泉は喋れないぐらいに堪えているのだろう。
 
「ん~、おかしいですわね。もうちょっと、こう……」
 
 アリーが唸りながら前の部分の髪の毛を掴み、
 
「あら?」
 
 ジョギン、と景気の良い音と共に髪の毛の束がばっさりと落ちた。
 
「……はっ?」
 
 修が目を丸くした。
 ちょっとおかしい。
 いや、ちょっとどころではなくこれはおかしい。
 今、ありえない量の髪の毛が一気に落ちた。
 さぁっと修の顔が蒼白になった。
 
「ま、待て待てまて!!」
 
「どうかされました?」
 
 首を傾げながらも鋏を動かそうとするアリーに対して、修は全力で止める。
 
「いいからちょっと待て!! アリー、ストップ!!」
 
 椅子から立ち上がり、心底慌てながら修はレイナに頭を見せる。
 
「レ、レイナ! か、髪、髪の毛あるか!?」
 
「……くっ……くく。い、一応な」
 
 ついにレイナも吹き出した。
 ココと和泉はすでに撃沈。
 崩れ落ちながら笑っている。
 修は頭をペタペタと触り、大体の状況を確認。
 顔が蒼白どころか紫色になった。
 
「ちょっと出てくる!!」
 
 ぺいっとカッティングクロスを捨てながら、優斗の部屋へ突入。
 ちょうどいい帽子を見つけて、被りながら門を飛び出た。
 
「まだ途中ですのに」
 
 アリーがぶー垂れる。
 不完全燃焼だ。
 ちらり、と和泉達に視線が向いた。
 
「……おい、アリーの奴」
 
「も、もしかしてわたし達に狙いを定めてます?」
 
「……かもしれん」
 
 和泉もココもレイナも、大笑いしていた状況から一点して緊張が走った。
 と、その時、
 
「ただいま」
 
 新たな生け贄が現れた。
 アリーの視線が和泉達から帰ってきた生け贄に向く。
 
「あっ、ユウトさん。ちょうどいいところに」
 
 ちょいちょい、とアリーが優斗を手招きする。
 そして先ほどと同様の言葉を彼に対しても告げた。
 ……被害者二号が決定。
 
 
 
 
 
 
 先ほどの修と同じような格好で椅子に座る優斗。
 しかしながら修とは違い、聡い彼は早々に違和感を覚えていた。
 
「どうにも手つきが慣れてないみたいだけど、やったことあるの?」
 
「問題ありません。先ほど、シュウ様の髪の毛を切りましたから」
 
 つまりは初心者だということ。
 
「修は?」
 
「少し前に出て行ってしまいました」
 
「……ふーん」
 
 いぶかしんだ様子の優斗。
 しかしながら、せっかくアリーがやりたいと言っているのだ。
 少し変な髪型になろうが、最後に手直しすればいいだろうと思い、なすがままにされた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 ……という判断を下したのは、少々間違えたのかもしれない。
 髪の毛が切られる感触から考えて、どうしたっておかしい。
 とてつもない髪型になっているはずだ。
 それでもまだまだ、とばかりに我慢する優斗。
 一方の見学組は彼の様子を見て、僅かに同情する。
 
「ユウトさん、よく耐えてます」
 
 ココが感嘆する。
 修とは違い、もう気付いているのだろう。
 なのにも関わらず椅子から立ち上がらないのは、賞賛すべき根性だ。
 
「せっかくアリーがやっているのだからと頑張ってはいるが……」
 
「顔、真っ青だな」
 
 レイナが賞賛の視線を向けて、和泉が端的に優斗の様子を述べる。
 
「ユウトさんが真っ青なんて珍しいを通り越して異常事態です」
 
「さすがは我が国の王女、といったところか」
 
「……会長。それはさすがにどうかと思う」
 
 どんな敵だろうと余裕を持っていた優斗が、今追い詰められている。
 他の誰でもない、リライトの王女の手によって。
 
「では前髪を切りますわ」
 
 アリーが前に回ってきて前髪を触ってきたので、目を閉じる。
 が、次の瞬間、
 
「――っ!?」
 
 たった一回、鋏を閉じた音に対して感じた感触が、優斗の目を開けさせた。
 
「目を開けると髪が入ってしまいますわ」
 
 のほほんと笑みを浮かべるアリーだが、優斗はもうそれどころじゃない。
 限界を突破していた。
 
「……ア、アリー。今、ありえないぐらいに鋏がバッサリと横切ったと思うんだけど」
 
「大丈夫ですわ」
 
 どこから来るのだろうかその自信は。
 
「あ、あのね。鋏って縦に使えることは知ってる?」
 
「えっ? 鋏は横じゃないと切れませんわ」
 
 頑張ってアドバイスをしてみるが無駄だった。
 
「ちょ、ちょっとタイム」
 
 修と同じように優斗も席を立つと、自分の部屋に戻って帽子を取ってくる。
 そして、
 
「……少し出てくる」
 
 門を出ていった。
 
「どうしたのでしょうか? シュウ様もユウトさんも」
 
 首を傾げるアリー。
 もう和泉もレイナもココも同情する以外、できなかった。
 
「実はアリーが一番凄かったわけか」
 
「あの二人にこのような攻略法があったとはな」
 
「一番最初に恐怖を覚えた相手がわたし達の王女ってどうなんです?」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 優斗は散髪屋に入ると、席が空いていた為にすぐ通された。
 椅子に座ってほっとしていると、隣で髪を切っている客から声を掛けられる。
 
「……優斗か」
 
 先客であった修は全てを悟っていた。
 どうして優斗がここにいるのかを。
 
「……修も?」
 
「……ああ」
 
「……僕、人生でこれほど青ざめたこと、死ぬ間際ぐらいしかないんだけど」
 
「……俺だって恐怖を覚えたのは、お前がやったこと以外じゃ始めてだよ」
 
「……そうなんだ」
 
「……ああ」
 
 二人して手で目を覆うように隠した。
 
「……二度とアリーにはさせねぇ」
 
「……同感」
 
 
 
 
 その日のうちにアリーの散髪事件が仲間内に知れ渡った。
  
 



[41560] 考えの相違
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:4bc5c203
Date: 2015/11/15 19:44
 
 
 
 今回寄った国――コーラルにはフィオナの父方の親戚がいるということなので、
 
「叔父様、叔母様、お久しぶりです」
 
 出迎えてくれたフィオナの叔父と叔母、ウィガンとキッカに頭を下げるフィオナと優斗。
 
「フィオナか?」
 
「フィオちゃん、久しぶりじゃない」
 
 夕暮れ、1年半ぶりに会う姪に顔を綻ばせる叔父夫婦。
 
「今日はどうしたんだ?」
 
 叔父――ウィガンが訊いてくる。
 
「婚約者との旅行で寄ったんです」
 
 フィオナが笑みを浮かべて答えた瞬間、二人の表情が固まった。
 けれどフィオナは構わず隣に立っている優斗に手を向け、
 
「私の婚約者であるユウト=フィーア=ミヤガワです」
 
 最愛の男性を紹介した。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 一番最初の衝撃からどうにか抜け出した叔父夫婦は、優斗とフィオナを招き入れて歓談を始める。
 
「……本当にフィオナなのか?」
 
「ちょっと信じられないわ」
 
 目をまじまじと開いてフィオナを見る叔父夫婦。
 笑みを浮かべるなど、本当に驚いた。
 婚約者がいることなど二の次だ。
 
「最後に叔父様と叔母様に会ったのは1年半前の結婚式の時でしたし、一年前までは無口でしたから確かに違和感がありますよね」
 
 フィオナ自身も一年前の自分の姿と、今の自分があまりにも違っていることは分かる。
 
「生まれてから無口で無表情だった姪が1年半ぶりに会ったら、はきはきと喋って笑みを浮かべていれば誰だって驚く」
 
 赤子の頃から知っている彼女の姿とまるで違くて、演技でもしているのではないかと疑いそうになる。
 
「大切な仲間と出会いまして、それから私は変わったんです」
 
 フィオナが苦笑しながら変わった経緯を教える。
 
「とはいえ、こんなに変わるなんて驚いたわ」
 
「優斗さん達のおかげです」
 
 フィオナが出した名前に、叔父夫婦の視線が優斗に向く。
 今のところ優斗は微笑みながら三人のやり取りを聞いているだけだ。
 
「婚約者ということは、ミヤガワ君がトラスティ家に婿養子として入るのよね?」
 
「いえ、今のところは私がミヤガワになろうかと思っています」
 
 フィオナが首を振って否定する。
 
「しかしフィオナがミヤガワ君の家に入るとなると、トラスティ家はどうなるんだ?」
 
「今は妹がいますから、あの子の将来の夫にトラスティ家を継いで貰おうかと」
 
 新たな衝撃発言が来た。
 叔父はどうにか驚きが顔に出すのを抑えて、フィオナに訊く。
 
「……兄上と義姉上に新しく子供が出来たのか?」
 
「いえいえ、養子です。名はアイナと言いまして可愛らしい女の子ですよ」
 
「あの二人の様子は?」
 
「二人揃っている時はアイナ――あーちゃんの笑顔をどっちが多く見るか、競ってますね」
 
 時折、家政婦長やら優斗達やらを交えての一大バトルが勃発する。
 叔父は呆れながら、やはり兄達は変わっていないと苦笑した。
 そして今度は彼ら自身の話題を振る。
 
「しかし、公爵の娘が嫁入りするとは……ミヤガワ君は周りに色々と言われていないか? 何かあったら微力ながら協力する」
 
 リライトの公爵家にミヤガワはない。
 ということは、他国の人間でないかぎりは優斗のほうが下だ。
 マルスとエリスはフィオナが気に入った人間ならば、誰であろうと結婚させるのは兄弟である叔父もよく理解できている。
 しかし、
 
「叔父様、安心して下さい。事実は婚約者なのですが国外向けにはすでに夫婦ですし、立場的には優斗さんの方が上です。むしろ周りから言われそうなのは私ですよ」
 
 フィオナがとんでもないことを言った。
 
「トラスティ公爵家の長女より……上?」
 
「ミヤガワ君は他国のお偉いさんの子供なの?」
 
 叔父と叔母が冷や汗を流した。
 
「えっと……どう説明したらいいでしょうか。優斗さんはリライトの人間なのですが、親友達曰く“世界重要人物ランキングのトップランカー”で“歩く国際問題”なんです。別に叔父様と叔母様には優斗さんがどういう人なのか話しても問題はないのでしょうが……普通の人は信じられないと思います」
 
 そう、信じるか信じないかは別問題。
 というかお伽噺のような人間がいてたまるか、といった感じだ。
 すると、優斗が呆れたように頬をかきながら、
 
「最初のやつはレイナさんが言ったのは知ってる。ただ、誰が“歩く国際問題”って言った?」
 
 二つ目は優斗も聞いたことがない。
 
「アリーさんですよ」
 
「……言ってくれるな、うちの王女様は」
 
「しょうがないと思います。ここ最近の優斗さん、主に国際問題ばっかり遭遇してるじゃないですか。一番最近のものだと国が滅亡するかしないかの瀬戸際でしたから」
 
 優斗とフィオナが気軽に会話をしているが……内容が突飛すぎる。
 思わず叔父が尋ねた。
 
「……フィオナ。何かの冗談か?」
 
「残念ながら事実なんです」
 
 冗談抜きで。
 
「フィオちゃん、国外向けには夫婦っていうのは?」
 
「一つは優斗さんを欲する諸外国への牽制。まあ、学院を卒業すれば結婚するので一年早く伝えただけです。もう一つは私と優斗さんの間にも養子ではありますが娘がいまして、娘のためにも今から夫婦をやっているんです」
 
 優斗の二つ名とは違い、マリカに関しては本当に濁すしかない。
 どこからか伝わればまた問題になる。
 叔父と叔母も、さすがにフィオナがあまり説明しないのは何かしら理由があるのは分かった。
 なので一言、
 
「……娘は可愛いか?」
 
「私の娘は世界一です」
 
 間髪入れず、フィオナが即答した。
 
「パパもまーちゃんは世界一可愛いと思いますよね?」
 
「当然だよ」
 
 優斗が頷く。
 が、叔父がまたしてもうろたえた。
 フィオナが変わったのは分かる。
 今、目の前で見せつけられている。
 しかし、さらっと婚約者を『パパ』と呼ぶなど想定外だ。
 
「ほ、本当に結婚してないのか? 今、自然にミヤガワ君のことを『パパ』と呼んでたぞ」
 
「9割方、夫婦で過ごしてますから」
 
 基本的にマリカと話しながらの会話では、互いに『パパ』『ママ』と呼ぶことになってしまう。
 
「……変われば変わるものね、あのフィオちゃんが……」
 
 未来の旦那様を『パパ』と呼んだりするなんて。
 叔母は先ほどから驚きっぱなしだ。
 
「カイアスが見たら見物だろうな」
 
 叔父がくつくつと笑った。
 
「カイアス従兄様は確か、家を出られてるんでしたね。ウィルはまだ、こちらに?」
 
「その通りだ」
 
 頷く叔父。
 優斗は隣のフィオナにとりあえず、尋ねる。
 
「フィオナの従兄弟?」
 
「はい。私より三つ歳上のカイアス従兄様と、一つ歳下のウィル。この二人は私の従兄弟です」
 
 正直、フィオナとしては興味がない。
 
「カイアスは今日、こっちに来るぞ」
 
「そうですか」
 
 フィオナが事実を知って、頷くだけ頷く。
 すると、廊下から足音が聞こえた。
 
「ちょうどいいタイミングで帰ってきたようだな」
 
 叔父が笑うと、ドアがすさまじい勢いで開いた。
 入ってきた青年はくるりと華麗なターンをして、右手を華麗に差し出し、
 
「ああっ、フィオナ! 元気だったかい? 君のその凍った表情、今日こそ私が溶かしてあげよう!」
 
 第一声で、全てを持っていった。
 フィオナが来ていることを知っているのは……まあ、家政婦から聞いたのだと把握できる。
 しかし凄い。
 今までとは違うベクトルの変人だ。
 
「また濃い人が現れたね」
 
 思わず優斗が声に出した。
 
「カイアス従兄様はいつもこんな感じなんですよ」
 
 フィオナが苦笑する。
 その姿を見たカイアスは衝撃を受けるかのように、大げさに両手を広げた。
 
「フィ、フィオナ!? 君、苦笑したかい!?」
 
 目をまじまじと開くカイアス。
 
「お久しぶりですね、カイアス従兄様」
 
 叔父夫婦と同じような反応で、フィオナは笑った。
 
「今度は笑ったね!?」
 
 再び衝撃を受けるカイアス。
 そしてフィオナの隣に座っている優斗を見て、
 
「き、君の名前は?」
 
「ユウト=フィーア=ミヤガワと言います」
 
 立ち上がり、優斗は丁寧に頭を下げる。
 そして小さく微笑んだ。
 フィオナも優斗に並ぶように立ち上がり、頭を下げ、彼の腕に小さく手をかける。
 
「……なるほど」
 
 カイアスはそんな二人の姿と態度を見て驚きから一転、なぜか納得したようだった。
 
「……そうか。君が“そう”だったんだね」
 
 従兄の唐突な理解と納得。
 少なくとも優斗は意味が分からなかった。
 
「“そう”だった……?」
 
 優斗が首を捻る。
 けれどカイアスは胸をなで下ろしたかのように、ほっとした表情をさせた。
 彼の口調はまるで「安心した」と。
 言外に言っているようだった。
 思わず優斗が問いかけようとして、
 
「……それは――」
 
「父さん、フィオナが来てるんだって?」
 
 開きっぱなしの扉から、新たな声が届いた。
 
「へぇ、また美人になったじゃないか、フィオナは」
 
 優斗達が扉に目を向けると、女性を二人侍らせた少年が立っていた。
 思わず叔父が怒鳴る。
 
「ウィル! 今日は客人が来ている、女性には帰ってもらえ!」
 
「……はぁ。相変わらず父さんは固い。女性からぼくを求めてくるんだから、受け止めてあげないといけないさ」
 
 彼の言葉にうっとりとする女性二人。
 さらに肩を強く抱かれて、嬉しい悲鳴をあげていた。
 叔父が反論している最中、優斗は隣のフィオナの肩を叩いてひそひそ話。
 
「なんかフィオナの親戚にしては、えらい軟派な子だね」
 
 マルスとエリスから始まり叔父、叔母と来てカイアス。
 どれも軟派な印象は受けなかった。
 
「前回会ったときは普通だったと思うんですが」
 
 優斗とフィオナがこそこそ話していると、カイアスも参加してきた。
 
「父はリライトから来ているから、考えとしては一夫一妻だ。私も父の考えに影響されている。しかしコーラルは一夫多妻でね。弟はこっちの国に影響されている。しかも弟は国でも有数の美男子で女性がどんどん寄ってくる。ここ最近はかなり顕著に女性が集まってきているんだよ」
 
 優斗がちらりとウィルを見る。
 身長としては優斗よりも小さいが、確かに格好良かった。
 
 ――義父さんも渋くて格好良いもんな。
 
 叔父もマルスと似ており、ウィルはその多大な恩恵を得ているのだろう。
 
「だとしたら年頃の子なんて、ああいうものですね」
 
 しみじみと優斗が頷く。
 すると叔父とウィルも決着がついたようで、女性が残念がりながら帰っていく。
 しかしウィルは女性が帰ったことへの寂しさは微塵も見せずにフィオナに向き、
 
「フィオナ、今日はぼくと甘い夜を過ごそう」
 
 ……思わず誰もが絶句したが、フィオナの眉はつり上がる。
 
「私は婚約者のいる身ですが、何をふざけたことを言っているのですか?」
 
「だって君の婚約者って……ふふっ、隣の人なんだろ」
 
 どうも優斗の顔を見て、自分が上だと判断したらいい。
 それだけでフィオナの表情が氷点下まで下がる。
 
「別にぼくは一夜限りのことでも構わないさ」
 
 甘い笑みを浮かべるウィル。
 従弟としての馴れ馴れしさがあるが、フィオナにとっては馴れ馴れしい仕草も苛立たせる所行の一つだ。
 
「リライトでは貴族であろうと、婚約者を奪うなど重罪。ウィル、それを知っての発言ですか?」
 
「火遊びくらい、誰も咎めないと思うしさ」
 
 手を伸ばしてフィオナに触れようとするウィル。
 だが、
 
「……本気で私を怒らせたいのですか?」
 
 フィオナから発せられた冷たい言葉に、思わずウィルの手が止まった。
 彼女の表情を見れば、明らかに分かるほどの冷たさ。
 昔のフィオナ=アイン=トラスティを思い出させるほどの、無表情。
 叔父夫妻もカイアスも口を挟めないほどの迫力があった。
 
「貴方程度が私に触れるなど、怖気が走ります」
 
 しかし無表情とは裏腹に、言葉は激烈。
 節々に滲み出る怒気をウィルに突き刺すよう告げる。
 
「色恋という観点に置いて、ウィル――貴方が優斗さんに太刀打ちできるとでも思っているのですか? 自分が『優斗さんと比較される立ち位置』にいると、どうやったら勘違いできるのでしょうね」
 
 勇者でも貴族でも王族でも立つことなど能わない。
 世界全ての男が優斗と同じ土俵に上がることは不可能。
 
「下がりなさい、ウィル=ナイル=ロスタ」
 
 一つ年下の従弟に言い放つ。
 
「親族といえど、私は婚約者を侮辱されれば事を構える次第だということを知りなさい」
 
 冷たく突き刺さるフィオナの言葉。
 ウィルの手は思わず下がり、
 
「……そこまで言うことないじゃないか」
 
 ふてくされたように顔を膨らませて、ウィルは自室へと戻っていく。
 ほっ、と叔父夫妻が胸をなで下ろしたのも束の間、
 
「フィオナ」
 
 優斗が今し方、怒っていた女性の名を呼んだ。
 
「親戚の子だよ?」
 
「……分かってます」
 
「どうにか怒らずに収めることはできなかった?」
 
「……無理です」
 
 駄目だった。
 耐えられるわけもない。
 優斗以外の男性に下心を持って触れられるなど。
 親族であろうとも関係ない。
 
「そっか」
 
 ユウトはそれだけ言うと、叔父夫妻とカイアスに向き、
 
「皆様、すみません」
 
 頭を下げる。
 すると、叔父が慌てて否定した。
 
「い、いや、フィオナがあんなことを言うとは私も驚いた。だが息子には良い薬になったと思う」
 
「いえ、どうもフィオナは最近、僕にこういった点で似始めていて。極力、今のような状況にはならないよう、注意はしているつもりなのですが……」
 
 やるな、とは言わない。
 むしろ優斗だって平然と同じ事をやる。
 当然のように彼女よりとんでもないことをやってのける。
 けれど、これで親戚内にフィオナの悪評が立ったら優斗が嫌だ。
 自分の悪評が立つ分には構わないが。
 
「安心したまえ、ミヤガワ君。あれは弟がいけないのだから」
 
 けれどカイアスは愉快そうに目を細めて言った。
 
「フィオナが悪いところは一つもない。こんなことで咎めても仕方ないことだよ」
 
 カイアスの言葉に優斗は小さく、息を吐いた。
 
「そう言っていただけると、ありがたいです」
 
 
 



[41560] 咲き誇る華
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:4bc5c203
Date: 2015/11/15 19:45
 
 
 
 
 
 カイアスは従妹の表情や仕草を見て、昔のことを思い出す。
 
 
「ほらフィオナ。どうだい? 私の顔を彩る道化師の化粧は面白くないかい?」
 
「…………」
 
 
 これは駄目だった。
 
 
「はっはっはっ。この大道芸人は面白いね」
 
「…………」
 
 
 これも駄目だった。
 
 
「さあ、フィオナ! このボケに対して、突っ込んだりしないのかい?」
 
「…………」
 
 
 全て、駄目だった。
 笑わず、喋らず。
 何をしても無駄だった。
 人を寄せ付けない『華』は、まだ蕾のまま。
 
 きっと己では無理なのだろうと……察した。
 
 だから待っていた。
 いつ現れるのか、と。
 心待ちにしていた。
 あの『華』を開かせるのは誰なのか、と。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 夜になり、今夜の宿に向かう優斗達。
 さすがにあんなことがあれば、叔父夫妻の家に泊まることもない。
 そして部屋でまったりとしていると、カイアスがやって来た。
 優斗に話があると言って連れ出し、少し離れた公園のベンチで二人は座る。
 
「どういったご用件ですか?」
 
「それよりまず、敬語をやめてくれないかい? 来年には君と親戚になる。そういった相手に敬語を使われるのは苦手なんだ。私も君には親愛の情を持ってユウト君と呼ばせてもらうから」
 
 最初から既視感を感じるようなことを言われた。
 やっぱり親戚なんだな、と優斗は小さく笑う。
 
「分かったよ、カイアス」
 
 口調を普段に戻す。
 
「すまないね。弟は女性が皆、自分を好いてくれるものだと勘違いしているようだ」
 
「いいんじゃないかな。ここはリライトじゃない、コーラルだ。それにあれほど格好良いなら勘違いしても仕方ないよ。特に今の時期は色恋が楽しい時期だろうし、そういった意味ではこの国における青春を満喫してると思うよ」
 
 常識は場所によって違う。
 コーラルの恋愛事情がリライトと同じなわけがない。
 
「普段は良い子なんでしょ? 別にあれだって、別段下卑た感じはしなかったし」
 
 下心は満載だったけれど。
 
「ああ。ただちょっと、恋愛観と女性に対する認識が我々とずれているだけなんだよ」
 
 ある意味では優斗と同じかもしれない。
 恋愛観のズレがあるというのは。
 
「しかし、君は凄いと思うよ。あのフィオナと婚約者になったのだから」
 
 従兄としては本当に驚きだ。
 
「今のフィオナには、どれくらいでなったんだい?」
 
「出会ってから3ヶ月くらい……かな、たぶん」
 
「そうかい」
 
 優斗の返答に、カイアスは大きく頷く。
 
「フィオナのどこが切っ掛けで好きになったんだい?」
 
「……どこ?」
 
「男同士だ。別にスタイルや顔に惚れたと言っても私は非難しないから」
 
 とはいえ、本当にそうだとすると、彼女がそんなところから惚れる男を相手にするのか疑問はある。
 
「どこ……か」
 
 優斗は苦笑して、カイアスに話し始める。
 
「彼女はね、僕の“壁”を簡単に突破するんだよ」
 
「……壁、かい?」
 
「そう。今までどんな女性も防いできた壁を、易々と乗り越えてくる」
 
 ほぼ全ての女性を防いできた壁。
 ふざけた恋愛観を以て築いた壁を、まるで存在しないかのように乗り越える。
 
「ずるいんだよね。あんな真っ直ぐに僕を心配して、あれほど直向きに僕と向き合ってくれた」
 
 今でこそ安心してもらえるが、圧倒的な力を持っている優斗を「だからどうした」とばかりに心配し、本来の彼の姿を知った上でも支え、護り、癒そうとしてくれる。
 
「一途に宮川優斗を見てくれる彼女に惚れないわけがなかった」
 
 うん、と優斗は頷き、
 
「もちろん顔も性格もスタイルも、全て好みだよ。彼女は僕の100点だから」
 
 照れくさそうに笑った。
 カイアスもそんな彼を見て、優斗が心全てでフィオナに惚れていることを理解した。
 
「……そうかい」
 
 カイアスはまた、胸をなで下ろす。
 
「そんな君だから、なんだね」
 
 小さな笑みを零した。
 嬉しさを携え、喜びを交えた感情。
 どうしようもなく、ほっとした表情。
 優斗には見覚えがあった。
 
「カイアス」
 
「なんだい?」
 
「今の言葉もだけど……さっきのはどういう意味? 君は僕をフィオナの“何”だと思った?」
 
 優斗が問うたこと。
 それは先ほど、カイアスが口にした言葉。
『君が“そう”だったんだね』という、安堵に満ちた声音。
 まるで優斗が現れることを“待ち望んでいた”かのような台詞だ。
 
「ユウト君。意味というよりは、僕の考えにピッタリと当てはまってくれたが故の言葉だよ」
 
「当てはまった?」
 
「その通り」
 
 そう、彼は自分が考えていたような登場人物。
 自分の考えが間違えではなかったと証明できる男。
 
「これは昔からフィオナを見ているが故の感想だけどね……」
 
 そんな相手だからこそカイアスは、
 
「フィオナは不思議な子だった」
 
 自分が思っていたことを素直に口にした。
 
「……不思議、というのは?」
 
「誰とも口を利かず、ただ己の裡に籠もっている。あの二人が両親なのに、だ。不思議だとは思わなかったかい?」
 
「……確かに」
 
 言われて、優斗は妙に納得した。
 マルスとエリスが両親であるフィオナ。
 思えば、どうしてあんな性格だったのか分からない。
 
「17年、フィオナはあの性格だった。無口に無表情、あれほどの美貌を持ちながら誰もが近寄ることを諦める」
 
 マルスとエリスは自身の子供といえど、人それぞれということでフィオナの性格を尊重していた。
 しかし、
 
「私はね、かなり頑張ったほうだと思う」
 
 歳の近かったカイアスは諦められなかった。
 ずっとずっと、笑った顔はどれほど綺麗なものだろう、と。
 そう思っていた。
 
「道化のようなやり取りもね、フィオナの笑顔を見たかったからなんだ」
 
 会う度に笑顔を見れるよう馬鹿なことを行い、それで駄目だったら次はどうしよう、次はこうしてみよう。
 ただこれだけを従妹には思っていた。
 
「私の妻――当時の婚約者にも疑われるぐらい、会った時は必死だった」
 
 恋愛感情はない。
 けれど親愛の情はあった。
 そしてフィオナは美しかったからこそ、最愛の女性にも疑われた。
 疑われても尚、頑張った。
 
「しかし私はフィオナの心を開けなかった」
 
 無表情が溶けることはなく、無口なのが変わることもない。
 
「彼女は誰にも触れることを許さない棘がある一輪の華……いや、蕾だったんだろうね」
 
 そして、一つの結論に至った。
 
「同時に思ったものだよ。まるで華開かせる誰かを待っているのではないか、と」
 
 自分じゃない。
 他の誰か――待っている人がいる。
 だからこそフィオナはその美しさを潜めている。
 その身に無口と無表情という棘を纏い。
 運命の相手と出会うまで、無残に摘み取られないように。
 
「あの子が変わった姿を見て、私は確信したよ」
 
 カイアスは優斗を優しい表情で見る。
 
「フィオナは君を待っていたのだと」
 
 だからこそ言った。
『君が“そう”だったんだね』と。
 フィオナの運命の相手は君だったんだね、と。
 
「17年、蕾だった華が――咲いた。この目で見ることが出来た」
 
 出会ってわずか3ヶ月で彼が咲き誇らせた。
 
「仲間がいたおかげでもあるけどね」
 
「だとしても違わない。君がいるからこそ、だよ」
 
 仲間がいたとしても、仲間だけじゃ無理だ。
 フィオナ=アイン=トラスティの隣に宮川優斗がいたからこそ、フィオナはあれほどの美しさを魅せられる。
 魅せて尚、他の誰からも傷つけられないことを知っている。
 彼が隣にいるから大丈夫なのだと示している。
 
「“運命の相手”が現れたことに感謝しかない」
 
 フィオナが美しさを隠す必要がないほどの彼だからこそ、カイアスは“運命の相手”だと確信した。
 
「安心したよ」
 
 フィオナが苦笑している姿を見た。
 笑顔を見れた。
 それだけで嬉しかった。
 
「フィオナは本当に幸せだろうね。君が隣にいてくれて」
 
「そうだといいけどね」
 
 優斗は満天に輝く星空を眺めながら、呟く。
 
「なんだい? 自信がないのかい?」
 
「自信……というか、ふとした拍子に思ってしまうことがあるんだ」
 
 本当に時々、だけれど。
 一人でいる時に沸き上がる。
 
「……何をだい?」
 
「僕が貰った幸せをちゃんとフィオナに返せてるのかな、と」
 
 十全に返せているのか、不安になる時がある。
 
「僕の立場が彼女を不安に追いやったことが、一度だけある。それは僕がちゃんと幸せにしていないんじゃないか、と思ったんだ」
 
 ミラージュに国賓待遇された時、「遠くにいる」――そうフィオナが感じた。
 
「公爵の長女が伴侶であるということは不安かい?」
 
「……ん? ああ、いや、そうじゃないよ。対外的には僕の方が上だから」
 
 勘違いしているカイアスに軽く手を振る。
 
「ふむ。父と母もそう言っていたが……何故か、と訊いてもいいかい?」
 
 問いかけるカイアスに対し、優斗は首肯する。
 
「大魔法士。それが僕の二つ名だよ」
 
「……そうかい」
 
 届いた名に対し、カイアスは一つ頷いただけだった。
 
「驚かないとは凄いね。大抵は嘘だと思うか驚くものなんだけど」
 
 事の次第を知らない人に最初から信じられたことなどない。
 
「私は従妹を軽んじてはいなくてね、大魔法士なら納得させられる」
 
 あくまでカイアス的には、だ。
 世間一般では違う。
 確かに立場的には優斗が上であり不安になるというのは、仕方の無いことだとカイアスは思う。
 お伽噺で大魔法士の相手は姫だと決まっている。
 それが基本なのは、姫であることが対等条件だからだ。
 けれどフィオナは公爵の娘。
 遠くに感じる時があるのだろう。
 
「とはいえ」
 
 それがフィオナにとって『幸せじゃない』というわけではない。
 優斗が十全に伝えられていない、などと思うことでもない。
 誰にでもあることだ。
『今の幸せを手放したくない』という願い故の恐怖。
 だからこそ、フィオナは相手と自分が一番釣り合わない部分を大きく取り上げてしまう。
 彼の不安も裏返して言えば「もっと幸せにしてあげられるんじゃないか」という願い。
 自身が幸せをしっかりと与えられる存在だと思っていないからこそ、出てくる不安。
 
「ユウト君、安心していいんだよ」
 
 なればこそ届けたい。
 
「私が――いや、幼い頃からフィオナを見知っている人物は誰もが断言する」
 
 心からカイアスは思う。
 この一言で彼の不安がなくなってほしい、と。
 
「フィオナは今、幸せなのだよ」
 
 どうしようもないくらいに。
 彼女は幸せなんだ。
 
「幼い頃からフィオナを知っている私の言葉では、信用できないかい?」
 
 軽くウインクをして、おどけたカイアスに……優斗は笑った。
 
「信用はするよ。嫉妬もするけどね」
 
「ど、どうしてだい?」
 
 思わぬ言葉が出てきて、少しだけ焦るカイアス。
 しかし優斗も茶目っ気を出しながら、
 
「僕が過ごせなかった彼女の時間を僅かでも過ごした男性がいるということは、それだけで嫉妬対象」
 
「……なんだ、そういうことかい。焦らせないでくれよ、私は妻にもフィオナのことで嫉妬されているんだから、これで君にまで嫉妬されたら死んでしまうよ」
 
「ごめんごめん」
 
 優斗がからからと笑い、カイアスも釣られて笑う。
 
「しかし君が夫なら諸外国の王族に見初められても、問題はなさそうだ」
 
「まあ、確かに大丈夫だろうね。各国に書簡が回ってるから。フィオナに手を出したら国が消えると思え、という書簡が」
 
「……冗談かい?」
 
「いや、要約で言ったけど本当に通達は回ってるし、僕は本気でやる。フィオナに手を出したら国ごと消す」
 
 問答無用で。
 カイアスは本気で言っている優斗に呆れながらも、
 
「愛されすぎだな、私の従妹は」
 
 これほどまでにフィオナを想ってくれる優斗に感謝した。
 そして姿勢を正す。
 
「なあ、ユウト君」
 
「なに?」
 
 聞き返す優斗に、頭を下げる。
 
「フィオナを頼む」
 
 突然のお願いに優斗の目が軽く見開いた。
 けれどカイアスは頭を下げたまま、告げる。
 
「君がいてくれたからこそ咲き誇った華を、どうかずっと――咲かせてくれ」
 
 誓ってほしい。
 散らせることなく。
 枯れさせることなく。
 ずっと、フィオナを君の隣にいさせてほしい。
 
「お願い……できるかい?」
 
 きっと返ってくるのは、カイアスにとって分かりきった言葉。
 “運命の相手”は間違いなく、ちゃんと答えてくれると信じ切った問いかけ。
 
「……ありがとう、カイアス」
 
 だからこそ優斗は優しく微笑んで答える。
 
「僕の最愛を心配してくれて」
 
 本当に嬉しい。
 
「僕の最愛のために頑張ってくれて」
 
 感謝している。
 
「大丈夫だよ。彼女が僕の手を離さない限り、僕は彼女と共に歩むことを誓ってる」
 
 この手にあるものを手放すつもりはない。
 今はもう――手を離させるつもりもない。
 
「そして僕が誓いを違えることはない」
 
 自身に賭けて。
 
「……そうかい」
 
 また、彼がほっとした表情をさせた。
 
「というかカイアスは言い回しがいちいち詩的だね」
 
 フィオナを『華』だとか、何とか。
 
「貴族っぽいだろう?」
 
 ニヤリとしたカイアスの笑みに、優斗も苦笑した。
 
「違いない」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 二人で宿に戻ってくると、少しふくれていたフィオナがいる。
 
「……カイアス従兄様。優斗さんと何を喋ってらしたんですか?」
 
「ユウト君はフィオナのどこに惚れているのかな、と気になってね。いろいろと話を聞いていたんだ」
 
 カイアスが答える。
 けれどフィオナが思案するような仕草を見せた。
 特に問題のある言い方ではなかったはずだが、どうしたのだろうか。
 
「…………」
 
 するとフィオナは内容を吟味した後、
 
「……カイアス従兄様。優斗さんを盗ったら大精霊を使って襲撃しますからね」
 
 トンチンカンなことを言った。
 どうやらフィオナの中で“どこに”惚れた、ということを知ろうとしたのは、その部分を磨いて優斗をフィオナから奪う、といった考えにたどり着いたらしい。
 男同士なのに。
 
「これはフィオナのボケなのかい?」
 
「ある意味、天然なんだよね」
 
 優斗とマリカのことについては、だが。
 カイアスは新たな一面を見せる従妹の姿を微笑ましく見ると、
 
「まあ、いいか。先ほどの話を証明してあげよう」
 
 あることを彼女に問いかけた。
 
「フィオナ」
 
「……なんですか?」
 
 む~、としているフィオナに一つ、訊く。
 
「フィオナは今、幸せかい?」
 
 突然の質問に思わず目をぱちくりさせるフィオナ。
 けれどすぐに笑みを零すと、
 
「当たり前です」
 
 大きく頷いた。
 幸せじゃないはずがない。
 
「だって私の隣には――優斗さんがいるんですから」
 
 そして自然と浮かび上がる、華のような美しい笑顔。
 思わず眩しそうにカイアスが目を細めた。
 
「それなら、よかった」
 
 カイアスがずっと望んでいた表情。
 自分じゃ駄目で、他の誰かでも駄目。
 宮川優斗がいたからこそ、咲いた笑顔。
 
「私の考えは間違えじゃなかった」
 
 思わず、笑ってしまう。
 
「だから初めて、言わせてもらうよ」
 
 今日、初めて見たからこそ。
 フィオナを変えた優斗に感謝をして、変わったフィオナに感謝をして。
 思いの丈を声にさせてもらおう。
 
「やっぱりフィオナは笑顔が一番、似合うね」
 
 



[41560] 自慢範囲は超えている
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:4bc5c203
Date: 2015/11/15 19:45
 
 
 
 翌日、優斗とフィオナが街中を歩いていると、ウィルが視界の範囲に現れる。
 ただし迂闊に近寄ることはせず、なんというか……色々と見せつけてきた。
 
「ウィル様~!!」
 
「おいおい、ぼくは一人しかいないんだから」
 
 まずは女の子にモテモテの姿。
 そしてウィルがちらり、とフィオナを見た。
 
「優斗さんはウィルみたいになったら、どうなるか分かってますよね?」
 
「殺されるじゃ済まないことぐらい理解してるつもり」
 
「分かっていればいいんです」
 
 ただ残念なことに、興味なし。
 
 
 
 
 さらに続いて、
 
「ウィル。女に現を抜かして鍛錬を怠るようなことはしていないだろうな」
 
 コーラルの騎士がウィルに話しかけてきた。
 どうやら実力も認められているらしい。
 
「騎士様、安心してください。ちゃんと修練は積んでます」
 
「ならばいい。お前には期待している」
 
 騎士は笑みを零して、その場を立ち去る。
 そしてまた、ウィルがちらりとフィオナを見た。
 
「優斗さん、知ってますか? あれが正しい騎士と学生の姿なんですよ」
 
「副長のこと?」
 
「そうですよ」
 
「あれ、僕だけじゃなくてフィオナも同じ扱いだからね」
 
「……失念してました」
 
 だが残念なことに、また興味なし。
 
 
 
 
 その後も、優斗とフィオナが歩き回る場所で何かしらアクションを起こすウィル。
 どうやらフィオナに自分の格好良いところを見せて、昨日の発言を撤回させるつもりなのだろうが……。
 何一つ微動だにしないフィオナ。
 ウィルもそれに気付いたのだろう。
 彼女の反応の判断が付かず、ようやく近付いては、
 
「フィオナ、どうだい? ぼくは格好いいだろう?」
 
 誇らしく言ってきた。
 
「女の子に囲まれ、騎士様からも期待をかけられている」
 
 普通ならば格好良いと思うはず。
 この自分の姿を見れば。
 
「まあ、ぼくが格好いいのは当たり前だろうけどさ」
 
 髪をかき上げる。
 周囲の女性が沸いた。
 けれどフィオナは半眼になって、
 
「……格好いい? どこがですか?」
 
 本気で首を捻った。
 
「ああ、いや、一般的にウィルは格好いいのでしょうね。それぐらいは理解してあげられます」
 
 周りにいるたくさんの女性が黄色い悲鳴をあげている。
 なので一般論であれば頷ける。
 
「ただ、何と言ってあげればいいのでしょうね……」
 
 フィオナは少し思い悩んで、優斗を見た。
 思わず手をポンと叩き、
 
「恋愛という観点において、優斗さん以外は塵芥と一緒です。だからウィルを格好いいと思うことは永遠にありません」
 
 旦那様と同じ事を言った……のだが。
 いかんせん、破壊力が違う。
 
「ち、ちち、ち、塵芥!? このぼくが!?」
 
 思わずウィルが膝を着いた。
 
「……フィオナ。なんていうか君から聞くと、どぎつい言葉に思える」
 
「えっ? で、でも、優斗さんだって言ってるじゃないですか」
 
 同じように言ったのだから、問題ないはず。
 
「それは僕だから似合う言葉であって、フィオナから出てくると……うん、なんていうか男性の心を抉ってる」
 
「だとしても私、ウィルに何一つ興味なんてありませんから」
 
 当然だ。
 どうやっても興味が持てない。
 しかも見せつけてくることが、自分の格好良さアピールだけに余計だ。
 
「……ウィル君がもの凄くヘコんでる」
 
 トドメとばかりに告げられた言葉に、さらにダメージを受けていた。
 周りの女性陣があれかれ言ってウィルを励ます。
 格好いい、男前、強い、素敵、などなど。
 大体の常套文句を言ってもらったところで、少しだけ表情が明るくなった。
 
「だ、だよね。そうさ、ぼくは格好いいんだ」
 
 周りのフォローによって気合いを入れて復活するウィル。
 しかし、
 
「フィ、フィオナ? た、例えばでいいんだけど……婚約者の格好良いところって?」
 
 思わず聞いてしまった。
 間髪入れずにフィオナが答える。
 
「私だけに届けてくれる優しいところとか最高ですし、ちょっと疲れたことがあったら頭を撫でてくれる表情とか愛に満ち溢れてますし、真剣な表情の優斗さんとかもう格好良さ最強です。格好良すぎて毎回惚れ直します。それにさりげなく私のこと独占したいなって思ってくれてるところとかもう、嬉しすぎます。あとは私より手が大きいんですけど、この手も私の手にフィットして、手を握ってるだけで幸せになれます。でも腕を組んでいる時のちょっと照れた表情とか未だに可愛い、と実感しますね。あと、ふと考え事をしている時の優斗さんって凄くクールでとても知的なんです。ああ、でも、この優斗さんを全て見れるのは私――つまり婚約者の特権なので、他の誰であろうと見せてあげません。つまり優斗さんの格好良さ全てを知っているのは私だけということなので、ウィルに言ったとしても優斗さんの格好良さの万分の一も伝わらないのは百も承知なのですが……僅かぐらい伝わりましたか? まあ、僅かしか伝えるつもりもありませんが」
 
 一瞬にして並べられた言葉の数々。
 ただ、
 
「……か、格好良さ関係なかったような……」
 
 格好良さの説明というよりは惚気にしか思えなかった。
 
「今の言葉を鑑みるに、顔は僕のほうが上なんじゃ?」
 
「何を言っているんですか? 私の100点は優斗さんです。つまり私にとってはウィルの顔がどれほど良かろうが、まず優斗さんと差異があるので論外ですよ」
 
「だったら実力――」
 
「それのどこが格好良いに繋がるんですか? まあ、優斗さんは強くて格好良いですけど」
 
「女性が集まるということは、それだけぼくが魅力的なわけで――」
 
「周りに女性が集まってくるなど私にとっては唾棄すべきことですね。それが格好良さなど論外です。優斗さんの魅力なんて私だけが知っていればいいですし、周りに伝わってしまったら余計な不安しかありません。ちなみに先ほどの説明で全て伝わってしまっていたら、どうにかして記憶を消してあげます」
 
 ……論理的に間違っているのはフィオナのはずだ。
 というより、実力のどこが格好いいに繋がるか分からないと言っているのに、優斗の場合は格好いいなど、特別視も大概なものがある。
 
「……い、いや、やっぱりぼくの強さを見るべきさ、フィオナ。君が見てないのは強さだけだ。だってぼくは顔だけじゃなくて――」
 
 その時だった。
 
「ロスタっ!!」
 
 通りに響く大声だった。
 声がした方向を見てみれば、ウィルと同い年くらいの少年が剣を抜いて構えていた。
 思わず優斗が呆れる。
 
「……なにこれ? どういうこと?」
 
 謀ったかのようなタイミングだ。
 が、ウィルの方は驚いている。
 どうやら、この出来事は本当に偶然のことらしい。
 ただ、どうしてこうなっているのか、ウィルはすぐに合点がいったのか、
 
「イース、そんなに怒鳴らなくても聞こえているさ」
 
 髪の毛を掻き上げながら答えた。
 それで色めく周囲の女性陣の反応に、少年がさらに怒鳴る。
 
「お前……っ! お前がっ!!」
 
 少年は女性陣の一人に目を向ける。
 その行動で、何となく優斗は予想が付いた。
 フィオナの耳に口を寄せ、ひそひそと話す。
 
「これって、もしかしなくてもさ……」
 
「……でしょうね。痴情のもつれ、ということでしょう」
 
「こういう現場、初めて見たよ」
 
「私達の周りでは存在しない光景ですからね」
 
 二人がこそこそ話している間にもウィルと少年のやり取りは進む。
 どうやら話を聞く限り、ウィルが少年の惚れている女の子をチョロまかしたらしい。
 
「いいかい、イース。彼女がぼくのところに来たんだ。ぼくに罪があるとしたら、格好いいことさ」
 
「――ッ!!」
 
 憤怒の表情に変わった少年がウィルに斬りかかる。
 ウィルを対応するべく剣を抜いたが、
 
「はい、ストップ」
 
 いつの間にか優斗が割って入った。
 優斗は右手で剣を握っているウィルの手の甲を、左手で少年が握っている剣の手の甲を叩き、二人の握りが甘くなった瞬間、さらに柄の底を叩く。
 
「敵意ならいいけど――」
 
 そしてウィルと少年が優斗の存在に気付いた時には、すでに両方の剣を奪っていた。
 
「殺気まで出し始めたら駄目だよ」
 
 窘めるような口調で話す優斗。
 少年は完全にウィルを殺す気で斬りかかっていた。
 
「ここは街中、人がいるところだ。敵対していることに文句は言わないけど、場所は考えようね。やるなら人がいない路地裏で闇討ちでもなんでもやればいい」
 
 優斗は少年の行動原理には肯定する。
 場所のことだって、ああは言ったけれど優斗が別段気にするわけもない。
 むしろぞんぶんにやったほうがいい。
 なぜ優斗が止めているのかといえば、どうにも加減ができなさそうな状態で、終わった後に少年自体が後悔しそうだったために言っているまでだ。
 しかし少年はウィルから視線を逸らさず、
 
「求め――」
 
 詠唱を告げようとした瞬間、優斗は剣を両方とも離すと己の右手で少年の右腕を取り、背へと捻り上げながら左手で首根っこを掴み、地面に身体を叩き付けるよう押さえ込む。
 
「考えろと言ったのが分からなかったか?」
 
 魔法を使うのはいいが、ウィルが避けたらどうする。
 彼の背後には闘いには無縁そうな女の子ばかり。
 彼が懸想しているであろう少女もいる。
 どうせだったら完全にぶち当てるまで追い詰めてから使え、と言いたい。
 
「だってこいつは……っ!!」
 
 けれど反論しようとする少年の目から涙が零れ始めた。
 優斗は思わぬ展開に少し慌てる。
 
「ああ、もう。男なんだから泣かない。話は聞いてあげるから、ちょっとあっち行こうね」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 優斗は「何でこんなことになったんだろ?」と疑問を持ちながらも、少年から話を聞く。
 別に付き合っていたわけではなく、互いに良い雰囲気なだけだったらしい。
 
「じゃあ、逆に考えよう。付き合った後にそうなったらもっと苦しかったと思うよ。だから付き合う前にそういう子だって分かって良かった。そう思うことはできないかな?」
 
 肩を叩きながら、少年を慰める。
 
「確かにウィル君は格好良いよ。でもね、彼女は彼の顔と貴族という血筋、そういうのに目が眩んじゃったわけだよね?」
 
 優斗の問いかけに少年が頷く。
 
「だったら、そういう子なんだと思って割り切ったほうがいいと思うよ」
 
 この国は一夫多妻なだけに、むしろ少年の態度のほうが変だろう。
 ただ、ウィルの態度が態度なだけに少年も怒ったのだと優斗は考えた。
 
「君は好きになったら、その子を大事にしたいんだよね? 他の女性に目を向けることもせず」
 
 こくん、と少年が頷いた。
 
「それなら、もっと君に似合う子がこれから現れる。顔じゃなくて、血筋じゃない。君自身の心をちゃんと見てくれる人が」
 
 自分のような人間にも現れたのだから。
 きっと、少年にも現れる、と。
 そう思う。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 少し離れた場所で少年を慰めている優斗を視界に入れながら、フィオナは呆然としているウィルに尋ねた。
 
「どうしましたか?」
 
 従兄は地面に落ちている剣を見詰めながら微動だにしない。
 
「……見えなかった」
 
「ウィル?」
 
 首を捻ったフィオナにウィルは独白するように言葉を続ける。
 
「剣を奪われた瞬間も、あいつを押さえつけたところも」
 
 地にある剣を拾いながらウィルはフィオナを見る。
 
「あの人はぼくよりも上だ」
 
 格段の実力差がある。
 
「ならばなぜ、そのことを自慢しないのさ?」
 
 己が自慢しようとしていた『力』よりも、確実に彼の『力』のほうが格上。
 ウィルにだって容易に分かるほどの実力差。
 なのに、彼は一言も自慢していない。
 どうしてなのか、分からなかった。
 
「自慢するようなことではないから、でしょうね」
 
「なんでさ?」
 
「優斗さんは大げさに力を隠したりはしていませんが、無駄に見せたりしません。もちろん時と場合と仲間と私と脅しに関しては遠慮なく力を使いますけど、自分の自慢の為に見せたりはしません」
 
 ウィルとは違う。
 
「優斗さんの場合、別に女の子に騒がれるためにある『力』ではありませんから」
 
「……で、でも、男だったら騒がれたいものさ!」
 
 女性にきゃーきゃー言われてナンボだと思う。
 
「優斗さんに普通を当てはめないで下さい。あの人、特級に変ですから」
 
「……変?」
 
「リライトの恋愛観であろうと優斗さんは全力で間違ってる人です」
 
 正しさなんて何一つない。
 
「でなければ、私を婚約者になんて出来ません」
 
 人生で恋愛対象は互いに、ただ一人。
 優斗はフィオナだけいればいい。
 フィオナは優斗だけいればいい。
 互いにおかしいからこそ、互いを“運命の相手”だと分かっている。
 
「…………」
 
 フィオナの言葉に、ウィルが少し言葉を失う。
 すると、優斗が少年を引き連れて戻ってきた。
 少年はウィルに謝り、最後に少女に目をやって、去って行く。
 
「優斗さん、説得したんですか?」
 
「いや、少し話しただけだよ」
 
 これからどうするのかは、彼次第。
 
「まあ、問題はないと思うけどね。良い物件だし」
 
「そうなんですか?」
 
 興味はないけれど、とりあえず訊くフィオナ。
 
「初対面である僕の言うことを素直に聞き入れるっていうのは中々出来ないよ。素直で誠実で、心が綺麗な子なんだろうね」
 
 優斗みたいな汚れ系からすれば、ちょっと羨ましい心を持っていた。
 
「それで、ウィル君はどうしたの?」
 
 さっきから優斗を見ている。
 
「……あの」
 
 すると、恐る恐る声を掛けてきた。
 
「なに?」
 
「その……女の子にモテたい、って思ったこと……ない?」
 
「ない」
 
 優斗が即答した。
 
「ど、どうしてさ?」
 
「モテてどうするの?」
 
 さらに問うたことに対して、優斗は疑問を返す。
 
「……はっ?」
 
 ウィルは思わず声を漏らした。
 
「どうする? って、えっ、いや、ちょっと待った。女の子にモテるって……嬉しいことさ!」
 
「そんなこと言われても……。というか興味のない女の子に好かれて嬉しいものなの?」
 
 本気で優斗には理解できない。
 
「残念ながら僕はフィオナ以外、論外。むしろ好かれてしまったらフィオナに睨まれるし、怒られるし、余計な火種でしかないよ」
 
 優斗の発言を聞いてウィルは「あれ?」と思う。
 さっきのフィオナの時と同じだ。
 自分が正しいはずなのに、なぜかこの二人にだけは通用しない。
 
「女の子に自慢とかしたくない……?」
 
「ん~……。仲間にはさすがに自慢したりすることあるけど、それ以外の人達にする必要性がないし、意味がない」
 
 利点を見出せない。
 
「むしろ女の子にきゃーきゃー言われてフィオナに嫌われでもしたら、僕は泣く」
 
 本気で。
 
「ウィル君と違ってね、愛の広さが狭いんだ」
 
 というよりも、周りにがっちりと壁がある。
 唯一突破したのはフィオナのみ。
 彼女以外、突破できない。
 だから、
 
「僕はフィオナに注げるだけの広さしか持ってない」
 
「で、でもそれなら、これから――」
 
「これから? あるわけがない。フィオナ=アイン=トラスティだけに恋して愛していくのは僕の誇りであり、誓いだよ」
 
 何人たりとも揺るがすことなどできない。
 
「ぶっちゃけ、僕も君と変わらないとは思うけどね。君はたくさんの女の子にきゃーきゃー言われたい。でも僕はフィオナにだけきゃーきゃー言ってもらえればいい。違いなんて、それだけだよ」
 
 考えの相違があるだけ。
 
「あと、僕の力は優しい『名』に包まれているから大丈夫なだけで、その『名』が無かったら恐怖しか与えない。迂闊に自慢できるような力じゃないんだよ」
 
 二つ名とセットであるからこそ自慢できるもの。
 だから二つ名がなければ、自慢になるわけもない。
 
 



[41560] そのために必要なこと
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:4bc5c203
Date: 2015/11/15 19:46
 
 
 
 
 その日の夕暮れ、優斗とフィオナはカイアスから若者が集まるパーティーに誘われた。
 あまり乗り気ではない二人だったが、従兄から「これからは他国のパーティーにも参加しないといけないのだから、練習として参加してみたらどうだい?」と言われ、説得されてしまった。
 確かに今まで優斗とフィオナは、一度二度しか参加したことがない。
 それに堅苦しいパーティーでもないらしい。
 だから了承したのもある。
 ウィルも参加するらしく、今はカイアスとウィルが実家の一室で着替え中。
 
「珍しいこともあるんだね。ウィルが私と一緒に着替えたい、などと」
 
 こっちは優斗とフィオナに合った服装を持ってきて、ついでに着替えようとしていたのだが、よもやウィルが自分と一緒に着替えたいと言うなど思ってもなかった。
 
「兄さん」
 
「どうしたんだい?」
 
 シャツを着ながらカイアスが返事をすると、少し真面目な表情をさせたウィルが尋ねてきた。
 
「ぼくの恋愛観をどう思う?」
 
 唐突な質問にカイアスの少しだけ驚きを表した。
 けれど、すぐに柔和な表情に戻すと、
 
「いや、私は父と違ってウィルを間違っているとは思っていないよ」
 
 女性を囲いたいのならば、囲えばいいとカイアス自身は思っている。
 
「ただ、お前の恋愛観は問題が多々発生する。それをお前が分かっていないというのは駄目なことだと思っているよ」
 
 問題? と聞き返すウィルにカイアスは大きく頷いた。
 
「いいかい? 今までお前が囲っている女性の中には普通の子もいれば、奥方だっている。さらには他の誰かが好きだった子もいるし、恋人がいる子もいた」
 
 多種多様の女性がウィルを囲んだ。
 けれど、人が多いということは一つ、大きな問題が生まれる。
 
「そして人間は得てして嫉妬する生き物だ。お前が奪ったからこそお前を憎む者もいるし、お前が囲っている女性の中でも自分こそが一番だと思いたくて、周りに嫉妬する女性もいる。自分だけがお前の寵愛を受けたいと思う者もいるだろうね」
 
 感情は論理的に働かない。
 自らの想いを以て動く。
 だからこそ、恋愛というものは良い面ばかりではない。
 
「お前はそれをちゃんと理解しているかい? たくさんの女性を愛したいというのなら、見合った行動を取って上手く立ち回る必要があるんだよ」
 
 角を立てないように、周りをちゃんと取りなさなければならない。
 
「けれど、それをしないというのなら、だ」
 
 配慮せず、気を配らず、思うがままに動いている場合。
 
「悪意をちゃんと受け止める覚悟があって、今のように生きているのかい?」
 
 痴情のもつれの果てに刺されようと殺されようと仕方ないと思えるのか、ということ。
 問われたことに対して、ウィルは……首を横に振る。
 
「昨日の件もそうだ。もしお前がフィオナに手を出せば、お前は殺されていた。少なくとも昨日のお前の言動によってユウト君が何もしなかったのは、お前がフィオナの従弟だったから、というだけだよ」
 
 親族であるという利点があったからこそ、優斗は動かなかった。
 
「私からしてみればね、お前がやっていることは綺麗な女性を周りに侍らせて、お前のアクセサリーにしているようにしか見えない」
 
 本当に囲んでいる女性達に恋をしているのか、ということ。
 
「だからこそ、お前は分かっていないんだよ」
 
 本当の愛も恋も知らないから。
 
「お前が思っている以上にお前は周囲から恨まれて、憎まれているんだ。女性を囲むのも火遊びをするのも結構だが、その結果についてお前は何も考えていない」
 
 刹那の楽しさを求めて、その先を何も想像できていない。
 
「さっきも言ったようにお前の恋愛観に文句はない。しかし、お前のような侍らせ方は――」
 
 どうしようもなく。
 
「――軽いんだ」
 
 珍しく強めな口調のカイアス。
 これは本当にウィルを心配してのことだ。
 ウィルは神妙にカイアスの言葉に頷いて、
 
「……じゃあ、次の質問」
 
 さらに訊いた。
 
「格好いいって……なんなのさ?」
 
「……? どういうことだい? ウィルは自分で自分のことを格好いいと思っているだろう?」
 
 カイアスが訊けば、ウィルは確かに頷いた。
 
「ぼくは顔が良いし、強いし、貴族だ。それが格好いい……と思ってた」
 
 けれど自分の従姉は自分を見ない。
 塵芥だと言い放ち、ウィルの格好良さなどどうでもいいと告げた。
 
「フィオナに瞬殺でもされたのかい?」
 
「……うん」
 
 頷いたウィルにカイアスは苦笑する。
 
「恋は盲目、と言うんだよ。まあ、フィオナは変だけどね」
 
 とはいえ彼女ならば、ウィルに興味がなくても仕方ない。
 
「ただ、そうだね……」
 
 格好いいとはどういうことか、については。
 
「ウィルは内面について、格好いいと言われたことはあるかい?」
 
「内面?」
 
「そう。少なくともお前が言ったことは上辺の格好良さと取れる。お前の心や在り方、それを格好いいと言われたことはあるかい?」
 
 カイアスが話すことにウィルは……また、首を横に振った。
 仕方ないな、とカイアスは弟をあやすように一度、ポンと頭を撫でた。
 
「ひらけかすように見せる格好良さではなく、大事な時に魅せられる格好良さこそが私は真に格好いいことだと思っているよ」
 
 
       ◇      ◇
 
 
「なんていうか……変わったわね、フィオちゃん」
 
「いつも言われます」
 
 また別室では、フィオナとカイアスの妻――ルカが話していた。
 ルカは昨日の旦那の様子を思い返す。
 それはもう凄かった。
 フィオナが笑ったことに感動し、笑えるようにしてくれた優斗に感謝していた。
『私の従妹は最高の男性を夫にしたのだよ』と。
 さすがに旦那の様子を見れば、変に邪推することも無くなった。
 ただ、ルカ自身は未だ彼女に対してシコリがあると思っていた。
 あれほど美しいフィオナに、ある意味で熱をあげているカイアス。
 実際に会ってしまえば、表面上は取り繕うことができても、少しは嫉妬する……と自分で予想していたのだが、今のフィオナと対面するや否や打ち砕かれた。
 口を開けば天然で惚気のオンパレード。
 というか、話しているうちに旦那が可哀想になった。
 
「カイアスも頑張っていたことは覚えていてあげて」
 
 まさか自分からこのような言葉が出るとは思わない。
 けれども、さすがに言わないとカイアスが可哀想すぎた。
 
「カイアス従兄様が変だったのは、私のためだとは思ってませんでした」
 
 フィオナにとっては驚きだ。
 
「確かに変なんだけど、フィオちゃんに対しては特別変だったというか……」
 
 思わずルカは苦笑する。
 
「まあ、カイアスはフィオちゃんが笑えるようになって嬉しいんだろうけどね」
 
 先ほど優斗に向けたフィオナの笑顔を見たが、うっかり女性の自分でさえも心臓が跳ねた。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 そしてカイアスの嬉しさが爆発した結果。
 
「ああっ、フィオナ。まさしく君は可憐に咲き誇る華。会場中の男性の視線を一身に受けても仕方が無いほどの美しさだ」
 
 先ほどとは打って変わったカイアスの言葉。
 場所はパーティー会場。
 目の前にいるのは白いドレスを着ているフィオナと、フォーマルな格好の優斗。
 そしてカイアス最愛の妻。
 なのにも関わらず、長年染みついた調子でカイアスはフィオナを賛美する。
 優斗が嘆息した。
 
「……カイアス」
 
「どうしたんだい? ユウト君」
 
 膝立ちで両手を広げているカイアスに対して、優斗は右手でちょいちょいと彼の妻を示す。
 
「奥さんからのプレッシャーが半端ないけど、だいじょうぶ?」
 
 聞いた瞬間、カイアスがピシリと固まった。
 ギギギ、と音が鳴りそうな感じで首を横に向けると、そこには黒い笑みを浮かべる妻の姿。
 
「ル、ルカ! もちろん私にとっては君が一番だよ!」
 
 大慌てでカイアスは妻の手を取り、取り繕う。
 そんな従兄の姿を見て、フィオナが笑った。
 
「カイアス従兄様はルカ様には頭が上がらないようですね」
 
 ころころと笑うフィオナに対し、カイアスは天恵でも得たかのように、
 
「そ、そうか。私とルカの夫婦漫才が所望だったのか!」
 
「違うでしょう!」
 
 ノリ良くカイアスの頭を叩くルカ。
 
「ごめんなさいね、フィオちゃん。こんな馬鹿な夫で」
 
「いえいえ、大丈夫ですよ」
 
 笑みを交わすフィオナとルカ。
 非常に絵になっていた。
 
「なんか仲良くなってない?」
 
 優斗がカイアスの肩を叩く。
 昔々に疑われた、ということは良い感情を持っていなさそうだったのだが一安心した。
 
「フィオナが私に対して微塵も興味がないことが功を奏したのだよ。私とて心から愛しているのはルカだ。フィオナは従妹であり私も恋愛感情だと興味がない」
 
「そっか。なら安心だね」
 
 悶着がないのなら、それでいい。
 
「ウィル君は?」
 
「先ほどから女性の固まりがあるだろう? あそこだ」
 
 カイアスが指す場所。
 確かに女性の人だかりがあった。
 
「相変わらずの人気ってこと?」
 
「ああ。いつもウィルはあんな感じだよ」
 
 パーティーに出れば、たくさんの女性に囲まれる。
 
「先ほど、私が伝えたことを少しは考えてくれると嬉しいんだけど」
 
「伝えたこと?」
 
「恋愛と格好良さについて、さ」
 
 先ほどは神妙に頷いたとはいえ、女性の人垣の間から見える今の彼は弾けんばかりの笑顔だ。
 本当に理解しているのか、判断しづらかった。
 まあいい、とかぶりを振ってカイアスは話題を変える。
 
「それで、さっきからこっちを見てる男共、そろそろ来ると思うかい?」
 
 周囲を見回した。
 先ほどから、男性陣の視線はこちら――というよりはフィオナに集中している。
 
「どうだろうね。まだ判断が付いてないから、もう少しは様子見だと思うけど」
 
 近付く様子はない。
 が、誰か一人が切っ掛けを作ったら全員がやって来そうな感じだ。
 フィオナが優斗の腕に左手を掛けながら、心底うんざりした表情をさせる。
 
「……これからもこのようなことがあるかと思うと気が滅入りますね」
 
「今までもそうだったんじゃないの? 僕がこっちに来る前にもパーティーとかには出てたんでしょ?」
 
「基本は無視してましたから」
 
 話しかけられようと何だろうと、がん無視。
 しかも触れることすら躊躇うほどの無表情と無口。
 
「けど、これからは優斗さんの妻として夫に無駄な不評を与えないようにしないといけません。なので少しは愛想を良くしようとは思うのですが……」
 
 精神的にも肉体的にも疲れるのだから、考えるだけで嫌な気分になる。
 
「フィオナ、やらないでいいよ。あの『名』の時だけでいいから、現状では無理しないで」
 
 優斗が安心させるように頭を撫でる。
 
「ただ、フィオナと僕が腕を組んでるのに、向こうの方々は興味を無くさないね」
 
 注がれる視線の数はあまり変わっていない。
 カイアスが呆れるように、
 
「火遊び……もしくはユウト君から奪おうと思っているのかもしれないよ」
 
「……ああ、そういうことか」
 
 ほんの一瞬だけ、優斗の雰囲気が変わる。
 が、すぐに戻り、
 
「まあ、こういう国だとこうなることが分かってよかったよ。今日のところはカイアスもいるし安心かな」
 
 問題ない、といった表情の優斗。
 けれどカイアスは冷や汗を流していた。
 
「……ユウト君。今、鳥肌が立ったよ」
 
「悪いね」
 
 
     ◇    ◇
 
 
 女性に囲まれるウィルは、いつもの光景だと自分自身で思っている。
 ただ、先ほどの兄の言葉が忘れられなかった。
 今のこの状況は恋愛をしている状況ではないのだろうか、と。
 
「あっ、そういえばウィル君」
 
 ウィルの腕を手に取りながら、妙齢の女性が甘ったるい声を投げかける。
 
「さっき旦那にバレちゃった」
 
「何がさ?」
 
「ウィル君と火遊びしたこと」
 
 軽い口調で言われたこと。
 今までだったら普通に流していただろう。
 けれど彼女の旦那のことを思い出して、ウィルの顔から冷や汗が流れる。
 
「あ、貴女の主人は騎士団の師団長様じゃ……」
 
「そうよ」
 
 火遊びしている最中に旦那の話は聞いた。
 自分のことを目に掛けてくれている騎士の上司。
 騎士として、模範すべき存在。
 そして、公正明大だが気性の激しい性格だということも。
 
「さっき、私がパーティーに行こうとしたら一緒に行くって言い出しちゃって。あまりにもしつこいから思わず『ウィル君がいるんだから来ないで』って言っちゃったのよ」
 
 まったく悪気などない彼女は、すらすらと先ほどの出来事を口にしていく。
 
「それからはもう口喧嘩の応酬で、最終的に『ウィル君のほうが凄かった!』って言い放って出てきちゃった」
 
 彼女から出てくる言葉の数々に、ウィルはどんどん真っ青になっていく。
 
「ぼ、ぼくが狙われるということは……」
 
「ん~、どうだろ。あるかもしれないわ」
 
 でも、と軽い口調で女性は笑う。
 
「大丈夫よ。ウィル君、強いじゃない」
 
 気軽な言い草。
 確かにウィルは今まで何度もそういう輩を追い払ってきた。
 けれど今回は違う。
 明らかに相手が悪すぎる。
 ウィルは思わず大声で、
 
「強いったって師団長に勝てるわけないさ!」
 
 一瞬、周囲の注目を集めるほどの勢いで言ってしまった。
 
「……い、いや、何でもないさ」
 
 皆の視線を振り払うかのように苦笑いを浮かべて、手を左右に振った。
 今までのウィルは、そういう問題になったとしても平民の女性だったり、もしくは同世代の女性だった。
 平民ならば貴族に勝てるわけもなく、同世代ならば腕っ節で負けることはなかった。
 だからこそ明らかに勝てないと分かる、この状況は初めてで。
 兄の『悪意をちゃんと受け止める覚悟があって、今のように生きているのか』という言葉が、頭の中で響いた。
 
「……っ!」
 
 思わず頭を振って悪い予感を打ち消す。
 今までは大丈夫だった。
 男に嫉妬されたことだって何度もある。
 けれども全部、解決してきた。
 ならば、これからも大丈夫であろう、と。
 無理矢理、そう思うことにした。
 
 
       ◇      ◇
 
 
「ウィルの奴はどうしたんだろうか?」
 
 カイアスが首を傾げる。
 
「師団長が……とか仰ってましたね」
 
 フィオナも同じように疑問。
 
「さあ? ただ、ちょっとした問題になったのは――」
 
 優斗も話に参加しようとしたのだが、不意に感じたものがあって顔を窓に向けた。
 
「どうされました?」
 
 フィオナが異変に気付いた。
 尋ねると、優斗が確信を持てないながらも、
 
「何かが……」
 
 窓、暗い外を注視する。
 姿は何も見えない。
 影も形も分からない。
 けれど、
 
「……殺気?」
 
 押し迫るようなものが、僅かに感じられる。
 
「……いやいや、ちょっと待った。暗闇で姿が見えなくて、建物の外から誰とも分からない中にいる人に殺気放って戦闘モードじゃない今の僕にすら感知させることができるとか、少なくともレイナさん以上のレベルじゃないと……」
 
 ぶつぶつと呟く優斗。
 とりあえずヤバい。
 確実に殺気はこっちに向いている。
 絶対に、この会場で大騒動になるのは目に見えて分かる。
 どうしたもんかと少しだけ考え、悩み、そして……カイアス達の姿を見た。
 
 ――せっかく、だもんね。
 
 カイアスにとっては、今のフィオナと初めてパーティーに出ている。
 待ちに待った日でもあるだろう。
 ならばわざわざ、面倒事を会場まで持ち込む必要性はない。
 
「……仕方ないか」
 
 殺気に気付いてしまったことだし。
 
「カイアス。悪いけどフィオナをお願い」
 
 優斗はフィオナの手を自分の腕から外し、彼女をカイアスに預ける。
 
「優斗さん、どうされました?」
 
「厄介事っぽい」
 
 とりあえず聖剣は受付に預けているから、まずは受け取ろう。
 あとは殺気を放っている人物の話を聞けるなら聞いて、その場で判断すればいい。
 どう動くかを考えながら、出入り口まで歩こうとする。
 けれどフィオナが優斗の腕を取った。
 
「それは優斗さんがやらなければならないことですか?」
 
 どのような問題かも分からない状況で、しかもここはリライトではなく他国だ。
 彼が動かなければならないことなのだろうか、とフィオナは疑問に思う。
 けれど、優斗だってそれは同じだ。
 
「さあね」
 
 自分が関わりのあることだとは思っていない。
 
「ただ……」
 
 久方ぶりに会ったいとこ同士の姿を見て、
 
「カイアスがフィオナのドレス姿を見て感激してるしね。今日ぐらいは騒ぎなく見させてあげたいじゃない」
 
 軽い調子で告げた。
 
「……ユウト君。君の発言で今、妻に異様な勢いで睨まれているんだよ」
 
「ははっ。ごめんごめん」
 
 楽しげな笑い声をあげて、優斗はフィオナの手を再度、外す。
 けれど外した手を引いて一度だけ抱き寄せた。
 
「それじゃ、ちょっと行ってくる」
 
 
 
 
 
 
 
 
「ユウト君を追いかけなくていいのかい?」
 
 会場を出て行った優斗。
 カイアスは思わずフィオナに訊いた。
 
「優斗さんが私を置いていった、ということはおそらく戦ってしまいますから。私がいると邪魔でしかないんです」
 
 また危ないことをするのだろう。
 
「行けば優斗さんの気持ちを蔑ろにしてしまいます」
 
 誰かのためじゃない。
 自分達のために優斗は向かった。
 
「だから私はここで待って、戻ってくるのを待つんです」
 
 優斗のおかげで大丈夫だったと言うために。
 
「でも、フィオちゃん。戦うって……大丈夫なの?」
 
 カイアスの妻――ルカが心配そうに尋ねる。
 けれど、そんな彼女の不安を吹き飛ばすようにフィオナは頷く。
 
「大丈夫ですよ」
 
 相手が誰であろうと優斗が負けることはない。
 
「私の夫は最強ですから」
 
 



[41560] 矛盾してでも
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:4bc5c203
Date: 2015/11/15 19:47
 
 
 
 足音が響く。
 怒気を孕み、殺気を漲らせた姿は誰かが見れば怯えるほど。
 そうして感情を何一つ隠そうとしない彼――騎士団の師団長が一人の姿を認めた。
 並木道の木に寄り掛かり、腕を組んでいる少年。
 しかし、こちらを見る視線は自分から外れない。
 互いの距離があと10メートルほどになると、少年は真っ直ぐに立ち、自分と相対するように歩みを進めた。
 
「殺気を出し過ぎだ」
 
 少年――優斗は目の前の男性に話しかける。
 
「一つ訊く。誰が目的だ?」
 
 問うたことに対し、師団長は一言。
 
「ウィル=ナイル=ロスタ」
 
 その名を出した。
 
「理由は?」
 
「俺の妻と火遊びをしておいて、理由を尋ねるか?」
 
 さらに師団長の殺気が強まる。
 第一婦人である彼女は、先日パーティーで出会ったウィルと火遊びをした。
 許せるわけもない。
 
「……申し訳ないことを訊いた」
 
 優斗は小さく頭を下げ、さらに尋ねる。
 
「ウィルをどうするつもりだ?」
 
「決まっている」
 
 感情を全力で込めながら、言葉を吐き捨てる。
 
「斬り殺す」
 
 人の女に手を出しておいて、何もないと思わない方がいい。
 
「……貴方の気持ちは分かる」
 
 優斗は嘆息し、納得し、頷いた。
 先ほどのウィルの言葉。
 そして騎士然とした彼の登場で全てが繋がった。
 
「本当に……分かりすぎるほどに理解はしてあげられる」
 
 午前中にあったことも、今あることも。
 彼らの気持ちが痛いほどによく分かる。
 自分と何も変わらない。
 今、目の前にいる彼も『フィオナに手を出された優斗』と同じだ。
 だから共感しかできない。
 
「…………」
 
 思わず彼を会場まで通してやろうかと思った。
 彼をウィルと会わせてやりたい、と。
 でも、それは駄目だ。
 イースと呼ばれた少年とは違う。
 彼では紛うことなくウィルを殺してしまう。
 
「本来なら見なかったことにして通してやりたいところだが」
 
 自分の主義主張は彼は一緒だ。
 
 ――でも。
 
 優斗は奥歯を噛みしめて、
 
「あれでも僕の妻の従弟だ。妻が悲しむ可能性がある以上、通すわけにはいかない」
 
 立ちはだかることを宣告する。
 
「それに貴方ほどの実力者ならば分かるはずだ」
 
 振る舞いや殺気の強さ。
 総合的に鑑みて、師団長はかなりの実力者。
 されど、
 
「貴方は僕に勝てない」
 
 自分には到底及ばない。
 
「だから退け。無用な戦いをする必要は無い」
 
 気持ちが分かるから。
 戦いたくなかった。
 
「……そうだろうな」
 
 師団長は静かに頷く。
 感覚で彼も理解していた。
 立ちはだかる少年は画一した実力者。
 雰囲気が、気配が、己は少年に勝てないと示している。
 
「頭では負けると分かっている」
 
 おそらくは圧倒的な実力の差がある。
 傷一つ付けられないほどに。
 
「しかし心が納得していない以上、無理矢理にでも通してもらう」
 
 故に剣を抜き放ち、彼は優斗と相対する。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 優斗がいなくなった後、フィオナの下には男性陣が殺到した。
 しかし、にべもなく断る……どころか絶対零度の表情で切り捨てるフィオナに対して、立ち向かえる者はいない。
 手を取ろうとする愚か者がいてもカイアスとルカが防ぐ。
 十数分して、ようやっと人が捌けた。
 
「フィオちゃん、だいじょうぶ?」
 
 あまりの状況だったのと、フィオナの昔のような変貌ぶりにルカが心配する。
 
「問題ないですよ。やっと邪魔者がいなくなって、少し安心しました」
 
 表情を崩してフィオナが答えた。
 
「カイアス従兄様もルカ様もすみません。優斗さんが戻るまでもう少しの間、一緒にいてもらってもいいですか?」
 
「それはもちろん、構わないわよ」
 
「当たり前だろう。私はユウト君にフィオナのことを頼まれたのだから」
 
「お手数だとは思いますが、申し訳ありません」
 
 気軽に二人が頷くと、フィオナが頭を下げた。
 そして談笑しよう……としていたのだが、ウィルがやって来た。
 もちろん女性を大勢連れて。
 
「フィオナ。一曲、どうかな?」
 
「…………」
 
 手を差し出すウィルに対し、フィオナは先ほどと同じ無表情に変えて一度、目を向けただけ。
 そして、すぐに興味をなくしたかのように視線を明後日の方向へと投げた。
 フィオナの態度に、ウィルを囲っている女性陣からブーイングが上がる。
 どうやらウィルの誘いを断ったことが気に入らず、先ほど男性陣が集まっていたのも気に入らないらしい。
 
「……煩わしいですね」
 
 小さくフィオナは呟いて従弟を睨む。
 
「ウィル、邪魔をするならどこかへ行って下さい」
 
「い、いや、そういうつもりじゃないさ」
 
 フィオナの言葉に対し、従弟は少しおかしな態度を取った。
 
「……ウィル?」
 
 彼の態度が違う。
 昨日はフィオナが言っても押してきた。
 今のだってとりわけ酷い悪態を突いたわけでもないのに、この動揺。
 
「何かあったのですか?」
 
「……なんでもないさ」
 
 ウィルの表情が僅かに曇った。
 何でもないわけがない。
 だから無視というわけにもいかなかった。
 最低限、事情くらいは聞いておかないと後々、何が起こるか分からない。
 
「カイアス従兄様、控え室はありますよね?」
 
「あるよ」
 
 訊かれてカイアスが頷く。
 彼もフィオナが何をしようとしているのか見当が付いた。
 
「ウィル、そこであらいざらい話すんだ。今、少し問題が起こっていてね、もしかしたらお前に関係することかもしれない」
 
 言いながらカイアスはウィルを引っ張って連れて行く。
 女性陣が付いてこようとしたが、完全にシャットアウトして控え室の扉を閉める。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 優斗は振るわれる剣を風の魔法や精霊術を用いていなし、かわし、尚且つ反撃する。
 けれど気は進まない。
 彼の気持ちを良く分かってしまった。
 理解できて、頷けて、共感してしまった。
 フィオナに手を出されれば、国ごと破壊することを躊躇わない自分だからこそ。
 正直、彼に立ちはだかっている意味が分からない。
 
「……ほんと、何やってるんだろ」
 
 思わず舌打ちした。
 けれどもウィルが死ねばフィオナが悲しむだろう、と。
 ただ、それだけの理由で彼を止める。
 
「おおぉっ!!」
 
 叫びと共に横薙ぎされる師団長の剣を風で受け止め、代わりに蹴りを彼の顔に放つ。
 師団長は一歩、バックステップをしてかわす。
 憤怒の形相であれど、闘いの最中では冷静な部分を残していた。
 
「…………?」
 
 だからこそ師団長も思案する。
 どうしてだ、と。
 優斗の腰にあるもの。
 パーティーに出る装いにも似合っている美麗なショートソード。
 彼は一度もそれを抜いていない。
 風の魔法や精霊術を使い、自分と相対している。
 舐めているのか、とも思ったが違う。
 優斗の表情は晴れていない。
 苦虫を噛み潰したかの如く、苦々しい。
 同情……ではなく同意なのだろう。
 変わらぬ意見を持っているのに、立場故に相対する。
 師団長が剣を大きく振るい、優斗が距離を取った。
 素晴らしい相手だと思う。
 剣を使っている自分に対して無手で挑む。
 決して剣戟や破壊音を出さず、いなし、避け、パーティー会場には音一つ届いていない。
 こちらは本気でやっているのにも関わらず、だ。
 剣を向けるのならば、やはり優斗のような強者がいい。
 
「できれば……別の機会で会ってみたかった」
 
 ごちるが、仕方のないことだ。
 ウィルを斬り殺さなければ気が済まない。
 
「次が全力だ。君を倒して俺はウィル=ナイル=ロスタを殺しに行く」
 
 師団長は両手で握っている剣を上段に掲げ、宣言した。
 優斗は彼の言を受けて、一度だけ強く手を握り、
 
「……そうか」
 
 握りしめていた拳の力を抜いたあとに大きく頭を振る。
 彼は覚悟を決めた。
 全力を以て優斗を倒すと。
 そしてウィルを殺しに行く、と。
 ならば自分はどうするべきか。
 最初の一手をどう受ける。
 魔法で立ち向かうか?
 精霊術でいなすか?
 それとも、かわす?
 順々に考えていき、順々に破棄する。
 魔法ではなく、精霊術でもなく、かわすわけでもない。
 結論は一つだ。
 ウィルを護ると決めたのだから、やることは分かっている。
 
「抜く」
 
 次いで覚悟を決めた視線が師団長を貫いた。
 優斗は腰に手を掛け、ショートソードを手に取り、鞘から抜き放つ。
 桜色の光が周囲に舞った。
 
「桜の……花びら?」
 
 思わず見惚れたように、師団長が呟いた。
 まるでそうとしか思えない光が剣から吹き荒れ、
 
「貴方には悪いが――」
 
 優斗が構えた。
 全身に力を込め、
 
「――これで終わらせる」
 
 足を踏み出し、駆ける。
 
「……ッ!」
 
 来る、と師団長が感じた瞬間、身体は反射的に剣を振り下ろしていた。
 
「遅い」
 
 けれど優斗の横薙ぎは対応する師団長の剣を一薙ぎで中央から折り、返す刃で根元から砕く。
 そして、
 
「……本当にすまない」
 
 左手を師団長の胸に当て、風の中級魔法を零距離で放った。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 無理矢理、ウィルに事の次第を吐かせると、三人全員ため息を吐いた。
 
「師団長ですか」
 
「公明正大だが、激情家だと言ったね」
 
「……馬鹿なのね、ウィル君」
 
 フィオナ、カイアス、ルカの順に呆れる。
 よりにもよって、そんな人の奥さんに手を出してしまったのか。
 カイアスは額に手を当てる。
 
「お前にはもう少し早く言っておくべきだったかな」
 
 ちょっと遅すぎた。
 
「ウィル君、他にはないのよね?」
 
 ルカの問いかけにウィルはたぶん、と頷いた。
 そして今頃気付いたかのように周囲を見回し、
 
「あの、フィオナの婚約者は?」
 
「今は夫です」
 
 ピシャリとフィオナが言い放った。
 意味が分からないが、今の彼女には逆らわないほうが懸命だと思い、
 
「え、えっと、じゃあ、旦那さんは?」
 
「所用です」
 
 そう言ってフィオナはまた、ため息を吐く。
 
「本当にもう……面倒事ばかり引き受けるんですから」
 
 優斗の相手は8割以上の確率で、ウィルの言っている師団長だとフィオナは感じている。
 
「とはいえ、安心はしました」
 
 優斗が相手をしているなら、ウィルが殺されるということはない。
 万が一すらもない。
 
「フィオナ。違っていたらどうするんだい?」
 
 もし優斗の相手が別だったとして、師団長が会場に現れたとしたらどうするべきか。
 
「馬鹿らしいですけど私が守ります。優斗さんが戻るまでは耐えられると思いますから」
 
 フィオナから軽く言われたことに、カイアスが目を見開く。
 
「フィ、フィオナが守るって大丈夫なのかい?」
 
 魔法の才があるから学院に通っていることはカイアスも知っている。
 しかし相手は師団長。
 普通に考えれば耐えられるわけもない。
 
「大丈夫です。これでも私、こう言われてるんですよ」
 
 けれどフィオナは笑う。
 公爵令嬢、龍神の母、大魔法士の妻。
 様々な形で呼ばれることはあれど、ここで告げるはマリカを護る為に得た名。
 
「リライト最強の精霊術士と」
 
 だから心配はしなくていい。
 
「……なんというか、フィオナもたくましくなったね」
 
 カイアスは素直に受け取る。
 フィオナが嘘を言うはずもない。
 何よりも彼女の最愛は大魔法士。
 そう呼ばれるようになったとしても、まったくもって頷いてしまう。
 
「パーティーに戻りましょうか。何が問題なのかも分かりましたし」
 
 フィオナが三人を促した。
 念のために用心することは必要だが、現状では戻っても問題ない。
 “あの”宮川優斗が会場まで問題を持ち込むはずがないから。
 
「そうだね。それにこれ以上、ウィルをここに留めておくと女性陣から苦情が来そうだ」
 
 カイアスが苦笑する。
 下手をしたらドアの外で待ち構えてるかもしれない。
 
「これも全部、ウィル君が下手打ったのが原因だけどね」
 
 ルカはため息を吐きながらウィルの頭を小突き、
 
「…………」
 
 問題の張本人は、どういうことか分かっていなかった。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 吹き飛ばされ、木に叩き付けられた師団長。
 衝撃で肺にある空気は吐き出され、倒れ込み、何度も咳き込む。
 足に力は入らず、立ち上がることも出来なかった。
 何度か無理矢理に深呼吸をして、どうにか喋る程度までに回復させる。
 そして前を見ると、優斗が歩み寄ってきた。
 
「貴方には申し訳ないと思ってる」
 
 悪いのが師団長でないことなど、百も承知だ。
 
「……謝る必要は無い」
 
 そして師団長も優斗が悪いとは思っていない。
 
「あれほど苦々しい表情で戦っている君を見て、分かった」
 
 自分に有り余るほど同意をしてくれていた。
 
「君は“俺側”だろう?」
 
 問いかけに対して優斗は頷く。
 
「それに君と戦い、少しは気が晴れた」
 
 怒気と殺意しかなかった心の裡なのに、あの聖剣を優斗が抜いた瞬間――見惚れてしまった。
 彼の聖剣を抜く様は、まるで計算されつくしたかのように綺麗で、清廉で、美しかった。
 
「これもまた、君の狙いか?」
 
 さらなる師団長の問いに対して、優斗は曖昧に笑みを浮かべる。
 ということは、そうなのだろうな、と師団長は思った。
 
「少年」
 
 横たわる己の身体を上半身だけ起こしながら訊く。
 
「一つ、お願いをしてもいいだろうか」
 
 真剣な眼差しで告げられた言葉。
 優斗も同じく真剣に応える。
 
「叶えられる願いなら」
 
 返された言葉に師団長は笑みを零し、お願い事を伝えた。
 
「ウィル=ナイル=ロスタをぶん殴って欲しい」
 
「……ぶん殴る?」
 
「ああ。俺だと確実に奴を殺す。しかし、それを君は許さない。ならば――俺の憤りを君に託したい」
 
 今も殺したい気持ちで一杯だが、優斗が確実に防ぐ。
 ならば、殴るぐらいはしたい。
 
「同意してくれた君だからこそ頼みたい」
 
 自分で手を下せないから。
 やり過ぎてしまう自分に代わって、やり過ぎない優斗にお願いする。
 
「奴を殴ってもらえるか?」
 
 手を差し出し、自分の願いを受け取ってくれるかどうかを確かめた。
 優斗は少し考えた様子を見せた後、彼の手を握り、
 
「だったら、僕からも約束してほしい」
 
「何をだ?」
 
「貴方の願いは叶える。だから僕がいなくなってもウィルには手を出すな」
 
 彼の憤りを晴らすから、それで終わりにしてほしい。
 
「矛盾した物言いだということは理解してる。けれど――」
 
「分かっている。君の妻が悲しむかもしれないから、だろう?」
 
 師団長から出てきた言葉に対して、申し訳なく頷く。
 そして優斗は繋がれた手を引っ張り彼を立たせた。
 少しよろめきながらも、師団長はしっかりと立ってみせる。
 
「敗者というものは勝者に従うものだ。故に君の約束を反故しないことを誓おう」
 
 未だ怒っているだろうに。
 殺したいだろうに。
 だが誠実に師団長は優斗に言ってくれた。
 
「……ありがとう」
 
 小さく笑みを浮かべて、優斗は感謝する。
 優斗はこの国の人間ではないから、ウィルを殺させないためには“何か”をする必要があった。
 それは約束であったり、脅しであったり――殺すことも。
 自分がウィルを殴ることで命を助けられるなら、願ったり叶ったりだ。
 
「貴方が素晴らしい騎士でよかった」
 
「……どうかな。妻を奪われた挙げ句、奪った男を殺そうとした男だ」
 
 自らを律しきれていないと言えば、それまで。
 
「いや、人間は得てしてそういう生き物だと思うけど、年長者の意見としては?」
 
「……ふむ。人間というか、我々の間違いではないか?」
 
 問い返されて、優斗は「確かに」と言って表情を崩した。
 すると師団長は今し方気付いたかのように、
 
「ああ、そういえば気になったことがあった」
 
「何を?」
 
「少年。君の名を教えてもらってもいいか?」
 
 戦っていた相手の名前を訊いた。
 そういえばどちらも何一つ名乗っていなかったことに、今更ながらに分かって互いに呆れて苦笑いをした。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 女性と踊りながらも、ウィルは考えていた。
 フィオナの婚約者……いや、この場では彼女の夫である優斗がいない理由と自分に何か関係があるのだろうか。
 あの三人の中で会話が完結していたからこそ、問うこともできなかった。
 仲間はずれにされた、というわけではない。
 けれど自分に話す必要はないと思われている。
 いや、正確には話したところで意味がない、だろう。
 
 ――じゃあ、どこに行ったのさ?
 
 “何か”があって、フィオナの夫は用事が出来た。
 午前中もそうだったが、あの二人は常にベッタリだ。
 なのに不特定多数がいるパーティー会場で彼がフィオナと離れるなんて考えづらい。
 
 ――所用……って言ってたけど。
 
 他国であるのだろうか。
 ウィルはさらに先ほどの会話を思い返していく。
 
 ――面倒事だって言ってた。
 
 そしてカイアスは『違っていたらどうする?』と。
 
 ――違っていたら……ということは彼の所用というのはまさしく、ぼくに関すること?
 
 だからフィオナは自分を守ると言って、己がリライト最強の精霊術士だから大丈夫だと告げたということか。
 
「あっ……」
 
 優斗の所用の意味が、理解できてきた。
 
「…………もしかして……」
 
 いつの間にか曲が終わり、女性がウィルから離れていく。
 その時だ。
 
「ウィル」
 
 後ろから名を呼ばれ、振り向く。
 瞬間、
 
「――あぐっ!!」
 
 左の頬に強い衝撃と痛みが走った。
 同時に身体が勢いで後方へと3メートル以上は飛んでいき、受け身も取れないままウィルは倒れる。
 周囲から大きな悲鳴も上がった。
 
「…………い……つっ」
 
 突然のことにウィルは意味が分からなかった。
 頬が熱を持ち、痛みが酷い。
 口の中に何か固いものがあり、すぐに奥歯が折れたのだと気付いた。
 
「まさ……か……」
 
 殴られたということは師団長がやって来たのか、と頭の片隅で思う。
 恐怖で身体を支配しそうになった。
 だが、
 
「これでお願いは果たしたかな」
 
 自分を殴り飛ばしたのは別の人物だった。
 
「……なっ」
 
 宮川優斗が大きく右手を振り抜いた姿が、そこにある。
 左頬に手を当てながら、ウィルの中では様々な考えが駆け巡る。
 なぜ彼が自分を殴ったのか。
 そして『お願い』とは何なのか。
 何一つ、理解できていない。
 けれど優斗は大きく安堵したかのように息を吐くと、悲鳴巻き起こる周囲を無視しながら、
 
「フィオナ、帰るよ」
 
 彼の最愛の女性に声を掛けた。
 フィオナも優斗の行動に目を瞬かせたが、
 
「はい」
 
 一つ頷き優斗の腕に手を掛け、会場を去る。
 思わずウィルは立ち上がって優斗を追いかけようとしたが、女性達がウィルを囲んでしまって身動きが取れない。
 兄や兄嫁も優斗を追いかけるように会場を後にした。
 周りの女性陣が大きく頬を腫らしたウィルの顔を見て「なんてことを!」と憤っていたが、そんなことはどうでもいい。
 ウィルは今、殴られた意味を知りたかった。
 
 



[41560] 宮川優斗にとっての間違い
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:4bc5c203
Date: 2015/11/15 19:47
 
 
 
 
 フィオナには、優斗が何をやってきたのかは知らない。
 けれど彼がウィルを殴ったということは“殴らなければならない何か”があったということ。
 少し安堵した表情が、それを物語っていた。
 だからフィオナは何も訊かない。
 彼自身が教えてくれるのならば、それを待つだけ。
 
「…………」
 
 優斗と並木道をゆっくりとした歩調で歩く。
 けれど不意に、
 
「――っ!」
 
 優斗が跳ねるように振り返った。
 
「どうされました?」
 
 思わず足を止めた優斗にフィオナは首を捻る。
 けれど彼は会場を凝視した後、
 
「……馬鹿か、僕は」
 
 ぽつり、と。
 呟いた。
 
「優斗さん?」
 
 フィオナが名を呼ぶが、優斗は気付かなかったのか、
 
「僕らしくもない」
 
 さらに一言、呟く。
 
「さっきから、そうだ」
 
 優斗は左手を強く握りしめ、
 
「何やってるんだ」
 
 まるで自分自身を責めているように思えた。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 
 カイアスとルカは優斗とフィオナを追いかけていた。
 
「ちょ、ちょっとカイアス! どうしてユウトさんがウィルを殴ったの!?」
 
「……いや、私にも分からない」
 
 カイアスが目を別に向けている時に起きた。
 本当に一瞬の出来事だった。
 ウィルが優斗の姿を認識したのは殴った後のこと。
 
「ルカは殴った瞬間を見たと言ったね。何かおかしなところはなかったのかい?」
 
 妻は一部始終を見ていた。
 ならば、何かしら変なところはなかっただろうか。
 
「そうね……。ウィル君を殴ったあと、ほんの少しだけど表情を崩してたわ」
 
 僅かばかりの変化だが、変なことではあった。
 カイアスはそれを聞いて、思わず足を止める。
 
「……? 殴ったのに表情を崩す、というのは変だね」
 
 どういうことだろうか。
 
「……」
 
 カイアスは考える。
 優斗のウィルに対する評価は聞いている。
 さっきまで殴るような素振りも見せなかった。
 
「ユウト君が出向き、何かがあったのは間違いない。で、あれば……」
 
 一番、可能性が高いものは何だろう。
 優斗がウィルを殴るには“何か”が必要だ。
 今日、弟はフィオナに手を出しているわけではない。
 確かに従妹をダンスに誘って断られたことはあったが、その姿を見ていたとしても優斗が殴るほど怒るようなものではない。
 現にフィオナにボコボコに言われていた。
 
「ならば別の理由で殴らなければならない“何か”があった?」
 
 ウィルを殴る必要性があった、というのはどうだろう。
 そして、そうなのだとしたら“理由”とは何だろうか。
 カイアスは1分、そして2分と考える。
 そして、
 
「……はぁ。そういうことかい」
 
 大きく息を吐いて、頷いた。
 
「……どういうこと? 私は全然、分からないんだけど」
 
 ルカには何も把握できない。
 というよりも、たったあれだけの状況で頷ける旦那がおかしい。
 
「あくまで私の想像が正しければ……の話だよ」
 
 カイアスは前置きをして、言葉を続ける。
 
「きっとあれはウィルを護る為にしたことなんだ」
 
「……ごめんなさい、カイアス。もっと分からなくなったわ」
 
 殴ることが護ることにどう繋がるのだろうか。
 けれどカイアスは大まじめに答えた。
 
「殴るだけで済ませた、ということだよ」
 
 もしかしたらフィオナ関連かとも思ったが、フィオナ自身がウィルを落ち込ませるほどボコボコに言っているので、それはない。
 だとすれば結論は簡単だ。
 
 ――ユウト君はおそらく、師団長と会ったんだ。
 
 一番高い可能性は師団長に関係すること。
 
「彼ならどんな相手だろうと止められるけど……」
 
 止めた末に交渉か頼み事か、何かがあったのだろう。
 
 
       ◇      ◇
 
 
「少し……疲れた」
 
 宿に戻ったあと、優斗はソファーへ身体を仰向けに投げ出した。
 右腕で目を覆う。
 精神的に参っているのがフィオナにも分かった。
 
「……」
 
 フィオナは少し悩んだが、ソファーまで歩くと彼の頭を軽くあげ、太ももの上に乗せる。
 そして軽く、優斗の頭に触れた。
 
「……フィオナ?」
 
「こうしてあげたほうがいいと思って」
 
 右手の親指で彼の頭をこするように優しく触れる。
 未だに彼の目は腕で覆われているが、それでも、
 
「……助かる」
 
 その一言があったということは、良かったと思えた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 しばらく沈黙があった後、優斗が喋り始める。
 
「正直、分からなかった」
 
「何がですか?」
 
「フィオナがウィルを殺されると泣いてしまうのか」
 
 優斗が話す内容は、彼が会場を出てからのこと。
 そして彼が相対した相手はタイミング的に考えて、おそらく師団長。
 
「……戦ったんですね?」
 
 問いかけに対して、優斗は肯定する。
 
「確信が持てないから……戦った」
 
 届く声は、本当に疲れていて。
 きっと色々とあったのだろうと察せられる。
 
「……私は、きっと」
 
 フィオナは優斗の髪の毛を撫でながら告げる。
 
「ウィルが死んでしまえば、泣いたと思います。それがウィル自身が行った行為の結果だとしても」
 
 こんな男になるとは思っていなかったが、それでも彼は親戚であり、
 
「従弟……ですから」
 
 少なくとも他人よりは親しい間柄だ。
 昨日、馬鹿なことをされたとしても、だ。
 
「叔父も、叔母も、従兄も、義従姉も、います。彼らを慮れば死ねばいいなど、言えるはずもありません」
 
 それに、あまりにどうしようもない男ならまだしも、彼の恋愛観はこの国の人間として問題があるわけではない。
 そこを考慮に入れてしまえば、きっと従姉としてフィオナは泣いただろう。
 
「僕には……その判断が出来ない」
 
 昨日、フィオナを怒らせたウィル。
 けれど今日は案外、普通に話してもいた。
 だからこそ『宮川優斗』には分からない。
 
「僕にとって親族は、ただの――敵だった」
 
 今は義父や義母がいても。
 家族同然、兄弟同然の仲間がいても。
 従兄弟というのは“どういう存在”なのか理解していない。
 
「一般的な従兄弟というものがどの程度、馬鹿な行いをしても許せるのかを知らない。親族である従兄弟の特権、というものを知らない」
 
 フィオナの従兄弟に対する感情と対応を読み切れていないからこそ、戦うことにした。
 
「敵ならいい。敵なら上から蔑み、脅す。馬鹿だと嘲り、頭が悪いと嘲笑し、雑魚が囀るなと言い放てる」
 
 敵だからこそ上から目線で物事を言える。
 
「誰であろうとも」
 
 圧倒的なまでに、潰すため。
 けれど、と。
 優斗は続けた。
 
「……今日は違った。少なくともウィルは僕の敵じゃなく、彼も僕の敵じゃない」
 
 そして優斗は自分の考えを曲げた。
 
「だからこそ己を曲げてまでやったことが正しいのかは、分からない」
 
 それが一つ目の後悔だ。
 
「思えば、おかしな話だ。妻を奪われた男が第三者と戦い、破れ、怒りの矛先を託す。そして奪った男は殴られただけ」
 
 たった一発。
 それだけでウィルに手を出すな、と。
 自分はそう言った。
 
「彼には割に合わないことを強いたと思ってる」
 
 どれほど怒っていたとしても、師団長になるほどの男。
 僅かでも冷静さを取り戻させれば……なんとかなるかもしれない、と。
 優斗はそう思った。
 事実、運良く優斗の考えは当たった。
 つまり騎士であり誠実である、というところにつけ込んだといえばそれまで。
 
「けれど、ああするしかウィルを助ける方法は無かった。そうも……思ってる」
 
 誰も死なない結末など、少なくとも自分にはこれ以外、思いつかない。
 
「彼本人にやらせてあげるのは、出来なかったのですか?」
 
 問いかけるフィオナに対して、優斗は僅かに首を振る仕草を見せた。
 
「……無理だ。彼は怒気と殺意を心に満たしても、狂ってはなかった」
 
 冷静な部分を残していた。
 
「奪った本人を前にしていないから、まだ理性を保っていられた」
 
 ウィルの姿を見ていないから、狂わずにいられた。
 
「僕も彼と同じだから分かる」
 
 同意し、納得し、頷いた自分だから理解した。
 
「もし奪った相手が目の前にいれば、何をしてでも殺す」
 
 あの時の心境で。
 あの時の憎悪で。
 本人を前にしてしまえば、
 
「確実に殺意と怒気で自分を狂わせる」
 
 理性というものを無理矢理、打ち壊す。
 
「彼は自分で理解していた。『俺だと確実に奴を殺す』と」
 
 事実、そうだったろう。
 
「彼をウィルに会わせて、殺させない手前で止める?」
 
 それこそ最悪だ。
 
「今以上に納得しないだろうな」
 
 昼の少年――イースとは違う。
 説得させることが出来る状態じゃない。
 納得させることが出来る心境じゃない。
 
「殺したいほど憎んだ相手が目の前にいる。ならば醜態を晒しても、醜聞にまみれても、醜悪な感情を前面に押し出して殺す」
 
 今まで築き上げた全てをかなぐり捨てでも、後悔などない。
 何一つ後悔などしない。
 
「“僕ら”のような人間は、そういうものだ。だからウィルを殺させないのであれば、会わせては駄目だった」
 
 彼の溜飲を下げるにしても。
 会わせるわけにはいかない。
 
「選択肢は二つしかない。会わせて殺させるか、会わせずに殺させないかだ」
 
 たった、これだけ。
 
「死なせない程度にやらせてあげればいいなどと甘言を宣えるわけもない」
 
 ウィルを守ると決めたからこそ。
 会わせるわけにはいかなかった。
 
「何より彼の怒りは……もしかしたら場違いかもしれない」
 
 リライトでは正しいだろう。
 けれど、この国ではどうだろうか。
 
「一夫多妻の国がどう在るのかは知らないが、たかが己の女一人が火遊びしたくらいで、なぜそこまで憤る……と言われれば、それまでだ」
 
 男女関係にしたって、優斗が思っている以上に緩いのかもしれない。
 それこそ火遊びが通常よりも問題にならないくらいに。
 となると、むしろ師団長が怒っているほうが逆に不可思議に思われる。
 
「……でしたらどうして、あの場で?」
 
 フィオナは首を捻る。
 ならばウィルを呼び出して殴ってもいい。
 あくまで個人的な願いというのなら、あのような場所で殴る必要はなかった。
 
「会場で殴れば、明日には彼の耳にも届くはずだ。そして様々な噂が流れる。ウィルが“何をした”のか、について。勝手な憶測が飛び交う」
 
 可哀想だという声。
 馬鹿なことをしたのか、という声。
 
「周囲からの憐憫と嘲笑を以て、彼の溜飲を少しでも下げたいという独善的で浅はかな考えだ」
 
「でも、だとしたら優斗さんも……」
 
 当事者の一人になってしまう。
 
「いくらウィルの従姉が妻とはいえ、第三者が割り込んだ。そして彼の怒りを無理矢理収めさせた。そうなったところで構わない」
 
 難しい表情をさせたまま、優斗は言い切った。
 一見、師団長に無理強いをさせたからこその表情と思える。
 だが違う。
 もう一つ、見え隠れしている。
 その意味を……フィオナは理解した。
 
「……珍しいですね。優斗さんが間違えるのは」
 
 僅かに苦笑した気配を見せながら、フィオナは優斗の頬を摩る。
 
「気付いたのか?」
 
「ええ」
 
 彼が悔やんでいること。
 その二つ目。
 
「憶測の被害者に私がいます」
 
 あのパーティー会場で優斗とほぼ、一緒にいた。
 優斗がいない間はウィルがフィオナに近付いて、断り、さらには一緒に控え室にも向かった経緯もある。
 そして出て行く時は優斗と一緒だ。
 フィオナは十分、憶測に登場する人物になりえる。
 なればこその間違え、だ。
 
「貴方にとっての正しさに、私への被害などありません」
 
 分かりきっていると断言できるくらいに理解している。
 
「だから、今日の行動は……貴方にとっての間違いです」
 
 宮川優斗にとって間違えたこと。
 それはフィオナを憶測の被害者へと道連れにしてしまったことだ。
 
「ウィルを殴って、あの子がこれで殺されないと思って、少しでも師団長の方が溜飲を下げてくれることを祈って、そしてほっとした後に……私へ被害が来ることに気付いたから」
 
 振り向いた仕草は、それに気付いたからこそだろう。
 その時から優斗の口調は一貫して固いまま。
 
「だから貴方は今も難しい顔をしてるんです」
 
 己の判断ミスで、フィオナを巻き込んだから。
 間違えたと悔やんでいる。
 
「……もし“if”を言えるなら、あの殺気に気付かなければよかった。そうすれば僕は彼をいつものように敵として認識することができた」
 
 打倒すべき相手として、少なくとも“止める”ということができた。
 
「話を聞く前に止めただろうからな」
 
 後々に事態が分かったとしても、そこに苦しさはない。
 
「……知らなかった」
 
 子供の頃から敵がいて。
 舐められてはいけない、と強く居た。
 上から見定め、見据え、敵を嘲てきた。
 自分では誰よりも“闘う”ことに慣れていると思っていた。
 
「だが、今まで敵としか闘ってこなかったから」
 
 敵以外を相手にしたことがないから。
 
「……結構、きつい」
 
 共感してしまった相手と闘うのは、本当に苦しかった。
 
「敵以外と闘ったことで、迷ったんですか?」
 
「当たり前だ」
 
 フィオナの問いに優斗は頷く。
 
「だからこそ僕は対応を間違えて――最愛を自らの行動で巻き込んだ。例え噂の範疇だったとしても、僕は自分で自分を許せない」
 
 宮川優斗がフィオナ=アイン=トラスティを己のミスで下卑た噂に巻き込むなど、あってはならない。
 けれど、
 
「目先を願って後を間違えるなんて、完璧主義者の優斗さんだからこそ珍しいです」
 
 優斗の頬に触れながら、フィオナは優しく笑う。
 
「でも、いいんですよ。間違えたところに“私”がいるのなら」
 
 もし優斗のミスでフィオナが馬鹿らしい噂に巻き込まれたとしても。
 そのような噂が出るということは、間違いなくフィオナは彼の隣にいるということ。
 
「何一つ、問題なんてありません」
 
 一緒にいることを実感できる。
 
「だから」
 
 フィオナは優斗の目を隠している彼の右腕を、手に取る。
 そして、しっかりと視線を合わせると、言ってやった。
 
 
「私を巻き込んで下さい、宮川優斗」
 
 
 もっともっと、実感させて欲しい。
 例え辛いことを言われたとしても。
 優斗が隣にいるのならば、それでいい。
 
「私を巻き込んだところで、間違いなどと思う必要は何一つありません」
 
 “仲間”には思っていい。
 “大切”には思っていい。
 けれど“最愛”には思わなくていい。
 
「隣を歩むとは、そういうことです」
 
 良いことだろうと悪いことだろうと。
 一緒にいるということ。
 そして分かち合う。
 これはフィオナにとって、一番譲れないこと。
 
「今日はお疲れ様でした。優斗さんに殴られたことでウィルも考えることがあるでしょう。ウィルがこの先、どうするかはあの子自身の問題です」
 
 初めて受けるはずだった圧倒的な殺意は優斗が防いだ。
 けれどこれから、優斗はいない。
 事の次第はおそらく、カイアスあたりが伝えるだろう。
 だから今後、どのように身を振るかはウィル次第。
 
「そして優斗さんからすれば、今回の件は間違えだらけだったと思います」
 
 師団長と闘ったことも。
 ウィルをあの場で殴った結果、フィオナを巻き込んでしまったことも間違いだった。
 しかし、だ。
 間違えだと思う全ては優斗の視線から語ったこと。
 
「けれど私からすれば、貴方はウィルを守ってくれた」
 
 だからもう、いいだろうと思う。
 フィオナは身体を少しかがめて、口唇を優斗に落とした。
 
「そろそろ、口調を戻してもいいんじゃないですか?」
 
 ほんの数センチ先にある優斗の瞳を見ながら、フィオナが優しく告げる。
 これ以上、自分を追い立てる必要性はない。
 結果論としてウィルは生きている。
 そしてフィオナは悲しまなかった。
 
「……そっか」
 
 固かった優斗の表情が、ここでようやく崩れた。
 
「……うん。そうだね」
 
 小さく、ゆっくりと優斗が頷いた。
 
「あと、最後に言うことになりましたが」
 
 顔をあげたフィオナは、ちょこっとだけ悪戯をするような表情になり、
 
「アリーさんは優斗さんの従妹じゃないんですか?」
 
 思わぬ言葉を出してきた。
 また、少しだけ優斗の表情が崩れる。
 
「冗談みたいな会話の一つなんだけど」
 
「いいと思いますよ。たとえ冗談みたいなやり取りでも、従妹と言って私に納得させることが出来ているんですから。だから優斗さんとアリーさんはいとこなんですよ」
 
「……すっごい理論だね、それ」
 
 はちゃめちゃもいいところだ。
 
「でも」
 
 もし仮にアリーが従妹として。
 もし仮にウィルと同じことをやったとしたら。
 自分は果たして、どうだったろうか。
 もちろんフィオナとウィルの二人とは仲の良さだって違う。
 性別だって違う。
 けれど“いとこ”という枠組みで考えたなら。
 
「…………」
 
 少し考えて、頷く。
 
「だったら、やっぱり」
 
 どれだけ馬鹿なことをしたとしても。
 そのせいで殺されたとしたら。
 
「泣くかな」
 
 従妹なのだから。
 
「だから、やっぱり」
 
 無駄に関わって。
 無駄に辛くなったけど。
 僅かでも自己弁護をして……いいだろうか。
 
「護ってよかった」
 
 少なくともフィオナを泣かせずに済んだ。
 
 



[41560] 愛の使い方
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:4bc5c203
Date: 2015/11/15 19:48
 
 
 
 
 
 優斗は少しだけ安堵したのか、小さく寝息をたてた。
 フィオナは優しい表情を浮かべていたが……少し、曇る。
 
「……これで……優斗さんは傷つかない」
 
 小さく、息を吐いた。
 
「……まだ……駄目なんですね」
 
 宮川優斗の根底にあるものは分かる。
『フィオナを傷つけない』こと。
 悲しませず、苦しませず、大切にする。
 何人たりとも傷つける者を許さない。
 大切の中でも特別。
 まるで――宝石のように扱われている。
 
「…………」
 
 でも、彼は未だに変わらない。
 どれほどの言葉を受けても。
 どれほどの行動を受けても。
 その根底のために取る行動は……何一つ変わっていない。
 変える気がない。
 
「…………っ」
 
 だから彼にとっての間違いは間違っていない、と。
 これ以上、彼を苦しめないためには、そう告げることしか出来ない。
 
「…………ばか」
 
 ウィルが死なず、フィオナは悲しまずに済んだ。
 現に従弟のことでは今も悲しんではいない。
 間違ってはいない。
 
「…………ばかです」
 
 けれど正しくもない。
 彼は前提を間違えている。
 今までも、そして今も。
 
「…………」
 
 宮川優斗は『     』からこそ。
 一番大事な前提を刮ぎ落としている。
 
「……私はウィルが死なないで悲しまずに済みました」
 
 仮にも従弟だから。
 叔父、叔母、従兄を考えれば『死んでもいい』とは思えないから。
 
「……でも、ウィルを助けてくれて『ありがとう』も『うれしい』も……貴方に言ってないんですよ」
 
 言えるわけがない。
 言えるはずが……なかった。
 
 
       ◇      ◇
 
 
「お帰りなさいませ、旦那様」
 
 老齢な執事が出迎える。
 師団長は頷いて、居間へと足を運んだ。
 
「……良い具合に手加減されたな」
 
 痛みはない。
 治療魔法をかければ、すぐに傷もなくなった。
 
「本懐は遂げられましたか?」
 
 執事が尋ねる。
 
「……いや、できなかった」
 
 師団長はソファーに深く座る。
 そして、執事に今日の出来事を話した。
 
「彼――ミヤガワは後悔しているだろう」
 
 自分の行いに。
 
「冷静に考えれば、何も間違いなどないというのにな」
 
 経緯はどうであれ。
 結果は間違ってはいない。
 
「女を奪われたぐらいで殺そうとする、というのは些かやりすぎな類だろう。無論、俺や彼にとっては間違いではない。ただし一般的に考えれば、間違っている行いだ」
 
 常識として見るのであれば。
 
「殴ろうと、斬ろうと、何をしようと……殺してはならない。それぐらいの罪だ」
 
 殺されても仕方ない、ではない。
 殺すほどのものではなかったと。
 殺すのはやり過ぎだと。
 そう思われる問題。
 
「故にミヤガワがウィル=ナイル=ロスタの命を救ったことは正しい。お前もそう思うだろう?」
 
「私は旦那様の味方ですので、何とも言えかねますが……旦那様の意向に同意した方が正しいと?」
 
 矛盾している。
 
「結果を語るのであればな。無論、今でも心に怒りは渦巻き、ウィル=ナイル=ロスタを殺したいとは思っている。それを間違っているとは俺も彼も思っていない。だが、それとは別問題で語るべきだ」
 
 何を以て考えるのか、ということ。
 
「俺らからすれば、俺は間違っていないしミヤガワは間違っている。しかし同じ状況になれば、俺とて立ちはだかるだろう。己の考えと矛盾していたとしても」
 
 優斗はフィオナの為に立ちはだかった。
 そして自分は妻の為にと立ちはだかっただろう。
 騎士としての本分もある以上、優斗以上に。
 
「無論、止められはしないがな」
 
 止められるかどうかは別として、行動として同じ行動を取るだろう。
 
「しかし第三者の視点から見れば、俺が間違っていてミヤガワは間違っていない」
 
「……難しい話ではありますな」
 
「確かに。だから彼が必要以上に苦しんでいないことを祈る」
 
 最愛を傷つけない為という、理由があまりにも独善的な故に優斗は自身の行いが間違っていると思っている。
 第三者的の考えを持てば楽だろうに。
 であれば間違いではないというのに。
 優斗はしない。
 
「彼は俺より10歳以上も下だ。年若いのだから間違えて当たり前だろうに」
 
 優斗自身の考えと矛盾したとしても結果が正しいのであれば、それでいいはずだ。
 師団長は大きくため息を吐く。
 
「では、旦那様とミヤガワ様が苦しむ元となったあの方はどうなさるのですか?」
 
 執事が訊く。
 
「馬鹿のほうか?」
 
 ウィルを殴って終わらせると言ったのだから、これ以上どうこうすることはない。
 彼と約束をした。
 手を出さない、と。
 もちろん顔を合わせればどうなるかは分からないが、それでも出会わなければ約束は果たす。
 己を傷つけてまで、自分の願いを果たしてくれるであろう彼の想いを慮って。
 
「いえ、違います」
 
 けれど執事が首を振った。
 となると“あの方”が誰を指すのかは一目瞭然。
 
「離婚だ」
 
 師団長はすっぱりと答える。
 
「俺は他人のものになった女を置いておくほど、心は広くない」
 
 絶対に不可能だ。
 
「きっとあいつを前にすれば、また怒鳴るだろう。なじるだろう。ふざけるなと激怒するだろう」
 
 先ほどの繰り返しだ。
 裏切った女に対して、許すという考えはない。
 
「ただ、愛していた女だ。だからこれ以上、悪態を突くことはしない」
 
 けれど、だ。
 それだけ。
 最後の良心と言うべきもの。
 
「二度と顔を合わせる必要は無い。事の次第は全てお前がやってくれ」
 
 もう決めた。
 愛しているからウィルに怒り、殺そうと思った。
 けれど、愛していたが故に彼女を許せない。
 
「了解いたしました」
 
 執事が慇懃に頭を下げた。
 全てを決めたことで、師団長は力を抜く。
 
「……俺は最愛とすべき者を間違えたのだろうな」
 
 逃れられぬ結婚だったとはいえ結婚したからには愛し、愛したからには大切にしていこうと思った。
 唯一でいようと思っていくほどに。
 
「俺の恋愛観は、やはりコーラルにとって異端なのだろう」
 
 国柄に沿った恋愛ができない。
 
「ちゃんと一人の女性とやっている方もいらっしゃいますよ」
 
 思わず執事が言葉を挟む。
 
「数は多くないだろう?」
 
 師団長はフォローするなといった感じで手を振る。
 
「どうするか」
 
 これからのことを。
 未だに腹の底から気分が悪い。
 煮えるような熱さは憎悪であり、凍えるような胸の冷え方は殺意だ。
 
「…………」
 
 きっとこの国では同じ事の繰り返しになる。
 いっそのこと、愛する者を二度と作らないほうがいいかもしれない。
 思わず師団長が天井を仰ぎ見ると、執事は丁寧に腰を折って申し上げた。
 
「ならば――」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 夜道を歩きながら、ウィルは合流したカイアスに尋ねる。
 
「……兄さん。ぼくはどうして殴られたのかな?」
 
「分からないかい?」
 
 聞き返すカイアスにウィルは頷く。
 
「これはあくまで私の予想だけどね……」
 
 前置きをして、兄は弟に語る。
 
「お前が恐れていた師団長は会場に来ようとしていた。ユウト君が感じた殺気というのは、おそらく彼が放っていたものだろうね。そして殺気ということは、殺そうとしてたということだ」
 
 間違いなく殺しに来ていた。
 
「けれど今、お前は無事でいる。つまりはユウト君が“何か”をした。おそらくは交渉やお願いをされた結果、お前を殴ることで事を収める……ということになったんじゃないかな」
 
 あくまで想像の範疇でしかないが。
 大方、外れとも言えないものだ。
 
「本当に不思議なものだよ。一発殴ったことで、全てが終わるなんてね」
 
 激情家だと聞いている人物。
 なのに他人が殴っただけで終わるというのは、どうも腑に落ちない。
 
「……どういうことさ?」
 
「激情家が第三者に止められただけで止まると思うかい?」
 
 だから優斗が何かをしたと考えた。
 
「そしてもう一つの疑問は、どうしてユウト君が師団長を通さなかったのか、ということだよ」
 
 こちらも腑に落ちない。
 
「ユウト君はフィオナに手を出されれば国ごと破壊する、と言ってのける男だよ。そんな彼が“妻に裏切られた師団長”を止めた。少し不思議だとは思わないかい?」
 
 むしろ今言った理由でウィルを殺そうとやって来たのなら、優斗は間違いなく彼の行動に同意する。
 
「う、裏切ったって、そんな、ちょっとした――」
 
「それはお前の恋愛観だろう?」
 
 火遊びというのは、確かにウィルにとってはちょっとしたものかもしれない。
 しかし、
 
「言っただろう? お前は恨み、憎まれるようなことをしているんだと。私達のような者にとっては十分、裏切りなんだよ」
 
 憎悪するに値する。
 相手を怒り、憎み、殺そうとするほどに。
 
「私としては、フィオナの従弟だからユウト君がお前を助けたとは思っているけど、これに関しては本人に訊かないと分からないことだね」
 
 そこまで言って、カイアスは黙った。
 ルカは夫ほど理解ができていないので、彼女は何も問うことはない。
 少しの間、三人分の足音だけが響いた。
 
「……いくつか質問、いい?」
 
 恐る恐る、といった感じでウィルが口を開く。
 カイアスが視線で促した。
 
「殺気って……どうして分かったのさ?」
 
「それは私に訊かれても困る。ユウト君ほどの人物じゃないと分からないものなのだろうね」
 
 大魔法士と呼ばれるほどの者だからこそ、気付けた代物。
 
「もしかしたらぼくが対象じゃないって可能性は?」
 
「ありえないね。でなければユウト君がお前を殴る必要はない」
 
 なればこそ分かる。
 優斗が師団長と出会っていることに。
 
「だったら、ぼくは……」
 
 口の中、出血し続けている欠けた場所を感じながら、
 
「護られたんだ。あの人に」
 
 昨日出会った、フィオナの婚約者に。
 カイアスはウィルを一瞥すると、告げる。
 
「相対的に考えなくとも」
 
 今日の結果を見れば、
 
「絶対的にお前は格好悪いよ、ウィル」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 あと少し歩いて、目標としていた場所へとたどり着く。
 目的の客室の前でノックする。
 すると、フィオナが出てきた。
 もう一人、いるはずの男性の姿はない。
 
「ユウト君は?」
 
「寝てしまいました」
 
 後ろをちらりと見て、フィオナは扉を閉める。
 彼らが話をしに来たのは分かった。
 ロビーのテーブルへと三人を促す。
 
「疲れてしまったのかい?」
 
「そうですね。結構、参ってましたけど……明日にはいつも通りに振る舞うと思います」
 
 少なくとも、それが出来る人だ。
 けれどフィオナの言葉を聞いてウィルが少し焦る。
 
「……け、怪我でもしたの?」
 
 だとしたら自分のせいだ。
 
「精神的に参ってるんです。怪我は一切ありません」
 
「で、でも、師団長を相手にしたんじゃ……」
 
「あの人からすれば、師団長の方でも取るに足らないですよ」
 
 大魔法士が負けるはずもない。
 
「とはいえ戦ったことで、精神的な負担があったのは事実です」
 
 自分自身を曲げたことが彼を傷つけた。
 
「……やっぱり、ぼくが悪いのさ」
 
「ウィルが悪いことなど私は百も承知しています」
 
 自嘲するウィルに対して、フィオナはピシャリの言い切る。
 
「でも、あの人はウィルを責めませんよ。後悔したのも間違えたのも、あくまでも自分が悪いと思ってますから」
 
 ウィルは関係ない。
 彼が傷ついたことも、苦しんだことも。
 
「い、いや、そんなことないさ。だって僕のせいで――」
 
「ウィルは何を勘違いしているんですか? 原因は貴方であろうと、優斗さんは私を悲しませないために戦い、傷ついた。私のためにどうしようもない馬鹿をやって傷ついたあの人の後悔も間違いも何もかも、私が受け止めるべきものです。ウィルの出る幕ではありません」
 
 しゃしゃり出てくる必要はない。
 
「フィオナ。間違いとは何だい?」
 
 カイアスが訊く。
 精神的に参ったということは、やはり同じ感情を抱いていたのに止めたことだろう。
 だが、間違いとは一体、何だ?
 
「彼にとって一番大きな間違いは、私を下世話な噂に巻き込んでしまうことです」
 
 そしてフィオナはカイアスに説明した。
 あの場でウィルを殴った理由を。
 
「カイアス従兄様。ウィルの行いはこの国において、殺されるほどのものですか?」
 
「いや、違うよ」
 
「でしたら、やはり優斗さんがウィルを救ったことは他人から見て間違いではないのですね」
 
 一般的に見れば優斗は正しいことをした。
 彼にとって意味はなくとも、それは幸いではないかと思う。
 
「ユウト君が他に間違っていると思ったことは?」
 
「師団長を止めたことです」
 
 明らかに優斗の在り方と反している。
 
「今回はたまたま、私が“まだ”ウィルを悲しむことができた。そして私は優斗さんが隣に居れば、何があろうとも厭わない。だから優斗さんには『間違っていない』と伝えました」
 
 師団長と戦ったことも。
 フィオナを噂に巻き込んでしまうであろうことも。
 優斗の視点では間違っていない。
 でも、と。
 フィオナは続ける。
 
「ウィルを護ってよかったと思っても、私を悲しませずに済んだとしても、あの人は師団長の方と戦ったことや過程に関してだけは、間違っているということを絶対に譲りません。第三者の視点で見れば何一つ間違っていないなどということは、絶対に考えることをしません」
 
 優斗にとっては、過程が本当に間違っている。
 
「私にとっては、前提から間違えているというのに」
 
 ぐっ、と。
 右手を握りしめる。
 それは悔しさであり、辛さであり、もどかしさだ。
 
「また、同じ事になれば……きっとあの人は傷つく。自分の感情を殺してでも、また同じことをする」
 
 何度だって同じことをする。
 
「その理由が『私が悲しむから』です」
 
 唯一にして絶対の理由。
 
「……馬鹿なんです、本当に」
 
 宮川優斗という男は。
 
「私だって同じように“最愛”に傷ついてほしくない、と。そう思っているのに。“最愛”が傷つく以上に辛い事なんて、ありはしないのに」
 
 自分だって彼と同じなのに。
 
「そのことを――あの人は気付きません。どれほどの言葉を、行為を届けても覚えておく気がないんです」
 
 そうしようとしない。
 
 ――だって。
 
 あの人は。
 
「どうしようもないほどに自己を考えていないから」
 
 あまりにも自分を殺してしまう。
 
「だから優斗さんが自身を責めないようにするには、ウィルが死ななかったことで『私は悲しまなかった』と。嘘では無くとも正しくはない事実を伝えるしかないんです」
 
 フィオナにはもっと辛いことがあるのに。
 もっと苦しいことがあるのに。
 言えない。
 
「それでも、伝えるべきだとは……思わなかったのかい?」
 
 カイアスが訊く。
 フィオナにとっての大前提を彼が間違えているなら、それを伝える必要があるはずだ。
 けれどフィオナは握りしめた拳を、さらに強め、
 
「……言えるわけ……ないじゃないですか……っ」
 
 どうしようもないほどの感情を吐き出す。
 
「だって優斗さんはたくさん辛いことがあって、たくさん苦しいことがあって、だから考えも、生き様も、存在も、ありとあらゆる点で――間違えすぎてるんです」
 
 あまりにも普通からかけ離れている。
 
「人を殺すことを厭わず、人を憎むことで生き抜き、人と違う力を持っている……何一つ正しいとは言えない人なんです」
 
 絶対的に打ち砕き、躊躇無く蔑み、容赦なく圧倒する。
 
「だから強い」
 
 敵を完膚無きまで蹂躙する。
 
「けれど……」
 
 同時に、彼はとても強くて優しい。
 己の本質を知っているからこそ、優しく在りたいと願い続けて、優しくいようとする。
 
「あの人は狂っているが故に……弱い」
 
 敵には強固な意志を以て相対する。
 それこそ大魔法士と呼べるほどに。
 けれど、違った場合。
 彼の敵ではないものが立ちはだかった場合、それは容易に彼の心を抉る刃になる。
 
「本当に弱い人なのに、あの人は私のためなら自身を傷つけることを厭わない」
 
 自己を投げ捨て、放棄する。
 
「私自身が誰よりも彼の刃になるというのに、傷ついた彼に『前提を間違っている』と言えるわけがない」
 
 宮川優斗はどうしようもなく『     』。
 それを彼自身は知っているのに、変えようとしない。
 だからフィオナの言葉が刃になってしまう。
 
「……言葉では届かない」
 
 何を言っても分かってくれない。
 気付いてくれない。
 知ってくれない。
 
「言葉では届かないから、態度で示さないと……。彼が気付いてくれるまで、ずっと示し続けていかないと」
 
 いずれ、やってくる。
 狂っているから弱い、彼の心の限界。
 
「……本当に……壊れてしまう」
 
 矛盾して、後悔して、宮川優斗は壊れるまで自身を傷つける。
 そして彼が壊れる理由はただ一つ。
 
「……私が壊してしまうんです」
 
 “フィオナの為”という想いが、優斗を壊す。
 
「私はまだ……あの人を支えきれてない」
 
 彼を形成した日々から。
 
「……癒しきれてない」
 
 彼を狂わせた人生から。
 
「……あの過去によって得てしまったものから、私は…………護りきれてない」
 
 今の彼に至らしめた歳月から。
 未だに救い出せていない。
 
「だから時間を掛けてでも、あの人が自分を大切に出来るま――」
 
「それは間違っているよ」
 
 フィオナの独白を、カイアスが止めた。
 カイアスは一度、ルカを見た後にフィオナを見据える。
 
「お前がやったことはやはり、間違っているよ」
 
 もう一度、彼女が理解できるように告げる。
 
「お前はユウト君にとっての間違えは、間違えじゃない……、と。そう言ったのだよね?」
 
 彼がこれ以上、傷つかないように。
 頷くフィオナにカイアスは首を振る。
 
「違うよ。お前にとって彼が間違えたこととは何だい?」
 
「……私のために自身を投げ捨ててまで傷つくことです」
 
「だったら、絶対にそれを言わないといけないんだ」
 
 フィオナがやったことは護ったことではなく、目を背けさせた。
 
「“愛”の使い方を間違えちゃいけない」
 
 傷ついてほしくない。
 護りたい。
 でも、だからといって目を背けさせてはいけない。
 
「でも、今の優斗さんをもっと傷つけるなんて……」
 
「今やらなければ、いつやるんだい?」
 
 確かに彼が普通ならばいいだろう。
 時間を掛けて、ゆっくりと。
 今回がたまたまで、今後数年、このようなことがないと断言できるのであれば。
 
「彼は一般人じゃない。大魔法士だ」
 
 世界最強と呼ばれる者。
 セリアールで特別視される存在。
 その身に降りかかる出来事は数多いはずだ。
 
「似たようなことは――すぐにやってくるかもしれない。時間というものは、あるようでないんだよ」
 
 言っては傷ついてしまう。
 ならば何も告げないで目を背けさせ、時間を掛けて正していく……ではない。
 
「届かないと嘆くんじゃない」
 
 嘆く暇があるのなら、届けろ。
 届くように伝えるべきだ。
 
「届かないと思うのなら、届くように泣いて、喚き、叫べばいいんだよ。『お前は一体、誰の最愛を傷つけているんだ』と怒鳴ればいいんだ」
 
 例え優斗を傷つけてでも。
 
「何度でも、何度だって、彼が変わるまでお前の想いを叫び続けるんだ」
 
 彼が変わるまで。
 そしてカイアスはふわりと微笑む。
 
「ルカはずっと、私にそうしてくれたよ」
 
 最愛の妻はカイアスの行動によって自身が傷ついていることを何度でも、何度だって言ってくれた。
 カイアスの行動はさして変わらなかったが、フィオナに会いに行くことはなくなった。
 疑われる回数を減らすため、来た時だけにしようと思った。
 もしかしたら、華開かせる誰かを待つことが出来たのも、ルカのおかげかもしれない。
 
 ――そう、だから。
 
 己の行動の結果を、本当の意味で“気付いている”か“気付いていないか”では大きな差がある。
 優斗とフィオナであれば、尚更だ。
 
「彼が自身を傷つけたとしても、それは間違いなく“フィオナの最愛を傷つけた”という意味に他ならない」
 
 絶対に。
 
「彼はね、今ここで気付くべきなんだ。自傷して護ったところで、最愛は何一つ喜ばないということを。その行動が何よりも最愛を傷つけていることを」
 
 手遅れになる前に知らなければならない。
 
「だからフィオナも覚悟を決めなさい」
 
 愛する者のために。
 誰よりも惚れている男のために。
 
 
「彼がお前への愛を以て間違うというのなら、お前が彼への愛を以て間違わせるんじゃない」
 
 
 何をしなければならないのかを、しっかりと見定めろ。
 
「……カイアス従兄様」
 
 思わず呆けたフィオナに、カイアスはさらに言葉を届ける。
 
「支えるんだろう?」
 
 ユウト・ミヤガワを。
 
「護るんだろう?」
 
 ユウト=フィーア=ミヤガワを。
 
「癒すんだろう?」
 
 宮川優斗を。
 
「だとしたら答えは一つだ」
 
 カイアスはフィオナの頭を撫でる。
 
「彼が“お前の為に”という免罪符が掲げ、自身が不必要な傷を負わないように」
 
 言ってやれ。
 
「それこそがフィオナにとって一番辛いものだということを」
 
 喚いてやれ。
 
「フィオナにとってユウト君が一番、間違えていることを」
 
 叫んでやれ。
 
「言葉で、行動で、心で、お前の全てで届けてあげなさい」
 
 何度でも、何度だって。
 
「そして彼が――」
 
 宮川優斗こそが、
 
「――フィオナを誰よりも十全に幸せにしている存在だということを、教えてあげなさい」
 
 
 
 
 
 
 
 
 フィオナはカイアスの言葉を聞き届けると……頭を下げて部屋へと戻る。
 一方で、呆然としているウィルの姿があった。
 
「ウィル」
 
 声を掛けるカイアスに対して、彼は軽く身体を震わせた。
 
「お前が間違っているとは言わないよ。なぜならお前がやったことは、殺されるほどのものではないからね。そしてユウト君が傷ついたのは、自身が馬鹿なことをやったと思っているのは、彼とフィオナの問題だ」
 
 正直な話、蚊帳の外でしかない。
 
「けれどね、ユウト君が傷ついたおかげでお前は生きている」
 
 今もちゃんと。
 
「死なずに済んでいる」
 
 そしてウィルは優斗が護った理由がどうであれ、
 
「だからユウト君が己を曲げてまで、自身を傷つけてまでお前を助けたことを。そしてお前がしたことにより、お前を殺したいほど憎んでいる男がいることを。少なくともそれぐらいは、理解してあげなさい」
 
 
 



[41560] 本質を変える時
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:4bc5c203
Date: 2015/11/15 19:49
 
 
 
 
 フィオナはゆっくりとドアを閉めて、優斗に近付く。
 
「…………」
 
 やはり疲れているのだろう。
 眠ったまま、彼は微動だにしない。
 ソファーの前でしゃがみ、目を瞑っている優斗の頬を摩る。
 
「私は貴方が傷つく方が辛いんです」
 
 そして気持ちを吐露する。
 
「どっちかを選べと言われたら、私は間違いなく優斗さんが傷つかない方を選びます」
 
 ウィルが死ぬのは悲しい。
 でも優斗と比べられない。
 
「……もっと自分を大事にして下さいよ」
 
 優斗はフィオナを悲しませないために馬鹿なことをした。
 無駄に動き、無駄に傷つき、無駄に後悔した。
 それが、本当に悔しい。
 “宮川優斗の歪み”が未だ直っていないことを思い知らされる。
 
『優斗は自分の感情を殺してフィオナのために動く』
 
 3ヶ月前、母に突きつけられた事実が胸の内に燻る。
 だから優斗は自身を傷つけたところで分からない。
 あまりにも自己放棄しているから。
 
「……っ!」
 
 だからこそフィオナは悔しい。
 このような場面では必ず、フィオナが辛く悲しむことに『優斗自身を入れていない』。
 
「どうして自身を度外視するんですか」
 
 辛いのなら、しなくてもよかった。
 
「どうして自身を投げ出すんですか」
 
 後悔するのなら、やらなくてもよかった。
 
「どうして自身が傷ついたのに、そのせいで『私が辛くならない』と思ったんですか」
 
 その勘違いこそが最大の間違えだと、どうして気付いてくれない。
 
「私の“最愛”だと言っているじゃないですか」
 
 世界で一番、愛している男性。
 
「私の“唯一”だと知っているじゃないですか」
 
 世界で唯一、愛している男性。
 
「何度も何度も『愛している』と伝えているじゃないですか」
 
 言葉にして。
 行動にして。
 
「私を悲しませたくないと思っているのなら」
 
 本当に。
 
「それぐらい……」
 
 宮川優斗の心が傷つくことこそ、フィオナ=アイン=トラスティが本当に恐れていることを。
 
「……そろそろ、分かって下さいよ」
 
 彼の胸に縋りながら紡がれる、フィオナの独白。
 眠っている彼にはまだ、届かない。
 だから起きた時に……今の言葉を伝えよう。
 そう、思っていた時だった。
 
「……ごめん」
 
 呟きと共に、彼女の髪を触れる手があった。
 
「優斗……さん?」
 
 フィオナは顔をあげる。
 彼の顔を見てみれば、申し訳なさそうな表情をさせていた。
 
「聞いていた……のですか?」
 
「……うん」
 
 優斗は頷き、さらに申し訳なさそうにする。
 
「……分かってはいるつもりだけど、でも……」
 
 口を噤む。
 どうせまた、同じことをする。
 同じ状況になれば、フィオナを悲しませない為に。
 自分を度外視してしまう。
 だから何も言えない。
 それが“宮川優斗”だということを、自分が一番理解しているから。
 
「…………なにが……」
 
 けれど、だからこそ、
 
「……なにが分かっているつもりなんですか……?」
 
 彼の言葉は、初めてフィオナの琴線に触れた。
 だとしたら、この人は本当に“分かっているつもり”なだけだ。
 分かる気はなく、理解することもない。
 
「……ふざけないでくださいよ」
 
 頭が真っ白になった。
 彼が『歪んでいる』のは当の昔に分かっている。
 分かりきっているぐらいに、分かっている。
 何度も目の当たりにし、その度に伝えてきた。
 私を手放すな、と。
 フィオナの幸いは優斗と共に在るのだから。
 
「……なら、どうして自身を傷つけるんですか」
 
 彼は自分の最愛を傷つける。
 フィオナの為に、宮川優斗を傷つけることを躊躇しない。
 独白を聞いて尚、変われないと言った。
 身体が震える。
 怒りと、辛さと、悔しさと。
 全てがない交ぜになる。
 
「何も分かってないじゃないですか!!」
 
「――っ!」
 
 思わず、大声が出た。
 優斗が驚いているが、そんなものはどうでもいい。
 
「私を悲しませたくない!? そんなもの、私だって同じです! 優斗さんが傷ついて、私が傷つかないとでも思いますか!? 身体のことだけを言っているわけではありません! 貴方の心のことだって言ってます!」
 
 傷ついて欲しくない。
 身体だって、心だって。
 
「貴方が私を大切にしてくれるのは分かります。でも――っ!」
 
 もう……やめてほしい。
 
「私だって貴方が心から大切だってことぐらい、そろそろ分かって下さい!!」
 
 分かっているつもり、じゃない。
 分かってほしい。
 
「私の為に、と傷つく貴方を見ているのが辛いんです……。嫌なんです」
 
 苦しさしかない。
 
「だって、そうじゃないですか」
 
 フィオナの為に、という想いは要するに、
 
「私がいるから優斗さんが傷ついているんですよ」
 
「――っ! ち、ちが――」
 
「違わないです。優斗さんは私のせいで傷つかなくていいことだって、傷つくんです」
 
 否定などさせない。
 事実を事実のまま、突きつける。
 フィオナの為に優斗は傷つく。
 言い換えれば、フィオナのせいで優斗は傷つく。
 
「……貴方は…………どうしてそこまで自分を考えないのですか」
 
 自分がフィオナを傷つけているとは思っても、実際の状況になれば考えない。
 あくまで分かっているつもりなだけだから、切り捨てる。
 
「…………どうして……」
 
 ならば、と
 考える。
 根幹は何だろうか。
 宮川優斗がここまで自己放棄をする原因。
 
「…………っ……」
 
 一つ、浮かんだ。
 
 ――自信の無さ……ですね。
 
 フィオナの推測としては、病的なまでの自信の無さだ。
 優斗は自分が誰かを幸せにできると思っていない。
 十全に幸せを与えられる存在だなんて、認識してはいない。
 
「……カイアス従兄様に言われました。優斗さんが私のことを、十全に幸せにしていることを教えてあげろ、と」
 
 ということは、だ。
 
「私のことを幸せにしきれてないとでも思っていましたか?」
 
 突きつけられた言葉に、優斗は思わず目線を下に向ける。
 
「…………それは……」
 
 言おうか言うまいか。
 少しだけ迷って。
 でも、口を開く。
 
「……思って……たよ」
 
 十全に幸せに出来ていた、とは思っていなかった。
 
「でも、カイアスに言われて理解したつもりだから」
 
「つもり?」
 
 また“つもり”だ。
 自信がないのは分かる。
 彼は全力でネガティブだ。
 だから所詮、感情論でしかないものに対して確固たる証拠を見出せない。
 計れないものだからこそ。
 
「……また“つもり”ですか」
 
 でも、馬鹿にしている。
 どうしようもなく馬鹿にしている。
 
「でしたら貴方はどうすれば、私が十全に幸せだと分かりますか? 私が何をすれば、貴方の愛をもらって幸せであるということを知ってくれるのですか?」
 
 何を届ければ理解できるのだろうか。
 
「言葉だけでは駄目ですか? 抱きしめるだけでは駄目ですか? キスをするだけでは駄目ですか?」
 
 であるならば。
 
「だとしたら身体も心も何もかもを貴方に捧げましょう。そうすれば、理解してもらえますか?」
 
 フィオナ自身の全てを捧げれば、彼は理解するだろうか。
 
「……そうじゃない」
 
 優斗は唇を噛みしめ、首を振る。
 
「……そうじゃないんだよ」
 
 フィオナが問題じゃない。
 自分の心の問題だ。
 
「だって……優斗さんがそんなことを言っても……っ!」
 
 けれどフィオナにとっては、彼が理解していないことこそ悔しい。
 
「私はこれ以上ないくらい幸せなのに、幸せにしてくれている人が理解していないなんて……」
 
 愛しているのは、理解されて。
 恋をしているのは、理解されて。
 幸せにしてもらっているのに、理解されていない。
 
「そんなの……ないですよ」
 
 涙が零れる。
 彼は理解していないから、自己を放棄する。
 だから苦しくて。
 だから辛い。
 でも、そんな優斗に届けてみせる。
 絶対に、届かせる。
 
「……もっと貴方を大事にしてください」
 
 優斗の胸元を握りしめ、
 
「私の“最愛”を、もっと大切にしてください」
 
 腕が震えるほどに強く握りしめ、
 
「私の“大切”を、無碍にしないでください」
 
 狂おしいほどに告げる。
 
「……無――」
 
「無理じゃない!!」
 
 叫ぶ。
 宮川優斗を傷つけてでも、教える。
 
「私は一生、貴方と一緒にいるんです! だから何度でも、何度だって言います!」
 
 息を吸い、想いの丈を届ける。
 
「――“私の優斗さん”を傷つけないでっ!!」
 
 叫んだ言葉と零れる涙が、優斗の胸に届く。
 
「このような馬鹿なことをやらせないために、私の愛で貴方を変えてみせますから!!」
 
 歪んだ貴方を変えるから。
 
「だからもう……っ!」
 
 もう二度と。
 
「私の為に傷つかないで下さい!!」
 
 自分を蔑ろにしないでほしい。
 
「私の為に自分を放棄して傷つく貴方が、誰よりも私を傷つけているということに気付いて下さいっ!!」
 
 だから絶対に分からせてみせる。
 
「貴方しか私を幸せに出来ないことを、心に刻んで下さい!!」
 
 無二の存在であることを。
 
「わかりましたか!?」
 
 私の“大切”。
 
「理解しましたか!?」
 
 私の“最愛”。
 
「答えてください……っ!」
 
 私の――“幸せ”。
 
 
 
 
「――宮川優斗っ!!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 涙を零しながら。
 しゃくりあげながら。
 フィオナは声を張り上げた。
 届いてほしいと願いながら。
 届けてみせると誓いながら。
 宮川優斗を傷つけてでも、フィオナ=アイン=トラスティは言い切った。
 
「…………」
 
 優斗は思う。
 誰がこんなにフィオナを泣かせたのだろうか、と。
 彼女が叫んで、喚いて、泣いて。
 それほどまで追い詰めてしまったのは誰なのか、と。
 
 ――僕……だね……。
 
 他にいない。
 唇が震える。
 胸が痛む。
 抉られるような痛みがある。
 けれど同時に怒りが、苛立ちが沸き上がる。
 
 ――誰がフィオナを泣かせた。
 
 自分しかいない。
 
 ――誰がフィオナを苦しませた。
 
 自分以外いない。
 
 ――誰がフィオナを……こんなに辛くさせた。
 
 決まっている。
 宮川優斗だ。
 護りたいと思っている者を、誰よりも傷つけている。
 
 ――ふざけるなよ。
 
 何が護るだ。
 何が傷つけないだ。
 何が泣かせないだ。
 自分勝手に己を傷つけて、誰よりも大切な最愛が泣いている。
 本末転倒もいいところだ。
 
 ――曲げるべきは己の考えか?
 
 そして自分自身が傷つくことか?
 
 ――違う。
 
 曲げるべきは本質だ。
 
 ――己の過去があるから仕方がない?
 
 ああ、確かに強烈だ。
 宮川優斗の根幹になっている。
 この世界に来るまでの日々が宮川優斗の本質、心の在り方の全てだ。
 
 ――だからって、この世界の1年が負けていいはずがない。
 
 他の何が過去に負けてしまっていても。
 彼女をここまで泣かせているものが勝っていいはずがない。
 狂っている?
 だから何だ。
 壊れている?
 だからどうした。
 
 ――目の前でフィオナが泣いてるんだ。
 
 己が歪んでいるせいで。
 
 ――だったら。
 
 正せばいい。
 胸が痛むとしても、傷口を抉ろうとも。
 出来ないなどと、問わせはしない。
 言わせもしない。
 口にすることも、声にすることも今後一切全て認めない。
 誰が泣いていると思っている。
 誰が泣かせたと思っている。
 宮川優斗にとって、一番許せないことを誰がした。
 
「――っ!」
 
 歪んだ本質を正せないと思うのなら、ねじ曲げろ。
 叩き折り、砕き、最愛を悲しませない形へと造り替えろ。
 無理などという弱音は投げ捨て、吐き捨て、全て唾棄してしまえ。
 殺すべきは自分自身じゃない。
 こんな馬鹿げたことで心を痛める己の歪みだ。
 
「…………」
 
 大きく息を吸い……吐く。
 そしてフィオナの頭に触れると、強く抱き寄せた。
 彼女の涙が止まってほしいと願うほどに、力強く。
 
「……ごめん」
 
 本当に。
 
「泣かせちゃったね」
 
 自分のせいで。
 
「やっぱり僕は間違えてた」
 
 どうしようもないほどに。
 間違えていた。
 
「僕のせいで君を泣かせた」
 
 自分が護りたいと思っている者を、自分の手で泣かせてしまった。
 
「……僕自身に……本当に腹が立つ」
 
 今まで生きてきて、これほどまでに自分が馬鹿だと思ったことはない。
 
「フィオナ。僕が師団長を止めたことは、どうだった?」
 
 彼の問いかけは、優斗にとってではなく、フィオナにとって……でもない。
 優斗が求めている答えを理解して、フィオナは小さく頷く。
 
「……師団長の方の行動は、この国でもやはり間違っているそうです。なので、止めて正解でした」
 
「そっか」
 
「けれど“私の為に自身を投げ捨て傷ついて”まで、止める必要は何一つないということです」
 
 自分達は無関係だ。
 故に師団長を止めるのであれば、第三者の視点を持って止めなければならない。
 割って入って自身を己の考えによって傷つけるなど愚の骨頂だ。
 
「私はもう許しません」
 
「なにを?」
 
「例え貴方であろうとも、私の最愛を傷つけるなんてことは許しません」
 
 これから先。
 同じようなことがあれば、優斗を許すことなどしない。
 
「意味、分かってますよね?」
 
「……うん。“君の為に”という言葉で、自分を投げ捨て傷つけるなってことだよね」
 
「今回のような馬鹿なことであれば、尚更です」
 
 誰のためにもならない。
 独善的なのに。
 あまりにも独善的な行動を取っているのに自身が傷つくなど間違っている。
 
「……一応、人1人の命を救ったはずなんだけど。一般的に僕の行動、間違ってないんだよね?」
 
「結果論だけでしょう? そう言うのであれば第三者の視点を持つことです。仮にそれが出来なかったとしても、貴方自身を傷つけずに救って下さい。私の夫はそれが出来る人ですから」
 
「……出来なかったって言ったはずだけど」
 
「無理矢理にでも思いついてください」
 
 言い捨てる。
 言い訳など、何一つ聞くことはしない。
 
「……傲慢だね」
 
「私は貴方のことでは傲慢になると決めましたから」
 
「……そっか」
 
 優斗が頷いたと同時、フィオナが優斗の腕に軽く触れた。
 
「……ん」
 
 彼の力が弱まり、彼女は優斗の胸にあった顔を上げる。
 涙は……止まっていた。
 
「最後にもう一度、言います」
 
 真っ直ぐに見据えて伝える。
 
「“私の為に”という言葉を使って自身を放棄し、私の最愛を二度と傷つけないで下さい。投げ捨てないで下さい」
 
 彼が煩わしく思うくらいに、何度も伝える。
 
「これは努力すべきことでも目標とすべきことでもありません。今すぐ、そう“成れ”と言っています」
 
 違和感のある命令口調で、何度だって教えてやる。
 
「出来ないというのなら、すぐに仰って下さい。私が貴方を変えますから」
 
「……なんか、凄い尻に敷かれてる気分だね」
 
 彼女にはあまりにも似合っていなくて、あまりにも不自然。
 でも、これほどまでにフィオナが優斗のことを想っていると、否が応でも理解させられる。
 
「僕は君を傷つけないと心から誓ってる。僕が君を傷つける刃になるなんてことは……誰よりも僕が許しはしない」
 
 もう二度とやらない。
 やって、なるものか。
 
「だから――分かった」
 
 誠心誠意、告げる。
 
「僕は僕を大事にする。自分を投げ捨て自傷する、“君の為に”という免罪符は二度と使わない」
 
 馬鹿な自分を、これほどまでに想ってくれる彼女の為に、
 
「これからは本当の意味で――」
 
 改めて誓おう。
 
「――君を悲しませない」
 
 



[41560] 大切にするもの
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:4bc5c203
Date: 2015/11/15 19:49
 
 
 
 
 翌日、早朝からカイアスとルカが会いに来た。
 すでに起きて帰り支度をしている二人に挨拶をしに。
 
「もう帰ってしまうのかい?」
 
「そうだね。そろそろ娘とも会いたいし」
 
 仲間が見てくれているから心配はないが、会いたくなってしまった。
 
「フィオナは正しく“愛”を使えたかい?」
 
 カイアスがフィオナに問うと、笑みを浮かべて彼女は頷いた。
 ほっとする従兄に優斗が感謝する。
 
「……ありがとう、カイアス」
 
「何に対してだい?」
 
「全部に対して、かな」
 
 きっとフィオナが自分に対して怒ったことは、彼が言ってくれたからだろう。
 
「君達の為になったのなら、幸いだよ。君をパーティーに誘ったことは、少々申し訳なさもあったからね」
 
 自分が誘わなかったら、昨日の出来事もなかったろうから。
 
「気にしないで。パーティーのことがあったから、僕は少しでも歪みを正せた」
 
 カイアスが気にすることじゃない。
 
「今度、ルカさんと一緒にリライトに来てほしい。歓迎するよ」
 
 右手を差し出す。
 カイアスは笑みを浮かべて、その手を握った。
 
「ああ。二人でお邪魔させてもらうよ」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 カイアス達が出て行くと、入れ替わるようにウィルが入ってきた。
 フィオナは眉間に皺を寄せたが、優斗はウィルを見ると一言、
 
「殴ったことは謝らないよ」
 
 そう言った。
 ウィルは聞いて、少しだけ顔をうつむかせる。
 
「貴方が……傷ついたって聞いたさ」
 
「君は関係ない。僕は僕のせいで自分を傷つけた。君がどうこう言う問題じゃない」
 
 これに関してウィルは蚊帳の外でしかない。
 
「……だったらぼくは、どうすればいいさ?」
 
 優斗に対しても、師団長に対しても。
 発端が場外へと押しやられている、この状況。
 
「変なことを言うね。君は悪いことをしてないでしょ?」
 
 けれど、そんな疑問を持つほうがおかしい。
 
「この国にとって、異端は彼の方だ。だから君は彼を傷つけたことに対して、堂々としていればいい。傷つけて尚、馬鹿な奴だと嘲ればいい。僕に関しては勝手に傷ついたアホだと笑えばいい」
 
「……なっ!?」
 
「今までだって、ずっとそうだったろう? 問題にすることじゃないよ」
 
 今更問題にするほうが不自然きわまりない。
 昨日、同じようにカイアスも言ったが、優斗のほうが言葉は苛烈だ。
 
「だからこれからも他人の女を奪っていけばいい。そして誰かを傷つけ、傷つけ、傷つけて、そして女性を囲みながら笑えばいい」
 
 笑んで、誇って、女性を奪われる男性を嘲て、己に告げればいい。
 
「自分は格好良いんだから当然だ、と」
 
 ウィルにとって恥じるべきことではないはずだ。
 自己矛盾一つない。
 
「僕とは一生相容れない考えだけどね」
 
 とはいえ、相容れる必要はない。
 人それぞれであり、国によって恋愛事情が違うのであれば。
 
「行こうか、フィオナ」
 
 優斗は促す。
 フィオナが頷くと、二人してウィルの隣を通り出て行く。
 残ったウィルは一人、呆然としていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「…………」
 
 しばらくして、ドアが開く。
 兄と義姉が入ってきた。
 
「ユウト君達はチェックアウトしたみたいだから、このままでは宿の人の邪魔になってしまうよ」
 
 カイアスがウィルの肩を叩く。
 ウィルはゆるゆると顔を兄に向けると、
 
「師団長に……会ったほうがいい?」
 
 馬鹿なことを言った。
 カイアスは軽く目を見張るが、
 
「死にたいのであれば、会えばいい。私は止めないよ」
 
 ばっさりと吐き捨てる。
 
「いや、ユウト君と違って私は師団長を止めることができない。だからお前が師団長と会うのであれば、死を覚悟しなさい」
 
 止める力があるから、彼は止めた。
 けれど自分にはない。
 だから、会うなら殺されると思ったほうがいい。
 
「謝ることは……できない? 謝って許してもらうことはできない?」
 
「できると思うかい?」
 
 それで済むラインはとうに過ぎている。
 
「お前が申し訳ないと頭を下げても、殺さないでと嘆いても、怒らないでと叫んでも、何一つ彼の溜飲を下げることにはならない」
 
 なるわけがない。
 
「謝って済むのなら、お前を殺そうとはしない」
 
 師団長になるほどの男が。
 全てを投げ捨てることになろうとも、ウィルを殺そうとしたのだから。
 
「この後に及んで謝って許されるなんて、そんな甘い考えをしているのかい」
 
 謝って済む、と。
 そう思っているのか。
 
「馬鹿を言うんじゃないよ。憎悪というのは腑が煮え返るほどに焦がすものであり、殺意というのは感情が壊れかけるほどに心が凍える」
 
 倫理や論理など、全て投げ捨ててしまう感情だ。
 
「理解しろと言ったはずだよ」
 
 昨夜、間違いなくカイアスは言った。
 
「お前が、一人の人間をそこまで堕としたんだ」
 
 自身の快楽に身を委ねて。
 ウィルにとっては“その程度”の問題でも、彼にとっては違う。
 
「受け止めろと言ったはずだよ」
 
 悪意を、憎悪を。
 
「昨日のお前は首を振った。けれど、もうそんなことは許されないんだ。実感していないから出来ないなどとは言わせない。出会っていないから分からないとは言ってはならない。もしお前がそんなことを言ったら、お前を守ったユウト君に対する冒涜だ。そして何よりも、お前に妻を奪われて殺そうとまで思い詰めた彼に対する暴虐だ」
 
 優斗が守った理由は関係ない。
 守ったという事実のみが大切だ。
 師団長が殺すのをやめた結果は関係ない。
 殺意を抱いたという経緯が重要だ。
 
「どちらにせよ」
 
 ウィルに突きつける言葉は一つしかない。
 
「お前は本当に格好悪いよ」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 宿屋を出たところで、見知った顔があった。
 
「何軒か回れば会えると思っていたが、一件目で会えるとは僥倖だ」
 
 師団長が優斗の前に立っている。
 互いに顔を見合わせ、優斗は師団長と隣同士で歩く。
 
「約束は果たしました」
 
「そうか」
 
 届けた結果に、師団長は一つ頷く。
 
「ならば俺の怒りも殺意も、君に免じて押し殺そう。出会わない限り、俺はあいつを殺さない」
 
 それが昨日の約束だ。
 ならば男としても、騎士としても。
 守ろう。
 
「……なあ、ミヤガワ」
 
「何ですか?」
 
 問いかける優斗に対し、師団長は告げる。
 
「必要以上に己を傷つけるな。君がやったことは間違いではなく、確かに正しいことをした」
 
「……えっ?」
 
 思わず、優斗は師団長をまじまじと見てしまった。
 まさかそんなことを言われるとは思っていなかった。
 
「一般の視点を持つことなど難しいとは思うが、自身の感情と考えに縛られることはない。俺に同意しても同調しても、君の行動は一般的に正しい。だから都合良く一般的な観念に身を任せていいんだ」
 
 師団長は肩を叩く。
 互いの行動はある意味で正しかった、と。
 そう言っている。
 
「……はい。ありがとうございます」
 
 優斗もそれに気付いて、丁寧に頷いた。
 
「もう一つ、忠告をしておこう」
 
 これは経験者の言葉。
 
「俺達の在り方は危険だ。故に“最愛”をしっかりと見てあげろ」
 
 師団長はフィオナに目を向ける。
 彼女こそが彼の最愛なのだろう。
 
「そして絶対に離すな」
 
 身体も。
 心も。
 ちゃんと、寄り添っていってほしい。
 
「俺のようには……なるんじゃない」
 
 同じ恋愛観を持つからこそ。
 同じ感情を抱けるからこそ。
 自分のようになってほしくない。
 
「……昨日、妻に『誰の最愛を傷つけてるんだ』って怒られました」
 
 優斗から紡がれたものに、師団長は軽く歯を見せ、
 
「そうか」
 
 大きく頷いた。
 
「良い夫人を持っているな」
 
 そして笑みを向ける。
 
「さて、堅苦しい話はこれで終わりだ」
 
 伝えたいことは伝えた。
 昨日からずっと、堅苦しいことばかりだ。
 最後くらい、雑談となってもいいだろう。
 きっと優斗と話すことは楽しいから。
 そうすることで、今の心の裡にあるものを少しでも忘れたい。
 
「君はさぞ、名のある戦士なのだろう?」
 
 いきなり確信を突かれて、優斗は返答に困る。
 
「えっと……その、まあ……そうです」
 
「しかし、ユウト=フィーア=ミヤガワというのは聞いたことがないからな……。二つ名が先行しているのか?」
 
「あの……その通りです」
 
 世界で一番有名な二つ名を持っている。
 
「何だ? 歯切れが悪いな。変な二つ名でも付けられたか?」
 
「いえ、そんなことはないんです。ただ、今はまだ箝口令が敷かれてますし、それ以上に信じてもらえないというか……」
 
 とりあえず国規模で大々的に公表されない限り、信じる人は少ないと思う。
 
「箝口令が敷かれているのに……有名なのか? まあ、ならばせめて、その二つ名が意味するものくらいは教えて欲しい」
 
 師団長は気になってしょうがない。
 が、言っただけでバレること頃合いだ。
 優斗はちょっと悩むが、ここ最近は行く先々で名乗っていることだし、師団長も言いふらすことはしないだろう。
 
「最強です」
 
「……なに?」
 
「僕の二つ名が冠するのは世界最強です」
 
 もう一度、伝える。
 
「………………」
 
 師団長はしばし、固まった。
 けれど、いきなり吹き出す。
 
「くっくっくっ。なんだ、なんだ。君はもしや歴史上で一人しか名乗ることの出来なかった二つ名を持っているのか?」
 
「信じられませんか?」
 
「いやいや。確かに君の二つ名には相応しい」
 
 値する実力の持ち主だ。
 というか、戦った身としては信じてしまう。
 
「君はどこの出身だ?」
 
「リライトです」
 
「というと……、ああ、あれだ。君に似た歳に『閃光烈華』がいるだろう?」
 
「閃光……烈華?」
 
 誰だ。
 聞いたことのない二つ名だ。
 
「ええと、なんだったか。世界闘技大会学生の部で優勝したチームにいたはずなんだが……」
 
 思い出すように言葉を並べる師団長に、優斗はもしやと思う。
 他国ではこんな二つ名が付けられていたのか。
 
「もしかしてレイナさん――レイナ=ヴァイ=アクライトのことですか?」
 
 名を出され、師団長は頷く。
 
「おお、その娘のことだ。知り合いか?」
 
「僕の仲間ですよ」
 
 優斗の言ったことに、師団長がまた笑う。
 
「であれば、あの強さも当然か」
 
「いえ、どちらかと言うと師が良いんだと思います。基本が出来ていたのと、同年代に目標とすべき人物ができた。だから短期間であれほどまで伸びたのだと思いますし」
 
 さらには和泉という技師もいる。
 強くなるには最適の環境だろう。
 
「師とは誰なんだ?」
 
「リライト近衛騎士団副長、エル=サイプ=グルコント様です」
 
「……ほう。彼女の勇名は世界中に轟いている。ならば閃光烈華が強いのも当たり前か」
 
「えっ? 副長ってそこまで凄い方なんですか?」
 
「知らないのか?」
 
 下手をしたらリライトの団長よりも有名人だ。
 
「いや、知り合いではあるんですが……なんというか、ちょっと僕にとって危ない人なんで。他国での評価をあまり聞いたことがないんです」
 
 何となく怖くて、聞く気になれないのが実情だった。
 
「俺が聞いているのは、清廉な剣技と高潔な魂、そして女性随一の強さと美しさを兼ね備えた彼女は世界中の女性騎士の中で憧れの存在だということだ。一説によると各国でファンクラブもあるらしい」
 
「……マジですか?」
 
「本当だ」
 
 師団長が首を縦に振る。
 優斗が思っていた以上に副長はとんでもない人だった。
 
「なんだ、噂とは違うのか?」
 
「……いえ、たぶん世間一般にはそうだと思うんですけど……僕とフィオナにはもう……なんていうか――」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 そして、何ともない雑談を交わしながら……高速馬車の乗り場へと辿り着く。
 ここでお別れだ。
 
「ミヤガワ」
 
「何でしょう?」
 
 聞き返した優斗に、師団長は昨晩に決めたことを話す。
 
「俺はコーラルを出る」
 
 切っ掛けは執事に言われたことだった。
『でしたら、国を出られてはどうですか?』と。
 無論、コーラルの騎士である以上、国を出ようとは考えてもいなかった。
 しかし執事は言った。
 
『己を殺して国に仕え、民を守ったところで誰が喜びますか? まず第一にすべきは自身が幸せになることです。騎士とは義務で護るべきでも責任で闘うべきでもありません』
 
 年の功、と言ったところだろうか。
 思わず納得させられた。
 
「本来ならば俺は罪人だ」
 
 ウィルを殺さなかったから、罪は生まれない。
 ただ、生まれなくともコーラルの民でもあるウィルを殺そうとした事実は変わらない。
 
「俺はこれ以上……コーラルの民を護れるとは思えない」
 
 また同じことをしてしまうかもしれない。
 
「だが、俺は騎士で在り続けたい」
 
 騎士として生きていきたい。
 けれどこの国では――幸せと生き様を両立できない。
 人生の幸せであるべきことが、異端故に無理になるから。
 
「だから出ると決めた」
 
 今のままでは自分を殺すのと同義。
 騎士としての責任と義務だけで生きるだけになってしまう。
 それは本当に騎士として在るべき姿なのか、分からなくなってしまう。
 だから願う道を貫くならば。
 再び、幸せとなって騎士としての本分を心から全うしたい。
 
「そうですか」
 
 優斗は頷くと、
 
「もし――」
 
 言葉を紡ごうとして、
 
「……いえ、何でもありません」
 
 やめた。
 そして笑みを浮かべる。
 
「昨日、戦ったからこそ分かることですが貴方は強い。だから大国だろうとどこだろうと貴方は再び騎士になれます」
 
 間違いなく。
 
「貴方の幸せを願っています」
 
 そのまま右手を差し出す。
 昨日とは逆の形。
 優斗からの握手。
 師団長は少し考えると、優斗の手を握り、
 
「もし、仮にだ。俺がリライトに向かったならば――」
 
 優斗のような、自分と同じ恋愛観を持つ人物が幸せに生きていける国に。
 自分が行った時は。
 
「俺の幸せの手伝いをしてくれるか?」
 
 優しい笑みを浮かべながら。
 師団長は告げた。
 
「……はい」
 
 優斗は頷き、少しだけ顔を崩すと、
 
「是非とも」
 
 心からの言葉を返した。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 優斗は馬車に乗ると、しばらく天井を仰ぎ見ていた。
 
「どうされました?」
 
「……自分が子供だな、って思ってさ」
 
 優斗が言おうとしてやめたこと。
 飲み込んだ“頼ってくれ”という言葉を。
 彼は理解して、あのように告げてくれた。
 
「やっぱり、大人だよなぁ」
 
 優斗が言うのをやめた理由すらも把握して尚、ああ言ってくれる。
 
「凄い人だよ、本当に」
 
 彼のために……という意味だって多分にある。
 言ったところで問題はない。
 けれど今回だけは駄目だった。
 意味合いとして独善と贖罪が強すぎる。
 優斗が彼の憎悪も殺意も押し込めてしまったからこそ。
 二度も同じことはできない。
 なのに師団長は頷いて、手伝ってくれと言ってくれた。
 
「憧れるよ」
 
 昨日出会った人なのに。
 心から尊敬できる。
 
「だから、この憧れも用いて変わっていこうと思うんだ」
 
 まだまだ歪んでいる自分を。
 
「フィオナを心配させないためにも」
 
 優斗は髪を撫でている最愛の手を取る。
 
「そこで私のほうへ話を持って行くんですか?」
 
 思いの外、ビックリした。
 
「僕の歪んでいるところが一番出てくるのは、君へのことだからね。君を心配させない方向へ変わっていくことが、歪んでいる部分を直すには手っ取り早い。あれだけ泣いて叫ばれたら、僕だってそれぐらいは理解するよ」
 
 小さく笑う。
 そして、
 
「ああ、そうだ」
 
 ふと、ちょうどいいと優斗は思う。
 
「フィオナ」
 
「はい?」
 
 小首を傾げたフィオナに、優斗は軽く口唇を触れさせる。
 
「――っ!?」
 
 あまりにも不意打ちで、フィオナは思わず驚いてしまった。
 
「な、なな、ゆ、優斗さん!?」
 
 あたふたと慌てるフィオナに優斗は声を出して笑う。
 
「僕の歪みの一つ――不味いくらいの自信の無さをちょっとでも減らそうと思って」
 
「ど、どういうことですか?」
 
「どういうことって言っても……君も分かってたでしょ?」
 
 何度も何度もキスをした。
 けれど、
 
「僕から君にキスをしたことはない」
 
 一度だってない。
 
「だから少しぐらいは自信を持とうと思って」
 
 昨日、フィオナが言ってくれたこと。
 
「僕しか君を幸せにできないことを」
 
 少しずつでも、この言葉を確固たるものにして。
 そして二度と馬鹿なことをして自分を傷つけない為に。
 何よりも自分自身を大切に思えるように。
 
「そのための、一歩だよ」
 
 



[41560] 小話⑥:先に至る道
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:4bc5c203
Date: 2015/11/15 19:51
 
 
 
 
 
 リステルから帰ってきた卓也が、トラスティ家で疲れた様子を見せながらソファーに座った。
 愛奈が心配そうにやってくる。
 
「たくやおにーちゃん、つかれてるの?」
 
「さすがにな」
 
 リルの親族と会って話して、一緒に食事して。
 相手が王族なだけに心臓に悪かった。
 
「ちょっとだけ、ぐた~っとさせてもらうよ」
 
 ソファーにうつぶせになる卓也。
 少し休んで回復したら、愛奈とマリカと遊ぼう。
 そう思っていたのだが、
 
「ぐた~」
 
「うあ~」
 
 卓也の背中に軽い衝撃が二度、訪れた。
 同時に僅かな重みが背にのしかかる。
 
「愛奈と……あとはマリカが乗っかってるんだな?」
 
「うんなの」
 
「あいっ!」
 
 背中越しに頷かれた。
 卓也の背に愛奈、愛奈の背にはいつの間にかやってきたマリカが乗っている。
 そんな光景を背に卓也は小さく笑い、
 
「じゃあ、一緒にぐた~っとするか」
 
 そのまま3人でうつぶせになり休む。
 
「ぐた~」
 
「ぐた~」
 
「うあ~」
 
 三人で言うと、さらに卓也が笑んだ。
 
「せっかくだし、このまま昼寝でもしようか」
 
 
 
 
 
 
 
 
「リルちゃん、リルちゃん」
 
 卓也から遅れてリルが広間にやって来ると、エリスが手招きしてきた。
 
「おば様? どうしたの?」
 
 呼ばれるがままに近寄ると、一枚の型紙をエリスが見せる。
 
「イズミ君から借りたカメラの試作品で、この姿撮ったんだけど……いる?」
 
 写っているのは卓也、愛奈、マリカが仲良く背中に乗っている姿。
 そして三人が仲むつまじく眠っている。
 あまりにも可愛らしくて微笑ましくて。
 思わず、答える前にリルの手が型紙を握った。
 
「……いる」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 休んだあと、存分に愛奈とマリカと遊び、
 
「それにしても、あんたらって無い物ねだりをしないわね」
 
「どういうことだ?」
 
 今は卓也とリル、二人でお茶をしていた。
 
「自分が出来なくても仲間が出来るならば、それを信じて任せられる。本当に良い間柄だと思うわ」
 
「……ああ、そういうことか」
 
 優斗とフォルトレスの戦いの時のことを言っているのだろう。
 確かに卓也はあの時、優斗を信じて戦いを任せた。
 
「とはいってもシュウとユウトなんて、ほんとに酷いしね。信じられるのも分かるけど、ああいう力に嫉妬しなかった?」
 
 言うなれば特別。
 誰も彼もが持っているわけじゃない。
 それ故に嫉妬しても仕方ない、とはリルも思う。
 けれど、
 
「嫉妬なんてとっくの昔に過ぎたことだよ」
 
 卓也は軽く手を振って肯定と否定をした。
 
「過ぎたってことは……」
 
「最初の頃、だったかな。出会って間もない頃、あいつらのことを理解していない時には修にも優斗にも和泉にもしてた」
 
 人並みだと思っている自分だから。
 特別な彼らに嫉妬していた。
 
「理解してなかったってどういうこと?」
 
 リルが彼の返答の気になる点について訊く。
 
「俺が嫉妬してたことっていうのはあいつらの歪みそのものなんだよ」
 
 そのせいで彼らは普通とかけ離れている。
 
「修は『天恵』があるからこそ欲しいものがあった。優斗は力を手に入れる『経緯』があるからこそ、望むものがあった。和泉は『猛進』だからこそ、恐がるものがある。まあ、和泉の場合は最近、無意識じゃなくてちゃんと自覚したっぽいけどな」
 
 誰も彼もが自分の意思を介在していない。
 
「修や和泉は生まれ持ったものだけど、優斗の場合はことさら嫉妬なんかしちゃいけないと思う」
 
「どうして?」
 
「知ってるからな。あいつの経緯を」
 
 そして知ったからこそ二度と嫉妬などできない。
 
「優斗の『力』っていうのはさ、言ってしまえば誰でも手に入れられるものなんだよ」
 
「誰でも?」
 
「そう、誰でも。オレもあいつと同じ教育を受けていれば、神話魔法の一つぐらいは使えてると思う」
 
 おそらく、ではあるが間違いない。
 
「あいつの才能だって、たぶん高いとは思う。けれどな、やっぱりそれは仮定の域を出ないんだ。だから嫉妬なんかしたらいけないんだ」
 
「どうしてなの?」
 
「幼い頃に才能って前提を壊されてしまった奴に対して、『力』があるから嫉妬なんてどうかしてる」
 
 優斗の場合、才能の壁を無理矢理に壊された。
 
「まあ修は特に何もやってなくて、あのスペックだしな。さすがに嫉妬したし、和泉の特定の物事に対する情熱だって憧れでもあるけど、ある意味で嫉妬だった」
 
 けれどそれが、自分達がおかしい原因でもある。
 
「もう、嫉妬なんてしてないけど……」
 
 ただ信じるものに代わっているけれど。
 それでも。
 
「オレはあいつらから出遅れてるって思う」
 
 才能でも何でもなく。
 ただ、歩む道で出遅れている。
 
「オレ、何が出来るのか分かってないんだ」
 
 一人だけ将来が決まっていない。
 
「修はリライトの勇者で、優斗は大魔法士――というか宮廷魔法士か。それで和泉は技師。みんな道が決まってる。けれどオレだけ決まってないんだ」
 
 勇者であることに頷く修に、大魔法士であることを認めた優斗。
 技師として走り始めている和泉。
 自分だけ立ち止まっている。
 
「ほんと、出遅れてるなって思うよ」
 
 才能じゃない。
 努力じゃない。
 情熱でもない。
 それ以外のことで出遅れている。
 けれど、
 
「そんなことないわ」
 
 リルは優しく笑って否定する。
 
「卓也は自己評価が低すぎ。治療魔法だって、そんじょそこらの人じゃ太刀打ちできないほど凄いし、防御魔法だって同じ」
 
 確かに修も優斗も和泉も、彼らは目に見えた功績がある。
 けれど、卓也の良いところは目に見えないところにある。
 
「黒竜は確かにシュウとユウトが倒した。けれどあたしを護ったのは卓也よ」
 
 リルに傷すら付けさせず。
 勇者と大魔法士が来るまで護りきった。
 
「あんたはあんたが思っている以上に凄い人なのよ」
 
 相対的に考えないでほしい。
 絶対的に知ってほしい。
 
「でもね。もし、あんたがそれでも自分で何も出来ないって思ってるなら」
 
 それでもいい。
 
「あたしがいるわ」
 
 リル=アイル=リステルが一緒に歩んでいく。
 
「一人で何もできないって思うなら、あたしと一緒にやろう?」
 
 時には先を歩いて、手を引っ張って。
 時には後ろを歩いて、手を引っ張られて。
 一緒に歩こう。
 
「だってあたし達は政治の思惑を超えた二人なんだから、なんだって出来るわよ」
 
「そうなのか?」
 
 リルが婚約者だということで、できないこともありそうなものだが。
 
「例えば……そうね。異世界人と他国の王族がリライトでくっ付いた、なんて世界で見ても初めてなんじゃない?」
 
 少なくともリルは聞いたことがない。
 
「リステルは異世界人の召喚ができないしね。普通なら引っ張り込みたいところよ。特にリライトなんて異世界人に対して世界一寛容だし、卓也みたいに巻き込まれて召喚されたのなら様々な便宜を図ってくれるし、リステルに連れてきても問題なんてないわけ」
 
「っていうか、異世界人ってそんなに引っ張り込みたいものなのか?」
 
 卓也の問いかけに対し、リルは頷く。
 
「勇者をやってもらってる異世界人は言わずもがなだけど、基本的にあんたらって平均よりも能力がかなり高いのよ。それで異世界人が子供でも産んだら、子供にも結構引き継がれるわけ。フィオナだってひ孫だったか玄孫だけど、能力高いでしょ? まあ、あの子は隔世遺伝っぽいかもだけど」
 
「……そういやそうだな。平然と大精霊を召喚するし」
 
 優斗の嫁補正がついてるから考えたことがなかった。
 
「異世界人が基本的に好待遇なのは、強制的に召喚した上に能力が高いがゆえ役目をお願いする申し訳なさがあるの」
 
 勝手に連れてきて、勝手に役目を押しつける。
 だから少しでも謝罪するかのように、待遇を良くする。
 
「特にリライトが一番顕著よね。貴族よりも上って国はそうそうないわ。他の国なら侯爵とか公爵とか、上位の爵位を与えるくらい」
 
 リルの説明を聞いて、卓也が少し疑問に思う。
 
「基本的にってことは、そうじゃない国も――」
 
「アイナのこと、忘れてない?」
 
 二人の視線が同時に妹へと向かう。
 今はマリカと一緒に、積み木で遊んでいた。
 
「……失念してたな。それが優斗が愛奈を連れてきた理由だった」
 
「まあ、あんなことする国はほとんどないわ。知られれば世界から非難されること請け合いよ」
 
 それほどまでに貴重な存在だ。
 異世界人というものは。
 
「話を戻すけど、他国にとって異世界人は来てほしい人材。けれどあたしは王族であるにも関わらずリライトに来た。だからこそあたし達は何でもできるの。卓也をリステルに引っ張り込むっていう、リステルにとって一番有益なことをしていないから」
 
 一番の利益を離しているから。
 言うなれば友好の架け橋程度で終わる。
 もちろん、今となっては“大魔法士の親友”という利益もあるが、後々の話であって当時婚約したことには関係がない。
 けれど卓也は首を捻る。
 
「さっきも言ってたけど、政治の思惑を超えてるっていうのは言い過ぎじゃないか? 邪推するやつだって出てくるかも――」
 
「ないわね」
 
 リルが断言する。
 
「なんでだ?」
 
「ただでさえあんたをリステルに連れてきていないわ。それに加えて、本当に政治目的ならあたしが結婚すべきはシュウかユウトよ」
 
 そこを考えているというなら、相手は卓也じゃなくなる。
 
「当時の状況、覚えてる? あたし達王族はあんた達が異世界人ってことを知ってる。でもね、あたしが輿入れするとしたら相手は名も無き異世界人である卓也じゃなくてリライトの勇者であるシュウだし、リステルに引っ張り込むとしたらSランクの魔物でも余裕で勝てるユウトよ」
 
 つまり政治というべき結婚をするのなら。
 
「卓也じゃない」
 
 彼を婚約者とすることはない。
 
「シュウもユウトも目に見えるほどのものを持ってる。あたしだって仮にも王族だから、この二人こそ政治として結婚するにはベストだって分かってたし、それこそ望むべきものだって思ってるわ」
 
 そしてリルならば、望んだことを可能にできる血筋を持っている。
 
「要するにあんたを政治目的で婚約者にしたら“意味がわからない”って思われるの。すぐ側にシュウとユウトがいるんだから」
 
 普通ならば理解できない。
 修と優斗を選択肢にすら入れず卓也と婚約したのだから。
 
「だからあたし達は政治の思惑を超えてるって言ったの」
 
 ただ、恋をした。
 ただ、好きになった。
 目の前にいる少年に。
 
「あたしは王族として失格かもしれないけど、卓也と一緒にいたかった」
 
 隣を歩みたかった。
 
「そこに政治の思惑は一切ない。だから……」
 
 だからこそ、言える。
 
「卓也は――あたし達は何でもできる」
 
 他の誰にも咎められることはない。
 
「まあ、今となってはあたしのことを馬鹿にしてた連中も後の祭りよね。だってあたしの婚約者はリライトの勇者と大魔法士の親友で、龍神を姪っ子にしてて、何よりも……目に見えない凄さを持っている人だから」
 
 今はまだ賞賛はなく、栄光もない。
 けれど、
 
「そんな卓也があたしは大好き」
 
 リルは誇りに思っている。
 
「勇者よりも、大魔法士よりも、誰よりも――あたし達の中で一番の可能性に満ちた卓也のことが大好き」
 
 誇ることに何も問題としない。
 
「でも本当に何をしようかしら? 卓也の異世界料理って美味しいし、二人で料亭を開いたっていいかもしれないわね。珍しいし美味しいから絶対に儲かるわよ。リライト一の料亭になるかも」
 
 くすくすと笑いながらリルが提案する。
 思わず呆気に取られた卓也だが、
 
「リ、リステルの王族が料亭で働くっていいのか?」
 
「いいわよ。重要なのは卓也とあたしが一緒にいるってことだもの」
 
 だったら何だってやってみせる。
 
「いい? 卓也にはたくさんの可能性がある。政治にだって関われるし、料理人にだってなれる。医療者にだって絶対になれる」
 
 誰よりも多様な未来に満ちている。
 
「あんたが知らなくても、あたしがそれを知ってるわ」
 
 佐々木卓也の可能性を。
 
「というかあたしがこれだけ知ってるなら、シュウ達なんてもっと知ってるわよ。悔しいけどね」
 
 一緒にいる年期が違う、というのはやっぱりずるいと思う。
 けれど卓也は首を横に振った。
 
「いいや、違う。あいつらはオレの性格を考えて、これは無理、あれは無理って言う奴らだ」
 
「でも性格を考えてのことであって、能力を考えてではないでしょ?」
 
「……まあ、そうだな」
 
 思わず頷かされた。
 彼らは性格的にどうこう言うだけで、能力的にどうこう言うことはない。
 
「何よりもあんた、勇者でも大魔法士でも何でもないのに可愛い王族を婚約者にしてるんだから、一番の勝ち組じゃない」
 
 単純に考えれば、確かにそうだ。
 勇者ではなく大魔法士でもない。
 なのに王族を婚約者にして引っ張り込んだというのは、いくら異世界人とはいえ凄いことだろう。
 
「……自分で可愛いって言うか?」
 
「な、なによ! 言っちゃ悪い!?」
 
 思わず突っ込まれた単語を思い返して、リルの顔が赤くなる。
 
「ぶっちゃけ可愛いより美人っていうのがオレの正直な感想だけど……。まあ、確かに今のリルは可愛いな」
 
 照れている彼女はとても可愛い。
 そして、卓也の言ったことでリルがさらに真っ赤になる。
 
「でもな、お前はちょっとオレを持ち上げ過ぎじゃないか?」
 
 勘違いしてしまいそうになる。
 過小評価を良しとは思わないが、過大評価もされたくはない。
 
「い、いいじゃない! だってあたし達はすでに『世界一』を一つ持ってるんだから、ちょっとぐらい自慢したっていいと思うもの!」
 
「……はっ? 世界一って何をだ?」
 
 修なら分かる。
 優斗でも分かる。
 けれど自分達が世界一とはどういうことだろうか。
 
「……だ、だから……その…………………の…………よ」
 
 ぼそぼそ、とリルが言う。
 
「悪いけど、もう少し大きな声で頼む」
 
 しかし卓也の耳に届かない。
 
「……っ!」
 
 すると、リルは完熟したトマトのように赤い顔で恥ずかしそうに、けれど吹っ切れたかのように言った。
 
「あ、あたし達の恋愛はリステルで『世界一の純愛』なんて呼ばれてるのよっ!」
 
 




[41560] 小話⑦:悶絶&保護者の懇談、ブレない副長
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:3176dd91
Date: 2015/11/16 20:23
 
 
 


※悶絶
 
 
 
 
 
 ほんの10日前ほど。
 卓也とリルはリステルで王族と会っていた。
 一番の目的は卓也を紹介するため。
 幸い、彼は問題を起こす人物ではないし、何よりも気の強いリルが惚れて婚約した相手。
 人柄はすでに認められていたようなもので、むしろ好意的に付き合ってくれた。
 だが、
 
「……お兄様」
 
「何だ? 妹よ」
 
 今日、リライトのカフェでは妙な光景が広がっていた。
 リルの眼前には三人の姿がある。
 彼女の真っ正面にいるのは卓也。
 そして彼の右隣にいるのはリステルの勇者、イアン。
 
「普通、卓也はあたしの隣だと思うんだけど」
 
「いいじゃないか。私の義弟となるのだから些末なことだ」
 
「……些末なわけないじゃない」
 
 おかしいこと、この上ない。
 次いでリルは卓也の左隣に視線を向ける。
 
「……それで、お姉様? どうして貴女も卓也の隣に座ってるのかしら?」
 
 前回、卓也と会った時に彼を大いに気に入った義姉のうちの一人。
 名をリミという。
 彼女もイアンと同じく何も問題などないように、
 
「私の義弟となるのだから当たり前よね」
 
「1週間前だってそうだったじゃない! しれっと二人して卓也の隣に座って! っていうか当たり前っていうなら卓也はあたしの隣! それが当たり前でしょ!?」
 
 こっちは卓也の婚約者だ。
 ならば当然、自分こそが彼の隣にいるべきはず。
 
「リル、落ち着けって」
 
 卓也が取りなそうと頑張る。
 だが、
 
「何であんたも文句言わないのよ! 変でしょ、これ!」
 
 明らかにおかしい。
 
「って言われてもなぁ」
 
 卓也は困る。
 これから義兄と義姉となる人物に文句を言えるわけもない。
 するとイアンが手荷物から紙の束を出してきた。
 
「リル、これでも読んで落ち着きなさい」
 
 ポンと妹の前に置く。
 
「なにこれ?」
 
「お前とタクヤの舞台の評価だ」
 
 ……唐突に爆弾がやって来た。
 卓也の頬が引きつる。
 というか落ち着けるか。
 
「……えっ? ちょ、ちょっと待てイアン。どういうことだ?」
 
「言わなかったか? お前とリルの恋愛は小説や舞台になっている。ちょうど4日前から小説は発売、舞台は開演でな。小説は発売三日で重刷、舞台は席が連日完売だ」
 
「今、二人はリステルで一番人気のカップルなの」
 
 リミが付け加える。
 もともと、話では広がっている卓也とリルの恋愛。
 それがついに小説化&舞台化した。
 人気にならないわけがないのだが、卓也は受け止めきれない。
 
「……色々と待ってくれ」
 
 リルからリステルにおける自分達の評価は聞いている。
 だが、これは予想できるわけもない。
 
「……リル、何て書いてあるんだ?」
 
「えっと……『堂々と言い放つシーン、感動しました。タクヤの「オレが惚れた女に手を出そうとしてるんじゃねぇ!!」ってわたしも言われてみた~い。リル王女がすっごく羨ましいです!!』って…………」
 
 思わずリルも読んで絶句する。
 
「ちょ、ちょっとちょっと! 卓也の台詞、ほとんど入ってるじゃない!」
 
「おお、そこか。クライマックスに向けてタクヤの格好良さが際立つ名シーンだな」
 
 イアンがなぜか誇らしげに言う。
 他にも読み進めていくと、
 
 『リル王女が可愛い!』
 
 『タクヤの告白シーン、リステルの人にとっては嬉しいものだろうな』
 
 『こんな恋愛、現実にあるなんてスゲエ! オレもあやかりたい!』
 
 『あたしもタクヤに守ってもらいたい!』
 
 などなど。
 9割以上が好意的な反応だ。
 
「……イアン。まさか実名か?」
 
「一応はノンフィクションだからな」
 
「……ここはなんて名前の地獄だ?」
 
 恥ずかしすぎて死ぬ。
 死にそうになる。
 だが追い打ちをかけるが如くリミが、
 
「来年からは異世界人も解禁されて完全ノンフィクションになるわよ」
 
 そう言いながら卓也に小説を渡す。
 なんか読みたくない。
 自分達の恋愛が書かれているなど、恥ずかしさの極み。
 だが渡されたのだからと、とりあえずパラパラと本を開く。
 
「…………っ」
 
 僅かばかり見える単語でも悶絶しそうになる。
 だが、最後。
 最終ページで明らかに酷い名が載っていた。
 
「……これ、どういうことだ?」
 
「どうした?」
 
 卓也が指差し、イアンがのぞき込む。
 
「この『編集――リステル王国』っていうのは何だ?」
 
「ああ、それか。ようするに編集者が私達だ。主に一番事情を知っている私が担当した。次いで父だ」
 
「国ぐるみなのかよ!」
 
 思わず叫んでしまう。
 何で国が関わってくる、こんなものに。
 
「仕方ないだろう。タクヤがパーティーで言い放ったシーンは今でも語りぐさだ。そこを是非読みたい、見たいという意見が貴族・平民問わず多くて仕方がなかった」
 
 そして事情通であるイアンが買って出たというわけだ。
 するとリミが、
 
「あっ、リルにタクヤ君。私、舞台は見たんだけどパーティーにいなかったから実際に見てないの。だからやってみて欲しいんだけど……駄目?」
 
 とんでもないことをお願いしてきた。
 思わず卓也とリルは口を揃え、
 
「出来るか!」
 
「出来ないわよ!」
 





※保護者の懇談、ブレない副長
 
 




 
 3月某日。
 来客の知らせがあり、エリスと愛奈が玄関で出迎えた。
 
「騎士のおねーちゃん」
 
「お久しぶりですね、アイナ」
 
 副長が小さく笑みを浮かべる。
 
「エルさん、久しぶりね」
 
「ご無沙汰しております」
 
「どうしたの?」
 
「魔力制限できるものを、と先日仰っていたので」
 
「あら、ありがとう」
 
 銀色の腕輪をエリスに渡す副長。
 
「さらに本日は王妃様と団長もこちらに来られています」
 
 後ろを示すと、アリーの母親であるシアニーとレイナの父親であるロキアスがいる。
 
「久方ぶりですわね、エリス」
 
「……シア?」
 
 シアと呼ばれた王妃は上品に笑う。
 
「今日は息抜きで来ましたわ」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 テラスで優雅にお茶を飲む。
 
「それで? 何でシアまで来てるの?」
 
「貴女たちはお茶会とか時々してるでしょう? わたくしだってたまにはお茶会、したいのですわ」
 
「自分で精力的に動いてるんだから諦めなさい。というかロキアスとエルさんを従えてくるなんてやり過ぎよ。アリスト王はどうしたの?」
 
「フォルトレス関連の処理が終わって、夫はマルスと釣りに行ってますわ」
 
「だったら、余計にどっちかを向かわせないと不味いでしょう?」
 
 リライトの王なのだから。
 
「どうも秘密の釣り場を共有している者しか行っては駄目らしくて……。ただ、近衛騎士を十人ほど連れて行ってますわ」
 
「手練れの者たちばかりだ。問題はないだろう」
 
 ロキアスが大きく頷く。
 
「あっ、そういえばレイナちゃん、近衛騎士団に内定取ったんですってね。凄いじゃない」
 
「まあ、我が娘ながら凄いが」
 
 まんざらでもない様子のロキアス。
 
「歴代有数の新人でしょうね。少なくとも同年齢の時の私を越えています」
 
「そこまで凄いの?」
 
 エリスが驚く。
 この若さで副長の座を得た彼女よりも、とは。
 
「実力も想像以上に伸びているのは確かだが、それ以上に剣がな。前に属性付与の剣を買い与えたのだが……あれよあれよという間にオンリーワンの名剣になっていた。リライトでも曼珠沙華ほどの名剣を私は知らない」
 
「レイナの全力全開での一撃の威力は私や団長すら凌駕するかもしれません」
 
 肉体の枷を外した刹那の瞬撃。
 その威力たるや、凄まじい。
 
「本当に凄いですわ」
 
「イズミ君のおかげね」
 
 エリスが和泉の名前を出した瞬間、ロキアスの顔が曇る。
 
「何よ? 変な顔をして」
 
「その……だな。お前達はイズミのことを知っているか?」
 
 問いに対して、エリスもシアも副長も顔を見合わせる。
 
「まあ、うちにはよく来るし」
 
「娘から話は聞いてますわ」
 
「私は世界闘技大会の時、一緒に観戦をして彼がどういう人物なのかは把握しています」
 
「それがどうしたのよ?」
 
「うちの娘が……だな。その……イズミに惚れ込んでいるのではないか……と」
 
 あのレイナが、だ。
 初めての状況なだけに、ロキアスも心配でたまらない。
 
「アリーは首を捻ってましたわ。『よく分からない』って」
 
「でもミエスタではイケメンだったらしいわよ。ミエスタ女王に『良い男』認定されるぐらいの台詞を言ってるもの」
 
「しかし強いわけではないだろう?」
 
 彼の言葉にエリスの眉根が少し上がる。
 
「ロキアス、貴方もしかして“力の強い男”じゃないとレイナちゃんの婿に認めない……とかじゃないでしょうね」
 
「そうわけではない……が……」
 
 言葉尻が段々と弱くなっていくロキアス。
 盛大に女性陣がため息をついた。
 
「いい? ミエスタ女王に『良い男』だと認められたのよ、イズミ君は」
 
「そうですわ。『異なる叡智』という二つ名は伊達じゃありませんの。あのミエスタに認められたリライトの技師ですから」
 
「ユウト様やシュウのように『戦闘』では強くありません。けれど彼はその事実を受け入れて別の分野で強く在ろうとし、そして確かに認められた」
 
 最高の技術を持つ国に。
 副長は口にして、あらためて納得したかのように頷く。
 
「なるほど、確かに良い男です」
 
「今の世の中ね、ただの『力』があればいいってもんじゃないわ。貴方みたいに脳筋バカじゃ駄目なのよ」
 
「……むぅ」
 
 突きつけられて、ロキアスが呻く。
 
「それにイズミ君の作品を見てるんでしょう? 『曼珠沙華』を」
 
 ならば分かるはずだ。
 父親ではなく、戦士として。
 
「あれはレイナちゃんの『魂』。イズミ=リガル=トヨダがレイナ=ヴァイ=アクライトの為に造った、彼女だけしか扱えない剣。あれを見ても認めないわけ?」
 
 どれだけの想いが籠もっているのか、分からない彼ではないだろう。
 
「もちろんイズミ君は変人だし、礼儀作法がなってるとは言い難いわ。でも“強い男”で“良い男”だっていうのは認められる。まあ、礼儀作法はロキアスも良いとは言えないし、そこは文句言えないでしょう?」
 
「……う、うむ」
 
「それに団長は世界闘技大会でのレイナの姿、絵画になっているのをご存じないのですか?」
 
「なに!?」
 
 ロキアスが本当に驚く。
 
「ユウト様は残念ながら諸事情でありませんが、レイナは違います。全力全開の一撃――剣の名の通りに“曼珠沙華”と私は呼んでいますが、曼珠沙華を放った瞬間と最後に勝ち名乗りを上げた瞬間。その絵画は今大会において一、二を争うほどの売り上げだと聞いています」
 
「美人だものね、レイナちゃんは」
 
 売れただろう。
 
「そして勝ち名乗りを誰に向けて名乗ったか。それは一目瞭然です」
 
 レイナが自分達の方向を向いていたのは分かった。
 けれど意識していたのは、彼。
 和泉。
 
「団長はレイナが誰のおかげで素晴らしい武人となり、良き女性となったのかを把握してあげたほうがよろしいかと」
 
「何よりも貴方に似て堅物なレイナちゃんが認めた相手であるなら、父親はドンと構えて待っていればよろしいのですわ」
 
 
 
 
 
 
 
 
「そう考えると、一番の常識人はタクヤ君でしょうね」
 
 優斗はある意味で常識を度外視した存在だし修も同様。
 ならば卓也がメンバーの中で一番常識的だ。
 
「そろそろ第一版が出るらしいですわ」
 
 シアの言葉の意味が分かったエリスが問う。
 
「タイトルは?」
 
「『瑠璃色の君へ』とか、そういうタイトルだったと思いますわ」
 
「あの二人は小説みたいにドラマチックな出来事こなしてるから、実際に小説になってもしょうがないわね」
 
 特にパーティでの宣言は素晴らしい。
 
「来年、卒業すれば大々的に『異世界の客人』となりますし、ノンフィクション版が出るらしいですわ。劇もやるらしいとか」
 
「タクヤ君のことだから、知ったら絶対に困惑するわね」
 
 何せ他のメンバーのような精神構造をしていない。
 
「彼も強いわけではないのだろうが……」
 
「ロキアス、貴方はそういう考えをやめなさい。それに弱いわけじゃないわよ。タクヤ君は守りに特化してるらしいし」
 
「聖の上級防御魔法を扱えるのは、リライトだとあまり耳にしませんわ」
 
「ユウトとシュウ君の親友なんだから、ある意味普通じゃないのは分かるんだけどね」
 
「ユウト様の親友なのですから当然です」
 
「……エル。それは褒め言葉なのですか?」
 
 
       ◇      ◇
 
 
「でもアイナも大変でしょうね」
 
 話が変わり、今度は愛奈の話題になった。
 エリスが抱っこしている愛奈はかわいらしく首を捻る。
 
「ただでさえ『異世界の客人』であるというのに、トラスティ公爵家の次女で『大魔法士の妹』であり、『リライトの勇者』『一限なる護り手』『異なる叡智』その他もろもろ王族すら巻き込んでの妹分。さらには『龍神の叔母』ですから。しかもユウト様が仰るには魔法の才能も飛び抜けているそうで、いずれは神話魔法を使えるようになるだろう、と」
 
「……小国のお姫様以上の存在ですわね」
 
 特典が満載過ぎる。
 
「政略結婚とかさせないわよ」
 
 守るようにエリスがぎゅっと愛奈を抱きしめる。
 
「エリス様が言わずとも『大魔法士』と『リライトの勇者』が黙ってはいないでしょう」
 
 副長の言ったことにエリスは心の底から納得する。
 
「確かにそうね。あの子達も身内のこととなると本当に過激なのよ。本気で危険な目に遭わせたり不幸にさせたら、ユウトは絶対にフォルトレスを倒した時以上の力で相手を粉砕するわよ。シュウ君も同じでしょうね」
 
 身内以外には鬼過ぎる。
 
「結局のところ、シュウ君とユウト君ってどれくらい強いのでしょうか?」
 
 シアの疑問ももっともなところだが、誰も回答は見出せない。
 
「お伽噺の魔物を平然と倒せるというのは……いくらなんでも、な」
 
 笑えない。
 
「シュウ君は無敵でユウトは最強らしいわよ」
 
 この間、言っていた。
 
「最強無敵のコンビですか。さすがユウト様、素晴らしい」
 
「シュウ君はどこ行ったのよ」
 
 エリスが苦笑する。
 すると、後半の話のちょっとは理解できた愛奈が問いかける。
 
「おにーちゃんとしゅうにい、つよいの?」
 
「すっごく強いわよ」
 
 理解できないくらいに。
 すると愛奈は、
 
「あいなもおにーちゃんたちの次くらい、がんばるの」
 
 ビックリするような発言をした。
 しかも、言っているのが愛奈なだけに、
 
「……本当に『大魔法士の妹』になりそうだわ」
 
「冗談抜きでの『妹分』ですわね」
 
「断言できるのも凄いことだとは思うが、リライトは安泰だな」
 
「当然です。ユウト様がいるのですから」
 









[41560] 小話⑧:愛奈ちゃんとレイスくん
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:ff611578
Date: 2015/11/19 17:35


※愛奈ちゃんとレイス君
 
 
 
 
 
 
 
「初めまして。ユウト=フィーア=ミヤガワと申します」
 
 とある子爵の家で優斗は挨拶をしていた。
 
「ほら、愛奈。挨拶は?」
 
 足元でおっかなびっくりしている妹を促す。
 愛奈が挨拶するのは彼女と同年代の子供。
 この子爵家の次男、レイス君。
 
「……あ、あいな……です」
 
「ぼくはレイス。よろしくね」
 
 茶髪の可愛らしい男の子は笑みを浮かべる。
 優斗がしゃがみ込んで、
 
「レイス君。愛奈と友達になってくれる?」
 
「はいっ!」
 
 お願いするとレイスは大きく頷く。
 ほっと優斗が安心した。
 
「愛奈、レイス君と一緒に遊んでおいて」
 
 これが優斗今日一番の目的。
 愛奈の同年代の友達を作ること。
 
「……あそんでくれる?」
 
 おどおどと愛奈が訊くとレイスは笑って、
 
「うん、いっしょにあっちで遊ぼう!」
 
 
       ◇      ◇
 
 
「愛奈の件、ありがとうございます。同年代の友達がいないというのは、少し気がかりでしたので。4月から学校にも通い始めますし」
 
 ということで義母からご縁のあるこの家に話が通り、今日お邪魔させてもらうことになった。
 
「いえいえ。うちも似たようなものですから」
 
 レイスの母親もにっこりと微笑む。
 家政婦の方が用意してくれた茶菓子とお茶を飲みながら、二人でほっと一息つく。
 
「あの子、ユウト様の大ファンなんです」
 
「そうなんですか?」
 
「ええ。前までは泣き虫だったんですけど、今は頑張って『強くなるんだ』って粋がっちゃって」
 
「……どこかで僕のことを知ったことが?」
 
 優斗が訊くとレイスの母はしっかりと頷いた。
 
「元々、夫がマルス様直属の部下ということもあるのですが、5月の闘技大会の時に魔物が出ましたよね。あの時、闘技場で私達は観戦していたのですがレイスが大泣きしてしまって、私とレイスは逃げ遅れていたんです。けれどユウト様があの魔物を倒しました。怖がることもなく、颯爽と神話魔法を使って」
 
 気付けば泣いていた息子は泣き止んでいて、目の前で魔物を倒している優斗の姿に釘付けになっていた。
 
「あの時からユウト様はあの子のヒーローなんです」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 しばらくして優斗は愛奈とレイスと一緒に外へと出て公園に向かう。
 優斗を真ん中にして、右手を握っているのが愛奈で左手がレイス。
 
「あの、あの、ユウトさま」
 
 嬉しそうにレイスが優斗の腕を引っ張った。
 
「どうしたの?」
 
「ぼく、ユウトさまの大ファンなんです!」
 
 興奮したような面持ちのレイスに思わず優斗も面を喰らったが、すぐに笑みを浮かべて、
 
「ありがと、レイス君」
 
「あいなちゃんがうらやましいです。こんなすごいお兄さんがいて」
 
 心底羨ましそうな表情のレイス。
 優斗は面白げに笑って、
 
「だってさ、愛奈。お兄ちゃん、凄いんだって」
 
「……? だっておにーちゃんはすごいの」
 
 それが愛奈にとって当たり前のこと。
 けれど普段、馬鹿達とのやり取りがやり取りなだけに優斗はまたしても不意を突かれる。
 
「……ちっちゃな子はストレートな分、照れるな」
 
 フィオナにも通ずるものがある。
 真っ正直な物言いなだけに、本当にビックリしてしまう。
 そして優斗がその後何度か不意打ちを喰らいながらも公園につくと、小っちゃな二人は一目散に砂場を目指す。
 
「あいなちゃん、いこう」
 
「うんなのっ!」
 
 だだだ、と駈けていく。
 
「小さな子供ってすぐに仲良くなれるから不思議だよね」
 
 優斗はベンチに座ってゆったり……する前に、飲み物を買ってこようと考え直す。
 
「二人とも、飲み物買ってくるけど何がいい?」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 優斗が三人分の飲み物を買ってきて、戻っていた時だった。
 愛奈とレイスの前には同年代の子供がいる。
 
「……ん?」
 
 しかも、なぜか愛奈を庇うようにレイスが立っていた。
 
「喧嘩?」
 
 優斗が訝しんだ瞬間、足元の砂――愛奈達が作っていた城が蹴り飛ばされ、レイスに降りかかる。
 けれどレイスはぐっと我慢して、相手を睨み付けた。
 思わず動きかけた優斗が止まる。
 すると、だ。
 砂を蹴った子供は面白くなさそうに去って行く。
 完全に彼の姿が消えるのを待ってから、レイスは振り返る。
 
「あいなちゃん、だいじょうぶ?」
 
「……う、うん。レイくんがまもってくれたの」
 
「ごめんね、ぼくのせいで」
 
 せっかく作った砂の城が駄目になってしまった。
 
「……レイくん、だいじょうぶなの? すな、いっぱいなの」
 
「ぼくはだいじょうぶ」
 
 怪我はしてないし、砂を被っただけ。
 そこでようやく優斗も二人の下へとやって来た。
 
「ごめんね、目を離した隙に」
 
 しゃがんでレイスの砂を払い、同時に風の精霊術も使って砂を吹き飛ばす。
 
「いえ、こどもどうしのことです」
 
 大きな人が出てくる出来事でもない。
 だが、思わず優斗も言葉を失いかける。
 こんな小さな子供が言う台詞じゃなかった。
 
「強い子だね、レイス君は」
 
「……そうじゃないんです」
 
 優斗が褒めると、レイスは小さく首を振る。
 
「……泣きむしレイス。いつもぼくが言われてることです」
 
 よく泣く。
 それだけで、色々とやられる対象になる。
 
「きょうはがんばって立ち向かってみたけど、やっぱりだめでした」
 
 今になって足が震える。
 怖いものはやっぱり怖かった。
 
「……ぼく、ユウト様みたいにつよくなりたい」
 
 魔物を前にしても平然と戦えて倒せるくらいに。
 ぐっ、と唇を噛みしめるレイス。
 けれど優斗は彼の頭を優しく撫でる。
 この子は勘違いしてる。
 
「ううん。君はちゃんと強いよ」
 
 6歳の子供がこれだけ頑張ったことを評価しないわけがない。
 
「頑張って泣かないで、愛奈を守ってくれたよね?」
 
 愛奈には砂が全くかかってない。
 それは全て、レイスが被ってくれたからだ。
 
「怖かったのに頑張ってくれた」
 
 足が震えるほど怖かったはずなのに。
 それでも愛奈のために立ち向かってくれた。
 
「だから僕は君にありがとうって言うよ」
 
 小さな身体の大きな勇気を持つ勇者に。
 
「僕の妹を守ってくれてありがとう」
 
 ポンポン、とレイスの頭をたたく。
 すると愛奈も近付いてきて彼の手を握った。
 
「レイくん。ありがとう、なの」
 
 そしてふにゃりと柔らかな笑みを浮かべる。
 
「レイくん、かっこよかったの」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 二人は崩された砂の城を、また頑張って作り直す。
 優斗も微笑ましく二人の姿を見ていた。
 だが、
 
「ミヤガワ……先輩?」
 
 その時、声を掛けられた。
 呼ばれた方を見れば、
 
「……ああ、いつぞやの縦巻きロールか」
 
 偽りの大魔法士を使い、生徒会書記になった少女と先程の男の子がいた。
 彼女に関しては、記憶に新しいといえば新しい。
 
「何をしに来たの?」
 
 思わず眉間に皺が寄る。
 何となく理由は分かる。
 彼女と男の子の関係。
 
「いえ、その、弟がいじめられたと聞きまして」
 
 やっぱりと思うと同時、優斗が「何言ってるんだ?」という表情になる。
 
「こっちの台詞だけど。うちの妹の友達が君の弟にいじめられてるんだよ」
 
「姉ちゃん、あいつがうそいってるんだ!」
 
 縦巻きロールの隣にいる男の子があれこれ言う。
 しかし、
 
「僕が目の当たりにしたのは君の弟が僕の妹の友達に対して一方的に砂を蹴りつけて被せたという状況。君はどっちが悪いか理解できる?」
 
 思わず縦巻きロールが頷いた。
 ならば、と優斗は続ける。
 
「僕は今、お前達が来て少し機嫌が悪い。それも理由は分かるよね?」
 
「は、はい」
 
「だったら何をすればいいか分かるね?」
 
 問いかけに対し、縦巻きロールはこくこくと何度も頷く。
 
「気を付けたほうがいいんじゃないかな。僕は口が軽いから今後同じようなことを聞けば、学院で何を言いふらすか分からないよ。ただでさえ停学くらって立場ないのに、これ以上自分を貶める必要はないと思うけど?」
 
 さらに縦巻きロールが高速で頷いた。
 そして弟を連れて慌てて去って行く。
 
「……やり過ぎたかな?」
 
 優斗は呟きながら愛奈とレイスの二人を見る。
 こちらのやり取りには気付かずに楽しく遊んでいた。
 安堵すると同時に優斗はふっと笑って、
 
「あの二人には、僕みたいなひねくれた性格になってほしくないなぁ」
 
 思わず呟いた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「うわぁ、かわいい!」
 
 優斗の手の平をちょこちょこと動く黄色い土竜が見える。
 思わず、レイスが感嘆の声を上げた。
 
「これ、なんですか!?」
 
「精霊だよ。下級の精霊って小っちゃくて可愛いんだよね」
 
 優斗が教えるとレイスは一緒に精霊を見ている愛奈に振り向いて、
 
「ねっ、あいなちゃん。かわいいね」
 
 こくこく、と愛奈が頷く。
 優斗が「そういえば、最初に愛奈の興味を惹くために見せたのもこれだったな」と懐かしそうに思い返す。
 
「すごいなぁ」
 
 憧れてる人の凄い事にレイスは笑みを零す。
 
「ぼくもつよくなったらできますか?」
 
 期待を胸に訊くレイス。
 けれど優斗は困ったような笑みを浮かべ、
 
「レイス君は『強い』って何だと思う?」
 
「ユウト様みたいにしんわまほうをつかえて、それですっごくつよいことです」
 
 自信満々に答えるレイス。
 けれど優斗は小さく首を振る。
 
「僕は『力』がある。でも、それだって『強い』って言われるうちの一つでしかないんだよ」
 
 たくさんの強さがある。
 優斗はあくまで実力が『最強』の意を冠する二つ名を得た。
 
「力は無くても愛奈を守ってくれた君の『心の強さ』。これだって強さだよ」
 
「で、でもぼくはユウト様みたいになりたくて……」
 
 憧れた。
 優斗みたいになりたいと思った。
 
「僕に憧れてくれるのは嬉しいよ。だけど目指すべき場所は僕じゃなくて、僕に憧れたからこそ望んだ場所の方が僕は嬉しい」
 
 ぽん、と優斗はレイスの頭に手を置く。
 
「今の君が目指した場所を大事にしたまま強くなってほしい」
 
 自分のようになってはいけない。
 なってほしくない。
 だから憧れた場所を目指してほしい。
 
「ちょっと難しかったかな?」
 
「……ん、と。なんとなくですけど、ぼくのこころをだいじにしたまま、つよさをみつけろってことですか?」
 
 レイスの解答に優斗の表情が綻んだ。
 
「そういうこと」
 
 大満足とばかりに頷く。
 すると妹の方が、
 
「あいなはおにーちゃんのつぎくらい、つよくなるの」
 
「……愛奈の場合、本当になりそうなんだよね」
 
 いろんな意味で優斗は心配になる。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 夕暮れまで遊び、レイスを家まで送り届ける。
 優斗と奥方が玄関先で別れの挨拶をしている際、小さな子供同士もやり取りをしていた。
 
「つぎはいつあえるかな?」
 
「…………え、と……たぶん、がっこうなの」
 
 4月から愛奈は小等学校に通うことになる。
 それはレイスも同じこと。
 
「おなじクラスになれるといいね」
 
「うんなの」
 
「またいっしょにあそぼうね」
 
 愛奈はこくこく、と頷く。
 
「やくそくなの」
 
「うん、やくそく」
 
 二人で小指を絡める。
 小さな子供達の、単純な約束。
 
 
 
 
 それが果たされるのは、数日後。
 同じクラスの、同じ教室で。
 





[41560] 話袋:師匠もどきと弟子もどき
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:ff611578
Date: 2015/11/19 17:35
 
 
 
 正直、自分に才能があるとは思わない。
 けれど頑張れば強くなれる、と。
 そう思っていた。
 
「必要なのは意思と覚悟」
 
 だから師事している人物に言われたことが嬉しかった。
 
「才能なんてものは問題じゃない。自分は出来ると信じて、壁を乗り越えることだよ」
 
 彼は天才と呼ばれる人ではないから、彼女の胸にするりと言葉が入り込む。
 
「強くなりたいと思うことなら誰だって出来るけど、強くなることは誰にだって出来ることじゃない」
 
 だからこそ、だろう。
 ある日、言われた言葉が胸に残る。
 
「君は狂わず強くなれ、キリア・フィオーレ」
 
 
     ◇    ◇
 
 
「上級魔法といえど、神話魔法のように制約を外すみたいな感じで詠唱する」
 
 ぶつぶつと呟きながらキリアは右手を前に掲げる。
 そして一呼吸置き、詠む。
 
「求めるは風切、神の息吹っ!!」
 
 翳した手から魔力が魔方陣に伝わっていく。
 さらに力を込め、陣全体に魔力が行き渡り、
 
「――いけっ!」
 
 願うように叫んだ瞬間、轟音が響く。
 魔方陣から放たれた上級魔法は眼前にある木々をへし折っていき、同時に幹の部分を切り刻む。
 
「おっ、出来たね」
 
 感嘆したような優斗の声がキリアの耳に届いた。
 頷く師匠もどきの姿を見て、彼女は握り拳を作り感極まる。
 
「やったぁ!」
 
 そして優斗ともう一人――ラスターの下へと駆け寄る。
 
「先輩! 出来たわ!」
 
 嬉しそうな彼女に優斗も何度も頷いた。
 
「これでキリアも一流につま先を踏み込んだね」
 
 一流として呼ばれるに至っての最低条件。
 上級魔法を使えること。
 そこにようやくキリアも足を踏み込んだ。
 
「……長かったわ」
 
 遠くを見ながら、万感の思いを込める。
 
「な、なんか異様に心が籠もった台詞だな」
 
 ラスターが思わず心配した。
 心がなんかもう、どっかに行ってそうな気がする。
 
「国家交流以降、先輩の訓練に耐えた甲斐があったってことよ」
 
「うん、よく頑張ったと思うよ」
 
 しみじみと言うキリアと褒める優斗。
 ラスターも内容がちょっと気になった。
 
「例えば何をやっていたんだ?」
 
「ギルドの練習用ダンジョンで攻略練習」
 
「……? 普通じゃないか?」
 
 一般的な訓練にしか思えないが。
 しかしキリアは首を横に振り、
 
「それが違うのよ。罠を解除するとか察知して引っかからないとか、そんな普通なことはしないの」
 
「どういう意味だ?」
 
「先輩の持論として罠っていうのは引っかかって三流、逃げられて二流。引っかからないのが一流で無効化するのが超一流らしいわ。……つまりね、わたしが必死に解いた罠とかスルーした罠を確実に先輩が発動させるのよ。それで『あとは頑張ってね』って」
 
 一個たりとも逃さずに優斗が発動させた。
 
「水攻めの部屋の時は死ぬのを覚悟したわ」
 
「……その時、ミヤガワは?」
 
「水にぷかぷか浮きながらのんびりしてたわよ」
 
「キリアは焦らなかったのか?」
 
「心底焦ったに決まってるじゃない。だって先輩、『キリアなら出来るからだいじょうぶ』って言って、本気で手伝う気がないんだから」
 
 軽く殺意を抱いた。
 ラスターも思わず額に手をやり、
 
「貴様、最悪だな」
 
「出来るのにやらせないと伸びないよ」
 
 優斗としてはそれに尽きる。
 出来るのならば、やらせないと意味がない。
 ラスターはさらに呆れかえると、キリアにどうやって攻略したのか尋ねる。
 
「水攻めの部屋ってね、相手を罠に掛け終えたら“どこかで水を抜く場所”が必要なわけ。そしてその場所はどんなに強固にはめ込まれていたとしても“隙間”があるから普通の壁よりも脆い。だから見つけ出して水の中級魔法を渾身の力でそこに叩き込めばいいの。ミリ単位の精度でね」
 
「出来たのか?」
 
「水嵩を増させて圧力をギリギリまで掛けて、さらにわたしの中級魔法を3発叩き込んでようやく栓の役割をしている岩が外れてくれたわ」
 
 本当に必死だった。
 魔法を撃てる猶予は残り1発だっただけに、3発目で外れてくれて助かった。
 
「しかし、キリアがわざわざ罠を解除したりしたのに発動させるとは鬼だな」
 
「一石三鳥って言ってたわ。罠を察知する、解除する、対処するで一石三鳥」
 
「……ありえないな」
 
「本当よね」
 
 呆れたような物言いに優斗も苦笑した。
 
「本人を目の前にして言う?」
 
「言うに決まってるじゃない。だってまだまだあるわよ。目隠しして攻撃を捌いて、尚且つ反撃するとか」
 
 キリアが本気で『ありえない』と言う。
 ラスターも同意した。
 
「……無理だろ、それ」
 
「うん。わたしもそう思ってた」
 
 けれど実際に目の前の師匠もどきがやってみせた。
 しかも軽々と。
 ただ、優斗だけなら諦めもつくものだが、
 
「残念ながら先輩だけじゃなくて元生徒会長も出来るのよ。クリス先輩やシュウ先輩もね」
 
 つまりは化け物やチートの権化だけじゃなく、一流と呼ばれる人間には出来ることである、ということ。
 
「わたしもちょっとは出来るようになったし。……というか、あれだけやらされれば先輩達より精度が低くても出来るようになるわ」
 
 どっちの方向からこれぐらいの攻撃が来る、ぐらいは容易に分かるようになった。
 
「頑張れば出来るようなものなのか? だったらオレも――」
 
「……頑張っただけで出来ると思う? 薄皮一枚で剣を首筋に当てられるし、魔法で吹き飛ばされる上に殺気があるの。この化け物みたいな先輩の殺気がね」
 
 これぐらいの殺気のほうが分かりやすいから、なんて言うものだが怖い以外の何物でもなかった。
 
「しかも追い詰める時は限界までするんだから」
 
「……気合いで立てと?」
 
「ううん。限界って文字通り限界なのよ。気合いと根性で立てるうちはまだ、限界には達してないんだって。何もかも根こそぎ奪って、絶対に立てないと思える状況から立ち上がってこそ限界を超えるって言うらしいわよ」
 
 そしてキリアは自嘲したように、
 
「今までのわたしの追い詰め方ってまだまだだったわ」
 
「……そ、そこまで凄まじいのか?」
 
「わたしの考えが本当に温かったと思えるくらいには」
 
 追い詰め方が違う。
 自分は人よりやっている方だとは思っていたが、桁が違った。
 
「あとフィオナ先輩も物事教えるのが上手よね」
 
「……お前、フィオナ先輩からも教わってるのか?」
 
「だって上級魔法使えて大精霊も召喚できる人だし」
 
 美人で優しく、懇切丁寧に教えてくれる。
 訊かなければ損というものだ。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 ギルドに寄ってみると、受付嬢に優斗が呼ばれた。
 優斗は首を捻りながら近寄って、いくつか受付嬢とやり取りをすると二人の下へと戻ってきた。
 
「何だったの?」
 
「なんかギルドランクが上がった」
 
 手にしたギルドライセンスを見せる。
 ランクが「B」から「A」に上がっていた。
 
「本当に上がってるな」
 
「なにやったの?」
 
「ん~、ミントさんの件かな? でも、あれだけで上がるとは思えないんだけど……」
 
 ある意味、あれほど簡単な依頼はそうそうない。
 キリアはとりあえず内容を知らないと判断できないと思い、
 
「依頼は何だったの?」
 
「大魔法士役をやる」
 
「……先輩ほど適任な人、いないじゃない」
 
 何を言っているのだろうか、この人は。
 むしろその他大勢だと失敗する可能性が大の依頼だ。
 
「けど悔しいわね」
 
 目の前でAランクになられるというのは。
 むっとしているキリアにラスターが呆れる。
 
「……キリア。こいつ、本来は余裕でSランクの人間だぞ」
 
「そんなの弟子もどきのわたしが一番良く知ってるわよ」
 
 でも悔しいものは悔しい。
 優斗がくすくすと笑う。
 
「僕はキリアのこういう性格、好きだけどね。僕に対して悔しがるっていうのは本当に負けず嫌いってことだからね」
 
 彼女の美点だろうと思う。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「それで今日は何の依頼を受ける?」
 
 ラスターが依頼票を見ながら二人に訊く。
 
「先輩とは久々に一緒の依頼なのよね」
 
「こっちはこっちで問題ばっかりあったから息抜きしたいし、二人がメイン張っていける依頼にしよう」
 
 三人であれこれと相談し、ラスターがある一つの依頼を指差した。
 
「これはどうだ?」
 
 書かれている内容はオークキングの討伐。
 優斗は強さ等を思い返し、
 
「まあ、いいんじゃないかな」
 
「だったらそうしましょうか」
 
 三人で頷いて受付に依頼を受けることを言おうとした時だった。
 
「あっ、キリアさん!」
 
 ひょんなところから声が掛けられた。
 キリアが呼ばれた方向を見る。
 
「……ルーカス?」
 
「ああっ、覚えていてくれましたか」
 
 彼女が向いた先には優斗より2,3歳ほど年上であろう金髪の男性が嬉しげな笑みを浮かべていた。
 
「いや、まあ、半年前にあれだけ熱心に誘われればね」
 
 対するキリアはちょっと引き気味。
 しかしルーカスと呼ばれた男性は構わずにキリアとの間を詰め、もの凄い勢いで話し始めていく。
 思わず優斗とラスターが呆気に取られた。
 
「キリアってモテるの?」
 
「まあ、可愛い部類には入るからな」
 
 外見的な部分では。
 中身は全く以て女らしくないが。
 
「へぇ~」
 
「……ミヤガワ、興味ないだろ」
 
 これほど棒読みで言うのもわざとらしいを超えて感心する。
 本気で興味がないのだろう。
 
「婚約者いるからね」
 
「まあ、フィオナ先輩と比べるのはキリアが可哀想だな」
 
 どちらも『フィオナは最強に可愛い主義』なだけに、それで結論付いた。
 ということでキリア達に意識を向けると、どうやら自分と同じ師を持ってはどうだろうか、みたいな話になっていた。
 
「私が国外へ武者修行に行っている最中に出会った方でそれはもう凄い方なのですよ」
 
「悪いけどわたし、師事してる人がいるから」
 
 そう言ってキリアは優斗を指差す。
 
「あの人が今、わたしを訓練してくれてる人」
 
 ルーカスの視線が優斗を捉える。
 
「……はぁ」
 
 わざとらしく嘆息された。
 
「私より年下ではないですか」
 
「強かったら年上だろうと年下だろうと構わないわよ」
 
 そうすることで強くなれるなら。
 しかしキリアの言葉にルーカスが僅かな笑みを浮かべた。
 
「貴女がそう言うことは分かっています。だからこそ私も無理を言って連れてきました。貴女の眼鏡に適う方を」
 
 ルーカスは「お願いします!」と大きな声を出して呼ぶ。
 
「……あ、あまり大声を出すな。注目を浴びてしまうだろう」
 
 すると巨漢の男性が恥ずかしそうに現れた。
 年齢は40歳ぐらいだろうか。
 ガタイの大きさが恥ずかしがって登場しており、なんかもの凄くミスマッチな光景だった。
 
「……誰?」
 
 キリアが首を捻るとルーカスは胸を張り、
 
「ギルドランクSにして6将魔法士であられるガイストさんです!」
 
 今度は小さな声で、ただしはっきりと告げた。
 優斗は隣にいるラスターに耳打ちしながら、
 
「知ってる?」
 
「ああ。6将魔法士の中でも一、二を争う有名人だ」
 
「どういう人?」
 
「人材育成に力を注いでいる方でな。権力云々には興味が無く、一国に数年以上の長期滞在することを忌避している。だからどの国でも有名で人気のある6将魔法士だ」
 
「……うわぁ、最初にこういう6将魔法士と会いたかった」
 
 優斗としては初めて会ったのが“あれ”だっただけに、6将魔法士自体にあまり良いイメージがない。
 けれど、こそこそ話している二人を余所にルーカスはキリアに熱弁を振るい、
 
「今ならキリアさんも弟子にしてくれると言ってくださってるんです」
 
「興味ないわ。勝負はしてみたいけど」
 
 キリアはばっさりと切り捨てる。
 目の前の人が6将魔法士だろうと自分の師匠もどきは大魔法士。
 さらには自分をちゃんと育ててくれている。
 乗り換えるつもりもない。
 
「……ふむ。どうやら彼女は良い師と巡り会えているようだが……」
 
 ガイストは頷くと、優斗に視線を向けた。
 
「少しいいだろうか」
 
 手招きして優斗を呼び寄せる。
 
「……うわ、あの場に行きたくない」
 
「諦めろミヤガワ」
 
 ラスターに背中を押されながら、優斗がキリアと合流した。
 ガイストは優斗の身体をじっくりと上から下まで見る。
 
「なるほど」
 
 なぜか妙に納得していた。
 そして、
 
「ギルドランクS、6将魔法士ガイスト・アークスと言う」
 
 6将魔法士が名乗りながら手を差し出した。
 
「ギルドランクA、ユウト・ミヤガワです」
 
 優斗も名乗りながら差し出された手を握り返す。
 すると、だ。
 
「ユウト・ミヤガワ……?」
 
 名前を呟きながら、またガイストがまじまじと優斗を見る。
 
「すまん。少しこっちへ」
 
 優斗の手を引っ張ってキリア達とは離れた場所へ。
 誰もいないデッドスペースまで来ると、ガイストは手を離す。
 さらには周囲を見回し、誰もいないことを確認すると、
 
「君はあの“ユウト=フィーア=ミヤガワ”か?」
 
 意味深に問うてきた。
 思わず優斗の視線が鋭くなる。
 
「……どうして僕の名を?」
 
「名をジャルの一件で伺ったことがある」
 
 優斗の反応で『やはり』とガイストは納得した。
 6将魔法士が敗れた理由、そして戦うことになった原因。
 その全てを耳にしていた。
 
「どこでその話を?」
 
「マイティー国のダンディー王子と私は懇意でな。何かあったら協力してほしいと言われていた」
 
 ガイストの説明になるほど、と優斗が頷いた。
 ジャルが何をやってきてもいいようにダンディーも準備をしてくれていた、ということだろう。
 
「私としては神話魔法が使えるだけで、あれほどの愚か者を6将魔法士と呼ぶのはどうかと思っていたのだ」
 
「ああ、あんなのと同じ括りにされちゃいますものね」
 
「……分かってくれるか?」
 
 思わずげんなりとした様子のガイストに優斗は大きく頷いた。
 
「分かりますとも。僕がぶっ飛ばした理由もそうでしたから」
 
「実に最悪なことをしてくれたものだ」
 
 異世界人の少女を義父と称して奴隷扱いするなど。
 以ての外だ。
 
「助けたという少女は確かリライトで保護しているのだったな。様子はどうだ?」
 
「今は養父母のところで元気に動き回ってます」
 
「ダンディー王子も定期的にリライトから話は聞いているらしいが、また少女と会ってみたいと言っていた」
 
「では、今度機会があれば一緒に伺いますよ」
 
 にこやかに優斗が笑みを浮かべる。
 
「というかよく名を聞いただけで僕を信じましたね」
 
 謀って名乗っているかもしれないのに。
 しかしガイストは笑いながら、
 
「最初に全身を見た時、君には勝てないと思わされた。そして名を聞き確認を取り、納得させられたよ。自慢に思われてしまうかもしれないが、私が戦う前から勝てないと思える人間など、それこそあの『二つ名』を持っているだろうとしか思えなかったからな」
 
「……感覚、良すぎやしませんか?」
 
 これだとレイナ以上だ。
 下手したら自分も彼には敵わない。
 
「これでも私は6将魔法士だからな」
 
「……それだからこそ6将魔法士、の間違いですよ」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 優斗とガイストが二人して戻るとキリアにルーカスが力説していた。
 
「才ある者は才ある者に習うのが、強者への最大の近道だと私は思うよ」
 
 一緒に頑張ろう、と。
 手を取りそうな勢いでキリアを口説き落とそうとしている。
 だがキリアは戻ってきた優斗に一言、
 
「先輩、わたしって才能ある?」
 
「ないよ」
 
「そうよね」
 
 普通に頷かれてキリアも納得する。
 しかしルーカスは思わず優斗を睨み付けた。
 
「貴方、よくも彼女に対して才能がないなどと――」
 
「才能があったらこんなにも努力する必要はない」
 
 だからキリアは才能がない。
 
「貴方はそれでも師匠なのですか? 今のは彼女に対して強くなれないと言っているも同義です」
 
 ルーカスが最もらしいことを言う。
 だが、
 
「そんなこと、一言でも言ったっけ?」
 
「言ってないな」
 
 優斗が意味分からない、といった表情をしてラスターも同意した。
 キリアも頷く。
 
「ていうか先輩から常々、才能とか壁とかぶち破れって言われてるし、その為の訓練をやってるのに強くなれないとか言うわけないじゃない」
 
 この人は本当に自分を強くしようとしてくれている。
 なのに、何をトンチンカンなことを言っているのだろうか。
 
「ほんと、しょっちゅう言われてるわよ。『必要なのは意思と覚悟。才能なんてものは問題じゃない。自分は出来ると信じて、壁を乗り越えることだよ』ってね」
 
 そして優斗は乗り越える為の訓練をしてくれている。
 おかげで上級魔法も一つ、使えるようになった。
 何も文句はない。
 
「し、しかしこの方は6将魔法士で、とても素晴らしい方なんですよ!?」
 
 だが諦めきれないのか、ガイストを頑張って推すルーカス。
 そこはキリアも理解してあげられる。
 
「まあ、6将魔法士も凄いとは思うけどね。ただ――」
 
 自分の師匠もどきは、
 
「先輩は全力で酷い」
 
 ありえないぐらいに。
 
「ていうかわたし、学院に通ってるから一緒に行けるわけないじゃない」
 
「い、いや、そこは1年間、リライトにいてくれるという約束をしてもらったから……」
 
「でも別にわたしじゃなくてもいいわね。素晴らしい人なら、もっと有意義にリライトにいてもらったら? わたし生意気だし、先輩ぐらいじゃないとイラつくこと間違いなしだもの」
 
「し、しかしもったいないですよ。せっかくガイストさんからの教えを請う立場になれるというのに」
 
 納得がいかない様子のルーカス。
 そこでガイストが説得するように、
 
「彼はとても素晴らしい実力者だ。そして彼女も慕っている以上、どうこう言うものではないぞ」
 
「で、でも私はキリアさんと一緒に修行して、一緒に頑張って、一緒に強くなって、それで仲良くなるということを夢見ていたのです!」
 
 もちろんキリアが強くなりたい、というのも鑑みてのことだろうが、それ以上の思惑があった。
 優斗とラスターが感嘆する。
 
「おおっ、ぶっちゃけた」
 
「漢だな、あの人」
 
 あれほど堂々と言えるとは。
 まさしく『漢』だ。
 しかし、
 
「ごめんなさい。貴方には興味ないわ」
 
 キリアが事も無げに言うと、ルーカスががっくりと項垂れた。
 
「うわぁ、さすがに可哀想」
 
「……鬼か、キリアは」
 
 優斗とラスターも同じ男として同情した。
 





[41560] brave:始まり
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:8e4990b9
Date: 2015/11/17 21:03
 
 
 
 
 リライト王城の謁見の間にて修は、
 
「いいか、愛奈? この人がこの国の王様で髭のおっちゃんだ」
 
 自分の足に隠れている愛奈に、目の前に座っている人物の説明する。
 顔を半分だけ出して、愛奈は王様を見ていた。
 
「……仮にも王を髭のおっちゃんというのはどうなのだ、シュウよ」
 
 初めて言われた、と王様は驚きと呆れを見せる。
 
「んじゃ、ちょっと挨拶してみ」
 
 ポンポンと修は愛奈の頭を撫でる。
 
「えっと……」
 
「大丈夫だよ。怖い顔だけど、すっげー良い人だから」
 
 ちょっとだけ怖がっている愛奈の肩を持って前に立たせる。
 すると、おっかなびっくりではあるが愛奈はちゃんと、
 
「……あ、あいな=あいん=とらすてぃ……です」
 
 自己紹介をした。
 思わず修と王様が表情を崩した。
 
「我がこの国――リライトの王様、アリストだ。もう怖いことはないから安心してマルスやエリスに甘えるがいい」
 
 こくり、と愛奈が頷いた。
 
「…………」
 
「…………」
 
「とりあえず髭に触ってみるか?」
 
「……いいの?」
 
 小首を傾げる愛奈。
 
「もちろんだとも。マリカもしょっちゅう、この髭を引っ張って遊んでいるぞ」
 
 蓄えた自慢の髭を愛奈に近付ける王様。
 恐る恐る、愛奈が触った。
 
「ちょっとごわごわなの」
 
 感触が物珍しくて、あれこれ触りはじめる愛奈。
 思わず修が、
 
「王様、俺も触っていいっすか?」
 
 そろっと髭に手を伸ばす。
 だが王様はギロリと修を睨み、
 
「お前に触らせる利点が見当たらない」
 
「そうっすよね」
 
 伸ばした手を引っ込める修。
 
「というかお前らは何をしに来た?」
 
 突然の訪問で驚いたのも確かだ。
 
「愛奈がやっと落ち着いたから王様への顔合わせと、おじさんの出迎え。最初はおばさんと一緒に来るって話だったんだけど、謁見じゃないから俺でもいいかなって」
 
 公式の場であればトラスティ家の誰かと一緒に来るのが妥当だろうが、今日はそうじゃない。
 なので修が愛奈を連れてきた。
 
「つっても、王様は何で執務室じゃなくてここに?」
 
「ユウトが倒したフォルトレス関連の話が終わってな。滞っていた市民の話を先ほどまで聞いていて、そのまま休憩していた」
 
「あ~、それじゃあタイミング悪かったみたいっすね」
 
「いや、気にすることはない。会話も休憩になることだし、明日は休暇でマルスと近衛騎士達と釣りに出かける」
 
 王様が余計な気を掛けるな、とばかりに手を振った。
 
「おじさんはもう仕事、終わりっすか?」
 
「そうだな、そろそろ――」
 
 王様がそう言って扉を見ると、タイミングよく開いた。
 そしてマルスが顔を出す。
 
「我が王、これで……」
 
 前を向いて王様に話しかけている途中でマルスは気付いた。
 
「アイナ?」
 
 マルスが名を呼ぶと、愛奈の表情が少し綻ぶ。
 
「どうしたんだい? 王城に来る予定は聞いてなかったんだが……」
 
「おとーさんをおむかえにきたの」
 
 愛奈の返答にマルスの顔が少しだらける。
 
「そうなのかい」
 
 マルスは愛奈に近付き、肩を抱いた。
 そして書類を王様に渡す。
 
「我が王。私はこれで仕事が終わりですから、身支度をした後アイナと一緒に帰宅させていただきます」
 
「……どことなく自慢げな顔なのが非常に腹立たしいな」
 
 幼少時からの付き合いだから分かる。
 マルスは今、勝ち誇っている。
 
「何を言っているのやら。自慢げではなく自慢です」
 
「明日はその顔、出来ると思うなよ」
 
「そっくりそのまま、言葉を返させていただきましょう」
 
 そう告げてマルスは愛奈と一緒に謁見の間を出て行く。
 修も付いて行くものだと王様は思ったが、彼は二人を見送っていた。
 
「昨日優斗から聞いたけど、結構でかい魔物だったみたいっすね。国を破壊できる規模の神話魔法を使ったって言ってたし」
 
「ああ。しかも大魔法士として動いたものだから、イエラートから感謝の書状と礼として多種多様な贈り物が先ほど届いてきた」
 
 宝石やらなにやら、本当にたくさんのものが。
 
「しかしユウトは毎月他国へと行ってもらっているが、シュウは行かないな」
 
 すでに何ヶ国も出入りしている優斗に対して、未だ一度も他国へ行ったことがない修。
 面白いことが好きな修が一度もないというのは、少し違和感がある。
 
「色々と理由もあるっすから」
 
 修が苦笑する。
 
「……ふむ。理由か」
 
 王様は彼の返答に少しだけ考え、
 
「マリカなのだろう?」
 
 確信を持って聞き返した。
 
「お前は別に、他国へ行くことを問題としていない。リライトのことも兵士に任せればいいと考えているだろう? なのに、ずっと残っている」
 
 他国に一度も行っていない。
 
「ならば理由は一つ。マリカを護る為だ」
 
 王様の断言。
 これでも一年間、王様は彼らのことを見てきた。
 だからこそ言えることだ。
 
「まあ、そうっちゃそうなんすけどね」
 
 修は頷く。
 確かにマリカを護るため、というのは間違っていない。
 
「優先順位の問題なんすよ」
 
 修は初めて王様に対し真面目な表情を作る。
 
「俺は今のところ、出る理由がない」
 
 他国に招かれることがないから行く必要性がない。
 でも、別に他の国が嫌いというわけではない。
 
「マリカがリライトに残ってるっていう前提で言えば、俺は“宮川優斗”もしくは“近衛騎士団長と副長”っていう二パターンのうち、どっちかがリライトに残ってないと基本的に出ようとは思わない」
 
「……それはマリカを護るほどの兵力がない、ということか」
 
 王様の問いかけに対して修は頷く。
 
「まあ、ある意味そうだよ。信用できんのは団長と副長ぐらいだ」
 
 総力としての兵力を言っているわけではなく、単体としての強さで修が信用に値するのは優斗と団長、副長のみ。
 
「マリカって優斗の娘だとしても龍神だろ? 世界のどんな奴に狙われるか分かんねーじゃん。でもさ、俺と優斗ならどんな事になっても対応できる」
 
「我が国の兵で対応できないことが、そうそう――」
 
「あり得るから言ってんだ」
 
 可能性はゼロじゃない。
 
「ほとんどないとは思う。それに俺と優斗が動いて、団長や副長がマリカの側にいられない時だってあると思う」
 
 今後、出てくるだろう。
 
「そん時は絶対にマリカが襲われないようにするよ」
 
「……なぜそこまで慎重になる?」
 
 騎士が常駐し、結界も張ってある。
 情報も隠蔽している。
 それに二人同時に出たとしても修と優斗で絶対に襲われない魔法でも使うだろう。
 なのになぜ、そこまで慎重なのだろうか。
 
「もちろんマリカを傷つけさせない方法なんていくらでもある。ほとんどの確率で手出しなんてさせねぇ。させるわけがない」
 
 修と優斗の手に掛かれば。
 
「でも、な。やっぱりいたほうが確実なんだよ」
 
 絶対に護りきれる。
 
「マリカはさ、赤ん坊だろ? いくら龍神でも、自分で対処できないじゃん。そんでマリカに何か起こった場合、俺も優斗も何をしでかすか分からない。俺ら自身への保身……つったらいいか?」
 
 マリカが襲われた瞬間、修も優斗も『力』を圧倒的なまでに振るう。
 どれだけのことが起ころうと気にも止めない。
 
「なのに優斗、けっこう平然と他国に行くだろ?」
 
「ああ」
 
「何で断らないか、知ってるか?」
 
「……どういうことだ?」
 
 王様は優斗に頼んで他国に行ってもらっている。
 彼が王様の頼み事を断った試しはない。
 けれど、
 
「マリカは優斗の娘だ。今はもう、目に入れても痛くないぐらいに溺愛してる。だからこそマリカに何かあるってことは、そのままあいつの弱点になる」
 
 フィオナとマリカ。
 この二人に何かあることは、優斗が一番恐れていることだ。
 
「そりゃ責任やその他もろもろ、あいつは背負ってるから他国へ行くんだろうけどよ」
 
 大魔法士なんてものになってしまったから。
 
「でもな、一番の理由は俺がリライトにいるからだ」
 
 内田修がリライトにいる。
 だから優斗は他国へ簡単に行ける。
 
「あいつが“俺だから”って理由だけで、手の届かない範囲に娘を置いておけるほど信頼してくれてんだ」
 
 だから修は優斗の信頼に応える。
 もし修が他国に向かうことがあれば、優斗だってどうにかする。
 リライトに残るかもしれないし、修と一緒にありえないほどの防御魔法を使うかもしれない。
 団長と副長にマリカのこともお願いするだろう。
 でもやっぱり一番は修がリライトにいるから何も気にせず他国に行ける。
 もし逆の立場ならどうだったか? なんてことは訊く必要すらない。
 
「王様。結論付けると、俺がリライトに残る理由は一つなんだ」
 
 修は真っ向から王様に言葉を向ける。
 
「俺はマリカが大好きで、俺の“居場所”は誰にも壊させないってことだよ」
 
 何人たりとも。
 壊すことなど許さない。
 王様は修の真剣な表情と言葉に……一つ、大きなため息をついた。
 
「お前が他国に行かない理由は分かった」
 
 やはりマリカが原因の一つだった。
 
「だが……お前達は少し変だ」
 
「分かってるつもりだよ」
 
 重々承知している。
 
「しかし、そんなお前達が我も大好きだということを、知っているか?」
 
 年若い異世界人。
 アリーと友達になった仲間。
 立場を気にせず、身分を気にせず。
 ただ、純粋に仲間のことを想って行動する。
 そんな彼らを何よりも王様自身が気に入っている。
 
「……ありがと、王様」
 
 修は少し、照れくさそうに笑った。
 
「出来ればでいい。教えてくれ、シュウ。お前が言った“居場所”の意味を」
 
 先ほど修が言った“居場所”という言葉。
 それはきっと土地という意味ではない。
 一体、何を以て修は居場所と言ったのか。
 それを知りたかった。
 
「……まあ、ちょっと暗い話になるけど」
 
 いいだろうか、と目線で修が訊く。
 王様は大きく頷いた。
 今更、引くことなどはしない。
 
「……分かった」
 
 修も頷くと、大きく息を吐く。
 そして僅かばかり周囲を見回して“他人”がいないかどうかを確認する。
 紡ぐは過去の話。
 内田修を『内田修』として作っている、根幹。
 赤の他人に聞かれたくはない。
 
「アリーから耳にしてるよな? 俺の話」
 
「まあ、ある程度はな」
 
 修の家庭環境ぐらいは耳にしている。
 
「俺はずっと、家族からいないもんだとして扱われてた。家に居場所なんてなかった」
 
 不義の子供。
 存在を認めることなど出来るわけもない。
 だから無視され、視界から消され、いないようにされた。
 
「俺は家に“いる”のにいない。そこに“いる”のにいない」
 
 どうしてだと叫びたくなるほどの孤独。
 
「そんなの……嫌だった」
 
 苦しくて、泣きたくなって。
 それでも泣いたところで気にされることはない。
 
「まるで世界から切り離されるように思える。自分の存在が透明に見えてくるんだ」
 
 いるのかいないのか、自分自身で分からなくなってくる。
 
「……待てシュウ。お前の才能に対して“いない”と思われるとは――」
 
「“俺”じゃねぇんだ。“俺の才能”なんだよ」
 
 今、王様自身が言った。
 “才能”
 内田修が得ている、天恵。
 でもそれは良いことだけではない。
 
「外でも居場所なんてなかった」
 
 家だけではなく、外でも。
 内田修に居場所はどこにもなかった。
 
「なあ、王様。才能だけを見据えて、当の本人を見ていないのに……そこは居場所になるのか? 俺を形成している全ては才能だけなのか?」
 
 他に何もないのだろうか。
 
「外での会話にあるのは羨望、嫉妬、畏怖。そんなもんだ。誰もが俺なんて……俺という存在を見てくれてるわけじゃない」
 
 神童だと言われ。
 天才だと持て囃され。
 だから修と真っ当な会話をするものは誰もいなかった。
 
「俺はただ、感情のある会話がしたかった。喜んで、笑って、泣いて、怒って、最後にまた笑える会話がしたかった」
 
 憧れだった。
 羨ましかった。
 普通が。
 
「……ずっと欲しかったんだ」
 
 修は右手を握りしめる。
 
「俺が“俺”としていられる、そんな居場所が」
 
 内田修としていられる場所。
 笑って、怒って、泣いて、楽しくて。
 ただ自分としていられる聖域が欲しかった。
 
「……あの時、嬉しかったんだよなぁ」
 
 修は心底、笑みを浮かべる。
 
「和泉が俺ら引っ張り込んで、出会って、そんでさ……心から笑えた。たくさん馬鹿なことが出来た」
 
 どれほど望んだだろうか。
 普通のやり取りを。
 誰もがやっている会話を。
 
「あいつらが俺の『居場所』だ。やっと出来た、気を置く必要がない大切な『居場所』なんだよ」
 
 土地じゃない。
 彼らがいるところこそ修にとっての居場所。
 
「だから思うんだ。血が繋がってないけど、ただの馬鹿な集まりだけど、それでも――」
 
 どうしようもないほどに。
 内田修にとっては希った人達。
 
「――あいつらは俺の家族なんだ」
 
 泣きたくなるぐらいに欲しかった、家族。
 
「だってあいつら、俺が『兄弟』だって言っても誰も否定しないんだぜ?」
 
 自分達だからこそ『家族』という言葉の大切さを知っているのに。
『兄弟』という言葉の意味を理解しているのに。
 なのに彼らは誰一人、否定しない。
 
「和泉とは『どっちが兄だ?』って馬鹿な話し合いしたし、卓也は『だったらこれ以上に説教してやる』とか言ってくるし、優斗に至っては『卓也、甘い。今から説教だよ、はい正座』とか、さ。もう、あいつら馬鹿なんだよ」
 
 それが昔。
 リライトに来る前、親も子供も何もない4人だけの家族。
 
「今はもっと酷いけどな。優斗は『姪っ子におこづかい出せないの?』なんて、鬼だろあいつって感じだし、ココも『シュウかズミさんをわたしの弟にしてみせます』とか言うし、クリスも『ここまで手の掛かる弟なんて』って笑いながら冷めた目で見るし、レイナなんて『貴様らの姉というものになったのは、貴様らが原因だ』だぜ?」
 
 4人じゃなくなって、もっとたくさん人が増えて。
 家族が増えた。
 
「けど、俺が大好きな馬鹿達なんだ」
 
 何があっても護りたいと思うほど。
 どんなことをしてでも助けたいと思うほどの大切な家族。
 
「もちろんあいつらがどこかに行って、頑張るってなら応援するよ。あいつらなら出来るって知ってるし、それで有名になったら誇らしいじゃん」
 
 自分の家族は凄いんだぞ、と。
 自慢にだってしたい。
 
「でも、そうじゃないなら」
 
 彼らの意思を介在させず、誰かの手によって不意に引き裂かれるのだけは嫌だ。
 
「この居場所を――壊したくないんだ」
 
 やっと出来たんだ。
 居場所が。
 家族が。
 大事にできる人達が。
 
「本当に……」
 
 今、ここに彼らがいてくれる。
 自分の家族が側にいてくれる。
 だからここが内田修の居場所だからこそ、
 
「……本当に…………大切なんだ」
 
 声が震えるくらいに、無くしたくない。
 
「…………シュウ」
 
 王様は修の独白を全て聞き、
 
「……大切な居場所、か」
 
 初めて彼の心を知ったことに嬉しくなった。
 いつもは脳天気で、馬鹿な行動が大好きで、楽しいことこそ至上と考える修。
 けれど裡に秘めているもの。
 それこそ、修の行動原理なのだと知った。
 
「そうか……」
 
 知ることができて良かった、と。
 本心から思う。
 
「誰か、ワインを持ってこい」
 
 王様はメイドを呼びつけ、二つのグラスを用意した。
 そして注がれるのは白ワイン。
 
「飲め、杯だ」
 
 王様はグラスを二つとも取り、その一つを修に渡す。
 
「王様? なんで……」
 
「決まっているだろう。仲間だけが居場所など、せせこましいことを言うな」
 
 王様は修に笑いかける。
 
「お前はこの世界で何を成してきた?」
 
「……えっ?」
 
「言ってやろうか? お前は学院の壁は破壊するわ、ノーロープバンジーを決めるわ、貴族に喧嘩を売るわ、龍神の卵を見つけるわ、白竜と友人となるなど、多種多様のことをやってきた」
 
 ある意味で本当に有名人だ。
 
「けれどたまに危ない魔物が出てきたことを知ると、一人で倒しに行っていることも知っているぞ」
 
「なっ!? 知ってたのか!?」
 
 いきなりの王様の発言に修が少し狼狽えた。
 
「当たり前だ」
 
 気付いたら魔物がいなくなっていた、という報告がいくつか上がっていた。
 どこの誰がやったのか。
 名乗り出るものはいない。
 けれど、だからこそ分かる。
 言う必要もないと思っている、馬鹿な勇者がやったのだと。
 
「我は知っている。リライトでお前がやってきたこと、成してきたこと全てを」
 
 リライトから出ていない修。
 だからこそ、王様は全て分かる。
 
「お前はたくさん、リライトで頑張ってくれたろう?」
 
 いつもは馬鹿な修だけれど。
 卒業するまでは『リライトの勇者』ではないと言っているのに、気付けば黙って『勇者』をしている。
 
「まったく、お前というやつは……。『リライトの勇者』は卒業してからだと言っただろうに。せめてギルドの依頼で受けてからやれ」
 
「……うっ……いや、だってよ。今のうちに練習しとかないと、上手く勇者できるか分かんねーじゃん」
 
 修の言い訳に王様が吹き出した。
 
「くくっ、何だシュウ。もしかして不安なのか?」
 
「だ、だって勇者なんて職業、向こうじゃねーんだから今のうちに勇者を慣らしておいたほうがいいだろ!?」
 
 さらなる言い訳に王様が声を上げて笑う。
 
「本当に馬鹿だな、お前は」
 
 けれど本当に――純粋すぎるほどの魂。
 勇者と呼ぶに値する存在。
 
「いいか、シュウ。我はこれからお前に示そう。お前の居場所を」
 
 純粋すぎる彼がもう、立ち位置を見失わないように。
 必死になる必要がないように。
 王たる自分が示そう。
 
「そしてこれは『リライトの勇者』だけに言っているのではない。『異世界の客人』だけに言っているのでもない」
 
 ただ一人の人間。
 
「ウチダ・シュウ。お前に言うことだ」
 
 そして王様は大きく息を吸い、告げる。
 
「人は時に去り、移っていく。それはお前の仲間とて同じことだ」
 
 別の国で生きていく誰かがいるかもしれない。
 
「けれど決して動かぬものがある」
 
 少なくとも修が生きている間は。
 絶対に揺るがないものがある。
 
「それは国だ」
 
 土地に根ざした国。
 そこは決して揺るぐことはない。
 
「だからこれだけは知っておけ、シュウ」
 
 居場所はたった一つではない。
 
 
「お前の居場所は“ここ”にもある」
 
 
 このリライトという国があるかぎり、その玉座に座っている自分は揺るがない。
 故に居場所となろう。
 
「だから我はこれからもお前に説教をするし、褒めてやる。お前を“いない”などと思わせない」
 
 絶対に。
 
「思ったらアイアンクローだ。分かるな?」
 
 グラスを持っている手とは反対の手をかぎ爪のように広げて、王様は笑う。
 釣られて修も笑みを浮かべた。
 
「王様、ちょっとおっかなくね?」
 
「お前は馬鹿だからな。言葉だけでは通用しないかもしれん。実力行使だ」
 
 そして王様はグラスを修に向ける。
 修も応え、グラスを王様に合わせた。
 
「サンキュな、王様」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 王様と話し終わったあと、修は中庭へと向かう。
 ちょうど一年前、修達が現れた場所に。
 歩いていると、ちょうど中庭の中央で見知った顔がある。
 
「シュウ様なら来ると思っていましたわ」
 
 アリーが待ち構えていたかのように、声を掛けた。
 
「先ほどのお話、聞いていました」
 
「知ってんよ。俺がお前の気配、分からないわけがないだろ?」
 
 途中、アリーが謁見の間にいたことは知っている。
 周囲を見回して、気付かないはずがない。
 けれど、修はアリーがいることを理解した上で話をしていた。
 
「シュウ様。わたくしはシュウ様の居場所になっていますか?」
 
「当たり前だろ」
 
 アリーの問いかけに対して修は頷く。
 当然のことだ。
 
「フィオナも、ココも、クリスも、リルも、レイナも、俺の居場所になってくれてる。アリー、もちろんお前もだ」
 
 修の大切となっている。
 
「俺、召喚されたのがリライトで……本当に良かった。もちろん優斗も、卓也も、和泉も同じ気持ちだ」
 
 全員がリライトで良かったと思っている。
 
「だってさ、俺らの認識としては普通、召喚されたら『魔王を倒してくれ』とか言われるんだよ。でも、ここは違うじゃん。俺らが子供ってだけで学院に通わせてくれて、卒業するまで『リライトの勇者』をさせないでくれて、すっげー大事にしてくれてる」
 
 ゲームのように無理矢理召喚されたのは一緒でも、無理矢理に世界を救えとは言わない。
 人としての扱いを保った上で、お願いをしてくれる。
 
「俺ら、本当に嬉しいんだよ」
 
 学院生活が楽しくて、生きていることが楽しい。
 こんなこと、この世界に来なければ分からないことだった。
 そしてだからこそ、彼女に伝えたいことが修にはある。
 
「……アリー、さ。本当は召喚陣の前にいたんだろ?」
 
 彼の問いかけにアリーは少々、驚く。
 
「俺らが思ったより人数多かったから、召喚された場所がちょっとずれたんだよな?」
 
 中庭に召喚の魔法陣はない。
 ということは、やはり多人数が召喚されるという過程で無理があったためにずれてしまったということ。
 
「はい」
 
「やっぱ、そうなんだよな」
 
 いきなり兵士に囲まれた時は驚いたが、そういうことであれば納得できる。
 そしてアリーが召喚魔法陣の前にいたということは、だ。
 
「俺の始まりは……アリー、お前だよ」
 
 この世界に来る経緯となった全ての始まりは、彼女だということ。
 
「いただけかもしれない。見てただけかもしれない」
 
 ただ召喚される人物を待っていただけかもしれない。
 
「でも、きっと……お前がリライトに喚んでくれたんだ」
 
 あのタイミングで死にかけたことも。
 あのタイミングで召喚されたことも。
 全ては、アリーがいてくれたからだと修は思う。
 
「お前がいてくれたから、俺は他のどこかの国じゃなくてリライトに来れた」
 
 自分が大好きだと思える国に召喚されることが出来た。
 
「マジでありがとう」
 
 優しさを携えた修の笑顔。
 
「俺はこれからも勇者をしていくだろうけどさ」
 
 リライトの勇者として。
 たくさんのことをしていくだろう。
 そして、その根幹に据えるものをずっと考えて、考えて、考えて。
 
「何があっても絶対に曲げないことを見つけたよ」
 
 やっと見いだした。
 笑いながら修はアリーを見詰め、そして思い出す。
 この一年間を。
 
 
 
 
 
 
『貴方様が新しい勇者様なのですね! わたくし、第一王女のアリシア=フォン=リライトと申します。アリーとお呼び下さい』
 
 
 初めて会った時、手を握りながら自己紹介をされた。
 
 
『一気に引くぞ』
 
『は、はいっ!』
 
 
 旅行に行った時は暴れ回る魚を一緒に釣って、
 
 
『ど、どうですか?』
 
『OKだ。次は息継ぎとクロールの練習でもしてみるか』
 
 
 泳ぎの練習を海で教えた。
 
 
『和泉! レイナ! アリーを守れッ!!』
 
 
 パーティーでの暗殺未遂事件の時には、近くにアリーがいて少し焦ったこともある。
 
 
『シュウ様、これを教えてもらってもよろしいですか?』
 
『おっ、珍しいもん持ってんな』
 
 
 アリーが優斗からプレゼントされたルービックキューブを持ってきた時には、二人して一緒に速さを競った。
 
 
『あれで付き合ってないってネタじゃね?』
 
『ですわね』
 
 
 優斗とフィオナが未だにくっ付いていないことに一緒に呆れ、
 
 
『『 求めるは風切、神の息吹!! 』』
 
 
 卓也とリルが黒竜に襲われている時には、一緒に魔法を放ったこともある。
 
 
『あら? がっつりと切ってしまいましたわ』
 
『……っ! か、髪! 髪の毛あるか!?』
 
 
 アリーが髪の毛を切ってみたい、というのでやらせてみたが、バサリと音を鳴らして髪の毛が落ちた時はさすがに血の気が引いた。
 
 
『じれったかったよな』
 
『本当にユウトさんはヘタレでしたわ』
 
 
 ようやく優斗とフィオナが付き合い始めた時には二人して安堵し、
 
 
『……すげーな』
 
『……フィオナさん、尊敬しますわ』
 
 
 マリカと一緒に散歩に行ったとき、フィオナのコミュニケーション能力の向上具合を知って半ば呆れた。
 
 
『ビンゴ』
 
『えっ!? シュウ様!?』
 
 
 鬼ごっこでイスの隙間に身を隠しているアリーは、本当に初心者だったなと笑い、
 
 
『公務あるって言ってなかったか?』
 
『シュウ様、そんなもの速攻で終わらせましたわ』
 
 
 大晦日、年越しギリギリでやって来たアリーと一緒に新年を迎えることができてよかった。
 
 
『やっべー、強いじゃんか!!』
 
『……高笑いして闘うシュウ様も大概ですわ』
 
 
 白竜との戦いで、笑いながらテンションを上げているとアリーに大きくため息をつかれ、
 
 
『だからこその俺らだろ』
 
『……シュウ様。アホなこと言わないでください』
 
 
 偽大魔法士騒動の時は、盛大に呆れられた。
 最近、よくよく呆れられるけれども、それは仲がさらに良くなった証なんだろうな、と修は実感した。
 
 
『それがユウトさんとシュウ様の絶対の信頼に繋がっているのですね?』
 
『やるな、アリー』
 
 
 優斗がイエラートで暴れている時に己が『無敵』だと伝えた時、アリーはすぐに自分達のことを理解してくれた。
 
 
『……即答でしたわね』
 
『どっちにしても、卓也に負けてるアリー達は残念だなってこった』
 
 
 おままごとの母親役で卓也に負けたことに落ち込んだアリーが、なんだか少し面白くて、
 
 
『……一年の歳月ってこえーな』
 
『むしろシュウ様達の影響力が怖いですわ』
 
 
 純粋すぎるラグを見てアリーに言ったら、さらっと言葉を返された。
 
 
『俺とアリーならできる。そうだろ?』
 
『……あ……う……っ』
 
 
 子供が出来たら、という過程の話で自分達なら出来ると断言したら、なぜか周りが絶句していた。
 アリーも口をパクパクとさせていたが、嫌な感情は伝わってこなかったので良しとする。
 他にもたくさん、たくさんのことをアリーと一緒にやって来た。
 当然だ。
 この一年間でいつも傍らにいたのは、この少女だから。
 
「アリー」
 
 うん、と修は頷いて右手を差し出す。
 修が勇者として根幹に定めたもの。
 絶対に曲げないと決めたもの。
 それは、
 
 
 
 
「俺はこれから、ずっとお前の勇者でいる」
 
 
 
 
 アリシア=フォン=“リライトの勇者”で在り続けること。
 
「今はさ、国はリライトの人達に任せる。仲間は俺として護る。でも、お前には――リライトの勇者としても側にいるよ」
 
 それこそ修が根幹に据えたもの。
 
「絶対に泣かせないし、悲しませない。どんなことがあってもアリーを救う」
 
 修の全てで。
 絶対に救ってみせる。
 
「俺は何があっても、お前の勇者だ」
 
 そう告げた修。
 アリーは差し出された大きな手を見詰め、
 
「わたくしの勇者……」
 
 呟き、そして彼の手を慈しむように取った。
 
「嬉しいです、シュウ様」
 
 
 
 
 
 
 
 
 そして修とアリーは中庭に座った。
 一年経ったからこそ言えることもある。
 
「優斗は世界が優しくないことを知ってる。自分がヤバいことを知ってる。だからあいつは優しく在りたいと願う」
 
 彼が望んだのは相反した性格。
 そうしなければ、人として大切なものを堕としたままになってしまう。
 
「自分が持っている“モノ”に、呑み込まれないようにな」
 
 最奥にある裏の本質――根幹に自分の心が支配されないように。
 
「卓也は周りが自分を守らないことを知ってる。だからあいつは守れる存在で在りたいと願う」
 
 言葉と身体を傷つけられてきたからこそ。
 もう傷つきたくない。
 
「あいつが攻撃魔法苦手で防御魔法とか治療魔法が得意なのは、それが起因だな」
 
 自分と大切な人達を傷つけさせない。
 だからこそ、卓也の魔法は守に重点が置かれている。
 
「和泉は親であろうと自分を見放すことを知ってる。だからあいつは見てもらえる存在で在りたいと願う」
 
 ある意味で修と和泉は少し、似通っている。
 “いないものとして扱われる”のと“置き去りにされる”。
 どちらも共通するのは、存在がとても希薄に扱われていること。
 
「和泉の性格が馬鹿で悪目立ちするのも、それなりに『理由』はあんだぜ?」
 
 ただ馬鹿なだけじゃない。
 性格に辿り着くだけの“何か”がある。
 そして誰もが今の性格になるに至っての“何か”がおかしいから。
 だから彼らは普通じゃないということ。
 
「俺らは全員、どこか変で、歪で、おかしい。でも……」
 
 正真正銘の普通なんてものにはなれなくて。
 もう二度と、手に届かないなんてことは知っているけれど。
 
「そんな奴らでもよ、大切なものが――大切な人達がこの世界で出来たんだ」
 
 前の世界では、たった四人だけだった。
 四人だけで完結していた。
 他に何もなかった。
 けれどセリアールに召喚されて。
 大切な人ができた。
 大切な場所ができた。
 前の世界より何倍も大切が生まれた。
 
「まあ、俺と卓也と和泉は変人の域で納まってて、ぶっ壊れ具合は優斗が飛び抜けてんだけどな」
 
 苦笑しながら修が言う。
 自分達の変さは優斗のように狂ったりしていない。
 生きることに支障が出るほどのおかしさを持っていない。
 ただ、だからこそのフィオナだ。
 
「フィオナさんがいるからこそ、ユウトさんは普通でいられるんでしょうね」
 
 思わずアリーも苦笑してしまった。
 
「けれど」
 
 そんな彼らだからこそ成してきたことがある。
 
「貴方達が変だったからこそ、わたくし達は仲間になれましたわ」
 
 血筋を気にするような人達ではないから。
 普通じゃないほどに愉快な人達だから。
 
「ですからわたくしは、そのような貴方達が――」
 
 彼らは自分達を変えてくれた。
 この一年間で無味な日々を輝かしい日々へと変えてくれた。
 だから伝えたい。
 
「わたくしは、そのような貴方こそが本当に大切だと。そう思っていますわ」
 
 アリーは微笑んだ。
 まるで輝くような笑顔で。
 彼女こそ『リライトの宝石』と呼ばれている美姫だと、誰も彼もに頷かせる微笑み。
 
「ありがとう、アリー」
 
 修も同じように微笑む。
 そして、
 
「で、そろそろ出てきたらどうだ?」
 
 このタイミングで、とある連中に声を掛けた。
 
「えっ?」
 
 アリーが驚いて振り返ると……そこにいたのは修の親友達。
 三人ともアリーに対してごめん、と手で謝っていた。
 
「今回は『来たっ!』と思ったんだけどね」
 
 優斗がごちるように呟き、
 
「オレらのタイミングが悪かったか」
 
 卓也が頭を掻きながら後悔し、
 
「しょうがない。これでこそ修だ」
 
 和泉は変に納得していた。
 
「お前ら、気配消して何やってんだよ?」
 
 修が訊く。
 いつもの気配が突然消えれば、修だってちょっとは不審に思う。
 自分とアリーがいたことは理解できていただろうに。
 
「お前に言う必要はないよ」
 
「優斗と同じだ」
 
「俺も優斗と同意見だ」
 
 三人が三人とも拒否する。
 
「……あん? どういうことだよ」
 
 首を捻る修だが、まあいっか……とばかりに空を見上げる。
 つられて優斗達も全員、修と一緒に空を見た。
 
「始まりの5人、だな」
 
 修が言う。
 召喚された日、今の仲間達の中でいたのは5人。
 言うなれば、この出会いがなければ今の状況になっていない。
 
「ちょうど1年だね」
 
 優斗が感慨深く言って、
 
「短く感じたな」
 
 卓也が頷く。
 
「自然と足が向いた」
 
 和泉もやはり思うところがあり、
 
「ですわね」
 
 最後にアリーが同意した。
 
「異世界人の方々が4人も来るなんて驚きましたわ」
 
 過去に何例、あるだろうかとアリーは笑う。
 
「王女様と婚約とかオレ的に凄いことになったもんだよ」
 
 自分で自分に卓也は呆れ、
 
「魔法というファンタジーに出会えたことは俺にとって最大の幸運だ」
 
 和泉は死ぬまで興味が尽きないことを見つけ、嬉しさを覚える。
 
「僕なんて嫁とか娘とかだよ?」
 
 優斗がからかうような声音を口にすると全員が苦笑し、
 
「色々ありすぎて、やたら楽しかった1年だったわ」
 
 修が最後、言ったことに対して皆で頷く。
 そして感慨深くなったあと、
 
「なあ、優斗」
 
 修は突然真面目な表情を浮かべた。
 珍しい彼の表情に全員が思わず構える。
 
「お前も俺と同じ考え、持ってんじゃねーか?」
 
 真っ直ぐに優斗を見据え、訊く。
 
「俺らがセリアールに喚ばれた理由、ある程度は考えてんだろ?」
 
 修が告げたことに優斗は少し目を見張ったあと……頷いた。
 
「まあ、ね。僕は運命論者だから」
 
 可能性という一つでは考えている。
 けれどアリーは意味が分からない。
 
「どういうことなのですか? だってシュウ様はわたくし達、リライトが――」
 
「だとしても僕と修の力は異常過ぎる」
 
 優斗の言葉に修も頷く。
 
「僕と修は同等だよ。修が歴史の中で最高峰の『力』を持っているなら、僕も同じ『力』までたどり着けるのは当然のこと。だから僕達は同等だけど……だからこそおかしい」
 
「……どういうことなのですか?」
 
 問いかけるアリーに対して、優斗は自分が考えた可能性の一つを告げる。
 
「向こうでも僕と修の力は酷い。けれど『世界をどうこうできるほどの力』じゃなかった。むしろ頑張ったところで数十人、数百人程度。けれど、この世界では国を――世界を破壊できると確信してる」
 
 それほどの魔法を使えると自分自身で分かっている。
 
「一番威力の高い神話魔法を地面に向けたら世界が終わるんだよ」
 
 何度も言ってきたが、今一度伝えよう。
 
「こう、パカっと星を割れるんだよな、俺の場合」
 
「僕の場合は消滅系だから、星ごと消え去るね」
 
 そしてあらためて口にしたことで、明らかに二人のおかしさが目立つ。
 
「アリー。俺と優斗が言いたいこと、分かるか?」
 
 修が言葉を続ける。
 彼ら二人が言いたいこと。
 それは、
 
「ただ、何となくで異常過ぎるんじゃねぇ。明らかに異常過ぎんだよ、俺らは」
 
 この1年で理解した。
 あまりにもかけ離れすぎた力を持っているということ。
 
「最初はな、俺と優斗は互いのストッパーだと思ってた」
 
 修がおかしくなったら。
 優斗がおかしくなったら。
 互いが互いを止める。
 そういうことかもしれないと思っていた。
 
「けど俺らのストッパー1番手はお前らであって、俺ら同士じゃない」
 
 修も優斗も狂ったり壊れたりしたところで仲間には手を出せない。
 だからこそ止めるのは彼ら。
 もちろん、修と優斗も互いに手は出せないと思いたいが、いかんせん信頼が高すぎるだけに、攻撃したところで大丈夫だと思ってしまうかもしれない。
 だからこそストッパーの1番手は他の仲間。
 けれど、
 
「だったら――どうして俺らは異常過ぎる力を持ちながら、同じ時代で生きている?」
 
 歴史上の中では散見して存在していたとしても、一緒に存在していた事実は今のところ残っていない。
 と、するならば、
 
「思い浮かぶ可能性の中で、一番高い可能性を考えるとしたら――」
 
 修と優斗が同等な存在だとするならば、
 
「――俺らと“対等な存在”がいる」
 
 対になるモノがいる。
 
「それで、だ。もしそいつらがいるなら」
 
 修と優斗は示し合わせたように言った。
 
「俺はきっと、そいつと潰し合う」
「僕はきっと、そいつと殺し合う」
 
 もし修の言った存在がいるとするならば。
 それこそが内田修と宮川優斗がセリアールに存在する理由。
 
「まあ、あくまで可能性の話。俺らはこういう考えを持ってるってことだけをお前らには知って貰いたかったってだけだ。いるかどうかもわからねぇ奴に怯えたって仕方ないしな」
 
 もちろん、ない可能性のほうが多分にある。
 むしろ今まで言ったことは妄想の類と言っていい。
 
「だからこれからも楽しんでいこうぜ」
 
 修は笑う。
 “もしも”を考えて、今を楽しめないのは損だ。
 けれど、その“もしも”の結果、死ぬかもしれないからこそ。
 今、この瞬間を大切に生きていきたい……というのも確かなことだった。
 
 
       ◇      ◇
 
 
「つーか、さっきアリーは謁見の間に来てたけど、用事が王様にあったんじゃねーか?」
 
「ええ、まあ」
 
 アリーが頷く。
 
「大丈夫なのか?」
 
「問題ありませんわ。シュウ様とユウトさんの服が完成した、ということを父様にお伝えしようとしていただけですわ」
 
 ……さらっとアリーが爆弾発言をした。
 嫌な予感しかしない言葉に、修と優斗から血の気が引いた。
 
「……ど、どういうこった?」
 
 訊く。
 というか、訊かざるを得ない。
 
「ちょっと待っていてください」
 
 するとアリーは軽やかに王城へと向かい、数分後に帰ってくる。
 
「これですわ」
 
 そして紙袋から二つの服を取り出した。
 
「お二人とも、ちょっと着てみてください」
 
 
 
 
 
 
 
 
「……超絶に恥ずかしいんだけど」
 
「アリーにはわりーけど、それは俺も同意だわ」
 
 とりあえず優斗も修も言われた通りに服を着てみた。
 着てみた……のだが、
 
「……ぷっ! ペ、ペアルックみたいだな」
 
「……くくっ、に、似合っているぞ、修も優斗も」
 
 卓也も和泉も軽く吹き出していた。
 
「笑いながら言われたって嬉しくねーよ!」
 
 修と優斗が着ているのは少々差異があるものの、基本的にはお揃いと言って違わない服。
 白を基調とし、ところどころに美麗な刺繍があしらわれている。
 特に背にはリライトの紋章が修は金、優斗は銀で刺繍されており、それが殊更に恥ずかしさを増していた。
 
「魔法耐性があり、汚れにも強く、何よりも格好良いですわ」
 
 アリーが満足げに頷く。
 美的感覚が違うのか何なのか分からないが、アリーには納得の出来らしい。
 
「つーかさ、いきなり何で作ったんだ?」
 
 袖を引っ張ったりしながら修がアリーに訊く。
 
「ユウトさんが制服でミラージュ聖国に行ったのが少々問題になりまして」
 
「……えっ?」
 
 思わぬ話の流れに優斗が驚く。
 
「シュウ様もユウトさんも正式発表は一年後になる予定ではいますが、やはり勇者や大魔法士たるもの正装を用意しなければという話になったのですわ」
 
 使う機会はほとんどないだろうが、二人の正装があったとしても問題ではない。
 
「おい、優斗。テメーのせいか」
 
「知らないよ。僕はちゃんと制服も正装だって知った上でやったことだし」
 
 若干思惑があって着ていったことは確かだが、こんなことになるとは優斗も考えていなかった。
 
「……まあ、あって悪い気はしねぇけどよ」
 
「ペアルックだがな」
 
 修がしょうがない、といった感じで言うと和泉が煽った。
 未だに卓也と和泉は笑いを微かに漏らしている。
 
「だー、もう! せっかくこんなん着たんだから、ちょっと格好良いことしようぜ!」
 
 無理矢理切り替えるかのように修が大声を出した。
 真面目な時に使う服装なのだろうから、ちょっと真面目にやってみよう。
 
「格好良いことって何をするの?」
 
 優斗が首を捻る。
 
「そりゃもちろん、作ってきたアリーにやってもらうに決まってんじゃん」
 
 にやりと修が笑った。
 
「えっ? わ、わたくしですか?」
 
「当然。お前にも恥ずかしい思いをしてもらう」
 
 修が問答無用でアリーを巻き込んだ。
 
「ちょうど召喚されて1年、厳かな雰囲気で俺らに言葉を贈ってくれよ」
 
「……えっ!? ちょ、ちょっと待ってほしいです! シュウ様達に真面目な言葉を贈るって中々に難しいことですわ!」
 
 案外、無茶ぶりだった。
 結局のところ厳かな雰囲気なんて一年前ぐらいしかない。
 あとは基本的に緩い調子で会話をし続けていたのだから、今となってはどうやっていいのやら。
 
「す、少し、お待ちのほどを」
 
 けれども言われたからには頑張ってみようと思い、アリーは大きく深呼吸をする。
 そして何度か深呼吸を繰り返し、王女としての風格へと己を変える。
 いつもやっていることだ。
 今回はそれを、修達に見せるだけ。
 
「…………」
 
 十秒、心の中で数えてアリーは真っ直ぐに修達を見詰める。
 何を話すのかは決まった。
 あとはそれを、口にするだけ。
 
「リライトの勇者、そして大魔法士よ」
 
 普段とは違う張りのある声が4人の耳に届く。
 
「……おっ」
 
「……あら」
 
「……へぇ」
 
「……ほぅ」
 
 修が、優斗が、卓也が、和泉が感嘆の声を漏らす。
 これこそ大国リライトの王女、アリシア=フォン=リライトなのだと初めて実感した。
 けれどアリーは彼らの反応など気にせず、頑張って言葉を届ける。
 
「リライトの勇者であれど、リライトにいる大魔法士であれど、お二人に国を護るために『力』を振るえとは言いません」
 
 リライトに何があっても、その時はお願いするだけだ。
 命令なんてことは絶対にしない。
 少なくとも自分は。
 
「ただ、お二人が使うべきだと思った時に『力』を振るってください」
 
 圧倒的な力を。
 
「故に二人が足を並ばせ動く時。他国であろうとどこであろうと『力』を振るう時。仲間と共に動く時。その際に必要とする名を与えましょう」
 
 アリーは右手を差し出し、紡ぐ。
 
 
「“リライトの双頭”」
 
 
 国を冠した『名』を送る。
 
「その名において、お二人のことを護りましょう」
 
 理不尽にされされることなく、悪意に押しつぶさせることもさせない。
 
「されど忘れないでください。力の使い方を違えた時、護ることはありません」
 
 けれど言ったことはあくまで、違えなかった場合。
 誰もが見て悪だと思われたことに対して、護ることはしない。
 
「どうか、正しくなくとも――違えることのないように」
 
 とはいえ、彼らは大丈夫だと自分は信じている。
 なぜなら誰もが彼らを踏み外させないから。
 そんなことをする前に止めるから。
 だから伝えられる。
 
「そして一限の護り手、異なる英知よ。リライトの双頭を支える覚悟はありますか?」
 
 アリーは卓也と和泉に問いかける。
 二人は顔を見合わせると、少し笑みを浮かべて、
 
「「 当然のこと 」」
 
 膝を着いた。
 次いでアリーは修と優斗に顔を向け、
 
「そしてリライトの双頭。友人達を支える自信はありますか?」
 
 告げたことに対して、修と優斗も顔を見合わせると笑い、
 
「「 無論のこと 」」
 
 卓也達と同じように膝を着いた。
 
「なれば貴方達はセリアールにおいて唯一無二の存在となるでしょう」
 
 最強無敵の『チーム』。
 最高だと思える仲間達。
 
 ――けれど。
 
 アリーは今一度、考えさせられる。
 どれほど彼らがこの世界のことを大好きになってくれたとしても。
 この世界を居場所にしてくれたとしても。
 1年経ったからこそ、あらためて言わなければいけないことがある。
 アリーは修へと顔を向けた。
 
「異世界の客人が召喚されて1年。貴方は友人も巻き込み、4人で召喚されてくださいました。ただでさえ負い目がある貴方には無理に役目を押しつけ、さぞ我々は理不尽な存在であることでしょう」
 
 思わず4人が顔を上げる。
 
「……おい、アリー。なに言って――」
 
 卓也が反論しようとしたところで、アリーが手で制した。
 “そういう意味”じゃないと。
 暗に言っている。
 
「…………じゃあ、いいけどな」
 
 不承不承、卓也が引き下がった。
 アリーは続いて優斗達に視線を向け、
 
「他の御三方には、偶然とはいえ酷いことに異世界へと巻き込んでしまいました」
 
 今言ったことは絶対に忘れてはならない事実。
 こちらが召喚した意図は絶対に変わらないからこそ、忘れることは許されない。
 
「けれど……何一つ恨むことなく、感謝してくれる貴方達に感謝を」
 
 誰も彼もが召喚された良かったと言ってくれる。
 リライトが大好きだと言ってくれる。
 それがたまらなくアリーには嬉しい。
 
「召喚された貴方達はわたくし達のことを巻き込み、時には巻き込まれ、たくさんの日々を過ごしてきました」
 
 もう1年。
 ふざけて、怒って、泣いて、笑って過ごしてきた。
 誰もが言える。
 この1年が人生の中で最も濃密な1年だった。
 
「故に伝えるべき言葉は一つです」
 
 どれほど言えばいいのだろうか。
 どれほど伝えればいいのだろうか。
 どれほど感情を込めればいいのだろうか。
 分からない。
 計りきれない。
 けれど、どうしても紡ぎたいんだ。
 
 
「わたくしと友達になってくれて、ありがとう」
 
 
 感謝の言葉を。
 その想いを込めて。
 
「本当にありがとう」
 
 アリーは修を見る。
 
「これからもずっと、貴方に――貴方達に幸いがありますように」
 
 そして全員を見て伝えた。
 
「わたくしの最も大切な人達よ」
 
 
 
 
 
 
 
 
「こ、こんな感じでどうでしょうか?」
 
 大きく息を吐きながら、アリーが緊張を解いた。
 けれど違う意味で優斗達も息を吐く。
 
「ビックリさせないでよ。召喚したこと、まだ気にしてるかと勘違いするから」
 
 優斗もさすがに一瞬、血の気が引いた。
 
「本当だよな」
 
 卓也も思わず反論しようとしてしまったし、
 
「少々、焦った」
 
 和泉ですら困惑を隠せなかった。
 
「ごめんなさい」
 
 可愛らしくアリーが謝った。
 気にするな、と3人が手を横に振る。
 
「でも久々に王女のアリーを見たって感じだね」
 
 優斗としては偽大魔法士騒動以来だ。
 
「格好良かったぞ、アリー」
 
「中々に威厳があった」
 
 卓也と和泉はほとんど1年ぶりなだけに、感慨深かった。
 
「ていうか前半部分は公式の場じゃないから言える言葉だとしても“リライトの双頭”ってなに?」
 
 優斗がアリーに訊く。
 
「あ、あれは、その……あれですわ。わたくしも二つ名みたいなのを名付けてみたかったというか……」
 
「まあ、気持ちは分かる」
 
 アリーが顔を赤くしながらの言い訳に、和泉が大きく頷いた。
 
「…………」
 
 けれど1人。
 先ほどから喋らないのがいる。
 
「修?」
 
 優斗が修の肩を叩くとビクリと彼が身体を震わせた。
 
「……えっ、あっ、な、なんだ?」
 
「いや、こっちの台詞なんだけど」
 
 何を呆けているのだろうか。
 
「いや、なんつーか……」
 
 修は頭を掻きながら言葉を考える。
 ん~、とか、あ~、とか色々と言った挙げ句、
 
「どう言っていいかわかんねーな」
 
 先ほどのアリーのことを何と言っていいか分からない。
 
「とにかく良かった」
 
 普段と違う佇まいも。
 凛とした雰囲気も。
 言葉遣いも何もかも。
 新鮮で、修の心に残る。
 彼の反応に優斗達は3人で集まり、
 
「今の修、どう見る?」
 
「ギャップ萌えだったのか?」
 
「可能性はある」
 
 優斗が問いかけ、卓也が疑問を呈し、和泉が頷く。
 
「ということはやっと一歩目が動いたみたいだね」
 
 ほっとした調子で優斗が安堵し、
 
「まる1年、長かった」
 
 和泉があきれ顔で安堵し、
 
「よかったな、アリー」
 
 安心した面持ちで卓也は安堵した。
 けれど当の本人、アリーは修の様子にも何ら気にすることなく、
 
「どうかしましたか?」
 
 ひそひそと会話している優斗達に話しかけてきた。
 あまりにも平然としすぎていて、思わず3人は混乱する。
 
「……ちょっと待て。どういうことだ?」
 
 和泉が首を傾げる。
 明らかに今の修の反応はアリーが喜ぶべきもののはずだ。
 あの修がアリーの姿を見て呆けていたのだから。
 優斗達が登場する前の流れから鑑みても、これは間違いないはずなのだが。
 ……嫌な予感がした。
 
「おい、もしかしてアリーの奴も?」
 
 卓也が唸った。
 修限定で、自分に向けられる感情に鈍感だとでもいうのか。
 優斗も苦笑いしながら肩をすくめる。
 
「前途多難な人達だね、まったく」
 
 
 



[41560] 仮定の恐怖
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:ff611578
Date: 2015/11/19 17:39
 
 
 
 
 もうすぐ、彼女が卒業する。
 そして卒業してしまえば、自分はまた一つ上の学年へと上がって最高学年になる。
 だからふと、和泉は考えてしまう。
 
『…………行かないでくれ』
 
 彼女のことが本当に大事だと思った。
 
『これからもずっと一緒にいてくれ』
 
 だから約束した。
 一緒にいると。
 けれど自分の存在を奥底まで考えていくと……気付いた。
 大事だからこそ、初めて恐怖した。
 己が継いでいるかもしれない本質に。
 
 “欲望”と“猛進”
 
 抗えぬかもしれない、と思うことがある。
 猛進してしまうかもしれない、と恐怖することがある。
 この顔を、この身体を、この心を、この遺伝子を、この魂を構成している要素は間違いなく“  ”から継いだものがある。
 
 欲求は殺したのに。
 悲しい顔は見たくないと思ったのに。
 ずっと一緒にいると約束したのに。
 今更ながらに不安が生まれた。
 本当に大丈夫なのだろうか。
 いつの日か約束よりも欲望を取ってしまうのではないだろうか。
 大事な彼女を放り出してしまわないか。
 考えれば考えるほど、怖くなる。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 卒業式のリハーサルが終わり、残すは2日後に迫る卒業式。
 春休みの途中に何度かある登校日の放課後、修は何人かを集めて訊いた。
 
「気付いてるよな、お前ら」
 
「まあね」
 
「さすがに気付きます」
 
「違和感しかないわね」
 
 優斗が頷き、ココが肯定し、リルも首肯した。
 
「馬鹿が馬鹿をしないって相当だぞ」
 
 修が嘆息する。
 彼らの脳裏に浮かぶのは和泉。
 あの和泉が幾日かある登校日で、何一つ問題を起こさなかった。
 ある意味で大問題だ。
 
「まだ俺らといる時は馬鹿やってんけどよ、なんか考え事してるみてーだしな」
 
「切っ掛けがあったからね」
 
 優斗が言うと全員で頷く。
 思い浮かぶは一人の女性。
 
「レナさん、ですね」
 
「レイナよね」
 
「だろーな」
 
 4人で呆れる。
 その考え事の内容も何となく分かっている。
 だからこそ呆れてしまうというものだ。
 
「あいつが怖がってることに、あいつが負けると思うか?」
 
「まさか。男性陣の中である意味、一番精神が柔いユウトだって勝ってるのよ。イズミが負けるはずないじゃない」
 
「そうです」
 
「僕としては気持ちが分からなくもないんだけどね」
 
 皆が口を揃える。
 とはいえ自分達が何を言ったところで届かない。
 
「とりあえず俺らは口出しするぐらいしか出来ねーんだよな」
 
「答えを与えられるのは彼女だけだからね」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「今日は平和に終わったな」
 
「いつもいつもトラブルがあるわけじゃないだろう?」
 
「そうですね。いつもこうだと助かるといえば助かるのですが」
 
 和泉と卓也、クリスは三人で下校する。
 普段通りの風景ではあったが、違和感はあった。
 
「和泉」
 
「なんだ?」
 
「あまり怖がるなよ」
 
 さらっと卓也が告げた。
 
「たまには自分の家で研究に没頭して忘れるのも良いと思いますよ」
 
 隣ではクリスも頷きながら、胸中で和泉のことを心配していた。
 
「……分かっているか、さすがに」
 
 和泉が頭を掻いた。
 あくまで皆の前では普通でいたつもりだったのだが。
 簡単にバレていた。
 
「オレを誰だと思ってるんだよ」
 
 卓也が苦笑する。
 一歩間違えれば母親と勘違いされる男だ。
 
「この1年、自分は一番イズミと一緒にいたのですから分かります」
 
 クリスも苦笑。
 そして二人同時に、
 
「「 馬鹿にキレがない 」」
 
 普段の和泉と違うと断言した。
 
「とはいっても、オレらが出来るのは声を掛けるぐらいだ。オレが解決できるなら動くけど違うだろ?」
 
 問いかけに和泉は首肯する。
 やっぱりな、と卓也は口にして、
 
「解決できたら、いつもの馬鹿に戻れよ。でないとこっちも調子出ないからさ」
 
「最近、我が家では爆発音が聞こえなくなって久しいです。自分の家族も違和感を覚えてきてますよ」
 
 二人で和泉の肩を叩く。
 それと同時、
 
「和泉っ!」
 
 遠くから声を掛ける女性がいた。
 彼女の姿を三人が認めると、
 
「オレらはちょっと寄るところがあるから」
 
「解決できることを祈りますよ」
 
 卓也とクリスはすっと下がり、和泉から離れていった。
 彼女が近付いた頃には完全に姿も消えてなくなり、レイナは首を捻る。
 
「あの二人はどうして急に離れていった?」
 
「ちょっとしたお節介だ」
 
 訊くと和泉が苦笑いして答えた。
 そして二人で歩く。
 普段ならば剣のことや様々なことで会話が進むのだが、
 
「…………」
 
「…………」
 
 今日は会話がどうしてか生まれなかった。
 
「…………」
 
 レイナもなぜか言葉が出ない。
 と、同時に違和感も生まれた。
 
 ――何か変だな。
 
 口に出せるようなものじゃない。
 様子は別段、変わりなく見える。
 
 ――しかし、何と言うか……。
 
 据わりが悪い。
 なんとなく普段の和泉じゃない、と。
 そう思った。
 
「……和泉、どうした?」
 
 尋ねる。
 他人の感情に鈍い自分ではあるが、彼のことなら多少なりとも分かる。
 分かるぐらい濃密に過ごしてきた。
 和泉はちらりとレイナを見ると、
 
「この間の出来事を覚えてるか?」
 
 どこか遠いところを見ながら喋る。
 
「……この間?」
 
 問われたこと。
 レイナは何のことだか、と一瞬思う。
 けれどすぐに気付いた。
 
「ミエスタでの一件か」
 
 和泉が言っていることはミエスタでの出来事。
 彼が留学を考えた時の事だ。
 レイナが頷く。
 
「最近な、少し考えた。自分はどういう男なのかと」
 
 和泉はぽつりと呟く。
 再確認のように、自嘲するような声音で。
 
「俺は興味に惹かれれば子供でさえも置き去りにする血が流れている」
 
 冒険と称して。
 自分が欲するがままに。
 自分が望むがままに。
 他の何かを置いてでも欲望に忠実に動く。
 
「俺は自分を構成する血が、遺伝子が……怖い。縛られているのではないかと考えてしまう」
 
 欲望のままに突き進む自分がいるのではないか、と。
 
「今はまだ、お前らのことを想って止まれる。止まる自分に喜べた」
 
 和泉は自嘲するような笑みを浮かべる。
 
「……何がいいたい、和泉」
 
 レイナは思わず睨み付けた。
 和泉は碌でもないことを言おうとしている。
 そんなはずあるわけがない。
 そんなわけあることもない。
 誰よりもレイナが否定してみせる。
 
「……俺はな」
 
 しかし和泉だって理解していた。
 理解していて尚、可能性があるからこそ彼は言葉にする。
 
「俺はお前らが――レイナが大事だ。だからこそ、いずれ興味の惹かれるままにお前を捨て去ってしまった時。そして、そのことに気付かない自分が……怖い」
 
 自分が嫌っていることを。
 いずれやってしまうのではないか、ということに。
 
「大事なお前らを天秤にすらかけなくなってしまう俺がいるかもしれないということが、死ぬほど怖い」
 
 そして何よりも、
 
「約束を放ってしまうことが本当に怖い」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 和泉が今、考えてしまっていることを聞いたレイナは翌日、トラスティ家にお邪魔した。
 彼の想いを自分で考えたけれども、どう解決していいか分からなかった。
 だから知恵を貸して欲しかった。
 皆、和泉が少しおかしいのは気付いているだろうから。

「……ユウト。お前はどう思う?」
 
「別に和泉があの時に留学したって、あいつの両親と同じようになるわけがないのに」
 
 レイナから事の次第を聞くと、優斗は「やっぱりね」と言って呆れたように笑った。
 
「あいつが血に縛られるわけがない」
 
 彼はそういう男じゃない。
 
「でも、まあ……」
 
 と、優斗は続ける。
 
「気持ちは分かるかな。一般的に血の繋がりっていうのは、決して無碍に考えていいものじゃないからね」
 
「……そういうものか?」
 
「子が親に似るっていうのは、やっぱりあるから」
 
 完全に否定しきれるものではないからこそ、レイナの問いに優斗は頷く。
 
「だから和泉の気持ちが分かるんだよ」
 
 ソファーに深く座り直し、優斗は和泉が怖がっている根幹を話す。
 
「僕を産んだ親は子供を道具……いや、ただの物として扱う奴らだったからこそ、僕はあいつらを反面教師にした」
 
 ことマリカを育てるにあたっては真逆を目指している。
 
「脳裏に両親の姿が浮かんでも『あんな奴らとは違う』ってね」
 
 優斗が本当に優しい表情でマリカを目で追いかける。
 今はココと追いかけっこをして遊んでいた。
 
「和泉はあの親がいるからこそ、同じようになるんじゃないかと怖がってる」
 
 彼も同じように脳裏に親の姿が思い浮かんでいるのだろう。
 そして優斗はちらつく影に何がなんでも抵抗し、和泉は否定しきれない。
 どちらにしても『脳裏に浮かんでしまう』という点では同じだ。
 
「血が繋がっているから、遺伝子を受け継いでいるからこそ怖いんだよ。和泉自身も惹かれるままに欲望を追いかけて、和泉を省みなかった両親と同じようになるんじゃないかってね」
 
 抗えない要素がある。
 
「これが“血に縛られる”ってこと」
 
 間違いなく親から生まれてきたからこそ存在する可能性。
 
「脳裏に浮かぶのは逃れられない宿命みたいものだよ」
 
 自分達のような人間は決して目を背けることができない。
 
「ただ……」
 
 もう一度、優斗はマリカを見る。
 すると、
 
「ぱぱ~っ!」
 
 追いかけっこをしているマリカが勢いよく飛び込んできた。
 優斗がマリカの勢いを殺しながら抱き上げて膝の上に乗っけると、すぐ後ろで追いかけていたココの足が思わず止まってしまう。
 
「あ~、マリちゃんずるいです! パパを安全地帯にしました!」
 
「あうっ!」
 
 父親の膝の上で嬉しそうに笑うマリカ。
 優斗は軽く娘の頭を撫で、
 
「ただね、だからこそ言えることもある」
 
 優しい表情を浮かべたままレイナに告げる。
 
「和泉はレイナさんが本当に大事なんだ」
 
 自分の駄目な部分を見据え、怖がってしまうほどに。
 心から彼女を大事にしている。
 
「僕から言えるのは一つだよ」
 
 和泉が自分の血に怖がっているというのなら、やるべきことは一つ。
 
「乗り越えさせてあげて」
 
 可能性という恐怖に打ち負けないように、支えてあげてほしい。
 
「……どうやって、だ?」
 
「解決方法は僕が示せるものじゃないよ」
 
 答えなんて優斗には導きだせない。
 
「それはレイナさんにしか示せないものだから」
 
 
 
 
 
 
 
 
 ココと共にトラスティ家を後にする。
 しかし一緒に帰っているというのに上の空だった。
 考えているのは……彼のことばかり。
 
「レナさん、ちょっと深刻そうです」
 
「……そういうわけでは……いや、あるか」
 
 話しかけて、レイナは息を吐く。
 どうやら思いの外、思い詰めていたらしい。
 
「ズミさんのことですよね」
 
「ああ」
 
 頷き、レイナは彼のことを想う。
 
「あいつは私の相棒だ。そして私は豊田和泉という人間が、どのような人間か知っている」
 
 馬鹿なところも。
 知識の習得に貪欲なところも。
 妹には良い顔をしようとするところも。
 たくさんのことを知っている。
 
「私の相棒は血に縛られるほど弱い人間ではない」
 
 だから思うんだ。
 
「恐れないでほしい。和泉は私より強いのだから」
 
 力ではなく心が。
 
「知ってほしい。あいつはあいつが思っている以上に強い人間だということを」
 
 彼が不安に思っていても、周りが否定する。
 いや、否定できてしまう。
 その姿を和泉はずっと自分達に見せてきた。
 
「……約束したんだ。ずっと一緒にいると」
 
 離れることなく、ずっと側にいる。
 自分と彼の大事な約束。
 和泉が破るわけもない。
 
「それをレナさんはどうして言ってあげないんです?」
 
 ならば、とココは思う。
 卓也が言わず、クリスが言わず、優斗が言わなかった。
 ということは適任がいるということ。
 彼女でなければならない、と。
 レイナでなければ伝わらない、と。
 皆が思っている。
 しかし当の本人は、
 
「私はこの通り無骨な女だ。アリーやフィオナのような可愛い女性に言われれば心に響くだろうが、私に言われてもな」
 
「みんなから尊敬されているのに?」
 
「私は尊敬されるような人間だとは思っていないのだがな」
 
 戦うのが大好きな一人の騎士習い。
 それでいい。
 そして彼女の発言にココが頷いた。
 
「安心してください。わたしは思ってないです」
 
 周りの生徒から尊敬されていたとしても、ここにはレイナを無闇に持ち上げる人物など存在しない。
 
「だから言ってあげます」
 
 一息。
 告げる。
 
「レナさんのヘタレ」
 
 ココがばっさりと言い放つ。
 
「ほんと、ユウぐらいにヘタレです」
 
 つまりはヘタレの極み。
 レイナが少し、驚きの表情を浮かべた。
 
「昔、お前からは憧れだったと聞いたような気がするのだが」
 
「はい、それがわたしの勘違いです」
 
 ココはにっこり笑って肯定する。
 
「レナさんが仲間になるまで、レナさんはわたしの憧れでした。スラっとしてますし、格好良いですし、綺麗ですし、強いです。いつも堂々としてて、何かに恐れることもなく正義感に溢れる生徒会長。それがわたしの憧れたレナさんでした」
 
 いつかはこうなりたい、と。
 思っていた。
 
「でも今は違います。馬鹿二人を相手に怒鳴りながら呆れる姿も、戦うことが大好きで目を輝かせている時も、何だかんだでノリがいいところも。何よりシュウとユウに平然と負けるなんて、わたしの憧れたレナさんじゃないです」
 
 理想としていた像が砕けた。
 
「滅多打ちだな」
 
「かもしれません」
 
 何のフィルターもなく、真っ直ぐにレイナを見始めたから。
 理想じゃなくて実像を捉えたから。
 憧れなくなった。
 
「でも、そんなレナさんがわたしは大好きです」
 
 憧れなくなった代わりに、大好きになった。
 だから言える。
 
「アリーやフィオのように可愛い女じゃない? 十分、レナさんは可愛いです」
 
 どう間違っても可愛くない、なんて思えない。
 
「男は度胸、女は愛嬌……じゃないです」
 
 ココはポン、とレイナの胸を拳で叩く。
 
「女も度胸です」
 
「……そうなのか?」
 
「そうですよ。それにレナさん、わたし達の中で一番男前なんですから度胸が似合ってます」
 
 と言うと、ココが首を捻る。
 
「あれ? そうなるとカッコ可愛いです?」
 
 自分で言っていて訳が分からなくなったのか、ハテナマークを頭に浮かべる。
 
「何だそれは」
 
 思わずレイナが吹き出した。
 支離滅裂になったけれど、伝わってくる。
 ココが応援してくれているのがレイナに届く。
 
「レナさん」
 
「ん?」
 
 聞き返すと、ココが頭を下げる。
 
「ズミさんをお願いします」
 
 そして大切な友達のことを彼女に頼んだ。
 
「ズミさんが輝いてる時は、いつもレナさんといる時ですよ」
 
 
 
 
 
 
 
 
 ココと別れ、自宅へと向かっている途中、
 
 ――どうするべきか。
 
 レイナは考えていた。
 優斗と話して、ココと話した。
 答えの欠片は胸の内に存在する。
 しなければならないことも、イメージは浮かんできている。
 それをどう形にするかを悩んでいる時だった。
 
「……ん?」
 
 前方に見慣れた姿がある。
 
「よう、レイナ」
 
「シュウか」
 
 我らがリーダーがそこにいた。
 
「どうした?」
 
「一言、お前に伝えておこうと思ってな」
 
 修は言うと、パンと手を合わせ、
 
「和泉のこと頼むわ」
 
 まるで簡単な頼み事でもするかのように、レイナに親友のことをお願いした。
 
「……それだけの為に待っていたのか?」
 
「まあ、そんな感じだ」
 
 そのこと以外に伝えることはない。
 
「他の奴らがお前に色々と言ったろ?」
 
「ああ、聞いた」
 
「だったら俺が言う必要はねえ。お前には俺の言いたいことが全部伝わってる」
 
 皆が言ってくれたのだから。
 過多で伝えたとしても不足は絶対に無い。
 
「だから俺は簡単にお願いするだけだ。『頼む』ってな」
 
 清かに笑い、修は空を見上げる。
 レイナも同じように空を見た。
 
「……お前がいてくれたから和泉に会えた。そうなると、本当に感謝してもしきれないな」
 
 そう彼女が呟くと、修は苦笑する。
 
「確かに俺はリーダーで、俺がいたからセリアールに召喚されて、あいつらも大好きなリライトに来ることができた。これは間違いねーよ」
 
 全ては修を中心に物事が進んでいるように思える。
 
「でもな。全部が全部、俺のおかげってわけじゃない」
 
 違うんだ。
 一番大切なこと――始まりをくれたのは修じゃない。
 
「俺らに“仲間”をくれたのは和泉なんだよ」
 
 今ここに一緒にいることが出来るのは、彼が切っ掛けをくれたから。
 馬鹿なことをして、自分達を笑わせた。
 あんな出会いは彼じゃないと出来ない。
 
「俺ら『チーム』を作ってくれたあいつを頼むぜ、レイナ」
 
「……私でいいのか?」
 
「選んだのは俺じゃねぇ。お前と和泉だろ?」
 
 修は何も関与していない。
 彼自身が選んで、彼女自身が選んだ。
 
「……そうだな」
 
 レイナは噛み締めるように頷く。
 誰に言われるまでもなく自分が選んだ。
 和泉に一緒にいてほしい、と。
 側にいてくれないと嫌だ、と。
 そう願った。
 修がレイナの肩を叩く。
 
「お前が和泉を幸せにしてくれ」
 
 にっと笑いながら伝えた。
 
「そんでお前は和泉に幸せにしてもらえ」
 
 出来ると知っている。
 出来ると信じている。
 だからこそ思うんだ。
 
「俺らの度肝を抜くハッピーエンド、見せてくれよな」
 
 




[41560] 卒業式の約束
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:ff611578
Date: 2015/11/19 17:39
 
 
 
 
 卒業式前日。
 商店街のカフェにてレイナ、アリー、フィオナ、リルが話していた。
 なにやら重要な話があるとレイナに言われて話を聞いたのだが、
 
「よろしいと思いますわよ」
 
「……い、いや、自分で言ってなんだが、かなり大それたことをやろうとしているのだが」
 
 さらっと了承するアリーと、言ったはいいが不安になってきたレイナ。
 
「今までも散々やってきたので今更ですわ」
 
 たくさん馬鹿なことをやってきた。
 一個ぐらい増えたところで変わらない。
 フィオナはにこやかに笑い、
 
「レイナさんはずっと真面目にやって来たんですから、最後くらいはいいのではないでしょうか?」
 
 リルもしょうがなさそうに、
 
「駄目だったとしても、あたし達がけしかけたってことで先生達には怒られてあげるわよ」
 
「……フィオナ、リル」
 
 まさか自分のやろうとしていることに対して、ここまで簡単に背中を押されるとは思っていなくて。
 少しビックリした。
 
「貴女は生徒会長として頑張ってくださいました。ですから最後に一つ我が侭をやってもいいと思いますわ」
 
 アリーが彼女の肩に優しく触れる。
 
「今日はゆっくりと休んでください。明日の晴れ舞台で頑張るのでしょう?」
 
 問いかければ力強い頷きが返ってきた。
 
「皆、ありがとう」
 
 レイナは颯爽と立ち、カフェを後にする。
 何か吹っ切れたような雰囲気だった。
 
「さて」
 
 レイナの姿が見えなくなると、アリーも立ち上がった。
 
「フィオナさんはこれからパーティーの準備ですわよね?」
 
「ええ。これからやろうと思っています」
 
 いつものようにトラスティ家でパーティーをすることは決定済みだ。
 
「手伝いたいところですが、わたくしは根回しをしておきますわ」
 
 レイナの話を聞いて今日の予定を変える。
 
「これから学院に向かいます」
 
 アリーが根回しを行うべき場所は学院。
 目当ての人物達は今も明日の卒業式の最終確認をしているだろう。
 
「ぶっつけ本番にしないの?」
 
 むしろ何も告げずにやったほうがいいのではないだろうか。
 
「さすがに卒業式ですから生徒会と先生方には伝えておかないといけませんわ」
 
「駄目って言われたらどうするのよ?」
 
 予想としては、その可能性が大だ。
 せっかくの卒業式なのだから余計な面倒は増やしたくないと思うのが当然。
 しかし、
 
「わたくしが言わせると思いますか?」
 
 アリーは笑みを浮かべ、こちらの背筋が冷えるような雰囲気になる。
 どこぞの誰かによく似ていた。
 リルが思わず額に手を当てる。
 
「……あんたとユウト、やっぱり従兄妹よね。今の表情とかそっくりだわ」
 
 やると決めたことに対して一つも譲らない。
 何があろうと問答無用、完全無欠にやってのけてみせる。
 そういう表情だ。
 
「別に脅すわけではないですよ。あくまで学生の範疇での頼み事です。それに“あのレイナ=ヴァイ=アクライト”の一世一代の出来事に対して先生方も生徒会も否定するとは考えにくいですわ。シュウ様とかイズミさんでしたら手間取るでしょうが」
 
 学院で最大級の評価を得ているレイナの頼み事。
 他のどんな学生よりもすんなりと要望が通るはず。
 とはいえ何か理由があって駄目だったとしても、絶対に通してみせる。
 さらにリルが呆れた。
 
「……ほんと、アリーとユウトだけは敵に回しちゃ駄目ね」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 夜も8時を過ぎた頃。
 
「うん、大体こんなものかな」
 
 優斗が満足げに頷く。
 広間の飾り付けがようやく終わった。
 
「愛奈、手伝ってくれてありがとう」
 
 優斗が妹の頭を撫でる。
 
「あした、レイねぇのこといっぱいお祝いするの」
 
「そうだね。一杯お祝いしようね」
 
 愛奈は大きく頷き頑張ったことをエリスに報告しに行く。
 突撃するような勢いで向かっていたのを見て優斗は苦笑した。
 すると同じように愛奈の姿を見ていたラナが微笑ましそうに言う。
 
「アイナお嬢様もここで1ヶ月以上を過ごして、だいぶ年相応になられましたね」
 
「そうですね」
 
 優斗は頷き、
 
「ラナさんもありがとうございます」
 
 家政婦長にも頭を軽く下げる。
 飾り付けを本当によく手伝ってもらった。
 
「いえいえ。当然のことをしたまでですよ。というよりも、これが私にとっての当たり前であり、するべきことなのですからユウトさんが頭を下げる必要はありませんよ」
 
「いや、まだ慣れてなくて」
 
 ありがたいと思ってしまう。
 それも当然だ。
 手伝ってもらってから飾り付けの速度が目に見えて分かるほどに上がったのだから。
 どういう手順で物事を進めればこうなるのか。
 気になると言えば気になる。
 
「その手腕をそろそろ、手に入れたいと思ってるんですけどね」
 
「ふふっ。どこを目指しているんですか、ユウトさんは」
 
 ラナが苦笑しながら、小さく頭を下げて去って行く。
 その場に残ったのは優斗とフィオナのみ。
 
「お疲れ、フィオナ」
 
「お疲れ様です」
 
 やっと準備が終わったので一息つく。
 
「アリーさんは大丈夫でしょうか」
 
「大丈夫だよ。アリーが根回しするって言ったなら、出来ないなんてことはない。僕の従妹だしね」
 
 冗談を言うかのような口調で笑う。
 その時だ。
 
「優斗、いるか?」
 
 来客がやってくる。
 優斗とフィオナが扉に向けば、そこにいたのは今一番の問題を抱えている少年。
 
「和泉?」
 
 名を呼ぶと彼は真面目な表情で、
 
「頼み事がある」
 
 優斗にお願いを伝えた
 
 
 
 
 
 
 
 
 その後、和泉と入れ替わるようにアリーがトラスティ家にやって来たので、優斗とアリーは明日の打ち合わせをする。
 
「そっちの首尾は?」
 
「生徒会も先生方も問題ありません。あとは皆さんが空気を読んでくれるだけですわ」
 
「了解」
 
「そちらは?」
 
「パーティーの準備は問題なし。あとはさっき和泉に頼まれたことがあるから、それをやるだけだね」
 
 聞けば修にも同じ頼み事をしていた。
 とはいえ、これは式後の事なので今は関係ない。
 
「では問題はなさそうですわね」
 
「うん」
 
 アリーと優斗は頷きあって、ほっと一息。
 あとはあの二人に全てを任せるだけだ。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 卒業式当日。
 
「これで卒業というのも、あまり実感が沸かないな」
 
「そうだね~」
 
 レイナは朝からクラスメートと最後の会話を楽しむ。
 皆、実感はなくとも今日が最後だという事実は理解していた。
 だから少しだけ、早くクラスにいるのだろう。
 担任も時間通りにやって来て、
 
「では皆さん。最後の思い出を胸に刻みましょう」
 
 この一言で卒業式場へと向かう。
 すでに後輩や保護者は座っていて拍手喝采で出迎えられた。
 そして学長の式辞や来賓の祝辞等、滞りなく卒業式は進む。
 
「在校生代表、ククリ・ニース」
 
 生徒会長の送辞までが終わり、続いてはレイナによる答辞。
 
「卒業生代表、レイナ=ヴァイ=アクライト」
 
「はいっ!!」
 
 彼女は大きく返事をすると壇上に上がり、学生達や保護者達を見回す。
 中には小さく手を振る者がいたり、真剣に自分を見詰めている者がいた。
 少しだけ表情を柔らかくする。
 これが自分の成してきたことだ。
 
 ――本当に最後だな。
 
 リライト魔法学院生として。
 自分がやれる、最後の事。
 レイナはこの光景を刻み込む。
 
「答辞」
 
 学生最後の見せ場が、これから始まる。
 
「寒さもようやく緩み、春のおとずれが感じられます今日の佳き日。私達103名の為に多くの皆様のご臨席をいただき、また盛大な卒業式をあげてくださいまして卒業生一同、心からお礼を申し上げます」
 
 少し頭を下げる。
 
「時の流れとは早いもので、期待を胸に入学してから三年の月日が経ちました。今日で私達の学院生活は最後です。……とはいえ不思議なもので、また明日もクラスメートに『おはよう』と。そういう自分が想像できてしまうのも確かです」
 
 いつものような学院生活が簡単に思い描けてしまう。
 
「私達は今日で卒業なのだと、まだ実感出来ていないのでしょう。けれど数日経って、今日が思い出となった時……あらためて実感するのだと思います。私達は卒業したのだと」
 
 思い返して初めて分かる。
 自分は学生じゃなくなったのだと。
 
「だからこの日を思い出とする為に。卒業式という出来事を心に残す為に」
 
 大切な日とする為に。
 
「今までの思い出を振り返ろうと思います」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 レイナは紡いだ。
 入学してから今までの出来事を。
 闘技大会、テスト、国家交流、ギルドでの一日体験。
 様々な出来事を声にして皆に伝えた。
 そして、
 
「私が生徒会長として皆の模範となれたのか、それはわかりません。しかし生徒会長として……そして歴々より受け継いだ『学院最強』として恥じぬように頑張ってきたつもりです」
 
 自分が生徒会長になってからのことを思い返す。
 誇りを胸に学院生活を全うした。
 より良い学院にしていきたいと動いた。
 だから皆にも伝えたい。
 
「次は貴方達の番です。来月には新入生が入り、ここにいる全員が先輩となる。模範になれずとも、後輩に誇れるような先輩になってほしい」
 
 今は無理だと思っていても。
 いずれはそうなってほしい。
 
「学院のこれからを背負うのは貴方達です」
 
 レイナは後輩に向けた視線を中央に戻し、卒業式に参加している全員を見渡せるように胸を張った。
 
「そして私達は、それぞれの行く道を歩んでいきます。兵士になる者、騎士になる者、ギルドで働く者、研究職に就く者。様々な道を歩いて行けるのも一重に先生方のご指導、保護者の方々のご協力のおかげです。最後になりますが3年間、本当にありがとうございました。学長先生、諸先生方、保護者の方々、皆様方のご健康と母校の発展を心からお祈りして答辞と致します。――卒業生代表、レイナ=ヴァイ=アクライト」
 
 丁寧に頭を下げ、上げる。
 拍手が盛大に広がった。
 後は下がり、壇上から降りるだけ。
 レイナは一つ息を吐き、
 
「…………」
 
 動かなかった。
 その場に留まり、微動だにしない。
 皆、彼女が立ち止まっていることに違和感を持ち始めた。
 拍手がまばらになり、周囲が少しだけざわついた瞬間。
 
「最後に一つ、私事を言わせてもらってもいいだろうか」
 
 レイナは言葉を発した。
 騒音がさっと消える。
 全員が自分に注目していることを確認してレイナは告げた。
 
「私には大事な男がいる。その男に向けた言葉を、ここで言わせてもらってもいいだろうか」
 
 真剣な眼差しで。
 どうか伝えさせてほしい、と。
 お願いする。
 
「…………」
 
 思わず生徒達は顔を見合わせ、保護者達は困惑する。
 だが、それも数秒だ。
 
「伝えろよ、レイナっ!!」
 
 囃し立てるような声が響く。
 相も変わらずレイナがよく耳にする声。
 やっぱり、と思ってしまう。
 本当にこいつは、とも思ってしまう。
 けれど心強かった。
 
「アクライト先輩っ!!」
 
 すると彼に続いて声が届く。
 
「先輩、いいですよ!」
 
 同時にパチパチ、と。
 手を鳴らす生徒会長。
 そして声は続く。
 
「レイナ先輩、頑張ってください!」
 
「元生徒会長! 頑張りなさい!」
 
「アクライト!! 言えよ!!」
 
 その音は一つ、二つ、三つと。
 まばらに、けれども数を増やしていく。
 そして最後には全員が拍手で肯定をしていた。
 中には名を叫び、何度も頑張れと告げる生徒もいる。
 
「…………皆、ありがとう」
 
 誰よりも誠実に突き進んできた生徒会長の我が侭を。
 この学院を代表してきた『学院最強』の願いを。
 皆が届けてあげたいと思ったのだから。
 
「本当にありがとう」
 
 感謝して、レイナは大きく息を吸う。
 そして再び静寂が訪れた時、
 
「いいか、和泉っ!!」
 
 張り裂けんばかりの声を上げる。
 たった一人に向けて、たった一人を想った言葉を。
 レイナの視界には和泉が映る。
 
「よく聞け!」
 
 真っ直ぐに見据え、真っ正面から己が感情をぶつける。
 
「怖いだの何だの言うが、私がお前を手放すと思うか!? いいや、私は絶対にお前を手放さない! どこかに行かせることもしない!」
 
 何があっても遠ざけてやらない。
 
「だから知っておけ、和泉!」
 
 この大勢の前で誓ってみせよう。
 教えてみせよう。
 自分がどれほど、和泉を想っているのかを。
 
「お前は私の仲間だ! 相棒だ!」
 
 彼を仲間として過ごした日常があって、彼を相棒として切磋琢磨した日々がある。
 けれど、もう一つ。
 大切な“感情”がある。
 大事な“感情の名前”がある。
 レイナは息をさらに大きく吸って、
 
「そして――っ!」
 
 目一杯に叫ぶ。
 
 
 
 
「――お前は私が一番好きな男だっ!!」
 
 
 
 
 式場が轟くほど盛大に。
 誰にでも分かるほど簡潔に伝える。
 
「今一度、この言葉を示すぞ!」
 
 和泉を指差し、
 
「ずっと私の側にいろ!」
 
 絶対に離さないと約束する。
 
「怖がることもなく、恐れるな! お前はお前らしくいればいい!」
 
 彼らしくいてほしい。
 
「それが私の好きな和泉なのだからな!」
 
 彼の普段の姿こそレイナ=ヴァイ=アクライトが惚れた男というものだ。
 
「だから、どこかに行ってしまうと恐怖するのなら――」
 
 可能性に怯えるというのなら、
 
「――お前を縛り付ける言葉を贈ろう!」
 
 今この瞬間に、未来を定めよう。
 歩んでいく日々を。
 紡いでいく人生を。
 楽しい世界にしていくために。
 だからこそ声にする。
 彼を縛り付ける言葉を。
 
 
 
 
「未来永劫、共にいるぞ!!」
 
 
 
 
 
 
 
 
         ◇        ◇
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「お前も馬鹿であったことを忘れていた」
 
 卒業式からの帰り道。
 卒業生、在学生、先生達に囲まれているレイナを待ってから、和泉は並んで歩く。
 
「あんなことをするとは思っていなかった」
 
 和泉も想定外だった。
 彼女は紛れもない戦闘馬鹿ではあるが、馬鹿には違いないことを失念していた。
 
「どうだ、参ったか」
 
 胸を張って、なぜか誇るようなレイナ。
 ふっと和泉が笑った。
 
「ああ、降参だ」
 
 参ったとばかりに両手を挙げる。
 
「どうやら俺は一生お前といるしかないようだ」
 
 そう言って柔らかな表情を和泉は浮かべる。
 呆れたようで、嬉しそうな……本当に珍しい表情を。
 
「…………」
 
 思わずレイナは彼の顔をまじまじと見る。
 
「……和泉」
 
「なんだ?」
 
「いずれ後悔するか?」
 
 未来永劫、一緒にいろ。
 間違いなく縛る言葉だ。
 
 ――いいのだろうか?
 
