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[4177] 醜い蒼髪の姫君(ゼロの使い魔)
Name: ヤッタラン◆a583f4f3 ID:9e06a1ef
Date: 2008/09/14 22:42
その日、ガリア王国の王宮たるヴェルサルテイル宮殿は普段の壮麗さを失い、喪に服す空気に包まれていた。


本来ならば現国王にとって初孫にあたる王女の誕生を祝うべきであったが、
それを最も喜ぶべき人物達の訃報となれば致し方なかったであろう。




全ては一週間前、生まれた王女の父親に当たるガリア第一王子のジョゼフが宴の席に毒を盛られたことに始まる。


それより昏睡状態の続いていた王子であったが、治療の甲斐も、愛娘の誕生を看取ることもなく死亡したのが三日前。

さらに第一王子妃も出産による衰弱と夫の訃報による絶望の末に先程、昨日生まれたばかりの赤子を残しこの世を去ってしまった。




程なく行われた葬儀は、ガリア中の貴族と周辺国の王族が集まっての大規模なものであったが、
それとは裏腹に王子夫妻を悼む声は……





 「………王位の継承はシャルル王子に絞られたことは安堵すべきであろう。少なくともそれに反発する者もおるまい………」

 「………あのジョゼフ王子が継ぐことを考えればそれは当然………」

 「………声が大きゅうございます。」
 



才覚溢れた弟と違い、魔法の才は皆無。暗愚の極みとすら噂されてた第一王子を哀れこそ思えども、悼む声は少なかった。





唯一の兄弟を失ったシャルルにもその声が聞こえていた。

できるものならこの場でそやつらを打ち首にでもしてやりたかったが王のいる手前、まして葬儀中に狼藉を働くわけにはいかなかった。

何より兄と義姉の棺を前にそのような真似はけしてできなかった。


 (そしてこの子の前でもな…………)


シャルルが目を向けた横、愛しい身重の妻の両手に抱かれている赤子は眠っていた。

思わずその頭を撫でると軽く身じろぎする姿に思わず目を細める。



既にこの子を娘として養育することを宣言し、王からも了承を得ている。

兄上達の喪も明ければ、その時こそは盛大に祝ってやりたい。



 「兄上、義姉上……。この子は……、イザベラは私がきっちりと育ててみせます………。
始祖ブリミルに誓って………。どうかご安心下さい………。」



兄夫婦の棺にそう誓うシャルル。






 果たしてそれが如何なる結末となるか………。

 誓われたほうの始祖ブリミルにも定かではなかった………















それから十二年の後…………

 











ガリア王国王都リュティスにほど近い王宮ヴェルサルテイル。

ハルケギニア一の大国を治める王の居城はそれにふさわしい偉容を誇り、現在も拡大を続けているとすら言われる。



その王宮にはここ数年、新たな名物が生まれつつあった。

但し、これを名物と言うには語弊が多く、ましてそれを公然と口にする者は誰もいない。





突如宮殿を爆音が轟き、土煙がたなびく中、尻を叩かれたように森を一斉に飛び立つ鳥の群れ。

王宮内にいる者達はそんな中慌てる様子もなく、皆煙の方向を向き同じ感想に至っていた。








曰く、「またイザベラ様のアレか」と………














 ガリア王国第一王女イザベラ・ド・ガリア。


 

宮廷社会では「ガリアの無能姫」と蔑称される姫君である。


曰く、彼女のケチのつけ始めは誕生の前後に両親を相次いで失うことに遡る。

両親の死後、彼女は叔父である第二王子のシャルルの養子となり、
その二年後に誕生したシャルロットと共に育てられることとなった。 
 


しかし彼女の不運はさらに続く。



 
生前の実父ジョゼフは魔法の才が皆無であり、半ば公然と無能と蔑まれていた。


そしてその忘れ形見であるイザベラも亡父同様魔法の才に恵まれなかった。

四大系統はおろか、初歩のコモン・マジックのどれを試してみても、起きるのは魔力の暴走と思われる爆発のみ。

大地に大穴をあける程の力であるから魔力そのものの存在は確認出来はしたが、
魔法として一度も成功できない以上、無能呼ばわりされても仕方がなかった。




その一方で妹(正確には従姉妹)がこちらも親に似て、魔法の才が溢れんばかりとなれば、周囲の反応は火を見るよりも明らかである。


ましてハルケギニアの中でも魔法国家として名高いガリアの王女ともなれば。





 曰く「出来損ない」

   「無能者の子は所詮無能」

   「ガリア王家の面汚し」等々。






曲がりなりにも王族直系の手前と箝口令によりハルケギニア中に広まるとまではいかなかったものの、
ヴェルサルテイル宮殿内では公然と囁かれる始末であった。

 
彼女の知る者の中で無能呼ばわりしないのは家族と呼べる王と養父母、妹だけであった。



僅かでも庇ってくれる家族に報いるため、イザベラは努力した。


ひたすら切磋琢磨し、座学に打ち込み、ひたすら励んだ。

発生する爆発の詳細を記録し、あらゆる書物を読み漁り、研究に勤しんだ。


辛うじて発生する爆発のコントロールこそ可能にはなったものの、
それ以上の進展はまるで見られなかった。



そして今日もイザベラ・ド・ガリアは既に穴だらけとなった宮殿北部の元森林、現練習場で派手な爆発を引き起こしていた。





 

side:イザベラ






   
立て続けに起きていた爆発音が鳴りやみ、漸く宮殿に静けさが戻る頃、出来たばかりの大穴の側で私は大の字で倒れていた。

胸を大きく上下して呼吸を整え、そろそろ起き上がろうとした時、目の前に濡らした布が差し出された。


「練習おつかれ様です、姉様。どうぞ……」

太陽を遮るように二つ年下の妹シャルロットの顔があった。いつも練習が終わるタイミングを計ってこうして持ってきてくれる。

「ありがと………」

まだ荒い息を整えつつ布を受け取り顔をぬぐう。程良く冷えた布の爽快感に一息つき、顔の汚れをぬぐい去る。

上半身だけを起こしたところ、腰まで延ばした髪についた埃をシャルロットが払い落とし、取り出した櫛ですくってくれる。


思わず目を細めてしまう気持ちよさに任せること暫し、

「きれいになりましたよ姉様」

「ん………、ありがとシャルロット」

お礼とばかりにシャルロットの頭を撫でる私。

それに子犬のように撫でるがままにされるシャルロット。


一部では「人形のように冷たい」等と影で言われることもある妹だが、
目の前の姿はそれを微塵も感じさせない。

幼い時からの甘えん坊がそのまま大きくなったとしか感じない。





「さて、そろそろ王宮に戻らないと、ンーーーーッ」

立ち上がりスカートの埃を落とす。ついでに軽く伸びをすると思わず声が出てしまう。

「姉様、はしたない」


横から妹の注意が飛ぶが頭をもうひと撫でしてさり気なく誤魔化す。

半目ながらも僅かに朱のさした妹の表情が結果を物語っていた。












夕食を済ませた後はいつも通り王宮内の図書院で読書と座学。勿論シャルロットも一緒だ。


普段から私達しかこの時間帯を利用していないだけあって他の気配など一つも感じない。

ここの蔵書はガリア建国以来六千年かけて王家が収集したもので、
始祖の時代のもの等、宝物殿に保管される一部を除きありとあらゆる書が保管されている。

勿論王家や貴族等限られた人物しか立ち入ることも許されぬが、私達姉妹は日頃から自由に閲覧している。






ふとシャルロットの手元を見る。

読んでいるのは妹お気に入りのイーヴァルディの物語。

昔お父様がよく読み聞かせてくれたものだ。



妹の、そのイメージの割にロマンチストであることはあまり知られない事実だが、私は羨ましくもそうあるべきだと思う。

少なくとも非情な現実(主に魔法関連で)を思い知らされているいるつもりの私には縁のない話だ。



第一私ではとても似合わない。





それに対し私の周囲には経済と政治に関する書物やらが塔を築いてる。

因みに手元にはある大成したゲルマニア商人の回顧録だ。




魔法の才のない私がここ最近座学で力を入れているのがこういった政務と運営に関するものだ。


いずれ嫁に出すという名目で王家から追い出される予定であろうが、魔法の才無しのという駄馬扱いされるつもりはないし、
出来ることなら国政や王立学院などで働いてみたいという希望もある。




実をいうといい加減魔法には見切りをつけるべきだと常々思ってはいる。


爆発のコントロール以外まるで成果も見られない魔法よりこちらの方がよっぽど向いているのは確かであるし、
事実お父様達もそれに賛成してくれている。


それなのに、今度こそ成功するはず、もう一度とあきらめきれずに未だに魔法の練習を続けているのが現状だ。



我ながら往生際の悪い限りだと思わず苦笑する。







ふと再びシャルロットを見るとうつらうつらと舟をこいでいる。

窓から見える月の高さと季節から考えると結構な時間だ。


「シャルロット、寝てるよ、シャルロット……」

軽く肩を揺らして起こす。

「………ぅーーん。…あ……姉様………」

「風邪をひくから寝なさい。あたしはもう少ししてから寝るし、一人で戻れるね?」

とたん寝ぼけ眼のシャルロットの顔がふくれっ面になる。

「………もう子供じゃありません……………」

「はいはい………」

軽く頭を撫でた後図書院の入口まで付きそう。

ふらついていたシャルロットも夜風で少しは目が覚めたらしい。




「お休みなさい、姉様」

「うん、おやすみシャルロット。あたしも適当に切り上げて寝るよ」


コク、と頷き寝室の方へ向かう妹を見届け再び本の元へ戻り、
先に読み切れなかった本を片づけてから読書と座学を再開する。

以前片づけを怠り父上にこっぴどく叱られて以来習慣となっているものだ。








 あくびをこらえつつ自室に戻る。

うっかり寝入っていたところ当直の司書に起こされて図書院を後にしたところだ。

シャルロットには見せられないな、と思いながら人気のない回廊を進むと向こうからメイドが一人近づいてきた。



「姫様、まだ起きておられましたか」



道を譲り、深々と礼をしてくるメイドに適当な相づちを打ちながら立ち去ろうとするその時だった。






「お休みなさいませ……、永遠に………っ!」








 突風の如くメイドが私めがけて襲いかかってきた。




















――――――――――――

はじめまして、初投稿のヤッタランです。

ごらんの通りゼロ魔再構成です。まさかのイザベラ主人公。

イザベラやシャルロットの名前、性格など改変、捏造、妄想、ご都合主義等々何でもありですが
今のところクロス、憑依などの予定はありません。

あと説明過剰っぽいなのは仕様です。生暖かい目で見てやって下さい。

誤字脱字、ご感想、ご意見などございましたらどうぞ宜しくお願いいたします。



[4177] 醜い蒼髪の姫君 第二話
Name: ヤッタラン◆a583f4f3 ID:9e06a1ef
Date: 2008/09/22 07:46
side イザベラ







ドレスは引き裂かれたものの、一撃を辛うじて避けることはできたらしい。



魔法が駄目ならせめてと父上に教わった護身術がこんなところで役立つとは予想外もいいところである。

幼い頃、褒められたい一心で習得した過去の自分を正に褒めてやりたいところだが、まずは状況が好転してからだ。






一方私を狙う暗殺者はというと、避けられたことに動じる訳でもなく、舐め回すような目で私を見ている。





「随分と冷静でございますね………、騒ぎ立てるかと思いましたよ………

別に騒いでもいいのですよ、もっとも………騒いでも無駄ですが………………」


蛇を思い浮かばせる長い舌でナイフを舌なめずりし、恐怖を煽るかのような口調でそうのたまってきた。




どうやら舐め回すナイフの如く私をなぶり殺しにする腹づもりらしい。

しかも口ぶりからして、ご丁寧にサイレントまでかけているみたいだが、その上で武器で襲ってくるとは………。






いずれにしても、私一人でこの変質狂を相手にせなばならないようだ。

しかし立ち向かう私はというと、多少蛇に睨まれた蛙よりはましという体たらくである。





確かに一方ではこうして冷静に分析している私がいる。

ところがその一方で蛇に睨まれた蛙のように動くことすらままならない私もここにいる。



しかもヴェルサルテイルを離れたことなど数えるほどしかない私が実戦など一度も経験したことはない。




歯の鳴る音が頭に響き、首筋の冷や汗が不快さを助長させてくる。

体の震えを押さえようと右の二の腕を握りしめるがまるで効果がない。



考えがまとまらないながらも、私が生き延びるには唯一できる爆発で吹き飛ばすしかないという結論に至ったその時、



暗殺者が再び飛び出してきた。







今度は大きく跳躍してくる暗殺者。



すかさず前へ転げるように回避しつつ、詠唱を始める。

ガリア王家の者に護身用として与えられている杖代わりの指輪を填めていたのは幸運だった。


私の場合どの呪文でも必ず爆発するので、最もスペルの短いもので時間を短縮、暗殺者の方を振り向きざまに、

「ロック!」



すかさずあらぬ方向で発生する爆発。

轟音と衝撃が襲いかかるが、慣れたもので大して苦にならない。



その一方暗殺者は無様に吹き飛ばされ、転げ落ちる。

闇雲に放ったものだが、爆心に比較的近かったらしく衝撃だけでも十分な効果があったらしい。



すかさず次の詠唱に入る。今度は確実に命中させるべく奴がこちらに目掛けて飛び出す辺りに絞る。

あらゆる四系統とコモン・マジックを試しつくし、その爆発する距離、威力を調べ上げ、網羅した私のできる唯一の魔法。


次の一発で決めるべく、詠唱を続ける。






奴が再び動き出す。メイド用のエプロンドレスが大きく破け、怪我もしているようだ。

獣のような唸り声をあげ、再度突進してくる。理性などとうに吹き飛んでしまったらしい。



だが、それこそ私の有利となる。

既に爆発のタイミングとなるスペルまで詠唱は終えている。後は奴とのタイミング………。


瞬く間に奴との距離が詰まって……………、今だっ!



「デル!」




通常なら単なる詠唱の一節、しかし私の場合のみ、数多ある点火の一節となる。






先程のそれより小規模な、しかし十分な威力の爆発が奴を包み込む。

奴は無様に断末魔をあげ、倒れ伏す。






しかし私は気づいていなかった。

勝利を確信し、安堵の息をついた私目掛けて、奴の手にあったナイフが放物線を描いていたことに。




目の前で爆ぜる音がした。


それが足元に落下し砕け散ったナイフであったことに気づいた時には手遅れだった。

砕けたナイフは無数の破片と、中に仕込まれていた液体が私に振りかけられる。



途端、形容しがたい猛烈な痛みが私を包み込んだ。



焼け付くような、刺されるような、一度も経験したことのないような痛みが私を包み込み、

釜ゆでにされるような、炙り焼きにされるような熱さが全身を犯し尽くした。




のたうち回り、あらん限り叫んだ果てに、私の意識は遠のいていった…………













side シャルロット







「シャルロット様!ご無事でございますか!?」



部屋に駆け込んできた兵士達とメイドの声で目が覚める。

まだ夜明けにもなっていないが外からも聞こえるざわめきが聞こえてくる。


ヴェルサルテイルに賊が侵入したのであろうか、途端に目が覚める。


「どうしたの?」

「……賊が侵入して………、イザベラ様が………っ!シャルロット様!どちらへ!?」




それ以上メイドの話を聞いていなかった。


一目散に部屋を出て、ざわめきの聞こえる方向へ………図書院のある方向……!!





まさか…………姉様が…………


言いようのない不安から逃げるように足を速める………










そして兵士達やメイド、メイジ達が集まるところに行き着く。


傍らで兵に指示を出すお父様のもとに向かう。

息が上がってるせいか声がおぼつかない。



「………お父様………、一体……………」

私を見るお父様は一度も見たことがないほど苦渋に満ちたお顔をされていた。

「お父様…………、まさか………姉様が………………」




「シャルロット…………ッ!」

膝をつき、私を抱きしめるお父様の涙が私の頬を伝う。


そして………


少し離れたところで宮廷医のメイジ達が集まって治療を行っている姿が目に入った。



その隙間から覗く包帯まみれの焼けこげた手も…………………






「いやああああああああああああーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」















side シャルル




襲撃された日から既に二日………


イザベラは死亡こそ免れたものの依然意識は戻らず、現在も宮廷医達の治療を受けており余談の許さぬ状況とのこと。



現場で気を失ったシャルロットは今は妻と共に部屋にいる。

一時は錯乱気味であった二人も多少は落ち着いてくれたようだが下手をすればイザベラの元に駆け込みかねない状態だ。





そして私は父上と共に兵や当直の司書、メイド達からの証言をまとめた報告を聞いている。

正直なところ、少しでも他のことに集中でもしないと押しつぶされてしまいそうな気分だ。




死亡した賊は在野のメイジ崩れの暗殺者であることは判明したが、襲撃を依頼した者の正体は依然不明なままである。

引き続きガリア全土に捜査を広げるよう指示し、王宮の警備体制の再編成と強化も併せて命じておく。



担当武官を下がらせると、謁見の場である太陽の間は重苦しい空気に包まれる。




「ガリア国外の勢力にも注意せねばならんな…………。

しかし………、ジョゼフのときといい…………此度といい……………何か引っかかるな…………。」


「父上は同一犯であると……!?」


「わからぬ…………、情報も何もかも不足しておる。

此度のことをふまえ、専門の対策部署を新設するべきじゃろ…………。

シャルルよ、子細はそなたに一任する故、しかと頼むぞ。」


「ははっ!」




直ちに関係の者達との協議のため、私が太陽の間を辞そうとしたところ、

宮廷医の一人が待ちに待った知らせを届けてきた。




「イザベラ様の意識が戻られました!」











イザベラの部屋には既に妻とシャルロットが来ていた。



部屋に入った時、父上の息をのむ声が聞こえる。



そして私は娘の顔を直視すらできなかった………………。

容態を聞いていた時から覚悟はしていたが…………





「…………お爺様、…………お父様………………………………」


娘の声で我に返る。

どうやら父上も我を失っていたようだが、覚悟を決めたらしく、改めてイザベラの枕元に向かう。




全身に包帯に巻かれ、あの美しく、長かった髪も失われ、僅かに覗かせる肌にも痛々しいまでの傷跡が見える。


しかし、右半面しか覗かせないイザベラの目は、驚くほど力に満ちていた。



「気分はどうじゃ?」


「大丈夫です…………。不思議と…………落ち着いています………………

申し訳ありませんが………………鏡を…………持ってきてください…………………。」





思わず父上や妻と顔を合わせる。そうこうしているうちにシャルロットが手鏡を用意してきた。



「ありがとう………シャルロット…………」


そう言ったきり、彼女は無言のまま、手鏡を覗き込んでいた。







鏡の自らを直視すること暫し、イザベラは包帯まみれの左手を目の前にかざし始めた。

腕の傷が引きつり、痛むせいか動きはどこかぎこちなく、宮廷医も止めようとしたが、


「構いません………」


と、逆に彼女に制されてしまう。







その場の誰もがイザベラに何も言えず、只々圧倒されていた。











何時の間にであろうか、イザベラは泣いていた。



「………最後の詰めが甘かったのです……………、初めて……………一人で敵を倒して……………………

失敗魔法で……………相手を倒せて…………………それが嬉しかった…………のに………………」




ぎこちない動きで涙を拭う。


ゆっくりと、体を震わせて。

されども、力強く。









「同じ失敗は……………二度といたしませぬ………………」






























「そう……………、それでよいのじゃよ、イザベラ………………。

そなたは、無能などではない……。これまでの、これからの切磋琢磨がそなたを強くするであろう……………。」




父上がイザベラにそう語りかける。

物静かに、そして威厳に満ちた力強い言葉はここにいる全員の胸に響いた。







「今は傷を癒し、養生せよ…………。

快方の暁に、そなたが大成することを願ってやまない………」








「はい…………っ」





















俗に言うガリア王女暗殺未遂事件の後、イザベラ王女はその後半年あまり、

治療のため公の場に姿を現すことはなかった…………………。


彼女が表舞台に舞い戻る時、ガリアに、そして彼女自身に如何なることが起きるのか、


この時まだ誰にも分からなかった……………………。














――――――――――――

意外にもご好評頂きビビっておりますヤッタランです。




ごめんなさい。


しょっぱなからきついネタになっております。

因みにイザベラのコンセプトはだだ甘なところのあるク○ャナ殿下だったり。


後作中の詠唱の中断ですが、虚無の系統限定でできると考えて下さい。
(正直かなりてきとーです)

ナイフは暗殺用のマジックアイテムの一種(毒薬に強酸性の液体入り)で
逃走時に証拠を残さない優れものです。
(犯罪捜査の近代化がなってない時代にアレかもしれませんが)


ご感想、ご指摘、ご意見等本当に有り難うございます。

残念ながら完全なオリジナル展開を描くような才能は皆無ですので期待されている皆様にはここでお詫びいたします。

引き続き誤字脱字、ご感想、ご意見などございましたらどうぞ宜しくお願いいたします。

PS:この話って微グロになります?

線引きが難しいです。



[4177] 醜い蒼髪の姫君 第三話
Name: ヤッタラン◆a583f4f3 ID:9e06a1ef
Date: 2008/09/22 07:47
side イザベラ





包帯の擦れ落ちる音が耳元で響く。

それに併せて感じる空気の僅かな流れと開放感。




あれから半年弱。

ようやく肩に届くまで伸び始めた髪が僅かに揺れる。


今までひたすら延ばし続けただけに、ショートカットとでもいうのか、こういうのも意外といいものだ。







最も、我が妹は自分とお揃いより長髪の方が断然似合うと言って聞かない。

何時だったか、冗談半分に髪を切るといった時のシャルロットの顔は見物を通り越して今でも忘れられない。









訂正、忘れたくても忘れられない、だ。



私の髪をいじることに人生最大級の幸福を感じている(らしい)シャルロットにその後延々一時間あまり

私と頭髪に関する講釈を聞かされる羽目になったのも(いろんな意味で)忘れられない過去だ。



因みにその夜シャルロットの話を聞いたらしいお母様にも女性と髪の相乗効果に関する講義を二時間程強制受講させられたことも、

その様子を眺めていたお爺様とお父様のニヤついた笑みも忘れられない、というのは全くの余談である。


その後一週間ばかり、お爺様とお父様に口を聞いてやらなかったことも、これまた全くの余談である。











そんなことを思い浮かべているうちに、いつの間にか包帯を取り終えたらしい。

包帯を巻いていた部分を宮廷医達が一つ一つ確認し、汚れを拭き取り、軽くマッサージュもしてゆく。



「左手を動かして頂けますか?」


宮廷医の言われるままに左手を動かす。


握り、伸ばして、回して。

指先一つから肩を含めた左腕全体まで一つ一つ確認する。



「全く問題ないようですな」


宮廷医の言葉に頷く。

あの時以来ずっと感じていた引きつりも全くないし、違和感も全く感じない。


皆一様に安堵の表情を浮かべる宮廷医達だが、その中に一人、うかぬ顔をした者がいた。



「如何した、うかぬ顔をして………」

いきなり聞かれた方の宮廷医は慌てた様子を見せた後、意を決したのか私に尋ねてきた。







「姫様…………、左腕の傷跡を治さなくて宜しいのですか?」









そう、私の左腕は肩程まで焼け焦げた傷跡に覆われている。

動作や健康に問題ないよう治療こそ完璧に施されてはいるが、その見た目はあまりに醜く、おぞましいとすら言える。








しかし、私はあえてこの傷跡を残すよう宮廷医達に命じた。


今後の戒めとして、あの事件後の病床での誓いの証として…………





「お父様達にも許可は得ている。普段は手袋で隠しておけば問題なかろう。」

「しかし、ご婚礼の際に差し支えるかと……………」

「構わん、この程度で二の足を踏むような者と一生添い遂げるなど、こちらから御免被る。」







因みにこれでもかなり譲歩した方である。


最初は顔の傷も含めて殆ど残しておきたかったのだが、シャルロットを始め私を除く王家全員が猛反発。

数週間にわたる論議と舌戦の末、現在の形に落ち着いた次第だ。






尚、左腕以外の傷跡は一点を除きものの見事に消え去っている。

高価な水の秘薬を惜しげもなく使ってくれたお陰だ。






聞いた話ではなんでも男爵家一つの財産並みの金額が一時私の治療費に用意されたらしい。

お爺様やお父様には感謝の言葉もないが、正直ガリアの財政状況を知る者としては頭を抱えてしまいたくなる。













首の皮半分からなんとか抜け出したばかりの状態。これが現在のガリア王国の財政状況だ。





大本の原因はお爺様のひいお爺様である前の国王、ロベスピエール三世陛下に遡る。


ロベスピエール三世陛下の六十年を越える治世の間に、ガリアはアルビオン、ゲルマニアとの間で領土や覇権を巡り幾度も戦争となった。

中でもアルデラとローレンスを巡ってのゲルマニアとの戦いは壮絶を極めたと今なお語られるほどだ。


さらに片田舎であったヴェルサルテイルに壮麗極まる宮殿を建築し、陛下の亡くなるまでおよそ五十年近く増改築と拡張を続けた。

そのためにハルケギニア中の建築、造園、芸術の専門家を総動員し、湯水のように使われた費用は累計すると数億エキューに昇ると言われる。


おまけに陛下とその寵愛を受けた婦人や貴族達の浪費癖がそれに重なった。




長期間の戦争と宮殿造園、そして浪費。

陛下の晩年に至るとガリアの財政は破綻寸前であったといわれ、事実現在残されている資料を見れば破綻しなかったのが奇跡とさえ言える。




お爺様の代になってようやく節制と倹約による財政再建が図られ、結果大幅な改善はされたものの、

依然先代の影響がガリアに黒い影を落とし、未だその根絶には至っていないのだ。












人知れずため息をつく私の目の前に、別の宮廷医が小箱を差し出してきた。

それを手に取り、中身を取り出す。


「こうしてみると、あまり気持ちのいいものではないな………」




手にしている球体のそれ…………義眼を眺めつつ、私はそうつぶやいた。










あの事件で私が唯一失ったもの、それが左目であった。

どうやらナイフの破片もしくはあの液体の直撃を受けたらしく、宮廷医達が治療を始めた時点で既に手遅れであったとのことだ。



しかしあれほどの火傷と怪我で、左目一つ失う程度で済んだと思えば文句もないしむしろ感謝すべきであろう。



もっとも感謝すべき相手は宮廷医達か、お父様達か、はたまた王女という私の境遇なのか、判断に迷うところである。










改めて義眼を眺める。



マジックアイテムの類ではないので、視力が回復すると言うことはないが。本物と見まごうばかりの出来である。

しかも中心には瞳の色に合わせてブルーダイアモンドを仕込んでいるらしく、また護身用の指輪同様杖代わりにもなるらしい。





義眼を宮廷医に取り付けてもらい、用意された鏡で確認する。

またその間に髪を粗雑にならぬ程度で結ってもらう。


こうしてみると元の右目との違いがまるで見当たらない。




さらに受け取った手袋で左手を覆い、椅子から立ち上がり、部屋を一回りする。

重さやバランスの配分には苦心してくれたらしく、違和感もまるで感じない。





視界が半分失われたことを除けば、依然と全く変わらぬ動作ができる。





「よい仕事をしてくれている、皆には感謝しているぞ。

後日改めて私の方から礼をさせてもらう。」






宮廷医達にそう伝え、部屋を出る。

部屋の前で待機していた二名の衛兵がそのまま付き従う。





あの事件以来王族や主要な貴族達には常時衛兵による護衛が義務づけられている。

堅苦しくはあるがその事件の当事者である以上文句はない。





太陽の間へ向かう回廊の途中でシャルロットがやって来た。

思わず抱きついてくるシャルロット。向かえに来てくれたらしい。



「快方おめでとうございます、姉様」

「ありがとシャルロット、待ちきれなかったかのか?」



私からべったりと離れようとしない辺り、図星のようだ。

もっとも私の方も無意識に慕ってくれる妹の頭を撫でてしまっている辺り、人のことは言えないが。






シャルロットと共に太陽の間にたどり着くと、そこにはお爺様を始めお父様やお母様、国務大臣など閣僚を占める貴族達が勢揃いしていた。

シャルロットも私の側を離れ、お母様の元に向かい、私もお爺様の元に向かう。




「ようやくもとの美しい姿に戻ってくれたの、イザベラ。

予もシャルル達も心配したぞ。ジョゼフ達も天で喜んでおるに違いない。」



お爺様の表情は安堵そのものであったが、やはりというべきか酷くやつれておられた。

随分とご心労をかけてしまったらしい。その分を含めて粉骨砕身せねばならんな。



「お爺様を始め、皆様にご心労とご迷惑をおかけました。

おかげをもちまして快方に向かいましたこのイザベラ、今後は如何なることでもいたします故、ご命令のままに。」





しかしお爺様の言葉は意外なものであった。




「気にせずともよい。此度の件も鑑み、暫く公務の免除を認める。

第一そなたはまだ十二才じゃ。大成するにせよ修練も休養も必要じゃろうて。」




「よろしいのですか?」


「構わぬ。シャルロットと共にゆっくりとするが良い。」












かくして私は暫し暇を出されることとなった。


肩すかしを食らったとはいえ、暇をもて余すつもりなどないのでその日の内から図書院に向かうつもりだったのだが………



「姉様………」



早々シャルロットに捕まり、現在されるがままに髪をいじられている。







「短くなってしまいましたね…………」


「もう半年もすれば腰ほどには伸びるさ。

シャルロットとお揃いというのもよかっ………………」


不意に感じる重みと柔らかな感触、そして暖かい体温。

妹と私の頬と頬が重なり、温もりが一つとなる。




「よかった………………、本当によかった………………。

姉様が良くなって………………、姉様の髪も…………元通りで………………。」







シャルロットは泣いていた。

ずっと堪えていたんだろう、私にもしも………という不安に押しつぶされそうになりながらも…………




思わずシャルロットを抱きしめる。


我が身が情けなくてしょうがなかった。

こんな小さい体で、まだ十歳の妹にこんなに心配をかけて…………




「すまない………シャルロット。

こんなに心配をかけては………姉失格だな。」







その後シャルロットが泣き疲れて寝てしまった後も、


翌朝まで私は妹の側を離れなかった。














――――――――――――

間髪入れずに第三話です、どうもヤッタランです。

第二話を手直ししているつもりが先に第三話ができました。不思議ですね。

原作でガリア=フランス
   ヴェルサルテイル=ベルサイユ

なんで、それに併せてロベスピエール三世や太陽の間、ローレンス等を捏造しています。
詳しい件はwikiを参照しました。

こんな感じで解説するのもいいですね。

因みにイザベラさんは当初ホテルモ○クワのバ○ライカさんみたくなる予定がこうなりました。
流石に焼き顔はマズイですね。

引き続き誤字脱字、ご感想、ご意見などございましたらどうぞ宜しくお願いいたします。







[4177] 醜い蒼髪の姫君 第四話
Name: ヤッタラン◆a583f4f3 ID:9e06a1ef
Date: 2008/09/22 07:49


side イザベラ



温暖なガリアにも冬はやってくる。

王都リュティスやヴェルサルテイル近辺は特に夏との温度差が大きく、吹雪になることも珍しいことではない。





目下私達ガリア王族姉妹の生息域と化した図書院も火災の危険性から暖炉等は一切ない。

無論、火系統の魔法も厳禁である。



元々書物の保管庫に快適性を求めるのも問題ではあるが、それはともかく。






この季節、冷え切った図書院での読書はかなりの苦難が伴われる。





「あったかい………」






様々な意味で、であるが。
















現在の状況を説明しよう。




椅子に座る私の膝の上でシャルロットが座り読書をしている。

逆に言えばシャルロットが私を椅子代わりにして座り読書をしている。






因みに私が座っている椅子はお爺様とお父様から頂いた大型の特注品で、クッションはお母様手作りの一品である。


「ウチの娘達は二人揃って裁縫とかには見向きすらしない」とは頂いて間もなくのお母様の弁である。




すぐさまお母様の次の誕生日には姉妹手製の編み物をプレゼントしようと提案しシャルロットからの全面的賛同を得られたのは全くの余談である。







その上で防寒対策のため二人まとめて毛布にくるまっている。

シャルロットの言うとおり、二人分の体温で確かに暖かい。





しかしここで問題がある。



目の前にシャルロットの後頭部がある以上、私は本を妹の頭の横辺りに持ち上げながら読書するほかないのだ。

当然ながら本を片手で支えなければならない。肘置きがあるとはいえ、これがやたらと疲れるのである。




因みに妹と同じ本を読めば解決するのだが、無理に私と同じ本を読ませるわけにはいかない。

シャルロットからはそれでも構わないと言うが、十歳の妹と政治と経済の専門書を一緒に読むというのは如何なものであろうか。



事実一度それを試してみたところ三十分もせぬうちにシャルロットが音を上げてしまい、

それ以降、私が妹に読み聞かす等を除き現在のような状況が続いている。




尚、シャルロットの体重が云々というのは問題にもならない。

十歳の、しかも小食気味な妹ひとりで音を上げたとなれば、ガリア第一王女以前に姉としての名折れである。












そんな中、今日は珍しく二人揃って同じ本を眺めている。


読み聞かすわけでもなく、眺めているのである。







というのも今手元にある本にはハルケギニアで使われているものとは全く異なる文字で書かれている。


詰まるところ全く読めないのである。















この本を見つけたの全くの偶然であった。




シャルロットが特に好む文学や英雄譚などを粗方読破してしまったため、他に本がないか図書院の奥を探していたところ、

たまたま見上げた本棚に、他の本と全く異なる装丁をしたこの本を見つけたのである。


しかも同じような本が二十冊以上も。






異質だったのはそれだけではなかった。


見たこともないような文字で記され、装丁も描かれた絵は極めて精巧かつ緻密、紙もハルケギニアで最高級のそれよりも上質ときている。

しかもよく見れば文字の一つ一つが全く同じであることにも気づく。



ハルケギニアでは本の生産はほぼ全て写本で行われており、当然ながらその文字は手書きのそれである。

しかしこの本の文字は一つ一つ判で押したような文字であり、とても人のできる技ではない。



第一、なぜこのような本が宝物殿に入れられず図書院の奥で埃を被っていたのであろう。


まるで何一つ分からないのである。








兎に角謎だらけのこの本だが、読めなければどうしようもないのである。

結果挿絵を元にシャルロットとあれこれ想像を膨らましているのである。




しかし挿絵だけでも記される内容は極めて興味深い。






ある一冊では見たこともないような動植物や昆虫がありのままに描かれ、

またある一冊では、様々な機械で埋め尽くされた大広間の中で数百人の職人が道具や機械を作っている。



それ以外にも、


人が豆粒程の大きさに見えるほど巨大で、空を悠然と舞うクジラのような怪物。

肌の色も髪型も様々で、多種多用な衣装や甲冑を身に纏う人々。

岩に埋もれた大小様々なドラゴンや幻獣達の骨格。

その他まるで見当もつかないような道具、機械、建築物の数々。





特にシャルロットは人の顔した犬を従え、砂地にそびえ立つ大きな三角形状の建物の挿絵を熱心に眺めている。

それでいてここヴェルサルテイルに酷似した壮麗な宮殿も興味を惹かれるようだ。




そして何より驚かされたのがハルケギニアとは全く異なる形状の、そしてはるかに広大で精巧な地図。

山や海や街、それらの一つ一つがこれ以上にないほど緻密に記されている。





好奇心と想像ばかりがふくらみ、ついていけなくなりそうな気分にすらなる。


しかし頭に舟を乗せ、装飾華美なドレスを纏った婦人の絵は流石にどうかと思う。

後、その婦人の横に描かれてる本を重ねたような箱状の道具は何だろう?






それでいてルーンなど魔法に関すると思われる挿絵が一つも見当たらないのにも興味深い。


まさかこの本の世界が全て魔法の恩恵を受けずに成り立っているとでもいうのであろうか。





もしもこの文字が解読でき、ここに記される道具や機械を現実のものとできれば、ハルケギニアはどうなるだろう。


全く想像しようもない。










流石に一息つこうと思う。

想像の羽を羽ばたかせ過ぎたせいか、目も肩も重く感じる。


「紅茶でも飲みに行こう、シャルロット」


軽く頷き私の膝から立ち上がったシャルロットは取り出していた本達を片づけ始める。




そんなとき、ふと一冊の本が目に入った。


シャルロットが読もうとしていたのだろう、何気なく置かれていたその本のタイトルを覗く。







それには『魔法使いの使い魔について』と記されていた。





















side シャルロット









「使い魔、ですか…………」




姉様は紅茶の席でいきなりこう切り出した。




「ああ、来年のフェオの月にでも召喚の儀式を試してみたくなってな。

あの一件以来魔法の方もすっかりご無沙汰だし、ちょうど良かろう。」







姉様の使い魔…………。


姉様のことだ、普通の動物を召喚すること自体想像できない。

韻竜や先程まで眺めていた本の挿絵に描かれていた名も分からない動物や岩に埋もれていたドラゴン達なのか……………。




それよりも問題は…………、







「その姉様。いきなりで、大丈夫でしょうか…………て、ごっごめんなさいっ!」

後になって失礼なことを言ってしまっただと気付き、慌てて姉様に謝る。







しかし姉様は機嫌を悪くするどころかクスリと微笑み、



「大丈夫だと思う、何故かは分からんが今回はうまくいきそうな気分でな。

お父様にも許可は得るつもりだし、心配することはないよ。」



その確信じみた自信に溢れた姉様の顔を見ていると先程までの申し訳なさが消え去り、思わず顔がほころんでしまう。






「どうした、いきなり幸せそうな顔をして。」




「いいえ、なんでもないです。

どんな使い魔を召喚するか楽しみですね。」



















side イザベラ









寒さと吹雪がガリアを席巻していた冬も過ぎ去ったフェオの月の始め、いよいよ使い魔召喚の日となった。

場所は宮殿北側にある演習場。既にお父様達もここに集まって下さっている。




毎日のように大穴を開けていたこの演習場に来るのも本当に久しぶりである。

埋め直された跡が周囲にいくつもあり、つい半年ほど前までの日々を思い出してしまう。








なんと言うべきか…………、あの時は余裕といったものがなかったのだろう。




考えうる全ての魔法を試し、切磋琢磨を重ねた。

最後には諦めたくないという意地だけでひたすら繰り返してばかりであった。




今から思えば、あんな状態では爆発から先には一歩も進まなかっただろう。

このような考えに至るようになっただけでも、あの時からは前へ進めたのであろうか。



そんな考えがふとよぎる。









気持ちを切り替えるため深呼吸をし、サモン・サーヴァントの呪文を詠唱する。

今まで感じたことのない程、気分が落ち着いている。



これなら………………。








「我が名は、イザベラ・ド・ガリア………」




杖代わりの義眼が蒼く輝き始め…………




「5つの力を司りしペンタゴン………」




周囲に現れた光の粒が目の前で渦を成し…………




「我に従いし使い魔を………」




やがて光の鏡に形作られ…………




「ここに召喚せしめよ!」





最後にはじけ飛んだ。



















今までの爆発とはまるで違った爆発だった。


轟音も、衝撃も、吹き飛ばされる土砂もない。




一瞬の、光だけの爆発だった。














そして光の消えた後には、




一人の女性がそこにいた。






















マントで身を包み、目深にフードを被るその女性の、

その顔に見覚えがあった。






忘れるはずがなかった。



あの時とは服装も髪の長さも違うが、

その顔を見間違えるはずがない。









あの夜に私が倒したはずの、


あの暗殺者が、


そこにいた。





――――――――――――

ウチのイザベラさんにはツンデレのツの字すらありません。どうも、ヤッタランです。

姉御肌なんですがいかんせん漢前過ぎますね。

フライフェイスもありという意見が多くてビビってます。


今回は強引に使い魔を召喚してまいました。

出しようのなさそうな原作キャラ+速攻で消えたオリキャラでいつものように捏造した結果です。

あと本の内容が何を指すのかはご想像にお任せします。


後三話での男爵云々ですが、ゼロ魔世界では公候伯子男の爵位持ちの下にシュバリエなんてものもありますので、男爵以上は領地持ちと考えています。

まあ男爵レベルなら田舎の寒村一つ二つぐらいでしょうし、まあいっぱしの大地主か金持ちが破産する程度とでも考えて下さい。

ご指摘有り難うございました。


引き続き誤字脱字、ご感想、ご意見などございましたらどうぞ宜しくお願いいたします。










[4177] 醜い蒼髪の姫君 第五話
Name: ヤッタラン◆a583f4f3 ID:9e06a1ef
Date: 2008/09/22 07:50



side シャルル











光がはじけた後、そこには一人の女が立っていた。



最初は自分の目を疑った。

次に周囲を見渡し、侵入者ではないかと疑った。



そのどれにも以上らしいものは見かけられなかった。






信じがたいことであるが、


イザベラの目の前にいる女が召喚された使い魔であるというのだろう。







改めて召喚された(と思われる)女を観察する。




黒いマントで身を包み、目深に被ったフードから覗かせる長髪も見事に黒色。

フードに隠れたその顔を窺い知ることはできないが、体の線の細さから女だとは分かる。



女は姿を現してから微動だにせず、只イザベラの前に立っている。

そのどこか得体の知れない雰囲気が皆に緊張を走らせる。







ふと傍らにいる妻ともう一人の娘に目を向ける。



シャルロットは既に妻の前に立ち、杖代わりの指輪を女に向けている。

妻の方も女に警戒しているらしく、けして目を離そうとはしていない。


警備の衛兵達も父上を守るように取り囲み、不測の事態に備えている。








しかし、女の目の前にいるイザベラだけは違っていた。


女が姿を現したときこそ大きく目を見開いていたが、今娘の表情にそれはなく警戒する様子も見られない。







イザベラが女の前に進み出る。


誰かの息をのむ声が聞こえ、誰もが杖や武器を構え直す。




しかしイザベラは私達の方を向き、それを制止する。


あろうことか、娘はかすかな笑みさえ浮かばせていた。





「跪くがよい。」



イザベラと比べ頭一つ分程背の高い女は命ぜられるがまま、

その場に片膝を立て、跪いた。






軽く頷いた娘の口から、コモン・サーヴァントの呪文の詠唱が紡がれる。








「我が名は、イザベラ・ド・ガリア………」




イザベラの左目が蒼く輝き始める…………




「5つの力を司りしペンタゴン………」




そのどこか淡く、暖かみのある蒼い光が瞬き…………




「我が元に馳せ参じたるこの者に、祝福を授け………」




女のフードを取り払い、その顔に手をかざし…………




「我が使い魔となせ」



イザベラが女に口づけを施した…………















side イザベラ









私とこの女の唇が離れた刹那、女の額に光が走る。

ルーンを刻む光に微かな苦悶の表情を浮かべた女は、しかし取り乱すことなくそれを受け入れていた。










結局私はこの女と、あの時の暗殺者であってそうでないこの女と、使い魔の契約を結んだ。





目の前の女を一目見た時は思わず驚愕に目を見開いてしまったが、すぐにあの時の暗殺者ではないと気づいてしまった。


あの夜に見せたおぞましい雰囲気も、狂気に彩られた笑みもこの女にはなかった。



それどころかその目には一筋の光もなく、意志のかけらも感じない。

指の一本、眉の一つ動かす気配すらない。








まるで人間と寸分違わぬだけの人形。



それが私の感想であった。






そんな相手と、私は使い魔の契約を結んだ。

杖と武器を構えるお父様達を制止させてまで契約を結んだ。







何故と問われると私自身明確な回答を見いだせそうにない。



こんな魂の抜けた抜け殻のような女に私を惹きつけるものがあったのだろうか。

それともこの人形に私好みの魂のようなものを吹き込んでみたいという要求に駆られたのだろうか。





ほんの気紛れではない。

熟考の末に決断したわけでもない。

それとも始祖のお導きとでも言うのだろうか。





確かなのは私がこの女を召喚し、契約を結ぶことを望んだ。

ただそれだけである。




理解はできなくとも今はそれで良かろう。







やがて光も消え女改め私の使い魔の額にはルーンが刻まれていた。

使い魔の瞳には先程まで無かった光が見て取れ、確かな意志を感じさせていた。



「そなたの名は?」


「ございませぬ。

ご主人様の望むままにおつけ下さい。」




抑揚のない、しかし嘘をついているとは思わせない意志のこもった発言だった。




「よかろう。」




名付けとは、親であれ飼い主であれ上に立つものにのみ許された行為である。

私がこの使い魔を従わせているという根拠としてはある意味ルーンよりも説得力があるかもしれない。



しかし、こやつにあう名前か……………。









「…………シェフィールド。そう名乗るがよい。」


ふと思い浮かんだその言葉が、この使い魔の名となった。













「終わりました。」


お父様達に儀式の終了を告げる。

しかし、シェフィールドに対する警戒感からか、武装を解く様子すら見えない。



仕方なく、使い魔をつれてお父様達の元へ向かう。



「紹介しますお父様、此度我が使い魔となりましたシェフィールドでございます。」



「…………シェフィールドにございます。どうぞよしなに」


私の意をくんでか、お父様達に向け跪き名を名乗る。






お父様はシェフィールドを睨みつけること暫し、やがてこう切り出した。


「多くは聞かぬ。そなたは我が娘への忠誠に一点の曇りもないか?」


「ご主人様より頂いたこの名と額のルーンにかけて。」


すかさずこう答えるシェフィールド。









お父様は暫し目を閉じ、考え込んでおられたがやがて杖を治め、


「娘のことをしかと頼む。もしも何かあれば覚悟しておれ………」


そう言い残し、兵達にも解散を命ずる。










思わず安堵の息を吐いてしまう。

流石に今日は疲れた。




部屋に戻り、紅茶でも飲もうかと思った時、目を見開いたシャルロットに気づいた。


「どうしたシャルロット。そんなに驚いた顔をして。」



妹は私の問いに答えず、やがてこう呟いた。





「ミョズニトニルン…………」

















ミョズニトニルン。



始祖の従えし使い魔が一つにして神の頭脳。

いかなる魔道具も手足の如く使いこなし、その知性は神の本が如く博学無比。



そしてそれを従えしは、始祖の道を継ぎし虚無の担い手。










ヴェルサルテイル宮殿の奥、閣議の間。


今ここには王族と国務大臣の中でも信任の厚いリシュリューら数人のみが集まり極秘の会議が行われていた。

彼らの集まるテーブルの中央には図書院から用意された始祖と使い魔に関する書が数冊と、シェフィールドのルーンを書き写したメモが置かれている。

シェフィールド本人からも審問を行ったが、得られた情報は伝承に記されていることばかりであり、既に外で待たせてある。




シャルロット王女の指摘により発覚したイザベラ王女とその使い魔に関する事実。

慌てて用意された文献などから判明した事実も含め、否定する要素は一つもなかった。


その事実に対しこの場に集まる皆の顔は苦渋に溢れたものであった。



始祖の死後六千年にわたり一人として現れなかった虚無の系統の使い手とその使い魔。

それがこのハルケギニアにもたらすのが繁栄か破滅か。


そのいずれにしても大きな時代の変化を予測させるには十分であった。



今後起こりうる事態を恐れてか、此度のことを秘匿すべしと言う者。

始祖の再来とハルケギニア中にこれを公表すべきと言う者。



会議は明確な答えを見いだせぬまま深夜に至るも続けられた。












当事者である私は召喚の疲れからか既に自室に戻っている。

シェフィールドはお爺様達の審問に呼ばれ、この場にはいない。




机には来月のお母様の誕生日にと編み始めている編み物が放置されているが、今はとても編む気にはなれない。

どこか不安そうな顔をしたシャルロットを横目に、ひたすら答えのでない問題を考えているような気分だ。





いや、答えなんて最初から出ている。


シェフィールドがミョズニトニルンで、それを召喚し使い魔とした私が虚無の担い手である。

これは覆しようのない事実であるし、それを受け入れるしかないのは分かっている。






しかし、際限なく噴出する謎や不安が私の頭の中で魔女の釜を作り出している。




何故私なのか。

私以外の虚無の使い手はいるのか?いたとすれば誰なのか?

これから私は、ガリアは、ハルケギニアはどうなるのか?

いや、そもそも虚無の系統とはどんな魔法なのか?まさかあの爆発ではあるまい。


そんな考えがひたすら現れ、堂々巡りを繰り返す。








すっかり冷めてしまった紅茶を飲む。

苦みと渋みばかりが強調されて気分転換にもならない。









「シャルロットは、どう思う?」

思わずそばの妹に話しかける。




いきなり聞かれたせいか、驚いた様子のシャルロットは少しばかりうつむいた後、


「あの、…………姉様が無事使い魔を召喚できたことは嬉しいですし、姉様が虚無であるというのには驚きました。

ただ……………、これから姉様がどうなるか……………。え、姉様………。」






妹の精一杯の答えに罪悪感がわいてくる。

思わず立ち上がりシャルロットの頭を撫で、そのまま抱きしめる。。



この小さな妹や会議を開いているお爺様達にも迷惑をかけてしまっている。

我ながらどこまで問題児なのかと苦笑してしまいたくなる。







しかし笑っているわけにはいかない。


私とてガリア王家の一人、

それがガリアと王家のためならば如何なることでも遂行してみせる覚悟はある。



私の存在が良かれ悪かれ将来のガリアに多大な影響を及ぼすのは最早確実なら、

少しでもましな方向にせねばなるまい。



少なくとも、この小さな妹が笑ってくれるような結果にはしたいものだ。






――――――――――――

なんか今回のオチは三話と同じですね、どうもヤッタランです。

結局原作ジョゼフの使い魔そのままです。

ただし漢前イザベラさんと原作版ではソリが合わなさそうなんでこんな形にしました。

もっともシャルロットとは絶対に合わないでしょうが。


因みにイザベラ以外はシェフィールド=暗殺者とは知りません。
(イザベラの魔法で派手に吹き飛んだと考えて下さい)


引き続き誤字脱字、ご感想、ご意見などございましたらどうぞ宜しくお願いいたします。



[4177] 醜い蒼髪の姫君 第六話
Name: ヤッタラン◆a583f4f3 ID:9e06a1ef
Date: 2008/09/18 20:14





side イザベラ










翌朝、私はお爺様達に呼ばれた。



昼夜を徹した会議の結果、当面は虚無に関することを隠匿することとなり、

シェフィールドは私専属の護衛兼使用人という形に収まった。



宝物殿に保管されていた始祖に関する書に記載されている虚無の系統を私が目覚めていない点が結論に導いたらしい。

そもそも虚無の系統に目覚める方法すら分からぬ現状ではそれ以外に方法がないというのもそれを補強した。



虚無に関することは今後お爺様直轄の調査団に委ねるという方針も決まり、私自身は何の制約もお咎めも無しとのことだ。







というわけで私がいるのは第二の自室と化している図書院。

勿論膝の上にはシャルロットが陣取っている。




二人して読んでいる本は当然ながら虚無に関する書。

調査団が早速とばかりに図書院中から引っ張り出してきたものの一冊である。


他にも似たような本が数十冊近く私達の周囲を取り囲んでいる。





だが正直なところ、大なり小なり伝承やお伽話で言われるような内容を掘り下げたものでしかなく、

始祖とその使い魔の英雄譚こそ数多くあれども、肝心の虚無の系統の目覚め等の記述は皆無である。


それ以前に始祖以外の虚無の使い手はこれまで確認されなかったし、始祖そのものも出生など不明な点が多すぎる。

恐らく文献ではこれ以上の収穫は見込めないだろう。



それに今日明日にも虚無の系統に目覚めねばならないわけでもないので、適当なところで切り上げるとしよう。

気分を変えようとシャルロットに伝え、一緒に読みたい本を取りに行かせる。





軽く伸びをした時、後ろにシェフィールドがいるのに気づいた。



「審問の方は終わったのか?」


「はい。」


「その様子では、進展は見込めないな。」



シェフィールドに対する審問も数回行われている。

しかし神の頭脳と歌われたミョズニトニルンであっても召喚されて間もない状況では如何ともしがたく、

今後何らかの進展が見られない限り、次回以降の審問が行われる可能性は極めて低いだろう。







やがて一冊の本を抱えたシャルロットが戻ってくる。

しかしシェフィールドの姿を見た途端ふくれっ面になった挙げ句、私の元めがけて飛び込んできた。


飛び込んでくるシャルロットと本を落とさぬよう慌てて受け止める。

途端胸と腹に衝撃が走る。正直、結構痛い。




「危ないだろ、シャルロット。」


ところが当の妹からの返事はなく、抱きついてきたままシェフィールドを睨みつけている始末だ。


「こらシャルロット!聞こえてないのか!?」


思わず大きな声を出してしまう。




途端シャルロットは一度大きく跳ねたかと思うと項垂れ、私の方を向いてきた。

涙ぐんだその顔に、思わず頭を撫でてしまいたくなる衝動に駆られるが、敢えて心を鬼にする。



「転けたらどうする、危ないだろ。」


「………ごめんなさい、姉様…………」



遂には泣きながら謝り始めるシャルロット。途端怒りが消え失せ、代わりに罪悪感がにじみ出てくる。


「ああもう、泣くなシャルロット。」


ハンカチを取り出し、涙と鼻を拭いてやる。





召喚以来審問等の事情のない限り、シェフィールドは常時私の側にいる。

それが我が妹君にはお気に召さぬらしく、我が使い魔を見る度に敵意をむき出しにする始末である。



シャルロットが私を慕ってくれているのは嬉しい。

その半面、近い将来に立ちこめる不安で頭を抱えたくなる。



「無理に仲良くなれとは言わん。しかしそう敵意をむき出しにするな。

シェフィールドも取って食いはしてこぬ。」




その返答の代わりか、さらに抱きついてくるシャルロット。


これや虚無のこと等、目の前に山積する悩み事の多さに思わずため息をついてしまう。







シャルロットが持ってきたのはあの謎だらけの本である。

中身を開いてみると、どうやら機械に関する一冊のようだ。




相変わらず読むことのできない本の中身を眺めていた時、思わず後ろに佇む使い魔の方を向く。

何事かというシャルロットの手から本を奪い取り、シェフィールドに見せる。



「この本が読めるか。」











side シャルロット










「ヒャッカジテン?」


「はい、正確にはブリタニカ百科事典第十四版、この本はその内の一冊でございます。」



姉様の使い魔は、あの本を手にしながらそう答える。





正直、私はこの使い魔が嫌いだ。


確かに姉様が無事使い魔を召喚できたのは嬉しかった。


でも使い魔であるが故、いつも姉様と一緒にいるのが気に入らない。

姉様と私の間に図々しく入り込んだ邪魔者にしか見えない。





それ以上に、そんな考えをしている私自身が一番大嫌いだ。

それでも姉様とこの使い魔が一緒にいるのを見るとそんな考えが止まらなくなってしまう。



先程に至っては姉様に叱られてしまった。

最後に姉様は許して下さったけど、私が一番悪いのは事実…………。




姉様の使い魔は私の持ってきた本を手に姉様の質問に答えている。

額のルーンが微かに輝いている。




私達では読むことの出来ない本と神の頭脳ミョズニトニルン。

これなら内容が分かるのではないかという姉様の読みは見事に当たった。


他の人では早々思いつかないだろう。

事実私も考えもしなかった。




でも私の中でわだかまるのはどこまでも醜い感情。

あの本は元々姉様と私が読む本だったというのに…………。


そんな感情を抑えつけ、使い魔の話に耳を傾ける。













side イザベラ











「具体的に申しますと、政治、経済、科学技術、天体、民族、動植物等々様々な分野ごとに分類し、それぞれを網羅した書物にございます。

詰まるところ、その書が記された時点でのあらゆる事項をこの数十冊の本にまとめたものにございます。」


「ハルケギニアの本ではないのだな。」


「はい、全くの異世界のものにございます。」


「なんと………」




額のルーンを輝かせたシェフィールドの言葉に感嘆の声も出ない。





あの謎だらけの本はよりにもよって異界から流れ着いた書であるらしい。

確かに全く読めない文字や、本に使われている技術など、ハルケギニアでは場違いにも程があるわけだ。






その異世界についても聞けば聞くほど驚かされる。

月は一つしかなく、ハルケギニアをはるかに超える広大な世界を舞台に人々は活躍しているという。

しかもその世界での人口はおよそ三十億人近くに上り、肌の色や文化、言語などがそれだけ多種多様に存在するというのだ。


なによりその世界では魔法やマジックアイテムはお伽話の存在でしかなく、科学と技術のみを用いて人は空を飛ぶまでになったという。

さらに貴族や王族もその多くが平民達によりその座を追われ、多くの国々では彼らの代表者による会議で政治が進められているとは。



全く想像もつかん話であるが、それを記した本がここにある以上、異世界とはいえ存在するのであろう。





それに引き替え、ハルケギニアは何と立ち後れているのだろうか。


異世界の彼らは始祖に匹敵する存在が現れて二千年足らずでここまで進化と繁栄を謳歌しているというのに。

始祖以来国も、社会も、何もかも変わらずに六千年を過ごしてきたハルケギニアの停滞ぶりは一体なんだというのか。




全く馬鹿馬鹿しくなってくる。


何が虚無だ、何が魔法だ。

異界の彼らは魔法など無くてもそのうち月にだって行ってのけるであろう。






何もかも投げ出したくなる気分だが、私の膝に座っている妹を見て辛うじてそれを抑えつける。


私はガリアの王女であり、目の前にいるシャルロットの姉なのだ。

王女として、姉としての責務もある。




自暴自棄になりそうな気分を押し殺し、目の前の妹たちに目を向ける。


シャルロットはシェフィールドから挿絵に記された機械や建築物などを片っ端から聞いて回っている。

異界の技術と英知が生み出した品々への好奇心が先程までの敵意を上回るようだ。





そこでふと私は使い魔にこんな質問をしてみた。


「シェフィールド、このヒャッカジテンに記されている技術ですぐにでもガリアで再現できるものはあるか?」




それに対する返答は私に新たな情熱の炎を呼び覚ますのに十分なものであった。




「結論から申しますと十分に可能です。

但し、ハルケギニアの技術水準による材料の品質や量産等の面からしまして最低十年は見積もった方がよいかと。」



「構わん、シェフィールド。ヒャッカジテンの内、科学技術に関するものを最優先に翻訳せよ。

必要なものは何でも用意する。」



直ぐさま使い魔に命じ、シャルロットをどけて立ち上がり、私はお父様の元に向かった。






「姉様、まさかあの本の内容を再現なさるおつもりで…………」


「当然。」




追いかけてきたシャルロットの言葉に思わず振り向き、そう言い放つ。




おそらく今の私の顔は相当あくどい笑みになっているに違いない。


なにせこんなにも気分がいいのだ。思わず小躍りしてしまいたくなるほどに。

先程までの陰鬱極まる気分などとうの昔に消え去ってしまっている。


散々待たされていたプレゼントがようやく貰えるような気分と言うべきか、

こんなに気分がいいのは本当に久しぶりだ。






「これからハルケギニアは大きく変わるぞ。

ここガリアで、たった今から、私達が変えていくのだぞ。

最高に楽しみで仕方がないよ全く!

そうだろうシャルロット、始祖以来六千年の惰眠からハルケギニアは目覚めるのだからな!」






私は回廊をお父様の元へ急ぎながらそうシャルロットに断言した。













――――――――――――

イザベラさんがツンデレのツの字も無いのにシャルロットさんがヤンデレに目覚めそうです。

どうも、ヤッタランです。


第四話に出てきた本をネタにしてみました。

戦闘機やら戦車やら現物は山ほど出てくる割にエロ本しか出てこないのに納得がいかないのでやってみました。反省ってなんですか。

補足しますとブリタニア百科事典第14版は1929年から73年まで発行されたものでガリアにあるのはそのうち1930年代後半(第二次大戦前)に発行されたものになります。
(人口や月云々のくだりはこれに準拠します。詳しくは例によってwikiです)

ですので虚無すら鼻で笑うことのできる核兵器さん達は出てきませんのでご安心下さい。


引き続き誤字脱字、ご感想、ご意見などございましたらどうぞ宜しくお願いいたします。





[4177] 醜い蒼髪の姫君 第七話
Name: ヤッタラン◆a583f4f3 ID:9e06a1ef
Date: 2008/09/23 19:48
side イザベラ





吊り上げられた大釜から灼熱の液体が流れ出す。

それが予め用意された型枠の中に順次流し込まれてゆく。


熱気が周囲に充満し遠目で見ている私達ですら汗が噴き出してくる。

魔女の大釜などという言葉をあざ笑いたくなる風景だ。





桟橋では全長80メイルを超す大型貨物船から赤黒い鉄鉱石と石炭が次々と運び出され、

次々と大きく口を開けた炉の中に放り込まれてゆく。



船も炉にも水蒸気を勢いよく吹き出す蒸気機関が取り付けられ休み無く動力を動かし、水蒸気を吐き出し続ける。


出来上がった鉄製の塊は山のように積まれてゆき、鋳造品は仕上げと固定化が施され、

また別の船に積み込まれてゆく。


作業に携わる誰もが汗を流し、終わりのないような戦いを繰り広げているが

その目は例外なく溶鉱炉に負けぬ情熱に満ちている。








王都リュティスの東およそ270リーグ、マーヌ・レーン運河の中継都市ネンシー。



ゲルマニア国境を流れる大河レーン川とリュティスからガリア北部最大の港町ル・エイブルまで流れるセイネ河の支流マーヌ川を結ぶ水上交通の要所である。

当然ながらこの一帯は王家直轄の領地であり、現在はお父様がお爺様の代行で領主となっている。








この地にハルケギニア初の製鉄所が完成したのは、私がシェフィールドを召喚して約一年経った秋のことである。




あの日、意気揚々とお父様の元を訪れた私は百科事典のことを洗いざらい話し、実現に向けた行動を提案した。


しかし、私に賛同してくれたお父様と違いお爺様達の反応は今ひとつで、

しかも専門とばかりに招集された学院の重鎮達は揃いも揃って一笑に付してきたのである。



曰く、「異界の技術など眉唾にも程がある」

   「王女の使用人の世迷い言が聞いてあきれる」

   「第一今のハルケギニアにそんなものは必要ない」




彼らにとっては魔法こそ全てであり、仮に私が求めるものを理解できる者は私を敵視する筈だ。

それすらできぬ者は理解できないことを一笑に付して退けるだけだ。




学院の重鎮とは保守と権威の象徴であるだけでなく、新たな世界を理解する力さえない。

これがハルケギニア六千年の停滞の象徴だと今更ながら思い知らされた。






六千年の惰眠を象徴する連中に対して、私はその直後から自己の弁説の限りを尽くして重鎮どもを論破し、罵倒し尽くした。

結果的にお爺様達は私の提案を承認して下さり、無能な重鎮どもは揃って自主的に暇をもらう羽目となった。



ただ私もお父様達から「何でこんな娘になってしまったのだ」や「政治家はおろか詐欺師にだってやってのけれる」等の

散々なお言葉を頂き、立ち直るのに苦労する羽目になったのは思い出したくもない過去である。


私を精一杯擁護しようと孤軍奮闘してくれたシャルロットの姿だけが嫌なくらい鮮明に覚えているのは全くの余談だ。










何はともあれ、シェフィールドの翻訳が順次できる中、ガリア中の新進気鋭の講師や職人たちを集めることから始まり、

ハルケギニアの既存技術で可能又は代替可能なものの検証、

大釜で発生させた水蒸気を用いた動力機関の設計と開発、改良、

リュティス郊外や王家直轄地を中心に工場の建設と稼働、

再現可能な道具や兵器の試作品制作と検証などが随時行われている。



また翻訳で明らかになった未知の物質、化合物の生成と用途の検証も同時進行で進められ、

既に従来の黒色火薬に代わる無煙火薬の開発にも成功しており、

現在はTNTと呼ばれる爆発物の再現に取りかかっているとのことだ。



また試験運用として蒸気機関を搭載したフネ改め飛空挺や陸上輸送用の動力車両の試作、

実験農場での肥料、農耕用機械の運用なども平行して行われている。





そしてハルケギニア最大の鉱山地帯であるル-シュから鉄鉱石と石炭を運搬するため、

従来の運河を三ヶ月の突貫工事で大幅に拡張し、

現在ここネンシーにて本格的な製鉄所の稼働にまでこぎ着けた。






鉄の増産が可能となった今後は、小型火器から大砲、消耗品の砲弾、艦船や工場、建築物用の鋼材等の量産が本格化する。

勿論製鉄所の追加も同時に行われるので、早ければ数年後には生まれ変わった花壇騎士団やガリア両用艦隊がお披露目できるだろう。




まだあの本に記されているような煙にまみれた煙突の森には到底及ばないが、

私の生きている内にはその規模までたどり着いてみせると心に決めている。



最も百科事典にも記載されている排気ガス対策にマジックアイテムも利用しているため、煙は殆ど無色無害化はされているが。














勿論ここまで順風という訳ではない。


全てを網羅しているとされる百科事典の記述が意外にも理論と概略を中心としており、

再現するためにその都度検証を要すること。


当然ながらこれ程の事業のためヴェルサルテイルの建設には遠く及ばないものの相応の費用が必要にもなる。


さらに国内の貴族や諸外国にも細心の注意を払わなければならない。


無論、技術の本当の意味での理解と習得や、将来的な投資としての費用など一概に悪いとは言えない。




しかし貴族や諸外国への対策に関してはお父様やお爺様に任せきりであったこともあり、

新たに設置された科学技術院の陣頭指揮に専念できる私は只感謝する以外にはなかった。



聞いた話では学院を去った重鎮どもが貴族達に吹聴して回り、一時は憲兵隊まで出る自体にもなったらしい。


さらにそれを聞きつけ開発の中止を迫ってきた貴族も何人かいたらしく、

そのために余計な費用をばらまく羽目になったという。




そのためかお父様は体調を崩され、現在静養中の身である。

傍目からも随分とご無理をされていたらしく、知らせを聞いた時ばかりは私も取り乱してしまったものだ。

幸いなことに大事には至らず、一月もすれば御公務にも戻られるという。



その間のお父様の名代として私が技術院での代行を命ぜられ、今日はこのネンシー製鉄所の視察に訪れている。

既に隣接する第二製鉄所の建設も始まり、こちらの建材にもここで精錬された鉄が使われ始めているとのことだ。










無事視察を終えた私は責任者達の見送りもそこそこに竜籠に乗り込み、一路ヴェルサルテイルにある科学技術院に向かう。


機密保持の観点から王宮内に設置された科学技術院だが私にとっては図書院に変わる第三の自室と化しつつある。

シャルロットが図書院同様、科学技術院の私の部屋に入り浸っているのは言うまでもない。


「この後はラヴォアージェ教授との会合だけか………」



竜篭に乗りながら今後の予定を確認する。

会合といっても製鉄所の責任者との会合内容の報告と、打ち合わせ程度なので夕方までには終わるだろう。





ふと竜篭を操るガーゴイルに目にはいる。

額にミョズニトニルンのルーンの刻まれたシェフィールド特製のガーゴイルである。



ガーゴイルや風石などのように、日常的に使用されているマジックアイテムは多数ある。

それをハルケギニアから駆逐するなど流石に不可能であろう。






百科事典の世界では魔法は勿論マジックアイテムなど存在しない。


この本を記した人々は彼らが編み出した科学と技術であそこまで繁栄を謳歌している。

当然ながら記載されている科学技術にも問題や欠点も存在する。



私はそれに魔法やマジックアイテムを最大限活用すべきだと考えているし、

既に製鉄所の煙の無害化や代替品などのように活用されているのもある。



あの無能な重鎮どものように科学技術を一笑に付すなど論外であるが、魔法を時代遅れの産物とする必要もない。

彼らの科学技術同様、六千年かけて発達した誇るべきハルケギニアの技術である。


精々利用しない手はないし、それを否定する理由もない。



理想的にはお互いの技術を融合させた全く新しい方法を模索すべきだが、

それに至るには後何年かかるのだろうか。







そんなことを考えていると、竜篭が急にスピードを上げていることに気づく。


何事かと思った時には既にヴェルサルテイル上空に到達していた。

そこで様子がおかしいことに気づく。



よく見れば、貴賓用の駐竜場にガリアのとは異なる装備をした風竜がいた。

それに合わせるかのように王宮の警備も平時のそれより厳しくなっている。




王族用の駐竜場に竜篭が着陸すると、そこにはシェフィールドが待っていた。

私が降りてくるのも待たずに用件を伝えてくる。


「お待ちしておりましたイザベラ様。

国王陛下らがお待ちにございます故、至急閣議の間までお越し下さいとのことです。」


「一体何があった。」


私の疑問に対し、そっと耳打ちするシェフィールド。




「っ!

真か!?」



無言のまま首肯する使い魔を連れ、直ぐさま閣議の間へ急ぐ。







しかしこの数年、全く予想外な出来事ばかりが起きる。


よもやアルビオンの大公家が亡命を求めてきたとは…………………。


















閣議の間に到着するとお爺様達にリシュリュー卿らが既に勢揃いしていた。


お父様は休まれているせいか、この会議にも姿は見せておられない。

その代わりか初めて見かける緑色の髪の女性がいる。


恐らく件の大公家の使いの者であろう。



「お待たせしました。イザベラ、ただ今戻りましてございます。」


「うむ、では始めるとしよう。」


そのお爺様の言葉により緊急の会議が始まった。






まず内務大臣のカステルモール卿から現状の報告が行われる。



要約すると、アルビオンで活動していたカステルモール卿管轄下の間者に対しアルビオン貴族サウスゴータ家から接触があり、

間者と共にヴェルサルテイルに来訪した使者が主君モード大公一家の亡命を求めてきた、とのことだ。








事の発端はシェフィールドの召喚と私の虚無の系統の発覚に遡る。


お爺様の命で活動を開始した虚無の調査団が半年近い調査の末たどり着いた結論の一つに、

虚無の系統は最大四人存在するというものがあった。





王家の秘宝中の秘である始祖の香炉に刻まれた一節に曰く、


神の左手にして神の盾、ガンダールヴ。

神の右手にして神の笛、ヴィンダールヴ。

神の頭脳にして神の本、ミョズニトニルン。

記すことすらはばかられる第四の使い魔。


そしてそれぞれの使い魔を保持する四人の虚無。






私を除く虚無の担い手が他にも存在する。

お爺様は直ちにガリア国内外に調査の者達を派遣した。




程なくガリア国内に私以外の虚無の担い手と思わしき人物は現在の所存在しないことが判明し、

各国の中でもガリアと同様、虚無の三人の子とその弟子を祖とするトリステイン、ロマリア、アルビオンを重点的に調査は続行された。





そんな中、アルビオンに派遣された間者から信じがたい情報が寄せられた。

曰く、アルビオン王弟モード大公はエルフを内縁の妻とし、娘をもうけている。




そのあまりに前代未聞な情報の確認のため増員として派遣されていた間者に、大公に仕えるサウスゴータ家から

接触があったというわけである。




使者として来訪した女性はサウスゴータ家の息女マチルダで、

今お爺様や私達と共にこの会議に参加している緑色の髪の女性である。





マチルダによれば、アルビオン王ジェームズ一世からの再三にわたる妻子の追放又は引き渡しを拒んでいる大公に対し、

ついに王からの討伐軍が編成されつつあり、領内に留まるのは危険と判断した家臣のサウスゴータ家当主ウィリアムより

大公一家のガリアへの亡命を求めるべくこうして接触してきたとのことだ。




しかもウィリアム・オブ・サウスゴータは大公の承諾を得ぬまま独断で接触をはかってきたらしい。

どうもその事実を受け入れるか定かでないガリア側に敢えて話している節もある。




「アルビオン王は間もなく大公追討の兵を差し向けてきます故、是が非でもガリア王からの取りなしをお願いしたく存じます。

大公からの咎めは我ら親子覚悟の上にございますが、それも殿下がご存命であればこそ。

ガリア王からの求めとありましたら大公も亡命を決心なさいましょう。」



「……………少し皆の意見を聞いてみたい。済まぬがマチルダ殿、暫し退室して頂けますかな。」





お爺様の発言に頷き、マチルダは一度私達全員に対し深々と頭を下げた上で退室した。





すかさずリシュリュー卿がお爺様に発言を求めた。



「陛下、仮に大公の亡命を承認した場合、アルビオンとの国交断絶は必至にございます。

最悪の場合、全面戦争も覚悟せねばなりますまい。」



その発言にガリア陸軍司令官のデルブレー卿が噛みついてきた。



「リシュリュー卿は我がガリア軍が敗北するとでもお思いなのか!

たとえアルビオン竜騎士団であろうとも我らガリア全軍がかかれば………」



「勝つには勝つでしょう。しかしこちらとて相応の損害は覚悟せねばなりませぬ。

それ以前に現在の財政状況では確実にガリアは破産しますぞ。」



デルブレー卿の発言を一蹴するカステルモール卿に続いて、リシュリュー卿もそれを補強した。



「それ以上にアルビオンがトリステインやゲルマニアと徒党を組む可能性すらあり得る。

その割に、というわけではないがこちらへの見返りが期待できそうにはないしの。」





リシュリュー卿もカステルモール卿もその発言は正鵠を得ている。

ガリアという国家の利益を考えれば実入りの少ない割に危険が多すぎる。


あえて大公の妻子がエルフであるという事実を除外した上で反対の立場を取っている所は流石と言うべきだろう。




「………そなたらの意見は反対でよいのか?」

お爺様の問いにリシュリュー卿らは皆沈黙を持って是と答えた。







「イザベラはどう思う?」



思わずお爺様の顔の方を見てしまった。


今年になってこのような会議の参加は認められたものの、今まで発言を許されたことは一度もなかった。

第一、いくら第一王女であっても私はまだ14才の子供でしかない。

その辺の分はわきまえておきたいと思っていたのだが、まさかお爺様から発言を求められるとは…………。




「確かにモード大公をそのままガリアに亡命させるのは私も反対です。

いずれにしましても、大公一家には公式には亡くなって頂くのがよろしいかと思います。」



「公式には、か…………。

スキルニルでも使うつもりか…………。」



首肯する私にカステルモール卿が発言する。



「亡命を手助けするとしても、些か危険が大きすぎます。

ましてエルフが国内にいるとなれば国外はもとより貴族達も黙ってはおりませぬぞ。」





そこが一番の問題だ。


始祖を信奉する宗教国家のロマリアあたりににでも知られれば異端審問になりかねない。

それでなくともエルフという存在がハルケギニアの民にどう思われているかを考えれば自明だろう。


だがそれ以上気になる点が私にはあった。




「一度マチルダ殿を呼んで頂けますか?

確認したいことがございます。」





お爺様の了承を得て間もなく、マチルダが再び閣議の間に姿を現した。


「お決まりになりましたか?」


「一つそなたに聞きたいことがある。構わぬか?」


「構いません、どうぞ。」




「大公のご息女は魔法が扱えますかな?」






私のその質問にお爺様達の息をのむ声が聞こえる。



私が気にしていた点、即ち大公家息女が私と同様虚無の担い手である可能性があるか否かである。

可能性としては十分あり得るし、もし仮にそうであるならば是非ともガリアに来てもらいたい。


それにガリアとしてもできるなら虚無の使い手を一人でも多く確保しておきたいところでもある。

うまく運べば政治的、軍事的にも大きな収穫となりうる。






マチルダはその意図が見えないのか、それとも憚られることなのか僅か眉を動かした後、


「お恥ずかしながら、ご息女ティファニア様は魔法の才が乏しい故か…………、

あまりご上手にはございませぬ…………。」


「といわれると?」


私の言葉に対しマチルダは眉をひそめ、これ以上は主家の面目に関わるとばかりに、


「失礼にございますが、それ以上の答えはいたしかねます。」


そう答えてきた。





一言で切り捨てられた私はそれが駄目ならとからめ手を試してみることにする。


「こちらも失礼した、許してくれたまえ。

何分私も魔法の才は皆無でな、コモンマジックすら例外なくスペルの途中で爆発してしまう。」




私達の前には先程とうってかわり驚いた様子のマチルダがいた。


「ティファニア殿であったか、ご息女も同じにございますかな?」




「は、はい……………。」












思わずお爺様達の方を向く。

お爺様を始め、事情を知る者達は皆顔を見合わせてはしきりに頷いている。




皆の様子を見たお爺様は一度大きく頷き、


「決まったな……。マチルダ殿、こちらは直ちに部隊をアルビオンに派遣する故、

道中の案内など頼みたい。」



「あ、ありがとうございます!」


マチルダはその場で跪き、涙を浮かべてお爺様達に感謝していた。







「さて、イザベラよ。そなたに頼みたいことがある。」


「お爺様の名代としてアルビオンに向かうべし、でございますね。

直ちに支度を済ませて今夜にもアルビオンに向かいます。」



「………親衛隊を連れて行くがよい。子細は全て任せる故存分にやるがよい………。

……………シャルル達は反対するだろうが、そなたなら大過なくできるであろう。

しかと頼むぞ……………。」





「ははっ!」





お爺様の言葉に今までないほど大きな声で返答した私はすぐさま閣議の間を辞し、

廊下で待機していたシェフィールドに指示を出しながら親衛隊隊長の下へ急ぎ向かった。







かくして私はモード大公亡命支援のため急遽アルビオンに向かうこととなった。

無論このような任務で国外に出るのは初めてである。


最悪実戦もあり得るだろうが、不思議とそれに対する不安などはまるでなかった。

大公家息女がどんな人物か、エルフがどんな存在なのか、実に楽しみでならない。



そんなことを考えながら私は親衛隊の詰め所の扉を蹴破るように入っていった。






――――――――――――

切りどころが分からないうちに結構な長さになってしまいました。

どうも、ヤッタランです。


兵器や技術はあくまでハルケギニアの既存技術から発展できる分に押さえたいところですがどうなることやらです。


後、元々はルイズの元に行く予定でしたが今後のフラグを考えてテファの方にしました。ルイズファンの皆様、すいません。


展開的に今回は結構強引だったと思います。というかエルフに対する恐怖心とかどうしましょうか。


それにしてもイザベラさんはすごいですね。14才に見えないや!