 彼を自分に縛り付けてしまっていいのだろうか、と。
 思ってしまう自分もいる。
 しかし、
 
「後悔するわけがない」
 
 和泉は一笑した。
 
「俺は自分の血に負けないことをお前に示してもらった」
 
 欲望のままに大切なものを捨て去らない。
 豊田和泉という男は己が血に負けない。
 
「届いた。お前の気持ちが」
 
 そう、彼女は示してくれた。
 だからレイナの言葉は縛り付ける言葉じゃない。
 和泉の恐怖を打ち消す勇気の言葉だ。
 
「お前は俺を信じてくれるんだろう?」
 
「当たり前だ」
 
「なら、それでいい。お前が信じてくれるなら、俺は自分が負けないことを信じられる」
 
 自分自身では恐怖をしていても。
 彼女が信じてくれるなら。
 自分は負けないと信じられる。
 
「そしてそれこそ、俺が一番望んでいることだ」
 
 
 
 
 
 
 
 
 トラスティ家まで向かう途中、少しだけ方向が変わる。
 いつもギルドの依頼で討伐などを行う森へと向かう道に入っていく。
 そして森の中に入ったところで、レイナが問いかけた。
 
「どこに連れて行くつもりだ?」
 
「パーティーの前にやったほうがいいだろうと思ってな」
 
 和泉はそう言って、森の奥へとさらに進んでいく。
 すると木々の間を抜けて開けた場所に出た。
 
「…………ん……」
 
 もう夕暮れ。
 レイナは夕日の眩しさに軽く目を細める。
 すると夕日をバックに二つのシルエットが見えた。
 
「おせーじゃねーか」
 
「来たね」
 
 影が和泉とレイナを見つけると、声を掛けてきた。
 
「……シュウに……ユウトか?」
 
 目が慣れてくると、やはり彼らだった。
 二人は制服から着替えており、白を基調とした服を着ている。
 先日、アリーが彼らに渡したという正装。
 
「どういうことだ?」
 
 訝しむレイナ。
 対して修と優斗は笑い、
 
「学院最強……じゃねぇな。これからは騎士様だったか」
 
「僕達からの卒業プレゼントだよ」
 
 そして一つ間を置いた瞬間。
 
「……っ!」
 
 ぞくり、と壮絶なプレッシャーがレイナに襲いかかる。
 思わず構え、剣に手を伸ばした。
 修と優斗は真剣な表情を浮かべ、名乗る。
 
「リライトの勇者――シュウ=ルセイド=ウチダ」
 
「大魔法士――ユウト=フィーア=ミヤガワ」
 
 二人は剣を抜き、同時に“相手”へ向ける。
 
「「 レイナ=ヴァイ=アクライトに勝負を挑もう 」」
 
 言って、挑発するような笑みを浮かべた。
 
「やるよな? 騎士様よ」
 
「乗るだろう? 閃光烈華」
 
 負けないと分かりきっている相貌。
 負けるわけがないと理解している様相。
 決して仲間には向けることのなかった姿。
『リライトの勇者』と『大魔法士』という存在が今、レイナと相対しようとしている。
 最高峰の実力者による威圧がレイナに注がれている。
 
「…………」
 
 彼女は思わず呆け、
 
「……しょうぶ」
 
 言葉の意味を口にして反芻する。
『無敵』と『最強』からの挑戦状。
 戦う相手と見据えているからこその意思と闘志。
 
「――っ!」
 
 理解した瞬間、思わずレイナの身体が震えた。
 全身から鳥肌が立ち、感覚が研ぎ澄まされたようにさえ思える。
 
「…………っ……」
 
 しかし恐れたからではない。
 怖いからでもない。
 
「……ははっ」
 
 武者震いだ。
 笑みが零れる。
 思わずニヤけてしまう。
 
「訊くまでもないだろう」
 
 なんて素敵なプレゼントなのだろう。
 本当に彼らは自分のことを良く分かってくれている。
 
「そんなもの、決まっている」
 
 レイナも彼らと同じように剣を抜き、突き出した。
 
 
「当たり前だっ!」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 トラスティ家の庭で行われているパーティー。
 そこで呆れたようなレイナの姿があった。
 矛先はもちろんのこと、修と優斗。
 
「……お前ら、あれでも手加減していたのだな?」
 
「まあな」
 
「殺さないようにしないといけないしね」
 
 彼らの返答にレイナはさらなるため息を吐く。
 
「あれでも、ってどういう意味だ?」
 
 卓也が興味津々に訊いてきた。
 
「数多の神話魔法が飛び交ったのに手加減されてるとは思いたくなかった」
 
 自分が見てきた中では、絶対に一番の実力を見せてもらった。
 それは間違いない。
 
「1秒前にいた地面が消え去るんだ。あれほど私が切羽詰まっていたのに、手加減されていたとなると……やはり悔しいものがある」
 
 魔法も剣技も何もかもが通用しなかった。
 少なくとも剣技だけはどうにかなると思っていただけに、殊更悔しい。
 
「というかお前ら、私の全力全開の一撃を簡単に防ぐとはどういうことだ? 自分でやっておいてなんだが、私とて防げる気がしない一撃だぞ」
 
 一撃必倒の技。
 近衛騎士団からは剣の名と同じ“曼珠沙華”と呼ばれるレイナの必殺技。
 それすらも彼らは容易に防いできた。
 
「いや、簡単ってわけじゃねぇよ。あの突きはさすがに威力がやばすぎるから、こっちも枷を幾つか外してんだよ。でないと結構な確率で俺らが死んじまう」
 
「僕ら肉体的には普通の人だしね」
 
 人間を相手にした時、あそこまで枷を外したのは間違いなくレイナが初めてだ。
 とはいえ、どうやって防いだのかココは気になって訊く。
 
「何をしたんです?」
 
「シュウは同じ突きで返してきた。ユウトの場合は……もう分からん。一歩前に出られたと思ったら、私が宙を舞っていた」
 
 しかもトドメとばかりに二人とも追撃をかましてきた。
 
「今回実体験したあいつらのありえない出来事の一つだ」
 
 レイナが笑う。
 すると和泉が、
 
「あれもそうとうに酷かったが、本気でありえないと言ったらあの二つだな」
 
 もっとやばいことがあったと付け加える。
 レイナも頷いた。
 
「だな。まだ私の一撃必倒を防いだのは温い」
 
 それを思い返して、二人は思い出し笑いをする。
 
「もう一度訊きますけど、何をやったんです?」
 
 ココが尋ねる。
 二人は笑みを携えたまま、
 
「優斗の殺気で霊薬の瓶にヒビが入った」
 
「シュウの一振りで雲が割れた」
 
 とんでもないことを口にした。
 
「…………うわぁ」
 
「…………それはないな」
 
 ココが卓也が素直に引く。
 
「というか何でそうなった」
 
 卓也が質問すると優斗は取り繕うように笑い、
 
「あ、あはははは。殺気ぐらいならそこそこリミッター外してもいいかなと思ってたら……ええっと、その……ヒビ入った」
 
 自分も話を聞いてビックリしたのを覚えている。
 
「たかだか殺気でヒビが入るってどうなんだ? ビリビリした空気の強化版か?」
 
「たぶん、そんな感じ」
 
 とは言うものの、自分でもよく分かっていない。
 なんかやばいのは理解できているけれど。
 
「シュウは雲を割るとかどうやったんです?」
 
 今度はココが修に訊く。
 しかし修は事も無げに、
 
「あん? そんなの『ヒュッ』てやって『ザッ』てやったら『ズバッ』となるだろ」
 
「……シュウって解説は上手いのに自分のやったこととなると説明下手です」
 
 何が何だか分からない。
 ただ、
 
「あれ? でもそれならわたし達も気付きそうなものです」
 
 雲が割れたのなら。
 しかしレイナが苦笑し、
 
「3キロ四方の広範囲結界魔法をシュウが張っていてな。音は響かないし、雲が割れた瞬間に優斗がシルフでどうにかしたから気付いた人間は少ないだろう」
 
 でなければ怪奇現象としてリライトで騒ぎになる。
 
「……とはいえ、だ」
 
 レイナは彼らと出会ってからのことを考える。
 あのような事は今までなかった。
 
「未だ手加減されるのは悔しいという以外ないが、随分近付けたと考えていいのか?」
 
 優斗と修に訊く。
 二人は彼女の質問にきょとんとした後、同じことを口にした。
 
「以前とは比べられないくらい強くなったよ、レイナさんは」
 
「以前とは比べられないほどに強くなってんよ、レイナは」
 
 
 
 
 
 
 
 
 パーティー終盤。
 いつものように、いつものごとく。
 酔っ払い集団が形成されると、レイナと和泉は少し離れた場所で二人きりになる。
 素面組も余計に飛び込んでいくことはない。
 
「ああ、本当に楽しい学院生活だった」
 
 ぐっと伸びをするレイナ。
 それは今のことを言っているだけではなかった。
 
「私がお前らと関わり始めて8ヶ月。本当に濃い日々を送らせてもらった」
 
 たくさんのことをしてきた。
 彼らと出会わなければ為し得なかったことだって、たくさんある。
 
「お前に会えてよかった、和泉」
 
 楽しかった。
 嬉しかった。
 この日々が。
 
「……だから年上であることが少し悔しいな」
 
 あと1年。
 一緒に学院生活を送ってみたかった自分もいる。
 けれど、
 
「別に離ればなれになるわけじゃない」
 
 和泉は右手を出すと彼女の左手を取った。
 
「共にいる。そうだろう?」
 
「……ああ」
 
 取られた手を見詰めてレイナは頷いた。
 違えることはなく、約束したこと。
 だから、
 
「レイナ=ヴァイ=アクライト」
 
 和泉も同じよう伝える。
 
「俺もお前に誓おう」
 
 ここにいる、大事な女性に。
 
「俺はお前と共にいる」
 
 未来永劫、ずっと。
 
「だから俺を離すな」
 
 手を引き、彼女の身体を腕の内に収める。
 離れはしない。
 ずっと共にいる、と。
 誓う。
 
「豊田和泉」
 
 レイナも彼の鼓動を感じながら、何度でも伝えようと思う。
 
「私も誓おう」
 
 ここにいてくれる、大事な男性に。
 
「私はお前と共にいる」
 
 未来永劫、ずっと。
 
「だから和泉を離さない」
 
 彼の背中に手を回し、紡ぐ。
 離しはしない。
 ずっと共にいる、と。
 誓う。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 ――二日後。
 大慌てで引き返そうとするレイナと、彼女をぐいぐいと押していく女性陣がいた。
 
「だ、駄目だ、駄目だ駄目だ! やはり無理無理ムリムリ、ムリだ! こんな格好で和泉の前に出られるわけがない!」
 
 顔を真っ赤にさせて止まろうとするレイナ。
 今着ているのは彼女達がコーディネートした女性の服。
 白のブラウスに赤いスカート。
 胸には細いリボンが蝶々結びであしらわれている。
 
「え~、レナさん可愛いのに着替えるなんてもったいないです」
 
 ココがさらっと言う。
 そう、この服装は可愛い。
 あまりにも女の子っぽい。
 動きやすいことを観点に服を選んできたレイナにとっては未知の領域でしかない服装。
 自分では絶対に似合わないと思う。
 けれど背中をココ、リル、アリーに押されて止まれない。
 
「レナさん、もう諦めて下さい」
 
「たまにはイズミを良い目に合わせてやりなさいよ」
 
「どうせなら勢いで手でも握ってしまえばよろしいではないですか」
 
 アリーの一言にピシッとレイナが固まった。
 
「手を……握る?」
 
 頭の中で想像する。
 顔が真っ赤になってきた。
 
「む、無理だ」
 
「どうしてですか?」
 
 フィオナが訊く。
 何が無理だというのだろうか。
 
「私が和泉と手を繋いでいるところを想像してみろ。……変だろう?」
 
「変じゃないですよ」
 
 というか抱きしめあったのに何を言っているのだろうか、この人は。
 しかも卒業式では告白……というかプロポーズとしか思えないことを全員の前で言ってのけた。
 これからずっと話題として継がれていくほどの卒業式をやったのに、今更手を繋ぐ云々はありえない。
 なのでフィオナはばっさりと彼女の発言を切り捨てる。
 
「だ、だが――」
 
「残念だけど着いちゃったわね」
 
 リルがそう言い、思いっきりレイナを突き出す。
 
「お、お前達!」
 
 レイナが叫ぶが彼女達は意に介さず、
 
「あとはお楽しみに」
 
 ひらひらと手を振って帰って行く。
 するとレイナの背後から笑い声が聞こえてきた。
 
「騒々しい登場だな」
 
 和泉がくつくつと声を漏らす。
 
「……っ!」
 
 ギギギ、とゼンマイでも仕掛けているかのようにカクカクとした動きで振り向くレイナ。
 先日に誓い合った男性が笑みを零している。
 
「珍しい服装だな、レイナ」
 
「い、言ってくれて構わない。似合わないだろう?」
 
 こういう服装はアリーやフィオナに似合うものだと思う。
 男っぽい自分には似合わない。
 
「嘘は言えないが、それでもいいか?」
 
 和泉が前置きをした。
 それをレイナは否定的なものと捉え、
 
「……ははっ、そうか。やっぱり似合わ――」
 
「似合っている」
 
 彼女の自嘲を遮り、和泉は直球に褒める。
 
「あいつら、グッジョブだ」
 
 素晴らしい。
 可愛いが、可愛すぎない。
 彼女の髪の色にも合った色合い。
 さすがは王族に貴族。
 センスがある。
 
「さあ、行くぞ」
 
 レイナを促す。
 けれど彼女は動かない。
 どうした? と和泉が声を掛けようとした瞬間、服の裾を摘まれる。
 
「ど、どど、どうだ!?」
 
「いや、何がだ?」
 
 和泉としては意味が分からない。
 レイナは顔を伏せたまま、
 
「わ、私のほうが年上だからな! リードしてやらねばなるまい! 一応はデ、デデ、デートなのだしな!」
 
 気恥ずかしいけれど、勢いままに一気にまくし立てる。
 まさしく「どうだっ!」と言わんばかりの言い草ではあるが、
 
「顔を赤くして袖を摘むだけだと何一つ説得力がないぞ」
 
 和泉がさらっと反論する。
 
「……っ! お前はどうして平然としている! こ、こんなことをしているのに!」
 
 一応、気持ちは伝え合った。
 ということはつまり、そういう関係にもなったと考えられるわけで。
 だとすれば関係に見合ったこともしていくわけなのだが。
 
「……優斗やラグはかなり初心だと思っていたが、上には上がいたな」
 
 和泉は呆れる。
 むしろ今までの関係より触れ合いという点では退化してるとしか思えない。
 けれど、その姿を可愛いと思ってしまう自分はやはり重傷なのだろうな、と和泉は思う。
 
「どうせなら手を繋げばいい」
 
 彼女の指を裾から離すと、一気に手を握る。
 いわゆる恋人繋ぎをした。
 
「行くぞ。今日は武器屋を巡るんだろう?」
 
 そして彼女を引っ張るように歩き出す。
 レイナは真っ赤にさせた顔を伏せたまま、
 
「……は、破廉恥だ」
 
「それを言ってしまうと優斗とフィオナにはモザイクがかかるぞ」
 
 あの二人、照れながらも腕組みまで堂々とやってのけているのだから。
 
「レイナは手を繋ぐのが嫌か?」
 
「い、嫌ではないっ!」
 
 ぶんぶんと頭を振る。
 
「……嬉しいに決まっている」
 
「なら今日は離すな」
 
 少しだけ、握る手の力を強くする。
 ちらっとレイナが和泉の顔を見ると、少しだけそっぽを向いて照れたような様子だった。
 
「……ん」
 
 何となく、嬉しくなった。
 だから同じように、ちょっとだけ握る力を強くして、
 
「……わかった。離さない」
 
 レイナは幸せそうな笑みを浮かべた。
 
 
 



[41560] 話袋:副長と補佐官
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:ff611578
Date: 2015/11/19 17:40
 
 
 
 
 正直、驚きを通り越していた。
 
「どうした? 呆けた顔をさせて」
 
「いえ、合格と同時にリライト王へ謁見できるとは思わず」
 
 この度、無事にリライトの騎士へとなることができた。
 しかし合格が告げられたと同時に連れてこられたのが謁見の間など、驚く以外の何物でもない。
 叙任式がこんなにもすぐにあると誰が思う。
 しかしリライト王は蓄えた髭を撫でながら、
 
「我が国の騎士とは我に剣を捧げ、民を守り、リライトを守る者。ただ叙任するだけではなく、直接会話し確かめずして信頼を置けると思うか?」
 
 男性を真っ直ぐに見据えた。
 思わず彼も心の奥まで覗かれているのではないかと思わされる。
 それほどの風格。
 それほどの眼差し。
 まさしく王だと理解させられる。
 そして気付いた。
 まだ叙任されたわけではない。
 だからこれはリライトの騎士になる為の最終試験だと。
 
「失礼を申しました」
 
「気にすることはない。何も我が信頼を置くだけに呼んだのではないからな」
 
 リライト王の言い方に男性は内心、疑問を持つ。
 どういうことなのだろうか、と。
 
「さて、では問うぞ」
 
 するとリライト王は自らを示し、
 
「我はどうだ? お前が剣を捧げるに値する存在か?」
 
 そう訊いた。
 男性は反射的に、
 
「大国の王たる貴方様に――」
 
 定型文のような言葉を返そうとした。
 だが、
 
「我は美辞麗句を言わせようとしているわけではない。お前の目から見て、お前が剣を捧げられる相手なのかどうかを訊いている」
 
 リライト王は決まった返答を許さない。
 型に嵌まりきった答えなど求めていない。
 
「我の名は聞いているだろう。我のことを知っているだろう。だが、お前が直接見た我はどう映っている?」
 
 彼の経歴を知っているのだろう。
 彼の名を聞いてはいたのだろう。
 その中で挑戦するような笑みを携える、一国の王の問いかけ。
 男性の全身から鳥肌が立った。
 
「……っ!」
 
 思わず心が鷲掴みにされる。
 笑いが零れそうになった。
 
 ――このような王がいるのか。
 
 騎士だから自分に剣を捧げろ、ではない。
 騎士として自分に剣を捧げられるか、と。
 そう訊く王など、どこにいる。
 はちゃめちゃだ。
 めちゃくちゃだ。
 あまりにもとっぱずれている。
 
 ――しかし、好ましい。
 
 王たる理由がここにある。
 ただの王ではなく大国リライトの王だからこその理由。
 だから考えずとも、声になった。
 
「貴方様のような王に剣を捧げることは、私にとって生涯の誉れとなります」
 
 男性の答えにリライト王が笑った。
 定型されたような答えだが違う。
 彼の本心としての答え。
 リライト王は立ち上がり、華美な剣を団長から受け取ると男性の肩を剣の平で叩く。
 
「フェイル=グリア=アーネスト。お前をリライトの騎士に任じよう」
 
 
        ◇      ◇
 
 
「フェイル=グリア=アーネスト。28歳にしてコーラル騎士団の師団長に上り詰めた方ですか」
 
 書類を見て副長――エルは感嘆する。
 
「また凄い人物が来たものですね」
 
 つい先日、電撃的にコーラル騎士団をやめてリライトへとやって来た。
 そして此度、騎士団への入団試験を受けて合格。
 近衛騎士団へと配属されて、エルの補佐役になる。
 
「私の直下へと配属というのも理解できます」
 
 経歴的に考えれば納得できる。
 その時、ノック音が聞こえた。
 
「どうぞ」
 
「失礼する」
 
 ドアが開けられ、一人の男性が入ってくる。
 身長は180センチ超。
 黒髪で精悍な顔つきはまさしく武人といった面持ち。
 かといって厳しい風格だけではなく、温和な雰囲気すらも感じられた。
 
「貴女がエル=サイプ=グルコント副長か?」
 
「はい」
 
「本日付けで貴女の補佐をすることになった、フェイル=グリア=アーネストだ。よろしく頼む」
 
 右手を差し出して握手をしようとするフェイル。
 だが、ふと気付く。
 
「いや、貴女は副長なのだから敬語のほうがいいに決まっているな。大変失礼なことをした。失言、許していただきたい」
 
 22歳の女性に対して、慇懃に頭を下げるフェイル。
 
「いえ、気にしないで下さい。私とて年長者に敬語を使われると気を遣います」
 
 むしろリライトの騎士団はそういう風土がない。
 時と場合で敬語を使うのであり、序列で使うわけではない。
 
「貴女がそれでいいというのなら、お言葉に甘えるとしよう。どうにも今までの上司は年寄りばかりだったので反射的に敬語を使えるが、俺より若いとなると部下だけだったのでな。無意識に普段の調子が出てしまう」
 
 笑みを浮かべて感謝するフェイル。
 エルは手に取っていた履歴書を置くと、
 
「これから仕事を共にする仲です。少しお茶でもして友好を深めましょう」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 二人でお茶を飲む。
 両方とも20代なのだが、どうにも雰囲気が落ち着いていた。
 
「経歴を読ませていただきましたが、貴方ほどの騎士がどうやって短期間でやめることが出来たというのですか? 引き留める方も多かったことでしょう?」
 
 今は4月の始め。
 辞意を示してから僅か数週間でリライトの近衛騎士になるなどにわかには信じがたい。
 普通は引き継ぎ等があるものだが。
 
「引き留める奴が多くとも状況による」
 
「どういうことですか?」
 
 そんな状況、早々あるとは思えない。
 エルが理解できなさそうな表情をさせる。
 なのでフェイルは懇切丁寧に説明した。
 
「色々理由はあるが、一番の理由は敵が多かったということだ」
 
「敵?」
 
「ああ。コーラルは基本、年功序列で位が上がっていく。俺は幾段か飛ばして師団長へと抜擢された。なので俺より年上で師団長でない奴らも多かった」
 
 リライトの騎士は騎士としての矜持を持つ者が多く、意識が高いと聞く。
 だがコーラルはそうとも限らない。
 騎士として素晴らしい意識を持つものもいれば、そうではない者もいる。
 
「つまるところ、陰険な嫌がらせも数多くされた」
 
 若いのに師団長だというのは、そういう事態にも晒される。
 特段気にしたわけでもない。
 たわいもない嫌がらせなど、どこ吹く風とばかりに無視した。
 だが問題はそこではない。
 
「さらに俺の後釜を狙う奴がいる、というのが厄介なところだ」
 
 空いた枠を狙って様々なことをやろうとするだろう。
 
「手塩をかけて育てた部下も多いのでな。あの馬鹿共にやるくらいならさっさと後継を指名していなくなった方がいい。引き継ぎで俺が残るということは即ち、あいつらが次の師団長の座を奪い取るための余計な策略を練らせることになる」
 
 上役にゴマをするかもしれないし、自分に取り入ろうとするかもしれない。
 どっちにしても次の師団長が“決定的”でも“決定”していない以上、何かがあると考えていい。
 
「……普通は騎士団長などが指名するのでは?」
 
「ああ。だが『是非に指名させてくれ』と言えば問題なかった」
 
 そして許可を得られたからこそ速攻でやめた、とも言える。
 
「俺がいなくなってしまえば、後継から師団長の位を奪い取るのは難しい。すでに師団長になっているのだし、難癖をつけようとしても俺が直接指名したこと。さらに能力がないと言われようと経験がないことを理由に様子見とされる。年齢的に後継に指名した人物は師団長となってもおかしくなく、さらに言えば俺のような若造にも敬意を持って接してくれた方だ」
 
 故に彼に譲る以外、考えられなかった。
 そして手段がこれしかなかった、とも言える。
 
「私はリライトしか知りませんでしたが、他国では難儀なこともあるのですね」
 
 自身の状況を考えればエルは恵まれている立場と言える。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 話はさらに変わり、
 
「近衛騎士団の副長であるというのに、騎士以外の若者の指導も受け持っているのか」
 
「次世代の育成はいつの時代でも大切なことです」
 
 特に子供の成長していく姿は見ていて楽しいものがある。
 
「ん? そういえば『閃光烈華』――レイナと言ったか。彼女の師が貴方らしいな」
 
 フェイルのふと思い出したかのような言葉にエルが反応した。
 
「レイナを知っているのですか?」
 
「噂ではな。烈火の炎を身に纏い、閃光の如き一撃を放つ。素晴らしい女性だと聞いている。貴方が彼女の師だということはミヤガワから聞いた」
 
「ユウト様から?」
 
 エルが僅かに驚きの様相を呈した。
 
「知り合いなのだろう? ミヤガワから色々と聞いたのだが」
 
「え、ええ。確かにそうです」
 
 とはいえ、フェイルが優斗を知っているとは驚きだった。
 けれどさらにエルが驚くことを彼は告げる。
 
「ミヤガワの強さはまさしく二つ名に相応しい、と。そう思う」
 
「……貴方は知っているのですか?」
 
「いや、正確には意味を聞かせてもらっただけだが、彼の持つ二つ名を理解するに十分だろう?」
 
 最強という意味。
 ただ、それだけで通じる。
 そしてフェイルは思い返すように、
 
「あの聖剣からの一撃は美しいものだった」
 
「……聖剣?」
 
 エルが分からない、といった表情をさせた。
 
「知らないのか? まこと綺麗なショートソードを抜いていたんだが」
 
「いえ、ユウト様は普通のショートソードをお持ちだったはずですが」
 
「そんなことは…………ああ、そういうことか」
 
 一瞬いぶかしんだフェイルだが、すぐに理解する。
 
「何を一人で納得しているのですか?」
 
「いや、あの聖剣を抜いたのは俺が初めてだと聞いていたのでな。今まで抜く必要がなかったのだろうと思っていたが、貴方の態度から察するに貴女がいない間に手に入れた代物なのだろう」
 
 そして自分に対して、初めて使ったということだ。
 
「素晴らしかったですか?」
 
 エルの問いかけに対してフェイルは頷く。
 
「聖剣と相成った抜き方、構え、タイミング。一分の隙もなく整えられ、思わず俺が見惚れてしまうほどに素晴らしかった。あれほど魅せられたのは久しい」
 
「……そうですか」
 
 フェイルが楽しそうな表情を浮かべると、エルは立ち上がった。
 そして彼に近付き頭を手に取ると、
 
「うぐ――ッッ!?」
 
 ゴスン、と。
 己の頭をめり込ませるような勢いで頭突きをした。
 
「……い、つ」
 
 思わず目が眩み呻いたフェイルだが、視界には一杯にエルの髪の毛が見える。
 というか、それしか見えない。
 
「エ、エル殿! な、何をしている!?」
 
「いえ、こうすれば少しでも貴方の記憶を読み取れるかと」
 
「何を冷静にとち狂ったことを言っているんだ!?」
 
 フェイルが意味が分からない、とばかりに言い放つとエルが離れた。
 
「……な、何事だったんだ?」
 
「申し訳ありません。羨ましさのあまり、少々見苦しいことをしてしまいました」
 
 真顔でエルが謝った。
 まあ、彼としてもいきなり頭突きを喰らって理解しかねるところはある。
 だが落ち着いていられるのは優斗から聞いていた話の片鱗を見た、といったところだろう。
 
「そういえば先程ユウト様と一戦交えたようなことを仰っていましたが、ユウト様とはどのような関係なのですか?」
 
「彼と俺は……まあ、斬り合った仲であり同士だな。友人と言っても差し支えないだろう」
 
 同意し、理解し合える関係。
 まさしく同士と言っていいだろう。
 
「ではフィオナ様をご存じですか?」
 
「彼のご夫人のことか? ならば、少々言葉を交わした程度だ」
 
 最後の最後。
 彼が最愛の女性と一緒にいる時に、僅かばかりだが。
 
「お二人の姿を見て、どう思いました?」
 
「羨ましく、そして似合いの二人だ。互いを唯一と思っており、互いを最愛としていて仲むつまじくしている姿は微笑ましいものだ」
 
 素直に感想を述べる。
 するとエルががっしりと手を取った。
 
「貴方はよく分かっていらっしゃる!」
 
 そして熱弁が始まった。
 
「ユウト様は素晴らしい。フィオナ様も素晴らしい。そして二人が揃っている姿は至高に素晴らしい! フェイルさん、貴方をユウト&フィオナファンクラブの会員に迎えましょう。会長として歓迎いたします」
 
「……………………」
 
 猛烈な勢いで話すエルと、呆然とするフェイル。
 先程までの冷静な彼女はどこに言ったのかと彼は問いかけたい。
 
「どうされましたか?」
 
「……いや、なんというかミヤガワの言いたいことが分かった」
 
 あの大魔法士が軽く引くだけのことはある。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 そして最後。
 エルは一番気になっていたことをフェイルに訊く。
 
「少し込み入ったことを伺ってしまうとは思うのですが、どうしてリライトへ?」
 
 数多の国がある。
 その中で彼はどうしてリライトを選んだのだろうか。
 
「……どうして、か」
 
「答えにくいことならば構いません」
 
 人それぞれ理由はある。
 無理に言うことはない。
 
「いや、問題ない」
 
 けれどフェイルは優しげな笑みを浮かべて答えた。
 
「俺はな、幸せになりたいんだ」
 
 本当に純粋に。
 それだけを願うような表情で告げる。
 
「一度失敗し、さらに間違えを犯しかけた」
 
 愛する者を繋ぎ止めることができず、引き裂いた者を殺そうとした。
 
「けれどミヤガワのおかげで得たチャンスを今度は逃したくないんだ」
 
 彼には彼の思惑があって自分を止めた。
 けれど、間違いなく自分は助けられた、と。
 チャンスを与えられたのだと思う。
 
「故に俺と“ある意味”で同じであるミヤガワが幸せに過ごせていけるリライトで俺自身も幸せを得て……、再び騎士として生き抜こうと思った」
 
 あのままでは義務と責任で騎士をやっていくことになっただろうから。
 そんなことは嫌だったから。
 
「もう一度、思いたかったんだ。仕えるべきは我が王であり、守るべきは民と国。俺は義務でも責任でもなく心からそう思いたかった。だからリライトに来た」
 
 真っ直ぐにフェイルはエルを見据える。
 
「情けない理由だったか?」
 
「……いえ、そんなことはありません」
 
 堂々と答えている。
 間違いなく、彼の本心が聞こえてきた。
 なのに情けないなどと言えるわけがない。
 むしろ素晴らしいと褒め称えることしかできない。
 
「フェイル=グリア=アーネスト」
 
 エルは彼と同じように真っ直ぐ見据え、
 
「貴方をリライト近衛騎士団副長として。そしてエル=サイプ=グルコント個人として――」
 
 そして僅かばかりの笑みを浮かべる。
 
「――歓迎します」
 







[41560] 小話⑨:料理は良いものです&優斗とフィオナの実情
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:ff611578
Date: 2015/11/19 17:42




※料理は良いものです
 
 
 
 
 卓也とリルが二人並んで歩く。
 向かう先はトラスティ家。
 
「最近、さらに暖かくなってきたわね」
 
「もう4月だからな。桜も見頃だ」
 
 バルトや騎士達に挨拶をしながらトラスティ家へと入っていく。
 慣れたものでラナの出迎えにも軽く挨拶して広間に向かう。
 すると、だ。
 
「よーし、ママも同じように言っちゃいますからね」
 
 広間ではフィオナがマリカを膝に乗っけながら、
 
「あーう?」
 
「あう」
 
「あい?」
 
「あいっ」
 
「たーい?」
 
「たーいっ!」
 
 ……なんかやってた。
 赤ちゃん語、とでも言えばいいだろうか。
 それで意思疎通でもしているのだろうか。
 よく分からないが、なぜか楽しそうにフィオナもマリカと同じ言葉を言っていた。
 
「……あんた、何やってんの?」
 
 思わずリルが訊いてしまった。
 フィオナは唐突な声にばっと振り返るとリルを認識し、
 
「き、来てたんですか!?」
 
 顔を真っ赤にした。
 
「後ろで卓也も悶絶してるわよ。笑いを堪えて」
 
 彼はしゃがみ込み地面をバンバンと叩きながら、
 
「き、来て早々、赤ちゃん言葉喋る、フィ、フィオナを見るとは、お、思わないだろ」
 
 時折笑い声を堪えきれずに吹き出しながら卓也が喋る。
 
 
 
 
 
 
 落ち着いたところで4人はソファーに座る。
 
「それで、さっきのなに?」
 
 リルは気になる。
 何かしらあっての行動なのだろうか。
 しかしフィオナは難しそうな表情になり、
 
「なに……と言われても難しいですよ。特に意味はありませんし」
 
「ないの?」
 
「子供を持つとこうなる、としか」
 
 意味を求められても困る。
 なんとなくやったとしか言えない。
 
「あたしも子供産まれたら、あんたみたいになるのかしら」
 
「なると思いますよ。子供の可愛さに負けて」
 
「……想像できないわ」
 
 とはいえフィオナ自身も想像してなかったろう。
 自分があんなことをやるとは。
 
「たーや、たーやっ!」
 
 と、マリカが卓也のところまで歩いてきた。
 卓也は小さな身体を持ち上げる。
 
「どうした、マリカ?」
 
「ぷいん!」
 
 右手をなぜか高く掲げ、マリカが叫ぶ。
 
「プリンが食べたいのか?」
 
「あいっ!」
 
 満面の笑みで頷くマリカ。
 思わず卓也も一緒に笑ってしまった。
 
「ちょっと待ってろ。作ってきてやるから」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 調理場には卓也と……リルがいる。
 いきなりリルが「あたしが作る」と言い出した。
 
「まあ、今日はお前が作るっていうから簡単なやつにしよう」
 
 勝手知ったる調理場。
 材料をぱぱっと取り出す。
 
「たくさんあって問題ないから牛乳は500mlで卵は4個、砂糖は大さじ6杯分な。これで計6、7個分作れる」
 
 自分と彼女の前にそれぞれ置く。
 
「これを全部混ぜる」
 
 ボールに入れて、ホイッパーでしゃかしゃかと手際よく混ぜる卓也。
 リルも彼を見習ってやるが、どうにもぎこちなかった。
 
「リル、そうじゃないそうじゃない」
 
 前後にガシャガシャやっている彼女の手を取る。
 
「――っ!」
 
「前後にやるんじゃなくて、こうやって回すようにかき混ぜる」
 
 後ろに立ち、彼女に感覚を覚えさせるよう持った手を一緒に動かす。
 見た目的には後ろから抱きしめてるようにも見える。
 
「だいたい、こんな感じだけど……わかったか?」
 
「……うん」
 
 リルが素直に頷く。
 
「……料理っていいわね」
 
「だろ」
 
 もしかして作る楽しさに目覚めたか? と卓也は笑みを浮かべる。
 
「ちゃんとかき混ぜたら濾して器に移す。で、沸騰させ終わった湯につける。つけてる時は弱火だな。で、10分経ったら火を消してさらに待つ」
 
 
 
 
 
 
 
 
「それで待ってる間にカラメルソースを作るんだけど、これは簡単だ。面倒だからオレとお前の分、一緒に作るけど水大さじ8杯に砂糖大さじ4杯。で、中火で煮て焦げてきたら水大さじ4杯入れてかき混ぜる。これで終了」
 
 そして出来たカラメルソースを火を消して10分待ったプリンにかけ、軽く冷蔵庫に入れて出す。
 
「外はちょっと冷たいけど、中はほんのり温かい。案外、美味いんだよな」
 
 完成したプリンを広間まで持っていく。
 マリカが待ってましたとばかりにスプーンを手に取った。
 そして一口。
 
「美味いか?」
 
「あいっ!」
 
 大きくマリカが頷く。
 卓也は笑みを浮かべ、
 
「リルが作ったんだぞ、それ」
 
「りー?」
 
「そうだよ」
 
 頷くとマリカがリルに向いた。
 
「りー、おーし!」
 
 満面の笑みのマリカ。
 あまりにも嬉しそうでリルもちょっと面を喰らう。
 
「ま、まあ、マリちゃんが美味しいって言うなら良かったわ」
 
 けれどリルも笑みを浮かべて、小さく頷いた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
※優斗&フィオナの実情
 
 
 
 
 最高学年に上がるが、基本的にクラスメートは変わらない。
 幾人か入れ替わりがあるものの、大抵は一緒のままだ。
 
「…………」
 
 新学期が始まって数日、フィオナは外を見ながら考え事をしていた。
 ある意味ぽけ~っとしているだけなのだが、彼女がやっていれば絵になる。
 幾人かがフィオナを見ていた。
 
「フィオ、考え事です?」
 
 するとココがやって来る。
 フィオナは彼女の姿を認めると、
 
「まーちゃんのことで少し考えてまして」
 
「マリちゃんの? だったらユウと一緒に考えたほうがいいんじゃないです? マリちゃんのことならフィオ一人で考えることもないと思います」
 
 そして優斗が嫌がるわけもない。
 フィオナも小さく笑った。
 
「ふふっ。結構どうでもいいことなんですけど、そうかもしれませんね」
 
 頷くと教室内に視線を巡らせ、クラスメートの一人と話している優斗を見つけた。
 そして、
 
「パパ、ちょっといいですか?」
 
 教室の時が止まった。
 クラス内にいる人達は全員フィオナを振り向き、仲間は笑いを堪えられずに吹き出し優斗が固まる。
 あまりにも異様な状況が発生した。
 
「あ、あれ? 皆さんどうされました?」
 
 いきなりの展開に困惑するフィオナ。
 しかし事情を知らないクラスメートが同時に叫んだ。
 
「「「「「「  ぱぱぁっ!?  」」」」」」
 
 ある意味、阿鼻叫喚だった。
 叫ばれた単語をフィオナは咀嚼し理解する。
 
「――っ!」
 
 そして顔を真っ赤にし、
 
「あっ、いえ、その、違うんですよ! パパっていうのは私の父とかではなくて私達の娘から見てのパパということで!」
 
 さらに爆弾を投下する。
 
「「「「「「  むすめっ!?  」」」」」」
 
 もう一度、クラスメート達が叫んだ。
 さらに泥沼へと嵌まっていく。
 和泉と修はその状況を見てくつくつと笑いながら、
 
「まあ、フィオナはいずれやると思っていた」
 
「だな」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 昼休み。
 3年C組の教室では緊急会議が開かれていた。
 議題は『ユウトとフィオナについて』だ。
 今の今まで、突っ込んで訊いたことはなかった。
 というか普段が普段なだけに、ある程度は理解していた。
 けれどあれはさすがに予想外だった。
 
「あの二人をどこかに行かせたのはどうして?」
 
 女子生徒が尋ねる。
 優斗とフィオナは今、教室から追い出されていた。
 
「フィオナの天然爆発の惚気を聞きたいか? 聞き終わったら胸焼けして砂糖吐けるぞ」
 
 卓也が説明する。
 
「……大丈夫じゃないのか? 普段の光景で耐性できて――」
 
「あんなの序の口だ」
 
 男子生徒の反論を卓也が首を振って否定すると、全員乾いた笑いを浮かべた。
 同時に学級委員が黒板の前に立つ。
 
「大前提としてユウトとフィオナ様が付き合ってる、というのは皆いいか?」
 
「それは、なぁ」
 
「あれで付き合ってなかったら引くわね」
 
 全員が頷く。
 すると男子生徒の一人が言う。
 
「ユウトって平民だし大丈夫なのか? しかも相手は公爵家のご令嬢だ」
 
 普通ならば駄目だと思う。
 しかし貴族の女子生徒と男子生徒が否定した。
 
「そりゃ大丈夫よ。だってミヤガワ君、貴族だもの」
 
「というか恋人どころかミヤガワとフィオナ様は婚約者同士で、ミヤガワはすでにトラスティ家で一緒に住んでいる。来年には結婚らしいな」
 
 いきなりの展開に誰しもがアリーを見た。
 
「ア、アリシア様! 本当ですか?」
 
 唐突に自分に確認を求められて焦るアリー。
 
「え、ええ。その通りですわ。正式にはユウトさんも貴族でして、国でもお二人は既に認められている関係ですわ」
 
 慌てて頷くと、続いて貴族の男子生徒が付け加えた。
 
「むしろ馬鹿コンビに保護者コンビは貴族だ」
 
 今度はクラスメート達の視線が修、卓也、和泉に集まる。
 何人かが叫んだ。
 
「保護者コンビは納得できる。だが馬鹿コンビも貴族ってどういうことだ!?」
 
「確かにそうよね。ユウト君とタクヤ君は貴族でも何ら違和感ないけど、シュウ君とイズミ君は……ねぇ」
 
「パーティーで誰かに怒られているのが風物詩になりつつあるからな、馬鹿コンビは」
 
「もう一度言うけど、ユウトとタクヤはいい。けれどシュウとイズミも貴族って何だよ。何かの天変地異の前触れか?」
 
 とある二人だけもの凄い勢いで言われていた。
 思わず修が、
 
「えっ? 何で貴族云々の話で俺らボッコボコに言われてんの?」
 
「気品がなさ過ぎるんだよ、お前らは! 貴族だなんて信じられるか!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 どうして彼らが貴族なのに平民として名乗っていた云々の話もどうにか取り繕い一旦落ち着くと、続いての話題。
 
「だけど、娘もいるのか……」
 
「付け加えておくと養子だからな」
 
 卓也が言うが、どちらにしても驚きだった。
 まさか娘がいるとは思わないだろう、普通。
 しかし幾人かの生徒が首を捻る。
 
「みんな知らなかったんですか? フィオナ様、よく赤ん坊と一緒に出歩いてますよ」
 
「ときどき、うちのカフェに三人で来るわ」
 
 何人かは三人で動いている姿を目撃していた。
 
「たしかマリカちゃん……でしたか。可愛らしいお子さんですよね」
 
「そうね~。あの子にサービスすると、とてつもなく可愛い笑顔を見せてくれるのよ。ユウト君とフィオナ様に至っては、簡単に頭下げるんだから。クラスメートのよしみって言ったら満面の笑みになってくれるからいいけど」
 
 本当に微笑ましい光景だ。
 すると一人の女生徒が、
 
「はっ、甘いわね。うちなんて母親とフィオナ様が井戸端会議の仲間よ。お母さんったらフィオナ様のことを『フィオちゃん』、マリカちゃんのことを『マリちゃん』って呼んでるんだから」
 
 母から話を聞いた時、絶句した覚えがある。
 
「だ、大丈夫なのか?」
 
「フィオナ様、普通の貴族と違うのよ。様付けが無かったところで怒るどころか喜ぶ人なの」
 
 一般の貴族とは一線を画している。
 
「……なんていうかフィオナ様も変な人だよな」
 
「っていうかこのクラスの貴族の人達に言えることだわ。妙にフレンドリーなのよね」
 
 1年の頃は貴族至高主義のラッセルもいたことで忌避していたことは確かだが、いなくなったらいなくなったでフレンドリーさが良く分かった。
 
「話戻すけどユウトって子爵なんだろ? 貴族だとしても、ちょっと立場的に弱くないか?」
 
 子爵と公爵。
 さすがに爵位の違いが大きいようにも思える。
 だが貴族の男子生徒が、
 
「あそこは家族全員が変だ。気に入れば貴族だろうが平民だろうが関係ない。というかミヤガワは今のうちに目を付けておいて正解だな」
 
 説明すると何人かのクラスメートが首を捻った。
 すると別の男子生徒が頷きながら付け加える。
 
「お前ら、2年末のユウトの成績知ってるか?」
 
 問いかけに対して納得と疑問が半々。
 男子生徒は笑って、
 
「あいつ総合5位だ」
 
 成績表が返ってきた際に訊いた時、そんな返事がきた。
 驚きの声が所々からあがる。
 
「しかも学生闘技大会だって決勝行ってるし世界闘技大会だって学生の部優勝の奴だぞ。明らかにエリートコース一直線だ。マジで優秀者なんだから今のうちに唾を付けといて問題ないだろ」
 
 貴族としての位は低いかもしれないが成績は優秀。
 実力を優遇するリライトではかなりの地位にいけそうな奴だ。
 
「さらに、だ。ユウトが成績良くてむかつく奴、いる?」
 
 全員に訊いてみる。
 だが表立って不快感を示す人物はいない。
 というか、そういう人物がこの場にいない。
 
「宿題忘れたら写させてくれるし」
 
「わかんないところあったら教えてくれるし」
 
「かといって変に調子乗ったりしないし」
 
 柔和で温和。
 それがクラスメートの優斗に対する評価だ。
 別のクラスとかになってくるとフィオナが近くにいてむかつく云々が出てくるが、ただの嫉妬で残念な奴というのが皆の総意だ。
 
「っていうかうちのクラス、成績良い奴が多いの鼻にかけないから不思議だよな」
 
 実力を総合的に考えたら一番強いクラスだろう。
 しかも馬鹿達がいるおかげで貴族と平民の隔たりも少ない。
 
「そんなこと言ったところで、うちのクラスどころか学院で考えても実技トップがこの馬鹿だぞ。こんなのに負けてるのに自慢できるか」
 
 修に視線が集まる。
 
「どうだ、凄えだろ」
 
 ブイサインをする彼に対して、全員で嘆息。
 
「とはいえ前に一人いたろ、一人。ついでに取り巻き達も」
 
 まあ、その一人は学院をやめているし、取り巻き達は別のクラスにぶっ飛ばされているが。
 
「置いておきましょうよ、もう終わったことだし」
 
 今から思えば、あの時は本当にギスギスしていた。
 
「それにクリスト様が当代の『学院最強』だもの。この人もいる限り、自慢できないわよね」
 
 王子様のような甘いルックスに『学院最強』。
 貴族だろうと平民だろうと丁寧に応対する姿。
 
「ありがとうございます、皆さん」
 
 そして笑みを浮かべて感謝することも忘れないのが、ことさら人気に拍車をかける。
 すると、
 
「イケメンで可愛い奥さんいて『学院最強』とか爆発すればいいと思う!」
 
「そうだそうだ! リア充は爆ぜろ!」
 
 馬鹿二人が囃し立てる。
 
「……シュウ、イズミ?」
 
 クリスの笑みが凄味を増した。
 
「すみません、ちょっと席を外しますね」
 
 そして修と和泉の頭を鷲掴みにして、教室の外へと引き摺っていく。
 
「ちょ、ちょっとタイム、クリス! 冗談だろ冗談! イッツァ・ジョーク!」
 
「クリス、お手柔らかに頼む」
 
「おま、馬鹿! 諦めんじゃねぇ! 最近、クリスのお仕置き威力上がってきてんだぞ!!」
 
 二人が叫び声を上げながら教室から消えていく。
 ありふれているいつもの光景。
 慣れた感じでクラスメートも、
 
「馬鹿コンビはぶれないな」
 
「そうね」
 
 普通に気にも留めなかった。







[41560] 新入生とドSな師弟もどき
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:a43e2dcc
Date: 2015/11/21 22:56

 
 
 
 4月になり、新入生も入る。
 あのメンバーも学年が上がり最上級生になってもう1週間。
 
「失礼します」
 
 優斗が生徒会室へと呼ばれた。
 レイナがいる時はちょくちょく訪れていた部屋。
 今は当代生徒会長、ククリ・ニースがそこにいる。
 
「あっ、ミヤガワさん」
 
 優斗に気付くと眼鏡と三つ編みをぶら下げた少女は立ち上がった。
 
「ニース生徒会長、僕を呼んでるって聞いたけど修とか和泉とかがまた馬鹿やった?」
 
 彼女は去年書記であり、優斗とも面識がある。
 いつものメンバーが馬鹿やってレイナに説教されている時や、その他いろいろなことで。
 彼女は小さく笑うと、
 
「いえ、それも問題といえば問題なのですが今回は別件です」
 
 そう言ってククリは優斗を椅子へと促す。
 優斗も促されるまま席に座る。
 
「別件っていうのは?」
 
「それはもう二人来てから説明させていただきます」
 
 とククリが言うので、二人で談笑しながら待つ。
 すると、
 
「すまない、待たせたな」
 
 ドアを開けながら予想外の人物がやって来た。
 
「……レイナさん?」
 
 赤みがかった髪に、近衛騎士の制服をまとった女性。
 先日卒業した元生徒会長がそこにいた。
 
「何でいるの?」
 
「これも近衛騎士の仕事だ」
 
「……どういうこと?」
 
「平時のアリシア様の身辺警護が私の仕事になった」
 
 今までも近衛騎士の方々が学院にいることは優斗も知っている。
 貴族の子息も多く、今に至ってはアリーもいるから近衛騎士が警護の為にいても理解できる。
 そこに今回、レイナが加わったというわけか。
 前年度の生徒会長にしてアリーの仲間。
 とても都合が良いし、彼女の指南役になる近衛騎士はここの警護を請け負っている人物になったのだろう。
 
「アリーが平時にいるというと……ここだね」
 
「そう、学院だ。ちなみに私の指南役となっていただいた近衛騎士と一緒に剣の指導も行うこととなった。よろしく頼む」
 
「……パーティーでのやり取り、台無しだね」
 
 あれほどかっこつけて色々とやっていたのに。
 思わずレイナも顔が赤くなる。
 
「あとは学長もいるなんて、かなりの大事ということですか?」
 
 優斗がレイナの後ろに視線を送る。
 学長が飄々とした様子で優斗達に笑みを浮かべた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 優斗は事の次第を聞く。
 
「……1年が調子に乗りすぎてる?」
 
「はい、そうなんです」
 
 ククリが頷く。
 
「近いうち、3年にも喧嘩をふっかけそうな勢いらしくて。1年同士ではもう、喧嘩というかいじめに近いですね」
 
「生徒が出る幕なの、それ?」
 
 明らかに先生側で対処すべきことだと思うのだが。
 けれどククリはちらりとレイナを見て、
 
「学院の平和ぐらいお前達で守れ、と言われてしまって」
 
「……うっわ、うざったい前生徒会長がいる」
 
 レイナは武闘派生徒会長だったからいいかもしれないが、ククリはそうじゃない。
 同じようにさせるのも酷という話だ。
 
「っていうか3年にアリーがいるって知らないの? アリーに見られたらやばいとか思わないわけ?」
 
「理解できていないからやっているのだろうな」
 
 レイナもそこには呆れる。
 
「ラッセルの時は?」
 
「あれの場合はただの貴族至上主義だ。しかもいじめは一切していない。悪いことはしていないのだから厄介なだけだった」
 
 基本的には貴族と話す平民を邪魔する。
 平民の子にいかに貴族と立場、血統が違うかを見下しながら話す。
 とはいえ、暴力等は使っていない。
 最終的にはとんでもないアホなことをやったが。
 
「この学院って時折、変なのいるよね」
 
「……本当にな」
 
 レイナも全力で同意する。
 
「それで、どうして僕なのかな?」
 
「お前に頼むのが一番楽だ。シュウだと問題が大きくなりそうだし、クリスだと“公爵イケメン学院最強”ということで遺恨が残りそうだからな」
 
 あとはククリが頼みやすい、という点でも優斗が一番だ。
 
「学長はどう思われますか?」
 
 優斗は黙って話を聞いている学長に振る。
 
「生徒で解決できるのなら、問題ないとは思うがのう」
 
「僕でいいんですか?」
 
 自分で問題ないのか、と。
 そう訊く優斗。
 だが学長は笑みを浮かべたまま、
 
「君はリライト魔法学院の生徒ではないかの?」
 
 
        ◇      ◇
 
 
「……で、どうしてわたし達を連れてきたの?」
 
「2年の男子トップと女子トップを連れてきたら何かと楽」
 
 その日の放課後、優斗はキリアとラスターを連れて校舎脇を歩いていた。
 
「まあ、学院の為になることをするのはいいことだろう」
 
 ラスターは納得しながら優斗の後をついていく。
 だがキリアは大げさにため息をつき、
 
「ラスター君はそれでいいかもしれないけどね。わたしの場合、これも訓練の糧にされるんだから。しかも状況が状況なだけに何をやらされるか分かったものじゃないわ」
 
「たまには新鮮でいいと思うよ」
 
「……先輩。基本的にやることなすこと新鮮だから余計な心配よ、それ」
 
 ダンジョンとかの罠を全部無効化しろとか鬼だし、目隠しして気配でかわせとか酷いし、訓練自体が基本からとっぱずれている。
 
「だとしても、こういうのはあんまりないし……っと。見っけ」
 
 校舎裏までやってくると、とある集団が見つかる。
 集団は15人。
 一人だけが真ん中で時々殴る蹴るの暴行を受けていて、ほとんど泣いていた。
 
「あん?」
 
 優斗達の足音に彼らが気付いた。
 いぶかしんだ表情をさせているが、優斗は気にせず集団に飛び込み、
 
「はい、邪魔」
 
 颯爽と少年を助けて引っ張りだす。
 それで自分の背へと隠した。
 
「ほら、泣かないの。男でしょ?」
 
「大丈夫か? いま治療してやる」
 
 優斗の背後ではキリアが声を掛け、ラスターが治療魔法を使う。
 
「何だてめえは」
 
 威圧するように目を鋭くとがらせる少年がいた。
 おそらく彼がリーダーなのだろう。
 ただ、
 
「……なんでこう、不良って不良然としてるのかね」
 
 優斗的にはもうちょっと捻りが欲しかった。
 こう、普通すぎる。
 しかしラスターが魔法を使いながら、
 
「毎年いるらしいぞ。うちの学年にもいたがレイナ先輩が更正させていた」
 
「……今年は僕にやれってか」
 
 はあ、と盛大に優斗はため息をつく。
 するとリーダーの少年はさらに凄む。
 
「……その制服、3年と2年か。先輩だからって調子乗ってんじゃねぇぞ!」
 
 詠唱破棄の火の魔法を一発、優斗に撃った。
 
「喧嘩っ早いのもテンプレっぽいなぁ」
 
 だが優斗は風の魔法を手に纏わせると火玉を地面に叩き付ける。
 まるでゴミを払うかのように軽いスナップで。
 
「余計な手間を……って、あれ?」
 
 少年達を見ると唖然とした表情。
 中には口をあんぐりと開けた子もいる。
 
「……あ、そっか。あんまりやる人いないんだっけ?」
 
 すっかり忘れていた。
 ここ最近は神話魔法にばかり驚かれていたから、こっちも似たようなものだということを失念していた。
 
「手ではじき飛ばすのは先輩以外、見たことないわ」
 
「コンマ数秒の準備で火の中級魔法を服焦がす程度ではじき飛ばす奴だ。鬼だろ」
 
 キリアが優斗に並びながら呆れ、ラスターも治療が終わったのかキリア同様呆れる。
 彼らの前ではなぜか警戒心を滲ませている少年達が構えていた。
 
「初っぱなから相手を呑み込んだわね」
 
「いや、呑み込む気はなかったんだけど」
 
 かわしても後ろの皆に当たるかもしれないからやっただけ。
 偶然の産物にすぎない。
 
「ミヤガワも少し常識を知ったほうがいい」
 
「……ラスターに言われるとかショックだ」
 
 優斗が少し落ち込む。
 と、リーダーの少年がちらりと魔法具のようなものを見せた。
 そして勝ち誇った表情。
 
「弱い奴らが粋がってんじゃねぇよ」
 
 どうにも凄い魔法具らしい。
 もしかしたら上級魔法を扱える、といったものかもしれない。
 だが、
 
「ちょっと前のキリアとラスターを見てるみたい」
 
「……あそこまで酷かったかしら?」
 
「そこまで酷いか?」
 
 この3人は余裕を崩さない。
 
「まあ、キリアもラスターも『わたしは先輩より強い!』みたいな感じだったよね。あの子とはちょっと違うか」
 
「……今聞くと恥ずかしいわね」
 
「……本当だな」
 
 2,3ヶ月前の自分のことを暴露されて顔が赤くなる2人。
 少なくともこの男に言ったことだけは大きな失敗だった。
 と、後ろで庇うようにしていた少年も僅かばかりに余裕が生まれたのか、
 
「あ、あの、ありがとうございます」
 
 頭を下げて感謝してきた。
 優斗とラスターは気にするな、と手を振る。
 キリアはまじまじと少年を見たあと、
 
「でも彼ら、やってることが温いわよね。蹴る殴るだけとか誰でもできるじゃない」
 
 なんかとんでもないことを言い始めた。
 さらに優斗も大きく肯定する。
 
「確かに。もうちょっと限界までいじめればいいのに。身体全身脱臼させて、ある程度やったら治す。で、エンドレスに繰り返したら痛いわ動けないわで心を叩き折れると思うんだけど」
 
「こういうのって骨が折れる限界まで見極めてやるのが普通じゃないの?」
 
 さらっと漏れた二人の言葉にその場全員の肝が冷える。
 
「何だこのドS師弟もどき」
 
 ラスターがツッコミを入れた。
 後ろでボコボコにされた少年を前にして『やっていることが温い』って。
 ちょっと少年が恐怖でガクガクし始めたので、ラスターが背中をさすってフォローする。
 
「何をコントしてんだよ!!」
 
 怒鳴り声を上げてリーダーの少年が自分に注目を持ってくる。
 そしてまた、にやりと笑って言った。
 
「俺のパパは侯爵だぜ? 俺はそこの次男坊ってわけ」
 
 すると、だ。
 優斗達3人の身体がビクっと跳ねた。
 その様子にリーダーの少年は喜ぶように言葉を続けた。
 
「はっ、ビビッたか」
 
 そうだろう、そうだろう、と。
 仮にも貴族を相手にそう無理が出来るわけも――
 
「そりゃあ、その歳で『パパ』って言ってるんだからビビるわよ」
 
「キリア、そういうのは分かっていても言わないのが先輩ってものだよ」
 
 またドSの2人が笑いそうになりながら抉るような言葉を発する。
 身体が跳ねたのは恐怖で驚いたのではなく、唐突な笑いのネタに吃驚しただけ。
 優斗もフォローしているようで、まったくフォローになってない。
 
「あっ、パパといえばこの間、フィオナ先輩が盛大に自爆したって聞いたわよ。先輩、教室の中でフィオナ先輩から『パパ』って呼ばれたんですって?」
 
 マリカのことを考えていたフィオナが優斗を呼んだときに『パパ』と呼んだことがあったらしい。
 優斗達の教室――3年C組では想像以上に面白い光景になったともキリアは聞いている。
 
「……2年にまで広がってるの?」
 
「フィオナ先輩ってやっぱり美人だもの。目を惹くし話題にもなるわよ」
 
「……超恥ずい」
 
 また話が盛大に逸れる。
 
「無視すんなっつーの!!」
 
 リーダーの少年がまた叫ぶ。
 同時に集団にいた一人がキリアに殴りかかった。
 おそらくは3人の中で唯一の女性であるからなのだろうが、
 
「女だからって舐めてるの?」
 
 仮にも優斗に師事をしているキリア。
 振りかぶって放たれた右手を取ると、少年の手を背後に捻りながら足を掛けて転ばせる。
 そして左手を背に置くと、地面へと叩き付けるように押しつけた。
 あまりダメージはないように考慮したので、彼に与えたのは衝撃ぐらいだろう。
 
「……生爪でもはがしたら面白いかしら」
 
 殴りかかった少年を取り押さえながら背筋が凍りそうな怖いことを告げる。
 
「キリア、それはいじめではなく拷問だぞ」
 
「いや、でも現状だと一理ある。爪ぐらいなら――」
 
「ミヤガワも乗るな!」
 
 ラスターがツッコむと優斗とキリアも笑い、
 
「冗談だから」
 
「冗談よ」
 
「貴様らのは冗談に聞こえない!」
 
 むしろ本当にしか思えなかった。
 ラスターとてそう感じたのだから、先程のやり取りしか知らない少年達は余計に恐怖したことだろう。
 キリアが押さえつけている手を離すと、少年は飛ぶような速さで集団に戻る。
 
「さて」
 
 優斗は気を取り直したように彼らを見る。
 
「ラスター、キリア。この中で好戦的なのは何人でしょう?」
 
 彼らは総勢で15人。
 この中で優斗達と一戦を構えようとしているのは果たして、何人いるだろうか。
 
「……10人か?」
 
「……6……いや、5人ね」
 
 ラスターは何となく。
 キリアは気配を感じながら答える。
 
「ラスター論外キリア残念。キリアは最初の感覚を信じればよかったのに」
 
 優斗は彼らに手の平を向けると、
 
「答えは6人だよ」
 
 瞬間、好戦的と言われた6人が襲いかかってくる。
 まさしく乱戦となりそうな状況だったのだが、
 
「キリア、後ろの子はラスターに任せていいよ。あと、この子達1年だから怪我させないように」
 
「はいはい。これも訓練なんでしょ?」
 
「手加減を覚えるには最適だよ」
 
 優斗とキリアは訓練と称して彼らの相手をし始めた。
 ラスターは少年を背にしながら状況を眺める。
 
「あ、あの」
 
 すると背後の少年がラスターに話しかけてきた。
 
「どうした?」
 
「だ、だいじょうぶなんですか?」
 
 心配そうに優斗とキリアを見る少年。
 だがラスターは無用な心配だと言ってあげる。
 
「2年の女子トップと3年の成績優秀者だ。で、史上最悪の師弟もどきだ。並大抵じゃない1年だろうと相手にならないぞ」
 
 話している間にも優斗は3人を上空に放り投げ、キリアも1人目と2人目の戦意を喪失させるほどに圧倒した。
 キリアは3人目の前に立つ。
 
「あなた、でっかいわね」
 
 目の前にいるのは縦にも横にもでかい。
 身長は185センチぐらいだろうか。
 横も恰幅が良く、体重も軽く100キロはオーバーしているだろう。
 
「キリア。純粋な実力なら彼が一番強い。だけど近接と初級魔法だけね」
 
 優斗から指示が入った。
 視線は逸らさずキリアも頷く。
 
「――っ! 舐めるなっ!」
 
 でかい少年は激怒したかのような声をあげ、殴りかかってくる。
 
「動きが遅いわ」
 
 キリアは右から放たれる拳も、左から唸る豪腕も全て流すようにかわした。
 当たりそうになるものは僅かに触れて逸らし、微かに触れそうなものは足を動かして最小限でかわす。
 でかい少年が数歩下がり右手を掲げた。
 
「求めるは――」
 
「この状況下で大げさな魔法を撃てると思わないことね」
 
 キリアは前に出ると少年の右手に触れ、真下に押しつける。
 
「わたしが……何度も……何度も……何度も何度も! 本気で先輩に殺意を抱くぐらい何度も言われ続けてきたことなんだから!」
 
 慌ててさらに下がろうとした少年の右かかとにキリアは足を入れて、軽く胸元を押す。
 それだけで容易にでかい少年が尻餅をついた。
 優斗が満足そうに頷く。
 
「まあ、これぐらいは出来ないとね」
 
 自分は相手をし終わったのでラスター達のところへと戻る。
 
「ミヤガワ。キリアの近接が異様に強くなってる気がするんだが。というかテンションがおかしい」
 
 時折、この師弟もどきが訓練している際に一緒に動く時があるが、その時のキリアの妙な様子に似ている。
 本当に師匠もどきはありえない、と思っている時のキリアだ。
 優斗はきょとん、とした表情をさせるが、
 
「魔法と精霊術中心だとしても、ある程度の近接はできないと駄目だからね。少なくともクリスの剣技をかろうじて防げるぐらいには育てるつもり。まあ、クリスはオールラウンダーだから剣を防いだところで勝てないけど」
 
「……要するにテンションがおかしいのは訓練の後遺症か」
 
 キリアは常々、優斗の訓練は酷いと言っているし聞いているが、自分が話を聞いていない訓練もそうなのだろう。
 
「あれは動きながら詠唱できないキリアが悪い。毎度同じ感じでぶっ飛ばしてるし。出来ないなら出来ないで他の方法を考えろっていうことを教えてるだけ」
 
 確かに中級、上級魔法を使う時は集中するので動きが止まる場合も多い。
 だが、そこを毎回的確に狙う優斗もどうかとラスターは思う。
 
「今の『学院最強』も強いのか?」
 
「鍛錬以外やることなかったからね。あれほど綺麗な剣技は見たことない。教科書通りってものを極めたら、あんな風になるってことを教えられたよ」
 
 綺麗で見惚れる。
 というか欠点が見当たらない。
 
「先輩!」
 
 するとキリアから声が掛けられる。
 
「この子体力が有り余ってるみたいなんだけど、どうしたらいいの!?」
 
 立ち上がったでかい少年の攻撃をかわしながら訊いてきた。
 なので優斗は、
 
「とりあえず相手が大きく踏み込んで殴ってきた瞬間――」
 
 彼らの動きの流れに沿って伝える。
 
「――足を蹴り上げる!」
 
 言われた通り、キリアが足を蹴り上げた。
 
「うぐっ!」
 
 現在、立ち位置的にキリアはでかい少年の真っ正面。
 近い位置でかわしていたので足は必然的に足の間を通り、股間を直撃。
 でかい少年が衝撃でうずくまった。
 
「ご、ごめんなさい。だいじょうぶ?」
 
 男子しか分からない痛みなのだが、痛いということはキリアも知っているので申し訳なくなった。
 けれどこれで戦闘は終了。
 ラスターは息を吐く……と同時に気付いた。
 
「あのリーダー格の少年はどうした?」
 
 優斗が3人を上空に放り投げたのは見ていた。
 そして無事に落ちてきているのは2人。
 リーダーの少年だけが足りない。
 
「上だよ」
 
 優斗がピッ、と上を指す。
 
「……うえ?」
 
 ラスターが指先を追うように上を見た。
 
「うわあああぁあっぁぁぁぁあっっ!」
 
 かろうじて聞き取れるような叫び声をあげながら、リーダーの少年がぐるぐると高速で回転させられていた。
 
「精霊術か?」
 
「その通り」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 10分後。
 グロッキーになるまでリーダーの少年をシェイクしたあと、
 
「ちょっと学院でも問題になってるからね。二度とやらないって誓ってくれるなら、特に何もなしで帰すけど」
 
 優斗は窘めるように15人に聞かせる。
 リーダーの少年は真っ青になりながらも反抗した。
 
「だ、誰が聞くか!」
 
「これでも生徒会長直々のご指名でやってることだから、少しは成果を見せないといけない立場なんだよ」
 
 なので中身は変わらずとも暴れなければ優斗はそれでいいと思っている。
 だが、
 
「そりゃ残念だな。俺は何度でもやるぜ? お前らもそうだろ!?」
 
 リーダーの少年も負けない。
 意地を張って反抗する。
 他の少年達も鼓舞されたのか彼が怖いのか分からないが「そうだそうだっ!」と叫んだ。
 ただし、
 
「あっ、やっちゃったわね」
 
「……ご臨終だな」
 
 2年生2人のご愁傷様ポーズが彼らの視界に入って、勢いが一気に盛り下がった。
 というか勢いそのものが消える。
 
「そっか。何度でもやるんだ」
 
 優斗が笑みを浮かべる。
 しかし先程までとは違い、凄味が違う。
 というか、笑っているのに何故か怖い。
 
「全員、正座」
 
 笑みとは全く釣り合わない単語が出てきた。
 
「聞こえなかった? せ・い・ざ」
 
 染み渡らせるように告げられた3つの音。
 逆らえない何かがあり、15人全員が即座に正座をした。
 
「では宮川先輩による“更正タイム”の始まり始まり」
 
 優斗が自分で言いながら拍手する。
 ……1年生にとって恐怖の時間が始まった。
 
 
      ◇      ◇
 
 
 翌日、校門では異様な光景が広がっていた。
 
「おはようございます!!」
 
 1年生数人が校門に立ち、登校してくる生徒達に大きな挨拶をしている。
 他にも校舎回りを清掃している1年生の姿がちらほら見えた。
 生徒会長――ククリは唐突な光景に驚きを隠せない。
 
「……彼ら、でしたよね」
 
 調子に乗って暴れてる1年生、というのは。
 だがこれはどうしたことだろうか。
 一体全体、何があったらこうなるのだろうか。
 いや、やった人物に心当たりはあるけれど。
 
「頑張ってるね」
 
 すると彼らを改造した張本人が婚約者を伴って登校してきた。
 
「押忍! おはようございます!」
 
 代わる代わる優斗に挨拶していく1年生。
 リーダーの少年も綺麗に腰を折って挨拶していた。
 ククリは優斗の姿を見つけると駆け寄る。
 
「……ミヤガワさん、何をやったんですか?」
 
 いきなり超優良生徒になっているなんて、どんなことをしたのだろうか。
 けれど優斗は曖昧な笑みを浮かべ、
 
「知らないほうがいいよ」
 



[41560] 心休まる日
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:a43e2dcc
Date: 2015/11/21 22:57
 
 
 
 マリカがお昼寝タイムに入ったので、優斗はソファーでのんびりとする。
 向かいではエリスもゆったりと紅茶を飲んでいた。
 
「……暇っていいなぁ」
 
「何を爺くさいこと言ってるの」
 
 感慨深そうに言う優斗に苦笑するエリス。
 
「先月は忙しかったですから。なので何もないっていう日を全力で享受するのみです」
 
 さらにダレる優斗。
 マルスは仕事でフィオナは遊び。
 愛奈も学校に通うことで出来た友達と一緒に遊んでいる。
 今、家にいるのは優斗だけ。
 しかもこれだけ力を抜いてぐた~っとしている優斗を見るのは久々だった。
 
「確かに先月は色々あったって言ってたものね」
 
 エリスは優斗が座っているソファーに座ると、義息子の頭を倒して膝の上に乗せる。
 
「……義母さんはいつも唐突ですよね」
 
 毎度毎度、不意打ちの如く甘やかしてくる。
 
「義母としてはユウトも甘やかさないとね。最近はアイナに掛かりきりだったから愛情不足じゃない?」
 
「別に不足を感じたことはないですけど。というか年頃の義息子としては非常に恥ずかしいです」
 
 いくら何でもこの歳で義母から膝枕はないだろう、と思ってしまう。
 
「嫌なの?」
 
「それが残念ながら嬉しいです」
 
 とはいえ今まで一度も親から愛情を与えて貰っていない身としては、やってもらえるのはとても嬉しい。
 だから今までもずっと、口では色々と言いつつも義母を引きはがすことは一切なかった。
 
「あら? 素直ね」
 
「本気で嫌がってたら義母さんだって分かるでしょう?」
 
「当たり前じゃない」
 
 と、親子の微笑ましいやり取りをしているとラナが声を掛けてきた。
 
「義母と義息子の団らん中に申し訳ありませんが、近衛騎士団副長のエル様と部下の方がユウトさんに会いに来ていらっしゃいます」
 
 ラナも優斗の先月の状況などを色々と把握しているだけに少し申し訳なさそうだ。
 けれど彼女が悪いわけでもないので、優斗は視線を向けると身体を起こす。
 
「通してもらって構いません」
 
 エリスに甘える時間は終了。
 優斗はラナに告げると姿勢を正す。
 
「副長とビスさんが来たのかな」
 
 近衛騎士の二人で来たということは、何かあったのだろうか。
 エリスも優斗と同様に思ったのか席を外す。
 なので何を言われてもいいように心構えをして迎え入れた。
 けれど、
 
「失礼する」
 
 最初に広間へと入ってきた男性を見た瞬間、優斗の表情が驚きに変わる。
 
「……えっ?」
 
 ビスではなかった。
 けれど先月に出会ったばかりの人。
 
「…………師団長?」
 
「久しぶりだな、ミヤガワ」
 
 笑みを浮かべて握手を求める男性。
 コーラルの師団長がそこにいた。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 優斗は師団長――フェイル=グリア=アーネストから話を聞く。
 コーラルの騎士をやめたこと。
 離婚したこと。
 そしてこの国の騎士となったこと。
 
「本当にリライトへと来られたんですね」
 
 別れる際、そのような話はしていた。
 けれどこんなにも早くリライトに来るとは思っていなかった。
 完全なる不意打ちだ。
 
「今はエル殿の補佐として働いている」
 
「そうなんですか」
 
 優斗は状況を理解する。
 
「リライトへと来た理由は分かりました。ですが……」
 
 フェイルの隣へと視線を移す。
 
「副長が期待の眼差しで僕を見てるのはどういう理由で?」
 
 いつぞやのサインをせがんだ時になっていた。
 純粋な視線を優斗に送っている。
 
「……すまん。俺が聖剣のことを話した」
 
 副長とフェイルの共通の話題としてあるのが優斗。
 しかも自分は戦った仲。
 というわけで、その時のことを喋ったら失敗した。
 まさか聖剣の存在を彼女が知らないとは思わなかった。
 
「いえ、師団……アーネストさんが謝ることじゃありません」
 
 軽く諦めの口調で優斗が頭を振った。
 なんかもう、どうしていいか分からない。
 フェイルがちょっと憐憫の視線を送ってきた。
 
「と、ところで手に入れた経緯はどうだったんだ? エル殿が知らないということは、最近手に入れたものなのだろう?」
 
 そしてフォローするように明るい言葉を発した。
 優斗も彼の気配りを察して乗る。
 
「絵本作家のミント・ブロームさんはご存じですか?」
 
「……いや、悪いが存じていないな」
 
 フェイルは首を捻る。
 が、副長は聞き覚えがあったのか答える。
 
「確か『大魔法士』シリーズを全て書いている方と記憶していますが」
 
「ええ、その方です」
 
 優斗は笑みを零すと一度部屋に戻り、聖剣を取ってくる。
 
「これは他国を旅行した際に出会ったミントさんからいただいたものです。先代が使っていた聖剣のレプリカに加護を与えて聖剣にしました」
 
 テーブルの上に置く。
 すると副長が優斗とテーブルを何度も繰り返して視線を送った。
 
「エル殿、無理を申すものではないぞ」
 
 補佐官がさらっと釘を刺す。
 少し副長が慌てた。
 
「フェ、フェイル? わ、私はまだ何も言っていませんが」
 
「顔に出ている」
 
 優斗に聖剣を抜いてほしい、と。
 あまりにも単純すぎて不思議がることすらない。
 
「しかしミヤガワ、“アーネスト”は固いな。フェイルと呼んでくれていい」
 
 年の差はあれど堅苦しい仲にもなりたくない。
 優斗も同じように思ったのか、
 
「では僕のことも優斗で構いません」
 
「分かった。ではこれからは互いに名を呼ぶことにしようか、ユウト」
 
「そうですね、フェイルさん」
 
 男同士で笑い合う。
 すると副長も羨ましくなったのか、
 
「ユ、ユウト様。私のことも是非“エル”と――」
 
「僕のことを様付けやめたら考えます」
 
 優斗が条件を出した。
 が、反射的に副長は答える。
 
「無理です。ユウト様に様付けをやめるなど」
 
「なら僕も無理です」
 
 
 
 
       ◇      ◇
 
 
 
 
「……ぱぱ?」
 
 しばし3人で談笑していると、優斗を呼ぶ声がした。
 
「起きたんだね」
 
 柔らかい笑みを浮かべて優斗はマリカが寝ている布団に寄って抱っこする。
 
「ユウト、この子がお前の娘か?」
 
 フェイルが気になったのか、優斗の側まで近付いてきた。
 
「ええ、愛娘のマリカです」
 
「そうかそうか」
 
 フェイルは抱きかかえられているマリカにちょっかいを出す。
 くすぐったそうにマリカが喜んだ。
 
「この子が龍神なのだな」
 
「あうっ!」
 
 優斗に訊いたつもりだったが、元気よくマリカが返事をした。
 フェイルの表情もさらに崩れる。
 
「とても愛らしい龍神なことだ」
 
 子供が好きなのか、フェイルがいろいろとマリカに構う。
 マリカも人懐っこいので、構われて大喜び。
 
「たーいっ!」
 
「おお、高いか高いか」
 
 持ち上げてやるとマリカが喜ぶので、フェイルが何度も何度も“高い高い”をする。
 そのほか、肩車をしたり追いかけっこをするなど、思わず優斗達がポカンとする光景を行っていた。
 すると、
 
「ユウト~、何か飲み物ある? のど渇いたわ」
 
「悪い、オレも何か飲み物をくれ」
 
「だらしがないな、お前達。あれぐらいで根をあげるとは」
 
 新たにリル、卓也、レイナの三人がやって来た。
 なぜかぐったりとしているのがいる。
 
「何をそんなに疲れてるの?」
 
 優斗はさっと冷たいお茶を持ってきては二人に渡す。
 卓也は渡されたお茶を一気に飲み干すと、
 
「……レイナの馬鹿が『たまには鍛えてやろう』とか言い出したんだよ」
 
「あたしはある程度の自衛が出来るようにってね」
 
 こくこくとお茶を飲みながらリルも答える。
 
「タクヤの防御が腹立つくらいに堅くてな。楽しかったぞ」
 
 レイナは満面の笑みだ。
 全力で卓也の防御魔法を壊しにいったのだろう。
 大層満足そうだった。
 けれど珍しくレイナの隣に彼がいない。
 
「和泉は?」
 
「今日は技師のところへ仕事に行っている」
 
「そっか。楽しんでそうだね」
 
 優斗はしょうがなさそうに笑う。
 実験し放題、見当推測し放題の現場だ。
 さぞかし和泉にとって天国だろう。
 そしてレイナはソファーで紅茶をすすっている副長に頭を下げる。
 
「副長も来られているとは思いませんでした」
 
「私の新しい部下をユウト様に紹介するために来たのです。とはいえ既知の間柄でしたので、友好を深めに来たと言ったほうがいいでしょうか」
 
 レイナがフェイルに視線を送る。
 ……強そうだった。
 
「名を伺ってもよろしいでしょうか?」
 
「フェイル=グリア=アーネスト。副長の補佐をしている」
 
 答えた瞬間、レイナが笑った。
 同時に全員が結論に達する。
 どうせ言うことはあれだろう。
 
「私は新人の近衛騎士、レイナ=ヴァイ=アクライトと申します。手合わせを願うことは?」
 
 フェイルはいきなり言われたことに目をぱちくりとさせたが、すぐに大きく頷いた。
 
「いいだろう」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 剣の弾かれる音が響いた。
 優斗達、観客の前にある光景は立っている勝者と膝をついている敗者。
 
「ふむ、エル殿に通じるものがあるな。良い剣筋をしている」
 
 立っている勝者、フェイルは剣を収めながら満足そうに頷いた。
 代わりに少し唖然としているのは卓也やリル。
 
「……おいおい、レイナが負けるのか」
 
「ちょっと信じられないわね」
 
 修や優斗に負けるのは仕方ないにしても、それ以外でレイナが負けることはそうそうないと思っていた。
 
「フェイルさん、マジで強いから」
 
 戦った優斗としては今の結果にも納得する。
 だがフェイルは苦笑いを浮かべた。
 
「聖剣を抜いて2撃で終わらされた俺はどういう反応をすればいいのか困るな」
 
「剣の能力が違いすぎますから参考にならないですよ。同等の剣を持たれたら僕も結構手間取るかもしれません」
 
 剣を平然と粉微塵にできる剣などそうそうない。
 
「ご指導、ありがとうございました」
 
 レイナが頭を下げる。
 どうやら戦いの最中、手合わせよりは指導だと受け取ったらしい。
 
「いやいや、俺も良い経験になった。時間があれば継続して行っていこう」
 
「はいっ!」
 
 元気よくレイナが返事をした。
 年上の騎士の言葉だから、と思えるが違う。
 
「……レイナ。顔がにやけてる」
 
 卓也がツッコんだ。
 明らかに強者と戦えることを喜んでいる。
 
「し、仕方ないだろう! この御方、強いのだぞ!」
 
 世代として上の騎士――しかも副長に近しい実力の騎士と定期的に戦えるなど僥倖。
 笑みが零れても仕方ない。
 
「だが俺としても君が『閃光烈華』と呼ばれる所以となった技を是非とも体験してみたかった」
 
 互いに魔法と剣技での応酬だった。
 彼女が『閃光烈華』に至った技は使っていない。
 
「それはまた、いずれ」
 
「まずは基本で追いつきたい、という表れか」
 
 飽くなき向上心があっていいことだ、とフェイルは頷く。
 
「しかしこの若さでこの強さとはエル殿、大層な新人だな」
 
「仮にもリライトにおける20歳以下ではトップ3のうちの一人ですから。容易に負けることは師である私が許しません」
 
 ピシャリと副長が言い放つ。
 優斗とキリアもそうだが、やはり師事する者にある程度影響されるものなのだろう。
 このような副長を師としていたからこその強さ。
 レイナの強さの一旦が垣間見えた。
 なんとなく卓也とリルが頷かされる。
 
「……レイナも存外、ありえないとは思うんだよ。チートなしで女性なのにあれだけの強さだし」
 
「本来は同じ女ってだけでビックリするわ」
 
 
 






[41560] 話袋:師匠もどきと弟子もどき②
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:2ba15e89
Date: 2015/11/26 22:22
 
 
 
 先日やり損なった依頼をやるために森へとやって来たわけだが、
 
「このパーティ、パワーバランスがおかしくないか?」
 
 ラスターが思わず唸る。
 自分とキリアはまだいい。
 だが、残る二人。
 大魔法士と6将魔法士がパーティにいるとはどういうことだろうか。
 
「わたしはこの間、似たようなことあったわ」
 
 国家交流の時に優斗と副長と一緒だった。
 リライト……どころか世界トップ20には確実にランクインしている二人と行動していたのだ。
 同じような状況は二度目なので、驚くこともない。
 けれどキリアが気になるのは大魔法士ではなく、
 
「むしろどうしているの?」
 
 6将魔法士がどうしてここにいるのか、ということ。
 
「ルーカスがしばし、一人にしてもらいたいと言ってな」
 
「……? どうして?」
 
 来ればいいのに、とキリアは思う。
 だが優斗とラスターが可哀想な目で首を横に振った。
 
「あとは私個人として大魔法士とパーティを組んでみたいというのは駄目なことか?」
 
 伝説を継いだ人物。
 一度くらいは組みたいと思っても仕方ないだろう。
 だがラスター達は首を捻り、
 
「……6将魔法士にこんなことを言われるとは。実は俺ら、毎度毎度凄い人物とパーティを組んでいたのか」
 
「ラスター君。これが凄いと思う?」
 
 二人はちらりと優斗を見る。
 今の様子は明らかにただの一般人。
 オーラも何もない。
 
「……いや、無理だな」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 キリアとラスターをメインにしてオークキングを倒す。
 だが終わった直後、
 
「じゃあ、駄目だったところを言っていこうか」
 
 優斗からの駄目出しタイムが始まる。
 
「えっ!?」
 
「なっ、あるのか!?」
 
 二人が思いの外、驚いた。
 
「……わたし、結構完璧だと思ってた」
 
「俺もだ」
 
 怪我はない。
 倒した時間的にはかなり早かった。
 なのに突っ込みどころがあるのか。
 
「ミヤガワ君。この年齢から見れば彼らは十分だと思うのだが」
 
 良いコンビだ。
 互いの力量をよく分かっていて、それを元に動いている。
 しかし優斗は首を横に振った。
 
「ラスターはどうでもいいですけど、少なくともキリアを甘えさせることはありません」
 
 そしてキリアに対しての駄目出しが始まった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 駄目出しが終わるとキリアはふと、気になることを訊く。
 
「二人で簡単に魔物を倒すとしたら、どうやるの?」
 
 優斗とガイストを指差す。
 けれど二人はちょっと困ったような表情をさせた。
 
「まず僕もガイストさんも協力する前に一撃でだいたい終わるんだけど」
 
「それでも一緒にやるとしたら、よ」
 
 優斗がちょっとばかり考える。
 そして結論として、
 
「シルフ」
 
 大精霊を呼び出し、
 
「僕が拘束してガイストさんが神話魔法をぶっ放す。これ完全無欠、安全に魔物を倒せる」
 
「……危険も何もあったもんじゃないわね」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 午後は6将魔法士、ガイストによる鍛錬になった。
 褒めて伸ばすタイプらしくラスターとは相性が良いらしい。
 キリアも新鮮な気持ちで受けていた。
 
「求めるは風切、神の息吹」
 
 上級魔法をぶっ放す。
 威力的には優斗より劣るが、やはり上級魔法を使えるというのは嬉しい。
 
「……うん。できるようになったら大丈夫ね」
 
 使えたり使えなかったりの偶然、というわけではない。
 ガイストは凄いとばかりに手を叩き、ラスターも負けてられないと闘志を燃やす。
 けれど、
 
「まあ、これでやっと本番に入れるね」
 
 優斗の言葉で全員が固まる。
 
「……ミヤガワ? 今、ありえないことを言っていたような気がしたが」
 
 ラスターは聞き間違えたのかと思った。
 上級魔法を使えるようになったキリア。
 これは凄い。
 自分も使えるが、使えるようになった際は1ヶ月ぐらい喜んだもの。
 なのに“上級魔法を使うことが本番じゃない”などと誰が思えるだろうか。
 しかしキリアの師匠もどきは平然と宣った。
 
「だから長い準備運動が終わったんだから、これからが本番だよ」
 
「準備……運動……? 上級魔法を使うことが、か?」
 
「うん。あくまであれは下地。僕がキリアに教えたいのは“これ”だよ」
 
 優斗は数歩前に出るとちょうどよい大きさの大岩に目を付ける。
 
「求めるは穿つ一弓、消滅の意思」
 
 両手に魔方陣が浮かび上がる。
 それを合わせるようにすると砕け、足元に光が散る。
 けれどすぐに散った光が組み変わるように足元へと広がった。
 同時、合わせていた両手を広げると光の弓と弓矢が生まれ、優斗は放つ。
 
「……うっそ」
 
 キリアが思わず呆然とした。
 放たれた矢によって、目の前の大岩が削り取られるように消失している。
 
「理論は簡単。右に火の魔方陣、左には水の派生――氷の魔方陣。その二つを魔力の供給過多で破壊して、足元に散った魔方陣の欠片を魔力でくっつける。そして放つ。以上」
 
「……待って、先輩」
 
「ん? ああ、大丈夫だよ。これは独自詠唱の神話魔法の下位互換。ちゃんとキリアが扱えるレベルの魔法にしてるよ」
 
 威力は上級魔法でも高い方に入るだろうが、神話魔法までは全然届いていない。
 
「だからそういうことじゃないの! それは先輩が新しく創った魔法でしょう!? 私が出来るわけ――」
 
「出来るから言ってるんだよ」
 
 否定的な意見を言おうとするキリアだが優斗は「何を言っている?」とばかりに相手にしない。
 
「どうして最初から出来ないと決めるの?」
 
 独自詠唱?
 確かにおかしいだろう。
 未だ自分しか見ていない。
 自分しか出来ないのだろうとも思う。
 けれど、だ。
 それはあくまで“独自詠唱の神話魔法のみ”のこと。
 
「出来る人間が目の前にいるんだから、出来ないなんてことはない。それに今、僕が詠んで魔法を使ったということは、世界がそれを詠唱として認めたということ」
 
 そして『求めるは』という詠唱から始まる以上、すでに独自性は失われている。
 
「いつも言ってるはずだよ、キリア」
 
 優斗は指を一本立てる。
 
「必要なのは意思と覚悟。自分は出来ると信じて、やるだけだ」
 
 何度も伝えてきた。
 
「それは才能を超えることも壁を越えることも僕が創った魔法を使うことも変わらない。僕はキリアなら出来ると思うから教えてるだけ。だからもし、キリアが出来ないと思うんだったらそれでいい。別のやつにしよう」
 
 そして彼女に対して一番有効な手段。
 挑発的な笑みを浮かべた。
 
「どうする? キリア・フィオーレ」
 
 
 
 
 
 
 
 
 少し離れた場所ではキリアが必死に魔方陣を壊すところから始めていた。
 他の三人は彼女の頑張っている様子を休憩混じりに見届ける。
 
「まあ、さすがに独自詠唱の神話魔法の下位互換ってなったらキリアでも否定的になっても仕方ないけどね」
 
 優斗もああは言ったが、理解はできる。
 一般的に言って“ありえない”と思うレベルだ。
 
「でもキリアって頑張ってるだけあって魔力はかなりのものがあるでしょ? それに和泉に言わせれば魔方陣が綺麗なんだって」
 
「魔方陣が綺麗というのは初耳だ」
 
「ちなみにラスターは雑らしいよ」
 
「……それは知りたくなかった」
 
 ラスターが項垂れ優斗は小さく笑った。
 
「魔力自体はラスターの方が少ないのに、ラスターが上級魔法を使えてキリアが使えないっていうのは、もちろん才能の差もあるだろうけど考え方が違うっていうのがある。だからそれを正せば、使えると思ったんだよ」
 
 優斗の説明にガイストは興味深そうな表情になる。
 だがラスターは思わず目を見開いた。
 
「ちょ、ちょっと待ってくれ。神話魔法の詠唱は“言霊”に成り代わるというのは教科書に載っている。けれどお前の言い方だと、上級魔法もそうだと言っているように思えた」
 
 確かにキリアに教えている時に『制約を外すような感じで詠む』と教えていたのは知っている。
 特に興味もなかったが、それがここに来て重要性を増してきた。
 
「魔法って制約の違いがあるだけで、おそらく初級、中級、上級魔法にも制約は存在すると思うんだよね」
 
「ふむ。私も同じように考えたことはある」
 
 ガイストが大きく頷いた。
 どうやら優斗の言っている意味が分かるらしい。
 
「普通の魔法も詠唱は『求め――』から始まってるわけだし、言ってしまえば神話魔法が劣化したものでしょ? 僕がキリアに教えたやつも独自詠唱の下位互換って言ってるけど要するに劣化板。で、そうしたら『求め――』に変わったし」
 
 色々と考えてはみたが不意に詠唱が浮かんできて、結局はそこに落ち着いてしまった。
 
「違和感はあったんだよね。魔法とは詠唱によってイメージを作り、魔方陣が生まれ、魔法が生まれる。ならどうして詠唱は統一されているのだろうか」
 
 別にどんな言葉でもいいのではないだろうか。
 
「魔法が生まれる一連の流れは合ってるんだろうけど、そこだけが違和感になって気になってた。しかも初級、中級、上級魔法という風にどうして区別されてるんだろうってね」
 
「だ、だが威力別になることは歴史の中で……」
 
「それ」
 
 ここが問題点。
 
「明確に威力が別れすぎてる」
 
 詠唱によってここまで変わるものなのだろうか。
 
「神話魔法は威力が強すぎるから『制約』がある。確かに神話魔法は破格の威力を持ってるよ。だからこそ詠むことと内容に『意味』があり、言霊となる」
 
 そして一息つくと優斗は自分の予想を伝える。
 
「普通の魔法に関して言えば、詠唱は詠めるけれど使えない。これが制約の一つ目。次に詠唱して使えるけれど詠唱破棄できない。これが制約の二つ目」
 
 こういうものがあるのだと考えた。
 
「ミヤガワ君、どうしてそう思った?」
 
 ガイストが楽しげに訊いてくる。
 
「僕が上級魔法を詠唱破棄で使えないからです。独自詠唱の神話魔法を使える僕でも、普通の魔法で詠唱破棄できるのは中級までで上級は無理です。だとしたら“何かがある”と考えるのは間違いではないですよね?」
 
 自分は明らかに一般からとっぱずれている。
 だからこその疑問だった。
 
「この考え、どうですかね?」
 
 優斗はガイストに振る。
 すると何度も頷き、
 
「良い考察だな。私も大いに納得させられるところがある」
 
 そしてガイストは続けるように言った。
 
「では私も付け加えよう。神話魔法を使うに至って、重要なことは分かるか?」
 
「……イメージでは?」
 
 優斗が珍しく、自信を持てない感じで答えた。
 けれどガイストは否定する。
 
「いや、それだけでは不足と言えるだろう。私の考えとしては『言霊』に同調できることだと思っている。実力があっても神話魔法が使えない、というものをオルグランス君は聞いたことがあるか?」
 
「えっと……はい、時折は聞きます」
 
 当人に合わないから、という理由で使えないと。
 
「ミヤガワ君は例外として除こう。だが我々のような6将魔法士と呼ばれる人間が神話魔法を使う場合、その『言霊』の意味に対してイメージが沸き、さらに共感や同調がなければ使うことは出来ないと。私はそう考えている」
 
 これが神話魔法の詠むに至って『制約』を外す最重要な部分だとガイストが言う。
 だが優斗は上手く理解できない。
 
「イメージだけでは駄目だと?」
 
「いや、それこそ深い部分でのイメージだ。己の渇望や生きてきた人生が『言霊』と合致した時、初めて神話魔法を使えるとな。だから神話魔法を使える者は少ないのだろう」
 
 しかし優斗は首を傾げる。
 というか、あまり理解できていないのだろう。
 
「ミヤガワはどうやって使っている?」
 
「ものによるけど、イメージ浮かべて詠唱創ってぶっ放す」
 
「……論外だな」
 
 ガイストの言いたいことが分かっても、理解できないのは仕方ない。
 
「おそらく先代の大魔法士はそうだったのだろう。そして、それが教科書として載ってしまった、ということだとは思う」
 
 あくまでこれは憶測の話。
 全員が憶測に推測を重ねただけの与太話。
 
「しかしキリアがやっていることは俺でも大丈夫なのか?」
 
 キリアが出来る、ということは自分でも出来そうなものだとラスターが考える。
 
「無理だろうね」
 
 けれど優斗は手を軽く振った。
 
「なぜだ?」
 
「こんな無茶苦茶で複雑な魔法はラスターに向いてない。絶対無理。キリアだから使えると思ったまでだよ」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 しかし1ヶ月、キリアが魔法を使えることはなかった。
 魔方陣を壊すまでは上手くいく。
 けれど、その先。
 壊れた魔方陣を作り直す段階で何かしらのミスが出る。
 今日ですらもう何十と失敗しているキリアが大きく肩を上下させていた。
 優斗が容赦なく訊く。
 
「もうやめる?」
 
「やめない……わよっ!」
 
 息を整えるために一度、大きく深呼吸。
 そして、
 
「先輩、“やる”わ」
 
 優斗にあることを告げた。
 一緒にいるラスターは意味が分からないが、優斗は苦笑。
 
「相変わらず豪気というか何と言うか」
 
 言いながら相対するように立つ優斗。
 
「じゃあ、やろうかキリア」
 
 だが彼女の名を呼んだ瞬間、空気が一気に冷えた。
 相対していないラスターすらも殺気で恐怖を覚える。
 
「これから僕が精霊術を放つ」
 
 優斗の背後には火の塊が生まれ、
 
「避けられると思うな、逃げられると思うな。貫かなければ結果は分かるだろう?」
 
 目標をキリアに定めた。
 さらに優斗はさらに殺気を強め、
 
「僕はお前が出来ると知っている。だから――放ってみせろ」
 
 本当に炎弾を放った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 鳥肌だけじゃない。
 心の底から逃げたいと思う。
 毎度毎度、混じり気なしの純粋な殺気がこれほど怖いのかと感じる。
 
「……殺されるわね」
 
 このままなら。
 優斗のことを知っていても、そう思わされてしまうほどの強烈な殺気。
 けれど退いたら負けだ。
 逃げたら負けだ。
 
 ――なら、やるしかないわよね。
 
 あの宮川優斗が出来ると言い、自分でも出来る力はあると感じている。
 ならば自分はこの魔法を使えると理解できる。
 だからこそ求めた絶対不可避の場。
 足りないのは覚悟。
 “使う”と思うだけでは足りない。
 “使ってみせる”という信念が必要だ。
 
「求めるは穿つ一弓――」
 
 キリアは両手を合わせるようにし、魔方陣を砕く。
 光は散り、足元へ。
 
「…………」
 
 魔方陣が集まり、組み合わさる。
 優斗は魔力で無理矢理にくっつけているようだが、自分は違う。
 無理なく冷静に、余計な負担がないように二つの魔方陣を合わせる。
 炎弾が迫ってきた。
 けれど焦ることはない。
 完成すれば打ち砕ける。
 消滅させられる。
 だから、
 
「――消滅の意思」
 
 カチリ、と。
 まるでパーツが上手く嵌まるような感覚があった。
 魔方陣が全て組み合わさった瞬間、キリアは両手を広げる。
 左手には光る弓、右手には光る矢。
 出来たという感動は必要ない。
 今はただ、目の前の驚異を取り除くだけ。
 
「いきなさい」
 
 軽く右手を開いた。
 瞬間、矢が飛ぶような勢いで炎弾に迫り……かき消す。
 背後にいる優斗にも向かっていったが、さらっと彼はかわした。
 そして笑みを浮かべて近付いてくる。
 ラスターもキリアに駆け寄ってきた。
 
「お疲れだな、キリア」
 
「まあね。さすがに今回は面倒だったわ」
 
 疲れがどっと出たのか、地面に座り込むキリア。
 額には恐怖やら疲れやらで玉のような汗が噴き出ていた。
 
「ほとんど自分で考えてやったんだから、あれ」
 
 参考となる人物が論外。
 なので自分であれこれと考えてやるはめになった。
 
「しかしミヤガワの精霊術が当たったら大怪我じゃ済まなかったんじゃないか?」
 
「当たるわけないじゃない。当たる寸前に別の精霊術を真横からぶつけて軌道を変えることが出来る人よ」
 
「キリアはそれを知ってたのか?」
 
「知ってたって言えば知ってたけど、相対してるときにはそんな考え、吹き飛ばされるわ。あの殺気を前にして悠長なことを考えられると思う?」
 
 分かってはいても、頭の片隅からも消える。
 そういう余裕を生ませないほどの殺気なのだから。
 普通に殺されるとしか思えない。
 
「命が掛かると人間って頑張るものだよね」
 
 二人のところに歩いてきた優斗が平然と言った。
 うんうん、とキリアも頷く。
 
「そうよね。やっぱり温くやったらいけないわ」
 
「……本当に思わされるが、この師匠もどきにしてこの弟子もどきありだな」
 
 ラスターが嘆息する。
 本当に似たもの同士だ。
 








[41560] 小話⑩:僅かでも大切な出会い
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:2ba15e89
Date: 2015/11/26 22:22
 
 
 
 
 
「……あのさぁ。なんでオレがこんなとこに?」
 
 今、卓也がいるのはリステル王国。
 隣にはリル……ではなく、
 
「偶には義兄弟水入らず。いいじゃないか」
 
 イアンがいた。
 彼は卓也をとある治療所へと連れて歩いている最中。
 
「お前に是非とも知っておいてもらいたいものがある」
 
「何を?」
 
「治療の神話魔法だ」
 
 さらっとイアンから言われ、卓也の口がうっかりと半開きになる。
 
「……はっ? だって神話魔法ってあれだろ。国とか遺跡とかに詠唱があるって聞いたことあるけど」
 
 これがもし、リステルの持っている神話魔法の詠唱なのだとしたら自分が聞くわけにもいかないだろう。
 いくらリルと婚約していたとしても、だ。
 けれどイアンは笑って否定する。
 
「数ある神話魔法の中で唯一、一般公表されている神話魔法が治療の神話魔法だ」
 
「……なるほど。そういうことか」
 
 だったら聞くにしても問題はない。
 
「タクヤも知って損はないだろう」
 
「……まあ、仲間内で唯一の防御役としては知っておいて損はないだろうけど」
 
 他は基本的に攻撃重視。
 というよりも思考が攻撃に向きすぎている。
 なので胸を張って防御重視です、と言えるのは卓也のみ。
 
「ユウトからは防御、治療に関してはタクヤが一番だと聞いている」
 
「化け物とチートの権化がそういう事態に陥らないからな」
 
 それにあの二人は性格的にも攻撃性が高いので、もしかしたら苦手という可能性もあるかもしれない。
 無駄な心配だろうけど。
 
「とはいえ、オレを連れてきた理由って何だ? 別に詠唱を聞けば済む話だろ?」
 
「お前に合わせたい人がいる。むしろこっちが本題だ」
 
 治療院がだんだんと見えてくる。
 すると、一人の年老いた女性が二人を待つように立っていた。
 
「久方ぶりでございます、イアン様」
 
 ウィノ・グレイス。
 リステル一の治療魔法の使い手が二人に頭を下げた。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 応接室へと通されて二人はソファーに座る。
 向かいにはウィノも腰を下ろした。
 
「時間を作ってくれてありがたい、グレイス」
 
「いつもお世話になっているイアン様に言われましたら、どのような時でも大丈夫でございます」
 
「無理はするな。女性には失礼だが年齢も年齢だ。お前もしっかりと下の者達を育てていることだから隠居しても誰一人文句は言わない」
 
 彼女のことを心配するようなイアンにウィノは小さく首を振って微笑む。
 
「私が皆を癒したいのです」
 
「……仕方ない。重ね重ね言うが無理はするな」
 
 言っても無駄だということが分かっているのか、やれやれとイアンも肩をすくめた。
 
「ご配慮、ありがとうございます」
 
 彼の態度に上品な笑みを浮かべるウィノ。
 
「どういう関係なんだ?」
 
 卓也がイアンの脇を肘でつつく。
 
「年に数度、ここへは慰問に向かっている」
 
「……ん、と。つまりはお前の勇者行動での知り合いってわけか」
 
 ふ~ん、と卓也は頷く。
 するとウィノと目が合った。
 
「貴方が『瑠璃色の君へ』の主人公のタクヤさんですか?」
 
 一瞬、卓也の頬がピクついた。
 今現在、リステルで絶賛発売中だと言われている自分とリルのノンフィクション小説――『瑠璃色の君へ』。
 その名をここで聞くとは思うわけがない。
 
「……イアン、どういう説明した?」
 
「分かりやすく説明をした」
 
 これ以上ないほどに単純明快に。
 思わず手を額にやる卓也。
 だんだんと顔が赤くなってくる。
 本当に羞恥プレイだ、これは。
 ウィノがくすくすと口元を隠しながら笑う。
 
「照れ屋なタクヤさんは治療魔法や防御魔法が得意なのだそうですね」
 
「あ、と、その、ええっと……ど、どうなんですかね。性に合ってるとは思います」
 
 恥ずかしくてちょっとどもるが、しっかりと答えた。
 得意、というよりかは好きだ。
 一番自分に合ってると思える魔法が防御魔法と治療魔法。
 
「では、そんな貴方に質問です」
 
 ウィノが笑みを携えたまま、訊く。
 
「タクヤさんはどうして治したいと思うのですか?」
 
「……どうして?」
 
 いきなり問いかけられたことに対して卓也は眉根を僅かにひそめる。
 が、答えなんてすぐに出てきた。
 
「痛いことが嫌いなだけです」
 
 言葉による暴力も。
 身体に受ける暴力も。
 大嫌いなだけ。
 
「オレは不要な傷を認めない。不当な痛みを正しいとは思わない。だからオレは自分も仲間も傷ついたところで治せる奴になりたかった。ただ、それだけです」
 
 世界は優しくない。
 周囲が助けるわけでもない。
 絶対に理不尽な暴力は存在する。
 けれど、そんなものが世界の理だと悟って正しいだなんて思わない。
 
「痛いことが嫌い、ただそれだけ。ずいぶんと子供っぽいですね」
 
 くすくすとおかしそうにウィノが笑う。
 
「自分でもそう思います」
 
 けれど仕方ない。
 本当にそれしか思っていないのだから。
 
「でもね、タクヤさん。それが一番重要なのです」
 
 子供っぽいと言いながら、ウィノは大きく頷いて肯定した。
 癒しの魔法を使うにあたって大切なことが卓也の言ったこと。
 その心こそが位の高い治療魔法を使うに必要なもの。
 
「傷つくことを是とするな。癒すことこそ是としろ」
 
 ウィノが言葉……ではなく台詞を紡いだ。
 それは何かという問いは卓也にない。
 
「これが何に詠まれているか分かっているようですね」
 
 卓也の様子を見てウィノも頷く。
 
「治療の神話魔法。その言霊の中にある一節です」
 
 傷ついたことを正しいと思ってはならない。
 癒していくことこそ正しいと思え。
 
「貴方のような方だからこそ求めることのできる素敵な神話魔法だとは思いませんか?」
 
 
 
 
 
 
 
 
 卓也はウィノから神話魔法の言霊を教わる。
 そして目を閉じ、紡ぐ。
 
『求め癒すは聖なる光』
 
 治療の神話魔法の意味。
 
『傷つくことを是とするな。癒すことこそ是としろ』
 
 ただひたすらに痛いことを認めない、と。
 痛みがあるなら癒す。
 それだけを紡いだ詠。
 
『大切な者を無くすことなど許しはしない』
 
 卓也にはよく分かる。
 イメージが浮かび、言霊に対しての共感を得る。
 
『失う命を認め……っ…………』
 
 だが、不意に言葉が止まった。
 何度か紡ごうと試してみるが、どうしても声が出てこない。
 10秒ほど試行錯誤して諦める。
 
「これが限界みたいです」
 
 本当に声が出ないのか、と。
 卓也は驚きの面持ちになる。
 
「やっぱりまだまだ、実力も何もかも足りないみたいです」
 
 容易に詠めるわけもない。
 あの二人だからこそ簡単に思えるだけで、彼らを鑑みて簡単と思ってはいけない。
 しかしウィノは拍手した。
 
「いえ、素晴らしいと思います。私よりも長く詠めるのですから」
 
 柔らかく目を細めるウィノ。
 素直に卓也が素晴らしいと告げる。
 
「……えっ?」
 
 ただ、卓也は理解ができなかった。
 
「どうして、ですか?」
 
 治療魔法の実力は彼女のほうが上だ。
 さらには卓也が考えられないほどに人を癒してきている。
 イメージだって明確で想いだって凄いはず。
 自分より詠めないはずがない。
 
「大切な者を無くすことなど許しはしない」
 
 けれどウィノはその一節を口にした。
 
「私はたくさんの人を癒したい、治したいと思っています」
 
 少しだけ悔しそうに、くしゃりと眦に皺を刻んで笑みを浮かべる。

『想いが相容れない』

 “大切な人を癒したい”ではなく“たくさんの人を癒したい”。
 ほんの僅かな、それでも譲れない想いがあるから。
 
「だから私はこの神話魔法を詠みきれないのだと思います」
 
 
       ◇       ◇
 
 
 治療院を後にして、卓也とイアンは二人でゆっくりと王城へ歩いて行く。
 
「感想はどうだ?」
 
「為になったよ。同時に修と優斗の論外っぷりが明白になったけどな」
 
 実体験でしっかりと理解できた。
 
「使いたいと思ったか?」
 
「いいや。治療の神話魔法が必要な状況になる前に防ぐ」
 
 そういう意味ではいらない。
 今でもある程度の重傷なら治せる。
 だから神話魔法が必要な状況になるということはかなりの重傷、もしくは死ぬ間際の大怪我。
 仲間にはそんな怪我を負ってほしくないし、自分でも負いたくない。
 
「ただ、あの人でも使えないのは意外だった」
 
 実力はある。
 想いもある。
 確固たるイメージも浮かぶ。
 けれど相容れない。
 ほんの僅かな差異で使えない。
 だからこそ神話魔法の使い手はほんの僅かしか存在しない。
 話では聞いていたこと。
 しかし間近で見るとは思ってもいなかった。
 
「でも助かったよ、イアン。リルから聞いてオレのことを想ってやってくれたんだろ?」
 
 将来が決まっていない卓也。
 その為に一肌脱いでくれたのだろう。
 
「お前は未来の義弟。当然のことだ」
 
「サンキュ」
 
 
 




[41560] 話袋:副長と補佐官②
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:94688c44
Date: 2015/12/04 18:55
 
 
 
 
 
 フェイルがリライトに来て1ヶ月。
 彼は順風満帆に過ごしていた。
 近衛騎士団の中でも性格に問題はなく、実力はお墨付き。
 いずれは副長を超えるとさえ噂されている驚異の新人――レイナ=ヴァイ=アクライトも尊敬しており、何よりも“優斗が慕っている”というのが大きい。
 あの大魔法士が慕っている。
 彼のことを知っている近衛騎士達にとっては、それがとても驚きである。
 
「……フェイル。そろそろ――」
 
「駄目だ。仕事が終わってからだと言っているだろう」
 
 さらには近衛騎士団副長――エル=サイプ=グルコントの手綱を握ることができる、というのも凄い。
 
「め、目の前にフィオナ様が作って下さったお菓子があるのですよ!?」
 
 たまたまではあるが、余った分を自分達に持ってきてくれたケーキがある。
 エルとしては一分でも一秒でも早く甘受したいものだ。
 
「だから駄目だと言っているだろう。分かりきったオチをやるんじゃない」
 
「……フェイル、貴方は敵です」
 
 ブスっとした視線でエルが睨み付ける。
 
「ということは俺に『仕事が終わってから召し上がってください』と頼んだフィオナ殿も敵ということか」
 
「……くっ、卑怯です」
 
 少なくともエルにとってはこれ以上ない正論だ。
 
「おや? 卑怯とは違うだろう。ユウトやフィオナ殿だったら仕事が終わったエル殿に食べてもらうことこそ喜ばしいことだと思うが? お仕事お疲れ様、という意味が込められたお菓子だろう、これは」
 
 せつせつと語りかけるフェイル。
 
「……確かにそうかもしれません」
 
 思わずエルも納得していしまった。
 そして、
 
「でしたらフェイル! すぐに終わらせますよ!」
 
「そうだな」
 
 お菓子に辿り着くため、もの凄い勢いで残りの書類を終わらせていく。
 
 
        ◇      ◇
 
 
 一方で新人の近衛騎士、レイナは困っていた。
 
「……ビスさん。私にどうしろと言うのですか」
 
 休日、和泉と出かける約束をしていた彼女。
 ひらひらとしたスカートを身につけ、多少なりともおめかしをした姿なのだが……。
 なぜか食堂でビス・カルトと話していた。
 内容は副長を補佐しているフェイル=グリア=アーネストについて。
 
「補佐官に何か不満でも?」
 
「何もないから困ってるんだよ!」
 
 ビスは心から叫ぶ。
 
「実力は副長に匹敵するし、仕事は出来るし、自分が忙しい時だと何かと気を遣ってくれるし、何一つ不満がないんだ!」
 
「副長に続いて良い上司に恵まれたではないですか」
 
 実力者であり人格者。
 先日に離婚はしているが事実を隠しておらず、しかも彼に非はないので女性騎士からの人気は高い。
 男性の騎士からも指導をよく頼まれている。
 
「あの御方が凄い騎士だということは知っていますが、何よりユウトが慕っているのです。素晴らしい御仁でもあるのでしょう?」
 
「文句がない!」
 
 ビスとしては本当に好ましい人物だ。
 
「ならば良いではありませんか」
 
「それとこれとは話が別なんだよ! あの副長がユウト君達関連でも窘められるんだよ!?」
 
 彼らの事に関すると頭のねじが2本も3本も抜け落ちる副長が、だ。
 レイナも聞かされると軽く目を見開いた。
 
「確かにそれは少し驚きです」
 
「だろう!? なんというか大人の雰囲気が漂っているみたいで凄いんだ!!」
 
 何と言えばいいのか分からないが、ビスとしてはそれが気に入らないのだろう。
 気に入らないのだろうが、
 
「……貶そうとして全力で褒めているところにビスさんの人の良さが滲み出ていますね」
 
 どう聞いても上司が素晴らしい、としか聞こえてこない。
 すると、
 
「少し込み入った事情があるのか?」
 
 レイナの肩を叩きながら和泉が現れた。
 
「……い、和泉!? も、もう時間だったか!?」
 
 慌てて時計を見る。
 が、まだ約束の時間にはなっていない。
 
「いや、お前が10分前になっても来ないことが驚きでな。少し覗きに来た」
 
 集合場所は近衛騎士の宿舎前。
 そしてレイナは出掛ける際、絶対に15分前から待ち構えている。
 なのに今日はいなかったので、何かあったのかと思い中まで足を運んだ。
 
「何か困り事ならこのまま相談に乗ってやったほうがいいと思うが」
 
 和泉はちらりとビスを見る。
 何か切羽詰まった雰囲気を……感じてはいないが、叫んでいたので困り事でもあるのだろうと判断できる。
 だが、
 
「いやいや、レイナちゃんに聞いてもらえただけでもスッキリしたよ。それに伝説のカップルの邪魔をするわけにもいかないしね」
 
 さらっとビスが言うと、レイナの顔がポンっと赤くなる。
 
「で、ででで、で、伝説!? カ、カップル!?」
 
「どういう意味だ?」
 
「どうもこうもないじゃないか。学院の卒業式でプロポーズなんて出来事、伝説と呼ばれるに値することだと思うけど。ほら、今だって君達二人が揃ったら若い子達がみんな注目してるよ」
 
 ふと和泉が周りを見れば、確かに周囲の目は自分達に注がれている。
 
「確かに皆、ニヤニヤしているな」
 
「…………うぅ……」
 
 男前な告白をしたレイナが彼の前では顔を真っ赤にして沈黙する。
 普段の様子も様子なだけに、そのギャップで周囲が微笑ましい笑みを零しているのも仕方ないことだろう。
 
「このままだとレイナの頭が爆発しそうだからな。悪いがこれで失礼させてもらう」
 
 和泉が彼女の腕を掴んで歩くと、年若い女性騎士がさらにニヤニヤした。
 ところどころで「可愛い~」なんて声が上がるのは、確かに和泉も頷くところだ。
 宿舎を出て、さらに歩く。
 
「もう1ヶ月以上経つんだから、そろそろお前も慣れてくれ」
 
 和泉は顔が真っ赤なまま俯くレイナに言ってみる。
 しかし予想通りというか何と言うか、
 
「む、無理だ! だ、だって、伝説で、カップルで、和泉と二人きりなのだぞ!!」
 
「……ふむ。なら少し離れて歩いたほうがいいか?」
 
 ちょっとはレイナも落ち着くかもしれない。
 
「それは嫌だ!」
 
 だが服の裾を思いっきり握りしめるレイナ。
 絶対に離さないとばかりにぎゅうっと。
 
「…………はぁ」
 
 思わず和泉は軽く嘆息しながら、
 
「いい加減、こっちのツボを突かないでほしいものだな」
 
 愚痴を零した。
 こんな可愛らしい行動をされては困る。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 エルは満足げに甘いケーキを頬張りながら、
 
「フェイルの元妻とはどうのような方だったのですか?」
 
 どう考えても重い内容の会話をしていた。
 
「性格に難はあったが美しい女性であったな」
 
 しかしフェイルも美味しさに顔を綻ばせながら平然と話す。
 
「正直なところで言えば、上司の娘であったから逃げられない婚姻でもあった。だが愛していこうと思い、愛していくと頑張ったのだが……結果が結果だ。どうにも俺には魅力というものがないらしい」
 
「いえ、貴方に魅力がないというよりは、貴方の元妻の見る目がないのでしょう」
 
 まだ1ヶ月過ぎたぐらいの付き合いだとしても、それぐらい分かる。
 確かに奪った相手のほうが顔が良いとはいえ、彼のことを蔑ろにして浮気するなどエルには考えられない。
 
「とはいえ不躾な質問にも関わらず貴方も苦しそうな表情一つすらないというのは、少々驚きました」
 
 仮にも元妻のことだ。
 話題としては不適切なものだとは思う。
 
「なに、終わったことを蒸し返しても仕方ない。赤の他人となったあいつに遺恨を残すことはしない。関係を切ると決めたのならば切る。俺やユウトはそういう奴だ」
 
 情も何も沸かない。
 心を残すこともしない。
 
「次は恋から始めて、愛して、結婚したいと思っている。未だ見ぬ誰かなのか、それとも既に見た誰かなのかは分からないがな」
 
 また一口、とフェイルはケーキを頬張る。
 気負いなく述べたことにエルも頷く。
 
「出来るといいですね」
 
「ああ、やってみせるとも」
 





[41560] 困った時はお互い様
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:334a0632
Date: 2015/12/07 20:08
 
 
 暦は5月。
 学院は5連休が始まり、今日は連休2日目の朝。
 
「……疲れた」
 
 高速馬車の中でぐったりとする優斗。
 
「和泉の奴、帰ったら絶対デコピンしてやる」
 
 怨念めいた愚痴を零す。
 優斗は今、ミエスタ王国から帰途につく途中。
 本来は和泉が向かうはずだった『“試作カメラver5”の取り扱い注意事項の説明』。
 ようやくカメラも市販向けに改良されていき、その最新版をミエスタの女王に説明する説明会。
 なのに手紙で『カメラの改良が面白い展開になった。俺も技師もそっちを進めるので代わりに優斗を寄越す』と宣った。
 そしてミエスタ女王が断るわけもない。
 改良が進み、さらに優斗が来るのだから。
 別に修でも卓也でもカメラの特徴を普通に知っているので説明出来るのだが、和泉以外で唯一女王と面識があるのが優斗のみ、というのも指名した理由だ。
 結果、優斗がカメラの取り扱いを説明する為にミエスタへと向かうこととなる。
 
「しかも販売戦略とか何で一緒に考えることになるかな」
 
 確かに優斗達の元いた世界でどのようにカメラが使われ、どういう仕事になるのか。
 これは彼らが一番良く分かっている。
 本来は両国の人達を交えての話し合いになるのだろうが、与太話の一つとして話していたら大層熱中してしまった。
 ミエスタ女王には写真館を作ったらどうか、などなど様々な意見を互いに出し合った末、寝ずにまる一日を使った。
 
「……とりあえず寝よ」
 
 朝食を食べて高速馬車に乗ったら急に眠気が出てきた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 眠っている優斗の耳にガキン、と聞き慣れない音が僅かに響いた。
 同時に乗っている車が軽く揺れ始める。
 
「……ん?」
 
 寝ぼけ眼で横と正面の窓を覗き込む。
 道が荒れているのかと思って確認しようと思っただけなのだが、
 
「…………前の車がない……」
 
 3台連結されている車の最後尾に一人で乗っていた優斗。
 当然、正面の窓からは前の車の後部が見えて然るべきなのだが、優斗の視界に映っているのは高速馬車用に整えられた道と……微かに見える前の車が消えていく姿。
 
「はぁっ!? ちょ、どういうこと!?」
 
 寝ぼけた頭が回転するには丁度良い出来事だった。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 シルフを召喚して無理矢理に車を止める。
 優斗は降りると他に通るかもしれない馬車の為に、邪魔にならないような場所へ車を移動させて点検する。
 
「なるほど。連結部分が壊れたんだ」
 
 車同士を繋げている部分が折れていた。
 原因が分かって頷く。
 
「って、なるほどじゃない!」
 
 一人でツッコミを入れる。
 
「どうしよ」
 
 視界に広がるのは草原と森……と看板。
 
「看板?」
 
 近寄って確認してみる。
 概略だが近くに村があるのが分かった。
 そしてぎりぎり、ミエスタ王国領内だということも。
 
「高速馬車がどこまで行ってるか分からないし、僕の乗ってた車が無くなったことに気付いて帰ってくるかどうかも分からないし、村を目指すのが一番なのかな?」
 
 看板を凝視しながら今後、どう動くか考える。
 すると森からカサリ、と草葉を踏みしめる音が響いた。
 同時に一人の男性が出てくる。
 
「どうした? こんなところで立ち往生してるなんて」
 
 優斗が目的地と決めた村の人だろう。
 どうやら遠目から優斗のことに気付いたらしい。
 手に鉈を持った年若い男性が声を掛けてくれた。
 
「村人以外でこんな場所に人がいるなんて……って、そこにあるの馬車の車か?」
 
 この場所にはあまりにも異様なものが取り残されている。
 優斗も頷いて苦笑した。
 
「高速馬車の連結部分が壊れて取り残されてしまったんです。すみませんが、ここからリライトまでどれくらいありますか?」
 
「600キロ以上あるぞ」
 
「……今日中に帰るのは無理か」
 
 やりようによっては帰れることには帰れる。
 風の精霊を使って帰る、とか。
 だがあれは不味い。
 誰かに見られて『怪奇、高速で空飛ぶ謎の男!!』とかなるのは勘弁願いたい。
 恥ずかしいし仲間に知られたら弄られるし良いことがない。
 
「貴方の村に宿はありますか?」
 
「悪いがうちにはないんだ」
 
「高速馬車って寄ります?」
 
「明明後日には寄るぞ」
 
 要するに三日後。
 さらに話を聞くと村に高速馬車は十日に一度しか来ない。
 そこを鑑みるとタイミング的に運が良いのか悪いのか。
 
「……とりあえず野宿決定だね」
 
 とはいえ悲嘆はない。
 三日ぐらいはどうとでもなる。
 
「ありがとうございました」
 
 親切な男性に頭を下げて優斗は立ち去ろうとする。
 が、思いっきり手を取られた。
 
「おいおい、ちょっと待てって。まさか森で寝泊まりする気か? 魔物が平然と出る場所だぞ?」
 
「大丈夫ですよ。ぶっ飛ばします」
 
 むしろ魔物も種類によっては食料になる。
 たまには豪快に丸焼きでもいいだろう。
 頭の中で魔物を食材にすることを決定する優斗。
 だが男性は大きく呆れながら、
 
「……お前、馬鹿だろ」
 
 そして優斗の手を引っ張る。
 
「家に来い。明明後日の高速馬車が来るまで泊めてやる」
 
 ぐいぐいと問答無用で連れて行く男性。
 
「ちょ、ちょっと待って下さい。迷惑になりますから」
 
 軽く足を踏ん張る優斗。
 たまたま出会った男を泊めるとかありえない。
 しかも何がありえないって、この男性は本気の親切心で言っている。
 どれだけ人が良いんだと思う。
 
「なんだ、お前知らないのか?」
 
 だけど男性は引っ張るのをやめずに温和な表情になる。
 そして当たり前のように、普通のことのように言った。
 
「困ったときはお互い様って言葉があるんだ」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 村に向かいながら互いに自己紹介する。
 
「ノイアー・ウィンストン。今年で18歳になる。農家をやってるんだ」
 
 栗色の髪の毛を短く切り、温和な表情をしているノイアー。
 なんとなく田舎にいる素朴な少年のイメージが優斗の頭に思い浮かぶ。
 
「ユウト・ミヤガワです。同じく今年で18歳になります」
 
「……同い年? っていうかミヤガワって変な名字だな」
 
 そりゃそうだ、と優斗は内心頷く。
 こっちだと自分以外いないと確信できるくらいの名字だ。
 しかも言いにくい。
 
「ユウトでいいですよ」
 
「……ん? いや、それ以上に同い年に敬語も変だ。うちの村じゃ爺婆にも敬語使う奴なんていないぞ」
 
 さらっとノイアーから述べられたことに優斗が吹き出す。
 まさか爺婆と一緒にされると思わなかった。
 
「分かったよ、普通にする」
 
「ユウトは何をやってるんだ?」
 
「学生。リライト魔法学院の3年なんだよ」
 
 優斗が答えるとノイアーがいきなり目を輝かせた。
 
「魔法学院の学生ってことは、魔法とか凄いの使えるのか!?」
 
「えっと……それなりに使えるけど」
 
 そう言うとノイアーが凄く見たそうな顔になった。
 何で? とも優斗は思ったが、一般人はあまり大がかりな魔法に接する機会がないことを思い出す。
 戦士系じゃない人が使う魔法は初級にも満たない簡易的なもの。
 特に閉鎖的な場所であれば尚更、中級魔法以上を見る機会は無いのだろう。
 
「見たい?」
 
「見たい!」
 
 あまりにも素直に頷いたノイアー。
 優斗も軽く吹き出して了承した。
 そして森の中でも開けた場所に出ると、大岩があったので目を付ける。
 
「じゃあ行くよ」
 
 右手を前に突き出し、
 
「求めるは風切、神の息吹」
 
 詠唱を詠む。
 同時に魔法陣が生まれ、豪風が吹き荒れて大岩に直撃した。
 亀裂が走り、中央から崩れる。
 
「今のって中級魔法か!? それとも上級魔法か!?」
 
 大喜びでノイアーが崩れた大岩に駆け寄る。
 
「風の上級魔法だよ」
 
「すっげーな。空気が震えたぞ」
 
 ニコニコと。
 凄いものを見れて本当に嬉しそうなノイアー。
 
「オレ、子供の頃は凄い魔法士になりたかったんだ。だからあんだけの魔法見れてすっげー嬉しい」
 
「そうなの?」
 
「あったりまえだろ。だって男ならバーンって凄い魔法使いたいって誰でも思うだろ!」
 
 はしゃぐノイアー。
 思わず優斗も童心に返ったように頷いた。
 
「そうだね」
 
 
       ◇      ◇
 
 
「お嫁さんいるの?」
 
「ああ、村一番の美人なんだぞ。頑張ってオレが射止めたんだ」
 
 自慢するように胸を張るノイアーと一緒に木製の簡素な一軒家に到着する。
 
「ケイト、帰ったぞ!」
 
 鉈を玄関の前に置きながら家へ入っていくノイアーに続く優斗。
 すると歩み寄ってくる音が聞こえてきた。
 
「あれまあ、遅かったわね……って、あら? どなた?」
 
 髪の毛を三つ編みにした女の子が出てくる。
 こちらもまた素朴な感じの子だ。
 そばかすがチャームポイントになっており、地味な感じではあるがノイアーが自慢するだけはある。
 
「オレの嫁さん、ケイト。オレとお前の一個下だ」
 
 優斗が会釈する。
 釣られてケイトも同じように会釈した。
 
「こっちがユウト……なんちゃら。高速馬車から車が切り離されるって面白いことになった奴でな、数日泊まらせることにしたんだ」
 
 かなり適当な上に色々と端折った説明。
 というか名字、覚えきれてなかったのかと優斗は呆れる。
 
「ユウト・ミヤガワと申します。突然申し訳ありませんが、ご迷惑でなければ物置にでも泊まらせていただければ嬉しいのですが」
 
「そんなこと言わずに客間に泊まりなさいよ。ぜんぜん迷惑じゃないし困ったときはお互い様だもの」
 
 素朴な感じとは裏腹にはっきりとした言い草だ。
 さらに言えばノイアーと言っていることが一緒。
 
「夫婦だね」
 
「だろ?」
 
 三人でリビングへと向かう。
 あまり大きくはないが、友人や親などを呼んでも問題ないくらいの大きさ。
 中央に木製のテーブルと椅子。そして近くに赤子用のベッドがある。
 
「……えっ?」
 
 優斗の動きが止まった。
 ベッドの上でこっちに視線を送っている赤子の姿が見える。
 するとノイアーが自慢げに、
 
「生まれて1年と2ヶ月の娘だ。可愛いだろ?」
 
「……う?」
 
 赤子が反応した。
 
「この子の名前は?」
 
「コリンだ。可愛いだろ」
 
 未だに自慢げなノイアー。
 ふっと優斗が笑みを零した。
 
「ケイトさん。ノイアーって親バカ?」
 
「わかる?」
 
「さすがにね」
 
 自分と似た匂いを感じる。
 
 







[41560] 尾を引くこと
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:f53f7ddd
Date: 2015/12/09 04:28
 
 
 
 とりたての野菜を使った夕食をいただく。
 
「どうだ?」
 
「美味しい」
 
 優斗は素直に感想を述べる。
 新鮮な野菜、というのは美味いと言われているのは知っている。
 だが実感としてこれほど歯ごたえも違うとは思わなかった。
 
「だろ? やっぱ採ったばっかりのが一番だ」
 
「ユウト君の口に合った?」
 
「大丈夫だよ。本当に美味しいから」
 
「なら良かったわ」
 
 ケイトがいらぬ心配をしていたのだが優斗の笑みを見てほっとする。
 そのまま優斗は夕食を綺麗にいただくと、彼が断る間もなく食後のお茶が出てきた。
 感謝を述べながら3人でお茶を飲む。
 
「ぱーう」
 
「ん? どうした」
 
 と、コリンが突然ノイアーを呼んだ。
 彼が構おうとするが、今度は母親を呼ぶ。
 
「まーう」
 
「どうしたの?」
 
 ケイトも近付くが、どうにも違うらしい。
 コリンは続いて優斗を見た。
 
「うい」
 
「うい」
 
 彼は同じ言葉を返しただけ。
 ただし、少し大げさのポーズで。
 
「たーっ!」
 
 だがコリンは大きく笑う。
 どうやらこれが正解の反応らしい。
 
「……なんかすげー負けた気がするな」
 
 ノイアーが少し項垂れた。
 優斗も気持ちはよく分かる。
 とはいえ、だ。
 自分も彼と同じ経験を培っている。
 たまたま自分のやったことが当たっただけ。
 
「これでも子持ちだからね。今回は偶然、僕の反応に喜んでくれたみたい」
 
「おおっ、ユウトも子供がいるのか。何歳だ?」
 
「うちは……まだ2歳にはなってないかな」
 
 まあ、正直なところはよく分からない。
 義母や家政婦長に聞けば成長速度は比較的緩いらしいが、最近は喋ることも上手くなってきたので判断に困る。
 いくら人間の姿をしているとしても龍神なのだから。
 とはいえ、何か問題があるのかと言えば何も問題はない。
 
「息子か? それとも娘か?」
 
「娘だよ。最強に可愛いからね」
 
「分かる。コリンは最高に可愛い」
 
 二人の視線がかち合う。
 
「…………」
 
「…………」
 
 そして力強く握手をした。
 親バカと親バカ。
 相反すれば自慢話でのバトルになるが、この二人は違った。
 互いに自分の娘が可愛いことを誇るだけ。
 しかも相手が言っていることに対して感慨深く頷く。
 
「娘がいるってことは嫁さんもいるんだろうけど、嫁さんはどんな人なんだ?」
 
 ノイアーが今度はフィオナについて訊いてきた。
 
「えっと……主観? それとも客観?」
 
 それによって答えが変わる。
 
「客観だとどれくらいだ?」
 
「たぶん国で一、二を争うぐらいの美少女」
 
 素直にそう思う。
 少なくともフィオナとアリーが同年代では群を抜いているように感じる。
 
「主観だと?」
 
「可愛いし綺麗だし優しいしお淑やかだし完璧だね」
 
 優斗の100点。
 それがフィオナだ。
 
 
       ◇      ◇
 
 
「ノイアー、もっと採るの?」
 
 翌日、優斗は苺の収穫を手伝っていた。
 今までやったことのない作業なので新鮮さを感じる。
 
「いいや、これぐらいでいいぞ」
 
「分かった」
 
 収穫したものをノイアーに手渡し、優斗は不意に手の匂いを嗅ぐ。
 
「おおっ、苺の匂いだ」
 
 甘い香りが僅かに鼻をくすぐる。
 ふっと心が落ち着くような感じがした。
 
「食っていいぞ」
 
 ノイアーが収穫した苺を優斗に見せる。
 
「いいの?」
 
「売り物だから100個とか食ったら駄目だけどな」
 
 ほれ、と言ってノイアーは優斗に手渡す。
 まるまると赤い実をつけた苺が本当に美味しそうだ。
 
「ありがと」
 
 優斗は素直に口に入れる。
 そして噛みしめた瞬間、予想以上に感動した。
 
「うわっ、思ってたより甘い」
 
 糖度が高いのだろうか。
 普通のよりも美味しい。
 優斗でも高級なものだということが分かる。
 
「これだけ美味しい苺食べたの初めてだよ」
 
 大きく優斗は息を吸う。
 
「それにこれだけの自然に囲まれた場所で食べるっていうのも、また別格かも」
 
 今立っている場所は田畑だ。
 けれど回りには森林があり、草原がある。
 リライトにだってあるが田舎はさらに別格。
 空気が美味い、とでも言えばいいだろうか。
 雰囲気が良いと言えばいいだろうか。
 とても口では形容できない気持ちになれる。
 
「これがうちの村の自慢だからな」
 
 ノイアーも頷いて、優斗と同じように息を吸った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 収穫した苺を持ちながら村の中を歩く。
 田畑にいるのは60歳は超えたような人ばかり。
 ノイアーのような若い人の姿は見えない。
 
「どうした?」
 
「いや、年輩の方が多いと思っただけだよ」
 
 過疎化というのだろうか。
 村の中を見てもノイアー達くらい若いのは数人しか見られない。
 
「これからはどんどん若いの増えてくぞ。帰ってくる奴らもいるかもしれない」
 
「そっか」
 
 彼の返答から、やはり過疎化なのだろうなと思う。
 どこの世界でも同じなのだと実感させられる。
 二人で家に収穫物を持ち運ぶ。
 
「ノイアー、どうだったの?」
 
「こいつすげーぞ。あんま戦力になんないかと思ってたけど大違いだ」
 
 優斗の背中をバンバンと叩いて褒める。
 教えればすぐに上手くなる彼は本当に凄い。
 素直にノイアーも賞賛できる。
 
「お褒めに預かり光栄の至り」
 
 優斗が茶目っ気を出しながら腰を折った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 二日目の夜。
 食事をいただいた後は優斗のノイアーの飲み比べになった。
 飲みきってはケイトが注いでいく。
 だが2時間もした頃には、
 
「お前、強いなぁ」
 
「かなりの頻度で義父さんと飲んでるからね」
 
 ぐでんぐでんになったノイアーと、軽く顔を赤らめているだけの優斗。
 ほとんど勝敗は決まったようなものだった。
 テーブルに俯せになるノイアー。
 
「だあ、もう。オレ、これでも村で一番の酒豪だと思ってたんだけどなぁ!」
 
「残念だったね」
 
 優斗はコップの酒を煽る。
 まだまだ余裕がありそうだった。
 
「……なあ、ユウト」
 
「なに?」
 
 注いでくれるケイトに感謝しながら優斗はノイアーに顔を向ける。
 彼は未だに顔を俯せたまま。
 けれど、
 
「村に越してこないか?」
 
 少しだけ真面目な雰囲気の声音だった。
 
「……どういうこと?」
 
 いきなりのことに眉をひそめる優斗。
 けれど彼からの返答はない。
 
「ノイアー?」
 
 今度は名を呼ぶ。
 けれど反応がない。
 
「…………」
 
 耳を傾ければ、寝息らしきものが聞こえている。
 どうやら寝ているらしい。
 
「このタイミングで普通、寝る?」
 
 とんでもなく気になる状況にしてくれたものだ。
 軽く呆れた表情の優斗。
 
「同い年で飲み比べなんてやったことがないから、とっても楽しかったみたい。だから限界まで頑張っちゃったのよ」
 
 ケイトが苦笑しながら毛布を持ってきてノイアーに掛ける。
 
「ケイトさん、今のってなに?」
 
「酔っ払いの戯言……って言えばそうなんだけどね。でも、ちょっとは本気だったはずよ」
 
 ノイアーの本心だろう。
 ケイトは彼の隣に腰を下ろすと、優斗に今の言葉の意味を少しだけ伝える。
 
「うちの村もね、5年前までは若い人もたくさんいたわ」
 
 同年代だって、同世代だって。
 もう少したくさんいた。
 
「首都へ出稼ぎにでも行ってるの?」
 
 優斗の疑問に対してケイトは首を振る。
 
「……事件がね、あったの。しかも同じ事が何回も」
 
 僅かに手を握りしめ、少しだけ唇を噛みしめる。
 優斗には理解できることでもないが、それでも辛いことがあったということだけは分かる。
 
「この件が原因で若い人がどんどんいなくなって、今はもう……ほんの少しだけ」
 
 そう言ってケイトは切り替えるようにパッと顔を明るくした。
 
「でも今はないし、これからどんどん人が戻ってくるわよ。それで戻ってきた奴らに言ってやるの。ノイアーはずっといたんだから、うちの旦那が未来の村長だって」
 
 ざまあみろってものよ。
 ケイトは笑って、そう言った。
 
「二人は村を出ようと思わなかったの?」
 
「ううん。だって村が大好きなんだもの。どれだけ絶望があったとしてもね」
 
 素朴なところも。
 自然が多いところも。
 年輩との距離が近いところも。
 全部が大好きだ。
 
「そっか」
 
 優斗は相づちを打ちながら、彼らのことを尊敬する。
 不安はまだ残っているのだろう。
 強がりでもあるだろう。
 けれど将来に期待を持っている眼差し。
 未来をしっかりと見据えている言葉。
 優斗の目には、とても強い彼らが見える。
 
「それなら僕は今、未来の村長の家に泊まってるってこと?」
 
「そういうことよ」
 
 顔を見合わせ、二人で吹き出す。
 
「じゃあ、僕はいずれ偉くなる人のところにいるってわけだ」
 
 彼らは頑張ると決めたのだろう。
 彼らは頑張っていくと誓ったのだろう。
 優斗は詳しく聞こうと思わない。
 ただ、このような彼らだからこそ自分に親切をしてくれた。
 それだけは誰にだって分かる。
 
 
 
 
 
 
 けれど優斗が過ごして三日目。
 ……再び事件は起こる。
 
 



[41560] 恩がある
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:532ede3c
Date: 2015/12/13 07:12
 
 
 
 
 三日目の朝。
 昨日とは別の作物を手押し車に乗せて二人は帰り道を行く。
 
「昨日、ケイトさんから聞いたよ。ノイアーが将来の村長になるって」
 
「……うあ~、あいつそんなこと言ったのか」
 
 ちょっと恥ずかしそうなノイアー。
 優斗がくすくすと笑う。
 
「いいじゃん、村長。この村で一番偉くなって、もっと村を栄えさせれば?」
 
「って言われてもなぁ。村長ってどうすりゃいいんだろうって思う。今の村長のことは尊敬してるし、憧れてる。でも村長はオレの思う村長になれって言うし……」
 
「決定事項なの?」
 
「今のところな。他の若い奴ら数人もオレでいいって言ってくれてる」
 
 村の中で一番頑張っていると評価されているのだろう。
 喜ばしいことだとは思うが、ノイアーは僅かに難しい表情。
 
「なあ、優斗の知ってる偉い人ってどういうのだ?」
 
 いきなりこんなことを訊いてきた。
 
「どういう人って言われると……」
 
 うーん、とちょっと悩む。
 だが少し考えて答える。
 
「一般論としては偉い人ほど頭を下げることはしない」
 
「……どういうことなんだ?」
 
 ノイアーにはよく意味が分からない。
 優斗は指を一本立てる……ことは出来ないので、顔を向ける。
 
「立場が上になればなるほど下げる頭には責任がのしかかる。だから不用意に頭を下げることなんてしたらいけないということ」
 
 これはどこでも共通だ。
 
「それに人間、誰だって自分の非を認めたくはない。押しつけられる相手がいるのなら押しつける。立場の上がり方っていうのは大抵、緩やかな坂。だけど立場が下がる時は転がり落ちる。築き上げたものが些細なことで崩れる。というわけで偉い立場に執着してる人はあんまり、頭を下げることはしない」
 
 責任転嫁し、自分は悪くないと言い放ち、とことん逃げる。
 誰かに命令することが好きだからこそ、何でも出来るからこそ今の場所を逃したくないと思う。
 
「だからノイアーは頭を下げることのできる村長になったらいいんじゃないかな。例え相手の立場が村長より下でも、村のためになら頭すら下げられる村長に」
 
 胡麻を擂るために頭を下げるのではなく、ひたすらに村のことを思って頭を下げる。
 
「媚びていると思われるかもしれない。頭が軽すぎて信用ならないと思われるかもしれない。けれど……」
 
 優斗は思う。
 
「大切なものになら頭を下げられる人こそ、上に立つべき人だと僕は信じてるよ」
 
 少なくとも自分が尊敬している王はそうだ。
 と、そこで優斗の手押し車が石に引っかかる。
 
「やばっ!」
 
 ノイアーに向きながら言っていたから下を見てなかった。
 乗せていた大根などがごっそり手押し車から落ちる。
 
「あ~あ、何やってんだよユウト。せっかく格好良いこと言ってたのに」
 
 ノイアーがしょうもなさそうにケラケラと笑う。
 
「せっかく家に帰るまでのレースをしてたんだから、これはハンデと受け取っていいんだな?」
 
「……はあっ!?」
 
 いきなりすぎて優斗には意味が分からない。
 だがノイアーは身体を前にかがめると、
 
「オレは颯爽と帰る。負けたらオレのケイトが作ったおかず一品を譲るって話だったろ?」
 
「聞いてないんですけど!」
 
 叫ぶ優斗を余所にノイアーはダッシュする。
 
「ちょ、ちょっと待った!」
 
 大慌てで優斗は大根をかき集める。
 すると、
 
「ユウトっ!」
 
 ノイアーが大きな声で優斗の名を呼んだ。
 離れた場所にいた彼は大きく手を振り、
 
「サンキューっ!!」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 しっくりきた。
 頭を下げられる村長になる、ということ。
 自分の目指すべきものが定まってくる。
 
「あいつ、すげえよな」
 
 上級魔法を使える魔法士で、言えばすぐに上手くなる。
 何となくだが気品があるようにも思える。
 
「学院に通ってるとそうなんのかな?」
 
 走りながらくつくつと笑い、我が家の前に……着くところだった。
 人垣が見える。
 少し離れた場所では馬車も見える。
 ……何か異様な雰囲気だった。
 ドクン、とノイアーの心臓が嫌に高鳴る。
 
「……ケイト? コリン?」
 
 愛する者の名を呼ぶ。
 振り向く村の皆の表情が一様に曇っている。
 
「――っ!」
 
 手押し車を放って人垣に駆け寄った。
 そして皆を掻き分け、我が家の扉の前に出る。
 見えるのは、へたり込んでいるケイトと40代と思える壮年の男性。
 
「…………あんたは……」
 
 ノイアーにとっては忘れるわけもない顔。
 村民達にとっても忘れられるわけがない名前。
 
「……カプスドル……伯爵……っ!」
 
 この村を領地に入れている貴族。
 カプスドル伯爵の後ろにはニタついている護衛――ゴロツキの姿も複数ある。
 全員が自分を見ていた。
 
「君がノイアーかい?」
 
 怖気が走るような笑みをカプスドル伯爵が浮かべる。
 生理的に受け付けない、気持ち悪い笑みだ。
 
「……ここに……何の用だ」
 
 振り絞るように声を出すノイアー。
 嫌だ、と。
 ふざけるな、と。
 数年ぶりの感情が蘇ってくる。
 
「分からないかい?」
 
 けれど彼の感情などまったく興味がないように、カプスドル伯爵は紙を見せつける。
 書かれているのは……『ケイト・ウィンストンの処刑』。
 ノイアーの頭が真っ白になる。
 
「ふざけんな!! 3年前、もうやらないと言ったのはそっちだろうが!!」
 
 3年前まで、悪意の限りを尽くして女性を処刑していた。
 けれど唐突に『飽きた』と言って、二度とやらないと軽やかに言い放ち消え去った。
 
「自分が言ったことすら覚えてないのか!!」
 
 誰もが安堵した。
 誰もが喜んだ。
 三年続いた悪夢はもう、ないのだと。
 
「忘れたね、そんなこと」
 
 誰もが絶望する。
 その表情すらもこいつにとっては最高の気分が良くなることなのだろう。
 
「決定は絶対だ。破ればどうなるか分かるね?」
 
 カプスドル伯爵は人垣を見て、村全体を舐めるように見る。
 
「よく考えることだ。村を……そして君たちの最愛の娘を助けたくば、ね」
 
 後ろにいる護衛も汚い笑みを浮かべる。
 欲望に満ちた表情をさせている。
 
「また後で迎えに来るよ」
 
 
       ◇      ◇
 
 
「何だろ?」
 
 優斗が村に戻った時、なんとなく雰囲気が違うと思った。
 
「静かすぎる……のかな?」
 
 二日いるからこそ違和感になる。
 一昨日、昨日よりもあまりに生活の音がない。
 代わりに遠くで馬車の動く音が聞こえてきた。
 手押し車を押しながら優斗はノイアーの家の近くまで到着する。
 優斗の視界には倒れた手押し車と散乱している野菜。
 
「なんだ?」
 
 思わず眉根をひそめ、前を見る。
 
「村の人達?」
 
 十数人ぐらいだろうか。
 どうして彼の家の前にいるのか。
 すると、一人の男性が人垣から飛び出していった。
 村の人々が止めるが、彼は振り解くように全力で駈ける。
 
「……ノイアー?」
 
 優斗の視界に見える姿は小さい。
 けれど間違いなく彼だ。
 手には鈍く光るものが見える。
 一昨日、持っていた鉈だろう。
 ノイアーは一目散に走っていく。
 
 ――何か……あったのか?
 
 疑問のように考えるが、それしかない。
 
「すみません、ちょっと通して!」
 
 優斗も手押し車を放ると人垣を分けてノイアーの家の玄関前まで来る。
 そこにいるのは、座って呆然としているケイトだけ。
 彼女が無事であることを安堵したと同時に訊く。
 
「ケイトさん、どういう状況なの?」
 
「……ユウト……くん」
 
 ゆるゆると彼女の視線が優斗に向く。
 涙はない。
 けれど顔は蒼白で、喜ばしいことじゃないのは確かだ。
 
「言える範囲でいいから話して」
 
 
 
 
 
 
 
 
 彼女を家の中に入れて椅子に座らせる。
 そしてゆったりとした口調で聞こえてくる彼女の第一声は信じられないものだった。
 
「殺される?」
 
 間違いなく今、ケイトはそう言った。
 
「何で殺されるの?」
 
「……わかんない」
 
 僅かに首を横に振るケイト。
 
「悪いことは?」
 
「……やってない」
 
 やっているわけがない。
 ノイアーもケイトも誠実に生きてきた。
 いや、村の誰もが同じ。
 だからこそ“選ばれた”ことに絶望する。
 
「……3年前を最後に……カプスドル伯爵も……もうお終いって言ったのに……」
 
 最後だった。
 最後の……はずだった。
 
「今までに何回、同じ事があった?」
 
「……3回」
 
 3年前、4年前、5年前。
 いずれも10代後半の女性が殺された。
 
「抗わない理由は?」
 
「……村の税の徴収を5倍にするって。それに……通達した時点で100人以上で村を囲むの。逃げられないのよ」
 
 時間を空けるのは最後の別れをさせるためであったり、絶望をより感じさせるためであったりするのだろう。
 
「どうして最初にあった時、逃げなかったの?」
 
「……言ったでしょ。どれだけ絶望があったとしても、村が大好きなの。それに5年前って、私まだ11歳だもの。親がいるし自分で決められないわ」
 
 他にも理由は各々あるだろう。
 国が好きだから。
 どこに行けばいいのか。
 たくさんの理由がある。
 
「ケイトさんはいいの?」
 
 優斗が一歩、踏み込んだとを訊く。
 彼女は身体を震わせ、手を握りしめた。
 それでも気丈に言う。
 
「……ノイアーとコリンを生かす為よ」
 
 自分が死ねば夫も娘も村も何一つ問題ない。
 また平和な日常が戻ってくる。
 ただ自分が村から欠けるだけ。
 けれど、
 
「それは死ぬことを受け入れる為の言い訳でしょ」
 
「……っ!」
 
 無理矢理に己を納得させる言い訳だということぐらい、優斗に分からない訳がない。
 
「都合良く母親の意見を聞いてるわけじゃない。君自身がどうなのかを訊いてるんだ」
 
 ケイト・ウィンストンはどう思っているのか。
 これこそが重要。
 
「もう一度訊くよ」
 
 真っ直ぐにケイトを見据え、同じ事を彼女に突きつける。
 
「それでいいの?」
 
 優斗に二度、問われたこと。
 
「…………そんな……わけ……」
 
 一度は頑張った。
 けれど、二度訊かれてしまうと駄目だ。
 ギリギリで塞いでいたものが。
 ケイトの心の奥で止めていたものが溢れる。
 
「いいわけ……ないじゃない!!」
 
 死んでもいい、なんて本心から思えるわけがない。
 
「私だって生きたい!」
 
 もっと人生を歩みたい。
 これからもっと。
 たくさん、たくさんの事をしたい。
 
「ノイアーがいるの! ノイアーが大好きなの! お腹を痛めてコリンを産んだの! 成長していく姿を見ていきたいの! やっとママって呼んでくれたの! ノイアーと一緒に、この子と一緒にもっとたくさん生きていきたいの!」
 
 望むことがある。
 見ていきたいことがある。
 だから死にたくない。
 
「……でも……駄目なのよ」
 
 何をやっても無駄だから。
 
「……誰も太刀打ちできないの」
 
 カプスドル伯爵が揃えた護衛に勝てる人など村にいない。
 
「…………誰一人助けられる人なんていないの」
 
 彼らよりも力を持った人など存在しない。
 そして何よりも、
 
「………………村が…………大好きなの……っ!」
 
 自分が生まれてから生きてきた村が大切だ。
 
「私が選ばれなかったら、他の誰かが選ばれる! そんなの私は嫌!」
 
 自分じゃないからいい、などと思えるものか。
 誰かに譲ってしまえるなら譲ってしまえ、なんて思えない。
 その人に『自分の代わりに死んでくれ』なんて言えない。
 
「だったらせめて私の命が村を、ノイアーを、この子を生かす為にあると考えて何が悪いの!?」
 
 最後は叫ぶように言い放った。
 どうせ誰かに理解されると思っていない。
 けれど紛れもないケイトの本心。
 だからこそ、
 
「悪くない」
 
 優斗は肯定した。
 村が大切だ、と。
 そう言い切ることは簡単だ。
 けれど実際に他の誰にも文句を言わずに現状を受け入れるなんてこと、普通は出来ない。
 誰にも出来ないことを出来る、本当に心の強い人だと思う。
 
「だけど一つ忘れてる」
 
「……えっ……?」
 
 呆けた表情のケイトに優斗は柔らかな表情を浮かべる。
 今の状況下は今までと違う。
 
「ほら、村の人じゃないのが一人いる」
 
 そう。
 イレギュラーが存在する。
 
「僕がいるよ」
 
 自分の胸に手を置いて、己がいることを主張する。
 
「偶然いる他国の人間。迷惑を掛けるには最適の人物だと思わない?」
 
 自分は赤の他人だ。
 村には関係のない人物だ。
 だからこそ迷惑を掛けてしまえ、と。
 優しい声音で、優しい笑みで優斗は伝える。
 
「言っていいよ。君が今、何を望んでいるのかを」
 
「……っ!」
 
 ケイトが数瞬、言葉を詰まらせた。
 先程の自分が言ったこと。
 それを纏めると伝えるべきことは一つ。
 だが口にしてしまえば、きっと自分は泣く。
 分かっている。
 無理に希望を持ったりなどしてはいけない。
 
「…………ぁっ……」
 
 けれど、だ。
 彼に言うなんて馬鹿らしいと感じていても。
 赤の他人である彼に無理な要求をすることになると分かっていても。
 
 
 心が揺さぶられた。
 
 
 彼の優しい笑みを信じたくなってしまう。
 優しい言葉を頼ってしまいたくなる。
 
「……いい……の……?」
 
 無意識に声が漏れる。
 “信じていいよ”と言外に教えてくれるから。
 “どうにかしてみせる”と伝えてくれているから。
 縋りたくなる。
 
「……頼って……いいの?」
 
 自分を。
 ノイアーを。
 コリンを。
 家族の命運を託してもいいのだろうか。
 赤の他人の彼に。
 
「ケイトさんの美味しいごはんを食べられないのは、世界にとって大きな損失だと思うんだよね。それにさ、うちの娘の可愛さをもっと知ってもらわないと僕の気が済まない。まだまだあるんだよ、マリカの可愛いところ。きっとコリンよりもたくさんあるし」
 
 優斗がおどけるように言葉を返した。
 予想外で、不意にケイトの表情が緩む。
 
「……何よ、それ」
 
 たった、そんなことの為に。
 この人は貴族に喧嘩を売るとでも言うのだろうか。
 というよりも今、彼は聞き捨てならないことを宣った。
 
「コリンのほうがもっと可愛いところがあるわ」
 
 ケイトが言い返せば優斗は苦笑した。
 
「上等。どっちが親バカなのか、あとで決めよう」
 
 そう、またあとで。
 皆で親バカになるとしよう。
 だから彼女を死なせることはしない。
 
「あとで、か……」
 
 ケイトはベッドを視線を送った。
 コリンがこっちを見ている。
 少し不安そうなのは、自分の表情が曇っているからだろう。
 嫌だ、と思う。
 娘にこんな表情をさせるのは。
 最愛の子供に心配をさせるのは。
 本当に嫌だ。
 
「ユウトくん」
 
 だから……覚悟を決めて立ち上がった。
 瞳には強い光が宿る。
 彼は迷惑を掛けろと言った。
 自分が何を望むのか訊いてきた。
 逡巡はもう終わり。
 だから、伝えようと思う。
 頭を下げながら、自分が何を望むのかを。
 
「私達を助けて」
 
 これこそがケイトの望み。
 単純で。
 分かりやすくて。
 誰もが『どうしようもない』と思っていたこと。
 それを赤の他人に言うなんて馬鹿らしい。
 部外者の彼に願うなんて阿保らしい。
 だけど、
 
「貴方を信じるわ」
 
 彼は伝えてくれたから。
 頼れと。
 信じろと。
 任せろと。
 柔らかな笑みと優しい声音で。
 自分に届けてくれた。
 
「親バカに悪い奴はいないもの」
 
 だから預けようと思う。
 ノイアーが助けた赤の他人――ユウトに。
 自分達の“運命”を。
 
「ん、分かった」
 
 優斗はケイトが頼むと簡単に頷く。
 そして歩き、玄関の扉を開けた。
 
「助けるよ」
 
 嘘偽りなく約束しよう。
 見ず知らずの人間にすら親切になれる彼らを。
 
「僕が受けた恩に賭けて必ず」
 
 死なせはしない。
 
 



[41560] 蹂躙
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:89c65f12
Date: 2015/12/14 20:44
 
 
 
 
 
 不思議な人だとケイトは思う。
 
『この指輪は彼の全てとなる』
 
 村に関係ないからこそ迷惑を掛けろ、など。
 
『我が名は優斗。彼の者と契約を交わした者』
 
 どう考えても不思議だ。
 
『我が呼び声、我が呼びかけ、我が声音。全ては祖への通り道となる』
 
 ただ、彼から聞こえる声は暖かく。
 
『願い求めるは根源を定めし者。精霊王と呼ばれし者。全ての父よ』
 
 彼から届く言の葉は柔らか。
 
『今こそ顕現せよ』
 
 けれど凛として響く。
 どうしようもないほどに安心を感じてしまう。
 どうしてか触れることを許されない神聖さを感じる。
 
『来い』
 
 左手を広げ、威風堂々立つ姿。
 
『パラケルスス』
 
 ケイトはその姿に――お伽噺を思い出す。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 優斗は視線を精霊王に向けると一言告げる。
 
「護れ」
 
『契約者殿が望むこと、違えることなく』
 
 ふわりと浮かびながらパラケルススが何かを唱え始める。
 優斗は見届けると、ケイトに振り返った。
 
「ノイアーがどこに行ったか分かる?」
 
「たぶん、カプスドル伯爵のところ」
 
 それ以外ない。
 
「場所は?」
 
「この一本道を行けば着くわ」
 
 ケイトが経路を指差す。
 優斗は一つ、首を縦に振った。
 
「了解。あの馬鹿をケイトさんのところへ連れ戻しに行ってくる」
 
 そして駆け出した。
 当然、彼の不可思議な行動に村にいるカプスドル伯爵の護衛達が気付いている。
 
「さっきから何をやって――」
 
「邪魔だ」
 
 立ちはだかろうとした5人の護衛を一瞬にして吹き飛ばす。
 同時、一気に村の中がざわついた。
 護衛達も村人も何事かと騒ぐ。
 だが、
 
『これで終いとしようかの』
 
 パラケルススが手を翳し、護衛達が動く前に身体へ一気に重みが掛かった。
 一人残らず全員が地面に押し潰れる。
 
『まこと、運が無い奴らだとは思うが……契約者殿がいる以上、命運も尽きたと思うほうが懸命というもの』
 
 余裕綽々の表情で村中を見回すパラケルスス。
 優斗が走り始めてから僅か10秒ほどの出来事。
 ケイトも呆気に取られた。
 というか目の前に浮いているのは何なのだろう。
 
「……おじいちゃん、何者?」
 
『ちょっと凄いおじいちゃんとでも言っておこうかの』
 
 茶目っ気を出しながら、パラケルススは微笑んだ。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 鉈を振り回す。
 だが、どうやっても当たらない。
 
「おいおい! それで攻撃のつもりか!?」
 
 囲んでいる50人から嘲笑が飛んでくる。
 カプスドル伯爵邸の門の前で、ノイアーは護衛達に囲まれながら立ち向かう。
 笑われても、馬鹿にされても構わずに振り回し、振り回し、そして、
 
「おら、腹が留守だぞ」
 
 膝蹴りを食らった。
 
「……うぐっ!」
 
 衝撃と痛みでノイアーは跪く。
 すぐに立ち上がろうとしたが、背から足蹴にされる。
 さらには足も手も踏みつけられた。
 折れてはいないだろうが、痛みが走る。
 
「……っ!」
 
 耐える。
 こんなので叫んではいられない。
 自分が諦めれば、ケイトはもっと苦痛を……絶望を味わうことになる。
 
「ああああああぁっっっ!!」
 
 叫んで暴れる。
 どうにか起き上がる為に。
 しかし、
 
「少々うるさいよ」
 
 カプスドル伯爵がいつの間にかやって来て、ノイアーの頭を踏みつける。
 一瞬、ノイアーの目が眩んだ。
 が、すぐに踏みつけた相手を睨み付ける。
 対するカプスドル伯爵は飄々とした表情のまま。
 
「まったく、こんなことをしても無駄だというのに」
 
「オレは父親だ! 妻と娘を守るのがオレの役目だ!」
 
「その為に村はどうなってもいいと?」
 
「……っ」
 
 ほんの僅か、抵抗するノイアーの力が緩まった。
 そうだ。
 自分が反抗すれば災厄は全て村に降りかかる。
 
「いいねぇ、その表情。男ではあるが非常にそそられる」
 
 舌なめずりをするカプスドル伯爵。
 
「このまま無力感を噛みしめたまま殺したらもっと、そそられるだろうかね?」
 
 けたけた、と。
 けらけら、と。
 抑えきれない笑いを必死に噛みしめる。
 
「そしてケイトという母親には、まず夫の首を持って最初の絶望を噛みしめてもらうことにしようか」
 
 頭を踏みつけていた足を外し、数歩下がるカプスドル伯爵。
 代わりに一人、大剣を持った男が前に出る。
 
「殺せ」
 
 躊躇うことなく。
 ノイアーの死ぬ間際の表情を楽しむべく。
 カプスドル伯爵は言い放つ。
 大剣を持った男は振りかぶり、振り下ろした。
 
「――ッ!」
 
 ノイアーは暴れてどうにか逃げようとした。
 だが手は動かない。
 足も動かない。
 頭だって左右に振ったところでたかが知れてる。
 あとコンマ数秒で首筋に叩き込まれる大剣。
 様々な感情がない交ぜになる。
 怒りも、恐怖も、絶望も、後悔も。
 何と形容していいか分からない表情になっていく。
 それこそがカプスドル伯爵の望むもの。
 見たかったもの。
 しかし、
 
「危ない危ない、間に合った」
 
 ノイアーの表情は、そこで終わる。
 場違いなほどに暢気な声と甲高い音が彼の耳朶に響いた。
 
「……えっ……?」
 
「ノイアー、父親が家族を守るっていうのは同感だよ」
 
 視界に広がる大剣はショートソードで受け止められている。
 気付けば両手足を踏みつけていた足はなく、自由に動く。
 
「だけど無茶と無謀は間違えたら駄目だと思うんだよね」
 
 ノイアーからは見上げる背しか見えない。
 けれど、この声は間違いなかった。
 
「……ユウ……ト……?」
 
「まったく。僕が間に合わなかったら今頃、天国に行ってるよ」
 
 笑みを浮かべながら宮川優斗が立っていた。
 彼は大剣をはじき飛ばしてノイアーを引っ張り上げる。
 
「どうして……ここにいるんだ?」
 
「ジャンプ一番、全員の上を飛んでここに到着」
 
 囲んでいる護衛達を一気に通り越し、ノイアーを抑えている奴らを吹き飛ばして剣を受け止めた。
 
「そ、そうじゃない!」
 
 けれどノイアーは首を振る。
 訊きたいことは、それじゃない。
 
「お前、何でいるんだよ!」
 
 意味が分からない。
 どうして優斗がここにいる。
 これは村の問題だ。
 自分の問題だ。
 彼の出る幕など一つもない。
 
「何を言ってるの?」
 
 だが優斗は柔らかな表情のまま。
 そして初めて会った時、彼に言われた言葉をそっくりそのまま返す。
 
 
「困ったときはお互い様。でしょ?」
 
 
 してやったり、といった感じの優斗にノイアーが呆ける。
 すると不用意に近付く男が一人。
 ニヤつき、舌なめずりをしながら優斗の肩に手を掛け、
 
「馬鹿がもう一匹、増えやが――」
 
 言い終わる前に優斗は足を払い、倒れていく男の顎がちょうどいい高さになったところで、思い切り蹴り砕く。
 そして振り上げた足を、今度は踵を用いて喉仏に突き刺した。
 
「どうした。何か言ったか?」
 
 返事などないと分かっているにも関わらず、優斗はあえて口にした。
 空気が一気に張り詰める。
 
「問答無用だね」
 
 だが、その中で拍手をした人物がいた。
 カプスドル伯爵だ。
 
「登場早々、豪快なことをやっているものだ」
 
 これほどあからさまな人数差があるというのに、遠慮なく戦闘不能にする。
 恐怖というものがないのだろうか。
 
「お前がカプスドル伯爵か」
 
 そして当然、優斗に恐怖などない。
 この状況下に何かを思うことなどあるわけがない。
 
「一つだけ聞かせてもらう」
 
 冷徹な視線を向けて優斗は問う。
 
「どういう基準で殺す人を選んでいる?」
 
 理由なき処刑なのだろうか。
 それとも何か理由があるのだろうか。
 
「気になるのなら教えてあげるよ」
 
 するとカプスドル伯爵は狂気の笑みを見せる。
 
「子を産んだ母親だ」
 
 ただ、それだけ。
 しかしそれが最高の処刑相手だ。
 
「子を産んだ後の母親というのはいい。子供を想い、子供との未来を願い、子供の成長を望み、その全てを台無しにされる瞬間というのは実にそそられる。夫がいる身で穢されたことによる絶望、汚されたことによる悪夢、命を絶つ瞬間に浮かぶ恐怖と諦め。あの表情が本当に愛おしい。私は今まで生後1ヶ月、半年、1年の子を持つ母親を殺してきたんだよ。だから今度は1年2ヶ月。子供が喋り初めて可愛い頃だろう?」
 
 絶望という絶望を感じさせて殺す。
 これほど愉快なことはない。
 
「なるほど。自身の娯楽の為に処刑をしているんだな」
 
 優斗は一つ、頷く。
 目の前の男がどういう人間かよく理解できた。
 
「つまり下衆か」
 
 人の風上にも置けない。
 最低の人間。
 
「よかった」
 
 このような男で。
 本当に安心した。
 
「何が『よかった』と?」
 
「決まっているだろう」
 
 これまで自分は仲間のことでしか戦ってこなかった。
 仲間の時ならば何があっても気にしない。
 どんなことになろうとも“どうにかする”。
 けれど今回、初めて赤の他人の為に動こうと思った。
 そしてここは他国で自分がどういう存在なのかも理解している。
 だからこそ『よかった』と思ったのだ。
 これほどの外道ならば、
 
「遠慮なく潰せる」
 
 何かを考慮する必要なんてない。
 
「ミエスタ女王がお前がしていることを知ったら、どう思うか考えたことはあるか?」
 
「いいや、考えるまでもない。女王といえど手が届かない場所は確実に存在するさ」
 
 カプスドル伯爵を地面を指差す。
 
「そして答えだよ、少年。だからこそ私はこのようなことが出来るんだ。村人の声なんてどこにも届かない場所だからね」
 
 告げて、今度は逆に問いかける。
 
「君は今まで私が愉悦し殺した母親達の仇討ちでもするのか?」
 
「僕にとって今までの人達は関係ないことだ。気にはしていないし、正直に言えばどうでもいい」
 
 気にもかけない。
 
「ただし今回のことは別だ。彼らには恩がある」
 
 泊めてもらった恩がある。
 食事をもらった恩がある。
 
「だからお前を徹底的に潰させてもらう」
 
「この人数を前にして、よくそこまで大見得を切れるものだね」
 
 人数にして50倍。
 ノイアーを守りきれるとでも思っているのだろうか。
 
「大見得?」
 
 だが優斗は鼻で笑う。
 
「悪いが切った覚えはないな」
 
 自分が出来ないことを言ってはいない。
 当然、可能だからこそ告げている。
 
「約束をした。ノイアーを連れ戻すと」
 
 赤の他人を信じてくれた彼女に。
 旦那を連れ戻すと言った。
 
「そして僕がこの約束を違えることはない」
 
 何があろうとも。
 
「……くくっ」
 
 けれどカプスドル伯爵は心底、面白そうに声を上げた。
 
「あはははははははっ! どうやってだ! これほどの人数を相手にする気か!?」
 
「当然」
 
 至極真面目に返す。
 
「殺すか殺さないのかを定めるのは別に適任がいる。せいぜい、手加減してやるから感謝しろ」
 
「気でも狂ってるのか。50人いるんだよ?」
 
 相手になるなど誰もが考えもしないだろう。
 だが、
 
「足らないな」
 
 優斗は言い切った。
 どうしようもなく数が少なすぎる。
 誰を相手にしていると思っているのだろうか。
 宮川優斗を倒したいのなら、
 
「最低でも1000倍は連れて来い」
 
 彼の声音に冗談の色はない。
 間違いなく、絶対として言っている。
 
「君のせいで村に迷惑が掛かる。それを承知で来ているのかい?」
 
 先程、ノイアーに言ったこと。
 彼を動揺させるに至った言葉。
 
「言っている意味が分からないな」
 
 しかし優斗には通じない。
 
「今日、ここでお前は終わる。どうして今後のことを考える必要がある」
 
 カプスドル伯爵に対して、あまりにも愚かな物言い。
 我慢できずに失笑した。
 
「あっはははははっ!! この私をどうやって――」
 
「お前程度をどうにか出来ない奴が、ここにいるとでも思っているのか?」
 
 まるで事実だと言わんばかりに高圧的な態度を優斗は崩さない。
 これも嘘を言っているとは思えなかった。
 初めてカプスドル伯爵の表情が険を含む。
 
「……何者だい? 君は」
 
「下衆に名乗るとでも思っているのなら、ずいぶんと僕の『名』を軽く見ているものだな」
 
 そして話は終わりだ、とばかりに優斗はノイアーに振り向く。
 
「……ユウト」
 
 ノイアーは少し呆然としていた。
 今のは何だったのだろう。
 口調も、雰囲気も、態度も。
 何もかもが知っている優斗と違う。
 けれど自分に向けられる雰囲気は変わっていない。
 馬鹿みたいに穏やかな優斗のまま。
 
「お前……二重人格だったりするのか?」
 
 この状況下でトンチンカンな問い。
 
「ノイアーって案外、肝が据わってるよね」
 
 硬い表情をほぐす優斗。
 二重人格だと言われたのは初めてで、ちょっとビックリした。
 
「こいつらぶっ飛ばすけど、どれくらいがいい? 『軽く』『適度に』『全力で』の三つがあるけど」
 
「全力で」
 
 考えるまでもなくノイアーが答えた。
 
「分かったよ」
 
 左手を振るう。
 指輪が輝き、背後には4つの魔法陣が生まれた。
 
「おいで」
 
 名すらも呼ばずに喚ぶ。
 ただ、それだけで四大属性の大精霊が召喚される。
 
「ノイアーをお願い」
 
 4体の大精霊が頷く。
 しかしノイアーにとってはよく分からない存在かもしれない。
 いきなり出てきたものに驚いていた。
 優斗は小さく笑って、再びカプスドル伯爵と相対した。
 表情は再び冷酷なものに変わっている。
 
「攻撃でもしてくればよかっただろうに」
 
 まあ、意味はないが。
 
「……それは何だ?」
 
 優斗の背後にいる大精霊に警戒する面持ちのカプスドル伯爵。
 
「なんだ、知らないのか。残念なことだ」
 
 馬鹿にするように挑発した。
 知識がないと嘲笑されているようで、僅かに眉をひそめるカプスドル伯爵。
 優斗はさらに囲んでいる奴ら全員を相手に言い放つ。
 
「さあ、50人。お前らはカプスドル伯爵の護衛なんだろう? これから僕はこいつを泣いて喚いて『もうやめて下さい』と懇願するまで虐げる」
 
 徹底的に。
 圧倒的に。
 絶望を感じるまで。
 
「護衛というのなら守ってみせろ」
 
 張り詰めた空気が広がる。
 息苦しい何かが場を支配し始めた。
 明らかに立場は逆なはずだ。
 彼の台詞は護衛達が言うことこそ普通であり、とても一人の男が50人に向けるものじゃない。
 けれど、誰もが否定も馬鹿にすることも出来なかった。
 戦う者だからこそ感じる――恐怖。
 
「とはいえ、守らなかったところで逃げられると思うなよ。お前らが“どうしてここにいるのか”を、こいつの発言で気付かないとでも思っているのか?」
 
 本当に最低の部類の奴らだ。
 どうしようもなく馬鹿にしている。
 だからこそ憐憫は必要なく、同情も容赦も思いやることなど欠片たりとも存在しない。
 
「一人残らず助かると思うな」
 
 これが皮切りだった。
 1対50の戦い。
 けれども戦いと呼ぶことすら生温い『1』の蹂躙が始まる。
 
 
       ◇      ◇
 
 
「……すっげーな」
 
 ノイアーの視界に映るのは、ある意味で恐ろしい光景。
 たった1人の人間が50人を相手取る。
 
「ユウト、こんなに強いのかよ」
 
 しかもほとんど一撃で戦闘不能にしていく。
 膝を、腹を、腕を、足を叩き折る。
 もう何人倒れているかは分からないが、おおよそ半数はやられている。
 気絶している者、痛みで苦しんでいる者、立ち上がれない者。
 様々だが一様に苦悶以外に恐怖を浮かべていた。
 残っている奴らが優斗を一斉に攻撃しようとしても、その前にショートソードの一薙ぎで吹き飛ばされ、集団に穴が空く。
 魔法を使えど斬られ、お返しとばかりの魔法が周囲を巻き込みながら放たれる。
 
「人間ってあんな簡単に吹き飛ぶもんなのか」
 
 護衛達は村人より強い。
 とはいえ、戦いの心得があっても優斗にとって雑魚は雑魚。
 中級魔法すら満足に扱えない集まりが敵うわけもない。
 ノイアーの前にも未だに人垣はあるが、自分の四方を守るように浮遊しているモノによって、攻撃一つ届いてこない。
 というよりも得体の知れない彼らに対して攻撃を躊躇っている。
 すると、
 
「やはり、もしもの用心というのは必要だね」
 
 カプスドル伯爵が懐に手をやった。
 
「あ、あいつ――」
 
 何かをやろうとしている。
 ノイアーの身体が思わず動くが、薄緑の大精霊が軽く手で制した。
 そして口元に指を当てる。
 
「……黙って見てろって?」
 
 こくん、と首を縦に振った。
 どうやら問題にならないらしい。
 
「これを使うのは初めてだから楽しみだね」
 
 六角形の板を放り投げたカプスドル伯爵。
 と、同時に聞こえてくるものがある。
 
『型無きは誰にも囚われず』
 
 ショートソードを振り、蹴りをかましながら優斗より紡がれる言葉。
 何なのかノイアーには分からない。
 けれどどうしてか、ただの言葉じゃないということだけは理解できる。
 
『誰にも捉えられず、誰にも防がれず、誰にも止められることはない』
 
 カプスドル伯爵の投げた板から六芒星の陣が生まれる。
 それが何かを悟った護衛達が巻き込まれないようにと、逃げるように下がった。
 そして出てくるは……魔物。
 
『故に何よりも自由な存在を妨げるは何も無い』
 
 その姿、体長にして8メートルの巨大な狼。
 カプスドル伯爵が勝ち誇り、
 
「さあ、あの少年を殺――」
 
『吹き荒べ烈風』
 
 魔物に命令をしようとした瞬間、鎌鼬と呼ぶことすらおこがましい数十、数百もの風が魔物を切り刻んだ。
 一瞬にしてカプスドル伯爵の横から吹き飛ばされ、門に叩き付けられ、それすらも打ち壊して伯爵の邸宅へと激突し絶命する。
 あまりにも常軌を逸した破壊力に護衛達の攻撃の手が止まった。
 
「魔物を呼べば勝てるとでも思ったか?」
 
 静かになった戦場で優斗がせせら笑う。
 
「わざわざ呼ばせてやったんだから感謝しろよ」
 
「……なっ!?」
 
「お前が魔法具と取り出した時点で何をするかは理解できた。それでもわざと召喚させてやったんだから、僕に感謝すべきだろう?」
 
 巨大な魔物を現れた瞬間に殺す。
 それほどの力を持ちながら未だ誰一人殺していないというのは、徹底的に手加減されていて『遊ばれている』と思えても仕方ない。
 カチャリ、と武器を地面に落とす音が幾つも聞こえた。
 
「……う……ぁ……」
 
 恐怖に震えながら踵を返し、逃げだそうとしている護衛達が何人もいる。
 しかし甘い。
 
「一人たりとも逃がすつもりはないと言ったはずだ」
 
 いつの間にか彼らの前には光の大精霊がいる。
 障壁に阻まれ、一向に逃げられない。
 
「お前らがこれからやろうとしていたことは、もっと外道なことだろう? それよりも甘いのに、どうして逃げる必要がある」
 
 さらに闇の大精霊が姿を現すと、黒い塊を生み出した。
 何だ、と誰もが思う前に塊は護衛達を一人残らず取り込み始める。
 あまりにも異様で恐ろしい状況。
 だが逃げようとしても無駄だ。
 呑み込む速度のほうが早い。
 
「暗闇の恐怖に絶望でもしてろ」
 
 未だ動いていた護衛全員を塊が取り込むと、優斗が吐き捨てるように言う。
 
「残るは一人」
 
 視線を向け、優斗はカプスドル伯爵に向けて歩き出す。
 
「く、来るな!」
 
 カプスドル伯爵が短剣を振り回しながら牽制する。
 護衛50人を容易に叩きつぶし、魔物すら瞬殺する輩。
 そんな化け物が近付いている。
 
「来るなと言っているじゃないか!!」
 
 叫び、威嚇するように短剣がきらめく。
 しかし意味がないにも程があった。
 優斗に短剣をはじき飛ばされ、カプスドル伯爵は胸ぐらを掴まれる。
 
「お、お前は誰に暴力を――」
 
「お前こそ誰を相手にしていると思っている」
 
 そして門壁まで持ち上げて歩いて行くと、顔面から叩き付けた。
 鼻の骨ぐらいは折れただろうが、それだけ。
 痛みも絶叫するほどのものではない。
 
「な、何が目的なんだ! 金なら出してやる! 謝礼でも地位でも何でも考慮してやる! だから――」
 
「“してやる”? どちらが上なのか理解できていないのか?」
 
 もう一度、叩き付ける。
 
「……う……ぐっ」
 
 今度は鼻血が出た。
 赤いものがカプスドル伯爵の服を汚していく。
 
「話を聞く余裕は出来たか?」
 
 優斗は特に感慨は無い。
 ただ単純に、叩き付ける。
 それがたまらなく恐怖を煽った。
 泣いても無駄。
 叫んでも意味がない。
 地位を振りかざそうと、金を見せようと関係ない。
 
「……な……何が目的……なんだ?」
 
「ノイアーとケイトさんに対する謝罪。村に対する謝罪。そして――」
 
 優斗は言いかけて、やめる。
 
「これは後で伝えよう」
 
 そう言ってカプスドル伯爵を投げ捨てる。
 
「まずはノイアーに謝罪しろ。自分が何をしようとしていたのか分からないほど愚図でもないだろう?」
 
「ふ、ふざけるのもいい加減にしたまえ! こんな村民に対……し……て……」
 
 思わず言い返そうとするカプスドル伯爵だが、段々と尻つぼみになる。
 
「どうした。言ってみろ」
 
 石ころを見るような視線を送る優斗。
 この視線をカプスドル伯爵はよく知っている。
 
「別に抵抗するのは構わないが、10秒経つごとにお前の四肢が消えていく。それでもいいんだな?」
 
 こいつは自分と同じだ。
 人を『人』と見ていない、どこまでも残虐になることが出来る人間の視線。
 
「安心しろ。僕がお前を殺すことはない。腕が飛ぼうと足を失おうとしっかり生かしてやる。ただし痛みで狂うなよ。後々、面倒だ」
 
 やると言ったのならばやるだろう。
 躊躇なんて単語は彼の中にない。
 それが問答無用で理解できてしまう。
 だから、
 
「……すま……ない」
 
 カプスドル伯爵は謝罪の言葉を述べた。
 
「伯爵様は最上級の謝り方を知らないのか?」
 
「……ぐっ……」
 
 優斗が暗に告げていること。
 それは貴族であるカプスドル伯爵のプライドが許すはずがない。
 だが、
 
「……申し訳……ありません」
 
 カプスドル伯爵は膝を着き、頭を下げた。
 考えてなどしていられない。
 すれば結末は分かっている。
 
「ノイアー、これで一旦は矛を収めてほしい。とはいえ別に殴る蹴るぐらいならやってもいいが、どうする?」
 
「……いや、正直言えばお前がやってるところを見ただけでお腹いっぱいだ」
 
 確かに全力でやってほしいと言ったが、こんな展開だとは思いもよらない。
 
「そうか」
 
 優斗は視線でカプスドル伯爵を促す。
 村についてこい、と言外に言っている。
 逆らえるわけもなく、カプスドル伯爵は頷いた。
 優斗とノイアーは二人で並んで歩く。
 
「なあ、ユウト」
 
「どうかしたか?」
 
「やっぱお前って二重人格だろ?」
 
 あらためて思う。
 というか別人にしか見えない。
 別に怖さというものはなかったけれど、やっていることは悪党も真っ青だ。
 優斗も自分で理解しているのか、苦笑する。
 
「否定できないかな、それは」
 
 
 



[41560] 親バカ×親バカ
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:89c65f12
Date: 2015/12/14 20:44
 
 
 
 
 村へ連れて来られたカプスドル伯爵はケイトに、全員に対して謝罪する。
 ケイトには『会いたくなければ家に籠もっていればいい』と言ったのだが、一言文句を言わないとやってられないと、土下座して顔を起こしたところをビンタしていた。
 文句と言っていたのにビンタをするとは、やっぱり気丈な女性だと優斗は思う。
 そして、
 
「僕は他国の人間ではありますが、ミエスタ女王と面識があります。なのでこれからカプスドル伯爵をミエスタの王都へと連れて行きます。そこで然るべき処分をしていただくので、どうか皆様はこの場での怒りは収めて下さい」
 
 先程言わなかったことを村人全員を含めて告げる。
 驚きの表情は誰しもがしたが、一番驚愕したのは誰でもないカプスドル伯爵。
 
「は、話が違うじゃないか!?」
 
 これで終わりだと思っていた。
 けれど優斗は相手にしない。
 
「何一つ違うところはないし、どの口が甘いことを言うんだ。お前は“僕の恩人”に手を出したんだ。徹底的にやるに決まっているだろう」
 
「わ、私を連れて行ったところで向こうの奴らが話を聞くとでも思っているのか!?」
 
 連れて行かれるのはミエスタ王国の貴族。
 どこの誰とも分からない他国の男の話を聞くとは思わない。
 だが、残念なことに連れて行くのは宮川優斗。
 
「言わなかったか? 誰を相手にしているのか、と」
 
 ミエスタという国が話を聞かないわけがない。
 
「パラケルスス」
 
 優斗が名を呼べば、ふわりと老人が降りてくる。
 というかこの好々爺は何なのだろうと誰もが思う。
 名前的には精霊の主ということは何人か、分かっていた。
 だがまさか本物だとは誰もが思ってもいない。
 
『呼んだかの?』
 
「悪いけどこいつら全員を運んでほしい」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 一方でミエスタ女王は頭を悩ませていた。
 
「……ああ、もう。何でユウト君の車がなくなっちゃうのよ」
 
 2日前、血の気が引くような話を聞かされた。
 優斗を乗せていた車がない、と。
 
「ユウト君なら大丈夫だと思うし、問題ないと思うけど……」
 
 殺しても死なないだろうし、むしろ殺そうとしたら殺してくる人物だ。
 窮地に陥るとは思えない。
 だが、それはそれ。
 責任はミエスタにある。
 だから捜索しているのだが、どこからいなくなったのかも分からない。
 
「いっそ精霊術とかで空でも飛んでくれたら分かりやすいんだけど、ユウト君って照れ屋だからやらなさそうなのよね」
 
 常識外の存在なのに常識に拘るので厄介だ。
 ミエスタ女王がさらに頭を悩ませていると、外から騒ぎ声が上がった。
 
「何かしら?」
 
 椅子から立ち上がり、窓を覗く。
 そこで視界に入ったのは、あまりに想定外の光景。
 
「……うそ」
 
 人間の集団が空から王城の広場に落ちている。
 幻でも見ているのかとも勘違いしそうになるが、広間にいる兵士達の驚きの声が否定する。
 
「なんでこう、次から次へと問題が起こるのよ!」
 
 文句を言いながら女王は広場へと足を運んでいく。
 そこで目にしたのは結界の中で震えている者や呻いている者――総勢151人が蹲っている状況。
 
「……な、なんなの?」
 
 理解の範疇を超えている。
 あまりにも唐突すぎた出来事だ。
 しかし、
 
『ミエスタ女王というのはいるかの?』
 
 上のほうから声が聞こえてくる。
 見れば、ご老体が空に浮かんでいた。
 察しの良い女王はまさか、と思う。
 
「……パラケルスス?」
 
『いかにも』
 
 あまりにも簡単に頷かれた。
 とはいえ、こんなとっぱずれたことをやったのがパラケルススだとすると納得できる。
 
「貴方がいるってことはユウト君は?」
 
『そのことだがミエスタ女王、契約者殿からの言伝がある』
 
 パラケルススは承った言葉をそのまま彼女に伝える。
 
『今からそっちに行くからクラート村へ迎えに来い。以上じゃ』
 
 ミエスタ女王の眉間に皺が寄った。
 あまりにも普段の彼と口調が違いすぎる。
 
「……一言一句、間違いはないの?」
 
『まさしく、そう言っていたの』
 
 飄々と答えるパラケルスス。
 女王は頭を抱えたくなった。
 彼は基本的に我々のような人物に対して言葉を崩すことはない。
 年輩や見知らぬ貴族、王族に対しては特に。
 けれど今のような口調になった時、ミエスタ女王には分かっていることが一つだけある。
 
「大魔法士として私と会うってことね」
 
 そう、今の優斗は自身を大魔法士だと認めている。
 だからムカついている相手以外にこの口調の場合。
 彼はミエスタ女王と同等の立場として振る舞う覚悟があるということ。
 それを彼は示してきた。
 女王は思わずやって来た馬鹿共を睨み付ける。
 パラケルススが結界を張っているということは、助けるなと言っているようなもの。
 こいつらが絶対に優斗の逆鱗に触れる何かをした。
 腹立たしさしか覚えないが、それでも冷静に女王は指示を出す。
 
「今からユウト=フィーア=ミヤガワ様をクラート村からお連れしなさい!」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 待つこと2時間弱。
 高速馬車が村へと辿り着いていた。
 
「オレらも行ったほうがいいんじゃ……」
 
「そうよね。だって当事者なんだし」
 
 優斗が馬車に乗り込もうとした矢先、そんなことをノイアーとケイトが言ってきた。
 はぁ、と大きく優斗が溜息を吐く。
 
「殺されかけたり『死ね』と言われた人達が何を言ってるの。しっかり休んでなよ」
 
 肉体的疲労も精神的疲労も酷いはずだ。
 だからゆっくりと養生してほしい。
 けれどノイアーがツッコミを入れる。
 
「お前が一番暴れてただろ」
 
「あの程度、軽い運動だよ」
 
 疲れるわけもない。
 なので優斗は村長に頭を下げ、
 
「村長、申し訳ありませんがこの二人をよろしくお願いいたします。皆様こそよく知っていると思いますが、この二人は親切だからこそ余計な苦労も背負います」
 
「ええ、よく知っているとも」
 
「というかもう面倒なんで家に縛り付けておいて下さい」
 
「任せておいてくだされ」
 
 ノイアーの尊敬する村長だけあって、話がよく分かる人だ。
 優斗は再び馬車に乗り込む。
 
「ユウトくん!」
 
 するとケイトが大声で叫んだ。
 
「今日、どっちが親バカか決めるんでしょ!? だから世界の損失になるほど美味しい夕ご飯を作って待ってるから!」
 
 次いでノイアーも同じように、
 
「このまま帰るとか駄目だからな!! オレのケイトの美味い飯、食いに戻ってこいよ!!」
 
 二人の言葉に思わず優斗も破顔した。
 
「了解。楽しみにしてるよ」
 
 今度こそ馬車に乗り込み、扉を閉めて出発する。
 だんだんと姿が見えなくなったところで村長がノイアー達に訊いた。
 
「彼は一体、何者なのかね?」
 
 村の恩人たる方だというのは分かるが、あまりにも手際が良すぎてどういう人物なのかが全く想像つかない。
 だがノイアーとケイトは顔を見合わせると、ぷっと吹き出して言った。
 自分達が知っていることはただ一つ。
 
「「 親バカ 」」
 
 けれど彼を評するには、その一つがあればいい。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 ここから先は純粋なノイアー達に見せられない領域。
 冷徹と冷酷が入り交じった空間になる。
 
「数日ぶりですね、ミエスタ女王」
 
 優斗は謁見の間で女王と相見えた。
 彼女は彼の姿をはっきりと正面から受け止めて、言う。
 
「口調はさっきの――貴方の立場を示す為に使った口調でいいわ。さすがにいつものだと『ユウト君』と勘違いしそうになるもの」
 
 彼の口調は、ムカつかない相手の場合は意識的に。
 そしてムカついている相手の場合は無意識に変わる。
 同等、もしくは上の立場として振る舞う為に。
 とはいえ、だ。
 少なくとも友好を持っている女王に向ける為のものではないのだが、今回は事情が事情。
 立場だけではなく、立ち振る舞いすらも示してもらわないといけない。
 
「ある程度の事情はあいつらから聞いたつもりだけど、改めて伺うわ。ユウト様、何があったのかしら?」
 
 
 
 
 
 
 
 
 優斗は今日、あったことをミエスタ女王に伝える。
 彼が話すことは彼らとあまり差異はない。
 足りなかった部分も話してもらったことで、頭の中の情報を補完し終わった。
 女王は大きく溜息を吐く。
 
「ミエスタ女王。分かってるな?」
 
「分かってるわよ。私の国で、しかも貴方の前で大層な愚行を犯してくれたものだわ」
 
 あまりにも酷い出来事にミエスタ女王は眉根を揉みほぐす。
 
「そして貴方がどうして、大魔法士として私の前に来たのかも分かってるつもり」
 
 今回の件、絶対的にカプスドル伯爵が悪い。
 何があっても、何を言おうとも、情状酌量の余地は欠片も存在しない。
 けれどもカプスドル伯爵は貴族だからこそ、優斗は僅かばかりの懸念すらも消す為に大魔法士としてここに来た。
 
「……クラート村には後悔の念しか生まれないし、貴方をこういう形で招きたくはなかったわ」
 
「……同感としか言えないな」
 
 二人して頷いたその時、扉の開く音が聞こえた。
 一人の男が縛られ、連れて来られる。
 優斗と女王は視線を向け、
 
「クラート村に対して犯した罪。貴女はどう贖わせる?」
 
「決まってるわね。極刑よ」
 
 裁くための会話を世間話のように始める。
 やって来て早々、カプスドル伯爵の表情が引き攣った。
 
「僕に胡麻を擂るために言っているわけじゃないだろうな?」
 
「違うわ。貴方との友好を望むからこそ勘違いするかもしれないけど、私がこういうこと大嫌いなだけよ。何よりも5年前より3年間、同じことを続けて彼らを押さえつけてきた貴族に何の価値があるというの? ミエスタの法からしても極刑にしかならないわ」
 
「ならいい」
 
 カプスドル伯爵が処刑されることを確認する為だけの会話。
 決定事項であり覆せないもの。
 
「じ、自国の貴族が他国の人間にやられているというのに、どうして!?」
 
 当然、カプスドル伯爵が納得できるわけもない。
 しかし、あれだけのことをやって『守ってもらえる』という希望を僅かばかりでも持っているのだろうか。
 
「自国の貴族が私の愛する民を傷つけているのに、何を考えて『どうして』という言葉が吐けるのかしら」
 
 貴族が民衆の上にいるのは事実だ。
 だから彼らには権力と責任が存在する。
 決して放り投げていい責任ではないし、押さえつける為に存在する権力などではない。
 
「私はユウト様に感謝しかないわよ。貴方のような馬鹿を見つけてくれたのだから」
 
 国の全てを女王たった一人で見ることは無理だ。
 故に貴族というものがいる。
 だというのに、この男は貴族としての責任を放棄した。
 いや、放棄したどころか権力を悪用し、人として外れた行いを平然と行った。
 女王が庇う理由など一つとして存在しない。
 
「た、他国の人間の言葉を真に受けるなどどうかしている! たった一人の少年の言葉で伯爵である私を極刑にするなど、国を揺るが――」
 
「貴方は『大魔法士』が嘘偽りなく伝えてくれたことに対して、一国の王が信じないとでも思っているのかしら?」
 
 素性も知れぬ他国の人間ならば疑わしいだろう。
 けれど彼は違う。
 世界の王達が頷かされる『大魔法士』。
 
「最低でも私と対等である彼に対して、何もなしに信じない……とは言えないわ。私はユウト様の人柄も性格も知っているからこそね」
 
 例えば彼がミエスタという国を貶めるつもりであるならば、もっと残忍で狡猾にやるだろう。
 自分の趣味趣向の為にカプスドル伯爵を貶めるつもりなら、この場に出てくる必要性はない。
 さらに言えば、こんな小物をちまちまと虐めるなど性に合わないだろう。
 叩き潰すことこそ、彼の信条なのだから。
 そして何よりも和泉が世話になっている国に仇なすなんて、ありえない。
 無用な問題など起こしたくない、とすら思っているはずだ。
 
「とはいえ別に裏を取らない、なんて言わないわ。彼の話していることが間違っていることもあるだろうし、考え無しに肯定するとは言わない。けれどね、彼が大魔法士としてミエスタ王国にやって来た、ということがすでに貴方が悪事を働いた証明なのよ」
 
 リライト王が許可していないから、と。
 自分がどれほど言っても大魔法士としてこの国には来ない優斗が、わざわざ大魔法士として来た。
 それがどういう意味を持つか、女王にはよく分かる。
 
「……だい……まほうし?」
 
 カプスドル伯爵が信じられないように言葉を反芻させた。
 
「ええ、そうよ。歴史上二人目の大魔法士――ユウト=フィーア=ミヤガワ様。精霊王パラケルススと契約し、独自詠唱の神話魔法を操る彼に喧嘩を売るということは即ち、自殺行為としかならない」
 
 愚の骨頂と言われても仕方ない。
 
「貴方は誰を相手にしたと思っているのかしら? 『最強』の意を持つユウト様の恩人に手を出すなんて、正気の沙汰じゃないわ」
 
「だ、大魔法士など聞いたことがない!」
 
「それはそうよ。知っているのは王族と、ある程度の立場にいる人間だけだもの」
 
 彼が知る機会など存在しない。
 
「もちろん、貴方に義があるのならば私だってどうにか出来る。例え相手が大魔法士だとしても」
 
 女王が何としても守ってみせる。
 
「けれど貴方、どこに義を持っているの?」
 
 この男がやったことのどこに。
 この男が行ったものにどこに。
 正しさがあるのだろう。
 
「私が守るべきは愛する民であり、下衆じゃないわ」
 
「わ、私はやっていない! 私が直接、手を下したことなど――」
 
「命令すれば同じことよ」
 
 自分が手に掛けなければ同じ、とでも言うのだろうか。
 ふざけているにも程がある。
 
「それに貴方、ここにいるのが私だけじゃないと分からないの? 貴方の相手をしたユウト様がいる。迂闊なことを抜かせば、その時点で死ぬわよ」
 
 そして女王自身、止めるつもりは無い。
 
「もう一度、ユウト様の前で言ってみなさい。自分は何もやっていない、と」
 
 彼女の言葉を受けてカプスドル伯爵はちらり、と優斗を見る。
 だが、
 
「…………う……ぁ……」
 
 言えない。
 正体を知ってしまったからこそ、尚更。
 女王は彼が何も言えないのを見届けると、さらに無機質な声音になる。
 
「だから私は王として、上に立つ者として判断を下す」
 
 空気が重くなる。
 緊張の糸が張り巡らせられた中、女王は告げた。
 
「カプスドル伯爵――貴方を処刑するわ」
 
 無情の沙汰を。
 
「けれど貴方がやっていた処刑という名の娯楽とは同じと思わないことね。愉悦も快楽も何もない、冷酷と冷徹の刃にて斬首されなさい」
 
 淡々と、されど逃れられない事実を突き出す。
 
「…………」
 
 カプスドル伯爵は叫ぶこともせず、暴れることもせず、ぐったりとする。
 まるで理解することを拒否しているようだった。
 だが、彼はもっと残忍なことをしてきた。
 自業自得というものだ。
 女王は兵士に命令する。
 
「連れて行きなさい」
 
 
 
 
 
 
 
 
 カプスドル伯爵の姿が見えなくなると、少しだけ空気が緩んだ。
 
「お疲れ様です」
 
「本当に迷惑を掛けたわ。この国のことなのに」
 
「それは先程“大魔法士としての僕”が話し終わっています。後々のことは貴女に任せますよ」
 
 多大に干渉しようだなんて思わない。
 
「ユウト君はこの後、どうするの? 泊まっていく?」
 
 まだ夕時。
 とはいえリライトへ帰るには少し厳しい時間帯。
 けれど、
 
「すみませんがこれから、どっちが親バカか決めないといけないんです」
 
 優斗は笑ってクラート村に戻ることを告げた。
 険しい表情の女王も一瞬だけ、ふっと表情を和らげる。
 
「だったらすぐに手紙を書くから、それを持って行ってちょうだい。村長宛てとノイアー君とケイトちゃん宛てに合わせて二通。よろしくね」
 
 
       ◇      ◇
 
 
「女王様が謝罪に来るって書いてある」
 
 ケイトが食事を作っている際に手紙を読み進めていたノイアー。
 内容を見て驚きの表情を浮かべる。
 実際には手紙にも謝罪が書かれているが、さらには村に来て直接頭を下げるらしい。
 
「気付かなかった年月を考えれば申し訳なさが満載だからね」
 
「だからって女王様が来るのか……」
 
 ノイアーは少し難しそうな顔になると、優斗を見た。
 
「偉い人ほど頭を下げることはしない。お前が言ってたことだよな?」
 
「そうだね」
 
 そして確かにカプスドル伯爵は頭を下げなかった。
 優斗から言われ、仕方なしにやったと考えて間違いはない。
 
「オレは……ユウトの言ってるような村長になりたいと思った」
 
 あんな馬鹿にはなりたくない。
 駄目なことは駄目だと、悪いことは悪いとしっかり謝罪できる人間でありたい。
 
「そんで女王様はオレ達に頭を下げてくれるって……さ」
 
 言ってしまえば、たかだか村民の自分達に。
 国のトップが頭を下げると言っている。
 
「……ユウト。オレらは最初の対応が間違ってたんだな?」
 
 だから気付いた。
 届かないと嘆いていた自分達。
 それは本当に事実だったのだろうか、と。
 
「国に何かを言っても『カプスドル伯爵がどうにかするから無駄だ』って考えは、駄目だったんだな?」
 
 それが権力だと思っていた。
 だから無駄だと思っていた。
 でも、間違いだったのかもしれない。
 
「……どうだろうね。僕はこの国の人間じゃないから、少なくともその判断をするには難しいと言わざるを得ない」
 
 優斗としては全てを肯定することは出来ない。
 
「けれどミエスタ女王は僕が尊敬する王の一人だよ。本気の懇願を無視するような王ではないと思ってる」
 
 先見の明があり、交渉に長けている。
 嘘も偽りも見抜ける眼力を持った女王。
 それが優斗の評価だ。
 
「……じゃあ、やっぱオレらが馬鹿だったんだ」
 
 女王に届くほどに大きな声を上げられれば。
 可能性がないと諦めていなければ。
 何かをやっていれば、変わっていたかもしれない。
 ノイアーは頭をガツン、とテーブルにぶつける。
 
「うしっ、反省終わり!」
 
 これから自分達を正していく為の反省は終了。
 この事実を自分がしっかりと持っていれば、不当な押さえつけも何もかもを跳ね返してみせる。
 
「ご飯できたわよ~!」
 
 ケイトの声が届いてくる。
 ノイアーと優斗の表情が緩んだ。
 
「世界の損失となるくらいの食事だ。楽しみにしとけよ?」
 
「もちろんだよ」
 
 
 
 
 
 
 
 
 最後の夜だからこそ、話すことはたくさんある。
 
「すっげー格好良かったんだよ。ユウトが『暗闇の恐怖にでも絶望してろ』とか言ってさ」
 
「マジで勘弁して、ノイアー! 思い返すだけでもの凄く恥ずかしいんだから!」
 
 与太話も、親バカな話も。
 
「マリカの行動一つ一つに愛らしさが詰まってるからね」
 
「分かる。コリンも同じだからな」
 
「当然よ」
 
 ノイアーとケイトには、久しぶりに同年代と話す本当に楽しい夜。
 優斗も同い年の父親と会ったのは初めてで、新鮮な出来事。
 けれど過ぎる時間は早く、夜が明け朝は来る。
 
「ばいばい、コリン」
 
「たー、うー!」
 
 馬車の前で優斗を見送る。
 彼はコリンの手を上下に動かしながらノイアーとケイトに笑いかける。
 
「近いうち、リライトに遊びに来て。待ってるよ」
 
「ああ」
 
「分かったわ」
 
 彼らが頷くと優斗はニヤリと笑う。
 
「その時こそ、うちの娘の真の可愛さに気付くから」
 
「楽しみにしてるぞ」
 
「マリカちゃんのこと聞いてばっかりだったし実際に見ないとね。どっちが親バカか決まらなかったし」
 
 時間足らずの引き分け。
 三人で顔を見合わせ、吹き出す。
 
「じゃあね」
 
「今度は車が切り離されないようにしろよ」
 
「ありがとう、ユウトくん」
 
 手を振られながら優斗は馬車へと乗り込む。
 ノイアーとケイトは姿が見えなくなるまで手を振り続けた。
 
「……あいつ、変な奴だったな」
 
「色々な意味でね」
 
 全くもって全容が掴めない人物だった。
 不可思議な存在、と言っても過言ではない。
 
「なんとなくお伽噺を思い出したのよね、ユウトくんを見てたら」
 
「そうなのか?」
 
「まあ、そんな雰囲気を持ってるって感じ」
 
 口にするには言葉がまとまらない。
 けれど、どうしてか思ってしまった。
 
「そういや近いうちってさ、いつぐらいに行けばいいんだろうな?」
 
「近いうちって言ってたんだから、近いうちに行きましょうよ」
 
「それもそうか」
 
「たーっ!」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 優斗はリライトに戻り、家へと帰り、そして……、
 
「……いや、まあ、僕も悪いとは思うよ。帰ってくるって言った日に帰ってこなかったわけだし。でも仕方なくないかな?」
 
「それで自分だけ他国の方達と仲良くなって寂しかった私達は放置ですか、そうですか」
 
 正座で説教を受けていた。
 
「うわ~、ユウが説教受けてるって新鮮です」
 
「というかあれ、どういう状況なんだろうな」
 
 ココと卓也が目を丸くする。
 優斗の膝の上にはマリカが乗っていて、愛奈も肩車をしている。
 そして彼の目の前にはフィオナがいて、彼女が説教をしていた。
 
「おにーちゃん、やくそくは守らないとめっ! なの」
 
「あいっ!」
 
 というか妹と娘にも説教されはじめた。
 
「こっちはこっちで苦労してたんだけどな」
 
 言い訳がましいことを言う優斗。
 フィオナがむっ、とする。
 
「……優斗さんは言い訳するんですね」
 
「いや、そういうわけじゃ――」
 
 さらに言い訳をしようとした優斗だが、フィオナは不意に笑顔になって、
 
「タクヤさん、ココ。どうやら優斗さんが高級料理を奢ってくれるらしいので、一緒に行きませんか?」
 
「当然、行くよ」
 
「行く行く、行きます!」
 
 卓也とココが目を輝かせて即答した。
 
「……なんて調子の良い奴ら」
 
 けれど優斗はしょうもなさそうに苦笑する。
 
「分かった分かった。それで手打ちとしてよね」
 
 フィオナ達はもとより、この二人も心配はしてくれたのだろうし。
 愛奈を肩から降ろし、マリカも膝の上から下ろす。
 
「じゃあ、ちょっと準備したら行こうか」
 
 優斗は部屋へと戻って出掛ける準備をする。
 財布等を持って、忘れ物はないかを確認。
 と、フィオナが入ってきた。
 
「どうしたの?」
 
 優斗が問いかけるが、彼女は何も言わずに抱きつく。
 
「……先に言ってくれると、心構えも出来るんだけど」
 
 不意な行動は未だ照れる。
 
「優斗さん分の補充です」
 
「……そっか。心配させちゃったね」
 
「大丈夫だと頭で理解しているのと、心配だという心は別物ですから」
 
 抱きしめてくるフィオナの頭を優斗は優しく撫でる。
 すると、
 
「お~い、優斗の補充は終わったか?」
 
 ドアをノックしながら卓也が声を掛ける。
 どうやらフィオナが向かった理由を察したらしい。
 
「はい、もう大丈夫ですよ」
 
 フィオナは優斗から離れてドアを開ける。
 そして広間まで戻ると、マリカが走ってきた。
 
「ぱぱ~。ぎゅ~」
 
 そして父親の足元でそんなことを言う。
 
「はいはい、ぎゅ~」
 
「あーいっ!」
 
 優斗はマリカを持ち上げて抱きしめる。
 満足そうにはしゃぐ娘を見て優斗はしみじみ、
 
「やっぱりうちの娘は最強に可愛い」
 
「……あのな。やっぱりも何も、いつも思ってるだろうに何言ってるんだよ」
 
 卓也が優斗の頭を小突く。
 
「たくやおにーちゃん、あいなもしてほしいの」
 
 珍しく愛奈が卓也にせがんだ。
 どうやら、ちょっと羨ましいらしい。
 
「はいよ」
 
 卓也は愛奈を持ち上げて、右腕に座らせながら抱っこして抱きしめる。
 嬉しそうな愛奈を見てココが声を上げた。
 
「タクっ! 次はわたしがアイちゃんをぎゅってします!」
 
 パタパタと二人に近付くココ。
 だが高さ的には愛奈と同じくらい。
 愛奈は不意に手を伸ばす。
 
「どうしたんです?」
 
 ココが首を捻ると、愛奈はなぜか彼女の頭を良い子良い子と撫でた。
 
「な、なんか逆じゃないです!?」
 
 出てきたツッコミに全員で声をあげて笑った。
 
 




[41560] only brave:天下無双と大魔法士の許嫁
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:8f778703
Date: 2015/12/14 21:07
 
 
 
 もう、何十年も前の話。
 
「オレが大魔法士になってみせる!!」
 
 とある場所で、とある男が誓ったこと。
 
「絶対に迎えに行くから!」
 
 最強と呼ばれる、唯一の二つ名。
 その名を得て、必ず迎えに行くと。
 そう……誓った男がいる。
 
 
       ◇      ◇
 
 
「そろそろ戻ってくんじゃね?」
 
 アリーの私室で修が足をぶらつかせながら答えた。
 今、ちょっと問題になっているのは優斗がミエスタより帰ってこないということ。
 
「……あのですね、シュウ様。仮にも大魔法士ともあろう者が行方不明というのは笑えませんわ」
 
「だからどっかでまた巻き込まれてんだよ」
 
 大事なのかどうかは分からないが、きっとそうだろう。
 
「……さすがに今回は少しばかり心配しますわ」
 
 存在の所在が分からないからこそ。
 けれど修は笑ってアリーに言う。
 
「安心しろよ、アリー。優斗がやばかったら俺が気付く」
 
「……シュウ様? また頭がおかしくなりましたか?」
 
 一年以上の経験を経て、毒舌家としての才能を開眼させたアリーがさらっと言い返す。
 
「あっ、お前疑ってんな? 言っとくけど冗談じゃねーぞ」
 
 けれど修も慣れたもので、特に文句を言うこともなく説明する。
 
「なんつーか繋がってんだよ、俺とあいつはな。優斗がやばかったら俺の第六感が“ピン”って反応すんだ」
 
「…………」
 
 けれど内容が危ない。
 というか、正直言ってアリーの想像の斜め上の発言だ。
 
「……シュウ様。その領域はキモいですわ」
 
 絶対の信頼があるとしても、だ。
 さすがにこれはないだろう。
 冷たい視線を送るアリー。
 
「お、お前、その目ドン引きしてんじゃんか!」
 
「冗談です」
 
 けれども絶対にない、と言えないのが彼ら二人だ。
 ふっと柔らかい笑みに戻すことで修も安堵する。
 
「少々気になったのですが、シュウ様がユウトさんの実力を初めて知った時はいつなのですか?」
 
「体育で一対一のスポーツをやった時だよ」
 
 “宮川優斗”という異常と初めて出会ったのは、その時。
 体育の授業でバスケットの1on1をやった時。
 
「どうせ勝てると思ってた」
 
 それが修にとっての当たり前だったから。
 基本的にハイスペック。
 なのに『勝ちたい』と思うだけで際限なく上がる能力。
 負けることがあるはずもない。
 
「でもな、一瞬だった。優斗は俺が反応する間もなくかわしていった」
 
 確かに油断していた。
 勝ちたい、だなんて思っていなかった。
 けれどそんな言い訳をものともしないほどの圧倒的な実力。
 
「身体全身に鳥肌が立ったよ。偶然なんて言えない、絶対と言えるほどの負け」
 
 勝ちたいと思っても、勝てるかどうか分からないと理解させられたほどの力。
 同じ場所に立っている人間がいると教えられた出来事。
 
「思ったよ。『こいつなんだ』って。俺を一人にしないのは優斗なんだって」
 
 はしゃいで暴れたくなるくらいに嬉しくなった。
 
「正直、諦めてた。あいつらと仲良くなって、楽しくやっても、俺が『才能』によって立ってる場所は……誰も来られないんだろうなって」
 
 この『力』によって存在する孤独は一生、拭えないものだと思っていた。
 
「でも、優斗だけは来てくれた」
 
 修を孤独にしていた原因。
 自分が見られていない、と感じた元凶。
 例え支えてくれる人がいてくれたとしても、認めてくれる人がいてくれたとしても、そこに到達する者が現れるなんて信じられないことだった。
 
「俺はあいつらにいろいろ支えられてて、みんな大切だ。けれど俺の『力』と唯一、同等でいてくれるあいつには感謝だよ」
 
 同じ時代の同じ場所にいる親友に。
 本当に感謝している。
 
「……シュウ様。蜜月を独白されているみたいで非常に不愉快なのですが。というか破廉恥ですわ」
 
 けれど何と言うか、アリーには一種の告白のように聞こえた。
 
「うぇっ!? なんでだよ!」
 
 慌てる修に対して、アリーは彼の両頬を引っ張る。
 
「い、イテテテテっ!」
 
 みょーん、と修の頬が伸びた。
 思ったよりも伸びたので、アリーが面白そうに笑う。
 と、その時だった。
 
「アリシア様、エルです。少々お伝えしたいことがあります」
 
「どうぞ」
 
 パッと手を離し、副長を招き入れる。
 ドアを開けて入ってくるのは副長と彼女の補佐官――フェイル。
 そしてレイナだ。
 中でも副長の表情が厳しい。
 
「どうかなさいましたか?」
 
「何の知らせもなくボルグ国から『天下無双』と名乗る者と“大魔法士の許嫁”と名乗る者が来ています。天下無双は私も何度か顔を合わせましたし、証文からも本人であることは間違いありません」
 
「……副長の表情が厳しい理由が分かりましたわ」
 
 アリーは嘆息する。
 確かに副長からしてみれば、許されがたい存在だ。
 
「私としてはユウト様とフィオナ様のお二人に害を為す者など招き入れる必要は――」
 
「あるかもしれないと思い、アリシア様に伺いを立てに来たのです。おそらく目的はユウト……大魔法士と会うことでしょう」
 
 フェイルが副長の言葉を遮って伝える。
 確かに向こうは礼儀がなっていない。
 しかし、それでも来ている理由が理由なだけに判断を仰ぐ必要があった。
 
「アリー、優斗いないけどどうすんだ?」
 
「大魔法士と会うにはリライト王――父様の許可が必要となりますわ。それ以外で大魔法士と会えるのは、ユウトさん自身が大魔法士として会うと決めた方のみです」
 
「王様と王妃様はいねーのか?」
 
「父様は今日中に戻るとはいえリステルで会談ですし、母様は施設の見回りです」
 
 だから彼らはアリーの下へと来たのだろう。
 
「大魔法士と会わなければどうすると?」
 
「天下無双は暴れる、と」
 
「許嫁と名乗っている方はどのような?」
 
「ボルグ国の男爵令嬢です」
 
 レイナが答えると、アリーの眉根が寄った。
 
 ――少し……違和感がありますわね。
 
 それは“今までの経験”から生まれたもの。
 アリーはしばし考え、結論を出す。
 
「わたくしが行きましょう」
 
 
       ◇      ◇
 
 
「客人を待たせるとは良い度胸だ」
 
 やってきた二人を待たせている部屋に入ると、第一声からきつい言葉を老人が飛ばしてきた。
 齢はおそらく60前後。
 けれど暦年の戦士を彷彿とさせる雰囲気が漂っている。
 隣に座っているのは“大魔法士の許嫁”と称している女性だろう。
 年齢はアリー達と同じくらいであり、栗色の長い髪の毛が印象的だ。
 
「お二人を客人と決めるのはこちらであり、そちらではありませんわ」
 
 けれどアリーは意に介さない。
 椅子に座り、隣には修も座る。
 副長、フェイル、レイナは彼らの背後に立った。
 
「わたくしに名乗ることもせず、最初から罵声を浴びせるなど良い度胸をしてますわ」
 
 同じように言葉を返すアリー。
 
「まあ、いいでしょう。わたくしはリライト王国王女、アリシア=フォン=リライトですわ。隣にいるのはリライトの勇者――シュウ=ルセイド=ウチダです」
 
 アリーの自己紹介に“大魔法士の許嫁”は驚きで目を見開き、天下無双の視線は鋭くなった。
 
「……国が出てくるか」
 
 軽く歯を噛みしめる天下無双。
 相手はリライト王国の王女。
 ならば、と彼は渋々と名乗る。
 
「天下無双――マルク・フォレスターだ」
 
「リ、リーリア=グル=フェリエと申します」
 
 二人が名乗った瞬間、アリーは間髪入れずに言い放つ。
 
「残念ながら大魔法士には妻がおります。そしてここがリライトである以上、一夫一妻制。彼女が許嫁だとしても関係ありません。どうぞお引き取りを」
 
 ドアを示すアリー。
 リーリアは唐突なことに軽く身体を跳ねさせたが、マルクはどっしりと構えたまま言う。
 
「そんなものは無効だ」
 
「まさかリライトの法に刃向かうおつもりで?」
 
「こちらは世界の定めだ。法など定めの前には愚かなものに過ぎん」
 
 まるで当然のように言われたこと。
 思わず修が吹き出した。
 
「“世界の定め”なんて大層な言葉を使うんだな」
 
 まさか今更やって来ておいて“世界の定め”なんて宣う奴がいるなんて思わなかった。
 けれどマルクの逆鱗には触れたようだ。
 
「大層……だと!? ふざけるな!! 何も知らない貴様が言っていい台詞ではないわ!!」
 
 それが個人的なものか何なのかは知らないが、何かしら理由はあるのだろう。
 だから彼は怒鳴った。
 しかし、
 
「じいさん、なに怒ってんだ。何も知らないお前が、って言うけどよ。何も知らないんだから言うに決まってんじゃねぇか」
 
 赤の他人とツーカーの関係なわけがあるまいし、言って貰わなければ分からない。
 今の状況だと勝手にやって来て、勝手に切れてるジジイが修達の前にいるだけだ。
 
「っていうかよ、そっちこそ大魔法士のことを知らないのに何言ってんだよ」
 
 修が言うと、まるで馬鹿にするかのように目つきでマルクが、
 
「奇天烈なことを言うな、小僧。この世に大魔法士を知らぬ者など礫ほどしか――」
 
「ほら出た。またそれだよ」
 
 思いっきり修が溜息をついた。
 お伽噺の存在――大魔法士。
 知らない人は稀だろう、確かに。
 だが、
 
「あんたは『あいつ』の何を知ってるのかって言ってんだよ」
 
 誰が大魔法士なのかを知っている人は実際に少ない。
 なのに、分かりきっているかのような表情をさせている目の前の老人が気にくわない。
 
「結局のところ、二つ名しか見てねーんだろ。大魔法士がどういう奴か知る気もない」
 
 彼らが思い描く大魔法士は結局『大魔法士』という朧気なものだけ。
 それで分かったつもりになっている。
 
「あいつのことを何も知らない奴が“大魔法士の許嫁”とか馬鹿だろ」
 
 今代の大魔法士のことを一つも分かっていない。
 どういう結果を引き起こすのか理解していない。
 
「ふ、ふざけるなっ!! この儂がどれほどの想いでここにいると思っている!!」
 
 マルクが言い返す。
 だが修には当然だが理解できない。
 言われてもいないのに、自分が正当なことを告げているとされてもこっちが困る。
 
「いや、だから知らないっつってんだろ。それともじいさん、あれか? 自分は大魔法士に物言える立場だとでも言うつもりか?」
 
 優斗に対して何一つ関わりがないというのに、何を思って言えるというのだろうか。
 
「……そうか」
 
 するとマルクは軽く苛立ちを含めた視線を修に向ける。
 
「いいだろう」
 
 そして頷いた。
 知らないというのならば、言ってやろう。
 
「教えてやる。物言える儂の人生をな」
 
 
 



[41560] only brave:跳ね返る言葉
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:8f778703
Date: 2015/12/14 21:07

 
 昔々、お互いを好いていた男女がいた。
 どちらも良い出自を持っているわけではなかったが、女のほうは栗色の髪を靡かせ見目麗しい姿をしていた。
 そんな二人は幼い頃からずっと一緒で。
 兄弟のように育ち、友達のように遊び、恋人のように寄り添って。
 二人とも口にはしなかったが、いずれは結婚すると朧気ながら考えていた。
 それが嫌だなんて思っていなかった。
 
 
 けれど、ある日。
 二人の関係は唐突に終わりを告げる。
 
 “大魔法士の許嫁”に女が選ばれた。
 
 前々から彼らの住んでいる場所にある、特別な制度。
 未婚の女性が選ばれる“大魔法士の許嫁”。
 その期間は5年間であり、その間に大魔法士が現れずとも貴族が娶る。
 貴族である者が選ばれた場合は、さらなる上位の爵位を持つ者と婚姻を結べる。
 人によっては成り上がり、人によっては玉の輿に乗れる。
 そういった制度。
 選ばれるのは光栄であり、決して悪い噂など存在しない。
 何よりも“大魔法士の許嫁”という、お伽噺に触れられる光栄な機会。
 領地にいる女性にとっては憧れの立場。
 だが、今回選ばれた女にとっては決して嬉しいものではなかった。
 確かに男とはまだ、付き合っていない。
 周りは囃し立てた。
 
 素晴らしい、と。
 
 光栄なことだ、と。
 
 押されるがままに女は“大魔法士の許嫁”となった。
 過去、断った者がいないというのも理由の一つだろう。
 
「…………」
 
 馬車に乗り、これから5年間過ごす場所へと向かう。
 女は俯きながら、本当にこれで良かったのかと自問自答した。
 
「…………」
 
 カタン、と車輪が回って馬車が動き始める。
 その時だ。
 
「オレが大魔法士になってみせる!」
 
 男が走ってやって来ては、去って行く馬車に叫んだ。
 声にハっとして女は振り向く。
 男は剣を持ち、誓うように天に掲げた。
 
「絶対に迎えに行くから!」
 
 こくん、と女が遠目でもはっきり分かるように頷いた。
 それは男が女に送った、最初で最後の告白。
 
 
 
 
 
 
 男はがむしゃらに戦った。
 実力を上げ、立場を確立し『大魔法士』の名を得る為に。
 何年も戦いに明け暮れる日々を過ごし、他の誰もが認めるほどの剛の者へと育った。
 世界の中でも最高峰の領域に至った。
 誰もが彼のことを呼ぶ。
 
 男は『天下無双』だと。
 
 違う! と叫びたかった。
 自分が欲した名はそうじゃない。
『大魔法士』なのだと。
 けれど誰も認めはしない。
 どれほどの実力があろうとも、どれほど強かろうとも、男は『大魔法士』になり得ない。
 なぜなら、ただ『強い』だけの存在だから。
 求めた『名』に必要なものを兼ね備えていなかった。
 
 
 
 
 そして5年が経ち、新たな“大魔法士の許嫁”が選ばれる。
 数ヶ月して、男の耳に女がとある貴族の妻になったと入ってきた。
 男はぐっと唇を噛みしめる。
 
「…………っ!」
 
 届かなかった。
 自分が伸ばした手は、求めた名は、どうしようもなく遠かった。
 そんな男に残ったのは、女の幸せを願うだけの日々。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 ただ、一人の為に求めた『名』があった。
 誰よりも『大魔法士』になろうとした男――マルク・フォレスター。
 だからこそ自分は物言える、と。
 そう告げた。
 
「じいさん。訊いていいか?」
 
 修が口を開く。
 言いたいことは分かった。
 目の前にいる老人が『天下無双』たりえる理由も分かった。
 それでも、だ。
 納得いかない。
 
「あんたがパラケルススと契約してれば、それで終わる話だったはずだ。どうして自分が出来なかったことをあいつに押しつけようとすんだよ。物言える立場なんて、あんた主観での話だろ」
 
 自分がなれなかった。
 ただそれだけの話。
 優斗に押しつけようなど、押しつけがましいにも程がある。
 
「精霊術を使えない儂がパラケルススと契約出来るとでも思っているのか!?」
 
 でも、マルクとて容易に肯定できるわけもない。
 自分が精霊術を使えないことなど分かりきっているが故に、別の方法を考えた。
 
「儂は……精霊術を使えずとも最強になろうとしたっ!」
 
 パラケルススと契約せずとも『最強』と呼ばれるように。
 大魔法士の二つ名を得られるように頑張っていた。
 
「……けれど誰も認めはしない。神話魔法だけでは駄目だ。パラケルススとの契約がなければ…………大魔法士とは呼ばれない」
 
 天下無双と呼ばれても、大魔法士とはなれない。
 
「なればこそ儂には言う権利があるはずだ! 目指した者だからこそ! 大魔法士になれず、好いた相手を奪われたからこそ!」
 
 口出しして何が悪いというのだろうか。
 
「だから言っているのだ! リーリアは“大魔法士の許嫁”であり、それは世界の定め! 故に結婚しろ、と!」
 
 自分は『大魔法士』という存在によって相手と引き裂かれた。
 そして今の世に本物がいるのならば、一緒になることこそが道理。
 彼はそう言っているように見える。
 しかし、だ。
 アリーにはそれが酷く惨めに映った。
 
「わたくしには、自分が歩んだ人生は苦しいものだから彼にも苦しんでもらう、と。そう聞こえます」
 
 子供の論法だ。
 自分が駄目だったからこそ、相手にも駄目になってもらう。
 そうとしか聞こえない。
 しかし天下無双はさらに言葉を返す。
 
「リーリアとの結婚が苦しみだと!? ずいぶんと甘えた存在のようだな、貴様らの言う大魔法士というものは!! 苦しみも何も味わったことがない……まるでガキのようだ!!」
 
 同じく挑発するかのような言い草。
 けれど言った後、マルクは僅かに『しまった』と言った表情をさせた。
 彼の態度は好ましいものではないが、それでも酷すぎると思われるほどの一線は未だ越えていない。
 だが今、マルクはあまりにも傍若無人な言葉を使った。
 今代の大魔法士の人間性を貶す発言をした。
 
「貴様、言葉が過ぎるぞ!」
 
 しかし失言だったとしてもマルクは“言ってはなならないこと”を言った。
 レイナと副長は剣に手を伸ばしかけ、
 
「二人とも抑えろ」
 
 フェイルが制した。
 
「しかし!!」
 
 半ば抜きかけの剣を抜こうとするレイナ。
 だがフェイルは首を振る。
 
「レイナ、仲間ならば分かるだろう。今、一番誰が怒っているのかを」
 
「…………誰が……?」
 
 そう言われてハっとしたレイナは前にいる二人を見る。
 
「…………」
 
 圧倒するような威圧ではなく、身体の芯を震わせる殺気ではない。
 優斗のように分かりやすいようなものではない。
 
「…………」
 
 けれど理解することは出来る。
 アリーの隣に座っている彼から、今まで感じたこともない怒気が溢れていることを。
 
「おい、ジジイ」
 
 修は振り絞るかのように声を出す。
 
「今のはうっかり言っただけなんだろうけどな、それでも同じことを言ってやる」
 
 普段の脳天気な姿はどこにもない。
 怒りを隠そうともしない声音が部屋を支配する。
 
「テメーがあいつの何を知ってやがる」
 
 宮川優斗の何を知っていて、今の言葉を言い放ったというのか。
 
「何も知らないジジイがほざくんじゃねぇ」
 
 誰が甘えているだと。
 誰が苦しみも何も味わったことがないだと。
 
「ふざけてんじゃねーよ」
 
 あいつがどれだけ普通の幸せを希ったと思っている。
 どれだけ悪意を浴びた生き方をしていると思っている。
 どれだけ憎悪に満ちた過去を持っていると思っている。
 それでも『優しく在りたい』と願った優斗が、甘えているなんて勘違い甚だしい。
『強く在りたい』と思った優斗が、苦しんでいないなんて馬鹿にしている。
 
「……小僧。どういう意味だ」
 
「どうして俺らが赤の他人にあいつのことを言う必要があんだよ」
 
 口にすることなんて出来るわけもない。
 
「他人のあんたにペラペラ喋っていいほど、あいつは楽な人生歩んでない」
 
 怒りの発散場所が分からずに、強く強く握りしめた右手。
 それを上から優しく包む手があった。
 
「落ち着いてください、シュウ様」
 
 彼の憤りを静めるかのような凛とした声が響く。
 
「……アリー」
 
「わたくしに任せてください」
 
 彼女は修に一度、笑みを浮かべるとマルクに向き直る。
 
「彼は天下無双が届かなかった頂に辿り着いた者。それで答えは出ていると思いますわ」
 
 浮かべるは冷酷にして挑発的な笑み。
 まるで大魔法士を彷彿させるかのような態度。
 
「そして問いかけましょう。天下無双――マルク・フォレスター」
 
 性格的に一番近しいものを持っているのは優斗とアリー。
 特に冷徹という点では何も劣るところはない。
 
「貴方も覚悟していたのですね?」
 
 故に、この問いを投げかけよう。
 
「……何をだ」
 
 苦虫を潰したかのような表情で聞き返すマルクに、アリーは容赦なく突きつける。
 
「好いていた女性を奪われた……。そう言っても過言でもないでしょうが、つまるところ貴方は自身が大魔法士になった場合、好いていた女性以外を宛がわれても受け入れる。そう仰っているのですね? その者が“大魔法士の許嫁”であった場合は」
 
 本人を考えず『大魔法士』という記号だけで寄ってきたとしても、相手を受け入れる。
 そう彼は言っているに等しい。
 
「大した純愛譚ですこと」
 
 アリーは吐き捨てるように告げる。
 
「は、反論になっていない! 王女が今し方、言ったことだろう! 儂が求めた女性は――」
 
「貴方達ですでに6人目です。大魔法士の許嫁と言って、この国に来た方々は」
 
 マルクの言葉を遮り、アリーは告げた。
 もう何人もの“大魔法士の許嫁”がリライトにはやって来ている。
 
「大抵は位の高い令嬢を連れてきて、言いましたわ。大魔法士の許嫁だと」
 
 だからこそ自分が大魔法士に相応しい、と。
 
「もちろん今までの国は論ずるに値しない存在でした」
 
 僅かでも突けばすぐにボロが出る。
 まともに席へ着く必要もなかった。
 
「けれど彼女は少々、毛並みが違います。それは天下無双、貴方の態度からも分かることですわ」
 
 相手としてはあまりにも低い爵位。
 それはアリーが違和感さえ覚えるほどに。
 
「知らせなくやって来たことに加えて、天下無双の傍若無人とさえ思える行動。ただの横柄な人間かとも思いましたが……違いますわね」
 
 先程の表情で分かることがある。
 目の前の老人は少なくとも、一般常識は持っている。
 ならば、だ。
 
「いくら“大魔法士の許嫁”とはいえ、初対面の時から悪印象を与えるとしか思えない行動を『どうして取っているのか』と考えるべきでしたわ」
 
 アリーの中では幾つかの候補が挙げられる。
 そのうち一番大きな理由として考えたのは、
 
「大魔法士がいると知ったのは、ごく最近のことですわね?」
 
 偶然にしろ、何にしろ。
 どこからか漏れた話が天下無双の耳に届いた。
 だからこそ慌ててやって来たのだろう。
 
「とはいえ残念ながらどの国、どの相手であろうと偽物ですわ。大魔法士マティスは女性であるのですから」
 
 “女性の許嫁”など存在するわけがない。
 
「……なっ!? 女……だと……?」
 
 驚愕の事実にうろたえるマルクだが、アリーはさらに続ける。
 
「これはパラケルススから実際に聞いたこと。間違いありませんわ」
 
 ということは、だ。
 
「結論として女性であるならば『どの国であろうとも偽物』である大魔法士の許嫁。それを一人許すということは、他の偽りさえも認めるということ。要するに……」
 
 今、彼が優斗に強要しようとしていることは、そのまま自身に返ってくる。
 
「貴方が仮に大魔法士になった場合、他にも現れるであろう“大魔法士の許嫁”も許容したということ」
 
 それが“世界の定め”なのだから。
 
「ち、違う! 儂は……」
 
「何を必死に否定する必要があるのですか、天下無双。貴方が強要していることはつまり、そういうこと。貴方自身が発した言葉に対し、鏡となって返ってきたところで狼狽える必要も否定することもありませんわよね?」
 
 あれほど言うのならば元々、覚悟していたのだろうから。
 でなければ言う権利も何も有りはしない。
 
「そして世界の定めと仰いましたが、こちらも同様に言わせていただければ大魔法士と彼の妻が共にいることこそ『運命』ですわ」
 
 互いの唯一。
 ただ一人、愛して愛される。
 
「定めというのならば、大魔法士が彼女と出会う前に出会えばよかった」
 
 フィオナと出会う前に出会っていたはずだ。
 優斗の性格からすれば、そうであるべきことこそ“世界の定め”というものだろう。
 
「さらに仮定の話でもしましょう」
 
 もしも、という話をするならば。
 アリーはちらりとリーリアを見る。
 
「無理を通して彼女と結婚したとして、引き替えに貴方達の故郷は確実に滅びます。少なくとも世界の半分も滅亡になるかと。その覚悟を持っているのですか?」
 
 淡々と事実を述べるアリー。
 
「……な、なぜそうなる!?」
 
 しかしマルクには理解できない。
 それも当然といえば当然。
 宮川優斗のことを知らないのだから。
 
「不可思議なことを言いますわね。でしたら訊きますが、なぜそうならないと思ったのかを教えていただけませんか?」
 
 知っている者達にとっては分かりやすいくらいに分かりやすい結論。
 なれば『大魔法士を知っている』と言って、ここに来た彼らは理解して然るべき出来事。
 
「貴方は自身と同じことをするのでしょう? 最愛の者と引き裂く、ということを。ただ大魔法士は引き裂いた者を、国を、世界を壊す」
 
 狂気のままに。
 
「結婚をした、という結果は残るでしょう。ですが彼女は確実に殺されますわ」
 
 存在からして許されない。
 自分と最愛を引き裂く者など。
 
「大魔法士は仲間を――最愛を傷つける者を許しはしない。それが定めだと言うのならばねじ伏せる。そういう方ですわ」
 
 運命だろうと定めだろうとねじ伏せてみせる。
 けれどマルクにはどうしても信じられない。
 
「馬鹿なっ! 女一人に狂う男が――」
 
「そんな奴が大魔法士なんだよ。たった一人、最愛の為に狂う馬鹿な男がな」
 
 けれど修が全肯定する。
 生みの親が親だからこそ求めた潔癖なまでの純愛。
 誰よりも幸せが欲しいと願ったからこそ、出会った運命の女性がいる。
 
「何よりも、だ」
 
 そんな彼を仲間だと、親友だと、兄弟だと思っているからこそ言ってやる。
 
「あいつがやっと手に入れた幸せを、あいつのことを大好きな俺らが崩させるとでも思ってんのか、あんたは」
 
 



[41560] only brave:同等なる存在
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:8f778703
Date: 2015/12/14 21:08
 
 
 『天下無双』となった男は、それからずっと女の幸せを願いながら数多の国を練り歩き、傭兵として、冒険者として生きてきた。
 そして数十年が経ち何度目かの帰郷をした時、とある貴族から要請があった。
 
 “大魔法士の許嫁”の護衛をしてほしい、と。
 
 心が揺れなかったと言えば嘘になる。
 何と言えばいいか分からない感情にもなった。
 けれど……無意識に首が縦に動いた。
 男は請われるがままに今代の“大魔法士の許嫁”と出会う。
 
「リーリア=グル=フェリエです」
 
「…………天下無双、マルク・フォレスターだ」
 
 一瞬、懐かしい思い出に触れたような気がした。
 栗色の髪を持つ少女。
 “彼女”と同じ髪の色を持つ、彼女と同じ立場となった少女。

 ――“ノイエ”よ、これは偶然か……それとも必然なのか?

 繋がりがあるように思えてしまう。
 例え偶然だとしても、懐かしさに触れてしまった。
 だからだろうか。
 
「儂がそなたを守ろう」
 
 気付けばそんなことを口にしていた。
 実際、危険なんてものはほとんどないだろうに、男は誓うように言葉を出した。
 少女は“大魔法士の許嫁”。
 他の誰でもない大魔法士と結婚するべき女性。
 なればこそ、思う。
 この手が届かなかった存在と出会う定めとなっているのであれば、
 
「そなたの時こそ、大魔法士と出会えることを願おう」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 少年から迸るような怒りを感じて、少女から冷酷なまでの残酷な事実を知らされた。
 
「……先代が……女……だと? 許嫁が……偽り……だと?」
 
 けれどマルクは考える。
 これを嘘だと突っぱねることも出来る。
 が、それは向こうも同様だ。
 むしろ彼らの言ったことが事実なのだとしたら、あっちは席に座る理由すらない。
 最初から偽物だと知っているのだから。
 
「…………」
 
 だとすれば、どうしてここにいるのか。
 マルクは目の前に座っている少女を見る。
 向こうの発言が全て事実とするならば、アリシア=フォン=リライトが審議としたのは“大魔法士の許嫁”が本物か偽物か、ではない。
 
 “大魔法士の許嫁”という制度があるかないか、だ。
 
 ないのならば、この場で嘘と突きつけ終わる。
 しかしあるのならば、余計な面倒になりかねない。
 彼女は言っていた。
『大魔法士は仲間を――最愛を傷つける者を許しはしない』と。
 傷つけたのならば結果として人、国、世界を滅ぼすと。
 ということは“余計な面倒”によって引き起こされる可能性があるものを回避するため、わざわざ彼女は出てきて話を聞いている。
 それだけのことなのだろう。
 
「……ならば……なぜだ?」
 
 マルクはここで、最初の疑問へと戻る。
 今まで疑わなかったことを自問する。
 彼女が言うように先代の大魔法士マティスが女性ならば、どうして“大魔法士の許嫁”という制度があるのか。
 彼が生まれる前からあったものだからこそ、当然だと思い問うことはしなかった。
 しかし、だ。
 
「………………」
 
 改めて疑問を呈すればおかしな点がいくつも沸き上がる。
 すぐにでも沸き上がってしまう。
 
「…………まさ……か……」
 
 ドクン、とマルクの心臓が高鳴った。
 なぜ血筋ではないのか。
 なぜ美麗な少女が選ばれるのか。
 なぜ次代が選ばれる際、貴族と婚姻を結ぶことになるのか。
 
「…………そういうことなの……か」
 
 ギリ、と歯を噛みしめる。
 疑問など数えればキリがない。
 そして沸き上がってくる数多の疑問が、まるで幼稚なパズルのように容易な理由を組み上げていく。
 
「くそっ!」
 
 マルクはテーブルに拳を叩き付けた。
 今は貴族でさえも“大魔法士の許嫁”は本物だと勘違いしているから、誠意を持って“大魔法士の許嫁”に接する。
 故に誰にだって気付ける要素はない。
 
「だとしたら、儂はどうして……」
 
 声にならない想いがマルクの胸中を駆け巡って、ぐっと胸元を握りしめた。
 けれど、
 
「……いや、今は自問自答している場合ではない」
 
 すぐにマルクは頭を振って切り換える。
 そして眼前に座っている、まだ年若い二人の男女に目を向けた。
 
「先程の大魔法士に対する非礼を詫びよう」
 
 丁寧に腰を折り、マルクは謝罪の意を表明する。
 鋭かった修の視線がふっと和らいだ。
 
「へぇ、それが“あんた”ってわけか」
 
「いや、先程の儂も儂だ。大魔法士という名に取り憑かれていた哀れな男だが」
 
 だから無茶を言い、無理なことだって押しつけてしまう。
 
「アリシア王女。貴女の言に嘘偽りはないな?」
 
「リライトの名に誓って」
 
 アリーが真っ直ぐに言葉を返す。
 けれど彼女の瞳には僅かばかり、憐憫の意が込められていた。
 これだけで先程の発言が事実だということを無言で肯定している。
 
「……そうか。貴女は察しているのだな、“大魔法士の許嫁”がどのようなものかを」
 
「ある程度は」
 
 話を聞いて、おおよその見当は付けた。
 
「お伽噺は利用し易い、ということですわね」
 
 アリーの言ったことはマルクが考えついたものと、おそらく合致する。
 だから頷いた。
 
「しかし現代ではそれが事実となった」
 
「良いことなのか悪いことなのか、判断が難しいところではありますわ」
 
 けれど納得しているのは二人だけ。
 修が首を捻った。
 
「どういうことだ?」
 
 説明を求めればアリーは全員を見回して丁寧に答える。
 
「彼が大魔法士という存在になったのは昨年の12月。今は5月ですから、国絡みならば来るにしても遅すぎますわ。そして後の貴族との結婚へ至る歴史に加えて、王族の関与が見受けられないこと。ならばこれは地域によって生まれた制度であり、ということは――」
 
 アリーの言葉をマルクが引き継ぐ。
 
「この不自然を納得させる理由を挙げるとするならば、だ。“大魔法士の許嫁”というのは、昔の貴族が軋轢なく見目麗しい女性を掌中に収めるための詭弁ということになろう。それが時が経つことによって偽りを事実と誤認したのだろう。貴族ですらもな」
 
 本物であるからこそ無礼は働けない、と。
 
「結婚に至る経緯が都合の良いように解釈されたのでしょう。大魔法士の許嫁という立場にいた者だからこそ、貴族の妻にするぐらいではないと釣り合わない。そんなところだと思いますわ」
 
 二人はあらかたの予想を言い切ったところで、顔を見合わせる。
 
「天下無双が焦っていたのは、わたくしが出てきたからですわね?」
 
 アリーの問いかけに対してマルクは頷く。
 
「アリシア王女が出てきたのならば、こちらが“世界の定め”だと言ったところで傲慢なまでに退ける可能性がある。一歩でも退けば容易に突かれることになろう。故に高圧的に行くしかない」
 
 大魔法士はリライトにいて、その妻はリライトの者。
 ということは、この地に縛り付けておくにこれほど都合の良い存在はいない。
 だからこそリーリアが許嫁だとしてやって来ても、嘘だと拒否する可能性があった。
 
「とはいえ言い放ったことは8割方本音であるし、こちらの認識は思い違いだったようだがな」
 
 ただ仲間の為だけに動いているなど考えもしなかった。
 特に修は仲間のことを想ってしか言葉を出していない。
 
「なあ、じいさん」
 
 そんな彼はマルクを見据え、
 
「あんた、純粋なんだな」
 
「……なんだと?」
 
「だってそうだろ? 普通、大魔法士になるって言わねぇよ。奪い取りに行くか諦めるだろ」
 
 一般的な人ならば、そのどちらかだろう。
 
「けれどあんたは大魔法士になって、真っ正面から真っ正直に迎えに行くって言ったんだ。ほんと、純粋なじいさんだと思うよ」
 
 伝説を引き継ごうとするなど、普通は考えもしない。
 しかし彼は真っ正面から彼女を貰うために、天下無双と呼ばれるまでの境地に至った。
 
「でもな、諦めろよじいさん。大魔法士は『力』も『心』も普通じゃ無理だ。狂ってるって言い換えてもいい。だからこそあんたは届かなかったし、そんな奴の相手を彼女が出来るだなんて到底思えない。つーか不可能だ」
 
 修はリーリアを見て、はっきりと言う。
 誰でも良いわけじゃない。
 彼の相手は本当に限られた――たった一人。
 フィオナしかいない。
 マルクも横目で“大魔法士の許嫁”を見る。
 
「……リーリア」
 
 そして決意したかのように、
 
「だが容易に諦めることはできない」
 
 肯定の意を示さなかった。
 
「儂自身が納得する為にも、大魔法士と戦わせてもらう」
 
「じいさん、あんたまだ――」
 
 思ってもいなかった言葉に修は眉間に皺を寄せるが、
 
「……ちげえな」
 
 すぐに頭を振った。
 
「戦うのに何の利点があんだよ?」
 
「逃げる奴が大魔法士と呼ばれるなど――」
 
「あいつは誰にも負けない力を求めた結果が大魔法士と呼ばれるようになっただけだ。最強と呼ばれる事実は認識していても誇ってない」
 
 そうならなければならなかっただけ。
 誰にも負けることを許されなかっただけ。
 
「それにくだらない嘘つくんじゃねぇよ。分からないとでも思ってんのか?」
 
 マルクは優斗が大魔法士であることを否定したいわけではない。
 
「じいさん、戦うことに何かの意味を持たせてんだろ?」
 
 修にだってこれくらいは分かる。
 ふん、とマルクが鼻を鳴らして僅かな笑みを零した。
 
「小僧。天下無双を前に良い啖呵を切るな」
 
「俺はあいつと同等の勇者だぜ? つまるところ“俺にさえ勝てないあんた”はあいつに勝てないってこった。諦めとけよ」
 
 まるで事実かのように言う修。
 するとマルクが苦笑し、
 
「大魔法士と同等などいるものか」
 
「いいや、ここにいる」
 
 否定をさらに否定し、修は己を指差す。
 
「あいつが『最強』だからこそ俺は『無敵』だ」
 
 それが彼らの当たり前。
 修と優斗だからこその事実。
 
「…………無敵……?」
 
 その時、マルクが不意に声を漏らした。
 思い出すかのように眉根をひそめ、修を見る。
 
「……勇者」
 
 そして続いた言葉は、
 
 
「…………始まりの……勇者……?」
 
 
 修もアリーも聞いたことがない名。
 二人を顔を見合わせて首を傾げる。
 
「じいさん、なんだよそれ」
 
「……いや、何でもない」
 
 首を振るマルク。
 今、この場には関係ない。
 だからこそ意識を切り替え、修に相対する。
 
「大魔法士と同等。その言葉に嘘偽りはないか?」
 
「ねぇよ」
 
 自信満々に事実を言ってのける修。
 あまりにも堂々としていて、マルクが歯を見せて笑った。
 彼が言外に告げているのは『大魔法士と戦いたければまず、自分を倒せ』ということ。
 
「ならば示してみせろ、リライトの勇者。大魔法士と同等であるということを」
 
 そして、
 
「見せてみろ。天下無双が届かなかった頂を」
 
 



[41560] only brave:目指した末に
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:8f778703
Date: 2015/12/14 21:09
 
 
 
 
 少女は少々、不可思議な存在だった。
 出会ったばかりの男に全幅の信頼を置き、男が言ったことに対して首を横に振ることは無い。
 
「どうしてそんなにも儂を信頼している?」
 
「貴方が『天下無双』だからです」
 
 男が問いかけると、少女から予想外な答えが出てきた。
 
「これは力によって得られた二つ名だ。それがどうして信頼になる?」
 
「貴方の英雄譚を聞いていれば、信頼するに値すると思います」
 
 けれど彼女の返答は要領を得ない。
 男はさらに首を捻るばかり。
 
「不可思議なことを言うな、そなたは」
 
 疑問符を頭に浮かべている男に対して、少女は嬉しそうで悲しそうな……色々な感情をない交ぜにした表情になる。
 
「……ただ、私は『天下無双』の話を昔から聞いていて、憧れと尊敬を持っていました。だから信頼しているんです」
 
 
 
 
 
 それから数年。
 男と少女は日々を平穏に過ごした。
 天下無双の話を聞いては“大魔法士の許嫁”が目を輝かせ、少女の話を聞いては男は笑う。
 
「そなたを妻にする大魔法士は喜ばしいだろうな」
 
「そうですか?」
 
「髪の色といい、儂の初恋の女に似ているからな。間違いない」
 
 懐かしそうに目を細める男。
 不意に少女の瞳が揺れた。
 
「……貴方は結婚をしていないと伺いましたが、本当ですか?」
 
「他に好きな女が出来なかったから仕方なかろう」
 
 男が言うと、少女は押し黙った。
 
「爺を哀れむか? リーリアよ」
 
 くつくつとからかうような男に対して、少女は顔を上げて否定した。
 
「そ、そういうわけではありません!」
 
 ぶんぶんと頭を振る少女に男は朗らかに笑う。
 
「今はそなたが大魔法士と結婚するのを見るのが楽しみなのだ。年齢的には孫みたいなものだからな」
 
 男はぐしゃりとおおざっぱに少女の頭を撫でる。
 もし仮定として孫がいるとすれば、このような少女であってほしいと思う。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 リライト王城に近くにある修練に使われる広間で、二人の男が相対する。
 フェイルが審判のようなものを務め、レイナと副長はアリーの背後に。
 
「あまり気落ちしているわけではないのですね」
 
 アリーは隣にいるリーリアに話しかける。
 
「正直に申し上げれば会ったこともないお伽噺の存在――『大魔法士』と結婚だと言われても、現実味がなかったのです」
 
 選ばれただけであり、自分から望んだ立場ではない。
 だからこそ落ち込むということはなかった。
 
「アリシア様、お尋ねしてもよろしいですか?」
 
「どうぞ」
 
「大魔法士とは、どのような方なのですか?」
 
 でも気になることもあった。
 紛いなりにも“大魔法士の許嫁”と呼ばれてきたからこそ、今代の大魔法士はどのような存在なのかと。
 するとアリーはおかしそうな笑みを浮かべ、
 
「優しく温和で、妻のことをとても大事にしている方ですわ。友人という目で見るのならば、楽しいことも馬鹿なことも一緒にできる方です。ちなみにわたくしと大魔法士は、冗談で従兄と呼べるほどの気軽い間柄ですわ」
 
 なぜか自慢するかのように言う。
 いや、おそらくは彼女的に自慢なのだろう。
 だからこそリーリアは困惑した。
 
「…………はあ」
 
 ものすごい的外れな返答がきた。
 というかこれがリライトの宝石と呼ばれる大国の王女、アリシア=フォン=リライトなのだろうか。
 
「……えっと、その、申し訳ありませんが、本当にアリシア様……なのですか?」
 
 確かに美しい。
 自分も男性から色々な賛美を受けてきて、それなりの容姿をしていることは自覚している。
 だが、そんな自分すらも霞むほどの美しい女性が……なんか変だ。
 先程感じた気圧されるまでのカリスマが何もかも消し飛んでいる。
 
「あら? わたくしを誰だと思って先程から話してらしたのですか?」
 
 するとアリーはからかうかようで、挑発するかのような笑みを浮かべた。
 さぁ、とリーリアから血の気が引く。
 
「も、申し訳ありません」
 
 慌てて頭を下げた。
 別にそういった意味ではないので、勘違いされているとしたら大変失礼なことを言ってしまった。
 
「ふふっ、冗談ですわ」
 
 されどアリーもこの態度はわざと。
 
「こういうところが大魔法士と似ている、と言われるのです」
 
 くすくすと笑うアリーにリーリアも強張った身体の緊張を解す。
 と、同時に剣戟が響いた。
 
「始まりましたわね」
 
 アリーの視線が柔らかなものから鋭いものへと変わる。
 
「天下無双。名を聞いたことはありますが、実際はどうなのですか?」
 
 横目でリーリアに尋ねれば、彼女は一切迷い無く答えた。
 
「その名の通りです。他に並ぶ者がないとさえ謳われた最高峰の実力者。リライトの勇者であろうともやはり、難しいと思われるですが。いえ、本音を言わせていただけるのであれば、大魔法士であろうとも天下無双に勝つことは無理だと思っています」
 
 今の発言から窺えるのは、マルクに対する絶対の信頼。
 朧気な大魔法士の実力ではなく、知っているが故の確固たる『天下無双』の実力を彼女は信じている。
 アリーは彼女の言葉に目を細め、
 
「リーリアさん、貴女が天下無双のことを信頼しているのは分かりますわ」
 
 先刻の会話で彼女はほとんど、入ってこなかった。
 全幅の信頼をマルクに置いているからだ。
 
「でも、わたくしも信じているのです」
 
 眼前で剣を振るっている少年を。
 
「わたくしの勇者であるシュウ様を」
 
 誰よりもアリーは信じている。
 だから負けるはずがないと思っている。
 
「それに何よりも、あの二人は特別なのです」
 
 修と優斗。
 互いを同等と認める、他の誰も入ってこれない頂に立っている者同士。
 
「大魔法士は唯一、シュウ様と『力』で並び立てる存在なのですわ」
 
「……大魔法士が……唯一?」
 
 リーリアの問いかけにアリーは首肯する。
 
「同じ場所に立っているからこそのシンパシー。シュウ様の孤独を理解できる唯一の存在。だからこその絶対の信頼」
 
 二人の戦いを見ながら、羨むような言葉を告げる。
 
「数あるうちの一つとはいえ、妬けてしまう関係ですわね」
 
 “特別”だということが分かるから。
 羨む気持ちがないと言ったら嘘になる。
 
「でも、そんな二人を見ているからこそ彼らは同等であると理解できますわ」
 
 優斗が最強であるならば、修は無敵である。
 これは自分達の中で絶対だ。
 
「しかしながら、貴女は大魔法士ですらも天下無双には敵わないと仰いました」
 
 あの『最強』が『天下無双』には勝てないと言ってのけた。
 だからだろうか。
 アリーは訊きたいと思った。
 
「貴女は何を以て天下無双を信じているのですか?」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 剣を振り抜く速度は年輩とは思えないほどの速度。
 そして受ける剣に轟くは予想以上の衝撃。
 
「これがじいさんの振るう剣かよ!」
 
 想定外も想定外だ。
 けれど、それは年齢からしての想定外。
『力』として見れば、修の予想を超えることはない。
 
 ――でも、すげえな。
 
 この歳になって、この剣裁き。
 衰えた肉体を経験でカバーし、失った筋力を技術でフォローする。
 まだまだ一線で戦えるほどの『力』を持っている。
 とはいえ修は彼の横薙ぎ、上段からの振り抜き、時折混じる魔法すべてを防ぐ。
 そして防ぎながら……思う。
 彼は何を考えて戦おうとしたのだろうか、と。
 修は右から飛んでくる剣閃を防ぎ、その反動を利用して後方へと飛ぶように下がる。
 そして防御主体の構えを取った。
 
「…………」
 
 けれど追撃はなく仁王立ちするマルクの姿があるだけ。
 
「どうしたんだよ、じいさん」
 
 ずっと攻め込んできていた彼だっただけに違和感がある。
 けれどそれはマルクも同じこと。
 
「……なぜだ」
 
 手を合わせただけで分かる。
 目の前にいる少年は強い。
 少なくとも“防戦一方”になるなどありえない。
 こんな爺が一方的に攻めるなんて、そんな現実は存在しない。
 
「小僧、なぜ手を抜く!! この儂が分からぬとでも思っているのか!!」
 
 言ったはずだ。
 示せ、と。
 最強と同等と言うならば、見せろと。
 自分はそう言ったはずだ。
 
「大魔法士はもっと……」
 
 自分が辿り着けない場所にいる。
 
「もっと……っ!」
 
 自分が名乗れないほどに遠い場所にいる。
 
「もっと強いはずだ!!」
 
 自分の伸ばした手が届かないほどに、遙か彼方に存在する『二つ名』なはずだ。
『最強』という意は、最も強いからこその意。
 なのに、こんなにも近くにあると思えるものか。
 
「……じいさん」
 
 届いた天下無双の独白。
 修は驚いたように目を見張り、そして申し訳なさそうに頭を掻いた。
 
「悪かったよ」
 
 確かに様子見していた。
 まったくもって余裕を持った戦いをしていたのは否定できない。
 けれど、気付かされた。
 今の発言で修も分かることができた。
 
 ――このじいさん、きっと……。
 
 “負けたい”と思っている。
 いくら歴戦の戦士とはいえ、今のマルクは昔より実力が落ちていることだろう。
 だとしても圧倒的に負けることはない。
 それだけの経験を持ち、力を持っている。
 ならば“昔の自分”は負けるはずがない、と。
 感じてしまうのが道理。
 修は気合いを入れるため、両の頬を叩く。
 
「謝りついでに先に言っておく」
 
 そして身体に力を込めた。
 
「これからあんたをボッコボコにするけど勘弁してくれな」
 
 宣言しながら重心を前に傾ける。
 天下無双が歯をむき出しにして笑った。
 
「言ってくれるな、この小僧がっ!!」
 
 同時、修が弾けるように飛び込んだ。
 今までの速度とは段違い。
 体感にして倍は違うのではないかと思えるぐらいに、霞んで見えた。
 
「……っ、速い!」
 
 マルクは半ば反射的に防御の態勢を取るが、
 
「おせえ!」
 
 修は叩き付けるように剣を振るった。
 型などない、まるで無造作に上から下へとぶちかまされた一撃。
 と、同時にバックハンドブローが飛んでくる。
 それをすんでのところで躱す、が今度は回転した勢いを使った横薙ぎの剣閃が視界に入ってきた。
 
「……ぬぅっ!」
 
 かろうじてマルクは自らの剣で横薙ぎを逸らす。
 怒濤の攻撃が天下無双を襲った。
 まるで縦横無尽にして自由奔放。
 剣技と呼べるほど洗練されたものではない。
 けれど押される。
 
「うっしゃあっ!」
 
 剣を防げば次の瞬間に蹴りが飛んでくる。
 まだ蹴りならマシだが、不意に拳も襲いかかってくる。
 ハチャメチャであり、予測を立てにくい。
 しかし、
 
「……くくっ」
 
 気付かぬうちに笑い声が漏れる。
 久しく忘れていた。
 戦いというものを。
 挑む、という感情を。
 
「30年早ければ良かったかもな!」
 
 修が挑発するように大声を出した。
 
「抜かせ! 小僧、まだ産まれていないだろうが!」
 
 攻撃に転じる。
 僅かな間を縫った突き。
 それを修は、
 
「しゃらくせえっ!!」
 
 剣を手放し前へと踏み込みながら右の手の平を使って逸らした。
 同時に左手でボディーブローするように当てると、
 
「ぶっ飛べ!」
 
 風の魔法を叩き込んでマルクを弾き飛ばす。
 
 
       ◇      ◇
 
 
「幼い頃からずっと天下無双の話を聞いて私は育ってきました」
 
 二人の戦いを見ながらリーリアを思い返すように話す。
 
「だから私は“大魔法士の許嫁”となった際、一つのお願いをしました」
 
 けれど視線はマルクに固定されている。
 
「護衛は天下無双がいいと」
 
 ずっと聞き続けてきた。
 憧れて尊敬し続けてきた。
 
「誰が天下無双の話を?」
 
「……お祖母様が話してくれたのです」
 
 たくさんの事を。
 天下無双になってからの話を。
 天下無双になる“前”の話を。
 
「“大魔法士の許嫁”という制度がなければ、もしかしたらあの人は私の……」
 
 話している最中にマルクの吹き飛ぶ姿が二人の目に映った。
 そこでリーリアは口を噤む。
 胸元を強く握り、少し目を伏せた。
 
「……リーリアさん」
 
 アリーは彼女の言葉から一つの推論が浮かぶ。
 このような偶然があるのかどうかは分からない。
 けれど、彼女の態度と想い。
 その全てを鑑みるとするならば、
 
「貴女はもしかして――」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 吹き飛ばされ、地面に伏している身体に力を込めてマルクは立ち上がる。
 
「……くっ」
 
 だが軽く蹌踉けてしまい、剣を杖のようにして身体を支えた。
 
「なんだよ、じいさん。もう疲れたのか?」
 
「うるさいわ」
 
 とはいえ本音を言えば、今のは効いた。
 久方ぶりに身体の芯までダメージが残っている。
 
「しかし、そうだな」
 
 年齢的なことも考えれば長々と戦えば戦うほど、自分は不利になるだろう。
 ならば、だ。
 
「名残惜しいが、これで最後にするとしよう」
 
 魔力も体力も余力のあるうちにやるしかない。
 
「小僧。これから儂は最後にして最大の攻撃を放とう」
 
 己の“最強”を撃つ。
 
「逃げることなど……するわけもないか」
 
 言葉として修に告げているマルクはふっと笑った。
 相対する修は剣を地面へと刺し、絶対に逃げないと示すように右手を突き出した。
 彼はマルクがこれから何をするのかを理解している。
 でも、だからこそ逃げない。
 
「この『天下無双』に対して、真っ正面から上回ろうとしてくれるのだな」
 
 自分が何を求めているのかを理解しているから。
 自分がどうしてほしいのかを分かっているから。
 修は避けることなどしない。
 真っ正面から真っ向勝負。
 そして打ち砕く。
 これこそがマルクの望んでいること。
 
「…………振り返れば頑固としか言えない道のりだった」
 
 脇目もふらず、常識を言われても無視する。
 ただ一人を求めたが為に、他に脇目を振ることもなかった。
 けれどもう――40年
 決着をつけてもいいだろう。
 マルクは修を見据える。
 
「見せてみろ、小僧。『最強』と同等である『無敵』の強さを」
 
 長く、永く歩いた。
 見果てぬ道を駆け抜けてきた。
 けれどそれも、決着だ。
 永年の感情を全て込めて、今一度叫ぶ。
 
「示してみせろ!! 『無敵』であるお前が『最強』の強さを!!」
 
 故に紡ごう。
 求めたがこそ辿り着いた境地を。
 研鑽の為ではなく、誇る為ではなく、栄光の為でもない。
 ただ一人の女性の為に、ただ一つ求めた『名』を目指した末に届いた場所。
 
 
『求め爆ぜるは炎の定め』
 
 
 誰も謳わぬ神話をここに紡ごう。
 
 



[41560] only brave:誇りを胸に
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:8f778703
Date: 2015/12/14 21:10
 
 
 
 
 手を伸ばし続けた。
『大魔法士』の二つ名を。
 最強の意を。
 
『求め爆ぜるは炎の定め』
 
 誰よりも戦ってきた。
 
『炎は何よりも気高い』
 
 解かれた手を再び、繋ぐために。
 
『際限など存在しない』
 
 自分が大魔法士になる。
 
『滾り、迸り、陽炎さえも生まれるほどに熱き想いを貫いてきた』
 
 最強となってみせる。
 
『烈火と共に戦い抜いてきた』
 
 けれど大魔法士にはなれず。
 空っぽの天下無双になっただけ。
 
『故に我は炎の如く焦がれて生きるのみ!』
 
 ……悔しかった。
 数十年の時を経ても未だに思ってしまう。
 あの手を握れなかった自分の弱さを。
 あの温もりを取り戻せなかった己の未熟さを。
 だから今こそ決着をつける。
 届かなかった手を、届かなかった想いを。
 己に証明する。
 
 
『燃え尽きろ!! この意思に焦がせぬものはない!!』
 
 
 自分は確かに“届かなかった”と理解させる為に。
 
 
 
 
 
 
 
 
 対するように修も右手を前に突きだしたまま、詠む。
 
『求め吹雪くは凍てつく波動』
 
 やってやろうと思う。
 
『凍れる空気、凍れる礫、凍れる飛沫』
 
 負けたいと誰よりも願っている天下無双に。
 
『命も、魂も、時すらも止まるほどの零豪』
 
 教える、なんて大層な立場ではないけれど。
 
『我が前に動く者は存在せず』
 
 天下無双に示したいと思う。
 
『それは無形すらも型成す絶対零度の覇者』
 
 異常の存在が異常である理由を。
 同時に二人の魔法陣が輝き、放たれるは燃え尽くす業火と時すらも止まると思えるほど極冷の吹雪。
 中央で衝突し、せめぎ合う。
 
「どうした! これが限界か!?」
 
 魔力を振り絞り、相手を打破しようとするマルク。
 今のところは同威力。
 ならば、より魔力を込めたほうが勝つ。
 マルクはぐっと腰を据えた。
 
「いいや、そんなわけねーって」
 
 けれど修は軽く首を振った。
 相打ちなのはマルクを殺さない威力を見極める為。
 だから、
 
「これから見せてやるよ」
 
 マルクが求めている相手の実力。
 最強が共に立っている場所。
 
「“ただの人間”じゃ到達できない頂を」
 
 何一つ気負いなく告げる修。
 
「天恵を与えられた者と、限界を投げ捨てた先に辿り着いた者。どっちも人間だけど、人という枠からは外れすぎてる」
 
 同じ人間とは思えないほどの“力”を有している二人。
 
「だからみんな言うんだ。チートの権化と化け物だって」
 
 修はさらに足を一歩踏み込み、右手を突き出す。
 応じるようにグン、とマルクが押された。
 
「じいさん、ちゃんと防御しとけよ」
 
 魔法陣はさらに輝きを増し、修の右手の甲には『勇者の刻印』が浮かび上がる。
 その強さはまさしく『勇者』と呼ばれる存在であり、
 
「一気に行くぜ」
 
 言葉と共に威力が際限なく増していく。
『最強』と相並ぶ『無敵』の真価がマルクを襲った。
 
 
        ◇       ◇
 
 
 アリーが予想を告げると、リーリアは小さく首を縦に振った。
 
「……その通りです、アリシア様」
 
「それは彼に伝えたことは?」
 
「いえ、ありません」
 
 ゆるゆる、と今度は首を横に振る。
 
「お伝えしてもよろしいのでは?」
 
 アリーが問いかけると、リーリアの瞳が揺れる。
 ぐっと堪えているようだった。
 
「……アリシア様。私は……彼の想いを踏みにじる存在で――」
 
「貴女の知っている『天下無双』は、事実を知らされて貴女を憎むような方なのですか?」
 
 純粋な疑問をリーリアに投げかける。
 マルクは彼女の持っている事実を知ったところで、恨んだり憎んだりするのだろうか。
 リーリアは顔を上げ、神話魔法を放っているマルクの姿を見詰める。
 
「…………そんなことは……ありません」
 
 自分が知っている『天下無双』は。
 決してそんなことはない。
 アリーはリーリアに優しい視線を送る。
 
「彼はおそらく負けたがっていますわ」
 
 先程の叫びから理解できることだ。
 天下無双と呼ばれているからこそ、『どうして大魔法士と呼ばれないのか』と。
『最強』という立場に近しい男だったからこそ、思ってしまう。
 そんな困惑と決着をつける為に、彼は今……戦っているのだろう。
 
「追い求めたが故の長い旅路を終わらせる為に」
 
 自分達が生まれるよりも前から歩んだ道を諦めようとしている。
 けれど、それで何もかもを終わりにしてもいいのだろうか。
 
「一つの関係が終わると、そう言ってもいいでしょう。けれど今度は貴女が求めている関係があるのでしょう? 護衛としてではなく、憧れにして尊敬を抱いている天下無双に」
 
 アリーは確信を持って問いかける。
 彼女は揺れる瞳を僅かに潤ませて……確かに頷いた。
 
「リーリアさん。それが“もしかしたら”という仮定を考えてしまうほどに、希うものであるならば……」
 
 切なる願いであるとしたら。
 
「天下無双が届かなかった手を、貴方が別の形で取ってあげてもいいのではないでしょうか?」
 
 言い終わったと同時に視界に映るは、灼炎を吹雪が浸食していく様子。
 赤が白に覆われ、そして……消え失せる。
 ヒヤリと冷たい空気が漂ってきた。
 
「……決着、ですわね」
 
 白い粉塵が舞う中、立っているのは――リライトの勇者。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 修が仰向けに倒れているマルクへと歩み寄る。
 
「凍傷とかにはなってねえよな?」
 
 神話魔法を打ち破った後、戦闘不能になるぐらいには攻撃を浴びせた。
 コンマ数秒ぐらいだったが、大丈夫だったろうか。
 
「寒いし痛いわ、小僧」
 
 霰のような物体が突き刺さるように当たるわ、雹のような物体が肌を傷つけるわで散々だった。
 というか、この神話魔法だったからこそ生きていられるのだろう。
 大抵の神話魔法だと、普通はすぐ死ぬ。
 
「じいさん暑苦しいからすぐ暖まるだろ。痛みは負けたから仕方ないんじゃね?」
 
「……まあ、そうだな」
 
 笑う勝者と穏やかな表情の敗者。
 マルクは憑き物が落ちたかのように遠い目をしている。
 
「圧倒的なまでに届かない、か。この儂ですら」
 
 全力の神話魔法だった。
 まさしく渾身を注ぎ込んだ魔法を、リライトの勇者はいとも容易く圧倒してきた。
 
「……やはり強いのだろうな、大魔法士は」
 
「俺の同等だからな」
 
 修が言っていることは嘘偽りない。
 当然であり、当たり前であり、事実。
 
「だからこそじいさんが求めた『最強』なんだろ?」
 
「……まさしくその通りだ」
 
 今、自らの眼に映った光景こそが求めた『力』の頂点。
 年老いた自分では敵わず、在りし日の自分であろうとも勝つイメージが欠片も沸かない。
 天下無双ですらも見えない頂に立っている存在。
 
「……マルク」
 
 すると、二人の女性が近付いてきた。
 そのうちの一人にマルクは目をやると、上半身を起こす。
 
「情けないところを見せたな、リーリア」
 
 たった一人の男が、求めた道を諦めた瞬間を見せてしまった。
 情けないにも程がある。
 けれど、
 
「……私が情けないなどと思うことはありません」
 
 リーリアは決して、頷くことはしない。
 なぜならば、
 
「貴方の勇姿をこの目に焼き付けました」
 
 見たからだ。
 この年齢になって尚、破格の実力を持っている『天下無双』を。
 
「貴方は私が聞いていた通りの……お祖母様の話に違わぬ天下無双でした」
 
 幼少の頃、どんなお伽噺よりも天下無双の話が大好きだった。
 ずっとずっと憧れていて、年齢を重ねる事に尊敬も兼ねていった。
 実物を見て、さらに大好きになった。
 そして今、その強さを目の前で見たというのに情けないなどと思えるわけがない。
 
「リーリア、どういう意味だ?」
 
 マルクの問いかけに対し、リーリアは決意した表情を向ける。
 
「私の祖母は……」
 
 そして手の裾を握りしめながら。
 声を僅かに震わせながら。
 リーリアは彼が手を伸ばした女性の名を言った。
 
 
「祖母の名は……ノイエ・コンラートです」
 
 
 その名を聞いて、彼がどう思うかは分からない。
 古き名を懐かしむのだろうか。
 他の誰かと結婚した証明を前にして、自分をどう思うのだろうか。
 色々とリーリアの胸中に想いが駆け巡る。
 
「……私は…………」
 
 声が未だに震える。
 本当に良かったのか、と思う。
 けれど知って欲しいとも思うから。
 自分がマルクの何を知っているのかを。
 
「……ずっと聞いてきました。天下無双の英雄譚を。天下無双に至る前の優しい物語を。私は貴方の話をたくさん聞いて過ごしてきました」
 
 リーリアが語ることにマルクは一瞬だけ目を見張る。
 そして――思い出した。
 
「……気のせいではなかったのだな」
 
 初めて出会った時に感じたこと。
 懐かしい記憶に触れる、その色。
 
「栗色の髪は本当に彼女と瓜二つだ」
 
 当時のことを思い出すかのように、マルクは目を細める。
 
「お祖母様は晩年、仰っていました」
 
 最後の最後。
 死ぬ前になって思いの丈を語ってくれた。
 
「彼に手は届かなくなった。声も届かなくなった。それでも……」
 
 何もかもが届かなかったとしても。
 聞こえてくる二つ名があった。
 
 
「誰もが並べぬと謳われた『天下無双』。その『名』を己が誇りとし、生きていけたと」
 
 
 祖母はそこそこ、幸せな人生だったと言った。
 愛は無くとも何不自由なく暮らし、子供を育て、孫も得られた人生。
 されど一番の幸せだったものを彼女は手に取らなかった。
 その場の雰囲気に流され、今までと違うことが出来なかった。
 
「だから……もし次があるのならば、今度は絶対に手を離さないと」
 
 あの日、伸ばさなかった手を伸ばして彼の手を取る。
 お互いに差し出して、決して離さない。
 歳を取ったからこそ、死ぬ間際だからこそ思ったのだと。
 皺をくしゃりと深くしながら言っていた。
 だから、
 
「もし……生まれ変わりがあるのならば…………っ」
 
 今度こそは手を取る。
 己が想いに人生を殉ずる。
 
「また貴方に恋をすると……っ!」
 
 誓うように、幾度も口にしていた。
 
「……っ」
 
 どうしてだろうか。
 リーリアの目には涙が溢れる。
 これは悲しい話ではない。
 ただ一つの選択肢を間違えたが故に起こった、ただの残念な出来事。
 どこにでもありふれる、ちょっとした不幸な物語。
 
「リーリア、それだけで十分だ」
 
 だからマルクが止めた。
 奪うという選択肢を見出さなかった馬鹿な男と、流されてしまった女の自業自得な物語に涙する必要など何もない。
 けれどリーリアは喋るのをやめなかった。
 
「……“大魔法士の許嫁”という制度があるからこそ、貴方とお祖母様は離れてしまった。けれど……その制度があるからこそ私は生まれて貴方に出会えた」
 
 自分が今、こうしてここにいる。
 マルクと出会えた。
 
「でも、私が尊敬している『天下無双』を“お祖父様”と呼べる可能性があったかもしれないと思うと……っ!」
 
 生まれていないかもしれない。
 でも、それでも思ってしまうのだ。
 マルクが祖父であるかもしれない、という仮定を。
 
「私は悔やんでも……悔やみきれません」
 
 堅い手の平で頭を撫でられた時に。
 からかうような声で、やっぱりからかわれた時に。
 どうしようもなく『仮定』を思ってしまう。
 しかし、
 
「……はぁ。そなたは本当に頭が悪い」
 
 溜息と同時に呆れた声が彼女の耳に届いた。
 
「そなたは儂を信頼し過ぎているところもだが、大概にして頭が悪いのも本当に彼女とそっくりだ」
 
 一つのことを見て、他のことを見ていない。
 
「いいか、リーリア。彼女の孫だというのならば、儂の孫も同じ事。なぜなら初恋の相手だけではなく、幼なじみでもあるのだからな」
 
 幼い頃からずっと一緒だった。
 
「儂と彼女は兄妹ように育ち、友達のように喧嘩し、親友のように笑い、恋人のように仲睦まじく過ごした。だから血は繋がっていなくても、リーリアが望むのならば儂は祖父になろうて」
 
 何よりも彼女の孫に対して、マルクが憎悪の感情を抱くわけがない。
 
「これからは好きなように呼ぶがいい」
 
 マルクはリーリアの頭を乱暴に撫でる。
 
「そしてありがとう。初めて彼女の気持ちを知ることができた」
 
 ずっと幸せを願っていた女性。
 でも、離れてからの彼女の想いを初めて知った。
 
「儂は伴侶とはなれなかったが誇りとなれたのか」
 
 彼女の胸の中に自分はしっかりといた。
 
「大魔法士になれなかった自分が誇りとなった」
 
 誓ったのに届かなかった。
 けれど、彼女はそんな自分を褒めてくれた。
 
「……ならば儂も誇ろう」
 
 初めて自分の二つ名に対して想いを込める。
 
「彼女を求めたが故に『天下無双』となったことを」
 
 誰も並ばぬと謳われたことを喜びとしよう。
 
「そして生まれ変わった時には、今度こそ……」
 
 マルクは立ち上がり、剣を天に掲げる。
 その姿は在りし日と同じ姿。
 齢を重ね、見目は違っていたとしても。
 
「……今度…………こそ……っ!」
 
 あの時、大魔法士になると誓った時と同じように。
 けれど今度こそは実現させよう。
 
「儂はノイエと共に生きていく!!」
 
 言葉にして。
 声にして。
 約束しよう。
 
 
「我が名、マルク・フォレスターと我が二つ名――ノイエが誇った『天下無双』の名に誓って!!」
 
 
 生まれ変わった時には、今度こそ一緒になろう。
 



[41560] only brave:踏み込む二歩目
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:8f778703
Date: 2015/12/14 21:10
 
 
 
 
 怪我をしているマルクを治しながら修は気になったことを訊く。
 
「じいさん、ちょっと質問なんだけどよ。『始まりの勇者』って何だ?」
 
 マルクから零れた言葉。
 なぜか修の耳に残った。
 隣ではアリーも頷いている。
 
「儂も詳しくは知らん。儂が若い頃に一度だけ、他国を移り渡っている途中で道端の話が聞こえただけだ。『無敵』という単語と共に『始まりの勇者』という言葉を」
 
 たった、それだけのこと。
 けれども最強の存在を目指していただけに、記憶の片隅に残っていた。
 
「ふ~ん」
 
 修としても興味は尽きないが、これ以上の情報がないのであれば仕方が無い。
 これで一端、話を流す。
 
「で、じいさん達はこれからどうすんだ?」
 
「事情が分かった以上、リーリアには自由に生きる権利がある。儂のようなことは二度と起こさん。時間が掛かろうとも、この儂の名に賭けてな」
 
「そっか」
 
 修は頷くと不意に周囲を見回した。
 
「シュウ様? 何をキョロキョロしているのですか?」
 
 突然すぎて明らかに不審な行動だ。
 別に誰かに聞かれて困るような話をしているわけではないのに、どうしたのだろうか。
 
「いや、なんつーか俺らってよ、こういうタイミングで誰かしら――」
 
 と、同時に届いてくる声が二つ。
 
「せーの、たかーいたかーい」
 
「あーいあーいっ!」
 
 聞き覚えしかない声が二つ。
 修が笑い、アリーが呆れた。
 
「ベストの人材来たっ!」
 
「とんでもなく凄いタイミングで帰ってきたものですわ」
 
 王城へと向かう道を歩いている彼を大声で呼ぶ。
 
「優斗っ!」
 
 呼べば優斗とマリカがこっちを見た。
 そして一緒に歩いてくる。
 
「ただいま、二人とも」
 
「あうっ!」
 
 軽く修達に挨拶すると、優斗はすぐ近くにいるマルクとリーリアに視線を向け、
 
「こちらは?」
 
「天下無双と“大魔法士の許嫁”ですわ」
 
 アリーが言うと同時に優斗の視線が僅かに鋭くなる。
 
「……なんだって?」
 
「安心してください。大抵の問題は片付いていますわ」
 
「それならいいや」
 
 視線を普通に戻す優斗。
 するとマルクがいきなり現れた存在を訝しげに見た。
 
「アリシア王女。こやつは?」
 
「今代の大魔法士――ユウト=フィーア=ミヤガワですわ」
 
 さらっと告げられた爆弾発言にマルクとリーリアが絶句した。
 赤ん坊と一緒に登場するなど想定の範囲外だ。
 
「……なんというか……普通だな」
 
 話を聞くに、もっとごつい身体であるとか危ない気配を漂わせた男だと思っていた。
 
「今のところは普通ですが、あまり刺激しないでください。貴方達が間違えて触れたら危険ですわ」
 
 アリーが猛獣みたいな扱いをする。
 というか出来るのならば“危険物取扱注意”という札でも貼り付けておきたい。
 
「この赤ん坊は?」
 
「彼の娘です」
 
 アリーが示すと、優斗はマリカをちょっとだけ前に出す。
 
「マリカ、この人達に挨拶は?」
 
「まーっ!」
 
 元気よく叫ぶマリカ。
 優斗の顔が綻んだ。
 
「おー、えらいえらい。ちゃんと自己紹介できるようになったんだ」
 
 抱き上げて頭を撫でる。
 
「……激甘なのだな」
 
「ただの親バカですわ」
 
 これが彼の通常運転なので、アリーもさして気にしない。
 
「っていうか優斗、何で王城来たんだ?」
 
 修達としてはタイミング的にベストでありがたいが、来た理由は何なのだろうか。
 
「カメラの進捗報告と帰りが遅くなった経緯の報告。ミエスタで貴族ぶっ飛ばして処刑云々の話にまでなったからね」
 
「……相変わらず大きな問題を報告してくれますわね」
 
「ちゃんとミエスタ女王とケリつけといたから大丈夫」
 
 ひらひらと手を振って、問題ないことをアピールする優斗。
 そして、
 
「で、そっちの問題は? “大抵”ってことはまだ、終わってないことがあるんでしょ」
 
 
 
 
 
 
 
 
 優斗はアリーから事の詳細を聞く。
 
「……正直、まともに対応したら手間だよね」
 
「ですわね」
 
「大事にしなくていいか」
 
「それが楽ですわ」
 
 優斗とアリーで溜息をつく。
 というか彼らの中で結論は出ているだけに、経緯をどうするかが問題となっている。
 
「王様からどうこう言えないのか? そうすりゃ楽だろ」
 
 言い方を悪くすれば、あとは勝手に国がやってくれて手間はない。
 けれど優斗は手を振って否定した。
 
「最終的にやることは変わらないから意味がない。だから国同士の問題に発展させる必要性もメリットもない」
 
「なんでだ?」
 
 修が首を捻る。
 なぜメリットがないのだろうか。
 
「まず国が把握しているかどうかも分からない存在に対して、リライトが物言うとしたら面倒なんだよ。余計に大きな問題へとなりかねない」
 
「あん? だって“大魔法士の許嫁”って嘘じゃねーか」
 
「それは僕らが持っている事実があるからこそ判明した嘘なんだよ」
 
 パラケルススという存在と出会っているからこそ分かったこと。
 優斗は言い聞かせるように伝える。
 
「それに事実の誤認がある。向こうは“大魔法士の許嫁”っていうのを本気で勘違いしてるから厄介なんだよ」
 
 アリーも頷きながら続けた。
 
「証明がなければ、ただの戯れ言として終わりますわ。いくらリライトが言おうとしても意味がありません」
 
「だから前提を崩して終わらせるのがベストなんだよね」
 
「ということですわ」
 
 互いの考えが同じだからこそ、すらすらと言葉を繋げる優斗とアリー。
 だが修の頭は……パンクしそうになった。
 
「……馬鹿にも分かるように頼む」
 
 正直、この二人が何を言っているのか分からない。
 アリーが苦笑して内容を噛み砕きながらを伝える。
 
「誤認は二つあるのですわ。彼らが住まうところでは“大魔法士の許嫁”に対する誤認。そして世界的には大魔法士に対する誤認が」
 
「一般的に先代は男だと勘違いされてる。だからこそ女性であるリーリアさんが“大魔法士の許嫁”として選ばれていることも矛盾はなかった」
 
 ということは、だ。
 
「証明が面倒な“大魔法士の許嫁”というものを破綻させるには、先代が女だということを証明すればいいんだよ」
 
「そして、それができるのは今代の大魔法士であるユウトさんしかいませんわ」
 
 パラケルススの契約者である優斗だけが証明できる。
 二人の説明にようやく修が納得したように頷いた。
 
「あー、なる。つまり優斗が行かないといけねぇのか」
 
「どういう風にやっても最終的にはそういうわけだね」
 
 証明手段が一つである以上、仕方ない。
 優斗はマルクに視線を向ける。
 
「質問ですが、こちらに来る時には何と言って来ました?」
 
「飛び出して来たから、特にどうこう言ったわけではない。だが儂に話をした奴がいるからな、察してはいるだろう」
 
 マルクの返答に優斗は思考する。
 そしてアリーと顔を見合わせた。
 
「…………だとするなら、広まるかもしれない可能性を考えたら時間はないか」
 
「ですわね」
 
「本来なら、箝口令があるんだけどね」
 
「人の噂に戸口は立てられませんもの」
 
 仕方ないと言えば仕方ない。
 
「とはいえ今日は駄目だな。これ以上動き回ったらフィオナにマジで怒られる」
 
 真面目な顔して素っ頓狂な発言をした優斗に修とアリーが吹き出した。
 
「いや、本当に笑い事じゃないんだって」
 
 けたけたと笑う二人を尻目に優斗は真剣な表情をマルクに向ける。
 
「明日、ボルグ国へと向かいます。そして“大魔法士の許嫁”という制度を潰します。それでいいですか?」
 
「……すまんな。儂らの為に」
 
 マルクが頭を下げた。
 けれど優斗は別に彼らのために動いているわけじゃない。
 
「何を言ってるんですか? 貴方達の事など二の次です。基本的には自分の安寧の為にやることですから」
 
 彼らが頭を下げる必要など一切無い。
 
「来年には大魔法士と発表しますから、その時まで面倒事を伸ばすのは利点がありませんわ」
 
「だね。被害拡大する前に終わらせたいってだけだし」
 
 それに尽きる。
 
「優斗、被害拡大ってのは?」
 
「政治云々を抜いたら、フィオナの機嫌」
 
 真面目に言ってのける優斗に再び修とアリーが笑った。
 
「そりゃ早く終わらせたいわな」
 
「ですわね」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 翌日。
 学院をサボって問題解決に動いた優斗が夜になって戻ってきた……のだが、修とアリーの前では面白い光景が広がっていた。
 
「私は不機嫌になってしまったので、優斗さんに慰めてもらっています」
 
「という風に言ってるだけで、実際は甘えるのに都合の良い状況になったから甘えてるだけ」
 
 優斗の膝の上に頭を乗せて髪の毛を梳いてもらっているフィオナ。
 
「っていうか普段は甘え足りてねーのか」
 
「衝撃の事実ですわね」
 
 あれだけベタベタしておいて、まだ足りないというのは……確かに衝撃的だ。
 けれども気にしても仕方ないので、今日の顛末を訊く。
 
「で、あっちで何をやったんだよ?」
 
「“大魔法士の許嫁”の制度を管理してる貴族のところに行って、大精霊を全部呼んで懇切丁寧に説明した」
 
 聞く限りは普通。
 だが、やったのは優斗となると別だ。
 
「どうやっても“説明”って単語のルビが『脅迫』に変換されるな」
 
「いや、今回は本当に説明だよ」
 
「普段の行いのせいですわね」
 
 まったくもって否定できないことを言うアリー。
 なので優斗も反論する気にはならない。
 
「まあ、今回は付き添いがフェイルさんだったからね。楽だったよ」
 
 あくまで優斗自身は個人的な理由で制度を潰す。
 とはいえ事情が事情で動くので、それを王様に伝えたらフェイルを付き添いに命じてくれた。
 
「へぇ~。副長が出てこなくてよかったな」
 
「フェイルさん曰く『問題を拗らせるだけだから必要ない』ってさ」
 
「……すげーな、あの人」
 
 仮にも騎士団で二番目に偉い人なのに、そこまでキッパリ言うとは。
 
「でも、これでじいさん達の面倒は終わったな」
 
 そう言って修は……珍しく思案するような表情になった。
 すると優斗が、
 
「で、何が気になってるの?」
 
 そんな問いを修に投げかけた。
 
「いや、まあ、今回あった事のうちに……入るかどうかは分からないけど、昨日からちょっと気になってるのがあんだよ」
 
 初めて聞いた言葉。
 彼の心に引っかかった名。
 
「優斗は『始まりの勇者』ってどっかで聞いたことあるか?」
 
「……なにそれ?」
 
 こてん、と優斗の首が横に倒れる。
 彼も初めて聞く名だった。
 
「いや、分かんねーから訊いてんだけど」
 
「それがどうかしたの?」
 
「なんか妙に気になるんだよな」
 
 国の名を冠していない勇者。
 修の胸の内にどうも残る。
 
「優斗。こいつ、どんな奴だと思う?」
 
「……大層な無茶振りしてくるなぁ」
 
 単語だけで予想しろなど、普通は無理。
 優斗が呆れた表情を浮かべる。
 
「始まりの勇者、ね」
 
 けれど、だ。
 単語から浮かんでくる意味に対して、ある程度の予測を付けることを出来なくもない。
 そして優斗が今まで疑問に思ってきたことも総じて纏めれば、紛いなりにも言うことはできる。
 
「とりあえず前置きから考えようか」
 
 優斗のフィオナの頭を膝から持ち上げて起こすと、真面目に話す体勢を取った。
 
「最初に言うけど“異世界人の召喚”って何であると思う?」
 
「……何でって……こっちの人達より能力が高いからだろ」
 
 突飛な問いが来たが、修が真面目に答えた。
 異世界人は総じてチートを得ている。
 普通の人達よりも高い能力を持っている。
 だから申し訳なさがあろうとも、異世界人召喚は“ある”ということ。
 優斗は一つ頷き、
 
「そうだよ。だから今の世では当たり前になった。けれど先々に目を向ければ絶対に辿り着くところがあるんだ」
 
 一番の本流。
 全ての異世界人召喚に対する大元。
 
「最初に召喚された者は誰だったのか」
 
 セリアールにおいて、一番最初に召喚された者の存在。
 
「異世界――つまり僕達がいた世界は召喚されたことで“ある”と分かっているだけ。今現在も“観測はされてない”。ということは、最初に召喚された者は偶然に召喚された」
 
 奇跡のような出来事だったのかもしれない。
 偶然の惨事だったのかもしれない。
 けれども“優斗達のいた世界の人間を狙って召喚した”わけではない。
 
「とはいえ、この前置きは結構どうでもいいんだ。そんな昔のことなんて知ったところでどうでもいいし、今回の件において重要なのは次の前置きだよ」
 
 “異世界人の召喚”というものが出来た……だけなら分かる。
 けれども疑問となるのは、次に優斗から放たれる言葉。
 
 
「一番最初に『勇者』と呼ばれた異世界人は誰なのか」
 
 
 これが今回の疑問における大元だ。
 
「セリアールには召喚された者が勇者となる国が幾つかある。修やアリーはそれを当然だって思ってない?」
 
 優斗の問いかけに対して修とアリーは顔を見合わせる。
 確かに当然だと思っていた。
 
「僕らは元々いた世界にある物語のテンプレから、アリーは事実からそう思ってる」
 
 修達は召喚されたから勇者と呼ばれる、と。
 アリーは召喚した者を勇者と呼ぶ、と。
 当たり前のように思っている。
 
「でもね、修。異世界という大枠で考えるんじゃなくて、セリアールという一つの世界において“当然”に至る経緯は何だろうね?」
 
 誰もが気にしなくなった異世界人の召喚と追随する『勇者』。
 
「修、アリー。“大魔法士の許嫁”と同じことかもしれないよ、これは」
 
 二人を見据えて言う。
 
「“当たり前”であるからこそ最初を見逃す。“当然”だと考えているからこそ想像つかない」
 
 そこにあるのが普通だと思っているから“なぜあるのか”が消えていく。
 優斗は指をまず、一本立てた。
 
「“なぜ”勇者が『勇者』と呼ばれているのか」
 
 続いて二本。
 
「“なぜ”勇者が生まれたのか」
 
 三本。
 
「“なぜ”異世界人を勇者とするのか」
 
 四本。
 
「勇者は幾つもの国に存在するけれども“なぜ”認定される条件が異なるのか」
 
 幾つもの疑問が優斗の口から出てきた。
 
「今言った疑問にはね、明確な答えが見当たらないんだよ」
 
 勇者がいるのは分かっている。
 存在することも分かっている。
 けれども“なぜ”“どういう理由で”勇者がいるのかが分かっていない。
 
「向こうとこっちでの共通概念としてあるのは、勇者とは優しく強い者。そして純粋なまでの魂を持っているということ」
 
 このような人物だからこそ勇者と呼ばれる。
 それはどちらの世界でも同じだった。
 
「でもね、勇者の定義が違う。僕らの持っている定義は『悪を討ち滅ぼす者』であり、『世界を救う者』であり、『民衆を助ける者』だ」
 
 これが元々いた世界から得た勇者という存在。
 
「けれど『リライトの勇者』と『リステルの勇者』の定義は“国を守る者”」
 
 だからこそ違和感になる。
 差異が目に映ってしまう。
 
「最初はこっちの勇者とは“そういうもの”だと思ってたけど、どうにも違う。国によって定義が違う場合がある。ということは、どうして“国や民衆を救った者”ではなく“国を守る者”が勇者たり得る存在になるんだ?」
 
 そこがどうしても腑に落ちない。
 
「つまり僕たちの定義で鑑みるならフィンドが正しい。フィンドは各国を動いて人を助けてる。それにイエラートはリライトと同じように“国を守る者”を呼んでいるのに、異世界人を『勇者』ではなく『守護者』と呼んでる。これも僕らにとっては正しい」
 
 だとするなら、この妙な誤差は何なのだろうか。
 同じ『勇者』だというのに違いが生まれる。
 喚んだ理由が同じだというのに、名に違いがある。
 
「……要するに、ユウトさんは『リライトの勇者』が国を護る者だというのは誤認だと思っていらっしゃるのですか?」
 
 アリーが思案しながら訊く。
 が、優斗は首を振った。
 
「そこまでは言ってないよ。ただし、リライトにおける勇者の定義が出来た時期によっては、この違和感を無視することは出来ないってこと」
 
 何か意味があって、そう定義しているのかもしれない。
 それに間違っているのはフィンドやイエラートという可能性もある。
 
「あとは……そうだな。これも『始まりの勇者』と関係がありそうなんだけど、とりあえず訊いておこうかな」
 
 優斗はアリーに確認するように問いかける。
 
「アリー、確認だけど勇者っていうのは何人いるか言ってもらえる?」
 
「全部で8名。そのうち4名が異世界人ですわ」
 
「異世界人の勇者はどの国にいて、どういう人?」
 
「お年を召されているのは一人、タングスという国におりますわ。シュウ様と同年代の勇者は二人。一人は『フィンドの勇者』――タケウチ・マサキ。そしてもう一人は『クラインドールの勇者』――スズキ・ハルカです」
 
 すらすらと答えるアリー。
 優斗はふむふむ、と頷いて問う。
 
「じゃあ、異世界の勇者がいる国でリライトと同等以上に歴史の深い国は?」
 
「えっと……フィンド、タングス……それに……」
 
 答えていくうちにアリーの表情が驚きに染まる。
 優斗は予想通りだったのか続きを答えた。
 
「クラインドール、だよね?」
 
「はい」
 
「……全部かよ」
 
 修が唸った。
 全部の国がそうだと偶然とは言い難い。
 
「異世界人を勇者と呼んでいる以上、『異世界人』と『勇者』という存在は切り離せないはずなんだ」
 
 絶対に繋がっている。
 
「そして、その最たる鍵が――」
 
「始まりの勇者ってことか」
 
「だと思うよ」
 
 全て言い終わったことで、優斗は大きく息を吐く。
 
「けれど『始まりの勇者』という言葉がなくとも、僕が言ったところまでは“誰かが気付いているであろう出来事”だよ」
 
 勇者という存在に興味を持って調べたら、これぐらいまでは見当付いていることだろう。
 
「とはいえ、その先に辿り着けてないのは忘れ去られた“何か”があるんだろうね」
 
 おおよそ、そんな感じだろう。
 
「それに『始まりの勇者』との関係性については僕の見当外れかもしれない。というか、その可能性のほうが高いっていうのも忘れないで」
 
「……そもそも『始まりの勇者』という単語を聞いただけで、ここまで答えられるユウトさんがおかしいですわ」
 
「答えろって言ったのそっちじゃん!!」
 
 優斗がツッコミを入れると、修とアリーが笑った
 
「でも理由とか失われてたら厄介じゃね? 誰も答えらんねーし」
 
「大丈夫ですわ」
 
「大丈夫だよ」
 
 修としてはそんな可能性もあると思ったのだが、アリーと優斗がさらっと反論した。
 
「失われてたら『始まりの勇者』という単語すら存在しませんわ」
 
「天下無双が聞いたってことは、口伝だろうと秘伝だろうと秘匿されていようとどこかに残っているはず。『始まりの勇者』の意味を知っている『モノ』がね」
 
 そして同時に修を見る。
 
「まあ、さらにはこいつがいるし。気になったって言った以上、いずれ分かることだとは思うけど」
 
「ですわね」
 
 二人して結論付けるが、どうにも褒めてるような感じがしないのはどうしてだろうか。
 すると困惑した様子なフィオナが優斗の服の裾を引っ張った。
 
「……何を話しているのか、正確には分かりませんでした」
 
 定義だの概念だの言葉が曖昧すぎる。
 もうちょっとはっきりしたものであれば、フィオナも理解し易かったのだけれど。
 
「だいじょうぶ。修なんてあんまり分かってないから」
 
 よしよし、とフィオナの頭を撫でながら優斗がフォローを入れる。
 
「なんかすげえ言われようだな、おい」
 
「僕は基本的にアリーが理解すればいいやって感じで喋ってたんだけど、修は理解できたの?」
 
「任せろよ」
 
 修がドン、と胸を叩いて自信を漲らせる。
 なので優斗は意地悪い笑みを浮かべて訊いた。
 
「だったらリライトの勇者においての疑問点は?」
 
「……はっ? いや、なんだそれ? お前、そんなこと一言も言ってないだろ」
 
 すぐに困惑した表情になる修。
 というか、そんな話題は一切出ていない。
 けれどもアリーが平然と答えた。
 
「“勇者の刻印”ですわ。数いる勇者の中でも『勇者』というものが刻まれるのはリライトだけです。これも違和感といえば違和感になりますわね。何かしら『始まりの勇者』との関係性があるかもしれません」
 
「正解」
 
 パチパチ、と拍手する優斗。
 けれども修は意味が分からない。
 
「え~っと……どういうことだ?」
 
「いや、だからアリーが理解すればいいって言ったよ」
 
「……えっ? さっきのやり取りで理解したのか?」
 
 修がアリーに思わず訊いてみると、彼女は事も無げに頷いた。
 
「まあ、勇者にも差異があることを改めて疑問として突き詰めれば、リライトの勇者における他の勇者との差異は“勇者の刻印”ですから。これは貴方達の言っているチートとは、また別のベクトルにあるもの。さっきあげられたユウトさんの問いかけから導き出すのは容易ですわ」
 
 さらっと答えるアリー。
 だが修には理解不能だった。
 
「……こいつらの頭、どうなってんだ?」
 
「リルさんが『この二人だけは敵に回しちゃ駄目ね』って言ってましたし、似たような極悪思考回路の持ち主なのでしょうね」
 
 フィオナから言われたどでかい一言。
 優斗とアリーは顔を見合わせ、
 
「……アリーのせいで極悪思考回路って言われてるんだけど」
 
「絶対にユウトさんのせいですわ」
 
 
       ◇      ◇
 
 
「『始まりの勇者』について、これからどうしますか?」
 
 アリーを王城へと送る帰り道で、二人はそんな会話をしていた。
 
「いや、別に調べなくてもいいやって思ったわ。お前らの予想だと、いずれ分かるってことだろ?」
 
「ええ」
 
「だったら調べるだけめんどい」
 
 気になることは気になる。
 だがおそらくは膨大な量を調べ上げることになるだろう。
 しかも、それで正解が出るとは限らない。
 だったら楽して知るに越したことはない。
 
「シュウ様らしいですわ」
 
 くすくすとアリーが笑った。
 
「とはいえ、優斗の『大魔法士』ってのはある意味で厄介な二つ名だよな。勝手に問題呼び寄せるし。つーか、今回初めてあいつに巻き込まれた感じだ」
 
「それほど影響力があり、世界に名だたる二つ名ということですわ」
 
 故に伝説と呼ばれ、世界の至る所から尊敬を得て夢を与えられる。
 “だからこそ”アリーは隣を歩いている少年のことを意識してしまう。
 
 ――ユウトさんが大魔法士ならば。
 
 内田修はどうなっていくのだろうか。
 
 ――シュウ様もきっと……。
 
 同等の存在であるからこそ“そうなのだろう”と思うことがある。
 優斗が『大魔法士』ならば、修も『リライトの勇者』という一国で終わるような存在じゃない。
 
「…………」
 
 優斗は気付いたら伝説の二つ名を継いで高みへ上がっていた。
 けれど修はそうじゃない。
 これから定まっているかのように高みの『名』を得る。
 優斗と同じ場所へ進んでいく。
 “同等”であるからこそ。
 
「…………」
 
 不意にアリーの足が止まった。
 
「ん? どうした、アリー?」
 
 修が振り向いて呼びかける。
 その表情は暢気で、本当に脳天気。
 いつまでもアリーが見ていたい顔だ。
 
「シュウ様」
 
 だから勇気を出して問いかけよう。
 
「なんだよ?」
 
「もしシュウ様が『リライトの勇者』という枠で収まらない勇者なのだとしても――」
 
 優斗と相並ぶ立場になったとしても。
 
「――わたくしの勇者でいてくれますか?」
 
 アリシア=フォン=リライトの勇者でいてくれるのだろうか。
 どこにも行かず、どこかに消えず。
 自分の勇者として、この国で過ごしてくれるだろうか。
 至るべき場所と辿り着く高みがあるからこそ、僅かに不安となったことを問いかける。
 しかし、
 
「……はっ?」
 
 意味不明の疑問に修が馬鹿にするような声をあげた。
 
「で、ですからわたくしの勇者で――」
 
「いや、だからお前は何言ってんの?」
 
 修は論外とばかりに一蹴した。
 というか本気で理解できない問いだ。
 
「前に言ったろ。お前の勇者でいることは俺の根幹だ。余計な心配すんなって」
 
 そしてアリーのおでこをペシっとデコピンをする。
 
「つーか、俺にとってお前の勇者である以上の『勇者』なんて存在しねーよ」
 
 本当に馬鹿げた問いに対しての返答。
 しかも、それが本当だと言わんばかりの自信。
 
「馬鹿なこと言ってないで帰るぞ。アリーの帰りを遅くし過ぎると王様にアイアンクローかまされて、俺の頭が壮絶なことになんだからな」
 
 再び歩き出す修。
 対してアリーは呆然とした後、彼の言葉を頭の中で反芻して……笑顔を浮かべた。
 修は自分を慮かって発言したわけではない。
 彼の中では絶対のことで、誰にも覆せない事実。
 だから自分の顔色を見ずとも軽く言ってのけてしまう。
 アリーにとって最良で最高の答えを。
 
「……ふふっ」
 
 止まった足が先程より軽く感じた。
 気分が高揚しているのが容易に分かる。
 
「えいっ!」
 
 そして飛び込むように彼の左腕に右腕を絡ませた。
 修は衝撃と同時に左を見てアリーの存在を確認した瞬間、大いに狼狽えた。
 
「なっ!? ちょ、アリー! いきなりなんだ!? おい!」
 
「わたくしの勇者ともあろう存在が、このような夜に離れて送るとは感心しませんわね」
 
 反射的に離れようとする修の腕をガッチリとホールドするアリー。
 
「ち、近い近い! ってか、めっちゃ近い!」
 
「あら? 勇者がこの程度で狼狽えるとは情けない」
 
「いや、そういうことじゃねーだろこれ!」
 
 おろおろあたふた、どうしていいか分からない様子の修など本当に珍しい。
 だからアリーは修からの貰った嬉しさを胸に抱きながら、もっと大胆になろうと思った。
 
「いいからこのまま送りなさい!」
 
 輝かんばかりの笑顔で、大切な人の名を呼ぶ。
 
 
「わたくしの勇者――修様!」
 
 



[41560] 小話⑪:存在自体が冗談としか思えない二人の会話
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:8f778703
Date: 2015/12/14 21:11
 
 
 
 “大魔法士の許嫁”が嘘だと判明した翌日。
 今、天下無双の前にあるのは気圧されるほどの圧倒的な存在感だった。
 
「――ということだ。そしてこれは精霊の主パラケルススと今代の大魔法士である僕が、嘘偽りないことをここに誓って話したこと」
 
 昨日、赤ん坊にデレデレしていた人物と同じなのかとマルクは不思議に思う。
 けれどもリライトの勇者が“同等”と示した意味としては、本当に理解できた。
 背に9体の大精霊を従えて、堂々と話す姿。
 
「“大魔法士の許嫁”というのが偽りであるということは理解出来ただろう?」
 
 まさに――大魔法士だった。
 
 
       ◇      ◇
 
 
「と、さっきは思ったのだがな」
 
 天下無双――マルク・フォレスターは首を捻る。
 話が終わり、リーリアが“大魔法士の許嫁”ではなくなった。
 そして優斗達が帰るまで一息つくのに、マルクとリーリアの二人が暮らしている家の庭でティータイムとなったわけだが。
 今、マルクの目の前にいるのはオーラも何もない少年。
 
「確かに今の僕はそうかもしれませんね」
 
 優斗は苦笑する。
 本当に穏やかな表情をするものだとマルクは思った。
 だからこそ、少し訊いてみたい。
 
「お主は大魔法士の二つ名を求めていなかった……というのは本当か?」
 
「ええ。僕が欲しかったのは『大魔法士』という二つ名ではありません。誰にも負けない力です」
 
「いつからそう在らねばならなかった?」
 
「物心ついた時からすでに」
 
 幼少時は無理矢理に。
 両親が死んでからは負けてしまえば全てが終わるから。
 だから強く在るしかなかった。
 
「貴方は手を伸ばしたが故に強くなった。その在り方が僕には眩しく映ります」
 
 ふっと柔らかく笑う優斗。
 マルクは軽く目を見張った。
 
「……お主は…………」
 
 これが17歳の少年が浮かべる笑みなのだろうか。
 彼の瞳には本当に羨む色が浮かんでいる。
 マルクは内心、驚きを隠せない。
 どうすれば自分の人生を羨めるほどの人生を歩めるのか。
 
 ――これが……大魔法士になった少年。
 
 確かに語るべき人生ではないのだろう。
 いや、正確には“他人に語れるような人生”ではなかったのだろう。
 それを出会ったばかりの爺が訊くなど、憚られるにも程がある。
 リライトの勇者が言わなかった理由もよく理解できた。
 なれば、と思う。
 
「お主が望むべき人生を、今は謳歌しているか?」
 
「これ以上なく」
 
 今度は嬉しそうな笑み。
 年相応の、少年らしい笑顔。
 
「……そうか。リライトの勇者とアリシア王女の言っていたことが、よく分かった」
 
 やっと手に入れた幸せ、と二人は告げていた。
 今ならば、彼らの憤りの本当の意味が理解できる。
 こんなポッと出の爺に彼の幸せを壊されては、確かにたまらないだろう。
 
「あ、あのっ!」
 
 と、ここでリーリアが家政婦を連れながら、なぜか強張った面持ちで登場した。
 
「お、お、お祖父しゃま! お茶をご用意しました!」
 
「……リーリア。何を緊張しているのだ」
 
 まさか噛むとは思わなかった。
 好きに呼べ、と昨日言ったはずだが。
 
「だ、だって……っ!」
 
 顔を真っ赤にしながら、リーリアも席に座る。
 マルクは頬を掻きながら、
 
「数年以上も顔をつきあわせてきたが、もうちょっと落ち着いた性格だと思っていた」
 
 今まで取り乱した姿など見たことがない。
 しかし今の彼女は本当にテンパっている。
 
「長年の想いが募っていたのですし、大変可愛らしいじゃないですか」
 
「世辞ではないのだろうが、これほど裏の無い言葉を贈れるのは凄いものだな」
 
 女性としては眼中にないのが分かる。
 と、ここでマルクはちょっと気になったことがあった。
 
「お主の妻はどういう女なのだ?」
 
「超絶に可愛いです」
 
「……そうか」
 
 タイムラグ無しの速攻で答えられた。
 これ以上の話をするのは、何かしらの危険があるとマルクの脳内で信号が発する。
 なのですぐに話題を変えた。
 
「お主は小僧と違い、学がありそうなものだがどうだ?」
 
「どうでしょうね? 学院の成績は良いですが、さすがに1年と少ししかセリアールにいませんし、まだまだ分からないことだらけですよ」
 
「……? ああ、そういうことなのか」
 
 マルクは首を傾げようとして、思い出したかのように納得した。
 リライトの勇者の異世界人であり、そして優斗は彼の親友。
 ということは、そういうことなのだろう。
 
「黒髪に黒目。確かに合致する」
 
「今までも会ったことがおありで?」
 
「儂ともなればな。さすがに歴々の勇者とも顔を合わせたことがある。小僧を除けば、最近会った異世界人の勇者では『クラインドールの勇者』が訪ねてきた」
 
「……ついに出たよ。新しい勇者の名前が」
 
 優斗が小声で呟いた。
 彼としてはやってしまった感が強い。
 
「クラインドールの勇者とは、どのような?」
 
「お主達くらいの年若い少女だ」
 
「……女の子が勇者ですか」
 
 珍しい。
 というか初めてだ。
 
「何をやっているのか分かりますか?」
 
「諸国を巡っていると聞いたな、あの時は」
 
「……ってことはいつか来るな」
 
 また小声で呟く。
 これはもう、諦めたほうがいい。
 
「しかしリーリアさんはこれでお役御免となったわけですが、貴族であるということは結婚適齢期ではありますよね。どうされるのですか?」
 
「リーリアにはお主以上の素晴らしい男と結婚してほしい。それだけだ」
 
「僕は性格に難がありすぎますから、僕以上となるとすぐに現れそうなものですが」
 
 苦笑いの優斗。
 マルクは少々考え、
 
「リーリアはどのような男と結婚したいのだ?」
 
 当の本人に訊いてみた。
 リーリアはさして考えることもなく、
 
「お祖父様に認められるほどの男性です」
 
 すっぱりと答えた。
 
「マルクさんが認める男性というのは?」
 
「……そうさな。この『天下無双』より強いこと。そして学があり、礼儀があり、リーリアを死ぬまで愛していき、リーリアから愛されていることだ。立場が不釣り合いな場合は儂がどうにかしてやる」
 
 とりあえずはこんなところだろう、とマルクが言う。
 だが思わず優斗が額に手をやった。
 この人物、自分がどれほどの男なのか理解できていないのだろうか。
 
「……壁がでかすぎる」
 
「衰えた爺に勝てぬようではリーリアはやれぬよ」
 
 くつくつとマルクが笑う。
 そう言って、彼は優斗から少し離れた場所に立っているフェイルに視線を送った。
 
「騎士よ。貴様は立ち姿から見て中々の腕だと思うが、妻はいるのか?」
 
「私は先々月、妻と別れた身ではあります。ですが一度失敗した身であり、歳も一回り近く離れていることからリーリア様とは分不相応でしょう」
 
「……ふむ。ならば仕方ないか」
 
 かなりの実力の持ち主だとは思うが、そう答えられては仕方がない。
 と、ここでフェイルが少しずつ距離を縮める。
 
「しかし天下無双」
 
「どうした?」
 
「大変失礼だとは思うが、その……握手をしてはいただけないだろうか」
 
 時を見計らっていたのかフェイルが近付いて、手を差し出した。
 マルクもさして気にした様子もなく握手をする。
 その光景に面を食らったのは優斗。
 
「もしかして天下無双のファンですか?」
 
 問いかけに対して素直に頷くフェイル。
 
「ユウトが知らないのは仕方ないが、この方は“生きた英雄”と言うに近しい方だ。こと要人警護ということに関しては素晴らしい経歴を持っている。それに今いる6将魔法士の中でも一番の古株だ」
 
「ああ、そういえば神話魔法使えますものね」
 
 なれば6将魔法士でもあるわけか。
 
「最近は神話魔法を使えるだけで粋がる小童が多すぎる。ガイストは好ましい輩だが、ジャルの馬鹿はその筆頭だったな」
 
「……その名前が出るとは」
 
 二人とも知っているだけに驚いた。
 
「なんだ? 知り合いか?」
 
「ガイストさんは今、リライトにいらっしゃいます。ジャルは思いっきりぶっ飛ばしました」
 
 優斗が説明するとマルクが大笑いした。
 
「そうかそうか、ジャルの馬鹿をぶっ飛ばしたか。さして理由は訊かぬが、どうやってぶっ飛ばした?」
 
「パラケルススで地面に押し潰して、神話魔法待機させながら殺気で心をへし折ったあと、100キロくらい先の草原に投げ捨てました」
 
「ほう。物理的に投げ飛ばしたというのだな。さすがは大魔法士というべきか」
 
 それから笑みを交えながら様々な会話に花を咲かせる二人。
 リーリアも聞こえてくる話題を嬉しそうに聞いていたのだが、フェイルだけは笑えなかった。
 
「……内容が壮絶すぎる」
 
 歴戦の勇と蘇った伝説。
 届いてくるのは国家規模の話ばかりだった。
 





[41560] 小話⑫:イエラート組のそれから&やってきましたリライトに
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:8f778703
Date: 2015/12/16 19:45

※イエラート組のそれから




 
 
「あざっ…………した」
 
 刹那は訓練を与えてくれている教官に頭を下げて……べしゃっと潰れた。
 教官が頑張った刹那に苦笑して、近くの兵士へ水を持ってくるように指示する。
 もちろんその場には、彼の訓練姿を見ている朋子とミルの姿があった。
 
「情けない姿だわ」
 
 自分の兄ながらもうちょっと格好良く倒れられないかと思う。
 例えば仰向けで大の字とか、マンガチックでいい。
 けれど一緒に刹那の鍛錬を見ているミルが首を捻った。
 
「克也、格好良い」
 
「……えっと……ミル?」
 
 思わず朋子は彼女の額に手を当てて、熱がないかを確認する。
 
「どうか、した?」
 
「いや、私の兄ながら格好良いとは到底思えなくて」
 
 妹の贔屓目でも厳しいのだが、ミルは違うのだろうか。
 
「がんばってる。それが、格好良い」
 
「あんな姿でも?」
 
「うん」
 
 真っ直ぐに頷くミル。
 しかし、う~んと眉をひそめる朋子。
 
「フィンドの勇者のほうがよっぽど格好良いと思う」
 
 イケメンで実力があり性格も良い。
 まさしく格好良いの塊だ。
 けれどもミルには違っているらしく、
 
「えっと……マサキは、顔が格好良い。でも克也は……雰囲気? ううん、克也が格好良い」
 
 どうにもミルの刹那に対する評価は高い。
 というか、これだけ言われると勘違いしかねない評価だ。
 
「………………」
 
 朋子は少々、考えてみる。
 同じ学院に通っているから分かることだが、ミルにとって刹那は特別だ。
 一線を画している、と言ってもいいぐらいに。
 
 ――未だに克也だけなのよね、ミルに触れられる男の人って。
 
 男が苦手なミルは『一般的な男性と握手できるようになる』というのが目標だ。
 しかし、ちょこちょこ会話は出来るようになっても握手は未だに無理。
 けれど刹那にだけは、胸に縋り付くことが出来るほどに触れられる。
 
「………………」
 
 つまりミルに一番近い男性ということになる。
 ということは、
 
 ――将来の義姉候補よね、ミルって。
 
 朋子はマジマジとミルを見詰める。
 
「……有りだわ」
 
「トモコ?」
 
 可愛らしく首を傾げるミル。
 
「……ああ、もう。本当に可愛い」
 
 純粋無垢というか、計算していないのに計算されているかのような行動は、女ながら素直に可愛いと思ってしまう。
 
「朋子、何を悶えてる?」
 
 すると復活した刹那が二人の下へとやって来た。
 
「お疲れ様、克也」
 
「ああ、ありがとう」
 
 ミルがタオルを刹那に渡す。
 と、同時にミルが彼の手と腕をペタペタと触り始めた。
 
「……ミル?」
 
「克也、筋肉ついてきてる。手も、ちょっとゴツゴツになった」
 
「そうか。頑張ってる甲斐があるものだ」
 
 和やかに談笑する刹那とミル。
 けれど朋子だけは内心でヒートアップしていた。
 
 ――いい、いいわ! この青春ラプソディーみたいな無自覚に甘い感じがいい! あの『瑠璃色の君へ』にも匹敵する甘酸っぱさだわ!
 