引き続き誤字脱字、ご感想、ご意見などございましたらどうぞ宜しくお願いいたします。



9/20 誤字修正しました。ご指摘有り難うございます。


9/23 人名を改訂しました。マザラン卿→カステルモール卿(いわゆるダルタニャン)にしました。

ご指摘あるまでマザラン=マザリーニ枢機卿だったことを失念してました。

ご指摘ありがとうございます。



[4177] 醜い蒼髪の姫君 第八話
Name: ヤッタラン◆a583f4f3 ID:9e06a1ef
Date: 2008/09/22 08:08

side イザベラ





親衛隊長との打ち合わせを終え、自室に戻った私はすぐにアルビオン出立の準備を行う。



着ていたドレスを脱ぎ捨て、折詰の上着と幅広のズボン、膝程まであるブーツを履く。

姿見で取り付けられている襟章などを確認し、首元に王家の紋章をあしらった翡翠のブローチを取り付ける。

手袋を新しい外出用に取り替え、マント代わりのインバネスのついた外套を羽織り、制帽を被る。



一通り着付けが終了すると再び姿見の前に立ち、ようやく腰まで届くようになった髪を整え直す。


外套内側の深紅の裏打ちに襟などにある僅かな銀の装飾、そしてそれ以外はものの見事に黒一色の軍服姿の私がいた。



ガリア王国北花壇親衛連隊騎士団――通称ガリア王国親衛隊の制服である。











ガリア王国親衛隊。


二年前のあの暗殺未遂事件後、お爺様の命により王宮と王族の警備部隊として設立した後、

昨年科学技術院と共に王家直轄機関として再編成された第四の騎士団である。



主要な任務として王族等の要人の警護や内務省と連動した潜入破壊工作の他、

科学技術院で制作された兵器の試験運用なども兼ねており、


他の三騎士団や両用艦隊とは装備や運用面で全く異なる。



今私が着用する制服はあの百科事典に記されたとある国家の同名部隊のそれをモデルにしている。

初めて見た時の鮮烈さは制服として申し分なく、親衛隊再編成の際に採用するよう強く求めたものだ。



無論今回のような潜入目的にこれ程目立つ服装はどうかとも思う。


しかし私はあくまでモード大公との交渉が任務であるし、

他の隊員は偽装の面から一般的な船員か商人の服装で向かう予定でいる以上問題は無かろう。

第一平時のドレスでアルビオンに向かう程暢気ではないつもりだ。






姿見で確認を終えた私は最低限の荷物を支給品の鞄に詰め込み、肩から提げて準備を整える。

部屋を出ようとすると、入り口にシャルロットがいた。


私と同じ鞄を提げているため何を考えているのか一目瞭然だ。しかし………、



「シャルロット、悪いが今回は連れて行けん。

おまえはヴェルサルテイルに残っていろ。」


「ッ!姉様…………。」


「そんな顔をするな、すぐに帰ってくる。

シャルロットはここに残ってお父様達のことを頼むぞ。」



いつものように妹の頭を撫でてやり、私は部屋を後にした。



「姉様…………………。」



妹の決意に満ちた顔など気付きもしなかった……………











side マチルダ









ヴェルサルテイル宮殿の北東部、ガリア親衛隊用の発着場に一隻のフネが鎮座している。



全長はおよそ50メイル、ガリア両用艦隊が誇る戦列鑑とは異なり細く、とてもスマートな印象を受ける。

鉄の板をフネ全体に張り付けているのか、真っ黒な船体に二本のマストは他のフネより低く、船首のバウスプリットもない。


空中での航行を意識してか、船首と船尾には種類の違う翼が左右に取り付けられ、船尾には左右に煙突と羽根車が二つずつある。




恐らくあれが噂のジョーキキカンというものだろう。

何でも石炭で水を沸かし、それであの羽根車を動かすと聞いたがまるで想像がつきやしない。


しかしハルケギニア最大の国ガリアが国家規模で開発を行っているものだ、とんでもないものには違いないだろう。


おまけに左右におしやられた煙突の間には大きな幌が船尾上部全体を包んでおり、もう一つ何かありそうと見える。




しかし、こんな機密の塊みたいなフネまで用意してくれるとはガリアも気前がいい。

しかも大公殿下説得に第一王女までお越し下さるとは有り難いことだ。




巷では無能とか言われてはいるが実物を見て確信したよ、あの王女サマはとんでもない傑物だ。

その気になればハルケギニア統一だって夢じゃないだろう。

会議の席でもガリア王が特別扱いしている理由がよく分かる。



あの王女様なら大公殿下を説得してくれるだろう、さもなくば襟首捕まえてでもガリアに連れて帰りそうだが。

敵に回さなくて本当に正解だったと思うよ、まったく。




「マチルダ殿、風竜の積み込みが終了しました。

乗船願います。」


ガリア親衛隊の黒い軍服を着た士官が報告に現れてくる。

昼に行われていた会議から僅か数時間、日没前に出航できるとは驚く前に呆れてしまう。



「分かりました。」



返事をしたその奥で士官と同じ黒い軍服を着た件の王女様がいた。

どうやら親衛隊の指揮官らしき男達と打ち合わせをしているようだ。


盗み見するのも何なので、促されるまま目の前のフネ、いやガリアでは飛空挺というらしいー


ランフレクシブル号に向かう。




第一、暢気に見物をしている暇はない。

直ちにサウスゴーダに帰り、大公殿下達の元へ向かわねば。



苦労して折角ここまでうまくいったんだ、この後もうまくいくよう頑張らなきゃあな。


両手で頬を叩き、深呼吸をした私はガリアご自慢の飛空挺に乗り込んだ。









side イザベラ









ランフレクシブルに乗る前に親衛隊第一大隊長のシャレット少佐らと最後の打ち合わせを行う。

彼の率いる部隊はサウスゴータ南西部の森林地帯にて待機し、万が一の増援部隊としておく。


森林内にあるサウスゴータの山脈に斥候を配置し、そこからサウスゴータと部隊との連絡を取り合う手筈となっている。



アルビオン内陸部にはサウスゴータに向かうランフレクシブルと別働のもう一隻しか侵入させない。

既にもう一隻は商船に偽装しアルビオンに向かっている。


「しかと頼むぞ。」


「了解です、ご武運を。」


敬礼する彼らと別れ、ランフレクシブルに向かう。

既に出航準備は整ったようだ。






ランフレクシブルの前にお母様がおられるのに気づいた。

近づいてくるやいなや、お母様は手に持つ蒼いマフラーを私の首に巻いて下さった。


「アルビオンは空気が薄いから喉を痛めないようにね……………、」


「お母様…………、」


気がついた時にはお母様に抱きしめられていた。


「気をつけてね、イザベラ。

けして無理はしないように………………。」




まるで敵わない。

その言葉しか思い浮かばなかった。



「行って参ります。」



辛うじてお母様にそう言い残し、足早にランフレクシブルに乗り込む。







「出航!アルビオンに進路をとれ!」


飛び立つランフレクシブルの甲板から見送るお母様達に手を振る。





取りあえずは今成さねばならないことに専念しよう。

そして無事に帰り、お母様に先程の非礼を詫び、マフラーのお礼をしなければ。












side マチルダ










どうやらガリアのジョーキキカンとやらを舐めてかかっていたらしい。

フネで竜篭並みのスピードを維持しているなんてすごいなんてもんじゃない。



アルビオン大陸に到達した後は石炭の節約と潜入の発覚防止のため風による通常航行で向かうらしいが、

早ければ夜明け前にもサウスゴータに到着できるらしい。



有り難いことだが、国王の軍隊の到着まで余裕があるわけじゃない。

現在私は王女達と共に操舵室下の作戦室兼ラウンジにいる。



「アルビオン大陸到達まではゆっくり休んで欲しい、狭いので快適さとは無縁だが休養するなら問題なかろう。

到着次第呼ぶのでサウスゴータまでの道案内は頼むぞ。」


「分かっております。ロサイス近郊は王立海軍の警備も厳しいのでその東側、

プライトン近郊の荒地からサウスゴータ東部の森林を通って向かう予定です。

航路からは外れていますし、いずれも大公殿下の領地ですのでこちらの方が安全かと思います。」




机に広げられたアルビオンの地図を指で弧を描くように指し示す。



「道中で留意するべき事はあるか?

それとアルビオン軍の予想される動きはどうなっている?」



王女の隣にいる士官が代わりに答える。


「プライトンの荒地には特に問題はありませんが、森林の北に街道がございますので

万が一アルビオン側に察知される可能性があります。


アルビオン軍の動きですが、斥候からの情報によるとロンディニウム側からは竜騎士隊30を含む艦隊およそ10隻前後が、

ロサイスからは増援としてこちらも10隻前後でサウスゴータに向かう模様です。」


「それぞれの進発とサウスゴータ到着は?」


「共に明日中には出航し、サウスゴータ到達は最短で二日後になるかと。」





私は正直驚いた。既に斥候を放った上でここまで正確な情報を掴んでいるなんて。


だがそれより国王の軍隊がお父様の予想より早い。

この飛空挺でなければ間に合わなかっただろう。



「遅くとも明日の夜にはアルビオンを離脱する必要があるな。」



王女様も私と同意見らしい。



「マチルダ殿、サウスゴータと連絡は取れるか?」


「ガーゴイルを用いれば何とか。」


「至急、サウスゴータ側に亡命の準備をするよう手紙を用意してくれ。

必要に応じて他のフネも用意するように頼む。シェフィールド、ガーゴイルの用意は任せるぞ。

艦長、進路をプライトンに向け全速だ。それから各員にアルビオン到達まで交代で休憩を取るように。


以上、解散。」




姫様の矢継ぎ早な指示を持ってこの場は解散となる。

すぐに渡された紙とペンでお父様宛の手紙をしたためる。






手紙の横に紅茶のカップが置かれる。

装飾のされていない質素なカップだが香りは相当な高級品だ。



王女の護衛の魔法使いに手紙を渡し、ありがたく紅茶を頂く。


「………おいしい。」



「適当に淹れたものだが気に入ってもらえたか。

お代わりはいるか?」





ガリアに来て以来、どこまでこの王女様に驚かされたらいいのやら。


「…………お願いします。」


流石に何も言う気になれず、素直に頂いておく。






三杯目のお代わりをもらうべきか悩み始めたところ、士官が報告にやってきた。



ガリアのもう一人の王女様を連れてきて。









――――――――――――

後世の評価はどうあれ、親衛隊の奴らはワルで、強くて、どうしようもなくかっこいいのです。

それが奴らの魅力です。どうも、ヤッタランです。


イザベラさんにこの格好をさせるためにこの小説を書き始めている所もあります。


フネもとい飛空挺の名前は現役のフランス海軍原潜から、イメージとしては羽のついたバ○クーダ号でお願いします。

(未来少年コナン知っている人どんだけいるかなぁ?)


しかしアニメ三期のオストラント号の格好悪いこと、コッパゲさんには悪いですが個人的にはあんなのに乗りたくありません。


そろそろ捏造したキャラやらが増えたので設定集みたいなのを用意しようか考えてます。


引き続き誤字脱字、ご感想、ご意見などございましたらどうぞ宜しくお願いいたします。



追記:マチルダさんはこの時点で二十歳の予定もとい新しい口調が分かりずらくなりそうなんであえて原作ロングビル風にしました。

あと誤字訂正しました



[4177] 醜い蒼髪の姫君 第九話
Name: ヤッタラン◆a583f4f3 ID:9e06a1ef
Date: 2008/09/22 08:10



side イザベラ







「マチルダ殿、済まぬが席を外してくれ。」


マチルダは軽く頷き、部屋を後にする。



改めて密航してきたシャルロットに目を向ける。

妹の方も私の方を向いて目を逸らそうとはしない。


その目には縋るような、しかしけして後には引かないという意志が感じられた。




その目を見た私は一歩ずつシャルロットの目の前まで近づき、手を挙げ、



シャルロットの頬を叩いた。









side シャルロット






耳元で大きな音が響き、視線が右にずれる。

同時に感じる左頬の痛み。





姉様に叩かれた。


初めてだった。


姉様はどんなに怒ってもけして私に手を挙げたことは一度もなかったのに。



「……………大馬鹿者が、」



絞り出すような、呻きにも似た姉様の言葉だった。


今更ながら姉様にどんな迷惑をかけたか思い知った。





「私の部屋に放り込んでおけ。

けして出すな。」



「ぁ………………、姉様……………。」



「連れて行け………。」



謝る暇も与えられずに、私は部屋を出された。









一般の仕官と同じ、飾り気の全くないお姉様の船室。

私はそこに放り込まれた後、姉様のベッドで泣いた。



姉様の言うとおりだ。


私は大馬鹿者だ。


姉様の約束を破って、こんな所まで勝手に着いてきて……………。


あの時無理にでもついて行きたいなんて決意なんかとうに吹き飛んでしまった。




「ごめんなさい…………、ごめんなさい…………、

ごめんなさい…………………、」



姉様に聞こえるはずもないのにひたすら謝った。


謝り続けて、泣き疲れて、


そのまま私は意識を失った。









扉の開く音がした。

眠ってしまっていたらしい。


やましさなのか、体中が震えて身動きがとれない。

瞼を開けることすらできそうにない。



不意に感じる手の感触。


姉様が私の頭を撫でていた。

途端、震えが嘘のように引いていく。




「シャルロット、お前は本当に馬鹿者だ。

あんな寒いところで我慢して……………、

風邪を引いてしまうだろ…………………。」



私が隠れていたところを士官に聞いたのだろうか。


今更だが食料庫に隠れていたせいか、それとも布団も被らずに寝てしまっていたか寒く感じる。




姉様の手が私の額を触れてきた。


「少し熱があるな…………。

全く無理をしおって、本当にお前は馬鹿者だ…………。」


そう言いながら姉様は布団を私にかけ直してくれる。




私は寝返りを打つように姉様の方を向き、そして…………、



「ごめん…………なさい……………。」



ようやく言えた。


やっと………謝ることができた…………。





姉様の手がまた私の頭を撫でてくれる。



「言いつけはちゃんと守るんだぞ、

でないともう撫でてやらんからな。」



それを聞いた途端、目が滲んでくる。


絶対にやだ。

姉様にもう撫でて貰えないなんて…………。




「もう泣くな、これからはちゃんと言いつけを守るんだぞ。」


何度も頷く。


「ヴェルサルテイルに帰ったらお父様達にもちゃんと謝るんだぞ。」


さらに何度も頷く。




「よし、

もう夜も遅いし寝ようか。」


姉様は微笑んだ後軽く伸びをする。

この部屋には元々姉様の部屋なのでベッドが一つしかない。


「シャルロット、詰めてくれるか。」


言われたとおりベッドの奥の方に詰める。




姉様は軍服の上下やブーツを手際よく脱ぎ、髪を一纏めにした後

私を抱きかかえるようにベッドに潜り込んできた。






こうやって一緒に寝るのは何年ぶりだろう。


小さい頃は嵐の日によく姉様の所に潜り込んだ記憶がある。

今でもお化けとかは苦手だが、姉様といた時は不思議と怖くなかった。


「シャルロットと一緒に寝るなんて久しぶりだな。」



姉様も同じ事を考えていたみたいだ。

それがなんだか嬉しくてつい笑みがこぼれてしまう。


そんな私につられてか、姉様も笑っていた。



「さあ寝よう。お休みシャルロット。」


「お休みなさい姉様。」



そう、こんな感じだ。


姉様はどんな布団よりも暖かくて、とってもポカポカしていて、

こんなにも気持ちがいいんだ。




始祖ブリミルよ、罪深い私をお許し下さい。


そしてできることなら、少しでも長く姉様と一緒にいさせて下さい。












でも始祖は意地悪で私の願いを聞いてはくれませんでした。







無粋にも聞こえてくるノックの音。


「おはようございますイザベラ様、

アルビオン大陸に間もなく到着いたします。」


「ンッ………………、分かった。

すぐ向かう。」


姉様が私から離れていく。

思わず姉様のシャツを掴んでしまった。



「………………………まだ夜明けにもなっていない。

シャルロットは寝ておけ。」


姉様はゆっくりと寝ぼけ眼の私の手をシャツから外し、

そのままベッドに横たえる私の頭を撫でて下さった。



「おやすみ………………。」


姉様のその言葉を聞きながら、私はまた微睡みに埋もれていった。












side イザベラ










替えの軍服に着替え、身だしなみを手早く確認した私は部屋を出て、

待機していったシェフィールドと共に甲板へ向かう。



外はまだ闇に包まれており、朝日のかけらもない。

外套のボタンをとじ、お母様から頂いたマフラーを締め直す。


高度三千メイルの風は貫く痛みすら感じる寒さだ。




既に甲板で作業をしていた士官達が私に敬礼をしてくる。

手早く答礼し、作業を続けさせる。


甲板ではマチルダの風竜が飛び立つ準備を整えつつあった。

マチルダも艦長も防寒対策を整え、艦長と話しをしている。


「おはよう二人とも、いけそうか。」


私に気づいた二人も敬礼と一礼を返してくる。



「天気は好都合にも雨のようです。雷さえ気をつければ

アルビオン軍に感づかれずにサウスゴータに到着できるでしょう。」


マチルダの言葉に頷き、準備でき次第出発するよう伝える。




最後の準備に取りかかったマチルダから離れた私と艦長は操舵室の上にある屋外指揮所に向かう。

艦長から手渡された望遠鏡で、闇夜に隠れる前方の浮遊大陸を眺める。



「急げるならそれに越したことはない。艦長、石炭の残りは十分にあるか?」


「予め余分に搭載しておきましたので問題ありません。万が一無くなった場合でも

マチルダ嬢からサウスゴータに備蓄があることを確認していますのでいけます。」


「よろしい、速度このまま。

サウスゴータまで一気に向かうぞ。」



それに合わせるかのようにマチルダの風竜が飛び立ち、先導を始める。


「操舵手!取り舵十度、上下角そのまま。

全速前進!」



艦長の号令と共に飛空挺ランフレクシブルは

アルビオン大陸に突入していった。










操舵室の窓を豪雨が叩き、雷が照らす。

アルビオン大陸に到達しておよそ一時間、既にブライトンの荒地を抜け森林地帯の上空を風竜と飛空挺が駆け抜ける。


「このままの進路で行けば間もなくサウスゴータに到着するでしょう。」



航路図に今回のルートを記入する士官の傍らで私もそれに同意する。

幸いなことにここまでの所アルビオン軍に感づかれた様子もない。


「殿下!森を抜けます!」


見張りの当直士官の声に操舵室の全員が前方を見る。

その刹那森林がとぎれ、眼下に巨大な五芒星を描いた都市が広がった。



始祖がかつて初めてアルビオンに降り立ったとされる地、


シティ・オブ・サウスゴータがそこにあった。










我々を何者かと疑ったらしいサウスゴータの竜騎士達が接近してきたが、

予めガーゴイルを送っていたこともあり、妨害されることもないようだ。


ランフレクシブルに近づいてきたマチルダから五芒星を取り囲む城壁の東にある城に向かうよう指示が飛ぶ。


「艦長、着陸は任せる。」


「了解です。機関室、機関停止用意。

降下角十五度、進路そのまま。」




流石はガリア海軍の操船にダイスありと言われるだけのことはある。

僅か数分で無事城の桟橋に着陸して見せた。


その横にマチルダの風竜も着陸する。






シェフィールド達を伴い、ランフレクシブルを下船すると城から兵士を引き連れた一団がやって来た。

一団を引き連れる男性貴族の元へマチルダが駆け寄る。



「お父様!マチルダ、ただ今無事に戻りました。」

「もう駄目かとは思っていたが、良くやってくれたよマチルダ…………。」


どうやら彼がサウスゴータの太守であるらしい。




私の姿を認めたのか、サウスゴータの親子は一礼をして私達を迎え入れてきた。


「イザベラ王女、ご紹介いたします。

父のウィリアム・オブ・サウスゴータにございます。」


「遠路はるばる本当に良く来て下さいました、イザベラ王女。

我々の願いをお聞き届け下さり本当に有り難うございます。」



「宜しく頼む、早速だがそちらの状況は?」


サウスゴータ太守に促されるまま城に入る。



「既に亡命を希望する者とサウスゴータに残る者との区別はついております。

明日の朝までにサウスゴータを退去し、残る者は陛下に降伏を求める予定です。

既に亡命用に高速船を三隻用意して早ければ今日の夕方には順次出航できるかと。」



「了解した。それでモード大公は如何している?」


「ぅむ………………、

実は……………………。」


「まさかここで最後まで抵抗するおつもりで?」




「……………………降伏を求める者達に危害が及ばぬよう、

自分の首を差し出すべしと……………………。」



「………………大公にお会いしたい。構わぬか?」


「勿論です。こちらにございます。」









サウスゴータ城の謁見の間は質素ながらも、そこにいる主の威厳を引き立たせるのに十分な場であった。



「失礼いたします、殿下。ガリア王女イザベラ殿下がお越しにございます。」


「………通せ。」




「お久しゅうございます、モード大公。」


「遠路はるばる申し訳ない、イザベラ王女。

しかし最後にあった時はあんなに小さかった姫もお美しくなられるとは…………。」




以前にお会いした時と比べても大公は憔悴されていた。


「ありがとうございます。早速ですが祖父より書簡を預かっております。」


お爺様よりお預かりしていた書簡を大公に渡す。



「かたじけない限りじゃ………………。

しかし此度はガリアにまで大変なご迷惑をかけてしまったのう。

迷惑ついでで申し訳ないがここを離れる者達のことをお頼みいたし申す。

代わりにもなりませぬがここにある物は好きにお持ち帰り下され。」



「物を頂きにここへ参ったつもりはありませぬ。

アルビオン軍は早ければ明日にもここに到達いたします。

至急殿下もご出立の準備を。」



「生憎じゃがそれには及びませぬ、イザベラ王女。

此度の混乱は全て儂の身より出た錆ゆえ、亡命など

兄上は勿論、アルビオンの民も認めんじゃろう。


妻と娘のためとはいえ、幾代にもわたって大公家とサウスゴータに仕えてきた者達に

このような迷惑をかけたのじゃ。

わし一人で何とかなるなら、首だろうが何だろうが捧げるつもりでおる。」




「確かに道理には合っておりましょう。

アルビオンとサウスゴータ双方の被害を最小限にするにもそれがよろしいでしょうな。」



「では分かって頂けましたかな?」




「生憎と私は無能で通っております故、分かりかねますな。

亡命した者達の今後と、将来的な遺恨。それら以上に

件の奥方様達は如何なさるおつもりですか?」



「………………迷惑ついでで申し訳ないが妻子もよしなにお願いしたい。

妻がエルフであるのは既にご存じでありましょう。

万が一ロマリアや教会の手に渡ったら慰み者では済みますまい。」



議論は全くの平行線であった。







「…………仕方ありません。大公ご夫妻とご息女には公式には死んで頂きましょう。」



そこにいる誰もが、大公ですら驚愕の顔を浮かべる。


「なっ………………!」


「実際に死んで頂くわけではありません。あくまで公式に、です。」



そう補足しながら私は懐から人形らしき物を取り出す。




「成程、スキルニルで…………。」


「死体の損傷が激しいように部屋ごと爆破しておいた方がいいでしょう。

大公殿下、これで如何ですか?」





「……………敵わんのう、その聡さはジョゼフ殿以上じゃな。」


「父を…………ご存じなのですね。」


「彼とは幾度かチェスをする機会があったが、散々にしてやられたよ。

生きていたらガリア、いやハルケギニアは大きく変わっていただろうに……。

惜しい人物じゃったよ…………。


すまぬなイザベラ王女、貴殿はジョゼフ殿とまみえることができなかったのじゃな。」



「構いません………。大公にそう言って頂けて父も喜んでいましょう。

さて、時間はダイアモンドよりも貴重です。


すぐにお支度を。」





「………………うむ。」













――――――――――――

サウスゴーダではなくサウスゴータだったんですね。気づきませんでした。

どうも、ヤッタランです。


シャルロット姫のヤンデレ分がなくなった代わりに子犬属性が確定したっぽいです。

サウスゴータの街は例によって捏造シテマスヨ。

後ランフレクシブルの艦長さんには「バカね」が口癖の奥さんがいますよ。分かりますね。


引き続き誤字脱字、ご感想、ご意見などございましたらどうぞ宜しくお願いいたします。



追記:ご指摘頂いた誤字並びに7,8話のサウスゴータを訂正しました。

ご指摘有り難うございました。


ランフレクシブルの元ネタことバラクーダは元々プラスチップ回収用の輸送船ですので見た目の割に結構な容量を持っています
(最終回ではインダストリアからの難民+αを乗せて航行できていますし)
ので個人的には水+石炭+風石+αでも十分いけるかと思いますがどうでしょう?

因みにFF4の飛空挺エンタープライズ号も全幅は17Mですが全長55Mとサイズは結構同じだったりするんですね。



[4177] 醜い蒼髪の姫君 第十話(改訂)
Name: ヤッタラン◆a583f4f3 ID:9e06a1ef
Date: 2008/09/22 19:32



side ???




アルビオン南部最大の軍港ロサイス。


鉄塔の如き桟橋からおよそ十隻のフネが出航の準備を整えていた。

公式にはロンディニウムから来る艦隊との演習とされているが、それに参加する者達は皆これから向かうところを知っていた。




王の命に背き続けた王弟モード大公追討のためサウスゴータに向かうのである。


「ホーキンス提督、全鑑出航準備整いましてございます。」


士官からの報告に頷きながらも、艦隊指揮官のジョン・ホーキンスは陰鬱な気分であった。






あのモード大公をして叛乱などまずあり得ない。

それを王に何度も上申したが遂に聞き入れては下さらなかった。



こうして艦隊の指揮をまかされるのは武人の本懐であるし、何より王の命である以上是も非もない。





忸怩たる思いを押し殺し、旗艦フォーミダブルの艦橋に向かった時、。


マストの見張りから悲鳴にも似た報告が飛んでくる。



「前方より商船らしきフネが急速で接近中!

突っ込んできます!」


士官達も揃って前方を眺めると黒煙をまき散らすフネが一隻、こちらに近づいてきた。





「全鑑急速回避、急げ!」


隊列もへったくれもなく、艦隊は四方八方に散る。



急激な回避でコースガードを勤める竜騎士を巻き込むフネや、

同じフネ同士で衝突する者が相次ぐ。



フォーミダブルも僚艦バーフラーと危うく衝突するところであった。



混乱する艦隊を縫うように商船が下降しながらロサイスの桟橋に突っ込んで行くのが見えた。



「いかん!」



このままでは桟橋と衝突してしまう、しかも桟橋の造船施設や

周辺の倉庫に備蓄されている火薬などに引火でもしたら……………。




「全鑑!軍港施設から離れろっ!!」



どの乗組員も最悪の事態を思い浮かべ、顔を青くしている。

軍港でも総員待避が命ぜられ、我先にと誰もが逃げまどう。




「ダメだ………、間に合わない…………!」




誰もがそう思ったその瞬間、






フネは最後の支えを失うように急降下し、船体を周囲にばらまきながら、


落下した。









火柱が立ち上り、黒い煙が周囲を覆い尽くした。

おそらくフネに積まれていた石炭に引火したのであろうか、立ち上る炎は轟音すら立てて燃えさかっていた。


しかし幸いと言うべきであろうか、桟橋や火薬などの倉庫への直撃や延焼は見うけられない。


「た、助かったのか………………。」






誰とも知れない呻きがロサイスにいる皆の気持ちを表していた。



「全鑑、消火活動と救助に向かう、サウスゴータへの進軍は中止だ。

ロンディニウムの艦隊と陛下に至急知らせろ。」




甲板に転がっていた制帽を被り直した私はそう部下に命じた。
















ロサイス軍港より南西、500メイルほどの森林。


そこに行商人の格好をした男が木によじ登り、望遠鏡で軍港の有様を眺めていた。

その木の下にも同様の格好をした二人の男がいる。



「よ~し、うまくいったようだな。

これならとても進軍もできんだろう。」


男は望遠鏡を片手に、鼻の下に僅かに生えたヒゲを弄りながら笑みを浮かべる。



「クロトワ隊長、どうですか?」



木の下で帽子を目深に被った髭面の男が聞いてくると、クロトワと呼ばれた男はおっかなびっくり木から下りてきて、


「完璧だ、あんだけ燃えてりゃあ証拠なんて見つからねえだろうよ。

さて、俺たちもとっとと退散するとしようぜ。」



「それなんですけど隊長…………。

本当にここから歩いてセイザンプトンまで行くんですか?」



どこか猿のような顔をした、がに股の男が独特な口ぶりで聞いてきた。




「仕方ねえだろ、こんな軍港の近くで風竜に乗ってたら速攻でバレちまう。」


「でもそりゃないですよ隊長。せめて馬ぐらい無いんですか?」


「急な任務でそんなの用意できてるわけがないだろ。

ホレ、さっさと行くぞ!」





肩を落とした二人の部下を引き連れ、ガリア王国内務省対外情報局副参謀長アンドレ・クロトワ大尉は

ロサイスの森からガリアに帰るべく港町セイザンプトンに向けて歩き始めた。









side イザベラ











サウスゴータの城は喧噪に包まれていた。


遅くとも今夜中にサウスゴーダ後にするため、亡命する者も、残る者も皆、

その準備に忙殺されていた。





私もランフレクシブルの作戦室で、積み込みと燃料の補充などの状況報告をシェフィールドから聞いている。


「ランフレクシブルの石炭と水の補充は間もなく終了します。

大公家の資材などは全てサウスゴータ側の高速船で搬送するとのことです。」


「確か高速船は三隻であったな。速度はどれくらい出る?」


「満載で毎時20マイルが限度だそうです。」


「準備できたフネから出発するように。指揮はサウスゴータ太守が行うのであったな、

アルビオン軍のフネと区別がつくように指定の旗を掲げることも忘れぬよう伝えてくれ。


それからシャレット少佐の部隊に脱出路のルートは知らせてあるな?

そちらには引き続きアルビオン軍への監視の強化を。」


「かしこまりました。」




シェフィールドが立ち去った後、私は再び机上にあるアルビオン南部の地図を眺める。



(ロサイスへの妨害は成功したが、問題のロンディニウム側がどれ程でこちらに到達するかだな。

もう少し時間があればそちらにも対処ができたのだがな…………。)




流石に疲れて来たせいか軽く目元を押さえる。


ふと地図の横を見るとカップが置かれる。顔を上げるとシャルロットが紅茶を入れてくれたらしい。


「ありがとうシャルロット。」


軽く妹の頭を撫でた後、ありがたく頂く。




「いつものとは違うな、アルビオンのか?」


「はい、マチルダ様から頂きました。

アール・グレイという名前だそうです。」


少々香りがきついような気もするが、それのお陰か目が冴えてくる。


「お代わりはいかがですか?」


「貰おう。」











立て続けに二杯目を頂いた時、作戦室にマチルダとそれに付き添われた女性達が現れた。

二人ほどベールを被り、詳しい人相は分からない。


彼女たちが何者であるかなど、愚問であろう。



「大公妃様並びにご息女ティファニア様をお連れしました。」





マチルダの言葉と共に二人はベールを脱ぎ、素顔を表した。









絶世の一言では到底語り尽くせぬ美しさながら、

柔和な雰囲気感じさせる婦人と幼さを感じさせる少女がそこにいた。


白金の如く輝く金髪に大地の恵みを一身に浴びたような肌、そして


人間ではあり得ぬ尖った耳。









不思議と恐怖は感じなかった。


戸惑ってしまうほどに、恐怖など感じなかった。


ハルケギニアでこれ以上にないほど悪しき存在である、と言われるエルフがそこにいるというのに。




正直私は柄にもなく狼狽えてしまいそうであった。

恐怖などまるで感じない彼女らを何故ああも恐れるのか、全く分からなかった。





混乱する思考を脇に追いやり、シャルロットと共に大公妃達を出迎える。




「初めまして大公妃殿下、ティファニア殿下。

ガリア王女イザベラ・ド・ガリアでございます。

こちらは妹のシャルロット・エレーヌにございます、

お二方とも、どうぞよしなに。」


「初めまして…………、シャルロット・エレーヌ・ド・ガリアにございます…………。」




「こちらこそ初めまして、フレイア・オブ・モードにございます。」


「は、初めまして、ティファニア・オブ・モードでございます。」


柔和な笑みを崩さない大公妃も一礼し、息女もそれにならう。






「取りあえず立ち話というのも何です。

すぐに片づけますので。


シャルロット、お茶を頼む。」


取りあえず地図やらで散らかった机を片づけ、妹に茶を淹れるよう頼む。

マチルダは人数分の椅子を用意し、皆がそこに座った。





「此度は本当にありがとうございます。

サウスゴータの皆さんばかりかガリアも方々にまでご迷惑をかけてしまって………」



「お気になさらないで下さい。一夜限りとはいえ軍艦故、

狭くはありますが何かございましたら何なりと申しつけ下さい。


ガリアでの生活につきましても、今回亡命するサウスゴータの市民を含めた皆様の生命と財産を

ガリア王国と王家の名誉にかけてこれを保証いたします故、どうぞご安心を。」




「本当に何と言えばいいか……………。

私達のためにこんなにして頂いて文句などそれこそあり得ません。


正直、死を覚悟していましたが…………。イザベラ様、

私どもの方でできることでしたら何でもいたします故…………」



「では早速ですが、亡命後お二人には大公殿下を含め、お名前を変えて頂きます。

公式には今夜自害したということになりますので、予めご了承下さい。


それから遺体の擬装用にスキルニルを用意してますので、

後で結構ですが血を少し頂きたく思います、よろしいですか?」




「勿論です。重ね重ね本当にありがとうございます。」


改めて深々と一礼する大公妃親子。


このエルフの親子と会話するごとに先程の思考が甦ってくる。





なんと礼儀正しく、慈愛に満ちた方なのだろうか。

これではハルケギニアの民の方がよっぽど野蛮で、愚か者ではないのだろうか。




そしてそれらが別の疑問と思考を生み出す。


ハルケギニアの民は、始祖の信徒達は何故エルフという存在を悪しきように言い立てるのか。

始祖の教えが偽りなのか、それとも過去に誰かが意図してそうさせたのか…………。



私はハルケギニアの常識とすらいえることに対して疑問をぶつけていた。

それに疑問を投げかけていることにすら気づいていなかった。





そんな疑問に捕らわれながら、私が大公妃達との今後の説明や会話をしている所に、

シェフィールドが報告に現れた。




「イザベラ様、1隻目の高速船が出航いたします。」













太陽が傾き、空が夕焼けに染まり出す。

三隻の高速船は既にサウスゴータを出航し、残るはランフレクシブル一隻だけである。



しかし油断はできない。

斥候の報告によるとロンディニウムの艦隊が予定を早めてサウスゴータに向かっているらしく、

最悪こちらが補足される可能性もあり得るということだ。




無論、こちらも追跡を振り切るべく準備は予め整えている。

蒸気機関並びに追加搭載した新型蒸気機関は既に火が入っている。


幌を取り外したランフレクシブルの船尾には増設されたらしい構造物と煙突、

そして蒸気機関に繋がれた二機のプロペラとは別の、巨大なプロペラが姿を現している。


三日前に技術院で開発されたばかりの試作品を搭載した代物で、

一目見てもいかにも急ごしらえであることは分かる。


担当者によれば通常蒸気機関の運用を考えれば、全力稼働で数十分が限度であるらしい。



だが試作品であっても無事に動いてもらわなくては困る。

今この場においても、今後においても。





さて、こちらの準備はほぼ整っている。

大公妃達はシャルロットと共に船室に待機して頂いている。


後はモード大公の乗船を待つばかりである。



そのようなことを考えていると、城の方から大公がやって来た。





しかし、何かがおかしかった。

そして考えられる可能性は一つ。







気がついた時私はランフレクシブルから飛び出し、大公の襟首を掴んでいた。


「言え!本物の大公はどうした!」


目の前の大公は、悲痛なまでの決意を滲ませていた目で私を見てくる。





「ッ!すぐに戻る!現状のまま待機せよ!」





大公――のスキルニルを投げ捨てるように放し、私は一目散に城に入った。



本物の大公を襟首捕まえてでも引きずり出さねば、とても気が済みそうになかった。











サウスゴータ城の謁見の間。


扉を文字通り蹴破ったそこには死と悲しみに包まれていた。



玉座に力無く座る大公の首には鮮血の跡が生々しく、

傍らに落ちていたナイフが全てを物語っていた。



「モード大公…………。」




私に気づいた老メイジが大公の傍らから手紙と重厚な木箱を手渡してきた。



その手紙には自分は亡命には応じられず、あくまで自らの責を全うすると言う大公の意志と、

亡命する大公妃親子、サウスゴータの者達を頼むと言う内容が簡潔に記されてあった。








思わず手紙を握りつぶしてしまう。


悲しみなど感じなかった。

感じたのは怒りと敗北感にも似た悔しさだった。



これ程相手を、ましてや死者を憎らしく感じたことはない。





「いいだろう………。大公妃達の件は承った………。

だが憶えておれモード大公!私は絶対に貴様を許しはしない!


貴様が勝手に死んだ分の精算は必ず果たして貰うからな!

貴様が地獄の底に墜ちてようがだろうが関係ない!


覚悟しておけ!!」




そう言い捨てると私はランフレクシブルへ急いだ。

アルビオン軍は間もなくここへ来る。



何時までもここにいる理由も暇も無い。










「イザベラ殿下が乗船されました!」


「よし!上昇角いっぱい!

出力最大で全速前進!」



ランフレクシブルに駆け込んだ私を確認したダイス艦長は直ぐさま飛空挺を発進させる。

急上昇のため傾く船内を操舵室へ急ぐ。




「アルビオン軍は?」


「本館の左舷後方およそ5リーグにまで接近中。

数、大型戦列鑑6、戦列鑑4、フリゲート6。


内フリゲート4が本鑑を追跡する模様です!」



「艦長、いけるか?」


「お任せ下さい!あんなフリゲート如きに捕まる本鑑ではありません!」


「頼むぞ。」



「ハッ!

操舵手!取り舵15度、上下角そのまま。

プライトン方面に向け全速前進!


機関部!蒸気タービン機関出力最大!

ガリアの底力を見せてやれ!」



船尾上部、蒸気機関の上に新たに設置された試作蒸気タービン機関が唸りをあげる。

高圧化した蒸気が複数の風車を取り付けた軸を回転させ、その軸に取り付けられた巨大なプロペラを回し始める。

爆音をあげて回転するプロペラは煙突から排気される水蒸気を後方へ吹き飛ばし、人口の霧を生み出す。


ピストンを用いた通常のそれと比べて蒸気の消費が多いため、全力で数十分が限度という代物だが、その力は劇的であった。

操舵室の周りの流れる景色が目に見えて早くなる。



操舵手の近くにある速度計が50ノットの数字を示す。


一番早い竜篭でもこの速度は出せないだろう。














サウスゴータを離脱するフネを追尾しようとしたフリゲート鑑ゲリエールの乗組員は後にこう語る。


「突如あのフネの船尾から霧が出てきて、慌てて確認した時には既にあのフネはいなくなっていた。

墜落したわけでもなく、消えてしまっていたんだ。


あのフネが幻だったのか、どちらにしても全く訳が分からなかった。」












サウスゴータを出航して一時間弱。


既に太陽は沈み、星が瞬き始めている頃。


フリゲート達を軽く突き放した飛空挺ランフレクシブルは既にアルビオン大陸を離れ、一路ガリアに進路を取っている。


試作蒸気タービン機関は想定以上の実力を見せてくれたが既に停止している。


あまりにも水の消費が多いため、通常蒸気機関の使用を考えるととても多用できない。

おまけに高圧故か、既に不具合も出ているらしく今後の改良に期待と言うところだ。



現在は通常蒸気機関のみの航行となっているが、明日早朝にはヴェルサルテイルに到達するであろう。

今はそれで十分だ。



船室で私は老メイジから手渡された木箱を開けていた。



中には妻子に当てた手紙と共に、

ダイアとは違う透明な宝石が填められた指輪と年代物のオルゴールが入っていた。



改めて大公が私に宛てた手紙を読む。


謁見の間では気づかなかったが、どうやら何らかの細工をしているらしい。


シェフィールドを呼び、手紙を解読させ、

オルゴールと指輪を調べさせた。





やはりと言うべきか、オルゴールと指輪はアルビオンに伝わる始祖の秘宝であり、

手紙の方にも、将来ティファニアが虚無の担い手に相応しくなる時まで預かって欲しいと記されていた。


恐らく今回の亡命の発端ともなった大公追討もこの秘宝が関係したと見て良いだろう。

ジェームズ一世も始祖の秘宝が絡んでいたからこそ、わざわざ艦隊まで用意したわけであろう。







思わずため息をついてしまう。

疲れと、やるせなさと、腹の底でいまだ煮えたぎる怒りが私の気分を陰鬱にさせる。


「シェフィールド、紅茶が欲しい。」



「かしこまりました。」


使い魔の入れた紅茶を飲んではみたが、陰鬱からは脱せそうにない。


この後大公妃親子に、彼らの愛する人物の訃報を伝えねばならないと思うとさらに滅入ってくる。

酒でも煽りたいところだが生憎ここにはない。




死者と遺族には申し訳ないが、訃報を伝えるなんて気分の良くない事はさっさと済ませてしまおう。

後はせめてヴェルサルテイルに到着するまで寝ておきたい。




大公の妻子宛の手紙を携え、私は部屋を出た。








――――――――――――

サウスゴーダどころかヴェルサルテイルまで間違っていたんですね。ダメだこりゃ。

調べたら二話以降全部間違ってたし………。真性のアホですね。

どうも、ヤッタランです。


一応本作品の固有名称は全てwikiを参考にしています。


さてようやくティファニア嬢と大公妃が登場しましたが例によって出番が全くなし………。

次回はちゃんと出しますので。本当デスヨ。



ロサイスで破壊工作をしていた連中は………、スイマセン。調子に乗りすぎました。

部下の二人組はその後ハルケギニアで名を馳せる盗賊になり、姫君の心を盗むんでしょうがさてどの姫君になるのやら。

まあ今後もこんな感じでモブキャラに小ネタを仕込みたいですね。



取って付けた感じでディーゼル機関も登場させましたが、燃料の問題と加圧装置さえマジックアイテムで何とかできれば十分実現は可能だと思います。

流石にガソリンエンジンは無理でしょうが。


引き続き誤字脱字、ご感想、ご意見などございましたらどうぞ宜しくお願いいたします。



追記:蒸気機関を完全に実用化しているとはいえやはり無理はありましたか………。

難しいところですねえ。まあ試作品と言うことでお願いします。


後シャルロットの名前ですがジョゼフが亡くなり、シャルルが第一王位継承権を持つ形になりますので、親子揃ってガリア性になります。

(イザベラもシャルルの養女になっていますので)。


ご意見ありがとうございました。




さらに追記:ディーゼルはやはり無茶だろうと言うことで改訂してみました。

復水器のない蒸気垂れ流しの蒸気タービンです。


固定化でタービン本体の耐久性を上げ、加圧用のマジックアイテムで稼働します。

本文で書いているようにまだまだ欠陥だらけの代物ですが、むしろこんくらいがちょうどいいでしょう。


重ねてご意見ありがとうございました。




[4177] 醜い蒼髪の姫君 第十一話
Name: ヤッタラン◆a583f4f3 ID:9e06a1ef
Date: 2008/09/23 19:52






side イザベラ









眼下にヴェルサルテイルの壮麗な宮殿が広がる。


無事任務を果たした飛空挺ランフレクシブルはガリア親衛隊用の発着場へ降下してゆく。


既に着陸しているサウスゴータからの高速船三隻からは、

物資を次々と運び出している様子も見て取れる。



結果を見れば今回の作戦は大成功だった。


亡命するサウスゴータの民も、作戦に参加したガリア側にも被害は皆無であり、

アルビオン軍との衝突もギリギリではあったが避けられることができた。



しかし只一点だけ成せなかった事が、大公の亡命を果たせなかったことが、


ランフレクシブルを葬列にしてしまっていた。










あの夜、フレイア大公妃もティファニア姫も大公の訃報を取り乱すことなく受け入れていた。

やはり覚悟はしていたのであろう。



私が至らなかったという謝罪に対しても、


「イザベラ様に何の落ち度もありません。

むしろ最後までご迷惑をおかけしましたことを詫びねばなりません。


…………最後にあの方とお会いした時、

イザベラ様になら全てを任せられると仰っていました。


改めまして本当にありがとうございます。」



と微かに潤ませた瞳で返されてしまった。


とても強い方々だ。私ではとてもこうはいかんだろう。





二人に大公からの手紙を手渡し、私は部屋を辞した。



その夜、大公妃達の部屋から啜り泣く声は絶えなかった…………。
















着陸するランフレクシブルの近くにはお爺様達が既に待っておられた。

休まれているはずのお父様やサウスゴータ太守の姿も見える。


こちらもシャルロットや大公妃親子、マチルダらを連れて下船する。



「ただ今戻りました…………。」


「うむ……………。皆無事に戻ってきて何よりじゃ。」


お爺様はゆっくりとした足取りで私達のもとへ近づき、



「大公妃殿、ティファニア殿。

ようこそガリアへ。国を代表して歓迎するぞ。」



「お会いできて本当に嬉しく思います、国王陛下。


此度は私たちのみならずサウスゴータの民まで受け入れて下さり

感謝の言葉もございません。本当にありがとうございます。」



「お、お会いできて光栄にございます。

…………ふつつか者ですが、よろしくお願いします。」



「ほうほう、そんなに畏まらなくてもよい。


………お父上のことは本当に残念でならん、


お悔やみを申し上げたい。」


「ありがとうございます。大公に代わって御礼申し上げます。」


「うむ…………。慣れぬ地故、何かあれば遠慮無く申してくれ。

今宵は皆と夕食を共にしたい。是非参加してくれたまえ。


さてこんなところで話すのも何であろう、ついてこられよ。」








お爺様が皆を連れて宮殿に向かう中、私はお父様達の方に向かった。


「ただ今戻りました。」


「お帰り、イザベラ。

お帰り、シャルロット。二人とも無事で良かった。」


お父様達に揃って抱きしめられる。


「いつの間にか立派になってしまったな。

もう一人前の指揮官だな、イザベラ。」


「そんなことはありません、大公をお連れすることはかないませんでしたし…………」


「いや、おそらく私がサウスゴータに赴いてもお前以上の戦果は挙げられなかっただろう。

もっと自分の成したことに自身を持った方がいいぞ。」




「……………はい、ありがとうございます。


さて、シャルロット。言わなければならんことがなかったか?」



「あっ……………!」


私共々抱きしめられていた妹がお父様達と少し距離を取り、


「……………勝手に姉様について行ってしまいました。

お父様、お母様………、ごめんなさい。」



それをみたお母様はお父様と顔を見合わせ、軽く笑った後、


シャルロットの頭を軽く小突いて、


「はい、よく言えました。」


と、シャルロットを抱きしめる。






「あれでよろしいのですか?」


「お前がフネの中でちゃんと叱ったのだろう?

それで十分だろう。」



ものの見事に見透かされていた。思わず明後日の方向を向いてしまうと、

そこにはどこか狼狽えた様子のティファニア姫達がいた。



「あ、あの。………国王陛下達がもう行ってしまわれましたが…………。」




思わずお父様と顔を見合わせ、

その直後、王宮へはしたなくも走り出す羽目になった。











無事夕食も終わり、私とシャルロット、そしてティファニア姫の三人は

お爺様達のいる大広間に併設された部屋で集まっていた。



「子供達だけで集まるのも良かろう。」

と言って下さったお父様に内心感謝の言葉を思い浮かべつつ、

アルビオンでの生活など、いろいろと話が弾む。



お陰でティファニア姫も私達に打ち解けてくれたらしく、

お互い姫や様はいらないとしたのだが、何故かティファニアにまで姉様と呼ばれるようになってしまった。




目の前では、普段では考えられない程饒舌に聞いて回るシャルロットにティファニアが圧倒されつつある。

その光景を眺めつつ、紅茶を啜る。



他人の慌てる姿を楽しむなどという趣味は持ち合わせていない筈だったのだが、

たまにはよかろう。




しかしシャルロットがさり気なくティファニアの胸を睨むのは何故だろうか。




確かに大公妃殿やティファニアのそれはお母様や私に比べてもはるかに大きい。


胸が大きいほど殿方に喜ばれる、と依然無理矢理読まされた夜袈の本に書いてはいたが、

お父様とお母様の喧嘩する姿など見たこともない。



第一見かけでつられるような男どもなど論外だ。

そんな相手を伴侶にするなら一生独身の方がいい。







「あのイザベラ姉様?」



「ん?ああ、すまない。どうしたティファニア?」



「いいえ、その編み物はどうしたのですか?」


「……これか?」



私が、お父様の誕生日にむけて制作を続けている編み物のマフラーを見て

思わず聞いてきたらしい。



「来月のお父様の誕生日用に、暇を見ては編んでいるのだがな、

どうもこういったのは苦手で…………。」




よく見れば幅が歪であるし、糸の絡まっているところもある。

お世辞にもうまいとは言えないレベルだ。





「少しいいですか。」


と、編みかけのマフラーを手に取ったティファニアが編み始める。



ある程度糸を解き、ほつれや絡まりをたちどころに直し、

職人の如き速度で、寸分の狂いも無く編んでゆく。







いくら不得意であるとはいえ、ここまで敗北感を味わったのは本当に久しぶりだ。

よく見れば隣のシャルロットもティファニアの手ほどきに見入っている。




ここは素直に敗北を認め、勝者にご教授願うとしよう。



机に入れてあった予備の糸と編み棒を二人分取り出し、

片方をシャルロットに渡す。




「ティファニア、是非教えてほしいのだが。構わんか?」



「はい!」



ヴェルサルテイルに来て以来、最高の笑顔でティファニアはそう答えてくれた。






結局、その夜は三人揃って寝入ってしまったのも、翌朝の話の種にされたのも全くの余談でしかない。













翌日、亡命したサウスゴータの民達による大公への追悼の儀が執り行われ、

その後私は科学技術院併設の工場に向かう。



ランフレクシブルに搭載していた試作蒸気タービン機関の解体と検証を見に行くためだ。



既に運ばれていたタービン機関はネジ一本まで解体され、内部の亀裂や異常などを確認している。





作業する者達に混ざって、携帯型顕微鏡で内部の軸を観察する人物を呼び止める。


「コルベール教授、どうだ?」



「おおっと、これはイザベラ殿下。おはようございます。

やはり軸受けの潤滑油に問題がありますね。」


手袋に付着する黒ずんだ油を見せながら、ジャン・コルベール教授は詳細を説明してくる。




元々トリステイン軍に所属する火系統のメイジで軍を脱走後、ガリアで旧知のラヴォアージェ教授と再会し、

彼の推薦を受けて現在に至るという科学技術院でも異色の経歴の持ち主だ。



何でもトリステイン魔法学院の在学時代は揃って随分とやんちゃをしていたらしい。

もっとも、私としては過去を無理に詮索するつもりはないし、

ガリア人以外を採用しないなどという愚かな考えは持ち合わせていない。



勿論、間者の可能性なども調査した上での採用なので問題にもならない。



事実その才覚は私やラヴォアージェの予想と期待をはるかに上回るもので、

その実力をもって今や技術部門副主任に抜擢されている。






「高温高圧の水蒸気で油が変質してしまっています。

より熱に強い素材でないと。」


「軸受けの玉はどうだ?」



「こちらの方は問題なさそうです。

後はタービンの閉鎖弁と水蒸気の通るダクト、そして復水器ですね………。」


「いけそうか?」


「大きさが最大の問題ですね。船倉の水タンク内に冷却用の管を通すか、

パネル状に加工したパイプを外気で冷却するかですが………。」



「それぞれ実際に建造して検証してみないと分からんな………。


良かろう、建造中のランフレクシブルの同型鑑でやってみてくれ。」


「全力を尽くします。」


傍らにいるシェフィールドから紙とペンを受け取り、造船所に対する命令書を書いてコルベール教授に渡す。





「そう言えば教授、そなたが試案で出していた次世代の機関だが………。」


「内燃機関ですね。基本理論は百科事典にも記載されてはいますが、

やはりここの技術水準でも実現はまだ先になるでしょう。


せめて実物を見ることができれば…………。」



「無い物ねだりをしても始まらんな。

第一、他にも制作すべき機械は山ほど待っている。


それらの作製で何らかの打開策も見つかるだろう。」



「……………そうですね。いずれにせよやることはやることもやりたいこともまだ多くあります。

それで………!」




コルベールの顔の至近で矢が止まっていた。

どうやら間一髪シェフィールドが放たれたらしい矢を受け止めたらしい。



すかさず私の使い魔がそれを投げ捨て、ナイフを投擲する。


吸い込まれるようにナイフははるか後方で逃走を試みる犯人の背中を抉った。









「宮殿の森林から長距離で矢を射ってきた模様です。

残念ながら犯人のメイジは既に死亡しており、背後関係は現在調査中です。」


捜査担当の親衛隊員から報告を聞き、捜査続行と警備の強化を命ずる。


おそらく尻尾を掴めないであろうが、大方の目星はついている。




コルベール教授を狙ったところであるから、科学技術院を疎ましく思う貴族どもであろう。

事実、国費の浪費などと反発する貴族どもは少なくない。



いずれにせよ、近いうちに何らかの手を打つ必要がある。




その日、私は内務大臣のカステルモール卿らと緊急の会合を開いた。


「今日科学技術院の工場での一件は聞いているな、カステルモール卿。」


「はい、人形使いどもはすぐにでも新たな人形を用意するでしょうな。」




「そなたの力を借りたい。人形使いどもを駆逐せねばならん。」


「焦りは禁物にございます、殿下。まずはこちらが主導権を握らねばなりません。」


「何か手はあるか?」



「まずは彼らを牽制しましょう。」









翌日、ガリア貴族達の間である噂が飛び交った。



 曰く、昨日の科学技術院での暗殺未遂事件にある大貴族が関わっている、

    一昨年の王女暗殺未遂に続く今回の事件に国王陛下もお怒りである。

    内務省は既に確固たる証拠を掴んでおり、近いうちに誰かが拘禁されるのではないか。    



長年政争に明け暮れてきたガリア貴族社会にこの噂は瞬く間に広がり、

何名かの大貴族達が明らかにもみ消しを図るような動きを見せていた。



また親衛隊による在野のメイジ、特に武装強盗や暗殺など、

明らかな犯罪行為に関わっている者達への一斉摘発がそれに拍車をかけた。



無論内務省もそれを察知し、その貴族たちの特定にすら成功していた。








「稀代の喜劇だな。牽制のつもりがここまで効果があるとは、

三文芝居よりはるかにたちが悪い。」


「喜劇で済ますためにも、ハッピーエンドにする必要がございますな。」


「全くだ。いずれにせよ、奴らをこれ以上のさばらせるつもりはない。

長年溜まった膿を取り出す頃合いだろう。


しかと頼むぞ、カステルモール卿。」




「承知しましてございます、殿下。」






だが双方の思惑をはるかに越えた出来事が、事態を急変させた。



「姉様!大変です!!」



その直後、部屋にシャルロットが駆け込んできた。


普段ではあり得ぬほどの慌て方から見て、思わずカステルモール卿と顔を見合わせる。



「如何したのです?シャルロット殿下。」





「……………お爺様が、お倒れになりました……………!」














――――――――――――

イザベラさんは家事裁縫なんてできない方が良いのです。第一彼女の柄ではありません。

後皆さんは乳神様を信仰しますか?それともぺったん教ですか?


どうも、ヤッタランです。


少女三人姦しくの場面でギャグ分多めに書いてみたんですがどうもしっくり来ないんで書き直しました。

どうもこの話にギャグ成分は絡ませづらいです。


前回でのディーゼル機関を没にするだけではアレだったんでコッパゲさんにご登場頂きました。

件の虐殺事件の後、ガリアに亡命しています。因みにオリキャラの教授とは魔法学院時代からの親友になります。


さていよいよ急展開、どうなる事やら作者にもさっぱり分かりません。

引き続き誤字脱字、ご感想、ご意見などございましたらどうぞ宜しくお願いいたします。



追記:マザリーニ枢機卿のことを完全に忘れてました。

流石にマズイですねぇ。

只この作品でのマザラン内務大臣は件の枢機卿より陰湿なキャラの予定(むしろオーベルシュタイン先生風)なんでいっそ別キャラで行くべきでしょうか?



さあに追記。

マザラン卿→カステルモール卿(いわゆるダルタニャン)に人名を改訂しました。


さすがにマザリーニ卿までガリアにいてはどうかと思いますので。

これに併せて7話も改訂してます。

ご指摘ありがとうございます。



[4177] 醜い蒼髪の姫君 第十二話
Name: ヤッタラン◆a583f4f3 ID:9e06a1ef
Date: 2008/09/24 19:56




side イザベラ







シャルロットやカステルモール卿らと共に、お爺様の寝所に急ぐ。



今年に入って、杖を用いられるようになってはいたが………。


焦りとも悔しさともつかぬ気持ちを抑え込みつつ、寝所の扉をくぐった。











お爺様の寝所には既にお父様やお母様、リシュリュー卿ら各大臣に加え、

モルトゥマール公爵、モンテスパン侯爵ら大貴族達まで顔を揃えていた。



私達が寝所に来ると、皆がこちらを向いてくる。

お父様も、お母様も、他の誰もが各々の顔を苦渋に歪ませていた。



嫌がでも思い知らされてしまう。

もはやお爺様の回復は……………。








しかしモルトゥマール公爵らの顔はお父様達とは少々異なった歪め方をしていた。

悲しみより憎しみ、いや私達に対する敵意と言っても良いだろう。



技術院の設立を当初から強く反対し、既に内務省の掴んでいる貴族どものリストの筆頭に挙げられているだけのことはある。





だがそれ以上に私は不愉快だった。



お爺様の寝所にこのような下衆どもがいるというだけでも耐えられぬ。

大方お爺様の遺言で何らかの主導権を握りたい魂胆であろう。


お父様達やリシュリューら信に値する者達を除いて、ここにいる者たちは多かれ少なかれ似たようなものであろう。








虫唾が走り、反吐が出る。


やれる事なら、こやつらを即刻吹き飛ばしてしまいたい。

その方がガリアの未来にも有益であろう。







しかしお爺様の寝所でそのような狼藉を働くわけにはいかない。

何よりお爺様やお父様達にそのような狼藉を見せたくないし見せるわけにはいかない。









表情に出さぬよう勤めつつ、お父様達の側に向かうと、




「来たか……………。イザベラよ、近う……………。」



病床のお爺様に呼ばれた。


「…………はい、」


お父様にも促され、言われるまま前に進み出る。








ベッドのお爺様はその瞳こそ昨日までと何ら変わらぬ輝きであったが、

生気を失い、力無く横たわるそのお姿はあまりに痛々しかった。




お爺様はゆっくりとした動きで右手を差し出され、

私は力を入れぬよう両手で支えるように手を取った。










「イザベラよ……………、そなたに予から……最後の命を与える……………。


予亡き後ガリアの王となり……………、そなたの信ずるままにガリアを導いてみせよ……………。」










私自身も予想すらしなかったお爺様の言葉に、


誰もが息をのみ、目を見開いた。







私自身も時が止まるような感覚であった。



それまで抱えていた様々な感情が彼方に吹き飛び、

そのままの私だけがそこにいた。










「………私……如きで…………、私如きで……よろしいのですか………………。」




「そなたでなくてはならん………………。


そなたであれば…………誰も為し得なかった………………、

始祖ですら為し得なかった事をも、成し遂げられるであろう…………………。」






お爺様のお言葉は淀みなく、力に満ち、

私を含め、その場にいる全員をただ圧倒するものであった。









反論などできなかった。

反論などできるはずがなかった。




お爺様の言葉は、お爺様の目は、そのようなものをけして許さぬ何かがあった。









その一方で私の心は瞬く間に落ち着きを取り戻し、胸中で何かが固まるような気がした。


そう、覚悟とでも言うべきものであろう。





そこに一片の躊躇も、恐れも、

迷いも無い。







私もまた淀みなくお爺様に、そしてこの場にいる全員に宣誓した。




「大命、謹んで拝命いたします。」


「うむ…………。」












後にその場にいた宮廷医ドクトル・ダガンは語る。


「あの場にいた誰もが当時のイザベラ殿下とルイ25世陛下にただ圧倒されていた。

長い間ルイ25世陛下の元でお仕えしておりましたが、あれほどのご意志を示されたのは初めてでした。


そしてそれ以上にイザベラ殿下、いや女王陛下のご意志とご決意はそれをも凌ぐものでした。」












その後お爺様は、お父様を当面の私の後見として摂政に、

リシュリュー卿を宰相にそれぞれ任じられた。





そして望まれるままにご遺言を言われた後、


眠られるように息を引き取られた。













宮廷医がお爺様の崩御を確認し、お父様達が涙を流し、お母様やシャルロット達が泣き崩れる中、



私はお爺様のご遺体を背に、宣言をした。






「王家の慣習にならい、ガリア王国はただ今より一ヶ月の喪に服す。

次代国王の名において直ちにお爺様の崩御を公表せよ。


大葬の儀の日取りは追って知らせる故、各々そのつもりでいて貰いたい。




最後に、これまでのお爺様への忠君と労苦に感謝し、今後なお一層の忠君を期待する。」












side シャルロット










お爺様がお亡くなりになり、悲しみにくれる中でお姉様は私達を見据え、宣言なさった。



お父様も、お母様も、他の大臣や貴族達も、

ここにいる誰もが姉様の宣言を聞き、そして姉様に圧倒された。


今や姉様はここにいる全員を一人残らず従わせる力を持っておられるのだ。





風格とでもいうのだろうか、


姉様の一言が、そこに姉様がいるという事が、

物言わぬ力を引き起こし、私達全員を包み込む。


悲しみの中から引きずり出され、姉様の一字一句を胸に刻まれてゆく。





姉様はお爺様のお葬式と一ヶ月の喪の後、正式にガリアの王になられる。

でも私達の目の前にいる姉様は、すでにガリアの王になっておられるように見えた。



姉様を無能者とせせら笑っていた貴族達が私の後ろで無様にも震えていた。

彼らは姉様という韻竜をトカゲとでも勘違いしていたのだろう。






でも私の心はどこか複雑だった。




姉様が国王になられる。

想像すらしていなかったことだが、とても嬉しい。



でもこれまでみたいに一緒に過ごすこともそうそうできなくなるかと思うと、

不安や悲しみと言ったいろんな感情がさっきまでの嬉しさを塗りつぶしてしまう。


お爺様もいつも政務で忙しそうであったし、姉様も今後はそうなるだろう。



無論単なる私の我が儘でしかないが、姉様無しでいるなんてとても考えられない。

そんな言いようのない感情が私自身すらも塗りつぶそうとしているのを私は必至で耐えていた。













お爺様が亡くなられて五日…………。


ガリア全土の民がお爺様の崩御に悲しむ中、

ヴェルサルテイルの大礼拝堂で大葬の儀が執り行われた。


ガリア中の貴族や平民の代表、各国の特使らが弔問に集まり、

その数は礼拝堂に溢れそうなくらいであった。



葬主を務める姉様の来場が礼拝堂のざわめきを一瞬で沈黙に変える。

姉様が公式の場に出席されるのはあの事件以来二年ぶりだ。


それまで次代のガリア王が如何なる人物か噂していた者達も、一言も発しない。

一言であろうと話すことすら許さない空気に包まれていた。









お爺様が亡くなられてからこの五日間、姉様は大葬の儀の日取りや打ち合わせなどで多忙を極めておられた。

私やお母様とも殆ど一緒に過ごしていない状態だ。



ただそれが寂しいだけではなかった。

姉様のお役に立ちたいと思った。


でも姉様にそれすら言い出せずにいた。






このままではいけないと分かっている。

これから王になられる姉様にこれ以上心配や迷惑をかけたくないし、少しでもいいから姉様のお役に立ちたい。


ティファニア姉様達にも相談してみた。

今日の大葬の儀が終わったら姉様に話してみようと思う。





私のそんなささやかな決意に関係なく、大葬の儀は滞りなく進められた。











side イザベラ











自室に戻り、思わずベッドに転がる。

お爺様の崩御からこの五日間、ひたすら張りつめさせていたせいか体が重い。




無事にお爺様の大葬の儀も終了し、棺の埋葬も滞りなく終わった。

月が変わり、喪が明ければ私の戴冠の儀となる。



それでいよいよ私はガリアの王となる。



もっとも今後の方針や閣僚の人事の準備、貴族どもへの対策、その他諸々、

喪中に関係なくこなさねばならない政務もある。


大臣達に任せきりにするつもりはさらさら無い。







何気なく天井を眺める。


生まれてきて14年間、慣れ親しんできたこの部屋とも別れの時は近い。

即位に併せてお爺様が使っておられた寝所に移ることが決まっている。






正直王の寝所へ移動するのには気が乗らない。

警備の関係上やむを得ないし、一国の王が王宮の片隅にある部屋にいつまでもいるわけにもいかない。




しかしあそこの装飾過剰と言っていい程贅を尽くしきっただけの広い部屋だ。

無駄な装飾などを外すよう指示してはいるが、ああも広いと正直滅入ってくる。



一応その奥にある部屋を改築させ、そこを寝所とするつもりだが、

それまではあの広間のような部屋で夜を過ごさねばならないだろう。





頭を振り、憂鬱な気分を追い出そうとする。

紅茶でも飲もうかとベッドを出ると、


部屋の入口にティーセットを用意したシャルロットが立っていた。












「ちょうど紅茶を淹れようとしていた所だったから助かったよ、シャルロット。」


ティーカップを片手に妹の頭を撫でる。




そのシャルロットは私に撫でられるがままであったが、やはりと言うべきか、

手にする紅茶を飲むわけでもなく、どこか思い詰めた顔をしていた。



「それで、どうしたんだシャルロット。

こんな夜に、何か言いたい事があって来たんだろ?」




一度私の顔を見た後、シャルロットは視線を手元のティーカップに戻し、

やがて少しずつ喋り始めた。




「私、姉様のお役に立ちたいんです…………。


今までのように、

ずっと姉様に甘えてばっかりではいけないと思っているんです。


何か、私にできることがあれば何でもします。


ですから…………っ!」





それ以上は言わせるつもりはなかった。


思わず立ち上がり、シャルロットを胸に抱きしめ、

小さく震える妹をあやすように撫でてやる。






シャルロットは恐れているのだろう。



自分が私のそばにいられなくなることを。

私が即位して、シャルロットの姉でいられなくなるかもしれないかと。


だからこそ私の役に立って、そばにいさせて欲しいと。





相変わらずの大馬鹿者だ。

そんなことをしなくても、私はどこにも行きはしないのに。





「そんな泣きそうな顔で懇願するなシャルロット。


別に即位するからといって私はお前から離れはしないし、

私もお前から離れたくはない。


だから心配は無用だ、シャルロット。」





「でも…………。」



「第一、お前はまだ12才だ。

学ぶべき事も、修練を積まねばならんこともたくさんある。


見識を広め、経験を積んでからでも遅くはない。

まあ、14の私がいうのもおかしな話だが、


その時まで期待しているぞ。」






「はい…………。」










ヴェルサルテイル中が慌ただしく戴冠の儀の準備に追われるある日、私はモード大公妃と会談をしていた。



「サウスゴータからの亡命者用にヴェルサルテイル南のイヴリーヌの森に村を建設することになりました。

村長にはサウスゴータ太守、いえウィル・ロングビル殿に努めて貰います。


又、隣接して建設する親衛隊の駐屯地に警備も兼ねさせますので、治安等はご安心下さい。


大公妃殿達もご希望ならそちらへ移住して下さいませ。」



「もう私は大公妃ではありませんよ、イザベラ殿下。

いえ、イザベラ女王陛下でございましたね。


改めまして、此度のご即位おめでとうございます。」



「ありがとうございます。フレイア・ウエストウッド殿。」


「フレイ'ヤ'、ですよ。陛下。」


そう微笑むフレイヤ殿。




公式にはフレイア・オブ・モード大公妃も、息女ティファニア姫も死亡していることになっている。

その他の者達も皆名を変えて新たな生活を始めようとしている。


最も性は兎も角、名前は殆ど変えていないようだが。




「女王陛下。

私たちで何らかできる事がございましたら何でもお申し付け下さい。


恐らく共に亡命してきた皆も同じ考えでしょう。」





「ありがとうございます。


ただこちらも戴冠の儀を控えるなど立て込んでますし、そちらも村の建設などがございます。

いずれロングビル殿らも交えて、改めて協議するとしましょう。




ただフレイヤ殿。これはお耳に入れておくだけで結構ですが、

近いうちにご協力して頂きたいことがございます。」




「と、言われますと?」








「これは私の個人的な考えですが、

将来的には貴方の故郷との交易を念頭に置いた交渉をしたいと思っています。


その際の橋渡し役を是非お願いしたい。」



「ッ!!」




「もっとも、国内の安定化が先決でありますが、やってみる価値は十二分にあると思います。

如何ですか?」





「………………是非とも協力させて下さいまし、全力をあげて勤めさせて頂きます。」




「今日明日に交渉を行うわけではありませぬ、

今からそれでは持ちませぬぞ。」


「すいません、つい…………。」






「さて、そろそろお暇させて頂きます。

移住に関しましてはフレイヤ殿に一任いたしますので、

何かございましたらすぐに私かお父様に取り次ぐようしておきます。」



「重ね重ね、しかもお忙しい所を本当にありがとうございます。」




「いいえ、では。」









無論この時の私も、フレイヤ殿も知るよしがなかった。

この将来的に行おうとしていたことが、


ハルケギニア全体を激動の渦に叩き込む事になろうとは…………

















一ヶ月の喪が終了したケンの月最初のユルの曜日。




ヴェルサルテイル宮殿最大の大広間である鏡の間には、

先月の大葬の儀を越える数のガリア国内外の王族や貴族、平民の代表らに埋め尽くされていた。





数多の人々の見守るなか、中央に敷かれた深紅の絨毯の道を

シャルロットやシェフィールドらを従えて私が進み行く。



その先にある玉座と、そこに置かれた王冠へ向けて。











玉座へ赴く中で、私の脳裏を先程お父様達との会話がかすめた。






「イザベラよ、

……………私が父上に次の王位をお前にするよう進言したのは知っていたのか?」




「……………確証はありませんでしたが。

でも、何故なのです?」



「イザベラが私よりはるかに王たる資質を持つからだよ、亡き兄上と同様にね。


私が王となれば、確かに民も貴族達も納得はするだろう。

だが私では貴族達の手綱を御することはできんだろう。


そうなればガリアはまた醜い政争に明け暮れることとなる。」





かつて太陽王と称されたロベスピエール3世の治世以降、王権の強化により貴族どもの政争はある程度押さえられてはいる。


だが完全に貴族達の影響を削ぐまでには至っておらず、

いずれ王権の縮小等何らかの行動に出てくるのは確実であろう。


既にモルトゥマール公爵らが領地内で私兵を募る等の行動も見られており、油断はできない。




だが果たして、私にそれができるのだろうか?






するとお父様は私心を見透かしたのか、私の肩に手を置き、



「案ずることはないイザベラ。

父上の言われた通り、お前の信じるままにやればいい。


お前なら始祖ですら為し得なかったこともできるとも。

私もそれを信じている。



無論私も全てを尽くしてお前とガリアのために働こう、



いや、どうぞこの身を何なりとお使い下さいませ、女王陛下。」







玉座と王冠は既に目の前にある。



(お爺様やお父様は私に過分なご期待をされている。

ならば、ご期待以上に答えて見せようではないか。)












玉座の横にはロマリアの教皇庁から派遣されてきた大司教が

戴冠の宣言を読み上げている。





シャルロットが手にする重厚な木箱の封を解き、

茶色のルビーをあしらった指輪――始祖の秘宝とされる土のルビーを私に捧げ、


それを私の左手に填め込んだ。





続いてお父様が手にするさらに大きな木箱の封を解き、

中にある古びた香炉――同じく始祖の秘宝とされる始祖の香炉を私に捧げ、


それを私は手に取った。






その時である、




土のルビーと始祖の香炉が淡く輝き、


重厚な声が私の頭に響いてきたのは。







『これより我が知り得たる真理を汝に授ける…………』




周囲の声が消え去り、時すらも静止したような感覚に包まれる。



 
『汝、我が行いと理想と希望を受け継ぐ者なりて、未だ閉じられたる道を切り開きし者たれ……………』



 
響き渡る声が私の魂に直接刻みつけられ、髪の先まで歓喜と昂揚に突き動かされる。



 
『ここに、我が扱いし“虚無”の呪文を汝に授けん……………。

 

 初歩の初歩の初歩。【エクスプロージョン】……………。』



私の魂はそのスペルの如く、爆ぜた。








気がついた時、私は鏡の間の玉座の前に戻っていた。

一瞬だったのか、はたまた永遠のような時間が過ぎ去ったのか、






ただ私は、自分が目覚めたことを認識した。



私の中で眠り、封じられていた虚無の系統が覚醒したことを。









鏡の間にいた者は誰一人として、それを認識している様子の者はいなかった。


私の前で、大司教が宣言を読み終える。





そして私の頭上に捧げるべく、王冠を手に取ろうとするのを私は制止した。


訝しむ大司教を退け、私は自らの手で王冠を手に取り、




自らの手でそれをかぶった。







続いて、玉座の左右に飾られた一対の杖を私は手に取り、


鏡の間にいる群衆の方向を振り返った。












沈黙と静寂に、鏡の間は支配された。


物音一つ無い時間がどれ程過ぎたであろうか、





「女王陛下万歳ッ!」





誰とも知れぬ叫びが、鏡の間に響き渡る。




その刹那、堰を突破した洪水の如く数多の叫びがこだまする。






「「「女王陛下万歳!!」」」



「「「ガリア王国万歳!!」」」



「「「「女王陛下に栄光あれ!!」」」」







歓喜と礼賛の叫びは、途切れることなく鏡の間に響き渡った。










――――――――――――

イザベラさんが似合うのは裏社会のボスなんてチンケなもんではありません。

玉座ですよ玉座!


どうも、ヤッタランです。


彼女がこの時点で戴冠するのも、虚無に目覚めるのも連載開始から予定していました。

もっとも今までやってきたことを、さらに派手にやるだけですが。

虚無に目覚めてもイザベラさんはイザベラさんです。



引き続き誤字脱字、ご感想、ご意見などございましたらどうぞ宜しくお願いいたします。




[4177] 醜い蒼髪の姫君 第十三話
Name: ヤッタラン◆a583f4f3 ID:9e06a1ef
Date: 2008/09/30 00:42





side ???