 というわけで、朋子は二人に話題を振る。
 
「そういえばミル。『瑠璃色の君へ』は読んだ?」
 
「タクヤとリルの?」
 
「そう、それ」
 
「読んだ。タクヤ、凄かった」
 
 やっとイエラートにも入ってきた小説。
 その主人公となるのは実際にいる卓也とリル。
 三人にとってよく知る人物だ。
 
「克也は読んだ?」
 
「読んだには読んだが……あれは卓先達にとって公開処刑だろう」
 
 ノンフィクションだというのに、あれほどの物語を為してきた二人は本当に凄いとはおもう。
 刹那だってのめり込んでしまった。
 しかし、ふと思い返せば登場人物は実在している。
 さらには知り合いだ。
 そうなると、途端に可哀想という想いも芽生えた。
 
「ミルはああいうの、憧れる?」
 
「……憧れる、はわからない」
 
 ミルが難しい顔をする。
 
「でも、克也も同じようなこと、してくれた。リルの嬉しいって気持ち、よく分かる」
 
 あの夜に。
 刹那もミルに似たようなことをしてくれたから。
 だから分かる。
 
「えっ? えっ!? なに、お兄ちゃん、ミルに似たようなことやってるの!?」
 
「わざとらしく『お兄ちゃん』とか言ってテンション上げるな朋子! っていうかミル、それ内緒って言っただろう!?」
 
 刹那の嘆きにミルが「あっ」と一言、発した。
 
「……口、滑った」
 










※やって来ましたリライトに
 
 
 
 とある事件から2週間ほど。
 リライトの王都に一組の夫婦が降り立った。
 馬車から降りた瞬間、夫は感嘆の声を上げる。
 
「……都会ってすげえ」
 
 田舎では見られない壮大な建物に、降り立った広間だけで村の何十倍もの人数。
 道行く道も綺麗に整備されていて絵画を見ているようだ。
 嫁のほうもキョロキョロと周囲を見回す。
 
「本当に“都会”って感じがするわ」
 
 田舎から出てきた夫婦、ノイアーとケイトは物珍しそうに周囲を眺めた。
 背にはコリンもちゃんといる。
 
「何かこれほど凄いと、こんなもの持ってきて大丈夫だったのか心配になるな」
 
 ノイアーが手に持っているのは、野菜や果物が大量に入っている袋。
 
「で、でもうちの村でのお土産って……やっぱり野菜とか果物だし」
 
 自慢となるものは作物と自然。
 なので持って行けるものは限られてくる。
 
「あ~……とはいえ、もう遅い。とりあえず行ってみるか」
 
「そうね」
 
 二人して頷くと、優斗が紙に書いてくれた住所へと向かう。
 否、向かおうとした。
 
「住所って……こっちよね?」
 
「向こうじゃないのか?」
 
 大通りから幾本もの道に別れている。
 だが、ケイトとノイアーが指差した方向が全く違う道だ。
 
「……都会って広いな」
 
「……そうね。村だと探す必要ないもの」
 
 本当に困った。
 都会慣れしていない、というのはこういうことなのかと実感させられた。
 同時に誰かに訊いたほうがいいのだろうか……と考える。
 ノイアーは道行く人を眺め、
 
「あの、ちょっといいか?」
 
 とある男女に声を掛けた。
 
「ん? どうした」
 
「こ、この住所のところに行きたいだ」
 
 冷静に訊こうと思っていたが、どうにもまだ都会にテンパっていたらしく……噛んだ。
 一気に田舎くさい言葉遣いになってしまった。
 けれど目の前にいる男女――少年と少女は特に気にした様子もなく、書かれている住所に目を通す。
 
「……ん? なあ、この住所って……」
 
 少年が隣にいる少女に目をやると、頷かれた。
 
「そうよ」
 
「ってことは……ああ、なるほど」
 
 納得したかのように少年は頷いてノイアー達に向く。
 
「ここから近いし連れてってやるよ」
 
「い、いいのか?」
 
「ああ、問題ないよ」
 
 安心させるような笑みを浮かべる。
 
「荷物重そうだから、幾つか持とうか?」
 
「大丈夫だ。そこまで迷惑は掛けられない」
 
「そっか。まあ、辛いなら言えよ。手伝うからさ」
 
 少年は少女と一緒に歩き始める。
 その後をノイアー達も付いて行った。
 そして少年が会話の種とばかりに訊いてくる。
 
「名前、訊いてもいいか?」
 
「ノイアーって言うんだ。ミエスタの小さな村から友達に会いに来た。それで、こっちが嫁のケイトと娘のコリン」
 
 三人が自己紹介すると、少年も同じように言う。
 
「オレは卓也。で、こっちがリル」
 
「よろしくね」
 
 一組の男女――卓也とリルがニコっと笑みを浮かべた。
 
 
       ◇      ◇
 
 
「えっと……デート中か? 迷惑じゃなかったか?」
 
「ん? ああ、大丈夫だよ。こいつとはいつでも出掛けられるから」
 
「だから遠慮しなくていいわ」
 
 気にするな、とばかりにひらひらと手を振る。
 そして、少し歩いていると豪勢な住宅が並ぶ場所に出た。
 
「なんか……凄いところに向かってないか?」
 
「本当にこっちなの?」
 
「間違いないよ」
 
 卓也は笑って歩き続ける。
 そして10分ほど歩き、一際目立つ豪邸が目の前に現れた。
 
「その住所に書かれてるのはここだよ」
 
 卓也が立ち止まる。
 ノイアーとケイトは豪邸を見て、
 
「…………」
 
「…………」
 
 思わず口をあんぐりと開けた。
 
「ほ、本当にここなのか?」
 
「ああ、ちょっと待ってな」
 
 卓也がバルトに挨拶しながら中に入っていく。
 ノイアーとケイトは目の前にある豪邸を見て、未だに驚いていた。
 とりあえず、二人の相手にと残ってくれているリルにノイアーは訊いてみる。
 
「えっと……リルさん?」
 
「どうしたの?」
 
「オレらが会いたいのは、ユウト……なんちゃらっていう友達なんだ」
 
「ユウト・ミヤガワでしょ? だからここで合ってるわ」
 
 さらっと答えられたことにノイアーがビックリした。
 と、同時に豪邸から二人出てくる。
 一人は先程の卓也。
 そしてもう一人は、
 
「ノイアー、来たんだ」
 
 優斗だった。
 赤ん坊を抱きながら、ノイアー達に近寄ってくる。
 
「ケイトさんもコリンも久しぶり」
 
 前と変わらない様子で挨拶する優斗。
 
「今、奥さんのほうは出掛けててね。で、こっちが僕の自慢の娘、マリカだよ」
 
 マリカを軽く前に出すと、コリンが反応した。
 
「あーっ!」
 
「あいっ!」
 
「うーっ!」
 
「あうっ!」
 
 何か通じ合うものであったのだろうか。
 それとも会話でもしたのだろうか。
 
「楽しそうでなによりだね」
 
 笑みを零す優斗。
 すると隣にいた卓也が門を出て行き、
 
「優斗、また後で来るな」
 
「分かったよ」
 
「ノイアー達も、また後でな」
 
 手を振って卓也はリルと帰っていく。
 その光景にも呆然としたノイアー達だが、それよりもまず先に確認したい事がある。
 
「えっと……その、なんだ。ユウトってあれか?」
 
「なにさ」
 
「貴族なのか?」
 
「まあ、そんな感じ」
 
 普通に肯定された。
 
「とはいえ貴族っぽくないでしょ?」
 
「……なんか動きに気品があったけど、学院に通ってたらそうなると思ってた。でも実際は貴族だからなんだな」
 
「気品っていうのは……ちょっと自分じゃ分からないな。とはいえ新米貴族だから、貴族扱いされると肩凝るんだよね」
 
 心底面倒そうに言う優斗。
 ノイアーとケイトが顔を見合わせた。
 
「だったらオレらはいつも通りでいたほうがいいのか?」
 
「他国の貴族なんて結構どうでもいい存在でしょ。だからいつも通りでいてもらわないと僕が困る」
 
 優斗の言い分に「確かに」と頷く二人。
 むしろ、この間と同じようにいることこそ優斗の望みなのだろう。
 
「ユウトさん、こちらは?」
 
 すると期を見計らっていたのか、バルトが声を掛けてきた。
 
「僕の恩人のノイアーとケイトさん、それにコリンです」
 
「ああ、先日の方々ですね」
 
 優斗が答えるとバルトがすっと下がった。
 どうやら彼らの素性を知りたかったようだ。
 
「それじゃ、あらためて言うけど」
 
 優斗は右手で家を示すように手を広げた。
 
「いらっしゃい、三人とも」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 まずは広間に通す。
 貴族にしては質素なのがトラスティ家なのだが、それでもノイアーとケイトは衝撃を受けた。
 まず広い。
 そして綺麗だ。
 
「マリカはコリンよりお姉ちゃんだから、コリンを楽しませてあげてね?」
 
「あいっ」
 
 マリカが胸を張って頷いた。
 
「うん、良い返事だ」
 
 赤ん坊二人がテーブル近くにあるマリカのオモチャで遊び始める。
 その光景を見届けて、三人はソファーに座った。
 
「あっ、そうだ。ユウト、これ土産」
 
「こんなのでいいかリライト来てわかんなくなっちゃったけど」
 
 ノイアーとケイトが四つの袋を差し出す。
 中には大根だったり苺だったりと、大量に入っていた。
 
「こっちとしては美味しい野菜を持ってきて貰って、凄く嬉しいけど……持って来すぎじゃない? だいじょうぶ?」
 
「大丈夫だ」
 
 スパっとノイアーが言う。
 
「だったら、ありがたくいただきます」
 
 そう言って優斗は調理場へと野菜を持って行く。
 そして戻ってきたと同時に、
 
「ユウト。私達、そろそろ出掛け……って、あら? お客さん?」
 
 とある男女も広間に顔を出した。
 優斗は二人を示しながら答える。
 
「前に話したミエスタの夫婦です」
 
「ああ、あの時のね」
 
 どうにも話が広まっているらしく、その二人もノイアーとコリンのことを知っていた。
 片方は金髪の男性で、もう片方は黒髪の女性。
 ノイアーは優斗と女性を見比べる。
 
「ユウトのお姉さんか?」
 
 素直に訊いてみると、女性が自慢げに笑った。
 
「どう、ユウト? 私もまだまだ若いわよ」
 
「……義母さん。見た目はそうかもしれませんが、腰痛いって言って僕にマッサージさせたの誰か忘れたんですか?」
 
「いやいや、エリスは十分に若々しいよ」
 
「義父さんもちょっと黙って。っていうか今からパーティーなんですから、油売ってないでさっさと王城に行って下さい」
 
 しっしっ、と追い払うような仕草をする優斗。
 けれどエリスは無視してノイアーに話しかける。
 
「二人は泊まる場所、どうする気だったの?」
 
「どこかの宿に泊まろうかと思ってて」
 
「ユウトの恩人だから却下ね。ユウトが世話になった時と同じように、今度はうちに泊まっていきなさい」
 
 エリスがノイアーの発言を瞬殺した。
 そして広間に控えていたラナに声を掛ける。
 
「ラナ。客室の準備は?」
 
「滞りなく終わっています」
 
「だったら決定。二人もそれでいい?」
 
 さっと決めてしまうエリス。
 ノイアーとケイトはあまりにも早い流れに顔を見合わせる。
 
「えっと……いいんですか?」
 
「当たり前じゃない。義息子の恩人に対して礼を欠かすなんてことはしないわよ」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 そしてしばらく談笑していると、ついに本命が帰ってくる。
 
「ただいま戻りました」
 
 フィオナが広間に顔を出した。
 
「お帰り」
 
 迎えると、フィオナの視線が優斗の向かいに座っているノイアーとケイトに移った。
 
「こちらの方々は?」
 
「この間、僕がお世話になった人達。ノイアーとケイトさん」
 
「ああ、先日のミエスタの方々ですね」
 
 フィオナは頷くと、ピシっと姿勢を正す。
 最初に軽く頭を下げた。
 
「この度は夫の窮地を助けていただき、真にありがとうございます。ユウト・ミヤガワの妻、フィオナと申します」
 
 そして頭を上げながら、
 
「夫共々、誠心誠意おもてなしさせていただきますね」
 
 柔らかな笑みを浮かべる。
 本当に感謝しているからこその笑顔。
 
「……とんでもなく美人だな」
 
「うわぁ、綺麗な人」
 
 何というか破壊力が凄かった。
 優斗が国で一、二を争う美少女と言っていたが、これは確かに納得させられる。
 
「……思わず顔が赤くなったぞ」
 
「わ、わたしも顔が赤くなっちゃった」
 
 ノイアーとケイトが自身の顔をペタペタと触る。
 頬が紅潮しているのが分かった。
 フィオナは優斗の隣に座ろうとして……赤ん坊二人が遊んでいる事に気付く。
 
「あ~い」
 
「たー」
 
 マリカが積み木の一つをコリンに渡し、コリンが積み上げていた。
 
「優斗さん。このとてつもなく素晴らしい光景は?」
 
「マリカとコリンの二人で遊んでもらってるんだ」
 
「そうですか」
 
 赤ん坊二人が楽しく遊んでいる姿にフィオナは柔らかな表情を浮かべると、優斗の隣に座る。
 そして親同士だからこそ分かる話を始めた……はずだったのだが、
 
 
 
 
 
 
 
 
 三時間後、
 
「優斗、久々に会えて楽しかったか?」
 
「遊びに来たわよ」
 
 卓也とリルが顔を出す。
 と、そこで広がっている光景は、
 
「だからマリカが最強に愛らしいのは分かるでしょ?」
 
「それは分かる。とても分かるぞ。だがな、コリンだってマリカから受け取った積み木を立てる姿とか最高に可愛いだろ?」
 
「確かに分かります。あの姿は大変可愛かったです。ですが、まーちゃんの渡す仕草を見て下さい。愛らしさの塊でしかありません」
 
「分かるわよ、とっても分かる。でもね、コリンの積み木を立て終わったあと、マリカちゃんと一緒に笑う姿とかもう龍神すら卒倒しかねないわ」
 
 親バカの娘自慢対決が始まっていた。
 卓也とリルは額に手を当て、
 
「あ~、そこの親バカ四人」
 
「そろそろ夕飯の時間なんだけど」
 
 声を掛けると四人は同時に時計を見た。
 そして全員驚いた表情になる。
 
「あれ? もうそんな時間なんだ」
 
「時間が経つのは早いものですね」
 
「しょうがない。今日も引き分けか」
 
「そうね」
 
 なぜか満足したかのように握手をする。
 もう勝負なのか自慢なのか、何なのかが卓也達には分からない。
 
「……そんなに話すこと、あるのか?」
 
「親バカってこうなんじゃないの?」
 
 卓也とリルには理解の範疇を超えてる四人だ。
 すると優斗が二人の態度に笑みを浮かべ、
 
「えっ、なに? 卓也とリルも聞きたい? なんだ仕方ないな、まだまだ話すことたくさんあるし、そこに座っ――」
 
「「 言ってない!! 」」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 さらには夕飯時には二人が追加されたのだが、
 
「ふぅーははははははっ! さらばだアリー!」
 
「ちょ、ちょっと待っ……ああもう、待ちなさい修様!!」
 
 なぜか広間では盛大な追いかけっこが繰り広がっていた。
 
「……なあ、ユウト。これはどういうことだ?」
 
「うちの親友と王女様の骨肉争うバトル」
 
「……何であんなことになってるの?」
 
「アリーのデザート食べたから」
 
 ノイアーからもらった食材を使った普段よりも美味しい食事。
 その後には苺をふんだんに使ったデザート……だったのだが、それを修が一口で処分。
 結果、こうなった。
 
「王女様って……王女様だよな?」
 
「うん、リライト王国の王女様」
 
 普通に答える優斗。
 しかし、普通は王女様がこんなところにいるわけがない。
 だからノイアーとケイトはもっと優斗が分からなくなる。
 ミエスタ女王と知り合いであり、リライト王女が食事を摂りに来る。
 どうなれば“こんな奴”になるのだろうか。
 
「……なんかもう、めんどいから親バカでいいな」
 
「そうね。ユウト君ってとんでもなさそうな人だけど、面倒だから親バカでいいわ」
 
 なので考えることを二人はやめた。
 そして卓也とリルに話しかける。
 
「タクヤは話しかけたとき、オレのことを知ってたんだな?」
 
「まあ、話には聞いてたよ。だから住所見て名前聞いて確信した」
 
「知り合いだったら教えてくれたらよかっただろ?」
 
「内緒にしてたほうが面白いからな」
 
 くすくすと笑う卓也。
 ケイトもリルを見て、惚れ惚れとした表情になる。
 
「リルさんも綺麗よね。っていうかここにいる人達、みんな綺麗でビックリしたわ」
 
「あら、ありがとう。とはいえあたしもリステルだと美姫で通ってたんだけどね。さすがにアリーとかフィオナだと分が悪いわ」
 
 なんかリルから酷い単語が聞こえた。
 ノイアーが額に手を当てる。
 
「……オレさ。お前らだけは普通だと思ってたんだが、とんでもない単語が聞こえたぞ」
 
「とんでもないのはこいつだけ。オレは普通」
 
 そのまま話を終わらせようとする卓也。
 だが甘い。
 
「お~っと、なんか手が滑った」
 
 優斗がどこからか取り出した小説がなぜかノイアー達の手に渡る。
 あまりにもわざとらしく、軽く苛立ちすら覚える動きだった。
 
「おまっ、馬鹿! なんで持ってんだよ!」
 
「これでも小説とか大好きなんだよね」
 
「そんなことは知ってるよ!」
 
「じゃあ、持ってるに決まってるよね」
 
 ニヤニヤと笑う優斗と焦る卓也。
 ケイトは飛んできた小説のタイトルに目をやる。
 
「……えっと……『瑠璃色の君へ』? これがどうかしたの?」
 
「これ、ノンフィクション小説。登場人物紹介を見てみなよ」
 
 優斗がノイアー達に指示する。
 慌てて卓也とリルが止めようとするが、
 
「甘い甘い。卓也の作るデザートくらいに甘いね」
 
 優斗が二人の行動を防ぐ。
 というか突破できるわけがない。
 なのでノイアーとケイトは小説をめくる。
 
「……なになに? 主人公、タクヤ。リライト魔法学院に通う少年。ヒロイン、リル。リステル王国第4王女」
 
「タクヤに……リル」
 
 ノイアーとケイトの目が二人に向く。
 がくり、と卓也とリルが崩れ落ちた。
 
「目の前で事実を知られるほど……きついものはないな」
 
「……っていうかユウト、なんでここに持ってきてるのよ」
 
「話のネタになるかと思って」
 
「ただの処刑だろ!」
 
 ドSにも程がある。
 優斗は笑いながら、
 
「けどね、本当に面白いんだよ。だから久々に大人買いしちゃった」
 
「……なんですって?」
 
「うちに10冊くらいあるよ、それ」
 
 優斗自身もかなり重要な役として登場しているが、それはそれで面白い。
 うんうん、と頷く優斗に対してリルと卓也はアイコンタクトをする。
 
「……タクヤ」
 
「そうだな」
 
 そして同時に駈けた。
 目指すは優斗の部屋。
 
「あっ、僕の部屋にあるのはノイアー達に渡したやつだけだから。他は家の各所にあるから探すだけ無駄無駄」
 
「なんでだ!?」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 その夜。
 優斗達は暴れるだけ暴れて、騒ぐだけ騒いだ。
 男子勢による酒豪対決もやったのだが……優斗の圧勝。
 当然の結果といえば当然の結果だった。
 そして翌日、一番飲んでいた優斗と二番目に飲んでいたノイアーなのにも関わらず、早く目が覚めたので二人だけで朝食を摂る。
 
「よく眠れた?」
 
「あれだけふかふかのベッドに寝たのは初めてだ」
 
 パンを食べながら嬉しそうに笑うノイアー。
 ケイトもベッドで飛び跳ねながら楽しそうにしていた。
 すると、そこにエリスがやって来て、
 
「ノイアー君。うちに来てくれたお土産、ちゃんと持って帰ってね」
 
 ドン、と大きな荷物をノイアーの近くに置いた。
 中には服やら壺やらアクセサリーやらが、多々入っている。
 
「……えっ?」
 
 ノイアーが中身を見て驚く。
 ビックリしたのでエリスを見ると、笑っていた。
 
「うちの義息子の恩人なのよ。これくらいの御礼は当然ね」
 
「い、いや、でも、これ……」
 
 宝石の類も数種、入っている。
 絶対に高価だ、これは。
 
「うちでいらなくなったアクセサリーだから気にしないで。取っておくにも邪魔だし、質に入れるかどうするか悩んでただけの代物なの。だからもらってくれると嬉しいわ」
 
 そう言ってエリスは優斗を見た。
 
「まあ、本当ならもっと豪勢なものになっちゃうんだけど自重したのよ」
 
「まあ、あくまで“僕”の恩人ですからね」
 
 大魔法士ではなく貴族でもない、宮川優斗の恩人なので自重した。
 とはいえ義母たる自分は公爵の家柄なのだから、あまりにも安いと駄目だ。
 その妥協点が渡したお土産になる。
 
「あとね、悪いんだけど時々うちの者をノイアー君のところへ向かわせるから、農作物の売買相手になってほしいの」
 
「……義母さん。それはどういうことですか?」
 
 優斗が僅かに眉根をひそめてエリスを見る。
 それは優斗とノイアー達の友人付き合いの一線を越えるものなのではないか、という疑惑を含んだ視線だ。
 
「悪いけど貴方の恩人だからって理由じゃないわ。これを見て」
 
 エリスがとある紙を優斗に見せる。
 そこにはノイアー達が今回持ってきた農作物の値段が書かれていた。
 苺を見てみると、一キロで6000yen。
 
「これがリライトで買える、ノイアー君の作った苺と同じくらいな物の相場。それで、こっちがノイアー君に訊いた卸値」
 
 すぐ下に視線を向けると、書かれているのは1000yenという文字。
 
「……ちょっと待って下さい。確かにノイアーのところの苺は美味しいですし、高級品だというのは何となく分かっていました。ですが、この卸値はどえらい安くないですか? 普通は利益を乗せても30%くらいでしょう?」
 
「そのはずなんだけど……」
 
 エリスは呆れたように額に手を当てる。
 それだけで優斗は予想がついた。
 
「ノイアー、どういうルートで売り捌いてた?」
 
「馬鹿伯爵のところの商人に卸してた。っていうか、それ以外許されなかったんだよ」
 
 予想通りの答えに優斗は小さく舌打ちする。
 
「……あの野郎。そこでもぼったくってたのか」
 
 またしても殺意がわき上がる。
 しかし解決したので、これからはそういうのも無くなるだろう。
 するとエリスが厨房に視線を向け、
 
「でね、ロスカが嘆いたの。うちで買っているものより安いのに美味しい。だからこれを時々でいいから仕入れたいって」
 
 トラスティ家でコックをやっている青年、ロスカがそう言ったらしい。
 けれど、それよりも驚いたことがある。
 
「……えっ? うちの料理、ノイアーのところより高い食材使ってたんですか?」
 
「物によってはそうなのよ。ロスカが嘆くのも分かるでしょ?」
 
「確かに」
 
 コックのロスカが仕入れている食材よりも安く、美味しいとなれば嘆くのも当然だ。
 
「けれど、どうするおつもりですか?」
 
「ある程度は適正の価格にしようと思うわ。とはいえ直接売買だから中間搾取もないし安上がり。あとはロスカとノイアー君の交渉次第にしようと思って」
 
「そこは僕の出る幕ではないですし、ご自由に」
 
 とはいえトラスティの者だろうとぼったくったら優斗はキレる。
 エリスも分かっているが故、そう言ったのだろう。
 
「ノイアー、それでいい?」
 
「まあ、うちの作物を気に入ってくれたなら嬉しいが」
 
「安心していいよ。昨日はマリカが美味しさのあまり、輝かんばかりの笑顔を見せてたから。食事であの表情を見たのは初めて」
 
「うちのコリンは大抵、あの表情をしてくれるが」
 
 瞬間、優斗とノイアーの視線が交わった。
 同時に笑みを浮かべる。
 
「第三ラウンド、やる?」
 
「望むところだ!」
 
 そしてまた、親バカ勝負が始まった。
 
 

 
 



[41560] 話袋:ギルド体験学習とガイストの苦労
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:e7828cf9
Date: 2015/12/16 19:46
 
 
 
 
 リライトのギルドにある、大会議室にて。
 とある打ち合わせが行われていた。
 
「とんでもない面子だね」
 
 優斗、修、クリスはドアを開けて会議室内に入るやいなや、錚々たるメンバーに驚きの感想を述べる。
 中にいるのはギルドでも手練れのおっさん連中と、三年のギルドランク中位・高位を持つ者達。
 おっさん達は優斗達が会議室に入ってきたのを見ると、それぞれ声をあげた。
 
「お久しぶりです」
 
 優斗が挨拶し、ごついおっさん達が一斉に笑みを浮かべる。
 
「おおっ、ミヤガワの坊主じゃねーか!」
 
「どうだ? フィオナ様とはいちゃいちゃしてんのか?」
 
「当然、いちゃいちゃしてますよ」
 
「爆ぜろ!」
 
 そして剛胆なまでの笑いが響く。
 次いで修も同じ。
 
「シュウは相変わらず暴れてんのか?」
 
「まあな。おっちゃん達もだろ?」
 
「当たり前だ!」
 
「「 イエーイ! 」」
 
 なぜかいきなり皆でハイタッチをし始める。
 同じく会議室にいた生徒会長――ククリが彼らの様子に驚いた。
 近くにいるクリスに話しかける。
 
「大人気なんですね」
 
「この若さで高位ランクの二人ですからね。さらにシュウはあの性格ですし、ユウトも飲み比べ出来る酒豪です」
 
 と受け答えをしているうちに、クリスもおっさん達に声を掛けられる。
 
「おっ、王子もいるぞ!」
 
「王子、今日もイケメンだな!」
 
 和やかに話しかけられるクリス。
 が、大きく溜息をついた。
 
「……いい加減、名前で呼んでほしいものです」
 
「間違ってないだろ」
 
「間違ってない」
 
「もう面倒なので否定はしませんよ」
 
 無駄だというのが分かっている。
 すると今のやり取りにククリが首を捻った。
 
「王子というのは?」
 
「自分のあだ名です」
 
 諦めたように苦笑して、彼らの輪に入っていくクリス。
 優斗も一通り挨拶が終わると、続いて一人の男性に近付く。
 
「ガイストさんも来てらしたんですか」
 
 図体のでかいおっさんに話しかける。
 おっさんは笑みを浮かべた。
 
「うむ。若人の役に立てるのならば当然だ」
 
 最近リライトにやって来た6将魔法士――ガイスト・アークス。
 二人して会話に花を咲かせる。
 
「最近、ラスター他数名がガイストさんに弟子入りした……みたいな話を聞きましたけど」
 
「ラスターはフィオーレ君に置いてかれるかもしれないと危機感を持っていたのでな。必死に鍛錬している」
 
「切磋琢磨して頑張ってほしいですね」
 
「それは我々次第だろう?」
 
「ですね」
 
 
 
 
 
 
 
 
 今回、このようなおっさん達――ギルドメンバーが集まった理由は一つ。
 学院一年生希望者によるギルド体験学習のため。
 ククリが司会進行しながら話を詰めていく。
 
「特にギルドランクA以上の皆さんはバラけていただいたほうがいいと思うのです」
 
「そうだな。そして基本的に我々二名、一年生二名のフォーマンセルがいい」
 
 唯一のギルドランクSであり教育にも熱心なガイストが主立って発言する。
 そして優斗達も意見を出していく。
 
「ランクSはガイストさんだけとして、ランクAって何人いるの?」
 
「今回の体験学習に来ていただけるのは総勢18名。討伐系は12名で、うち2名は学生のユウトさんとシュウさんです」
 
 ククリの言葉にガイストはふむ、と頷き、
 
「とりあえずは私とランクAはランクCと組ませたほうがいいだろう。ランクBはランクB同士だな。実力に不安がある組み合わせの場合は、もう一人加えよう」
 
「それがいい」
 
「だな」
 
 おっさん達も頷いていく。
 
「他に何かありますか?」
 
 ククリが見渡すと男子学生の一人が手を上げて意見を言った。
 
「通信簿とかはどうですか? いくつかの項目を書いて“良”“可”“不可”で皆さんに判定してもらうんです。それであまりにも出来が悪い子達がいた場合、本登録した際に依頼制限を掛けることも出来ると思います」
 
「おっ、確かにいいな」
 
「ですね」
 
 修とクリスがナイスアイディア、とばかりに賛成した。
 
「確かに新人のトラブルはありますからね」
 
「あらかじめ分かる、というのは大いに助かるものだ」
 
 ククリとガイスト他おっさん達も同じく賛成して、今回の体験学習に組み込むことを決定。
 すると修が笑いながら、
 
「おっさん達、脳筋だからってちゃんとやれよ?」
 
「お~い、シュウ。お前が言うか?」
 
「お前だって馬鹿じゃねーか」
 
 コントみたいなやり取りに全員で笑う。
 そしてひとしきり笑ったあと、ガイストが締めた。
 
「大事なのは一年生が安全に依頼をこなせる状況にすることだ。皆、いいか?」
 
 
「「「 おうっ! 」」」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 そして体験学習本番。
 
「本日はギルド体験学習に来ています」
 
 総勢50名の一年生が大会議室の椅子に座ってククリの話を聞いている。
 
「学院三年の中位・高位ギルドランク所持者とリライトギルド所属の方々には責任者として、今回皆さんの行う依頼の手伝いをしていただきます」
 
 一年の前に立っているおっさん・三年連合に拍手を送る。
 
「それでは、ギルドでの心構えをガイスト・アークスさんから聞かせていただきます。皆さん、ご静聴を」
 
 ククリは頭を下げると、一人の大柄な男が生徒達の前に立つ。
 齢40ほどの男は全員を見回して、第一声を発した。
 
「ギルドランクS、6将魔法士ガイスト・アークスだ」
 
 彼の自己紹介に周囲がざわついた。
 無理もない。
 神話魔法を使える6将魔法士が目の前にいるのだから。
 ガイストは学生が静まるまで待つと、再度口を開く。
 
「さて、まずはここにいる一年生に問いかけよう」
 
 ぐるりと見回しながら、彼は尋ねる。
 
「15歳から依頼を受けることが出来るというのは……どういう意味か分かるかね?」
 
 いきなり6将魔法士から訊かれたこと。
 一年生の大半には頭に疑問符が浮かび上がる。
 
「一般的に仕事を始める年齢だから? それとも依頼を受けることの実力を持てるのが15歳だから?」
 
 幾つか提示して、ガイストは首を振る。
 
「いいや、違う。自分で自分の命の責任を持てる年齢だということだ。死ぬのだとしても、それは誰でもない己の責任だということだ」
 
 重い話に一年生の顔つきが変わる。
 ガイストは彼らの変化に頷き、話を続けた。
 
「ギルドで一番死ぬ可能性が高いのは、君達のように年若い初心者だ。それがなぜだか分かるか?」
 
 もう一度、問いかけるように告げる。
 
「己が実力を把握していないからだ。特に君達のような学院に通う生徒は、その傾向が強い」
 
 若いからこそ世界を知らない。
 
「総じて君達は『選ばれた者』という意識がある。それは仕方の無いことだし、間違いではない。学院に通っているのだから」
 
 けれども、だ。
 言い換えればプライドが高い。
 
「だが、それに驕ることだけはしないでほしい。君達に才はあるが、実力があるわけではない。特に魔物の討伐を主にしようとしている者達は、気を付けるんだ。いいか? 魔物は手加減もしなければ、憐憫の情を持ってくれることもない」
 
 理性ではなく、本能で襲いかかってくる。
 
「つまり敵わぬ場合は死があるのみ。そしてそれは、他の誰でもない自身の責任だ。誰も責を負ってはくれない」
 
 誰かを責めることは出来ず、誰かに転嫁することも出来ない。
 
「ギルドとはそのような世界だ」
 
 己の強さを把握し、沿った依頼を受けなければならない。
 でなければ死ぬ可能性が高い。
 
「今日は学院でも腕利きの先輩方及びギルドの手練れが君達とパーティを組む。我々にとって仕事だ。『君達を守る』という依頼を受けている」
 
 そう言うが、すぐにガイストは笑みを浮かべた。
 
「しかし楽しい仕事でもある。未来のギルドを担うべき若者にギルドというものを教えることが出来るのだから」
 
 自分達の仕事の素晴らしさを若者に教えられる。
 周囲にいるギルドの人達が一斉に頷いた。
 
「仕事をしている我々の空気をしかと感じてほしい。そして君達も依頼をこなすのだから、どうか無理せず頑張って遂行してほしい」
 
 ガイストが頭を下げる。
 と、同時に拍手が一気に広がった。
 優斗と修は小声で話す。
 
「さすがは6将魔法士だね」
 
「お前のぶっ飛ばした奴とは大違いだわな」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 そして一年生のやりたい依頼内容に沿って、パーティを編成していく。
 優斗達はあらかじめくじ引きでペアを決めており、修はクラスメートと。
 優斗はクリスと組むことになった。
 
「ウチダ組と――」
 
 先に名前を呼ばれた修達はパーティとなった一年生と一緒に受付を向かっていくが、会った瞬間に頭を下げられていたので、特に問題はないだろう。
 
「ミヤガワ組とローラ組」
 
 続いて名を呼ばれて優斗とクリスが立ち上がる。
 しかし、
 
「不許可です」
 
「拙者も同意見だ」
 
 茶髪のウェーブヘアーの少女と黒い長髪を束ねている少年が異を唱えた。
 歩こうとしていた優斗達は止まり、同時におっさん達が笑う。
 絶対に“こういう奴ら”が出てくると思った、という笑いだ。
 ククリが丁寧に問いかける。
 
「不許可とは?」
 
「妾達に相応しいのは6将魔法士だけでしょう」
 
 一年生二人がガイストに視線を送る。
 が、ガイストは一瞥するのみ。
 代わりに優斗が嘆息。
 
「妾に拙者って……また濃いのが来たな」
 
 どうします? と視線でガイストに問いかける優斗。
 すると同じく視線で『教えてやろう』と返ってきた。
 残っているおっさん達も笑いを噛み殺しながら、小さく親指を立ててくる。
 優斗とクリスは顔を見合わせ、肩をすくめた。
 と、同時に相手方の自慢が始まる。
 
「妾はローラ男爵家の次女、ビオラ=ハインツ=ローラです」
 
 これで分かったでしょう、とでもいった感じのビオラ。
 しかしガイストはピクリとも表情を変えない。
 
「それが何の意味を為す?」
 
「……えっ?」
 
 ビオラが予想外の返答を得て、目を見開いた。
 
「ギルドにおいて血筋がどのような意味を為すのかと言った」
 
 淡々とガイストは話す。
 
「ギルドは実力の社会だ。血筋も権力も不可侵であり意味を為さない。そして、それぐらいは誰もが分かっている場所」
 
 当然であるということ。
 要するに、
 
「今の我々の感想としては『世間知らずのお嬢様達がやって来た』になる」
 
 そしてガイストは優斗に視線を送り、
 
「ミヤガワくん。この結果はどうなる?」
 
「今回は複数パーティへの依頼を請け負った、という体で動いています。でしたら答えは明白だと思われますね」
 
 今度は優斗が説明を行う。
 
「今回の依頼について、我々に非はありません。つまりパーティメンバーを理由なく嫌だと言って変更を求めるのなら、彼らが依頼を変えるしかありません。つまり彼らは今回の依頼を達成できず、これで終わりです。ついでにギルドは早急に別のメンバーを揃えることになり、ギルドへ多大な迷惑が掛かることから注意リスト入りといったところでしょうか。次に同じことをやれば除名です」
 
 ガイストを始め、その場にいるギルドの職員も頷く。
 
「ニースくん。ということは今回の体験学習として、彼らは依頼失敗ということになるな?」
 
「そうですね。前例としても同様の事例があることから、これも“体験”ということで話は終わります」
 
 生徒会長の返答にガイストは頷く。
 
「では代わりにミヤガワくん達と共に依頼を行いたい者はいるか? 彼らは依頼を破棄した。ということはギルドは代わりの人材を見つけなければならない」
 
 ガイストの驚くべき発言に一年生がざわつき始める。
 すると、だ。
 
「や、やればいいのでしょう! やれば!」
 
「……致し方ない」
 
 先程の二人が憤慨しながら会議室を出て行く。
 そしていなくなったと同時に、おっさん達が優斗に話しかけた。
 
「大変だなぁ、ユウト」
 
「……良い大人がニヤニヤしないでください」
 
「まっ、ガキっていうのは毎年似たようなことをやるからな。今年は誰が当たるかと思ってたんだが、お前だったか。すっげえ苦労するぜ?」
 
 まるで一年生に言い聞かせるかのように話すおっさん達。
 優斗も意図が分かったのか、ガイストに話題を振る。
 
「ガイストさん、どれくらいやったらいいんですか?」
 
「普段ならば全力で教えてやれと言うところなのだが……いかんせん、体験学習だ。ニースくん、どうすればいい?」
 
「ミヤガワさんには非常に面倒を掛けてしまいますが、やり過ぎないようにお願いします。彼女達もリライトの将来を担う若者ですから」
 
「了解だよ。ただし状況によっては僕の責任において体験学習を終わらせるからね。あとはギルドのルールを曲げることにはなるけど、ガイストさんとの交代も視野に入れる」
 
 優斗の思わぬ言葉にガイストが目を丸くした。
 
「これはギルドの体験学習だろう? ミヤガワくんも言った通り、それはルールを曲げている」
 
「ですがガイストさんは人を育てる第一人者ですから。彼らにギルドへの可能性を残すのなら、ルールを曲げることも考慮しておいたほうがいいと思います」
 
「……ふむ。そういう考えもあるか」
 
 今回の体験学習が“何のためにあるのか”を考えれば、ルールを曲げることも特例としては必要かもしれない。
 優斗がククリに視線を送った。
 
「ニース生徒会長。それでいい?」
 
「構いません」
 
「分かった。クリス、行こう」
 
「そうですね」
 
 やれやれ、といった感じで優斗とクリスが会議室から出て行く。
 嵐が去ったあとのような状況に、室内が静まる。
 その中でガイストが口を開いた。
 
「今回、我々の組み分けはくじ引きだ。無論、初対面のペアだってある。その理由は分かるかな?」
 
 問いかけたことに対して、一年生は頭を縦に振る。
 これで分からないわけがない。
 
「我々はこのような状況でも実力を発揮しなければならず、そして発揮できるからだ。特に依頼の難度が上がれば顔を見知らぬ同士で動くことがある。それを教える為にもそうしている」
 
 つまりは一年生と同じ立場で行動することになる。
 
「とはいえ若い世代だけ、というのも不安だろう。だから基本的に我々のようなおっさんと呼ばれる世代と、学生という組み分けでくじ引きにしてある。しかし今出て行ったミヤガワくんと先程のウチダくんだけは例外。どうしてか分かるかい?」
 
 優斗と修だけは学生同士でのペアとなっている。
 そして、最たる理由など一つ。
 
「この二人がランクAの強者だからだ」
 
 はっきり告げた言葉に一年生が驚きを表した。
 ガイストは職員を見て、
 
「世界的に見ても数は少ないと思うが……どうだったか?」
 
「18歳以下でランクAを持っているのは総勢30名。そのうちの二人が彼らですよ」
 
「ならば単純計算をすると、ギルドにおける18歳以下の上位30名に入っているわけだ」
 
 そして笑みを零しながら伝える。
 
「ちなみに私がランクAになったのは二十歳。彼らより二つも年齢が上の時だ。それだけでも凄さがよく分かるだろう?」
 
 おおっ、と会議室全体で声が上がる。
 だからガイストは染み渡らせるように、もう一度伝えた。
 
「ギルドは確かに上品な人間が集まる場所とは言い難い。だからといって傲慢な荒くれ者がまかり通るほど、落ちぶれた場所でもない。一般的な常識など問わずとも必要なものだ」
 
 実力があればいい。
 けれど実力だけがあればいい、ということではない。
 
「今一度、言おう。ギルドにおいて血も権力も君達を守ってくれない。その理由をしっかりと知った上で頑張って欲しい」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 一方で会議室を出て行った優斗とクリス。
 
「クリス、実はあの貴族の子が馴染みの顔なんてことは――」
 
「シュウではないので、そのような偶然そうそうありません」
 
「だよね」
 
 甘すぎるくらいの希望を一蹴される。
 そして溜息を吐いた。
 
「……はぁ。なんで後輩ってなると生意気な子しか出会わないんだろ」
 
「あれですね。生意気な後輩部門はシュウではなくユウトの担当なのでしょう」
 
「もう足りてるんだけどな、生意気なのは」
 
 
       ◇      ◇
 
 
「「 くしゅっ! 」」
 
 朝のホームルーム前。
 話をしていたキリアとラスターが同時にクシャミをした。
 
「二人一緒にクシャミなど珍しいこともあるな。誰かが俺らの噂でもしてたか?」
 
 冗談まじりに話すラスターだが、
 
「…………」
 
 キリアは軽く視線を上に向け、僅かに睨んだ。
 
「どうした?」
 
「わたし達が同時にってことは……どうせ先輩ね。内容は生意気な後輩ってところかしら」
 
 なんとなく、そんな感じがした。
 ラスターが呆れたように額に手を当てる。
 
「……キリア。なんか当たってそうで怖いぞ」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 キリアとラスターがくしゃみをした頃、優斗は片手にバインダーを持ちながら二人を対面に迎える。
 そして自己紹介を始めようとした瞬間、
 
「初めまし――」
 
「貴方達は妾達には不要」
 
「邪魔だけはしないでいただきたい」
 
 第一声から面白いことを言われた。
 優斗は頬を掻きながら、どうしたものかと思う。
 
「今の発言は本気?」
 
「当たり前です」
 
「手出しは一切、御免被る」
 
 バッサリと言い切られた。
 優斗はクリスと顔を見合わせると、
 
「分かった」
 
 一つ、頷いた。
 
「ご自由にどうぞ。僕らは手出しを一切しないから」
 
 
 
 
 
 
 優斗とクリスは受付近くのソファーに座っている。
 と、これから外に出て行くパーティが近くを通った。
 すると一年生の一人が近付いてきて、
 
「あ、握手してください!」
 
 なんてことを言ってきた。
 優斗がどういうことかと、一緒にいるおっさんに目を向ける。
 
「ガイストがお前とシュウのこと言ったんだよ」
 
「……あの人、何言っちゃってんの」
 
「どうせみんな知ってることだろーが」
 
「いや、まあ、そうですけどね」
 
 Aランクは数いれど、やはり優斗と修は若さ故に有名だ。
 
「いつか一緒に依頼を受けるのも、お願いします!」
 
「じゃあ、今度機会があればね」
 
 握手をしながら優斗が朗らかに笑う。
 
「お~い、おっちゃんもAランクなんだぞ。こいつと一緒だぞ~」
 
「オレも何だかんだでここにいるってことは、結構頑張ってるんだけど~」
 
 するとおっさんと三年が茶々を入れた。
 一年生が慌てて頭を下げる。
 
「す、すみません!」
 
「いいってことよ。憧れとけ憧れとけ」
 
「そういうこと」
 
 笑って一年の背中を叩き、一緒に外へと出て行く。
 そうしているうちに、だんだんと受付の前にいた人達も少なくなっていき、とうとう残っているのは優斗達のみ。
 ククリもやることが終わったのか、受付を見に来る。
 
「やっほ、ニース生徒会長」
 
「まだ残ってたんですか?」
 
「手出し無用って言われたからさ、手出ししてないんだよ」
 
 さらっと優斗が答え、ククリは額に手を当てる。
 
「……ミヤガワさんはそういう方ですよね」
 
「ニース生徒会長は帰り?」
 
「そうですね。またこちらへと来ます」
 
「お疲れ様」
 
 ひらひら、とクリスと一緒に手を振ってククリを見送る。
 受付では職員の女性が断りの言葉を入れていた。
 
「申し訳ありませんが、今回の体験学習で仮発行しているライセンスではこの依頼を受けることはできません」
 
 そして時計を見て優斗に声を掛ける受付嬢。
 
「ミヤガワさん、そろそろ」
 
「分かりました」
 
 立ち上がると、張り出されてある依頼を三つを手にとって受付へ向かう。
 
「どれがいいか選んで」
 
「な、なんでいきなり!」
 
 突然出てきた優斗に困惑するビオラ。
 
「ここの受付はね、今は体験学習の為に使わせてもらってる。で、そろそろ普段の受付もしないといけないから」
 
 ずいっと依頼票を見せる優斗。
 しかしビオラと拙者言葉の少年は叫んだ。
 
「妾達に相応しくないわ!」
 
「弱い敵ばかりではないか!」
 
 ある意味分かりやすいくらいに分かりやすい返答だったので、優斗もにっこりと笑って言葉を返す。
 
「三秒あげるから、依頼を受けるか体験学習を終わらせるか選んで」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 結局は依頼を受けることとなり、ギルドを出て行く四人。
 一年生は納得がいかなかったようで優斗に詰め寄るが、普通に流す。
 
「今回、仮発行されたギルドライセンスで受けられる依頼のランクは決まってる。だからその中で選ばないといけない」
 
「き、聞いてないわ!」
 
「僕らのことを『不要』って言ったんだから、聞けるわけもないよね」
 
 優斗は心底どうでもよさそうな表情をすると、話は終わったとばかりに下がった。
 もちろん不要と言われているので下がったまでなのだが、
 
「き、貴族の妾に対してなんたる態度なの!?」
 
「拙者をバカにしているのか!?」
 
 どうにも馬鹿にされていると思ったらしい。
 
「貴方程度、こっちはどうにでも出来るのよ!」
 
「…………」
 
 しかし優斗は無言。
 言葉を発さない。
 
「何か言いなさい!」
 
 それもまた癪に障ったらしい。
 しょうもなさそうに優斗が口を開く。
 
「ギルドは貴族であろうと不可侵だからどうにもならない。さっきガイストさんが『意味を為さない』って言ったのを理解してなかったみたいだね。ついでに言えば、クリスを知らないような貴族が粋がってどうするの?」
 
 視線で示すとクリスは笑みを携えたまま告げる。
 
「どうも、初めまして。貴女流に自己紹介をするならばレグル公爵家長子、クリスト=ファー=レグルと申します」
 
「…………えっ?」
 
 突然のことに驚きの声がビオラから漏れた。
 にこやかな笑みを浮かべたまま、クリスは貴族というものを説く。
 
「貴族であることを誇って他を見下すところを見るに、どうやら成り上がりの男爵であるようですね。それではリライトにおいて高貴とは言えませんよ」
 
「……あっ、えっと……その……」
 
 いきなり貴族として最上位の存在が目の前にいて、縮こまるビオラ。
 
「さっき君が掲げたことと同様のことを彼に言ってもらった。そっちの君も極東の有力者の子供だか何だか知らないけど、リライトにおいてリライトの公爵家より格上なわけがないよね? つまるところクリスが『帰れ』と言ったら、君達は帰るってことになる」
 
 優斗がズバっと言う。
 狼狽える二人だが、少年が頑張って反論する。
 
「ギ、ギルドとは血筋など関係ない場所だとさっき言っていた。つまり貴公らの発言は的外れだ」
 
「そうだね。つまり君達の発言は論外だって分かったかな?」
 
 笑顔のまま優斗が突きつける。
 
「次に言ったら本気で体験学習を終わらせるよ」
 
 そして話は終わり、とばかりに再度優斗が下がろうとする。
 しかしビオラが気付いた。
 
「な、なぜ貴方が仕切っているんですか!」
 
「なぜも何も、今回の監督責任者は僕だからね」
 
 仕切るのも当然というものだ。
 そして手持ちのバインダーに書き込む。
 
「これだと依頼受ける以前の問題かな」
 
「そうですね」
 
「というわけで不可に不可、不可っと」
 
 さらさらっとペンで評価をつけていく優斗。
 
「な、何を書いているのだ!?」
 
「今回の体験学習の通信簿。一年生には足りてない部分を頑張ってね、っていう指標となるものだよ。これ、ギルドに提出するから」
 
 バインダーに挟まれた紙をペンで叩く優斗。
 と、ここで今回の依頼場所である森に辿り着く。
 まだ出入り口付近だが、ガイストの姿が見える。
 
「そうだ、上手いぞ。重要なのは攻撃を受けないことだ。人以上の力を持っている魔物もいるから、防ごうとしたら吹き飛ばされる可能性もある。最悪でも受け流すように出来ることが討伐でやっていくコツだ」
 
 どうやら森に入る前に一通りのレクチャーをしているらしい。
 少年と少女の二人が手取り足取り教えられている。
 するとガイストの視線が優斗達を捉えた。
 
「ミヤガワくん。調子は?」
 
「まあ、分かってるとは思いますけど厳しいですね。最後に呼ばれたガイストさん達より遅く森に到着した時点で分かるでしょう?」
 
 肩をすくめて、お手上げのポーズを取る優斗。
 後ろにいる一年生が睨んだ。
 けれど、どこ吹く風とばかりに二人は話を進める。
 
「……ふむ。まだやめさせるまでは至っていないのかい?」
 
「とりあえずは、ですけどね。ただし彼らがギルドに登録した場合、依頼は『個人のものに限らせる』という注釈は付けないと駄目でしょう」
 
「“死ぬなら周りを巻き込まず勝手に死ね”だな」
 
「その通りです」
 
 後半、かなり物騒な会話になっている。
 しかし平然と言っているあたり、冗談抜きのことだろう。
 
「だがミヤガワくんの言うことを聞かないとなると、先程言った通りに特別措置として私がついたほうがいいのではないかな?」
 
「かもしれません」
 
 優斗は呆れながら息を吐く。
 
「おそらくこの二人は例年以上の馬鹿ですね。未だに僕のランクすら知らない二人ですから」
 
「自己紹介は?」
 
「させてもらってないですよ」
 
 優斗の返答にガイストが心底呆れた。
 
「……やはり私のほうがいいか」
 
「僕は心底助かります」
 
「そうか」
 
 少しだけ考える仕草をした6将魔法士だが、結論がすぐに出たのか頷きながら自分達と一緒にいた一年生に視線を送る。
 
「君達には申し訳ないが、交代してもいいかね?」
 
「「 はい、大丈夫です! 」」
 
 即答された。
 6将魔法士の代わりとなるのが優斗ならば、彼らとて不満はないのであろう。
 するとガイストとコンビを組んでいたおっちゃんが優斗の脇腹を肘でつついた。
 
「珍しいなユウト。お前、責任感あるのによ」
 
 だからこそのランクAだというのに。
 そんな彼がガイストとはいえ、人に任せるというのは驚きだ。
 優斗は頭を掻きながら、
 
「ギルドの体験学習とはいえ学院行事ですからね。先程も言った通りルールを曲げることになりますが、学院の意向を考えるとやっぱりガイストさんが適任なんですよ」
 
「結果、依頼制限になるがな」
 
「その為の通信簿ですし、自業自得でしょう」
 
 優斗がバインダーを軽く右手で叩いた。
 しかしまったくもって隠してない会話だったため、高飛車二人にも内容は丸わかり。
 
「さ、さっきから何を馬鹿なこと言ってるの!?」
 
「今回の評価をギルドに上げるんだから、制限が掛かるのは当たり前。新人が依頼を行う前に気付けるんだから、ギルドにとっても良い手段だよね」
 
 楽して馬鹿を見つけられる。
 
「なんで妾達が制限を掛けられるのよ!?」
 
「いやいや、どうして制限を掛けられないと思ったの? だって君達は協調性なし、人の話は聞かない、コミュニケーション取れない、自己中心的、実力を把握できてない。ざっと並べてもこれだけある」
 
 すらすらと述べる優斗。
 
「これだけ醜態晒してたら無理。むしろこれで『問題ありません』って報告したら僕のほうが頭おかしいって疑われるレベル」
 
「……ミヤガワくん。少し言い過ぎだ」
 
 事実は事実であるが、もう少しオブラートに包んでもいいとガイストは思う。
 優斗はガイストに目線で謝ると、言葉を続けた。
 
「けれど今から“なんで”をガイストさんが教えてくれるから、しっかり教わったらいいと思うよ」
 
 パチパチパチ、と拍手する。
 
「よかったね。一緒に行動することが出来て」
 
 本当ににこやかな笑みを二人に向ける優斗。
 おっさんが呆れるように言った。
 
「……ユウト。すっきりした笑顔浮かべてんな」
 
「やれと言われればやりますけどね。ただ、生意気なやつを指導する苦労を知っているだけです」
 
「キリアの嬢ちゃんか」
 
「あれは本当に生意気ですからね」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 ガイストが問題児を引き連れていくと、優斗は残った一年生二人に謝った。
 
「ごめんね。ガイストさんが良かったでしょ?」
 
「いえ、大丈夫です!」
 
 けれどすぐに否定された。
 むしろ嬉しそうに笑みを見せている。
 
「以前、助けていただきありがとうございます!」
 
 すると少年の方が優斗に頭を下げた。
 一瞬だけ何のことかと優斗は思ったが、すぐに思い当たる。
 四月に袋だたきにあっていた少年だ。
 
「ああ、あの時の一年生だね。元気だった?」
 
「はいっ!」
 
 少年は元気よく返事する。
 
「ぼくはキッカと言います」
 
 そして隣の少女も同じように名乗る。
 
「あたし、リンドです」
 
 そう言って一年生が優斗とクリスに頭を下げた。
 二人も先程とは大いに違う反応に笑みを零し、
 
「ギルドランクA、ユウト・ミヤガワだよ」
 
「ギルドランクC、クリスト=ファー=レグルです」
 
 手を差し出して四人は握手する。
 
「アークスさんが仰っていました。18歳以下でギルドランクAは30人しかいないって」
 
「凄いです!」
 
 キッカとリンドが尊敬の眼差しを優斗に向ける。
 
「ありがとう、二人共」
 
 優斗もにこやかに笑った。
 
「じゃあ、早速だけど何の依頼を受けたのか教えてもらえる?」
 
 
 
 
 
 
 
 優斗とクリスが一年生から依頼内容の書かれてある紙を受け取る。
 
「へぇ、これは」
 
 すると優斗が面白そうな笑みに変わった。
 
「討伐と採取の複合依頼。よくこんなもの見つけ出したよ」
 
「最後だったというのに凄いですね。ガイストさんも彼らが見せてきた時、内心で喜んでいたと思いますよ」
 
 優斗とクリスが感嘆の声を上げる。
 
「あの、どういうことですか?」
 
 キッカが首を捻った。
 
「この魔物はね、倒した証明となるものが角でしょ?」
 
「はい」
 
「それで、この角は見目が良いから加工すれば装飾品になる。というわけで、採取系にも属するってこと。だから普通より依頼の達成料金が高くなる場合があるんだ」
 
 そう言って優斗は紙に書かれてある一部分を二人に見せる。
 
「ほら、ここ。角を綺麗に持って帰れば依頼達成料金が1.25倍になるって書いてある。一石二鳥の依頼なんだよ」
 
 何も知らない一年生に選ばせているからこそ、運が良かったのだろう。
 
 
 
 
 
 
 
 
「そういえば、ガイストさんが色々と教えてたみたいだね」
 
 森に入る前に優斗は先程のことを確認する。
 
「はい。主に攻撃された場合の対処方法なんです」
 
 受けるではなく躱す。
 躱せなければ受け流す。
 そう教わった。
 
「だったら、どうしてガイストさんが教えたのかしっかり理解しておく?」
 
 優斗がガイストの教えを引き継ぐようなことを言い出した。
 二人はすぐさま頷く。
 
「じゃあ、キッカ君にお願いしようかな」
 
 言って優斗はショートソードを抜き、キッカも剣を構えて防御態勢を取った。
 
「これが人間による普通の攻撃」
 
 軽く振るう。
 甲高い音が鳴り、キッカの剣に防がれた。
 
「じゃあ、次。ちゃんと受け身を取ること。いいね?」
 
 優斗はぐっと身を捻ると、力強く右足を踏みしめて左脇に収めたショートソードを振り抜く。
 キッカは正面から剣閃を受けるが、
 
「……うわっ!?」
 
 一つ前とはまったく威力の違う攻撃に受けることが出来ず、思い切り後方へと吹き飛ばされる。
 あらかじめ受け身を取ることを指示されていたため、慌てずに受け身を取った……のだが、少々唖然としていた。
 やることは読めていたのに容易に吹き飛ばされたのは、まだいい。
 唖然としたのは、優斗がすぐ目の前にいて剣先をキッカに向けていること。
 
「僕が魔物であったとしたら、どんな結果になっていたか分かるね。こういうことになるから、受けるじゃなくて躱す。もしくは受け流すことが大事だってガイストさんは言ったんだよ」
 
 優斗が左手を差し出す。
 そして引っ張り上げた。
 
「ちゃんと理解できた?」
 
「はい」
 
 キッカの返事に優斗は頷く。
 
「じゃあ、森に入ろうか」
 
 
 
 
 森の中を歩きながら優斗とクリスは一年生と話す。
 
「討伐系って、例えばどういう魔物を倒すか知ってる?」
 
「わかんないです」
 
 リンドがすぐに答えた。
 クリスが苦笑し、
 
「人を傷つけたことがある魔物や、一定数以上増えたと思われる魔物。凶暴性が高い魔物。こういう魔物が討伐対象として国や被害にあった人物から依頼されます。要するに普通より危ない依頼ということですね」
 
「ちなみに依頼の魔物だけを倒して終了っていうのは、確率として半々くらいなんだよ」
 
「どうしてです?」
 
 リンドが首を捻った。
 優斗も苦笑し、
 
「それはね――こんな感じで魔物と遭遇するからだよ」
 
 瞬間、すぐ近くの草木からガサリと擦れる音が聞こえた。
 同時に出てくる魔物が一体。
 体長二メートルぐらいの……狼っぽいのが現れた。
 犬歯とかが異様に発達して伸びていて、見るからに凶悪な相貌。
 キッカとリンドがビックリして剣を抜こうとした……のだが、
 
「はい、慌てない」
 
 それを優斗が和やかに止めた。
 
「顔とか凄い厳ついけど、この魔物は大人しいからね。こっちから襲わない限りは通り過ぎてくれる」
 
 二人を宥める。
 魔物は優斗達を気にすることなく、目の前を横切って去って行く。
 
「だからといって、先制攻撃すれば問題ない……とかは思わないように。強さ的にはDランクだから結構強いよ」
 
 完全に魔物が去ってから、優斗達はまた歩き出す。
 するとリンドが手を上げた。
 
「ミヤガワ先輩。質問です」
 
「はい、どうぞ」
 
「Sランクの魔物と遭遇した場合はどうすればいいんです?」
 
「まず逃げる。とにかく逃げる。攻撃なんてしたら駄目。すぐにこっちが反撃くらって死んじゃうから」
 
 基本的にSランクの魔物は大きくて強い。
 凶暴性も高い。
 魔法も神話魔法ではないとすぐには殺せない。
 上級魔法だけで戦うならば、最低でも四人は必要だ。
 
「じゃあ、今日出会ったら一巻の終わりです?」
 
「今日は僕とクリスがいるから安心して。ちゃんと時間稼ぐから安全に非難できるよ」
 
 あっさりと言ってのける優斗。
 気負いはなく、嘘偽りもない言葉にキッカとリンドの優斗達に対する尊敬度が上がった。
 
「じゃあ、そろそろ討伐依頼の魔物がいる場所に着くから気を張るように」
 
「「 はいっ! 」」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 元々、体験学習でやれる魔物だったので強いことはない。
 なのであっさり終わった。
 そのままキャンプポイントに行って昼食を作る。
 
「キッカ君とリンドさん。これから料理を作るけど、料理できる人は挙手」
 
 優斗が訊いてみる。
 が、どちらも手を上げなかった。
 
「料理は出来たほうがいいよ。例えば護衛の依頼で他国に行く時なんかは、時と場合によっては日を跨ぐ。その時はこういうキャンプポイントで料理しないといけないから」
 
 今日は体験だから、と言って優斗が手際よく料理を用意する。
 すると近くで同じように料理をしていたおっさんが優斗の料理を覗き込み、
 
「ユウトの料理は爽やかすぎるな、おい」
 
「そっちの料理は豪快すぎます。キャンプポイントでパーティに女の子もいるのに肉ぶち込んだだけの汁物とかありえません」
 
 ただの野宿とは違い、このような場所では調味料等がある場合がある。
 ここにはあるので優斗はそれを使って、ベーコンや野菜を使ったあっさり味のスープ。
 逆におっさんは肉とか食べられる物を入れただけのスープ。
 同じスープなのに、さわやかさが全然違う。
 おっさんは豪快に笑い、
 
「これぞ、ギルドの料理!」
 
「料理できないおっさんのごった煮です」
 
「あっはっはっはっ! まあ、一度くらいは経験させたほうがいいってことよ!」
 
 笑っておっさんはスープをパーティへと持って行く。
 優斗は振り返り、
 
「というわけで料理は出来たほうがいいよ」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 料理を食べ終わり、座りながらゆったりしていると修達が顔を出した。
 
「修、そっちの調子は?」
 
「なんも問題ねーよ」
 
 あっさりとした様子の修。
 だが、パーティを組んだクラスメートの委員長が馬鹿言うな、とばかりの表情になる。
 
「はぁっ!? お前のせいでオレがどれだけ苦労してると思ってるんだ! お前が『悪い例』を見せるとか言って大騒動じゃないか!!」
 
 魂の叫びと紛うばかりに嘆く委員長。
 
「そっか。こいつが問題児だったね」
 
 優斗が苦笑する。
 
「まあ、こいつらも俺が悪い例を見せてっから、これをやったらヤバいって分かったと思うぜ?」
 
 なあ、と修が振り向くと一年生は大きく頷いた。
 
「とりあえず一年生が納得してるならいいと思うよ」
 
 委員長はご愁傷様だが。
 
「んじゃ、俺達はまた森に行ってくっから」
 
「はいはい、行ってらっしゃい」
 
 ひらひらと手を振って修を見送る優斗。
 
「僕達ももう少し休んだら同じように森へ入ろうか。確かに何をやったら危険なのか、とかは教えておいたほうがいいから」
 
「そうですね」
 
 クリスが頷く。
 
「でも、その前にキッカ君とリンドさんの質問タイムにしようか」
 
 初めて体験したギルドの依頼なのだし、気になっていることはたくさんあるだろう。
 するとキッカが手を上げた。
 
「どうやったらギルドランクって上がるんですか?」
 
「基本的にはきちんと依頼をこなしていれば順当に上がっていくよ。ギルドの職員さんが依頼の達成率と達成数を鑑みてやってるみたい」
 
 続いてはリンド。
 
「あの、クリスト様って……あれですよね。『学院最強』って呼ばれてます?」
 
「はい。僭越ながら」
 
「けれどギルドランクはミヤガワ先輩のほうが上なんです?」
 
「ギルドランクは強ければ高い、というものでもありません。自分は都合上、あまり依頼を受けられる時間もありませんし、ランクが上がるのに時間が掛かってしまったんですよ」
 
 優斗もクリスも丁寧に質問に答える。
 その時、
 
「そこの貴方。今後、特別に妾達とパーティを組ませてあげてもよくってよ」
 
 さっきの二人が突然やって来ては、変なことを言ってきた。
 おそらくガイストが何かを言ったのは理解できる。
 しかし、どう解釈したのかビックリするくらいに高圧的だ。
 
「今のってどっちに言ったのかな?」
 
「自分でしょうか」
 
 分かってはいるが、あえて言ってみる優斗とクリス。
 
「ち、違います! 平凡な顔の方です!」
 
 ビオラが慌てて付け加えた。
 分かりやすいぐらいにどっちに言ったのかが分かる。
 優斗も納得して苦笑した。
 が、一つ前の発言は何を言っているのか意味が分からない。
 
「君達がギルドに入ったら最初はランクG。そして僕はランクA。何をどうやったら『特別』なのかを論理的に説明してくれるかな?」
 
「妾達とパーティを組めるなど名誉なことです」
 
「……はい?」
 
 返ってきたのは優斗の想定外の解答だった。
 
「えっと……何が『名誉』なのかを教えてくれる?」
 
「妾達とパーティを組むことに決まっています!」
 
 堂々と言ってのけるビオラ。
 理解できないので、とりあえず優斗は監督者の名を叫ぶ。
 
「ガイストさん!」
 
 すると6将魔法士が遠くにいながらも声に反応した。
 
「ミヤガワくん、どうした?」
 
「持って帰って下さい」
 
 優斗が一年生二人を示す。
 それだけでガイストが頷いた。
 
「ああ、すまない」
 
 軽く頭を下げて連れて帰ろうとする。
 だがビオラが納得いかないように叫んだ。
 
「わ、妾達が組ませてあげると言っているのに何故!?」
 
「……いや、何故も何も」
 
 優斗としてはどうして分からないのかが分からない。
 
「……ガイストさんでも駄目なんですか?」
 
「手が掛かるのは間違いない。午後でどれくらい指導できるかが問題だ。ミヤガワくんの様子から察するに先程伝えたことも、再度言い直さねばならないだろう」
 
 ガイストは懇切丁寧に説明した。
 優斗のこともだ。
 しかし、あれで理解していないとなると、
 
「……頭が痛いな」
 
「さっきパーティを組めないって伝えたの、覚えてないんですかね?」
 
「……それはすまん。彼らの行動次第では取り消してもいいと伝えてしまった」
 
「結果が……これですか」
 
「……ああ」
 
 優斗とガイストが同時に溜息を吐く。
 
「キッカ君。一般的に見てさ、どっちが名誉だと思う?」
 
 額に手を当てながら優斗が話を振った。
 
「それって……その、言わないと駄目ですか?」
 
「ううん。普通は言わなくても分かるよね、普通は」
 
 “普通”という部分を強調する優斗。
 というかもう、監督者でもないのだし相手するのも面倒になってきた。
 
「ガイストさん。この二人と関わりたくないので、あとはお願いします」
 
 そう頼むと、別の場所から怒鳴り声が聞こえてきた。
 
「な、なんだと!? 拙者達を愚弄する気か!!」
 
 優斗の言い様に長髪を束ねた少年が憤った。
 同時に刀を抜く。
 ふむ、と優斗は頷き、
 
「ギルドパーティ同士のいざこざは時折あることだけど……やりたいの?」
 
 なので優斗はガイストに確認を取る。
 
「やりますか?」
 
「御免被る」
 
 義はなく理由もない。
 それで優斗を相手にするなど愚の骨頂だ。
 
「で、どうするんですか?」
 
「とりあえずは体験学習が終わってから結論を出そうと思っている。あまり慮しい結果にはならないだろうが」
 
「そうですか」
 
 頷く優斗。
 だが少年のほうは納得いかなかったようで、ピクリと刀が動いた。
 僅かな攻撃の予兆。
 それを見逃す二人でもない。
 
「ここにいるのは高位のギルドランク所持者二人だ。不用意な行動は慎みなさい」
 
「そうだね。これが体験学習じゃなかったら潰してるよ」
 
 一瞬にしてガイストが右手を掴み、座っていたはずの優斗が気付けば少年の首へ右手を添えている。
 あまりの芸当に一年生全員が息を飲んだ。
 けれど当の本人達はのほほんとした様子で、
 
「それじゃ、あとはお願いします」
 
「分かった」
 
 
       ◇      ◇
 
 
「あの、ミヤガワ先輩って弟子とか取ってますか?」
 
 先程の光景に興奮を覚えたまま、キッカが尋ねた。
 
「弟子は取ってないけど、指導してる子はいるよ。この間一緒にいた女の子のキリアがそうなんだ」
 
「あの、ぼくもお願いしたいです!」
 
 指導してると聞いてキッカが立候補する。
 けれど優斗はごめん、と謝るポーズを取った。
 
「あんまり人を教えることはしてないんだ」
 
 それだけでキッカは落胆した様子になる。
 
「や、やっぱり……ぼくじゃ駄目ですよね」
 
 この間、弱いところを見せた。
 指導するには値しない存在だろう。
 
「ううん、そうじゃないよ」
 
 けれど優斗は首を横に振って否定する。
 
「僕が言いたいのはね、キッカ君が望むことに対して僕は必要なのか。僕でなければならない理由があるのか、ってことだよ」
 
 いきなり優斗から問われたこと。
 キッカは思わず考える。
 
「えっと……」
 
 しかし、答えをすぐには見つけ出せない。
 優斗は優しい口調で諭すように告げる。
 
「つまりはね、そういうことなんだ」
 
 そして、だからこそキリアを教えている。
 優斗の周りにいる人間だって相当に酷い。
 修なんて同等だし、クリスも学院最強の二つ名を持っている。
 アリーだってフィオナだってキリアよりは強いだろう。
 けれどキリアは彼らにちょこちょこ相手をしてもらっているとしても、優斗に指導される基本を絶対に崩さない。
 それは『優斗でなければキリアの限界を超えさせることが出来ないから』だ。
 遠慮なく、差別なく、平然と限界まで追い詰める優斗だからこそと言ってもいい。
 
「大丈夫だよ。今日一緒に付いて回ったけど、キッカ君はちゃんと強くなれる。だからこそ君を指導するのは僕じゃなくていいと思うんだ」
 
 フォローするように伝え、優斗は笑みを零す。
 
「とはいえ今日は同じパーティだからね。訊きたいことがあれば、何でも訊いてくれていいよ」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 体験学習が終わり、依頼を達成したほとんどは依頼達成料金を受け取る。
 今日一日を通したことで考えが変わった者、やる気を増した者と様々にいるだろう。
 そして彼らはそのままおっさん達に連れて行かれ、ギルド内の酒場にて大宴会の一員となった。
 その中でガイストと優斗、ククリの姿がない。
 この三人はギルドの職員を交えての会議を行っていた。
 手元にはガイストが書いた通信簿があり、オール『不可』。
 優斗がガイストに尋ねる。
 
「どうしようもないくらいに酷い結果になってますけど、依頼はどうでした?」
 
「失敗だ」
 
「実力は?」
 
「自慢するだけあって、上級魔法を1つは使えたが……」
 
「なのに依頼を失敗したんですか?」
 
「火の上級魔法を森で放とうとしたんだ」
 
 それをガイストが大慌てで止めた。
 大火事にでもなってしまったら笑えないどころではない。
 しかもガイストが注意したところで、理解したかどうかは判断できなかった。
 
「ニースくん。さすがにこれでは厳しい」
 
「……ちょっと想定外ですね。今までの問題児はそこまでではなかったのですが」
 
 全員で難しい顔をする。
 優斗はとりあえずガイストに、
 
「彼女達を真っ当に出来ますか?」
 
「……正直、あのレベルの子達は私も無理だ」
 
「そうですか」
 
 育成の第一人者でも無理。
 続いて優斗は職員に、
 
「もし彼らに制限をつけて依頼をさせるとしたら、どれくらい制限をつけたほうがいいですか?」
 
「街中の手伝いすらも……正直、簡単には許可できないでしょう。一番容易な薬草採取でも森には入ることになってしまいますから」
 
「ですよね」
 
 デメリットが多すぎる。
 職員が頭を下げた。
 
「ニースさん、大変申し訳ないけど……」
 
「前代未聞ですが仕方ありません」
 
 ククリは大きく溜息をついて頷いた。
 
「こちらとしても学院の評価を下げるわけにはいきませんから。今までの方々が築き上げたギルドとの信頼が崩れてしまいます」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 話し合いが終わり、優斗も宴会に参加した。
 すると修が近寄ってきて、
 
「あいつら、どうなった?」
 
「要注意リストを超えてブラックリスト。ギルドで何も出来ないよ。ライセンスは発行されず、依頼を出しても拒否。一切ギルドには関わらせない」
 
 学院としても問題児としてリストアップされるだろう。
 
「すげー裁定になったもんだな」
 
「いくらギルドが誰に対しても門戸が開いてるとしてもね、あれは無理」
 
 とはいえ面倒事は終わった。
 気晴らしとばかりに優斗が店員へ酒を頼む。
 と、同時にドアから一組の男女が入ってきた。
 キリアとラスターだ。
 二人はキョロキョロと室内を見回すと、優斗を視界に捉える。
 するとキリアが勢いよくやって来た。
 
「ちょうどいいところにいたものね」
 
「……? なにが?」
 
 首を捻る優斗に対して、キリアはにっこりと黒い笑みを向けた。
 
「先輩、何を話していたのかしら?」
 
「生意気な後輩がめんどくさいって話」
 
 




[41560] 小話⑬:異世界人の感謝
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:e7828cf9
Date: 2015/12/16 19:47
 
 
 
 ラナ・クラストル。
 トラスティ家に仕える家政婦の長である。
 その付き合いはエリスが生まれた時まで遡り、実に三十余年をトラスティ家に仕えて過ごしている。
 
 バルト・クラウディ。
 婿養子となったマルスの家で守衛をしており、マルスがトラスティ家へと入ったと一緒にトラスティ家の守衛長になる。
 以降、現在に至るまでずっとトラスティに仕えている。
 そんな二人は今、
 
「マリカ様、どこに行くのですか?」
 
 それぞれ子供達の世話を任されていた。
 ラナは今、マリカと一緒に厨房へと歩いている。
 そこに一人の青年がいて、
 
「ろー!」
 
 マリカは青年に声を掛けた。
 青年は丁寧な口調で、
 
「どうかしましたか、マリカ様?」
 
「あう、あうっ」
 
 キラキラとした目で厨房にある果物に目をやるマリカ。
 青年は苦笑して、
 
「ちょっとだけですよ? たくさん食べて夕飯を残したら、またお父様に怒られてしまいますからね」
 
「あいっ!」
 
 そう言って青年はサクランボを二つ、マリカに渡す。
 ラナが呆れたように額に手を当てた。
 
「……ロスカ。貴方はどうしてそう、マリカ様に甘いのですか」
 
「いやいや、俺はマリカ様に甘いのではなく弱いんですよ。このように頼まれてしまっては断れません」
 
「まったく」
 
 ラナもロスカの気持ちは分かるので文句は言えない。
 軽く溜息をついた。
 と、マリカが満面の笑みで、
 
「らな~っ!」
 
 とてとてとやって来た。
 ラナはしゃがみ込むとマリカを抱っこする。
 そんな光景にロスカが笑った。
 
「マリカ様の抱きつき癖はお嬢様達の育児の結果ですかね。まるで曾祖母とひ孫のように見えます」
 
「見間違え……とは言えませんね。ユウトさんからは、そのように接して欲しいとお願いさいれていますから」
 
 そして理由が理由なだけにラナも断るわけにはいかなかった。
 ロスカも似たようなことを頼まれているので、同意するように頷きを見せる。
 
「たくさんの愛情をあげたい、ですか」
 
「はい」
 
 マリカはいつか、いなくなってしまう。
 それまでにたくさんの愛情を与えたい。
 優斗はそう言ってラナ達にお願いした。
 
「だから私はマリカ様に対してだけは“ひいおばあちゃん”でいることにしたのですよ」
 
 使用人ではなく。
 家政婦長としてでもなく。
 マリカに対してだけは曾祖母としている。
 
 
       ◇      ◇
 
 
「アイナお嬢様。棘があるので、不用意に触ったら危ないですからね」
 
「でもでも、すっごくきれいなの」
 
 様々なバラを嬉しそうに眺める愛奈。
 
「これ、バルトさんがそだててるの?」
 
「ええ。私の趣味です」
 
「すごいの」
 
 庭の一場所にある、咲き乱れる花の数々。
 それを管理しているのはバルト。
 彼が20年弱の時を用いて作った花の庭園は、本当に美しく咲き誇っている。
 
「バルトさん、こういうときってどう褒めればいいの?」
 
「思ったままのことを言えばいいのですよ」
 
「じゃあ、きれいなの」
 
「ええ、それでよろしいと思います」
 
 頷くバルトに愛奈は胸を張った。
 
「あいな、こういうのを褒めるのが“しゅくじょのたしなみ”ってラナさんにおしえてもらったの」
 
「では、まさしく今のアイナお嬢様は淑女でしたよ」
 
 朗らかな笑みを浮かべるバルト。
 愛奈から見ても、本当に嬉しそうに見えた。
 
「バルトさん、ニコニコなの」
 
 見ているだけで嬉しくなってくるような笑みだ。
 
「このバルト、アイナお嬢様が成長していく姿を見るのが楽しみなのですよ」
 
 もう3ヶ月。
 愛奈は色々と変わった。
 会話も出来るようになったし、貴族の娘としても頑張っている。
 最初に出会った時のような姿はもう、どこにもない。
 それがバルトには喜ばしい。
 
「じゃあ、もっとがんばるのっ!」
 
「ありがとうございます」
 
 
        ◇      ◇
 
 
「おにーちゃん、しゅーにい、たくやおにーちゃん、いずみにい。ちょっといい?」
 
 珍しく愛奈が自分の部屋に四人を連れ込んだ。
 妹の部屋で修と卓也と和泉は座り、優斗もマリカを抱っこしながら座る。
 修が珍しそうに訊いた。
 
「愛奈、どうした?」
 
「えっとね。あいなのおへやにあるお花、バルトさんのなの。それにラナさんも“きぞくのれでぃ”をおしえてくれるの」
 
 うんうん、と四人は頷く。
 部屋を彩っているのは主にラナの手腕だ。
 というよりかはエリスも彼女のセンスに任せっきりなので、愛奈の部屋どころかトラスティ邸の大抵はラナによって物が配置されている。
 
「あいなね。バルトさんとラナさんになにかお礼、あげたい」
 
 妹の発言に修と卓也と和泉は顔を見合わせる。
 優斗は思わず苦笑した。
 
「……こりゃ参ったね」
 
 幼い子供ながらのストレートな感謝。
 素直に唸らされた。
 
「お礼を“する”とお礼を“あげる”は違うか」
 
 優斗は日々、彼らに感謝している。
 そうであることが当然だと思えるほど、まだ貴族に慣れていない。
 とはいえ、だ。
 
「愛奈の言う通りだね。僕も一年近く世話になってるから、心だけじゃなくて形で示さないと」
 
 あらためて愛奈に気付かされた。
 するとマリカが優斗の腕の中で声をあげた。
 
「ろー!」
 
「そうだね。いつもごはん作ってもらってるもんね」
 
 皆の食事を考えて作ってくれるロスカ。
 
「おー、うー、とー!」
 
「フォルスさんもウィノアさんもトールさんも、みんなだね」
 
「あいっ!」
 
 他にも家政婦だったり何だったり、世話になっているのはたくさんいる。
 修も確かに、と頷いた。
 
「俺らもよ、特にロスカさんにはめっちゃタダ飯もらってるもんな。つーか来る人数、めちゃくちゃだから結構苦労かけてるわな」
 
「そうだな」
 
 和泉も納得する。
 基本的にノリでしか来ていない。
 なのに夕飯を遅らせることなくしっかりと出している、というのは苦労以外の何物でもない。
 
「修、金はある?」
 
「問題ねーよ」
 
「和泉は?」
 
「俺も問題ない」
 
 二人の返答に優斗が笑う。
 
「それじゃ、ちょっと本気出そうか」
 
 言うと同時に全員が頷いた。
 
「オッケー、乗った」
 
「ロスカさんには色々と料理で相談にも乗って貰ってるし。あと何だかんだで後見の家もだな」
 
「やってやろう」
 
「あいな、がんばるの!」
 
「あいっ!」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 話が出て二週間後の日曜日。
 トラスティ家の庭では、ある催しが行われようとしていた。
 
「何事でしょうね?」
 
「全員が手紙を貰うとなると……ユウトさんが何かを画策したのだとは思いますが」
 
 首を捻るラナとバルト、トラスティ家の使用人全員。
 一同、足を揃えて庭へと向かう。
 
「何なのか楽しみですね」
 
 ロスカが手紙を見ながら笑みを零す。
 書かれている内容は端的。
 
『10時に中庭に来て下さい』
 
 これだけ。
 全員揃って何事かと思いながらも中庭に出る。
 すると、だ。
 
「………………」
 
 そこにいるのは王様を始め、異世界人の後見をしている家の人々。
 主に家政婦であるラナとウィノアの顔が青ざめ、慌てて駆け寄る。
 すると優斗がウェイター姿で二人の前に現れて、
 
「これはこれは。本日は来て下さり、まことにありがとうございます」
 
 丁寧に頭を下げてくるが、正直それどころではない。
 
「すぐにお手伝いします」
 
 ラナがはっきりと申すが、優斗は丁寧に拒否した。
 
「本日の皆様は我々のお客様です。どうかごゆっくり」
 
 皆が呆気に取られるようなことを言う。
 ラナは思わず近くにいたエリスに確認を取った。
 
「エリス様。これは何事でしょうか?」
 
「ユウト達による、貴女達の慰労会なんだって」
 
 そしてトラスティ邸の二階部分に貼り付けられている『大慰労会』という横断幕を指差す。
 
「ユウトにとってはアイナを連れてきて三ヶ月。色々と迷惑を掛けただろうけど、文句一つ言わずに仕えてくれてありがとうってね」
 
「家臣なのですから当然のことです」
 
 文句など出るわけもない。
 それが当然だ。
 
「私達にとっては当然かもしれない。でも、この子達にとっては違うわ」
 
 エリスが優斗を見ると彼は素直に頷いた。
 
「そういうことです。皆さんは仕事だから感謝される必要はないと思われているかもしれませんね」
 
 無理難題だろうと、家臣なのだから当然のことだと。
 
「ですが関係ありません。僕は貴族である前に『異世界人』ですから」
 
 こっちの常識に縛られる必要性はない。
 
「だから言う事は一つです」
 
 笑って告げよう。
 
「四の五の言わずに黙って感謝されろ、ってね」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 酒やら食べ物やら、たくさんのものが出てくる。
 特に食事を一人で作っているのは卓也。
 リライトに来てから覚えたものや、異世界で作っていたもの。
 多種多様の料理が出てくる。
 その中で、コックの姿をした卓也はココの両親の前にやって来た。
 
「ダグラスさん、ナナさん」
 
 声を掛け、卓也は二人の前にお皿を――ブッシュ・ド・ノエルを置く。
 
「これ、二人だけの特別」
 
 ココの母親――ナナが綺麗なケーキを前にして、嬉しそうに喜んだ。
 
「ありがとうございます、タクヤ君」
 
「いや、お世話になってるからさ」
 
 卓也はそう言って、帽子を取った。
 後見の家だから時折は顔を出すし、一緒に買い物に行ったりもする。
 三者面談の時だって、嫌な顔一つせず来てくれた。
 
「オレは出来ること少ないから、こういう形でしか感謝できないけど」
 
 卓也は二人に頭を下げる。
 
「オレの後見人になってくれたこと、感謝してます」
 
 そして顔を上げ、笑う。
 
「オレとリルの結婚式を楽しみにしてくれてるみたいだしさ。その時、二人さえよければ一緒にタキシードとか選んでくれると助かるんだけど」
 
 卓也がそう言うとナナ達も笑った。
 
「わたしが選びます」
 
「私が選ばせてもらう」
 
「何を言うのです。わたしの方がタクヤ君と仲良いのです」
 
「そっちこそ何を言う。男同士でしか分からないこともある」
 
 二人の間に火花が散った。
 卓也が苦笑しながら、楽しそうに会話に加わる。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 和泉は和泉で、レグル公爵の前に立っていた。
 
「いつも爆発騒ぎ、申し訳ない」
 
 レグル邸で時折響く音。
 最初の頃は本当にビックリさせていたと思う。
 
「本来なら『やるな』と言われても、仕方ないことをしていると思ってる」
 
「気にしなくていい」
 
 レグル公爵は苦笑して、軽く手を振った。
 しかし普通は実験だの何だのと言って、あれだけ爆発音を響かせていたら嫌がると思う。
 
「貴方はそのように怒鳴らず、俺のやることを認めてくれた」
 
 仕方ないとクリスと笑い合って咎めることなどしなかった。
 
「だから俺はミエスタから来た技師の助手になることが出来た」
 
 レグル公爵に助手の話が届いた際、喜んでくれたのを和泉は覚えている。
 同時に豪華な夕食に招待されたのも忘れられない。
 
「貴方のおかげだ。本当に感謝してる」
 
 そして和泉は自分が作った魔法具――イヤリング型のものと懐中時計型のものをレグル公爵に渡し、頭を下げる。
 
「ありがとうございます」
 
 
       ◇      ◇
 
 
「シュウ、酒が足らん」
 
「はいよ」
 
 優斗と同じくウェイター姿の修が王様の持っているコップにビールを注ぐ。
 
「それと、ついでにプレゼント。これ、受け取ってくれ」
 
 さらっと修が王様の前に包装された箱を置く。
 王様は箱を見て、修を見て、
 
「……熱があるのか?」
 
 彼の額に手を当てて熱を計る
 
「お~い、その反応は予想外なんだけど」
 
「いや、我はこんなことをやる時点で驚いている。だからプレゼントなど以ての外だ」
 
 こっちは召喚して申し訳ないと思っている。
 そう伝えているのに、慰労会をやるなど本当に予想外だった。
 
「まあ、邪魔にはなんないと思うぜ」
 
 開けてみろ、と修がジェスチャーする。
 言われた通り、開けてみた。
 
「ナイフに……宝玉があるな」
 
 小さな刃に透明な玉が嵌まっている。
 見ただけで分かる等級の高い宝玉だ。
 
「障壁を出せる神話魔法が使えるよう和泉に改造してもらった。神話魔法を込めるって結構むちゃくちゃらしくてよ、これ一つしか造れなかった。だけど五回分の魔法が入ってるんで、もし使い切って無くなったら言ってくれよ。すぐに神話魔法を込めっから」
 
「……なぜ、これを?」
 
「王様だろ? 万が一っていうのがあんじゃん」
 
 基本的に危ないことなど存在しないと思う。
 しかし“それでも”ということがあるから。
 修はこれをプレゼントしようと思った。
 
「これなら邪魔にならないだろ?」
 
 にっと笑う修。
 王様は呆れながらも嬉しそうに、ビールを呷った。
 
 
       ◇      ◇
 
 
「へぇ~。みんな、プレゼントあげてるのね」
 
 エリスは優斗からワインを注がれながら、周囲を見回す。
 
「ユウトは? 例えば私とか」
 
 からかうような声音のエリスに、優斗は苦笑した。
 
「うちはちょっと特殊ですからね。後見……っていうか義両親ですし。だから義父さんと義母さんに物をあげるって違うと思ったんです。誕生日プレゼントとかあげてますし、今更でしょう?」
 
「そうね」
 
 彼らとは違い、親子関係であるからこそ余計な気の回しは不要。
 エリスはそう思っているし、優斗もそう思っている。
 
「でもね、“エリスさん”。貴女には感謝しています」
 
「……えっ?」
 
 だから彼から続いた言葉がエリスには予想外だった。
 優斗は笑みを浮かべる。
 
「貴女が僕を受け止めてくれたこと。貴女が僕を義息子と呼んでくれたこと。そして――貴女を義母と呼ばせてくれること。その全てに感謝しています」
 
 いつの間にか彼の手には細長いケースがある。
 優斗はそれを開けて、中身をエリスに見せた。
 あるのは簡素ながら綺麗なデザインのネックレス。
 
「……これ、高いわよね」
 
 前に商人から見せてもらったことがある。
 確か七桁の額だったので、買う気すらしなかったのを覚えていた。
 
「エリスさんの目に留まったことは覚えていましたし、Aランクの魔物を10体くらい倒せば余裕で買えましたよ」
 
「……最近、ユウトが忙しそうにしてた理由が分かったわ」
 
 慰労会の話は聞いていた。
 だから、その為の準備で忙しいと思っていたのが……まさか魔物を盛大に狩っていたとは想像できなかった。
 さらに優斗は瓶を取り出し、
 
「マルスさんには高級な酒です。一緒に飲もうかと思って」
 
 用事があり、顔を出せなかったマルスの分もちゃっかり優斗は用意している。
 エリスが“さすが”とばかりに頷いた。
 
「マルスも喜ぶわ」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 一方、公爵王族と一緒のテーブルで……というのもさすがに辛いだろうから、トラスティ家の使用人達は別の席で若人達と話していた。
 
「お嬢様? なぜ、そのような格好を?」
 
「変ですか?」
 
 家政婦の格好……というよりはメイド服を着ているフィオナが自分の服装を見回した。
 ラナは額に手を当て、小さく息を吐く。
 
「……いえ、大変可愛らしいです」
 
 とても似合っている。
 美人というものは、何を着ても似合うというのは本当なのだろう。
 
「アリシア様はどうしてお嬢様と同じ格好を?」
 
「このような機会でなければ着ることもないと思って」
 
 今回の仕掛け人は異世界組。
 なので当地組は出番がない。
 というわけで、
 
「ん、しょ……」
 
 この場所に料理や飲み物を運んでいるのは愛奈。
 最初は手伝おうと思っていたのだが、
 
「あいなががんばるの!」
 
 なんて言うものだから、基本的には愛奈が頑張っている。
 フィオナはフォローするだけ。
 ただフォローはするのだからと、このような格好をした。
 アリーはノリで同じ格好。
 
「……っ」
 
 しかし使用人の集団は愛奈の姿を微笑ましく思いながらも、危なっかしい足取りにハラハラしっぱなし。
 代われるのなら即行で代わるだろう。
 
「残念ながら今日は優斗さん達の画策でやったことですから。素直に感謝を受け取ってあげてください」
 
「それは嬉しいばかりですが……」
 
 彼らを雇っている家のお嬢様が自分達の為に動いている、となると不安にもなる。
 フィオナも気持ちは分かるが、それでも……とラナ達に伝えたいことがあった。
 
「私達は当たり前でも、彼らにとっては当たり前ではない。それを忘れてはいけないのだと思います」
 
「そうしてくれると助かるかな」
 
 するとタイミングよくウェイター姿の優斗が顔を出した。
 
「向こうとこっちじゃ常識が違うからね。慣れるか慣れないかっていうのは、時間が掛かるよ」
 
 そして一生懸命飲み物を運んでいる愛奈の姿に表情を綻ばせる。
 
「でも愛奈は違う。あの子の今後の道を示すのは貴女達です」
 
 優斗がさらに言葉を続けようとする。
 だが不意に名前を呼ばれたので、仕方なさそうに笑ってフィオナに後を託した。
 
「……お嬢様。今のはどういう意味ですか?」
 
 優斗が去ったあと、ラナが先程の言葉の真意を訊く。
 フィオナは優斗と同じように柔らかい表情で愛奈を見詰めながら答える。
 
「あーちゃんは何も知らない子です。優斗さん達のように向こうの常識を持っているわけではなく、こっちの常識も持っていません」
 
 真っ白な女の子。
 それが愛奈だ。
 
「だからこそ苦労することになると思います」
 
 何も知らなければ、この世界に染まったとしても問題ない。
 けれど、だ。
 愛奈は自身を異世界人だと知っている。
 
「優斗さん達と常識の誤差があれば、彼らと同じ異世界人だからこそ不安になります。けれどこちらの常識を知らなければ、余計な軋轢を生むことになります」
 
 異世界人にしてトラスティ公爵家の次女。
 もしかしたら世界で一番特殊な事情を抱えた少女。
 
「私達はあーちゃんの成長を助けたいと思います。しかし――」
 
 立場が立場である以上、まだまだ必要としているものがある。
 
「あーちゃんを支えるのは皆さんです」
 
 不安がらないように、揺れないように。
 誰かが支えないといけない。
 
「だから私の妹を、どうかお願いします」
 
 フィオナが頭を下げる。
 と、その時だった。
 
「まだまだ慰労会は続きますが、ここで今回の慰労会の発起人である愛奈からの挨拶があります」
 
 優斗の声が響く。
 愛奈はちょこちょこと動いていたが、優斗の声に反応して皆の前に立つ。
 そしてポケットから手紙を取り出す。
 ぺこりと一礼した。
 
「えっと……あいな=あいん=とらすてぃです」
 
 皆の注目がある中、愛奈は頑張って紙に書いたことを読む。
 
「ここに来て、おかーさんができました。おとーさんができました。おにーちゃんもおねーちゃんもできました」
 
 大好きな家族が出来た。
 愛奈はニコニコしながら言葉を伝える。
 
「それでね、バルトさんたちもだいすきなの」
 
 この言葉に家臣達が嬉しそうな顔になった。
 笑顔を見せてくれるようになり、喋れるようになり、愛奈がどんな女の子なのか分かってきた。
 親身に接してきたからこそ、愛奈の言ってくれたことが嬉しい。
 
「……でもね」
 
 しかし、だ。
 続いた言葉に全員の表情が驚きに変わる。
 
「よくわからないの」
 
 愛奈も先程の嬉しそうな表情と違い、本当に分からなくて……不安がっているように思える。
 
「おにーちゃんが助けてくれるまで、ずっとくるしくて、いたくて、いやだったの。でも、ここにいると、だいすきなひとがたくさん……たくさんいて」
 
 大好きも何も知らなかった女の子。
 けれど優斗が救い、エリスが愛し、皆が愛奈を大切にした。
 だから愛奈に芽生えた大好きという感情。
 でも、だ。
 今まで一度たりとも、一つたりとも大好きがなかったからこそ、
 
「こんなにだいすきなひとがいていいのか、わからないの」
 
 不安になる。
 ゆっくりと数が増えたのではなく、いきなりたくさんの大好きが出来たから。
 こんなにも幸せでいいのかと。
 こんなにも大好きな人がいていいのかと。
 今までが今までだったからこそ芽生えた不安。
 
「…………」
 
「…………」
 
 時が止まったかと思えるほどの静寂が生まれた。
 似た境遇の優斗でさえも、どう対処すべきかを瞬時には決めかねた。
 けれど、
 
「アイナお嬢様」
 
 その中で動く姿が一つ。
 
「今、貴女が仰ったことは“無用な心配”と呼ぶものです」
 
 動いた人物――バルトは愛奈の前に立つと膝を折り、同じ高さの視線にする。
 
「“大好き”だと思えることが多いのは、良いことなのですよ」
 
「……そうなの?」
 
「ええ、もちろんですとも」
 
 バルトは朗らかな表情を愛奈に向ける。
 
「例えばアイナお嬢様は『お兄ちゃん』が大好きですが、お兄ちゃんもユウトさんやシュウさんがいるでしょう?」
 
「うん」
 
「私もトラスティ家に連なる人々はもちろんのこと、お花だって大好きです。お花はバラやチューリップ、たくさん種類がありますから私も大好きがたくさんです」
 
「……あっ、ほんとなの」
 
 バルトが育てている花の多種多様な数を愛奈は覚えている。
 だから大好きがたくさん、と言ったバルトの言葉の意味がよく分かった。
 
「それにですね。アイナお嬢様は私達のことが大好きだと言って下さった。我々がそれを駄目などと言うこともなければ、言えるはずもありません」
 
 バルトが家臣達に視線を送る。
 釣られて愛奈も見ると、皆が優しい表情を浮かべていた。
 
「なぜなら我々もアイナお嬢様のことが大好きなのです。だから不安になる必要もなければ、怖がる必要もありません」
 
 大好きな人がいて不安がる必要はない。
 愛奈が大好きな人の数だけ、愛奈のことが大好きな人々がいるのだから。
 
「アイナお嬢様が言ってくれた“大好き”は、我々を幸せにしてくれる『魔法の言葉』なのですよ」
 
 バルトはゆっくりと、そして優しく頭を撫でた。
 愛奈の表情が笑みに変わる。
 
「うんっ!」
 
 どうやらバルトの言いたいことが伝わったようだ。
 嬉しそうに頭を撫でられる愛奈。
 ほっと一安心した皆の中で、エリスは優斗に話しかける。
 
「ユウトはアイナが思っていたことを読めた?」
 
「いえ、さすがに無理ですね。まさか大好きな人が多すぎて不安になるとは思ってもみませんでした」
 
「私もよ。何て言えばいいか分からなかったわ」
 
 どうすればいいのか判断できなかった。
 
「けれど、さすがはうちの家臣ね」
 
 颯爽と愛奈の不安を解消してしまった。
 まるで誇るかのようなエリスに、優斗は確信を持って訊く。
 
「自慢ですか?」
 
「ええ、私の自慢よ。ずっと昔からね」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 優斗達の催しもついに最後。
 
「ではトラスティ家の屋台骨であるお二方にプレゼントです。ラナさん、バルトさん、一歩前にどうぞ」
 
 優斗の声と共に一歩前に出るラナとバルト。
 そして、その姿を見て飛び出すマリカ。
 
「らな~っ!」
 
 てててっ、と駆け寄って無事にラナの元へと到着。
 そして、
 
「あいっ」
 
 手に持っていた画用紙をマリカは渡す。
 
「これは……」
 
 ラナの眼が見開かれる。
 そこに描かれているもの。
 赤ん坊らしく、誰が誰とはっきり分かるようではないが、それでも理解できる。
 マリカを抱っこしているラナの姿と、家臣達が描かれていた。
 
「……どうも年寄りは涙腺が緩くなっていけませんね」
 
 思わぬプレゼントに目元を拭いながら、ラナはマリカを抱っこする。
 そしてもう一方では愛奈がバルトに花束を渡していた。
 
「えっとね、バルトさんお花すきだからプレゼントなの」
 
 数種類の花が綺麗に纏めてある。
 
「これをアイナお嬢様が?」
 
「おにいちゃんとおねえちゃんにおしえてもらったの」
 
 嬉しそうに答える愛奈。
 
「ありがとうございます。大事に活けさせていただきますね」
 
 だからバルトも同じように笑みを零した。
 
 
 
 
 
 
 
 そして全てが終わる。
 家臣達は最後の最後に渡されたプレゼントに未だ、動揺を隠せない。
 
「……我々、とんでもない代物をプレゼントされてしまいましたね」
 
「目の前で大精霊八体を召喚されると……さすがに壮大でした」
 
 優斗がさらっとやってのけたこと。
 大精霊の加護を与えた装飾品のプレゼント。
 しかも実演。
 こんなことをしていいのかと誰もが思ったが、
 
「精霊って案外、ノリが良いんですよ」
 
 と、斜め上の反応された。
 
「タクヤさんは今後も私のライバルになりそうですね」
 
 コックのロスカは未だ全貌が見えないタクヤの実力に感嘆し、さらに闘志を燃やす。
 あの異世界料理は美味しかった。
 特に天ぷらというものは、まさしく絶品。
 今度作り方を教えてもらおうと心に誓う。
 
「ラナさんとバルトさんも大喜びでしたね」
 
「家政婦長、おそらく額縁に飾りますよ」
 
「バルトさんは花瓶から選んでそうですね」
 
 意気揚々と部屋に戻っていった二人だ。
 家臣達の予想はおそらく、外れていないだろう。
 
 
       ◇      ◇
 
 
「というわけで、お疲れ」
 
 コップを合わせて打ち上げをする優斗達。
 
「まあ、楽しんでもらえたようでよかったよ」
 
 卓也が安心したように息を吐き、
 
「だわな。やってよかったんじゃね?」
 
「ああ」
 
 修と和泉がやったことに意義があったと感じて、飲み物を呷る。
 そして、ずっと気になっていたことを修は彼女に訊く。
 
「つーか、なんでアリーはメイドの格好してんの?」
 
「着てみたかったのですわ。似合っていませんか?」
 
 立って服を広げてみるアリー。
 修的には似合ってるか似合ってないかと問われれば、
 
「……いや、まあ……似合ってるからいいんじゃね?」
 
 似合ってるに一票だ。
 しかも普段と違った姿で、それもギャップがあって良い。
 けれど珍しく、修の声が小さかった。
 聞き取れる声ではあったが、アリーはもっとはっきり聞きたい。
 
「修様? 今、なんと仰いました? 声が小さいですわ」
 
「う、嘘付け! 聞こえてたろ!」
 
 ラブコメチックなやり取りをする修とアリー。
 優斗と卓也、和泉は顔を見合わせ、
 
「暖簾に腕押し状態から変わったね」
 
「アリーがイケイケになってるな」
 
「何かあったんだろう」
 
 とりあえず状況が段々と進んでいることに安堵した。
 それと同時に、とある所から寝息が聞こえ始める。
 全員で寝息の発生源を見てみると、愛奈がソファーでぽてっと横になって寝ていた。
 
「今日は頑張ったもんね、愛奈は」
 
 優斗が優しく笑って起こさないよう抱え上げる。
 
「フィオナ、ドア開けるのお願い」
 
「はい」
 
 頷いたフィオナと一緒に、愛奈を起こさないようゆっくりと部屋へ向かう。
 そして暗い部屋の中を器用に進み、静かにベッドに下ろした。
 眠っているのに満足そうな表情の妹に掛け布団を掛け、ドアを閉める間際に顔を見合わせて告げる。
 
「おやすみ、愛奈」
 
「おやすみなさい、あーちゃん」
 
 きっと今日は幸せな夢を見ていることだろう。










[41560] 外伝:fairy tale
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:e7828cf9
Date: 2015/12/16 19:48
 
 
 
 今より1000年前。
 一人の少女が一体の精霊を召喚した。
 
「おおっ、出てきた」
 
 それは今まで誰もが出来なかったこと。
 精霊王――パラケルススの召喚。
 
「へぇ、こんなおじいちゃんが精霊の主なんだ」
 
 だというのに少女は平然としていた。
 とりあえず試してみたら出来てしまった……といった様子なのにも関わらず、出来たところで当然だと思っているかのように。
 
「ねえ、パラケルスス」
 
 少女は呼び出した存在に対して、笑みを浮かべて左手を差し出す。
 
 
「私と契約しよう」
 
 
 これが後の世に伝説となった『大魔法士』と呼ばれる少女――ミラージュ聖国王女マティス=キリル=ミラージュとパラケルススの出会いだった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 巻き込まれ異世界召喚記~外伝~
 
『 fairy tale 』
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 とある世界の、とある空間。
 パラケルススは昔を思い返し、懐かしさに目を細める。
 自分を従えようとする人間がいるなど、考えもしなかった。
 だから言ってやった。
 
『ならば力でまずは従わせてみたらどうかの?』
 
 本当に契約するに足る存在なのかどうかを。
 自分と契約できるほどの常識外な少女なのかを見極める為に。
 すると、だ。
 少女は目を輝かせ、いきなり神話魔法を放ってきた。
 躊躇も何もなく楽しいとばかりに戦う。
 本当に変な少女だった。
 
「どう? 私は貴方の契約者に足る存在かな?」
 
 縦横無尽に暴れ、周囲を焼け野原にしたあとに笑みを零しながらの言葉。
 パラケルススは呆れたように首を縦に振った。
 
『よかろう。儂の契約者としてお主を認めよう』
 
 愉快だと思った。
 別に人間と契約することを忌避しようとは思っていない。
 だから、この少女とパラケルススは契約をした。
 
『……しかしのう』
 
 パラケルススは苦笑する。
 それからは初めてばかりの日々で、本当に驚きの連続だった。
 
「あっはっはっはっはっ!! 四竜如きが私に敵うとでも思ったか!?」
 
 高笑いを上げながら四体の竜を相手に啖呵を切り、
 
「手加減する相手を間違えたね、フォルトレス」
 
 強大な存在を前にして尚、余裕を崩さない。
 
『まこと、剛胆な女子であったな』
 
 生まれながら精霊に好かれ、独自詠唱の神話魔法を操る。
 まったくもって王女らしくなかったが、それでも皆が彼女を好いていた。
 異常な力を持っているが故の恐れを尊敬に変え、常識外の存在であるからこその畏怖を憧れとさせた。
 それだけの魅力がマティスにはあった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 しかし、だ。
 
「この歳になると、やっぱりパラケルススとの付き合いが一番長いんだよね」
 
 人間であるからこそ老いがあり、生命に限りがある。
 昔のように暴れられないから、今は会話の相手をすることがパラケルススにとって主な出来事だ。
 
「次に旦那が長い付き合いだけど……まあ、私らしいか」
 
 樹に寄り掛かり、ひなたぼっこをしながらマティスは小さく笑う。
 契約をしてから60年。
 たくさんの問題を起こして、たくさんの問題を精霊の主と共に解決してきた。
 小さな事も、大きな事――世界だって助けた。
 
「ねえ、パラケルスス。私、そろそろ死ぬよ」
 
『そうか』
 
 姿形が変わらぬ精霊と、老いて様相が変わったマティス。
 それが人間というものだとパラケルススも理解している。
 だから何を言うわけでもない。
 
「いずれ私と同じような人間が現れる。だからさ、その時はまた力を貸してくれないかな? その時も問題とかたくさん出てくるだろうし」
 
『どうかのう。契約者殿のような存在は二度と現れぬような気がするが』
 
「だいじょうぶ。10年後か、100年後か、それとも1000年後かは分からないけど、またパラケルススと契約できる人間が現れるよ」
 
 確信しているかのように、皺を深くし笑むマティス。
 
『契約者殿得意の運命論というやつか?』
 
「そうだね」
 
 素直に頷いて、マティスは言う。
 
「ねえ、パラケルスス。私と契約して楽しかった?」
 
『契約者殿ほど愉快な人間はそうそう、いないと思うがの』
 
 本当にそう思う。
 出会いからして破格だった。
 やること為すこと、全てがとんでもなかった。
 これも一重にマティスと契約したからこそ経験した出来事。
 故に目の前にいる契約者と過ごした日々は、本当に愉快だったとパラケルススは断言できる。
 
「なら、よかった」
 
 マティスは朗らかに笑い小さく目を瞑る。
 そして懐かしむかのように昔日の記憶を紡いだ。
 共有している体験を。
 同じく経験している出来事を。
 惜しむのではなく、楽しかったと再確認する為に。
 
 
 
 
 それから数日、パラケルススとマティスの契約が終わった。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 そして10年、100年、1000年と時が経ち。
 
「……マジで?」
 
 マティスと同種の人間が現れる。
 パラケルススの前にいるのは、僅かに呆然としている少年。
 
「えっと……これって本物の詠唱だったの?」
 
 精霊の主が現れたというのに、少年はパラケルススではなく詠唱の真偽に驚いていた。
 パラケルススは人間の世界に興味はない。
 けれど、己がどのように扱われているかは理解していた。
 それが1000年経とうと変わることがなかったことを知っている。
 
 だからこそ、だろう。
 
 少年は少女と“同じ”だと思った。
 パラケルススが初めて契約した少女――マティスと。
 
『――――――』
 
 その時、ふわりとパラケルススに近寄るシルフの姿があった。
 彼女の言葉に精霊王は素直に頷く。
 
『そうさな。契約者殿はマティスと同じだの』
 
 性別は異なり、生まれた場所どころか世界すら違う。
 それでも少年は少女と同じように、精霊を従わせるに頷ける存在。
 パラケルススは横目で視界に映る火の大精霊を見る。
 
『それでイフリートはなぜ、落ち込んでいる?』
 
 まったくもって火の大精霊らしくない。
 するとシルフが困ったような表情になった。
 
『なるほど、契約者殿にあまり使役されていないか』
 
 確かにとパラケルススは頷く。
 と、さらにイフリートからの訴えがある。
 
『というかシルフばかりずるい? いや、仕方なかろうて。契約者殿と一番相性が良いのはシルフだ』
 
 風と相性が良い今代の契約者。
 だからこそシルフを好んで使役している。
 
『まあ、アグリアやウンディーネ、ファーレンハイトは奥方と相性が良いからの。特に不満もあるまいて。ノームは子供に人気だから契約者殿も頼りにしているし、トーラも契約者殿が信頼しているのはよく分かる。エレスは契約者殿がマジギレした瞬間、最良の存在に変わるからのう』
 
 おおよその役割分担がある。
 しかし、
 
『お前は規模と結果が危ないだけに契約者殿も扱い辛いのだろう』
 
 マティスは暴れん坊というか、しょっちゅう周囲を破壊しながら敵を倒していただけに、イフリートを好んで使っていた。
 今代も戦う場所が荒野とかなら、また話は別なのだろうが。
 
『それに自分の扱いが悪いと言うが儂などクソジジイと呼ばれることもあるのだから、お前はまだ丁寧に扱われているの』
 
 それは昔も今も変わらない。
 先代の時は、
 
「おいこら、そこのクソジジイ。ちゃんとこっち向いて喋れ」
 
 話をしよう、と言ってきたが面倒だったので無視したらいきなり呼ばれた。
 今代は勝負を吹っ掛けたら、
 
「こん……のクソジジイ! いきなり勝負とか頭おかしいだろうが!!」
 
 そう叫んで神話魔法をぶっ放してきた。
 
『本当に懐かしいと思わされる。この儂をクソジジイと呼ぶなど、あの二人しかおるまいて』
 
 精霊の王たる自分をボロクソに言えるなど、まさしくマティスと今代の契約者――優斗だけだ。
 パラケルススはふっ、と笑う。
 
『マティスよ。お主の予感は当たり、儂は再び契約者を得た』
 
 再び己と契約できる人間が現れた。
 
『お主とは違うが、それでも“同じ”だと言える新たな契約者殿をな』
 
 彼女と同様に敵を圧倒し、同じように問題ばかり抱える。
 本当に困ったような存在だ。
 
『だからこそ、言えるのう』
 
 彼女に伝えられることがある。
 
 
『儂は今、愉快だぞ。“契約者殿”』
 
 
 



[41560] 才能の有無
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:2f2f7949
Date: 2015/12/17 20:35
 
 
 
 才能がないことは知っている。
 自分が師事している人にも断言された。
 
「才能はないよ」と。
 
 けれど、そのことに落ち込むことはない。
 昔は精霊術を使えたところで、そよ風程度だった。
 昔は魔法だって、同じ魔法なのに皆より威力が低かった。
 それでも『強くなりたい』と。
 ずっと思ってきた。
 もう“誰かに守られなくてもいい”ぐらいに。
 頑張って。
 努力して。
 
 強くなると決めた。
 
 だからこそ、あの人との出会いは幸いだった。
 最初から舐めた口を利いて、喧嘩を売り、すぐにやられた。
 そして押しかけるように勝負を挑んではやられていると、色々と教えてくれるようになった。
 繰り返していると、気付けば弟子のようになっていた。
 出会った頃は四代属性の中級魔法を使えていた自分は、師事している人のおかげで風の上級魔法を使えるようになり、もっと凄い魔法も教えてもらえた。
 
「才能なんてものは問題じゃない。自分は出来ると信じて、壁を乗り越えることだよ」
 
 もちろん、ただ努力するだけは足りない。
 才能ある人間と同じようにやっては、実力差がつく。
 別のやり方で、才能者以上のことをやっていかなければならない。
 もちろん自身が望むからといって、平然と限界まで追い詰める指導をすることは人によって最悪だと言うだろう。
 
 ――けれど自分にとっては。
 
 
       ◇      ◇
 
 
「おっ、へっぽこキリアじゃねーか」
 
 放課後にギルドへと歩いている優斗とキリアに対して、とある男が馬鹿にするように声を掛けてきた。
 だが二人は今、それどころではない。
 
「……あのね。無理をするのと、無茶をするのと、無謀をするのは違うっつってんでしょ。キリアがさっきから言ってるのは無謀。だから駄目だって言ってるんだよ」
 
「なんで無理するのと無茶するのはいいのに、無謀だけは駄目なの?」
 
「無理をするっていうのは、自分がきついと感じるぐらいまでやってるってこと。無茶をするっていうのは自分を度外視した行動を取るってこと。無謀っていうのは、ただの考え無しの馬鹿がやること。分かった?」
 
 半眼で蔑むようにキリアを見る優斗。
 
「……要するにわたしのこと、馬鹿って言ってるのね?」
 
「要しなくても直球で馬鹿って言ってるんだよ、大馬鹿」
 
 そして優斗はキリアの頭をチョップするが彼女は堪えない。
 
「とりあえず行ってみて、それから考えればいいじゃない」
 
「行かなくてもこれぐらいは最低限分かれ。上級魔法を使えようと何だろうと、キリアの場合はまだ死ぬ可能性が高いから駄目だって何度言ったら分かるのかね。考えて行動しろって口酸っぱく言ってるのに、未だに君の脳みそは僕の言葉が刻まれないのかな?」
 
 近くで変な男があれこれ言っているような気もするが、どうでもいい。
 キリアが優斗を睨み付ける。
 
「……相変わらずムカつくわね」
 
「馬鹿なことを言わなきゃ、こっちだって説教しない」
 
 まるで一触即発のような雰囲気。
 けれど先程から何かを言っている男が少しだけ、声を大きくした。
 
「お、おい! オレを無視す――」
 
「うるさい!」
「うるっさいわね!」
 
 その瞬間、思い切り怒鳴られる。
 思わずビクっとする男に対して、優斗は容赦なく問い詰める。
 
「さっきから何? 説教の邪魔なんだけど」
 
 ごちゃごちゃ言っていたみたいだが、何なのだろうか。
 
「い、いや、その……へっぽこキリアがいるから」
 
 ちらりと男がキリアを見る。
 だが優斗には何一つ関係ない。
 
「いるから何なのかな? 早く言ってくれない?」
 
「だ、だから……」
 
 優斗の迫力に押され、上手く言葉に出来ない男。
 
「こっちは何だって訊いてるんだよ。どもってる暇があったら早く言って、説教の時間が削れて時間の無駄。それともあれかな? へっぽこキリアがいるから馬鹿にしようと思って声を掛けたとか、そんな馬鹿なことを言うつもり?」
 
 彼の言っている“へっぽこキリア”はよく理解できないが、少なくとも貶しているであろう言葉だ。
 だからそう言ったのだが、どうやら当たっているらしい。
 男が目を見開いた。
 
「あのね、こっちは君が邪魔でうるさいって言ってるのが分からない?」
 
「わたしだって先輩をどうにか説得しないといけないんだから邪魔なのよ」
 
 そこにキリアの追撃が入った。
 だが、
 
「……へぇ。すっとぼけたことを言うね、キリア。僕に対して説得なんて出来ると思ってるの? 余計な邪魔まで入れといて、ふざけたことを抜かしてくれる」
 
「はあっ!? そっちこそふざけてるじゃない! そこの馬鹿がわたしに喧嘩売ってきてるだけでしょう!? っていうか普段は先輩のほうがよっぽど喧嘩売られてるし、どの口がほざくのよ!!」
 
 さらに激しく口論する二人。
 男は呆気に取られ……ついでに完全無視される。
 というわけで、肩をがっくり落として去って行った。
 
 
       ◇      ◇
 
 
「っていうことが昨日、あったのよね」
 
 学院の昼休み。
 キリアはサンドイッチを片手に、中庭でラスターに昨日の出来事を話していた。
 
「……世の中、ミヤガワと言い合える奴なんてそうそういないぞ」
 
 中身を知って尚、刃向かうなんて大したものだとラスターは思う。
 
「昨日は結局どうしたんだ?」
 
「言い合いに負けて、先輩に訓練でボッコボコにやられたわよ。それでね、倒れてる最中に言うのよ。『その程度でCランクの魔物を一人で倒すとか考え違いも甚だしいね』って」
 
 昨日、言い合っていたのはキリアが『一人でCランクの魔物を倒したい』と言ったことから始まった。
 それを優斗が否定し、キリアが反論し、言い合いへと発展。
 しかし相手が弟子もどきとはいえ、言い負かした上にボコボコにするとは、
 
「……鬼だな、あいつ」
 
 何一つ甘くしない。
 彼女もそれは分かっているし、何よりも優斗が否定した理由も今は分かっている。
 
「とはいえね、先輩が許可しないってことはまだ無理なのよ」
 
「なんだ。案外落ち着いてるな」
 
 ラスターが拍子抜けしたような表情になる。
 
「言い負かされてボコされた後には理解したわ。で、それを伝えたら『気付くのが遅い』って追加口撃。ヒートアップするのはわたしの欠点ね、ほんと」
 
 前々から優斗に言われているが、未だに直りきってはいない。
 しかし前よりは進歩はある。
 
「先輩に教えてもらってると、強くなっていく感じがよく分かるわ」
 
「……ボコされてるのにか?」
 
「そうよ。何か問題ある?」
 
「問題しかないように思えるが」
 
 ラスターが呆れる。
 と、そこに優斗がやって来た。
 
「ごめん、待たせたね二人共」
 
 そして持ってきた弁当箱を開いて食べ始める。
 
「あれ? なんか中身が可愛らしいけど、それってフィオナ先輩が作ったの?」
 
「そうだよ。朝に渡されたんだ」
 
 キリアの問いにニコニコと笑みが零れる優斗。
 
「じゃあ、その卵とウインナー貰ってもいい? こっちは卵サンドあげるから」
 
「はいはい。あとでフィオナに感想言ってあげてね」
 
 早速、物々交換し始める二人。
 昨日の遺恨など残っているわけもなかった。
 
「ラスター君はいいの? フィオナ先輩の作った料理よ、これ」
 
「いや、いい。フィオナ先輩は超絶に可愛いというのは変わらないが、それ以上に怖い。不用意な行動をするのはやめたほうがオレの身のためだ」
 
 あの時のフィオナは本当に怖かった。
 だから迂闊に行動はしたくない。
 
「そういえばマジギレされたって言ってたものね。嫌われてる……っていうわけじゃないでしょうけど、仕方ないわね」
 
「フィオナはもう大丈夫なんだけどね。ラスターはマリカに嫌われてるから」
 
「マリに? どうして?」
 
 キリアも弟子もどきである以上、マリカとは普通に面識がある。
 というより「りあ~」などと呼ばれて、抱きつかれたりもしてる。
 そんなマリカが人を嫌うなど、そうそうあるとは思えなかった。
 
「家族団らん邪魔して、フィオナ不機嫌にして、マリカに無理矢理食べ物を押しつけたから」
 
「……ラスター君。マリに何やってるの?」
 
 キリアが馬鹿にするような目つきになった。
 
「あ、あの時のオレは盲目だったんだ! 今となってはトラウマに近いんだぞ!」
 
 フィオナにマジギレされるわ、赤ん坊からは嫌われるわ、優斗には色々言われるわ、良いことがなかった。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 そしてくだらない話をしていると、目の前で歩いている少年を追いかけている少女の姿がある。
 
「ちょっと待ってください、ヒューズ君!」
 
「……ん? どうした、委員長」
 
 名前を呼ばれて振り返る少年。
 優斗はその光景を見て、
 
「ああいうのって、なんか青春って感じがするね」
 
 ほのぼのした気持ちになる。
 
「声を掛けながら追いかけて、相手が振り向くっていうのが青春だよ」
 
「確かに分かる」
 
「そうかしら?」
 
 頷いたラスターと首を捻ったキリア。
 
「二人も似たようなこと、やったことないの?」
 
 優斗は話の流れで訊いてみる。
 
「…………」
 
「…………」
 
 先程の光景を自分達に置き換えるキリアとラスター。
 
「わたし、ラスター君だったら振り向いた瞬間に魔法ぶち当てにいくわよ」
 
「オレもキリアだったら避ける準備を整えて振り向くな」
 
「……なんというライバル関係」
 
 訊く相手を間違えた。
 優斗と修のような関係とは違えど、この二人も間違いなくライバル関係。
 色っぽい話など一切ない。
 むしろ訊いたこと自体が馬鹿だった。
 なので優斗は再び、先程の少年と少女に眼をやる。
 すると少女のほうがヒートアップしていた。
 
「だから、なんでやる気がないんですか!?」
 
「つまらないんだよ」
 
「そんなことで才能を無為にするつもりですか!?」
 
 気怠げな少年に向かってあれこれと言う少女。
 だが、自分だけは埒があかないと思った瞬間に周囲を見回す。
 そして先輩である優斗達を見つけた。
 目つきは“味方になってくれるだろう”という期待を持った視線。
 
「突然申し訳ありませんが、先輩達からも言ってもらっていいでしょうか?」
 
 いきなり話しかけられ、優斗達は顔を見合わせる。
 
「……どうしてこうなったのかな?」
 
「先輩の所為でしょ、どうせ」
 
「違うよ」
 
「だったらラスター君の所為ね」
 
「そうしようか」
 
「……おい」
 
 流れるような優斗とキリアの会話に、最後ツッコミを入れるしかないラスター。
 しかし頼りにされたのだからと、ラスターは話を聞く。
 この中で一番律儀だった。
 
「それで、どういうことなんだ?」
 
「ヒューズ君は五年に一人の才能の持ち主って言われてるんです! それを『つまらない、やる気がない』と言って腐らせるなんてもったいないと思いませんか!?」
 
「……いや、思いませんかと言われてもな」
 
 また厄介なことを言われた。
 ラスターが難しい顔をしながら答える。
 
「ヒューズ君とやらの才能なのだろう? だったら彼の自由だと俺は思うんだが」
 
 生かすも殺すも彼次第ではないのだろうか。
 けれど少女はそう思っていないらしい。
 
「才能があるものは、それをやるべきです! 才能の無い者が嘆いているのに、それを尻目に才能のある者がやる気ないなど言語道断です! だから才能を持つ人は相応の責任があると思います!」
 
 一息に力一杯言われた。
 とりあえずキリアは優斗に尋ねる。
 
「先輩。そんなものあるの?」
 
「あるわけがない。才能なんて自分で決められないのに、他人が欲した才能を持っているだけで責任が発生する意味が分からない。それにやることが才能で決まる世の中だったら、僕だってキリアだって立つ瀬がないよ」
 
「特にわたしはそうよね」
 
 鬼のような……もとい、鬼すら逃げるような訓練をしているキリアにしてみれば“才能”なんて言葉で全てを決めて欲しくない。
 しかし少女にとっては想定外の反応。
 
「なっ!? なんでそんなことを言うんですか!?」
 
「この二人は君と真逆の人間だから意見を求めたら駄目だと思うぞ」
 
 ラスター的には本当にそう思う。
 才能に真っ向から勝負を挑んでいる二人だ。
 
「どういうことですか?」
 
 少女が訊いてきた。
 なので、優斗とキリアはとりあえず言ってあげる。
 
「才能という壁があるのなら」
 
「ぶん殴って」
 
「蹴り飛ばして」
 
「「 ぶっ壊す 」」
 
 最後は揃った。
 ラスターは相変わらずの二人に苦笑し、
 
「このような二人だ。才能なんてどうでもいいと思っている」
 
 けれど少女は納得がいかないらしい。
 
「努力したところで、真に才能ある人には届きません」
 
 いわゆる天才と呼ばれる人種には努力などしたところで敵わず、無意味。
 少女はそう言っている。
 だが優斗は首を捻った。
 
「どうにも考えが平行線を辿っちゃうね。こっちは才能関係ないと思ってるから」
 
 優斗としては“才能”なんてものは問題にならない。
 当人が本当に欲しているのならば、才能なんてものは蹴散らすべきだと考えている。
 
「努力は必ず報われるなんて、甘いことを言うつもりですか?」
 
 胡散臭げな目つきになる少女。
 だが優斗は首を振った。
 
「それこそ甘いことを言ってるね。頑張ってるから報われる……なんて本当に甘い。死ぬ気でやってるんだから報わせるんだよ」
 
 なぜ“報われる”なんて他人任せな出来事のように言うのだろうか。
 
「偶然だのタイミングだの、その程度のものに左右される努力はやらないほうがいい。後悔にしかならないよ」
 
「そ、それこそ甘い考えです! 死ぬ気でなんて誰だって――」
 
「やってないし、出来るわけがないよ」
 
 反論しようとした少女に優斗は優しい口調で言葉を被せた。
 
「誰だって出来るような努力を『死ぬ気』とは言わないかな」
 
 なぜそう言うのか、彼の意図をラスターは理解できる。
 優斗自身がそうだったのだろうし、現在においてはキリアもヤバい領域に入っている。
 
「……ミヤガワ。言いたいことは理解できるが、お前がキリアにやってることはありえない」
 
「かもしれないね。ほとんどの人は一日で逃げ出すレベルだし」
 
「この前、最悪レベルのやつを見たが俺は絶対に逃げ出す。あれは女の子に対してやることじゃない」
 
 時たま見ていた訓練は温かった。
 普通の人なら心が折れそうなぐらいの駄目出しをしているというのに、全力でキリアを潰している訓練は想像以上だった。
 あれはもう訓練に見えない。
 立ち上がらなければ絶対に死ぬという状況で、優斗は躊躇なく魔法を放つ。
 キリアは立つことすら困難な状況なのに、だ。
 僅かでも間違えれば確実に殺している。
 あまりにも恐ろしい光景にラスターが口を出すと、
 
「キリアの目が死んでいない以上、余計な世話だ」
 
「…………邪……魔よ」
 
 冷酷な言葉と共に、息も絶え絶えでかろうじて聞こえる言葉がラスターに届いてきた。
 彼だってキリアが望む場所は知っている。
 けれど、だ。
 ここまでやらねばならないのかと痛感させられるほどの光景だった。
 そんなありえないものを脳裏に思い浮かべているラスターの前には、
 
「これでもちゃんと傷を残さないようにしてるよ。仮にも女の子だし」
 
「そうなのよね。だからわたしの身体、傷一つ残ってないの」
 
 のほほんとした様子の師弟もどき。
 
「そういう問題じゃない。常識がおかしい、お前らは」
 
 ラスターが言うと、優斗とキリアは揃って同じ言葉を返した。
 
「「 常識なんて投げ捨ててるけど 」」
 
「ハモるな!」
 
「いや、だって才能無い人が常識持ってどうするの?」
 
 同じ事をしたところで“才能”という絶対的な壁があるのだから、勝てる訳がない。
 だから優斗は平然と常識を無視し、キリアに無理をさせるし無茶もさせる。
 
「そうよ。わたしみたいのが常識に沿ったら駄目だって、最近実感してるんだから」
 
「……キリアも少し前までは常識的だったんだが」
 
 人より自身を追い詰めているキリアだったが、それでも常識の範疇だった。
 しかし今の彼女はラスターが絶句するほどのことをやっている。
 
「誰がわたしを指導してると思ってるのよ。普通に常識ぶっ壊れるわ」
 
 キリアが隣の常識外を示す。
 
「…………そうだよな。ミヤガワなんだよなぁ」
 
「先輩ってだけで頭おかしいって分かるじゃない」
 
 どうしようもないと思ったラスターと、優斗だからこそ当然だとばかりのキリア。
 何にしろ、かなり失礼なことを言っている。
 と、ここで委員長と呼ばれた少女を無視してしまったことを思い出す。
 
「すまないな。少し内輪で話した」
 
 ラスターが謝るが、少女は優斗達の会話に困惑した様子だった。
 平然と才能という言葉を無視するのだから、意味が分からない。
 狼狽えたような表情の少女にその時、少年が声を掛けた。
 
「委員長、その、大丈夫か?」
 
 展開の意味は分からないが、とりあえず少女が可哀想だと思ったので話しかけたようだ。
 確かに少女が助けを求めた相手は大いに間違っていると言っていい。
 
「えっと……すんません。変なことに巻き込んじまって申し訳ないっす」
 
 優斗達に頭を下げた。
 しかしラスターが軽く手を振り、
 
「いや、気にしないほうがいい。この二人は論外だからな。さらには口も達者で詐欺師のような奴がいるのだから、断言されても無視するぐらいが丁度良い」
 
 言葉の応酬に関して言えば学院で一、二を争うほどの奴だ。
 ミエスタ女王とも冗談とはいえ、ラスターが冷や汗出そうなほどのやり取りをしていた。
 
「だが彼女のように心配してくれる同級生がいるというのは良いことだと思うぞ」
 
 ラスターは少女を見ながら、うんうんと頷く。
 けれど少年は先程の会話を聞いて、気になったことを尋ねる。
 
「ちょっと訊きたいんすけど……俺って結構どうでもいいんすか?」
 
 視線の先にいるのは最上級生。
 才能などどうでもいいと言い放った人物。
 
「えっと……ヒューズ君だったよね」
 
「はい」
 
 頷く少年に優斗は逆に問いかける。
 
「それってどういう意味?」
 
「……俺、リライトには絶対に必要になるとか、色々と言われてるから……その、ええと、俺って必要とされてるんじゃないかと思ったんす」
 
 彼の言葉に優斗はふむ、と腕を組む。
 
「やる気ない奴が“どこ”で必要になるのか、ちょっと分からないかな」
 
 今のところ、リライトが人員不足で困る状況はない。
 むしろ続々と洒落にならない連中が集合している。
 
「ヒューズ君はどうしてやる気がないの?」
 
「なんていうか、つまらないんす。今んとこ、全力出さなくても同学年で俺に敵う奴はいないっすから。だから授業出る意味があんのかなって」
 
「けれど上級生だったら君を倒せる人が結構いると思うよ」
 
「……えっ?」
 
 本当にビックリした顔になるヒューズ。
 確かに気持ちは分からなくもない。
 才能があり、同学年で誰も敵わないのであれば自分が一番強いと思っても仕方ない。
 
「この学院ってね、とんでもない人が多いんだ」
 
「筆頭が何言ってるのよ」
 
 キリアが冗談交じりに言葉を挟む。
 なので優斗も同じように冗談を交え、
 
「それにね、どこかの馬鹿な先輩も『わたしが一番強い!』とか言って、ボコされた経緯があるんだよ」
 
 後ろからボコされた奴の睨み付けるような視線を感じるが、ボコした奴は軽く受け流す。
 そんな馬鹿なやり取りの最中、ヒューズは若干信じ切れていないような感じで優斗に尋ねる。
 
「……本当に俺、勝てないんすか?」
 
「勝てないよ」
 
 断言した。
 
「だったら、その……俺より強い人と戦ってみたいっす」
 
 ヒューズが右手を軽く握りしめながら言った。
 興味を示した瞳が優斗達を見据える。
 実感してみたいのだろう。
 自分より強い人間がいることを。
 だからこそ身構えたのが一人いる。
 
「先輩、これってわたしがやるのよね?」
 
「別にキリアでもいいんだけど……今日は僕が相手をしようかな」
 
 師匠もどきの発言に弟子もどきがきょとん、とした。
 
「あれ? 珍しいわね。絶対わたしに投げられると思ってた」
 
「彼が敵わない存在を証明するわけだしね。キリアだったら微妙にどうなるか分からないし、分かり易いほうがいいと思って」
 
 確かに、とラスターが頷いた。
 
「貴様ほど適任はいないな」
 
「というわけで僕が相手をするよ」
 
 剣も持たず、弁当箱を片手に持ってヒューズの前へと立つ優斗。
 あまりにも戦おうとする出で立ちではないため、ヒューズが少し狼狽えた。
 
「えっと、その……本当にいいんすか? 俺、強いんすけど」
 
 少なくとも武器か何かは持ったほうがいいと思う。
 けれど優斗はにっこり笑って告げた。
 
「大丈夫だよ。先輩だからね」
 
 
 



[41560] 師匠と弟子と――
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:2f2f7949
Date: 2015/12/17 20:36
 
 
 
 片や剣、片や弁当箱を持った二人の相対。
 困惑している様子の少年だったが、覚悟を決めて飛び込む。
 
「いくっす」
 
 右手に持っている剣を左脇に収め、左から右へ真横に薙がれた一撃。
 それなりの速度を持った剣閃だが、全力でないのは目に見えて分かる。
 
「舐めちゃいけないね」
 
 優斗は彼が振り切る前に足を払う。
 ヒューズの身体が一瞬の浮遊と同時に傾き、剣閃もずれる。
 
「――ッ」
 
 しかしヒューズは反射的に軌道を修正し、当てに入った。
 
「おおっ」
 
 感嘆の声が優斗からあがる。
 だが声とは裏腹に一歩前へ踏む込むと、弁当箱を持っている右手で器用にヒューズの右手を掴む。
 
「……えっ?」
 
 振り抜こうとしていた腕が止まった。
 優斗は倒れていくヒューズをゆっくりと地面に下ろす。
 
「あそこから軌道修正するなんて、さすがの才能って言ったほうがいいのかな」
 
「…………」
 
 気楽な優斗とは対象に、呆然とした面持ちのヒューズ。
 しかしすぐに立ち上がり、
 
「すんません先輩。オレ、本気でいかせてもらうっす」
 
 気合いを入れ直し、詠唱する。
 今、目の前にいる先輩が強いのは分かった。
 だから余裕を持たれているというのも理解できた。
 
「求めるは雷帝、瞬撃の落光」
 
 ヒューズは現れた魔法陣に剣を突き刺すと、次第に剣が雷を帯びていく。
 その光景に少女が大いに慌てた。
 
「は、早くやめさせて下さい! 死んじゃいます!」
 
「大丈夫よ。ちゃんと死なないように手加減してあげてるから」
 
 キリアがさらっと言葉を返す。
 すると少女が目を丸くして驚いた。
 
「……えっ?」
 
「えっ?」
 
 彼女の反応にキリアも驚く。
 どういうことなのだろうか、今の反応は。
 キリアは少々考え、
 
「……もしかして先輩が死んじゃうって思ったの?」
 
 質問すると少女はこくん、と頷いた。
 だがキリアは無理だとばかりに手を大げさに振った。
 
「あれくらいで死ぬなら、わたしがとっくに殺してるわよ」
 
「ミヤガワも同じ事が出来ることだし、問題はないだろう」
 
 確か世界闘技大会で同様の技をやってきた。
 
「っていうか貴女達、上級生にどういう人がいるのか知らないの?」
 
「……ヒューズ君が興味なくて、あんまり詳しくは。アリシア様がいるぐらいです、知ってるのは」
 
 と少女は言うが、いくらなんでも知らなすぎだ。
 
「上級生と戦ってみれば、やる気の無さも一発で解消したでしょうに」
 
 特に三年生はとんでもない奴の集まりなのだから。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 魔法を帯びた剣を前にして、未だ弁当箱が相対者の右手には存在している。
 正直、間抜けな光景だった。
 
「えっと、その、俺がここまでやってるんだから先輩も剣を持ったほうがいいと思うっす」
 
「どうして?」
 
「いや、だって危ないっすよ!」
 
 斬られるだけじゃない。
 魔法によって帯びた雷が身体を貫く。
 明らかに通常よりも危険な領域だ。
 
「だから、どうしてかな?」
 
 けれど優斗は首を傾げる。
 
「君の才能の程度は大体分かったけど……分かった上で剣を持つ必要を感じてないんだよ」
 
 弁当を持った右手で優斗はヒューズを指差す。
 
「才能と実力は別物。才能があるからって『強い』だなんて勘違いしないほうがいいよ」
 
 あくまで才能は才能。
 持って生まれたものだとしても、育てなければ『強い』わけではない。
 
「才を力に変えてこそ意味があるって知らないとね」
 
 言いながら優斗の脳裏に思い浮かぶは……親友の一人。
 
「……そうなると、あいつは本当に何て言えばいいのか」
 
 勝ちたいと願っただけで上がる実力。
 至上の才と言っても過言では無い。
 
「先輩?」
 
 突然呆れた様子の優斗をいぶかしむヒューズ。
 
「いや、何でもないよ」
 
 苦笑して優斗は構えた。
 一息を入れ、
 
「とりあえずだけど、言ってあげるね」
 
 相対する少年に対して色々な台詞を考える。
 そこから一番この場に適してるっぽいのをチョイスした。
 
「現状がつまらないと思うのなら、そろそろ大海を知ろうか才能者」
 
 笑みはそのままでありながら、出てくるのは挑発的な言葉。
 
「来なよ。三秒で終わらせてあげるから」
 
 
       ◇      ◇
 
 
「シュールな光景よね」
 
 雰囲気と何一つ合致しない弁当箱。
 あれだけが異彩を放っている。
 
「あいつ、なぜ弁当箱を持ったままやってるんだ?」
 
「どこかに置くのを忘れただけじゃないの? それで相対しちゃったから『このままでいいや』とか考えてそう」
 
 もしかしたら武器として考えているのかもしれない。
 ……弁当箱を。
 
「すっごく間抜けな絵面ね。弁当箱持って決め台詞とかアホっぽいわ」
 
「……キリア、本当にミヤガワの弟子もどきだよな」
 
 毒舌のスキルが大いに成長している。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 来いと言われたのにも関わらず、ヒューズは一向に動けなかった。
 さっきまでとは違う、少し気合いを入れただけの優斗を見て脂汗がだらだらと流れる。
 
「…………」
 
 自分は才能があると言われ続けてきた。
 目の前にいる先輩にだって当然、勝てると思っていた。
 でも、そんな自分の勘違いが今更ながらに馬鹿馬鹿しい。
 
「……っ」
 
 どうしようもなく恐怖を感じる。
 立ち姿は隙だらけにしか見えない。
 どこから攻撃をしても当てられそうな感じはする。
 なのに倒せるイメージが何一つ沸かない。
 剣を振るった瞬間には、やられる映像が脳裏にありありと出てくる。
 
「来ないの?」
 
 笑みを携えたまま尋ねてくる。
 だが、駄目だ。
 足が動いてくれない。
 自分の感覚が『挑んでは駄目だ』と最大限の警報を鳴らしている。
 勝負をする時、大抵は見ただけで強さが理解できた。
 けれど目の前にいるのは底が知れない。
 どれだけ強いのかも分からない。
 
「お~い、動かないと勝負にならないよ」
 
 弁当箱をぷらぷらとさせる優斗。
 ヒューズは『馬鹿にしてるのか』……と思うことも出来なかった。
 余裕綽々で相手をされている理由が本当によく分かる。
 目の前にいるのは化け物だ。
 同じ人間なのかと疑いたくなってくる。
 本気なんて出さずとも、全力なんて見せずともこっちは理解させられる。
 こんな相手に自分が全力を出さないとか、馬鹿の極みだ。
 出したところで無駄だというのに。
 
「…………駄目だ」
 
 腕に込めていた力が抜ける。
 
「………………俺の負けっす」
 
 帯びさせた魔法を消し、鞘に剣を収める。
 優斗がわずかに目を見張った。
 
「ふむ。さすがって言っておこうかな」
 
「勘弁してほしいっす。先輩の言っている意味がよく分かったっすから」
 
 先ほどの「大海を知ろうか」という言葉。
 確かに自分は井の中の蛙だったらしい。
 こんな近くに、どうしようもないぐらいの存在がいた。
 
「あの、一つ訊いていいすか?」
 
「いいよ」
 
「何でそんなに強いんすか?」
 
 純粋に興味があったのでヒューズは尋ねる。
 問いかけられたことに対して、優斗は小さく笑った。
 
「頑張ったからかな」
 
「そうっすか」
 
 軽く答えられたことにヒューズも笑んだ。
 柔らかい空気が二人の間に満ちる。
 やっと弁当箱が雰囲気に合った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「戦わずに先輩の強さが分かるって凄いわね、あの子」
 
 キリアはやったところで一切、全く、何一つ分からなかったというのに。
 感心した様子のキリアとは逆に、少女で驚愕の表情になっていた。
 
「あ、あの先輩って凄い才能の持ち主なんですか?」
 
「さあ? 少なくとも五年に一人の才能とかは持ってないと思うわ」
 
 当の本人が分からないと言っていた。
 ただ、経緯を考えるにそこまでの才能は無かったと優斗自身は考えている。
 
「で、でもヒューズ君が戦う前に負けを認めるなんて――」
 
「それがさっきの答えよ」
 
 才能なんて関係ない。
 死ぬほど努力をすれば、自身の限界だって凌駕できる。
 
「あの人の存在がわたし達の根拠なの」
 
 キリアが自慢げに話す。
 少女は優斗を視界に収め、何とも言えない表情になる。
 
「ヒューズ君が敵わないほど努力をした人なんですか?」
 
「そうよ」
 
 キリアは頷いて優斗を見た。
 
「時々ね、努力できるのも才能だって言う人がいるのよ」
 
 頑張って、頑張って、実力を身につけた人に対して“努力する才能”があるからだ、と。
 そういうことを言う人も存在する。
 事実、キリアも言われたことがあった。
 
「でも、先輩は違うって言ってくれたの」
 
 馬鹿な考えだと一笑して、優斗は自分に告げてくれた。
 
「努力は心の持ち様。だから頑張ってることに才能っていう言葉を持ち込むなんて間違ってる、ってね」
 
 キリアの努力を“才能”という一言で片付けさせたりはしない、と。
 軽い口調で話してくれた。
 
「先輩はね、心が折れる一番手っ取り早い理由が“才能”だって言ってたわ」
 
 同じ事をやっていて、同じ時間の鍛錬をしていても差異は生まれる。
 その理由こそが“才能”の有無。
 
「自分には才能がないから諦める。自分には才能がないから敵わない。自分には才能がないから強くなれない」
 
 誰かと比べて弱いから卑下し、自分が弱いことに納得する理由を得る。
 
「でもね。だからといって自分が本当に望んでいることを諦める――努力を放棄する理由になんてならない」
 
 はっきりと告げるキリア。
 
「…………だったら……どうして」
 
 そして少女も先程の会話から、彼女が必死に努力しているというのは理解できた。
 けれど、だ。
 理解できたからこそ訊きたいことが生まれる。
 
「どうして心が折れないんですか?」
 
 普通は折れる。
 誰だってそうだ。
 才ある人を羨み、自分が違うと分かった瞬間に努力の意味を見失う。
 なのに目の前にいる先輩はどうして、折れないのだろうか。
 
「どうしてって言われてもね、けっこう単純よ」
 
 するとキリアは少女へニッコリと微笑み、
 
「わたしは強くなりたい。ただ、それだけ」
 
 壁を越えている者――副長やレイナのようになりたい。
 超越者の優斗をぶっ飛ばしたい。
 
「折りたくないし、折ろうとも思わない。それがわたしの望むことだから」
 
 もう誰かに“守られなくてもいい”ように。
 頑張ると決めたのだ。
 
「だから足掻くの。届きたいと願う場所に、必死に手を伸ばすのよ」
 
 そしてキリアは少女の方をポン、と叩く。
 貴女も頑張れ、とエールを込めたものだった。
 
「あの、えっと……」
 
 少女はキリアを見て、何と呼べばいいのかを迷う。
 名前を訊いていなかったことを、今更ながらに思い出した。
 するとキリアは察したのか、
 
「キリアよ、キリア・フィオーレ」
 
 あらためて自己紹介をした。
 少女は頷き、先程の言葉に感銘を受けたことを伝えた。
 
「フィオーレ先輩は素晴らしい出会いをしたんですね」
 
「……えっ?」
 
「あちらの先輩と、です」
 
 少女が優斗を見る。
 キリアも同じように優斗を視界に収めるが、
 
「……素晴らしい……出会い?」
 
 当時の状況を思い出す。
 
「ふふっ、あれがね」
 
 少し吹き出してしまった。
 
「ど、どうして笑うんですか?」
 
「だってわたし、最初から先輩に喧嘩売ったのよ」
 
 昔も今も、本当に生意気だと自分でも思う。
 
「ギルドで一緒の依頼を受けた時にね、魔物との戦いが終わったらメタメタに言われたの。それにムカついて喧嘩売ったら、あっさりやられたわ。その後は無理矢理押しかけて教えてもらってる」
 
 だから笑ってしまった。
 どこからどう見ても、素晴らしさがない。
 
「素晴らしいっていうか笑える出会いよね」
 
 

       ◇      ◇
 
 
 一年生とのやり取りも終わり、キリアとラスターは二人で教室へと戻る。
 
「ねえ、ラスター君。先輩が強い理由、知ってる?」
 
 歩きながら話すことは優斗に関して。
 ラスターは問われたことに首を振る。
 
「いや、知らないな」
 
「わたしはちょっとだけ教えてもらったわ」
 
 どうしてあれほどの力を持っているのか。
 気になったことがあったから。
 
「先輩はね、何度も何度も……わたしも想像できないくらい限界を超えてきたの」
 
 今のキリアがやっていること以上のことを優斗はやってきた。
 明らかに限度を超え過ぎたことを押しつけられても、彼は突破してきた。
 
「生死を彷徨った数も数え切れないんだって」
 
「……そうだったのか」
 
 けれど、言われてみれば分かる。
 優斗の強さは限度を超えているどころじゃない。
 超えすぎている。
 その理由の一つを今、ラスターは初めて知った。
 
「あの人は才能の塊なんかじゃない。どちらかといえば、わたしみたいな立場の人」
 
 才能があるが故の強さではなく、才能の壁を超えてきた強さ。
 
「先輩はわたしの限界を知ってるから、それを見越してやってくれる。だから先輩みたいになることはない」
 
「……ミヤガワみたいにとは、どういうことだ?」
 
「狂ってること」
 
「……あの“ミヤガワ”のことか」
 
「うん」
 
 ラスターも何度か見たことがある。
 普段とは違う、存在すら塗り替えたかのような性格を。
 
「言われたの。『君は狂わず強くなれ』って」
 
 自分のようになってはいけない。あれは“間違った強さ”だから、と。
 そう言って優斗は悲しそうに笑った。
 
「だからわたしは狂わず強くなってやるわ」
 
 目指すべきところに。
 正しく導こうとしてくれる人がいるのだから。
 うん、と頷き真っ直ぐな瞳で告げる。
 
「わたしは強くなる」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 その日の放課後。
 珍しく二日連続で空いていた優斗に訓練をしてもらった帰り道。
 川沿いの土手を二人で歩きながら、
 
「今更ながらに訊きたいことがあるんだけど、いい?」
 
 優斗が問いかけてきた。
 内容は分からないが、キリアは頷く。
 
「いいわよ」
 
「昨日言われてた“へっぽこキリア”って何?」
 
 あの時は説教することで頭がいっぱいだったから、特に気にしてなかった。
 けれど彼女をへっぽこ呼ばわりとは、どういうことなのだろうかと今更ながらに気になった。
 キリアも問われたことに対し、さらっと答える。
 
「わたしの昔の呼ばれ方。鈍くさかったのよ、わたし」
 
「……鈍くさかった? キリアが?」
 
「そうよ。昔は初級魔法を詠唱して使ったところで誰よりも威力弱かったし、精霊術だってそよ風ぐらいだったわ。何もないところで転んだりっていうのもあったわね」
 
 運動音痴で魔法も下手で、精霊術も使える意味がない。
 だからついたあだ名が“へっぽこキリア”。
 
「想像できないかな、今のキリアからは」
 
「そうね」
 
 あの時の自分とは本当に違うと、しみじみ思う。
 
「結構、いじめの的になりそうなものなんだけどね、ずっと幼なじみに守ってもらってたの。でも幼なじみが引っ越して一人になったから、誰にも負けないように頑張ろうって思った」
 
 同い年の幼なじみが守ってくれていた。
 でも、彼はいなくなったから。
 
「だから強くなりたかった」
 
 そして頑張って、頑張ってきた。
 
「先輩と出会った時のわたしはね。誰よりも頑張ってたって自負があったの。わたしは一番強いって思ってた。つまりわたしより弱い人はわたしより努力してない。だから……認めないし、認められない」
 
 へっぽこと呼ばれてきたからこそ、今の実力になるまで誰よりも努力した……と思っていた。
 生意気だと言われる起因には、これもあるだろうとキリアは苦笑する。
 
「最近は? まだ弱い人は認められない?」
 
「どうでもいいわよ。強い人には挑みたいし、戦ってみたい。先輩がそう改造したでしょ?」
 
 変わったのは貴方のせいだと言外に告げるキリア。
 優斗も笑ってしまった。
 
「そうだね」
 
 とりあえず生意気で、自他共に認めるほどの猪突猛進。
 けれど昔と比べると悪くない生意気になった。
 
「ねえ、先輩」
 
「なに?」
 
「わたしもすっごい今更のこと、訊いていい?」
 
「いいよ」
 
 躊躇いなく頷く優斗。
 ヤバいところを根掘り葉掘り訊かれるとか考えなかったのだろうか、とキリアは思って……鼻で笑った。
 
 ――それこそ今更よね。
 
 簡単に頷くだけの信頼関係があることもまた、互いに分かっていた。
 だからキリアも真っ直ぐに尋ねる。
 
「どうしてわたしを訓練してくれるの?」
 
「……どういうこと?」
 
「だって先輩ならわたしを拒否するぐらい簡単よね」
 
 それが出来る能力の持ち主だ。
 毒舌だってあるし、冷徹冷淡にもなれる。
 少なくとも甘っちょろい性格ではない。
 だから彼が拒否しようとするのなら、キリアがどうしようと指導を受けるなど不可能。
 
「けど先輩はわたしを構ってくれる。普通の後輩以上に」
 
 とはいえ優斗は仲間以外に対しても、そこそこ面倒見が良い。
 ちょっとした指導やアドバイスぐらいだったら普通にする。
 それは彼の仲間から聞いているから知っていた。
 でも、だ。
 優斗を特に知る三人が口を揃えて言うのだ。
 
『キリアは今までと違う』
 
 自分は他の後輩と違う、と。
 
「どうしてここまで構ってくれるのかなって思ったのよ」
 
 ある程度のアドバイスじゃなくて。
 生意気なのに拒否されることもなくて。
 しっかりと指導してくれる。
 それが不思議でたまらない。
 
「あれだけ執拗にやって来て、『どうして?』も何もないと思うけどね」
 
 優斗が破顔した。
 確かに“今更”な話題だ、これは。
 
「キリアって新鮮だったんだ」
 
「新鮮?」
 
「これでもね、慕ってくれる後輩って多かったよ」
 
「まあ、先輩だったらそうよね」
 
「その中でも二人ぐらいは他よりは少し熱心に教えたと思う」
 
 部活の後輩だったから。
 ちゃんと教えないといけないと思っていた。
 
「けどね、キリアほどつきまとってくる後輩はいなかった」
 
「……褒めてるの?」
 
「褒めてるよ」
 
 くすくすと優斗が笑う。
 だが褒められている気がしないのは、どうしてだろうか。
 
「才能がないことを言い訳にしないで、才能を超えようと頑張る。ただひたすらに真っ直ぐ上を見る。だからこそ猪突猛進の馬鹿なんだけどね」
 
「どうせわたしは猪突猛進ですよ」
 
 ブスっとしたキリアとは別に、優斗は笑みを崩さない。
 
「でも楽しいんだ。君の成長していく姿を見ることが」
 
 強くなりたいと、そう言う後輩のキリアが。
 真っ直ぐ上を見て強くなっていくキリアを育てることが、本当に楽しい。
 
「だから言えるんだ」
 
 優斗は歩みを止めて、キリアに向き直る。
 そして彼女の頭に右手を置いて、
 
 
「君は僕にとって自慢の愛弟子だよ」
 
 
 まるで誇るかのように。
 優斗はキリアの頭を乱雑に撫でた。
 
「僕のように“強く在らねばならない”じゃなくて、ただ“強くなりたい”っていう……誰でも持っている気持ちだけで僕の訓練に頑張ってる君が、僕は本当に自慢だよ」
 
 ぐしゃぐしゃと撫で回す。
 女の子に対してやることではないが、それでも褒められていることはキリアにも分かる。
 
「…………」
 
 素直に頭を撫でられながら、キリアは思い返す。
 そういえば、頑張っていることを褒められたことはあっただろうか。
 昔は見返すために頑張っていた。
 ある程度の実力が付いてからは、それが当然なのだと周りも見ていた。
 優斗に師事してからは、ギルドの年輩や修達が頑張ってることを労ってくれる。
 でも、これほどまでに直接褒められたことはなかった。
 そう思ったら、少しだけ視界が滲んだ。
 
「……わたしは……生意気で、向こう見ずで、本当に猪突猛進」
 
 それはそうだ。
 自分は生意気で、誰にだって『わたしは強い』と騒いできた。
 馬鹿みたいに騒いで、怒らせたことだって何度もある。
 誰だって自分みたいな奴の師匠になりたいだなんて思わない。
 
「でもね、先輩はそんなわたしを育てようとしてくれて、ちゃんと育ててくれる」
 
 他にも強い人はたくさんいる。
 周りにいるだけでも修やクリス、レイナは筆頭だろう。
 もちろん自分は彼らにも色々と教えて貰ってる。
 けれどやっぱり、師事していると言い張れるのは一人だけ。
 
「これだけは知っておいてほしいの」
 
 撫で終わった優斗の右手が降りると同時に、キリアは意思の強い瞳を向ける。
 
「わたしは先輩だから信じて教わってる」
 
 最初は優斗が強いから教わってた。
 世界最強クラスからの手ほどきが受けられればいいと思っていた。
 でも、今は違う。
 
「大魔法士とか言われても、だから何だって話ね。契約者? それに何の意味があるってこと。そんなものは先輩を信じる理由のうち、万分の一も必要ないわ」
 
 彼の強さに名前を付けただけのものだ。
 
「わたしが信じてるのは“ユウト・ミヤガワ先輩”」
 
 大魔法士じゃないし、契約者じゃない。
 
「わたしみたいな生意気で向こう見ずすら構ってくれる、馬鹿みたいに優しい先輩のことよ」
 
 確かに化け物みたいに強いから師事してる。
 でも『大魔法士』である必要性はない。
 
「だからね、わたしも言えるわ」
 
 優斗が自慢の弟子と言ってくれたから。
 自分も同じように言える。
 
 
「先輩はわたしにとって最高の師匠よ」
 
 
 真っ正直に本音を伝える。
 一本気な視線が優斗とかち合い……互いに吹き出した。
 
「わたしたち、何を言ってるのかしら?」
 
 どうしてこんな展開になったのだろうか。
 二人して意味が分からないが、
 
「まあ、偶にはいいんじゃない?」
 
「かもしれないわね」
 
 別に嫌な感じはしない。
 再び二人で帰り道を歩き出す。
 
 
 
 その先には――
 
 





[41560] 再会
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:6349033c
Date: 2015/12/18 19:35
 
 
 
「でも、さっきの発言っていいの?」
 
 キリアが尋ねてくる。
 先程の優斗の発言──“愛弟子”と言ったこと。
 今まで彼は面倒事があるからこそ、キリアをはっきりと“弟子”など言ったことはなかった。
 
「教えてることが教えてることだし、あくまで僕らとしては……って話だよ。もちろん、対外的に師弟もどきっていうのは基本的に崩せないけどね」
 
 やれ上級魔法を使えるようにしたり、優斗独自の魔法を教えたりしてる。
 こんなものは“もどき”では厳しい。
 弟子でなければ教えを請えるわけもない。
 とはいえ、だ。
 公に弟子と認めてしまえば、メリットよりもデメリットが多すぎる。
 
「だけど、もし必要となるなら名乗ることは恐れなくていいよ。どうにでもしてあげるから」
 
「必要な時って……どういう時?」
 
「例えばキリアがお偉い男の子を好きになった時とか。『大魔法士の弟子』とか、かなりのネームバリューだし」
 
「まあ、そりゃそうでしょうけど」
 
 少なくとも名前負けはしないだろう。
 
「そういえば気になってるんだけど、先輩とか凄い人ってどうして名乗るの?」
 
 ジャルから愛奈を奪う時もそうだし、律儀に名乗っている気がする。
 どうしてなのだろうか。
 
「脅すのに十分な二つ名でしょ、僕が持ってるのは」
 
「……脅し用なの?」
 
 胡散臭げなキリア。
 優斗は苦笑して言葉を続ける。
 
「あとは確認……かな」
 
 少なくとも自分にとっては、周囲に知らしめるわけではない。
 
「その『名』が何を持っているのか。何を背負っているのか。何の意味を担っているのか。自分がどういう人物なのかを己に確認させる手段なんだよ」
 
「じゃあ、言い回しもそうなの?」
 
 やたら格好良い言い様な気がするが、何かしらの意味があるのだろうか。
 
「あれはただの格好付け」
 
「……うわ、引くわね」
 
「案外、テンション上がるんだって」
 
 やってみれば分かるよ、と言われるがキリア的にはやりたくない。
 
「しっかしなぁ。ちょっと予想が外れたかも」
 
「何のことよ?」
 
「キリアとラスターのこと。あれだけ一緒にいるから、もうちょっと何かあるかと思った」
 
 二年の男子と女子のトップで、仲が良い。
 邪推するには十分な要素がある。
 
「ラスター君はライバルってだけ。というよりラスター君は変にフラグ立てそうだから、見てる方が面白いわ」
 
「同感」
 
 優斗も納得する。
 
「あとさっきの才能云々で思ったんだけど、シュウ先輩ってどれくらいの才能を持ってるの?」
 
「修? まあ、あいつは単純計算で言うと1000年に一人」
 
 キリアの疑問からとんでもない答えが出てきた。
 とはいえ大魔法士と同等なのだから、単純で考えればそうなる。
 
「……さっきの子、五年に一人だったわよね?」
 
「ざっと200倍の才能の持ち主ってこと」
 
 本当に論外な人物だと、優斗はしみじみ実感する。
 
「シュウ先輩の髪の毛毟ったら才能も抜け落ちないかしら」
 
「怖いこと言わない」
 
 ペシっと頭をはたく。
 はたかれたキリアが乱れた髪を直しながら前を見ると、道の途中に真っ黒い物体が見えた。
 
「うわっ、なんか黒いのがいるわ」
 
「なにが……って、あれか。確かに黒いね」
 
 優斗も前を見ると、確かに黒い物体……というか全身真っ黒な鎧を着ている人が立っている。
 唯一、頭部だけは何も付けていないので、蜂蜜色の髪が変に違和感を醸し出していた。
 立ち止まっている黒い人物にだんだんと近付いていく優斗達。
 
「…………」
 
 件の人物は遠い目をしながら、ぼうっと川を見ていた。
 優斗達がだいぶ近付くと、少年だということが分かる。
 すると、
 
「……あれ?」
 
 キリアが首を捻った。
 
「ロイス?」
 
 そう口にすると、真っ黒な人物はビックリしたように優斗達を振り向いた。
 
「……えっ?」
 
 そして名を呼んだ人物を見て、
 
「キリアか!?」
 
 ロイスと呼ばれた少年は、さらに驚いた面持ちでキリアの名を呼んだ。
 
「なんだ、やっぱりロイスなのね」
 
 どうやら二人は顔見知りらしい。
 キリアの表情が珍しく柔和になる。
 
「久しぶり。前にリライトへ遊びに来た以来だし……二年ぶりぐらいかしら?」
 
「そうだな。それぐらいだ」
 
 少年も同じように柔らかい表情に変わる。
 
「っていうか、そのごつい鎧はなに?」
 
 全身真っ黒。
 あまりにも目立つ出で立ちだ。
 
「俺、騎士になったんだ」
 
「だからって今時、鎧を着る人なんていないわよ。しかも真っ黒なんて気味悪いわね」
 
 昔は一時期、鎧を着ることも流行ったらしい。
 しかしながら魔法耐性のあるものでないと格好の的にしかならず、僅か数瞬で流行りが終わった代物でもある。
 
「……お前、言葉に鋭さが増してるよ。昔のキリアはどこに行ったんだ?」
 
「会う度にそれよね、ロイスは。昔のわたしなんてどっかに飛んでったわよ」
 
「あの小動物みたいに可愛かったキリアに会いたい」
 
「言ってなさい」
 
 軽口の応酬をして、互いに破顔する。
 と、ここでキリアは優斗のことを忘れていたことに気付いた。
 隣を見て、ロイスのことを紹介しようとすると……僅かに視線の鋭くなった優斗がいる。
 
「先輩? 何を難しい顔をしてるの?」
 
「ん~、ちょっとね」
 
 軽く目頭をほぐしながら優斗は尋ねる。
 
「彼はキリアの知り合い?」
 
「さっき話した幼なじみよ」
 
「ああ、なるほど」
 
 キリアを守っていたという幼なじみ。
 それが彼――ロイス。
 
「キリア。そっちの人は?」
 
 同時にロイスも優斗のことが気になったらしい。
 キリアは手の平で示して紹介する。
 
「わたしの師匠もどき。ユウト・ミヤガワ先輩」
 
「そうなのか……って、師匠!? キリアが!?」
 
 ものすごく驚いていた。
 どうやら、彼が最後に会ったころにはすでに今の性格だったらしい。
 
「はじめまして。ロイス君……でいいかな?」
 
「はい。『クラインドールの勇者』と一緒に動いてる“黒の騎士”――ロイス・シュルトです」
 
 彼の自己紹介に優斗の眉が軽く反応を示す。
 
「……世間って本当に狭いな」
 
「どうしたの?」
 
「新たな勇者シリーズの名前を前に聞いたから、いつか出会うとは思ってた。それも問題付きで」
 
「それそれはご愁傷――」
 
 言いかけてキリアが気付く。
 
「あれ? わたしも?」
 
「幼なじみが勇者のパーティメンバー。というわけで諦めて」
 
「はいはい、分かったわよ」
 
 軽い口調のキリア。
 しかし優斗の表情が会話の内容よりも重い。
 明らかにおかしい。
 
「先輩、どうしたの?」
 
「あ~……いや、なんと言えばいいか……」
 
 口ごもる優斗。
 正直、こんな彼は見たことがない。
 
「珍しいわね。歯切れが悪い先輩なんて」
 
「かもしれない」
 
 優斗は頷き、ちらりとロイスを見る。
 色々と可能性は考えた。
 最悪な状況や、最低な展開も色々と。
 けれど彼は彼女の幼なじみだ。
 
「ごめん、キリア。一つだけ確認するよ」
 
 だから問おうと思う。
 優斗はキリアの耳に口を寄せ、
 
「君は彼を信じてる?」
 
 キリアにだけ聞こえるように言った。
 しかし意味が分からない。
 なぜ、今このようなことを優斗が訊いたのか、キリアには理解できなかった。
 それでも、
 
「当たり前じゃない」
 
 キリアは正直に答える。
 自分が幼なじみのロイスを信じないわけがない。
 
「…………そっか」
 
 優斗は大きく息を吸い、溜息を吐きながら頷いた。
 彼女が信じているというのならば、だ。
 自分が想像している最低な展開とは違う。
 
「……だけど悪い状況だと見たほうがいいか」
 
 誰にも聞こえないくらいに、ぼそりと呟く。
 そしてまたキリアの耳に口を寄せた。
 
「キリア、目を凝らしてロイス君の鎧を見て」
 
「何よ、いきなり?」
 
「いいから」
 
 拒否できないくらいに強く言われた。
 なのでキリアは不承不承ではあるが、言われた通りに鎧を見る。
 
「…………」
 
 一体、何なのだろうか。
 こんな真っ黒な鎧を見たところで――
 
「……えっ?」
 
 ビクリ、とキリアの身体が震えた。
 
「……な、なに、今の?」
 
 悪寒がした。
 ロイスからじゃない。
 彼からは昔と変わらない気配がする。
 だけど、だ。
 何か別の存在が“いる”。
 
「キリア?」
 
 様子のおかしくなった彼女に首を捻るロイス。
 けれどキリアはそれどころじゃない。
 
「……ロイス。それはなに?」
 
 問うた瞬間、彼も優斗達の様子がおかしい理由に気付いた。
 けれど気付かないフリをして、
 
「何のことだ?」
 
「……とぼけないでよ、ロイス」
 
 昔だったら分からなかった。
 少し前でも無理だっただろう。
 けれど今は違う。
 宮川優斗の弟子になったからこそ、気付けた。
 
 
「その鎧は何なのかって訊いてるのよ!」
 
 
 禍々しい気配が――そこにある。
 
 



[41560] 覚悟を持って
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:6349033c
Date: 2015/12/18 19:35
 
 
 
 幼なじみが異常な鎧を着けていたことが発覚した夜。
 キリアは夢を見ていた。
 
『だいじょうぶだよ』
 
 川沿いの土手を歩いている帰り道。
 幼い姿のロイスが振り返り、キリアを心配そうに見ていた。
 7歳、8歳くらいの時だ。
 
『おれがキリアを守る』
 
 子供ながら、ずいぶんと背伸びをした発言だとは思う。
 けれど――彼は言葉通りに守ってくれた。
 ずっと、キリアを守ってくれた。
 ロイスがいたから辛くなかった。
 いつも一緒にいるから『付き合ってるんじゃないのか?』と、からかわれたこともある。
 幼少時なら恥ずかしくて嘘を言うことだって、それが原因で疎遠になることだってあるだろう。
 けれど、ロイスは言うのだ。
 
『キリアはかわいいからな。ヒーローみたいでいいだろ?』
 
 胸を張り、何でか威張った感じで言って。
 そんな彼は確かにキリアのヒーローだったのだろうと思う。
 
「………………」
 
 そこで彼女は目が覚めた。
 珍しく、夢見た内容が残っている。
 
「……そうよね」
 
 ロイスに守られていた日々は、今もこの胸の内に在る。
 
「明日、話す……って言ってたものね」
 
 キリアにだけは伝える、と。
 彼はそう言ってくれた。
 だから、例え内容がどんなことであろうともロイスの言ったことを信じる。
 彼は絶対に嘘は言わないし、絶対に信じることが出来る。
 なぜなら、なんて言葉は必要ない。
 だって、ずっとキリアを守ってくれた人なのだから。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 放課後、学院が終わったキリアはロイスと二人でカフェにいた。
 オープンテラスで対面して座っている。
 
「キリアとこういう所に来るなんて思わなかった。俺が知ってる最後のキリアだと、結構無頓着だったから」
 
「先輩とか同級生と偶に来るのよ」
 
「どんなことを話してるんだ?」
 
 キリアの学院生活がどういうものか、ロイスが興味津々で尋ねる。
 
「先輩だと主に説教ね。同級生だと普通に学院のこととか話すわよ」
 
「師匠さん、説教するんだ? なんか優しそうな感じだったけど」
 
 昨日、彼女が鎧について怒鳴った時。
 彼がキリアを落ち着けてくれた。
 そして鎧について尋ねられたが、内容が内容だけにキリアだけにしか話せないと申すと、優斗は頷いてそれ以上は訊いてこなかった。
 
「優しい人ではあるけど、わたしを訓練してる時は魔王みたいだから。本当にありえないわよ、先輩は」
 
「でも信頼してるんだろ?」
 
「まあね」
 
 素直に頷くキリアに、ロイスもそうだろうと満足げに頷いた。
 キリアが訓練を受けているということは、要するにそういうことだ。
 
「ロイスはクラインドールの勇者と一緒に動いてるって言ってたけど、その人はどうしたのよ?」
 
「俺だけ先に来させてもらってるんだ。故郷だから少しでも長い時間、居たいって言ってさ」
 
「ふ~ん。そうだったのね」
 
 頷きながらキリアはコーヒーを啜る。
 口の中を潤し、一つ深呼吸をした。
 そして頭の中を切り替える。
 
「じゃあ、そろそろ本題に入りましょうか」
 
「分かった」
 
 ロイスが頷く。
 今から話すことが今日、ここにいる理由。
 内容は――彼が今、着けている鎧のこと。
 
「詳しい説明は省くけど、まず最初に言っておくのはクラインドールは異世界人の勇者と八属性の色を冠した騎士がいる」
 
「色を冠した?」
 
「例えば火の属性だったら“赤の騎士”とか、そういう感じだ」
 
 勇者と共に代表する騎士として、八騎士というものがいる。
 その中でロイスは闇属性を冠した騎士。
 故に“黒の騎士”。
 
「そしてクラインドールの八騎士には継がれていく鎧がある」
 
 ロイスは自分の鎧を指差す。
 
「今、貴方が着てるものね」
 
「ああ。で、鎧には各々、守護獣と呼ぶべき魔物の召喚陣があるんだ」
 
 胸のプレート部分に手を当てた。
 その内側部分に召喚陣が存在している。
 
「大抵、クラインドールで兵士や騎士になった奴らは、八騎士になるべく頑張るんだ」
 
 国で一番憧れる存在と言ってもいい。
 
「けどさ」
 
 ロイスの声音が変わる。
 
「黒の騎士だけは……違う」
 
 コンコン、と鎧を叩きながら紡ぐ。
 クラインドールの八騎士の中で“黒の騎士”だけは唯一、選ばれ方が異なる。
 
「昨日の言葉、ちょっと語弊があるんだよ。俺は騎士に“なった”んじゃなくて“なってしまった”」
 
「……なってしまった?」
 
「ああ。鎧が強制的に選ぶ。そして闇を司る守護――いや、魔物は鎧の装着者の命を削っていく」
 
 普通の八騎士の守護獣とは違う。
 
「俺は去年からクラインドールで兵士をしてた。それでな、一つ前の“黒の騎士”が死んだ瞬間、俺はすぐ近くにいたんだ」
 
 本当に偶然ではあったが。
 それが運命の岐路になった。
 
「選ばれた。この呪われた鎧に」
 
 だからこそ当代の“黒の騎士”に任命され、今へと至る。
 けれどキリアには説明が省かれすぎていて、理解ができない。
 
「……ちょっと待って、色々とおかしいわよ。闇って悪なわけじゃない。しかも召喚してないのに命を削るなんてこと、あるわけないじゃない。それに魔物が選ぶって何よ?」
 
 突っ込みどころがありすぎる。
 答えるまでは許さない、といった表情のキリア。
 しかしロイスは困ったように笑い、
 
「だよな。俺もよく分からないんだ」
 
「はあっ!? 自分のことなのに何をトンチンカンなこと言ってんのよ!?」
 
「あんまり大声出すなよ、キリア。ここ、カフェだぞ」
 
「……っ! こんの、馬鹿幼なじみは――」
 
 落ち着き払っているロイスを怒鳴ろうとしたキリア。
 けれど、
 
『キリアが怒って意味があるの?』
 
 不意に脳裏へ浮かんでくる師匠の言葉を思い出した。
 
「……良い感じにすり込まれてるわね、ほんとにっ!」
 
 ワナワナと怒りで震える身体を必死で押しとどめる。
 そして、
 
「――っ!」
 
 憤りを発散させるかのように、テーブルへと頭突きをかました。
 ガチャン、とコーヒーカップが音を立てる。
 零れなかったのが幸いだ。
 
「……えっ? いや、ちょ、キリア!? 何やってるんだよ!?」
 
 自分に怒鳴ろうとしていた幼なじみが、いきなりテーブルに頭突きをした。
 言葉足らずの説明で彼女も意味が分からず憤ったと思うが、それ以上に彼女の行動は意味不明だ。
 
「よしっ。これで頭は冷えたわ」
 
 さっぱりとした表情で、ジンジンする額を擦るキリア。
 
「頭を冷やさないと正解まで辿り着けない」
 
「ず、頭突きと何の因果関係があるんだ?」
 
「普段はボッコボコにされて、ようやく冷える頭だからこれでいいのよ」
 
 ロイスが理解できない言動ではあったが、キリアは視線を鋭くして尋ねる。
 
「とりあえず、その異様な気配は魔物。それは合ってる?」
 
「そうだと思う」
 
「ロイスは“黒の騎士”がそういうものだって知ってた?」
 
「……いや、世代交代が早いとは聞いてた。けれど、その理由までは知らなかった」
 
「さらに質問よ。“何か”が繋がっている感じはする?」
 
「いや、まあ、それはそうだよ。だって命を削られてるんだから」
 
「猶予は何年?」
 
「おおよそ、10年って言われてる。俺がこの鎧を着けることになって十ヶ月。だからもう、10年後のキリアを見られるかどうかは分からない」
 
 キリアからの矢継ぎ早な質問。
 ロイスも次々くる質問に対して答えていった。
 すると、キリアの口から独り言のように言葉が流れていく。
 
「……召喚系はいわゆる三つある。一つは六角の召喚陣から現れる魔物。基本的には陣が描かれているものに魔力が必要分、与えられれば魔物が召喚される。これには契約が必要な魔物の場合もある。次に精霊。これは魔法陣から精霊に魔力のパスが繋がっていて、一度パスが繋がれば召喚者の魔力が尽きない限り精霊を行使できる。最後に異世界人の召喚。これは……先輩達も詳しく見てないから分からないらしいけど、契約等の縛りみたいなものはないみたいだし。要するに、この三つのうちで関わってそうなのは二つ。魔物の召喚と精霊の召喚。けれど魔物だっていうのにノリは精霊召喚みたいなのよね」
 
 さらにキリアから流れ出る言葉は続き、
 
「あれ? でも命を削るって何かしら。寿命のこと? いや、そんな曖昧なもの削れるわけがない。もっと現実の路線で考えれば……生命力よね。これがじわじわと削られていって10年後には衰弱して死んじゃうっていうのが現実的」
 
 そう口にすると、キリアを不意にロイスを見て、
 
「死ぬ直前の“黒の騎士”ってどうだったの?」
 
「えっ? えっと、だいぶ弱られていたが……」
 
「ってことは、それで合ってるわね。じゃあ、それが削られるのはどうして? まさか生命力を吸い出すとか……ああ、そうじゃないわね。召喚される魔物なわけなんだから、魔力だわ」
 
 確認するかのようにキリアは考察を重ねていく。
 
「魔力は生まれ持った先天的なものと、努力で育つ後天的なものを合わせて総合的な魔力量になる。そして人が生きてる限りは魔力が生まれるわけだけど……先輩が『魔力が無くなったなら命を燃やして捻り出せ』とか言ってたわね。つまり生命活動から魔力は絞り出せるってわけで……」
 
 魔力が空になったから気を失う人がいるのも、そういう理屈だ。
 底が尽きても尚、魔法を使った場合――生命力を削って魔力を生み出しているのだろう。
 だからこそ気を失う。
 
「そう考えると、ロイスは常に総合的な魔力量以上の魔力を吸い取られているから生命力も絞られてる。もしくは生命力からの魔力しか受け付けないから、そうなっている……っていう二案が考えらえる。生命へ支障を来すレベルの問題がそこにあるってわけよね」
 
 そしてまた、キリアは確認を取る。
 
「ロイス、魔法は使えるの?」
 
「……あ、ああ。問題なく使えるよ」
 
「ってことは後者ね。でも、そもそも魔物から相手を選ぶとか、そこらへんが全く分からないわ。どうして主導権が向こうになってるのかしら。これはさすがにわたしが考えたところで無駄な範疇だし……」
 
 歯がゆそうにキリアの眉根が寄る。
 色々と考えてはみたが、どうしても分からないことがある。
 鎧に描かれている魔法陣を確認したところで自分じゃ理解できない。
 
「キリア、無理だって。今まで誰も出来なかったんだから」
 
 するとロイスが落ち着けるような声音で話しかけた。
 今までもずっと、継承されてきた。
 歴代の勇者が壊そうとしても無理だったし、最後に“黒の騎士”が望んで孤立したこともある。
 他にも色々と試した。
 けれども、駄目だったらしい。
 勇者では壊せず、鎧は誰かを確実に選ぶ。
 
「確かに行く先は未来も光も見えないし、暗闇に囲まれたような世界だけどさ……」
 
 死亡宣告と変わりない。
 既に死へのカウントダウンは始まっている。
 
「それでも、俺は『これでいい』って思ったんだから」
 
 ニコっと笑みを浮かべるロイス。
 
「自分の運命を全うしようって決めたんだ」
 
 選ばれたのは嫌だけど、それでも覆すことは出来ない。
 ならば、運命だと受け入れて残りの人生を生きていく。
 そう思った。
 だが、
 
「――ふざけてんじゃないわよっ!!」
 
 キリアの怒声がロイスの耳朶を響かせる。
 
「あんな風に懐かしむ目で、名残惜しむように“わたし達の通学路”を見てた奴が馬鹿を言わないでよ!」
 
 昨日、ロイスがどうしてあそこにいたのか。
 あの時、キリアを見つけるまでの彼の視線は何だったのか。
 ようやく理解できた。
 振り返りたかったのだろう。
 今まで、自分が生きてきた道程を。
 生きていた証拠を。
 だから言ってやる。
 
「そんなこと、わたしが許さない」
 
 今まで、散々自分を守ってくれた男の子が10年以内に死ぬ?
 馬鹿言うな。
 誰が死なせてやるものか。
 
「暗闇に囲まれた世界だって言うなら――」
 
 キリアはロイスの腕を取り、宣言する。
 
 
 
 
「――わたしがロイスを暗闇から引きずり出す」
 
 
 
 
 何があろうとも。
 絶対にだ。
 
「わたしの全てを使って、光の世界へ連れ戻すわ」
 
「……キリア」
 
 予想外な彼女の反応にロイスが呆然とする。
 それはそうだろう。
 今となっては性格だって違うし、それはロイスだって理解してる。
 けれど、やっぱり彼の根幹にあるキリアは『守らないといけない女の子』だったから。
 これほどまでに強い意思を見せる女の子ではなかった。
 
「で、でも、可能性はほとんど無いぞ。それでもお前は――」
 
「可能性が低いのなら戦っちゃいけないって、いつも先輩に言われてるわ」
 
 普段の生活において、リスクを負う必要はない。
 そう口酸っぱく言われてる。
 
「でもね、どうしても譲れない場合は違う。僅かでも光明が見えるのなら、どれほどの確率が低くても掴み取ってみせる。可能性があるのなら、不可能なんて言葉は知らない、見てない、聞いてない。わたしは出来ると信じて確実に掴み取る」
 
 十回に一回しか成功しないのならば、その一回を最初に持ってこさせる。
 無理矢理にでも。
 
「それが先輩から教わってることよ」
 
 キリアの宣言にロイスは呆気に取られる。
 もう、なんというか……、
 
「凄い師匠さんだな、キリア」
 
 思わず笑いが漏れてしまいそうなほどに剛胆で、強気だ。
 
「わたしの師匠だし当然……っていうか師匠もどきよ、もどき」
 
「何か違いがあるのか?」
 
「違いというよりは……まあ、ロイスならいいかしら」
 
 彼なら優斗だって許してくれるだろう。
 
「……いや。むしろロイスだからこそ、よね」
 
 キリアは大きく息を吸って……昨日、話したことを思い返す。
 優斗は『必要となるなら』と言っていた。
 
「これから先、言うことがあるかどうかは分からないけど……」
 
 たぶん、あの人は必要になることを望んではいないのだと思う。
 理由は簡単。
 優斗は『キリアが正当に評価されない』可能性があることを鑑みて、公言はしない。
 立場故の不当な評価をキリアに与えたくはない。
 そういうことを考える人だ。
 でも、だとしたらどうして優斗が『必要となるなら』と言ったのか。
 キリアに理解できないわけがない。
 
「“今のわたし”が誰なのかを、ロイスに伝えようと思う」
 
 真っ直ぐに彼を見詰めて、己を確認する。
 
「わたしは――」
 
 もう『守られるだけ』のキリアじゃない。
 弱虫だった女の子でもない。
 
 
「わたしは『大魔法士の弟子』――キリア・フィオーレよ」
 
 
 全身全霊、キリアの全てを込めて名乗った。
 宮川優斗の弟子であるということは、つまりは大魔法士の弟子でもあるということ。
 この『名』を出したからには、生半可な覚悟はないという証明。
 中途半端なことは絶対にしないという証拠。
 
「最強の意を持つ師匠の名を穢すことはしないわ」
 
 たった一人。
 自分を弟子と認めてくれた人がいる。
 自分だけを弟子だと認めてくれた師匠がいる。
 そして必要ならば『名乗っていい』と言ってくれた。
 その人の二つ名は誰よりも有名で、他に類を見ない凄さを持つというのに、それを『使っていい』と言外に教えてくれた。
 
「だから言わせて」
 
 逃げない為に。
 絶対に成し遂げる覚悟として。
 最高の師匠の弟子であることを名乗って――誓う。
 
「わたしは貴方を助けてみせる」
 
 全ては目の前にいる幼なじみを救う為。
 ずっとずっと、守ってくれた大切な人を助ける為。
 だからキリア・フィオーレが持っている全てを賭して、
 
 
 
「今度はわたしがロイスを守るわ」
 



[41560] 救いと新たな出会い
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:6349033c
Date: 2015/12/18 19:37
 
 
 キリアは決意を表明したあと、そのままトラスティ家に足を運んだ。
 そして、
 
「お願いします! ロイスを助けるのを手伝ってください!」
 
 広間にいる優斗へ思い切り頭を下げる。
 予想外な光景を目撃した修、フィオナ、アリーが目を丸くした。
 
「優斗。誰だこれ?」
 
 誰もが知っているキリアじゃない。
 こんな殊勝な姿、見たこともない。
 
「確かに違和感あるね」
 
 とはいえ優斗としては、なぜキリアが頭を下げたのか理由は分からなくもなかった。
 
「切羽詰まった状況なの?」
 
「そうじゃない。けど、少しでも早くロイスを解放したいの」
 
「僕に頭を下げるほどに?」
 
「失敗は許されない。だから、わたしが持っているもの“全て”を使って助ける。その為なら何だろうと使うわ」
 
 真っ正面から見据えるキリア。
 優斗は彼女の瞳を見て、ふむと頷いた。
 
「だったら頼み方を間違えてるよ、キリア」
 
 真剣だからこそ頭を下げる、ではない。
 
「誰にとって正しい行動だとしても、僕にだけはしなくていい」
 
 見た感じ、キリアは気負いすぎている。
 事の重要性を見定めて、背負うことはいい。
 けれど背負いすぎては十分に力を出せない。
 
「気を張る場面は少ないほうがいいんだし、今は普段通りでいこう」
 
 軽い感じで優斗がキリアの肩を叩く。
 すると、若干強張っていた身体から緊張が抜けていくのが見て取れた。
 
「……入れ込みすぎだったかしら?」
 
「いや、最初から入れ込む必要はないってことだよ」
 
 諭すような優斗の言葉に、キリアの表情にも僅かばかりの余裕が生まれた。
 
「だったら、お願い先輩。手伝って」
 
「ん、分かった」
 
「シュウ先輩も頼むわ」
 
「はいよ」
 
 二人のやり取りを見ていた修が二つ返事で応えた。
 
「アリー先輩、フィオナ先輩。ちょっと先輩達を借りるわよ」
 
「ご自由に使ってくださって構いませんわ」
 
「優斗さんはキリアさんが望むことのためなら、幾らでも協力しますよ」
 
 アリーとフィオナも簡単に了承した。
 そして優斗、修、キリアは玄関へと歩き始める。
 
「ロイス君は?」
 
「外で待たせてるわ」
 
「了解。合流したら、とりあえずはあそこに行こうか」
 
「どこ?」
 
「王城だよ」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 正直、ロイスはこんな展開を予想していなかった。
 
「な、なあ、キリア」
 
「どうしたの?」
 
「いや、その、俺……大丈夫なのかな?」
 
「何がよ?」
 
 不思議がるキリア。
 しかしロイスは内心で焦っていた。
 
「言いたくはないけどさ。俺って変な鎧持ってるし、もしかしたらここでそいつを召喚して暴れたり……とか考えないのかなと思って。正直、かなり緊張してる」
 
 自分はリライト生まれだ。
 だからずっと見てきた王城の中を歩けるのは嬉しい。
 けれど自分が持っているものを鑑みると、疑って然るべきであるため素直に喜んでいいものか悩む。
 
「あのね、わたしだって王城内へ入ったことに関して緊張してるわ。でも、少なくともロイスの心配は無用よ。ここにいるのは最強無敵の二人。何をしようと無駄だから」
 
「君がどうこうする前に息の根を止められるから、変な心配はしないでいいよ」
 
 にこやかに物騒な言葉を告げられた。
 思わず引き攣ったロイスだが、
 
「それにキリアがロイス君を信じてるって言ってたからね」
 
 続いた優斗の言葉と柔らかな笑みに、ふっと力が抜ける感じがした。
 キリアが信じているから大丈夫なんて普通は言えない。
 
「その……師匠さん、大魔法士なんですよね?」
 
「そうだよ」
 
「とんでもなく凄い人なのにキリアのこと、信頼してくれてるんですね」
 
「師匠が弟子を信じてなかったらお終いだよ」
 
 軽い調子で答える優斗に、ロイスは本当に良かったと思う。
 キリアの師匠は本当に彼女を信頼していると分かったから。
 
「まさか大魔法士が実在して、しかもキリアの師匠になるなんて思いもしませんでした」
 
 キリアから言われなければロイスだって信用出来なかった。
 
「こっちもまさか大魔法士と呼ばれるなんて思ってもみなかったからね」
 
 苦笑しながら優斗は立ち止まる。
 
「目的地はここだよ」
 
 目当ての部屋へと辿り着いた。
 ノックをすると中から反応があり、優斗はドアを開けた。
 
「待ってたぞ」
 
 いたのは和泉。
 そして、
 
「久しぶりなのだよ、大魔法士」
 
「どうも、ウェザーさん」
 
 ミエスタから派遣された技師、ウェザー。
 モノクルに軽く触れながら、彼は優斗の後ろにいるロイスを見た。
 
「来た理由はイズミから聞いたことでいいのだね?」
 
「ええ。その通りです」
 
 頷く優斗。
 
「……先輩、もしかして」
 
 キリアはハッとして師匠を見た。
 すると笑みのままの優斗がいて、
 
「頼りになりそうなところへ話を通しておいただけだよ」
 
 
       ◇      ◇
 
 
「どうですか?」
 
 ロイスに鎧を脱いで貰い、胸の内側部分にある魔法陣を調べ始める和泉とウェザー。
 しばらく陣を見てはあれやこれやと話し込み、
 
「うむ。やはり異質だといわざるを得ないのだよ」
 
「そうだな」
 
 二人は頷いて異常であることを肯定した。
 
「どこがおかしいの?」
 
「ここの部分が通常よりもおかしい」
 
 和泉がなぞるように陣の一部分に触れ、
 
「変質したのか、エラーなのかは分からないが……ここの部分が変に命令を持っているんだろうな。『生命力からの魔力を糧としろ』と。それと強制的な関係を結ばせるのもそうだろう」
 
 さらにロイスから話を聞けば、あまり鎧から距離を離せないとも言っていた。
 距離を置くと、倦怠感が増していくらしい。
 
「壊せる?」
 
「お前と修なら鎧ごと壊せるだろうが……どう反応が出るか読めないから、やめたほうがいい」
 
「どういうこと?」
 
「鎧が魔法を反射させる。威力過多のお前らだから問題ないだろうし一瞬で消し去るとはいえ、魔法反射という要素を持っている以上、やはり反射には魔力を使う。この場合、彼の命が危なっかしい」
  
「つまり魔法でどうにかする……っていうのは、他の案より危険性を消しきれないってことだね」
 
 和泉の説明に納得しながら優斗は頷いた。
 
「俺らの結論としては魔力による魔法陣を壊すことを推奨する。魔力だと鎧も反発はしない。この魔法陣が欲している魔力の質としては違うだろうが、やってやれないことはないだろう」
 
 和泉から提案が出てきた。
 
「和泉、ウェザーさん。他に方法は?」
 
「ないのだよ。あればそちらを先に言っている」
 
「そういうことだ」
 
 彼らの返答に優斗は目を瞑る。
 そしてしばらく考え込み、
 
「……ここまで、かな」
 
 ぽつり、と呟いた。
 目を開けて二人を見据える。
 
「キリア、ロイス君。僕達が示せるのはここまでだよ」
 
 可能性を示すことは出来た。
 だから、この後は二人次第。
 
「どうしたいのか、決めるのは君達だ」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 皆で揃って王城外にある草原へ向かう。
 
「異変があったら、すぐに言って」
 
「はい」
 
 優斗が声を掛け、ロイスが頷く。
 二人が選択したのは『優斗による陣破壊』だ。
 彼ならば慣れているし、常識外も平然とやってのける。
 キリアはそこに頼りを置き、お願いした。
 
「それじゃ、いくよ」
 
 ほんの僅かばかりロイスから離された鎧に優斗は手を翳す。
 その時だった。
 
「……っ」
 
 ロイスが僅かに顔をしかめた。
 反射的に優斗は手を引く。
 
「……今のは?」
 
 まだ何もしていない。
 魔力も何も込めていない。
 なのに、なぜロイスは顔をしかめたのだろうか。
 
「彼の感情に反応した、と考えたほうがいいと思うのだよ」
 
 その疑問に答えたのはウェザー。
 
「どういうことですか?」
 
「言い方を変えれば、彼は餌なのだよ。つまり餌の感情の機微――不安に注意を向けているのだろうね。続けてしまうと、おそらく無理矢理出てこようとするために生命力を吸い出す。結果、彼は倒れるか……もしくは死ぬのだろうね」
 
「おいおい、まだ召喚されてないのに感情の機微とか分かんのか?」
 
「元より陣が異常なのだよ。常に繋がりが保たれているということは、そういうこともあると考えたほうが納得するのだよ」
 
 常識で考えてはいけない。
 
「キリア、ロイス君。どうする?」
 
 すると、再び同じ問いかけを優斗がした。
 キリアはロイスへと向き、ロイスもキリアを向く。
 互いが視線を交わし、
 
「……俺は…………」
 
 ロイスが決断するように声を発した。
 
「俺はキリアなら預けられる」
 
 真っ正面にいる幼なじみに信じている、と。
 
「キリアなら安心できる」
 
 頼っている、と。
 そう告げた。
 
「……ロイス。もしかしたら、他にも方法があるかもしれないわよ」
 
「確かに。でも、こんな鎧とは早くおさらばしたいし、たぶんだけど他に方法はないと思うんだ。だってここにいる人達、凄い人ばかりなんだろ?」
 
 ロイスが優斗達を示す。
 確かにいる面子は論外が多い……というか論外しかいない。
 
「そうよね。それにあったとしても、わたし達の頭じゃ思いつかないわ」
 
「あとはな、安心してる理由は簡単なんだ。キリアが俺を守ってくれるんだろ?」
 
「ええ。わたしが守ってやるわよ」
 
「だから俺は安心できる」
 
 決意を込めた視線を二人は優斗達に送る。
 全員で頷いた。
  
「期待してるぜ?」
 
「いくら安心している相手とはいえ、猶予はおそらく二分……いや、二分もないのだろうね。だから一分以内にケリをつけるのだよ」
 
「フォローは俺らに任せておけばいい」
 
 それぞれが声を掛けていき、優斗は最終確認をする。
 
「キリア、できるね?」
 
「……一分、か。上等じゃない」
 
 やってみせる。
 やってのけてやる。
 
「君が助けると誓ったんだから、助けてみせなよ」
 
「先輩。わたしを“誰”の弟子だと思ってるのかしら?」
 
 嘲笑するかのようで、覚悟を決めた声音。
 その『名』を忘れない為に、己が誰の弟子なのかを今一度、自身に刻み込む。
 
「良い啖呵だね」
 
「しかし大丈夫なのかね? 大魔法士は魔法陣を破壊して、新たな魔法陣を生み出していると聞いているから先程の行いも頷けた。だがしかし彼女はどうなのだね?」
 
 言葉にすると簡単ではあるが、実際に行っている者をウェザーが知っているのは優斗だけ。
 それほどまでに魔法陣を破壊するということは難しい。
 けれど、だ。
 
「キリアは僕の弟子ですから。同じことはすでにやらせてますよ」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 キリアが目を閉じて、精神を集中し始めた。
 あらゆるパターンを模索して、あらゆる不可能を潰していき可能を引きずり出す。
 その為の作業だ。
 彼女の姿を見届けながら、修は優斗の肩を叩いて小声で喋る。
 
「優斗。本当ならお前も出来んじゃねーのか? 俺だって出来そうな感じがするしよ」
 
「まあね」
 
 可能か不可能かで言えば可能ではあると思う。
 
「だけどお前は、そうすることが一番だと思ったんだろ?」
 
 キリアがやらなければならない、と。
 そう思ったのだろう。
 
「修だったら僕ら以外の誰かに命を預けられる?」
 
「無理に決まってんじゃねーか」
 
「つまりは、そういうことだよ」
 
 今回の件は100%問題無しで解決できることじゃない。
 
「さすがにこの状況で、僕もロイス君の命を預かることはできない。馬鹿をぶっ飛ばせばいい、とか単純なことじゃないからね」
 
 力技のみでどうこう出来るのであれば、もっと話は簡単だろうが今回は違う。
 
「師匠の贔屓目って可能性はあんのか?」
 
「捨てきれないけど……それでも言うよ。キリアは僕の弟子だ」
 
 生温いことは一切していない。
 出来る可能性は彼女の中にある。
 ならば、やらせることが出来る。
 不可能を可能にしろと言っているわけではない。
 僅かでも可能性あるのならば、引きずり出せと言っているだけだ。
 
「甘いよな、お前」
 
「厳しいよ。人の命を背負えと言ったんだから」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 トクン、と心臓が高鳴る。
 誰かの命を預かるなんて初めてだ。
 
「準備はいい、ロイス?」
 
「いつもでいいよ、キリア」
 
 けれど幼なじみは恐れる様子なく、怖がる様子なく笑みを浮かべている。
 キリアは一度、胸元を握りしめた。
 
 ――応えたい。
 
 そう思って……頭を振る。
 
 ――違うわ、応えてみせる。
 
 自分だからこそ預けてくれたロイスのためにも。
 やってみせる。
 
「いくわ」
 
 キリアが右手に力を込め、陣に手を置いた。
 僅か一分の勝負が……始まる。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「なあ、優斗。何か問題はあんのか?」
 
 キリアが魔力を送り始める。
 やっていることと、結果は分かっている。
 しかしながら修はいまいち、内容が掴めない。
 
「簡単な説明をすると問題は二つある。一つはおかしな契約のようなものがあって、キリアの魔力を陣が受け付けるわけがないこと。もう一つは陣に持って行かれる魔力が普通のものとは違うこと。で、その二つを解決するには――」
 
「力技ってことか?」
 
「そういうこと。だから無理矢理、陣に魔力をねじ込む」
 
 異常な魔法陣であろうとも、僅かぐらい普通の魔力を通すことは出来るはず。
 そこへ無理矢理にでも魔力を通し込み、破壊する。
 優斗はキリアの様子を見て、呟いた。
 
「30秒経過、か。これからが勝負だね」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 正直に言って、指先が痛い。
 普段とは違う。
 反発されているのが分かる。
 
 ――でも、感覚は掴めた。
 
 無理はしないレベルで探っていた。
 管理外の陣への魔力の通し方。
 問題と言われていた場所も僅かばかりだろうと、魔力が通ることも分かった。
 そこまで分かれば、あとは一番壊しやすいように頭の中で描いた最良のパターンへと持って行く。
 だから、
 
「……無理と無茶は……ここからよっ!」
 
 さらなる魔力を手に込める。
 バチリ、と陣が輝き始める。
 それと同時に、
 
「…………えっ?」
 
 いきなり足許がふらつき、ガクンと身体に倦怠感を感じた。
 
「キリア!?」
 
「――っ!」
 
 ロイスの呼びかけで倒れそうになった身体に気付き、無理矢理に立て直す。
 
 ――わたしからも魔力を持っていこうとしてる!?
 
 倦怠感が急激に身体を襲う。
 気付かれたのは別にいい。
 いずれバレることは予想していた。
 しかし、どうやっているかは知らないがこんなことも出来るのか。
 
「…………よくやるわ」
 
 今まで歴代の黒の騎士を殺してきただけはある。
 ハッ、と笑った。
 
「ロイスが命を賭けてるんだから、わたしだって賭けてやるわよ」
 
 覚悟は元より決めている。
 ベットがロイスの命に加えて、自分の命も加わっただけのことだからどうでもいい。
 魔力を持って行きたいのならば持って行けばいい。
 
「肉は切らせてあげるし、骨も断たせてあげる。でも――」
 
 さらに魔力を込める。
 何を持って行かれようとも、最後の一線は譲らない。
 
「――勝利はもらうわ」
 
 ピシリ、と陣にヒビが入った。
 無理矢理に魔力を流し込み、無理矢理に破壊する兆候が現れた。
 さらにヒビは陣全体へと広がる。
 
『――――っ!!』
 
 その時だ。
 あと少しで壊れる瞬間、陣が一層輝いた。
 同時に黒く巨大な物体が一瞬にして出てきては、キリアへと攻撃を――
 
「へぇ~、こいつって本当に任意で出てこれるんだな」
 
 しようとした。
 右腕のようなものからの攻撃を修が剣を抜き、攻撃を防ぐ。
 
「やらせねーよ」
 
 彼らの目の前にいるのは、黒い靄で形成されている15メートルほどの人型。
 胸のあたりには巨大な赤い宝石みたいなものが存在している。
 いかにも強そうな感じ……いや、実際に強い。
 少なくとも優斗達が出会った魔物の中では一番だろう。
 
「陣をぶっ壊されたら、餌がなくなっちまうもんな。つーか陣から出てくる意味での餌かと思ってたけど、あれだとリアルに魔力を餌にして生きてんじゃねーの?」
 
 優斗に話を振ってみると、彼も納得するように頷いた。
 
「……確かに赤い球が魔力を餌として捕食していると考えれば、おかしくはない。とはいえ珍妙な魔物だな」
 
「だからぶっ壊そうとする奴を倒そうとしたんだろ」
 
 追撃でもう一度、腕を振ってきた。
 しかし、今度は優斗が防ぐ。
 
「これ見よがしに弱点があるとは残念な魔物だ」
 
「強さ的には今までで一番強いけどよ。馬鹿なんじゃねーの、こいつ」
 
 抜いた剣で簡単に攻撃を押さえつける。
 呆れるような声を出したのはウェザー。
 
「この魔物を馬鹿にできるのは君達だけだと思うのだよ」
 
 実際、ウェザーとてこの二人がいなかったら恐怖で震えていたかもしれない。
 それほど圧力のある魔物だ。
 
「単純な弱点があるならキリアに華を持たせるとするか」
 
「……お前、すげーな。その発想は出なかったわ」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 魔法陣から何か黒い物体が出てくるのは見えた。
 が、そんなものは“どうでもいい”。
 優斗がいて、修がいる。
 背中を預けるのに何一つ問題なんてない。
 
「あと……少しっ」
 
 響く剣戟も、音も、今の自分には興味ない。
 為すべき事をやり遂げる。
 陣を破壊する。
 どれだけ魔物が強かろうが知ったことか。
 ロイスを助けることこそ最優先事項。
 
「これで終わりよ!」
 
 少しだけ、右手を押し込むように前へ出す。
 瞬間――砕けた。
 鎧に描かれている陣が、歪み、軋み、破裂するように霧散した。
 
「…………よかった。ちゃんと壊せた」
 
 ぺたん、と座り込むキリア。
 気が抜けた。
 疲れた。
 たくさんあるけれど、これでロイスは大丈夫になるのだという実感がある。
 それだけで嬉しい。
 
「あとは師匠さんに任せていいんだな」
 
 ロイスがキリアの肩に手を置いた。
 お疲れ様、という意味が込められた手に触れながら、キリアは優斗達の方を見て、
 
「……あれ?」
 
 違和感があった。
 優斗達は未だに魔物と戦っている。
 それがたまらなく“おかしい”。
 
「そういうわけにも……いかないみたい。嫌な予感がするのよ」
 
 足に力を込めて立ち上がる。
 ロイスが少し慌てた。
 
「……えっ? キリア、どういう――」
 
「ああ、違うわ。ロイスが思ってるような『嫌な予感』じゃないの」
 
 魔物が云々、という意味でのものではない。
 
「先輩を知ってるからこその予感ってことよ」
 
 大魔法士とリライトの勇者が魔物をフルボッコにしていたのだが、完全に倒しきっていない。
 赤い球体は全体的にヒビが入り、亀裂が生まれるものの壊れるには値しない。
 そして優斗が精霊を使い、修が魔法を使い魔物を完全に拘束した。
 やっぱり、としか言い様がない。
 笑みを携えている修と冷静な表情の優斗。
 二人が同時にキリアへ告げた。
 
「出血大サービスだぜ?」
 
「決めろ、キリア」
 
 トドメを刺せ、と。
 どうせ優斗が何か言ったのだろうと思う。
 それが問わずとも分かるから性質が悪い。
 
「まあ、だからこそ先輩か」
 
 大きく息を吸って、吐く。
 いくらあの二人にやられているとはいえ、相手はSランクの魔物。
 普通の魔法で倒せるわけもない。
 
「あれしかないわよね」
 
 使うべきは宮川優斗直伝――神話魔法“虚月”の下位互換。
 この世で使えるのは優斗とキリアだけ。
 たったの二人しか使うことの出来ないオリジナルの魔法。
 
「……ふぅ」
 
 大きく深呼吸をする。
 
 ――やろう。
 
 これはキリアだから教えてもらうことが出来た。
 努力を重ねた末の魔力量。
 優斗が教えることが出来ると思った技量。
 故に知っている者達は皆が認める。
 
 
「求めるは穿つ一弓――」
 
 
 彼女こそが『大魔法士の弟子』なのだと。
 
 
 
 
 
 
 
 
 両の手に現れた火と氷の魔法陣を合わせながら砕く。
 足元に散った魔法陣の欠片を丁寧に繋げながら、キリアは思い返す。
 この魔法を教えてもらった時も辛かった。
 まず優斗以外、誰もやったことがない。
 アドバイスもほとんどされてない。
 なのに自分になら出来る、と。
 変に信頼しているのだ、自分の師匠は。
 もちろん信頼通り、死ぬほど苦労したけれど……というか死ぬ気でやって出来るようになったし、結果オーライだとは思う。
 これのおかげで今回の問題を自分が解決することが出来た。
 
「…………」
 
 欠片となった陣を全て組み合わせ、一つの魔法陣と成す。
 同時、キリアは両手を広げた。
 光の弓と矢が現れ、最後に詠唱を紡ぐ。
 
「――消滅の意思」
 
 右手を開いた。
 放たれた光の矢は寸分違わず、魔物の胸元にある赤い球へと命中する。
 そして抹消するかのように球体が消滅し、一緒に魔物自体が消えた。
 これで全部終わり。
 
「お疲れ様、キリア」
 
「頑張ったじゃねーか」
 
 ポン、とキリアの肩を叩いて褒める優斗と修。
 
「普通、わたしに倒させる!?」
 
 あれだけ頑張って陣を破壊したというのに。
 トドメを刺せとか酷いにも程がある。
 
「師匠としてはどうなんだよ?」
 
「主役はキリアなんだから、キリアにやらせるだけだよ」
 
 しかし優斗はいつも通りでしかない。
 
「という感じのコメントだけど、弟子の感想はどーよ?」
 
「ほんっとうに最悪な師匠よね」
 
 こういう時ぐらい、と思ってしまいたくもなるが、こういう時だからこそやらせる……というのも理解できてしまう。
 キリアは幼なじみに近付き、
 
「ロイス、だいじょうぶ?」
 
「…………なんか、身体が軽い」
 
 ロイスが身体がぐるぐると回す。
 むしろ普通にしていた今まででも多少の影響があったことに今、気付いたようだ。
 
「じゃあ、もう大丈夫ね」
 
 安堵したキリアの頭をポコっと優斗が叩く。
 
「ロイス君の言葉だけで判断しない。ほとんど大丈夫なのは分かってるけど、ちゃんと全部を鑑みて判断しないと」
 
「は~い」
 
 窘めながらも優斗の表情は温和だ。
 それだけで、もうロイスは大丈夫なのが分かる。
 すると修が鎧を手に取って、
 
「これ、どうすんだ?」
 
 ロイスの前へと置いた。
 もう胸元に陣は存在しない。
 
「……あれ? もしかして魔物が召喚できないとヤバいとか、ある?」
 
 優斗がふと思ってロイスに訊いてみる。
 
「いや~、ちょっと分からないです。でも“黒の鎧”だけは別物だって上は分かってるので、問題はないと思います」
 
「だったらいいけど」
 
 普通に考えれば良い事はしたわけだし、問題にはならないはず。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 和泉とウェザーは今日の出来事が興味深かったのか検討するために王城へと戻り、優斗、修、キリア、ロイスは帰宅の路を辿る。
 
「ロイス君はこれからどうするの?」
 
「今日か明日にはクラインドールの勇者達がやってくるので、合流しようと思います」
 
「何の為に来んだよ?」
 
「各国王族への顔見せという点が一番大きいです。新しい勇者なので」
 
 他にもどこかで細々とした問題があればお手伝い、というのがクラインドールの勇者がやっていることだ。
 
「……なあ、優斗。逃げれるか?」
 
「無理じゃない?」
 
 せっかくクラインドールの勇者が顔を出してくれるのだから、こちらの勇者も顔出しするのが普通だろう。
 というか自分だって逃げられるか分からない。
 
「ロイスはいつまでこっちにいるの?」
 
「ん~……そうだな。たぶん数日ぐらいだ。あんまり期間は分からない」
 
「だったら一度くらい、勝負してもいいかもしれないわね」
 
 キリアの発言に男勢が全員、苦笑する。
 その時だ。
 
「あっ、ロイス君!!」
 
 少し離れた場所からロイスを呼ぶ女性の声が聞こえた。
 今歩いているのは商店街。
 人通りもあるのだが、その声は良く響いた。
 声の主は人通りをすり抜け、優斗達の前へと顔を出す。
 
「ハルカ様、もう来てたんですか」
 
「うん。ちょうどいい感じで来れたんだよ!」
 
 元気印がトレードマーク、といった印象の少女だった。
 黒髪にショートカット。
 目はくりっとして大きく、それが殊更に活発そうなイメージを与える。
 鎧は着けていなく、服装は普通。
 なのに背にある大型の両手剣がミスマッチだ。
 
「あれ、そっちの人達は誰?」
 
「俺の幼なじみと恩人の方々です」
 
 ロイスが手で示すと、彼女は嬉しそうに笑った。
 
「へ~、そっかそっか。この子がロイス君がいつも言ってた幼なじみなんだ」
 
 何度も何度も頷き、そして胸元へと手を当てた。
 
「自己紹介するね」
 
 楽しそうな笑みのまま、少女は紡ぐ。
 
「ぼくは『クラインドールの勇者』――鈴木春香だよっ!」
 
 
 



[41560] クラインドールの勇者、登場
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:6349033c
Date: 2015/12/18 19:37
 
 
 
 
 目の前で行われた自己紹介に対して、優斗と修は視線で会話する。
 
『……どうしよっか?』
 
『いや、そう言ったって明日ぐらいに会いそうなんだろ?』
 
『そうなると、しょうがないね』
 
『だろうな』
 
 会話終了。
 というわけで、二人も自己紹介を始める。
 
「内田修。あんたと同じ日本人っつーわけで、よろしく」
 
「宮川優斗。同様に日本人だよ」
 
 さらっと言われた大層な単語に、春香の顔がポカンとする。
 
「…………へっ? 日本人?」
 
 そして二人の髪と目を特に見回し、
 
「あ~っ! うわ、うわっ! もしかして召喚された人達なの!?」
 
「そういうこった」
 
「苦節十ヶ月! 同世代の日本人に初めて会ったよ~!」
 
 嬉しさのあまり優斗と修の手を取って、ブンブンと上下に振り回す春香。
 どうやら言葉から察して何人かの日本人には会ったようだが、同世代は初めてらしい。
 感激のあまりニコニコの春香だが、その時だ。
 
「悪いけど、この子猫ちゃんは俺様のものだから」
 
 彼女の首に腕を回した男性がいた。
 青い鎧を身に纏い、顔の彫りは深く、なんとなくイタリアなどのラテン系なイメージを優斗達は思い浮かべる。
 
「――っ! は、離してブルーノ!」
 
 すると春香が振り解くように腕をはがして離れる。
 けれど目の前にいる男性は飄々とした様子で肩をすくめた。
 その隣には、赤い鎧を着けている少女。
 こちらは髪が赤みがかっており、北欧系で妖精のような顔立ち。
 さらには春香と同程度のショートカット。
 ただ、先程からぶつぶつと呟いている。
 
「……こいつら、ハルカの柔肌に触った。殺す。殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す。ハルカは私のもの、私のものなんだから」
 
 聞こえてくるのは物騒な単語。
 ノッケから凄かった。
 
「ロイス君、ちょっと来て」
 
 優斗が手招きで呼び寄せる。
 
「この二人、なに?」
 
「えっと……“青の騎士”ブルーノと“赤の騎士”ワインです。八騎士の中でハルカ様と一緒に動いているのが俺と、この二人なんです」
 
「あのワインって子、僕と修とブルーノって人に殺気放ってるけど」
 
 呟きながらも、何だかんだでどえらい殺気がこっちに向かっている。
 
「……ワインはハルカ様が大好きなので」
 
「なるほど」
 
 優斗は頷くと、修と一緒に肩をすくめた。
 
「百合ヤンデレに俺様にロイス君……か」
 
「うちと同じくらいに濃いんじゃね?」
 
「かもね」
 
 というか勇者パーティは何かしら濃い必要性でもあるのだろうか。
 正樹しかり、春香しかり、修しかり。
 するとブルーノが不意にキリアに視線を送った。
 
「おっと、そこの子猫ちゃん。俺様に惚れたら駄目だ」
 
「……わたし?」
 
 キョロキョロとキリアが周りを見回すが、そこにいる女性は彼女しかいない。
 
「俺様は外見だけで惚れてくるような女を相手をしない主義だ。それに今は、この子猫ちゃんがいる」
 
 春香にウインクを送る。
 決まってはいたが、春香は鳥肌が立ったのか両の手で腕を擦っていた。
 キリアは突然に訳の分からないことを言われて眉根をひそめるが、
 
「イケメンって正直、クリス先輩あたりで見慣れてるのよね。っていうか貴方、顔がくどい」
 
 ブルーノを一刀両断する。
 優斗が笑った。
 
「正統派だもんね、クリスは」
 
「あっちに見慣れると駄目ね」
 
 ドS師弟でさらに追撃。
 そして春香に向き、
 
「鈴木さんも大変だね」
 
「春香でいいよ。こっちに来てからずっと呼ばれてるし、この世界って結構下の名前で呼ぶし。それにたぶん、ぼくの方が年下だよ?」
 
「こっちは高校で言えば高3だよ」
 
「ぼく、高2だから」
 
「じゃあキリアと一緒なんだね。分かったよ、春香」
 
「こっちもよろしくね、優斗センパイに修センパイ!」
 
 簡単に下の名前を呼んだ優斗。
 慌てたのはキリアだ。
 
「ちょ、ちょっとちょっと。フィオナ先輩、大丈夫なの?」
 
 かつて、キリアを名前で呼ぶことすら悩むことになった優斗だ。
 なのにこんな簡単に呼んでいいのだろうか。
 バレたら大惨事しか思い浮かばない。
 
「安心して。名前ぐらいは大丈夫になったんだよ、最近」
 
「……それでも最近なのね」
 
 色々な人に会い、さらには下の名前で呼ぶことも多い。
 なのでフィオナに了承して欲しいと頼んだから、大丈夫だった。
 三月末の一件で、どうやら彼女にも多少の心境の変化があったらしい。
 
「春香も濃い連中に囲まれて楽しそうじゃねぇか」
 
 修がからかうように言うと、春香がもの凄い勢いで頭を振った。
 
「む、無理無理! ほんっとに無理なんだってば! ヤンデレとか百合とかアニメで十分だし、俺様とか実際にいたらキモいだけだし、ロイス君は幼なじみのことばっかりしか話さないけど、人畜無害だからロイス君だけが心のオアシスなんだよ!」
 
 小声ではないので、後ろにいる青の騎士と赤の騎士にも聞こえており、地味に表情が沈む。
 しかし優斗と修は出てきた単語に首を捻り、
 
「……あれ? 君って……オタク?」
 
「もしかして腐ってたりもすんのか?」
 
 先程、優斗が言ったのは確かだ。
 だがどうして彼女も使えるのだろうか。
 
「――っ!? な、なん、どうして!?」
 
「一般人じゃ言葉の意味、分かんねーだろ」
 
 オタカルチャーに多少なりとも理解がなければ使えない。
 
「……あー、えと、これは違うんだって、だから、その――」
 
 瞬間、優斗がロイスの足を引っかけ、さらに突き飛ばした。
 飛ばした先は修。
 修が体勢を崩したロイスを見事にキャッチする。
 
「す、すみません!」
 
「気にすんなよ」
 
 なぜか謝るロイスだが、優斗と修は同時に春香を見る。
 
「キターっ! ヤバッ、ヤバ! うわ、桃源郷がここにあるよ! ロイス君も顔はそこそこ良いけど、やっぱりイケメンがキャッチっていうのが乙だよね! そうだよね! 時代が来てるよ、今!」
 
 小声ではあるが、なんかもう色々と口から漏れていた。
 表情も先程以上に輝いている。
 
「思ってたより腐ってんな」
 
「想像してたより腐ってるね」
 
 春香の様子を見て断言する二人。
 それに気付いた彼女は、
 
「は、謀ったな!?」
 
「謀る以前の問題だと思うけど」
 
 単純そうな娘だからやったのだが、ここまで見事に嵌まるとは。
 
「じゃあ、攻めの反対は?」
 
「引っかからないよ。守り」
 
 自信満々に答える春香。
 
「やり取り知ってる時点で駄目だから」
 
「……っ! 謀ったな!?」
 
「いや、こんな単純な手にやられるとは思わなくてビックリした」
 
 面白い子だ。
 素直にそう思う。
 
「そういえばこの面子で明日、王様に謁見するって?」
 
 クラインドールの腐った勇者、会話ワンパターン黒の騎士、ヤンデレ赤の騎士、俺様青の騎士。
 最初の二人はまだいいが、後者はさすがに殺気やら何やら色々とある。
 
「アポとか取ってんのか?」
 
「えっと……前々から各国に伺う話はしてますし、そこまで時間は掛けませんから」
 
 ロイスが答えると、優斗と修は良い笑顔で言った。
 
「「 却下 」」
 
 



[41560] 王様の提案
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:6349033c
Date: 2015/12/18 19:38
 
 
 
 翌日の午後。
 春香は膝を着き、顔を伏せていた。
 
「面を上げよ、クラインドールの勇者――スズキ・ハルカ」
 
 リライト王の声が届き、春香は顔を上げる。
 
「遠路遙々、よく来てくれた。リライトが歓迎しよう」
 
 王の中の王。
 今まで出会ってきた王とは一線を画するほどの雰囲気が、春香の目の前にある。
 
「はっ、ありがとうございます」
 
「連れも幾人かいると聞いていたが……」
 
 王様が聞いていた話と違う、と訝しむ。
 確か四人で諸国を動き回っていたはずだ。
 
「えっと……その……」
 
 すると春香は目を泳がし、昨日の出来事を思い出す。
 
「駄目出しを……されまして」
 
「駄目出し? 誰にだ」
 
「内田修さんと宮川優斗さんにです」
 
 春香が答えると、王様が感嘆の声を上げた。
 
「ほう。シュウとユウトに会っていたのか?」
 
「昨日、私の連れが彼らの世話になっていて、偶然出会ったのですが……他の連れに駄目出しをされてしまい、私だけで登城させていただくことに」
 
 王様は春香の言葉を聞きながら、大凡の経緯を掴む。
 あの二人が駄目出しをしたということは、何かしら問題がある連れなのだろう、と。
 
「あの二人は自分から危険に首を突っ込むくせに、我に危険が及ぶことを避ける性質だ。しかしながらクラインドールの勇者には申し訳ないことを言ったな」
 
「いえ、リライト王への危険を考えれば妥当な判断だと思います。私の仲間はその……うっかり殺気を放ったりする変人ばかりなので」
 
 例えば王様と握手、とかになったらやばいかもしれない。
 そうすると優斗達の考えも確かに理解できる。
 
「素直だな、クラインドールの勇者よ。我とて近衛騎士団の手練れを側に置いているのだから、無用な心配なのだが……それを正直に言うとは恐れ入った」
 
 王様の背後には副長とフェイル、ビスがいる。
 何かあっても問題ないメンバーだ。
 
「本来は同世代の異世界人と顔合わせをしておいたほうがいいと思って呼んだが、顔見知りというのであれば気を抜くが良い。謁見はこれにて終わりだ」
 
 そして合図を送る。
 するとお揃いの白い服を着た二人が出てきて、
 
「王様、この服を着るとか聞いてないんすけど」
 
 昨日とは違い、ピシッとした服装の修と優斗。
 今日も平日なので学院がある。
 が、二人は王様からの要請で早退し、この場へとやって来た。
 
「顔見知りということで気楽にしたが、本来はこういう公式の場で着ることになるのだから慣れておけ。というより普通は言われた時点で持ってきているものだ。ユウトを見習え」
 
 優斗はわざわざ自宅から服を持ってきていて、修は王城にある予備を着ている。
 
「あの、僕も念のためで持ってきただけなんで、まさか本当に着るとは思っていませんでした」
 
「どこの世界に親友とペアルックで公式の場に出る奴がいんだよ」
 
「この世界に決まっているだろう。というより、お前にはそろそろ言葉遣いというものを教え込まねばならんようだな」
 
 先程の謁見時に思ったが春香は言葉遣いがキッチリとしている。
 比べて修は、基本的に「~っす」みたいな話し方だ。
 
「相手が王様じゃなけりゃ、ちゃんとやるっすよ」
 
「ほう、では試しに自己紹介をやってみろ」
 
 王様がおもしろ半分で言ってみた。
 すると修は徐ろに顔を真面目にして、
 
「クラインドールの勇者殿。私は『リライトの勇者』であるシュウ=ルセイド=ウチダと申します。以後、お見知りおきの程を」
 
 綺麗に自己紹介をした。
 しかし……なんというか、気色悪い。
 
「……くっ」
 
「……ぷっ」
 
「笑ってんじゃねーか!」
 
 なぜに真面目に自己紹介して笑われる。
 
「すまんすまん。これほど似合わんとは思っていなくてな」
 
「ごめん、修。僕も同じ」
 
 くつくつと笑う王様と優斗。
 春香にも思わず笑みが零れる。
 やはり気を楽にしろと言われても、王を前にして楽に出来るわけもない。
 しかし目の前でくだらないやり取りをされて、さすがに笑ってしまった。
 王様は彼女の様子を見て、柔らかく声を掛ける。
 
「さてハルカよ。今まで各国を巡っているだろう?」
 
「はい」
 
「色々と問題を解決してきたことも我の耳には届いている」
 
 王同士の会合がある時、時折耳にしていた。
 ちなみに修の話はネタ枠として、大いに周りの王を楽しませている。
 
「もしかして、私に頼みたいことが?」
 
「いや、そうではない。息抜きなどはしているのか? ということだ」
 
「えっ?」
 
 細々とした――飼い猫の捜索云々までやってきた、と王様は聞いている。
 そして行く先々で大抵、問題があったことも。
 
「幸い、我が国は『リライトの勇者』に加えて『大魔法士』がいる。問題が起ころうと何だろうと、大抵が小事に過ぎん。わざわざハルカに頼むようなことはない。むしろこの二人が引き連れてくること大事のほうが問題だ」
 
 そうだろう? とからかう視線を優斗と修に向ける。
 
「……大変、申し訳ありません」
 
「まあ、悪いようにはなってないからいいじゃないっすか」
 
 リライトきっての問題児二人が頭を下げたり、適当に言葉を返す。
 王様は苦笑し春香に語りかける。
 
「故にここで一度、息抜きをしてはどうかと思っているのだ。クラインドール王もその事を気にしている」
 
 フィンドの勇者ほどではないが、クラインドールの勇者の名も轟き始めている。
 そこはクラインドール王とて嬉しいのだろうが、無理はさせたくないのが本音だ。
 
「そこで我は考えた。どうすれば息抜きになるのか、と」
 
 リライトの来た時はゆったりと過ごして欲しい。
 その手段を考え、
 
「だから提案だ、ハルカよ。明日、一日限りではあるが――」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 謁見の間から出た春香は、優斗達に連れられ応接間でゆっくりティータイム。
 
「春香、僕達が出てきてもあまり驚いてなかったね」
 
「ロイス君から修センパイが勇者で優斗センパイが大魔法士? とかは聞いてたから」
 
 大魔法士というのが何かは知らなかったが、凄いという触りぐらいは耳にした。
 
「そういえばセンパイ達、ロイス君を助けてくれたんだってね」
 
 呪われた鎧みたいな代物。
 その呪縛からロイスを解き放ってくれた。
 
「倒すのを協力しただけだし、助けたっていうのも微妙な感じだけどな」
 
「魔物の召喚に類似したものが必要なら、こっちでどうにか用意するから」
 
「ん~、たぶん大丈夫だと思うよ。だって面倒な鎧だったもん」
 
 むしろよく解決できたものだと思う。
 
「春香はいつ召喚されたの? 昨日の様子だと大体半年前ってところ?」
 
「いや、もうちょっと長いんだよ。大体十ヶ月くらい」
 
 去年の八月に春香は召喚されて、クラインドールの勇者となった。
 それから少しして、諸国を巡って勇者活動……とでも言えばいいだろうか。
 人助けなどをしてきた。
 
「俺らはバス横転で死にかけたらしいんだけどよ、春香は何が原因で召喚されてんだ?」
 
「うぐっ!」
 
 気軽に訊いた修だが、何故か妙な反応が春香から返ってくる。
 
「どうしたの?」
 
「……いやぁ……それが…………」
 
 何か問題でもあるのだろうか。
 辺にそわそわとしている。
 
「……ぜ、絶対他の人には言わないで!」
 
「あん? まあ、いいけどよ」
 
「口は堅い方だから安心して」
 
 修と優斗が言わない、と約束する。
 春香は彼らの返答を聞き、小さな声でぽそりと喋った。
 
「……水着」
 
「はっ?」
 
「……海で……足吊って。だから……」
 
 溺れて、死にかけて、光に包まれた。
 要するに、
 
「水着で召喚された、と?」
 
「……うん」
 
 足が吊って痛いわ、なのに周りには人がたくさんいるわで、本当にきつかった。
 ちょっと頑張ってビキニを着ていたので、まさしく状況的には『変態登場』だ。
 
「黒歴史じゃね?」
 
「い、言うな言うなぁ! ぼくだってあれほど恥ずかしい体験は二度とないんだよ!」
 
 ガバッとテーブルに顔を伏せる春香。
 その時、ドアをノックする音と開ける音が聞こえた。
 
「ずいぶんと楽しそうですわね」
 
 凛とした声が春香の耳に届く。
 顔を上げると、そこには絶世の美少女がいて、
 
「おっ、学院終わったのか?」
 
「ええ」
 
 頷く美少女は春香を向き、
 
「こんにちは。貴女がクラインドールの勇者ですわね?」
 
「え? あ、はい、こんにちは」
 
 慌てて春香は立ち上がって頭を下げる。
 
「あの、センパイ。この人は?」
 
「うちの王女様だ」
 
「修、省きすぎ。リライト王国王女のアリシア=フォン=リライト様だよ」
 
 優斗が丁寧に説明する。
 春香の顔が思わず固まった。
 
「し、ししし、失礼しました!」
 
 そしてペコペコと頭を下げる。
 王族とこんな気軽にやり取りするなんて、さっきの王様の時で気付いて然るべきだった。
 
「わたくしの周りにはこんなのしかいませんし、気にしないでいいですわ」
 
「し、しかし」
 
「修様など最初から敬語を使ったことがありませんし、父様からもハルカさんには気楽に過ごしてもらうよう、言付かっていますわ。ですので丁寧な言葉は厳禁。了解しましたか?」
 
「え、あ、と……はい」
 
「よろしい」
 
 ふふっ、と笑うアリー。
 女性の春香も見惚れてしまう。
 そして呆けてしまったのか、気が抜けたのか、思わずとんでもないトンチンカンなことを言ってしまった。
 
「アリシア様」
 
「どうかされましたか?」
 
「ボーイズラブってどう思います?」
 
 空気が……止まった。
 優斗は面白げに視線を向け、修の顎が外れそうになり、アリーはきょとんとした。
 
「……はい?」
 
 首を傾げる王女様の両肩を春香は掴み、
 
「つまり男と男が魅せる耽美な世界に興味があり――」
 
「おま、馬鹿野郎! アリーを変な道に引きずり込もうとすんな!」
 
 修が慌てて春香の手をはがし、無理矢理自分の胸元へとアリーを引っ張る。
 
「大丈夫だよ、アリシア様は素養がある! 感覚で分かるんだよ!」
 
「それは大丈夫とは言わねぇ!」
 
 ぎゃーぎゃーと言い合う修と春香。
 しかし、だ。
 
「……えっと……修様? あの、さすがのわたくしも他の方々がいるところでは、中々に恥ずかしいのですが」
 
 今現在の状況。
 アリーの両肩には修の手が置いてあり、彼女の顔は修の胸元へと軽く触れている。
 軽く抱きしめているようなものだ。
 
「わ、わりい」
 
「いえ」
 
 パッと修が手を離した。
 互いに軽くそっぽを向いたが、ちらりと同時に視線を向けて、
 
「――っ!」
 
「――っ!」
 
 顔を赤くしてまた、視線を大げさに外した。
 春香は眼前で行われた光景を目にして、
 
「優斗センパイ、優斗センパイ。修センパイってラブコメ主人公?」
 
「そうだよ。ただしヒロイン選択肢は無いけどね」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「それにしても、さっきのリライト王の提案。本当にいいのかな?」
 
「本当ならお前だって高校に通ってる歳だろ?」
 
 紅茶を飲みながら、話題は先程の王様の提案へと変わっていく。
 
「そうだけど……だってぼく、勇者だよ? なのに学院に一日留学っていいの?」
 
 王様が提案したのは学院への一日留学。
 一日ぐらいは『勇者』を忘れて楽しめ、というもの。
 
「んなこと言うと、勇者隠して学院通ってる俺は何なんだ?」
 
「そ、それはそうだけど~」
 
 その前に勇者として召喚しておいて、学院卒業するまで勇者を秘匿するリライトが異端だ。
 と、優斗がふと思った疑問をぶつけてみる。
 
「話を聞いての疑問なんだけど、召喚されてから諸国を巡るまでの期間が短くない? 普通はもうちょっと国にいてもいいと思うんだけど」
 
 召喚されてから二週間。
 たったそれだけで、春香は動いた。
 理由は何なのだろうか?
 王様からの話を聞く限り、クラインドール王にさしたる問題があるように思えない。
 
「王様良い人だけど、幾つかの貴族がキモいんだよ。いきなり『私の息子と結婚を!』とか言ってくるんだ。召喚されて一週間だよ? ありえなくない?」
 
「まあ、どこにでもいるよね。そういう奴らって」
 
 どこの国、世界だろうと関係なくいるものはいる。
 
「それで歴代の『クラインドールの勇者』が何をやってるのか八騎士に聞いて、諸国を巡って問題解決してるって言うから、それやるって言い切って出てきたんだ。で、一緒に行くって付いてきたのがワインとブルーノ。ロイス君は黒騎士になったばかりだけど……ほら、あの鎧だったから少しでも楽しい思い出をって感じで」
 
「なるほどね」
 
 だからあんな面白パーティになったというわけか。
 
「あのさ、学院って楽しい?」
 
「普通の高校と変わんねぇよ。でも、息抜きとしては丁度良いんじゃねぇか?」
 
「ですわね。異世界人の勇者ともなれば、尚更ですわ」
 
 軽い調子で言う修とアリー。
 春香も確かにと思い、頷く。
 
「うん、そうだよね」
 
 この国は修と優斗がいる限り、他国へ問題が渡ることはほとんどない。
 ということは、息を抜いていいというのも確かだ。
 
「あとはワインとブルーノを説得できるかどうかなんだけど……」
 
 



[41560] カオスな状況
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:6349033c
Date: 2015/12/18 19:38
 
 
「ハルカは私のもの」
 
「俺様の子猫ちゃんを誑かしてもらっては困るな」
 
 集合場所のカフェテラスに着いて、王様の提案を告げた第一声がこれだった。
 
「なんつーお決まりな」
 
「予想通り過ぎて何も言えない」
 
「すみません、ウチダさんにミヤガワさん」
 
 苦笑する修と優斗、謝るロイス。
 こうなると、だ。
 いつもの通りなら基本的に、
 
「修センパイ、優斗センパイ! ここで戦って勝つっていうのがデフォルトだよね!」
 
「だりい」
 
「ワンパターンで飽きた」
 
「ぼく、ワンパターンとか知らないから!? っていうかいつもこんな感じなの!?」
 
 普段は勝負事に持って行くのが常……というか向こうから吹っ掛けられるのだが、さすがにお馴染みになりすぎている。
 
「だって……ねぇ」
 
「だよなぁ」
 
「何となく言いたいこと分かるけど! でも、ぼく初めてだからね!?」
 
 王道的な展開を期待したら、だるいとか飽きたとか凄い事を言われた。
 
「うちの子猫ちゃんとは大違いだな。まるで勇者に見えない」
 
「私達は八騎士。勝てるわけがない」
 
 ブルーノとワインが挑発じみたことを言う。
 しかし、
 
「いつもの光景にしか見えないよね」
 
「戦うだけ手間なんだよな」
 
「そこは挑発に乗るべきだよね!?」
 
「いや、基本的には仲間関連以外の挑発かまされても反応しないっていうか……飽きたというか」
 
「挑発も飽きてるの!?」
 
「世の中、馬鹿ばっかりだからね」
 
 特に優斗は挑発と応酬の繰り返しなので、殊更に飽きている。
 
「最近、働きすぎた感じもするし」
 
「俺も自発的以外で戦ってるの、多くなってきてんだよな」
 
 直近の出来事だと貴族をぼこしたり、天下無双を負かしたり、そこそこな魔物も相手にしている。
 
「で、でもでも、魔法反射の鎧があるから魔物より厄介かも――」
 
「神話魔法はさすがに跳ね返せねーだろ」
 
「ロイス君と違って真っ当な鎧なら、何とでも出来るしね。精霊術でもいいわけだから」
 
 いきなり爆弾発言を落とす修と優斗。
 修の場合は意味がまだ分かるが、もう片方は何なのだろうか。
 と、ロイスが気付く。
 
「……あっ、そうか。ミヤガワさん、契約者なんですよね?」
 
「そういうこと」
 
 正解を導き出したロイスに対して春香は首を捻る。
 
「けーやくしゃ?」
 
「ハルカ様。この世界に精霊がいるという話はしましたよね?」
 
「うん」
 
「精霊は八騎士同様、八属性あります。そして精霊には中央に座す精霊王――パラケルススが存在します。そしてパラケルススを使役するには契約する必要があると言われています」
 
 ロイスの説明を聞きながら、春香の頭の中に浮かぶのは一つ。
 
「うわ~、RPGっぽい」
 
「やっぱりそう思うよね」
 
 優斗も同じ感想しか出てこない。
 
「伝説の大魔法士は精霊王と契約していた……というのが通説です。要するにミヤガワさんも大魔法士ということは、パラケルススと契約しているのでしょう」
 
「そうなると、どうなるの?」
 
「俺も詳しい話は知らないですけど、たぶん何でもありなのではないかと」
 
 意味がない、と言っていることからしてそうなのだろう。
 春香が思わず唸る。
 
「優斗センパイってバグキャラ?」
 
「否定はしないよ」
 
 この世界だとバグキャラ認定されても仕方ない。
 優斗は頬を掻きながら、あらためてワインとブルーノに言葉を向ける。
 
「まあ、その前に言うことがあるとすれば、うちの王様の好意を無碍にするなんて馬鹿なことはしないよね? 理由があるなら言ってみて」
 
「ハルカは私のもの」
 
「俺様の子猫ちゃんだ」
 
 即答された。
 
「なんという感情論」
 
 優斗も感嘆してしまうほどの。
 すると、今度は青の騎士と赤の騎士が互いを視線に入れ、
 
「ワイン、そろそろ気付かないといけないな。お前の愛は重すぎる」
 
「ブルーノは軽すぎる」
 
 なぜか睨み合いへと発展する。
 
「俺様と戦うのか?」
 
「貴方こそ、私と戦う気?」
 
 二人が立ち上がり、剣に手を掛ける。
 少しだけ、ピリっとした空気が場に轟いた。
 
「なんか場外乱闘始まってんな」
 
「これ、どうするの?」
 
 修と優斗が第三者的発言をかますと、ロイスが苦笑した。
 
「いつもの事ですし、俺には被害が及ばないのでどうでもいいんですが、たぶんハルカ様が爆発します」
 
 三人で春香に視線を向ける。
 かなり壮絶な表情になっていた。
 ムカついて赤くなって、勘弁してくれと青くなって、何とも言い難い表情だ。
 どうやらいつもこんな感じになっていて、頭に来ているらしい。
 
「…………」
 
 そして彼女は背にある両手剣を取ると、二人の間に振り下ろす。
 当たることはないが、それでも注意を向けるには十分。
 
「……次に騒ぎを起こしたら、クラインドールに返すって言わなかったっけ?」
 
 怒気の籠もった声が二人の耳に届く。
 
「ワイン」
 
「……な、なに?」
 
「君はぼくが好きとか言うけど、ぼくが嫌な事をやるんだ。百合展開とかホントに誰得? ここには大きなお友達とかいないし、百合とか流行らないよ。ぼく、これでもノーマルだからさ、親友とかなら全然嬉しいけど、病んでる子とか勘弁なんだよね」
 
 言うだけ言うと、今度は青の騎士を睨み付け、
 
「ブルーノ」
 
「な、なんだ?」
 
「子猫ちゃんって二度と呼ぶなって言ったよね?」
 
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
 
「俺様キャラは男同士だから映えるのであって、そんな奴が女に好意を向けたところで論外。なに、受けになりたいの? ブルーノはロイス君への鬼畜攻めだけじゃなくて、俺様受けとかになりたいの? ブルーノが他の女の子に目を向けてて、それに嫉妬したロイス君が無理矢理ブルーノを襲う展開を所望なの? ねえ、どうなの? 少なくともぼくが向こうにいた時は俺様受けも中々に流行ってたし、要するにそういうわけだよね? なんだ、ついに同人誌にされたくなったんだ、そうなんだ。言ってくれれば描いたのに。ロイス君×ブルーノは10冊分を余裕で越すぐらいの脳内ストックあるし、クラインドールにバラまいてあげるよ。それでぼくは夢の印税生活でウハウハしてやる」
 
 脅しているのだろうが、内容が酷すぎる。
 
「……一応は好意向けてる女の子がよ、脳内でロイスとカップリングとか鬼だろ」
 
「なんというか、脅しの方向性もたくさんあるね。参考になるよ」
 
「名前出されてる俺はどうすればいいんですか?」
 
 完全に蚊帳の外になった三人。
 その時、ブルーノがわざとらしく視線を背けて叫んだ。
 
「おっと、あんなところに黒髪の可愛い子猫ちゃんが!」
 
 空気に耐えかねたのか、目敏く黒髪の美少女と小さめな身体の美少女を見つけたブルーノは、テラスから飛び出して一目散に向かう。
 二人の少女が仲良さそうに歩いているところへ辿り着くと、
 
「そこの子猫ちゃん達。俺様と一緒にお茶でもどう――」
 
「駄目に決まってるだろ」
 
 後ろからガシリ、とブルーノの頭を鷲掴みするのは……優斗。
 
「……えっ? いや、ちょっと待った! どうしてだ!?」
 
 想定外な人間が追いかけてきていた。
 というか不意打ちの最高速で向かったのにも関わらず、どうして追いつけるのだろうか。
 
「僕の嫁になに話しかけてるのかな?」
 
 されど優斗は妙な威圧をしたまま、ブルーノを持ち上げる。
 黒髪の美少女――フィオナは突然のことに少し驚きながら、
 
「えっと……優斗さん、その方は?」
 
「気にしないで」
 
 爽やかな笑顔を向ける優斗。
 フィオナは彼がそう言ったので、気にすることをやめる。
 続いてはちんまりとした美少女――ココが、
 
「ユウ、また変なことになってるんです?」
 
「変っていうかカオス」
 
「大変そうです」
 
 軽い調子でココが笑う。
 
「フィオナ、今日は帰りが少し遅くなるかもしれない」
 
「分かりました」
 
「それじゃ、またあとでね」
 
 優斗が優しい表情を浮かべながらブルーノをさっきのテラスへ連れて帰る。
 もちろん、宙に持ち上げたまま。
 
「ちょ、ちょっと待った! 嫁とはさっきの子猫ちゃんのことか!?」
 
「そうだけど……黙るか口を閉ざすか選択肢あげるから喋らないように」
 
「そ、それは選択肢とは言わな――あたたたたたたっ!」
 
 優斗は笑顔のまま手に力を込め、メキリとブルーノの頭が悲鳴をあげる。
 そしてテラスでは修がワインに話しかけていた。
 
「お前さ、好感度を上げようとか思わねーのか?」
 
「……好感度? 私のハルカに対する好感度は常にマックス」
 
「いや、そうじゃなくてよ。普通はここで春香が望むことをやらせてあげたら『ワイン、ありがとう!』とか言って抱きついてくるだろ。こいつのキャラなら」
 
「……えっ?」
 
 今は不機嫌そうな表情だが、元気印で初対面でも手をぶんぶんと振り回すような子だ。
 そういうことだって、十分に考えられるものだが。
 
「な、なんたる失態!」
 
 ワインもその可能性に気付き、頭を抱えた。
 修はさらに話を続ける。
 
「つーか女の子同士ってスキンシップ結構あるらしいし、春香に触りたいなら親友ポジション確立させといたほうが何かと楽じゃね?」
 
「た、例えばどういうのがある?」
 
「仲が良い奴らだと、手を繋いで買い物とかほっぺにチューぐらいまであるらしいし、凄い仲が良かったら……それ以上もあるらしいぜ?」
 
 ニヤリと人の悪い笑みを浮かべる修。
 ワインの頭の中では、親友になったバージョンでのやり取りが妄想されているだろう。
 そして、
 
「ハルカ! 私、親友になる!」
 
 もの凄い勢いで宣言した。
 鼻息は荒く、どう見ても酷い。
 
「……修センパイ。これって手助け?」
 
「病む方向性とは別に向けてやったつもりだぜ?」
 
「確かにぼくのことは考えてくれるようになったかもしれないけどさ……」
 
 なんかもう良い意味でも悪い意味でも毒気が抜かれた。
 
「ここまで下心満載の親友宣言初めて見たよ」
 
 



[41560] 楽しさと、嬉しさと、寂しさと、辛さと
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:6349033c
Date: 2015/12/18 19:39
 
 
 
 
「クラインドールから来たハルカ・スズキだよ。今日一日限りだけど、よろしく!」
 
 自己紹介をすると、先生に促されて席に座る。
 そして隣の女の子を見て、にっこりと笑った。
 
「キリア、よろしくね」
 
「はいはい。今日はロイスの代わりにお守りしてあげるわよ」
 
 仕方なさそうだが、まんざらでも無いキリアが釣られるように笑みを零した。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 まだ周りが少し様子見をしている頃、ラスターが近付いてきた。
 そして今回の話の顛末を聞く。
 
「なるほど。ミヤガワの知り合いというわけだな」
 
「っていうか、同じ国から来てるんだよ」
 
「そうなのか」
 
 確かに見た目が似通っている。
 ラスターが頷きながら納得した。
 
「今日は主にわたしとラスター君でフォローするから」
 
「お願いね、二人共」
 
「任せてくれ」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 そして最初の授業は、学院でも基本となる魔法学……なのだが、
 
「…………」
 
「…………案外、根性据わってると思うべきなのかしら」
 
 教科書がない春香の為に、席をくっ付けているキリアが呟いた。
 隣では教科書を見ようとしながら、船を漕いでいる春香がいる。
 板書をしている先生の隙を見て、キリアは思い切り寝そうになっている勇者の額にデコピンをかました。
 
「……っ!」
 
 衝撃で春香がビクッとした。
 そして隣を見て、半笑い。
 
「……ハルカ。何を寝そうになってるの?」
 
「じゅ、授業って眠くなるし」
 
「一日だけなんだから頑張りなさい」
 
 師匠譲りの凍った笑みを浮かべるキリア。
 妙な迫力があって、春香は半笑いを引き攣らせながら頷かざるをえなかった。
 
「……はい」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 さらには実技で、
 
「ハルカ、大丈夫か?」
 
「う、うん。平気だよ」
 
 キリアにやられた春香がラスターに助け起こされる。
 
「貴女、運動神経良いわけじゃないのね」
 
 魔法ではなく剣での模擬戦。
 相手が勇者ということで、挑むの大好きっ子キリアが戦ってみたのだが、まさか勝てるとは思わなかった。
 というか、まるで素人の女の子とやっているみたいだった。
 剣を振り回したことなどない感じがする。
 まあ、海で足が吊って溺れた時点でお察しかもしれない。
 けれど負けん気はあったのか、
 
「チ、チートが足りないんだよ!」
 
「どういう意味よ?」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 そして昼休み。
 その頃には持ち前の元気の良さを発揮してクラスメートと仲良くなっていたのだが、断りを入れて先輩集団と待ち合わせ。
 
「豊田和泉。よろしく頼む」
 
「佐々木卓也だ」
 
 残りの異世界人先輩も顔を出し、挨拶をかわす。
 
「うわっ、うわ~。こんなにたくさんいるんだ、リライトって」
 
 感動している春香。
 けれど、さらに衝撃を受ける事になる。
 彼女の前に展開されている弁当の中身。
 
「あれ? おにぎり、エビフライ、卵焼きに……ミートボール!? すごい! 日本のお弁当だ!」
 
 慣れ親しんだ食べ物が眼前にある。
 
「卓也に感謝しろよ? お前の為に作ってくれたんだからよ」
 
 修が説明する。
 昨日、春香の事を話で聞いた卓也が朝早くから作ってくれた。
 よく気が回ると本当に思う。
 
「卓也センパイ、ありがとう!」
 
「たくさん食えよ」
 
「うんっ!」
 
 他のメンバーとも挨拶をかわし、春香がもの凄い勢いで弁当を食べている。
 卓也は満足げに頷き、他の連中も微笑ましく彼女の姿を見ていた。
 
「そういえば今日の夜、春香が来たから簡易的なパーティーを開くと聞いたが」
 
 小耳に挟んだ、といった感じで和泉が口にした。
 優斗とアリーが頷く。
 
「最初は簡略的だろうと普通のパーティーになるはずだったんだけどね、春香が『気楽にやってほしいな~、なんて。いや、その、いっつも堅苦しいから、リライトでは気楽なパーティーをしたいというか……』とか言うもんだから」
 
「わたくしが『でしたらハルカさんを理解していただける人達でやりましょうか?』と提案したのですわ」
 
 時折、パーティーを開いてくれる国もある。
 リライトでも同様のことをしようとしていたのだが、堅苦しいのが嫌いと春香が言うのでそうなった。
 
「だってさ、息詰まりそうなんだよ。修センパイ達なら分かるよね?」
 
「確かにだるい」
 
「そうだ」
 
 一も二もなく修と和泉が頷く。
 
「僕も気持ちは分かるかな」
 
「オレは全力で理解できるよ」
 
 パーティー参加が一番多い優斗と、王族と一生涯の付き合いが出来てしまった卓也も頷く。
 
「貴族ってどうしてパーティーとか好きなのかな?」
 
 疑問を呈する春香。
 対して優斗が、
 
「今まで知らなかった、もしくは狙っている貴族との縁を作るには絶好の場所だから。それに優位な立場にいた場合、周りの貴族に自分の立場を誇示できる。僕らが参加した場合だと、稀少な存在だから余計に鬱陶しい連中が群れてくるんだよね」
 
「……優斗センパイ。そんなマジな解答は期待してなかったんだけど」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 そして午後の授業。
 三年の“とあるクラス”との合同になった授業。
 三対三のチーム戦をすることになったのだが、
 
「……やばいわね」
 
「……やばいな」
 
「そんなにやばいの?」
 
 キリア、ラスターの表情が強張り、春香はきょとんとしていた。
 彼女達の前にいる三人は本当にヤバい。
 どれくらいかと言えば、どうしていいか何一つ分からないぐらいに不味い。
 
「……なんで勢揃いなのよ」
 
 あそこのメンバーは基本、適当にチームを振り分ける。
 さっきじゃんけんしていたのだって知っていた。
 だけど、だけどだ。
 それでどうしてこんな振り分けになった。
 春香と組んだ以上は勝つ気でいたし、勝ちたいと思っている。
 良い思い出になってくれればと考えてた。
 なのに、あれが相手とかふざけないでほしい。
 
「どれくらい凄いの?」
 
「わたしが全力で向かったところで、フルボッコにされてボッコボコにされて余裕でいなされるぐらいよ」
 
 相手は化け物と全力チートと優秀者。
 キリアは全員とやったことがあるが、笑えない。
 
「常識外二人と欠点無き基本。どうしたら勝てるのかしら」
 
 余裕綽々で話している相手チームを見て、キリアはどうにか勝てないか模索する。
 春香も春香で提案してみた。
 
「向こうの得意パターンを外すっていうのは? 基本だよね?」
 
「多少の上下はあれど、全員がオールラウンダー。しかも器用貧乏ってわけじゃなくて、どれもハイレベル。わたし程度の剣技だと太刀打ちできないわ。あくまで“今の状況”だったら、魔法ぐらいは同等だけど……使うべき時を全員が分かってるだけに、撃ち負けること必至ね」
 
 勝っているものは一つもない。
 チームワークでさえ、アイコンタクト一つせずコンビネーションを取ってくる連中だ。
 
「……仕方ないわ」
 
 勝つ可能性を何一つ見出せない。
 ならば出来ることは唯一、これだけ。
 
「腹立つけど、勝つ作戦が思い浮かばない。玉砕覚悟で戦うわよ」
 
 キリア達が半ばヤケクソ気味で彼らの前に立つ。
 
「おっ? 作戦は決まったのかよ」
 
「言うのがおかしいかもしれないけど、頑張って」
 
「精一杯、実力を出して下さい」
 
 三年の先輩――修、優斗、クリスが声を掛ける。
 そして全員で木刀を構えた。
 
「行くぜ」
 
「行くよ」
 
「行きます」
 
 宣言して、優斗達が飛び込んだ。
 狙いは中央にいる春香。
 
「ラスター君っ!」
 
 キリアとラスターが春香を守るように中央を固めた。
 しかし二人が動いたのを見るや、優斗と修が左右へ弾けるように広がった。
 反射的にキリアは自分の横へと動いた修に火の初級魔法を放つ。
 けれど修はかわすと同時、木刀を引いた。
 距離が空いているのにも関わらず、意味不明な行動。
 キリアはコンマ数秒、訝しんだ。
 けれどラスターの叫び声が聞こえる。
 
「ハルカ、キリア!! 頭を下げろ!!」
 
 修の手から木刀が飛んできた。
 振り投げたのだ。
 ラスターは春香の頭を強引に下げ、キリアも無理矢理に身体を沈める。
 同時、クリスが一直線に剣を振りかぶって突っ込んできた。
 
「求めるは風切――」
 
 春香が詠唱する。
 キリアとラスターは彼女の動きを察し、クリスの木刀を受け止める。
 零距離からの上級魔法。
 かわせる間もない……はずだった。
 
「良い判断ではありますが……」
 
 グン、と力を入れるクリス。
 木刀を防いでいるキリアとラスターは力を抜けば春香に当たる為、一層力を入れ直す。
 だが、
 
「――神の息吹!!」
 
 春香の詠唱が終わった瞬間、せめぎ合っている木刀を利用してクリスがジャンプし、キリア達の上空へと飛んだ。
 無人の前方へと上級魔法が放たれる。
 飛び越え、背後へ立とうとするクリスに対して、キリアは反射的に最速である風の初級魔法を放とうとし――
 
「はい、残念」
 
「良かったとは思うけどな」
 
「判断が光る勝負でしたね」
 
 音無く近付いていた優斗がラスターの首筋に、修はキリアの首筋、そしてクリスは春香の首筋に木刀を添えた。
 これで勝負あり。
 
「……ちょっと待って。どうしてシュウ先輩が木刀持ってるの? さっき投げてきたわよね?」
 
「優斗も同じように投げた。あとは分かるよな?」
 
「……くそ。そういうことなのね。あれはシュウ先輩の行動じゃなくて、先輩の行動を察してラスター君が叫んだわけか」
 
 さらには、しゃがんだ瞬間にクリスの突撃が目に入ったから気付かなかった。
 
「ラスターもね、もうちょっと周囲に気を配らないと。キリアだけで僕と修とクリスの状況を察するとか無理だから」
 
「貴様達が速すぎるんだ!」
 
 始まって終わるまで10秒も掛かっていない。
 その間に行われた攻防を考えるに、彼らの動きが速すぎるだけだ。
 
「ハルカさんはあのタイミングで上級魔法を詠唱するとは、さすがですね。少々驚かされました」
 
「当たると思ったんだけどな~」
 
「せめて一歩下がって詠唱をしたのであれば、また状況は変わったと思いますよ」
 
 とはいえ、あの状況下で慌てることもなく詠唱を始めたというのは、やはり勇者だからこそなのだろう。
 
「うぅ、だけどやっぱり大剣で守護獣を召喚できなかったのは辛いなぁ。ぼく、剣とかさっぱりだし」
 
 彼女が普段持っている大剣。
 召喚の陣が存在していて、協力な魔物を呼び出すことができる。
 だが、残念ながら今は授業。
 
「それを召喚してしまえば、授業どころではなくなってしまいますよ」
 
 苦笑するクリスに春香は吠える。
 
「だけど負けたくなかったんだよ!」
 
 
 
 
 
 
 
 ――放課後。
 
 色々と準備のある優斗達は相手が出来ないので、卓也、和泉、キリア、ラスターが春香と一緒に放課後をブラブラしていた。
 
「センパイ達って、普段は何してるの?」
 
「色々だよ。修が受けた依頼の手伝いをしたり、買い食いで過ごしたり、遊んだり、あとは各々事情がある時は個人個人で動く。優斗は色々とあるから、あいつだけは別で動くことが多いけどな」
 
「なんとなく分かるかも。優斗センパイはそうっぽい」
 
 色々とやってそうだ。
 
「じゃあ、キリア達は?」
 
「わたしはギルドの依頼を受けたり、特訓したり、先輩の訓練を受けたりしてるわ。時々、友人と一緒に遊んで骨休めする日もあるけどね」
 
「あれ? そうなんだ。なんかロイス君に聞いた話だと、女っ気も何もかも無くした訓練中毒っていう話だったけど」
 
「先輩に禁止されてるの。酷使するのはいいけど、限度を超えすぎたことは駄目だって」
 
 優斗のように間違った方向に行ってしまうかもしれないから、と。
 厳禁になっている。
 
「へ~、偉いね。言いつけはちゃんと守ってるんだ?」
 
「守らなかったら後が怖いのよ。周りから師弟っぽいって呼ばれるようになったぐらいからは特に」
 
「何で?」
 
「……知りたいの?」
 
 乾いた笑みを浮かべるキリア。
 それだけでもう、大変そうなのが分かる。
 
「な、なんかいいや。怖そうだし」
 
 若干冷や汗を流しながら春香は話題を変える。
 
「それで、今日は買い食いとかするんだよね?」
 
「オレらが最初にやったのが買い食いだから。まあ、色々と食べて楽しめればいいと思ってさ」
 
「ふむふむ。そっかそっか」
 
 商店街に入ったので、春香は周りを見回す。
 確かに食べ物の屋台みたいなのもたくさんあった。
 
「今日は春香が後輩になった記念日だしな。奢ってやるよ」
 
「キリアとラスターにも奢ってやる」
 
 そう卓也と和泉が言うと、後輩三人が喜んだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 イカ焼きを頬張りながらベンチに座る五人。
 
「でも、あれだね。和泉センパイも卓也センパイも彼女がいるんだよね? 近衛騎士のレイナさんと……えっと、さっきいたリル先輩?」
 
「ああ」
 
「オレの場合は彼女っていうか婚約者だな」
 
「どっちだとしても勝ち組じゃん」
 
 近衛騎士に王女。
 しかも美人。
 
「ぼくも普通の出会いをして、普通に恋愛してみたいなぁ」
 
「オレらは碌な出会いをしてないんだけど」
 
「えっ? そうなの?」
 
 問いかければ二人共頷いた。
 
「俺は最初から口喧嘩をした。思えば、よくあれから今の関係になったと思う」
 
「オレの婚約者は超絶上から目線だったんだよ。あの時はマジで酷い王女だと思ってた」
 
 振り返ると、とんでもない状況だった。
 レイナも最初は和泉のことが気にくわなかっただろうし、リルは家来のような扱いをしていた。
 
「でも、ぼくよりマシだと思うんだけど。貴族連中に結婚を前面に押し出されて言われるし」
 
「ハルカの年齢だと結婚適齢期だ。それも仕方ないことだとは思うぞ」
 
 ラスターが理由は分かる、といった感じで教える。
 すると春香がビックリしたような表情になった。
 
「……マジなの?」
 
「知らなかったのか?」
 
「だってこの世界の常識なんて旅してる途中ぐらいでしか仕入れられないし、パーティメンバーが……あれだし」
 
「大変なんだな」
 
 ラスターが可哀想に思って春香の頭を撫でた。
 
「もし気になっていることがあれば、何でも聞いてくれていいぞ。俺はちゃんと教えるから」
 
「うん、ありがと」
 
 春香の表情がぱあっと明るくなる。
 その光景に卓也達がなるほど、と頷いて小声で話す。
 
「あれがラスターのフラグ建築能力なんだろ?」
 
「そうなのよ。あれで落ちちゃう女の子が何人もいるのよね」
 
「というより、気安く人に触れるというのは凄いものだ」
 
「何も考えてないから出来ることだと思うわ」
 
「まるでギャルゲーの主人公にしか思えん」
 
 和泉が最後にしょうもない感想を述べる。
 すると春香にも聞こえていたのか、大声で反論した。
 
「ぼ、ぼくはそんな簡単に落ちないよ!」
 
「どうだか」
 
 からかうような声音で卓也が言う。
 
「ぼくはちゃんと初恋だって終わってるし、非現実少女じゃないんだからね!」
 
「ほう。それは詳しく聞きたいものだ。今日日、僕っ娘という絶滅危惧種に近い少女である春香がどのような初恋をしたのか、興味がある」
 
 今度は和泉がからかった。
 
「僕っ娘って言うなぁ!」
 
「なぜだ? それはお前にとってのストロングポイント。萌えの一種。元気印の僕っ娘など『ありがとうございます』と頭を下げるべき存在だろう」
 
 何ともテンプレを突いていて素晴らしい。
 さらには意外性として腐女子というのも盲点だ。
 
「い、和泉センパイが怖い」
 
「通常通りだよ。気にしないでくれ」
 
「……ははっ。これが和泉センパイの普通なんだ」
 
 通常運転の和泉に春香が乾いた笑い声をあげる。
 変人っぷりが本当に凄い。
 優斗と修も変な人達だとは思うが、さらに突き抜けている。
 
「でも、さ」
 
 その時だった。
 春香がぽつり、と呟いた。
 
「こういうのっていいね」
 
「何がだ?」
 
 卓也が首を捻る。
 
「こうやって日本で暮らしてた時のネタを使って、馬鹿騒ぎ出来るのってさ。すっごく嬉しいんだよ」
 
 春香は笑みを浮かべて、うん、と頷く。
 
「今までぼく、一人だったし」
 
 



[41560] 見えづらいもの
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:6349033c
Date: 2015/12/18 19:40
 
 
 
 
「そういえば、それって魔物を召喚できるんだっけか?」
 
 春香の背にある大剣を指差す卓也。
 
「うん。剣も魔物も名前はニヴルムって言うんだ。代々、クラインドールの勇者が扱う剣なんだよ」
 
「へぇ~、強そうな名前だな」
 
「すっごく強いよ。それに綺麗な魔物なんだ」
 
 愛着があるのだろう。
 ニコニコしながら話す春香。
 
「というより、貴女が大剣を振り回せるっていうのが不思議よね」
 
 筋力は貧弱だし、へっぴり腰。
 なのに大剣は簡単に振り回せるのが驚きだ。
 
「ぼくが持つと軽くなってくれるから。でないとこんなの、一回も振れないよ」
 
 もちろん振れるだけだ。
 剣技なんて分からないし、知らない。
 すると、
 
「小説など、勇者というのは強くなるにあたって何かしらの過去があるものだが、実際はどうなのだ?」
 
 ラスターがいきなり無神経なことを訊いてきた。
 
「……デリカシーないな、おい」
 
 卓也が額に手を当て、嘆息する。
 
「ラスター。勇者の基準は過去でも強さでもなくて“魂”なんだよ」
 
「たましい?」
 
 聞き返すラスターに卓也は頷く。
 
「一番重要なのは“純粋な魂”。過去とか実力とかで勇者判断するなら、優斗は生い立ちも実力も勇者になっておかしくはなさそうだけど……あいつが勇者って言われて、お前ら納得できるか?」
 
「するわけないわ」
 
「ありえん」
 
 キリアも一緒に断言した。
 優斗が勇者など、絶対にない。
 ……酷い話だが。
 
「そういうことだよ。だから大切なのは魂なんだ。まあ、うちの勇者は事情持ちだから当てはまってるけど……他の異世界人勇者は違うし、春香も違うんじゃないか?」
 
「ぼく、普通に暮らして普通に過ごしてたよ」
 
 特別なことなんて何もない。
 どこにでもいるような女子高生だった。
 
「だ、駄目だったかな?」
 
 やっぱり勇者というのは特別性がないといけないのだろうか。
 なんとなく否定されているような気分になって、不安げな表情を浮かべる春香。
 
「いいや、別にいいんだよ。何の変哲もないって、良いことだとオレは思うよ。それは勇者だって変わらない」
 
 ポンポン、と軽く春香の頭を叩く。
 それだけで不安そうな表情が一蹴された。
 キリアが感嘆しながらラスターに言う。
 
「いい、ラスター君。あれが考慮した優しさよ」
 
「なぜ俺に言う?」
 
「同じことをしても、タクヤ先輩のほうが温かいもの。考え無しのラスター君だとこうはいかないわ」
 
 考え無しだからこそフラグを立てるラスターと、優しさを以て安心させるために頭を撫でた卓也。
 やってあげたほうがいい、と思ったからこその行動。
 中身が完全に違う。
 
「だからなぜ、俺に言う?」
 
「わたしってラスター君と連むこと多いから、いつか誰かに因縁付けられそうな気がするのよね」
 
 そういう可能性も多分にある。
 しかしラスターは首を捻った。
 
「何のことだ?」
 
「分からないからラスター君なのよ」
 
 朴念仁というか無頓着。
 和泉と卓也が頷きながら、
 
「若干、修と似ているところがある」
 
「それってマジで残念なところだよな」
 
「……よく分からんが、貶されてると思っていいのか?」
 
 ラスターが難しい顔をしたので、皆で笑う。
 春香が面白がって、肩をバンバンと叩いた。
 と、その時だ。
 
「あれ? ハルカ、そこの袖の部分……」
 
 ラスターを叩いている袖をキリアが手に取る。
 春香は手に取られた部分を見て、叫んだ
 
「あーっ! せっかくの制服なのに!」
 
 微妙に破けている。
 今後も着るかどうかは分からないが、それでも破けているのは何となくイヤだった。
 
「キ、キリア。ソーイングセットとか……」
 
「わたしが持ってるとでも思ってるの?」
 
「だよね」
 
 昨日今日の付き合いだが、そんなキャラじゃない。
 すると卓也がポケットから小さな小箱を取り出し、
 
「オレが持ってるから、ちょっと動くなよ」
 
 流れるような動きで針に糸を通し、瞬く間に服を縫い始める。
 春香が少々、唖然とした。
 
「料理といい、裁縫といい、卓也センパイって女子力高いよね」
 
「俺らのお母さんだから当然だ」
 
 なぜか和泉が胸を張った。
 
「その溢れ出る母性でぼくにも優しくしてくれるし」
 
「母性言うな」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 優斗と修がパーティー会場で着替えながら、春香……というか勇者と呼ばれる人物達について話していた。
 
「勇者っつっても、やっぱ三者三様で別れるもんだな。俺と全然似てねーし」
 
「よくもまあ、これだけタイプが別れたと思うけどね」
 
 修も春香も……そして正樹も。
 全員が全員、似通っていない。
 
「言うなれば“望道”と“王道”と“常道”かな」
 
 袖に手を通しながら優斗が面白いことを宣った。
 
「何だその厨二発言?」
 
「わざとなんだから、ツッコミは無しで」
 
「じゃあ、言うなよ」
 
「そう思ったんだから仕方ないよ」
 
 くすくすと二人は笑う。
 
「俺と……あと正樹だったか。話を聞く限りだと、俺らはいいんだけどよ。あいつは普通だ」
 
 戦ってみて分かった。
 彼女自身には、それほどの力はない。
 戦闘技能に長けてなく、一般の異世界人より魔力量が多いだけの少女だ。
 
「だろうね」
 
 優斗も同じ感想だったのか、頷いた。
 
「俺らはいつでも一緒にいられるわけじゃねーから、今日ぐらいは目一杯楽しませてやろーぜ。まあ、あいつはいつでも元気みたいだけどな」
 
「元気いっぱいな春香を、もっと楽しませてやろうね」
 
 言って、優斗はふと思い出す。
 
「……そういえば、どうなってるかな」
 
 修以外で一番最初に出会った異世界人の勇者。
 “王道の勇者”である竹内正樹。
 何かしらが原因で存在が狂い始めているのだが、一体どうなっただろうか。
 
「前に会ってから、そろそろ三ヶ月。もう解決しててもいいと思うけど……」
 
 とはいえ、そうなったらそうなったでリライトに来そうだ。
 苦笑する。
 
「まさか若手の異世界人勇者が勢揃いとかになったら笑えないよね」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 王城の一室、試着室でよりどりみどりのドレスを選ぶアリー。
 
「ドレスも赤と青は駄目、と」
 
「ご、ごめんねアリシア様。駄目っていうか……イヤ」
 
「いえ、大丈夫ですわ。たくさんありますから」
 
 アリーは赤色と青色のドレスを下げさせると、他にも用意していたドレスを手にとっては春香に当て、違うと呟きながら別のドレスへと次々変えていく。
 
「これってアリシア様のドレスなの?」
 
「いえ、貸し出し用にあるものですわ」
 
 そう言われて、春香は思わず彼女のスタイルを見る。
 確かに彼女のものだったら、自分は入らなそうだ。
 
「というか、何を食べたらそんなにウエスト細くなるの?」
 
 胸はバーンで腰はキュッとしている。
 どこのネタキャラだと春香は思う。
 
「何を食べたらと言われても……あまり気にしたことはないのですわ。修様達と動くことも多いですし、買い食いとかもしますから」
 
 食事に気を遣ったことはない。
 屋台やら何やらで色々と食べ回ってもいる。
 が、ここ一年で運動も三倍以上に増えたので、あまり体重の増減を感じたことはない。
 
「それで……このスタイルか」
 
 なんとも腹立つ言動をしたアリーに向かって、春香は一言告げる。
 
「あれだね。全人類の敵だよね、アリシア様って」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 会場にて。
 
「この娘が愛奈ちゃん?」
 
「そうだ」
 
 和泉に連れられて愛奈が春香の前に立つ。
 
「愛奈、このお姉ちゃんに挨拶できるか?」
 
 促すと妹はこくん、と頷く。
 
「えっと……あいなです。6さいなの。あと学校にかよってるの」
 
「ぼくは春香。愛奈ちゃんと同じ日本人だよ」
 
 満面の笑みで愛奈と大げさに握手する。
 
「そうなの?」
 
「そうなのだ!」
 
 腰に手を当てて、仁王立ちをしながら笑う春香。
 普段ならば似合ってるだろうが、薄緑色のドレスを着ている今では若干違和感があった。
 そこにもう一組、今度は親娘がやってくる。
 
「楽しそうですね」
 
「あうっ」
 
 白くお揃いのドレスを身につけて、フィオナとマリカが顔を出す。
 
「うわ~、フィオナさん綺麗」
 
 春香が感嘆の声を漏らす。
 アリーにも引けを取っていない。
 これが優斗の恋人だか婚約者だか奥さん? だというのだから、本当にビックリした。
 
「そっちの子も可愛い……っていうかフィオナさん、その子は?」
 
「娘のマリカです」
 
「あいっ」
 
 似たような笑顔を浮かべる二人。
 確かに凄く親子だ。
 顔立ちは本当にフィオナに近いし、ところどころ優斗っぽいところも散見してみられる。
 ただ、春香の感想としては一つ。
 
「……優斗センパイ、超絶勝ち組じゃん」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 その近くでは、ブルーノがココと……クレアに声を掛けていた。
 
「またです?」
 
「可愛い子猫ちゃんがいるのなら、声を掛けなければ失礼というものだろう」
 
「昨日、ユウに頭をメキメキやられてたのに、よくやると思います」
 
 とはいえ誘い文句が『お茶をしよう』だけなのは、春香を思ってのことなのだろう。
 どちらにしても、声を掛けているだけで残念だが。
 
「そっちの子猫ちゃんも清楚で可愛らしい。是非とも一緒にお茶を――」
 
「さすがに人妻はまずいと思いますよ」
 
「私の婚姻相手が可愛いのは分かるが、手を出すのはやめてもらおうか」
 
 キメた表情で誘うブルーノに対し、彼女達のパートナーが近付く。
 
「ラグっ!」
 
「クリス様!」
 
 歓喜の表情でココとクレアが婚約者と旦那に駆け寄る。
 特にココは久しぶりなだけに、喜びもひとしお。
 
「ラグ、もう来れるようになったんです?」
 
 確か、そろそろ行けそうだという手紙を貰っていた。
 ということは、これからは彼もこっちに永住……というように思ったのだが、
 
「……すまん」
 
 酷く暗い顔をしてラグが首を横に振った。
 
「どうしたんです?」
 
「マゴスが……」
 
「彼が何をしたんです?」
 
 そんなに大きなことをやったのだろうか。
 
「春なのに……焼き芋を」
 
「……えっと、どうしてそれで?」
 
 もの凄い暗い表情をしているのだろうか。
 
「火を…………重要書類でやったんだ」
 
「書類……って、書類です!?」
 
 ココが呆れを通り越して心底驚く。
 どうしてそうなってしまったのだろうか。
 
「……私のミスだということは分かっている。マゴスを一日四時間、しかも二日も働かせてしまった私が原因だ。暴走しても仕方がない」
 
 あの弟に対して、なんとも無理をさせてしまった。
 
「マゴスも悪気があったわけではないし、あの弟がかなり必死に土下座をしていたのだからな。甘いとは分かっているが、責めるには難しいものがあった」
 
 あれでも弟なのだし。
 
「だが……私の気力も書類と共に燃え尽きたよ」
 
 一刻も早くココに会いたいが為だったのに、残念だという気持ちでやる気が起きなくなってしまった。
 
「だからココに会い、英気を養おうとしている」
 
 燃えてしまった書類を再び作り、今度こそリライトへと来る為に。
 
「ラグ、頑張り屋さんです」
 
 ココは文句を言うこともせず、自分の為に頑張ってくれるラグの頭を精一杯背伸びして撫でる。
 
「おおっ、これぞまさしく癒しの極み」
 
 一瞬にして切れ長のラグの眦が垂れた。
 一方でクリスもクレアに、
 
「いいですか? 彼のように誰彼構わずに声を掛ける男性もいます。そういう時は、毅然とした態度で断らなければなりませんよ?」
 
「大丈夫です。わたくしはクリス様しか見えていません」
 
「分かっていますよ。しかし、おっとりしているだけに夫として心配になってしまいます。イズミに何か作ってもらうことにしましょう」
 
 なんかイチャイチャし始めた。
 しかも発端の人物を放って置いて、だ。
 
「………………」
 
 がん無視されて、どうしていいか戸惑っているブルーノのところに修がやって来て、肩を叩いた。
 
「涙ふけよ」
 
「まだ泣いていない!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「あの……抜けていいですか?」
 
「駄目だ」
 
 また別の場所では、ラスターがレイナに許可を取ろうとして、却下されていた。
 
「か、勘弁してくださいレイナ先輩! 明らかにここの空気だけおかしいですよ!」
 
「確かにそうよね」
 
 一緒にいるリルも頷いた。
 
「気持ちは分かるが、私とて困惑している。お前だけ逃げるなど許さない」
 
 レイナとラスター、そしてリルの視線の先では、
 
「やはりわたくしとしては、一緒に買い物を行って、その隙に手を繋ぐ……というのを推しますわ」
 
「でも、ハルカは手強い。容易に触らせてもくれない」
 
「それはこれから、親友の立場としての自分を強調していく以外、ないですわ」
 
 なぜか親友攻略法をアリーとワインが考えていた。
 明らかに空気がここだけ変だ。
 
「ラスターが駄目なら、あたしが抜け――」
 
「却下だ」
 
「……逃げたいわ」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「……どうしてだろうな」
 
 目の前にドレスを着たキリアがいる。
 彼女の姿を見て、ロイスが大きく溜息をついた。
 
「どうしたの?」
 
「何がよ?」
 
 優斗とキリアが首を捻る。
 一体、ロイスはどうしたのだろうか。
 
「昔のキリアだったら可愛かったのに、今のキリアだと馬子にも衣装だよ」
 
「……なんですって?」
 
 淡いピンクのドレスを身に纏うキリアは、確かに見た目とはマッチしている。
 昔はそれで大いに納得できた。
 本当に相応しいと思えた。
 だが、今は違う。
 
「可愛らしい服装で綺麗な顔立ちをしているのに、何でドSなんだ。性格を知ってるから違和感しかない」
 
「先輩に言いなさいよ。SなわたしをドSに改造したの先輩なんだから」
 
 今の性格になったのはロイスがいなくなってからだが、明らかに酷くなったのは優斗が絡んでからだ。
 というよりキリアが優斗の弟子になった以上、優斗成分を吸収していったが為に、一層酷くなったというのが事実。
 
「ミ、ミヤガワさん、頼みますよ!」
 
「ちょっと待とうか二人共。今、明らかに会話がおかしかったから」
 
 
 



[41560] 元気の表側と裏側
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:6349033c
Date: 2015/12/18 19:41
 
 
 
 
 春香はワインの入ったグラスを片手に、周囲を見回した。
 色々なところから笑いの声が聞こえてくる。
 心の底から、楽しいと思った。
 
「ぼく、案外いける口だよ?」
 
「甘いですよ。自分はいわゆる、酒豪と呼ばれる部類ですから」
 
「そろそろクリスには勝っておきてーな」
 
 楽しさで春香は笑みを零す。
 普通、喜怒哀楽を表現する場合。
 喜びと楽しさは表現し易くて、怒りと悲しみは押し殺す人が多い。
 陽気な気持ちは他人に良い感情を与え、陰鬱な気持ちは相手を嫌な気持ちにさせる。
 それが当たり前で、嫌な気持ちは押し殺す。
 だから普段、元気な人物がいた場合。
 気付くのが遅くなる。
 
「負けないよっ!」
 
「自分も負けるつもりはありません」
 
「俺も負けるつもりはねーよ!」
 
 一斉にワインを飲み始める。
 春香は楽しかった。
 今まで、この世界に来て一番楽しい日を過ごしている実感があった。
 歳近い異世界人と、一緒に旅をしてきた仲間。
 皆が集まってパーティーで騒いでいる。
 とても楽しくて、楽しくて。
 だから、ふとした拍子に浮かぶ。
 
 普通で、普通極まりない昔の日々を。
 
 


 
 
 鈴木春香は普通だった。
 周りから五月蝿いぐらいに元気だと言われる以外は、さして特徴という特徴は無かった。
 特別になりたいとは思っても、特別になるために頑張ったりはしない。
 かといって、平凡な日常を愛していたりはしない。
 平凡で、平和で、普通な日常を愛し求めるというのは、そうじゃない状況を過去に得ていない限り、普通は思えないからだ。
 だから年相応に夢見て、年相応に憧れもある。
 そんな、どこにでもいる普通の少女だった。
 けれど普通な彼女は召喚された。
 
『クラインドールの勇者』として。
 
 求めていなかったとすれば、嘘になる。
 こんな冗談みたいな日々になればいいなと思ったことも、何度だってある。
 でも、空想は空想。
 美点しか見ていない。
 想像や妄想をデメリットまでリアルに想定する人間はそうそういない。
 
 
 最初は楽しかった。
 面倒事があっても、変な仲間に囲まれて旅をしているのは楽しかった。
 でも、ふとした拍子に浮かび上がった。
 今、立っている場所が“異世界”なのだと分かった瞬間、
 
『もう“帰ることの出来ない世界”がある』
 
 それに気付いてしまったら、恐ろしくなった。
 ホームシックと呼ぶべきものだろうか。
 だから押し隠す。
 
『鈴木春香は勇者だから』
 
 目一杯騒いで、目一杯動く。
 そうすることで、紛らわした。
 
 
「内田修。あんたと同じ日本人っつーわけで、よろしく」
 
「宮川優斗。同様に日本人だよ」
 
 
 正直、いきなり出てきてビックリした。
 今まで年老いた人、中年の人には会った。
 皆、この世界に満足していた。
『セリアールの人間』としての自分を、確固たるものにしていた。
 だから良いか悪いかは別として、彼らは『日本人』っぽくなかった。
 けれど目の前にいる人達は、自分と歳が近くて、話題だって何でも話せて。
 元いた世界を思い出した。
 
 自分が生まれてから過ごした日々を。
 
 懐かしむだけでは足りなくて。
 
 顧みるだけでは足りなくて。
 
 恋い焦がれた。
 
 
       ◇      ◇
 
 
「卓也センパイ、和泉センパイ! 飲んでるの~!?」
 
 バルコニーで涼んでいた卓也と和泉を目敏く見つけた春香が、ワインの瓶を片手に飛び込んできた。
 
「おいおい、大丈夫か?」
 
「酔っ払っているな」
 
 先程、春香は修達と飲み比べをしていたのを卓也達は見ていた。
 優斗ほどの酒豪ではない以上、それほどの量は飲んでいないはずだが、それでもテンションが上がるくらいには飲んでいるのだろう。
 
「酔ってるよ~、それにぼくは元気! それだけが取り柄なんだよ!」
 
「滅茶苦茶だな」
 
 言っていることが支離滅裂だ。
 卓也が苦笑しながら水でも貰おうと、室内に入ろうとした。
 その時、
 
「……ん?」
 
 春香を見て、違和感を覚える。
 ほんの一瞬だけ、不意に目が揺れていた。
 
「春香?」
 
「ん~、どしたの?」
 
 ご機嫌な様子の春香。
 ただの酔っ払い……ではない。
 元気というよりかは、空元気。
 お酒の力で無理矢理にでも元気っぽく振る舞っている。
 そんな風に感じた。
 
 ――突然だな。
 
 正直、不意打ちだと思った。
 卓也にとっては前触れが何もない。
 会って間もないこともあって、余計に相手の機微に気付けなかった。
 いきなり問題が吹き出したような感覚に陥る。
 それは仕方ない。
 
 ――まあ、でも分かり易いもんだ。
 
 優斗のように仲間以外での問題を抱えている時の鉄壁さに比べれば。
 やはり素直だけあって、分かり易い。
 放課後に帰ってる際、ぽつりと呟かれた『今までぼく、一人だったし』という言葉とも合わせれば、とりあえず違和感を覚えることは出来る。
 と、室内にいる優斗と目が合った。
 彼は今、ブルーノとワインと話していて、彼らがこっちに来ようとしている。
 手で青の騎士と赤の騎士を示し、押しとどめるように優斗へ指示した。
 そして卓也はバルコニーの柵に腰掛ける。
 
「なあ、春香」
 
「卓也センパイ、なになに?」
 
「訊きたいことがあるんだろ?」
 
 いきなり突かれた核心の問いかけ。
 春香の瞳の揺れが、一層大きくなった。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 パーティーも後半に差し掛かる。
 各々、会話を楽しみながら食事に舌鼓を打つ。
 バルコニーでは卓也と和泉が涼んでいて、そこに春香がワインの瓶を持って歩いて行った。
 それを目敏く見つけるブルーノとワイン。
 春香を追いかけようとして、優斗とキリアが声を掛ける。
 
「邪魔はしないように」
 
「貴方達、本当にハルカが好きなのね」
 
 しょうもなさそうに、残念そうに二人は言う。
 
「俺様の子猫ちゃんを独占しようなんて、片腹痛い」
 
「親友である以上、一緒にいる」
 
 すると、こんな返答がされた。
 とはいえ、この二人はパーティー会場であまり春香に近付いていない。
 なんだかんだで彼女に考慮していたみたいだが、さすがに春香の充電切れを起こしたらしい。
 優斗もそれは把握してたので、苦笑する。
 
「あんまり迷惑も掛けないようにして――」
 
 春香を見ながら言って、瞬間気付いた。
 
「ごめん、タンマ」
 
 思わず手で二人を制す。
 
「…………」
 
 雰囲気がおかしい。
 かなり酒を飲んでいたことは知っている。
 修やクリスと飲み比べもしていた。
 テンションがハイになってるのも苦笑して見ていた。
 もちろん、今だって元気に卓也達に絡んでいる。
 
「……卓也?」
 
 親友と視線が合う。
 彼も異変に気付いているようだ。
 ブルーノとワインを押しとどめるように指示された。
 
「……待たせろって?」
 
 元気な様子で、笑って騒ぐ。
 けれど、今の彼女からは様子とは違う雰囲気が感じられた。
 あれではまるで、
 
 ――寂しそう……いや、辛そう?
 
 元気いっぱいな春香が、どうして。
 そう考えて優斗は頭を振った。
 
 ――違う、どうしてじゃない。
 
 大きく息を吐く。
 何をふざけた疑問を呈しているのだろうか。
 気付いて然るべきことを気付いてあげられなかっただけだ。
 
「そういうことだろ」
 
 出会った瞬間から“元気いっぱいな春香”しか見ていない。
 楽しそうに笑い、テンションが高いくらいに騒ぎ、見ていて飽きない少女。
 
「……押し込めてたんだ」
 
 嬉しいことは嬉しい。
 寂しいことは寂しい。
 正樹のようにストレートに出していたわけじゃない。
 むしろ彼のような性格は希有だ。
 普通は嬉しいことは表に出し、辛いことは隠す。
 だから分からなかった。
 春香みたいな元気な娘だったからこそ、余計に。
 優斗は振り向く。
 
「申し訳ないけど、少しだけ時間をあげてもいい?」
 
「……先輩、どういうこと?」
 
 春香のところに行こうとしていたキリアが首を捻る。
 ブルーノやワインも表情は納得していない。
 だから優斗は説明する。
 
「少しだけ、ただの春香にしてあげたいんだ」
 
 きっと、この場所でしか出来ないこと。
 勇者である必要がなくて、異世界人でいる必要もなくて、頑張る必要もない。
 優斗達がいるからこそ、戻れる立場がある。
 
「彼女は勇者だよ。だけど存在としては“望道の勇者”でも“王道の勇者”でもない。ただの元気いっぱいな女の子――“常道の勇者”だ。確かに勇者としての素養は持ってるけど、彼女の場合が一番精神的に辛いものがあるんじゃないかな」
 
「……勇者は勇者じゃないの?」
 
 キリアの疑問も間違ってはいない。
 国の名を冠していたとしても、勇者は勇者なはずだ。
 
「間違ってはないけど“勇者”を十把一絡げにしちゃいけない。何個かパターンがあるんだよ」
 
 同じ名でも明確に違う。
 
「勇者っていうのは、誰もが想像しうる至上の勇者に、誰もが理想とする最高の勇者。そして――」
 
 一番、普通と呼べる存在。
 
「――誰もが共感できる凡庸の勇者がいる」
 
 皆が空想する勇者と、皆が憧れとする勇者と、皆が感情移入できる勇者がいる。
 
「どれもがどれも、勇者として呼ぶに相応しいけど……単純に言えば勇者の中でも天才と秀才と凡才がいるってこと」
 
 そして天才と呼ばれる類の存在へ近付くに従って、異常性は増していく。
 だから言えてしまうことがある。
 
「凡才な彼女は感受性も狂ってない。辛いことは辛いし、苦しいことは苦しいし、寂しいことは寂しい」
 
 当たり前のことは、当たり前のように。
 
「凡才って……先輩達はチート、だっけ。そういうのを貰えるのよね? なのに違うの?」
 
「チートって言っても、やっぱり違いがある」
 
 明確な差異がある。
 このセリアールに存在する異世界人の勇者においても。
 
「至上の才を持ち、勝利の女神に愛されているが故の空前絶後なチートを持った修。勇者と呼ぶに最高の魂を持ち、勇者としての普遍なチートを持っている正樹さん。だけど春香のチートは普通の異世界人より上ぐらい」
 
 上級魔法は使える。
 でも、言うなれば“それだけ”だ。
 特別性が何もない。
 
「ハ、ハルカの背にある大剣は特殊な守護獣を呼べるもので――」
 
「それは彼女自身に力があるからじゃない。大剣に魔力を付与しているのは春香かもしれないけど、それだって異世界人にとっては誰だって出来ることだよ」
 
 ワインの反論を優斗は否定する。
 どんな異世界人でも魔力量は高い。
 春香が特別なわけじゃない。
 
「彼女はリライトの勇者のような“望道”でもなければ、フィンドの勇者のような“王道”でもない“常道”。普通の女の子なんだよ」
 
 どこにでもいるような、特別なんて何もない女の子。
 
「そして彼女が抱えている問題を聞いてあげることができるのは、同年代の異世界人だけしかいないんだ」
 
 ブルーノやワインが悪いというわけではない。
 ただ、同じ国に住んでいて、同じ価値観を持っていた。
 そして同じように異世界へとやって来た。
 
「“王道”ですら懐かしんだんだから、春香なんてもっとだよね」
 
 正樹も本気で安堵し、嬉しそうに笑んだ。
 ならば彼女も同じだ。
 
「ハルカをどうする気だ?」
 
 ブルーノの問いに対して、優斗は微笑む。
 
「本当の意味で“鈴木春香”にしてあげたいんだよ」
 
 他の名など必要ない、たった一人の女の子。
 
「クラインドールの勇者じゃなくて、異世界人でもない。日本人の春香にね」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 問われた春香は否定することも、反論することもなかった。
 
「……どうして、分かったの?」
 
「相手の顔色を伺うの得意なんだよ。お前みたいに分かり易かったら、会って間もなくても、ある程度は分かる」
 
 卓也と、そして優斗は経験上、相手の顔色を見て行動を起こすことがあった。
 故に感情の機微を察する能力は高い。
 春香は若干、泣きそうな表情になって……言った。
 
「……センパイ達、帰りたいって思ったことある?」
 
「元の世界、にか?」
 
「……うん」
 
 生まれ育った世界に。
 卓也達は戻りたいと思ったことがあるだろうか。
 
「ぼくはね……時々、あるんだ」
 
 ここよりも無機質な世界だけれども。
 ずっと歩いてきた故郷。
 
「酷いくらいに、日本に帰りたくなる」
 
 柵を背にして、丸まるように体育座りをする。
 顔を膝に押しつけて、二度と戻れない故郷を思い返し気を落としていた。
 和泉も卓也と逆側、春香を挟むよう柵に背を押しつけ、声を掛ける。
 
「俺らは皆、事情持ちだ。日本で良い記憶を持っていたわけじゃない。だから帰りたいと思ったことはない」
 
「……そう……なんだ」
 
 無情ではあるが、事実を話す。
 この世界のほうが大好きだ。
 辛いことも、嫌なことも、苦しいことも。
 全部が無くなって、幸せだと思える世界だから。
 
「ただ、お前の気持ちを慮かることは出来る」
 
 帰りたいということ。
 戻りたいということ。
 故郷があるからこそ、当然だ。
 
「忘れるな、とは言わない。懐かしむな、とも言わない」
 
 普通なら当たり前の感情なのだから。
 無理に押さえ込む必要はない。
 
「だが恋い焦がれるな」
 
 はっきりとした言葉に春香の顔が上がった。
 視線が合い、さらに和泉は告げる。
 
「お前がお前のままで生きているという“奇跡”の理由を忘れるな」
 
 思い出を枷にして、人生を歩まないでほしい。
 思い出を糧にして、人生を歩んで欲しい。
 卓也も春香の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。
 
「確かに両親や友達と会えないのは辛いかもしれない。でもさ、どうしてお前はその辛さを感じられるのか、考えたことあるか?」
 
 ゆるゆると春香の視線が卓也へと向く。
 卓也は優しい表情を浮かべ、
 
「ちゃんと春香が春香のまま、生きてるからだろ?」
 
 転生とか、輪廻とか、記憶を失ってしまったとか、そういうものじゃなくて。
 
「日本で育ってきた春香が、ちゃんと“ここ”にいるからだろ?」
 
 春香を指差し、地面を指差す。
 生まれてからの日々を、何一つ欠かさずにセリアールで生きている。
 
「死ぬはずだった人生が覆った。それってさ、本当に奇跡だと思う」
 
 バスが横転し、即死する。
 足が吊り、溺死する。
 それで終わる人生……だった。
 けれど皆、この世界で生きている。
 過去を無くすことなく、自分として生きている。
 
「俺らは元気いっぱいな春香に出会えて良かったよ。春香はどうだ?」
 
「……良かった。修センパイも、優斗センパイも、卓也センパイも、和泉センパイも優しいんだもん」
 
 卓也達は会ったばかりだというのに優しくしてくれる。
 きっと日本だったら、ただの他人でしかなかった。
 気にもしないし、会話だってなかっただろう。
 だけど、ここは違う世界で、日本人は少ない。
 故に同族意識が強くなっても当たり前だろう。
 
「センパイ達に会えて本当に良かった」
 
 だとしても、だ。
 こんなにも優しい彼らは本当にお人好しなんだと思う。
 
「お前みたいになるのは仕方ないよ」
 
 卓也はもう一度、柔らかく春香の頭を撫でた。
 
「だっていきなり異世界とか言われて帰れないって聞かされても、どうして? って思うもんな」
 
 召喚されたから生きているとしても、だ。
 矛盾した感情になるのは分かるが、それでも思ってしまうのは仕方ない。
 
「だけど、それでも呼んだんだよクラインドールは。春香を勇者として」
 
 必要な存在だから。
 彼らにとって、勇者という存在は不可欠だから。
 
「春香はクラインドールを……この世界を恨んでるか?」
 
「……そんなことない。召喚してくれたから、ぼくはここで生きてる」
 
 死んでない。
 自分を自分としたまま、存在している。
 それは本当に嬉しい。
 
「だったら大丈夫だ」
 
 卓也が自信を持たせるように力強く伝える。
 
「辛いことがあれば一緒に立ち向かってやる。苦しいことがあれば一緒に抗ってやる。悲しいことがあれば一緒に泣いてやる」
 
 これだけ馬鹿な日本人が集まっていれば、絶対に心強いだろう。
 
「吐き出したいことがあれば、寂しくなったらいつだって来い。俺らがとことん春香に付き合ってやる。嫌な感情全てが真っ新になるまで話を聞いてやる」
 
 そう言って卓也はにっ、と笑う。
 
「オタクから何から、何でも話せる奴らなんてオレ達ぐらいだろ?」
 
「……そうかも」
 
「日本の料理が食べたくなったら、いきなり来て頼め。オレが何でも作ってやるから」
 
「……うん」
 
「そして、さ」
 
 柵み全部を取り除いたら。
 
「たくさんの苦しいことや辛いことを吐き出したら、たくさん幸せになれ。昔のことを懐かしみながらも、今が幸せだと思えるように」
 
 そう言い切れるように頑張れ。
 
「……卓也……センパイ」
 
 瞳が潤む。
 頑張って堪えようとすると和泉が春香の肩に手を置いた。
 
「泣けばいい。そうすれば、溜まっていたものもスッキリするだろう」
 
「…………和泉……センパイ……」
 
 そしてもう一つ。
 近付く影がある。
 
「今まで、よく頑張ったじゃん。たまには日本人の女の子、鈴木春香になる日があってもいいじゃねぇか」
 
「修……センパイ」
 
 春香の前に座り込み、重荷を取り除かせるようにさっぱりと言う。
 
「いいの……かな?」
 
「ここはリライト――『勇者』のいる国だぜ? お前が出張る場面はないんだよ。だから安心して普通をやってろよ」
 
 修がくい、と室内を親指で示す。
 視線を向ける春香に優斗が気付いて、軽く手を振っていた。
 
「……ほんと、お人好しばっかりだよ」
 
 ぽろぽろと涙が零れる。
 ずるい人達だ。
 
「特別だ、特別。俺らは基本的に、他人どうでもいい主義だかんな」
 
「僕っ娘であったことに感謝すればいい」
 
「お前がオレらのことを“センパイ”って呼ぶもんだからさ、ちょっとぐらいは気に掛けてやんないとな」
 
 先に生まれて、先にセリアールにいる。
 紛うことなき先輩だ。
 だから後に続いた者が困っていた時、手を差し伸べることができる。
 
「先輩っていうのは、こういう時の為に“センパイ”なんだろ? だから安心して後輩やればいいんだよ」
 
「……うんっ!」
 
 卓也の優しい言葉。
 春香が嬉しそうに頷いた。
 
 
 



[41560] first brave:終わりと始まり
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:6349033c
Date: 2015/12/18 19:42
 
 
 
 
 春香が大泣きして、落ち着いたあと。
 バルコニーには卓也とリルが二人で寄り添っていた。
 
「……怒ってるか?」
 
「怒ってないわよ」
 
 リルは問いに対して、首を振った。
 
「ちゃんとあたしのことを考えてることだって知ってる。それでも、頭を撫でてあげたほうがいいと思ったのよね?」
 
「ああ」
 
「だったら、怒るに怒れないわよ」
 
 卓也がわざわざ、頭を撫でた。
 意味なくやる人じゃないし、無意識に出来る人でもない。
 ちゃんと意識的に、必要があるからやったはずだ。
 
「でも、フィオナじゃないけど……あたしだって人並みに嫉妬はする」
 
 羨ましいことは羨ましい。
 嫌な感情が思い浮かばない、と言えば嘘になる。
 だから卓也の首に手を回して、ぎゅっと抱きつく。
 リルの背に手を回し、卓也も軽く抱きしめた。
 
「……悪いけど、めっちゃ嬉しいからな」
 
「あたしが嫉妬して?」
 
「そうだよ」
 
「だからって、定期的にああいうことするのはやめてよね」
 
「するか。お前の機嫌を損ねたくない」
 
 卓也が断言する。
 
「……あと、あたしがいない場所でやるのもやめて」
 
「分かってる」
 
 リルが一番だから。
 彼女を不安にさせてまで、やるわけがない。
 
「でも、少し気になったわ。今回はどうして卓也だったの?」
 
 一番多く話して、一番思いやったのは卓也。
 けれど状況的には彼である必然性はない。
 
「たぶん、誰でも良かったはずよね?」
 
 きっと同じ言葉を異世界組が掛けてやれば、それで良かったはず。
 なのにどうして卓也がやったのだろうか。
 
「春香の気持ちは理解してやれるよ。オレも、修も、優斗も、和泉も」
 
 言いたいことはちゃんと、頷いてあげることは出来る。
 
「けどな、僅かでも共感できるのはオレだけだ。だからオレがやった」
 
 四人の中で誰よりも普通だから。
 故に卓也が一番適任だった。
 
「春香はきっと、たくさんの失敗をするし、たくさん迷うと思う」
 
 異世界人の勇者の中で一番の凡人。
 彼らの中では才能もなく、チートもない。
 
「その姿は人にとって普通の姿で」
 
 誰も理想としないだろうし、誰も空想しない。
 
「だからこそ、乗り越えていく様がみんなに“共感”という名の尊敬を持たせる」
 
 誰よりも人に近い勇者。
 それが春香だ。
 
「なんかユウトみたいよ、その言い方」
 
 卓也の耳元でリルがくすくすと笑う。
 
「うわっ、勘弁してくれ。厨二モードの優斗みたいとか、むず痒くなる」
 
 あんなのを素で言えるわけがない。
 
「けど勇者って真っ直ぐな人ばっかりよね。シュウにお兄様、それにハルカも」
 
 邪念など持っていないだろうし、優斗みたいに時と場合によっては邪悪のように見えるわけでもない。
 本当に正統派だ。
 
「あとオレが知ってる勇者だと、正樹さんも同じだな」
 
 特に彼が一番そうだ。
 真っ直ぐで、誰よりも“正統”という言葉が似合う。
 
「まあ、勇者っていう人種はそうなんだよ」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 パーティーが終わり、宛がわれた王城の一室で優斗はフィオナと話す。
 
「僕らも甘くなったもんだね」
 
 先程の出来事を思い返し、苦笑する。
 
「そうですか?」
 
「悪く言えば、あんなポッと出の女の子を気に掛けるなんて、昔はなかったから」
 
 他人は他人。
 それ以上でもそれ以下でもない。
 関わることなんかしないし、関わろうとも思わない……思っていなかった。
 
「優斗さんは気付いてないかもしれませんが、今年からはそんな感じですよ」
 
「そう?」
 
「ええ、間違いなく」
 
 少しは変わってきた、ということなのだろう。
 特に異世界人関係はそうだ。
 余裕が生まれたのかもしれないし、心に猶予が出来たのかもしれない。
 だから間違いなく、この世界に来た時とは違う。
 そして“それ”が優斗にとって一番顕著に出た人物がいる。
 
「あの方は大丈夫なのでしょうか?」
 
 フィオナが訊いた。
 
「……どうだろうね」
 
 誰を指しているのか、一目瞭然だった。
 彼が今、どうなっているのか。
 優斗は知らない。
 
「普通に考えれば、僕が手を出す状況にはならない。むしろ出してしまえば余計な世話にしかならない。だってそうでしょ? 仲間じゃないし、別にパーティを組んでるわけでもない。友達だからって何でもかんでも首を突っ込むとか馬鹿のやることだよ」
 
 無理矢理に手を出して、勝手にやるというのも変な話だ。
 
「むしろ、もう終わってるはずなんだ」
 
 あの問題が彼の物語であるならば。
 優斗が出張る必要はないし、すでに解決していることだろう。
 
「でも、もし問題が解決してなくて……手を出さないといけない状況になるなら」
 
 優斗も動き、手助けをしなければならないとしたら。
 
「たぶん、事の次第は想定以上の事柄まで発展するはずだよ」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ――クリスタニア――
 
 
 夜が微かに明けているはずなのに空は黒に覆われ、響くは怒号のような悲鳴と……唯一の笑い声。
 
「まだ50匹。これからもっと増え続けますわ。この程度で膝を着いてもらっては困ります」
 
 少女が浮かべる艶美な笑みに対して、少年は睨み付ける。
 
「……どうしてだっ!! なんで、こんなこと……っ!」
 
 魔物をまた一匹と斬り殺し、叫ぶ。
 
「こちらも状況が変わったのですわ。“あの男”の存在によって」
 
 少女は、とある方角を睨む。
 国一つすら滅ぼしかねない力を持つ人物。
 伝説はあくまで伝説、というわけにはいかないらしい。
 
「ニアが連れてくるのでしょうが……はてさて、間に合うかどうか。如何に“あの男”とて、容易に突破は出来ないと思いたいですわね」
 
 都市全体に結界を張り、一点の場所を開放して魔物が入ってくる量を調整した。
 故に今、普通の方法で入って来る人間はいない。
 同時に――出て行ける人間も。
 
「一定の間隔で入ってくる魔物は、ここを目指している。ですから分かるでしょう? 貴方様が倒さなければ、魔物は溢れ都市にいる人間が死にます。それは本意ではないはずですわ」
 
 彼は勇者だから。
 他を助け、救うことこそ彼の使命。
 
「だから残された術は一つ」
 
 絶望としか言えない状況下において。
 少年が出来ることはこれだけ。
 
「駆け上がるしかない」
 
 強さの階段を。
 昇るしか方法はない。
 
「誰も傷つけず、誰も死なせず、誰も泣かせず、誰も悲しまない。それが出来るところまで、己が立つ場所を高めるしかない」
 
 その場所は彼方の彼方。
 過去に辿り着けたのは一人しかいない。
 
「得るしかないのですわ。“幻”を」
 
「……まぼ……ろし?」
 
 問いかける少年に対し、艶美な笑みを妖艶に変え彼女は紡ぐ。
 
「それは全ての発端であり、最初の一人」
 
 今現在におけるシステムを担った人物。
 
「過去に一人だけが名乗り、今に至るまで唯一となった二つ名」
 
 引き継がれたが故に忘れ去られ、“同等”がいる故に幻となった。
 
「辿り着きなさい」
 
 最初の一人のところまで。
 
「そして呼ばせて下さいな」
 
 零す笑みはそのままに。
 少女――ジュリア=ウィグ=ノーレアルは、少年――竹内正樹に告げる。
 
 
「マサキ様を――」
 
 
 唯一無二の絶対的存在。
 
 
 
 
 
 
「――『始まりの勇者』と」
 
 
 
 



[41560] first brave:繋がった一つの名
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:1d7917d2
Date: 2015/12/19 22:33

 
 
 
 
 優斗は目を覚まし、ぐっと伸びをする。
 まだ日は昇ったばかりで、空は若干暗い。
 
「ちょっと早く起きすぎたね」
 
 王城の一室で慣れてないからか、普段は寝ぼけてる頭も冴えていた。
 
「……ん?」
 
 と、外から僅かばかり声のようなものが漏れてくる。
 
「なんだろ?」
 
 窓から外を見て、目を凝らす。
 
「正門に誰かいるけど……」
 
 王城から離れた場所――正門に幾つかの人影が見えた。
 
「あれ?」
 
 しかも見覚えがある。
 
「……ニア?」
 
 見間違えだろうかと、さらに目を凝らす。
 けれど、どうやら見間違えではないらしい。
 
「どうしてニアが……」
 
 フィンドの勇者の仲間。
 王道の王道たる一歩を踏み出させた少女。
 
『……っ……!』
 
 かろうじて届いてくる声から察して、押し問答をしているのだろうか。
 守衛相手に色々と言っているように感じる。
 
「…………」
 
 優斗は服を手に取り、着替えた。
 
 
       ◇       ◇
 
 
 ニア・グランドールは焦っていた。
 
「お願いだから……ミヤガワの居場所を教えてくれ!!」
 
 朝早く、不躾なのは理解している。
 けれどどうしても宮川優斗に会う必要があった。
 
「クリスタニアの都市、レアルードが危ないんだ!!」
 
 ニアは“逃げ出した”。
 正樹に頼み事をされたから。
 
『ここはボクが引き受ける!! ニアは優斗くんに知らせて!!』
 
 きっと、本当に不味い状況なのだと正樹は察したのだろう。
 だから頼んだ。
 優斗に知らせてほしい、と。
 そして本人はその場に残り……おそらくは魔物と相対している。
 
「ユウト・ミヤガワはどこにいる!? お願いだ、教えてくれ!!」
 
 思い切り頭を下げる。
 守衛が困った表情をしているのも分かってる。
 けれど今、ニアが頼れるのは優斗しかいない。
 だから頭を下げてでも、何をしてでも彼の居場所を聞き出すしかなかった。
 
「ユウトの知り合いか?」
 
 と、その時だった。
 赤みがかった髪の女性が近付いてきた。
 ニアは顔を上げ、声の主を見る。
 
「……えっ?」
 
 服装はリライト外の人間でさえ、戦いに携わっていれば誰でも分かるほど有名な制服。
 
「近衛……騎士?」
 
 思わず呟いたニアの言葉に女性は頷く。
 
「そうだ。私は近衛騎士のレイナ=ヴァイ=アクライト。お前は?」
 
「ニ、ニア・グランドール」
 
 名乗ったニアに対して近衛騎士――レイナは僅かに反応を示した。
 
「……ふむ。聞き覚えのある名前だな。確か……フィンドの勇者の従者だったか?」
 
「し、知っているのか!?」
 
「話ぐらいは耳にしている」
 
 レイナは守衛に目を配り下がらせる。
 そして再び、ニアと話す。
 
「このような早朝に何の用だ?」
 
「ミ、ミヤガワに会わないといけないんだ!」
 
「なぜだ? フィンドの勇者に関わることなのか?」
 
「そうなんだっ!」
 
 こくこくと、思い切り頭を縦に振るニア。
 
「どこに行けば会える!? 頼む、教えてくれ!」
 
 今度はレイナに頭を下げるニア。
 しかし彼女は首を横に振った。
 
「いや、教えることはできない」
 
「ど、どうして!?」
 
「本来ならば『どこの誰かを証明できない人物』に対して、リライトの重要人物の居場所を教えられるわけもない。私とて話を聞いているだけで、お前の人相を知っているわけではないからな」
 
「そ、それは確かにそうだけど……っ!」
 
 慌てて飛び出して来たから、身分や立場を証明するものがない。
 ニアが探そうとしている相手は大魔法士。
 容易に居場所を教えられるわけもない。
 だがレイナは王城へと向き直ると、
 
「まあ、安心しろ。私が言ったことはあくまで『教えることが出来ない』ということ。つまり――」
 
 王城に続いていく道を示す。
 
「当人がやってくれば問題など無い」
 
 駆けてくる影が一つ。
 リライトの紋章を背に構え、白を基調とした服装を着ている少年。
 
「ニア、どうしたの?」
 
 宮川優斗がやって来た。
 ニアは彼の姿を認めると、慌てて駆け寄って話す。
 
「ミ、ミヤガワ! マサキが危ないんだ! マサキが、マサキがっ!!」
 
 急に望んでいた人物がやって来てテンパっているのか、何を喋っているのかが分からない。
 
「落ち着いて。慌てたところで現状は何も変わらないよ」
 
 優斗は柔らかい口調で話し掛ける。
 
「何があったのか詳細を教えて」
 
 落ち着かせるような笑み。
 たったそれだけで、ニアの急いた心が僅かばかりだが落ち着きを取り戻す。
 一度、深呼吸をした。
 
「……せ、正確には……分からないんだ」
 
 仕切り直しとばかりに、ニアは起こったことを話し始める。
 
「ジュリアがマサキの持ってる剣を……聖剣に戻すって言って、クリスタニアに行ったんだ」
 
 フォルトレスの一件以来、正樹の剣は聖剣としての要素――精霊の加護が消失した。
 以降、正樹は普通になってしまった剣を振るっていた。
 もちろん問題は無い。
 正樹は聖剣ではなくても強いのだから。
 けれど、やはり戦力的に落ちているのは事実。
 だからジュリアの提案に乗った。
 
「そうしたら……」
 
 クリスタニアの都市、レアルードに着いてしばらくした時だった。
 
「ジュリアが急に言ったんだ。『マサキを無敵にする』って」
 
 艶美な笑みで。
 こちらが寒くなるような様子で。
 彼女は言った。
 
「何か嫌な予感がして、マサキが何かをされる前に私を逃がした。そして私が都市を抜けた瞬間……」
 
 間一髪だった。
 外壁を抜けて、高速馬車を無理矢理に連れて行き、数十秒後の事だった。
 
「都市全体に結界が張られて、それで……結界を覆うように魔物が溢れたんだ」
 
「溢れたってどれくらい?」
 
「……都市が見えないくらい。おそらく一万以上はいる……と思う」
 
 ニアの情報に優斗は眉根を潜める。
 
「なんでいきなり――」
 
 瞬間、ある違和感に気付いた。
 
「ちょっと待って、ニア」
 
 今、明らかに引っかかる単語があった。
 どういうことだろうか。
 この世界は基本的に『最強』が席巻している。
 それは伝説と化した大魔法士の意が『最強』だから。
 なのに、だ。
 
「今、『無敵』って言った?」
 
 おかしい。
 前と言葉が違う。
 フォルトレスの時、ニアは確かに別のものを告げていた。
 
「正樹さんのこと『最強』だって言ってなかった?」
 
「けれど、ジュリアは『無敵』だって……」
 
 ニアの返答に対して、優斗の眉間にさらに皺が寄った。
 
「……ジュリア=ウィグ=ノーレアル」
 
 理由は分からず、何かは分からないが……少なくとも優斗にとっては最大の違和感である存在。
 
「…………やっぱりか」
 
 確かに疑った。
 疑うべき余地があったから。
 
「間違いであって欲しいとは……思ってたんだけどね」
 
 正樹の仲間だから。
 彼が苦しむのが分かりきっているから。
 予想と違っていてほしかった。
 
「けれど……」
 
 優斗は先程の単語を吟味する。
 たった一つ。
 でも、今の状況において一番見逃せないもの。
 
「偶然で片付けたらいけない」
 
 似てるようで違う、最強と無敵。
 似てるからといって、勘違いとして無視していいわけじゃない。
 むしろ僅かな差異こそ必然として受け止めるべきだ。
 
「おそらく、これこそが王道を狂わせた原因のはずだ」
 
 優斗は修達から聞いた天下無双――マルク・フォレスターの言葉を思い出す。
 彼が在りし日に耳にした『無敵』という単語に付随してくるもの。
 勇者達に繋がる一つの存在。
 修に、そして正樹に共通している一つの名。
 
「始まりの勇者」
 
 




[41560] first brave:必要なのは理論ではなく感情
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:1d7917d2
Date: 2015/12/19 22:34

 
 
 
 近くにいる兵士に簡易的な説明と、王様を急いで起こしてもらうようにお願いしながら、優斗はレイナとニアと一緒に謁見の間へと歩みを進める。
 
「悪いけど少しだけ時間をもらうよ。内々で終わらせられるようなことじゃないから」
 
 一都市。
 しかも他国。
 最低限の報告ぐらいはしないと駄目だ。
 
「ニア。魔物は結界の中に入ってたかどうか、分かる?」
 
「わ、分からない。でも結界の上のほうを目指していたと思う」
 
「……一点、入れる場所があると考えるべきか」
 
 優斗は想像を巡らせる。
 でなければ魔物を集める理由がない。
 
「なあ、ユウト。少し気になったのだが、どうして魔物で都市を囲う必要がある? それほどの量の魔物を倒せばいいだけの話ではないのか?」
 
 レイナが至極もっともなことを言う。
 ニアも理由は分からないと、首を横に振った。
 けれど優斗はある程度の予感が生まれている。
 
「……きっと追い詰めたいんだよ、正樹さんを」
 
「なぜだ?」
 
「勇者は守るべき者がいてこそ、強くなるから」
 
 守りたいという気持ちが、実力を底上げする。
 それこそが勇者という存在だ。
 
「けれどね。守りきれなかったとしても強くなれる」
 
 同時、レイナとニアの頭に疑問符が浮かんだ。
 
「……どういう意味だ?」
 
 守るために強くなるというのに、守りきれなくとも強くなれるというのは意味が分からない。
 けれど優斗は僅かに横目でレイナとニアを見て、淡々と言葉を続けた。
 
「上手いことを言うなら、踏破した故の覚醒か絶望した故の覚醒だよ」
 
 一つを選ぶ必要はない。
 
「魔物を全て倒せれば、正樹さんは才能を開花させて世界でも最上位クラスの力を得たと考えていい。倒せず、人が殺されれば……絶望して自身を責めて、それもまた力を得る為の代償になる」
 
 どっちに転んでもいい。
 どうなろうとも正樹は強くなるのだから。
 
「ただ……」
 
 少々、腑に落ちない。
 そう続けようとした優斗の言葉を遮るように、修の声が響いた。
 
「優斗っ!」
 
 駆け寄ってきて一緒に歩き始める。
 
「なんか叩き起こされたんだけど、何があった? クリスタニアって国が云々ってのは聞いたんだけどよ」
 
 どうやらリライトの勇者だけは、話す必要性があると思い伝えてくれたらしい。
 
「今からクリスタニアの一都市、レアルードに行く」
 
 優斗は謁見の間に歩きながら端的に伝える。
 
「フィンドの勇者が危ない」
 
 告げられたことに修は軽く目を細めた。
 そして次の瞬間、
 
「ちょっと待てよ。俺も行く」
 
 自身も一緒に動くことを示した。
 
「修、僕はまだ何も言ってないけど?」
 
「俺の勘だ……って言いたいところだけど、なんとなく感覚で理解できんだよ。お前が評価してたフィンドの勇者が危ないっつーんだから、相当なことだろ? で、そいつが危ないって話ならよ、たぶん絡んでくるはずだ。俺らに――俺に関する何かがな。違うか?」
 
 優斗の正樹に対する評価は高い。
 王道たる存在に、勇者に適う実力。
 けれど、そんな彼が危ない。
 だとしたら、正樹の手に負えない状況など数が限られている。
 
「僕の推測も大体、同じだよ」
 
 優斗の予想も一緒だ。
 
「マリカはいいのか?」
 
 レイナが訊く。
 この二人が今まで一緒に動かなかった理由はマリカの為。
 それが覆されるのだから確認は取ったほうがいい。
 
「今は団長に副長、それにフェイルさんがいる。そのうち、二人で守ってくれれば安心できるよ」
 
 トップクラスの実力の持ち主、団長と副長。
 そして副長に匹敵するフェイル。
 特にフェイルが増えたことで、ある程度の融通が利くようになった。
 
「入ります」
 
 謁見の間を開ける。
 王様の姿は見えなかったが、
 
「クリスタニアの都市、レアルードが……いえ、フィンドの勇者に危険が及んでいると伺いました」
 
 代わりにアリーが――アリシア=フォン=リライト王女がそこにいた。
 彼女の前まで歩き全員が膝を着く。
 
「ニア・グランドール。端的に伺いますわ」
 
 普段の様子など欠片もない、優斗や修とは別種の存在感。
 強さによる威圧ではなくとも、カリスマによる存在感が他を抜きん出ている。
 
「大魔法士の力が必要だと。その言葉に偽りはありませんか?」
 
 まるで全てを見通そうとするかのような視線。
 ニアは真っ直ぐに答える。
 
「はいっ!」
 
 真剣な瞳に一つ、アリーは頷く。
 次いで優斗と……自身を見ていた修に視線を送る。
 
「……っ」
 
 その目を見ただけで分かった。
 彼らが“どう動きたいのか”を。
 
「リライトの勇者。そして大魔法士よ」
 
 だからアリーは二人に問いかける。
 
「その力、此度は何の為に振るいますか?」
 
 王女の問い掛けに対し、優斗と修は嘘偽りなく答える。
 
「我が友を救う為に」
 
「親友が願うことを助ける為に」
 
 アリーは二人の返答に対し、一拍だけ間を置いた。
 そして静まった場に宣言する。
 
「ならばリライトは許可しましょう。貴方達――“リライトの双頭”が助けに向かうことを」
 
 同時、幾数もの足音が謁見の間に響く。
 
「もう少しだけ、時間を貰うぞ」
 
 王様の声が聞こえた。
 さらには付随するかのように近衛騎士が現れた。
 
「シュウ、ユウト。そしてニアよ」
 
 王様は三人の姿を認め、伝える。
 
「我らに示せ。その想いを」
 
 正義だとか悪じゃない。
 今回、彼らが動くのはそんな大層な名前じゃない。
 たった一人の男を救う。
 その為の感情論をここにぶちまけて、皆を共感させろ。
 
「理論ではない。想いを以て、我らに“助けたい”と思わせろ」
 
 告げられたこと。
 優斗と修は立ち上がると、ニアの手を取り王様の前へと促す。
 最初は彼女でなければならない。
 誰よりも助けたいと、救いたいと思っているのだから。
 
「…………っ」
 
 ニアは息を飲む。
 大国リライトの王に精鋭の近衛騎士達。
 このような場所で、このような人達に語れる技量など持っていない。
 
「わ、私は……」
 
 何と言えばいいか分からない。
 どうしたら伝わるか分からない。
 だけど、
 
「……私は……共にいたい人がいる」
 
 出来るのは思いの丈を語ることだけだ。
 だから言う。
 
「その人は……優しくて、強くて…………」
 
 全部、全部。
 伝えられるもの全てを声にする。
 
「でも、今……危ないんだ」
 
 ニアはぐっと拳を握りしめる。
 自分を逃がしてくれた。
 優斗を連れて来いと言われた。
 
「わ、私だけじゃ……駄目なんだ……っ!! 力が足りない! 結界が張られて、魔物があんなにもたくさんいる! どれだけ救いたくても無理なんだ!」
 
 自分一人では無理。
 どうやっても正樹を救えない。
 
「……助けて……欲しい」
 
 一人では救えないから。
 
「フィンドの勇者を……マサキを…………」
 
 私の大切な人を。
 
「救って欲しい……っ!」
 
 声が震えながらも言い切った。
 もしかしたら、涙が零れたかもしれない。
 でも、伝えるべきことは伝えた。
 次いで優斗がニアの隣に歩み立つ。
 
「本来なら、僕が行く理由は薄いのかもしれない。いくら大魔法士といえど、大切に扱ってくれているリライト王の願うべき事とは、違うのかもしれない」
 
 クリスタニアの都市が危ない?
 フィンドの勇者が危ない?
 それがリライトに何の意味があるというのだろう。
 隣接している国でもない。
 危険があるわけでもない。
 なのに、わざわざ優斗が動く必要などない。
 むしろ規模を考えれば、王様達に迷惑を掛けかねない。
 
「けれどフィンドの勇者は王道をねじ曲げられ、敵わない相手と闘い、死ぬかもしれない」
 
 あの馬鹿正直な正樹が死ぬ可能性がある。
 そんなのは嫌だった。
 
「だから僕はフィンドの勇者を――竹内正樹を救いに行く」
 
 所詮、感情論だ。
 大局を見れば、もっと後で動いても問題はない。
 けれど、
 
「今、ここで行かなきゃ僕は……」
 
 目を閉じる。
 必死に自分と仲良くなろうとしていた彼が脳裏に浮かぶ。
 人懐っこく、勇者として頑張っている姿を覚えている。
 優斗と出会って嬉しそうな笑みを、安堵した表情を覚えている。
 
 ――正樹さん。
 
 救う。
 救いに行くと決めた。
 でないと、
 
「彼の友達だなんて言えないから」
 
 友人だと口が裂けても思えなくなる。
 そう言って、優斗は皆がハッとするような笑みを浮かべた。
 
「今こそ、あらためて認めるよ。彼と同じ異世界人にして大魔法士――“宮川優斗”が絶対にフィンドの勇者を救ってみせる」
 
 決めた以上、他の結末などありはしない。
 そして修も同じように並び立つ。
 
「正直、俺はフィンドの勇者と接点がねえよ。優斗の友達ってことを知ってるだけだ」
 
 知り合いですらない。
 名前だけしか聞いたことのない相手。
 
「でもな」
 
 だからといって何もしないでいい、というわけじゃないだろう。
 
「同じ異世界人で、同じ勇者が困ってるんだったらよ。助けてやるのが義理人情だろ?」
 
 たった数人しかいない“異世界人の勇者”。
 ならば、だ。
 互いに助け合ってもいいと思う。
 
「だから――みんな、知っておけよ」
 
 この場にいる全員に示す。
 
「面倒な展開になってるだろうけど、不安は必要ねぇ。俺がいて、優斗がいる。最強無敵“リライトの双頭”だ」
 
 怖がる必要なんて一つもない。
 
「俺と優斗が揃えば何だって救える。なんたって、これから救うんだから分かり易いよな」
 
 一つの都市を救う。
 単純明快だ。
 
「この国の勇者は馬鹿だけど、やる時はちゃんとやるってことを知っておいてくれ」
 
 初めて、周囲に知らせて動く。
『リライトの勇者』として。
 何が出来るのかを、見せて魅せる。
 
「……分かった」
 
 修達の気持ちを、王様が代表して頷いた。
 
「少女が大切な者の為に己が感情を吐露し、大魔法士が己が気持ちを示し、勇者が己が想いを魅せた。ならば国がどうするべきかを……伝えよう」
 
 一つ、息を吸う。
 王と王女以外の全員が膝を着く。
 そして周囲を見回し、誰しもに、誰もが分かるように、明確なものをリライト王は轟かせた。
 
「いいかっ! 助けて、助けて、助け尽くせ! 見返りなど求める必要はない! 大国の大国たる所以を見せろ!!」
 
 何の為の大国だ?
 ただ強さを見せつけるだけか?
 違う。
 困っている小国を助けてこそ大国。
 
「故に我が望むことは一つだ!」
 
 都市一つが危ないとしても。
 フィンドの勇者に危険が迫っているのだとしても。
 
「全てを終わらせてこいッ!!」
 
 リライトから最強無敵の二人が向かうのだから。
 
「お前達を向かわせる我の正しさを証明してみせろ!!」
 
 年若い勇者と大魔法士を危ないところに向かわせる。
 重要人物である二人を他国の為に動かす。
 それが正しいことである、と。
 行って証明してみせろ。
 
「エル=サイプ=グルコント!!」
 
「はっ!!」
 
 数いる近衛騎士達の中から、副長の名が呼ばれた。
 
「勇者と大魔法士がいない以上、近衛騎士団長とフェイルは龍神を護る! 故にお前が部隊を率いろ! いいか、決して彼らだけに重荷を背負わせるな!」
 
 都市一つを救う。
 その重みを若い双肩だけに負わせる必要はない。
 負わせることこそ恥と知れ。
 
「騎士にとって彼らは何だ!?」
 
「護るべき民です!」
 
 修も優斗もリライトの民であるのならば、騎士にとっても護るべき者達だ。
 
「ならば護れ! 勇者だろうと、大魔法士だろうと、何だろうとだ! クリスタニアの民を助けて尚、お前達が護るべき者を護れ!!」
 
 出来ないなどと問うことはない。
 
「お前達には出来る! 我がそれを知っている!」
 
 王たる自分が自信を持って送り出せる。
 
「リライト近衛騎士の凄さを八面六臂に見せつけろ!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 謁見の間から駆け出る音がする。
 
「こちらはこちらで話をしなければなりませんわね」
 
 アリーが父に確認を取るように言った。
 
「クリスタニアの軍自体に強さはない。都市一つを結界で覆っていて、魔物が外に溢れている……だったか。おそらくはシュウやユウトでなければ、どうにもならないだろう」
 
 正直、あの二人以外が助けることになったら、消耗戦を強いることになる。
 
「幸い、クリスタニア王とは懇意の間柄だ。我らがやることも受け入れてくれるだろう」
 
 王様は考えを纏めると、また声を張り上げた。
 
「周辺諸国にも迅速に通達を送れ!! 大魔法士とリライトの勇者がレアルードを救う為に暴れるとな!!」
 
 
 
 



[41560] first brave:変わらぬもの
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:1d7917d2
Date: 2015/12/19 22:35
 
 
 
 
 謁見の間を出て王城外の広間へと向かう途中、見知った顔が出てくる。
 
「卓也とクリス、春香も起きたんだ」
 
 比較的、周囲の気配に聡い三人だった。
 
「少々、騒がしかったものですから」
 
「さすがにな」
 
「なんか大変そうな感じがしたからね」
 
 優斗達と並ぶように小走りをして、多少の事情を伺う。
 
「ぼくも一緒に行くよ」
 
 大体を聞き終わると、春香も動くことを示唆した。
 
「おいおい、危ねーぞ?」
 
 修が思わず止める。
 話の規模は今まで春香が出会ったこともないようなレベル。
 さすがに危険だ。
 
「ぼくだって勇者なんだよ。だから修センパイと同じ気持ちなんだ」
 
 同じ勇者なのだから。
 義理人情で動く理由は同意する。
 
「やべえ光景になってる可能性もあんぞ」
 
「……覚悟の上だよ」
 
 でなければ一緒に行くだなんて言わない。
 しょうがない、とばかりに修は息を吐き、
 
「わりぃ。あと卓也だけは来てくれるか?」
 
「オレも?」
 
「ああ。怪我人がいたら、癒せるだけ癒してくれ」
 
 卓也の治療魔法はリライトでも高位だ。
 念のためを考えれば、居てくれたほうがいい。
 一方、優斗もクリスにお願いをしていた。
 
「マリカのことお願い。団長とフェイルさんがいるし問題ないけど、最終防衛ラインって感じで」
 
「了解しました」
 
「あとはまだ、眠ってるのにも説明を頼むね」
 
「はい」
 
 頷き、クリスは一人集団から離れる。
 城内を抜けて、外へと出た。
 
「お前達、武器はいいのか?」
 
 レイナが優斗と修、春香に尋ねる。
 彼らはまだ丸腰。
 武器は持っていない。
 卓也は治療役として連れて行くからいいとしても、この三人が武器を持っていないというのはどうだろうか。
 
「大丈夫」
 
「安心しろって」
 
「問題ないよっ!」
 
 すると彼らは返事と同時、
 
「来い、九曜」
 
「ザックス」
 
「おいで、ニヴルム!」
 
 己が使う武器の名を紡いだ。
 瞬間、優斗の手には桜色に輝くショートソードが突然と出現し、修は魔法陣が折りたたまれていき一振りの剣と為す。
 さらに春香の場合は、どこからともなく大剣が飛んできて背に収まった。
 
「……何でもありのオンパレードだな」
 
 思わずレイナが呟く。
 優斗と修の場合はいいが、それでも三者三様、特殊性がありすぎる。
 そして武器を携えて広場へと辿り着けば、そこにはすでに高速馬車が数十台と並んでいた。
 代表して副長が優斗に告げる。
 
「ユウト様、準備は全て整っています」
 
 乗り込む近衛騎士も揃っている。
 
「今から高速馬車で――」
 
「いや、もっと良い方法があるぜ」
 
 副長の言葉に被せるように修が言った。
 どういうことかと訝しむ副長だが、修は次の瞬間――指笛を吹いた。
 甲高い音が静かな空へと響く。
 すると、だ。
 段々と風切り音が聞こえてくる。
 音が届いてくる方向を皆が見れば、そこには一つの美麗な存在。
 
『久しいな、シュウよ』
 
 修の友人である白竜。
 それが翼をはためかせて現れた。
 
「ちょっと面倒事を頼んでいいか?」
 
 修は馬車をくいっと指差す。
 
「全部運ぶの出来るか?」
 
『もちろんだ。友の頼み、聞かない訳にはいかないだろう』
 
「サンキュ。助かるわ」
 
 軽いやり取りをして、修は唖然としている近衛騎士達に言う。
 
「行こうぜ」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 白竜は風の魔法を使い、計二十台の馬車を浮かせ引き連れながら空中を裂くように進んでいた。
 背には修、優斗、卓也、レイナ、春香、副長、ニアが乗っている。
 
「ユウトが大概だと思っていたが……この白竜も似たような存在だな」
 
「そうだろ? 俺も凄えと思う」
 
 レイナにとっても修にとっても、本当に想像以上の存在だ。
 速度も高速馬車よりも速い。
 想定していた時間よりも、ずっと早くレアルードに辿り着くことが出来る。
 
「……………………」
 
 けれど優斗は先程から、何か考えているのか無言だ。
 
「何の考え事だ?」
 
 卓也が声を掛ける。
 優斗はちらりと卓也を見ると、
 
「今までの予想が全部、覆される可能性があると思ってね」
 
 突然、そんなことを口にした。
 全員の視線が優斗に集まる。
 
「幾つか、気になってることがあるんだ」
 
 そして確認するかのように疑問を呈した。
 
「……修。本当に“僕らのような存在”は散見しているだけなのか? 一度は“同じ時代”に生きたことがあるんじゃないのか?」
 
 三月の終わりに優斗と修が思っていたこと。
 同時期に自分達のような存在はいない。
 だからこそ一緒にいることに何かしらの意味がある、ということ。
 
「あん? どういうことだよ?」
 
 修が首を捻る。
 その時の話を突然出して、どうしたのだろうか。
 
「まだ、推論の段階だから何とも言えない。けれど……」
 
 ありとあらゆる可能性を考えれば、導き出される答えが増える。
 
「僕らは勘違いをしていたのかもしれない」
 
 自分達のような人間は歴史上、散見して存在している。
 同時期にいる、というのは残っていない。
 けれど、だ。
 今回、それを覆すような存在がいる。
 歴史の残らなかった二つ名――『始まりの勇者』。
 だからこそ生まれ出た疑問だった。
 
「まあ、いいや。これに関しては推論の一つとして頭の隅に置いておけばいい」
 
 今、考える必要性もない。
 尋ねられる存在も喚び出せるだろうが、それもいい。
 おそらくは“今回”、解決するはずだ。
 優斗は改めて皆に問い掛ける。
 
「どう動こうか?」
 
 見回すと、ニアが決意するように声を発した。
 
「マサキだったら絶対、こう言う。『ボクのことはいいから、先に皆を助けて』って」
 
 都市がどうなっているかどうかは分からない。
 けれど、もし魔物が入り込んでいるのだとしたら、正樹は確実にそう言うだろう。
 
「だってマサキは勇者なんだ」
 
 優斗が指摘した“狂った王道”。
 でも、根幹は変わらない。
 
「自分が最初に助かる、なんて道はない」
 
 昔からずっと変わらない。
 
「正樹さんらしいね」
 
 優斗とは違う。
 自分ならば、少なくとも他国の場合は効率を考える。
 利益や損だって頭に入れて合理的に動こうとするだろう。
 見知らぬ他者の危機を、素直に『救いたい』という気持ちだけで動くほど、綺麗じゃない。
 
「でも、それでこそ王道だ」
 
 優斗はニアに頷くと、修に向き直った。
 
「だったら決まりだね。分担して動こうかとも思ったけど、やめよう。僕と修を中心に速攻全滅コース」
 
「はいよ」
 
 二人は立ち上がる。
 時間はおおよそ、午前7時前後。
 空は明るくなり、到着すべき場所もうっすらと見えてきた。
 半円状の黒い物体が、段々と優斗達の視界に広がっていく。
 
「都市を囲うような円形状の結界。周囲を包むように集まっている黒いのが、全部魔物だろうね」
 
 一万以上はいそうだと聞いたが、その通りだ。
 最初に動いたのは大魔法士。
 
「シルフ」
 
 左手を前に掲げる。
 風の大精霊で事を片付けようとしているのが誰の目にも見て分かった。
 ただ、そこでふとした疑問。
 
「大精霊でどうにかなるのですか?」
 
 副長が尋ねた。
 今まで、何度か大精霊の攻撃は見たことがある。
 あの量の魔物をどうにか出来るとは思えなかった。
 優斗は視線をずらさず、前を向いたまま答える。
 
「勘違いされやすいんですけどね、大精霊って別に上級魔法レベルの威力しか出せないわけじゃない」
 
 左手の薬指にある龍神の指輪が輝き始める。
 
「忘れてるかどうかは知らないけど、シルフは世界の風精霊を統括します」
 
 つまり統括している規模に比べてしまえば、だ。
 “あの程度をどうにか出来ない”だなんて言うほうがおかしいだろう
 
「使役する人間によって威力は変わるものですよ」
 
 あくまで威力なんてものは使役する側の力量差によって違う。
 そして今、大精霊を使役しているのは精霊王の契約者にして、シルフと一番相性が良い精霊術士。
 
「だから、こんなことだって出来る」
 
 すっと左手を上に掲げる。
 シンクロするようにシルフも左手を挙げた。
 瞬間、
 
『――――――――――ッッ!!』
 
 弾けるような音と共に、結界にへばりついていた魔物全てが上空へと吹き飛ばされた。
 さらに丸め込むように数多の魔物を一ヶ所へと集中させる。
 
「修、あとはお願い」
 
 次いでリライトの勇者が右手を前へと突き出した。
 
『求め滅するは遙かな光』
 
 魔法陣が最初は小さなものが生まれ、
 
『光なる光よ、悪なる悪を滅ぼせ。皆を救う為に』
 
 その外を覆うように新たな陣が描かれていき、
 
『一条、それは輝き。一筋、その後には何も残らない』
 
 幾重にも幾重にも同じように陣が増え、
 
『真白き光は全てを滅する聖なる白光』
 
 直径にして10メートルクラスの巨大な魔法陣が修の前に出来上がった。
 
『走れ、破壊の閃光』
 
 読み終えた瞬間、真白い光が魔法陣から飛び出していき、魔法陣よりも数十倍もの大きさに広がった。
 そして瞬き一つする間に魔物を全て飲み込み、殲滅する。
 
「大体、こんなもんか?」
 
「だね。少なくとも周辺にいた魔物は全部殺したはず。黒いのが結界上部から落ちてくのが僅かに見えたし、おそらく最上部に結界の穴みたいなものがある。残りは穴から内部に入った奴らだけだよ」
 
 修も頷くと、白竜に指示を与える。
 さらにはニア達に振り返り、
 
「そんじゃ、突入の準備はいいか? 降りたら早速、魔物とバトルだ」
 
 ニアは頷き、卓也も頷き、レイナも春香も副長も頷く。
 けれど優斗だけは皆に呼び掛けた。
 
「みんな」
 
 声に対し、それぞれが反応を示す。
 すると優斗は突然、こんなことを言いだした。
 
「格好いい登場シーンってさ、何であると思う?」
 
 あまりのことすぎて、全員が首を傾げる。
 ただ、優斗がここで関係ないことを言うはずがない。
 だから皆が耳を傾けた。
 
「ただ格好つけてるだけ? 確かにそれもあるだろうけどね。陳腐でチープ、それでも“決まってる”からこそ皆は希望を持つんだ」
 
 絶望的な状況に射す、一筋の光。
 
「これで“助かる”って希望を」
 
 だからこそ、わざとらしくてもやったほうがいい。
 
「今、僕らは魔物を吹き飛ばし、都市に住んでいる人達に光を見せた。“何か”が起こったと大半の人は理解してる。だから――」
 
 そこで“助けに来た人達がいる”と叫べばどうなるだろうか。
 
「藁にも縋る。例え……ありえないと思われる二つ名だとしても、信じる」
 
 普段、どれだけ信じていなくても信じてしまう。
 
「最初が肝心だよ。惹き込ませて、魅せる。僕らが救ってくれると誰もが思えるように。死ぬしかないと諦めるのではなく、生きる為の抵抗を叫ばせるために」
 
 諦めさえしなければ、大丈夫だと信じ込ませる。
 生きる意思さえあれば助かると思わせる。
 
「修、春香、副長、それに白竜」
 
 優斗はその為に必要なメンバーに声を掛ける。
 
「格好いい登場シーン、頭に思い描いといて」
 
 
 



[41560] first brave:役者の登場
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:1d7917d2
Date: 2015/12/19 22:42
 
 
 
 最上部。
 やはり魔物が一体通り抜けられるだけの穴があった。
 そこを白竜が無理矢理に飛び込み、突き抜ける。
 修と卓也が悲鳴と魔物の姿を見て目を細めた。
 
「やっぱ入り込んでたな!」
 
「けど、わんさかって程の量じゃないだろ!」
 
 なぜ少ないのか、大体の予想はつく。
 ニアがぐっと右手を握りしめた。
 
「副長、口上は任せます」
 
「了解致しました」
 
 優斗の確認に対し、副長が頷く。
 
「降りるぞ!」
 
「着地、注意しないと!」
 
 一際大きい建物の横に広場が見えた。
 地面が近付き、レイナと春香が声を張る。
 場所は中央広場。
 魔物の姿が幾数も視認でき、逃げ惑う人々の姿も分かった。
 
「全員、飛べ!」
 
 地面に白竜が降り立った瞬間、修の号令で優斗達は背から飛び降りる。
 レイナが一人、閃光のように駆け出した。
 さらには馬車も着地し、続々と近衛騎士が飛び出していく。
 恐怖の惨事に見舞われていたレアルードの住民の注意が、一瞬だけ向いた。
 
「抗いの声をあげなさい!!」
 
 同時、副長が声を張り上げた。
 声は風の精霊の力を得て、どこまでも遠くへと届いていく。
 
「リライト近衛騎士団副長――エル=サイプ=グルコントが助けに来ました!!」
 
 安心できるように。
 凛とした響きがレアルードに届く。
 
「さらには、リライトの勇者が――ッ!」
 
 修が剣を抜いては空へと光を放ち、
 
「クラインドールの勇者が――ッ!」
 
 春香が大剣を手に取っては、上半身が女性にして下半身が蛇の守護獣ニヴルムを召喚する。
 
「そして伝説の『大魔法士』が、ここにいます!!」
 
 優斗は左手を挙げた。
 大精霊九体が上空で、皆の目に映るように輝いている。
 
「死にたくないと願う者よ! 助かりたいと思う者よ! 少しでも生きる意思があるのならば、声を轟かせなさい!!」
 
 白竜が美麗な翼を大きく広げ、副長は剣を抜くと前方を指し示すように構えた。
 
「我々が――助けに行きますから!!」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 ある意味で、優斗の目論見通りとなった。
 悲鳴が大きくなる。
 自分は“ここにいる”と。
 まだ“生きている”と自己主張するかのように、叫ぶ声がどこからともなく優斗達に届いてくる。
 
「修、10分以内!!」
 
「はいよ!」
 
 二人が弾け飛ぶように左右へ広がった。
 優斗はさらに大精霊へと指示を出す。
 八方向へと色々な光が飛び去っていった。
 
「パラケルスス、統括は頼んだよ。端には行ってないと思うけど、確信はない。一匹たりとも逃さないように。制限時間は10分」
 
『了解した』
 
「あと、“もし僕の推論の一つが当たっていた”としたら、お前ら全員説教するから」
 
 そう言って、優斗はパラケルススから離れていく。
 少しして魔物の集団を見つけた。
 瞬時に魔法を放ち、殲滅を始める。
 
 
       ◇      ◇
 
 
「次、連れてきて下さい!」
 
 卓也は続々と運び込まれる住人達に治療魔法を掛け続ける。
 老若男女問わず、軽傷から重傷まで。
 
「もう、心配いらないの?」
 
 その時だった。
 膝小僧をすりむいた少女が卓也に訊いてきた。
 期待と恐怖がない交ぜとなった表情。
 卓也は安心させる為に笑みを浮かべる。
 
「さっきからドカンドカン音が鳴ってるだろ? あれ、うちの勇者達のやってることなんだ。あれだけの威力の魔法やら何やらをバカスカ使って、魔物をどんどん倒してる。安心していいよ」
 
 右手を膝に翳して、魔法を掛けた。
 みるみるうちに擦り傷が治っていく。
 
「これでもう大丈夫だ」
 
 ぽん、と少女の頭を軽く撫でる。
 
「あとは向こうのお姉ちゃんのところに行って、皆で待ってな」
 
 卓也が示した場所では、近衛騎士が円形となった守っている場所があった。
 その中に住民の姿がたくさん見える。
 
「クラインドールの勇者、鈴木春香がここを守ってるよ! だから安心していいんだ!」
 
 春香が大声で名乗る。
 勇者たる自分がいるのだから、もう安心していい、と。
 卓也は少女を春香の下へと見送りながら、考え事をする。
 
 ――想像以上に怪我をしている人数が少ないな。
 
 骨が折れている人だっているし、命の危機に瀕している人だっている。
 未だに治療すべき人達は多いが、それでも想像よりは少ない。
 ニアが飛び出したのは夜中。
 時間帯は検討がつかないが、最低でも結界が張られてから5時間以上は経っていると考えていい。
 時間的に考えれば、もっと魔物の数も怪我人の数も多くてもいいだろう。
 
 ――正樹さんか?
 