戴冠の儀も無事終わり、ヴェルサルテイルでは即位を祝う宴が開かれていた。


もっとも、過去のそれとは大きく異なり、

即位の儀が執り行われた鏡の間に多数の机を配置し、立食でのそれとなった。


参加する者達は序列や爵位に関係なく宴を楽しむべし、との女王の意志が示されている。




これの発案は摂政に就任したシャルル・ド・オルレアン大公である。


元第一王子夫妻は摂政就任と大公叙任により自領の地名を自らの性に採用し、

新女王の臣下であることを内外に示していた。




但し、女王の妹君シャルロット・エレーヌ姫は女王の意志により、

ガリア姓を引き続き名乗ることと決められている。









side シャルル










宴が始まり早数時間、



参加する者達は依然解散する気配もなく、

ある者達は女王に取り入るべく集まった挙げ句列を成し、

又ある者達は女王の妹君であるシャルロットに憶えめでたくならんと、こちらも列を作っている始末だ。





正直これは予想外にも程がある。


女王に集まるのは当然であろうが、よもや列すら作る勢いとは。

侍従達や衛兵により混乱こそ起きてはいないが、そうでなければどうなっていた事やら。


怒りや嘆きを通り越して呆れ果ててしまう。







しかし時間も時間だ。


侍従達に宴の終了を命じ、参加する者達を広間から解散させる。



イザベラもシャルロットも疲労困憊らしく、

椅子に倒れ込む勢いで座り込む。





「…………二度とこんな宴はやらんぞ。

舞踏会も御免被る…………。」



「…………社交界なんてもう、嫌です…………」





イザベラ達の言葉も仕方がなかろう。




あの暗殺未遂事件以来、二年あまり公務や宴には二人とも殆ど参加しておらず、

久しぶりに執り行われた宴がこれである。








「お父様をお恨みしたいところですが、私にもこれは予想外でしたし……………、

今回は不問にいたします。


それ以前に、酒ばかり飲まされて碌に食事もとれないとは……………。」




実を言うと私も食事にはありつけていない。



イザベラ達ほどではないが、摂政という立場故私目当ての者も多く、

又各国から来た王族や大貴族の接待もこなさねばならなかった。





「イザベラ、フレイヤ殿達が別室で食事の準備をしております。

そちらに参りましょう。


シャルロットも、あなたもどうぞ。」



「ありがとうございます、お母様。

ただ、先に酔い覚ましを頂けませんか?」



妻が機転を利かせてくれたお陰で、何とか食事にありつけそうだ。










side イザベラ









かつての王の寝所を改装した部屋に食事が並ばれる。


無駄な装飾や調度品は撤去され、広間とはとても言えない大きさだが、

暖かみのある落ち着いた雰囲気が先程までの疲れとささくれた心を癒してくれる。




今ここに参加するのは王族、というより私達親子四人とウエストウッド家親子二人のみである。



食事も宴にはほど遠い、ささやかなものであるが

この方が私にとっても丁度良い。


「改めてこの日を祝して、乾杯。」


因みにワインは鏡の間で散々飲まされたので、皆が手にする飲み物はそろって水かジュースである。







食卓の席は私の犯されざるものに気づかせてくれた。



お父様が、お母様が、シャルロットが、フレイヤ殿が、ティファニアが、

皆が私のことを祝福してくれる。


とても優しさに溢れ、暖かく、何にも代え難いものだ。



数万エキューをかけて贅を尽くした宴などより、この食卓の席が数万倍の価値がある。




私はここにいる皆の主であり、王である。

ならばこの食卓の席を必ず守り通し、新しい一員を加え、


次の代まで引き継がせて見せよう。




そのためにも、まずはガリアの腐った膿を取り出さなくては……………。













一夜が明け、私は初の公務をこなすこととなった。


相手は昨日の戴冠の儀に参列していた

隣国トリステイン王国のアンリエッタ・ド・トリステイン王女である。


年齢は私と同じ14らしく、政務などには全く関わっていないと聞く。

公務と言うよりは個人的に良好な関係を作っておく、と言ったところだろう。












side アンリエッタ










私は今からこのガリアの王になられたイザベラ陛下と初めてお話しします…………。

昨日の戴冠の儀以来、私の鼓動は早鐘を打ちっ放しでございます。



私を含め、あれだけ多くの王族や貴族達を一人残らず圧倒しておられた方です。

しかも私と同い年でなんてとても信じられません。





落ち着くのですアンリエッタ。

深呼吸をして、数を数えて、後それから……………。


突然扉の開く音が聞こえる。


「お待たせいたした、アンリエッタ王女。」


目の前にイザベラ陛下がおられました…………。









穴があったら入っておきたい気分です。


しかしイザベラ陛下は別段気にするご様子もなく、


お話の方も、私でも会話できるよう、

トリステインやガリアの自然や風土、王宮での儀式や風習など普通にお話できました。



お互いの話に聞き入り、共に笑いもしました。

こんなに自然な会話を楽しめるのはルイズとだけだと思っていましたが…………。






そして楽しい時間はあっという間に過ぎていきました。


イザベラ陛下はこの後にも政務をこなされるらしく、このままトリステインに帰る私とは大違いです。

こんな素晴らしいお方とお知り合いになれただけでもガリアに参った価値は十分にございました。





帰りのフネまでわざわざ送って頂く時、


是非今度はトリステインに遊びにいらして欲しいと頼んでみました。

折を見て伺わせて頂く、というお言葉に思わず舞い上がったのは私だけの秘密です。



是非その時はルイズもお引き合わせしたいですね。



壮麗なヴェルサルテイル宮殿が小さくなって行く中、

私もイザベラ陛下のようになれたら、なんて不相応な考えを持ってしまったのも私だけの秘密です。




イザベラ陛下、今度お会いできる日が一日も早いことを願っています。












side イザベラ











アンリエッタ王女はお伽話の姫君そのものだった。


あそこまで純粋なのは見たことがない。





私欲と下心を隠そうともしないガリアの貴族どもを見慣れているせいか、

どうもあのような姫君を見ていると、思わず私自身を卑下してしまいたくなる。



事実あの姫君の何倍も汚れている身だ。

別にそれを後悔するつもりもないし、それで卑屈になるつもりもない。




しかし、私はどうもあの姫君が苦手らしい。



日程を定めてはいないとはいえ、いずれトリステインに赴く必要までできてしまった。

少々憂鬱気味になるが、そうも言ってはいられない。





何より憂慮すべき情報も存在する。




あの姫君の会話でよく出てきた幼馴染みのルイズという貴族の子女。


姫君の言葉曰く、魔法が扱えぬという。






「至急カステルモール卿を呼んでくれ。」


執務用の部屋に戻り、侍従にそう命ずる。



調査を命じる必要がありそうだ。















「成程、調査する必要はありますな。

至急手配いたします。」


「宜しく頼む。

それと貴族どもの動きはどうだ?」



「こちらはある意味順調すぎます。


モンテスパン侯爵らもモルトゥマール公爵同様の動きを見せておりますが

こちらの予想通りの動きをしてばかりでかえって訝しんでしまう程です。」



「用心はしておいて損はないだろう。

貴族どもが諸外国、特にロマリアやアルビオンと結託せぬよう十二分に監視をしてくれ。」



仮に元大公妃親子のことが両国に知れ渡った場合、最悪周辺各国を全て敵になりかねない。


用心しすぎで丁度良い頃合いだろう。




「畏まりました。それとヤドリギの方は如何なさいましょう?」


「そろそろ植樹してやる頃合いだろう。

子細はそなたに任せる故、しかと頼む。」



「ははっ。例の勅令が発布され次第、すぐにでも。」













昼食を挟み、お父様、リシュリュー卿、カステルモール卿らとの会議に赴く。


先月中に作成を依頼した勅令の草案を確認する。




「こうもあからさまだとかえって予想外の事態にならないか?」


一通り呼んだ私の感想だが、リシュリュー卿には想定済みであったらしく、



「ご心配には及びませぬ、これぐらいで丁度良くございましょう。

貴族達が適度に怒り狂い、こちらの想定通りに動く程度には。」




「…………よかろう。


カステルモール卿にも伝えているが、貴族どもが国外勢力と接触させてはならん。

他国の関心を生む前に全て終わらすつもりでいて欲しい。


確かにハルケギニアで一番プライドの高いガリアの貴族どもだ。

他国の力を借りることそのものが奴らの沽券に関わる筈であろうが、用心はして欲しい。


カステルモール卿も植樹するヤドリギにもその旨留意せよと伝えてくれ。」




「心得ました。」

「分かりました。」




「それと暫く両名ともヴェルサルテイルに留まり、身辺には十分注意するよう。

お父様も当面は外出を自重されるようお願いします。


二年前の予の二の舞になっては困るからな。」




「「ははっ」」


「…………わかった。」




手元にある『王国軍の再編成と新税の導入について』と記された草案をリシュリュー卿に返却し、

そう私は命じた。









side ???











その翌日、イザベラ女王は即位後初の勅令が発布される。



『王国軍の再編成と新税の導入についての勅令』と題された勅令の内容はガリア全土の貴族に衝撃を与えた。



 ・国王が統帥権を保有するガリア王国軍が王国唯一の正規軍であり、各貴族家の保有する私有軍も必要に応じ国王の管轄下に入る。

 ・私有軍は各貴族家の警備任務を第一とし、貴族家の領地などの規模に応じた保有の上限を設定する。

 ・王国内の全ての運河、主要街道を王国管轄下とする。

 ・各貴族は領地の私有に関する保証税並びに領地内の王国所有の運河、道路、港湾施設等への使用、恩恵に対する税を王国に納める。

 ・各貴族は王国に対する税のため、領内での過度な増税を禁止する。



等となり、以上を来年までに実施するというものであった。 




つまるところ、私有兵力の保有規制と貴族に対する大幅な課税である。



このあまりに野心的かつ革新的な内容は当然ながら貴族達の猛反発を招くことになった。





すぐに反女王の急先鋒とも言うべきモルトゥマール公爵、モンテスパン侯爵らが共闘に合意し、

他の貴族達を結集して即位したての女王を退位させるべく策謀を始めていた。



この水面下では、公爵達のパイプ役を買って出たあるシュバリエによる奔走が

公爵達の合意のみならず、早期の反女王派の貴族を結集させたと言われる。






だが反発する貴族達はイザベラ女王がそうなることを織り込み済みで勅令を発布したなど想像すらしていなかった。




そしてそれを利用し、ガリアが抱える病巣をまとめて駆除するつもりであることも。











side イザベラ











貴族どもが激発するのは時間の問題である。

随時知らされる情報を確認し、奴らが動き出すのを待ち続けること五日余り…………。


今日までに十数件の暗殺未遂事件が起きている。

無論私一人の分であり、カステルモール卿らの分を含めたらその倍にはなるだろう。



最もシェフィールドと親衛隊に防衛されたヴェルサルテイルに籠もっている故、

今のところ全て未遂で終わっているが。









政務が一段落し、紅茶で一服しているところ、

執務室にカステルモール卿が普段では見せぬほど興奮した様子で飛び込んできた。




「申し上げます陛下!


モルトゥマール公爵、モンテスパン侯爵ら不穏貴族ども数十名余りが

コンピエーヌの森にある狩猟場に集合している由にございます!」





「待ちかねていたぞ!


親衛隊第一、第二、第三連隊は直ちに出撃!

かねてからの打ち合わせ通りコンピエーヌの森を完全に封鎖せよ!


第四、第五連隊も予定通りリュティス並びにヴェルサルテイルの警備に当たれ!

第六連隊は予備兵力として別命あるまで待機!


予もコンピエーヌへ向かう!」









直ちに軍服に着替え、飛空挺に向かう。


飛空挺への歩みを急ぎつつ、お父様達に指示を出しておく。



「お父様、万が一がございます故、ヴェルサルテイルをお願いします。」


「わかった…………。しかしイザベラ、

私が代わりに出撃した方が………。」



「私が行かねばならないのです、父上。

…………では。」





お父様の言葉を制止し、そのままランフレクシブルに乗船する。



ヴェルサルテイルの森を十数隻の飛空挺やフネが飛び立ち、

ランフレクシブルを含む、その半数以上がリュティス郊外のコンピエーヌの森へ向かってゆく。









side ???








コンピエーヌの森には総勢七十人を超す貴族達が集まっていた。



その誰もが即位したてのイザベラ女王を激しく罵り、非難し、退位させよと声高に叫ぶ。





「我らは六千年にわたってガリアを守護してきたもう優良種たるガリア貴族である!


魔法の才もなく、無能で傲慢極まるイザベラを退位させ、

ガリアを本来あるべき姿に戻さねばならない!


それは我々の総意であり、我らの義務なのだ!!


コンピエーヌに集まりし諸君!

立ち上がるのはまさしく今だ!!」






モルトゥマール公爵が中央の壇上で演説を行い、

それを陶酔気味に聞き入り、歓声を上げる貴族達。



同じガリア貴族以外には、

けして理解されない彼らだけの理想がそこにあった。




その熱狂に酔いしれる貴族達に、高速で落下する甲高い音を聞いた者は少なかった。








集まる貴族達から僅かに離れた森林で爆発が起きる。


何事かという暇すらなく爆発が次々と、貴族達を取り囲むように起こる。



先程までの陶酔と熱狂は風に舞う紙のように吹き飛び、

ただ慌てふためく姿は滑稽でしかない。




幾人かが空を見上げて気づく。

彼らの頭上から砲撃を行うガリア親衛隊の飛空挺の姿を。


上空の飛空挺やフネが降下し、黒服の軍人達が彼らを取り囲もうとしている。








幾人かの貴族が杖を手に森から脱出しようと空を飛んだが、放たれる砲弾の爆風に吹き飛ばされ、

中には直撃を受けて爆死する者まで現れた。



幸運にも転げ落ちるだけで済んだ者も次々と取り押さえられる。



逃げ出せなかった者達は頭を抱え、蹲るほかにできることはなかった。







既にコンピエーヌの森は地獄絵図の様相を呈していた。


ガリア有数の狩猟場である森林は無惨に吹き飛ばされ、

貴族達はその中央に集められた獲物の兎のようであった。




砲撃が収まり、モルトゥマール公爵が周囲を見渡した時には、

黒い制服を纏った兵達が貴族達を完全に包囲していた。



そして公爵は兵達の中央にいるこの惨状の元凶を見つけた。









「生きていたのかモルトゥマール公爵。

貴様が死体になる前に会えるとは、幸運だな。」




「…………………イザベラ女王、

これは一体何の真似でございますか………………!」




「それはこちらの台詞だ公爵、

貴様の聞くに堪えぬ演説を拝聴させて貰ったが、なかなかの腕前ではないか。


もっとも、二度とそれを聞くつもりはないし、

貴様がそれを活用することもないだろうがな。」








「……………おのれぇ!!」




懐から小さな杖を取り出し、女王へ向ける。

その目は最早、精神の均衡を欠いた狂人のそれであった。



だが公爵の魔法は、女王の使い魔が放ったナイフに阻止される。


杖を落とし、深々と刺さったナイフに顔を歪める公爵が女王を向いた瞬間、


「イル。」


モルトゥマール公爵の上半身は爆発した。







上半分を失った公爵の下半身が力無く倒れる。

死体に倒れかかられた貴族達が慌てふためき、無様にはいずり回る。



絶望感に打ちひしがれる彼らに、女王の声が木霊した。






「一度しか言わぬ。

モルトゥマールと同じ道を辿りたい者は前に進み出ろ。


さもなくば杖を捨て、直ちに降伏せよ。」





彼らには最早、女王に抗う意志も、気力も残されていなかった。












後にコンピエーヌの鎮圧と言われる叛乱未遂事件によって逮捕された貴族は

上は公爵、下はシュバリエに至るまで47家の64名、死亡者はモルトゥマール公爵以下12名に対し、


鎮圧に当たった親衛隊の死傷者はゼロという完璧な形で幕を閉じた。





即日行われた王立裁判院による審議の後、


死亡したモルトゥマール公爵やモンテスパン侯爵ら主犯格とされた八家は家名断絶の上、死罪又は遠島への流刑と領地没収、

その他の貴族達もシュバリエへの降格や領地の大幅な縮小などの厳しい処罰となった。



但し、今後王家と王国に対する忠誠を認められた者には名誉回復と昇格も認めるという

女王の恩赦の可能性が明記され、単なる処罰だけではない一面も見受けられた。



もっとも、大逆罪は一族郎党死罪とされてきた過去を鑑みれば十分寛大な処置であり、

降伏した貴族達からの感謝の言葉さえ聞こえたという。




一方、王国直轄領となった旧貴族領は王国特別領とされ、一年の猶予期間で順次直轄領と統合する事や、

貴族家に仕えていた者達への原則雇用、旧私有軍の王国軍編入なども示され、



国内勢力図の激変による混乱を最小限とするねらいが見て取れた。






そして、反イザベラ女王派の貴族達はこの鎮圧により完全に駆逐された。













――――――――――――

貴族相手の派手な内戦はフカヒレヴォイスな金髪君の専売特許です。


どうも、ヤッタランです。


国家を二分する内乱なんて国力の疲弊が大きすぎますし、周辺諸国のことを考えればこういう形が国としてはベストだと思います。

話的には終わるの速っ!とも言い切れませんが、こんなのを何話も書く気になれませんし(本音だだ漏れ)。


後、折角即位したのに招待客がモブかエキストラだけでは何なので、同い年のお姫様にご出演頂きました。

彼女もどうなる事やら、まして芋づる式にルイズまで出演するのか、どうなることやらです。


それ以上に問題なのが皆様大好き私も大好きシャルロット姫ですよ。

全く、イザベラさんと絡ませたらデフォでニャンニャンしているし、最近なんだかワンパターンな気もしないし………。

因みに彼女だけガリア性のままなのは、オルレアン性にしたら………愚問デスヨネー。


後side ???は第三者視点ということでお願いします。


引き続き誤字脱字、ご感想、ご意見などございましたらどうぞ宜しくお願いいたします。



9/30 誤字訂正しました。ご指摘ありがとうございます



[4177] 醜い蒼髪の姫君 第十四話
Name: ヤッタラン◆a583f4f3 ID:9e06a1ef
Date: 2008/09/28 21:09


side イザベラ










「親衛隊による進駐も、知事の赴任等も今のところ問題はなさそうだな。」


コンピエーヌでの鎮圧から既に二週間、

随時送られてくる報告を確認しつつ、お父様達と協議する。




「はい、奴らが具体的な叛乱を実行する前に阻止できました故………。

残る貴族達もお陰様で陛下と王国に刃向かう気力もない模様です。」



報告書を持参したカステルモール卿の弁である。







既に今回の鎮圧とは無関係であった貴族達からも、

献上品や改めて忠誠を誓う誓約書の類が毎日のように届いてくる。



単なる見せしめ以上の効果まであったらしい。






「貴族達を必要以上に痛めつける必要もなかろう。

第一、処罰だけの恐怖政治では国が長くは持たん………。



お父様、領地内の産業なり、王国に対する貢献なり、

そういったことをした貴族には褒美なり賞なりを定期的に与えるようにして頂けますか。


詳細はお任せしますし、何なら期限付きで税の控除をしても構いません。」




「飴と鞭、というわけか…………。

わかった。すぐに草案を用意しよう。」




「お願いします。それと貴族どもから没収した財産の試算はまとまりましたか?」



「こちらにございます、陛下。」



リシュリュー卿が別の書類を手渡してくる










「…………最低価格で総額約7億エキュー、

文化財や城などの固定資産などを除外しても約3億8千万エキューとはな………。



ヴェルサルテイルをもう一つ作れる勢いだな。」




ガリアの国家予算を軽く超える金額には流石に驚かされた。




「王国創建以来の名家も数多く、約六千年分の蓄財と考えれば少ない方でしょう。


いずれにしましても、先々代以来続いた財政難もこれで解決できました。」






「今後の特別領での税収も含めると、長期の国家運営にも問題なくいけるな。

取りあえず二億エキューを非常用資金として備蓄しておいてくれ。



絵画や宝飾品などは芸術性の高い物などを除き売却の方向で。

国外、特にゲルマニアあたりに売り込んでくれても構わん。」




「ならば競売にかけるとしましょう。

国外の王侯を招待して開催すれば十分な収益になるかと。」





「任せる。


後、どうせやるなら他に目玉になることをしても良さそうだな。

何か案があるか?」




リシュリュー卿もカステルモール卿も珍しく悩んでいるようだ。


そこへ発言してきたのは大蔵卿のフーケ卿だった。










「競馬?」




「はい。

十頭程度の馬と騎手による競争で、着順を予想する賭けが行われます。


元々はアルビオンが発祥のスポーツにございますが、

ガリアでも地方の貴族達の間でも開催されております。


折角国外の王侯を招待するならばやらぬ手はございません。




幸いガリアでは特例を除き公での賭博は禁止されておりますので、

この際国営のギャンブル制度を制定すればその莫大な収益を独占できるでしょう。


王家が主催者となり定期的に開催すれば、長期的にも魅力的な財源ともなります。」




確かに聞く限りでは十分に魅力的だ。

しかし、それほどの規模の賭博となれば問題も多い。





「陛下、私もこれに賛成です。

国内外の王侯を集めることもできますので外交や諜報でも十分有益かと。」



「よかろう、そなたらに一任する。

但し、不正行為や外部からの干渉などの無いよう徹底するように。」




「「ははっ」」

















戴冠以後も食事は可能な限りお父様達と一緒に食べることにしている。


王女時代からお爺様のご意向もあり、物心ついた時からそうしてきたし、

王になったからといってそれを変えるつもりはない。





その席でお母様が意外な提案をされてきた。








「休暇、ですか?」




「ええ、もう即位してはやもうすぐ二ヶ月にもなりますのに、

一度もお休みを取ってないんじゃないかしら。


お爺様も週に一度の割合でお取り遊ばしていましたし………。」





そう言われて、戴冠以来の日常を思い浮かべている。



政務は午前と午後の二回に分け、その合間や代わりに技術院や各現場などへの視察、会合を行う。

それ以外は可能な限りお父様達との時間やシャルロットと図書院にいるなどしており、


休みどころか一人でいる時間も睡眠以外皆無のようだ。






「確かに休みは取っていませんね。

しかし別に疲れているわけではありませんし……………。」






「駄目よ、イザベラ。

疲れてから休暇を取ってる時に何かあったらどうするの?


そう言う時にちゃんと対処できるようにしておくのも、

疲れる前に休みを取って、健康にも気を配るのも君主の勤めですよ。



そんなようではまだまだ王として半人前ですよ。」





そう言いながらお母様は席を立ち、私の頭を撫でで下さった。








柄にもなく顔が赤くなるのを感じた。

そしてそれ以上にお母様の手の温もりが愛おしいくらい気持ちいい。





シャルロットの頭を撫でることは何時ものことであるが、

こうして私自身が撫でられるなんて本当に久しぶりだ。



前に撫でて頂いたのは何時の頃だろうか……………。







「貴方はガリアの王であり、ガリアの民全員の模範なんですから。

もう貴方一人の体ではないのですよ。」






お母様の言葉に素直に頷く。




貴族どもを排除し、懸念事項も別段急ぐこともない。

一段落つけるにも丁度いい頃であろう。








そうやって撫でられること暫し、


ふと複数の視線を感じ、振り向くとお父様達が揃いも揃って暖かい目でこっちを見ていた。

しかもシャルロットやティファニアの表情は何だ?



顔を赤くした上に、羨望と驚愕と慈愛等々が合わさったとでも言うような表情をしている妹二人に

思わずこちらも別の意味で顔が赤くなるのを感じた。





咳払いをして誤魔化してしまう。





「とりあえず明日から3日程休暇ということにします。

その間の政務はお父様に代行して頂きますので。


特別急ぐ内容もございませんが、何かありましたら連絡をお願いします。」






「任されたよ。ゆっくり休むといい。」















休暇という物は予め何をしておくか決めておいて、初めてその意味があるのだろう。


図書院でシャルロットを膝に乗せている現状に対する私の感想だ。





何もすることがなく、何気なく王宮内を散歩しているところを妹達に捕まり、

図書院に引きずり込まれて現在に至る。





まあ何かしたいということもないまま休暇を取ってしまった以上、

やっている事も何時もと余り変わらなくなるのは仕方がないだろうが、


折角の休暇をいつも通りに過ごすのも納得がいかない。





取りあえず、目の前にいる妹に聞いてみる。



「何かしたいことはないかシャルロット?」


「このまま姉様と読書を………。」




聞く相手を間違えたようだ。










人知れず溜息をして、シャルロットの手にする本を眺める。


空を飛ぶしか能のない落ちこぼれの魔女が運送業をするという物語らしく、

今開いているページでは森の家で暮らす友人と一夜を過ごすという場面だ。




「森の家、か……………。


そうだ。」













side シャルロット












ヴェルサルテイル宮殿内とその周辺には多数の森林や庭園や運河が存在する。


その中には巨大庭園や狩猟場の他大小様々な離宮や屋敷、王家専用の田園や村まで存在する。

お爺様の代よりその一部は閉鎖されてはいるが、今でもそれらは維持されている。



姉様に言われるまま私達がやって来たのもその中の一つで、

ロベスピエール三世陛下が寵姫の一人のために用意した小離宮プチ・トロワにある屋敷だ。


しかもその寵姫の要望のままに設営したらしく、立派な庭園や閉鎖された動物園や植物園、

果ては劇場や農村に見立てた無人の集落まであるらしい。





「たまにはこういうところも使わないと用意してある意味がない。


第一維持費も馬鹿にはできんし、

閉鎖するなり解体するなり決めておく前に一度使ってみても良かろう。」



とは姉様のお言葉だ。


どうやら殆ど来たこともない他の離宮や屋敷の視察も兼ねているらしい。






因みに今回の滞在に来たのは姉様と私、ティファニア姉様と姉様の使い魔の他護衛の者達だけだ。


お父様は公務があり、お母様達も一度は私達だけで行ってみなさいとのこと。






数日分の荷物をそのままに、早速姉様達と屋敷の中や外を見て回る。


屋敷の調度品は設営当時のまま残されており、

多少埃を被ってはいるが使う分には問題ないようだ。



自分の部屋や図書院など、何時もいるところとは全く違う場所だけあって

屋敷や内装、装飾や調度品の一つ一つまで目新しい。




ふと隣の姉様が聞いてこられた。


「楽しいかシャルロット?」


「はいっ」


私自身珍しいと思えるほど元気よく返事した。







軽めの昼食を済ませ、午後からは馬に乗ってその他の屋敷などを散策し始める。

ティファニア姉様は乗馬の経験がないらしく、姉様と一緒に乗馬している。



正直羨ましいが、流石に馬一頭に三人も乗ることはできない。



もっとも、ティファニア姉様にしがみつかれている姉様はどこか微妙な表情であったが。












今日向かったのは閉鎖された離宮グラン・トロワだ。



幼い時に何度か来たことはあるが、こうして改めて見てみると

閉鎖されているとはいえすごいの一言しかない。




ピンクを始め、様々な色の大理石で彩られた離宮は私達の住む宮殿には及ばないものの、

華麗すぎる宮殿より上品ささえ感じ、こちらの方が住み良さそうだ。



「こんなにすごい宮殿を閉鎖しているなんて勿体ないですね。」



ティファニア姉様の言う通りだろう。

姉様も頷いている。





「正直、こちらに居を移しても構わんな。

あっちの宮殿は無駄に装飾が派手な上、夏と冬は住みにくい。


ただ………。」




確かに宮殿の夏の暑さと冬の寒さは酷く、小さい頃はよく私達も風邪を引いたものだ。

しかし、




「ただ……、どうしたのですか?」







「政務をこなすには少々手狭だな。

私の執務だけなら兎も角、お父様や他の閣僚の分を含めると少々心許ない。


仮に居を移したとしても、宮殿とここを毎日往復する気にはなれんな。



第一、今の状態でもリュティスとヴェルサルテイルの二つに分かれているからな。

近いうちに一本化しておきたい。



とは言え、技術院の拡張や親衛隊の問題もある。

どうしたものか……………」




そこまで言って姉様は頭を振られた。






「いかんな、休暇の筈なのについ政務の話になってしまう。

済まんな二人とも。」




「いいえ、今までお忙しかったのです。

仕方ありません。」



「休暇明けに一度、大公殿下達と相談するとして、

今は政務を忘れて羽を伸ばしましょう、イザベラ姉様。」






「そうだな。さて、そろそろプチ・トロワに戻ろう。

食事の準備もせねば。」




姉様のその一言で、本日の散策は終了となった。












side ティファニア











今回の休暇では食事などもわたし達で用意しなくてはいけない。

今日の散策を切り上げ、プチ・トロワへ戻ったわたし達は早速料理の準備を始めたけど、



「さて、ティファニア。

指導の程宜しく頼む。」




なぜかエプロン姿のイザベラ姉様達に料理を教えることになった。




何でもイザベラ姉様もシャルロットも料理とかは殆どしたことがないらしい。


事実、野菜を切るたびに指も切ってしまうわ、タマネギで目を痛められるわで

結局料理の殆どをわたしが担当し、姉様達は専らお皿の用意となってしまった。





お母様、人に教えるのって大変です。






「人には得手不得手があると言うことがよく分かった。」とは食事の席でのイザベラ姉様の言葉で、


その隣で痛めた手をさするシャルロットもしきりに頷いていた。










夜は元々編み物でもするつもりだったそうですが料理で手を痛めたこともあり、

イザベラ姉様が私やシャルロットの勉強を見てもらう。



わたしはガリアの地理や歴史、シャルロットは政治学と経済学をそれぞれ教えてもらっていたが、

イザベラ姉様はわたしなんかよりずっと教えるのがお上手だ。







夜も更けてきたこともあり、その日は休むことになった。

屋敷で一番大きいベッドで三人一緒にお休みです。






私が夜着に着替えると、姉様達は既に眠っておられた。


普段から忙しい毎日を過ごされているせいだろうか、

明かりもつけたままぐっすりと眠っておられる。




ふと、寝ているイザベラ姉様の左手が見えた。

普段は手袋に隠されている痛々しい傷跡も見える。



何でも二年ほど前に大けがをされ、その時の傷跡を残しておられるらしい。

一度、お母様が治療を申し出たが断っておられた。



「自分の過ちに対する戒めだ」と言っておらたが、

そう言う考えができるのもイザベラ姉様らしいと思う。








この方はとてもお強い。

単なる力ではなく、内なる心がとてもお強い方なのだ。



サウスゴータで初めてお会いした時からずっとそう思っている。



そんな方でなくてはこんなひどい傷跡をあえて残しているはずがない。

イザベラ姉様のような方でなくては、僅か14才でガリアの王として君臨できるはずがない。






ほんの僅かでもいい。

わたしにも、イザベラ姉様のように強くなりたいと思う。



明かりを消し、姉様の隣に寝転がる。

イザベラ姉様の左手を抱きしめて瞼を閉じる。



その傷跡だらけの、でもとても強くて美しい姉様の手を離さないようにわたしも眠った。







そうしてプチ・トロワでの一夜は更けていった。












翌日はプチ・トロワにある無人の集落を訪れた。



なんでもプチ・トロワの主が宮殿の華麗さから逃れたいという理由だけで

わざわざこの農村に見立てた集落を用意させたそうだ。


しかも数百万エキューもの大金を使って。



「度を過ぎた浪費の極みだな。」とはイザベラ姉様の言葉だ。





イザベラ姉様によると、サウスゴータの人々にこの村を与える予定だったらしいが、

規模が小さすぎることなどから今のイヴリーヌに村を新しく作ることになったそうだ。



その際いくつかの建物はそちらに移築したらしく、以前はもっと建物が用意されていたらしいが、

それでも十件ほどの空き家が周囲の景観と相まって、のどかで美しく佇んでいた。





だけどわたしは人のいないこの村が怖くなった。


庭先一つにいたるまで綺麗に整えられてとても美しくはあるが、

人が生活している様子が感じられないせいか酷く冷たく感じる。



むしろ家の造りも、風景も、何もかもが絵画みたいに整いすぎていて気持ち悪くさえ感じる。




姉様達も同じ考えを抱いたらしく、私達は早々にここを引き上げた。








この日はその後森林や庭園の散策の後グラン・トロワをもう一度訪れた。


イザベラ姉様が「何ならフレイヤ殿とここに住んでも構わんぞ」と言ってこられたが、

こんな立派な宮殿にお母様と二人だけで住むのは流石に、とお断りさせて貰った。



亡命した身の上、王族の皆さんと一緒に生活させて頂いているだけでも、わたしには十分幸せです。





そうして二日目の散策も無事終了し、明日宮殿の方に戻ることとなった。










その日の夕食は屋敷の外で焚き火を囲んでの串焼きだった。



今回の護衛を担当している親衛隊のバッソ・カステルモール大尉が用意して下さったもので、

なんでも伯父のカステルモール卿の大好物らしい。



今朝の内に姉様がリクエストされたそうだ。



焚き火の側での夕食は、私も姉様達も初めての体験だったけど、


親衛隊の皆と歌って笑って、いつもとは違う楽しい夕食だった。











その夜はイザベラ姉様達と私はいろんなお話をした。





話はやがてイザベラ姉様の魔法の話になった。


イザベラ姉様も魔法が殆ど扱えず、スペルの途中で爆発してしまうらしい。




ご立派なイザベラ姉様がわたしと同じように魔法が扱えないなんて最初は信じられなかったが、

嘘をついているようにも見えなかった。



何でも戴冠されるまでは無能などとさえ言われていたとか。





「………イザベラ姉様に憧れてしまいます。

わたしと同じなのに、こんなにご立派で………。」



何気ない一言だったが、イザベラ姉様の次の言葉はどこか深刻な響きがした。





「…………、そう。ティファニアは私と同じだ。

恐らく、私と同じ…………。






シェフィールド、サイレントを。」





突然使い魔にそう指示したイザベラ姉様。



こんなイザベラ姉様の目を見たのはお父様が亡くなられた時以来だ。

恐怖からか、体が震えてしまう。







「ティファニア。これから言うことは絶対に他言無用だ。

シャルロットも誰にも言うではないぞ。


私達自身のみならずハルケギニアにも大きな影響を与えうることだ。


心して聞いて欲しい。」





そう言ってイザベラ姉様が話し出した内容はわたしの想像を絶するものだった。









お父様やお母様がよく聞かせてくれた始祖とその使い魔の物語。


イザベラ姉様やわたしはその始祖と同じ力を持ち合わせているというのだ。






かつて始祖のみが扱うことのできた伝説の系統たる虚無の担い手。


虚無の担い手が召喚できる伝説の使い魔。


ガリアやアルビオンなどに伝わる虚無の秘宝とルビーの指輪。





それぞれが四つずつ存在し、それら『四つの四』が揃う時、

始祖以来六千年ぶりに『虚無』が完全に復活するという。





事実イザベラ姉様の使い魔シェフィールドは神の頭脳と呼ばれるミョズニトニルンであり、

イザベラ姉様自身も戴冠の儀の際、虚無に目覚めたという。






「ティファニアも使い魔を召喚するなりしてみないと分からぬ故、断言はできんが、

おそらく、お前も私と同じく虚無の担い手だろう。」






イザベラ姉様の言葉はあまりに重苦しく、わたしの心に絡みつく鎖となって縛り上げてくる。

体の震えが止まらなくなる。






「調査と私の推論で、今のところはっきりしているのは、


全ての虚無の要素が揃った時『始祖の虚無』が復活する、という一点だけだ。



それがいかなる結果を引き起こすかは不明だし、私にも見当がつかん。



ただ始祖以来六千年ぶりに、という代物だ。

碌でもないことが起きるとみて間違いないだろう。」




わたし達の横で聞いていたシャルロットが意外な質問をしてきた。



「姉様は虚無が復活するのを望んではいないのですか?」



イザベラ姉様の回答は担い手とは思えない、けどイザベラ姉様らしい答えだった。






「ああ、望んでなどいない。



そんなものは大抵人の手に余る代物と相場が決まっている。

まして始祖が虚無を四つに分け、封じたという代物だ。


おおよそ察しはつく。





それ以前に私はガリアの王だ。


ガリアに有益となるものなら兎も角、どういう結果を引き起こすか分からないものを

復活させるわけにはいかん。


たとえ始祖に関することであろうとも、むやみに復活させていいものとはとても言えん。




第一情報が少なすぎる。


虚無の力がいかなるものなのか、始祖は何故それを四つに分けて封じたのか、

甦った結果何が起きるというのか、そもそも始祖は何を意図してこのようなことをしたのか………。」






暫し思考にくれる姉様。





やがて姉様は私に問いかけてきた。



「ティファニア。エルフでは虚無に対してどう考えられているか知っているか?」


私は首を振った。



「いいえ…………、お母様からも聞いたことがありませんし…………。

あの、イザベラ姉様………。」


「フレイヤ殿に一度聞いている価値がありそう………。

む、どうしたティファニア?」







「あの………、イザベラ姉様は私が虚無だから、

アルビオンから助けてくれたのですか?」




イザベラ姉様はしばらく目を瞑り、やがて……。




「虚無である可能性はサウスゴータに赴く際には判明していた。

そして亡命を承認した理由としては間違ってはいない。


無論、フレイヤ殿も含めてティファニアがエルフであるというのもあるが…………。」





「そう………ですか……………。」






それっきり、部屋は沈黙に包まれる。













それを破ったのはイザベラ姉様の質問だった



「私からも質問だ、ティファニア。

お前はこれからどうする?」



「………えっ?」




「ティファニアが人とエルフのハーフであること、そして虚無の担い手であることは

最早覆そうの無い事実だ。受け入れる他はない。



問題はその後だ。



虚無であることを、ハーフであることを隠し、

一生を日陰の中で過ごすか。


それとも、虚無を受け入れ、自ら日陰から飛び出すか。



それを選ぶのはティファニア自身だ。」





「え………、そんな……………。」





「無論今すぐに答えを出せとは言わん。

同じ虚無として助言なり何なり、こちらでできることはしよう。



但し決めるのはあくまでお前自身だ。

そしてそれに対する覚悟を決めて欲しい。




私はガリアの王として、ガリア王家の当主として責任がある。


私の虚無の力が必要となれば躊躇うつもりはないし、

それがガリアとハルケギニアに有益な力になって欲しいと願っている。



それが私なりの覚悟だ。





私にせよ、シャルロットにせよ、ティファニアにせよ、


この場にいる全員がそれぞれの立場故、

何らかの形でハルケギニア全体に大きな影響を与えてしまう。



私達が決めたことがハルケギニアに災厄をもたらすかも知れん。

虚無の力を悪用しようとする者も現れるだろう。




だが問題はそれらに対して私達がどう考え、どう行動するかだ。


そのためにもティファニア自身に確固たる意志と覚悟を持たねばならんのだ。」






「でも…………、私に………。」







イザベラ姉様は私を抱きしめて下さった。

ずっと感じていた震えが静まってゆく。






「今日明日に持たねばならないという訳ではない。

怖ければ私やフレイヤ殿達を頼ればいい。


今はティファニアがハーフエルフであるという事と同じように、

虚無であることをありのまま受け入れてくれればそれでいい。」





イザベラ姉様の言葉が、温もりがわたしを落ち着かせてくれる。

先程までの震えが止まり、心に絡みついていた鎖が無くなってゆく。





「明日、フレイヤ殿やお父様達を交えて話をしよう。

エルフにとって始祖や虚無がどんな存在なのかも知らねばならん。


エルフがどんな存在かも含めて話を聞いて、考えて、結論を出すとしよう。」




「…………はい、イザベラ姉様。」













その夜も三人一緒に夜遅くまで話をして、一緒になって眠った。



正直、虚無であるという事実に押しつぶされそうな感じさえするが、

イザベラ姉様達と一緒なら頑張っていけるような気がする。



ううん、頑張れるはずだろう。


姉様達と一緒なら。













――――――――――――

ハーレムではなくヒロイン総姉妹化が進行しつつあります。

これなんてシスプ(ry。


どうも、ヤッタランです。


今回は難産でした。

ベルサイユの建物調べに、ティファニアの口調等々結構書いては消してが多かったです。


原作ではジョゼフ親子が住んでいるグランドとプチのトロワ(離宮)ですが、この話では王族の皆様全員宮殿の方で住んでおられます。

(技術院なども増改築してそこにあります)