 彼が頑張ったのだろうか。
 色々と考えようと思ったが……卓也は頭を振ってやめた。
 
 ――考えても無駄だな。
 
 どうせ、すぐに結末は分かる。
 だから今は不幸中の幸いだと思って、為すべきことを為そう。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 近衛騎士達が強敵と相対している時、彼らは凄まじい勢いでやって来た。
 
「ユウト……っ!」
「シュウ……っ!」
 
 まったく別の場所。
 されど同じように魔物と戦っていた近衛騎士の彼らの名を叫んだ。
 二人は呼ぶ声に反応すると、別の魔物を殺しながら詠む。
 
『滅するべきは邪悪なる存在よ』
『求め消失するは汚れの存在』
 
 リライトの紋章を背に、真白き服を纏った二人は皆に安心を与える。
 それは住民だけではなく、同じように戦っている近衛騎士にも。
 
『滅する光は浄化なるもの』
『光の御業は全てを清浄へと導く』
 
 皆の耳に届くは神話魔法。
 独自の詠唱による、大魔法士の言霊。
 世界に存在する、リライトの勇者の言霊。
 
『消えろ。光の中に』
『昇れ。清廉なる光』
 
 光が立ち上がるように上空へと貫いた。
 その中にいる魔物は例外なく、全てが消滅する。
 いとも簡単に消え去ってしまった。
 だから二人は叫ぶ。
 
「大魔法士はここにいる!」
「リライトの勇者はここにいる!」
 
 多少、わざとらしくてもいい。
 目一杯、演技っぽくてもいい。
 それでも彼らの実力を見た人々には、安心を与えるのだから。
 
「僕らが来た以上、もう大丈夫だ!」
「俺らが来た以上、もう大丈夫だ!」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 誰よりも早く悲鳴が上がっている場所へ行き、魔物を斬る。
 窮地の場所を、すぐさま安堵の場所へと変えていく。
『閃光烈華』の二つ名を持つ女性が、その名に違わぬ速さで人々を助けていた。
 
 ――大精霊との距離も狭まってきたな。
 
 おそらく、魔物が集中していた場所は結界の穴が空いていた場所の真下。
 だからこそ修と優斗は、そこから重点的に魔物を潰していっている。
 逆に都市の端には魔物もあまり存在していない、と読んだ。
 でなければ“結界の一ヶ所に穴が空いている意図”が分からなくなる、と。
 けれども、いないとも限らないから大精霊を都市の端から巡回させて確認する。
 人間ではないからこそ出来る人外の芸当だ。
 実際、人間である自分達の担当範囲は大精霊の百分の一以下だろう。
 人間だけで都市を全て回るとすれば、それだけで膨大な時間が掛かる。
 故に、優斗という『大魔法士』はそれだけで裏技みたいな存在だ。
 
 ――声の数も激減したな。
 
 未だ、ちらほらと聞こえはするが、それも加速度的に収まっていく。
 どこまで救えたかは分からない。
 けれども、あの状況から住民を救えたというのは価値あることだと思う。
 
 ――それに、魔物の数と怪我人の数が圧倒的に合わない。
 
 あれだけの魔物がいたのならば、もっと怪我人……もしくは死人も多いはず。
 なのにも関わらず、少なすぎる。
 
 ――フィンドの勇者、か。
 
 あの優斗が評価していた異世界の勇者。
 聞いていた話よりも、ずっと凄い人物らしい。
 
「そしてあいつらが助けたいと言うのなら……」
 
 フォローしていこう。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 10分後、
 
「副長っ!」
 
 修が建物の上から飛び降りるようにやって来た。
 
「そっちはどうだ?」
 
「どうにか霊薬で対処できそうです。重傷により死んでいた方もいましたが、蘇生できる範囲でした」
 
「そりゃ朗報だ」
 
 来た甲斐があったというもの。
 
「修、副長!」
 
 今度は優斗が戻ってきた。
 
「状況は?」
 
「俺が向かった場所は全部潰した。お前は?」
 
「都市の端から端まで問題なし。レイナさんには僕らの担当区分も含めて最終確認に入ってもらってる」
 
 修と優斗は揃って頷いた。
 
「んじゃ、本命を助けに行くか」
 
「そうだね」
 
 そして離れた場所で住民の護衛をしていた二人に声を掛ける。
 
「ニア、春香! こっちに来い!」
 
 修が手招きして呼び寄せた。
 気付いた二人は駆け足で寄ってくる。
 
「もう終わったの?」
 
「こっちは全部終わった。あとは近衛騎士達に任せんぞ」
 
 修の言葉に副長が首肯する。
 
「ニアは正樹さんの居場所、分かるね?」
 
 優斗の問い掛けにニアは頷き、
 
「……ああ。あそこだ」
 
 ある建物を指差した。
 それは結界の穴がある場所から、ほぼ直下にあり、他の建物よりも大きい。
 
「ジュリアは“神殿”って呼んでいた」
 
 そう言われて、修と春香は納得する。
 
「確かに神殿っぽいな」
 
 元いた世界の歴史の教科書に載っているような感じだ。
 
「うわ~、ゲームにもありそう」
 
 見ただけで感じるのは壮大で荘厳。
 確かに納得する。
 
「……神殿……ねぇ」
 
 ただ、優斗が首を捻った。
 
「副長、確認なんですが……副長は竜神崇拝の宗教が“神殿”を構えているところを見たことがありますか?」
 
「いえ、ありません」
 
 すぐに返答する副長。
 彼女は立場上、色々な国へと行っている。
 なのにも関わらず、見たことがない。
 
「……この建物に何の意味があるのやら」
 
 見た感じ、色々とありそうな感じはする。
 だが、ここが何だろうとやることに差異はない。
 
「副長、ここから500メートル先に同じような広場があります。そこへ移動をお願いします。やりようによっては、この神殿ごと吹き飛ばすことになりそうですから」
 
「畏まりました」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 神殿の中に入った瞬間、魔物がぞろっと列を成していた。
 けれど一瞬で優斗が風の大精霊を使役して蹴散らし、奥へと走りながら進んでいく四人。
 けれど四人が横に並んで歩いても、あまりに広すぎて違和感がある。
 
「ねえ、優斗センパイ。さっきの魔物達って……」
 
「この先に用があったってことだろうね」
 
 春香の疑問に優斗が答える。
 ニアの心配そうな表情が、さらに深刻なものになった。
 
「マサキ、か?」
 
「ほぼ間違いないよ。正樹さんと戦うためにここにいた、って考えるのが一番可能性が高い」
 
 彼と戦う為に魔物は誘われていたと考えるべきだ。
 
「……っ!」
 
 ニアがぎゅっと手を握りしめる。
 
「あまり焦らない。正樹さんは生きてるから。ただでさえニアと春香は限界ギリギリの速度で走ってるんだし、急いで向かって変なトラップにでも引っかかって遅れるほうが厄介だよ」
 
 走る速度を全開にしようとしたニアを優斗は窘める。
 
「な、何でそんなことが分かる!! 魔物が列を成していたんだから、もしかしたらマサキは……っ!」
 
「死んでたら、魔物のいる意味がなくなる」
 
 だから死んでいない。
 
「根拠は何かあるの? フィンドの勇者以外にも何か、狙いがあるかもしれないよ? レアルードの人達を皆殺しにする、とか」
 
 今度は春香が訊いた。
 もしかしたら、狙いは正樹をどうこうするわけじゃないかもしれない。
 
「皆殺しなら結界を張った意味が見出せない。正樹さんが死んでいるのなら、僕らが到着した時点での魔物の数と怪我人の数の違和感は無視できない」
 
 魔物は住民を襲っていた。
 けれど、だ。
 もし住民を皆殺しにしようとするのならば、どうしたって違和感が出る。

「魔物の数と怪我人の違和感って?」
 
「レアルードの住民が助かっていることが証拠だよ、春香。こんな状況で現状、どうにもならないほどに死んでいた人がいなかった。死んだとしても『霊薬でどうにかなる程度』にしか死んでない。これを偶然だとか、奇跡だとか、そんなもので僕はどうにかなると思っていない」
 
 確かに修達、勇者はご都合主義の塊だ。
 だからといって、どれだけの都合が働こうとも素人の住民が助かるとは思えない。
 
「単純に考えれば、僕達が到着する直前に正樹さんの魔物を倒す速度が遅くなった。そして、一定のタイミングで都市内部に入ってくる魔物の数が膨れあがった。それだけだよ」
 
 だから魔物の数と怪我人の数が合わない。
 
「まあ、勇者が三人も集まれば、偶然という偶然を引き寄せる……と言えばそれまでだけどね。だとしても、その偶然を引き寄せるまで頑張ったのは正樹さんだよ」
 
 ご都合主義を発動させるまで、頑張ったからこそ誰も死んでいない。
 
「……なあ。それ、正樹が不味くねぇか?」
 
 修が思わず唸った。
 倒す速度が遅くなったということは、大怪我を負っている可能性が高いということだろう。
 
「だから万全の状態で正樹さんを助けられるようにしてるんだよ」
 
 ただ単純に向かうだけなら、もっと早く到着できる。
 けれど持ってきている霊薬が何かの拍子に割れたりでもしたら厄介だ。
 
「それに修、あの人を誰だと思ってるの?」
 
 ただ単純に優斗達の助けを待つだけの一般人か?
 いいや、違う。
 
「フィンドの勇者――竹内正樹だ。この僕に“強い”と認めさせるほどの実力者だよ」
 
 大魔法士が納得する強者。
 自分のような奴ですら認めた、本当の強さを持つ勇者。
 
「だから大丈夫なんだ」
 
 まるで自らに言い聞かせるように、優斗は言った。
 
「……地味にお前も焦ってるんだな」
 
「内心はね」
 
 だけど、焦ったからといって正樹を助けられない。
 慌てたからといって正樹を救えるわけでもない。
 考えることが苦手な直情型三人と一緒にいるからこそ、自分は冷静でいないといけない。
 
「前、何か光ってるよ!」
 
 すると春香が叫んだ。
 優斗達の視界にも入っている。
 
「あそこだっ!」
 
 ニアも叫び、
 
「着いたね」
 
「全員、覚悟は決めておけよ」
 
 輝かしい白い光が見える場所。
 優斗達は飛び込むように辿り着いた。
 
 



[41560] first brave:救う者
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:1d7917d2
Date: 2015/12/19 22:47
 
 
 
「……魔法陣、か?」
 
 眩しさに目を細める修が呟いた。
 辿り着いた場所は、円形のコロシアムのような場所。
 その全てを埋めるように巨大な魔法陣が敷かれていて、
 
「……っ! マサキっ!!」
 
 陣の上には彼らが求めていたフィンドの勇者――正樹が確かに立っていて、数多の魔物の屍が転がっていた。
 
「…………はぁっ! ……はぁっ!」
 
 剣を握ったまま、ニアの声にも反応しない。
 彼の息遣いだけが、その場に響いている。
 
「服が……赤黒くなってる」
 
 春香が苦々しい表情で呟いた。
 魔物の返り血か、正樹自身の血か。
 いや、どちらもだろう。
 ところどころ破けている衣服からは傷跡が見え、周囲の魔物からは斬り殺された痕が見える。
 血が乾き変色するほどに長い間、戦い抜いた結果だ。
 
「行くぞ」
 
 四人が陣の上へと降り立つ。
 そして駆け寄ろうとした瞬間、
 
「…………っ!!」
 
 正樹が反応した。
 優斗達に気付いた、という反応ではない。
 剣を振りかぶり、まるで襲うように飛び込んできた。
 
「っと、危ねぇな」
 
 修が前に出て、正樹の一撃を防ぐ。
 
「……っ!」
 
 さらには二撃、三撃、四撃と凄まじい勢いで攻撃をする正樹。
 
「意識が朦朧としてんのか?」
 
 息は絶え絶えで、剣を振るう右手からは血飛沫が舞う。
 だが、一撃一撃が強力。
 まるで自分の身体を無視した攻撃を正樹はしてくる。
 
「天下無双のじいさんより鋭い攻撃じゃねぇか」
 
 もしかしたら全盛期の天下無双とも同等ぐらいの剣技かもしれない。
 
「ニア、悪いな! ちょっと攻撃かますぞ!」
 
 上段より振りかぶった剣戟を防いだ瞬間、修は左肘を正樹の顎に見舞う。
 そしてバックハンドでこめかみを打ち抜くように叩いたあと、思い切り吹き飛ばした。
 
「マ、マサキ!!」
 
 ニアが駆け寄ろうとするが、優斗が止める。
 
「ちょっと待って」
 
「待てるか! 私はマサキを助けに来たんだ!」
 
「僕らだって同じ。だから修は“目を覚まさせる為”に二度、攻撃をしたんだよ」
 
 でなければ攻撃なんてしない。
 
「…………はぁっ! …………はぁっ!」
 
 けれど正樹は剣を杖にしながら、無理矢理に立とうとする。
 瞳の焦点は未だに合っていない。
 
「まだ意識が朦朧としてやがんな」
 
「それだけじゃない。何か変な魔力の流れが正樹さんに向かってる」
 
 足下を優斗は指す。
 この魔法陣から魔力が正樹に伝わっている。
 
「“変な”って何だよ?」
 
「変としか言い様がない。ただ、これが余計だってことぐらいは分かる」
 
 また正樹が突撃してきた。
 今度は優斗が防ぐ。
 
「正樹さん!」
 
 声を掛けてみる。
 だが、反応はない。
 代わりに横薙ぎの剣閃がやって来た。
 
「……僕でも駄目、か」
 
 正樹には届かない。
 息を吐いた。
 
「ごめんね」
 
 風の精霊を使い、思い切り壁まで吹き飛ばす。
 そのまま風で押さえつけた。
 修が訊く。
 
「で、どうするよ? 気配でも消してみるか? 意味ねぇと思うけど」
 
「だろうね。気配が無いっていう違和感を覚えられるでしょ」
 
 今の正樹は気配が無い故の違和感を捉え、空気の揺れさえも敏感に察知するだろう。
 二人は互いの服――僅かに斬られた痕が残る場所を見て、息を吐く。
 
「無駄に強すぎるな」
 
「さすがは正樹さんってところかな」
 
 魔物を全て倒す為に幾つか枷を外していた優斗達に対して、微かでも攻撃を届かせた。
 現にフィンドの勇者を見据えれば、彼は押さえつける風を斬り散らしている。
 
「……う……ぐっ!」
 
 ただ、やはり身体は正直なのか正樹は剣を地面に刺し身体を支える。
 誰の目から見ても限界だ。
 いつ倒れてもおかしくない。
 けれど、
 
「…………ボク……が……」
 
 その時だった。
 彼の声が優斗達の耳に届いた。
 
「……ボクが……守る。…………だれも…………死なせない……」
 
 正樹が呟いた。
 何度も何度も。
 誓うように。
 口にした。
 
「マサキ……」
 
「……凄いね、フィンドの勇者」
 
 ニアの瞳が潤み、春香は同じ勇者として素直に尊敬の念を示す。
 
「たぶんぼくは……あそこまでなれないよ」
 
 勇者として他を助ける。
 もちろん、だからこそ勇者だということは分かってる。
 けれども意識が朦朧として尚、あの言葉を告げる自信は無い。
 
「……違う」
 
 けれどニアは首を振る。
 
「あんなのはマサキじゃない。確かにマサキは言うけど……そうじゃないんだ」
 
 ニアが一番敏感に感じ取っていた。
 優斗が示した“狂った王道”。
 植え付けられた“勇者”という概念。
 きっと、このことなのだろう。
 普段の正樹でも同じ事を言うだろうけど、何か言い様のない違和感がある。
 正樹っぽさが無い。
 
「どうすんだよ? あの様子だと“殺す殺さない”の話になるぞ」
 
 修が結論を言った。
 おそらくは死ぬ間際まで戦い続けるだろう。
 そして彼を御する為に力を振るえば、正樹は間違いなく死ぬ。
 
「意識がはっきりさえすれば、正樹さんなら抵抗できるはず」
 
「頭でもぶん殴るのか? さっきやったぞ」
 
 修がやってみたが、駄目だった。
 だから優斗は別の案を出す。
 
「修じゃ届かなかったし、僕でも無理だった。それなら……」
 
 残りは一人。
 
「ヒロインの登場、でしょ?」
 
 優斗はニアの背中をポンと叩く。
 彼女は自分が指名されると、僅かに驚きを見せたが……決意したかのような視線を優斗に送る。
 
「どう……すればいい?」
 
 何をすれば正樹を助けられるのか。
 端的にそれを訊いた。
 
「物理的な衝撃でもありだろうけど……精神的な衝撃でもいいはず。何をやるかはニアに任せる」
 
 自分や修では駄目だった。
 だとするならば、たぶん彼に“届く”のはニアだけ。
 
「前に言ったけど、改めて伝えるよ」
 
 イエラートで。
 正樹の異変に気付いた時に伝えた。
 
「正樹さんを救うのはニアの役目だ」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ニアがゆっくりと正樹に近付いていく。
 春香が僅かに首を捻った。
 
「かいくぐれるの? あのフィンドの勇者の攻撃を」
 
「かいくぐる必要はないよ」
 
 優斗が真っ直ぐに正樹とニアの姿を見据えながら答えた。
 
「正樹さんは僕達の存在を察知して攻撃をしてきた。だから僕だろうと修だろうと、近付けば絶対に攻撃を受ける」
 
 ずっと魔物が来ていた。
 その全てを倒さなければならない。
 だから感じる気配全ては敵だと認識していた。
 瞳の焦点すら合っていない今は、さらに顕著だ。
 
「なぜなら正樹さんにとって、僕らは異物だから」
 
 敵意、闘志、気配全てに反応して、攻撃を加える。
 
「でも、一人だけ例外がいるんだ」
 
 おそらく今の正樹にとって。
 唯一と言っていいほどの存在。
 
「ニアは一緒にいて当たり前なんだよ」
 
 最初に仲間となった少女。
 この世界で、誰よりも正樹と共に過ごした少女――ニア・グランドール。
 彼女だけが別。
 
「どれだけ意識が混濁していても、竹内正樹ほどの男がニアを攻撃することはありえない」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 一歩ずつ、ニアは正樹に近付いていく。
 肩で大きく息をしているのが見えた。
 
 ――本当に……頑張り屋なんだ、マサキは。
 
 優斗達を攻撃してきた範囲に足を踏み入れる。
 けれど、正樹はまだ動かない。
 
 ――どうしてか、最初に出会った頃を思い出すな。
 
 まだ駆け出しの冒険者だったニアはフィンドで運悪く、シルドラゴンに出会った。
 正直、絶体絶命だと思った。
 一人で勝てるわけもない。
 普通の人間が勝てるはずもない。
 殺される、と。
 覚悟を決めた……その時だった。
 
『君、だいじょうぶ!?』
 
 正樹が凄い勢いでやって来た。
 そしてシルドラゴンを相手に剣を抜いた。
 
 ――なんて無謀な人なんだろうと思った。
 
 でも、彼は勝ってしまった。
 ボロボロになりながら。
 最後にはシルドラゴンに勝利した。
 
 ――それからは、ずっと一緒だ。
 
 彼がフィンドの勇者だと知って。
 諸国を巡る旅に出ると知って。
 一緒についていった。
 
 ――たった二人での旅も、悪くなかった。
 
 行く先々で問題が起こったけれど、それも今となっては大切な思い出だ。
 
 ――ジュリアが加わって、ミルが加わって……ミヤガワに出会った。
 
 今も後ろで、内心は心配そうにしている大魔法士に。
 
 ――助けを求めて本当によかった。
 
 当時は心底ムカつく奴だと思っていた。
 正樹に対して傲慢とも言える物言いと態度。
 なのに正樹は懐くように彼と一緒にいようとするし。
 冷酷なまでの視線は正樹と全く違くて、正直好かなかった。
 
 ――けれど自分達がおかしくなったことを教えてくれた、唯一の男だ。
 
 誰も気付かなかったことを、たった二度会っただけで指摘した。
 
 ――今もこうして、助けてくれる。
 
 ニアだって『大魔法士』という存在がどういうものか、理解はしてる。
 歴史で二人しか名乗れなかった二つ名。
 最強の意を冠し、その影響力たるや大国の王とも同等。
 けれど言ってくれた。
 
『今、ここで行かなきゃ僕は……彼の友達だなんて言えないから』
 
 たった、それだけの理由で。
 大魔法士と呼ばれるほどの少年は動いてくれた。
 
 ――なあ、マサキ。
 
 ニアは一歩ずつ、近付いていく。
 
 ――今、マサキを救う為に大魔法士と勇者二人が来てくれてるんだ。
 
 あと少しで彼の場所まで辿り着く。
 
 ――こんなに凄い人達が救おうとしてくれてるんだ。
 
 一歩、二歩、三歩、と。
 距離は無くなっていく。
 
「マサキ」
 
 これで、到着。
 彼の前まで立てた。
 
「戻ってきたんだ。マサキを救う為に」
 
 たくさんの心強い味方を連れて。
 戻ってきた。
 
「ちゃんとミヤガワに伝えたよ。だから来てくれた」
 
 正樹の肩に触れる。
 肩で息をしているから、大きく上下している。
 顔だって、俯いているからよく見えない。
 触れた先は若干、冷たい。
 けれども確かな温もりがある。
 
「マサキのおかげだろうけど、私も頑張ったと思う。リライト王の前で色々と言ったんだぞ、私」
 
 安堵して、安心して、涙が零れてきた。
 ちゃんと彼が生きてる、という実感がたまらなく嬉しい。
 
「だからもう、一人で頑張らなくていい」
 
 ニアは正樹の顎に手を置き、上を向かせた。
 未だ瞳の焦点は合っていない。
 
「私がここにいる」
 
 衝撃を与えろ、と言われた。
 自分が正樹を殴るなんて出来ない。
 じゃあ、どうすればいいか。
 ぱっと思い付いたのは一つだった。
 
「これからもずっと私が一緒にいるから……」
 
 顔を近付ける。
 微かに首を傾げ、
 
「目を……覚ましてくれ」
 
 正樹の口唇にキスをした。
 
 
 



[41560] first brave:救われる者
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:1d7917d2
Date: 2015/12/19 22:48
 
 
 
 自分は“勇者”だ。
 他を救う者であり、世界を救う者。
 他の何者でもない。
 
『ちゃんとミヤガワに伝えたよ。だから来てくれた』
 
 もう数え切れないほど、魔物を倒した。
 数え切れないぐらい、剣を振るった。
 腕は痛い。
 身体全体は軋む。
 息をするのも億劫だ。
 けれど、囁くような何かが聞こえてくる。
 
 
 “勇者で在れ”と。
 
 
 だから勇者で在る必要がある。
 勇者で在ることを求められている。
 
『マサキのおかげだろうけど、私も頑張ったと思う。リライト王の前で色々と言ったんだぞ、私』
 
 何かが聞こえてくる。
 だが今は、どうでもいい。
 魔物を倒す為には必要ない。
 音も、視界も、思考も、必要最低限以外は削ぎ落とし、意識を途切れさせないことに全力を向ける。
 自分が倒れればレアルードの住人が殺される。
 救われるべき“他”が救えない。
 彼らを救わずして倒れるのは“勇者”じゃない。
 
『だからもう、一人で頑張らなくていい』
 
 けれど、顎に何かが触れたかと思ったら、顔を上げられた。
 視界はぼんやりとした光景しか映さない。
 何かが目の前にいる。
 それは分かった。
 
『私がここにいる』
 
 今、自分の瞳に何かが捉えられるということは、おそらく魔物だろうとは思う。
 けれど身体は動かなかった。
 
『私が一緒にいるから……』
 
 勇者で在るのならば、動けと何かが言う。
 だが“違う”と本能が示していた。
 絶対に違うと何かが理解していた。
 
『目を……覚ましてくれ』
 
 そして口唇に何か感触があった。
 堅い地面ではなく、魔物の血でもない柔らかなもの。
 この状況下では理解不能の感触。
 大きく吸っていたはずの息が止まった。
 
「…………」
 
 視界がクリアになっていく。
 何事なのかと判断する為に、削ぎ落としていた部分が正常に戻った。
 すると、眼前に広がっているのはいつも見てきた少女の顔。
 
「…………ニ……ア……?」
 
 口唇の感触があるまま、呟く。
 すると、ぱっとニアの顔が離れた。
 
「マサキ!? 戻ったのか!?」
 
 ぼろぼろと泣いているニアが、どうしてか正樹の前にいる。
 
「えっと……魔物は?」
 
「もう大丈夫だ」
 
 ニアはゆっくりと正樹を座らせて、後ろを向く。
 
「まあ、こんな状況で唇に違和感あればさすがに意識も戻るか」
 
「修センパイ、夢がないよ。こんなドラマチックな展開なのに」
 
「これぞ王道って感じだね」
 
 すると修、春香、優斗が笑みを零してやって来た。
 正樹は驚きの表情で彼らを迎える。
 
「優斗くん……?」
 
「はい、まずはこれ。ぐいっと飲んで」
 
 ボロボロの正樹に霊薬を渡した。
 言われた通り、彼は素直に飲み干す。
 少しして、荒れていた息が整ってきた。
 
「10分くらいで復活できるでしょ」
 
「あ、ありがとう優斗くん」
 
「どういたしまして」
 
 軽く手をひらひら、と振る優斗。
 
「頭に何か違和感はある?」
 
「ん~……ちょっと、ぼぅっとするかも」
 
 正樹がトントン、と頭を軽く叩く。
 何か違和感があるような気がするが、今のところ引っかかるぐらいで問題はない。
 
「だったら意識をしっかり保つこと。余計な“モノ”に流されないように」
 
「……? うん」
 
 理由はよく分からないが、優斗が言うのならばそうなのだろう。
 正樹は頷く。
 そして彼の近くにいる男女に視線を向け、
 
「えっと……そっちの二人は?」
 
 優斗と同じ服装をした少年と、大剣を背負った少女。
 誰なのだろうか。
 
「リライトの勇者とクラインドールの勇者だ」
 
 ニアが説明する。
 修と春香は頷いて、自己紹介した。
 
「リライトの勇者、内田修。よく話は聞くけど、会うのは初めてだな」
 
「ぼくはクラインドールの勇者、鈴木春香だよ。よろしくね」
 
 二人とも、にこっと笑って正樹の手を問答無用で取ると握手する。
 
「あ、どうも」
 
 正樹も二人に会釈をした。
 けれど、少し落ち着いたからこそ気になることがある。
 
「というか魔物は? なんかニアが大丈夫だって言ったから、安心しちゃったんだけど……」
 
 どうして大丈夫なのか、まではしっかりと聞いていない。
 ちゃんと現状を知っておきたかった。
 
「俺と優斗、それにリライトの近衛騎士が来て全滅させたから安心して問題ねーよ」
 
「そうなんだ……。よかったよ」
 
 さらっと言われて安堵する正樹。
 
「優斗くんが余裕を持ってるから大丈夫だとは思うんだけど、死んだ人達は……いる?」
 
「一時的に死んでたって人達ならいたよ。でも霊薬で助かってるから、そこも安心していいよ」
 
 今度は優斗が答える。
 彼の予想通り、誰かが死んでいればこれほどの余裕は生まれない。
 正樹は少しだけ俯くと、笑みを浮かべた。
 
「ありがとう。君達のおかげだ」
 
「正樹さんのおかげだよ。正樹さんが守ったから、僕達の持ってきた霊薬の量が足りた」
 
 こんな無茶苦茶の状況で。
 本当によく頑張ってくれた。
 
「ボクが頑張らないと、レアルードの人達が死ぬ。そんなのは嫌だったんだ」
 
 ぐっと握り拳を作る正樹。
 本当に苦しそうな表情を浮かべていた。
 けれど、
 
「それは……正樹さんの意思で嫌だと思ったの?」
 
 優斗が尋ねる。
 まるで誰かに感情を植え付けられたのではないか。
 そういう問いだった。
 
「……優斗くんは本当に凄いなぁ」
 
 ハッとしたような表情を正樹は浮かべる。
 僅かながらにでも覚えていた。
 “勇者で在らねばならない”と。
 だからこそ“助けなければならない”と。
 どうしてか思ってしまったことを。
 だが、
 
「ボクの意思でもあるよ」
 
 結局、どうあっても自分は今の感情を持っていただろう。
 しょうがない。
 甘っちょろいと言われても、生温いと言われても、どうしたって思ってしまうのだから。
 しかし優斗は安心したようで、
 
「だったら誇りなよ。正樹さんが為したことは、本当に凄いことだから」
 
 誰も彼もが出来ることじゃない。
 一握りの人間しか出来ないこと。
 そして優斗は真面目な表情に戻る。
 
「本当なら、もう少しゆっくりさせてあげたいところだけど……」
 
 怪我は次第に治っていくとはいえ、疲れているだろう。
 休ませてやりたいのは山々だが、どうもそうはいかないらしい。
 
「修、春香。構えて」
 
 ある方向へと視線を向ける。
 僅かばかりではあるが、足音が響いてくる。
 全員に緊張を張り巡らせた。
 
「黒幕の登場だね」
 
 ヒールの音を打ち鳴らしながら、優雅に登場するは正樹の仲間だった少女。
 
「全てが早いこと、この上ないですわ」
 
 正樹が二番目に仲間にしたクリスタニアの公爵令嬢。
 
「わたくしの想定が全て覆されましたわね。万を超える魔物を一瞬で退けられたかと思えば、まさか戦いの準備をしている間にマサキ様まで助けられるとは思ってもみませんでしたわ」
 
 優斗達が正樹とニアを庇うように前へ立った。
 
「まあ、いいでしょう。歴史のターニングポイントになるには良い舞台ですわ」
 
 狂気を孕んだ言い草。
 都市一つを壊滅させられるほどのことをして尚、当然だと思っているかのような言葉。
 いや、事実当然なのだろう。
 少女にとっては。
 
「役者が良ければ舞台は映える。異世界の三勇者に大魔法士、これ以上ないほどの役者が揃いました。過去、このようなことは二度か三度、あるかないかでしょう」
 
 まるで演劇の舞台挨拶をするかのように、少女は漆黒のドレスを身に纏いながら丁寧に腰を折る。
 
「演目は『失い続けた“幻”を得る物語』」
 
 そう、彼女は今回の一件の中心。
 騒動の原因。
 レアルードを襲った魔物を集めた者。
 竹内正樹の王道を狂わせた者。
 
 
「どうぞ、我が一族――ノーレアルの描いた脚本、ご堪能のほどを」
 
 
 ジュリア=ウィグ=ノーレアルは妖艶に笑んだ。
 
 



[41560] first brave:その二つ名の意は
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:1d7917d2
Date: 2015/12/19 22:49
 
 
 
 
 ジュリアは漆黒のドレスを身に纏い、視線は優斗に定まっていた。
 優斗も同じように視線を返しながら問いかける。
 
「“これ”は何だ? 普通の魔法じゃないだろう?」
 
 爪先で足下の魔法陣を叩く。
 どう考えても通常の魔法とは言い難い。
 正樹に何の影響を及ぼしているのか、はっきりさせておきたかった。
 
「独自の魔法は大魔法士だけの専売特許ではありませんわ」
 
 ジュリアは優斗の問い掛けに対して、誇るかのように言葉を告げる。
 
「執念と狂気が――魔法を創る時もある」
 
 まるで愛おしみながら、ジュリアは魔法陣に手を触れた。
 
「皆を盲信させる魅力を得て、時には強敵を呼ぶ。さらには才能の上限を高みへと持って行く。己は“勇者で在らねばならない”と――強く認識させる」
 
 柔らかく陣を撫で、再び優斗と視線を交わす。
 
「人が変えることなど出来ないもの。それは生まれ持つカリスマであり、運命であり、才能。つまりは――“存在”ですわ」
 
 視線を受けながら、尚ジュリアは笑みを浮かべて語る。
 
「この魔法陣は“存在”そのものを改変させる」
 
 惹かれるのではなく、盲信させる。
 記憶に残る王道的な展開ではなく、記憶に焼き付く劇的な展開を。
 飛び抜けた才能ではなく、圧倒的な才能を持つ。
 
「されど、さすがは王道でしたわ。改変の途中とはいえ、強敵を呼び込むほど生温い存在ではない」
 
 語られることに対し、優斗はふと思い出す。
 彼が敵わぬ敵と相対したことを。
 
「……フォルトレスの一件は、お前の手引きか」
 
 優斗の言葉にジュリアは頷くことも否定することもなかった。
 ただ、笑みを携えるだけ。
 
「力の向上が目的の一つだろうが、正樹が死んだらどうするつもりだ?」
 
「死ぬのならば、その程度だった。それだけですわ」
 
 あまりにも冷たい言葉。
 まるで道具としか捉えていない言葉に、正樹とニアの表情が凍った。
 優斗は僅かに舌打ちしながらも、さらに問う。
 
「なぜ正樹を選んだ?」
 
「フィンドの勇者――タケウチ・マサキ。勇者としては王道と呼ぶべき存在ではありますが、確かに我々が願った存在とは違う」
 
 求め続けた相手ではない。
 
「“幻”を得るほどの存在が天然で生まれるというのが、天文学的な確率だというのは我々も理解していましたわ」
 
 故に今まで現れなかった。
 現れることなど、なかった。
 
「だから作る」
 
 いないのならば、生まれないのならば作ればいい。
 
「だからこそ……耐えられ“そうな”存在を選んだ」
 
 過去、数多の実験を行ってきた。
 時には発狂し、時には死に、時には役立たずとなった。
 故に得られた結論としては、自分達が望む者へと辿り着かせるにも“格”が必要だということ。
 
「彼ならば耐えられるかもしれなかった。“存在の改変”に」
 
 妄信的に敬われても発狂することなく。
 才能の上限を上げられても尚、届く。
 
「……ミ、ミヤガワ。ジュ、ジュリアは……何を言ってるんだ?」
 
 ニアの身体が僅かに震えていた。
 仲間だと思っていた少女が、何を言っているのだろうか。
 意味が分からない。
 分かりたくもなかった。
 優斗もどう言うべきか言葉に詰まる。
 けれど、
 
「……優斗くん、大丈夫だよ。覚悟は出来てるから」
 
 ニアの手に触れながら、正樹は真摯な視線を優斗に向けた。
 受け止めるべきことがある。
 受け止めないと進めないことがある。
 ならば、しっかりと聞こう。
 そう覚悟した声だった。
 優斗も彼の決意を受け、告げる。
 
「最初の出会い。領地問題……だったか? そこから仕組まれていた」
 
 偶然、出会ったのではない。
 偶然、問題が起こったのではない。
 必然として出会い、必然の問題を起こした。
 
「正樹の資質を確かめ、使えるかどうかを判断する為に」
 
 結果、彼は見事に問題を解決した。
 当たり前のように事を為した。
 
「ここに一度、来ただろう?」
 
 訊かれたことに対し、正樹は一度頷く。
 
「その時に、この魔法陣を発動させた。そして効力は段々に発揮されていく。だから……ジュリア=ウィグ=ノーレアル、お前は正樹のパーティの一員となった。そうだな?」
 
「よくおわかりで」
 
 何一つ間違いない。
 まるで共にいて、見ているかのようだった。
 
「マサキ様は想像以上でしたわ。勇者と呼ぶに最も相応しい魂。そして――勇者となるに十分なほどの才能。過去、我々の一族が出会ってきた勇者の中でも最優秀の類に入りますわ」
 
 その他の雑多な勇者とは違う。
 まさしく勇者と名乗れるべき男。
 
「リライトの勇者のように“勇者の刻印”が存在せずとも、いずれは神話魔法を使えるほどに」
 
 だから選んだ。
 彼ならば届くと思えたから。
 
「……なるほど、な」
 
 そして優斗も確信した。
 今までの会話の中で、予想が事実だと。
 
「問いたいことがある」
 
「何をでしょうか?」
 
 ずっと笑みを浮かべているジュリアに対して、訊くべきことは大元。
 彼女が話していることのすべては、たった一つの二つ名に集約されている。
 
「“なぜ”知っていた。お前達が望んでいる存在は、歴史において消え去ったはずだろう?」
 
 誰が、とも何を、とも言っていない。
 それでも伝わる。
 優斗が“何を指しているのか”を、ジュリアだけは理解できた。
 
「――っ!?」
 
 驚きの表情が広がった。
 ずっと妖艶な笑みを続けていた少女の表情が崩れる。
 
「…………」
 
 されど、それも一瞬。
 
「……さすがは大魔法士」
 
 ジュリアは再び笑みを浮かべる。
 
「そこまで辿り着いていましたか」
 
 知っている者など、数少ない。
 一握りしかいない。
 けれど彼は知っていて、尚且つ『自分達が望む存在』すらも認識していた。
 驚嘆と言うべきほかない。
 
「消えたのではなく、伝承が残っていないだけですわ」
 
 故にジュリアは楽しむかのように、優斗とのやり取りを再開する。
 
「なぜ大魔法士には多くの書物が残って、勇者には無いのか。理由は何かおわかりで?」
 
「偶像と実像の違い、だろうな」
 
「それも一つ、ですわ」
 
 大魔法士はいなくなり、過去となってしまったからこそ人は書物を残し、物語を残す。
 勇者は今現在もいるからこそ、何かを残す必要はない。
 
「少し、昔話をしましょう」
 
 これは彼らにとっての始まり。
 “彼らのような存在”が生まれた始まり。
 
「一番最初、セリアールに現れた異世界人は……クリスタニアで召喚された」
 
 物語を読むかのように、ジュリアは話す。
 
「当時、諸国を巡っていた大魔法士マティスの手によって」
 
 されど告げられたことに、修も正樹も春香も驚きで口を開けた。
 
「……はっ?」
 
「えっ?」
 
「…………へっ? どういうこと?」
 
 突然のことに三人は理解ができない。
 優斗だけが目を細めた。
 
「大魔法士マティス=キリル=ミラージュの夫。彼がそうですわ」
 
 そう言いながら、ジュリアは四人の反応を伺う。
 やはりと言えばいいのか、優斗だけが違う反応だった。
 
「先程の言葉を以て薄々と予想していましたが、驚いていないところを見るに大魔法士は勘付いておられたのですか?」
 
 マティスが女性であるということも。
 そして、一番最初に異世界人を召喚したのが彼女であるということも。
 
「共に歩いてくれる者がいなければ、辛いということを知っている」
 
 優斗はほんの僅かに、修を視線に入れた。
 彼がそうだった。
 天恵と呼ぶべき圧倒的な才能を持つ故に、常に寂しさに付きまとわれる。
 尊敬や夢を持たれようとも、共に歩いてくれる者がいないと孤独感に苛まわれる。
 歴史上で散見して見られた何人かも、おそらくはそうだっただろう。
 それがたまたま、マティスも同じだったというだけだ。
 
「そして異世界人を召喚できる召喚陣を創れる可能性を持った奴らを考えれば、そう多くはない」
 
 片手で事足りる。
 
「パラケルススのような並外れた存在を召喚できるほどの技量を持ち、尚且つ異世界という途方もない場所は――通常詠唱のものではどうにもならない」
 
 それこそ想像したものをそのまま現すことの出来る、独自詠唱ぐらいしか。
 
「創れる存在として、分かり易い可能性としてあげられるのは……龍神かマティスか。それぐらいだろう」
 
 結果として二択のうち、片方がやっていた。
 それだけだ。
 ジュリアは返答を聞き終えると、さらに言葉を続ける。
 
「異世界人は大魔法士と共に諸国を巡った。そして数ある出来事のうち、最大の出来事――世界を救った」
 
 そして、それがターニングポイント。
 
「大魔法士と共に世界を救った“始まりの異世界人にして勇なる者”。その功績を称え『始まりの勇者』という二つ名を与えられた」
 
 届いた言葉に修と正樹が反応した。
 修が気になった二つ名が。
 正樹に向けられた二つ名が。
 今、この瞬間に出てきたから。
 
「そして彼が死んだとき、召喚陣は四つに分割し飛散した」
 
 理由は分からない。
 彼が何かをした故に分割したのかもしれないし、その陣があまりにも異質すぎた故に壊れたのかもしれない。
 けれど確かに召喚陣は分割し、飛散した。
 
「リライト、フィンド、クラインドール、タングス。最初はこの四国に召喚陣が届いた。少しして各地にも異世界人の召喚陣が生まれましたわ」
 
 生み出された最初の召喚陣。
 それが割れて、届いた四つの召喚陣。
 しかし、それ以外の召喚陣は“発生した”。
 
「我々が調べたところによると、セリアールにある異世界人の召喚陣は20個。されどそのうち、16個は派生にしか過ぎない」
 
 優斗達が呼ぶチート。
 それを得られるにしても、あまりにも違いがありすぎる。
 
「最古にして最も能力を得られる召喚陣。それが――勇者と呼ばれる者達を呼ぶ」
 
 だから異世界人の勇者は四人しかいない。
 彼らだけが勇者と呼ぶに値する存在だから。
 
「ちょ、ちょっと待ってよ! ぼくはセンパイ達ほど能力を得てない!」
 
 春香が否定した。
 自分は凡人だ。
 修や正樹と比べて、絶対的に劣る。
 けれどジュリアは溜息をついた。
 
「……はぁ、何を仰るのやら。才能の何も無いというのに“それほどの力”を得ているではありませんか」
 
 基準値が違う。
 元々、持っていた才能という点であまりにも違いすぎる。
 
「貴女程度の凡人が普通の召喚陣で呼ばれた場合、その能力は僅かほどしか上がらない」
 
 例で言えば、和泉などがそうだろう。
 おまけで付いてきたからこそ、勇者レベルのチートを得られなかった和泉。
 戦うべき才能が皆無故に上級魔法すら使えない。
 
「けれど貴女はおそらく、平然と上級魔法を使えるでしょう? さらにはセリアールの世界の人間を圧倒する魔力を持つからこそ、最上級の魔物を従えられる」
 
 これが他の異世界人と隔絶すべきことだと、どうして思わないのだろうか。
 
「……と、話がずれてしまいましたわ」
 
 彼女のことなどどうでもいい。
 ジュリアは話を本筋へと戻す。
 
「そして“勇者”という名は各国へと引き継がれた。最古の召喚陣を得られた国と、勇者に憧れを持った国に」
 
 だからこそ異世界人の勇者と、リステルのように異世界人でもないのに勇者である者が存在する。
 
「けれど、昔は昔」
 
 1000年前の出来事。
 
「伝聞となった者達は曖昧になる」
 
 曲げられ、創られ、確かな姿など存在しなくなる。
 
「偶像となった大魔法士はお伽噺となり、正しく伝わりはしていない。そして実像を持つ勇者は――“何を意味するのか”までは時が経つと共に薄れていき、まったくもって別の意味になってしまった」
 
 過ぎ去る日々が、最初に持っていた意味を変える。
 
「リライト。特に貴方達の国はそうですわ。勇者に『国を守る』という意味はない」
 
 その国にいる勇者だからこそ、勝手に付け加えた意味に過ぎない。
 
「本来、勇者とは“勇なる心にて世界を救った者”の名」
 
 他に意味などない。
 他者を助けるのも問題を片付けるのも、その残滓にしかすぎない。
 
「そして意味を変えてしまった国があるからこそ……伝わらなくなった」
 
 忘れられるかのように。
 消え去るかのように。
 継がれなくなった。
 
「されど、勇者という名は残っている。故に勇者となる者は『勇者』の二つ名によって、護られているものがありますわ」
 
 基本的に他よりも優れた能力。
 強さを持つ者の称号。
 故に、護られる。
 
「“異常なる力”」
 
 どれほどの強さを持っていたとしても。
 畏怖も恐怖も与えない。
 安心と安堵を与える。
 
「大魔法士という偶像が御伽噺に護られているというのなら、勇者という実像は現実に引き継がれ護られている」
 
 同じように、同じことを。
 二つの二つ名は護られている。
 
「ここまで言えば分かりますわね」
 
 気付いて然るべき答えだ。
 
「『始まりの勇者』が何の意を示すのか」
 
 ジュリアは手を広げ、紡ぐ。
 
 
「そう、彼の二つ名の意は『無敵』。『最強』と相並ぶ唯一の二つ名」
 
 
 大魔法士に対して、同等でいられるたった一つの名。
 
「現実に引き継がれ、そして――伝えられなくなった幻の二つ名ですわ」
 
 そしてジュリアは笑みを濃くした。
 
「だからわたくしは再び、この名を世に轟かせる」
 
 かつて、1000年前に轟いたように。
 今、この世にかつての栄光を。
 
「……ジュリア=ウィグ=ノーレアル。お前は……」
 
 優斗が珍しく、非難するかのような視線を向けた。
 けれど彼女にとっては、それこそ非難されるようなことではない。
 
「わたくしはマサキ様を『始まりの勇者』にする」
 
 正樹を『無敵』へと導いてみせる。
 
「何を犠牲にしてでも」
 
 人間が何人死のうが、知ったことではない。
 都市が破壊されようがどうでもいい。
 全てが些細だ。
 
「わたくしは無敵となったマサキ様の妻として、祖父と父と共に世界に覇を唱える」
 
 出来ないなどと、問うことはない。
 
「無敵の勇者は正しいからこそ、否定する者は存在しない。例え……傀儡となった身だとしても、相手を盲信させる存在感が確かにあるのだから」
 
 誰も否定できない。
 誰もが頷くしかできない。
 盲信させるだけの魅力を持ち、何があろうと力で屈服させることが出来るのだから。
 けれど、ジュリアはそこで優斗を見据えた。
 
「それだけの……ものだったはずなのに。貴方が――大魔法士がいる」
 
 唯一、相並ぶ存在が再び世に現れた。
 
「大魔法士という名は絶大。しかし話を聞けば、来年までは公表をしないということ」
 
 まだ若いから。
 学生だから。
 そんな馬鹿な理由で宮川優斗が大魔法士であることをリライトは公表しない。
 
「ならば、それまでに大魔法士という名が及ばないほどに『始まりの勇者』の強さと名を広めるまで」
 
 最強が蔓延っているこの世界で無敵を知らしめる。
 
「そして打ち崩せばいい」
 
 時と場合によっては、戦うことを以て。
 
「伝説を」
 
 



[41560] first brave:王道の勇者
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:1d7917d2
Date: 2015/12/19 22:50

 
 
 
 話を聞いても、春香は納得できなかった。
 
「だ、だからって、どうして勇者を操ろうだなんてするんだよ!!」
 
 傀儡とする、ということは正樹の意思を剥奪するということだ。
 その為に何かをするのかもしれない。
 絶対におかしかった。
 
「元々は我々の“モノ”である勇者を、どう扱おうと我々の勝手では?」
 
 けれどジュリアは相手にしない。
 鼻で笑った。
 
「それに、この都市の人達だって……っ!」
 
「我々の領民ですわ。これもどう扱おうとしても領主たる我々の勝手ですわ」
 
 本当に傲慢と呼べる態度。
 そして、事実と言わんばかりの物言い。
 春香は自分が言っていることがおかしくないと思うのに、どうして彼女と話が通じないのかと叫びたくなった。
 
「……なんなんだよっ!!」
 
 どうして人を物扱いできる。
 道具として扱えるのだろうか。
 理解したくもなかった。
 
「春香、落ち着け」
 
 優斗が肩を叩いて下がらせる。
 彼女の言い分を平然と受け流せるのは、おそらく優斗だけだろう。
 考えとしては理解してやれないこともないから。
 
「……ジュリア=ウィグ=ノーレアル。お前らの先祖の考えでは、無敵の勇者がいれば覇を唱えられる。けれど“大魔法士が連れ去った”。違うか?」
 
 優斗の疑問は半ば、確信だった。
 道具扱いする理由でさえ、分かりたくはないが分かる。
 
「この国……いや、レアルードで召喚されたという、たったそれだけの理由で所有物と暴言を宣った」
 
 馬鹿馬鹿しく、本当に最悪だ。
 
「当時から奴隷制度ぐらいはあっただろうが……異世界人とはいえ、人間に対して“所有”という言葉で横暴を働いたノーレアル。世界を救った『始まりの勇者』に対する、人として扱わない態度」
 
 この世界が異世界人に優しい理由。
 その一端すら担っているかもしれない。
 
「実に狂っていて分かり易い」
 
 一般的にはおかしくて意味不明でも、一つ踏み込めば単純すぎる考えに反吐が出る。
 
「優斗。つまり、こいつら何が言いたいんだ?」
 
 修が軽い調子で訊いてくる。
 なので解説した。
 
「要約すれば『昔、覇を唱えられる始まりの勇者を召喚した場所を提供したのだから、今現在でも勇者は自分達のものだから無茶苦茶に扱うし、世界征服したって構わない』という、自己中極まりない考えだ」
 
 自分達の一族以外は全て物同然。
 人間だろうと異世界人だろうと変わらない。
 優斗だから理解できたことだ。
 同じように他の人間の命など石ころだと思っているから。
 
「凡俗には分からなくて当然ですわ」
 
「悪いが狂人だからこそ、理解できる考えだ」
 
 だからといって優斗も、こんな奴らとは一緒にしてもらいたくもない。
 倫理を投げ捨てられるとしても、実際に投げ捨ててはいないのだから。
 それに、ジュリアの言葉には完全におかしなところがある。
 
「だが幾つか、間違っているな」
 
「何がでしょうか?」
 
「覇を唱えると言ったが、無理だ」
 
 出来るできないではなく不可能。
 
「お前達が望むほどの存在は、お前達程度の愚かな考えで操れるような存在じゃない」
 
 自身が言っていたことだろう。
 勇者とは“世界を救う者”だと。
 
「我々が世界に覇を唱えることで世界が救われる。そう考えることは出来ないのですか? 何よりも勇者自身が己の行動を『勇者として正しい』と認識していれば、問題ないと思われますが」
 
「お前ら独自の理論を展開されたところで、戯れ言でしかないな」
 
 ジュリア達にとって正しい、ではない。
 世界にとって正しいかどうか、だ。
 
「そして次。存在を変えようとした時点で、辿り着けない」
 
 知っているからこそ言える。
 
「無敵っていうのは、そうじゃない」
 
 先程から物知り顔で色々と言っているジュリア。
 だが、彼女とて所詮は“伝聞”だ。
 本当の『無敵』がどういうものか、想像上のものでしかない。
 
「最後、お前が言ったことと矛盾しているだろう?」
 
 伝説を打ち崩す。
 そんなことは不可能。
 
「最強と無敵は“相並ぶ”からこそ同等だ」
 
 決して敵対はしない。
 
「ふふっ。随分とまあ、自信があるのですね」
 
 ジュリアが笑い声を漏らした。
 
「ならば、証明を」
 
 彼女の背後に召喚陣が現れた。
 身構える優斗達にジュリアは悠然と告げる。
 
「これも研究の結果といえば結果。始まりの勇者を作るにあたって、使えるものがないか調べたが故の残骸」
 
 陣から黒い物体が出てくる。
 魔物なんかよりも、ずっとおぞましい何かが現出する。
 
「“呪い”という言葉をご存じで?」
 
 問い掛けに対して、優斗は右手の平と肩にある傷を思い出す。
 昨年の八月、パーティ会場にて傷つかれた痕だ。
 
「そういうものがあるとは知っている」
 
「でしたら話は早いですわ。魔法は効かず、自然治癒でしか治せない“呪い”」
 
 呪いを与えることの出来る武器などは、この世にある。
 では、単純に言って呪いとは何なのだろうか。
 その答えにジュリア達は到達していた。
 
「これは“呪い”の発生源」
 
 後ろを見て、嗤う。
 世界の理から外れた存在。
 
「龍神と対なす存在――“堕神”。その欠片ですわ」
 
 故に与える影響は魔法という“普通”ではどうにもならない。
 ジュリアは身体を翻しながら告げた。
 
「では、まずは彼らと遊んでいただきましょうか」
 
 笑い声を響かせながら、彼女はこの場から去って行く。
 
「それでは失礼致します」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 ジュリアの去り際を追いかけることはしない。
 彼女が舞台と言ったからには、相応しい“舞台”があるだろうから。
 だから優斗は先程、思った疑問を解決していた。
 
「龍神崇拝が最大の宗教ということは、別にもあるとは思っていたが……こういうことか」
 
 あくまで最大なだけであって、唯一というわけではない。
 
「そして、この神殿は“堕神”を祀る為にある」
 
 怪我した当時は呪いだのと言われても『そういうものがある』ぐらいで済ませていた。
 ただ、今ここで解決できるとは思ってもいなかった。
 
「今日は疑問解決のバーゲンセールだな」
 
 異世界人のことにしても、始まりの勇者にしても、呪いにしても。
 大体は解決してしまった。
 すると修がやってきて、
 
「お前、一つ言わなかったことあるだろ?」
 
 したり顔で訊いてきた。
 
「どうにも勘違いしてそうだったからな。まあ、だからこそあいつらも正樹を『始まりの勇者』にすると言ったんだろう」
 
 向こうが重要視していないこと。
 それが実際には“一番重要である”ということだ。
 
「こっちが仕掛けない限りは動かない、みたいだね」
 
 春香が構えていた大剣を下げる。
 どうやら向こうから仕掛けるつもりはないらしい。
 
「当然、行こうとすれば襲いかかってくるんだろうけどな」
 
「さらにはどこかで彼女の父と祖父が出てくるとは思うがな」
 
 修と優斗が呆れ顔になる。
 一族と言って、我らと言って、父と祖父と告げていた。
 ならばどこかにはいるだろう。
 
「正樹。どう動く?」
 
 優斗が訊いた。
 すでに体力は霊薬によって回復しているだろう。
 正樹は大きく息を吐き、覚悟したかのように言った。
 
「……ジュリアとはボクが決着を付ける」
 
 他の誰かに任せてはいけない。
 
「これは……ボクの物語だ」
 
 竹内正樹が歩いていく道。
 ならば、自分がやらなければならない。
 
「……できるのか?」
 
 優斗が僅かに心配げな声音になった。
 彼女は正樹の仲間だった。
 なのに刃を向けることが出来るのだろうか、と。
 
「……分からないよ」
 
 けれど正樹は儚げに笑った。
 
「最初は、ずっと分からなかった。ただ、ニアと一緒にいて、勇者っぽい行動をして、それで人を助けてきた」
 
 それは正樹ならではの疑問だった。
 優斗達のように色々と知っているからこそ、どんな勇者がいてもいい……じゃない。
 
「だってさ、ボクの知ってる勇者っていうのは色々な場所でトラブルを解決して、最後に魔王を倒す。それ以外の勇者なんて知らないんだ」
 
 本当に基本的なRPG。
 一番普通な、当たり前のようなことしか知らない。
 
「最近は勇者だから問題を解決するのは当たり前だって思ってたけど、それはこの魔法陣のせいなんだよね」
 
 植え付けられた“勇者としての概念”。
 でも、それは正樹が思っているものではない。
 
「こんなボクでも勇者でいいと思う?」
 
 勇者なんてほとんど知らない自分が、勇者でいいのだろうか。
 
「こんなボクが……勇者としてこの状況を終わらせられるかな?」
 
 間違ってる状況を、解決できるだろうか。
 
「それは……」
 
 優斗は何かを言おうとした。
 けれど、頭を振って口を閉じる。
 陳腐な言葉しか出そうになかった。
 どこにでもあるような言葉しか思い浮かばなかった。
 
「その問いに答えることは……僕には出来ない」
 
 だけど、自分が言わなくていい。
 自分が言う必要などない。
 だから改めて、優斗は正樹に伝える。
 
「答えられるのは彼女だけだ」
 
 優斗はニアを促す。
 彼女は頷くと、正樹の手を握る。
 
「覚えてるか? マサキは……必死になって私を助けてくれた」
 
「……忘れようがないよ」
 
「見ず知らずの私を、だぞ。今の私じゃない」
 
 普通は出来ない。
 シルドラゴンの前に立つなど。
 けれど彼はニアを護るように立ちふさがった。
 
「私は他の勇者なんて知らない。始まりの勇者なんて知らない」
 
 リライトの勇者もクラインドールの勇者も、今日一緒に動いただけ。
 始まりの勇者なんて、さらにどうでもいい。
 
「だから」
 
 昔も今も、心の中心にいる勇者は一人だけ。
 
「私が『勇者』だって思うのは――“正樹”だよ」
 
 赤の他人の為に頑張ってくれたフィンドの勇者。
 彼だけは心の底から勇者だと思える。
 
「これじゃ……駄目かな?」
 
 届いただろうか。
 正樹の心に。
 伝わっただろうか。
 自分の心が。
 
「ううん、駄目じゃない」
 
 すると正樹は満面の笑みを浮かべて、頷いた。
 
「頑張れる」
 
 ぎゅっとニアを抱きしめて、正樹は立ち上がる。
 迷いはもう、無くなった。
 優斗は優しげな表情を浮かべて、他に声を掛ける。
 
「修」
 
「ああ。分かってんよ」
 
「春香。手伝ってあげてくれ」
 
「うんっ。任せて」
 
 二人共、大きく頷いた。
 
「ニアも一緒に行ってこい」
 
 ここは自分一人で十分だと告げる。
 けれど、
 
「いや、私は…………行かない」
 
 ニアは首を横に振った。
 
「待ってる。正樹が帰ってくるのを」
 
 ちょうどいい、と思った。
 ずっと引っかかっていたものを取り除く為に。
 
「ミヤガワ、覚えてるか? 6将魔法士の時、私が拒否したことを」
 
「ああ」
 
「正樹と一緒にいたい。正樹と離れたくない。何よりも……正樹を拒否できる存在でありたい。だから私は拒否をした」
 
 否定しただけで、それでいいと思った。
 
「でも……そうじゃない。私は大切な時に間違えないよう、正せる存在になりたい」
 
 優斗達が言っていた人になりたい。
 正樹が願う存在になりたい。
 
「だからここにいる。今、ここで正樹を待っていることが、正樹と私にとって正しいことだと思うから」
 
 いつまでも一緒にいる。
 だけど、それだけじゃない。
 
「私は共に歩むべき存在でありながらも、正樹が帰ってくる場所でありたいと思うから」
 
「……ニア」
 
 正樹は柔らかい表情を浮かべる。
 
「ありがとう。待ってて」
 
「うん」
 
 ニアも同じように、柔らかな表情を浮かべた。
 
「話、まとまったか?」
 
 修が正樹の肩を叩く。
 
「決着つけろよ、正樹。リライトの勇者とクラインドールの勇者が手助けすんぜ」
 
 そのために、今この場所をぶち抜いてジュリアの下へと向かう。
 “堕神”の欠片など、よく分からないものに邪魔などさせない。
 
「……あんなのを見て、こう言うのはどうかと思うけど」
 
 正樹が“堕神”の欠片を見据える。
 どうしたって、強そうだ。
 未知な相手すぎる。
 どう倒せるのか分からない。
 でも、優斗にだからこそ言えた。
 
「雑魚はお願いできる?」
 
 問い掛けに対して、修が笑い優斗は肩をすくめた。
 
「それでいいんだよ、主人公! これはお前が主人公の物語なんだから、雑魚は優斗に任せとけ!」
 
「そういうことだ」
 
 ここから先、優斗は主役じゃない。
 だからこそ彼らが進むための道を創る。
 
「……優斗くん」
 
 くしゃり、と正樹の表情が崩れた。
 本当に、当たり前のように頷いた優斗。
 いつもいつも、当然のように助けてくれる。
 
「…………本当に…………ごめんね」
 
 こんなにもたくさん、余計なことに巻き込んだ。
 何度も何度も、面倒を持ってきてしまった。
 
「ごめん。いつも迷惑を掛けて……」
 
 ずっと正樹だけが迫っていた。
 同じ日本人だから嬉しくて、付いて回った。
 呆れたような表情や、面倒そうな表情を何度もされた。
 けれど優斗はいつも助けてくれる。
 今だって、ここにいてくれる。
 それが正樹は心苦しい。
 
「……はぁ」
 
 だが優斗は大きく溜息をつくと、正樹の額をデコピンした。
 
「いたっ!?」
 
「いまさら何を言ってるの?」
 
 口調も戻る。
 本当に何を言っているのだろうか、この人は。
 あれだけ懐いてきて、しかも本気で仲良くなろうとしてきた。
 だったら自分がどうして来たかなんて、明白。
 
「言っておくけど、僕は勇者じゃないから他人なんて助けない」
 
 どうでもいい。
 遮二無二に手を伸ばそうだなんて思わない。
 
「まったく、本当に鈍感なんだから」
 
 言わないと分からないのだろうか。
 
「いい? 僕は“友達”を助けに来たんだ。だから謝罪なんて必要ない。『いつもありがとう』って、そう言ってくれたほうが嬉しい」
 
 さらっと一言、告げる。
 ただ、地味に恥ずかしい。
 どうして今、友達宣言しなければならないのだろうか。
 
「……友……達?」
 
 こてん、と首を傾けられる。
 なんか微妙に腹が立った。
 
「あれ、僕だけだった? 友達だと思ってるのは」
 
「ち、違うよ! ボクだって優斗くんのこと、友達だと思ってる!」
 
 ブンブンと首を振る正樹。
 あまりにも必死すぎて、笑えた。
 
「だから助けるんだよ。何度でも……何度だって、友達のことを」
 
 彼の背中を手の平で張る。
 
「頑張れ、正樹」
 
 普段の優斗が、普段の口調で。
 初めて呼び捨てにした。
 
「正樹なら大丈夫だから」
 
 期待して、信頼している言葉。
 正樹は驚きの表情を浮かべたあと、力強く頷く。
 
「うんっ!」
 
「じゃあ、行ってきなよフィンドの勇者」
 
 そして優斗はふわり、と。
 柔らかな笑みを浮かべる。
 
「君には『勇者』が本当によく似合う」
 
 
 
 



[41560] first brave:主役と端役
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:1d7917d2
Date: 2015/12/19 22:51
 
 
 
 三人が同時に駆けた。
 “堕神”の欠片が動こうとする。
 けれど優斗が風の精霊を操り、風の壁を作り上げた。
 その隙を逃す三人ではない。
 一投足に通り抜け、ジュリアが消えていった通路へと到達し、後を追うように走っていた。
 彼らの姿が見えなくなると、優斗は風の壁を解除する。
 一度敵対したことで襲ってくるかと思ったが、そうでもなかった。
 黒い人型のような物体は、一向に動こうとはしない。
 
「邪魔にならないか?」
 
「気にしなくていいよ。何もさせないから」
 
 ニアの気遣いに優斗はさらっと答える。
 彼女が待っていると言うのなら、あんな物体に一切手出しをさせない。
 自分はヒロインの守りを任せられた。
 ならば傷一つ付けずに守ってみせる。
 その時だった。
 
「全員で掛かると思っていたが、これも想像外だ」
 
 拍手する音が響いてきた。
 思わず優斗がごちる。
 
「……似たような登場の仕方をしてくるな」
 
 拍手する方向をみれば、そこにいるのは壮年の男性。
 コツ、と足音を鳴らしながら優斗達に近付いてくる。
 
「誰だ?」
 
「ジュリアの父、と言えば分かり易いか?」
 
「ああ、十分なほどに分かり易い」
 
 登場シーンからして親子そっくりだった。
 ジュリアの父は“堕神”の欠片を従えるように前へと出る。
 
「感動のシーン、結構なことだ」
 
 まさしく勇者のようだった。
 物語のようで、後生へと継がれる物語となるだろう。
 ……彼らの思惑通りに進めば、だが。
 
「どうして出てきた。ただの馬鹿か?」
 
 優斗が挑発するように言った。
 従えているものに絶対の自信でもあるのだろうか。
 それとも、他に何か理由があるのだろうか。
 どちらにしても自分の前に出てくる、ということが理解できない。
 しかしジュリアの父は笑みを零し、
 
「大魔法士。その力をこの目で見ておこうと思っている。後に役立つかもしれん」
 
 呆れるようなことを宣った。
 
「……本当に馬鹿馬鹿しい」
 
 事実、優斗は呆れた。
 頭がおかしいこと、ここに極まれりだ。
 
「圧倒的な力があると知っているんだろう?」
 
 目指していた者と同等なのだから。
 
「分かっているはずだ。ここにいるのは“化け物”だと」
 
 人外と呼ぶに相応しい。
 だからこそ最強を名乗っているのだから。
 ジュリアの父も頷いた。
 
「国すら壊す異常の存在、それが君だ。我々の狂気の野望の礎がどれほど通用するか、確認したい」
 
 余裕すら感じられるほどの態度。
 それほど自信を持てる存在らしい、“堕神”の欠片とやらは。
 だが、
 
「…………はっ」
 
 優斗は鼻で笑った。

「この程度で、か」

 だとしたら随分と浅く、愚かで、愚劣愚鈍きわまりない。
 足りなさすぎる。
 あまりにも満ちていない。
 馬鹿らしくて短慮としか言いようがない。
 
「この程度で狂気の野望か」
 
 だから目の前にいるものが自信になるなど、おかしい。
 
「この程度で異常の存在か」
 
 どこをどう考えればその思考に辿り着く。
 
「……ははっ」
 
 くつくつ、と。
 笑いがこみ上げてくる。
 
「……残念すぎる」
 
 段々と耐えきれなくなり、けたけたけた、と。
 げらげらげら、と。
 ひたすらに笑う。
 腹が捩れそうになった。
 なんとトンチンカンなことを言ってくれるのだろうか!
 
「な、何がおかしい!」
 
 急に笑い出した優斗が気味悪くて、ジュリアの父が声を張る。
 自分達がやって来た所行を笑うなど、恐怖はされども笑われることなどありえない。
 しかし優斗は涙が浮かんだ眦を擦り、
 
「いやいや。面白いことを言われたもんだから、さすがに笑っちゃったよ。まさか『無敵』を作ろうとする者が、何も分かっていないとは思わなかったから」
 
 これこそ想定外だ。
 
「あ~、恥ずかしい。こんな馬鹿にあれこれ言ってたなんて」
 
 道化師になった気分だ。
 同じ二つ名のはずなのに、思い描いている強さがまるで違うのだから。
 
「答え合わせをしてあげようか、ノーレアル。どうせ今日でお前達は終わるんだから、からかうのも一興だし」
 
「……君が終わらせるとでも言うつもりか?」
 
「まさか。僕がどうこうする問題じゃないし、必要もない」
 
 友人を助けた以上、優斗が為すべきことは終わってる。
 
「正樹がお前達を捕まえると覚悟して修達が手伝ってる。ご都合主義が三人もいるんだから、むしろ憐憫の情さえ持ってやってもいいぐらいだね」
 
 優斗ですら相手にしたくない。
 “異世界の勇者になった”という破格の運命力を持った三人を相手にするなんて。
 
「……いいだろう。聞こうではないか、我々が分かってないと言われる理由とやらを」
 
 ジュリアの父が応答する意思を持った。
 確かに『始まりの勇者』すら知っている大魔法士ならば、自分達が知らない情報も知っていそうだ。
 ならば情報を引き出すのも一つの手。
 しかし、
 
「随分と聞き分けのいいことだけど……自分達の残念具合を知るだけだと思うよ」
 
 彼の言葉に対して、優斗は冷酷に“嗤った”。
 何だかんだで友人を道具扱いしていた奴らだ。
 少しぐらいストレス発散してもいいだろう。
 だから嘲るように言い放つ。
 
「お前達が持っている文献に載っていなかったのか? 『始まりの勇者』や『大魔法士』はどれほど異常な存在なのか、と」
 
 同等である大魔法士のお伽噺は、竜を倒したり魔王を倒したりはしてる。
 強い攻撃はあれど、どれくらいの威力なのかは描かれていない。
 おそらくは文献とて同じなのだろう。
 
「ああ、そうか。分からなかったからこそ、あの程度で済ませているのか」
 
 だから“修を狙わなかった”。
 正樹が『始まりの勇者』になれると信じることが出来た。
 優斗は訝しげに自分を見ているジュリアの父に問い掛ける。
 
「狂気の野望と称する割には、どうしてうちの馬鹿を狙わなかった? “勇者の刻印”を継承するのはリライトの勇者だ。偶然だろうが偶々だろうが引き継いだ以上、『始まりの勇者』を作るに最適の存在だろう?」
 
「……ふっ、そんなことか。我々が出した結論は、“勇者の刻印”とは神話魔法を使えるようにするもの。ただ、それだけだ。故に国を守る為に国外へと滅多に出ない『リライトの勇者』をわざわざ狙う必要はない」
 
 ほとんど確実に神話魔法を使うことが出来るリライトの勇者。
 その要因が“勇者の刻印”だとノーレアルは推測付けた。
 確かに使えるようにさせるのは魅力的だ。
 ただ“その程度”ならば、こちらとて神話魔法の言霊を得ればいいだけ。
 ならば些細なものなど雑多として切り捨てる。
 
「良い線だが、違うな」
 
 しかし優斗は軽く否定した。
 
「歴代の勇者は神話魔法を一つや二つ、使える能力があった。それを“勇者の刻印”が教えたに過ぎない」
 
 修は言っていた。
 “勇者の刻印”が使えると教えてくれた、と。
 
「あれの使い道は二つだけだ。使用した魔法のブースター的存在であることと、もう一つ――セリアールにある既存の魔法、全てを教えるものだ」
 
 そして二つのうち、後者が最重要。
 
「気にならなかったか? 大魔法士の独自詠唱による神話魔法と同等のものは何なのだろうか、と」
 
 言って優斗は首を捻った。
 
「いや、それとも魔法を創れたからこそ分からなかったか?」
 
 独自詠唱の魔法が専売特許ではないと言ったジュリア。
 だからこそ勘違いしたのかもしれない。
 
「……何が言いたい。我らとて大魔法士と同様に魔法を創り――」
 
「僕が幾つ、独自詠唱の神話魔法を使えるか知っているか?」
 
 遮るように優斗が尋ねる。
 若干、不機嫌な表情になったものの、ジュリアの父は答える。
 
「おおよそ五か六……多く見積もって十。最悪ならば二十程だろう」
 
 狂気と執念が創り上げた自分達の魔法。
 気が遠くなるほどの経緯を以て創られたものだが、大魔法士と呼ばれるものならば二桁に乗るかもしれない。
 しかし優斗はくすくすと嗤う。
 
「まあ、答えてもらったところで悪いが正解はない」
 
 自分自身ですら把握出来ていない。
 出来るわけがない。
 
「大魔法士が神話魔法を創る際、必要なのは神話に届くだけの威力を想像し、見合う言霊を紡ぎ、ぶっ放す。ただそれだけだ。丹精に創り上げているわけではないし、状況によってはその場で創る。昔から言われている“独自詠唱の神話魔法を操ってる”……というのは正確じゃない。実際は想像出来うる限りの神話魔法を放てる」
 
 あらかじめ創ったものを放っているだけではない。
 いきなりのアドリブで創れる。
 そう、ただ異常なだけじゃない。
 異常過ぎるからこその最強という意がある。
 
「ジュリア=ウィグ=ノーレアルにも一度、見せたはずだがな。考えを固めた後では、取るに足らない問題とでも思っていたか?」
 
 あくまで同等であって、重要視していないからこそどうでも良かったのだろう。
 
「ここで振り返れば、単純な疑問が浮かぶ。無数の神話魔法を使える大魔法士に対して、始まりの勇者はどうなんだ? まさか誰にも負けない剣技に国を壊せるぐらいの神話魔法を加えれば無敵だ、と?」
 
 言いながらも、間違ってはいないと優斗は考える。
 
「確かにそんな奴がいれば世界で一番強いだろうし、誰にも負けないだろう。無敵だと思っても間違いはない」
 
 あくまで常識の範囲で考えれば、十分すぎるほどに無敵だ。
 
「だが本当の無敵なんて馬鹿げた奴はな、想像の限界を三段跳びで軽々超える存在だ」
 
 優斗だって出会わなければ分からなかった。
 あんな人間がいるだなんて普通は信じられない。
 
「考えるまでもなく無理だと、世界中の誰もが却下できるほどの破天荒な想像で丁度良い」
 
 誰もが望みながらも無理だと思うこと。
 それを叶えてしまうのが“無敵”だ。
 
「無敵の勇者を作ると言っている割には、そんな常識に囚われているなんて――甘いにも程がある」
 
 別に無敵がどうでもいい、というのなら知らなくてもいいだろう。
 けれど、わざわざ作ると言った奴らが知らぬ存じぬでは通用しない。
 
「枠に収めた中での無敵とは本当に滑稽だな」
 
 くすくすと優斗は嗤う。
 
「だから教えてやる」
 
「……何をだ?」
 
「確認したいんだろう? 大魔法士の強さを」
 
 そして知りたいのだろう。
 相並ぶ無敵の強さを。
 自分達が創り出そうとしている、頂に立つ強さはどれほどなのか。
 
「先に言っておくが、後悔はしておけ」
 
 わざわざ出てきたのはそっちだ。
 甘い見通しで、どうにかなると思っているのはお前らだ。
 
「セリアールに来て一年と少し。しっかりと把握はしていないし、理解しているとも思わない。けれど――」
 
 引き継いだからこそ、言ってやる。
 
「最強の『大魔法士』を舐めるなよ」
 
 “その程度”で通用するか確認する?
 最強を名乗った存在を侮るのも大概にしたほうがいい。
 
「お前らが望んだ“無敵”。その同等である“最強”」
 
 同じ高さに立つからこそ、
 
「どれほど常識外なのかを――見せてやる」
 
 言い切った瞬間、空気が張り詰めた。
 優斗から強大なプレッシャーが溢れ出てくる。
 見据えた先は“堕神”の欠片。
 
「神だか何だか知らないが、この場に置いては端役でしかない」
 
 いきなり出てきたところで関係ない。
 大層な名前だとしても、どうでもいい。
 
「表舞台に立てると思うな。正樹とニア――主人公とヒロインに指一本、触れること叶わないと知れ」
 
 今、この場においては格が違う。
 
「端役は端役が相手をしてやる」
 
 所詮は敵役にすらなれない。
 正樹の物語においては既に主人公がいて、ヒロインがいて、敵がいる。
 残りはその他大勢だ。
 
「要するに」
 
 優斗は九曜を抜いて言い放つ。
 
「お前は“王道”の邪魔だ」
 
 
       ◇      ◇
 
 
「勇者に勇者に勇者。異世界の勇者三人が揃い踏みって、なんか凄いよね!」
 
 走りながら春香が笑みを零す。
 修も正樹も素直に頷いた。
 
「勇者しかいないパーティっつーのも、変なもんだな」
 
「そうだね」
 
 三人いて全員が勇者。
 正直、ゲームだったら心強すぎる。
 
「それに無敵の勇者だって! 憧れるなぁ、そういうの!」
 
 心をくすぐる。
 作り物だったり、夢物語の存在が実際にあるのだから。
 すると修がからかうように、
 
「あっ、春香。お前はぜってー違うから。っていうかサブキャラってのをしっかり覚えてろよ? これは正樹の物語なんだしな」
 
「サブキャラって酷くない!?」
 
 春香のツッコミを聞いている正樹も微笑む。
 ただ、
 
「ボクの物語、か」
 
 ずっと彼らはそう言ってくれた。
 正樹の物語だから、と。
 きっと自分の意を汲んだ動きをしてくれてたのだろう。
 
「修くん」
 
「ん? なんだ?」
 
 でも、ちょっと違う。
 正樹の物語だけだったら、きっと修は来ていない。
 ジュリアが言っていた。
 リライトの勇者は“国を守る者”。
 こと、今回の状況に置いて修はリライトにいることこそ正しい。
 優斗さえ動けば、大抵の状況は覆るのだから。
 何よりも優斗が論理的に考えれば、修を来させるわけがない。
 でも、この場に修がいるのはどうしてだろうか。
 最強の存在が動いて尚、リライトの勇者である内田修が動いている……その理由。
 
「物語はもう一つあるよね?」
 
 彼も――主人公だから。
 
「まあ、な」
 
 修は頷く。
 正樹の考えは間違ってない。
 
「……名乗るんだね?」
 
「ああ。とっくに覚悟は出来てんよ」
 
 ずっと前から心は定まっていた。
 
「あいつも言ってたろ? 相並ぶって」
 
 自信満々に。
 それが事実だと言わんばかりの傲慢さで言ってのけた。
 
「そろそろ、追いついてやんないといけねーじゃん。半年も一人にさせちまったから」
 
 優斗が『大魔法士』の二つ名を得て、もう半年。
 “最強”の意を持ち、対外的にも認められている。
 だけど自分は違った。
 あくまで仲間内に理解されているだけ。
 
「言葉だけじゃなくて、互いに分かってるだけでもない。相応の立場を、俺も名乗ろうと思う」
 
 リライトの勇者では足りない。
 及ばない。
 届かない。
 けれど、
 
「その為に必要な二つ名が見つかったから」
 
 やっと現れた。
 伝説に並ぶ幻を。
 最強の意と並ぶ無敵の意を。
 
「あいつを一人になんかしない」
 
 自分自身で認めるなんて小っ恥ずかしい。
 どれだけ自信過剰だと思う。
 それでも、
 
「俺、あいつの親友だしな」
 
 同等でいたい。
 寂しさから救ってくれた、宮川優斗と並んでいたい。
 だから修は認める。
 己の存在が何なのかを。
 
「うわぁ、修センパイがなんか格好いい。っていうかホモホモしくて良い感じ。さっきも優斗センパイ×正樹センパイだったし……はっ、まさか三角関係!?」
 
 すると、いきなり春香がシリアスをぶっ壊した。
 思わず修は吹き出す。
 
「なんつーか、俺が言うのも変だけどよ。お前も随分と余裕だな」
 
 一応はボスっぽいところに行くのに。
 けれど春香は元気よく言う。
 
「異世界の三勇者が揃ってるんだよ。こんなのゲームだとレアイベントだよ!」
 
 滅多にあることではない。
 都市を救うことも勇者が揃うことも。
 
「だったら頼むぜ、サブキャラ」
 
「サブキャラ言うな!」
 
 修がぐしゃぐしゃと頭を撫でると、春香がぺしっと手を払う。
 そして二人は正樹を挟むように並びながら笑みを向けた。
 
「なあ、正樹。楽しもうぜ、この瞬間を」
 
「ぼく達は今、最高にファンタジーやってるんだよ」
 
 この瞬間、この時しか味わえない幻想のような物語。
 その担い手は自分達だ。
 くすっと正樹は笑う。
 
「あれだね。修くんと春香ちゃんって慰めるの下手でしょ?」
 
 さっきから二人の様子がおかしい。
 というか、変にコントっぽい。
 でも変だからこそ分かり易かった。
 彼らは今、自分の緊張をほぐそうとしていることに。
 
「大丈夫だよ。覚悟はしてる」
 
 向かう先で起こるは仲間だったはずの少女との勝負。
 
「何を言われても、何て思われていようとも……ボクは進むって決めたんだ」
 
 その為の覚悟だ。
 もう揺れないし、揺らがない。
 あるがままを受け入れる。
 
「……わりい。余計な心配だったか?」
 
「ううん。同じ勇者の二人が優しい人達で良かったよ。凄く嬉しい」
 
 と、その時だった。
 背後から強烈なプレッシャーが押し寄せる。
 
「おお、向こうも動き始めたみたいだな」
 
「あ~……なんていうかさすがだよね」
 
「うわっ、ゾクっとしたよ!」
 
 修が感嘆し、正樹が懐かしさを覚え、春香も感じ取って三者三様反応を起こした。
 
「あの~、修センパイ? なんか『ビビッ』って痺れるような圧迫を感じるけど、これってもしかして……」
 
 あの人だろうか。
 何となく思い浮かぶ人がいる。
 そして修は春香の予想通りに頷いた。
 
「優斗に決まってんだろ。どうせ厨二台詞連発してるぜ、あれ」
 
「本人、この場にいないんですけど」
 
「だからこそファンタジーっぽくね?」
 
「どこまでバグキャラなの!?」
 
「相変わらずだね、優斗くんは」
 
 いつでも変わらずとんでもない。
 こっちもこっちで到着地点が見えてきた。
 通路の終着点には扉があり、その中はまだ見えないけれど“いる”のが分かる。
 修と春香が正樹の肩を叩いた。
 
「決着、つけるんだろ?」
 
「そうだね」
 
「ジュリアっての以外は気にしなくていい。俺と春香で全部、シャットアウトしてやる」
 
「任せてっ!」
 
 胸を張って自信満々に言う二人に正樹は頷く。
 
「分かったよ」
 
 そして異世界の勇者三人は揃って、
 
「じゃあ、このよく分からん舞台を終わらせるとしようぜ」
 
「うん」
 
「そうだねっ!」
 
 扉をぶち壊しながら中に入っていった。
 
 
 



[41560] first brave:無敵を名乗った少年
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:1d7917d2
Date: 2015/12/19 22:58

 
 
 たくさんの書物に囲まれた部屋へ入った。
 広さは、この一室だけで悠々と戦いが出来るほど。
 いるのはジュリアと……初老と呼べるほどの男性が構えている机の椅子に座っている。
 加えて、男性の背後には10メートルサイズの魔物。
 二人は離れた場所に立っている。
 
「修くん」
 
「ああ」
 
 正樹の合図で修と春香は初老の男性の下へ。
 本人はジュリアと相対するように向かった。
 
「ニアと大魔法士を置いてきましたか」
 
 正樹と対する少女は面白げに笑う。
 
「よかったのですか? あれでも神の欠片を持つ“モノ”。人間が相手を出来るとは思えませんが」
 
 いくら大魔法士とて勝てるのだろうか。
 不安を煽るような言い方に、正樹は一度背後を振り向いた。
 
「優斗くんなら、こう言うだろうね」
 
 確かに自分は思い浮かばない。
 己一人の力では絶対に想像出来ない。
 だけど優斗なら絶対に問題ないと知っている。
 当然のように言ってのけるだろうから。
 
「誰を相手にしてると思ってる、って」
 
 まるで勝つことが当たり前かのように振る舞う。
 心配なんてしない。
 する必要がない。
 
「まだボクだけなら良かったよ。でも君がやってることは皆に迷惑が掛かる。だから……これで終わらせる」
 
 正樹が剣を抜いた。
 見えるのは覚悟と意思。
 この物語を終焉へと導くために決めたこと。
 
「甘ちゃんのマサキ様が仲間であったわたくしに手を下せるとでも?」
 
「そうだね。確かにボクは甘ちゃんだよ」
 
 全然、間違ってない。
 
「今でも思ってる。君を信じたいって。君を疑いたくはないって」
 
 嘘であったとしても、仲間だったから。
 一緒に過ごしてきたから。
 未だにそう思ってしまう。
 
「だけど分かるよ。君は本当にボクのことなんかどうでもいいと思ってる。ただ、君はボクが『始まりの勇者』になれるかどうかだけが重要なんだ」
 
 ジュリアが頷いた。
 あまりにも平然と頷いているので、少し笑ってしまう。
 
「諦めたほうがいいよ」
 
「あら? わたくしが作ると言っているのですから――」
 
「ボクが成る、成らないじゃない」
 
 ジュリアがどれほど頑張ったところで無意味。
 何をやろうとしても全てが遅い。
 
 
「すでに『始まりの勇者』はいるんだ」
 
 
 想定外の言葉にジュリアの表情が止まった。
 
「……えっ?」
 
 けれど正樹は続ける。
 
「過去と妄執に囚われ、今を見ないから分からないんだ。作ることにしか興味がないから、現実に気付かない」
 
 千年ぶりに現れた大魔法士と一緒に現れた存在を。
 
「君が言ったことだ。始まりの勇者は大魔法士と“相並ぶ”と」
 
 その言葉が間違っているとは思わない。
 おかしいとは思えない。
 
「ボクは知ってる。優斗くんが同等と評する唯一の存在を」
 
 最初から当たり前のように優斗の隣にいた少年。
 
「最強の人間が無敵だと断言する絶対の一人を」
 
「……っ!」
 
 ジュリアの表情が強張った。
 表情は疑っている様相を見せているのに、凍り付いている。
 理由なんて単純だ。
 彼の言葉に嘘が見えなかったから。
 
「事実だよ。優斗くんがずっと言ってたことなんだから」
 
 同時に破壊音が響いた。
 ちらりと正樹が視線を向ければ、紙が吹雪のように舞っている。
 きっと彼がやったことだろう。
 単純に、簡単に。
 そして分かり易いくらいに証明したのだろう。
 自分が何者なのかを。
 
「もう舞台は終幕だよ、ジュリア」
 
 正樹は右足を引き、剣先を彼女へと向けて水平に構える。
 
「これからボクは君を捕まえる。そして罪を受け入れてもらう。だから先に言っておくよ」
 
 もう覚悟は出来ている。
 故にこれは彼女に残す最後の言葉。
 仲間として過ごしてきたからこそ伝える、最後の謝罪。
 ふにゃりと、表情が歪んだ。
 
「ごめんね。『始まりの勇者』――無敵になれなくて」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 修と春香の前には初老の男性と魔物の姿が見える。
 七、八メートルぐらいの距離で相対した。
 
「春香、あれ抑えられるか?」
 
 修が魔物を指差す。
 春香は笑んで、
 
「楽勝っ!!」
 
 大剣を手に取り、ニヴルムを召喚した。
 そして同時に書棚まで押し込む。
 ずん、と鈍い音がした。
 バラバラと棚から本が落ちていく。
 けれど男性は気にする様子もなく、
 
「貴様達がリライトの勇者にクライ――」
 
「ああ、喋んな喚くなどうでもいいから」
 
 修が話をぶった切った。
 興味がない。
 何が楽しくて初老の男と話さなければならないのだろうか。
 しかも悠々自適な態度が殊更、むかつく。
 
「雑魚がラスボス然としてんじゃねぇよ」
 
 立場を考えろと言いたい。
 ノッケからまくし立てる修に、初老の男性の表情が変わった。
 
「傲慢だな、リライトの勇者。四勇者の中で“勇者の刻印”を唯一受け継いだからと言って――」
 
「喋んなっつっただろうが」
 
 軽く右腕を振るった。
 剣閃と同時に一薙ぎの閃光が、春香の守護獣が抑えていた魔物を殺して背後の書棚を一刀両断し破壊する。
 紙が舞い、棚が崩れ落ちていく。
 さらには天井にも亀裂が入った。
 春香が突然すぎることに口をパクパクとさせて、
 
「しゅ、修センパイ、馬鹿じゃないの!? ぼくの守護獣に当たったらどうするんだよ!? っていうか修センパイもバグったことやんないでよ!!」
 
「大丈夫だって。当たらないようにしてっから。むしろ、あれぐらいで倒せると思わなかったんだよ」
 
「そういう問題じゃないんだってばっ!!」
 
 心臓に悪すぎる。
 気合いを入れたわけでも集中したわけでもない。
 ただ軽く剣を横に振っただけ。
 なのに、とんでも威力を出すとかやめて欲しい。
 けれど春香以上に目を見開いたのが初老の男性。
 おそらくはジュリアの祖父だろうが、予想外のことで余裕を一気に無くしていた。
 
「何を驚いてんだよ」
 
 修がおかしそうに笑う。
 どうして目を見開く必要性があるのだろうか。
 
「これがテメーらの望んでた力だぜ?」
 
「……何だと?」
 
 男性の顔が険しくなる。
 今の一撃を見ただけで分かって然るべきだ。
 普通に真似など出来ない。
 今生、唯一同じことが出来るのは大魔法士だけということに。
 
「分からないのなら、理解させてやるよ」
 
 修は大きく息を吸った。
 正樹が覚悟したように、修も覚悟している。
 自分が何者なのかを声にする為に。
 一歩、前へ出た。
 
「俺は優斗――大魔法士と唯一並べる」
 
 認めていこう。
 親友がいる場所へ辿り着く為に。
 
「他の誰にも出来ない。他の誰かじゃ絶対に出来ない。俺だからこそ言える」
 
 頷いていこう。
 親友と共に歩むべき場所へ進む為に。
 
「大魔法士と同等。最強と相並ぶ『無敵』はここにいる」
 
 伝説の二つ名と一緒に立つ幻の二つ名。
 同じ高さにいる仲間と相並ぶべき場所。
 さあ、笑って告げよう。
 事実だけではなく、理解だけでもなく。
 世界に向けて名乗ろう。
 
 
 
 
「俺がテメーらの望んだ存在――『始まりの勇者』だ」
 
 
 
 
 自分こそが“無敵”なのだと。
 幻となった二つ名の意を体現する者なのだと、宣言しよう。
 
 
 
 
 
 
       ◇      ◇
 
 
 
 
 
 
 目の前の男の宣言にジュリアの祖父は笑った。
 
「……くっくっくっ。強いことは確かだろうが、無敵であることを自己申告するなど片腹痛い。どれほど自信があるというのだ。妄言甚だしい」
 
「テメーらのやってることだって、ただの妄想じゃねぇか」
 
 他の誰かにどう言われてもいいが、こいつらだけには言われたくない。
 
「無敵は作れる? はっ、馬鹿馬鹿しい。“立ってる場所”の違いも分からない奴が、最強だの無敵だのとよく言えるもんだな」
 
 修の物言いに、男性の眉間に皺が寄った。
 
「立っている場所……だと?」
 
「そんなことも分かんねぇから妄想だっつってんだよ」
 
 修にだって分かる。
 上手くは説明できなくても、これぐらいは感覚で分かっている。
 
「最強は数多の叩き潰した敵の上に立ってる。無敵は周りに何もねぇ」
 
 同じ高さでも、同じ状況じゃない。
 
「言いたいこと分かるか?」
 
 才能を実力に変えるには、普通は鍛錬や勝負をして己を磨かなければならない。
 当然であって、誰もが念頭に置いていること。
 けれど、その果てにあるのは“最強”だ。
 “無敵”ではない。
 つまり、
 
「テメーらは才を力に変える為には戦うことが必要だとか、そんな“常識”に囚われてるんだろ?」
 
 当たり前であるからこそ、見逃す。
 “最強”と“無敵”の差異に。
 
「馬鹿だよな、根本が違うのによ」
 
 彼の才能は論外中の論外。
 意味が分からないとすら言われる代物だ。
 
「修センパイ、どう違うの?」
 
 春香が訊いてきた。
 なので親切丁寧に教えてあげる。
 
「俺は“勝ちたい”と思うだけで実力が際限なく上がる。他を圧倒できる。敵になんて、どいつもこいつもならない」
 
 だってそうだろう。
 ちょっとした意思だけで自分の実力が上がってしまうのだから。
 鍛錬も修練も特訓も訓練も努力も何も必要ない。
 
「言い方悪くなっちゃうけど、経験値が必要ないってクソゲーじゃない? つまらなくなかった?」
 
「まあな。だから優斗に出会うまで、死ぬほどつまらない人生だったんだよ」
 
 春香の言う通りだ。
 楽しくなんてない。
 面白さなんて一つもない。
 
「無敵ってのは、最初が全てだ。生まれた瞬間に決めつけられた存在だ」
 
 勝利の女神にこれ以上なく愛されている。
 
「だから最初に言ったろ」
 
 修は初老の男性に振り返る。
 こいつら、世界に覇を唱えるとか何とか言ってたみたいだが、
 
「勘違いした雑魚がラスボス然としてるんじゃねぇよ」
 
 無敵の程度を知らないのに傲慢に言ってのける彼らの姿は、チンピラ三下の暴言みたいにしか聞こえない。
 
「……っ!」
 
 孫と同じくらいの歳である少年に啖呵を切られるジュリアの祖父。
 さすがに頭に来たのか、立ち上がり何かを言葉にしようとしていた。
 だが、
 
「おいおい、何がしたいんだよ」
 
 軽い調子で、簡単に。
 一瞬で距離を潰した修は机越しにジュリアの祖父へ剣の切っ先を向けている。
 ついでにちょんちょん、と頭を剣の平で叩いてみた。
 
「――ッ!?」
 
 思いの外、ビックリされる。
 おちょくっただけなのだが、こういう反応されるとは。
 
「うわぁ~、一瞬で飛んでったよ」
 
 次いで春香が呆れるように呟いた。
 何かの魔法を使っていることは今にして考えれば分かるが、ぱっと見た感じだと春香の目には修が瞬間移動の如くすっ飛んでいったようにしか見えない。
 
「何かやろうとしてたみたいだけど、その前にぶっ飛ばすに決まってんだろ」
 
 しかも修に反応できていない時点で駄目だ。
 
「優斗っぽく言うと、テメー程度が俺に勝てるとでも思ってんのか?」
 
 茶目っ気を出して言ってみるが、目の前にいるジュリアの祖父は顔が強張っている。
 どうやらやり過ぎたらしい。
 
「ついでに言うと正樹が負けるわけねぇから、お前らもう終わりな」
 
 現状での彼らの合格点は自分達が助かり、正樹を連れ去ること。
 そうすれば無敵の勇者を作る、という実験は潰えない。
 しかし異世界の勇者三人が揃って、彼らが掴まらないなど無理にも程がある。
 
「……ジュ、ジュリアにフィンドの勇者が勝てると思っているのか?」
 
 剣の冷たさを頭に感じながら、声を捻り出してきた。
 彼の孫娘は思いのほか、強いらしい。
 けれど修は相手にしない。
 
「正樹の方が余裕で強いとは思うんだけど……まっ、今の実力どうこうなんてどうでもいいんだよ。だってお前らが正樹に掛けてる魔法って、無敵になれなくても“戦えば強くなれる魔法陣”なんだろ?」
 
 そう言っていた。
 
「で、だ。一度発動したら完成されるまで消えないんじゃねぇか?」
 
 つまりは正樹が彼らの望む形になるまで、魔法の効力は消えない。
 
「……っ!」
 
「おっ、やっぱそうか。存在の改変とか難しそうなやつを、発動させたりさせなかったりとか無理くさいと思ってたんだよな」
 
 ジュリアの祖父の僅かな機微を見て、修は頷く。
 どうやらビンゴらしい。
 
「それがどうし――」
 
「なんで優斗と俺があの魔法陣をぶっ壊さなかったと思う?」
 
 出来るか出来ないか、ではない。
 出来るのにやらなかった。
 
「理由は簡単だろ。あの優斗が強いと頷かされるだけの才能と実力を持ち、“王道の勇者”と称された正樹が有効活用できないとでも思ったか?」
 
 世界有数の才能者――竹内正樹。
 だからこそ目を付けたのだろうに、どうやらジュリア達は彼の才能を甘く見ているらしい。
 正樹が今、自身に掛けられている魔法を把握している以上、どうにか出来ないわけがないのに。
 
「つーわけで、あんたはこれで終了。眠っとけ」
 
 言うが早く、修はテーブルを乗り越えるとジュリアの祖父の頭を掴み、
 
「あばよ」
 
 相手が攻撃する間も構える暇も与えずに、机が叩き割れるほど押しつけた。
 鈍い音と同時に聞こえてくる机が破壊された音。
 未だ紙が舞う状況下で、修の叩き付けているポーズだけが妙に決まっていた。
 
「……修センパイ? 頭が机にめり込んでるけど。っていうか、机が割れるって何なの?」
 
「カッケー倒し方だろ?」
 
 にっと修が笑う。
 
「頭おかしい倒し方なんだよっ!」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 頭の中に響く声は押さえつける。
『勇者で在れ』と言われようと、もう正樹には届かない。
 
 ――ボクは勇者だ。
 
 それは間違いない。
 フィンドの勇者である竹内正樹だ。
 
 ――だけど、ボクはボクの思う勇者でいい。
 
 ニアが認めてくれた。
 自分は勇者なんだって。
 優斗が言ってくれた。
 勇者が似合うって。
 だったら、それだけでいい。
 無理矢理に植え付けられる勇者なんて御免だ。
 
「はぁっ!!」
 
 剣を振りかぶり薙ぐ。
 何度も同じ角度、構えで剣を薙ぐ。
 ジュリアは単純な正樹の攻撃を、鞭を使って容易に防いでいた。
 攻守が交代する。
 正樹に届く魔法は全て切り裂くが、合間に挟まってくる鞭の攻撃はかわしきれずに、わずかに皮膚を切り裂く。
 何度も何度も、同じことの繰り返し。
 
「終わらせる、と言った割には甘いですわ。単調な攻撃しか出来ていませんし」
 
 ジュリアは残念そうに息を吐いた。
 敵だというのにも関わらず、容易に防げる攻撃しかしてこない。
 
「いや、そうでもないかな」
 
 けれど正樹は笑みを零す。
 別に今の自分はジュリアのことを思って、甘い攻撃をしているわけではない。
 
「君はさ、ボクが単純だって思ってるみたいだけど……少しぐらいは考えるんだよ?」
 
 確かに一直線の性格をしているとは思う。
 ただ、単純馬鹿ではないかな? とも自分では思ってる。
 
「優斗くんが君達の魔法陣を壊さなかった理由、分かる?」
 
「……壊さなかった……理由?」
 
 ジュリアが思わず、眉根を潜めた。
 
「どうしてボクが単調に攻撃をしてたか、分かる?」
 
 魔物を相手にしていた時は無意識だった。
 だが今は違う。
 同じ構えで、何度も何度も剣を振るった。
 今現在の自分の実力を確かめる為に。
 そして、
 
「やっと届いたよ。君達の魔法に上げられた、才能の上限に」
 
 高められた才能に手を届かせる為に。
 剣を薙ぎながら気付いたことは、魔物との戦いである程度の上限に達していたこと。
 前の自分よりも明らかに強くなっていたこと。
 けれど足りない部分もあった。
 細かな身体の制御方法や、手加減の仕方。
 さらには余っている上限の誤差を埋める為に剣を振るい続けた。
 
「まあ、あくまで現状の上限だけどね」
 
 何となく気付いた。
 本来はまだ先がある。
 辿り着く先はもっと遠かったはず。
 でも、自分はこれでいい。
 
「これで手加減して倒せる」
 
 余裕を持って、
 
「君を殺さずに倒すことが出来る」
 
 全力同士のぶつかり合いじゃない。
 手加減という余裕が入る余地があるのだから、万が一にも殺さない。
 
「だから終わらせるよ」
 
 正樹は剣を構える。
 しかしジュリアは落ち着きを失わない。
 
「……“堕神”の欠片はまだ、召喚できますわ」
 
 背後から一つの召喚陣が生まれ、“堕神”の欠片が生まれ出てくる。
 
「貴方様が倒せるとでも?」
 
「確かに今のボクは“倒し方”を持ってない」
 
 まず存在が意味分からない。
 魔法が通用しないとか理解できない。
 知らないことだらけだ。
 
「だけど――」
 
 手にしている剣を落とす。
 同時、
 
「正樹っ!!」
 
 修から呼び声が聞こえる。
 正樹は右手を真横へと差し出した。
 そして“掴む”。
 
「だけど倒せるよ」
 
 言い切って、手に取ったもの――神剣を左脇に収める。
 
「――ッ!」
 
 瞬間、真横に振り切った。
 さっき修が放ったものと同様の光が“堕神”の欠片を襲う。
 召喚されたばかりの黒い物体は、正樹の斬撃で中央から真っ二つに切り裂かれる。
 
「終幕だよ、ジュリア」
 
 今までにない速度で一投足に飛び込む正樹。
 
「こ……のっ!」
 
 ジュリアが応戦するように鞭を撓らせる。
 だが、今の正樹には無駄。
 真下からかちあげるように剣を振り、鞭をも斬る。
 目の前まで辿り着く。
 応戦のごとく届いてくる左の拳は逸らすように右手で受け流し、振り上げられようとしている左足は右足で踏んで止める。
 そして、右足を軸に身体を反時計回りに回転させ、距離を離しながらジュリアの後頭部に左手刀を叩き込む。
 
「――ッ」
 
 思い切りではない。
 力強くでもない。
 けれど的確に、打ち抜くように。
 確実にジュリアの意識を断つ。
 
「……あ……っ」
 
 カクン、と彼女の身体が崩れた。
 俯せに倒れ、地面へと伏せる。
 一つ、正樹が息を吐いた。
 
「……これで……本当に終わりだ」
 
 派手さはどこにもなく、騒がしさも物々しさもなく。
 静かに決着がついた。
 左手を握りしめ、一度だけ目を瞑る。
 少しして目を開けると、気持ちを切り替えるように振り向いた。
 二人の勇者が近付いてきて、右手を挙げている。
 正樹も左手を挙げて、修と春香とハイタッチをした。
 
「修くん、ありがとう」
 
 剣を渡しながら正樹は笑みを浮かべる。
 
「すっげー格好良かったぜ」
 
「ほんとほんと。修センパイが投げた剣を振り返りもせずに手に取ったのを見た時、すごく勇者っぽかった」
 
 格好良すぎだろう。
 どこの主人公だよ、と思わずツッコミを入れたくなった。
 
「でもさ、どうして分かったの? あの剣が“堕神”の……何とかを倒せるって」
 
 春香が二人に訊いてみる。
 まるで指し示したかのように、やり取りをしていた。
 
「あの剣ならぶった切れそうな気がしたんだよな」
 
「ん~……何となく、ああしたほうが良いような気がしたんだ」
 
 さしたる根拠などない。
 修も正樹も、そうしたほうがいいと思っただけ。
 理論なんて何もない。
 
「…………どっちも勘?」
 
「そうじゃね?」
 
「そうなっちゃうかな」
 
 苦笑する。
 それで倒せるのだから、ほとほと凄い。
 と、その時だ。
 凄まじい破壊音と共に地面が揺れた。
 修がボロボロにしたこの部屋の亀裂が、さらに酷くなる。
 三人で顔を見合わせ苦笑いした。
 
「優斗のやつ、やり過ぎだろ」
 
 何をしてるのかは分からないが、とりあえず酷いことになってることだけは分かる。
 
「あの闘技場みたいな部屋、ぼく達が戻った時にあるかな?」
 
「何とも言えないね。だって優斗くんだし」
 
 



[41560] first brave:端役の戦い
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:1d7917d2
Date: 2015/12/19 22:58

 
 
 
 
 何だ。
 何だ何だ何だ!?
 何だというのだろうか!!
 ジュリアの父は既に痛んでいる全身を地に伏せ、状況を見守るしかなかった。
 
「神話魔法ならダメージを与えられそうな気はするな」
 
 彼は平然と“堕神”の欠片を魔法で攻撃する。
 いや、実験するかのように試している。
 
「……っ!」
 
 ジュリアの父は歯を食いしばる。
 全身を蝕む激痛。
 ほんの少し前、戦いが始まった時だった。
 優斗が揺らめくように動いたと思った瞬間、ふっと彼が視界から消えた。
 彼がどのように“堕神”の欠片へ攻撃するのかと考えるが、念の為にと右手が剣へと伸びる。
 視界から消えたのだから、当然の反応とも言えるが……注意は払っていない。
 ジュリアの父からすれば『大魔法士は“強敵”を相手にしているからこそ、他に意識が向かうわけもない』という考えから。
 だから遅かった。
 
「――ぐぁッッ!?」
 
 唐突に全身から悲鳴を上げたくなるような痛みが走った。
 僅かに動く首を捻り、後ろを見る。
 彼はまるで瞬間移動でもしたかのように背後へ出現すると、自分の身体全身を叩きのめしていた。
 肩から始まり、肘、手首、膝、足首。
 関節という関節を砕かれた。
 さらに“堕神”の欠片が壁へ吹き飛ばされ、壁が破砕される轟音が鳴り響く。
 
「やっぱり精霊術は問題ないか」
 
 つまらなそうに優斗は呟くと、今度は精霊術で“堕神”の欠片を抑えながら、魔法で攻撃を始めた。
 火を、風を、地を、水を、ありとあらゆる属性を放つ。
 すでに倒れている人間に優斗は興味をなくしていて、見据えているのは“堕神”の欠片のみ。
 故にジュリアの父は痛む全身を地に伏せ、状況を見守るしかなかった。
 
 
 
 
 そして実験と呼ぶべき神話魔法の攻撃へと至る。
 
「…………なぜ……だ」
 
 これでも自信があった。
 魔法が効かない“堕神”の欠片があれば、少なくとも大魔法士の実力を計ることは出来ると考えていた。
 なのに彼は一目散に自分を蹴散らしに来た。
 二体の存在など、取るに足らない存在だとでも言うように。
 
「何をブツブツと呟いている?」
 
 優斗が魔法を放ちながら、ちらりとジュリアの父を見た。
 
「お前らが魔法は効かないと言うのだから、精霊術を使うことに何かおかしな点があるか?」
 
「……だ、だからといって“堕神”の欠片を無視して私を攻――」
 
「僕にとっては雑魚A、B、Cが並んでいるようにしか見えない。雑魚中の雑魚を先に倒したほうが余計な反撃を喰らわない分、お得だろう?」
 
 変に意識を取られないで済む。
 
「お前は僕が最初に“堕神”の欠片を相手にするだろうと考え、余裕を持っていたからな。簡単に両肩、両肘、両手首、両膝、両足首の関節を砕かせてもらった。この場において注意力を散漫させる素人に対して、取るに足らない作業だ」
 
 おかげでどうやっても動けない雑魚が一人。
 間違った余裕を持ったからこそ、無様に寝そべる男が転がっている。
 
「な、ならばなぜ“堕神”の欠片に試すような魔法を使う!? 魔法は効かないと言ったはずだ!」
 
 精霊術が使えると気付いた以上、魔法を用いる必要性はない。
 
「とはいえ神話魔法を向けたことはないだろう? だからどれくらいまで効かないのか、試しているだけだ」
 
 一つ一つ、順に威力を上げていく。
 どこまで魔法が効かないかを、試すかのように。
 
「そろそろ上に貼り付けるか。この神殿も持たないだろうしな」
 
 今度は“堕神”の欠片を思い切り天井にぶち込む。
 同時に九曜を振りかぶり、二体のうち一体に向けて突き刺した。
 
『――――――――――ッッッッ!!』
 
 金属の擦れるような甲高い音――悲鳴のようなものが聞こえてくる。
 
「聖剣も当然、問題はない」
 
 納得するように頷く。
 右手を上へと翳せば、九曜が惹かれるかのように主の下へと帰ってきた。
 さらに続けて神話魔法を放つ。
 
「…………」
 
 ジュリアの父は言葉を失った。
 まるで優斗は戦っているようには見えない。
 言い方を変えれば、ただ遊んでいる。
 オモチャがどれくらい持つのか試している。
 
「化け物か、君は……」
 
 思わず呟いた台詞。
 理解の範疇を超えている。
 どこをどうすれば、“堕神”の欠片に対して『全力にならない』でいられるのかが分からない。
 けれど優斗は呆れたように、
 
「何を言っている? 最初から“化け物”だと言っているだろう」
 
 先程の台詞をもう一度、口にした。
 加えて、
 
「それにしても、始まりの勇者と同等の実力を持つ大魔法士に対して驚くなんて、狂気の野望も程度が知れるな」
 
 止めを刺すかのように言葉を続ける。
 
「どうして人の価値観を持っている。投げ捨てなければ到底、到達など出来ない」
 
 通常の通り道では辿り着かない場所なのだから。
 どうしたって“異常”が必要になる。
 けれど、だ。
 ジュリアの父も反論する。
 
「……も、持っていると思っているのか!? その為にどれほどの人間を犠牲にしてきたと思っている!! 当の昔に捨てているのだよ、人間の価値観など!!」
 
 この身に流れる狂気の血が自身を狂わせている。
 他の人間が自分と同じなど、思ったこともない。
 
「なら言い方を変えて、もう一度訊こう」
 
 優斗は神話魔法を撃つのをやめて、振り返る。
 価値観を捨てているというのなら。
 人を人とも思っていないのならば、だ。
 
「どうせやるなら、世界を破滅させるぐらいの規模でやってみろよ。たかだか一都市を壊滅させるぐらいで満足するな」
 
 世界に覇を唱える勇者を作るのなら、世界を滅ぼせる力を持たせてみろ。
 
「自分以外、同じ一族すらも道具扱いする冷徹さを見せてみろ」
 
 甘えなど必要ない。
 仲良しこよしで作れるわけもない。
 血族という絆など、唾棄すべきものだと言い切れ。
 利用価値を見出して、道具として扱え。
 
「そこまでやってこそ“狂気”だろう?」
 
 禁忌というものに触れてこそ、相応しい言葉だ。
 
「それが……大魔法士の言うことか……っ!?」
 
 ジュリアの父は理解できない。
 目の前にいる少年は、本当にお伽噺に描かれている存在と同じなのだろうか。
 どうしたっておかしい。
 これではまるで――自分達と同じにしか思えない。
 
「性質を考えれば、僕は完全にお前ら側だ」
 
 優斗は一も二も無く頷いた。
 未だに本質は正か悪かで言えば、計るまでもなく確実に悪へ傾く。
 
「堕ちたことのある存在が、綺麗で優しい勇者様と同じだなんて勘違いするなよ」
 
 それに相対する奴らに対して“夢”や“憧れ”など、温かいものを見せる必要などない。
 
「喧嘩を売ってくる奴に“優しいお伽噺”でいる必要があるのか?」
 
 いいや、必要ない。
 
「だから言っただろう」
 
 優斗は嗤って、再び“堕神”の欠片へと手の平を向ける。
 
「大魔法士を舐めるな、と」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 春香の守護獣に今回の主犯二人を運ばせて、修達は先程の場所まで戻ってきた。
 通路にずっと響く音から何となく察してはいたが、いざ実際に状況を見れば酷いものだった。
 まず青空が広がっている。
 天井が綺麗さっぱり無くなっていた。
 上空には謎の魔法陣に貼り付けられた“堕神”の欠片が二体、見るも無惨な姿になっている。
 次いで壮年の男性が悔しそうな表情で俯せに倒れていて、ニアも壮絶な優斗に声を掛けていいものかどうか考えて、珍しくおろおろしていた。
 
「もう終わったのか?」
 
 優斗が上空を見据えながら訊く。
 修が頷いた。
 
「ああ。そっちはどうなんだよ?」
 
「実験は大体、終わった」
 
 やはり神話魔法に対しては、魔法を消しきれるわけではなかった。
 一定以上の威力であればダメージは通る。
 
「お前らが戻ってきたのなら、こっちも終了にしよう」
 
 手にある九曜を軽く横に振った。
 桜色の眩い光が“堕神”の欠片を襲い、簡単に消滅させる。
 
「ボク……本気で振り抜かないと倒せると思えなかったんだけど」
 
「俺が言うのもおかしいけどよ、意味わかんねぇよな」
 
「確かに修センパイが言うのはおかしい」
 
 正樹、修、春香の順番に素直に呆れる。
 そして優斗は正樹へと振り返り、下を指し示した。
 
「魔法陣を壊す。いいか?」
 
「うん」
 
 念の為にと残しておいた魔法陣。
 全てが終わったというのなら、もう無用の長物だろう。
 しかし一人だけ、そうではない人物がいる。
 
「我々が創り上げた歴史を……壊すというのか!?」
 
 ジュリアの父が声を張り上げた。
 
「そういや、気絶させてなかったんだな」
 
 修がちょいちょい、と男性を指差す。
 
「無様な醜態を晒させながら虐めて、軽く絶望でも感じればいいと思っただけだ」
 
 それは今現在も“続いている”。
 
「壊すと言ったが、聞こえなかったのか?」
 
 嘲るように物言う優斗。
 本当に喧嘩を売るのが上手いというか、貶すのが上手い。
 ジュリアの父は憤慨するように言葉を荒げた。
 
「君に何の権利があって壊すと言うのだ!!」
 
「お前に何の権利があって壊すなと言うんだ?」
 
「我々が創ったものだ!」
 
「別にお前が創ったわけじゃない」
 
 まるで暖簾に腕押し。
 叫ぶ言葉一つ一つを簡単に躱していく。
 
「我々の所有物だ!! 所有権は我々にある!!」
 
「だったらどうにかしてみせろ」
 
 酷薄な笑みを浮かべて、優斗はチラリと修達を見る。
 視線に気付いた三人に対して、僅かに手で謝るポーズを取った。
 
「ああ、そういえばお前達は勇者ですらも自分達の所有物だと言うんだったな」
 
 そしてジュリアの父にとって最悪な追い打ちを掛ける。
 
「だ、だから何だと言うんだ!?」
 
「ほら、言ってみろ。ここにはお前達の所有物である勇者が三人もいるんだ。『持ち主である私を助けろ』と叫んでみろ。僕が魔法陣を破壊する様を止めてくれるかもしれない」
 
 絶対にありえないと分かっているのに、あえて告げる。
 さらにはゆっくりとジュリアの父に近付き、目の前で片膝を着いた。
 時間を掛けて彼が発言する間をあげたというのにも関わらず、ジュリアの父は一言も発しない。
 
「どうした。何故言わない? 持ち主なら助けてもらえるんじゃないのか?」
 
 顎に手を置き、上を向かせる。
 如何に屈辱的なのか分かっているからこそ、あえてやる。
 
「所詮、その程度だ。劣勢に立てば崩れてしまう、脆く安いプライドしか存在していない」
 
 心底、馬鹿にした表情をする優斗。
 
「絶対的に所有物だと思っているなら、叫べるはずだろう?」
 
 だから言えよ、と。
 叫べ、と。
 嘆け、と。
 恥も外聞も何もかもを捨てて命令しろ、と。
 優斗の表情が物語っている。
 
「君は我々を愚弄しているのか!?」
 
「されてないとでも思っているのか? だとしたら救いようがない」
 
 くすりと優斗は嗤う。
 
「もうタイムアップだ。これだけ時間をやったのにも関わらず、何もしないんだからな」
 
 立ち上がり、振り返る。
 同時にジュリアの父の真下に魔法陣が生まれた。
 
「な、何を――」
 
「死んだ方がマシだと思える位の痛みだ。頑張れよ」
 
 瞬間、真上から押し潰されるようにジュリアの父の身体が沈んだ。
 地の派生による重力操作。
 威力としては中級程度だが……砕かれた関節が軋み、
 
「――――――ッッッッ!!!!」
 
 悲鳴にすらならない絶叫を上げて、ジュリアの父は気を失う。
 そして優斗は風の精霊術で気絶した彼の身体を持ち上げると、守護獣ニヴルムへと放り投げた。
 
「とってもヤバい表情になってたけど、何やったの?」
 
 春香が優斗に近付いて恐る恐る訊いてみる。
 魔法を喰らった瞬間、筆舌し難い顔になっていた。
 
「関節という関節を砕いてる。そこに余分な加重がかかれば、どうしたって痛いだろうな」
 
 気を失うぐらいには痛かっただろう。
 修も正樹もやって来ては、本当に可哀想だという表情をしていた。
 
「同情するわけじゃねぇけど、優斗の相手をしに来たとか一番の貧乏くじだろ」
 
「ボクもグサっとやられたから、よく分かるよ」
 
 とにかく怖い。
 ありえないぐらいに恐ろしい。
 容赦がないとはこういうことなのだ、と実感してしまう。
 特に正樹は言葉だけとはいえ、やれらたことがあるだけに余計理解があった。
 
「それに……」
 
 言葉を続けようとしたところで、ちょんちょんと正樹の裾を引っ張る感触があった。
 いつの間にかニアも側に寄ってきている。
 
「大丈夫だった?」
 
「ミヤガワが怖かった」
 
「ならいつも通りだから大丈夫だね」
 
 ほわっと優しい笑顔を浮かべる正樹。
 応えるようにニアも笑みを零した。
 
「お帰り、正樹」
 
「ただいま、ニア」
 
 先程とは打って変わって、温かな空間に変わった。
 修と春香はニヤニヤと二人を見る。
 
「癒されるな」
 
「さっきが恐怖体験だっただけに、すっごく癒されるよ」
 
 対比が凄まじい。
 と、そこで恐怖の象徴が訊いてきた。
 
「もう壊していいか?」
 
 右手に溢れんばかりの魔力を吹き荒らし、ちょんちょんと下を指す。
 全員がにっ、と笑った。
 
「「「「 当然っ! 」」」」
 
 応えたと同時、優斗が魔法陣へ右手を叩き込む。
 すると光の線は撓み、崩れ、大魔法士が手を置いた場所からヒビが入り、弾けるように砕けた。
 
「はい、これで終了」
 
 完全に魔法陣が消失したことを見届けると、優斗の雰囲気もいつも通りに戻る。
 
「みんな、お疲れ様」
 
 そして柔らかな表情で皆を労った。
 けれど四人が四人とも一言、文句を付ける。
 
「最後、気疲れしたけどな」
 
「どっかの誰かのせいでね」
 
「ニアもいるんだからさ、もうちょっと優しくやってほしかったかな」
 
「本当に怖かったんだぞ、ミヤガワ」
 
 ドッカンバッタンと建物をぶっ壊したと思ったら、最後は最後で相手を虐め抜いている。
 相も変わらずではあるが、常に最後は正義と悪の区別が微妙につかなくなる仕様だ。
 
「ごめんね、ニア。どうにも敵に対して“優しく”という単語が出てこなくて」
 
 優斗が申し訳程度に謝って、全員で外を目指す。
 
「二人は大丈夫?」
 
 歩きながら正樹とニアに状態を尋ねる。
 
「全回復してるよ」
 
「私は何もしていないから、問題ない」
 
 特に痛みも何もない。
 けれど、
 
「そういうことじゃないよ」
 
 優斗が訊きたいのは肉体面じゃない。
 
「“ここ”は大丈夫?」
 
 胸の部分をポン、と叩く。
 仲間だった少女の裏切り、魔物との戦い、一秒でも早くと願って助けを呼びに行かなければならない状況。
 精神的にきつかったはずだ。
 正樹とニアはほんの僅かな間、ニヴルムへと視線を送る。
 
「……うん、大丈夫だよ。何も分からないままに事件が終わったんじゃない。ボクがこの手で終わらせた。だから……その全てを受け止めてる」
 
 全部全部、理解している。
 だから嘆かない。
 前に進む為の糧として、しっかりと心に刻むだけだ。
 
「私は……罵倒したい気持ちがある。ふざけるなと苛立つ気持ちもある。仲が良かったとは言わないけど、仲間だったからな」
 
 ニアは僅かに視線を伏せる。
 裏切り、というものは本当に感情にさざ波を与えた。
 
「けど正樹が受け止めてる。だったら私は正樹が苦しまないように、隣で支えていくだけだ」
 
 二人の確かな返答に、優斗は眦を少し落とした。
 
「強いね、二人とも」
 
 心が。
 本当に強い。
 
「じゃあ、この話題はお終い。後は勇者の凱旋をやるだけだ」
 
 切り替えるように明るい声を出した優斗だが、勇者三人の表情が変わった。
 
「……あんだって?」
 
「まだ何かやるの?」
 
「優斗くん、どういうこと?」
 
 敵は倒した。
 首謀者三人も捕まえた。
 これ以上、何があるというのだろうか。
 
「とりあえず、向かっている場所は副長達のところ。そこには助けられた住民もいて、いつ状況が終わるかを待ち望んでる。ということは……」
 
 優斗は指を一本、立てる。
 
「皆を安心させるには勝ち名乗り、必要でしょ?」
 
 
       ◇      ◇
 
 
「修か優斗か分からないけどさ、はしゃぐのはいいんだけど……」
 
「破壊音を響かせたり、光が上空に飛んでいくなど、もう少し穏便にやってもらいたいものだな」
 
 一通りのことが片付き、卓也とレイナは安心とばかりに話していた。
 
「今回は私も疲れた。一番動き回ったという自負があるぞ」
 
「お疲れ様。レイナがいたから、あいつ達も安心して行くことが出来ただろ」
 
 優斗と修を除けば、剣の性能も相俟ってレイナがこの場では最速だ。
 それも、あの二人が信頼するに足る速度と実力。
 だから最後の確認はレイナに任せた。
 
「おっ、戻ってきたな」
 
 卓也が五人を視界に捉える。
 住民達も続々と彼らの姿に気付いた。
 注目が一斉に集まる。
 そして一行は広間に辿り着くと、フィンドの勇者が叫んだ。
 
「悪夢はボク達――勇者が砕いた!!」
 
 響き渡るように。
 皆の安らぎとなる凛とした声が届く。
 
「恐怖の時間は終わった! だから――っ!」
 
 大きく息を吸い、フィンドの勇者は宣言する。
 
「もう、みんな安心していいんだ!!」
 
 轟かせた瞬間、さらなる轟きが広間一帯を包んだ。
 あれよあれよという間に正樹達を住民が囲んでいく。
 卓也とレイナは彼らの姿を見て、笑みを零した。
 
「あれが勇者ってやつだな」
 
「人々に希望を与える存在、か。確かに納得させられる」
 
 修、正樹、春香の周りには人だかりが絶えない。
 優斗も優斗で爆弾発言を堂々とかましているので、感謝されっぱなしだ。
 
「異世界の三勇者と大魔法士だもんな。ほんと、お伽噺みたいな奴らだよ」
 
 華があるし、周囲を惹き付ける。
 けれど今回の件に関しては卓也もレイナも、活躍していないかと言えばそうじゃない。
 一番人目に付いたのはレイナだし、卓也もたくさんの人々を癒した。
 だから幾人もの人々が二人に近付いてくる。
 レイナと卓也は嬉しそうに表情を崩した。
 
「私達は私達で今日のことを誇りにするとしよう」
 
「そうだな。オレらも今日ぐらいはお伽噺の一員だ」
 
 
 
 



[41560] first brave:ささやかな安寧
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:1d7917d2
Date: 2015/12/19 22:59
 
 
 
 
 
 後処理は副長が「お任せを」とのことだったので、詳細を教えてノーレアル一族を引き渡し、優斗達はリライトへと戻ることにした。
 正樹は副長と一緒に動こうとしていたのだが、まずは身体を休めろと言われてしまい、一緒に連れてくる。
 もちろん帰りも白竜に連れて帰ってもらっているのだが。
 
『これほど人に感謝をされたのは初めての経験だ』
 
「まあ、そうだろうな。だけど白竜は綺麗だし、魔物なのに怖くないからこそだよ。あそこにいた魔物達って、だいたい厳つかったし」
 
「何と言えばいいかは分からないが、一括りにするのが可哀想だ」
 
 卓也とレイナが当然とばかりに頷く。
 どちらかと言えば、魔物の部類に入れたくないぐらいだ。
 高貴さが漂っているとも言えばいいだろうか。
 一方で、春香と優斗も神殿でのやり取りを話していた。
 
「でさぁ、修センパイが剣を振ったら書棚まで粉砕しちゃってね。紙が綺麗に舞ったんだよ」
 
 話の種は修のやったこと。
 紙が舞う中での戦いは、確かに絵になっていた。
 優斗も納得する。
 
「まあ、さすがは……………ん?」
 
 と、あることに気付いた。
 嫌な予感が生まれる。
 
「……ねぇ、修。それって始まりの勇者の文献なんじゃないの?」
 
「へっ?」
 
 いきなり話を振られて、素っ頓狂な声を出す修。
 
「色々なものも混ざってるとは思うけど、おそらくそうだよね?」
 
 ノーレアルの一族がアジトにしてそうな場所に、書棚。
 膨大な本の数。
 十中八九、それなはず。
 
「……えっと……たぶん?」
 
 言われて修も可能性に気付いたのか、冷や汗を垂らす。
 むしろ、それで合ってる気しかしてこない。
 
「ドアホ」
 
 一言、優斗が突きつけた。
 そして説教が始まる。
 ニアは彼らを見て、きょとんとする。
 
「ミヤガワはどうして説教をしてるんだ?」
 
「……あはは。貴重な『始まりの勇者』が書かれてるであろう本を、修くんが斬っちゃったからかな」
 
 正樹が乾いた笑いを浮かべた。
 けれど優斗の説教対象は修だけに留まらず、
 
「それにクソジジイ」
 
 ついでに精霊の主も呼び出した。
 ふよふよと浮かんでいる好々爺を睨み付ける優斗。
 
「マティスが異世界人を召喚したこと、知ってたよね?」
 
『そういえば、そんなこともあったの』
 
 飄々と、どうでもいいように語る精霊の主。
 
「……クソジジイ。説教の時間だ」
 
 優斗の目が据わった。
 だがパラケルススは綽々と、
 
『儂はもう帰るとするかの』
 
 言うが早く姿が薄くなっていく。
 
「おいこら、待てっ!」
 
 優斗は叫ぶがパラケルススは聞く耳持たず、姿を消した。
 
「……ったく、これだから精霊ってやつは」
 
 ぶつくさを文句を言う。
 人間と同じ尺度で考えてはいけないが、それでも文句を言いたくなる。
 すると様子を見ていた春香が感想を口にした。
 
「なんか軽い感じ? 興味なさそうだったね」
 
「当たり。精霊って人の世に興味がないんだよ」
 
 人間型ではあるが、人間ではない。
 だから勘違いしそうになる。
 
「特にクソジジイはマティスのことは大好きなんだけどね。異世界召喚とか論外な事をかまされても、世界の均衡が崩れなければどうでもいいんだ」
 
 世界の構造を担っている精霊。
 だからこそ、その均衡さえ崩れなければ何があろうと関係ない。
 
「……はぁ。まあ、終わったからいいけどさ」
 
 釈然としないがしょうがない。
 諦めるとしよう。
 そう考えた優斗だったが、ふと引っ張られる感触があった。
 
「……シルフ?」
 
 振り向くと、器用に風を使って優斗の服を引っ張った風の大精霊が、申し訳なさそうに佇んでいた。
 召喚したわけではないので、おそらくは優斗とパラケルススとのやり取りを見ていた彼女が姿を現したのだろう。
 とりあえず魔力のパスを繋げると、シルフの意思が伝わってくる。
 
『…………っ』
 
 どうやらシルフも大精霊なので知っていた。
 こんなに大事なことだは分からなかった。
 本当にごめんなさい、と謝られた。
 
「シルフは大丈夫だよ。いつも助けてくれてありがとう」
 
 優斗は優しい表情になると、感触はないが彼女の頭を撫でるように手を動かす。
 
『……っ!』
 
 ぱぁっと晴れやかな顔になるシルフ。
 そして何度も嬉しそうに頷き、消えていった。
 
「お前ってシルフと仲良いよな」
 
 修が素直に述べる。
 ぶっちゃけて精霊で一番、優斗に頼られている感があるのが風の大精霊だ。
 
「一番相性が良いし、斬るも吹き飛ばすも防ぐも何でもありだからね。性格も素直だし使役しやすいんだよ」
 
 他の精霊だとこうはいかない。
 次いで春香も疑問。
 
「逆に一番扱いづらいのは?」
 
「イフリート」
 
「どうして?」
 
「まず色々なところが燃える。それに好戦的すぎ。頑張ってくれるのはありがたいんだけど、やり過ぎないように逐一チェックしないといけないから、広々とした荒野か岩場ぐらいでしか使いようがないんだよね」
 
 変に燃やす心配がなければ、あれはあれで使役しやすい精霊だとは思うのだが、いかんせん戦う場所が場所なだけに無理。
 
「シルフは違うんか?」
 
「彼女は状況を見て威力調整もしてくれるし、僕も最大限の能力を引き出してあげられる。基本的にシルフを召喚してるのは、そういう理由なんだ」
 
 とにかく気楽、これに尽きる。
 と、ついでに精霊関係でやろうとしていたことを思い出す。
 
「あっ、そうそう。正樹さん、剣を貸して」
 
 優斗が声を掛ける。
 
「剣?」
 
 いきなりのことに首を捻る正樹だが、素直に剣を手渡す。
 優斗はしげしげと剣を見詰めると、一つ頷いた。
 
「アグリア」
 
 そして光の大精霊を召喚すると剣を浮かべる。
 
「お願いね」
 
 アグリアはこくり、と頷くと剣に手を翳した。
 翳した手からは光が生まれ、加護が加えられていく。
 
「こんなものかな」
 
 一定の加護を加えると、優斗は光の大精霊に感謝の意を表した。
 
「はい、正樹さん」
 
 正樹に手渡しで返す。
 彼の表情がもう……呆れたとも何とも言えない表情になった。
 
「ありがとう。でも、もう驚かないよ」
 
「それは残念。せっかく驚かそうと思ったのに」
 
 悪戯が見つかったかのような優斗。
 けれど、ニアが二人のやり取りを見て気付いたことがある。
 
「……ミヤガワ。イエラートの時、出来たのか?」
 
「出来たよ。契約者だったし」
 
「……どうしてやってくれなかった?」
 
「僕の忠告を無視して、あんな化け物を復活させたんだよ。やると思う?」
 
 今にして思えば誘導されたのだろうが、それでも絶対の意思で断ってくれれば良かったはず。
 なので、当時の優斗だと絶対にやらない。
 今でもその考えは変わらない。
 正樹も素直に頷いた。
 
「だよね。忠告を無視してフォルトレスを復活させちゃったわけだし、優斗くんならやらないよ」
 
 絶対的に自分に非があった。
 優斗が甘ったるいのは仲間だけで、友達には優しくも厳しい。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 リライトへと戻ると優斗は早速、王様と話をする。
 
「始まりの勇者、か」
 
「ええ。大魔法士と同等、無敵の意を持つ幻の二つ名です」
 
 今回の事件の経緯、終焉、そして分かったこと。
 全てを王様へと伝える。
 
「すみません。友達を助けに行ったのに、余計な話を持ってきて」
 
「いや、問題はない」
 
 王様は首を横に振る。
 
「シュウが『リライトの勇者』だけというには……少々、足らない気がしていた」
 
 勝利の女神に愛された“内田修”の才能。
 歴代と明らかにかけ離れ過ぎている力。
 大魔法士が同等と評した勇者。
 
「どこかに……きっとシュウに相応しい二つ名が存在する。そう思っていた」
 
 ただの勇者という枠では収まらない。
 収まりきれない修の実力。
 
「ようやく見つかったのだな」
 
 けれど見合うものが見つかった。
 無敵の少年が『無敵』を名乗れる二つ名を。
 
「……あいつは『リライトの勇者』ですよ。これまでも、そしてこれからも」
 
 優斗が王様の言葉を聞いて、思わず伝える。
 無敵の意を持つ二つ名を得たとしても、変わらない。
 
「どうか、否定だけはしないでください」
 
 あくまで『始まりの勇者』は優斗と共に歩く二つ名。
 修の根っこにあるのは――この国の勇者であるということ。
 
「分かっている」
 
 王様も頷いた。
 彼が根幹としているものを否定などするものか。
 
「しかし我が王の時に、これほどの状況になろうとはな」
 
 幻の二つ名と伝説の二つ名。
 そして龍神の赤子。
 まとめてこの国にいるなど、驚きを通り越して呆れる。
 優斗が僅かに表情を崩した。
 
「歴史に名を馳せる王として、未来へ継がれますよ」
 
「気楽に言ってくれるな、ユウト」
 
「王様だからこそ、気楽に言えるんです」
 
 おそらくは稀代の王。
 歴史あるリライトの中でも飛び抜けて有能と呼ぶに値する存在。
 
「マリカが懐くことができ、僕が尊敬を示すことができ、修にアイアンクローかまして説教して手懐けることが出来るのは王様だけですから」
 
 危なっかしい爆弾のような三人を、間違えれば災厄となるかもしれない三人を、こうして扱えるのは目の前にいる王だけだろう。
 王様を優斗の言葉に笑い、
 
「あまり褒めるな。むず痒い」
 
「事実です」
 
 優斗も笑った。
 
「この後、少しリライトを離れます。レアルード以外にも『始まりの勇者』について、文献が残っているかもしれない場所に向かいます」
 
「ほう、どこだ?」
 
「クライストークへ。大魔法士を追いかけた人達なら、何かしら持っているかもしれません」
 
 
       ◇      ◇
 
 
「そうですか。『始まりの勇者』が分かったのですわね」
 
 アリーと修は皆が集まっている広間で、今日のことを話していた。
 
「まあな。つーわけで『始まりの勇者』だって名乗ったよ」
 
「確かに修様には必要な二つ名です」
 
 その意が“無敵”であるのならば、間違いなく彼のものだ。
 
「しかしながら、修様が斬ったという本を修復するには骨が折れそうですわ」
 
 話を聞く限り優斗の予想とアリーの予想は同じ。
『始まりの勇者』について、何かしら書かれているものが絶対にある。
 しかし、だ。
 
「魅せるにしても倒すにしても、もっと方法があったと思います」
 
 ジト目で修を見るアリー。
 どうして軽く剣を振って書棚を破壊するのだろうか。
 
「……ごめんなさい」
 
 珍しく修が素直に謝った。
 というか、勢いに圧されて考える前に頭が下がる。
 
「分かればよろしい」
 
 アリーはふっ、と表情を崩す。
 と、彼らの視界で春香が動き回り始めた。
 いや、ただ単純に逃げ回っている。
 
「なんか春香は大変そうだな」
 
「従者なしで一都市を救いに行けば、心配するでしょうね」
 
 特に青と赤の騎士は春香大好きなのだし。
 そんな三人はぐるぐるとソファーを周回するように動く。
 
「だ、だから言ってるじゃん! 急いでたんだってばっ!」
 
「それでも子猫ちゃんを守るために俺達はいるんだぞ!」
 
「ハルカ、往生際が悪い」
 
「タイムアタックなのに、どうして君達を待たないといけないんだよ! 待ってたら助けられないかもしれないのに!」
 
「子猫ちゃんを守ることこそ八騎士の使命だ!」
 
「そういうこと」
 
「バグキャラが二人もいたから大丈夫だってばっ!」
 
 というかブルーノとワインの二人、あれこれ言って春香に触りたいだけなのではないだろうか。
 会話の内容とは裏腹に追いかけっこしているのが、微妙に変だった。
 
 
 
 
 
 
 また別の場所では、
 
「そうか。頑張ったな」
 
「ああ。一番動き回った」
 
 和泉とレイナも修達と同じように話している。
 
「怪我はしなかったか?」
 
「問題ない。私が相手をしたのは基本的に雑魚だったから心配は無用だ」
 
 ほとんどが一撃で倒せる魔物を相手にしていた。
 だから問題なかったのだが、
 
「それとこれとは話が別だ。心配はする」
 
「……なぜだ?」
 
 レイナが不思議そうに首を捻る。
 自分が大丈夫だと言った以上、無用なはず。
 けれど和泉も首を捻られたことに若干、驚きの様相を呈す。
 
「お前、分からないのか?」
 
「何がだ? 私が大丈夫と言った以上、和泉に心配を掛けることはない。それぐらい、お前なら当然の如く理解しているだろう?」
 
 さらに不思議そうな表情になるレイナ。
 けれど和泉は大きく溜息を吐き、
 
「……やっぱり分かっていないか」
 
 参った、とばかりに頭を掻いた。
 そして僅かに真面目な表情をさせて、彼女を真っ直ぐに見る。
 
「いいか、レイナ」
 
「何だ?」
 
「確かにお前のことは信頼しているし、よく分かっている」
 
 彼女の強さも性格も十二分に把握している。
 
「なら――」
 
「だが恋人だから心配をしてしまうんだ」
 
 和泉から告げられた、何の飾り気もない言葉。
 レイナは頭の中で彼の言ったことを反芻し、
 
「………………恋……人……」
 
 意味を咀嚼した瞬間、
 
「――っ!!」
 
 まるで湯気が出そうなくらい、顔を真っ赤にした。
 いつもキリっとしていて、こと戦いにおいては滑らかな彼女の動きが、今はカクカクとロボットのようになっている。
 
「わ、わた……和泉……こ、ここここ、こ、ここ、恋……び……と……」
 
 今までのレイナを知っている者であれば「誰だこいつは?」となりそうなくらい、狼狽していた。
 これで付き合って2ヶ月弱だというのだから、ある意味で性質が悪い。
 
「レイナ、理解できたか?」
 
「……っ!!」
 
 こくこく、と全力で何度も頷く。
 とにかく分かった。
 凄く理解できた。
 確かに恋人ならば心配しても仕方ない。
 
「あと、もう少し慣れてくれ。俺も初めてだから、どうしていいか分からん」
 
 毎度毎度、こういうことを言う度に狼狽えられてしまっては、和泉もどうすべきか判断しづらい。
 もちろんレイナも自身で分かっているのか、真っ赤な顔で必死に首を縦に振った。
 
「ど、努力する!」
 
「頼む」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 別の部屋ではリルも頭を悩ませていた。
 
「……あんた、事の凄さを分かってないの?」
 
「何がだ?」
 
 そう、彼女が頭を悩ませているのは、大層なことをやったのにのんびりとしている婚約者だ。
 彼は椅子に座っていて、足の間に愛奈を入れて上から抱きしめるようにぐだっとしている。
 
「……まあ、卓也はそうよね」
 
 破格の二人がいるからこそ、自分は大げさなことはやっていないと思っている。
 それこそが大きな勘違いだ。
 
「あんたは大魔法士とリライトの勇者が名指しで指名したのよ。あの二人が唯一、頼りにした人なの」
 
「仕方ないだろ。あの状況だったら治療魔法を使える奴、たくさんいたほうがいいだろうし」
 
「……あのね。しかも、近衛騎士達が反論しなかったのも拍車を掛けてるわ。あんたのことを『連れて行って問題ない』と思われてるんだもの。いい? 民を守るべき存在が大丈夫だと信じたのよ」
 
 修と優斗は論外だからいい。
 けれど、卓也だけは別だ。
 こと戦いにおいては異世界人という括りでしかない。
 
「つまりね、一皮捲ったら卓也もヤバい位置にいるってことよ」
 
 攻撃という点ではなく、守りという点で彼は相当の位置にいる。
 少なくとも近衛騎士が大丈夫だと思えるほどに。
 
「ああ、もう。またお兄様とお姉様……どころかお父様もお母様もはしゃぐわね」
 
 自分の親兄弟が知れば「さすが」だの「良い男だ」だのと褒め殺しだろう。
 彼らは卓也の良さを知っているだけに、絶対に言う。
 けれど当の本人は、
 
「牽制になるからいいと思うけどな」
 
 リルの想定外のことをさらっと言った。
 
「牽制って……何のこと?」
 
「未だにお前を狙っていそうな奴に、だよ。異世界人ってだけで事足りるとは思うけど、箔があるに越したことはない」
 
 優斗ではないが、僅かでも可能性があるのならば潰すのみだ。
 卓也は自分の婚約者を過小評価はしない。
 彼女もアリーと同じく、美姫と呼ばれた女性なのだから。
 
「……卓也」
 
「オレはいつ、どんな状況だろうとお前を誰かに渡す気は無い。だから今回の出来事が有益になるなら使うまでだよ」
 
 隠すつもりもないし、必要となるなら堂々と宣言する覚悟もある。
 あの二人がそうならば、自分だって変わらない。
 優先順位を間違えるつもりはない。
 ただ、言うだけ言うと少し照れたのか卓也は愛奈の髪の毛を弄くった。
 妹の髪が器用に三つ編みにされていく。
 すると、
 
「リルねえ、たくやおにーちゃんすごいの?」
 
 愛奈がきょとん、とした様子で尋ねてきた。
 内容は難しかっただろうが、凄いということぐらいは理解できた。
 だからリルは優しく笑って頷く。
 
「実はね。とっても凄いのよ、卓也お兄ちゃんは」
 
 
       ◇      ◇
 
 
「忙しないですね、ユウトは」
 
「しょうがないですよ。誰にでも出来ることではありませんから」
 
 クリスとフィオナは暢気にお昼寝しているマリカを視界に入れながら、苦笑し合った。
 その場にはキリアとフェイルもいて、
 
「だからって、ちゃっちゃとクライストークに行くなんてビックリじゃないの?」
 
「確かにな。少しはゆっくりしても良いとは思うのだが」
 
 行動範囲が広すぎる。
 あっちこっちと動き回りすぎだ。
 けれどフィオナは苦笑したまま、
 
「シュウさんだと調べ方が下手でしょうし、やっぱり優斗さんが適任なんです」
 
 たぶん、修ならば一時間も調べたら飽きるだろう。
 自分のことなのに。
 
「フィオナ殿は落ち着いているな」
 
 フェイルは彼女の態度に感心する。
 まだ若いながら、やはり龍神の母ということだけはあった。
 
「いえ、さすがに最初は落ち着いていられませんでした。けれど最近はよくあるので、もう慣れました。優斗さんが大魔法士である以上、避けられないことだと理解させられましたから」
 
 リライトきっての問題児の一人が旦那なのだ。
 致し方ないことではある。
 
「だからキリアさんも大変ですよ。私達は慣れていますが、弟子であるキリアさんもいずれは問答無用で巻き込まれるでしょうし」
 
「もう諦めてるわよ。あの先輩が師匠なんだし」
 
「それもそうですね」
 
 肩をすくめたキリアに、フィオナはくすくすと笑う。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 来賓用の客室で、正樹とニアは今後のことを話す。
 
「これからどうしようか、ニア」
 
「とりあえず、フィンドには報告しないといけないんじゃないか?」
 
「いやいや、そういうことじゃなくてさ。どの国に行く? ってこと」
 
 やるべきことをやったらどこに行こうか、という話。
 
「ミルがいなくなって、ジュリアもいなくなった。また君とボクの二人旅になるけど……どこに行きたい?」
 
 少しくらいはゆっくりしたって罰は当たらないと思う。
 ニアは少し悩む仕草をしたあと、
 
「……それなら、まずはイエラートに寄らないか?」
 
「イエラートに?」
 
 正直、正樹にとって予想外の答えだった。
 まさかあの国の名前を彼女が出すとは思わなかった。
 
「ああ。ミルにも話は届くだろうし、心配するだろうからな。安心させてやりたい」
 
 これまた予想外な台詞だ。
 正樹が不思議そうに首を傾げようとすると、扉がノックされる。
 来客らしい。
 
「どうぞ」
 
 正樹が声を掛ける。
 
「失礼しますわ」
 
「入るぞ」
 
 するとリライトの王女と勇者が中に入ってきた。
 反射的にニアが座っている椅子から立ち上がり、床へ片膝を着く。
 
「こ、この度はフィンドの勇者を助ける為の助力をいただき、まことにありがとうございました!」
 
「あら? そんなに堅苦しくなくてもよろしいのに」
 
 微笑を浮かべる王女と、妙に堅いニア。
 どういうことなのか意味が分からない正樹は、困惑した表情。
 とりあえず修がアリーに声を掛ける。
 
「しゃあないだろ。こいつ、さっきの威厳たっぷりアリーしか会ってないんだし」
 
 ニアは王女としてのアリーしか会っていないので、こういう態度も頷けた。
 
「えっと……修くん、こちらの方は?」
 
「うちの王女」
 
 告げた瞬間、正樹も若干血の気が引いた。
 ニアと同じように片膝をつく。
 
「し、失礼な態度、真に申し訳ありません」
 
 大国の王女がさらっとやって来るなど、予想つくわけがない。
 けれどアリーは二人の態度を見て、何度か頷く。
 
「もう魔法陣の影響はないようですわね」
 
「「 えっ? 」」
 
 思わぬ言葉に二人が疑問の声をあげた。
 アリーがどういうことか、説明する。
 
「ユウトさんから聞いた話では、影響が残っていれば『マサキをどうするつもりだ!?』みたいに怒鳴られる、ということでしたので。ユウトさんがクライストークに行っている間に確認をお願いされましたわ」
 
 リライトの宝石と呼ばれるアリーだったら十分だろうと、さらっと頼まれた。
 
「わ、私はアリシア王女にそんなこと言いません!」
 
「でもお前、リルに言ったんじゃねぇのか?」
 
 修の指摘にニアが怪訝な表情になる。
 
「……リル?」
 
「卓也の婚約者で、リステルの王女様なんだけど覚えてねぇか? イエラートで色々と言われたっつってたぞ」
 
 話が通じなくて大変だった、ということも。
 正樹は誰だか思い出したのか、
 
「ニア、あれだよ。フォルトレスを優斗くんが倒したあと、フィオナさんとクレアさんと一緒に来てた人。ショートカットの美人だよ」
 
「えっと、確かあの時にいたのはミヤガワの嫁と…………。あっ」
 
 ニアは必死に昔の記憶を思い出し……そして青ざめた。
 確かに色々と言った。
 何をどう言ったのかは覚えていないが、文句っぽいことを言ったのは覚えている。
 
「ど、どうしよう正樹!? 王女に暴言とか罪にならないか!?」
 
「それは……えっと…………どうなのかな?」
 
 人によっては不味いだろう。
 というか、不敬罪とみなされる。
 正樹が確認を取ってみると、修が何ともないように言った。
 
「大丈夫だろ。あん時は魔法陣の影響下にあったわけだしな。リルも短気だけど、別に根に持つ奴でもないし、卓也がめんどくさがって取りなすよ」
 
 魔法陣の能力の一つとして盲信させる、というものがあった。
 優斗の強さを目の当たりにして尚、正樹のほうが強いと言わせた効力。
 であれば、しょうがないとも言える。
 
「あっ、そっか。だから違和感があったんだ」
 
 すると正樹が納得したように手をぽん、と打った。
 
「あん? 何がだ?」
 
「ニアがね、仲間だったミルのところに行こうって言うからさ。珍しくて不思議がってたんだけど、魔法陣の効力がなくなれば、不思議じゃないなと思って」
 
 正直、仲が良い二人ではない。
 というか、今にして思えばよく一緒のパーティでやっていたと思う。
 けれど魔法陣の影響下にあったニアと、入った日が浅く影響の少なかったミルであれば、その齟齬も当然というものだ。
 
「本来は仲間思いで、素敵な娘なんだね」
 
 正樹の台詞にニアの顔がポン、と赤くなる。
 
「……天然ジゴロなんか?」
 
「かもしれませんが……修様が言えることではありませんわ」
 
 彼女の隣にいる少年だって正樹と同系統だ。
 修の感想にアリーがツッコミを入れる。
 すると正樹が二人の仲が良い様子を見て爆弾を放り込んだ。
 
「修くん達って仲が良いみたいだけど、恋人同士?」
 
「んなっ!?」
 
「あら、そう見えます?」
 
 さらっと投げられた言葉に修は狼狽し、アリーは嬉しそうな表情……というより、ニタリと笑った。
 
「これでも修様、情熱的な台詞を告げて下さいましたわ。『俺はお前の勇者だ』と。無敵の意を持つ『始まりの勇者』であろうとも、わたくしの勇者であることは変わらないって」
 
「い、いや、確かにそう言ったけどよ! で、でも、なんつーか、あれ、あれだ!」
 
「どれですか?」
 
「だから、その……あれだよ!」
 
「わたくし、頭が悪いので言ってくださらないと分かりませんわ」
 
「嘘つけ! 俺はお前と優斗以上に頭良い奴を知らねぇよ!」
 
 いきなりコントのようなことを始める二人。
 むしろ修がしどろもどろで、アリーがニヤニヤしてるなど珍しい光景だ。
 ニアが肘で正樹をつつき、
 
「なあ、正樹の言ったことで合ってるんじゃないか?」
 
「かもしれないね」
 
 なんというか、微笑ましいやり取りだ。
 
「実際、今回の出来事で修様は無敵の意を持つ二つ名を得ました。今後、これは証明されていくことですから仕方ありませんが……それでもわたくし、もう一度ぐらい修様から聞きたいですわ。あの時の言葉を」
 
 さらに意地悪い笑みになるアリー。
 とはいえ、修は言えないだろうと予想していた。
 目の前にはフィンドの勇者と従者。
 二人だけの時ならばまだしも、こういう展開に弱い修は他人の前では絶対に言えない……と、アリーは思っていた。
 
「――っ!!」
 
 けれど修も恥ずかしさが頂点を突破し、プツンと何かが切れたように宣言した。
 
「俺は一生、お前の勇者だ!! 文句あるか!?」
 
 先程のニア以上に顔を真っ赤にした修が、ヤケクソ気味に言い放つ。
 まさかアリーも言ってくれるとは露にも思わず、顔が赤みを帯びて熱くなってくる。
 
「……い、いえ。ありませんわ」
 
 顔を伏せ、ちらりと修を見てみる。
 同じ行動をしていたのか、彼も下を見ながらもちらりと自分を見た。
 
「――っ!」
 
「――っ!」
 
 同時に顔を背け、一歩離れる。
 当然、そんな二人のやり取りを見ていた正樹とニアは可愛らしい様子に笑みを零し、
 
「恋愛小説みたいだ。ミヤガワに教えたら面白いことになりそうだな」
 
「確かに。優斗くんが戻ってきたら、教えてあげようか」
 
 
 




[41560] 小話⑭:過去と現在のお伽噺
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:1d7917d2
Date: 2015/12/19 23:00

 
 
 
 
 捲っていた本を閉じる。
 優斗は大きく一度、息を吸って……吐いた。
 同時、年輩の女性が部屋に入ってくる。
 
「あら? もう終わったのかしら」
 
「ええ。一通りの確認は終わりました」
 
 笑みを浮かべる優斗に対して年輩の女性――ミント・ブロームはお茶の準備を開始する。
 手際よくティーカップを優斗の前に並べ、香りの良い紅茶を入れた。
 
「ありがとうございます、ミントさん」
 
 感謝の意を述べ、優斗は紅茶を口に付ける。
 近くの椅子にミントも座り、同じように飲み始めた。
 
「見つかったのかしら? 『始まりの勇者』に対する情報が」
 
「ほんの僅か、ですけどね」
 
 山のように積み重なった本を見て、優斗は頷く。
 これだけの膨大な量があっても、残滓とも言うべき情報は僅かしかなかった。
 
「けれどおかげで一つ、おそらくという程度の推論が出来ました」
 
 正しいか正しくないかは分からない。
 けれど過去を知り、思い浮かぶ節はある。
 
「聞かせてもらえるかしら?」
 
 ミントが興味深そうな表情になった。
 優斗も頷く。
 
「僕が異世界人だということは、前に会った時にお伝えしたと思います。先代が女性だということも」
 
「ええ、本当に驚いたわ」
 
 ここらへんは前に会った時、伝えている。
 優斗は本の山から別に分けている数冊の本を手に取り、該当のページをミントに見せる。
 
「この文献では女性となっていますが、おそらくはこの人物がマティスの夫だと思います」
 
 ほんの僅か、数行しか書かれていないこと。
 けれど大事なことが書かれている。
 
「ああ、この人ね。先代の側には摩訶不思議な術を使う人がいたのよね。紙に命を吹き込んで使役するってあったわ」
 
「ええ。セリアールでは存在しない術です。ですが……僕がいた世界には、このような術が文献として存在します」
 
 魔法でも精霊術でもない、第三の術。
 この世界では分からず、おそらくは優斗達がいた人間にしか分からない情報。
 
「大昔の物語なので正しいか正しくないかは分かりませんが、この文章で一つ思い浮かぶ言葉」
 
 優斗はふと、ある一つの術が思い浮かんだ。
 神秘的であり、自分達がいた世界にある魔法の如きもの。
 
「式神」
 
 呪力を用いて、紙を生物のように使役する術。
 
「なので僕がいた国で1000年前、どんな人物や出来事があったのかを思い浮かべたんです」
 
 西暦1000年過ぎ。
 一体、その時にどんな人達がいて、どんな歴史になっていたのか。
 
「そして一つの可能性を思い浮かべました」
 
 もしかしたら、という程度だが。
 それでも可能性として繋げるには、最も正統な可能性。
 
「僕達の世界にも伝聞として、魔法のようなものがあります。もちろんこの世界とは体系が違いますが、まあ……僕としては摩訶不思議という点では似たようなものだと思います」
 
 これが何の結果をもたらしたのか。
 今となってはすでに分からない。
 ただ“魔法陣が飛散した”という話から鑑みるに、偶然ではなく何かしらの力が働いたと見るべきだ。
 では、その力とは何なのだろうか。
 
「1000年前、とある有名な人物がいました。今尚、名を出せば誰でも分かるほどの人物が」
 
 歴史上、最も有名な人間のうちの一人。
 興味がない人だろうと分かる、歴史に名だたる有名人。
 
「たぶん、彼はその一族の出なんです」
 
 最初は当人かとも考えたが、おそらくは違う。
 されど彼の一族に属する者ならば、可能性はある。
 優斗は本を閉じて、机の上に置く。
 
「僕達がいた世界でも、この世界でも歴史に名を残さなかった存在」
 
 両の世界でも偉大な人物がいた故に、消えていった存在。
 
「彼が『始まりの勇者』なのではないかと思います」
 
 推論を言い終わると、優斗は再び紅茶を口にする。
 
「名は解らず、あくまで想像でしかないんですけどね」
 
 くすっと笑う優斗。
 けれどミントは満足したように頷いた。
 
「そうでもないわ。実に面白い話だったもの」
 
 自分が追い求めた夢と同じ場所にいる存在。
 相並ぶ両雄。
 悪くないどころか素晴らしい物語だ。
 と、ミントはある物を取り出しては優斗に渡す。
 
「そうそう。これ、読んでくれる?」
 
 渡されたのは本。
 表紙に描かれているのは、
 
「ミントさん。これって……」
 
 一人の男と一人の老婆。
 題名は――『大魔法士と夢を追いかけた老婆』。
 
「貴方の物語。新しい絵本よ」
 
 彼が大魔法士であると発表された際、出版しようと思っている絵本だ。
 内容は優斗とミントが出会った時のこと。
 
「少々、恥ずかしいですね」
 
 自分が絵本になるというのは、何ともむず痒い何かがある。
 ミントが優斗の様子にくすくすと笑った。
 
「それでも、貴方が描いた物語よ」
 
 夢を叶えてくれた。
 追いかけたことが間違いではないと教えてくれた。
 
「あと、もう一つ見せたいものがあるの」
 
 そう言ってミントはもう一つ、同じサイズの本を渡す。
 
「これは?」
 
「私の孫――ライネの中にある、もう一つのお伽噺よ」
 
 ミントが描いている時、孫が言ってくれた。
 自分もやってみたい、と。
 大魔法士様を描きたい、と。
 
「私が描いたのは、夢を追い続けた老婆に出会った――夢」
 
 そして大魔法士に出会ったことによって、叶った夢。
 
「あの子が描いたのは、少女の嘘を真実に変えた優しい存在」
 
 同じ話でも、視点が変われば題名も事柄も変わっていく。
 ミントはライネの絵本を優しい表情で見詰める。
 
「私は年寄りだから、この先どこまでユウト君の物語を見ていられるか分からない。もちろん当分の間、死ぬ気はないけどね」
 
 まだまだ頑張って生きていくつもりではあるが、どこまでやっていけるかは分からない。
 近いうちに倒れる可能性だってゼロではない。
 
「でも、私に何があっても代わりにあの子が描き続けてくれる。私が夢見たお伽噺を」
 
 孫が言ってくれた。
 自分が見続ける夢を継ぐ、と。
 
「またずいぶん、格好良く描かれてますね」
 
 何枚かページを捲る優斗は苦笑する。
 何というか、拙いながらも美化されているのが良く分かった。
 
「あの子の中の大魔法士様がそうなのよ」
 
 格好良くて、優しくて、強い。
 それがライネの中にある大魔法士。
 
「まだまだ乱雑で、構成だって適当。だけど――」
 
 読めば分かる。
 見れば理解できる。
 
「――この絵本には貴方への想いが込められているわ」
 
 嘘を本当にしてくれた人に。
 柔らかく笑って頼み事を頷いてくれた人に贈る、ライネが描いた絵本。
 優斗は一度だけ視線をミントに送ると、再び絵本に視線を戻す。
 
「実は……僕はあの時、迷ってたんです」
 
「なにをかしら?」
 
「大魔法士であることを言うべきか言わざるべきか、ですよ」
 
 “夢”や“憧れ”を持ってもらえるような存在ではないと思っていたから。
 
「でも、こういうのを見ると……言ってよかったって思います」
 
 自分のやったことが絵本になる。
 自分の起こした出来事がいずれ、お伽噺になる。
 “そうなってもいい”のだと、教えて貰えるようで嬉しかった。
 
「いずれ、『始まりの勇者』の名も世界に轟くでしょう」
 
 内田修が己の実力を魅せて、大魔法士と同じように世界へ知られることだろう。
 
「今度は歴史に忘れさせやしない」
 
 名が在るから残す必要がないのではない。
 後世の為に必要なものだから。
 優斗はミントを真っ直ぐに見据える。
 
「その一つを貴女に託してもいいですか?」
 
 忘れさせない術の一つを、彼女にも頼みたい。
 
「相並ぶ僕らが、正しく相並んでいくために」
 
 決して交じることなく、戦わないでいたことの証明を。
 
「いずれまた現れる僕らのような存在に、道を示すために」
 
 迷わず、正しく進む為の道を。
 
「僕と……僕の親友の物語を貴女には描いてほしい」
 
 最強と無敵が紡ぐ、誰もが夢見る話。
 
「大魔法士と始まりの勇者のお伽噺を」
 
 優斗は柔らかい表情で問いかける。
 
「お願いできますか?」
 
「ええ、もちろんよ」
 
 ミントは優斗の頼み事に心底、嬉しそうな表情を浮かべる。
 そして丁寧に頭を下げた。
 
「私が大魔法士様の頼み事を断るわけがありません」
 
 一番のファンだと自負がある。
 一生を賭けて追いかけた夢だという自信がある。
 そんな相手が頼んでくれたのだ。
 自分がやってきたことを認めて、さらにお願いしてくれたのだ。
 嬉しくないわけがない。
 
「老い先短くとも、我が生涯を賭して成し遂げると誓います」
 
 絶対に描いてみせる。
 彼らの絵本を。
 自分と……もしかしたら、自分の孫で。
 後世に継がれていく、強くて優しい二人のお伽噺を。
 





[41560] 話袋:興味対象は強さのみ(一人例外)
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:0fad10e1
Date: 2015/12/20 13:12
 
 
 
 優斗達が大事をやった翌日――日曜日。
 キリアとロイスは二人でギルドへと向かっていた。
 というのも、春香が騎士達に暇を出したのが理由だ。
 
「どうして鎧じゃ駄目なんだ?」
 
「あんな黒々しい鎧と一緒に歩きたくないわ」
 
「……召喚陣が無くなっても結構凄い鎧なんだけどなぁ」
 
 というわけでキリアはもちろんのこと、ロイスも私服で歩いている。
 
「で、何の依頼を受けるつもりなんだ?」
 
「先輩いないし、とりあえずはDランクの魔物討伐がベストかしら」
 
 ロイスもいるのだから、これをやるには何も問題ない。
 
「俺とキリアだし、Cランクでも大丈夫じゃないか?」
 
 一応は一国の騎士だし、もう一人は大魔法士の弟子。
 Cランクの討伐でもいいはずだ。
 だがキリアは首を横に振る。
 
「駄目駄目。あとでどんな説教受けるか分かったもんじゃないわ」
 
「師匠さん、そんなに怖いのか?」
 
 挑むことが大好きな彼女が簡単に拒否するなんて、驚きに値する。
 話では何度か聞いているが、そこまで師匠に恐怖するものだろうか。
 
「わたしが素直になってるってだけで察しなさいよ」
 
 キリアに言われて、ロイスは察してみる。
 
「……相当怖いんだな」
 
「そういうこと」
 
 まずは言葉でボコボコにされ、次に物理的にボコボコにされる。
 あげく魔物の力量とかキリア当人の状況に対する観察力を事細かにレポート提出しなければならない。
 後者はまだいいが、前者が本当に嫌だ。
 
「おっ、へっぽこキリアじゃねーか。それに隣にいるの、ロイスだろ?」
 
 と、その時だった。
 数日前と同じ言葉を発する、同じ人物が目の前に現れた。
 ちらりとキリアの隣を見て優斗ではないことを確認している。
 だからこそ、また強気で来たのだろうが、
 
「貴方も懲りないわね。何でからんでくるのかしら」
 
 キリアは大きく溜息を吐く。
 ロイスの名前も出したことから小等学校の時に一緒だったのだろうが、なぜ絡んでくるのか意味が分からない。
 
「前もあったのか?」
 
「先輩と歩いてる時にね。うるさいって一喝したら、どっか行っちゃったけど」
 
 正直、馬鹿にするためだけに声を掛けてくる男は何がしたいのだろうか。
 時間の無駄にしか思えない。
 
「相変わらずいちゃいちゃして、ロイスと仲が良いんだな。お前ら、夫婦なんじゃねえの?」
 
 ニタニタと、若干下卑た表情になる男。
 けれどロイスとキリアはきょとんとして、
 
「いちゃついてるか?」
 
「いちゃついてるって……普通、こんな感じじゃないの?」
 
 隣を歩いていたので、とりあえずキリアは右手をロイスの肘に置き、腕を組んでみる。
 そして身体をピッタリと寄せてみた。
 
「まあ、これぐらいやったらいちゃついてるだろうな」
 
「そうよね」
 
 これがいちゃついてる、という範疇なはず。
 なのでさっきまでの自分達はいちゃついていない。
 
「この人の言葉で思い出したけど、小等学校の頃ってどうしてか男女で一緒にいると『夫婦』とか『恋人』とかって言われて、からかわれることが多いわよね」
 
 なんか当時のことを思い出した。
 
「俺らもよく言われたよなぁ」
 
「ロイスは自慢げだったけどね」
 
「あの時のキリアは可愛かったし」
 
「言ってなさい」
 
 左手をロイスの額に持って行ってピシッ、と軽くデコピンする。
 そして男に振り向き、
 
「お望み通りにいちゃついてあげたわよ。で、他に何の用?」
 
 煽ってるようにしか思えない言葉を吐いた。
 
「え……? いや、えっと……」
 
「もしかして、あれでからかってるつもりだったの?」
 
「うぐっ」
 
 もしやと思い問い掛けると動揺した様子だ。
 
「もう結婚できる歳なのに、そんなのでからかえる訳がないでしょ」
 
 馬鹿らしいし、阿保らしい。
 小等学生レベルだ。
 
「まあ、毎度最初にへっぽこキリアって言ってくるだけで御察しって感じよね」
 
 こちとら相手を腹立たせることが最上級に上手い先輩がいる。
 というか、的確に相手をイラっとさせる最悪な奴が師匠なのだ。
 しかも自分のことも普通に苛立たせてくる。
 この程度だと堪忍袋の緒が短いキリアとて余裕綽々だ。
 
「それで、さっきも言ったけど何の用?」
 
 再び問い掛ける。
 すると男は僅かに考える仕草を見せたあと、
 
「お、お前、リライト魔法学院にいるんだろ?」
 
「前に会った時、制服着てたじゃない。だったらそうに決まってるわよ」
 
 当たり前だとばかりに返すと、男が嫌な笑みになる。
 
「リライト魔法学院のレベルも落ちたもんだな。へっぽこキリアがが入れるなんてな」
 
 さらには隣にも目を向け、
 
「ロイス、お前もだ。この歳までお守りだなんて、ガキの続きのつもりか?」
 
 仕返しとばかりに言ってきた。
 けれどキリアは眉根を潜める。
 
「貴方、よっぽど凄腕なのかしら?」
 
「はんっ。お前らは知らないだろうが、ここのギルドにはランクSの大物が来てる。オレはこれからギルド登録をしたあと、その大物に弟子入りするつもりだ。オレの強さなら問題ないだろうからな」
 
 すっごく自慢っぽく言っている。
 けれど中身が曖昧すぎてよく分からない。
 
「ねえ、ロイス。どれくらい強いか分かった?」
 
「いや~、無理だって。魔法をどのレベルで使えるかも言わなかったし」
 
「そうよね。雰囲気も普通だし、新しく買ったのかどうか知らないけど剣の握りも鞘もピカピカなんだもの。見た目でも分からないわ」
 
 キリアもロイスも持っている武器は年期が入っている。
 これで鍛錬の程度は目に見えて分かるし、そうではないとしても今は雰囲気でもある程度察せるぐらいの観察力をキリアは持っていた。
 
「先輩みたいな変身能力あったら、さすがにお手上げなんだけどね」
 
「ミヤガワさん、変身するのか……」

「人間の域を軽く超えていくわよ、あの人」
 
 とはいえ、あんな人物がそうそういるわけもない。
 なので目の前にいる男は、どう高く見積もっても学生でも下のレベルなはず。
 と、その時だった。
 
「フィオーレ君か」
 
 歩いている40前後の男性に声を掛けられた。
 
「これからギル……いや、デートか?」
 
 キリアとロイスの様子を見て、言葉を変える。
 腕を組んでいるのでそうかもしれない。
 けれどキリアは首を振った。
 
「ギルドで合ってるわ」
 
 親しげに話してくる男性に答えるキリア。
 
「討伐依頼を受けようと思って」
 
「そうか。だったら私の依頼を手伝わないか? これからCランクの魔物討伐の依頼を受けに行くんだよ」
 
 もちろん隣の彼も一緒に、と声を掛ける男性。
 
「面白そうだけど、いいのかしら……」
 
「ん? 歯切れが悪い……と、そうか。フィオーレ君が気になっていることなら大丈夫だ。私ならば問題ないとミヤガワ君からお墨付きを貰っているよ」
 
「あっ、確かにそうよね」
 
 教育の第一人者。
 それがこの男性だ。
 自分の師匠が問題ないと信用足る人物。
 
「キリア、この方は?」
 
 軽く肘で問い掛けるロイス。
 キリアに言ったのだが、男性が笑みを零して答えてくれた。
 
「私は6将魔法士、ガイスト・アークスと言う」
 
 名を聞き、ロイスが一瞬呆ける。
 
「……えっ? ええっ!? あの『教育者』ガイスト!?」
 
 やはり有名なのか、正体を知らせると大層驚きの声が上がった。
 ガイストが恥ずかしそうに頬を掻く。
 
「むぅ。その名は照れるな」
 
「良い歳したおじさんが恥ずかしがらないでよ」
 
 図体もでかいのだから、気持ち悪いことこの上ない。
 
「ちなみにさっき、この男が言ってた人よ」
 
 完全に蚊帳の外になった男をちらりと見るキリア。
 ガイストも視線を追い、呆然としている人物を確認すると、
 
「何かあったのか?」
 
「気にしないでいいわ。どうでもいいことだし」
 
 というかキリア自身もよく分かってない。
 なので相手にするだけ面倒だ。
 しかし男はキリアが知らないと思って自慢したら、まさかの知り合いということに困惑しっぱなしだ。
 
「お、おまえ、どうして――」
 
「わたしが師事してる人と6将魔法士が懇意の間柄なのよ。だから目も掛けて貰ってるってわけ。貴方みたいに一方通行の間柄じゃないわ」
 
 グサっと突き刺さるようなことを言うキリア。
 一方で、ガイストもロイスに名を尋ねていた。
 
「そういえば、君は?」
 
「クラインドール八騎士が一人――“黒の騎士”ロイス・シュルトと言います」
 
 また出てきた爆弾発言に男は絶句していたが、ガイストが感嘆の言葉を漏らす。
 
「おおっ。あの著名な八騎士の一人なのか。クラインドールの勇者も今、ここにいるのだったな?」
 
「はい。従者として一緒に諸国を巡っているところです」
 
 素直に頷くロイス。
 するとガイストが二人を呼び寄せた。
 
「昨日は大変だったと耳に届いている」
 
「そっちにも話が言ってるの?」
 
「事情が事情だ。一都市を救うとなれば、少しでも力量のある者に声を掛けるのは当然だろう? 近衛騎士からギルドに話が入ったのだ」
 
「とはいえ、ミヤガワさん達がさらっと解決してしまいましたからね」
 
「いつも通りの先輩達よね」
 
 二人も春香から事の次第は聞き及んでいる。
 主要メンバーが異世界の三勇者と大魔法士。
 どこの国の誰だろうと絶対に喧嘩を売ってはいけない面子だ。
 
「依頼を受けるのだから、ギルドへ歩きながら話そう。私ももう少し内容を知っておきたい」
 
「分かったわ」
 
「了解です」
 
 ガイストに促され、三人は歩き出す。
 けれど男にはどうしても、キリアの立場が理解できない。
 
「な、なんで、どうしてへっぽこキリアが……」
 
 6将魔法士とも平然と会話しているのだろうか。
 どうしたって光景がおかしい。
 けれどガイストが耳聡く聞いた。
 
「フィオーレ君、どういうことだ?」
 
「昔のあだ名よ、昔のあだ名。へっぽこだったのよ」
 
 事実なだけにキリアも平気で受け答えする。
 本当に何ともなしの様子なのでガイストも表情を柔らかくした。
 
「そうか。今となっては片鱗も見えないな」
 
「先輩もビックリしてたわ」
 
 まさしく努力の賜物だろう、今のキリアと昔のキリアが結びつかないのは。
 けれど未だに過去の彼女と話しているつもりなのが一人。
 
「お、お前、この人に媚売って弟子入りでもするつもりか!? へっぽこキリアが弟子になれると思ってるのか!?」
 
「はあ? どうしてわたしが6将魔法士に弟子入りしないといけないのよ。心底どうでもいいわ」
 
 冗談抜きで言う。
 キリアにとっては『6将魔法士の弟子』など何一つ魅力がない。
 ロイスとガイストが苦笑した。
 
「それを言えるのは世の中でキリアだけだと思う」
 
「私も初めて言われたよ」
 
 とはいえ相性という点でも実力という点でも、宮川優斗こそがキリアにとって唯一の師匠だというのは誰もが頷くところ。
 生意気な彼女を御することが出来て、尚且つ望むことを性差顧みずに指導する。
 誰にだって出来ることじゃない。
 
「しかし努力していない者が努力している者を笑うのは、気分が良いことではないな」
 
 ガイストが僅かに眉根を潜めた。
 男の存在はよく分からないが、あまり好ましくない。
 
「そうなの?」
 
「姿を見れば分かる」
 
 強さはなく、キリアよりも弱い。
 彼女の頑張っている姿を応援している者としては、どうにも納得いかない。
 
「そういえば6将魔法士って、普段の先輩の姿を見ただけで実力を看破してたのよね」
 
 キリアが思い出したかのように呟いた。
 平々凡々としている優斗を見ただけで勝てないと思えるとは、凄まじい洞察力だと思う。
 
「これでも育てることを生き甲斐としているのでな。たくさんの人々と会い、たくさんの人々と触れ合ったからこその観察眼だ。ミヤガワ君も似たようなことが出来ると思うぞ」
 
 優斗の場合は見抜かなければ終わる、という状況だったからこそ得た能力だが差はないだろう。
 
「ミヤガワ君が気配を察しろ、と指導しているだろう?」
 
「ええ」
 
「その先にあるものが“これ”なんだよ」
 
 相手から感じる雰囲気や気配、生物としての本能さえも利用した観察眼。
 それが高いレベルで統合されて、ようやくガイストや優斗のような察し方が出来る。
 
「しかしフィオーレ君の応対も決して好ましいものとは言えないな。無用な敵を作ることが多いだろう?」
 
「やってくる敵はぶっ飛ばすだけよ」
 
 フン、と鼻を鳴らすキリア。
 思わずガイストが額に手を当てた。
 
「……ミヤガワ君も苦労するわけだ」
 
 優斗が基本説教の理由がよく分かる。
 諭そうとしても耳を貸さない。
 強敵が現れたら目を輝かせる。
 しかも、とりあえず挑もうとする。
 猪突猛進馬鹿と優斗が断言する理由の一つだ。
 
「さて、彼のことはどうする?」
 
「興味ないわ」
 
 強くないのであれば、殊更に。
 全くもって眼中にない。
 ぶった切るように告げて、男の存在を無視して歩き出す。
 引っ張られるようにロイスも強制的に歩くことになるのだが、
 
「……キリア。なんか可哀想だ、彼が」
 
 やばいくらいに呆けている。
 馬鹿にしているからこそなのか、キャラが違いすぎるキリアを受け止められてないのか、本当に呆然としている。
 まあ、昔のイメージで話し掛けてきているので、しょうがないとも言えるだろう。
 
「わたしが最初から強さの上下を考えないで接する人なんてロイスだけよ。他は総じて論外」
 
 優斗だって誰だって、最初は強さで興味を持つ持たないだった。
 幼なじみのロイスだけ別枠だ。
 
「6将魔法士、早く行きましょうよ。依頼、楽しそうだし」
 
 嬉しそうに歩くキリアと、呆れているロイス。
 ガイストは哀れすぎる男性に目を配り、
 
「まあ、その、なんだ……。まずは頑張るところから始めてはどうか? そうすれば真っ当に相手をしてくれるかもしれないぞ」
 
 エールとも何とも言えない言葉を残し、二人の後を追いかけた。
 





[41560] 話袋:続・興味対象は強さのみ(ルーカス哀れ)
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:0fad10e1
Date: 2015/12/20 13:13
 
 
 
 
「ガイストさん、お疲れ様です」
 
 ギルドに戻ってくると、弟子の一人であるルーカスがいた。
 ガイストは軽く挨拶をして、ふと思い付く。
 
「これからフィオーレ君達と魔物の討伐に行くが、お前も行くか?」
 
 弟子の気持ちはガイストもよく知っている。
 今日、デートかとも思った二人はどうやら幼なじみなだけらしい。
 ならば、と弟子の気持ちを考えて誘ってみた。
 そして師匠の提案は正解らしい。
 
「はいっ!」
 
 輝かんばかりの笑顔でルーカスが頷いた。
 
「これでわたし達も受付オーケーね」
 
 同時に彼が待ち望んでいる少女の声と足音が聞こえた。
 ルーカスは満面の表情で振り向き、
 
「ああっ、キリアさん! 今日も輝かんばかり……の……」
 
 美辞麗句を述べようとしたのだが……ルーカスが固まった。
 そこにいるのはキリアと、彼女と腕を組んでいるロイス。
 気にしていないのか何なのか、先程からずっと腕を組みっぱなし。
 さすがに受付ぐらいは腕組みをやめると思っていたので、地味にガイストも予想外だった。
 ロイスはちょいちょい、とキリアに合図を送る。
 
「キリア。この方は?」
 
「6将魔法士の弟子。ルーカスよ」
 
 彼女の説明にロイスは丁寧に腰を折る。
 
「初めまして。ロイス・シュルトです」
 
 にっこりと笑いながら挨拶をすると、僅かにルーカスの身体が震え始める。
 カタカタ、という震えから段々と大きくなっていき、最終的にはガタガタと。
 しかも上下に震えてるもんだから気色悪い。
 
「えっ、ちょっと大丈夫なの?」
 
 いきなりの豹変に珍しくキリアが心配そうな声を掛けた。
 途端、ルーカスの震えが止まってぱぁっと明るくなる。
 けれど再び二人の様子を見て、ショックを受けたような表情になった。
 
「……何なの?」
 
「ルーカスさん、どうかされたんですか?」
 
 百面相みたいになってる。
 原因が自分達だと思っていないのも、この二人の性質の悪さだろう。
 しかしルーカスは頑張った。
 死ぬほど動揺しながらも問い掛ける。
 
「キ、キキ、キリアさんは強い男性に興味があるのではないのですか!?」
 
「別に男でも女でもどっちでもいいわ。強ければ」
 
「と、ということは彼は強いのですか!?」
 
 凄く親しげだ。
 とんでもなく羨ましさと恨めしさがある。
 彼女が、腕を組んでいるということは、とてつもない強さを持った少年なのだろうか。
 
「ロイスだけは別よ」
 
 けれどルーカスの希望を粉砕するようなことをキリアが平然と言う。
 というか、言葉の使い方が悪い。
 とりあえずガイストが気を遣って会話に参加した。
 
「……その、なんだフィオーレ君。もうちょっと言葉を選んだほうがいい」
 
「どういうこと?」
 
 本気で意味が分からないキリア。
 
「今の感じだと、だな。えー……シュルト君は君にとって特別だという風に聞こえる」
 
「だって特別だもの」
 
 ルーカスの顎が外れそうなことを普通に口にする。
 ガイストがちょっと慌てた。
 
「そ、そうではなくて、君達は幼なじみだろう?」
 
「もちろんよ。幼なじみだし、ずっと守ってくれた人だし、特別なのは当たり前じゃない」
 
 やっと望む言葉を引き出せた。
 ルーカスが魂の抜けた表情から現実に帰ってくる。
 
「……幼なじみ?」
 
「ええ。幼なじみなのよ」
 
 頷いたキリアにルーカスは都合の良い解釈をする。
 
「あ、ああっ、なるほど! 幼なじみなんですか!」
 
 きっと二人は兄弟のように育ったのだろう。
 だから気軽に腕も組める。
 そうだ、そういうことだと納得した。
 しかしキリアとロイスは頭上に疑問符が浮かぶ。
 
「……どうしたのかしら?」
 
「もしかしたら先刻戦い終わって、毒の後遺症とかがあったのかもしれない」
 
「なるほど。だからおかしかったのね」
 
 至極真面目な顔でとっぱずれたことを言う。
 ガイストはキリアとロイスを見て、溜息を吐いた。
 
 ――この二人……天然なのか。
 
 特にキリアは今まで気付かなかった。
 優斗といる時は普通だっただけに。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 四人で歩いている最中、キリアがサンドイッチを買ってきた。
 胃もたれせず、空腹を感じないほどに満たせる丁度良い食べ物。
 ガイストとルーカスは先刻、食べたばかりなので、キリアはロイスと自分の分を持ってくる。
 そして先頭を歩きながら二人は食べ始める。
 
「あっ、美味い」
 
 ロイスが口にしたのはハムサンド。
 定番中の定番だ。
 キリアは自分のを食べる前にロイスのハムサンドに目を付けると、
 
「ちょっとちょうだい」
 
「はいよ」
 
 口前に差し出されたハムサンドを遠慮せずにキリアは一口、食べる。
 
「――っ!?」
 
「……なんと」
 
 声にならない悲鳴を上げたルーカスと、やり取りに驚いたガイスト。
 この二人、いま……同じ箇所を食べていた。
 
「キリアのはどうだ?」
 
「はい」
 
「サンキュ」
 
 けれど、まだ終わらない。
 今度はキリアが手にあるツナサンドをロイスの口前に差し出した。
 もちろんのこと、彼はバクリと食べる。
 
「これも美味いな」
 
「そうでしょ。先輩と見つけたのよ、このお店」
 
 キリアも遠慮なく、ロイスが食べたところからサンドイッチを頬張る。
 同時にガイストの隣からとんでもない音が聞こえてきた。
 
「……ルーカス。歯ぎしりが凄まじいことになっている」
 
「ガイストさん……。私はとてつもなく羨ましいんです」
 
 素直に、全力で羨ましいと思う。
 自分がロイスの立場であったのならば、幸せのあまり天国へ旅立っているだろう。
 
「素朴な欲望に忠実なのは良いことだとは思うが……」
 
 素直だということは、評価出来ることだ。
 
「キリア、ツナが付いてる」
 
 だが甘い。
 さらに展開が激変する。
 ロイスが彼女の唇の端に付いているツナを指で取り、口に含んだ。
 
「「 あっ 」」
 
 思わずガイストとルーカスから声が漏れる。
 しかしキリアはムスっとした表情になって、ロイスを睨む。
 
「ったく、いつまでも子供扱いしないでよ」
 
「だったら食べかす付けるなって」
 
「うっさいわね。もう二年生だし、普段はきちっとしてるからいいのよ」
 
「俺の前でもきちっとしといてもらいたいもんだな」
 
「ロイス相手にどうやって気を張れっていうの?」
 
「それもそうか」
 
 暢気なやり取りをしながら歩く二人。
 ガイストは隣を歩く弟子を見て、
 
「……ルーカス。血涙が出ているぞ」
 
「私は羨ましすぎて嫉妬してるんです」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 周りに草などない、土と岩しか存在しない場所。
 
「でかいわね」
 
「でかいな」
 
 遠くに見えるのは巨大なゴリラ。
 体長は10メートルサイズ。
 今回の討伐対象はこの魔物だ。
 
「まずは私がやります!!」
 
 チラチラっとキリアを見ながらルーカスが宣言する。
 どうやら自身の実力をちょっとでも彼女に見て貰いたいようだ。
 だが、
 
「わたしも戦いたいんだけど」
 
「俺も出来ればやりたいです」
 
 ルーカスのことなど全く考えないのがこの二人。
 
「……あー、三人で戦ってみてはどうかな? 私はそういうつもりで連れてきたんだが」
 
 ガイストが提案をする。
 
「とはいえ、君達三人が揃えば余裕に勝ててしまうだろう。だから条件を加えさせて貰う」
 
「条件?」
 
 問いかけるキリアにガイストは大きく頷いた。
 
「遠距離からの先制不意打ちはなし。一撃も喰らわないこと。全員が無傷で討伐を終えることを条件とする」
 
「出来なかったら?」
 
「フィオーレ君は今日のことをミヤガワ君に報告させてもらう」
 
「……絶対に怪我できないわね」
 
 ガイストのことだ。
 事細かに伝えるだろう。
 条件付きの討伐だったということも、それをこなせなかったということも。
 ということは、出来なかったら待っているのは優斗の説教。
 しかも尋常じゃないぐらいのものが待っているはず。
 
「ロイスもルーカスも怪我なんてしたら、ただじゃおかないわよ」
 
「……お前といるとミヤガワさんのイメージが崩れてくな」
 
「はいっ! 任せてくださいキリアさん!」
 
 呆れ顔のロイスと至極真面目に頷くルーカス。
 三人同時に駆けだした。
 
「あの魔物、遠距離攻撃とかあるのかしら?」
 
「見た目はなさそうだな。魔法とかも使えなさそうだ」
 
「聞いた限り、腕力の攻撃だけです!」
 
「ということは近付くのは得策じゃないってわけね」
 
 要するに中距離、遠距離からの攻撃がベスト……だと三人は考えていたが、
 
「気を抜くな!!」
 
 ガイストの声が轟いたと同時、魔物が手短にある1メートルサイズの岩を手に取り、ぶん投げる。
 反射的に避けて、左右に散らばる三人。
 相当なスピードが出ていたが、何とか怪我することなく避けきった。
 
「物理的な遠距離攻撃できるのね」
 
「さすがに驚いた」
 
「ガイストさんに感謝しなければ」
 
「……いいわね、ルーカスは。わたしだったら説教決定よ」
 
 本当、優斗がこの場にいなくてよかった。
 
「むしろ接近戦のほうがいいかしら」
 
 魔物は手当たり次第、岩をかき集めている。
 おそらく、こっちが動き始めたら投擲するだろう。
 うかうか詠唱も出来ない状態で睨み合うくらいなら、飛び込んでいったほうがいい。
 
「行くわ」
 
 キリアはショートソードを抜くと、弾けるように突っ込んでいった。
 次いでロイスとルーカスが追いかける。
 案の定、岩を投げてくるが投げる仕草は当然、分かり易い。
 狙いも単純だ。
 細かく左右に動きながら最短コースを突っ切る。
 
「炎舞」
 
 そして詠唱でも何でもない、どこにでもある言葉をキリアは呟いた。
 けれど意味はある。
 言葉によってイメージを喚起し、精霊に意思を伝える為の手段。
 声にしたからこそ、簡単に沸き上がる『やりたいこと』を間違いなく精霊に伝える為の簡単な術。
 キリアが手にしているショートソードが赤みを帯びていき、僅かに火が吹き出た。
 
「求めるは黒王、失せし原質」
 
 背後ではロイスが闇の上級魔法を唱え、剣に加えた。
 さらにキリアの前へと出る。
 投げ込まれてくる岩を前にして、ロイスは剣を撫でるように振った。
 瞬間、岩が消失する。
 
「なにそれ!? ちょっと卑怯じゃないの!?」
 
「簡易的でも聖剣にしてるキリアに言われたくない!!」
 
 キリアがしていることは、加護とは言い難くとも間違いなく精霊の恩恵を受けているもの。
 正直、どっちがおかしいかと言えばキリアのほうがおかしい。
 そして同時に、期待を以てルーカスを見る。
 
「……すみません。魔法剣もキリアさんの技も無理です」
 
 キリアは意味分からないが、ロイスは技術レベルが高すぎる。
 特に上級魔法による魔法剣などトップレベルの戦士でも難しいものだ。
 
「とはいえ……いきます!」
 
 ルーカスが手を前にやったと同時、キリアとロイスは左右に広がる。
 そして魔物の注意を向けた瞬間にルーカスは詠唱を開始した。
 
「求めるは滞永、冷酷なる氷牙!」
 
 翳した手から生まれる、氷の上級魔法。
 巨大な氷の槍が魔物に撃ち込まれる。
 頑強な体躯と体毛に覆われているものの、ある程度のダメージが通った。
 突き刺さった胸元から血が出ている。
 さらには左右からキリアとロイスが斬りつけた。
 ロイスの剣は左腕を切り裂いたが、キリアの剣は途中で止まる。
 
「やっぱり……堅いわねっ!」
 
 止まったショートソードが火を以て魔物を焼くが、それでも威力的には厳しい。
 
「ロイス!」
 
 キリアが名を呼ぶだけで彼は察する。
 魔物の背後を通り、止まっているキリアのショートソードへ叩き付けるように、自らの剣で薙ぐ。
 押され、ショートソードが右腕を切り裂いた。
 同時にバックステップしながら風の初級魔法を撃ち込み、僅かな距離を生み出す。
 そして紡ぐ。
 
「求めるは風切――」
「求めるは火帝――」
 
 キリアは右手を前に出し、ロイスは左手を前に出した。
 背を合わせながら、二人は上級魔法を叩き込む。
 
「――神の息吹っ!!」
「――豪炎の破壊っ!!」
 
 豪風と豪炎が魔物に襲いかかり、絶命へと誘う。
 完全に倒しきったことを確認すると、キリア達は気を抜いた。
 
「まっ、こんなものかしら」
 
「怪我はしてないぞ」
 
「私もです」
 
 とりあえずガイストの課題はこれでクリアだ。
 
「ただ、キリアも強くなってるな」
 
「当然でしょ。ロイスも予想通りに強かったわ」
 
 笑みを浮かべる二人だが、先程の二人からすると違和感がある。
 ルーカスがキリアにアピールするよりも前に、とりあえず訊いてみた。
 
「互いの実力を……知らなかったのですか?」
 
「だって一緒に戦ったことないもの」
 
「キリアが頑張ってる姿を最後に見たの、二年前ですし」
 
 先日にオリジナルの魔法を使った姿を見ても、戦っている姿は見ていない。
 
「息が合っているように見えたんですが」
 
「ロイスだし」
 
「キリアですから」
 
 これだけで十分。
 信頼するに足りる。
 
「でも本当に強くなったよ。昔は弱くて泣きじゃくるキリアをよく、おんぶして帰ったのにな」
 
「そうだけど……なに、おんぶして帰りたいの?」
 
 からかうようなロイスに対して、乗っかったキリア。
 彼の背後に回って、首を絞めるように抱きつく。
 
「――――ッッ!?」
 
 今日、何度目になるか分からないルーカスの声にならない悲鳴があがる。
 
「ほらほら、ちゃんとおんぶしないと締め落とすわよ?」
 
「あっ、この……バカ! 本当に落とす気か!?」
 
「だったらおんぶしなさいよ」
 
 ぐっと体重を掛けるキリア。
 しょうがないのでロイスは彼女の太ももに手を回し、ぐっと持ち上げた。
 
「……昔と今でおんぶの仕方の違いは何なんだ?」
 
「ロイスがしたいって言ったんじゃない」
 
「言ってない!!」
 
 顔を寄せ合い、幼なじみならではの言い合いをする二人。
 ガイストも近付いて三人を労おうとしたら、まさかの展開になっていて弟子が心配になる。
 
「……ルーカス、大丈夫か?」
 
「ガイストさん。幼なじみとは……こんなにも素晴らしいものなのですか?」
 
 歯ぎしりと血涙のコンボで想像を絶する表情のルーカス。
 ガイストも申し訳なくなった。
 
「正直、すまなかった」
 
 弟子のアシストどころか、心に深い傷を負わせてしまった。
 

 



[41560] 小話⑮:和泉とレイナの何気ない一幕……時々父親
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:f2a21b8d
Date: 2015/12/20 17:35
和泉とレイナの何気ない一幕……時々父親
 
 
 
 
 
 
 
 レアルードを救った数日後。
 コンコン、と部屋をノックする音が聞こえてレイナは返事をする。
 
「はい?」
 
「私だ」
 
 名乗ってはいない名乗り。
 とはいえ、レイナが分からない訳がない声だった。
 急いで扉を開けにいく。
 そう、そこに立っているのは、
 
「団長、どうされましたか?」
 
 彼女の父であり、近衛騎士団長である――ロキアス=ヴァイ=アクライト。
 幾ら近衛騎士とはいえ、新人である彼女の部屋に団長が来ることなど稀だった。
 
「レイナは明日、休みだったな?」
 
「はい」
 
 基本的にレイナの仕事は学院内におけるアリーの身辺警護だ。
 なので休みも学院の土日と重なる。
 
「私も休みでな。一緒に鍛錬でもどうか、と思って訊きに来た」
 
 偶に被った休みぐらい、父と娘として一緒に過ごそう……という提案。
 けれどレイナは申し訳なさそうな表情になり、
 
「え、えっと、その……すみませんが、明日は先約がありますので」
 
「そうなのか?」
 
 問い掛ける父にレイナは若干、顔を赤くする。
 
「明日は……その……」
 
 彼女にしては珍しく、視線が落ち着かない。
 どう伝えようかとうろうろと右に左に泳いでいた。
 その態度だけで父親の第六感が働く。
 
「も、もしやイズミと?」
 
「は、はい。デ、デート……なのです」
 
 嬉しそうで、恥ずかしそうで、けれど僅かに自慢げな娘の声。
 大国リライトの近衛騎士団長であるロキアスの表情が、未だかつて誰も見たことがないほどに崩れた。
 
 
 
 
       ◇      ◇
 
 
 
 
 翌朝、レイナは集合場所で和泉を待っていた。
 そして待ちながらも手鏡を見ながら前髪をちょいちょい、と弄る。
 
「……何か変な気がする」
 
 けれどどうにも違う感じだ。
 レイナは難しい表情で、さらに前髪を触る。
 今までは特に興味もなかった。
 髪の毛などある程度、整っていれば問題ない。
 そう思っていた。
 けれど今の自分はどうだろうか。
 今まで持ってもいなかった手鏡を持ち、前髪と格闘している。
 もちろん理由なんて一つだ。
 これから会う人に、良く見て貰いたい。
 ただ、それだけ。
 
「むぅ」
 
 また、何度か弄くり……ようやく納得出来た。
 
「よしっ」
 
 満足げに頷く。
 そしてちょうど、彼女の耳に馴染みの良い足音が背後から聞こえてきた。
 同時にピシリ、と身体が固まる。
 
「すまん。少し待たせたな」
 
 恋人の声だ。
 緊張しながらレイナは振り向く。
 
「い、いや、そんなことはない。待っていない」
 
「毎度律儀に15分前集合しているお前が、そう言ったところで信用性がない」
 
 和泉が僅かに呆れた様子になる。
 今現在、時刻は集合時間の8分前。
 どうしたって待ったはずだ。
 
「いつも言ってるだろう。せめて5分前にしてくれ」
 
「わ、私は大丈夫だ!」
 
「俺が大丈夫じゃない。お前はもっと自分の容姿を自覚しろ」
 
 膝丈のフレアスカートに白いブラウス。
 女子にしては背が高い部類ではあるが、それ故に立ち姿は凛としていて麗しい。
 彼女のことを知らない男達ならば、群がること必須だ。
 
「……はぁ。まさか、こういったことで俺が説教する側に回るとは思わなかった」
 
 自他共に認めるマイペースである和泉が、レイナの挙動一つで狼狽えるとは今まで誰も思わなかっただろう。
 というかレイナ自身、無頓着すぎるのもいけないと和泉は考える。
 
「まあ、いい。いずれ実害があれば分かるだろう」
 
 和泉は軽く頭を掻くと、切り替えるように話題を振った。
 
「行くぞ。今日は色々と見て回るんだろう?」
 
 
 
 
 
 
 
 
 歩きながらレイナは、ちらりと和泉を見る。
 いつもながらの仏頂面ではあるが、服装はちゃんとしているし、髪型も……。
 
「ん?」
 
 いつもとちょっと、違う。
 基本的には寝癖を直しただけのナチュラルな感じが和泉の髪型だが、今日は整っているように思える。
 もう一度様子をうかがうと、ばっちりと目が合った。
 
「どうかしたか?」
 
「和泉の髪型が……なんというか、整っているような気がしたんだ」
 
「それで合ってる。ここに来る前にトラスティ家に寄ったんだが、優斗とフィオナに揃って駄目出しを喰らった。『どうして服装に気を遣って、髪の毛に気を遣わないんだ』とな」
 
 和泉とて、一般的な常識ぐらいは把握している。
 なのでデートでは彼なりにおしゃれを考えていた。
 というかレイナと付き合った後にタンスをクリスに見せると、即行で買い出しに連れて行かれた。
 
 『いくらレイナさんとはいえ、エスコートすべき立場であるイズミが貧相な服装では彼女が可哀想です!!』
 
 とのこと。
 興味はないしセンスもないので、クリスが選びに選んだ服――計20着以上を状況別に講義を受けてきちんと着ていた。
 アクセサリーも卓也と一緒に買い物に行って買ったりしている。
 選んだシルバーアクセを卓也に見せたら、
 
 『それを選んだ理由は?』
 
 『魔法具として使えそうだった』
 
 『アホか!!』
 
 などと、説教を受けながら。
 今回の件も同様だ。
 強制的に座らされ、フィオナが家から持ってきたワックスで弄り、優斗が変な部分を鋏で僅かばかり切って整えてある。
 
 『これでいいでしょ』
 
 『そうですね』
 
 出来に満足した優斗達に見送られ、今に至るというわけだ。
 
「俺自身は髪型を見てはいないが優斗達がやってくれたからな。大丈夫だとは思うんだが、どうだ?」
 
「も、問題ない。いつもより……その、爽やかだと……思う」
 
「お前に納得して貰えるなら嬉しい限りだ」
 
 さすがは優斗とフィオナだ。
 
「とはいえ、そう答えてもらえるなら今度から髪の毛にも注意しておこう」
 
「いや、あれだぞ!? 和泉が面倒なら私は別に気になどしない!」
 
「そういうわけにもいかないだろう。連れて歩く男が野暮ったいなら、文句を言うことも必要だ」
 
 恋人とはそういうものだとココが教えてくれた。
 というかデートを重ねるにつれて、レイナが段々としおらしくなってきている。
 最初は『年上だから』と言っていたのに、気付けば和泉がリードすることが普通になっていた。
 
「とりあえず武器屋についたな」
 
 最初の目的地の店に入る。
 別に買うものなどないが、ウィンドウショッピングというやつだ。
 二人は様々な武具を見ながらあれこれと話す。
 
「しかしあれだな。槍や弓などもあるが、どれもイマイチだ」
 
「和泉は技師の下にいるから、色々な武具を見ているのだろう?」
 
「ああ。だからこそ、リライトの流通がミエスタより遅れているのがよく分かる」
 
「しかし前よりはマシになっただろう?」
 
「確かに」
 
 僅かばかりではあるが、ミエスタの型落ち品もリライトに入るようになっている。
 これもミエスタ女王が多少なりとも、融通を利かせてくれてることが理由だ。
 リライトも大国である以上、小国よりは良い武具が揃ってはいるのだが、やはりミエスタには負ける。
 
「和泉は今、技師と何をしているんだ?」
 
「武器関連では曼珠沙華を量産できないか、と試しているところだ」
 
「私の剣を?」
 
「ああ。正直言って、曼珠沙華は色々と詰め込んでいる。剣としては上物だ」
 
「そうだな。間違いない」
 
「要するに、だ。量産性のある武器として劣化コピー出来ないか考えている」
 
 和泉の手によって独自発展した名剣――曼珠沙華。
 セリアールの魔法科学以外の知識も詰め込まれているのだから、ミエスタから来た技師が目を付けるのも間違いない。
 
「ただ、武具だけに目を向けるわけにもいかない。カメラの件もあるしな」
 
 目下、一番頑張らなければならないのはカメラだ。
 地味に二つの国が協力し合って作っているもの。
 大げさに言えばリライト、ミエスタの両国間プロジェクトだ。
 
「現状はどうなっているのだ?」
 
「7割がた完成している、といったところか。とりあえずは写真館をリライト、ミエスタに作り様子を見てみる。あと一応は開発者として特許を貰えるらしい。そうすれば俺にも利益が入る」
 
「どれくらいだ?」
 
「販売数によって上下するが……王様とミエスタ女王、優斗の概算だといずれ億には余裕で届くと言われてる。両国で先行販売したあと、全世界に展開する予定だからな」
 
「お、億!?」
 
 とんでもない数字を言われた。
 レイナは予想外過ぎて目を見開く。
 
「何をそんなに驚く。それにフィオナも同様に金が入っていく。あいつが大精霊を呼び出せるからこそ、出来たことだ」
 
「い、いや、しかし……そんなにお金が入るのか」
 
 正直、想像以上だった。
 和泉がやっていることは。
 
「もちろん、これには向こうの打算も入ってるだろう。優斗とアリーが極悪に笑いながら話してたぞ」
 
 利益率の数字を弾きながら、実に楽しそうに。
 もちろんミエスタ女王も分かっていて、やり取りをしている。
 
「それに生きている限り、金は必要だ。お前だって養えない男と一緒にいるのは嫌だろう?」
 
「わ、私が稼ぐから大丈夫だ!」
 
 なぜか胸を張るレイナ。
 和泉が頬を掻いた。
 
「……俺はヒモになるつもりはないんだが」
 
 
 
 
       ◇      ◇
 
 
 
 
 武器屋を出て、二人は並んで歩く。
 と、同時にレイナは和泉の右手に注意を向ける。
 
 ――きょ、今日は私からだ。
 
 心の中で一つ、気合いを入れる。
 今までにも何度か、手を繋いだ。
 しかしどれもが和泉からやってくれたこと。
 なのでレイナは今日、自分からやると決めていた。
 
 ――よし、今……はまだ早い。も、もっとタイミングを計って、今っ! …………は、ちょっと違う。
 
 前後に揺れる和泉の手を全力で気にするレイナ。
 というか、これだけ注意を向けていたら和泉が気付かないわけもなかった。
 
「…………」
 
 どうするべきか、と和泉も思う。
 
 ――手を繋ぎたいのは分かるんだが……どうするべきか。妙に意気込んでいるし、待ったほうがいいんだろうか?
 
 そうしたほうがいいような気がする。
 少しだけ手の揺れを抑え、手を繋ぎやすいようにした。
 
「…………あっ」
 
 レイナの視線が今まで以上に和泉の右手に注がれ、そして、
 
「――っ!」
 
 勢い一発、手を握った。
 
「~~~~~~っ!!」
 
 恥ずかしさでぎゅっと目を瞑る。
 絶対に離すまいと、まるで握りつぶすかのような頑張りよう。
 
「……レイナ」
 
「な、なな、なんだ!? 私達はこ、恋人同士だ! 何も問題ない!」
 
「いや、お前から手を繋いでくれたことは素直に嬉しいし、成長したなと感慨深い」
 
 恥ずかしさを押しのけて頑張ってくれている。
 そこは嬉しさが生まれる。
 
「ただ男としては言いたくないんだが……折れる」
 
「な、何が!?」
 
「右手だ」
 
 メキリ、と手の甲から音が鳴っている気がする。
 あと少しでも力が加わればポキっといきそうな感じだ。
 
「えっ? あっ、その、すまない!」
 
 レイナは目を開けて、状況を確認。
 そして慌てて手を広げようとして……出来なかった。
 和泉もしっかりと彼女の手を握っている為だ。
 
「別に手を離す必要はない」
 
「だ、だが……痛かっただろう?」
 
 恥ずかしさと緊張で思いっきり握ってしまった。
 鍛えているのだから、痛いはずだ。
 
「お前の気持ちが入っているんだから、気にするな。嬉しい限りだ」
 
「……和泉」
 
 ほわっとした気持ちにレイナはなる。
 繋いだ手を自分のところへと持ってきて、左手で和泉の手をさすった。
 
「……お前は優しいな」
 
「そうか?」
 
「ああ、私に合わせてくれるだけで本当に嬉しい」
 
 たぶん自分は優斗やラグ以上にヘタレだ。
 未だに手を繋ぐだけで緊張する。
 なかなか次へと進めないことに苛立たせたりもするのではないか、と心配になる。
 
「ユウトやフィオナは照れながらも色々しているし、タクヤやリル、クリス達も同様だ。私達だけ未だにこんな感じだというのは……少々申し訳ない」
 
「気にする必要はない。この間『慣れてくれ』と言って、お前は慣れようとしてくれている。ちゃんと頑張っているお前に対して、無理をしろと言うつもりもない」
 
 頑張る範疇と無理をする範疇は違う。
 無理だけはさせたくない。
 
「俺達には俺達の速度がある。周りがそうだからといって、焦る必要は皆無だ」
 
 そして表情を崩す。
 仏頂面の和泉が珍しく浮かべる、柔らかい表情。
 思わずレイナが見惚れた。
 
「……笑った、のか?」
 
「そうか? 自分では分からん」
 
 感情が表情に出にくい性質ではある。
 ただ、出ないというわけではない。
 なのでレイナがそう言うならばそうなのだろう。
 
「まあ、悪いことではないだろう?」
 
「そうなのだが、あまり、その……他の女子の前では笑うな」
 
 珍しいことをレイナが言う。
 少しだけ、握る手が強くなった。
 
「何故だ? 俺が笑ったところで誰かがどうなるわけでもない」
 
「そ、そんなことは分からない! お、お前みたいな男が偶に見せるギャップというやつに女子は弱いと雑誌に書いてあったぞ!?」
 
 和泉と付き合うようになってから買うようになった雑誌に、そんなことが記事として載っていた。
 優斗のようなギャップ……というか人格入れ替えに惚れ直すのはフィオナぐらいだろうが、和泉のは万人受けだ。
 ふとした拍子に見せる普段と違う表情に、グラっと来てしまうらしい。
 特に変人と名高い和泉が服装から髪型までちゃんとしているからこそ、余計にそう感じる。
 
「……レイナに言われるのは甚だ納得がいかないんだが」
 
 和泉の心中ではギャップ萌えの塊が何を言う、といったところだ。
 普段の凛とした姿と違い、今の彼女は非常に可愛らしい。
 
「だ、駄目だからな! 絶対に駄目だぞ!」
 
 念を押すレイナに和泉は『やっぱり、こっちの方が卑怯だろう』と思う。
 だから思わず笑ってしまった。
 さらに破顔した表情になる。
 
「分かったから、少し落ち着け」
 
「落ち着けるか! 今だってほら、もっと分かり易く笑ったのだぞ! 普段と違う柔らかい表情の和泉を私以外の女子が見たら、どうなるか分からないじゃないか!!」
 
 もしかしたら惚れた腫れたになるかもしれない。
 けれど和泉としては、その状況設定がまず間違っている。
 
「どうなるも何も基本的にお前、次いでうちらの面子しか見ることの出来ない表情を、どうやって他の奴らが見るんだ?」
 
「……えっ?」
 
「だってそうだろう。俺が表情を崩す状況など限られてる」
 
「しかし……だな。例えば私に向けた笑顔を見たとしたら――」
 
「恋人に向けた笑顔に惚れるなど、ほとんど皆無だぞ。しかも俺のギャップ云々でってことは、まず俺らのことを知っているということだ。あれだけのことをやらかした俺とお前の間に割り込もうという根性、普通の女子は持ってない」
 
「な、ならば、あったとしたら?」
 
「だとしても意味がないし興味もない。俺がお前以外を見るというのは、無理に近い」
 
 どうしたって相性的な問題もある。
 感情の問題もある。
 視界範囲外の人物をどうしろというのだ。
 
「見ることはない……のか?」
 
 レイナがおっかなびっくり尋ねる。
 
「どうして疑問系なんだ? 当たり前だ」
 
 自分みたいな男を好いてくれた女性。
 大切な人がいるというのに、他に目を向ける余裕など存在しない。
 
「そうか……」
 
 レイナは噛みしめるように頷く。
 
「……そうか」
 
 次第に嬉しそうな表情に変わった。
 そして心の中で、最大限の気合いを入れる。
 
「和泉」
 
「どうした?」
 
 聞き返した和泉の頬に、レイナは軽く踵を上げて顔を飛び込ませる。
 彼の柔らかな頬の感触が口唇に広がった。
 
「……ふぅ」
 
 踵を下ろす。
 そして彼の表情を見てみた。
 また珍しいことに頬に手を当て、固まっている。
 
「い、和泉? その、迷惑だったか?」
 
 どうにも嬉しい感情が溢れてしまったので、やってみてしまった。
 けれど失敗だっただろうか。
 
「い、いや、別に迷惑じゃないんだが……」
 
 どもった和泉はちらりと周囲に視線を巡らせる。
 幾つか好気なものが届いてきていた。
 
「ここ、街中だぞ」
 
 まさかこんな場所で、レイナが大胆なことをするとは思ってもいなかった。
 想定外にもほどがあったので、固まるのも仕方ないだろう。
 けれどレイナも言われて気付く。
 
「~~~~っ!!」
 
 いつも以上にドカン、と顔が赤くなった。
 
 
 
 
       ◇      ◇
 
 
 
 
 レイナはデートが終わり、自室に戻ると今日のことを振り返る。
 
「や、やってしまった……」
 
 顔が火照る。
 衆人環視の前で頬にキスをしたなんて、正直許容量オーバーだ。
 
「今ならフィオナの言うことも分かるな」
 
 気持ちが溢れてやってしまう、とはああいうことなのだろう。
 考える前に身体が動いた。
 周囲を見る落ち着く前に、気持ちに素直になってしまう。
 
「……しかし…………破廉恥だ」
 
 ベッドに座ると、バタバタと足を動かす。
 照れくさくて恥ずかしくて、それでいて嬉しい。
 どうにも落ち着けない。
 と、その時だった。
 ドアがノックされる。
 
「はい?」
 
「私だ」
 
 昨日と同様、父が尋ねてきた。
 慌てて顔の火照りを抑えて、ドアを開ける
 
「どうされましたか?」
 
 何か用でもあるのだろうか。
 不思議な面持ちでレイナが尋ねると、父はあちこちに視線を動かすと訊いてきた。
 
「今日はその……どうだった」
 
「どう、とは?」
 
「イズミとのデートだ。楽しかったか?」
 
 言われた瞬間、今日の思い出が蘇る。
 ぽん、と赤くなった。
 
「は、はい。楽しかった……です」
 
「そうか……」
 
 父は何とも言えない表情になった。
 まだ嫁いだわけではないのに、何となく嫁を送る父親みたいな感じになっている。
 
「彼は良い男か?」
 
「……はい。彼以上の人を私は知りません」
 
「そうか」
 
 やっぱり、という表情になる。
 まあ、自分の娘が認めた男ならそうだろう、という自負もあった。
 
「母さんが……今度、会ってみたいと言っている」
 
「母上が?」
 
「ああ。お前がプロポーズした男が、どういう奴なのだろうかと気になってしょうがないらしい」
 
「プ、プロ……ポーズ!? い、いえ、あれは、その、そうですが……そうではないというか……」
 
 狼狽えるレイナだが、将来のことを見据えた会話もナチュラルにやっている。
 今日だって、さらっと話した。
 今更否定をしたところで誰も信じたりはしない。
 なので大きく息を吸って気持ちを整えると、レイナは頷く。
 
「わ、分かりました。機会があれば実家に伺います」
 
「ああ。母さんも喜ぶだろう」
 
 父は大きく頷いて、踵を返した。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ――のだが。
 
「……エル。質問がある」
 
 翌日、執務室へと書類を届けに来た副長に団長は声を掛けた。
 
「どうされました、団長」
 
「娘を取られた父とは、どこまでやっていいものだ?」
 
「良識的な父親ならば素直に祝福するだけでしょう」
 
 身も蓋もないことを言われた。
 
「……一発殴らせろ、とか鍛錬と称したしごきは駄目なのか?」
 
 古き時代の娘を持つ父親とは、こういう感じなはずだ。
 けれど副長は呆れ顔。
 
「イズミどころかレイナや奥方と不仲になる可能性、やり過ぎてユウト様達を怒らせる可能性を鑑みてはいかがでしょうか?」
 
 やってしまえば“ない”とは言い切れない。
 
「一人、除け者にされるのは辛いでしょうね。イズミもあれで律儀ですから、例えば義理の両親を連れて旅行を行こうと言ってくれた際、スケジュールを考慮されるのは奥方のみ。団長は合わなければ仕方ない、また今度ということで――」
 
 ズラズラと絶望的なことを述べ始める副長。
 それでトドメを刺されたのか、団長は素直に項垂れた。
 
「……もういい。レイナが望んだ男なのだから、普通に祝おう」
 
「ええ。それが良いかと思われます」
 



[41560] 話袋:イエラート組~助けた人物が論外故に&厨二と純真
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:0fad10e1
Date: 2015/12/20 13:14
 
 
 
 
 ~~助けた人物が論外故に~~
 
 
 
 
 
 イエラートにも優斗達が為したこと――レアルードを救った、という事件が耳に入った。
 もちろん、誰が事件を起こし、誰が被害者となり、誰が解決したのかということも。
 
「そう。ジュリアが……」
 
 ルミカの家、エレノア邸で刹那達は事の次第を聞いた。
 かつての仲間が起こしたことを耳にしたミルは、そう呟く。
 
「ミルちゃん、大丈夫ですか?」
 
 ルミカが心配そうな表情になった。
 けれどミルは首を縦に振る。
 
「別に。いつも、命令されてたから、好きじゃない」
 
 正直に言って正樹以外とは仲が良かったとはいえない。
 その中でもとりわけ、ジュリアとは相性が悪かった。
 好き嫌いで言うのならば確実に嫌いと言える存在だった。
 
「都市を救ったとは聞いているが、何をやったんだ?」
 
 刹那がルミカに詳細を尋ねる。
 
「何でも万を超える魔物に囲まれた都市から、住民及びフィンドの勇者を全て助けたようですね。一部ではレアルードの奇跡と呼ばれているそうです」
 
「奇跡というか無茶苦茶だな」
 
 亡くなった者がいない、ということがさらに拍車を掛ける。
 
「魔物を一瞬で全滅させたようですよ、ユウト君とリライトの勇者が」
 
 出てきた名前に刹那、朋子、ミルは顔を見合わせた。
 
「優先か」
 
「優斗先輩なのね」
 
「ユート……」
 
 そして馬鹿げた存在の名を口にして、
 
「「「 ありえる 」」」
 
 三人同時に納得した。
 出来るか出来ないかで問えば、確実に出来る人物だ。
 
「フォルトレスを余裕で倒すぐらいだから、優先にとっては簡単な事だろうな」
 
「妄想の存在よね、本当に」
 
「やっぱり、ユート強い」
 
 それぞれが納得した時だった。
 来訪者の知らせが届く。
 
 
       ◇      ◇
 
 
「久しぶり。ミル、刹那くん、朋子ちゃん、ルミカ」
 
 軽い調子で現れたのは、つい先日の被害者――フィンドの勇者、竹内正樹。
 
「……マサキ?」
 
 どうしてここに来たのだろうか。
 ミルが首を捻った。
 
「どうしたの?」
 
「ニアの提案でね。こっちに来てみたんだ」
 
 そう言って正樹は背にいるニアを引っ張り出して、ミルの前に立たせる。
 どうして彼女を自分の前に立たせたのか、さらに首を捻るミル。
 
「ひ、久しぶりだ」
 
「うん」
 
 変にニアが緊張していた。
 ジュリアと比べれば問題ない関係だった……と、ミルは思ってる。
 かといって、決して仲の良い間柄ではない。
 何か言いたいことがあるのだろうか。
 
「ま、正樹が大変だったことは知ってるか?」
 
「うん。今、聞いた」
 
 そして彼が大変だったからこそ、優斗が助けに行ったことも。
 
「えっと……あれだ。心配じゃ……なかったか?」
 
「助けたの、ユート。だったらマサキ、だいじょうぶ」
 
 自分みたいな男性恐怖症の世間知らずですらも、優しくしてくれた人だ。
 ならば正樹が危ないと知れば、何をやったって無事に助けてくれる。
 ニアも聞いておいて何だが、頷かされてしまった。
 
「……まあ、あれか。ミヤガワが助けたなら、万が一にも正樹が死ぬなんてことはないな」
 
 けれど、それこそ今までの彼女と違うところ。
 どうしたってミルには違和感になる。
 
「ニア、変わった?」
 
 何だろうか。
 今までは絶対にない言葉だったはずだ。
 どうせ『正樹の活躍の場がなくなった』とか『余計なことをした』と騒ぎ立てていたはず。
 なのに今の彼女は平然と頷いた。
 優斗が正樹を助けたことを納得している。
 
「柔らかく、なった気がする」
 
 雰囲気がちょっと違う。
 変な堅さみたいなものが見えない。
 
「どうして、来たの?」
 
 尋ねてみる。
 けれどニアは何故か狼狽えるだけで何も言わない。
 正樹が苦笑して助け船を出した。
 
「ニアがね。ミルが心配してるだろうから、安心させてやろうって」
 
 伝えられたのは予想外の台詞。
 ミルは変に恥ずかしそうなニアを見て、僅かに表情を崩した。
 
「やっぱり、変わった」
 
 自分のことなんてどうでもよかった人だった。
 正樹以外、眼中に入れていない女性だった。
 
「前のニア、気持ち悪かった」
 
 突きつけられた事実にニアは若干落ち込む。
 そこまで自分は変だったのかと、ヘコんでいた。
 
「ばっさり言うなぁ、ミルは。けどね、それも理由があったことなんだよ」
 
 正樹がさらに笑う。
 
 
 
 
 
 
 
 存在改変の神話魔法を受けていたことを話す正樹。
 だからこそニアも変だった、と聞いて思わず四人も納得した。
 
「今の正樹はたぶん、最低でも世界十指には入るはず」
 
 大魔法士にリライトの勇者、そして6将魔法士に各国騎士及び兵士団のトップ。
 この面子とも良い勝負を出来るはずだ。
 おそらく魔法を除いたならば、確実に上位だとニアは断言できる。
 
「何でそんなに強くなったの?」
 
 朋子が問い掛けると、ニアが何があったのかを答えた。
 
「正樹が“存在改変”の神話魔法を受けていた、と言っただろう。それで、その中に才能の上限を引き上げるものがあったんだ」
 
「えっと、つまり?」
 
「ミヤガワ曰く、正樹ほどの男が有益に使えないわけがない。というわけで上げられた才能による実力を存分に発揮できる」
 
 ニアの説明に今度は刹那が呆けた。
 
「……フィンドの勇者も無茶苦茶だな。世間一般のRPGだと、確実に主人公だぞ」
 
 イケメン、実力者、勇者、異世界人。
 どれだけ要素を持てば気が済むのだろうか。
 
「神話魔法を使えれば、おそらくは世界五指以内だと思うんだけど、それはしょうがない」
 
 見合った魔法があれば絶対に正樹は使えるはず。
 なので神話魔法の言霊を探す、というのも一興かもしれない。
 そうニアが考えたが、正樹は一言、
 
「神話魔法も使えるよ」
 
 単純明快に伝えた。
 
「…………」
 
「…………」
 
「…………」
 
「…………」
 
「マサキ、すごい」
 
 唯一ミルだけが軽く手を叩いておめでとう、と言った。
 しかし突然すぎる発表に呆然とするニア、刹那、朋子、ルミカ。
 
「「「「 はぁっ!? 」」」」
 
 何を爆弾発言かましてくれるのだろうか、この勇者は。
 
「えっ!? な、ちょ、正樹、どういうことだ!?」
 
 特にニアが狼狽えた。
 聞いてないし、知らないし、見てない。
 自分達は神話魔法の言霊なんてどこからも得てない。
 けれど正樹はのほほんと、
 
「なんか修くんがボクが使える神話魔法を見繕ってくれてね、三つ使えるようになったんだ」
 
 試しに詠んでみれば、問題無く詠めた。
 なので正樹は今、神話魔法を三つ使える。
 
「そんな服を選ぶみたいに……」
 
 ルミカが額に手を当てた。
 ちゃちゃっと見繕って、はい詠唱……とか、何だそれは。
 
「やっぱり勇者だし、一撃必殺は必須だよねって話してたらそうなったんだよ。あっ、でも優斗くんみたいに国破壊レベルの神話魔法とか無理だから。一番強いのでも直径一キロぐらいを消滅させるやつみたいだし」
 
 平然と彼は話しているが、それは優斗と修がぶっ飛びすぎてるだけだ。
 十分、正樹もおかしい。
 
「ミヤガワが強いと言ってたが……これほどなのか」
 
 ニアはもっと優斗の言葉の意味を真摯に受け止めるべきだった、と後悔する。
 大魔法士――宮川優斗が強いと認めた。
 しかも、ただ強いわけではない。
 毎度のように『正樹ほどの男が』とか言っていた。
 それがどの“レベル”であるのかを計り損ねていた。
 刹那と朋子は同じ異世界人なのに、あまりにも違いすぎる人達に乾いた笑いしか出てこない。
 
「優先とリライトの勇者とフィンドの勇者。この三人が揃ってたとか……敵が可哀想で泣けてくるな」
 
「チートレベルが違いすぎるわ」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ~~厨二と純真~~
 
 
 
 
 
 
 一応は保護者的な立場として、ルミカが学院での近況を尋ねる。
 
「慣れてきましたか?」
 
 三人に問い掛けると、唯一刹那だけが微妙な表情になった。
 
「以前よりはクラスに馴染めているとは思うんだが……時折、とんでもない視線を貰うときがある。別に何かをやっているわけではないのにな」
 
 変人という括りには入れられているだろう。
 時折は前髪をふさっとあげて『フッ。零機関もここまでは来られないらしいな』などとぶつぶつ呟くので、当然だ。
 だからといって話を聞かないわけではないし、会話が通じてないわけでもない。
 おかしなことだって起こしてない。
 なのに若干顔が引き攣りそうな視線を向けられる。
 特定の男子陣に。
 
「あれ、克也知らないの? クラスメートから血涙流すぐらいの殺意を向けられてるのに」
 
 すると朋子が気付いてなかったのか、という感じで言ってきた。
 
「……な、何でだ?」
 
「ミルちゃんファンクラブですね」
 
 どうやらルミカも状況は知っていたようで苦笑している。
 ミルがこてん、と首を傾げた。
 
「……なに、それ?」
 
「高等学院一年の中ではトップレベルの可憐な容姿に純真無垢な性格。さらにはフィンドの勇者パーティの一員だったということで、ミルちゃんは人気が高いんです」
 
 勇者の元仲間で可愛い。
 それだけで注目の対象にはなるだろう。
 
「ほら、ミルって克也にだけは触れるでしょう? だから克也って嫉妬対象になってるのよ」
 
 多少ばかり男とも喋れるようになったミル。
 もちろん刹那のクラスメートの男共もそれは理解している。
 転入してきた当初――刹那のクラスに遊びに来ていた頃と比べれば、随分と変わったのだから。
 けれど、イエラートにおいて唯一例外の特別が中等学院三年にいる。
 しかも二人は周囲を気にせず中高一貫の学院で触ったり何だったりしているのだから、御察しの通りになる。
 
「克也とミル、所構わずベタベタしてるから」
 
「妙な言い方をするな朋子! タオルを受け取ったり飲み物を渡したりしてるだけだ!」
 
「いや、だから普通の男はそれだって無理なのよ」
 
 触れないし、近寄れない。
 そりゃ彼女を好ましく思っている輩がいれば睨み付けたりするだろう。
 
「そういえば、今現在だとミルちゃんってセツナ君にどれくらい触れるんですか?」
 
 すると話を変えるように、ルミカがちょっとした疑問を呈した。
 
「どれくらい、って?」
 
「ミルちゃんはここにいて、少しは男性と喋れるようになりましたよね?」
 
「うん」
 
「もしかしたら、セツナ君への触り方レベルも上がってるかもしれません」
 
 若干面白がっている顔になるルミカ。
 意図が分かり、朋子の表情も変化する。
 
「ミル、ちょっと試してみましょうか」
 
「うん」
 
 素直に首を縦に振ったミル。
 けれど妹の表情を見て、兄が大きく慌てた。
 
「う、頷くなミル! この二人、絶対にからかうつもりだぞ!」
 
「……そうなの?」
 
「もう遅いわ、お兄ちゃん」
 
 語尾に音符マークがついてそうなほどに楽しそうだ。
 がくり、と刹那の顔が項垂れる。
 
「……果てしなく妹がうざい」
 
「諦めてくださいね、セツナ君」
 
 ポン、とルミカが肩を叩いた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「じゃあ、まずは手を握る」
 
 朋子の音頭でミルは動く。
 一つ目は余裕でクリア。
 
「腕を触る」
 
 今度は刹那の右腕に触れ、
 
「腕を組む」
 
 左腕を彼に絡ませる。
 
「抱きつく」
 
 ひょいっと左腕をあげ、横から抱きつく。
 刹那の身体が石のように固まった。
 
「ほっぺにチュー」
 
 ちょっとだけ逡巡するミル。
 けれど回している手を刹那の左肩に掛けて、ぐっと身体を持ち上げた。
 瞬間、刹那の耐えられる限度を超える。
 
「だあ~っ! ちょっと待て!! これはやり過ぎだ!!」
 
 右手でミルの身体を押さえつける。
 いくらなんでも、これ以上はキツい。
 
「問題なさそうでしたね」
 
「ええ」
 
 しかしルミカと朋子はニタニタと笑うのみ。
 
「ミル。口唇にチュー」
 
 次いで最後の指令。
 
「…………」
 
「…………」
 
 抱きついているので超至近距離の二人。
 ミルの上目遣いと刹那の瞳がかち合った。
 そしてミルはついっと下へ視線を向ける。
 彼の唇が視界に映った。
 
「――っ!」
 
 瞬間、凄まじい勢いでミルが離れた。
 男嫌いが発動したかのような機敏な動き。
 けれど違う。
 胸に手を当て、跳ね上がった鼓動を自覚するミル。
 
「ま、“まだ”無理」
 
 嫌とか嫌じゃない、ではない。
 心臓が破裂しそうなくらいに早い鼓動を打っていて、落ち着けない。
 
「じゃあ、今やったことを想像で克也以外にやってみて」
 
 今、かなりのところまで出来た。
 だとしたら、想像ぐらいではどうにかなるかもしれない。
 そう朋子は思ったものだが、
 
「……手を握る、も無理。マサキでも、無理」
 
 ブンブン、と首を振って即座に否定するミル。
 ルミカが苦笑した。
 
「セツナ君は本当に特別ですよね」
 
 ここまで彼女が取り乱したり何だったりするのは刹那だけだろう。
 とはいえ正樹ですら無理だとは朋子達も思っていなかった。
 
「これは本当に義姉候補だわ」
 
「そうですね」
 
「……どういうこと?」
 
 くすくすと笑い合う朋子とルミカ。
 意味が分からずきょとん、とするミル。
 けれど一人だけ、微動だにしない少年がいる。
 
「……克也?」
 
 ミルが気付き、呼びかけてみるが反応はない。
 朋子も近付いて、顔の前でひらひらっと手を振ってみる。
 しかし身体どころか瞳すら動かない。
 呆れたように朋子が額に手を当てた。
 
「お兄ちゃんのほうが許容量オーバーね。魂が抜けてるわ」
 




[41560] 小話⑯:幸運が運ぶ日々
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:0fad10e1
Date: 2015/12/20 13:16
 
 
 
 卓也は興味深そうに、壁に掛かっている画を鑑賞する。
 
「結構、面白いもんだな」
 
 美術館の絵画展でデート。
 正直、今までの卓也では考えられなかったことだ。
 優斗&フィオナやクリス&クレアだったら、知的だし雰囲気に合っている。
 けれど自分とリルが行く、というのはあまり想像していなかった。
 いや、和泉とレイナよりはマシであると思っていたが。
 
「これはね、300年前に鬼才と呼ばれた画家の作品なのよ。作品としては最後のほうで、順に並べていくと分かりにくいものだけど、最初とこの作品を比べると違いがよく分かるのよ」
 
 館内を回りながら、リルは卓也に一つ一つ丁寧に説明する。
 いつもとは違う彼女の姿。
 普段はあまり感じない“王女”を見つけ出したようで卓也は顔が綻ぶ。
 
「卓也? どうして笑ったの?」
 
「気にしないでいいよ」
 
 ただ、嬉しくなっただけで。
 それだけなのだから。
 
「……? 変な卓也」
 
 首を傾げる婚約者だったが、すぐに説明を続けた。
 卓也は画を見て、リルを見ては喜ばしい気持ちになる。
 意外な彼女の姿と、けれど彼女の存在を考えれば意外じゃない場所。
 
「ねえ、さっきから何を笑ってるの?」
 
 くいっと繋いでいる左手を引っ張られた。
 やっぱり気になっていたのか、より主張して言葉が届く。
 
「いや、リルも王女様なんだなって思って」
 
「……普段が王女らしくないってこと?」
 
 若干、ムスっとした表情になった。
 本当にコロコロと表情が変わる。
 
「そんなこと言ってないだろ。ただ、王女らしさ……っていうのか。こういう絵画展に来ても自然な姿だから王女らしさが際だったな、と思ったんだよ」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「たまにはゆったりするのもいいもんだ」
 
「そうね」
 
 美術館を出て、公園の芝生の上に座って昼食。
 今日はリルが手伝いながら作ったものがたくさんある。
 
「……この野菜炒め、固いわね」
 
「ちゃんと火を通さないからだな」
 
「しかも塩っ辛いし」
 
「塩胡椒を入れすぎ」
 
「……次は絶対失敗しないわ」
 
「ああ、一緒に頑張ろうな」
 
 二人で一緒に弁当を食べていく。
 
「あっ、今日はもっと美味しい」
 
 卵焼きをリルが口に含むと、出来の良さに思わず笑みが零れる。
 
「リル、こればっかり練習してただろ」
 
「だって卓也、好きなんでしょう?」
 
 だから一生懸命練習している、と暗に言っている。
 
「ほら、卓也も食べてみてよ」
 
 リルはお弁当から卵焼きを取ると、箸を彼の口に持って行く。
 こういうところは王女から逸脱してきてるな、と卓也は思う。
 僅かに顔を前に出して卵焼きを口の中に放り込んだ。
 
「ん、美味い」
 
 確かに過去最高の出来だ。
 これも彼女の努力の証だろう。
 そのまま二人でお弁当を完食する。
 お腹が膨れて満足していると、リルが少し足を崩した。
 
「卓也。世の中には膝枕というものがあるって知ってる?」
 
「そりゃ知ってるけど」
 
 というか優斗とフィオナが目の前でやってることもあるんだから、知らないわけがない。
 
「やってみたいな、とか……思ったんだけど」
 
 リルはちらちら、と卓也を見ながら訊く。
 声も段々と尻つぼみだ。
 彼女は意外と言われるかもしれないが、口から出てくる言葉は素直でも、かなりの純情派。
 だから基本は卓也がリードするし、彼女からやってほしいと言うことはない。
 なので彼女の申し出は卓也にとって驚きだった。
 
「いいのか? 確かにオレも男だし、憧れてたりはするけど」
 
「い、いいのよ! あたしもやってみたかったんだから!」
 
 なんて婚約者が言うものだから、卓也は寝転がってみる。
 そして身体をずらして、彼女の太ももに頭を乗せてみた。
 真上には照れくさそうにしているリルがそっぽを向いていて、何だかんだで卓也も恥ずかしくなってくる。
 
「……これは恥ずいな」
 
「……うん」
 
 優斗とフィオナ、よくやれるもんだと思う。
 
「でも、やめたくないわ」
 
「確かに」
 
 リルが視線を下に向けて、卓也の髪を撫でる。
 少しくすぐったそうにした彼に、表情が和らいだ。
 
「公園で自分が作ったお弁当を食べて芝生で膝枕を婚約者にしてあげる……だなんて、今のあたしって王女っぽくないわ」
 
「ん~、そうかもな」
 
「けれど婚約者らしいわよね?」
 
「当然だろ」
 
 当たり前のように頷いた卓也に、リルが笑みを零す。
 
「そういえば少し気になってたんだけどさ、『瑠璃色の君へ』の瑠璃色ってどこから出てきたんだ?」
 
 ふと、卓也が気になっていたことを尋ねる。
 自分達が描かれている小説――『瑠璃色の君へ』。
 この瑠璃色とは何なのだろうか。
 
「あたしの名前と生まれた時間から来てると思うわ」
 
 卓也のふとした疑問をリルが答える。
 
「うちの女系って、大抵が“リ”から始まる名前なのよ」
 
「ああ、確かにお姉さんとかもそんな感じだよな」
 
「で、あたしの名前の由来って生まれた時間なの」
 
 彼の髪の毛に触れながらリルは紡ぐ。
 
「生まれたのが早朝の夜が明ける瞬間。鮮やかな瑠璃色の空が広がってたみたい」
 
 鳴き声が聞こえた時に窓から見えた、僅かな時間しか見えない景色。
 とても神聖な時間に思えたらしい。
 
「だから運命を感じたお父様が瑠璃という文字を反転させてリルって名付けたの。瑠璃は“幸運の象徴”だからってね。結構単純な名前なのよ」
 
「別にいいんじゃないか? オレはリルの名前、呼びやすくて好きだし」
 
 彼女に相応しいと思う。
 呼びやすく、響きも彼女に似合っている。
 
「それにお前は間違いなく、オレにとって“幸運の象徴”だよ」
 
 卓也は少し、目を閉じる。
 悲惨な生活だった。
 幸せな日々ではなかったし、運があるなんて口が裂けても言いたくない人生だった。
 
「あいつらと出会って、その後にお前と出会えた」
 
 けれど転機があった。
 内田修、宮川優斗、豊田和泉に出会ったこと。
 セリアールで仲間と出会ったこと。
 リルと出会ったこと。
 
「あいつらと出会ったことで救われた。だとしたらお前と出会ったことは、救われたオレにとって何よりも大切な幸運だ」
 
 好きな人が出来た。
 好きな人と恋をした。
 好きな人と一緒になる。
 これを幸運と言わずに何と言おう。
 
「……なんか、言ってて凄く恥ずかしくなった」
 
 言い終わって気付いたのか、卓也はゴロンと仰向けから横になって前を見る。
 リルは嬉しそうに笑って、彼の髪を撫でた。
 卓也はいつも、本当にそうだ。
 大事なことはちゃんと、言ってくれる。
 言った後で恥ずかしがる。
 そんな彼が本当に大好きだ。
 
「ねえ、卓也」
 
 だからかもしれない。
 リルの想いの一端が、口から溢れ出る。
 
「なんだ?」
 
「あのね。一緒に……暮らさない?」
 
 聞いた瞬間、卓也は跳ね起きた。
 いきなりのことにビックリしたのと、どうしてそんなことを言ったのかが分からなかったから。
 
「……あ~、まだこの世界に疎いから分からないんだけど、嫁入り前に一緒に暮らすってありなのか?」
 
「貴族や王族だとほとんどないわ」
 
 基本的には嫁入り道具を持って行く。
 貴族や王族の結婚というものは決まっているものであって、決して愛ありきのものではないのだから。
 
「でも、あたしは……」
 
 不意にリルの瞳が揺れる。
 その先は言葉にならなかった。
 彼女が溢れた想いの理由が、口にすればあまりにも馬鹿馬鹿しいから。
 どれだけ面倒な女なのだということが、卓也に知られるだけだ。
 でも、
 
「リル。お前は素直だけど、もうちょっと本音ってやつを表に出すべきだよ」
 
 卓也は聡い。
 特に今の二人の関係だったら、すぐに気付いてくれる。
 ぐっとリルを抱きしめた。
 
 
「“一人”が寂しいんだろ?」
 
 
 それはあまりにも的確な問い掛けだった。
 否定することも、違うと首を横に振ることも出来ない。
 
「……うん」
 
 素直にリルが頷いた。
 
「むしろ今まで気付いてやれなくて、悪かった。お前だけ一人だもんな」
 
 よく考えてみれば、そうだ。
 卓也は修と和泉と寮暮らし。
 レイナはすぐ近くに父親がいるし、優斗とフィオナは一緒に暮らしている。
 他は基本的に家族と一緒だ。
 リルだけが家族も仲間もいなくて、家政婦がいる家に帰っている。
 もちろんリルは家臣達のことを大切でもう一つの家族のように思っているけれど、“そういうこと”じゃない。
 
「お前は何て言うか、本当に大事なことを言わないから焦る」
 
 リル自身が本当に望むことを彼女は言わない。
 卓也のためならばどんなことでも言える彼女でも、自分のための言葉を持たない。
 でも、だからこそ卓也は誰よりも守りたいと思う。
 故に伝えることは一つだ。
 
「一緒に暮らすか」
 
「……いいの?」
 
「なんで疑問系なんだ。お前が一緒に暮らしたいって言ったんだろ?」
 
 だったらその為に動くだけ。
 なのにどうして疑問を呈すのだろうか。
 
「た、卓也のことだもの。シュウとかイズミの世話だってあるだろうし……」
 
「あいつらに関しては大丈夫だよ。オレが責任を持って面倒見てくれるところにぶち込むから」
 
 馬鹿二人をちゃんと扱える人達のところへ。
 そして胸元にあるペンダントに刻んでもらった言葉を、そして彼女の胸元にあるペンダントに刻んだ言葉を思い返す。
 
「オレはお前にちゃんと『誓いの言葉』で誓った。生涯、隣にいることを」
 
 他の誰でもない、目の前の女の子に誓いを立てた。
 
「だから安心しろ。いつだって、お前の隣にオレはいる」
 
 頭を優しく撫でる。
 するとリルの身体が僅かに震えた。
 嬉しくて、嬉しくて、瞳から溢れてくるものを止められない。
 
「案外、泣き虫なんだよなぁ」
 
 卓也は苦笑して、少しだけ抱きしめる力を強くする。
 本当に愛おしい。
 いつもは強気で苛烈。けれど大事なことは弱気で隠してしまう、泣き虫な女の子のことが。
 
「ワガママで面倒な女で……ごめん」
 
「惚れた女の子のワガママっていうのは、可愛く思えるもんだよ。実際、可愛いお願いだしな」
 
 タクヤは少しだけ身体を離すと、額にキスをする。
 そして優しい笑みを浮かべた。
 
「それじゃ、早速だけど事を済ませに行くとするか。退寮やら何やら、やることたくさんあるから」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 翌日――王城にて。
 大層焦っている修がいた。
 
「ちょ、ちょっと待て卓也! 引っ越すのは別にいい! 卓也がいなかったら、やばいってことも分かってる!」
 
 地味に生活破綻者の二人を置いておくなど、確かに不安にもなろう。
 卓也がどこぞの誰かにお願いすることもよく分かる。
 
「だけど何で王城なんだよ!?」
 
 そう、彼を引き取るのは後見である王様。
 というわけで、修は王城へとお引っ越しになるわけだ。
 
「いや、オレと同レベルでお前の手綱を握ることが出来るの、優斗か王様ぐらいしか思い浮かばなかった」
 
 なので駄目元でお願いしてみたら、王様は頷いてくれた。
 
「つーか王様もどうして受け入れたんだよ!?」
 
「確かにお前は手綱を握る奴がいないといかんと我も思った。自分で言うのも何だが、お前の手綱を握りきれるのはユウト、タクヤ、我しかいない。よって今後は我がお前の手綱を握ろう」
 
「……あ、悪夢だ」
 
 修は頭を抱え込む。
 手綱の握り方は同レベルでも、逆らえないレベルが断然違う。
 勝てるわけがない。
 一方で、和泉も和泉で難しい表情をしている。
 
「新婚夫婦のいる屋敷に転がり込むのは、いくら俺でもどうかと思うんだが……」
 
「お前の場合はクリスん家が名乗りを上げたんだよ」
 
 卓也も同じように思ったのでどうしようかと考えていたら、クリスが引き取ると言ってきた。
 クリスは和泉を見ると、大きく溜息を吐きながら、
 
「イズミを人様へ預けるにはまだ教育が足りません。うちでしっかりと教育を施したあとで、ようやくレイナさんに預けられるというものです」
 
「……両親は何と言っている?」
 
「世話を焼ける回数が増えて喜んでいますよ。これでも自分は手の掛からない息子でしたから」
 
「クレアは?」
 
「今夜はお祝いですね、と」
 
「……そうか」
 
 トンチンカンなクレアは別として、両親も歓迎している。
 
「というより、もう遅いです。父が今朝方、珍しく意気揚々と部屋の改装業者に指示していましたから」
 
「早くないか?」
 
「嬉しいんですよ、父も」
 
「レグル公爵には一室を研究用に使わせてもらっているし、迷惑を掛けている。これ以上は……とも思っているんだが」
 
「残念ながら我が家は、イズミにもっと構いたいようです」
 
 何かを言ってもクリスにさらっと流される。
 きっと何も言っても駄目だろう。
 ふぅ、と和泉が息を吐いた。
 
「分かった。おそらくは卒業までだろうが、世話になる」
 
「ええ、お世話させていただきます」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 短期留学から実際に暮らすことになった際、リルはリライト城の貴賓室からこの邸宅へと移った。
 場所はトラスティ家の近くにある。
 大きさも優斗達が住んでいる邸宅とあまり変わりない。
 住み込みの家政婦や守衛はいれど、就寝時は当然離れの建物。
 だから一人で大きな邸宅に住んでいると言っても過言ではなかった。
 でも、今日からは違う。
 そわそわしながら婚約者の到着を待っていた。
 
「リル様。少し落ち着かれてはどうですか?」
 
 トラスティ家の家政婦長、ラナの紹介で来てくれた年輩の家政婦が苦笑する。
 普段、家の中では王女然としているリルが年相応の女の子に見えて、微笑ましかったからだ。
 
「シノ、仕方ないじゃない。だって……一緒に暮らすんだし」
 
 どうして落ち着いていられようか。
 そわそわしないほうがおかしい。
 と、その時だった。
 
「リル、いるか?」
 
 玄関から声が届く。
 ぱっとリルの表情が輝いた。
 本来ならば家政婦であるシノが迎えに行くのが当然だろうが、今日ばかりはそうじゃない。
 リルが小走りで玄関に向かった。
 
「卓也っ!」
 
 彼は段ボール箱二つを持ちながら、家の中に入っている。
 背後には彼の親友も同じように段ボールを持っていた……のだが、なぜか家の中には入っていない。
 
「あっ、荷物も持ってきたのね」
 
「最低限、必要なものだけな。こいつが暇だったから手伝ってもらっ――」
 
 若干振り向きながら卓也が後ろを示そうとすると、いきなりドアが閉まる。
 親友が器用に足でドアを押し、さらには風の精霊を使ってまで律儀にやったからだ。
 
「……なんだ、あいつ?」
 
 意味が分からない親友の行動。
 だが、リルは合点がいった。
 閉まる直前、僅かに見えた微笑。
 気を遣われたのが丸わかりだった。
 リルは心の中で感謝しながら、婚約者に満面の笑みを浮かべる。
 
「お帰りなさい、卓也」
 
 告げられたことに、彼の目が僅かに見開かれた。
 けれどすぐに柔らかくなる。
 
「ああ、ただいま」
 
 些細だけど大切なやり取り。
 むず痒くなるが、嫌じゃない。
 同時に吹き出すように笑うと、玄関を開ける。
 そして“二人の家”に段ボールを持った親友を招き入れた。
 
「ほら、早くオレん家に入れ」
 
「いらっしゃい。荷物運び、手伝ってくれてありがとう」
 
 
 



[41560] 小話⑰:昔の日々、今の日々
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:0fad10e1
Date: 2015/12/20 13:17
 
 
 
 試合が終わり、優斗は後輩に駄目だった点を指導する。
 
「洋一、コースを見極めるタイミングが遅いよ。打たれた球に反応するんじゃなくて、自分の打球から返ってくるコースをある程度予測しないと駄目」
 
「はいっ」
 
「でも前回指摘したところは直ってた。あとは全体的にスキルアップさせて、そこからまた問題を探していこうか」
 
「分かりました!」
 
 後輩が頭を下げて離れていく。
 優斗はちらりと時計を見る。
 そして体育館を見回すと、試合途中の部長と目が合って頷かれた。
 なので声を張る。
 
「今やってる試合が終わった人から片付け! 居残りがしたい人は僕に言うこと。台数調整して残すから!」
 
「「「「  はいっ!!  」」」」
 
 全員が優斗の言うことに返事をした。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 優斗は部活が終わると和泉の家へと突入する。
 
「お疲れ優斗」
 
 修がコントローラーを握ったまま、振り返らずに迎え入れた。
 
「卓也と和泉は?」
 
「買い出し」
 
「そっか」
 
 二人で画面を見る。
 今、映っているのは二次元の美少女達。
 そして可愛くデフォルメされたアイコンが映っており、選んだアイコンによってルートが選択される……のだが。
 
「やっぱり黒髪ロングでしょ」
 
「はぁ!? 馬鹿言ってんじゃねーよ。金髪一択だろ!」
 
「まだ外国人ならストライクだけどね。染めてもないのに、こんな髪の色をした純日本製の日本人がいてたまるか」
 
「お前、全世界の金髪ファンを敵にしたぞ。金髪ツインテールのツンデレとかどうすんだよ。もうデフォでいるじゃねーか」
 
「いらん」
 
「うわっ、こいつ様式美まで否定しやがった」
 
 と、ここで卓也と和泉も戻ってくる。
 そしてテレビを見て、優斗達が言い争っている内容を把握する。
 
「ちょっと待てって。ここは後輩の大人しいキャラだろ」
 
「眼鏡の委員長の良さが分からないとは、お前らもまだまだだ」
 
 画面に映っているキャラを見て二人も乗ってくる。
 全員の視線がかち合い、火花が散った。
 すべきは最初に攻略するキャラの選択権の奪取。
 
「最初はグー!」
 
「じゃんけん――」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 卓也の作った夕飯を四人でテーブルを囲みながら食べる。
 
「で、優斗は部活どーよ?」
 
「そこそこ楽しくやってるよ。次の大会で最後だしね」
 
「ああ、そういやそっか」
 
 今は五月。
 三年である彼らは最後の大会も近い。
 
「卓也はどうなの?」
 
「うちは万年一回戦負けだからな。楽しくやれればいいんだよ」
 
 食卓に並んでいる唐揚げをパクつきながら卓也も話す。
 
「お前ら二人はどちらも球をド突き合うスポーツ。通じるものがあるのか?」
 
 和泉があえて部活名を出さないように言った。
 すると何か近しいものに感じる。
 
「大まかに言えばそうだね。ちょっとばっかしは通じるものもあるよ」
 
「優斗、それは大まかすぎるだろ」
 
 
       ◇      ◇
 
 
「いくぜ、王子サーブだ!」
 
「……修。これゲームだから。普通のサーブになっちゃうから」
 
 夕食を摂り終わったあと。
 コントローラーを振りながら修と優斗が家庭用ゲーム機で対戦型の卓球をしていて、
 
「ちょ、ちょっと待てお前! なんでそんなにメッタ打ちできるんだよ!」
 
「この場所からストライクになる変化球は二種類しかない。曲がる量も把握した。つまり俺が負けることはない」
 
 卓也と和泉も携帯ゲームを使い、野球ゲームをしていた。
 その他、狩りをしたりなんだったり、いつものように多種多様なゲームをして、
 
「じゃあ、そろそろ帰る?」
 
 夜10時。
 いつも彼らが帰宅する時間になっていた。
 
「あっ、オレ明日バイト無くなったから夜更かししても問題ない」
 
「あれ? そうなの?」
 
「まあ、金が入んないのはちょっとキツいけどな」
 
 とはいえ、元々はバイトできる年齢でもないのにバイトさせてもらっている。
 何一つ文句は言えない。
 
「修は?」
 
「問題ねーよ。帰ったら寝るだけだしな」
 
「だったら今日は泊まろっか」
 
 三人は頷くと居間に布団を敷き始める。
 
「和泉~、なんか面白いDVDとかあんのか?」
 
「可笑し過ぎるお笑い芸人集、というのがある」
 
 修に言われて和泉がぽいっとDVDケースを修達に投げる。
 
「……なんか最近増えたよね。『○○過ぎる』っていうの」
 
「ぶっちゃけ、過ぎてねーよな」
 
「訴えたら勝てそうな気がするのはオレだけかな?」
 
 
       ◇      ◇
 
 
「……思ってた以上につまんねーな、おい」
 
「誰だっけ? 選ぶ際にこのDVDを選択肢に入れた発言したの」
 
「修だろ。『面白いDVD』って言ってたから」
 
「そうだ。俺も修の要望に応えた結果、それを出した」
 
 三人の視線が修を向く。
 
「罰ゲーム、どれにしよっか?」
 
「オレらに背中を向けた倒立させて『わたし、修。ちょっとシャイな中学3年生なの』とか言わせるか?」
 
「ヘリウムガスがあるから、それも使うことにしよう」
 
「なんで罰ゲーム決定ルートなんだよ!?」
 
 
 
 
 で、あれこれと交渉した結果。
 
「わたし、修。ちょっとシャイな中学三年生なの」
 
 罰ゲームは覆らなかった。
 変声用のヘリウムガスを使ったので声が変で、妙。
 しかもなぜか優斗達に背中を向けながら倒立しているし。
 三人とも、あまりにも奇妙な光景に笑いを堪えられなかった。
 
「あっははははははっ! 倒立してやるとか、馬鹿じゃないの!? 修、本当にキモいって!」
 
「あ、ありえないってそれ! マジで!」
 
「…………っ!!」
 
 さっき笑えなかった分、三人が卒倒する勢いで床に崩れ落ちた。
 
「鬼かテメーらは!」
 
 バンバンと地面を叩きながら悶絶する三人に、修の嘆きが轟く。
 
「ああ、くそ! よし、寝るぞ! さあ、寝るぞ! つーか今度は絶対お前らに罰ゲームさせっからな」
 
 修は笑い死にしそうな奴らを布団に叩き込んで電気を消す。
 そして寝た状態のまま五分もすれば、口数も少なくなってきて、
 
「………………」
 
「………………」
 
「………………」
 
「………………わたし、修。ピチピチの中学三年生」
 
 和泉が裏声でぼそりと言った。
 優斗と卓也が吹き出す。
 
「和泉! 微妙に変化つけてんじゃねーよ!」
 
 
       ◇      ◇
 
 
「っていう馬鹿なやり取りを毎日してたのが、だいたい三年前くらいかな」
 
 優斗がソファーに座りながら、フィオナに昔のことを話していた。
 
「昔から変わってないんですよね、そのやり取りは」
 
 今でも見られる光景だ。
 
「優斗さん自身も今とあまり変わっていませんね」
 
「まあ、細かい調整も終わって性格が固まってきてた頃だからね。それでも今と比べたら違いがあると思うよ」
 
 優斗が自身で願った『強く、優しく在る』という性格。
 その理想とした性格になるために、優斗は色々と試行錯誤していた過去もある。
 
「そうですか? 昔から後輩も指導していたんですよね?」
 
「部活の先輩だったから、だよ。キリアみたいには教えてないし。まあ、さっきも名前は出したけど“洋一”って後輩ともう一人ぐらいには少し多めに指導してたくらい。それだってキリアには遠く及ばないね」
 
 後輩は“後輩”という枠で、誰一人特別扱いはしなかった。
 平等に公平に扱う。
 それが素晴らしい性格なのだと思っていた。
 
「今はキリアだけ。ラスターに指導しろとか言われても僕はやらないよ」
 
「キリアさんは優斗さん好みの性格ですからね」
 
「ああいう猪突猛進馬鹿で向上心の塊なのは好ましいよ」
 
 さらっと話す。
 前々ならフィオナの嫉妬が炸裂していたのだろうが、今はない。
 理由としては二人の距離がさらに近付いた、というのもある。
 けれどそれ以上に、フィオナ以外の女性は恋愛という観点において塵芥だと宣言している優斗の『塵芥』にすら入らない、完全なる無がキリア。
 というわけで、キリアはフィオナの嫉妬の対象外になっている。
 
「これで弟子もどきっていうのも変な話ですよね。優斗さんのオリジナルの魔法も教えたのですから」
 
「対外的な言い訳がなければ、弟子といって差し支えないかもね」
 
 くすくすと笑う優斗。
 フィオナも微笑んだ。
 
「セリアールに来る前は楽しい日々でしたか?」
 
「あいつらといる時はね」
 
 四人で遊んでいた時は確かに楽しい日々だった。
 
「色々やって、どれもある程度は楽しいって思ったよ。けれど修に卓也、和泉といる日々しか生きてる実感は無かったかな」
 
 学業が良かったところで部活の成績が良かったところで、優斗にとっては何一つ『生きた実感』にはならない。
 当たり前のことだったから。
 
「結局のところ、四人で完結してた日々なんだよね」
 
 他に何もいらない。
 それは優斗だけではなく、修も卓也も和泉も同じだった。
 
「今はどうですか?」
 
「分かってて訊いてるでしょ、それ」
 
 苦笑して問い返せば、フィオナは悪戯が見つかったかのように頷いた。
 
「美人な婚約者に可愛い娘。家族もいるし仲間も増えたし後輩だって育ててる。さすがに四人で完結した日々、というわけにはいかないよ」
 
 けれど望んだことだ。
 優斗だって、修だって、卓也だって、和泉だって。
 各々がセリアールに来てから望んで得た日々だ。
 
「だから僕らは召喚されて良かった、と。本心から言えるんだ」
 



[41560] 幸せだということ
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:0fad10e1
Date: 2015/12/20 14:49

 
 
 トラスティ家の庭では木刀を持ったクリスと愛奈が立っている。
 
「では、最初からいきますよ?」
 
「うんっ!」
 
 二人は同じように構える。
 そして一緒に上段から木刀を振り下ろす。
 
「一、二、三、四――」
 
「ごおっ、ろく、なな、はち」
 
 上から下へと綺麗な動きで振り下ろしては、また上げる。
 何度も何度も繰り返し、やり続けた。
 
「アイナちゃん、待って下さい」
 
 すると隣を見ながら木刀を振っていたクリスは、愛奈の動きを止めた。
 
「右肘をもう少し、内側に持って行きましょう」
 
 木刀を振り上げて止まっている愛奈の右肘に触れて、少し内側に押す。
 
「では、これでもう一度」
 
「うん」
 
 また同じように構えを取る二人。
 クリスも愛奈も楽しそうにやっていた。
 少し離れた場所では優斗がマリカを膝の上に乗せてココと談笑する。
 
「アイちゃん、頑張ってます」
 
「本当だよね。でもまあ、クリスが先生だっていうのは良いことだよ」
 
 先日のことだ。
 愛奈が戦い方を教わりたい、と言ってきた。
 
『おにーちゃんとしゅうにいみたいにつよくなりたいの』
 
 時折、言ってきたこと。
 それを初めて家族の前でアイナは伝えた。
 もちろん、最初はマルスもエリスも愛奈の経歴を考えて難色を示したが、優斗が取りなしてどうにか習い事という形で頑張ることとなった。
 そこでさらなる議題に挙がったのが『誰が愛奈を教えるのか』ということ。
 他から先生を呼ぶか、自分達で教えるか。
 優斗は自分だと駄目だと思ったので、自身を却下。
 卓也も教えられるほどではなく、修と和泉は論外。
 ではクリスはどうだろうか、となった時に満場一致で『クリスなら』と肯定された。
 見惚れるほど洗練された基本と、攻防共にハイレベルな実力。
 教えることが上手そうな性格も相俟って、クリスに頼むこととなった。
 
「基本的なものなら、クリスに習うことこそベストだしね」
 
「ユウだと習い事より訓練って感じになっちゃいます」
 
「それはキリアのせい。フィオナにはちゃんと教えてるし」
 
 弟子に対しては他に類を見ないほどの教え方をしているが、そうじゃなければ普通に教えられる。
 そうして和やかに話していると、
 
「いーっ、にーっ、しゃーんっ!」
 
 優斗の膝の上にいるマリカが手を上下に上げ下げして、愛奈達の真似をしていた。
 何とも可愛らしい姿で、
 
「おーっ、マリカ上手上手」
 
「あいっ!」
 
 パパが全力べた褒めする。
 マリカはご満悦だ。
 と、ここでちょっとした疑問。
 
「ユウってマリちゃんに怒ることあるんです?」
 
「あるよ」
 
「あるんです!?」
 
 ココに大層驚かれた。
 そこまで驚くことだろうか。
 
「あのね、僕だってマリカに激甘だっていうのは分かってるけど、それと躾は別だから」
 
「いや、でもユウが怒ったらマリちゃんが泣いちゃいません?」
 
 相手しているもの全てを恐怖のどん底に突き落とす優斗の怒り。
 そんなものが赤ん坊に向けられたら、と思うと危なっかしい。
 
「誰があの口調で怒るって言ったかな。窘めるように怒るだけだよ。好き嫌いはしちゃいけません、物を投げてはいけませんってね」
 
「それ、怒ってるんです?」
 
 普段の姿が普段の姿だけに、怒ってるとは到底思えない。
 
「僕としては対マリカ最大級の怒り方」
 
「……これだから親バカは」
 
 ココが額に手を当てた。
 どうせ娘が素直に頷いたら『えらいね~っ!』とか言ってちやほやするに決まってる。
 
「アイちゃんはどうなんです? わたし達がいる時っていつも可愛がってますけど」
 
「義母さんに甘え下手なところを時々、義母さんが叱ってる。『もっとちゃんと甘えなさい』って」
 
 というか長女と義息子が歳も歳なので、幼い愛奈にはもっと甘えて貰いたいというのがエリスの本音。
 
「マルス様の時はどうなんです?」
 
「相性が良いのか、案外甘えるんだよね。それが義母さんには気にくわないらしい。とはいっても、愛奈の精一杯の甘え方を『甘えてる』と捉えないのが原因だけど」
 
「例えば?」
 
「手を握って買い物に行く」
 
 届いた言葉にココが顔をひくつかせる。
 
「……甘えてるんです、それ? もっとこう……これが欲しい、あれが欲しいとか」
 
「大好きなお母さんと一緒に買い物に行く、ってだけで十分甘えてるんだよ、愛奈は。しかも服も買って貰えるし」
 
「あ~、それじゃエリス様的には物足りないです」
 
「とはいっても手を繋いで買い物に行って、服を買ってもらった上にお母さんが満面の笑顔になる。これだけで愛奈的には最大の幸せだしね」
 
 馬車で店に乗り付けるにしたって、車の中ではずっと手を繋いでいるし、服を着せ替えては真剣に似合う服装を考えるエリスに愛奈は大好きだと思いっぱなしなのだから。
 と、クリスと愛奈は授業が終わったのか優斗達に近付いてきた。
 
「クリスおにーちゃん、あいなどうだった?」
 
「もちろん筋が良いですよ。アイナちゃんの先生として、楽しい限りです」
 
 返答に愛奈はニコニコしながらココへと話し掛ける。
 一方で、優斗とクリスも小声で話す。
 
「実際はどう?」
 
「言った通りです。魔法限定かと思えば、剣筋も良いですね。少なくともこのまま行けば、自分達と同じ歳になった頃には想像を絶する実力者になってるかと。おそらく自分は抜かされています」
 
「魔法は?」
 
「おおよその検討だと初級、中級は詠唱破棄でいけます」
 
「……僕、もう並ばれてるんですけど」
 
 乾いた笑い声を優斗が漏らした。
 これでも宮川優斗、詠唱破棄は中級までしか出来ません。
 
「得意不得意の属性は?」
 
「まんべんなくいけますが、とりわけ得意なのが風です。おそらく最初に出会った印象深い魔法が優斗の風魔法だったからだと思います。アイナちゃん自身も言っていました。最初に格好良いと思った魔法が風だったから大好きだと」
 
 洞窟の中で上級魔法をぶっ放した優斗の魔法がやはり、思い出に残っているのだろう。
 
「それだけで得意なの?」
 
「ええ。上級魔法が使える理由も、その程度だと思いますよ」
 
「……まだ認識が甘かった。想像以上だな、これは」
 
 愛奈も程度は違えど修と同じく天才と呼べる領域にいる女の子。
 その認識はあったけれども、改めて思い知らされる。
 すると膝の上のマリカが両手をあげて、
 
「しゅおーいっ!」
 
「そうだね。しゅごいね~」
 
 優斗が赤ちゃん言葉でうんうん、と頷く。
 そしてなぜかマリカの脇腹をくすぐる。
 
「こちょこちょこちょ~」
 
「くしゅった~いっ!」
 
 きゃっきゃと喜ぶマリカと満足げな優斗。
 
「……ユウト。今の流れは?」
 
「ノリ」
 
「あ~い」
 
 子供を構うときに流れを考えたら負け。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 一方、フィオナはアリーと一緒に街中を歩いていた。
 
「今日は優斗さんにプレゼントを買おうと思いまして」
 
「誕生日ではないから、何かの記念日とかだったりします?」
 
「いえ、思い返したら私から優斗さんにプレゼントしたことって、あまりないんです。だからしたいな、と思いまして」
 
 胸元に光るハート型のネックレス。
 軽く触れて、僅かにフィオナは微笑む。
 
「何をプレゼントするのですか?」
 
「時計やネクタイはありますし……やっぱり、アクセサリーでしょうか」
 
 二人は話しながら高級そうな店へと入っていく。
 顔なじみなのか、フィオナとアリーが入ってきた瞬間に店員が総勢、頭を下げた。
 けれど気にすることなく二人は会話を勧める。
 
「あまり高級な物を好みそうではないですよね、ユウトさんは」
 
「けれど実際は巨大商工のご子息でしたから。昔からそういう類のものと関わりは深いですよ」
 
「ああ、そういえばそうでしたわ。少しばかりユウトさんから聞きました。だから帝王学みたいなのをやらされていた、と」
 
 市民みたいな感覚は中学以降に培われたもので、幼い頃はアリーやフィオナ達と似たような状況だったらしい。
 フィオナは幾つか選ぶと、店員に取り出して確認させてもらうよう頼んだ。
 まず一番最初はピンク色に型取られた銀細工の中に宝石が嵌まっている。
 
「……フィオナさん。さすがにそれは可哀想ですわ」
 
「でも可愛いですよ?」
 
「ユウトさん、男の子ですわ」
 
 アリーは最近気付いたが、フィオナは絶望的なまでにセンスがない。
 ファンシーな物が好みな上に優斗が着けても似合う、と言い切ってしまう。
 彼のことだから苦笑いを浮かべながらも着けてくれるだろうが、さすがに従妹として彼女のチョイスを否定してあげたほうがいい。
 
「じゃあ、これはどうですか?」
 
「可愛らしくデフォルメされた猫は可哀想を超えて悲惨ですわ」
 
「で、でしたらこれは?」
 
「ファンシー過ぎて絶対にユウトさんには似合いません」
 
 アリーは悉くフィオナのチョイスしたものを却下していく。
 けれど奥さんは納得がいかないのか、
 
「そ、そんなことはありません。絶対に似合いますよ」
 
「フィオナさんの特殊フィルターを通したら何でも似合うことになるでしょうが、実際は違いますわ。ピンク、犬の型取り、さらに駄目押しのピンクダイヤ。まさしく絶句ですわ」
 
 確かマリカの名前も『フランソワ』とか『シャルロッテ』とか、そういう系統で案を出していたらしい。
 まさしくセンスが無い。
 
「例えば……そうですわね。こういうのはどうでしょうか?」
 
 少し店内を見回り、良さげなものを見つける。
 店員に見せられたものは、フィオナも思わず納得しそうなものだった。
 
「銀のチェーンにリライトの紋章ですね。真ん中に宝石……これはクンツァイトでしょうか?」
 
 細い鎖の先端にはリライトの紋章。
 その中央には透明ながら桜色を帯びた美しい宝石が嵌まっている。
 
「店主。クンツァイトの宝石言葉は?」
 
「純粋さ、無償の愛、純粋な愛。そのような意味があります」
 
 宝石言葉を聞いてアリーは満足そうに頷く。
 
「では、まさしくフィオナさんからのプレゼントとしては的確ですわ」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 二人して帰り道を歩く。
 するとフィオナがぽつり、と呟いた。
 
「でも、少し悔しいです」
 
「何がですか?」
 
「私よりも優斗さんのこと、分かっているような感じなので」
 
 若干落ち込み気味なフィオナにアリーは笑い声を漏らす。
 
「わたくしとユウトさんは似ていますから」
 
 こと性格面では似通っている。
 さらに優斗とアリーでしか通じ合えないこともある。
 
「そ・れ・に、奥様に負けるような従妹ではないつもりですわ」
 
 からかうような声音。
 けれどフィオナは不意に表情が真剣になる。
 
「つまりアリーさんへの理解度が深まれば、必然的に優斗さんへの理解度も深まるというわけですか?」
 
 いきなり飛び出た想定外な質問。
 アリーは驚きながらも、とりあえず頷く。
 
「……へっ!? ま、まあ、そうですわね。ある程度は理解が深まるとは思います」
 
 似てる面があるということは、そういう利点もあるだろう。
 
「ということは『目指せ大親友!!』でいきましょう」
 
 可愛らしく握り拳を作るフィオナ。
 珍しくぽかん、としたアリー。
 
「えっと……大親友ですか?」
 
「はい。もうアリーさんとは親友ですから」
 
 誰もが見惚れそうな笑みで頷くフィオナ。
 なるほど、とアリーは納得してしまった。
 
「……ユウトさんがフィオナさんに惚れた理由、少し分かった気がしますわ」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 夜が更けて庭では僅かな斬撃音が響く。
 空気を切り裂く音もフィオナが普段、学院で耳にするような音ではない。
 甲高く、時折破裂するようなものまで聞こえる。
 
「いつもながら凄いですね」
 
 見えない、とはこういうことを言うのだろうとフィオナは常々思わされる。
 おそらくは鍛錬になるレベルであって、限界値の速度ではないだろう。
 それでも自分には見えない。
 動く初動までは視認できる。
 けれど、その後が速過ぎる。
 霞んだ姿しかフィオナの視界には映らない。
 その速度で一時間以上、彼は剣を振り回している。
 
「まっ、これぐらいでいいかな」
 
 満足したように頷いた優斗。
 家に戻ろうとすると、手を後ろに組んで自分を見ているフィオナの姿に気付いた。
 
「家の中にいていいのに」
 
「まーちゃんも寝ちゃいましたから。それに優斗さんのことを見ているのが好きなんです」
 
 真っ直ぐ届いたフィオナの言葉に優斗は若干詰まる。
 
「……あ~、うん。ありがと」
 
 どうして彼女はこんなにも照れるようなことを直撃させてくるのだろうか。
 
「フィオナ、少し変わったよね。前はもうちょっと照れてたような気がするんだけど」
 
「優斗さんがヘタレではなかったら、こうならなかったと思いますよ。何より言葉にしたら受け止めてもらえて、幸せを感じる。だから私は伝えるんです」
 
「……強いなぁ、フィオナは」
 
 優斗はふっと表情を崩して家の中に入ろうとする。
 けれど、不意に手を取られて引っ張られた。
 
「どうしたの?」
 
「渡したいものがあるんです」
 
 フィオナは背後に回していた右手を前に出して、持っていたケースを優斗に見せる。
 そして開けた。
 
「ネックレス?」
 
「はい、プレゼントです」
 
「……なんかあったっけ?」
 
 優斗は頭の中をフル回転させる。
 が、イベントだろうと何だろうと出てこない。
 それでも何かあるのではと、む~と眉根を寄せる優斗にフィオナが笑う。
 
「私がただ、あげたかったんです。優斗さんにプレゼントを」
 
 理由なんて本当に些細だ。
 フィオナは軽く踵を上げると、優斗の首に手を回してネックレスを着ける。
 そして一歩下がって、彼の姿を確認した。
 
「似合ってます」
 
「ありがと」
 
 優斗が感謝すると、フィオナはあらためて彼に抱きつく。
 
「運動した後なんだけど」
 
「汗だってかいてないですし、別にどうであっても私は気にしません」
 
「僕としては少しぐらい気にしてくれると嬉しいかな」
 
 けれどどうにも離れそうにないので、優斗も彼女を抱きしめ返す。
 
「こうしていると、本当に実感します」
 
「何を?」
 
「貴方のことが好き、ということを」
 
 何度も何度も、理解させてられてしまう。
 フィオナ=アイン=トラスティは宮川優斗のことが好きだということを。
 
「例えば手を繋いだ時、腕を組んだ時、キスをした時もですが、私は本当に貴方のことが好きなんだと実感します」
 
 些細な触れ合いだろうと、その度に気持ちを再確認する。
 自分が誰に恋をしているのか、と。
 
「もちろん、ただの好きでは終わることができないから嫉妬や不安も抱いてしまう」
 
 彼には彼の立場がある。
 彼には誰にも真似できない凄さがある。
 だからこそ不安になる。
 
「でも、だから伝えられるんです」
 
 好きだけど、好きだけでは終わらない感情。
 不安になったり、嫉妬したりすることの出来る想いの強さ。
 この気持ちの正体。
 
 
「愛しています、優斗さん」
 
 
 伝えながらも朱に染まる頬は僅かに熱い。
 さすがにこれはフィオナもちょっと照れる。
 けれど、彼女の言葉を受け止めた当人はもっと凄いことになっていた。
 
「真っ赤ですね」
 
 夜なのによく分かる。
 抱きついている彼の身体からは心臓の鼓動が五月蝿いくらいに響いてくる。
 
「幸せすぎて恥ずいんだよ」
 
 あまり顔を見られたくなくて、優斗はフィオナの頭に手を置くと自分に押しつけるように抱きしめた。
 そしてどうしようもないように言葉を告げた。
 
「一生、君には勝てる気がしないなぁ」
 
 勝ち目がない、というのはこういうことを言うのだろう。
 
「大魔法士なのに、ですか?」
 
「そうだよ」
 
 いくら『最強』の意があろうと、勝てないものは勝てない。
 けれど照れっぱなしのやられっぱなしは優斗の性に合わないのも事実。
 抱きついているフィオナを少し押して身体を離す。
 そして、僅かに屈んで口唇を合わせた。
 
「…………」
 
「――っ!?」
 
 もう、こっちはこれ以上ないくらいに照れている。
 限界値は平然と突破した。
 だから別にキスしたところで恥ずかしさは変わらない。
 
「……ふぅ」
 
 少しして口唇を離す。
 彼女の顔を見れば、自分と同じくらいに真っ赤にしている。
 
「ふ、不意打ちですよ」
 
「でなきゃ意味がないでしょ。僕だけ照れてるのも嫌だし」
 
 引き分けぐらいにはなったかな、と思いながら優斗は家へと向かう。
 フィオナは少し呆然としたが、すぐに追いついて優斗に腕を絡ませる。
 
 
 
 
 当然のことながら、エリスには真っ赤にした顔を壮絶に突っ込まれた。
 
 
 
 



[41560] 外伝:fairy tale2
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:0fad10e1
Date: 2015/12/20 14:50
 
 
 
 
 寂しくないと言えば、嘘になる。
 
 たった一人、立っている場所。
 
 この場所には誰もいない。
 
 誰も……辿り着けない。
 
 だけど、居てほしかった。
 
 この世界の人間でもいい。
 
 どんな世界の人間だっていい。
 
 誰だっていい。
 
 共に立ってくれる人が……欲しかった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 眩い光が収まったあと、見知らぬ場所に立っていた。
 
 目の前にいるのは見たこともない服装の少女、一人だけ。
 
 表情は泣きそうで、安堵していて、申し訳なさそうで、嬉しそうで。
 
 けれどやっぱり、最後には泣きそうだった。
 
 だから手を伸ばす。
 
 右手の平を上に向け、笑みを浮かべる。
 
 今、ここがどこで、彼女が誰かなど関係ない。
 
 感覚で理解している。
 
 
 
 
 自分は『この子と共に歩む』ということを。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 巻き込まれ異世界召喚記~外伝~
 
『 fairy tale2 : 歴史に残らなかった異世界人』
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「セイっ! 早く行こうよ!」
 
 一人の少女がスキップでも踏むかのように軽やかに歩く。
 国と国を繋ぐ道を、楽しそうに。
 少し後ろを歩いている青年が笑みを零した。
 
「マティス。向かう場所は逃げないのだから、もう少し落ち着いてもいいだろう?」
 
「だってセイと会って初めての冒険なんだ! 落ち着けないよ!」
 
 彼女の言葉に、セイと呼ばれた青年は眩しそうに少女を見つめる。
 楽しそうでよかった、と。
 
 
 
 
 
 
 青年は数日前、見たことも聞いたこともない場所へと現れた。
 目の前には泣きそうな少女がいて、見たこともない服装をしていた。
 彼は少女を見て、どうして分からないが言わなければいけないと思った。
 
「安心していいんだ」
 
 上へと向けた手の平に彼女の手を乗せて、
 
「私が共にいる」
 
 告げなければいけないと感じた。
 そして告げた時のマティスの表情はおそらく、青年にとって一生忘れないだろう。
 一筋の零した涙と、嬉しそうな表情。
 何度も『ごめんなさい』と『ありがとう』を繰り返した彼女は今……楽しそうに笑っている。
 それでいい、と青年は思った。
 この身は別の世界へとあるが、彼女との運命こそが本当なのだ、と。
 そう感じているのだから。
 
「セイ、どうしたの?」
 
 物思いに耽っていると、マティスが顔を覗き込んできた。
 
「いや、なに。マティスと出会った時のことを思い出していたんだ」
 
 そう伝えれば、彼女は顔を真っ赤にする。
 
「わ、忘れてよ! 申し訳ないとか、嬉しすぎるとか、恥ずかしいとか、色々とあるんだから!」
 
「どうしてだ? 君が私を召喚したことを運命だと思っている。故に私にとっては喜ばしい思い出だ」
 
 何ともなしに告げる青年。
 マティスが半目になった。
 
「……セイって天然なの?」
 
「言われたことはないが」
 
 首を傾げながら、青年は右手の甲に視線を向ける。
 
「しかしこれは何の文様なのだろうな」
 
「たぶん、魔法を使えるようにしてくれてるものだと思うけど……」
 
 マティスも前例が無い為、あくまでも想像でしか言えない。
 
「魔法というのは、あれか。『求めるは――』から始まるものだったな。しかし私が使えそうなものは『求め連なるは』などと、多少差異がある」
 
 理解していることを伝えると、マティスは驚きの表情を浮かべた。
 
「えっ? 神話魔法を知ってるの?」
 
「いや、知っているというよりは文様より知識を得られる」
 
 不可思議なものだ、と青年は声を漏らす。
 
「陰陽と似ているようだが違う。……ふむ、実に面妖なものだな、魔法というものは」
 
「……セイのやってることのほうが、私的には意味分からないんだけど」
 
「そうか?」
 
 青年は言いながら、懐から紙を一枚取り出す。
 そしてスッと横に振れば、いつの間にか折り鶴へとなった紙が空へと飛んでいく。
 
「ほら、簡単だろう?」
 
「だから、それの意味が分からないの! 魔力使ってないし、詠唱してないし、私の想像の範疇を超えてるんだよ!」
 
 騒ぐマティスに青年は笑みを零す。
 二人の旅が始まった。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 それからというもの、青年とマティスは様々な国を巡った。
 リライト、フィンド、タングス、クラインドールなど問題があれば解決し、様々な交流を図った。
 だからこそ世界規模の戦いが起こった時、まだ現代よりも国同士の繋がりというのが薄かった時代において、皆が一致団結して世界の危機を救った。
 そして世界を救ったマティスと青年は二つ名を得る。
 精霊の主と契約し、誰もが真似できない独自詠唱の神話魔法を操るマティスを『大魔法士』。
 右手の甲に特殊な文様を持ち、現存する全ての神話魔法を扱える青年のことを、最初の異世界人にして勇なる者――『始まりの勇者』と。
 
 
 
 
 二人は後に結婚し、マティスはミラージュ聖国の女王となった。
 もちろん彼らの結婚に問題が無かったのか、と問われれば否だ。
 マティスが青年を召喚した国の貴族――ノーレアルが常に問題となった。
 青年を召喚した召喚陣がレアルードにある。
 故に青年はノーレアルの物だ、と。
 しかしマティスは頑として彼らの言葉を受け取らず、青年も寝言は寝て言えとばかりに無視してきた。
 周りの国も皆が賛同してくれた。
 そして――出会ってから60年になろうとした頃……今際のマティスが老人に呟いた。
 
『あれには私の切なる願いが込められてる。今に至るまで残ってるってことは、永劫存在する可能性がある。だから……セイが死んだら、次の召喚者が生まれるよ』
 
 けれど自分にはどうにも出来ない、と。
 あれは希って、請うて、心から望んだもの。
 自分の心の全てで願って創った召喚陣。
 二度と同じようなものは創れないし、できない。
 
『ごめんね、セイ。貴方と……貴方の世界に迷惑を掛けちゃって』
 
 妻の言葉に老人は首を横に振る。
 
『          』
 
 そして告げた。
 老人の言葉を聞き届けた老女は僅かに眦を下げ、小さく微笑んだ。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 文字にして九つ。
 それぞれに口にしながら手で印を結んだ後、直下の魔法陣に手を当てる。
 すると膨大にて乱雑な魔法陣が四つへと分割し、それぞれ飛散していった。
 
「これでいい」
 
 老人は一つ息を吐き、四散した魔法陣を追うように見詰める。
 
「これにはマティスの想いが込められている故、消し去ることは……私が出来るわけもない」
 
 これには、今は亡き大魔法士の想いが込められている。
 だからこそ自分でも壊せない。
 かろうじて分割することが精一杯。
 
「けれどノーレアルに悪用されることはないだろう」
 
 幾つか仕込んだ。
 魔法ではどうにも出来ないこと。
 されど魔法以外の“何か”を用いれば出来ることを。
 
 
 
 
 その身、昔は陰陽の理を習得していた
 名門の血族として生まれ、偉大なる存在を目標としてきた。
 幸いにも才に恵まれていた。
 けれど至上と呼ぶには至らず、されど凡才と呼ぶにはあまりにも非凡だった。
 故に前の世界では偉大なる存在には届かずも、周りとは隔絶した才だからこその孤独があった。
 しかし今は、この才があって良かったと心から思う。
 
 
 その仕掛けこそが今後、彼らが望む者達を召喚しない。
 誰でも、ではなく死せる狭間にいる者を。
 勇者と呼ぶに相応しい魂と、勇者と呼ぶに確かな実力を。
 されど“無敵”とは呼ばれない。
 割れた故に能力は低下し、自分ほどの超越したものを得られない。
 個人の感傷と言われようと、幾人か異世界人がいれば寂しさもない。
 だから、これでいい。
 もちろん今後、どうなるかは分からない。
 歴史に名を残した大魔法士の魔法を、異世界に渡ったことによって圧倒的な才を至上の才へと持ち上げた始まりの勇者が無理矢理に壊すのだから。
 何か不具合が起きる可能性はある。
 
「リライト、フィンド、タングス、クラインドール。私とマティスが最も信頼する国よ。どうかお願いしよう」
 
 亡くなった妻を想いながら、これから自分がいた世界より呼ばれる『異世界人』に思いを馳せる。
 
「次代の“私”を――異世界人を助けてほしい」
 
 それがセイと呼ばれた始まりの勇者――『晴修』の願い。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 ミラージュ聖国の宝物庫。
 その中でも歴史的文献が残されている場所に優斗はいた。
 隣にはラグとフィオナがいて、彼らは優斗と共に古い日記のようなものを読んでいる。
 
「見つけた。貴方達の足跡を」
 
 優斗は読み終えた日記をラグに渡して、情報を統合する。
 文字は消えているものも多い。
 優斗とて、全体で言えば一割ほどしか読めなかった。
 それでも……マティスの日記の最初の一文だけは、擦れずに残っていたから理解できた。
 
「ユウト様。先代様がどのような方か、理解できたのか?」
 
 ラグから問われたことに、優斗は「多少はね」と告げた。
 
「僕とマティスはたぶん、その『力』が本当に酷似してるんだと思う」
 
 同じことを出来る優斗とマティス。
 だから大魔法士と呼ばれる。
 魂の在り方というものも同じなのかもしれない。
 
「けれどやっぱり届き方が違う」
 
 彼らが持つ『力』へ、どのように辿り着いたか。
 
「僕は努力……っていうか生きる為に今の場所へと届いた。マティスは――」
 
 手にある本の一文を指でなぞる。
『誰でもいいから、隣にいてほしかった』と。
 
「彼女は空前絶後の才能者だからこその孤独を感じてた」
 
 人間だけれど、人間とは思えない実力。
 誰もが為し得なかったことを、簡単に行えてしまう才能。
 
「だからこそ求めた。世界が違おうとも、共にいてくれる人を」
 
 生まれた瞬間からの才能で言えば、おそらくは『内田修』と『マティス』の二人は至上と呼ばれる才を持っている。
『始まりの勇者』は召喚陣によるチートを一身に受け、さらには魔法の才に溢れていたからこそマティスと同じ場所まで届いたのだろう。
 
「修が僕を見つけたことと、同じなんだよ。出会った瞬間、共に歩んでいくことが『分かる』んだ。マティスにとっては『始まりの勇者』がそうだった」
 
 孤独から救ってくれる、唯一の存在。
 周りに人がいる、いないではない。
 至上の『才能』故の孤独感。
 誰も到達できないと分かっていたからこそ、マティスにとっては『始まりの勇者』が。
 修にとっては優斗がいてくれることが何にも代えがたい存在だ。
 
「……あの、ちょっと質問が」
 
 すると話を聞いていたフィオナが疑問になったことを問い掛ける。
 
「もしかして優斗さんが女性だった場合……」
 
「……ごめん、フィオナ。マジで言わないで。怖気が走るから」
 
 彼女の想像は十中八九、当たりだろう。
 マティスと青年が結婚し、子供を産み、今のミラージュ聖国がある。
 ならば優斗が女性だった場合、どうなっていたか。
 火を見るより明らかだということだ。
 



[41560] 小話⑱:愛奈ちゃんとレイス君達&ハイスペックな兄と姉
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:112e7b0b
Date: 2015/12/23 19:56
愛奈ちゃんとレイス君達&ハイスペックな兄と姉
 
 
 
 
 
 
 
 ある日の夜。
 優斗は盛大に溜息を吐いて、義両親にツッコミを入れた。
 
「何を寝ぼけたことを言ってるんですか?」
 
「し、しかしユウト君。私は親として譲れないことだと思うんだ」
 
「そうよ。パーティーなんか行ってられないわよ」
 
 そう言ってマルスとエリスは愛奈にぎゅっと抱きつく。
 彼らは愛奈のとある発言のせいで、明日のパーティーに出ないと言っている。
 
「明日は他国からも要人が来るんですよ。公爵たるもの迂闊に行くことをやめるのは無理です。親馬鹿が馬鹿親になってどうするんですか」
 
 優斗は妹をひったくるように奪い取った。
 一人、不思議そうな表情をしている愛奈は首を傾げるばかり。
 優斗は頭を撫でながら、頭が痛くなりそうな発言をかましてくる両親を胡散臭げに睨む。
 
「友達を初めて連れてくるからって、両親がいる必要はありません」
 
 そう、事の発端は愛奈が『友達を連れてくる』と言ったこと。
 もちろん初めてのことで、マルスとエリスは大層喜んだ。
 そして結果、あんな呆けた発言に繋がる。
 
「アイナが友達を連れてくるということは、親としてしっかりともてなしをしなければいけないと思うんだよ、ユウト君」
 
「母として見守る義務があるわ」
 
「でしたら僕が兄として明日は家にいましょう。おもてなしも見守る義務も、家族である僕がいれば全て解決ですね」
 
 事も無げに伝えると、悲壮感漂う両親の姿があった。
 
「何でそんなに悔しそうなんですか?」
 
「だってフィオナは“あれ”だったから、小さな頃はお友達なんて連れて来なかったのよ!」
 
「正直、とても楽しみなんだよ!」
 
 まあ、言わんとすることは分かる。
 フィオナは幼少の頃が頃だっただけに、絶対に友達もいない。
 同年代が来るわけもない。
 だから愛奈が連れてくることが、凄く嬉しくて楽しみなのだろう。
 
「けれど残念ながら却下です。『娘の友達が初めて遊びに来るのでパーティーに出ません』とか、トラスティ家に永劫残る汚点です。また次の機会にして下さい」
 
 優斗は取り付く島もなく却下し、愛奈に笑いかける。
 
「明日、義父さんと義母さんはいないけどお兄ちゃんがいるからね」
 
「うん」
 
 素直に頷く愛奈にがっくりと項垂れる両親。
 若干可哀想な気がしなくもないが、仕方ない。
 
 
 
 
       ◇      ◇
 
 
 
 
 翌日。
 小等学校が終わり、愛奈は3人の友達と一緒に家へと到着した。
 
「バルトさん。ただいまなの」
 
「お帰りなさいませ、アイナお嬢様」
 
 そしてバルトは愛奈の友達にも丁寧に会釈する。
 
「よくいらっしゃいました。レイス君にナギ君、シェミーさんですね」
 
 茶髪の可愛らしい顔の少年――レイスは頭を下げる。
 金髪の活発そうな少年――ナギはぎくしゃくと。
 栗色の髪をツインテールにしている少女――シェミーも同じく、ぎくしゃく。
 三人ともに貴族の子息令嬢なのだが、後者二人は男爵の家系。
 貴族のトップたる公爵家に入るのだから、緊張が凄かった。
 4人はバルトに促されるように、トラスティ家の敷地内へと入っていく。
 
「す、すっごいおおきいね」
 
「ほ、ほんとだ」
 
 シェミーとナギが家のスケールに驚く。
 レイスも物珍しそうにきょろきょろとしながらトラスティ邸までの道程を歩く。
 そして玄関まで差し掛かると、扉が開いた。
 
「あっ、ただいまなのラナさん」
 
「お帰りなさいませ」
 
 家政婦長のラナが4人を出迎える。
 緊張した面持ちで通された広間。
 テーブルに着き、椅子に座っているとラナが紅茶とお菓子を持ってきた。
 丁寧な動作で失礼がないようにカップへと注いでいく。
 そしてすっと下がる。
 もちろん4人とも、貴族の子息令嬢。
 こういう場がなくもない……はずなのだが、慣れているわけではない。
 特に子供だけでこういう状況になったのは初めての為、レイス、ナギ、シェミーは食べていいのか飲んでいいのか判断がつかなかった。
 
「いただきますなの」
 
 そんな中、すぱっと愛奈が紅茶とお菓子に手を付けた。
 そして顔を綻ばさせる。
 
「おいしいの」
 
 いきなりで驚く3人。
 思わずラナを見るが、彼女は小さな仕草で『どうぞ』と勧めてくれたので、手を付ける。
 
「……ほんとだ、おいしい」
 
 レイスが紅茶を含んでは笑みを零し、
 
「あっ、うまいこれ」
 
 ナギがお菓子を食べるとビックリしたような表情になり、
 
「こうちゃもおいしい」
 
 シェミーも緊張していた表情が崩れる。
 そして楽しい会話の時間が始まった。
 
「それにしてもアイナの家、おっきいよな」
 
「うん。わたし、びっくりしちゃった」
 
「ぼくもおどろいた」
 
「そうなの?」
 
 愛奈的にはよく分からない。
 というか、貴族の家で知っているのが自分とレイスの家ぐらいしかないので、あんまり興味がない。
 
「あっ、そうそう。アイナちゃん、きょうの算数できた?」
 
 シェミーが訊くと愛奈は普通に頷く。
 
「うん」
 
「えっ、マジで?」
 
 ナギが驚いた。
 どうやら彼は出来なかったらしい。
 というか、彼らは分かっていることだがナギは勉強が苦手だ。
 
「ナギはちゃんとべんきょうしたほうがいいよ。まほうがくいんって、バカだと入れないんだって言ってたよ」
 
 レイスが呆れたように喋った。
 どうやらナギの目標はリライト魔法学院らしい。
 武闘系の学院とはいえ、あまりにも馬鹿すぎるとさすがに入れない。
 
「だって……むずかしいし」
 
「だけど、あたまが悪いときぞくとして恥ずかしいって、お父さんがいってたよ」
 
 シェミーが窘めるように言う。
 まあ、確かに馬鹿な貴族ほど恥ずかしいものはないだろう。
 
「い、いいだろべつに。つよかったらいいんだよ!」
 
 なんとなく意地になって反論するナギ。
 レイスとシェミーはちょっと納得いかない様子。
 愛奈はよく分からない。
 ということで、
 
「ラナさん、ちょっとききたいの」
 
 愛奈にとっての知恵袋兼教育係、家政婦長を呼び寄せる。
 
「どうかされましたか?」
 
「きぞくってバカだとだめなの?」
 
 問い掛けられたことにラナは少々、考える仕草を取る。
 
「……そうですね。立場によるかとは思いますが、人の上に立つ身である貴族としては、やはり頭が悪いのは良いことではないでしょう」
 
「どうしてなの?」
 
「民を護れないからです。まず第一にリライトの貴族とは民の繁栄の象徴。考えることが苦手だからといって放棄するのは、民に見せるべき姿とは言えません」
 
 救えない馬鹿が自分達の上にいるなど、正直ムカつくだけだろう。
 
「ナギ、やっぱりバカだとだめなんだって」
 
「オ、オレは“ぶくん”をたててえらくなるから、かんけいないもんね!」
 
 レイスが諭すが、ナギは子供らしくさらに意地を張る。
 けれどラナは柔らかい表情になって、
 
「強くなって偉くなる、ということに関しても同様ですよ」
 
「……えっ?」
 
 ビックリした表情になるナギ。
 
「強くて偉い人は、難しい問題に直面することがあります。それをちゃんと考えて、ちゃんと解決しなければなりません。頭が悪かったら解決できないのです」
 
「……そう……なの?」
 
「ええ、そうなのですよ」
 
 柔らかい声音のラナ。
 決して窘めるような言い方でもなく、諭すような言い方でもない。
 だからこそナギも反発する気が失せる。
 そしてラナは頭を下げて、再び距離を置いた。
 
「べんきょう……がんばらないとえらくなれないのか」
 
「ナギ、がんばろうよ」
 
「ぼくがおしえるから」
 
 シェミーとレイスが励ます。
 
「うぅ~、でもべんきょうってめんどい」
 
「だからがんばったほうがいいの」
 
 愛奈がさらっと言ってのける。
 
「……アイナはあたまが良いもんな」
 
「確かにあいなちゃん、べんきょうすごいよね」
 
 レイスがうんうん、と頷く。
 けれど肝心な愛奈は当たり前だと思っているので、やっぱり首を捻る。
 
「べんきょうできないと、しゅくじょとは言えないの」
 
 少なくとも姉は成績が良いし、基本的に遊びに来る女性陣だって同じ。
 要するに高貴な身分の女性だと、愛奈の知っている限り馬鹿は存在しない。
 
「それに、おにーちゃんはすごいしあたま良いの」
 
 だからやっぱり、頭が良いと凄いのだろうと愛奈は思う。
 シェミーが驚いたように訊いてきた。
 
「アイナちゃんのお兄さんも?」
 
「うん。えっと……リライトまほうがくいんで“せいせきゆうしゅう”なの」
 
「さすがユウトさま」
 
 唯一、面識のあるレイスが笑みを零す。
 
「レイスはアイナちゃんのお兄さん、知ってるの?」
 
「まえにいちど、あいなちゃんと一緒に来てくれたんだ。ぼくのあこがれの人なんだよ」
 
 彼がいなければ未だにレイスは『泣き虫レイス』と呼ばれていたことだろう。
 彼が変わる一因となった人物だ。
 
「ん? それじゃあ、レイスががんばってるのってアイナのアニキにあこがれてるからか?」
 
「うん。そうなんだ」
 
 
 
 
       ◇      ◇
 
 
 
 
 そしてしばらく話していると、玄関から扉の開く音が聞こえてくる。
 ラナが迎えに行ったあと、広間にやって来るは先程の会話の人物。
 
「あっ、ユウトさま!」
 
 優斗の帰宅にレイスの目が輝いた。
 リライト魔法学院の制服に身を包んだ愛奈の兄は、4人の姿を認めては笑みを零す。
 
「久しぶり、レイス君」
 
「はい、おひさしぶりです!」
 
 嬉しそうなレイスの頭を撫でる。
 続いて優斗はナギとシェミーの前に立つと、膝を曲げて視線の高さを合わせた。
 
「初めまして、だね」
 
「は、はい。おじゃましてます」
 
「ア、アイナちゃんにはおせわになってます」
 
 家人が帰ってきたことで、殊更に緊張したナギとシェミー。
 けれど優斗は笑みを崩さないまま、柔らかい声で挨拶する。
 
「愛奈の兄の優斗です。今日は来てくれてありがとう」
 
 にこっとした表情で言ってくれるものだから、二人の緊張もすぐに解ける。
 
「こ、これ、お母さんからわたしてくれって言われました」
 
 シェミーが袋を渡す。
 きょとん、とした優斗だがすぐに、
 
「ありがとうございます。お母様にも感謝していたとお伝えください」
 
 しっかりと預かる。
 そして家政婦長に向き、
 
「ラナさん、愛奈の友人を丁重にもてなしましたか?」
 
「はい。アリシア様達と同様に」
 
「この三人はトラスティにとって大切な客人。引き続きよろしくお願いします」
 
「かしこまりました」
 
 頭を下げるラナに、納得するように頷いた優斗。
 すると、
 
「パパ~! おか~り~っ!」
 
 とてとて、と彼の娘がすっ飛んできた。
 勢いよく飛びついてきたので、美味くスピードを殺しながら右腕に乗っける。
 
「ただいま、マリカ」
 
「あ~いっ!」
 
 満面の笑みを見せる娘に表情を崩すと、優斗は愛奈達に振り向く。
 
「僕はしばらく庭の方にいるから。楽しんでいってね」
 
 笑みを見せ、鞄と土産をラナに預けながら愛奈の兄は去って行く。
 思わず彼の言葉に頷いたナギとシェミーだったが、完全に姿が見えなくなると感想がこぼれ落ちる。
 
「なんか……うちのアニキとぜんぜん、ちがうんだけど」
 
「すっごいやさしそう」
 
 ナギには兄が二人いるが、全然違う。
 自分の兄はもっと粗雑だし乱暴だ。
 けれど愛奈の兄は全然、そんなイメージが沸かない。
 シェミーも同様の感想を抱いたようで、少し羨ましそうだった。
 
「けど、がくいんにかよってるってことは、やっぱりアイナのアニキもつよいのか?」
 
「うん。とってもつよいの」
 
「ユウトさま、すごくつよいよ」
 
 助けられた愛奈と学生闘技大会で彼の実力を見たことのある二人が、すぐに頷いた。
 
「じゃあ、アイナちゃんのお兄さんってあたまが良くて、やさしくて、つよいの?」
 
「うんっ!」
 
 
 
 
       ◇      ◇
 
 
 
 
「でも、みたかんじだとアイナのアニキが強いとか信じられないなぁ」
 
 ナギがう~ん、と首を捻る。
 
「どうして? アイナちゃんとレイスくんがつよいって言ってたのに」
 
「だってオレでもたおせそうだもん」
 
 凄く優しそうだった。
 だが、ナギは兄達と比べて強そうには思えなかった。
 
「そ、そんなことない! ユウトさまはつよいんだよ!」
 
 レイスが勢いよく反論した。
 
「アイナとレイスのかんちがいってこともあるんじゃないか?」
 
 ナギにとっては純粋な疑問。
 けれどレイスにとってはムカつく問い掛け。
 むっとした様子になる。
 そんな中、愛奈が言った。
 
「やってみたらわかるとおもうの」
 
「……えっ?」
 
「……はっ?」
 
「……えっと、アイナちゃん。どういうこと?」
 
「おにーちゃんが言ってたの。わからないなら、わかればいいって」
 
 別に命の危機云々ではないんだし、分からないのであれば分かるようにすればいい。
 だからとりあえず、戦ってみればどうだろうか……という愛奈の提案。
 
「で、でもお兄さん、赤ちゃんといっしょに庭にいっちゃったよ?」
 
 シェミーが庭に視線を向ける。
 マリカと鬼ごっこをしてる優斗がいるのだが、行ってもいいのか分からない。
 
「うん。あいなたちもいくの」
 
 けれど言うが早く、愛奈は子供用の木刀を持って庭に向かう。
 慌てて三人が追いかけた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 そして優斗の前に四人が辿り着く。
 
「あれ、どうしたの?」
 
「ナギくんがおにーちゃんがつよいかどうかわからないって言うから、たたかってみればわかるとおもって」
 
「……はい?」
 
 愛奈の説明に優斗が呆けた表情になる。
 子供同士の会話で、何がどうなったら自分に話が向いて、こんな結果になるのか分からなかった。
 
「えっと……お兄ちゃんが戦えばいいのかな?」
 
「そうなの」
 
 頷く妹に対し、優斗は考えることをやめる。
 子供というのは大抵、そういうものだ。
 脈絡のない会話だってさらっとこなせる。
 
「分かったよ」
 
 しょうがないな、とばかりに優斗が笑った。
 娘をラナに預けて広い場所へと出る。
 
「それで、誰と戦えばいいの?」
 
「ナギくん」
 
 愛奈が指名。
 
「うえっ、オレ!?」
 
「だってナギくんが言ったの」
 
 優斗を倒せそうだ、と。
 はい、と木刀をナギに渡す。
 言った手前、受け取らないわけにもいかない。
 
「……で、でもよ、オレがたおしちゃったらどうすんだよ」
 
「ムリなの」
 
 一切合切相手を考慮しない断言。
 優斗が思わず唸った。
 
 ――これは家族ならでは、というやつかな。
 
 バッサリと言い切るところは優斗とフィオナにそっくりだ。
 ナギは愛奈の断言にヤケクソになったのか、優斗の前に息みながら立つ。
 
「アイナのアニキ、行くぞ!!」
 
 そして子供ながらに木刀を構えて、
 
「たぁ~~~~っ!!」
 
 かけ声一発、上段から振りかぶってきた。
 真っ直ぐに頑張っている子供の姿を見て、優斗がくすっと笑いながら右足を一歩、前に出した。
 瞬間、
 
「……へっ?」
 
 優斗が左手で振り下ろす木刀の底を握って止めたと思ったら、ふわりとナギの身体が浮いた。
 
「わわっ!?」
 
 浮遊感がナギを包み、ぐるりと視界が回る。
 優斗は右手で彼の服を掴み、仰向けになったナギをゆっくりと下ろす。
 そして左手の人差し指を彼の首筋に当て、
 
「勝負あり、だね」
 
 にっこりと笑った。
 
「…………」
 
「…………」
 
 呆然としたのはナギとシェミー。
 ナギは何をされたのか分からなくて呆然。
 シェミーは優斗の綺麗な動きに魅了されて呆然。
 愛奈とレイスだけはニコニコと笑ってる。
 
「ちょっと服が汚れちゃったね」
 
 優斗がナギを立たせて、ポンポンと服の汚れを叩く。
 けれど彼は段々と先程のことを実感してきたのか、興奮するように身体が震えてきた。
 
「~~~~~っ! つえ~!! アイナのアニキ、ちょうつえ~っ!!」
 
 目が爛々と輝く。
 何をされたかも分からないなんて、どれだけ凄いのだろうか。
 自分の兄達にだって、こんなことはされたことがない。
 
「アイナ、アイナ! アニキ、ちょうつえ~んだけど!!」
 
「そうなの」
 
「だからそう言ってるのに」
 
 頷く愛奈と呆れ顔のレイス。
 シェミーもぽけっとしていたが、
 
「……うらやましいな、アイナちゃん」
 
 ぽつり、と呟いた。
 優しくて頭が良くて強い兄がいるとか、どれだけ羨ましいだろうか。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 しばらくは庭で男の子達が優斗に挑んで遊んでいた。
 すると、一人の女性がやってくる。
 足音に気付いて全員が向けば、そこにいたのは愛奈の姉。
 
「こんにちは」
 
 微笑みを携えて挨拶をする。
 瞬間、レイスとナギとシェミーの顔が赤くなった。
 なんかすっごい美少女が笑いかけてきた。
 
「あーちゃんのお友達ですよね?」
 
 問い掛けにこくこく、と頭を何度も頷かせる三人。
 
「姉のフィオナと言います。いつもあーちゃんと遊んでくれて、ありがとう」
 
 普段と違い、完璧な姉を演じるフィオナ。
 それだけで一発ノックアウト級の威力だ。
 
「えっと……三人とも、俯いてどうしたんですか?」
 
「照れてるんだよ」
 
 優斗が苦笑する。
 自分だって未だに彼女の笑顔を見たら照れたりするのだから、初見の子供三人にはさぞむず痒いことだろう。
 
「ア、アイナちゃんのお姉さん、とってもキレイです!」
 
 シェミーが頑張って声を掛けた。
 
「ありがとうございます」
 
 再び笑いかけるフィオナ。
 
「――っ!」
 
 それでシェミーは落ちた。
 完全に愛奈の兄と姉に陥落する。
 一方で、レイスとナギはぼそぼそと話し合う。
 
「アイナのアネキ、ちょうキレーなんだけど」
 
「ユウトさまのおくさんなんだけど、すっごくキレイでビックリしたよ」
 
「……アイナ、うらやましくね? めっちゃすごいアニキとすげーキレーなアネキがいんだから」
 
「うん、うらやましい」
 



[41560] 旅行ついでのトラブルシューター
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:112e7b0b
Date: 2015/12/23 19:37
 
 
 
 
 ――七月に入る前。
 
 教室で優斗が興味深げに目を細めた。
 
「へぇ、案外面白いこともやるんだね」
 
 三年になって初めてやるイベント。
 ホームルームで挙がった話題。
 
「演劇……か」
 
 それは劇をすること。
 優斗は手を上げて質問する。
 
「なんでこの時期にやるの?」
 
「闘技大会の前夜祭みたいなものなんだ。あれは一種のお祭りだから」
 
 壇上のクラス委員が問いに答える。
 
「劇って悲劇とか喜劇とか色々あるけど、どういったものが主流?」
 
「恋愛劇とか結構人気になる」
 
 だからうちのクラスもそういったものを、というのが今回の議題だ。
 少なくともこの時間で何をやるかぐらいは決めておきたい。
 クラス全員で頭を悩ませるが、
 
「……おおっ。劇ってことは」
 
 ふと修が思い立った。
 同時にあくどい笑みに変貌する。
 そして手を上げると皆に聞かせるように、
 
「なんかよ、リルの国で有名な劇があるらしいんだよな~」
 
 とんでもなくわざとらしく発言した。
 
「……ん?」
 
「リステルの……劇?」
 
「ああ、なるほどね」
 
 聞こえたクラスメートは全員、そういうことかとニヤリ。
 まずは優斗が引き出しから本を一冊取り出す。
 
「ねえ、もしかしてこれ?」
 
 クラス全員に見えるように掲げる。
 卓也とリルの顔が引き攣って凍り付いた。
 けれどクラスメートは続々と小説を取り出していく。
 
「ユウトも持っているのか。俺も持ってる」
 
「それのこと? 私も持ってるよ。やっと手に入れたんだよね~」
 
 固まった二人を余所にクラスメートもどんどん悪ノリしていく。
 
「タイトルは『瑠璃色の君へ』か」
 
「現代のノンフィクション小説ですわね。あまりにも人気すぎてリライトへの入荷が遅れたほどの小説ですわ。舞台化もされていて、リステルでは追加公演が行われているほどです」
 
 アリーの追加口撃。
 卓也とリルが机に突っ伏した。
 
「誰か謳い文句を知ってる人、いる?」
 
 女子生徒の問い掛けに小説を手にした優斗とクラスメートが大仰に宣う。
 
「唯一人、君を守る」
 
「私の護り手に――誓いの言葉を」
 
「世界一の純愛が今、描かれる」
 
 聞いてるこっちが小っ恥ずかしくなりそうな謳い文句がズラズラと流れる。
 
「どんな内容なんだ?」
 
「リステル王国第4王女がリライト魔法学院に留学した時から話は始まって、そこで出会った少年と王女は運命の恋をする……っていうのが話のプロローグよ」
 
 そこまで女子生徒が言うと、机に突っ伏して恥ずかしさのあまりにプルプルと震えている二人を全員で見る。
 
「リステル王国第4王女……ねぇ」
 
「そこで出会った少年……ねぇ」
 
 ニタニタとあくどい笑みが広がり、最後に修が卓也とリルに最悪なことを言い放った。
 
「ノンフィクションの舞台を当人がやるって最高だろ?」
 
 
 
 
 
 
 
 
 劇が行われるのはおおよそ三週間後。
 優斗達も他の三年のクラスも、授業の時間や放課後などを練習に当てる。
 今も教室で、
 
「あ、あた、あたしは守ってくれなんて言った覚え……にゃい」
 
「お、おおお、お前の都合なんて知るか。オ、オオレが守りたいんだよ」
 
 序盤の見せ場を二人が練習しているのだが、どうにも上手くない。
 
「リル、卓也。主人公とヒロインが照れてんじゃねーよ」
 
「もう一週間やってるのに、まだ慣れないの?」
 
「タクヤ君とリル様、ファイト~」
 
 修やらクラスメートからツッコミと嘆きと声援が入る。
 
「……罰ゲームだろ、これ」
 
「……なんか悪いことやったかしら」
 
 項垂れ、ひたすらに恥ずかしそうな二人。
 優斗が近付いて肩を叩く。
 
「僕だって本人役で舞台に出るんだから、案外恥ずかしいんだよ?」
 
「お前に普通の神経は求めてない!」
 
「あんた原因の一人じゃないの!」
 
 逆ギレのような売り文句に優斗は笑いながらささっ、と去って行く。
 二人は本当にからかい甲斐があるので、優斗も思わずからかってしまう。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 もちろん週末も集まれる者は集まっての練習、ということになっている。
 優斗もそうしようと思っていたのだが、水曜日に王城へと呼び出された。
 しかも珍しく悩んだ様子の王様を前にしている。
 
「……はあ、モルガストですか」
 
「その国のクライン王女がお前に名指しで頼み事があると言ってきた」
 
 週末、来てくれないかと書状を出してきた国。
 優斗はよく知らない国だが、面倒なことなら王様とて拒否するだろう。
 なのにしかめっ面の理由は何なのだろうか。
 
「あの、王様。どうしてそのような難しい顔を?」
 
「頼み事に乗ってくれれば、霊薬の優遇措置をしてくれるらしくてな」
 
「霊薬?」
 
 案外、馴染み深い単語が優斗の耳に届く。
 
「もしかして霊薬の生産国がモルガストということですか?」
 
「その通りだ」
 
 王様が頷くと、優斗は少し考える素振りを見せた。
 リライトの霊薬の消費量は確かに多い。
 それはもちろん、国としての人口と大きさに比例しているからだ。
 
「うちは大国ですから、優遇措置があるというのはでかいですよね」
 
「そうなのだ」
 
 確かに高価な物だ。
 値段は面倒なんで訊かないが、とても高価だということは知っている。
 と、ここで優斗は王様がしかめっ面をしている理由に気付いた。
 
「もしかして悩んでいる理由って、僕に迷惑掛かるから……とか思っていませんか?」
 
 十中八九、そうだろうなと思いながら訊いてみた。
 そして当然のように頷かれる。
 
「思っているに決まっているであろう。学生として過ごさせたいお前を何度も大魔法士として扱っているのだ。気持ちは揺れるが、お前も舞台で準主役として出張るのだろう? 無理はさせたくない」
 
 どうやらアリーから演劇の話は聞いているらしい。
 さらには今まで何だかんだで大魔法士として出張るので、それも王様は心を痛めてくれている。
 だからここで自分が嫌だと言ったら、気にせず断ってくれるだろう。
 思わず優斗の口元が緩んだ。
 
「大丈夫ですよ。さすがにリライトとしても、この件は美味しい。逃す必要はありません」
 
「……舞台は大丈夫なのか?」
 
「これでも演じるのは得意なんです」
 
 出来るだけ王様に心配を掛けないように、問題ないことに告げる。
 
「それに、これぐらいの問題だったら『行ってこい』で構いません。たかが土日に他国へ行くだけなんですから」
 
 軽い口調で言うが、王様は難しい顔。
 さらに優斗が笑みを零した。
 本当、この王だからこそ自分は尊敬できるのだ。
 
「書状を読ませていただいても?」
 
 聞いてみれば、王様は頷いて書状を見せてくれた。
 
「……ふむ。クライン王女の相談に乗って欲しい、とありますね」
 
「ああ」
 
 と、優斗は面白げに目を細めた。
 
「解決しろとはどこにも書いてない」
 
 なんだ、たったそれだけのこと。
 相談に乗ればいいだけだ。
 ここを突かない理由はない。
 
「しかしだな、例えば魔物を倒してほしいと言われたら――」
 
「やるかやらないかも自由ですし、やるならば一分もあれば十分です」
 
「……そういえば、そうか」
 
 目の前の男はそういう存在だ。
 
「それに『モルガストの勇者』もいるというのに、魔物関連は違和感がある」
 
「そんなことより、今は霊薬のことです。僕から言わせていただければ、相談に乗るだけで霊薬の優遇措置が得られるというのは旨味がある」
 
「罠という可能性はあると思っているのか?」
 
「もちろん念頭に置いています。王様も同様でしょう?」
 
「無論だ」
 
 優斗としては甘い展開だけなんて思ってるわけじゃない。
 
「ただ、王様的には可能性が薄いと思っている。そうでもありますね?」
 
「策謀を巡らせるような国ではないからな」
 
「でしたら大丈夫です。今週末、行ってきましょう」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 王様と話が終わり、家へと帰る。
 すると珍しく義父と義母がせわしなく動いていた。
 
「何をバタバタしてるんですか?」
 
「アイナに宿題が出たんだよ、ユウト君!」
 
「そうなのよ!」
 
 よく分からない義両親の返答。
 奥さんもその場にいるので、優斗は彼女に確認する。
 
「ごめん、フィオナ。説明してくれる?」
 
「えっとですね。あーちゃんに宿題が出たんですが、それが旅行に行って楽しかったこと、というもので」
 
 どうにも来週に提出するものらしい。
 まあ、この歳ならではの宿題だろう。
 しかしながら、愛奈は未だに家族旅行というものはしたことがない。
 夏休みに入ればやると決めてはいたのだが、こんなに早くこういう展開になるとは思っていなかった。
 
「で、この二人はどうしてバタバタしてるの?」
 
「どうにか今週末の予定を空けられないか、と頑張っています」
 
「フィオナは?」
 
「私も予定がありまして。ただ、私はどうにか出来るので、お父様とお母様がどうにも出来なかったら、私があーちゃんと一緒に旅行へ行こうかと」
 
「ふーん」
 
 優斗はしばし、頭の中を整理する。
 王様は自分のことを動かしていることに申し訳なさそうだ。
 とはいえ今回の件について個人的な感想としては、些細なことでしかない。
 
「まっ、ちょうどいいか」
 
 旅行ついでだと言えば、少しは王様の荷も軽くなるだろう。
 不幸中の幸い……というか向こうには不幸ではあるが、自分が頼めば大抵はごり押しで通せることだし、愛奈と一緒にいるにしても文句は言わせない。
 それでも文句が出るのならば、お守りとして申し訳ないが近衛騎士に付いてきてもらうのもありだ。
 と、妹が不思議そうな表情で両親を見ているので、訊いてみる。
 
「愛奈。土日にお兄ちゃん、他の国へ行くんだけど一緒に行く?」
 
 確実に妹に問い掛けた言葉。
 だが全く別の方向から返答が飛んできた。
 
「ちょ、ちょっと待ってユウト! 私達がどうにか空けるから!」
 
「そ、そうだ! 待ってくれ!」
 
 エリスとマルスが凄い反応で待ったを掛けた。
 理由が優斗にはよく分かる。
 
「……愛奈と一緒に旅行したいんですね?」
 
「娘の宿題の手伝い出来ずして、何が親か!」
 
「そうよ!」
 
 堂々たる答え。
 しかし優斗は若干、眉根を潜めた。
 
「ちなみに、お二方の予定は?」
 
 義息子からの問いが届くと義父と義母がだらだらと脂汗を流した。
 やっぱりか、と優斗が嘆息する。
 
「パ、パーティーの出席だ」
 
「なるほど。それは夫人同伴のものなんですね?」
 
「そ、そういうことになるわね」
 
 基本的には二人が出たほうがいいパーティーだろう。
 だからこそ、すぐに代われる人材が見つからない。
 というか公爵の代替が簡単に見つかってたまるか。
 
「愛奈。やっぱりお兄ちゃんと今週、旅行に行こうね」
 
「うんなの!」
 
 嬉しそうな妹の返事が、両親の想いを打ち砕いた。
 





[41560] ハゲと王女と大魔法士
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:112e7b0b
Date: 2015/12/23 19:39
 
 
 話を通したら、問題なく愛奈は同行できるとのこと。
 というわけで、土曜日。
 
「着いたね~」
 
「ついたの~」
 
 モルガストへと無事に到着。
 両親が見送ってくれる際、自分たちが行きたかったオーラを存分に出されたが、あれはもうしょうがない。
 
「しっかし、自然が多いな」
 
 優斗は市街地の全体を見回す。
 田舎というわけではない。
 けれど国の都市部としては、明らかに緑が多い。
 
「お国柄、そういうわけなのかな」
 
 うんうんと頷きながら、優斗と愛奈は手を繋いで歩いて行く。
 しばらく歩いていると、やたらと霊薬の単語が目に付いた。
 
「おにーちゃん、れーやくってどうやって作ってるの?」
 
 どうやら愛奈も霊薬は知っているらしい。
 優斗は講義をするように、指を一本立てた。
 
「冬虫夏草って植物があるんだけどね、それを精製して作ってるんだよ」
 
「とーちゅうかそう?」
 
「お兄ちゃんと愛奈がいた世界にもあったんだけどね、この世界だとそれが大怪我でも治してくれるんだ」
 
 ちょっと調べたところ、どうやら雰囲気的にRPGと同様のものらしい。
 万病どころか死すら覆す霊薬。
 それの元が冬虫夏草。
 といっても、この世界の冬虫夏草は夏だと虫のように見える植物で、冬は単に植物というだけ。
 ただし、霊薬として精製できる期間がとても短いらしい。
 育てるのも大層難しいらしい為、モルガストでしか作れないという。
 
「すごいの」
 
「そうだね」
 
 
       ◇      ◇
 
 
「……愛奈。お兄ちゃん、ここに来たいって聞いた時はビックリしたよ」
 
「でも、ラナさんが『しゅくじょは一日にしてならず』っていってるの。それにリライトの“かいがてん”はもう行ったから、ここも行ったほうがいいですよって」
 
 そう、二人がいるのは美術館の一角にある絵画の展示室。
 愛奈はそれを真剣に見ている。
 
「……普通、子供ってもっと遊ぶところに行くと思ってたんだけどな」
 
 自分は例外だ。
 そういう風に過ごしていない。
 だがこういうのも正直、想定外。
 
「貴族のご令嬢ってこんな感じなのかな?」
 
 う~ん、と少し悩む。
 もうちょっと愛奈の歳ぐらいの貴族令嬢の教育を学んだほうが良さそうだ。
 
「あいなね、いんしょー派のきょしょうの作品がすきなの。タッチがかっこいいの」
 
「印象派の巨匠の作品が好きって……。よく分かってるね、愛奈は」
 
「えへへっ。あいな、おねーちゃんみたいなしゅくじょになるの!」
 
 っていうか感想のレベル高い。
 しかし、
 
「フィオナが淑女……ね。まあ、確かにそうではあるかな」
 
 確かに純粋培養のご令嬢だ。
 しとやかだし、上品。
 優斗が絡むと時々壊れるが、そこはご愛敬だろう。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 お昼ご飯を食べて、午後二時。
 
「ここがおうじょうなの?」
 
「そうだね。お兄ちゃんがお仕事しに来た場所だよ」
 
 城門の前へと歩いて行く。
 と、そこに輝かしい頭と大きな体躯を持った男が誰かを待つように立っていた。
 
「あっ、ピカおじちゃんなの」
 
 男の顔を見て、愛奈の顔が輝く。
 向こうも優斗達の存在に気付いた。
 
「おおっ、ユウト殿に娘っ子。久しいのう」
 
 マイティ国の筋肉ハゲ王子こと、ダンディ・マイティー。
 なぜか彼がいる。
 
「ダンディさん、どうしてここに?」
 
 優斗が問い掛けると、ダンディはニカっと笑った。
 
「儂とクライン殿は友人でのう。話を聞いたところ、少々可哀想だったのだ。そして儂だけではどうしようもないと思い、ユウト殿をと思ったわけだ」
 
 つまるところ、今回の訪問の経緯はダンディが一枚噛んでいるというわけになる。
 
「ダンディさんが発端でクライン様が僕に相談する、ということに?」
 
「そういうことだのう」
 
 優斗と話ながら、ダンディは愛奈を担ぎ上げて肩車する。
 
「ピカおじちゃん。ひさしぶりなの」
 
「娘っ子も元気にしておったか?」
 
「うんっ!」
 
 笑顔の愛奈だが、相手は王族。
 というかピカおじちゃんって……。
 
「あ~、愛奈? この人はね、偉い人なんだよ。それに歳だって……」
 
 と、ふと思う。
 たぶん歳上なはず。
 
「ダンディさん。僕より歳上ですよね?」
 
「む? ユウト殿と儂は同い年だぞ」
 
「……ごめんなさい」
 
 闘技大会の時、三年だと思っていた。
 謝る優斗にダンディは豪快に笑い飛ばす。
 
「よいよい。この通り、老け顔だからのう」
 
 だから愛奈が呼びやすいようにしてくれていい、と言ってくれた。
 本当に出来た人だと優斗は思う。
 
 
 
 
 
 
 城内へと入り、優斗はダンディにとある場所へと連れてかれる。
 歩いている途中で優斗は少しごちた。
 
「しかしまあ、でっかい釣り針を用意してきてくれたもんですよ。あれだと確実に僕も引っ掛かります」
 
 ダンディが呼び寄せればいい、と言ったのは確かだろう。
 そして優斗が動くには、ただ単純に呼び出すのは難しいだろうということも。
 とはいえ、あれで釣ってくるとは思わない。
 
「そうなのか?」
 
「ええ」
 
 ここからは国同士の内容なので、優斗も言葉を濁す。
 ダンディもそれを理解して、深くは突っ込んでこない。
 
「気持ちは分からなくもないがのう。将来で言えば国政に関することだ」
 
 と、ここで目的の場所に辿り着いた。
 護衛兵が二人、ドアの前に立っている。
 
「クライン殿はおるか?」
 
 尋ね、少しすると扉が開けられた。
 優斗、愛奈、ダンディは中に入っていく。
 
「お久しぶりです。ダンディ」
 
 鈴の音のような声が届いた。
 
「久しいのう、クライン殿」
 
 ダンディがにこやかに応対した。
 優斗と愛奈はテーブルに座っている女性に目を向ける。
 
「へぇ」
 
「キレイなの」
 
 白銀の髪を背まで棚引かせながら、乱れたところは見られない。
 顔全体を鑑みれば、優斗的には北欧を連想させられる。
 『妖精』と見紛うべき女性がそこにいた。
 彼女は優斗と愛奈に気付くと立ち上がる。
 同時に名乗った。
 
「妾はクライン=ファタ=モルガストと申します」
 
 名乗りを受けて、優斗も同様に、
 
「大魔法士――宮川優斗と申します。そしてこっちは」
 
「あいな=あいん=とらすてぃです」
 
 二人で頭を下げる。
 愛奈がちゃんと出来たので、優斗は頭を上げたあとに軽く撫でる。
 二人のやり取りに空気が柔らいだ。
 
「どうぞ、こちらへ」
 
 クラインに促されて、優斗達は席へと着く。
 紅茶と茶請けが用意されると、ダンディは言葉を告げた。
 
「相談事の件が主なことではあるのだが、もう一つ目的がある。ユウト殿なら立場関係なくクライン殿の友になってくれるとも思ったのだ。我ら王族は、立場故に友が少ないからのう」
 
 突然のことに優斗は目をぱちくりとさせる。
 
「……ダンディさんは嘘ですよね?」
 
 豪快な性格に気遣いが上手い。
 とても友人が少ないとは思えない。
 
「とはいえ、一般的にはそうなのだ」
 
 王族は友と呼べる者が少ない。
 どうしても立場が邪魔をする。
 けれど優斗はそこを超越してる人物。
 故に友人となるに立場を気にする必要はない。
 
「儂とてユウト殿とは戦友と思っておる。だからこそ、もっと砕けていきたいと考えておる」
 
 柔和な感じで話されたこと。
 ふと優斗がクラインに向ければ、彼女も彼女で期待しているような眼差しだ。
 
「……ダンディさん。断りづらい」
 
「リライトの王女と関わり合いがある分、理解は出来るであろう?」
 
「そうですけどね」
 
 うちの王女は一切合切友達がいなかったので、よく分かる。
 
「……しょうがない」
 
 優斗はふぅ、と息を一つ吐く。
 
「了解、分かったよ」
 
 参ったとばかりに両手をあげて、
 
「ここから先は遠慮無し。敬語も禁止でいこうか」
 
 そう言えば、ダンディは満足そうに頷きクラインはさらに顔を輝かせた。
 優斗は苦笑して紅茶を飲み、
 
「それでクライン。相談事って?」
 
 今回の本題を尋ねた。
 
「魔物の事なのです」
 
 クラインから言われたこと。
 思わず優斗の眉根が寄る。
 たかがこんなことで、相談事?
 どうしたっておかしい。
 念のために確認を取る。
 
「……本当にそんなこと?」
 
「はい、その通りで――」
 
「クライン殿。嘘はいかんのう」
 
 頷こうとしたクラインに対して、ダンディが口を挟む。
 
「御身にとっては、もっと大事なことがあろう?」
 
 だからこその相談事だというのに、なぜ最初から言わないのだろうか。
 ダンディは優斗に話を振る。
 
「もし魔物の件だとしたら、ユウト殿はどう答えた?」
 
「モルガストの勇者にやらせればいい。以上」
 
「そうだのう。で、どうするつもりだったか?」
 
「相談事終了。愛奈と旅行に来てるから、後は全力で旅行を満喫する。妹の宿題のほうがよっぽど大事だし」
 
 大事レベルが違う。
 魔物如きが愛奈の宿題に勝てるわけがない。
 優斗が真実そう思っているのがよく分かったので、ダンディは苦笑する。
 
「というわけだ。端話で言うよりは、そっちを主軸に相談したほうがよいのう。魔物の問題はあくまで『モルガストの勇者』の問題。ユウト殿に頼んでしまえば、彼はそれだけで『相談事に乗った』という大義名分を得ることになるし、平然とそれで終わりだと言う輩だからのう」
 
 取り繕いの相談事をすれば、容易にそこを突くし終わらせる。
 とてもじゃないが単純な甘い人物だとは思わないほうがいい。
 確かに優しい人間ではあるしお伽話の登場人物ではあるが、絵本のような大魔法士と同じとは口が裂けても言えない存在だ。
 彼のフォローによって、選択ミスは自覚したクラインは若干顔を赤くした。
 
「あ、ありがとうダンディ」
 
「よい。儂は旧知という分、ユウト殿のことをよく知っておる」
 
 ダンディが豪快に笑い飛ばしたことで空気は一度リセット。
 なので次にクラインが話すことこそ今回の本題。
 
「じ、実は……」
 
 優斗と愛奈とダンディの視線が集まる中、彼女は相談事を告げる。
 
「……好きな男性がいるのです」
 
 
 



[41560] 王族恋愛仲人、爆誕
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:112e7b0b
Date: 2015/12/23 19:39
 
 
 
 
 
 正直、ちょっとだけビックリした。
 まさか恋愛相談だとは思っていなかった。
 クラインはさらに言葉を続ける。
 
「ただ、立場とかが違いますし、どうすれば良いのかと思いまして」
 
 つまるところ、身分違いの恋。
 恋した相手の身分は相当に低いのだろう。
 だからこそ、手詰まりだと思っているわけだ。
 
「何で僕に相談?」
 
 いくら友人が少ないとはいえ、自分を呼び出すほどこのことではないと思う。
 が、ダンディはそう思わない。
 
「世界各国を脅しておいて、それはないと思うがのう」
 
 自分と嫁に手を出したら潰す。
 国ごと破壊する。
 冗談抜きでそんな書状を回しているのだから、縋る先としては間違っていない。
 
「……ん~、なるほど。確かに」
 
「さらには幾つかの王族が関わる恋愛にも首を突っ込んでいると聞いているぞ」
 
「まあ、そうだけどね。王族恋愛アドバイザーとかじゃないよ」
 
 たまたま、というのも変な話だが、そういう輩が身近にいて、幸せにする為にはそうするべきだと思っていたからそうしたまで。
 それが結果として、王族が絡んでしまったというだけ。
 
「そう言うな、ユウト殿。クライン殿にとっては藁にも縋りたいことなのだから」
 
「っていうか王族の恋愛相談って、魔物よりよっぽど問題が重い。国の将来に関わるし」
 
「だからこっちが主題のほうが良いと思うたのだ」
 
 確かに、と優斗は考える。
 相談事に乗ってほしい、とあったのでちゃんと相談には乗る。
 なればこそ、確かに真剣に考えるに値するはこの議題だ。
 しかし、
 
「ただ、一つ疑問」
 
「何でしょうか?」
 
「誰があの条件を認めたの?」
 
 霊薬の優遇措置、というものを誰が出していいと言ったのか。
 それが気になった。
 少なくともクラインのさじ加減だけでどうこう出来るものではないはずだ。
 彼女は優斗の問いに対して、すぐに答える。
 
「お父様です」
 
「……モルガスト王がどうして?」
 
「一つ目は貴方と近付く手段としては『有り』だと判断したこと。国の将来に対しては必要な投資ではある、と。二つ目、妾のワガママを聞いて下さった。この二点が主な理由でしょう」
 
 クラインの答え方からして、嘘ではないと優斗は判断する。
 しかし、だ。
 
「……ちょっと待った。だとしたら、内容は魔物の件じゃないと――」
 
「そして妾の相談に内容は『問わない』と。そう仰ってくださいました」
 
 遮るかのようにクラインは答えた。
 
「魔物の件はあくまで表向きでいい、と。そういうこと?」
 
「はい」
 
 頷く彼女に優斗は一瞬、深く考えた。
 パターンとしては何通りかある。
 罠のようなものを仕掛けられているかもしれない、というのも考慮した。
 だが、
 
「なるほどね」
 
 優斗はこの言葉だけで納得した様子を見せる。
 というのも、どうせ裏を掻こうとしたところで無駄だ。
 そんなことは“させない”し“やらせない”。
 ならば今のところは信じてやっていい。
 ダンディ・マイティーが関わってくるのなら尚更だ。
 彼が好まない輩を『友人』などと呼ぶわけがないのだから。
 
「じゃあ、話を戻そうか。何で僕に恋愛相談?」
 
 問い掛けると、クラインは少しだけ暗い表情になる。
 
「民衆は勇者と妾が結婚するかも、という噂を聞いて持て囃してきます」
 
 聞くに、モルガストの勇者とクラインは16歳で同い歳。
 共に見目麗しく、似合いだと評判になってしまっているらしい。
 と、ここで優斗の頭は物語思考になる。
 美麗な勇者にお姫様。
 どこに問題があるのだろうか。
 いつの時代もどんな時も、誰もが望む物語なのに。
 
「勇者じゃ駄目なの?」
 
「いえ、妾も王族として勇者との結婚も致し方なし、と思ってもいます。しかし……」
 
 俯いたクライン。
 続いた言葉は、妖精のような容姿の彼女からは想像もつかない一言だった。
 
「ぶっちゃけ、うざいのです」
 
「……はい?」
 
 一瞬、聞き間違えたのかと思ったが、違う。
 目の前にいる妖精の如き美少女は確かに『うざい』と発した。
 優斗がほのかに面白そうな表情になると、クラインはうんざりとした様子でさらに言い放つ。
 
「女の子が周りにたくさんいて、誘われても断れない。それに着替えている最中に間違って入ってきたりもしますし」
 
「えっと……もしかして」
 
 まさか、と優斗は思う。
 そんなある意味で王道的なことをやっているのだろうか。
 するとクラインは優斗の考えが合っている、とばかりに頷いた。
 
「今までに何度も、着替えていた時に入ってきました。顔を真っ赤にしたと思ったら、足をもつれさせて押し倒されたりも」
 
 そしてちらり、とクラインは言いにくそうに愛奈に目を向けた。
 優斗は察して妹の耳を塞ぐ。
 
「まさか、というのも変だとは思うんだけどさ、勇者の手はどこにあったの?」
 
「……想像している通り、妾の胸です」
 
 ぐったりとした様子のクライン。
 先ほど優斗が評した妖精の欠片もない。
 
「なんていうか……凄いね」
 
「そうだのう」
 
 おそらく世間一般の男としては羨ましい、という感情を抱くだろう。
 つまるところラッキースケベ。
 ラブコメ主人公の種類によっては必須の能力だ。
 
「しかも妾をデートのようなものに誘うのはいいですが『時間を作り会いに来ました』と言われても、どうすればいいのか。女性とのデートがない日に妾を誘っているだけですので」
 
「……もしかしてさ。本人は他の女性と出歩いているけど、デートだとは思ってないの?」
 
「ええ、その通りです。女性達にお願いされれば断れない性格らしくて」
 
 鈍感系なのか難聴系なのかは分からないが、どっちにしたって優柔不断の朴念仁という時点で酷い。
 なんとなくだが“狂った王道”であった時の正樹と良い勝負だと優斗は考える。
 
「彼が誘うのは妾だけらしいですが、ユウトとダンディはどう思います?」
 
 男性としてどうなのか、クラインは二人に訊いてみる。
 二人はしばし考え、
 
「……いや、ないな」
 
「すまんが儂もないと思うのう」
 
「そうですよね! 愛など育めるわけもありません!」
 
 同調されたことで、さらにヒートアップするクライン。
 無論、優斗としてはそういうのを忌避するタイプだし、ダンディも豪快なだけであって人付き合いは繊細だ。
 モルガストの勇者が悪いとは露も思わないが、タイプとしてこの二人とは違う。
 言うなれば『ラブコメ系主人公』と『純愛系ヒロイン』。
 どうしたってジャンルが違う。
 そして優斗は今までの自分の考えが間違っていたことも悟った。
 
 ――ラッキースケベって常識人の相手にやるときついんだな。
 
 朴念仁で押しに弱いというのも、マイナスに傾いてしまっている。
 
 ――ライトノベルやマンガみたいな出来事って、一歩間違えたらやばい。
 
 プラスに働かない。
 客観的に見れば美味しいと思うのだが、まさかこういう風になるとは考えつかなかった。
 というか斬新すぎる。
 本気で毛嫌いされてる勇者(※ラッキースケベ)なんて。
 優斗は愛奈に当てていた手を戻しながら苦笑する。
 
「せめて女性関係が慎ましくあってくれればよいのですが、そうでない以上……ちょっと妾には」
 
 別に開放的とか、遊んでいるとかではない。
 しかし不特定多数の女性とデートのようなものをしているだけで、クラインにとっては厳しい。
 と、ここで愛奈が「あっ」と分かったかのように声を出した。
 
「あいな、しってるの。“おんなのてき”ってやつなの」
 
 想定外な言葉に優斗の顔が引き攣る。
 何でこの子がそんな単語を知っているのだろうか。
 しかも勇者の態度から考えたら、若干間違っている。
 
「だ、誰が愛奈に教えたのかな?」
 
「いずみにい」
 
「……あの馬鹿」
 
 何て言葉を教えてくれるのだろうか、あの頓珍漢は。
 自分達の変人具合が愛奈に染まったらどうしてくれよう。
 ……もう遅いかもしれないが。
 優斗大きく溜息を吐くと、気を取り直す。
 
「それでクラインが好きなのはどんな人?」
 
「えっと……ですね。妾が慕っているのは――」
 
 と言った瞬間だった。
 ドアが凄い勢いで開く。
 
「姫様っ!」
 
 クラインと同い歳くらいの金髪碧眼のキラッキラなイケメンが入ってきた。
 おそらく彼が『モルガストの勇者』なのだろうな、と他人事で状況を見守る優斗。
 というか勇者のイケメンデフォ具合は半端ない、などとどうでもいい感想を抱く。
 
「姫様」
 
 すると凄まじい速度で彼は近付いてきて、クラインの手を取った。
 
「……ひぅっ」
 
 ピシリ、と彼女が固まる。
 悲鳴を発しなかったのは僥倖? だろう。
 
「なぜオレに相談せず、大魔法士を呼んだのですか。オレならいつでも姫様の相談に乗らせていただくというのに」
 
「い、え、あの……妾は彼らに相談したいと思って……」
 
「オレなら少ない時間を無理にでも作って、すぐにでも相談に乗れます」
 
 なんて言うモルガストの勇者。
 もちろん彼としてはそれが真実だ。
 あくまでデートではないし、断れないだけなのだから。
 けれどクラインとしては『女といつもデートをしている男』としか見れない。
 あと、これはあくまで優斗の勘だが、彼のラッキースケベがいつ発動するか分からないから、気を抜けないというのもありそうだ。
 
 ――ここでラッキースケベあったら被害甚大だしね。
 
 まあ、こういうのは他に男がいたらあまり発動しないだろうから、安心していいとは思うのだが。
 当人としては気が気でないのだろう。
 
「か、かか、彼らにしか出来ないことなのです」
 
 精一杯の声を捻り出すクライン。
 
 ――うわ~、思ってた以上に引いてる。
 
 手を払いたいけど、相手が勇者だから出来ないといった感じだ。
 鳥肌まで立っている。
 本当に心の底からモルガストの勇者のことが無理らしい。
 なんだか見ていて可哀想になってきた。
 
「……ん?」
 
 ついでにダンディと目が合う。
 同じ感想を抱いているようだ。
 互いに肩を竦める。
 
 ――仕方ない。
 
 なので追っ払うための演技をしてあげる。
 視線を巡らせ、まず目を付けたのは扉の前にいる兵士。
 
「そこの護衛兵」
 
 固い声を投げかけられて、兵士の身体がビクリと震えた。
 皆の注目が自身へと集まるが、優斗はさらに続ける。
 
「どうしてモルガストの勇者を部屋に入れた。この場がどういうものか理解できていないのか?」
 
 大魔法士からの厳しい詰問。
 さらには不機嫌そうな声音。
 兵士はしどろもどろになりながら返答する。
 
「し、しかし勇者様が『入らなければならない』と仰っていて」
 
「勇者であれば筋を通さなくてもいいのか?」
 
 声を掛けて確認することぐらい、出来るはずだ。
 
「ここにいるのが誰だと思ってる。お前達の勝手な判断が国を揺るがすことになることを分かってやったんだな」
 
 兵士が真っ青になったと同時に、優斗は大げさに溜息を吐く。
 
「礼儀がなっていないな。勇者も護衛兵も」
 
 そして未だに手を握っているモルガストの勇者へ侮蔑の視線を投げたあと、クラインに告げる。
 
「僕も忙しい身だ。邪魔が入るなら帰らせてもらおう」
 
 言いながら優斗は身なりを整え始めた。
 
「相談していないから件の措置は無しだ、というのは許さない。こっちは乗るつもりであったのに、そっちで勝手に邪魔を入れて潰した事だ」
 
 挑発するかのようにモルガストの勇者へ視線を向ける。
 もちろん言葉の矛はクラインだからこそ彼は反応した。
 
「姫様の願いを蔑ろにするのか?」
 
「こっちはもっと大切なことがある」
 
 主に愛奈の宿題が。
 これで小等学校に宿題が提出できなかったら、自分が兄として失格だしヘコむ。
 兄たるユウトの沽券に関わる問題だ。
 つまりクラインの相談事と愛奈の宿題では重大さが違う。
 優斗はそんな内心をおくびにも出さず、極めて冷静に現実を突きつける。
 
「というより、端的に言ってしまえばお前が邪魔だ。失せなければ相談事ができない。どうしてお前がこの場に呼ばれていなかったのか、理解できないのか?」
 
 必要だったら最初からいてほしい、となるはずだ。
 なので、
 
「お前が消えるか、僕が消えるかの二択だ」
 
 どうする? とばかりの問い掛け。
 図星を突かれ、ぐっと俯いた勇者。
 同時に優斗がクラインにウインクをすると、彼女も察したようだ。
 取られた手を引き抜き、頭を下げる。
 
「帰ってください、勇者モール様。妾は大魔法士であり、友人でもあるユウトとダンディに相談があって呼んだのです」
 
 モルガストの勇者の顔が強張った。
 否定されたのと、優斗を呼び捨てにしたのが理由だろう。
 ダンディは無視されているようなものだが、今までの経緯があるので安心されている。
 
「……ひ、姫様。オレはいらないんですか?」
 
 勇者が若干泣きそうになっていた。
 しかしクラインは揺れない。
 
「いらないというか、いてほしかったら最初からお願いしています」
 
「確かにな」
 
 茶々を入れる優斗をモールが睨み付ける。
 だが、どこ吹く風とばかりに彼は飄々としていた。
 モールはさらに優斗を睨み付けると、押し迫るようにクラインへと近付いた。
 若干、彼女が顔をひくつかせる。
 しかしながら近付かれたと同時に一歩下がった右足をそこで留めたのは、頑張ったと賞賛できた。
 
「大魔法士に無理難題を言われたら、教えて下さい。オレの全てを賭して貴女を守ります」
 
「い、いえ、相談をしようとしているのはこちらなのですが」
 
「だがこいつが見返りに貴女を要求されでもしたら、オレは……っ!」
 
 愛しそうな表情と共に、潤んだ瞳を向ける勇者。
 おそらく、この情景を切り抜いて文章を載せるのであれば、なんともまあ素晴らしいことだろう。
 ただし王女の内心は実は全く別で、優斗は彼のライバルどころか恋愛相談を受けている……という点を抜いたら、だが。
 モールは優斗に鋭い視線を向ける。
 
「……大魔法士。姫様に手を出したら、ただではおかない」
 
「はいはい」
 
 そんなことは天地がひっくり返ろうともありえない。
 さっさと消えろ、とばかりの優斗を憎々しげに見てモルガストの勇者は部屋を出て行く。
 
「まあ、こんなもんか」
 
 どうせ明日にはいなくなる身分。
 何を言われてもどうでもいい。
 と、ほっとした様子の兵士が目に付いた。
 
「そこの護衛兵。お前達に伝えた言葉は嘘じゃない。何の為に部屋の前へ立っているのかを考えろ。馬鹿共が」
 
 再び緊張を走らせた兵士に、下がれと合図をする。
 扉が閉まるとクラインが口を尖らせた。
 
「ユウトは奥様を愛していらっしゃるので問題ないのに」
 
「とはいえ、年若いユウト殿とクライン殿が会っているから焦ったのだろうな」
 
 ダンディは苦笑するが優斗は辟易していた。
 
「マジでどうでもいい」
 
 ただ、彼の視点で見てみると自分は大層邪魔だろう。
 なにしろ大魔法士なのだから。
 物語的にはライバルキャラ登場、といったところか。
 まあ、どうでもいいので話を元に戻す。
 
「で、クラインの好きな人って?」
 
 問い掛けると、彼女の顔がほんのりと赤く染まった。
 
「それが、その……勇者パーティの一人なのです」
 
「……パーティに男いたの?」
 
 優斗的にはそれが驚きだ。
 聞けば男性陣は勇者とその男。
 あとは五人、女性らしい。
 
「その、ですね。庭師習いで大人しい殿方ではあるのですが、とても純朴で優しいのです。パーティとして動く時は剣士で、それはもう格好良いのです」
 
 彼の人物像を聞きながら、優斗は冗談交じりに言葉を返す。
 
「もしかして勇者の幼なじみだったり?」
 
「えっ? えっと、はい、その通りです。よくお分かりに」
 
 ビックリした表情のクライン。
 逆に優斗は乾いた笑いをあげる。
 
「あ、あはは。当たってるとは思わなかった」
 
 物語的にはそういうことが多々あるが、本当にそうだとは。
 驚きしか表せない。
 
「おにーちゃん、すごいの」
 
 すると妹が兄を褒め称えた。
 今のが凄かったくらいは理解できたのだろう。
 当人としては物語に沿った勘でしかなかったが。
 
「まだ愛奈には難しいお話だったかな?」
 
 なんとなく妹の頭を撫で撫でしながら優しく訊くと、愛奈はう~んと小首を傾げた。
 
「えっとね、クラインさまはおねーちゃんのおにーちゃんみたいな人がいて、その人とおにーちゃんとおねーちゃんみたいになりたい……であってるの?」
 
 なんとなく、こんな感じ? といった問い方。
 言葉としてはたどたどしいが、よく把握している。
 上手い具合に要点を抑えていた。
 
「よく分かったね」
 
「うんっ!」
 
 優斗に褒められて嬉しそうな愛奈は、さらに言葉を続けた。
 
「だいじょうぶだとおもうの」
 
「何がかな?」
 
「クラインさま、きっとおにーちゃんとおねーちゃんみたいになれるの」
 
 小さな子供の理由なき断言に、大魔法士と王子と王女が目をパチクリとさせる。
 そして全員で破顔した。
 
 



[41560] 緑の手を持つ少年
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:112e7b0b
Date: 2015/12/23 19:40
 
 
 
 全員で好きな男の子が管理しているという王城の庭の一角へと歩いて行くが、道中のクラインはげんなりとしていた。
 その原因となるのは、先ほどの勇者の一言。
 
「……妾は全てを賭して守られてしまうのでしょうか」
 
 彼女的には全力でいらない。
 けれど相手が勇者なだけに、なんかそんな感じになってしまいそうな気もする。
 しかし優斗が安心させるように軽く否定した。
 
「大丈夫大丈夫、僕は不条理を形にした存在だよ。たかが“普通の勇者”が全てを賭したところでムリムリ」
 
 どうしようも出来ない。
 存在として違いすぎる。
 
「ご都合主義を捻り潰し、運命すらねじ伏せる。それが『大魔法士』と呼ばれる存在だから。だから安心しなよ。一応は友人枠なんだしね」
 
 気軽な口調で話すが、不意にクラインが暗い表情になった。
 
「……一応、ですか?」
 
 ず~ん、と重苦しい雰囲気も一緒に纏う。
 どうやら“一応”は友人枠、ということに大層ヘコんでいるらしい。
 しかも見る限りだと本気で落ち込んでいる。
 
「あのさ、ダンディさん。これって素なの?」
 
「そうだのう。だが、ユウト殿の言葉も悪いと儂は思うがな」
 
 友人と呼ばれて大層喜んでいたところに水を差された形だ。
 確かに優斗も配慮が足りなかったと僅かばかり申し訳なくなる。
 
「ごめん、僕が悪かった。一応じゃなくて普通に友人だよね」
 
 謝罪をするとクラインの表情は再び輝く。
 
「そうです、そうです!」
 
 満面の笑みで頷く彼女に優斗とダンディは苦笑した。
 本当に友達が出来て嬉しかったのだろう。
 
「で、話を戻すけどさ。クラインが想像以上に怖がっててビックリした」
 
 鳥肌立ってたり、後ずさったり。
 どう考えたって普通の勇者と王女の関係ではない。
 というか、物語的な要素から真っ向勝負を挑んでる。
 
「あんなことされれば、誰だって恐れます」
 
「いや、でもイケメンだよ?」
 
「関係ありません!」
 
 ピシャリとクラインが言い放つ。
 
「イケメン補正が効かない、というのはレアだな」
 
 通常は美少年と美少女は補正がある。
 正直、ブサメンよりは人生においての難易度が低い。
 しかしながらクラインにおいては効いていない。
 まあ、彼女も美少女だから効果が薄いだろう。
 
 
 
 
 
 
 四人揃って庭へと辿り着いた。
 そこの一角、僅かばかりのスペースこそクラインの想い人が宛がわれた場所。
 ほんの数メートル四方だが、感嘆させるには十分だった。
 
「これは素晴らしいね」
 
「ほぅ……。儂も驚いた」
 
 優斗とダンディが声を漏らす。
 庭師習いということだが、どうしてなかなか出来がいい。
 
「色合いの調和は完璧だし、文句一つ出ない」
 
「花が咲き誇っている、と。素直に感じさせるのう」
 
 他の追随を許さないほど輝き。
 どうしてなかなか、クラインが目を付けただけのものはあるという感想を抱かせるほどの出来映えだ。
 
「ただ、なんていうか違和感があるというか……」
 
 優斗はう~ん、と眉根を潜める。
 何だろう。
 凄いけれど、何か引っかかるものがある。
 どうにか疑問の中身を引っ張り出そうとする優斗。
 
「バルトさんとおなじなの」
 
 すると愛奈がヒントになることを声に出した。
 
「どういうこと?」
 
 聞き返すと、妹は頑張って言葉を捻り出す。
 
「えっと、えっとね。お花とかがキラキラしてるの」
 
「お花が……キラキラ?」
 
「そうなの」
 
 守衛長のバルトは確か、ガーデニングが趣味だったはずだ。
 知識も多々あるし、育てる際の肥料にも気を遣っている。
 
 ――いや、でも庭師習いだったらその程度……。
 
 と、思った瞬間だった。
 
「……あっ、もしかして」
 
 感じていた違和感が何かに気付いた。
 優斗は近寄って植物の種類を確かめる。
 
「……これと……これ。これもだ」
 
 艶やかに咲いている花を見て確信を持つ。
 ここは外だ。
 周りを見回すが土を掘って咲いた花を植えたとか、何かをした形跡がない。
 つまりこの状態で“育って咲いている”ということ。
 
「何をどうやったって時期がおかしい。春夏秋冬の花が一斉に咲いてる。ハウス栽培とか、そういったレベルを超えてる」
 
 しかも、だ。
 
「一つたりとも蕾がない」
 
 切り整えた、というだけじゃない。
 それでも一つくらいは存在してしまうものなのに。
 
「…………」
 
 永劫的な育成能力を持った神話魔法でようやっと並べるくらいだろう。
 精霊術でもパラケルススを喚ばないと厳しいはず。
 だとしたら、だ。
 土も見てみるが肥料は蒔かれていない。
 あくまで良質の土というだけ。
 
「もしかして“緑の手”の持ち主……か?」
 
 優斗はふと、ある単語を呟く。
 聞いたことがある。
 植物を育てることに関して類い希なる際立った能力。
 “緑の手”を持つ者。
 
「いや、だとしてもこれは……」
 
 優斗が知っている範疇を超えている。
 あくまで“緑の手”は植物を育てるのが他者より凄いというだけだ。
 水を与えるだけで土の種類関係なく育てることができると呼ばれている手ではあるが、それでもおかしい。
 
「……訊いてみるか」
 
 おそらくこの精霊ならば解答が得られるだろう。
 優斗は左手を広げた。
 そして紡ぐは召喚に必要な詠唱。
 
『この指輪は彼の全てとなる』
 
 喚び出すは精霊の主――パラケルスス。
 
 
 
 
 
 
 
 
 突然、精霊の主を呼び出したことにクラインとダンディは驚きを隠せない。
 けれど優斗は気にせず疑問を問い掛ける。
 
「パラケルスス。少し訊きたいんだけど――」
 
 そう言って優斗は視線をクラインの想い人が弄っている場所に視線をやった。
 精霊の主は契約者に釣られるように視線を向ける。
 
『……ふむ。これは真、素晴らしい』
 
「素晴らしいどころじゃない。僕の目から見たら常識外れもいいところだよ」
 
 時期が明らかにおかしい花々。
 なのにも関わらず、どれもが咲き頃とばかりに素晴らしい誇りを見せている。
 
「例え咲いたとしても、だ。いくらなんでも、このレベルだと通常より早く生命力が尽きるんじゃないの?」
 
 時期がおかしい。
 輝き方がおかしい。
 何もかもがおかしことだらけ。
 けれどパラケルススは首を横に振った。
 
『いや、そんなことはないの』
 
「どういうこと?」
 
『己が輝く時を知っているのだ』
 
 常に咲き誇っているのではない。
 時と場合を考えて咲き誇っている。
 
『無論、普通の植物よりは生命力が桁違いに強いのは違いない。普段の姿でさえ、他を凌駕するであろう。だがの、己が輝く時を知っているからこそ、この植物達は長生きしている』
 
「輝く時?」
 
『その通り』
 
 頷いたパラケルススはさらに言葉を続ける。
 
『契約者殿は植物にも意思があることは知っていよう?』
 
「そういう話を耳にしたことはあるよ」
 
 あくまで知識としての範疇。
 実際に見たことも聞いたこともない。
 けれど現実がここにある、と。
 精霊の主は言っている。
 
『ならば人の意思を汲むことも出来る、というわけになる。契約者殿も感じていよう。今、育てた者の意思を汲み、咲き誇っている植物たちを』
 
 輝かんばかりの花たち。
 “今”まさに、咲き誇っていると言える。
 
『植物を愛し、土を愛しているからこそ出来る恐るべき芸当だのう。人間にこのような者がいるとは儂も驚いた』
 
 くつくつとパラケルススは笑いを漏らす。
 精霊の主にとっても凄いと思わされることをしているらしい。
 
『この者こそが真なる“緑の手”の持ち主ということ』
 
 想いを通わせ、時期もタイミングも全てを植物に伝えることが出来る。
 さらには間違いなく、伝えたことを実現できる。
 本当に希有な存在。
 そして優斗がパラケルススの言葉で、逃すことの出来ない単語を耳に捉えた。
 
「今、輝いている……ね」
 
 どういうことなのだろうか、と問い掛けることはない。
 
「そういうこと?」
 
『そうだの』
 
 主語すら抜きの言葉に精霊の主は頷き、苦笑しながら還っていく。
 さらに優斗は続けて何かを確かめるかのように地面へしゃがみ、手を当てた。
 
「……なるほど」
 
 他の人達は優斗が何をしているのかは分からない。
 けれど当人は一人、頷いていた。
 
「ユウト、どうしたのですか?」
 
 状況をそこまで理解していないクラインが質問してくる。
 優斗はしゃがみながら盛大に肩を竦めた。
 
「ほとんど超能力みたいだよ、これ。植物どころか地の精霊も彼が触った土を好んでる」
 
 彼は精霊術士ではないと、地の精霊から今聞いた。
 なのに破格の待遇を受けている。
 こと彼が植物を育てるということにおいては、地の精霊が強力なバックアップをしているということ。
 とはいえ、さすがに優斗以外は要領を得ない話だ。
 ダンディが顎をさする。
 
「要するに、どういうことなのだ?」
 
「実物を見ていないから為人を置いておくとしても、クラインの目の付け所は間違ってないってこと」
 
 一般人は確かに一般人。
 だがその実、クラインが惚れても致し方ないと思えるほどの人物だろう。
 少なくとも彼が触った部分を見ただけの判断だと、そうなる。
 と、その時だった。
 
「姫様?」
 
 一人の少年が声を掛けてきた。
 皆が振り返り、声の主を見る。
 茶髪で柔らかな顔つき。そして純朴そうな少年が、そこに立っていた。
 
 



[41560] その清らかさに
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:112e7b0b
Date: 2015/12/23 19:41
 
 
 
 
「レンド!?」
 
 声を聞き、顔を見て一番驚いたのはクライン。
 彼女は急にそわそわとして髪の毛を弄ったりする。
 するとダンディが声を掛けた。
 
「久しいのう、レンド」
 
「お久しぶりでございます、ダンディ様」
 
 少年は丁寧に頭を下げる。
 クラインが忙しそうなので、優斗はダンディに尋ねた。
 
「彼が勇者パーティの一人?」
 
「その通りだ」
 
 ダンディが肯定する。
 同時にレンドの視線が優斗を捉えた。
 
「ご高名な方だとは思うのですが、名を知らぬ無礼をお許し下さい」
 
 クラインとダンディと一緒にいることを察するに、そういうことだろうと彼は考えた。
 しかしながら初めて見た人物。
 丁寧に腰を折り名を尋ねる。
 
「大魔法士――宮川優斗だよ」
 
 すると、とんでもない返答が届いた。
 レンドは一瞬、呆けた表情になる。
 
「話ぐらい聞いたことない? 勇者が知ってたから、仲間の君も耳に入ってると思ってたんだけど」
 
「は、はい。あります」
 
 確かに彼は聞いたことがあった。
 今現在、この世の中には『大魔法士』と呼ばれる存在がいる、と。
 冗談ではなく噂だけでもなく、本物が。
 レンドは片膝を折り、恭しく挨拶をする。
 
「無礼な対応、まことに申し訳ありません。モルガストの勇者パーティが一人、レンド・フラウと申します」
 
「そんな固くならないで、歳が近いんだからさ。僕が17歳だから、一つか二つ下ぐらいでしょ?」
 
 ひらひら、と手を振る大魔法士。
 
「その通りなのですが……あ、ありがとうございます」
 
「遠慮しない。丁寧に話すのは諦めたし仕方ないけど、わざわざ“私”とか言い換えなくていいからさ」
 
 柔らかい口調の優斗に若干、レンドの顔が赤くなる。
 本物のお伽噺が目の前にいれば、そうなるのも仕方ないのかもしれない。
 
「あと、こっちが妹の愛奈」
 
「よろしくおねがいしますなの」
 
 ペコっと愛奈が頭を下げた。
 
「ご丁寧にありがとうございます、アイナ様」
 
 温和な表情を浮かべるレンド。
 そして彼は立ち上がると、花に近寄っては一つ手に取って戻ってきた。
 白く、数枚の花びらが綺麗に広がっている。
 
「ジャスミン?」
 
「妹様に是非。髪にさす花として、よくお似合いかと」
 
 綺麗な布の上に乗せて、献上するかのように差し出してくる。
 瞬間、優斗が面白そうな笑みを浮かべた。
 どういう偶然なのだろうか、彼がジャスミンを選んだのは。
 それを訊いてみたかった。
 
「どうしてこれを選んだの?」
 
「妹様に良く映え、何よりも縁を感じたんです」
 
「縁?」
 
「はい、その通りです。俺はこの花が『妹様のところで輝きたい』と。そう聞こえたので」
 
 彼の答えに優斗は破顔する。
 素晴らしい返答だ。
 
「いや、驚いた。確かにうちにはジャスミン――“茉莉花”と縁がある。この子の姪っ子の名前の由来がジャスミンなんだよ」
 
 何も間違ってはいない。
 優斗はジャスミンを手に取り、
 
「君がさしてあげて」
 
「……はっ?」
 
 呆気に取られるようなことを優斗が言った。
 レンドは思わず自分の手を見る。
 拭ってもどうしようもないくらいに土で汚れている己の手を見て、無理だとばかりに首を振る。
 
「し、しかし」
 
「お願い」
 
 優斗が手を合わせた。
 彼の妹は何も気にしないのか、嬉しそうにレンドを見ている。
 これで態勢は決まった。
 彼がやるしかない。
 
「で、では。失礼します」
 
 レンドは恐る恐る、髪を汚さないように一輪の花をさす。
 すると、驚くべきことに愛奈がその手を取った。
 
「ア、アイナ様!?」
 
 突然のことにあたふたし始めるレンド。
 愛奈は気にせずマジマジとレンドの手を見る。
 
「あったかいの」
 
 ペタペタと触り始めた。
 確かに土の色がついている。
 爪の間にも、もう取れないぐらいに。
 けれどそんな表を愛奈が気にするわけがない。
 大切なのは、その裡にある温かさ。
 
「おにーちゃんとおんなじかんじなの」
 
 兄にあの時、感じた温もりと同じ感じがする。
 レンドの手は自分に対して、というものではないけれど。
 それでも同じだと思えるもの。
 
「……ふむふむ」
 
 優斗は愛奈の感想を、子供の戯言だとは思わない。
 この子は“昔の自分”よりも鋭い。
 育った環境によって得た内心の機微を計るだけではない。
 今はそれに加えて、子供ならではの内面を見る感受性に優れている。
 
「あ、あの……?」
 
 困惑した様子のレンド。
 優斗は苦笑しながら愛奈に手を離してあげるよう伝えて、
 
「君は花……というか植物を育てるのが好きなの?」
 
 いきなりの質問。
 レンドはさらに困惑しながらも素直に答える。
 
「俺には植物を育てることしか能がありません。だからといって愛がないと育ってくれない。だから俺は精一杯、大好きな“彼ら”を育てようと思ってるんです」
 
 育ててあげている、ではない。
 上から下への目線ではなく、愛し子を育むような感情だ。
 
「土も大好きだったりする?」
 
「土がなければ、植物は育ってくれませんから。育んでくれている土も愛すべき“彼ら”です」
 
 植物を育むに必要な要素。
 その中でも最も大事なものが土だとレンドは考えている。
 いや、むしろ植物を育てる為に必要なものは、それだけで大好きだ。
 
「手、汚れてるね」
 
「そうなんですけど……これは俺の誇りなんです」
 
 確かに汚れている。
 だけれども、これを誇りと思ってしまうのだから自分は変なのだとレンドは苦笑いだ。
 
「自分の手を見る度に、大好きな彼らの為に働いている自分を誇れるんです。好きこそ物の上手なれ、というわけではないですけど大好きな彼らの為にあるものなら、これはやっぱり誇りなんです」
 
 自分だけが持っている、自分の誇り。
 誰に何を言われても揺るがない、大切なもの。
 
「すみません。汚れていることを美化し、見苦しいことを語ってしまって」
 
「いいや、そんなことはないよ」
 
 普通からは離れている、と。
 自分でも感じているのだろう。
 だからこそ美化していると自身で捉えている。
 されど、
 
「裏がない。言葉には真実しかない。性根も綺麗で汚れたところが見えない」
 
 伝わる声の響きや雰囲気、何もかもを鑑みたところで感じるはこれだけ。
 “澄んでいる”と称しても過言ではない。
 透き通った水のような心をしている。
 手の汚れという外見的なものなどどうでもいい。
 どこまでも心の透き通った少年。
 
「……くっ」
 
 優斗から笑い声が漏れる。
 
 ――なんて人間なんだろう。
 
 なんと素晴らしい。
 堪えきれない。
 あまりにも自分と違いすぎる。
 どうやったってなれない。
 なれるはずがない。
 人の裏を見通すことこそ当たり前としてきた優斗だから分かる。
 目の前にいる少年はあまりにも綺麗で、あまりにも異質だ。
 理想論を語るような綺麗さではない。
 綺麗事を並べるような透明度でもない。
 そして威圧なく、異彩なく、素朴そのものでありながらも見えてくるのは純真。
 
「くくっ」
 
 これほどまでの男の子がいるなんて。
 だからこそ植物が意思を通わせ、地の精霊が助力をしてあげたいと願う。
 
「あっはははははっ! そっかそっか、そうだよね。じゃないとそうならないや」
 
 思わず吹き出してしまった。
 初対面の自分ですら理解させられる。
 彼の純朴さと素直さ、そして素晴らしさに。
 優斗は眦に浮かんだ涙を拭いながら、
 
「うんうん、これは驚き。うちの嫁とタメ張るぐらいに純真だ」
 
「え、えっと?」
 
 レンドは彼の態度は意味が分からない。
 けれど優斗はさらに言葉を続ける。
 
「“真なる緑の手”。必要なのは生まれ持った才能だけではなく、ただ愛すべき彼らの為に動く心もか。よく分かったよ」
 
 心才一体、とでも言うべきか。
 才能だけでは無理で、心も必要。
 だからこそ呼ぶに相応しいは“真なる緑の手”。
 優斗は笑いながらクラインに振り向く。
 
「おーい。もう準備は終わった?」
 
 身なりを整えたクラインは、話し掛けられて少しテンパる。
 
「だ、だ、大丈夫です」
 
 クラインの頬がほのかに朱に染まっている。
 本当に初心で、子供のようで、幼いと呼べる恋にしか思えない。
 けれど優斗は自分と彼女が似ている、と。
 シンパシーを感じた。
 
「レンド君は仕事?」
 
「いえ、片付けに道具を持ってきただけですから。もう仕事は終わっています」
 
 瞬間、優斗の顔つきが愉悦に変わった。
 ダンディだけが変化を捉え、次に何を言うのか予測できた。
 
「それじゃ、みんなで遊びに行こうか?」
 
「……はっ?」
 
「ふぇっ!?」
 
 レンドとクラインが大層驚く。
 思った通りの反応で優斗としては楽しい。
 
「これも何かの縁。そうじゃない?」
 
「と、とはいえ……」
 
 レンド的にはいいのか? と思う。
 それはそうだ。
 ここにいる面子は正直、想像を絶する。
 王族、王族、大魔法士、大魔法士の妹。
 自分が同席していい面子じゃない。
 だが、
 
「僕もね、愛奈の宿題があるからご当地の人達に案内してもらったほうが捗るんだよ」
 
 ついでに遊ぶというだけ。
 何も問題はない。
 
「し、しかし護衛は!?」
 
「この世で僕以上の護衛なんて存在しないと思うけど」
 
 レンドの疑問をさらっとかわす優斗。
 ダンディがくつくつ、と笑い声を漏らした。
 
「確かにのう。『最強』が共にしているのだ。問題とするほうがおかしい」
 
 さらに優斗は続けて、
 
「ついでにクラインが友達少ないっていうからさ。付き合ってあげてくれない?」
 
「ユ、ユウト!?」
 
 なんとなく自分の駄目な部分を言われたようで焦るクライン。
 けれど優斗は知ったこっちゃない。
 
「事実でしょ、クラインは。友達いないからって僕に『友達になってほしい』なんて言ってるくせに」
 
「た、確かにそうではあるのですが……」
 
 それをここで言うか。
 朱に染まっていた顔がだんだんと赤くなっていく。
 
「どう? お願いしてもいいかな?」
 
 優斗のだめ押し。
 レンドは少し考えた表情を見せたあと、
 
「えっと、その……。姫様さえ良ければ、オレは構いません……けど」
 
 クラインをちらりと見て、そう答えた。
 けれど彼女の気持ちとしては最良の答え。
 だからすぐに返事をした。
 
「レ、レンドが付き合ってくれるなら喜んでお願いします!」
 
 二人のやり取りに優斗は満足そうな表情で、
 
「それなら決定。二人とも、案内お願いね」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 王城から出てしばらく歩いていると、ふとクラインが訊いてきた。
 
「そういえばユウト、『瑠璃色の君へ』に出ていますよね?」
 
 今、全世界を巡っている人気作。
 当然のこと、クラインも読んでいた。
 ……当人達には本気で可哀想なことだが。
 
「あら、知ってるの?」
 
「それはもう! 妾が一番好きな小説ですから」
 
 世界一の純愛と評された物語。
 彼らは違わず、誰が読んでも聞いても見ても貫き通している。
 
「妾、リル様が本当に本当に羨ましくて」
 
 たった一人、唯一の男の子。
 他に誰もいない純愛中の純愛。
 
「心から憧れて……焦がれます」
 
 羨ましい。
 そうなりたい。
 ヒロインがたくさんいるラブコメじゃなくて、唯一人と純愛をしたい。
 王族であるリルが出来るのであれば自分も、と願ってしまう。
 
「大丈夫だよ」
 
 すると優斗が優しく笑った。
 だからこそ恋愛相談したのだろう、と。
 そう表情が告げていた。
 
「レンド君は読んだことある?」
 
「えっと……その、俺もあります。ちょっと恥ずかしいんですけど、ああいうの大好きなんです」
 
 少し照れた表情になるレンド。
 確かに男の子が読むものとしては、少々照れるのも無理はない。
 すると優斗がなるほど、と頷いた。
 
「ふ~ん。“やっぱり”そうなんだ」
 
「えっ?」
 
「ああ、気にしないで」
 
 左右に手を振る優斗だが、感想としてはやはり、となる。
 あのクラインが惚れた男の子。
 ならば『純愛主義』だというのも納得するところだ。
 
「ちなみに今度、本人達主演で演劇やるから。もちろん僕も本人役で登場するよ」
 
「ええっ!?」
 
「ほ、本当ですか!?」
 
 にわかに、どころではなくテンションが上がるクラインとレンド。
 それはそうだ。
 本人達がやるなんて、テンションが上がらないわけがない。
 
「えっと、その……ユウト。チケットとか……」
 
 クラインにとっては一番憧れている二人。
 そんな二人が舞台で共演し、あの物語を行う。
 是が非でも見たい。
 けれど優斗は申し訳なさそうに、
 
「正直言って悪いんだけど、今の劇場のキャパシティだと融通できる気がしない。ただでさえバレた瞬間から争奪戦になりそうなのに、リステル王国絡んできたら悲惨たる状況になるのは目に見えてるし」
 
 ある意味、全世界で晒し者になってる二人の物語。
 しかも愛読者が非常に多い。
 特にリステルは国家をあげて熱狂的だ。
 
「まあ、舞台はともかくとして、リライトに来てくれさえすれば本人達には会わせてあげられるけど」
 
「ほ、本当ですか!?」
 
「それはもちろん。僕の仲間だしね」
 
 気軽に答える優斗に対して、クラインは嬉しそうだ。
 レンドも少々……というかかなり羨ましそうになるが、立場を考えているのでもちろん口には出さない。
 しかし、
 
「レンド君も一緒にどう?」
 
「……はっ?」
 
「いや、クラインと一緒に来れば? 別にこっちは気にしないし、人増えたほうが卓也もリルも弄り甲斐あるから」
 
「け、けれど王族の方々に対して……」
 
「大丈夫だよ。うちの気軽さ、半端ないから。少なくとも相手が誰であろうとも、認めていれば気にしない」
 
 まるで誘惑するかのような優斗。
 レンドの気持ちもグラグラと揺れる。
 
「サインぐらい、お願いしてもいいし」
 
「サ、サインもいいんですか!?」
 
 レンドは頭の中で状況を空想する。
 自分が持っている小説に卓也とリルがサインをしたならば、どれほどの家宝になるだろうかと。
 ぐるぐると妄想の世界に入るレンドに優斗は苦笑し、
 
「まあ、とりあえず来たければ歓迎するってことだけ覚えておいて」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 商店街に辿り着くと、案の定というか優斗がセリアールに来た時と同じ会話が展開されていた。
 
「露店の食べ物、食べたことないの?」
 
「えっ? アリシア様はあるのですか?」
 
「そりゃアリーはね。僕らと一緒にいるし」
 
 買い食いどころか通常の王族がやらないであろうことまで、色々と。
 
「しかし身体に悪いと聞きますが」
 
「別に毎食じゃなければ問題ないよ」
 
 朝昼晩と食べていれば、それは駄目だろう。
 しかし適度ならば問題はない。
 
「あいなね、クレープだいすきなの」
 
「儂も大好きだぞ」
 
 妹の可愛い反応に対して、予想外の人物が乗ってきた。
 優斗はダンディのクレープを食べる姿を想像し、
 
「……うわ、似合わない」
 
「あれであろう? 肉に野菜、卵を混ぜて――」
 
「それ、とん平焼き」
 
「しかしクレープ生地だと言っておったが」
 
「生地は一緒だけど別物だから」
 
 優斗はくすくすと笑う。
 
「おかしいとは思ったんだよ。ダンディさんがその顔と体型で可愛らしくクレープを食べてる姿を想像したらさ」
 
「確かに。ダンディなら一口で食べ終えてしまいそうです」
 
「へんなの」
 
 クラインも愛奈も想像して、一緒になって笑う。
 けれどレンドだけは笑ってはいけまいと、口を真一文字に結んでいた。
 もちろん優斗は目敏く見つける。
 先ほどのやり取りで柔らかくできたかと思えば、そうでもなかった。
 
「固いね、レンド君」
 
「ユウト様?」
 
 疑問符を頭に付けたレンドに対して、優斗は講釈を垂れる。
 
「今、君がやるべきことは何だと思う?」
 
「ユウト様とアイナ様の案内です」
 
「それも一つ。だけど、それだけじゃない」
 
 優斗はぐるりと皆を見回す。
 
「若者揃って遊びに出歩いているのに、一人だけ仕事だと思ってたら駄目だよ。僕は仕事を頼んだわけじゃないんだから」
 
 案内をお願いした。
 一緒に遊ぼうと言った。
 ならば何を伝えたいか理解できるはずだ。
 
「君も楽しまないといけない。一人仏頂面でいて、周りが全力で楽しめると思う?」
 
 問い掛ければ、レンドはハッとした表情になった。
 集団の中で一人、仏頂面であれば皆にも伝染する。
 そういうのは嫌なんだよ、と暗に優斗が言っていた。
 
「た、確かにそうですね」
 
 それは王族であろうと何だろうと変わらないことに気付いたらしい。
 優斗は頷きながら、再度尋ねる。
 
「じゃあ、君がやるべきことは?」
 
「案内をしながら、一緒に楽しむことです」
 
「正解。じゃあ、何かおいしいものとか教えてもらおうかな?」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 レンドは周囲を見回したあと、とある食べ物を買ってきた。
 優斗はマジマジと見て、なるほどと納得する。
 細長く、茶色い体躯に塗してあるのは砂糖。
 このような場においての選択としては最良だ。
 
「チュロスだね」
 
「ええ。皆様に喜んでもらえると思いまして」
 
 一つ一つ、渡していくレンド。
 クラインはチュロスを受け取ると、そういえばと思ってお金を渡そうとした。
 
「レ、レンド。お金はお幾らでしたか?」
 
「いえ、些細なことですし構いません」
 
「で、ですがこういうことはちゃんとしないと」
 
「いえいえ、大丈夫ですから」
 
「ですが……」
 
 なんてやり取りを繰り返す二人。
 この状況、どっちが悪いかといえばクラインが悪い。
 なのでダンディが口を挟んだ。
 
「クライン殿。こういう時は黙って受け取り感謝するのが女子の嗜みというものだ」
 
「そうなの……ですか?」
 
「最初ぐらいはのう。男は見栄を張りたい生き物だ」
 
 というわけで、優斗とダンディはレンドにお金を渡す。
 こと今に限って特別なのはクラインだけだ。
 
「おにーちゃん。たべていいの?」
 
「うん、いいよ」
 
 手渡されたチュロス。
 まず最初に食べたのは愛奈。
 小さな口でパクリ、と一口。
 
「あっ、おいしいの!」
 
 愛奈が幸せそうな表情になる。
 瞬間、優斗が親指を立てた。
 
「レンド君。マジでグッジョブ」
 
 本当に兄バカというか、ただのバカというか。
 現状、愛奈が関わった瞬間に優斗は豹変する。
 
「これがかの有名な二つ名を持っているかと思うと……想像できんのう」
 
「そうですね」
 
 ダンディの感想にクラインは頷きながら、同じようにチュロスを食べた。
 そして愛奈と同じくらい幸せそうな顔になった。
 
「美味しいっ!」
 
 そして満面の笑みをレンドに向ける。
 
「レンド、美味しいです!」
 
 正直、想像以上の破壊力だろう。
 妖精のような女の子が一身に向けた笑顔。
 並大抵の男では太刀打ちできない。
 無論、並大抵じゃないのが二人ぐらいここにはいるが、唯一の並な男の子は直撃された笑顔を前にして、顔を真っ赤にさせた。
 
「……そ、それは良かったです」
 



[41560] 求めるエンディングは
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:112e7b0b
Date: 2015/12/23 19:42
 
 
 
 レンドの顔の火照りが収まったあと、さらに何かないかと五人は散策する。
 その際、優斗がレンドに話題を振った。
 
「そういえばモルガストの勇者と幼なじみなんだって?」
 
「はい、そうなんです」
 
 素直にレンドは頷き、勇者について語る。
 
「あいつは凄いです。いつも周りに人がいて、頑張り屋で、だから勇者なんです」
 
「……やっぱり勇者としての素養は持ってるんだよなぁ」
 
 優斗はぼそり、と一人ぼやく。
 場合が場合なだけに変な奴としか優斗は思わないが、それはあくまでクライン側に付いているからだ。
 通常通りに見れば彼はまさしく勇者なのだろう。
 ラッキースケベではあるが。
 
「とはいえクラインにとっては“勇者のご都合主義”じゃ困るんだよね」
 
 今の流れ、確かにモルガストの勇者に都合よく流れている。
 すなわち『勇者とクラインがくっつく』というものに。
 周囲の噂も状況も、彼が願うように進んでいる。
 
「……もしやるなら、ここから先は結構な覚悟が必要かな」
 
 現状を打ち崩すのであれば。
 相応の覚悟が必要になる。
 
「……ん?」
 
 と、その時だった。
 前方に見覚えのある顔がある。
 
「ユウト、どうしたのですか?」
 
「……あ~、なんか変なの見つけた」
 
 とある少年が五人くらいの女の子に囲まれ、さらには二人に袖を掴まれながら一緒に出歩いている。
 まだ遠目ではあるが、間違いない。
 モルガストの勇者だ。
 クラインも優斗の視線を追っていき、彼へと辿り着く。
 
「に、逃げましょう」
 
 ほとんど本能的にクラインが言う。
 けれど同じように気付いたレンドは首を捻った。
 
「姫様、どうしてですか?」
 
 勇者を見つけて逃げようとはどういうことだろうか。
 よく理解していないレンドに対し、優斗は単刀直入に言ってのける。
 
「クラインが勇者のこと、苦手なんだよ」
 
「……えっ?」
 
「ユ、ユウト!」
 
 驚きの表情を見せるレンドと、慌てるクライン。
 当然といえば当然だろうが、優斗は気にせずに続ける。
 
「ここで嘘を言ったって仕方がない。自分が求めていない周囲の期待に応えるのは愚の骨頂だよ。まあ、バッドエンドを目指すならそれでいいけど」
 
 明確な否定を見せなければ、周りは思うがままに囃し立てる。
 それが噂として確固たるものになってしまえば、王族故の期待を受けてがんじがらめになり、動けなくなる。
 
「相手方もこちらを見つけたぞ、ユウト殿」
 
「こっちくるの」
 
 ダンディと愛奈が近寄ってくる勇者を見ていた。
 優斗はちらりと視線を向けると距離を測る。
 まだ話し合いの余地も考える余地も十分にあった。
 
 ――とりあえずは、このタイミングだろうね。
 
 もし自分が“やる”としたら、今の状況こそ適当だと思う。
 
 ――さて、どう動くべきか。
 
 これから先のことを、もし“やる”のであれば『可哀想だから』の言葉だけでは済まされないし、そこまで彼女達に優しくいる必要を感じない。
 クラインとレンドを一緒に行動させているのだって、ちょっと良い目に遇わせてあげてるだけ。
 現状を動かすだけの力は一切ない。
 だからクラインが想いの先を望み、現状を変えたいというのならば、だ。
 利害を求め損得を考えて動くことこそ宮川優斗らしさというもの。
 
 ――どの展開がいいかな。
 
 何を選択すれば一番得なのか。
 とはいえ短絡的に考えるわけでもない。
 単純なリライトの実利ではなく、将来性や愛奈が願っていることすらも踏まえた損得はどれが一番いいだろうか。
 
「…………」
 
 ちらり、と優斗は妹の姿を視界に入れる。
 自分にとって現状で一番大きな割合を占めるのは、おそらくこの子のことだろう。
 
「おにーちゃん、どうしたの?」
 
 すると視線に愛奈が気付いた。
 優斗はしゃがみ、妹と視線を合わせて尋ねる。
 
「愛奈は優しい物語が好き?」
 
「うん。だっておにーちゃんみたいなの」
 
 突然な問いに対して素直に答える愛奈。
 その答えの意味するところは優斗が一番よく分かっている。
 愛奈にとって優しい物語とは『自分のことを助けてくれた優斗』だから、感情移入できるのは基本である勇者のご都合物語ではなく、クラインの悲劇を見据えた物語。
 要するに“不幸の先にある幸福”。
 
 ――ということは、だ。
 
 幾つか選択肢を考えたが、やはり愛奈の期待は裏切れない。
 この子の前で不幸な物語を見せたくはない。
 実質な換算で考えると、もう片方を選んだほうが目に見える利を生み出せることは確実だ。
 だからといって後者を選んでも前者の利に迫れないこともなかった。
 
 ――だったら僕の選択は決まりだね。
 
 優斗はクラインを見据える。
 急に彼の雰囲気が変わって、彼女もほのかに真面目な表情になった。
 
「クライン。たぶん僕が君に送れる“最初の分岐点”がここだ。君にとってのハッピーエンドか、バッドエンドかのね」
 
 最初の前提を打ち崩す。
 ご都合主義を穿つ最初の一歩。
 
「僕が関わって事態を動かすなら、このタイミングを始まりにする」
 
 別に優斗でないのなら、まだ他にも分岐点はあるだろう。
 けれど彼がやるとするならば、このタイミングだ。
 
「君が覚悟してるのなら、僕も相談相手として動く。けど君が覚悟していないのなら何もしない」
 
 クラインは心の準備はできているのか。
 ちゃんと覚悟を持っているのか。
 まだ聞いていないからこそ問い掛ける。
 
「どうする?」
 
 単刀直入に尋ねた優斗。
 
「…………そうですね」
 
 クラインは一瞬、目を閉じた。
 次いでレンドを見る。
 
「姫様?」
 
 どういうことだろうかと状況が分かっていない彼を視界に収めて、クラインは笑みを零した。
 
「ユウト」
 
 問われるまでもない。
 
「覚悟せずして、貴方を呼んだ覚えはありません」
 
 もとより覚悟は決めている。
 
「憧れている二人のように、妾もそうなりたい」
 
 世界一の純愛。
 王族の身でありながら、それが偽りないと思えるほどの恋愛譚。
 どうして憧れずにいようか。
 
「もちろん妾は貴方の仲間ではありません。だから同じことをユウトに求めるのも酷だというのは分かっています」
 
 だって自分は今日、彼と会ったばかりだ。
 長年の付き合い故の情だって何だって、自分と優斗の間には何もない。
 
「けれど、それでも思うのです」
 
 自分は恋をしている。
 王族という身であるのは分かっているけれども。
 それでも希うほどの想いがあるから。
 
 
「妾はハッピーエンドが欲しい」
 
 
 誰にも負けないぐらい、『瑠璃色の君へ』の二人に負けないぐらいのハッピーエンドになりたい。
 この感情は偽れない。
 
「手を貸して下さい」
 
 真っ直ぐに差し出された手。
 優斗はふっ、と笑って握手した。
 
「レンド君」
 
 そして手を離しながらもう一人、彼女にとっての主人公に優斗は声を掛ける。
 
「君は助けてくれる?」
 
 レンドにとっては突然な状況。
 けれど茶化すことも困惑することも許されない、真面目な雰囲気。
 その最中で優斗はレンドに訊いてきた。
 “助けてくれる?”と。
 
「今、この場でこういう訊き方はずるいのかもしれない。それでも訊くよ」
 
 逃げ道なんてない。
 理由は分からずとも、今のやり取りの意味は分かってしまうのだから。
 モルガストの王女が大魔法士に助力し、彼が助けると言った。
 本当に大事なことなのだということが図らずも分かってしまう。
 
「君はクラインを助けてくれる?」
 
 どうして、なんて言えない。
 大魔法士の問いは重さがあった。
 簡単に、彼女が王族だからといって素直に頷けるような状況ではない。
 けれど本当にクラインのことを想っているのなら、頷けるはずだと。
 暗に言われているような気がした。
 
「俺は……」
 
 目の前にいる大魔法士は確信している。
 自分が頷く、と。
 どうして彼が自分の答えを確信しているのかは分からない。
 でなければ『ずるいのかもしれない』なんて前置きはしない。
 
「……俺は…………」
 
 頷くことが大魔法士の想定通りだとしても、それでも自分の意思だと自信を持って言える。
 
「姫様のためなら、何でもします」
 
 レンドの答えに優斗は破顔した。
 何度も頷き、そして彼の肩を叩く。
 
「だったら舞台は整った」
 
 主役、ヒロイン、敵役。
 彼女の為の舞台が揃った。
 
「脚本は僕が作る。だから――」
 
 その姿は演技めいていて、格好付けていて、けれど清かに響く声。
 彼はまるで演劇を行うかのように『世界』へ向けて宣言する。
 
 
「――クラインのハッピーエンドを始めるとしようか」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 やってくる勇者の顔つきは正直、ちょっと怖いものになっていた。
 まあ、優斗とクラインが握手している姿でも目撃していたのだろう。
 
「ずいぶんと嫌われたものだね、僕も」
 
「自業自得であろう」
 
 ダンディが溜息を吐く。
 最初から勇者を煽っていたのだから、当然というもの。
 モールは優斗達の前に辿り着くと、のっけから優斗に噛みついた。
 
「姫様を連れ回しているのか?」
 
「一緒に遊んでるだけだよ。妹に国のことを紹介してもらうついでにね」
 
「そうなの」
 
 愛奈は素直に頷く。
 妹的にはそうだから間違いじゃない。
 
「まあ、気にしないで。僕達だって君のデートの邪魔をする気はないから」
 
 未だ二人に袖を掴まれている腕を指差しながら、優斗は言い放つ。
 けれどモールは慌てて否定した。
 
「ち、ちがっ! これはデートじゃない!」
 
 クラインに勘違いされたくないのだろう。
 全力で首を振っている。
 すぐ側にいる女の子達が僅かに悲しそうな表情になっているが、正直優斗にはどうでもいい。
 
「クライン。どう思う?」
 
「デートでしょう、これは」
 
 身も蓋もないほどに断言する。
 
「だよね」
 
 ちゃっかり片方は近付くにつれて腕まで組んでるし。
 別にモールが否定してもいいのだけれど、こと優斗とクラインは絶対的な純愛主義。
 確実に彼の行動と相容れない。
 
「やっぱりそうなんだ」
 
 そして先ほどレンドに対して使った言葉をもう一度、優斗は口にする。
 けれど意味合いは全く違う。
 
「“ジャンルが違う”ね、君は」
 
 クラインとは断絶された場所に立っている。
 同ジャンルじゃなくて別ジャンル。
 大別すれば“恋愛系”でまとめられても、同じ本棚にさえ置けない。
 誰も彼もが優斗の言葉に疑問を持った。
 だが告げた本人は周囲の様子を何も気にせず、
 
「行こうか。愛奈にもうちょっと色々なところを見せてあげたいし」
 
 彼の合図に他全員は疑問を浮かべながらも歩き始める。
 レンドだけが僅かばかり疑問のうえに困った様子を見せたが、口を挟んで取りなせるような状況でもない。
 
「ひ、姫様!」
 
 その時、モールが慌てて女の子達を引き剥がしながらクラインの手を取った。
 彼女に勘違いされたままでは終われないという、その感情から出た行動。
 ある意味では必然的な動きではあるけれど、クラインにとっては生理的に無理なもの。
 
「……っ! 離し――」
 
 彼女は反射的に振り解こうとして、
 
「きゃっ!?」
 
 身体を捻った瞬間、引っ張られてバランスを崩す。
 このままだと、クラインは勇者の上に倒れること間違いなしなのだが、
 
「はい、ストップ」
 
 ここまで優斗の読み通り。
 モールの手を手刀で叩き落とすと、クラインをレンドへぶん投げる。
 
「――っ、姫様!」
 
 彼が無事に彼女をキャッチしたので優斗も一安心だ。
 
「あ、ありがとうレンド」
 
「い、いえ」
 
 そしてパッと二人は離れる。
 優斗は笑みを零すと、皆に呼びかけた。
 
「行こうか」
 
「そうですね」
 
 歩きだすクラインに対して、モールが再び“無意識”に手を伸ばそうとして、
 
「その手はなに?」
 
 優斗に止められた。
 手を取られ、動き出した足も止まる。
 
「気安くクラインに触れないようにね、勇者様」
 
 まるで煽るかのような……というか煽っている台詞を吐く。
 
「君の周りにいる、そんじょそこらの雑多な女の子と一緒にしないでもらいたい」
 
 優斗はちらりと視線を勇者の後ろにいる女の子達へ向ける。
 その行動だけで優斗が侮辱しているものだとモールには映った。
 一瞬にして憤る。
 
「ざ、雑多って……オレの友達を愚弄するのか!?」
 
「愚弄と思うのなら、その通りだよ」
 
 そして優斗も否定しない。
 否定するわけがない。
 
「君の在り方は美徳だ。正しいだろうし、皆も気に入ると思う」
 
 友達を愚弄されて怒るのは当然。
 優斗だって誰だってそうだろう。
 けれど、それはあくまで“友達”の範疇であればの話。
 周囲の女性は好意を向けられている。
 ただ本人が“見ようとしていない”“気付こうとしていない”“感じようとしていない”だけ。
 
「容易に、容易く、気安く、気軽に、無意識に触れる。ああ、確かに君なら大抵の女の子も許すだろう」
 
 なぜなら相手方も悪い気はしていないのだから。
 自分から触れても文句は言われないし、相手方から触れられても気にしない。
 それが“彼の物語上にいる”のなら、誰であろうとも。
 
「君だって特に意識したことないよね?」
 
 触れることが、触れられることが当たり前だから。
 慰める為に触れるのが自然。
 愛でる為に触れるのが自然。
 本人が“無意識”に認めてしまっている。
 
「だけど、そんなことが普通だなんて思わないほうがいい」
 
 勇者だイケメンだラブコメ主人公だのとずらずら並べたのならば、そんなものを納得する奴らの中でだけやっていればいい。
 
「だからクラインは許したくない。そうでしょ?」
 
「はい」
 
 話を振られたクラインは、考える必要なく頷く。
 こんなラブコメ主人公みたいなことをやっておいて、しかも自身を同列に扱うなど以ての外でしかない。
 
「君の行動から導き出される答えは一つ。君は周りの女の子とクラインを同一視してる。“無意識に触れていい相手”だと君は認識してる」
 
 もし彼女のことが好きならば、それだけは駄目だった。
 心から望んでいるのだったら絶対にやってはいけないし、そう在るべきではなかった。
 
「彼女を本当の意味で見ていない。本当の意味で捉えてない。つまり、何が言いたいのかというと――」
 
 優斗は真っ直ぐに言い放つ。
 
「――その手を退け、モルガストの勇者」
 
 まるで挑発のような態度。
 受け取る側としては勘違いしても仕方ない発言。
 
「……姫様は自分にこそ相応しい、と。そう言うつもりか!」
 
 まるでライバルのようだ。
 モルガストの王女を攫いに来た悪役。
 そういう立場だと取られても仕方がない。
 後ろの女の子達も、優斗が敵だと思っているのだろう。
 最大のライバルであるクラインなのに、彼女が“あっち側”にいて可哀想な視線を送っている。
 
「はっ、何をほざいてる」
 
 だけど宮川優斗の在り方はクラインと同じだ。
 そして彼にはすでに唯一無二がいるからこそ、さらに言葉を続けることが出来る。
 
「クライン如き、僕に相応しいわけないだろうが。嫁以外、全世界の女が僕にとって塵芥だ。僕に相応しいのは嫁だけで、他に存在しない」
 
 こと恋愛観点において、フィオナこそが唯一。
 他は全て雑多だ。
 どこの誰であろうと必要ないと断言できる。
 
「姫様を愚弄するのか!」
 
「愚弄? どこがだ」
 
 だからこそ勇者は勘違いしている。
 この台詞はクラインを狙う者にとって喜ばしい台詞だということが理解できていない。
 
「クライン。お前は僕に相応しい、と。そう思われたいか?」
 
「まさか。妾にとっても同じです」
 
 意味がない。
 彼の評価など価値がない。
 
「数多の一人ではなく唯一を願う者として。故に言えましょう」
 
 確かに優斗は凄いだろう。
 彼の持つ二つ名は偉大だし、絶大だ。
 けれども、
 
「ユウト如き、妾には相応しくない」
 
 優斗が彼でない以上、相応しいなど思いたくもない。
 クラインの宣言にモールの表情が僅かに嬉しげな色を見せた。
 優斗は論外だ、というものに対してだろうが、
 
「今の台詞、モルガストの勇者に喜ぶところあった?」
 
「いえ、ないと思いますが」
 
 彼の周りに女の子がいる以上、どうしたってクラインの発言は彼と相容れない。
 勇者が舞台に上がろうとしていることを誰よりも彼女が認めていない。
 けれど勇者の耳にはすでに届いていなかった。
 ライバルがいなくなったことが、それほど嬉しかったのだろう。
 
「さて、これで周囲の注目も浴びたかな」
 
 優斗は周囲を見渡して、小さく呟く。
 数十人もの人々が優斗達に視線を向けていた。
 勇者と王女が一緒にいれば、さすがに目立つだろう。
 噂が噂なのだから尚更。
 だからこそ、やる必要があった。
 会話の流れをしっかりと理解している人がいるならば、こう思うことだろう。
 
『王女は勇者と結婚したくはない』と。
 
 最初の一手としてはこれで十分だ。
 
 



[41560] 幸せの道
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:112e7b0b
Date: 2015/12/23 19:43
 
 
 
 勇者と別れ、再び開始した散策も夕方頃まで楽しんだ。
 レンドは家へと帰り、優斗は王城に戻ると愛奈をダンディに預けて、とある人物に会いに行く。
 その人物とはモルガスト王。
 霊薬の優遇措置を許可した相手だ。
 温和な顔立ちのモルガスト王は、大魔法士として前に立った優斗の質問に対して言葉を並べる。
 答える内容は噂の中身。
 
「皆、夢見ているのだよ。勇者が統治するという国に」
 
 まるで物語のようだろう、とモルガスト王は告げた。
 
「無論、勇者にその能力はあると私も思っている」
 
「……その割にはいきなりクラインの部屋に入ってきたが。常識を知らないのか?」
 
 優斗の眉根が狭くなる。
 
「心中察すれば、分からなくもないだろう?」
 
「……言いたいことは理解できる」
 
 どうやらライバルキャラと認識されているようだし。
 そんな奴とクラインが一緒にいるのなら、邪魔したいと思うのも間違いではない。
 
「まあ、勇者だから能力があるのは間違いないだろうな」
 
「普段の彼は誠実で高い能力を持っている。民衆の心もすでに掴んでいる」
 
 優斗の前ではただのおかしな人でしかないが、普段の様子は違うのだろう。
 
「時間はない。あと一年以内に定められなければ、クラインは勇者と生涯を共にすることとなる。民衆だけではなく、城内でもそのような声が挙がってきている」
 
 勇者こそが次の王に相応しい、と。
 
「第一王子がいると聞いているが、それはどうなんだ?」
 
 クラインは第一王女で、他にも兄弟がいるとは耳にしていた。
 もちろん長男も幼いながら存在している。
 
「勇者が王となる夢物語の前には、気にする民は存在しないよ」
 
「……流れは違わず、勇者とクラインが添い遂げる方向へと向かっている、か」
 
 本当にご都合主義だ。
 他の常識を無視するかのような展開。
 だけど、だからこそ破壊できる相手が必要になる。
 
「君がここにいること。それがクラインにとって最後のチャンスだと思ったほうがいい」
 
 モルガスト王は話ながら、くつくつと笑い声を漏らす。
 
「活躍はかねがね、リライト王や他の王から聞いているよ。娘とも馬が合いそうだと思ったんだ」
 
 純愛主義の暴君。
 自身の愛を貫く為ならば、邪魔するものは国すら潰す。
 仲間の幸せの為ならば、定められた相手すら変えさせた人物。
 
「裏はあっても、こういうことか」
 
 優斗はモルガスト王を見て、少しだけ呆れた表情になる。
 どうして自分がここにいるのか、やっと理解できた。
 
「まさかクラインの幸せのために大魔法士を動かすとは思わなかった」
 
 全てが都合良いと考えたのだろう。
 ダンディから話を受けたクラインが、モルガスト王に相談した時。
 王の頭の中では、このような構図が浮かんだはずだ。
 
「娘の幸せを願うことは、親として当然のことだろう?」
 
 恋している男の子がいる、と。
 親だからこそ分かっている。
 
「だが私の娘は王女だ。個を優先させることなど出来ない」
 
 そこらへんにいる特別なことなど何もない女の子なら良かっただろう。
 けれどクラインは違う。
 彼女は王族だ。
 自身の幸せの為だけに動くことなど出来ない。
 
「私は見出せなかった。彼と勇者を秤に掛けても、国の幸福を願うのならば確実に勇者だ」
 
 それは王としての判断。
 クラインに彼を宛がったところで、何一つ得がない。
 
「彼に勇者と同等の価値を見つけられない」
 
 なればこそ現状を打破できるとすれば、それは誰なのか。
 王で無理ならば、王以上の能力を持った人間を呼べばいい。
 
「だからね、もし彼に隠れた価値があるのならば……」
 
 自分が見出せなかった価値を見つけてくれるのなら。
 
「私は娘の幸せを願うよ」
 
 全ては今、勇者とクラインが結婚する方向に流れている。
 けれどそれでは、娘が幸せにはなれない。
 王族たるもの致し方ないことではあるが、それだけで何もせず流れに身を任せるのでは親の資格は無い。
 
「最悪、クラインが王族でなくなってもいいのか?」
 
「それでも私の娘だということに変わりない」
 
 彼が婿に来るのではなく、娘が嫁に行ったとしても。
 それだけの価値があるのだろう。
 
「だったら一つ、願いがある」
 
 優斗はあることをモルガスト王に伝えた。
 
「――――――――――――――――――――。構わないか?」
 
 想定外の言葉だったのだろう。
 彼の願いにクラインの父親は破顔した。
 
「今の私としては構わないと言うほかないだろうね」
 
 価値を見出せない自分としては、他に言える言葉がない。
 
「言質は取った。裏切った場合はどうなるか分かってるな?」
 
「ああ。君の為人を聞いて理解しているつもりだよ」
 
 欺くのならば“力”で打破する。
 道理を通さないのであれば、道理を引き摺りだす。
 彼は決して甘くない。
 
「しかし、もし“そうなった場合”はどうなる?」
 
 モルガスト王の問いに対して、優斗は笑みを浮かべる。
 
「内緒だ」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 モルガスト王と話が終わると、優斗はクラインの部屋へとやってきた。
 
「父と話は終わったのですか?」
 
「大体ね」
 
 優斗は用意された椅子に座りながら、今一度クラインに問い掛ける。
 
「クライン。大体さっきのやり取りで分かってはいるんだけど、改めて確認させてもらうね」
 
 彼女の心情がどうなっているのかを。
 もう一度だけ、確認する。
 
「気持ちは変わらず、添い遂げたいと。そう願う?」
 
「はい。もちろんです」
 
 紛うことなくクラインは頷いた。
 
「理由、聞いてもいい?」
 
 どうしてそこまで、彼に拘るのか。
 感情移入するためにも聞いておきたかった。
 クラインは小さく笑って、気持ちの丈を伝える。
 
「レンドは太陽みたいなんです」
 
 懐かしみながら彼女は語り始めた。
 
「昔から庭師に付き添って、顔見知りぐらいにはレンドのことを知っていました」
 
 幼い頃からの知り合いではあった。
 たったそれだけ。
 でも、それで十分だった。
 他に同年代の知り合いなどいないのだから。
 目で追うには十分過ぎるくらいの知り合いだ。
 
「彼は仕事に直向きで、妾にとっても優しくて、妾にとっては太陽みたいな人」
 
 何度も庭師が仕事をしている最中に顔を出した。
 付いてきている彼が花の種類や樹の枝や葉を切る理由など、クラインに丁寧に説明をしてくれた。
 そして年齢を重ね、彼が一人で任される部分も出てきて。
 クラインは仕事の邪魔をするのも嫌だから、と城の窓から彼のことを何度も見ていた。
 レンドは仕事の時、いつも楽しそうに仕事をする。
 慈しみ、真っ直ぐに“彼ら”と対話をしている。
 その姿が本当に眩しく見えた。
 
「初めて恋をしたと分かったのは、妾が怪我をした時」
 
 庭園で花を見ている時、迂闊にも足を引っかけてしまった。
 
「結構、酷く足を捻ってしまったんです。かろうじて歩けないことはなかったのですけど、レンドに見つかったらすぐにおぶってくれました」
 
 本当に驚きだった。
 彼はいつも立場を考えて行動していた。
 自分に触れることはない。
 話をしているときだって、無礼がないように礼儀を尽くす。
 それがクラインの知っているレンド。
 けれど自分が怪我をした時だけは違った。
 
「いつもはずっと一線を引いてるくせに、妾の為に無礼を承知で一線を踏み越えてくれたんです」
 
 怪我がこれ以上、酷くならないように。
 クラインのことだけを考えて取った行動。
 
「土と草の温かな匂いに、本当に安堵したことを今でも覚えています」
 
 思ったよりも大きかった背中。
 いつも見ていた彼が男の子であると実感した。
 
「急に胸がドキドキして、初めて彼に恋をしていたことに気付きました」
 
 きっとそうだったのだ。
 勇者のことだって初恋に気付いた前から知り合いだというのに、彼には何の魅力も感じていなかったし、目で追うこともなかった。
 昔からずっとクラインの視線の先にいる男の子はレンドだけ。
 
「もちろん、そんなものは淡い初恋として思い出にすることが王族としての義務でしょう」
 
 たかだか同年代。
 それだけだと片付けてしまうのが王族の道理。
 
「けれど勇者様が相手だと、妾は幸せになんて絶対なれない。妾の在り方が在り方だからこそ、勇者様のような人だけは絶対に無理です」
 
 性格でも顔でもない。
 存在が相容れない。
 
「愛など育めない」
 
 それは優斗と最初に会った時、伝えたこと。
 
「義務があるというのならその通り。愛など不要といえばそうでしょう」
 
 国の繁栄と安寧。
 王族たる自分の責務。
 
「けれど、立場に対して分相応でないのは分かっているけれど……」
 
 どうしたって自分は思ってしまう。
 
「妾は幸せになりたい。だからレンドと添い遂げたいんです」
 
 唯一と願う男の子。
 レンド・フラウと。
 
「ん、よく分かった」
 
 優斗はあらためて頷く。
 彼女の覚悟の程はよく理解できた。
 感情移入するにも十分だ。
 
「それなら認めよう。大魔法士の僕と精霊の主たるパラケルススが認める」
 
 なればこそ、次の一手を告げる。
 優斗は“クラインのハッピーエンド”に必要なものを、今ここに生み出す。
 
「……何を認める、と?」
 
「レンド君は特別な人間だということを。そして――」
 
 もう退くことは出来ないし、させられない。
 勇者と同等の価値があると見出したのならば、優斗はこう言うべきだから。
 
「もしレンド君とクラインが添い遂げないのであれば、彼は“リライトが貰う”」
 
「……えっ?」
 
 クラインが目を見張る。
 意味が分からない。
 理解出来なかった。
 どうして認めることが連れて行くことになるのか。
 だから優斗は“どうしてここにいるのか”を再度、彼女に告げた。
 
「霊薬の優遇措置だよ」
 
 モルガストが優斗を釣った餌。
 それをこの瞬間、口にした。
 
「僕なりに考えてはいたんだけどね。良いのが見つかった」
 
 関税の引き下げ、原価の低減。
 色々と思い付くものはある。
 けれど全てを覆せる存在がモルガストにいた。
 
「リライト王にも進言しよう。彼の力と心。その全てを」
 
 季節を問わずして植物を育てられる能力。
 “植物”であるのならば、レンドは何だろうと上手く育てることができる。
 おそらくは冬虫夏草すらも問題はない。
 
「レンド君には価値がある。モルガストの最重要といえる霊薬の在り方を打ち崩すほどのね」
 
 であるならば、素材についてはモルガストだけで生産できるわけじゃない。
 レンド・フラウという少年がいれば何一つ問題ない。
 
「結果、どうなるか分かる?」
 
 精製については一人、職人を連れてきて技術を知ればいい。
 秘匿だの何だのあったところで、どうにだって出来る。
 つまり、現時点で優斗が持っている情報を鑑みて最大の利益とは何かと問うなら答えは一つ。
 レンドが冬虫夏草を育てる広大な土地をリライトで用意すればいい。
 
「早ければ数年後、モルガストの将来は揺らぐ。いや、僕が揺るがせる」
 
 勇者が王になることなど、どうでもいいとなるぐらいに。
 この国の必須であるものが根底で覆される。
 
「僕はリライトの利になることを逃しはしない。すでにモルガスト王から了承は取ってある」
 
 王では見つけられなかったレンドの価値。
 リライトなら最大限に有効活用できる。
 
「彼こそがリライトにとっての“霊薬の優遇措置”になりえる」
 
 そこまで言って優斗は苦笑した。
 目の前にはショックを受けて俯いているクラインがいる。
 当然といえば当然だろう。
 連れて行く、と言ったのだから。
 
「ほら、クライン。俯く必要はないし怖がる必要もない」
 
 けれどどうして優斗が“伝えた”のかを、クラインにはちゃんと理解してほしい。
 
「君が僕に相談したんだよね? 恋愛相談を」
 
「……はい」
 
「だったら問題ないってことに気付いてほしいな」
 
 もし本当に優斗がレンドを連れて行くつもりなら、言うはずがない。
 話す理由がない。
 余計な情報を持たれて、拒否されては面倒だからだ。
 なのに、今ここでクラインに話す理由。
 それは全て、彼女のハッピーエンドの為。
 
「何もないところから、始まりの地点は作られた。君がちゃんと始めた」
 
 勇者のご都合主義を崩すための第一矢。
 僅かなヒビであろうとも、崩れる一端が確かにある。
 
「だったら、だ」
 
 レンドには勇者以上の価値がある、と。
 優斗が認めたのならば、
 
「使えばいいんだよ、僕を」
 
 大魔法士である我が身を道具として扱えばいい。
 自分が発した言葉を巧みに操り、彼と添い遂げる為の理由とすればいい。
 
「……っ! ユウト、まさか……」
 
 クラインの眼が大きく見開いた。
 全てが繋がったらしい。
 どうして今、こうなっているのかを。
 優斗は大きく頷いて、さらに言葉を続ける。
 
「退いたら駄目だし、逃げたら駄目だし、目を背けることは許されない。これはチャンスだと傲慢に剛胆に繊細にきめ細かく認めて貫き通せ」
 
 ハッピーエンドにしたいのだろう。
 幸せな将来を送りたいのだろう。
 だったら、突き進めばいい。
 
「己が想いを」
 
 そして優斗は少し後悔しているような表情になった。
 
「僕は失敗してる。彼女の為と考えて動いたりしなかった。それで彼女を悲しませて、苦しませて、泣かせたりした」
 
 告白をしたのはフィオナだった。
 彼女の為と暴言を吐いて自身を傷つけた優斗を救ったのもフィオナだった。
 
「幸い、僕の場合は彼女が動いてくれて頑張ってくれた。だから今がある」
 
 自分のハッピーエンドは最愛の女性無しには語れない。
 彼女こそが優斗の幸せを作り、貫いてくれたから。
 
「いいか、クライン。これが僕の示せる道筋だ」
 
 今の流れをぶっ壊して、さらには意中の相手と添い遂げる。
 その為に優斗が提示できるルート。
 
「言ったことは撤回しない。クラインとレンド君が一緒にならなかった場合、僕は彼を連れて行く」
 
 それぐらいの覚悟がなければ駄目だ。
 
「だけど――」
 
 優斗が敷いたのは不幸の道ではなく幸福の道。
 
「いなくなるなんて思うな。君が彼を繋ぎ止める。会えないなんて考えるな。君が彼をこの地に留める」
 
 なぜならクラインとレンドはくっつく。
 だからこそ、優斗の話したことなど一つたりとも意味がない。
 
「僕が彼を連れて行くだなんて、一切合切認めるな」
 
 その為に必要なことは何でもやればいい。
 誰かを慮る必要も、誰が不幸になろうとも気にする必要はない。
 
「傲慢になれ、クライン。君のハッピーエンドの為に」
 
 主演は彼女だ。
 それが悲恋でないのならばクラインは幸せになる必要があるし、そうしていい。
 
「……ユウト」
 
「僕としては、男を連れ帰ってホモ祭り始めるとか思われても嫌だしね」
 
 からかうような声音で伝えられたこと。
 クラインは少し笑って否定した。
 
「絶対にそうはなりません。なぜなら――」
 
 目の前にいる男の子が告げてくれた。
 
「――妾がレンドと一緒になりますから」
 
 



[41560] 輝かせる為に必要なもの
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:112e7b0b
Date: 2015/12/23 19:44
 
 
 
 夕食も終わり、優斗達はお風呂へと向かった。
 大きな浴場があり、男側には優斗と愛奈とダンディが三人で入る。
 
「愛奈~。目をぎゅーだからね」
 
「ぎゅー」
 
 今は優斗が愛奈の頭を洗っている。
 最初に出会った時のことを少し思い出して、優斗は懐かしむ。
 湯を愛奈の髪の毛にざばっとかける。
 
「はい、さっぱりした。あとは湯船にちゃんと浸かろうね」
 
「うんっ」
 
 愛奈がささっと湯船に向かう。
 優斗も妹の後を追って湯船につかった。
 と、その時、浴場の扉が開く。
 湯煙で見えづらいが、そこにいたのは先ほどまで一緒にいた男の子。
 
「レンド君?」
 
「あっ、ユウト様達も来ていたんですね」
 
 てっきり家に帰ったとばかり思って彼が、なぜかここにいる。
 
「どうしたの?」
 
「それが、その……モールに連れて来られまして」
 
「どういうこと?」
 
 詳しく話を聞いてみる。
 すると、どうやら優斗が今夜王城に泊まることが不味いと思っているらしい。
 なのでレンドを連れて王城に来たというわけだ。
 
「俺のほうからユウト様は大丈夫だと伝えはしたんですが、聞き入れてもらえなくて」
 
「まあ、仕方ないよね」
 
 煽って煽って煽ってる。
 信じろというほうが無理だ。
 
「勇者は?」
 
「後で入ると言ってました。もう少ししたら来ると思います」
 
「……若干、険悪ムード漂う風呂場になりそうだなぁ」
 
「全力の間違いであろう」
 
 ハゲ頭にタオルを乗せているダンディがツッコミを入れる。
 確かにそうだ、と優斗も笑いながらお風呂につかった。
 
「じゃあ、肩まで入って20数えたら出ようね」
 
 愛奈に言いながらカウントを始める。
 
「いーち、にーい」
 
「さーん、しーい」
 
「ごおっ! ろくっ!」
 
 ダンディも乗ってくれる。
 レンドが身体を洗いながら笑みを浮かべており、さらに優斗が続けようとした瞬間、
 
「きゃあああああぁぁぁぁっっっ!!」
 
 突然、悲鳴が隣――女子の浴場から聞こえた。
 全員で目が合う。
 
「……なんていうか、大体想像ついた」
 
 優斗が右手で頬を掻きながら、残念そうに呟く。
 
「そうだのう」
 
 とりあえずあれだ。
 ラッキースケベが発動したに違いない。
 
「本当に不憫というか」
 
「勇者にとってのヒロインであれば、如何様にもなったろうに」
 
「ゆ、悠長に話してていいんですか!?」
 
 レンドが慌てて身体の泡を落とす。
 もしかしたら、異常事態があったのかもしれないと考えていた。
 すると愛奈が優斗の腕に触れて、
 
「おにーちゃん、クラインさまはだいじょうぶなの?」
 
「大丈夫だよ。悲鳴が聞こえた瞬間、ウンディーネを向こうに寄越してるから」
 
 お湯から左手を出すと指輪が輝いている。
 彼が大精霊を使役している証拠だ。
 
「とはいえ、少し心配だから出ようか」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 四人が扉の前に立つと、優斗は愛奈にお願いをする。
 
「クラインの様子を見てきてくれる?」
 
「うん」
 
 頷いた愛奈は中に入って様子を確認。
 少し話し声が聞こえたかと思うと、クラインは飛び出るようにやって来た。
 
「無理無理無理無理、ほんっとうに無理なんです!!」
 
「酷いくらいに全力拒否だね」
 
 とはいえ仕方ない。
 たぶん素っ裸で出会ったのだろうから。
 優斗は苦笑して中に入っていいか尋ねる。
 クラインが頷いたので、ダンディとレンドと一緒に脱衣所へと入っていく。
 すると薄く青い姿をした大精霊がいて、さらには一人の男の子が腰にタオルを巻いた状態で隅っこに崩れている。
 
「モ、モール!?」
 
「これは面白いね」
 
「斬新な勇者だのう」
 
 ウンディーネに確認すれば、どうやらクラインの目につかないようにやってくれたらしい。
 ちなみに一撃で昏倒させたとのこと。
 優斗はモールのことをレンドとダンディに任せ、クラインのところへ戻る。
 
「で、何があったの?」
 
「妾がお風呂から上がって脱衣所に向かおうとしたら、浴場の扉をスパーン! と開けて勇者様が入ってきました」
 
 そしてご対面。
 同時に悲鳴だ。
 
「妾はしゃがみ込んだのですが、慌てた勇者様は床に足を滑らせて飛び込んできました」
 
「……レベル高いな、モルガストの勇者」
 
 ラブコメ超えてラブエロコメになってるのではなかろうか。
 少年誌だったら限界に挑んでそうだ。
 
「ウンディーネは間に合った?」
 
「は、はい。おかげさまで」
 
 優斗の後ろをふよふよと付いてきたウンディーネが軽く手を振って消えていく。
 クラインは慌てて彼女に頭を下げた。
 
「確か水の大精霊、ですよね?」
 
「そうだよ」
 
「妾が本当に感謝しているとお伝えしてください。あと少し、というところで助けてくれましたから」
 
 ぶつかる直前、水の塊が勇者に直撃。
 そして脱衣所まで吹き飛ばし、彼は崩れ落ちた。
 ちなみにウンディーネは隅っこまで勇者を寄せたあと、クラインに大丈夫だと合図してくれたらしい。
 
「おにーちゃん、おにーちゃん」
 
 くいくい、と愛奈が優斗の袖を引っ張る。
 
「やっぱり『おんなのてき』だとおもうの」
 
「……う~ん。そうかもしれない」
 
 ことクラインにおいては間違いなく。
 と、ここでダンディがモールを背負って出てきた。
 
「儂は勇者を部屋に叩き込んでこよう。レンドとユウト殿はクライン殿を頼む」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 クラインを部屋へ送り届け、護衛兵には『何人たりとも通すな』と軽く脅しておいた。
 これで目が覚めた勇者も彼女の部屋には入れない。
 ついでに愛奈もうつらうつらし始めたので、与えられた客室で毛布を被らせた。
 優斗は妹が寝たことを確認すると僅かに左手にある指輪を輝かせ、音を立てずに部屋を出る。
 廊下にはレンドは優斗を待つように立っていた。
 
「さて、愛奈にはしっかりと“護衛”も付けたしレンド君も送るよ」
 
 茶目っ気を出した優斗の言い草に、レンドも苦笑した。
 
 
 
 
 送るなんて言いつつ、二人して夜の城内を歩く。
 くだらない与太話も何もなく、無言で歩く優斗とレンド。
 だが庭園に出た時、
 
「……ユウト様。一つ、伺ってもよろしいでしょうか?」
 
 レンドが声を掛けた。
 
「いいよ」
 
 優斗は頷く。
 問い掛けたいことはたくさんあるだろう。
 聞きたいことも、知りたいことも。
 だからこそ自分は今、ここにいる。
 彼を“覚悟させる為”に。
 レンドは頷いた優斗に対して、真摯に言葉を向ける。
 
「俺は姫様の為に何が出来ますか?」
 
 真っ直ぐに問われた。
 今日、考えることはたくさんあったろう。
 そして優斗から言われたことこそが、胸の内に響いている。
 
『クラインを助けてほしい』
 
 たった一つの言葉。
 大魔法士がお願いしたこと。
 
「僕の伝え方は変わらない」
 
 優斗は星輝く空を仰ぎ見ながら答える。
 クラインが“やる”と決めた時から、優斗の答えは変わらない。
 
「彼女のハッピーエンドを助けてほしい」
 
 モルガストの王女が望む幸いを。
 彼にはどうしても手伝ってほしい。
 
「今のままだとクラインは不幸になるから」
 
「……どうして、ですか?」
 
 恐る恐る、といった感じでレンドが訊いてきた。
 けれど優斗は彼の声音や姿を見て、
 
「分からないわけがないよね?」
 
 そう問い返した。
 彼女は今日、態度や言葉で示している。
 これで分からないのは鈍くて鈍感なバカだけだ。
 
「クラインは勇者と添い遂げることを了承してない」
 
 僅かにレンドの身体が震えた。
 それが喜びなのか、幼なじみの勇者を哀れんでのことかは判断できないが、確かにレンドは反応した。
 優斗はさらに話を広げる。
 
「だから、ある話をしようか」
 
「何をです?」
 
「王族の恋話、だよ」
 
 世界に当然とある王族の恋話。
 その中でも一等輝く、ある二人の物語を。
 
「レンド君は『瑠璃色の君へ』がどうしてあんなに売れたか、理由は知ってる?」
 
「はい」
 
「まあ、当然だよね」
 
 好いているからこそ分かる。
 卓也とリルの物語の素晴らしさを。
 
「あの二人は恋から始まった。立場からじゃなく、ね」
 
 無意識だろうと二人は恋をしていた。
 彼女を守って、恋をして、婚約の話が出て、自分の気持ちを理解して、伝えた。
 もちろん誰にとっても夢見てしまう話。
 けれど、
 
「庶民と王族の恋物語……程度で済めばいいんだけど、実際はそうじゃない。本当の物語は描かれている以上に凄いんだよ。読んでいれば分かるだろうけど、ところどころ明かしてない話がある。僕らが本当はどういう奴らなのかをね」
 
 それは現状での都合上、省いていること。
 立場ある者しか知らない優斗達の存在理由。
 その中でも最たるものが『大魔法士』と『リライトの勇者』の存在だ。
 
「だからこそ『世界一の純愛』と呼べるんだよ」
 
「……どういうことですか?」
 
 ただでさえ、あの話は凄い。
 そして皆が認めるだろう。
 彼らの恋愛は『世界一の純愛』だと。
 けれど、庶民だけではなく優斗達の存在を知っているであろう王族や少数の貴族ですらも満場一致で頷けるのはどうしてだろうか。
 遠い世界ではなく、目の前にある世界の話を『世界一の純愛』だと呼べる理由。
 
「卓也を選ぶのは理屈が通らない。どうしたって王族の立場として矛盾が生じる。僕や僕に似たような奴が側にいるんだから、僕らを選ぶことこそ王族としてやるべきことだ」
 
 当時、Aランクの魔物を余裕で倒せる力を持っていた優斗。
 優斗と同じことを簡単にやってのけるリライトの勇者。
 この二人の存在はリステルにも知られているからこそおかしい。
 二人とも相手がいなかったのに、なぜ選ばなかったのか。
 そのおかしさこそが彼らの恋を持て囃すことになる。
 
「さらに僕らの存在は少し特殊でね。最大の利益である『卓也をリステルへ連れていく』ということすら放棄してる。全く考慮していない」
 
 ただ、恋をした。
 ただ、好きになった。
 特典は確かにあるけれど、そんなものはおまけで付いてきたに過ぎない。
 
「だから誰が何を知っていようと、何も知らなくても、関係なく売れた。こんなお伽噺のような夢物語を実際にやったから」
 
 立場を知らない者にとっては最高の話。
 立場を知っている者にとっては至高の話。
 誰もが夢見てしまう物語。
 
「普通はね、王族の身は民の為に在る。個か全でいえば、王族に個は必要ない」
 
 貴族も同様だ。
 家を、国を発展させる為の結婚。
 それが当たり前で、打算や策など大量に含まれている。
 
「正しいといえば正しい。否定できない一面だ。国の為に王族は在るんだからね」
 
 優斗はここで一息入れた。
 この先は今の話も加えて話す必要がある。
 たった一人、彼女のハッピーエンドを叶えられる人に突きつけるから。
 モルガストにある夢物語を。
 
「クラインは第一王女。第一王子もいるらしいけど、まだ小さいらしいから、義務を果たす必要がある」
 
 だからこそ庶民が噂するものを蔑ろには出来ない。
 彼らが夢見ることが正しく機能するのであれば、尚更に否定などしてはいけない。
 
「さて、そこで『国を発展させる』という当たり前の事実に穿つものはあるか? と問い掛ければ、実はある」
 
「……えっ?」
 
 レンドが驚きの声をあげた。
 優斗は真剣な表情で彼に告げる。
 
「国の代表である王族の幸せを願えない国は、はたして本当に幸福を得られる国になるのか、ってこと」
 
 皆が当然のように思っているからこそ、おかしさに気付くべきだ。
 
「それが一番だ、それがベストだ……誰も彼もが言うよ。王女は勇者と添い遂げることこそ『我々が一番幸せになる道だ』と」
 
 幸いにも勇者は能力が高いらしい。
 国を率いるには問題はないだろう。
 
「周りはいいだろうね。まるでお伽噺の世界にいれると勘違いできる」
 
 勇者が王となる。
 絵本に書かれているような童話が、自分達の前に現れる。
 確かに嬉しいし、楽しいし、幸福だろう。
 
「けれどそこにクラインの心はない」
 
 たった一人のバッドエンド。
 皆が幸せになる最中、一人だけ幸せになれない。
 
「クラインを犠牲にして、君達は幸せを得ようとしてる。勇者が統治する国を夢見てね」
 
 レンドの感情はどうなのだろうか。
 クラインを不幸にして、それでもいいのだろうか。
 優斗が彼の様子を伺うと、狼狽していた。
 せめぎ合っているのだろうと思う。
 自らの想いと、親友を思う気持ちとで。
 そして今は後者が打ち勝った。
 
「だ、だけどあいつは勇者だから、いずれ――」
 
「勇者が相手であることはイコールで幸せとはならない」
 
 絵本のようにお姫様が攫われて閉じ込められたけど、勇者が助けて結婚ハッピーエンドで幸せに暮らしましたとさ、となるわけがない。
 そんなご都合主義、彼らが定められた主人公とヒロインだからだ。
 無論のこと“内田修”と“アリシア=フォン=リライト”ならばあり得るだろう。
 彼らは確かに主人公とヒロインだから。
 互いが望む存在なのだから。
 けれどモルガストにおいては違う
 ヒロインが拒否しているのに、舞台に上げるのはどうしたっておかしい。
 
「君は勇者の良いところを全部知ってると思う。それは僕に分からないことだから何とも言えない」
 
 付き合い方が違えば、優斗だって良い奴だと感じるかもしれない。
 
「だけどね。重要なのはそこじゃない」
 
 どれだけ性格が良かろうと意味がない。
 
「ナンバーワンじゃなくて、オンリーワン。それがクラインの望む物語なんだ」
 
 ライバルなんていらない。
 他にヒロインなんていらない。
 主人公にとってたった一人、唯一の女でいたい。
 
「周りに女の子がいる彼じゃ、どうしたって無理なんだよ。性格的な不一致じゃなくて生理的な不一致。彼の在り方そのものがクラインには無理なんだ」
 
 性格も顔も何もかも考慮する前。
 存在が無理なのだから。
 
「ある意味で幼稚だよ。子供っぽいし、夢見がちだし、無理難題だと思う。僕はそのことをよく理解してる」
 
 自分も同様だ。
 初恋で全て事を為そうとしていた。
 あまりにも純粋ながら、あまりにも不純。
 歪な在り方だ。
 
「でも、クラインが夢見るハッピーエンドはそうなんだよ」
 
 希う。
 強く強く望んでしまう。
 幼稚で、作られたような話を。
 
「本当に馬鹿馬鹿しいと断言できる」
 
 だから諦める?
 いいや、そんなことはない。
 幼稚だからといって、子供っぽいからといって、夢見がちだからといって、無理難題だからといって、それが“諦める”に通ずることなんて一切ない。
 
「ねえ、レンド君」
 
 優斗は足を止めた。
 釣られてレンドも足を止める。
 逃げることは許されないし、彼自身も言ったはずだ。
 姫様を助ける、と。
 
「あの庭園にある花。クラインがいる時にこそ輝いてる」
 
 だから突きつけよう。
 彼が秘めた本音を、彼に叩き付ける。
 
「レンド君がどういう想いを込めているのか、分かってるつもりだよ」
 
「――っ!? な、なんっ! ど、どうして!?」
 
 いきなりのことにレンドが大層慌てた。
 もしやバレていないとでも思っていたのだろうか。
 散々に言ってきたのに。
 
「これでも大魔法士ですから」
 
 優斗は苦笑して、もう一度空を仰ぎ見た。
 
「実際ね。クラインが目指す物語は願っても、希っても、叶わないかもしれない」
 
 勇者と比べれば茨の道ではあろう。
 少なくとも国民の期待を裏切るのだから。
 
「だから無理をして君が己が気持ちを押し通すことはない」
 
 痛がることが怖いなら。
 辛いことが嫌だと叫ぶなら。
 
「妥協すればいい」
 
 彼女を救わなければいいだけのこと。
 
「国のために、というお為ごかしの美辞麗句を使ってクラインを不幸にすればいい」
 
「……っ」
 
 無情の事実を優斗はレンドに教える。
 彼女は“今のまま”でいけば、心が何一つ救われない。
 
「選ぶのは自由だよ。クラインの心を殺す道を選ぶか、それともクラインの心を救う道を歩むか。二つに一つだ」
 
「…………」
 
 もちろん簡単に答えられたりはしないだろう。
 優斗の言葉は要するに、モルガストの将来に直結すること。
 たかが庭師習いの少年がすぐに答えられるわけもない。
 
「ただ、ね」
 
 優斗は付け加える。
 国民の唯一だと信じるものは、実際はそうじゃない。
 
「国の幸せって言ったって、道筋は一つじゃない。最良と呼ぶべき道は他にもある」
 
 カリスマで周囲を心酔させるのではなくて。
 この国の根幹にあるものを、より良くさせるのだって立派な政治だ。
 どちらかが上であるとか、そういうものはない。
 
「だからもし、君がクラインの為の道を選ぶなら」
 
 優斗は仰ぎ見ていた空から、レンドへと振り向く。
 そして優しく笑った。
 
「僕が示すよ。君達の歩く道を」
 
 近付いてレンドの肩を軽く叩く。
 
「大魔法士が色々やってあげるって言ってるんだ」
 
 千年来の二つ名を持つ自分がこれほどまでに手を貸している。
 だったら、
 
「ここで男を見せずにいつ見せる! ってね」
 
 男なのに妙に上手くウインクする優斗。
 
「…………」
 
 思わずポカンとするレンド。
 
「…………ははっ。本当に凄い人です」
 
 そして力が抜けたのか、柔い笑顔を浮かべる。
 どうにもこうにも、全てを見透かされているかのように優斗は言葉を並べていた。
 特に、
 
「バレバレでしたか?」
 
「どうだろ? 僕以外には気付けないかもね」
 
 パラケルススを要して優斗もようやく理解したほどだ。
 おそらく優斗以外では実際に花が輝く現場を見なければ、納得できないだろう。
 そしてレンドも大魔法士の感想に、苦笑いを浮かべた。
 
「本当は、ずっと黙っていようと思ったんです」
 
 自分の想いを。
 だってそうだろう。
 
「モールは姫様のことが好きだから」
 
 親友が彼女に好意を示している。
 まるで主人公のような彼が好きだと言っている。
 
「モールは勇者だし、姫様は王族です。どう見てもお似合いで、俺が入る余地なんてないと思ってました」
 
 主役と端役。
 どうしたって自分は端役だ。
 勇者のパーティにいたとしても、それは幼なじみであるから。
 ただ、それだけ。
 
「けれど姫様はいつも俺に笑顔を見せてくれます。眩しくて、本当にこっちが嬉しくなってしまう笑顔を」
 
 輝かしい。
 見ているだけで満足してしまう。
 
「本当に美しい花のような方なんです」
 
 誰もが愛でずにはいられない。
 目に留まり、視線を奪われ釘付けになるほどの美しい笑顔。
 
「好きにならないはずが……なかった」
 
 レンドの話を聞いて、笑顔で感謝をしてくれた。
 怪我をしていたから運んだあと、笑顔で嬉しそうにしてくれた。
 だから気付かないわけがない。
 自分が抱いていた恋心に。
 けれど自分は所詮有象無象の存在。
 どうしたって釣り合わないし、釣り合えるわけがない。
 
「でも……いいのでしょうか?」
 
 道が示された。
 絶対にないと思っていた道が、レンドの前に開かれた。
 
「俺の想いを姫様にお伝えしてもいいのでしょうか?」
 
 立場が違くても。
 親友が想っていても。
 それでも自分はクラインに想いを伝えてもいいのだろうか。
 
「花が輝く為に何が必要か分かる?」
 
 すると、優斗が面白い問い掛けをしてきた。
 レンドは少し考えて答える。
 
「明かり……ですよね?」
 
「ううん。ちょっと違うかな」
 
 かの“花”を輝かせるには違う。
 今は見えない、朝から夕に掛けて空を駈けるものを示す。
 
「太陽だよ」
 
 “花”が輝いているというのなら、それは陽があるからに他ならない。
 仕事に直向きで、彼女にとても優しくて、彼女にとっての“太陽”があるから花は輝いている。
 
「目立とうが凄かろうが顔が良かろうがカリスマがあろうが勇者だろうが、どれだけ輝かしくても太陽でなければ花は輝けない。どれだけ素晴らしい姿をしていようと、それが太陽でなければ花は輝いた姿を見せられない」
 
 誰も彼もが彼女の輝きを知っているわけじゃない。
 クラインの前で咲き誇る花と同じように、彼にとっての花は彼の前で咲き誇る。
 
「花は誰もが求める光を嫌ってる。誰もが望む光を求めてない」
 
 周りの言葉は彼女を陰らせるだけ。
 輝きも、夢も、何もかも彼女のことを考えていない。
 
「だったらさ」
 
 レンドが彼女のことを花と称したのなら。
 
「花が望む太陽を与えるのも、庭師の一興なんじゃないかな」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 道草が終わった優斗はレンドを送り、ダンディと少しだけ酒を飲み交わしていた。
 
「ユウト殿のような人物を、どう評するか知っておるかのう?」
 
 ダンディは笑いながら告げる。
 
「お人好し、というのだ」
 
 相談だけではなく、上手くいく為に動いてあげる。
 どうしたってお人好しに映る。
 けれど優斗は苦笑した。
 
「そこまで何も考えてないわけじゃないよ」
 
 他の人には確かにお人好しだと映るかもしれない。
 けれど自分の考えとしては、どうしたって違う。
 
「確かに実利的な損得で言えば、損になるだろうね。だけど、この縁と僕が彼らに与えた恩を考えれば悪くない」
 
 今後、何かがあれば恩を使える。
 最上とまでは言わないが、十分に恩恵があると考えていいものだ。
 
「僕はね、仲間以外では打算を含めるよ。親身になってるとしても、どこかしらで利を得ようとしてる」
 
「まあ、悪いことではないであろう? ユウト殿ほどの男からすれば仕方ないものよ」
 
「そう言ってくれると助かるけどね」
 
 二人で一気に酒を飲み干すと、互いに注ぐ。
 
「して、ユウト殿。どうなりそうだ?」
 
「クラインに使えるものは全て教えた。あとは彼女が上手くやれば問題ないよ。レンド君に関しては……覚悟を持たせる準備はさせた。これで心を痛めながらもクラインを幸せにする道を選んでくれるはず」
 
 結局のところ、優斗が関わった以上“モルガストはレンドを置かなければ国として終わる”。
 そのように仕向けた。
 
「モルガストにはもう、選択肢が一つしかない。それを選ばないとは思えない」
 
 彼女がハッピーエンドの行く末に対して、国が選択を間違えれば大騒動だ。
 何一つ得がなくなってしまう。
 
「言質は“二つ”取ってあるからね」
 
 どちらにしろ、クラインに待ち受けている結果はハッピーエンド。
 あとは国がどうするかだけ。
 
「僕が手伝ってあげるとしたら、あとは勇者関連だけかな」
 
 
 



[41560] ハッピーエンドの表裏
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:112e7b0b
Date: 2015/12/23 19:45
 
 
 
 
 翌朝。
 まだ陽が上がりきっていない早朝。
 庭園――レンドが弄っている場所に二人はいた。
 優斗は壁を背にして隠れながら、やり取りを見守る。
 
「俺は姫様のことを慕っています」
 
 話としてはクライマックス。
 ちょうど盛り上がるところだ。
 互いに顔を真っ赤にさせながら、僅かな静寂が訪れる。
 
「釣り合わぬ身でありながら、出過ぎた言葉……申し訳ありません」
 
 レンドが告げたことに対して頭を下げる。
 けれどクラインは小さく笑みを浮かべた。
 
「いいえ、そんなことはありません」
 
 両思いであることが正直、驚きであったのだろう。
 クラインは自分から想いを告げる為、彼のところへ向かったというのに。
 
「ユウトが認めて下さいました。レンドは特別だ、と」
 
 釣り合わぬのなら、釣り合わせる。
 その為の言葉を使ってくれた。
 
「貴方には価値がある。このモルガストの将来を担える価値が。勇者様と比べても、ユウト的にはレンドに傾くでしょうね」
 
「だから姫様は俺を選んでくれる、と?」
 
 自分には価値があるから。
 けれどクラインは首を横に振った。
 
「そうではありません。ただ、妾は少し悔しいんです」
 
「どうしてですか?」
 
 きょとん、としたレンドにクラインは少々……いや、かなり感情を込めて言い放つ。
 
「だってそうでしょう!? 妾は小さい頃からレンドのことを見ていたのに、あんなポッと出の大魔法士にレンドの価値を見出されたんですよ!?」
 
 彼に恋をしている身としては腹が立つのも仕方ない。
 自分の今までを否定された感じだって、僅かながらに感じる。
 
「ポッと出って……ご友人なのでは?」
 
「乙女心は複雑なのです」
 
「はあ……」
 
 レンドは今一要領を得ない。
 困惑した様子の彼に、再びクラインは笑う。
 
「だけど……ユウトが来てくれてよかった」
 
 自分では気付けなかったことを気付いてくれた。
 本当に感謝している。
 
「妾は王族です。それは紛れもない事実であり、揺るがないこと。将来を共に歩む者も、相応しい者を選ぶしかない」
 
 レンドが気にしていたことは、確かに合っている。
 釣り合わない。
 だから無理だった。
 
「あの『瑠璃色の君へ』の二人のようには、どうしたってなれません」
 
 恋だけで全てを貫くことなんて、何をしようと不可能。
 
「だけど好きな人が相応しいと知ったのなら……妾は共に歩みたい」
 
 逃せない。
 逃したくない。
 
「自分の気持ちを偽りたくないのです」
 
「……姫様」
 
 レンドは僅かに泣きそうな表情になる。
 きっと、たくさんの感傷や感情が入り交じっているのだろう。
 二人しか知らない、知ることの出来ない過去を思い返して。
 
「俺は……姫様の隣に立っていい、と。自惚れてもいいんでしょうか?」
 
「はい」
 
 クラインは素直に頷いた。
 
「妾のハッピーエンドにはレンドが必要です」
 
 たった一人。
 唯一の男の子と決めたのだから。
 
「だから――妾と生涯を添い遂げてくれますか?」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 優斗は影から見届けると、二人から離れていった。
 おそらく彼女達はこれで問題ないはず。
 ということは、
 
「来ると思ってたよ」
 
 庭園から離れ、城内まで半ばといった場所で優斗はある人物を待ち構えていた。
 偶然だろうと必然だろうと現れると思っていた。
 もし自分がいなければタイミング的に逃れられないことなはずだ。
 彼女達と彼が邂逅するのは。
 
「悪いけど、ここを通すわけにはいかない」
 
 優斗は自分の姿を見て険悪な表情を見せた人物に告げる。
 
「向こうはハッピーエンドの真っ最中。邪魔立てはさせない」
 
 言い放った先――モルガストの勇者はさらに顔を歪めた。
 
「……昨日から……そうだ」
 
 ことある事に邪魔をする。
 自分だけ知ったような顔をして、物知り顔で貶してくる。
 
「お前は何を言っている!!」
 
 目の前にいる存在が理解できない。
 何の為に、何の用で、何をしに来たのかが。
 
「分からないの?」
 
 けれど相手は飄々とした表情を崩さないまま、言葉を続ける。
 
「クラインは態度で示してた。僕は言葉で示してあげた。なのに、どうして分からないのかな」
 
 誰だって分かると思っていた。
 彼女の嫌悪を。
 僅かに見せたんじゃない。
 表立って見せた。
 けれど彼は未だに理解していない。
 
「だったら突きつけるよ。君にとっては残酷であろうとね」
 
 “完全無欠のハッピーエンド”は存在しないから。
 だから冷酷な真実を優斗は教える。
 
「クラインは君のヒロイン枠じゃない。彼女にとっての主人公は他にいる」
 
 要するに邪魔者。
 自身を取り合う為のライバル役などいらない。
 クラインの思い描く舞台には不要で、存在すら許せない者。
 
「当て馬だろうとライバルだろうと彼女にはいらない。手助けする役はいても、他は全て舞台上に求めていない」
 
 あまりにもモルガストの勇者にとっては残酷な言葉。
 けれど、赤の他人に言われたぐらいで納得できるわけもない。
 
「そ、そんなのお前が決めることじゃない!」
 
「本当に僕が決めたと思ってるの?」
 
 配役も、シナリオも、何もかもが自分が意のままに操ったと思っているのだろうか。
 
「だから駄目なんだよ」
 
 ヒロインはクラインだ。
 求めるシナリオは彼女の希望通り。
 配役すら彼女の願う通りだ。
 
「僕はクラインが望んだことをしてあげただけ。別に君を貶めようとか、そういうことは一切しようと思ってない」
 
 つまり彼は弾き出された。
 クラインの願うストーリーには邪魔だから。
 
「純愛系ヒロインが求めたのは純愛ストーリー。ラブコメなんて御免なんだよ」
 
 まるで意味不明な大魔法士の言い草。
 優斗は城の外壁にもたれかかり、腕を組んだ。
 
「例えば、昨日の浴場での出来事を例としようか」
 
 モールがクラインの裸を覗いた。
 うっかりだろうと何だろうと、そういう出来事があった。
 
「君の周りにいる少女達は君と裸で鉢合わせたところで、うっかり足を滑らせて胸とかを揉んだところで、本気で怒ることはない。恥ずかしい、またか、しょうがない、しょうもない、馬鹿じゃないの。それぐらいでしょ?」
 
 軽い調子で尋ねる優斗にモールは狼狽する。
 確かに、と自分は思ってしまったから。
 怒られたり何だったりはするけれど、それでお終い。
 またいつもの関係が始める。
 瞬間、優斗が指を一本立てた。
 
「けどクラインは違う」
 
 彼の周囲にいる女の子達とは確実に違っている。
 
「嫌悪感を抱く」
 
 それはそうだ。
 勇者だから、主人公だからの免罪符など使えない。
 クラインにとって恋物語とは“そうじゃない”。
 
「もっと言えば、周りに女性を侍らせたりデートしたりする輩に対して、彼女が好印象を抱くことは絶対にない」
 
「違う!!」
 
 モールはデートだと思っていない。
 確かに出歩いているとしても、ただ買い物の付き添いだったり、一緒に遊んでいるだけなのだから。
 しかし大魔法士は勇者の言葉を戯れ言だと言わんばかりに一蹴する。
 
「違わない。どれだけ否定しようとも、それは君の視点だ。少なくともクラインはそう思ってる」
 
 一緒に買い物しているだけとか、遊んでいるだけとか、そういう御託はいらない。
 それだけで彼女の感性はデートだと判断してしまうのだから。
 
「勘違いだなんて言わないように。君が取り繕おうとして事実は変わらない。君の周りには確かにたくさんの女性がいて、君は幾人もの女性と出かけてる。『自分はそう思っていないから違う』なんていうのはクラインに通用しない」
 
 潔癖なまでの純愛主義者。
 それがクライン=ファタ=モルガストという少女なのだから。
 
「昨日今日の付き合いである僕だって容易に分かることだよ」
 
 純愛を夢見て、純愛を望み、純愛を遂げたいと望んだ。
 自分なんて『瑠璃色の君へ』のようにはなれないと知っていても、それでも近付きたいと思い、大魔法士すら呼んで成し遂げようとした。
 
「クラインにとっては女性が周りにたくさんいるのに『好き』だと言われても信じられないし、女性と二人で出かけているのにデートじゃない、なんて言っているのは不実にしか思えないんだよ」
 
 つまりところ、だ。
 優斗は昨日感じたことをもう一度、口にする。
 
「要するに“ジャンルが違う”。最後に真面目をやればハッピーエンド、なんて懐深い女の子じゃないんだ、クラインは」
 
 終盤のシリアスシーンだけで全て丸く収まるわけがない。
 けれど言葉尻だけを捉えれば、優斗の言い草はクラインの懐が狭いと言っている。
 
「懐深い女の子じゃない……だと? 姫様を貶しているのか!?」
 
「論点を間違えてるね。これは貶してるわけじゃない」
 
 別に悪いことではないだろう。
 懐が狭いというのは、それだけ相手のことが好きだという意味合いにも取れる。
 
「というか、今の発言は君のほうがクラインを貶めてる」
 
「ふざけるな、姫様は素晴らしい女性だ! だからオレは否定しているんだッ!」
 
 仮にも好いている相手だ。
 素晴らしいと思っているからこそ恋をした。
 けれど、
 
「素晴らしい女性だったら、懐が深くないといけないの?」
 
 どうしたってクラインの在り方とは矛盾する猛りだ。
 彼女は懐が狭いからこその純愛主義なのだから。
 
「モルガストの勇者。君の言い様は『女性にだらしない自分でも受け入れろ』って暴言にしか聞こえない」
 
 自分の周囲にいる女の子がそうだから。
 だからクラインも“そう在るべきだろう”と。
 自分よがりの発言に思えて仕方がない。
 
「いい加減、クラインと他の女の子を同一視するのはやめろ。君の周りにいる女の子がそうだからって、クラインに強要するな」
 
 だから彼女は愛を育めないと知っていた。
 勇者と添い遂げたら、自分は不幸になると悟っていた。
 
「というか、まず疑問なんだけどね、君は本当にクラインのことが本当に好きだったの?」
 
「当たり前だ! オレは姫様のことが好きだ!」
 
 断言する。
 この気持ちが偽りなわけがない、と。
 けれど優斗は彼の断言を聞いて大きな溜息を吐く。
 
「だったら、どうしてそこまで間違えたの?」
 
「……なっ!?」
 
 驚きの声をあげるモールだが、優斗にはそれこそ理解できない。
 
「君の当たり前はクラインの当たり前じゃない。着替えを覗かれることも、胸を触られることも、昨日だって風呂場で全裸で遭遇。さらには女の子といつも出掛けてる。クラインが忌避すべきことを君はほとんど全てやってる」
 
「べ、別にやろうと思ってやってるわけじゃない! そうなってしまったというだけで……」
 
「君のラッキースケベが意図的だろうとそうじゃなかろうと、どうでもいい」
 
 偶々なってしまった。
 思いもよらずやってしまった。
 だから何だというのだろうか。
 それは全て情状酌量にはならない。
 
「君がクラインをヒロインにしたかったなら、やるべきことを悉く間違ってる。うっかり着替えを覗く? そんなもの、しないように注意しなければいけない。優柔不断で女性に優しい? だから何だってこと。クラインがそれを許容できない以上、きっちりと断らないといけない」
 
 それがクライン=ファタ=モルガストをヒロインにするということ。
 純愛主義の彼女を振り向かせる手段。
 
「クラインはね、付き合ってもいない相手にあれこれやられるのは嫌だし、数いる女の子のうちのメインヒロインは嫌なんだよ。唯一無二のヒロインでいたい女の子」
 
 他はいらない。
 男だって女だって互いだけで十分だ。
 
「だから何度でも言うよ」
 
 在り方から相容れない以上、
 
「君はクラインとジャンルが違う。君のヒロインになったら、クラインは不幸になる」
 
「……っ!」
 
 これ以上ないくらいに、残酷な真実を突き刺す。
 ショックを受けようと仕方がない。
 彼が自分の在り方を崩さなかったのが原因なのだから。
 
「個人的な所見を言っていいなら、君が悪いだなんて僕は思わない。だって、それはそれで面白いしね」
 
 見てるだけなら上等だ。
 ラッキースケベを持った勇者なんて、それだけで面白い。
 
「ただ、君が“君”である以上、クラインは君のヒロインなんて絶対になりたくない」
 
 ご都合主義で無理矢理舞台に上げられなければ、絶対に。
 
「君は確かにクラインのことを想っているのかもしれない」
 
 恋をしていると、好きだと思っているのかもしれない。
 
「けれど君はクラインがどう思うのか、考えたことはある? 特に『勇者と王女が結婚する』っていう噂についてね」
 
「どういう……ことだ?」
 
 モールは訊かれ、噂について思い返す。
 自分は嬉しかった。
 好いている王女と噂になれて。
 無意識でも自分は王女と添い遂げるのだろうと、自然に考えていた。
 しかし優斗は“だからこそ”と言わんばかりに告げてくる。
 
「彼女は現状が嫌だった。勇者と添い遂げることこそ幸せだと言わんばかりの周囲。君にとっては望んでいることで、さぞ既定路線と映っていたことだろうね」
 
 モールの図星をつく優斗の言葉。
 
「だからクラインは僕に相談した」
 
「……な……に……?」
 
「君は最初から勘違いしてたけどね。僕は君のライバルなんかじゃなくて、クラインのお助けキャラなんだよ。彼女の恋を叶えるためのね」
 
 敷かれたレールをぶち壊す役目。
 新たな物語を作るシナリオライター。
 これこそ大魔法士たる自分がモルガストに来た理由。
 
「そして僕がクライン側についた以上、僕は相談相手として『彼女のハッピーエンド』を遂げさせる。もちろん、上手くいくための術はもう彼女に伝えた。どう扱うかは彼女次第だけど問題ないだろうね」
 
 優斗は語りながら、真っ直ぐにモールを見据える。
 
「そして“誰”が不幸になるとも知ったことじゃない」
 
 優斗はクラインの幸せを叶えさせる。
 けれど、皆が幸せになれるわけじゃない。
 
「今回の件、完全無欠のハッピーエンドは存在しない。誰かが不幸になる必要がある」
 
 いわゆる二択。
 勇者のハッピーエンドか、クラインのハッピーエンドか。
 どちらかを選べば、どちらかが不幸になる。
 
「勇者のハッピーエンドだからって誰も彼も幸せになるわけじゃない。クラインの心を殺した物語のハッピーエンドは、どうしたって彼女の不幸なんだから」
 
 故にクラインが幸せになる以上は、もう片方が不幸になる。
 彼の望むルートは絶対に存在しない。
 
「あと、ね」
 
 優斗は振り向き、今まさにハッピーエンドをしている最中の二人を考える。
 互いに恋をしていた。
 目で追いかけていて、向き合う度に感情を隠せないほどに幸せそうな表情をしていた。
 そして自分と彼のやり取りを含み考えれば、予想として生まれるものがある。
 
「もしかして……君も無意識では気付いてた?」
 
 実は前提条件が違っているかもしれない。
 先ほどから色々と言った。
 モールは否定だってしてきた。
 当然といえば当然の応酬。
 でも、だからこそ不自然に映る部分があった。
 彼はまるで気付いていないから、気付いていないような態度をとり続けている。
 でも、それはおかしい。
 気付いていないのなら、どうしてこれほどまでに“否定する反応や回数が少ない”のだろうか。
 優斗はモールのことを全否定しているはずなのに、自分の言葉を黙って聞いている時間が多すぎる。
 
「本当にクラインのことが好きだったからこそ気付いてたのかもね。彼女が誰のことを好きなのか」
 
 彼女の視線の先には、いつも誰がいたのか。
 
「そして“彼”の気持ちも」
 
 誰が、とは言わない。
 けれど無意識でも分かっているはずだ。
 幼なじみで、親友だったなら。
 
「……だ、だけどあいつは一言も――ッ!!」
 
「言えるわけがない」
 
 そしてモールは正解を答えた。
 優斗は一度もレンドの名前を出してはいないのに。
 彼は指し示しているのが誰なのかを把握していた。
 
「君達は幼なじみで親友なんでしょ? 気を遣ってたんだよ」
 
 自分では釣り合わないと身を退いて。
 
「主役じゃないって、そう思わないといけなかったんだ」
 
 親友ならば任せられると、心を偽った。
 
「君が勇者だから」
 
「……っ!」
 
 たった、それだけの理由で。
 優しい彼は勇者と初恋の人が上手くいくように応援しようとしていた。
 
「モール、君が一番よく分かってるんじゃないかな?」
 
 勇者の親友がどれだけ優しいのかを。
 勇者の幼なじみがどれほど苦しんでいたのかを。
 
「………………っ」
 
 モールは優斗の口調や表情、仕草に舌打ちをする。
 苛立ちが胸の内を占めていた。
 何を分かったように語っているのだろうか。
 自分達の経緯も、過ごしてきた日々も、想ってきた月日も、何もかもを理解していないくせに。
 
「お前に何が……っ!」
 
 そう言い掛けて……モールは口を閉ざす。
 いや、違う。
 本当はそうじゃない、と。
 
「それは……」
 
 自分自身で分かっていた。
 苛立つのは自分に対して。
 分かったように語られるのが苛立つのではなくて、分かろうとしていなかった自分に対してだ。
 
「……それは…………そうだ」
 
 見ないようにしていた。
 気付かないようにしていた。
 突きつけられなければ理解を拒んでいた。
 あの二人が互いに好き合っていることを。
 
「オレとあいつは幼なじみで親友だ」
 
 レンドはいつも謙遜をする。
 自分が勇者パーティにいるのは、幼なじみだから。
 取るに足らない存在である自分がこの場所にいられるのは、モールが勇者だから。
 謙遜して憚らない。
 
「あいつを一番、俺が理解してる」
 
 けれど違う。
 そうじゃない。
 自分に必要だから、モールはレンドをパーティに入れた。
 それほどまでに大切な相手だからこそ、見据えれば分かってしまう。
 
「本当に……オレ以上に苦しませてたことぐらい、分かる」
 
 この歳になって、どれだけ純真なんだとモールだって思っていた。
 バカみたいに優しくて、バカみたいに素直で、バカみたいに……自分を立ててくれる親友。
 
「優しすぎるくらいに、優しい奴だから」
 
 彼の感情を。
 隠していた想いに目を向けて知ってしまえば。
 苦しませていたことを理解してしまう。
 
「なんでだろうな」
 
 モールは手を強く握りしめる。
 
「苦しいし、悔しいし、悲しいし、ムカつく」
 
 クラインが自分のことを毛嫌いしていることを知った。
 幼なじみが同じ人に恋をしていたのに、見ないようにしていた。
 自分自身の愚かさが非常に腹立たしい。
 しかも目の前にいる大魔法士には意味不明にフルボッコに言われるし、手間掛けられたストレスを突きつけられているようにしか感じられない。
 
「特に姫様の相手がオレじゃないなんて信じたくない」
 
 好きな人だった。
 恋をした女の子だった。
 それを親友に取られたなんて理解を拒みたくなる。
 
「けれどレンドで良かったって……思ってる自分もいる」
 
 でも、どうしてこんなに物わかりの良い自分がいるのだろう。
 恋が破れた。
 しかも当人じゃなくて、どうでもいい第三者に教えられた。
 不義理のような感じだってする。
 なのに、あの二人には祝福の感情さえ浮かんでくる。
 自分の気持ちが軽かったとは思わない。
 けれど何と言うか……そう、甘ちゃんなのだろう。
 目の前の大魔法士に言わせれば、きっと自分は甘い。
 
「僕じゃなくて良かったでしょ?」
 
「当たり前だ」
 
 からかうような大魔法士に、モールは心底そう思う。
 目の前の男が真実ライバルで、クラインを奪われたのならば自分はどうあっても取り返そうと藻掻いたはずだ。
 
「ただ、オレは……何て言えばいいか」
 
 モールは優斗が先ほど送った視線の先を見る。
 きっとレンドとクラインは今、幸せの真っ最中だろう。
 
「親友のことを考えてなかった……いや、気付かないふりをしていた自分に腹が立つ」
 
 勇者という立場に甘えていた。
 親友という立場に甘えていた。
 幼なじみという立場に甘えていた。
 何もかもに甘えていた。
 
「姫様が無理だというのも分かる」
 
 ふっ、と僅かに笑みを浮かべるモール。
 優斗の表情も釣られて崩れた。
 
「なるほど。やっぱり君も勇者なんだね」
 
「どうした?」
 
「君が勇者だというところを、始めて見た」
 
 勇者の資質――純粋すぎるほどの魂。
 その一端をようやく見ることが出来た。
 今までは、間違いなくただの変人でしかなかったから。
 
「何だそれは」
 
 呆れるような、理解できないような表情でモールも笑みを浮かべた。
 と、不意にモールが気付いたのか、あることを優斗に訊いてくる。
 
「しかし大魔法士、お前にどうしてそこまで言われなければならなかったんだ? お前は姫様のハッピーエンドを叶える為に動いたと言っている。確かにオレは姫様の居場所を聞いたからここに来た。だから止められたことは理解できるが、ボコボコに言われる理由がオレには分からない」
 
 要はクラインに都合の良い方向へ持って行く為に動いていた。
 だが、どうしても辻褄が合わない。
 モールをフルボッコにして、クラインのハッピーエンドに何の得があるというのだろうか。
 しかし問われた優斗は平然と、
 
「えっ? いや、だってこれでも君のご都合主義をぶっ壊すの面倒だったんだよ。君って人の話聞かないし、勝手に因縁付けてくるし、喧嘩売ってくるし。そういう相手のことをボコすの趣味の一つだから」
 
 おおよそ、あり得ない返答が来た。
 端的に言ってドSとしか思えない答えだ。
 
「つまり……なんだ? オレがこれほど言われたのはお前の趣味ということか?」
 
「そうだよ」
 
 素直に頷かれる。
 思わず唖然とした。
 大魔法士と言えば、お伽噺の最たる存在。
 そんな相手が……ボコすのが趣味などと宣った。
 
「……大魔法士だよな?」
 
「大魔法士ですよ」
 
 平然と答える優斗。
 モールは思わず頭が痛くなりそうになった。
 
「……ん? 終わったみたいだね」
 
 と、その時だった。
 聞こえてくる足音に優斗が反応した。
 誰と誰なのかは問うまでもない。
 モールの表情が再び歪んだ。
 優斗が彼の肩を軽く叩く。
 
「別にどっちでもいいと思うよ。ふざけるなと喚いて嘆くのも、心を押し殺して祝福するのも」
 
「……大魔法士」
 
 恋に破れた。
 ならば、感情をむき出しにしたところで、仕方ないことだろう。
 別に綺麗事を並べる必要はない。
 しかし、
 
「馬鹿を言うな。オレが取るべき選択など決まっている」
 
 歪んだ表情を押し隠して、モールは平然とした態度を取った。
 
「お前が言ったことだ。姫様のハッピーエンドだと」
 
 ならば最後に余計なものなどいらない。
 あの二人が立ち向かうべき相手は自分ではないのだから。
 
「……勇者様にユウト?」
 
 クラインとレンドは手を繋いでやって来た。
 レンドはモールがいたことに、若干表情を強張らせる。
 だが、
 
「姫様」
 
 モールは決して二人に近付くこともなく、片膝をついた。
 
「大魔法士に言われました。オレがやっていたことは、姫様に嫌悪を抱かせていたと」
 
 素直に頭を垂れる。
 
「数々のご無礼、お許し下さい」
 
 謝罪し、頭を下げた。
 驚きの表情を浮かべるクラインに小さな笑みを浮かべて、モールは立ち上がる。
 そして今度はレンドと向かい合った。
 
「……モール。俺は――」
 
「レンド」
 
 何かを喋ろうとしていた親友の声を遮る。
 
「オレはお前だから大丈夫だ」
 
 気にする必要はないし、考慮しなくていい。
 今の状況において誰が邪魔者なのかは一目瞭然で、むしろ謝られたらこっちが辛くなる。
 
「オレには『姫様を任せる』とか『不幸にしたら許さない』とか、そういうことを言う資格は無いし言うつもりもない」
 
 勝手な横恋慕。
 どこにだってあるような、恋物語に使われる言葉すら自分は吐けない。
 吐いては駄目だと知ってしまった。
 
「だけど伝える言葉を持っているのは分かってる」
 
 決して親友に向けては言えない。
 それでも、
 
「姫様」
 
 親友の為に言えることはある。
 
「オレの幼なじみをお願いします」
 
 モールはクラインに今度は、立ったまま小さく頭を下げてお願いをする。
 
「こいつはバカみたいに優しくて、純真で、若干卑屈っぽいですけど……」
 
 兎にも角にも自分は端役だから、と自分を過小評価することがある。
 だけれども、
 
「姫様に相応しい男だということは、姫様以上にオレが知っています」
 
 男なのに純愛小説が大好きな変な親友。
 確かに相応しい。
 性格だって、心だって、彼女にとって最良だ。
 
「もし手伝ってほしいことがあれば、何なりと仰って下さい。二人の幸せの邪魔は誰にもさせません」
 
 心は痛む。
 自分の恋は終わったと自身で痛感させる言葉。
 でも、まあ仕方ないだろう。
 今までレンドにはたくさん、辛い思いをさせてきたはずだ。
 ならば自分だって、同じようになったっていい。
 
「……ありがとう、勇者様」
 
 素直に感謝の意を述べるクライン。
 と、その時だった。
 駆け足で近寄ってくる音がある。
 
「モール、緊急事態だぞ!」
 
「……ダンディ様?」
 
 ダンディが愛奈をかついでやって来た。
 
「どうかされたのですか?」
 
「お主の仲間が魔物退治へと向かっておる」
 
「なっ……!」
 
 突然のことに言葉を詰まらせるモール。
 優斗は僅かに眉根を潜めて、どういうことかを訊く。
 
「何が起こったの?」
 
「昨日、モールと一緒にいた女の子達がおったろう? 彼女達は勇者パーティの一員だ」
 
 彼女達はモールの恋心を知っていた。
 そして優斗とクラインの態度が相当に酷かったことに気付いた。
 
「ああ、もしかしてそういうこと?」
 
「ユウト殿が考えている通りだ」
 
「モールの為に一発逆転を狙ったってことだね」
 
 納得するように頷く優斗。
 
「どういうことですか?」
 
 話を聞いているクライン達は理解ができていない。
 優斗は簡単に説明する。
 
「僕がいる理由って一般的には『魔物の相談』なんだよね。面倒な感じなんでしょ?」
 
「え、ええ。確かにそうです」
 
「誰から聞いたかは分からないけど、それを知ったんだろうね。しかも僕はモールに恋敵認定されていたから、僕を退けるのに一番良いのは魔物を退治すること。そうすれば僕がここにいる理由はなくなる。あくまで表向きは、だけど」
 
 くつくつと優斗は笑う。
 良いパーティメンバーだ。
 彼女達にとってクラインはある意味で最大の敵だろう。
 なのにも関わらず、彼女達はモールの為に動いた。
 
「大切な人の為に動くっていうのは悪くないね」
 
「そんなことを言ってる場合か!!」
 
 モールは駆け出す。
 レンドも続こうとしたが、
 
「君はストップ」
 
 優斗に止められる。
 
「ど、どうしてですか!? 俺だってモールの仲間です!」
 
「レンド君が現場に出るって何か嫌なフラグだし。僕も今後を考えると無料で倒すとかやらないけど、どうにかしてあげるから。これも相談事の派生ってことでね」
 
 どうにもくっついた後にこれは死亡フラグっぽい。
 というわけで優斗は止めた。
 
「愛奈は二人をちゃんと見張ってること。出来るかな?」
 
「うんっ!」
 
「よし、良い返事だ」
 
 ダンディの腕に座っている愛奈の頭を撫で撫でする。
 続いて妹を抱えているダンディに、
 
「何もないと思うけど三人の護衛、お願いできる?」
 
「相分かった」
 
「大精霊二体、僕も護衛として置いておくから」
 
 二極の大精霊を召喚し、護衛してくれるようにお願いする。
 そして優斗は皆に手を振りながら、モールを追って走り出した。
 
「というわけで、行ってくるね」
 
 
 



[41560] 作文不可能な出来事
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:112e7b0b
Date: 2015/12/23 19:46
 
 
 
 ダンディの腕から降りた愛奈は、可愛らしく両手を広げて通せんぼしていた。
 
「とおっちゃだめなの」
 
「し、しかしアイナ様……」
 
 ほとほと困った表情をしているのはレンド。
 勇者の仲間ということは、彼にとっても仲間だ。
 だからこそ行きたいのだが愛奈が……というよりは後ろにいるハゲが凄まじい威圧をしている。
 
「おにーちゃんがいってたの。だからだめなの」
 
 兄のお願いを全力で頑張ろうとする愛奈。
 こんな姿を見せられたら、地味に通りにくい。
 クラインも同様に困った様子を見せていた。
 
「だ、大丈夫なのでしょうか? いくらユウトとはいえ……」
 
 確かに勇者達ではどうにも出来なさそうだからこそ、表向きの相談がそれで通った。
 故に危なさがある。
 しかしダンディは何一つ問題なさそうな表情をしていた。
 
「何を心配する必要があるのだ?」
 
「危険なんです。あの場所は……」
 
「……ふむ。どうやらユウト殿に対する認識の誤差があるようだのう」
 
 確かに彼がここで見せているのは兄バカだ。
 というか兄バカで、兄バカで、兄バカしか見せてないように思える。
 だがあくまで一面であって、本来は違う。
 
「クライン殿にレンド。あの者は今の世に蘇った最強の意を持つお伽噺だぞ」
 
 国すら容易に破壊できる圧倒的な存在。
 
「我々が“危険だと思う程度”であれば、問題などない」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 森の中を突っ切り、仲間がいる場所へと辿り着く。
 五人の少女はSクラスからBクラスまで、多々の魔物に囲まれていた。
 襲う機会を見計らっているのか、それとも余裕を持っているのか、魔物は円状になって少女達の様子を伺っていた。
 モールは魔物の注意が少女達に向かっている僅かな隙を見て、彼女達の前に立つ。
 
「みんな、無事か!?」
 
 問い掛ければ、全員が頷いた。
 そして勇者は剣を抜き、皆を守るように警戒する。
 
「すまない。元はといえばオレの責任だ。だからみんなのことはオレの命に代えても――」
 
「勇者が雑魚に命をあげるな、バカ」
 
 お決まりのような格好良い台詞をキャンセルする罵倒。
 次の瞬間、声の主が魔物を飛び越えてモールの前へと立った。
 
「大魔法士!?」
 
「やっほ。ランニングがてら、ついてきたよ」
 
 ひらひらと手を振って優斗はにこやかに笑みを浮かべる。
 そして周囲にいる魔物を見据えた。
 
「これは確かに相談したくもなるね。ラスボス前のダンジョンか何かにしか思えない」
 
 強力な魔物が十数体、囲んでいる。
 明らかに通常の場所とはレベルが違う。
 
「手助けしてあげるよ。バッドエンドにデッドエンドって笑えないから」
 
 強張った表情の彼らを尻目に優斗は飄々と話す。
 魔物達は得物が増えて嬉しいのか、僅かににじり寄ってきた。
 
「まさか……倒せるのか?」
 
「まあ、倒せるかと問われたら余裕って答える。とはいえ僕としても、勝手に倒したら今後が余計なことになりそうだから倒さない」
 
「どういうことだ?」
 
「君の沽券には関わるし、僕も魔物退治なんかで他国に呼ばれるのはめんどい。というわけで」
 
 優斗は笑みを崩さずにモールへとんでもないことを告げる。
 
「こいつら、退けさせるよ」
 
「ま、魔物が話を聞くと思ってるのか!?」
 
 聞いた瞬間、モールの顎が外れそうになった。
 何を言っているのだろうかと意味が理解できない。
 もちろん優斗も彼の反応のほどは想像の範疇だ。
 
「いいや、思わない。だから本能で勝てないと知らしめる」
 
「……本能?」
 
「お伽噺クラスのSランクなら無理だろうけど、こいつらならね」
 
 あくまで通常範囲の魔物ならばやれる。
 
「君達、ちょっと我慢だよ」
 
 優斗はモール達に告げると、一度、二度、三度と深呼吸。
 
「感謝してほしいものだね。僕は殺さないんだから」
 
 戦闘前の準備のように映る。
 しかし違う。
 優斗は呼吸をする度に己へ強いている枷を幾つも幾つも外していく。
 今までよりずっと多く。
 フォルトレスを倒した時よりも、もっと多く。
 
「おい、大魔……法……士……?」
 
 最初に気付いたのは勇者であるモール。
 ずっと感じていた雰囲気に変化が起こり、僅かに……そして段々と恐ろしい気配へと変わっていく。
 次いで魔物達が気付いた。
 飛び入ってきた得物の一人の様子が恐ろしくなっていくことに。
 膨れあがる威圧感に気付いた魔物が数匹、動こうとした。
 だが遅い。
 
 
「失せろ」
 
 
 優斗が意識を魔物に向けた。
 同時、地が揺れる。
 そして身体が震えて立てなくなるほど圧迫感。
 魔物どころか人間にも差別なく襲った。
 
『殺される』
 
 その場で起きている生物全てが感じたこと。
 人間でありながら“人外”と称された力。
 人の身でありながら、お伽噺の魔物を倒し続けた人物と同じだと語られる存在。
 壁を越えた先に辿り着いた者の殺気が、戦うまでもなく未来を悟らせた。
 “死”という不可避の事実を。
 動きだそうとしていた魔物も足が、全く逆の方向へと動く。
 我先にとばかりに消えていく。
 しかもモールの耳に届く音は周囲にいる魔物が逃げる足音だけではなかった。
 視界に映らない範囲にいる生き物全てがこの場から逃げるように足音を立てて消えていく。
 優斗は魔物が全て逃げ終えたのを見届けると、大きく深呼吸。
 
「はい、終わり」
 
 剣も魔法も一切使わず、戦闘は終了した。
 
 
       ◇      ◇
 
 
「情けないね、モルガストの勇者。まさか腰が抜けるなんて」
 
 数十分後、優斗達は王城へと歩いていた。
 モールはあり得ないとばかりの視線を優斗に送る。
 
「何者なんだよ、お前は」
 
「だから大魔法士だって」
 
 意識は魔物へと向けていたとはいえ、あの威圧感はほぼ無差別に全員を襲った。
 少女達は無論のこと気絶し、勇者のモールでさえ気絶寸前で地面にへたり込んで立てなかった。
 
「本当に人間か?」
 
「よく言われる」
 
 気軽なやり取りをしている優斗とモール。
 背後にいる少女達が訝しげな視線を送った。
 モールは視線に気付くと、僅かに笑みを浮かべる。
 
「みんな、こいつは姫様を狙っているわけじゃない。相談を受けていただけだ」
 
 ほっとした様子を見せる女性陣。
 モールは肩をすくませ、なるべく三枚目に見えるように平然を装い、
 
「とはいえ、姫様にはもう決まった相手がいる。オレが手を出したら馬に蹴られるよ」
 
 決して傷ついていないわけではない。
 けれども、それを表には出さない。
 女の子達も各々、色々な反応を見せた。
 喜びも悲しみも驚きも。
 しかしモールは気にせずに歩いて行く。
 そしてレンド達のところへと再び戻ってきた。
 
「勇者様。お怪我は?」
 
「モール、大丈夫だった?」
 
「大魔法士が終わらせてくれました。問題ありません」
 
 クラインとレンドがほっとした表情を優斗に向けると、彼は大精霊を還していた。
 そして愛奈が優斗に飛び込む。
 
「おかえりなの」
 
「ただいま。愛奈はちゃんと見張れたみたいだね」
 
「うんなの」
 
「よしよし、良い子だ」
 
 わしゃわしゃと愛奈の頭を撫でる。
 と、そこで初めて勇者が妹に話しかけるため、近付いてきた。
 
「お前の妹か?」
 
「そうだけど……愛奈にラッキースケベかましたら殺すよ?」
 
 にこやかな談笑を装っているが、言葉の節に籠もっている殺気は先ほどのものと相違なく、
 
「冗談抜きで言うのはやめてくれ」
 
 いくらモールとて、愛奈は対象外だ。
 というか僅かでもその気を見せたらマジで半殺しくらいにはなってる。
 
「…………あっ、そうなの」
 
 すると二人のやり取りを見ていた愛奈が、ポケットからメモ帳みたいなものを取り出して、何か書き始めた。
 
「愛奈、それなに?」
 
「アリーおねえちゃんからもらったの」
 
 少し自信満々な愛奈。
 ちょっと借りて、パラパラと捲ってみる。
 
「えっと……なになに。『アリーお姉ちゃん監修、お兄ちゃんになる為の道』……だって?」
 
 あまり良い予感がしない。
 優斗は幾つかアリーが書いている項目を読み進める。
 最初に書いてあったのは、
 
 ・とりあえず脅す
 ・とりあえず見下す
 ・とりあえず蔑む
 
「削除っ!」
 
 手に取っていたページを思い切り破る。
 唐突な兄と行動に妹が首を傾げたが、優斗はもの凄く爽やかな笑みを浮かべた。
 
「アリーお姉ちゃんじゃなくて、お兄ちゃんが作ってあげるから」
 
 ぽんぽん、と愛奈の頭を撫でながら優斗は誰にも聞こえないぐらいに小さく毒づく。
 
「アリーの奴、戻ったら覚えてろ」
 
 こめかみが軽くひくついた。
 ダンディとモールが目敏く見つけて、頬を掻く。
 
「ユウト殿? 一瞬、凶悪な顔になっていたが……」
 
「おおよそ、大魔法士が浮かべる表情じゃなかったな」
 
「……ああ、気にしないで。うちの王女様の悪戯を見つけただけだから」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 やることはやったので、優斗と愛奈は高速馬車で帰る準備を始める。
 ついでにクラインへ最終確認を行う。
 
「僕が言質としたのは二つ。レンド君を貰うと言ったこと。そして――」
 
 真っ直ぐに彼女を指差し、
 
「――君が“場所を問わず王族でなくなってもいい”ということ」
 
 たった二つの言質が選択肢を一つへと導く。
 
「後は僕がレンド君に評価したことを組み合わせれば、どうにでも出来るね?」
 
「はい。お任せ下さい」
 
 クラインは次いで、愛奈のところへ歩くとしゃがみ込む。
 
「アイナちゃんもまた、いらしてくださいね」
 
「うんっ!」
 
 嬉しそうに頷く愛奈。
 
「あいなのおもったとおりなの。クラインさま、おにーちゃんとおねーちゃんみたいになれたの」
 
「……あら、そういえばそうですね」
 
 クラインは柔らかい表情を浮かべる。
 
「アイナちゃんはすごいです」
 
 和やかに話し合う二人。
 優斗はレンドとも話す。
 
「頑張れ」
 
「はい」
 
「クラインを幸せにしてあげて」
 
「……はい。ありがとうございます」
 
 それだけで通じるものがあったのだろう。
 握手をする。
 
「もし『瑠璃色の君へ』のチケットが取れたら見に来なよ。本物にも会わせてあげるから」
 
「頑張って取りたいですね」
 
 ポンポンと優斗はレンドの肩を叩いた。
 そして最後に全員でダンディへと向く。
 今回の切っ掛けの人物に感謝をするために。
 
「ありがとう、ダンディ。貴方こそ最良の友です」
 
 クラインが頭を下げ、
 
「ダンディ様。お手数をおかけしたこと申し訳なく思い、また感謝します」
 
 レンドも頭を下げ、
 
「愛奈の情操教育に役立ったよ。ありがとね」
 
 優斗は軽く手を挙げ、
 
「ピカおじちゃん、たのしかったの」
 
 愛奈は笑顔。
 一方のダンディはいきなりのことで面を喰らったようだが、
 
「なに、気にすることはない。友の窮地とあらば、助けるのが当然というもの。それに偶然とはいえ元気な娘っ子にも会えて儂も嬉しかったしのう」
 
 豪快に笑う。
 縁の下の力持ちという役割だった今回だが、これはこれでダンディも楽しかった。
 
「また皆とは会うこともあろう。次代の世界の一端を担う我々がこうして好ましい間柄になれたことを、儂は嬉しく思う」
 
「そうだね」
 
「ですね」
 
 特に筆頭の三人は互いに笑い合う。
 
「名残惜しくはあるが、今日はこれにて解散としようかの」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 優斗達はリライトへと戻り、いつものように我が家へと帰ってきた。
 そして優斗にはちょうどいい標的もそこにいる。
 
「ユ、ユウトさん!? 痛い痛い痛たたたたた!! 痛いですわ!!」
 
「ほーう、それはよかった。痛いようにやってるんだからね」
 
 アリーの頭を両の拳で挟んでグリグリと締め付ける。
 おおよそ王女にやることではないが、やられても仕方がない。
 修がタイミングよくやってきたが、今一意味が分からないのでフィオナに訊いてみる。
 
「アリー、なにやった?」
 
「どうにもあーちゃんへ渡したメモ帳に、あることあること書いたみたいです」
 
「あることしか書いてねーのにやられてんのか」
 
「あーちゃんの将来には不適切な内容だったらしくて」
 
 くすくすと笑うフィオナ。
 修はフィオナの膝に座っている愛奈に目を向け、
 
「旅行楽しかったか?」
 
「楽しかったの!」
 
 そして拙いながらも昨日今日とあった出来事を説明する愛奈。
 フィオナも修も微笑ましく聞く。
 するとマルスとエリスもパーティーから帰ってきた。
 
「おかえりなの」
 
「ただいま、アイナ」
 
 フィオナの膝の上から降りた愛奈はエリス達のところへとパタパタ歩いて行く。
 
「どう? 作文は書けそう?」
 
「うんっ、おにーちゃんすごかったの!」
 
 そしてエリスとマルスにも話を始める。
 すると出るわ出るわ。
 主に優斗がやったことが。
 
「……まあ、あの子がいたらイベント満載よね」
 
「確かにユウト君は様々なことに巻き込まれるね」
 
 というか一国の王女の恋愛を二日で終わらせるとかやり過ぎだ。
 
「むしろあり得なさすぎて事実かどうか疑われるレベルだろう」
 
「……大丈夫かしら?」
 
「問題はないと思うよ。ユウト君の登場シーンを除けば、だが」
 
 両親は未だアリーに攻撃してる優斗へ視線を向ける。
 
「我が義息子ながら、本当に呆れ果てるほど常識外よね」
 
「でなければ大魔法士などと呼ばれないのだろう」
 
 愛奈からの話で特に嘘くさいものになると、魔物を気合い一発で逃げ帰らせたらしい。
 娘自身は見ていないらしいのだが、優斗から聞いたと。
 とりあえず事実なのだろうが、こんなもの書いたところで嘘としか思えない。
 
「……アイナが書いたら、私達が確認しないと駄目だわ。お兄ちゃんが非常識すぎて」
 
「そのまま書いてしまったら、頭がおかしい兄がいるとしか思えないからね」
 
 
 



[41560] 話袋:とあるファンクラブの一日・フルボッコ編
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:112e7b0b
Date: 2015/12/23 20:28
とあるファンクラブの一日:フルボッコ
 
 
 
 
 
 
「さて、皆さん。今回は特別顧問にも来ていただきました」
 
 大きな丸いテーブルを囲む姿は、まるで円卓会議のよう。
 その中で最初に会長が一人の女性を示す。
 
「大魔法士の第一人者にして、ユウト様へ聖剣を渡すという偉業を成し遂げた方です」
 
 紹介され、齢70は超えていそうな年輩の女性が笑みを零した。
 
「先日、会長さんからお手紙が届いてね。面白そうだから参加させてもらおうと思ったの」
 
 
       ◇      ◇
 
 
「では、各々報告を」
 
 いつものように会議が始まった。
 続々と手が上がっていく。
 
「先日、レアルードの戦いにおいて俺はユウトと一緒に戦うことが出来た。普段のユウトじゃなくて、大魔法士としてのユウトとな」
 
 口火を切ったのは近衛騎士の一人。
 
「神話魔法を操り、シュウと共に魔物を滅していく姿は驚嘆の一言だったな」
 
 目の前で行われたお伽噺。
 誰もが憧れるほどの光景だった。
 だが、
 
「あれ? あんた、謁見の間でのユウト様を知らないの?」
 
 女性の近衛騎士が残念そうに言う。
 
「フィンドの勇者の従者もシュウ様も良かったけど、やっぱり一番はユウト様よ。友を助けるべく告げた言葉――『今、ここで行かなきゃ僕は……友達だなんて言えないから』。そして惹き込まれるような笑顔で『彼と同じ異世界人にして大魔法士“宮川優斗”が絶対にフィンドの勇者を救ってみせる』って告げた時は、その場にいた誰もが“助けに行こう”と思うに十分だったわ」
 
 一連の流れが本当に素晴らしいものだった。
 
「後の我が王の言葉によって生まれた空間に居ることが出来たのは、本当に近衛騎士でよかったと思った瞬間だったわ」
 
「……俺、途中合流だったから知らないんだよなぁ、それ」
 
「いいだろ。俺なんて兵士だから何も知らないうちに終わってたんだぞ」
 
 優斗達が国を救ったことも、何もかもを終わった後に教えてもらった。
 兵士という立場上、知っていることだけでも珍しいのだが、悔しいものは悔しい。
 
「会長なんて一緒に名乗り上げてるんだから、ずるいってもんじゃないですよ」
 
「私ならではの特権というものです」
 
 自慢げな会長。
 この人もこの人で、世界的有名人なので出来るのも納得するところではあるが、それでも羨ましい。
 
「馬車で空を飛ぶ経験っていうのも、二度とないとは思うが……窓から見えた光景はとんでもなかったな」
 
「確かに。白竜がシュウの友達ってのは知っていたが、あれほど気軽にお願いできる関係というのは、羨ましいものがあるな」
 
「レアルードに着いた時、ユウト様が使った精霊術もまさしく真髄って感じでしたよね」
 
 一緒に行った近衛騎士達が遠くを見ながら会話を弾ませると、精霊術士が首を捻った。
 
「どういうことですか?」
 
「大精霊一体で魔物一万匹以上、全て吹き飛ばしたんだよ」
 
 耳に入ってくる言葉に精霊術士数人がざわついた。
 
「ほ、本当ですか?」
 
「嘘は言ってない」
 
「……さ、さすがはミヤガワさんです」
 
 呆れるというか、問答無用でおかしなことをやってる。
 とはいえ驚きはしない。
 
「えっと……普通は無理なのか?」
 
「私達が知る限り、大精霊の攻撃力は最大で上級魔法と同じくらいです」
 
 精霊術士の自分達とて魔法も精霊術も最大の威力は似たようなものだ、と。
 何となくで思っていた。
 ふと、全員の視線が会長に向く。
 
「私も同様の疑問を持ちました。しかしシルフを従えて事を行ったユウト様曰く、世界の風精霊を統括しているのだから、これぐらい出来るのは当然だ、と」
 
「……言われてみれば、確かにそうですね」
 
 統括しているレベルと威力が合っていない。
 要するに、魔法と似たような威力に落ち着くのではなく、同じようなレベルの実力だからこそ、似たような威力になるのだ。
 
「神話魔法といい、精霊術といい、我々はまだまだ精進が足りないようですな」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 さらに会話を花咲かせる集団。
 話題は特別顧問へと移っていく。
 
「特別顧問は何かありますか?」
 
「私? 私は……そうねぇ」
 
 少し考えると側にある鞄から一つの本を取り出す。
 
「これなんか、どうかしら? ユウト君公認の絵本」
 
 表紙は子供向けの絵が描いてある。
 が、問題はそこではない。
 
「サインが……あります」
 
「公認の印ってことで、書いてもらったの」
 
 ついこの間、来てくれた時にやってくれた。
 
「結構気軽にやってくれるのね、ユウト君。『これぐらいいいですよ』って」
 
 さらっと言ったことに特別顧問以外の全員が項垂れる。
 いきなり負けた気分になった。
 
「あら、どうしたの?」
 
 のほほんとした感じの特別顧問だが、それがどれだけ難関なことなのかを知らない。
 会長とて必死にお願いした末に得た物なのだから。
 
「……わ、私が……あれだけ苦労したものを…………。な、何が特別顧問と私達で違うというのでしょうか!?」
 
「何って、ファン歴じゃないかしら? 私はこれでも大魔法士様のファン歴60年以上だもの」
 
 いくら会長が優斗のファンとはいえ、特別顧問は破格のファン歴。
 宮川優斗が大魔法士である以前から大魔法士のファンである。
 
「し、しかし我々はユウト様のファンである以上、出会った日々からいって差異は――」
 
「私の“夢”である大魔法士様はユウト君よ。つまりファン歴継続なの」
 
 にこやかに語る特別顧問。
 
「だからこそ私は聖剣のレプリカをユウト君に渡した。“夢”を求めて“夢”を追い続けて“夢”に出会ったから。そして私達の“夢”を叶える為にね」
 
 圧倒的なファン。
 優斗が凄いから、憧れたから大魔法士である彼のファンになったのとはレベルが違う。
 会員の一人が呟いた。
 
「……か、格が違いすぎる」
 
 まさしく完全勝利だった。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 若干、気落ちしたまま副長が執務室へと戻ると、補佐官とビスがいた……のだが、
 
「俺が気付かないとでも思ったか?」
 
 開口一番、ツッコミを入れた。
 ドキっとしたエルはどもりながらも言葉を返す。
 
「な、何のことでしょう?」
 
「ほう。しらを切るつもりなのか」
 
 フェイルは自分の前に上司を座らせる。
 
「近衛騎士団副長自らが出る会議だ。さぞ重要な会議だったのだろうな?」
 
「そ、それはもちろん」
 
「では議事録は存在するのか?」
 
「……えっ?」
 
「もちろん、あるのだろうな?」
 
「え、えっと、それは……」
 
 助けを求めるが如く、周囲に視線を巡らせるエル。
 ビスと目が合ったのだが、彼はどうしようもないとばかりに首を横に振る。
 すると盛大な溜息をフェイルが零した。
 
「いいか、エル殿。やるなとは言わない。偶には勤務中の息抜きも必要だろう。そのことに関して咎めるつもりはない。だが会議という名目はいただけないな。なぜお茶会という形にしない。であれば騎士団としても経費を出すし、集まっているメンバーも騎士から精霊術士、貴族、平民に国外の有名人と多種多様でリライトの好ましい一面にもなろう。なのにも関わらず隠れてやろうとする事がいけない」
 
「し、しかし、こういうことは会議という名目上で隠れてやってこそ――」
 
「何か言ったか? エル殿」
 
 鋭い視線が副長を貫く。
 さらに彼女が縮こまった。
 
「……いえ。何も言ってません」
 
「反省文400字詰めで20枚、明日までに提出するように」
 
 まるで学校の先生みたいなことを言うフェイル。
 というか量が多い上に明日までとか酷すぎる。
 
「な、なぜですか!?」
 
「会議という名目上、議事録を出せと言う部下よりは優しいと俺は思っているが?」
 
「うぐっ」
 
 真っ当な所を突かれて、思わず副長が呻く。
 
「……どうしてエル殿はユウト達が絡むと、頭のネジを何本も抜いてポンコツになるのだろうか」
 
 呆れて物も言えない……いや、もの凄く言ってはいるのだが気分的にはそうだ。
 さらにフェイルはもう一人に視線を向ける。
 
「ビス、お前もいけない」
 
「じ、自分もですか!?」
 
 思わぬ矛先にビスもビックリする。
 
「お前はエル殿を甘やかしすぎだ。今後、上司に対してどう対応していくかを書類にして提出しろ」
 
「し、しかし……」
 
「普段のエル殿について書け、と言っているわけじゃない。ユウトが絡んでポンコツ化した際、どう対応すべきかを考えておくことが重要なんだ」
 
 圧倒的なまでの正当性にビスも言葉が出ず、ただ頷く。
 
「エル殿も分かったな? 反省文は明日の朝10時厳守だ」
 
「せ、せめて18時に!!」
 
 今現在、時刻は15時。
 もう20時間を切っている。
 
「近衛騎士団の副長ともあろう者が部下に反省文を書かされる状況にさせたんだ。10時厳守は譲らない」
 
 問答無用のフェイルにエルはぐったりと項垂れた。
 
「……今日は厄日です」
 
 特別顧問には格の違いを見せつけられた上、部下に反省文を書かされるのだから、確かにそう言っても過言では無い。
 



[41560] 小話⑲:クリス組&和泉組&イエラート組:直球ど真ん中&直球ど真ん中②
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:112e7b0b
Date: 2015/12/23 20:23
クリス組&和泉組&イエラート組 : 直球ど真ん中
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 レグル邸にある研究室に面白い来客が現れた。
 
「クレアか。珍しいな」
 
 あまり一人でここに来ることはないので、和泉が若干驚きを表した。
 
「少々ご質問があるのですが、よろしいでしょうか?」
 
「別に構わない」
 
 実験はちょうど一区切り。
 コーヒーを用意して、クレアの質問とやらを聞く態勢になる。
 すると彼女はいきなり、
 
「将来的に子供は何人ぐらいがよろしいと思いますか?」
 
 予想外なことをぶっ込んできた。
 珍しく和泉は眉根を揉みほぐしながら尋ねる。
 
「それは……俺とレイナの話か? それともお前とクリスの話か?」
 
 主語がない。
 というか取り方によっては和泉とクレアの話にだって思える。
 彼女もそれに気付いた……のかどうかは分からないが、僅かに失敗したとばかりの表情をさせた。
 
「わたくしとクリス様のお話です」
 
 自分達のことで質問した、とクレアが言う。
 和泉は少しだけ考えたあと、自身の見解を話した。
 
「そうだな。クリスは愛奈やマリカとのやり取りを見ている限り子供好きだ。だから二人でも三人でもいいだろうが、短期間にたくさんの子供を産むことはやめておいたほうがいい」
 
「どうしてですか?」
 
「優斗とフィオナが基本的には自分達でマリカを育てているだろう? だからクリスも出来る限り、育児には関わりたいと思っているはずだ。しかし子が生まれる頃には公爵としての立場上、忙しいはずだ。二人も三人もいたら、注ぎたい愛情を全力で注ぎ込むのは無理になる」
 
「そうかもしれません」
 
 納得した様子のクレア。
 しかもクリスは今、愛奈の先生をしている。
 とても楽しそうに教えている姿は、本当に子供好きなのだろうと周りに見せていた。
 
「クレアは男と女、どっちが先に欲しい?」
 
「わたくしは男の子でしょうか。クリス様に似て利発的な子になってくれるでしょうから」
 
 と、話したところでもう一つの可能性に気付く。
 
「ああ、でも女の子でもクリス様らしく聡明な子になってくれそうです」
 
「自分に似る、という選択はないのか?」
 
「いえいえ、そんな。わたくしに似るなんて……」
 
 手を横に振って否定する。
 けれど和泉は頭を掻きながら、
 
「謙遜することはない。お前はクリスが選んだ女性だ。二人の子供なのだから、お前に似ているところがないとクリスも悲しむ」
 
「そう……でしょうか?」
 
「ああ、間違いない」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 珍しくクレアが和泉に会いにいったというので、クリスも来てみたのだが……とんでもない会話をしていた。
 というか入って行く気になれない。
 何でこの二人は自分とクレアの将来の子供の話で盛り上がっているのだろうか。
 
「タイミングが難しいですね」
 
 見極めなければ、クレアが創り出した謎の空間に引きずり込まれる。
 和泉はなぜか適応力が高いが、クリスはまだ自信が無い。
 と、その時だった。
 
「クリス、何をしている?」
 
 レイナがやって来た。
 彼女はなぜかドアの前で立ち往生しているクリスを訝しんでいる。
 
「いえ、イズミとクレアが将来の子供のことで話しているので、どうにも入っていき辛くて……」
 
「将来の……子供? い、和泉と……クレアの?」
 
 ピシリ、とレイナの身体が固まった。
 
「レイナさん?」
 
 何事かと思ったクリスだが、言葉が足りないことにすぐ気付いた。
 
「ああ、そうではありませんよ。イズミとクレアは自分とクレアのこど――」
 
 付け加えようとした言葉は、あまりにもテンパったレイナには届かなかった。
 
「い、いい、い、和泉っ!!」
 
 ドアを勢いよく開けると、一目散に和泉へ近付くと肩を掴んで前後に揺さぶる。
 
「何だレイナ。血相を変えた顔で――」
 
「だ、駄目だ! 不倫は駄目だ! というか浮気だ! うん、浮気は駄目だ!!」
 
 揺さぶられながらも話そうとする和泉だが、レイナはガックンガックンと揺らしまくる。
 クレアがよく分からないながらも、なんとなく自分達の会話がいけなかったことに気付いてしまった。
 なので、とりあえず取りなそうとして、
 
「レ、レイナ様。わたくしとイズミ様は将来、子供が何人欲しいかを話していただけで……」
 
 場を荒らす発言を剛速球でぶちかました。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 なんかもう、剣を抜きそうになったレイナを和泉とクリスで取りなして数十分。
 レイナはとんでもなくヘコんできた。
 
「……その、なんだ」
 
 今、この場には和泉しかいない。
 レイナはチラチラと彼を見ながら頭を下げる。
 
「すまなかった」
 
「いや、俺が言うのも何だかあの二人が悪い。勘違いされても仕方ない。クレアが場を荒らす天然だというのは、あまり被害を受けていないお前には分からないことだからな」
 
 クリスもクリスで、あの謎空間に引っ張り込まれていたのだろう。
 珍しく言葉が足りなかった。
 そしてレイナには本家本元のクレアがトドメを刺すが如く、主語の足りない言葉を突っ込んできた。
 どうしようもない。
 
「頭の中が真っ白になってしまった」
 
「お前の普段の動揺っぷりを見ていたら、怒る気にはならない。微笑ましさしか生まれない」
 
 こと恋愛においてのテンションの上げ下げは仲間トップクラス。
 しかも優斗以上のヘタレとあっては、笑い話にしかならない。
 和泉はレイナの頭に手を置いて撫でる。
 
「想定外な事態だったが、お前の感情は素直に嬉しい」
 
「……本当か?」
 
「嘘をつく必要はない」
 
 普段は歳上だが、今この状況だけは立場が逆転しているというのも、自分だけが得られる特権だろう。
 嬉しく思う。
 とはいえ歳上の矜持を持っているレイナは嬉しそうにしながらも、僅かに頬を膨らませる。
 
「……少しだけ釈然としない。お前が歳上に思える」
 
「優斗以上のヘタレが俺相手だとしても上に立てると思うな」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 クリスは少しばかり、考えていた。
 
 ――クレアに国語を習わせたほうがいいでしょうか?
 
 彼女の創り出す空間には被害がある。
 とはいえ彼女はしっかりとした貴族の令嬢。
 教育はばっちり問題なく受けている。
 礼儀作法に至るまで、何一つ問題はない。
 
 ――それに被害は自分達ですし、面白い方向にしか動かない。
 
 場は荒れるが、これはこれであり。
 教育云々ではなく天然だから仕方ない。
 何よりも、
 
「クリス様、どうされました?」
 
 小さく小首を傾げながらも、視線を向けられて嬉しそうな自分の妻は可愛い。
 面白いし可愛い。
 
「いえ、クレアが妻でよかったなと思っていただけです」
 
「本当ですか!?」
 
 満面の笑みを浮かべるクレア。
 というわけで、クリスは妻の天然爆弾に関しては放置することに決めた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 イエラート組 : 朋子は無意識が大好き
 
 
 
 
 
 
 
 広間のソファーに座って、克也は本を読んでいた。
 内容はイエラートの歴史について。
 やはり守護者たるもの、自国の歴史はしっかりと把握しておかなければならないと思ったから。
 向かいのソファーにはミルが座っていて、克也の本を読んでいる姿を僅かに目を細めながら見ている。
 
「克也」
 
「どうした?」
 
 克也が視線を正面に向ける。
 ミルはほんの僅かに笑みを浮かべて、
 
「呼んでみた、だけ」
 
「そうか」
 
 克也も僅かに表情を崩し、視線を本へと戻した。
 そしてしばらく読んでいると、再びミルから名前を呼ばれる。
 
「克也」
 
「どうした?」
 
「なんでも、ない」
 
「そうか」
 
 交わした視線に笑みを互いに零して、克也は再び本を読み進める。
 ミルも小さく目を瞑り、今のやり取りを満足げに味わっていた。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 一方、二人の様子を隠れて見ていた朋子とルミカはテンション爆上げだった。
 
「何なのあの二人!? 私をどれだけ悶えさせるつもり!?」
 
「ト、トモコちゃん、落ち着いてください」
 
 兄と友人の空気に妹が悶え苦しんでいた。
 ルミカが騒ぎそうになる朋子をかろうじて抑える。
 しかし朋子は止まらず、声は小さくしつつもさらにまくし立てた。
 
「これが落ち着けるわけないわ! じれったくも微笑ましくて、もどかしいけれど私のツボを的確に突いてくるラブっぷり! 無意識天然ラブとかお兄ちゃんのくせにやるじゃない! ミルはいつも私を萌えさせるけど、お兄ちゃんまでとは……恐ろしい二人ね」
 
 単なる厨二病の兄かと思えば、とてつもない逸材だった。
 いや、ミルが絡んだ瞬間から兄は素晴らしい破壊力を持った存在となる。
 彼女の前では克也である兄。
 だからこそ朋子は気付いていなかった。
 兄の潜在能力の高さに。
 
「克也ったら、ミルだけには激甘よね。私がやったら『はっ!? ついに俺の背後にいる天使に気付いたのか!?』とか言うのに、ミルの時だけは表情を崩して笑みを浮かべるとか、ギャップ萌え!? そうね、そうよね、ギャップ萌えよね。しかもミルだけに見せるとは分かってるわねお兄ちゃん」
 
「それは、まあ……セツナくんはミルちゃんの前ではカツヤくんですから」
 
 ニヤニヤしている朋子とニコニコしているルミカ。
 どちらも二人のやり取りに夢中になっていた。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 またしばらくすると、ミルが克也のソファーに座ってきた。
 4人掛けのソファーなのだが、隣にピッタリと座るミル。
 克也は僅かに視線をずらす。
 少し驚いた表情を見せたが、ミルが満足そうなので何も言わない。
 そしてページを捲ろうとした瞬間だった。
 
「克也」
 
 また名前を呼ばれた。
 ちょうど手を動かして捲っている最中だったので、僅かに顔を上げるのが遅れる。
 
「どうした?」
 
 先ほどと同じ言葉を使って、捲り終えてから視線を隣に向けようとした時だった。
 
「……んっ」
 
 肩に軽く重みが生まれたと思ったら、頬に柔らかい感触があった。
 
「えっ……?」
 
 突然のことに驚きの声が漏れる。
 数秒して、頬に感じる柔らかさが消えた。
 思わず克也は頬を抑える。
 そして隣を向けば、僅かに頬を染めているミルの顔が近くにあって、
 
「……っ!? んなっ、そん、な、ど、どうした!?」
 
 何が起こったのかを把握した瞬間、茹で蛸になった。
 ミルは真っ赤な克也に答える。
 
「やってみたかった」
 
「はっ!? ど、どどどどど、どうして突然!?」
 
「克也になら、たぶん、だいじょうぶだと思った」
 
 半端なくテンパっている克也に対して、ミルは満足げに笑みを浮かべる。
 前に朋子達に言われた時、タイミングが悪くて出来なかった。
 けれど今は他に誰もいないことで、出来そうだったからやってみた。
 そして実際、ちゃんと出来た。
 
「克也なら、だいじょうぶ」
 
 男が苦手な自分だが、やっぱり彼には大丈夫だと分かった。
 この人は『特別』なのだという自覚が何度も生まれる。
 
「だから特訓」
 
 ミルは身体を僅かに傾けて、克也に身を預けた。
 
「――っ!!」
 
 ガチン、と克也の身体が固まる。
 だがミルは気にせずに言った。
 
「克也にたくさん、触ったら、男の人、もう少し苦手じゃなくなる……かも」
 
 克也が男の人だということを実感することを特訓と称するミル。
 しかしながら相手は克也。
 
「………………」
 
 先日と同様、魂が抜けていた。
 
 
       ◇      ◇
 
 
「セツナくん、もう本を読むどころじゃありませんね」
 
 ルミカは微笑ましく二人のやり取りを見ながら、隣でうねうねと動いている物体に苦笑する。
 
「そしてトモコちゃんも、お二人のやり取りはツボだったみたいですね」
 
 ミルは可愛らしすぎるし克也は純情な反応。
 朋子のツボに直球ど真ん中で投げ込まれていた。













おまけ:イエラート組


直球ど真ん中②
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「克也?」
 
「……っ!? な、なんだ!?」
 
 抜けた魂が戻った刹那はどもりながらも答える。
 
「だいじょうぶ?」
 
「あ、ああ! 大丈夫だ!」
 
 ミルが頑張っているのだからと、無理矢理に離れることはしない。
 
「……無理、してない?」
 
「し、してないぞ」
 
 どもりながらもしっかり答える克也。
 彼の返答を信じて、ミルは再び触れている場所に意識を向けた。
 
「…………」
 
 ほんの僅か、顔が彼の胸に触れている。
 服越しでも感じる、その温かさ。
 
 ミルにとって、克也はもっと“大丈夫”になった。
 
 不用意に、不確かに、男だからといって怖がる必要はない。
 もう『異世界人』で括る必要もない。
 彼が『克也』であるというだけで、ミルは大丈夫だ。
 特別なところなんて何一つ必要ない。
 勇者じゃなくてもいい。
 異世界人じゃなくてもいい。
 助けてくれた人じゃなくてもいい。
 彼が『克也』でいてくれれば、それでいい。
 
 ――変な……人。
 
 出会った頃のことを思い返す。
 最初は声が大きくて怖い男の子だった。
 けれど、だんだんと違ってきた。
 戦ったことなんてないのに、自分を助けるため剣を振り回して。
 男が苦手な自分のために、唯一『克也』になってくれて。
 思い悩んでる自分の背中を押してくれた。
 彼は人を助けるのが当たり前の存在じゃないのに。
 
 
 克也はミル・ガーレンのために何度も頑張ってくれた。
 
 
 助けるべくして助けた正樹とは違う。
 何一つミルに関わる必要性がないのに、彼は頑張ってくれた。
 だから彼は皆の特別じゃないけれど、自分にとっては“特別”だ。
 だから彼は皆の普通じゃないけれど、自分にとっては“普通”だ。
 
「……こうやって頑張れるの……克也のおかげ」
 
 何でだろうか。
 自分はこれほど背中を押されているのに、自分は彼の背中を何一つ押せていないんじゃないかと思うと、変な気がした。
 正樹には感じなかった想いがある。
 “やってあげたい”という想いが。
 
「いつか、克也に返せたらって……思う。克也、頑張ってること、手伝いたい」
 
「いや、必要ない。頑張ってるのはミル自身だ。それに俺だって頑張っているのはミルのおかげだからお互い様だ」
 
 克也は笑みを浮かべる。
 イエラートでやりたいことが見つかったのは、一重に彼女のおかげなのだから。
 下手に負担を掛けたくない。
 
「……だったら」
 
 ミルは克也に触れたまま言う。
 互いのおかげで頑張れたというのなら。
 
「これからはいっしょに……がんばろう」
 
 共に、頑張っていきたい。
 
「……わたしも……克也も……まだ、分からないことだらけ。でもマサキにも、ユートにも、タクヤにも、クリスにも、ルミカにも、心配かけないぐらい……“強く”なろう?」
 
 力だけじゃない。
 心も、考えも、何もかも。
 
「そうだな。一緒に強くなっていこう」
 
 克也は大きく頷く。
 
「ミルの男に対する最終目標は?」
 
「普通の人には、握手できるくらい」
 
「何だそれ」
 
 少し吹き出す。
 
「克也は?」
 
「まずはしっかりと精霊を使役できるようになることだ。あとは剣を振れるようにならないとな」
 
「もう、結構振れてる」
 
「もっともっとだ。もっと頑張らないと」
 
 戦いに慣れること、強くなることが目標だ。
 
「それは克也がレーガインセツナ、だから?」
 
 ミルが顔を上げ、訊いてくる。
 けれど克也は首を横に振った。
 
「いいや、違う」
 
 この気持ちは“零雅院刹那”だからじゃない。
 己の意思で、想いで、感情で決めたこと。
 子供っぽくたっていい。
 だから彼女にだけは、こう宣言しよう。
 
 
「俺はイエラートの守護者――林克也だからだ」
 
 
 そう言って克也は優しく笑った。
 
 



[41560] 演劇準備、始まる
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:1a7ab798
Date: 2015/12/29 15:15
 
 
 
 演劇発表まで、あと二週間ほど。
 現時点でリステル邸と呼ばれている家では、とある二人がぐったりとしていた。
 家政婦長であるシノは卓也とリルの姿を微笑ましく見ている。
 
「練習は大変だと思いますが、良き思い出になると思います」
 
「……勘弁してよ、シノ」
 
「オレもきついんだけど」
 
「決まってしまったことは、諦めが肝心ということです。ならばどう楽しむべきかを検討したほうが良いかと」
 
 食後のデザートを二人の前に出す。
 今日はショートケーキ。
 王道だからこそ、異論なき美味しさを持つデザート。
 二人はそれをぐったりしながらも食べる。
 
「だいたい、うちのクラスはノリが良すぎるのよ。今年に入ってから、特に気軽さが増してるわ。一応だけどあたしもアリーも王族よ?」
 
「逆に去年までは王族ってだけで遠慮されがちだっただろ。お前はまだ他国の王女だからマシだけど、アリーは案外悲惨だったんだからな。自国の王女がクラスメートっていうのは、さすがに緊張を生むよ」
 
 今年に入ってようやくクラスメートも慣れてきたのか、アリーにも気軽に話せるようになってきた。
 そして皆とのやり取りを楽しんでいる。
 
「まあ、悪いことじゃないだろ?」
 
「そうだけどね」
 
 主役の二人はケーキを食べ終わると、台本を手に持った。
 覇気はまったくないが、それでも真面目なのでやることはしっかりとやる。
 
「……練習しないとな」
 
「……そうね」
 
 
 
 
 
 
 
 王城では王様が手紙やら書状の束を見て、大きく溜息を吐いていた。
 
「……アリシア」
 
「どうされました、父様?」
 
 ちょうど通りかかった娘に声を掛ける。
 
「お前達の演劇。舞台の席数はどれほどだったか?」
 
「おおよそ500席弱だったと思いますわ。チケットは来週から生徒会主導で発売される予定です」
 
「…………そうか」
 
 頭を悩まされる。
 学院行事であるというのに王城にも色々と届いた。
 ということは、学院にはもっと届いているだろう。
 
「仕方ない」
 
 王様は眉根を揉みほぐす。
 このままでは暴動まで起こる可能性だって完全には否定できない。
 
「アリシア。悪いが学長及び生徒会長、あとは……そうだな。ユウトとクリスと風紀委員長、アリシア達の学級委員を今から王城へと連れてくることは可能か?」
 
「えっ? あ、はい。まだ夕食時ですので、緊急の招集であれば問題ないと思いますわ」
 
 王様の指示に従うアリー。
 優斗とクリスは生徒会補佐をやっている。
 ということは、おそらくこの件に関しても生徒会長から頼まれ、おおよそのことは理解しているはずだ。
 ついでに優斗は4月に1年生を更正させたことで臨時風紀委員でもある。
 
「我も少し考えが甘かったか」
 
 基本的に国が干渉する必要はないのだが、今回だけは別枠だ。
 あの二人が主役で演劇を行うのだから。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 翌日。
 今日も今日とて練習をしようとしていた3年C組。
 されど始める前にアリーが教壇の前に立った。
 
「え~、皆さん。少々よろしいですか?」
 
 皆の注目が向いた。
 アリーは全員が自分を見たことを確認すると、とある変更を伝える。
 
「わたくし達、3年C組は近くにある小さな劇場ホールで演劇をやる予定でした。もちろん学生行事なので、これぐらいでも多すぎるくらい……だと思っていたのですが」
 
 アリーは意味ありげに卓也とリルを見て、
 
「内容が内容のため、会場を移動することになりましたわ」
 
 告げた瞬間、皆がざわついた。
 
「今後はそこで練習することになりますわ。ライトに舞台装置などなど、使い勝手が変わってしまい大変だとは思いますが、二週間もあります。皆さん、頑張って練習していきましょう」
 
 すらすらと話すアリー。
 しかしもったいぶるかのように肝心の場所を言っていない。
 
「アリシア様。それでどこに移動することに?」
 
 クラスメートの女子が尋ねた。
 誰もが気になっていることを。
 アリーは満面の笑みを浮かべて、答えた。
 
「王立劇場。総席数2000席を超える我が国最高の舞台会場です」
 
 ほんの僅か静寂が訪れる。
 
「「「「「「    はっ!?    」」」」」」
 
 事情を知らないクラスメートは、全員がぽかんとした。
 王立劇場は皆、知っている。
 リライト国内でも随一の会場にして、劇は一流の劇団がやっている。
 そこで自分達もやるというのだろうか。
 
「学生の行事なので国が関与する必要はないと思っていたのですが、甘かったですわ」
 
 卓也達に悪戯な笑みを浮かべて、アリーは大変だとばかりに呟く。
 
「今、ユウトさんとクリスさんが生徒会へ借り出されているのもその件ですから」
 
「……ねえ、アリー。王立劇場って冗談よね?」
 
 リルがげんなりしながら確認を取った。
 けれどアリーは爽やかに否定する。
 
「いえ、本当ですわ。いいんちょさん達も一緒にいたので知っています」
 
 学級委員の二人を示す。
 注目を浴びた学級委員はしごく真面目な表情で頷いた。
 
「……昨日、王様と話したから本当のことだ」
 
「マジで!?」
 
 クラスメートのざわつきに、今度は女の子が肯定する。
 
「本当よ。王様にアリシア様に学長、生徒会長、風紀委員長、ユウト君、クリスト様。どういう面子? って感じだったわ」
 
「……ん? ユウトとクリスはどうしていたんだ?」
 
「あの二人は生徒会補佐に臨時風紀委員だからよ。どっちにも関わってるからでしょうね」
 
 優斗もクリスもよく生徒会を手伝っている。
 さらには優斗の場合4月の新入生の件、クリスの場合はバカコンビをたしなめているが故、臨時風紀委員として名を連ねていた。
 
 
       ◇      ◇
 
 
「ニース生徒会長。これがうちの舞台のチケット販売振り分けね」
 
 優斗は書類をククリに提出する。
 彼女は目を通すと確認をした。
 
「リステルで販売する席数が600席もあるんですか?」
 
「あそこだけは仕方ない。最大限の考慮をしておかないと、本当に奪い合いが起きかねないから」
 
 隣国なので、情報の伝達速度も他国に比べたら早いだろう。
 今はある程度の秘匿をしているが、それでもおそらく数百人規模でバレているはず。
 爆発的に情報が広がるのも時間の問題だ。
 
「親族席を除くとリライトの販売分は1000席。残りはチケット販売の嘆願書から抽選。確かに妥当なところだと思います」
 
 ククリは頷いて、同じく生徒会室にいるクリスに声を掛ける。
 
「闘技大会はどうなっていますか?」
 
「例年と参加数はさほど変わらなそうですね。審判等を務めていただく騎士団との連絡も今のところ問題ありません。風紀委員の配置や分担も今回の件で振り分け直しましたし、おおよそ大丈夫かと」
 
 クリスはにこやかに笑みを浮かべて、別の書類を手にした。
 生徒会長は仕事をどんどんとやってくれる二人に小さく頭を下げる。
 
「すみません。演劇に出演するというのに、仕事を押しつけてしまって」
 
「大丈夫だよ。僕達は準主役級だけど、あくまで主役は別だから」
 
「ええ。それに出来ない時は出来ないと言いますから、心配なさらないで下さい」
 
「しかし……」
 
 生徒会とて、この時期は例年ヘルプを呼ぶ。
 けれど優斗とクリスは雑務から書類まで何でも凄いスピードでこなすから、本当に甘えてしまっている。
 僅かに暗い表情をさせているククリに、優斗は極めて明るい声を出した。
 
「だったら、ちょっと融通を利かせてもらおうかな」
 
「……融通ですか?」
 
「そうだよ」
 
 優斗は近くのテーブルに置いていたチケットの束から、何枚も引き抜いていく。
 彼の行動が何を示しているのか、ククリはすぐに勘付いた。
 
「親族以外に渡す、ということですか?」
 
「そういうこと。大物を呼び出そうと思って」
 
「……大物?」
 
 首を捻ったククリ。
 役員達も優斗の“大物”という単語に反応した。
 生徒会役員は学院内でも限られた、優斗が何者なのかを知っている。
 だからこそ書記の女の子が興味津々に尋ねた。
 
「どなたを呼ぶんですか?」
 
「王族とか6将魔法士とか異世界人とか勇者だよ」
 
 出てきた面子に驚きやら乾いた笑い声が広がる。
 
「ミヤガワさんって本当に顔広いです」
 
「まあね。立場が立場だから」
 
 致し方ないだろう。
 
「で、ニース生徒会長。いいかな?」
 
 茶目っ気を出して訊く優斗に、ククリは微笑んで頷いた。
 
「これぐらいは黙って見逃さないと申し訳ないですよ。例年、手伝ってくれる方々に『御礼』というものはしていますし、何よりミヤガワさんが呼び出す相手はリライトにとっても良い相手でしょうから」
 
「いや、今回は本当に私事なんだけどね」
 
 変に評価されても困る。
 優斗だって時には個人的に走ることだってある。
 例えば卓也とリルを虐めるに最適な人員をどうしようとか、面白そうなメンバーは誰だろう、とか。
 というかそれしかない。
 優斗が内心でほくそ笑んでいると、ドアがノックされた。
 
「どうぞ」
 
 ククリが応対する。
 すると近衛騎士の制服を着た男性が入ってきた。
 
「リライト近衛騎士団、フェイル=グリア=アーネストだ。闘技大会の審判者名簿及び王立劇場警護に関することを話しに来た」
 
 生徒会長に話し掛けながら、フェイルは優斗の姿を認めると小さく笑う。
 
「これから風紀委員を連れて王立劇場の確認をしにいく。来ることは出来るか?」
 
 尋ねられ、優斗はククリに視線で確認する。
 頷かれたので、
 
「大丈夫ですよ。今日の分は終わってますし、何かあっても生徒会の皆が頑張るでしょうから」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 優斗達は風紀委員を連れて王立劇場に入っていく。
 皆が皆、間近から目にする大きさに驚きを隠せていない。
 舞台上に生徒達が並ぶと、フェイルは今日の作業を話す。
 
「さて、風紀委員長から聞いているだろうが、3年C組の出し物である『瑠璃色の君へ』がここ、王立劇場で開催されることになった。理由はノンフィクションの作品を当人達が行う、といったものだからだ。おそらくは過去の人気作に匹敵するだろう」
 
 今尚、記憶に残る栄作と同一視していい舞台だ。
 それほどのことを彼らはやろうとしている。
 
「我々が行わなければいけないのは、3年C組の安全を守ることだ。当日は数千の人が集まる。アリシア王女はもちろんのこと、主役のタクヤ・ササキ君やリル=アイル=リステル王女を守らなければいけない。あくまで可能性ではあるが、主役の二人を狙うことでリライトとリステルの仲を引き裂こうとする輩がいるかもしれないからだ」
 
 過去にはあった。
 卓也とリルの仲を引き裂こうとする者が。
 今はもう、問題ないと報告は受けている。
 だが安心してはいけない。
 
「劇中、舞台上は格好の的となる。一応は安全の為に結界は張ってあるが、何が起こるかは分からない。だからこそ事前に暗殺者などが潜めそうな場所、魔法を撃つのに最適な場所を洗い出す」
 
 普段もそれなりの態勢は敷いているだろう。
 だが、今回は格別だ。
 
「疑問に思ったことは全て騎士や風紀委員長に報告すること。無駄だと思うことでもいい。とにかく報告を怠らないこと」
 
 そこまで言って、フェイルは優しげな微笑みを浮かべた。
 
「この中には将来、騎士や兵士を目指すものもいるだろう。手を挙げてくれないか?」
 
 唐突な話題の変化に集まった生徒達は驚くものの、素直に手を挙げていく。
 大体、八割が手を挙げた。
 
「よかったじゃないか。君達は他の人達よりも先に、在学中ながら兵士や騎士と同じ仕事が出来る。学院のOBとて、こういうことはなかったんじゃないか?」
 
 隣にいる騎士に確認を取ると、騎士は苦笑して頷いた。
 学生のうちにこんな出来事は存在するわけがない。
 フェイルは満足げに納得すると、再び生徒達に伝える。
 
「警護の主役は君達だ。俺達は補佐にすぎない。つまり俺が何を言いたいか分かるな?」
 
 集まった風紀委員達を見回しながら、フェイルは力強く言う。
 
「君達は王族を守れる力がある、と。俺はそう思っているということだ」
 
 皆の心を打つような言の葉。
 風紀委員達の表情が真面目に、そしてやってやろうという表情に切り替わった。
 フェイルは一度、手を打って音を鳴らす。
 
「それでは仕事を始めよう」
 
 
 
 
 
 
 
 散開した風紀委員達を見ながら、優斗は感嘆の意を述べる。
 
「さすがですね」
 
「本心だからな」
 
 フェイルは口が上手いほうではない。
 だとしたら、素直に考えたことを伝えたほうがいいと思ったまで。
 
「元々、データはありますよね?」
 
「王族や貴族が座る席はさすがに入念なチェックがされているが、さすがに舞台上となると心許ないのも確かだ」
 
 さすがに王立劇場ともなれば、護衛に必要なデータは揃っているはずだ。
 舞台とて、当然のようにあるのだろうが……さすがに卓也とリルのような人物が舞台上で劇を行ったことはない。
 故に、再度の確認へと至ったわけだ。
 
「一番危ういのはリステル関係ですから、最低でもリステルにはチケット購入者の所在等を徹底的に調査してもらいます。他国の場合はもう少し緩くなりますが、それでも調査することは譲りません」
 
「それがいい。過去にもあったらしいからな」
 
「あと、各国に話を通す際には僕やアリーの名前を使っていただいて構いません。何事もなく終わらせる為に」
 
「分かった」
 
 フェイルが頷く。
 すると風紀委員の一人が優斗達の下へとやって来た。
 以前、調子に乗っていてボコされた少年達のリーダーだ。
 
「押忍、報告です!」
 
 気を付けをして、優斗とフェイルに少年は報告を始める。
 
「舞台両側にある二階席、三階席からは舞台上を狙うに丁度いい場所だと思います!」
 
 いの一番にやって来た少年に二人は顔を見合わせて笑みを零すと、客席の配置図を広げた。
 ついでに風紀委員長を呼び寄せて、三人で少年の話を聞く。
 
「場所にチェックマークを付けて」
 
「はいっ!」
 
 優斗に促されて少年は赤ペンで場所をチェックしていく。
 
「ん、了解。他にもないか頑張って探してみて。君なら出来ると思うから」
 
「押忍っ!!」
 
 綺麗に斜め45度まで頭を下げた少年は、意気揚々と問題点を探しに行く。
 フェイルは正直、今のやり取りを前にして目を点にしていた。
 なんというか体育会系みたいだった。
 
「今の少年は随分と硬派な感じだったな」
 
「前に僕が改……更正させたんで」
 
 彼らは今でも朝の挨拶と掃除は欠かしていない。
 教師達の評価をすこぶる良い。
 
「おかげでうちの一年の中では有望株だ」
 
 風紀委員長が苦笑した。
 
「そうなの?」
 
「お前がどうやったのかは分からないが、聞いていた話とずいぶん違って驚いた」
 
「少しやり過ぎたかな」
 
 三人で破顔する。
 すると、舞台上には続々と優斗のクラスメートがやって来た。
 
「おっ、優斗じゃねーか」
 
 修が気付いて近付いてくる。
 
「クリスは一緒じゃねーのか?」
 
「もう少ししたら来ると思うよ」
 
「お前は何やってんだ?」
 
「演劇当日の護衛場所だったり、危険箇所の洗い出し」
 
 続々とやって来る風紀委員達の話を聞きながら、風紀委員長とフェイルがどんどん図面に書き込んでいく。
 
「僕ももう少し、こっちを手伝うから」
 
「あいよ」
 
 修が頷いてクラスメートの輪の中へと戻っていく。
 代わりに卓也が優斗のところへ向かってきた。
 
「大事になってないか?」
 
「当たり前でしょ。普通に大事なんだから」
 




[41560] 演劇一週間前①
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:1a7ab798
Date: 2015/12/29 15:16
 
 
 
 
 練習を重ねる。
 卓也とリルも、ようやく台詞を照れずに言えるようになってきた。
 土曜、日曜と過ぎていき、翌日の月曜からはチケットの販売となる。
 朝から晩まで練習しなければいけなさそう……にも関わらず卓也は土曜も日曜も数時間、私用で出掛けていた。
 
「そういえば昨日と今日、どこに行ってたの?」
 
「ギルドで小遣い稼ぎだよ。少しお金が足りなくてな」
 
 リステル邸の広間で紅茶を飲みながら、卓也は何ともなしに答える。
 けれどリルは首を捻った。
 
「……卓也ってお金使ってたかしら?」
 
 守銭奴というわけではないが、彼は無駄にお金を使わない。
 豪遊する性質でもないので、違和感があった。
 
「買いたいものがあるんだよ」
 
「ふ~ん」
 
 とはいえ卓也だから変なものではないだろう。
 この状況でそういうことをするのだって、必要があるからやっているはずだ。
 だからリルはすぐに興味を無くして話題を変えた。
 
「そういえばね、今日クラスのみんなにもみくちゃにされたのよ。服なんてもう採寸してあるのに、サイズとか色々と調べられちゃって――」
 
 そして今日のやり取りを楽しそうに話し始めた。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 翌日。
 生徒会室ではククリと優斗が呆れた表情を浮かべていた。
 
「想定通りでしたね」
 
「ほんと、あの二人の人気がよく分かるよ」
 
 生徒会が土曜からテントを建ててチケット売り場を作っていたのだが、土曜朝9時の時点で何人かが並び始め、今では長蛇の列が出来ている。
 
「どこから聞きつけたんだろ?」
 
「想定以上の人数ですね」
 
「とはいえ想定人数の20%増。最大予想人数までには到達してないのは良かったよ」
 
 おそらくは国内に留まらず、国外の人まで並んでいるだろう。
 土曜、日曜と生徒会どころかヘルプや兵士、騎士まで使って整列をさせた。
 転売不可能であること、チケットを買うには身分証の提示などを条件とした書面を用意し、承諾書として配ったり何だったり、異様に大変な週末だった。
 
「さて、と。下は他の生徒会役員達に任せるとして、僕達も僕達で頑張ろうか」
 
 優斗は室内に振り向きながら告げた。
 生徒会室にいる、残っている生徒会役員や協力を頼んだ一般生徒達も一斉に頷く。
 ククリも同じく頷きながら、机の上に存在する手紙の束を前に座った。
 そしてくすっと笑う。
 
「言い方は少々悪いですけど、くじ引き大会を始めてしまいましょうか」
 
 ククリのかけ声に笑い声が響く。
 各々が適当に手紙や書状を取り始めた。
 そして手紙の中身を確認すると、必要条項を抜き出して手元の紙へ写していく。
 全て確認が終わると生徒会会計・生徒会長・優斗へと渡していく作業を何十回と繰り返す。
 
「ニース生徒会長、会計さん。二人の集計したチケット総数は?」
 
「103席です」
 
「122席になります」
 
「了解。僕は150席だから一旦、まとめちゃおう。僕達と手が空いている人で購入希望者の住所、氏名、年齢等の間違えがないか確認。残り席数は皆で楽しみながら選ぼうか」
 
 笑みを零す優斗に、皆が釣られて笑う。
 全員でチェックを始め、最終的には優斗・会計・会長の三人で最終確認。
 全て問題なく、残りの席数はわいわいと騒ぎながら皆で選ぶ。
 そして他国への販売分が全て終わった。
 
「よし、これで問題なし。あとは国の仕事になるかな。みんな、余計な仕事させて申し訳ないね」
 
 生徒会の仕事ではあるが、ここまで事の次第を大きくしたのは間違いなく優斗達のクラスのせいだ。
 だから優斗は小さく頭を下げる。
 全員が全員、問題ないとばかりに苦笑して手を振った。
 すると良いタイミングで近衛騎士のビスが入ってくる。
 
「ユウト君。進捗状況は?」
 
「ちょうど今、確認が終わったところです」
 
 書類の山と抽選に当たった手紙、当たらなかった手紙の束を詰めた箱をビスに渡す。
 
「あとはお願いします」
 
「うん、分かったよ」
 
 ビスは頷くと、箱を持って出ていく。
 優斗は見送ると、自分も準備を始める。
 
「それじゃ僕も王立劇場に行ってくるね」
 
「お疲れ様でした、ミヤガワさん」
 
 ククリに続き、続々と労いの言葉が届く。
 軽く手を挙げて、優斗は生徒会室を出て行った。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 向かっている途中でクリスと合流した優斗は、舞台へ到着する。
 そこで想像だにしない光景を目撃した。
 
「……いいの、これ?」
 
「いるということは、いいのではないでしょうか」
 
 舞台上にいるのはクラスメートと……白竜。
 いる理由は分かる。
 修が呼んだはずだ。
 おそらくは序盤の見せ場、黒竜撃破のシーンをハリボテではなく白竜代役でやろうとしているのだろう。
 前の劇場では無理だったが、ここでは大きさも十分だ。
 しかも入念に打ち合わせしている。
 
『つまりドラゴンブレスを使った後、お前達に吹き飛ばされるのだな?』
 
「そうそう。そんで、あとは俺と優斗と和泉、レイナ役の奴に攻撃される。威力は弱くしておくから、白竜なら耐えられんだろ。あとはやられたフリをしてくれりゃオッケーだ」
 
『了解した』
 
 優斗は心の底からツッコミを入れたくなる。
 了解した、じゃないと。
 するとクラスメート達が優斗とクリスに気付いた。
 
「おっ、チケットはどうだった?」
 
「リステル分は向こうに任せるけど、完売は確定してるようなもの。手紙や書状で来た分は全て売り捌いて、テントでの販売分も無事に完売」
 
「ということは客席が全て埋まるのね?」
 
「そうですよ」
 
 クリスが頷くと皆が客席を見る。
 壮大な客席全てが埋まるのかと考えて、皆が息を呑んだ。
 
「……やばいな」
 
「やばいでしょ」
 
 特に出演者はそうだ。
 2000人を超える客の前で演技をする。
 今から緊張で吐きそうになってきた。
 しかし、
 
『ほう。つまり我が姿を数多の人々が見るというわけか』
 
 白竜がなんともなしに言った。
 魔物が演技で緊張する、なんていうのはなさそうだ。
 
「でも、あれですわね。相手は黒竜なのに白竜が出てくるというのは、ちょっとおかしいですわ」
 
 アリーが少し唸る。
 すると修がさらっと、
 
「塗ればいいんじゃね?」
 
「……黒にですか?」
 
「ああ。ざばっと塗れば白竜も黒竜になるだろ」
 
『なにっ!?』
 
 まるでコントのような人間と魔物のやり取り。
 緊張を見せていたクラスメートの表情が一気に緩んだ。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 そして練習の日々は過ぎていき、土曜日。
 優斗が招待したVIPなお客さんで、日程に余裕のある者達が王城へ続々とやってくる。
 一番手は先日、優斗が行ったばかりのモルガスト。
 練習が終わった面々は王城へ集まり、彼らを出迎える。
 
「ユウト、ユウト! チケットありがとうございます!」
 
「ユウト様、本当に感謝することしか出来ずに申し訳ありません。でも本当に嬉しいです」
 
 まずはクラインとレンドがテンション上げながら来た。
 演劇の話を聞いてからというもの、まず書状にて購入の意思は示した。
 それでも難しいだろうと、リライトに来て並ぼうとまでしたクラインのところへ優斗の手紙が届いたのは、現地へ向かおうとした前日。
 チケット二枚に王城への招待状が入っていた封筒を見た瞬間は、あまりの嬉しさに気絶しかけた。
 それは今も継続中で、クラインはそわそわと落ち着かない。
 
「その、タクヤ様とリル様は?」
 
 きょろきょろと周囲を見回しては、大好きな二人の姿を探していた。
 
「あっちだよ」
 
 優斗が手で示す方向。
 クラインは辿っていき、そして発見。
 
「レ、レンド! あそこです、あそこにタクヤ様とリル様がいます!」
 
「本当ですね。あれがタクヤ様にリル様……。ああ、何と似合いなのでしょうか」
 
 まるでミーハーにしか思えないが、彼らにとってはそうなってしまう対象なのだろう。
 大はしゃぎしていた。
 
「サ、サインを貰ってきましょう!」
 
「そうですね!」
 
 二人は『瑠璃色の君へ』を手に持つ。
 そして優斗に強請るような視線を向けた。
 
「はいはい、一緒に行ってあげるから」
 
 やっぱり二人で突入するには緊張もあるのだろう。
 優斗は苦笑すると、クラインとレンドを連れて卓也達の下へ歩き出す。
 
「ちょっと紹介したい人がいるんだけど、いいかな?」
 
 飲み物を持ってゆったりとしている卓也とリルに声を掛ける。
 二人の視線が優斗達に向かうと、レンドとクラインはがっつり頭を下げた。
 
「レ、レンド・フラウといいます」
 
「クライン=ファタ=モルガストと申します!」
 
 カチコチに固まりながら挨拶をした。
 卓也とリルは聞き覚えがある国やら名前に記憶を引っ張り出す。
 
「モルガストって……この間、優斗がくっ付けたお姫様か」
 
「妖精姫って呼ばれてるモルガストの王女よ。あたしも実際に会うのは初めてだけど、ユウトと友達になったって聞いてるわ」
 
 その二人がどうして、こんなにも緊張しているのだろうか。
 首を傾げるとクラインとレンドはまくし立てる。
 
「わ、妾達はっ!! タクヤ様とリル様の大ファンなのです!!」
 
「是非ともサインをお願いしたく、ユウト様に仲介を頼んでしまった次第で……」
 
 瞬間、卓也とリルのこめかみやら口元がひくついた。
 そして優斗を睨み付ける。
 この男、知っていたはずだ。
 けれど卓也達には情報がなかったということは、あえて隠したということ。
 自分達をからかう為だけに。
 優斗は知らないとばかりにわざとらしく肩を竦めたが、非常に腹立たしい姿にしか映らない。
 
「あんた達も結構な騒動になったってユウトが言ってたけど……」
 
「わ、妾達などお二方に比べれば矮小なやり取りですから!」
 
 両手で大げさに否定するクライン。
 自分達にとっては大切なやり取りだが、規模の大きさで言うのであればこの二人には勝てない。
 優斗は面白いやり取りをする四人に安心すると、他のお客さんを迎える為に離れた。
 睨み付けるような視線を無視して。
 
 
 
 
 
 
 
 しかしながら、優斗にも天敵というものがいないわけでもない。
 というか唯一と言っていいほど、ある意味で優斗と相性が悪い勇者がいる。
 
「優斗くーんっ!!」
 
 後ろから飛び込まれて抱きつかれた。
 数歩、前へつんのめる優斗。
 誰がやったのかは明白だ。
 
「……正樹だね」
 
「久しぶり、優斗くん」
 
 未だに彼は背中に乗っている。
 優斗は引っ付いている物体を引っぺがして振り向く。
 
「だ・か・ら、なんで抱きつくの!?」
 
「嬉しいからだよ」
 
 キラキラと輝く笑顔を向けてくる。
 正樹の背後ではニアが呆れたように、額に手を当てていた。
 しかしもう一人、姿が見える。
 
「うはっ、キター!!」
 
 なんか異常に興奮していた。
 
「最初っからキターっ!! “優正”!? “優正”だよね!! やっぱり天然草食系がじゃれてくるところを、普段の素朴な感じから変身した俺様系大魔法士に襲われるのがデフォだよね!!」
 
 クラインドールの勇者が、鼻息荒く優斗達のやり取りをガン見している。
 
「……春香はテンション上げないように」
 
 呆れるように優斗も額に手を当てた。
 しかしながら、まず問題児なのはフィンドの勇者だ。
 
「ニア、この人は大丈夫なの?」
 
「お前に会う時の正樹はどうにも駄目だと思う」
 
 子犬がじゃれついているようにか思えない。
 
「そんなことないよ。友情表現なんだから」
 
 ニコニコの正樹に対して、また春香がヒートアップする。
 
「友情っていうか愛情だよね!」
 
「……おいこら」
 
 優斗がデコピンかまして春香を黙らせる。
 というか、この場には彼女しかいない。
 優斗は四枚渡したはずだが、どういうことだろうか。
 
「そういえば三人ともいないけど、どうしたの?」
 
「ん? ああ、ワインとブルーノはうるさいから宿取って置いてきたんだよ。少なくとも闘技大会の日までは別行動。お供はロイス君だけ」
 
「……鬼か」
 
 春香大好きコンビも中々に不遇だ。
 
「ロイス君は?」
 
「キリアのところ。会いに行ってるよ」
 
 彼も彼で、リライトに来たら幼なじみのところへ真っ先に向かった。
 やはり特別なのは間違いない。
 
「なるほどね」
 
 優斗は小さく笑うと、勇者達と会話に花を咲かせた。
 
 
 



[41560] 演劇一週間前②
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:1a7ab798
Date: 2015/12/29 15:18
 
 
 
 クラインとレンドの襲来を何とか凌いだ卓也とリル。
 ほっとしていると、数ヶ月前に会った異世界人の後輩達が近付いてきた。
 
「おっ、お前達も来たのか」
 
 三人組の姿を見て卓也とリルは笑みを浮かべる。
 
「久しぶりだな、卓先」
 
 刹那が軽く手を挙げて挨拶した。
 しかし卓也は僅かに哀愁を漂わせて、
 
「刹那は元気そうで良かったよ」
 
 なんか実感の籠もった言葉が返ってきた。
 どうして彼がそうなってしまったのか、刹那は理解しているので同情してしまう。
 
「卓先は……その、なんだ。この度は……ご愁傷様だ」
 
「もう諦めてるよ」
 
 卓也は乾いた笑いを浮かべる。
 ここまで来てしまったら、あれこれ言っても仕方が無い。
 
「リル、こんばんは」
 
「こんばんは、リル様」
 
 一方でミルと朋子も、もう一人の主役に挨拶していた。
 すぐ後ろではルミカが微笑んで頭を下げている。
 
「久しぶりね、あんた達も」
 
 たった一度行った時の出会いだったとはいえ、特にミルは印象深かった。
 
「会えて、嬉しい」
 
 ミルが僅かに眦を下げた。
 彼女にとってリルは恩人だ。
 大切なことを教えてくれた人。
 
「ミル、ちょっと変わったみたいね」
 
「そう?」
 
「ええ。間違いないわ」
 
 少しでも感情表現が出来ている。
 おそらくは、あの男の子が良い影響を与えているのだろう。
 
「トモコも素敵な格好ね。これだと男共が放っておかないんじゃない?」
 
 三人ともドレスを着ている。
 それぞれが映えていて、注目を浴びるにも十分だ。
 
「どうかしら? 基本的にはミルに目がいくと思うんだけど」
 
「あんたはちょっと自信持ちなさい。間違いなく可愛いわよ」
 
 真っ直ぐなリルの言葉。
 珍しく朋子が頬を赤くした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 修も懐かしい老人の姿を認めて、声を掛けに動く。
 
「天下無双のじいさんじゃねぇか」
 
 名を呼ばれたマルクは修に視線を向けた。
 
「久しいな、小僧」
 
「じいさん、演劇なんて興味なさそうだけどよく来たな」
 
 優斗も送ったはいいが、来るかどうかは分からないと言っていた。
 マルクは今までの人生が戦いオンリー。
 趣味は修行です、と言ってのけられそうな人物だというのに、よく演劇というものを見に来たものだ。
 
「リーリアが楽しみにしているのだ。それに儂も学生闘技大会というものに興味が沸いた」
 
「あん? だってじいさんにとっちゃ……って、もしかしてリーリアの相手探しか?」
 
「リライトならば才ある者もいそうだからな」
 
 マルクはアリーと話しているリーリアを優しい目で見る。
 だが修は内容が内容なだけに、心の中で合掌した。
 
「じいさんに目を付けられたら災難だな」
 
 
 
 
 
 
 
 
「ダンディさん、やっほ」
 
 優斗が手をひらひら、と振りながら筋肉ハゲに挨拶をしに来た。
 
「この度は招待、感謝するぞユウト殿」
 
「こっちも世話になってるからね」
 
 闘技大会、愛奈、クラインの件で色々と関わってきた。
 本当に素晴らしい好漢だと優斗は思っている。
 だからチケット三枚を送付した。
 
「こちらは?」
 
 そして彼が連れてきた人物は褐色の肌を持つ美男美女だった。
 人付き合いの広いダンディのことだから友人か何かだとは思う。
 しかし、
 
「む? 儂の兄と姉だ」
 
「……へっ?」
 
 予想に反した解答で優斗が唖然とした。
 するとまるで筋肉が付いていなく、髪の毛もしっかりとある男が丁寧に頭を下げた。
 
「いつも弟が世話になっています。大魔法士殿」
 
 続いてナイスバディで髪の毛がある女性も頭を下げた。
 
「不出来な弟を戦友などと仰っていただき、本当に感謝します」
 
 しっかりとした挨拶をされて、優斗も唖然とするのだけは避けた。
 
「いえいえ、ダンディさんとは僕も友人になれて嬉しく思っていますから」
 
 どうにか体裁を整えて挨拶を返す。
 
「儂は兄者と姉者とは母が違う故、肌の色も違うのだ。しかしながら仲の良い関係を築いておる」
 
 二人と肩を組むダンディ。
 まあ、末の弟だと言っていたし、彼の性格上相性が悪い人などそうそういない。
 
「今回の舞台は『瑠璃色の君へ』という世界規模で人気の作品だ。二人が是非とも見たいと言っておってな。兄者と姉者ならユウト殿の懸念もない」
 
 三人揃って笑みを零す。
 とはいえ、だ。
 優斗のイメージとしては兄も姉も骨格が凄くて、ダンディに似た人物を想定しただけに驚くのも無理はないと思う。
 
 
 
 
 
 
 
 
 そして別室ではリステルよりやって来た、ある意味で精鋭部隊が整列していた。
 
「いいか! 明後日行われるのは世界最高の舞台にして、歴代至高の物語だ! 明日の事前準備と舞台当日の会場入場から演劇終了に至るまで、魔力が尽きるほど詳細を撮ることがお前達に与えられた特別任務と知っておけ!」
 
 リステルの勇者が拳を握りしめながら、演説調で今回の任務の詳細を述べていた。
 そこにいるのは和泉とレイナ。
 特にレイナはどうしてこうなっているのか分からない。
 
「……和泉、これはどういうことだ?」
 
「試作カメラVer5.00が50個ほど売れた。まだ完成品とは言えず、売るにしても高価だと言ったのだが、それでも構わないと」
 
 正直、リステルの熱の入れようを舐めていた。
 というか想像の遥か上だった。
 
「舞台を見ることができない者達にも、我らが撮った写真なるもので展示会を行い閲覧可能にする! 私が勇者になって以来、最も国民の期待が集まる任務だ!」
 
 イアンはさらに続けると、整列していた者達が雄叫びみたいなものをあげた。
 素晴らしい演説みたいになっているが、内容は少し残念だ。
 レイナは何度かカメラを使ったこともあるので和泉に確認する。
 
「しかしカメラは“カシャッ”と音が鳴るだろう? 劇の邪魔になると思うのだが」
 
「修に完全防音気配遮断の結界魔法を展開させる。明日試しにテストをしてみるが、神話魔法でもあることだし問題はないはずだ。フラッシュは完全禁止だが、そこはレンズで調整を行う。舞台上は明るいからどうにかなるだろう」
 
 つまりはカメラスペースを作って撮らせる。
 縦横無尽にやられるよりは断然マシだ。
 そしてイアンの演説はまだ続く。
 
「リルのクラスメートに迷惑を掛けることは許さない! そして最上級の相手だと敬いつつ、感謝をしながら彼らのことも写真に収めろ! 決してタクヤとリルだけの舞台ではない! 主役だけを写せばいいなどと勘違いしている愚か者はここにいないな!?」
 
 全員が肯定の意を示す為に膝をついた。
 何と言うかもう、酷い。
 
「各自、イズミの説明を聞き任務に励め!」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 大物の客人を迎えたあと、優斗が個人的に呼んだ人物はトラスティ邸で出迎える。
 
「久しぶり、ノイアー」
 
「ああ、久しぶりだ」
 
 重要人物ではない為、トラスティ邸に泊まることになった客人。
 ノイアーとケイト、コリンが優斗の手配した馬車に乗ってやって来た。
 
「タクヤとリル様が劇をするんだろ? 呼んでくれてありがとな」
 
「でも私達、ちゃんとした服装とか持ってなくて……だいじょうぶ?」
 
 王立劇場という名前からして凄そうだ。
 けれど自分達は普通の服しか持っていない。
 場違いになるのでは、と心配になる。
 
「大丈夫だよ、ケイトさん。何の為に早く呼んだと思ってるの?」
 
 どうして劇の当日ではなくあらかじめ呼んだのか。
 理由は一つ。
 
「うちの義母が準備万端だから」
 
 優斗が苦笑する。
 
「覚悟しといてね。明日は一日中引っ張り回されると思うから」
 
 そしてケイトに抱かれているコリンの頭をよしよし、と撫でる。
 
「コリンもマリカと一緒に可愛い格好しようね~」
 
「たー!」
 
 元気よく返事をしたコリンに三人で笑顔を浮かべて広間へと入っていく。
 すると面白い光景が広がっていた。
 ノイアーがこてん、と首を傾げる。
 
「……くじ引き?」
 
 愛奈が持っている箱に次々と家臣達が手を突っ込んでいく。
 全員が引き終わると、フィオナの号令が掛かった。
 
「それでは皆さん。紙を広げて下さい」
 
 家臣達が折りたたまれている紙を広げていく。
 瞬間、ガッツポーズをした家臣と項垂れた家臣が生まれた。
 
「当たりだ!!」
 
「……外れちゃいました」
 
 いきなりのことで唖然とするノイアー達。
 
「一体、どういうことだ?」
 
「余った分、ちょろまかしたんだよ。で、くじ引き大会をやってみた」
 
 そして歓喜と嘆きの図が生まれた。
 ちなみに家政婦長であるラナと守衛長であるバルトは無条件で渡されている。
 
「……お前、それいいのか? 私的流用ってやつじゃないのか?」
 
「色々と仕事はやってるし、これぐらいの恩恵はあっていいと思うんだよね」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 一方で卓也とリルも今日は家に戻るのではなく、フィグナ邸へとお邪魔している。
 ついでにもう一人、ミラージュ聖国からやって来ていた。
 
「今日からしばらく、お世話になります」
 
 ラグが大量の荷物を持ってココの両親であるナナとダグラスに挨拶していた。
 ナナはきっちりしている彼の姿に微笑み、
 
「ラグ、違うのです。こういう時はただいま、と言うのです」
 
 柔らかな口調で間違いを指摘した。
 彼は僅かに照れ笑いをする。
 
「ただいま帰りました」
 
 そして再び、きりっとした表情で挨拶をするとダグラスも柔らかい表情になった。
 
「ここは君の家でもある。ゆっくり寛ぎなさい」
 
「はい!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 卓也からチケットを受け取ったナナは、少々唖然としていた。
 全席指定席である客席の中でも、最上の個室と呼ぶべき席。
 リライト王が鑑賞する席よりも良い場所だ。
 同等の席はリルの親族であるリステル王達が座る場所しかない。
 
「わたし達、リステル王族と同じくらいの扱いでいいのです?」
 
 自分達の王を差し置いて、それでいいのだろうか。
 
「だってダグラスさんもナナさんもオレの後見だから。王様にだってちゃんと伝えてあるよ」
 
 そして二つ返事で頷いてくれた。
 もちろん王様の席も似たような場所であることだし、護衛等の問題もないことは確認済みだ。
 
「主役張るってことで良い席もらったしさ。ダグラスさんとナナさんに使ってもらいたいんだ」
 
 確かに主役を演じるのはもの凄く恥ずかしい。
 それは今でも間違いない。
 ただ、せっかく貰ったのだから大切な人達に使ってほしい。
 
「……タクヤ君」
 
 ナナは貰ったチケットを胸元でぐっと握りしめる。
 彼はいつもそうだ。
 後見人だから自分達のことを気に掛けてくれている。
 まるで優斗とエリス達の関係みたいに錯覚してしまう。
 
「オレは後見がダグラスさんとナナさんで本当に良かったと思ってる」
 
 卓也は言い切ると、少し照れたように頬を掻いた。
 
「だから、まあ……当然だろ。そのチケットを二人に渡すのはさ」
 
 何と言うか改めて言うのも恥ずかしいのだろう。
 卓也がそっぽ向いた。
 
「タクヤ君……」
 
 感極まったようにナナが泣き出した。
 ダグラスも嬉しそうにチケットを眺めている。
 
「ああ、もう。ナナさんは泣かないでくれよ。っていうかダグラスさんはニヤニヤしてないでナナさんを慰めてくれ」
 
「いや、タクヤ君。もう少し感慨に浸らせてほしい」
 
「それどころじゃないだろ!?」
 
 慌てる卓也を尻目に苦笑しているココは、隣にいるラグに話し掛ける。
 
「そういえばラグ、思ったより荷物が多かったですけど何を持ってきたんです?」
 
 数日はいるとしても、日数に対して荷物が多すぎる。
 ラグはここに視線を向けると、あることを伝えた。
 
「ユウト様に頼まれた事がある」
 
「頼まれたこと?」
 
「先日起こった事件で気になったことがあるらしい。念のため、情報が欲しいと言っていたから関連性のありそうな書物を持ってきた」
 
 面倒だとは思うけれど、お願いしたいという旨が書かれた書状がラグの元へと届いた。
 もちろんのこと、ラグは総力を結集して情報収集。
 
「ユウの無駄すぎる心配性が発揮されたんです?」
 
「そう取っても過言ではないとユウト様も言っていた」
 



[41560] 演劇前日
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:1a7ab798
Date: 2015/12/29 15:19
 
 
 
 日曜日――演劇の前日。
 午前中は空いているフィオナは、エリスやノイアー達と一緒にドレスを見繕うため、家を出ていた。
 しかしお店の中に入ると、ノイアーとケイトはガッチガチに緊張する。
 明るい店内に、色とりどりの綺麗なドレスがこれでもかとばかりに飾ってあったからだ。

「本当はもう少し早く来てもらって、オーダーメイドにしようと思ったんだけどね。さすがにノイアー君のお仕事の都合もあるから諦めたのよ」

 エリスがのほほんとした様子でケイト用のドレスを物色し始める。
 けれどノイアーはノイアーで本当に買ってもらっていいのか、悩み始めていた。

「あ、あの、エリス様。本当にいいんですか?」

「どうして? 貴方達を呼んだのは私達。だったら、やるべきことをやらないと貴族とはいえないわ」

 無論、自分達に甘えるような人間であればやらないが、ノイアー達は違う。
 だからこそ問題ない。

「それにドレスは女の子の夢。違うかしら?」

 エリスがケイトにウインクすると、ケイトは感激して何度も頭を下げる。

「あ、ありがとうございます、エリス様! 一生、大切に扱わせていただきます!」

「一生って……。ふふっ、今度はノイアー君が買ってくれるから大丈夫よ」

 そして皆であれこれと相談しながらケイトのドレスを選び始める。




 数着を選びケイトが試着を始めた時、フィオナはふとチョーカーが目に付いた。
 マリカと一緒に近づいて手に取り、まじまじと確認して頷く。

「これはあーちゃんに似合いそうですね」

 アクセサリーとしては申し分なく、また妹に似合いそうだった。

「あーちゃん、ちょっといいですか?」

 フィオナは愛奈を呼び寄せてチョーカーを着けてみると、予想通り似合っている。

「これなら――」

 と、満足げに頷こうとしたフィオナだったが、愛奈の表情が若干ではあるが強張っていることに気付く。
 何事かと思い、フィオナは原因を考える。

「あーちゃん、もしかして首に何か巻くのが苦手ですか?」

「……うん。でも、だいじょうぶなの」

 フィオナの想像通りの返答ではあったが、外すことが嫌なのか首をふるふると横に振る愛奈。
 けれど目聡く気付いたエリスが叱った。

「こら、アイナ。苦手なら苦手って言わないと駄目よ」

「だけどおねーちゃんがえらんでくれたの」

「別にチョーカーを着けなくても、アイナの可愛さは陰らないわ」

「でも、がんばるの」

「今日じゃなくていいのよ。アイナが明日やらないといけないのは、お兄ちゃん達の舞台をちゃんと見ることなんだから」

 せっかく姉が選んでくれたのだからと愛奈は退かないが、エリスとしてもフィオナとしても妹に無理はさせたくない。
 だからフィオナは微笑んで、愛奈からチョーカーを外した。

「苦手なものは今日、明日に治るというわけじゃありません。だからちょっとずつ、お母様とお姉ちゃんと練習していきましょうね」
 
「……おねーちゃん、ごめんなさいなの」

「どうして謝るんですか? むしろお姉ちゃんのほうが、苦手なものを知らなくて『ごめんなさい』です」

 フィオナは愛奈の頭を撫でて、チョーカーを元の場所に置く。
 そして手を繋いで、エリスのところへと歩き出す。

「だけどお姉ちゃんはあーちゃんのこと、また一つ知ることができたから嬉しいですよ」

「……ほんと?」

「嘘は言いません。お姉ちゃんはあーちゃんのことが大好きですから」

「ちなみにお母さんもよ。娘のことをまた一つ、知ることができて嬉しいわ」

 何が苦手、ということを知ることができたのは朗報でしかない。

「ノイアー君達も同じよね?」

「そうですね。やっぱりコリンのことを一つでも多く知ることができるのは、嬉しいことです」




 ケイトのドレスを選び、愛奈のドレスも選び終わった。
 残りはマリカとコリンのドレスなのだが、

「やっぱり、同じドレスにしたほうが可愛いわよね?」

「エリス様。形は一緒で色合いが違う、というのはどうでしょうか? 相乗効果でより可愛さが引き立つような気がします」

「ケイトさんの案も有りね。だから同じ形状のドレスを選んで、同じ色合いと別の色合いでどっちが可愛いか試してみましょう」

 エリスとケイトがいかに幼い二人の可愛さが際立つかの相談を始める。
 一方、フィオナも案を出しては見たものの、

「でしたらフリルがたくさんついたピンクのドレスにしませんか?」

「フィオナはちょっと黙ってなさい。貴女、予想外にセンスないから」

「……お母様が厳しいです」

 確かに親友達に言われ、母からも言われては自分にセンスがないのはフィオナも理解している。
 特に優斗関連では駄目駄目だということは分かっている。
 だがしかし、妹と娘に関しては案外、まともなのではないだろうかとフィオナは考えていたのに、直球で駄目出しされた。

「おねーちゃん、服をえらぶのにがてなの?」

「そうなんです。だから頑張って克服しようとしてるんですよ」

「あいなもおてつだい、するの」

 可愛らしく両手を握りしめる愛奈を、フィオナはぎゅうっと抱きしめる。

「そうですね。姉妹仲良く、苦手なものを克服していきましょう」


      ◇      ◇


 そして午後から集まった3年C組は、演技の最終確認を終えた。
 卓也とリルは二人仲良くリステル邸へと戻ると、出迎えた家臣達へサプライズのようにチケットを差し出す。
 
「フィグナ家とリステル王族へ渡されたのでは?」
 
 代表して何枚ものチケットを渡されたシノは、若干呆然としていた。
 確か卓也の分はフィグナ家に渡されていたし、リルの分は当然のことリステル王家へと渡っているはずだ。
 だからこそ想像していなかった。
 
「どこぞの誰かが気を利かせてくれたのよ。『リライトで呼びたい人ぐらい、いるでしょ?』とか言ってね」
 
 リルが苦笑する。
 まだまだ余っているチケットがあったことから、誰かしらにあげたのだろう。
 
「しかし我々家臣に与えるのであれば、他に渡すべき方々がいらっしゃるかと思いますが」
 
「あんた達以上に渡したい人達なんていないわよ」
 
 ただでさえ他の貴族とは関連が薄い。
 リライトでリルがチケットを渡したい相手は、家臣以外に今のところ存在していない。
 
「ユウト達と一緒だけど、あたしはあんた達をただの家臣だなんて思ってあげない。あたしはシノ達のことを家族だと思ってる」
 
「リル様の家族は血族であるリステル王族と婚約者であるタクヤ様です」
 
 とてもじゃないが、立場あるものが自分達に対して言っていい言葉ではない。
 
「なんとも決まった返事だけどね、家族がいくつもあったら駄目なの?」
 
 だが正直者のリルはシノの反論に対して、真っ直ぐに言葉を放つ。
 
「血が繋がってるかどうかなんて関係ないわよ。卓也なんてシュウ達と一切血が繋がってない赤の他人だけど、普通に家族だって言ってるわよ」
 
 優斗なんてもっと滅茶苦茶だ。
 義両親だの嫁だの娘だの何だのと、どういう関係なのか意味分からなくなってくる。
 
「それにあたしは卓也を婚約者にしてるのよ。普通なんて考え、とっくに汚染されて変になってるわ」
 
 酷い言い草だが、確かに間違ってはいない。
 明らかにおかしいのはリルだ。
 けれど彼女は言葉を続けていく。
 
「お城に居た時は分からなかったけどね、こうやって家で過ごすと家臣との距離が近いのは間違いないわ。そしてあんた達はあたしのことを給料を渡す主人だけじゃなくて、あたしのことを想ってくれてる」
 
「家臣なのだから当然です」
 
「そこが違うの。あくまで仕事なんだから感情は必要ない。リステルの城にいる女官長なんてそんな感じよ。けどシノはあたしのことをからかうし、おちょくるし、大切にしてくれてる」
 
「それはそうですが、しかし……っ」
 
 シノが困惑したように反論しようとする。
 すると今度は卓也が問い掛けた。
 
「オレが来た時、みんな喜んでくれただろ?」
 
 シノの背後にいる家臣達を見回す。
 誰もが喜んでくれていたことを卓也は知っている。
 
「どうしてだ?」
 
「当たり前です。リル様の喜びようを見れば、家臣である私達も――」
 
「基本的に同じ家で過ごしている人達が、喜べることを一緒に喜んでくれてる。それってさ、家族とどう違うんだ?」
 
 信頼関係が出来ている。
 ただ仕事先なだけ、という関係ではなくて。
 嬉しいことも悲しいことも共有してくれる。
 だとしたらそれは、家族と呼んでもいいのではないだろうか。
 
「もう一度言うけど、あたしはあんた達のことを大切な家臣だけじゃなくて、大事な家族だと思ってるわ。変だってことは分かってるけどね、もう変えられないもの。あんた達が否定したって曲げてあげない」
 
 変だったら変でいい。
 間違っているなら、間違ったままでいい。
 頭のおかしい王族でいい。
 
「だからあたしと卓也の演劇を見てくれるとあたしは嬉しい。これは主人としての命令じゃなくて、あたし個人のお願いよ」
 
 どこまでも正直に。
 どこまでも真っ直ぐなリルの言葉。
 強情な主人だというのは知っていたが、ここまでだとは思ってもいなかった。
 シノは周囲を見回したあと、同じような感想を抱いた家臣全員と大げさに溜息を吐いた。
 
「身に余る光栄というのは、このことを言うのでしょうね。ラナが本当に嬉しそうな理由がよく分かります」
 
 単なる家政婦に留まらない。
 仕えている家にいる赤子の曾祖母となった友人のことを思いだし、シノは苦笑した。
 
「大変な家を紹介してくれたものです」
 
「なに、嫌なの?」
 
「一人でも嫌な者がいれば、どうあっても拒否しています」
 
 シノの返事に満足するリル。
 
「じゃあ来てくれるわね?」
 
「楽しみにさせていただきます」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 卓也とリルが帰ったあと、クラスメートは“本当の最終確認”をしていた。
 アリーがそれぞれに声を掛けていく。
 
「白竜、フィオナさん。問題はありませんか?」
 
『大丈夫だ』
 
「精霊達も白竜に怖がりませんから、安心して隠蔽出来ます」
 
 フィオナは頭の上で両手を合わせて大きく丸を作る。
 
「ライトは大丈夫ですか?」
 
「オッケー! いつでもアドリブで追っかけられますよ!」
 
「照明、タイミングは覚えましたか?」
 
「大丈夫です!」
 
 スポットライトと照明からも了解が出た。
 アリーは今一度、皆を見回すと小さく笑む。
 
「タクヤさんが“あの提案”をした以上、皆が手伝わなければ成功はありません」
 
 あれだけ演技することに照れていた卓也にしては、正直限度を超えた提案だとは思う。
 けれどやる時はやる、というのが彼の強み。
 だから提案に沿った変更点をリルにバレないよう日々、練習を重ねていた。
 
「演劇の主役はタクヤさんとリルさんですが、演出の主役はわたくし達ですわ」
 
 皆で近くにいるクラスメートとハイタッチを重ねていく。
 そして挙げた手をそのままに、アリーは力強く宣言した。
 
「明日一夜限り、わたくし達のわたくし達による――唯一至高の物語を成功させましょう!!」
 
「「「「「「 おーっ!! 」」」」」」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 しかし居残ったクラスメートが帰って尚、居残りになる者達がいる。
 リライト組数名、近衛騎士数名、リステル部隊。
 その中でも修がめんどくさそう、とばかりにぶー垂れた。
 
「なんで俺が居残りの居残りになるんだよ」
 
「修以外に結界系の神話魔法が使えないからだよ。クラスの皆にばらすわけにもいかないし」
 
「そうだ」
 
「そういうことですわ」
 
 優斗、和泉、アリーが事も無げに彼の発言を否定する。
 
「優斗が精霊に頼んでもいいんじゃね?」
 
「精霊だと常に魔力供給しないと駄目だから却下。神話魔法なら一回使えば供給した魔力で勝手に発動し続けてくれるし、消す時だってお前の任意なんだから精霊術より圧倒的に楽なんだよ」
 
 修の悪あがきをいなすと、優斗はイアン達と話し合う。
 
「さっきフェイルさんと打ち合わせしたことを再確認します」
 
 優斗は劇場内の図面を広げて、チェックの付けてある場所を順々に示していく。
 
「撮影箇所は計7ヶ所。舞台右前、左前、後方席の右寄り、左寄り、3階席の右と左。あとは舞台裏。写真を撮る際、舞台裏以外の6ヶ所は修がこれから神話魔法を使って結界を張ります。演劇最中にそこから一歩たりとも出ることは許さない。舞台裏担当も極力、舞台に近付かないように。シャッター音が響かないとも限りません」
 
 優斗の再確認にカメラ部隊が真摯に頷く。
 
「撮影場所にはそれぞれ、近衛騎士を配備します。それは別にリステルが危険だからというわけではなく、貴方達が暴走するかもしれないことを考慮してのものです」
 
「それは信用してないと言うんじゃないか?」
 
 イアンが笑って茶々を入れた。
 優斗も笑みを返す。
 
「カメラ部隊を『卓也とリルへの敬愛を叫んだ者』の中から高得点者選んだ時点で信用出来ると思わないように」
 
 全員で苦笑した。
 けれど今度は真面目な表情に変わる。
 
「ついでに、もう一つの最終確認」
 
 優斗はイアンへ真面目に問い掛ける。
 
「リステル側で危険人物もしくは不審人物、裏がありそうな人物はいますか?」
 
「我が国は万全の態勢を取った。親族に至るまで全て確認済みだ。私の名に誓おう」
 
 何度も何度も失態はしない。
 懸念すらもかき消すために色々と動いた。
 優斗は頷くと、続いて近衛騎士のビスへ話し掛ける。
 
「ビスさん、書状等で購入した他国の客はどうなってますか?」
 
「各国、好意的に協力をしてくれたから問題ないよ。君の二つ名のおかげだ」
 
 清廉潔白であることを証明する為に、進んで手伝ってくれた。
 次いでフェイルにも確認を取る。
 
「リライト販売分も大丈夫ですよね?」
 
「ああ、問題ない」
 
「明日は受付で持ち物検査と身分確認。それと卓也とリルが出入りする際には細心の注意をお願いします」
 
「タクヤとリル様は当然のことだが、君達のクラスに関しては全員に隠れて護衛を付けさせる。リステルからやって来ている兵士達との話し合いもすでに終わっていて、受付での作業はリライトの騎士と風紀委員、リステルの兵士で共同して行う」
 
「手間になるかとは思いますがお願いします」
 
 舞台上でも優斗と修は護衛も兼ねる。
 まあ、演劇が始まってしまえば、ある意味で卓也とリルは安全が保証されたも同然だ。
 
「あとは明日、臨機応変に対応しましょう。ここまでやっているからあの二人に命の危険が迫ることはないでしょうが、熱狂的なファンの危険があるでしょうから」
 
 優斗の苦笑混じりの声に、全員が表情を弛緩させた。
 
「今回の件はリライト、リステル合同の護衛です。さらに言えばリライト側は風紀委員が護衛の主役を張る、といったこともあります。このような大規模で両国間の共同作業になる話し合いがスムーズに進んだのは、一重に卓也とリルのおかげでしょうね」
 
 どちらか片方の国だけではなく、両国が。
 リライトでも兵士や騎士だけではなく、生徒達も。
 全員が協力して今回の演劇の無事を作りだしている。
 イアンが優しい表情で頷いた。
 
「本当にあの二人はリライトとリステルの架け橋だと私は思う」
 
「そうですね。僕も同感です」
 
 良い方向へ向かっている。
 誰も彼もがあの二人が悲しむことがないように動いている。
 
「明日の本番、皆で守りましょう。卓也とリルが創る世界随一の物語を」
 
「ユウト、それは違う。世界で最も至高な物語だ」
 
 イアンがツッコんできた。
 優斗は笑って手で小さく謝ると、言い直す。
 
「それじゃ、明日の至高な物語。僕達の手で何も問題なく終わらせるとしましょうか」
 
 
 



[41560] 世界一の純愛
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:1a7ab798
Date: 2015/12/29 15:19
 
 
 
 
 朝早い時間にも関わらず、王立劇場には大きな幕が広げられていた。
 
「これは凄い」
 
「そうですね」
 
 優斗とフィオナは凄い存在感を醸し出しているそれに、思わず感嘆してしまう。
 幕には絵が描かれており、まるでポスターのようだ。
 
「あれって卓也が黒竜からリルを守るシーンなんだけど……なんか凄いことになってるね」
 
 苦笑してしまう。
 描かれているのは右手を突き出して防御魔法を使っている卓也と、彼に左手で肩を抱かれているリルの姿。
 幕の上部には謳い文句である、
 
『唯一人――君を守る』
 
 という文字がデカデカと書かれている。
 
「卓也とリル、呆然としなければいいんだけど。もの凄い似てるし」
 
「誰がこんな幕を用意したんでしょうか?」
 
「どうせリステルだよ」
 
 優斗とフィオナは話しながら、関係者用の出入り口に向かう。
 するとカメラを手にしたリステルスタッフに大きく頭を下げられる。
 
「おはようございます! 昨日ご説明させていただいた通り、写真を撮ってもよろしいでしょうか?」
 
「はい、どうぞ」
 
 にっこりと笑った優斗は、フィオナと一緒にピースをする。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 劇の開始時間は午後三時だというのにも関わらず、朝早くからかなりの人数が並んできた。
 全席指定席だというのにも関わらず、待ちきれないかのように。
 そして入場が始まったのは午後一時。
 荷物検査を受け終わると、客が続々と入ってくる。
 舞台袖で隠れながら客の入り具合をチラっと見た卓也は、少し驚きを隠せない。
 
「凄いお客さんの数だな」
 
 途切れることなく劇場の出入り口から客が入ってくる。
 隣で一緒に隠れて見ていたリルに声を掛けた。
 
「恥ずかしくないか? オレは結構恥ずかしいんだけど」
 
 こんな人前で演技するなんて、と思う。
 リルは頷きながらも、
 
「確かにとっても恥ずかしいけど、ちょっとだけ……ううん、凄く嬉しいの」
 
「どうしてだ?」
 
「あたしと卓也の恋はみんなに祝福されてるって思うから」
 
 こんなにもたくさんの人達が自分達を見たくて来てくれた。
 
「みんなが夢見てくれてる。みんなが喜んでくれてる。あたしの恋は、そういう恋なんだって思うと……嬉しくて仕方がないの」
 
 照れ笑いを浮かべる。
 
「リル……」
 
 卓也は彼女の言葉に表情を崩して……とあることに気付いた。
 なんか変な気配を幾つも感じる。
 
「……おい、いつからいた」
 
 視線を向ける。
 すると何人ものクラスメートが二人のやり取りをガン見していた。
 
「あっ、どうぞどうぞ続きをやってね」
 
「俺らのことは気にするな」
 
「そうですよ」
 
「出来るか!!」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 出演者が上手袖へと集まる。
 
「僕個人が呼んだ人達も来てたよ」
 
 優斗も先ほど客席を覗いてみたが、ノイアー達の他にも絵本作家であるミントの姿もあった。
 始まるまであとちょっと。
 リステルで行われているように、最初はいつものメンバーがリルと出会うところから始まる……ではない。
 彼らしか知り得ない、卓也の根幹から始まる。
 
「焦って台詞飛ばさないようにね」
 
「一番最初に台詞を言うからやりそうで困る」
 
 優斗が隣で緊張した面持ちの卓也をからかう。
 
「分かってるよ」
 
「でもやったらやったで面白くていいんじゃね?」
 
「……絶対やらない」
 
 イジる修にブスっとした卓也。
 皆で声を出して笑った。
 
「あら、拍手が聞こえますわね」
 
 開演の証。
 席に座っている者が焦がれる、物語の始まり。
 
「それでは皆さん、お願いしますわ」
 
 アリーが舞台に向かって手を広げた。
 優斗、和泉、修が頷く。
 
「それじゃ、楽しもうか」
 
「最初で最後だろうからな。演劇は」
 
「だから面白くやろうぜ」
 
 三人で卓也の肩を叩いた。
 
「よし、やるか」
 
 気合いの入った卓也が舞台へと歩いて行く。
 
 
 今宵、一日限りの開演。
 ノンフィクションの演劇を本人が演じる舞台。
 いつまでも話継がれていく物語が幕を上げた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 暗闇の中で卓也の独白が始まる。
 
「ある物語を読んでいた時、ある一つの台詞が目についた。『大切な人が襲われてたらどうする?』という、ありきたりの台詞。主人公があまりにも名言っぽく言っていたので、親友達と『自分だったらどうする?』なんて話をした」
 
「相手を倒す」
 
「まあ、修はそう言うだろうな」
 
「殺すよ」
 
「……優斗。物騒すぎるだろ」
 
「落とし穴でも掘る」
 
「和泉、お前は本当にズレた返答してくれるな」
 
 四人から笑い声が漏れる。
 
「卓也は?」
 
 優斗からの問い掛け。
 卓也は素直に答える。
 
「オレは──守る。何があっても守り抜いてみせる。そうしたらお前らがどうにかしてくれるだろ?」
 
 軽い論調。
 けれど信頼を滲ませた声音。
 
「なんだよ、俺たちがどうにかするって」
 
「だってそうじゃん。お前らが助けてくれるから、オレは『大切なものを守る』って選択肢を選べるんだから」
 
「……その考えはなかったよ」
 
 優斗が恐れ入った、とばかりに感心した。
 
「けど卓也らしいんじゃね」
 
 うんうん、と修が頷き和泉が面白そうな声になる。
 
「ならば時が来た際には守って落として倒して殺してあげるとしよう」
 
「頼むな」
 
 気軽な親友達のやり取りが終わる。
 間が空いた。
 そして十分に場面転換したと思わせたと同時、舞台上に明かりが灯る。
 後は普段行われている演劇と同じ進行だ。
 リルと出会った時から、黒竜に襲われるまで特に変更点はない。
 
 
 
 
 
 
 
 
 国境付近のやり取り。
 レイナ役とイアン役の二人が声を交わす。
 
「もうしばらくしたらアリシア様もいらっしゃいます。しばし、この場所で待とうと思うのですがよろしいでしょうか?」
 
「ああ。アリシア様にも少し話したいことが──」
 
 
『ここにいたか! 第1王子に第4王女ッ!!』
 
 
 突如、観客席の天井から声が響く。
 同時に風が観客の全身を叩く。
 驚いたように上を見てみると、そこにいるのは黒竜。
 というか、黒く塗られた白竜。
 白竜は姿を現すや舞台上に降り立つ。
 観客から驚きやら悲鳴やらがあがった。
 当然といえば当然だ。
 魔物がいるなんて完全に想定外の事態なのだから。
 けれど出演者達は演技を続ける。
 
「……本当に問題があるとは。ユウトはさすが、と言うべきなのかどう思うべきか」
 
「嫌な予感が当たり、か。しかし早々に来るとは優斗も思ってなかっただろう」
 
 レイナ役と和泉がごちる。
 と、ここで観客も気付いた。
 この黒くて格好良い竜がキャストだということに。
 そして戦闘が始まった。
 黒竜役の白竜も手加減しながら和泉、イアン役、レイナ役を吹き飛ばす。
 同時に口には何かが渦巻いていた。
 
「ドラゴンブレス!? ……っ、逃げてくれタクヤ!!」
 
 白竜が卓也達に狙いを付ける。
 序盤の見せ場。
 卓也が聖の上級魔法を使うところだ。
 
「求めるは――」
 
 チラリとリルの姿を視界に入れて、ふと彼は懐かしくなる。
 
 ――たぶん、これが始まりの瞬間だったんだろうな。
 
 当時は色々なことを考えていた。
 足手まといは嫌だ、と思ったこと。
 ムカつくお姫様をどうしてか守ろうと思ったこと。
 けれどそれが自分とリルの始まり。
 うん、と頷いて卓也は右手を突き出す。
 
「――求めるは聖衣、絶対の守護ッ!!」
 
 加減されたドラゴンブレスと卓也の防御壁が衝突する。
 リルも懐かしさと彼の凄さを再び目の当たりにして、一瞬だけニヤけそうになった。
 けれどすぐに演技を続ける。
 
「あ、あたしは守ってくれなんて言った覚えない」
 
「お前の都合なんて知るか!! オレが守りたいんだよ!!」
 
 案外余裕そうな卓也の様子を見て、僅かにドラゴンブレスの威力が強まる。
 
「――このっ!」
 
 卓也の防御が迫真の演技になった。
 魔物なのに上手い。
 
「……ねえ、もうやめてよ。死んじゃうよ」
 
「お前も一緒に死ぬから絶対にやめない。似合わないぞ、泣きそうな顔。それにあと、ちょっとだから」
 
「……何が?」
 
「あとちょっとで……修たちが来る」
 
「き、来たってどうしようもないじゃない! お兄様でもやられてしまうのよ!」
 
 当時は本気でそう思っていた。
 修達が来たところでどうしようもない、と。
 
「残念ながらオレの親友達は規格外でね。黒竜ぐらいでも、武器さえあれば問題ないんだよ」
 
 本当は武器があろうとなかろうと、さくっと勝つのだが。
 さすがに小説版でも卓也の台詞が変更されていた。
 
「嘘とか思うかもしれないけど本当なんだ。きっと、あいつらがどうにかするから」
 
 直後、下手袖から三人が走りながら現れる。
 
「…………ったく、ホントにさ。最高だよ」
 
 演技ではなく笑ってしまう。
 いつだって思う。
 いつでも卓也の思いは変わらない。
 
「最高だよ、お前らは!」
 
 今までも、そしてこれからも。
 
「「「  求めるは風切、神の息吹!!  」」」
 
 自分の仲間は本当に最高だと思う。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 黒竜(白竜)を撃破したあとは、ほのぼのとした演技が行われた。
 卓也達でしか知らないやり取りもあり、観客からも嬉しそうな声が漏れる。
 そして中盤が過ぎていき、皆の期待が無意識に高まる後半へと進む。
 リステルで行われたパーティーで、ライカールの王女――ナディア役のクラスメートが卓也をなじる。
 客席から僅かに憤った吐息が聞こえて、感情移入してもらえていることが出演者にも伝わった。
 より一層、演技に力が入る。
 当時の状況そのままにクリスが卓也を追いかけ、追いつき、そして二人で話し始める。
 
「タクヤが辛いのは分かります」
 
 椅子に座ったクリスは過去と同様の言葉を、今度は台詞として伝える。
 
「けれど自分は辛いであろうタクヤにこう言います」
 
 それでも、と。
 当時から思っていた。
 昔も今も変わらない。
 卓也は“一人”じゃない。
 パン、と卓也の背中を叩いた。
 
「頑張ってください。タクヤが頑張らなければ辛いのはリルさんだけです」
 
 顔を上げた彼にクリスは微笑む。
 
「彼女は良くも悪くも真っ直ぐです。けれどこういう場において、真っ直ぐな彼女は傷つきやすいんですよ」
 
 自分自身の役をやるというのは、ある意味で本当にやりやすいとクリスは思う。
 なぜなら、心境を思い返せば台詞と寸分違わない言葉が出てくるのだから。
 
「心に壁を作っていないからリルさんは傷つきやすいんです。だから……守ってあげてください。自分たちはリルさんを助けてあげられますし、フォローしてあげられます。庇うことだって出来ます」
 
 この演劇の幕にも書いている。
 一つだけ、自分達では適わないことがある。
 
「けれど守れるのはタクヤだけなんです」
 
 卓也以外、いない。
 
「相応しくないから何だと言うんです。他人が決めることじゃありません。釣り合わないから何だと言うんです。そいつらだってリルさんが決めた相手に口を出せるほど、彼女と釣り合いが取れているわけでもありません」
 
「だけど……事実だろ?」
 
「勝手に己を下に見るのをやめてください! 自分の親友は間違いなくリルさんに相応しい! これはレグル公爵家の長子であるクリスト=ファー=レグルの言葉ではなく、タクヤの親友である『クリス』としての言葉です」
 
 演技をする分には素でやっているからいいが、だからといって2000人以上もいる観客を前にして親友宣言するのは、なかなかに羞恥プレイだ。
 
「前にタクヤは言っていましたね。リルさんと愛ある生活を望むから『頑張る』と」
 
 結果がこれだ。
 凄まじいとしか言えない。
 
「今はもう、リルさんが好きなんでしょう!? だったら今こそ、頑張ってください! 誰よりも今、タクヤの頑張りを待っているのはリルさんです!」
 
 きっと二人の物語は強いだけじゃないから好まれる。
 弱い姿もあるからこそ、引き寄せられるものがあるのだ。
 そして弱い時があったとしても、彼を奮起させられる親友達の姿があることも好まれる要素なのだろう。
 
「だってそうじゃないですか。リルさんが今、隣にいてほしいと願っているのは自分でもユウトでもありません。タクヤですよ」
 
 というかリルが自分達を待っていたら、それはそれで何か嫌だ。
 
「ユウトたちが言ってました。タクヤが一番、格好良い瞬間は……一生懸命のときだって。自分にも見せてください。タクヤが一番格好良い瞬間を」
 
「……ホント、お前らは要求がきついよな」
 
「過剰な信頼はしていないつもりです」
 
「わかったよ」
 
 クリスと卓也は顔を見合わせて、もう一度だけ笑う。
 よくもまあ、パーティー会場でこんな小っ恥ずかしい会話をしたものだ。
 
「そこまでバカみたいに信じてくれるなら、頑張るしかないだろ」
 
 卓也が立ち上がる。
 
「格好良いところを見せてくれたら、あとは任せてください。そのために自分たちはいるのですから」
 
「サンキュ、クリス」
 
 駆け出す。
 卓也の頼もしい背中を見て、クリスが笑む。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 あの時はただ、彼女を守る為に動いた。
 好きな女の子を守りたいと思った。
 ずっと、ずっと。
 自分が死ぬまで守り続けたいと願った。
 
「リルっ!」
 
 名前を呼ぶ。
 険しい表情をさせていたのは演技だったろうに、卓也の姿を見てほっとした表情になった姿は、演技なのか本当なのか誰にも分からないほどに自然だった。
 
「卓也っ!」
 
「待たせて悪かったな」
 
 リルに近付き、庇うように前に立った。
 
「なに? 今さらやってきてどうするの?」
 
「王女の婚約者が貴様というのは最低だな」
 
「ああ、相応しくない」
 
「釣り合わないですね」
 
 多々、罵詈雑言が卓也に向かう。
 けれど客席も今度は同じように憤ったりはしない。
 彼の活躍に期待している。
 
「オレは弱っちくて臆病者だよ。だけど、それがどうした? お前らがどれほど言ったところで、リルの婚約者に相応しくないなんてことはない。決めるのはこいつだ」
 
 立場を考えたら選ぶわけがない。
 了承も得られるわけがない
 だけど恋をしてしまった。
 彼のことを。
 彼女のことを。
 互いが互いを選んだ。
 だから相応しいとか相応しくないとか、誰かに決めてほしくなんかない。
 
「前に誓ったんだ。リルを守るって」
 
 あの言葉はいつまでも卓也の中で有効だ。
 
「こいつを守るのはオレの役目なんだよ」
 
「身の程を弁えなさい」
 
「逃げた奴が何を言っている」
 
「そうだそうだ!」
 
「リル王女の相手に貴方如きが務まるわけがありません」
 
 さらに蔑む視線を卓也に向ける。
 特にナディア役の女の子は鼻で笑った。
 ここで極限まで嘲ることが出来なければ、卓也の格好良さが際立たない。
 だからある意味で一番可哀想な演技指導を喰らった彼女は、本当に本物みたいな態度を取る。
 
「雑魚が吠えないでほしいわね。下賤な存在である貴方が高貴な私と会話していること自体、感謝しなさい」
 
「するかボケ! 雑魚が吠えちゃいけないってことはない! 大切なものを守るためなら相手がどれほど強大でも噛み付かないといけないんだよ!」
 
 台詞そのままに言い返す。
 だが、
 
 ――なんか思い出したらムカついてきた。
 
 今思えばどうしてこいつらに『リルと婚約を解消しろ』と言われなければならない。
 
「つーか、さ」
 
 ムカついた卓也は、苛立ちそのままに言葉を叩き付ける。
 それはリステルの中で口コミによって広がった彼の格好良さ。
 二人の歩んだ日々が物語となった切っ掛け。
 
 
 
 
「テメーらさっきから、うだうだと五月蠅えんだよっ!! オレが惚れた女に手を出そうとしてるんじゃねぇ!!」
 
 
 
 
 叫んだ瞬間、抑えきれない歓声が客席から届いた。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 その後は優斗が闘技大会の決勝でナディアを倒したこともあって、彼らを引き連れて退場。
 さすがに折檻シーンは描写できないので、すぐに卓也とリルがバルコニーで語り合う場面へと続く。
 観客はまもなくエンディングとなる物語に、しんみりと感傷を覚えていた。
 
「ねえ、卓也」
 
「どうしたんだ?」
 
「あたし、卓也と一緒に料理したい」
 
 リルの言葉に卓也は驚く素振りを見せる。
 そして心の中で彼女の提案が衝撃だったことを笑いそうになった。
 
 ――本当に驚いたよな。
 
 王女様が料理を一緒に作りたい、なんて。
 とてもビックリだった。
 
「無理はしなくていいって」
 
「無理じゃない」
 
 リルは舞台の上で彼のことを見つめながら台詞を喋る。
 その時の想いそのままに。
 
「ただ、あたしは卓也と一緒にいたいだけ」
 
 互いの瞳が相手を捉える。
 けれど次の瞬間、卓也がちらりと舞台袖に視線を向けた。
 いるのはアリーとフォローに回っているクラスメート達。
 彼女達は強く頷いた。
 卓也も小さく頷く。
 
 ――やるか。
 
 ここからが本当の本番。
 シナリオにはない、完全なアドリブ。
 たった一人の大好きな女の子に贈る、卓也の一世一代の告白。
 
「なあ、リル」
 
 卓也は小さく笑うと彼女の右手を取って引き寄せた。
 そのまま自分の腕の中に収める。
 
「卓也?」
 
 問い掛ける台詞。
 返す卓也の言葉は、
 
「オレはさ、たくさんの人を守れるほど強くない。というか、別に誰も彼も守りたいと思わない」
 
 台本に載っているものと違った。
 
「……っ」
 
 リルが覚えている、あの一瞬とも違った。
 同時に照明が小さくなり、スポットライトが二人を照らす。
 彼女から小さく驚きの吐息が漏れた。
 けれど卓也はそれでもいい、とばかりに言葉を続ける。
 
「でも、たった一人だけいるんだよ。オレだけが守りたいっていう女の子が」
 
 抱きしめる力を少しだけ強めた。
 
「親友にだって譲りたくない、大切な想いがあるんだ」
 
「……卓……也……?」
 
 困惑を隠せない。
 彼は今の台詞を喋ったことはない。
 惑うリルに対して、卓也は少し照れたようにポケットに手を入れると小さな箱を取り出した。
 
「だからこれを贈るよ」
 
 本来であれば、それはリルにあげるネックレスだったはずだ。
 けれど彼が取り出したのは違う。
 正方形で、とてもじゃないがネックレスが入っているとは思えない。
 卓也が箱の蓋を開けた。
 
「…………えっ……?」
 
 リルの驚きの声が観客席にまで伝わった。
 
「あ、れ、ちょっ、ちが……こ、これ……っ!」
 
 大きく慌てふためく。
 そこで観客も気付いた。
 今、舞台上で行われている小説にも演劇にもないシーンが……ただの変更ではないことに。
 これは学生ながらの遊び心が入った変更じゃない。
 まさかと観客が思う。
 目の前で行われているのは“演劇である瑠璃色の君へ”ではない。
 
「リル」
 
 主演がヒロインの名を呼ぶ。
 されど誰も知らない物語……でもない。
 演じている者も、支えている者も、見ている者も等しく理解していた。
 これは続きだ。
 誰もが憧れ、夢見て、焦がれた二人の“今”の日々。
 シナリオも何もない『瑠璃色の君へ』が、目の前にあった。
 
「いいか、一回しか言わないからよく聞けよ」
 
 誓いの言葉を告げた時と同様の台詞を使った卓也は一歩、二歩と下がる。
 少し離れた位置にいる二人。
 スポットライトだけが彼らを照らしていた。
 
「リル=アイル=リステルさん」
 
 卓也はまるで演劇のように左手を胸に当て片膝をつき、箱を持った右手を前へと差し出す。
 そして中心にある“指輪”を彼女に見せながら、
 
 
 
 
「オレと結婚してください」
 
 
 
 
 プロポーズをした。
 
「……っ!」
 
 リルは驚きと嬉しさと幸せと、色々なものがない交ぜになって、思わず口元に手を当てた。
 彼女の反応に笑みを零しながら卓也は伝える。
 
「婚約してるっていうのに婚約指輪がないのって何か変だろ?」
 
 王族だから別に必要ない、ではない。
 どうしたって卓也自身の感性からは違和感しかないのだから。
 
「オレとお前が婚約してるのは事実だし、結婚だって絶対にする。誓いの言葉だってお前に伝えた。だけどな……」
 
 リステル王の言葉によって決まった二人の婚約。
 けれどそれだけじゃ寂しい。
 
「だからって、オレの言葉で結婚を申し込むのも指輪を渡すのも“やらなくていい”なんてことはない」
 
 別に構いはしないだろう。
 結婚が決まってる相手に、改めて結婚を申し込んだって。
 婚約指輪を渡して喜ぶ顔を見たいと思うぐらい、別にいいだろう。
 
「これでもお前に似合うやつ、結構探したんだよ。で、良いのが見つかったんだけど高くてさ。ギルドで頑張ったんだ」
 
 修や和泉に協力してもらって。
 リルへ贈る指輪のお金を作った。
 
「受け取ってくれるか?」
 
 僅かに照れた様子の卓也。
 リルは彼の姿に、彼がやってくれたことに声を震わせる。
 
「……卓也は……ずるいわ」
 
 自分はただ、彼が恋人というだけで嬉しかった。
 彼が婚約者というだけで喜びに満ちた。
 彼と結婚するという未来があるだけで、笑顔になれた。
 なのに、
 
「いつだって、そう」
 
 彼はそれだけじゃ済ませてくれない。
 
「あたしのことを幸せにしてくれる」
 
 自分のことを考えて、想って、大切にしてくれる。
 決して悲しませたりしないように、彼なりにいつも頑張ってくれる。
 
「……幸せで、幸せすぎて……受け取らない選択肢なんて思い浮かばない」
 
 大好きな人が選んでくれた指輪。
 それをどうして拒否できるだろうか。
 選択肢なんてない。
 リルが望むのは一つだけだから。
 
「嵌めてくれる?」
 
 左手を彼に差し出す。
 嬉しそうに頷いた卓也が、立ち上がってケースから指輪を取り出し彼女の左薬指に通した。
 引っ掛かることもなく、分かっているかのように指のサイズに合った指輪。
 
「ピッタリね」
 
 リルは少し左手を挙げて指輪を見る。
 石座に嵌まっている宝石は、彼女の由来――ラピスラズリ。
 “幸運の象徴”だ。
 
「ねえ、卓也」
 
「ん?」
 
「前に言ってくれたわよね。卓也にとってあたしは『幸運の象徴』だって」
 
 仲間によって救われた彼にとっての幸運はリルと出会ったこと。
 他の何にも代えることなど出来ない、唯一の出会い。
 
「あたしも同じよ」
 
 けれどそれは彼だけじゃない。
 自分も同じ。
 
「卓也がいてくれる。それがどれだけの幸運なのかよく分かってる」
 
 リルは彼から少し離れると苦笑いを浮かべた。
 
「だってあたし達の出会い方って、どうしたって恋愛に発展しないじゃない?」
 
 出会った頃を互いに思い出す。
 確かにリルは強烈だった。
 
「かもな」
 
「だからあたしにとっても幸運なのよ」
 
 出会った頃は考えられなかった。
 恋をすることも、一緒に暮らすことも。
 こんなにも彼のことが好きで、皆に認めてもらえたことも。
 
「だって、ほら」
 
 リルは客席に座っている人達を見回す。
 親族がいて、家族がいて、故郷の国の人達がいて、名前も知らないけれど自分達のことを知っているたくさんの人がいて。
 皆が舞台の上にいる自分達を熱心に見ている。
 
「たくさんの人達があたし達を祝福してくれてる。羨ましいって憧れてくれてる。どうしても演劇している姿を見たいって来てくれてる。みんながあたし達のこと、応援してくれてる」
 
 こんなこと、普通は出来ない。
 王族である自分が、たくさんの人達が憧れるような恋が出来るなんて思ってもいなかった。
 
「どれもこれも、全部……」
 
 彼がいたから。
 
「“貴方”がいてくれるからなのよ」
 
 同じ国にいたわけではない。
 同じ世界の人間ですらなかった。
 彼は本来なら出会えるはずがなかった異世界人の男の子。
 
「本当に……奇跡みたいに貴方があたしの前にいてくれるから」
 
 だからリルにとっての幸運とは彼と出会ったこと以外、ありえない。
 佐々木卓也という少年に出会った奇跡こそがリルにとっての幸運。
 
「どれだけ感謝しても感謝し足りないくらいなの」
 
 リルは卓也の顔を見つめる。
 そして今一度、思い返した。
 
「…………」
 
 彼と出会った日のことを。
 彼と出会ってからの日々のことを。
 彼と一緒に過ごす今のことを。
 
「……っ」
 
 思わず涙が溢れてきた。
 共に歩む人生が幸せで。
 嬉しくて。
 楽しくて。
 温かくて。
 どうしようもないほどに、感謝しかないから。
 
「……ありがとう」
 
 リルは声を震わせながら伝える。
 感謝の言葉を。
 
「馬鹿なあたしと出会ってくれてありがとう」
 
 知らない貴方のことを貶したのに、それでも出会ってくれた。
 
「面倒なあたしと話してくれてありがとう」
 
 わがままばっかり言ったのに、それでも一緒にいてくれた。
 
「恋をさせてくれてありがとう」
 
 幸せな気持ちがあることを教えてくれた。
 
「好きになってくれてありがとう」
 
 何にも代えられない、大切な気持ちを向けてくれた。
 そして、
 
「いつでも守ってくれて――ありがとう」
 
 唯一守ると誓ってくれた男の子。
 これまでも、今も、これからも。
 彼が守ってくれることは本当に幸せしかない。
 
「世界中の誰より貴方が一番。あたしにとって貴方以上の人なんていない」
 
 いるわけがない。
 自分の幸福は彼と共にあるのだから。
 
 
「大好きよ、卓也」
 
 
 世界で一番。
 誰よりも大好き。
 
「だからさっきの答え」
 
 リルは眦を拭って微笑む。
 先ほどの返答は決まってる。
『結婚して下さい』と言われたのなら。
 応じる言葉は一つだけ。
 
「よろしくお願いします」
 
 小さく頭を下げて、リルは本当に幸せな表情を浮かべた。
 
 
 
 
 
 
「あたしを貴方のお嫁さんにして下さい」
 
 
 



[41560] 演劇後
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:1a7ab798
Date: 2015/12/29 15:22
 
 
 
 
 
 卓也達は舞台の幕が降りて控え室へと戻ってきた途端、クラスメート全員にもみくちゃにされた。
 
「大成功も大成功、タクヤ君すごい!!」
 
「マジでよくやったタクヤ! めっちゃ格好良かったぞ!」
 
 卓也は乱雑に頭を叩かれたり何だりと大変だ。
 
「リル様可愛かったぞ!!」
 
「ほんと、リル様嬉しそうでよかった~っ!」
 
 リルも周りを囲まれて、全員で喜びを分かち合う。
 完全に大成功だ。
 全員で大喜びする最中、ふとリルは疑問が浮かんだ。
 
「でも、いつあたしの指のサイズ知ったの?」
 
 ピッタリと左手の薬指に嵌まっている指輪。
 さすがの卓也だって、手を握っているだけでサイズは分からないと思う。
 
「そこはほら、クラス総出で機会を探ってもらってた」
 
 すると彼から予想外な返答がきた。
 そういえばさっきから全員喜んでいる。
 
「も、もしかしてみんな知ってたの!?」
 
「そりゃそうだ。お前の指のサイズなんて、うちらだけだと今更すぎて違和感になるし。お前、彼女達にサイズ調べられたりしただろ?」
 
 示された先にいる女子達はピースサインをしている。
 面々を見て、一週間近く前のことを思い出した。
 
「あ~っ! もしかしてあの時!?」
 
「大正解ですよ、リル様」
 
 あれこれやりながらサイズを計り、卓也に指輪のサイズを知らせた。
 
「スポットライトだって、上手い具合に照らしてくれてたもんな」
 
「そりゃササキが一世一代のことをやるっていうからな」
 
「こっちもミスれないわよ」
 
 卓也とライト担当がハイタッチする。
 何かもう、自分だけが仲間はずれで恥ずかしい。
 するとさらに修達が煽り始めた。
 
「つーか、お前ら今日のやり取り凄かったわ。普通に一生もんのネタだな」
 
「……はっ?」
 
「どうして?」
 
 二人がきょとん、とした。
 卓也は卓也でリルを喜ばせたいが為に動いただけなので、そこまで想像していない。
 リルは幸せすぎて思考が追いついていないのだろう。
 優斗と和泉はニヤリと笑う。
 
「ただでさえ『世界一の純愛』なんて呼ばれてるのに、舞台上で公開プロポーズなんてしたら……ねぇ」
 
「お前達は知らないだろうが、観客の発狂ぶりが凄まじかったぞ。幕が下りた後、何十人も興奮のあまり気絶して運ばれていた」
 
 まさしく大絶叫。
 スタンディングオベーションによる賞賛と一緒に奇声みたいなのが交じっていた。
 フィオナとアリーが苦笑する。
 
「本には書かれていない続き。皆さんが焦がれる物語の続編を見てしまいましたから」
 
「リアルタイムで『瑠璃色の君へ』をされてしまっては、皆やられてしまいますわ」
 
 ココとクリスは若干心配そうに、
 
「リステルに行く時、だいじょうぶです? たぶん、国を挙げてのイベントになってしまいそうですけど」
 
「リステル王国がウォーミングアップ始めていそうですね。『瑠璃色の君へ』第二巻ということで」
 
 未来の光景があまりにも簡単に想像出来て、卓也が頭を抱えた。
 リルも同じように頭を抱える。
 二人の姿にクラス全員で爆笑していると、劇場のスタッフから声が掛かった。
 カーテンコールを所望しているらしい。
 
「最後の挨拶だってよ。演劇っぽいな」
 
 修が即座に立ち上がった。
 優斗もさっと立つ。
 
「それじゃ、全員で舞台に上がろっか」
 
「普通は上がっても端役が限度じゃないの?」
 
「別にいいでしょ。僕達劇団じゃないんだから」
 
 クラスメートの疑問を簡単に回避する。
 これは演劇ではあるけれど、クラスの出し物だ。
 別に実際の通りにする必要はない。
 
「じゃあ、全員が舞台に上がったら誰が役名とか色々と紹介するの?」
 
 再び問い掛けたクラスメートの言葉に修が、
 
「言い出しっぺだろ」
 
 優斗の肩を叩いた。
 
「……はっ?」
 
 意味不明としか思えない論理を展開する修。
 しかしクラスの皆は乗った。
 
「まあ、ミヤガワ君よね。無駄に度胸あるし」
 
「いいだろ、ユウトで。オレやりたくない」
 
「問題ないと思います」
 
 強制的に決定。
 というわけで、全員で舞台に戻ると優斗はマイクっぽいものを持って紹介を始めた。
 なんかトラスティ家が座ってるところから僅かにシャッター音が聞こえない気がしないでもないが、気にせずに紹介を始める。
 裏方から端役、そして順にメインどころを紹介してる途中で、白竜が舞台上に降り立った。
 どうやら誰かが気を回してくれたらしい。
 
「黒竜役――白竜」
 
 優斗の紹介に拍手が広がった。
 気をよくした白竜が翼を荘厳に広げる。
 さらに、
 
「アリシア=フォン=リライト役――アリシア=フォン=リライト」
 
 アリーが手を挙げて拍手に応え、
 
「シュウ・ウチダ役――シュウ・ウチダ」
 
 修がカメラにピースサインを向け、
 
「クリスト=ファー=レグル役――クリスト=ファー=レグル」
 
 クリスは綺麗に腰を折り、
 
「ユウト・ミヤガワ役――ユウト・ミヤガワ」
 
 優斗は丁寧に頭を下げながら、自身を紹介する。
 そして最後。
 本日の主役のコールがされる。
 
「それでは皆様、大きな拍手を以て二人のことを迎えて下さい」
 
 今まで十分大きかった拍手がさらに大きくなる。
 優斗が右手を広げて“二人”を指し示した。
 
「今回の主演にして皆様に『瑠璃色の君へ』の続きを見せてくれた、主人公達の登場です!!」
 
 拍手の他にも口笛や応援、感動を述べる声が所狭しと聞こえてくる。
 優斗は一息置くと、
 
 
「タクヤ・ササキとリル=アイル=リステル!!」
 
 
 盛大に二人の名を呼んだ。
 主演が皆に押されて舞台中央に出てくる。
 ちらりと互いを見て、呼吸を合わせるように一礼。
 照れた表情で顔をあげた二人に最高の喝采が起こった。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 無事に終わったことを祝して打ち上げが行われていた。
 完全に一般のお客さんは参加することは出来ないが、学生に関わりの深い者であれば参加できる結構大きな打ち上げなのだが、
 
「クラインがどこかに飛んでってるね」
 
 優斗が変なものを見るような目で呆れていた。
 彼の友人枠として打ち上げに参加しているモルガストの王女は、先ほどからずっと夢見るようにぽわぽわとしている。
 すると隣にいるレンドが、拳を握りしめながら優斗に反論した。
 
「何を言ってますかユウト様!!」
 
 あまりの勢いに優斗もビクっとする。
 というかキャラが違った。
 
「えっ、な、なに!?」
 
「あの舞台を見たならば、誰であれ姫様のようになりましょう! 俺だって頑張って抑えてるんです!」
 
「……そ、そうなの?」
 
「もちろんです!」
 
 ちなみにクラインはあまりの興奮に倒れたうちの一人らしい。
 レンドも失神しかけたと言っていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 母から娘を預かったフィオナはノイアー夫妻と話す。
 
「本当にエリス様には何から何まで……ありがとうね、フィオナさん」
 
「いえいえ。ノイアーさんにケイトさんにコリンちゃん、まーちゃんにあーちゃんの服を選べて母も満足したようです」
 
 エリスもほくほくした表情をした。
 とても楽しかったのだろう。
 ついでに腕の中でニコニコのマリカに、
 
「まーちゃんも楽しかったですか?」
 
「あいっ!」
 
「それは良かったです」
 
 どういうものかは分かっていないだろうが、楽しめたのなら何よりだ。
 
「ノイアーさん達も楽しめましたか?」
 
「ああ。ユウトから一冊もらって読んでおいたから、ストーリーもちゃんと分かった。最後のあれには本当に度肝を抜かれた」
 
「格好良かったわよね、タクヤくん」
 
 公開プロポーズをするとは。
 本当に凄かった。
 するとコリンもはしゃいでいる様子で、
 
「たーっ!」
 
「コリンもタクヤが格好良くて満足みたいだ」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 打ち上げの主役である卓也とリルのところにはたくさんの人がいた。
 その中で順番待ちをしていたイエラート組も、ようやく二人に声を掛けることが出来た。
 
「卓先、リル先、本当に感動した」
 
「凄かった」
 
「卓也先輩凄かったわ」
 
 話し掛ける三人の後ろでルミカも頷いている。
 
「ありがとな、見に来てくれて」
 
「ありがとう」
 
 全員と握手する卓也とリル。
 
「とはいえ、お前達もネタになりそうなことがあったら気を付けろよ。俺らみたいになるかもしれないからな」
 
 苦笑しながら卓也が伝えると、朋子とルミカがにやりと笑った。
 
「まあ、お兄ちゃんは気を付けたほうがいいかもね」
 
「ミルちゃんもですよ」
 
 作品化出来るほどのネタ性であれば、この二人は中々のものだ。
 今後の展開次第ではあるが、もしやろうとするならば刹那とミルしかいない。
 けれど当人達は首を捻り、
 
「なんで俺とミルなんだ?」
 
「……さあ?」
 
 よく分かっていなかった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 そして別室では和泉とレイナが呆れていた。
 
「カメラを使ってここまで疲弊している人間を初めて見た」
 
「同感だ」
 
 二人の前にいるのは、床に座り込んでいるカメラ部隊の面々。
 まだ何人か元気なものは打ち上げでも写真を撮りまくっている。
 
「何百……いや、もしかすると一人で四桁は撮っているか」
 
 カメラ部隊の背後には山のような写真が積まれている。
 その山の中でも最新の写真が和泉の目に止まった。
 
「これは上手く撮れてるな」
 
 手に取ると、レイナとイアンが覗き込む。
 
「……ふむ。素晴らしいとしか表現できない」
 
「ほう。これはいい」
 
 写っているのは最後のシーンにあるリルの笑顔。
 想定外なアドリブとやり取りに半数以上が舞台のやり取りに心を奪われていたのだが、どうにか意識を取り戻した幾人かが必死にシャッターを押していた。
 イアンは妹の表情を見て感慨深くなる。
 
「リルもこのような表情が出来たんだな……」
 
 昔からは考えられない。
 
「本当に幸せそうだ」
 
 とてもじゃないが一年前では絶対に考えられないような幸せを表現した笑顔。
 
「一部では“激烈王女”と呼ばれていたのが懐かしいな」
 
 イアンが苦笑する。
 和泉が思わず問い掛けた。
 
「そんな風に呼ばれていたのか?」
 
「あの性格だ。婚約者候補ではあったが足蹴にされて気にもされない者や、嫌悪感から無駄に暴言を受けた者達からの悪評だ」
 
 もちろん王女を妻に出来るとなれば、我先にとばかりに詰め寄った輩達も大きな問題だった。
 けれどリルは彼らのことをかわすことなどせず、直球で暴言を吐いた。
 だから年齢に対して幼いとも言われていた。
 性格が悪いとも評されていた。
 イアンとて、何度も愛想笑いをしろと言ったが彼女は頑として受け付けなかった。
 
「しかし、今はそれで良かったと思える。良い男がリルの前に現れたのだから」
 
 妹のことを本当に想う男の子が現れた。
 真っ直ぐなままの妹を大切にしてくれる卓也が。
 
「リルは本当に素晴らしい将来の伴侶を持った」
 
 恋をすれば人が変わる、と言うが本当にそうなのだろう。
 この写真を見ればよく分かる。
 
「それなら新しい渾名を付けたらどうだ?」
 
 すると和泉が名案とばかりに言い始めた。
 
「渾名か?」
 
「そうだ。アリーは“リライトの宝石”で、モルガストから“妖精姫”も来ているのだろう? ならリルにも似たようなものがあってもいいはずだ。“激烈王女”なんて馬鹿げたものじゃなくてな」
 
「ああ、それはいい」
 
 イアンがうんうん、と頷く。
 
「とはいっても私が思い付くものなど一つしかない」
 
「イアンもか。俺も一つしか思い浮かばん」
 
 表現する渾名など、それこそ一つ。
 なぜなら彼女は名の由来を体現した幸せの王女。
 二人は示し合わせるように声を揃える。
 
「「“瑠璃色の君”」」
 
 やはり一緒の答えで二人はくつくつと笑う。
 そして手にある写真を見てイアンは言った。
 
「これに関しては許可を貰ってから考えよう。妹が大切な人に向けた表情だ。迂闊に周囲へ晒しては兄として失格だろう」
 
「それがいい」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 騒がしい打ち上げが終わった。
 夜も更け、大抵の者達が就寝している時間。
 
「卓也、起きてる?」
 
 リルは彼の寝室をそろ~っと尋ねた。
 けれど明かりはなく、等間隔で響く彼の寝息が聞こえてくるだけ。
 
「…………」
 
 近付いて様子を確かめてみると、やはり寝ている。
 
「寝てる……わよね」
 
 これ幸いとばかりに彼女はベッドの中に潜り込む。
 何だかんだで卓也は律儀で結婚するまでは同じ部屋で寝ない、と言っている。
 リルも彼の考えに反論はなかったので、普段は別々に寝ている。
 けれど今日ぐらいは、と思ったので忍び込んだ。
 
「よいしょ、っと」
 
 広いベッドなので二人が寝ても問題はない。
 ちょこちょこと彼に近付いて、ピッタリと隣に並ぶ。
 
「えへへ」
 
 嬉しそうに笑ってリルは左手の薬指の感触を右手で確かめる。
 
「一生の宝物よ。本当にありがとう」
 
 卓也の頬にキスをしてリルは満足げに目を瞑る。
 たくさんの嬉しいことが今日はあった。
 たくさんの楽しいことが今日はあった。
 たくさんの幸せを彼から貰った。
 今日、世界で一番幸せな女の子である自信がある。
 
「……大好き」
 
 彼の腕に触れながらリルは就寝する。
 一生の思い出と、一生の宝物。
 そして生涯を共にする人のことを感じながら……リルは幸せの眠りについた。
 
 
 



[41560] 小話⑳:演劇後・フルブースト
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:1a7ab798
Date: 2015/12/29 15:24
演劇後・フルブースト
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 卓也達に打ち上げでの挨拶一番乗りを果たしたのは、クラインとレンド。
 
「タクヤ様、リル様!!」
 
 クラインはもの凄い勢いで二人の手を握る。
 
「こ、この度の演劇、妾は本当に感動しましたっ!!」
 
「俺もですっ!」
 
 熱意と気合いが半端なく入っている。
 僅かに卓也達も引いた。
 
「あ、ありがとな」
 
 乾いた笑いを浮かべる二人に対して、未だクラインは夢見るように今日の出来事を口にする。
 
「タクヤ様の思いの丈が詰まったプロポーズ!! それに応えたリル様。ああ、まさしく『世界一の純愛』!! 名に偽りなしの素晴らしいものでした!!」
 
 手を握る力がさらに強まる。
 ここにいるのは本当に『妖精姫』と呼ばれた美麗な少女なのだろうか?
 実際と聞いた話がかけ離れすぎていて、正直理解の範疇を超えていた。
 しかも驚きはまだ続く。
 なぜか泣き始めた。
 
「ちょ、ちょっと泣かないでよ!」
 
「妾はこのような至高の演劇を見ることが出来て本当に幸せなのです!!」
 
 感情移入とか、そういうレベルじゃない。
 というかもう意味が分からなかった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 続いて二人の前に現れたのは腐った勇者。
 
「卓也センパイ、すっごく良かったよ」
 
「そうか」
 
「……ありがと」
 
 最初の一撃が凄まじく、疲れ切った表情の二人。
 けれど春香はお構いなしに話を続ける。
 
「でもせっかく皆で出てるんだから、ちょっと足りなかったかな」
 
「……ん? ああ、はいはい。そうかそうか」
 
 卓也が何を言いたいのかに気付く。
 あの劇を見て、まだそう思う彼女はある意味で本当に凄い。
 
「卓也センパイ。ぼく、まだ何も言ってないけど……」
 
「ホモっぽさが足りないんだろ」
 
 直球で言い放つ。
 
「なぜばれた!?」
 
「お前の頭のネジが吹き飛んでるんだよ!! 年中脳内ホモ祭りのお馬鹿娘が!!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「タクヤ君、格好良かったのです!!」
 
 ナナはやって来て早々、卓也を褒めるように抱擁する。
 ダグラスは苦笑して二人のやり取りを見ていた。
 
「二人とも、素晴らしい舞台だった。タクヤ君のプロポーズには感動させられたし、リルさんの幸せそうな顔もこちらが嬉しくなるぐらいだった」
 
 リライトで一番二人と関わっている大人勢はおそらく、ダグラスとナナだ。
 その分、感情の入り方も他の人達と違うのだろう。
 劇を思い返すようにダグラスが目を瞑った。
 
「……ダグラスさん、そこで感慨に浸らないでよ」
 
「仕方ないだろう、リルさん。我が家に関わる……というよりは、大切にしているタクヤ君とリルさんの晴れ舞台、感動せずに見られるものか」
 
「ココも出てたわよ」
 
「今日の私達はタクヤ君とリルさんにしか注目していない。ココの時はココの時にまた、感慨に浸ろう」
 
 なので今日は全力で卓也達に感動する。
 
「……ココがああなった理由、ちょっとだけ分かったわ」
 
 感情表現が比較的豊かなココ。
 母親だけでなく、父親からも影響があるのだろう。
 すると卓也から応援要請が届いた。
 
「っていうか、二人でしみじみ話してないでナナさんを止めてくれ! なんか首が絞まってきたから!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 リステル王も何人かを引き連れて卓也達の前へとやって来た。
 
「素晴らしい演劇だったよ」
 
「ありがとうございます」
 
「ありがと」
 
 丁寧に感謝する卓也と、恥ずかしいのか適当に相づちを打つリル。
 するとリステル王もなんか泣き始めた。
 
「ちょ、ちょっとお父様!? なんで泣くのよ!?」
 
「……いや、あのリルがこんなにも素晴らしい恋をするとは思わなかったんだ」
 
 父親として本当に感慨深いのだろう。
 まだ婚約しているだけなのに、心境は娘を嫁に出す父親状態だ。
 
「タクヤもありがとう。娘が幸せなのは君のおかげだよ」
 
「い、いえ。オレはただ、リルに喜んで貰いたくて……その……」
 
「そうやって王族であることを鑑みないで“リル”を見てくれるから、君は本当に『良い男』だと私達は思っているんだ」
 
 どんどん涙を零していくリステル王。
 
「タクヤが私の義息子になることは本当に嬉しい」
 
 うんうん、と涙を拭いながら頷く。
 すると後ろにいた息子にリステル王は話し掛ける。
 
「ああ、そういえばイアン。タクヤへリステルにおける爵位を渡す話はどうなっているんだい?」
 
「伯爵あたりが妥当だと話し合っていましたが、この分だと侯爵になるかもしれません。リステルの名を素晴らしきものにしてくれた二人ですから」
 
 会話の内容に卓也の表情が固まる。
 今、この人達は何かとんでもないことを話していた。
 
「……待て、イアン。何の話だ?」
 
「タクヤがリステル王族と親族になる。だから必要だろう?」
 
「ま、待て! いいから待て! オレもリルもリライトの人間になる予定だぞ。それにリライトで爵位だって貰ってる」
 
「リステル王国の爵位を持っていても問題はない。というよりお前の真なる存在が知られたら周囲が納得しない」
 
 異世界人は王族より稀少だ。
 そんな彼がリステルの王女と恋をした。
 しかも『世界一の純愛』という素晴らしい恋物語になった。
 いくら卓也がリライトで過ごすとはいえ、こんな人物をただのお客さんで済ませていいはずがない。
 少しでもリステルと関係性を保たせたい、というのが当然の帰結。
 
「まあ、リライトの人間であるというスタンスを崩す必要はない。リステルの爵位を渡すにしろ渡さないにしろ、お前達が来るときは基本的に国賓待遇になるのは言うまでもないのだから」
 
「……どんどん大事になってる」
 
 とんでもないことになった優斗よりもずっと程度は低いのに、卓也は頭を抱えたくなってくる。
 
「諦めろ。おそらくは今日の出来事でタクヤを次期リステル王に、という声だって出る可能性は生まれた」
 
「……絶対嫌だ」
 
「ああ、分かっている」
 
 断固拒否の姿勢の卓也にイアンは苦笑して頷いた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「卓也くん、リル様もよかったよ」
 
 正樹がニアと共にやって来た。
 
「ボク、あんまり演劇には興味なかったんだけど二人の舞台を見て面白かったから、他の演劇も見たくなったよ」
 
「私もだ」
 
 にこやかに話し掛けてくる。
 卓也はからかうように、
 
「もしかして代わりたいか? 正樹さん達だったら十分だろ」
 
「いや、私達では駄目だ。何より正樹が、な」
 
 ちらりとニアが正樹を見る。
 どういうことかと思ったが、すぐに卓也は理解した。
 
「王道だからな、この人」
 
「分かってくれるか」
 
「要するに依頼するほうもそうだろうし、助ける人達も助ける人達ってことだろ?」
 
「ああ。とてもじゃないがタクヤ達の代わりを務められるわけがない」
 
 この二人の象徴は“世界一の純愛”。
 その他男性陣はモブだし、その他女性陣もモブだ。
 けれど正樹の場合、ご当地ヒロインっぽく登場してしまう。
 
「っていうかニアがそんな感じだと違和感があるな。以前が以前だったから」
 
「そうよね。あたしも慣れないわ」
 
 特にリルはノッケから暴走状態のニアと出会ったも同然だ。
 今の雰囲気に違和感を覚えるのも仕方ない。
 
「そ、その節は大変申し訳ありませんでした!」
 
 ビシっとニアが頭を下げる。
 王女にあれほど無礼な口を聞いていたとは、本当に不味い。
 
「別に構わないわよ。レアルードの時にも謝ってもらったし、別にあたしは気にしてないから。あんただって影響されてただけなんだしね」
 
「ありがとうございます!」
 
 卓也とリルは顔を見合わせる。
 本当に誰なんだろうか、この人。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「たくやおにーちゃん、リルねぇ」
 
 可愛らしい白のドレスを着た愛奈がちょこちょこと二人の前に立った。
 卓也が抱き上げる。
 
「お~、可愛い可愛い」
 
「とっても素敵よ、アイナ」
 
「おかーさんがえらんでくれたの」
 
 褒められて嬉しいのか、愛奈が笑みを零す。
 本当によく笑えるようになったと思う。
 
「たくやおにーちゃんとリルねぇ、とってもすてきだったの。あいなもしょうらい、たくやおにーちゃんたちみたいになりたいの」
 
 愛奈には目標に出来る人達がたくさんいる。
 それは本当に良い事だろう。
 とはいえ、
 
「……そうよね。いずれアイナも相手を連れてくるのよね」
 
 今はまだ小さい子供だが、自分達ぐらいの歳になれば相手を連れてくるはず。
 
「オレら、阿鼻叫喚の図になるだろ」
 
 可愛い妹が男を連れてきた、となったら。
 大騒動に違いない。
 
「それにこの子相手だと王族に手を出す以上の根性必要だものね」
 
 立場だろうと何だろうと色々と問答無用で凄いのだが、その中でも特筆すべきは兄のうち一人が大魔法士で一人が勇者。
 愛奈を泣かせてしまいでもしたら半殺し確定になる。
 
「愛奈はどういう人と結婚したいんだ?」
 
「おにーちゃんたちみたいなひとなの!」
 
 この子にとっての理想像とは今のところ、そうなのだろう。
 身近にいる男性で歳が離れてすぎていない。
 子供らしくていい……のではあるが、
 
「……当たりはオレかクリス、普段の優斗系統か」
 
「外れは魔王化してるユウト、シュウ、イズミ系統ね」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 最後。
 ダンディがにこやかに今日の感想を二人に述べていた。
 優斗の戦友にして彼が好漢と評する王族。
 今までの登場人物と比べて、あまりにも真っ当だったので安心していた卓也とリルなのだが、
 
「しかし二人の物語は今後、王族の恋愛すら変える一石になっただろう」
 
 どうにも落ち着けない話題が飛び出してきた。
 
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! それはおかしいでしょ!? あたしは第4王女だから卓也と一緒になっても問題ないってだけで――」
 
「しかしのう。お主達のおかげでモルガストの妖精姫、クライン殿が勇者パーティの一員とはいえ平民と恋人になった」
 
 優斗が協力したからこそだが、それでも一石を投じたのは間違いなく『瑠璃色の君へ』だろう。
 
「レンドって奴は確か優斗から『真なる緑の手』とか言われて、重要人物認定されたんだろ? だからじゃないのか?」
 
「それはユウト殿が国を説き伏せる為に使えると思っただけに過ぎん」
 
 ちょうどいいから使ったまで。
 もしそうでなければ、また別の方法を優斗は考えたはずだ。
 
「お主達は特別だとしても、そうやって身分違いの恋は広まっていく。そして正しく頑張っていけるのならば、貴族とて認めざるをえまい。彼らも『瑠璃色の君へ』の二人のように頑張っている、とな」
 
 権力者の親族になったが故の発展ではない。
 当人達の努力次第による発展。
 愛する者がいるからこそ為し得る努力を。
 
「どうか今後も幸せな物語を。お主達の恋は皆の希望となるのだから」
 
 ダンディは二人の肩を叩いて離れていく。
 卓也とリルは顔を見合わせると、がっくりと項垂れた。
 今回の件で事態がよりいっそう酷くなっている気がする。
 自分達はただ、普通に過ごしているだけなのに。
 
「……ああ、もう。どうしたらいんだよ」
 
「……諦めましょうよ。あたし達が考えても仕方なさそうだもの」
 



[41560] 闘技大会数週間前
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:cdd4a380
Date: 2015/12/31 19:51
 
 
 
 
 闘技大会数週間前。
 キリアとラスター、先日出会った1年生のヒューズはギルドの依頼で魔物を討伐していた。
 何てことない魔物だったので、さくっと終わる。
 その後、立ち寄ったカフェでキリアがノートを取り出していた。
 
「キリア、それはなんだ?」
 
「先輩がいないからね。今日、一緒に戦ったメンバー及び魔物に対するおおよその戦闘能力の数値化とレポートよ。今日は三人いたからCランクでも弱い部類の魔物討伐をやったんだけど、その件に対する安全を見出した理由を明確に示さないといけないの」
 
 兎にも角にもまずは安全第一。
 その為には敵も味方も実力をしっかりと把握していなければならない。
 というわけで、優斗に言われてキリアはノートに今日の結果を記す。
 
「数値はどのように出してるんだ?」
 
「自分を50で起点として、メンバーはわたしが想定する数値の±8以内に見切らないといけないのよ。魔物は±5ね」
 
 どうせこれでも甘くしているつもりなのだろう。
 数値として出せとか心眼でも会得しろと言うつもりか?
 はぁ、とキリアは溜息を吐いて共闘したメンバーの数値を記していく。
 ラスターとヒューズが数値を覗き込んだ。
 
「俺はキリアより高く見積もられてるのか」
 
「だってラスター君は6将魔法士に弟子入りしてるし、才能分も加えると負けてる可能性もあるかなって」
 
 キリアの言葉にラスターは頬を掻く。
 何を隠そうラスター・オルグランス、気付けばリライトにいた6将魔法士に弟子入りをしていた。
 6人いる面子の中でも人格者として評価が高い『教育者』ガイストと呼ばれる者が、リライトでギルド活動をしている。
 なので数いる弟子の一人として、ラスターも6将魔法士に教えて貰っている。
 続いてヒューズも自分の数値を見つけた。
 
「俺は46っすか」
 
「まあ、ヒューズにはね。動きとか魔法の使い方を考えて、これぐらいって感じ」
 
 彼は今まで努力という努力をしたことがない。
 才能だけでやって来たような男の子。
 なのにここまでの評価をされているということは、才能が素晴らしいということ。
 キリアとは正反対のタイプだ。
 続いて魔物の数値も何度か唸って考えを纏めると書き始めた。
 特に敵の数値に関して優斗はうるさい。
 死と直結しているから仕方ないといえば仕方ない。
 するとヒューズが脳天気に声を出した。
 
「でも俺らだったら、Bランクでも倒せるような気がするんすけど」
 
「駄目駄目。倒せるような気がするで依頼を受けたら、先輩にいつも以上のフルコースをされるんだから。わたしがそれ言って毎度毎度フルボッコにされたわ」
 
 理由が説明できていない。
 理屈が合ってない。
 自分のことも敵のことも把握していない。
 全部不合格の言い分だから、優斗から矯正指導が入る。
 
「……どういう関係なんすか? ユウト先輩とキリア先輩って」
 
「色々と教えて貰ってるのよ。まあ、師弟もどきってやつね」
 
 実際はガチの師弟なのだが、公表すれば公表したで面倒しか待ってない。
 というわけで、表向きは師弟もどきという形だ。
 しかしヒューズは納得したらしい。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 そしてしばらく雑談していると、ヒューズが年頃の話を二人に振った。
 
「キリア先輩の好みな男性ってどういう人なんすか?」
 
「別にないわよ」
 
 断言する。
 色恋沙汰より強さに興味があるお年頃だから。
 しかしラスターが首を捻る。
 
「強い男じゃないのか?」
 
「何でよ? そんなこと言ったら先輩に惚れなきゃいけないじゃない。ありえないわね」
 
 強い男の頂点。
 大魔法士がすぐ近くにいるのだが、あんな人に惚れる意味が分からない。
 だから強さは色恋に必要ない。
 
「じゃあ、しいて言うならどんな感じっすか?」
 
「う~ん、そうね……。わたしが強さ関係なく興味を持ったら、そうなんじゃないかしら」
 
 おそらくはそうなはず。
 基本的にキリアの興味は強さで判断される。
 弱ければ興味がないし、強ければ興味が生まれる。
 なので弱くても興味があれば、そういうことにもなろう。
 だが、またしてもラスターが首を捻った。
 
「ラスター君、どうしたの?」
 
「いや、ツッコミを入れるべきかどうか悩んでな」
 
「何がよ?」
 
「気付いていないのならいい」
 
 不思議そうなキリア。
 トントン、とヒューズがラスターの肩を叩いて小声で話す。
 
「どういうことっすか?」
 
「キリアには幼なじみにロイスというのがいるんだが、キリアが唯一強さを例外とするのがロイスなんだ」
 
「……確かにツッコミ入れたいっすね」
 
「そうだろう」
 
 とりあえず一名いる。
 しかも幼なじみとかいう、フラグ最強の存在が。
 
「わたしに訊くのはいいけど、ヒューズはどうなのよ? このあいだの委員長とは」
 
「へっ? いやいや、そんなんじゃないっす。あいつは昔から俺の世話を焼くのが好きなんすよ。最近は先輩達に出会ってやる気も出てきたんで、一緒にいる回数は減りましたし」
 
「じゃあ、好みはどうなの?」
 
「やっぱり清楚な女性がいいっす。こう、守ってあげたくなるような女性が好みっす」
 
 ヒューズの熱弁にラスターがなるほど、と頷いた。
 
「キリアと正反対だな。フィオナ先輩系統か」
 
「何言ってんのよ。フィオナ先輩、わたし達より強いんだから」
 
「しかし見た目は守ってあげたくなるだろう?」
 
「まあ、そうかも」
 
 何だかんだで実力者ではあるが、見た目は確かに清楚で守りたくなる。
 公爵令嬢ということも相俟っているだろう。
 
「フィオナ先輩って誰っすか?」
 
「先輩の婚約者よ。ついでにリライト最強の精霊術士」
 
 というかリライトどころか世界有数の精霊術士だ。
 キリアが知っている限り、彼女以上は優斗しかいない。
 
「精霊術士が強いっていうのは、何て言うか意外っすね」
 
「先輩曰く、普通の精霊術士より感応力が桁違いらしいわよ」
 
 龍神の母親になるだけはあるよね、と優斗が苦笑しながら余計な情報を暴露した時のことをキリアは思い出す。
 すると、
 
「りあ~っ!」
 
 聞き覚えのある幼い声が届いた。
 呼ばれた方向に振り向くと、
 
「マリにフィオナ先輩じゃない」
 
 ちょうど話題に出していた人が軽く手を振って近付いてきた。
 マリカはフィオナから手を離すと、ダッシュでキリアのところへ辿り着く。
 ちょっと屈んでマリカを持ち上げるキリア。
 
「あれ? もしかしてちょっと大きくなった?」
 
「あいっ!」
 
 満面の笑みを零すマリカ。
 
「あんたはいつも元気ね~」
 
 褒められて、さらに嬉しそうなマリカ。
 けれど不意にラスターが視界に入った途端、急に不機嫌そうな顔に変わる。
 
「マリ、どうしたのよ?」
 
「ぷいっ!」
 
 顔を横に振ってむ~っとした様子のマリカ。
 キリアはちらりとラスターを見て、なるほどと納得する。
 
「ほんとにマリに嫌われてるのね。レアだわ」
 
「……言わないでくれ。これでも凄く反省はしているんだ」
 
 けれど未だに許してもらえてない。
 結構根に持つタイプらしい。
 
「こらこら、まーちゃん。ラスターさんは反省しているんですから、そんなに怒ったら可哀想ですよ」
 
 フィオナが到着してマリカを窘める。
 だが駄目らしい。
 ぷく~っと頬が膨れている。
 
「どうにも怒ってしまうみたいですね」
 
「ラスター君の自業自得でしょ。仕方ないわよ」
 
 さらにヘコむラスターにトドメを刺すキリア。
 フィオナが苦笑しながらマリカを預かる。
 
「私達は行くところがあるので、これで失礼しますね」
 
 娘をあやしながらフィオナが離れていく。
 キリアは軽い調子で手を振り、ラスターは項垂れて手を振る。
 ヒューズだけは驚いたように呆然としていた。
 
「……めっちゃ美少女じゃないっすか?」
 
「そうよ」
 
 問答無用の美人なのでキリアは当然のように頷く。
 
「なのに俺達より強いんすか?」
 
「間違いなくね」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 それから先、キリアは基本的に優斗の指導を受けることが出来ずに鍛錬していた。
 演劇の練習もある上に、他国へ呼び出されたり何だりと忙しいらしい。
 もちろん優斗もただ相手をしないわけではなく、何かと課題をキリアに課していた。
 上手くいけば、闘技大会に間に合うレベルのものを。
 毎度の事ながら意味不明の技だったりするのだが、彼らの強さの一端を担うものとなれば、彼女とて頑張らずにはいられない。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 そして闘技大会前日。
 休養日にしろと厳命されたキリアは『瑠璃色の君へ』を鑑賞したあと、打ち上げに参加して卓也達を労った。
 他にも何人かの知り合いと言葉を交わし、そろそろ帰ろうか……といったところで師匠に出会った。
 
「ちゃんと休んだろうね?」
 
「休んだわよ。明日という日を十全に、でしょ? どうせ何かやったって無駄なんだから」
 
「そういうこと。まっ、頑張りな」
 
「は~い」
 
 優斗は彼女が帰り際だということを理解し、軽く声を掛けただけ。
 キリアも少しだけ話すと、打ち上げ会場を出て行く。
 その後ろ姿を憧れの人物が見ていることも知らずに。
 
「今のがお主の弟子か?」
 
「ええ」
 
 天下無双――マルク・フォレスターが優斗に小声で話し掛ける。
 マルクは彼女が帰っていく姿を見てなるほど、と頷く。
 
「才はからっきしに見えるな」
 
「間違ってませんよ」
 
 キリアに才能なんてものはない。
 何があろうとも断言できるレベルで才能がない。
 
「しかし強い瞳をしていた」
 
 振り返って帰っていく直前。
 僅かばかり見ることの出来た、意思を象徴するかのような目。
 あの歳では珍しい。
 才能がないことなど分かっているだろうに。
 それでも真っ直ぐな力強さを秘めている。
 
「天下無双なら分かるでしょう? 意思は才能を凌駕することを」
 
 壁を越える為に大切なもの。
 宮川優斗が超えていき、マルク・フォレスターが超えていった才能無き者達が壁を壊す必須条件。
『強さを求める絶対的な意思』
 マルクがくぐもった笑いを漏らした。
 
「くっくっくっ。なるほど、だからこそお主ほどの者が弟子としたわけか」
 
「しつこかったんですよ、あの猪突猛進馬鹿は」
 
 何度も何度も呆れるくらいに挑んできては、駄目なところを聞いてきた。
 思い返して優斗は苦笑する。
 
「才能はないけれど純粋に上を見る意思がある。決して屈しない心がある。それだけで十分です。酔狂者とまでは言いませんが、僕みたいな輩にはちょうどいい弟子です」
 
 ピッタリ嵌まる、と言えばいいだろうか。
 優斗の弟子はキリアしかいない、と知っている人達は口を揃えられる。
 
「ミヤガワよ。ちょうどいい、というのは語弊があろう?」
 
 しかしマルクは少しばかり違うと感じた。
 確かに間違ってはいないのだろうが、
 
「彼女ほどの確固たるものがなければ弟子を取らないのだろう?」
 
「……あら、よくお分かりで」
 
「容易に弟子を取る奴でもないだろう、お主は」
 
「まあ、僕は立場上うっかり弟子を取ると面倒ですからね。だからキリアも表向きは弟子もどきってことにしてます。誰かに見られても言い逃れ出来るように」
 
「逃れられるのか?」
 
「僕が出来ないと思いますか?」
 
「……いや、愚問だったな」
 
 大魔法士の許嫁も問答無用で終わらせた。
 知り合い全般から詐欺師扱いされる人間なのだから。
 優斗は苦笑すると、帰っていった弟子のことを想って言葉を紡ぐ。
 
「キリアは僕達と同じ系譜です。才能を凌駕する場所を望んでる」
 
 本来の彼女では決して辿り着けぬ領域。
 才能が無い者では“異常”がどうしても必要となる位置。
 “壁を越えた者”の場所をキリアは望んでいる。
 
「けれど僕のようには絶対にさせない」
 
 悪意と殺意と狂気に彩られた最強。
 そんなところへ到達などさせない。
 あまりにも間違えすぎているところへ弟子を連れていきはしない。
 
「目指すべきは天下無双、貴方のような人ですよ」
 
 人間として正しいままで。
 人としての領域を保ったままでの一番上。
 誰もが並べぬと謳われた天下無双こそ、キリアが到達すべき場所だ。
 
「導くつもりか? 儂の領域まで」
 
「彼女の意思次第ですけどね」
 
 つまりはキリアが絶対の意思を持っていれば、優斗はそこまで育てると言っている。
 マルクが自身の道を思い返し、その困難さに苦笑した。
 
「簡単に言っているわけではないのだろうが、酷な道だぞ」
 
「望んで歩くのなら、茨の道もただの歩道になるでしょう?」
 
 自分の意思で道を敷き、自分の意思で歩くのならば。
 痛みさえも覚悟しているのなら、通れないはずがない。
 マルクも思わず納得させられた。
 
「……なるほどな。歩き方を教える者がいれば尚更か」
 
 堕ちたことがある者だからこそ、堕ちない歩き方を教えられる。
 無理な道を敷いても、無茶な道を敷こうとも、無謀な道は敷くことをしない。
 マルクは何度も頷いた。
 このやり方はキリアの意思次第だ。
 折れたらそこで終了。
 けれどやり遂げるのならば、絶対に強くなれる。
 最強まで登り詰めた者が、最短ルートで最良の茨の道を敷いているのだから。
 
「ミヤガワの弟子が男であれば、儂の目にも止まるのだがな」
 
「性格は男勝りなんですけどね」
 
 くすくすと優斗が笑う。
 
「ところで今日の演劇はどうでしたか?」
 
「儂も演劇はほとんど見たことはないが、あの二人の話は心を揺さぶられた。それに最後のプロポーズはアドリブだったのだろう? リーリアが甚く感動して興奮していた」
 
 というか泣いていたので、天下無双も若干焦った。
 それほど感動的だったらしい。
 無論のこと、マルク自身も感動しなかったわけではない。
 自分が届かなかった場所へ手を伸ばした二人なのだから。
 
「先ほどウチダからササキの人物評を聞いたが『一限なる護り手』という二つ名は相応しかろう。あの者もリル王女の相手でなければ、リーリアの相手にと思う男子であったな」
 
 優斗達の親友であることからも根性はあるだろう。
 育て甲斐がありそうなのだが、惜しむべくはすでに相手がいるということ。
 
「明日の闘技大会で儂の目に適いそうな者はいるか?」
 
「僕も全て把握しているわけじゃありませんけど……まあ、数人はいますよ」
 
 闘技大会の取り纏めに優斗は関わっていない。
 なので直接、出場すると聞いている子しか知らない。
 
「まず一番目に止まりそうなのはヒューズ・バスターって子です。この子は中々の才能を持ってますから将来性は有望ですね」
 
 最近はキリア達ともちょくちょく連んでいる。
 少しぐらい実力も上がっているだろう。
 
「とはいえ才能なんてものは開花させなければ何の意味もない。現状じゃ宝の持ち腐れです」
 
「そうか。しかしお主が言うのだから楽しみにしておこう」
 
 最後にばっさりと言っているが才能自体は優斗も買っている。
 
「ガイストとも先刻偶然会ったが、奴の弟子も出るらしいな」
 
「確かに才能はありますしガイストさんの訓練で強くはなっているでしょうが、今のところは天下無双の目に適わないでしょう」
 
 優斗の情報でマルクはう~む、と残念そうになる。
 
「あまり有望な者がいないのか」
 
「一般的には十分の範囲ですけど、リーリアさんの相手で考えたらどいつもこいつも格落ちなんですよ」
 
 というかマルクの求めるレベルが高すぎるのが問題だ。
 学があり、礼儀があり、リーリアを愛していき愛されていく者。
 そして最も難関が“天下無双よりも強いこと”。
 衰えた年寄りとはいえ、それでも未だ桁違いの実力を有しているマルク。
 少なくとも“壁を越えた者”でないと相手にすらならない。
 まあ、その点については若者が集まる学生闘技大会ということもあり、マルクの目に止まれば可能性ありと判断されて扱かれるのだろう。
 
 
 



[41560] 立ちはだかる
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:cdd4a380
Date: 2015/12/31 19:52
 
 
 
 
 闘技大会当日。
 優斗とフィオナはマリカと一緒に出店を巡っていた。
 お父さんに抱っこされてる娘は、わたあめを頬張る。
 
「どう、美味しい?」
 
「おいし~!」
 
「そっかそっか。美味しいね~」
 
 ふわふわな綿毛のような食べ物を満面の笑みで食べるマリカ。
 ちょっと顔がべたつくと、
 
「まーちゃん、少し待って下さいね」
 
 フィオナが口周りをふきふき。
 綺麗になったら、またマリカはわたあめを食べ始める。
 
「去年は大会に出てたから、あんまり出店とか興味なかったんだよね」
 
 優斗はお祭りのような状況の会場付近を見回し、楽しそうな笑みを浮かべた。
 フィオナも去年のことを思い出す。
 
「あの時から皆さんと優斗さんが互いに扱いを変えましたよね。もちろん優斗さんの私に対する扱いも」
 
「そういえばそうだよね。敬語外したのもこの大会の時だっけ」
 
 懐かしい。
 昔は仲間全員に敬語を使っていた。
 今ではありえないこと、この上ない。
 
「一年後にはこんなことになるなんて予想つかなかったけどね」
 
 実力を見せた去年の闘技大会。
 結果、気付けば大魔法士なんて呼ばれているのだから人生どうなるか分からないものだ。
 
「まーちゃん。パパ、とっても凄かったんですよ」
 
 フィオナがわたあめを食べ終わったマリカの口元を再びふきながら話し掛ける。
 
「ぱぱ、つおい?」
 
「そうなんです。強かったんです」
 
「ママが近付いてきた時は心底焦ってたけどね」
 
 優斗が苦笑する。
 当時は本気で驚いた。
 まさかフィオナがあれほど感情を見せるだなんて思っていなかったから。
 
「それはパパのせいです。心配したんですから、本当に」
 
「ママが心配しすぎなだけだと思うけど」
 
「仮にもAランクのカルマが相手だったんですよ。パパのこと、心配するに決まってます。そうですよね、まーちゃん?」
 
「……あう?」
 
 去年の闘技大会から数週間後に出会った愛娘は首を捻る。
 それも当然だ。
 マリカの前で戦った優斗は兎にも角にも圧倒的な戦いしかしていない。
 むしろフィオナのほうが劣勢に陥ったりしている。
 同意を求める相手を間違えていた。
 優斗が吹き出す。
 
「そりゃそうだ。ママのほうがずっと危ない戦いしてるもんね」
 
「あいっ!」
 
「……なんか納得いきません」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 会場の入り口前で配られているトーナメント表。
 優斗達ももらおうとしたところで、彼らの姿に気付いたココがぱたぱたと駆け寄ってきた。
 そして手に持っていたトーナメント表を見せる。
 
「ユウ、フィオ。これ見てください」
 
 何十人もの名前が書いてある用紙の中で、左上に書かれている名前。
 優斗もフィオナも面白そうな笑みになった。
 
「あらら、これはビックリだ」
 
「驚きですね」
 
「あいっ」
 
 マリカも肯定するように頷いた。
 
「本当に分かってるのかな、マリカは」
 
 優斗はこちょこちょ、と娘をくすぐって遊ぶ。
 すると修も遊んでいる優斗を見つけて近付いてきた。
 
「よっ、お前らトーナメント表見たか?」
 
「見ました見ました」
 
 ココが何度も頷く。
 
「めっちゃ面白い展開になったじゃん」
 
 紙の左上を軽く叩く修。
 そう、そこに書いてあるのは彼らの親友の名前。
 
「まさかクリスが出るなんてな」
 
 リライト魔法学院に燦然と輝く最強の存在。
 それが出てくるとなれば、学生も大いに盛り上がるだろう。
 
「俺としてはキリアが優勝候補だと思ってたんだけどな」
 
「それは修の贔屓目だよ」
 
「けどよ、実際はどうなんだよ。俺もお前も出てないから、クリスが登場するっつったって勝つ気満々なんじゃねーの?」
 
 というか誰が出てこようと常に勝つ気でいそうなのがキリアだ。
 けれど優斗は首を振る。
 
「いや、そんなことはないよ。少なくともトーナメント表を見た瞬間、かなりの緊張が襲ったはずだね」
 
 昔ならいざ知らず、今はそういう風に考えられるよう改造してある。
 だから緊張感は増したはずだ。
 その時、
 
「皆さん、おはようございます」
 
 今日の主役が登場する。
 金髪碧眼、王子の風体を醸し出している学院最強。
 クリスはにこやかに話し掛けてきた。
 
「驚きましたか?」
 
「めっちゃ面白い」
 
「ビックリしたよ」
 
 優斗も生徒会での仕事は主に演劇が担当だった。
 闘技大会はクリスが他の役員と請け負っていたので、知るよしも無かった。
 
「問題がなければ準決勝でキリアさんと当たります。ラスターさんとは決勝ですね」
 
 トーナメントの山としてキリアは左下。
 ラスターに至っては逆側。
 
「自分も負けるつもりでは戦いませんよ」
 
「そりゃ出るからには勝たないとな」
 
 修が当たり前とばかりに頷く。
 学院最強が容易に負けては名が負ける。
 もちろん優勝を狙っているはずだ。
 だから幾ら優斗の弟子だとしても、立ちはだかるのならば勝つまで。
 とはいえ、
 
「大丈夫だよ。キリアだって優勝することがどれだけ難しいかってことぐらいは分かってる」
 
 しかもクリスが出ているなら尚更だ。
 優斗は挑戦的な視線を向ける。
 
「だけど師匠として言わせてもらうなら、挑むことに意義がある」
 
 今代の学院最強に全力で立ち向かう。
 またとない機会だ。
 
「それに僕だって感覚的にどれほどのものかは理解してるけど、実際に見てみたいものだよ」
 
 未だに優斗は遭遇していない本当の姿。
 
「クリスト=ファー=レグルの“全力”を」
 
 授業中だろうと、誰かに教えている時だろうと、魔物と戦っている時だろうと彼は常に実力をセーブしている。
 そうすることが出来る力量だから。
 
「うちの弟子は格下だから難しいかもしれないけど……とりあえず、奥の手の一つや二つは暴けるように頑張るだろうね」
 
 それぐらいは出来るように鍛えてきたつもりだ。
 僅かに自信を覗かせる優斗。
 クリスは小さく笑った。
 
「ユウトがそう言うということは……」
 
「もしクリスとキリアが戦う場合、僕はキリアの応援だよ。いいでしょ?」
 
「構いません」
 
 たまにはこういうこともいいだろう。
 幾ら応援とはいえ優斗が敵に回る。
 面白い展開だ。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 選手控え室では仕事が休みのレイナが後輩の激励をしていた。
 その中でも、特に関わりのある二人に話し掛ける。
 
「キリア、ラスター。クリスは強いぞ」
 
「それはそうでしょう。今の学院最強ですから」
 
「分かってるわ」
 
 軽い調子で返事をするとラスターと、固い表情のキリア。
 ラスターが彼女の様子に気付いた。
 
「キリア、どうした?」
 
「……正直、勝てる気がしないわ」
 
「なぜだ? ミヤガワほどではない以上、可能性はあると考えたほうがよくないか?」
 
 あくまでも楽天的なラスター。
 しかしレイナは彼女の態度こそが正しいと頷く。
 
「キリアは理解しているようだな」
 
「時々、戦ってもらってるから分かるのよ」
 
 指導という形ではあるけれど。
 剣を交えているからこそ分かることがある。
 二人のやり取りにラスターもようやく楽観的な考えがなくなってきた。
 
「レイナ先輩、どういうことですか?」
 
 彼女はクリスの仲間だ。
 キリア以上に彼のことを理解している。
 
「どういうことも何も、あいつは間違いなく学院最強だということだ」
 
 レイナは少し小声で二人だけに言い聞かせるよう話し始めた。
 
「クリスは自身に甘えを許さない男だ。甘ったれな貴族の坊ちゃんとは一線を画している」
 
 公爵家唯一の跡取りということもあるだろうし、性格的なこともある。
 だからこそ言うとすれば、クリスは間違いなく自分に厳しい。
 
「そんな男が、だ。あいつらが側にいて鍛錬を怠ると思うか?」
 
 彼の親友達。
 異彩を放つ異世界の少年達がクリスの側にいる。
 
「基本的に男性陣は一芸以上に秀でている。シュウもユウトもタクヤも和泉も」
 
 各々が分野においてトップクラスの実力を示している。
 
「確かにあいつらは特殊な出自だ。だからこそ仕方ない部分もある」
 
 チートと呼ばれる能力を持っていたり、天恵と呼ばれる才能や異世界故の知識がある。
 
「だがな。だからといってクリスト=ファー=レグルが“仕方ない”で終わらせるわけがない。あいつは和泉達と親友になれる男だぞ。“普通”などと思ってはいけない」
 
 彼の親友達は全員が普通をかなぐり捨てている。
 だとするならば、類は友を呼ぶ……ではなくて“類は友しか呼ばない”。
 そう考えるほうが自然だ。
 
「あいつは学院最強に恥じぬ……いや、同時期の実力で言えば私すらも凌駕する本当の強者だ」
 
 一年前のレイナはまだ壁を越えていなかった。
 才能豊かな、騎士を目指す少女。
 ただそれだけだった。
 優斗達と出会い、和泉と出会い、彼女の実力は加速度的に上がっていた。
 けれど同様のことがクリスに起きていないはずがない。
 
「二ヶ月ほど前だったか、クリスと手合わせをした」
 
 仲間の中で戦闘組となるのは優斗、修、クリス、レイナの四人。
 だから偶には、ということで無理矢理に彼と勝負をしてみた。
 
「結果は私の勝利ではあった。だが……」
 
 全力と全力の真剣勝負。
 間違いなく手を抜いたりしては勝てなかった。
 
「いや、恐れ入った。あいつの真の実力というものに」
 
 レイナだけは知っている。
 クリスの本当の強さを。
 キリアはそれを僅かでも感じているからこそ楽観的になれない。
 
「わたしは努力だってまだクリス先輩に追いついてないわ」
 
「そうだな。あいつは和泉達と出会うまで一人だった。勉強と鍛錬しかやることがない日々。クリスの才能を持ってすれば、どうしたって強くなれる」
 
 たった一人だったとしても問題ない。
 
「あいつにとって鍛錬とは基本の型の繰り返しだった。無論、それだけで十分な程だ。“欠点無き基本”と呼ばれるぐらいにはな」
 
 見本と見紛う流麗な剣裁き。
 問題なく使える上級魔法。
 まさしく欠点などないオールラウンダーと呼べる実力だ。
 
「けれどシュウとユウトがクリスを変えた」
 
「先輩達が?」
 
 キリアの問い掛けにレイナは頷く。
 
「シュウからは本当の戦いに連れ込まれ、そしてユウトからは創造の仕方を見せつけられた」
 
 おそらく本当の戦いとは魔物討伐だったりのことだろう
 けれどもう一つは何なのだろうか。
 ラスターが首を捻る。
 
「創造……ですか?」
 
「ああ。創造性のある破天荒な戦い方といえばシュウなのだろうが……」
 
 あれもあれで想定外の塊だ。
 基本に囚われない型無き戦い方と言ってもいい。
 しかし、
 
「ユウトも十分、破天荒だろう?」
 
 独自詠唱の神話魔法を操り、精霊の主とすら契約をした。
 それこそ過去に一人しか同類を見出せないぐらいには破天荒だろう。
 
「キリア。お前は受け継いでいるからこそ理解できるはずだ」
 
「……えっ?」
 
 まさか自分に話を振られると思わなくて少々驚くキリア。
 
「なぜ驚いている? 砕いた魔法陣を合わせることや精霊術を用いて簡易的な聖剣にすること。お前とユウト以外にやっている奴を私は見たことがない」
 
 習っているほとんどが優斗独自の技と言っても過言では無い。
 魔法陣の合成は彼オリジナルの神話魔法に連なるもの。
 精霊術を用いた簡易的な聖剣とすることは優斗が聖剣を使っている以上、事実上の使い手はキリアしか存在しない。
 
「それは……だってわたしも見たことなかったし無理だって最初は思ったけど、先輩は出来るって言って挑発してくるから“やってみせてやる”と思っただけよ」
 
「普通はそれで納得しない。いくら相手がユウトだろうとな」
 
 くつくつとレイナは笑う。
 
「本当に良い間柄だと私は思うぞ」
 
 さすがは師弟だとしか言えない。
 おかげでキリアはオンリーワンの存在を獲得しつつある。
 
「キリア、ラスター。遠き果てを目指すのなら、まずは目の前にある頂を知ることも大切だ」
 
 最強の大魔法士。
 無敵の始まりの勇者。
 遙か彼方に存在する二強。
 けれど、だ。
 その前にある頂とて、決して侮れるものではない。
 
「世代トップクラスの実力を持つ、この学院の最強のことを実感してみろ」
 
 
 



[41560] 闘技大会、再び
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:cdd4a380
Date: 2015/12/31 19:52
 
 
 
 
 ――数ヶ月前。
 トラスティ家の庭では優斗とキリアが真剣な表情をしていた。
 キリアが抜いたショートソードを構えると、優斗が合図する。
 
「始め!」
 
「炎舞っ、風雅、水麗、地堅っ!」
 
 叫びながらショートソードに色々と施そうとするキリア。
 けれど叫んだことに反応があったのは二つ目まで。
 途中で剣に与えられるものはぐちゃぐちゃになり、最後は何も施されていない普通のショートソードのできあがり。
 優斗がキリアの頭を叩く。
 
「0点」
 
「痛っ!」
 
 スパン、と良い音が鳴った。
 
「何の為のキーワードか分かってる?」
 
「……イメージをスムーズに精霊へ伝える為」
 
 頭を撫でながら答えるキリア。
 優斗は大仰に頷き、
 
「そう。言葉を使うことによってイメージを直結させる。これの肝は状況状況によって変化させることが出来るってこと。一個一個は出来たとしても、早変わりさせることが出来なきゃ意味がない」
 
 優斗はショートソードを抜くと、見本を見せるように多種多様の精霊による恩恵を即座に与えていく。
 計八種類を見せたところでショートソードを鞘に収めた。
 
「というわけで練習練習。失敗するごとにタンコブ増えていくからね」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ドゴン、と地面が爆発する音が響く。
 優斗の白い目の先には不格好に倒れているキリア。
 
「右足に魔力を込めて地面を弾くって言ったよね? 爆発させろだなんて誰も言ってないよね?」
 
「だって爆発しちゃったものは仕方ないでしょ!?」
 
 むくりと起き上がりながらキリアは思いっきり反論する。
 けれど優斗は相手にしない。
 
「イメージがあるからそうなる。衝撃は地面に通すんだよ」
 
「どうやって?」
 
「自分で考えろ馬鹿弟子。見本は見せたしやり方も教えた。あとはキリアが感覚を掴むだけなんだから」
 
 師匠は弟子に近付いていくとデコピンをかます。
 
「それともキリアお嬢ちゃんは一々教えられないと駄目な子なのかな?」
 
 嘲るように宣う優斗。
 今までも散々バカにしたように言っているが、相も変わらずバカにした物言い。
 キリアが鼻息を大きくして、反抗するかのように言い放つ。
 
「分かったわよ! 一人でやってやろうじゃない!」
 
「うん、やってみせなよ」
 
 そして予想通りの反応に優斗は笑みを零した。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 皆で集まって去年と同じく客席でのんびり見ていようとしていたら、とある人物に呼び出しをくらった優斗達。
 闘技場の上層にある来賓席と言うべき室内で、何人もの大物が彼らを待ち構えていた。
 
「また揃いも揃ってるね」
 
 優斗が呆れる。
 天下無双にフィンドの勇者、クラインドールの勇者にマイティーの王族などなど。
 戦いに興味のある者達が昨日に引き続き揃っている。
 そして修は呼び出した人物――天下無双を胡散臭げに睨む。
 彼が呼び出した理由は若人達の戦いの内容を強者と共に見聞すること。
 
「おい、正樹と春香がいるなら俺らいらねーだろ。つーか正樹だけで余裕すぎるじゃんか」
 
 仮にも勇者。
 十分すぎるほどに十分であり、特に正樹がいるだけで修と優斗はいらないレベル。
 けれど共にいるニアは不可解な感じで、
 
「しかしお前達は『大魔法士』と『始まりの勇者』だろう?」
 
 最強に無敵。
 話を聞くには最適の存在だ。
 けれど修は呆れ顔で、
 
「関係ねーよ。たぶんだけど『世界三強』のうちの一人な正樹がいる時点で俺らお払い箱だろ」
 
「……はっ?」
 
 ニアが届いた言葉に呆然とする。
 マルクが大きく笑いながら頷く。
 
「違いなかろう。フィンドの勇者も素晴らしき実力者。だからこそ全員を交えて話を聞いてみたいと思ったのだ」
 
 正樹は『レアルードの奇跡』と呼ばれる事件の折、才能を存分に上げられた。
 それこそ神話魔法を幾つも使えるくらいには。
 ニアもそれを把握している割には、どうして驚いたのだろうか。
 優斗が苦笑しながら教える。
 
「あのね、ニア。実力をおおまかに区分けするなら正樹はこっち側だから」
 
「えっと……それはあれか? フォルトレスを相手にしていた時に言っていた分け方のことか?」
 
「当たりだよ」
 
 以前に用いた領域の分け方。
 こっち側とあっち側。
 
「ということは、要するに正樹は……」
 
「そう。無事にお伽噺の仲間入り」
 
 パチパチパチ、と優斗が拍手する。
 
「ちなみに爺さんも若い頃はギリギリこっち側だったんじゃねぇか?」
 
「存在が幻想だ、と言われたことはあったがな」
 
 修の疑問にマルクは頷く。
 すると春香がきょとんとして、
 
「どういう区分なの?」
 
「おそらくは“一人で国を相手に出来るかどうか”ですわね?」
 
 後ろで話を聞いていたアリーが話に加わる。
 区分はそういう感じなはずだ。
 優斗も頷く。
 正樹は乾いた笑顔を浮かべ、
 
「喜んでいいのかどうか分からないね。同じ領域にいても、遙か彼方に優斗くんも修くんもいるから」
 
「この二人は“人の皮を被った何か”なので、気にするだけ無駄ですわ」
 
 正樹がお伽噺レベルの最底辺なら、優斗と修は最上部。
 区分としては同じとはいえ、比較するのは可哀想でしかない。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 結局のところ、諦めて優斗達もそこに居ることになった。
 女性陣は主に集まって世間話。
 男性陣も主立って話すのは優斗、修、正樹、マルクの四人だ。
 
「おっ、キリアが出てきたな」
 
 優勝有力候補の登場に、会場から歓声が少し沸いた。
 ちなみにクリスはシードなので一回戦はない。
 キリアは審判の話を何度か頷いて聞いた後、開始線まで下がった。
 
「やはり今まで出てきた若人の中では雰囲気があるな」
 
 マルクがふむ、と顎を撫でた。
 今まで出てきた学生達も中々に面白くはあった。
 けれどその中でもキリアは独特の雰囲気を持っている。
 
「あの立ち姿は優斗そっくりだよな」
 
「そう?」
 
「そっくりだよ。前とは全然違うね」
 
 正樹も修の感想に同意する。
 剣を抜けばさらに顕著で、自然体でショートソードを握っている姿は瓜二つと言ってもいい。
 
「師としては、どう戦うべきだと考える?」
 
「相手は一年生ですからね。身体の調子がどうなのか調べる為にも近距離戦闘がベストです」
 
 そして優斗が言った通り、キリアは魔法による遠距離ではなく近付いての接近戦を選んだ。
 相手も自信はあったか意気揚々と剣戟による勝負を受け入れたものの、キリアが徐々に押し込んでいく。
 このまま行けば簡単に終わりそうなものだが、
 
「しかし対戦相手の剣は名剣の類だろう?」
 
 マルクがただでは終わらなそうだと言う。
 遠目でもきらめいて分かる、鍔の部分にある宝玉。
 魔法科学を用いられた剣だ。
 何かしら付加要素があるべきと考えるのが妥当だが、
 
「おおっ、炎が吹き出した」
 
 修が歓声を上げる。
 相手の剣から炎が生まれてキリアを襲う。
 しかし彼女は冷静に下がって距離を空けた。
 
「レイナさんと同じ系統の名剣だね。威力はしょぼいけど」
 
「キリアさんはどう対応するのかな?」
 
 正樹が興味津々に訊いてきた。
 優斗は軽い調子で、
 
「炎なら有効なのは水だよ」
 
 彼の発言から類推するに、キリアは水の魔法を使うだろう。
 全員そう思ったのだが実際は違った。
 彼女が何かを呟くと、ショートソードの周囲に水が唐突に現れる。
 マルクがほう、と目を細めた。
 
「あれは聖剣の類か?」
 
「聖剣と言ってしまえば聖剣ですね。下位精霊の恩恵による簡易的な聖剣です」
 
「……どういうことだ?」
 
 天下無双を以てしても理解の範囲外だった。
 修が呆れる。
 
「こいつ、何喋ってるか時々分かんねぇよな」
 
「マルクさんでも分からないなんてビックリだよ」
 
 歴戦の勇である天下無双。
 彼が分からないのであれば誰であれ分からない。
 
「炎舞、風雅、水麗、地堅。各々キーワードを定め、精霊にイメージを伝えて聖剣紛いにしてるだけですよ。キリアの精霊術は初級魔法と同等レベルなので、他に便利な使い方がないかな、と考えた結果です」
 
 初級魔法で詠唱破棄できないものであれば、詠唱分を短縮出来る為に代用できる。
 しかし威力は求められない。
 なので他の使い道を考えた結果が下級精霊を用いた簡易的な聖剣に繋がる。
 
「ふむ。精霊術が便利だということだけは分かった」
 
「簡単に言ってるけど、キリアは滅茶苦茶苦労しただろ」
 
「才能ないんだから当たり前」
 
 師匠が断言したと同時、キリアが動く。
 どうにも対戦相手は名剣を上手く扱うことが出来ないらしく、無駄が多い。
 まばらに襲いかかってくる炎を的確に消して突っ込んでいった。
 
「これでお終いだね」
 
 優斗の終了宣言に応じるが如く、キリアは手が届く範囲まで接近すると上段からの振りかぶりを囮にローキックを一発かます。
 痛みで顔をしかめた相手の隙を突いて名剣を弾き飛ばすと、そのまま手を取って一本背負い。
 衝撃で咳き込んだ相手に風の魔法を向けて待機させる。
 審判が勝負ありと判断してキリアを勝者に認定した。
 
「まあ、悪くはない。60点ってところかな」
 
 優斗が今の戦いを点数で総括する。
 圧倒したにも関わらず合格最低ライン。
 マルクでさえ僅かに驚きの様相を呈した。
 
「お主、少々厳しすぎやしないか。今までの連中と比べて素晴らしい戦い方だった。褒めて伸ばしてやることも師として大切なことだろう?」
 
「褒めると調子乗るから滅多に褒めません」
 
「…………厳しいな、ミヤガワは」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 試合はどんどん進んでいく。
 次いでクリスの初戦が始まる。
 
「ふむ。今代の『学院最強』という話であったな」
 
 マルクは興味深そうにリング上を眺める。
 
「どうなのだ、お主達の仲間という話だが……」
 
「普通に考えたらクリスの優勝で決まりだよ。一人だけ強すぎる」
 
「ほう。ウチダがそこまで言うか」
 
「俺と優斗が戦闘メンバーに加えて問題ねえって思う奴だかんな」
 
 優斗達の戦闘メンバーは四人。
 修に優斗、レイナにクリス。
 他は全員メンバー入り出来ない。
 上級魔法を使えようと何だろうと、大事であれば優斗も修も基本的に戦うことを許さない。
 マルクはなるほど、と納得した。
 
「ということは“壁を越えている者”か?」
 
「ああ。間違いなくな」
 
 優勝候補筆頭が現れたことで、俄然注目が上がるリング。
 開始の宣告がされたと同時、クリスはゆったりとした調子で細剣を抜き悠々と歩いて行く。
 
「これは……」
 
 マルクが僅かに身を乗り出した。
 確かに違う。
 剣の抜き方が滑らかすぎて、天下無双でさえ若干鳥肌が立つほどだった。
 クリスは穏やかな表情で歩みを進めていく。
 そして十分な距離がまだあると考えた相手が魔法の詠唱を始めた瞬間、いきなりトップスピードまで速度を上げて突っ込んだ。
 詠唱を止めたところで意味がない。
 反射的に剣で対応しようとも遅すぎる。
 クリスは剣を抜こうとしている相手の右手を左手で触れて押さえると、そのまま剣を突きつける。
 それでお終い。
 剣戟一つ響かない勝利だった。
 マルクは一連の流れを見て参ったとばかりに破顔した。
 
「実力差がありすぎる。魔法を使えば隙を突いて飛び込んで終わりとなる。もし最初から剣で対応していようとも意味がない」
 
 これほどとは思っていなかった。
 
「まさしく『学院最強』。大国リライトの学院において『最強』の名を冠する男か」
 
 相手が弱すぎて実践慣れしていないということを鑑みても、それでもクリスの強さを理解するには十分すぎた。
 
「してウチダよ。あ奴は懸想している相手がいるのか?」
 
「嫁さんいるぞ」
 
「……そうか」
 
 がっくりと項垂れるマルク。
 もう考えていることが丸わかりだった。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 クリスもキリアもヒューズもラスターも、優斗の知っている人物は問題なく勝ち進めていき、ついには準々決勝。
 キリアとヒューズが戦うこととなる。
 
「さて、ここがとりあえず山場の一つかな」
 
 優斗はリング内に上がる二人の後輩に目を細める。
 マルクが1回戦から見ていたヒューズの戦い方を思い返して、優斗が評していた“才能者”だということを改めて納得していた。
 
「あの小僧は確かに中々の動きをしていたな」
 
 魔法剣に加えて上級魔法も扱える。
 ほとんど努力もしていないのに出来ることからも、彼が才能豊かな人物であることは分かりきっていることだ。
 
「ミヤガワよ。ついに弟子が才能者と当たるが、勝てると思っているのか?」
 
「ええ、もちろんです」
 
 一も二もなく優斗は肯定する。
 
「天下無双は相手が才能者である時、どうやったら一番勝率が高いと思いますか?」
 
「……? 叩き潰せばよかろう」
 
「それを常時やれるのは僕と天下無双ぐらいしかいません」
 
 優斗の返しに修が「そりゃそうだ」と大いに笑う。
 どんな相手だろうと叩き潰す、なんて選択肢があるのは圧倒的実力の持ち主ぐらいだ。
 優斗も笑いながら説明を始める。
 
「才能者っていうのは適応力が高いんです。そして一番問題なのは“戦っている最中に実力を上げていくこと”」
 
 適応し成長していく。
 出来なかったことが出来るようになる。
 負けていた実力が最終的には上回る。
 それが才能ある者が持っている、羨ましい実情だ。
 
「一発逆転、起死回生。こんなふざけたことがまかり通るんですよ、厄介なことにね」
 
 努力による実力など一蹴する。
 その最たる存在がすぐ側にいるのだから呆れるほかない。
 天下無双は修を僅かばかり視界に入れて頷くと、優斗の言いたいことを察する。
 
「なるほど。ということはやるべきことは一つか」
 
 こくん、と才能無き者の師匠は頷く。
 戦う時間に比例して両者の実力差は無くなっていく。
 ならば、だ。
 
「瞬殺する。対応という言葉が生温いほど即座に」
 
 
       ◇      ◇
 
 
「まさかヒューズと戦うことになるなんてね」
 
「俺はめっちゃ楽しみっすよ。キリア先輩と戦えるなんて」
 
 二人でリングに上がりながら話す。
 初めて会った時は戦わず、一緒に行動することがあっても最近だ。
 しかも二人して闘技大会に出るのだからと手合わせはしていない。
 
「俺、勝ちに行くっす」
 
「わたしだって勝つつもりよ」
 
 キリアとヒューズは手の甲をぶつけて互いの健闘を示す。
 そして審判の下へと辿り着いて二人は説明を聞く。
 
「制限時間は十分。決着がついたと思った時点でオレが止める。それ以上の攻撃を行った場合は反則だ。殺すつもりで殺すのは御法度。とはいえ死んでも霊薬があるから手加減は必要ない」
 
 初戦から何度も繰り返し聞かされる説明に二人は頷くと、開始線まで下がった。
 
「それでは準々決勝――」
 
 少年が右手を剣へと伸ばし、対する少女が僅かに右足を半歩下げた。
 審判が宣言する。
 
「――始めっ!!」
 
 戦いの火蓋が切って落とされたと同時、キリアの姿が霞んだ。
 
「なっ!?」
 
 ヒューズが驚いた直後、彼の視界の隅にはためく制服が見える。
 突如として隣にキリアが現れ、テンプルを肘で打ち抜こうとしていた。
 
「……っ」
 
 気付いた瞬間、もう遅かった。
 衝撃が頭部に響く。
 
「ぐぅっ!!」
 
 問答無用の肘撃ちに、僅かに頭を下げることによってかろうじて急所を避けたヒューズ。
 しかし立て直せるほどの軽傷でもない。
 頭部に走る痛みと衝撃に気を取られ、背後を移動しながらショートソードを抜くキリアに対応する時間はなかった。
 ヒューズが出来うる限り最速で剣を抜き振り向くよりも早く、首筋にショートソードを当てられる。
 
「勝負ありっ!!」
 
 開始直後の決着。
 しかも今まで余裕綽々で勝ち上がってきた二人の予想外な結末に、観客が大いに沸いた。
 審判のコールを聞いて、キリアがショートソードを鞘に収める。
 そして大きく息を吐いた。
 
「何だかんだで紙一重だったわね。まさか急所を避けられるなんて思わなかったわ」
 
「いや、そういうことじゃないっすよ。ものすごく痛いっす」
 
 負けてしまったことにげんなりとしたいところだが、未だに頭が痛い。
 両手で頭部を抱えるヒューズにキリアは笑みを零す。
 
「急所を避けなければ気持ちよく寝られたわよ」
 
「いやっすよ! むしろいきなり横に現れた人の攻撃に対して、よく急所を外したって褒めてほしいんすけど。っていうか何なんすか、あれ。意味不明っす」
 
 瞬間移動したようにしか思えない。
 するとキリアはなぜか重苦しい雰囲気になり、
 
「わたしが苦労の末に出来るようになった技の一つよ。それにヒューズだってわたしじゃなくて先輩がやってたら、意味不明でも納得するでしょ?」
 
「まあ、ユウト先輩がやってたら納得するっすけど」
 
「だったらわたしがやっても納得しなさいよ。あの人に教えてもらったんだから」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 まさしく瞬殺劇。
 ヒューズ・バスターという少年の才能から鑑みれば、長期戦こそ彼が目指すべきところではあっただろう。
 現状の実力で負けている以上、逆転すべき実力を得るか偶然の要素を用いらなければならなかったのだから。
 けれどキリア・フィオーレは許さなかった。
 ヒューズの才能を理解しているからこそ行った最速の攻撃。
 あれほどの速さであれば、まさしく虚を突いたと言っていい。
 
「……くくっ」
 
 マルクは今の戦いに笑いを抑えることができない。
 若いながらも実力と才能の片鱗を互いに見せた攻防だった。
 
「お主の弟子が放った側頭部への攻撃。あの初撃は“防がれてもいい一撃”か」
 
 マルクの的確な感想に優斗は頷く。
 
「キリアが本来、織り込んでいたのは三撃です。初撃、二撃目で致命打をかまして三撃目で全て終わらせる。今回は初撃が最高とは言えませんが上手く入ったので、そのまま二撃目を首筋に向けて終了です」
 
 ヒューズならば反応するかもしれない。
 それを知っているからこそ一撃必殺ではなく連撃。
 案の定、反応されて急所はずらされたのだが攻撃として問題がなかった。
 
「しかしたまげたぞ。“あれ”はウチダがやったものと同様ではないか」
 
 身体が霞むほどの高速移動。
 人の速さは完全に超えている。
 マルクは修と戦った時、彼も同じことをやっていたことを思い出す。
 春香も会話の内容を聞き、女子勢から離れて加わってきた。
 
「あ~、確かに修センパイもやってたよね。一瞬、消えたって思ったもん」
 
 レアルードでジュリアの祖父をおちょくった際、たった一歩でぶっ飛んでいった。
 瞬間移動にしか思えない。
 
「霞むが如き速さ。初見で対応するのは難しかろう」
 
「……おい、初見で対応したじいさんが何言ってんだ。つーか“速い”って驚いただけじゃねぇか、あんたは」
 
 平然と防御の態勢を取っていた。
 反撃としてはなっていなかったので修は遅いと思ったが、対応としてはちゃんとしている。
 
「儂ほどになればな。若人ならば難しかろうて」
 
「……このじいさんも歳喰って力落ちてるはずなんだけどな」
 
 修としては呆れるほかない。
 リーリアが歳を重ねて尚、天下無双として在ると評している理由がよく分かる。
 
「してミヤガワよ。あれは何だ?」
 
「魔力操作による高速移動方法……とでも言いましょうか。元々は僕らの仲間の技なので流用させてもらいました。蹴り足に魔力を込めて“地面を弾く”。着地は逆に魔力を用いて“地面を受け取める”。単純にそれだけのものですが他にも色々な要素が働いていることから、一連の魔法として世界から認識されているのかもしれませんね」
 
 最初にこれを使ったのはレイナ。
 彼女の“曼珠沙華”から速度の部分だけを取り出したものだ。
 これに関してはやたら細かい事を言えば、色々とあげられる。
 色々と物理法則やら何やらを無視しているのだから。
 とはいえ和泉に説明を求めても難しい単語のオンパレードとなるだろう。
 なので出来るのだからと片付けて、細かいことを考えたのはやめている。
 ただ修がなるほど、とばかりに頷いているのが目に付いた。
 
「へぇ~、そうなんか」
 
「そうなんか……って、修センパイもやってたよね?」
 
 春香はこの目でしかと見ている。
 なのに何で“初めて知った”ような素振りを見せるのか。
 
「俺は勘でしかやってねーから」
 
 ノリでやってノリで出来た。
 だったらそれでいいじゃないかと言わんばかりの修。
 
「……やっぱりこの人が一番ありえないよ」
 
 春香が呆れ顔で手を額に当てた。
 ついでに彼女の頑張り具合も知りたかったので、師匠に訊いてみる。
 
「キリア、すごく苦労したでしょ?」
 
「最初はただのダッシュになってたからね。他にも地面爆発させたり吹っ飛んでいったりと色々大変だったよ」
 
 あれこれ教えながら、ようやく形になった。
 今日見ると以前より上手くなっていたことから、優斗が関われなかった時も必死に練習していたのだろう。
 
「あれは基本、離脱用なんだけど不意打ちぐらいには使えるから」
 
「……どういうこと?」
 
「所詮、僕達は近距離型じゃなくて中距離・遠距離型だから。近接戦闘は望むところじゃないんだよね」
 
 なので高速で離れて魔法を使う、というのがキリア本来の使い方。
 しかし弟子はそれでいいとして、師匠も近接を望んでいないとはどういうことだろうか。
 
「……優斗センパイ、寝言ほざいてる?」
 
 そうとしか思えない。
 けれど修が否定した。
 
「いや、マジで言ってる。俺ですら簡単に勝てる気しねーのに、何言ってんだって話だけどな」
 
 
 



[41560] クリス対キリア
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:cdd4a380
Date: 2015/12/31 19:53
 
 
 
 
 ――数日前。
 生徒会の手伝いをしていて遅い夕食を食べている最中、妻のクレアが珍しそうに尋ねてきた。
 
「クリス様はどうして闘技大会へ出ようと思われたのですか?」
 
「自分は『学院最強』と呼ばれていますから。代々の方々が出ているのに、自分だけ出ないわけにはいきません」
 
 今まで学院最強と呼ばれた人物は皆、闘技大会に出てきた。
 それこそが証明する手段とばかりに。
 だからクリスも出ると言う。
 しかしクレアは首を傾げた。
 
「本当にそれだけなのですか?」
 
 仮にも夫のこと。
 数年来の夫婦というわけではないが、それでも違和感はある。
 彼はそれだけで闘技大会に出るような人物だろうか、と。
 もちろん責任があるからこそ出るのだろう。
 けれど他にも何か理由があるような気がしてならない。
 妻としての勘だが、夫は苦笑して参ったとばかりに目を細めた。
 
「クレアには敵いませんね」
 
 確かにクリスはそれ以外の理由も持って戦う。
 うん、と頷いて答える。
 
「自分自身に証明したいんです」
 
 闘技大会に出ることによって。
 そこで優勝することによって。
 
「確かに背中を任せて貰える、と」
 
 他の誰でもない自分に証明したい。
 
「あとは意地です」
 
「意地ですか?」
 
 クリスは頷きながら、茶目っ気を出して告げる。
 
「自分も男の子ということですよ」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 準決勝第一試合。
 クリス対キリア。
 優斗は来賓室を離れると、とある少年と合流して選手の控え室に顔を出した。
 目的の人物は次の試合が最大の山場だということを理解して、僅かに顔を伏せ集中している。
 
「良い表情だね」
 
 優斗が声を掛けるとキリアは顔を上げた。
 
「……先輩。わたしはクリス先輩に勝てる?」
 
「可能性はある。僅かしかないけどね」
 
 決して0%ではない。
 手繰り寄せることが出来る細い糸は確かに存在する。
 
「本当に強いから厄介よ」
 
「そりゃね。クリスの強さを別の名で評するなら、確か……和泉曰く『完全無欠』だったかな」
 
「何よそれ?」
 
「学院最強だと僕と被るからってね」
 
 別にいいだろうとは思うが、二つ名が被るのは面白くないと断言していた。
 クスクスと笑い声を漏らしたあと、優斗は不意に真面目な表情になる。
 
「実力や才能は当然だけど、鍛錬時間でも君はまだ追いつけていない。そして間違いなくクリスは僕らの世代で十指に入る。常識から見れば論外の強さを持つ奴が君の相手だよ」
 
 自分や修、正樹という桁外れの実力者を加えても十指には入ってくる。
 とてもじゃないが相手になると思わないほうがいい。
 
「それでもわたしは……負けたくない」
 
 ぎゅう、と握り拳を作る。
 例えクリスが相手だとしても、可能性があるのならば諦めたくない。
 
「だったら勝ってきなよ。僅かな糸をたぐり寄せればいい」
 
「いいの? クリス先輩なのに」
 
「今日の僕はキリアの応援。クリスは敵だよ」
 
 本気で言っている。
 今この瞬間、優斗は間違いなく親友を敵として見ている。
 たった一人の弟子を応援する為だけに。
 
「……こんな時だけ甘やかさないでよ」
 
「こんな時しか甘やかしてあげないんだよ」
 
 優斗がキリアの肩を叩く。
 
「だから一番力が入る応援を連れてきた」
 
 控え室のドアが音を響かせて開いた。
 
「キリアっ!」
 
 顔を向ければ馴染み深い幼なじみがそこにいる。
 彼の声がキリアを後押しする。
 
「頑張れ!!」
 
 親指を立てるロイス。
 
「……まったく、凝り過ぎよ」
 
 これで奮い立たないキリアではない。
 彼女は立ち上がると、自分自身にも言い聞かせるように宣言する。
 
「勝ってくるわ!」
 
 気合いは入った。
 覚悟も決めた。
 あとはやるだけ。
 
 
       ◇      ◇
 
 
「順調に来てんな」
 
 修が気軽に言ってくる。
 確かに問題なく勝ち進んでいる、と言っても過言ではないだろう。
 
「しかし次はキリアさんですから今まで通りとはいかないでしょう」
 
 二年の女子トップ。
 さすがに今日、戦ってきた中では一番の対戦相手となるだろう。
 
「バックには優斗も付いてるかんな」
 
「まあ、ユウトのことですからアドバイスはしないでしょう」
 
 クリスと対戦する時でさえ、何ていい相手と巡り会えたんだろうとしか思わないはず。
 アドバイスを行って勝率を上げようなんて考えてない。
 ありのままの彼女がどれほど対応出来るのか。
 それこそが優斗の求めていることだろう。
 
「とはいえ彼女の中で培われたものに、それなりの自信はあるようです」
 
 挑発的な視線を向けられたことからも違いない。
 けれど彼にしては本当に珍しく“不確かで曖昧”なのに自信を持っている。
 
「まあ、俺らはクリス応援団だからな。頑張ってこい」
 
「ありがとうございます」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 リングへクリスとキリアは並んで登場する。
 アナウンサーが学院最強と二年女子トップの対戦を大いに煽っているが、二人は耳に入っていない。
 
「今日こそは勝たせてもらうわ」
 
「自分も譲る気はありません」
 
 挑戦的な視線と受け答える視線が両者を貫いた。
 二人が歩く先にはフェイルがいる。
 
「制限時間は十分。決着がついたと思った時点で俺が止める。それ以上の攻撃を行った場合は反則だ。殺すつもりで殺すのは御法度。他に言うことはない。存分に戦え」
 
 キリアもクリスも頷き、お互いに開始線まで下がっていく。
 二年の女子トップと学院最強の戦い。
 周囲の注目も最高潮に達した。
 フェイルは互いが位置に着いたのを確認する。
 
「それでは……始めっ!!」
 
 開始の宣言と同時にキリアは右手を前に掲げた。
 
「求めるは風切、神の息吹!!」
 
 間髪入れず上級魔法による先制攻撃。
 豪風がクリスへと向かっていく……ことはなく、すでに彼は横に飛びずさっていた。
 キリアもさらに追い打ちを掛けるように魔法を続けざまに放つ。
 
「求めるは水連、型無き烈波!」
 
 水の中級魔法を詠唱し、幾数もの水玉をクリスへ向けて放つ。
 しかしそれも切り裂かれ、クリスが前傾に態勢をシフトさせた。
 
「求めるは――」
 
 キリアはさらなる詠唱をしようと思ったところで、クリスの様子に気付く。
 舌打ちしてショートソードを抜いた。
 
「――っ! 相変わらず速過ぎるのよ!」
 
 ゼロから瞬時にトップスピードへ乗ったクリスが襲いかかる。
 左肩まで上げられた右手から放たれるは袈裟斬り。
 
「風雅っ!」
 
 キリアは風の恩恵を受けたショートソードで対応する。
 が、突進の威力も加わった一撃に防ぎながらも吹き飛ばされた。
 
「この……っ、求めるは風撃、割断の鼬鼠!」
 
 飛ばされながらも中級魔法を放つ。
 クリスが魔法の対応をしている隙に着地すると、キリアは不意打ちとばかりに飛び込んで斬りかかる。
 
「はぁっ!!」
 
 思い切った横薙ぎ。
 それをクリスは完全に見切って僅かに下がるだけでかわし、今度は自分の番だと突きを放った。
 
「まだまだよっ!」
 
 キリアは真っ直ぐに迫る細剣に対して、真上から叩きつけるように軌道をずらす。
 
「炎舞っ!」
 
 次いで炎を纏わせ、ショートソードを跳ね上げるように振り抜いた。
 しかし軽く首を逸らして炎ごとかわすクリス。
 
「今度は反撃の間を与えませんよ、キリアさん」
 
 態勢を戻すと同時に横薙ぎ。
 防がれたとしても、さらに連撃。
 上から振り下ろし、下から斬り上げる。
 絶え間なく続けられる連続攻撃。
 完全に攻め手と受け手が決定した。
 されどキリアは止まらないクリスの攻撃を防ぎ、かわし、いなし、逸らしていく。
 成長しているな、とクリスは内心微笑ましく思う。
 
 ――本当に力を付けましたね、キリアさん。
 
 出会った頃の彼女ならば、自分の剣戟に対応など出来なかった。
 けれど今はどうだろうか。
 拙いながらもクリスの攻撃を防いでいる。
 必死な形相で、それでもかすり傷一つ負っていない。
 頑張って優斗に教えを請おうとしていた頃をクリスは懐かしくなった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 トラスティ家の庭で優斗に挑んでいたキリア。
 けれど簡単にショートソードを弾かれ、息も絶え絶えの彼女に優斗は軽く言い放つ。
 
『はい、今日はこれでお終い』
 
 ひらひらと手を振って優斗は家の中へ入っていった。
 息も絶え絶えな彼女は大の字で庭に寝そべる。
 すると近付いていく人影が一つあった。
 
『大丈夫ですか?』
 
 倒れているキリアの顔を覗き込むのはクリス。
 用意していた飲み物を彼女に渡す。
 
『ありがと、クリス先輩』
 
 疲れている身体に鞭打って起き上がり、コップを受け取る。
 勢いよく飲み干していくキリアにクリスは苦笑した。
 
『しかしユウトに教えを請うとは、中々に無茶なことをしますね』
 
『そう? 何だかんだで教えてくれるわよ』
 
 当時、キリアは結構面倒見が良い人なんだと勘違いしていた。
 実際は問答無用でキリアが突っ込んでいただけの話だが。
 
『あと先輩がね、時間があったらクリス先輩にも訓練を受けてみろって言ってたわ』
 
 大きく深呼吸をして息を整えると、キリアはにやりと笑った。
 
『えっと……まさか今ですか?』
 
『だってクリス先輩、暇でしょ?』
 
 キリアは立ち上がってやる気満々。
 先ほどまで疲れて倒れていたのが嘘のようだ。
 クリスはほとほと呆れたような表情をさせながらも、
 
『分かりました』
 
 頷き、笑って相手をしたのだった。
 
 
 
 
 けれど細剣とショートソードの打ち合う音が十回も満たず、キリアの得物が彼方へと飛んでいった。
 彼女の目の前には細剣を軽く突きつけたクリスが微笑んでいる。
 
『あー、もう! 負けたわ! しかもあっさりと!』
 
 もの凄く余裕を持たれている。
 優斗より全くもって嫌みのない姿なので、キリアも無駄に負けず嫌いを発揮することはなかった。
 
『疲れているからですよ』
 
『関係ないと思うわ』
 
 特に最近、優斗に挑んではボッコボコにされている身としては、疲れ云々で対応できるようなレベルじゃないことぐらいは把握できていた。
 本当に強い。
 しかも剣技がとても綺麗だった。
 僅か数回の振りしか見ていないのにも関わらず、惚れ惚れしてしまう。
 
『ねえ、クリス先輩。時々でいいから戦ってくれる?』
 
『自分でよければ』
 
『ほんと!? 嘘じゃないわよね!?』
 
 満面の笑みでにやつくキリア。
 なのでクリスも笑みを交えて答える。
 
『ええ、もちろんです』
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 これがおおよそ、五ヶ月前の出来事。
 クリスは懐かしいと本当に思う。
 強い相手に出会えただけで一喜一憂し、才能がないのにも関わらずひたすらに上を見続ける。
 こんな女の子だからこそ、自分の親友が師匠になった。
 最高の師匠を得て驚くほどの成長を見せている。
 
「ああああぁぁっ!!」
 
 初めてやった時は十回も剣戟を重ねることが出来なかった少女が、今や隙を見て反撃を狙っている。
 
「……ふふっ、懐かしいものですね」
 
 キリアの上段からの振り下ろしをクリスはバックステップしながら受ける。
 けれど試合中にも関わらず笑みが零れてしまった。
 キリアもさすがに不思議に思ったのか、追撃せず怪訝な表情になる。
 
「クリス先輩、どうして笑ってるの?」
 
「ああ、いえ、すみません。つい嬉しくなってしまったんです。キリアさんの成長を見てきましたから」
 
 頑張っている姿を知っている。
 必死になっている姿を知っている。
 あの大魔法士が敷いてくれた道を必死に走っていることを知っている。
 キリア・フィオーレという少女がどんなに過酷な道を進んでいるかを知っている。
 だから嬉しくなってしまった。
 
「けれど――」
 
 クリスの表情がふっと真剣になる。
 
「――ここまでです」
 
 本当ならこの場で、真剣な場で彼女の頑張りを見ていたいと思う。
 しかし、それももうお終い。
 これ以上は彼女に対して不義理になってしまう。
 そして何よりも、自分自身に証明できなくなってしまう。
 
「ようやく本番……ってわけね」
 
 キリアが身構える。
 師匠のように震わせるような圧力ではない。
 だが理解できる。
 今、自分の前にいるのは本当の意味での『学院最強』だ。
 
「キリアさん。一応伺いますが、これより先は命に危険が及びます。それでも戦いますか?」
 
「……クリス先輩。わたしがやめると思う?」
 
「思いません」
 
 断言できる。
 やめるわけがない。
 
「貴女は――自分の親友に教えを請うているのですから」
 
 この瞬間において逃げる、退く、帰るということを教わっていない。
 立ち向かうことこそ成長への道と教えている。
 
「こっちとしても、そろそろ奥の手を暴きたいところね」
 
「いえ、その必要はありません」
 
 クリスは首を振って否定する。
 暴く必要はない。
 今の彼女なら大丈夫だと知ったから。
 
「見せましょう。貴女なら『知れば死ぬことはない』と分かりました」
 
 クリスが左手を真横へと広げる。
 訝しんだ表情のキリアに対してクリスは詠唱を詠む。
 この場においては“内田修しか知らないはず”の詠唱を。
 
「求めるは“連なる火神”――」
 
 左手より生まれた二重の魔法陣。
 重なり、通常よりも大きな魔法陣となる。
 そして、
 
「――灼炎の破壊」
 
 陣より生まれた巨大な炎は、神話魔法でなければ壊れない結界を焦がすほどに絶大な威力を誇っていた。
 
「……っ!?」
 
 爆炎による熱風がキリアの頬を叩く。
 正直、呆けて驚きたかった。
 けれど驚くよりも先に、今の魔法が何なのかを把握するのが先だ。
 
「上級魔法を……“合わせた”?」
 
「はい。神話魔法には欠片も届きませんが、それでも上級の中で最上位に位置する威力の魔法でしょう。おそらくは誰も知らない上級魔法です」
 
 修を除けば使い手は存在しないはずだ。
 
「誰も知らないって………。クリス先輩はどうやってそれを?」
 
「色々と試したんです」
 
 正反対の魔法陣を砕き、合わせることが出来るのであれば。
 同種の魔法陣を“重ね合わせ”て扱うことも出来るはずだ、と。
 世界から認識されている魔法もあるはずだ、と。
 そう考えた。
 
「そしてもう一つ」
 
 クリスは細剣を地面に突き刺す。
 同時、足下に魔法陣が広がった。
 
「求めるは火帝、豪炎の破壊」
 
 唱えた詠唱によって細剣に魔法が付与されていく。
 けれどそれだけではない。
 もう一種の魔法陣が足下に広がる。
 
「求めるは雷神、帛雷の慟哭」
 
 二つ目の詠唱を。
 二つ目の魔法を細剣に与える。
 
「……まさか…………」
 
 キリアが目を見張った。
 クリスは微笑みながら突き刺した細剣を引き抜く。
 細い刀身には炎が吹き荒れ、雷が閃光の如く鳴動していた。
 
「魔法剣“火雷”――ホノイカヅチ。自分はそう呼んでいます」
 
 クリスが生み出した唯一。
 オリジナルとでも言うべき魔法剣。
 
「これもキリアさん達がやったことの応用……というわけではありませんが、ヒントにはさせてもらっています」
 
 元々、魔法陣を砕くという発想はセリアールに存在しない。
 魔法とは決まりきったものであるからこそ、威力を求めるのであれば“神話魔法”の使い手にならざるをえない。
 誰もが思っていたことだ。
 けれど風穴はある。
 優斗とキリアがそれを証明した。
 
「反発するから合わせることが出来ない。だからこそ発動前の魔法陣を砕くわけですが、それでも制御は難しい。しかし反発しないのであれば発動後でも合わせることは出来る。自分でもやってやれないことはない」
 
 難しいことには難しい。
 過去に色々と試した人物とているだろう。
 けれど現存していないということは、諦めたか無理だと悟った。
 しかしクリスは目の前に異常な師弟がいるからこそ、諦めなければ出来るだろうと信じていた。
 
「もちろん貴女達のあれと比べれば効率が悪いことは確かです」
 
 先に使った炎の最上級魔法と言うべきものも。
 今、扱っている魔法の共存による魔法剣も。
 効率という点では確かに分が悪い。
 
「けれど捨てたものではありませんよ、魔法の重ね掛けというのも。特に“火雷”は属性の共存が出来ますから、利便性は貴女達の魔法よりも上であると自負しています」
 
 微笑むクリス。
 そこには確固たる意思が存在する。
 キリアと同じように、同じ者達を目指す視線が確かにある。
 
「確かにあの二人は強いですよ。自分とて勝てる気はしません」
 
 誰が、とは言わない。
 けれども伝わる。
 どの二人のことを指しているのかキリアは分かる。
 
「しかし――負けているのに『それで良し』とするわけでもありません」
 
 最強無敵の二人だから。
 チートの権化と化け物だから。
 だから追いつけないと諦め見切りを付けて、なあなあに過ごすのか?
 だとしたら、引き継いだ名を語る資格など一切ない。
 
「自分は歴代の方々が築いてきた『学院最強』としての矜持があります。学院の看板を背負った責任があります」
 
 自分こそがリライト魔法学院を代表する存在なのだ、と。
 自負がなければ矜持も責任も存在しない。
 
「そしてイズミが評してくれました。『完全無欠』と」
 
 絶対的なオールラウンダー。
 弱点など見つからない存在。
 
「とはいえ穴が無くとも弱ければ何の意味もない」
 
 今でも十分だと誰が思うものか。
 最強と無敵がいるというのに、思えるはずがない。
 
「自分は己に対して、そんな『甘いこと』を許したくはない」
 
 なればこそ足掻く。
 ただ一人で修練していた日々を種にして。
 仲間が出来たからこそ知ったことを糧にして。
 
「案外、負けず嫌いなんですよ。自分も」
 
 男としての退けないものがある。
『学院最強』として背負うもの、果たすべきものがある。
 なればこそ足踏みしているわけにはいかない。
 
「これが……学院最強」
 
 キリアはクリスの言葉を聞いて、鳥肌が立った。
 これこそが宮川優斗と内田修に庇護されるわけでも守られるわけでもなく、一緒に戦える実力者の姿。
 
「……ッ」
 
 ぞくり、とする。
 考えてみればそうだ。
 あの心配性な優斗や修が気にせずに背中を預けられる。
 そんな相手が同世代で何人いるというのだろうか。
 
「はは……っ。十分クリス先輩もありえない存在ってわけね」
 
 身を以て体験した。
 今代の学院最強の凄さを。
 当時の先代すら超える強さを。
 
「強い」
 
 誰もが驚いていた。
 誰もが唖然としていた。
 誰もが騒然していた。
 けれどその中で、唯一相対しているキリアは笑みが零れてしまう。
 
「ほんと、どうしようもなく強い」
 
 上には上がいる、なんて分かってる。
 だから沸き上がる感情を抑えきれない。
 
 ――勝ちたい。
 
 強い相手に。
 全身全霊で戦いたい。
 でなければ自分が今、ここにいる意味がない。
 武者震いを戦う意思に変えて、キリアは構える。
 
「行くわ」
 
「応えましょう」
 
 クリスも同様に細剣を構える。
 先に動いたのはキリアだった。
 
「水麗っ!」
 
 水の精霊を纏わせ、距離があるにも関わらず剣を一薙ぎ。
 飛沫がクリスへと襲いかかる。
 その隙にキリアは下がり詠唱を始めた。
 
「甘いですよ」
 
 けれどクリスは躊躇せずに飛沫へと飛び込む。
 雷撃が水の塊を破壊し、炎撃が水を蒸発させる。
 同時、右前に足を踏み込み横薙ぎをキリアへ見舞う。
 
「フッ!」
 
「――っ! まだっ!」
 
 キリアは左から襲ってくる細剣をかろうじて弾く。
 だが雷撃が僅かに身体に触れた。
 刺すような痛みがキリアの全身を貫き、
 
 ――くそ、予測じゃ間に合わない!
 