ティファニア嬢ですがこの話では最近まで大公家で暮らしていたので口調も変わっているかなと考えたのですが、

如何せん姫君ばかりのこの作品、キャラ分けが不可能と判断しこんな形になりました。
つーかここで時間取られました。


以前カステルモール卿のことでご意見頂きましたので原作に出てくるバッソ殿を登場させました。役職はいつものように捏造です。
(内務大臣の方はオリキャラと言うことでお願いします)

後前話のシュバリエへの降格ですが、平民に落とされるよりはマシな処分という感じで考えて下さい。
(今後次第では貴族への復帰もあり得るという感じです)


さてティファニア嬢に虚無のことを知って頂きましたがどうなる事やら。


引き続き誤字脱字、ご感想、ご意見などございましたらどうぞ宜しくお願いいたします。




9/28誤字訂正しました。ご指摘ありがとうございます。


書き忘れていましたが大蔵卿フーケさんは土くれと一切関係がございません。

史実のニコラ・フーケとして考えて下さい。



[4177] 醜い蒼髪の姫君 第十五話
Name: ヤッタラン◆a583f4f3 ID:9e06a1ef
Date: 2008/09/30 00:37








side カステルモール










女王陛下は今日にもプチ・トロワからお戻りになるそうだ。


オルレアン大公殿下は働き詰めの娘にもう少し休んで貰いたいと仰られていたが、

陛下の不在という事を考えればそう言うわけにはいかない。







先の鎮圧で反女王派の貴族は一網打尽にされ、王国の財政も健全化されたが、

いまだ安堵できる状況とは言い切れない。


軍備や治安の面においては親衛隊の活躍で今のところ問題ないし、

経済面でも来月に新しい運河と街道が相次いで開通するのを控え、一見順風とは言える。




だが反女王派残党やそれと結託していると思われる国外勢力は完全に駆逐されたとは言えず、

先週もサン・マロンの軍港で放火と見られる火災が発生している。


幸い処置が早かったためボヤ騒ぎで住んだが、最悪の場合火薬庫に引火していたかも知れず、

内務省と親衛隊による捜査が続けられている。







今のガリア王国は弱冠14歳のイザベラ女王陛下ご一身によって支えられている。



万が一イザベラ女王という支柱を失えば、ガリアは混乱と破滅の坩堝に叩き込まれるのは間違いないだろう。

それほど現在のガリアにおける改革と現状は危うい一面を持っている。





一刻も早く政権を盤石なものにしなければならない。

それがヴェルサルテイルやリュティスにいる閣僚達の一致した考えである。



幸い、陛下に対するガリアの民の人気と信任は非常に高く、


内務省が広報院という部署を新設するまでして力を入れている

『女王陛下と王国を害なす者どもとの戦い』と題した広報活動も重なり、


反女王派の駆逐にも大きな援護となっている。







手元にある先の火災事件に関する捜査報告を担当官に返却する。

うだつの上がらなそうな平民出の男だが、アルビオンでの破壊工作でも実績を残している実力派だ。




彼の他にも平民出の実力ある者達は揃って出世の機会を与えて下さるようになった陛下に対する忠誠が高く、

今後のガリアにおいて不可欠な存在になるだろう。



「反女王派のアジトの特定も完了しております。

明後日には周辺の山狩りを含め殲滅は完了すると思われます。」



「了解した、クロトワ少佐。

逮捕した叛乱分子の取り調べもしかと頼む。」


「了解であります。」







陛下はガリア、いやハルケギニアを六千年ぶりに大きく動かしておられる。


その陛下を補佐し、王家の基盤をより強固にするのが我々の役目だ。



即位から半年も経っておらず、陛下もまだ御年14才であるが、

陛下の治世が今後も波乱に満ちたものになるのは間違いない無かろう。



反女王派の駆逐に、様々な改革、諸外国との対応、陛下のご成婚と世継ぎ等々、

懸案事項は山積しているが、これに関わる者達は大公殿下や私を含め悲観している者はいないであろう。




陛下と同じ時代に生まれたこと、陛下のなさろうとしていることに僅かでも助力できることは

私にとっても、クロトワ少佐達にとってもこれ以上にない幸運であろう。






さて、陛下の休暇も今日限り、

政務が滞っているとお叱りを受けぬよう済ませねば。











side イザベラ










休暇の最終日。



プチ・トロワを辞した私達は宮殿に戻り、お父様達やフレイヤ殿のもとを訪れた。



「もう少し休暇を取っても良かったのに、相変わらずねこの子は。」


お母様にはそんなことを言われたが、それより重要なことがある。





「シェフィールド、サイレントを。」


「はい。」



私の一言を聞いてか、お母様達も真剣な面持ちとなる。






皆を見回し、私はフレイヤ殿とお母様に昨晩の話を伝えた。




既にある程度の事情は知っていたのか、

フレイヤ殿も息女が虚無の系統であるという事実をどこか納得したような様子で聞いていた。






「私がティファニアに望むことは、虚無であるという事実を受け入れてくれることだけです。


どの道、この現実はハーフエルフであるという事と同様に一生ついてまわりましょう。

なればこそ、それを受け入れさえできれば如何様にでもなります。


フレイヤ殿。


ガリアの王として、同じ虚無として、私も可能な限り手を尽くすことを約束します。


ただ私では至らぬ事もあるでしょう、

ですので貴方も支えてあげて頂きたい。


母君である貴方にこのような言い方すること自体失礼なのは重々承知しております。

しかしそこをあえてお願いしたい。」



私は席を立ち、フレイヤ殿に一礼した。









「……………本当にありがとうございます、イザベラ陛下。


至らぬのは私の方なのに………。ここまでして頂いて………………。



負けてしまいますね…………、私達親子がヴェルサルテイルに来て…………まだ三ヶ月だというのに…………、


陛下はすっかり…………ティファニアのことを…………よく分かってておられて…………、」





フレイヤ殿は泣いておられた。

ティファニアが慌ててハンカチを用意するが、フレイヤ殿はそれを制し、



「私如きの微力でよろしければ、何なりと………。


全てイザベラ陛下のお考えのままになさって下さいまし。



ティファニアにとっても、私にとっても…………、

それが一番最善の方法でしょう…………。」




「私如き若輩者でよろしければ………。

是非力を貸して頂きたい。」




「喜んで………、ティファニアも構わないわね。」


「はい、イザベラ姉様でしたら。」


「……あらあら、ハルケギニアで一番素晴らしいお姉様に巡り会えたようね。」








「さて、フレイヤ殿。

お聞きたいことがあるのですが、よろしいですか。」



「何なりと。」




「フレイヤ殿を始めとするエルフにとって、

始祖ブリミルや虚無とはどういうものでしょうか?」



「と、いいますと………?」



「具体的に言うと、エルフの視点から見た始祖と虚無、

むしろハルケギニアにいる我々自体をどう見ているか、ですね。」






暫し沈黙を保ったフレイヤ殿はやがてエルフについて様々なことを話し始めた。





彼らが『サハラ』と呼ぶハルケギニアの東の砂漠の果てに定住し、そこに『シャイターン(悪魔)の門』と呼ばれる地域があること。


六千年前に『大いなる災厄』が起こり以来、その地はエルフにより封印されていること。


『シャイターンの門』を狙い、過去に幾度もハルケギニアの民が侵攻を繰り返し、その度に撃退してきたこと。


エルフにとって虚無は忌むべき『闇の力』であり、始祖や虚無の担い手は『悪魔』とすら呼ばれること。


エルフ自身は平和を愛し、彼らの安息を乱す者達にはけして容赦はしないこと。


多くのエルフから見てハルケギニアの民は蛮族であり、『大いなる災厄』を引き起こしかねない危険な存在であること。








状況は私の想像をはるかに超えて深刻なようだ。


重苦しい雰囲気に部屋中が包まれる。



「六千年前に何があったかは私にも分かりません。

ただ、それが始祖ブリミルと大きく関係があるのは間違いないでしょう。」




「そしてハルケギニア側は幾度も聖地回復の軍勢を送り、

その都度撃退されたというわけか…………。


六千年分の憎しみと蔑み、か………

正直、お互いに相容れないところが多すぎる。


仮にフレイヤ殿を通じて合意なりできたとしても、

通商なども秘密裏に且つ最低限にしかできんな。」





私の言葉にお父様が驚いた様子で聞いてこられた。




「イザベラは、エルフと交渉するつもりなのか?」




「全面的な和平などはとても無理でしょうが、

交易程度なら大丈夫でしょう。


エルフの持つ技術と先住魔法、砂漠や東方の資源や特産品は非常に魅力的ですから。



問題は私やティファニアという存在をエルフがどう受け止めるか、

そして頭の固いハルケギニアの狂信者どもに対してどう対処するかです。


エルフ側の問題はどちらにせよ交渉次第ですから今は置いておくとしまして、

一番の難題は狂信者どもですね。」





秘密裏にするとはいえ、いずれ何らかの形で露見すると見た方がよいだろう。




ガリア国内だけなら対処もできるが、

最悪の場合、宗教国家ロマリアとの全面戦争も視野に入れておく必要があるだろう。


下手をすればトリステインやアルビオンも敵にまわりかねん。



それ以上に気になるのがロマリアにいると思われる虚無の担い手だ。

残念ながら現在の所、それに関する情報は皆無である。



ロマリアの宗教庁が虚無の再来を公表して聖地回復軍を動員する様子も見えない。


もっともそれの準備を水面下で行っている可能性も否定できない。






思考に暮れていると、お父様が再び聞いてこられた。





「ところでイザベラ、交渉なり交易なりで発生する問題は兎も角、

まずいつ頃にエルフと交渉を始めるつもりなんだ?」





「取りあえずガリア国内の政情が安定した後となります。

最悪の事態に備える意味でも足元をまずは固めておかないといけません。


幸いエルフ側からこちらに交渉しに現れる可能性は極めて低いと思われますので、

こちらが交渉に向かわない限り現状のままとなるでしょう。


ロマリア辺りで虚無の再来を宣伝した挙げ句、聖地回復軍を派遣でもしない限りは。」








「…………ロマリアか、あの国の虚無の担い手のことといい、注意せねばならんな。」



「はい。私はまだ教皇と会ったことはありませんがどんな人物かご存じですか?」





「現在の教皇聖エイジス三十二世猊下とは直接の面識はない。

平和を愛する人物で現在のハルケギニアを憂いているとは聞いてるが、


はたして…………。」





「いずれ応対せねばならない相手ですが、あの国共々用心しておくべきでしょう。


兎に角、エルフに関しては情報の収集程度に絞っておき、まずは国内の基盤作りです。

フレイヤ殿達は申し訳ないが、それまでお待ち下さい。」




「分かりました。私も多少なりともご協力できることはさせて頂きますので。」



「お願いします。」












二日ぶりに全員で摂った夕食では、先程までの会話とはうって変わり、

休暇中の話で盛り上がった。



お母様達もフレイヤ殿も外での焚き火を囲んだ料理にはいたく興味を示されていた。

近いうちに宮殿の方で行っても良いだろう。






「ところで、グラン・トロワとプチ・トロワですが、」


私の一言に食卓にいる皆の視線が集まる。




「近いうちに解体や移転を含めた利用方を選定したいと思います。

少なくとも現状のまま放置するつもりはありません。


お父様、明日にでも私の方からリュティスとヴェルサルテイルの政治機能も含めた

今後の各宮殿の運用を審議させたいと思いますので。」



「わかった。」




「お母様達の方でご希望とかはございますか?」




「姉様と一緒に暮らせて、図書院が近くにあれば…………。」


「え、えっと。わたしもできればイザベラ姉様と一緒に………。」


「私は特にありません、陛下のご判断に委ねます。」


「私の方で特には…………。

イザベラはどうするつもりなのかしら?」






「プチ・トロワにある悪趣味な村は建物を他の村など移転の上で解体。


それ以外は特に決めておりませんが、

王宮をグラン・トロワかリュティスのルーベリオン宮に戻すことも選択肢にはあります。」






流石に王宮の移転は予想外であったらしく、皆一様に驚いた様子であった。




「思い切った考えだな。しかしその場合ヴェルサルテイルはどうするのだ?」




「技術院と関連施設もありますので、宮殿を改築し魔法学院を再編成した上で移転させる他、

逆にルーベリオン宮の一部や他の屋敷をヴェルサルテイルに移築し、各役所をここに集めるというのもあります。


資金的には余裕もありますので、この際大規模な移転を視野に入れています。」




「成程、例の草案も含めてガリアの首都機能の再編成という訳か。」



「はい。但し例のことも考慮に入れて三年、

最長でも五年以内には完了させたいとは思っています。


条件としては厳しいかも知れませんが、なるだけ新規の造営を控えればできないことはないかと。

明日にも決定を下すことではありませんので。


お母様達も新たにご希望があれば善処したいと思いますので。」
















翌日、


政務に復帰した私は休暇中の決済の内容をお父様達から説明を受け、

その後全閣僚を招集し、王宮移転を含めた首都機能の再編成の構想を説明した。


毎日のようにリュティスとヴェルサルテイルを往復せねばならない閣僚達も

この提案には概ね賛成しているようだ。



「具体的な内容は各々試案を出して貰いたい。

期日は本日より1ヶ月とし、その後最終決定の上直ちに実行に移す。


急ではあるがそなた達の名案を期待したい。」












「お父様、頼んでおりました例の草案は如何ですか?」


「ああ、それなら…………

これだな、はい。」


「ありがとうございます」


会議の終了後執務室に戻り、お父様から別の書類を受け取る。







「…………やはり最短でも三年は準備に見た方が良さそうですね。」


「うむ、学院の拡張と再編成、初等教育機関の配置と士官学校の設立、

監督機関の設置と、外部の監視部門の創設、必要な法整備なども含めると………。」



「………分かりました。この草案のまま勅令として明日発布して下さい、



後、今回の騒動で接収した各地の城なども防衛用などを除き、

必要に応じて庁舎や医療機関など公共用の施設などに改装する方向で検討するようお願いします。



それから学院の特待生制度の方はどうです?」


「そっちは早ければ今年中にでもいけるな。

既に在野を中心に希望者が集まり始めている。」


「お願いします。」


私の手元にある『学制及び教育機関の再編成』と記された草案を

お父様に返却する。









side ???









翌日、新たな勅令が発布される。



『学制及び教育機関についての勅令』と題された勅令の内容は、


 ・平民を含めた全てのガリアの民を対象とした初等教育(最短一年、最高三年)の義務化。

 ・魔法学院を母体として政治、経済、科学、芸術などの高等かつ総合教育を目的とした最高学府への再編成と地方での同様の高等教育機関の複数創設。

 ・その他の教育者等の特定職を対象とした専門学院の設立。

 ・それらを統括する国家機関の設立と関連の法整備。

 ・在野、国外の優秀な希望者を対象とした学院の特待生制度の実施。



となり、以上を今後三年をめどに実施するというものであった。 




全ての民に教育を施し、在野の人材を魔法の才に関係なく最大限活用し、

長年貴族、メイジという硬直した支配層によってのみ運営されていた国家にそれまで埋もれていた新たな人材を永続的に確保する。



裏を返せば、それまで到底栄達できなかった平民達にも実力次第で上り詰めることができる。

しかも初等教育と特待生などは基本的に学費が免除される。



この勅令を受けた平民達も才覚と努力次第で立身出世の道が開けると聞くやいなや女王に対する喝采を挙げ、


結果的にリュティス等主要都市を中心にこの計画を前倒しすることにもなる。


















ガリア王国の最東の地、アーハンブラ。


ハルケギニアとは大きく異なった形状をした廃城と、砂漠のオアシスによる交易で栄える町である。


その地に全身を外套で隠した人物が一人、一路リュティス方面に向け砂漠を横断しようとしていた。



砂漠の突風に煽られたせいか、外套の頭の部分が軽くめくれる。


そこから覗き出した耳は、鋭く尖っていた。










――――――――――――
感想百件越え本当にありがとうございます。

皆様の暖かいご意見とご感想がこの阿呆に活力とネタを与えてくれます。


どうも、ヤッタランです。


話が全く進んでいません。

二話がかりでテファの虚無やエルフネタを纏めてみましたが無理があったような気がします。


と言うわけで次回でもエルフネタにすべく、と言うよりテコ入れによりあのキャラが登場します。


引き続き誤字脱字、ご感想、ご意見などございましたらどうぞ宜しくお願いいたします。


9/30 誤字訂正しました。ご指摘ありがとうございます



[4177] 醜い蒼髪の姫君 第十六話
Name: ヤッタラン◆a583f4f3 ID:9e06a1ef
Date: 2008/09/30 01:07









side イザベラ









二本の鉄の棒が平行に敷かれ、その上に車輪を取り付けた大きさ数メイル程の蒸気機関が軽快に走る。



車両に跨る技術院の技師が操作し、蒸気釜に取り付けられた笛から蒸気が噴き出し、独特の音を奏でる。

後ろに取り付けられた台車を引っ張り、小さきながらも力強く鉄の棒の敷かれてる方向へ瞬く間に走ってゆく。







「驚かされたな。」


「何にございますか?」




「このサイズでも蒸気機関を作成できたというのが一つ。

もう一つは想像していたのより軽快で早く動くことだな。


早ければ来年にもリュティスとヴェルサルテイルの間を走らせたい。」





百科事典に記載されていた蒸気機関車両、その縮小版第一号機を目にしている

私とコルベール教授の会話である。




去年シャルロットと一緒に眺めて、あれこれと想像していたものが

大きさを除き寸分違わぬ姿で目の前にある。


今日は残念ながら来れなかったが是非とも早い内に妹にも見せてやりたい。


そう言えば妹はこれに風石を仕込めば、

空を駆け上がることもできるのでは、と言っていたな。






「後ろの貨車に人を乗せて運行するのもそうですが、鉄鉱石や石炭などを積載して運搬する事もできます。

あらかじめ線路の敷設が必要ですが、フネと違い風石も必要ありません。


既存の運河や港湾施設と組み合わせれば十分な実力を見せるでしょう。」




「魅力的だな、ガリア、いやハルケギニア全土に敷設できれば人の流れも物流も様変わりするだろう。

まあ私が生きている内にそれが実現できれば、だが。


取りあえず、リュティスとヴェルサルテイルの間は来年を目標に運行できるようにしたい。

コルベール教授、問題はないか?」





「実用化するには運用する規模と設備の投資、今後の維持管理と拡張を考えて、

専門の部署を用意すべきでしょう。


技術院一つでできる規模ではございません。」





「今月で人員と予算を倍近くにしたはずだが、まあ良い。

そなた達にはこれ以外にもやって貰いたいものが山ほどある。


明日にもこちらから設立に関しての人員を派遣する。」




近いうちに技術院そのものの拡大も視野に入れねばならんようだ。


しかし閣僚の中にも技術院のみの肥大化を危惧する者もいる。

いっそ鉄道や鉄鋼等は完全に独立させて運用すべきかもな…………。






「ありがとうございます。

それから陛下、まだお時間はよろしいですか?」



「構わんが………。何か新しい開発品ができたのか?」



「ええ。どうぞ、こちらへお越し下さい………。」










コルベール教授に連れられるまま向かった先には

プロペラ付きの蒸気機関が取り付けられた大きな筒状の装置があった。




「この装置は風洞と言いまして、

予め用意したフネなどの模型をこの筒の中に固定しまして、蒸気機関で人為的に一定の風を吹かせて当てます。

それによって発生する空気の流れや圧力を観測する装置です。


これによってより空気抵抗を減らしてスピードを早くでき、

且つ揚力を十分に生み出す最適な形状の翼や船体を研究することができます。」




教授の説明を聞きながら、固定されている模型を取り出して眺める。




「鳥?いや………蝶というより蛾か?」







上から見ればまさしく蛾のような形をした模型だ。


水上での運用を無視したような巨大で分厚い翼が左右一対に船尾にも垂直に一つ。

左右の翼の後方と船尾に蒸気機関らしき膨らみとプロペラが合計七つついている。


そして船首の触角のような一対の棒に甲板のない、全体に丸みを帯びた形状。




従来のフネとは全く形も考えも異なると言うべき代物だろう。

むしろ百科事典に記載されていた飛行機械に似ている。




「私の計画では最大のもので全長80メイル以上、全幅180メイル前後を予定しております。


主翼を含めた船体の上下に速射砲を搭載するほか、船倉に爆弾や積み荷を搭載し、

風石と組み合わせることでランフレキシブル級をはるかに越える速度と航続距離と積載量を可能にします。


将来的には内燃機関を搭載した仕様も計画したいところですが………。」





「これが、フネに代わる新たな翼ということか………。




教授、金に糸目はつけん。ヴェルサルテイルの郊外に専用の建造所を設けて

これを一刻も早く実現して見せてくれ。


但し露見せぬよう十分に注意してくれ。」


大地に巨大な影を作り出しながら悠然と飛ぶこれを想像し、

その圧倒さに私は震えすら感じていた。














「成程、鉄道と港湾による複合輸送にございますか。」



「うむ、そしてそれらを専門に新たな役所を設置し、技術院から独立させる。

将来的には、それこそ数十年先になるだろうがガリア全土に鉄道、港湾、街道網を築きたい。


新しい大臣にはヴァロン卿を任命したいがそなたはどう思う?」








私の人事案にリシュリュー卿は珍しく眉間に皺を寄せた顔をしている。




「何か不都合があるか?」



「ヴァロン卿本人には問題ございませぬ。彼ならしかとやってくれるでしょう。

しかし彼に近いフーケ卿に些か問題がございます。」




「というと?」





リシュリュー卿の口から伝えられた内容はにわかに信じがたいものであった。



「フーケ卿が公金を横領しているという噂が流れております。」








「…………確かか?」





「リュティスでも専らの噂となっておりますが、フーケ卿が近々完成させる居城の建設費に

各役所へ配分される予算のみならず国庫の非常用備蓄金を横領していると。


その城もヴェルサルテイルに勝とも劣らぬ壮麗さだと本人が自慢しております故、

恐らく……………。



リュティスでの綱紀粛正を求める声も上がっておりますが

他の閣僚も財務を担当するフーケ卿に逆らえぬのが実情にございます。」






事実であれば極めて悪質であろう、だが………。





「証拠が欲しい、フーケ卿が横領しているという証拠の品は無いのか?」


「財務表などを改竄している恐れもありますので、内偵を進めましても一ヶ月ほどは掛かるかと。」




「構わん、こちらからも間者を放っておく。


それと閣僚の任官などにも対策を講じねばならんな。」




かつてほど公然とは行われていないが、役人の地位などが金銭で取引されているという話も聞く。

それにフーケ卿以外にも同様の事をしている者がいると見た方が良さそうだ。




「贈収賄や横領などの刑罰、司法警察方面も含めて全面的な法令化が必要だな。

お父様達とも協議して至急草案作りを頼む。


それまで新しい部署の設置等は見送るとしよう。」




リシュリュー卿を下がらせ、私はシェフィールドに内偵を進めるよう指示する。













その一ヶ月後、用意されたフーケ卿を始めとする横領行為に関する捜査書に目を通していた。


今までガリアでは余程のことがない限り、横領や背任を罪として罰していなかったこともあり、

過去十年の間で判明したものだけでも相当な数に上る。



流石に金額と悪質さではフーケ卿を越えるものはいなかったが、

過去に行っていた者達のリストにはカステルモール卿の名前さえある。





正直予想はしていたが、流石にこれ程にも昇るとは思わなかった。





「これ程とはな…………。」


隣で同じく書類を眺めているお父様も苦々しげだ。




「所詮は皆同じ穴の狢、ですか…………。

まあこれまで放置してきた王国にも責任はあります。」



私の言葉に続いてシェフィールドが報告の補足に入る。



「フーケ卿に関しましては、財務諸表の改竄に関わっていた職員の証言を得ています。

法務大臣の方からも法的な証拠として問題ないとのことです。」




「了解した。フーケ卿を午後にでも呼び出してくれ。

そう………、例の競売と競馬に関する報告と言うことで頼む。」



「畏まりました。」




取りあえずフーケ卿に関してはこれで処断できるだろう。








「イザベラ、フーケ卿はこれで良いとして、

他の者達はどうする?流石に他は全員無罪とするわけにはないだろう。」



お父様がどこか苛立たしげに聞いてこられた。



こういった汚職や不正には潔癖なまでに嫌うお父様らしい。

私やシャルロットも物心つく頃から嘘はついてはならない、と幾度も言われたものだ。







だが、過敏にまで反応しすぎては国家を運営することもできなくなるだろう。



手元の報告書に記載されている者達を一人残らず牢獄に放り込めば

まずガリアは立ち行かなくなる。


それに過去に犯し、その時は裁かれなかった罪で忠誠厚い者達を処罰はできないし、

その時に裁かなかった王国にも責任はある。





「過去に行った者達には自ら申告させた上で、

横領した金額や悪質さの程度を考慮した分だけ国庫に返納させます。


それを怠った者のみ改めて処罰する、これで良いでしょう。」




「返納した者には罪を問わない、と。」




「調査をすれば簡単に分かるような不正を事実上黙認してきた王国にも責任はあります。

それにこれだけの閣僚や役人を一斉に処罰するのは現実的ではありません。


お父様のお気持ちも分かりますが、今後は一切認めないという方針で参りますし、

今回のが教訓になるよう指導を徹底させればよろしいでしょう。



リシュリュー卿もそれで構わんか?」




これまで沈黙を保っていた老宰相は私の問いに頷き、


「それならば綱紀の粛正もできましょう。

直ちに全ての役所に通達いたします。」



「明朝フーケ卿の逮捕と併せて通達してくれ。

その方が見せしめも含め、効果もあるだろう。


お父様もそれでお願いいたします。」










お父様達が退室し、シェフィールドが淹れてくれた紅茶を口に含む。



「そうそううまくはいかぬものだな、シェフィールド。」


私の一言に対し、この時の使い魔は何時になく饒舌であった。




「差し出がましいを申し上げますが、

イザベラ様はエルフの件など懸念事項が多いとは言え、少々お急ぎ気味かと思われます。


技術院を始め、多方面にわたって陣頭指揮をなさってはいますが、

国家とは一人で成り立つものではございませぬ。


ましてイザベラ様が為さろうとしているのは多くの人で国を運営していくことにございます。

今のガリアで道筋と選択を誤らなければ、既にこちらに優位に進むようにはなっておるかと…………。」





いつもと変わらず、抑揚も澱みもない口調だが、

それがより私には堪えた気がした。






「…………些か性急すぎるか。

いかんな、そなたにまでそう言われるとは。」



「政権の基盤を固めるためにも、当面は不正の一掃と

政務の安定化を第一になされるべきでしょう。」




「うむ……………。忠告感謝するぞ。」



「こちらこそ差し出がましい事を申し上げました。」










カップを置き、どこか自問するように私は使い魔に聞いてみた。



「シェフィールドよ、そなたは私の使い魔になったことをどう思う。


始祖と虚無に疑念の目を向け、倒すべきとされるエルフを匿い、

始祖以来六千年続いた世界を変え果てようとしている私に仕えて、どう思うのだ?」





暫しの後、相変わらずの口調でシェフィールドが答えてきた。





「………………召喚された時、私には何もありませんでした。

いるべき場所も、自分の意志も、希望も、目的も、何もありませんでした。


イザベラ様は私にその全てを与えて下さいました。

イザベラ様に召喚されなければ、私は何処かで野垂れ死んでいたことでしょう。


主人を守り、主人を助けるのが使い魔たる私の使命ならば、

その使命をただ果たすのみです…………。」






「フン…………、答えになっておらんぞ……………。


まあいい。

シェフィールドがそうであるなら私もそなたの主としての責務を果たそう。



なに、私はガリアの王だ。

そなた一人分増えたところで何ともない…………。」





使い魔との会話はそれで終わった。


私もシェフィールドも、それで十分だった。







私はこの使い魔に満足している。

昨年召喚した時からその考えは変わっていない。


ミョズニトニルンの能力は勿論のこと、

彼女は有能な知恵者であり、優秀な護衛であり、私の無二の存在だ。


お父様達然り、シャルロット然り、ティファニア然り、シェフィールド然り。

私にとっては、それぞれ代わりのない無二といえる存在だ。



誇るがいい、我が使い魔よ。


そなたは主にとって無二の使い魔なのだからな。


















昼過ぎになり、私のもとにフーケ卿がやって来た。




「競売並びに競馬の開催地としてブローニュの森に競馬場を新設し、

同地にありますモンテスパン元侯爵の屋敷を改築し競売の会場といたします。


費用などの見積もりはご覧の通りになりますれば………」




フーケ卿の説明を遮り、私は手にした報告書を突っぱね返した。



「費用が掛かりすぎている。

競馬の施設にせよ、改築するにせよ何故320万エキューも必要になるのだ。」



「はい、モンテスパン侯爵家の紋章など装飾を新たにする必要がございますれば………。」




「言い訳は無用だフーケ卿、

そなたが国庫から資金を横領しているのは分かっているぞ。」




私の一言にフーケ卿は一瞬で顔色を変え、息を飲んでいた。

先程までの自信に溢れきった姿と比べると、失笑を禁じ得ない。





「そなたの城の建設費などに充てていることも含め既に調べはついている。


ニコラ・フーケ。王の名においてそなたの公職と爵位を剥奪し貴様を拘束する。

シェフィールド、やれ。」



直ぐさま後ろに回り込んでいた私の使い魔の周囲からガーゴイルが十体ほど出現し、

フーケを瞬く間に取り押さえた。



「ば、馬鹿な!冤罪ですっ!!どうかご再考を!!」


「連れて行け………………。」


喚き散らすフーケが連行される姿は、滑稽極まりなく且つ

それ以上に無様であった。









side ???








この事件に会わせるかのように創設された司法院と警察院による

初めての取り締まりの対象となったニコラ・フーケはその後公金横領と背任等の罪により絞首刑に処せられ、


ガリア王国における法的手続きを経て処罰された最初の人物として名を残すこととなった。




またフーケの処断に併せてガリア中の役所に対し、過去十年間に犯した横領などに対する女王からの通達がなされ、


その後十日間の間に把握されていた者達の九割以上が申告と返納に応じ、

最終的に応じなかった、又は横領そのものを否定した者達11名が新たに処断された。



新たな処断から半月後、



各種犯罪に対する刑を定めた新法の骨子が発表され、

さらに五ヶ月の後に通称『ガリア刑法』が発布される。


















ヴェルサルテイル郊外にあるイヴリーヌ村。




サウスゴータから亡命した元アルビオンの民に隣接する駐屯地の親衛隊員も出入りするこの村に一人の旅人が姿を現していた。



全身を外套で包んだ怪しい格好をしていながら、周囲の者達はまるで気にも止めていない。

むしろ気づいてさえいないようだ。






旅人が村を抜け、森の中に入る。

するとその後ろを一人の女性が追ってきた。



緑色の長髪をたなびかせた女性―――マチルダ・ロングビルは周囲を警戒するように旅人を捜す。






「クソッ、どこに行っちまったんだい………!」






彼女が旅人に気づいたのは偶然だった。


たまたま村への帰りの途中、見るからに怪しい旅人が見たこともないような呪文を唱えた途端、

その旅人の気配が消え去り、村に入った後も村民の誰も気づかないのである。



気配が掴めない以上、目を離したら見失ってしまうため一人で追跡すること数十分、

村を抜けたと思うと森に入り、遂に見失ってしまった。




イヴリーヌ村では村民がサウスゴータの亡命者の村である上、エルフの元大公妃の事も知っている以上、

侵入者などには特に警戒しなくてはならない。


幸い親衛隊の協力のお陰でガリア国内の貴族や国外からの侵入者は全て撃退できているが

こうも怪しいのはマチルダにとっても初めてのことだ。




依然、警戒を続けるマチルダの目の前にいきなり例の旅人が現れた。

先程まで誰一人いなかったはずの目の前に、である。






直ぐさまマチルダは距離をとり、杖代わりの指輪で呪文を発動させる。

足元の土が隆起し、旅人めがけて突進する蛇の如く襲いかかる。



しかし旅人の目の前で不可視の壁に阻まれ、空しく四散する。




「チッ!」




舌打ちをしながら次の呪文に入る。

マチルダの十八番といえるゴーレム生成だ。





しかしゴーレムが形作られようとする刹那、マチルダの体に衝撃が走る。

目の前に、旅人の切れ長の目が見えた。


そして、外套から微かに垣間見える尖った耳も。


「エル……フ…………。」




その場に崩れ落ちるマチルダを旅人は抱え、彼女の頭に片手をかざす。





「…………………大公妃はヴェルサルテイルに…………娘も………?!」





旅人―――エルフの呟きを聞く者は誰もいなかった。

















――――――――――――

エルフさん達の言う大災厄と聞いて、最初に思い浮かべたのが巨紳兵とギガントって根本から間違ってますヨネ。


どうも、ヤッタランです。


前話の予告がいまいちすり切れになりました、すみません。

しかも久々のマチルダさんもかませ犬に、ごめんなさい。


まあ代わりに以前ご意見でありましたシェフィールドさんの胸の内っぽいのを書いてみたり。


コッパゲさんに作らせる代物には残念ながら超磁力兵器も太陽エネルギーもありません。その辺はご安心下さい。

何で出したかって?アレに乗って世界を蹂躙せんとするイザベラさんを妄想し(ry。


因みに史実のフランスでもこのガリアと同じように汚職が蔓延していたらしいですね。

イザベラさんの選択した内容は賛否があるでしょうが、ガリアの現状を考えるとこんなものかという所です。


ご意見にありました十四話の知事ですが、総督と言うほど広大な一地方を管轄しているのではなく、今の日本で言うところの県程度の大きさで考えてますので、知事で妥当かなと。

さらにご意見ありましたら変更も考えます。
(というより今後本編で使うか微妙なところですが)。


引き続き誤字脱字、ご感想、ご意見などございましたらどうぞ宜しくお願いいたします。






[4177] 醜い蒼髪の姫君 第十七話
Name: ヤッタラン◆a583f4f3 ID:9e06a1ef
Date: 2008/10/04 05:25







side イザベラ









ヴェルサルテイル全域が物々しさに包まれている。


全親衛隊員のみならず三つの花壇騎士団もリュティス等で警戒に当たっている。







先程、イヴリーヌの村のはずれから意識を失ったマチルダが発見された。


周囲の状況から見て、何者かと争った者と見られるが、

マチルダの意識も戻らぬ故、その者の子細は依然不明だ。




サウスゴータの亡命者を狙ったこの事件、おそらくはアルビオンかロマリアあたりの間者によるものであろう。


マチルダが殺害されていない以上、

フレイヤ殿達を狙いヴェルサルテイルに侵入して来るのはまず間違いないと見ている。




しかしそれ以降の犯人の足取りは全く不明である。





万が一フレイヤ殿達が直接害を受ける、もしくはフレイヤ殿達の情報が国外に漏洩するとなれば大変な失態だ。


私自身もフレイヤ殿らの側にいつつ、報告と指示を行う。





「フレイヤ殿もティファニアも安心してくれとは言えん。

だが必ず守り抜いてみせるし見捨てもしない。」




そう二人には伝えたが、正直なところ私自身今後どう展開してゆくのか掴みかねていた。

主導権がこちらに無い状況というのは即位して以来初めてのことである。




私は狼狽えかけている内心を押し殺しつつ、新たな報告を待っていたその時、



フレイヤ殿らの後ろに突如人影が現れた。











背丈は優に180サントを越える長身。

全身を外套で覆い、性別すら判別できない。



一般的なメイジ、いやハルケギニアの民とは全く違う空気を漂わせていた。


得体の知れない、だがどこかで感じたことのありそうな気配を微かに放っている。







周囲の親衛隊員が慌てて私やフレイヤ殿らの周囲に回り込み、外套の侵入者を取り囲む。


その侵入者は、取り囲まれているにも係わらず、動く気配を見せない。




侵入者が一歩、進み出た。


途端、周囲の緊迫感が増す。

私も爆発魔法をいつでも発動できるようスペルを詠唱し始める。






突然、私の側にいたフレイヤ殿が前触れ無く侵入者の方へ進み出た。



「お母様!?」



フレイヤ殿はティファニアの制止を無視するかのように進み出る。

親衛隊員達を押しのけ、侵入者の近くまで向かう。






たまらず私も爆発魔法を発動させようとした時であった。


フレイヤ殿の確信じみた声が響いたのは。




「あなたは………、まさか…………。


ビダーシャル………!?」










「やはり……………。

お久しぶりです……………フレイア………………。」





侵入者は外套に覆われていた素顔を露わにし、

フレイヤ殿に跪いた。







フレイヤ殿と同じく彫刻品の如き端正な顔、

ハルケギニアの民ではあり得ぬ尖った耳。



ビダーシャルと呼ばれた侵入者も又、エルフであった。














親衛隊員達がざわめき始める。



フレイヤ殿達を多少なりとも見慣れているとは言え、

新たなエルフの出現には無理も無かろうが、






「狼狽えるな!」






思わず一括し、私も進み出る。


跪くエルフから視線を逸らさぬよう注意しつつ、フレイヤ殿の横に並ぶ。




「フレイヤ殿、ご存じなのですか。」



「はい、彼の名はビダーシャル。

私と同じネフテスの者にございます、陛下。」





私の問いにあっさりと答えるフレイヤ殿だが、流石にその口調と表情はいつもの柔和さを失っていた。








その一方、紹介されたエルフ――ビダーシャルは立ち上がり、私に鋭い目を向けてきた。




「お前がこの国を束ねる者か?蛮人の娘よ。」



「……ええ、ここガリアの地を治める女王イザベラ陛下です。

この方は私と娘をアルビオンから救って下さり、今も庇護して下さっています。


ビダーシャル、私の大恩ある方に失礼の無いよう気をつけなさい。」





偽りを許さぬような目で私を射抜いてくるビダーシャルに対し、

フレイヤ殿は目の前のエルフを戒めるように私を紹介する。





「本当ですか………。いや、失礼した。」



ビダーシャルはその途端慌てて一礼し、素直に謝罪をしてくる。






毒気を抜かれた気分と言うべきだろうか、

私の方も先程までの緊張も狼狽えも霧散してゆく。




「いや、気にすることはない…………。予とてまだ14の小娘だ。

それに予がフレイヤ殿達を軟禁でもしていたと思われても仕方がなかろう。


ビダーシャルと言ったか、取りあえずは場所を変えるとしよう。

立ち話も何であるし、そなたもフレイヤ殿と積もる話もあろう。」





こちらも争う意志が無いことを示すため、

部屋にいる親衛隊員達を解散させ、他の騎士団共々警戒の解除を命じておく。




目の前のエルフはそれを確認し、私の提案に賛同の首肯をしてきた。















普段王家の皆と食事の場となる広間に、私達とビダーシャルが揃う。


シェフィールドにサイレントをかけさせ、改めて来訪してきたエルフとの会談を始める。





「改めて自己紹介しよう。ガリア王国国王イザベラ・ド・ガリアだ。」



「私はネフテスのビダーシャル。

ここより東の果て、砂漠(サハラ)より参った。」



「うむ、早速だがここに来訪した理由を聞かせて欲しい。」



「お前達西の蛮人の国に赴いた理由は二つ。


一つは行方知れずとなっていた同族フレイアの捜索。

もう一つは蛮人の王………お前との交渉のためだ。」





蛮人…………か。


ハルケギニアの民はエルフを親の敵よりも憎み、

対するエルフが我々を蛮人と蔑むときたか………。





「ビダーシャル、そのような……」



「構いません、フレイヤ……いや、フレイア殿。


ビダーシャルよ、フレイア殿の安否は無事確認できたであろう。

私との交渉とは一体何を求めにやって来たのだ?」





フレイヤ殿の咎めを制し、取りあえずは交渉に入る。






「………大災厄より六千年、お前達が聖地と呼ぶ『シャイターンの門』の活動が最近活発となっている。


以前より『シャイターンの門』へ蛮人どもが兵となって襲来してきたが、

このままでは最悪封印が解けるおそれがある。


あの忌まわしき悪魔の門が開くことだけは絶対に阻止せねばならん。


蛮人の王イザベラよ、今後『シャイターンの門』に近づこうとする蛮人どもの動きを止めて貰いたい。」





聖地への立ち入りを認めぬ、と言うのか。


私個人の考えとしては承認しても一向に構わんのだが、

その選択は間違いなくハルケギニアの狂信者どもを敵に回すこととなる。


それがガリアやハルケギニアの破滅に繋がるとは思わないし、そうさせるつもりもない。


だがそう遠くないうちに最悪戦乱なりに発展すると見て良いだろう。



だが…………。






「無論相応の見返りも用意する。


今後百年間、砂漠(サハラ)における風石の採掘権と各種技術提供、

それに『シャイターンの門』付近で発見される物品の譲渡だ。」



「発見される物品?どういうものだ。」



「『シャイターンの門』付近では断続的に異界から流れ着いたと見られる物品が出現することがある。

おそらくは機械や兵器の類と思われる代物ばかりで我々にとっては無用の長物でしかない。


しかし蛮人の間者らしき者達が幾度か我らの目をかいくぐって回収していたらしく、

それ以降は間者どもを排除し、エルフでも回収と保管を行っている。」




異界から流れ着いた………百科事典と同様の品と言うことか。





「そのような代物を何故我々に譲渡する気になった。」



「平和を愛する我らには何の意味も価値もない。

間者どもを排除したのも『シャイターンの門』に近づけさせぬため…………。


お前達が危険を冒してまで手に入れようとしたものだ。

それほど欲しければこちらからくれてやる。」






ガリアが手に入れようとしていたのではないとはいえ、これはまさに幸運と言うべきだろう


それでなくとも十分に魅力的な条件だ。

こちらが聖地への立ち入りを望まぬ限りにおいては破格と言っていい条件であろう。



だが私はそれ以外に気になったことを問いただした。




「……………フレイア殿達はどうするつもりだ?