 キリアは内心で舌打ちをする。
 ギアを一段上げた……どころではない。
 体感的には三倍にも四倍にも感じる。
 本能と経験による予測ではどうしても遅れてしまう。
 追いつけない、判断がつかない、かわしきれない、確定しきれない。
 
 ――だったら……。
 
 求めなければならない。
 予測の先にある“予知”を。
 
「……っ」
 
 返すように右から振り抜かれた剣先をかわしても炎が服を僅かに焼いた。
 雷も僅かに皮膚へ突き刺さる。
 
 ――まだ判断が遅いわ。
 
 クリスの行動の予測開始場所はもっと早められるはずだ。
 もっと正確に挙動を読むことが出来るはずだ。
 動きから見通せ。
 始動から感じろ。
 1秒先の未来を想定し確定させるんだ。
 
「くっ!!」
 
 しかしクリスは速い。
 縦横無尽に迫り来る流麗な剣戟を裁ききれない。
 幾筋もの血がキリアの身体から溢れてくる。
 やはり近接戦闘で勝つ手段は存在しない。
 一歩、無理矢理に力を込めてバックステップをした。
 
「求めるは連なる火神、灼炎の破壊」
 
 しかし少し距離を空けただけなのに、最上級の威力を誇る火の魔法が放たれた。
 キリアは無理矢理に横へ飛んでかわす。
 
 ――1回だけでいいのよ。
 
 躍起になる。
 何回か、なんて贅沢は言わない。
 一度だけでいい。
 クリスの行動を完全に先読みすることが出来れば、
 
「――っ!」
 
 その瞬間を見つけた。
 左脇に収められる細剣の予兆。
 威力を発揮する為の僅かな、コンマ数秒の溜め。
 
「闇の精霊!」
 
 ほんの少しだけクリスの眼前に広がる暗闇。
 もちろん微かでも動けば再び視界は開ける。
 
「次っ!」
 
 そこを狙い撃つようにキリアは光玉を生みだし、爆ぜさせる。
 
 ――これで一瞬でも視界は眩むはず。
 
 暗闇からの光。
 短時間の出来事であろうと目が追いつかないはずだ。
 瞬間的な高速移動で距離を取ったキリアは魔法陣を砕く。
 
「求めるは穿つ一弓――っ!」
 
 だからこれで逆転してみせる。
 クリスが自分の姿を捉える前に、今使える最強の魔法を最速で編んで放ってみせる。
 
 
       ◇      ◇
 
 
『闇の精霊!』
 
 優斗はキリアの動きを見た瞬間、僅かに立ち上がった。
 
「――っ! 違う、そうじゃない!」
 
 思わず出てしまった大声が弟子に伝わるわけもない。
 キリアは魔法陣を合わせ、砕き、組み合わせ、光の弓矢を生みだそうとしている。
 追い詰められたからこその逆転を目指した一手。
 しかし、それは間違いだ。
 焦りから最善の手段を間違えている。
 彼女が求めなければならなかったのは予知ではない。
 完全にかわしきれないのであれば、最小限のリスクを以て攻撃へと転じる攻防の見通し。
 
「……馬鹿」
 
 けれどもう遅い。
 僅かに存在した“勝利”という細い糸が、
 
『――消滅の意思ッ!!』
 
 魔法の完成と共にプツリ、と切れた。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 光の弓矢を生みだして構える。
 キリアが使った魔法で欠点があるとすれば、砕いた魔法陣を組み合わせる際にどうしても相手から注意を逸らしてしまうこと。
 優斗のように無理矢理に組み合わせることが出来ず、丁寧に合わせなければならないから。
 それがほんの僅か、コンマ数秒の時間だったとしても……。
 クリスほどの相手となれば絶好機へと変えられてしまう。
 
「……えっ?」
 
 キリアは視界にクリスを捉えていた。
 意識は一瞬逸れたとしても、間違いなく視界の範囲内に入れていた。
 なのに消えた。
 陽炎のように、ふっと見失った。
 
「終わりです」
 
 真横から聞こえる声。
 同時、踏み込まれる足と同時に身体が吹き飛ばされた。
 
「うぐっ!!」
 
 キリアの全身に痛みが走った。
 さらに地面を転げて激痛が広がっていく。
 
「……こん……のぉっ!」
 
 身体に刻まれる痛みを無視して無理矢理に左拳で地面を殴りつけ、反動で身体を浮かせ態勢を立て直す。
 多少無理をした為か、左腕の感覚が無くなった。
 それでも、と視界範囲外から襲ってきているであろうクリスに対し、
 
「風雅っ!」
 
 精霊を纏わせた一撃を真横に放った……つもりだった。
 何かに接触した感触はないのに、振り抜いているはずの腕の軌道が下へ変えられる。
 さらにキリアの意思に反して巻くような動きになり、瞬間――ショートソードが真上に跳ね上げられた。
 
「――あっ」
 
 そして首筋に細剣を当てられる。
 
「…………」
 
 フェイルが近付いてくる。
 もう、細剣を払ったところで無意味だ。
 態勢は決まった。
 しゃがみ込んでいる敗者と相手の首筋に細剣を添える勝者。
 冷たい感触がキリアに悟らせる。
 ぐっと奥歯をかみ締めて、言った。
 
「……参り……ました」
 
 告げたと同時に細剣が鞘へ収まる。
 会場のボルテージが高潮に達した。
 素晴らしい戦いをした二人に賞賛の声が広がっていく。
 その中でキリアは悔しそうに呟く。
 
「クリス先輩も……出来たのね」
 
 瞬間的な移動。
 優斗が教えてくれた技。
 あれだけ頑張って会得したものを、彼は容易に使ってきた。
 
「レイナさんの速さはこれですから。扱いが難しいので常時使えるようなものではありませんが、虚を突くぐらいには必要かと思ったんです」
 
 あくまでこの技は視界から消えるほどの速度で移動するだけだ。
 気配を感じ、さらに反応できる者達には通用しない。
 
「あれは目眩ましにならなかった?」
 
「ええ。キリアさんは彼の直系ですから、こういうことも教わっていると思っていました」
 
「……そう、よね」
 
 本当に目を眩ませられたなら、彼が動けるわけがない。
 そうでなかった以上、キリアの行動は読まれていたと考えるのが普通だ。
 
「………………どうしようもないくらい、負けね」
 
 これでキリアの闘技大会は終わりを告げた。
 
 



[41560] 目指して歩く
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:cdd4a380
Date: 2015/12/31 19:54
 
 
 
 
 準決勝第二試合が始まった最中。
 キリアは一人、控え室でベンチに座っていた。
 僅かに聞こえる喧噪の中、足音が近付いてくる。
 
「お疲れ」
 
「……先輩」
 
 下を向いて項垂れているキリアの隣に優斗が座った。
 
「わたし、負けたわ」
 
「そうだね」
 
「……強かった。実力を全部、出し切ったって言える」
 
 手の内という手の内を全て使ったという自負があった。
 なのにも関わらず、傷一つ付けられない。
 
「あれが学院最強なのよね。どうやったって届かなかった」
 
 キリアが努力した実力程度では無理で。
 キリアが育んできた力では微塵も触れられなかった。
 
「まあ、普段から負けてるのに今日だけ勝とうとするなんて虫の良い話だわ」
 
 いつも勝てない。
 一度だって勝ったことがない。
 故に負けることは当然だ。
 
「だけど……」
 
 キリアは拳を握りしめる。
 どれほど実力がかけ離れていたとしても。
 沸き上がる感情を抑えることは出来ない。
 
「だけどわたしは勝ちたかった……っ!!」
 
 声が震える。
 悔しかった。
 自分が不甲斐なくて。
 弱くて。
 本当に情けない。
 
「わたしは先輩の……『最強』の弟子なのに……っ」
 
 たった一人、大魔法士が認めてくれた唯一の弟子。
『最強』の弟子がこんなにも弱いことが、申し訳なくなってくる。
 
「……勝利を掴めなかった」
 
 可能性があった。
 僅かだとしても、細かったとしても。
 掴めるものは確かにあった。
 これが優斗であったらどうだろうか?
 修であったらどうだろうか?
 彼らだったら掴んでいるはずだ。
 僅かでも可能性があるのならば、勝利という二文字を揺るがせたりはしないはずだ。
 
「よくやった、とは言わない」
 
 だから優斗も容易に慰めたりはしない。
 
「勝てる可能性があったのは事実だし、キリアが掴み取れなかったのも事実だ」
 
 自分の手で可能性を握りつぶしたことも。
 勝利から自ら遠のいたことも事実。
 
「クリスが奥の手を見せたあと、キリアは選ぶものを間違えた」
 
 負けに直結する選択をしてしまった。
 
「才能ある主人公でもない以上、覚醒も偶然も奇跡も何もかもありはしない」
 
 ただの凡人であるキリアが戦っている最中に実力が上がるわけがないのだから。
 
「死にかけたって強くなれない。追い詰められたって覚醒なんかしない。不利になったって都合のいい奇跡は起きやしない」
 
 全部全部、都合の良い出来事なんて存在しない。
 だから、
 
「予測の上位である予知を今、キリアが出来るようになるわけがない」
 
 元々出来なかった。
 なのに戦っている最中に出来るようにするなんて、明らかに間違えた選択だ。
 
「いつも言ってるはずだよ、馬鹿弟子」
 
 何度も何度も。
 言い聞かせるように教えている。
 
「お前の強さは修練の中でしか生まれない。“今”強くなりたい、“今”会得したい、なんてものは縋る先として一番間違えている」
 
 彼女は理想を見ることが出来ない。
 今ある現実の中でしかキリアは戦えない。
 
「出来ないことをやったところで無駄だ」
 
 あらためて突きつけられる。
 
「……っ」
 
 分かっていたことだった。
 分かっているはずだった。
 けれどクリスが強かったから。
 どうにかして勝ちたいと思ったから。
 出来ないことをやろうとした。
 優斗も気持ちは理解できる。
 理解できるから表情を崩した。
 
「でも、今までよりずっと勝つ方法を模索し、可能性をたぐり寄せようとしてる」
 
 阿保みたいに挑んだりはしなかった。
 それこそ今までなら、無謀にも突っ込んで負けるだけ。
 あれほど善戦出来たりはしない。
 
「これからも上手くいかなくて悔しい思いをするだろうし、たくさん辛いこともある。だけどその全てを成長の為の糧にしていこう」
 
「……言われなくても……分かってるわよ」
 
 いつだってそうだ。
 悔しいことがあるから奮い立つ。
 辛いことがあるから頑張れる。
 
「だったら胸を張ればいい。準決勝で負けたとしても、キリアは確かに強さを証明したんだから」
 
 クリスとあそこまで戦えた。
 だから皆の記憶に残り、刻まれる。
 キリア・フィオーレの強さを。
 
「僕としては結構、嬉しいんだよ。学院最強とやり合うことの出来た女の子が弟子っていうのはね」
 
 少し前までは上級魔法を使えなかった。
 剣技だって三流。
 ただただ、意思だけで奮い立っているだけの女の子。
 けれど優斗と出会って、無理矢理押しかけてきて。
 強くなりたいから努力し続けた。
 限界まで頑張って倒れても幾度となく立ち上がり。
 才能を打ち壊す為に無茶なことすら挑み続ける。
 こんな女の子に出会えた幸運を心から感謝したいと思う。
 
「誇らせてほしい。君が僕の弟子であることを」
 
 師匠は本当に優しい微笑みを浮かべる。
 
「……うん」
 
 小さな声で頷いたキリア。
 優斗は彼女の頭に手を乗せて、
 
「今日はよく頑張ったね」
 
 以前と同じように、雑にキリアの頭を撫でる。
 彼女の戦い方は間違ったとしても、頑張ったことは褒められる。
 
「でも、自分でも結構驚きなんだけどね」
 
 キリアの頭を撫でながら優斗は苦笑する。
 
「弟子が負けるっていうのは悔しい」
 
 自分らしくない。
 実力差は分かっていたのだから。
 クリスが勝つことこそ当然だと知っている。
 なのに、
 
「勝てる可能性なんてほとんどないと分かっていたけど、それでも思わずにはいられなかったんだ」
 
 自分の弟子が最後に立っている瞬間を。
 
「キリアが勝つ姿を」
 
 声にした瞬間、キリアがゆったりと顔を上げた。
 悔しそうな表情が、さらにくしゃりと歪む。
 
「期待……してくれたんだ」
 
「しなかったら師匠失格じゃない?」
 
 例え相手が親友だとしても。
『学院最強』だとしても。
 可能性はあったのだから。
 手塩に掛けて育てている弟子が勝つことを夢見てしまった。
 
「……先輩」
 
 キリアが泣きそうになる。
 もう駄目だった。
 自分の弱さが悔しくて、師匠の期待を裏切ってしまって。
 目から大粒の涙が溢れてくる。
 
「……わたし、もっと頑張る」
 
「うん。キリアなら出来るって分かってるよ」
 
「もっともっと強くなるっ!」
 
「キリアなら大丈夫だって知ってる」
 
 どこまでも優しい師匠の声音。
 それがどうしようもなく嬉しくて。
 ボロボロと涙が零れてくる。
 そして同時に一つの決意が生まれた。
 今の自分ではまだ、届かないのかもしれないけど。
 キリアは大粒の涙を零しながら、震える声で宣言する。
 
「だからわたしが……次代の『学院最強』になる!」
 
 大国リライトの魔法学院を背負う存在に。
 世代の中でもトップクラスに位置する場所へ立ってみせる。
 
「……キリア」
 
 優斗は僅かに目を見開いた。
 
「声にして覚悟を決めたのなら、退くという選択肢はないよ」
 
 今一度、意思を問う。
 キリアは鼻を啜りながら頷いた。
 
「……分かってるわ」
 
 生半可な道ではないことぐらい知ってる。
 自分より才能がある人など幾らでもいるし、その人達が自分より簡単に強くなれることも分かってる。
 
「ラスター君だっている。ヒューズだっている。けれど……っ!」
 
 もう嫌だ。
 誰かに負けて悔しい想いをしたくない。
 師匠を僅かな可能性に縋らせたくない。
 そして、その全てが“自分が弱い”という理由であるのだから、
 
 
「わたしが『学院最強』になる!!」
 
 
 キリアは涙でぐしゃぐしゃな顔で誓った。
 強くなる。
 誰もが認める実力者になる。
 
「わたしが……っ、なるから!!」
 
 しゃくりあげながらも言い張った。
 もっと頑張って。
 もっともっと努力して。
 精一杯に望む道は駆け抜ける。
 断固として譲らない。
 絶対に曲げたりなんかしない。
 自分はそれしか出来ない。
 真っ直ぐに上を見ることしか出来ないから。
 
「まったく、そんな泣きながら誓わなくてもいいだろうに」
 
 優斗はしょうがないな、と困った顔になりながらも今一度キリアの頭を撫でる。
 
「だったら僕も誓おうかな」
 
 キリアが進むべき道を決めた。
 ならばやるべきことは一つ。
 
「僕がキリアを『学院最強』にする」
 
 彼女が歩く道を敷こう。
 間違いなく『学院最強』となれるように。
 
「そうする理由なんて一つだけ」
 
 キリアが袖で無理矢理に涙を拭った。
 いつもの強い意志を秘めた瞳が向けられる。
 優斗は頷き、唯一絶対の理由を口にした。
 
 
「キリアは僕の弟子だからね」
 
 
 これ以上の理由は存在せず、これ以外の理由は存在しない。
 ポン、と頭を軽く叩いて優斗は挑発的に笑みを零した。
 
「もっと虐めるから覚悟しておきなよ」
 
「上等。望むところだわ」
 
 
 
 
 
 
 
 
 決勝はクリスとラスター。
 キリアとの勝負でテンション爆上げしたクリスが、ラスターをフルボッコにして早々に終わった。
 落ち着いたキリアは観客席でロイスと一緒に試合を観戦していた。
 
「ラスターさんを見てると惜しかったな、キリア」
 
「全然惜しくないわよ。クリス先輩、あれでもまだ全力ってわけじゃなかったんだもの。というかラスター君は可哀想なだけ。最初からテンション上げ上げのクリス先輩だったんだから」
 
 キリアが圧倒された後半が最初から始まった。
 可哀想にも程がある。
 
「今でも悔しいけど、思い返せば楽しかったわ」
 
「よかったな」
 
「ええ。いつもは先輩にボコボコにされるだけだもの。ああいう勝負は楽しいに決まってる」
 
 少しでも太刀打ちできた。
 必死だったけど、だからこそ楽しかった。
 
「ねえ、ロイス」
 
「どうした?」
 
「わたし、『学院最強』になる」
 
「そうか」
 
 幼なじみは驚きも何もなく、ただ頷いた。
 キリアは挑戦的な視線を彼にも向けて、
 
「ロイスよりも強くなるから」
 
「俺も簡単に負けるつもりはない」
 
「“黒の騎士”様だものね、ロイスは」
 
 クラインドールの八騎士。
 その一端を担っているとなれば、容易に負けるわけにはいかないだろう。
 けれどロイスは全く別の理由を言ってきた。
 
「いや、キリアに守られっぱなしになるのは癪だ」
 
「はあっ? そんな理由なの?」
 
「当たり前だろ。俺にとってキリアはずっと守らないといけない女の子だったんだから」
 
 それが立場逆転なんて、なんか嫌だ。
 今はもう『守らないといけない』とは思わないけど、嫌なものは嫌だ。
 
「というわけで、どっちが強くなるか勝負だ」
 
「わたしが勝つけどね」
 
「いいや、俺が勝つ」
 
 言い合うと、どうしてか可笑しくなって二人して吹き出した。
 
 



[41560] 一つの決着、一つの懸念
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:8ccd3dfd
Date: 2016/01/02 16:05
 
 
 
 
 表彰式も終わり、帰り道。
 修とクリスは並んで歩いていた。
 
「今日はどうだったよ?」
 
「楽しかったですよ。キリアさんやラスターさんの頑張り具合も知ることが出来ましたから」
 
「いや、ラスターは可哀想だったぞ。お前、キリアの時のテンション保ったまんまだったじゃねーか」
 
「楽しかったものですから」
 
 苦笑するクリス。
 とはいえラスターは本当に可哀想だった。
 僅か10秒で勝負が決するという、決勝における歴代最速タイムになってしまったのだから。
 
「自分自身にも証明できましたし、満足しました」
 
 誰かに証明するものではないけれど。
 自分自身には証明できた。
 修はクリスの言葉と表情を見て、何となく感じたものがあったのか声を掛ける。
 
「なあ、クリス」
 
「どうしました?」
 
「もしかして『俺らの背中をしっかりと守れるって自分自身に証明する』とか思って、闘技大会出たんじゃねぇだろうな?」
 
 まさしく図星を突いた言葉。
 僅かに動揺を見せたクリスに修は呆れた表情をさせた。
 
「……読心術者ですか、貴方は」
 
「リーダーだよ」
 
 修はクリスの頭をポコっと殴る。
 さすがにアホらしい。
 
「当時のレイナ越えしてる奴が何言ってるんだかってこった」
 
「しかしですね。『始まりの勇者』と『大魔法士』がパーティメンバーなんです。背中をしっかりと守れるほどの実力なのか不安にもなります」
 
「……お前、それキリアとかに言ったら後ろから刺されるぞ」
 
 または顔面にワンパンぶち込むだろう。
 優斗からの許可も降りるだろうから、間違いなくやる。
 
「お前は俺らの心配性を甘く見過ぎなんだよ」
 
「そうでしょうか?」
 
「ああ。そんで、お前は自分自身の実力を甘く見過ぎ。天下無双のじいさんなんか、お前の魔法と魔法剣を見て大はしゃぎしてたんだからな。たぶん、近いうちに突っ込んでって戦うことになるだろうから覚悟しとけよ」
 
 何か聞き逃したいことが聞こえてきた。
 クリスは幻聴だということを信じながら問い返す。
 
「……天下無双と戦う、ですか?」
 
「やり過ぎなんだよ。あのじいさんが超絶笑顔でニコニコしてたんだぞ。リーリアが見たことないとか言ってたから、マジでやばいこと自覚しとけ」
 
 それはそうだろう。
 戦いに身を置く人物の中でも最高峰にいるマルク。
 そんな人物の前で、優斗の弟子という言い訳がないのに特殊技のオンパレード。
 ロックオンされて然るべきだ。
 
「な、何がいけなかったのでしょうか?」
 
「基準を俺と優斗で考えんな。レイナですら平然とぶっ飛んでるのに、そいつと同レベルのことかましたらどうなるか分かんだろ」
 
 自己評価が低いからこその変人っぷり。
 本当、良い具合に染まっている。
 
「だから忘れんなよ。お前はすげえ奴だ」
 
 修と優斗が問題と思うぐらいに、ではなくて。
 問題ないと思うほどに凄い。
 
「これからも背中、任せていいか?」
 
 バシン、と親友の背を思い切り叩く。
 クリスは少し咽せたが、顔には笑みが浮かんでいた。
 
「もちろんです」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 クリスは家に帰り、クレアと和泉に今日の出来事を話す。
 もちろん、修との会話も二人に伝えたのだが、
 
「結論に主軸を置いてしまえば無駄なことをしたものだな」
 
 和泉がはっきりと言った。
 テーブルの向かいに座っている彼は、紅茶を飲みながら馬鹿らしいと一蹴する。
 
「……イズミ。貴方は本当にばっさりと言いますね」
 
 ちょっとは言われるだろうとクリスも思っていたが、想像以上に直球だった。
 
「キリアやラスターとの勝負が楽しかったのは僥倖だろうが、お前の戦った理由がアホらしくて俺でさえクリスの頭を殴りたくなってくる」
 
 珍しく立場が逆になった。
 普段呆れるのはクリスだが、今回だけは和泉が呆れる。
 
「まあ、それはいい。修が言ったのなら俺が蒸し返す必要もない」
 
 和泉はクレアに合図を送る。
 彼女は嬉しそうにこくん、と頷いた。
 
「ではクリス様の優勝をお祝いしましょう」
 
 家政婦がクレアの言葉を聞き、ケーキを持ってくる。
 クリスの前に出されたものには板チョコが乗っていて『クリス様、優勝おめでとうございます』と書かれてある。
 
「ついさっきの出来事ですが、よく用意できましたね」
 
「クレアが事前に注文していたらしい」
 
「はい。今日、受け取りに行ったんです」
 
 ニコニコのクレア。
 クリスは僅かに首を傾げ、
 
「クレア、負けた場合は考えなかったのですか?」
 
 妻に訊いてみると、不思議そうな表情をさせながら答えが返ってきた。
 
「クリス様は負けませんから、これで大丈夫だと思ったのですが……」
 
 問答無用の言い分に和泉が笑い出した。
 
「くくっ。『クリスは負けない』か。奥さんはお前より、お前のことを知っているようだな」
 
「勝負事に絶対はないのですが……」
 
 力の差があれど、それを逆転させる術がある。
 可能性という点では、絶対などは口に出来ない。
 けれど、
 
「その万が一を起こさせないのがクリスト=ファー=レグルという男だ」
 
 端的に述べて和泉はケーキを頬張る。
 美味い、と端的に感想を口にした。
 咀嚼し呑み込むと、さらに和泉は話を続けた。
 
「よく物語にあるだろう。『たった1%でも可能性があるのなら、俺は勝ってみせる』という言葉が。それは挑戦者側の言葉であり、実力が下の言葉だ。だからお前にとってはこうなる。『100通りの中で99通りを選べば勝てる』とな。そしてクリス、お前は知っていたはずだ。勝つ為の道筋を」
 
 どうあがいても負ける可能性が見出せない勝負の進め方を。
 
「だとしたら、あとは簡単な話だ。絶対に勝てる方法を歩けばいい。負ける可能性が入らない“絶対”の方法を」
 
 奇跡の余地は無く、偶然の入る隙間は無い、幸運が起こる何かも無い。
 完全なる勝利の選択。
 
「だからクリスは負けない。そうだろう、クレア?」
 
「えっ? そうなのですか?」
 
 得意げに話して振ったが、肝心の奥さんが全く理解できていなかった。
 和泉は眉に皺を寄せ、
 
「……クレア。だとしたら、どうしてお前はクリスは負けないと思った?」
 
「クリス様ですから」
 
「……理屈も理由も何もないのか」
 
「いえ、理由はあります。クリス様がクリス様だということが理由です」
 
「………………その超絶理論を使えるのはフィオナだけだと思ってた」
 
 彼女は仕方ない。
 相手が優斗なのだから。
 その理論で和泉も納得させられる。
 しかしまさか、それをクリスにも当てはめる人がいるとは思わなかった。
 夫は妻の話を聞いて、思わず吹き出してしまう。
 
「クレア、それは理由になっていませんよ」
 
 ただクリスというだけで信じる。
 何ともむず痒く、何とも嬉しく、何とも可笑しかった。
 
「いやはや、自分の妻は本当に可愛いものです」
 
「俺や優斗の天敵だ、クレアは」
 
「理論が通じませんからね」
 
 呆れ果てた和泉と可笑しげに笑うクリス。
 
「……?」
 
 一人、状況を理解していないクレアは不思議そうにしていた。
 けれどケーキを持ってきたというのに、お祝いの言葉を伝えていないことに気付いた彼女はいきなりピシッと態勢を整えた。
 
「どうした?」
 
「クレア、何かあるのですか?」
 
 突然のことに訝しむ二人。
 すると彼女はニッコリと微笑み、
 
「クリス様、優勝おめでとうございます」
 
 夫のことを労った。
 
「……ああ、そういえば伝えてなかったな」
 
 また妙な時空間に引きずり込まれているような感じがあるが、いつものことだ。
 クレアの独特のテンポは本当に奇妙で面白い。
 
「俺からも言っておこう。優勝おめでとう」
 
 和泉はいつの間にかテーブルの上に置いてあるワインを、彼のグラスに注いでいく。
 クリスは突然のことに驚きながらも笑みを零し、
 
「ありがとうございます、二人とも」
 
 素直に賞賛を受け取ってワインに口を付ける。
 レグル家の祝賀パーティーが始まった。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 一方。
 王城にいる人達もいた。
 一室にかき集められた本の山。
 優斗が読んでいた本を置いて息を吐いた。
 考えを纏める為に頬に手をつき、逆の手の中指で机の上を叩く。
 
「………………」
 
 1分、2分、3分と断続的に響く音。
 優斗はずっと真剣な表情で、けれど遠くを見ているかのように焦点は合っていない。
 
「………………」
 
 さらに机を叩く。
 コツコツ、と。
 静かな部屋の中に響く音。
 けれど不意に音が止まった。
 
「……やっぱり可能性はある、か」
 
 優斗は納得したように頷いて大きく溜息。
 と、同時にドアが開いた。
 現れたのは天下無双。
 彼は嬉しそうな笑みを浮かべながら優斗に近付いてくる。
 
「弟子は惜しかったな、ミヤガワ」
 
「まだまだですよ」
 
「しかしレグルに対して、あれだけのことが出来たというのは誇れることだ」
 
「超絶笑顔でしたものね、天下無双は」
 
「お前の弟子とレグルの所為だ。あれだけの特殊な技法が並べられれば、儂とて老いた身ながら心が躍る」
 
 まだまだ自分は足りなかった、ということだ。
 強さを求め続けた天下無双も考えなかったことをやってのけた二人。
 誰も知らぬであろう魔法を使い、魔法を重ね合わせるという驚愕な技法を使ったクリス。
 何から何までオリジナルというオンリーワンの技を持つキリア。
 天下無双が心躍るのも無理はない。
 
「弟子にはこう伝えてくれ。お前が進む道を応援している、と」
 
「分かりました」
 
「そしてレグルには『いつ戦いに行っていいのか?』とな」
 
「……戦りたくなっちゃったんですか」
 
「無論だ」
 
 あの若さにして“壁を越えし者”。
 しかも天下無双すら知り得ぬ技の数々。
 戦いたくなってしまった。
 とはいえ、天下無双がここに来た理由はそれではない。
 
「そういえばミヤガワよ、儂に訊きたいことがあるとアリシア王女から伺った」
 
 優斗がマルクをこの場に呼んだ。
 過去数十年、戦いの場を駆け抜けた天下無双だからこそ、訊きたいことがあった。
 
「もしかしたら知っているかな、と思いまして」
 
 優斗は自身が問題としていることをマルクに尋ねる。
 
「天下無双は“堕神”という言葉に聞き覚えはありますか?」
 
 あの『始まりの勇者』すら偶然とはいえ耳にしていたマルク。
 ならばと思って尋ねてみた。
 マルクは問われた単語に悩み、色々と過去を探ってくれたようだが、
 
「すまんが分からない」
 
「いえ、ありがとうございます。元はと言えばうちのバカのせいで手間取ってるだけですから」
 
 優斗が大げさに息を吐いて肩を竦める。
 と、同時に続々と人が入ってきた。
 まず最初に入ってきたのは絵本作家のミント。
 
「もう全部読んだのかしら?」
 
「ええ、さすがはミントさんですね。僕が欲しかった情報どんぴしゃでした」
 
 優斗はにこやかな笑みを見せた。
 本当に彼女の持っている歴史は重宝させてもらっている。
 
「ラグ、アリーもありがとう」
 
 次いで入ってきた二人にも声を掛ける。
 唯一、現状を理解しているアリーが尋ねた。
 
「ユウトさん、結論は?」
 
「駄目だね。完全に否定できる根拠はない。可能性は僅かでも存在するよ」
 
「そうですか」
 
 ある意味でこうなることは二人とも分かっていた。
 それが証明されただけで、落ち込むことも恐れることもない。
 すると天下無双が顎をさすりながら、
 
「ふむ。少々、興味深い話をしているようだな」
 
 優斗とアリーのやり取りに興味を持った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 優斗はマルク、ミント、ラグに今までのいきさつを伝える。
 大魔法士と始まりの勇者が僅かな可能性であれど予感していること。
 そしてレアルードで出会った存在――“堕神”の欠片のことを。
 
「“堕神”の欠片は魔法が効きません。まあ、正確には神話以下の魔法は通用しないんですが、どこかで聞いたことがありませんか?」
 
「精霊……いや、大精霊か」
 
 マルクが即座に答える。
 優斗も頷いた。
 
「そう。大精霊も同様に魔法は効きません」
 
 事実、通用しない。
 単純な魔法では大精霊には何の意味も為さない。
 6将魔法士ジャルと戦った際、精霊に魔法が効かないことに皆が驚愕していた。
 
「けれど“堕神”の欠片同様に、大精霊も一定以上の神話魔法ならダメージが通るんですよ」
 
「そうなの?」
 
「ええ」
 
 決して大精霊とて傷つけられない存在、というわけでもないことを優斗は知っている。
 
「その二つの共通事項は簡単です」
 
 優斗は全員を見回す。
 全員、ある程度察しがついていたので頷いた。
 
「“神”と呼ばれるモノの配下に連なっている」
 
 龍神と堕神は対の存在。
 ならば同様の在り方をしている大精霊も“堕神”の欠片も同じ存在だと考えたほうが理屈が通る。
 
「精霊は龍神を守護するモノ。だとしたら単純に考えて“堕神”の欠片は“堕神”を守護するモノか、眷属であると考えたほうがいい」
 
 そこのところを修が紙吹雪にした本から情報を得ようとしたのだが、いかんせん修復が難しい。
 宗教関連の書物も龍神関係はたくさんあるが、その他のものはほとんど書物として残っていなかった。
 けれど予想として大きく間違ってはいないはずだ。
 とはいえラグが眉を寄せる。
 
「しかし、なぜユウト様は“堕神”という存在を知ろうとしているのだ? 気にすることはないだろう?」
 
 今の世は龍神崇拝が主立っている。
 所詮、そういう存在がいるというだけのことで、関わることは確実と言っていいほどにない。
 けれど天下無双がすぐに気付いた。
 
「お主が懸念している“対等”と繋がるのだな?」
 
 優斗とアリーは首肯する。
 大魔法士と始まりの勇者が予感していること。
 “対等”の存在。
 
「ユウトさんは“対等”がジュリア=ウィグ=ノーレアルより上の使い手であると考えているのですわ」
 
 精霊を自由に扱えるからこそ、ある意味で『精霊の対等』とも思える“堕神”の欠片が優斗には引っ掛かった。
 
「本当にいるのか?」
 
 代わりにラグが切れ長な瞳を困惑させている。
 彼にとって大魔法士は最強。
 故に対等がいる、ということも信じがたい。
 けれど優斗はおどけるような仕草を取り、肩を竦める。
 
「さあね。もちろん、どこにいるのか分からなくて存在するかどうかも分からない奴に対して、必要以上に怯える必要はないよ。あくまで万が一を考えて資料を頼んだだけだしね」
 
 知っておいて損はない。
 そしてそれこそが、宮川優斗にとって一番重要なことだ。
 
「頭の中に入れておかないと、僕は大切なものを守れないから」
 
 優斗はご都合主義が発揮されない。
 兎にも角にも自分次第で全てが変わっていく。
 都合の良い展開に持ち込むことは出来ても、都合の良い展開になったりは絶対にしない。
 
「ねえ、ユウト君。精霊とかで調べられたりしないの?」
 
 今度はミントが訊いてきた。
 優斗は小さく首を振り、
 
「“すでに”やった後なんです」
 
「結果はどうだったの?」
 
「少なくとも感知出来ませんでした」
 
「……ふむ」
 
 マルクは優斗が述べた結果を鑑みる。
 彼が探したというのならば、くまなく探したことだろう。
 けれど感知出来なかった。
 
「吉報……だと思っていいのか?」
 
「……一概に言い切っていいのかは分かりません。相手が相手ですから」
 
 もし“優斗の予想通り”なのだとしたら、対等は人智を超えている。
 自分のやったことなど、取るに足らないと失笑するだろう。
 もちろんいれば、という話ではあるが、
 
「拭えない懸念があるんです」
 
 優斗は大量に積み重なった本を見据える。
 彼が頼んだ資料のほとんどは『大魔法士が戦った相手』が記載されている本。
 ラグは優斗と同じように本の山を見つめ、あることに気付いた。
 
「まさかどのような相手かユウト様は見当が付いている……のか?」
 
「おおよそ、ね」
 
 ラグの疑問に優斗は頷く。
 これは精霊達に尋ねてみても知ることは出来なかった。
 名称など当時の人々が、もしくは当人が名乗ったもの。
 精霊が知るよしもない。
 けれど覚えてることもあった。
 その情報と資料を組み合わせれば、誰とどう戦ったのかぐらいは導ける。
 
「過去を知って、繋がりを見て、どうなっているのか。おおまかな流れの予想はできる」
 
 優斗は一度、深呼吸をする。
 アリーも“対等”がどのような存在なのかは知らない為、全員が彼に注目した。
 
「まず最初に言っておくのは、僕らの言葉は基本的に許容力があるらしくて、ある程度は君達に通じる。勝手に通じるように翻訳みたいな魔法があるのかもしれないし、もしかしたらそっちで異世界の言葉が広がったのかもしれないけど、兎にも角にも普通に話して問題がない」
 
 一般生活において、問題はない。
 
「けれど“存在に対する名称は違う”。通じないものだってある」
 
 この世界では天使や悪魔だと言っても通じたりはしない。
 なぜならそういう存在がいないから。
 
「アリーには前に言ったよね?」
 
 勇者という存在がある。
 両方の世界に共通する存在がいる。
 だから、
 
「当たり前のように通じるからこそ見逃す、ですわね」
 
 優斗は頷く。
 そして自身の運命論を掛け合わせれば、自ずと答えは出てくる。
 
「世界を破壊できる力を持つ僕と修。けれど僕達に世界を破壊する意思がないのであれば、僕達の対等は世界を破壊する意思があるはずだ」
 
 大魔法士と始まりの勇者。
 世界を掌握できる実力者が何もしないのであれば、その逆の存在はどうであろうか。
 
「ジュリア=ウィグ=ノーレアルは言ってたよ。“異世界人は大魔法士と共に諸国を巡った。そして数ある出来事のうち、最大の出来事――世界を救った”と」
 
 だから大魔法士と勇者は守られている。
 人外の力を持っていて尚、恐怖も畏怖もない。
 
「世界を救う。逆を言えば“世界を破壊する存在がいた”ということ」
 
 曖昧ではなくて、明確に。
 確実に破壊しようとした存在がいる。
 
「こいつは異世界人の中では幻想でしかない。けれどセリアールにおいては過去、実際に存在したお伽噺」
 
 異世界人にとっては空想。
 セリアールにとっては現実。
 
「そして勇者と同様に“共通する定義を持った存在”。当然のように共通概念として理解できている存在が一つある」
 
 知っていることが当たり前だから、この世界で名前が出た時だって疑問に思わなかった。
 
「修が喚ばれ、僕が共に在ることに意味を見出すなら答えはそこにしか辿り着かない」
 
 異世界召喚の正道。
 倒さなければならない敵。
 紛う事なき絶対悪。
 
「僕達の対等は――」
 
 世界に混沌と破壊をもたらすモノ。
 
 
 
 
 
 
 
 
「――魔王だ」
 
 
 
 



[41560] 見出す今の幸福
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:8ccd3dfd
Date: 2016/01/02 16:06
 
 
 
 皆が帰ったあと、アリーは一人で優斗が読んでいた資料に目を通す。
 
「……大魔法士と始まりの勇者が倒した魔王の中で、彼らと同じ意を持つ魔王」
 
 開いたページに記されている、とある名を指でなぞった。
 
「魔竜王ベルゼストと魔人王ヴェルダード」
 
 宮川優斗が対等である、と示した敵だ。
 彼は言っていた。
 
『封印されているのか、転生でもするのか、はたまた不老不死で復活でもするのか、もしくは同類が出てくるのか、どうなのかは知らないけどね。少なくとも同類だとしたら僕とマティスのように“同じ”なんだと思うよ』
 
 本の中で魔王は倒した、と書いてある。
 けれど決して“殺した”とも“消滅した”とも書かれていない。
 言葉の綾としか思えない捉え方だが、優斗は楽観視をしない。
 最悪の可能性を考えれば、確かに導かれる。
 
「最強と畏怖された魔王に無敵と恐れられた魔王、ですか」
 
 アリーは小さく笑う。
 
「ふふっ、まるでお伽噺ですわ」
 
 過去にあったはずの出来事。
 今になっては想像することさえ難しい、あまりにも突飛な存在。
 けれど魔王だからありえない、と笑い飛ばすことは出来ない。
 現代において、ここには1000年の時を超えて蘇った大魔法士と始まりの勇者がいるのだから。
 
「動いたところで意味はなく、知ったところで我々にはどうしようもない」
 
 彼らのことを探すなんてナンセンスだ。
 可能性があるからとだけで人々を動かすことは出来ない。
 仮に見つけたところで、修と優斗以外が相手をするなんて不可能。
 
「ただの懸念……。確かにそうですわ」
 
 所詮は世界の在り方を運命論と捉えているからこその話。
 現実味などありえない想像の産物だ。
 アリーは立ち上がり、窓から夜空を見上げる。
 
「これからも多々、トラブルは起こることでしょう」
 
 面白いことも面倒なことも、たくさんの出来事がまだまだ起こるだろう。
 
「ですが……もし世界が綺麗に並べられてなく、未来が確定していないというのなら」
 
 理路整然としていない、雑然としたものだとしたら、
 
「これだけは願わせてほしいですわ」
 
 空に浮かぶ月へアリーは願いを込める。
 
「ただ、幸せな日々を」
 
 つまらない日々も、辛い日々も。
 たくさん過ごした彼らだから。
 これ以上に苦しいことなど必要ない。
 
「わたくしの仲間が傷つかない日々を」
 
 今という日常がいつまでも続くように。
 両手を合わせ、願う。
 その時だった。
 
「アリー、何やってんだ?」
 
 いつの間にかリライトの勇者が部屋の中に入っていた。
 どうやら扉を開けて左手をノックする形を取っていることから、自分が気付かなかっただけらしい。
 
「飯の時間だぞ」
 
「あら、もうそんな時間でしたか」
 
 アリーは机の上に置いてある開きっぱなし本を閉じて、扉に向かう。
 
「手間を掛けさせてしまいましたわ」
 
「気にすんな」
 
 二人並んで歩く。
 目的地までは遠いので、軽い世間話を始めた。
 
「そういやさっき、王様からなんかの会議に出てみる気はないかって言われた」
 
「えっと……ああ、あれですわ。勇者会議です」
 
「勇者会議?」
 
 修の首がこてん、と傾いた。
 
「平和を守る為の情報共有を行う場、とでも言えばよろしいでしょうか。リライトはまだ勇者を公表していないというのに、会議に出せと小うるさい勇者がいるのですわ。こちらとしては突っぱねてもいいのですが、修様に会議を慣れさせるにはちょうどいいとも思いましたから。とはいえ修様次第ですわ」
 
 やりたくないのであれば、出る必要はない。
 こちらとて出す理由もない。
 
「まあ、別に構わねーよ。俺もちょいちょい練習しないといけないかんな」
 
「分かりました。では参加ということで」
 
 アリーがにっこりと笑みを浮かべる。
 
「ついでにパーティメンバーが幾人か会議に参加できるので、わたくしも参加しますわ」
 
「……王女が勇者パーティってすげえもんだよな」
 
「事実ですから」
 
「そりゃそうだ」
 
「というより、修様一人にしたらわたくし達の胃に穴が空きますわ」
 
「ひでーな、おい」
 
 流れるような会話のあと、互いに顔を見合わせ破顔する。
 いつものやり取り。
 いつもの会話。
 けれどこれが本当に尊いものなのだと、アリーは思う。
 だから願うのだ。
 何もないことを。
 
 
       ◇      ◇
 
 
「ただいま」
 
 家の中に入ると、フィオナがいつものように玄関までやって来た。
 
「お帰りなさい、優斗さん」
 
 笑顔で優斗を出迎える。
 彼女は手が空いている時、かならず優斗の送り迎えを欠かさない。
 毎度毎度のことなので面倒じゃないかとも思うのだが、フィオナは簡単に言ってのける。
 
『一番最初に優斗さんに会えて、一番最後まで優斗さんを見ていられるんですよ』
 
 ただ、それだけの理由。
 けれど彼女の中では最高の理由だ。
 優斗は表情を崩して、名を呼ぶ。
 
「フィオナ」
 
「はい、なんですか?」
 
 笑顔のままの彼女の手を優斗は取る。
 そして引き寄せた。
 背に手を回し、閉じ込めるように抱きしめる。
 突然すぎてフィオナの顔が朱に染まっていく。
 
「えっと、あの、その……と、突然どうされたんですか?」
 
「ん~、何となくね」
 
 優斗は腕の中にある温もりを実感する。
 彼の中から懸念は消えない。
 “対等”が存在するであろう、という懸念が。
 だからこそ想像してしまう。
 もし存在した場合、導かれる結末までが容易に。
 
「…………」
 
 自分の強さの至り方は異端だ。
 都合というものを踏みにじり、運命すらねじ曲げる。
 しかし、だ。
 彼にご都合は存在しないからこそ言えてしまうことがあった。
 自分は都合よく何かがあって急所は外れない。
 自分は運良く何かがあって奇跡が起きたりはしない。
 キリアに告げた言葉はそのまま、自分に跳ね返る。
 要するに言えることは一つ。
 
 “対等”と相対した場合、宮川優斗は内田修よりも死ぬ可能性が断然に高いということ。
 
 これは揺るぎない事実であり、曲げられない真実だ。
 だから頭の中には入れておかないといけない。
 大切なものを守る為に。
 
「ゆ、優斗さん? えっと、ですね。そのやり方だと私が抱きしめられません」
 
「いいのいいの。僕が抱きしめたいだけだから」
 
 とはいえ可能性なのだから、本筋を忘れてはいけない。
 この優しい日々のことを。
 
 



[41560] 話袋:副長と補佐官③――前編
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:8ccd3dfd
Date: 2016/01/02 16:39
副長と補佐官③――前編
 
 
 
 
 
 エルはフェイル=グリア=アーネストと相性が良いと自分で思っている。
 さすが師団長をやっていただけあって人の上に立つことに慣れているし、自分の動くことを理解してフォローしてくれる。
 若干22歳ながらにして大国リライトの近衛騎士団副長を務める自分に対して、説教を普通にするところも凄い。
 通常ならば縮こまるところだ。
 だからこそ、やはり好ましい人物であるとエルは感じる。
 
 
 そんな二人は今、団長の執務室にいた。
 
「名代として他国のパーティーに出るユウト様の護衛を?」
 
 命令として出されたことをエルは聞き返す。
 
「ああ、そうだ」
 
 団長は額に手を当て、困ったとばかりの様相だ。
 
「トラスティ公爵が対応しなければならない案件があり、パーティーへ行けなくなった。そこで名代として選ばれたのがユウトだ」
 
 まあ、確かに筋は通る。
 他国向けには、優斗はマルスの義息子。
 故に名代とするには分からなくはない。
 能力的にも申し分ない。
 彼も義息子として、嫌な顔一つせずに頷いている。
 
「普通の公爵なら近衛騎士で十分だとは思うが、向かうのはユウトだ。だからこそお前ら二人を付ける」
 
 とはいえ彼は一般とは画している。
 ただの少年じゃない。
 
「ユウトはあの歳にして如才なく、誰であろうと完璧な対応をする。が、それでも大魔法士だ。存在を知っている者がいれば、余計なことがあるかもしれない」
 
 だからこそ、この二人を付ける。
 
「フォローをよろしく頼む」
 
 

 
 団長室を出たフェイルは先程の命令を思い返す。
 
「ふむ。我々が護衛ということになるのか」
  
「ユウト様ともなれば、それも致し方ないかと思います。さすがユウト様です」
 
「……どこに“さすが”があった、エル殿」
 
 あの話し方では、とりあえずトラブル起こると思うからフォローしろ、と言っているようなものだ。
 
「しかし……」
 
 若干、難しい顔をするフェイル。
 
「どうしたのですか?」
 
「コーラルの隣国とは少々、気が重い」
 
 そう、優斗が向かう国はフェイルがいたコーラルの隣。
 
「他国の人間を集めてのパーティー。近い故、おそらく幾人か知り合いが来ているだろうと思うとな」
 
「なぜ?」
 
「このパーティーに参加するのはお偉い方だ。コーラルの……しかも騎士団のお偉い方に見つけられたら、変に因縁を付けられそうだ」
 
 コーラルでは敵が多かった。
 その敵がおそらくはいるだろう。
 だからこそ、気が重くなるというもの。
 けれどエルはどこ吹く風とばかりに告げる。
 
「問題ありません。貴方はリライトの騎士です。貴方を侮辱するということは、我々リライトの騎士を侮辱するということ。私が黙ってはいません」
 
 というかその場に遭遇したら、ほとんどの騎士が黙らない。
 彼を慕っている人が多いからだ。
 
「だから安心して職務に励みましょう」
 
 気軽に言ってくれるエル。
 フェイルも表情を崩した。
 
「ああ、そうだな」
 
 とはいえ、だ。
 二人は一つだけ失念している。
 おそらくは世界で最も厄介な人物も彼を慕っていることを。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 ――数日後。
 
「リライト王国トラスティ公爵名代――ユウト=フィーア=ミヤガワです」
 
 パーティースーツを着ている優斗が受け付けを終え、フェイルと副長を伴って会場へと歩く。
 途中、付いてくる二人に振り向き、
 
「普段は近衛騎士団の制服しか見ていませんが、どちらもお似合いですよ。場所に見合い、よく映えています」
 
 服装を褒めた。
 フェイルは優斗と同じようにスーツに身を包んでおり、副長は青いドレスを着ていた。
 どちらも普段は見ない服装なので、優斗的にはかなり新鮮だ。
 当然、聞いた片方はテンションをガタ上げし、
 
「ユ、ユウト様……っ! い、今のお言葉をもう一度――」
 
「エル殿。ネジを抜くなと言ったろう」
 
 瞬間、ポコっとフェイルから頭を叩かれた。
 けれど副長としては納得いかない。
 
「し、しかしフェイル。ユウト様より賜った言葉なのですよ?」
 
 それだけでテンションが上がる。
 だが、
 
「エル殿がポンコツになった瞬間、ユウトの株ががた落ちすると思え」
 
 少なくともこの場において、副長が“あれ”になってしまったら連れてきた優斗の株は下がるだろう。
 それに気付いたのか、いきなりエルは表情をキリっとさせた。
 
「そう、それでいい」
 
 フェイルが僅かに笑む。
 優斗も二人の様子を見て表情を崩した。
 
「良いコンビですね」
 

 
 
 マルス本人が来ていたら、幾人か話し掛けてきたりもするだろう。
 しかし名代として来ている優斗は、この場において知り合いはほとんどいない。
 後ろに控えているうち、片方はとても有名人なのだがドレス姿がレアなのか気付かれている様子もない。
 なのでパーティーの様子を見ながらゆったりとしていたが、
 
「あれ、ユウト君かい?」
 
 聞き覚えのある声に話し掛けられた。
 声の出所を見れば、
 
「……カイアス?」
 
 フィオナの従兄、カイアスがいた。
 彼は妻を伴って歩み寄ってくる。
 
「今日はどうしたんだい? 君がいるとは驚いたよ」
 
「義父さんの名代で来ることになったんだ」
 
「そうなのかい。フィオナは?」
 
「パーティーに華を添える必要はないと思ってね」
 
 洒落っ気を出した優斗の返答に、カイアスも苦笑する。
 
「後ろの二人は護衛かい?」
 
「うん。リライト近衛騎士団の人達」
 
 優斗が紹介すると、二人は小さく頭を下げた。
 と、ここで優斗はカイアスへと耳を寄せる。
 
「ごめん、ちょっと確認なんだけど……ウィルは?」
 
「このパーティーに出るのは無理だよ。私が父の代理として来ているのだから」
 
「ならいいけど、もし存在したら即行で帰して」
 
「……どういうことだい?」
 
「僕の護衛にいる片割れが件の人」
 
 優斗の話を聞いて、カイアスはちらりとフェイルに視線を向ける。
 
「…………そうかい」
 
「ウィルがいる可能性はほとんどないと思うけど、一応は伝えておく」
 
「分かったよ」
 
 カイアスは頷くと、話題を変えようと笑みを向ける。
 
「しかしユウト君。こちらの麗しい女性も近衛騎士なのかい?」
 
 凛とした佇まいに青のドレスはよく映える。
 とてもじゃないが、騎士には見えない。
 
「この人、近衛騎士団の副長だからね。正直、僕の護衛と言うには身に余るよ」
 
 カイアスが驚きの表情をさせたと同時にエルが反論しようとするが、フェイルの視線に気付いて自重する。
 
「けどカイアス、そんなことを言っていいの? ルカさんが怒るんじゃない?」
 
「大丈夫だよ、ユウト君。私はルカを愛しているからね」
 
 何て言うもんだが、すぐ隣にいる妻は半目だ。
 
 
 
 
 しばらくカイアスと談笑したあと、再び優斗は一人となる。
 時折、副長やフェイルと会話しながらパーティー会場を見ている時だった。
 護衛の一人の身体が僅かに強張った。
 
「どうかしましたか?」
 
「……元妻だ」
 
 フェイルの視線の先にいる女性を優斗も確認する。
 大勢の男性に囲まれていた。
 どうやってパーティーに参加してきたのかは知らないが、まあ誰かの付き添いというのが妥当だろう。
 
「ウィルはいないようですね」
 
 そこだけはほっとした
 だが念のため優斗は護衛の一人にお願いをする。
 
「副長。念のためにフェイルさんと腕を組んでください。パーティーに出るような組み方で構いません。ただ、絶対に離さないで下さい」
 
 頼んだことにエルは首肯一つ。
 すると若干、フェイルが狼狽えた。
 
「ユ、ユウト。俺は別に元妻に対して、どうこうしようとは思っていない」
 
「そんなことは分かっていますよ。ただ、馬鹿がいる可能性を捨てきれないので」
 
 エルならば、もし僅かな可能性にぶち当たっても取りなしてくれるだろう。
 
「フェイルさん。その手があるということを忘れないで下さい。そして絶対的に知って下さい」
 
 優斗は目は真っ直ぐに騎士を見据える。
 
「貴方はもう、リライトにとって居なくてはならない存在なんです」
 
「だ、だがな。俺はまだ日が浅く――」
 
「僕が尊敬していて、副長の手綱を握れるんです。日が浅いとか関係ありません」
 
 たったそれだけで価値がある。
 正直に伝えた言葉にフェイルがぽかん、とした。
 
「……いや、まあ、確かにユウトとエル殿はリライトでも重要人物ではあるし、そうなの……か?」
 
「そうなんです」
 
 断言する優斗。
 その時、パーティーに沿わない大声が会場に響いた。
 
「隣国がそのようなことでは、あまり信頼はできませんな」
 
 嘲るような物言い。
 どうやら初老の男性が下卑た笑みを浮かべて、中年の男性を罵っているようだ。
 周囲の雰囲気が一気に悪くなる。
 と、同時にフェイルの表情が今度は呆れた。
 
「お知り合いですか?」
 
「俺と同じ師団長だったデント卿だ。俺の敵だったと断言できる人物だな」
 
 やたら敵が多かったフェイル。
 何人かは来てるかもしれないと思っていたが、やっぱりいた。
 
「正直な感想で申し訳ないですが、碌でもないですね」
 
「いや、違いない」
 
「っていうかあの人、なんで剣を持ってるんですか?」
 
 なぜか脇には無駄すぎるほど華美な剣が差してある。
 
「過剰に装飾されているだろう? あれはコーラル王に承ったものだ。おそらく自慢したいのか誇示したいんだろう」
 
「あんな剣、戦いには使えませんよ。しかもパーティー会場に剣を持って入るだなんて無粋ですね」
 
 呆れるほかない。
 むしろ、よくパーティーを主催をした者も許したものだ。
 いや、許したのではなく押し通されただけかもしれないが。
 すると偶然、デント卿の視線がこちらに向いた。
 そしてフェイルを視線に入れると嗤った。
 彼は近くにいるフェイルの元妻に声を掛けると、彼女も似た表情を浮かべる。
 
「来ますね」
 
 優斗が息を吐いて身構える。
 フェイルは僅かに緊張を匂わせたが、エルが少し強く手を引いた。
 彼女の存在に気付いて、強張った身体から緊張が抜けていく。
 しかしデント卿の第一声でフェイルは再び、身体が強張った。
 
「これはこれは、先日に離婚したばかりかコーラルから逃げたフェイルではないか」
 
 下品としか思えない笑みで彼らは近付いてくる。
 優斗は二人の視線からフェイルを遮るように立った。
 
「お初にお目に掛かります。リライト王国トラスティ公爵名代、ユウト=フィーア=ミヤガワと申します。そちらは?」
 
 笑みを貼り付けて尋ねる。
 デント卿と元妻は彼の存在に気付くと、一応は礼儀ばかりの挨拶を返した。
 けれど優斗に対してはそれだけで、フェイルのすぐ側にいる女性の存在に視線を向ける。
 
「ほう、リライト近衛騎士団の副長がこのような場に出てくるとは」
 
 デント卿はエルの存在を知っているのか、にたにたとした笑いを続ける。
 そして、
 
「リライトは寛容ですな。このような若い女性を副長の座に置くなど、コーラルでは考えられない出来事だ」
 
 とことん馬鹿にした暴言を放ってきた。
 歳上だから馬鹿にできると思っているのか、それとも自分のほうが上だと勘違いしているのか。
 兎にも角にも蔑む目線だった。
 なので優斗にも軽くスイッチが入る。
 
「リライトはコーラルと違って、純粋な実力主義ですから」
 
 愛想笑いを浮かべたまま、けれど的確に引っ掛かる言い方をした。
 
「……若造は年長者へ口の利き方も知らないのか?」
 
「いいえ、分かっているつもりです」
 
 つまりお前に口の利き方を考える必要は無い、と言っているようにも感じる。
 
「このようなガキを名代とするとは。リライトの公爵も何を考えているのか理解に苦しむな」
 
 そしてデント卿はそう取ったようだ。
 同時に優斗の姿で隠れているフェイルへ、
 
「まあ、名代の若造にはお前如きが似合いということか」
 
 ばっちりと悪態を突くのも忘れない。
 なので優斗のキレレベルも上がる。
 愛想笑いから僅かに貶しているような雰囲気が増えた。
 
「年を取ると目だけではなく頭も耄碌しはじめるのですね。病院へは行かれましたか? おそらく脳の機能が低下されてますよ」
 
 あまりにも世間話のように言われたので、デント卿も反応が遅れる。
 けれど意味を咀嚼した瞬間、一気に沸騰した。
 
「侮辱しているのか!」
 
「では貴方が私の護衛を侮辱していないとでも?」

 優斗はあくまで余裕を持った様子で応対する。
 何をほざいているのだろうか、この耄碌爺は。
 
「先程、貴方自身が発した言葉を侮辱と思えないようでは、コーラル騎士団とは取るに足らない者しかおられないようですね。さすがは最低レベルの騎士団のお偉い方。噂に違わぬ体たらくです。尊敬と敬意を以て戦うことを矜持とする騎士の風上には、とてもじゃありませんが置けない。フェイルさんを見習ってほしいものですね」
 
 優斗がフェイルを持ち上げると、今度は元妻がありえないとばかりの表情になった。
 
「どこを見習えって? ただの堅物なだけじゃない。私にはほんと、不相応だったわ」
 
「……ただの堅物、ですか」
 
 すると副長が反応した。
 彼の元妻だというのに、こんなことも分からないのかと若干苛立った。
 
「いいえ、彼の性格は堅物ではなく礼儀正しい。リライトでは美徳とされる性格です」
 
 そして掛けている手の力を少し強めた。
 仲の良さを見せつけるように。
 さらには優斗が、
 
「貴女は確かに美しいでしょう。ですが奥底から鈍い輝きを放つ宝石ほど、醜悪なものはない」
 
 見た目は一応、美しい。
 けれど中身が論外だ。
 あまりにも醜すぎる。
 
「どれだけ装ったところで安物ですね」
 
 鼻で笑う。
 フェイルの元妻らしいが、だからこそ優斗は気に掛けない。
 あの彼を苦しませたというだけで馬鹿にするには十分過ぎる理由だ。
 
「世間を知らないガキがよく言うわ」
 
 元妻はまだ二十歳にすらなっていない少年に馬鹿にされ、大層苛立ったみたいだった。
 加えて暴言を吐く先はエルにも向く。
 
「貴女、リライト騎士団? の副長だか何だか知らないけど、所詮は美を追究できないから騎士になっただけでしょう?」
 
 女の追及すべきものを破棄している。
 美しさを求められないから、代わりとなるものを求めた。
 元妻はまるでそれが事実だと言わんばかりに断言する。
 
「女ですらないわね」
 
 そして嘲笑。
 あまりにもその姿は似合いすぎていて、優斗はふと「お局ってこんな感じなんだろうな」と内心思った。
 なので、
 
「リライト近衛騎士団副長の彼女は実力、性格共に世界各国の王族や上位貴族からトップクラスで認められています。世界の中で素晴らしい知名度を誇っている女性に対して、貴女の言葉はあまりにも惨めに映る」
 
 ただの妬みにしか聞こえてこない。
 
「まあ、薄い化粧でも華やかさを醸し出している女性と、まるで絵画のような厚い化粧で下品な装いの女性。世間一般の男性がどちらを好ましく思うかアンケートを採るなら、おそらくは前者でしょうね」
 
 正直、フェイルの元妻もそれほど厚化粧なわけではないが、優斗は平然と言ってのける。
 あくまで馬鹿にする為に言っているからだ。
 
「貴女にフェイルさんはもったいない」
 
「ふざけないで! 私はこんな男の妻であることが嫌だったわ。先が見えず、能力もない人なんてね!」
 
「……先が見えず、能力もない?」
 
 優斗は一瞬、考えるような仕草をした。
 けれどすぐに合点がいく。
 
「ふふっ、なるほど。そのように思われていたのですか」
 
 あまりにも面白くて笑い声が漏れてしまった。
 
「な、何が可笑しいの!?」
 
「貴女はフェイル=グリア=アーネストを過小評価しているようですね」
 
 優斗はまるで分かっていない、とばかりに首を横に振った。
 同時、周囲の喧噪も静かになる。
 視線が集まっているのはすでに承知している。
 本来なら適当にいなしてゆっくりしているほうがいいのだろうが、言わないと気が済まなかった。
 
「彼はリライトで、すでに騎士の模範として周囲から高い評価と尊敬を受けています。さらには6将魔法士である『天下無双』マルク・フォレスターからも一目を置かれており、孫の婿にどうかと勧められたりなど男性としても魅力がある方です」
 
 あのマルクの合格ラインを考えれば、まず候補に入れられるだけで大したものだ。
 だからこそ言える。
 フェイルは本当に素晴らしい、と。
 そしてもう一つ。
 
「つまり全く評価していないのは年功序列に加えて無駄な足の引っ張り合いに定評があるコーラル騎士団。加えて貴女」
 
 彼を評価しないということは、要するにそういうことだ。
 むしろコーラルでさえ師団長に登り詰めた素晴らしさをどうして理解しようとしないのだろうか。
 
「実力者であり、人格者として認められている者をくだらないと仰るとは。大層な方々ですね」
 
 同時、本当に嬉しそうな笑みを見せつける。
 
「リライトとしては、とても感謝しております。彼のような騎士を得ることができて。気付いておられないとは思いませんが、トラスティ公爵の名代たる私が彼を護衛として連れてきたということだけで、彼の素晴らしさの一端ぐらいは証明になっているでしょう」
 
 どれほど若造だろうと子供だろうと、優斗は公爵の名代。
 一般の兵士に護衛をさせられるはずもない。
 けれどデント卿は一蹴した。
 
「そのようなくだらん堅物を騎士にするなど、リライトはくだらぬ国だ」
 
 吐き捨てるように言う。
 
「……くだらない?」
 
 しかし、その発言は駄目だった。
 人間の否定だけではなく、騎士団の否定だけでもなく、国も否定した。
 優斗のキレレベルがもう一つ上がる。
 フェイルもエルもデント卿の発言には苛立ったが、それ以上に前に立っている人物から溢れる険呑な気配を察して止めようとした……のだが、
 
「ユウ――」
 
「ちょ、ちょっと待――」
 
「ほう。貴方は我が王がフェイル=グリア=アーネストを騎士に叙任したことは間違いだった、と。そう仰ったのですか?」
 
 けれど遅かった。
 優斗が完全に相手を見据える。
 
「であるのならば、今の発言は捨て置けません」
 
 相手は完全に喧嘩を売ってきた。
 だったら買うまでだ。
 
「我が王が誇りとする騎士の名誉を傷つけた無礼、どうしてくれましょうか」
 
「ま、待て。俺なら大丈夫だ」
 
 慌てて仲裁しようとするフェイル。
 けれどもう、どうしようもない。
 まだ通常モードの優斗ではあるし雰囲気も大魔法士モードに比べれば全然軽いが、容赦しないという点では後者に傾いている。
 
「フェイルさん。これは貴方だけの問題ではありません。すでにリライト騎士団……いや、私にとっては貴方を護衛とするに問題ないと判断したトラスティ家の名誉にも関わる」
 
 特に優斗にとってはトラスティ家の名誉に関わったことで、退く気は毛頭ない。
 堂々と真っ直ぐに言い放つ。
 
「撤回していただこうか、デント卿。リライト王国公爵家トラスティが護衛に問題ないと信頼し、我が王が任ずるに値すると認めた騎士へ侮辱の言葉を並べたことを」
 
 過去、これほどまでにデント卿へ一歩も退かずに立ち向かった人間はそうそういない。
 優斗の後ろにいるフェイル以外は。
 だからこそデント卿は苛立った。
 
「この、若造が……っ!」
 
 睨み付けるデント卿に対して優斗はあくまで態度を崩さない。
 
「それとも名ばかりの騎士には、すべきことさえ理解できませんか?」
 
「ほざくな若造!!」
 
 デント卿の怒声が響いた。
 彼は優斗に近付き、無駄に華美な剣を抜き放って差し向ける。
 だが、
 
「戯れはそこまでとしてもらおう」
 
「ここがどこなのか、ご理解できていないのですね」
 
 二人の護衛が優斗の前に立った。


 



[41560] 話袋:副長と補佐官③――後編
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:8ccd3dfd
Date: 2016/01/02 16:47
副長と補佐官③――後編
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 フェイルは過去と同じようにデント卿と相対する。
 
「パーティー会場にて剣を持ってきていることがすでに無粋であるのに、抜くなど言語道断。だからこそコーラル騎士団の評価が低いということを、貴方は理解できていない」
 
「フェイル、貴様……っ!! 誰に向かって口を利いている!!」
 
「俺はすでにリライト騎士団所属だ。貴方にどうこう言われる筋合いはない。さらには誰に向かって、とは何ともおかしな物言いだ。貴方は誰に向かって剣を差し向けている。彼が護衛対象である以上、俺が守るのは当然だ」
 
 宮川優斗の護衛がフェイル=グリア=アーネストの仕事。
 ならば相手が誰であろうと、騎士である自分が優斗を守るのは必然。
 
「先に言っておきますが私は退きませんよ。理由なくリライトの騎士を侮辱されているのに退いてしまっては、我が王に合わせる顔がありません」
 
「リライト近衛騎士団の一員であるフェイルを貶すことを、副長である私の前でよくも言えるものです」
 
 二人の言葉がさらに状況を緊迫させる。
 主催側も状況に気付いたのか、警備兵と思わしき人物が集まってきた。
 けれど最中、フェイルの動きを制する為に腕を組んでいるエルの姿を見てデント卿は吠える。
 
「色香に迷ったか、フェイル!! 妻に捨てられ、小娘に拾われるとは落ちぶれたものだ!!」
 
 次いで元妻も言葉を続けた。
 
「そんな粗末な女が好みだなんて、やっぱり貴方は変だわ。私には似合わない」
 
 未だフェイルに罵倒を続ける二人。
 しかも内容があまりに酷すぎる。
 ついにエルが怒鳴った。
 
「――っ! ふざ――」
 
「副長」
 
 けれど言い返そうとして、優斗に止められた。
 
「声は荒げないように。醜態を晒しているのは向こうですから、こちらが同じ程度まで下がる必要はありません」
 
「しかし……っ!」
 
「部下を貶されて苛立つ気持ちは分かりますが、声は張らなくていいですよ」
 
 優斗が窘める。
 けれどその姿をデント卿は目敏く言ってきた。
 
「こんな礼儀知らずの小娘の下につくとは、やはりフェイルはコーラルに不要の存在だったようだな。無駄なゴミをよく引き取ってくれた」
 
「大国だからこそ、彼でも騎士になれたんでしょうね」
 
 同時、エルの空いている手が強く握りしめられる。
 怒鳴り返したりはしない。
 けれど強い怒りを灯した瞳を以て、エルは優斗に嘆願する。
 
「……ユウト様」
 
「何か」
 
「貴方様のお力を借りてもよろしいでしょうか?」
 
 彼女の言葉にフェイルが驚きを表わした。
 
「エ、エル殿。それは……」
 
「私はもう、我慢なりません」
 
 フェイルの制止をもろともせずにエルは優斗にお願いする。
 だが、
 
「リライト王国近衛騎士団副長、エル=サイプ=グルコント。貴女はどの立場としてお願いしているのですか?」
 
 過去、リスタルで行われたやり取りを優斗に持ち出された。
 彼の力を用いて事を終わらせるのは容易だ。
 だからこそ、いつでもどこでも使っていいわけでない。
 つまり、だ。
 今、ここで彼の力を用いることは間違っているはずだ。
 大魔法士の出しゃばる理由は一つたりともない。
 
「……っ。申し訳……ありません」
 
 そのことに気付いた副長が謝罪する。
 心底悔しそうに。
 自分の失態をも悔やむように。
 けれど、
 
「謝る必要はないですよ」
 
 優斗は柔らかな声で笑った。
 
「少し安心しました。貴方が僕の力の使い方を違えたことに」
 
 いくら近衛騎士団の副長とはいえ、年齢はまだ二十二歳。
 間違えたっていい年頃だろう。
 むしろ自分とフィオナ関連以外で、年相応の部分を初めて見たと感慨深い。
 
「ですから多少、お力添えをしましょう」
 
 優斗はフェイルとエルの肩を軽く叩いて前に出る。
 
「この機会が幸いに繋がることを信じて」
 
 周囲が僅かに騒がしくなってきた。
 警備兵がデント卿が抜いている剣を収めてもらうよう、近付いてくる。
 けれど優斗が全てを喰った。
 
「カイアス」
 
 その一声で喧噪は止まり、警備兵も優斗に注目する。
 周囲に集まった一団の中にいたカイアスは、突然名前を呼ばれたことに驚きながらも返事をする。
 
「どうしたんだい? ユウト君」
 
「コーラル王に伝えて欲しい」
 
 会場の中でも群を抜く存在感を持った優斗は、まるで知らしめるように告げる。
 
「デント卿が僕の尊敬する騎士を侮辱したことを許さない、と」
 
 周囲にいる人物達には、まるで理解できないような言葉。
 けれどカイアスだけは理解できる。
 
「……ユウト君、まさか…………」
 
「結果次第では僕が公式にコーラルへ行くことはない。助力も何一つ得られると思わないように。そのことを周辺諸国に知らしめれば、どうなるか分かるな? まあ、友好を望まないのであればそちらに大きな痛手はないが」
 
 とはいえ大魔法士はコーラルを嫌っている、見捨てていると伝えている。
 これは周辺諸国に対して心証的に大層なビハインドとなるだろう。
 
「コーラルにどれほどの事が起ころうと、どれほどの不幸が訪れようと、どれほどの災厄に苛まれようと、僕が出向くことはない。むしろ前例がある分、僕自身が災厄になるかもしれない」
 
 もちろん、優斗は今言ったことを全て撤回する気はない。
 
「理解してるな?」
 
「……心臓が悪くなりそうなことを言わないでほしいね」
 
「悪い、カイアス」
 
 謝るポーズを優斗が取ると、カイアスが苦笑した。
 
「いや、これも親戚ならではと思うことにするよ」
 
「僕が満足する結果が得られることを期待してる」
 
 これで話は終わり、とばかりに優斗は口を閉じようとした。
 だがデント卿が納得するわけがない。
 
「何を馬鹿なことを言っている!」
 
「馬鹿なことを言っているつもりはない」
 
 さらには元妻に優斗は視線を向け、睨み付ける。
 
「そこの女は二度と僕達の前に顔を出すな。吐き気がする」
 
 反論など許されない。
 ただの女性が今の優斗に反論できるわけがない。
 
「お前ら、誰に暴言吐いたと思ってる。ふざけるのも大概にしろ」
 
「フェイルを愚弄することに、なぜ言葉を慎まなければならない!」
 
「彼はコーラルの騎士じゃない。リライトの騎士だ」
 
 優斗は一歩ずつデント卿に近付いていく。
 そして剣を振り抜けば当たる範囲へ当然の如く進入し、言い放つ。
 
「リライトの騎士をここまで侮辱しておいて、ただで済むと思うなよ」
 
「……っ!! 聞いていればズケズケと愚かなことを!!」
 
 デント卿は手にしている剣を振りかぶる。
 けれど振り抜くことは出来なかった。
 
「ここは舞台でもなければ戦場でもない」
 
 優斗は相手の足を払い、傾いている身体からちょうどいい高さになった剣を真上に弾く。
 そして仰向けに倒れ込んだ瞬間に告げた。
 
「デント卿。場に弁えたものを携えろ」
 
 直後、弾いた剣が倒れたデント卿の真横に落ちてきて刺さった。
 恐怖に歪んだ相手の表情を見て、優斗が嘲笑する。
 
「お前の愚鈍な剣は華やかな場に沿ぐわない」
 
「き、貴様……っ!」
 
 見下す優斗と見上げるデント卿。
 一触即発の雰囲気は当に超えていた。
 それに気付いたのか、慌てて護衛兵がやってきて仲裁に入る。
 とてつもなく遅い気がするが、それだけ優斗が何も言わせないぐらいの存在感をかましていたせいだろう。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 しばし休憩室に連れ込まれる。
 主催者側には優斗の中身を知っている人がいたのか、真っ青な顔をして謝ってきた。
 状況を確認すれば、どっちが悪いのかは歴然だったのだから。
 優斗は全てを説明したあと、乾いた笑いをあげる。
 
「いや~、この国の人達には申し訳ないことをしましたね」
 
 一番の被害者は彼らだ。
 
「……ユウト。お前は本当に喧嘩っ早いな」
 
 フェイルは呆れて何も言えない。
 こちら側に非はない。
 誰の目にも明らかなことではあるし、この件が問題になったところで絶対に大丈夫だと言い切れる。
 だがそれでも、彼の立場を考えれば平然と問題事へ立ち向かうのは良いことじゃない。
 優斗は苦笑する。
 
「否定はしませんが、先ほどの対応は喧嘩っ早いわけじゃありませんよ」
 
 いくら何でも優斗だって、何でもかんでも買うわけじゃない。
 
「今回の件、彼らはリライトの騎士を侮辱した。だから引き下がっては駄目です。僕は副長とフェイルさんに護衛をしてもらっている身として、そのことだけは許してはいけない。リライトにいる貴族として、リライトにいる大魔法士として、リライトにいる異世界人としてね。だからリライトの騎士を貶めることを許す選択肢はありません」
 
「……しかしだな。今日のお前は義父上の名代として来ているんだぞ」
 
「むしろ言わなければ僕は義父さんに怒られます」
 
 どうして黙っていたのか、と。
 逆に言われていたことだろう。
 優斗は一度、大きく伸びをしてドアに向かう。
 
「というわけで、ちょっと片を付けてきますね」
 
「何をしに行く?」
 
「誰を侮辱し、誰を敵に回したのかを理解させるだけですよ」
 
 にこやかに告げるもんだが、内容はあまりにも物騒だ。
 フェイルが額に手を当てる。
 
「ユウト……。お前は本当に立場を分かっているのか?」
 
「もちろん分かっていますが、僕は聖人君子になるつもりはない。ある程度の良識を持って動いたりはしますが――」
 
 優斗はノブを回し、ドアを開けながら言ってのける。
 
「――舐めた喧嘩売られて買わないほど、歳喰っちゃいないんですよ」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 会場へと戻ると、好奇の視線が幾つも飛んできた。
 けれど中には感謝を述べる者もいて、多数の人々と優斗は笑みを浮かべて応対する。
 そしてしばらくしてからカイアス達と合流した。
 
「まあ、敵意ある視線はあまりないね」
 
「……あ~、区別が付くのかい?」
 
「当然だよ」
 
 和やかに談笑しながら、優斗は叩き潰す舞台へと歩みを進める。
 
「ただ、さっきから話題の中心が副長やフェイルさんっていうのは、どういうこと?」
 
「リライトの副長がついに相手を見つけた、ということで話に花が咲いているんだよ」
 
 パーティーに出るのもレアらしい。
 そういえば各国にファンクラブらしきものもあるらしい、と聞いたこともある。
 
「副長は有名人だもんね」
 
「ついでに言えば彼の元妻ももったいないことをしたな、とね」
 
 カイアスは若干、申し訳なさそうな表情にもなる。
 為人は確かに酷かったが、あの二人が別れた理由は間違いなく彼の弟が原因なのだから。
 
「どういうこと?」
 
「彼はそこそこ有名だったらしいね。以前から近隣諸国のパーティーに出ていたらしいけど、どうして彼のような好漢がコーラルの騎士団にいるのか不思議だったそうだ」
 
「……フェイルさんのキャラを考えれば、普通の人達の間でも評価高いか」
 
「建前の美辞麗句ではなく、本音で褒められる希有な方なようだよ」
 
「ウィルも、よくそんな相手の奥さんに手を出したよね」
 
「あの馬鹿な弟は考えて手を出していたわけではないよ」
 
 優斗とカイアスは元妻を視線に入れる。
 彼女は一人、哀れな注目を浴びていた。
 
「さて、どう動くかな。今の彼女は嘲笑の的だ」
 
「軽く見ていた元夫が実は素晴らしい人物である、というのは周囲の囁きから聞こえただろうからね」
 
 けれどこれ以上、気にすることもない。
 目的の場所に着いた。
 優斗は大きく息を吸って、吐く。
 
「カイアス。僕はこれからデント卿が売ってきた喧嘩を買う。異論はないな?」
 
「異論も何も、そこから先はコーラル王が判断すべきことだよ。私はただ、後日に父と話して王へと取りなすのみだ」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 そして優斗が売られた喧嘩を買って、盛大に相手を貶している頃。
 エルとフェイルがいる休憩室に招かれざる客がやって来ていた。
 思わず立ち上がる二人の表情には険が含まれる。
 
「……何をしに来た」
 
「せっかく会いに来たのに、つれないわね貴方は」
 
 まるで誘惑する毒婦のように元妻は彼の前に現れた。
 フェイルは険を含めた表情のまま言い返す。
 
「“赤の他人”がどうしてここにいる」
 
 単純に邪魔だった。
 ただ視界に入るぐらいならば、無視することだってできる。
 しかし先ほどの彼女はわざわざ自分の前に来たばかりか嘲り、罵り、馬鹿にしてきた。
 本当に邪魔にしか思えない。
 
「私、勘違いしていたわ。貴方が本当は凄いんだってこと。いつもそらぞらしい、口先ばかりだと思っていた言葉が真実だなんて知らなかった」
 
 堅苦しい挨拶、聞き流すしかないと思っていた賞賛の言葉。
 パーティーの場で、それが本当などどうして信じられるだろうか。
 あの会場は“そういう場所”ではない。
 一夜の出会いを求める場だからこそ、言葉全ては上滑りするものだと思っていた。
 
「……だから何だ?」
 
「そんな風に言わなくてもいいじゃない。私だって貴方の真実を知っていれば、あんなことはしなかったわよ」
 
 会場で元妻に聞こえてきたものは、フェイルに対する賞賛だった。
 曰く、いずれはコーラル騎士団を正す人物であったろう、と。
 曰く、リライト近衛騎士団においては、すでに重役であろう、と。
 曰く、天下無双に目を掛けられるなど、噂に違わぬ実力であるのだろう、と。
 たくさんのフェイルを賞賛する声が元妻の耳に入ってきた。
 だから彼女はこう思った。
 自分は選択を間違えたのだ、と。
 
 “逢瀬を彼に明かさずにいればよかった”。
 
 そうすれば、いずれ自分はもっと上にいたはず。
 故に間違えた選択は正すべきだ。
 そして正すのは簡単。
 元に戻ればいいだけなのだから。
 
「復縁、という話だって世の中にはたくさんあるわ」
 
「……世の中に、だろう? 俺とお前の間には存在しない」
 
 フェイルは声が段々と大きくなっていくのが自分でも分かった。
 押し留めている感情が抑えきれなくなって怒鳴りたくなる。
 右手はすでに震えんばかりの握り拳を作っていた。
 その時、
 
「フェイル」
 
 凛とした声と共に、右腕に確かな重みを再び感じた。
 隣を見ると、いつも表情を変えないエルが僅かに目尻を下げて笑っていた。
 『私がいます』と。
 怒る必要も何もない、と。
 そう言っているかのような表情だった。
 エルは先ほどよりも彼を引き寄せ、元妻に言い放つ。
 
「貴女はフェイルの妻という立場を捨てた身。これ以上“私のフェイル”に何か用でしょうか?」
 
「……女であることを忘れた騎士が、まさか彼の恋人とでも言うつもりかしら?」
 
「ええ、彼は私の恋人です。これほど騎士として、人間として優れている方なのです。私が恋慕の情を持つのも当然というものです」
 
 エルはフェイルの良いところをたくさん知っている。
 真面目で礼儀正しいところ。
 けれど結構融通が利くところ。
 子供好きなところ。
 面倒見がいいところ。
 もっともっと、たくさんの良いところを僅か数ヶ月の付き合いだったとしても知っている。
 だからこそ許せない。
 目の前にいる女が。
 
「男を喜ばせる術すら知らない生娘がよく言うわ。言ったでしょう? 貴女は女として追求すべきものをしていない。女ですらないと。女にだって男に寄り添う為には相応しい格があるのよ」
 
 あまりにも辛辣。
 けれどエルはある意味で事実だと知っている。
 人生の大半を剣と向き合ってきた。
 流行のファッションにも興味がない。
 化粧も男性の好みというものを考慮したことはない。
 男に見向きしたこともない。
 付き合ったこともない。
 恋をしたこともない。
 甘酸っぱい経験すら身に覚えがない。
 
「私は確かに女として求めるべきことを忘れているでしょう」
 
 格付けをするなら最下位と言っても過言ではない。
 確かに間違っていない。
 反論する気はない。
 
「ですが女であることを忘れた覚えはありません」
 
 最下位だったとしても。
 見合わないのだとしても。
 自身が女であることを忘れることはない。
 
「これ以上、話し合いは不要ですね。フェイル、行きますよ」
 
 彼と連れだって歩き始める。
 そして元妻の隣を通り過ぎようとした時、
 
「待ちなさい! 話は終わってないわ!」
 
 肩を掴まれた。
 伝わった手の平の感触は柔らかく、彼女は本当に女性なのだとエルは思う。
 だからこそ問いかけた。
 
「貴女はフェイルがリライトへ来た理由を知っていますか?」
 
「……なんですって?」
 
「私は知っています」
 
 彼がリライトに来た理由を。
 初めて出会った時に、優しげな笑みで教えてくれた。
 
「フェイルは己が存在を騎士とする為にリライトへ来ました」
 
「……何を言ってるの? この人はずっと騎士だったわ。リライトへ行く必要なんてないじゃない」
 
「違います」
 
 ああ、まったくもって違う。
 彼には彼が求める理想の騎士像がある。
 
「フェイルは『本当の騎士』でいたいからリライトへ来たのです」
 
 そして自分が騎士であるが為に大切なものがある、と。
 リライトならば手に入ると思ったから、と。
 彼はそう言っていた。
 ちらり、とエルはフェイルを見る。
 驚きたいけれど、必死に押し隠しているのが見て取れて表情が少し崩れた。
 
「私は確かに彼に『女が側にいるからこその評価』を与えることは難しいでしょう」
 
 当然だ。
 エル=サイプ=グルコントは女の追及をしていないから。
 
「けれど私は彼が求めているものを与えることができます」
 
 ただ一つ。
 彼が求めているもの。
 
 
 “幸せになりたい”
 
 
 コーラルでは出来なかった。
 無理だった。
 彼一人ではどうしようもないことだったから。
 
「貴女がフェイルに与えなかった……、けれどフェイルが欲しているものを私は彼に与えることができます」
 
 肩に掛かった彼女の柔らかな手をエルは外す。
 
「フェイルに貴女は不要です」
 
 そして今度こそエルはフェイルと共に会場へ去って行く。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 休憩室を出て、二人になったところでフェイルはエルに問い掛ける。
 
「エル殿。どうして、その……」
 
 あのような嘘を言ったのか。
 正直、驚きを隠せない。
 エルはフェイルの顔をちらりと見ると、事も無げに言う。
 
「私の部下に余計なちょっかいを出されてはたまりません。終わった関係であるのならば、手出しをされることが不愉快です。故に物語的ではありますが、ああいった形を取らせていただきました」
 
 まるでユウト様とフィオナ様のようではありませんか? なんて彼女は表情を崩す。
 フェイルも先ほどのやり取りに例えを持ち出されると、驚きから一転してくすりと笑った。
 
「ありがとう、エル殿」
 
「気にすることはありません。私とてユウト様ほどではありませんが怒っていますから」
 
 フェイルの元妻であろうと関係ない。
 だから言ったまで。
 
「しかしあいつはエル殿に対して無礼この上ない台詞だった」
 
「いえ、間違ってはいません。自分でも女性としての魅力があるとは言い難いと思っています」
 
「そうなのか?」
 
「ええ。パーティーでも作法は知っていますが、回りの女性達のようにエスコートされるような華になれるとは思っていません」
 
「そんなことはないと思うが」
 
「いえ、事実です」
 
 エルはきっぱりと言う。
 一応は貴族の身ではあるが、パーティーに興味はない。
 だからエスコートのされ方などは一応、知識として知っているだけ。
 されようと思ったこともなかった。
 
「ですので、先ほどから思っているのですが……」
 
 エルは隣を歩いているフェイルの腕に掛けている、左手を視界に入れて苦笑いした。
 
「殿方と腕を組むというのは、少々照れますね」
 






[41560] 話袋:副長と補佐官③――優斗編&エピローグ
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:8ccd3dfd
Date: 2016/01/02 16:53
副長と補佐官③――優斗編
 
 
 
 
 
 前に立っている兵をどかし、優斗達は休憩室の中に入っていった。
 何人もいる主催側の人間の中に驚きの様相を呈した者達がいたが、優斗は気にしない。
 
「この中で僕のことを本当に知っている者は?」
 
 問いに対して、数人が焦るように傅いた。
 コーラル隣国の中でも上層部も上層部、王に近い立場の者達だ。
 優斗は彼らを一瞥すると立ち呆けている人間達に告げる。
 
「他は下がれ」
 
 有無を言わせない言葉。
 上層部の人間達に促され、優斗の中身を知らない人達は下がる。
 同時、ソファーに座っていたデント卿が険しい表情で噛みついてきた。
 
「若造、貴様!! よくも儂をコケにしてくれたな!!」
 
 立ち上がり、飛びかかろうとするのを警備兵が止める。
 けれど口を塞ぐことは出来ない。
 
「どうなるか分かっているのだろうな!!」
 
「どうなるんだ?」
 
 優斗が平然と聞き返す。
 デント卿がさらに苛立ちを募らせた。
 
「真っ当に生きていけると思うな!!」
 
 目は血走り、絶対に断罪してやるとばかりに凄む。
 けれど優斗は冷静な表情のまま、
 
「デント卿。お前は何様だ?」
 
「……何だと?」
 
「何様だと訊いている」
 
「儂はコーラル騎士団第2師団長だ! 若造が!」
 
 部屋が轟くほどに怒鳴る。
 自慢なのか、自負なのか。
 いや、おそらくは自信の源だろう。
 元より相手を貶めることが大好きな輩だ。
 一定の地位にいるだけなのに、それが全てを許す免罪符になると勘違いしている。
 
「その程度の分際で二人を貶したのか」
 
「な……っ!!」
 
「お前はリライト近衛騎士団副長及び副長補佐に暴言を吐いた。それがどういう意味を持つか、分かっているのか?」
 
 リライト騎士団の中でもナンバー2と、その補佐。
 特にフェイルは鳴り物入りで近衛騎士に加わった。
 副長の補佐になったのも、ほとんど特例に近い。
 つまり、
 
「お前の裁量一つでどうにかなる、なんて思うなよ」
 
 過去、確かにフェイルはコーラルの騎士団に所属していた。
 だからといって暴言を吐ける理由になんて何一つならない。
 
「他国の騎士を貶すだけで度し難いほどに愚かだ。しかも大国リライトにおいて上層部にいる騎士を罵倒するなんて、理解できる範疇を超えている」
 
 見据える視線は絶対零度の如く冷酷だ。
 誰も助けないし、助けられない。
 主催者側の人間達は、自分達に被害が及ばないように祈るのみ。
 
「ついでに言えば、お前が売った喧嘩は僕が買った。生温く終わるなんて考えるな」
 
 先ほどデント卿が言い放った「真っ当に生きていけるな」という言葉。
 そのままそっくり返してやろう。
 この身は千年来の存在。
 天地が逆転しようとデント卿が罵倒する権限などない。
 と、ここで優斗は主催者側の人間達が僅かに震えていることに気付く。
 
「そこまで怯える必要はない。確かにパーティーにデント卿を入れたあげく、帯剣を許可したのはお粗末だとは思うが、こいつの為人を考えれば無理もない。今後こういうことがあるかもしれないと考え、対応を踏まえてくれれば文句もない」
 
 立ち会ってほしい、と思っているだけだ。
 何もあれこれ言うつもりはない。
 ほっとした様子の主催者側。
 けれどデント卿には彼らの様子すら苛立つ原因になる。
 
「……ふん。なぜこのような若造に怯える必要がある。揃いも揃って臆病なことだ。そんなにも大国が恐ろしいか」
 
 再びの暴言に優斗は白い目を向ける。
 本来ならば、なぜ彼らが怯えていたか考えて然るべきだ。
 なのにしない。
 何を考えているのか、それとも何も考えていないのか。
 おそらくは後者だろう。
 優斗は小馬鹿にするように嗤った。
 
「臆病になって当然だろう? 一国の王すらひれ伏せる僕を前にして、失態を恐れて何が悪い」
 
「……何を馬鹿なことを」
 
「お前が知らないのも無理はない。僕のことを知っているのは各国の王と、そこに近い者達だけだ。師団長如きが僕のことを知る権利は存在しない」
 
 優斗があざ笑う。
 知らなくて当然だ。
 所詮はその程度の地位なのだから、と。
 
「けれど彼らは知っている。僕が何者なのかをな」
 
 ついでに言えば、優斗がやってきたことを。
 そんな奴に喧嘩を買ったとなれば、主催した自分達にも被害があるかもしれないと考え、恐れる理由にもなる。
 
「カイアス。コーラル王が僕のことをどう考えているか、分かるか?」
 
「いいや、私には分からない。けれど現状を知らせれば、大層驚くと思うよ。まさか君に喧嘩を売った人間がコーラルに存在するなんてね」
 
 カイアスはデント卿に近付いて、さらに付け加える。
 
「私は貴方の言葉を止めない。なぜならね、もう遅いんだよデント卿。貴方は相手にした人物が悪い」
 
「若造に憚られる言葉などない!」
 
 未だ激高しているデント卿。
 カイアスは振り向き、優斗へ許可を取る視線を送った。
 優斗は頷く。
 
「デント卿。若造と蔑むユウト君のことを甘く見ているけどね、先ほどから言っていただろう。我らの王でさえ、驚きを表わすとね」
 
「あるわけがないだろう、こんな若造に!!」
 
「あるんだよ、そんなことが」
 
 そしてカイアスは一息に伝える。
 
「彼は大魔法士なんだからね」
 
 告げられたお伽噺。
 あまりにも予想外で、想定外で、デント卿は笑いがこみ上げてくる。
 
「儂を馬鹿にしているのか!? 大魔法士!? ありえるわけがない!」
 
 昔々の幻想。
 誰も本当に取ることはないファンタジー。
 ありえるはずがない。
 
「ではなぜ、彼らは恐れたんだい? ではなぜ、私は王に取りなすと言ったんだい? ではなぜ、彼のことを知っている私達は彼の言葉を一笑にしないんだい?」
 
「儂を謀ろうとしているのだろう?」
 
「いいや、全て事実だからだよ、デント卿。だから私は確実に王へと取りなして、事の次第を収めるよ。貴方の更迭、失墜、全ての可能性を求めてね」
 
 次いで優斗が前に出てくる。
 未だ取り押さえられているデント卿に対して、さらに嘲笑した。
 
「嘘だと思うのも、偽りだと思うのもお前の自由だ。けれど後悔しろ。僕は言ったことを撤回しない。お前がいなくなりさえすれば、丸く収まる。だからお前の王がどのような判断を下すのかを楽しみにすることだな」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 数日後。
 カイアスがまず、書状にて結果を報告してきた。
 
「ふーん。更迭になったんだ」
 
 簡潔に記されていた。
 デント卿は騎士団を更迭された、と。
 優斗は結果を知って興味がなくなったのか、書状から目を離した。
 そして顔を上げると、フェイルがぐったりとしている。
 内容というよりは、優斗の態度に呆れ果てたようだ。
 
「……さして問題なさそうに言うな、ユウト。我々が原因で他国の師団長が更迭されたんだぞ」
 
「そんなもの、僕の目の前でフェイルさんを貶すデント卿が悪いですよ。問題は起こしましたけど、非はこちらに一切ありません。こっちはあくまで巻き込まれただけです」
 
 優斗が慕っている騎士を貶したデント卿が、あくまで残念なだけだ。
 
「というか、僕と副長キレさせといて無事に済むわけないでしょう。世界有数の騎士である副長と大魔法士ですよ。まあ、僕は知られてないとはいえ、副長に喧嘩売るなんて頭おかしい」
 
「……貶されたのは俺なんだが」
 
「それが喧嘩売ってるんです。部下が不当に貶されて副長がキレないとでも?」
 
 それこそありえない。
 リライト近衛騎士団の副長ともあろう者が、許すはずがない。
 
「ここはリライトであって、コーラルじゃない。足の引っ張り合いも政治的な綱引きもありません。必要なのは騎士としての矜持であり、大切にすべきことは己が騎士としての魂」
 
 ただ、騎士として在ればいい。
 他に余計なことを考える必要はない。
 
「確かに対応は、副長にしては珍しく正しいと断言はできません。ですが……」
 
 あくまで正しいとは言えない、ということ。
 
「何一つ行動は間違っていない。僕はそう思いますよ」
 
 騎士が不当を見逃すことはない。
 副長は間違いなく、体現したのだから。
 
「だからあの時、思ったんです」
 
 フェイルの為に感情的になって、優斗の力に頼った副長。
 正しい選択とは決して言えない。
 けれどエル=サイプ=グルコントが行動を間違えたことを、ただ単に否定することもしない。
 むしろ間違えかけたことに、優斗は注目した。
 なぜなら、
 
「この機会が幸いに繋がることを信じたい、ってね」
 
 優斗は笑みを浮かべ、あの時の約束を思い返す。
 そして最初の一歩が確かに出来たのであれば、自分にとって本当に嬉しいことなのだ、と。
 優斗は思うから。
 



 



[41560] 小話㉑:鈴木春香の華麗なる睡眠時間&妄想時間――警戒編:解答編
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:8ccd3dfd
Date: 2016/01/02 17:01
※鈴木春香の華麗なる睡眠時間
 
 
 
 
 ある日。
 クラインドール組は別々の部屋が取れず、全員が同室に泊まる……という出来事があった。
 夜も更け、全員が寝静まった頃。
 たまたま目が覚めたブルーノは、偶然にも机の上に置いてある春香の日記を目にしてしまった。
 普段は三枚目だが、紳士を装ってもいる彼は覗く気など毛頭ない。
 しかし、それでも開かれていたページが目に止まった瞬間、固まった。
 
「……ロ、ロイス君×ブルーノ第三話――『魔物の浄化』……だと?」
 
 不味いと思った。
 これは見てはいけない。
 常識的にではなく、常識外として見てはいけない。
 
「…………い、いや、しかし子猫ちゃんの趣味を理解するには……」
 
 けれど怖いもの見たさも内心あったのだろうか。
 ブルーノは再び、ちらりと日記を覗いた。
 文章は小説風になっていて、物語として出来ているらしい。
 そのページの文頭はこのように始まっていた。
 
『俺様の魔物が疼いているんだ』
 
 何かの比喩表現だろう。
 若干だがブルーノも興味を持ってしまった。
 だが、すぐに後悔することとなる。
 
 『ロイス。お前の聖魔法を俺様の魔物にぶち込んで浄化してくれ』
 
 加えて地の文では、
 
「……な、なぜ俺様が四つん這いに?」
 
 ばっちこい、といった感じのブルーノの態勢が事細かに記されていた。
 というか魔物が何なのか知りたくない。
 さらに会話文は続いており、
 
『……ブルーノ、駄目だ。お、俺にはキリアが……っ』
 
『分かっている。だけどロイスしか俺様の魔物を鎮められないんだ!』
 
「……俺様はこれを四つん這いのまま、ロイスに喋っているのか」
 
 理解を超越していた。
 ブルーノは頭を大きく振って、どうにか記憶を消すことにした。
 だが目を瞑れば、先ほどの状況が思い浮かんで仕方がない。
 結局のところ、眠れたには眠れたが悪夢を見た。
 
 
 
 
 
 
 
 
 誰かが魘されている声が聞こえて、ワインは目を覚ました。
 声が発せられている方を見れば、なぜかブルーノが冷や汗を流しながら眠っている。
 
「……風邪、ひくかも」
 
 部屋の窓が開いている。
 もしかしたら夜風で冷えて風邪をひいてしまうかもしれない。
 普段は反目し合っているとはいえ、別に風邪になってしまえとかは思わない。
 だから窓を閉めようと起き上がり、
 
「……? ハルカの日記?」
 
 月明かりで見えた彼女の日記。
 風がそよぎ、ペラペラを捲れた。
 別にガン見しようなどと思ってもいないワインだったが、開かれたページの初っぱなを視界に入れてしまい、驚愕した。
 
『正樹。僕の“大魔法士”は戦闘態勢に入ってるよ』
 
『……うん。ボクの“鞘”も臨戦態勢は整ってる』
 
 不味いと思った。
 どこをどう不味いかは分からないが、理解してはいけない。
 凄い勢いでワインは顔を横に逸らした。
 そして窓を閉めずにベッドへと潜り込む。
 けれどたった二行しか目にしなかったのに、なぜか全裸の優斗と正樹が頭の中に浮かんでくる。
 ある意味で春香の暴走が実を結んだ結果だろう。
 そして悪夢に魘される二人目が生まれた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 魘されているような声のデュエットが聞こえて、ロイスが目を覚ます。
 彼が周囲を見回すと、なぜか脂汗やら冷や汗をだらだらを流しながら寝ているブルーノとワインがいた。
 
「このままじゃ風邪をひいちゃうな」
 
 普通に良い奴なので、ワイン同様に窓を閉めようとするロイス。
 けれどやっぱり、春香の日記が風にそよいで捲れていることに気付いた。
 数ページ捲られて、風がやむ。
 悪戯によって開かれたページには、でかでかと書かれている文章があった。
 
「……っ!」
 
 ロイスが声なき悲鳴をあげて戦慄する。
 
 
『 鳴かぬなら  調教一発  ホモモギス 』
 
 
 なぜか俳句。
 すぐ下には似顔絵。
 誰かに凄く似ているが、理解したくないロイス。
 だが、吹き出しに書かれている台詞で崩れ落ちた。
 
『 * 鳴かせてあげるよ、ブルーノ * 』
 
 やっぱりか。
 やっぱりそうなのかと、認めたくなくても認めざるをえない。
 
「………これは俺ですか、ハルカ様……っ!」
 
 けれどロイスは頑張った。
 かろうじて立ち上がり、窓を閉める。
 そしてベッドに入った……のだが、他二人同様に魘されはじめた。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 翌朝。
 元気一杯の春香とは逆に、疲れ果てた姿の三人がいた。
 
「みんな、どうしたの? 睡眠不足?」
 
「……いや、少し夢見が悪かった」
 
「……私も」
 
「……すみません。俺もです」
 








鈴木春香の華麗なる妄想時間――警戒&解答編
 
 
 
 
 
 ~警戒編~
 
 
 とある国の武具店に春香達はいた。
 各々が色んな武器を見て回っているが、その中で春香は剣と槍が並んで展示してあるコーナーに立っていた。
 ワイン、ブルーノ、ロイスは二つの武器をやけに真剣に見ている春香に気付き、隠れてこそこそと彼女の様子を眺める。
 
「声、掛けないの?」
 
「……俺様も声を掛けようと思ったんだが、嫌な予感がする」
 
「疑いすぎるのもよくないと思うけど、ブルーノの気持ちはよく分かるよ」
 
 彼女には前科が色々とあるので、あの表情をしている際には迂闊に声を掛けたくない。
 
「剣と槍、か」
 
 春香は隣り合っている二つの武器を見ながら呟く。
 
「攻めるとしたらどっちが良いのかな。やっぱり剣?」
 
 呟いている言葉から察するに、攻防のことでも考えているのだろうか。
 
「いや、でも槍は槍で侮れないかも」
 
 さらに真剣な表情で呟き続ける。
 ワインは彼女の様子を見ながらフォローの言葉を口にする。
 
「やっぱり、戦いのことを考えてると思う」
 
「……俺様達が穿ちすぎてるのか?」
 
「ブルーノ。まだ安心しちゃ駄目だと思う」
 
 あの春香だ。
 安心してはいけない。
 だが、彼女の口から流れ出てくる言葉は先ほどからまともな単語ばかり。
 
「長い上に先端に一発を持っていると考えたら、槍のポテンシャルは剣よりも侮れないかも!?」
 
 二つの武器を眺めながら何度も頷く春香。
 嬉しそうな顔をしているので、ワインはやっぱり戦いのことを考えているのだと気を抜いた。
 そして春香に近付いて声を掛ける。
 
「ハルカは槍を気に入ったの?」
 
「うんっ! やっぱり槍が攻めで剣が受けのほうが萌えるよ!」
 
 ワインの考えを吹き飛ばす春香の一撃。
 思わず固まってしまったワインを尻目に、春香は満足した様子で他の武器を見に行く。
 ブルーノとロイスは石のようになっているワインに近付いて声を掛ける。
 
「……だから言っただろう、ワイン」
 
「……ハルカ様なんだから気を抜いたら負けだよ」
 
「……ごめん。ブルーノ、ロイス」
 
 さすが被害者だけあって二人の感覚を信じるべきだった、とワインは心底後悔した。
 
 
 
 
 
 
 
 ~回答編~
 
 
「剣と槍、か」
 
 春香はふと無機物カプというものはどうだろうか、と考える。
 
「攻めるとしたらどっちが良いのかな。やっぱり剣?」
 
 印象として剣は切れ味があり、また重厚なイメージで武器として人気もあるので攻めだ。
 そして槍は細身であり剣と比べれば強度的に軟弱な感じがする。
 つまり剣槍というのが基本スタイルだろう。
 
「いや、でも槍は槍で侮れないかも」
 
 しかし槍頭は小さいながらも鋭い一発を持っている。
 また、ここにある槍は柄が長い。
 そのことに気付いた瞬間、春香の脳内に電撃が奔った。
 
「先端に一発を持っていると考えたら、槍のポテンシャルは剣よりも上!?」
 
 剣は意外性がなく王道だ。
 しかし槍には攻めに転ずるだけの意外性が存在する。
 ということは剣槍ではなく、槍剣のほうが萌えるのではないだろうか。
 
 ――ひょろ長い槍が柄を剣に傷つけられながらも、槍頭で一発逆転するって展開だとすると……。
 
 春香は頭の中で妄想を爆発させる。
 
 ――キターっ!! ヤバ、ヤバ、来たこれ!!
 
 今まで無機物に手は出してなかったが、これはこれで妄想が興奮が進む。
 
 ――ああもう、“あの子”がいないのが憎い!! これでごはん何杯いけるか話したい!!
 
 何度も頷きながら春香は妄想を頭一杯に蔓延らせる。
 と、ここでワインが近付いてきた。
 
「ハルカは槍を気に入ったの?」
 
「うんっ! やっぱり槍が攻めで剣が受けのほうが萌えるよ!」
 
 元気よく答えたところで、弓と杖が目に入る。
 
 ――あれもあれで……ありだよねっ!
 
 ワインの横を通り過ぎながら、あの武器ではどっちが受けでどっちが攻めなのかを考え始める。
 しばらく興奮は収まりそうになかった。
 
 
 



 



[41560] 小話㉒:とりあえず納得
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:e380c349
Date: 2016/01/04 16:49
 
 
 
 
 盛り上がった演劇も終わり、次いでやってきた期末試験も生徒によっては阿鼻叫喚の図を引き起こして終わった。
 というわけで、
 
「もう就職の為に動いてる奴もいんだよなぁ」
 
 3年生は生徒によって王城への就職試験を受けるようになっていた。
 クラス内の話も基本的にはそれで持ちきりだ。
 修の呟きに応じてアリーも周囲を見回し、
 
「成績の良い方々は大抵、面接のみで通りますから」
 
 希望している部署の基準値を超えていれば、面接のみで内定が決まる。
 以前、レイナに聞いたことだ。
 すると二人の話はクラスメートの耳にも届いたようで、
 
「おっ、シュウ。そういやお前にも聞いておこうと思ってたんだ」
 
 幾人かのクラスメートが修達に近付いてくる。
 
「シュウはどうするんだ? やっぱり兵士になるのか?」
 
「俺はやることあるから。それになるよ」
 
「ってことは実家を引き継いだりするの?」
 
「来年の4月になったら教えてやんよ」
 
 にやっと笑う修。
 クラスメート達が苦笑した。
 どうやら面白いことになるのだろう、ということだけは分かった。
 なのでこれ以上突っ込んだことは訊かない。
 
「貴族連中の長男だったら大抵、実家を引き継いだり何だったりするんだろうけどな」
 
「クリスはそうだぞ。あいつは実家引き継ぎ組だな」
 
「じゃあ、タクヤ君は?」
 
「料理人か治療者だな。最近、ようやっと将来が固まってきたんだってよ」
 
「イズミはどうなんだ?」
 
「魔法技師。今、ミエスタから来てる技師の助手になってるから、そのままで決定だろ」
 
 質問に答えていく修。
 そしてある意味でどうなってるのか分からない唯一の生徒のこともクラスメートは尋ねる。
 
「ミヤガワ君は?」
 
「僕は試験受けるよ」
 
 すると背後から声が掛けられた。
 皆が振り向くと、名前を出した当人が書類を持って立っていた。
 
「……ユウトが試験受けるって何するんだ?」
 
 クラスメートが首を捻る。
 この人物、これでも大層な成績優秀者。
 王城への就職なら大抵は面接のみで通りそうなものだが。
 
「これだよ」
 
 優斗はちょうど手に持っていた書類を皆に見せる。
 
「今度受けるんだ。宮廷魔法士試験」
 
「「  宮廷魔法士っ!?  」」
 
 叫び声に応じて、一気にクラス内がざわついた。
 皆がどんどん集まってくる。
 
「ユウト君、宮廷魔法士の試験受けるの!?」
 
「そうだよ」
 
「なに、あれって学生が受けられるの?」
 
「一定ラインを超えてればね。僕は一応、受験できる必要条件満たしてるから」
 
「あたしは前に受けた人がいるって聞いたことあるけど、ユウト君って何年ぶりの受験者だったっけ?」
 
「先生から学生が受けるのは6年ぶりとか聞いたけど」
 
 てんやわんやとなるクラス内。
 アリーと修も苦笑しながら話す。
 
「前年のレイナさんも数年ぶりに学生からの近衛騎士でしたが、ユウトさんはもっと凄いですわね。学生から宮廷魔法士になるとしたら、今の最高齢宮廷魔法士であるゲントウ様以来ですわ」
 
「何十年ぶりだ?」
 
「50年ぶりぐらいかと。というより宮廷魔法士試験は毎年していますが、現在2名しかいないのでユウトさんの存在は大助かりですわ」
 
「厳しすぎね?」
 
「リライトですから。正直なところ、6将魔法士に近しい実力者しかなれませんわ」
 
 まあ、だからこそ優斗は何一つ問題がないということ。
 修はさらに小声で、
 
「ぶっちゃけ、ただの遊びだよな。ほとんど入れるようなもんだろ?」
 
「確かにそうではありますけど、平然と試験も通るでしょうから裏口も何も関係ないと思いますわ。修様だと無理ですけど」
 
「バカだと無理ってことか?」
 
「そういうことですわ」
 
 と、その時だった。
 廊下が妙にざわついていることに気付く。
 何事かと思っていると、クラスのドアが開いて一人の老人が入ってきた。
 
「ゲントウ様!?」
 
 先ほど名前を出した人物が現れ、アリーが驚きの声を挙げる。
 彼女の叫びを切っ掛けにクラスメートがドアに注目した。
 老人は注目を浴びる中、アリーに笑みを浮かべる。
 
「これはこれはアリシア様。学院でお会いするのは初めてでございますね」
 
 老紳士然、としたリライトの宮廷魔法士は柔らかな声音で話し掛けた。
 
「どうして貴方がここへ?」
 
「今度、学院で講演会をするものですから、その打ち合わせで来たのです。そうしたらミヤガワ殿が試験を受けると耳に入れたもので」
 
 そして目当ての人物を発見。
 ゆったりとした歩調で彼は近付いていく。
 
「お久しぶりですね、ミヤガワ殿」
 
「ゲントウ様も元気そうでなによりです」
 
 優斗も言葉を返す。
 クラスメートはこのやり取りで二人が知り合いだということに気付く。
 
「宮廷魔法士の試験をお受けすると聞きましたよ」
 
「未熟な身ではありますが」
 
「謙遜することはありません。貴方ならば受かると思っていますよ」
 
「ありがとうございます、ゲントウ様」
 
 なんてやり取りをするものだが、彼があまりにも試験で悪い結果を出さない限り、受かることはほぼ確定だ。
 そして優斗が悪い結果を出すことはない。
 
「これで私もようやくお役御免が出来るというものです」
 
「……カイン様は?」
 
 二人の宮廷魔法士のうち、もう一人の名前を出す。
 しかしゲントウは苦笑して、
 
「カインは筆頭になるなど面倒だと言っています」
 
「年齢でいけば次はカイン様でしょう?」
 
「だからこそミヤガワ殿が来るのをカインも心待ちにしているのですよ」
 
 もともと、年功序列の薄いリライトだ。
 とはいえ十数年も年齢が離れていたら、歳上として責任を負わなければならない……となるところだが、彼だけは別枠。
 入って早々に筆頭になって問題ない。
 
「とはいっても試験に受かってからの話でしょう、これは」
 
「そうですね。しかし私共々、宮廷魔法士がミヤガワ殿を待望していること、お忘れ無きよう」
 
「分かりました」
 
 ゲントウは去り際、握手を求める生徒達と真摯にやり取りをしながら教室を出て行く。
 まるで台風が去った後のように静寂に包まれたが、それも一瞬。
 
「ミヤガワ君、ゲントウ様と知り合いなの!?」
 
「ユウト! お前、すっげえ期待されてないか!?」
 
 クラスメートが大騒ぎしながら優斗を取り囲む。
 あれやこれやと色々言われているのだが、
 
「あいつ、あんなことになっても『あり得ない』の一言も出てこないんだよな」
 
「色々とやり過ぎですわね。ユウトさんなら、という考えがうちのクラスに蔓延していますから」
 
 
       ◇      ◇
 
 
「フィオナ様はやはり、家を継ぐんですか?」
 
 優斗達のやり取りを尻目に、フィオナもフィオナでクラスの女子と話をしていた。
 彼女は小さく首を横に振って、
 
「いえ、トラスティは妹が継ぐことになります」
 
「でしたらフィオナ様は?」
 
「私は優斗さんの妻になるので、家に入りますよ」
 
 ニコニコと、心底嬉しそうな表情をさせるフィオナ。
 毎度の表情なのでクラスメートも苦笑いだ。
 
「フィオナ様、本当にミヤガワ君ラブですよね」
 
「はい。私は優斗さんラブですよ」
 
 否定できる理由はない。
 というか否定する気は一切ない。
 
「普通はミヤガワ君が頑張る必要がありそうなんですけどね」
 
 フィオナも色々な人に狙われそうなのだから、優斗が必死になって繋ぎ止める必要がありそうなものだが、ことこの二人は真逆。
 
「先ほどの優斗さんを見れば分かるでしょうが、あの人とんでもないんです」
 
「宮廷魔法士様とにこやかに談笑してましたもんね」
 
「厄介なものです。お偉いさんにも好かれてしまいますから」
 
 修の自然体も周囲に好評ではあるのだが、優斗も優斗で普段は知的キャラなので好評だ。
 ただし、頼られ具合は優斗がトップクラスだが。
 というか最近フィオナが思っているのは、猫被って色々やっているから頼られて厄介事に巻き込まれているんじゃないか、ということ。
 要するに自業自得。
 
「しかも男性には異様に好かれてしまいますし」
 
「えっ!?」
 
「最近、女性よりも男性のほうが危ない気がしてきました」
 
 修とか正樹とか修とか正樹とか修とか正樹とか。
 春香が大興奮間違いなしの好かれ具合だ。
 勇者という存在に対して何かしらのフェロモンでも出しているのだろうか、と勘ぐりたくなってくる。







[41560] all brave:勇者は揃わない
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:e380c349
Date: 2016/01/04 16:50
 
 
 
 7月の半ば。
 王城で優斗はアリーの話を聞くと、とりあえず眉根を揉んだ。
 
「……一つ質問」
 
「どうかしましたか、ユウトさん?」
 
「なんで『勇者会議』なのに僕が出るの?」
 
 そう。
 王女より聞いたこととは勇者会議のこと。
 勇者が集まる会議のはずなのに、なぜか大魔法士もお呼ばれされていた。
 優斗は面倒そうな表情を隠しもしない。
 
「本来なら出る必要はありませんが、理由の一つは今回主催国の小うるさい勇者が大魔法士を呼べと」
 
「……他は?」
 
「フィンド、タングス、クラインドール、リステル、モルガストの勇者が『会いたい』と言っているらしいですわ」
 
「……この間、大抵の勇者は会ってるじゃん」
 
 まだ一ヶ月も経っていない。
 けれどまあ、理由は分からなくもない。
 特に異世界の勇者は数少ない日本人同士、集まりたいのだろう。
 
「マサキさんが特に会いたがっているらしいです」
 
「……ああ、もう。あの人はいつでもいいから僕の家に来い」
 
 別に気にしないから。
 遊びたいなら来ていいから。
 正樹の反応だと嫌な疑惑しか生まれない。
 まあ、彼の相方が諦めの境地に達しているのも一因と言えるが。
 優斗は大きく息を吐くと、改めてアリーと向き合う。
 
「で、そんなに小うるさい勇者は面倒なの?」
 
 現状、優斗の立場は中途半端ではある。
 大魔法士と呼ばれてはいるがリライトの考えが考えなだけあって、基本的には否定的。
 さらに判断に難しいことであれば、優斗に委ねる。
 つまり自分が心底拒否すれば、それを踏まえてくれる……リライトはそういう国だ。
 けれど今回は若干、諦めの境地。
 ということは相手がかなり面倒だということ。
 いつぞやのミラージュ聖国のように。
 アリーもアリーで面倒そうに頷いた。
 
「本当ですわ。一部では『聖なる勇者』とか『完璧なる者』とか呼ばれていますが、小うるさい姑みたいです」
 
「……うわぁ、僕やアリーとは相性悪そう」
 
「実際、相性は悪いと思いますわ」
 
「知り合い?」
 
「いえ、為人を聞いただけで関わりたいとは思いませんわ」
 
「……それは不味いな」
 
 彼女がそう言うということは、だ。
 まず間違いなく優斗やアリーとは合わない。
 
「で、そいつはどこの国の勇者で、どうして僕が行かないといけないのかな?」
 
「彼が勇者をしているのはトラスト。そしてユウトさんを呼んだ理由は『大魔法士』だから、ですわ」
 
「……なにそれ?」
 
「ほんと、理由になってませんわ」
 
 呆れた表情のアリー。
 優斗も同じ表情になる。
 
「じゃあ、あれかな。そいつが変にうるさく言ってきたから、こっちとしても一度だけは……ってこと?」
 
「おおまかに言えばそうですわ。ただ父様が『好きにやっていい』と許可を出しています。責任は持つ、と」
 
「……王様も相性が悪いのは理解してるのか」
 
 優斗が項垂れる。
 これではまるで喧嘩をしに行くようだ。
 
「こちらは拒否をしているけれど向こうが強情に連れて来いと言うのだから、そこで起こった結果に関しては考慮しません。なぜなら向こうが無理強いをしなければ起こらなかったことですし」
 
 アリーがあくどい笑みを浮かべる。
 
「りょーかい。そこまで考慮してくれるなら行こうか」
 
 優斗が頷くと、アリーは打って変わって明るい表情を浮かべる。
 
「さすがにわたくしだけ疲れるのは嫌ですし、いい道連れができましたわ」
 
「……おいこら」
 
 
 
 
 というわけで、優斗もご一緒することになった週末の勇者会議。
 当日の朝一番、すでに修達が乗り込んでいる馬車が家の前に着けられた。
 フィオナと起きていたマリカがお見送りする。
 
「ぱぱ、おしおと?」
 
「お仕事なんだよ~」
 
「ふぁいお~!」
 
 マリカはパパの頭をなでなで。
 そしてぎゅっと抱きついた。
 優斗のテンションがガタ上がりする。
 
「アリー! マリカが可愛すぎるから、やっぱり行くのは――」
 
「却下ですわ」
 
「……はい」
 
 泣く泣くマリカをフィオナに預ける。
 
「行ってらっしゃいませ、優斗さん」
 
「うん」
 
 馬車に乗り込む優斗に嫁と娘が手を振って見送る。
 中で優斗達も手を振ってから馬車が動き出した。
 
「とりあえずわたくし達が戻ってくるまでは、副長とフェイル補佐がトラスティ邸に常駐するのですよね?」
 
「うん。僕と修が一緒に動いちゃうし昨日から来てもらってる」
 
 優斗は頷くと、親友の姿と自分の姿を見比べて溜息を吐く。
 
「しっかし……ついに来ちゃったね」
 
「だな」
 
「前は正樹の時だったから気にしてなかったけど」
 
「地味に辛いよな、やっぱ」
 
 お揃いの服。
 公式の場では、この格好が基本となるのだがついにやって来てしまった。
 しかしアリーは二人の服を見比べると、
 
「格好いいですわ」
 
「「 そんなわけあるか!! 」」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 お昼頃、トラストに到着した。
 けれど城門の守衛とのやり取りで一悶着起こる。
 近衛騎士兼御者の二人が車の中にいる優斗達にやり取りの内容を話す。
 
「王女は呼んでいない、と?」
 
「はい。リライトの勇者パーティの一人だと言っても信用されません」
 
 話を聞くと修と優斗は確かに、と吹き出す。
 
「そりゃそうだ。王女がパーティメンバーだなんて普通、思わねーよな」
 
「うちはお転婆だからね」
 
「……はぁ、仕方ありませんわ。ユウトさんもついでに来て下さいな」
 
 アリーと優斗が車から降りて守衛に近付く。
 
「それで何が問題なのですか?」
 
「リライトからは勇者及びパーティメンバーが一人。そして大魔法士が来ると聞いている。王女が来るなど伝えられていない」
 
「だからパーティメンバーの一人として王女が来ているのです。そちらとて“聖女”を参加させるのだから、似たようなものでしょう?」
 
「聖女様と一国の王女を一緒にしないでいただきたい」
 
 兎にも角にも取りつく島がない。
 というか良い根性をしている。
 仮にも相手は王族だというのに。
 
「……ふむ」
 
 優斗的に“聖女”とかいう謎単語が出てきたが、そこは無視して笑みを浮かべる。
 アリーも隣にいる人物の気配を感じ取って、同じく笑みを浮かべた。
 
「帰ろっか」
 
「そうですわね」
 
「来たけど入れなかった。これは僕達のミスじゃないよね?」
 
「ええ。城内に入れないのであれば仕方ありませんわ。こちらには伺いましたし、義理は果たしています」
 
「じゃあ、観光して帰ろう」
 
「ちょうどいい息抜きになりますわね」
 
 満面の笑みを浮かべて二人は踵を返す。
 そして馬車に乗り込み、颯爽と城門の前から消えていく。
 車内では修が呆気に取られていた。
 
「……あ~、なんだ。俺が言うのも変だけどよ、いいのかこれ?」
 
 てっきり煽っているのかと思ったが、まさか本当に去って行くとは。
 優斗とアリーは顔を見合わせると、くつくつと笑いを零す。
 
「いや、だってしょうがないでしょ。アリーを認めないって言うんだから」
 
「そうです」
 
「僕達は王女の護衛も兼ねてるわけだし、彼女を一人置いておけるはずもない。だとしたら、参加できないもんね~」
 
「本当に残念ですわ」
 
「……お前ら、内容と表情がぜんっぜん一致してねーぞ」
 
 ニタニタニヤニヤと。
 こいつら、本当に酷い。
 
「向こうが暇をくれるなんて思ってなかったよ」
 
「かなり親切ですわね」
 
「……根性据わってるってレベルじゃねーな」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 というわけで優斗達は本当に城下の商店街を練り歩く。
 
「なんか美味しい甘味処とかないかな?」
 
「歩いていればありそうですけど」
 
 三人は辺りを見回しながらお店を探す。
 
「おっ、あそことか良さげじゃね?」
 
 修が店舗の一つを指差す。
 
「えっと……団子か。確かに美味そう」
 
「あら、風情がありますわ」
 
「そんじゃ決定」
 
 修の号令で三人はお店に入っていく。
 テーブルに着き、各々好みの団子を頼んだ。
 
「優斗はきな粉か」
 
「修は……あんことか甘すぎない?」
 
「なぜお二人共、王道であるみたらしを頼まないのですか?」
 
 分かってない、と言わんばかりのアリー。
 しかし修と優斗は鼻で笑う。
 
「これ、俺らと会うまで団子食ったことない奴が言う台詞なんだぜ?」
 
「なんか調子乗ってるよね」
 
「なっ、酷いですわ!」
 
 流れるような会話。
 不意に全員が吹き出す。
 
「そんで、これからどうすんだ?」
 
「わたくしはマリカちゃんの誕生日プレゼントを見繕いたいですわ」
 
「……えっ、マジで行かねーの?」
 
「まあ、守衛の態度から察するに『聖なる勇者』様と『聖女』様は大層な人物らしいからね。“そんな人達がいるのなら僕達はいらない”と思わない?」
 
 アリーが現れて尚、ありえないと言って話に耳を傾けなかった。
 優斗はくつくつと嗤う。
 
「普通に考えて他国の王女に対する態度とは思えないけど、アリーもある程度は予想済みだったんでしょ?」
 
 問い掛けに対してアリーは苦笑。
 
「ええ。この国は少々特殊でして、“勇者”と“聖女”に格別の信心を置いています。もちろん人それぞれとなっていますが、それでも富裕層でさえ勇者と聖女に対して信仰に近い感情を抱いている者達もいますわ。結果、そういう対象が自国にいるということは、他国の王族であろうと興味がない……というよりは格下だと思われています」
 
「つまり態度が悪いんじゃなくて、信仰対象じゃないから媚びへつらう必要はない。常識的に考えればおかしな態度であろうとも、この国で考えれば特段に間違ったことじゃないってことだね」
 
「はい。トラストの勇者は『完璧なる者』故に我々を導いてくれる。つまり高貴とは彼らのことであり、他国の王族であろうと貴族であろうと高貴ではない」
 
「で、今回はその信奉者っぽい人が守衛だったわけで、要するに僕達は外れを引いた。なのでこうしてここにいる、と」
 
 ある意味で想像の範疇にある出来事だった。
 けれど修は首を捻る。
 
「でもよ、それって常識ってやつが欠如してるから不味いんじゃねーのか? だってアリーは大国の王女だぜ?」
 
 修が語るのもおかしい気はするが、確かに言い分は間違っていない。
 一国の代表に近い者に対する態度ではなかった。
 けれど、
 
「修、そうじゃないよ。信仰にも色々あるけど、さっきの人は“他がどうでもいい”んだ。アリーが自分のことを格下だって言ったけど、それは『聖なる勇者』や『聖女』よりも格下……ってだけじゃない。人によっては彼らの庇護下でない以上、他は自分達よりも下と見る輩だっているんだよ」
 
「何でだよ?」
 
「一つ例を示すなら『選ばれた者達』とでも言えばいいかな、アリー?」
 
「間違ってはないと思いますわ」
 
 頷いたアリーに優斗はやっぱり、と納得した。
 これだと確かに自分達と相性が悪い。
 
「修は『聖なる勇者』に『聖女』と聞いて、なんとなく宗教に近しいものを感じなかった?」
 
「そりゃ、まあ感じたな」
 
 すると優斗は人差し指を立てる。
 
「じゃあ、ここで考えを飛躍させていこうか。『聖なる勇者』と『聖女』がいるトラストは“選ばれし国”であり、この国に住んでいる者は“聖者の恩恵を享受している”。ということは彼らがいる国に住んでいる自分も“選ばれた者達”であり、他は“選ばれなかった”。だから他国の王女だろうと選ばれなかったからには格下だ……っていう感じで飛躍させれば辻褄は合う」
 
「……なんだそれ。意味わかんねーよ」
 
 理屈が飛躍して理論的じゃない。
 考えがぶっ飛んでいる。
 
「何かを信心してるっていうのは、時にそういう輩も生まれるってことだよ。で、今回僕達は外れを引いたってだけ。ラッキーだよ」
 
「わたくしもビックリしましたわ。本当にいるなんて思ってもいませんでしたから」
 
「つっても御者兼護衛の近衛騎士二人が異様に苛立ってたぞ」
 
 今も男女が少し離れたところで護衛している。
 けれど一様に表情は硬かった。
 まあ、自国の王女を粗雑に扱われれば仕方ないだろう。
 
「団子食べれば表情も柔らかくなるかな?」
 
「それは名案ですわ」
 
 アリーはさらに団子を追加して頼むと騎士二人に持って行く。
 修がそういえば、と思い出した。
 
「今回、どうしてレイナが来てないんだ?」
 
「僕と修がいるからマリカの護衛補佐に回ってる。副長もフェイルさんもまだマリカとは関わり深いとは言い難いしね」
 
「ああ、なるほど」
 
 副長もフェイルも子供好きだから問題ないとは思うが、副長がキャラ変わりすぎるので断言はできない。
 というわけで、今回はレイナがお留守番になったというわけだ。
 
「しっかしまあ、ここの団子は当たりだな。美味いわ」
 
「そうだね」
 
 優斗達が団子を口にしながら世間話をしていると、さっきアリーが近付いていった近衛騎士二人が慌ててこっちにやって来る。
 
「シュ、シュウ! アリシア様を説得してくれ!」
 
「ユウト様! アリシア様を止めて下さい!」
 
 二人を盾にするように近衛騎士達が回り込んだ。
 
「なんだよ、どうしたんだ?」
 
「アリーが変なことやった?」
 
 背後にいる男性騎士と女性騎士に訊いてみる。
 するとアリーが団子持って追いかけてきた。
 
「馬鹿なことを訊かないで下さいな。お団子を一緒に食べましょうって言っただけですわ」
 
 だからといって団子持って追いかける王女も中々にシュールな光景だ。
 
「断ってもアリシア様、退いてくれないんだよ!」
 
 仕事だからといっても「まあまあ、眉間に皺を寄せていたら仕事も楽しくできませんわ」とか言って、強引に押してくる。
 とはいえアリーを説得できるわけもないので修と優斗に頼んだのだが、
 
「別によくね?」
 
「一緒に食べればいいだけだし」
 
 この二人は論外だ。
 むしろアリーの行動に合格を出している。
 男性騎士も女性騎士も思わずツッコミを入れた。
 
「無茶を言うな!」
 
「ユウト様と肩を並べてお団子を食べるなんて緊張して無理です!」
 
 片方は真っ当な否定だが、もう片方は誰かに飛び火した。
 アリーが思わず目を瞬かせ、
 
「あら? もしかして貴女、ファンクラブの方なのですか?」
 
「あっ、はい。私、ユウト&フィオナファンクラブの会員ナンバー17番です」
 
 同時、優斗ががくりと項垂れた。
 ちょっと待て。
 これは想定外にも程がある。
 
「……なんてことだ」
 
 副長とクレアだけではなかったのか。
 というか17人って多い。
 唸る優斗にアリーはからかいの笑みを浮かべる。
 
「そういえば会員は何人ほどいるのでしたか?」
 
「先日、30名を突破しました」
 
「会員条項もあると伺ったことがありますが」
 
「はい。当然あります」
 
 駄目押しとばかりに色々と暴露されていく。
 アリーはさらに笑みを深くし、女性騎士に近付くと耳打ちする。
 ごにょごにょと話したと思ったら、女性騎士が急に目を輝かせた。
 
「私は一緒にお団子を食べます!」
 
 まさかの翻意。
 何をネタにしたのかは分からないが、とりあえず一人は落とした。
 残りは男性騎士だけだが、
 
「アリーが一緒に団子を食べようって言った時点で諦めろ。結局食うことになるんだから」
 
 修が男性騎士の肩を叩く。
 
「し、しかしだな。王女と肩を並べて食事をするなど普通はありえないんだぞ」
 
 確かに言っていることは分かる。
 普通はありえない。
 だが、それはあくまで普通の王女の場合だ。
 
「いやいや、こいつが普通じゃねーから。圧倒的なカリスマを持ってるのはいいとしても、強いわ冷酷だわキャラがバグってるとしか思えねーし」
 
「少なくとも世間一般の王女とはかけ離れてるよね」
 
 遠慮なしに言いたい放題の修と優斗。
 そして今度は二人同時に男性騎士の肩を叩く。
 
「つーわけで諦めろ。うちの王女は優斗と同じぐらいに性質悪い」
 
「否定するだけ手間だから、一緒に食べることをお勧めするよ」
 
 というわけで、結局五人揃って団子を食べることとなった。
 
 




[41560] all brave:勇者+極悪+極悪=極悪は揺るがない
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:e380c349
Date: 2016/01/04 16:51
 
 
 
 会議の時間になっても来ない国が一つだけある。
 どうしていないのかが室内に伝わるとクラインドールの勇者が素直に一刀両断した。
 
「馬鹿なのかな?」
 
「春香ちゃん、そういうことは言っちゃ駄目だよ」
 
 円卓のテーブルで隣に座っているフィンドの勇者が苦笑して取りなす。
 リステルの勇者やモルガストの勇者はなるほど、と相づちを打った。
 
「どうしても来なければならない会議ではないからな、リライトは」
 
「大魔法士がいる以上、こういう結果になるのは必然の気がする」
 
 彼らのことを知っている者達はそれぞれ、納得した。
 もちろん、老齢な勇者や年若い勇者は状況が理解できずにいるが、その中で今回の主催国の勇者は小さく鼻を鳴らした。
 
「フン。誤差の範囲内だ」
 
 そして兵士に命令する。
 
「リライト勢を連れて来い」
 
 兵士はすぐに従い会議室を出て行く。
 だけど、だ。
 特にリライト勢を知っている人間は苦笑しか出てこない。
 
「正樹センパイ。あの人達、素直に来ると思う?」
 
「来ないよ」
 
「だよね」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 団子を食べながら男性騎士は気になったことをアリーに質問する。
 
「しかし会議に参加しないのはよろしいのですか?」
 
 一応は真っ当な会議であり、世界的にも重要度は高いものだ。
 けれどアリーはどうでもいいとばかりに言い放つ。
 
「媚びへつらう必要はありません」
 
 こちらが下手に出る理由は一切ない。
 
「ちょうどいいから修様の練習に使おうかと思いましたが、別に今回である必要はありませんわ」
 
 この会議に拘ることもない。
 
「元々、無理難題を吹っ掛けてきたのはあちらです。こちらは渋々と了承してあげましたが、こんな対応を取るのであれば帰られても仕方ないでしょう」
 
 リライトの勇者はまだ学生だ。
 大魔法士も同様。
 なのに向こうの言い分を一応は聞いて、来てあげたのだ。
 だからこそあんな態度を取るのであれば、行く必要性はない。
 
「しかしわたくし達とて、猶予を与えなかったわけではありません」
 
「もし僕達のことを本当に参加させたいなら、真っ当な謝罪があれば行ってやってもいいんだよ」
 
「……どういうことでしょうか?」
 
「あの場で向かう場所を伝えたのは、最後のチャンスを与えてあげる為ですわ」
 
 そう。
 すぐに離れないのもそういう訳だ。
 優斗達の視線の先には兵士達が近付いてきている。
 近衛騎士二人はすでにアリーの前へ立った。
 
「リライトの者達だな」
 
 先頭にいる兵士が話し掛けてきた。
 
「一緒に来てもらおう」
 
 先ほどのやり取りと同様の態度。
 優斗が嘲るような表情に変わった。
 
「一緒に来て“もらおう”?」
 
 さて、何様だろうか。
 アリーと顔を見合わせ、二人は言葉を並べていく。
 
「態度がでかい」
 
「反省がなってません」
 
「誰が悪いのか分からないのなら帰れ」
 
「行くつもりは毛頭ありませんのであしからず」
 
「失せろ」
 
「邪魔ですわ」
 
 マシンガンのように捲し立てる。
 そして団子を頬張った。
 
「いや、お前達のほうが圧倒的に態度でかいだろ」
 
 修が呆れ顔になる。
 本当に酷い……が、ここで終わらないのが優斗とアリーのクオリティーだ。
 
「というか彼らの言い分って招待ではなく拉致だよね?」
 
「要するに一国の王女であるわたくしを拉致する、と」
 
「これは護衛として王女様を守らないといけない。危ないから」
 
「暴れても正当防衛ですわ」
 
「ついでにリライト王に掛け合って『王女誘拐未遂』があったと糾弾してもらおうか」
 
「話は大きくしたほうが盛り上がりますわよね」
 
 団子を食べながら世間話のように会話に花を咲かせる。
 修は彼らの会話内容に対して、さらなる呆れ顔を見せた。
 
「なんつー暴論の嵐だ」
 
 よくもまあ、そんなに話を大事に仕向けられるものだ。
 
「修、何言ってるの? 彼らは僕達のことを城内に入れなかった。けれどそんな無礼があったのにも関わらず、無理矢理に連れて行こうとしている。何一つ間違いなんてない」
 
「わたくし達が言っていることこそ真実である証拠ですわ」
 
 暢気な二人は軽やかに会話を続けていく。
 と、同時に兵士達の表情が固まっていった。
 
「こちらはリライトの勇者及びパーティメンバーが帯同。加えて僕が行くことは伝えている。なのにも関わらずトラストは拒否した。だから帰るのに何の問題があるんだ?」
 
「命令されたから連れてくる。だとしても相応の態度は必要でしょう? 悪いのはそちらなのだから」
 
「そして謝罪なく無理に道理を通すのなら、こっちは理不尽に蹂躙しよう。別に構いはしないよな? 襲われてるんだから」
 
「正当防衛。ああ、なんと素晴らしい言葉でしょうか」
 
 つまり優斗達は無理矢理連れて行くことがあれば暴れる、と言っている。
 しかもちゃんとした謝罪がなければ帰る、とも。
 先頭にいる兵士は命令されたことを考えて、気持ちの入ってない謝罪を告げる。
 
「こちらに非があった。来て戴きたい」
 
 ただ単純な単語の羅列。
 もちろん優斗達が許すわけがない。
 
「「 頭が高い 」」
 
 未だ座っている彼らにとって、今の謝罪は無礼千万だ。
 
「見下ろす謝罪があると思ってるのか?」
 
「わたくし達はちゃんとした謝罪がなければ動きませんわ」
 
「あと10秒以内にちゃんとした謝罪をしなければ帰る」
 
「さて、どうされますか?」
 
 ただ単純に煽っているわけではない。
 かなりの本音が込められていた。
 そこに気付いた兵士は慌てて謝罪をやり直す。
 深く深く頭を下げ、
 
「大変失礼を致しました。こちらに非があったことを心より謝罪致します。なのでどうか来てはいただけないでしょうか」
 
「……ふむ。どうするアリー?」
 
「まあ、最低限はやったのだから許してあげましょう」
 
 ふっと空気が和らいだ。
 兵士が命令を全うすることが出来たと、頭を下げた状態で安堵の表情を浮かべる。
 しかし、
 
「とはいっても、会議する場所までに無礼があればすぐに帰るけどね」
 
「まあ、彼ら次第ですわ」
 
「武力で僕を抑えられるのなら、別に無礼になってもいいけど」
 
 兵士の表情が固くなったがリライト勢……というより優斗とアリーは全く気にせずに立ち上がると馬車へ向かった。
 途中、修が呆れを通り越した表情で話し掛ける。
 
「お前ら、少しは容赦してやれよ」
 
「嫌だ」
 
「嫌ですわ」
 
「……もうやだ、この極悪従兄妹コンビ」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 紆余曲折があったとはいえ、修達が会議室へと入った。
 幾人もの知り合いの顔があって修は表情を柔らかくする。
 アリーはさっさと歩いて席に座り、優斗は一度周囲を見回した。
 年老いた人物はおそらく異世界人の勇者で会ったことのない残り一人、タングスの勇者だろう。
 勇者が座っているであろう席に見知らぬ顔はあと二つ。
 二十歳を過ぎたぐらいの人物が鼻を鳴らした。
 おそらくはこいつがトラストの勇者。
 何となく第一印象で『合わない』と感じたことからも、十中八九間違いない。
 ホスト国の兵士が不手際をしたのに、そのことについて謝罪もないことから悪いことをしたわけではない、と思っているのかもしれない。
 
 ――ただ……。
 
 トラストの勇者の顔に注目する。
 何で左目に眼帯してるのだろう。
 ツッコミ待ちなのだろうか、それとも……。
 思い当たったネタに優斗は思わず笑いそうになったので、視線をずらす。
 そしてずらした先にいたのは最後の一人。
 
「……あら、これはまあ可愛らしい子がいるもんだ」
 
 14歳にもなっていないであろう幼い男の子がいた。
 背後には優斗と同年代くらいの女の子と、二十歳前後の女性。そして全身甲冑の騎士? みたいのがいる。
 
「…………ん?」
 
 その時、ふと視線のようなものを感じた。
 あくまで感覚的なものではあるが、
 
 ――こいつか?
 
 こちらを見ているのか見ていないのか分からない。
 けれどおそらくは全身甲冑の――
 
「ゆ・う・と・く~んっ!!」
 
 と、考え事はフィンドの勇者のダイブでかき消えた。
 優斗よりも身長の高い正樹が飛び込んでくる。
 
「だあ、もう! いきなり飛びついてくるな!」
 
 飛び込んできた人物の首根っこを掴み、相棒のところへ投げ返す。
 
「ニア、ちゃんと調教しろ! 駄犬化が進んでる!」
 
「正樹センパイを調教!?」
 
 ニアに言ったのに一番大きな反応を示したのはクラインドールの勇者。
 
「春香はそこに食いつくな!」
 
 優斗は足早に春香へ近付き思いっきり頭を叩くと、大きく嘆息して席に座った。
 そんな中、修は修で老人の勇者と挨拶をする。
 
「あんたがタングスの勇者か?」
 
 問い掛けると朗らかな表情の老人は頷いた。
 
「ああ、そうだよ」
 
「俺はリライトの勇者、内田修。よろしくな」
 
 手を差し出すと老人も皺が刻まれている手で握り返す。
 
「私は小太刀源。ちまたでは“源ジイ”や“おじいちゃん勇者”で親しまれているよ」
 
 穏やかなまま彼は笑みを零す。
 修も同じく笑った。
 
「なんか源ジイが言いやすいからそれでいいか?」
 
「構わないよ」
 
 互いににこやかな感じで修も席に座る。
 そして全員が着席すると、トラストの勇者が言い放つ。
 
「これは世界平和の為の場だ。貴様等の友好の為の場ではない」
 
 ジロリとトラストの勇者が睨み付ける。
 同時に修と優斗、春香が俯いた。
 
「まあいい。誤差の範囲内だ」
 
 三人の態度が反省しているように見えたのだろう。
 彼は満足して後ろに振り向いた。
 亜麻色の少女がそこにいる。
 
「聖女。遅れたが会議を始める。準備はいいか?」
 
「はい、勇者様」
 
 頷いた少女に対してトラストの勇者も首肯を返す。
 けれどその瞬間、イアンが提案を出した。
 
「ちょっと待ってくれ。会議を始める前にまずは自己紹介といこう。今年は新しい勇者も多いから、互いに誰が誰か分からないこともあるだろう?」
 
 清涼な風を送るように爽やかな声が響いた。
 確かに初見の人物達も多いだろう。
 そこには誰も文句がなかった。
 皆が納得したようなので、言い出しっぺのイアンがまずは名乗る。
 
「私はリステルの勇者――イアン=アイル=リステルだ。私を知らないのは“ヴィクトスの勇者”ぐらいか。皆、よろしく頼む」
 
 イアンが最年少の勇者に笑みを向けると、ペコペコと頭を下げられていた。
 次いで春香と正樹。
 
「クラインドールの勇者――鈴木春香! 何人か知らない人達がいるけど、よろしく!」
 
「フィンドの勇者――竹内正樹だよ。みんな、よろしくね」
 
 さらに異世界陣営が続いた。
 
「リライトの勇者――内田修だ。まあ、とりあえず仲良くしてくれな」
 
「タングスの勇者――小太刀源。顔ぶれが若々しくて喜ばしいことだね」
 
 そしてモルガスト、トラストのご当地勇者が名乗る。
 
「モルガストの勇者のモールだ。新顔が多く驚いているが、皆よろしく頼む」
 
「トラストの勇者――エクト。後ろは聖女のセシルだ」
 
 背後の少女だけがぺこっと頭を下げた。
 そして最後はヴィクトスの国の勇者。
 
「あの、え、えっと、ヴィクトスの勇者のライトと言います。よろしくお願いします」
 
 勇者に続いて背後の少女と甲冑の騎士も頭を下げる。
 これで自己紹介が全て終わった……かと思えば、幾人かの注目が一人に集まっていた。
 
「え、なに? 僕も言うの?」
 
 注目の先にいた優斗は目を点にした。
 視線を向けていた人達が頷くので渋々名乗る。
 
「大魔法士――宮川優斗。会議、頑張って下さい」
 
 名乗ったと同時、優斗はまた視線を感じた。
 そして内心、首を捻る。
 彼にしては珍しく視線に込められた意思の種類がよく分からない。
 敵意のようで、迷いのようで、嘆きのようで、何なのか。
 曖昧すぎて判断できなかった。
 
 ――まあ、いっか。
 
 敵と判断するには心許ない材料だし、少なくとも自分をどうこうしようとしている感じではない。
 なので現状は無視。
 気にするだけ手間だ。
 
「では早速、会議を始めるとしよう」
 
 トラストの勇者が仕切り始める。
 どうやら会議の主導権は彼が握っているらしい。
 エクトと名乗った二十歳の青年はまず、タングスの勇者に視線を送った。
 
「私は去年言ったはずだ。さっさと死んで次代に変われと」
 
 最初から会議が荒れるのだけは、よく分かる発言だった。
 




[41560] all brave:アリーの勇者
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:e380c349
Date: 2016/01/04 16:51
 
 
 
 
 ノッケから凄まじい発言。
 去年も参加している面子は呆れた様子を見せ、初参加の面々は驚きを表した。
 タングスの勇者は皺が刻まれている頬を掻きながら、
 
「そう言われてもね。私とて責任があるんだよ。次代の為に周りを育てるという大切な責任が」
 
 背後でいきり立っている者達を宥めながらタングスの勇者は言葉を並べていく。
 しかしトラストの勇者は何一つ考慮しない。
 
「力なき者は勇者たり得ない。今の貴様では分不相応だ」
 
「それを決めるのは君ではないと思うよ」
 
「勇者としてどう動くのが一番良いのか、考えることが出来ないほどに耄碌したか」
 
 最初から険呑な雰囲気が広まった。
 タングスの勇者はもう一度、頬を掻く。
 そして周囲を見回して修に視線を止めた。
 
「私の次に来たのが早いのは……確か君だったね、リライトの勇者」
 
「ん? そういやそうだっけか」
 
「君は今のトラストの勇者の言葉をどう思うかな?」
 
 タングスの勇者からの問い掛け。
 修は迷うこともなく答えた。
 
「俺らは勇者になろうと思ってなったわけじゃねぇ。けど勇者として呼ばれた。だったらよ――勇者としてどう動くか、とか意味ねーよ。俺らは俺らのように生きるだけで、それが勇者の生き様だ。違うか?」
 
 もちろん勇者としての自覚は必要だと思う。
 だから修だって隠れて危険な魔物を倒したりしている。
 けれど、だ。
 自身の感情を置いた動きをしたところで何の意味もない。
 タングスの勇者も同様の考えを抱いているようで、ころころと笑った。
 
「いや、違いない。勇者と呼ばれたからには、勇者になろうではない。その身は勇者として呼ばれたのだから、勇者としてどう動くか……というのは無粋だね」
 
 タングスの勇者は何度も頷く。
 
「私も、そう思うよ」
 
 異世界人は勇者としての在り方がセリアールの勇者と違う。
 勇者になった者と、勇者として喚ばれた者。
 そこには明確な差異があって当然だ。
 けれどトラストの勇者は鼻で笑う。
 
「異世界人とは所詮、その程度か。それで勇者と名乗るとは不誠実極まりない。“平和”というものを何だと考えている。勇者として平和を守る義務があることを忘れたか」
 
 平和の象徴。
 それがタングスの勇者であり、その為に生きている彼にとっては修達の言葉など言語道断。
 議論にすら値しない唾棄すべきものだ。
 
「特にリライトの勇者。勇者であることを放棄し、あまつさえ今のような言葉。お前に勇者を名乗る資格は無い」
 
 吐き捨てるような言葉に皆が黙る。
 修は別に何かを感じたわけではなく「なんでこいつは喧嘩腰なんだろう?」と首を捻った。
 その中で正樹だけは優斗に注目する。
 自身はどうでもよくても大切なものを貶されたらキレる大魔法士。
 案の定、彼の目つきが変わった。
 
「……………」
 
 あっ、この勇者終わったな、と正樹は思った。
 優斗の目が細まって、据わろうとした瞬間、
 
「――っ!?」
 
 彼の身体が僅かに跳ねた。
 同時に顔面が蒼白になっていく。
 というか冷や汗すら出ているかもしれない。
 態度が急変した優斗を訝しく思った正樹が視線で「どうしたの?」と尋ねる。
 彼の問い掛けに気付いた大魔法士は僅かに右隣へ意識を向けた。
 
「…………ああ~、なるほど」
 
 正樹が隣を見てみると、すでに目が据わってらっしゃる王女様がいた。
 優斗が心底ビビっている姿からして、もうどうしようもないのだろう。
 というか気付いた瞬間、正樹も想像以上のプレッシャーに襲われて軽く鳥肌が立った。
 勇者も大魔法士もビビらせる王女というのも中々どころではなくレアだ。
 優斗がキレた時と同じ状況を仮定して身構える。
 どっちにしろ終わったな、とフィンドの勇者は内心で思った。
 
「先程から煩わしい雑音が響いてきますわね」
 
 そして彼の仮定通り、とんでもない言葉から始まる。
 一瞬にして静寂の支配者が塗り替えられた。
 新たな無音の空間を作り出したリライトの王女は冷笑を浮かべ、さらに言葉を重ねる。
 
「そのくだらない口を閉じることは出来ないのですか?」
 
 美麗な少女から出てくる圧倒的な暴言に周囲が戦慄した。
 冷酷としか評することのできない声音に加えて、嘲るような口調。
 今まで知識として知っていたアリシア=フォン=リライトとは一線を画している。
 
「ア、アリー? お、俺なら大丈夫だからよ」
 
 修がおっかなびっくり声を掛ける。
 けれど彼女は一瞥するだけ。
 
「わたくしは別に修様のことを想って言っているわけではありませんわ」
 
 そう、彼のことを心配だの理不尽に言われてるだの考えて喋っているわけではない。
 
「ただ単純に『わたくしの勇者』を貶していることに対して、わたくしがキレているだけです」
 
 だから確実でこいつは潰す、と。
 アリーは言外に告げていた。
 修が瞬時に優斗へ視線で「止めろ!」と訴えるが、優斗は首を振って「無理!」と答える。
 キレたという状況下において、宮川優斗のことを誰も止められないようにアリシア=フォン=リライトを止められる者も存在しない。
 性格が相似している優斗だからこそ、特に分かる。
 カリスマによる存在感を間違った方向に全力で行使している姿。
 アリーは本気でぶちギレていらっしゃる、と。
 
「トラストの勇者」
 
 言葉の向けた先は修に暴言に近しいものを投げかけた勇者。
 アリーは見下すように、
 
「寝言をほざいているのですか? 勇者を学院に通わせ公表を来年にすると決めたのはリライト王であり、修様は関係ありません」
 
 馬鹿馬鹿しい。
 度しがたい。
 お前は何を言っているのか分かっているか、と。
 今一度突きつけてやろう。
 
「それで、何故に貴方は“我々の罪”をあたかも修様のせいにしているのですか?」
 
 勇者であることを放棄した……なんて巫山戯たことを抜かしてくれる。
 
「貴方も我々と同様にやってみてはいかがですか? そこらへんにいる通行人に向かって『今日から貴方が勇者だから、世界の平和に命を捧げよう』と。貴方の考えなら勇者として頑張ってくれるのでしょう?」
 
「……アリシア王女。貴女は何を言っている? 勇者に“選ばれた”のだから当然だ」
 
 まるで意味が分からない、とトラストの勇者は言う。
 だからこそアリーは鼻で笑った。
 
「これだから理解の乏しい馬鹿を相手にしたくはありませんわ」
 
 何も当然じゃない。
 
「ええ、貴方は総じて勘違いしています。異世界人が勇者に“選ばれた”など、我々の傲慢も甚だしい」
 
 そんなものがあるとしたら、セリアールの人々が都合良く解釈しているに過ぎない。
 死に際を救ったから?
 力を与えたから?
 ああ、違う。
 何もかも間違えている。
 
「異世界人の勇者は勇者として“選ばれてしまった”。我々が必要とする存在であり、何より“勇者として必要なもの”を持っているから」
 
 ただの異世界人召喚以上に違う。
 彼らは喚ばれた瞬間から勇者であることを請われている。
 
「どの口が言えるのでしょうか? 勇者として召喚してしまった者に対して『勇者なのだから平和を築け』などと」
 
 どこまで傲慢になれば気が済むのだろうか。
 召喚して、勇者にして、あげく平和を築けなど。
 
「もちろん異世界人の勇者は勇者として相応しい魂を持っている。だからこそ皆様、頑張ってくれています」
 
 修も正樹も春香も小太刀源も。
 相応しいから召喚された。
 そして彼らは違うことなく真実、勇者として動いてくれている。
 
「さて、ここで問い掛けましょうかトラストの勇者」
 
 アリーは冷酷な視線のまま、エルトに言葉をぶつける。
 
「勇者として必要なものを持っているからこそ召喚された者が、相応しくない?」
 
 何て愚かしい発言だろう。
 すでに各国には伝えているはずだ。
 勇者の由来も何もかもを。
 だとするならば、
 
「資格すら持っていない“紛い物”がどうして本物を罵れるのでしょうか?」
 
「俺が紛い物だと?」
 
「ええ、紛い物ですわ。他国の皆様には悪いですが『始まりの勇者』の正統な後継はリライト、フィンド、タングス、クラインドールの四国。他の勇者は総じて後発的なものに過ぎません」
 
 故に本来、勇者と名乗れるべき者達は異世界人のみ。
 他の国の勇者はただ単に勇者に憧れたからこそ、勇者の名を扱っている。
 
「とはいえリステル、モルガストの勇者は勇者として相応しいと思っていますので、別に“紛い物”だとわたくしは考えていません」
 
 勇者に必要なものは純粋な魂。
 それを持っているからには勇者と名乗ってもいいのだろうと思う。
 もちろん、基本的にはそういう輩が選ばれるものだとも感じている。
 けれどやはり自分達で選んでいる以上、例外があり得る。
 
「今、ここにいる勇者の中でわたくしは異物を二つほど感じていました」
 
 アリーはそう言いながら視線は揺るがせない。
 
「特に酷いのは貴方ですわ、トラストの勇者」
 
 平和の為に言葉を紡ぐ勇者。
 平和の為ならば何をしようとも辞さない勇者。
 あまりにも『純粋に歪んでいる』からこそ異物感が凄まじい。
 
「自分だけは正しい、と。自分以外は総じて分かっていない、と。そう断ずる口調は好きな類ではありますが、勇者としてはあまりにも歪。だから紛い物だと言っていますわ」
 
 そしてアリーは隣に視線を向ける。
 
「大魔法士、貴方の考えは?」
 
 優斗は問われて目を瞬かせたが、一度嘆息すると素直に答える。
 
「うちの勇者は身内贔屓になるから除外するとして、僕は今までリステルの勇者、フィンドの勇者、クラインドールの勇者、モルガストの勇者に会ってる。まあ、どいつもこいつも問題ないよ。僕は勇者だと感じたし、その通りだった」
 
 勇者らしいと思った。
 こういう人物だから勇者なんだと感じた。
 
「だから言えることがあるとするなら、平和の為に死ねとか言える勇者なんて存在するのかってことだよ」
 
 九を救う為に一を見捨てる。
 平和の為に弱き者を選別する。
 それを平然と掲げる輩を果たして勇者と呼べるのだろうか。
 
「僕はお前のことを勇者だと思えない」
 
 答えは否だ。
 勇者はそんな合理的主張をしてはいけないし、掲げるべきじゃない。
 
「……ふん。貴様等の言い分とて誤差の範囲内だ。世界を平和にする為に何が必要なのかを分かっていない愚鈍な思想だ」
 
「誤差の範囲内だ、ね」
 
 優斗は面白そうな笑みを浮かべた。
 そして会話の主導権をアリーに返す。
 
「さて、そろそろ本番といきましょうか」
 
 彼女は嘲るような表情でトラストの勇者に言い放つ。
 
「先ほど我が国の勇者は勇者を放棄している。そう貴方は仰いましたね?」
 
「ああ、そうだ」
 
「しかし修様は危険な魔物の討伐、リステル王国の王女救出に“レアルードの奇跡”。クラインドール八騎士の一人、黒の騎士の問題解決の手助けなど勇者を公表していない時点でも多大な貢献をしていますわ。自国、他国を問わずに」
 
 他の勇者もたくさんのことをしている。
 事の大小で差異を付けるつもりはない。
 けれど彼だって、これほどのことをやってのけている。
 
「少なくとも口先だけの勇者よりはよほど成果を挙げている。その点についてどうお考えですか?」
 
「俺はお前達よりもよほど重要なことを考えている。粗末なことに関わっている暇は無い」
 
「世界の平和の為に、ですか?」
 
「その通りだ」
 
 ふてぶてしいほどにトラストの勇者は頷いた。
 だからアリーは一笑する。
 
「勇者だから世界の平和を守る義務がある? ああ、結構結構。お好きなだけやればよろしいですわ。聖なる勇者と呼ばれる貴方が」
 
 崇高な思想だからこそ着いていく者達がいる。
 故に『聖なる勇者』と呼ばれ、崇拝されているのだろう。
 
「ただ、わたくしの勇者を貴方のくだらない考えに巻き込まないでくださいな」
 
 修を巻き込む必要は一切ない。
 やりたいのであれば、自分達だけでやればいい。
 
「ついでにこれも言っておきましょうか」
 
 アリーはもう一つ、糾弾する。
 修は直接関係ないが、それでも彼を責めるには使える話があった。
 
「年老いた勇者は死んで、次代に譲るべきだ。貴方はそう仰りましたわね。力がなく、居るだけでは無意味だと」
 
「力なき勇者に何の価値がある?」
 
「では同様にわたくしの絶対基準による相対評価を以て貴方を批評しましょう」
 
 トラストの勇者が言った力なき勇者。
 それは何を基準にしているのだろうか。
 ことアリーに関して言わせてもらえるのであれば、彼女の絶対基準は内田修。
 勝利の女神に愛された至上の勇者。
 だから言う。
 
「貴方如きが大層、上から目線ですわね。神話魔法も使えない無能の勇者が」
 
 アリーから言わせれば正樹以外、総じて力がない。
 
「リライトの勇者……いえ、『始まりの勇者』はこの世に現存する全ての魔法を使える。唯一例外は大魔法士の独自詠唱による神話魔法のみ」
 
 そして相対評価をしてしまえば、結論などただ一つ。
 
「数多の神話魔法を扱える勇者と、何一つ扱えない勇者。これが力なき勇者と呼ばずして何なのでしょうか?」
 
 足りなさすぎる。
 弱すぎる。
 トラストの勇者は特殊な技能を持っていると聞き及んでいるが、だから何だと言うのだろう。
 
「完璧なる者? 聖なる勇者? 戯れた名称もここまでくれば笑いに転じますわ」
 
 まるで見合っていない。
 
「貴方のことを一般的に『ふざけている』と言うのですわ」
 
 アリーは嘲笑を続ける。
 そしてさらに追加口撃をしようとした時だった。
 
「ま、待って下さい!」
 
 トラストの勇者ではなく、彼の後ろにいる少女が大声を出した。
 
「ゆ、勇者様の言っていることは素晴らしいです! 彼はとても正しいことを言っているのになぜ、アリシア様は彼のことを愚弄するのですか!?」
 
 優斗達と同年代、セシルと呼ばれた聖女は必死にアリーの言葉を否定する。
 
「命は尊いもので、誰であれ平等であるべきです! だから勇者様が掲げる誰もが傷つかない世界を皆で協力して成すべきではないのですか!? 勇者様の世界を実現させれば、全て助けられるんです!!」
 
 世界を平和にする。
 すなわち誰も傷つかない世界を作る、ということ。
 これは誰であれ望んで然るべきものだ。
 特に『勇者』と呼ばれる者であれば、なおさら。
 けれどアリーには届かない。
 
「だから?」
 
 論点はそこじゃない。
 アリーが問題としているのはそうじゃない。
 
「……っ! 大国の王女たるもの、あたくし達の思想に賛同こそしても否定する理由はないはずです!」
 
 必死にトラストの勇者を庇う聖女。
 だからリライトの王女は嘆息した。
 
「ですから否定していませんわ。勝手にやればいいと言っています」
 
 何を頓珍漢なことを言っているのだろうか。
 
「ご立派な思想を持っている。素晴らしい世界を望んでいる。別にこちらの迷惑にならない限りはどうぞ、やってくださいな。ですが――」
 
 どれだけ崇高なものを掲げようとも、
 
「それがわたくしの勇者を愚弄するにあたって、何の免罪符になるのでしょうか?」
 
 自然に生きることが勇者として間違っている。
 勇者を隠して生活していることが間違っている。
 総じて修を『勇者ではない』と言って喧嘩を売ってきたのはトラストの勇者だ。
 
「そちらが喧嘩を売ってきたから、わたくしが買った。であるからして、こちらも言う権利はあるでしょう? 自分達は言っていいのに、言われることは許せないとでも?」
 
 アリーは冷酷な瞳でトラストの勇者と聖女を見据える。
 
「何様でしょうか」
 
 特に彼女は殊更におかしい。
 ふざけているにも程がある。
 
「それに聖女様は順番が間違っていますわ。本来、貴女が糾弾すべきはトラストの勇者であるはずです」
 
 もし本当に理想とする思想を心から掲げているのであれば、見過ごしてはいけない発言がある。
 と、そこで優斗が口を挟んだ。
 
「アリー、相手を間違えないで。君が相手をしたのは馬鹿であってお花畑じゃないよ」
 
「……あっ、そういえばそうでしたわ」
 
 急に割り込んできた聖女に対しても言おうとしていたアリーだったが、あくまで彼女が標的としているのはトラストの勇者。
 聖女ではない。
 とはいえ、
 
「あ、あたくしとて理想論を語っているのは分かっています!! それでも全身全霊、全てを賭しているのです!!」
 
 普通に火に油を注いだだけだった。
 優斗はアリーに対して、謝るポーズを取る。
 
「悪い。ミスった」
 
「……ユウトさん、貴方って人は」
 
 アリーが心底呆れた。
 彼の場合だと、わざとなのか天然なのか判断し辛い。
 
「まあ、いいですわ。ユウトさんがそう言ったということは、思っていることは一緒でしょう?」
 
「そうだね」
 
「世界を平和にする。誰もが傷つかない世界。命は尊い。ここまで聞けば誰でも分かりますわ。聖女様の矛盾くらいは」
 
「勇者の人達はみんな、優しいからね。言わないであげてるだけなんじゃないの?」
 
「かもしれませんわ」
 
 二人は勝手に話して勝手に納得する。
 だから聖女は頑なに語った。
 
「いくらお花畑だと言われようと、理想がなければ実現はできません! いくら壮大であろうと、荒唐無稽であろうと、あたくしは本気です!」
 
 届かないからといって、やる前から諦めるのは違う。
 それでも必死に頑張れば出来るかもしれない。
 だからやっていく。
 彼女はそう言った。
 これこそ聖女と呼ばれる所以だろう。
 皆が諦めてしまうようなことでさえ語れること。
 その語っている姿は必死で、だからこそ思ってしまう。
 彼女は素晴らしい、と。
 
「貴女が告げたことは確かに綺麗で優しく美しい。ええ、まったくもって理想的ですわ。わたくしとて好ましいと思うくらいに」
 
 アリーは頷く。
 別に嫌いじゃない。
 どれほど荒唐無稽だとしても、無理難題だとしても、その願い自体は間違いなく正しいのだから。
 
「ただし、まるで全てを投げ打って身命を賭しているような言い草はやめてほしいですわ。貴女は“赤の他人が亡くなっても悲しんでいる”ように思えてしまいます」
 
「誰かが亡くなるのは悲しいことです!」
 
 何も間違っていない。
 間違っているはずがない。
 全身全霊で事に当たっているのであれば、彼女の掲げたものに対して今の反論こそが正答。
 故に、
 
「……はぁ」
 
 アリーは大きく溜息を吐いた。
 
「だから大魔法士が言ったでしょう。お花畑だと」
 
 それは彼女が向かっている場所のことではない。
 向かっている姿勢の問題。
 言葉だけを必死に吐くことなど誰にだって出来る。
 
「貴女は自分の言葉の意味を全く分かっていない」
 
「そんなことはありません! あたくしは自分の言葉の意味も重さも分かっています!」
 
「現実に沿っていない甘言ですわ」
 
「違います!」
 
「本当でしょうか?」
 
「もちろんです!」
 
「ではなぜ、貴女は今この瞬間を悲しんでいないのですか?」
 
 アリーの問いは唐突だった。
 必死に反論していた聖女が止まる。
 彼女の反応にアリーはさして気にもせず、さらに続けた。
 
「事故死、病死、殺害、その他諸々が毎日ありますわ。それこそ絶え間なく。平等な死など訪れていない。これは現実であり、否定できない事実であるというのに今この瞬間、貴女は悲しんでいない。悲しみよりも怒りを以てわたくしを説き伏せようとしている」
 
 聖女の言い分であれば、悲しんでいて然るべきだ。
 なぜなら彼女は赤の他人であろうと死ねば悲しい。
 だから平和を作りたい。
 その為にトラストの勇者は正しいと声を張り上げたはずだ。
 その為に修が勇者たりえないと糾弾していたはずだ。
 
「視界に入らなければどうでもいい証拠。目に映る世界だけが幸せであれば、貴女は関係ないということ。しかも例外が存在するなど、まさしく机上の空論ですわ」
 
「……な、何が例外だって言うんですか!?」
 
 聖女はアリーの徹底的な物言いに何とか言い返す。
 冷酷な視線を以て射貫くリライトの王女と、必死に抵抗するトラストの聖女。
 虐め以上の悲惨な光景だが、アリーは言葉を止めない。
 
「トラストの勇者が告げたこと、どうして否定しなかったのですか。明らかにおかしいでしょう? 彼は貴女の理想と反することを告げた。タングスの勇者に死ね、と」
 
 だからアリーは言った。
 順番が間違っている、と。
 
「もう一度問いますわ。なぜ貴女はトラストの勇者がタングスの勇者に『死ね』と言った時、否定しなかったのですか?」
 
 アリーがトラストの勇者を糾弾するのがおかしいと叫ぶ前に、言わなければいけないことがある。
 例え自国の勇者だとしても、言葉の意味と重さを分かっていると言い放つのであれば、彼女はトラストの勇者を否定しなければいけなかった。
 
「理想と現実に苦しむわけでもなく、さらには例外すら存在する穴だらけの理想論」
 
 黙り込む聖女にアリーは心から見下しながら告げる。
 
「心底、くだらないと伝えましょう」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 アリーがやらかしたので、一旦休憩となった。
 リライト組と仲良い人達は部屋から出て、談話室のようなところで飲み物をいただく。
 
「皆様、本当に申し訳ありません!!」
 
 まず最初にアリーが他の勇者に頭を全力で下げた。
 優斗がくすくすと笑う。
 
「まあ、被害者続出だったよね。修基準に話しちゃうから」
 
「わたくしは別に皆様のことを無能だとかそんなことは一切思っていません! むしろ修様は皆様に見習うべきところがたくさんあると思っていますから! 先ほどの発言はトラストの勇者にしか向けていません! というか基本的に相手を叩きのめすために言った嘘八百のでたらめですわ!」
 
 もの凄い勢いでフォローしていくアリー。
 他の勇者達は気にすることはない、と次々彼女を許したのだが、
 
「最後の最後に自分の勇者を貶しちゃったよ」
 
「酷くね!?」
 
 地味に修が足りないと言い切っている。
 もちろん冗談のやり取りなのだが、アリーはさらっと言う。
 
「別に酷くありません。わたくしは見習うべきところ以上に素晴らしいところを修様が持っていること、知っていますわ。というより、わたくしにとって『わたくしの勇者』は一番ですわ」
 
 剛速球を修にぶち込む。
 若干顔を赤くしたリライトの勇者は、急に話題を変えた。
 
「な、なあ、イアン。勇者会議って毎年こんなに殺伐としてんのか?」
 
「ん? ああ、ここ数年は彼ら主導で重苦しい雰囲気ではあったが、あれほど殺伐とはしていなかった。モール、去年はこれほどではなかったと思ったがどうだった?」
 
「終始、トラストの勇者がうるさかったのは俺も覚えてる」
 
 というか勇者が集まる会議で殺伐となるほうが異常だ。
 タングスの勇者も頷きながら、
 
「しかしアリシア王女の気迫は凄まじさがあったね。老体ながら驚いてしまったよ」
 
「っていうかアリシア様、怖かったよ」
 
「優斗くんみたいだった」
 
 春香と正樹も源の言ったことに同意する。
 修は二人を示すと、
 
「こいつら、似てっからな。従兄妹とか言ってるけど真実味あんだろ?」
 
「「「「 確かに 」」」」
 
 フィンド、リステル、クラインドール、モルガストの勇者が同意した。
 背後で控えている彼らのパーティメンバーも理解している者達が頷く。
 
「あっ、だから先に謝っとくぞ。ごめん」
 
「修くん、どうしたの?」
 
「修センパイ、先にってどういうこと?」
 
 異世界の若い勇者二人が首を捻った。
 修は笑いながら説明する。
 
「本命その①がやっちまったろ。でもよ」
 
 アリーを指差したあと、優斗を指差す。
 
「本命その②が残ってんじゃん」
 
「「「「 あ~、なるほど 」」」」
 
 大体の人達に頷かれた。
 優斗が思わずツッコミを入れる。
 
「さっきから勇者がハモるな!」
 
「だってぼく、なんとなく想像できちゃったもん」
 
「ボクはやられたことあるし」
 
「俺もだ」
 
「私は何度かご一緒したことがあるからな」
 
 春香、正樹、モール、イアンの順番にしみじみと頷く。
 彼らの後ろにいる人物達も同様だ。
 
「ついでにニアも八騎士連中も何を納得してるの!?」
 
「私がミヤガワと会う時、いつも怖くなるんだ。確率100%なのに頷かない理由がない」
 
「頭を鷲掴みされたことは忘れてない」
 
「いや、その、キリアから色々と聞いてるので」
 
 何だかんだで被害回数が一番多いニアは嘆息し、頭をメキメキされたブルーノは痛みを思い出したのか額に手を当て、弟子が幼なじみのロイスが愛想笑いを浮かべた。
 優斗は参ったようにかぶりをふりながらも、
 
「……まあ、僕も疑ってる人達がいないわけでもないんだよ」
 
「トラストの勇者達はわたくしの言動に堪えていなかったので言わずもがなですが、ヴィクトスの勇者パーティですわね」
 
 あれだけ圧倒したにも関わらず、席を立つ時のトラストの勇者は平然としていた。
 聖女とて心が折れたわけでもない。
 要するに第二ラウンドが始まる可能性がある。
 加えて、
 
「アリーも気付いてたもんね」
 
「ええ、まあ」
 
 彼女が察した違和感は二つ。
 一つはトラストの勇者。
 そしてもう一つは、
 
「あのひょろっこい勇者のことか?」
 
「うん。会議中、あの子……というかあの子達、ちらちらと僕を伺ってた」
 
 何か思うところがあるのか、アリーが爆ギレしていたにも関わらず優斗を意識していた。
 
「何て言うか気弱そうな子だよね」
 
「あいつ、幾つだよ? 14,5歳にもなってないんじゃねぇの?」
 
 とにかく幼いと修は感じた。
 モールは間違っていない、と頷く。
 
「俺が聞いたところによると12歳らしい」
 
「うわ~、若いね~。ぼくより4つ下だよ」
 
「春香が下から二番目だろうから、そう考えると幼さが目立つね」
 
 どのように選ばれたのかは分からないが、ここにいる面子を考えても若い。
 けれど大して興味もないので、春香が思いっきり話題を変える。
 
「そういえばさ、トラストの勇者の眼帯ってなんなの?」
 
 見た瞬間、正直言って春香は笑いそうになった。
 どこの厨二病かと普通に考えた。
 するとイアンが知っているのか説明してくれる。
 
「彼の左目は未来を見通すらしい。“未来視”と呼ばれていて、未来を知っているから彼は間違えない。だから彼は一部から『完璧なる者』とも呼ばれているんだ」
 
 さらっと教えてもらった。
 修と優斗、春香は視線を互いに交わし、
 
「……未来視」
 
「……間違えない……っ……」
 
「……完璧なる……者……っ!!」
 
 だからこそ三人のツボに直撃する。
 
「~~っ! 邪気眼きたー!」
 
 まずは春香が盛大に吹き出した。
 続いて優斗も耐えられずに大声で笑う。
 
「あっははははははっ!! マジでそういうのあるんだ!! うわっ、ホントビックリした!」
 
 さらには修が腰砕けになって地面をバンバン、と叩きながら、
 
「やべぇ! リアルにいんのかよ!」
 
 三人揃って涙目になりながら笑っていた。
 急変した様子に驚いたタングスの勇者が目を丸くした。
 
「アリシア王女。この子達はどうしたんだい?」
 
「彼ら共通のツボに入っただけですわ」
 
 



[41560] all brave:大魔法士が相手にするべきは
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:e380c349
Date: 2016/01/04 16:52
 
 
 
 全員が席に着席する。
 またトラストの勇者が何か言い出すのも面倒なので、優斗が口を開いた。
 
「とりあえず僕も仕事はちゃちゃっと終わらせたい。というわけで、僕に相談事がある人はいる?」
 
 勇者全員を見回して優斗は尋ねる。
 正樹と目が合った。
 なので彼から話を聞こうとした……瞬間だ。
 
「大魔法士。貴様には各国から女性を娶ってもらう」
 
 全くどうでもいいところから言葉が飛んできた。
 優斗が呆れすぎて半目になるが、声の主――トラストの勇者は一切気にせず話し続ける。
 
「我が国からも幾人か見繕う。そして子を産み世界の平和の為に役立たせろ」
 
 超絶上から目線での言い分。
 優斗はアリーと同時に嘆息する。
 
「システマチックに論理を展開と思いきや、やっぱり穴だらけだし」
 
「こちらを物として見ているのに、自分達は感情優先」
 
「しかもバレる」
 
「通せるなら構わないのですが、通せないのに意気揚々と言ってのけることが理解できませんわね」
 
「さらに言うなら僕に、だよ。世界を平和にしたいんじゃなくて、破壊したいんじゃないの?」
 
「可能性は無きにしも非ず、ですわ」
 
「どうする?」
 
「もう面倒なのでいいと思いますわ。ユウトさんも疲れるのは嫌でしょう?」
 
「そうだね。というわけで、彼らはいないことにしよう」
 
 軽快な会話で結論をまとめる。
 そして優斗は爽やかな笑顔で正樹に向き直った。
 
「何かある?」
 
 不意を打たれたフィンドの勇者だが、とりあえずもう関わりたくないんだろうなと察して会話する。
 
「ボクは……そうだね。フィンド王が一度挨拶したいって言ってた。フィンド周辺の王様達もそうらしいから、どこかのタイミングで会うことって出来る?」
 
「ん~、こっちに来てくれるなら顔出しぐらいはするけど、行くのは面倒」
 
「分かったよ。フィンド王にはそう伝えておくね」
 
 次いで間髪入れず、正樹の隣に座っている少女へ話し掛けた。
 
「春香は?」
 
「クラインドールに戻ると貴族からの結婚話がすっごい嫌」
 
「何か個人的すぎるけど……まあ、だとしたら僕の名前を使っていいよ。クラインドールの勇者が不幸になったら、友人である大魔法士が黙ってないってね」
 
 けれど、と注意するのも忘れない。
 
「ただし春香も問答無用で蹴散らすのは駄目だから。もしかしたら良い人だっているかもしれないし。まずはそこを把握するところから始めるんだよ?」
 
「……う~、わかったよ」
 
 不承不承、ハルカが頷く。
 すると後ろにいる八騎士二名が騒いだ。
 
「だ、大魔法士! 子猫ちゃんは俺様の子猫ちゃんだ!」
 
「ハルカの親友である私こそ相応しい」
 
 ガタガタと前に出てくる二人。
 春香がジト目になり、優斗ももちろん言いくるめる。
 
「ブルーノ。だったらまずは二枚目気取るのやめようか。今のままだと春香のネタにしかならないから。ワインは春香の幸せも考えてあげないと。君が本当に春香のことを知っているなら、彼女がどうすれば幸せになれるか親友の君なら分かるんじゃないかな? 今の発言は個人的過ぎて春香のことを考えてない。前にも言われたでしょ?」
 
 大仰に頷く春香。
 ここで二人が慌てて釈明を始める。
 
「こ、子猫ちゃ……いや、ハ、ハルカ。そうじゃない、そうじゃないんだ」
 
「ハルカ。さ、さっきのは違う。私はハルカの幸せをちゃんと考えてる」
 
 あれやこれやと話しまくるブルーノとワイン。
 彼女のジト目は終わらないが、それでも怒ってはいないらしい。
 数分して落ち着きを取り戻す。
 なので優斗は次の相手に視線を向けた。
 
「源さんはどうですか?」
 
「私の下に付いている者達の指導を一日ばかりお願いしたいね。出来ることなら周辺諸国の者達も呼びたい」
 
「……今のところ、僕は存在自体が秘匿されてるので難しいですが、ある一定の立場の者達でしたら大丈夫でしょう。源さんの下に付いている方々にも、僕を知っている人物のみ許可はできるはずです。ただ来年には公表しますので、その時まで待ったほうが得策だとは思いますよ。やるやらないは別として」
 
「……ふむ、そうだね。急を要することでもないから、来年以降の日程を考えたほうが安心だね」
 
 互いに笑みを浮かべて落としどころを見つける。
 その中で異様に優斗を見ているのが若干二名ほどいるが、優斗は一切そちらを見ない。
 
「イアンは?」
 
「今のところユウトの手を煩わせる事案はない。ただ、我が最愛の義弟と妹の展示を見に来るついでに王城へ立ち寄ってくれると助かる。父も少々、話したいらしい」
 
「何を?」
 
「次回作についてだ」
 
 イアンが誇らしげに胸を張る。
 
「なるほど。僕も気になってるし、面白いからリステルに行ったら立ち寄るよ」
 
 逆に優斗はニヤっと笑う。
 
「モール、君は?」
 
「大魔法士どうこうはないが、タクヤ様とリル様を連れてきてほしい。レンドと姫様の関係が公になってからというもの、その二人が絶賛している『瑠璃色の君へ』が我が国でもブームになった。連れてきてくれたならモルガストとリライト、リステルとの関係は良好だと周囲にも示せる」
 
「そこは卓也達次第だけど……とりあえず頼んでおくよ。アリー、大丈夫かな?」
 
「リライトとしては歓迎するべきことですわ。それにあの二人も何だかんだでリライト、リステルの評価に繋がるなら動いてしまうと思います。イアン様、リステルも問題はありませんわね?」
 
「ああ、構わない」
 
 彼らならば恥ずかしそうにしながらも行ってくれるだろう。
 
「あとはヴィク――」
 
「大魔法士」
 
 最後の一人に話し掛けようとした瞬間、トラストの勇者の声が遮った。
 が、優斗は当然無視する。
 
「ヴィクトスの勇者は何かある?」
 
 本当にいないように扱う大魔法士に、イアンが少々不安になる。
 
「ユウト、いいのか?」
 
「僕は意思疎通が出来る人間としか喋るつもりないから」
 
 会話をしても意味がないのであれば、話すだけ無駄だ。
 
「大魔法士、貴様は俺の発言を何だと思っている」
 
 トラストの勇者が険を含めた視線を優斗に向けた。
 けれど意味がない。
 優斗はいないものとして扱っているからこそ、優斗は何一つ反応しない。
 
「…………」
 
「世界の平和の為には能力に秀でた者達が必要だ。異世界人は総じて能力が高く、子にも高い能力が引き継がれていく可能性は高い」
 
「…………」
 
「故に貴様のような者は多くの子を産み、優秀な遺伝子を残す必要がある」
 
「…………」
 
「聞いているのか、大魔法士」
 
 当然聞いてない。
 優斗はアリーと世間話を始める。
 
「この部屋は雑音が突然聞こえてくるから困るね。幽霊とかいるのかな?」
 
「別にいても構わないと思ってますわ。被害がなければ」
 
「同感。被害がなければ存在しても構わないんだけどね」
 
 くすくすと笑いを零す二人。
 呆気にとられるのは周囲。
 言葉通りにトラストの勇者を無視して平然としている姿は、正直怖くなってくる。
 そして、だからこそ再び聖女が食って掛かった。
 席を立ち、ずかずかと歩いては優斗の前で立ち止まった。
 
「ぶ、無礼ではないですか! 勇者様の話を聞かないなど、ふざけているにも程があります!」
 
「…………へっ?」
 
 無視しようとしていた優斗の口がぽっかりと空いた。
 聖女はさらにまくし立てる。
 
「貴方の態度は非常に無礼です!」
 
「……あ~、うん。ちょっと待って」
 
 優斗は左手を前に出して待ったをかけると、目元をほぐし眉根をほぐす。
 無視しようと思ったが、迂闊にも彼女の言動に興味が沸いてしまった。
 
「僕達を入城させなかったことも、馬鹿な部下を迎えに寄越したことも、修を貶したことも君達にとっては無礼じゃないの?」
 
「それとこれとは話が別です!」
 
「…………………………マジか」
 
 あの宮川優斗が絶句した。
 彼の想像を絶した、と言ってもいい。
 今までどんな馬鹿だろうとアホだろうと屑だろうと、話は通じなくても“流れ”は誰もが理解していた。
 だけど、だ。
 まさかすぎるだろう。
 さっきあれだけアリーがキレたのにも関わらず、流れをリセットしてくるなんて。
 
「えっと……その…………僕も勘違いしてるかもしれないんだけど、聖女様はお幾つ? もしかして5歳ぐらいだったりしない?」
 
 半ば本気で優斗が尋ねると、聖女は顔を真っ赤にしながら憤って反論する。
 
「ば、馬鹿にしているのですか! あたくしはこれでも16歳になる淑女です!」
 
「大魔法士。聖女のことを貶すなど真に無礼なことだ」
 
 しかもトラストの勇者が乗ってきた。
 優斗は思わずアリーを見る。
 
「どうしよう。お子ちゃま相手にしてたなんて気付かなかった」
 
 ガキじゃなくてお子ちゃま。
 それだけで優斗の想定している年齢が分かるというものだろう。
 アリーも僅かに困った様相を見せる。
 
「その……どうされます?」
 
「僕は何も分かってなかった。お子ちゃまが相手なら、無視すると余計に注目を浴びようとする。こちらは大らかな気持ちで支離滅裂でも話が繋がってなくても意味が不明でも、笑顔を浮かべて彼らの言葉を聞いてあげることが重要だよ」
 
「……ユウトさん、ヤケクソになってますわ」
 
「だってさ、僕だって大概無礼だけど彼らなんて僕を蹴散らすほどだよ。これをどの年齢に当てはめるかって言ったら3歳から5歳ぐらいでしょ?」
 
 優斗も確かに無礼だが、これほどじゃない。
 少なくとも年相応の礼儀は弁えている。
 けれどこの二人は違う。
 まるで幼い子供だ。
 
「まあ、そうですわね」
 
「だから僕はお子ちゃま相手だと思って相手をする」
 
 優斗はにっこりと笑って二人に話し掛けた。
 
「ごめんね、勇者くんに聖女ちゃん。僕が悪かったよ」
 
「――っ!」
 
 同時、聖女の右手が動いた。
 平手が優斗の頬に飛び……叩く。
 
「あたくしも勇者様を国を代表する者として、ここにいるのです! ふざけないでください!」
 
 乾いた音のあと、怒鳴り声が室内に轟いた。
 これだけ馬鹿にされれば、とも思うが先にふざけたことを言ったのはトラストだ。
 優斗を叩く理由はない。
 
「国を代表する、か」
 
 だから彼には大義名分が生まれる。
 先に手を出したのは向こうなのだから、やられても仕方ない、と。
 
「前提条件から間違えてるし不可能な話なんだけど……仕方ない。無意味であることを放り出して少し相手をしてあげよう」
 
 優斗は呆れるように息を吐く。
 どうせ理解できないのは分かりきっているけれど、一応は言ってあげよう。
 
「君はもしかして、彼の発言に自分が関係ないとでも思っているのかな?」
 
「なにがですか!」
 
「一度だけお話してあげるから、お馬鹿な頭だろうけど理解してね」
 
 憤ってる彼女に笑みを浮かべながら、優斗はまずリステルの勇者に声を掛ける。
 
「イアン。僕の相手として相応しいのは、どれくらいの女性かな?」
 
「基本的には王族だろう。ユウトは千年来の伝説を蘇らせた男だ。本来なら公爵令嬢とて難しいと判断したほうがいい」
 
 なので事実、フィオナは相手として立場的に厳しい。
 それがまかり通っているのは、偏に彼が証明したからだ。
 彼女以外は論外だ、と。
 
「次にモール。だとしたら、トラストで僕に相応しい相手は誰?」
 
 問いに対してモルガストの勇者はさして考えるまでもなく答える。
 
「聖女だろう。彼女は王族ではなく貴族という話らしいが、立場としては王族の女性を凌駕しているはずだ」
 
 うんうん、と優斗は頷いた。
 そして一気に問いと答えを繋いでいく。
 
「で、春香。向こうが差しだそうとしたのは?」
 
「女性を幾人か見繕う……とか言ってたよね」
 
「ということは正樹。考えれば誰にだって分かる相手を言わなかった理由は?」
 
「渡したくない、ということだね」
 
「最後に源さん。そこから導き出される答えとして、向こうが感情で世界平和の為のベストを差し出さないのに、こっちが応対する必要性は?」
 
「ないと断言できるよ」
 
「以上、トラストの勇者達のふざけた物言いでした」
 
 まさしく話にならない。
 彼らの発言を考慮する必要は微塵も存在しない。
 なのに聖女は迂闊にも反論した。
 
「あ、あたくしと勇者様は婚約しています!」
 
「だから?」
 
 一蹴する。
 それに何の意味があるのだろうか。
 
「君達の言葉を借りよう。『世界の平和の為だ』ってね」
 
 結婚しているわけではない。
 ただ婚約しているだけ。
 なのにそれが何の言い訳になる。
 
「しかも僕にこんなことを抜かしておいて、自分達は婚約してるから無理だなんて馬鹿にしているにも程がある」
 
 妻がいると国外に情報を出している大魔法士。
 しかも彼はリライトの法に殉じ、一人しか娶らないとしている。
 加えて手を出したら国ごと潰すと断言した。
 けれど彼らの言い分は大魔法士の在り方を崩すもの。
 ということは、
 
「どうする? 僕にそういうことを言うのなら模範を示すのは君達だよ」
 
 あざ笑うように問い掛ける。
 するとトラストの勇者が口を開いた。
 
「「 フン。誤差の範囲内だ 」」
 
 先ほどから何度か使っている言葉。
 それが同時に、トラストの勇者と大魔法士の口から漏れた。
 目を見張ったエクトに対して優斗は指摘する。
 
「口癖なの、それ?」
 
 からかうような言い方。
 いや、実際にからかっている。
 
「一つだけ教えてあげるよ、トラストの勇者。君に未来視が実際あるかどうかは分からない。あってもなくてもどうでもいい。だけどね……」
 
 優斗は優しく教えるように柔らかく述べる。
 
「少なくとも君は『完璧なる者』じゃない」
 
 未来が見えるから間違えない。
 故に『完璧なる者』だと言われている。
 だけど、それだとどうしてもおかしい。
 
「完璧に誤差は存在しない」
 
 一分の隙もないほどに整っているから完璧だ。
 なのに彼の口癖はどうしたって揺らぎがあることを示している。
 
「そして今の言葉の意味をどう捉えればいいのかな? つまり君は聖女様を僕に嫁がせることも仕方ない、と。そういう発言だと捉えればいいのかな?」
 
「違う」
 
「だったら聖女様、貴女はどのように考えてる? 世界の平和を考えて僕に幾人もの女性を娶らせるのなら、貴女は僕に嫁ぐ必要がある」
 
「あ、ありません!」
 
「なぜ? 理由を答えてもらいたいね」
 
 優斗が問い掛ける。
 明確な理由があるのなら、是非ともご教授願いたい。
 するとトラストの勇者が言い放つ。
 
「彼女は俺の婚約者だ。誰かに譲る気はない。それが問題というのなら、今ここで彼女を妻として迎えよう」
 
 エクトの発言に聖女の表情が明るくなる。
 だが、
 
「……ふ~ん。つまり君は世界を平和にする気がないんだね?」
 
 あまりにもその場限りの苦しい言い訳だ。
 
「大魔法士、理屈が通っていない。彼女が俺の妻になれば――」
 
「理屈が通ってないのは君達だよ。僕達には『世界の平和の為』にふざけたことを抜かすのに、いざ自分達に返ってくると『俺が妻として迎えればいい』だって? 話にならないにも程がある」
 
 何を解決した気になっているのだろうか。
 
「問題を履き違えないようにね、トラストの勇者。君達の言い分だと、世界を平和にする為には『聖女を僕に嫁がせる必要がある』んだよ。けれど君が『奪った』。だから君達は『世界を平和にする気がない』って言ってるんだ」
 
 そこまで話して優斗は気付く。
 今の言い方は難しかったのではないか、と。
 
「もっと簡単に言ってあげよう。ここで聖女を僕の妻にと送るなら、君達は世界を平和にする気がある。違うのであれば世界を平和にする気がない。君達の言い分に従うなら選択肢は二つしかないけど、どっち?」
 
 あくまで彼らの言い分に則った問いだ。
 ただの仮定の話。
 実際は論外なのだから議論する意味もない。
 
「………………」
 
「………………」
 
 優斗はどんな馬鹿にも分かるように伝えた。
 なのに二人は答えなかった。
 彼らの言い分を聞いた上での問いなのに、だ。
 大きく優斗が嘆息する。
 
「……トラストの勇者に聖女様。君達は何をしに来たの? 少なくとも君達は僕達と会話をしてない。人間が会話のキャッチボールを出来ない時は幼い時だけだよ。だから僕は君達を子供として扱ってる」
 
 彼らの態度は幼い子供そのものだ。
 理屈なく、理由なく、理路整然としていない感情だけのもの。
 
「俺達が子供などとふざけたことを」
 
「あたくし達は国の代表だと言っています」
 
 そう、だからこういう答えが返ってくる。
 優斗は半ば予想していたから間髪入れずに返した。
 
「聖女だの聖なる勇者だの、周りにちやほやされて増長した赤子が調子に乗るな」
 
 淑女だ何だと言ったところで、話が通じないのであれば子供そのものだ。
 自分が示したものを押しつけて、返されれば馬鹿な答えを告げる。
 これが幼くして何だと言うのだろう。
 
「己が国を代表して来ていると言うのなら答えろ。黙っていれば相手が引き下がると思うのは、ガキ以下の考えそのものだ」
 
 少しキツ目に言うが、やっぱり二人は言葉を発しない。
 なのに優斗は表情を崩した。
 
「いいか? だから僕は引き下がるんだ。君達を幼い子供と扱ったのだから」
 
 ついでにあやすような感じで柔らかい笑みを浮かべる。
 
「勇者くんに聖女ちゃん。僕は会話の出来ない赤子の相手をしに来たわけじゃないんだよ」
 
「だ、だからあたくしは――っ!」
 
「――勘違いしないでね、聖女ちゃん。君がもし淑女として扱われたいのであれば、僕の質問に答えるところから始めよっか」
 
 そして、それが出来ない以上は淑女など呼べるわけもない。
 聖女に席へ戻れと促す。
 大層睨み付けてきた聖女の視線を飄々とした様子で優斗は無視して、先ほどの流れへと戻す。
 
「ちょっと時間食ったけど、ごめんね。ヴィクトスの勇者は何かある?」
 
 小さな勇者に質問する。
 
「……あ、あの…………」
 
「なに?」
 
 彼はなぜか、おどおどして視線をあちこちに彷徨わせていた。
 けれど背後にいる三人のうち、優斗と同年代ぐらいの少女がヴィクトスの勇者の背を叩く。
 気合いが入ったのか発破を掛けられただけなのか分からないが、少年は小さな声で手の平を見ながら伝えてきた。
 
「あ、貴方は……その……だ、大魔法士にふさわしくありません。な、なな、なので……えっと……だ、大魔法士をやめて……ください」
 
 言い切った瞬間、全身甲冑の人間から金属音が響いた。
 もう一人、二十歳前後の女性も少し驚きを滲ませている。
 
「……ふむ」
 
 優斗は少し、考える。
 彼から悪意は感じない。
 トラストの勇者のような馬鹿丸出しのふざけた発言とも全く以て違う。
 ただ単純に後ろの少女に言わされている……というわけでもなさそうだ。
 
「ヴィクトスの勇者」
 
「は、はい!」
 
 声を掛けられてヴィクトスの勇者の身体が跳ねた。
 まあ、先ほどのやり取りを見ていれば致し方ないことではあるが。
 優斗は少しだけ間を空けてから、あらためて問い掛ける。
 
「僕を大魔法士から落とす。それが意味することを君は分かっているかな?」
 
「……えっ?」
 
 首を捻るヴィクトスの勇者。
 けれどすぐさま、後ろの少女が答えた。
 
「貴方は大魔法士じゃなくなる! そういうことですのよ!」
 
 堂々とした言い方。
 けれどやっぱり悪意は感じない。
 敵意も感じるが、他に大切にしているようなものがある印象を受ける。
 
「そっか」
 
 だから優斗も敵対はしない。
 一つ頷くと、笑みを彼らに贈る。
 
「頑張ってね」
 
 そして話は終わったとばかりにリステルの勇者に進行を託す。
 
「他には無さそうだからイアン、あとはお願い」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 イアンに話を振ったことで、わりと落ち着いて話が進んだ。
 危険区域や、どういった騒動があった等々。
 勇者らしい話し合いが続き、再び休憩になる。
 もちろん休憩中、話題の中心は優斗。
 
「……大魔法士。お前は未来視を持つトラストの勇者に対して、ずいぶんと強気に出られるな」
 
 モールが信じられない、とばかりに言葉を吐いた。
 未来が分かるトラストの勇者に対して、よくもまあ言えるものだ。
 アリーもだが。
 優斗は苦笑するとモールに一つ訊いてみる。
 
「ねえ、モール。未来視ってどういうものだと思ってる?」
 
「未来が分かるんだろう」
 
「じゃあ、どういう風に?」
 
「……どういう風に?」
 
 モールが首を捻った。
 ついでに一緒にいる勇者達も首を捻る。
 源だけは唯一、なるほどと頷いていた。
 なので彼がヒントを皆に伝える。
 
「さて、若き勇者達と連なる従者の方々。いいかな? 未来を“知る”のではなく、未来を“視る”というのなら視覚情報だということだよ。だとしたらトラストの勇者の未来視は、どのような視点で未来を視ているのだろうね?」
 
「どのような? って……どのような?」
 
 春香がさらに首を捻る。
 なので源は優しく説明した。
 
「彼の瞳が映す未来は果たして、自分が見ている範囲の未来なのか、自身の将来見る光景なのか、第三者の視界を借りたものなのか、それとも誰でもない空中から見下ろしたようなものなのか……ということだよ」
 
 彼の説明に全員がなるほど、と頷いた。
 
「加えるなら視覚情報があったとしても、音は聞こえない。故に“未来予知”ではなく“未来視”なのだと思うよ」
 
「おおっ、さすが源ジイ。伊達に歳食ってねぇな!」
 
 修が盛大に拍手する。
 
「これが年の功というものだね」
 
 混じり気無しの賞賛に源が皺を深くして笑った。
 けれどモールは疑問をさらに追加することとなる。
 
「つまり……どういうことなんだ?」
 
「所詮は“未来予知”じゃない不完全なもの。恐るるに足らずってね」
 
「……意味がわからない」
 
 未来を視るだけでも十分に驚異になるはずだが。
 と、ここでイアンも疑問に思った。
 
「しかし未来視があるなら、どうしてアリシア様にもユウトにも言い負けたのだろうか?」
 
「それは確定できないけど、予想としては三つ。一つは音の情報がないから言い合ってる姿は視ても決着が予想できなかった。僕もアリーも退いちゃったからね。二つ目はさっき源さんが出した案にあった“彼の視界範囲内のことしか未来視できない”から、あの会議室で未来視を使わなかった」
 
「最後は?」
 
「調子乗って使ってない」
 
「……どうにも二つ目と三つ目の気がするな」
 
「同感だよ」
 
 優斗とイアンが互いに苦笑する。
 とりあえず、これで問題の一つは納得いった。
 しかしもう一つ、大きなものがある。
 
「だけど、さっきの男の子も凄かったね。優斗くんに『大魔法士をやめろ』なんて言うんだから」
 
「ぼくも驚いたよ~」
 
 正樹と春香がしみじみと言う。
 
「で、優斗センパイは何をやったの?」
 
「会ったこともないんだから何もやってない」
 
「会ったことないの!?」
 
 春香がさらに驚いた。
 けれどアリーがさらっと、
 
「いえいえ、ユウトさんのことですから気付かずに恨みを買っている可能性はありますわ」
 
「……少なくともこの世界だと、あんまり恨まれる要素ないんですけど」
 
 敵とみなした奴らは全員フルボッコにしている。
 しかも大体が嫌われ者。
 優斗が誰かに恨まれるようなことはないはずだ。
 
「まあ、なんか全身甲冑の子からは特に、じろじろと見られてるんだけどね」
 
「優斗センパイ、何やったの?」
 
「だから僕がやった前提で話すな」
 
 春香の頭をぽこっと叩く。
 
「っていうかあのミニマムサイズはココぐらいしか知り合いがいない」
 
 そう、全身甲冑は身長が低い。
 ココとどっこいどっこいか、それよりも下。
 さすがに優斗も知り合いを思い浮かべることは難しい。
 と、その時だった。
 
「ミヤガワ様」
 
 一人の女性が優斗達の前に現れて話し掛けてきた。
 優斗は声を掛けられた方向を向く。
 
「えっと、貴女はヴィクトスの勇者パーティの……」
 
「監督者のアガサと申します」
 
 丁寧に腰を折った。
 そして顔を上げると、
 
「少しよろしいでしょうか」
 
 至極真面目な表情でお願いしてきた。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 リライト組以外が解散となった。
 優斗は紅茶で口の中を潤す。
 そして来訪者に向き合った。
 
「監督者ということはパーティメンバーではないということですか?」
 
 優斗が問い掛けるとアガサと名乗った女性は頷く。
 
「はい。私はまだ年若いヴィクトスの勇者パーティに問題を起こさせない為にいます」
 
「それにしては先ほどの件、驚いていたようですけど」
 
 優斗に対して『大魔法士をやめてください』とヴィクトスの勇者が伝えた時。
 彼女の目が僅かに見張っていた。
 
「私の監督不足です。申し訳ありません」
 
「いえ、気にしないでいいですよ」
 
 優斗は社交的な態度で話を伺う。
 
「さて、何か質問でしょうか?」
 
「先ほどのこと、出来ないと考えておられるが故の対応でしょうか?」
 
 直球でアガサが訊いてきた。
 確かに優斗は『頑張れ』と応援したが、それは無理だと知っているからこその反応だったのだろうか。
 気になったが故の質問だ。
 けれど優斗は首を横に振る。
 
「いえ、やりたいのならやればいいと思っていますよ」
 
 もし本当に自分のことを大魔法士と呼ばせたくないのであれば、頑張ってみてもいいんじゃないかとは思う。
 
「僕はマティスから引き継いで、その二つ名の大切さを知って、その名に込められた意味を理解して、今は自分で認めていますが……それでも別に僕を大魔法士と呼ばせないとするなら、一向に構いません」
 
 自分が誰より先に認めていくような二つ名じゃない。
 誰かに認められてこそ初めて名乗れるものだ。
 故に彼らが努力して優斗のことを『大魔法士』と呼ばせないのであれば、それは確かに大魔法士ではない。
 
「けれどその先、どうなっていくのかを考えましたか?」
 
「それだけでは終わらない、ということぐらいは」
 
 何かしらの問題が生まれてくるだろう。
 それぐらいは分かる。
 けれど優斗は苦笑した。
 
「頑張ってください監督者。貴女の予想外であったとしても、ちゃんと把握していないと困るのはあの子達ですよ」
 
 先ほどとは全く違う窘め方に、アガサがもう一度頭を下げた。
 
「ご教授、お願いしてもよろしいでしょうか?」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 お願いされた通り、優斗は順序よく説明していく。
 
「僕が大魔法士じゃなくなったとしても、僕の存在が消えるわけじゃありません。少なくとも各国の王は知っています」
 
「はい」
 
「けれど『大魔法士』じゃないから、過去に『大魔法士』と呼ばれた男を扱えるのはリライトだけになります」
 
「……リライトに頼めばいいだけのことでは? 大魔法士ではなくミヤガワ様に頼みたいことがある、と」
 
 アガサの問いに対して優斗は否定する。
 
「僕を他国へ送る理由がリライトには存在しなくなります。僕が『大魔法士』という二つ名を持っているからこそ、リライトだって断り切れないことは僕にお願いしました。今回の件だって然り、です。だけど僕が大魔法士じゃなくなったら、リライトにいるただの異世界人を他国へ向かわせる理由はリライトに存在しない」
 
 現に大魔法士ではない卓也や和泉は他国へ向かうことがほとんど、ない。
 あったとしても個人的事情が大きい。
 
「僕も大魔法士でなくなったのであれば、そう簡単に他国へ行こうとは思いません」
 
 あくまでリライトの利益や王様の顔を立てる為に行っている。
 その理由は自分が『大魔法士』であるから、だ。
 だから二つ名が無くなったのならば優斗だって他国へ行く理由は存在しない。
 
「では、その大魔法士が貴女達の手によって消滅したとしましょう。だとしたら矛先はどこに向くでしょうか?」
 
 問いのようでありながらも、半ば答えは言っているようなものだ。
 
「簡単ですね。僕を大魔法士から落とした貴女達です」
 
 居たからには代わりを求める。
 大魔法士であった存在は亡くなったわけでも、失踪したわけでもないのだから。
 
「ただの記号を消したわけじゃない。千年来の伝説を貴女達は消し去った。大魔法士を否定したからには、僕に頼みたいことを引き受ける義務が君達には発生します。それが例え、僕ですら解決できないような無理難題だとしても」
 
「……理屈が通っていないのでは? 貴方ですら解決できないようなものを解決する義務はないかと」
 
「いいえ、通ってますよ。大魔法士が出来ない分にはいいんです。『大魔法士ですら出来なかった』で終わりますから」
 
 お伽噺の存在が出来なければ仕方ない、と。
 見せることができる。
 
「けれど貴女達は違う。僕がやらない以上は仮定が生まれます。『宮川優斗なら出来たかもしれなかったのに』という仮定が」
 
 そして仮定は希望的観測を生み出す。
 対象がお伽噺であったからこそ、余計に。
 
「結果、あの子には計り知れない責任が発生する。しかも国の名を冠する勇者であるからには、ヴィクトスも責を負うことになる。下手すれば国自体が大きなダメージを負いますよ」
 
 なぜ宮川優斗を『大魔法士』という存在から落としたのか。
 ヴィクトスにはそのような権利があるのか。
 資格があるのか。
 ありとあらゆる罵詈雑言を使われるかもしれない。
 
「僕が持ってる二つ名は千年来の伝説でお伽噺です。生半可なものではありませんし、それを葬るのなら相応の覚悟を持たないと駄目です」
 
 自身が代わりとなる覚悟を。
 その重さを知って然るべきだ。
 
「ご忠告、痛み入ります」
 
「とは言っても、カンペ見ながら発言したヴィクトスの勇者。あれが彼だけの意思とは思いません」
 
 優斗はさっきの様子を思い返して苦笑した。
 おそらく手の平には自分に言うべき言葉を書いていたのだろう。
 だから俯きがちだった。
 
「自身でも否定しきれないから、押し切られて言わされたんでしょうか? あの強気な女の子に」
 
 どうにも気が強そうだった。
 そしてライトという少年は気が弱そうだ。
 けれど言ったことに後悔はなさそうだったことから、完全に言わされたわけではない。
 
「だからヴィクトスの勇者は違和感がありますね。あまり勇者らしくない」
 
 まだ幼いということもあるだろう。
 だから仕方ないと優斗も思う。
 意思が弱いことも、流されることも。
 
「貴女から伝えてもらえますか? 危ないからやめたほうがいい、と」
 
「分かりました」
 
「あとは……ああ、そうだ。全身甲冑の子も、顔が見えないからってガン見してると気付かれますよって言っておいて下さい」
 
 どうにもこうにも意識が自分に向いているのは落ち着かない。
 相手が誰なのか分からないからこそ、特に。
 
「ヴィクトスの勇者が僕にあんなことを言った理由。おそらく全身甲冑の子の為にってところでしょうね」
 
 大方、そんなところだろう。
 何気なく伝えた一言。
 けれどアガサが目を見張った。
 
「“あの子”の……正体に気付かれたのですか?」
 
「いいえ、正体は掴みかねてますよ。今まで感じたことがない視線でしたから。何も判断材料はありません」
 
 敵意のようで、敵意ではない。
 好意ではないようで、興味でもないようで。
 けれど全てが含まれていそうな視線。
 正直言って訳が分からない。
 
「知りたいですか?」
 
「いえ、別に興味ありません」
 
 どうでもいい。
 敵にならないのであれば、知る必要もない。
 全身甲冑の子が正体を晒すつもりがないのであれば、知る理由もない。
 
「行こう」
 
 優斗は立ち上がって修とアリーを促す。
 
「はいよ」
 
「分かりましたわ」
 
 二人もすぐに席を立ち、揃って歩き出す。
 けれど、
 
「……ミヤガワ様」
 
 声を掛けられた。
 優斗は立ち止まって振り向く。
 
「どうかしましたか?」
 
 問い掛けに対して、アガサは微かに逡巡の様相を見せた。
 ほんの少し、沈黙が生まれる。
 優斗が怪訝な表情をしたと同時、彼女は迷いを捨てて決意した。
 そして、
 
 
 
 
 
 
 
 
「アマミ・ユキ」
 
 
 
 
 
 
 
 
 とある名前をアガサは口にする。
 
 
「その少女のことをご存じですか?」
 
 





[41560] all brave:過去の行い
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:e380c349
Date: 2016/01/04 16:53
 
 
 
 
 リライトに用意された控え室は先ほどと違い、変な空気になっていた。
 三人とも椅子に座っているのだが、どうにも会話がない。
 その原因はもちろんのこと、最後に問い掛けられた少女の名前だ。
 しかし修は黙っていてもしょうがないとばかりに、優斗へ尋ねる。
 
「聞いていいもんか? さっきのあれ」
 
 アガサから発せられた名前を聞いた瞬間、彼は曖昧な笑みを浮かべただけだった。
 知っているとも知らないとも言わず、決して否定も肯定もしなかった。
 
「僕は修やアリーに隠すようなことはしないよ」
 
 優斗は肩をすくませて苦笑した。
 ということは、やはり知り合いなのだろう。
 次いでアリーが疑問を口にする。
 
「“アマミ・ユキ”。あの全身甲冑の子のことなのでしょうが……どのような関係なのですか?」
 
 ある程度、予想はついている。
 異世界人と思わしき名前。
 そしてアリー達が知らない人物。
 これだけであらかたの想像はできる。
 優斗は少し真面目な表情になり、
 
「あの子は――」
 
「――大魔法士」
 
 疑問に答えようとした瞬間だった。
 ノックもせずにトラストの勇者と聖女が入ってくる。
 アリーが青筋を立て、優斗は呆れ顔になった。
 
「……読めた?」
 
「いえ、さすがに無理ですわ」
 
 まさかやってくるとは。
 優斗とアリーの想像の範疇を平然と超えてきた。
 トラストの勇者は優斗達のことなど無視して言葉を並べてくる。
 
「俺達とお前達は相容れない。言葉が通じないのであれば、戦うしかないという結論に達した」
 
「……それはこっちの台詞なんだけど」
 
「棚に上げる、という言葉の本場を見ましたわ」
 
 状況が状況なら絶句していたことだろう。
 けれどまだまだトラストの勇者は言葉を止めない。
 
「そして俺が勝った場合、大魔法士には俺の発言を受け入れてもらう」
 
「……はあっ?」
 
「お前には各国から女性をやり、子を産んでもらう。異論はないな?」
 
 まるで巻き戻されたかのような言葉。
 彼らが答えられなかったから終わったはずのやり取りは、再びここに現れた。
 
「……次から次へと面倒がやってくると思えば、ふざけたことをまた抜かしやがって」
 
 ただでさえ若干厄介な話が一つある。
 なのになぜ、こいつらの相手までしなければならないのだろうか。
 学習能力がない馬鹿相手というのは、本当にめんどくさい。
 内心どころではなく普通に舌打ちした。
 すると、
 
「優斗、ここは俺らに預けろよ」
 
 修が軽い調子で親友の肩を叩いた。
 
「……修?」
 
「お前はまた別個で問題があんだろ? だったらこっちは引き受けてやるよ」
 
 いつものような明るい感じで修が言う。
 それがあまりにもいつも通り過ぎて、優斗も気が抜ける。
 眉と眉の間にあった皺がなくなった。
 
「あっちに関しては問題ってほど問題じゃないんだけどね。だけどこいつらの相手をしたくないから助かる」
 
「おう」
 
 気軽に笑みを浮かべ合う二人。
 トラストの勇者が怪訝な表情になった。
 
「貴様は自身の未来をリライトの勇者に託すというのか?」
 
「僕の家族が任せろと言った。だから任せるだけだ」
 
 何を不可思議に思う必要がある。
 一切ない。
 
「僕はこいつらのことを信じてるし、頼ってる。修やアリーが『任せろ』と言ってくれるなら、人生だって預けられる」
 
 それが自分達の在り方だ。
 
「今回、僕は部屋でゆっくりしていよう。だから……」
 
 優斗は挑発的な笑みでトラストの勇者と聖女を見据えた。
 
「お前達が負けた場合の条件だけは言わせてもらおうか」
 
「……なんだと?」
 
「ベットが無いのに賭けが成立するわけないだろう?」
 
 自分達の言い分だけ通そうなど、虫のいい話にもほどがある。
 
「わざわざお前の挑戦に乗ってやるんだ。感謝しろ」
 
「……未来視を持つ俺にリライトの勇者が勝てると思っているのか?」
 
「どうせ勝つからと言われて、はいそうですかと掛け金を乗せないのは馬鹿のすることだ」
 
「……フン。いいだろう」
 
 鼻を鳴らしてトラストの勇者が頷いた。
 
「では遠慮無く言わせてもらおうか」
 
 優斗は狡猾な嗤いになる。
 言うことなど一つしかなかった。
 
「もし修が勝ったなら、勇者をやめろ」
 
 加えてエクトの隣にいる少女にも視線を向け、
 
「聖女、お前もやめろ」
 
 優斗は向こうのベットを示す。
 目を見張ったのはトラストの勇者。
 聖女は想定外だったのか、視線を彷徨わせたあとにエクトを見た。
 しかし優斗は特に大それたことを言ったつもりもない。
 
「僕にお前らの言い分を押しつけるというのなら、それが妥当なところだろう?」
 
「……ヤケになったのか、大魔法士」
 
「まさか。笑わせるなよ」
 
 世の中、未来が見えたところで“どうやっても対処できない”相手がいる。
 そのうちの一人が今回、トラストの勇者の相手だ。
 ヤケになるわけがない。
 
「こっちの言い分を飲めないなんて言わないよな。お前は勝つんだから、こっちがどういう条件を持ち出しても大して興味はないと思うんだが?」
 
「……フン。その通りだ」
 
 そしてトラストの勇者は勝負に乗った。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 リライトの勇者とトラストの勇者が勝負をする。
 加えて勝った方の言うことを訊く、という賭けがあることも勇者達に知れ渡った。
 会議は一度中断され、屋外にある修練場へとヴィクトス以外の勇者が集まる。
 修とエクトは少し離れた場所で相対し、どちらも自分の勝ちを信じて疑っていない。
 けれど観戦する者達の中で平然と修の勝ちを信じている勇者は正樹、春香、イアンのみ。
 他は一様に心配そうな表情になっていた。
 その中で正樹だけは一人、首を捻る。
 
「なんで戦う前に未来視を使わなかったのか、ボクには分からないや」
 
 そう、彼は未だ左目を眼帯で覆っている。
 ということは未来視を使っていないのだろう。
 理解できないといった正樹に対して、春香が分かってないとばかりに首を振る。
 
「そういうものだよ、奥の手を披露するって。様式美を分かってないなぁ、正樹センパイは」
 
 春香的ベストとしては始まったと同時に『未来を知られる恐怖を覚えるがいい』とか言って眼帯を外してのバトル。
 これが彼女としては一番笑える。
 期待でワクワクしてしまう。
 けれど正樹は分からないようで、
 
「様式美?」
 
「あ~……うん、そうだよね。正樹センパイ、普通だもんね」
 
 少年漫画のような厨二バトルも駄目か、と春香が苦笑いした。
 と、そこに源が話し掛けてくる。
 
「リライトの勇者が数多の神話魔法を使える『始まりの勇者』という話は聞いたことがあれど、大丈夫なのかい? 相手は未来視を持つ勇者。神話魔法とて未来を視られてしまえば使えるものではないはずだよ」
 
 破格の威力がある神話魔法も当たらなければ意味がない。
 いや、むしろ言霊すら詠めないだろう。
 どれだけ攻撃力が高い魔法を使えるとしても、実際に使えなければ意味がない。
 けれど、
 
「源さんは少し勘違いしてるかな。修くんって別に神話魔法だけが凄いわけじゃない」
 
「どういうことだい?」
 
 首を捻る源に対して春香が笑う。
 
「ただ単純に修センパイって『無敵』なんだよ。神話魔法なんかなくてもね。まあ、ぼくはどうやって未来視を破るのか分からないけど」
 
 ただそれでも、修が勝つのは絶対不可避だろう。
 チートの権化だから。
 
「修センパイがどれだけおかしいのかは、始まれば分かるかな」
 
 気楽な様子の後輩勇者二人。
 源は修がどういう勇者なのかが分からなくなった。
 けれど戦いを見れば分かる、というので戦いの場に注目してみる。
 そろそろ始まりそうな雰囲気だった。
 15メートルほど離れて二人は向き合い、
 
「準備はいいか、リライトの勇者」
 
「ああ、いつでもいいぞ」
 
 両者共に右手に剣を持っている。
 準備はもう万端だ。
 
「俺の未来視を恐れなかったことだけは褒めてやろう」
 
「そいつはどーも」
 
「しかし、だ。お前の余裕もそこでお終いになる」
 
 トラストの勇者は眼帯に手を掛け、
 
「未来を視られる恐怖を覚えるがいい」
 
 春香期待の台詞そのままを使い、眼帯を外した。
 眼帯の下から覗かせた黄金色の瞳が修を捉える。
 そして、
 
「…………っ!」
 
 一切、動かなくなった。
 というより、僅かに表情が強張っている。
 観戦中の春香が目敏く気付き、頭に疑問符を浮かべた。
 
「どうしたのかな? 動かなくなっちゃったけど」
 
「まあ、そうだろうね」
 
 不思議そうな春香とは別に、正樹は当然だとばかりに納得した。
 どうやら彼は確かに未来が視えるらしい。
 そして実際、余裕ぶって未来視を使っていなかったこともこれで判明した。
 
「正樹センパイ、解説ぷりーず」
 
「わかったよ」
 
 頷く正樹。
 源も興味深そうに耳を傾け……というか、観戦中の勇者全員が正樹の言葉を待っていた。
 正樹は苦笑し、今の状況を解説する。
 
「まず眼帯を外したことで、未来視を使った。そこはいい?」
 
「うん。じゃないと格好つけた意味がないもん」
 
「だけど未来視がどういうものかは置いておくよ。というか別にどれでもいいんだ」
 
 視界範囲の未来だろうが自身の未来だろうが第三者視点だろうが神の視点だろうが。
 何だったとしても現状においてはどうでもいい。
 
「今のトラストの勇者の状況ってね。未来が視えても“どうしようもない”からこそなんだよ」
 
「どうしようもない?」
 
「そうだよ。基本的に攻撃っていうのは、魔法でも何でも範囲が広くない。神話魔法は別だけどね。だからトラストの勇者もこう思ってたんじゃないかな?」
 
 正樹は固まっているトラストの勇者の心情を述べる。
 
「言霊さえ詠ませなければ、かわせない攻撃はないのだから負けるはずがない」
 
 そして未来が視える以上、言霊を詠ませるわけもない。
 さらに攻撃は全て先に知ることができるのだから、負ける要素は一つもない。
 
「けれどそれは、あくまで常識の範囲でのことだよ」
 
 未来視を使ってもかわせないほどの広範囲攻撃。
 それが神話魔法だけなんていうのは、常識が決めた罠にしかならない。
 
「優斗くんとか修くんって『敵が逃げられない攻撃』をやろうとすると、平然と横薙ぎ一つで全体攻撃できるんだよね。しかも攻撃範囲がとんでもなく広い。春香ちゃんもレアルードで見たよね?」
 
 修が魔物を倒す時。
 優斗が“堕神”の欠片を消し去った時。
 正樹と春香は見ていた。
 かわせる見込みがない攻撃を。
 しかも軽くやっての所行。
 ということは、もっとえげつない攻撃だって存在する。
 春香は正樹の説明を聞いて、乾いた笑いを浮かべた。
 
「えっと……つまり逃げ道がない攻撃に未来視使ったところで残念賞?」
 
「そういうこと。逃げ道ないし、発動早いどころか一瞬だから先制できないし、威力も凄いから防げない。始まった瞬間から詰んでるって言えばいいのかな。だからトラストの勇者が未来視を使うなら、始まる前じゃないとどうしようもない」
 
 もちろん正樹ぐらいになればかわせるし、防御だって可能だ。
 けれどそれが平然と出来るのは、正樹がお伽噺クラスの実力者だからとしか言えない。
 
「まあ、全体攻撃をしなかったところで単純に能力の差がありすぎるんだよね。実力がなければ、やっぱり未来視は十全に能力を発揮出来ない」
 
「トラストの勇者は弱いってこと?」
 
 単純明快な春香の問い。
 それに答えたのは正樹……ではなく、
 
「勇者様は未来を視る完璧なる者! 弱いわけがありません!」
 
 聖女だった。
 ちょうどそこだけ聞こえた彼女は憤って否定する。
 正樹が困った様子を見せると、ニアが続きを強制的に促した。
 
「トラストの勇者は実力がないのか?」
 
「う、うん。トラストの勇者は未来を視ることができるから、今まで挑む人なんていなかっただろうし、魔物退治だって何だって『些末な事』だから彼はやってこなかったんだよね?」
 
 そして正樹はエクトの姿を見て断言する。
 
「当然、鍛錬だってしてるようには思えない」
 
 強さを感じられない。
 構えも自然さが見られず、実力者が纏う雰囲気がない。
 
「言い切っちゃうのも可哀想なんだけど、彼は特別に強いわけじゃない。そんな彼が未来視を使ったところで通用するのは中級者までだよ」
 
「完璧なる勇者様に鍛錬など不要です!」
 
 またまた聖女が憤慨した。
 正樹が困り果てて泣きそうになる。
 けれど今度は話の続きを興味津々に待っている春香が促した。
 
「修センパイぐらいバグらないと、鍛錬不要とかないんじゃないの?」
 
「……そ、そうなんだよ。たぶん修くんぐらいじゃないかな、鍛錬不要って言い切れるのは」
 
 逆に言えば、修の実力の上がり方が人間じゃない。
 意味が分からないだけだ。
 
「だけどどうして通用しないの? 防ぐぐらいなら出来ると思うけど」
 
 春香の疑問に正樹は首を横に振る。
 
「えっと……例えば修くんが横薙ぎで彼の右側頭部を狙うとする。もちろん未来が視えるなら対応する防御の構えをするんだけど、その瞬間に修くんは右脇腹に変更する。じゃあ、次はどうすればいい?」
 
「右脇腹に防御を変更する?」
 
「そっちを防御しようとすると、やっぱり右側頭部がガラ空きになる。だから攻撃は変更されずにそのまま」
 
「じゃあ、頑張って左手で受け止める……とか」
 
「そうなると反転して左脇腹に狙いを変更だね。どうやったってトラストの勇者の速度じゃ間に合わない」
 
「……どうすればいいの、それ?」
 
「どうしようもないよ。能力差が歴然としてるっていうのは、そういうことなんだ。未来視で視たからこそ対応しても、それについて反応される。結果、未来視が意味なくなるんだよ」
 
 反応が対応に勝る。
 これがまかり通るのは実力に歴然とした差があるに他ならない。
 
「しかも今、修くんは優斗くんの人生を預けられてる。普段みたいに遊ぶことはない」
 
 余裕をかますことはありえない。
 
「だから――」
 
 修の腕が動いた。
 同時、右足を踏み込んで右腕を真横に振り抜く。
 
「――これでお終いなんだよ」
 
 放たれた閃光は地面を抉りながら突き進む。
 横一閃の攻撃。
 真横に避けることはできず、加えて“一閃”だというのに飛び越えることさえもできない高さがあった。
 威力も当然、トラストの勇者が防げるような生温いものではない。
 未来が視えていたとしても、彼の実力ではどうしようもならない一撃。
 故に――勝敗は決する。
 リライトの勇者の勝利、という結果を以て。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 意気揚々と修が正樹達に近付いてくる。
 まずは春香が労った。
 
「さっすが修センパイ、未来視の弱点を分かってたんだね!」
 
「なんだよ、弱点って?」
 
 修が理解できてない表情になる。
 
「えっ、だって正樹センパイが未来視の弱点を解説してくれたけど……」
 
「別に未来が視えたってどうでもよくね? かわせない攻撃かませばいいだけだろ」
 
 別に神話魔法なんて使わずとも何とでもできる。
 春香が以前にも似たようなことがあったことを思い出して笑った。
 
「うわぁ~、でた。修センパイのノリで正解導き出すパターン」
 
「修くんはほら、考えるより感じるタイプだから」
 
「正樹センパイも同じじゃん!」
 
 ノリで神剣を投げて、ノリで受け取って“堕神”の欠片を撃破した二人。
 なんとなくで正解を導くことができるのだから、実に酷い二人だと春香は思う。
 するとアリーが修に近付いて、笑みを零す。
 
「お疲れ様ですわ、修様」
 
「おう。優斗が頼ってくれたからな、いつも以上に張り切ったぞ」
 
 絶対に一分の隙もないほど勝つ為に戦った。
 
「これで、あいつらはもう『勇者』でも『聖女』でもないんだろ?」
 
「ええ。そういう約束ですから」
 
 二人は倒れているトラストの勇者と、彼を介抱している聖女に視線を向ける。
 気絶させてはいないので、まだ喋る元気はあるはずだ。
 修とアリーは彼らに近付く。
 
「先ほどの条件、忘れてはいませんわね?」
 
「……ふざけるな。あんなものは無効に決まっている」
 
「なぜでしょうか?」
 
「勇者の俺の言葉こそが正しい」
 
 またふざけたことを抜かすトラストの勇者。
 アリーが目を細め、どうしてやろうかと考える。
 けれど何かする前に修が言葉を発した。
 
「お前さ、それ自己中なだけだろ」
 
 修は彼の言っていることがあまり理解できていない。
 どうして勇者が正しい、なんて変なことを言うのだろうか。
 
「俺はよ。“勇者だから正しく在りたい”と思ってる。けどな――“勇者だから正しい”なんて思ったことは一度もない」
 
 どうして全肯定になる。
『勇者』という存在は“何をやっても正しい”という免罪符にはなりえない。
 
「自惚れんな。自分が勇者だからって全部正しいと思ったら大間違いだ」
 
 勇者だから正しいわけではない。
 時には間違えそうにだってなる。
 それが人間というものだと修は考えているし、だからこそ大切な人達が側にいてくれることが嬉しい。
 後ろで話を聞いていた勇者達も一様に頷く。
 
「そうだね。だからボクにはニアがいるし」
 
「俺はレンドだろうな」
 
「ぼくには八騎士がいるんだよね」
 
 正樹が、モールが、春香がそれぞれ大切な相手を紡ぐ。
 間違えそうになっても止めてくれる人達がいるから、彼らは勇者として正しく在ることができると知っている。
 
「俺なんて特に問題ねーんだよな。なんたって、こいつら容赦ねぇからよ」
 
 間違えさせてくれない。
 どいつもこいつも、平然とイジめるように更正させてくる輩だ。
 けれど、それはトラストの勇者にとって争点の範囲外。
 
「訳の分からないことを言ったところで、先ほどの話は無効だと伝えたはずだ。俺と彼女がいなければ世界は平和にならない」
 
 絶対的な自信。
 いや、敬われ崇められているからこその過信。
 だからこそ断言する。
 
「俺がトラストの勇者だ」
 
「あたくしが聖女です」
 
 トラストを代表する『勇者』と『聖女』。
 それが代わることなどありえない。
 すると正樹が初めて、否定的な口調になった。
 
「どうするの、修くん。ボクはこういう結末、あんまり好きじゃないよ」
 
 言うだけ言って、自分達の不利は駄々をこねて了承しない。
 これに納得するほうが難しい。
 だが、
 
「別にいいんじゃね?」
 
 修は軽い調子で、どうでもよさそうに肯定した。
 
「いくら勇者を名乗ったところで、こんな奴を誰が勇者だって認めんだよ。聖女だってそうだろ。負けたのに賭けは成立させませんってのは、ちょっとどうかと思うぜ?」
 
 自分の思うとおりに進まなければ了承しない。
 確かに優斗が評した通り、赤子だろう。
 アリーも修の言い分に頷く。
 
「ミヤガワ・ユウトが人生を賭けたのに、貴方達は同等のものを差し出さなかった。そのような者を勇者として誰が認めましょう」
 
「少なくともトラストの民は認める」
 
「ええ、そうでしょうね」
 
 未来が視える。
 ただそれだけでトラストは彼を神聖な人物として扱っている。
 
「なので別案を出させていただきますわ」
 
 ここまでは想定済みだ。
 どうせ難癖を付けて、この賭けを成立させないということも予想の範疇。
 だからアリーは振り向き、この場にいる勇者達に宣言した。
 
「リライトは他六国の勇者に対し、年に一度の勇者会議という場を設けたいと考えます。リライト、フィンド、クラインドール、タングス、モルガスト、リステル、ヴィクトスの七ヶ国による勇者会議。これを公式のものとして提案しましょう」
 
 そして顔だけを振り向かせ、嘲るような笑いをトラストの勇者に向ける。
 
「勇者ではない者が勇者として居座るのならば、それはもう勇者会議として破綻していますわ。ですからわたくしは真の勇者達による会議を望みます」
 
 この男は勇者じゃない。
 その賭けが成立していないのは彼らだけだ。
 自分達には確かに成立している。
 
「ゆ、勇者様を除け者にするつもりですか!?」
 
 聖女が怒鳴り声をあげた。
 けれどアリーは知ったことじゃない。
 
「では今の勝負は何だったのか、ご説明願えますか?」
 
「貴方達があたくし達の言うことを聞かないからです!」
 
「駄々をこねる赤子の言うことを聞く義務がどこにあるのでしょうか?」
 
「勇者様が言っていることは正しいからです!」
 
「……はぁ、話になりませんわね。先ほどの繰り返しになってしまいますわ」
 
 面倒だ。
 どうせ通用しないのに、会話をする必要を感じない。
 アリーは話を元に戻す。
 
「どうか皆様にはご一考のほどを。今回の会議以降、リライトは参加いたしませんので」
 
「誰が認めると言うのだ、そんなふざけた提案に」
 
 トラストの勇者が吐き捨てるように睨む。
 しかし、
 
「私が認めるよ」
 
 唯一、すぐに言葉を発した者がいた。
 タングスの勇者――源だ。
 皆が注目する中、最老の勇者は穏やかに話す。
 
「トラストの勇者。私はね、君の言い分を聞いてきたよ。『死ね』と告げられても怒鳴ることさえせず、ただ切々と君と対話をしてきた。それは君達が『世界の平和』というものに対して真摯だと思っていたからだよ」
 
 エクトが勇者になってからというもの、常々言われてきた。
 なのに憤らずに応対していたのは、彼らは彼らなりの正義があると思っていたからだ。
 
「けれど君達が求める平和は私の求める平和とは違っているね。君達が求めているものは、私からしてみれば『支配』と呼べるものだ」
 
「……耄碌したか、タングスの勇者」
 
「いいや、そんなことはないよ」
 
 人を人として見ずに駒として扱う。
 これが平和を築くやり方だと言うのなら、自分は違うと断言する。
 
「故に私はアリシア王女に賛同しよう。それが私の勇者としての在り方だ」
 
 そして周りにいる若い勇者に柔らかな視線を向ける。
 
「君達はどうしたい。勇者の名を持つ者として、どう判断を下す?」
 
 優しい問い掛け。
 けれど誰よりも長く勇者をしているからこそ響く、強い意志。
 それに真っ先に反応したのは正樹だ。
 
「ボクもこの勇者会議は抜けるよ。さすがに黙って見過ごすなんてことはできないし、何よりトラストの勇者が言ってる平和には賛同できない」
 
「ぼくもあんまり、納得できないかな。だってぼくも正樹センパイも小さなことでも人助けをしてる。それが勇者だと思うし、ぼくが望むことだからやってきた。それをさ、些末なことで済まされちゃたまんないよ。トラストの勇者達は何一つやってないのに」
 
 続いたのは春香。
 彼らの言葉は大局を見ている、と言えば響きはいい。
 だが、見ているだけだ。
 言葉を出すだけで、動くことも何もしない。
 それだと春香の心には何も響かない。
 さらにモルガスト、リステルの勇者も同意する。
 
「ブレないのは素晴らしいことだと思うが、俺はお前達の言っている意味が分からない。まだ大魔法士のほうが理解できる。あいつも言葉の押し付け……というか強制をするが、それでも言っていることは真実であって、理解できないことは言わないからな。加えてアリシア王女や大魔法士の問い掛けを答えられなかったことから考えても、信用できる要素がない」
 
「私が思うことは単純に一つだ。貫き通した先に理解がなければ意味がない。我が最愛の義弟と妹が良い例だろう。あの二人は貫き、理解され、世界から祝福された。つまり私が言いたいのは、どれだけ貫こうとも世界から理解なき平和は真の平和ではない、ということだ」
 
 モールは苦笑混じりに告げる。
 イアンは的外れな例えを出しながらも、最後は間違ってない。
 結論として、ここにいる勇者は全員がトラストの勇者の言い分を認めていなかった。
 
「貴様等、揃いも揃って……っ!」
 
「勇者様を除け者にするなんて酷いです!!」
 
 反発する二人は憤慨した様子を見せるが、アリーは冷酷な視線で貫く。
 
「発言力があるなど、到底思わないほうがよろしいですわ。誰の目からどう見ても非はそちらにある」
 
「ふざけているのか? 俺は――」
 
「――トラストの勇者だから、何だと言うのでしょうか?」
 
 何の意味もない。
 勇者が集まっているこの場では、役に立つわけがない。
 
「このような多国間の会議である場合、多勢を引き入れるに必要とするものは信用と実績。ミヤガワ・ユウトの発言力が高い理由は、今までの実績と『大魔法士』という世界に名だたる二つ名に加えて、彼個人に対する信用があるからですわ。しかし貴方達には何もない。信用されるだけの協調もなければ、何かを成した実績もない。言葉だけが先走り、それを押し付けて信用も失墜させる始末」
 
 耳を傾けようなどと思うはずないだろう。
 
「“俺は強い”“俺は凄い”“俺は完璧だ”“あたくしは平和を望む”“あたくしは命が平等だと思うから頑張っている”。どれほど言葉を並べても、証明がなければ意味もありません」
 
 例えばパラケルススと契約を交わした。
 例えばお伽噺の魔物であるフォルトレスを倒した。
 例えば一都市を救う為に万を超える魔物を一瞬で屠った。
 その“例えば”を持っていないトラストの勇者達は、何の根拠も力も存在しない。
 
「赤子の空想には誰も聞く耳を持ちません」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 修とアリーはリライトの控え室へ戻る。
 優斗は目を瞑ったまま、二人を出迎えた。
 
「ん、お帰り」
 
「おう」
 
 さして結果に興味がないのか、優斗は特に何も聞かなかった。
 なので修とアリーは疑問となっていることを話し始める。
 
「結局のところ、あいつなんで戦う前に未来視使わなかったんだ?」
 
「どれだけ馬鹿だとしても、そこは腑に落ちない点ではありますわね」
 
 二人を首を傾げる。
 けれど優斗が口を開いた。
 
「魔力消費の問題だと思うよ」
 
 閉じていた目を開けて、二人に視線を向ける。
 
「愛奈も腕輪として着けてるけど、魔力を意図的に抑制する魔法具は存在する。トラストの勇者にとっては眼帯がそうなんだろうね」
 
「でも、なぜ……」
 
 そんなものを必要とするのか。
 
「簡単な予想を言うなら、自分の意思で扱えないからだよ。勝手に発動するものなんじゃない? 黒の騎士事件の時みたいな場合……はレアケースすぎるから、おそらくは魔力のコントロールが下手なだけだろうね。しかも未来視なんてもの、聞いただけでも魔力の消費量が激しそうだ。だから戦う時以外は使わなかった。使えば勝てると勘違いしてたろうしね」
 
 長時間使用し続けられるようなものでもないはず。
 あくまでこれは勘だが。
 
「つーか、あいつら厄介すぎんだよ。何であんだけボロクソに言われて通用しねーんだ? お前とアリーが心へし折るぐらい言ってんのに、何も堪えてねーし」
 
 修が頭を掻いた。
 普通の人間なら、すでに叩きのめされているはず。
 なのに彼らは何も堪えてない。
 
「“自分の世界”があるから、じゃない?」
 
「優斗、なんだそれ?」
 
「自分が考えている範疇外は認めないってこと」
 
「……だからって、あんなことになるのか?」
 
「凝り固まった考えは他を拒絶するからね。要するに『“平和”とは自分達が考えているもの以外はありえない』から、他の人達が考える平和を受け入れない。許容するという器は一切ない」
 
「……酷いな、それ」
 
「どの時代、どの世界だろうといるもんだよ。こういうのはね」
 
 自分達がいた場所でも、この世界でも。
 いてしまうのだから仕方がない。
 今回はそれが勇者だった、というだけだ。
 優斗はうーん、と伸びをする。
 
「とりあえずトラストの件はこれで一時休止?」
 
「そうですわね。トラストと現場にいなかったヴィクトス以外はこの勇者会議を拒否しましたから」
 
「じゃあ、ちょうどいいからヴィクトスの方を説明しておく」
 
 軽い調子で二人に視線を向ける。
 気負った様子はないが、それでも普段より僅かに空気が重かった。
 
「アガサさんの言った子が、僕の知っている子だという前提で話すよ」
 
 優斗の表情が真剣みを帯びる。
 修もアリーも佇まいを正し、聞く態勢を取った。
 一つ深呼吸をして、優斗は話し始める。
 
「彼女は“天海優希”。端的に言えば僕のはとこ」
 
 数年前、会ったことがある少女。
 
「そして――」
 
 決して断ち切れない因縁を持った存在。
 
 
 
 
 
 
「――僕が殺した夫婦の娘だ」
 






[41560] all brave:切り離せない過去
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:e380c349
Date: 2016/01/04 16:54
 
 
 
 
 ――6年前。
 
 完全に不意打ちだった。
 リビングのドアのカギが閉められた瞬間、相手の右拳が優斗の身体に打ち込まれて何かが折れる音が体内に響いた。
 さらに別の人間が振り下ろすゴルフクラブを反射的に右手で防ぐ。
 アイアンのインパクト部分が右手首に当たり、激痛が走った。
 
「……っ!」
 
 けれど倒れることも痛がることもせず、優斗は無理矢理に距離を取る。
 が、視界に映る消音装置付きの黒い銃。
 引き金に掛けられた指が動く。
 そして発砲。
 優斗の頭に狙いを定め、通常よりも少ない音量を響かせた銃弾は、かろうじて察した彼が頭を左に傾けることによって擦るだけで終わった。
 そして二人は追撃をせず、優斗の動きを観察している。
 
「……」
 
 優斗は現状を見据え、言葉を吐き出した。
 
「“あの子”が上にいるのに、何を考えてる?」
 
 優斗の問い掛けに対して二人は一言も発しない。
 いくら消音装置があるといっても、完全に音が消えるわけもない。
 二階にいるあの子が察して降りてくることだってあるはずだ。
 
「僕は言った。お前達の目的も分かってる、と。なのに養子になるわけがないだろう」
 
 相手から舌打ちが聞こえ、ありとあらゆる暴言が向けられる。
 優斗にとっては常に向けられる類の羅列。
 その中で一つ、今の宮川優斗にさえ一切理解できない言葉が吐かれた。
 
「――っ!」
 
 同時、優斗は追い詰められた状態なのにも関わらず前に出る。
 右手は使えないが、左手は生きている。
 素人を相手にするには十分すぎた。
 狙いを定められる前に拳銃を弾き、手中に収める。
 同時に距離を取って窓ガラスに数発、撃ち込んだ。
 ガラスが破砕する音と共に優斗は外へと躍り出る。
 そして塀を超えると同時に車が横に乗り付けた。
 優斗が飛び乗ると車はすぐさま、発進する。
 後部座席で脇腹を抑えながら痛みに呻く優斗に、ドライバーが声を掛ける。
 
「想定外のことがありましたか、優斗さん」
 
「いや、完全に僕のミスだ」
 
 仰向けになって息を整える。
 おそらく手首、肋骨は折れていた。
 
「大事はしないだろうと甘い考えを持った」
 
「狙われていることは理解していたのに?」
 
「……だから言っただろう。甘い考えを持ったと」
 
 少なくともあの瞬間にやるわけがないと勘違いをしていた。
 優斗は自嘲するように呟く。
 
「心底、愚かしい考えだな」
 
 どこかにあるとは分かっている。
 そうであるとは知識として知っている。
 けれど“彼らがそうなのではないか”と、僅かでも考えてしまったから優斗は反応が遅れた。
 
「どうされるのですか?」
 
「……決まってる」
 
 だからもう、憧れを持つことはない。
 遠慮もしないし考慮もしない。
 今まで幾十、幾百の悪意を受けてきた。
 故に相手が“敵”であるならば、自分がやらなければならないことは一つ。
 
「自殺させろ」
 
 そして折れた肋骨とは逆にあったポケットからレコーダーを取り出し、助手席に投げる。
 ドライバーは僅かに視線をレコーダーに向けると、また前を向いた。
 
「よろしいのですか?」
 
「先に殺そうとしたのは向こうだ。例えあいつらと連なっている人間がいようと、どうでもいい」
 
 そう、誰がいようともだ。
 考える必要も鑑みる必要もない。
 
「畏まりました」
 
 ドライバーが恭しく返事をした。
 今まで何度、何十、何百もあったやり取り。
 けれど宮川優斗が本当に堕ちた日を決めるとするならば。
 この日なのだろう。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 優斗はできるだけ重くならないよう、あくまで口調は軽い。
 
「まあ、殺したと言っても直接手を下したわけじゃないけどね。意味合いとしては僕が殺したと言っても過言じゃないってこと」
 
 少しおどけるような仕草さえ見せながら過去を語る。
 
「向こうの世界で一番ヘマをしたのは、優希の両親を相手にした時だよ」
 
「ヘマ? お前がか?」
 
「うん。右手首に肋骨三本、頭部裂傷。それが彼女の両親にやられたこと」
 
 怪我した箇所を次々に指差していく。
 左の脇腹、右の手首、そして右の側頭部。
 
「数センチ躱しきれなかったら、僕はこの世にいないね」
 
 それぐらいのことをやられた。
 
「決定打だった。彼女の両親にやられたことは。僕が完全に大人を信じなくなるには十分だったんだ」
 
 僅かでも夢見てしまっていたからこそ、失敗した。
 だからこそ考えが行き着く。
 大人を相手に気を抜くほうが馬鹿なのだと。
 
「最初の頃は父や母の兄弟だったり、いとこだったり、色々な人達が僕の前に来た。どいつもこいつも酷かったよ。牢屋に入れて飼い殺そうとしたり、養子にして金を得た上で殺そうとしたりね。一人も僕を育てる、救うなんて考えはなかった。まあ、数百人単位で山狩りみたいなことをやられた時は、さすがに参ったよ」
 
「それはユウトさんが幾つぐらいの時に?」
 
「10歳から12歳ぐらいまでかな」
 
 年がら年中、よくもまあ次々と飽きずにやって来たものだ。
 アリーも僅かに驚きを見せる。
 
「よく生きてましたわね」
 
「最終的にはどいつもこいつも最低、半殺しにはしたしね。その後は……まあ、御察し下さいってところかな」
 
 悪意に優しさは必要ない。
 あってしまえば、それはすなわち自分が死ぬことを意味するのだから。
 
「でね。当時の僕はすでに人間不信だったんだけど、その時かな。初めて優希に会ったのは」
 
 それはいつものようではあったけど、いつもとは少しだけ違った。
 話の発端は『優希の家庭教師をする』といったものだった。
 
「あまりにも常軌を逸して精神疾患云々と思われるのも嫌だったから……というか、優希の両親に通報を匂わされてね。だから打算というのもあったけど、警戒していながらも僕は優希と会った。それで数回、勉強を教えたことがあるよ」
 
「あん? そういうのって後見の人……、たしか“青下”さんがちゃんとしてれば問題ねーんじゃないのか?」
 
 修が正論を挟んだ。
 けれど優斗は苦笑しながら手を横に振る。
 
「無理無理。青下は使えなくてね。部下としては優秀だったけど、保護者とするには難しいものがあった。修だって名前ぐらいは知ってるけど、見たことはないでしょ」
 
「ああ」
 
「実はあいつ、確認されたら保護者失格レベルの人間なんだよ」
 
 だからこそ後見にしたと言えるが。
 そして優斗は当時の天海優希のことを思い返す。
 
「あの子は小等学校に上がったばっかりで、いつも笑ってる子だった。僕って感情を止めてたから、よく『つまらない』って言われたのを覚えてる」
 
 僅かに表情を崩すと、優斗は自分の頬に両手を置いた。
 
「こんな感じで『笑うというのは、こういうことなのです』なんて、僕のほっぺたを引っ張ったりしてね」
 
 だから過去の記憶を引っ張り出せば、思い出として残っているものだってある。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 五回目の家庭教師の日。
 優希は90点の算数のテストを片手に、大威張りしていた。
 
「ほめてください」
 
「満点ではない以上、褒めることはできない」
 
「さんすうのさいこー点を取ったのだから、ほめてください」
 
 無表情の優斗が突っぱねるが、優希は全く気にしない。
 なので諦めて口だけでも褒めてあげることにした。
 
「……偉い」
 
「わらってほめてください!」
 
「よく頑張った、偉い」
 
 表情が一ミリも動いていない。
 ロボットか何かが喋っているようだった。
 優希は頬を膨らませる。
 
「どうしたら、わらってほめてくれるのですか!?」
 
「無理だ」
 
「やっぱりまんてんなのですか!?」
 
「……話を聞け、優希。無理だ」
 
「まんてんとったら、わらってほめてください!」
 
 優斗のことなんて一切無視。
 決して折れない優希に優斗は嘆息した。
 
「……努力しよう」
 
「どりょくではなく、やってください!」
 
「…………考慮する」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 優斗は昔の自分を思い出して、笑ってしまう。
 
「今でこそこんなだけど、当時の僕は鉄面能面の精神完全停止人間だったからね。僕の笑顔なんてレア中のレアだよ」
 
 中学に入るまでは愛想笑いすらも失っていた。
 本当に、心から笑えるようになったのは修達と出会ってから。
 だから当時の優斗の笑顔は存在しない、といっても過言じゃない。
 
「でも、それが優希との最後の会話だった。それ以降、あの子とは会ってない」
 
 事件があった。
 優斗と優希が二度と会えなくなる事件が。
 
「彼女の両親は僕を養子にしようとしてた。何度も家族にならないか……なんて言われたんだけどね、僕は当然のごとく拒否した」
 
「理由は?」
 
「優希の家は会社――商工を営んでたんだけど、経営が良くなかった。だから僕が持ってる財産を狙っていると考えた」
 
「……? だとしたらおかしいですわ。いくら若かったとはいえ貴方らしくありません」
 
 彼と酷似しているからこそ、アリーはよく分かる。
 当時フン。11歳。まだまだ男の子と呼べる範囲ではあるが、それでも宮川優斗だ。
 そこまで分かっていたのならば油断をしているとは思えない。
 
「……ほんと、僕らしくなかったんだよ。少し憧れていたんだろうね、何の変哲もない家族ってやつに」
 
 優斗は苦笑する。
 あの時、まだ自分は甘かった。
 
「あの二人が優希を愛していたのは事実だと思う。けれど僕に近付く為の道具として使ったのもまた事実だった」
 
 数ある罵りがあったが、その中でも優斗が覚えているものがある。
 それが『せっかくお前を脅して、優希を“使って”呼び寄せたのにふざけるなっ!!』という言葉。
 
「正直、理解不能だったよ。徹頭徹尾、道具として僕を扱っていた両親のほうがまだ分かり易い」
 
 だから間違えた。
 まさか金の為なら愛している娘さえ使えるなんて、思ってもいなかった。
 
「そして彼女の両親の提案を断り、二度と行かないことを告げた瞬間だった。優希が二階にいるのに、仕掛けてくるなんて思ってもいなかった僕は完全に油断してた」
 
「……無茶苦茶だろ。お前を殺してどうすんだよ」
 
「修、世の中は理論通りになんていかない。金を渡さなければ殺すなんて短絡的に考える奴らはごまんといるし、殺して家捜しすればいいって馬鹿みたいな結論に達する人間だって数えられないぐらいにいる」
 
 莫大な財産というものは魅力的な魔物だ。
 人を容易く変える。
 
「では、どうやって始末を?」
 
「僕らの世界には会話を記憶させられるレコーダーっていうものがある。僕は常に持ってたんだよ」
 
 気を抜いたとしても、甘い考えを持ったとしても、最低限のことは忘れていない。
 
「あとは簡単。僕へ向けた悪意ある言葉をダビングして近所、仕事の取引先、その他諸々の天海家が生きていく為に必要な場所へテープを送った。まあ、他にも青下が色々とやったはずだよ。優希の両親を自殺へ追い込む為に」
 
 優斗より、よほど青下と呼ばれる人間のほうが精通していた。
 人を追い込む方法を。
 そして罪にならないように、証拠や物証を消滅させる方法を。
 だから優斗は使えると思ったし、青下も冷酷な彼を主人としていた。
 
「そして結果は僕が描いた通り自殺。優希は一人取り残されて遠縁の家に引き取られた」
 
 一つの家族は破滅させた。
 これには何一つ偽りがない。
 間違いなく、どうしようもないほどに優斗は家族を壊した。
 
「だから……違和感があるんだ」
 
 あれが本物の優希なら、なぜそうなったのか。
 疑問が浮かぶ。
 
「青下の話だと、優希は両親の遺書を読んだと聞いてる。もちろん分からない文字だってたくさんあったと思うけど、間違いなくあの子は両親が書いた僕に対する罵詈雑言を目にしているはずなんだ」
 
 ということは、必然として優希は優斗を恨んでいる。
 恨んでいないわけがない。
 
「なのに……」
 
 と、その時だった。
 ドアが二度、ノックされる。
 
「ヴィクトスのアガサです。ミヤガワ様はいらっしゃいますか?」
 
「入っていいよ」
 
 ちょうど優斗も訊きたいことがあった。
 見知らぬ他人だと言い張ろうとも思ったけれど、そうもいかない。
 この疑問は解決しておかないといけない。
 
「一度は戻ろうと思ったのですが、申し訳ありません。やはりはっきりとさせておきたいのです」
 
 アガサは室内に入ると、真っ直ぐに優斗を見る。
 そして再び問い掛けた。
 
「貴方はユキのことを知っていますか?」
 
「知ってる。だから僕からも問いたいことがある」
 
 あっさりと認め、優斗は本題を出す。
 彼としては、この疑問を解決させることこそ重要だ。
 
「君はどうして僕に優希のことを教えた?」
 
「貴方にユキと会ってほしい。私の願いはそれだけです」
 
 アガサは真摯に言葉を口にした。
 だから優斗の表情が不意に変わる。
 ある意味で嫌な予感が当たったからだ。
 
「勘違いされているかもしれません。ですが、あの子は貴方のことを――」
 
「“恨んでない”。そうだな?」
 
 優斗の確信めいた言葉に、修もアリーも驚きを隠せなかった。
 アガサも目を見張る。
 どうして、そう確信的に言えるのか理解できなかった。
 逆にアガサの反応を見て、優斗は大きく溜息を吐く。
 
「向けられた感情は曖昧だが、だからこそおかしい。僕を殺したいほど憎んでいて当然のはずなのに、感じた視線に敵意や悪意を断定できなかった」
 
 そう。
 彼女の視線から感じるものは曖昧だった。
 恨まれることをやったのに。
 憎まれることをやったのに。
 それが突き刺さってこないのは確実に何かしらの理由がある。
 
「……おかしくはないと思います」
 
 だからアガサは小さく首を横に振った。
 
「ユキは……貴方がいなくなった後、両親がなぜ死んだのかを調べました」
 
 ぽつり、と話し始める。
 これは彼女達が優希から聞いたこと。
 必死になって“優希を救おう”としたアガサ達が、ようやく聞き出せた過去。
 
「あの子は――真実を知っています」
 
 
 
 



[41560] all brave:加害者と被害者
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:e380c349
Date: 2016/01/04 16:54
 
 
 
 優しかった父と母が、ある日を境にして変わった。
 苛立ち、怒鳴り、怯えていた。
 日に日に酷くなっていき、優希にも隠せないようになってきた。
 彼女自身、近所の視線が向く度に首を捻る。
 好奇心と興味と蔑みと哀れみ。
 全てが込められていたが、幼い優希が視線の意味にまで気付くことはなかった。
 それから少ししてのこと。
 
 両親が自殺した。
 
 優希が小学校に行っている間に、首を吊ったらしい。
 遺体を見てはいないけど、自分の机の上に遺書があった。
 遺書に書いてあった全文を優希は覚えていない。
 引き取ってくれた遠縁の老夫婦に見られた際、奪われたから。
 けれど確かに綴られてあったのは、宮川優斗への恨みと怒り。
 言葉は理解できずとも、文字の形から届く激しい憎悪。
 
 だから分かったのだ。
 両親は宮川優斗の所為で死んだ。
 いや、殺された。
 故に当時、6歳の少女は怒りと憎しみを抱き彼を呪った。
 
 
 
 
 そして五年生の冬休み。
 宮川優斗が死んだ。
 バスが爆発し、亡くなったらしい。
 ニュースが大きく報道され、死亡者の一覧に彼の名前があった時は歓喜した。
 何年経とうとも忘れるはずがない。
 忘れるわけがない。
 同姓同名だとしても構わない。
 ざまあみろ、と思った。
 天誅が下った、と思った。
 死んで当たり前だ、と思った。
 自分の両親を殺しておいて、何をのうのうと生きているのだ、と。
 爽快感さえ覚えた。
 
 
 ――けれど。
 
 
 未だ事件が取り上げられている最中。
 引き取ってくれた遠縁の老夫婦が夜中、話していることを聞いてしまった。
 眠い眼を擦り、声を掛けようとした時に。
 
『優希の両親がしたように、また誰かに狙われたのか?』と。
 
 出るはずの音が消え、息が止まった。
 全身が凍り、体温が全て奪われたように感じた。
 何の話なのか、この二人は何を言っているのか、理解するのを拒みたかった。
 
 しかし自分は確かに聞いた。
 また誰かに狙われたのか? と。
 そして、彼を狙った相手に両親がいたことを。
 
「……っ」
 
 天海優希という少女は、現実を見ないフリなど出来ない少女だった。
 単純に恨んで憎めばいい、と思えるような子でもなかった。
 気持ちそのままに反論すればいい、という子でもなかった。
 紛うことなく、自分を育ててくれている二人が真剣な面持ちで話していることだ。
 問答無用で否定するのは無理だった。
 
 だから引っ掛かったからには知らなければならない。
 今まで自分が知ろうともしなかった理由。
 宮川優斗が――両親を殺すに至った理由を。
 
 
 
 
 そして優希は探した。
 優斗に関わりがあった者や、親交があった者達を。
 彼が通っていた高校や中学を中心に話を聞き続けた。
 すると幸いにも彼の“後輩”に会うことが出来た。
 他の知り合いよりも深く事情を知っていた後輩は、優希に有益な情報をもたらしてくれた。
 宮川優斗が住んでいた住所を。
 そこは今、後見人が管理しているということも。
 
 
 
 
 
 
 “青下”という紳士然とした男性は優希が尋ねてくると、普通に迎え入れてくれた。
 客間に通して紅茶を用意し、彼女の前に置く。
 
「随分と大きくなりましたね」
 
「……っ、覚えて……いるのですか?」
 
「ええ。優斗さんが初めて無関係な人間に対する配慮をしなかったので」
 
 青下は表情を一切変えずに事実を話し始める。
 
「あの老夫婦を探すのには私も骨が折れました。なにせ、優斗さんの親族はあらかた片付けていたので。しかも貴女に被害が及ばない場所となると、唯一の場所と言ってもいいでしょう」
 
 近所だと優希の両親の行動は知られている。
 関係者も同様だ。
 だから全く関係なく、尚且つ引き取れる人物を選ぶのは骨が折れた。
 
「……だとしたら、やっぱり宮川優斗がわたしの両親を…………」
 
「その通りです。優斗さんから天海夫妻を『自殺』させるよう、私が話を受けました」
 
 淡々と事実を告げる。
 優希の両手が握り込まれた。
 けれど決して感情的にはならないように、ぐっと堪える。
 
「……なぜ、宮川優斗はわたしの両親を殺したのですか?」
 
「貴女が知る意味はあるのでしょうか?」
 
「……わたしは真実が知りたいのです」
 
 ただ単純に恨んでいたい。
 憎むだけでいたい。
 けれど、今はそれが純粋に出来ない。
 引っ掛かるものを知ってしまったからこそ、取り除かなければならない。
 
「どうして宮川優斗がわたしの両親を殺さなければならなかったのか。わたしは知る必要があるのです」
 
 青下に対して、真っ直ぐに言う。
 彼は一切表情を変えないまま、
 
「分かりました」
 
 機械のように頷いた。
 そして立ち上がり、棚から“とあるファイル”とレコーダーを持ってきて、机の上に置いた。
 
「私は彼が死んだとは思いませんが、それでも書類上は死んでいます。ならば死人に口なし、知りたいのであれば止めは致しません。貴女の感情全てを覆されることになる覚悟があるのなら、それもよいでしょう」
 
 青下はレコーダーの再生ボタンを押す。
 何が始まるのかと訝しんだ優希だが、すぐに察する。
 酷いノイズが聞こえたあと、乾いた銃声のような音。
 
『“あの子”が上にいるのに、何を考えている?』
 
 続いて声が聞こえた。
 かなり険が含まれている声音のあと、優希は息を呑む。
 聞こえてくるのは暴言。
 
「…………そんな……」
 
 思わず声が漏れる。
 レコーダーから再生されているのは、忘れるはずがない人々の暴言だった。
 
「……うそ…………なのですよ……」
 
 否定したいと思った。
 けれど出来ない。
 だって聞いてしまった。
 たくさんの罵詈雑言に含まれて、
 
『せっかくお前を脅して、優希を“使って”呼び寄せたのにふざけるなっ!!』
 
 父が自分を道具扱いする台詞を。
 再び発砲音が響いたところで、青下はレコーダーを止める。
 
「ご理解しましたか? 貴女の両親は金の為に優斗さんを殺そうとした。だから優斗さんは殺した。そういうことです」
 
「……っ! だ、だとしたら、だとしたらですよ! もし、わたしの両親が宮川優斗を殺そうとしなかったら…………っ!」
 
「今も生きていた可能性は多いにあります。当然のことでしょう? 優斗さんの敵とならなかったのだから」
 
 敵になったから殺した。
 単純にそれだけのことだ。
 
「……だ、だとしても、どうして殺したのですか!?」
 
「これはまた奇異なことを問い掛けますね。殺しに来たのだから、殺されて当然でしょう?」
 
 やられたから、やり返す。
 どこにでもある応酬だ。
 
「それとも自分の両親が優斗さんを殺すのは構わないけれど、優斗さんが殺し返すのは駄目だと?」
 
「別に殺さなくてもよかったっ! そうではないのですか!?」
 
 人を殺すのは悪いことだ。
 当たり前で、単純なことを振りかざす。
 だから例え殺されそうになったのだとしても、殺していいなんてことはない。
 
「話になりません」
 
 けれど青下は意に止めない。
 もし優斗が一般論に従っていたのならば、だ。
 
「貴女の言葉は優斗さんに『死ね』と言っている。加えて貴女の両親に優斗さんを――何の非もない少年を『殺せ』と言っているようなものです」
 
 そう、彼が生温さを持っていたのなら、すでに死んでいただろう。
 一般論を振りかざして生きていられるなら、宮川優斗は“あんな風になっていない”。
 
「騒動の発端は貴女の両親です。殺される原因も貴女の両親です。なのに優斗さんだけが悪い、という論調には賛同致しかねますね」
 
 だから一般論を正論で返す。
 
「優斗さんは殺人鬼ではありません。始まりがなければ、結果は生まれない。誰かが殺そうとしなければ、殺すことはありません。つまり、貴女の両親がどういった人物であったか理解できますか?」
 
 単刀直入、簡潔明快に。
 紛う事なき真実を青下は告げる。
 
「貴女の両親は金が目当てで人を殺そうとする下衆です」
 
 過去は揺るがない。
 莫大な財産を持っている優斗を引き受け殺して、自分達の物にしようとした。
 これは確定していて、優斗には一切非がない。
 
「…………っ」
 
 優希は……反論できなかった。
 反論できる要素を見出せなかった。
 感情は否定していても、過去が否定させてくれない。
 
「そして真実を知りたいと言うのであれば、もう二つ教えましょう」
 
 青下は彼女の言葉を汲むからこそ、全てを伝える。
 それが例え優希にとって、酷いことになろうとも止めることはない。
 
「貴女の悲しみなど、優斗さんが直面した惨劇の欠片程度にしか過ぎない」
 
「……かけ……ら?」
 
 思わず優希の身体が震えた。
 馬鹿にしている。
 どうしようもなく侮辱している。
 
「ふざないでほしいのですよ!! 親が殺されたわたしの感情を、どうして欠片だと断言できるのですか!!」
 
「では、親を目の前で肉片とされた優斗さんに対して言えますか?」
 
 けれど青下は冷静そのもの。
 個人的感情の強さではなく、現実の悲惨さを以て二つの対象を見比べる。
 
「切り刻まれ、臓器を引きずり出され、それすらも分割される。優斗さんは目の前で目撃しましたよ、親の死に様というものを。しかも、その親にも物心つく前から道具として扱われ、死にかけたことなど両手でも収まらない」
 
「……な、なにを……言っているのですか……?」
 
 彼の過去など興味はない。
 どんな人間であろうとも、関係ない。
 そう言いたくて……優希は言えなかった。
 
「人ではなく人形だ、と本人は仰っていました。優希さんもご存じでしょう? 何の感情も見せなかった優斗さんを」
 
 問い掛けに対して、優希は思い出す。
 全く無表情だった優斗のことを。
 あの時は性格だと思っていた。
 けれど実際は違う。
 ただ単純に、彼は笑うという感情を持っていないだけだった。
 
「加えて莫大な遺産があるからと、親族や親の知人から命を狙われる。誰も助けることはなかった。終盤こそ落ち着いて対処できましたが、最初の頃は何度も大怪我を負っています。貴女の両親にも手首と肋骨を折られ、頭部も裂傷しました」
 
 青下はファイルを開き、中に挟まれている多数の書類の中からカルテを見せる。
 当時――優斗が負った怪我の詳細が記されているものを。
 両親が行った優斗への殺人未遂の結果を。
 
「…………こ、これを…………本当に、わたしの両親が……?」
 
「ええ。間違いありません。貴女も先ほど音声を聞いたでしょう? 特に酷いのが、拳銃という“人を当然のように殺せる武器”を、貴女の両親は優斗さんに向けた。もちろん、それが手元に渡ったのは我々のミスと言えるでしょう」
 
 我先に全ての財産を手に入れる、という人間ばかりではなかった。
 例えば――協力し、手に入れた莫大な財産を分かち合う。
 そういう嫌な繋がりが親族同士であり得た。
 宮川優斗はただの子供ではない。それを理解していたからこその――武器。
 確実に死を連想できる威圧を持った物。
 どうしたって天海家では手に入れることはない、と高を括っていた。
 
「養子にならなければ脅す。脅しきれなければ殺す。脅すにしては最適な武器であり、人一人を殺すにしても素晴らしい武器でしょう。もちろん貴女の両親はあくまで一般的な方々。順序を間違えたのか、元々脅しで使用するつもりがなかったのか私には分かりかねます。ですが脅すことに使わず殺害を目的に使用し、しかも小学生の子供に向けるというのは最悪と言ってもいいでしょう」
 
 断言され、優希は泣きそうになった。
 怪我をした箇所の理由を見て、どうしてか視線が歪む。
 
「貴女も世間一般から比べれば不幸でしょうが、優斗さん相手に不幸比べなどしようと思わないことです。自分の不幸で優斗さんを糾弾しようとするならば、彼を全肯定せざるを得ませんよ」
 
 親を殺されても仕方ない、と。
 思わされることになる。
 
「最後に。優斗さんが本当の意味で人を――大人を信じなくなったのは、貴女の両親が元凶です」
 
 けれど突きつけられる真実は終わらない。
 一人の少年を確実に人間として終わらせた。
 それが誰なのか、真実を求めるなら知らなければいけない。
 
「彼を本当の意味で“堕とした”。一人の少年の人生を戻れない方向へ定めたのは貴女の両親です」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 予感は確信になり、過去にあった出来事へと繋がる。
 優斗は端的に述べた。
 
「優希は青下と会ったのか」
 
「……っ!」
 
 再び驚いた様子のアガサ。
 優斗が不思議そうに見る。
 
「どうした、違ったか?」
 
「い、いいえ。貴方の後見人であった方の名前が、そうであると私も伺っています」
 
 慌ててアガサが首を横に振る。
 何か透視でもしているのではないだろうか。
 そう疑いたくなるぐらいだった。
 
「アオシタという方は言っていたそうですよ。『私は彼が死んだとは思いませんが、それでも書類上は死んでいます。ならば死人に口なし、知りたいのであれば止めは致しません。貴女の感情全てを覆されることになる覚悟があるのなら』と」
 
「ということは、あれを聞いたんだろうな」
 
 当時11歳の少女が、あのやり取りを耳にした。
 その時の心情を……誰かが理解できるはずもない。
 
「てーぷ、というものがそちらの世界にはあるそうですね。音声を残しておける装置がある、と」
 
 そして優希は知った。
 何があったのか。
 何が起こったのか。
 両親が自殺に至った本当の原因は何であったのかを。
 
「ユキはヴィクトスに来た時、大層苦しんでいました。恨みたかった相手をお金の為に殺そうとしていた両親と、だからこそ両親を殺した貴方。嘘だと否定したくても、記憶にある声が貴方を罵っていたこと。そして自分のことを“使っていた”と紡いだ言葉が否定させてくれません」
 
 今までの全てが覆された瞬間。
 信じていた足下さえもが崩れた瞬間だった。
 
「だからあの子にとって、どちらが悪いのかは明白だった」
 
 優斗は殺人鬼じゃない。
 理由なく殺すことはありえない。
 理由があるから殺した。
 
「そして両親が貴方を真に堕とした元凶だということもユキは知っています」
 
「……あいつはそこまで言ったのか?」
 
「真実というものは、全て知るから価値がある……と」
 
「……相手の歳を考えろ、青下」
 
 優斗の後見は差別も区別もしない。
 目の前に現れた相手に対して、誰にでも同じように接する。
 それが年老いた相手であろうと、幼い女の子であろうと。
 何一つ考慮せずに過去と真実を突きつける。
 
「ユキは優しい子です。例え両親を殺した相手であったとしても、自分の両親が悪いのなら恨むべきではない。いえ、それどころか『どこまで恥知らずなのだろう』と。彼女は言っていました。恨んではいけなかったし、憎むなんて以ての外だと」
 
 優希は『それでも』という言葉を使えなかった。
 それでも親を殺したのから。
 それでも自分から家族を奪ったのだから。
 そんな風に思えなかった。
 
「“加害者の娘”が何を馬鹿なことを考えている。そう言っていました」
 
 金の為だけに殺そうとして、加えて優斗を押し留めていた最後の一つを破綻させた夫婦の娘。
 しかも恨みと憎しみを抱き続け、彼が死んだことに大層喜んだ。
 優希にしてみれば、自分はあまりにも最低な部類の人間に映った。
 
「だから……あの子は自殺しようとしたのです」
 
 伏し目がちなアガサから届いた、衝撃の事実。
 修が驚きの声をあげた。
 
「自殺って……お、おい、ちょっと待てよ。じゃあ、その優希って子がセリアールに召喚された状況って……」
 
「高所から飛び降りた結果です」
 
 死ぬ間際に異世界召喚は起こる。
 事故だろうと他殺だろうと……自殺だろうと。
 優希はビルから飛び降りた時、異世界召喚された。
 
「召喚された当時は精神的にも随分参っていて、医者からは心が憔悴しきっていると言われました」
 
 現れた瞬間、泣いていた。
 しばらくは話し掛けても反応がなかった。
 それだけで気付く者は気付く。
 何があって召喚されたのかを。
 
「あの子の後見の家となったキャロル……今日、一緒にいる少女や当時はまだ勇者でなかったライトの献身的な介護で、少しずつ心を開いてくれました。真っ当に喋ってくれるようになったのは、ほんの数ヶ月前」
 
 たくさん話し掛けて、色々な話をした。
 その中で一つの話題に彼女は反応を見せた。
 
「切っ掛けは貴方の名前です、ミヤガワ様」
 
 大魔法士が現れた。
 その人物の名前は宮川優斗。
 優希と同じ異世界人で……彼女にとっては忘れられない人。
 
「あの時から、あの子は少しずつ話してくれるようになりました」
 
 自分のこと。
 過去のこと。
 何があったのか。
 どうして召喚されたのか。
 どうして……優斗の名前に反応したのかを。
 
「そしてユキがだいぶ喋れるようになったとき、言っていました。『たぶん大魔法士はわたしの知ってる宮川優斗です』と」
 
 同時にアガサ達は知った。
 二人の関係性を。
 だから先ほどのような事が起こった。
 大切にしている者だからこそ、肩入れしてしまうから。
 そして優斗はキャロル達の反応こそが正しいと思う。
 
「切っ掛けがどうであろうと、僕は僕の意思で彼女の両親を殺した。そこには一切考慮する必要がない。優希にとって僕は仇だ」
 
 自分の事情を考える必要などない。
 
「親を殺したのに恨むな、とは言えない」
 
「直接手を下したわけではないのでしょう?」
 
「確かに僕の手を汚して殺したわけじゃないが、だからといって無関係だと言えるわけもない」
 
 誰の意思で誰を殺したか。
 明白だからこそ、何一つ意味がない。
 
「優希は自分を責める必要はない。苦しむ理由もない。僕とあの子の両親との因縁には無関係なんだから、もっと単純に考えていいんだ」
 
 あくまで優希の両親と優斗の問題だ。
 そこに親の分を背負う理屈は存在しない。
 けれど、
 
「……いいえ、無理でしょう。優希はそんな風に思えない子ですから」
 
「だとしたら、どうして連れてきた。“加害者の娘”だと勘違いしているなら、あの子が苦しむことぐらい分かっていたはずだ」
 
 自身を加害者の娘だと思っているのであれば。
 被害者と会ってしまえば苦しむに決まっている。
 それが分かっていて何故、あの子を連れてきた。
 
「……ユキが……『会いたい』と言ったのです」
 
 アガサが口唇を噛みしめながら、言葉を吐き出す。
 彼女だって分かっていた。
 会わせれば苦しませることなんて。
 余計に重荷を背負って、自身を責めることだって。
 けれど優希が漏らしたのだ。
 
『会いたい』と。
 
 謝っても許されない。
 罪を背負っているなんて当然で。
 自身を余計に苦しめることなど分かっていた。
 それでも『会いたい』という言葉を口にしたのだ。
 
「ユキの持っていた淡く儚い“夢”は真実を知ったからこそ、今でも残っているのです」
 
 捨てたはずのもの。
 過去に望んだ宝石の一欠片。
 叶えようとは思わないけれど、それでも残っている。
 だから一目でいいから、優斗を見たかった。
 
「自分に気付いてしまったら、ミヤガワ様に過去を思い出させてしまう。故にユキは甲冑に身を包み、この場にいます」
 
 矛盾と甘え。
 相反する想いがあって、自分に対する弱さがある。
 
「けれど」
 
 馬鹿馬鹿しい、甘ったれと断言することはできない。
 僅か12歳の女の子が迷って、相反して、弱かったところで誰が責めることができよう。
 
「…………けれど……っ!」
 
 アガサはそんな優希を守りたいと強く願う。
 あの子が望むことを、望むままに。
 やってあげたい。
 
「お願いします、ユキと会って下さい! あの子だということを気付かないフリをして、会って話してほしいのです!」
 
 頭を下げる。
 あの子の為ならば、何だってする。
 
「全ては私の一存です。ミヤガワ様に無理難題を押し付けていることも承知の上です」
 
 怒鳴られようと、殴られようと、殺されようと。
 どうされても仕方がない。
 
「嫌な過去を思い出させた私を……恨んでいただいても構いません。非は私にのみ、存在します」
 
 責は自分が受け持つ。
 優希には何も渡さない。
 決意を持ったアガサの瞳に、優斗が溜息を吐いた。
 
「……まったく。トラストの勇者とは別の意味で矛盾してる」
 
 会いたくないけど会いたい。
 どうしようもないほどに矛盾だ。
 
「優希が僕に会って話すことで、あの子が人として駄目な部類に堕ちることもありえる。それでも君は望むのか?」
 
 曖昧な感情だった視線。
 優斗が判断できなかった。
 ということは、再び優希が『優斗が死ぬことを喜ぶ』ようになる可能性はある。
 そんな優希をアガサは望むのだろうか。
 
「また恨むことが出来るなら、自身を責めて苦しむことはありません」
 
「……確かに。そういう考えもありだな」
 
 良い傾向だとは思わないが、少なくとも悪化はしない。
 悪くはない、と優斗も頷いた。
 けれどアガサはそれを望みたくはない。
 
「ただ、出来るのであれば……全てが上手くいくことを望んでいます」
 
 簡単な話じゃないのは分かっている。
 分かってはいるけれど、望みたい。
 甘く、生温い……都合のよい優しい結末を。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 優斗がアガサと共に部屋を出て行く。
 残った修は難しい表情をしたままだ。
 
「……なあ、アリー」
 
「はい」
 
「こういうのってよ。どっちが悪いとかあるのか?」
 
 加害者と被害者の娘。
 被害者と加害者の娘。
 どう取ればいいのだろうか。
 
「人による。そうとしか言えません」
 
 けれどアリーにだって断言はできない。
 
「わたくし達も判断できませんわ。わたくし達はどうしたってユウトさんに肩入れしていまいますから」
 
 優斗は悪くない。
 彼を殺そうとした優希の両親が悪い。
 だからアリーとして優斗が被害者で、優希は加害者の娘だ。
 
「あちらも同じ事でしょう。ユキさんに肩入れしているから、ユウトさんに大魔法士をやめろ、と。そう言ったのだと思いますわ」
 
 優希は被害者の娘で、優斗のような加害者がセリアールに憚ることなど許されない。
 どうしたって優希の目に入ってきてしまう。
 だから言ったのだろう。
 大魔法士をやめろ、と。
 
「しかし……」
 
 アリーは優斗と優希の考えを考察する。
 二人は相手が悪い、などと考えていない。
 だとするなら、
 
「どちらも『自分が悪い』と考えているのなら……穿つ方法はあるのではないかと、そう思いますわ」
 
 
 



[41560] all brave:昔と今
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:e380c349
Date: 2016/01/04 16:55
 
 
 
 
 かつて、兄になるかも知れない人がいた。
 その人は鉄仮面で、表情が何もなくて、無愛想だった。
 まるでロボットみたいだと優希は思ったことがある。
 けれど自分は常々、欲しいものがあった。
 優しい姉か、頼りになる兄。
 そして親から聞かされていた。
 もしかしたら彼が自分の兄になるかもしれない、と。
 だから優希は一人、練習していた。
 
「ゆうとおにいちゃん。……これはへんです」
 
 夢が叶うかもしれない。
 無理だと思っていたものが、現実になるかもしれない。
 
「ゆうとおにーさま。……これもちがうのです」
 
 だから嬉しくて。
 嬉しくて。
 つい、叶ってもいないのに想像してしまう。
 彼が兄になった時のことを。
 
「ゆうにい。……あれ? なんかしっくりきました」
 
 幼い頃の淡い夢。
 勉強を教えてくれる、歳上の男の子。
 もう一度、夢見がちに優希は呟く。
 
「……ゆうにい」
 
 いつかは呼べるかもしれない。
 だからちょっとずつ、練習しよう。
 照れずに言えなくなった時、あの無表情の優斗を驚かせてやるのだ。
 
「えへへ」
 
 それは幼い頃に抱いた、幼い夢。
 優希が描いた“もしかして”という宝石。
 決して無くならない過去に存在する、泡沫となったはずの想い。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 一旦、ヴィクトスの面々は別々に過ごすようにとアガサから伝えられた。
 その際、全員に頭を冷やすよう念を押すのも忘れない。
 用事があると言ったアガサは姿を消し、優希は一人で周囲をぶらついた。
 途中、城外が騒がしかったが特段、気にすることもない。
 時間が経つことで僅かばかり落ち着いたと信じ、優希は控え室へと戻る。
 しかしキャロルとライトはすでにテーブルを囲んでいて、
 
「あの男、ずいぶんと傲慢な振る舞いでしたのよ!」
 
「う、うん」
 
「やっぱりユキの為にも、大魔法士をやめてもらう必要があると思いますの!」
 
 聞いた瞬間、僅かにでも落ち着いた優希の心が沸騰する。
 なぜこんな話をしているのか、理解ができなかった。
 いや、理解したくなかった。
 
「…………どう……して……」
 
 声に反応してキャロルとライトが振り向く。
 同時、優希は怒鳴り声をあげる。
 
「どうして……あんなことを言ったのですか!?」
 
 見据えた先はライトとキャロル。
 先ほど、優斗に『大魔法士をやめろ』と言った二人だ。
 キャロルは怒鳴る優希に対して、彼女を想っているからこそ反論する。
 
「だってユキのご両親はあの男に――っ!」
 
「わたしはそんなことを頼んだ覚えはありません!!」
 
 けれど優希は止まらない。
 どうしたって言えるわけがない。
 
「恨んでいたけど、恨んではいけないのです! 憎んでいたけど、憎んではいけないのです! 自業自得なのですよ、私の両親が死んだのは!」
 
 なのにまた、彼を追い詰めるのか。
 今度は自分という存在が優斗を糾弾するのか。
 追い詰めたのはこっちだ。
 彼を本当の意味で“堕とした”のも、全部こっちの責任だ。
 それなのに不必要な過去を持ちだして、一方的なまでの悪意を都合のよい解釈をして、自分という存在は再び彼を責めるのか。
 
「最初に殺そうとしたのは私の両親なのですよ!? だからやり返されたのに、どうして被害者面をするのですか!?」
 
 怒鳴り散らし、ヘルムを地面に叩き付けた。
 見えた顔からは、涙が溢れている。
 
「ユキ、少し落ち着きなさい」
 
 と、その時だった。
 アガサが部屋に戻ってきて優希のことを窘める。
 
「だけど……っ!」
 
「落ち着きなさい。そう言ったでしょう?」
 
 優しい声音で近づき優希の頭を撫で、軽く抱きしめた。
 そしてアガサはキャロルとライトを睨み付ける。
 
「キャロル。ライトに言わせたのは貴女ですね?」
 
「だってあの男は……っ!」
 
「だって、ではありません。ユキが望んでいないことをやるのが貴女の愛情ですか?」
 
 優希の側に立っているからこそ、優斗のことが許せない。
 それは分かっている。
 けれど優希が望んでいない以上、やるべきではない。
 
「そしてライト、貴方もです。勇者が国に不利益をもたらそうとしてどうするのですか」
 
「……ご、ごめんなさい」
 
 アガサの言葉にライトが頭を下げる。
 怒られて、しゅんとしていた。
 
「もし言うのであれば、自分の意思をしっかりと持って言いなさい」
 
「……はい」
 
 まだ幼いから難しいかもしれない。
 けれど勇者であるのならば、やってほしい。
 
「大丈夫ですか、ユキ?」
 
 アガサは自分の胸に抱いている女の子に優しく問い掛ける。
 頭が僅かに縦へ揺れた。
 
「先ほど、ミヤガワ様と話しました。大魔法士を辞めろと言った我々に対して、とても真摯に問題点を話してくださり、聡明な方だと思いましたよ。ライトのことも、もう少し頑張れと仰ってくれました」
 
「……っ!」
 
 ビクっと優希の身体が震えた。
 怖かったのだろうと思う。
 自分という存在が、彼に面倒を掛けたかもしれないことに。
 
「……わ、わたしのことは……何か気付いていましたか?」
 
「いいえ。ただ、視線が奇妙だと仰っていたのでフォローはしておきました」
 
「……ありがとう、アガサ」
 
 少しほっとしたのか、声に含まれていた怯えが消える。
 アガサはもう一度、優希の頭を撫でると身体を離した。
 
「さすがに私もミヤガワ様を前に緊張したので喉が渇いてしまいました。自分の分も含めて、取ってきてもらえますか?」
 
「分かったのですよ」
 
 素直に頷いた優希は、ヘルムを拾って部屋から出て行く。
 キャロルとライトが続こうとして、アガサは止めた。
 
「貴方達はこれから説教です」
 
 睨み付けるように告げる。
 そして部屋を出ていく優希の後ろ姿を見て、アガサは心の中で呟く。
 
 ――よろしくお願いします、ミヤガワ様。
 
 この後に起こる出来事は、彼女にとって大切なことだと思うから。
 どうか優しい結果が起こることをアガサは切に願う。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 優希は先ほど、優斗達がいた談話室に到着すると冷たいお茶を二つ、コップに注ぐ。
 自分の分にはストローをさして、ヘルムの下から上手い具合に飲んでいく。
 やはり慣れない服装だからか、喉は渇くし動きづらい。
 けれど、
 
 ――宮川優斗を見ることができました。
 
 それだけで、この格好をした甲斐がある。
 恨むこともなく、憎むこともなかった。
 優希にとって当然のことではあるが、いざ目の前にしても親を殺された怒りというものは沸き上がらなかった。
 だから“優希の理屈”として、自分は以前ほど最低な人間ではなくなったんじゃないかと、僅かにほっとする。
 
「……よかったのです」
 
 最悪な勘違いをしていた自分など、死んでしまえばいいと思った。
 だから飛び降りて終わったはずの人生において、続きがあった。
 二度と会うことはない人を、一方的だとしても見ることができた。
 だから今は生きていて良かった、と。
 そう思って僅かに笑んだ時だった。
 
「その格好、暑くない?」
 
 昔とは違う、声変わりをしている声が優希の隣から届いてきた。
 さっき聞いた、忘れるはずのないはとこの声。
 
「――っ!?」
 
 優希は慌てて横を見る。
 そして反射的に頭を触った。
 ヘルムはちゃんと被っている。
 ということはバレてはいないはず。
 驚きで高鳴る心臓をどうにか宥めようとしながら、優希は先ほどの質問に対して首を横に振る。
 目の前にいるのは妖怪のサトリみたいな人間だ。
 顔はもとより、数年経った声でさえバレる可能性がある。
 だからジェスチャーだけに留めた。
 
「そうなんだ。見た目は暑そうなんだけどね」
 
 彼は喋らないことを気にすることなく、普通に頷いた。
 けれど続けて質問をしてくる。
 
「年は幾つ?」
 
 優希は言葉の代わりに、右手の人差し指と左手の人差し指、中指を立てる。
 
「12歳か。その歳で勇者の従者になったってことは、頑張ったんだね」
 
 僅かに表情を崩す優斗。
 ヘルムで隠れている瞳で、優希は今の彼の表情を真っ直ぐに捉える。
 
 ――そういえば、さっきも笑ってたのです。
 
 もう無表情の彼はどこにもいない。
 優希にほっぺたを引っ張られたところで、微動だにしない彼はどこにも存在しない。
 
「…………」
 
 救ってくれた人がいたのだろう。
 彼に感情を与えた人が……もしくは人達が。
 
 ――嬉しいのですよ。
 
 両親が堕とした宮川優斗は救われた。
 それを知ることができてよかった。
 でも、だからこそ余計に思う。
 自分はもう彼に関わるべきじゃない。
 不用意に過去を思い出させてはいけない。
 こんな最悪な“加害者の娘”と会ってはいけない。
 
「どうしたの?」
 
「……っ」
 
 だけど、あと少しだけ。
 きょとんとした様子で話してくれる優斗と、一緒にいてもいいだろうか。
 巻き戻せない日々には居なかった、感情のある彼と。
 もう少しだけ、一緒にいたい。
 
「…………っ!」
 
 首を大きく振って優希は何でもない、と答える。
 優斗は不可思議そうな表情になりながら、気を取り直した様子を見せると指を一本立てた。
 
「そういえば、さっきのヴィクトスの勇者を止められなかったのは減点だよ。僕に喧嘩を売るのは構わないけど、大魔法士を絡めると僕以上にやばい人達が出てくるんだからね。従者だったら、勇者が問題を起こす前に止めないと」
 
 窘めるような優斗に、優希は首肯する。
 
「でも、そういうところも含めてアガサさんには伝えてあるから、しっかりと聞いてヴィクトスの勇者をフォローしてあげてね」
 
 もう一度、首肯する。
 素直な優希の態度に、優斗は感心した様子で表情を崩した……その時だった。
 複数の足音が二人の耳に届く。
 
 
 



[41560] all brave:得られなかった時
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:e380c349
Date: 2016/01/04 16:56
 
 
 
 ――優希と出会う数分前。
 
「トラストとヴィクトス以外は会議に参加しないのですか?」
 
「そうだよ。トラストの勇者を六国が勇者と認めてない。だから勇者会議としては破綻してる。ヴィクトスもどうするのか、考えておいたほうがいいよ」
 
「分かりました」
 
 先ほど起こったことを、掻い摘まんで説明する。
 今回の勇者会議がどういう状況になったのかを。
 
「ヴィクトスの勇者――ライト君だったっけ。彼はまだ幼いから、判断するのは君になるのかな?」
 
「そうなります」
 
 だからこそアガサが監督者として同席している。
 けれど腑に落ちない点があった。
 
「少し気になったんだけど、どうしてライト君が勇者になったの?」
 
「素養があったのも確かなのですが、先代の勇者が亡くなった際にライトがユキと親しい間柄であったからです。稀なケースではあると思います」
 
 先代ヴィクトスの勇者はライトの祖父だった。
 ライトも祖父に憧れ鍛錬を重ねていて、いずれは勇者になれるのかもと期待もされていた。
 けれど普通に考えて、幼い少年を勇者にすることはおかしい。
 異世界人のように“勇者として召喚されている場合”は除いて、常識的とは思えない。
 優斗は少し考え込むと、とある質問をアガサにする。
 
「ヴィクトスが異世界人を召喚する理由は?」
 
 例え勇者ではなかったとしても、異世界人召喚に意味が付随する場合がある。
 イエラートが“守護者になってもらいたい”から召喚するように。
 同様にヴィクトスにも異世界人を召喚する理由があるような気がする。
 そしてそれこそ、ライトを勇者とするに至った経緯になっているような感じがした。
 アガサは優斗へ一度視線を送ると素直に答える。
 
「勇者を支えて欲しい。それがヴィクトスが異世界人を召喚する理由です。やはり『勇者』は一般人とは違います。ですから、同じ『特別』である異世界人に支えて欲しい。そう願ってヴィクトスは異世界人の召喚を行っています」
 
 けれど言い方を変えれば、都合の良い召喚を行っている。
 勇者が可哀想だから、他に特別な者を呼んだまで。
 ただ、今回はパターンが逆だった。
 勇者を支えるのではなく、異世界人を支えていた者を勇者にした。
 幼くとも勇者の素養があるから。
 今の異世界人の側にいるから。
 そういう理由で。
 無論、年齢のことを考慮しているからアガサが監督者として一緒にいる。
 
「我々のことを非難されますか?」
 
「いや、どこの国でも同じことだよ。ヴィクトスを非難することは、リライトを非難することと変わらない。それに僕は別に非難することでもないと思ってる」
 
 どこの国だってそうだ。
 自分達の都合があって、自分達の理由で召喚をしている。
 決してヴィクトスだけではない。
 
「優希は良い国に召喚されたと思うよ。あの子のことを大切にしてくれて、大事に想ってくれる国に召喚されたんだからね」
 
 憔悴しきった優希のことを見捨てることもせず、懸命になって介護し続けた。
 これに関しては本当にヴィクトスが召喚国で良かったと思う。
 
「そういえば、ミヤガワ様はユキが幼い頃に望んでいたことを知っていますか?」
 
「望んでいたこと? いや、分からないよ」
 
 そういう話をしたことはない。
 首を捻る優斗にアガサは苦笑交じりに伝える。
 
「優しい姉か、頼りになる兄。ユキはどちらかが欲しかったようです」
 
 幼い頃、優希が一度だけ抱いた夢の残滓。
 それを教えてもらったからこそ、アガサ達は優希との接し方を変えた。
 
「君は……いや、君達はあの子が欲しかったものになろうとしてるんだね?」
 
「いえ。ユキだけではなく私達も望んでいるからです」
 
 間違ってほしくはない。
 確かに優希が望んだ夢を叶えてあげたい、という気持ちはある。
 けれど自分達だって望んでいる。
 だから一緒にいるのだ。
 
「そっか」
 
 優希の為に立ち向かってきたキャロルとライト。
 優希の為に交渉してきたアガサ。
 彼女達が本当に大事にしていることが、優斗には分かったから。
 
「ほんと、あの子がヴィクトスに召喚されて良かったよ」
 
 彼は小さく笑みを浮かべた。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 トラストの兵士が数人、優斗達の前に立ちふさがった。
 そして第一声を放つ。
 
「エクト様がお呼びだ」
 
 いきなりのことに目を丸くしたのは優希。
 逆に優斗は額に手を当て、呆れた様子を隠しもしない。
 
「何のために? 現場にいなかったヴィクトスと、問題を起こしたトラスト以外の国は今の勇者会議を否定したはず。ここにいるのは馬車の準備待ちなだけだから、僕が参加する理由はないけど」
 
「エクト様がお呼びなのだから、拒否は認めない」
 
 そして兵士全員が剣に手を掛けた。
 ビクついた優希の反応を見て、優斗は僅かに前へ出ると冷静に尋ねる。
 
「無理矢理連れて行くつもり?」
 
「断るのなら、それも致し方なし」
 
 柄の部分を握りしめる兵士。
 そこで優斗は優希に視線を配った。
 
「この子はヴィクトスの人間だ。さっきの騒動には何ら関係がないから、お前達が無理矢理連れて行く必要はない」
 
「エクト様の命令は全員を連れてこい、というものだ。ヴィクトスであろうと連れて行かない理由はない」
 
 あまりに問答無用の言い分。
 優斗が嘆息した。
 
「……普通に国際問題に発展するよな、これは」
 
 元々、理解できる連中ではないと悟ってはいた。
 しかし何をしたいのか、全く把握できない。
 こんなことをすれば国際問題になるなんてこと、普通に考えられるはずだ。
 
「どうしてトラスト王は静観してるんだ? 王まであの二人に心酔してるのか?」
 
 だとしたら救いようがないが、あくまで予想は予想。
 正しいと断定できるわけではない。
 
「いまいち、この国の状況が掴めない。こうなったらトラスト王に直接、話を聞く必要があるかな」
 
 何を考えてあの二人を自由にさせているのか。
 訊いておいたほうが後々、楽ができそうだ。
 優斗は優希に振り向くと、
 
「君はヴィクトスのところへ戻ったほうがいい。送ってあげるから」
 
 肩をぽん、と叩いて帰るように促す。
 けれど優希は少しだけ考えるように下を向くと、首を振った。
 そして一緒に行く、というジェスチャーをする。
 もちろん、優斗ともう少しだけ一緒にいたい、という気持ちもあった。
 ただ、この分からない状況の中で優斗が得ようとしている情報が、ヴィクトスにとっても有用だと思ったのも確か。
 いつも迷惑ばかり掛けているのだから、こういう時ぐらいは役に立ちたい。
 
「えっと……ヴィクトスの人達に情報を届けてあげたいの?」
 
 問いに対して、大きく頷く優希。
 
「分かったよ」
 
 優斗は苦笑すると、改めて兵士達に宣言する。
 
「というわけで通してもらう」
 
 言い放った瞬間、兵士達が剣を抜いた。
 優希も護衛用の短剣を、おっかなびっくり手に持とうとしたが、
 
「慣れてないなら持つ必要はないよ」
 
 優斗が柔らかい口調で止めた。
 
「君も僕の二つ名の意味、知ってるよね?」
 
 こくん、と優希が首を縦に振る。
 
「たかだか兵士4人に対して、君みたいな小さな子の力を借りる必要はないよ」
 
 そう言って、まるで散歩するかのように優斗は兵士へ歩いて行く。
 優希も恐る恐る、真後ろをぴったりと張り付きながら追いかけた。
 
「止まれ!」
 
「止まるわけないでしょ」
 
 進む道を塞ごうとしている兵士に対して左腕を前に出す。
 
「開けゴマってね」
 
 優希の手前、なるべく傷つけないように風の精霊を使役して壁へ叩き付ける。
 そして、そのまま壁に押さえつけた。
 
「謁見の間はどこ?」
 
 風に抑えつけられて動けない兵士に訊いてみる。
 けれど返答はある意味、予想通りだった。
 
「……エ、エクト様がお呼びだと言っただろう!」
 
「答える気は無い、か。ちょっと手間だけど、探せば見つかるよね」
 
 兵士も城内で魔法を使うほど馬鹿ではないと思うので、気にせず突っ切って歩いて行く。
 
「それじゃ、レッツゴー」
 
 そして優斗達は謁見の間を一緒に目指した。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 若干騒がしい城内の騒音を聞きながら、優斗は謁見の間に辿り着いた。
 もう少し邪魔が入るかとも思ったが、特に何事もなかった。
 優斗は目の前にある扉を平然と開いて中に入っていく。
 優希も緊張した面持ちで続いた。
 扉を開けた真正面にある玉座には壮年の男が座っていて、すぐ後ろには護衛の兵士らしき者達が二人ほどいる。
 急に入ってきた優斗達に護衛が前へ出ようとするが、男が手で制した。
 そして尋ねてくる。
 
「おおよその見当はつくのだが、名前を伺ってもいいだろうか?」
 
「大魔法士――宮川優斗だ。こっちも確認したいんだが、貴方がトラスト王で間違いないか?」
 
 端的に告げる。
 男も優斗の正体を知ると、すぐに名乗り返した。
 
「確かに私がトラスト王だ。大魔法士殿は何用でここに来られた?」
 
「この状況について説明を願いたい。各国の勇者が集まっているのにも関わらず、あまりにも不用意すぎる。王である貴方が止めるべきだろう?」
 
 直球で訊いたこと。
 けれどトラスト王は僅かに目を伏せ、困惑した表情になる。
 
「私は何が起こっているのか把握できていない」
 
「なぜだ。貴方が王だろう?」
 
「実権が無いに等しく、情報すらも入ってこない」
 
「……王に実権が無い?」
 
 いきなりのことに優斗も困惑した。
 実権を握っていないとは、どういうことなのだろうか。
 トラスト王は優斗の表情を見て、簡単に自身の状況を述べる。
 
「兵士団長はエクトに心酔している。政治とて勇者・聖女派が幅を利かせていて、王族派は押しやられている。それだけ言えば分かるだろう?」
 
「……実質的にはトラストの勇者が国を仕切っている、ということか?」
 
「その通りだ。だから私には最低限の護衛しか存在しない。彼らは私側に着いている数少ない兵士達だ」
 
 背後にいる護衛を示すトラスト王。
 つまるところ、彼らはこの国においては異端ということだろう。
 
「単純な感想で申し訳ないが、よく国が持ってるな。あのトラストの勇者が実権を握っているとなると、かなりの確率で不味いと思うんだが」
 
「その通りだ。表沙汰にはなっていないが、昔から懇意にしていた国が離れていった。今でこそ目に見える実害は無いが、表面化するのも時間の問題だろう」
 
 譲歩することも何もない現状。
 友好も何もない。
 トラスト王は肩を落として過去の過ちを口にする。
 
「私が間違えた。未来視を持っているが故に、彼の行動に間違いはないと信じ続けた。聖女の言葉とて、あまりに理想論ではあるが彼らがいれば成し遂げるだろう、と。そう考えた結果がこれだ。気付いた時には遅かった」
 
 誰もが二人を讃えた。
 誰もが二人に心酔した。
 誰もが否定せず、ただただ肯定し続けた。
 だから暴走した、といっても過言ではないだろう。
 間違えないと信じ続けられた彼らの行動は、全てが正しいと称されるほどに。
 結果、王というものが形骸化してしまった。
 
「しかし彼らを今のようにした責任は取らねばなるまい。何があったのかを伺いたい」
 
 それでも王であるから。
 取るべきものは取らなければならない。
 優斗も今の現状を簡単にまとめて説明した。
 
「調子に乗って異世界人の勇者に喧嘩を売っているのも問題ではあるが、自分の言うことを聞かないというだけで僕に対して兵を向け剣を向けた。どうするつもりだ?」
 
「責任を取る。そう言ったはずだ」
 
「……いや、難しいだろうな。兵士を差し向けたのは僕だけじゃないはず。おそらく各国の勇者達にもだ。貴方が全て背負ったところで終わる問題だとは、到底思えない。しかも現状、他の勇者から『勇者』として認められていない」
 
 あまりにもかけ離れている。
 
「勇者の意は各国で差異がある。僕が知っている国に関して言えば、リライトやリステルの意は『国を守る』ではあるけれど、他国を助ける柔軟性は含まれている。フィンドやクラインドールは国を問わず『人を助ける』だ。だからこそ各国の勇者は世界中の王達に認められ、相応の発言力がある」
 
 自称が世界に通用する二つ名ではない。
 それで通るのは自国のみ。
 
「トラストの勇者は差し詰め、『平和を作る』といったところか?」
 
「その通りだ」
 
「平和という言葉は捉え方によって意味合いが変わるものだが、あの二人がやろうとしていることは、9割方の人間がこう思うだろう」
 
 彼らの発言を踏まえれば。
 タングスの勇者である源が言ったことが、まさしく当て嵌まる。
 
「平和ではなく支配だと」
 
 トラストの勇者と聖女は、こんな馬鹿げた思想を強要している。
 
「自国以外で誰が認めるんだ? こんな輩を勇者だの聖女だとな」
 
 無理にもほどがある。
 
「今はまだ勇者しかいない場所でやらかしたり、懇意の間柄であった国が離れただけだろう。けれど今後、ふざけた強制を続けていけばトラストは戦争に向かうぞ。そうなった場合、どこがトラストに協力する? 周りには敵しか存在しないというのに」
 
 譲歩はない。
 ただ押しつけるだけ。
 誰が味方になるものか。
 
「しかも、この国には力がない。僕みたいな存在がいない以上、強要や強制といった問答無用に従えさせるものが存在しない」
 
 例えば修や優斗がいれば可能だろう。
 正樹でも問題はない。
 だが、
 
「未来視で他国を圧倒できると思ったら大間違いだ」
 
 所詮、としか言いようがない。
 と、そこで優斗はトラスト王なら知っているだろうと思って質問する。
 
「そういえば知っておきたいことがあるんだが、トラストの勇者の未来視は『視界範囲内』の未来を視る。これで合ってるか?」
 
「間違いない。視界範囲内にある場所で、指定した時間の未来を視ることが可能だ」
 
「眼帯は魔法具か?」
 
「ああ。エクトの未来視は魔力がある限り、発動する。だからこそ瞳の部分に魔力が流れない魔法具が必要だった。神話魔法に近しいのか魔力消費も大きく、二分もすれば底が尽きてしまう」
 
 話を聞き、優斗ががっくりと肩を落とす。
 思っていた以上に残念スペックな未来視だった。
 
「一晩寝ればほとんど回復するとはいえ、一日に二分しか視られないのに、よくもあそこまで強気に出られるな」
 
 まあ、未来視というだけで凄いと思うのも確かだろう。
 けれど明らかに落胆してしまう。
 トラスト王も優斗の反応は予想外だったようで、
 
「……これでも私は彼の未来視を大層なものだと信じているのだが」
 
「魔力操作も満足に出来ないから勝手に発動し、魔力量も足りていないから視る時間は僅か。しかも視たい瞬間の未来ではなく時間指定で視る未来なんて、少しでも設定した時間帯が間違っていれば無価値だ。遠い未来であれば余計、使い方に難がある」
 
 優斗が切り捨てるように言う。
 すると優希が首を傾げた。
 よくよく理解できなかったらしい。
 
「ちょっと難しかった?」
 
 素直に首肯する。
 なので優斗は分かりやすいように説明を始めた。
 
「簡単に説明すると、僕が十秒後にここでジャンプするとします。これを視るのは案外簡単なはずだよ。時間の誤差なんて一秒もないと思うから」
 
 容易に未来を視ることができるだろう。
 
「続いて僕が今から一時間後、ここでジャンプをするとします。ここで質問なんだけど、きっかり一時間って難しいよね。数十秒ぐらいの誤差があっても、別に『一時間後』って言ってもいいと思うんだよ」
 
 これは日時が経つほどに誤差が大きくなる。
 一ヶ月後、一年後なんてアバウトすぎて話にならないだろう。
 
「でも彼の未来視は誤差を許さない。彼に出来るのは『一時間〇分〇秒後の未来』を視ること。『ジャンプした瞬間の僕』を設定して視ることは出来ない。もしかしたら早送りや巻き戻しとか出来たりして視れるかもしれないけど、役に立つかって言われれば微妙だよね」
 
 簡易的な説明に『理解できた』とばかりの仕草を優希がした。
 ついでに優斗もあることに気付く。
 
「あっ、そうか。未来視を使っても、見たかった未来の時間を指定できなかった場合があるから『誤差の範囲内だ』っていう、取り繕うような口癖が生まれたのかも」
 
 まあ、どうでもいいことだが。
 優斗は再びトラスト王と向き合う。
 
「貴方達の扱い方がおかしいから、あれほどの馬鹿になったのは分かった。勇者達もあれで甘いから、大事にならずに済むかもしれない。とはいえ、今止めなければトラストは悲惨な結果しか待っていないだろうな」
 
「……そうか。いや、そうなってしまうのだろうな」
 
「盲目は現実から目を背けさせる。都合の良い未来と、都合の良い結果を容易に想像させるのだから、間違えても仕方ないことだとは僕も思ってる」
 
 得てしてそういうものだろう。
 期待をするから良い結果を求めてしまう。
 それが妄想と呼ばれる類いになったとしても、期待している人達は気付かない。
 今回、厄介なのは本人達ですら出来ると勘違いしたこと。
 
「とりあえず状況は理解できた。感謝する」
 
 優斗が欲しかった情報は得た。
 これ以上、迂闊に触ったらもっと面倒になるのも理解できた。
 なのでアリーと話し合って、さっさと帰ることにしようと決める。
 
「君も一緒に帰ろうか。もし話が難しかったら、僕からアガサさんに話してあげるから」
 
 優希に関しても、これぐらいでちょうどいいだろう。
 なので帰ろうと踵を返した。
 だが、
 
「では、どうすればいいのじゃ?」
 
 振り向いた先に女性が一人、立っていた。
 
 
 



[41560] all brave:だからこそ勇者と呼ぶ
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:e380c349
Date: 2016/01/04 16:57
 
 
 
 
 年齢は優斗と同じくらいか少し上だろう。
 長い茶髪を先端で束ねた、意思の強そうな表情をしている女性は優斗達を帰すまいと扉の前に陣取っている。
 優斗はトラスト王に振り向き、
 
「こちらの女性は?」
 
「娘のメアリだ。他国に留学していたのだが……」
 
 なぜかここにいた。
 メアリ、と呼ばれた女性はめんどくさそうな表情で答える。
 
「私が通っている学院は夏休みになったのでな。少しばかりの里帰りじゃ」
 
 優希が甲冑を鳴らして、ピシッと真っ直ぐ立った。
 優斗も王族の女性がいたんだったな、と思い出す。
 
「何を訊こうとしているんだ?」
 
「私が知りたいのは、どうすればトラストが戦争を回避できるのか、じゃ。大魔法士殿、妙案はないじゃろうか?」
 
 妙に口調が古めかしかった。
 若い女性がこういう口調をするのは珍しい。
 
「僕はこの国の宰相でもなければ、戦術家でも戦略家でもない。考える理由がないし責任も負いたくない」
 
「そこを何とか相談に乗ってくれると助かるのじゃが」
 
 中々に話が通じなかった。
 優斗は面倒そうに頭を掻く。
 
「じゃあ、逆に質問だ。貴女ならどうする?」
 
「まずは代わりとなる勇者を立てるとするかのう」
 
「それで?」
 
「あとはどうにかして、あの二人を表舞台から引きずり落とす」
 
「だったら、そうすればいい」
 
 結論は出た。
 優斗がどうこうする必要は一切ない。
 というか関わったところで難しいだろう。
 よく知らない国に対して『これで大丈夫』と、確信を持った提案が出来るわけがない。
 
「とにかく、僕はフォローもしないし手も出さない。何の利益にもならない上、責任を負いそうなことをする気は無い。しかも下手打つ可能性が高いのに巻き込まれたくはないな」
 
「では無料で相談に乗って貰うぐらいは大丈夫じゃな」
 
「……話を聞いてるのか、王女様?」
 
「責任は負わせない。それでいいのじゃろう?」
 
「だとしたら自分で考えればいい。何も考えられないほど愚かなのか?」
 
「一人であれこれ考えても不安じゃからのう」
 
「トラスト王や他に話せばいいだけだ」
 
「実の父に使う言葉ではないが、使えん。兄や姉もそうじゃな。まだ大魔法士殿に話を聞いてもらうほうが建設的というものじゃ」
 
 何というポジティブシンキング。
 というか優斗の今まで持っていた王女像というのが、結構壊れてきた。
 アリーもキャラおかしいし、リルも何か違う。
 加えてこんな王女が出てきたら、若干毒舌を使うクラインが想像範囲内の王女になってしまう。
 
「何度も言うようだが、王族の責任の一端を背負わせようとするな」
 
「いやいや、そうではない。正直に言えばトラストがどうなろうと、どうでもよい。私も王族ではあるが、他国への貢ぎ物みたいに扱われていたからのう。別に関わらんでもよいと思うていたが、一応は母国でもあることだし口出しぐらいはしようと思ったのじゃよ」
 
「……母国がどうでもいいのか?」
 
「父は勇者と聖女に夢中であったからのう。私みたいな末の者はまさしく政治道具じゃ。留学しているのだって、留学先の許嫁との面通しみたいなものじゃよ」
 
 なぜか胸を張るメアリ。
 自身の扱いに不満を持ってはいないのだろうが、あまりにも淡泊すぎて優斗も目を丸くした。
 
「なのに口を挟もうとするのか?」
 
「亡国になるのを黙って見ているも一興、と言えるほど酔狂者ではないつもりじゃからのう」
 
 そしてメアリは清かに笑った。
 
「なに、ダンディから大魔法士殿の話は聞いておってな。真摯に話をすれば、ちゃんと応えてくれると言っておったのじゃ。ほれ、妖精姫の件も関わっておったのだしな」
 
 余計な情報が出てきた。
 優斗が額に手を当てる。
 
「……あんっの筋肉ハゲ、余計な情報をまき散らすな」
 
 どれだけ幅広い交友範囲を持っているのだろうか。
 おかげで面倒な輩がまた一人増えた。
 メアリは優斗達の側まで寄ると、気安く言い放った。
 
「さて、大魔法士殿。誰を勇者にすればいいと思うのじゃ?」
 
「僕が知るか!」
 
 もうツッコミを入れるような感じで叫ぶ。
 けれどメアリは気にせず、今度は優希に尋ねた。
 
「ヴィクトスの少女よ。何か良い案はないかのう?」
 
 直立したまま優希が緊張感を漂わせた。
 まあ、王女に話しかけられれば、そうなっても仕方ない。
 
「気にしないでいいよ。君だってトラストの事情は知らないでしょ?」
 
 優斗が答えなくていい、と伝える。
 けれど優希は子供ながらに考えた。
 確かにトラストの事情は知らない。
 知り合いだっていない。
 なので『勇者』というものが、どういう人物が相応しいのかを考えてみた。
 少女マンガでも大抵、勇者というのはイケメンだ。
 さらに立場が高い。
 ふと目の前にいる女性を見た。
 女性ではあるが、なんか格好良い。
 勇者っぽいと言えば、勇者っぽかった。
 
「…………」
 
 恐る恐るメアリを指さしてみた。
 優斗も優希の仕草になるほど、と手を打った。
 
「そっか。王女様がやればいいのか」
 
「私が?」
 
 きょとん、とした様子で自分を指さすメアリ。
 そして優斗はこれで終わりとばかりに、
 
「はい、決定。あとは勝手にやってくれ」
 
「ぞんざいな扱いじゃのう、大魔法士殿」
 
「余計なことに巻き込むなと言ってるはずだ」
 
 優斗が扉に向かって歩き出す。
 しかし騒がしい足音が響いてきた。
 
「またか」
 
 足を止め、優希の前に立つ。
 案の定、兵士達が今度は10人ほど現れた。
 しかも結構堂々と剣を抜いたまま入ってくる。
 メアリが嘆息した。
 
「無礼じゃのう」
 
「どうにか出来ないのか?」
 
「出来れば苦労してないと思わぬか?」
 
「……本当に実権を握ってないんだな」
 
「私とて内情を詳しく知っているわけではないが、情けないことに事実じゃろうな」
 
 本当、良い具合に凋落している。
 兵士達は扉の前で構え、
 
「エクト様の命令だ! 会議に参加してもらおう!」
 
 先ほどと同じような言葉を告げた。
 優斗は確認の為、トラスト王に話し掛ける。
 
「手出しをしても構わないな?」
 
「……致し方ないことだろう」
 
 自国の民だから傷つけるな、と頼める状況ではない。
 しかし了承を得た優斗の方も、いつも通り……というわけにはいかなった。
 
 ――若干、やりにくさはあるね。
 
 背後にいる少女に意識を向ける。
 脅すにしても何にしても、優希の存在がネックだ。
 この子はヴィクトスが大事にしている女の子であるからして、迂闊に楽な方法を取るわけにもいかなかった。
 先ほど、トラストの勇者と行った遣り取り以上の脅しをすれば、どう反応するのか分からない。
 トラストを片付けた後、今度はヴィクトスと問題になった……となると笑えない。
 ならば、どうすればいいだろうか。
 
「聞こえなかったのか!? エクト様がお呼びだと――」
 
「シルフ」
 
 やはり先ほどと同じことをするのがベストだろう。
 今度は大精霊を呼び出す。
 兵士が叫んでいたようだったが気にしない。
 
「怪我しない程度に抑えつけといて」
 
 シルフが頷いて兵士達を抑えつけ、優斗は今度こそ帰ろう……としたところで、外に多数の気配があることに気付いた。
 
「まったく次から次へと、トラストの勇者は一体何がしたいんだ?」
 
 窓に向かい、どうなっているのかを確認する。
 
「…………これは斬新だな」
 
 そして優斗は再び絶句しかけた。
 幻覚だと信じたくて目を擦るが、どうやら駄目らしい。
 
「まあ、兵士がたくさんいるのはいいが」
 
 城の外へ集めているのは、千歩ぐらい譲って理解範囲に入れてやれる。
 しかし、
 
「一応は勇者を自称している奴が人質を取るって何だ?」
 
 ついさっきまで話していた女性が捕まっている。
 どう見てもあれは人質だ。
 
「エクトも面白いことをするのう」
 
 同じく外を見たメアリも苦笑いを浮かべた。
 さすがにこれは彼女も想定外だろう。
 
「父上、どうするのじゃ? これはもう最悪の状況と言ってもいいと思うが」
 
「…………」
 
 メアリが問い掛けてみるものの、トラスト王は返事をしなかった。
 
「放心してるようじゃ。情けないのう」
 
「無理もない。まあ、自業自得としか思わないが」
 
 トラスト王のミスがこれほどの状況を生んだのだから、まさしく自業自得だろう。
 優斗はまさしく他人事でしかないので、状況を淡々と察していく。
 しかし、メアリと同じように窓から外を確認した優希は違う。
 
「……アガ……サ……」
 
 漏れた声。
 本来なら『優斗に気付かれないように』と黙っていたのに、それを許さなかった光景だった。
 自分を大切にしてくれている女性が捕まっているのだから。
 
「……っ!」
 
 優希が踵を返して走り出した。
 優斗とメアリは走り去る後ろ姿を見届けながら、さらに会話を続ける。
 
「私が口を挟む範囲を超えたかのう?」
 
「だろうな。ただ、こうなった以上は必要ないだろう」
 
「そうなのか? 目下滅亡に向かっているとしか思えぬのじゃが」
 
 トラストの勇者が癇癪を起こした。
 端的に言えば、こういうことだろう。
 とはいえ彼がトラストを代表する者である以上、責が国に及ばないわけがない。
 けれど優斗は首を振る。
 
「トラストの勇者はすでに勇者と認められていない。であれば、これはある意味で“トラストという国も被害を受けた立場”になる」
 
 彼を否定したのは大魔法士と勇者達。
 ということは、言い方を変えればトラストの勇者を追い詰めたのは大魔法士と他の勇者達。
 自分達が追い込まなければ彼が癇癪を起こすこともなかった……という風に無理矢理言えないこともない。
 
「トラストを代表している、と宣った勇者を否定した。だからその馬鹿が何をやろうとも、否定したこちら側に『トラストが責任を負え』と言う奴は誰も……もとい、僕やアリー以外は誰も言わないはずだ。どう改善するか、という問いは向けられようとも、変に責任問題までは発展しないだろうな」
 
 一応、トラスト王も何が悪かったのかは理解している。
 だとするなら、改善方法を一緒に考えようとするのが勇者らしいというものだ。
 甘いというなら、その通り。
 軽いというなら、間違いない。
 しかし物事を大きく捉えて糾弾し、国もろとも潰すことが『勇者』のやることか、と問われれば首を捻る。
 彼らは勇者であって、それ以外の何者でもないのだから。
 
「しかし大魔法士殿。先ほどのヴィクトスの少女はよいのか?」
 
「何がだ?」
 
「切羽詰まっていたようだが。大魔法士殿も旧知の間柄ではないのか?」
 
 おそらく人質は彼女の関係者なのだろう。
 だとしたら彼女と一緒にいた優斗も、人質と何かしら関わっていると思うの普通だ。
 けれど優斗は否定する。
 
「今日会っただけの人達だ」
 
 自分がこれ以上関わるのは、得策とは言えない。
 ライトやキャロルも良い気分はしないだろう。
 退いておいたほうがいい。
 
「やたら無闇に関わろうとは思わない」
 
 そう呟く優斗。
 けれど左薬指に嵌めてある指輪は、未だに輝きを放っていた。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 廊下が騒がしいと思っていたら、急に扉が乱雑に開けられた。
 
「聖なる勇者様がお呼びだ!」
 
 そして続々と入ってくる兵士達。
 修とアリーは顔を見合わせる。
 
「何だ、これ?」
 
「なりふり構わず、といったところでしょう。さすがにトラストの勇者を崇拝していようとも、これは不味いと思う方々もいるとは思いますが……どうやら、そうではない人物達を迎えに寄越したみたいですわ」
 
「俺ら、喧嘩売られてんのか?」
 
「さあ? わたくしには彼らの心情が理解できません」
 
 無理にもほどがある。
 自分自身の立場を知っているからこそ、よくこんなことが出来るとある意味で感心してしまう。
 
「ぶっ倒していいか?」
 
 問い掛けると、兵士達が身構えた。
 けれどアリーは首を横に振る。
 
「いえ、今のところは下手に刺激しないほうがいいですわ。話をややこしくする必要はありません」
 
「でもよ、この分だと他の勇者にも同じようにやってんじゃね?」
 
 自分達だけではないはずだ。
 同様のことも別の控え室で起こっていると考えられる。
 
「そうだとしても仮にも勇者ですから…………ああ、いえ違いますわ。ヴィクトスの勇者が危ういですわね」
 
「だろうな」
 
 あの小さい勇者のところだけは、武力行使という単語が似合わない。
 と、隣の部屋で激しい音が鳴り始めた。
 そこは春香達が控え室にしているので、
 
「……ハルカさん。案外、喧嘩っ早いですわ」
 
「春香ってより、ブルーノとワインじゃねーか?」
 
「かもしれませんわね」
 
 おそらく春香が拒否し、兵士が退かず、ブルーノとワインが飛び込んでロイスがフォローしているのだろう。
 彼女もトラストの勇者を嫌っていた様子なので、止めたりしないはずだ。
 さらに別の所からも同じように聞こえてくる。
 
「もしかしなくても、国際問題一直線じゃね?」
 
「いえいえ。わたくしはそうしたいのですが、この展開はあくまで今回の勇者会議をボイコットしたことが発端。他の方々は優しいので、そこまで大げさにはならないと思いますわ。ただし、自称トラストの勇者の処遇がどうなるのかはわたくしも読めませんが」
 
 兵士を完全に置いといての会話。
 さすがにほったらかし扱いをされて兵士も不機嫌になったのだが、
 
「んじゃ、俺らも動くか。他の奴らがバトり始めてるから、様子は窺っておこうぜ」
 
「はい、修様」
 
 立ち上がる二人。
 兵士がさらに緊張感を漂わせ、
 
「……っ! おい、貴様ら――」
 
「わりいな。少し休んどいてくれ」
 
 修が告げた瞬間、半透明の壁が兵士達を各々囲む。
 人を一人囲む程度の壁ではあるが、だからこそ身動きが出来ないほど狭い。
 修とアリーは兵士達を合間をすり抜けて外へ向かう。
 そして廊下に出ると、隣の部屋から兵士が吹き飛ばされて出てきた。
 
「あっちゃ~、もうバトり終わってんな」
 
「普通にノシてますわね。仕方ないことだとは思いますが」
 
 こっちは穏便に済ませたのだが、やっぱり対応としてはぶっ飛ばすのが当然だろう。
 訳の分からないことで無理矢理連れて行かれようとしたのだし。
 
「貴様ら! 俺様の子猫ちゃ――ハルカに手を出そうなど笑止千万だ!」
 
「わたしのハル……親友のハルカを攫おうとするなんて100年早い」
 
 部屋から出てきたブルーノとワインは、気を失った兵士達をゲシゲシと蹴る。
 
「……二人とも、もうちょっと穏便にやりなよ」
 
 呆れた様子で黒の騎士も出てきた。
 が、もちろん青の騎士も赤の騎士も黙っているわけがない。
 
「何を言うロイス! 我らが剣を捧げし主人の危機だ! やり過ぎてやり過ぎなことはない!」
 
「まだ温いくらい」
 
 さらに一発、蹴りをかます二人。
 すると春香も控え室から外をひょこっと覗いた。
 
「あっ、修センパイにアリシア様! そっちはどう?」
 
「たぶん、似たようなもんだな。自称トラストの勇者がお呼びだ、って来たんだろ?」
 
「うん、そうそう。拒否ったら無理矢理連れてこうとするし、参ったよね」
 
「ある意味で驚きですわ」
 
 三人で苦笑いを浮かべる。
 さらに春香達の隣の部屋からも兵士が吹き飛んで出てくる。
 
「あの部屋は正樹達か。つーか、正樹もいきなりバトってるって違和感あるな」
 
「穏健派なのにね」
 
 しかも吹き飛ばしてる。
 珍しいと思えた。
 だが、
 
「貴様らーっ! 正樹を襲うなんてふざけているのか!」
 
 すぐに何があったのか理解させる怒鳴り声が響いた。
 
「あ~、なる。ニアか」
 
「ニアさん、正樹センパイ大好きだもんね」
 
 修も春香も納得したように頷いた。
 確かに喧嘩っ早いのが一人いる。
 特に正樹関連で。
 そしてフィンドの勇者達もひょこっと廊下に顔を出す。
 
「よっ、大丈夫か?」
 
 修が声を掛けると、正樹が頬を掻いて曖昧に笑った。
 
「えっと……ね。大丈夫っていうか、ボクが動くより先にニアが怒っちゃって」
 
「だって正樹に対して、すっごく無礼だったんだぞ!」
 
 今も憤慨した様子でニアが崩れ落ちてる兵士達を睨み付ける。
 そしてブルーノ達と同じように、げしげしと蹴った。
 さらに正樹達の隣の部屋からも兵士が吹っ飛んで出てくる。
 タングスの控え室だ。
 
「流行ってんのか?」
 
「わたくし達、流行に乗り遅れましたわね」
 
 唯一、兵士を吹き飛ばさなかったリライト組が呟く。
 タングスの控え室からは部下が憤りながら出てきて、源が取り成していた。
 
「君達も無事だったようだね」
 
 ほっとした様子の源。
 最年長であることから、若い異世界人の勇者達がどうなったのか不安だったのだろう。
 
「さて、では向かいの勇者達の控え室も見に行くとしよう。おそらくは私達と同じ状況になっているだろうからね」
 
 源の号令に従って全員で歩き出す。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 修達が向かう10分前。
 アガサがキャロルとライトに説教をしている時だった。
 兵士が乱雑に控え室に入ってきて、会議に参加しろと宣ってきた。
 アガサはちらりとライトを見る。
 少年の勇者は怯え、震え、キャロルの後ろにしがみついて隠れている。
 
 ――やはりまだ、難しいようですね。
 
 当然のことだし仕方ないこと。
 だからこそ自分がいる。
 アガサは一歩前に出ると、兵士達に宣言する。
 
「ヴィクトスも他六国と同様に今回の勇者会議は拒否させていただきます」
 
 これで会議に参加すれば、トラストから何を言われるか分かったものじゃない。
 アガサとしては当然の判断だ。
 ただ、彼女が一つ思い違いをしたのだとすれば、彼らは決して退かない。
 連れて行く為には無理矢理連れて行くことも普通に行うこと。
 そしてそうなった場合、ヴィクトスは他の国と比べて圧倒的に武力がない。
 アガサもキャロルも初級魔法すら使えない女性であり、彼女達が一緒にいるのはあくまでライトと優希の為。
 さらにアガサは監督者であってパーティメンバーというわけではない。
 だから腕を取られ、無理矢理に連れて行かれる際に際立った抵抗が出来ない。
 
「アガサっ!」
 
 突然腕を取られたアガサを見てキャロルが叫ぶ。
 が、当の本人の表情は落ち着いたままだ。
 
「大丈夫です」
 
 もちろんこの状況に恐怖を覚えない、ということはない。
 けれど決してアガサは取り乱さなかった。
 年長者として、監督者としての態度を忘れていない。
 一度だけ踏ん張って立ち止まると、すぐに交渉する。
 
「私は会議に向かいましょう。ですがライトとキャロルには手出し無用でお願いできますか?」
 
「エクト様の命は『全員を連れてこい』というものだ」
 
「なぜでしょう? ヴィクトスの代表として私が行く、と言っているのです」
 
「異論は認めない」
 
 兵士が剣を握る手に力を入れた。
 アガサは隣の部屋の状況と、自分達が置かれた状況を鑑みて判断する。
 
 ――僅かですが、時間稼ぎにはなったでしょう。
 
 これ以上粘っては、手を出されてしまう。
 かといって自分達に状況を打破するだけの力はない。
 自分が連れて行かれるのはどうしようもないことだが、どうにかライトとキャロルは連れて行かれないようにしたい。
 
「しかしライトは幼いとはいえ、これでも勇者の名を持つ者。恐怖が溢れ暴れ出したら取り押さえられますか?」
 
 一種の賭けだった。
 今、ここにいる兵士は3人。
 何かが起こった場合、対処するには心許ないはずだ。
 そしてライトは仮にもヴィクトスの勇者。
 ある種の真実味が兵士達の中に生まれることを祈った。
 もちろんアガサはライトが暴れることはないと知っている。
 ライトは優しく臆病だ。
 誰かを傷つけることも、自分が傷つくことも怖がっている優しく臆病な少年。
 それが悪いなどとアガサは一切思っていない。
 勇者として間違っていないと思っている。
 けれど重要なのは兵士がどう捉えるか。
 
「であれば、応援を呼ぶまでのことだ」
 
 兵士達は視線で会話し、アガサを捕えた兵士が彼女を連れて行くついでに応援を呼ぶことを決めたようだ。
 
 ――これであとは、イアン様かモール様が二人を助けて下されば……。
 
 被害は自分一人だけになる。
 別に殺されるわけではないだろうから、この先は極力トラストの人間を挑発しないように立ち回ればいい。
 優希も優斗と一緒にいるからには、問題ないと信じたい。
 だからアガサは、満足したように兵士と共に歩いて行った。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 リステル、クラインドール、ヴィクトスの控え室に向かっている途中でイアンと出会った。
 そして驚きの情報が伝えられる。
 
「ヴィクトスの監督者が連れて行かれた」
 
 いきなりのことではあるが、このような事があったからには予想外というほどではない。
 皆、表情を顰めたりするものの驚きはしなかった。
 
「すまない。私やモールが兵士を追い払ってヴィクトスの控え室に向かった時、すでに連れて行かれていた。もう一人の少女を守るのが精一杯だった」
 
「すでに?」
 
 アリーがそこに引っ掛かりを覚えた。
 
「イアン様、兵士を追い払うのに手間取ったのですか?」
 
「いや、そこまで手間取ってはいない」
 
「ということは最初にヴィクトスの控え室に向かった……。些か不自然ですわね」
 
 反抗したのは他の六国だ。
 むしろヴィクトスは何かをしなくとも参加する、と考えるのが当然。
 けれど源は逆に納得した様子を見せる。
 
「いや、不自然ではないだろうね。どの国の者であろうとも無理矢理に一人連れて行けば、あとは全員が集合するも同然だとは思わないかな? なにせ、ここにいるのは『勇者』と勇者に連なる者達なのだから」
 
「……勇者」
 
 源の言ったことにアリーはハッとして周囲を見回す。
 伝えようとしていることが理解できた。
 
「案外、強かですわね。これは少しばかり、評価を変えなければならないかもしれませんわ」
 
 なるほど、とアリーも源と同様に納得した。
 ここにいるのは勇者と、勇者に連なる者達。
 言葉を換えるのならば『優しい者達』の集まり。
 だとすれば、一人連れて行けば芋づる式に勝手に集合していく。
 おそらく例外なのは優斗とアリーだけだ。
 
「ヴィクトスの勇者はどうしてんだ?」
 
「もう一人の少女――確かキャロルという少女が怯えていた彼を必死に守っていたから無事だ」
 
 修の疑問にイアンが答える。
 と、セリアール組の部屋が集まっている場所に辿り着いた。
 皆でヴィクトスの控え室に入っていく。
 そこにはイアンの部下とモール、そしてモールのパーティメンバーがヴィクトスの二人を守るように立っていた。
 けれど修の目についたのは、ライトが身体を震わせながら丸まっていること。
 
「なあ、小っこい勇者」
 
 声を掛けてみるが、彼は未だに怖がったままだ。
 目もぎゅっと閉じたまま。
 
「アガサって人は連れてかれた。こっから先、どうなるのかは分かんねぇ。だけどよ、お前は彼女が連れて行かれるより戦うことのほうが怖いのか?」
 
 修がもう一度、話し掛ける。
 するとライトが声の主が誰なのか気付き、恐る恐る目を開けた。
 そして話し掛けているのが間違いなく修だと分かると、慌てた様子で縋ってくる。
 
「リ、リライトの勇者さん! アガサを助けて下さい!」
 
「……俺が?」
 
 いまいち、理解できない言葉だった。
 修は首を捻る。
 
「だ、だって貴方はリライトの勇者で、『始まりの勇者』って呼ばれてて――」
 
「だから、どうして俺がメイン張って助けないといけねーんだ? 助けるって、赤の他人の尻ぬぐいをするって意味じゃないはずだろ?」
 
 頑張った末に連れ去られたなら、お願いされても構わない。
 けれどライトは怯え、守られ、何もしていない。
 別に彼ぐらいの歳なら仕方ないと思いたくもなるが、今は思えない。
 思えなくなるようなことを彼らは言ったのだから。
 
「ライトはまだ子供だから責めないで欲しいですのよ! 子供だから仕方ないですの!」
 
 キャロルがライトを庇う。
 けれど修は納得しない。
 
「そりゃ通用しねーよ。優斗がやったことは、こいつより年下の時だろ。なのに糾弾して、大魔法士をやめろっつったのはお前らだ。“子供だから”っていう言い訳は使ってほしくねーな」
 
 優希が大切だから言ったのは分かってる。
 だけど理屈として通用しない。
 子供だから、で庇うのであれば優斗だって同様のことが言える。
 彼がやったことは子供の時のことなのだから仕方ない、と。
 加えてもう一つ、修だからこそ把握できていることがあった。
 
 ――こいつ、そこそこ実力あんだよな。
 
 彼は12歳にしては実力がある。
 それこそイアンとモールが助けに入るまで、抵抗できるくらい実力があるはずだ。
 だから幼いながらも勇者に選ばれた理由の一つなのだろうと修は思う。
 
「お前、本当にアガサを守れなかったのか? 守らなかった、の間違いじゃねーのか?」
 
 別に責めるつもりはない。
 しかし、これでは決して『勇者』とは言えない。
 ライトも否定できないのは間違いないので言い返せなかった。
 けれど同時に言いたいことも生まれる。
 
「凄い力があるのに、どうして……っ」
 
 修のほうが、自分より簡単に助けられるし誰かを守ることができる。
 確実に、安全に。
 ライトだって安心していられる。
 自分が誰かを傷つけることはないし、自分も傷つかない。
 大切な人の命を失うかもしれない責任を負う、といった重いものを持つこともない。
 だが、
 
「それって自分が守りたいもんを誰かに押しつける台詞なのか?」
 
 修が真っ直ぐライトを見据えて伝えた。
 まるで心を読まれたようでドキっとする。
 
「助けてやりたいとは思うよ。だけど責任は負えない。それを負うのはお前だ、小っこい勇者」
 
「……む、無理です」
 
 当然のことだった。
 大切な人の命を背負うのは怖い。
 大切な人を死なせたくない。
 それほどのことが出来る、と自分自身を信じていない。
 ならば、と思うのは仕方ないことだろう。
 凄く強い人に任せたいと思うのは。
 けれど、
 
「俺の力は強い。お前が考えているよりもずっとな。だから加減を間違えて、俺の力に巻き込まれたアガサが死んだらどうすんだ?」
 
 修も注意は払う。
 けれどアガサが仲間でない以上、その可能性は跳ね上がる。
 億が一という可能性が、万が一ということになる。
 
「訊くぜ。本当に俺みたいな奴が先頭に立って助けていいのか?」
 
 人を容易に殺せる力を持った人間が先頭に立って、大切でも何でもない人間を助ける。
 
「俺は彼女の命に責任を持つ気がない人間だぞ」
 
 修が幼い少年の勇者に問い掛けた。
 
「……それ……は……」
 
 しかし僅か12歳ばかりの少年が答えを出すには、厳しいにも程があるだろう。
 難しい話であり、まだ幼さを残している少年がすぐに答えられるわけもない。
 
「……その……」
 
 だから黙り込むのも仕方がない。
 なので、
 
「……修くん。ヒントも何もなしっていうのは可哀想だよ」
 
 正樹が颯爽と二人の会話に加わる。
 修は頭を掻き、
 
「でも、分かると思うんだよな。だって優斗の時はちょっと出来てたろ?」
 
「そうなんだけどね。もうちょっと優しくやってあげなよ」
 
 勇者の素養があって、勇者となった。
 加えて片鱗も見せた。
 ならば明確に自覚させるにはあと一押しだと思っていたのだが、どうにも修が考えるような展開にはならないらしい。
 
「リライトの勇者。君が言葉足らずなのは間違いないね」
 
「……源ジイに言われると居たたまれなくなるな、おい」
 
 長年の経験というものが備わっている源の言葉は、やはり重い。
 なので老勇者が修から引き継ぐように伝える。
 
「いいかい? 責任を持つ、というのは怖いことだよ。私だって未だに怖い」
 
 年老いて尚、怖い。
 責任を負うというのは、簡単にできることではない。
 
「けれど助けたいと思うからこそ、勇気を出して責任を持たなければならない時があるんだよ」
 
 源はライトの頭を優しく撫でながら、染み渡らせるように声にする。
 
「でなければ、いつか自分を許せなくなる日がくる」
 
「自分を……?」
 
「そうだよ。助けたい人を助けられなかったり、救いたい人を救えなかった。その免罪符になってしまうからね」
 
 誰かを助けたい時。
 誰かを救いたい時。
 100%大丈夫、なんてものは誰にも言い切れない。
 確かに命は重い。
 誰も責任を負いたくはない。
 けれど負わないということは助けたい人、救いたい人に対して自分の逃げ道を用意したことになる。
 助からず、救えなかったのは自分の責任ではない、と。
 万が一でも逃げ出す為の道を作ってしまう。
 そのことにいつか気付いてしまった時、自分自身を苛むこととなる。
 
「けれど大丈夫だよ。君の中に怖さを乗り越える勇気はある」
 
「……あるん……でしょうか? ぼくはぼくのこと……信じ切れません」
 
「そうかな? 君が引き継いだ名は、君がちゃんと勇気を持っていることを教えてくれているよ」
 
 源は座り込んでいるライトの身体を、ぐっと持ち上げた。
 そして微笑む。
 
「だから皆、私達のことを『勇者』だと――勇なる者と呼んでいるのだからね」
 
 そして片鱗は見せている。
 ここにいる皆が知っている。
 
「優斗を相手にした時は出来たろ? 半分は言わされたようなもんだろうけど、それでも優希って子の為に」
 
 相手は大魔法士。
 最強の意を持つ二つ名を相手に、彼は怯えながらもはっきりと言った。
 優希の為に。
 
「だけど、あれは……っ」
 
「まっ、あいつの親友の立場としては、あんなふざけたこと言われても納得したくはねぇよ。だけどな、お前の――優希と一緒にいる立場としては『正しい』んだと思う。そんで、優斗に怯えながらも言ったことは確かに『勇気』だって俺も頷ける」
 
 立場としてはある意味、対立している。
 だけど、間違っているとは思わない。
 修がリライトの勇者であると同時に優斗の親友であるのならば、彼は優希を支える者であり、
 
「お前は誰だよ、ライト」
 
 修が真っ直ぐに尋ねた。
 ライトは問いに対し、小さな声で――けれどしっかりと答える。
 
「……ヴィクトスの……勇者です」
 
「じゃあ、お前の国の人間を助けるのはお前の役目だ」
 
 ポン、と肩を叩いて修は部屋の外へ歩いて行く。
 次いで源や正樹、イアンやモールも同様に肩を叩き歩いた。
 ライトは一度だけ俯いたあと、ぐっと前を向く。
 その表情は先ほどと違っていた。
 覚悟を持った、というには言い過ぎだろう。
 全ての責任を負う、というには深いものでもないだろう。
 けれど自分がアガサを助ける、と決めた表情だった。
 まだ幼くとも、それだけで十分だ。
 修達は彼の変化に顔を見合わせ、笑みを浮かばせる。
 
「そんじゃ、行くか」
 
「……えっ?」
 
「おいおい、小っこい勇者。何をビックリしてんだよ?」
 
 責任は負えないと言ったが、それでも伝えたことだ。
 
「さっき俺が言ったように、ここにいる連中は全員が同じことを思ってる」
 
 同じ名を持ち、同じ気持ちを共有できる純粋な魂の持ち主達。
 だからこそ今一度、伝えよう。
 
「助けたい、ってな」
 
 そして勇者達は一様に真剣な表情を浮かべた。
 
「手伝ってやるよ。『勇者』のお前が望むことをな」
 
 
 



[41560] all brave:笑顔を望んだ日
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:e380c349
Date: 2016/01/04 16:58
 
 
 
 数年前、おおよそ片が着いた。
 これ以上は襲われないと断言できるわけではないが、それでもほとんど全ての敵を片付けたはずだった。
 だから優斗はこれを機に住み慣れた土地を離れることにした。
 誰も知らないような場所で、全てをやり直すことにした。
 そして新居へ向かっている車の中、優斗は運転手に話し掛ける。
 
「……青下」
 
「なんでしょう?」
 
 運転をしている青下は視線を前から逸らすことはしない。
 けれど耳は後部座席にいる優斗へ傾けた。
 優斗は流れる景色を見ながら、ふと思ったことを訊いてみる。
 
「僕は……」
 
 たくさんの人を傷つけて生きてきた。
 たくさんの人を呪うように生きてきた。
 たくさんの人をゴミのように扱って生きてきた。
 優斗自身、それは仕方がないことだと考えている。
 そうしなければ『今、生きている』ことはないと知っているから。
 けれど歪だ。
 あまりにも人としておかしい。
 そんなことは分かっている。
 人として最低な部類まで堕ちていることも、理解している。
 けれど、それでも考えてしまうことがある。
 
「……僕は優しくなれるだろうか?」
 
 例えば、誰かに手をさしのべたり、
 
「僕は幸せになれるだろうか?」
 
 例えば、この胸の裡に温かい光を宿したり、
 
「僕は……」
 
 例えば、あの親みたいな政略じゃなくて、
 
「素晴らしい恋をできるだろうか?」
 
 好きな人と一緒に生きていけるのだろうか。
 普通に、一般人として。
 どこにでもいるような人間になれるのか、自分には分からない。
 
「優斗さんはどうしたいのですか?」
 
「僕みたいな奴でも優しく在れる、と。そう信じたい」
 
 優しさを受けずに生きてきた。
 だからこそ、優しい人になりたい。
 
「僕みたいな奴でも幸せになれるんだ、と。そう思いたい」
 
 幸せを感じたことはなかった。
 だからこそ、幸せになりたい。
 
「僕みたいな奴でも誰かを大切にできる、と。そう願いたい」
 
 誰も彼も石ころのようにしか見えない。
 だからこそ誰かを大切にしたい。
 
「それとも、こんな人間は不可能だとお前は笑うか?」
 
 それはそれで仕方ない。
 どのように言われても仕方ない生き方しかしていない。
 けれど青下はバックミラーで優斗を覗いたあと、すぐに答えた。
 
「やるかやらないか。それだけでしょう」
 
 正しいとは絶対に言えない生き方でも、どうすることが正解だったと誰が言えるものか。
 正義は意味がない。
 正しさは通用しない。
 理屈も、理論も、優しさも温かさも何もかも唾棄すべき世界で、彼は生きてきた。
 ならばやり直しても構わない、と青下は考える。
 正しい世界にやっと出ることのできた少年が、正しく生きられるように。
 
「……やろうとしないと、可能性も生まれないか」
 
「ええ。そしてまずは嘲笑以外に愛想笑いの一つも出来なければ、一般的な方々を相手にするのは大変だと思いますよ。普通の人生を望むのならば」
 
「お前が言うのか?」
 
「一応は人生の先達としての言葉です」
 
「なら、真摯に受け止めることにしよう」
 
 そして優斗は窓ガラスに映る自分の顔を見つめる。
 
「……けれど笑う、か」
 
 呟いた瞬間、何かが過ぎった気がした。
 なんとなく両手で頬を引っ張ってみる。
 窓ガラスに映るのは、頬が引っ張られた自分の顔のみ。
 どうしたって、これが笑っているようには見えない。
 
「出来るように練習しないと駄目だろうな」
 
 過ぎった顔を思い返すことはしない。
 笑顔を思い出す真似もしない。
 名前も浮かべることは許されない。
 ただ、そういうことがあった、と。
 記憶の片隅に置いておくだけ。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 優希は走る。
 一秒でも早く到着したいが為に、決して速度を緩めることはしない。
 セリアールに召喚されてから、ずっと一緒にいてくれた女性が捕まっている。
 走って心拍数が上がった心臓が痛いほどに脈動し、胸の裡には恐怖が迫ってきた。
 この世界に召喚されてからの日々が、色々と思い浮かんでくる。
 
『私はアガサと言います。今日からは私が一緒にいますからね』
 
 喋る気力も生きる気力も何もかもが失われていた時、彼女と出会った。
 アガサはいつも一緒にいてくれた。
 
『ユキ。天気が良いので外で散歩でもしましょう』
 
 何も言葉を発さず、何も反応しない優希の側に居続けてくれた。
 決して屈せず、いつも話し掛けてくれて、懸命になってくれた。
 
『今日は二人、ユキに紹介しようと思います。貴女の後見の家になってくれたキャロルと、勇者の孫のライトですよ』
 
 キャロルとライトを紹介してくれて、今度は三人で自分に話し掛けてくれた。
 
『そういえば最近、大魔法士と呼ばれる方がリライトに現れたそうです。ユキと同じ異世界人の方ですよ』
 
 アガサ達はこの世界に召喚されてから、誰よりも一緒にいた。
 おかげで少しずつ話せるようになった。
 たどたどしく話す優希の話を、アガサ達は満面の笑みで聞いてくれた。
 彼女達に救ってもらって、たくさんの時間を過ごして、大好きになった。
 キャロルのことが大好きだ。
 さっきは怒ってしまったけど、それでも自分の為にやってくれたことぐらいは分かってる。
 ライトのことも大好きだ。
 臆病なところもあるけれど、優しさの裏返しだということを知っている。
 
『優しい姉か、頼もしい兄ですか。では私が優しい姉になりましょう。これでも私、優しいと評判ですから』
 
 そしてアガサのことが本当に大好きだ。
 セリアールに召喚されてから、ずっと一緒にいた女性。
 優希の小さな夢を聞いた時、すぐに笑顔で『優しい姉』になると宣言してくれた。
 本当に最低だった自分が嫌いだったけれど、アガサが言ってくれた。
 
『妹のことが嫌いな姉はいません。これは私が貴女の姉になると言ったから嫌わないのではなく、大好きだから言うのですよ』
 
 ずっとずっと。
 絶対に忘れない。
 今回の勇者会議に参加する時だってそうだ。
 
『それがユキの望むことなら、一緒に行きましょうか』
 
 おそらく苦しめてしまった。
 自分と優斗の関係性を伝えていたのだから。
 再び、召喚された時の自分に戻ってしまわないか心配させてしまったと思う。
 けれど彼女は頷いてくれた。
 自分が『会いたい』と言ったから。
 その気持ちを大事にしてくれた。
 
「……っ!」
 
 自分が走る先々で音が鳴る。
 兵士が壁に押しつけられて、崩れ落ちている。
 どうしてかは分からないけれど、そんなことを今は気にしてる暇は無かった。
 躓き、ヘルムが落ちる。
 けれど、どうだっていい。
 走って、走って、走って。
 
「アガサっ!!」
 
 城の外に出た瞬間、目一杯叫んだ。
 見据える先にいるのはアガサを捕えているトラストの勇者。
 すぐ近くには剣を彼女に向けている兵士の姿もある。
 
「アガサを離して下さい!!」
 
「全員が集まるまでは、彼女には居てもらう」
 
 平然と答えるトラストの勇者。
 優希はぐっと手を握りしめる。
 
「だとしたら、代わりにわたしが人質になるのですよ!」
 
「人質? 何を言っている。俺は単に、話をする為にこうしているだけだ。勇者の俺が人質を取るなど馬鹿なことを言わないでもらおう」
 
 本当に理解できないような口調と表情。
 と、優希の容姿に気付いたトラストの勇者は呟く。
 
「……黒髪に黒い眼。そういえば、ヴィクトスも異世界人をすでに召喚していたな。“勇者を支える者”とはお前がそうなのか」
 
 ならば、とトラストの勇者は言葉を吐き出す。
 
「異世界人であるならば、優秀な人間と子を――」
 
「――貴方にそんなことを決める権限はありません!」
 
 瞬間、捕えられているアガサの鋭い声が遮った。
 トラストの勇者に言わせない。
 優希には聞かせもしない。
 
「ヴィクトスの異世界人の在り方に口を挟む権利も何も、貴方にはありません」
 
 大人しかったアガサが急に豹変した。
 けれどエクトは何も気にしない。
 
「平和を作るためには些細なことだ」
 
 絶対にして唯一の理由がある。
 であればこそ、権利は存在するし言葉にしたところで何の問題も無い。
 と、そこに修達も到着する。
 エクトは目論見通りに揃って現れた勇者達に笑みを零すが、一人足りないことに気付く。
 
「大魔法士はどうした」
 
 周囲を見回してみるが、どうしても優斗の姿だけがない。
 けれど王城のある場所――謁見の間にある窓から覗いている姿。
 見つけた、とエクトが笑みを浮かべる。
 
「降りてこい、大魔法士! でなければ勇者会議が始められないだろう!」
 
 そしてアガサに視線を送る。
 これだけで全員揃うはずだ、と。
 エクトは単純にそう考える。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 優斗の嵌めている指輪から輝きが消えた。
 そして窓から状況を見ながら呟く。
 
「すでに一部は瓦解し始めてきている、か」
 
 兵士の数はおおよそ、千人ほどだろう。
 集まった兵士達が全て、何一つ疑うことなくトラストの勇者の行動に疑問を持っていないか、と問えば違う。
 トラストの勇者と聖女の周囲にいる人間達は、特に信仰している部類だろう。
 けれど彼らから離れるにつれ、顔を見合わせている兵士や眉を寄せている兵士が散見できた。
 メアリも外の光景を見て優斗の言葉に頷く。
 
「兵士達の崇拝も、やはり差異があるということじゃろう。そして何よりも彼らがトラストの勇者に求める姿はあまりにも崩れやすい」
 
「ああ。彼らが見ている幻想はあまりにも理想が高い。トラストの勇者の扱いはまるで現神人だ。だからこそ信頼が崇拝になり信仰になったのだろうし、トラスト王を含めた王族や貴族の猛プッシュがあったことも拍車を掛けたはずだ」
 
 “未来視”という、聞くだけで羨望を受けるものを持っている。
 さらに王族が全肯定し、祀り上げられた。
 
「ただ……」
 
 “何か”が引っ掛かる。
 展開としては分かりやすいが、どうにも違和感がある。
 トラストの勇者の性格も、兵士達も、貴族も、王族も、どうして“こうなった”のだろうか。
 無論、今言ったような理由でも論理としては通る。
 かといって論理が通ろうと正しいかどうかは別問題だ。

「まだ僕達には見えていない情報がありそうだな」

 これ以上の予想は妄想となり得るので、優斗は考えることをやめる。
 軽く舌打ちをして、優斗は頭を振った。
 情報が足りなさすぎて、真実が朧気になっているように思える。
 なのでメアリとの話を続けた。
 
「けれど『完璧なる者』は負けた。『聖なる勇者』は敗北した。その光景を見ていた者には僅かでも崇拝に楔を打つ。理想が高すぎるからこそ、目の前で起こった出来事に対して否定できるのは盲信している場合だけだ」
 
 先ほどの修との戦いを見ていた兵士は思うことだろう。
 あまりにも簡単に、まるで赤子の手を捻るかのようにエクトは負けた。
 それは『完璧なる者』の姿としては、あまりにもおかしい。
 
「加えて今、起こっていること。これが崇拝にさらなる楔を打つ」
 
「勇者達を集めるのに人質を使うのは無様、というわけじゃのう。おおよそ『完璧なる者』が使う手段ではない。聖女が掲げる言葉とも相反している、と言ってもいいじゃろう」
 
 真っ当な思考を持っていればおかしいことに気付く。
 勇者達の行動の矛盾に。
 
「しかしあの手際の悪さなら、もっと早くに気付かれていいのじゃが……」
 
「口は達者だが、何一つ動いていないからな。気付く要素はない」
 
 言い方を変えれば、ある意味でお伽噺の世界にいた、ということ。
 世界平和を掲げる彼らに付いていけば間違いない、と思わせるほどに。
 
「では大魔法士殿。上手くいけばトラストは変われる、と。そうなのじゃろうか?」
 
 何気なく問い掛けるメアリ。
 しかし彼女の表情はあまりにも冷めていて、問い掛けとまるで一致していない。
 
「分かっていて訊いているだろう、王女様」
 
「まあ、分かっているつもりじゃよ」
 
 勇者が揃っている。
 一部は信仰が崩れてきている。
 まるで改革の為の第一歩のように思えるが、
 
「所詮は夢物語じゃ。他国の勇者に負わせるべきものではないじゃろう?」
 
「ああ。負うべきはトラスト王だ」
 
 と、その時だった。
 エクトの叫び声が聞こえてくる。
 
「どうするつもりじゃ?」
 
「行くのは面倒だが、少なくとも僕もあの場に行かないと話が進まないらしい」
 
 アガサは捕らわれている。
 だとしたら、まず修達の目的としては彼女を救うことだろう。
 そして彼女を救うには話を進める必要がある。
 
「大魔法士殿が救うつもりなのか?」
 
「まさか。僕自身が救う、というのは語弊がある」
 
 “誰か”を救う勇者にはならない。
 宮川優斗は勇者という存在に決してなれない。
 
「だけど……」
 
 そう言えることがすでに、過去とは違う証拠だ。
 優斗は優希とアガサを視界に入れる。
 
『わらってほめてください!』
 
 笑顔を浮かべられなかった時の自分とは違う。
 
『お願いします、ユキと会って下さい!』
 
 今は大切な人の為に動く理由を理解できる。
 そして最愛の女性の為に誓った。
 
『過去に、この世界の1年が負けていいはずがない』
 
 決して過去に負けない。
 だから――過去の宮川優斗と違うからこそ言えるようになった。
 
「手助けしたい、とは思うよ」
 
 表情を崩しながらメアリに伝える。
 主役になる気はさらさらない。
 むしろライトが救うのが当然だと思っている。
 けれど手伝いぐらいはやってもいい、と。
 そう思えるようになった。
 
「さて、と」
 
 窓を開けて飛び降りる。
 風の魔法を使って勢いを軽減し着地した。
 そしてトラストの勇者に向かって歩いて行く。
 すかさず優希が言い放った。
 
「アガサを離して下さい!」
 
 優斗を含め、全員が揃った。
 先ほど彼は言ったはずだ。
 全員が揃うまでは離さない、と。
 けれど今、全員が揃った。
 これ以上はアガサが捕まっている理由はない。
 しかし、
 
「まだ話は終わってない」
 
 エクトはさらに要求を突きつけようとする。
 
「平和を作る為にお前達には俺の言うことを聞いてもらう」
 
 彼の発言に勇者と勇者に類する者達が顔を顰めた。
 特にヴィクトスの面々は手が震えるほどに怒る。
 その中で優斗とアリーは顔を見合わせ、修はあまりにもトラストの勇者の行動の意味が分からず、訊く以外に理解する方法が見出せなかった。
 
「お前、これが平和の為になるとでも思ってんのか?」
 
「当たり前だ。俺の言うことこそ――」
 
「――じゃあ、テメーがやってることは何なんだよ。平和とは掛け離れてんじゃねーか」
 
 この状況のどこが平和だ。
 明らかに異常な事態にしか見えない。
 
「お前達が俺達の言うことを聞かないからに決まっている。平和の為には些細なことだ」
 
「些細? 些細だ? はっ、馬鹿言ってんじゃねーよ。テメーのやってることはまったく些細じゃない。兵士集めて、女を人質にして、これのどこが平和の為にやってる『些細なこと』なんだよ」
 
 言うことを聞かせる為にアガサを人質にし、威圧する為に兵士を集める。
 どこを取っても何一つ平和に通ずるものがない。
 しかし『言うことを聞かせる』という一点において、良い手段ではある。
 彼らが勇者である以上、間違った手段だとは言えない。
 
「いいや、修。こいつがやっていることは些細で本当に何の役にも立たない」
 
 だから、一人だけ平然とトラストの勇者に歩いて行く。
 
「あまりにも短絡的すぎるな」
 
 優斗はアガサの姿を気にせずに進む。
 同時にトラストの勇者へ問い掛ける。
 
「お前はどうして、人質を取れば言うことを聞くと思った?」
 
「……っ、だから人質ではないと――」
 
 否定しようとするトラストの勇者。
 けれど意味はない。
 何をどう取り繕おうと、現状は人質だ。
 別の意図があってもなくても変わらない。
 
「人質で最大限に有効なのは、交渉相手にとって大切であるか否かだ。加えて勇者や類する者のように優しき人達であるなら、同様の効果を与えられる」
 
 純粋な魂を持っている勇者。
 彼らと共に在るパーティメンバー。
 ならば今日会った他人だろうと助けたいと願い、どうにかしようとする。
 
「だが僕に通用するわけがないだろう」
 
 しかし大魔法士はどうだろうか。
 勇者は別種の存在だ。
 宮川優斗の為人を知らなければ、彼の言葉は真実に映る。
 
「ヴィクトスは僕に“喧嘩”を売った。助ける義理は存在しない」
 
 断言して優斗は蔑むようにライトを一瞥すると、エクトに対し嘲笑する。
 
「貴様……、正気か?」
 
 無論、正気の言葉だ。
 トラストの勇者は見たはず。
 彼が優斗に対して『大魔法士』をやめろ、と言った瞬間を。

「殺したいのなら殺せ。余計な邪魔も手間も減る」

 そして自らが知っているはずだ。
 ああなった優斗が相手に対してどういう態度を取るのかを。
 であればこそ、彼の言葉は虚ではなく実に見えてしまう。
 
 
 
 
 一方、ライトは自分のやったことに恐怖を覚えていた。
 確かに喧嘩を売るようなことを言った。
 それがここに来て、アガサを蔑ろにするような状況にするとは思ってもみなかった。
 エクトの言っていたことで握りしめた拳が、今度は恐怖で震える。
 だけど、
 
「……駄目です」
 
 先ほどの想いが足を動かす。
 震える身体を叱咤し、優斗の前で両手を広げる。
 
「邪魔だ」
 
「どきませんっ! 例え誰であろうとも、アガサを傷つけさせないっ!」
 
 これは自分のせいだ。
 
「ぼくが……駄目だったから」
 
 大魔法士に馬鹿なことを言った。
 
「ぼくが……恐がりだったから」
 
 アガサを守れなかった。
 いや、守らなかった。
 
「だけどぼくは挽回したいっ!」
 
 この身はヴィクトスの勇者。
 彼女を守るのは自分だ。
 
「お前の事情はどうでもいい」
 
 しかし優斗は九曜を抜き放つ。
 トラストの勇者の様子を窺い、掛かったと内心でほくそ笑みながら。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 ライトが剣を抜き、剣戟が響く。
 ヴィクトスの勇者と大魔法士の戦闘が始まった。
 けれどライトの相手は『最強』の二つ名を持った男。
 何一つ勝てる見込みは存在しない。
 キャロルと優希は反射的に動こうとするが、二人を止める存在が現れた。
 
「このまま動かないでください」
 
 アリーと春香が二人を僅かな動きで制する。
 
「アガサさんを助けたくないのですか?」
 
 決して目立たぬよう、イアンとモールの背後――トラストの勇者の死角になっている場所で会話を交わす。
 
「な、なにを――」
 
「はーい、ストップストップ。叫ばれるのはぼく達も困るんだよ。せっかく“優斗センパイが演技してる”んだから、余計な脇役は舞台を乱すだけだって」
 
 大声を出そうとするキャロルの口を塞ぐ春香。
 
「ぼくも正直、こうやってるのはバレそうだから嫌なんだよ。だから黙ってくれないかな?」
 
 春香のお願いに対して、キャロルが渋々と頷く。
 アリーは共に動いてくれたクラインドールの勇者に感嘆した。
 
「それにしてもハルカさん、よく分かりましたわ」
 
「優斗センパイとアリシア様がアイコンタクトした後にあんなこと言えば、普通に気付くよ」
 
 さらには会話の節々からおかしさが満載だ。
 ある程度の付き合いがあれば理解できる。
 
「…………宮川優斗は……何を……?」
 
 優希が恐る恐る尋ねる。
 アリーは真正面を向いたまま、今の状況の説明をする。
 
「トラストの勇者は我々が要求を受け入れない限り、アガサさんを離すことはないでしょう。つまり要求が通らない場合、アガサさんから剣を降ろすことはない。ですから単純な話、トラストの勇者達に隙を作る為にやっているのですわ。軽い三文芝居のようなものです」
 
 そして優斗がやるからこそ真実味がある。
 勇者ではなく、大魔法士と呼ばれる者であるからこそ。
 
「端から見れば彼は第三勢力。勇者側にもトラスト側にも驚異となる存在となっていますわ」
 
 優斗がライトを風の魔法で吹き飛ばす。
 けれど修が手を伸ばして上手にライトをキャッチした。
 
「優斗っ! テメー、彼女を見捨てる気か!?」
 
「優斗くん、馬鹿なことやってないでよ!!」
 
 修と正樹は意味が分からない、とばかりに困惑した様子を見せる。
 そして、
 
「……ああ、もう。ったく、あの馬鹿止めるぞ!」
 
「分かったよ!」
 
 再び立ち向かうライトをフォローするように、二人は剣を抜いて前後を挟むように立つ。
 アリーは表情は変えないまま、内心で『お見事』と拍手した。
 素晴らしい演技力だ。
 
「そして第三勢力の大魔法士は勇者側と対立した。であれば――」
 
 アリーは僅かにトラストの勇者と剣を持っている兵士を注視する。
 明らかに対立している二つの勢力が目の前で戦っているのならば、
 
「――トラスト側は気を抜きますわ」
 
 僅かに兵士の剣先が下がってきた。
 エクトも戦いが起こっていることに笑みを浮かべ、警戒がなくなってきている。
 
「少なくとも彼らの決着がつくまでは被害がない。それはやはり緊張の欠如を生みますわ」
 
 交渉は通用しない。
 会話が出来ない輩に言葉は意味がない。
 だからこそ助ける為には力尽くだ。
 その為に欲しいのは僅かな猶予。
 ヴィクトスの勇者がアガサを助ける隙と、修達がフォローに入る為の隙。
 けれどキャロルには納得がいかない。
 
「……あの男を信じられるわけが……ありませんの」
 
 宮川優斗が他人を助けるなどあり得ない。
 今だってライトを傷つけているのに、信じられる要素がない。
 
「貴女に信じてもらう必要はありません。わたくしはミヤガワ・ユウト側の立場であり、決して同意も同調も理解も納得も求めないように」
 
 しかしアリーは意に介さない。
 信じられないのならば仕方ないことだ。
 彼女は優希側の人間なのだから。
 けれど優斗は今もトラストの勇者の動向を窺いながら、九曜を振るっている。
 決して大きなダメージをライトに与えず、かといってトラストの勇者が演技しているのに気付かぬよう、圧倒的な振る舞いをしている。
 
「どうした。大層なことを抜かした割には大したことがないな」
 
 優斗は嘲るように言いながらライトの剣戟を全て受ける。
 
「この……っ!」
 
 ライトの振るう剣速がさらに上げる。
 しかし下からの斬撃は容易に逸らされ、続けた縦からの振り下ろしは九曜に止められた。
 一歩下がり、全力で突き動けば身体を半身にしてかわされ、追うように横へ跳ねさせた薙ぎは跳ね上げられる。
 そして体制が戻せないまま、優斗が風の精霊術で再び吹き飛ばす。
 
「優斗、テメーふざけてんなよ!」
 
「もうやめてよ、優斗くんっ!」
 
 次いで修と正樹が飛び込もうとするが、ライトが叫ぶ。
 
「だいじょうぶです!」
 
 吹き飛ばされたものの、倒れもせずに剣を地面に突き刺して勢いを殺しながら立った。
 
「ぼくが……アガサを守るんです!」
 
 先ほどよりもさらに強い意志を瞳に灯し、ライトは大魔法士に立ち向かう為の言葉を吐き出す。
 
「求めるは疾風――」
 
 右足を引き、半身になった。
 握る剣の柄は右の脇腹に置き、突き出せる状態にする。
 大切なのは通用するかどうかじゃない。
 挑まなければ可能性など生まれない。
 アガサを助けると決めたのだから。
 助けたいと願ったのだから。
 ここで屈することだけはあり得ない。
 
「――迅の如く」
 
 風の力を受け、走るよりも速く飛び込むと優斗に目掛けて剣を突き出した。
 しかしヴィクトスの勇者にとっての渾身の一撃は九曜によって逸らされる。
 さらに左腕を取られた。
 
 ――またやられる。
 
 ライトはダメージを受ける心構えを瞬時に取る。
 
「だったら、さ」
 
 けれど大魔法士から聞こえる言葉は先ほどとは違い、小さい声ながらも僅かに温かさを感じるものに変わった。
 
「だったら、アガサさんを助けてきなよ」
 
 先ほどから何度も吹き飛ばしてきた。
 これも全て前置きだ。
 次に起こす行動に対する、油断を誘う為のもの。
 
「吹き飛べっ!」
 
 捕えた左腕を自らの左手で思い切り引き、彼の背に右手を当てる。
 そして何度もやっているように吹き飛ばした。
 今度は――トラストの勇者に目掛けて。
 もちろん、エクトは未だ油断している。
 兵士も同様に剣先はすでに水平よりも下へと落ちていた。
 だからこそ最高の不意打ちになる。
 ライトは声を掛けられたことにより、状況の把握はエクトよりも早い。
 これは攻撃の為の吹き飛ばしではなく、最速で飛び込む為に叩き込まれた風の魔法。
 故にライトは右手に持った剣を構え、兵士を見据える。
 
「わあああああああぁぁっ!!」
 
 狙うべきは一点。
 アガサに向けられていた剣。
 
「――なっ!?」
 
 トラストの勇者が気付いた。
 が、指示するよりもライトの方が速い。
 剣を振り抜き、相手の剣を叩き落とす。
 さらに身体を回転させ、アガサの腕を捕らえているエクトの左手を狙って剣を振り上げる。
 
「……っ」
 
 当たりはしなかったが、慌てたエクトがアガサの腕を放した。
 だがライトは顔を曇らせる。
 
 ――失敗した!
 
 最悪、掠り傷でも当てなければならないところなのに、空振りした。
 着地の勢いもすぐに殺せるわけじゃない。
 それでも足に力を込めて踏ん張り、一秒でも速くアガサを救う為に動こうとしたところで、
 
「よく頑張ったな」
 
 ライトをキャッチしたリライトの勇者がいた。
 加えて、
 
「せっかくライトくんが頑張ったんだから、ちゃんとフォローしないとね」
 
 落とされた剣を拾おうとした兵士を肘打ちで昏倒させ、アガサと共に下がっていくフィンドの勇者の姿もある。
 
「……えっ、これ……」
 
「まあ、とりあえず戻るぞ」
 
 修がライトを抱えながら一っ飛びして勇者達のところへ帰る。
 遅れてアガサも合流した。
 正樹だけは剣を向けながら、ある程度の距離でトラスト勢を牽制しているので向こうも迂闊に攻撃してはこない。
 すると優斗が軽い調子でライトに話し掛けた。
 
「ライト君、大丈夫だった? 痛くないように吹き飛ばしたつもりだけど」
 
「えっと……その、はい。だいじょうぶです」
 
 頭の中でハテナマークが灯るライト。
 何がどうなっているのか分からない。
 先ほどまで戦っていた相手がどうして、こんな調子で訊いてくるのだろうか。
 
「まっ、優斗に立ち向かえるなら合格点だわな」
 
「大魔法士は本当に怖いからな」
 
「モール、怖いとか言うな」
 
 けれど周囲の人達は把握しているのか、優斗に対してフレンドリーに話している。
 さらにアリーが優斗を労った。
 
「お疲れ様ですわ」
 
「迫真の演技だったでしょ?」
 
「助演男優賞を与えてあげます」
 
「僕の目論見だと2,3人ぐらいは本気でライト君を庇いに来ると思ったんだけどね。案外、察しが良くて逆に焦ったよ」
 
 モールやイアンぐらいは動くと思っていたのだが、普通に察していた。
 
「あれで見抜けないのは、ただのアホだろう。大魔法士を少しでも知っている者であれば、当然お前の不自然さに気付く」
 
「ユウトの先ほどの態度から鑑みれば『喧嘩を買った』のはおかしいと分かる。殺気もなかったことだしな」
 
 まず敵と見なしていなかった。
 だとしたら『喧嘩を買った』というのはおかしい。
 さらに彼が敵と相対する場合は大抵、大気か地面のどちらかが震える仕様だ。
 今回はどちらもないのだから、殊更に分かりやすい。
 ライトは彼らのやり取りを見て呆然とする。
 
「……演技……だったんですか?」
 
「おおっ。そういうこった」
 
 アリーと優斗がアイコンタクトで始め、周囲が気付き、その為の演技をしていたまでのこと。
 
「よくやったな。お前が勇気を出したから、アガサを助けられた」
 
「だ、だけどこれ、手間なだけじゃ……」
 
 自分が優斗に立ち向かう必要は皆無だ。
 むしろ修と正樹の速さを鑑みれば、自分が関わることは余計なことでしかない。
 
「バーカ。お前がやることに意義があるんだよ。それに手伝うっつったろ? 主役はお前なんだよ」
 
 修がにっ、と笑う。
 確かにライトが出て行かなかったら、他の勇者が優斗に立ちはだかっただろう。
 けれどヴィクトスの勇者が本気で動いたからこそ、さらに真実味が増した。
 余計に相手の油断を誘ったはずだ。
 
「格好良かったぞ、ヴィクトスの勇者」
 
 
 
 
 一方、アガサは優希に小さく笑みを浮かべる。
 
「戻りました」
 
「アガサっ!」
 
 優希が抱きつき、アガサが柔らかく頭を撫でる。
 
「心配を掛けてしまいましたね」
 
 本当に大切な妹を心配させてしまったことを申し訳なく思う。
 けれど撫でている最中、ふと気付く。
 
「ユキ、ヘルムはどうしました?」
 
 そういえば現れた当初から被っていなかった。
 おかげでトラストの勇者にも異世界人ということがバレてしまった。
 けれど被っていないということは、優斗と和解したのだろうかと希望的観測が生まれる。
 
「…………あっ……」
 
 だが彼女の反応で全く違うことを知った。
 優希は頭を触り、ヘルムがないことに気付く。
 しまった、とアガサは失敗してしまったことを悟った。
 
「……あの……その…………」
 
 優希はアガサからよろめきながら離れ、ちらりと優斗を見た。
 必死だったから、ヘルムが外れた瞬間は拾う時間すら惜しいと感じていた。
 けれどそうじゃない。
 自分が顔を出す、というのはもっと最悪な事態を引き起こす。
 
 ――知られた……のですよ……。
 
 優斗は自分の姿を見たはずだ。
 ということは理解したはず。
 “加害者の娘”がこの世界にいることに。
 
「……っ!」
 
 身体が震えた。
 彼にとって最悪の過去。
 人として終わらせた夫婦の娘。
 彼が死んだことに誰よりも喜び、嬉しがった最低の人間。
 それが意気揚々と目の前に姿を現した。
 
「……ごめん……なさい」
 
 優希は震えながら、必死に顔を隠そうとしてうずくまる。
 
 ――思い出させて……しまったのですよ。
 
 優斗に過去を。
 この世界で笑顔を浮かべていた彼に、思い出したくもないであろう過去を。
 
「……ごめんなさい……ごめんなさい」
 
 もう遅いと思ってる。
 けれど隠さずにはいられない。
 後の祭りだとは分かっていても、
 
「…………ごめんなさい……っ!」
 
 どうか、こんな最低なはとこに気付かないことを祈る。
 
 
 
 
 優希の異変はすぐに周囲に伝わった。
 もちろん優斗も彼女の様子が一変したことに気付く。
 
「ヘルムがないこと、気付いたんだね」
 
 今の優希は素顔を出している。
 優斗の記憶より成長した顔で、確かに昔の面影がありありと存在している。
 それを見られたことにより、バレたと思ったのだろう。
 とはいえ普通なら気付くのも難しいと思うのだが、優希はそう思っているからこそ震えている。
 
「だとしたら、決着をつけないと駄目だね」
 
 もう曖昧な状況は許されない。
 白黒着けないと駄目だ。
 
「正樹」
 
 牽制しているフィンドの勇者の名を呼ぶ。
 正樹は少しだけ視線を向けると、
 
「うん」
 
 一つ、優しく頷いた。
 そして急変した勇者側の隙を突こうとするトラスト側に対し、
 
「邪魔をするなら容赦しない」
 
 聖剣を輝かせ、さらなるプレッシャーを掛ける。
 源やモール、イアンも事情は理解できないながらも正樹に寄って同じように牽制を始めた。
 そして歩こうとした優斗だが、ライトが立ちはだかる。
 
「ユキを……どうするつもりですか?」
 
 宮川優斗は天海優希にとって、最低な人間だと自覚させられる象徴。
 今の優希と彼を会わせることは、何一つ利点が浮かばない。
 けれど、
 
「あの子が何一つ悪くないことを理解させる」
 
 優斗から届いた言葉は、ライトが考えている彼とは全く別の言葉だった。
 
「……ユキを……恨んでないんですか?」
 
「逆だよ。あの子が恨む立場で、僕が恨まれる立場なんだよ」
 
 だから自分を苛む必要はない。
 怖がる必要もない。
 自身を責める必要などありはしない。
 
「どんな事情があろうとも、僕がやったことは間違いなくあの子から家族を奪った。それは紛れもない事実なんだから」
 
 ライトに儚げな笑みを浮かべて、優斗は歩く。
 次いでキャロルが止めようとするが、彼女はアリーが止める。
 
「止めないでいただきたいですのよ、アリシア様!」
 
「言ったでしょう。貴女がアマミ・ユキ側の立場ならば、わたくしはミヤガワ・ユウト側の立場だと。そして彼が動くのなら、応援するのみですわ」
 
 アリーは春香と一緒にキャロルを無理矢理遠ざける。
 優斗は従妹に感謝の意を示して、さらに歩く。
 そして優希の前でしゃがみ込んだ。
 はとこは未だ震え、何度も何度も繰り返すように呟いている。
 
「……ごめんなさい、ごめんなさい」
 
 思い出させてごめんなさい。
 最低な人間がいてごめんなさい。
 たくさんの意味が込められた、優希の謝罪。
 
「それは君が背負うものじゃないよ」
 
 だから伝えよう。
 優斗が何を思って、何を考えているのかを。
 
「――っ」
 
 優希が声の主に気付いた。
 呟く言葉は止まったが、身体の震えはさらに大きくなる。
 優斗は続けて言葉を届ける。
 
「確かに君の両親は僕を殺そうとした。けれど君は何もやってない。責任を負う必要はないし、君の両親を殺した僕を恨んでいい。自分自身を責める必要は一切ない。小難しく考える必要はないんだよ」
 
 彼女からしてみれば、宮川優斗は絶対的な加害者。
 
「悪いのは僕だ」
 
 故に優希が自分自身を追い詰める必要は皆無。
 ただ単純に優斗を恨めばいい。
 
「……違うのです」
 
 しかし優希は全てを知っている。
 だからこそ首を横に振る。
 
「違うのですよ! わたしはあの二人の子供なのです! あんな酷いことを言って、しかも殺そうとして大怪我させた親の子供なのです! なのに勘違いして、宮川優斗のことを恨んでたのですよ! 死んで清々したと思ってたのですよ! だから責任はわたしにもあるのです!」
 
 誰が悪いのか。
 自分の両親だ。
 紛れもなく、何一つ否定できないくらいに自分の両親が悪い。
 なのにも関わらず自分は優斗を恨み、憎んだ。
 加害者の娘が、悪くもない相手のことを死んで清々したとまで思った。
 
「違うよ。当然の想いなんだから、責任なんて存在しない」
 
「でも――っ!」
 
 どこまでも続く平行線。
 折れることなく、どちらも自分が悪いと主張する。
 このままでは決して交わることもない話し合い。
 だから、
 
「だぁ、もうめんどくせえな!!」
 
 修が決着のつかない二人のやり取りに口を挟んだ。
 
「互いのことを悪くないと思ってんだったら、それでいいだろうが!!」
 
 小難しいことを考える必要はない。
 仕方ないと済ませる話ではないだろう。
 けれど自身に罪を押しつけたところで何も解決しない。
 何も終わらない。
 
「私も同じ考えです」
 
 そしてもう一人、同調する人物がいた。
 その声に優希が顔をあげる。
 
「……アガサ」
 
 天海優希が望んだ優しい姉になると誓った女性。
 彼女は顔をあげた優希の頭を優しく撫で、そして言う。
 
「互いに自分が恨まれることこそ当然だと考えているなら、もう話は終わりです。この子の両親に殺されかけたミヤガワ様が逆襲したところで当然であり、娘であったとしてもこの子に責任はない。そうではありませんか?」
 
 恨んでいるわけではない。
 憎みあっているわけでもない。
 切っ掛けは最悪で、結果も最低で不条理。
 優しさはどこにもなく、正しさもどこにもない。
 そんな人生を歩んだ二人だとしても、
 
「私はユキとミヤガワ様に優しい希望があってほしい、と。そう願うのです」
 
 別れた道がある。
 本来なら決して交わることはない道が。
 けれど今、この世界で再び出会った。
 ならばと願いたい。
 優希が夢見た日々は、終わっていないということを。
 
「……」
 
 優斗は大きく息を吸って吐く。
 色々と思うことはある。
 自分と優希の結末に優しいものはないと、心の底から信じていたから。
 
 ――だけど。
 
 もし、そうではないと言うのであれば。
 一度だけ、手を伸ばしてみようと思う。
 差し出す手を取られなくてもいい。
 けれど手を伸ばさなければ始まらないから。
 優斗は納得したように一度頷く。
 
「僕はこれから甘っちょろくて、生温い結末を言おうと思う」
 
 だから問い掛けよう。
 
「一つだけ答えてほしい」
 
 過去の出来事を見据えて尚、自分が悪いと責める少女に向けて。
 甘っちょろい結末を。
 
「君は両親を殺した加害者の僕を許せる?」
 
 真っ直ぐに優希を見て問い掛ける。
 
「……えっ?」
 
 初めて優希が優斗を向いた。
 言葉を聞き、アガサがすっと引き下がる。
 
「ゆ、許すとか許さないとかではなくて……」
 
「僕はどちらなのかを問い掛けてるんだよ」
 
 他の答えは望んでいない。
 求めているのは許せるか、許せないか。
 
「僕は自分がやった過去を後悔してない。そうしなければ生きていけないと今でも確信してる。だから君の両親を殺したことを決して謝りはしないし、間違えたことをやったとも思っていない」
 
 あまりにもおかしい。
 正しさなんてどこにもない。
 人としてあまりにも終わってる。
 
「そんな僕を許せる?」
 
 優希の両親を殺して尚、そう告げる人間のことを。
 彼女は許せるだろうか。
 
「……そん……なの……」
 
 けれど優希の答えは決まっている。
 
「……許せ……ますよ」
 
 考えるまでもない。
 議論する必要もない。
 
「……当たり前ではないですか」
 
 優斗は悪くない。
 彼は身に降りかかる悪意を振り払っただけなのだから。
 
「わたしの両親が切っ掛けなのです。元凶なのです。だから両親を貴方が死ぬように仕向けたとしても、わたしは……恨むべきではないと思っているのです」
 
 だって、そうじゃないか。
 優斗が何か悪いことをしたから、両親が殺そうとしたなら分かる。
 だけど彼は何もしていない。
 莫大な財産を持っていただけで、何一つ優斗は悪くない。
 
「……憎めるわけ……ないのです」
 
 間違ったことをしたのは優希の両親だ。
 親だから、というだけで理由も何もかもを放り出して彼を恨み憎むなんて、自分には無理だ。
 
「それに、ほんの少しだけだったけど……わたしはあの日々を忘れてないのです」
 
 優希の脳裏には今でも鮮明に残ってる。
 勉強机に向かう自分と、斜め後ろに立って机の上にある教科書に記された公式を指さす優斗。
 理解するまで教えてくれた、はとこと過ごす日々。
 
「……楽しかったのです」
 
 歳の近い男の子がいたから。
 
「……嬉しかったのです」
 
 面倒そうにしながらも、構ってくれたから。
 
「無愛想で、鉄仮面で、ロボットみたいだったけど、それでも……っ!」
 
 忘れ得ぬ日々だった。
 勘違いして、たくさん恨んだけれど。
 勝手に思い違いをして、たくさん憎んだけれど。
 それでも優斗と過ごした日々が、優希の胸の裡から消えることはなかった。
 だって、
 
 
「まるでお兄ちゃんがいるようで、たまらなく嬉しかったのですっ!!」
 
 
 呼びたかった名前があった。
 期待してしまった想いがあった。
 幼い頃の、幼い夢。
 
「――っ」
 
 本当なら懐かしむことすらしてはいけない。
 そう思っていた。
 
「……貴方は……馬鹿みたいに恨み、勘違い甚だしいほどに憎んで、死んだことに喜んだわたしを――っ!」
 
 だけど違った。
 そうじゃないって言ってくれた。
 
「加害者の娘であるわたしを――っ!!」
 
 もし、望んでもいいのなら。
 もし、祈ってもいいのなら。
 自分はいつまでも希う。
 再び優斗と話せるようになりたい。
 笑顔で彼と向き合いたい。
 だから、
 
 
「――貴方は許してくれますか!?」
 
 
 この胸にある想いを。
 泡沫となったはずの、あの日々を取り戻す為に。
 優希は叫んだ。
 
「……っ!」
 
 涙を流すのは間違いだって分かっているけれど、それでも零れてしまう。
 止めどなく頬を伝ってしまう。
 優希は下を向き、指で擦って止めようとした……その時、
 
「許すよ」
 
 優しい声音が優希の耳に届いた。
 そして眦に溜まった涙を彼の手が拭う。
 慌てて優希が顔を上げると、優斗が優しい表情で見ていた。
 
「……み、みや……が……わ…………ゆうと……っ」
 
 どうしてだろう。
 涙が止まらない。
 一言、告げられたことが嬉しくて。
 ただただ、視界が滲んでしまう。
 
「わ、た、わたし……っ!」
 
 それでも一生懸命、喋ろうとして。
 何か話そうとしたけれど、しゃくってしまって。
 結局、泣くだけ。
 
「表情が固い。何を切羽詰まってるの?」
 
 けれど優斗は柔らかい表情のまま、優希のほっぺたを引っ張る。
 
「笑うっていうのは、こういうことだよ」
 
 それは過去にあった二人のやり取り。
 笑う、という感情を持っていなかった優斗に対して、優希がやってくれたこと。
 だから懐かしさと共に優斗は同じことをする。
 優希が頬を引っ張ると同時にやっていたこと。
 一番最初に笑顔を望んでくれた子に贈る、
 
 
 
 
「そうだよね、優希」
 
 
 
 
 精一杯の優しい笑顔。
 もう苦しむ必要はない。
 自己嫌悪する必要もない。
 自分のような人間だって笑っているのだから、優希も笑っていい。
 笑っていてほしい。
 
「……そうなの……です」
 
 そして優斗の願いは届く。
 声を震わせながらだけど。
 涙をぽろぽろと流しながらだけど。
 それでも優希は、昔と同じ笑顔を優斗に浮かべた。
 
「その通りなのですよ!」
 
 初めて揃う二人の笑顔。
 笑うことのできなかった少年と、笑うことを求めた少女。
 6年前には決してあり得なかった瞬間が、ここにある。
 そして優斗は優希の頭を軽く撫でた。
 
「アガサさんの為に頑張ったこと、満点だよ。偉いね」
 
 優しい笑みで告げられたこと。
 優希が忘れるわけがない。
 忘れられないあの日の出来事。
 
「覚えて……いたのですか?」
 
「だからこうして褒めてるんだよ」
 
 柔らかな声音に優希の目からまた、涙が溢れそうになる。
 けれど袖で思いっきり拭って、向日葵のような笑顔になった。
 
「それじゃ、ちょっとのんびりしよっか」
 
「いいのですか?」
 
「問題ないよ。優希も僕と話したいこと、たくさんあるでしょ?」
 
 きっとたくさんあると思う。
 この世界に来るまでのこと。
 この世界に来てからのこと。
 優斗が昔の優希を知っているから、尚のこと。
 集団から外れて腰掛けられるような場所に歩く。
 
「大魔法士! 逃げるつもりか!?」
 
 するとトラストの勇者から声が飛んできた。
 優希が少し不安そうな表情になるが、優斗は意に介さず言い切る。
 
「“逃げる”っていうのは弱者が強者にする行動だ。弱い奴から逃げる、なんてものは論理として破綻してる」
 
 大魔法士がトラストの勇者から逃げる、なんて論理は存在しない。
 いくら相手に人数がいようと、烏合の衆でしかないのにあり得ない。
 
「そして僕が何を言ったか覚えているか?」
 
 最初に賭けをした際に言ったはずだ。
 瞬間、二つの影が前に立ち優斗は笑みを浮かべる。
 
「僕はこいつらに全てを預けたんだよ」
 
 仲間に自分の人生を。
 最高の仲間に全てを任せた。
 
「ええ。そうですわ」
 
「テメーらの相手は俺達だ」
 
 故にアリシア=フォン=リライトと内田修は立ちはだかる。
 自分達と宮川優斗に向けられた全てを終わらせる為に。
 
 
 



[41560] all brave:特別の中の特別
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:e380c349
Date: 2016/01/04 16:59
 
 
 
「まっ、攻撃はしねぇから安心しろよ」
 
 修が右手を真上に掲げた。
 何をするのか誰もが察しがつく状況にエクトが叫ぶ。
 
「ちっ! リライトの勇者に言霊を――」
 
 けれど遅い。
 大魔法士がいなくとも、始まりの勇者が言霊を詠んでいようとも、御伽噺は“三人”いるのだから。
 
「修くんに辿り着くには、まずボクを倒さないといけないよ」
 
 聖剣を手にしている正樹は、地面に一筋の閃光を放つ。
 閃光は地面を削り敷地内を分断する一直線のラインを作り出した。
 超えれば手を出す、と言わんばかりの境界の如き一線を。
 
「……っ! フィンドの勇者……っ!」
 
「おっと、正樹センパイだけじゃないよ」
 
 守護獣を呼び出した春香が正樹の隣に並ぶ。
 彼女の後ろにはニヴルムの他に二体の守護獣が控えている。
 
「私は言ったはずだね。君が指す『平和』は『支配』だと」
 
「お前がやっていることは一切合切勇者のやることじゃない。加えてお前を見逃したら、レンドには色々言われるだろうし姫様からは蔑む視線を貰うだろうから、回避させてもらう為にも立ちはだかろう」
 
「貴様らの言い分は私の愛する義弟と妹の将来を脅かす」
 
 さらに源、モール、イアンが同じように相並ぶように前に足を踏みしめた。
 正樹が代表して5人の胸中を言い放つ。
 
「勇者を相手にしたいなら、かかってくればいいよ」
 
 足を止めるには十分な正樹の言葉。
 そして紡がれるはリライトの勇者の言霊。
 
『求め轟くは雷鳴の全』
 
 清かな声が空へ鳴り響く。
 
『勇なる者に相応しき輝きを』
 
 足下には魔法陣が広がり、
 
『鮮烈なる強さ、瞬くこと許さぬ速さ、貫く衝撃の鋭さよ』
 
 誰もが圧倒される力が彼の右手に集まり始める。
 
『幾数では足りず、幾万では足りず、幾億となり纏い集え』
 
 ただの人間には不可能なこと。
 ただの勇者には不可能なこと。
 けれど『始まりの勇者』と称することができる、無敵の勇者だけが唯一可能なこと。
 
『そして生まれるは雷の化身と銘振る剣となる』
 
 空から光が降り、修の右手に落ちた。
 そして掲げていた右手を光から引き抜くと、彼の手には一振りの剣が手に存在している。
 神話魔法と呼ぶには、あまりにも呆気ない姿。
 思わずエクトが笑いそうになるが、
 
「剣の形をしてたって、こいつは神話魔法だ。こんなことだって出来んだよ」
 
 修が空へと向けた一閃。
 瞬間、目が焼き付きそうになるほどの雷が剣から空全域へと迸った。
 
「…………」
 
 敵だけではなく味方すらも唖然とさせる一撃。
 挑む挑まないではなく、勝てないことを強制的に理解させる一振り。
 修は振り抜いた剣をエクトへ向ける。
 
「勝てると思うなら挑め。けれど動いた瞬間、一撃で終いにしてやるよ」
 
「……っ」
 
 エクトは修の力を目の当たりにして、それでも勝負を挑みにいく……ということはしなかった。
 未来視を使わずとも分かる結果に対して動けるはずもなかった。
 
「これで膠着状態、ということになりましょうか」
 
 だからこそアリーは言葉を使う。
 千人を揃えたところで尚、圧倒できる修の力を見せたから。
 力で挑むことこそ愚の骨頂だということを理解させたから。
 
「では最後の相対といきましょう。トラストの勇者に聖女様」
 
 もう退くことはしない。
 温さはもう持っていない。
 
「まず、貴方達のベストな結果を提示致しますわ」
 
 アリーはゆっくりと言葉を突きつける。
 
「自称トラストの勇者を『勇者』として認めてもらうこと。そして今回の不問。これが目指すべき結果でしょう」
 
 これがトラスト側にとっては最上の結果となるだろう。
 
「では、そうなる為に貴方達はどうされますか? 大魔法士に対する暴言に加えて、他の勇者に対する傍若無人極まる態度。さらには人質を取ったこと。謝罪程度で終わるとは思っていないでしょう?」
 
 とはいえ実際、心から反省した謝罪があれば勇者達は許してしまうだろう、とアリーは考える。
 その『甘さ』があるからこそ彼らは英雄でもなく王でもなく、勇者なのだと言える。
 しかしエクトは反論した。
 
「何が謝罪だ。お前達が――」
 
「――自称トラストの勇者。立場が分かっておられないのでしょうか? わたくし達はこれでも譲歩しているのですわ」
 
 国を代表している、と宣った二人のあまりに横柄な態度。
 それを他国の勇者に叩き付けておいて、甘い裁定で終わらせようとしていることこそ譲歩していると言っていい。
 
「ふざけないでください! あたくし達は平和の為に頑張っているんです!」
 
 今度は聖女が反論するが、アリーは意にも介さない。
 
「現状において、そのような虚言がまかり通るとでも? 人質を取り、『力』で言うことを聞かせようとし、自分達の都合通りにいかなければ否定する貴女達のどこに『平和』があるのか、答えていただけませんか?」
 
 どこにも平和は存在しない。
 元々、議論を放棄したトラストが平和という言葉を使うこと自体、矛盾している。
 
「それは貴女達があたくし達の平和を――」
 
「――そのようなこと、聞いていません。わたくしは『答えろ』と言っているのです」
 
 優斗とは別種の圧迫感がエクトと聖女を黙らせる。
 意思の強さと精霊の共振を用いて大気を震えさせるほど圧倒するのが優斗ならば、アリーはまさしく『生まれながらにして持った存在感』によるもの。
 特別であるということを、まざまざと見せつける所行。
 
「それとも貴方の背にいる千人の命、無様に散らせますか?」
 
 冷酷な微笑みを携えた台詞。
 あまりの圧倒的な力と存在感に兵士達の恐れが耳に入ってくる。
 けれど騒がしいのは後方の兵士と端にいる兵士のみ。
 トラストの勇者の側にいる者達は何も動揺していない。
 だからこそアリーは異常を敏感に感じ取る。
 
 ――“何か”がおかしいですわ。
 
 力を見せ、言葉で揺さぶりを掛けた。
 なのにも関わらず、彼らの周囲にいる人間だけは何も揺らいでいない。
 
 ――これではあまりにも盲目過ぎる。
 
 内田修の力はそれこそ、誰にとっても想像以上のものだ。
 彼の力を目の当たりにして、それでも立ち向かえる者は限りなく少ない。
 スペックが圧倒的なのだから、普通の人間ではまず本能と理性が絶対に打ちのめされる。
 平然と相対できるのは優斗と正樹ぐらいだろう。
 と、アリーは頭の中に浮かべた人物の片方である正樹を視界に入れて……同時にニアの姿が映った。
 
「……そういえば」
 
 小さく呟く。
 おかしな状況で、おかしな事態。
 けれど思い返してみれば、自分は似たような話を聞いたことがある。
 優斗が力を見せて尚、正樹のことを最強だとニアが宣ったことを。
 
「――っ!」
 
 アリーは気付く。
 一番重要な要素が欠けているから、別だと思っていた。
 けれどそれを取り除いてみれば、どうだろうか。
 何も揺るがない兵士達が側にいて、戸惑う兵士は後方か端にいる者達ばかり。
 平和の為に『勇者』であることを誇示するエクト。
 欠けた一つ以外のピースは全て当て嵌まる。
 
「ノーレアルの……神話魔法?」
 

      ◇      ◇ 
 
 
 トラスト王とメアリも謁見の間から出てきて、優斗達のところへ向かってきた。
 けれど優希は二人が近付いてきていることよりも、目の前で起こっている光景に戸惑いを隠せない。
 
「だ、だいじょうぶなのですか、宮川優斗?」
 
 1000人と戦いになるかもしれない、という戸惑いではない。
 あれだけの人数を相手にして、堂々と脅しを掛けているアリーに対して、だ。
 
「大丈夫。あれが正しい脅し方だよ」
 
 心配そうな優希を尻目に優斗はのほほん、としている。
 
「修はあれを人には向けられない。なんたって勇者だしね。無抵抗の人達に向けられるほど、あいつは歪んでないよ」
 
 因縁も何もない人間を平然と傷つけられる勇者なんて存在しないだろう。
 
「だけど『力』を示すには十分だよね?」
 
「えっと……はい。すごかったのですよ」
 
「そして重要なのは、敵対してるってこと。敵の人達にとっては恐怖対象なんだよね。僕達はさっきから彼らの考えを逆手に取って、同じことしてるだけなんだよ」
 
 相手側の勘違いを利用しているだけ。
 そして利用するに最高のパートナーが修の隣にいる。
 
「で、リライトの勇者と一緒に相対しているのは、僕以上に極悪な性格をしている王女様。上手いこと使った……はずなんだけど」
 
 優斗の視界に映っている光景は、どうにも様子がおかしい。
 アリーも同じ感想を抱いたようで、何か考えている。
 すると彼女はハッとした様子で優斗に視線を送ってきた。
 
「アリー?」
 
 彼女は正樹とニア、次いでトラストの勇者と集団を指さした。
 最後に自身の左目を指差す。
 
「アリシア様、何をしてるのですか?」
 
 優希に理解できないのは当然だ。
 けれど優斗は少し考え込み、アリーが伝えようとしたことを把握する。
 なのでトラストの勇者を注視してみた。
 
「……なるほど。似てるかも」
 
 優斗が特に注目したのは眼帯。
 確かに変な魔力の流れが眼帯付近に微かだが存在している。
 
「確認を取ればいいんだろうけど、よく気付けたもんだね」
 
 優斗も同じように引っ掛かってはいたが、答えは出なかった。
 まあ、情報がない上に相手の事情に興味ないので、必死になって考えるのが時間の無駄だと思ったのも確か。
 けれど自分では気付けなかっただろう。
 一番重要視していたものが、ごっそりと欠けていたのだから。
 しかしアリーは相対している最中に気付いた。
 さすが、と言いたいところではあるが正直、おかしいぐらいに頭が回る王女様だ。
 ちょうど優斗のところは辿り着いたトラスト王に優斗は確認の為の問い掛けを告げる。
 
「訊きたいことがある。あの眼帯はどのような経緯で、“誰”から手に入れた?」
 
 到着した途端に問われたトラスト王は、質問の意図を理解できなかったが素直に返答する。
 
「エクトの未来視を完全に止めるには普通の魔力抑制の魔法具では難しく、たびたび魔力枯渇により倒れることがあった。その時、エクトの話を聞いた他国の貴族が、試作品の魔法具をエクトの為に提供してくれたのだ。15,6年前の話になるか」
 
 出てきた一つの単語に優斗が内心で舌打ちする。
 他国の貴族がどこなのか、嫌な予想しか生まれないからだ。
 
「どこが普通の魔力抑制の魔法具と違う?」
 
「魔力が未来視の魔法陣に流れる前に別の魔法陣が奪い、それを再び身体に循環させることで未来視を使わせないようにするものだ」
 
「トラストの勇者はいつから、勇者の候補として挙がっていた?」
 
「未来視だと発覚してからだ」
 
「発覚したのは?」
 
「エクトが4歳の頃だった。17年前になる」
 
「その時点で勇者になるのは既定路線だな?」
 
「そうだ」
 
 矢継ぎ早に出てくる質問をトラスト王が全て答える。
 そして優斗は全て聞き終えると、額に手を当てた。
 
「……まったく、話がややこしすぎる」
 
 単純明快な状況でなくなった、というのは間違いない。
 
「単刀直入に伺う。眼帯を渡した貴族はクリスタニアの『ノーレアル』か?」
 
「……? 確かに思い返してみれば、そのような名だった……が……」
 
 そこでトラスト王は優斗が言いたいことに気付く。
 リライトが解決した事件。
 そのうちの一つに今の名が関わっていたことを。
 
「まさか……っ」
 
「話は各国に回したはずだ。ノーレアルのことは知っているな?」
 
 優斗が確認するようにトラスト王とメアリに視線を向けると、メアリが頷いた。
 
「大魔法士殿とリライトの勇者が行ったフィンドの勇者救出劇――又の名をレアルードの奇跡。その事件の主犯じゃったな。ダンディから私も聞いておる」
 
「彼らが求めていたのは『始まりの勇者』――無敵の存在だ。未来視を持った人間なら、狙われて然るべきだろうな」
 
 そしてノーレアルがトラストに関わったのは、十数年前。
 トラスト王が忘れていても無理はない。
 
「手広くやっていることを、まざまざと見せつけられた気分だ」
 
 優斗はジュリアとの会話を思い返す。
 
『過去、我々の一族が出会ってきた勇者の中でも最優秀の類に入りますわ』
 
 ということは、こう考えられるはずだ。
 正樹のように細工を施そうとした勇者や、勇者候補は他にもいる。
 
「勇者で在らねばならない、という心。付き合いが長い者達から盲信させること。確かにジュリア=ウィグ=ノーレアルが言っていた勇者と合致する。唯一違うのは才能の底上げだけだ」
 
 だから理解できる。
 エクトの状態はノーレアルの神話魔法の影響下にある、と。
 そして、それ故に優斗は答えに到達できなかった。
 
「ただ解せない。どうして一番重要なことを……」
 
 ノーレアルにとって必須なのは『無敵』であることなはずだ。
 始まりの勇者にとって不可避なもので、これだけは除いてはいけない。
 
「失敗……したのか?」
 
 優斗はノーレアルの神話魔法が刻まれているであろう、眼帯について考える。
 
「魔法陣は確かに刻んだり宝玉にコピー出来るけど、神話魔法を眼帯に刻むことも出来るのか? ……いや、だとしたら神話魔法が魔法具として出回っているはずだ。そうじゃない以上は難しいと考えた方がいい」
 
 ぶつぶつと呟きながらも確定的なものは一つも出てこない。
 
「和泉が居れば、ちゃんと説明が貰えるんだろうけど……まあいい」
 
 一応は和泉が作ったこともあるが、あれは運良く出来たとも言っていたはず。
 とはいえ経緯は後からでも分かることだ。
 今、必要なのは現時点の把握。
 
「聖女様が一番、影響下にあるのは間違いない。もしかしたら彼女も似たような魔法を施されている可能性すら考えられる」
 
 とはいえ優斗が見たところでは、魔法が施されている可能性は低い。
 妙な魔力の流れは見られない。
 かといって“何もされていない”と断言できる状況でもないが。
 
「どうにかならないのか?」
 
 トラスト王の懇願のような言葉。
 対して大魔法士の返答はあっさりとしたものだった。
 
「僕には出来ない」
 
 宮川優斗は彼らを救う術を持っていない。
 いや、正確には救いたいと思っていないから、救う為の新たな神話魔法を創り出すことが出来ない。
 
「けれど可能性はある」
 
 優斗の視界の中央にいるのは、この世界で『無敵』を名乗れる至高の才能を持った少年。
 
「リライト……いや、『始まりの勇者』である修だったら救えるかもしれない」
 
 他の誰がやったところで不可能と思ったとしても、彼がやるならば可能だと思わされるほどの勇者がここにはいる。
 
「ただし結果に責任は持たない」
 
 救えそうだからから救う。
 助けられそうだから助ける。
 それで済むような話ではない。
 
「リライトはこの件に関わる理由がない。助ける理由がない。ノーレアルが何をしたとしても、こちらがトラストの勇者を助ける理由は存在しない。加えてリライトの非になる可能性が救ったあとに起こるかもしれないからこそ、リライトの勇者である修が望んでするわけがない」
 
 優斗は修が手を出すのならば、少なくともエクトを助けることに失敗はないと断言する。
 けれど懸念は消えない。
 内田修のご都合主義ですら、どうすることもできない状況が存在することを。
 
「それでも構わないと言うのなら、あいつは救う為に動くはずだ。勇者として」
 
 優斗が告げたこと。
 どういう意味かとメアリは考え、そして察する。
 
「民衆に混乱が起きる可能性があるのじゃな?」
 
「ああ。トラストの勇者を無事に救えたとしても、混乱は起こるかもしれない。トラストの勇者の影響による盲信という名の地盤を根こそぎ消すということは、単純に事が済むわけじゃない。そしてもう一つ、彼は神話魔法の影響を長年受けているからこそ、どう変わってしまうのか僕達には判断できない」
 
 仮定としてエクトを救えたとしよう。
 しかし彼に影響を与えていた魔法を消したとしても、彼の性格がどうなるのかは分からない。
 正樹と違って長年、神話魔法の影響下にいたことでどうなってしまうのか、優斗に分かるわけがない。
 しかもノーレアルの神話魔法は存在の変化。
 消したところで容易に元に戻るようなものでもない。
 さらにエクトの盲信に連なっていた人達がどうなるのか判断しづらい。
 正樹とニアの時は、ずっと一緒にいたのが彼女だけであったし、彼女は影響されている途中で優斗が無理矢理目覚めさせた。
 だから突然、影響が失われた人達がどうなるのか。
 いくらノーレアルと戦った優斗でも判断材料はない。
 加えて、そこに修達――勇者が持っているご都合主義は働かない。
 
「勇者のご都合主義は過去と現在の矛盾を正当化できない。ご都合主義は現在と未来に発揮されるものであって、過去には働かない」
 
 問題になりそうなことを都合良く回避するのがご都合主義であって、過去に問題が起こっていることに対して、辻褄合わせに働きはしない。
 
「そして神話魔法の影響下にあったとはいえ、トラストの勇者が今回やったことは何一つ正当化できない。貴方達がクリスタニアを非難するのは正当な権利だろうが、正すべき時を逃し彼らの在り方を正さなかった。それは揺るぎない事実でしかない」
 
 公式の場で勇者達を不必要に非難したこと。
 大魔法士に的外れな強制をしようとしたこと。
 人質を取って言うことを聞かせようとしたこと。
 これら全てをノーレアルの責任に被せることは不可能。
 
「この国の行く末をどうするのかは、貴方が決めることだ」
 
 優斗はトラスト王を真っ直ぐ見据え、あらためて問い掛ける。
 
「答えていただきたい。王である貴方が下す決断と責任を」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 アリーの詰問に対して、エクトと聖女は動きを見せない。
 それは優斗とトラスト王のやり取りが終わっても尚、無言が続く。
 アリーがちらり、と優斗を見る。
 彼は一つ頷くと右手で自身の左目を指差し、次いで親指を立てると首を切る仕草をした。
 要するにノーレアルの神話魔法をぶっ壊して、助けろ……ということ。
 
「皆様。トラストの盲信はおそらくノーレアルの神話魔法の影響ですわ」
 
 彼女が告げることに目を見開く勇者一同。
 けれどアリーは淡々と修に訊く。
 
「神話魔法だけではなく、盲信も消す手段はありますか?」
 
「……。可能性のある神話魔法は存在するぜ」
 
 少しだけ間を空けて修は答えた。
 
「けど、その神話魔法って『正常に戻す』ってやつなんだ。正直、存在の変化っつー訳分からん影響に対して、どこまでできるのかは俺にも分かんねーんだよ。だから、やったところで何も起こりませんでしたってパターンになるかもしれない」
 
 そして修が何よりも懸念するのは一つ。
 
「俺が手を出したらリライトに迷惑掛けるかもしんねーし、迂闊に大丈夫だって言える状況じゃない」
 
 何でもかんでも、目の前にいる人達を救う為に動くわけにはいかない。
 修の優先順位はあくまでリライトが最優先であって、トラストではないのだから。
 けれど、
 
「修様。貴方が背負うべきものは何もありませんわ」
 
 アリーは微笑んで首を振る。
 
「ユウトさんは確約を取ったことでしょう。シュウ様が助けに動き、そして失敗したとしてもリライトに責はない、と」
 
 今、はとこと気楽そうに話している優斗を見ながらアリーは言い切る。
 彼が修に余計なものを背負わせるはずがない。
 
「ですから信じるべきは貴方が今、抱いている予感です」
 
 理論ではなく、数式的なものでもない。
 必要なのは内田修が今、抱いている感覚。
 
「現状の狂った事態に楔を撃ちこめる、と。そう思っていますか?」
 
 真っ直ぐに修の瞳を捉えて尋ねられたこと。
 彼は頷く。
 
「ああ、思ってる」
 
「でしたら大丈夫ですわ」
 
 内田修がそう思っているというのなら、アリシア=フォン=リライトは何一つ理由がなくとも肯定する。
 
「貴方はリライトの勇者であり、始まりの勇者。そして『わたくしの勇者』です」
 
 アリーは輝かんばかりの柔らかな笑みを修に向ける。
 
「わたくしは誰よりも特別に修様を信じていますわ」
 
 大切な人だから。
 大事な人だから。
 本当に大好きな人だから。
 
「貴方は現実を直視しなければならないわたくしが唯一、夢見る主人公」
 
 王族という立場を忘れて――たった一人の女の子に戻れる、たった一人の男の子。
 
 
「魅せてください。貴方の御伽噺を」
 
 
 最強が席巻しているこの世界で、無敵が奏でる幻想をアリーは望んでいる。
 だから一番近くで。
 一番側で。
 寄り添うほどの隣で見届けたい。
 見続けていたい、と。
 アリーはそう願う。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 まるで幻想の中にいるようだと、優希は錯覚する。
 たくさんの勇者と勇者の仲間がいる中で、群を抜く存在感を持った二人がいた。
 
「よっしゃ!」
 
 修の気合いを入れた叫び声が響き渡った。
 そして勇者と王女が視線を交わし、笑みを交わす。
 優希は二人の姿を見て、どうしてか思ってしまう。
 
「すっごく眩しいのです」
 
 まるで光に祝福されているかのように、彼らは輝いている。
 姿を見るだけで落ち着けて、不安など生まれない。
 
「すごいのです」
 
 おかしい状況の中で、安心感を生み出している。
 優斗も優希と同じように、二人の姿に表情を崩す。
 
「あの二人は生まれた時から特別だからね」
 
「なんとなく、分かるのですよ」
 
 優斗の意図を優希は理解できるような気がする。
 けれどはとこから続く言葉は、特別であるからこそ二人を慮るものだった。
 
「だけど生まれた時から特別っていうのはね、良い事ばかりじゃないんだよ」
 
 決して全肯定できる出自ではない、と優斗は思う。
 
「特別であるが故の孤独。一般とは隔たりのある生き方。平凡な生き方をあの二人は絶対に出来ない」
 
 大国の王女という誰からも特別に扱われる事情故に、誰一人として親しい者が存在しなかったアリー。
 不義の子供であることに加え、至高の才能を持ったが故に誰からも見て貰えず孤独だった修。
 
「けれど二人とも屈折せず、真っ直ぐに前を向いて歩いた」
 
 自分の出自を受け入れて。
 自分の力を受け入れて。
 決して曲がらず、挫けず、正しく進んできた。
 
「だから僕は喜びたい。彼らが仲間であることを」
 
 本当に凄いと思うから。
 
「だから僕は自慢したい。彼らと共に歩くことを」
 
 一緒に過ごす日々が大切に思うから。
 彼の兄弟として。
 彼女の従兄として。
 見届けていきたい。
 
 
「だから僕は信じるよ。彼らがこの世界の主人公とヒロインなんだってことを」
 
 
 特別の中の特別。
 世界の主人公とヒロインだということを信じている。
 
「宮川優斗は、あの二人のことが大好きなのですね」
 
 嬉しそうに語る優斗の姿に、優希も顔が綻んだ。
 きっと彼らは優斗を真っ当にしてくれた人達。
 だからこそ優希も嬉しくなって、感謝したくなった。
 
 



[41560] all brave:御伽噺の始まり
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:e380c349
Date: 2016/01/04 17:00
 
 
 
 
 内田修にとって『才能』の解放とは、意思の変革そのものだ。
 一度辿り着いた領域においては、意思によって嵌めていた枷を取り外す。
 そして一度も辿り着いていない領域においては、意思によって容易に届かせる。
 
『力』の為に必要なのは意思のみ。
 
 それが経験も努力も何もかもを否定できる“チートの権化”と呼ばれる少年の特筆すべき『才能』。
 だからこそ彼に常識は当て嵌まらない。
 徹頭徹尾、最初から最後まで天才の名を揺るがせないまま突き進む。
 故に誰もが敵にならず、誰もが敵になれない。
 
 ――勝ちたい。
 
 この意思がある限り、彼の勝利は絶対に揺るぐことはない。
 
「始めさせてもらうぜ」
 
 幻の二つ名を持つ少年が、ニッと笑った――その時だ。
 まるで修の変革に応じるように聖女の胸元から漆黒の光が溢れ出す。
 
「えっ!?」
 
 聖女は自分の胸元から発する黒い本流に驚き、ネックレスを取り出した。
 禍々しく輝く装飾品はあまりに気味が悪く、慌てて首元から外すと投げるように捨てる。
 ネックレスは地面に落ちたと同時、召喚陣が広がった。
 そして現れ出でるは、魔物とは別種の存在。丸みを帯びた漆黒の体躯は人の形をしてはいるが、大きさは七,八メートルと完全に人のサイズを凌駕している。
 しかし唐突に現れた黒いモノに対して、修は以前に似たような存在と出会ったことがあることに気付いた。
 
「こいつ、“堕神”の欠片じゃねーか?」
 
 共通点は真っ黒いというだけではあるが、感じ取れるものは同じだ。
 アリーは修の言葉に僅かに驚きを表す。
 
「これが……」
 
「つっても、前に出会った奴とは形が違うけどな」
 
 修達の会話を知ってか知らずか、漆黒の体躯を持った存在――“堕神”の欠片は二対の瞳で何かを探すように周囲を彷徨う。
 後方で優斗が念の為、大精霊を召喚して周りの人達の護衛をさせた。
 
『――――』
 
 瞬間、誰の目にも映っていた“堕神”の欠片がふっと消える。
 
「なっ!?」
 
 勇者達が突然のことに緊張を走らせた。
 けれど修だけは剣を真横に伸ばしており、
 
「おい、どこ行くんだ」
 
 鋭い視線は敵の姿を捉えていて、刃の数ミリ先には“堕神”の欠片がいつの間にか存在している。
 
「優斗を相手にしたいなら、まずは俺を倒せよ」
 
 勘違いするな。
 優斗はあくまで万分の一、億分の一の可能性を潰す為に大精霊を召喚しただけ。
 
「テメーの相手は俺だ」
 
 修が凄んだ瞬間、“堕神”の欠片は距離を取る。
 そして立った場所は偶然にもトラストの勇者達の目の前だった。
 
「……何だこいつは」
 
 エクトは突然現れた存在に対して、何一つ理解が及ばない。
 しかし聖女のアクセサリーから召喚されたことは事実であり、優斗達に襲い掛かったことも事実。
 加えて自分達の前に立ったことから、一つの仮定が生まれる。
 この存在は味方なのだ、と。
 だから彼は形勢を逆転させる為に叫ぶ。
 
「皆、今現れた黒色の存在は我々の味方だ! 聖女の力に呼応し――」
 
 すると“堕神”の欠片の二対の瞳がエクト達を捉えた。
 その動きが何をするのか把握できたのは修のみ。
 
「バカ野郎ッ! 余計なこと叫んでんじゃねぇ!」
 
 敵の敵は味方、というわけではない。
 先ほど、優斗が三すくみの状態を作った時とは訳が違う。
 “堕神”の欠片は目に映るもの、全てを消すつもりだ。
 漆黒の体躯の左腕が水平に広がる。
 
「――このやろっ!」
 
 修は身体が霞んで見えるほどの速さで、エクトと聖女の前に立つ。
 同時に腕を振り抜こうとしている“堕神”の欠片に剣を合わせた。
 けれど鍔迫り合いのようにはならない。
 “堕神”の欠片の腕は合わせた場所からぐにゃり、と曲がる。
 
「舐めんなっ!!」
 
 修は上半身を前に倒しながら左足を僅かに開く。
 そして反時計回りに回転させながら、折れ曲がってエクト達へ狙いを付けている“堕神”の欠片の腕を真下から左肘で叩き上げて逸らす。
 さらに自身も鎌のように折れ曲がった“堕神”の欠片の左腕をかいくぐりながら、エクトに初級の風魔法をぶつけて遠ざける。
 次に聖女を遠ざけようとするが、彼女は目の前で始まった戦闘に腰を抜かしていた。
 
「ったく、面倒だな」
 
 修は二歩バックステップし、次いでやってくる“堕神”の欠片の右腕の攻撃をいなす。
 そして聖女の襟首を掴み、持ち上げると同時にやってくる連撃を飛んで躱すとトラストの集団へと彼女を投げ捨てた。
 これでようやく邪魔者がいなくなったので、修も意気揚々と“堕神”の欠片と相対することができる。
 
「よっし、やっと余計なことしなくて済む」
 
 修はとりあえず、火の上級魔法を無詠唱で“堕神”の欠片にぶち当てる。
 やはりというか何というか、炎弾がかき消えたので間違いないと確信できた。
 
「ってことは、近接でやる方が楽だわな」
 
 色々と繊細にやろうとすればいいのだろうが、だるい。
 元々、迎撃や後の先を取ることも性に合わない。
 優斗のように論理的に戦うのも面倒臭い。
 考えることはシンプルに一つ。
 
 ――ぶっ倒す。
 
 それでいい。
 それだけで内田修という存在は、確実に目の前にいる存在を圧倒する実力を得るのだから。
 
「うしっ、やるぜ!」
 
 修の身体は前傾に傾く。
 そして彼の姿が再び霞んだ刹那――“堕神”の欠片の左腕が千切れ飛んだ。
 
 
 
 
 アリーは修の戦いを幾度も見たことがあった。
 サイクロプスや白竜、天下無双。
 しかし眼前に広がっている光景は、その全てを凌駕している。
 “堕神”の欠片は今まで、出会った敵の中では圧倒的な強さを誇っていたはずなのに、まるで敵にならない。
 攻撃の威力も、速度も、何もかもが修に届いていない。
 左腕は千切れ飛び、右腕は上空に広がる雲を割断するついでとばかりに切り裂かれ、、左足は初動を見せた瞬間に十メートル級のクレーターが出来あがるほどの剣戟のみで消し去られる。
 そして胴体は神話魔法で出来た剣が矢のように突き投げられ、その威力で上空まで吹き飛ばされた。
 
「そんで、これで終了だ」
 
 修が告げた瞬間、空全体が真白い光に焼き尽くされた。
 鼓膜が破れそうなほどの甲高い轟音が身体すらも震わせる。
 それだけで誰もが把握させられてしまう。
 “堕神”の欠片は倒されたのだと。
 そしてリライトの勇者にとって、漆黒の体躯の存在は全く以て敵になり得なかったことを。
 
「じゃあ、次はトラストの勇者だな」
 
 けれど修は“堕神”の欠片のことなど、どうでもいい。
 あまりの光景に呆けているエクトに近付くと、彼の眼帯を奪い取る。
 
「……なっ!? おい、リライトの勇者!」
 
「悪いな。とりあえず、この眼帯はぶっ壊させてもらうわ」
 
 修はエクトが奪い返そうとする前に下がり、すぐさま詠唱を詠む。
 
「求めるは光の城壁、堅牢なる狭間!」
 
 トラスト陣営と自分達を分かつように、正樹が付けた一筋のラインに沿って透明な壁が生まれる。
 その間に修は眼帯に魔力を込めて、刻まれている魔法陣を壊した。
 順序としてはこうしなければならない。
 まずはノーレアルの魔法陣を壊しておかないと、次に使う神話魔法の影響を確実にエクトへ届けさせることが出来ないから。
 
「あとは最後の仕上げだな」
 
 珍しく大きく深呼吸すると、修が片膝を立てた。
 数秒ほど集中するように目を閉じると、右手を地面に触れさせる。
 同時、トラスト全土に広がるほどの魔法陣が広がった。
 
『求め回帰するは正常なる時』
 
 詠まれるは言霊。
 始まりの勇者による神話魔法の詠唱。
 
『異様な日々よ、異形なモノよ、異質な空間よ。全てはこの地にとって不要でしかない』
 
 エクト達が何やら騒がしいが、修には関係ない。
 防御壁を突破しようと正樹がいるのだから、何一つ躊躇する理由にならない。
 
『必要外な影響など、ここには存在しない。必要な影響こそ存在するべきなのだから』
 
 だから修は詠み続ける。
 優斗に任せろと言ったから、確実に自分達との関わりを終わらせる為に。
 
『消し去るべきは異常』
 
 そして何よりも、
 
『故に求めたのは正常にて清浄なる日々』
 
 アリーが他の誰でもない自分の御伽噺を望んだのだから。
 
「頼むぜ。これでどうにかなってくれよ」
 
 言霊を詠み終わると同時、修は地面に触れていた右腕に力を込める。
 すると魔法陣が輝き、光が上空へと伸びた。
 伸びて、伸びて、まるで輝かしい世界に入ったと勘違いするほどに光が強まった瞬間、白の粒子がトラスト全土に舞った。
 修はゆったりと降ってくる粒子に頷きながら、エクト達の様子を窺う。
 案の定、混乱が広がっていた。
 
「上手くいったみたいだな」
 
 元に戻すと言っても、過去は改変されない。
 目の前で起こっていた光景――七勇者に対して人質を取って言うことを聞かせようとしていたことに対して変化は訪れない。
 つまり思考の正常化に伴って、自分の行動の矛盾に『なぜ?』という矛盾が生まれてしまう為に混乱してしまう。
 なぜ、自分達は人質を取って勇者を脅していたのだろうか、と。
 その最中、トラストの勇者は左目を抑えて苦しそうにしていた。
 
「……うわ、申し訳ないことしたわ。優斗の予想通り、勝手に発動するのかよ」
 
 おそらく魔力切れで苦しいのだろう。
 
「えっと、そしたらあれか。封印とかしといたほうがいいな」
 
 修は頭を掻きながら、防御壁を解除して再びエクトに近付く。
 周囲は自分達の行動の矛盾に混乱している為、彼の行動に意識が回らない。
 
『求め封ずるは厄災の理よ』
 
 その隙に修は詠唱する。
 存在や魔法、全てを封印できる神話魔法を。
 
『災いなるもの全て、我が前から無くすべし』
 
 歩きながら詠み進め、
 
『厄なるもの全て、我が前から消し去るべし』
 
 エクトの眼前に立つと、右手を苦しんでいるエクトの左眼に翳す。
 
『しかし消し去り無くすこと出来ないのならば、せめて一時の安寧を』
 
 魔法陣がエクトの眼前に広がり、そして左眼に吸い込まれるように消えていった。
 
「これ以上、辛くはならないはずだぜ。まあ、新しい眼帯が出来てお前が真っ当になったら連絡してくれな。解除してやっから」
 
 続いて周囲の混乱を解決しようとした……が、背後から聞こえた足音を耳にすると踵を返し、修はアリーの下へと戻っていく。
 そしてリライトの勇者と代わるように、一人の少女と男性が兵士達の前に立った。
 メアリとトラスト王だ。
 
「狼狽えるな!!」
 
 トラストの王女が一喝するような大声を張り上げた。
 
「よいか! 今、お主達が混乱しているのは悪い影響を与える魔法をその身に受けていたからじゃ!」
 
 周囲の視線がメアリに集まる。
 彼女はさらに大声で言い聞かせるように伝えた。
 
「そして、その魔法は今し方にリライトの勇者が消し去ったのじゃ! 故に一つ前の行動に対して『なぜ!?』と思うことはないのじゃよ!」
 
 人質を取り、各国の勇者を脅していたこと。
 隙あらば攻撃をすることに何の疑問も抱いていなかったこと。
 特にエクトの周りを囲んでいた兵士達が一番混乱しているからこそ、メアリは叫ぶ。
 
「その矛盾は全て、トラスト王の不徳の致すところじゃ! つまり抱いている罪悪感も何もかも全て、トラスト王が背負うべきものでしかない!」
 
 彼らは影響を受けていただけだ。
 誰も彼も悪くない。
 
「今は家へと戻り、ゆっくりと休むのじゃ。そして明日、心が少しでも落ち着いた時にトラスト王がお主達の惑いも何もかも説明するのじゃよ」
 
 何があったのか。
 何があってしまったのかを。
 
「皆、ご苦労! 今日はこれにて解散とする!」
 
 そしてメアリの響き渡る声は確かに兵士達の耳に届き、彼らは惑いながらも各々が言われた通りに家へと戻っていく
 けれど二人だけ、その場に留まって動けない。
 いや、トラストの勇者は魔力の消費が激しかったので立つことも出来ず地面に蹲り、聖女はへたり込み虚ろな様子で何の動きも見せない。
 
「エクト、セシル」
 
 メアリは二人の前に立つと、憐憫の視線を向ける。
 この二人がどうなっているのか、それは誰にも分からない。
 今までのままかもしれないし、そうではないかもしれない。
 けれどこの二人は確実に被害者だ。
 トラストという国の落度による、紛う事なき被害者。
 
「二人とも。しばしの間、眠るのじゃ」
 
 メアリはエクトとセシルに軽く衝撃を与える。
 すると、それだけで二人は事切れたように気を失った。
 
「父上。私はこれにてお役御免で構わんじゃろう? これ以上、トラストの政に関わろうとは思わんのじゃ。しゃしゃり出れば父上はおろか兄達のメンツも潰してしまうし、面倒しか待っておらんからのう」
 
「すまない。助かった」
 
「別に構わないのじゃ。他国へ貢ぎ物となっている私が出来る、最後の事じゃからのう」
 
 そしてメアリはトラスト王に二人のことを預けると、修とアリーのところへ駆け寄る。
 アリーは彼女との面識がないので、とりあえず確認を取った。
 
「えっと……おそらくトラストの王女様だとは思うのですが、貴女は?」
 
「ん? そういえば自己紹介がまだじゃったな。一応はトラストの王女、メアリじゃ」
 
 メアリはそう言いながら、修とアリーに感謝の意を込めた握手をする。
 
「我が母国を救ってくれて感謝するのじゃ。リライトの勇者にアリシア王女」
 
「こんなの救ったなんて言わねーよ。あくまで楔を撃ち込んだだけだ。救うにしちゃ、中途半端にも程があるだろ」
 
「いや、誰も出来ないことをリライトの勇者は行ってくれたのだから、救いだと私は思うのじゃ」
 
 このままいけば、トラストは近いうちに滅亡していただろう。
 けれど正しく正常になる為の楔は撃ち込まれた。
 リライトの勇者が魅せた御伽噺のような光景によって。
 
「最初から関わっているわけでもないのだから、全てをこの瞬間に解決出来るわけもないじゃろう。しかしお主が糸口を作ってくれたのだから、後は手繰り寄せて解決するだけじゃ。これをリライトの勇者や他の勇者に頼るわけにはいかないじゃろう。というかトラストはお主達に迷惑を掛けすぎじゃ」
 
 長い時間が掛かるかもしれないし、短い時間で終わるかもしれない。
 それでも間違いなく、正しく在る為の処置は始まった。
 なのに全て他国の勇者へおんぶに抱っこ、という訳にはいかない。
 
「頼るのもこれにて終わり。だから感謝しているのじゃ。もちろん謝罪や賠償は父上からしっかりとしたものが行われるだろうから、これは私個人の感謝じゃ」
 
 メアリが笑みを浮かべる。
 すると続々と修達のところへ勇者が集まってきた。
 これ以上、自分達は動く必要がないと分かったからだろう。
 
「お疲れ様、修くん」
 
「おつかれ~、修センパイ」
 
 まずは正樹と春香が労いながら肩を叩いてきた。
 次いで源とライトが褒め称える。
 
「存分に魅せてもらったよ。『無敵』の意を持つ力の一端を」
 
「す、すごかったです、リライトの勇者さん!」
 
 さらにモールとイアンがしみじみと感想を述べた。
 
「大魔法士以上にとんでもない光景だったが、全然怖くなかったな」
 
「シュウが何度も勇者である時を見させてもらったが、今日は格別だった」
 
 あれこそがリライトだけでは留まらない『始まりの勇者』の二つ名を持つ勇者の真価なのだと、同じ勇者として思わされた。
 そして最後、アリーも心からの賛辞を修に伝える。
 
「魅せていただきました。貴方の御伽噺を」
 
 大魔法士と共にではなく、彼だけが紡いだ幻想の始まり。
 いつまでも忘れない……というより忘れられるわけがないだろう。
 トラスト全土を包むほどの魔法陣と、光の粒子が舞う視界の全て。
 アリーが見てきた中で、最大の神話魔法が使われたのだから。
 どうしたって惚れ直してしまう。
 
「世界で一番、格好良かったですわ」
 
「……おう、そりゃよかった」
 
 修の間近でアリーの笑顔が弾ける。
 思わず修はそっぽ向いて頬を掻いた。
 
「どうされました?」
 
 いきなり真横を向いてどうしたのだろうか、とアリーは首を捻る。
 けれど春香がニヤニヤしながら修をからかった。
 
「あれ~、修センパイ照れてる?」
 
「う、うるせえぞ春香!」
 
 とはいえ顔を赤くさせながらだと、何一つ反論になっていない。
 正樹とイアンが顔を見合わせて苦笑した。
 
「図星だね」
 
「図星のようだ」
 
「正樹もイアンも黙れっつーの!」
 
 修は懸命に大声を張り上げながら、跳ね上がった動悸をどうにか落ち着ける。
 そして少しずつ心臓の高鳴りが収まってきたところで優斗達が合流した。
 
「お疲れ様、みんな」
 
 優斗が勇者達に声を掛ける。
 彼の隣に立っていた優希も勇者達一人一人に、面倒なことをして申し訳ないと頭を下げていった。
 特に正樹は自分の為に時間を稼いでくれて、より丁寧に感謝の意を述べる。
 次いでアリーと修の前に立った。
 優希は先ほどの光景を思い出して、尊敬やら何やら思ってしまう。
 加えて当然のこと、優斗を真っ当にしてくれた人達だろうから感謝だってしてしまう。
 だが、気に掛かることもあった。
 
 ――そ、そういえばアリシア様は宮川優斗以上に極悪な人なのですよ。
 
 はとこが言っていた。
 彼女は自分以上の極悪だと。
 つまるところ、感謝の言葉を間違えたらトラストの勇者達のように冷酷非道で暴虐の如き言葉を浴びせられるかもしれない。
 
「…………」
 
 思わず緊張で声が出なくなってしまい、彫刻のように固まった。
 
「ユキさん?」
 
 彼女が急に黙ってしまったので、アリーが心配そうに声を掛ける。
 けれどアガサが黙ってしまった理由を察し、優希の代わりに答えた。
 
「ユキはアリシア様がミヤガワ様以上に極悪な性格だと聞いて、少々怖がっているようです」
 
 説明した瞬間、アリーの眉がつり上がる。
 そして従兄を睨み付けた。
 
「……ユウトさん」
 
「どうしたの?」
 
 飄々とした様子の優斗。
 だがアリーは眉をつり上げたままだ。
 
「どうしたの? ではありませんっ! 絶対にユウトさんの方が極悪ですわ!」
 
「そんなそんな、僕が王女様以上だなんて恐れ多いよ」
 
 にこやかに爽やかに優斗は否定する。
 だから彼女は地団駄を踏みながら、自分以上に極悪なはずの相手を指差した。
 
「こ、この人最悪ですわ!」
 
 優希に吹き込んだ内容が内容だっただけに納得したくない。
 けれど修達は彼女の反応こそ理解不能。
 今日、優斗と全く同じことをやらかしたのが誰なのか覚えていないのだろうか。
 
「どんぐりの背比べだろ?」
 
「五十歩百歩だとぼくも思うけど」
 
「似たり寄ったりだよね」
 
 修、春香、正樹の順に呆れ果てる。
 特に修は先ほどまで顔を赤らめていたのに、優斗とのコントを見たからか赤味が完全に引いて通常モードになっていた。
 春香と正樹は彼の様子を見て、本気でアリーが可哀想に思えて仕方ない。
 
「あっ、修センパイが戻っちゃった」
 
「ボクが言うのもなんだけど、本当に残念な感じだね」
 
 牛歩のような速度でしか、進展しないのだから。
 
 
 



[41560] lost brave:それは「救い」とは呼ばず
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:e380c349
Date: 2016/01/04 17:01
 
 
 
 
 いつからだろうか。
 エクトには聞こえなくなっていた『声』がある。
 
 “勇者で在れ”
 
 まるで囁くように心に突き刺さる。
 自分は勇者で在らねばならない、と。
 ずっと言われるがままに動いてきた。
 そして動いて、動いて、動いていると……いつの間にか『声』は聞こえなくなっていた。
 故に『トラストの勇者』である自分の成すべき事を――『世界を平和にする』という大義の為に動いた。
 だから『世界の平和』の為の障害は全て取り除く。
『世界の平和』の為に動いている自分が唯一正しく、障害となる発言や行動は全て正しくない。
 周囲の人間は自分に付いてきた。
『完璧なる者』だと賞賛し、『聖なる勇者』だと崇拝してきた。
 そのことに関して良い気分であったのは間違いない。
 偽りざる“自分自身の感情”だ。
 そして『世界の平和』をどう捉えたのかは、紛うことなく自分の思想だ。
 
 だから他の勇者と相容れなかった。
 だから……リライトの勇者と王女は自分に立ちはだかった。
 
 力と言葉、両方が通用しなかった。
 自分とセシルは何もかもが駄目だった。
 反論する術を持っていなかった。
 けれど『世界の平和』の為には、彼らの考えは不要。
 だから言うことを聞かせる為にどうするのかを考え、まずは話し合いの場に連れ出す必要があった。
 なので一番連れ出すのに容易なヴィクトスを最初に選び、そして一人だけでも連れてくればいい。
 それだけで『世界の平和』の為に言うことを聞かせられるはず……だった。
 けれど失敗に終わった。
 いや、それだけならマシだろう。
 最終的には完全に蚊帳の外だ。
 誰も彼も自分達のことを見ていなかった。
 自分達の背後にあるものを見ていた。
『完全なる者』にして『聖なる勇者』と呼ばれた自分は、誰からも相手にされなかった。
 
「…………」
 
 エクトはゆっくりと目を開けながら、今日起きた出来事も含めて思い返す。
 
「おや? 目が覚めていたのかい」
 
 すると声を掛ける老人がいた。
 
「私はこの国を去る前に君の様子を窺いに来ただけなのだけれど、調子はどうかな? 未だ思考が正常に働かないのであれば、ゆっくり養生するべきだ」
 
「……タングスの勇者」
 
 エクトは横たわる身体そのままに、視線だけを源に向ける。
 自分が『死ね』と言い続けた勇者は、柔らかな様子でエクトの体調を気に掛けてくれた。
 けれど自分は今、どうするべきなのかが何も分からない。
 
「俺は……どうすればいい」
 
 あれほど確固たるものとしてあった『勇者で在れ』という言葉は、ぽっかりと穴が空いたように抜け落ちていた。
 今の自分は何者なのか、理解ができなかった。
 源はエクトの言葉を受けて、素直に思うことを伝える。
 
「大魔法士とフィンドの勇者に、原因となった魔法について聞いたよ。君の身を苛ませることとなった魔法に欠陥があったことも、君が勇者として在る為に持った思想が決して魔法の影響ではないこともね」
 
 つまるところ魔法の影響で『世界を救う』が『支配する』に変わることはない。
 それはあくまでエクトの考えが異常だったということ。
 
「別に辞めてもいいだろうし、どうしてもいいと思うよ。大魔法士と賭けて負けたことを理由に勇者を辞めたって誰も文句は言わないはずだ」
 
 優斗の賭けは生きている。
 ということは、それを理由に『トラストの勇者』を辞めたところで文句は言えない。
 
「君はどうしたいんだい?」
 
「…………」
 
「勇者を続けたいのかな?」
 
「……分からない」
 
「謝りたいのかな?」
 
「……分からない」
 
「だとしたら全部投げ捨てても構わないよ」
 
 何も判断できないのであれば、何もかもを放り出してもいい。
 
「甘いことを言ってしまえば、君に不備はない。神話魔法によって傀儡の身になっていたのだから」
 
「違うっ!」
 
 けれど源の言葉にエクトは首を振る。
 
「……あれは……俺だ」
 
 少なくとも『世界の平和』というものをどう捉えていたのか。
 その為にどのような行動を取ったのか。
 それは全て自分がやったこと。
 
「俺がやったことだ……っ!」
 
 皆と相容れないから、他の奴らが分かっていないのではない。
 皆と相容れないということは、自分がおかしかったということ。
 自分が示す『世界の平和』というものは、確実に皆と違っていたということ。
 
「だから分からないんだ。俺はどうしたいのか……分からない」
 
 心の芯となっていたものが根こそぎ無くなった。
 自分が何者なのか、自分は何なのか、自分は何をすればいいのか、何一つ答えが出ない。
 けれど源は柔らかな口調のまま、エクトに声を掛ける。
 
「だとしたら一番最初を思い出せばいいのではないかな? 異世界人の勇者とは違う君にはあるはずだよ。幼い頃、いずれ勇者になると言われた時にどう思ったのか。君は覚えてるかい?」
 
 エクトは源に問われ、もう朧気しか残っていない過去の記憶を遡る。
 一番最初、勇者になってくれと言われた時のことを。
 
「嬉しい……と思ったはずだ。どれほど苦しくても、どれほど辛くても、この力があったから俺は勇者になれる。だから嬉しかったはずなのに……今の俺はあまりにも勇者と掛け離れている」
 
 けれど自分の行動は勇者と掛け離れている。
 自分が望んだ勇者に自分はなっていない。
 
「……やっぱり俺は勇者に相応しくないんだろう」
 
「そうだろうか? 私は勇者が間違えて選ばれるとは思っていないんだよ」
 
 清廉潔白な人間だけが勇者に選ばれると源は思っていない。
 一つの罪も犯していない人間だけが勇者に選ばれるとも思っていない。
 
「人によっては君を許すな、と。犯した罪を償わせる為に断罪しろと言うかもしれない。間違いを犯した者は、それだけで不穏分子なのだから」
 
 しかしその考えはあまりに潔癖だ。
 聖者しか認めない思想でしかない。
 
「だけど私は甘くていいし、生温くて構わないと思っているんだよ。間違いを犯したからといって全てが君のせいではないというのに、手を伸ばさないのは可哀想じゃないかな」
 
 源は誰よりも長く勇者をしてきたからこそ、そう思っている。
 
「だから君さえよければ、少しの間でも私の下へ来ないか? 私が今まで勇者として生きてきた全てを君に教えよう」
 
 勇者とはどのような存在なのか。
 どのような人間なのか。
 どのように生きていくのか。
 人それぞれの勇者がある中で、誰よりも長く勇者をやってきた自分の生き様を知って、何かを感じ取ってくれればいい。
 
「そして君が救うんだ。この国を」
 
 全てはこれからだ。
 過ちを犯し、今まで築き上げてきたものは壊れた。
 だからといって、再び築けないわけではない。
 
「今度こそ見合えばいいんだよ。『聖なる勇者』と呼ばれ、『完璧なる者』と呼ばれた君に」
 
 しかしそれが救いかと問われれば、確実に否となる。
 
「けれど決して君にとって救いとは呼ばない。苦痛の道を強いることになる。それを背負うのかどうかは、君の意思次第だよ」
 
 素直に勇者を辞めたほうが楽だろう。
 何も考えずに放棄したほうが痛みはないだろう。
 けれど源は『そうしたいのか?』と問い掛ける。
 勇者として選ばれたのであれば、彼にも勇者として大切な魂があると思っているから。
 だから、
 
「……少し、考えさせてくれ」
 
 エクトの返事に源は笑みを浮かべると、部屋から出た。
 そして横を見て壁に寄り掛かっている修に声を掛ける。
 
「甘すぎる、とリライトの勇者は思うかな?」
 
「いいや、そんなこと思わねーよ」
 
 修は背で壁を押し、真っ直ぐに立つ。
 
「それに源ジイも言ってたろ。決して救いなんかじゃない、って」
 
 エクトが原因ではあるが、エクトだけが原因ではないことを背負えと言った。
 ただの謝罪だけで済まないのは分かりきっていることを。
 だから救いとは口が裂けても呼べない。
 
「なあ。一つ訊いていいか?」
 
 修は源と一緒に歩き始めるついでに気に掛かっていたことを尋ねる。
 
「タングスの勇者の意は何だ?」
 
 国を守る。
 他者を救う。
 国それぞれに勇者の意はあるが、源の今までの対応を聞いている限りではどちらも違う。
 どうしてエクトの言葉に耳を傾けていたのか。
 どうしてエクトの思想の間違いに対して、初めて否定したのか。
 その答えに辿り着くのは一つだけだった。
 源は柔らかな表情で修が予想した通りの答えを口にする。
 
「世界を平和にする、だよ」
 
 
 



[41560] all brave:それでも取り戻せた日々を
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:e380c349
Date: 2016/01/04 17:01
 
 
 
 修や源も戻って帰り支度をしている最中のこと、優希は優斗から教えられたことに目を丸くしていた。
 
「は、話してた時には知ってたのですか!?」
 
「うん。アガサさんに教えてもらってたし」
 
「で、でもアガサは気付かないようにフォローしたって言ってたのですよ」
 
「それウソ。じゃないと優希が僕と会わないのは彼女も分かってるから」
 
 正体がバレただけであれほど震えていたのだから、会うわけもなかっただろう。
 けれど今は平然と話している。
 優斗と優希のやり取りを見ながら微笑んでいる彼女的には、最上の落としどころを迎えたわけだ。
 もちろん気にくわなそうに見ている少女もいるが。
 
「あのさ。後ろから突き刺さる視線はどうにかして欲しいんだけど」
 
「気にしないで下さい。結果が結果なだけに文句は言えないけれど、やっぱり気にくわないから睨んでいるだけでしょう」
 
 優斗とアガサが嘆息する。
 というのも、キャロルが未だに優斗へ凄い視線を向けているからだ。
 
「彼女、目の前しか見えないタイプ?」
 
「分かってくれますか?」
 
「僕の後輩にそういうのがいるからね」
 
 もちろん、そっちのほうは優斗が目下改造中なわけで周囲を見るのも上手くなっているが、キャロルは違う。
 アガサが窘めるように、
 
「いい加減、ミヤガワ様を睨むのをやめなさい。ユキとのわだかまりは無くなり、私を助ける為にライトの手伝いもして下さったのですから、我々の恩人と言っても過言ではない方なのですよ」
 
「だ、だけどはとこだからってユキを連れて行くって言うかもしれないですのよ!」
 
 優斗を指差すキャロル。
 けれどアガサは首を捻り、優斗も首を捻る。
 
「そうなのですか、ミヤガワ様?」
 
「いいや、それはない。正直、血が繋がってるから連れていくとか言うつもりはさらさらないよ」
 
 たかだか血縁関係があるだけだ。
 逆に言えば、それだけしかない。
 
「僕には僕の生き方があって、優希には優希の生き方がある」
 
 それを血の繋がりだけで変えようとは思わないし、変えるつもりもない。
 
「僕の歩く道に、優希が常に居ることはない」
 
 共に歩む人達がいる。
 人生を預けてもいいと頼れる家族と共に優斗は歩いて行く。
 だから優希と共に歩むのは、決して自分ではない。
 
「アガサさん……それにキャロル、ライト君。君達は優希の為に頑張ったんだよね?」
 
「当たり前ですのよ!」
 
「だったら、この子には血が繋がっていなくても家族と呼べる人達がいる。僕に刃向かうほど、大切に想ってくれている家族がね」
 
 大魔法士と知って尚、優希の為に立ち向かった。
 やったことは優希側にいる人間として、決して間違っていないと優斗は思う。
 
「僕はあの日、違ったことで優希の『頼りになる兄』になることはなかった。けど……」
 
 優斗は三人に視線を向けて、その中でも一番の年長者に笑みを浮かべた。
 
「この子が望んだ『優しい姉』はここにいる。それはとても幸せなことだと思うんだ」
 
 ポンポン、と優希の頭を叩く。
 そして、
 
「今ある幸せを大切にして欲しい。……なんて、優希から家族を奪った僕が言えることではないかもしれないけどね」
 
 次の瞬間、全員の表情が凍った。
 同時に優斗を馬鹿にするような怒りに変わる。
 修が優希の肩をトントン、と叩く。
 
「優希っつったよな」
 
「はい」
 
「ぶん殴っていいぞ」
 
「分かったのですよ」
 
 優希が腕をぶんぶんと回し、殴る準備を始める。
 けれど優斗には今の展開が理解できない。
 
「修? お前、いったい何を――」
 
「いや~、今の言葉はないわ」
 
 修は優斗に近付くと右手を掴んでがっしりホールドする。
 
「わたくし、本気で呆れてしまいましたわ」
 
 次いでアリーが左手を取り上げて極める。
 
「……優斗くん。空気読もうよ」
 
 正樹が珍しく嘆息しながら右足を踏みつけ、
 
「優斗センパイ、それはない」
 
 春香が左足を捻り込むように踏みつける。
 4人の攻撃が若干どころではなく痛かったが、優斗は意味が分からない。
 
「えっ? 何でフルボッコに蔑まれてんの!?」
 
 何か言葉を間違えたのだろうかとハテナマークを灯しまくる。
 だから優希は胸を張り、真っ直ぐに優斗を指差した。
 
「宮川優斗っ! わたしと貴方はお互いを許したのだから、もう何かを言う必要はないのです! わたしでも分かったのですから減点なのですよ!」
 
 そして顔面にパンチを一発、お見舞いした。
 威力は全然強くないが、それでも痛いものは痛い。
 
「……まったく」
 
 パンチを喰らったことで4人から解放された優斗は、鼻をさすりながら苦笑する。
 
「お転婆はまだ治ってないみたいだね」
 
 今も落ち着きがない性格だとは思っていたが、この一撃で出会った頃のことを少し思い出した。
 
「あと、ごめん。僕が悪かったよ」
 
 さすがに自分を卑下しすぎた。
 先ほどのやり取りを台無しにしかねない言葉は、さすがに悪かった。
 
「いい気味ですのよ」
 
 ざまあみろ、とばかりのキャロル。
 対して優斗は肩を竦める。
 
「やっぱり君は落ち着きがないね。これだと優希が望んでた優しい姉にはなれないんじゃないかな?」
 
「キャロルはお姉ちゃんじゃないのです。騒がしいけど大好きな友達なのですよ」
 
 すると、まさかの優希から否定の言葉が出てきた。
 
「――っ!?」
 
 一瞬にしてキャロルの顔が壮絶に変化する。
 それを見て修、正樹、春香、アリーが淡々と感想を述べた。
 
「おい、抉ったぞ」
 
「抉っちゃったね」
 
「うっわ~、魂抜けてるよ」
 
「ユウトさんの血縁だと考えると、心を抉りにいくのが基本みたいに思えますわ」
 
 本人としては姉の立場としていたかったのだろうが、まさかの本人から否定されて泣きそうになっている。
 優斗はついでとばかりに優希に訊いてみた。
 
「じゃあ、ライト君とアガサさんは?」
 
「ライトは情けないけど大好きな弟分なのです。それでアガサは優しくて大好きなお姉ちゃんなのですよ」
 
 要するに優希が望んだ『優しい姉』とはアガサのことで、他にはいないということ。
 キャロルが半泣きになって優希に問い直す。
 
「ユ、ユキ! どうして私では駄目ですの!?」
 
「キャロル、わたしはまだ宮川優斗に言ったことを許したわけじゃないのです。そんなことする人が優しいお姉ちゃんなわけないのですよ」
 
 確かにアガサとキャロルでは優斗への接し方が違った。
 片方は優希の為に全責任を負って優斗に頼み込み、二人のいざこざを解決しようとした。
 もう片方は優斗が全て悪いのだから、優希から遠ざけようとした。
 となれば結果は歴然というものだ。
 
「こういう風に家族にある意味でシビアなところ、僕と優希は似てるかもしれないね」
 
 くすくすと優斗が笑う。
 と、ここで優希が目を瞬かせた。
 
「宮川優斗にも家族がいるのですか?」
 
「いるよ」
 
「あ、会ってみたいのです!」
 
 凄く興味があるのか、身を乗り出す勢いで優希がまくし立てた。
 優斗は自分の家族のことを優希が知らないことに逆に驚いて、アガサに確認を取る。
 
「あれ? 優希って僕の家族構成を知らないの?」
 
「言ったことはありませんので、知らないかと」
 
「でも前情報とかはいらないのですよ。わたしは会って紹介されて、驚いてみたいのです」
 
 なんて宣いながら、なぜか胸を張る優希。
 というわけで優斗も不意打ちとばかりに、
 
「じゃあ、とりあえず紹介しとくね」
 
 そう言って修とアリーを前に出す。
 
「馬鹿な兄弟その①と従妹」
 
 紹介された二人は手をひらひら、と振って優希に挨拶する。
 
「よろしくな」
 
「よろしくお願いしますわ」
 
 ニヤついているリライトの勇者と王女様。
 当然のごとく優希の目が点になった。
 
「……えっ? えぇっ!? きょ、兄弟は別にいいですけど従妹って何ですか!? アリシア様はリライトの王女様ですよね!? ということは、実はわたしも親戚だったりするのですか!? 王族の血を引いてたりするのですか!?」
 
「ネタ従妹だからそれはない」
 
「そんな従妹が存在するのですか!?」
 
 驚きっぱなしの優希。
 対して修とアリーは彼女の反応に大層満足する。
 
「良いリアクションすんな、優希は」
 
「ユウトさんもこれぐらい素直であれば可愛いのに」
 
「そっくりそのまま返すよ、アリー」
 
 
 
 
 そして他の勇者達とはトラストで解散となったのだが、優希は優斗の家族がみたいと言ってまさかのリライトへ同行。
 そしてトラスティ邸へと到着したのだが、
 
「この人が僕の義母だよ」
 
 優希は邸宅の中に入って広間に案内されると、いきなり優斗に義理の母親を紹介された。
 対してエリスは突然やってきた女の子が何者なのか問い掛ける。
 
「この子は?」
 
「み、宮川優斗のはとこの天海優希なのです!」
 
 ぺこりと頭を下げて自己紹介する優希。
 エリスは自分の義息子が破天荒なことをやる人物なのは重々承知しているが、それでもこれは想像の範疇を超えている。
 
「……えっと、ユウト。どこまでが本当なの?」
 
「向こうの世界にいたリアルはとこですよ。ヴィクトスに召喚されてて、今回の勇者会議で会いました。それで僕の家族が見たいって言って連いてきたんですよ」
 
 あまりにも端的な優斗の説明。
 とはいえエリスも義母だけはあるので、すぐに状況を呑み込む。
 
「だったら私も自己紹介するわね。ユウトの義母のエリス=アイン=トラスティよ。よろしくねユキさん」
 
「よ、よろしくお願いするのです!」
 
 優希がペコペコと頭を下げながら握手する。
 すると広間の扉が音を立てて開いた。
 
「ぱぱ~!」
 
 次いで小さな影が飛び出すと優斗にダイブする。
 優斗はしっかり受け止めて抱っこすると、愛娘を優希に紹介した。
 
「この子が娘のマリカ」
 
「……む、娘!? 宮川優斗の子供ってことですか!?」
 
「そうだよ。ほら、マリカも挨拶は?」
 
 愛娘を促すと、元気よく右手をあげながら叫ぶ。
 
「まいか!」
 
「よく出来ました」
 
 マリカの頭を撫でる優斗。
 その姿が本当に父性爆発させているので、優希も納得せざるを得ない。
 けれど衝撃はまだ終わらなかった。
 今度はとびきりの美人が登場した。
 
「優斗さん、お帰りなさい」
 
「ただいま」
 
 笑みを交わし合う二人。
 けれど、とびきりの美人は優希の姿に気付くと、
 
「えっと、こちらの方は?」
 
「宮川優斗のはとこの天海優希なのです! 初めましてなのですよ!」
 
 優希としては誰だか分かっていないが、とりあえずエリスの時と同じように頭を下げて自己紹介する。
 とびきりの美人は目を瞬かせたあとに微笑む。
 
「初めまして。優斗さんの妻のフィオナと申します」
 
「……つま?」
 
「はい。妻です」
 
 とりあえず大魔法士の奥さんモードで優希に接するフィオナ。
 けれど優希は理解の許容を越えた存在が連続して、あたふたし始める。
 
「み、宮川優斗のお嫁さんなのですか!? というかすっごく美人なのですよ!!」
 
 常に年齢以上の冷静な様子を見せている優斗と違い、年相応の優希に思わず周囲も顔が綻ぶ。
 そしてしばらく優希を交えて談笑していると、遊びから帰ってきた一人の女の子が広間にやってきた。
 
「ただいまなの」
 
 現れたのは幼い少女。
 あの日、あの時の優希と『同じ歳の女の子』がそこにいた。
 優希も新しく登場した女の子に気付き、優斗に問い掛ける。
 
「この子は……?」
 
「僕達と同じように召喚された日本人で――僕の『妹』だよ」
 
 瞬間、優希の鼓動が僅かに跳ねた。
 
「……いもうと?」
 
「うん。愛奈、挨拶できる?」
 
 優斗が促すと彼の妹は頷き、ぺこりと頭を下げて優希に挨拶する。
 
「あいな=あいん=とらすてぃです」
 
「…………」
 
 けれど挨拶された優希は咄嗟に反応できなかった。
 少し動揺してしまった。
 自分が過去に望んでいたことが、そこにあったから。
 彼女と同じ歳の頃、望んで叶わなかった姿が見えてしまったから。
 
「……ユキ」
 
 様子の変化を敏感に感じ取ったアガサが駆け寄って寄り添おうとする。
 けれど、
 
「大丈夫なのですよ」
 
 優希は笑みを浮かべると愛奈に近付き、軽く屈んで挨拶を返す。
 
「わたしは天海優希。愛奈のはとこなのです」
 
「……はとこ?」
 
「親戚のお姉ちゃん、という意味なのですよ」
 
「ゆきおねーちゃん?」
 
「はい、そうなのです」
 
 頷いて肯定する。
 そして優希は愛奈の顔を見ながら、気付いたことがあった。
 この子は優斗と似ていない。
 フィオナ達と似ているわけでもない。
 おそらく養子か何かなのだろうと思う。
 
「愛奈は今、幸せですか?」
 
「うんっ」
 
 素直に頷いた優斗の妹に優希は再び笑みを浮かべた。
 だから尋ねようと思う。
 
「宮川優斗は……」
 
 あの日、望んでいたことを。
 あの日、違ってしまったから知らないことを。
 自分が別れた道の先にいる、この子に訊いてみよう。
 
 
「“ゆうにい”は頼りになりますか?」
 
 
 そして答えは自分が考えている通りだった。
 愛奈は迷うことなく首を縦に振る。
 
「おにーちゃんはすごいの。あいなのこと、助けてくれたの」
 
 やっぱりだ、と優希は思った。
 きっとこの子には悲惨な過去があったのだろう。
 けれど優斗が助けたからこそ、彼のことを兄と慕って健やかに育っている。
 手に取るように分かってしまうから、優希も顔が綻んでしまった。
 
「それは良かったのですよ」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 そして優希は他にもたくさんの人達と会い、話し、楽しい一時は終わった。
 トラスティ邸を出て、ヴィクトスに戻る高速馬車に乗っている際、ぽつりと優希は呟いた。
 
「ちょっとだけ……羨ましくなりました」
 
 愛奈と出会った瞬間に“もしも”を考えなかったのか、と問われれば嘘になる。
 あの日、交わることがなかった優斗と自分の関係。
 それが目の前にあったのだから。
 だからといって嫉妬したわけではないし、愛奈のことは本当に可愛い娘だと思っている。
 
「けれど、ちょっとだけです。今のわたしにはアガサやキャロル、ライトがいるのです」
 
 優希には家族がいる。
 騒がしい友人と、情けない弟分と、優しい姉が。
 寂しくなんかない。
 
「また遊びに行けばいいのです。いつでも歓迎するって言ってくれました」
 
 帰り際、優斗が言ってくれたことを思い出して笑みを浮かべる。
 彼は馬車に乗る前に真っ直ぐに伝えてくれた。
 
『僕はアガサさんのように、優希の兄にはなれない。けれどあの時の「僕」のことを、お兄ちゃんのように思ってくれてありがとう』
 
 誰からも好かれていないと思っていた優斗が、自分だけは望んでいたことを知って感謝してくれた。
 だから優希は少し図々しいとは思ったけれど、お願いすることにした。
 
『これからも時々は呼んでもいいですか? 宮川優斗のことを……“優兄”って』
 
『……ん~、時々だったらね。じゃないとアガサさん達に怒られちゃうから』
 
 そして優斗は自分の頭をポンポン、と叩いて見送ってくれた。
 思い切り可愛がるわけでもなく、かといって必要以上に遠ざけるわけでもなく。
 大事な親戚として彼は自分を扱った。
 
「全部が全部、取り戻せたわけじゃないけれど……それでも取り戻せた日々があるのですよ」
 
 話せるようになった。
 顔を見て、笑い合えるようになった。
 それだけで十分過ぎるくらいだ。
 
「だから……」
 
 自分と優斗は一生、兄妹という間柄にはなれないと思う。
 けれど兄ではなくとも、親戚の歳上の人を『お兄ちゃん』と呼ぶくらいは許してほしいと思う。
 確かな形にならないのだとしても、それでも淡い姿として。
 泡沫になった想いは残しておきたいから。
 
「よかったですね、ユキ」
 
 そしてアガサは優希の思いの丈を聞いて、彼女を抱き寄せる。
 
「重荷は取れましたか?」
 
「……うん」
 
「呼べましたね」
 
「……うん。ちゃんと呼べたのですよ、“優兄”って」
 
 もう引っ掛かるものは何もない。
 全部、解決したのだから。
 するとアガサが自らを奮い立たせるように、
 
「しかし私とてミヤガワ様に負けるつもりはありません。ユキが一番大好きなのは姉である私だと自負する為にも、これからもユキと一緒にいますからね」
 
「えっ? 一番大好きなのはアガサなのですよ。宮川優斗であろうと、アガサには勝てないのです。親戚のお兄ちゃんっぽい人がお姉ちゃんに勝てる道理はないのですよ」
 
 きょとんとした様子で優希が反論する。
 
「そうなのですか?」
 
「だってアガサが一番、わたしの為に頑張ってくれたのですよ。一番大好きに決まってるのです」
 
 身を粉にして接してくれた。
 誰よりも親身になってくれた。
 天海優希という少女にとって、一番大切なことを全身全霊で届けてくれた。
 
「忘れないでほしいのですよ、アガサ。確かにわたしが欲しかった『頼りになる兄』は叶わなかった。でも、欲しかったのはそれだけじゃありません」
 
 希ったことは叶っている。
 なぜなら自分が欲しかったのは『頼りになる兄』か『優しい姉』。
 だから満面の笑みで優希はアガサに伝えた。
 
「わたしの『優しい姉』が、ここにいるのです」
 
 




[41560] 話袋:なんてことない一日&イエラート組:夏祭り
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:02da4552
Date: 2016/01/10 18:27
※なんてことない一日
 
 
 
 
 
 
 トラスティ邸の広間で、愛奈とマリカが遊んでいた。
 優斗がほのぼのと二人のやり取りを眺め、ココは時折遊びに参加する。
 そんな時だった。
 突然、ドアが凄い勢いで開き、
 
「悪い子はいねが~!!」
 
「いねが~!!」
 
 仰々しい格好をした馬鹿二人が入ってきた。
 
「……はっ?」
 
「……なんです、あれ?」
 
 ぽかん、としたのは優斗とココ。
 なぜいきなり、こんな怖い仮面を着けた連中が入ってきたのだろうか。
 というか、
 
 ――なぜ、なまはげ?
 
 優斗が目を丸くする。
 妙に服装が気合い入っているだけあって、確かに怖い。
 おかげで愛娘がとてもビックリしていた。
 
「……ぱ…………ぱぱ~~っ!!」
 
 手に持っていた積み木を放り投げて、一目散に優斗へ飛び込んだ。
 そしてぎゅ~っと抱きつき、なまはげ二人を指差す。
 
「こあ~~いっ!」
 
「えっと……うん、怖い怖いね~」
 
 吃驚仰天しているマリカの頭を撫でながら、優斗は開いた口が塞がらない。
 こんな馬鹿なことをするのは、うちの馬鹿共しかいない。
 
「……何してるの?」
 
 一応、問い掛けてみる。
 けれど二人はポーズを取り、
 
「悪い子はいねが~!!」
 
「いねが~!!」
 
 同じ言葉を繰り返した。
 再び唖然とした優斗とココ、ビックリしているマリカ。
 けれど愛奈だけは興味津々に二人の馬鹿を見ていた。
 
「わるいこだと、どうなるの?」
 
 きょとん、とした様子でなまはげに尋ねる。
 馬鹿二人は顔を見合わせると、ココに狙いを付けた。
 
「悪い子は、こうだ~!」
 
「んだ~!」
 
 素早い動きでココに近付き、腕を取って足を掴む。
 そして、思いっきり胴上げした。
 
「ちょっ、シュウ、ズミさん! わたし、スカートです!」
 
 ロングスカートの制服ではあるが、それでもスカート。
 うっかりと見られてしまったら淑女としてはいたたまれない。
 だが、
 
「ウサギのバックプリントに興味はねぇだ~」
 
「ねぇだ~」
 
 気にせずなまはげ達は胴上げを続ける。
 というかココはそれ以上に看過できないことを聞いた。
 
「ええっ!? なっ、っていうか今日は違います!」
 
「ただの勘だ~」
 
「むしろ時々履いてるって暴露ってる馬鹿がいるだ~」
 
「は、はめられたんです!?」
 
 何のコントだろうか。
 優斗はしがみついているマリカの背をポンポンしながら、呆れた様子を隠しきれない。
 隠すつもりもない。
 一方、愛奈はなまはげの厳つさより胴上げの楽しさに目を輝かせる。
 
「わるいこじゃないと、だめなの?」
 
 良い意味なのか悪い意味なのかは分からないが、とりあえず剛胆である愛奈。
 なまはげにも物怖じせずに尋ねる。
 馬鹿二人はココをキャッチし、再び顔を見合わせる。
 そして、
 
「良い子でもやるだ~」
 
「やるだ~」
 
 ココを地面に下ろすと、今度は愛奈を捕まえて胴上げを始めた。
 
「……妹の期待に負けるなよ」
 
 優斗が呆れを通り越して、呆れ果てる。
 胴上げされて喜んでいる愛奈は可愛いものの、あんな風になるなまはげは、確実になまはげとは呼べない。
 
「だけど、なまはげって確か……」
 
 悪事があれば釈明して、酒を振る舞わなければいけないはずだ。
 優斗は顎に手を当て考えると、マリカを抱っこしながら少し広間から離れる。
 そして酒瓶を何本か持ってきた。
 ちょうど愛奈の胴上げも終わったところらしく、楽しかったと満足している。
 というわけで、
 
「へい、そこのバカコンビ」
 
 振り向いたなまはげに優斗は酒瓶を突きつける。
 
「なまはげの格好したら酒飲まないと駄目だよ」
 
 満面の笑みを浮かべる。
 もちろん度数は高い。
 修と和泉も一瓶飲み干せば、容易に潰せる。
 
「うちの娘ちゃんをとってもビックリさせたんだから、覚悟は出来てるよね?」
 
 つまり飲み干すまでは終わらせない。
 完全に酔い潰す。
 親バカを炸裂させた優斗の前では、似非なまはげなど恐るるに足らず。
 
 
 というわけで次の日、完全に二日酔いとなった修と和泉がグロッキーな様子で仲間に発見された。














※夏祭り:イエラート組
 
 
 
 
 
 
 イエラートの首都では大々的なお祭りがあった。
 克也は目の前にある光景と自分が着ている服装をしげしげと見詰めて、あらためて驚きを表す。
 
「まさか浴衣があるとは」
 
 ルミカによれば、セリアールに異世界人から伝わっているものは多いらしい。
 祭りも出店がたくさん出ていて日本のものと変わらないし、浴衣もそうだ。
 
「そうなってくると『知識チート』とかは中学生の俺だと難しいだろうな」
 
 よくあるものだと、現代日本に住んでいたからこそ得ている知識を使って、内政や技術革新を起こす。
 けれどセリアールとて、魔法科学というものがある。
 加えて内政だって克也的には何か問題があるのか? と首を捻るほどに普通だ。
 というか自分達が使っている科学技術だって『どうやって使うのか』は分かっても『どうやって作っているのか』を全て把握しているとは言い難い。
 携帯などが良い例だろう。
 つまるところ、ただの中学生でしかなかった克也には知識チートなど出来ない。
 
「フっ、しかし俺には隠された力がある!」
 
 そう、精霊術。
 一般的な異世界人のチートとは別種。
 ある意味で格別したもの。
 これは結構、心にグッとくるチートだ。
 そして克也は前髪をファサっと上げながら『刹那』になろうとした……その時、
 
「克也」
 
 聞き慣れた声が後ろから届いた。
 なので克也はすぐに刹那をやめる。
 そして振り向き、
 
「……っ」
 
 彼女を視界に入れた瞬間、少し声を失った。
 今、克也の視界にいるのはミル・ガーレンという少女。
 一つ年上の彼女は黄色い浴衣に身を包み、いつもはゴムで纏めている蜂蜜色の髪の毛を今は赤いリボンで纏めている。
 普段から可愛らしい女の子だとは思っていたが、今日の姿は一段と破壊力が凄かった。
 
「……変?」
 
 ミルが克也の様子を見て、少し不安そうに自分の身なりを確認する。
 なので首を振って否定した。
 
「いや、普段と違う格好だから驚いただけだ」
 
 一つ深呼吸をして高鳴った心臓を落ち着ける。
 そしてミルの背後を確認した。
 
「朋子とルミ先はどうした?」
 
「あとで、合流。トモコが射的、やりたいって」
 
「……何を考えてるんだ、あいつは」
 
 今回、待ち合わせ形式を取ったのは朋子の提案だ。
 なのに提案者が来ないとは、どういうことだろうか。
 
「まあ、気にしても仕方ない。俺達も祭りを楽しもう」
 
「うん」
 
 
 
 
 一方。
 彼らから離れた場所ではうねうねと動く物体が一つと、物体を必死に宥める女性の姿があった。
 
「ト、トモコちゃん。駄目ですよ浴衣姿で悶えたら。さすがに変すぎますから」
 
「だってだって、あんなにお決まりなやり取りをするなんて思わないわ! なに、どこの恋愛小説!?」
 
 浴衣姿を見て声を失うとか、どこまで“分かっている”のだろうか、自分の兄は。
 確かにミルの姿は朋子から見ても可愛かった。
 だから克也の行動は心から『イヤッホウ!!』と叫びたいぐらいに完璧だった。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 お祭りということで、人が普段よりもたくさん密集して歩いている。
 ということは、
 
「ミル、大丈夫か?」
 
「た、たぶん」
 
 すぐ近くに男性がいることになる。
 いくらか話せるようになったとはいえ、すぐ近くで見知らぬ男性がすれ違う状況が多発するのは、彼女的にかなり厳しい。
 しかも時折、二人の真ん中を通り過ぎる男性もいるのだから不安も増す。
 なのでミルは考えた。
 どうすれば少しでも安心できるか、と。
 
「……あっ」
 
 そして発見する。
 現状において最良の方法を。
 
「克也。ちょっと、腕借りる」
 
 彼の左腕を取り、右腕をぎゅっと絡めた。
 こうすれば自分の意識は克也に向く。
 しかも右半分はベッタリなので、気を付けるのは左側だけでいい。
 真ん中を通る輩は絶対にいないだろう。
 完璧だ、とミルは自画自賛する。
 
「……ミ、ミル? いきなりどうした?」
 
「こうすれば、だいじょうぶ」
 
 安心感が違う。
 自分達の間に隙間はないので、通ろうとする人もいない。
 
「だめ?」
 
「……あ~、その、よく理由は分からないが、これでミルが大丈夫なら駄目じゃない」
 
「じゃあ、こうする」
 
「分かった」
 
 
 
 
 一方。
 
「来たわ、来たわよルミカ! あの二人の無自覚天然ラブ! 何よあれ、もうまさしく恋人みたいじゃない! だけど恋人じゃなくて、しかも自分達が周りにいるカップルと同じことをしてることにも気付いてない!! あー、もう、鼻血出そうになるわ!!」
 
「ト、トモコちゃん。女の子なんですから、はしたないですよ」
 
 周囲からの奇異な視線をものともせずに朋子ははしゃぐ。
 なのでルミカは少々、居心地が悪かった。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 二人で歩いていると、懐かしいものが克也の目に止まる。
 
「凄いな。綿あめまでちゃんとあるぞ」
 
 こっちの世界で出来たのか、それとも異世界人が教えたのかは分からないが驚きだ。
 けれどミルは首を捻る。
 
「わたあめ?」
 
「食べたことないか?」
 
「うん」
 
「だったら買うとしよう」
 
 屋台の前に行く。
 だが買う際にもガッチリとホールドされている左腕。
 克也は財布を取り出すのに四苦八苦しながら、どうにか綿あめを一つ買う。
 そしてミルに手渡した。
 彼女はまじまじと綿あめを見たあと、ぱくりと食べる。
 
「……ふわふわ。あと、甘くて、おいしい」
 
「だろう? 俺も好きなんだ。あと触ったらベタベタになるから気を付けて食べろ」
 
 小さく笑みを零す克也。
 するとミルは手に持っていた綿あめを克也の顔の前に出す。
 
「はい」
 
「……ミル? 千切って食べるから、顔の前に出さなくても大丈夫だぞ」
 
「でも、ベタベタにならない?」
 
「なるとは思うが別に構わない」
 
「だめ。手を洗う場所、近くにない」
 
 そして克也の口に綿あめを近付ける。
 克也も観念して、素直に綿あめを食べた。
 
「ん、美味いな」
 
「うん」
 
 
 
 
 一方。
 興奮が一回りしたのか、ようやく落ち着いた朋子がしみじみと考察する。
 
「綿あめって凄いわ。『あ~ん』だけじゃなくて、間接キスまでできるなんて……。綿あめを甘く見てたわ。甘いのは知ってたけど」
 
「……トモコちゃん。あんまり上手いこと言ってないですよ」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 とりあえず人が多すぎて朋子達と合流することは諦めた克也。
 なのでミルと混雑から抜け、花火がよく見れる場所に腰を下ろす。
 
「打ち上げ花火、ミルは見たことあるか?」
 
「ううん。楽しみ」
 
 ミルが僅かに顔を綻ばせた。
 
「克也」
 
「どうした?」
 
 克也が優しい声音が聞き返すと、ミルは夜空を見上げながら嬉しそうに伝える。
 
「わたし、今、たくさん経験してる。克也達と一緒にいる、おかげ」
 
 三人と一緒にいるから、自分は色々なことを初めて知ることができる。
 
「克也といること、本当に嬉しい」
 
 何よりも彼と一緒に過ごす日々が本当に大切だ。
 特別の出会いをしなかった『特別』な男の子。
 正樹とも、優斗とも、卓也とも、クリスともクラスメートとも違う。
 だから誰よりも近付ける。
 今だってずっと腕を組める。
 
「……ミル」
 
 克也が彼女の真っ直ぐな言葉に惚けていると、大きな音が響いた。
 ミルと同じように夜空を見上げると、大輪の花が咲き乱れている。
 
「そういえば、伝えていないことがあった」
 
 そして克也は彼女の言葉に応えるように、声を発した。
 別に大声を出す必要はない。
 ミルはすぐ隣にいるのだから。
 
「なに?」
 
 小首をかしげて真っ直ぐに自分を見てくる彼女に、恥ずかしがってないで少しでも本心を伝えようと思う。
 最初に会った時、伝えられなかった言葉を。
 
「……浴衣、似合ってる。可愛くて驚いた」
 
 今も花火の光で何度も照らされる装い。
 誰よりも可愛いと克也は思う。
 ミルは自分の姿を見たあと、彼の言葉を噛み締めるように少し目を瞑る。
 そして頭を克也の肩に乗せて、再び夜空を見上げた。
 
「ありがとう、克也」





 



[41560] 小話㉓:それは一重に彼の為
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:98038cb4
Date: 2016/01/11 17:54

 
 
 
 
 
 トラスティ邸で昼食をとっている時、ふとリルは気付いたことがあった。
 
「そういえばトマトって久々に食べるわね」
 
 最近、この赤くて丸い野菜を食べていない。
 かなり出番がありそうなものだが、久々だということを思い出してリルはビックリする。
 すると優斗が小さく笑った。
 
「いつも卓也と一緒にいるから仕方ないんじゃない?」
 
「どういうこと?」
 
「卓也はトマトの味とか食感とか、全部駄目なんだよ。あとほうれん草も『いつ飲み込めばいいか分からない』とか言って苦手」
 
 卓也の嗜好を熟知している優斗は、普段ロスカに頼んでトラスティ邸の食卓にトマトが出すことはない。
 けれど今日はトマト嫌いな人物がいないので、食卓に出てきたということ。
 
「野菜好きなのにトマトとほうれん草は苦手なのね。知らなかったわ」
 
 リルは苦手ではないので、いつか自分が作る料理で出していたかもしれないので、ほっと一安心する。
 けれど不意に思うこともあった。
 
「ね、ユウト」
 
「なに?」
 
「料理って『嫌いなものでも調理方法で食べられるように出来る』かもしれないのよね?」
 
「まあ、やりようによっては」
 
 ピーマンやニンジンが苦手だった場合を細かく刻んで存在感を薄くする、とかは基本だろう。
 
「ユウトは卓也が食べられるように、とかやらなかったの?」
 
「ほうれん草はどうにかなるかもしれないけど、トマトだけは筋金入りだから面倒」
 
 優斗もかなり試行錯誤することになる。
 それほど卓也のトマト嫌いは凄まじい。
 
「……そうなのね」
 
 リルは優斗の話を聞いて、あることを思い付いた。
 出来るかどうかは分からないが、それでもやりたいと思ってしまったことが。
 心の中で頑張ろうと決意するリル……なのだが、優斗が気付く。
 
「ファイトだよ」
 
「……あんた、人の内心を読まないでよ」
 
「いや、リルが分かり易すぎるんだって」
 
 優斗の話を聞いて、リルが決意の表情を浮かべれば誰だって気付くというものだ。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 翌日。
 リルは王立図書館へと来ていた。
 クリスと和泉も彼女の護衛として来ていたが魔法科学コーナーに行っているので、リルは一人で大量の本と格闘していた。
 もちろん手に取っているのは料理本。
 何冊も読んではどんどんと積み重ねていく。
 
「ほうれん草は他の食べ物と一緒に食べさせればいいと思うのよね。だからグラタンとかいいかも」
 
 そして積み重ねた本から、一番美味しそうなレシピが書かれているものを引き抜く。
 けれど目下、問題なのはほうれん草ではない。
 
「……トマトはどうしようかしら?」
 
 昨日、さらっと優斗にバレたので卓也のトマト嫌いっぷりを聞いてみた。
 すると想像以上に酷い状況だということを知ってしまう。
 
「味も駄目、食感も駄目、匂いも駄目、か。トマトソースも無駄って言ってたわね」
 
 料理のちょい役で登場したとしても、卓也はエスパーの如く気付くらしい。
 舌の精度が良いのだろうが、だからこそ余計に難しくなってしまう。
 
「……あ~、もう。厄介ね」
 
 トマトが使われている料理をたくさん見たが、どれも却下だった。
 卓也を騙せるようなものじゃない。
 
「ちょっと休憩」
 
 考えが煮詰まってきたので、リルはぐ~っと伸びをする。
 そして頭をからっぽにしながら、積み重ねられた本を視界に入れた。
 我ながらよく、これほどたくさんの料理本に目を通したものだと思う。
 その理由はもちろん単純明快で分かり易く、誰にだって気付かれてしまうものだが、
 
 ――大好きな人の為に料理を作ろうとしている姿を、卓也に出会う前のあたしが見たらどう思うかしら?
 
 リルは当時の自分の性格を思い出して苦笑してしまう。
 
 ――鼻で笑うわ、きっと。
 
 料理なんてしようと思ったことがない。
 好きな人なんて出来ると考えたことがない。
 今の自分の姿を過去の自分に伝えたとしても、絶対に理解されることはない。
 
 ――しかも『世界一の純愛』って言われてることを教えたら爆笑するわ。
 
 本になって、劇になって、誰もが恋い焦がれる物語になっている。
 そんなことを昔の自分が納得できるわけがない。
 
 ――だけど仕方ないわよね。
 
 今の自分は卓也のことが大好きなのだから。
 それだけで料理をすることもたくさんの本を読むことも、全然嫌じゃない。
 最近は料理を作ることも楽しくなってきたし、もっと頑張ろうと思ってしまう。
 と、ここで和泉とクリスがリルに近付いてきた。
 
「調子はどうですか?」
 
 何冊か手に持っていることから、どうやら借りて帰るらしい。
 
「卓也にトマトを食べさせる料理を何にするか決まったか?」
 
 和泉が直球で尋ねてきた。
 リルは今日、図書館に行くことに関して卓也を連れて行くわけにはいかなかったから二人に付いてきてもらったのだが、その意図を教えてはいない。
 
「……あたし、イズミに言ったかしら?」
 
「気付かないとでも思うのか?」
 
「リルさんは分かり易いですから。というより授業中にタクヤのことをこそこそ見ながら、どこかにトリップしたように笑みを浮かべれば『タクヤの為に何かをする』というのは、誰でも安易に想像できます」
 
 クリスにもバレバレだった。
 なのでリルも観念して現状を二人に伝える。
 すると和泉が一つ、助言をした。
 
「前提条件を変えたらどうだ?」
 
「変える?」
 
「トマトを使う料理を探さないほうがいい、ということだ。むしろ全く使わない料理に組み込んだほうが、トマトらしさが無くなると思う」
 
「創作料理をしろってこと?」
 
「そこまでは言わない。しかし全く別のアプローチでいったほうがいいんじゃないか」
 
 相手はあの卓也だ。
 優斗でさえ面倒だと思うトマト嫌いの輩に対して、正攻法で挑むのは得策じゃない。
 
「だけどあたし、そこまで調理が上手くなったわけじゃないわ」
 
 目下練習中の身。
 未だに失敗だってしてしまうのに、ハードルが高いのではないだろうか。
 
「だが最近は失敗も少なくなってきただろう?」
 
 和泉がさらっと事実を述べた。
 リルは若干、顔が引き攣る。
 
「……何で知ってるのよ」
 
「タクヤが嬉しそうにお弁当を食べてる日は、自分が作ってるわけでもリルさんの家の方が作っているわけでもなく、リルさんが作ったものですから」
 
 クリスが補足というより追加口撃をする。
 
「もしかして、あたしが作ったやつとかあんた達も食べた?」
 
「もちろん俺もクリスも優斗も修も貰った」
 
「……恥ずかしすぎて死ぬわ」
 
 今だから余計に思うことだが、失敗した料理というのは中々に恥だ。
 できるなら封印したい記憶だとリルは思う。
 
「最初の頃はサラダなのか野菜炒めなのか分からない、斬新な料理が多かった」
 
 和泉がしみじみと語る。
 特に野菜炒めはデコボコなサイズの上に固かった。
 けれどドレッシングがないことから野菜炒めと判別できた例もある。
 
「炒めるのを失敗しただけよ!」
 
「けれどタクヤはいつも美味しそうに食べてましたよ」
 
 平然と平らげていた。
 今となっては見慣れたが、正直言って驚きの光景だった。
 
「だから出来ると思います。リルさんなら」
 
 クリスが爽やかな笑みを浮かべる。
 和泉も同意だと言わんばかりに頷いた。
 
「……イズミ、クリス」
 
 二人の無条件と言っていいほどの信頼にリルも出来るような気がして、
 
「分かった。やってみるわ」
 
 力強く頷きを返した。
 そして本の山を再び手に取り、トマトが使われていない料理を幾つも読み進めていく。
 
「こういうのは直感でいい。相性とかそういったものを考える必要はない」
 
 和泉からの助言を聞き入れながら、幾つもの料理を目に通す。
 そして、
 
「……あっ」
 
 何十と並んでいるレシピの中から。
 これだったら、と思えるものをリルは見つけた。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 というわけで翌日、優斗を講師として巻き込んで作ってみることにした。
 リルが料理を作るということで、なぜか修とアリーもごはんを炊くことに参加。
 全員がエプロンを着けたところでリルは調理を開始する。
 
「とりあえずトマトは最終的に潰すけど、まずは切り刻んだほうがいいわよね」
 
 包丁でトマトのヘタを取り除いて切り始める。
 優斗がリルの手つきに感心する仕草をした。
 
「どうしたの? マジマジと見たりして」
 
「いや、平然と料理をこなす王女も斬新過ぎると思って」
 
 どこかにいるだろうか。
 冒険しているわけでも何をしているわけでもなく、嗜みとして覚えているわけでもないのに、ただ婚約者が料理好きなので料理が出来るようになった王女というのは。
 リルも自分のおかしさは分かっているので苦笑してしまう。
 
「あたしは降嫁するから、この珍しい姿もあとちょっとよ」
 
「そうだね」
 
「まあ、でも普通はあんな感じかしら」
 
 リルは視線でとある二人の様子を窺う。
 
「お米を“洗う”ですわね」
 
 アリーは米と鍋を見ながら気合いを入れるポーズを取った。
 けれど修がすかさずツッコミを入れる。
 
「石鹸で、とかいうボケはいらねーからな」
 
「まさか修様はわたくしがそのようなことをするとでも?」
 
 するわけがない、とばかりに胸を張るアリー。
 しかし、
 
「僅かに視線が石鹸に動いたの見逃してねーぞ。一瞬悩んだろ、アリー」
 
「……才能を余計なところに無駄に発揮しないでほしいですわ」
 
 案の定な光景があった。
 リルはアリーと修の様子を見て、くすくすと笑う。
 
「王女っていうのは普通、あんな感じよね」
 
 自分の場合は卓也が丁寧に教えてくれるので、二人のようなやり取りはなかった。
 けれどもし自己流でやったとしたら、目も当てられない光景だったろう。
 
「とはいえ、あたしも頑張らないと」
 
 今のリルは料理が出来るようになったとはいえ、まだまだ初心者の域を出ない。
 気を抜いてばかりはいられなかった。
 トマトを切り刻み、すり潰し、さらに汁気を抜く。
 そして薄切りの豚肉を目の前に用意した。
 優斗もここからは注意深くリルの調理を見詰める。
 
「何枚も豚肉を重ねて、その間にすり潰して水分を取り除いたトマトとマヨネーズを和えたものを乗せるんだよね?」
 
「そうよ」
 
「薄く均等じゃないと卓也の味覚だったらトマトを感じるだろうから気を付けて」
 
「分かったわ」
 
 と、ここでリルは不意に思い付いたことを口にする。
 
「ねえ、ユウト。ここにチーズをスライスして入れたら、さらに紛れるかしら?」
 
「同じ層に入れるってこと?」
 
「ううん、豚肉を二枚挟んで上下に入れようと思うわ」
 
 優斗は彼女の提案に少し考える。
 
「いや、面白いと思うよ。相性としては悪くないし」
 
 リルは自分の思い付きが通ったことに喜び、豚肉の間にチーズを挟み込む。
 そして、
 
「小麦粉をまぶし、卵へとくぐらせてパン粉をつける」
 
 優斗から言われた通りにリルは手を動かし、
 
「あとは熱した油に入れて、きつね色になったら完成だよ」
 
 油へと作ったものを投入する。
 あとは様子を見て、油の海から取り出すだけだ。
 一安心したところでリルと優斗は修&アリー組の様子を窺う。
 
「米は研いだから、あとは鍋に火を付けてちょうちょい様子見て完成だな」
 
 コンロの下にあるスイッチを押せば、魔法具によって勝手に火が付いてくれる。
 アリーも頷いた。
 
「も――」
 
「求めることは何もないぞ」
 
「ちょっとした冗談ですわ」
 
「嘘つけや」
 
 
 
 
 
 
 少しして、上手に出来上がった揚げ物がリルの前にあった。
 包丁を使って切ってみると、チーズもとろけていて美味しそうに見える。
 
「成功かしら?」
 
「上手くいってるとは思うけど、実際に食べてみないと何とも言えないよね」
 
 というわけで四人で試食してみる。
 
「……うん。大丈夫じゃないかな」
 
「チーズを入れたの正解だったかもしれないわね」
 
「これ、美味いな」
 
「美味しいですわ」
 
 トマトらしさは感じないように思える。
 とはいえ、内情を全く知らない人にも試食してもらいたい。
 誰かいないか、と探しているとちょうどフィオナとココがマリカとのお散歩から帰ってきた。
 優斗は台所に顔を出した嫁に一切れ、箸で掴むと、
 
「フィオナ、あーん」
 
「はい、あーんです」
 
 突然のことだったが素直に口を開けるフィオナ。
 そしてリルが作った料理を食べる。
 次いでアリーがココの口にも放り込んだ。
 
「感想は?」
 
「とても美味しいですよ」
 
「ん、美味しいです」
 
「トマト入ってることに気付いた?」
 
 優斗の質問にフィオナとココは目をぱちくりさせる。
 
「えっ? いえ、全然分かりませんでした」
 
 首を振って否定するフィオナ。
 
「ほんとにトマト入ってるんです? わたしも全く分からないです」
 
 ココも咀嚼しながら、不思議そうに首を捻る。
 優斗とリルは彼女達の反応にハイタッチした。
 
「これだったらOKだと思う」
 
「そうね」
 
「じゃあ、あとはちゃっちゃとグラタンを作ろっか」
 
「分かったわ」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 料理二品が完成し、夕食に卓也を呼び寄せた。
 
「リルがここで料理を作るって珍しいな」
 
 普段は自分の家でしかやらないので、トラスティ邸でエプロン姿のリルを見るのは卓也も不思議な感じがした。
 席に着き、卓也はリルが運んでくる料理をまじまじと見る。
 
「グラタンとトンカツか?」
 
 おそらくはそうだと思う。
 見た感じ、失敗はなく上手に出来ていた。
 
「えっとね。ほうれん草とトマトを使った料理を作ってみたの」
 
 リルが中身にあるものを伝えると、卓也の表情が若干引き攣った。
 ほうれん草はまだいい。
 味や匂い、食感が嫌だとかそういうわけではない。
 
「……ト、トマトか」
 
 けれど上記に挙げたものが全部入っている食材があると思っただけで、妙に肩に力が入った。
 
「卓也が食べられるように色々と調理方法を考えてみたの。でね、これを作ってみたのよ」
 
「トンカツの中に入ってる……のか?」
 
「正確にはミルフィーユカツだったかしら。自分で調べて、ユウトに立ち会って教えてもらったのよ。これだったら卓也も食べられるかもしれないって」
 
「……だけどトマトか」
 
 美味しそうに見えるとか上手に調理が出来ているとか、そういった次元を越えている。
 “トマト”というだけで、卓也にとっては何であろうとも怖じ気づいてしまう。
 けれどリルもそれは百も承知のこと。
 
「はい、卓也」
 
 皆がいる中で、彼女はミルフィーユカツを卓也の口元に運ぶ。
 
「……マジか」
 
 さらに拷問のような恥ずかしい状況になった。
 二人きりの時だったら、卓也も問題なく食べられる。
 というか照れるけれど嬉しいだけだ。
 しかしまだ自分は優斗やフィオナの領域に立てていないのが事実。
 周囲に人がいるというのに、そこまで羞恥心を捨ててはいない。
 だが、ここで逃げるのは男が廃る。
 例えどれほど嫌いなトマトであろうとも、仲間達と一緒であろうとも、婚約者に『あーん』をやられてしまっては卓也が取る行動は一つ。
 覚悟を決めて口を開けること。
 
「……っ」
 
 放り込まれたミルフィーユカツに対して、最大限の気合いを入れて噛み締める。
 そして迫り来る食感、味、匂いに身構えたのだが、
 
「あれ?」
 
 予想していた全てが感じられなかった。
 今度は自分でもう一切れ、食べてみる。
 
「……食える。というか美味しい」
 
 何もトマトを感じない。
 もう一つ箸で掴んで口に放り込む。
 そして何度も咀嚼し、
 
「……ん?」
 
 ふと口の中に存在した違和感に顔が歪む。
 全身に鳥肌が立った。
 卓也の様子の変化にリルも気付く。
 
「ご、ごめん卓也! 少し形が残っちゃったのかもしれない!」
 
 慌てて水の入ったコップを彼に手渡し、彼の背中をさする。
 卓也はリルから受け取り、流し込むように水を飲み干した。
 一息つき、心配ないことをリルに伝える。
 
「いや、なんていうか運が悪かっただけだと思う。たまたま、そういうのがあっただけだ」
 
 おそらく少し形が残ってしまったやつが、緩和する為のマヨネーズやチーズがないところにあったのだろう。
 
「十分、オレでも食べられるよ」
 
 卓也はリルに笑顔を浮かべながら、今度はグラタンをスプーンですくう。
 
「うん、こっちも美味い」
 
 ほうれん草も入っているが、こっちに関しては味は結構どうでもいい。
 好んで食べるものでもないが、どうにもほうれん草が良いアクセントになっていると感じたのはリルが作ったものだからなのだろうか、と考えて卓也は内心で苦笑してしまった。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 無事に夕食も終わり、トラスティ邸からの月夜が照らす帰り道。
 卓也とリルは寄り添って歩いていた。
 
「わたしの料理、どうだった?」
 
「オレがトマトの入ってる料理を食べられたってことだけで、美味しいってことだよ」
 
 本当に美味しかった。
 卓也にトマトを感じさせないように、かつ料理として破綻しないように作ってあった。
 
「けど、どうして作ろうと思ったんだ? 別に栄養を考えて、とか好き嫌いはよくない、とかじゃないんだろ?」
 
 そういうことにこだわるような婚約者じゃない。
 なのにどうして、やろうと思ったのだろうか。
 リルはちらりと卓也を見ると、少し顔を赤くした。
 
「ほら、優斗も面倒だからって匙を投げてたじゃない?」
 
「そうだな」
 
「だからあたしが作って食べてもらえたら、その、ちょっと優越感だったり……して」
 
 照れくさそうに語る婚約者の姿に、卓也は思わず顔を逸らしてしまう。
 けれどそこでリルが卓也の右手の甲を左手でぎゅっと抓った。
 
「でもあたしの失敗作をあいつらにも食べさせないでよ。すっごい恥ずかしかったんだから」
 
「しょうがないだろ。あいつらとおかずを交換するなんてしょっちゅうなことだしな。それにオレは美味いと思ってたから仕方ない」
 
「なんでよ? あれが美味しいわけないじゃない」
 
「男っていうのは単純なんだよ。女の子の手料理を食べただけでテンション上がる」
 
 例え美味しくなくても、自分の為を想って作ってくれたのなら美味しく思えてしまう。
 特にリルの場合は分かり易いぐらいに卓也の為に作っているから、尚更だ。
 
「しかも朝っぱらからエプロン付けて弁当作ってたら、それだけで何度も惚れ直すって」
 
 エプロン姿の婚約者というのは魅力が三倍増し。
 しかも王女であるリルが、という事柄も加わればさらに倍の六倍増しだ。
 
「あたし以外でもエプロン姿見たら、ドキってする? フィオナとかアリーが手作りのお弁当を作って渡してきたら、テンション上がる?」
 
「馬鹿言うな。惚れ直すって言っただろ」
 
 卓也は手の甲を抓っているリルの手を外すと、指を絡ませて恋人繋ぎをする。
 とはいえリルと同様に照れくさくなったのは変わりなくて、再び顔を逸らしてしまう。
 
「これで返事になるよな?」
 
 卓也がどう思っているか、これでリルには伝わるはず。
 けれど彼女は窺うような上目遣いで卓也を見て、
 
「その、十分過ぎるぐらいなんだけど……」
 
 歩みを進めていた足をゆっくりと止めた。
 同時、逸らしていた卓也の顔もリルへと戻る。
 
「……っ」
 
 彼女の上目遣いが直撃して、卓也の心臓が高鳴った。
 加えて何をして欲しいのか、何となく分かってしまう。
 だから卓也は前を見て、後ろを見て、横を見て、人影がどこにもないことを確認した。
 そして覚悟を決めると僅かに頭を下げる。
 
「リル」
 
 逆に彼女は踵を上げて、少し背伸びをした。
 月に照らされて伸びた影が、ほんの少しだけ重なる。
 
「…………」
 
「…………」
 
 触れ合っていた箇所が数秒後、ゆっくりと離れた。
 互いにどうしようもないぐらい、心臓が大きく鼓動しているのが分かる。
 
「……あ、当たってたか?」
 
「……うん。大当たり」
 
 そしてリルは月明かりでも分かるほどに顔を真っ赤にさせた後、心底幸せそうに卓也の右腕に顔を埋めた。
 
 
 
 
 



[41560] 小話㉔:嘘でもなく、冗談でもなく、本当だと思えること
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:98038cb4
Date: 2016/01/11 17:58

 
 
 とある日。
 優斗はアリーの部屋に入って早々、呼ばれた理由に察しがついた。
 彼の姿を認めて満面の笑みを浮かべたアリーの前には書類の山。
 要するに処理を手伝え、ということだろう。
 
「……アリー。他にも生け贄はいたと思うけど…………」
 
「タクヤさんとクリスさんは用事がありますし、修様とイズミさんは論外です。あとは親友達にお手伝いしてもらうわけにはいきませんわ」
 
 フィオナ達に仕事を手伝ってもらうのは、アリーの感覚的に嫌だ。
 修や和泉は出来るのだろうが、それ以上に真っ当な仕事時間になる気がしない。
 なので選択肢は優斗、卓也、クリスしか存在しなかった。
 そしてたまたま手が空いていた優斗に白羽の矢が立ったというわけだ。
 
「これ、公務関係のやつでしょ。アリーがやるべきものじゃないの?」
 
「重要機密は終わらせたので、あとは手伝ってもらっても構わない書類しか残っていませんわ」
 
「手際が良いことで」
 
 アリーだけしか見てはいけないものは、しっかりと終わらせている。
 というわけで残りをちゃっちゃか処理する為に優斗を呼んだ。
 
「それにわたくしの従兄だったら手伝ってくれますわよね?」
 
「まあ、頼まれたら手伝うけどね。アリーって僕の扱い悪くない?」
 
「何を変なことを。従兄だからこそ使い倒しますわ」
 
 満面の笑みで告げるアリー。
 優斗は大げさに息を吐くと、彼女の頭をポコっと叩いて隣に座った。
 アリーは軽く頭をさすりながら悪戯げな表情を浮かべる。
 
「ユウトさんもわたくしの扱い悪いですわ。これでもわたくし、王女なのに」
 
「従妹相手に気を遣うとか、本気でありえないから」
 
「ですわね」
 
 気軽い応酬をしてから、二人でさっさか書類の山を片付け始める。
 そして手を動かしながらも雑談を始めた。
 
「というか何で書類処理してるの? アリーの今の公務って公の場に出るとか、そういう類いじゃないっけ?」
 
「お手伝い程度には書類の処理もやりますわ。ただ、わたくしの祝日を一分一秒でも稼ぐには応援を呼ぶのが一番ですから」
 
 そういった意味合いではベストチョイスは優斗かクリスになるわけで、どちらか片方が来れば書類の処理は飛躍的に上がるのでアリーは助かるばかりだ。
 
「あっ、そういえばまた大魔法士の嫁に云々言ってきた他国の貴族がいましたわ」
 
「へぇ~、また馬鹿な人達が来たね」
 
「あと半年もすれば全ていなくなるでしょうし、それまで面倒ですが適当に追い払っておきますわ」
 
「ん、お願い」
 
 雑談をしながら猛スピードで書類を処理していき、一時間経った頃には全て片付け終わってティータイムに入ってきた。
 二人がぐっと伸びをしたと同時にティーカップが前に置かれる。
 そして歳重ねた女官が綺麗な所作で紅茶を注いでいった。
 
「アリシア様、ユウト様。本日はお疲れ様です」
 
「ユウトさんがいたので楽できましたわ」
 
「君の性格上、本当に面倒だと思ってただろうからね。僕も助けない選択肢はなかったけど」
 
「あら? 入ってきた時と台詞が違いますわ」
 
「気のせいじゃない?」
 
 気軽いやり取りをする二人。
 そこでふと、歳重ねた女官は気になった。
 アリーの性格はそれこそ、昔と違う。
 仲間達はメッキが剥がれた何だと言っているが、実際はどうなのだろうか、と。
 
「ユウト様から見て、アリシア様はどのような性格だと思われているのでしょうか?」
 
 唐突な質問に優斗とアリーは目をぱちくりとさせる。
 けれど破顔しながら優斗は答えた。
 
「敵になった相手には容赦せず冷酷非道。問答無用で暴論、正論を使用し見下しながら潰す性格」
 
「ユウトさんの自己紹介ですか?」
 
「何一つ間違いなくアリーの性格だから」
 
「それはそれはビックリですわ」
 
「同感としか言えないね。これが王女とか、どこの世界にもいないだろうね」
 
「しかし帝王学などを学んでいると、そうなってしまうのでしょうか? ユウトさんとわたくしがこうなってしまうのですから」
 
「僕が知ってる数少ない王族の中で、アリーみたいな性格の王族は見たことがないけど。というか、そもそも王様が違う」
 
「なるほど。つまりはわたくしが特殊ということですわね」
 
「そうだね」
 
 流れるような掛け合い。
 気安い、という言葉がこれほど似合うやり取りに、歳重ねた女官も表情を和らげる。
 けれどもう一人、アリー付きの年若い女官であるノインが、何かを訊きたそうな顔つきになっていた。
 
「ノインも訊きたいことがあるのであれば、質問しても構いませんわ」
 
 なのでアリーが許可を出す。
 すると彼女は失礼だとは思いながらも、先ほどのやり取りで気になったことを尋ねる。
 
「あの、その、ミヤガワ様に会いに来た方々に会わずして帰すのは、礼儀を欠いているのではないでしょうか?」
 
 彼女的には真っ当だと思っている質問。
 けれどアリーは思わぬ質問にくすくすと笑い声を漏らし、優斗は苦笑いを浮かべ、歳重ねた女官は僅かに驚いた様子を見せた。
 
「どうしてノインはこんなにお馬鹿なのでしょうね」
 
 まさかこんな質問をしてくるとは思わなかった、とアリーは本来とは違う意味で驚愕した。
 
「一応は貴族の令嬢なんだから、お馬鹿呼ばわりは可哀想だと思うけど」
 
「いえいえ。頭が固いのに考え足らずなところがお馬鹿可愛いのですわ」
 
 そしてアリーは一頻り笑ったあと、説明するように言葉をノインへ向けた。
 
「礼儀とは来て下さった方々に贈るもの。少なくとも勝手にやって来た輩に対して必要とするべきものではありませんわ」
 
「しかし、せっかくミヤガワ様に会いに来たのですから……」
 
「違います。彼らは『大魔法士』に会いに来たのですわ」
 
 そして会いに来た理由が理由だからこそ、会わせる必要がない。
 
「二つ名だけを見て、ユウトさんのことを見ていない。わたくしの従兄様をレッテルでしか評価しない輩に渡すなど決してあり得ません。相手が無理矢理にでも押してこようものなら、わたくしと修様で退治しますわ」
 
 そして実際に天下無双は退治された。
 ぐうの音も出ないほど滅多打ちに。
 
「彼に必要なのは『大魔法士』を支える者ではなく、『ミヤガワ・ユウト』を支える者。だからこそ『大魔法士』の二つ名を目当てに彼と結婚しようと画策するなんて言語道断です」
 
 つまるところ、やってくる人達は悉く価値がない。
 だから会う必要すらないわけだ。
 
「そもそも、彼に釣り合う立場で近しい年齢の女性などわたくしぐらいですわ。三大国のうちの一つであるリライトの王女でやっとなのに、他がどれだけ来たところで無意味でしかありません」
 
 立場を狙ってやってくるのであれば、相手にも相応の立場が必要だ。
 まあ、そこを分かっていないからこそ来ているのであろうが。
 するとノインが今までの話を聞いて、明後日の方向に閃いた。
 フィオナが優斗の相手なのは確定であり、しかも超絶愛妻家であることはノインも知っている。
 しかしながら、天文学的可能性というものを考えれば、
 
「も、もしかして、アリシア様とミヤガワ様が――」
 
「――それこそありえませんわ。わたくしとユウトさんは従兄妹ですから」
 
 けれど言い切る前にアリーが言葉を被せた。
 しかしノインは首を捻る。
 
「えっと、でも、その……従兄というのは冗談ですよね?」
 
「冗談といえば冗談です。ですが嘘だと称するにはもう、お互いが馴染んでいますわ」
 
 確かに始まりはアリーの悪戯からで、それを回避する為に吐いた優斗の嘘であることは間違いない。
 でも、今の自分達は嘘が嘘であるとは言い切れないほどに、似通っているところがある。
 
「双子としては違いが大きくて、兄妹と思うには僅かな違和感がある。けれど親戚と呼ぶにはあまりにも遠すぎる」
 
 卓也とココの関係に似ているようで、僅かに違う間柄。
 まるで兄妹のように無意味にじゃれつくことはないけれど、それでも無駄にじゃれつくことが出来る。
 気軽に、気楽に、考えや気持ちが分かる。
 何より決して恋をしないと断言できるほどに近しい存在。
 
「だからわたくしとユウトさんは従兄妹なのだろうな、と。そう思いますわ」
 
 嘘と言えば間違いなくて、冗談と言えばその通り。
 けれど二人のことを知る人達には本当に思える二人の関係。
 優斗もアリーの話に頷きながら「例えば――」と言葉を繋げる。
 
「例えば、どこかで本当に血縁があるのかもしれない」
 
 優斗の血縁が以前、セリアールに来たかもしれない。
 
「例えば、生まれ変わりみたいなものがあるのならば前世で兄妹だったかもしれない」
 
 輪廻転生があれば、そういうことだってあるかもしれない。
 
「例えば、僕がマティスと本当の意味で同類だとしたら――」
 
 優斗が受け継いだのは“力”だ。
 独自詠唱の神話魔法を扱える力と、パラケルススと契約できるだけの力。
 けれど一つ足りない。
 初代大魔法士は“彼女”で、二代目大魔法士は“彼”だからこそ、
 
「――僕が受け取れなかった部分を君が受け取ったのかもしれない」
 
 血ではなく、心でもなく、魂の繋がり。
 あまりにも荒唐無稽で、馬鹿馬鹿しい話ではある。
 間違いなく、ありえないと断言できる話でもある。
 でも、
 
「そんな例え話を考えるのは楽しいよね」
 
 ありえなくて、無駄にしかならないけれど。
 こういうことは考えるだけで楽しいものだろう。
 
「あの、ユウトさん。最後はどのような意味でしょうか?」
 
「自分で考えてみなよ、従妹様」
 
 からかうような調子で返される従兄の声。
 けれどアリーは満面の笑みで、まるで自慢するかのように女官達へ告げた。
 
 
「ほら、こうして平然と意地悪してくるところが、本当に従兄妹みたいではありませんか?」
 
 
 



[41560] 誕生日前①
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:7156347a
Date: 2016/01/17 17:45

 
 
 
 学院も夏休みに入り、トラスティ家一同は避暑地へとやって来ていた。
 数名の家臣を残し、他も全員連れてきての旅行だ。
 まずはマルスの提案により乗馬で散策をする、ということになったので馬の貸し出し及び乗馬訓練をしてくれる場所に皆が揃っていた。
 
「ぱぱ、おーましゃん!」
 
「そうだね~。おーましゃんだね~」
 
 今、マリカと優斗の前ではマルスと愛奈が一緒に馬に跨がっている。
 しかしマルスの様子がおかしい。
 胸に手を当て、どうにも感動しているように優斗からは見えた。
 
「義父さんは何をしてるんですか? というか家臣がいる前なのにマジ感動して震えないで下さい」
 
「仕方ないことだよ、ユウト君。娘と一緒に乗馬をする日が来るとは思わなかったのだから」
 
 どうやらマルスは愛奈と一緒に乗馬をすることに、込み上げてくるものがあるらしい。
 けれど優斗の隣にはトラスティ家の長女が立っている。
 
「フィオナはどうだったんですか?」
 
「……ただ一言、『興味ありません』と」
 
 過去、マルスも誘ったのだろう。
 けれど結果は袖にされた、というわけだ。
 
「……酷いですね」
 
「表情を一切変えないのだから余計、心に突き刺さったんだよ」
 
 確かに息子が欲しかったマルスは本来、色々とやりたかっただろう。
 だが娘だったとしても乗馬くらいは一緒に出来ると思っていたはずだ。
 けれど昔のフィオナは特殊過ぎて、それすらも出来なかった。
 
「そ、その、当時は本当に興味がなかったので……」
 
 フィオナがとりあえずの言い訳をしていると、優斗は妹が背筋をピンと伸ばしていることに気付いた。
 
「愛奈はどうして背筋を伸ばしてるの?」
 
「しゅくじょになるためには、ゆうがにお馬さんにのるの」
 
 そしてマルスが馬に並足の指示を入れると、ゆっくりと馬が歩き出す。
 優斗は気合いを入れている妹の姿に、誰が仕込んだのかを察した。
 というか愛奈を淑女へ教育する人物など一人しかいない。
 
「……ラナさんの教育、半端ないな」
 
「トラスティの子供はラナが教育しているようなものだからね」
 
 エリスも愛奈の姿勢を見て、ころころと笑う。
 けれどエリスやフィオナを教育してきたラナは実際、笑っていいのかどうか悩む。
 
「最近、私の教育がある意味で悪かったのかと考え始めたところです」
 
 エリスもフィオナも絶対的な淑女とは呼べない。
 貴族の女性として正直不味いのではないか、とラナは思っていたりもしている。
 
「けど義母さんもフィオナも淑女を装ったりは出来ますよね?」
 
「淑女とは装うものではありません。なのでアイナ様には正真正銘の淑女になっていただきたいと思っています」
 
「無理じゃないの? だって私の娘で大魔法士が認めた天才よ、あの子」
 
「僕の発言を判断基準に組み込まないで下さい。義母さんの娘であるということが、最大の問題だと思います」
 
 良く言えば柔軟な考えを持ち、海のように広くて深い愛を持っているエリス。
 だが、言い換えれば貴族としては自由奔放すぎる。
 もちろん優斗や愛奈はそこに救われたのだし、他の貴族よりも取っつきやすいので民衆に慕われやすかったりもするから一様に短所だとは言えない。
 ラナもエリスの性格を長所として理解しているのか、言葉にするとしても小言ぐらいだ。
 
「しかしユウトさん。天才というのは他の人よりも少し優れていたりすると、すぐにそう呼ばれたりしますよね?」
 
 ふと気になったことをラナは優斗に問い掛ける。
 幼い頃に天才と呼ばれたのだとしても、歳を重ねるにつれて平凡だと呼ばれていく。
 天才が天才のまま突き進むのは確率的にほとんどいない。
 例え歳を重ねて天才と呼ばれ続けたとしても、そこには普通以上の努力も重ねられているのが基本だ。
 けれど優斗は首を横に振る。
 
「今まで僕は色々と才能のある人と出会ってきましたけど、僕が本当の意味で天才と呼ぶのは二人だけです。だから残念ですけど愛奈も修と同様に徹頭徹尾、天才の名を貫き通しますよ。あの子は『本物』ですから」
 
 優斗はそう言いながら、マルスと一緒に馬に乗って楽しそうにしている妹の姿を見る。
 
「ラナさんのほうがご存じでしょうが、愛奈は一を聞いて十を知り、十を知っては二十と動く。特に魔法のセンスは内田修という人外の異常者を除いたら、世界でも敵う者はいないんじゃないですかね」
 
 あの歳にして上級魔法を見ただけで使用できる。
 それは異世界に召喚された時に付随するチートだけでは説明できない。
 彼女自身の才能が常軌を逸している証拠に他ならなかった。
 
「けれどそれが淑女になれるかどうか、というのは関係ありません。さっきも言った通り、義母さんの娘であることが最大の問題ですから」
 
「そうですね。エリス様の娘であることが一番の問題でしょう」
 
「貴方達、散々な言いようね」
 
「そりゃそうですよ。真っ当な淑女であるというなら、まず僕を義息子にしません」
 
「生まれた時よりエリス様を見続けてきた私はよく分かっています」
 
 もちろん二人とも良い意味で言っているのだが、エリスは何だか釈然としない。
 と、ここでもう馬がもう一頭、引かれてやって来た。
 ちょうどいい、とばかりに優斗はマリカを抱っこする。
 
「よし。それじゃ、マリカもパパと一緒におーましゃんに乗ろっか」
 
「あいっ!」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 一方、ココはラグに呼ばれてミラージュへと来ていた。
 ミラージュ王が待っている会議室へと歩きながら、ココはラグから話の概要を聞く。
 
「ミラージュ王がわたしを呼ぶなんて珍しいです」
 
「明日の龍神様の誕生日の件で呼ばせて貰ったんだ」
 
「マ……龍神様の?」
 
 他国どころか自国でもほとんどの人間に秘匿されている龍神の名前を呼びそうになり、ココは慌てて呼び方を変える。
 ラグは頷いて婚姻相手を呼び寄せた理由を伝えた。
 
「私がココの伝手で龍神様に会った事実は父上に知らせてある。もちろん秘匿性や重大性があることから名前や場所は伝えていないが、それでもミラージュ聖国の王子である私が龍神様に出会った事実は認めたほうが、『龍神様に会わせろ』と言い続けている国内の人間を要所要所で抑えられる」
 
 本来は参拝やら崇めたり何だったりしたい人間も多々いるのだが、ラグがミラージュを代表して会ってきた、とすればそういう輩を表向きは抑えられる。
 基本、やかましい輩はミラージュ聖国の者として龍神の赤子に挨拶しないのは、国として正しい選択とはいえない、といった理屈で話を持ってくるからだ。
 だからそういった人物に対してミラージュ王はラグが内密に会っていることを伝え、ミラージュとしては他国の要人ですら容易に会えない龍神の赤子に挨拶をしているのだから、他国よりも龍神に対してのアドバンテージがある、として彼らの理由を潰す。
 
「つまりわたしが龍神様と面識があるから呼んだんです?」
 
「ああ。いくら会議をしても龍神様に贈る物が決まらなかったから、それならば龍神様と知り合いであるココを呼ぶことにしたわけだ」
 
 と、ここで二人が城内の会議室に辿り着く。
 中に入り、待ち構えている人物に対してココは膝をつき、頭を下げた。
 
「ミラージュ王。わたしに相談事があるとラグフォード様から伺い、はせ参じさせて頂きました」
 
 義理の父を相手にココは丁寧な言葉で挨拶をする。
 優王と呼ばれているミラージュ王は現れたココに笑みを浮かべた。
 
「久しいな、ココ。マゴスの不手際でラグフォードを手放せず、何度も足を運んで貰っているというのに今まで顔を出せずに申し訳ない」
 
「いえ、わたしがミラージュ王の都合を考えずにこちらへ来ていますから、そう思っていただけるだけで幸いです」
 
 実際、ココはラグに会う為に何度もミラージュ城に足を運んでいるが、タイミング悪く忙しかったのか挨拶する機会はなかった。
 するとミラージュ王が少しだけ不満そうな顔になる。
 
「固いな、ココ。書類上ではすでに義父であるのだから、普段の口調で話したといても私は何一つ問題としない。そして出来れば義父と呼んでくれるとありがたい」
 
「いえ、ですが一国の王を相手に言葉を崩すことは義親子関係であったとしても、さすがに……」
 
 普段の面子が面子なので忘れそうになるが、さすがに不味いだろう。
 けれどラグがフォローを入れた。
 
「父上は義理の娘に気を遣われることを良し、とは思わない性格だ。だから私からもお願いしよう」
 
 そう言ってココを促す婚姻相手と、若干落ち込んでいるような姿のミラージュ王。
 二人の姿を見て、ココも苦笑いを浮かべた。
 
「では普段通りにさせていただきます」
 
 頷き、ラグと一緒に席に着く。
 するとココの前に一枚の紙がミラージュ王より差し出された。
 
「まずは幾つか案を絞っているから、それを見て貰っていいだろうか?」
 
 ココは紙に記されている贈り物の案を見通しいく。
 そして列記されている物の率直な感想をするなら、首を捻る物ばかりだ。
 精霊の加護がある宝石や武具、他にも国宝と呼べる書物から広大な土地など、どうしたってマリカを知っているココとしては理解が及ばない。
 
「ミラ……お義父様、ちょっといいです? どうしてこの案が出たんです?」
 
「龍神様に贈る物に対して、平凡な物では駄目だろう?」
 
 なのでミラージュとしては最高にして糸目を付けない贈り物としようと考えている。
 だが、
 
「龍神様は宝石とか興味ないです。精霊の加護が込められた装飾品や武器にしてもそうです。そもそも龍神様は精霊を従える存在であるからして、加護を与えられた物品はあまりにも贈るのに不適合だと思います」
 
 世界的には貴重な物だったとしても相手は龍神。
 それから考えれば貴重品として無意味な物としかならない。
 ラグもなるほど、と相づちを打つ。
 
「確かにココの言う通りか。龍神様は宝石よりも遊び道具のほうがよほど喜ぶはずだ。土地など話にもならないな」
 
 そしてミラージュ王にラグは問い掛ける。
 
「贈り物に我々が選ぶべきは国としての格か、それとも龍神様に喜ぶ物か。父上、どちらにしますか?」
 
 本来ならば紙に列記された案の中から選ぶのが普通だろう。
 しかしマリカは喜ばない。
 だとすれば、どのような選択をするのかはミラージュ王の決断に委ねられる。
 
「なるほど。龍神様といえど、今は人間の赤子の姿だったか」
 
 そしてミラージュ王の決断は早かった。
 
「だとしたらラグフォード、ココ。二人がミラージュの代表として贈る物を選ぶ、というのはどうだろうか?」
 
「……えっと、いいんです? ミラージュ聖国としても重要な事だと思うんですけど」
 
「龍神様が喜ばない物を贈るのに何の価値もありはしない。それに我々が出した案は他国とあまり差異はないだろう。であれば選択すべきは龍神様が喜ぶ贈り物だ」
 
 断言するミラージュ王にココは隣に座っているラグを見た。
 彼も思わずココを見返すが、すぐに頷いた。
 
「では私とココで龍神様への贈り物を見繕うことにします。そして見事、龍神様に喜んでもらうことを誓います」
 
「頼んだぞ、二人とも」
 
 
 



[41560] 誕生日前②
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:7156347a
Date: 2016/01/20 15:17
 
 
 
 
 そしてトラスティ邸では着々と準備が進んでいた。
 数名残っている家臣とマリカの事情を知っている女官や近衛騎士などが、王城より応援に来て色々と動いているのだが、
 
「ア、アリシア様! 我々が準備致しますから、ゆっくりとして下さい!」
 
 無駄にアクティブな王女や異世界人に彼らは手を焼いていた。
 この度、優斗とフィオナの娘にして龍神であるマリカが誕生日を迎える。
 だからこそ真心を込めて準備をしているわけだが、当然のように普段の面々が手伝っていた。
 もちろん騒いでいるのは若い女官や近衛騎士で、トラスティ邸の家臣達は慣れているだけあって半ば諦めムードだ。
 
「わたくしも一緒に準備したいので、問題ありませんわ」
 
 鼻歌を交えながらアリーが段ボールを運ぶ。
 しかし王女に段ボールを運ばせるなど、普通の精神では耐えられない。
 特に王城勤めの皆々様は、言ったところでどうせ聞かないのに騒いでしまう。
 
「私が運びますので貸して下さい!」
 
「別にあと数メートルなので大丈夫ですわ」
 
 アリーは軽やかに歩き、テーブルの上に段ボールを置く。
 そして中から食器やら何やら取り出し始めた。
 
「か、代わりますアリシア様!」
 
 ほとんど無理矢理にアリーを止めて、代わりに食器を並べる若い女官。
 アリーは少し不満げになりながら、しょうがないので次にやる作業を見定めようとする。
 すると守衛長のバルトが広間にやってきて、手伝いを探していそうなので声を掛けた。
 
「バルトさん、お手伝いが必要ですか?」
 
「ええ。明日、花瓶に活ける為の花を一緒に見繕ってもらう方を探していまして」
 
「ではわたくしが手伝いますわ」
 
「分かりました。お願い致します」
 
 流れるように手伝いを申し出るアリーと、お願いするバルト。
 食器を並べていた若い女官の手が止まった。
 
「しょ、少々お待ち下さいアリシア様! 他の者をすぐに呼びますので!」
 
「……まったく。ノイン、他の女官を見なさい。すでに諦めた表情をしているでしょう? 貴女も諦めなさいな」
 
 アリーが周囲を見るように促せば、確かに歳を重ねた女官はすでに諦めているように別の作業をしていた。
 というかアリーと若い女官のやり取りを苦笑しながら見ていた。
 
「し、しかしリライトの王女であるアリシア様の手を煩わせるなど女官の名折れで……」
 
「龍神の誕生日なのに王女もへったくれもありませんわ」
 
 祝う相手が神様だというのに、王族も貴族も何もあったものじゃない。
 すると歳を重ねた女官が若い女官のフォローをした。
 
「ノイン、アリシア様とて貴女を困らせようとしているわではありませんよ」
 
「わ、分かってはいますが……」
 
「貴女はアリシア様付きの女官になって日が浅いから分からないとは思いますが、アリシア様はギルドの依頼を平然と手伝い、天下無双を真っ向から言い伏せ、トラストの勇者を堂々と脅すような王女様です。どこにでもいるような王族であると考えるわけにはいきませんよ」
 
 むしろ『こんな王女がいてたまるか』というのを揃い集めたのがアリーだ。
 しかも本来であれば、問題となるのは彼女だけではない。
 
「加えてアリシア様だけではなく、リライトの勇者であるシュウ様やリステル王族であるリル様、その婚約者であるタクヤ様などはアリシア様と同等の扱いをしなければなりません。しかしシュウ様はクリスト様と先ほどから横断幕を準備していますし、タクヤ様とリル様は料理を作っています。であれば、アリシア様だけに準備をさせないというのはおかしな話でしょう?」
 
 なので諦めるしかない。
 揃いも揃って重要人物が進んで作業をしているのだから、アリーだけを除け者にするわけにはいかない。
 
「それは……そうかもしれませんが」
 
「特にシュウ様と出会ったことが運の尽きです」
 
「えっ、俺?」
 
 同じく広間で横断幕の高さの調整をしていた修が、いきなり話を振られて反応する。
 歳を重ねた女官は当たり前だ、と言わんばかりに頷いた。
 
「アリシア様は一年前より一層輝いていますが、それ以上にお転婆になったのはシュウ様の責任かと」
 
「ちょっと待ってくれよ。半分は優斗だって」
 
 確かにお転婆になった要因の一つとして自分はあるかもしれないが、もう半分は優斗の影響だろうと修は考えている。
 なので頑張って否定してみたのだが、
 
「クリスもそう思うだろ?」
 
「いえ、ぜんぜん思いません」
 
「クリスト様の仰るとおり、それは違います。確実に影響を及ぼしているのはシュウ様です」
 
 けれどさくっとクリスに否定され、念を押すように歳を重ねた女官がクリスの意見に肯定した。
 するとアリーがにやりと笑みを浮かべ、
 
「ということは、修様に責任を取って貰わないといけませんわね」
 
「なんでだよ!?」
 
「純真可憐であったわたくしを修様は染めてしまったのですから」
 
「嘘つけ! 俺はお前を極悪な性格にした覚えは一切ねえよ! しかも自分で純真可憐とか信じられるか!」
 
 修が必死にツッコミを入れてる姿を見ながら、アリーはくすくす笑ってバルトと一緒に庭に出て行く。
 
「……なんつーか、勝てる気がしねぇ」
 
 ぐったりとした様子で修が項垂れた。
 歳を重ねた女官は二人の微笑ましいやり取りに小さく笑みを零す。
 
「それは『始まりの勇者』であられるシュウ様らしからぬ発言ですね」
 
「……俺はどんなに勝ちたいと思っても、あいつとの口論で勝つことは一生ないと断言できる」
 
 
 
 
 一方でキッチンは卓也とリル、ロスカが占領しており、
 
「ロスカ、これはどうすればいいの?」
 
「泡立てをお願いします、リル様」
 
「分かったわ」
 
「とりあえずスポンジは出来たからな」
 
「了解です、タクヤさん」
 
 こっちは慣れたもので、何の問題もなく作業を進めていく。
 その中でもロスカはリルの手捌きに感心した。
 
「しかしリル様もお上手になりましたね」
 
「そう? ロスカに言われたら嬉しいわね」
 
 ボウルの中にあるものをかき混ぜながら、リルは嬉しそうに笑う。
 と、ここで厨房に一組の夫婦がやってきた。
 
「タクヤ、リル様、ロスカさん。お疲れ様だ」
 
「どーも。マリカちゃんの誕生日プレゼント、届けに来たわよ」
 
 ノイアーとケイトがたくさんの野菜を持って厨房の中に入ってくる。
 卓也は二人の姿を認めると挨拶を交わした。
 
「久々だな、二人とも」
 
「おう、久しぶりだ。元気にしてたか?」
 
「オレもリルも元気にしてたよ」
 
「リル様もお久しぶりです」
 
「そうね。会うのは演劇以来かしら」
 
 話しながらノイアーとケイトは、袋詰めして台車に乗せてある大量の野菜を厨房に置く。
 卓也はあまりの多さに目を丸くし、
 
「また、たくさん持ってきたな」
 
「あと五往復ぐらいするぞ。余るぐらいに持ってきてあるからな。明日のマリカの誕生日の食事、野菜とか基本的に全部がうちの村の野菜だ」
 
「それはロスカさんも奮発したな」
 
 マリカの誕生日だから金に糸目を付けていないのかもしれない……と考えたところで、卓也はさっきのケイトの発言を思い出した。
 
「ん? でも誕生日プレゼントってことは……」
 
 ロスカの方を見てみると、トラスティ家のコックは苦笑いしながら頬を掻く。
 
「お金は払うと言ったのですが、ノイアーさんが固辞しまして」
 
「当たり前だ。村を救ってくれたユウトの娘の誕生日だから村のみんなが大はしゃぎして渡してくれたし、何よりユウトはオレの大事な友人なんだ。友人から金を取るバカはいない」
 
 村の恩人である優斗の愛娘が誕生日を迎えるのだから、こういう時ぐらいはノイアーも良い格好をしたい。
 
「それにロスカさん、いつもたくさん買ってくれてるからな。別に貧乏じゃないんだ」
 
 直接売買をしているから通常より安く買えるのだが、それでもロスカは最初に取引した量より倍以上の野菜を買ってくれている。
 
「ノイアーさんの村の野菜は女性の方々から好評なんですよ。美味しいですし、肌が若返ったらしくて」
 
 結果、取引量が段々と増えていった。
 卓也はなるほど、といった様子で相づちを打つ。
 
「女性にとって肌年齢は死活問題か」
 
「しかもたくさん食べたところで野菜だから太る可能性は低く、痩せる可能性のほうが高いですから」
 
 基本的に良いこと尽くめだ。
 するとリルも卓也と同じようになるほど、と頷いた。
 
「だからケイトも子供を一人産んでるのに、スタイル良いのね」
 
 リルはまじまじとケイトの全身を見る。
 とても子供一人を産んだとは思えないほどに整っていた。
 
「食事以外に気を付けたことはないの?」
 
「いや、なんていうか普通に食事して農作業してたら勝手に元の体型に戻っちゃって」
 
「なるほどね。農作業って場合によっては重労働って聞くから、良い運動になってるのかもしれないわね」
 
 リルは興味深そうにケイトの話を聞くが、卓也はどうして彼女が興味深そうなのか分からない。
 
「体重か? 別に気にすることないだろ」
 
 全く太っていないのに何を真剣に聞いているのだろうか。
 リルは王女様だけあって、世間一般の女性よりもむしろ細い。
 けれど彼女にとっては違うらしい。
 
「大いに気にするわ。確かに今は何を食べたところで学院やレイナに連れられて訓練させられてるし大丈夫だけど、気を付けるに越したことはないのよ。あたしはアリーやフィオナみたいな特殊能力持ってないんだから」
 
 何を食べたところで太りません、という女性からすれば羨ましい能力をリルは持っていない。
 歳を重ねていけば代謝も落ちていくので、いくら今は大丈夫だとしても太る条件は増えてしまう。
 
「あんただって、あたしが将来太ったら嫌じゃないの?」
 
 リルの言ったことを卓也は想像してみる。
 目の前の女の子がでっぷりと太ったら自分はどう思うだろうか。
 
「まあ、限度を超えたらさすがに嫌かもしれないな」
 
「でしょ。だから知っておくに越したことはないのよ」
 
 
        ◇      ◇
 
 
 和泉とレイナは紙袋を持って、王城から出てくる。
 
「初めて近衛騎士で良かったと私は実感した」
 
 レイナは持っている紙袋を見て、しみじみと実感する。
 その視線の意味に和泉も納得した。
 
「確かに思ってた以上に高かった。というか高すぎて俺も若干引いた」
 
「これ自体が魔法具だ。だから相応に高いのだろうが……近衛騎士でなければ金欠になっていたぞ」
 
「アリーの伝手で買ったはいいが、誕生日プレゼントとしては破格になったな」
 
 おそらく仲間内では最高値になっただろう。
 まあ、だからといって気にすることもないが。
 と、ここで和泉は前方に後輩コンビがいることに気付いた。
 向こうも二人の姿に気付き、近付いてくる。
 
「お久しぶりです、レイナ先輩」
 
「久しぶりね、元生徒会長」
 
 ラスターとキリアが挨拶する。
 キリアは二人が手に持っている紙袋に気付き、
 
「イズミ先輩と元生徒会長もプレゼント買ってたの?」
 
「ああ、そうだ」
 
 和泉が紙袋を掲げ、肯定する。
 
「二人も今、選んでるのか?」
 
「そうよ。ラスター君もそろそろ、マリと仲直りしたいみたいだし」
 
 最初の一件でマリカから嫌われているラスター。
 それで未だに嫌われ続けているので、そろそろ仲直りしたらしい。
 なので切っ掛けとして選んだのが誕生日プレゼント、というわけだ。
 
「それで、何にするか決めたのか?」
 
 レイナが尋ねると、キリアは幾つか候補を口にした。
 その中には絵本も選択肢にあったのだが、レイナが止める。
 
「絵本はやめておけ。大魔法士シリーズを描いている作家が最新作をプレゼントする予定だ」
 
「それって先輩に九曜を渡した作家よね?」
 
「ああ。しかもマリカは大魔法士シリーズが大好きで、大体は持っている。父親が父親だからな」
 
「まあ、そうよね」
 
 “現代のお伽噺”が父親なのだから、マリカも好んでいるのも当然だろう。
 
「しかしお前達は明日、あまり長々とはいることは出来ないことを把握しているな?」
 
「分かってるわよ。早めに誕生日プレゼント渡して帰るから。というか居たくないわよ、大物ばっかりいるだろうし」
 
 大魔法士の娘であり、龍神だ。
 どうせいつもの面子以上の人達もやってくるだろうから、キリアとて長居したくない。
 
 
 



[41560] 誕生日前③
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:7156347a
Date: 2016/01/17 17:47
 
 
 
 
 夕空に響く音が止まり、余韻を残すように静寂が包み込む。
 その中で息を吐いた優斗は、少し照れた笑いを浮かべて頭を下げた。
 
「未熟な腕前ですが、ご静聴ありがとうございました」
 
 聴衆である家族や家臣の拍手を耳にしながら、優斗は手に持ったヴァイオリンをケースに入れる。
 そして草むらに腰を下ろすと、背後からエリスがおんぶのように抱きついた。
 
「素晴らしい演奏だったわ」
 
 泊まる別荘の倉庫にヴァイオリンがあった。
 なのでエリスが冗談半分で弾ける人はいるかと質問してみれば、優斗が「異世界と同じであれば弾けますよ」と答えた。
 というわけで優斗の演奏会が始まったというわけだ。
 
「ユウト、本当に何でも出来るのね」
 
「音楽関係はヴァイオリンとピアノだけですよ。それに以前、著名な音楽家に技術はあっても魂が無いから音楽ではなく、音を奏でてもいないと酷評されたことがあります」
 
 芸術関係は特にそうだった。
 技術の他に魂や心、感情を込められる人間こそが一流。
 その点、技術しか習得していない優斗はある意味で二流以下だった。
 けれどエリスはふざけたことを言うな、とばかりに軽く首を絞める。
 
「ユウト。私は『素晴らしい演奏』だと言ったわ。今の貴方は技術が衰えているとしても、しっかりと音を奏でていた。それを理解しない人はいないわ」
 
 そして周囲に同意を求めれば、全員がしっかりと頷いた。
 
「やっぱり私の義息子は格好良いわね」
 
 満面の笑みで優斗を甘やかしながら、エリスはちょうどいいとばかりに家族や家臣に話し掛ける。
 
「いい機会だしユウトに質問したいことがあったら、どんどん言っていいわよ。訊きたいことって結構あるんじゃない?」
 
 大魔法士がいる家に仕えている。
 リライトどころかセリアールに轟く伝説の二つ名を持っている少年が存在している。
 気になったり訊きたいことがあって当然なのだが、普段の生活の中で優斗に質問をする家臣はいない。
 公私は弁えているからだ。
 
「よろしいのですか? 確かに大魔法士の二つ名を継いだユウトさんに質問したい者は多々、いるとは思いますが」
 
 ラナが今一度、確認を取る。
 すると優斗が問題ないと笑みを零した。
 
「皆さんは僕を大魔法士であると知っていますし、別に隠すことはありませんからね。訊きたいことがあれば何でも訊いて下さい」
 
 エリスを背負いながら、優斗が「どうぞ」と言わんばかりに腕を広げて、質問を待ち受ける。
 すると若い家政婦の一人が手を挙げた。
 
「独自詠唱の神話魔法って、どうやって使っているのですか?」
 
 大魔法士で思い付く二大巨頭のうち、一つが独自詠唱の神話魔法。
 それがどういうものかは誰もが知っているところだが、実際のところ大魔法士はどのような手順で使用しているのだろうか。
 期待に満ちた視線で質問をしてきた彼女に、優斗も柔らかい口調で説明を始める。
 
「まずは頭の中で、どういう魔法を放つのかイメージします。フォルトレスとの一件を例にしますが、まず最初に行ったのは星の光を閃光として砲撃する様子を頭の中に浮かべます。そして、それに見合った詠唱を創ります。『輝ける星の数々よ――』といった具合に。あとは詠唱が世界から『言霊』と認識されたものを詠みきる。すると威力上限が無視され、晴れて独自詠唱の神話魔法が完成となります」
 
 単純明快に答えれば、独自詠唱の神話魔法とはこういうものだ。
 家政婦も感心したように何度も頷く。
 
「はぁー。やっぱりユウトさんは異世界人だから、魔法の才能が凄いんですね」
 
 異世界人は総じて魔法の扱いに長けている。
 優斗はその中でも飛び抜けた存在である、と。
 そういうことだろう。
 けれど優斗は苦笑して手を横に振った。
 
「正確にはそういうわけじゃないんですよ」
 
「……? えっと、どういうことでしょうか?」
 
 首を捻るのは家政婦だけではなく、その場にいる優斗以外全員だ。
 正確には違うとは、どういう意味なのか皆が皆目見当付かない。
 なので優斗が補足説明する。
 
「では、魔法の基本からおさらいしましょう」
 
 そう言って、まるで講義でもするように追加で説明を始めた。
 
「魔法は生まれ持った才能、そして努力と研鑽による積み重ねによって上級魔法や神話魔法を使えるようになる。これは皆さんも知っている通りです」
 
 家政婦を始め、納得するように肯定の仕草を全員がする。
 
「けれど通常の異世界人は最初から魔法を扱う才能に長けている。最終的には、そこまで努力していないのに上級魔法を幾つか使えるようになります。僕達はこのように魔法の才能を与えられていることを“チート”と呼んでいます」
 
 実際の意味としては違うとしても、最近はそのような意味合いもチートと呼ばれているので、優斗達も同様にそう言っている。
 
「なので僕はチートっていうのが、どういう理屈で備わるのかを少し考えてみました」
 
 差異がある自分達のチート。
 ということは召喚過程において“何か”があるから、違いが生まれる。
 では、その“何か”とは何なのかを優斗は予想してみた。
 
「まず異世界召喚されている過程において、『魔法を扱う才能が見出される』。これはおそらく当人の基本的な才能が物を言うはずです。そして見出された魔法を扱う才能が『十倍か二十倍』になる。さらに生きてきた中で努力や経験してきたものが、魔法を扱う努力と研鑽に『変換される』。これだったら、例え一しか持っていない才能でも十か二十になるし、最低限の戦う能力は得られる。追加要素としてそこそこの努力をしていれば、さらに能力アップです。最古の召喚陣から召喚される勇者だったら、通常より三十倍か四十倍増しぐらいでしょうかね。これが異世界人が得る『チート』の基本だと思って下さい」
 
 あくまで予想ではあるが、そこまで的外れではないと優斗は思う。
 魔法を扱う才能は生まれるのか、もともと持っているのかは分からないが、どっちにしたところで召喚過程においてブーストが掛かっているのは間違いない。
 でなければ、ほぼ全員が上級魔法を一つでも使えるわけがないからだ。
 と、ここで質問した家政婦はさらに首を捻る。
 
「でしたらユウトさんって独自詠唱の神話魔法を使えるから、魔法を扱う才能と経験や努力によって変換されたものが凄いってことで合ってるんじゃないですか??」
 
「いいえ。実のところを言えば、僕は後者の変換という割り振りが『通常の魔法』に当てられなかったんです」
 
 あまりに異常であったからなのか、そこは優斗にも判断できない。
 けれど考えを詰めていくと“宮川優斗の過去”は通常とは掛け離れた変換をされている。
 
「この世界に現存する『求め――』から始まる通常の魔法と神話魔法。そこに目を向けると、僕は通常の異世界人より少し上の才能を持っているだけ。本当に魔法の才能があるのなら、どんな魔法だろうと使えて然るべきなんですよ」
 
 つまり、と優斗は結論を伝える。
 
「世界に認められている全ての魔法を扱うのが『魔法を扱う才能』として最も正しい。だから修や愛奈はそうなんです」
 
 正しい魔法の才能の持ち主とは、修と愛奈が見本だ。
 
「僕は上級魔法でも使えないものがありますし、詠唱破棄も中級魔法が限界です。ですが独自詠唱の神話魔法を創れる。ということは後者の変換によって、僕はどういうものが与えられたのでしょうか?」
 
 穏やかな口調での問い掛けに家臣達もエリス達も少し考える。
 するとラナが正解に辿り着いたのか手を挙げた。
 
「本来、魔法を扱うためのものに変換されるはず努力や経験が、ユウトさんの場合は独自詠唱の神話魔法を扱うことに当てられた。そういうことですか?」
 
「ラナさん、大当たりです」
 
 優斗は頷く。
 なぜ独自詠唱の魔法を創れて、普通の上級魔法を扱えないのか。
 これは『魔法の才能』や努力の延長線上に『独自詠唱の神話魔法』がないからだ。
 でなければ理屈が合わない。
 
「まあ、メルヘンチックに言い換えることも出来ますけどね」
 
「メルヘンチック、ですか?」
 
 興味津々に若い家政婦が訊いてきた。
 なので優斗も苦笑して答える。
 
「内田修が『求め――』から始まる全ての神話魔法を扱えるなら、同等である僕は似て非なるものである独自詠唱の神話魔法を扱えて然るべきだ、ということです」
 
 やたらめったら小難しい理屈を捏ねなくても、これなら端的かつ分かり易い。
 最後に茶目っ気を出した優斗に全員の表情が緩む。
 さらに若い家政婦は目を輝かせて、
 
「ユウトさんってセリアールに来て一年半ぐらいですよね?」
 
「そうですよ」
 
「だけど私達より魔法に詳しいなんて凄いです!」
 
 元々、優斗達がいた世界に魔法はない。
 なのにも関わらず、この場にいる誰よりも魔法について知識が深い。
 これは本当に驚くべきことだと若い家政婦は思った。
 
「まあ、基本は嫁さんに習ってますしね。それに宮廷魔法士試験を受けますから、そんじょそこらの人達より魔法に詳しくないといけないんですよ」
 
 とはいえ優斗が今度、試験を受けようとしているのは宮廷魔法士。
 自分がいくら真っ当な魔法を使わないとしても、知識としては知っておかなければならないのは当然だ。
 
「だけどいつ勉強なさってるんですか? あまり自宅で勉強されてる姿をお見かけしないんですけど」
 
「授業中、教科書の補助として参考書を机の上に置いておきます。それでガッツリ勉強してるんですよ。基本は授業の延長線上にある内容が主ですけどね」
 
 そうすれば時間が無駄にならない。
 すると今度は若い男性が手を挙げる。
 
「でも、どうしてユウトさんは宮廷魔法士になろうとしてるんですか? もう大魔法士と呼ばれているから、別に宮廷魔法士にならなくてもいいじゃ?」
 
「いやいや、大魔法士はあくまで二つ名であって役職ではありません。勇者のように役職で二つ名というわけじゃないんです。つまり宮廷魔法士にならなかったら、僕は無職そのものです。もちろん異世界人なのでお金は国から貰ってますし、生きるという点では不便しませんけど……さすがに嫌じゃないですか? 無職っていう響きが」
 
 さらにはマルスからも宮廷魔法士になってほしい、と言われた。
 優斗としては義父からの話を無碍にする気もさらさらないので、そのまま宮廷魔法士でいいかと思ったまで。
 と、そこでエリスが思い出したかのように家臣達に“あること”を告げる。
 
「あっ、そうそう。来年になったらユウトもミヤガワ家として邸宅を持つことになるから、三分の一か半分くらいはそっちに移動してもらうからね」
 
 なんだか簡単な引っ越しをするかのように伝えられた言葉。
 しかし内容的にはかなり大事で、優斗は真後ろから聞こえた声に驚きを隠せない。
 
「いきなり何を言ってるんですか? 僕が邸宅を持つことも聞いてませんけど、まず何よりもここにいるのはトラスティ家の家臣です。おいそれと移動させることは駄目ですよ」
 
「大丈夫。問題ないわよ」
 
「いや、問題大ありです」
 
「じゃあ、トラスティ家の人間は手を挙げなさい」
 
 いきなり挙手するように求めたエリス。
 マルス、フィオナ、愛奈、マリカは何のことだがさっぱり分からないが、トラスティ家の人間なので手を挙げる。
 そしてエリスは優斗の手を取って、一緒に挙げた。
 
「ほら、ただの引っ越しよ」
 
 のほほんと言ってのけるエリス。
 さらに駄目押しとばかりに家臣達へ問い掛けた。
 
「貴方達も何か問題ある?」
 
 訊けば、全員が首を横に振る。
 エリスが満足そうに頷いた。
 けれど優斗はそういうわけにはいかない。
 
「義母さん。どこから僕が邸宅を持つという話が出てきたんでしょうかね?」
 
「どこって、国から出てきたに決まってるじゃない。貴方みたいな人間が学院を卒業しても実家暮らしって結構な勢いで変よ」
 
「確かに変かもしれませんけどね。だけど皆さんを別に移動させなくてもいいんじゃないですか?」
 
 なんかもう自分が家を持つことに文句を言えないことは分かった優斗だが、家臣に関しては新しく雇えばいいだけの話だ。
 わざわざトラスティ家から引っこ抜く必要はない。
 けれどエリスは呆れるように、
 
「いいわけないじゃない。もちろん人数的な問題で何人か新しく雇う必要はあるけどね。でも、そもそもうちの家臣ぐらいじゃないとやっていけないわよ、貴方の家なんて」
 
「えっと……どういうことですか?」
 
「だって自国他国問わずに王族がやってきて、シュウ君以外の勇者もいずれはたくさん来るだろうし、異世界人がいつも遊びに来てるのよ。で、家長が大魔法士。うちの家臣みたいに大物に慣れている者じゃないと心臓に悪すぎて倒れるわ。フィグナ家の家臣とか、貴方達がやってくるだけでずっと緊張してるらしいわよ」
 
 要するに慣れの問題だ。
 去年から王女だの異世界人だの公爵家の面々が、いつも遊びに来ている状況。
 普通の神経を持っていたらやっていけない。
 
「しかも貴方、様付けとか面倒だからやめさせるでしょう?」
 
「そりゃそうですよ。家でまで様付けなんて嫌ですし」
 
 現にトラスティ家の人々は皆が優斗のことを『ユウトさん』で呼んでいる。
 
「だけど本当にやってくれるのはうちの家臣だけよ。来年換算だと貴方、異世界人で宮廷魔法士で大魔法士よ。誰が様付けやめろって言って頷く人がいるの?」
 
 公爵より立場が上の異世界人で、リライトでも最高クラスに権威ある宮廷魔法士で、王が土下座するぐらい世界に名だたる大魔法士が家長だ。
 
「まあ、無理にもほどがあるね」
 
 くつくつとマルスが笑い声を漏らす。
 並の心臓どころか屈強の心臓でもかなり辛いだろう。
 
「本来はラナも移動してもらうのが一番なのかもしれないけど、さすがにアイナの教育があるから難しいのよね」
 
 エリスは「どうしようかしら?」と言いながら、優斗の頭に顎を乗せて考える。
 けれどラナが家臣達を見回し、
 
「その点については私が今から育て上げましょう。ミヤガワ家の家政婦長となれば、それは誉れになるでしょうから」
 
 大魔法士が住んでいる家の家政婦長ともなれば、家政婦の中でも憧れのようになるだろう。
 エリスも納得するように頷いた。
 
「だったら守衛長に関してもバルトに言っておこうかしら。誰か育ててもらわないとね」
 
「……義母さん。僕の頭にあご乗せながら頷かないで下さい。地味に視界がブレます」
 
 
 



[41560] 誕生日当日①
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:7156347a
Date: 2016/01/17 17:47
 
 
 
 マリカの誕生日当日。
 王様は続々とやってくる荷物に辟易した様子を見せていた。
 
「……たくさんの贈り物が届いたものだ」
 
 やれ物珍しい生き物やら魔物やら、宝石やら、お金やら、土地の権利書やら、数多の物が龍神への献上品として集まっている。
 その中で王様は眼前に立っている同年代の男に、呆れるような声を掛けた。
 
「しかしだな。リゲルが自ら来ることもないだろう」
 
「龍神が生誕して一年、王自ら出張ってこそ祝いとなるんじゃないか?」
 
 大変そうだ、とニヤついている男。
 彼こそが三大国の一つ、グランドエイム王国の国王だ。
 
「龍神と会わせることが無理なのは分かっているはずだが」
 
「ああ、ちゃんと把握してるぞ」
 
 マリカと会いに来たわけではないと断言するリゲル。
 王様は眉ねを揉みながら、
 
「……本当のところは何をしに来た?」
 
「アリストと酒を飲みに来たに決まってるだろ。うちはリライトと違って固いんだ」
 
 満面の笑みを携えて酒瓶を差し出すリゲル。
 どうやら酒を飲む口実として、龍神の誕生日を利用したらしい。
 
「お前が自由奔放すぎるだけだ」
 
 しょうがない、とばかりに王様はリゲルを広間へと連れて行き、彼の持ってきたワインをグラスに注いでいく。
 そして勢いよく二人で飲み始めた。
 
「やっぱり酒を飲まないとやってられないな」
 
「禁酒でもしているのか?」
 
「だ・か・ら、普通はリライトと違うんだよ。どこの国に酒を飲む為だけに部下の邸宅へと赴く王がいるんだ」
 
「ここにいるだろう?」
 
「……うっわ、むかつく」
 
 軽口を叩き合いながら、二人はワインを凄まじいペースで消費していく。
 
「しかしながらリライトは凄いよな。大魔法士に始まりの勇者だったっけか。そいつらがいてよ」
 
 最強の意を持つ伝説の二つ名と、無敵の意を持つ幻の二つ名。
 その二人が一国にいるのだから凄いという他ない。
 
「確かに凄いとは思うが、彼らの力を我が不用意に使うつもりはない。むしろ無理に何かを強いれば、リライトが二人によって滅ぶからな」
 
 豪快に笑いながら滅亡云々の話をする王様。
 リゲルも王様の反応に苦笑を漏らす。
 
「普通は笑えないだろ」
 
「なに、間違えなければいいだけの話だ。それにシュウもユウトも優しい奴らだ。今の我を慕ってリライトにいてくれるのだからな。王冥利に尽きるというものだ」
 
「だからって自国の勇者にアイアンクローかますのはお前くらいだ。普通はもっと謙虚且つ丁寧に扱うものだろ」
 
 召喚してしまったからには、誠意を以て接するのが異世界人に対する基本だ。
 しかしながらリゲルの目の前にいる王は、謙虚が吹っ飛び丁寧を投げ捨てている。
 
「ユウトもシュウは飛び抜けて優秀ではあるが、シュウを一言で評するなら馬鹿だからな。学院で暴れていれば説教は必要だ。なに、ちょっとしたじゃれ合いと思ってくれればいい」
 
「仲いいな」
 
「もちろんだ」
 
 これほど気安いやり取りを出来るとは、召喚した時点では王様も思っていなかった。
 だが、それが一年以上を掛けて王様が異世界人達と築き上げた絆だ。
 
「そういや大魔法士は優秀な上に品行方正って話だけど、大魔法士をアリシアちゃんの婿には考えなかったのか?」
 
「全く考えてなかった。というより、すでにトラスティ家のフィオナが嫁だったからな。最初から選択肢にはなかったが……」
 
 と、そこで王様が少し難しい顔になる。
 様子の変化に気付いたリゲルが問い掛けた。
 
「どうしたんだよ、アリスト?」
 
「……お前は娘の友人達から『婿はこいつだ』と、まだ恋人同士でもないのに断言される親の気持ちが分かるか?」
 
 全員が全員、アリーの相手を断定している。
 王様も娘の様子からもしかして、とは思っていた。
 だが、それでも全員に肯定されるとは予想していなかった。
 
「も、もしかしてやばい奴なのか?」
 
「いや、我とて好んでいる。アリシアが女王になろうと、そいつが王になろうと我は何の心配もしない」
 
 一切合切心配などしないし、する意味がないほどに二人とも優秀だと保護者目線ではあるが自負している。
 
「だったら何が問題なんだよ?」
 
「焦れったくて張り倒したくなってくるのだ。さっさと付き合えば婚約、その他諸々突き進むものを」
 
「……斬新な親心だな、アリスト。とても王の発言とは思えないぞ」
 
 娘の恋愛を目の前にして、さっさと付き合えと言える親はそうそういない。
 
「というか相手は誰なんだ?」
 
「リライトの勇者――シュウだ」
 
 言ってワインを煽る王様。
 修が義理に息子になるのであれば、王様とて望むところだ。
 むしろ若干ではあるがマルスが羨ましいので、さっさと付き合って婚約して結婚して義息子になればいいとさえ思っている。
 
「……あれ? リライトの勇者って今、一緒に王城で暮らしてるんじゃなかったか?」
 
「だから焦れったい。確か両片思い……というらしい、今の状況を」
 
「なるほどな」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 リライトの商店街などは『祝・龍神生誕祭!』と称して露店などが並ぶ。
 その中でフェイルとエルが見回りをしていた。
 
「やはり大々的な出来事なのだな」
 
「ええ。新たな龍神が生まれた日なのですから、聖地となったリライトに来たがる人は国を問わず多いでしょう」
 
 龍神に会うことは無理でも、その龍神がいる国へと足を運ぶ人間は多い。
 と、そこで見回り中の騎士が露店で食べ物を買っているところを目撃する二人。
 
「ん? あれは……」
 
「私達と同様に巡回中の騎士達ですね。どうやら焼きそばを買っているようです」
 
 エルは溜め息を吐くと、その騎士のところへ行こうとする。
 だがフェイルが止めた。
 
「祭りの見回り中に食べ物を買ってはいけない、という規則はなかったはずだが? それに食べている最中でも周囲へ視線を配ることを忘れていないのだから、問題はないはずだ。さらに言えば、毒味という観点から考えても良いと思うぞ」
 
 ガチガチに縛る必要もない。
 エルもフェイルの話に理解を示す。
 
「……ふむ。確かにそうかもしれませんね」
 
 むしろお腹が空いていて、いざという時に力が出なかったら本末転倒だろう。
 本来なら先に食べておくことがベストだとは思うが、露店で食事を買うことに対してフェイルが言ったように毒味という利点がないわけでもない。
 するとフェイルがすぐ近くにある露店からリンゴ飴を二つ買ってきて、片方をエルに渡してきた。
 
「というわけで、これをエル殿に毒味してもらおう。せっかくの祭りを堅苦しい雰囲気で回っては、周囲も安易に楽しめないというものだ」
 
 気を抜くわけではないが、さりとて重苦しい空気を醸し出して巡回する必要もない。
 フェイルの説得に彼女も僅かに表情を綻ばせた。
 
「仕方ありませんね」
 
 リンゴ飴を受け取ってエルは舐めてみる。
 甘く冷たい感触に、さらに顔が綻んだ。
 
 
 



[41560] 誕生日当日②
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:7156347a
Date: 2016/01/17 17:48
 
 
 
 
 旅行も終わり、トラスティ家の面々は自宅へと戻る。
 玄関を開けると同時にマリカが元気よく叫んだ。
 
「たあいま!」
 
 どうやら家の中に人がいることを察したらしい。
 けれど誰もやってこない。
 
「……?」
 
 少々不思議そうなマリカに優斗は小さく笑みを零し、娘を促しながら一緒に歩みを進める。
 
「じゃあ、マリカがドアを開けてね」
 
「あいっ」
 
 マリカ用の低い位置にあるドアノブに小さな手が掛かり、ゆっくりと開く。
 そしてマリカが広間に入ったと同時、クラッカーの破裂音が響き渡った。
 
『誕生日おめでとう、マリカ!!』
『おめでとうございます、マリカ様!!』
 
 いつもの仲間や家臣、王城の女官などが一斉にお祝いの言葉をマリカに贈る。
 しかし突然のことにマリカがビックリした表情のまま振り返った。
 
「まいか、たんよーび?」
 
「そうだよ。去年のちょうど同じ日、マリカは僕達の娘として生まれました。だから今日は可愛い可愛いマリカが生まれてくれた日だから、みんながお祝いに来てくれたんだよ。生まれてくれてありがとうって言ってくれてるんだ」
 
 ぽんぽん、とマリカの頭を撫でる優斗。
 後ろからはフィオナもやってきて、マリカに笑みを贈った。
 
「そして昨日からの旅行は、私達からまーちゃんへの最初の誕生日プレゼントだったんですよ」
 
「あうっ!?」
 
 再び驚きのリアクションを取るマリカに、その場にいる全員に微笑ましく映る。
 
「ビックリしましたか?」
 
「あいっ」
 
「旅行は楽しかったですか?」
 
「あいっ!」
 
「でしたらパパもママもじーじもばーばも、あーちゃんも家臣の方々もみんなが幸せですよ」
 
 フィオナは優しくマリカを抱きしめると、愛娘をお誕生日席へと座らせる。
 そしてまずは一番手、卓也達がテーブルにケーキを置いた。
 
「オレとリルからのプレゼントはこれだ」
 
 ホールサイズのショートケーキをマリカの前に現れる。
 もちろん飾り付けにはチョコのプレートが中央に存在していて『マリカ、おたんじょうびおめでとう』と描かれてある。
 卓也が綺麗に切り分けて、マリカのところへ持って行く。
 次にリルがフォークで一口分を取って、口元まで運んだ。
 
「はい、マリカ。あ~ん」
 
「あ~」
 
 大きく口を開けてケーキを頬張るマリカ。
 
「おいし~!」
 
 直球な感想が出てきて、思わず卓也とリルがハイタッチする。
 続いてマリカの前に現れたのはラスターとキリア。
 キリアがラスターの肩を叩いて合図すると、彼は耳栓を外す。
 
「もういいのか?」
 
「ええ。余計な会話は終わったからいいわよ」
 
 マリカの詳細を知れば、ラスターもさすがに心臓に悪いだろう。
 というわけで、余計なことを耳に入れないように耳栓をさせていた。
 
「次はわたしとラスター君の番よ、マリ」
 
 二人はマリカの前に立つ。
 しかし、
 
「ぷいっ」
 
 途端に不機嫌になったマリカは横を向く。
 けれどキリアはマリカの頬を手の平で包むように触れると、
 
「マリ、いいからこっち向きなさい」
 
 ぐいん、と真っ直ぐ向かせた。
 マリカの目をしっかりと見据えながらキリアは説明する。
 
「ラスター君は自分がやったことを申し訳なく思ってる。それで今回、マリと仲直りしたくてプレゼントを選んだの。マリは『ごめんなさい』って思ってる人を許さないの?」
 
 問い掛けに対しマリカが頭をふるふる、と横に振った。
 するとキリアは納得するように頷き、
 
「じゃあ、受け取ってやんなさい。わたしからのプレゼントでもあるんだからね」
 
 そう言ってラスターをマリカの前に立たせる。
 ラスターは少し逡巡しながらも、プレゼントを取り出した。
 
「絵を描くのが好きだと聞いているから、画用紙をプレゼントするのがいいと思った」
 
 ゆっくりと、決して危なくないように手渡す。
 マリカが恐る恐るといった感じで画用紙を手に取ると、ラスターはマリカに頭を下げた。
 
「すまなかった。もう二度と邪魔するつもりはないから、許してくれると助かる」
 
 届けられた誠心誠意を込めた謝罪。
 マリカはちょっとだけ右を見て、左を見て、遠くを見て、再びラスターを見る。
 
「らすたー、あいがと」
 
 そして大きな仕草で一つ、頷いた。
 驚くような調子で顔を上げたラスターに対し、マリカはにこっと笑う。
 その様子にラスターは安堵の息を漏らした。
 
「こっちこそ、ありがとう。さすがはミヤガワとフィオナ先輩の娘だな。心が広い」
 
 軽くマリカと握手しながらラスターは下がる。
 キリアは二人のやり取りを満足そうに見届けると、マリカにひらひらっと手を振った。
 
「じゃあね、マリ。また今度ね」
 
 ほっ、と息を零したラスターの頭を小突きながら、キリア達は広間から出て行く。
 けれどまだまだ、プレゼントは終わらない。
 
「じゃあ、次はわたし達です」
 
 ココとラグが前に出てきた。
 そしてプレゼント用の包装紙を丁寧に剥がしていくと、現れたのはキリア達のプレゼントと関連したもの。
 
「じゃーん。わたしとラグからのプレゼントは色鉛筆セットです」
 
「私もマリカ様は絵を描くのがとても上手だと聞いたので、これをプレゼントにしたのだが……いかがでしょうか?」
 
 ラグが木箱のケースを開けて中身を見せる。
 するとマリカが目をまん丸くした。
 
「いっぱい!」
 
「そうです。いっぱい色鉛筆あります」
 
 計225本もある色鉛筆。
 ケースとなっている木材もおそらくは高級なものだろう。
 マリカも何本か手にとっては、嬉しそうに眺める。
 
「気に入ってもらえたみたいでよかったです」
 
「ああ、私も一安心だ」
 
 二人もマリカの様子に目を孤にすると、色鉛筆を片付けて下がっていく。
 入れ替わるように出てきたのはクリスとクレア。
 
「マリカちゃん。自分とクレアからのプレゼントはこれです」
 
 クリスが長方形の代物を四つ、マリカに見せる。
 
「……?」
 
 けれどマリカは何か分からず、頭にハテナマークをたくさん灯した。
 クリスもクレアもマリカの様子に苦笑を漏らす。
 自分達も最初、教えてもらうまでは何なのか分からなかったからだ。
 
「これは写真立て、というものです。この中に写真を入れて飾るんですよ」
 
 クリスは手に持っていた写真を入れてみて、こういうものだと説明する。
 
「和泉から教えてもらい、作ってみました。縁のデザインはクレアがしてくれたんですよ」
 
「マリカ様に合うよう、明るめの色で縁を彩らせていただきました」
 
 作って持ってきたのは四つ。
 つまり四種類の写真を収めて、飾ることができる。
 
「あとで写真をたくさん撮るので、マリカちゃんが気に入った写真をここに入れましょうね」
 
「あいっ」
 
 こくこく、と頷いたマリカの頭を柔らかく撫でて、クリスとクレアは下がる。
 
「そんじゃ次は俺達だな」
 
 修とアリーが顔を見合わせて、前へ進み出る。
 そしてマリカの前に立つと、手に持っていた紙袋からプレゼントを取り出した。
 
「わたくしと修様からのプレゼントは、くまさんですよ」
 
 アリーが自慢するようにマリカに差し出したのはコットン人形。
 しかも色とりどり、多種多様な人形が紙袋の中から出てくる。
 
「俺らにも原因あるだろうけど、今まで女の子っぽい遊び道具があんまりなかったもんな」
 
「というわけでわたくしと修様は、女の子っぽいプレゼントに着目してみましたわ」
 
 そして吟味した結果、プレゼントとして最適だと思ったのが人形だ。
 マリカはくまの人形をまじまじと見て、ぎゅーっと抱きしめる。
 
「おお、気に入ったみたいだな」
 
「あいっ!」
 
「それは良かったですわ」
 
 マリカの上々な反応に大満足して修とアリーも下がる。
 最後、仲間内の中で登場したのは和泉とレイナ。
 
「さて、最後は俺とレイナだ」
 
 二人はマリカの前に立つと持っていた紙袋の中に手を入れ、そこから取り出したものをバッと広げた。
 
「なんと俺達からのプレゼントは龍神戦隊マリカンジャーの公式ユニフォームだ」
 
 手に持った服を広げてマリカに見せる。
 服装は白を基調としており、背には赤いリライトの紋章が入っていた。
 どこぞの二人と同じ公式服だ。
 そこにマリカも気付く
 
「ぱぱ、おしょーい!」
 
「……え~、あー、うん。お揃いだね」
 
 優斗の反応が僅かに鈍い。
 まさかこの服をマリカンジャー公式ユニフォームにするとは思わなかったからだ。
 というかこれから先、この服を着る度に思い出すかと思うと気が抜けて仕方ない。
 しかし和泉はさらにニヤっと笑った。
 
「だがな、これで終わるわけじゃない」
 
 同時、レイナが手に持った紙袋から服を取り出して四人に手渡す。
 
「修、タクヤ、クリス、アイナ。これはお前達にだ」
 
 まったく同じ服装で、違いは背中の紋章の色
 修はいつもの金色で、卓也は薄い緑色、クリスは薄い青色、愛奈は明るい桃色。
 愛奈以外の三人は手に取った瞬間に渇いた笑いしか出てこない。
 けれどどうにか卓也がツッコミを入れた。
 
「……何をするつもりなんだよ、和泉」
 
「とりあえず口上とポーズを考えるぞ」
 
 
 
 
 
 龍神戦隊マリカンジャーの隊員は総勢七名。
 マリカ、修、優斗、卓也、和泉、クリス、愛奈。
 七人は打ち合わせが終わると、それぞれがマリカンジャー公式ユニフォームに着替えた。
 
「やっぱり格好良いですわ」
 
「そう? 卓也とアイナ、マリカは似合ってると思うけど他は微妙じゃない?」
 
 まったく同じ服装の七人が広間に立つと、感嘆や感動さえしているような声が色々なところから漏れてくる。
 だが卓也は思わず額に手を当てた。
 
「……この歳になって、こんなことをやるとは思わなかった」
 
 和泉の企みは確かに楽しいだろう。
 傍目から見ていれば、だが。
 いざ実際に自分がやるとなると気合いを込めないとやってられない。
 
「こういうことは思い切りが必要だ。優斗を見てみろ、あいつはすでに恥も外聞も捨てる気満々だ」
 
 和泉がちょいちょい、と優斗を指差す。
 彼も最初はあんぐりとしていたが、今ではやる気を漲らせている。
 
「あれは親バカだからだろ」
 
 卓也が呆れ果てながらも、それぞれが打ち合わせした位置に立つ。
 何が始まるのかと皆が興味津々で七人を見詰める。
 すると和泉が拳銃を取り出して銃口を上に向けながら、なんかいきなりポーズを取って叫んだ。
 
「異なる叡智――マリカンジャーパープル!」
 
 次いで卓也が右手を胸に置き、
 
「一限なる護り手――マリカンジャーグリーン!」
 
 さらにクリスが右手に持った細剣を前に突き出す。
 
「完全無欠の剣士――マリカンジャーブルー!」
 
 そのまま隣に愛奈が前に出ると同時、和泉が声を出す。
 
「天才魔法少女!」
 
「――まりかんじゃーぴんく!」
 
 可愛らしく愛奈が名乗りながら両手に握り拳を作った。
 その隣で優斗が堂々と右手を前に翳す。
 
「最強の魔法士――マリカンジャーシルバー!」
 
 一歩前では修が左腕を上に掲げた。
 
「無敵の勇者――マリカンジャーゴールドッ!」
 
 さらに修は言葉を続け、
 
「最後に我らがリーダー!」
 
 誰よりも前に立っている龍神が両手を頭上に挙げる。
 
「まいかんじゃーえっと!」
 
 それぞれがポージングをしたが、それだけではない。
 
「この七人こそが最強無敵の龍神戦隊――ッ!」
 
 修の叫びと共に全員で集まる。
 そして轟かせるは唯一無二の単語。
 
「「「「「「 マリカンジャー!! 」」」」」」
 
「あいっ!」
 
 そして再度決めポーズ。
 彼らの前ではパシャパシャ、とカメラの鳴り響く音が聞こえた。
 
「まーちゃん、可愛いですよ」
 
「アイちゃん、キュートです!」
 
「あんた達、もうちょっとポーズをキープしときなさいよ」
 
 フィオナが拍手しながら愛娘の勇姿を褒め称える。
 隣ではココも妹の姿をニコニコしながら賞賛し、リルが全員にハッパを掛けた。
 アリーとレイナはカメラを持ち、写真を撮りながら打ち合わせする。
 
「……ん~、もうちょっと違う角度のものが欲しいですわ」
 
「だったら私はこちらから撮るとしよう」
 
「わたくしは逆から撮りますわ」
 
 互いに少しずつ立ち位置をずらしながら写真を撮っていく。
 何十枚と撮り、アリー達が満足できる結果になったところで最後に全員の集合写真を撮る。
 いつもの面々にトラスティ家に関わる人々が揃って広間の一角に集まった。
 
「はい、それでは撮らせていただきますよ」
 
 若い女官が合図を送ると、トラスティ家一同といつもの面々はレンズに視線を向けた。
 
「えっと、確か……撮る瞬間に言う台詞があるんですよね」
 
 撮る合図を送る為に必要な言葉。
 若い女官は準備が完了すると、全員に向かって声を掛ける。
 
「1+1は?」
 
『にっ!』
 
 瞬間、満面の笑みを浮かべた写真がカメラに映し出された。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 無事に誕生日パーティーも終わり、マリカはつい先ほどまでは貰ったプレゼントをあれこれと触って大喜びしていたのだが、今はベッドでぐっすりと眠っている。
 フィオナは寝付いたマリカに毛布を掛けると、バルコニーでゆったりしている優斗に近付いた。
 
「まーちゃん、今日は大喜びでしたね」
 
「そうだね。みんなに感謝しないと」
 
 優斗はクリスからの誕生日プレゼントである写真立てに、今日撮った写真を入れる。
 写真の中央ではマリカがフィオナに抱っこされながら満面の笑みでピースしていた。
 
「この姿を見ていると、ずっとまーちゃんと一緒にいたい。そう思ってしまうんです」
 
 不意にフィオナが思いの丈を口にした。
 嬉しそうに、けれど少しだけ寂しそうに。
 
「……フィオナ」
 
 優斗も彼女の気持ちは凄く理解できた。
 大切だから、最愛の娘だからいつまでも一緒にいたい。
 痛いほどに分かる。
 けれど、それはどう足掻いても叶わない夢だ。
 いつまでも一緒にいることは出来ないし、いつまでも成長を見届けることも出来ない。
 必ずこの日々は終わる。
 だから優斗は今一度、その“いつか”を言葉にした。
 
「たぶん、マリカと過ごす日々はあと一年もない。おそらくこれが最初で最後の誕生日だよ」
 
 もしかしたら次があるかもしれないけれど、確実にあるわけではない。
 それはフィオナもよく理解している。
 
「……分かってます。まーちゃんは私達の娘ですけど、龍神ですから」
 
 それは絶対に曲がることはなく、どうしようもないほどの真実だ。
 望む望まない関係なく、別れの日は否応なくやってくる。
 
「でも、だからといって私がやることは変わりません。今まで通りにまーちゃんと過ごして、愛していくことだけですよ」
 
 いつかの別れを思う前に、今の日々を大切に過ごす。
 もう、どうしようもないほどに愛娘のことを想っているのだから、やり残すことがないように。
 
「そして笑顔でまーちゃんを見送ってから、優斗さんに慰めてもらいます」
 
 だから最後の最後まで母親としてフィオナはいたいと思う。
 大切な日々をくれるマリカの前ではずっと母親でいよう、と。
 
「そうだね」
 
 優斗もフィオナの想いに賛同するように頷いた。
 
「後の別れを考えて、今を蔑ろにすることだけはしない。だから目一杯愛情を注いで、目一杯構って、後悔がないようにしよう」
 
 いつかの別れを惜しむよりも、今の幸福を与える為に。
 いつかの悲しみに嘆くよりも、今の日々を良き日にする為に。
 今できる最高の想いを娘に届けよう。
 
「一年前にマリカの親になろうと思ったことを僕は一生、後悔しない。何度でも、何度だって同じ選択をする。いずれ別れの日が来るとしても――」
 
 この日々を求める。
 
「――マリカの父親になる幸せを決して手放すことはしない」
 
 そして優斗は柔らかな笑みを浮かべると、フィオナの肩に手を回して柔らかく引き寄せる。
 フィオナは彼の手に優しく触れながら、頭を軽く傾けた。
 
「これからもよろしく、ママ」
 
「はい。こちらこそお願いしますね、パパ」
 
 
 
 



[41560] guard&wisdom:刹那の来訪
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:020ee162
Date: 2016/01/27 22:15
guard&Wisdom:刹那の来訪
 
 
 
 
 八月に入り、イエラートでは克也と朋子がテーブルの上に広げられた紙を読んで眉を寄せていた。
 イエラート王が二人の様子を見て、感想を尋ねる。
 
「レキータ王より率直な意見を聞きたい、とのことらしい。カツヤとトモコはどう感じたのか教えてもらえるかな?」
 
 二人が読んでいる紙に書かれているのは日本語と、補足として描かれている絵。
 日本人である克也と朋子が何度も読み返してみるが、頭の中で浮かぶ単語は一つしか生まれなかった。
 
「これって……“あれ”よね?」
 
「俺も同じ意見だ。どう考えてもやろうとしてることが“あれ”にしか思えない」
 
 二人にとってはある意味、馴染み深いものでもある。
 イエラート王は克也達の反応に笑みを浮かべた。
 
「二人は何を示しているのか、分かったのだね?」
 
「おおよそは俺達の想像で当たっているはずだ。けれど確証を得るなら優先達にも話を聞いてみるのが一番良いと思う」
 
 厨二病のことも簡単に理解を示すリライトの異世界人達。
 であるならば、あの国の面々にも話を聞いたほうが確実だろう。
 
「では、その旨をレキータ王にも伝えておくよ。リライトからの意見も聞いた上で報告に行く、と」
 
 軽い調子でイエラート王は家来を呼び、レキータ王国に今の話を伝えるように言付ける。
 
「これって機密文書とかそういうのじゃないのか?」
 
「そうであったらリライトへ向かわせたりはしないよ。単純に意見を聞きたいと書いてあり、判断材料は多いほうがいいとも書いてある。だから大魔法士様達の話を聞いて判断材料を増やすことは間違っていない」
 
 イエラート王は克也の質問に答えると、あらためて二人にお願いする。
 
「リライトで話を聞いたあと、カツヤとトモコはレキータ王国へと報告に行って貰ってもいいかい? もし二人で報告へ行くことに不安であればルミカや他にも人を付けるよ」
 
 まだ中等学校に通っている二人が他国の王へ報告するなど緊張してしまうかもしれないので、付き添いに誰かつけようか? と尋ねる。
 けれど朋子が首を横に振った。
 
「他に人はいらないわ。それに異世界人が二人も行く必要はないだろうから、わたしとしては克也とミルにお願いしたいんだけど」
 
「……と、朋子? お前、いきなり何を言っているんだ?」
 
 正直言って、克也としては付き添いがいたほうが死ぬほど楽だ。
 なのに朋子が否定したことに驚きを隠せない。
 
「だってこれ、日本人しか分からないことなのに付き添いがいたって仕方ないわよ。それにわたし、ルミカと買い物に行く予定があるわ。だから克也とミルに行ってもらうのが一番!」
 
 あれこれと理由を並べる朋子。
 しかし理由があまりにも粗末で、彼女から滲み出ている謎の興奮も隠せていない。
 
「……そこはかとなく裏を感じるのは気のせいか?」
 
「気のせいよ」
 
 兄妹のやり取りをイエラート王は微笑ましく見ていると、朋子がちらりと視線を向けて駄目押ししてくれるように念を送ってきた。
 なのでイエラート王は苦笑しながら朋子の案に乗った。
 
「ではカツヤ。ミルと共にリライトへ赴き話を聞いたあと、報告してもらってもいいかな?」
 
「……だ、大丈夫か? これ、国のお仕事というやつだろう?」
 
「なに。カツヤもイエラートに来てからというもの、リライト以外の他国に行ったことはないのだからね。ただの報告であるのだから旅行ついでと思えばいいのだよ」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 翌日の午前。
 リライトにある城の一部屋には克也、ミル、卓也、和泉、リル、アリーが集まっていた。
 朝一でリライトに到着した克也達が来た理由を受付で説明すると、それがアリーに伝わり彼女が手の空いている仲間を招集。
 たまたま王城にいた卓也、リル、和泉がすぐに集まり揃っていた。
 
「そういえばアリーと和泉は初対面みたいなものだよな?」
 
 卓也が確認を取ると、二人は頷いた。
 
「ええ、そうですわ」
 
「そうだな」
 
「だったら刹那とミル、簡単でいいから自己紹介してくれ」
 
 今度はイエラートの二人に話を振る。
 克也は素直に頷き、右手で前髪をファサっとあげる。
 
「ふっ、俺は――」
 
 瞬間、卓也が克也の頭を叩いた。
 いきなりのツッコミに対し、克也はすぐに振り向いて卓也に抗議する。
 
「い、痛いぞ卓先!」
 
「王女もいるのに変なもんを名乗るな、バカ」
 
「し、しかし俺の真名を伝えることは――」
 
「相手を選べって言ってるんだよ。確かにアリーは取っ付きやすい。それに冷酷で血も涙もないどころか、相手に血と涙を流させて嘲笑う女版優斗だけど、それでも王女だってことを忘れちゃ駄目だ」
 
 などと卓也がきちんと説明するが、内容がとんでもなく失礼で王女の説明をしているように一切思えない。
 
「さ、散々な言われようですわね」
 
「あんたの場合は自業自得よ」
 
 リルが事実を述べると、アリーが若干ヘコんだ。
 卓也は克也にやり直しを要求する。
 
「よし。それじゃあ、もう一度だ」
 
 再び克也を促す卓也。
 もちろん、同じことを二度やると再びツッコミを入れられるのは容易に想像できた上、僅かばかり緊張も生まれたので克也も普通に自己紹介する。
 
「イ、イエラートの守護者、林克也……です」
 
「ミル・ガーレン」
 
 どうにか敬語っぽく自己紹介した克也と、簡単に名前だけを述べたミル。
 次いでアリーと和泉も彼らの名乗りに応対した。
 
「わたくしはリライト王国の王女、アリシア=フォン=リライトですわ」
 
「豊田和泉だ。同じ日本人同士、よろしく頼む」
 
 軽く握手をしながら、克也は和泉に尋ねる。
 
「卓先と同じようにズミ先と呼んでもいいか?」
 
「ああ。斬新なあだ名は大好きだ」
 
「じゃあ、これからはズミ先と呼ばせてもらう」
 
 頷いてくれた和泉に感謝しながら、克也達は椅子に座る。
 そして卓也は周囲を見回してアリーに確認を取った。
 
「これで全員なのか?」
 
「いえ、もう一人呼んでいますわ」
 
 今のところ、その人物だけが来ていない。
 けれど話を出した瞬間、
 
「おはよう。刹那とミルは久しぶりだね」
 
「おはよーっ!」
 
 ドアを開き優斗がマリカと手を繋ぎながら入ってきた。
 優斗は皆に簡単な挨拶をしながら椅子に座ると、膝の上にマリカを乗せる。
 しかしリルが僅かに驚きの表情を浮かべた。
 
「あんた、明日が宮廷魔法士試験って言ってたわよね?」
 
 国内中の壁に張り出されている試験日程は明日であると明記されてあるし、そもそも優斗本人からも明日試験であると聞いている。
 だというのに、こんなところにいていいのだろうか。
 
「そうだけどね。勉強自体はもう終わってるし、聞いた限りだと軽く相談を受ければいいだけみたいだったから」
 
「おさんぽ!」
 
 元気よくマリカが叫ぶと、優斗が苦笑する。
 
「というわけで散歩がてら来たんだよ」
 
 娘の頭をなでなでしながら、優斗は問題ないと答えた。
 そして今回やってきた克也とミルに優斗は視線を向ける。
 
「じゃあ、刹那。相談内容を聞かせてもらおうかな」
 
「ああ。俺達が優先達のところに来た理由はこれなんだ」
 
 克也は手に持った紙を皆に配り始める。
 
「これはレキータ王国にいる異世界人が書いたもので、それについての意見を求められたんだ。それで内容が内容だったから、優先達にも意見を聞きたかった」
 
 説明を聞きながら、優斗達は書かれている内容を読み進めていく。
 最後まで読み終わった頃には、優斗も卓也も和泉も呆れた様子を見せた。
 
「とりあえず刹那が来た理由も言いたいことも分かったよ」
 
 優斗が手に持っている紙を指で弾いた。
 書かれていることを読んでしまえば、ある一つの単語が簡単に想像できる。
 
「これ、ギャグなのかな?」
 
「なんというかコメントしづらいな」
 
「いや。俺はむしろ何の意図があってこれを書いたのか、少し興味が生まれた」
 
 優斗達が感想を端的に述べた。
 三人とも言葉は違えど、呆れたことだけは隠せない。
 
「とりあえず言えるのは、ここに書いてあることは総じて却下だね」
 
 紙をテーブルの上に置く優斗。
 克也も彼らの感想を聞いて、心底納得するように頷いた。
 
「やはりそうだよな」
 
 自分の考えと彼らの考えが相違はなかった。
 
「俺も朋子もそうだと思ったんだが、いかんせん俺達だけだと知識が薄いからな」
 
「だけど書かれてる内容は二人の趣味に掠ってはいたから、気付いたんでしょ?」
 
「読んだことはあるからな。レキータ王国の異世界人が何をしようとしているのか察しが付いた」
 
 そして優斗達も克也達と同じ単語を想像したということは、ほぼ間違いなく“あれ”をやろうとしているのだろう。
 
「僕達の意見も分かったし、刹那とミルはこれからレキータ王国に行くの?」
 
 推論の補強としてリライトに来た克也。
 結果は優斗達からも太鼓判を押されたのだから、あとはレキータ王に報告するのみ……なのだが、克也の顔が若干こわばった。
 
「どうしたの?」
 
「その、だな。誰か付き添いで来て貰ってもいいか? 他国の王様に報告するのは非常に緊張する」
 
 優斗達に隠し事をしても仕方ないので、正直に緊張していることを伝える。
 それだけで克也にとってはアリーが別枠に入っていると言葉にせずとも分かるので、アリーがまたヘコむ。
 けれど卓也が不思議そうに首を捻った。
 
「ルミカはどうしたんだ?」
 
 彼女は彼らの面倒をよく見ている。
 克也が緊張しているのなら、一緒に付き添いとしてやってくるはず。
 だが克也がゆるゆる、と顔を横に振った。
 
「……イエラート王が付き添いはいるか? と尋ねてくれた時にルミ先の名前が出たんだが、朋子がなぜか拒否したんだ」
 
 克也的には意味が分からないし、朋子が何がしたいのかも分からない。
 いくら旅行ついでに報告すればいい、とか言われても緊張するものは緊張する。
 優斗は少し考えるような仕草をしたあと、克也に返答した。
 
「だったら卓也と和泉にお願いするのが一番無難かな。あれを読んだ限り、和泉が一番頼りになる。だけど付き添いに和泉だけとか不安すぎるから、卓也もいたほうがいい。僕は試験があるから動けないしね」
 
「た、卓先にズミ先。お願いできるか?」
 
「ん~、まあ、初めてだしな。オレも他国の王族と会うことがどれだけ緊張するか理解できるから、付き添ってやるよ」
 
「お前が分からなかった場合、俺がフォローに回ろう」
 
「ありがとう。本当に助かる」
 
 本当にほっとした様子の克也。
 と、ここでリルも話に加わった。
 
「じゃあ、あたしも一緒に行く。ミルを男だらけの場所に置いておくわけにもいかないわ」
 
 ここのメンバーであれば話すことは問題ないだろうが、それでも男ばかりというのは可哀想だ。
 なので一緒に行くことを名乗り上げる。
 ミルは僅かにビックリしたようにリルを見たあと、彼女の優しさを感じ取って表情を崩した。
 
「ありがとう、リル」
 
 確かに男ばかりの場所では若干辛いことも自分で容易に判断できたので、素直に好意に甘える。
 そしてアリーがレキータ王国に行く面子を見て、女官へ一人の近衛騎士を連れてくるよう伝えた。
 
「入ります」
 
 すると僅か十数秒ほどで、彼女付きの近衛騎士が部屋に入ってくる。
 アリーは近衛騎士へ単刀直入に状況を伝えたあと、“とあること”を命じる。
 
「護衛としてレイナさんも一緒にいってもらうことにしますわ」
 
「護衛……ですか?」
 
 いきなり呼ばれたと思ったら、リル達の護衛として他国へ向かえと言われ眉を寄せるレイナ。
 けれどすぐに反論の言葉を告げた。
 
「私はアリシア様の近衛です」
 
「そのわたくしがリルさんを筆頭に皆を護衛をしろと言っているのですわ」
 
 もちろん分かった上での命令なのでアリーも一切合切、引くつもりはない。
 
「セツナさん達が旅行ついでである以上、必要なのは緊張を与えないこと。ということは仕事でありながら交友関係を両立できる必要性があり、さらに大層な話でもない為に護衛といっても少人数。しかしながら腕は立つ人物が好ましい」
 
 今、並べた理由はアリーが今回の件で考えられる護衛としての必須条件。
 そして選ぶことができる人物は限られている。
 
「レイナさんには大変申し訳ありませんが、わたくしは自分の近衛を過小評価などしませんわ」
 
 私的な目で評価をしようと、公的な目で評価しようとアリーの結論は変わらない。
 
「わたくしの近衛であるのならば出来る。違いますか?」
 
 まさか出来ないとは言わないだろう? といったアリーの挑発的で自信満々な様子に、レイナも今度は反論することができずに折れる。
 
「……仰るとおりです」
 
「では、今回の件では公的な場所以外でリルさんをリステル第四王女として接することは禁じます。ちなみに今から期間限定でわたくし付きの近衛でもないということは、わたくしを堅苦しい王女扱いする必要もありませんわ」
 
 つまるところ、この瞬間からは王女扱いするなと言っている。
 普段は公私をきちんと使い分けているレイナだけに、アリーが彼女と接する場合の基本は公だ。
 それがつまらないので無茶な論理展開を用い、いつも通りの扱いをするように命令した。
 もちろん、レイナも言われた以上は普段通り接するつもりではあるが、それでも無理矢理すぎるやり方に対して額に怒りのマークが浮かんだ。
 
「……タクヤ。扉はしっかりと閉まっているか?」
 
「ああ、大丈夫だよ」
 
 レイナの問い掛けが何を意味するのか分かった卓也は、素直に答えたあとに耳を塞ぐ。
 すると次の瞬間、怒声が響いた。
 
「アリー! お前は何を考えている!?」
 
「何って状況を考えての権力乱用ですわ」
 
「平然と宣うな、馬鹿者!」
 
 王女扱いするなと言われたので、仲間に対して説教しようとするレイナ。
 だがアリーはどこ吹く風とばかりに堪えない。
 
「ですが実際問題、レイナさんが最適なのは間違いありませんわ」
 
「それは分かっているが……」
 
 アリーが言ったということは、まさしくその通りだということもレイナは分かっている。
 けれど彼女のやり方に対しては一発、怒鳴り声をあげないわけにはいかなかった。
 
「……まあ、いい。しかしお前の護衛はどのようにするつもりだ? ここ数日は王城にいるからといって、私以外は暇を出しただろう。私とていつものメンバー以外での外出時ぐらいしか一緒にいることはないが、それでもお前付きの近衛は必要だろう?」
 
「でしたら外出時は基本的に修様と一緒に過ごしますわ」
 
「ならばいいが、近衛騎士団長と我が王には話を通してもらわなければ困る」
 
 アリー付きの近衛としているというのに、別の王女を護衛して彼女を放っておいては騎士として論外と言われても仕方ない。
 
「問題ありません。普通に説明すれば、父様であろうと近衛騎士団長であろうとレイナさんが最適だと言いますわ」
 
「頼むぞ。私はまだ騎士として若輩だ。面倒事は避けたい」
 
 と、レイナが言った瞬間だった。
 アリーがほんの一瞬、にやりと笑みを零す。
 
「それなら賭けるとしましょう。わたくしが普通に説明して父様達がレイナさんを指名した場合、商店街の和菓子店全商品の奢りということで」
 
「いいだろう。それが本当であればの話だ」
 
「では、行ってきますわ。証人として何人か来て下さいな」
 
 軽やかな調子で立ち上がるアリー。
 卓也とリルも面白そうな表情を浮かべて立ち上がった。
 
「了解」
 
「あたしも行くわ。ミルも一緒に行くわよ」
 
「うん。おもしろそう」
 
 四人がドアから出て行く。
 いきなりの怒濤な展開に克也が思わず本音を漏らす。
 
「リライトの王女様は、なかなか強烈なんだな」
 
 まさか近衛騎士に怒鳴られる王女がいるとは思わなかった。
 そして怒鳴った張本人は額に手を当て、大きく溜め息を吐いている。
 
「……まったく。アリーの奴は何を考えているのやら」
 
「何って、レイナさんと和菓子のことだよ」
 
 優斗が茶々入れるように口を挟んだ。
 彼女がどうしてあんなことをしたのか、優斗には簡単に理解できた。
 
「アリーがどうして王様と近衛騎士団長より先に、レイナさんへ話をしたのか分かる?」
 
 普段の彼女であれば、手順としては王様に話して了解を貰い近衛騎士団長へ話を通す。
 これが一番、問題ない方法。
 けれどそうしなかった理由がアリーにはあることをレイナもすぐに察した。
 
「ア、アリーの奴、私で遊んだのだな!?」
 
「そうだよ。最近のレイナさんは騎士としてアリーの側にいることが多いから、普段のレイナさんで遊びたかったってわけ」
 
 彼女付きの近衛騎士だから仕方ないこととはいえ、多分につまらなかったのだろう。
 
「ついでに賭けが圧倒的に不平等なのも気付いてる?」
 
「ん? それは――」
 
 何なのだろうか、とレイナは言い掛けて気付く。
 
「わ、私の賭け分が存在していないのか」
 
「というわけで色々と残念。僕もアリーの意見には同意だから、頑張って和菓子奢ってね」
 
 唯一給料を貰っている上に高給取りなのだから、これぐらいは可愛い悪戯だろう。
 おかしそうに笑う優斗と共に、マリカもなぜか満面の笑みで優斗の真似をした。
 
「れーな、じゃんねん」
 
 
 



[41560] guard&wisdom:道草とツッコミ
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:af9bacac
Date: 2016/03/04 20:10

 
 レイナの奢りが確定したあと、卓也達は他国へ行く支度をしてから王城で高速馬車を待つ。
 
「そういえば、これって旅行ついでなのよね?」
 
 リルが克也に確認を取ると、素直に頷かれた。
 
「じゃあ、一つ寄りたい国があるんだけど」
 
「リル様が言うとなると、リステルか?」
 
 王女なわけだし、立ち寄る理由もよく分かる。
 けれど彼女は凄い勢いで首を振った。
 
「自分で言うのも何だけど、リステルは勘弁して。今、演劇の時に撮った写真の展示会が開催されてるから、行ったら帰れなくなるわ」
 
 見つかったりでもすれば、それこそ笑えない。
 リステル城へ即行で連れて行かれ、数日は捕まるだろう。
 婚約者の方も彼女と同じ予想らしく一緒に青ざめたが、だとしたらどこに行くのかと確認してみると予想外な国の名前が挙がった。
 
「モルガストよ。ユウトとお兄様とモルガストの勇者が話し合って、あたし達が行ったほうがいいって聞いたの。ただね、公式で行く前に非公式で一度くらいは行っておこうかなって思ったのよ」
 
 あそこもあそこで厄介な二人組がいる上に『瑠璃色の君へ』が人気になっているらしいので、一応様子見はしておきたい。
 
「なるほどな。刹那達も寄り道は大丈夫か?」
 
「問題ない。ミルも大丈夫だよな?」
 
「だいじょうぶ」
 
 リルの提案に刹那とミルも頷いた。
 
「じゃあ、寄るだけ寄らせてもらうわね」
 
 
 
 
 しばらくして城門に高速馬車が到着した。
 するとマリカと一緒に優斗が顔を出し、
 
「刹那、ちょっと待って」
 
 馬車に乗ろうとしていた克也を呼び止めた。
 
「これを渡しておくね」
 
 優斗は手に持っている紙を渡す。
 そして書いてある内容を説明する。
 
「基本的に論外な提案ばかりだけど、論外の中でも絶対に不味いやつの反論理由を書いておいたから。卓也と和泉も目を通しておいて」
 
 言われて、二人も克也の背後から書かれている内容を確認してみる。
 読んでいくうちに和泉が苦笑した。
 
「確かにこうなっては一巻のお終いだ」
 
 何が問題なのか適切に書かれている。
 結果、何が起きてしまうのかも。
 
「和泉が理解してるなら、オレはある程度把握してればいいか」
 
「えっと……こうなったらヤバいってことは理解した」
 
 卓也も大体は理解できるし、克也も分かり易く書かれてあるのでおおよそは分かった。
 
「色々と突っ込まれて聞かれた時用だから、そんなに身構えて覚える必要もないよ」
 
 優斗は念のために書いただけで、そこまで大層な大事になるとは思っていない。
 四人が話している間に女性陣は馬車の中ですでに座っており、卓也達も次々と乗っていく。
 
「それじゃ、行ってらっしゃい」
 
「いってあっしゃい!」
 
 マリカを抱っこしながら、優斗は娘と一緒に馬車の中にいる六人へ手を振る。
 馬車がゆっくりと動き出しながら、中にいる面々を優斗達に手を振り返した。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 お昼過ぎにはモルガストへ到着し、馬車を降りてみる。
 どうやら卓也とリルも面は割れていないらしく、特に変装する必要もなく歩いていた。
 
「絵や何かの拍子に写真が出回ってたら厄介だろうと思ったけど、そうでもないみたいだな」
 
「そうね」
 
 そこはかとなく安堵の息を漏らす。
 
「オレとリルは城まで行って妖精姫と会えるかどうか試してみるけど、お前達はどうする?」
 
 突然来たのだから難しいとは思うが、確認ぐらいはしておかないとクラインが泣きそうな気がする。
 なので二人は一応とばかりに城へ向かうことにしていた。
 
「ふむ。私はカツヤ達と仲良くなろうと思っている」
 
 するとレイナが満面の笑みで告げた。
 それだけで何をするのか分かる。
 
「戦うぞ、セツナ」
 
「……えっ?」
 
 どうしようもない、とばかりにリライト組が手を広げて降参の意を示した。
 一方で唐突に戦う宣言され面を喰らう克也だが、レイナが襟を掴んで引き摺るように歩いて行く。
 
「大丈夫だ。手加減はしてやろう」
 
「いや、そういう問題じゃなくて……」
 
「安心しろ。これからレキータ王国へ報告に向かうのだから怪我をさせることもない」
 
「そ、そうじゃなくてだな……っ!」
 
 克也はずるずると引っ張られながら、とりあえず先輩の中でも彼女に対抗してくれそうな人の名前を呼ぶ。
 
「た、卓先!」
 
「諦めろ。オレだっていつも被害者だ」
 
 けれどひらひら、と手を振ってレイナ達を見送る卓也。
 ああなった以上は一度勝負をしないと終わらない。
 心の中で合掌しながら、卓也はリルに振り向いた。
 
「それじゃ、オレ達も行くか」
 
「そうね」
 
 声を掛けて並んで歩く。
 歩きながら目にとまったものを話の種にしながら、城門に辿り着く。
 身分を証明する証書を見せ、クラインと会えるかどうか尋ねる。
 無理なら無理でいい、と伝えたものの守衛は名を見た瞬間に王城へとすっ飛んでいった。
 そして五分もしないうちに凄い勢いで戻ってくる。
 ただし一人追加して戻ってきており、その人物は卓也達の姿を認めて前に立つと丁寧に頭を折ってきた。
 
「初めてお目に掛かる。モルガストの勇者、モールだ」
 
 自己紹介され、リルと卓也は「ああ、あのモルガストの勇者か」と納得した様子で返事をした。
 
「あんたの話はユウトから聞いてるわ。リステル王国第四王女のリル=アイル=リステルよ」
 
「大魔法士の友人のタクヤ・ササキだ」
 
 互いに手を差し出し握手をする。
 モールは二人に付いてきてくれ、と伝えて城の敷地内へと歩いて行く。
 
「しかし、リル様もタクヤ様もよく来てくれたな」
 
「寄り道にちょうどよかったのよ。公式で向かう前に、非公式でもクラインと友好を深めたいと思ってね」
 
「ありがとう。それは姫様もレンドも喜ぶ」
 
 憧れの二人が会いに来てくれた、となれば大はしゃぎするに決まっている。
 というかすでに城内は大騒動だ。
 そもそもモールが迎えに来た理由も残念なオチがある。
 瑠璃色の君と一限なる護り手がクラインに会いに来た、と一報が入った瞬間にまずクラインが大騒ぎ。
 加えて彼女だけではなく、二人のことを知っている兵士やら女官やらが慌て出す。
 結果、問題なく挨拶できそうでそれなりの立場であるモールが来たというわけだ。
 
「そういえば大魔法士からはオレのことを聞いているらしいが、あいつは何と言っていた?」
 
 どのように彼は自分のことを伝えたのだろうと、モールは雑談の一つとして尋ねる。
 だがリルからの返答は悲惨なものだった。
 
「鈍感・朴念仁・優柔不断のくせにジャンル間違えて妖精姫を狙った、間抜けなラッキースケベ勇者って言ってたわ」
 
「あいつはオレに恨みでもあるのか!?」
 
 散々すぎる説明にモールが叫んだ。
 まあ、叫ぶ理由は分かるものの二人は淡々と優斗の理由を述べる。
 
「面倒だったって言ってたからな」
 
「男女別の風呂場を間違えるとか、どういう神経してるのか聞きたかったらしいわ」
 
「……オ、オレだって大魔法士に言われてからというもの気を付けているんだ」
 
 少なくとも気を張って過ごすようにはしている。
 しかし、だ。
 
「じゃあ、もうラッキースケベはないのか?」
 
「……それは…………」
 
「あるんだな」
 
 卓也が額に手を当てる。
 リルも同様に呆れた声をあげた。
 
「アイナに女の敵って言われるわけよね、これじゃ」
 
 二人でモールの残念具合に嘆息していると、美麗な花が咲き誇る庭に到着した。
 そこにはテーブルが置いてあり、クラインとレンドが待ち構えている。
 
「姫様、レンド。リル様とタクヤ様とのご歓談、楽しんで下さい」
 
 モールがどうにか気を取り直しながらクラインに告げ、卓也達に小さく手を振り去って行く。
 一方、待ち構えていたクラインは固い表情に加えて緊張で身体を震わせながらリルに声を掛けた。
 
「こ、ここ、公式な訪問ではないということなので、まずはお茶をお出ししようと思ったのですが……っ!」
 
 震える手で座ってもらうように椅子を示す。
 リルがモールの時よりも大きな溜め息を吐いた。
 
「そこまで緊張しなくてもいいじゃない。別にちゃんとした招待で今日は来たわけじゃないんだから。それに無礼なのはこっちよ」
 
 そもそも会えないことが前提で伺った身なのだから、ちゃんとした接待を受ける気もない。
 
「ほら、今後の為にも気軽に茶飲み友達になりましょうってことじゃ駄目なの?」
 
「め、滅相もありません! 妾如きがリル様と茶飲み友達など……っ!」
 
「あんたもあたしと同じ王女でしょうが!」
 
 予想以上に酷いクライン自身の卑下に思わずツッコミを入れるリル。
 自分達の扱いがもう理解できない範疇になっているが、ここでツッコミを入れ続けても仕方ないので椅子に座る。
 
「とりあえず緊張をほぐす為にも話しましょうよ」
 
「そ、そうですね」
 
 四人であらためて着席する。
 そして皆で紅茶を飲んで喉を潤したあと、クラインはリルをちらっと見て、
 
「ご、ご趣味は?」
 
 リルが内心で『お見合いか!?』とツッコミを入れる。
 けれどどうにか押し留めて答えた。
 
「最近は料理が趣味よ。クラインはどうなの?」
 
「…………」
 
 リルの質問に対して返答がない。
 というか呆けた表情になったあと、顔が真っ赤になり、手をブンブンと上下に上げ下げし始めた。
 
「――っ! レンド、レンド! リル様に呼び捨てされてしまいました!」
 
 とても興奮した様子のクラインだが、リルは何か失敗したのかとレンドに尋ねる。
 
「えっと……。よ、呼び捨ては駄目だったのかしら?」
 
 優斗も呼び捨てにしていたことだから、特段問題あるとは思っていなかったのだが違うのだろうか。
 けれどレンドは大げさに否定する。
 
「いえ、そうではありません! 姫様はリル様に呼び捨てにされ、嬉しさのあまり夢の国へと旅だってしまっただけです!」
 
「ユウトのほうが凄い二つ名を持ってるのに、どうしてあたしだとそうなっちゃうのよ!?」
 
 耐えられなくて再びツッコミを入れるリル。
 しかし彼の答えによって別の人物にも飛び火した。
 
「タクヤ様でも変わりません! ちなみに俺も呼び捨てにされると怪しいです!」
 
「そんな情報いるか! というかお前ら、オレ達のこと好きすぎるだろ!?」
 
「愚問ですっ!」
 
「愚問じゃない!! そもそも前回会った時に若干思ったことだけど、クラインもレンドも聞いた話とキャラが違い過ぎる!! 誰だよ、モルガストの勇者と比べて真っ当だって言ったバカは!?」
 
 卓也も盛大にツッコミを入れざるを得ない状況になる。
 だがレンドもいきなり恍惚な表情になった。
 
「そして、そこ! 流れで呼んだだけだから喜ぶな!」
 
「す、すみません。タクヤ様に名を呼んでいただけるとは思わず……」
 
 などと出だしからはちゃめちゃな二人ではあるが、そもそも卓也とリルはクラインのことは純愛主義の王女様としか聞いていないし、レンドのことは純朴な庭師としか聞いていない。
 演劇で会った際、疑う余地は多々あったものの『モールよりはマシ』という言葉だけは信じていた。
 しかし実際はどうだろうか。
 こと自分達と関わった際は明らかにモールのほうがマシに思える。
 けれど卓也とリルは頑張った。
 どうにかこうにかクラインとレンドを落ち着ける為、紅茶を二度おかわりするほどの時間を費やしたところでようやく真っ当な会話になった。
 
「ところで公式的に来た場合、あたし達が来たっていう事実があれば大丈夫なのかしら?」
 
「そうですね。今、モルガストでは『瑠璃色の君へ』が流行っていますので、迂闊に身分を明かした状況で市街に出るのは得策とは思えません。なのでリライトとリステルにお願いしたらリル様とタクヤ様がモルガストに来て下さった、という事実を流布するぐらいで十分かと」
 
「なるほどね。だったらあたし達が夏休みの時に終わらせるよう、リライト王とお父様に話しておかないと。特に大げさになるわけじゃないからパパッと出来るだろうし」
 
「えっ? 歓待としてパーティーを開くつもりなのですが……」
 
「お茶会も一つの歓待だし、これぐらいで十分よ」
 
 わざわざパーティーを開いてもらう気はない。
 むしろ大げさになると、それなりに準備やら何やら必要になるので面倒くさい。
 
「し、しかしリル様とタクヤ様が来られるというのに、パーティーを開かないというのは礼儀に反するのではないでしょうか?」
 
「今のところはリステル王国の王女とその婚約者が来たってだけなんだし、無理にパーティーすることないわよ」
 
「……分かりました。いまいち納得はいきませんが、とりあえず父様にはリル様の要望を伝えてみようと思います」
 
 とクラインは答えたのだが、後日モルガスト王どころかリライト王とリステル王にも却下をくらい、普通にパーティーが開かれることとなる。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 クライン達とのお茶会も終わり、レキータ王国へ向かう為に卓也達は和泉達と合流したのだが、満足そうなレイナと疲れ切った克也がいやに印象的だ。
 
「……レナ先、怖かったぞ」
 
「高笑いしながらお前と戦っただろうしな。ドンマイとしか言えない」
 
 とはいえレナ先と呼ぶようになったことから、仲良くなったことは間違いないだろう。
 レイナはほくほくした様子で先ほどの勝負を語る。
 
「いや、なに。精霊術士の戦闘タイプと戦う機会はそうそうないのだから、テンションが上がっても仕方ないだろう?」
 
 大魔法士師弟は精霊術が使えるが、あれは戦闘スタイルが論外。
 フィオナは強くとも戦闘タイプではない。
 そもそも精霊術をメインで使いながら戦闘を行う人物は本当に稀であることから、レイナのテンションが上がるのも当然というものだ。
 
「剣も上手く扱っていた。素人同然だったらしいが、半年でこれならば十分過ぎるほど頑張っていることが分かる」
 
「うん。克也、がんばってる」
 
 ミルが同意した。
 彼の頑張りを一番近くで見ているからこそ、褒められることが自分のことのように嬉しそうだった。
 卓也もそれを聞いて克也の頭をぐしゃぐしゃと乱雑に撫でる。
 
「よし。それじゃ、あらためてレキータ王国に行くとするか」
 
 



[41560] guard&wisdom:確定したこと
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:af9bacac
Date: 2016/03/04 20:16



 レキータ王国に到着し、高速馬車から降りる。
 直接王城へと向かっても良かったのだが、旅行という点もあるので町並みを見ながら王城を目指す。
 と、ある刃物店の前を通った時に卓也が面白い物を見つけた。
  
「和泉、見てみろ」
 
 ちょいちょい、と卓也が指差した先。
 そこにはパン切り包丁が置いてあった。
 
「これは懐かしいものがあるな」
 
 昔のことを思い出しながら、和泉も目を細める。
 けれどリル達には何が何だか分からない。
 
「……? ごく普通のパン切り包丁よね?」
 
「まあな。だけど和泉の家で初めて料理を作った時、パン切り包丁しかなかったから衝撃的だったんだ」
 
 和泉の家に泊まる話になった時、学校帰りに食材を買って卓也が夕飯を作ることになった。
 だがキッチンに到着して調理道具を見てみると、なんと包丁が存在せずにパン切り包丁だけしかなかった。
 
「何を作ろうとしたの?」
 
「そばめしだよ」
 
 なので豚肉やらキャベツを切り刻む必要があったのだが、キッチンにある包丁はパン切り包丁のみ。
 ということでやった行動は一つ。
 
「あれで食材を切る機会は今後一生、ないと思うけどな」
 
「切れたの?」
 
「切ったとは言えない。無理矢理引き千切った、というのが正しい表現だよ。まあ、美味しく出来たから良かったけどな」
 
 後日、優斗が最低限の調理器具を購入して和泉宅に置いた。
 けれど印象としてはかなり強く、未だにパン切り包丁を見ると当時のことを思い出せる。
 
「タクヤ」
 
 するとミルが袖をちょっとだけ引っ張ってきた。
 すぐに手は離れたものの、どうしたのだろうかと卓也は問い掛ける。
 
「何かあるのか、ミル?」
 
「異世界の料理、また、教えてほしい」
 
 ちらっと克也を見ながら答えるミル。
 その一連の動きで卓也はなるほど、と小さく呟いたあとに笑みを零す。
 
「ああ、いいぞ」
 
 他のリライトの面々に訊けばすぐに同意が返ってくるどころか、リルが新たな提案を出した。
 
「だったら料理可能な宿屋で一泊するのはどうかしら? それなら夕ご飯と明日の朝ご飯の時に卓也からレシピだけじゃなくて、直接教えて貰えるでしょ?」
 
 やはり実物を見るのは料理において完成度が比類なく上がる。
 それをリルはよく分かっているので提案した。
 ミルも頷きながら、隣にいる少年に伺う。
 
「克也、いい?」
 
「何も問題ない。ミルがしたいというのなら、俺が反対する理由はない」
 
 方向性が決まったところで、最年長のレイナが一言添えた。
 
「では、まずは宿の確保からするとしよう」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 料理可能な宿に予約を取ったあと、一向はレキータ王城に向かう。
 話は通っているらしく、すんなりと城内に入りレキータ王と謁見できることとなった。
 謁見の間に入り、玉座に座っている人物を全員で確認。
 初老にさしかかっているであろう男性――レキータ王は驚きの様子で克也達を出迎えていた。
 
「イエラートからリライトにも協力してもらったとは聞いていたが、かの有名な二人が来るとは思わなんだ」
 
 レキータ王の視線の先にいるのは、世界的に有名な話となった卓也とリル。
 基本的に王族と話すのは極力避けたい面々が揃っているので、雑談系はリルが代表して応対する。
 
「あたし達のことをご存じなのでしょうか?」
 
「我が国にもファンが多数いるのでな。側近の中には演劇のチケットに当選し、見に行った者までおるのだよ。当然、儂も読破しておる」
 
 余計なことまで付け加えながら話してくれたが、朗らかな表情であることからレキータ王なりの冗談なのかもしれない。
 
「さて、カツヤといったか」
 
「は、はい」
 
 名を呼ばれ、背筋を伸ばす克也。
 けれどレキータ王は柔和な表情のまま、肩の力を抜くように伝える。
 
「そんなに緊張することはないのでな。気軽に報告してくれ」
 
「で、では、単刀直入に言っていいか……じゃなくて、いいですか?」
 
 いきなり克也がとちって卓也もリルもハラハラするが、幸いにも懐が深い王だったので気にせずに進めてくれる。
 
「もちろんだとも」
 
 大きく頷いたレキータ王に対して、克也は一度深呼吸すると慎重に結論を伝えた。
 
「この世界にはもっと素晴らしいものがあるので、意味がないと思います。俺も俺の妹も優先達――リライトの異世界人達も同じ感想です」
 
 むしろ散々に言われる内容ではあったのだが、そこは克也でもオブラートに包んだ。
 レキータ王も克也の説明に驚くわけでもなく目を見開くわけでもなく、淡々と納得する。
 
「口頭で説明は受けたものの、どうにも儂らには理解不能な文字故に完全な把握が出来なくて困っていたのだ」
 
 だからこそレキータ王はイエラートに話を持っていった。
 リルも確かにそこを不思議に思い、尋ねる。
 
「しかし、どうしてセリアールの言葉で書かなかったのでしょうか?」
 
「まだ文字を覚えていないのもある。それに……よく分からんのだが、機密がどうのと言っていた」
 
 同時、卓也と和泉と克也の顔が妙な表情を浮かび上がらせる。
 三人とも、レキータの異世界人の行動を『知っている』とばかりに。
 
「……和泉。決定か?」
 
「決定だろう」
 
「俺も確信したぞ、卓先」
 
 優斗がいれば盛大な溜め息も追加されていただろう。
 別にレキータの異世界人に関わるつもりはないが、異世界人故に読めてしまったことで呆れてしまうことぐらいある。
 そして、こういった手合いに深く関わることが面倒に繋がることを察する能力は、卓也も優斗にひけを取らない。
 中学時代から“歩くイベントポイント”である修と一緒にいたからだ。
 これ以上、関わって変なことに巻き込まれてるのも面倒でしかないことは分かりきっている。
 だから僅かな手振りで克也に帰る合図を送った。
 克也も卓也が帰りたい理由までは分からないものの、これで王城を去ろうとしていることは把握する。
 
「レキータ王。これで報告は終わったので、俺達は帰ろうと思います」
 
 克也が報告に来たのだから、最後の挨拶も彼にやらせてから宿へ向かおうとする。
 けれどレキータ王が呼び止めた。
 
「少し待ってほしい。顔ぐらいは会わせてやってくれないかね?」
 
 遅かったか、と卓也が顔を歪ませる。
 しかしながらレキータ王の言葉を反芻し、すぐ抜け道に気付いた。
 顔を合わせるだけで帰れる、ということに。
 克也は判断に困り、卓也を見る。
 
「顔を見るぐらいだったら大丈夫……か?」
 
「……たぶん、大丈夫だと思う。顔を合わせたら帰ろう」
 
 ここで突っぱねるのは不味いので会うだけは会う。
 とはいえ見えてる地雷など誰が踏むか、と心に決める卓也。
 和泉はどっちに転ぼうと面白いので我関せず。
 リルとレイナは卓也が内心で焦っていることを分かっているので、出来る限り彼の考えに沿おうと決めた。
 そんなリライト組の心情をあまり察することができず、克也は素直に頷いた。
 
「じゃあ、レキータの異世界人と顔を合わせてから帰ります」
 
 
 
 
 兵士に連れられて廊下を歩いてる最中、和泉が前知識が欲しいと言って兵士にレキータの異世界人の情報を訊いてみた。
 
「三ヶ月前に召喚させていただきました。先代の方は百三歳の大往生になります。そして今代の異世界人の方は齢二十二と伺っています」
 
「……歳上なのか」
 
 学年としては和泉達より四つか五つ上。
 和泉がなるほど、と呟くと同時にとある部屋の前で兵士が止まった。
 四度ノックをして、兵士は中にいる人物に告げる。
 
「失礼します。面会の申し出があるのですが、お通ししてもよろしいでしょうか?」
 
 兵士の声に対し、中から了承の返答があった。
 なのでドアは開かれ、卓也達は部屋の中へと入っていく。
 
「これはまた、ずいぶんと若い人達が来たものだね」
 
 すると青年が笑みを浮かべて卓也達を出迎えた。
 彼は六人の姿を通すように見たのだが、なぜかレイナだけが僅かに眉を寄せる。
 卓也達の前にいる青年は、体型としては標準よりはややふっくらした感じで運動が出来るようには思えない。
 また見た目なのだが、普通で普通に普通だ。
 何か特徴があるのかと問い掛ければ、判断に困る容姿。
 とりあえず克也が話し掛けてみる。
 
「あの、俺達は――」
 
「いや、いいんだ。来た理由はおおよそ分かっているんだよ。おおよそ、レキータ王から見させて貰った書類が何なのかを聞きに来た、といったところだろうね」
 
 克也の言葉を遮って、やたら決めている感じで台詞を告げる青年。
 だが卓也達は彼の記したものに関して聞きに来たのではなく、読んだ上で報告しに来たが正しい。
 しかも本人から話を訊くつもりは毛頭ないどころか会う気もさらさらなかった。
 
「さて。色々と質問はあるだろうけど、まずこれだけは先に言わせてもらうとしよう」
 
 けれど青年は卓也達の内心など一切構わずに、なぜかしたり顔になって言ってきた。
 
「実は俺、異世界から来た人間なんだ」
 
 瞬間、特大の疑問符が全員の頭に浮かぶ。
 何を当たり前のことを言っているのだろうか。
 不思議を通り越して意味不明なので、もちろん理解できるわけもない。
 
「……ねえ、どういうこと?」
 
「オレに訊かれても困るんだけど」
 
 リルがこそっと卓也に尋ねても分かるわけがなく、
 
「いささか不可解なことを言われたが、どのように思う?」
 
「俺も正直、判断しかねる」
 
 レイナも小声で和泉に話し掛けるが理解の範囲外なので返答に窮し、
 
「わかる?」
 
「すまないが無理だ」
 
 ミルに質問された克也は素直に考えることを放棄した。
 そして目の前にいるレキータ王国の異世界人は彼らの行動を別の意味で勘違いし、
 
「君達の理解が及ばないのも無理はない。なぜならオレは召喚陣というもので、別の世界からこの世界へと召喚されてしまったらしいのだから」
 
 などと説明口調で話してくる。
 全員、内心で『そんなことは分かってる』とツッコミを入れるしかない状況ではあるが、もしや他にも異世界人がいることを知らないのだろうか。
 克也が思わず卓也の裾を引っ張って小声で話し掛ける。
 
「た、卓先。もしかして俺達で色々と教えたほうがいいんじゃないか? ほら、俺と朋子の時にもやってくれただろう?」
 
「バカ言うな。お前達は歳下で、イエラートからのお願いもあったから初対面の時に面倒を見た。けれどレキータ王から面倒見ろとは言われてないし、顔を見てくれと言われただけだ。しかもあっちが歳上なんだからオレ達の出る幕じゃない。歳下のオレ達がしゃしゃり出たら面倒なんだよ」
 
 歳下にセリアール事情を教えられるとか、プライドに触れそうで怖い。
 なのでよく分からない相手であることだし、余計なことなど一切する気はない。
 間違っても地雷など踏んでたまるかと、卓也は愛想笑いを張り付けて青年に告げる。
 
「レキータ王からの話で顔を拝見させていただきに来たただけなので、オレ達はこれで失礼します」
 
 そう言って卓也達は本当に踵を返し、そそくさと部屋を出て行った。
 
 



[41560] guard&wisdom:やろうとしているのは
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:af9bacac
Date: 2016/03/04 20:27
 
 
 
 
 部屋から出た六人はレキータ王に最低限の顔合わせはしたことを報告したのだが、どうしても気になったことがあるのでリルが代表して問い掛ける。
 内容は『なぜ他の異世界人のことを知らないのか?』ということ。
 するとレキータ王も困惑した様子を見せた。
 側近の一人が理由を知っているらしいので呼びだし確認してみたところ、どうやら必要最低限しか人と関わり合いを持っていないらしい。
 人数としてもなぜか本人が厳重に管理しているようで、直接会ったことのある人は両手で数えられるほど。
 加えて部屋に引きこもって色々とやっているので、必要な知識を教える機会もない。
 なので他にも異世界人がいることを未だ伝えていない……というより、何かを教えるよりも向こうから謎の書類やら何やらが回ってくるので、そっちに気を取られて教え忘れていたとのこと。
 ある程度の情報を伝えてくれた側近に卓也達が感謝の意を述べると、レキータ王が今日このあとどうするのかを訊いてきた。
 もう夕方になっており、これから帰るには危ないから泊まればいいと厚意を示してくれたのだが、リルがさりげなくやることがあると言って断り、全員で王城から出て行こう……とした、その時だ。
 レキータの異世界人が謁見の間にやって来た。
 何をしに来たのだろうかと訝しんでいると、青年はにこやかに笑って告げてくる。
 
「そういえばせっかく来てくれたのに自己紹介をしていないことに気付いて、慌てて追ってきたんだ」
 
 そして頼んでもいないのに勝手に話し始める。
 
「俺の名前は池野大志。信じられないかもしれないが先ほども言った通り異世界人なんだよ」
 
 本来なら無視するのがベストなのだろうが、ここは謁見の間。
 レキータ王もいる前で無礼な態度は不味いだろう。
 なので仕方なく卓也が名乗る。
 
「オレは――」
 
「こういう場合はレディーファーストが当たり前というものだよ、少年」
 
 茶目っ気を出して笑いながら言ってくるが、卓也のことを不躾に扱ったのでリルから怒りの気配が生まれる。
 けれど卓也がすぐに感じ取り、柔らかい声音でリルに話し掛けた。
 
「レキータ王の前だから、ちゃんとやろうな」
 
 卓也がリルのことを取り成すが、名前を出されたレキータ王は脂汗をだらだらと流していた。
 大志という青年は異世界人故、無理に命令などしたくはない。
 しかし目の前にいる二人は世界中の王族、貴族、平民問わず憧憬の眼差しを受けている二人だ。
 もしものことがあれば、リライトとリステルだけでは収まらないほどの責め苦を各国から受けることになる。
 
「……分かったわよ」
 
 けれどレキータ王の内心とは裏腹にリルは思い切り息を吐くと、一応とばかりに名を告げた。
 
「リル=アイル=リステル。リステル王国第四王女よ」
 
「レイナ=ヴァイ=アクライトだ。リライト王国近衛騎士団に所属している」
 
「ミル・ガーレン」
 
 レイナとミルも続けて自己紹介する。
 そして次は卓也達の番となるのだが、
 
「いやあ、こんな美しい人達に会えるとは思わなかった。是非とも友好の証として握手をしてほしい」
 
 余計なことを言うレキータの異世界人。
 再度リルから怒りの気配が吹き出しそうになるが、それもどうにか堪えながら握手をする。
 さらにレイナと続いて最後はミル。
 とはいえ彼女が男性が苦手なのでさっと克也の後ろに隠れた。
 
「す、すまない。ミルは男性が苦手なんだ」
 
 克也がどうにかフォローするが大志はにっこりと笑い、
 
「大丈夫だよ。俺は怖くないから」
 
 手を差し出しながら近付いてくる。
 
「そ、そういう問題じゃないんだ! 頼むから近付かないでくれ!」
 
 背後で怯えているミルの気配を感じ取り、克也が慌てて止めた。
 未だクラスメートはおろか卓也や優斗でさえ触れられないというのに、出会ったばかりの人間に触れられるわけがない。
 あまりにも真剣に言われて大志もようやく、自身の行動が不味かったことに気付いたらしい。
 
「申し訳ないね。怯えさせようとは思ってないんだ」
 
 けれどなぜか余裕をかましながら下がっていく。
 で、今度こそ卓也達の番……かと思いきや、
 
「そういえば異世界人だと信じて貰う手段としては、一つあるんだ。たぶん魔法を見せれば信じて貰えると思うから、鍛錬場に来て欲しい」
 
 と女性陣に告げながら大志は去って行く。
 あからさまなのか天然なのかわざとなのかテンパっているのかは分からないが、とにかく男子勢を無視したことは間違いない。
 先ほど、卓也にあのように言ったのにも関わらずだ。
 なので当然、リルからはもう隠せないほどに怒りが溢れ出ている。
 
「……も、申し訳ないの」
 
 レキータ王が脂汗を先ほど以上に流しながら頭を下げるが、リルは大志の言ったことを一刀両断するように言い放つ。
 
「あたしが言える立場ではないかもしれませんが、まずは礼儀を知ってから出直してこいとお伝え下さい」
 
 別にレキータ王が悪いわけではないのだが、眼光鋭く睨み付けてしまう。
 だから卓也は彼女の肩に優しく触れた。
 
「落ち着け。オレ達は別に喧嘩をしに来たわけじゃないし、ここは他国だ。余計な軋轢を生む必要はないだろ?」
 
 他にも卓也が色々と話し掛けながら彼女を落ち着けようとしているので、和泉が代わりにレキータ王と話す。
 
「差し出がましいとは思うが教育はちゃんとやったほうがいい。異世界人はこの世界で無知同然だ。妙な遠慮は面倒事しか生まない」
 
 異世界人は大切に扱うべし、というのは自分達にとっても嬉しいことだ。
 しかしながら大切に扱うことはイコールで放任というわけではない。
 このままレキータの異世界人が突き進んだ場合、迷惑を被るのはレキータ王国なのだから。
 
「彼が何をやろうとしているのか興味がない。だから俺達は宿に戻らせてもらう」
 
 そう言って全員で頭を下げた。
 もちろんレキータ王も引き留めるつもりはなく、そのまま六人を丁重に送り出した。
 
 
       ◇      ◇
 
 
 途中で食材を買い、宿へと戻ると全員が女性陣が男子部屋へと集まった。
 そこで卓也が先ほどの謁見の間での出来事に思い返して大きく息を吐く。
 
「おおよその想像よりも酷かったな」
 
 ほんの僅かな邂逅だったとはいえ、痛いほど理解させられた。
 今はもう機嫌を直しているが、リルが大層怒ったことも卓也が疲れた要因の一つだ。
 
「そもそも、あの男は何がしたかったのだ?」
 
 レイナにはいまいち理解できない、どころではなく全く理解できない。
 何がしたいのかさっぱりだった。
 
「じゃあ、発端から話すか」
 
 卓也は全員をぐるりと見回すと克也に話し掛ける。
 
「刹那はあれを見た時、こう思っただろ? “知識チート”をやろうとしてるって」
 
 そう、これが事の発端だ。
 紙に書かれてあったのは元の世界にある技術。
 農業であったり、機械関係であったり、はたまた政治であったり。
 実に多種多様なことが日本人という観点から書かれてあった。
 つまりレキータの異世界人がやろうとしているのは、異世界系作品のトレンドの一つである知識チートだと判断できる。
 克也も首肯し、
 
「俺も朋子も同意見だったんだ。だから卓先達にも見せて確証が欲しかった」
 
 そしてリライトに来て卓也達に確認してもらったところ、同意を得られた。
 なので間違いなく、レキータの異世界人は知識チートをやろうとしているはずだ。
 と、これだとレイナ達も意味が分からないだろうから、和泉が知識チートについての説明をレイナ達にする。
 
「俺達がいた世界の小説には、異世界へと渡る物語が多々ある。つまり俺達のような状況を描いた作品がたくさんあるわけだが、大抵の異世界は技術や文明レベルが元々いた世界よりも低い。だからこそ劣った技術に対して新しい技術や知識を使って無双したり発展させたりすることを“知識チート”と呼んでいる」
 
「……なるほど。つまり紙に書いてあったことは、お前達の世界にある技術ということか?」
 
 レイナが確認するように聞き返す。
 けれど和泉は残念そうに首を振った。
 
「レキータの異世界人も勘違いしてたんだろうが、こっちの世界にもある物が多かった。最初の方に列記されてあって尚且つセリアールにあるものといえば、農作物系の簡易的な肥料や農薬であったり米用の千歯こぎであったり、あとはビニールハウス栽培か。読んだ瞬間、何かの冗談かと俺は思った」
 
「優斗がギャグだと疑うくらいだからな」
 
 無論、それら全てセリアールにあるどころか精霊や宝玉がある時点でむしろ劣っている。
 なのにこれで知識チートをやろうとしているのだから、ギャグだと思っても仕方ないだろう。
 
「で、さっきの感じだともう一段階上に考えておいたほうがいい」
 
 卓也は謁見の間での会話を思い出す。
 魔法を見れば分かる、と言ったことからも残念なことに想像できてしまった。
 
「普通の異世界召喚チートも貰ってるってことは、こう考えてたんじゃないか? この世界において俺は最強だ、ってさ。だから知識チートに加えて、最強系も一緒にやろうとしてるくさい」
 
 おそらく魔法で何かしら見せようとしていたのだろう。
 ただ、何をやられても驚くような面子ではないので無駄になった可能性は高い。
 
「和泉。最強系とはどのようなものだ?」
 
 再び謎な単語が出てきたので、レイナが確認を取る。
 
「直球で言えば優斗だ。圧倒的な力で無双することを指す」
 
「なるほど」
 
 単純明快で分かり易かった。
 克也もうんうん、と何度も頷き、
 
「さすが優先。厨二病を具現化した存在だって言われるだけはある」
 
「まあ、キレて口調変わったり詠唱がやたら酷かったり最強の意を持つ大魔法士だったり……あらためて考えなくても酷いな、あいつ。存在自体がギャグにしか思えない」
 
 本人がこの場所にいれば、おそらく顔を真っ赤にしているはずだ。
 もちろんそうなった理由は分かっているものの、端から見ればただのギャグキャラでバグキャラでしかない。
 だから卓也はレキータの異世界人が可哀想に思えてくる。
 
「でも残念なことに、セリアールのチートは一般的な異世界召喚作品と違う点があるから勘違いする要素になるんだよな」
 
 異世界召喚によってチートを得る場合、大別すれば二択だ。
 魔法が凄いレベルで使えるオーソドックスなものか、はたまた不遇と呼ばれる冗談みたいな能力を得られるか。
 どちらにしても結果的には『最強』という言葉に落ち着くが、それでも基本的にはどちらかしかない。
 そしてセリアールのチートは前者である以上、普通に魔法を使って周囲を圧倒するのが最強系ではあるのだが、
 
「勇者の召喚陣以外だと、平凡な奴にはやっぱり相応のチートしかない。だから凡人が何もせずに最強になれたりはしない」
 
 ここが普通の異世界召喚系最強作品とは違う。
 凡人が得られるチートは、最強には届かない。
 
「修は勇者召喚だから一般的なやつよりもチートが上積みされてるらしいけど、それでもこっちの世界で人外の二人はやっぱり日本にいた時でも人外だ。だから何一つ努力もしない奴だと修ぐらいの天才じゃないと、最強になるのは無理だ」
 
 平凡な、という決まり文句から始まる最強展開には決してならない。
 
「むしろオレ的に疑問なのは、どうしてあそこまでやれるんだ?」
 
 少しでもこの世界を知っていれば、容易に無理だと分かることだ。
 そこが分からなくて唸る卓也だが、
 
「どこまでをテンプレの範囲だと決めつけるか、だろう」
 
 和泉はある程度、理解を示すことができる。
 なぜ彼があそこまでのことをやったのかを。
 
「異世界召喚はファンタジーな代物であり当然、現実味がない。だから異世界に召喚されチートが付随しているのであれば、考え無しにテンプレへ沿おうとしてもおかしくはないのかもしれない。俺達もある程度テンプレだと思っただろう?」
 
「まあ、勇者と魔法はテンプレだと思ったな。あとは家庭教師についてくれたクリスが女じゃなかったことに和泉が叫んだぐらいか」
 
 確かに一定ラインまではテンプレだと思った。
 それはアニメやライトノベル、マンガなどに精通していればそのように考えてもおかしくない。
 
「要するにどこまでテンプレだと思うかによって、行動も考え無しに突き進んでいく」
 
 そしてオタク文化に嵌まっていれば、それこそ簡単に拗らせてしまう。
 
「優斗曰く、どこの時代でも世界でも変わりなく『こうだ』と決めつける人間はいる。例を挙げれば“異世界は中世ヨーロッパに似た世界であり、技術レベルも文明レベルも今の日本より確実に劣っている”とな。だからレキータの異世界人の頭の中では、紙に列記したことも最強系も出来ると勘違いしているのかもしれない」
 
 和泉の説明に全員がある程度の理解を示す。
 と、ここでレイナが苦虫を噛んだように眉を寄せた。
 
「しかしあいつの視線は気に食わない。まるで私達を審査するような目つきだった。特に私とリル、ミルに対してだが」
 
 初めて顔を合わせた時と、自己紹介をした時の二回。
 両方とも、レキータの異世界人は三人のことを意識していた。
 一応、見つめたりはしてきていないが、それでもレイナぐらいの人物であれば視線の不審さは簡単に分かる。
 と、卓也もここであることに気付いた。
 
「あれ? そういえばあの人、どうしてオレ達に異世界人だって自己紹介したんだ?」
 
 今までの考えが間違ってるとは思えない。
 しかし、それだと彼の行動はどうにもおかしい。
 もし自分のことを貴重で重要だと思っているのなら、初対面の自分達に異世界人だとバラす理屈がない。
 
「ふむ。単純に女好きだと思っていたが、こういう可能性もなくはない」
 
 あの挨拶で単純に女好きなのだろうと和泉は勝手に考えていたが、もしかしたらそれもテンプレに含まれる一種の行動だとすれば、
 
「“異世界チーレム”ができる、と考えているなら納得できる。……ん? 結局は女好きに変わりはないのか」
 
 瞬間、卓也と克也がぐったりとした。
 あまりにもあり得そうで怖い……というより、おそらくはそうなのだろうと思ってしまう。
 
「克也。ちーれむ、って?」
 
「凄い能力や知識を見せつけて美少女達が惚れてくる。つまりチートでハーレムを作るからチーレムって略称になってるんだ」
 
 まあ、現実でも何かしら長所に惚れることは多いわけだが、それがチートによって成立しているからこその略称だ。
 するとリルが首を捻りながら和泉に問い掛ける。
 
「つまり与えられた能力を見せたら、女の子が惚れるの?」
 
「そういうわけだ。リルも卓也のチートによる凄いところを見て惚れただろう? それに近いものだと考えてくれればいい」
 
 無論、からかっているのが丸わかりの言い分だ。
 チートやらで惚れるなら絶対に卓也は選ばれず、確実に優斗か修に惚れることになる。
 そんなことは誰だって分かっていることなのだが、リルは先ほどの怒りの名残でもあるのか反射的に言い返した。
 
「違うわよ! あたしが卓也に惚れたのは一生懸命にあたしを守ってくれたところ! それに卓也はあたしが文句言っても一緒にいてくれたし、あたしの駄目なところを教えてくれたし、あたしのために上級防御魔法を使えるようになってくれたし、あたしのことをちゃんと大事にしてくれてるし、どれだけ凄いことやってちやほやされようとあたし以外の女なんて見ないし、あたしだって卓也がずっと好きでいてくれるように努力してるわ!」
 
 一息で並べられた卓也の長所。
 あまりの量に和泉がくつくつを笑い声を漏らし、レイナが呆れながら和泉の頭をド突いたところでリルもからかわれていることに気付いたのだが、
 
「……瑠璃色の君の本気を見た」
 
「リル、可愛い」
 
 これが書店に並べられる二人の実力なのだと克也とミルが甚く感動していた。
 和泉は未だに笑いながら今度は卓也をからかう。
 
「感想はどうだ?」
 
「……頼む。何も言わないでくれ」
 
 顔どころか首まで真っ赤にさせた卓也が目を手で覆う。
 嬉しいやら恥ずかしいやら照れるやらで大惨事になっていた。
 和泉は満足したように何度も頷くと、
 
「さて、話を戻すぞ。異世界チーレムをやろうとしているのであればレキータの異世界人の側には美人がいなかったか、もしくは他の美人には逃げられたと考えられる。そして今回、あいつの前に美少女達が現れた」
 
 リル、レイナ、ミルの三人。
 客観的に美少女やら美女だと言える女性達がレキータの異世界人の前に登場したとなると、
 
「つまりイベント発生だ。お前達をハーレムメンバーとして目を付けた可能性がある」
 
 あれほど拗らせているのであれば、短絡的に考えてもおかしくはない。
 レイナは腕を組み考えながら自身のことやリル、ミルの立場を考え、
 
「私やミルはまだかろうじて理解可能な範囲ではあるが、リルを狙うとなると様々なところで暴動が起きるだろうに」
 
 誰かが手出しをすれば、周囲が一番黙っていないカップルの片割れだ。
 手を出すのは愚か以外に表現できる言葉がない。
 
「でも、もう、終わったこと」
 
 するとミルが端的に結論を述べた。
 そもそも付いてこいと言われて付いていかなかった以上、自分達に関わろうとするはずがない。
 確かにそうかと誰もが納得すると、ミルは未だ赤らめた顔を扇いでいる卓也に声を掛ける。
 
「だからタクヤ、料理、つくろう」
 
 彼女が今日、一番やりたいのは異世界の料理を作ること。
 レキータの異世界人など心底どうでもいい。
 卓也も火照りが僅かばかりではあるが落ち着いたので、立ち上がって食材が入った袋を手に取る。
 
「そうだな。それじゃ、作るとするか」
 
 
 



[41560] guard&wisdom:料理をする理由
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:af9bacac
Date: 2016/03/04 20:35
 
 
 台所には卓也とミル、そしてリルがサポートとして立っていた。
 買ってきた食材を並べて、卓也はリルに今日作る料理名を伝える。
 
「今日作るのは、おふくろの味とか男の胃袋を掴むとか言われてる肉じゃがだ。異世界人の男は大体、好きな料理だな」
 
「男の胃袋を、掴む?」
 
 どういう意味なのだろうかとミルは首を捻る。
 
「言い方を変えると『君の料理を毎日食べたい』って感じか。異世界人は料理できる女の子に弱いから」
 
 料理もさることながら、やはりこれが一番ポイントが高い。
 エプロンを着けている姿でワンポイント。
 料理を作っている姿でツーポイント。
 作った料理を食べることでスリーポイント。
 加えてリルの場合、時折照れながら出すのでおまけとしてフォーポイント。
 さらに美味しいと言ってくれるか、ちらちらと確認してくる視線でファイブポイント。
 要するに卓也としてはリルに五回惚れ直してしまうのが彼女の手料理ということになる。
 
「毎日、食べたい……」
 
 一方でミルも頭の中で想像してみる。
 どこぞの誰かに『ミルの料理なら毎日食べたいぞ』とお言われる姿を。
 
「頑張る」
 
 すると彼女としては珍しく、かなり気合いの入った様子が見られた。
 
「なんかミル、燃えてない?」
 
「誰で想像したのか、ちょっと訊いてみたい気もするけどな」
 
 卓也とリルがくすくすを笑いながら、調理を開始する。
 
「まずは野菜を切るか」
 
 じゃがいもとニンジンを小さめに乱切りし、タマネギはくし型に切っていく。
 そして切り終わると今度はみりん、砂糖、醤油、水を混ぜて煮汁を作る。
 
「で、次は野菜を炒めるわけだけど、この料理に関しては順番に正解がない。何度も作っていく過程で自分が一番美味しいと思える順番を探し出すしかない」
 
 卓也はニンジンとじゃがいもを炒めながら説明を加える。
 
「あくまでオレの場合はニンジンとジャガイモを炒めたら、あとは作った煮汁に全部入れて加熱していく。人によっては肉も野菜も炒めるし、水を入れて野菜ぶっ込んで沸騰させてアクを取ってから調味料を入れて煮詰める人もいる」
 
 あくまで卓也は野菜や肉の旨味がこうすれば出ると思って作っているだけだ。
 なので人によって作り方がかなり変わっていく。
 ミルは少し悩んだようだが、
 
「じゃあ、豚肉と野菜、炒めてから、作ってみる」
 
 卓也と違う作り方をしてみて、どうなるかを選んだ。
 ミルはじゃがいも、ニンジンを炒めるとタマネギと肉を入れ、さらに色合いがよくなってから水と酒を入れた鍋を沸騰させた。
 その中にフライパンで炒めたものを入れて砂糖、醤油、みりんを使い味を整えていく。
 一方で卓也はあらかじめ作った煮汁に食材を入れ、中火で熱していく。
 二人とも鍋に蓋をしたところで、卓也はふと思い出す。
 
「そういえばレキータの異世界人が書いたやつに調味料も色々と書いてあったな。味噌やら醤油やら」
 
 作り方みたいなのも書いてあったが、すでにあるのに作り方を書いてどうするのだろうか。
 さすがにメジャーな取り扱いをされている調味料は少ないが、それでも普通に売っているというのに。
 
「異世界にあって、こっちにないのとか、ある?」
 
「オレが知ってるやつは大体、揃ってるよ。元々この世界にもあったか、オレ達以前の異世界人が作ったんだと思う。オレ達がいた国の調味料って世界的に結構異質だしな」
 
 特に味噌などは好き嫌いの差が激しいのではないだろうか。
 リルが盛り付け用の皿を準備しながら、少し驚きの様子を見せる。
 
「わざわざ作ったのかもしれない、ってこと?」
 
「食に関する気合いだけは凄いんだよ、異世界人って」
 
 毒を持っているフグをどうにか食べようとしたり、などなど。
 いくら美味しいと聞いたとはいえ、なぜそこまでして食べたいのかと質問したいぐらいに。
 そして味を調えながら十分に煮たところでじゃがいもに箸を通し、柔らかくなったことを確認する。
 
「本来だったら煮詰めたあとに冷まして味を染み込ませるところなんだけど、さすがに遅くなるから今日はなし。ただ美味しく作るなら味を染み込ませるのは重要だから、覚えておくように」
 
 と、卓也が説明してることに対してリルはあることに気付いた。
 
「今日、小さめに切ったのは、そのため?」
 
 おそらく少しでも染み込ませる為に小さくしたのだろう。
 卓也も頷いた。
 
「煮崩れするかもしれなかったけど、少しは工夫しないとな」
 
 
 
 
 他にも幾つかのおかずを作り、食卓へと並べる。
 そして全員で手を合わせ、夕食が始まった。
 もちろんおかずのメインは肉じゃがであり、二つの器に入れられた肉じゃがを各々の箸がひっきりなしに捉えていく。
 ミルは克也がどちらの肉じゃがも食べたところで訊いてみることにした。
 
「どっちが、美味しい?」
 
「そうだな……。やっぱり卓先のほうが一日の長があると思うから美味い。けれどミルのも十分、美味しいぞ。味付けの好みとしては、ミルの肉じゃがのほうが好きだ」
 
 パクパクと食べながら克也は素直に答える。
 ミルは少しだけ目を見開いたあと、僅かに笑みを零した。
 
「じゃあ、また、作る」
 
「面倒じゃないか?」
 
「毎日でも、だいじょうぶ」
 
「……うーん。そこまでは迷惑掛けられないが作ってくれるのは本当に嬉しい。朋子も喜ぶ」
 
「うん」
 
 微笑ましい雰囲気になり、周囲の面々の表情も和らぐ。
 卓也も和泉とレイナに一応ではあるが訊いてみた。
 
「お前達はどっちが好みなんだ?」
 
「両方美味い」
 
「どちらも美味しいでは……その、駄目か?」
 
 元々、しっかりとした答えを期待していたわけではないが、それでも酷い返答だと思って卓也は苦笑する。
 
「やっぱり批評を訊くのはクリスが一番だな」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 食事も終わり、お風呂に入ったあとは男女別で部屋に入っていく。
 そして素直に就寝……とはならない。
 明かりは消してあるのだがリル達はベッドを寄せ、まるで修学旅行の夜のような状況になっていた。
 
「そういえばミルって料理が上手よね」
 
「もともと、作らされてた。マサキが助ける前と、助けてくれた後も」
 
 前者の時は奴隷のような扱いだったから。
 後者の場合はそうしないと居場所がなかったから。
 だから料理を作ってきた。
 
「今回、異世界の料理を教えてもらったのも、セツナがフィンドの勇者の時と同じことを思ったから?」
 
「ううん。マサキの時とは、ちょっと違う。克也は食べたいとか、言ってない」
 
 日本料理が恋しいとか、そういうことは聞いてない。
 そもそも、ちょっとしたものなら卓也が教えたので朋子も克也も作ることができる。
 
「元気づけたいとか、そうじゃない。克也の為とか、それだけじゃない」
 
 正樹の時は彼が恋しそうにしていたから作ろうと思った。
 けれど今回は違う。
 
「作ってあげたいし、作りたい。嬉しくなってほしいし、嬉しくさせたい」
 
 本当に自発的なものだ。
 別に頼まれたわけではないし、日本料理を食べていないことに不満を言われたわけでもない。
 
「ただ、喜ぶ克也やトモコを、わたしが見たい」
 
 だから教えてもらった。
 自分が料理を作って二人を喜ばせたいから。
 本当の意味で自発的に料理を作ろうと思った。
 
「でも、料理っていったら、リルは変」
 
「どこがよ?」
 
「料理ができる王女、聞いたことない」
 
 ミルの言葉にレイナが吹き出す。
 
「確かに私もリル以外は知らないな」
 
 そもそも貴族の令嬢でさえ作れる女性は限りなく少ない。
 作る機会もなければ、作ろうとも思わないからだ。
 無論のことそれが悪いわけではなく、コックの重用と雇用にも繋がっている。
 つまりあからさまにおかしいのはリルなわけだが、彼女は平然と答えた。
 
「だって卓也と一緒にいたかったのよ」
 
 リルとて彼が料理好きでなければ、絶対にやることはなかった。
 けれど自分の婚約者は料理が趣味で、しかもかなりの頻度で調理場に立つ。
 であれば、自分が料理をするようになれば一緒にいる時間が増えるのは必然。
 
「フィオナが言ってたけど、隣で一緒に料理してると触れる機会が増えるのはいいわよね」
 
 偶然の接触とはいえ嬉しいものは嬉しい。
 今は料理を作るのも楽しいと思えてきたので、一石二鳥になっている。
 と、リルは『触れる』という単語で気になったことがあった。
 
「そういえばミルってセツナには触れられるのよね?」
 
「うん。あとはマサキ」
 
 現状、彼女が触れる男は二人のみ。
 優斗と卓也は袖を引っ張るぐらいは可能だが、触れることはできない。
 
「どれくらいまで大丈夫なの?」
 
「マサキは、腕に触れるぐらい。克也はほっぺにちゅー、まで」
 
 予想していなかった剛速球がミルから投げ込まれて、リルは呆然とする。
 
「……意外と進んでたわね」
 
 恋人同士ではないというのに、まさかのほっぺにちゅー。
 何があればそんなことをやる状況になるのか、リルにはちょっと想像できない。
 一方でレイナは二人の関係性や年齢から鑑みて、出てきた単語は一つのみ。
 
「は、破廉恥だ」
 
「破廉恥、なの?」
 
 小首を傾げるミルに対して、リルは大げさに肩を竦める仕草をした。
 
「あたしと卓也なんてその破廉恥以上のことを文章にされた挙げ句、世界中で読まれてるんだけど」
 
 普通にキスしたところもラストの見せ場として描かれている。
 おそらくレイナが同じことをやって文章になったとしたら、恥ずかしさのあまり地底に埋もれて死んでいるだろう。
 
「そもそもイズミとどこまでやったのよ? もうキスはしたの?」
 
「む、むむ、無理だ! まだ早い!」
 
 顔を真っ赤にしながら否定の言葉を口にするレイナ。
 
「……えっ? 付き合って四ヶ月以上経ってるわよね?」
 
 リルは指を折りながら月日を数えた。
 三月の終わりから付き合っているのだから、すでに四ヶ月は経っているはずだ。
 
「手は握れるのよね?」
 
「……時々でなければ心臓が破裂する」
 
「ほっぺにちゅーは?」
 
「……一度やったが、死ぬほど恥ずかしかった。おそらく次にやると心臓が止まる」
 
 なんかもう酷い答えしか返ってこない。
 リルは頬杖をつきながら溜め息を吐く。
 
「ヘタレ過ぎやしないかしら?」
 
「し、しかしだな。やはり結婚前なのだから清く正しく付き合わなければならない」
 
 うんうん、と無理矢理頷きながら自分を肯定するレイナ。
 二人が納得しているならいいかもしれないが、どちらにしろヘタレなのは間違いない。
 
「まあ、和泉も卓也みたいに疑われるような行動は絶対に取らないし、そんな感じでも安心できる男なのは間違いないけどね」
 
 二人とも変に疑われるようなことは絶対にしない。
 
「迂闊に女の人に、触れないこと?」
 
「そうよ。ココだけは別だけどね」
 
 彼女に関してはしょうがない。
 女性陣の中でも唯一、ある意味で特別な扱いをされている。
 
「嫉妬とか、する?」
 
「前は嫉妬したわよ」
 
 特に卓也は他と比べてもとりわけ仲が良い。
 リルとて無条件で信じられるわけもなく、最初の頃はやっぱり嫉妬した。
 
「今は?」
 
 ミルが訊いてみると、なぜかリルは呆れた様子で答える。
 
「それがフィグナ邸に行った時のことなんだけどね、あたしが到着した時にはココがあたしのデザートを食べちゃってたのよ。で、そのデザートが会心の作だった卓也が怒って逆エビ固めを極めてたの。その時、あたしは『あっ、この子に嫉妬するのは無理だわ』って悟ったわ」
 
 思いっきり床をタップしながら『リ、リルさん助けてください!!』と叫んでいるココに、『会心だって言っただろバカ!!』と怒鳴りながら逆エビ固めを極めている卓也を見てしまっては、むしろどうやって嫉妬するのかを逆に教えて欲しい。
 
「たぶん、お互い着替えとかに遭遇しても平然とスルーするわよ。あの二人だったら」
 
 家族は異性として意識しないというが、まさしくそれだ。
 ココは卓也のことを異性として意識することは一ミリもないどころか無であり、卓也も同様だ。
 
「だからまあ、卓也とココがじゃれてる時はココを女だとは見なしてないわ」
 
 ある意味で相性は素晴らしく良いから最初の時点でココが家庭教師になったのだろうが、男女という観点ではまさしく論外中の論外――キングオブ論外だ。
 


 



[41560] guard&wisdom:『異世界』とは、全てが同じではない
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:af9bacac
Date: 2016/03/04 20:48
 
 翌朝。
 朝食は簡単なものを作り、全員で食べながら帰るまでの予定を話していたのだが、
 
「朝早くから、大変申し訳ありません。昨日皆様とお話しさせていただいた、側近のクロノと申します」
 
 昨日、レキータの異世界人の情報を教えてくれた側近が卓也達の前に現れた。
 彼は深々と頭を下げながら、若干悲壮な様子でお願いしたいことがあると伝えてくる。
 嫌な予感しかしない卓也達だが、無碍にあしらうのも可哀想だった。
 なのでお願いを受けるかどうするかは内容を知ってから、と踏まえた上で聞くことにする。
 側近は何度も感謝の意を述べてから、昨日から今日にかけて起こった出来事を話してきた。
 
「昨日、イズミ様より教えていただいたことを踏まえ、王はタイシ様にカツヤ様が異世界人であることを伝えました。また書かれてある内容はこちらにもある技術だ、と。ところがタイシ様は少し考える様子を見せたあとに“情報の口外及び無断使用しない為の誓約書”というものにサインをさせる必要がある、と言い出した次第で……。私も詳しくは理解できませんでしたが、迂闊に異世界の知識を使用してしまえば各国のバランスが崩れるらしいのです。さらにこちらにもある、とのように言ったのはカツヤ様方の策略だとも」
 
 開いた口が塞がらない、というのはこのことを言うのだろう。
 特に卓也と和泉はがっくりと項垂れた。
 
「……ぶっ飛んだ話がやって来たな」
 
「俺も教育はしたほうがいいと言ったが、これは想像すらしていなかった」
 
 まさか穿った理解のされ方をするとは思わず、ぐったりしてしまう。
 
「もちろんのこと王は皆様を信用なさっており必要ないと仰っているのですが、今朝もタイシ様に様々なことを言われ大変お困りの様子で……。故に独断ではありますが、リル様方にお力添えを願えないかと失礼を承知で伺った次第なのです」
 
 側近は話していくうちに悲壮感が増しすぎて、顔が青ざめている。
 身内の恥、というわけではないのだろうがレキータの恥には違いないのだろう。
 
「レキータ王が憐れすぎる」
 
 さすがの和泉も同情してしまった。
 修や優斗、正樹はある意味で酷いのであって、今まで知ってきた異世界人の中で飛び抜けて酷い。
 レイナは口元に手を当て考えながら、
 
「これは国を通したほうがいい話ではないか?」
 
「……こんな馬鹿なことで王様に迷惑を掛けたくないんだけど」
 
 卓也が未だげんなりしながら答える。
 側近がさらに青ざめたことに克也が気付き、慌てて話を変える。
 
「せ、誓約書とやらに署名するのは駄目なのか? どうせ意味がないのだから問題ないはずだろう?」
 
「少なくともオレ達としては、面倒くさいからって理由で勝手に署名するのは不味い」
 
 王様などの上にいる人間に確認か同意を得てから書く必要がある。
 和泉も卓也に同意した。
 
「個々人で片付くのであれば署名したところで問題ないが、レキータの異世界人は国としての立場を主張するだろうから面倒になるはずだ。加えて署名したことをリライト・リステルの両国に知られた場合、レキータ王国が大惨事になるからやめたほうがいい」
 
「えっ? どうしてなんだズミ先?」
 
 いきなり話の規模が大きくなったが、なぜそうなってしまうのだろうか。
 和泉は克也の問い掛けに対し、単純なことだと前置きしながら話す。
 
「今回の件はレキータ王国がイエラートに相談し、俺達はイエラートから情報の補強を頼まれた。そして相談内容については刹那が無意味だと説明したにも関わらず、レキータの異世界人は信じなかった。つまりこれは刹那どころかリライトの異世界人のことも信じていないことになる。それはそれで信じるも信じないも構わないんだが、俺達がふざけた誓約書に署名した場合はこいつらの周りに黙っていられない連中が多すぎる」
 
 卓也とリルを指差しながら和泉は淡々と説明する。
 
「まずタクヤのことを信じない上に二人へ無礼を働いたことでリステル王国の爆ギレが始まり、リライトにいる魔王と魔女がレキータ王国を虐める為に嬉々として勇者や六将魔法士、他国の王女など大物を巻き込んで大惨事に“する”ことは確定しているようなものだ。最後に世界中から王族貴族平民問わず非難がやってくるから、どうあがいても詰みになる」
 
 そうなってしまえば、レキータ王国は悲惨どころではない状況に追い込まれる。
 もちろん問題児はこちらではなくレキータの異世界人なので、遠慮する必要が一切ないことも拍車を掛けるだろう。
 
「ということで、とりあえず現状の問題をまとめたいところだが……」
 
 和泉は側近の方を向いて少し考える。
 
「確認しておいたほうが無難か」
 
 そして真っ正直に和泉は問い掛けた。
 
「俺と卓也について“どれくらい”まで知っている?」
 
 一体、どの程度まで卓也達の情報を知っているのか。
 和泉は前置きも何もせずに問う。
 側近は僅かに困惑した素振りを見せたものの、すぐに返答した。
 
「タクヤ様はリル様の婚約者であり、イズミ様はタクヤ様のご友人だということは知っています。ですが予想を言わせていただけるのであれば、お二方も異世界人なのではないかと考えております」
 
 そして的確に答えた側近に対して和泉はなるほど、と頷いた。
 彼の言っていることが事実なのか、それとも事実ではないのかはどうでもいい。
 情報を統合して考えれば和泉達が異世界人だと察するのは容易であり、例えレキータ王が与太話で口を滑らせたとしても目くじらを立てる必要もない。
 ただ和泉にとっては自分達が『異世界人であること』を知っているほうが、話がしやすかった。
 
「確かに俺も卓也も異世界人だから予想は合ってる。ただしこの話を広めようとした場合、うちの王様が許可を取って他国にも敷いている箝口令に引っ掛かり禁固となるから気を付けて欲しい」
 
 そもそも王様が卓也達に『普通の学生生活』をさせる為に秘匿しているのであって、何かしら厄介なことがあって問題解決の為に名乗るのは構わないと教わっている。
 伝えてくれた際、主な視線の先にいたのは優斗と修だったが。
 側近は和泉の説明にすぐ頷き、
 
「承知致しました。あとは皆様のご友人でいえば、ユウト様が大魔法士様ということも存じております。大魔法士様の情報は各国の王、または王へ近しい者達には開示することを許されていますので」
 
「把握した」
 
 加えて優斗が大魔法士だということを知っていれば、『瑠璃色の君へ』さえ読んでいれば容易に辿り着く。
 大魔法士ユウト=フィーア=ミヤガワとユウト・ミヤガワが同一人物である、と。
 であればさらに話がしやすくなった。
 和泉は問題点を幾つか挙げていく。
 
「まず一つ目。俺達はこんな残念なことで王様に迷惑を掛けたくない、ということ。基本的にリライトは異世界人が騒動に巻き込まれた場合、王様が責任を持って動いてくれるからだ」
 
 優斗の場合はとんでもない状況が多いが、一人で勝手に片付けて事後報告が多い。
 ダラダラと長引かせる理由もないのでちゃっちゃかやっているわけだが、それでも王様は最終的な責任は自分にあると言い切る。
 つまり今回の件も王様が責任を持って片付けてくれるだろうが、こんな馬鹿なことで迷惑は掛けたくない。
 
「二つ目。誓約書にサインをした場合、レキータ王国がボロクソに言われることが確定する。それはそっちとしても避けておきたいだろう?」
 
「ちなみに可能性はどれほどでしょうか?」
 
「卓也とリルに熱狂しているリステル王国、敵とみなせば六将魔法士や他国の勇者、王族さえも物理と精神を滅多打ちしてへし折る大魔法士と王女が俺達の仲間だ。可能性は高いと考えたほうがいい。それに例え俺達が止めたとしても大魔法士が水面下で動いた場合、俺達ではおそらく気付けない」
 
 無駄すぎるくらいに能力があるので、表向き平然を装っても裏で何かをやる可能性だってある。
 
「つまり俺達は理由が違えど、レキータの異世界人をどうにかしないといけないわけだ」
 
「そのようですね」
 
 意見が一致したところで、どうやって解決するのかを相談する。
 まずはレイナが最初に意見を出した。
 
「レキータの異世界人に直接言うのが一番手っ取り早いのではないか?」
 
 主に優斗がよくやる方法だが、確かに解決手段としては単純明快で楽ではある。
 しかし優斗は煽ったり貶すだけなので、そもそも相手を説得するどころか理解を求めていない。
 ただ単純にへし折っていく方法だと現状では全く参考にならない。
 
「あたし、そもそもあいつと会いたくないわ」
 
「同じ」
 
 リルとミルが会うことすら嫌だと言う。
 確かに卓也をおろそかに扱い、男が苦手なのに不用意に近付いてくる相手ではそうなっても仕方ない。
 
「それに俺達が言うことを真っ当に聞くとは思えない。だとすればレキータ王に説明したほうが楽なはずだ。俺達が失敗したのはレキータ王に対して内容を詳しく説明しなかったことで、その程度で終わると楽観視していたのは問題だった」
 
「……いや、普通終わるだろ」
 
 現にレキータ王はそれで納得してくれたのだから。
 卓也の辟易したような言葉に和泉は肩を竦めた。
 
「残念ながらレキータの異世界人が普通じゃなかった、ということだ」
 
 そして絶対的に考えが足りていない点が一つある。
 
「何より技術はメリットだけではなく、デメリットもあることをレキータの異世界人は知らない」
 
 
        ◇      ◇
 
 
 話し合った結果、やはりレキータ王に説明するのが一番楽で問題が起こらないだろう、という結論に至った。
 特にリルとミルはレキータの異世界人とうっかり出会ったとしても、会話はしないことを取り決める。
 本来なら男共で行ければいいのだが、何かの拍子で誘拐される可能性を考慮したらレイナが離れることを不許可。
 なので結局、全員で王城へと向かうことにした。
 側近が謁見の間の状況を確認すると第一ラウンドは終わっていたらしく、妙に疲れていたレキータ王がいたらしい。
 けれど卓也達が話に来たと知るや、すぐに招き入れてくれた。
 そしてレキータの異世界人がやって来たとしても絶対に入室させないよう兵士に言付けて、レキータ王は卓也達から話を聞く体勢を取った。
 加えて問題児に後で何と言われようと構わないので、書記を呼んで説明したことを書いてもらうことにする。
 和泉を中心に解説はスムーズに行われ、内容は終盤に書かれている“レキータの異世界人的重要技術”に差し掛かる。
 
「次は蒸気機関についての説明なんだが……、技術自体は昔の技術を載せている本に記述されていた記憶がある。どうだ?」
 
「はい。過去に存在した技術の一つです」
 
 側近が頷いたのを見て、和泉も同様に頷いた。
 逆に卓也は少し驚いた様子を見せ、
 
「和泉、あったのか?」
 
「存在はしていたが、魔法科学の発展によって必要なくなった。重い物を運ぶ、持ち上げるにしても宝玉一つあれば片が着く」
 
 つまり必要とされていないから消えてしまった、というわけだ。
 魔法や精霊術がある以上、わざわざ発展させるメリットがなかったとも言える。
 
「……そういえばギルドで建築系の依頼といえば宝玉への魔力補充とか、重力系を使える魔法士や地系統に強い精霊術士募集とかだったな」
 
 卓也自身は依頼を受けたことはないが、そういったものが張り出されていたことは覚えている。
 そして精霊術士で戦闘に特化した者がほとんどいない理由もそこにあった。
 もちろん精霊術士に戦闘を好まない人物が多いのも確かだが、精霊術の利便性は魔法と比べて群を抜いている。
 特に生活基盤である家に関係することは基本的に精霊術士が関わっていた。
 材料一つとっても、地の精霊に作り方を教えてもらったり作ってもらったりと密接な関係であることに加え、世界の構成を担う精霊に訊いていることで無用に自然を傷つけることもない。
 故に精霊術士は戦闘とは別方面で重用されている、というわけだ。
 
「ズミ先、じゃあ知識チートで蒸気機関って造れないのか?」
 
 克也が訊いてみると、和泉は「セリアールでは難しい」と端的に答えた。
 
「一応は本に記載されているとはいえ誰一人専門知識がないというのに、絵と文章を見せただけで完成させるには膨大な時間が必要だ。これには重要どころである圧力負荷が缶体のどこに掛かるか計算されていないし、水処理をどうするのか書かれていない。現代知識を使ってチートをするにはあまりに手落ちだ」
 
 手に持った紙をひらひらとさせながら、和泉は問題点を述べていく。
 
「この装置は通常の何倍もの圧力を缶体に掛けるような代物だ。少しの傷があれば最悪の場合、亀裂が入り壊れる。かといって傷があっても問題ないように缶体自体を厚くすれば、次は熱が上手く伝わらない。これを言葉や絵だけで伝えてすぐに出来ると俺は思えない」
 
 しかもいきなり裂けた場合、周囲への被害が懸念される。
 少なくとも素人が気軽に手を出せるようなものではない。
 
「あとは水についてだが、蒸気機関の水にまつわる問題は単純に言って何だと思う?」
 
「えっと……何なんだ、ズミ先?」
 
 克也にはさすがに分からない。
 むしろ平然と答えられる和泉がおかしいのだが、彼は至極平然とした表情を答えた。
 
「蒸気機関の材質は伝熱を考えて大体が鋼か鋳鉄だ。要するに水に含まれる鉄分が錆の発生源となり、これが問題となる。これは傷がある場合、殊更に問題が酷くなるんだが今は置いておこう。もう一つは水を蒸気機関内で加熱し蒸発させた場合、不純物を“濃縮”させて物体にする」
 
「……濃縮? 水って気化して消えるだけじゃないのか?」
 
 影も形も無くなってしまう、と思っていた克也は驚きで目を見開いた。
 しかし和泉は首を振ってさらに解説を加えていく。
 
「水というものは大体がカルシウムや鉄分など水を構成する以外の成分も含んでいて、純然たる水というものは作らなければほぼ存在しない。海水を蒸発させると塩が出来るだろう? それと同じようなもので、水が蒸発すると不純物が固形化する。おそらくこの世界の水も場所によって様々だろうが、色々な成分が含まれているはずだ。各家庭で飲み水としても使用されている宝玉で作られた水――水魔法も同様で、これらも電気を通すことから不純物を交えていると推察できる」
 
 あくまで法則が地球と同じであれば、という仮定での話だ。
 しかし魔法という論外要素を除けば大凡は同じ法則であると和泉は思っている。
 
「つまり缶内で大量の水を蒸発させると水以外の成分が固形化し缶体底部に沈殿する。向こうの世界ではその面倒を減らすために超純水――不純物を取り除いた水を使っている場合もある。少なくとも水処理を行うことが普通だ」
 
 蒸気機関というのは圧力負荷による部品や缶体の故障。
 もしくは水によってスケールと呼ばれるゴミが蒸気機関内に発生し、能力低下してしまうことが一番の問題だ。
 密閉している蒸気機関を解放して清掃することは問わずとも必須となる。
 
「要するに造っただけで終わりと考えているのであれば、一年も持たずに壊れる。そもそもレキータの異世界人が書いたものは通常よりもサイズが大きく、日本でも法令点検が必要なものだ。ズブの素人が造るのだとしたら、それこそ飾りの知識だけで済むわけもなく精霊術士と打ち合わせを密に行って作る必要がある」
 
 精霊術士と相談し造れば、おそらく問題なく造れるだろう。
 求めている材料や構成などを伝えて精霊が応えてくれるのであれば、まず問題など起こらない。
 けれどそれが純然たる知識チートと呼べるのかどうかは難しいところだ。
 
「無論、蒸気を発生させる装置どころか蒸気を利用する先――ピストンなどについてもしっかりと書いている作品は山ほどある。だからレキータの異世界人がちゃんと書いてある作品を読んでいれば良かったんだが……。どうやら今までの情報を統合すると、そうじゃないことは明白だ」
 
 絵を描き、言葉として伝え、それで造れてしまうのであれば和泉とて今頃は億万長者になっている。
 けれど現実は未だにカメラを改良しており、知識チートとは掛け離れた状況でしかない。
 
「それに彼が好んで読んでいるであろう知識チートの蒸気機関開発において問題が起こらないのは、地球とは違う水質であったり技術者に知識は無かろうと精度の高い製造技術を持っている等の理由があるからこそ成功する。つまりレキータの異世界人は自分が読んだ小説の異世界とセリアールを『異世界』という単語で一纏めにしているわけだ」
 
 異世界は全てが同一の世界ではない。
 作品別に異なる世界設定があり、世界観がある。
 蒸気機関を発明して問題が起こらず成功するのは、日本ともセリアールとも違う世界だからだ。
 問題が起こらない材質や水質を最初から持っている異世界に対し、この世界は少なくとも問題になってしまう。
 だというのに同じ方法論を用いるのは悪手でしかない。
 
「お前のこういう系統に関する蘊蓄は優斗以上に凄まじいよな」
 
 卓也も呆れ半分に笑う。
 優斗でも理解していない領域に対して、平然と足を踏み入れるどころかどっぷりと浸かっているのが和泉だ。
 知識量という点において彼に勝る者はいない。
 
「俺も技術系の人間だ。だから高校一年の時に知識チート系の作品を読んでテンションが上がった結果、どこまで実際に出来るのかと調べたことがある。そして蒸気機関についても中世ヨーロッパ程度の技術力で地球と異世界が同等の材質や水質構成だと仮定した場合、深く調べれば調べるほど不可能に近いことが分かった。そこから導き出して検討した結果、材質も水質も地球とは違うのだろうという結論に至るしかなかった」
 
 和泉がここまで言えるのは、自分が過去に同様の失敗をしたからだ。
 知識チートであれば自分でも楽に妄想できるだろう、といった気軽な考えがあったから。
 そして凝り性なので地球と同一の材質や物質、水質であると一つの仮定を加えてしまった結果、どうあがいても難しいという結論を出すしかなかった。
 
「そもそも日本に近いトイレやシャワーがある時点で『圧力』というものをこの世界が知ってることは気付くべきなんだが……まあ、どうでもいいことだ。つまり魔法や精霊術があるから蒸気機関を発展させる必要性がない、ということだ」
 
 なので作ろうとしてところで無駄。
 他にもっと楽に扱える代替品があるというのに、わざわざ作るメリットはない。
 
「次に民主主義への転換についてだが……」
 
 和泉、卓也、克也は顔を見合わせる。
 
「二人は何か言えることはあるか? ちなみに俺は何もないからパスだ」
 
「政治とかよく分からないから、オレも何も言えない。パスだな」
 
「無茶を言うな、ズミ先。俺もパスさせてもらう」
 
 自国は何一つ問題ないので、やれ民主主義にしようとレキータの異世界人が言ったところで同意できない。
 そもそも他国の政治に首を突っ込む義理も覚悟も知識もない。
 
「これは勝手に身内で話し合ってくれ。以上だ」
 
 和泉が答えると同時、レキータ王と側近が眉ねを揉みほぐした。
 おそらく面倒過ぎて疲れたのだろう。
 けれどこちら側としてはさっさと終わらせたいので、最後に書かれてある文章を読み上げる。
 
「最後は工場を建設し大量生産によるコストカット……とあるんだが、そもそも今まで書かれてある物は全て潰していったので必要がない。加えてレキータの異世界人が想定している工場を建設した場合に起こる問題点を、大魔法士が回答したので渡しておこう」
 
 和泉がそう言うと、克也は紙を取り出してレキータ王に渡す。
 すると読んでいくうちに、レキータ王の顔が段々と蒼白くなっていった。
 
「……これは確かに不味いの」
 
「俺個人の推察を言わせてもらえば、大魔法士が提示した問題は起こると思っている。とはいえ大魔法士の回答だとしても、この国にいる精霊術士に確認しておいたほうがいい」
 
 優斗の回答にはそれほど面倒事になると書かれている。
 すると克也が和泉に声を掛けた。
 
「ズミ先、大精霊に確認するなら俺でも出来るぞ」
 
「いや、信用という点でこの国の精霊術士に訊くのが一番だろう」
 
 この件については、やはりレキータ王が信用できる者に託したほうがいい。
 迂闊に踏み込んでこれ以上、余計な問題に首を突っ込みたくはないからだ。
 と、ここで和泉は大きく息を吐く。
 伝えるべきことは伝え、やれることはやったからだ。
 
「俺達が出来るのはここまでになる。リライト王に迷惑を掛けず、レキータ王国にも被害が及ばない方法はこれぐらいしか思い付かない。だからこれ以上のことになればリライト、リステル、イエラートの王達に話を通さざるを得ないからやめてほしい、というのが俺達の総意だ」
 


 



[41560] guard&wisdom:異世界人の中で
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:fc3ebe6d
Date: 2016/04/09 17:49

 
 
 
 
 レキータ王との話も終わり、側近に連れられて謁見の間から出てくる一向。
 そして廊下を歩いている途中、克也が和泉に確認を取ってきた。
 
「だけど知識チートって一つも出来ないのか?」
 
「こちらに電話などがないことから、通信関係に強いのならば出来ないことはないとも思ってる。あとは完全に向こうの知識だけで出来てなくてもいい、というのであればこれがある」
 
 和泉は自分の武器を取り出して克也に見せる。
 
「ズミ先、これ拳銃か?」
 
「見た目だけだ」
 
 あくまで形が拳銃なだけであって、中身は全くもって違う。
 
「刹那、これに対して知識チートで物言うとしたら何が思い浮かぶ?」
 
「……そうだな。ライフリングがメジャーだ」
 
「だったら中を覗いてみろ」
 
 和泉が拳銃を渡すと、克也は銃身の腔内をしげしげと眺める。
 何も刻まれていないまっさらな状態だ。
 
「ライフリングを刻まなかったのか?」
 
「刻めない、といったほうが正しい」
 
 そして今度はシリンダーから銃弾を取り出し見せてみる。
 
「……魔法陣?」
 
「そうだ。これには攻撃魔法が描かれている。それに銃弾とはいえ、火薬も用いてなければ薬莢部分があるわけでもない」
 
 ただの鉛の塊だ。とてもじゃないがこれで魔物を倒すことも出来ない。
 
「じゃあ、どうやって飛ばしてるんだ?」
 
「風の魔法だ。撃鉄部分に銃弾を飛ばす為の魔法陣を刻み、シリンダーには弾を回転させる魔法が仕込んである。距離も命中率も興味がないから、ある程度真っ直ぐ飛んでくれれば構わない」
 
 技師の自分が精密射撃をしたいわけでもない。
 戦闘は戦闘専門の人達に任せればいい。
 
「弾丸がこういう構造になっているから、ライフリングを刻むと魔法陣が一定の確率で変形を起こして使い物にならない。さらに適切な螺旋回転を与える為の角度計算式を知らない上に加工方法がよく分からんのだから、二つの問題を解決するには試行錯誤どころじゃなかった。試しにやってみたが五○回連続で失敗した時点でライフリングは諦めた」
 
 とりあえず螺旋状のものを刻めば何となる、といった体では必ず失敗する。
 “そういうもの”としか知らない時点で、技術は破綻に至ってしまう。
 
「そもそも銃弾の大きさが地味に均一にならず、火薬なんてものはこの世界だとあまり注力して開発されていない。俺は元々、拳銃の形をさせた魔法銃を作りたかっただけなので気にしなかったが、本物を開発しようとするのは夢のまた夢になる」
 
 火薬の種類や構造、失敗しない為の知識と技術が不足しているから和泉に造れるわけがない。
 
「過去、この世界は異世界の恩恵を幾つか受けている。貨幣や学校・学院が四月に始まってることなどは良い例だ。調べていけば日本人が関わって何かしら作っていることがもっと分かるだろう。けれどそれは両者が協力し、時には精霊すらも協力して作り上げられたものだ。セリアールのことを何も知らず、何一つ知る気がない異世界人の独りよがりで出来るわけがない」
 
 セリアールのことを知らずに『異世界とはこういうものだ』と断じてしまえば、その時点で知識チートは破綻しているも同然。
 
「なるほど。つまり一般的な知識チートっていうのは、相当深い知識と技術力に加えて現地の理解と協力が必要なんだな?」
 
「そういうわけだ」
 
 拳銃を仕舞いながら和泉は頷いた。
 すると、廊下の片隅で僅かな歓声があがったことに和泉達は気付く。
 何が起こったのかと言えば、卓也とリルの存在に気付いた女官や兵士がはしゃいだが故の抑えきれない声だ。
 卓也とリルは僅かに驚いた様子を見せるが、無視することもできないので僅かに手を振って応える。
 レイナと和泉は二人の姿に眦を下げて、苦笑交じりの笑みを浮かべた。
 
「誰かが演劇を見に来ていたのだろうな」
 
「面が割れているから、そういうことだろう」
 
 手を振って貰えた女官や兵士は心底嬉しそうに騒ぐ。
 その様子がさらに伝播し、卓也とリルは何人も何十人もの人達を相手に手を振りながら歩き続けるはめになった……と、その時だった。
 柱の影から一人の青年が腕を組み、壁に寄り掛かってこっちを見ている。
 和泉とレイナはげんなりとし、
 
「……出たか」
 
「あの様子だと謁見の間に入れない状況を考えて待ち伏せたのだろう」
 
 ミルも気付いた瞬間に克也の後ろへさっと隠れる。
 卓也とリルは気付くことに遅れたが、彼の存在を認識した瞬間に和泉達と同様にげんなりとした。
 側近は全員の前に立ち、誰よりも早くレキータの異世界人に言葉を告げる。
 
「タイシ様。すでにレキータと彼らの間で話し合いは終わりました。無用なトラブルは避けていただきたい」
 
「言ったはずだよクロノ。これは彼らの手に負える話じゃない、と」
 
 けれど側近の言葉は通用しない。
 目を細め、口元に微笑を浮かべるレキータの異世界人。
 
「クロノは事の大きさが分かってない。君達の知識では届かない領域の話なんだ、これは」
 
 まるで決め台詞を喋るかのように自信に満ちたレキータの異世界人。
 一方、卓也と和泉は彼の言葉に戦慄を覚えていた。
 
「……オレ、背筋がぞわっとした」
 
「奇遇だな。俺も全身に鳥肌が立った」
 
「あの程度の台詞は優斗のおかげで聞き慣れてるはずなんだけどな」
 
「というよりは“あれ”が似合うと思えてしまう優斗の厨二具合に憐憫さえ覚える」
 
 本人は大魔法士モードに入ると口調も台詞も嫌みったらしくなり、まさしく厨二病を完全解放したかのようになるが、あれが似合うのは実力と威圧感と本性がまさしく合致しているからだ。
 普通っぽい人間がやったところで似合うわけがない。
 だがレキータの異世界人は決めた様子で細めた目のまま、今度は女性陣に視線を向ける。
 
「ところで、昨日はどうして鍛錬所に来なかったのかな?」
 
 けれどリルもミルも反応しない。
 唯一、レイナだけは視線を鋭くさせたが、レキータの異世界人は女性陣が返答しないことに対して明後日の方向へ結論を導き出した。
 
「彼らが無理矢理連れて帰った。そうなんじゃないかな?」
 
 これが正解だろう、とばかりに断定的な問い掛けだった。
 さらにレキータの異世界人は克也にも問い掛ける。
 
「そして君、魔法は扱えるのかい?」
 
 唯一、同じ日本人であることを聞いた相手に対しての質問。
 克也は素直に『魔法を扱えるのか』ということに対して答える。
 
「俺はまだまだ修行中の身だ」
 
 魔法など上手く使えない。
 この身に受けたチートは精霊術なのだから。
 けれど、克也の答えが何を示すものか短絡的に考えるのならば、
 
「つまり君は“その程度の能力”しか得ていないわけだね」
 
 与えられたチートレベルは低い、ということになる。
 
「だから君達は俺の知識に目を付けた。それが分かったのだから、このまま黙って返すわけにはいかない」
 
 と、ここでレキータの異世界人は柔らかい笑みを浮かべた。
 
「とはいえ暴力は苦手でね。俺の“力”を見せてあげるから、無駄な抵抗をしない為の現実を知るといいよ」
 
 まさしく上から目線で語りかけるレキータの異世界人。
 けれど、これ以上の発言はレキータにとって問題となる。
 だからレイナが釘を刺した。
 
「根拠のない無礼な発言は控えろ。今後も同じ事を言うのであればリライト・イエラート両国への侮辱と取らせてもらう」
 
「侮辱? つまりそれは事実だと言っているようなものだね」
 
「控えろと言ったことが理解できなかったのか?」
 
 しかし彼女の言葉でさえレキータの異世界人は都合良く意味を捉える。
 さらに側近までもがレイナに加勢をしたのだが、
 
「タイシ様、国同士の問題にするおつもりですか?」
 
「まさか。その前に終わらせたいからこそ誓約書も提案したんだよ」
 
 つまりレキータの異世界人にとって、彼の言葉は上位から下位に向けての慈悲だ。
 強者が弱者に贈る問題回避の為の提案。
 
「それに彼女達は彼らに騙されている可能性が高い。“本当の異世界人”がどういうものか、教えてあげたほうがいいと思ってるんだ」
 
 異世界人の中でも自分こそが“特別”だと示す言葉。
 他の異世界人は『自分よりも劣っている』からこそ『異世界人』という幻想に騙されている、と言っている。
 まるで憐憫さえしているように思える彼の視線に対して、
 
「……うるさいわね」
 
 案の定というかやっぱりと言うべきか、リルの瞳に怒りの炎が灯った。
 元々、堪忍袋の緒が一番短いのは彼女だ。
 激烈王女と呼ばれた短気具合は今でこそ落ち着いてきたとはいえ、完全に消え去っているわけではない。
 だから、
 
「あんた、さっきからうるさいのよっ!! グチグチグチグチと、あんたが見に来いっていうなら見に行ってやるわよ!! だからいい加減、黙りなさい!!」
 
 ため込んだ怒りを爆発させるかのような怒声が廊下に響いた。
 いきなりの怒声に身体を震わせたレキータの異世界人に対し、リルはずかずかと歩こうとして……卓也に止められる。
 
「落ち着けって」
 
「だってあいつ、みんなのこと馬鹿にしてるわよ! 許せるわけないじゃない!」
 
「オレは許せって言ってるわけじゃないんだよ」
 
 なおも進もうとするリルを無理矢理に抱きしめて、卓也は動きを封じる。
 さらに暴れる前に間髪入れず声を掛けた。
 
「なあ、リル。オレ達も少しずつでいいから、こういうことに対処できる術を覚えていこう。前にもあって今日もあったってことは、何度も同じ事が起こる可能性は十分ある。いつまでも優斗達に頼ってられないだろ?」
 
 こういった時、彼らの存在が本当にありがたいと卓也は思う。
 面倒事に関わったとしても、いつも冷静に対処できる面々が表立って処理をしてくれているのだから。
 
「だから今日はちょうどいい練習になったってことだ」
 
 別に悪意があるような敵ではない。
 なので面倒なことは確かだが、前向きに考えよう。
 結局のところは彼が一人で空回りしているのだから無駄に被害が広がる心配はなく、尚且つ自分達の練習にも使えると思えば悪くはない。
 背中を柔らかくぽんぽん、と叩きながらあやすようにリルを落ち着ける卓也。
 
「……まったく、もう」
 
 すると想いが通じたのか、リルの身体からゆっくりと力が抜けていった。
 
「ほんと、そう考えられるってことが“貴方”の凄いところよね」
 
 呆れているようで、誇らしげな声。
 リルは抱きしめてくれている彼へ身体ごと預けるように寄り掛かる。
 そして彼の首元に顔を埋めながら、
 
「確かにこれだと憧れてくれてる人達に笑われちゃうわ。こんなことも我慢できないの? って」
 
「まあ、無理に変わる必要はないし変われないだろ。けれど出来る範囲のことをやっていこうな」
 
「そうね」
 
 お互い、僅かに離れて微笑み合う。
 けれどリルはそこで卓也から完全に離れることはせず、彼の右腕に自らの左腕を絡ませた。
 すると周囲から隠しきれない歓声が聞こえ、すぐ近くからは呆れ混じりの溜め息と賞賛するような眼差しが届いてくる。
 
「どうしたんだよ?」
 
「どうしたの?」
 
 周囲の変化に戸惑いを隠せない二人。
 けれど克也とミルから、まずは賞賛のような言葉が贈られる。
 
「さ、さすが卓先とリル様だ」
 
「タクヤとリル、すごい」
 
 次いで呆れ混じりの溜め息を吐いた和泉とレイナからも、からかうような言葉を掛けられる。
 
「こんなことでさえイチャつけるお前達は相当にレベルが高いと思っただけだ」
 
「時と場所を考えろ……とまでは言わないが、お前達が本にまでなった理由を再確認した」
 
 怒鳴ってしまったリルを落ち着けるだけかと思えば、まさかイチャつき始めるだなんて誰が想像できるだろうか。
 しかもそれが実に様になっていたので、さすがは世界一有名なカップルである『一限なる護り手』と『瑠璃色の君』だと賞賛するしかない。
 
「さて、怒鳴ってきた相手がいきなりイチャつくという想定外過ぎる行動にレキータの異世界人も面を喰らったようだが、どう動くだろうか?」
 
 和泉が興味深げに青年の様子を伺う。
 彼は目を丸くしていたが、すぐに思案するような仕草を見せた。
 そして十数秒ほど考えて結論が出たのか、再び笑みを零す。
 
「なるほど。思っていた以上に根は深いみたいだね」
 
 どうやら二人のイチャつきを見ても、未だに騙されている考えは捨てなかったらしい。
 そして彼が結論を口にした瞬間、気が立ったような緊張が周囲に生まれる。
 というのもギャラリーが苛立った様子を見せたからだ。
 
「和泉、どのように動く?」
 
「全て無視して帰る、というのは厳しいと判断せざるを得ない」
 
 和泉やレイナもどのように応対するべきかと考える。
 リルが怒鳴ってしまったので、レキータの異世界人を無視して帰るのは難しい。
 どうしたものかと思考を巡らせていると、周囲にいる中から一人の少女が前に出てきた。
 
「あ、あの! タクヤ様、リル様!」
 
 克也と同じくらいか、それより幼い感じの少女は真っ直ぐ二人に向かって歩いて行く。
 
「……えっ?」
 
「な、なんだ?」
 
 もちろん突然のことに戸惑う卓也とリルだったが、少女は二人の前に立つと手に持っていた本とペンを凄い勢いで差し出した。
 
「サ、ササ、サインをいただけないでしょうか!? ファンなんです!!」
 
 緊張しているのか、僅かに震えながら両手を突き出して頭を下げている。
 状況が状況故のトンチンカンな行動に側近が彼女のことを引き離そうとしたが、リルが反射的に手で側近を制した。
 
「あんた、どうして声を掛けてきたの? さすがに今が声を掛けられるタイミングじゃないってことぐらい、分かってたわよね?」
 
 自分が怒鳴ったことやレキータの異世界人の言葉によって生まれた緊張に対して、赤の他人が割り込む状況ではない。
 それは少女であったとしても、王城に勤める女官であれば簡単に分かるようなことだが、
 
「……その、確かに迷惑だとは思いましたが、私の憧れているお二人が不当に言われていることを許容するなど出来ません」
 
 彼女にとっては、二人が物言いをされている状況こそが許せなかった。
 だからこそ無理矢理にでも飛び込んで、無理矢理にでも今の会話を終わらせたかった、ということ。
 リルは少女の言い分に小さく息を吐きながら告げる。
 
「それでも状況を見計らって声を掛けなさい。被害に遭うのはあんたよ」
 
「……申し訳ありません」
 
 さらに深々と頭を下げる少女だったが、リルはこれ以上の注意はせずに柔らかい笑みを浮かべた。
 
「謝る必要はないわ。だって、それぐらいあたし達のこと憧れてくれてるんでしょう?」
 
 そして少女に近付きペンと本を受け取る。
 思わず顔を上げた少女に対して、リルは肩に優しく触れながら尋ねた。
 
「あんたの名前は?」
 
「ウェ、ウェンディと言います」
 
「よく本とペンを持ってたわね」
 
「昨日、お姿をお見かけしたので……。もし今日も王城へ来て下さり、時間があるのであればサインをお願いさせていただこうと浅はかながら考えてしまったのです」
 
「なるほどね。どうりで準備がいいと思ったわ」
 
 リルは会話をしながら、受け取ったペンで本にさらさらっとサインと彼女宛のコメントを残して卓也に回す。
 卓也も同じように……とはいかないが、若干四苦八苦しながらサインを書いて少女にペンと本を渡した。
 
「ウェンディ、あんたの勇気に感謝するわ」
 
 さらに二人は握手をして彼女を送り出す。
 送り出された彼女は本当に嬉しそうに本を抱きしめながら、同僚の女官達のところへと戻っていく。
 するとどうしたことか、周囲の張り巡らせられた緊張が霧散してにわかに期待するような雰囲気になった。
 そこに何の意図が含まれているのかリルは察し、
 
「この状況なのに一人やってあげたんだから自分も――なんて考えの奴、あたしが嫌いなのは本を読んでればわかるだろうけど……それだとあの子に対して申し訳が立たないのよね」
 
 少女がやってくれたことを無碍にしたくはない。
 せっかく壊してくれた空気を引き戻すことは、彼女に対する冒涜だともリルは考える。
 なので、
 
「今から十五分、本当に欲しいならサインでも握手でもするわ。ただしウェンディの勇気に敬意を表して、あんた達にはあたしか卓也のどっちか片方だけよ」
 
 珍しく茶目っ気を出したリルの笑顔と言葉に周囲の兵士や女官からは歓声があがり、一斉に自分が持っている本を取りに戻っていった。
 
「な、なんか凄い人数が消えていったな」
 
「あ、あれ? 案外、多いわね」
 
 想像以上に多い人達が動いたので、卓也もリルも驚いてしまう。
 もちろん動かなかった者達もいるが、その中の数人は先に握手を求めてきた。
 そして僅かな会話と握手をし終わったあと、リルはサインを求めてくる人達が戻る前にレキータの異世界人へ声を掛けた。
 
「あんた、邪魔だから先に鍛錬場へ行ってなさい。怒りに身を任せたとはいえ発言に責任は持つわ。見ることだけはやってあげるわよ」
 
 完全に蚊帳の外になった青年はリルの言葉に対して声を出そうとしたり動こうとしたりするのだが、今の状況がひっくり返るわけがない。
 かといって和泉達に話し掛けるにしても、何を話していいのかも分からないだろう。
 結果として、変に右往左往したあとにレキータの異世界人は諦めたように鍛錬場へと向かっていった。
 和泉は彼の去って行く様子を見ながら、自分達が行った遣り取りについて客観的な感想を述べる。
 
「レキータの異世界人の言動は想定内のことだというのに、やはり俺達だけだと後手後手に回る。極悪従兄妹コンビがいないと、こうまで上手くいかないか」
 
 優斗やアリーがいれば、この事態へ陥ることはなかっただろう。
 クリスであっても、ある程度の問題は回避されたはずだ。
 つまりは鍛錬場に向かう状況に陥らないし、この程度の相手であれば絶対にこの瞬間で終わっている。
 けれどここにいる面子は口頭での争いに長けていないからこそ、問題が長引いてしまっていた。
 
「護衛である私の失態だ。すまない」
 
 レイナが僅かに悔しそうな表情になる。
 しかし彼女とて戦闘特化型であって、口論は専門外だ。
 
「いや、直接手を出されていないのだから難しいところだろう。仮にも相手はレキータ王国の異世界人だ。現に俺もリルが怒鳴ることを止められなかった」
 
 和泉の論理的思考も優斗やアリーに近いものはあるが、いかんせん相手の言葉を容易く反論する穿った捉え方と徹底的な否定――邪悪度や極悪度が足りない。
 あの二人の反論の強さは相手の言動から本質や本性を見抜いた上で抉り、へし折り、粉々に打ち砕くこと。
 さらに言葉の意味を逆手に取り、否定することが出来ないまでの圧倒的暴論を組み上げる性質の悪さ。
 そんな詐欺師のようなことを和泉達が真似するのは、容易どころか出来るわけがなかった。
 側近も和泉達に頭を下げる。
 
「大変、申し訳ありません。まさかの連続で私の対応が遅れてしまいました」
 
「今のやり取りについては互いに不問にしないか? 双方、失態があった。それに卓也とリルの人気に今回は助けられたが、こんな偶然はもうないだろう」
 
 今回のファインプレーは卓也達のファンである少女の行動だ。
 それがあったから口論がサイン会に変貌するという突飛なことが起こった。
 
「とはいえ一つ、気になることがある」
 
 和泉は本を取りに行っていた面々が戻ってきたので、そちらへと視線を向ける。
 彼らから漏れてくる言葉をよくよく聞いてみると『リル様とタクヤ様に文句を言うとか何様のつもりかしら? 引き籠もりのくせに』『あのお二方を邪魔する輩などレキータには不要ですわ』『本当に何を考えてるんだ、あいつは』などなど、ボロクソに言われている。
 なので側近に訊いてみた。
 
「もしレキータの異世界人が今以上の問題を起こした場合、王城内で不満が爆発する可能性はないか?」
 
「私も同様のことを思いました」
 
 
       ◇      ◇
 
 
 即席サイン会も終わり、六人と側近は鍛錬場へと足を運んだ。
 そこにはすでに剣を振っているレキータの異世界人の姿があるが、レイナが開口一番呆れ果てるような声音で言った。
 
「遅すぎる」
 
 剣を振っている、というよりは剣に振られている。
 戦う者としてどれだけ好意的に見ても剣を習っている動きではなかった。
 レイナとて彼が強さを偽っている可能性も一瞬考えたが、自身の強者センサーには一切引っ掛からない。
 それに本当に強い者は隠しても節々に隠しきれない凄みがあるので、ほぼ間違いなくレキータの異世界人は素人だ。
 