無事を確認できた以上、エルフの地へ連れ帰る気か?」




「…………拒否すると?」




再びビダーシャルはその目で私を射抜いてきた。


だが、虚無であるティファニアはともかく、フレイア殿にはそれを強制するつもりはない。





「予が決定権を持つことではない。

エルフの地へ帰るも、ここに留まるも、フレイア殿の決めることだ。



だがこれだけは言っておく。


予はフレイア殿達をアルビオンから救出して以来、

予の家族も同然として扱ってきたし、今後もそれを改めるつもりもない。


フレイア殿達が決めたのであればそれを尊重しよう。


だが、貴様が無理にでも連れ帰ろうというならばそれ相応の覚悟はしておけ。」





私もまたビダーシャルをその目で射抜く。


他の誰も一言を発しないまま、しばらくの時間が過ぎた。




やがてビダーシャルは顔をフレイア殿の方に向けて問いかけてきた。




「……………フレイア。貴方はどうされるおつもりか?」



「ここを離れるつもりはありません。

少なくともイザベラ様に受けた大恩に報いるまでは。」



あまりの即答振りに、私ですら面食らってしまった。

ビダーシャルの方も同様らしい。



最も私としてはティファニアの虚無の件もあり、些か複雑な気分であったが、







「まあ、フレイア殿の件はよいとして、


先程の件だが、予としては概ねその内容に応じて良いと思っている。」



お父様達から息をのむ声が聞こえる。

流石にお父様も即答で返事を出すとは思っていなかったであろう。




「但し、こちらへの見返りを履行するに辺り、


我ら双方の中継地の確保と、これに基づく『シャイターンの門』を除いた砂漠(サハラ)の通行権と安全の保証、

並びに今後の交渉等のため予の元にエルフ側からの交渉役を常駐させることを求める。



そして、ガリア、エルフ国境並びに特定のエルフ領内での秘密裏の交易も行いたいが、如何だ?」







再び沈黙が流れる。






「…………採掘権に伴うそちらの要望は認める。

交渉役についても恐らく私がその任につくであろう。



ただし、交易については私一人で判断はできない。

一度老評議会にて審議する必要がある。」





予想できた返答に私は首肯し、


「よかろう、朗報を期待させて貰う。


後忘れるところであったが、マチルダ・ロングビル……

そなたがイヴリーヌの森で倒した緑の髪の女性についてもフレイア殿達に謝罪しておいたほうがよかろう。


彼女はアルビオン以来、フレイア殿達の側で付き従っている忠義の者だ。」




私の一言で二人のエルフの顔色がそれぞれ異なる色に変わる。

エルフであってもこういったところは人と何ら変わらんようだ。




「予は少し失礼する。

この件に関して、他の者達との会議を行いたい。


折角だ、そなたらもエルフ同士積もる話もあろう。」





そう言って私はその場を早々に退散した。


どこか情けなさすら感じる表情のエルフを残して。












side シャルル












閣議の間に緊急招集された閣僚達の目の前でイザベラは先程のエルフ――ビダーシャルとの会談の内容を明かし、

一定の合意を得たと発表した。



だがそれを聞いている閣僚達の表情は驚きこそしたが、優れなかった。





閣僚を代表してリシュリュー卿がイザベラに発言を求めた。



「…………陛下が合意したとなればそれに従いましょう。

事実、この内容でしたら我々でも十分納得はできます。


しかし…………、」




「そなたらの言いたいことは分かっておる、


そう遠くないうちにロマリア等始祖の狂信者どもとの争いは避けられんであろう。

民への動揺も考慮せねばならぬ。



だが、ここでエルフと手を組むことなく全ての虚無が揃い、

狂信者どもの思うがままエルフとの戦乱となるのを、そなたらはよしとするのか?


そうなった時、その先に何があるのかを考えて見よ。

なりふり構わぬ戦乱と、エルフの言う大災厄による破滅以外の何がある!」





「……………陛下は、あのエルフが申しておることを信じなさるのですか?」」



「少なくとも権威と盲信の極彩色に彩られた奴らよりはるかに信ずるに値するであろう。」




閣僚のいずれかが発した疑問にそう答えたイザベラに、

私も、この場の誰もが驚きを隠せていなかった。






「先の会談であのエルフは我らハルケギニアの民を蛮人と呼んだ。

予はそれを然りと思う。


狂信と六千年間の惰眠で醸造されたこの暗黒の世界を今一度見直してみよ。

エルフや他の世界の者から見れば蛮人と言われても仕方あるまい。



だが、今こそが蛮人から脱却する好機に他ならぬ!


我らは今六千年の狂信と惰眠から抜け出そうとしているのだ。

いや、今こそ抜け出さねばならない!」







その言葉に反論できる者など誰もいなかった。








その一方で、やはり私はこの娘には叶わないと思っていた。




私が王となっていた場合、とてもこのようなことは言えなかっただろう。


そして閣僚や貴族達、ガリアの民達を説得し反論を封じれないだろう。



それ以前に、エルフと交渉し、合意することさえなかっただろう。





これからガリアは建国以来最大の国難に向かうこととなるだろう。


そしてそれを乗り切れるのは私の目の前にいるイザベラ女王しかおるまい。







「全て陛下の御心のままに。」


私は立ち上がり、女王に改めて一礼した。





やがて他の閣僚達も次々と立ち上がり、一礼をしてゆく。






「これからさらに忙しくなるぞ。最悪、我ら以外を全て敵に回すかもしれんのだからな。」




「そうならぬためにも我らがおります。

お任せ下さい。」



「あい分かった………。

皆、しかと頼むぞ………。」




「「「「「ははっ!」」」」」











その日の内にビダーシャルはガリア王国との合意の覚え書きを交わし、

通商に関する報告と審議のため一路ガリアを発った。






国境までビダーシャルを送迎する飛空挺を見送ったイザベラは、私とリシュリュー卿を呼び、

意外な命令を発した。



「噂をハルケギニア中に流す?」


「はい、始祖の教えがこの六千年の内にねじ曲げられていると。

つい最近、始祖の時代の文献の中から、それを裏付ける証拠が見つかったとも。


国内外の商人達に金を握らせて行えばすぐにでも効果が出るでしょう。


証拠の詳細はあえて流さない方が信憑性も上がりましょうし。」






私もリシュリュー卿もその意図を理解し、直ちに手配させた。











――――――――――――
アニメ第三期に出てくるヴェルサルテイル?があまりに想像していたのとかけ離れててショックです。

なんですかあのドームだらけの建物は?アヤ・ソフィアのパチモンでしょうか?


どうも、ヤッタランです。


ビダーシャルを出しましたが、同じエルフのフレイヤ(フレイア)との絡みが難しいですね。

しかもテファが空気ときたものです。


因みにビダーシャルさんには虚無が目の前に二人いる事なんて教えてません。

そんなこと言ったら即戦争ですね、論外です。


場違いな工芸品はロマリア側の呼び名ですのでこんな感じにしときました。

ロマリアの愉快な狂信者どもがわざわざ聖地からティーガーIなんてデカ物をエルフにばれずにお持ち帰りなんてできるわけがないですよね。

でなければエルフが相当のアンポンタンだと言うことです。


閲覧が10万件突破していました。本当にありがとうございます。

しかしこの話、十七話過ぎても原作のスタートに届いてないわ、主人公が一回名前が出たっきりだわ、こんなんでいいのか疑問に思う日々です。


引き続き誤字脱字、ご感想、ご意見などございましたらどうぞ宜しくお願いいたします。



10/4 誤字修正しました。ご指摘ありがとうございます




[4177] 醜い蒼髪の姫君 第十八話
Name: ヤッタラン◆a583f4f3 ID:9e06a1ef
Date: 2008/10/06 23:21







side イザベラ










2隻の飛空挺の貨物庫から山積みされた風石や様々な道具や機械、工芸品らしきものが運び出される。



ビダーシャルの来訪から早五ヶ月、


エルフの住む砂漠から順次持ち込まれる異世界からの物品や採掘された風石は一般商船に偽装した飛空挺により

これまで8回にわたってガリアに輸送されている。



その一方で、エルフと国境を接するアーハンブラ城も表向き国境防衛を名目に、要塞として大幅な拡張と改築が行われている。



エルフとの間に交わされた条約により、ガリアはエルフ領内に侵入を試みる者達を阻止する義務が発生している。

そのための措置であり、また城内でのエルフとの交易を行うための拠点としても機能する予定だ。





結局エルフ側は取り決められた風石採掘を除くハルケギニア側の立ち入りと通商を拒否した。

その代わり、国境のアーハンブラでの交易には応じてきた。


交易の隠蔽のため、アーハンブラとエルフ領内を通じるエルフ専用の地下道を建設し、

そこを通って、エルフとの独占交易を開始する手筈となっている。



何でも万が一に備えてその地下道には常時多種のトラップを配置し、

必要に応じて爆破封鎖できるようにする、とはビダーシャルの弁だ。







改めて搬入される異世界からの物品を眺める。

今回の搬入をもって現時点でエルフが確保していた品物はほぼ全てガリアに届けられたらしい。



既に過去七回に送られてきたものは、突撃銃と呼ばれる連射可能な小銃や大型の機関砲、

刀剣や小型の時計などの日用品、飛行機械の部品などが多数を占めている。



中には完全な形の大砲を搭載し装甲で覆われた自走型戦闘車両(戦車と呼ばれるらしい)や、

ジェットエンジンと呼ばれる無傷の航空機械用の内燃機関、内部に銅線を大量に括り付けた未知の大型機関まである。





しかし百科事典にも記載されていない未知の希少金属や、現在のハルケギニアでは錬金による僅かな生成以外生産が不可能な高純度の金属も多用されている以外に、

緻密を極めた部品の精密さも含め、技術や理論の習得は兎も角、ハルケギニアでの実用化はまだまだ先の話である。




事実、鍛冶ギルドの職人に生産が可能か打診したが、今の技術ではとても実現できないらしい。

結局彼らには大金を積んで、ボルトアクションと呼ばれる比較的生産の可能と思われる小銃の生産を依頼することとなった。




鍛冶職人達も銃弾を含めてギルドの誇りに賭けてでも再現すると息巻いていたが、道程は厳しいと言わざるをえない。



過去の物品には旋盤と呼ばれる工作用機械も存在するが、それの動力となる電気と呼ばれるエネルギーの解明などそれですら課題は山積している。

何とか蒸気機関で動力を代用した試作品も製造されたが、費用の問題で実用化にはほど遠い。


必然的に手作業による生産となるが、費用と品質、生産量に限界がある。



兵器に関して言えば、既に実用化できている速射式の大砲の量産に重点を置くべきだろう。





新たに搬入された物品には既にコルベール教授が物品の分類と記録に取りかかっている。

シェフィールドも解析のため参加しており、これが終わった物品はイヴリーヌの村近くに新たに用意された技術院の保管庫と工廠に運ばれる。



二ヶ月前から延期されていたヴェルサルテイル全域の増改築が既に始まっており、

既に技術院の施設もイヴリーヌの村近くに移築された建物への移転も間もなく終了する。


グラン・トロワの増築により四ヶ月後には宮殿と政務の場も移転する予定となっており、

現在の宮殿は来年開校する王立学院の校舎に生まれ変わる。






「イザベラ様、解析と分類が完了しました。」


シェフィールドが報告に訪れる。何か目新しいものがあったかと聞いてみると、

小山をなした物品の一角に連れられた。



「これは驚いたな………。」



一辺が数メイルを優に超える巨大な金属の塊だ。

おそらくこれまで持ち込まれた中では最大級であろう。



「艦船用の大型ガスタービン機関です。

蒸気の代わりに気化した油と圧縮空気を混合、爆発させ、発生した高温高圧ガスでタービンを回します。


周辺の部品も含めた状態も極めて良好で、石炭から精製した専用の油を用意すれば起動も可能と思われます。」



「…………教授、しかと頼んだぞ。」


「畏まってございます。」




おそらくあの機関を搭載した『新たな翼』が大空を舞うのも近いだろう。


そう考えながら、私はシェフィールドを伴い、出かける支度をするべく宮殿に戻る。




行き先はブローニュの森で行われる競馬大会だ。













side シャルロット











ブローニュの森にハルケギニア中の貴族達や富裕層、聖職者に至るまで勢揃いしている。


フーケ卿の処断で延期になっていた競売と競馬大会がようやく開催となった。



三日前から競売品や出走馬の下見が行われた後、競売の方は午前中に無事終了、

昼食を挟んで競馬の本戦となる。



駆け込みで馬券を購入しようと列をなす者、

他国の貴族同士で談笑する者、

館の中に設けられたカジノで賭博に興じてこの場にいない者、




ガリア女王臨席の元挙行されるとあって姉様の戴冠の儀以来の動員を記録しているらしい。

むしろ騒がしさではあの時の比ではない。







正直、こんな騒がしいところは苦手だ。


しかし社交界も重要な外交の場である以上、

私も公務として参加しなければならないし、勉強にもなる。



それに姉様やお父様からは、友達の一人くらい作ってみるよう言われているが、

とても作れる自身も可能性もないと思っていた。





基本的にヴェルサルテイルに籠もりっきりの私にとって、王宮の関係者以外で知り合うとなるとこういう場しかない。



最も向こうから近づいてくる者達はほぼ全て論外だ。

彼らや彼女たちはガリア王女に近寄ってくるが、私には近寄ってはこない。




その証拠にかつらとマジックアイテムを兼ねた眼鏡を着け、名前を偽っている今の私に近寄ろうとする者は殆どいなかった。





「王女として見られずに出てみるのもいい経験だろう、無駄に近寄ってくる蠅どもも気にしなくて済むぞ。」


とは、これを考えついた姉様の言葉だ。

何でも王女時代に何度か試されたらしく、一度もばれなかったらしい。




実体験も含めて、貴族という者達の観察眼のなさに呆れてしまう。

幸か不幸か、戴冠の儀出での恐怖からも解放された私は気ままに食事を楽しんでいた。




辺境と言っていいガリア南西部にささやかな領土を持つ、名前も殆ど知られていない男爵家の子女などに誰も目もくれていなかった。


筈だったが。





「やったー!すごいわタバサ!

これで四連勝、元手も三倍よ三倍!!」



何故か現在、ゲルマニア貴族の子女キュルケと一緒にカード博打をしている。












side キュルケ












王家主催の競売と競馬に参加すべくお父様とガリアに来てはや二日。


流石はガリア王家、出品された競売品も出される食事も、何から何まで超一流の物ばかり。




もっとも集まっている貴族や大金持ち達の質はよく言って三流と言うところだろう。





貴族家が半減したと言われる粛清が行われたガリアの貴族達はまだいい方だ。

幸か不幸かゲルマニアから来た者達もまあマシと言っていい。




問題はトリステインやアルビオンの貴族にロマリアから来たらしい聖職者達。


あたしのようなゲルマニア貴族には相変わらず権威とか伝統とか声を小さくもせずに罵っている。

第一、聖職者が貴族を押しのけて馬券を買い漁るなんてどうかしていると思うのは私だけかしら?


何でも最近始祖に関していろいろ噂も広まっているというのに、

この俗物過ぎる聖職者を見ていると信憑性ばかり膨らむというものね。



まあ外国、しかもハルケギニア最強の国の王家主催の場で狼藉を働こうなんて物好きはいないようだけど。


事実、黒い軍服を着た名高いガリアの親衛隊が警備に当たっているらしく、

狼藉なり働こうものならすぐさま捕まえて連れて行かれるのを何度か見ている。





しかしこの競売と競馬、それにカジノでガリアはどれだけ利益を上げるのか興味ばかり膨らむ。



あたしもツェルプストー商会の跡取り(予定)の身、こういった金に絡む話にも興味を持たねばならないけど、

それでなくともこの今回のイベントはおもしろいと思う。





なんでも今後年一回か二回、定期的に開催されるらしく、

それだけでも国家の立派な収入となるし、この場で交わされる交渉なり商談なり、


それらを含めると途方もない額になるんだろう。


まあ、社交場の空気は正直最悪と言っていいけど。




本戦の出走までの時間つぶしにカジノでカード博打でも、と思っていたあたしは

一人の少女を見つけた。









「タバサね、あたしはキュルケ。

キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー。


見ての通りのゲルマニア貴族よ、よろしくね。」




立食の場となっているテラスの隅っこで、一人誰にも気に止められることなく

食事に勤しんでいた少女に声をかけ、お互い自己紹介する。


何でもガリア南西部のはずれにある男爵家から来たらしい。

大方この人混みと喧噪にあてられて、一人でいたのだろう。




「あ………、はい。

よろしく………、キュルケさん………。」


「キュルケでいいわよ。ところで、

こんな所であったのも何だし、何か予定とか待ち合わせは?」




「いえ………、特には…………。」


「それじゃ折角だし、カード博打でもしに行きましょ。

まだ出走には時間があるし。」




そういって有無を言わせずタバサの腕を掴み、館の方へ向かう。


こんなところで見た目からして幼い少女を一人にしておく気はさらさらないし、

折角知り合ったのだ、これも何かの縁だと思う。




しかし、貴族の子女にタバサなんて名前をよく付けたものだと思うわ。

犬か何かじゃあるまいし。










side シャルロット









館の中にあるカジノは社交場以上に喧噪で包まれていた。


大広間中が競馬や競売そっちのけで博打に興じる者達ばかりで溢れている。

テーブルの中央でチップの山を囲んで高笑いする者もいれば、隅の方で頭を抱えて蹲る者達までいる。



そんな中の数あるテーブルの一角で、私達はチップの小山を順当に築き上げていった。



「さーて、もう一回勝てば四倍にはなるわね。

タバサ、やってみる?」


キュルケの言葉に思わず即答する。





最初は見よう見まねでやってみたはずが、気がついたら我を忘れてしまうほどのめり込んでいる。

元々カード自体それほど興味はなかったが、こうしてやってみると意外に面白い。


今度姉様達とやってみよう、と思っている間にカードが配られる。




配られた五枚のカードを手に取り、図柄を確認する。


図柄の組み合わせを考えて、賭けるチップを用意する。


相手のトリステイン貴族は手元のチップを全て賭けてきた。

私も同額分のチップを用意する。



相手はそれを見て顔色と表情をあれこれ変えて、いろいろと考えあぐねているようだ。

後ろでキュルケがそれを見て笑うのを堪えているようだ。



やがて諦めたらしく、テーブルにカードを広げてきたので、私も手許のカードを広げる。



相手はダイヤとクローバーのツーペア。

私は3のスリーカードで結果、私の五連勝となった。




項垂れてテーブルに突っ伏す相手に対し、キュルケは先程以上に喜び、私を抱きしめてきた。

キュルケの髪の色と同じように、強く熱いくらいの香りと感触が私を包み込む。




姉様やお母様とは全く違う、こちらのことはお構いなしの、

どうしようもないくらい明け透けな喜びようと包容だった。


少々力が強すぎて苦しいが、それを嫌とは思わない。




今日出会ったばかりの他国の貴族の子女であったが、初対面の私のことを気にかけ、

私以上にはしゃいで、喜んでくれる。


そして私もそれを受け入れて、喜んでいた。


ガリア貴族のように口だけで心の籠もっていないのとは

全く違う彼女の性格や在り方は私にとって新鮮で、とても好意的に思えた。





そんなことを考えていると、競馬の発走の時間を知らせる声が聞こえてきた。


「さて、カジノで大勝ちしたし、競馬でも大穴あてるわよ。」



キュルケはそう言うや否や、あっという間にチップを換金して、

先程と同じように私を引っ張りながらカジノを後にした。













姉様臨席の元行われた競馬は、事前の大方が予想していた通りに人気馬が無難に勝利し、

その後の混乱無く終了となった。


最も、宿泊所にもなっている館に今も多数の参加者が集まり、

引き続きカジノや宴を夜通し楽しむらしい。




そんな中キュルケと私はテラスで紅茶を片手にいろんな話をしている。

訂正、キュルケが一方的に話をしていて、私は専ら聞き役に徹している。



残念ながら大穴を狙った競馬は見事にはずれ、カジノで稼いだ分も目減りしてしまったが、

私もキュルケも遊びとして割り切って楽しむことができた。



カジノや競馬場で騒いだこともあり、流石に疲れたのでこうして休憩をとっている。

もっともキュルケの方は相変わらずの元気ぶりで、今も話の種が尽きる様子はなさそうだ。





彼女の話す内容はどれも興味をそそられるものばかりだ。


図書院の本ばかり読んでいて、外を殆ど出歩かない私と違い、

実家が商会を経営しているキュルケは小さい頃から親の商談に同行しているらしく、ゲルマニア内外の様々な土地にも出向いているらしい。



アルビオンに勝手に着いていった以外ガリアから一度も他国へ行ったことのない私の知らない土地ばかりだが、

彼女の身振り手振りを交えた体験談は時間すら忘れさせてしまうほど引き込ませる力があった。



事実、冷めてしまった紅茶を飲み干して、周囲を見ると、

空は夕焼けから闇に移り変わろうとしていた。




「随分と長話しちゃったわね、時間とかは大丈夫?

あたしは今晩までここに泊まって、明日帰る予定だけど。」



流石に姉様達の所に戻らないといけないだろう。



「私もそろそろ戻ります。

今日は本当にありがとうございます。」




「いいのいいの、せっかく友達になれたんだし。

そうだ、この後の夕食も一緒にどう?」






キュルケの言葉に私は衝撃を受け、そして覚悟を決めた。






友達。


そう、友達だ。




友人の一人でも、なんてできるとは思っても見なかったけれど、

キュルケなら、是非私の友達になって貰いたい。



いや、彼女はとっくに私を友達だと言ってくれている。

なら私も彼女の友達だ。




でも私はタバサではなくガリア王女シャルロット・エレーヌ。

キュルケが他国の王女である私をどう思うか分からない。




でも私はキュルケに自分のことを打ち明けようと決めた。



キュルケには偽りの名前で友達になって欲しくない。

事実を打ち明けて、王女シャルロット・エレーヌの友達になって欲しい。







そう心に決めた時、私はすぐに行動に移した。



「キュルケ、まだ大丈夫?」


「…あたしは大丈夫だけど………。

どうしたの?そんな顔をして。」




「一緒に来て欲しい…………。

友達の貴方に、嘘をつきたくないから…………。」




そういって今度は私がキュルケの腕を掴んでテラスを出る。



「え?ちょっと………!」











向かった先はガリア王族や関係者以外立ち入りの禁じられている屋敷の奥の院。

警備の親衛隊員に通され、キュルケと共に奥の一室に入っていった。


部屋には私達以外誰もいない。




「ちょっと、タバサ!

ここ関係者以外…………。」


「大丈夫…………。」




そう言って私はキュルケの前でかつらを取り、マジックアイテムを兼ねた度のない眼鏡を外した。



「え……………、

タバサ……。貴方、もしかして……………。」



キュルケのどこか呆気にとられたような声に私は頷き、彼女に騙していたことを詫びた。













side キュルケ












「身分を偽っていたのは謝る………。ごめんなさい………。」




あたしも流石に驚いた。


いきなりタバサに連れられるまま奥の一室に連れ込まれたと思ったら、

タバサがメガネとかつらを取って見せてきた。




そこにいたのは青い髪の少女。


ガリア王家のシャルロット王女だ。



「王女……様……………!?

でも、どうして………………。」




あまりの急展開にあたしも何がなんだかさっぱりだ。


だけど思わず出た疑問に答えるタバサもとい、王女様は覚悟を決めた顔をしていた。



「友達……だから。

初めてできた友達に……、嘘をつきたくなかったから……………。」








友達。



その言葉であたしの疑問も混乱も一気に消え失せる。




あたしはいつの間にか今日出会ったばかりの彼女を友達にしていた。


出会ってすぐにカジノや競馬で遊び、テラスで話をして、

あたしは一緒にいた少女をいつの間にか気に入っていた。


そして特に考えるまでもなく、友達だと思っていた。





でもタバサ、いや王女様は違う。

多分友人と呼べる相手なんていないのだろう。



そしてさっきあたしが何気なく言った友達という言葉。

彼女は生まれて初めてあたしという友達ができたのだろう。





初めての友達に嘘をつきたくない。


もしかしたら王女という立場に関係なく、友達でいてほしいのかもしれない。

仮に立場上友達ではいられないかもしれないが、その時はその時だろう。




「…………キュルケ。シャルロット・エレーヌ・ド・ガリアとして改めてお礼を言います………、

今日は本当にありがとう。


そして………、もしよろしかったら………

私がガリアの王女でも構わないのなら…………友達になって下さい。」





目の前の王女様は目を潤ませながらあたしにそう告げてきた。


上辺だけで愛の言葉を囁く凡百とは比べるまでもない、精一杯の言葉だ。



あたしも腹を決めた。

いや、腹なんてとうに決めていた。



「タバサ……じゃなくて、シャルロット王女様。

あたしみたいなゲルマニアの娘でよければ、喜んで…………。」





返事は途中で遮られた。


王女様はあたしに抱きついてきて、泣いていた。



「ありがとう………ありがとう…………キュルケ……………………。」



あたしも彼女を抱きしめ返し、頭を撫でてあげる。




(ガリアの王女様を抱きしめて頭を撫でるなんてゲルマニア貴族では初めてでしょうね……………。)


こんな考えができる余裕があることにあたし自身驚きながら。











しばらくして泣き疲れたのか、王女様は眠ってしまっていた。


というよりどうしたらいいのか、今更ながら焦る。

事情を知らない人が見ればあたしは間違いなく誘拐犯に見られる。


しかも相手はガリアの王女様、下手をすると外交問題にもなりかねない。


無理に起こすわけにもいかず、柄にもなく焦っていると、



「取りあえずそこのソファに寝かせてやってくれ。」


「!!

は、はい!」


後ろからの声に驚き、言われるままに王女様を寝かしつける。

シャツを掴む手がなかなか離れなかったが、横からの手がそれを外してくれた。




手袋に覆われた左手。

自分でも間の抜けたことだが、今更ながら横を向く。



横で眠っている王女様と同じ色の髪を後ろに伸ばした絶世の美少女がそこにいた。


見間違えるはずもない。

王女様のお姉様、つまるところ女王陛下だ。





二の句も告げずにいるあたしを見て軽く笑われたイザベラ女王に、

慌てて自己紹介をして今日の狼藉に対して謝った。



だが女王陛下はかるく手で制し、



「そう畏まらないでくれ、ミス・ツェルプストー。

むしろ妹の友人になってくれたことを感謝したい。


生憎改装中だが、いずれ是非ヴェルサルテイルに来てくれ。シャルロットも喜ぶだろう。」




取りあえず外交問題は避けられそうでよかった。

気付かれないよう溜息をつき、改めて女王陛下と応対する。



可憐と言うべき妹の王女様とは異なり、

芸術的な美しさと、風格というか貫禄じみたものも感じてしまう。


カリスマというものだろう、流石はこの歳でハルケギニア最大の国家を切り盛りするだけはある。



とても敵う気になれないし逆らうなんてもってのほかだ。







「さて、ミス・ツェルプストー。予から提案があるのだが、構わんか?」



無言のまま頷くあたしに女王陛下は意外な提案を口にされた。




「来年改装中のヴェルサルテイルに魔法学院を再編したガリア王立学院が開校する。

その年にシャルロットも入学を予定しているのだが、是非ミス・ツェルプストーにも入学してもらいたい。


生憎予はガリア女王、学院の在学は敵わぬ故シャルロットの側にいてやって欲しいのだ。


無論学費等の方は心配無用、予の方から用意する。


如何だ?」




「あたしで良ければ是非よろしくお願いします。

ただ、ゲルマニアの貴族がガリアの王女様と一緒にいては、ガリアの貴族達に………。」


「その辺は心配無用。ルルド男爵家の子女タバサとして入学させるつもりだ。

王女が入学したとなれば問題も多いし、シャルロットも学院生活というものを満喫できんだろうからな。」


「そこまでお考えとは。

畏まりました。友人として、王女殿下のお側にいさせて頂きます。」






ここまで言われては一も二もない。


どうやらヴィンドボナ魔法学校への入学は取りやめにしなくてはならないようね。












――――――――――――

タバサという存在があり得ないというのも何なんで考えた結果がこうなりましたヨ。

本当はルイズかアンリエッタ組を出す予定だったのにねぇ。何ででしょ?


どうもヤッタランです。


急遽ご登板となりましたキュルケ嬢ですがこれまた一人称やらが難しいの何の。

時間が掛かりました。


以下ご意見に対する回答?です。

何でもかんでも急激な工業化は流石に無理だと思いますので実質重工業での近代化以外は技術導入による緩やかな近代化になると思います。

むしろギルド側に品質の向上などで強調できれば万々歳なのですが。


ビダーシャルにあえて虚無のことを隠蔽したのは単純に交渉が決裂するリスクを回避したかっただけです。

エルフ(むしろビダーシャルだけかもしれませんが)側の様子を見ている限り何でもかんでも話すにはまだお互い信用しきっていませんし。


誤字脱字、ご感想、ご意見などございましたらどうぞ宜しくお願いいたします。



10/6 誤字訂正しました。ご指摘ありがとうございます。




[4177] 醜い蒼髪の姫君 第十九話 改訂
Name: ヤッタラン◆a583f4f3 ID:9e06a1ef
Date: 2008/10/07 09:02




side マチルダ








大まかに分解された宮殿の一部を二体のゴーレムが持ち上げ、運んでゆく。

また一方で、飛空挺に括り付けられた別の建物が運び込まれ、積み木の要領で組み立てられる。



(あたしもいろいろ見てきたつもりだが、こんな建物の移築や増改築なんて見たことがないねえ)。



などと考えつつも今はゴーレムの制御に神経を尖らす。

なんせゴーレム達の運んでいるのはガリアが誇るヴェルサルテイル宮殿の一部だ。


家具調度品は勿論、装飾品まであらかじめ外されてはいるとはいえ、

落っことして洒落で済むような代物じゃあない。





とは言え、流石に疲れも溜まってはくる。



エルフにまんまとしてやられてそのまま全治二週間、

それが回復してからつい先週までイヴリーヌ村の近くに数百メイル四方の巨大な穴をようやく掘り終えた、かと思えば次は宮殿の移築ときたもんだ。


しかも大型ゴーレムの使役が得意な土系統のメイジをガリア中から総動員して一気にヴェルサルテイル中の風景を一変させるつもりらしい。


何でも使っていなかった離宮を宮殿に増改築して、今の宮殿を学院にすると言う話だ。

勿論庭やら塀やらから技術院などの施設も全部場所を変える予定だという。




(金だろうがメイジだろうがまとめて一気に注ぎ込んでさっさと終わらせる。

あの女王陛下の考えそう、いややりそうなことだよ、全く)。




一応、それに見合った給料も適度な休暇ももらっているし、

ヴェルサルテイルの仕事に従事してからは楽しみも増えた。





「マチルダ姉さーん!」





考えてたら何とやら、ティファニア様がその楽しみの品ことご謹製の弁当をバスケットに入れてやって来られた。



そろそろ昼時であろうか、他のメイジや作業員も交代で手を止めている。


ある者は現場から離れた場所で持参の弁当にありつき、

また他の者はティファニア様同様妻子に持ってきてもらった弁当を一緒になってつついている。




あたしはというと、ヴェルサルテイルの作業に入った事を聞いたらしいティファニア様が毎日のように足繁く通って下さるお陰で

有り難くも食事(昼限定)は品質、味共に劇的なまでに向上したわけだ。



もともとアルビオンにいた頃からティファニア様のお側で姉代わりをしていたこともあり、

ガリアに亡命した後も今だにこう呼んで頂いている。


亡命以来宮殿に住んでいるフレイヤ様とティファニア様だが、時々イヴリーヌ村の方にも通って下さっているし、

あたしの方も来年開校する王立学院で土系統魔法の教官になることが内定していて、

その時にはイヴリーヌからヴェルサルテイルに引っ越しすることになっている。





ゴーレム達に手にしている建物を所定の位置に下ろさせ、ティファニア様の所へ急ぐ。

今日はチキンと卵のサンドに紅茶、果物とシンプルだがあたしが作ったのより数倍は美味しくできている。




それに食事の合間もティファニア様と会話も楽しみの一つだ。




今日の話によると、何でもシャルロット王女がこの前ブローニュの森で行われた競売と競馬大会以来、すっかりカードゲームの虜らしく、

昨夜も夜更けまで女王陛下らと楽しんだらしい。



もっとも結果はシャルロット王女の圧勝らしく、あの女王陛下が連戦連敗を重ねたなんて意外なところもあるもんだ。




しかし連戦連敗に肩を落として自棄酒に走る女王陛下のお姿は是非見てみたいもんだが、ここは心の内にしまっておこう。


いくら何でも大恩ある方のそんな姿を想像すること自体流石に不敬罪にあたりかねないし、

第一あの女王陛下が自棄酒なんてそれこそ想像がつかない。




さて食事も会話も楽しんだことだし、作業を再開するとしますかな。


ティファニア様に礼を言い、あたしは再びゴーレム達を動かし始めた。










side イザベラ












「…………我ながらあそこまで弱いとは思わなかったな。

賭け事は私に向かんらしい。」



眠気と酔い覚ましの水を飲みつつ、私は側のシェフィールドに愚痴にもならない話をする。




ブローニュの森で行われた競売と競馬大会の後シャルロットがカードゲームに凝り出してしまい、

昨夜も私やティファニア達は夜更けまでそれに付き合う羽目になってしまった。



しかもシャルロットの反則じみた強さに比べて、私の方は見事なまでに連戦連敗を重ね、

大人げなく癇癪を起こしそうになるのを必死で堪えるしかなかった。



その鬱憤からか、お開きの後は一人ワインを数本空にした挙げ句、今朝からの二日酔いというざまである。







「人には得手不得手があります。


国政でも賭け事に似た要素はございますが、イザベラ様は今のところ連勝にございます故、

お気になさる必要はございますまい。むしろそのくらいが丁度よろしいのでしょう。」




我が使い魔の言葉は至極正論であるが、かといって納得できるものでもない。まして、




「それより今夜以降もシャルロット達とカードゲームに付き合わなばならんのが問題だ。

負ける戦は趣味ではない。さて、どうしたものか………。」



「したくないと仰らればよろしいのに。

シャルロット様を大事に思われるのは分かりますが、断ることも大事にございます。」



「それくらいは分かっておる。かと言って……………。」




「ならば他のゲームをなされては如何でしょう?