「これだとセツナの方がよほど剣を振ることができる」
 
「本当か、レナ先?」
 
 嬉しそうな様子で聞き返した克也にレイナは大仰に頷く。
 
「お前の頑張りがよく分かると言っただろう。あの男と勝負したところでお前が勝つはずだ」
 
 克也が剣を習い始めたのはおよそ半年前。
 最初はへっぽこだったと聞いているので、彼が鍛錬を重ねて目覚ましく成長していることは実際に手合わせしたことで知っていた。
 
「世の中に習う必要がない例外的な人物がいることは知っているが、レキータの異世界人がそれに該当すると私は思えない」
 
 そしてそれが日本人であることを考えれば、どうしたって異端だということをレイナは分かっている。
 卓也も克也も同意するように首肯した。
 
「まあ、普通はいきなり戦闘になったところで戦えないよな」
 
「俺も最初に魔物と戦った時は卓先とクリ先、ルミ先がいなかったら死んでたかもしれない」
 
「だから修、優斗、正樹さんの三人は例外中の例外なわけだけど……っていうか勇者二人に大魔法士が例外じゃないわけないか」
 
 克也達に出会った頃の話も含めて会話に花を咲かせる。
 そしてしばらくの間、色々とやっているレキータの異世界人の動きを視界の端に入れながら与太話をしていたのだが、
 
「さて、ここからが本番だ」
 
 レキータの異世界人はそう言って、いきなり左脇に剣を収めた。
 同時に一呼吸を入れ、
 
 
「ディヴァイン・スラッシュ」
 
 
 なんか聞こえてきた謎の名前と共に、レキータの異世界人は横薙ぎを一発。
 そして剣を振った反動を用いて独楽のように回転し、もう一度横薙ぎ。
 二度目の斬撃が終わると同時に残心しているのかポーズと取っているのかは分からないが、振り抜いたままピタリと止まった。
 けれど“二十二歳男性”がやったことに対して、卓也どころか和泉も顔の表情が引き攣ってしまう。
 
「……卓也。今のは何だ?」
 
「……ひ、必殺技じゃないのか?」
 
「攻撃を放つ際に必殺技を口にする必要はどこにある?」
 
「オ、オレに訊くなよ。レイナの“曼珠沙華”みたいなものなんだろ?」
 
「馬鹿を言うな。あれは超高速の瞬撃だからこそ問題がないだけだ」
 
 加えて身体への負担を考えて無用に連発させない為、告げることによって制限を解放していく方式を採用している。
 台詞は完全に和泉の趣味だが。
 しかし、そうではないのに技名を言うのは何故なのだろうか。
 
「VRMMOであれば分かる。技名を言わなければスキルが発動しない」
 
「っていうか大層な必殺技の名前だな。ゲームだったらMP消費量が高そうだ」
 
 必然性があるから技を叫んでいる、であれば分かる。
 だがセリアールにおいては、魔法や大精霊召喚以外に必然性はないはず。
 すると克也が手を挙げ、
 
「俺も教官に怒られたぞ。意味がない叫びは相手に攻撃動作を察知させるだけに過ぎないって」
 
「怒られたって……例えばどんなことを言ったんだ?」
 
 卓也が分かりきっているオチに確認してみると、克也はスイッチが入ったのか前髪をファサっと上げたあとに右手で柄を持ち左手を前に掲げ、
 
「黒き鮮烈なる刃にて切り刻まれるがいい!」
 
 決め台詞を文字通り決めながら告げる。
 だが、
 
「ありきたり過ぎてお前の教官も怒るな、それは」
 
「まずお前の剣が黒くない上に独創性がない。十点だ」
 
 卓也と和泉が変な観点から否定する。
 けれど克也も駄目出しをされたのに「ふっ、卓先達が理解できることはない虚無の真理だからな」と完全に刹那へモードチェンジしていたので、大してダメージを受けていない。
 とはいえミルが克也の袖を引っ張り、
 
「だいじょうぶ。かっこいい」
 
 などと応援した途端に彼の表情が何とも言い難いものに変わった。
 その理由は簡単なもので、ミルの前では刹那ではなく克也であると宣言しているから喜んでいいのか判断に困るからだ。
 レイナは隣でコントをしている四人に嘆息しながらも、レキータの異世界人の必殺技? のようなものに対するコメントを口にする。
 
「そもそも動きが大きい。威力としても必殺技と呼ぶには粗末なものだろう。例え不意に叫ばず油断を誘う為の罠だとしても、これに引っ掛かったり攻撃を受けてしまうとすれば二流以下だ」
 
 この感想は壁を越えた者であるレイナならではの感想。
 というわけで、
 
「もし罠だったら引っ掛かるよな? オレは引っ掛かる」
 
「魔物や強い相手だと警戒するだろうから引っ掛からないとは思うが、レキータの異世界人であれば俺も簡単に引っ掛かる自信がある」
 
「突然に技名を叫ばなかったら、俺は卑怯だと怒るぞ」
 
「たぶん、びっくりする」
 
 不意打ちの為の仕込みだとしたら、レイナ以外は完全に引っ掛かる。
 そもそも彼女の考えに賛同できる人材がここにはいない。
 卓也は異世界人の中でもチートで得たものを防御・治療魔法にほとんど捧げている後衛タイプなので、防げるだろうが引っ掛かる可能性はある。
 逆に和泉は奇襲などに強いので気付くことができても、そもそものスペックが異世界人最低レベルなので対応できない。
 克也は戦闘以前に目下訓練中。
 リルは真っ当な王女なので、普通の王女よりわずかに優れていようと戦闘能力自体ほぼ無しと言っていい。
 ミルもフィンドの勇者パーティの一人だったとはいえ、唯一戦闘能力が低かった。
 つまりこの面子で一流の実力を持つレイナの感覚を把握するのは困難だ。
 
「あんたの意見って少し難しくなると誰も理解できないわよ。ここにいるのは戦闘能力二流以下しかいないんだから」
 
 リルがレイナに対して諦めろ、とばかりに事実を述べた。
 しかし彼女達が話している間もレキータの異世界人の動きは止まらない。
 
「そして俺の本当の実力を“魅せよう”」
 
 右手を前に翳した瞬間に魔法陣が生まれ、そこから炎玉よりも僅かに大きいものが放たれる。
 和泉は放たれた魔法をまじまじと見ながらレイナに確認を取った。
 
「初級……いや、中級の詠唱破棄といったところか?」
 
「その通りだ」
 
「レナ先、どれくらい凄いんだ?」
 
「それなりに、といったところだろう。あの程度の威力だと中級の詠唱破棄の中では最下層だ。とはいえ初級よりも威力が強いことから、普通の冒険者や兵士を目指す分には上出来過ぎる部類になる」
 
 しかしながらレイナが言っているのは、あくまで一般的な戦士と相対的に考えれば、の話だ。
 異世界人の中では特に目立つことのない普通の出来事でしかない。
 
「ふふっ、上手くいったね」
 
 レキータの異世界人は魔法が的に当たったのを確認したあと、意味ありげな視線をこちらへ送ってくる。
 だがレイナは腕を組んで難しい表情を浮かべ、
 
「随分とご満悦な様子で私達を見ているが、レキータの異世界人が言っている『異世界人としての証明』は詠唱破棄のことなのだろうか?」
 
「わざわざ見せたってことは、そういうことだろ。オレとしては理解できる範囲だよ」
 
 でなければやる意味がない。
 詠唱破棄がレキータの異世界人にとっての証明であり、彼の“力”を示すものだと考えているのだろう。
 だから、いまいち納得できていないレイナに和泉が補足説明する。
 
「異世界系の作品では詠唱破棄が凄技の一種にされる傾向が多い。つまり『え、詠唱破棄だと!?』と驚かれるような展開を目論んだ可能性は低くない」
 
 実際、方向性としては完全に間違っているとも言い切れない。
 リライト魔法学院とて中級魔法の詠唱破棄を目的として取り入れているのだから。
 
「それに、だ。あれぐらい出来るのであれば異世界人としては合格だろう」
 
「しかしだな。あれほどのことを言ったのだから、もっと、こう……ないのだろうか?」
 
 レイナの度肝を抜くような何かがあってもいいはずだ。
 これでは本人の自己申告と差異がありすぎる。
 あまりにも普通すぎて“つまらない”とさえ感じてしまう。
 だが和泉は彼女の肩を叩き、残念そうに首を横に振った。
 
「レイナ。お前は修と優斗に毒されすぎだ」
 



 



[41560] guard&wisdom:レキータの恥部、完全終了
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:fe4e366e
Date: 2016/04/14 21:36
 
 
 剣技と魔法を見せ終えたレキータの異世界人は汗を拭う。
 
「さて、美しい皆さん。目は覚めたかな?」
 
 そして意気揚々とこちらに歩いてくるが、卓也達はリルが宣言した通りに『見た』。
 なので彼には構わず側近のクロノと話し合いをしていた。
 ……レキータの異世界人に施す教育のことで。
 
「まずは外に出してセリアールにおける常識と現実を教え、そしてどのような異世界人がいるかを伝えるべきだろう。このままレキータの恥部として突き進ませるにはあまりに可哀想だ」
 
 和泉はそこまで言って、ふと気付いたことを付け加える。
 
「あとは戦闘訓練もだな。魔法の才能があっても所詮は異世界人だ。論外な奴らでなければ最初から戦闘などできん」
 
「家庭教師をつけるっていうのは、ありかもしれないな。オレ達も凄く助かったから」
 
 卓也も和泉に乗じて提案を出す。
 特に家庭教師というのは、自分達がこの世界に馴染む為にもすごく役立ったことだ。
 
「そうですね。前向きに検討させていただきます」
 
 クロノも二人の言葉に頷きを返す。
 さらにレイナも口を挟んだ。
 
「いっそのこと、異世界人の勇者達と会わせたほうが早いのではないか? 目が覚めるにはちょうどいいだろう」
 
「やめておけ。タングスの勇者以外は心がへし折れるだけだ」
 
 和泉が首を振る。
 けれどミルが異を唱えるようにフィンドの勇者の名を口にした。
 
「マサキも、駄目?」
 
「確かにミルの言うとおり、あの人だったら問題なさそうだが……。ズミ先、マサ先でも駄目か?」
 
「駄目だ。イケメンで世界屈指の実力の持ち主で性格もいい王道の勇者だ。全方面、隙なく打ちのめされて卑屈になりかねない。うちの人外ズより性質が悪い」
 
 性格容姿込みで考えれば修と優斗以上である完璧生物に対し、ただの一般的な調子乗っている人間が会ってしまえば正樹が何もせずとも心が折れる可能性は高い。
 
「ハルカはどうなのよ?」
 
「脳内ホモ祭りの女勇者と会った段階で思考停止するだろ。そもそも貴族に結婚勧められて辟易してるのに、女好きなレキータの異世界人と会わせたくない」
 
 ただでさえブルーノやワインにキレているのに、そこにレキータの異世界人が加われば地獄絵図でしかない。
 けれど自分達以外の異世界人に会わせる……というより一般的で常識的な日本人に会わせる提案はありだろう。
 和泉は側近に訊いてみる。
 
「他に異世界人と会う伝手はあるのか?」
 
「幾つかはあります」
 
「だとしたら、その異世界人達と会わせたほうがいいかもしれん。真っ当な思考になる可能性が僅かでも生まれる」
 
 頭が固すぎれば無理かもしれないが、どうにかなる場合だってある。
 一縷の望みを掛けるにはありだろう。
 
「このような事態になってしまったというのに、我が国の異世界人の為に提案もしていただきありがとうございます」
 
 側近が丁寧に頭を下げる。
 けれど和泉達は気にするな、といった様子で表情を崩した。
 
「いや、俺達にとっても良い教訓になった。面倒事を請け負ってくれている仲間がいない場合、どう動くべきなのかをな」
 
「この身が騎士である以上、いかなる状況においても護れるようになる必要がある。団長や副長に対処法を確認しておきたくなった」
 
「なんていうか、立場っていうのがオレ達にも出来たんだってことを改めて思い知ったよ」
 
「あたしは感情だけで怒ったら駄目だって教えてもらったわ」
 
「俺はちゃんと頑張っていこうと改めて思った」
 
「克也と、がんばる」
 
 各々がレキータの異世界人と関わったことで自分の立場や状況を再確認することが出来た。
 全員で顔を見合わせると、レイナが号令を掛ける。
 
「よし。では帰るとしよう」
 
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
 
 踵を返した瞬間、完全に蚊帳の外だったレキータの異世界人が声を張った。
 
「どうして帰ろうとしているんだい!?」
 
「どうしてと言われても、見ただろう?」
 
 代表してレイナが応対した。
 見るだけは見たので、これ以上は関わる必要がない。
 けれどレキータの異世界人には彼らの行動こそ想定外。
 
「だ、だったら俺が“特別な異世界人”だということは分かったはずだよ」
 
「どこからを特別と言うのかは分からないが、お前の程度は把握した」
 
 レイナ的には普通の異世界人だとは思うが、統計を取っていないので断言はできない。
 なので実力は分かった、という体で返答する。
 だがレキータの異世界人はレイナの言葉に笑みを浮かべ、
 
「そう、つまり彼――いや、君達は俺に勝てないんだ」
 
「なぜだ?」
 
「俺のような人間のことを――『最強』と呼ぶからだよ」
 
 完全に不意打ちだった。
 決まった! と内心で思っているであろう格好付けた表情のレキータの異世界人。
 しかしリライト組の頭に浮かんでくるのは、どや顔ダブルピースしている始まりの勇者と魔王の如く高笑いしている大魔法士。
 イエラート組でさえ優斗の顔が脳裏に浮かぶ。
 なのに今、最強と名乗った存在は魔物と戦ったことすらない異世界人。
 詠唱破棄によってかなり弱体化した中級魔法と、“ディヴァイン・スラッシュ”とかいう必殺技で最強を意気揚々と名乗った。
 そのギャップにやられ、せっかく今まで我慢していたのにリライト組が耐えきれず肩を震わせてしまう。
 
「こ、この自己紹介は中々に強烈だ」
 
 和泉が笑わないように顔を背ける。
 優斗は大魔法士の意が最強なので名乗っても『なるほど』と思えるが、ただの異世界人が自信満々に最強だと名乗るとやばい。
 
「耐えろ、和泉……っ! わ、私も戦ったことがない人間がまさか言うとは思っていなかったが……っ」
 
 レイナは引き籠もりが最強と名乗ったギャップにやられ、真面目な彼女からは考えられないほどに笑うのを堪えている。
 けれど卓也とリルは駄目だった。
 きつく閉じていた口元が崩壊する。
 
「わ、悪いんだけど、もう無理だ……っ!」
 
「あっはははははは! あ~、もう、笑わせないでよ。もしかして最強程度であたしが揺るぐとでも思ってるわけ?」
 
 目元に涙を浮かべ、苦しそうに笑い声をあげる二人。
 とんでもなく失礼な態度ではあるが、これはもう仕方ないので側近とて何も言わない。
 とはいえレキータの異世界人が彼らの態度に困惑した様子を見せるのも当たり前だ。
 
「なんか可哀想だから、いくつか助言してあげるわ」
 
 涙を拭いながら、リルがレキータの異世界人に話し掛ける。
 
「あんたは魔法だったり知識だったりのチートを見せつけてハーレムを作りたい。つまりチーレムってやつをやりたいのよね?」
 
「なっ、なぜそれを!?」
 
 いきなり図星を突かれて困惑するレキータの異世界人。
 やっぱりというか何というか、予想が大当たりだった。
 
「それで婚約者や恋人がいるあたし達に目を付けた。あとは確か、あたし達は異世界人のチートに目が眩んで洗脳されてるって話よね」
 
 彼の話から察するに、そういうことだ。
 だからこそリルは言う。
 
「あんたはチート貰って力があるとか凄い知識があるとか自分で言ってるけど、それのどこに惚れればいいの? あたしの好みと合致していないわよ」
 
 どうしようもないくらいにリルの好みと違う。
 力があるから惚れる、ということはない。
 そのことに関しては世界で一番反論できるのがリルだ。
 けれどレキータの異世界人も図星を指されながらも、頑張って言い返してみる。
 
「ち、力があるということはピンチになっても君を救えるんだ。そこに魅力が――」
 
「ピンチになって救うことは、すでに将来の旦那がやってくれたわよ。魅力的には間違いないけど、あたしの場合は卓也だったから魅力的なわけで、あんただと死ぬほどどうでもいいわ」
 
「What!?」
 
 いきなり発音の良い英語ツッコミに和泉も撃沈する。
 テンパッているのか何なのかは分からないが、さらなる不意を突かれてやられてしまった。
 リルも口元を崩しながら助言を続ける。
 
「そもそも異世界人って戦うことに慣れてないんだから、ちゃんと戦闘訓練受けなさいよね」
 
 大抵は戦闘というものに慣れていないとリルは聞いていた。
 それこそが普通であって、いきなり戦闘できる異世界人というのは勇者か異常者、それに類する者ぐらいだろう。
 とはいえ目の前にいるレキータの異世界人は“自称”特別な異世界人。
 なのでこの件に関しては狼狽えつつも反論してしまう。
 
「俺は何事にも動じることが出来ない性格でね。どんな局面に陥ろうとも冷静な部分が出てしまうから、戦闘ぐらい大丈――」
 
「つまりあんたは普通の異世界人とは違う異常者ってこと? そういう男なんて特殊層しか受けないわよ」
 
 リルとしては初戦闘を大笑いしながら圧勝したり、いきなりAランクの魔物が現れたのに余裕綽々で独自詠唱の神話魔法をぶっ放すような男性なんて、恋愛対象で考えると願い下げだ。
 
「最後にあんた、女慣れしてないでしょ? なのにチラチラこっちを見るのはやめたほうがいいわ。妙に変な笑顔もね。あたし達が美少女だっていうのは分かるけど、下心丸出しで触ろうとしないこと。行動全てが不快になってるわよ。単刀直入に言ってキモいわ」
 
「キモいっ!?」
 
 本人としては決まってると思っていたからこそ衝撃が大きいのだろうが、それは大いに間違っている。
 少なくとも正樹のようなイケメンがやるから効果があるのであって、フツメンがやったところで何か起こることはない。
 しかもレキータの異世界人はまるでイケメンのように笑顔を浮かべるので、怖気が走るほど気持ち悪い。
 
「まあ、こんなところかしら。あとは側近やレキータ王があんたの教育をしてくれるらしいから、少しはまともになれるといいわね」
 
 馬鹿は馬鹿だが、悪意のない女好きの馬鹿だ。
 悪気がないことだけはレキータにとっても最後の救いだろう。
 あとはどれだけ矯正できるかが問題だが、それはリル達にとって知ったことではない。
 若干燃え尽きた様子のレキータの異世界人だが、僅かに恍惚な笑みを浮かべているので、あれはあれで問題ないだろう。
 罵倒でもないし反論でもなく助言ではあるが、それでも美少女のリルからの否定された言葉にそうなってしまうとなると、実はMなんじゃないかという嫌すぎる疑惑も生まれるが。
 
「それじゃ、あたし達は帰るわね」
 
「はい。色々とありがとうございました」
 
 側近が頭を下げて見送ったところで今度こそ、全員で王城を後にする。
 そして城門を出て疲れたとばかりに何人かが伸びをしていると、克也が和泉に話し掛けた。
 
「レキータの異世界人に対してちょっとした助言だけでいいのか、ズミ先? 優先みたいに全否定したり罵倒したり脅したりして普通に戻してやらなくていいのか? 今後も変なちょっかいを出されたりする可能性があるんだろう?」
 
「別に俺達はレキータの恥部を正しに来たわけじゃない。おもしろ異世界人がいたことを知っただけだ。それにレキータが教育に本腰を入れるだろう。問題はないはずだ」
 
 最後のリルの助言で放心か昇天しており、やれ誓約書にサインをしろなど言われることもなかった。
 あとで復活したとしても側近がどうにかするはずだ。
 つまり和泉達はこれ以上の関わりを持つ必要はないということ。
 
「そういうものなのか……」
 
 克也は完全に理解することは出来なかったが、それでも問題がイエラートにまで来ることがないと知って安堵する。
 と、同時に再確認しておきたいことを尋ねた。
 
「しかし工場を作ると自然が汚れて精霊が怒ってしまって危ない、ということなんだが……そこまで汚れてしまうものなのか?」
 
 正直、簡単な説明ぐらいだったら克也でも出来る。
 けれど、どうしてそうなるのかしっかりと理解はしていない。
 だから今後の教訓の為にも聞いておきたかった。
 和泉は克也の質問に対して、分かり易いように解説を始める。
 
「レキータの異世界人がやろうとしていることを全て出来たと仮定して話すが、刹那は“公害”という言葉を聞いたことはあるか?」
 
「公害って……えっと、あれだ。工場で汚れた水とか空気とかが広がって、自然が壊れるってやつだ。昔、そういうのがあったことは社会で習ってる。だけど今は日本の技術が発達したから、汚れることってほとんど無くなってるんだろう?」
 
 そのような出来事があってから、日本が厳しくなっているぐらいは克也でも分かる。
 とはいえ実際のところ、公害の元となる排水や排気は無くなっているわけではない。
 
「確かに昔より排水も排気も少なくて勘違いするのも無理はないが、お前が考えてる以上には出ている。ただ法規制に沿った処理を行っているだけだ」
 
 昔よりは確かに出なくなっただろうが、それでも無くなっているわけではない。
 垂れ流して問題ない、ということではなくて適切な処理をしているだけだ。
 
「レキータの異世界人が考える工場のデメリットがこれになる」
 
 工場を作って大量生産して終わり、という風にはならない。
 何事にもメリットとデメリットはある。
 それは今現在の技術とて同じこと。
 
「そしてレキータの異世界人を鑑みる限り、排水や排気が垂れ流される可能性は非常に高い」
 
 なぜなら現代の知識があやふやな上に、“セリアールの知識と技術”が組み込まれていないから。
 最重要なことが両方とも抜け落ちているのだから、問題はさらに大きくなる。
 
「このデメリットは致命的だ」
 
 自然が壊れるだけに留まらない。
 
「この世界の自然を汚染するということは、精霊を汚染すると同義。つまり世界を構成している“モノ”を殺してしまう」
 
 地球よりも危険度が比類なく高い、ということ。
 自然はただ、木や森が生い茂っているわけではない。
 そこには精霊という意思を持つ“モノ”がいる。
 
「以前に精霊を殺す精霊術士を見たことはあるが、問題ないとされるラインはある。しかしレキータの異世界人がやろうとしていることは、レキータに天変地異を起こす可能性が高い」
 
 地球にあったものだけで何も考えずにやろうとする場合、このような出来事が起こってしまう。
 現代知識によるチートの弊害とは、異世界の自然を壊すだけでなく精霊を殺すことにも繋がる。
 克也がなるほど、と唸った。
 
「やっぱりセリアールで知識チートとかって難しいんだな」
 
 単純に何も考えず向こうの知識を披露すればいい、という話ではない。
 ことセリアールにおいて、それでは何も始まらないのだから。
 
「向こうの知識と技術は素晴らしいと信奉する気持ちは分かるが、そこにあるメリットとデメリットを把握しなければ意味がない」
 
 現代に生きていたからこそ、日本の技術は素晴らしい。
 昔よりも発展しているからこそ、知識も素晴らしい。
 けれど表層だけをなぞりデメリットを考えずにいれば、成功はない。
 世界が違う。技術が違う。知識とて全てが使えるわけではない。
 足りない現代技術で作るのであれば、正確さがなく歪な失敗作となる。
 上辺だけの現代知識を披露するのであれば、中身はがらんどうでしかない。
 
「知識を積み重ね、技術を研鑽し、数多の失敗を経て俺達のいた時代がある。なのにデメリット一つ考えず、メリットだけを見据えて再現できると考えるほうがおかしい」
 
 特にレキータの異世界人が披露したのは、現代よりも劣る知識と技術。
 であれば、デメリットは現代よりもさらに大きいものとなって当然だ。
 
「だからといって何も出来ないわけじゃない。俺達が持っている知識は確かに有用で、それをこの世界に上手く流用できれば紛う事なき知識チートになる」
 
 現代知識だけでは出来ない。
 詳しく中身を知らないものだってある。
 けれどセリアールの知識と技術が合わされば、あやふやなものでさえ出来るようになるかもしれない。
 現に今まで召喚された異世界人達はそれを示してきた。
 つまり、
 
「最初から“出来ない”と諦める必要もないわけだ」
 
「……なるほど」
 
 克也は再び、しみじみと頷く。
 出来なくないのであれば、色々と考えるのは楽しそうではある。
 
「とはいっても、俺はまず訓練だ。しっかりと精霊を使役できるようにならないと」
 
 まず大切なのは自分の実力を高めることであって、知識チートをすることではないので隅に置いておくことにする。
 そして六人は宿屋へと戻ると帰り支度をして高速馬車を呼び、乗り込もうとした……その時だ。
 
「……あれ?」
 
 王城へと向かって馬車が通り過ぎる。
 車の中にいる人物が微かに見えて、ミルが首を捻った。
 
「どうしたのよ?」
 
 リルが尋ねると、確信を持てなさそうにしながらもミルは答える。
 
「今の馬車、マサキがいた、かも……」
 
 別人かもしれないが、人相が似ているような気がした。
 思わず卓也と和泉が顔を見合わせる。
 
「……一応、手を合わせておいたほうがいいか?」
 
「そうだな。もし本物だった場合を考えたら、そうしておくとしよう」
 
 すれ違いざまの出来事だから、当人である可能性のほうが少ないだろう。
 しかしリライト組は万が一のことを考えてしまい、王城に向かって合掌した。
 彼らの摩訶不思議な行動に克也は首を捻り、
 
「卓先達は何をやっているんだ?」
 
「万が一でも正樹さんだった場合はレキータの異世界人がご愁傷様になるから、とりあえずやっておこうと思ったんだよ」


       ◇      ◇


 宿から荷物を引き上げ、高速馬車へと乗る。
 すると克也が若干申し訳なさそうに、

「そういえば本当にイエラートへ行ってもらっていいのか? 俺達が頼んだんだから、先にリライトに帰ってもらったほうがいいと思うんだが」

 頼んだ側なのだから、先に帰るのはどうにも義理に反するような気がする克也。
 けれどレイナが首を振った。

「私の護衛はお前達全員だ。だから先にイエラートへ行かなければ、最後まで護衛できないだろう?」

 やるべきことは最後まで。
 なので克也とミルを送ってからではないと、果たすべき義務ができない。

「ありがとう、レナ先」

「気にするな。それが私の役割であるし、それにイエラートには初めて行くのだから楽しみにもしている」

「……レイナ。あんたもしかして、見送るだけじゃないの?」

 何となく別の意図が込められてそうな言い分に、リルが訝しんだ視線を向ける。

「いや、なに。イエラートには世界的な有名人も複数名いることだし、会う可能性は無きにしも非ずと思っているだけだ」

 会えなければ別に構わないが、会えたら会えたでテンションが上がる。
 話すだけでも価値があるとレイナは思っている。
 
「そういえば俺の教官も有名人だって聞いたことあるぞ。なんか前に世界闘技大会で優勝したこともあるらしい」

 詳しい経歴などは聞いていないが、それでも凄い人物だとは耳に入っている。
 だからこそ克也の教官になったらしい。
 レイナは話を聞くと、本当に嬉しそうな笑みを零した。

「それは是非ともお会いしてみたいものだ」

 




[41560] guard&wisdom:克也の教官
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:c496032a
Date: 2016/05/10 19:39
 王城内で止まった馬車から降り立つと、リライトよりも清かな空気が胸の内を満たす。
 レイナは大きく深呼吸すると、一つ頷いた。

「空気が澄んでいるのだろうな。精霊に重きを置く宗教国だからかもしれないが、そう感じてしまう」

「なるほど。俺もレイナが言うことを理解できるような気がする」

 和泉もレイナと同様、初めてイエラートに来たからなのか同様の意見を口にする。
 アルカンスト山から降る風も、リライトより涼しげな空気を彼らへ届けていた。
 レイナは山を見ながら、
 
「そういえばセツナ。フォルトレスはアルカンスト山の向こう側で倒したのだったな?」

「そうだな。だけど一番最初は王城の上のほうから神話魔法を放ったって言ってた」

 なんか凄い魔法がフォルトレスに直撃して、それが優斗のやったことだとは知っている。
 けれど放った場所がとんでもなく遠かったのは気付かなかった。
 実際、ちょっとして卓也達が助けに来たのだから、勘違いしても仕方ないだろう。

「オレは見てたけど、一般的な魔物と人間の戦いとは思えなかった」

 長距離どころか超長距離の極大魔法バトルと言っても過言ではない。
 卓也としても当たり前にある戦いとは思っていなかった。

「あの日、リライトにまで地響きが起こったんだから驚きよね」

 地響きを起こしているのが優斗だと分かってしまう時点でどうかと思うが、紛うことなき事実であり簡単に予想できることだから本当に酷い。

「まあ、卓先が言ってた優先の凄さが身に染みて分かった瞬間だったな……って、あれ?」

 克也もしみじみと優斗の酷さに笑いを浮かべていると、そこに一人の男性が近付いてきた。
 男性の姿が判別できると、パッと克也の表情が明るくなる。

「教官っ!」

 イエラート兵士団の制服を身に纏い、齢三十歳は越えているであろう武人が克也の呼び声に顔を綻ばせた。

「セツナ、王からのお使いは無事に果たせたのか?」

「大丈夫だ。ちゃんと終わったから報告しに来たんだ」

「ミルもセツナをちゃんとフォローできたか?」

「……うまく、できなかった。だけど、次は、ちゃんとやる」

「そうか。二人とも頑張ったんだな」

 男性が、わしゃわしゃと二人の頭を撫でた。
 と、ここで卓也達に気付いた男性が丁寧に頭を下げる。

「セツナの教官をしている、タックス・スルトと申します。皆様は今回、セツナを助けていただいたリライトの方々でしょうか?」

 レイナがリライト近衛騎士団の制服を着ていることから、四人がリライトの人間だと気付いたのだろう。
 だから卓也、和泉、リルが教官へ同意の頷きを返そう……とする前にレイナが驚きの声をあげた。

「タックス・スルト!? もしや貴方はかの有名なタックス・スルト殿ですか!?」

「えっと……レナ先、教官のこと知ってるのか?」

 凄く驚いているレイナに克也が問い掛ける。
 タックスが有名人だということは知ってはいたが、レイナが驚くほどの人なのかと克也も逆に驚かされる。

「この方は世界闘技大会において優勝候補を次々と薙ぎ倒し、初出場ながら優勝された方だ。しかも準決勝は歴代の中でも素晴らしい戦いの一つだと語りぐさになっている」

 戦いに身を置いている者達にとっては本当に有名な人物だ。
 だから克也が有名人だと言っていたことは、まさしく正しい。

「……教官、本当に凄い人だったんだな」

 思わず唖然とする克也。
 そこまでの人だとは思ってもいなかった。

「セツナ。少し話が逸れてしまったが、こちらはリライトの方々で合っているのか?」

 少し照れた様子のタックスがあらためて聞き直す。
 克也は素直に頷いた。

「そうだな。卓先とズミ先とリル様とレナ先だ」

「……相手方を紹介する時はちゃんと説明しろ。あだ名だけ聞いても俺が分かるわけ――」

 と、言ったところでタックスも気付く。
 一人だけあだ名ではない人物がいたことに。
 しかもその人物が有名すぎるほど有名な名前だった。

「リル様、だと?」

「えっと、ちゃんと説明すると卓也先輩と和泉先輩が俺と同じ異世界人だ。あとリル様はリステルの王女様で、レナ先はレイナ先輩でリライトの近衛騎士の人だ」

 ちゃんと皆のことを説明する克也だが、その紹介方法は色々と問題が含まれているので卓也が軽く克也の頭を叩いた。

「あのな、刹那。オレ達が一応、異世界人だってことを隠してるって覚えてるか?」

「……あっ。わ、悪い卓先! 教官だからつい……っ!」

「絶対に言っちゃ駄目ってわけじゃないからいいけど、気を付けろよ。この教官さんは問題ないっぽいからいいけど、レキータの異世界人みたいに変な奴に言ったら面倒なんだからな」

 完全な秘密なわけではないし克也が信頼しているので構わないが、ついさっきまでいた国で隠していたことを忘れているのはいただけない。
 けれどタックスは全員の名前と立場が判明した瞬間、慌てて片膝を着いた。

「こ、これは大変失礼を!」

「……教官? いきなりどうしたんだ?」

 突然、礼を示したことに克也が首を捻る。
 だがタックスとしては当然のことだ。

「馬鹿者! リル様だけではなくリライトの異世界人は公爵以上の権利と立場があり、さらにタクヤ様とは『瑠璃色の君へ』のタクヤ様だろう!? どうして礼儀を欠かすことができる!!」

 他国の方々だろうが、礼儀は示すべき相手方だ。
 けれど逆に卓也としては彼の反応が凄かったので、克也に確認を取ってみる。

「なあ、刹那。お前とオレ達が知り合いだってこと、教官さんは知らないのか?」
 
「ん~、と……あっ、そうか。教官は俺がリライトの人と仲良いのは知ってるけど、それが異世界人だっていうのは知らなかったような気がする」

 そもそも隠しているのだから、不用意に彼らのことをイエラート王が話しているわけもない。
 加えて、

「……ん? そういえばリライトはまだ勇者の召喚をしていないはずでは?」

 前提条件として、リライトは未だ勇者召喚を行っていないことになっている。
 なので状況に齟齬が生じるわけなのだが、疑問を浮かべたタックスに和泉が一言告げた。

「気にしないでくれ。リライトにも色々と事情がある」

「……左様ですか。そのように仰るのであれば、疑問を持つことはいたしません」

 タックスは頷き、そして一切聞き返すことなく立ち上がると別の話題を克也に振った。

「それにしてもセツナ、お前はアクライト殿とも知り合いだったのか?」

「知り合いっていうか、今回の件で知り合ったんだ。俺達のこと、ちゃんと護衛してくれてありがたかった……って、教官はレナ先のこと知ってるのか?」

 克也はレイナ先輩としか説明していないのに、ファミリーネームで彼女のことを呼んだ。
 ということは、タックスはレイナのことを知っていることになる。

「リライト近衛騎士団といえば彼女の父君であるアクライト団長やグルコント副長はもちろんのこと、彼女のことは他国の兵士や騎士であれば知っている者も多いだろう。容姿も似ていることからアクライト殿ではないかと疑ったが、本当にそうだとは思わなかった」

 タックスはしみじみとした様子でレイナのことを語り始める。

「去年の世界闘技大会。そしてレアルードの奇跡。俺のように教官をやっているのであれば、若い世代の活躍には常に注目している」

 それが自国であろうと他国であろうと、タックスは常に目を光らせている。
 だからこそレイナが素晴らしいほどの評価をされていることを知っていた。

「閃光烈華。彼女ほどの若さで二つ名を得て、尚且つ勇名を轟かせる人物はあまりいない」

「レナ先、確かに速いからな。そういう二つ名も納得だ」

「とはいえ速さだけでは彼女ほどの状況にならないんだぞ、セツナ」

 いつかは二つ名を持ちたいと言っている克也に対し注釈を入れるタックス。

「本来、速さだけであればあまり周囲の注目を浴びることはない。だが彼女の瞬撃である曼珠沙華は威力があり、だからこそ映えた。そして映えた姿は皆の心に刻まれるだけのインパクトがあったんだ」

 彼女の構え、動き、そして威力。
 その全てが彼女のことを讃えさせた。

「まるで閃光の如き鮮烈なる朱き華だ、とな。曼珠沙華という技が本当に素晴らしかったからこその評価だ」

 技の名前もまさしく似合っている。
 彼女に相応しいと誰もが思ってしまう。
 とはいえ、

「本来は俺が『鮮血の螺旋突』と名付けたはずなんだが、気付いたら曼珠沙華で呼び方が統一されていた」

 一応、元々は和泉が付けた技名があった。
 マンガから取り出した技なので、そのまま名付けたのだが誰も使ってくれない。
 むしろ和泉でさえ曼珠沙華が技名だと聞いたら、そっちのほうが似合っているとさえ思ってしまう。

「わ、私は別に和泉の決めた技名でもいいと思ったのだぞ! だが副長が曼珠沙華と呼び始めたら、皆がそれに倣っていき……その、そうなってしまった」

 レイナも否定して回ることをしなかったので、彼女の有名な一撃は曼珠沙華という名前になっている。

「まあ、最後に『曼珠沙華』って叫んでたら誰でもそう思うわよね」

「正直、オレも言われるまでは勘違いしてた……というか結局は曼珠沙華って技名になったから、勘違いじゃなくなったのか」

 くすくすと笑うリルと卓也。
 和泉も仕方なさそうに頭を掻き、レイナは申し訳なさそうな表情でおろおろしている。
 と、和やかなムードの最中、タックスが唐突に考える仕草を取った。

「しかし、そうか。アクライト殿がいるのであれば……」

 ふと思い付いたように、克也の顔を見てからレイナに振り返る。
 突然のことに皆の視線がタックスへと注目する中、彼は一つのお願いをレイナへと伝えた。

「リライトの近衛騎士――レイナ=ヴァイ=アクライト殿。貴女に頼みたいことがあります」







[41560] guard&wisdom:二つ名の『意』
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:462fbcb0
Date: 2016/05/11 20:12




 克也がイエラート王へと報告しに行っている間、イエラートの鍛錬場にレイナ達は歩みを進めていた。

「スルト殿、私に頼みたいこととは一体?」

「セツナに教えたいことがあるのです」

 タックスは歩きながら、自分の教え子に思いを馳せる。

「彼はあの歳にしては色々なことを分かってきている。だから教えている身としてあと少し、もう少し多くのことを教えたいと常に思ってしまう」

 克也は今、頑張っている。
 イエラートの守護者なのだから、ちゃんとイエラートを護れるようにと必死になって戦い方を学んでいる。
 タックスも克也の頑張りを知って、見て、理解しているからこそ最大限のことをしてやりたい。

「けれど教えるものによっては、口で言うには容易くも実際に見てしまえば大きな差異があるものが確かに存在します」

 言ったことと見たこと。
 同じ印象を受けることもあれば、違う印象を受けることもある。
 そして今回、タックスがレイナに頼む理由は後者になると踏んでいるからだ。

「なのでアクライト殿にお願いしたい。貴女が本物の戦士であるからこそ――」

 戦い方にも色々とあること。
 そして何よりも、

「――己が誇りを互いに懸けて戦う、尊い勝負もあるのだということを」


       ◇      ◇


 克也とミルが報告を終えて鍛錬場にやって来た。
 
「鍛錬場ってことは、レナ先と教官が戦うのか?」

「いや、俺じゃない。俺よりももっと適任のやつがいるから、そいつを呼び出している」

「トモコは、いなくて、だいじょうぶ?」

「彼女はルミカと買い物に行っているのだろう? であれば連れ戻すこともない。何が何でも、というわけではないからな」

 日常を楽しんでいるのなら、それでいい。
 例えイエラートの守護者であろうと、タックスは教官として分別を付けている。

「だけど教官じゃないとすると誰がレナ先と戦うんだ?」

「それは――」

 と、タックスが言おうとした瞬間、鍛錬場に足音が響いた。
 皆が振り向くと、そこには細身の男性が一人立っている。
 歳としてはタックスと同じくらいで、 二人は親しげに握手を交わした。

「すまないな。急に呼び出したりして」

「いや、願ったり叶ったりだよタックス。よく呼び出してくれたと感謝しているさ」

 次いで男性は克也とも握手を交わす。
 思いの外、握る力が強いと驚いている克也に男性は声を掛けた。
 
「君がイエラートの守護者である少年だね。君のおかげで今日という最良の日を得ることができて感謝しているよ」

「え? あ、ど、どうも……と言えばいいのか?」

 困惑した様子の克也に男性は笑い、そのままの調子で今度はレイナを真正面に見据える。
 まだ何をしに来たのかも、何をしようとしているのかも分からない。
 けれど男性はレイナがそこにいることに、途方もないほどに嬉しそうな表情を浮かべた。
 
「やあ、君が閃光烈華か」

 軽い感じで声を掛けた男性。
 レイナが会釈をすると、にこやかな表情のまま男性は名乗る。

「俺はピスト・ハーヴェスト。たったこれだけで君なら分かってくれる。そう思ってるんだ」

 自分の名前を言っただけ。
 他に装飾する言葉はなく、単純すぎるほどの自己紹介。
 ただそれだけなのに彼の目論見通り、レイナの全身に鳥肌が立っていた。

「レナ先、知ってる……みたいだな」

 武者震いと無意識に出ている笑みが、レイナは彼のことを知っていると暗に示している。
 そしてレイナは当然のように克也へ頷きを返した。

「……セツナ。イエラートには有名人が複数いると言っただろう?」

 克也の教官であるタックスのように、名を馳せた人物が何人もイエラートにはいる。

「彼はそのうちの一人だ。ギルドランクSにして『瞬剣』の二つ名を持つ凄腕の冒険者、ピスト・ハーヴェスト」

 実力がある人間というのは、滲み出るような凄みがある。
 いくら平々凡々と見せていようと、隠しきれないほどの雰囲気が垣間見える。
 彼が一歩、鍛錬場に入っただけでレイナも彼の実力のほどがある程度は分かった。
 もちろん興味を持つには十分過ぎるほどではあったが、彼の名を聞いてしまえばレイナにとって……どの凄腕よりも関心を抱く理由がある。

「そして二つ名の意は――“最速”」

 セリアールでの戦いにおいて、速さは決して軽んじられているわけではない。
 クラインドールの八騎士が着ているような甲冑や鎧が廃れたのは、戦闘中の速度を求めたが故の理由。
 けれど最重要かと問われてしまえば、それは違うと断言されてしまう。
 力があり、技術があり、そのあとに出てくるのが速度。
 まずは魔法の威力や発動までの正確性であり、まずは剣を振るう力や流麗なまでの剣技だということ。
 六将魔法士と呼ばれる者達や剣聖、天下無双と呼ばれる者が多大な評価を得ている理由がそこにある。

 一番に求められるが威力と技術であり、速さとは決して先頭だって求めるものではない。
 けれど速さを求める者達がいるのか、と問われてしまえばいないわけがない。
 少なからず「速さこそが一番に求めるものだ」と考えている者達もいる。
 そして、その筆頭であり今現在において誰よりも早く駆け抜ける者が――レイナの目の前にいるピスト・ハーヴェストだ。

「私が今、この世界で最も会いたかった人物と言っても過言ではない」

 レイナ自身が望んでいることがある。
 レイナ達が目指している場所がある。
 だからこそ、いつか会いたかった相手が目の前にいる。
 ピストはレイナが自身を理解してくれていることに、再びニヤリと笑みを零す。
 
「俺は去年の世界闘技大会で初めて君を見た」

 出るためではなく、観戦しに行った大会で彼女がいた。

「マイティー戦で興味を持ったけれど、記憶に刻まれたのは決勝で君がやった最速の一撃」

 大会中、一般の部だろうと学生の部だろうと関係なく、誰よりも速く駆け抜けた存在がそこにいた。
 思わずピストが目を奪われてしまうほどに。
 優斗がやったことさえ霞んでしまうほどに。

「その時、君ならばと思ったんだ」

 彼女は本当に速かった。
 霞むが如き速さの領域に立っている。
 ただのスピード自慢では話にならないほどの速度を叩き出している。
 そしてピストは心からの熱望が生まれた。

「君とであれば“勝負”が出来るってさ」

 誰も踏み入れていないし、“踏み入れる気さえしていない”だろうと思っていた。
 自身が懸ける想いとは裏腹に、誰も自分ほど懸けていないことに失望していた。
 けれど、その全てが吹き飛ぶほどの存在がそこにいた。

「閃光烈華、君はどう思う?」

 きっと同じだ、とピストは考える。
 同じでなければ、あの速さは出せないとピストは知っている。
 だからこそ問い掛けた。

「君は二つ名に何の『意』を込めたい?」

 二つ名には色々なものがある。
 卓也のように、行いに対して新たな二つ名を得た場合。
 優斗のように、あらかじめ『意』を持っている二つ名を得た場合。
 前者の場合、『意』を持つこともあれば持たないこともある。
 だから、

「閃光烈華に対して、君が求める『意』は何だい?」

 レイナの二つ名は意を持っていない。
 速いことは理解されても、それだけの二つ名でしかない。
 唯一無二であることを証明する名では、決してない。

「私が……二つ名に求める『意』か」

 レイナは呟くと曼珠沙華に触れた。
 そして宝珠を見て、和泉を見る。
 今まで自分がしてきたこと。
 これまで和泉がやってきたこと。
 ずっとずっと、二人で頑張ってきたこと。

「ピスト・ハーヴェストに会いたかった。その理由は貴方が問い掛けたことに直結する」

 その全てが一つのものを求めていた。
 変わらず、いつまでも欲していた。
 だから胸を張り、堂々と答える。


「私が求める『意』は――最速だ」


 それだけは揺るがない。
 揺るがせることができない。

「和泉がくれた想いを確かなものとし、素晴らしいものであると知っているからこそ――退くわけにはいかない」

 告げた瞬間、ピストは破顔して真っ直ぐにレイナを捉えた。
 彼女が続けるであろう言葉を期待し、けれど待ちきれなくて聞き返す。

「……つまり、どうしたんだい?」

 返したピストの言葉に、レイナも彼と同様に破顔する。
 伝えるべきことなどたった一つしかない。

「最速の意、私が頂こう」


       ◇      ◇


 タックスが二人の勝負のために必要な準備をしている時、克也は首を捻っていた。
 それは二人の決着の方法。
 同じ距離から飛び出し、着地した時が勝負を決するというもの。

「戦うのに……一撃勝負なのか? 普通は戦いの中で速さを競って、どっちが最速か決めるんじゃないのか?」

 速さをメインにして戦い、勝ったほうが最速を得ると克也は思っていた。
 あまりにも単純すぎて、あまりにも簡単すぎるからこそ疑問を感じてしまう。
 けれどそこにピストが声を掛けた。

「いいか、少年。俺と彼女の勝負は“そういうもの”じゃないんだ」

 靴型の魔法具を弄り戦いの準備をしながら、ピストは克也に語りかける。

「譲れない誇りに対し、過度な装飾は邪魔になるだけだよ」

 剣技はいらず、威力もいらない。
 実力の上下など一切必要ない。

「速く辿り着いた者が勝つ。シンプルだけど俺と彼女の間では唯一絶対の真理なんだ」

 ピストは克也の頭をポンポン、と叩く。

「イエラートの守護者である少年なら、見てくれれば分かる」

 誰かを守るための戦いではない。
 何かを倒すための戦いでもない。
 同じものを追い求めているからこその戦い。

「――譲れない誇りを懸ける、ということの意味を」

 タックスが克也に伝えたいことを、今一度ピストは口にして開始線へと歩いて行く。
 克也は堂々と歩くピストの背を見ながら、彼の言葉を反芻する。

「誇りを……懸ける……?」

 なんとなく意味は通じる。
 けれどはっきり理解しているとは言えない。
 ピストやレイナの想いをくみ取りきれていないことだけは、はっきりと分かった。
 
「なあ、卓先。誇りを懸けるって……どういうことなんだ?」

 克也は隣に立つ卓也に尋ねる。

「誇りを懸ける、か。オレは別に戦う人間じゃないし完全に理解できるわけじゃないけど、それでも分かることはある」

 戦闘系の人間ではないからこそ、全てを分かってるとは言い難い
 けれど誰よりもリルを護りたいと願っているからこそ得た二つ名があるから、卓也は克也に伝えることができる。

「あの二人は『最』を欲してるんだよ」

「……『最』? えっと、どういうことなんだ?」

「お前は“最強クラス”とか、そういった言葉を知っているから逆に理解しにくいかもな」

 あやふやな言葉を知っているからこそ、逆に難しいのかもしれない。

「いいか、刹那。本来、最強も最速も一人しか存在できないんだよ」

 例えば『最速であろう一人だ』『最強と呼べる人間の一人だ』なんてものは、言葉としておかしいだろう。
 最も強い、最も速い、最も上手い。
 どれもこれも一人しか存在できないというのに、何人もいること事態がおかしい。

「それに最強とか最速とかは偶然、手に入ったところでどうしようもない。チートを得たからって、誰よりも凄い力を得たからって、それだけで最強や最速と呼ばれるわけじゃない」

 宮川優斗と同じ力を佐々木卓也が得たところで、使い手が卓也であればそれは『最強』となり得ない。
 卓也が神話魔法を使えたとしても、優斗が上級魔法すら使えなかったとしても、勝負をすれば優斗が勝つ。
 つまり“凄い力”は『最強』とイコールで結べはしない。
 必ず本人の過去や経歴、人間性、性格が関係してくる。
 
「だから『最』を得る人間っていうのは必要に迫られてそうなるか、欲してそうなるかの二つしかない」

 そして欲しているのならば、だ。
 必ず研鑽した月日がある。
 必然として積み重ねた日々がある。
 求めたものに対する時間が必ず存在する。

「あの二人は速さに対して譲れないものがある。そして最速という言葉の意味として、一人しか存在できない」

 複数名いることはない。
 たった一人しか名乗ることはできない。

「一発勝負、一度きりの瞬撃。もちろん状況や場合によって左右されるかもしれない。だけど体調が悪かった、タイミングが合わなかったから負けた……なんていうのは、自分が培ったものに対する冒涜だと二人は思ってるんだよ」

 たまたま、偶然、偶発、突発、奇跡、運、ありとあらゆる事象に左右されたとしても関係ない。
 自分自身が求めているものは、その全てをねじ伏せる。

「そんなもので揺るぐほど、あの二人の『最速』に懸ける想いは甘くない」

 誰に対しても譲れない。
 積み上げて、積み重ねて、築いてきた日々があるから。
 
「だからこそ誇りなんだよ」

 そう言って卓也は笑みを浮かべると、レイナと和泉のほうを向いた。




 皆とは少し離れたところで和泉が曼珠沙華の最終点検をしている最中、レイナはぽつりと呟く。

「実力、という点において私は瞬剣に負けているだろう」

 戦闘ではおそらくレイナは勝てない。
 経験や技術が圧倒的にピストより不足している。

「だが瞬剣が示した勝負には負けられない」

 速さ、という一点のみを追求しているのならば、

「私の想いが、私達の日々が負けているなど思いたくない」

 誰であろうと勝つ。
 何が何でも勝ちたいと思ってしまう。
 そしてそれは和泉も同じだ。
 宝珠を剣に嵌めて、レイナへと手渡す。

「信じてる。俺が他に言うことはない」

 彼女ならば問題ないと。
 自分ならば大丈夫だと。
 そして“自分達”だからこそ勝てると信じている。

「十分だ、和泉」

 レイナは剣を持ち、振り返った。

「お前の作品に見合う私で在る、と。私が誰よりもお前に証明したいから――」

 歩き、剣を腰に携えながら、明確な言葉を口にする。

「――勝ってくる」

 この瞬間だけはいつも変わらない。
 和泉の相棒として、レイナは前へと進む。
 レイナの相棒として、和泉は彼女のことを見送る。
 戦士としての矜持と技師としての矜持こそ、互いを支え信頼に値するものだから。
 
「…………」

 レイナは大きく深呼吸して線の前に立つと同時、剣を抜く。
 ピストも応対するかのように剣を抜き、中段の構えとなった。
 段々と張り詰めていく空気に同調するかのように、周囲の人間からも雑音が消えていく。
 
「今、この瞬間だけは剣技に頼ることがない」

「今、この時だけは強さなんてどうでもいい」

 違わずして、まるで口上を述べるかのように二人の言葉が響いた。
 騎士としてではなく、レイナ=ヴァイ=アクライトとして最速を奪うために。
 冒険者としてではなく、ピスト・ハーヴェストとして最速を守るために。
 互いの魔法具に嵌めてある宝珠が輝き始める。
 次第に朱い光と薄緑の光が周囲へと溢れ、溢れ、溢れ、それが炎と風になった瞬間、


「「 恋い焦がれるは速さのみッ!! 」」


 二人は同時に同じ言葉を言い放ち、己が持つ魔力の全てを宝珠へと注ぎ込んだ。
 交わす視線は揺るぎなく相対する。
 そして互いの誇りを懸けた勝負だからこそ、自分が絶対だと主張した。


「――最速の意、それは私のものだっ!!」
「――最速の意、これは俺のものだッ!!」






[41560] guard&wisdom:最速勝負
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:68817e76
Date: 2016/05/12 18:59


 腕を引いて構えた瞬間、ふと昔のことをレイナは思い出す。
 
「イズミ! 黒竜に剣を折られたと父に伝えたら、名剣を与えていただいた!」

 レイナが新たに手にした名剣を嬉しそうに和泉へ見せると、彼も目を輝かせた。
 あれこれと、繁々と、爛々とした様子で剣を見た和泉は彼女に告げる。

「会長。この曼珠沙華という名剣を俺に改造させてくれないか? もっと良い名剣にしてやりたい」

 単純に、シンプルに、けれど想いが乗った言葉。
 それから和泉はレイナの名剣の技師となった。
 炎を生み出す名剣を手に加え、魔力を炸裂させる改造をした。
 けれど他に何が必要かを考えて、二人で挑むと決めた日がある。

「イズミ。もし他に能力を加えられるのだとしたら、私は速さを求めたい」

 魔法具としての能力は、まず第一に威力を求めることが普通だ。
 次いで防御であり、速さを求める魔法具はほとんど存在しない。

「なぜだ? お前の速さは十分過ぎるほどに速い。これ以上、付け加える必要はないと思うが。であれば防御を自動的に展開させる魔法を加えるほうが有効的じゃないだろうか」

 身体の使い方が上手いのだろう。
 彼女の速度は普通の男子よりも圧倒的に速く、和泉としても彼女に勝てる同年代は修と優斗しか存在しないと思っている。
 けれどレイナは首を振った。

「私はここ今年に入ってから二度、遅れてしまったことがある」

 思い返せば、失敗したことが二回ある。

「一度目はユウトとの決勝戦。あの時、私は魔法具の存在に気付きながら砕くことが出来なかった」

 寸前でカルマを召喚させてしまった。
 見つけて、誰よりも先に飛び込んだとしても砕けなければ意味がない。

「そして二度目。ついこの間のことだが、やはりこれが一番心に残る」

 それはレイナが曼珠沙華を手に入れることになった理由。

「黒竜に吹き飛ばされた時、私はタクヤとリルを守ることが出来なかった。いや、正確には“間に合わなかった”」

 ダメージで膝が折れた。
 けれどレイナからすれば“それだけ”で後れを取ってしまった。

「あの二人を守るために動いたというのに……」

 もっと速く動くことが出来るのであれば、問題ないはずだ。
 誰よりも速く動くことが出来るのであれば、取るに足らなかったはずだ。

「だからもう二度と、間に合わないことがないようにしたい」

 己が騎士を目指すに最も欲するもの。
 騎士で在りたいがために絶対としたいものがある。

「難しいことを言っているのは承知しているが……不可能か?」

 速さを増す魔法は存在する。
 風を頼りに加速する魔法は確かにある。
 けれどレイナが言っているのは、それ以上の速さ。
 和泉は顎に手を置き、彼女が言ったことに対する考えを纏める。
 彼女が言ったこと。そして彼女が願ったことを叶えることは出来るだろうか、と。

「俺も少し引っ掛かりを覚えていることがある」

「引っ掛かっていること?」

「ああ。修と優斗の速度が向こうの世界にいた時よりも、上がってるんじゃないかという疑問だ」

 元々、人間を辞めているとしか思えない加速や速さを持つ二人ではあるが、それでも常識外れだけとは言えない何かが存在しているような気がしていた。
 
「確かに私と同等以上の速度を余裕で出す二人だとは思っていたが、単に身体の使い方の差ではないのか?」

「だとしても、そこに魔法か魔力が僅かでも絡んでいる可能性はある」

 保有している魔力量の違いなのか、それとも無意識に利用しているのかは分からない。
 けれど確かに和泉には引っ掛かった。
 もしかしたら彼らの動きには、何かがほんの少しでも関わっているのではないか、と。

「しかし違っていたとしても、考えとしては悪くないはずだ。手を出す取っ掛かりとしては十分過ぎる」

 魔力や魔法、そのどちらかが肉体へと影響する。
 最初に目を向けるには上出来の部類だろう。
 レイナは無表情でもやる気が見える和泉の顔に、思わず頭を下げる。

「私だけでは限界があることも承知している。だが私はお前の技師としての力で、威力だけではなく速さも求めたい。いや、速さをこそ最も求めたい」

 何でもかんでも一人で出来るわけではない。
 全てを一人で叶えられるほどの力をレイナは持っていない。
 
「だからイズミ。そのための力を私にくれないか?」

 一人では出来ない。
 一人では届かない。
 けれど二人なら出来るかもしれない。届くかもしれない。
 
「会長。戦闘用の魔法具や名剣は、あくまで補助的なものだと俺は思ってる」

 そして和泉は無表情のまま、それでも心から思うことを言葉にする。
 道具は使い手がいるからこそ輝く。
 主役として存在し、振り回されることを和泉は望まない。

「十全に使われてこそ、道具としての本懐だと俺は信じてる」

 能力を出し切れずにいることこそ、冒涜だと思っている。

「だから俺はお前が求める物を違わず創り出す。それが技師を目指す俺の役割だと考える」

 望むものを望むままに。
 道具に振り回されず、道具に能力以上のことを願って振り回すこともない。
 彼女が望むままの物を創り出す。

「だとしたら私は、お前の作り出す物に見合う人間になろう」

 レイナは和泉の言ったことに対し、素直に頷く。
 道具に頼って自身の研鑽を怠ることなどしない。
 劣ることのない、彼の技術に足りる実力で在りたい。

「決して寄り掛からず、決して寄り掛かられることのない――お前が望む使い手になろう」

 それが彼に対する礼儀であり、レイナの持つ矜持だ。

「そしてもし、可能ならば――」

 レイナは心から思う。
 もう間に合わない、ということがないように。
 自分の気持ちを叶えられる自分になっていたら。
 ふっと笑みを零してしまう。

「――いつの日にか『最速』と。そう呼ばれてみたい」


       ◇      ◇


 強い相手と戦うの楽しい。負ければ当然悔しい。
 修や優斗に追いつきたいとも思っている。
 けれど『無敵』や『最強』と呼ばれたいなど考えたことはない。

 学院最強と賞賛されていた。
 もちろん、そこで止まろうと思ったことはない。
 だが止まろうと思っていなくても、その先にある『最強』へ一心不乱に突き進もうとは考えなかった。
 今だから分かることだが、レイナ=ヴァイ=アクライトは唯一無二を欲していなかった。
 ただ騎士になる、と。
 そう決めただけの少女だった。
 
 けれど今は違う。
 出会ったから望み、出会ったから欲し、出会ったからこそ求めた。
 
 ――だから譲れない。

 自分の求めるべき道が分かった時、思ったことがある。
 和泉が自分の剣を創ってくれた時、分かったことがある。
 一人だった時は望まず、欲さず、求めていなかったとしても。
 二人だから願ったこと。

 ――この気持ちだけは決して譲れはしない。

 決して自分だけのことを証明するわけじゃない。
 速さを欲した自分に対し、和泉が作った剣こそがこの世で最も素晴らしい物なのだと。
 最速を望んだ自分に対し、彼の心を込めた作品こそがこの世で最も価値ある物なのだと。
 相棒だからこそ証明してみせる。

「求めるは朱華、闘いの歌」

 正面には魔法具から風を吹き荒らしているピストの姿がある。
 だが、それがどうしたというのだろうか。
 疑念などいらない。
 疑問など意味もない。
 燃え盛る情熱を込め、ただ想うだけ。

 ――豊田和泉の作品を汚すことなど、己ですら許さない。

 最速を求めたレイナと、最速を叶えるために生まれ変わった名剣。
 そして和泉が違わずして創ってくれたのならば。
 レイナが求めたことを叶える剣を造ってくれたのだから。

 ――劣る自分こそが恥と知れ。

 絶対に勝ってみせる。
 必ずその意を得てみせる。

「希うは閃光の狭間」

 誰よりも早く、速く、迅く。
 万人が追いつくことままならぬ最速の剣戟を目指し。
 何人たりとも踏み入れること許さぬ最速の領域へと辿り着く。

「願うるは刹那の理」

 故にレイナ=ヴァイ=アクライトは突き進む。
 踏み込み、踏み締め、蹴り出し、閃光の如き鮮烈なる朱き華となって。
 唯一絶対の『最』を求めているからこそ、誰であろうと譲らず譲れない。

「遍くを携え、蒼穹を紅蓮に染め上げるは我が一剣」

 だから――勝つ為に告げよう。
 我が魂の名、


「曼珠沙華ッ!!」


 天上に咲く花の名を冠した、相棒の想いが宿る愛剣の名を。







 対してピストの表情は真剣でありながらも、堪えることの出来ない嬉しさを表していた。

 ――当たり前だ。

 心は躍り、鼓動がどうしようもなく高鳴る。
 自分に対して最速の勝負を挑む。
 誰もやらなかったことだ。
 剣聖でさえ、自分には速さではなく技術で対応した。
 天下無双でさえ、自分には速さではなく強さで対応した。

 ――だからこそ。

 ピストは相対している騎士に心からの賞賛と、感謝を求めてやまない。
 自分にとって速さとは全てだ。
 攻撃をされても躱すどころか、攻撃される前に攻撃できる。
 先の先を取ることが出来る。
 つまり安全と強さを兼ね備えた、戦士として最も求めるべきものだとピストは考えていた。
 けれど周りは速さよりも攻撃力を求め、技術を求めた。
 無論、速さも一定以上は必要だからこそ鎧などは廃れたが、鎧を捨てたからこそ『速さは大丈夫』なのだという傲慢な考えを持つ者もいる。
 だから時折、一撃離脱の戦法だけをやっていると卑怯だと罵られることさえあった。

 ――けれど、そんなことは全てがどうでもいいことだ!

 今、目の前に自分が持つ『最速』の意を奪おうとしている騎士がいる。
 自分が追い求めたものと同じものを求めた戦士がいる。

 ――ならば真っ向勝負するだけのこと。

 負ける可能性はある。
 もちろん負けるつもりはないが、負けたところで自分には追求すべき部分があるということ。
 相手が素晴らしいということは勝とうと負けようと価値がある。

 ――なんて心が躍るんだろうか。

 ピストもレイナと同様に構える。
 相対している騎士からは朱き炎が吹き荒れ、まるで彼岸花が咲いているようにさえ思えた。
 心地よく響く彼女の詠唱を耳にしながら、ピストも魔法具に渾身の魔力を込める。

「さあ、閃光烈華! どちらが最速なのかを決めよう!」

 詠唱を詠んでいるレイナと視線がかち合う。
 互いの気迫が一段と増したと同時、

「曼珠沙華――ッ!!」

「はぁっ!!」

 レイナの叫びと同時にピストは真正面に飛び込む。
 同時に蹴り出し、同時に飛び出し、同時に突き進んだ。
 飛び出したと同時にピストが踏み出した地面は爆ぜ、後方からは膨大な量の風が背を押す。
 相対しているレイナの背にも、まるで炎が速さを後押しするかのように追従している。
 けれどピストは負けると露も思っていない。

 ――俺は俺の速さを信じてる。

 踏み締める足に託したのは己が速さへの思い。
 蹴り出したのは己が速さへの情熱。
 飛び出したのは己が速さへの信頼。
 だからこそ勝負が決するのは攻撃のタイミングではなく、速さのみ。
 互いがどこに足をつき、攻撃をするのかは分かっている。
 距離が同じであるのならば、先に到着したほうが先の先を得る。
 防ぐことなどどうでもいい。
 躱すことなど論外だと唾棄すべきもの。
 剣の技術による後の先など互いに望みはしない。
 この勝負は“そういうもの”ではない。
 地面に踏み締めた左足こそが決着の時。

「――っ!」

「――ッ!」

 互いが誇る刹那の瞬撃。
 到達した瞬間に分かる勝敗。
 だから一秒が遙かに長く感じる勝負は――文字通り一瞬で決した。





[41560] guard&wisdom:誇りを懸けた決着
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:aa84257e
Date: 2016/08/04 20:03


 攻撃を振り抜く前の決着。
 世界最速を望む二人が違わずして行った、己が最速の到達。
 けれど『最速』という意を得ることができるのは、たった一人だけ。

 だから――ピストは腕に込めた力を抜いた。

 ほんの僅か、踏み込みが遅かったから。
 レイナが振り抜いた曼珠沙華はピストに当たることなく、すぐ横を通り過ぎる。
 炎も触れることなく、そのまま空中へと霧散していった。
 そしてレイナは穿った体勢のまま告げる。

「貴方が持つ最速の意は――頂く」

「……ああ。遠慮なく持っていってくれ」

 瞬間、二人は同時に剣を鞘へと収めた。
 そして勝った閃光烈華は僅かに上を見て、負けた瞬剣は僅かに下を見る。
 数秒して視線を戻した瞬間、レイナとピストは違わずして笑みを零した。
 克也はそんな二人の様子を見て、胸元をぐっと握りしめる。
 
「……ヤバイな、ミル。全身、鳥肌が立った」

 互いの誇りを懸けた瞬撃。
 最速という称号を求めた勝負。
 聞いただけでは絶対に響かない戦い。

「何て言ったらいいか分からない。だけど俺は……ほんと、震えたんだ」

 言葉にできないのが悔しい。
 表現する方法が思い浮かばないのが悔しい。
 ちゃんと自分の胸に届いたと表したいのに。
 伝えたいことはしっかりと響いたと告げたいのに。
 ただただ、胸元をきつく握りしめることしか出来ない。

「それが分かるなら、きっと、だいじょうぶ」

 ミルは克也の言葉に対して、理解していると言うように彼の胸元にある手に触れる。

「克也は、ちゃんと、強くなる」

 タックスが理解してほしいと思ったことを、しっかりと理解したのだから。

「そのために、教官も、克也に見てもらいたかった」

「その通りだ」

 気付けばタックスとピストが克也達の側にいた。
 ピストは克也の表情を見て、大きく頷く。

「誇りを懸ける戦いがどういうものか、分かったみたいだね。いやはや、俺も身体を張った甲斐があったよ」

 結果としては負けてしまったけれど、それでも満足してないかと問われたら満足している。

「誰も傷つかないのに、逃げたくない戦いもあるんだな」

「もちろんだ。相手から逃げて持ち続ける『意』には何の価値もない。そしてそれは俺の誇りに反する」

 誰よりも自分が速いと思っているのに、負けそうだからと逃げてしまえば誇れない。

「悔しかったはずだ」

「負けた瞬間はもちろん悔しかったさ。だけど奪われたのなら奪い返せばいい。俺の速さに対する想いは、彼女に負けたぐらいで揺るがない」

 最速という自負は奪われた。
 だが最速に対する想いは揺るがない。
 むしろライバルができたことで、よりいっそう欲しくなったし価値が高まったとさえ思う。
 ピストは満足げな様子を見せると、タックスに続く言葉を促した。
 
「セツナ、これからお前も築き上げていくんだ。それはピストやアクライト殿のような速さでもいいし、精霊術に関することでもいい。守護者としての自覚でも何でもいい」

 克也の肩に手を置きながら、タックスは一番伝えたいことを口にした。
 守りたいものを守りたいと動ける克也だから。
 だから次に教えたいのは、守る以外にも存在する理由。

「お前が誇りたいと思ったことを、確かに誇れるようにしよう」

 間違いなく誇っていけるように。
 抱いた想いが確かに誇りとなるように。
 譲れないものがあった時、譲れないと言えるようにしていこう、と。
 タックスはこれを教えたかった。

「……ごめん、教官。色々と伝えたいことがあるんだけど、今の俺はこれしか言えない」

 克也は上を向き、強い意志が灯った瞳をタックスに対してぶつける。

「頑張る」

 単純明快、けれど何一つ文句のない返答にタックスもピストも破顔した。

「それでいい」


       ◇      ◇


 ゆっくりとした足取りで、レイナも和泉のところへと戻る。

「見ていたか、和泉?」

「ああ。しっかりと見させてもらった」

 レイナが最速に勝った瞬間を。
 だから自分達のやってきたことが、間違っていなかったと確信を持った。
 
「そうか。それは頑張った甲斐があったものだ」

 僅かに笑みを浮かべたレイナだが、いつものような覇気はない。
 というよりは、立っていることもやっとの状況。
 力ないレイナの身体を和泉は優しく抱きしめる。

「全身全霊を込めたんだな、レイナ」

 肉体のリミッター解除と限界まで注いだ魔力。
 だからこそ彼女の瞬撃は身体への負荷が大きい。
 和泉は目を瞑ったレイナの髪を撫でながら、彼女がやったことをはっきりと言葉にする。

「ゆっくり休め。そして次に目を開けたあと、しっかりと噛み締めろ。お前が『最速』の意を得たことを」

「……違う。私が、ではない」

 確かにその意を持ったのはレイナだ。
 けれど一人だけの功績ではない。

「私達が得た『最速』だぞ、和泉」

 一人では出来ない。
 けれど二人だから出来たこと。
 騎士と技師が互いのことを十全に望んだ結果だ。
 そして最後、タクヤとリルが労いの言葉を掛ける。

「よくやったな、レイナ」

「凄かったわよ」

 レイナは二人が近くに来てくれたことを感じながら、振り絞るように声を出す。

「これでもう、間に合わないことはないぞ」

 最速を目指そうとした最大の理由。
 それはこの二人を守れなかったこと。
 けれどそれは昔であって今は違う。

「次は、という言葉は嫌いだが……」

 あのような瀬戸際の戦いにおいて、次を考えること自体がおこがましい。
 だが自分の失敗を救ってくれた仲間がいる。
 そんな失敗をなかったかのようにしてくれた卓也がいる。
 だからこそ二度と同じようなことがないように、

「次は絶対に間に合わせる」

 最後にそう伝えて、レイナは気を失うように眠った。
 リルと卓也は彼女の言葉を聞いて、顔を見合わせる。
 そして小さく笑った。

「バカね。それだと卓也の格好良いところが見れないじゃない」

 自分達が始まった切っ掛けそのものが無くなってしまう。

「だけど、そうね」

 彼女がその一件で己が目指す場所を抱いたのだとしても、自分達の始まりがあったのだとしても。
 その時に『守れなかった』という気持ちが今の彼女を作っているのだとしたら、

「ありがとう、レイナ。これまでもこれからも、ずっと頼りにしてるわ」

 そう言ってリルは眠っているレイナの顔を優しく擦るように撫でる。
 と、その時だった。

「彼女は大丈夫なのか?」

 ピストがレイナの様子を見て、心配そうに声を掛けてきた。
 質問に対し、和泉は素直に首を縦に振る。

「問題ない。魔力を根こそぎ注ぎ込んだ上に、肉体のリミッターを解除する魔法まで使用した。身体の負荷が大きく今は休んでいるだけだ」

 和泉が返答すると、ピストは感心するように目を瞬かせた。

「肉体のリミッター解除をする魔法、か。さすがに俺もそれは考え付かなかった」

「けれど本当に一撃のみだ。それ以降のことは全く考えていない破滅的な一撃と考えていい」

「とはいえ俺には不可能な技だよ。速さと威力の両立、というのはね」

 ピストの攻撃は簡潔に言ってしまえば軽い。
 速度に全てを捧げているからこその弊害だと言っても過言ではない。
 もちろん相手にダメージを与える分には回数を重ねればいいので、大して困ることはないが、

「威力と技術を最も求めた速さと融合させる。だからこそ謳われた二つ名、か」

 そう言ってピストは小さく笑んだ。

「このままだと俺の『瞬剣』も霞んでしまいそうだ」

 速度すらも威力に変換できる彼女の華やかさは、きっと皆のことを魅了するだろう。
 しかし和泉は首を捻った。

「そうか? 正直、こちらは裏技ばかりで得た最速だが……そちらは王道でその速さだ。どうしてそこまでの速さになるのか、興味がある」

 地面を炸裂させ、その反動を十全に用いて飛び込む。
 さらには風の魔法も用いて加速する。
 王道中の王道であり、それは誰もが納得し羨むほどの技術だ。

「俺としても彼女の――いや、違うか。君達の速さには感嘆してしまったよ。蹴り出しから到達までが、おそらくは一つの魔法なのだろうとは思うけれど」

「……本当に感心する。よく気付けるものだ」

 修や優斗が早々に看破したことは、さすがに納得してしまう。
 だがトップクラスの冒険者も、やはり同じように理解と把握が早かった。

「もし望むのなら教えるが、どうする?」

「質問に質問を返すけれど、君も分かってるんだろう? 技師さん」

 望むものが同じだから、同じことをする。
 確かに正しいように思えるが、

「一緒の道を辿るのは面白くないさ。求める頂は同じだとしても、道は別でいいはずだ」

 そうやってこそ、誇りを持てる。
 だからこそ楽しいと思える。

「そうだな。その通りだ」

 和泉は素直に同意し、

「なら次に挑む時は更なる技術と速度、威力を携えて挑ませてもらう」

「……挑む? 俺が君達に挑む側じゃないのかい?」

 たった今、行った勝負はレイナが勝った。
 であれば次に挑む側はピストなはずなのだが、和泉は首を横に振る。

「いや、違う。確かに最速は頂いたが実力で勝っていない以上、俺達は挑戦者だ」

 ピストが持つ最速は奪った。
 しかし実力的には未だ劣っている。
 であればレイナと和泉はこれからも挑戦者だ。

「なるほど。最速であると誇って尚、彼女と君は満足しないんだね?」

「一応は俺もレイナも達成すれば一時、満足はする。が、その場にずっと立ち止まることが出来ない人間だ」

 まだ先があることを知っている。
 まだまだやれることがあると分かっている。

「だから俺はこれからも望む力を与えてやりたい。それが俺のやるべきことであり、それが出来ない自分であれば相棒だと名乗れるわけもない」

 技師として目指す場所が和泉にもある。
 そしてそのために必要なことを、絶対にやり遂げたいと思う。

「魔法具に振り回されるのではなく、振り回すのでもない。魔法具と共に在ろうとするレイナは、互いに切磋琢磨できる最高の相棒だ」

 そう言って和泉はレイナの頭を優しく撫でる。
 と、その光景を見てピストはふと気付く。

「……えっと、彼女は君の恋人なのかい?」

「ん? ああ、恋人だ」

 一も二もなく頷いた和泉に、ピストは考え込む様子を見せて、

「……俺も女性に魔法具の点検とかしてもらえば彼女になってもらえるか?」

「特別品だろう、それは。それなりの技術力を持ち、なおかつ特殊性を理解している人間じゃないと難しいはずだ」

 和泉も既製品の名剣を弄り倒してオンリーワンの名剣へと変貌させた。
 なので今の弄りまくった曼珠沙華を他人に見せた場合、絶対に理解されない自信がある。
 ピストも理解はしているようで、

「分かってるっ! 分かってるが、それでも羨ましいと思うのは仕方ない!」

 ぐったりとした様子で和泉に抱きしめられているレイナを指差し、ピストは叫び声をあげる。

「しかも、こんなに美人! ものっすごく美人! 羨ましいどころか呪い殺したくなる!」

「そこまで焦る必要はないと思うんだが……。その実力があればファンも多いだろう?」

 いくら速さが最重要とされていなくても、だ。
 瞬剣と呼ばれるほどの実力があれば、ある程度はモテるはず。
 どの分野であろうとニッチな層がいるのだから。
 だがピストは無駄に胸を張って答える。

「ファンは多いが……。一つ、俺の経験談を教えてあげるよ」

 アラサー独身であるからこその叫び。
 さらに言えば彼の歳で結婚していない男性は二割といないからこその嘆きが木霊した。

「速さだけじゃモテない!」




 アラサー男の嘆きから一時間後。
 ピストはレイナが目を覚ますと、ちょうどいいとばかりに場を後にしようとする。

「さて、と。俺はやらないといけないことがあるから、帰るとしよう」

「魔法具を早速、改造するのか?」

 和泉の疑問にピストは苦笑を浮かべた。

「いやいや、君達の結果を世界に伝えなければいけないだろう? 今、現時点の『最速』は瞬剣ではなく、閃光烈華だとね」

 こういった場合、ピストだとギルド経由で話を通すのが一番になる。
 個人の二つ名と付随している意は、それが事実として世間に流布されているだけであって、別に書面だの証明だのと格式張ったものは存在しない。
 なので新しい事実がある場合、どこからか話を出す必要がある。
 それが今回はギルドに属している冒険者だから、ギルドから話を流すということ。

「というわけで、また会おう。そして今度は試行錯誤し進歩した結果を君達に見せるよ」

 苦笑から楽しげな笑みに変えて、ピストは修練場から出て行く。
 卓也も和泉と顔を見合わせて、同時に頷いた。

「オレ達もそろそろ行くか。レイナも目を覚ましたしな」

「ああ。お暇することにしよう」

 そして帰る支度を始めると、刹那があらためて声を掛けてきた。

「卓先、ズミ先。今回はたくさんのことを教えてもらった。次はちゃんと出来ると思う」

 色々と問題はあったけれど、その全てを彼らはちゃんと解決してくれた。
 異世界人の先輩として、刹那を助けてくれた。
 けれどいつまでも頼り切りは駄目だから、次は彼らがやってくれたことを踏まえたやってみせる、と。
 その決意を卓也と和泉にちゃんと伝える。
 次いで声を掛けるのはリル。
 
「リル様もありがとう。ミルが本当に助けられた」

 ミルのために一緒に来てくれたことに、心からの感謝を。
 そしてリルが軽く手を振ってくれたのを見ると、刹那は最後にレイナへ身体を向ける。

「レナ先。何て言ったら分からないが、伝わるものがちゃんとあった」

 今でも上手く言葉は思い浮かばない。
 けれど伝わったものが、響いたものが確かにあった。

「だから頑張る。そう決めたんだ」

 たったそれだけの単純な言葉。
 しかし、それがどれほどの意味を持つのか、レイナにもしっかりと伝わった。

「そうか。ならば私と瞬剣が誇りを懸けた意味はあったということだな」

 タックスの狙いが上手くいったのなら良かったと心底、思う。

「お前のこれからに期待しているぞ、セツナ」


       ◇      ◇


 四人はリライトへと戻ると、夕食を摂りながら事の顛末をアリーと修に伝える。
 新たな異世界人に出会ったことと、レイナが『最速』の意を得たことを。
 
「“アリシア王女”としても鼻が高いんじゃないの? お付きの騎士が二つ名に意を得たんだし」

 リルが嬉しそうにアリーへ話し掛ける
 けれど王女として考えるのであれば、彼女は首を横に振る。

「わたくしが唯一選んだ近衛なのですから、確かな実力があると知っていますわ」

 アリーがわざわざ、名指しで選んだ近衛騎士。
 公私の私で関わりがあるとしても、そのことに文句が出ないのは彼女の実力と性格故だ。

「つまるところ、二つ名に意を得たところで当然というものです」

 でなければ指名した意味がない。
 と、ここでリルはさらに突っつく。
 
「じゃあ、アリーとしてはどうなのよ?」

「決まっていますわ。レイナさんが『最速』の意を得たのですから、早速お祝いをしましょう」

 一転、アリーは満面の笑みで紅茶とケーキの用意を女官に伝える。
 しばらくしてやってきた食後のデザートに舌鼓を打ちながら、アリーは笑顔で何度も頷く。
 
「やっぱりレイナさんは凄いですわね。その歳で二つ名と意を得るなんて」

 今日までは自分の護衛ではないと言い張り、仲間であるレイナを褒め称えるアリー。
 一方でレイナは嬉しそうにしながらも、一緒のテーブルにいる無敵の勇者を見て、

「しかし、あれだな。『最速』を奪ったとはいえ、お伽噺三人衆に対してはどうなのだろうか」

 今現在、人間でお伽噺レベルの実力を持っているのは修、優斗、正樹の三人。
 火力過多の三人ではあるが、彼らは技術や速度だろうと最高峰を突き進んでいる。
 というより未だ実力の全開を誰も見たことがない。
 なので未知数ではあるのだが、卓也がモンブランを頬張りながら首を捻った。

「今現在、実際に最速を叩き出してるのはきっとレイナだろ。三人ともレイナほどの速さは出したことがないと思う。というか『防げるのに速さで勝負する意味が分からない』とさえ思ってそうだ……っていうか、修としてはどうなんだ?」

「まっ、最速に興味はねーな。必要に応じて速度上げりゃいいだけだしよ。やり過ぎたってしゃーないし」

 出来るか出来ないかでいえば出来る。
 だが限界の速度に挑む理由がない。
 というかやるのがだるい。
 するとアリーが呆れたように頬に手を当て、

「正直、修様とユウトさんの『意』は曖昧なのですわ。『最強』も『無敵』も、特定の何かが優れていると示しているわけではありません。立ち塞がる敵は全て打ち砕く。立ちはだかろうと敵にすらなり得ない……ということですから、ぶっちゃけあれですわ。人間が名乗ること自体、意味不明ですわね。過去に存在した伝説と幻の二人から分かることではありますが、事実として証明してみせているあたり性質が悪いですわ」

 初代の大魔法士と始まりの勇者が『最強』と『無敵』だからこそ、そのような『意』がある。
 そして彼女達と同種だからこそ、優斗と修が二つ名を得たことも分かっている。
 だがその強さが理解の範疇にあるかどうかと問われれば、首を捻るほかない。

「そうね。レイナもせっかく得たんだし、誰が相手であろうとも最速を証明していかないといけないわね」

 リルが理解するように頷いたが、

「そりゃちげーぞ、リル。誰であろうと、だけじゃ駄目だ。誰であろうと何であろうと、が正しいだろ」

 修がちょっと違うと否定する。
 レイナが得た二つ名の意はそうじゃない。
 その程度で終わらせていいものじゃない。

「アリーが今、言ったじゃねえか。最強だの無敵だの人間が名乗ること自体が意味不明だって」

 二つ名の意にあるものを勘違いしてはいけない。
 言葉の捉え方を勘違いしてしまっては、どこかで負ける理由になってしまう。

「人間だろうと魔物だろうと変わらねーよ。特にレイナや優斗が得た『最』ってのは、そういうことじゃねーのか?」

 優斗がこの世界の中で最強であろうように、レイナが得たのは人間最速ではなく世界最速。
 であれば速度で負けるのは人間以外だろうと許されない。
 
「いつもバカだけど時々、核心を突くようなことを言うな」

「……本当よね。あたしも時々、ビックリするわ」

 卓也とリルが感心するように笑った。
 考え事は苦手な修だが、本質を見誤ったりはしないあたり彼らしい。

「つーか優斗が人間や魔物に負けると思うか?」

「その通りですわ。わたくしの従兄様、人間だろうと魔物だろうと相対する敵には大体『お前如き』とか言いますもの」

 どれほどの強さを持つ敵だろうと“お前如き”と言う優斗。
 完全に厨二っぽいが、それも事実として認識しているが故の言葉だ。

「とはいえ、だ。いくら私でも恥ずかしくて、ユウトのように言える度胸がないのだが」

「問題ない。普段の優斗も恥ずかしがって言えないほどに酷い言葉だ、それは」

 和泉がそう返すと、皆で顔を見合わせて大いに笑った。






[41560] 小話㉕:天下無双、襲来
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:654d5d07
Date: 2016/08/13 17:35


 クリスが庭で鍛錬をしていると、来客の知らせが届いた。
 その相手の名は先日、自分と戦いたいと言っていた人物。
 おおよそ冗談や嘘を吐くような人物ではないので、本当に来ると思っていたから覚悟はしていた。

「さて、ウチダより話は聞いているだろう?」

「ええ。伺っていますので天下無双が来られた理由は分かるからいいのですが……」

 守衛門まで迎えにいったクリスだが、天下無双がすでにほくほく顔でいた。
 そしておそらく理由は隣に立っている彼女だろう。

「なぜキリアさんがすでにボロボロなのでしょうか?」

 クリスが天下無双の隣を見れば、なぜか戦い終わったかのような出で立ちのキリアがいた。

「なに、レグルのところへ行く途中にミヤガワの弟子と偶然会ってな。お主とやる前に一戦しただけのことだ」

 天下無双が話し掛けたところ、キリアが勝負を挑んだらしい。
 ボロボロの姿である少女は不機嫌そうな表情でクリスに先の戦闘を伝える。

「精霊剣も劣化版虚月も余裕で防がれたのよ。やんなっちゃうわよね」

 挑むからには勝つつもりでいたし、勝てなかったからこそ悔しい。
 正直言って、天下無双だろうと負けたことが腹立たしいこと、この上ない。
 けれどクリスは彼女の話を聞いて、軽く耳を疑った。

「……すみません。一つ質問なのですが、精霊剣はまだしも“あれ”をどうやって防いだのでしょうか?」

「上級魔法を三発当てれば簡単に防ぐことができる」

 簡単に言うが、簡単にできることではないとクリスはしみじみと思う。
 紛れもなく神話魔法虚月の劣化版であり、部類としては最上級魔法に近い代物だ。
 ある程度のものを消滅させれば消えるとはいえ、ほぼ初見で防ぐなど理解できない。

「いやはや、満足させてもらった。さすがは大魔法士の弟子、戦い方が他と違う特徴があって非常に面白かった」

 未だ強者には入らない。
 けれど強さを望み天下無双にすら勝とうとする少女との戦いは、老いた身には清涼な感慨を抱かせる。

「やはり未来ある若人と戦うのは胸が躍る」

 天下無双はそう言って、クリスに爛々とした視線を向けた。


      ◇      ◇


 レグル邸の庭にて剣を抜く二人の姿。

「全力で来い」

「言われるまでもなく、そのつもりです」

 クリスは細剣を構え、一呼吸。
 次の瞬間、天下無双でさえ見惚れる突きを繰り出した。

「良い突きだ、レグルよ」

 美しい所作に感嘆の意を述べながら、天下無双は無造作に剣を振るって細剣を払う。
 だが払った瞬間には細剣は跳ね上がるように斜め上へと駆け上がり、首を狙った。
 しかしそれさえも天下無双は想定内と言わんばかりに握っている柄の余った部分で受け止める。
 そしてお返しとばかりに下から上へと斬り上げられた斬撃から、一気に天下無双の攻勢が始まった。
 剣士よりも強く振り抜き、騎士よりも無駄なく振り下げ、どの戦士よりも相手の挙動を制するような剣の軌道。
 けれどクリスは天下無双の剣戟全てを防ぐ。
 いなし、躱し、相対し、軌道を変え、傷一つ負わないほどに防ぎきる。
 その姿に天下無双は内心で、さらにクリスを褒め称えていた。

 ――おおよそ公爵家の長子とは思えない逸材だ。

 徹底された基本による緻密な剣戟。

 ――細緻……いや、最緻を求める者と呼ぶべきか。

 格別した剣技の精度に、卓越した技量。
 国が国であれば兵士団長や騎士団長にもなれるほどの逸材だ。

 ――しかし、まだ足りていないことは本人が実感しているだろう。

 クリスが求めているのは極み。
 基本から応用に進むのではなく、基本を極める。
 応用や奇襲を基本で凌駕すること。

 ――さて、このままだとレグルはジリ貧で追い込まれるが……。

 考えながらであろうと、実質的な剣技は天下無双が圧倒的に上。
 間隙を与えていないのだから、反撃する猶予も存在しない。
 このまま続ければクリスの敗北は必至。
 と、その時だった。
 仕切り直しとばかりにクリスが距離を取る。
 同時、天下無双が破顔した。

「なるほど。やはり見た目に似合わず、肝が据わっている」

 目の前にいる少年は地面に細剣を刺し、与えたるは二つの上級魔法。
 クリスト=ファー=レグルが編み出したオリジナルの魔法剣――火雷。

「“通す”つもりか、レグル」

 問い掛けに対し、クリスは首肯する。

「天下無双。貴方ほどの実力者に隙があるとは思えません。ですが――」

 このままでは勝てない。
 隙がないのであれば、やることは唯一。

「僅か一点だろうと作り出し――通します」

 正確無比を目指す剣戟を用いて、必ずや倒してみせる。
 さらに真剣味を増すクリスの表情とは逆に、天下無双は歯を見せるほどに笑いを抑えられない。

「隙を作り出そうとし、その一点を貫こうとする意気や良し」

 基本に不意打ちは存在しない。
 であれば天下無双に勝つ唯一の手段は隙を作りだし、逃さずに通すこと。
 それ以外の解答はない。

「参ります!」

「来い、レグル!」

 クリスの身体が霞み、いきなり天下無双の右に現れる。
 だというのにも関わらず、クリスに先制の機は与えられなかった。
 細剣を横薙ぎするよりも早く、天下無双の剣がクリスの胸元目掛けて薙がれる。
 それを受け、クリスは二歩下がった。
 同時、下がった反動を左足に溜め、細剣を左脇に置く。

「はあっ!!」

 気合いを込め、溜めた力を反動にして横薙ぎに振るう。
 細剣が届く範囲ではなかろうと関係ない。
 細剣に付与した炎と雷が天下無双目掛けて迸る。

「まだ温いぞ!!」

 しかし天下無双はそれさえも斬り散らせた。
 剣を扱う者としても一流であることを見せつける所行ではあるが、

「いえ、これを待っていました」

 それこそクリスが狙ったこと。
 同じく剣を振るったのにも関わらず、コンマ数秒の遅れが天下無双にはある。
 その遅れは薙いだ細剣を次の攻撃へ準備させるには“十分過ぎる”。
 引き絞られた右腕と同時に、下がった二歩分の距離を一投足で潰す。
 そして胴体の中心部を狙って放たれるは突き。
 剣による防御は出来ず、躱すことも出来ないタイミングで行った“壁を越えし者”による最高の攻撃。
 だからこそ、

「これはウチダがやったことだ」

 “御伽噺”であった者――現状ですら“壁を越えし者”の最高峰にいる天下無双には通用しない。
 クリスが細剣を突き出した瞬間、躱すこともせずに左の拳を握りしめる。
 そして本当に簡易な防御魔法を拳に纏わせると、

「フンッ!!」

 上から下へ、拳を細剣の平に目掛けて思い切り叩き付ける。
 単純明快ではあっても叩き付けた威力たるや、クリスの手から柄が離れてしまうほど。

「――っ!」

 右手に伝わった衝撃と痺れ、さらには地面に転がる細剣の音を聞いて反射的に飛び退くクリス。
 一方で天下無双は己の左手を見つめながら、若干呆れたような声を吐き出した。

「なるほど。試しにやってみたものの、実戦ではあまり多用したくない技術ではあるな。ウチダはよく平然とやるものだ」

 確かに奇を衒うには最高であり、近接戦闘を主とするのであれば会得するのも有りだろう。
 だが端的に言って紙一重過ぎる。
 僅かでも角度が狂えば成功しない上に、タイミングもズレを許されていない。

「さて、レグルは……」

 天下無双が視線を向けると、距離を取ったクリスが右手を前に翳している。
 彼が使う魔法は間違いなく火の最上級魔法。

「なるほど」

 同じように天下無双も左手を前へと翳す。
 そして、

「「求めるは連なる火神――」」

 同時に響いた詠唱にクリスは耳を疑った。
 このタイミングで神話魔法の詠唱はないと踏んだが、それでも想定外の詠唱。
 けれど疑問があろうと詠むことを止めることは悪手にしかならない。

「……っ!」

 だからこそ二人の前に浮かぶ魔法陣は同じく二つずつであり、

「「――灼炎の破壊」」

 重なり合った魔法陣から違わず同じ魔法であり、違わず同系統の巨大な炎が放たれた。
 だが大きさも威力も弱いのは……クリスが放った魔法。

「……っ、こちらが弱い!」

 炎同士がぶつかり合った瞬間、撃ち負けていることを察したクリスはすぐに離脱。
 直後、クリスが立っていた場所に相殺しきれなかった炎が到達する。
 けれど上回る威力の最上級魔法を放った天下無双は、さして態度を変えることもなく淡々とクリスに告げた。

「儂が最も得意とする属性は火。それを闘技大会で見せたというのに、使われないとでも思うたか」

 この世界――天の下では誰もが敵わぬと謳われた男が、神話に至っていない得意属性の魔法を使えないわけがない。

「そして餞別だ、レグルよ」

 突き出された左手はそのまま、さらに詠唱を詠む。

「求めるは“連なる雷神”――」

 クリスは耳に届いた詠唱と浮かぶ二つの魔法陣に目を見開き、即座に再度回避行動を取る……が、

「――纏雷の慟哭」

 天下無双はクリスの右後方に避けようとした初動さえ読み切る。
 重ね合わさった魔法陣から生まれた巨大な雷群は、コンマ数秒後にクリスが到達したであろう場所に甲高い音を響かせながら落ちる。
 決して当たらないように注意されて放たれた魔法に、天下無双は満足そうな笑みを。クリスは苦笑いを浮かべた。

「さて、どうだ?」

「はい。自分の負けです」


      ◇      ◇


「ご指導、ありがとうございました」

 クリスは頭を下げる。
 逆に天下無双は満面過ぎる笑みだったので、大層満足したことだけはクリスにもキリアにも分かった。

「儂が魔法剣による攻撃を切り裂くことさえ織り込み済みであったとは、恐れ入ったぞレグル。そして決め手として用いられる魔法剣で隙を作ろうとするなど、儂とて勘違いした」

「それで通ればよかったのですが、細剣を手放す大失態を犯してしまいました」

 剣をぶん殴られるなど初の体験だ。
 だからこそ対応が思い浮かばず、衝撃で手放してしまうことになった。

「いや、なに。老いた身で力は衰えているのでな。技術を用いらせてもらった」

 あそこまでシビアな技術だとは思っていなかったが、それもクリスが相手だったからであろう。

「筋力という意味でも、まだまだご健在だと思いますが」

「昔なら叩き折る自信があったのだが、折れなかった。であるからして筋力の衰えは隠せぬよ」

 中々に理解しがたいことを言われたが、先ほどの戦いでそれ以上に理解できないことがあったので、クリスはそっちを天下無双に訊く。

「しかし天下無双は先ほどの詠唱をどこで知ったのですか? 自分はかなり単語を探したのですが」

 火の最上級魔法の詠唱はかなり探した。
 似通った詠唱になるとは思っていたが、それでも大変だったのをクリスは覚えている。
 けれど天下無双はあっけらかんと言ってのけた。

「神話に至らぬのであれば、詠唱は無意識に浮かんでくるものだ。それが使い手の域にまで達していればの話だがな。故にレグルが捻出した詠唱も、正確には到達したからこそのものであろうよ」

「あ~、そういえば先輩もそんなこと言ってたわ。わたしの劣化版虚月の詠唱も、そこまで苦労したとは聞いてないし」

 色々と独自詠唱から連想して探したりはしたらしいが、結局は『求めるは――』に落ち着いたと聞いている。
 天下無双はキリアに頷きながら、今度はこちらからクリスに問い掛けた。

「レグル。お前の基本と正確性に対する拘りはどこから来ている?」

 どこまでも貫きたいと思うほどの想い。
 強くなる為に応用に走ることさえしないのは、なぜなのだろうか。

「性に合っている。ただそれだけなのだと思います」

 けれどクリスはさして考えることもなく、素直に答えた。
 何千何万も繰り返し続けること。
 そして繰り返すほどに成長していくことが楽しいのだろう、と。
 その想いを誰よりも強く抱いているから。

「基本に忠実で正確な剣技。その一点に関して、自分は誰であろうと譲るつもりはありません」

 それが例え、大魔法士や始まりの勇者であろうと。
 譲るつもりは一切ない。

「なるほど。であるからこその“壁を越えし者”か」

 才能に加え、譲れない想いがあるからこその実力。
 天下無双が納得するように頷いた。
 次いでキリアにも問い掛ける。

「してフィオーレよ。食い入るように儂らの戦いを見ていたが、参考になったか?」

 ただ単に勝負を見ているだけ、というわけではなかった。
 まるで睨み殺すように勝負を見ていた彼女は一体、何を思っていたのかが気になる。

「参考っていうか、今のわたしが勝つ為には情報が必要だもの。天下無双もクリス先輩もね」

 キリアはクリスとは違い、強くなる為に必要なものは何だって欲する。
 それが宮川優斗の系譜にいる大魔法士の弟子――キリア・フィオーレの根底だ。

「くっくっくっ。この儂に啖呵を切るとは、やはりミヤガワの弟子だけあって度胸がいい」

 だからこそ天下無双は再び破顔する。
 自分の二つ名を知って尚、勝利を掴もうとする若人二人に格別の喜びを覚えてしまう。
 そして喜んでしまうからこそ、思考の着地点は目下一番の重要課題になる。

「やはりリーリアの相手とするは、主らのような者が好ましい。フィオーレが女であることが本当に悔やまれるな。リーリアの両親も儂に任せているとはいえ、嫁き遅れとなってしまっては儂のダメージが大きい」

 とはいっても、このような若人はそうそういるものではないから困る。
 う~ん、と唸って天下無双は二人に尋ねた。

「誰か良い者はいないだろうか?」









[41560] Sister's Cry①
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:32152a12
Date: 2016/08/23 18:30




 八月半ば。
 フィオナは広間のソファーで愛奈に耳かきをしていた。

「こっちはお終いです。あーちゃん、ゴロンして下さいね」

「ごろーん、なの」

 姉の太ももを転がって、愛奈は反対に向く。
 そして耳の中に耳かきが入っていくと、気持ちよさそうに目を細める。

「くすぐったいの」

「ちょっと我慢してくださいね。すぐに終わりますから」

 手際よく耳掃除をしていくフィオナ。
 あらかた綺麗になったことを確認すると、梵天を愛奈の耳の中でくるくると回す。
 そして完璧だ、と自負したところでフィオナは妹の髪の毛を撫でた。

「はい、綺麗になりました」

「おねーちゃん、ありがとうなの」

「どういたしまして」

 フィオナは掃除道具を片付けながら、愛奈に提案する。

「今日はお母様と優斗さんが王城へと行っていますし、まーちゃんはお昼寝中です。なのでお姉ちゃんと一緒に買い物へ行きませんか?」


      ◇      ◇


 どうにもフィオナの他人に対するセンスは、全てファンシーなものに傾くらしい。
 なので買い物をする時、対象が優斗の場合はフィオナのセンスなど特に役立たない。
 それは親友であり彼と似通っているアリーに駄目出しされるぐらい、酷いことを自身で理解している。
 だが愛奈と約束して、苦手なものを治すために頑張っていた。

「あーちゃんの髪を彩るリボンや髪飾りで新しいものが欲しいですね」

 フィオナは妹と一緒に、貴族御用達のファンシーショップに足を運んだ。
 幾つか見繕い、愛奈の頭に合わせながら選ぶ。
 それはピンクの可愛らしい髪飾りであったり赤いリボンではあったが、自分の妹にはよく似合うとフィオナはしみじみ思う。
 出会った時には長すぎた髪の毛も、今は肩ぐらいに切り揃えられいる。
 うなじ部分で二つにまとめられている髪は、最初に優斗がやった髪型で愛奈一番のお気に入りだ。
 それが姉としてはちょっと悔しくて、珍しくフィオナも対抗心が浮かんでくる。
 だからリボンや髪留め、髪飾りは姉である自分が選んだ物こそ妹を映えさせるのだと頑張りたかった。
 一方で愛奈は嬉しそうにフィオナを眺めている。
 姉が一生懸命に選んでいることが、心底嬉しい。
 たったそれだけのことが、愛奈にとっては本当に幸せなことだと知っているから。

「やっぱりあーちゃんには明るい赤やピンクのほうが似合いますね。あとは……いっそのこと、白いリボンでもいいかもしれません」

 今まではやはり、ピンクや赤などを選んでいた。
 もちろん似合うのもあるし、個人的なセンスもあるし他にも重要な理由がある。
 しかしいっそのこと、真っ白なリボンはどうだろうかとフィオナは考える。
 なので物は試しと、優斗やフィオナと同色の黒の髪色を持つ妹の頭に、白いリボンを当ててみた。

「あっ、これは本当に似合ってますね」

 何度も頷きながら満足した様子をフィオナは見せる。
 買うことを決定し、次いで店員にも見繕ってもらった。
 店員がフィオナの話を聞いて勧めたのは薄紫のリボン。

「こちらもアイナ様の髪の色によく、映えると思います」

 もちろん、これも問題なく似合っていた。
 しかし色合いとしては地味目で、だから愛奈はフィオナの袖を引いた。

「あーちゃん、どうしました?」

「あのね、これですぐにあいなってわかる?」

 質問の意味。
 それが何を示すのかフィオナは知っているからこそ、妹に感心してしまう。

 ――さすがはあーちゃんですね。

 内田修と同じ『天才』。
 お伽噺の枠に入る勇者の正樹すら平然と越える才能の持ち主は、自分が『守られている』ことさえ気付いている。

「じゃあ、聞いてみましょうか」

「うんなの」

 頷いた愛奈は店内を物色している男女のところへ向かうと声を掛ける。

「えっと、これだとね、あいなだってわかりやすい?」

「……えっ?」

 話し掛けられた男女は、突然のことに狼狽する。
 もちろん見ず知らずの少女が声を掛けてきたから……ではない。
“護衛対象”である少女が声を掛けてきたから。
 彼らが受けている命令は『隠密に愛奈を護衛すること』だ。
 慌ててフィオナに助けを求める視線を向けると、苦笑が返されるだけ。
 愛奈の才能が如何ほどかというのは聞いていたが、それでもバレるとは思っていなかっただけに焦りも大きかった。

「そ、それはですね……」

 とはいえバレているどころか『守られている』ことも気付かれてしまったのだから、男性は情けない境地になりながらも愛奈へ素直に頷く。

「もちろんです。そのリボンを付けているアイナ様を我々は瞬時に見つけることができます」

「うん、わかったの」

 納得する答えを貰えて、愛奈は薄紫のリボンを買うことにした。
 せっかくなので、買った商品をその場で店員が綺麗に付け始める。
 その間、少し離れたところにいるフィオナへ護衛していることがバレた片割れの女性が話し掛けた。

「……あの、フィオナ様。アイナ様はいつから気付かれていたのでしょうか」

「おそらく最初からだと思いますよ」

「い、一応、近衛騎士の中でも隠密に長けた者達が選ばれているのですが」

 そう。彼女達は近衛騎士の中でも手練れが選ばれている。
 幼いながらも、リライトでは重要人物のうちの一人である愛奈。
 けれど幸せに暮らしてほしい、という王様の考えがあるので周囲をガチガチに固めるような護衛をしなかった。
 自由に、気ままに過ごしてもらうために。
 結果、選ばれたのが隠密と護衛に長けた近衛騎士。
 彼女達はローテーションを組んで密かに愛奈の護衛をしていた……のだが、普通にバレてしまっていた。

「あーちゃんは本当の意味で『天才』だと呼べる子ですから。幼くも確かな才覚を持っているんです」

 気配を察することが出来る。
 見ただけで魔法を使うことが出来る。
 徹頭徹尾、天才を貫き通せる才能の持ち主。

「なのであーちゃんの場合、普通よりも距離を広げるか隠密に磨きを掛けなければ気付かれてしまいますよ」

「……外にいる時は見失わず、気付かれず、すぐさま守りに行ける限界の距離を取っていると自負していたのですが」

「そこは優斗さんのように言わせてもらえるなら要精進、ということです。護衛対象は幼い普通の令嬢ではなく、異世界人であり破格の才能を持った少女ですから」

 相手が普通であれば、それでいい。
 けれど普通ではないから気付かれる。
 女性騎士は呆けた様子で愛奈の顔を見ると、少し表情を崩して笑みを浮かべた。

「分かりました。これからもたゆまぬ精進とアイナ様の護衛を。そして気付かれないよう、頑張ってやっていきたいと思います」

「はい。よろしくお願いします」


      ◇      ◇


 愛奈は左手に白いリボンを入れた袋を持ち、右手はフィオナの左手と繋がれている。

「おねーちゃん。ありがとうなの」

「いえいえ、お姉ちゃんも楽しかったですよ」

 なので感謝したいのはこちらだ、とフィオナは思う。
 けれど愛奈は嬉しそうにしながらも、気にしていることがあった。

「でもね、まーちゃんはいいの?」

 マリカのことを訊いてくる愛奈。
 それはお昼寝中のマリカをラナに任せて買い物に来たが、大丈夫なのだろうか……という問いではない。
 自分のことはどうでもいいから、という意味が込められた問い掛けだ。
 だからフィオナは力強く頷く。

「確かに私はまーちゃんのママですけど、あーちゃんのお姉ちゃんでもあるんです。だから私にとってあーちゃんとの時間も大切なんです」

 だってそうだろう。
 大切な娘と、大切な妹。
 どちらも間違いなくフィオナの家族だ。

「私はあーちゃんのことが大好きなんですから、今のような質問をしては駄目ですよ?」

 意図に気付いたからこそフィオナは窘める。

「……はい、なの」

 愛奈は顔を上げて、姉の表情を伺った。
 けれどそこに浮かぶのは怒りでも悲しみでもなく、妹に向けた優しい感情。
 いっぺんの曇りさえ存在しない想いに、愛奈はフィオナの手を少しだけ強く握った。

「あいなね、おねーちゃんがおねーちゃんでよかったの」

「お姉ちゃんも同じです。あーちゃんが妹で本当に良かったですよ」

 血の繋がりはない。
 世界さえ別なのだから、純然たる姉妹と呼ぶには値しないかもしれない。
 けれど愛奈にとっては関係ない。
 今、ここにいる人は自分にとって大好きな――

「……えっ?」

 と、愛奈が考えた瞬間だった。
 不意に感じた“怖気”に、身体が震えた。
 同時、足も止まってしまう。
 感じているものに、ぐらりと平衡感覚さえ失ったように思えた。
 これは“知らないもの”ではなく“知っているもの”。
 愛奈にとって、どうしても忘れられない感覚。

「…………あっ……」

 息も突然、乱れた。
 全身から体温が全て奪われたかのように、急速に温かさが失われていく。
 それはフィオナが妹の異変に気付く、どころの話ではない。

「――っ! あーちゃん、どうしたんですか!?」

 一瞬で異常が起こったと判断できるほどに、愛奈の様子が一変した。
 身体が震え、瞳からも光が失っている。

「いったい、なにが……!?」

 フィオナは愛奈を抱きしめ、慌てて周囲を見回す。
 ほんの数秒前まで、普通にしていた。
 だというのに何が起因になって愛奈がそうなったのか、判断できない。
 即座に思い浮かんだ原因は六将魔法士のジャルだが視界内に存在せず、この瞬間でフィオナが確定できるほどの強烈な違和感は見当たらない。

「けれど“何か”があるはず……っ!」

 そう、愛奈の才能は破格。
 僅かな気配すら気付いてしまうほどの、類い稀なる天才。
 フィオナが分からずとも、愛奈は様々なことに気付いてしまう。
 それはある意味、両親や優斗の誤算であるほどに。
 愛奈以上に察することが出来る人物がいなかった場合、誰よりも先に気付いてしまうのは愛奈だ。
 良い感情も悪い感情も、良い気配も悪い気配も愛奈は気付いてしまう。
 家族という幸せを得て、才能を開花させていったからこその弊害。 




 だから――“今”の愛奈にとっての異物があれば、敏感に感じ取ってしまうのだ。








[41560] Sister's Cry②
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:32152a12
Date: 2016/08/23 18:39




 怒られることは怖いことだ。
 怒られることは痛いことだ。
 痛いと思うと涙が出る。
 涙が出ると、さらに叩かれる。
 苦しくなっていく。
 何度も何度も繰り返されて、何度も何度も同じことになる。
 だけど、それは嫌だから。
 痛いことはもう、嫌だったから。


 何かを感じる、ということをやめた。


 心を止めて、止めて、止めて。
 凍らせて、凍らせて、凍らせて。
 何も感じなければいい。
 そうすれば、心に届く前に全てが終わる。
 叩かれた、殴られた、怒鳴られたとしても。
 それはただ単純に“そういった事実”があるだけで、それで終わり。
 痛みを痛みと思わなければ涙は出ない。
 

 それが幼い愛奈にできる、たった一つの対処法だった。


 誰であろうと、どこにいようと、どの世界だろうと愛奈にとっては全てが関係なかった。
 小さな部屋の隅であろうと、格子にに囲まれた場所であろうと、ジャルの隣であろうと。
 淡い期待は一瞬にして瓦解して、全てが無意味になってしまう。
 だから何も感じなければいい。
 そうやって我慢すればいい。
 そうすれば全てがどうでもよくなった。
 



 けれど、ある時だ。
 
「僕達の他にも誰かが『助けたい』って言ってくれて、その時に助けてほしいって思ったら……その時は勇気を出して『助けて』って言ってほしい」

 止めていた心に、響く声があった。
 凍らせていた心に、伝わる手の温かさがあった。
 他の誰かでは無理で、その人にしか持ってない響きと温かさ。
 
「一緒にいる人が怖いかもしれないけど、それでも立ち向かって『嫌だ』って言えるくらいに『頑張る』って約束してほしい」 
 どうしてだろう、と思った。
 それは再び痛いことを感じてしまうのに。
 怖い、ということを感じてしまうなのに。
 止めていたものが、凍らせていたものが、僅かでも溶けていく。
 けれど、どうしてそうしたのかは心が分からなくても“何か”が識っていたこと。

『おにーちゃん』

 歳上の人達などたくさんいる中で、優斗だけに使った呼び方。
 何一つ飾りがない、単純明快で唯一の呼び名。
 愛奈にとって、無意識のうちに存在した特別。
 
 その日から全てが変わった。
 触れ合いがなかったからこそ、たくさんの温もりを与えてくれる母。
 たくさんの包み込むような愛情を与えてくれる父。
 自分という妹ができたことを誰よりも喜んでくれた姉。
 他にもたくさんの兄と呼べる人が、姉と呼べる人ができた。
 初めて『幸せ』を知った。
 初めての家族に心が止まることはなくなった。
 心を凍らせることもなくなった。

 だから。

 だからこそ――正の感情を知ったからこそ、余計に負の感情の怖さを実感する。
 より大きく、より深く、より強く。
 幸せを得た幼い少女が、本当の意味での恐怖を知ることになる。


      ◇      ◇


 フィオナが愛奈の異常に気付いて抱きしめると同時、二人の近衛騎士も愛奈の下へと飛び出てきた。
 そして前後を守るように立って何が起こったのかを訊く。

「フィオナ様! アイナ様はどうされたのですか!?」

「分かりません! だけどあーちゃんが気付いてしまった“何か”があるはずなんです!」

 三人は注意深く周囲を見回す。
 騒ぎがあるわけではない。
 異変が聞こえるわけでもない。
 ただ当たり前のように日常の風景の中に、

「……? 他国の……騎士?」

 護衛の女性騎士の目に、ふと付いた者達がいた。
 ただただ、自然に踵を返して後方に存在する馬車へと歩いていく他国の騎士。
 それは別におかしな光景ではない。
 騎士が危険を察知するため先行し歩くことはよくあることで、馬車の中にいるのが位の高い貴族であれば尚更だ。
 だが、

「戻ったあと、散開した?」

 しかも数名の騎士が馬車から出てきたと思ったら、路地の方へとバラバラに歩みを進めた。
 中にある人物から、指示があって買い物に出た可能性もある。
 けれど現状、愛奈の様子から甘い考えでいるのは厳禁だ。
 たまたまであれば問題ないし、気にすることではない。
 とはいえ引っ掛かったのであれば、確認する必要がある。

「フィオナ様。念のため、私が彼らの動向を探ってきま――」

「――風の精霊。私の指定する騎士達がどのように移動しているか、教えてもらえますか?」

 しかしフィオナの判断は早かった。
 女性騎士が気に掛けると、すぐに精霊の使役を始める。

「移動速度は……早足ですね。立ち止まることもしていないことから、どうやら買い物をするつもりではないようです」

 しかも自分達の進行方向を塞ぎにいくかのように、両サイドの路地から追い抜こうとしている。

「皆さん。取り囲むつもりだと断定して、我々も動きましょう」

 フィオナは妹を抱き上げて歩き出す。
 他の出来事で愛奈が震えている可能性もあるが、まず最初に目に付いた可能性を潰す。
 違ったとしても構わないし、警戒を怠るつもりもない。
 
「もし襲われた場合、打倒し逃げることは可能ですか?」

「可能かもしれませんが、この場で戦闘となれば民への危険が及びます」

 フィオナの問い掛けに男性騎士は周囲を見回す。
 ここは普通の大通りで、そこらかしこに人がいる。

「ですがこのような場所で戦闘を始めるような、あまりに馬鹿な考えを持つ者は相手にもいないと思われますが……」

 例え誰であれ、暴れるようなバカはいないだろう。
 他国であれば尚更だ。
 けれど絶対にないと言い切れないのであれば、

「フィオナ様。近くに騎士の派出所がありますから、そこへ向かいましょう」

「分かりました」

 頷き、三人は早足で派出所を目指す。
 女性騎士は先ほどの連中がどのように出てくるかを注意し、男性騎士はそれ以外の可能性を探し始める。
 フィオナも異変があれば知らせてくれるよう精霊にお願いしているが、三人とも一番気に掛けているのはやはり愛奈のこと。
 未だ身体は震え、視線が定まっていない。
 抱き上げているフィオナは、妹の身体が強張っていることも感じ取っていた。
 だから温かい声音で、優しい響きをもって妹に声を掛ける。

「あーちゃん。今、貴女の前にいるのは誰ですか?」

 頭を撫で頬を寄せ、温もりが伝わるように願いながら、

「もう一度、訊きますよ。あーちゃん、貴女を抱っこしてるのは誰ですか?」

 再び話し掛ける。
 すると震えながらも、愛奈は僅かな反応を示した。

「……おねー……ちゃん」

 視点はまだ定まっていないようだが、それでも愛奈は言葉を返した。
 フィオナは満面の笑みを浮かべ、

「はい、あーちゃんのお姉ちゃんです。そしてあーちゃんは私の妹です」

 一人っ子だった自分に出来た愛すべき妹。
 心から大切だと断言できる愛しい妹。

「お姉ちゃんは今、あーちゃんが何に怖がっているのかを知りません。けれど怖いなら一人で耐える必要はありません。少しでも安心できるように、お姉ちゃんに抱きついていいんです」

 何のために自分が先に産まれたのか。
 どうして自分が愛奈の姉なのか。
 答えなど、問われずとも分かっている。

「お姉ちゃんが絶対に守りますから」

 愛奈を守る。
 天才だからといって関係ない。
 いずれ自分を越える才能を持っているとしても、どうでもいい。
 愛すべき妹を守らずして、姉だと名乗る気は毛頭ない。

「だからあーちゃん。ぎゅっと抱きついてください」

 フィオナは愛奈の腕を自分の肩に掛ける。

「あーちゃんのことが大好きなお姉ちゃんに守らせてください」

 抱き上げているから、どのような表情をしたところで愛奈は分からない。
 けれど慈しみ、誓いを立てた言葉と想いは届くとフィオナは信じている。
 だから震える手が首の後ろに回された時、再び笑みを零して妹の頭を撫でた。
 その姿に男性騎士が周囲を警戒しながらも驚嘆の意を示す。

「ずいぶんと落ち着いていらっしゃいますね」

 トラスティ公爵家の長女、フィオナ=アイン=トラスティ。
 貴族でありながらリライト王国最強の精霊術士と呼ばれているのは男性騎士とて知っている。
 むしろ愛奈の護衛をすることもあり、周囲の状況がどうなっているのかも知らされているが……この冷静さは驚嘆の一言だ。
 フィオナも自分の態度と動き方を鑑みれば、普通の貴族令嬢とは違うと理解している。

「これでも大変なことが多かったですから」

 仲間が無駄にアクティブなので魔物退治は平然とするし、娘は龍神なので誘拐されかけたりする。
 挙げ句、旦那は蘇った伝説と呼ばれる大魔法士。
 さすがにフィオナだっていつまでも慌てるだけではいられない。

「それに私がいて、貴方達がいて、この国にいる。だから大丈夫だと信じているんです」

 他国ならいざ知らず、ここはリライト。
 不安などいらない。
 そして話している間に四人は騎士の派出所まで辿り着く。
 
「フィオナ様、どうぞこちらへ」

 扉を開けて二人を中へ促す女性騎士。
 派出所内にいた幾人かの騎士達がフィオナの登場に驚きを示すが、男性騎士はすぐに声を発する。

「非常事態だ! 手の空いている者はアイナ様とフィオナ様の護衛に回ってくれ!」

 すると他の騎士達の行動は早かった。
 すぐさまフィオナ達のところへと向かい、二人を室内の奥へと迎える。
 次いで椅子に座ってもらったところで、ようやく状況の確認を始めた。

「何が起こっているのですか?」

「私達も正確なところは分かっていません。ですが――」

 首に回っている愛奈の震えが増して、さらに強く抱きついてくる。
 フィオナも風の精霊からの情報で緊張感を増した。

「――私の妹が恐怖している理由が、ここに来ます」

 他国の騎士に誘われ、扉の前に止まる馬車。
 中からは煌びやかな服装をした壮年の男性と若い女性が現れる。
 愛奈の護衛をしている近衛騎士達は扉の前に立ち、剣の柄に手を掛けた。
 しかし壮年の男性は二人の騎士の行動にやれやれとばかりに首を振る。

「いやいや、我々は戦闘という野蛮な行為をするつもりでは来ていません」

 全く分かっていない。
 そう言っているかのように嫌な笑みを浮かべる。

「ただただ、話し合いをしようと思っているのですよ」

「……何のために? 理由がなければ我々は応対する理由がありません。どうぞお帰りを」

 取り付く島もなく、男性騎士は現れた他国の貴族を追い返そうとする。
 だが壮年の男性は笑みを崩すこともなく、

「ではでは、これを聞いても無視することが出来るでしょうか」

 まるで演説するかのように声を発する。
 だが視線は目の前に立ちはだかる騎士ではなく、派出所の中に向けられていた。

「そうですよね?」

 つまり壮年の男性が語りかけているのは扉で閉ざされた先にいる一人の少女。
 恐怖で震えている幼い子に向かって、




「我がゲイル王国の異世界人である――アイナ様」




 男性は一つの言葉を伝えた。






[41560] Sister's Cry③
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:b2a88b85
Date: 2016/08/28 03:46




 今、男が立っているのはゲイル王城内にある牢屋の前。
 牢屋の中に幼い少女が一人、佇んでいる。
 少女は一言も声を発することもなく、まるで人形のように動くこともない。
 この幼子はセリアールにおいて、歓迎されるべき異世界人であるというのに。
 なぜ、このような扱いになっているのか男には理解できない。
 しかも今、この国の王と一部の貴族は少女を売り飛ばす計画をしている。

『この国に“   ”は要らない』

 だから幼子は必要ない、と。
 そう言って。

「……っ」

 男は何をふざけたことを、と言い返したかった。
 正しいと思えない。
 正しいわけがない。
 なぜこの子が要らないと言えるのだろうか。
 傲慢すぎるにもほどがある。
 だから男は決めたのだ。

「王の座を奪い取る」

 父を蹴落とし、腐った貴族を切り捨て、自らが王となる。
 そして男の憧れにして理想の王――リライト王のように、強く正しく、そして異世界人が幸せに過ごせるように。
 頑張ろうと決めた。




 そう、決めたはず……だった。




 けれどそれでは遅かった。
 時間が決定的に足りなかった。
 正しさは正しさでしかなく、ふざけた暴論を打ち崩す最短の答えではなかった。
 対抗しようとも、国の利益になるという一点において代案を男は打ち出せなかった。
 だから、だろう。
 男がほんの数日、国を離れた間に少女は売られていた。
 真っ向から反対していた自分がいない間に、彼らは事を済ませていた。
 もう叫んだところで何も変わらない。
 契約は済み、すでに渡している。
 だから男は悔しさと苦しさと、狂おしいほどの失意に呑まれる。
 
 なぜ、この国は他国と違うのだ、と。
 他の国のように異世界人に敬意を持っていないのだ、と。
 心の底から思う。
 リライトは四人同時に召喚され、四人を大切な『異世界の客人』として扱っている。
 同様に二人が召喚されたイエラートは両方とも守護者として、そして差異なく平等に大切にしている。
 だというのに、だ。
 いくら提案されたからといって、それに乗るのは国としておかしい。
 幼い少女を売り飛ばすことが正しいなどと、誰が思ってやるものか。
 
 
 
 
 けれど、ある時だ。
 父の代理で各国の王が集まる会合に出ると、憧れの王が言ったのだ。

「我が国で一人、異世界人を保護することとなった。名はアイナと言い、まだ幼い少女だ。彼女はリスタルの貴族へと売られ、六将魔法士ジャルへと売られ、奴隷同然の扱いをされているところを大魔法士が救い出した」

 リライト王は僅かに険を含めた視線をリスタル王へと送りながら、各国の王へと通達する。

「どの国で召喚されたのか、はたまた我らが知らぬ召喚陣によって召喚されたのかは分からない……が、どうでもいい。リスタルの貴族がふざけたことをやってくれたが、それもどうでもいい。だが保護した以上、彼女は我が国における『異世界の客人』――つまりリライトの異世界人とさせてもらう。これはリライトだけで助けたわけではなくフィンド、マイティーとの共同作業によって行われたこと。そしてフィンドの勇者、マイティー第五王子も彼女が後ろ盾となってくれていることを伝えておく」

 三国の代表としてリライト王が話しているのだろう。
 事情を知っているフィンド、マイティーの王達も同意し頷く。
 ではなぜ、今この場で話したのか。

「今後、アイナに手を出す国があれば我が国を含めた三国は全てを賭して相手となろう」

 これ以上、傷つけさせはしない。
 相手が人であろうと国であろうと、何であろうとも。
 絶対に許さないことを宣言した。

「滅ぶつもりがあるのなら、かかってこい」

 そう言って、リライト王は他二国の王や異世界人を大事に扱っている国へと微笑んだ。
 男は話を聞いて、心の底から同意をする。
 ああ、そうだ……と。
 これこそが正しい在り方なのだと。
 自国こそがおかしいと、あらためて思い知らされる。
 そしてこの場で名乗り出ようかとも考えたが、それでは自国は変わらない。
 協力こそ願えるだろうが、根本的な解決にはならない。
 後ろ盾を持った幼い異世界人に対して腐った貴族や父、そして『          』が再び何かしら目論む可能性さえある。
 であれば、自分は全てを把握する必要があった。
 そのために必要な権力も欲する必要があった。
 だからこそ男は今一度、思う。


 王になる、と。


 今度こそ幼い異世界人を守るために。
 
 
 
 
        ◇      ◇




 優斗とエリスと一緒に王城へと登城していた。
 二人が呼ばれた理由は二つあり、一つは宮廷魔法士試験合格の知らせ。
 もう一つは――愛奈に関する情報がゲイル王国よりもたらされたからだ。
 先日、ゲイル王国は体調を崩して崩御した先王に代わり第一子が新たな王となったのだが、その人物は王となるやリライトへ内密に連絡を取り極秘に会談したいと申し出てきた。
 内容が内容だけに王様もすぐさま了承し、ゲイル王は最低限の護衛を連れてリライトへとやって来たわけだ。
 今、王城にある一室にいるのは王様、ゲイル王、優斗、エリス、マルスの五人。
 ゲイル王からもたらされた情報を聞いた優斗は、一度だけ深呼吸をした。

「まあ、そうであってほしくないと思っていたことだったが……」

 知ったのは愛奈がゲイル王国に召喚されたこと。
 そしてもう一つは、

「愛奈と共に召喚された異世界人、か」

 ゲイル王国には『ゲイルの異世界人』が存在していること。
 優斗はその情報を吟味し、想像し、未だ誰も分かっていないことに対しての道標とする。
 そして、そこには確実性の高い“最悪”が存在してしまうからこそ、意図せず大気を震わせてしまうほどに怒りが込み上げていた。
 王様は張り詰めた空気と共に音を鳴らし始めた窓へ視線を送ると、優斗を窘める。

「落ち着け、ユウト」

「……すみません」

 高ぶった感情を落ち着けるために、優斗は目を瞑ってもう一度だけ深呼吸をする。
 王様は優斗の様子に理解を示したが、同時に王城へ住んでいる二人を同席させなかったことに安堵していた。

「まったく。アリシアとシュウをタクヤ達に頼んで本当に良かった」

 あの二人もこの場にいてしまえば、確実に収拾が付かなくなる。
 それほどまでにゲイル王の話は強烈だった。
 マルスもエリスも表情にこそ出してはいないが唖然としている。
 一方で優斗は少しばかり落ち着いたのか、王様に視線を送った。

「幾つか気に掛かることがあります」

「我もある」

 今現在、『ゲイルの異世界人』がいることは周知の事実。
 つまりゲイル王の言葉を信じるならば、ゲイル王国の異世界人召喚は本来であれば“二人”されている、ということ。
 だから優斗はゲイル王に視線を向けた。
 彼から言われるであろう予測はある。
 最悪すぎるほどの人物を優斗は頭に思い浮かべている。
 けれどまずは訊かなければいけない。
 最悪の予想が事実だということを、知っておかなければならない。
 と、ここでゲイル王から冷や汗が流れていることに優斗は気付く。
 どうやら思っていた以上に険を含めた視線を向けていたらしい。

「別に責めているわけじゃない。そちらが召喚した異世界人に対しての立場もあるだろうし、愛奈を売り飛ばしたのは前王がやったことで貴方に非はない。そして――国内を上手く統治できていないからこそ、好き放題している貴族がいることも理解はしている」

 優秀であろうと、王になったばかりの人間が様々な思惑が入り交じった国を統治するには難しいだろう。
 しかも下衆が権力をある程度でも持っているのなら、なおさらだ。

「だから知っていることを嘘偽りなく、全て明確に話せ」

 そして情報を吟味した上で、どう動くのかを決める。
 優斗は暗にそう伝えた。
 ゲイル王は強張らせた表情のままではあったが、優斗の言葉を受けて頷きを返す。

「……まず念頭に置いていただきたいのが、我がゲイル王国の異世界人は“アイナ様と何の関係性もない”と仰っていること」

 赤の他人だということを宣言している。

「ですが私は、このことを信じていません。そして私個人はあくまでアイナ様こそが主として召喚された異世界人だと思っているからこそ、アイナ様の件は余計に許しがたいことだと思っています」

 ただでさえ売り飛ばすなど許されないことだが、殊更に許せないと思ってしまう。

「それは召喚された状況から鑑みて、愛奈が主として召喚されたと思っているのか?」

「その通りです、大魔法士様」

 断言するように頷くゲイル王。
 優斗は考える仕草を見せると、とある問い掛けをした。

「召喚された時、愛奈の様子はどうだった?」

「意識を失う寸前で朦朧とされておりました」

「そのあとはどうした?」

「少しして意識を失ったアイナ様を、我々は……」

 言い淀み下を向くゲイル王。
 けれど再び顔を上げると、自分達の国がやった愚行を声にした。

「……牢屋へと幽閉しました」

 ゲイル王の告白に、マルスとエリスは再び声を失う。
 一方で王様と優斗は表情一つ動かさず、さらなる情報を引き出そうとする。

「では我からも確認だ。ゲイル王国の異世界人は『国を守る』ことを頼むはずだからこその、愚行だということか?」

「リライト王の仰るとおりです」

「召喚した早々で愛奈へふざけたことをやっているが、利用方法を考えた結果として幽閉したわけか」

「……はい。大魔法士様の考えているままに、我が国は最低なことをやったということです」

 粛々と頷くゲイル王だが、エリスには意味が理解できない。
 なぜ召喚された少女が幽閉などされる必要があるのだろうか。

「……ユウト、おかしいわよ。いくらなんでも召喚されてすぐにアイナが幽閉されるなんて――」

「幼い異世界人など価値がないことは、誰であれ簡単に分かることです。さらに売り飛ばすために物事を考えるなら、愛奈を衆目にさらすのは下策になります」

 異世界人本来の価値を見出すことができない。
 年齢という一点だけで通常の価値から弾き出される。

「もしくはゲイルの異世界人が『余計なことを言われては困る』と思ったか、ですね」

 優斗の予想としては両方だ。
 だからこそ愛奈が幽閉される、という事態が起こった。

「ユウト君は一体、何が起こったと考えているんだい?」

 おそらく優斗の考えでは一つの予測が高い確率で起こっていると踏んでいる。
 それは何なのだろうかとマルスは尋ねた。

「愛奈について、未だ把握していないことが僕達にはあります」

 優斗は全員を見渡すように話し始める。
 これはおそらくゲイル王ですら分かっていないことだ。

「一つは愛奈が召喚されるに満たした条件。もう一つは『愛奈』という名を誰が知っていたのか、ということです」

 以上の二点が重要だというのに曖昧になっていること。
 しかし王様は優斗の疑問に首を捻る。

「どういうことだ? 条件は知っての通り死にかけた者であり、名はアイナ自身が知っていた……というわけではないのか?」

「僕が疑問としているのは『どのように死にかけたか』が不明瞭であること。名に関しては異世界人だからこその疑問です」

 優斗は今一度、情報を確認するように話を続ける。

「まず前者についてですが、異世界人の召喚において主として召喚される異世界人は一人。ただし偶発的な要素によって、僕達のように巻き込まれる異世界人が存在します。召喚範囲はうちの勇者をモデルとして最大限考慮すれば、直径でニメートルといったところでしょうか」

 修に関してはある意味、色々と要素がありそうで当てにできない。
 とはいえ現状、最大の人数を以て召喚されているのが修なので、優斗は仮定として自分達の召喚を最大範囲にする。

「続いて異世界人の召喚条件は総じて“死にかけている者”。とはいえ対象者に関しては真っ当な人間も多いことから、ある程度は善人であることも条件に引っ掛かるかもしれませんね。そして病死や寿命などは条件から外されているでしょうが、それ以外の死に方については今のところ種類を問わず召喚されていると思います」

 本当に様々な原因で召喚条件は満たされる。

「例えば事故死であったり、自殺であったり、もしくは――他殺です」

 最後に優斗が言ったこと。
 それを余韻に残すよう告げたからこそ、彼の予想が簡単に導き出される。

「……ユウト君はアイナが誰かに殺されかけた。そう言いたいのかい?」

「あの子の様子を見ていると、そう考えられるぐらいの出来事があったと思います」

 そして優斗がその予想に至ることとなった妹の様子を話し始める。

「愛奈が首元に何かを巻いたりすることが駄目なこと、義母さん達も知っていますよね?」

 例えばチョーカーであったり、そういった類いの物が愛奈は駄目だ。
 当然、両親である二人は首を縦に振る。

「首元に何か付けるのが苦手な人はいるんだし、仕方ないわよ。苦手ならやらなくていいと私は思うけど、アイナは頑張り屋だから頑張るって言ってるわ」

「違うんですよ、義母さん。あれは苦手以上の……おそらくトラウマなんです」

 生理的に苦手、というわけではない。
 それだけだと優斗は思えない。

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ、ユウト。トラウマだったら私やフィオナがやったところで駄目なんじゃ――」

「義母さんやフィオナだから、頑張れるんです。今、義母さんが言ったことですよ。あの子は頑張り屋だと」

 そして優斗は自身に起こった出来事すら予想に組み込める要因として考える。
 優斗もエリスによって、トラウマに近いことを克服した。
 エリスが差し出してくれた手によって、彼女を義母だと思えるようになった。
 つまるところ優斗や愛奈のような“愛情”を知らない人間にとって、トラスティ家の人達が与えてくれたものはトラウマも克服できるほどに尊いものであるということ。

「けれど今の愛奈はまだ、一人だと出来ません。絶対にチョーカーなどは付けらません」

「ジャルがアイナに嵌めていた首輪が原因、ということは考えられないか?」

 王様がもう一つ、原因になるであろうことを口にする。
 優斗も確かに可能性として考えていたので頷いた。

「首輪を付けられていたことも、一つの理由だとは考えられます。けれど言い方は悪いですが、愛奈のトラウマとなるには“まだ弱い”」

 それだけで妹がトラウマになるには至らない。

「だから、たぶんなんですけどね……」

 幼い少女が首元に何かをすることが駄目な原因は、もっと前に根付いてしまった出来事。
 最低の事実がそこにある。


「愛奈が満たした召喚条件は、おそらく絞殺です」


 ずっとなのか、その時だけなのかは分からない。
 けれど根元に巣くうのは、首を絞められたことだろうと優斗は考える。

「ユウト。お前が言ったことは、可能性としてどれほどだと考えている?」

「九割の確率で当たってると思っています」

「……そうか」

 王様は大きく息を吐いた。
 優斗はこういう時、妹だからといって『辛い過去』などあるわけがない、あってほしくない……とは考えない。
 事実は事実と認識して、だからこそ愛情を注ぐ。
 
「そしてもう一つ、知らないこと。それが愛奈の名前です」

 優斗は次の疑問へと移った。
 これに関しては、存在してほしくない事実すら含まれていく。

「愛奈は向こうの世界に疎い子です。だから自分の名前は知っていても、向こうの世界の文字で書けるわけじゃない」

 優斗は手元にある紙に『愛奈』と漢字で書く。

「副長が調べた紙に異世界の文字で名前が書かれてあったのは、僕も覚えています。だから最初、僕は愛奈が自分の名前を書けるものだと勘違いしていました」

 優斗は王様達に自分が書いた愛奈の名前を見せながら、さらに話を続けていく。

「向こうの世界で僕達の国が使う文字は雑多に言えば三種類。カタカナ、ひらがな、漢字と呼ばれるものですが……愛奈はどれも書けません。加えて漢字の名前というものは、様々な種類があります」

 そう言いながら優斗は紙に『愛菜』『藍奈』『亜衣那』と多種の名前を書いていく。

「これは全て『あいな』と読める名前です。けれどあの子は、この漢字という文字を書けません」

 だから愛奈は『真っ白な女の子』だ。
 向こうの世界の常識も知らず、こちらの世界の常識も知らない女の子。
 けれど優斗は愛奈が召喚された状況を詳しくは聞こうとしなかった。
 妹が悲しんだりしないように、聞きだそうとは思っていなかった。
 しかし、

「じゃあ、ここで疑問が一つ。“誰”が愛奈という名の文字を知っていたのか、ということ」

「た、例えばネームタグとか持ってたら、一緒に召喚された異世界人だろうと判断ぐらいは……」

「義母さん、僕はそんな希望を持って予想しないんです。常に最悪な状況から予想をします」

 宮川優斗は常に最悪の選択を基本骨子として考える。
 しかもその確率が高ければ高いほど、希望を必要としない。

「一番可能性が高いのは、愛奈を売り飛ばす際にゲイルの異世界人が『愛奈』の文字を書いた。そう考えています」

「……大魔法士様の仰るままです。トラスティ公爵夫人には辛い事実だとは思いますが、アイナ様が召喚された時に持ち物は一つもなく、また衣服等には何かしら名前と察することのできるものは書かれていませんでした」

 ゲイル王が優斗の想像を肯定したことから、余計に最悪な可能性は高まっていく。

「だから問おうか」

 優斗は一度大きく息を吐くと、あらためてゲイル王に向き直った。
 
「愛奈と一緒に召喚されたのは“誰”だ?」

 今現在、ゲイル王国の異世界人として存在している人物。
 愛奈の名前を知っていた人物。
 その名は、


「ユズキ・エリ様。それが――ゲイル王国における異世界人の名となります」






 ゲイル王の話はさらに続いていく。

「我々はエリ様にここが異世界であること。また召喚するに至った我々の理由を伝えました。そして了承を得たあと、アイナ様についてどうするかを話している際にエリ様はあることを言いました」

 まるでどうでもいいかのように、彼女はあることを提案した。

「自分が召喚されたのだから、おまけのあいつは必要ないのではないか、と。であれば『どのように金にするかを考えたほうが建設的だ』というエリ様の意見に、先代の王である父や一部の有力貴族が同調しました」

 異世界人が必須だと考えていても、二人いるのであれば一人は必要ない。
 それが幼子であれば、さらに納得のいく意見となってしまう。
 けれどそれがエリスには理解できない。

「アイナがおまけなわけ――っ!」

「義母さん。先ほども言いましたが、幼い異世界人に価値があると思いますか?」

 大声で否定しようとするエリスを優斗が止める。
 あくまで第三者視点で考えれば、やったこと自体は想像できる範疇ではあるからだ。

「国を守ることは頼めず、他のことを願おうにも幼すぎて意味がない。それでも他にいないのであれば、問題はないでしょう。けれどゲイル王国にはもう一人、異世界人がいる。であれば幼い異世界人は存在する意味などなく、国に置いておく価値がない」

 異世界人を国を守る一つの装置だと考え、道具だと見做せば“売る”という考えも生まれる。
 大抵の国ではありえない考えだとしても、“大抵”だとすれば少数はそう考える国もあるということだ。

「あの子のこと……本当に邪魔でいらなかったってこと?」

「目先の利益の目が眩む人もいる。愛奈を育て国を守るよう頼むよりも、高額で売り払ったほうがいい。そう考えたんですよ」

 優斗は言いながら、大きく嘆息した。

「本当に反吐が出る」

 最低であり最悪。
 しかもそれを幼い少女にやったからこそ、余計に憤ってしまう。

「さて、再びゲイル王に質問だ」

 優斗はゲイル王に振り向き、未だ疑問となっていることの回答を求めていく。

「なぜ一緒に召喚されたのかを、ゲイルの異世界人はどのように説明したんだ?」

「記憶が不明瞭だ、と。そう答えています」

「だとしたらゲイル王国はどのように判断した?」

「アイナ様は何らかの原因によって巻き込まれた。そう判断しました」

 切々と過去にあった事実を答えるゲイル王だが、今の返答にマルスが首を捻った。

「それはおかしいのでは? アイナの意識が朦朧としていたのなら、召喚されたのは衰弱しているアイナだと考えるのが普通だ」

「そのことは本来一人であるはずの召喚が、もう一人現れたことによる弊害だと結論づけました」

 複数人の異世界召喚は何かしらのトラブルを起こす場合がある。
 一つの例を挙げるとすれば、優斗達が召喚された時は召喚場所がずれた。
 こういった事情も僅かながら存在するからこそ、自分達の思うように弊害が生まれたと決めつけることも出来る。

「あまりにも無理矢理だとしか思えませんが、父やエリ様はその意見で話を通しました」

 そこから先の道筋が決まるには、あまりにも早かった。

「最初の会話で売却の決定してしまえば、アイナ様を幽閉するにも時間は掛かりませんでした。幽閉したあとは水面下での売却先の選択です」

 高額の金を払ってくれる人物、国、そういったところを選んでいき、

「そして結果としてリスタルの貴族へ売却が決まった、というわけなのだな?」

 王様の結論にゲイル王は素直に首を縦に振る。

「率直な感想を言うのであれば、度し難い。それで済む」

 異世界人の召喚というものに対して、あまりにも不誠実きわまりない。
 王様はそのような国があることに落胆してしまう。
 とはいえ、このことを説明するためだけに来たわけでもないだろう。

「ゲイル王よ。我らに対して何の目的があって、今のことを語った?」

 ここからが本番だ。
 内密でなければいけなかった理由。
 それを王様は問い掛ける。

「オルノ伯爵を筆頭とした貴族は今、アイナ様を再び利用しようと考えています」

「なぜ、そのようなことになる? 我は王達が集まった場にて、アイナを助けたこと及び手を出せば滅ぼすとまで宣言しているぞ」

 それでもいいのであれば、かかってこいとも言ったが。

「その発言は代理として出席した私も先代の王に伝えました。しかし彼らはリライトの言葉を悪しく受け取っているからこそ、問題ないと思っているのです」

「リライトの言葉を悪しく受け取る、だと?」

 ゲイル王は一つ頷き、自国の貴族達の愚かな考えを伝える。

「『リライト王国は異世界人に優しい』。その意味をはき違えているのです。召喚した国へ帰したほうがアイナ様のためだという、ふざけた論理を持って」

 リライトの異世界人に対する扱いは、色々と便宜を図るものだ。
 召喚してしまったからこその贖罪の意味も込めて。
 けれどゲイル王国にいる愛奈を売り払った連中は違う。
 リライト王国が異世界人に対して優しいということは、融通が利くものだと思い違いをしている。

「そして彼らは再び、アイナ様を売り払う計画をしています」

「……我が国を舐めている。そういうわけか?」

「王である私も含めて、です。あくまでアイナ様に対する主導権は自分達が握っていると勘違いしています」

 愛奈に関しての中心は自分達だと思っている。
 だからこそ何をやっても問題ないと信じている。

「私は今、他国へ外遊していることになっています。そしてリライトへ行く予定になっていない以上、動き出す可能性は高い」

 常々、目を光らせていた存在が公務でいなくなる。
 ということは、この好機を逃すことはしないだろう。

「私はアイナ様の件で何も防げなかった。粗末に扱うことも、売り飛ばしたことも……」

 一つたりとも駄目だった。
 やりたいこと、願うこと、想うこと全てが駄目だった。
 ゲイル王は振り絞るように声を震わせる。

「間に合わなかったのです……っ!」

 正しいことを、正しくできなかった。
 どの国でさえ不可侵であることを犯す貴族を、父を、ゲイルの異世界人を、止めることができなかった。

「王になった今でさえ、私の意向を無視して再びアイナ様を傷つけようとしている輩がいる。私はこのようなことを許す王になりたくないのです」

 目の前にいる、憧れた王のように。
 正しいことは正しいと胸を張りたい。

「けれど私は……、止められない私が歯痒くて仕方がない!!」

 力が足りない。
 王としての器が小さいことも知っている。
 足掻いたところで、自分の手で収められない。

「だからこそ誓約を。私の権限においてアイナ様を害する我が国の全て、どれだけ傷つけても構わないと貴国へお伝えします」

 真っ直ぐに王様を見据え、ゲイル王は話す。

「事態はいつ動くか分かりません。その際、私とすでに話がついているのであれば動きやすいかと」

「……ゲイル王よ。それが王となったお前の覚悟か?」

 王様の問い掛けに対し、若き王は強く頷く。

「私はアイナ様を守るために王となった」

 正しいことを叫ぶために。
 自国の最悪な出来事から救われた少女が、幸せになれるように。
 
「だから――これが私の覚悟です」

 人道を踏み外した者達を許すことはしない。
 許してしまい、同じところまで堕ちるつもりもない。
 と、その時だった。

「義父さん、義母さん」

 優斗が義両親のことを呼んだ。
 突然のことに何事かと思うマルスとエリスだったが、優斗は真剣な眼差しで問い掛ける。

「どんな事実があろうとも、愛奈は最愛の娘ですよね?」

 あまりにも当然すぎること。
 優斗とて誰よりも近くで見てきた。
 マルスとエリスが愛奈のことを愛し、育ててきたことを。
 けれど今一度問い掛けるということは再確認したかった、ということ。
 愛奈の父親と母親が誰であるのかを。

「当たり前だ」

「当たり前よっ!」

 そして二人は強い意志を持って告げる。
 自分達の娘は二人いることを。
 トラスティ家には次女がいることを。
 いっぺんの曇りなく二人は答える。

「だとしたら、ここではっきりさせましょうか」

 優斗は義両親の覚悟を聞くと、ゲイル王へと向き直る。

「貴方はゲイルの異世界人と愛奈の関係について、どのように思ってる?」

「……やはり大魔法士様も同様に思われますか」

 共通の懸念、考えがあるからこその答え。
 優斗もゲイル王も唯一の確信ともいえるものがあるからこそ、唯一の回答に辿り着いてしまう。

「ああ。おそらく“これ”が、あいつらの持つ切り札だ」

 本当に、吐き気がするほどに最低の事実がある。
 だからこそ彼らの傍若無人な行動が“許される”。
 不明瞭だと宣った記憶でさえ、絶好の理由になる。

「あの子の過去はまだ、断ち切れてない」

 優斗が愛奈のことを妹だと思えるほどの似通った過去は、未だセリアールに繋がっている。
 
「ゲイルの異世界人。こいつはおそらく愛奈を異世界召喚へと誘った張本人にして――」

 どうあがいても繋がりが存在する、恐怖の対象。




「――産みの母親だ」








[41560] Sister's Cry④
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:a5b25254
Date: 2016/10/14 01:32
 言い終わった瞬間、優斗はピクリと何かに反応した。
 そして立ち上がって窓の方へと歩いていく。
 目に見える場所で特段に変わった様子はないが、それでも優斗の目つきは鋭くなった。

「ユウト、どうした?」

「ゲイル王の行動と予測はさすがだ、と。愛奈の身内としてはそう思わざるを得ない事態になりました」

 王様の問いに答えると、優斗は外へ出る準備を始める。
 それだけで何が起こったのか周囲には分かった。

「とはいえ鴨が葱を背負ってやってきたようなものですね」

 物の見事にゲイル王が仕掛けた罠へと嵌まった。

「それに、どうやら僕より早く気付いた勇者と王女がいるようで」
 
 王城から飛び出すように駆ける二つの姿も、ついでに窓から見えた。
 
「“リライト王”。この一件、僕に任せてもらってもよろしいですか?」

 優斗からの問い掛け。
 普段とは違う呼び方が意味すること。
 それは出来事に対して愛奈を守るだけでなく、相手を倒すだけでなく、問題を終わらせるだけでなく。
 その全てを行える絶対的な存在で相対すると言っている。
 王様は真っ直ぐな優斗の視線に一つ、首肯を返した。

「今のお前に対して、命令口調は些かおかしいことだとは思うが――」

 それでも優斗は訊いてきた。
 例えその身が同等以上の存在であろうとも、王として慕っていることを示してきた。
 であれば王様が伝えることなど一つしかない。

「――ユウト。我が国の異世界人を些末に扱うことが、どれほどの罪であるのかを教えてこい」

 リライトは異世界人を大切にする。
 その意味を、理由を、想いを無碍にし勘違いした輩を慮る必要など一切ない。

「かしこまりました、リライト王」

 そして優斗は王様の言葉に傅いた。
 
「リライトの異世界人として。大魔法士として。そして何よりも――」

 優斗が動く最大の理由は一つ。

「――愛奈の兄として、この件を片付けてきます」

 言いきって立ち上がり、そして扉へと歩き出す。
 後に続くようにマルスとエリスも席を立った。
 そして扉から出て廊下に立った瞬間、卓也とリルが走ってくる姿が見えた。

「優斗っ!! 愛奈にトラブルが起こったらしい。気付いてるとは思うけど、念のために伝えてくれって修達に言われた」

 軽く息を弾ませてる卓也に優斗は頷きを返す。

「僕も把握してる。十中八九、ゲイル王国の連中が愛奈のことを攫いに来たと考えていい」

 フィオナが一緒にいて、愛奈のことを守っているのも精霊から伝わってきている。

「優斗はどう動くつもりだ?」

「王様からは了承を貰ったから、僕もこれから愛奈がいる場所へ向かう」

「分かった。だったらオレとリルはトラスティ邸だな」

 優斗と卓也は頷き合い、拳同士を突き合わせる。
 けれどリルは逆に驚いたようで、

「えっ? 一緒に行かないの?」

「ああ。修とアリーがかっ飛ばして動いてる上に、優斗も行くんだから問題ない」

 これ以上の危険が起こるわけがない。

「だからオレ達はロスカさんと一緒に愛奈の大好物を作って帰りを待ってる」

 それが今、愛奈に一番してあげたいことだから。
 大変なことがあったからこそ、しっかりと安心できるようにしてあげたい。
 優斗は卓也の言葉に笑みを零す。

「うん。愛奈がすっごく喜ぶやつ、お願いね」


      ◇      ◇


 騎士団の派出所内で、フィオナは壮年の男性が告げた言葉に眉をひそめる。

「ゲイル王国の異世界人であるアイナ様。今、彼らはそう言いましたよね?」

 自分達を守っている騎士達にも確認を取ると、頷きを返された。
 しかし正直言えば、フィオナは意味が分からない。
 愛奈はリスタルの貴族に売り払われたあとの記録しか存在していない。
 王族が共有している異世界人の全情報でさえ、愛奈の名前はどこにもない。
 つまり自分の妹がゲイル王国の異世界人であった記録など、どこにも存在していない。
 だというのに、壮年の男性はさらなる情報を言い放つ。

「それにそれに、貴女のお母様であるエリ様もいらっしゃっているのです。顔を見せてあげてはいかがでしょうか?」

 瞬間、愛奈の身体がさらに震えた。
 目一杯抱きついているのに、それでも恐怖が強くなっている。
 フィオナは懸命に愛奈をあやしながら呟く。

「あーちゃんの……母親?」

 今、確かにそう言っていた。
 愛奈の母親が来ている、と。
 とはいえ事実か事実ではないか、それはどうでもいい。

「関係ありませんね。私の妹を怖がらせるなんて、例え相手が誰であろうと許しません」

 問題とするのは愛奈が母親と言われた人物の名を聞いた瞬間に震えが増して、さらなる恐怖を抱いたこと。
 それだけで相手が誰かなんて関係なく、許すつもりもない。

「フィオナ様。おそらく彼らの目的はアイナ様の奪取かと思われます」

「はい。発言の事実関係は置いておくとしても、込められている意味としてはそうだと私も思います」

 でなければわざわざ、あのようなことは言わない。

「とはいえ本当にそうなのか、はっきりと聞いておきたいですね」

 このまま一旦でも引かれてしまえば、再びやってくる可能性がある。
 それだと愛奈は安心できないし、恐怖に脅かされることになる。
 だとしたらフィオナに出来るのは、戻れないところまで踏み込ませること。
 自分しかいないからこそ、やれるはずだ。

「あーちゃん。お姉ちゃんはこれから、少しだけ扉の外にいる方々と話をします」

 柔らかく頭を撫でながら、フィオナは妹に告げる。

「どうしてか分かりますよね? 私があーちゃんのお姉ちゃんだからです」

 さっきも言ったことだ。
 フィオナは愛奈の姉で、守りたいと思っているから。
 ただそれだけのこと。

「フィオナ様。言って下されば、我々が対処いたします」

「いえ。あちらが私のことを何も知らない貴族令嬢と思っているからこそ、油断してくれると思います」

 騎士の言葉にフィオナは首を振る。
 誰が適任かといえば、確実に自分だろう。
 だから彼らはこれ幸いとばかりに、目の前に現れたのだろうから。

「それに解決しようとも思っていません。ただ単純に、逃げられない場所まで踏み込ませたいんです」

 言い訳も姑息な詭弁も出来ないように。

「もう二度とあーちゃんの前へ出てくることが出来ないようにします」

「……ですがフィオナ様。それでは貴女様に危険が……」

「皆さんがいるのですから、どこにも危険はありません。それに勇者と大魔法士が事態に気付いてます」

 最低でもその二人は気付いている。
 修特有の直感があるし、優斗に関しては精霊が教えてくれたから問題はない。
 と、フィオナが考えていたその時だった。

「……おねーちゃんと……いっしょにいるの」

 愛奈が小さく呟いた。
 震える身体と強く抱きしめている腕。
 大きな恐怖を抱いているというのに、それでも愛奈はそう言った。
 
「少しでも離れていたほうがいいですよ。お姉ちゃんはあーちゃんがもっと怖がってしまうなんて、とても嫌なんです」

「……ううん。がんばるの」

 けれど愛奈は首を振った。
 姉が自分のために立ち向かってくれる。
 だとしたら、大好きな姉と少しでも一緒にいたい。
 一緒に立ち向かいたい。

「それじゃあ、姉妹で頑張りましょうか」

 フィオナは柔らかく微笑む。
 本当ならば愛奈が何を言ったところで遠ざけるほうがいいのだろう。
 けれど妹が頑張ると言ったのであれば、拒否したくなかった。

「騎士の皆さん。お手数だとは思いますが、よろしくお願いします」

 フィオナは丁寧に頭を下げながら騎士に頼む。
 
「あーちゃんを守るために」
 
 貴族の令嬢が大切な妹のために相対する。
 騎士のことを信頼しているからこそ、やるべきことを全うする。
 なればこそ騎士の答え方など一つしかない。

「お任せください、フィオナ様。我々が必ずお守りいたします」

 扉を開けて、ゲイル王国からやって来た輩を招き入れる。
 フィオナも抱っこしたまま立ち上がり、テーブルの椅子へと座り直す。
 背後に騎士一名、左右に愛奈専属の近衛騎士二名が守るように場所を取った。
 対するように真正面に座った男が先ほど、愛奈についてあれこれと言った者だろう。
 斜め向かいには二十歳後半ぐらいの綺麗な女性が座る。
 彼らの背後にも二名、ゲイルの騎士が立った。
 けれどフィオナは相手方の騎士などどうでもよく、座っている二人の表情が気に食わなかった。
 愛奈を見ているのに、一つとして好意的な感情が見受けられないからだ。
 だが気に食わないことを押し殺し、フィオナは挨拶する。

「フィオナ=アイン=トラスティ。トラスティ公爵家の長女です」

「それではそれでは、こちらも自己紹介をさせてもらいましょうか」

 壮年の男性は頭を下げながら、笑みを浮かべる。

「私はオルノ。ゲイル王国にて伯爵の地位をいただいている者です」

 次いで隣に座った女性を手の平で示し、

「そしてそして、こちらはユズキ・エリ様。ゲイル王国の異世界人であり、アイナ様の母君です」

「久しぶりね、愛奈。とても会いたかったわ」

 ゲイルの異世界人――柚木愛理。
 彼女の声を聞いて、愛奈の手がさらに強く握りしめられた。
 フィオナも同時に全身から鳥肌が立った。

 ――今のが母親から娘に対する声音ですか!?

 文字としては優しげに響いた台詞。
 だが、あまりにも感情が込められていない。
 心底どうでもいい、と誰もが判断できるほど酷い。
 リライト側の誰もが絶対に愛奈と関わらせてはいけない、と判断できるほど悪意に満ちている。
 
「それで用件は何でしょうか?」

 フィオナは気を張って訊く。
 おおよその予想は付いているが、それでも明確に言葉として聞いておかなければならない。

「もちろんもちろん、ゲイルの異世界人であるアイナ様を返していただきたい。それだけです」

 そして案の定の返答が来た。
 
「返す、とは? アイナは六将魔法士ジャルから救い出された少女。ゲイルの異世界人であると私は聞いたことがありません」

 愛奈が公式の記録で他国の異世界人であったことはない。
 つまりゲイルの異世界人であったことがない。

「いやいや、しかし彼女はゲイル王国の異世界人なのだよ」

「違います。この子はゲイル王国の異世界人ではなく、そちらの方の娘でもなく“私の妹”です」

 まずは明確に愛奈の立場を示す。
 今現在、自分の妹がどのような状況であるのかを明確に伝える。

「アイナはアイナ=アイン=トラスティという名があり、マルス=アイン=トラスティとエリス=アイン=トラスティという両親がいて、私という姉がいる。それがあーちゃんの――アイナの真実であり、今の彼女が持っている事実です」

 救われた愛奈が得た、彼女の家族。
 明記されているこの子を大切に思う人達。

「そして異世界人だと言うのであれば、この子は“リライト”の異世界人です。なのでリライト王国に話を通すことこそ当然であり、アイナに関することであれば私達に話が来て然るべきです」

 まずそこがおかしい。
 リライトの異世界人にしてトラスティ公爵家の次女であり愛奈のことなのに、オルノ伯爵と愛理が来て『返してほしい』などと宣うのは常識的な行動ではない。

「つまり貴方達の入国目的はアイナに関することではないわけですよね?」

 旅行や商談など、他国へ入るにはそれなりの理由がいる。
 しかもリライトの異世界人に関することならば、些事であれ確実に王様の耳へと入るようになっている。
 なのにこの状況を誰も知らないということは、入国の理由が別だということ。

「いえいえ、我々はそこまで大層なことだとは思っていないのでね。わざわざ大げさにする必要はないのですよ」

「それを決めるのは貴方達ではなく私達です」

「ではでは、今後は二度と同じことがないよう我々も誠心誠意、努力していくことにしましょうかね」

 軽んじた笑いと言葉。
 何一つ愛奈のことを大事だと思っていないからこそ取れる態度だ。

「姉の私が許すとでも?」

「もちろんもちろん。実の母親に育てられないことこそ、その子に対しての不義となるのでは?」

 血は水よりも濃い。
 血縁というものは、大切とするべきもの。
 幼い子供は血の繋がった母親に育てられたほうがいい。
 こんなものは当たり前で常識的な言葉。

「それに“異世界人に優しい”と言われるリライトなれば、どのようにするのが異世界人に対して優しく在ることができるのか、ご理解いただけるでしょう?」

「例え血縁があろうと、アイナのためにならないのであれば必要もありません」

 フィオナは頑として否定する。
 そんなものを使って、愛奈を取り戻すなどと宣うことは許さない。

「それではそれでは、こう言い換えましょう」

 だがオルノ伯爵は笑みを崩さぬまま、別の切り口から会話を続けた。

「我々はアイナ様をジャル様より誘拐したリライトから救わなければならない、と。そして“記憶を取り戻した”エリ様が我が子を欲しているのだから、どうにかしてゲイル王国へと連れ戻す。それが召喚した我々の責任というものです」

「……? 記憶を取り戻した?」

「ええ、ええ、その通りです。エリ様は複数人召喚による弊害で、記憶を失っていたのですよ。ですが先日、偶然にも記憶を取り戻してアイナ様が愛娘であることを思い出したのです」

 あまりにも荒唐無稽な話で、信じるほうがどうかしている。
 とはいえフィオナとしては無視できない言葉でもあった。

 ――おそらくあーちゃんの母親、というのは正しいのでしょうね。

 愛奈は両親のことを恐れていた。
 すぐに殴り、すぐに怒る母親がいた。
 だから愛奈が今、恐怖していることは納得できる。

 ――そして普通であれば、産んだ母親が娘を育てるべきなんでしょう。

 血が繋がっているからこそ、守り育みたいと思う。
 しかしそれは常識的な行動と事実があればこそ、常識と呼ばれる。
 
「だとしたら何故、アイナは恐れ震えているのでしょうか?」

「それはそれは、私どもには判断できないことではあります。が、恐れているのではなく混乱されているだけでは?」

「この子、結構怯えることが多かったから、知らない人達がたくさんいて判断できてないだけよ」

「アイナが混乱しているのか、怖がっているのかも分からないんですか?」

 母親だと名乗った女性を睨み付ける。
 こんなこと、端から見た他人ですら理解できることなのに。
 どうして心配しないのだろうか。

「“私の妹”を怖がらせておいて、姉である私がそちらの言い分を鵜呑みにすると思わないでください」

 取り付く島もないほどに拒絶するフィオナ。
 語る言葉に耳は傾けても、聞き入れる気は絶対にないと証明している。
 何を言おうとも暖簾に腕押し、この場で簡単に終わらない膠着状態となった。
 けれどフィオナはそれで構わない。
 なぜなら彼女には物事を正確に把握し、尚且つ立ち向かう術が存在しないから。 
 優斗やアリーのように、上手く言葉が出てこない。
 修のように、偶然上手いことならない。
 フィオナ=アイン=トラスティは、解決する力を持っていない。
 けれど、

 ――さて、どうでるでしょうか?

 自分が出来る精一杯をフィオナは知っている。
 どうすれば託すに最適なのかを分かっている。

 ――私は私の本心を偽りなく、言葉として乗せています。

 納得がない。
 理解がない。
 例え事実であったとしても受け入れない。
 となると、だ。相手に出来ることは、

「状況と事実を鑑みての発言でしょうか? フィオナ=アイン=トラスティ様」

 踏み込み、さらにリスクを冒すしかない。

「アイナが怖がっている以上、私にとっては関係ありません」

「しかししかし、我々としてもアイナ様を救わなければなりませんのでね」

 詭弁だ、とフィオナは思う。
 だが召喚と親子関係が事実なのだとすれば、その言葉は人によって真実へと映るだろう。

「だとすればどうしますか? 国を通す気がないというのであれば、力づくでアイナを奪いますか?」

「いえいえ、私は暴力という野蛮な行為は嫌いですよ。ですが救うために何をしなければならないのか、あらゆる選択肢を持っているとお伝えしましょう。例えばリライト王国がジャル様からやったようなことを、ね」

 交渉だけではない。
 他にも手段はあることを匂わせる。

「そしてそして、我々も貴国と同じ想いを持っていると教えましょう」

 異世界人を召喚した国だからこそ、強く強く思うこと。

「全ては我が国の異世界人であるエリ様と――彼女が愛するアイナ様のために」

 正義は我にあり、と。
 間違っているのはお前達だ、と。
 暗に告げるオルノ伯爵。

「ですからですから、フィオナ=アイン=トラスティ様。アイナ様の幸せを思うのであれば――」

「――そうですね。アイナの幸せを願うのであれば、やっぱり私は私達の温もりを与え続けます」

 フィオナはオルノ伯爵の演説を断ち切るかのように遮った。
 
「アイナのことを何も知らない貴方達が、幸せにできると私は思いませんから」

 この腕の中にある、小さな少女を渡さない。
 最初から決めていることなのに、たかが実の母親が現れたぐらいで揺るぐはずがない。
 
「だからアイナを攫うというのなら、私は全てを賭して立ちはだかります」

 目の前にいる人間を恐れている妹が、救われるなど語弊甚だしい。
 何のために来たのかも、何のために現れたのかも知らないけれど、それだけ分かっていればフィオナは立ちはだかる。
 大切な妹のために。

「立ちはだかる? 貴族の令嬢である貴女様が?」

 そんなフィオナの決意は、オルノ伯爵の目には滑稽極まりなく映る。
 彼女にそんな力はない。
 周囲に力を持つ者達がいるとしても彼女にはない。

「あははははははははっ!! まさかまさか、公爵令嬢は縁もゆかりも何もない少女のために、傷つけられて構わないとでも!?」

「アイナを守るために必要な傷であるなら、私にとっては最高の勲章です」

 なぜなら妹を守っている証明になる。
 抱きしめている子が心から大切だと証明になる。
 家族として本当に愛していると誰に対しても証明になる。

「ではでは、ご注意を。いつ何が起こるか分かりませんからね」

 くぐもった笑い声を響かせながら、オルノ伯爵はニヤついた。
 愛理もあまりに無茶苦茶なフィオナの言い分に吹き出してしまう。
 主導権は常にオルノ伯爵が握っている。
 先手は常に彼らの発する言葉だ。
 どれだけ素気なく否定しようとも、たかが公爵令嬢如き口論の穴など幾らでも作ってみせる。
 故にオルノ伯爵は追撃の台詞を吐こうとして、


「何が『ご注意を』なのでしょうか?」


 背後の扉から現れた存在に遮られた。
 反射的に振り向いた先にいたのは黒髪の少年が一人。
 そして黄金色の長髪を靡かせ、威風堂々たる態度を取っている少女。

「一つであろうと、させると思いますか? 我が国の異世界人及び公爵家へ害が及ぼされることに」

 ただ、そこにいるだけで気圧される。
 気を張らなければ傅いてしまいたいと思うほど純然たる気品。
 何者かと問い掛けるオルノ伯爵達の視線に、少女は冷笑を以て答える。

「名乗る必要があるのならば、名乗りましょう」

 その身は国の象徴。
 彼女の存在はリライト王国があることの証。

「わたくしはアリシア=フォン=リライト。この国の王女ですわ」

 軽やかに歩きながらフィオナ達に近付き、アリーは愛奈の頭を優しく撫でてから隣に座った。
 修も愛奈達を守るように、騎士と同じく背後へ立つ。
 そしてアリーは冷笑を張り付けたまま、

「ちなみにアイナ=アイン=トラスティ公爵令嬢はわたくしの従妹になります。どうぞ、以後はご理解のほどを」

 これ以上ないほどに堂々と嘘を吐いた。







[41560] Sister's Cry⑤
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:a4c4d6ea
Date: 2016/10/14 03:49
「さて、と。まずは話し合いをする前に、走ってきたので少々喉が渇いてしまいましたわ。冷たい紅茶をわたくしと修様、フィオナさん、アイナちゃんの分、お願いします」

 側にいる騎士に飲み物を頼みながら、アリーは目の前に座っている男女を観察する。
 突然の乱入者に二人とも驚いているようだが、愛理はアリーのことを知らないためか動揺はない。

 ――ですが、こちらの方は違うようですわね。

 逆にオルノ伯爵は努めて冷静に見せかけていても、僅かに視線が揺れて息を飲むように喉仏が大きく上下した。
 それもそのはずだ。
 相手方は愛奈に何かしようとしているのに、それを国へ通さず行おうとしていた。
 だというのに、
 
 ――修様がいきなり『愛奈が何かやべぇ』と言って動き出すとか、普通はありえませんもの。

 おそらく今、オルノ伯爵の頭の中では色々と考え事がされているだろう。
 従妹だと宣言したことでさえ、無視する情報か否かの取捨選択があるはずだ。
 もちろんアリーであればこのまま、詳しく知らずとも向こうが反論する間もなく追い返すことは可能だが、

 ――どうせ従兄様も来るでしょうし叩き潰しにいったほうが後々、楽になりますわね。

 アリーはなぜかティーカップで出された冷たい紅茶を飲みながら、フィオナに現在の状況を尋ねる。

「フィオナさん。外にいる騎士から少しばかり聞きましたが、簡単でいいので彼らのことを教えていただけますか?」

「そちらはゲイル王国のオルノ伯爵とゲイルの異世界人であるエリ様です。エリ様はアイナの実の母親で、失っていた記憶が戻ったのでアイナを取り戻しに来たそうです。加えてそちらはアイナのこともゲイルの異世界人だと言い張っています」

 単純に言えば、そういうこと。
 アリーはほんの僅かに奇妙な表情を浮かべると、大きく溜め息を吐いてから頷いた。

「おおよそ分かりましたわ、フィオナさん。ここからはわたくし達が引き継ぎます」

 そう言ってトラスティ姉妹を下がらせる。

「あーちゃん。アリーさん達が来てくれましたので、後ろのほうで頑張りましょうね」

 ぽんぽん、と背中を優しく叩いてあやしながらフィオナは立ち上がる。
 修と騎士の間を通って愛奈が通り過ぎようとした時、修は何かしようとする仕草を見せた。
 だがアリーが視線で止める。
 修はそれでも悩む様子だったが、理由があるだろうからと“何かする”ことをやめた。

「まあ、いいんだけどよ。あとで理由は説明しろよな」

「分かりましたわ」

「そんで、こいつらのことを分かりやすく説明すると……どういうこった?」

「アイナちゃんを誘拐しにきた三下ですわ」

「なるほどな。了解だわ」

 淡々とした二人のやり取りにオルノ伯爵の表情が若干歪むが、一方で愛理は修の顔をマジマジと見ていた。

「なんだよ? 俺の顔に何かついてんのか?」

「貴方、かなり私好みの顔よ。今夜、お付き合いしてくれないかしら?」

 愛理の突然の発言に修が目を丸くした。
 というかこの状況下で、よくもこれほどのトンチンカンな発言が出来るものだ。
 修は彼女の発言を理解すると、すぐに鼻で笑う。

「そりゃどーも。だけどわりーな、あんたは対象外だわ」

 にべもなく断り、フィオナが座っていた椅子に修は座る。
 そしてアリーも真正面にいるオルノ伯爵を見据えながら口を開く。

「先ほども言った通り、ここからはわたくし――アリシア=フォン=リライトがお相手させていただきますわ」

 愛奈を巡るやり取りの第二幕。
 そして幼きリライトの異世界人だからこそ、アリーが出る。
 しかしオルノ伯爵は和やかに見せかけながら首を振り、

「いやいや、このようなことにアリシア王女がお出でになる必要などありません。国が出てくる理由もございませんよ」

「その件についてはフィオナ=アイン=トラスティ公爵令嬢が、すでに答えたことかと思いますわ」

 アリーは私的な理由だけでここにいるのではない。

「アイナに関する全て、国を通すことこそ道理です」

 だからこそ退かない。
 王族が出てきたことで面倒になった、ではない。
 ここから先、相手に主導権は存在しないことを分からせる。

「それでは我が国の異世界人を誘拐しようとする言い訳を伺いましょう」

 最初から剛速球をぶち込むアリー。
 僅かに眉が動いたオルノ伯爵だが、すぐに否定する。

「これはこれは、誘拐など酷い発言ですね。王女ともあろうものが突飛な発言をされるのはどうかと思われますよ」

「突飛……? なるほど、随分と頭が悪い上に事実関係すら認識していないのは分かりましたわ」

 アリーはさらに威力の増した言葉でオルノ伯爵は見下した。
 先ほどのフィオナと違い、拒否ではなく明確な否定をすることでアリーは主導権を握る。
 オルノ伯爵は無難に会話を始めようとしたのに、この言い方をされてはさすがに顔を顰め、

「い、いくらアリシア王女といえど、初対面の相手に向かって言っていい限度を超えているとは思いませんか!?」

「そっくりそのまま、言葉を返しましょう。初対面で何を言っているのか、理解できていないのはそちらでは?」

 あまりにも曖昧な言葉の数々。
 されどフィオナに対して『ご注意を』と告げたことは、完全にオルノ伯爵にとって悪手だ。

「いいですか? リライトはすでにアイナをリライトの異世界人だと認め、トラスティ公爵家も次女として爵位を継がせる用意があります。リスタルからも六将魔法士のジャルからも、助け出した異世界人と共に二度とアイナに手を出すなと約束させていますわ」

 アリーは淡々と言葉を放つ。
 愛奈に手を出すことが、どれほど愚かしいことなのかということを明言するために。

「さらにリライトは全世界の国に対して宣言しています。アイナを傷つけるのであれば、手出しした国を滅ぼすと。つまるところ、どれほどのことを言おうとも我が国の異世界人に対してゲイル王国は一切の関係がありません」

 自分達の妹が持っている状況を鑑みれば、目の前に座っている彼らの行動は一体どう映るのか。
 答えは明白だ。
 たった一つの単語に集約されてしまう。

「だからわたくしは訊いているのですよ? アイナを誘拐する理由は何なのか、と」

 余裕を崩さず紅茶を一口飲むアリーに対し、オルノ伯爵は少し興奮しながら立ち上がって大きな声で反論する。

「で、ですからですから、誘拐ではないと――っ!!」

 瞬間、言葉を遮るようにティーカップがソーサーへと叩き付けられ、ガチャリと大きな音を鳴らした。
 そして冷酷な視線がオルノ伯爵を貫く。

「我が国と世界がどのようにアイナ=アイン=トラスティを認識しているのかが重要なのであって、それすらも分からないほどに愚図なのですか?」

 今、アリーが話しているのは個人間のものではない。
 国として愛奈がどのような立場となっているか、だ。

「どうぞ座り直してください。誘拐ではないと仰るのであれば、釈明の機会をさしあげましょう」

 立ち上がったオルノ伯爵の後ろにある椅子を手の平で示し、にこやかに嗤って座ることを促すアリー。

「貴方の弁が相応しければ、そちらが望む状況にもなりましょう」

 これで立場の上下も決まった。
 どれほどのことを言おうとも、彼の言葉は基本的に後手へと回ってしまう。

「それでは“お話し合い”を続けましょうか、オルノ伯爵」

 互いの構図がフィオナの時とは違う。
 愛奈を実母の元へ取り返しに来たゲイル王国から、愛奈を誘拐しに来たゲイル王国へ。
 状況がほんの僅かな時間で逆転し、主導権をアリーが握った。
 かといってオルノ伯爵はこのままでは誘拐未遂犯となり、逃げることは出来ない。
 釈明も相応しくなければ、結果は火を見るより明らか。

「……ええ、ええ。いいでしょうとも。アリシア王女が納得しうる言葉を告げてみせましょう」

 故に腰を下ろし、椅子に座るしかない。
 そしてアリーはオルノ伯爵が座り、一度呼吸をした瞬間に言葉を放つ。

「最初に伺いたいのは、ゲイル王国は我が国と戦争し滅ぶ意思がある。それでよろしいのですね?」

「なっ!? と、突然なにを仰るのですか!?」

 落ち着き思考を巡らせる時間を与えはしない。
 叩き潰しにいくための問い掛けを加えた。

「アイナに手を出すなら滅ぼす、と我が国は宣言しています。つまりゲイル王国は滅びたいのだと受け取ったのですが、どこか違いましたか?」

「ち、ちが、違います! 我々はエリ様の元へアイナ様が戻れるように動いているのです!」

「なるほど。それでは様々な疑問が浮かんできますわ」

 本当に、ありすぎて困るほどに質問したくなる。

「まずエリ様とアイナが親子である証明がありません。なぜならアイナがゲイル王国の異世界人であった事実は、どこにもないからです」

「そ、それはエリ様が記憶を失っていたからで……っ!」

「オルノ伯爵。わたくしはアイナが“ゲイル王国の異世界人であった事実もない”と。そう言ったはずですわ」

 リライトは愛奈のことについて、多くのことを調べている。
 けれど情報はどれだけ遡れどリスタルの貴族が愛奈を買った、というところで終わっている。
 それより前の情報は完全に途絶えて探し出すことも出来なかった。

「この世界の重要人物たる異世界人。故に我々は情報を共有し、粗相がないように礼を尽くす。王族が各国の異世界人について知っている最たる理由はこれですが、なぜアイナはゲイル王国の異世界人とならなかったのでしょうか?」

 そしてどのルートでも愛奈がゲイル王国にいた痕跡はない。
 公式など一つたりとも存在しない。

「ゆ、誘拐されてしまったのです。我々も手を尽くしましたが、アイナ様の痕跡を辿ることは難しく……」

 オルノ伯爵の言い訳を聞いた瞬間、アリーは内心でほくそ笑んだ。
 
 ――このように釈明する以外、方法はありませんものね。

 愛奈がゲイル王国の異世界人とならなかった理由は、そう言う他ない。
 本当に誘拐されたかは関係なく、こちらの同情と考慮の余地を残すのであれば、誘拐されたとことにしなければいけない。
 けれどオルノ伯爵が言ったことはまさしく、アリーの誘導でしかなかった。

「つまりゲイル王国はエリ様とアイナを召喚して、すぐに誘拐されたわけですか。ずいぶんとお粗末なことをしていますわね」

 何も知らなければ通用する可能性はあるが、こと相手として向かい合っているのは王族であるアリシア=フォン=リライト。
 愛奈がゲイルの異世界人でなかった時点で、言い訳によって生まれる失態を容赦なく突いていく。

「召喚陣を有している国は全て、異世界人を召喚した時点で各国へ情報を流します。ゲイル王国とてそうだったでしょう? しかしエリ様の記載しかなかったということは、アイナは短時間で誘拐されてしまった」

 この事に対し違うと言った場合、情報を流さなかった理由を問われる。
 だからオルノ伯爵は決して反論することが出来ない。
 
「さらに一つ、疑問を追加しましょう。我々は半年前、アイナを保護したことを宣言しました。だというのに、なぜ召喚したことを名乗り出なかったのでしょうか?」

「そ、それはそれは、我が国の失態を公にした場合、他国の非難は免れません!」

「ええ、そうでしょうとも。ですが貴国の面子のためにアイナは誘拐されたまま虐待を受け、我が国が救い出した」

 優斗と出会うまで、愛奈はジャルによって虐げられていた。
 ふっ、とアリーは鼻で笑う。

「誘拐され、救い出せず、あげく面子のために名乗り出ることすら出来ない。どうせ誘拐犯も捕らえることが出来なかったのでしょう?」

「ゆ、誘拐犯は捕らえましたとも!」

「なるほど。では、どうしてアイナを救えなかったのでしょうか?」

「口が堅く、決して情報を漏らさなかったのです」

「つまり同じように誘拐されてしまったら、そちらにアイナを救う手段は存在しない。そういうことですわね?」

 失態について対策を講じていなければ、血の繋がった親子だということが効力を示さない。
 また誘拐される可能性が高いのに、親子というだけで愛奈をゲイル王国へ渡すのはリライトにとっての失態になってしまう。
 だからオルノ伯爵は反論するしかなかった。

「ち、違います違います! 今は万全の体制を敷いてますとも! 決して誘拐されることなどありません!」

 声を張り上げ、殊更に大丈夫だということを口にするオルノ伯爵。
 けれどアリーは冷静な声音で、

「でしたら、このように動けばよかったではありませんか。アイナを守るために最善の準備をして、それを書面で証明し、国として我が国へ提出し、万全の体制が整っていることをアピールする。それがアイナをゲイルの異世界人とするための正攻法ですわ」

 これで一番最初の問い掛けに戻る。
 国が出てくる必要はないと言ったオルノ伯爵に対して、アリーは国が出ることこそ道理だと返した。
 そして彼の言い訳によってゲイル王国の失態がある以上、血の繋がった親子関係があるだけで愛奈を返すことはリライトにとっての失態に繋がりかねない。
 つまりリライト王国が関わることは必須。
 まずは自分達を説得しなければ愛奈に関わることすら不可能な状況をアリーは作り出した。

「…………ん?」

 けれどそこでオルノ伯爵も気付く。
 今、突くべき穴が小さくも存在することに。

「で、ではでは、リライトはアイナ様をしかと守っていると証明できるのですか? 誘拐されないという自信はどこにあるのですか? もし証明できないのであれば、やはり親であるエリ様が育てることこそ道理でしょう?」

 立場が変わらないのであれば、まだ挽回できるチャンスはある。
 どうにか対等に持って行くことが可能であれば、交渉の余地は存在する。
 だが、

「証明できるも何も、わたくしがここにいること。それが証明の一つ。二つ目に我々は常にアイナを守っている。こちらの二名はアイナの護衛専用ですわ」

「しかししかし、それだけでは十分とは――」

「三つ目。アイナのことは我が国にいる異世界人達が常に目を光らせている。特に最強の二つ名を持つ大魔法士がいるのであれば、尚のこと問題はありません」

 オルノ伯爵の発言を遮るようにアリーは本命の名を言い放つ。
 けれどオルノ伯爵も予想していた通りであり、

「それはそれは、誰でしょうか。今、この世界に大魔法士がいるなど私は聞いたことがありませんね。存在しない者の名を出したところで、仕方ないことではありませんか?」

 世の中に大魔法士は知れ渡っていない。
 つまり最強の存在が愛奈のことを守っているなど、普通に考えたらあり得ない。
 だというのにアリーは少したりとも揺れなかった。

「その疑問は一手、遅いですわ。貴方は確実に大魔法士のことを知っている。だから彼がいない時にアイナとコンタクトを取り、そのまま連れて行こうと考えた。ほんの少しでも大魔法士のことを知っている人間は、問答など意味なく力でねじ伏せられることを当然のように理解しているから」

 そして、すでに問い掛けは済んでいる。
 オルノ伯爵がどこまでのことを知っているのか、アリーは確認している。

「これはこれは何を馬鹿なことを仰るのですか。千年前に存在した大魔法士が現在、いるはずないでしょう?」

「ではどうして、先ほど疑問に思わなかったのでしょうか? わたくしは『助け出した異世界人と共に二度とアイナに手を出すなと約束させた』とお伝えしたはずですが」

「いえいえ、私はてっきりフィンドの勇者と勘違いしたのですよ。彼もまた異世界人ですから」

「だとしたら不思議ですわね。なぜ貴方は我が国にアイナがいることを存じているのでしょうか?」

「……? はてさて、私にはアリシア王女の言動の意味が分かりかねますが? 私はただ、アイナ様は貴国とフィンドの勇者に助けられたと聞いただけですので」

「そのような意図的な情報など、普通にありえませんわね」

 反論の隙が僅かでも生まれたと思ったら大間違いだ。
 主導権を握っている以上、それこそ言動全てが罠だと勘ぐったほうがいい。

「救出の件、大魔法士は珍しく言いましたわ。自分の名を存分に使ってくれて構わない、と。だから父様も会議の場で大魔法士の名を使い、助けたことを告げた。つまり――」

 愛奈の所在と大魔法士の名はセットだ。
 片方だけを知っていることはほぼ、あり得ない。

「――アイナが我が国にいることを知っている人物は、大魔法士が存在することを知っていることになる」

 意図的に情報を抜かない限り、都合良く大魔法士の存在だけ知らないと言い張るのは無理だ。
 もちろん大魔法士の情報は来年の四月まで秘匿となっているから、オルノ伯爵が伝え聞いていない場合も僅かながら可能性はある。
 しかし、

「加えて我が国は今のところ、異世界人を召喚した事実を王族以外に流布していません。なのに我が国の『異世界人達』を疑問としなかったのは何故でしょうか?」

 アリーの罠は伝え聞いていないと返答することを容易に許さない。
 愛奈と関わりが深い大魔法士に注視させたからこそ、『異世界人達』という単語が罠になる。
 オルノ伯爵はアリーの思惑通り、大魔法士の有無に注力して他の情報に対しての対処を怠った。
 無意識下でリライトの異世界人の存在をオルノ伯爵は承認してしまった。

「貴方は一体、誰を知っていて誰を知らないのか。何を知っていて何を知らないのか。返答次第では今までの発言も嘘だと簡単に分かってしまいますわ」

 個人的にリライトの異世界人と付き合いがあるのならば、情報も偏るかもしれない。
 けれどアリーは彼らの人付き合いをほぼ把握している。
 誰がどのような情報を得ているのか理解している。
 つまりオルノ伯爵は言葉一つ間違えた瞬間、今までの発言全てが瓦解しかねない。

「この難解に絡んだ糸を、貴方は即興で説明することが出来ますか?」

 絶対に無理だということを分かっておきながら、アリーはあえて尋ねる。
 潔白を証明しなければならない身で、灰色では話にならない。
 
「…………っ!」

 逆転の僅かな可能性を見つけたと思った瞬間、進んだ先が落とし穴だと理解してオルノ伯爵は唇を噛む。
 すると黙って聞いていた愛理が二人のやり取りに口を挟む。

「けれど異世界人が守られるっておかしくないかしら?」

 両国共に、異世界人に頼むことは『国を守る』こと。
 だとすると、今の二人のやり取りはあまりにもおかしい。

「異世界人が守られるなんて相応しくない。そうでしょう?」

 守るべき立場の者が守られる。
 何のために召喚したのか、その理由が分からなくなる。

「だとしたらやっぱり、私のところに娘がいることは普通なんじゃないかしら?」

 二人の口論は意味がないと愛理は言う。
 しかしオルノ伯爵は苦虫を潰したような表情を浮かべ、アリーは呆れた表情になった。

「もし幼子に国を守らせようと考えているなら、恥を知りなさい。我々がそちらのふざけた魂胆に加担するとでも?」

 常識的な判断を、常識外を以て制することなど出来ない。
 幼い愛奈に国を守らせるなど、あってはならない。

「そして先ほどからわたくしは言っているでしょう。親子である証拠を見せろ、と」

 唯一にして明快な解答が今のところ、どこにも存在していない。
 オルノ伯爵達にとっては切り札と呼ぶべきものがない。

「エリ様やアイナの態度一つ取っても、こちらとしては親子と思えませんわ」

「いえいえ、そんなことはない! 二人はとても似通ってらっしゃる! 何よりアイナ様の口からエリ様のことを母親だと言えば、それが証拠となります!」

「言葉や見た目だけで証明できると考えているのなら、浅はかと言うほかありません。それにわたくしとしては、同じ異世界人である彼と似通ったところが見られますわ。もしかしたら兄妹なのかもしれません。生き別れの兄妹など今日日、珍しくもないでしょう。ということは、親族であるわたくしやリライトの勇者がいるこの国でも問題はない」

 アリーは修と愛奈を見比べながら、オルノ伯爵の言葉を否定する。
 そして彼女の『親族』という発言に反論することは難しい。
 最初に証明するべきはオルノ伯爵であって、アリーではないのだから。

「本来は証書の一つでもあれば交渉の余地はあるでしょうが、ないことはそちらが証明している。なぜならアイナがゲイル王国の異世界人であった事実は、誘拐されたことで他国へ流布されなかったのだから」

 つまりオルノ伯爵が言ったことは、全てが悪手になる。
 証拠がないのであれば、愛奈の態度で判断することも可能だが……怯えている様を見せているのだから厳しい。

「さてさて。これで貴方達はほぼ全ての道を失ったわけですが……」

 と、アリーはなぜか言葉を止めて不意に笑った。
 修もフィオナも同じように笑みを零し、愛奈すらも僅かに恐怖以外の反応を見せる。
 まるで何かに気付いたとでも言うように。

「中継ぎは終わり、というわけですわね。あとは彼にお任せするとしましょうか」

「……中継ぎ? アリシア王女、貴女様はいったい何を――」

 リライト側の雰囲気が変わったことを訝しむオルノ伯爵に対して、アリーは笑みを携えたまま言葉を続ける。

「――オルノ伯爵。もし本当に知らないと傲慢に宣うのであれば、その身を以て納得しなさい」

 その時、空気が震えた。
 何かの前触れのように息苦しいほどの圧迫感が突如、彼らの身に降りかかった。

「知っていることを隠したのであれば、どれほどの存在であるかを身に染みて感じ取りなさい」

 扉の開く音がして、足音が聞こえてくる。
 先ほどアリーが登場した時と似ているようで、まるで違う。
 現れた人物は圧倒的なまでの恐怖を相手へ抱かせ、期待も希望も全てを打ち砕く。
 そして合わせるかのように、アリーも大仰に言葉を発した。

「では、あらためてご理解のほどを」

 徹頭徹尾、優勢に会話を進めたリライトの王女。
 けれど今回の件において、彼女以上の適任がいる。
 王女以上に相対するに相応しい人間が今、まさに現れた。

「我が国はリライト。異世界人を大切に扱う国であり――」

 止まった足音に、アリーの言葉が戦慄を誘う。
 彼らの背後にいるのは唯一無二であり、紛うとこなき伝説の再来。




「――最強の存在がいる、アイナの母国ですわ」








[41560] Sister's Cry⑥
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:6efe2498
Date: 2016/10/31 05:25


 背後から固く、冷たく、そして身体が震えるほどの“恐怖”が現れる。
 声一つ出せないほどの圧迫感にオルノ伯爵と愛理が振り向くと、そこに立っていたのは少年と夫妻が一組。
 彼らの背後には多数の騎士も控えていた。

「邪魔だ。場所を空けろ」

 通り抜けることは簡単だというのに、優斗はゲイル王国の騎士達へ命令する。
 そして彼の声音は強制だと言っても差し支えなかった。
 慌てて場所を空けるゲイル王国の騎士達を優斗は一瞥もせず、マルスとエリスを愛奈のところへ向かわせる。
 愛奈も両親が目の前に現れたことで、ようやく恐怖に怯えていた心が少し和らいだ。

「……おとーさん、おかーさん」

 二人が前に立ったことで、フィオナも愛奈を振り返らせて向かい合わせる。
 エリスとマルスは視線を同じ高さにするため腰を屈めた。

「今日ね、私達はアイナのことを色々と知ったわ」

 娘がどこで召喚されて、どのような扱いをされていたのか。
 なんとなくではなく、はっきりと知った。
 テーブルに座っている女性が愛奈を産んだことも理解している。

「だけどね、私達は今もアイナのことを大切な娘だと思ってる。アイナがどこの国に召喚されていようと、血が繋がってなかろうと私達の娘に変わりはないって思ってる」

 優斗が連れて帰ってきてから、そうしようと決めたから。
 そして月日が経つにつれて、当たり前のように抱いた想いがある。

「だってお母さんとお父さんはアイナのことを愛してる。最愛の娘だって胸を張って言えるわ」

 親となる。
 血の繋がりがない少女を娘として扱う。
 そう決めて半年が経った。
 一緒に過ごす日々を親子となるために過ごした。
 だからこそ言えるのだ。
 出会って、好きになって、大好きになって、愛していったから。
 実の娘であるフィオナと差異無く、変わりなく、同じように。
 親としての愛をエリスもマルスも、もう一人の愛娘に注いできたから。

「……っ」

 愛奈のことを何も知らずに親となってくれたマルスとエリス。
 そして娘の事情を知ったあとも変わらず愛娘だと言い切った両親。
 それが嬉しくて、嬉しくて、愛奈の目から涙が零れ落ちる。

「どうしてアイナが泣きそうな顔をするのかな? お父さん達にとってアイナは、何よりも輝いている宝石だというのに」

 マルスはハンカチで娘の涙を拭いながら笑みを浮かべる。

「アイナはお父さんとお母さんのこと、大好きかい?」

「だいすきなの……っ」

「じゃあ、お父さん達と一緒だ」

 どこにでもある家族と変わらない。
 単純明快な親子関係だ。
 しかしトラスティ家のやり取りを許してはいけない者もいる。

「それはそれは、間違っていますとも! 貴女はエリ様の娘であるユズキ・アイナ様ですよ!」

 慌ててオルノ伯爵が口を挟む。
 これ以上、向こうの都合が上手く回るように喋らせてはいけない。
 愛奈の怯えように加えて、愛奈自身からこちらを否定されてしまっては事実すら霞む。
 だからオルノ伯爵は“どうして声を張り上げることが出来た”のかも理解しないまま、トラスティ親子を否定する。
 
「所詮は偽りの関係! 大事だ大切だ愛してると虚言を並べても茶番! 本当の母親には――」

「――ちがうのっ!!」

 と、その時だった。
 愛奈はフィオナの膝から立ち上がり、ぎゅうっと服を握りしめながら精一杯に言い返す。
 父と母から受け取ってきた愛情を誰かに否定させてはいけない。

「おとーさんとおかーさんと、ちはつながってないけど……っ! かんけいないの!」

 なぜなら今日、フィオナと約束した。
 姉妹揃って頑張ろうって大好きな姉と一緒に決めた。

「あいなのパパとママは、おとーさんとおかーさんなのっ!」

 そして愛奈は知っている。
 こういう時、どうすればいいのかを。
 優しい兄が出会った時に教えてくれた。

『嫌なことは嫌だと言ってほしい』

 耐えるのではなく、堪えるのではなく、叫ぶ。
 我慢する必要はどこにもない。
 なぜなら愛奈は、その場所を――家族を得ているのだから。


「だからあいなのなまえは、あいな=あいん=とらすてぃなの!!」


 どうしても両親のことを『パパ』と『ママ』と呼べなかった、もう一つのトラウマ。
 故に愛奈が大きな声で告げたことが意味するのは、愛理に対する完全な決別に他ならない。
 同時、謀ったかのように優斗がアリーが座っている椅子の背に手を掛け、オルノ伯爵へと声を掛ける。

「アリシア王女の相手も相当に辛かっただろう?」

 最初から最後まで主導権を握り、巧みに罠を張る人間を相手取るなんて誰であれやりたくない。
 だが現状、相手取るに最悪な人間が笑みを零し、

「安心しろ。ここから先、この一件は全てを僕が請け負うから気楽に構えていい」

 一体、何を安心すればいいのか理解できない。
 まだ誰であるかも名乗っていないのに、雰囲気も何もかもがおかしい人間と相対するなど頷きたくもない。
 だが優斗は相手の反応など一切気にすることなく、ぐるりと周囲を見回した。

「それなりに人数を連れてきたから、ここでは人が入りきらないな。外にいる連中も含めて、隣にある鍛錬場へ行け。こちらもすぐに行く」

 これ以上は愛奈に会わせないと言ったも同然の言葉。
 当然、オルノ伯爵にとっては受け入れざる発言だが、

「僕が誰なのか分かっているなら、ここは素直に外へ出ろ。もし知らないとほざくのなら――」

 怖気しか感じない嗤いと共に優斗は一言、告げる。

「――今、無理矢理に教えるのも一興だな」

 アリシア=フォン=リライトとは、また違うやり取り。
 他の選択を選ぶことなど許されない選択肢。
 つまりは――拒否を認めない強制的な命令。

「……まあ、まあ、いいでしょう。それで貴方様が会話を選ぶのであれば、従いましょう」

 とはいえ従順になってしまえば、どうしようもない。
 オルノ伯爵は一つの楔を打ち込もうとする。
 暴力を回避したのだから、当然のことそちらは会話で決着を付けるのだろう、と。
 だから立ち上がって優斗の指示通りに騎士も愛理も外に出し、自分も鍛錬場に通じる扉に手を掛けて外へ出た。
 エリスはそんな彼らの様子を見て、震えるほどに拳を握りこんだ。

「…………っ!」

 ふざけるな、と思えば思うほどに強くなってしまう。
 愛奈はお前達の欲望を満足させる道具ではない。
 一人の人格を持った、大切な自分の娘だ。

「ねえ、ユウト。私はアイナを幸せにする。それが親としての役目だと思ってるわ」

 もっと笑顔にしてあげたい。
 たくさんのプレゼントを贈りたい。

「ゲイル王国なんかにアイナは渡せないのよ」

 素晴らしい日々を与えたいと思っているから。
 最愛の娘を誰が渡してなるものか。

「分かってます、義母さん。だから――」

「――だから私が立ち向かうわ」

 エリスから突如として出た言葉に耳を疑った。
 予想だにしない義母の意思に、優斗は困惑した様子を見せる。

「義母さん? どうして……」

 この場は優斗に任されている。
 理由は単純で、愛奈は優斗の妹であり助けたからこその責任があるからだ。
 だが、

「私はね、貴方に家族のことを『大魔法士』としてお願いしたくないのよ」

 自分の選択がどれほど愚かしいのかも理解している。
 ここにいる人間の中で誰よりも凄く、強く、立場と権力を持ち、愛奈のことを守れるのか知っている。
 誰が適任かをちゃんと分かっている。
 しかしエリスが頼んでしまうことは、今までずっと保ってきた『義息子として接する』という決まりを破ろうとしているも同然だ。
 例え本人が自らやると言ったとしても関係ない。
 彼女にとって子供達に上下はなく、差異はない。
 等しく愛している義息子と娘達だ。

「頼ったほうがいいことも分かってる。だけど私は……大魔法士として在る貴方に『私の娘を助けて』とは言えない」

 王様でさえ優斗に今回の件は全てを任せている。
 しかし親である自分が『大魔法士』として頼ってしまうと、優斗が優斗でいられる場所が無くなってしまうかもしれない。
 一人の少年として過ごすべき場所を失わせる可能性を生み出すだけでも、エリスは我慢ならない。
 だから義息子に頼るのではなく、自分が相対するために扉へ手を掛けて、

「任せてください、義母さん」

 それでも留める声に、思わず歩もうとした足が止まった。
 柔らかい表情を浮かべて、義息子がエリスの代わりに扉へ手を掛け開けようとする。

「ま、待ってユウト! 私は貴方のことを――」

「分かってますよ。理解している上で請け負うと言っているんです」

 大魔法士として自分を扱いたくない。
 彼女にとって優斗はたった一人の義息子だから。
 そんなエリスの考えを分かっているからこそ、問題なんて一つもない。

「僕は――僕達は貴女達の愛に救われた」

 エリスとマルスが二人の異世界人を救った。

「そして僕は貴女達のためなら、家族のためなら“全て”を使って障害を取り除く」

 宮川優斗が持つ何もかもで、絶対に解決してみせる。

「だから義母さん。貴女は僕に頼っていいんです。義息子の僕が、義母の頼み事を聞くだけですから」

 変に考えることはない。
 何かを思って止まる必要もない。

「貴女に頼まれた僕が、どのような側面で相対するのかは僕が決めます」

 そこで優斗はふっと笑った。

「むしろ今回なんて、大魔法士としてお願いしたところで問題ありません」
 
 嬉しそうに笑みを零してエリスの感情を肯定する。
 頼ることに対して、悔いや痛みを持つ必要がないと言わんばかりに。
 
「だってそうでしょう? 義母さんが『大魔法士』として僕にお願いをするってことは――それほどまでに愛奈のことを愛してる証明になるんですから」

 エリスは本当に馬鹿だ。
 彼女がどれだけ義母として自分に接しようとしているか、優斗は知っている。
 大魔法士という二つ名を得た優斗に対し、どうでもいいと言って変わらず義息子として愛してくれていることを知っている。
 だからこそ否定するわけがない。
 トラスティ家の想いを叶えるためには、必須なのは自分の力だ。
 であれば自身に浮かぶ感情は一つだけ。

「それを貴女の義息子であり、愛奈の兄である僕が喜ばないはずがない」

 苦しむ必要も、悔やむ必要もない。
 エリスが優斗に望んだことは、全て愛奈に対する愛情の証明だ。

「だから嬉しいんです。僕が救った子の両親が貴女達であることが」

 連れて帰った少女に対して、親になると言ってくれた。
 言った通り、親となってくれた。

「今日、僕は愛奈の兄として。そしてリライトにいる大魔法士として相対します」

 テンションが上がる。
 かつてないほどに高揚している。
 だから自分も望もう。

「この素晴らしい日を、より良くするために」

 この身に存在する全ての力を使って、徹底的に叩きのめす。
 二度とこのようなことがないように。

「頼んだよ、ユウト君」

 マルスも愛奈の背をゆっくりとさすりながら、義息子に全てを託す。
 優斗も振り向き、しっかりと頷きを返した。

「頼まれました」

 次いで声を掛けるのはアリー。
 彼女はある意味、優斗にとって最大の理解者であるために伝えるべきことなどない。

「従兄様。何かを言う必要、ありますか?」

「まったくないね、従妹様」

 やるべきこと、そして結果までも二人は見通している。
 だからこその余裕。

「優斗。俺は愛奈を一度、王城に連れ帰るからよ。ちゃんとぶっ潰しとけ」

「当たり前。しっかりきっちり片を付けるよ」

 修にとっても愛奈は妹。
 故に相手への優しさなど一つもない。

「フィオナ、君も一緒に帰ってあげて」

「分かりました」

「あとは騎士と一緒に僕の妹を守ってくれてありがとう」

 感謝を述べる優斗に対して、フィオナは首を横に振る。

「あーちゃんは私の妹です。だから私の妹のためにお願いしますね、優斗さん」

 愛奈を守ることは彼女にとって当然のこと。
 妹を守らない兄がいないように、妹を守らない姉もいない。

「おにーちゃん……」

 最後に愛奈が声を掛ける。
 優斗は頑張った妹に、安心できるように一つの言葉を求めた。

「そうだ、愛奈。もう一度、あの日に言ってくれたことを伝えてくれるかな?」

 これから再び、優斗は妹を守る。
 前と同じように、愛奈が怖いことから救い出してみせる。

「だから思い出して。伝えてくれた君が、どうなったのかを」

 愛奈に教えた言葉がある。
 愛奈から欲した言葉がある。
 それが何なのか、気付いたからこそ愛奈の瞳は揺れた。

「……おにーちゃん」

 忘れるわけがない。
 一生、ずっとずっと覚えている。
 頑張って伝えたから、優斗は応えてくれた。
 だから前と同じように大きな声で愛奈は伝える。

「たすけてっ!」

 その声を聞いた優斗は優しい笑みを妹に向けると、踵を返す。
 背を向けられている愛奈は、兄の後ろ姿を見ながら口唇が震えた。
 ジャルと戦った時から何も変わらない、優斗の後ろ姿。
 誰よりも頼もしく、誰よりも優しさに溢れている兄の振る舞い。
 この人と出会ったことが愛奈の始まり。
 
 救ってくれた。
 愛情をくれた。
 家族をくれた。

 幸せだと思える全てを、優斗は与えてくれた。
 だから愛奈は無垢に信じていく。
 自分の兄は本当に凄い人なのだと知っているから。
 だから愛奈は純粋一途に望んでいく。
 自分の兄のような優しい人になりたい、と。
 だから――愛奈はもう一度、大きな声で叫ぶ。

「おにーちゃん、がんばってなの!」

 精一杯の声援を、大好きな兄に。
 そして優斗も振り向くことはしない。
 ただ、その頼もしい背を愛奈に見せながら応える。

「任せなさい」

 妹が望んでくれるのなら、兄である自分は何もかもをやってやろう。
 なぜなら、

「愛奈のお兄ちゃんは――」

 誰よりも妹に甘く、誰よりも妹に優しい、

「――愛奈のためなら何だって出来る、最強のお兄ちゃんだよ」

 絶対の安心感を伴わせて、優斗は外に出る。
 追従するように騎士達も続いた。
 そして残ったのが修達だけになると、急に足下に魔法陣が現れる。
 通常よりも巨大な魔法陣であることから、神話魔法だと察したアリーが残った面子で唯一使える人間に問い掛けた。

「えっと……修様、これは?」

「愛奈もすぐに離れたいだろうから、遠慮なく神話魔法を使うわ。おばさん、こっち来てくれ」

 エリスを呼び寄せたと同時、響いたのは勇者の言霊。

『求め戻るは誓いの場所へ』

 どのような魔法かも言っていないので、何人かは困惑した表情を浮かべる。

『帰ると願う所がある。帰ると切望した所がある』

 その中でアリーは仕方がないと諦め、フィオナは修の気持ちを理解して納得の仕草をした。

『だから心を残すのではなく、心を置くのではなく。心と共に在ると誓った安住の地へ今こそ帰ろう』

 修が右手を振るった瞬間、景色が一瞬にして変わった。
 いきなりリライト城内にある謁見の間が皆の視界に現れる。

「……転移? それとも移送魔法……ということでしょうか?」

 アリーの不思議そうな表情に修も首を捻る。

「よく分からんけど、簡単に言えば自宅に帰る魔法らしい。だから俺の場合、リライト城になるってこった」

 とはいえ、いきなり過ぎたので何人かは口を開けてポカンとしている。
 けれど数秒して、ハッと我を取り戻した騎士達は慌てて謁見の間から出て色々なところへ報告しに行った。
 その場に残ったのは勇者と王女とトラスティ家。
 修は愛奈に近付くと、

「まだ怖い感じはするか?」

「……ちょっと、だけ」

 未だに怖いと感じる人達がいる。
 一度気付いてしまったからこそ、距離を置いたところで分かる。
 すると修は首を捻って王女へ確認を取った。

「もういいよな、アリー」

「ええ、構いませんわ」

「そんじゃ、もうちっと我慢な」

 修が右手の中指と親指を合わせると、パチンと指を鳴らす。
 すると愛奈の足元に魔法陣が広がった。
 その様子を修は満足げに見て、
 
「これでもう怖くねーだろ?」

 ニッ、と笑って愛奈に訊いた。
 愛奈は自身が感じている怖さがさっぱり消えたことに気付き、素直に頷く。

「ありがとうなの、しゅーにい」

「いいってことよ。優斗がこれから頑張るんだから、俺も少しは愛奈にやってやりてーしな」

 本来であれば、修が使った魔法はもっと早いタイミングで使うことも可能だった。
 愛理が目の前にいる状況では軽減にしかならないが、それでも感じ取ってしまう分についてはどうにか出来た。

「で、そろそろ理由を話してほしいところだけど、どうなんだ?」

 けれどアリーが止めた。
 何かしらの考えがあったことだろうから修も従ったわけだが、理由は聞いておかないと納得はできない。

「乗り越えれば恐怖は軽減される。そう考えました」

 派出所の中に入った時点で、愛奈が頑張っていることに気付いた。
 だから必死に立ち向かっている妹分の姿を見て、アリーは一つの選択を選ぶ。
 
「再び訪れるかも分からない恐怖に、アイナちゃんを怯えさせたくなかったのですわ」

 これ以上の恐怖に見舞われることはなく、何があろうとも絶対に助かる状況下。
 であれば、とアリーは考えた。
 愛奈にとっての極限状態を乗り越えることができれば、次に何かあったとしても大丈夫だ、と。

「従兄様も同意見だったからこそ、同じ事をやりましたし」

 オルノ伯爵が言葉を発するだけの猶予を残し、愛奈が反論するための言葉を引きずり出した。

「そうしたほうがいいと思ったからこそ、わたくし達はやりました。ですが――」

 正しいか、正しくないかはどうでもいい。
 アリーは愛奈に近付くと、ぎゅうっと抱きしめる。

「――ごめんなさい、アイナちゃん。そして頑張ってくれて、ありがとう」

 トラウマを打破し、成長できると思ったからこその選択。
 けれど己の感情を納得させてはいけない。
 必要なことだったから仕方ないと、肯定だけすることを許してはいけない。
 しかし、

「……? アリーおねえちゃんがあいなに必要だとおもったから、やったことなの。だからだいじょうぶなの」

 愛奈はきょとん、としたままだ。
 自分のために我慢してやったことなのだから、怒る必要もなければ文句を言う必要もない。
 愛奈ならば乗り越えられると信じてくれたことに、十分過ぎるほどの想いを感じる。
 アリーは妹分のはっきりとした答えに柔らかな笑みを零し、

「ありがとう。わたくしはアイナちゃんの従妹として、身内として、貴女のことを心から誇りますわ」

 さらに強く愛奈のことを抱きしめる。
 ほっとしながら、安堵しながら目一杯に感謝の言葉をアリーは述べた。
 そして名残惜しそうに離れたところで、修が声を掛ける。

「つーか向こうには証明しろだの何だの言っておいて、こっちは証明できない『従妹』って言葉で愛奈を守るんだからスゲーわ」

「あれは単純に引っ掛けですわ。わたくし達に証明させるのであれば、まずは向こうが証明しなければなりませんので」

 あの場で証明しろと言ってしまえば、逆に問われる理由になる。
 そして持っていないことなど、アリーは十分に分かっているからこそ従妹宣言。
 初手で引っ掛かれば、それで良し。
 もちろんスルーしても結局は証書の話に持って行ったので、結果は変わらないが。

「ちなみに個人として従妹は真実と思っていますので、告げた言葉から嘘の響きを読み取ることは不可能ですわ」

「あん? 嘘の響きがないから、大丈夫だってことか?」

「言葉に嘘を感じられないのならば、相手には真実と映るでしょう?」

 視線の動き、声音、息遣い。
 その全てで嘘を見抜くことは不可能。
 なぜなら守るために嘘を吐いたのではなく、アリーは本当にそう思っているからだ。

「それに従妹である証書自体、ぶっちゃけユウトさんとアイナちゃんの分をわたくしは偽造していますし。証拠を出せと言われたところで問題ありません。国印が押印されているものを叩き付けてあげますわ」

「……うわ~、それ王女のやることかよ。いくら愛奈を守るためだとしても、やり過ぎじゃね?」

「わたくしは清廉潔白な王女というわけではありません。何より――」

 相手を潰すために必要ならば、例え何であれアリーは使う。
 事実も真実も嘘もペテンも何もかも。
 だから、

「――虚実を織りなし、絶対的優位を作る。それがわたくしとユウトさんの手の一つですわ」

 逆転など必要ない。
 劣勢からの挽回など、どこにも利点がない。
 大切な人を守るためには徹頭徹尾、優位を持っていることこそ最重要だとアリーは考える。

「なので個人的な感情としては、最後までやりたかったのですが――」

 優斗が登場したのであれば、彼に任せることが一番愛奈を守ることに繋がる。
 というわけで、

「従兄様に委ねて、我々はアイナちゃんとほのぼのさせていただきましょうか」





[41560] Sister's Cry⑦
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:21a6b6f3
Date: 2016/12/08 00:31



 優斗はオルノ伯爵達のところへ歩きながら、すぐ後ろに付き従っている男女の騎士達へと声を掛ける。

「お前達は愛奈と一緒に行かなかったのか?」

 愛奈付きの騎士二人。
 普通に考えれば一緒に王城へ戻るべきだが、男性騎士は首を横に振った。

「恥ずかしながら現在、アイナ様にはシュウ様が護衛されています。だから我らが愚かさを強く刻み込むためにも、この場へ残らせていただきました」

 そう、これは失態だ。
 愛奈の警護を任された騎士として、仕方ないと思ってはいけないほどに。

「我々はアイナ様に対する脅威を排除するため、存在しています」

 幼い異世界人がどれほど重要な立場であるか知っている。
 他の貴族令嬢よりも危険が迫る可能性が高いことなど、十分過ぎるほどに理解していた……つもりだった。

「だというのに、身体的に守れたとしても心を守り切れなかった」

 身体に傷は一つたりとも存在しない。
 だが恐怖に怯えた愛奈を安心させることは出来なかった。

「騎士として、アイナ様の警護を承った身として……これほど悔しいことはありません」

 隠密に長けていると過信し、愛奈に気付かれていることにさえ気付いていなかった。
 自分のために仕事をしているからと、気遣うべき相手に気遣われてしまった。
 何より守るべき者を守れなかった。
 だからもう、二度と同じことがないように己が心に刻み込むために二人は優斗と共にいる。

「そうか。これからも頼りにしている」

 優斗は表情を一瞬だけ崩して声を掛ける。
 そして一呼吸置くと、足を止めて十分な距離まで近付いたオルノ伯爵を鋭く睨み付けた。

「ここから先、嘘は必要ない。僕は全てを理解してる」

 修練場の中央にいるゲイル王国の連中に、あえて自分が何もかも把握していることを伝える。

「紛いなりにも愛奈を取り戻そうとするのなら、あの子を助けたのが誰なのかも知ってるだろう?」

 優斗の問い掛けに対し、オルノ伯爵は少し考えると頷きを返した。

「いやいや、聞き及んでいますとも。何もかも暴力で解決しようなど、あまりにも知性がない。たまには平和に言葉で解決しようとは思わないのですか?」

 挑発に近いものではあるが、数ある選択肢の中で最も駄目なのが戦闘。
 最強の大魔法士に加えて、名高いリライトの騎士達が彼の背後にいる。
 それを回避するには無理矢理にでも話し合いに持ち込むしかない。
 優斗もオルノ伯爵の心境が手に取るように分かるからこそ、くつくつと嗤った。

「だったら“話し合おう”か、オルノ伯爵。僕も手間が省けるのは嫌いじゃない」

 そもそも優斗は今回、戦う必要がない。
 むしろ戦闘行為という一手間なくなった分だけ、楽ができるというものだ。
 だから、

「それでお前達は無傷で処刑されるのか、僕にあえて喧嘩を売って傷つけられた上で処刑されるのか。どっちがいいんだ?」

 優斗は結論を問い掛けた。
 どのように死にたいのか、と。
 オルノ伯爵達を外へ出したのも、この会話を愛奈に聞かせないためだ。
 別に戦闘になるかもしれないと備えたわけではない。

「な、何を突然、意味不明なことを仰っているのですか!? 私は話し合いを所望したはずです!!」

 しかしながら会話が愛奈に関することではなく、彼ら自身の死に様を問われたことにオルノ伯爵は簡単に動揺してしまう。
 明らかに内容が理不尽だった。
 到底、瞬時に理解も納得もできるようなものではない。
 だが優斗は至って平然と答える。

「お前こそ何を言ってるんだ。ちゃんと話し合ってるだろう? どうやって死にたいんだ、と」

 さらに言うなれば、優斗は愛奈の処遇に関して話す気はさらさらない。

「アリシア王女はすでに、お前の戯れ言を全て否定したはずだ。だから僕が話すことはお前達の処遇をどうするか、ということになる」

 どうせ逃げ道を全て潰して、どうしようもない状況まで作り出したはずだ。
 同じことをわざわざするつもりもない。

「ほら、答えろよ。それで話し合いはしっかりと終わるんだから」

「お、終わるも何も我々に処刑される理由などありません! 答える必要すらありません!」

「……まったく。よくもまあ僕に対して言えるものだな」

 厚顔なのかもしれないが、情報を持っている相手に対しては無駄な返答だ。

「異世界人の売買及びリライトの異世界人誘拐未遂という重罪を犯しているのに、処刑されないと宣うことは許されない」

 十分過ぎるほどの証拠があり、酷すぎるほどの罪がある。

「つまりはオルノ伯爵及び賛同した貴族。そして今、ここにいる騎士は処刑を免れることはできない」

 優斗が言った瞬間、ゲイル王国の騎士達がざわついた。
 だが煩わしかったのか優斗は一言、

「やかましい」

 驚くことも困惑することも許さない。
 許されると思うこと自体、認めない。

「いいか? 例え命令だろうとも、お前達はここにいる。そしてお前達がしようとしたことは、最低でもリライトの異世界人誘拐という重罪だ。さすがに処刑になるだろう? 常識的な判断としてな」

 むしろ処刑にならないと思うことこそ、おかしいと考えたほうがいい。
 他国の異世界人を誘拐するなど、何を以て義があると思うのだろうか。

「騎士としての矜持があるのなら、お前達が本来やらなければならなかったことは、オルノ伯爵を止めることだ」

 愛奈と出会うまでの動き方がおかしい。
 あの子がリライトの異世界人になった話の流れもおかしい。
 加えてフィオナの抵抗とアリーの論破があったのに、困惑することすら烏滸がましい。

「少し考えればおかしなことが多々あるというのに、思考を止めたお前達に譲歩する義理は僕にない」

 気付く機会はいくらでもあった。
 オルノ伯爵を止める状況などどこにでもあった。
 だというのに彼らは何もしなかったのだから、処刑されて当然だと優斗は考える。

「そもそもゲイル王国で処刑させてやるんだから、感謝ぐらいはしてもらいたい」

 今、この場で殺されたとしても仕方がないのに。
 わざわざゲイル王国で処刑されろと言っているのは、優斗なりの優しさでしかない。

「な、何を何をふざけたことを!! 感謝など――」

「僕はお前達を殺しても問題ないことになっている。これはゲイル王からの誓約で、リライトも了承している」

 淡々とした表情で優斗から教えられたことに、オルノ伯爵は逆に驚愕の表情へと変わった。

「嵌められたんだよ、お前は。取るに足らないと考えていた人物によってな」

 外遊と称し、リライトに助力を願ったゲイル王。
 それに見事に引っ掛かってくれたのだから、本当に馬鹿だとしか言いようがない。

「つまり僕はお前達を皆殺しにしたところで一切合切罪がないのに、話し合っている上にちゃんと処刑で死ねと言っているのだから、感謝してもいいだろう?」

 とはいえ本当の意味で考えれば、話し合いになっていない。
 現状では、ただの通告に過ぎないのだから。
 しかもゲイル王との繋がりを示したことにより、アリーの時と同じく嘘八百を並べたところで意味がない。
 だとすればオルノ伯爵が出来ることは、

「い、いいでしょう、いいでしょう! 確かに我々が一度、失敗してしまったことは認めましょう! ですが――」

 愛奈を売り払った事実を認めた瞬間、息すら出来なくなるような殺気がオルノ伯爵達を襲った。
 全身から冷や汗が溢れ出し、夏だというのに寒気しか感じなくなる。

「その一度で愛奈がどうなったのか、分かった上でほざくのか?」

 優斗はゆっくりとオルノ伯爵に近付きながら、言葉を放つ。

「一度やったことすら許されないというのに、貶めたお前達が『愛奈を返せ』だと?」

 オルノ伯爵の隣に立つとわざわざ肩へ手を置き、優斗は険を込めた視線を向けながら囁く。

「異世界人を売り飛ばした国へ愛奈を戻すなんて、笑い話にすらできない戯れ言だ」

「し、しかししかし! アイナ様をどのように扱おうと、それは“母親”であるエリ様の自由でありましょう!?」

 恐怖に怯えながらオルノ伯爵を言い返す。
 今、この時を逃せば自分達の処刑は免れないことが分かるから、懸命に振り絞って声を出すしかない。
 だが、

「喧嘩を売る相手は選べ、三下」

 考えが覚束ない反論などまるで価値がない。

「まったく同じことを言って、僕にやられた六将魔法士がいるのにな。親であることを盾にしたところで、僕に意味があると思っているのなら浅はかだ」

 ジャルと同様に最悪と言っていい親に対して、情状酌量の余地などあるわけがない。

「それとも血縁という言葉を僕が取り扱っていいのか?」

 悪魔の囁きとしか思えない優斗の言葉。
 唯一、分かっているのは碌でもないことを言われることだけだ。

「な、何を――」

「だとしたらお前達と連なっている親族も殺すことになる」

 オルノ伯爵だけではなく、ゲイル王国の騎士達にも向けて優斗は言った。

「だってそうだろう? 愛奈を誘拐しようとしている奴らと一滴でも同じ血が流れているなんて、それだけで危険分子だからな」

 血の繋がりが大事だというのなら、リスペクトしてやろう。
 同じ考えを持ってやるのだから、土下座して感謝しろと言わんばかりの言い様。

「オルノ伯爵曰く、血縁は大事なんだろう? だとしたら論理的に考えて、そういうことになる」

 先ほどとは打って変わり、にこやかな笑顔で優斗が騎士達へ丁寧に最低なことを伝えた。

「お前達もしっかりと聞いたな? 残念だが親族も同様に殺すことになりそうだ」

 本当に残念だとばかりに優斗は頭を振る。
 譲歩はなく、甘さも、緩さも、何もかもない。
 どこまでも揺るぎなく最悪の相手であることを証明し続ける優斗は、一手たりとも相手に優位を譲らずに尋ねる。

「では改めて訊くとしようか」

 断罪人ですら、まだ優しいと思える言葉を優斗は再び吐き出す。

「お前達はどうやって処刑されたいんだ?」

 優斗とオルノ伯爵の会話によって変わったのは、処刑方法と人数が増えただけ。
 他は何一つ変わっていない。
 だからこそオルノ伯爵は答えられなかった。
 自分で死に方を決めろなど、到底無理な話でしかない。
 
「今すぐに答えられないのなら、少しだけ時間をやるよ。その間、しっかりと考えろ」

 それだけ告げて、優斗はオルノ伯爵の肩から手を離した。
 だがその場を離れることはせず、そのまま愛理へ視線を向ける。

「というわけでオルノ伯爵が答えを出すまでの間、お相手願おうか」

 嘲笑と嘲りを交えながら、優斗は散々な名称で愛理を呼ぶ。

「“おまけ”の異世界人さん」

 殺気を消し、普通に喋ることが出来るようにする。
 息苦しさは鳴りを潜め、圧迫感も無くなったことから愛理は優斗を睨み付けた。

「何がおまけよ! おまけは愛奈のほう――」

「異世界人召喚は“死にかけた者”しか対象者になり得ない。だとしたら誰が死にかけたのか、分かって然るべきだ」

 愛理が死にかけたのか、愛奈が死にかけたのか。
 どちらが主として召喚されたのか、彼女は当然のように分かっているはずだ。

「殺そうとしたのなら、尚更だろう?」

「母親の私が愛奈を殺そうとするわけないでしょ! 確かに手は出したけど教育の範囲よ!」

「だがお前が愛奈の首を絞めた時、召喚された。それが教育の範囲だとでも?」

 図星を指すような優斗の言葉に、愛理は簡単に動揺した。

「あ、あの子が言ったのね!?」

 そして彼がなぜ知っているのかを考え、短絡的に答えを導き出す。
 けれど優斗は首を振って、逆に感謝の意を述べた。

「簡単に動揺してくれてありがとう。おかげで愛奈の召喚時の状況がよく分かった」

「……なっ!? 知らなかった……の?」

「苦しくて辛い思いをした時のことを、僕が訊くわけないだろう。思い出させたくもない」

 わざわざ聞き出す必要がないことを、どうして訊かなければいけないのだろうか。
 そうではなくとも、簡単に予想できることなのに。
 だが愛理は語気を強め、

「教育の範囲だって言ったじゃない!!」

「馬鹿か、お前は。さっき言ったはずだ。召喚条件は“死にかけた者”だと」

 つまり召喚の原因となった行動は、先ほど愛理が認めた通りのことであり、

「愛奈はお前の手で殺される寸前だったんだよ」

 主として召喚された人物が誰だったのかを証明することとなる。

「加害者のところへ被害者を返すなんて、冗談でもあり得ない」

 守るべき立場の大人が、守られるべき子供を殺す。
 そこにいかなる理由があろうとも、常識的に考えて返すわけにはいかない。

「とはいえ、もしお前が愛奈の母親なのだとしたら鳶が鷹を生んだようなものだな」

 あまりにも考えが浅すぎる。
 頭が悪すぎて、眩暈がしそうになる。

「な、何を言ってるのよ! あんな子供、なんにも出来ないのに!」

「今はそうだとしても、愛奈は正真正銘の天才だ。いずれ神話魔法を使えるほどに、魔法の才に溢れてる」

 数年もすれば頭角を現し、十年もすれば世界に名だたる魔法士になっているだろう。

「異世界人が得る魔法の才能。現時点で最たる才を持つのはリライトの勇者だが、次いで才を持つのは愛奈だ。同じゲイルの召喚陣で召喚されたのだとしても、お前のようなゴミとは格が違う」

 愛理は今まで優斗が出会った異世界人の中で最低。
 中級魔法を使うのが限度だろう。
 本当にしょうもなさそうに優斗は溜め息を吐く。
 今後、何十年も得られたはずの絶対守護を目先の金で失うだなんて、愚かすぎて仕方がない。

「……さ、さっきから貴方、何なのよ! 日本人だったら歳上を敬うべきじゃないの!?」

 愛理が強気に物を言う。
 けれど優斗はさらに大きく溜め息を零した。

「敬うべき相手なら、僕もそうするんだがな。同じ日本人でも、この世界での立場は圧倒的に違う。歳が上なら格も上だと勘違いしているなら、どうしようもないほどに愚図で愚かだ」

 歳上だから敬う必要はない。
 目上だからといって傅く必要もない。

「ここにいるのは千年来の伝説を蘇らせた異世界人。“最強”の意を持つ二つ名――『大魔法士』を継いだ者だ」

 セリアールにおいて、唯一無二の存在。
 例え同じ異世界人であろうとも、この世界で優斗を上回る者はいない。

「立場も、力も、全てがお前より圧倒的な僕に、おまけ如きが勝るところは一つもない」

 負ける要素がどこにもない。
 何があったとしても、どうとでも出来てしまう。
 それぐらい隔絶した差が優斗と愛理にある。
 だというのに、

「な、何よ! 異世界人に優しいのがリライトなら、私にだって優しくするのが当然でしょう!? 貴方みたいに私を馬鹿にすることが許されるっていうの!? 許されないわよね!?」

 愛理は滅茶苦茶なことを言って反論する。
 しかも優斗の背後にいるリライトの騎士達へ同意を求めるように声を張り上げた。
 けれど納得が得られるはずもない。
 いくら異世界人とはいえ、愛奈にやったことを考えれば『優しくされる』と思っているなんてリライトを馬鹿にしている。

「いいか。よく聞け、おまけの異世界人」

 優斗は頭が痛くなるのを感じながら、バッサリと愛理の発言を切り捨てる。

「そういうのは真っ当で、常識的で、普通の異世界人になってから言うことだ」

 愛奈を売り飛ばし、今度は誘拐しに来た誘拐犯が恩恵を享受しようとすること自体、頭がおかしいとしか思えない。

「リライトが異世界人に対し甘く優しいというのは、他国の増長とふざけた介入を許すわけじゃないんだよ」

 何をやってもいいと考えているのならば、考え違い甚だしい。

「例え異世界人だとしても、やってはいけないラインを踏み越えた相手に優しさも甘さも必要ない」

 愛理のことをとことん馬鹿にすると、話は終わりだとばかりに優斗は再びオルノ伯爵へ視線を向ける。
 先ほどの問い掛けた、どのように処刑されたいのか返答を再び求めた。
 
「もう十分に時間は与えたはずだ。予想以上にゲイルの異世界人の相手が疲れたから、さっさと答えを聞かせてもらおうか」

「へ、返答も何も、こんなものは交渉と言えない!!」

「……交渉? 僕は“話し合い”をしてるだけであって、交渉をした覚えは一切ない」

 優斗は首を捻る。
 一度たりとも交渉はしていないのに、突飛なことを言う。

「な、何を、何を仰るのですか! 我々はアイナ様について――」

「僕は最初から言ってるだろう。お前達は誘拐犯で重罪人の集団だと。交渉のテーブルに着けると思っているのか?」

 理由がない。
 意味がない。
 そもそも同じ立場になってやる必要がない。

「相手の善意を引きずり出して得意げになり、悪意と恐怖で脅してほくそ笑み、状況を鑑みて有利を望み、現状を理解して反論し、待遇を見せて押し通し、駆け引きを行い賭けに勝ち、譲歩の度合いを見比べようとするなんて、この場においてクソの役にも立たない」

 なぜなら、どちらが上なのか明確に分かっている。

「立場や力が圧倒的に上なのに、なぜ対等に成り下がると勘違いした? 王でさえ降る僕に対し、どうして伯爵程度が真っ当に相対できると勘違いしているんだ?」

 そして優斗はわざわざ、交渉するつもりもない。
 守るべき者を守ることに、迂闊なことはしない。

「舞台に立てると思うなよ、三流役者。お前が立とうとした場所は最高峰にして――」

 重要人物が揺るぎなく並び立つ危険領域。

「――身動き一つで国すら滅ぶ、最大の舞台だ」

 言い換えれば、関わることなど考えたくもない最悪の劇場。
 そこに飛び込むなど正気の沙汰ではない。

「身の丈を弁えているのなら、普通は立つことなど考えない」

 何かの失敗を見逃すことなどしない。
 だというのに、オルノ伯爵は最初のミスを抱えたまま堂々と乗り込むつもりでいた。

「けれどお前は舞台に立とうとした。愚かにも僕と相対できると勘違いした」

 リライトを甘く考え、不確かなもので譲歩されると考え、自己の評価を大いに高く見積もった。

「だとしたら、わざわざ喧嘩を売ったことに後悔しろ。そして――」

 もう答えを待つことはしない。
 答えないのであれば、こちらから決める。
 だから優斗は躊躇無く告げた。


「――問答無用で処刑されて死ね」


 そして大魔法士は相手の反応を見ることなく踵を返し、騎士達へ命令する。

「こいつら全員、捕らえて王城へと連れて行け。リライトにおいては異世界人誘拐未遂の重罪人であり、主犯のオルノ伯爵及び柚木愛理は世界的にも異世界人売買の大罪人だ」

 優斗の命令に対し、騎士達は迅速に動く。
 もし気が狂って暴れでもしたら……と考えて何名かは捕縛している騎士の側で柄に手を置いていたが、結局のところ愛理以外は暴れ出す者がいなかった。
 暴れたところで自分の家族に被害が及ぶと考えてしまえば、殺されることを宣言されたところで気が狂うことも許されない。
 愛理は面倒になった優斗が痛みなく昏倒させ、縛り上げてから馬車に叩き込んだ。




 そして精霊を使って愛奈をトラスティ邸へ連れて行くよう伝え、入れ違うように優斗達は王城の敷地へ足を踏み入れる。
 するとゲイル王は優斗のことを待っていたのか、城門のところに立っていた。

「リライトの騎士達にゲイル王国までこいつらを連れて行かせる。問題はあるか?」

「いえ、問題はありません。ですがよろしいのですか?」

 直接手を下さなくて良いのか、というゲイル王の質問。
 だが優斗もそこまで傍若無人になるつもりはない。

「最初から僕が殺す殺さないは範囲外だ。だから判断はゲイル王、貴方がすればいい。もちろん罰を言い渡す場には同席させてもらうが」

「ですが私の手に委ねて下さった以上、間違いなく断罪します。温情を与えるような真似を致しません」

「いいや、そこを疑っているわけじゃない。愛奈に二度と余計なことがないよう気を付けるのが、助けた僕の責任だ」

 どうせ守れるから、という考えは浅はかでしかない。
 不安も恐怖も感じてほしくないから、ただ幸せな日々を享受してほしいから優斗は動く。

「ああ、そうだ。そういえば貴方に伝えておくことがあった」

 ふと思い出したかのように話を変える。
 今回の一件、どうして楽が出来たのかを考えれば目の前に彼がいるおかげだ。
 だから優斗は頭を下げる。

「愛奈のために心を痛めてくれて、ありがとう。リライトの人間として、愛奈の兄として感謝を申し上げる」

 身内以外にもあの子のために動いてくれる人がいた。
 愛奈が受けた境遇に苦しんだ人がいた。
 それはきっと、あの子にとっても一つの救いになると優斗は思う。
 けれどゲイル王は首を横に振り、

「私は……アイナ様を助けられなかったのです。それが事実であり真実です」

 自分は失敗した人間だ。
 正しいことを叫ぶことが出来ず、みすみす愛奈を売り飛ばされてしまった。

「ですからアイナ様がゲイルの異世界人でなくなったとしても……」

 今、笑っている。
 大切に想ってくれている人達の手によって、大事に扱っている人達の行動によって、健やかに育っている。
 それがどうしようもなく嬉しいから。

「皆様の手によって幸せを得たことに、心からの感謝を」






[41560] Sister's Smile
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:1c42bb91
Date: 2016/12/26 19:43

 愛奈がトラスティ邸へ戻ると、家臣が並んで帰りを待っていた。

「お帰りなさいませ、アイナお嬢様」

 皆で愛奈を囲み、声を掛ける。
 心配のあまり抱きしめたり、オルノ伯爵達へ怒りを露わにする者。
 無事に帰ってきてほっとする者もいて、たくさんの想いが愛奈に向けられた。
 度が過ぎていると思える状況ではあるが、それでもバルトが家臣を代表して愛奈に伝える。

「前にお伝えしたでしょう? アイナお嬢様のことが、我々は大好きだと」

 大好きだから心配して、相手に怒りを向ける。
 単純だけれど当たり前のことだ。

「ロスカとタクヤさん、リル様がアイナお嬢様のためにご馳走を作ってくれています。どうぞご堪能下さい」

 そう言ってバルトは愛奈を広間へと連れて行く。
 テーブルの上にはたくさんの料理が並べられていて、その前には卓也達が待ち構えていた。

「ロスカさん、たくやおにーちゃん、リルねぇ……」

「アイナ、怪我はなかった?」

 代表してリルが近付く。
 服に汚れなど見当たらないし、フィオナもちゃんと守っただろうと信じてはいる。
 けれど心配しないか、というのは別の話だ。

「だいじょうぶなの。おねーちゃんたちがまもってくれたの」

「それならよかったわ」

 リルは愛奈を軽く抱きしめる。
 そして離れると、次にやって来たのは小さな赤ん坊。
 愛奈が抱っこすると、心配そうに声を掛けてくる。

「あいな、だいよーぶ?」

「うん。あんしんしてほしいの、まーちゃん」

 マリカともハグしてから、愛奈はゆっくりと姪っ子の身体を降ろす。
 その最中にも続々と家臣は広間へとやって来て、最後にエリス達が広間に到着する。
 エリスはテーブルの上を見て、キッチンを覗くと、

「あら? 料理の品数も量も多くないかしら?」

 愛奈のためのご馳走を作ると言っていたが、それにしても色々と多かった。
 すると卓也が周囲の人達を見ながら、

「おばさん。今日はみんなで一緒に食べることにしようと思ったんだけど大丈夫かな?」

 トラスティ家の家臣達も、愛奈のことが心配でたまらなかった。
 なのに食事で離れ離れになるのも可哀想だろうと思った卓也達は、全員で食べることにしようと画策した。
 普通の貴族であればありえないのだが、トラスティ家の人達はそもそも普通ではないので、

「構わないわ。ラナ、他にもテーブルを用意して」

 エリスは即了承して準備をさせる。
 すぐにラナが家政婦達に命令し、テーブルから食器やらが凄まじい勢いで準備された。
 キッチンにあった料理も手際よく渡され、速やかに簡易的な食事会場となる。

「夕飯にはちょっと早いけど、構わないわよね?」

 エリスがマルスに確認を取ると、家長は素直に頷いてグラスを手に取った。
 修やアリー、卓也、家臣達も倣うようにグラスを手に取る。
 そしてタイミングを見計らうと、マルスは全員に語り掛けた。

「今日は色々なことがあった。衝撃的な事実すらアイナにはあった」

 どこの国で召喚され、どのような繋がりがあったのか。
 それが今日、判明した。

「けれど何かが変わったわけではない。私達も家臣である皆も変わらずアイナを愛し、心配するだけだ」

 とはいえ判明した事実があったとしても、変わる必要はない。
 いつも通り、いつものままでいい。

「なぜならそれが、我が家の在り方だからだ」

 血の繋がりだの何だのは愛してから語るべきものだ。
 スタートラインにすら立っていない産みの母親に負けるわけがない。

「そして今、ユウト君が事態の収拾に動いている。なので私達がやるべきことは分かりやすい」

 彼が片付けるのならば、これ以上の不測の事態は存在しない。
 だからマルスが言うべき言葉は簡単だ。

「アイナが傷つかなかったことに目一杯、ほっとして食事を摂るとしよう」


       ◇      ◇


 優斗は王城にて王様へ報告。加えて明日、ゲイル王国へ向かうことを伝える。
 翌日に起こるであろう顛末もある程度、王様と話しながら方向性を決めていると夜も更けていった。
 そのあとトラスティ邸へと帰り、ラナ達から夕刻にあった宴の話を聞いて自室に戻る。

「さて、と。明日の準備をしておかないと」

 一日で帰ってくるつもりなので、そこまで大きな荷物は必要ない。
 あれこれと必要なものを選んでいると、小さなノックがあった。
 少ししてドアが開くと、

「おにーちゃん。きょう、いっしょに寝ていい?」

 そこにいたのは枕を持った愛奈。
 優斗は笑みを浮かべて準備を止めると、

「いいよ。おいで」

 愛奈をベッドに入れてから明かりを消して添い寝するように自分も寝転がる。
 そして隣にいる妹の頭を優しく撫でた。
 くすぐったそうに撫でられている愛奈は嬉しそうに笑いながら、

「さいしょね、おねーちゃんがまもってくれたの」

 今日の出来事を優斗に話し始める。

「アリーおねーちゃんもしゅうにいも、おとーさんもおかーさんもまもってくれたの。かえってきたら、みんながしんぱいしてくれたの」

 愛奈に関わった人達は愛奈のために動き、心配した。

「すっごくうれしかったの」

 抱きしめ続けてくれた姉がいて、颯爽と現れて守ってくれた王女と勇者。
 例え産みの母親がいようとも変わらずに愛することを教えてくれた両親。

「やっと“かぞく”のこと……わかった気がするの」

 血が繋がって入ればいい、というだけじゃない。
 家族となるには何が大切なのかを、皆が教えてくれた。
 けれど優斗は苦笑し、

「そんなことはないよ。愛奈は最初から、家族がどういうものかちゃんと知ってた」

「そうなの?」

 聞き返す愛奈に兄は頷きを返す。

「じゃあ、質問。愛奈はどうして僕のことを『おにーちゃん』って呼んだのかな?」

「えっと……」

「僕が愛奈を助けたから? それとも僕が愛奈より歳上だから?」

 確かに優斗のことを『おにーちゃん』と呼べる状況は揃っていた。
 けれど愛奈が呼んだのは、もっと前のタイミング。

「違うよね。愛奈は最初から僕のことをお兄ちゃんって呼んでた」

 出会った時からずっと『おにーちゃん』だった。

「副長は『騎士のお姉ちゃん』で他にもたくさんの人達がいた。だけど愛奈が単純に『お兄ちゃん』って呼んだのは僕だけ」

 たくさんの歳上の男性がいる中で、唯一の呼び方。

「血は繋がってないし、出会ったばっかり。だけど愛奈は“識ってた”んだよ」

 直感なのか、偶然なのか、何なのかは優斗でも判断できない。
 だけど間違いなく、愛奈は無意識で理解していた。

「愛奈のお兄ちゃんが僕だってことを」

 だから家族がどのようなものか、ということを愛奈は知らずに理解していた。
 なぜなら『おにーちゃん』は、家族であることを知らなければ呼べないのだから。

「そしてお兄ちゃんがどうして、愛奈のことを『妹』だって言ったと思う?」

「どうして……?」

「そうだよ。お兄ちゃんも愛奈のことを大事な大事な『妹』だって言うのは、ちゃんと理由があるんだ」

 今になって思えば、愛奈が天才であるからこそ蜃気楼の如き可能性も一つ思い浮かぶ。
 けれどやっぱり、優斗にとって一番大切な理由はこれだ。

「僕と愛奈は生き方がそっくり。妹だって否応なく思ってしまうくらいに」

「おにーちゃんとあいなは、そっくり?」

「うん。それがお兄ちゃんと愛奈の中にある“繋がり”」

 同じ耐え方をして、同じように生きてきた。
 優斗だからこそ、愛奈の頑張りがどれほどのものかを誰よりも理解できた。

「だから愛奈の名前は二つあるんだ」

「ふたつ?」

「一つは愛奈も知ってる通り、アイナ=アイン=トラスティ。これはトラスティ家の次女として愛奈が持ってる名前」

 今の愛奈にとって一番大切なもの。
 誰に対しても証明できる名前。
 けれどリライトに来てから得た名は他にもある。

「もう一つは異世界人として、愛奈がいつか名乗る時に必要とするものだよ」

 兄の問い掛けに対し、愛奈は少し落ち込んだ表情になって答える。

「……ゆずき……あいな?」

 愛理が柚木であるなら、自分もそうなのだろう。
 愛奈はそう考えたが、兄は妹の頭を優しく撫でながら否定した。

「ううん、違う。愛奈のもう一つの名前はね――」

 ゆっくりとした口調で、優斗ははっきりと伝える。
 リライトの異世界人であるからこそ得た、そして優斗が助けたからこそ得た繋がりを証明する名前。


「“宮川愛奈”」


 誰の妹であるのか。
 たったそれだけ分かっていれば、簡単に出てくる名前。

「みやがわ……あいな?」

 不思議そうに聞き返す愛奈。
 けれど優斗は不思議がってる妹を見て、くすくすと笑う。

「だってお兄ちゃんの妹なんだから、苗字も一緒で当然でしょ?」

 おかしなところ一つない。
 兄妹の苗字が同じなのは当たり前だ。
 例え血が繋がってなくとも、愛奈は優斗の妹なのだから。

「だからトラスティだろうと異世界人だろうと何だろうと、お兄ちゃんはいつだって愛奈のお兄ちゃんなんだよ」

 それが助けた優斗の責任であり、覚悟だ。
 妹だと思い、妹を引き取ると決めたからには、愛奈の兄であることを常に証明し曖昧なことすら許さない。
 それが出来ないのなら、兄になる資格なんてものはない。
 優斗は朗らかに笑うと、再び妹を撫でてから寝る体勢を取った。
 すると愛奈は枕の上にあった頭をちょこちょこと動かし、兄の枕に乗せた。
 そしてふにゃっとした笑顔で、

「おやすみなさい、おにーちゃん」

「うん。おやすみ、愛奈」


       ◇      ◇


 翌朝。
 優斗が遅くなるので泊まっていた修は、事情を知り慌ててやって来たクリスとココとトラスティ邸の広間で朝食を摂っていた。

「まあ、でも、あれだよな。シスコン大魔法士の妹を誘拐しようとするとか、破滅願望ありすぎだろ」

 兄バカの拗らせっぷりは仲間内で一番なのに、産みの母親がいるからといって何とかなると思うほうがおかしい。

「その前にシスコン勇者とシスコン王女が先に出て行っているではありませんか」

「アイちゃんも色んなところで溺愛されてますし、当然の結末といえば当然の結末です」

 とはいえクリスとココは呆れながらも、きっと自分達が現場にいたら同じことになっただろうと考えてしまう。
 朝食を食べながら話していると、嬉しそうな表情の愛奈と優斗が広間に現れた。
 姿を見た瞬間、すぐに分かるぐらいだったので珍しそうにエリスが尋ねる。

「アイナ、ずいぶんと機嫌が良いけどどうしたの?」

 身支度は優斗が整えたのだろう。
 髪の毛もおそらく彼がやったはず。
 けど、それにしては笑顔が満面過ぎでエリスも驚くぐらいだった。

「おかーさん、あのね! あいなのいせかいじんとしてのなまえはね、みやがわあいなって言うの!」

 愛奈はニコニコしながら報告する。
 エリスは義息子へと向き直り、

「ユウトが教えたのね。今は別に必要無いから知らなくて大丈夫……とか言ってたのに」

「どんな時でも愛奈のお兄ちゃんだってことを証明するには、伝えたほうがいいかなと考え直したんですよ」

 今の愛奈が異世界人としての名前を必要とする時なんて、無いほうがいいに決まっている。
 そうならないように優斗もエリス達も気を付けていたのだが、今回でちょっと方針を変えた。
 もちろん愛奈の苗字なんて年長者組と呼ばれるアリー、クリス、卓也などは知っていたことでもあるのだが、

「……はっ!? ちょ、ずりいぞ優斗!」

 あまり小難しいことは考えない修、和泉、ココなどは愛奈に宮川という苗字があることなど気付いてもいなかった。
 なので修は反射的に羨ましさが滲み出た声を出す。

「はっはっはっ。何のことやら」

 これからゲイル王国へ行くので、馬車の中で食べるお弁当をロスカから受け取った優斗は勝ち誇った表情を浮かべた。
 
「僕が助けて、僕が妹だと言ったんだよ。しかもリライトの異世界人にするって言うんだから、苗字だって宮川でいいでしょ」

 ひらひらと手を振りながら、優斗は玄関へと向かう。
 愛奈も見送るために付いていくと、修がエリスに叫んだ。

「おばさん! 今から内田愛奈にならねぇの!?」

「マルスがリライトの異世界人として認める書類にサインしたやつ、『宮川愛奈』になってたから無理ね。というかそれ、タクヤ君も通った道だから。貴方達がミヤガワになるほうが楽よ」

 くつくつとエリスが笑う。
 誰も彼も反応が一緒というか、愛奈のことを溺愛していることが分かる。
 修はエリスの提案にう~ん、と首を捻り、

「それはそれで有りなんだけど、みんなで宮川って呼ばれたら誰が誰かわかんねーんだよな。訂正するのも面倒そうだし、しゃーねーか」

 正直、修はそこまで苗字に拘りは無い。
 卓也も和泉も同様だ。
 ただ単純に手間だの面倒さだのを考えると、別に今のままでいいかと思うだけ。

「まあ、今回は兄貴に花を持たせてやんよ」

 修はパンを頬張りながら納得するように頷き、再びクリス達と話し始める。
 一方で玄関にいる優斗は愛奈の頭を二度、ポンポンと触れた。

「今日は修達と出来るだけ一緒にいるようにね」

 危険はほとんどないに等しいが、昨日の今日だ。
 念のため修達に守らせたほうがいい。

「うんなの」

 こくこくと頷く愛奈に満足して、優斗は扉へ手を掛ける。
 いつも通りの優しい笑顔と、兄に似せようとする笑顔を互いに向けて、

「それじゃ、いってきます」

「いってらっしゃい、おにーちゃん!」





[41560] 気付いた矛盾
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:cae28007
Date: 2017/01/02 16:39




 ゲイル王国、謁見の間にて。
 続々と現れる貴族達に優斗とリライトの騎士達は目を丸くしていた。

「しかし、まあ……なんだ。ずいぶんと加担した奴らが多いんだな。貴方もよく頑張ったと労りたい気持ちになる」

「ありがとうございます、大魔法士様」

 玉座の前で立つゲイル王は、優斗に感謝の意を述べた。
 数人では収まらず、十数人はこの場にいる。
 この全てが愛奈を売り飛ばすことに賛成していたとか、ゲイル王は考えるだけで情けなくなる。

「それで、どの程度の処罰をするつもりだ?」

「先頭に立ち、皆を先導したオルノ伯爵は斬首による処刑及び領地と爵位を奪います。誘拐の場に居た者達も同様に。他の加担者は私の匙加減ですが、オルノ伯爵と同様の罰、もしくは爵位と領地の剥奪及び投獄五十年。それが妥当なところかと」

「随分と思い切ったことをするな」

「先代の不手際に対し毅然とした処分をしなければ貴国に他国、国民に示しがつきません」

 異世界人の重要性が分かっているからこそ、貴族だからといって甘くすることはない。

「とはいえ、この人数だと国内で混乱が生まれるんじゃないか?」

「すでに代わりとなる者を今朝から置いています。多少は問題も起こるでしょうが、すぐに落ち着くはずです」

「なるほど。オルノ伯爵が失敗すれば、芋づる式で他の奴らも捕まえることになる。であれば、あらかじめ準備しておくのも当然だな」

 ゲイル王は確固たる信念を持ってリライトに来た。
 ならば国内の統治をスムーズに行う手筈を整えていたのも当然のことだ。

「あとはゲイルの異世界人――柚木愛理に対してだが……」

 優斗は嘆息し、肩を竦めた。
 彼女も同罪とはいえ、ゲイル王国の貴族達のように処分することは出来ない。

「僕としては処刑で当然なんだが、問題が殊更に大きくなってしまうだろう?」

「そうですね。異世界人を殺すのは周囲の非難があるでしょう」

「となれば、遠く周囲に何もない場所へ軟禁……といったところか」

「私もそれが適当だと考えます」

 一生をそこで過ごさせる。
 ゲイル王国には何も関わらせず、生を全うさせる。
 それがベストだろう。

「であれば、こちらが言うことは何もない。処罰を言い渡すところ、安心して見届けさせてもらおう」

 優斗は頷き、ゲイル王に対して大魔法士として伝える。
 そして一人目の貴族が兵士によって、二人の前に連れてこられた。
 が、興奮したように鼻息を荒くした老齢の貴族は、

「――王よ!! なぜ私が裁かれなければならないのですか!?」

 ゲイル王が喋るよりも前に声を荒げた。

「私は自身の身を守るため、賛同せざるを得なかっただけなのに! 情状酌量の余地を考えてはいただけないのですか!?」

 自分は悪くない、と。
 仕方がなかったと声を大にしてゲイル王へ告げる。
 けれど優斗は首を捻り、

「賛同せざるを得なかった……というだけで処罰を言い渡すことはないはずだ。この男は何をやったんだ?」

「アイナ様を売った際に得た大金で、普通に豪遊していました」

「となると発言と行動が伴ってないな」

「そもそも賛同せざるを得なかった貴族の数名は、すでに私へ告白しています。分配されたお金も私へ渡していますので、彼の発言は理解しかねます」

 淡々と答えるゲイル王に老齢の貴族はさらに興奮する。

「だが今回、オルノ伯爵が手引きした件を私は知らなかった!!」

 揃いも揃って往生際が悪いというか、この国の貴族は皆がこうなのかと優斗はさらに同情してしまう。
 なのでゲイル王の肩を叩き、

「少し手伝おう。他にも反抗的な視線を向けている奴がいる中で、一人一人と同じやり取りをするのも手間なはずだ」

「ですが大魔法士様、貴方様へさらなるご迷惑を掛けるわけには……」

「気にしなくていい。愛奈を慮ってくれた礼だ」

 ずいぶんと楽が出来たのはゲイル王のおかげ。
 久しぶりに先手を取り続けることができた。
 なので優斗は一歩前に出ると、

「リライトの異世界人、宮川優斗だ。この件に深く関わっている異世界人だが以後、覚えていなくて構わない」

 この場にいる貴族全員が聞こえるように声を張り、わざわざ自己紹介した。

「さて。繰り返すようで悪いが貴方達がこの場にいる理由は二つのうち、どちらかには加担しているからだ。一つは異世界人の売買。もう一つは昨日にあったリライトの異世界人誘拐未遂」

 王城に連れてこられる時点で聞かされたであろう言葉を、再び優斗は言い放つ。

「どちらも極刑に値する重罪であり、国としても非難を免れることはできない」

 そこでオルノ伯爵を見ながら、嘲笑を浮かべる。

「とはいえ前者しか関わっていない人間は、大いにオルノ伯爵を恨んだほうがいい。オルノ伯爵達が欲を出さなければ、少なくともお前が犯した罪は表に出なかった可能性があるのだから」

 いずれ表に出た可能性は高いが、それでも現時点で露見した可能性はゼロに近い。
 とはいえ結果論なだけであって現状は全てが暴かれた状況。
 どれほど仮定を考えようと意味はない。

「ついでだが、貴方は今回の件は知らなかったと言ったな?」

 先ほど言い訳を並べた貴族に優斗は声を掛けて、憐れむように首を振る。

「この場において裁きの対象となっているのは、売買と誘拐未遂の両方だ。誘拐の一件を知らなかったところで、お前の罪が軽くなるわけでもない。情状酌量の余地は存在しない」

 あれこれ言ったところで意味がない。
 どうにかなる時点は過ぎ去っている。

「僕がここにいる理由は、お前達の罪がしっかりと裁かれたところを確認するためだ」

 と、そう言ったところで優斗は気付く。

「……ああ、いや、違うな。わざわざ確認しにきた、ということは微塵も許すつもりがないと同義だ」

 語弊がある。
 罪が裁かれる様子を見に来たわけではない。

「申し訳ない。言い方を少し変えよう」

 何のために来たのかと問えば、二度と愛奈に危険が及ばないようにするため。
 どうしてここにいるのかと訊けば、ほんの僅かな温情すらも認めないから。

「何を告げたところで救いはない。ゲイル王に陳情しようと僕が認めない」

 その甘さが愛奈の危険に僅かでも関わるのであれば、絶対に優斗は聞き入れない。

「だから吠えたところで、嘆いたところで、何を言い何を求め何を望んだところで――」

 時間の無駄でしかない。
 ゲイル王は裏付けを取っていて、ここに連れてこられた貴族は全て情状酌量の余地がない者達。
 故に、

「――結末は揺るがないと知っておけ」

 吐き捨てるように告げた言葉は、貴族達の淡い希望を全て打ち砕いた。


       ◇      ◇


 王様とアリーは日も暮れ始めた頃、執務室で書類の処理をしていた。
 時計を見ると作業を始めてからかなりの時間が経っており、手を止めて休憩だとばかりに王様は娘へ声を掛ける。

「そろそろユウトが戻ってくる頃だな」

「そうですわね。まあ、従兄様のことですから問題なく帰ってくると思いますわ。何かあったとしても彼に反抗できるほどの意思を持つ人間など、そうそういませんし」

 アリーも一段落したのか、書類を整えながら答える。
 すると王様は娘の『従兄様』という単語に大きく溜め息を吐き、

「しかしながらアリシアよ。アイナを守るためとはいえ、偽造書類はやり過ぎだ」

「そうでしょうか? わたくしが守るには、これ以上ないほどに役立つ偽造ですわ」

 造っただけの価値はある、と。
 今回の件でしみじみと感じた。

「大切なものを守るために最も必要とするのは、圧倒的で問答無用な力です。それが権力であれ、実力であれ、同じ土俵に立ってしまったことが最悪だと思われなくてはいけません」

 後手に回ることなどしない。
 常に先手を取ることこそが最上の結末を迎えられる。
 終わりがよくとも途中が駄目なら、愛奈を不安にさせてしまっただろうから。

「そして、わたくし達の中で十全に力を扱えるのは、わたくしとユウトさんしかいないのですわ」

 清濁を併せて使う人間など、それこそ二人だけ。
 他の仲間は総じて尊敬すべき清らかさを持っている。

「であれば偽造したほうがわたくしは守りやすい。清廉潔白で挑み、大切な者を不安にさせることはしません」

 優斗とアリーは清廉さだけを以て戦った場合、どうにでも出来るわけではない。
 何もかもを使った上でどうにでも出来る。
 とはいえ王様は平然と宣った娘の発言に、ある意味で頭を悩ませてしまう。

 ――清濁を併せ持つ王女、か。

 女王となれるように教育を施したことは認める。
 蝶よ花よと育てていないことは、王様が誰よりも理解している。
 だがアリーは王様の予想を超えて、あまりにも冷徹に世界を見ていた。

 ――アリシアの場合は生来の気質……なのだろうが、確かにユウトと似ているな。

 敵と見做した場合、蹂躙こそが最高の解決方法だと断言する。
 状況を考えて情状酌量を考えるのは当たり前だが、救いが必要ないと判断すれば逡巡も迷いもなく断罪してしまう。

「清廉さだけで圧倒できるのは、修様のように偶然という偶然を引き寄せる人物。もしくはアイナちゃんのような天才だけですわ」

 もちろんアリーも本来ならば、真っ当にやるに越したことはない。
 けれど出来るのは勇者や天才という一握りの人間のみ。
 他の人間では不可能だ。
 王様はアリーの言ったことに納得しながらも、彼女が下した評価に対して気になった点を確認する。

「……天才、か。ユウトが評している人間達こそが『天才』だと、アリシアも思うか?」

 天才とは、突出した能力があれば呼ばれることが多い。
 普通の人間よりも凄いと思われた時点で、そう見られてしまう。
 過程を考えず、結果だけを見て評価される場合も多々あるのが現実だ。
 どれだけ努力しようと、どれだけ足掻いていようと、実力が高ければ天才だと呼ばれてしまう場合がある。
 同じように努力した場合、同様の実力を得られる可能性があるとしても、だ。
 だから今代の大魔法士は首を横に振る。
 天才に時間は必要ない。普通の人間とスタートラインが圧倒的に違うのだから。

「そうですわね。修様とアイナちゃんを見ていると、わたくしもユウトさんに同意見です。ですが……」

 ふとアリーは思うことがある。
 天才とは、よく分からない生き物だ。
 絶対数があまりにも少なすぎて、どのような存在なのかが不明瞭になっている。
 だから、

「修様を知らなければ、アイナちゃんこそ至上の天才だと思ったでしょうね」

 一を聞いて十を知り、十を知っては二十と動く。
 これだけでも十分に理解の範囲外だ。
 普通の人間とは異なっている。
 比較できる天才がいなければ、愛奈こそが至上の天才だと思えてしまう。

「シュウを知らなければ、か。確かにその通りだな」

 王様もくつくつを笑う。
 修の場合は想像を斜め上を駆け上がるどころか、さらに三段飛ばしで明後日の方向に向かっている。

「アイナちゃんの才能は合理性を吹き飛ばした先にあるものだと思えますが、修様の才能は理解すら拒みたくなります」

 基本などどうでもいい。
 加えて知識も経験も何もかもを必要としない。
 必須なのは唯一、意思のみ。
 たったこれだけで実力が際限なく上がっていく。
 あまりにも人間から外れすぎていて、まさしく勝利の女神から寵愛を受けた存在。

「とはいえ修様ほどの天才だからこそ、千年来の伝説に相並ぶと言えるのですわ」

 リライトの勇者は、愛奈以上の才能を持つからこそ大魔法士に並べる。
 異世界召喚があり、勇者となり、そして今や世界に名を馳せようとしている。
 幻となった二つ名を再び世へ引きずり出した至上の才能の持ち主。
 彼女はその事実を嬉しそうに語り、そして――


「……あれ?」


 初めて当たり前……だと思っていたことが、何か整然としていないことに“気付いた”。
 アリーはふと引っ掛かった違和感に表情を一変させる。

「……ちょっと待ってください。それだとおかしい……ですわね」

 マティスが召喚し、同等まで至った無敵の勇者。
 大魔法士がいて、始まりの勇者がいる。
 千年前も今も変わらない順序だというのに、

「……だとしたら、どうしてユウトさんは『最強』へと至ったのでしょうか?」

 そう、そこがどうしようもなく“おかしい”。
 千年前からの在り方について主導権を握り、語っていたのは宮川優斗。
 内田修に対しても、自身に対しても、過去に対しても運命論を用いて筋が通る説明をしてきた……と思っていた。
 だが、

「運命論で考えると“繋がっていない”」

 当たり前のように優斗が語ったこと。
 どこまでも千年前の焼き増しのように紡いだ言葉。
 しかし唯一、繋がっていない点がある。

「あまりにも不自然な点が一つあるというのに、なぜ……」

 千年前と似ているのなら。
 まるで同じだと言ってしまえるように繋がっていくのなら、だ。




 宮川優斗の言葉そのままでは、彼が最強であることは“あり得ない”。




 どうしたって論理的に繋がっていない。
 むしろ順序が逆転してしまっている。

「であれば、どこかに……」

 アリーは優斗と修と交わしてきた会話を思い返す。
 宮川優斗と内田修がどのような存在なのかも今一度、考え直す。
 たくさんの言葉を紡ぎ、たくさんの話をしてきたからこそ、アリーは導き出すことが出来る。

「………………」

 アリーが特に注意して記憶を掘り返したのは二人の過去。
 優斗と修が語ってきたことから、月日の符合を精査する。
 そして、

「…………まさか……“七年前”……?」

 アリーは口元に手を当て、さらに深く考え込む。
 王様は急に様子が変わった娘に対し、声を掛ける。

「アリシアよ。何に気付いたのかは分からないが、それはユウトすら気付いていないことではないのか?」

「わたくしが気付いて、ユウトさんが気付いていないなどありえません」

 現在における着眼点と発想力の柔軟さはアリーのほうが僅かに上だろう。
 だが過去と未来を見通す推察力の高さは優斗が上。
 アリーが気付いたことに対し、彼が気付いていないわけがない。

「今代の大魔法士は奇跡も偶然も望めない運命論者です。なのに『最強』だということは……」

 可能性を考えれば十分にあり得るというのに、一言も彼は喋っていない。
 つまり、




「……彼は一つ、はっきり矛盾していることを隠していますわ」









[41560] 矛盾なき運命論とは
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:962875ea
Date: 2017/01/25 21:12



 娘の言葉に対し、王様は顎に蓄えた髭を撫でる。

「なぜ矛盾しているのか、という問いは置いておこう。大体、予想は付く」

 アリーが何を考えているのかは知らないが、どうして矛盾しているかの理由はおおよそ理解の範疇だろうと王様は思う。

「ではアリシアよ。お前は何に気付いた?」

「父様。あくまで運命論を前提とした考えであることを念頭に置いて下さい」

 戯れ言のような運命論だからこそズレはある。
 通用しない場合だってあるだろう。
 けれど決してズレないものがあるからこそ、アリーはこの結論に達した。

「まず最初に正しい順序を考えると、見るべきは二つ名ではありません」

「……二つ名ではない? となると、何を見ろとお前は言うつもりだ?」

「才能ですわ」
 
 アリーはきっぱりと答え、一つ息を吐いた。
 今の世で先に名を馳せたのは大魔法士。
 千年前も名が残ったのは大魔法士。
 だから気付くのが遅れた。

「最初にいたのは、千年前も今も大魔法士ではなく『至上の天才』。でなければ運命論の順序は整いません」

 そう。
 二つ名で考えると噛み合わなくなってしまう。
 千年前を導とするのであれば、二つ名では繋がらなくなってしまう。

「なぜなら普通の人間は――至上の天才が願った“外因”が無ければ同じ高さに立てないのですわ」

 もっと深く、重く、厳しく捉えなければいけなかった。
 至上の天才――その突き抜けた異常さを。
 生まれた瞬間に得た天恵。
 生まれながらに定められた才能。
 世界の“主人公”に足る絶対的能力。

「そも二つ名の意を考えれば、最強とは数多の敵を倒した末の称号です。ユウトさんも修様も同様の意見ですし、それは揺るぎないことでしょう。つまり天才であるマティスが『最強』という称号を得ていることに、我々は違和感を覚えるべきですが……」

 修と同じ至上の才能を持っているのであれば、そもそも誰も彼もが敵になるはずがない。
 だというのにマティスが『最強』と呼ばれていることは、少し考えればおかしく映る。
 けれどアリーは問題ないとばかりに言葉を続けた。

「まあ、これについては何とでも言えますわ。精神か環境かは分かりませんが、何かしらの原因があっただけです」

 単純に敵がたくさんいて、全て倒しただけのこと。
 しかも都合良く意味不明な代物がミラージュ聖国にはあることだし、優斗にとっては推測可能な範囲だろう。
 だから重要なのは彼女が天才であったことであり、他に類をみないほどの才能を持っていたこと。

「至上の天才であるが故に、マティスと同じ才能を持つ者はいなかった。そして同等を欲したからこそ、今の世に異世界人の召喚はある」

「それの何が問題になる?」

「“チート”があるのですわ、父様」

 異世界召喚に対して付随する能力の底上げ。
 そこをもっと注意して考えなければならなかった。

「本当に同等の存在であったのなら、チートなど必要無かったはずです」

 ただ単純に向こうの世界から喚ぶだけで済む話。
 けれど現実、異世界召喚にはチートがある。

「つまりあちらの世界ですら、マティスと同等の才能を持つ者はいなかった。いえ、もしかしたらいたのかもしれませんが、マティスに相応しくなかったのでしょう」

 必要としたのは才能だけに非ず。
 才能に加えて魂も重要だった。

「ですからわたくしが出した結論はこうです」

 もし本当に運命論によって考えるのであれば、だ。
 答えは同一のものとなる。


「千年前も、そして今も――至上の天才によって同等は創り出された」


 まるでご都合主義のように。
 欲したからこそ寄り添う相手が生まれた。

「かつては無敵と呼ばれた始まりの勇者が。そして今は最強と呼ばれる大魔法士が、天才によって同じ高さへ辿り着いた」

 運命論であっても、理路整然とした論理は存在しなければならない。
 好き勝手、思うような論調を創ってはいけない。

「なるほど。まだ全体は見通せないが、ユウトが矛盾を良しとすることだけは辻褄が合う」

 正しく理解していなければ正解に辿り着けないと考える優斗が、なぜそのようなことを許すのか。
 アリーも話しきったところでようやく気付く。

「例えユウトさんにとって救いだったとしても、修様にとっては違うかもしれないから……ですわね」

 正しくなかったとしても、正しい場合。
 正しいとしても、正しくなかった場合。
 優斗にとって、それが前者だった。
 だから語らないし、可能性すら無視をする。

「そういうことでしょう?」

 するとアリーは扉に顔を向け、声を掛けた。

「従兄様」

 そこにいることが分かっているからこそ、あらためて本人から話を聞かなければならない。
 ゲイル王国での一件が終わった優斗が、確実にそこにいると確信しているからこその呼び掛け。
 少し間があって、謁見の間の扉が開かれる。
 案の定、優斗はアリーの理解できないとばかりに首を振った。

「なんのこと? 僕は自分自身の境遇によって、修と同等になる結果を得たんだよ」

「けれどそれでは千年前と順序が逆転してしまいますわ」

 無視するほうがおかしいほどの破綻。

「貴方は運命論者でありながら、ご都合主義の在り方を知りながら、唯一認めていない事がある」

「僕と修が出会ったのは“全てが終わった”あと。あいつに出来ることはない」

「だから分かっているのでしょう? ミヤガワ・ユウト。出会う必要はありません。なぜなら……」

 マティスと始まりの勇者も同じだ。
 チートは召喚時に付随する。
 つまり正確な順序を考えれば、

「貴方達は出会う前に“始まっていた”」

 召喚陣によって無敵へ引き上げられてから、マティスと出会った始まりの勇者のように。
 宮川優斗と内田修だけは、出会う前に関係性が生まれる。
 出会う前に始まってしまっている。

「ちょっと待って。アリーの言い分だと――」

「――ユウト。我はまだ全容を掴んでいないのだから、まずはアリシアの話を聞かせろ。全てはそれからだ」

 王様が窘め、優斗は黙る。
 そして娘に合図を送り、会話の続きを促した。




 アリーは王様に促されると、一呼吸置いて自身の考えを検証した。
 そして、納得したようにゆっくりとした調子で声を発する。

「至上の天才が希い、望まれた相手は同等へと至り、そして出会う。これが千年前の流れです。では運命論を用いて語るのならば、内田修とミヤガワ・ユウトの流れはどうだったのか」

 運命論があるのならば、千年前と必ず近い結果が存在する。
 似たような道筋がある。

「始まりの勇者が得たチートという外因と同様、ミヤガワ・ユウトが得た外因とは何だったのか」

 チートが最初の異世界人を無敵へ引き上げたように。
 優斗にとってチートと相当する出来事は一体、何だったのか。
 その答えに導くであろう言葉を優斗は告げている。

「主人公のような者達は、真に望むことであれば大なり小なり望む方向へ物事が進む。現在から未来において、可能な範囲で沿っていく」

 まるで物語のように。
 上手い具合に進む。

「いわゆる“ご都合主義”。そのような人間がいる、と。ユウトさんは仰いました」

 確率を無視できる能力。
 望むことを望む方向に向かせることが出来る力。

「千年前の起点は“天才の孤独”。寂しさに耐えられず願ったことが、何もかもの始まり」

 お伽噺にすらなった女の子が願ったことがある。
 後に世界すら救って見せた主人公が望んでしまったことがある。

「それは今の世に存在している彼も同様です」

 本人が言っていた。
 一生、拭えないと思っていた孤独があった。
 自分の力がどれほどのものかを理解しているからこそ、無くならないと思っていたものがあった。

「だから十歳の頃、修様が自身の才能が如何なるものかに気付いた時――」

 そう、起点となったのはその時。
 マティスと同じ孤独を持っていた内田修が、自身の才能に気付いてしまった瞬間、


「――ユウトさんは産みの親が殺害された」


 宮川優斗が『同等』へ至る道は生まれた。
 何千、何万では足りない僅かな可能性が、必然の道筋として敷かれてしまった。

「一人は嫌だ、と。誰かにいてほしい、と。例え諦めに似た境地だったとしても、それでも希わずにはいられなかった」

 寂しかったから。
 周りには何もなかった。
 他に誰もいなくて、どこにもいないと……分かってしまったから。
 だから欲した。

「“天才の孤独”に寄り添う唯一の存在を」

 何人という贅沢は言わない。
 たった一人でよかった。
 それだけで、自分は一人ではないと安心できた。

「……ふむ。運命論といえど、随分と発想が突飛のように思えるが。シュウが願うことにより、どうしてユウトの産みの親が死ぬことに繋がる?」

 だが王様は首を捻る。
 修がご都合主義を持っていることは理解するとしても、なぜそうなってしまったのか。
 それが王様には分からない。

「あちらの世界に魔法があれば、修様とてマティスと同様に誰かを呼びチートを与えたことでしょう。ですが魔法がないのであれば、対象は同じ世界の人間へと向けられる」

 どの世界でもいい、と考えられなかった。
 そのために必要な術――魔法が存在しなかったから。

「内田修が自身の才能に気付いた時期。その時に『至上の天才』が立っている場所から、最も近かった人間は誰だと思いますか?」

 彼が己の才能に気付いた七年前、都合良く日本に住んでいて、都合良く高みを目指さざるを得なかった少年が一人いる。
 地獄すら生温いと感じる日々を以て、才能の限界を壊され神童と呼ばれた少年が存在した。

「そして最も効率よく至上の天才と相並ぶためには、同等にと選ばれた少年は“どうなること”が最適だと思いますか?」

 しかし少年の日々では、まったくもって足りなかった。
 唯一無二の才能には全く届いていなかった。

「だから彼に訪れたのは、さらなる抵抗を叫ぶ場。誰よりも強くなければ確実に死ぬ状況へと陥った」

 あり得ないとさえ思える可能性を纏め上げた、最悪中の最悪。
 何もかもをかなぐり捨てた状況を、優斗は駆け抜けた。

「まるで――同等へ至る道を突き進むかのように」

 全てが終わった瞬間、高みへと立っているために。
 いずれ出会う誰かを孤独から救い出すために。
 彼はそこに到達した。

「これこそわたくしの考える、ユウトさんが最強へと至った本当の外因ですわ」

 七年前から始まった、都合の良い展開。
 修が自身の才能に気付いた時に、なぜかタイミングよく両親が殺された優斗。
 前後してしまえば運命論から省けるというのに、絶妙に合致してしまったからこその論理。
 しかもその事実自体が、優斗に幸運をもたらしているからこそ拍車を掛ける。

 
 殺そうと思っていた産みの親が、自身の手を汚さずに死んだこと。


 純粋な魂を持つと評されている修が、あり得ない結果を導き出したことに対する答え。
 優斗にとって、最高の結末がそこにあったから。

「もちろん偶然と言えるのであれば、それに越したことはありません」

 そのようなこともあるのだろう、と。
 優斗が偶然を引っ張り出せる存在であれば、思えただろう。

「ですが彼の視点から考えれば、あまりにも異常な事実がある」

 そもそも優斗は物事を緻密に組み立てる。
 偶然だの何だのが入る余地を許さないほどに、思考を積み重ねていく。

「ミヤガワ・ユウトほどの狂った人物が、産みの両親が殺されるように仕組めなかったから自身の手で殺すことを選んだ」

 狂っているからこそ、他人を吐き捨てるように使える優斗。
 リスクを犯さず他人に殺されるよう仕組めるのであれば、、絶対に彼はやったはずだ。

「だというのに不意に、全く想定外の人物によって殺された。そのような偶然がミヤガワ・ユウトに起こると思いますか?」

 奇跡も偶然も望めない者。
 けれどその時、彼に奇跡と偶然が起こった。
 想定外にして最高の結果が舞い降りた。

「修様と同じようにご都合主義があるのであれば、そもそも彼の両親は『もっと早い段階で死んでいる』。そして絶望すら生温い状況に陥ることは決してない」

 つまるところ、優斗の人生における一番異常な部分がそこだ。
 なぜか産みの両親が死んだ時だけ、奇跡のような偶然が働いている。

「加えて、もう一つ」

 と、そこでアリーは言葉を加えた。
 さらなる論理の補強が、まだ存在する。
 しかも前の世界ではなく、この世界で。

「実のところユウトさんは召喚された時、修様に対して同等と呼ぶには一つ欠けたのです」

「……欠けていた、とはどういうことだ?」

「父様。お二人は前の世界でも最強と無敵であり、どちらも神童や天才と呼ばれていました」

 今の現状と規模は違えど、人間としてはあまりに外れすぎていた。
 それは身体能力からして分かることだろう。

「ですがユウトさんはこの世界だと最強であっても、最強と呼ばれる条件を満たしていなかったのですわ」

 誰より強かったとしても。
 どうしても最強と呼ばれない理由がこの世界にはある。

「ゆえにマリカちゃんのことが、わたくしの根拠を揺るがないものにします」

 龍神の赤子。
 それが偶然を必然と呼ぶに値する補強となる。

「ミヤガワ・ユウトが最強と呼ばれる所以であり、大魔法士となるに必須な条件としてあるのが独自詠唱と精霊王との契約」

 セリアールは千年前、そのように定まった。
 最強と呼ぶには、最強と呼ぶに相応しい条件があると。

「ですが彼は最初、精霊術を使えませんでした」

 召喚された時、魔法の才能しか持っていなかった。
 精霊を使役できるようにする召喚陣ではないからこその必然的な結果。
 だが、

「龍神の親になり、精霊を使役できるようになったことで契約へと至った」

 龍神の指輪を得て、優斗は後発的に精霊術を使えるようになった。
 ではそこで生じる疑問が一つ。
 一連の流れにおいて、発端となった人物は誰だったのか。
 誰が始まりを作ったのか、優斗も分かっているはずだ。


「そして――龍神の卵を見つけたのは修様です」


 森へ行くと決め、卵を見つけ、やってきた三体の魔物を振り分け、優斗とフィオナが卵の近くへ残るようにしたのは修。
 もちろん全ては分かってやったことではない。
 狙ったわけでもなく、知っていたわけでもない。
 だとしても、

「偶然、修様が龍神の卵を見つけた。偶然、ユウトさんとフィオナさんが親となった。偶然、ユウトさんは精霊術を使えるようになった」

 たくさんの偶然がある中で、この状況が整った。
 ほんの少しズレただけで、今の状況に至らなかったというのに。
 狙ったかのように欠けた一つが揃った。

「そして無敵に相並ぶ最強は、『最強』と呼ばれる条件を正しく満たした」

 実力はセリアールに来た時だろうと、変わらず相並んでいる。
 だがこの世界では二つ名があった。
 無敵と相並ぶに必要なものが存在していた。
 修は最初から条件を満たしていて、あとは幻となった二つ名を見つけ出すだけ。
 けれど優斗は満たしていなかった。
 最強であっても、最強と呼ばれることは決してなかったはずだった。
 修が龍神の卵を見つけるまでは。

「ミヤガワ・ユウト。この全てを“偶然”という言葉だけで片付けるつもりですか?」

 あまりにも修にとって都合が良すぎる。
 才能に気付いた時には、最強に至るはずのない狂った少年がいただけだった。
 この世界に来た時には、最強の二つ名を得るはずのない異世界の少年がいただけだった。

 なのに彼が希った唯一は最強となり、最強と呼ばれ、変わらず彼と相並んでいる。

 至上の天才は千年前も今も、同じように救われている。
 本来は“どこにもいなかった”はずの同等に。

「偶然という言葉だけで片付けるつもり、か」

 優斗はそう呟くと、少しだけ天を仰いだ。
 そして真っ正面からアリーを視線を受け止めると、


「ああ、そうだ。僕は偶然以外の言葉を認めない」


 さも当たり前だと言わんばかりに否定を口にした。
 何であろうと、そのことを肯定するわけがない。
 運命論を用いた説明をどれだけしようと、そんなものは誤差だと笑い飛ばそう。
 ありえないと断言すべき事象でしかない。

「僕達の始まりは和泉が作った。その一点だけは誰であれ否定することを許さない」

 そこがスタートなのだから、アリーが語ったことは意味を成さない。
 出会う以前の事柄など、何の繋がりも持たない。

「つまり可能性すら論ずるに値しないと唾棄すべきものだ、それは」

「……ええ、そうでしょうね。貴方はそのように仰るでしょう」

 アリーは笑みを零した。
 優斗だったら、絶対にそう言うだろうと知っている。

「ユウトさんも修様のこと、大好きですから」

 望んだから、希ったから誰かが死んだなど認めるわけがない。

「けれどわたくしは……」

 優斗が振り向かなかったことすら、見ておきたかった。
 自分の大好きな人が、どのような人間であるのかを理解しておきたかった。
 なぜなら、


「わたくしが知らなければ修様を守れない」


 いつか、何かが起こった場合。
 どんなことになろうとも守ってあげたいから。

「所詮は運命論を使った戯れ言。空想だと言えばそうでしょう」

 言葉遊びだと言ってもいい。

「ですが貴方が潰した僅かな可能性も、わたくしは必要とあらば見据えますわ」

 繋がりが見えてしまった。
 優斗は捨てたとしても、自分には必要なものだと思うから。

「貴方は妹と弟に……いえ、家族に少々甘すぎますわ」

 僅かな不利すら許さない。
 場合によれば持論すら簡単に捨て去る。
 それぐらい、優斗は家族を大切にしている。
 しかも彼がアリーの言ったことを否定する理由の一つに、彼女自身に余計な負担が掛からないよう慮っていることが分かるから。
 だからアリーは表情を崩すしかない。

「わたくしも貴方の親族であり家族。仲間内では年長者組なのですから、少しぐらい背負わせて下さいな」

 血が繋がっていないとしても、それでも従妹であると断言できる。
 家族だと言われてしまうと、一瞬で頷いてしまう。
 唯一、似通っていると言われるほどの性格と、それが嬉しいと思える間柄。
 それだけの親愛があるからこそアリーは伝えられる。
 優斗が負担していることに、自分も加わることが出来るのだ、と。

「……そうか」

 そして優斗も同じように表情を崩した。
 彼女の想いを聞いて、知って、理解したから。
 例え“間違った考え方”をしているとしても、この世界で出来た従妹に少しだけ預けることを決めた。

「だとしたら、だ。泡沫すら考えるのであれば、勘違いを訂正しておく。君はまだ踏み込みが浅い」

 アリーが優斗に告げたことは、修を主軸に全てを考えた運命論。
 けれど考え足りていないことがある。

「今のところ、あの時だけが例外だ。今であれば違う経緯になることから、妙な不安を覚える必要はない」

「……なぜ、ですか?」

「正しく至る方法をそいつ自身が潰していたからだ」

 順序よく、論理的に理路整然としている。
 思わず聞いた方が納得してしまうほどに。
 けれど一つの単語に対して理解が足りていないと言わざるを得ない。

「君が言ったことだ。当時、内田修と相並ぶ可能性を持った唯一の人間は――狂っていた。正負を言えば、正を持っていなかった」

 そう、正しさがなかった。
 プラスとマイナスでは、マイナスしか存在していなかった。

「至上の天才が不可能を可能に変えることすら出来ない。それぐらいに歪んでいたんだ」

 それしか道がなかったわけじゃない。
 他にも道はあったはずだ。
 例え億分の一だろうと内田修のご都合主義ならば、その可能性を容易に引きずり込んでくる。
 だが、

「ご都合主義は、ねじ曲げられた。誰も傷つけずに同等へと至る道は存在せず、誰をも傷つける道だけが残った」

 正しい過程が潰されれば、残るは間違った過程。

「それしか現実が沿うことは出来なかった」

 宮川優斗の圧倒的と呼べる異常。
 至上の天才が唯一無二と願った相手の最悪な内面は、アリーほどの頭脳を持った人間の考えすら越える。

「つまり覚えるべき不安は内田修のご都合主義ではなく、それをねじ伏せる人間」

 だから修ではなく、相並ぶ存在こそをしっかりと見ないといけない。
 なぜなら彼女はしっかりと、修を理解しているのだから。

「アリー。君が考える僅かな可能性は、そういうことなんだよ」

 そこで優斗はふっ、と笑った。

「ついでに言うと、ご都合主義の権化は他にもいるんだ」

「他にも……?」

「一人あげるとすれば、うちの娘ちゃんだよ。神様なのに、人間に負けると思う?」

 要するに複合的に考えなければいけなかった。
 修のご都合主義を用いるのであれば、神様が持つご都合主義も用いなければいけない。
 単純明快ではなく、複雑難解なのが運命論というものだ。

「だけど、まあ、アリーが見据える場所も一応だけど間違ってない」

 彼女に近付いて肩をポンポンと叩く。
 そして肩の荷を降ろすように、感謝の気持ちを込めて言葉を紡いだ。

「弟をよろしく頼むよ」

「……頼まれるのは嬉しいのですが、一応というのは何ですか」

 けれどアリーは優斗の言い方が気に食わなかったのか、頬を膨らませブスっとした表情になる。

「わたくし、自分の考えの方向性が間違っているとは思えませんわ」

 確かに彼女としても、彼らに対する捉え方や複合的に考えていなかったことは認めよう。
 だけど守るために認識すべき危険については、間違っていないはずだ。
 すると優斗はもう一人、この場にいる人物を指し示して軽やかに頭を下げる。

「それでは王様。よろしくお願いします」

 この人ならば何を問題としているのか、平然と理解しているだろう。
 王様は優斗へ頷きを返すと、レクチャーするかのように娘へ語り掛けた。

「運命論とご都合主義。そこに起こる危険性。なるほど、聞くには随分と面白い話だった」

 アリーも筋は通っている。
 優斗の反論も間違ってはいない。
 どちらが正しいかは判断すべきことではないのだから、どちらの運命論も採用に値する。

「とはいえ、そこまで気にすることでもないな」

 大層、重く捉える必要は全くない。

「アリシアよ。お前の考えは後手に回った場合の考えだ」

「それは分かっていますが……。修様の才能を考えれば、そうなってしまったことも考えるべきかと」

「違う。運命論という戯れ言の僅かな可能性を見据えるのであれば、見据える先が間違っている」

 知っている分には損がない。
 理解しているのならば問題ない。
 けれど、

「危険に至らんとする分岐点。そこを見据え、正すことがアリシアのやるべきことだ」

 常に先手を取ることこそ重要だと考えているのに、修の時だけ後手を考えるのは駄目だ。
 大切だからといって、彼の才能の異常さを知っているからといって、退いた考えを持つ必要はない。

「そして――」

 王様はくつくつと笑いながら、からかうように自分の娘へ堂々と言い放った。

「――その程度も出来ない王女に、我が国の勇者は渡せんぞ?」

 大国の王女であり、自分の娘に対して今の考えでは駄目だ、と。
 挑発的でからかっているが、まさしく駄目出しに他ならないことを告げる。
 だからアリーは父親の言い分を聞くとさらに頬を膨らませ、

「いいですわ! いいでしょうとも! 那由多の可能性であろうとも、絶対の可能性であろうとも、至らせずにわたくしが潰してみせます!」

 優斗に続いて父親にも反論されたのは構わないが、修を渡せないと言われたことだけは絶対に許せない。
 だから大見得を切って大仰に宣言し、

「ユウトさん! ユウトさんが父様と話し終わったら、わたくしの反省会に参加してもらいますからね!」

 彼女にしては珍しく大きな足取りで公務室を出て行く。
 部屋に残っている二人は同時に肩を竦めたが、王様がくつくつと笑い声を再び響かせた。

「運命論によって考える至上の天才と、その同等か」

 論調としては面白いし、王様としても好きな類いの話だ。

「だがユウトだけでは、ある意味で“足りていない”。そうだな?」

 なので、運命論に乗っかって話し掛けた。
 王様の的を射た発言に優斗は素直に肯定を示す。
 以前、彼女にも伝えたことだ。
 全ての意味で同等とするのであれば、優斗では駄目な部分がある。

「ええ。さすがに僕だとフォロー範囲外です。というか同姓なので絶対に嫌です」

 人生の伴侶という部分が、優斗には担えない。
 加えて厄介なのは、可愛いだけや美しいだけでは内田修の相手として足りない、ということ。
 要するに、

「……まったく、アリシアめ。自分のことを分かっていないというか、何と言えばいいのか……」

「そもそも大国の王女で、召喚した勇者と同い歳ってだけで、勘違いしそうなものですけどね」

 生まれた時から特別である世界の主人公には、同じく生まれた時から特別だと断言できるヒロインでなければいけない。
 そして修達が召喚された国には、“特別”が服を着て歩いているかのような少女がいた。

「生まれ持った圧倒的なカリスマ。あやふやなものすら論理展開できる明晰な頭脳に、驚くほど優れた容姿。あれはまさしく世界のヒロインに足る……というか状況によっては世界を統べる覇王とすら呼べる資質です」

 どこを間違っているかと問われると、何もかも間違っているかのような王女。
 王としての教育を受けながら、教育を越えた先にいる少女。

「けれど、あれほどの存在だからこそ至上の天才と“相並ぶ”ことが出来る」

 隣に立ったところで劣らない。
 あれほどの輝きを放つ主人公と同じくらい、輝きを放つことができるから。

「そして複合的な運命論を考えてしまえば、リライトの異世界人召喚は――お互いに引き寄せ合った結果なのかもしれません」

 一因になっている可能性はある。
 なぜなら当時のアリシア=フォン=リライトも“孤独”だったのだから。

「とはいっても、これ以上は考えてもややこしくなるだけですね。所詮は戯れ言ですし」

 優斗はアリーが出て行った時と同じように肩を竦める。
 様々なことを言ったところで、結論は出るわけがない。
 それに、今はしょうもない話を今は延々とするわけもいかなかった。
 なので仕方なさそうに笑って、

「さて。さっさと従妹様の反省会に付き合わないと怒られそうですし、本題に移ってもよろしいですか?」

「そうだな。ユウトの平穏のためにも、本来の話をするとしよう」

 きっとアリーは出て行ったばかりなのに、今か今かと優斗がやってくるのを待ち望んでいるだろう。
 だから王様も同じように笑って、二人はゲイル王国の件について話し始めた。






[41560] 話袋:二人の家政婦長
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:962875ea
Date: 2018/03/09 19:12

※二人の家政婦長――リステル邸編――






 リライト城の近くにある、数々の大きな邸宅が並ぶ住宅街の一つ。

 そこにはある特色があった。

 他国の要人が多く住まう、といった特色が。

 その中でもとりわけ有名な人物が住んでいる邸宅がある。

 当然、その近くを年若い少女が不審に彷徨けば即座に守衛に捕まるわけで、



「…………」



 夕日が差し掛かった頃

 一人の少女がとある邸宅の守衛に捕まっていた。

 まだ犯罪ではないが、それでも彼らの主人はずば抜けた知名度を誇っている。

 年若い少女といえど油断するわけがなかった。

 捕まった少女は、守衛の質問に対して緊張しながら答えていく。

 と、その時だった。

 この邸宅の主人が婚約者と一緒に帰ってきた。

 

「何か問題でもあったの?」



 緊張状態の守衛に声を掛けた主人に対して、守衛の一人が素直に答える。

 どうやら周囲にあれこれと質問し、この邸宅の場所を突き止めた……とのこと。

 そして周囲をあれこれと見回しているところを巡回中の守衛が発見。

 捕まえて、そのまま理由を問い質している。



「時々、こういうのがあるから大変よね」



 似たようなことが全くない、とは言えない。

 有名である以上、仕方がないことではある。

 だが彼女に被害が一切ないのは、守衛の彼らが頑張っているからだ。

 主人が安心した様子で守衛を労うと、守衛所の中から大きな声が聞こえた。



「わ、私をこの家の家政婦として雇っていただきたくて来たんです!!」



 主人の耳に届いたのは捕らえられた人間のお願い事。

 それ自体は時々、あることだ。

 全くないとは言えない嘆願でもある。

 しかし主人の婚約者が首を捻った。

 何事かと守衛が声を掛けると、



「いや、聞き覚えがある声だったんだよ。ちょっと覗いてもいいか?」



 守衛に断りを入れてから、主人と婚約者は守衛所の中を覗く。

 その姿が視界の端に映ったのか、少女は大きな声で二人の名を叫ぶ。



「リ、リル様にタクヤ様!?」 



 そのように叫んだ少女の姿を見た主人であるリルと婚約者の卓也は、見覚えのある顔に守衛所の中に入っていく。



「あんた、確かレキータの王城にいた女官のウェンディ……だったわね?」



「は、はい! 覚えていただいてるなんて光栄です!」



 少女――ウェンディは嬉しそうに頷きを返す。

 先日、刹那達と一緒に行ったレキータ王国にいた少女。

 面倒なレキータの異世界人である池野大志の登場時、二人のために勇気を振り絞って出てきた子だった。



「さっき家政婦になりたいとか言ってたけど、どういうことなの?」



「言葉のままです。私、リル様達の家政婦になりたくて、ここまで伺いました」



 そう答えるウェンディだが、正直なところ事態が飲み込めない。

 ただ、彼女の言葉には夢と希望と楽観……だけがあるわけではなさそうだ。

 単純に憧れの二人の家政婦になりたいから来た、ではないはず。

 本来であれば理由を問わずに帰すところだが、助けられた恩もある。

 リルは少し息を吐いて、



「まあ、話ぐらいは聞いてあげるわ。何があったのか事情を話しなさい」






       ◇      ◇






 ウェンディを家の中に通して話を聞く。

 家政婦長のシノが紅茶を準備し終わったところで、ウェンディはリル達に頭を下げる。



「あ、あらためまして。ウェンディ=ヴァリエ=リーンと申します。年齢は十三歳です」



 緊張しながら自己紹介をしたウェンディ……に対してリルは少し眉をしかめた。



「あの、リル様……?」



「……あー、うん。まあ、いいわ。続けなさい」



 リルの反応を不思議そうにしながらも、ウェンディは促されて続きを話していく。



「先日、皆様が帰られた後にフィンドの勇者様がレキータに来られたのですが……」



 彼女の発言に卓也はやっぱり、と思った。

 帰り際にミルが正樹っぽい人を見たと言っていたが、まさしく正樹だった。

 完全にご愁傷様だと卓也は思ったのだが、ウェンディの発言は少しばかり違っていた。



「タイシ様はフィンドの勇者様と会った後、少しばかり塞ぎ込んでいたのです。ですが先日から何故かタイシ様が私に対し妙に構ってきまして…………」



 どんな考えに至って、そうなったのかは分からない。

 単純に予想するのなら落ち込んだ気分を変えてくれる女性を探していて、卓也達がレキータへ行った時に出会ったウェンディに目を付けた……といったところだろう。

 要するに幸か不幸か関わったことが、レキータの異世界人にとってのイベントだと勘違いされた。

 しかし、だ。九歳差はどうなのだろうか。

 それに十三歳に狙いを定めたのは、同じ日本人として卓也はちょっと信じられない。



「わ、私はリーン男爵家の四女でして、お父様も良縁がないかと少し探していたところなんです。それで、その、お父様も乗り気になってしまって……」



 とりあえず聞いているだけで憐れに思えてきた。

 頭が痛くなりそうだったが、とりあえずリルは尋ねる。



「母親はどう考えてるの?」



「お母様は相手がタイシ様は駄目だと断固拒否してくれています」



 まともな人が母親で良かったと思うべきか。

 とはいえ父親の考えも貴族としては間違っていない。

 なので相手をよく知らないだけだと願いたい。



「それで私、女官を辞めて国外に身を隠せとお母様に言われたんです。お父様の頭が冷えるまでは国外に……といった感じではあるのですが、伝手があるわけではありません」



 まあ、男爵で他国にすぐさま娘を送り出す伝手がある家は少ないだろう。

 ウェンディのところもそうだった、というだけだ。



「なのでリル様達に一目でも会いたいと思い、リライトに来たのですが……。その、えっと、道中でリル様の家で家政婦として働けたらと思ってしまいまして」



 その考えが思い浮かんだらもう、一直線だった。



「観光も何もせず、ここに来てしまいました」



 リルと卓也の二人に仕えることが出来たのならどれだけ幸せだろうか、と。

 そう思っただけで一目散にここへ来ていた。

 リルはウェンディの話を聞いて、大きな息を一つ吐く。



「まず訊きたいんだけど、リライトの就業は十五歳からよ。それを分かってここに来たの?」



「……い、いえ。レキータは十歳を超えると私のような者は女官になれますから……」



 国によって就業出来る年齢が違う。

 それがリライトは十五歳ということ。

 レキータがそうであったのなら、他の国も同じだと考えてしまうことは仕方がない。

 しかし、だ。



「あたしの家も当然、それに則ってる」



 リステル王国の王女だとしても、家はリライトにある。

 今後はリライトの人間になるとも公言している。

 つまりウェンディを雇う、というのはリライトにいる以上は不可能。



「それにあたしが雇っているのは全部、家政婦長の伝手で来てくれた人達よ。それで十分なのに、国外の男爵令嬢を雇うってなったら面倒の火種になると思わない?」



「……は、はい」



 リルの言っていることは分かる。

 もしウェンディを雇ってしまえば、現状の例外となる。

 そして例外がある以上、他の国からも続々と押し寄せてくるかもしれない。

 それが彼女の立場と状況は起こりうる。

 と、ここでリルはもう一度息を吐いた。



「だけどね。今、言ったことは結局のところあたしの考えなのよ」



 普通の王女の普通である考え方だ。

 言い換えれば独りよがりな考えでしかない。

 それが当然だと考えても、それが普通だと考えても、他の人はどうなのか。

 もしかしたらやりようによっては問題ないのかもしれない。

 それをリルは知っているからこそ訊いた。



「卓也とシノはどう思うかしら?」



 今言った二人はこの家に大きく関わっている婚約者と家政婦長。

 意見を聞くのは当然だ。

 卓也は問われたことに対し、率直に答える。



「家政婦にするには理由が弱いとは思う。というか難しいだろ、オレ達の状況を考えたらさ」



 世界一有名なカップル。

 それが誇張も謙遜もない正しい評価だ。

 世界中に二人のことを憧れている人達がいる。

 だから他国の令嬢を家政婦にする……ということを迂闊にやりたくはない。



「だけどこの子のことをオレ達は全く知らないってわけでもない」



 全くの見ず知らずではなく、少なからず縁がある。



「他の人達は出来なかった、だけどウェンディだけがやったことによる繋がりがある」



 卓也とリルのために唯一動いた少女。

 自身の立場が悪くなる可能性など考えるまでもなくあったのに、それでも動いたのがウェンディだ。



「そして今、ここにいる。たとえ甘い考えで、甘い夢を見てるとしてもオレは評価出来ることだと思うよ」



 子供ながらの夢見がちな行動だということを否定はしない。

 しかし彼女は動いた。以前は自分達を助けるために。

 そして今回は以前よりも近付くために。



「だから覚悟がはっきりと示せるならいいんじゃないか?」



「覚悟って、どんな感じのやつ?」



「そりゃ自分が特別だって言い切れる覚悟だよ。この家の家臣はシノさんから始まって、シノさんの繋がりで来て貰っただろ? 募集をしたことがないのも、変な人達に集まられたら困るからとシノさんを信頼してるからだ」



 というよりはある意味で変な人しか集まってないんじゃないかとも思うが、それはリステル邸の特殊性ゆえ。

 この家にとってはまさしくライトスタッフだと言っていい。



「つまりオレ達のシノさんに対する信頼を越えるほどの覚悟と、自分が特別だって断言出来る自信があるのなら落としどころはあると思ってる」



「なるほどね。シノはどう?」



 リルは続いて家政婦長にも同じことを問う。

 シノは考えるまでもなくはっきりと言い切った。



「ミーハーな気分で来られている場合、話になりません。そもそもこの家は憧れでやっていける家ではありません」



 憧れでは耐えられない。

 どうしたって家臣として適正じゃないと断言出来てしまう。



「家臣として敬う気持ちなら、私はしっかりと持ってやれます!」



「いえ、敬う気持ちを持っているとしても無理でしょう」



 正直なところ、シノだってとんでもない主人だと思ったものだ。

 しかも主人だけではなく、婚約者も同じなのだから苦笑する他なかった。



「何故なら、この二人はリル=アイル=リステル様とササキ・タクヤ様ですから」



 そう言ったシノの言葉の意味に、リルと卓也も同じように苦笑いを浮かべるしかない。

 ウェンディだけが意味を理解出来ず首を捻ると、シノは補足するように伝える。



「敬って仕えたいと思うのは素晴らしいことです。それを否定するわけではありません。しかし我が主人が求めているのは、そういうことではないのですよ」



 そう言ったシノにリルは満面の笑みを浮かべる。

 そして改めて紹介するかのように手で指し示した。



「ここにいるのは家政婦長のシノ。そして、あたしの大事な家族よ」



 堂々と。まるで自慢するかのような声にウェンディは驚いてしまう。

 だって仕方ないだろう。

 王女が家政婦長を堂々と家族だなんて言うと思っていなかったのだから。



「あたしはね、基本的に一緒の家で過ごすからには主人ってだけじゃ嫌。あたしが喜ぶことを一緒にシノ達も喜んでくれて、シノ達が嬉しいことはあたしも一緒に嬉しくなりたい。そういう家がいいのよ」



 リルの家臣というのは、それが出来なければならない。

 家臣なのは当然だとしても、家臣だけで終わってはいけない。



「憧れを持ってくれるのは嬉しい。敬ってくれるのも嬉しい。だけど憧れ敬うだけなら、あたしはあんたを家政婦として雇えない」



 臣として線引きは必要だ。

 主人と家臣という関係が消えることはない。

 けれど、



「仕事だけじゃなくて、仕事以上のものがあたしは欲しいの」



 一緒に喜んで、一緒に楽しむ。

 ただの家臣だけでは無理だからこそ、家臣以上の関係をリルは望んだ。

 それを何と呼ぶのかと問われてしまえば、結局のところ言い方次第。

 仲間だろうと友達だろうと出来ないことはないけれど、彼女自身がそう呼ぶことにしっくりこない。

 だからこそ――家臣のことを家族だと思った。



「本当に無茶苦茶な言い分だけどな。まあ、元凶はトラスティ家だし仕方ないか」



「そうね。シノはトラスティ家からの紹介だし、他の面々はシノが集めたからそういう人が揃ったってだけだし」



 リライトきっての変人が集まっているトラスティ家からの紹介だ。

 変人さがあっても仕方ないし、リルがそのように考えてしまったのもシノの影響が少なからずある。



「あたしの考えはどうしたって普通じゃない。そしてあたしは普通じゃないことを家臣にも望んで欲しいのよ」



 人によっては無理難題。

 絶対に嫌だと答える人だっているだろう。

 けれどシノが選んだ家臣は違う。

 リルが望むことを、リルが本当に望んでいるからこそ叶えた。



「ウェンディ、しっかりと考えて答えなさい」



 だから問い掛ける。

 この家の家臣になる人間にとって、最も重要なことを。



「あんたはあたし達と家族になる覚悟はある?」



 相手はリステル王家の第四王女にして『瑠璃色の君』と呼ばれる美姫であり、世界一の純愛と呼ばれる二人の片割れ。

 大半の人間は見ているだけで十分。

 近付くことなど恐れ多いと思う人だっているはずだ。

 ウェンディとて、その大勢の中の一人。



「……その、考えてもいないことで。リル様と家族になるなんて、さっきまでの私なら無理だって言います」



 仕えるだけで幸福だと思う。

 家臣になれたのなら、それだけで嬉しくなってしまう。

 まだ十三年の人生しか歩んでいないが、それでもリルこそウェンディが最も憧れた王女なのだから。



「……だけど…………」



 憧れているからこそ、心からリルのことを敬愛しているからこそ言えることがある。



「だけど変わります! 今すぐにでも変わってみせます!」



 何故なら自分は知っている。

 変わりたいと強く願うのなら、今すぐにでも変われることを。



「家政婦だけじゃなくて、家族だって思ってもらえるように! 王族であるリル様のことだって、家族なんだって思えるように!」



 何故なら自分は理解している。

 今すぐに変わった人こそが、最も憧れた人物であることを。

 だからこそ宣言してみせる。



「それぐらい、私はリル様とタクヤ様のことが大好きです!」



 リルが望む家臣になろう。

 今すぐにでも変わってみせよう。

 憧れを憧れで終わらせてしまえば近付けない。

 だからこそ真っ直ぐに見据えてウェンディは答えた。

 この状況をチャンスだとは思えないが、それでも偶然巡ってきた機会。

 夢見がちな自分が得た貴重な時間だと思えば、全部を伝えなければもったいない。

 リルは十三歳の少女の言葉をしっかり聞いた後、肩を竦めた。



「ここまで言うなら、あたしとしては合格。シノはどう?」



「リル様と同じ言葉を使ったのですから、覚悟はしっかり示したと思いますよ」



 〝激烈王女〟と呼ばれていた頃から、彼女の性格が一気に変わった瞬間。

 そのための覚悟を言い放った言葉がある。



「……私がリル様の言葉で一番、好きな言葉なんです」



 普通は無理だ。

 大多数の人間はやろうと思ったって叶わない。

 けれどリルはやってのけた。



「大好きな人のために、今すぐにでも『変わってみせる』。単純だけど簡単じゃなくて……、だからこそ響いてきたんです。その想いの強さがどれほどのものかを」



 何度も何度も読み返したから余計に思ってしまう。

 出会ったばかりの二人が、特別だと示すエピソードだから。



「卓也はどう? 来年から主人になるあんたも合格だと思った?」



 リルは最後に卓也へ確認する。

 今のところ、リルもシノも合格を出したが彼はどうだろうか。



「いいんじゃないか? 憧れてるお前に言われても、それでも家族になるって言い切れる子はそうそういないだろ」



 その点に関して感心する。

 加えて、もう一つのふてぶてしさも卓也にとっては評価が高い。



「それにさ。オレ達にも家族だって思ってもらえる自信があるってことだ」



 ウェンディが示した自信と特別。

 十分、卓也も合格と言っていい結果だ。



「じゃ、じゃあ、家政婦にしてもらえるんですか!?」



 三人から合格と言われて嬉しそうな表情を浮かべるウェンディだが、リルは急くなと言わんばかりに苦笑した。



「正確に言うなら、仕えるのは十五歳になってからよ。言ったでしょ? あたしはちゃんとリライトに則ってるって。だからこれは内定であって、ウェンディは十五歳になったら家政婦として雇うわ」



「で、でも、それだと家に戻らないといけないですよね?」



 あのレキータの異世界人がフラグだと勘違いしている状況で、戻りたくはない。

 当然、リルもそれは分かっている。



「あんたには今日から家臣用の家に住んで貰うわ。レキータの異世界人が厄介なのは間違いないんでしょ?」



 素直に、そして大きく頷いたウェンディ。

 リルはさらに追加条件を口にする。



「それとリライトの中等学校に入りなさい。このタイミングだったら二学期には間に合うわよね?」



 質問に対してシノが頷きを返すと、未だ話を飲み込めていない少女にリルは告げた。



「この国で繋がりを持つのが大切ってことよ。母国があるとしても、あんたがこれから暮らす国はリライトなんだから」



 そのために必要なことはやって欲しい。

 勉強は大変だろうが、そこは気にしなくていいだろう。



「覚悟は当然あるわよね?」



 出来ないのなら、そもそも雇うつもりもない。

 それが分かっているからこその問い掛けに、ウェンディも元気よく答える。



「はいっ、リル様!」



 爽快感さえ感じる返答に頷くリル。

 一方で卓也は今後の行動指針について考えていた。



「一応、どこかのタイミングでレキータに行ってウェンディのご両親に挨拶しておいたほうがいいのか? とりあえず分からないからフィグナ家に優斗、アリーとクリスも今日中に呼び出せる奴は呼んでおこう」



 意外と周囲が面倒になる可能性はある。

 前もって不安の種は潰しておいたほうがいいだろう。



「それもそうね。シノ、呼び出せるだけ呼び出してちょうだい」



「かしこまりました」



 自分達だけで納得したから問題ない、というわけではない。

 卓也とリルが動いた、という部分が厄介になる可能性がある。



「ウェンディのことや家のことを色々調べたりはするけど、問題はあるかしら?」



「私は何もありません!」



「よし、良い返事ね。あとリライトで極めて上位の人間と面接みたいなことをするけど、気負わず素直に答えればいいから」



 心配性の魔王と魔女のどちらかが話すだけなのだが、立場は上位層の中でも最高の近い。

 緊張するなとは言えない。



「とはいえ、うちに貴族のお嬢様が家政婦で来るなんてね」



 今までリステル邸にいたのは全員が平民だったので正直、想定はしていなかった。

 逆にウェンディは驚きを表し、



「えっと、どうしてなんですか? さすがに王女であられるリル様であれば、最低でも二人は女官を付ける必要があると思っていたのですが……」



 と問われたところで、リルは答えられない。

 シノが選んだ人選に文句を言ったことがないし、それで上手くいっている。

 というより、



「神経図太くないとやっていけないからじゃないの?」



「その通りではありますが、そもそも貴族の令嬢がリル様の現状を目の前で見れば卒倒します」



 知ってはいるだろう。

 本にも書かれてあるのだから。

 しかし、



「趣味が料理だからといって、家臣に料理を振る舞おうとする主人は普通にいません。止めるのが当たり前です」



「だけどトラスティ家はそうじゃない? ロスカなんてフィオナに料理を教えてたりしてるんだから。あたしも卓也も教えて貰ってるけどね」



「あのような例外の巣窟である家を出されても困ります」



 一つの例として挙げられたところで、トラスティ家だけは何の参考にもならない。

 というか仕えてもいない他国の王女に料理を教える強靱なメンタルが、どこから来るのかシノも教えて欲しいぐらいだ。

 リルは自分の家が変だと言うけれど、シノとしてはトラスティ家と比較されたくない。



「よし。じゃあ、今日はオレとリルで料理作るか」



「……タクヤさん? 今、私の話を聞いていましたか?」



「聞いてた。だからやってみようかなと思って」



 百聞は一見にしかずと言うし、実際に見せたほうが早い。

 そう言って早速準備に取り掛かる卓也を、どう対応すればいいのか分からずウェンディはシノを見た。



「基本的に干渉する必要はありません。というより、この家の常識は王城や他の貴族にとっての非常識なので、あらためて学ぶ必要がありますよ」



「は、はい! 頑張ります、家政婦長!」



 すでに気分は家政婦なのだろうか。

 元気よく返事をしたウェンディに、シノは苦笑いを浮かべる。



「気を張る必要もありません。自然体こそリル様の望む家臣だと心得なさい」



 ポンポン、とシノはウェンディの肩を叩いてから二人は一緒に厨房を覗きに行く。

 リルもすでに厨房へ移動しており、エプロンを着けたところでウェンディの姿に気付いた。



「そういえば言ってなかったわね」



 王女だというのに様になったエプロン姿のまま、リルは新しくやって来た少女に手を広げる。



「歓迎するわ。ウェンディ=ヴァリエ=リーン」



 この家にとって最も大切なことを。

 一番大切な言葉を、新たな家族になろうとしている少女に贈る。




「ようこそ、我が家へ」











※二人の家政婦長――トラスティ邸編――






 今日、トラスティ家ではラナによる講義が行われていた。

 内容は貴族における礼儀作法のこと。

 教える順序としては、こうだ。

 言葉遣いを教え、立ち振る舞いを教え、マナーを教える。

 これは貴族として最重要で、一番最初に教えるべきだとラナと話した。

 講義を受けているトラスティ家の家臣達はなるほど、と頷きを返す中で一人の若い家政婦が疑問を抱く。

 ラナの話が終わり、集まっていた家臣が解散し仕事に戻っていったが若い家政婦――レイはラナのところへ駆け寄った。



「あの、ラナさん。質問があるのですが……」



「今日の講義で気になったことでもありましたか?」



「はい。ラナさんは貴族として一番最初に覚えるべきは礼儀作法と仰っていますが、アイナお嬢様は違いますよね?」



「ええ、その通りですよ」



 否定することなく頷きを返すラナ。

 だからこそレイは余計に不思議がる。



「だとしたらアイナお嬢様は大丈夫なのでしょうか?」



 貴族として最重要だと言っていたのは、他でもない家政婦長なのにどうしてだろう、と。

 ラナは彼女の疑問に気付くと、一つの言葉を告げた。



「レイ。おかしいと思うのであれば調べなさい。調べたところで変わらずに同じ考えならば、あらためて話を聞きましょう」






       ◇      ◇






 ラナに言われて、レイは調べることにした。

 まず最初に話を聞きに行ったのはトラスティ公爵夫妻。

 家政婦長の愛奈に対する教育に、どのような感想を持っているかと尋ねたのだが、



「ラナが教育してるんだから、気にすることないわね」



「私も気にする必要はないと思っているから、感想など考えたこともない」



 まったく参考にならない返答がきた。

 困惑した様子を隠していないレイにエリスが笑う。



「私は私の“自慢”を信じてる。ただ、それだけのことよ」



 他の誰でもないラナ・クリストルがやっているから信じるに値する。

 ただ、それだけのこと。




 レイはトラスティ夫妻に言われたことを踏まえて、今度はフィオナに訊いてみた。

 質問の仕方は先ほどと同じなのだが、



「ラナさんなので、気にしたことはありません」



 フィオナにも同じことを言われてしまった。



「まーちゃんもそのように思いますよね?」



「あいっ!」」



 しかもマリカすら同意してきた。

 レイはフィオナ達に頭を下げながら、再び移動を始める。

 トラスティ家は皆が皆、同じ答えをしてきた。

 ならば一年前から、この家に来た少年はどうだろうか。

 庭で守衛達の訓練をしていた優斗に声を掛け、再度同じ質問をする。



「ユウトさんは今のアイナ様に対する教育をどのように思われますか?」



「ラナさんがやっているから、気にする必要ないと思ってますけど」



 彼も歴としたトラスティ家の一員ということなのか、返答は変わらなかった。

 レイは自分の疑問が何も解決されないことに頭を抱えたくなる。



「えっと……旦那様も奥様もフィオナお嬢様も皆様、そのように仰っていて……ですね。その……」



「ん? ああ、なるほど。僕が最後なのに全員して同じこと言うから、質問の答えが見つからなかったんですね」



「……はい。その通りです」



 どうして皆、同じことを言うのか。

 ラナのやり方は順序に沿っていないことを知っているのか、知らないのか。

 様々なことがレイの頭を巡る。

 優斗は本当に困った様子の家政婦に笑ってしまった。



「というかトラスティ家の面々に訊いたところで無駄ですよ。あの人達、全面的にラナさんを信じてるから考えたことないと思います」



 ラナだから気にしたことがない。

 本当にこれしかないのだから、疑問を持った側にとっては厄介極まりないだろう。

 かといって疑問が解決されないのも可哀想なので、優斗はレイに問い掛ける。



「レイさん、一つ質問をします。ラナさんは何を……いえ、もう少しヒントを与えましょう。ラナさんは一体、誰を見据えて教育しているのか。答えはそこにあります」



「誰を見据えて……ですか?」



 優斗から問われたことに対して、対象となっている少女を頭に思い浮かべる。



「アイナお嬢様ですよね?」



「それでは、出会った頃の愛奈を思い出して下さい」



 優斗がこの家に連れてきた時の愛奈。

 それはレイにとっても印象深いことだろう。



「愛奈にとって一番最初に必要だったのは何だと思いますか?」



「愛情だと思います」



 素直に出た答えに優斗は満足げに頷いた。



「レイさんもトラスティ家が誇る家臣。そのことが分からないわけありませんよね」



 家族ぐるみどころか、家臣も総出で愛奈に愛情を注いだ。

 そうしたほうがいいと誰もが思ったからだ。



「ではレイさん。ここから先は貴女がどのように行動するかを考えて下さい」



 愛情を与えた。

 少しずつでも笑えるようになった。

 ちょっとずつでも話せるようになった。

 であれば、



「愛奈のためを想うのなら、次に貴女は何をしますか?」



「少しずつ笑って下さるようになったので……、色々なものを見せて楽しんでいただきたい。そう思います」



 うんうん、と優斗は頷く。

 それこそ変人が揃っているトラスティ家らしい満点な解答だ。



「だけど侯爵令嬢の教育という点では、最初も次も間違っています」



 突きつけた言葉に、レイが驚きの表情を浮かべる。

 そう、彼女の答えは順序としておかしい。

 愛情を与えることも楽しませることも、教育といった点では必要ない。



「この家に来た段階で、あの子はトラスティ家の養女となりました。貴女が知っているあの子は最初から貴族です。そして貴族である以上、相応の振る舞いが早急に必要とされますよ」



 何故なら宮川愛奈だけではなく、アイナ=アイン=トラスティとしてもここにいる。

 異世界の客人だけではなく、トラスティ公爵家の次女としての立場もある。



「言葉遣いや立ち振る舞いを教えなければ、トラスティ家の評判を落とすことにもなります。それでも貴女はやりますか?」



「ですが正しい順序を踏むだけでは、私達がアイナお嬢様のことを考えていないことになります」



 反射的に出た反論。

 しかし優斗はレイの言葉に納得した様子を見せると拍手を贈った。



「……えっ? ユウトさん、どうして拍手を……」



 瞬間、レイは自分で理解させられる。

 今の言葉こそ優斗が伝えたかったことであり、ラナのやったことだ。



「……ああ、そうか。そういうことなんですね」



 ラナがやっている教育の順序がおかしい理由。

 それは全て愛奈のためだ。



「だからラナさんは、セオリー通りにやっていないんですね」



「ええ。愛奈のためなら順序さえ違える。それが出来る教育係はそうそういません」



 自身の評価はもちろんのこと、家の評価さえ落とすかもしれない。

 しかしラナは信念を持って教育をしている。



「フィオナの場合も同じでした。今も昔も貴族令嬢として、淑女として模範になる女性かと問われると僕だって首を捻ります」



 見た目や雰囲気がそうだし、状況によっては淑女として振る舞える。

 けれど徹頭徹尾、フィオナが淑女だと言えるか問われると違うと断言できる。

 そもそもラナ自身が慰安旅行の際、淑女ではないと言っていた。



「だけど評判よりも大切なものがあるとラナさんは考え、そのことを分かっているからこそトラスティ家の皆は口を挟まないんです」



 故に『ラナだから気にしたことがない』という台詞に繋がっていく。

 彼女の教育は、誰よりも自分達のことを想ってのことだと知っているから。



「当然、僕も同意見ですよ。この家のためなら家臣の立場すら越えて龍神のひいおばあちゃんになれる人は、見つけるのが億劫になるほど貴重な人材です」



 言うだけなら言えるが、損得勘定を抜いた上に愛情を注げる人間がどれほどいるだろう。

 少なくとも数えるぐらいしかいないはずだ。



「そして、だからこそラナさんは家政婦長で教育係なんですよ」



 特殊な家に必要な特殊な家政婦長。

 大抵の人が出来ないことを平然とやってのけ、トラスティ家が望むことを違わず叶えることが出来る。

 と、ここで優斗は物陰に隠れている人物に声を掛けた。



「というわけで、ラナさん。レイさんは無事にトラスティ家巡りをしましたけど、感想はいかがです?」



 心配だったのだろう。

 優斗のところにレイが来た時から、ずっと潜んで聞き耳を立てていた。

 バレたことで観念したのか、ラナは物陰から出てきて優斗の質問に答える。



「そうですね。最初に仕えた家がトラスティであることの弊害がよく分かる一例ではありました」



 疑問を解決しろとは言ったが、その方法が直線的過ぎる。

 無論、方法としては正攻法ではあるのだが、



「アイナお嬢様のためとはいえ、旦那様に奥様にフィオナお嬢様。果てはユウトさんにまでタイミングすら考えずお話を伺うなど、普通の家ではまず考えられない行為です」



 忙しいだろうか、邪魔にならないだろうか、迷惑ではないだろうか。

 色々と考えて声を掛けるタイミングを考えるのが普通だ。

 けれどレイはタイミングも何も考えずにトラスティ家の人達に声を掛けた。



「まあ、世間話ですら全く気にしないで意気揚々と乗ってきますから、この家では特に問題はありませんし好意的に見て貰えます。そして今日の行動は、格別の好意を抱いたことでしょうから、私も怒ることはありません」



 本来であれば説教を何時間もするべきだろうが、それはあくまで普通の貴族の家だった場合だ。



「誰のために、何のためにレイが動いたのか。それを皆様が理解して下さいますから」



 愛奈のことが心配だった。

 その一点に集約された疑問に対して、誰が苦言を申すだろう。

 ラナは疑問が解決してさっぱりした様子のレイに告げる。



「レイ。貴女を将来におけるミヤガワ家の家政婦長及び教育係の一候補者にしておきます」



 その言葉にレイはビックリしながらラナを見て、優斗はくつくつと笑い声を漏らす。



「ラナさんとして、一押しといったところですか?」



「いいえ。残念ながら遅れを取り戻しただけなので、やっとスタートラインに立ったところです」



 来年度、優斗が引っ越しする際に家政婦を育てると同時に家政婦長として見繕うと言った。

 その候補として、やっと入っただけのこと。



「あの場にいた家臣は大抵が私の話を聞き終えた時、このように考えたはずです。『この家は順序よりも大切なことがある』といったことを」



 順序は順序として知っておく必要がある。

 貴族として必要な教育も理解しておく必要がある。



「もちろん順序を知ることは大切ですよ。ですが順序に従ったところで、我々がアイナお嬢様のことを『大好き』だということを伝えられますか?」



 仕事は仕事。

 しかし割り切ってしまった瞬間、それはトラスティ家の家臣として相応しくない。

 何より敬愛するトラスティ家に対する冒涜だということをラナは知っている。



「だとしたら私は順序を間違えてでも伝えます。それが私の教育係としての覚悟です」



 それに、と言いながらラナは優斗を見た。



「最初から順序通りの教育をすれば、ユウトさんが許しはしなかったでしょう」



「ラナさんがやるわけないことを、仮定するだけ無意味ですよ」



 そもそも順序通りの教育をしていたら、トラスティ家の女性陣があれほど変なはずがない。

 加えて教育係として淑女になってほしい、という気持ちを持っているにしても強いるつもりがないからこそのエリスとフィオナだ。

 あの二人が貴族としておかしいのに、愛奈だけ仕事として割り切った教育をするはずない。



「そもそも楽しませるついでに貴族の教育も挟んでいる人に、文句を言えるわけないでしょう?」



 順序は間違っている。

 正しい手順を未だに踏んでいない。

 しかし何も教えていないかといえば、それは違う。



「馬の乗り方から絵画の鑑賞方法に至るまで、本人は楽しんでいるだけなのに貴族として必要とすることがありました」



 愛奈は時々『淑女になるために必要だ』という言葉を使う。

 だけどそれは楽しさの中にあるもの。

 淑女になるためだからといって、楽しさを奪っていない。



「素直に感心させられますよ。ラナさんの手練手管にね」



 それに気付いた時、優斗はラナの教育が半端ないと思ったものだ。

 最終的に貴族令嬢として必要なものがあればいい、ということだろう。

 本来はそれだけに注ぎ込むものだが、ラナの教育は優斗的には一歩先を行っていると感じる。



「そして、だからこそ僕の家が出来た時にラナさんから指名された人は、本当に可哀想だと思います。特に教育係になった人はね」



「どうしてですか? 私はもし、ラナさんから指名されたら嬉しいですけど……」



 レイが首を捻ると、優斗とラナは顔を見合わせて苦笑した。



「だって、きっと僕もフィオナも同じ言葉を使いますよ」



 全幅の信頼を寄せる。

 それがトラスティ家の人間としての在り方。

 だから優斗が家を持ったところで変わることはない。

 ラナに向けて使われた言葉は、等しく優斗の家の教育係にも使われる。

 なので優斗はからかうように、悪戯するようにラナへ使った言葉をレイに告げてみた。



「レイさんだから気にしたことがない、ってね」



 きっと数秒後、意味を理解した彼女は目を丸くすることだろう。

 そして優斗とラナは再度、顔を見合わせるとおかしそうに笑った。




[41560] ※お知らせ
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:962875ea
Date: 2018/07/16 20:42
ご存じの方もいらっしゃるかと思いますが、「巻き込まれ異世界召喚記」がMF文庫様にて書籍化することになりました。
初期の8人が絵として登場しますので、ここにある本作を読んでいる際、イメージの一助になればと思います。

また今月、無事に3巻目も発売することになりました。
2巻のレイナに続いてリルも絵として登場しますので、作品を読む上でこちらも想像のお手伝いになればと思います。



[41560] そこまで問題ではないが
Name: 結城ヒロ◆40946174 ID:379b9736
Date: 2018/07/16 20:34


 愛奈のことが終わって少しした頃。
 王城の中にある会議室で、ドランド=ナス=ワルドナ公爵より報告を受けた王様は顎髭を触りながら考え事をしていた。

「ドランドよ。真相の究明、という点で考えれば二人ほど当てはある」

 他国との貿易を担当しているワルドナ公爵から今し方聞いたことにおいて、その対策が簡単に出来るであろう人物は二人しかいない。

「アリシアとユウトだ」

 その言葉に対して、同席していたマルスも否定の言葉を出すことはしない。
 聞く限り、適任という意味では間違いなく優斗とアリーだと思っているからだ。

「そして大魔法士を呼ぶとなると、そのままユウトにやってもらったほうがいいのだろうが……」

 もちろん相手方の主張を飲んでやるのならば、だ。
 ワルドナ公爵は隣に座っているマルスを見ながら答える。

「ですが此度の主張はさすがに度が過ぎてます。我が王の願いも慮るのであれば、やはり断固として拒否すべきだとは思うのですが……」

 マルスは義父として優斗のことを溺愛していると言っても過言ではない。
 そして今回の相手方の要求を飲んでしまうと、また厄介ごとに関わらせてしまう。
 それはワルドナ公爵とて望むところではない。

「マルスよ。お前はどう考える?」

「我が国のことを考えるのであれば、解決すべき事案だとは思います。またワルドナ公爵が困惑している様子を察するに、アリシア様か我が義息子を連れて行ったほうがいい、という考えも間違いないかと」

 要するに金額だの何だのと数字で戦っていない、ということ。
 視点も考えも全くの別物である必要がある。

「ですが義父としては、やはり義息子に頼りたくないのが実情ではあります。ただの学生であることを謳歌して欲しいのは、何も我が王だけの願いではありませんから」

「となるとやはり、断りを入れるとしましょう」

 彼としても厳しいことには変わりないが、それでも王様とマルスの言葉が心からの言葉だと知っている。
 ワルドナ公爵がマルスの考えを受け入れて拒否する姿勢を示す。
 だがマルスは感謝の表情を浮かべながらも言葉を加えた。

「しかし義息子との父子水入らずの旅行という誘惑には、抗いがたいものがあります。初日で片付ければ、残るは義息子との観光スポット巡り。貿易国家であれば良い酒もあることでしょうし、それはとても魅力的です」

 突拍子もないことに王様もワルドナ公爵も目が点になる。
 勉強としてワルドナ公爵に同席している息子のドロニスも、マルスの想定外の言葉に思わず口を挟んでしまう。

「よ、よろしいのですか!? というより一緒に行く気なのですか!?」

「もちろん。我が義息子も王城にいることです。話だけでもしてみましょう」

 と、ここでマルスはドロニスを見てから尋ねる。

「そういえばドロニス君はうちの義息子と会ったことはあったかな?」

「い、いえ。大魔法士様と直接、お話しさせていただいたことはありません」

「であれば君から交渉してみるといい。ユウト君は今、アリシア様の部屋で書類作業をやっている頃だろうから」


       ◇      ◇


 マルスに言われて、ドロニスはアリーの部屋まで歩いて行く。
 そして部屋の前に立っている近衛騎士へ優斗に会いに来たことを伝えると、少しして部屋の中からちょっとした話し合いが聞こえた。

『もうちょっと! もうちょっとだけ処理して下さい! 時間が費やされてしまう分だけ、わたくしの夏休みが消えてしまうのですよ!?』

『少し話すだけだろううし、すぐに戻ってくるよ。というかクリスと二人で終わらせてくれたら僕的にラッキーなんだけど』

『無理ですよ。三人でも一時間は掛かる代物です』

『クリスの言う通りだよね。まあ、出来るだけ簡潔に済ませるから』

 そう言って優斗は部屋から出てくる。
 そしてドロニスと顔を合わせると、恭しく頭を下げた。

「初めまして、ドロニス様。宮川優斗と申します」

「こ、こちからこそ突然の訪問、大変申し訳ない。ワルドナ家の長子、ドロニスと申します」

 お互いに頭を下げてから、優斗はドロニスに質問する。

「僕に用があるとのことですが、何かしら困った事情がおありでしょうか?」

「はい。それなのですが――」

 ドロニスは先ほど、王様と父の話し合いを優斗に伝える。
 そして自身がこの場に伺った理由も。

「まるで手の内が全てバレているかのように、リヴァイアス王国との交渉は全敗している……というわけですね」

 端的に言うと、そういうことらしい。
 その解決に必要な人材が優斗かアリーが適任だと。
 ふむ、と顎に手を当てて優斗は考える仕草をする。
 確かに聞く限りでは違和感がある上に、おかしいと断言出来る状況だ。

「なるほど。確かに不自然だと僕も思います」

「ユウト様もご多忙のところ、不躾で申し訳ありません」

「気になさらないで下さい。アリーが夏休みに仕事したくないって泣きついてきたから、手伝ってるだけですよ」

 くつくつと笑って優斗はドロニスに笑顔を向ける。
 そして、軽い調子でドロニスに返答した。

「親孝行するついでに少しばかり関わるくらいなら、問題ないですよ」

「よ、よろしいのですか!?」

「ええ。義父さんはワルドナ公爵の状況も改善してあげたいと思っていますが、公私混同ぶっ込んで僕と旅行したいのは間違いなく事実ですから」

 そうなると、だ。
 義息子としては親孝行してあげたいと思う。
 前向きな返事が優斗から出てきてほっとしたドロニスだったが、

「しかし何故、我が王はアリシア様とユウト様でなければと仰ったのだろうか?」

 ふと、不思議に思っていたことを呟いてしまう。
 それに自身ですぐ気付くと、慌てて取り繕った。

「ああ、いえ、違うのです! 大魔法士様が父より劣っていると言っているわけではありませんので!」

 二十歳は超えているであろう青年の慌てっぷりに優斗は小さく笑って、問題ないとばかりに声を掛ける。

「ご子息のドロニス様から見ても、ワルドナ公爵は優秀だと思われますか?」

「身内贔屓に思われるかもしれませんが、父は優秀だと私は思っています」

「だからでしょうね。優秀な人間同士の場であれば、そのような事態には陥っていないのでしょう」

 優斗が告げたことにドロニスは首を捻る。
 そのような事態に陥っていないと何故、分かるのだろうか。

「今回の件、必要なのは優秀さではないんです。だからこそ王様は僕とアリーが適任だと言ったんですよ」

「優秀さではない、というのは何故分かるのですか?」

「単純なことですけどワルドナ公爵が全敗してるからです。だから別の方向から見据える必要があるのは自然な考えでしょう?」

 優斗はそう言うと振り返ってアリーの部屋を開ける。

「しかしながら、やはり同意は欲しいところです。なので部屋の中からも意見を取っておきましょう」

 言うが早く優斗はアリーの部屋の中に入る。
 ついでにドロニスも部屋に招き入れようとした。
 王女の部屋に本人の同意なく入っていいのか躊躇われるが、ドロニスに気付いたアリーが手で招き入れる仕草をする。

「少し休憩としましょう。ユウトさんだけ逃げることなど許しませんわ」




 ドロニスを部屋に入れて、アリーとクリスにも話を聞かせる。
 アリーは全て聞き終えると、王様の判断が間違っていないとばかりに納得した。

「どれだけ優秀な人間が相手でも、ワルドナ公爵が全敗することはあり得ません」

 普通に考えてあり得ないと言える事象だ。

「金銭について交渉する場合、必要なのは二つの情報ですわ。一つは正確な数字、そしてもう一つは――」

 アリーが問うようにクリスへ視線を送ると、彼は理解していたのか続きを答えた。

「ワルドナ公爵の性格、というわけですね。大抵は決まっているとしても、最後の詰めの部分は担当者の匙加減に委ねられるケースが多いですから」
 
「正解ですわ、クリスさん。だというのに、徹頭徹尾負けているというのは理不尽以上です」

 難しいどころではない。
 どれだけ優秀だとしても、不可能な出来事だと言いきっていい。

「ですがユウトやアリーさんなら、リヴァイアス王国と同じことが出来るはず」

「やりようによっては、です。わたくし達とて揺さぶりを用いて、やっと出来ることですわ」

 出来ないとは決して言えない。
 だが異様な結果に対して、それも当然とばかりの過程がある。
 優斗やアリーの場合は過程として、揺さぶりだと明らかに分かることをやる。
 だから異様な結果であっても、その過程があるからこそ異様に映らない。
 しかし聞いている限り、そうではない。
 真っ当にやっているのにも関わらず、今のような出来事が起きている。

「本来、劣勢でも納得出来る範囲はあります。それに交渉というのは、妥協するパターンが一番多いのですわ。つまり毎度のように『負けた』とまで思わされるのは絶対にありません」

 そして妥協がないほどに打ち負かされているのであれば、

「通常の出来事ではないと判断出来ますわ」

 何かしら目に映らない異常が絡んでいる。
 そう考えていいからこそ、王様は優斗かアリーこそが適任だと言った。
 異常事態の正体に気付けるほど、ありえない選択肢すら可能性に入れるから。

「まあ、やっぱりその考えに辿り着くよね」

 優斗はアリーから同意を得たことで、あらためてドロニスに伝える。

「というわけで僕も、悪い結果にはならないように動いてみます」

「あ、ありがとうございます!」

 優斗の言葉にドロニスは何度も頭を下げる。

「それでは私はこれで失礼させていただきます。これより急ぎ資料を再確認し、検討しなければなりませんので」

 そうドロニスは伝えると、部屋から出て行く。
 三人は彼を見送った後、残った仕事を片付けるために書類を手に取る……ということをしなかった。

「それで従兄様はどのように考えていますか?」

 確かに異常事態の把握において、優斗とアリーは他の追随を許さないほどに抜きん出ている。
 だが、だからといって他の人間には不可能……というわけではない。

「僕かアリーをご指名ってことは、もう一つ面倒な可能性があるからね。王様はそこも疑っておきたいんでしょ」

「もう一つの面倒な可能性……ですか?」

 さも当然のように言った優斗に疑問の表情を浮かべたのはクリス。
 アリーは二人の反応があまりにも彼ららしくて、小さく笑う。

「クリスさんは今回の一件で、本来は真っ先に疑うべきは何か分かりますか?」

「真っ先にですか? それは……」

 クリスは問い掛けに対して、頭の中で今回の件を整理する。
 そしてすぐに気付いた。

「身内による情報提供……でしょうか?」

「ええ、その通りですわ」

 まるで相手に手の内が全てバレているとしか思えないような内容。
 つまり裏切り者かスパイがいると考えるのが自然だ。

「ですが話の流れとして、そこを最も可能性が高いものとして疑っていない」

 なればこそ他の事実も浮かび上がってくる。

「他国も同様のことが起こっている。そう考えるのが必然でしょう」

 リライトだけならまだしも、他の国も共通しているというのなら。
 各国に内通者を置くのは難しいはずだ。
 担当者を裏切り者にするにしても厳しいだろう。

「他国も同じようになっているのなら、可能性は多岐にわたってきます」

 内容はかなり面倒の様相を呈しているのに、アリーは何も深刻ではないと言うかのように言葉を続ける。

「何かしらの異常事態が起こっている可能性もある。裏切り者がいる線も消しておきたくはない。だからこそのわたくし達です」

 異常事態の把握能力が高く、さらに自国の人間の裏切りすら平然と選択肢に入れることが出来る。
 どちらか片方だけならば優斗やアリーを指名する必要はないが、どちらもとなると二人しかいない。

「後で確認するとはいえ、伝達が不足していますわ。これでわたくしかユウトさんを引っ張りだそうだなんて、少しばかり手落ちですわね」

 王様も自分達が気付く前提ではあろうが、それでも最初から不足なく説明ぐらいはして欲しい。

「さて、ここで先ほどの質問を再びしましょう。意外と厄介な件ではありますが、ユウトさんはどのように考えていますか?」

 アリーが話を振ると、優斗は肩を竦めた。

「この世界の貿易形態や商売の方法なんて、調べたところで付け焼き刃でしかない。だけど手伝うとは言ったからには、原因ぐらい見つけようと思う」

 どこまで解決するかは状況次第だが、それでも最低限は原因の特定だろう。
 そして優斗はアリーとクリスに視線をやると、ニヤリと笑った。




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