カードにしても遊び方は一つではありますまい。」





「……………時間があれば調べておいてくれ。

なるだけ直感に頼らないものの方がいい。




それより、首尾はどうだ?」






シェフィールドが私の机に百枚以上にのぼる報告書の束を置いてきた。



「会場全域に配置した親衛隊員からの報告書とそれを抜粋したものになります。


生糸ならびに宝飾ギルドが複数のトリステイン貴族との交渉を行っていました。

またグルテンホルフ大公にペレム伯爵らガリア貴族数名が多額の借金の契約を結んでおります。」



抜粋された報告書を確認する。その他にもロマリアに大規模な販路を持つ商人達の会話内容や、

アルビオン貴族の王家等に対する不満なども記されている。





今回の競売と競馬大会は収益面での成功もさることながら、諜報活動の面においても大成功といえる。



収益では単純な粗利益で2千万エキュー弱にのぼり、既に次回開催の日程調整の他、

港町クート・ダ・ジュールに常設の王立カジノを設置することも決定している。


また、競走馬育成と資金管理を管轄する内務省の部門の設置も急いでいる。





一方の諜報でも目の前にある大量の報告書が示す通り、得られた情報は莫大の一言であり、

現在これらの情報に併せた対応に、逆にこちらが追われている状態ですらある。



その他開催中に司祭に扮した内務省の職員に意図的に狼藉を働かせるなど、

ロマリアや狂信者どもへの悪印象を与える方向でも成果が見られるようだ。


もっとももこちらに関しては、本物の司祭が狼藉を働くところも多く、

こちらが意図的に煽り立てるまでもなかったかも知れない。





「それにしても、間者を派遣するよりこちらの方が効果的だな。

だが、情報を即座に生かせねば何の意味もない。」


「はい。既にカステルモール卿らより対外情報局等の活動許可申請が出ております。

こちらがその詳細となりますが如何致しましょう。」


既に対外情報局のクロトワ少佐の部下が二人、先行してグルテンホルフに潜入しているとのことだ。


「直ちに実行に移してくれ。グルテンホルフに関しては非常事態に備え騎士団の派兵もできるように。

ギルドに関しては金を掴ませて切り崩しを図り、しかる後不穏分子の叩き潰しにかかれ。」




「畏まりました。それからネンシーの第二製鉄所から

特殊鋼精錬施設の稼働は予定通り来月十日に開始するとの連絡が来ております。


また第一製鉄所の新型圧延装置の建設も順調とのことです。」



エルフからもたらされた物品の解析により判明した特殊鋼の組成と、百科事典に記載されてあった未知の精錬法との関連が確認でき、

それに基づいた新型製鉄、精錬施設の設置も順調に進んでいる。


従来の製鉄で問題となっていた鉄の耐久性と加工の面で大きな進歩となり、早ければ建設中の鉄道にも採用できるだろう。




また製鉄以外の金属加工、特に銃弾の金属薬莢などの開発も急いでいるが、こちらは芳しいとは言えない。

手作業による製作は兎も角、工場による生産にはまだ先であろう。


一方で従来の紙薬莢を不燃加工した銃弾の開発も行われているが、こちらも錬金などの加工が不可欠で

将来的な金属薬莢の普及までの繋ぎと考えるべきだろう。




「鉄工所労働者用の扶養施設の方も問題ないか?」


「はい、人員の確保と製鉄所に隣接した町の拡充も目立った遅延は見受けられません。」


「技術院も含めて、情報の管理と漏洩には十分注意してくれ。

必要に応じて金もばらまき、意図的に改竄した内容を流布しろ。


費用についても一任すると伝えよ。」


情報なり人の口なり、そういったものは完全に止めることはできない以上、偽の情報で混乱させるのが一番効果的だ。



「ははっ。」















シェフィールドが退室した後、改めて各種の書類や報告書を確認する。



リュティス~ヴェルサルテイル間の鉄道建設も区間の測量が終了し、

線路幅などの基準も確定した上、車両の開発も進んでいる。


コルベール教授監修の元内燃機関の解析と開発、燃料の石炭からの精製と加工の研究も順調らしい。

こちらも早ければ数年以内に精製施設の稼働も実現できるだろう。


一方でヴェルサルテイルの改築も進んでおり、来月のグラン・トロワへの引っ越しを目前に迫っていることもあり

お母様達の指導の元、宮殿内総出で準備と作業が行われている。



そしてイヴリーヌの森に設営中の秘密工廠では早くも昨日空中戦艦の起工式が執り行われている。

あの模型がそのまま巨大化した姿で、大空を席巻する姿を早く見てみたいものだ。







私が即位して一年余り………、

たった一年でガリアは大きく変貌を遂げつつある。



運用される予算額はお爺様の時代の倍近くに膨れあがり、貴族粛清による直轄領と税収の増加や今回の競馬などでの収益の他、

鉄鋼品等の輸出や街道整備などによる経済的収益もそれに見合うだけのものになりつつある。




また板バネやベアリングを採用した馬車等に至っては、商用などで運搬速度の向上や商品の品質維持に多大な向上をもたらすどころか、

さらにはそれそのものの販売でも国内外で人気を博している。



他国でも生産を目指しているようだが、ガリアとの技術的格差は依然大きく、

今のところガリアの独断場となっているが、いずれ非合法な行為も含めて追いつかれることも考えておかねばならない。



特に技術面での特許に関する条約の制定と批准は急務であるが、最初から交渉するつもりのないロマリアや比較的滞りなく合意を得られそうなトリステインは兎も角、

ゲルマニアやアルビオン、グルテンホルフらとの交渉は難航すると見た方がよい。


というより、これにかかわらず国内の政策や産業は軌道に乗ってはいるが、国外の方は依然課題の山積みの状態といえる。




ことゲルマニアに関してだが、先の競馬大会の席で私に皇帝アルブレヒト三世から直接婚姻を前提とした同盟の提案すらされた。



流石にあの時は酒の入った皇帝の下卑た笑みに、爆発魔法の一つでもくれてやりたいところを押さえ込みつつ、丁重にお断り申し上げて差し上げたが、

こともあろうにゲルマニアに帰還する際にも私の代わりにシャルロットでも構わないなどとほざいてきた。


無論重ねて丁重にお断りした後、ゲルマニア内の一部反皇帝派の貴族への資金提供と悪評の流布に留めておいたが、

今度巫山戯た真似をした場合、すぐにでも皇帝の椅子からずり落ちてもらうつもりでいる。



またアルビオンもフレイヤ殿達の一件以来、表だった対立には発展していないが、

何かしらの交渉なり会談になれば表面化すると見ている以上、比較的近いトリステインを通じて行うほかないだろう。




そのトリステインも一見平穏そうだが、最近国王の体調が思わしくないという噂もある。



しかも数日後、そのトリステインへ行幸に向かう予定となっている。

というのも、あのアンリエッタ王女からの園遊会の誘いが来ているのだ。






正直なところ、あの純粋培養の姫君は苦手なのだが、行かないわけにはいかない。


国王の健康如何によっては何らかの事が起こる可能性も否定できない上、

あの姫君が話していたルイズという子女――ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール嬢も参加するという。


後日の報告で判明したが、トリステインでも名門中の名門貴族であるヴァリエール公爵家の三女だそうだ。


トリステイン王家の傍流であることも判明しているので、本人と対面してみないと分からぬが、

恐らく三人目の虚無と見て間違いなかろう。






取りあえず、明後日の出発を前に目の前にある政務の方を処理せねばならん。


依然鳴りやまぬ頭痛を堪えつつ、私は政務を再開した。





因みにこの夜、シェフィールドが見つけてきたカードゲームの本に記載されていた新しいゲームを試してみたが、

ここでもシャルロットが反則じみた強さを見せつけ圧勝、ついに全面降伏させられる結果となった。















ガリアとトリステイン国境にあるハルケギニア最大の景勝地、ラグドリアン湖。


園遊会の開催地に選ばれたトリステイン側の湖畔にランフレクシブルの他、両国のフネが多数停泊する。



「イザベラ陛下、お待ちしておりました。」


「一年ぶりですかな。お久しぶりだ、アンリエッタ王女。」


アンリエッタ王女はこちらの桟橋までわざわざ私を向かえに来てくれた。




「陛下はますます凛々しくなられまして、やはり憧れてしまいますわ。」


満面の笑みを浮かべた王女に嫌みや悪気など微塵もないのであろうが、

私も女を捨てたつもりはない故、流石にその言葉には複雑な気分になる。


「…………王女もさらに美しくなられたようですな。」


「そんな、陛下には到底及びませんわ。

なにせイザベラ陛下は私の憧れの方ですもの、陛下が殿方でしたら是非結婚を申し込んでいましたわ。」



自らに重ねて目の前の王女は嫌みや悪気など微塵もないと言い聞かす。







やはり私はこの王女が苦手だ。



………違うな、王女に限らず相手に振り回されることが苦手なのだ。

というより自分に主導権がないこと全てが気にいらないのであろう。



そう考えている間に園遊会の会場に着いていた。

どうやら王女に引っ張られるままであったらしい。



「ガリア王国国王イザベラ一世陛下、トリステイン王女アンリエッタ姫殿下のおな~り~!」



早速トリステイン貴族達の拍手で出迎えられ、王女と共に手を振って応える。





暫くして、後から追いかけてきたらしいマザリーニ枢機卿が王女に苦言を言っているが、

口では兎も角、表情からして王女に反省の色は皆無のようだ。



「アンリエッタ王女、忠臣の諌言ほど聞き耳を立てねばならぬものはそうない。

そのようでは、将来が思いやられまするぞ。」



流石に出しゃばったかと思ったが、

途端にしょぼくれた顔を見る限り、少なくとも王女には十分な効果があったようだ。


取りあえずこの場を治め、園遊会を過ごすことにする。


楽しめる気分にはなれそうにないが。






流石にブローニュの森での大会に比べれば規模も小さいが、

トリステインの主だった貴族も揃っており、王女主催と言われるだけのことはある。




私もしばらくマザリーニ枢機卿らと会談を楽しむ。


この枢機卿はその地位と異なり、始祖よりトリステイン王家に忠誠を誓っているのであろう。

狂信者とは一線を画したその言動は好感と共に油断のなさを感じさせる。


私が王女に呼ばれる間際、今夜直接会談したいという旨知らせてくる辺りがそれを補強させる。



そして私がアンリエッタ王女の方を振り向くと、そこには王女の他桃色の髪の少女がいた。












side ルイズ












姫様に園遊会の参加を命じられたのは当日の二週間前であった。

しかも来賓にはガリアの女王陛下もお越しになるらしい。




ガリア女王イザベラ・ド・ガリア陛下。

姫様が以前お会いした時からの憧れの方で、会談された時の話を幾度も手紙や直接で聞かされた。



その治世に関しても僅か一年で様々な改革や叛乱貴族の粛清などであっという間にガリアをまとめ上げたと

お父様が手放しで絶賛されるほどだ。



詳しくは知らないが、今のガリアでは女王陛下の指導の元、全く新しい技術が生み出されたらしく、

先月お父様達が購入された馬車の乗り心地はあり得ないほどの快適さで、あっという間に家の馬車が全てガリア製のものとなってしまっている。



何より私にとって衝撃だったのは姫様の同い年で、つまり私とは一つしか年の差がなく、

しかも女王陛下は魔法の才が皆無であるらしい。







魔法が使えない。



私と同じように、魔法の才がない。



それなのにあの厳しいお父様が絶賛なさるほどのお方。




その一点だけで、私もまだお会いになれていない女王陛下に畏敬の念さえ感じてしまう。

それを知った日から、私にとってその方は目指すべき目標となっていた。




そして園遊会の当日、


前の晩はなかなか寝付けなかったせいか、眠い目を擦りながらの参加になったが、

姫様にご紹介された女王陛下とご対面した瞬間、そんなものはあっという間に吹き飛んじゃった。




「お初にお目にかかる、ミス・ヴァリエール。イザベラ・ド・ガリアだ。」



振り向かれた女王陛下に思わず見とれてしまった。

その美しさと凛々しさは想像していたのをはるかに超えていて、姫様が憧れるのも頷けた。


ヴァリエール公爵家たる者がはしたなくも見とれて放心してしまったことに今更気付き、

恥ずかしさで顔が熱くなるのを感じながら、慌ててご挨拶をする。



「……は、はじめまして!

ル、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールと申します!


お、お目にかかれて光栄至極にぞ…………。」



いつの間にか女王陛下は私達のすぐ側までお近づきになって、

お母様みたいに厳しくも優しい笑みを私に見せて下さった。




「そう慌てることはない。別に逃げもせぬし、取って食いもせぬ。

こんなところで立ったままというのも何であろう、座れる場所で話でもしたいのだが如何か?


アンリエッタ王女もそれで構わぬかな。」



「ええ、是非そうしましょう。

でも園遊会の主賓達が場を離れるというのも些かというものですので………、


こちらのテラスでも………。」






園遊会会場のはずれにある席で始まった会話は、女王陛下と姫様がお互いの近況や私との親交など、

私でもついて行ける話が殆どで助かったが、女王陛下が退屈されてないか少し心配であった。



姫様はマザリーニ枢機卿に呼ばれてとても残念そうなお顔で退席されるまで、それこそいろんなお話をされていたため、

私達は専ら聞いてばかりいたせいか、二人きりになった途端静かになってしまった。






何か私から話すことはないかと心の中で混乱気味に考える。


本当は聞きたいことはたくさんある。

だけど女王陛下を目の前にして、とても聞き出せそうにない。






ふと物音がしたかと思うと、目の前に紅茶のカップが置かれていた。


「まあ何もないのも何なのでな、旨くはないが飲んでくれ。」


女王陛下に淹れて頂いた紅茶に文句などとんでもない事だが、緊張のせいか味など殆ど分からぬままあっという間に飲み干してしまった。




「さてミス・ヴァリエール、二人きりで何か聞きたいことがあるのではないか?」




驚きで視界が上下に動いてしまった。



「……あ、あの!その、…………お解りになりますか?」





女王陛下はお会いした時と同じ笑みを浮かべながらお手を伸ばされ、

私の頭を軽く撫でられた。



「私の妹もよくこうすると落ち着くらしくてな………。

おっと、済まぬ。他国のご令嬢に失礼な真似をしてしまったかな。」



「いえ…………、そんなことは………ないです………………。

あの……、女王陛下…………。


陛下は魔法の才がないとお聞きして……………て、申し訳ありません!

ガリアの女王陛下になんて失礼………。」




「事実だ。」




「え?」





「そなたの言う通り、予には魔法の才はない。

少なくとも四系統魔法に関しては才が皆無と言っていいだろう。


だから修練を積んで自在に爆発を発生できるまでになったし、政務や商業の座学に打ち込みもした。

それが他の貴族やメイジより少し視野やものを見る目を広げさせ、予の心と魔法というものを離れさせたのであろう。



即位後は予や平民達のように魔法の扱えぬ者達にも門戸を開く政策を進め、魔法に依存しきらぬ世界を目指している。

魔法やマジックアイテムをはるかに凌ぐ技術を生み出し、発達させ、今までの常識を揺るがそうとしている。


予には始祖以来六千年何も変わっていないハルケギニアの世を変えたいと思い、それを実現させつつあるのだよ。


それは予が魔法を扱えぬのが口惜しい訳でやっているわけではない。

魔法の扱えぬだけで身分が決まり、無能呼ばわりされる世界など認める気になれんからだ。」







「でも、それがハルケギニアの常識じゃあないのですか!?

始祖ブリミル以来、メイジとそれを司る王侯貴族の存在が六千年の平和を守ってきたんですよ!



陛下は………それをお認めにならないと………………?」




私は先程とは別の意味で顔を熱くして、反論した。


女王陛下の言葉は私の模範となるどころか、今まで信じていた常識や考えを根本から破壊しかねないものだった。

陛下も私以上に修練をお積みになったのだろう、でも陛下の行き着いた考えは私は聞きたかったのではなかった。






「認める気にはなれんな。

六千年の平和は同時に六千年もの停滞と怠惰に他ならない。



そなたでも知っているだろう。実際の王族や貴族という存在が、

魔法が扱えるというその一点だけで、実力も資格もない者どもが私利私欲を貪る浅ましい現実を。


平民達を蔑み、彼らが力をつけることを恐れ、今日まで魔法という絶対的な力で彼らをねじ伏せ続けてきている。

そなたが思い描く貴族の誇りと理想がとうの昔に忘れ去られ、国や社会の害悪と化していることを。




別に始祖や魔法そのものがこの世界の害悪であるとは言わん。

ハルケギニアの社会を作り出し、そなたの言う通り六千年間平和を生み出してきたのは紛れもない事実だ。


だがそれを扱う者達は六千年の間に、理念も理想も失って堕落して果てたと言うことだよ。




ガリアなど正にその状態であった。

大局を見据えることもなく政争に明け暮れ、色と欲に染まりきった下衆どもの巣窟であった。


予は魔法が使えぬだけで、他の実力は見向きもされずに無能と影で囁かれ続けた。

即位の前後にわたって、数える気もしなくなるほどの暗殺者どもに狙われた。


だから予はそのような奴らを魔法以外の力や実力で打ち倒し、ねじ伏せ、ガリアから一掃した。






ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。

そなたはどう思う?



そなたの住むトリステインと世の治めるガリアでは違うこともあるだろう。

国政の矢面に立つ予とそなたでは立場も違う。


だが根本はけして変わらぬのも事実だ。



無論そなたの持つ願いや誇りを捨て去れなどとは言わぬ。

そなたが今日まで一途に重ねてきた修練と努力を否定など誰にもできぬ。


ただ現実を見据え、そなたがどうあればよいのかを考えて欲しい。

それができれば自ずと道も開ける。」











「………………分かりません。」



私はそれしか言えなかった。

認めたくないが女王陛下の言われることに間違いはないのだろう。



それでも、私はいまだに我が儘を言う子供みたいに否定しようとした。


私が今まで持ってきた貴族としての考えが、魔法ができるようになりたいという願いが覆されるのが嫌だったのか、

それとも私は陛下のようにお強くはないと逃げているだけなのか。



何故か体に震えが走る。


私が私でなくなるような恐怖からだろうか、まるで止まらない。

できることならここから逃げ出したいとすら思えてきたが、それすらできそうにない。









再び女王陛下がお手を伸ばされ、私の頭を撫でられた。

今度はしっかりと、まるで抱きしめられるような感覚さえあった。


私が顔を上げると、女王陛下は先程と同じように厳しくも優しい笑みを浮かべられていた。






「ミス・ヴァリエール、怖がる必要などないしすぐに答えを見つける必要もない。

そなたの思うまま考えるままに行動して、やがて答えを見つければよい。



そなたは予よりはるかに強い意志と不屈の精神、そして誰よりも気高き貴族の誇りを持っている。

諦めをよしとせず、一途に打ち込んできたのであろう。


それらを捨てない限り、そなただけの答えを必ず見つけだせるはずだ。

賭けても良い、そなたならば必ず大願を成し遂げてみせるだろう。」





不思議と震えが止まってきた。


まだ答えには行き着いてないが、気が楽になったというのだろうか、

いずれ答えも見つけ出せそうな気もしてきた。





「ミス・ヴァリエール。明日にでもそなたのご両親と面会したい。


急なことで申し訳ないが、そなたのこれからについて話さねばならない事がある。

是非頼みたいのだが。」





「は、はい。女王陛下。

至急お父様に使いを送っておきます。」


私の言葉に対して女王陛下は頷かれた。




おそらく私のことで何かお考えがあるのだろう。


でも私はあえてそれを聞かなかった。


陛下を信頼していると言うべきなのか、それもはっきりとしなかったが、

それが私の今後に大きな影響を与える事になるのだろうと言うことだけははっきりわかった。












――――――――――――


ルイズとイザベラさんの関係が新手の宗教の勧誘にしか見えなくなってます。

しかもアンリエッタさんビッチ杉ですねえ。


どうも、ヤッタランです。


19話目にしてようやっとルイズ登場です。お待たせしました。


しかしツンデレ、ヤンデレ以前にかなりヤヴァイ方向に行ってしまわれておりますヨ。

書いてる内に何故かこんな感じになっちゃいましたよ。可笑しいなあ?


まあ実際の所、ルイズの持ち味は捻くれ気味なツンデレより、魔法等に見られる不屈、一途さと貴族の誇りですから、

それが原作とは別の方向でひねくれてしまったと思って下さい。


因みにルイズのお父様はイザベラさんの王としての辣腕ぶり等々に絶賛しておりますが、
原作でも見られる王に弓引くことも辞さない辺りはそのまんまです。


あとあまりに空気なアルビオン組に出番を与えてみましたけどあんまり変わらずですねえ。



引き続き誤字脱字、ご感想、ご意見などございましたらどうぞ宜しくお願いいたします。



10/7追記

改めてこちらでも読み直してみましたがご指摘の通りルイズの性格云々で無理がありますね。

流石に作者もアレかと思いましたので思い切って改訂しました。

今後も多分思考的にイザベラさんとは多少の距離がある形になると思います。



[4177] 醜い蒼髪の姫君 第二十話
Name: ヤッタラン◆a583f4f3 ID:9e06a1ef
Date: 2008/10/10 23:20








side マザリーニ







園遊会も無事終了した夜、一度は会場を後にした私は僅かな供を連れてラグドリアンに戻っていた。


向かった先は湖畔に停泊しているガリア王家専用船ランフレクシブル号。

イザベラ女王との内密の会談のためだ。



他国ではとても真似できそうにない程美しい船体の近く、桟橋に全身を外套で隠した人物がいる。

予め指定されてあったカードを懐から取り出し、その人物に見せる。


外套の人物は殆ど分からぬ程度に頷いた後、私を船内に案内してくれた。






通されたラウンジには既にイザベラ女王が待っておられた。


「ようこそランフレクシブルへ、歓迎するぞマザリーニ枢機卿。」


「少々遅れて申し訳ございませぬ、女王陛下。」


私の謝罪に別に咎める様子もなく、イザベラ女王は席を勧めて下さった。





「さて枢機卿、夜も遅い故単刀直入に聞く。

園遊会の場で申せぬ事とは如何なことじゃ?」


女王の言葉に私は同意し、早速提案を行った。




「来年ヴェルサイテイルに開校すると聞いております学院に姫殿下のご入学をお認め頂きたいのです。」





「それだけか?」



イザベラ女王は表情こそ変えなかったものの、その反応はどこか意外そうであった。



「それだけにございます。代わりの援助なども求めるつもりはございません。

あえて申しませば、学院内に護衛隊の駐留を認めて頂くぐらいでしょう。」





姫殿下のガリア留学、無論これはかの国への人質に他ならない。

だが急速に国をまとめ上げ、魔法以外の新たな力を発展させていると噂されるガリアの前ではトリステインなど軽く蹂躙されてしまうだろう。



そうならぬためにも、そして将来的なトリステインの独立維持と繁栄のためにもガリアとの協調は不可欠である。


幸い姫殿下はイザベラ女王を慕っておられる上、陛下達も女王を早くも名君と呼んでおられるが故に、

こうして会談に至ることができた。


またイザベラ女王も油断はできないが現在の所領土的な野心は垣間見れない上に、

ゲルマニアなどと比べても『双子の王冠』と称されるガリアなら国内の反発の声も少ないであろう。



後は今後ガリアという強力な後ろ盾をもって、トリステインの各貴族を牽制しつつ力を削いでゆけばいい。


先年ガリアで吹き荒れた粛清の嵐を再現するつもりは私でも流石にないし、

国力のないトリステインで必要以上の粛清は王国の存亡にすら繋がりかねない。







女王は口元に手を当て暫し考えた様子であったが、その視線は槍の如く私を射抜いていた。

この年で背筋に冷たいものを感じるのは本当に久しぶりな事であった。





「一つだけ聞きたい。この発案者は誰だ?それともアンリエッタ王女の希望か?」


「マリアンヌ王妃にございます。国王陛下からもご了承を頂いてございまして、

こちらが陛下からの書簡にございます。」



まず王妃様にこの提案を行い、陛下と姫殿下にご提案して頂いたのでけして嘘ではない。

特に常々姫殿下の幸福を第一にお考えの王妃様が私以上にご希望であったことも陛下のご認可を得られることに繋がったといえる。






手許に携えてあった書簡を女王に手渡す。それを開封し眺めていた女王は軽く頷いた後、


「正式なトリステイン王家からの要請である以上、断る理由はない。

具体的な日程は後日連絡するとしよう。


それから王女一人では寂しかろう、側にいて信頼のおける子女を………

そう例えばミス・ヴァリエールも一緒に入学してもらうのも良かろう。



丁度明日にでもヴァリエール公爵に会いに行く予定でな。

詳しくは予から話しておこう。」




女王がヴァリエール公爵に直接会いに行く理由が些か気になったが、姫殿下の学院生活を考えても反対する理由はない。


「承認して頂き感謝いたします。」


私が立ち上がり、女王に一礼をした瞬間だった。



突然の爆発音らしき轟音と同時に激しく船内が揺れ、私は床に転げ落ちてしまった。










「状況報告!」



したたかに打って痛む頭を抱える中、女王の声が響く。



「陛下!ご無事にございますか!?」


軍服を着た士官がラウンジに飛び込んでくる。

余程の事態であろう。



「狼狽えるな!状況と損害は?」


「後部喫水付近にて爆発が発生、既に浸水が始まっております!

至急ご退艦を。」



陛下は私の避難を士官に命ずるとラウンジを後にされ、私も士官に付き添われながらそれに続いた。




甲板に出たその直後、フネの後部の方向から大木の倒れるような軋む音が聞こえてくる。

よく見れば後部のマストが根本から傾き、湖へ倒れていく。


私はそれを眺めているほかなかった。



「総員退艦!急げー!」


他の士官らしき声に我に返り、桟橋の方へ急ぐ。

既に船体も後ろへ傾きつつあった。










side イザベラ









乗組員のほぼ全員が退艦する頃、ランフレキシブルは船首近くを残して湖畔に沈んでいたが、幸いなことに水深も浅かったらしく

完全に沈没する様子はなさそうだ。



トリステインの兵達も集まり、負傷者の手当ても行われ始めている。


シェフィールドへ至急ヴェルサルテイルへの連絡を命じ、周囲の警備を命じる女騎士の方へ向かった。


短く切りそろえた金髪の騎士は昨日の園遊会でもアンリエッタ王女の護衛を務めており、

どうやら今夜のラグドリアン湖の警備を任されていたらしい。



「そなたがここの責任者か。」


「イザベラ女王陛下にございますが。トリステイン剣士隊第2中隊長アニエス・ミランと申します。

警備の不手際の限り、まことに申し訳ございません。」



「今は狼藉者の確保が最優先だ。詫びなどその後でいくらでもできる。

予の親衛隊の内三個小隊をそなたに貸す故、必ず狼藉者を取り押さえろ。」


膝をついて頭を垂れるミラン隊長を私は制し、そう命じた。


「わ、私に兵を貸し与えられるというのですか!?」


「予が構わぬと言っておる、無駄な問答をする余裕などないぞ。

カルタン大尉、聞いた通りだ。三個小隊をミラン隊長の指揮下に入れ直ちに捜索に入れ。


他の者はここの警備と負傷者の手当てをせよ。」






兵をまとめて捜索に向かったミラン隊長を見届けた後、手当てが済み次第ラグドリアン湖畔の屋敷に向かうよう命ずる。

ふと視線に気付くと、マザリーニ枢機卿が何か言いたげそうであった。



「トリステインの者に躊躇なく兵を貸し与えになられるとは………、驚きました。」


「下手に指揮系統を二分するのは愚の骨頂だ。それにここの警備を任されている者の方が地理にも明るい。」


私はそう言い捨て、ランフレキシブルに警備の者を残して屋敷の方に向かった。




それから数刻後、ミラン隊長麾下の親衛隊員から犯人の確保に成功したという連絡が届き、

取り調べを行うよう指示してようやく私も休むことができた。











翌朝、私が目を覚ました時にはラグドリアン湖は蜂の巣をつついたような騒ぎとなっていた。

屋敷内の宛われた部屋からも兵達の声や物音が聞こえてくる。



身なりを整え、屋敷の外に出るとミラン隊長が別の指揮官らしい貴族に罵声を浴びせられていた。


トリスタニアから急ぎの部隊が今更ながらやって来たらしく、この貴族がミラン隊長の警備について非難しているらしい。




「朝から何事じゃ、騒がしい。」


近づいてきた私にようやく気付いたらしい貴族の男は慌てて膝をつき、


「これはイザベラ女王陛下、ご無事で何よりにございます。

私はウィンプフェン伯ジャン……………。」



「貴様の名など聞いてはおらぬ。今更のこのこやって来て何様のつもりだ?

既に犯人の身柄はミラン隊長の手によって昨夜確保されている。


功ある者を罵るのがトリステイン流の賞賛というものなのか?」



「しかし昨夜の事件そのものを防止できなかった警備担当の責任……。」



「それも犯人の確保で帳消しにできよう。

それに予のフネが爆破されるのを阻止できなかったのであれば予と予の親衛隊にも責はある。


幸いマザリーニ枢機卿もここにおられる故、責任の所在については協議の上追って知らせることとなろう。」




流石に枢機卿がこの場にいるとは知らなかったらしく、目の前の男は予の一言一言で顔色を急降下させていた。



「は、はい。それから陛下、犯人は現在ガリア側で確保していると聞いておりますが………。」


「予のフネを狙った犯行である以上、捜査はこちらで行わせてもらう。問題があるか?

なければ至急トリスタニアに現状を報告しておけ、朝から無駄な時間は取らすな。」


「は、はい………………。」








這々の体で立ち去る男にこれ以上目もくれている気にもなれず、私はシェフィールドに現状を聞くことにした。


「犯人は元魔法衛士隊に所属していたメイジで、不祥事で除隊後傭兵を営んでいた模様にございます。

犯行を依頼した者については曖昧な供述を行っており、何かしらのマジックアイテムを使用した形跡もございます。」




(例の如く手駒の人形であったか。しかしマジックアイテムの仕様を考えると………)。



「リュティスに護送後、地下水に記憶などを確認させろ。どうせ捨て駒であろうから大した情報もなさそうだがな。」



「畏まりました。それからヴェルサルテイルよりサフィールら三隻がこちらに向け航行中、昼前には到着するとのことです。

ご命令通り、到着後直ちにランフレキシブルの引き上げと曳航を行う予定にございます。



それからヴァリエール公爵領へのご訪問ですが、ランフレキシブルの引き上げ次第でございますが、

公爵領の到着が深夜になると思われます故、道中トリステイン領内にて一泊する形になります。


如何致しますか?それとも一度ガリアにお戻りになりますか?」



「ここでもう一泊する気にはなれんし帰国も論外だ。可能な限り本日中に移動し、適当なところで飛空挺を停泊させよう。

具体的な場所はトリステイン側との協議を含め、そなたに一任する。ヴァリエール公爵側への連絡も頼むぞ。」









side アニエス









イザベラ女王達ガリアの関係者や私達の見守る中、半ば沈んだガリア船の引き上げが開始された。


上空には先程到着した四つの翼を持つガリア船が二隻待機しており、沈んだフネと見たことのない程太いロープで繋がれている。

何でもあのロープは針金のような金属を寄り合わせて作られていて、上空のフネから一気に引き上げるらしい。




フネや技術に関して素人の私でも突拍子もないやり方なのは分かるが、それを実際にやってしまうのが今のガリアという国なのだろう。



特にイザベラ女王即位後ジョーキと呼ばれ、噂される力をはじめトリステインにも輸出されている刀剣や農耕機具などの良質な金属製品など

私達の見えるところでも、かの国が僅かな期間で大きく様変わりしているのがわかる。




かつての政争に明け暮れていた大国は今や文字通りハルケギニア最大最強の国家となっている。


恐らくこれからのトリステインはガリアと言う巨人について行く事になるだろう。

枢機卿もそれを目指しておられるが故、昨夜イザベラ女王と会談を行っていたのであろう。


それの明確な第一歩として、来年の姫殿下のガリア留学ということになるらしい。




当然ながら反発も予想される。


ガリアでは貴族が半減する程の大粛清が行われたが、トリステインではそう巧くはいかない筈だ。

第一ガリアでの粛清はあのイザベラ女王がいてこそ為し得たこと、残念だが今の姫殿下では到底真似できない。


むしろ姫殿下だからこそなし得る方法で混乱なりを最小限にできれば理想なのだが…………。










滝のような水音と水しぶきが私を物思いから現実に引き戻した。

そしてガリアの技術という現実をある意味突きつけられた。


先程まで船首しか見えなかったガリア船はすでに地上から10メイル近くの高さまで持ち上げられ、

船体に開いた穴から湖水がある程度流れ出たのを確認した後ゆっくりと陸地へ移動し、数分後には無事着陸した。



早速ガリアの技術士達がフネに群がる蟻のように集まり、船体の確認や残っている水の排水、

鋼でできたロープの付け替え等の作業に追われている。



私を始め、トリステインの者達は皆それを唖然と眺めているほかなかった。





そんな中、船体の穴を調べ、スケッチしている男性に目がいった。

後ろ姿しか見えず、恐らく初対面であろう筈なのだが、何故か気になった。


だが生憎と女王陛下やその人物を含め皆作業に勤しんでおり、私も周辺警備のため何時までもこの場にいられず、

結局この場では分からずじまいになってしまった。



この疑問が氷解するのはもう暫し先の話になってからとなる。











side イザベラ










ランフレキシブルの引き上げは無事成功し、曳航準備も間もなく終了する。


幸い被害は艦内の浸水を除けば大したものではなく、風石もほぼそのまま残っていたため

応急処置で船体の穴をふさぎ固形化を施せば、曳航できるとのことだ。




しかしヴェルサルテイルに到着後が難題となる。


よもやたった一度の爆発で沈没に追いやられてしまった以上、ガリア国内全ての飛空挺と従来型のフネの点検と改修は急務となる。

予算については問題はないだろうが、策定されたばかりの飛空挺建造計画は大幅な遅延と改訂に迫られる。



イヴリーヌで建造の始まったアレにも影響は必至であろう。思わず溜息の一つでもつきたくなる。






「陛下、曳航準備が終了しました。いつでもヴェルサルテイルに出発できます。」


手許に損害箇所をまとめたノートを持ったコルベール教授が報告に現れる。



「修理と改修にはどれ程かかりそうだ?」


「船体強度の確認と補強も必要になりますので数ヶ月は見積もった方が宜しいかと………。」


「分かった。直ちにヴェルサルテイルに向かってくれ。私が乗船するのはテュークワーズで良かったのだな?」



新たに派遣されてきた内、引き上げに参加せず着陸している一隻を見る。





目の前のテュークワーズを含め、今日ここに到着した三隻は全て私の即位後完成した新型飛空挺だ。


ランフレキシブル級を含め従来のフネに当然の如く存在したマストはなく、

代わりに船体の前後左右にそれぞれプロペラを上部に取り付けた四枚の翼を広げている。


船体も両端を尖らせた円筒状の形状をしており、空中での航行をより重視しているのが素人目でも分かる。

まさに百科事典に記された飛行機械そのままの形をしたフネだ。



トリステインの兵達も今まで見ぬ形をしたフネを遠巻きにではあるが興味深そうに眺めている。






そのテュークワーズからシェフィールドとトリステイン魔法衛士隊の軍服を纏った男がやって来た。

長髪と髭で覆われたその顔は意外に若いが自身と威勢に満ちているのがはっきりと分かる。



「魔法衛士隊所属、グリフォン隊のジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド子爵にございます。

ヴァリエール公爵領までのご案内にとアンリエッタ姫殿下より仰せつかっております故、道中はご安心を。」


恭しくもどこか芝居がかった動作で一礼をしてくる男に、私は胡散臭さすら感じざるを得なかった。



「ワルド子爵、こちらの準備ができ次第公爵領へ向け出発する故、案内は任せた。

教授、そなたらも直ちにヴェルサルテイルに向け出発。ランフレキシブルと捕らえた狼藉者はしかと頼んだぞ。」


早々に会話を打ち切り、各々に出発を命ずる。




その後ミラン隊長にマザリーニ枢機卿の護衛とアンリエッタ王女らへの書簡を渡すよう依頼し、

コルベール教授らの出発に併せるように私の乗船したテュークワーズも大空へ舞い上がった。

















新鋭飛空挺テュークワーズは四機のプロペラから発せられる爆音を奏でつつトリステインの上空を駆け抜ける。


船首部分がやや盛り上がった形状をしているため、私のいる上甲板に直接前方からの突風は流れてこないが、

流石に高度二百メイル近くを高速で航行していることもあり、厚手の外套は手放せない。




上空からトリステインの平原の景色を横目に、疲労困憊で収容されるワルド子爵のグリフォンの様子を眺める。


ガリア以外の国ではありえない速度を誇るテュークワーズに無駄な対抗心を燃やした結果がこれだ。



「無様だな。」


「まことに面目次第ございません。トリステイン魔法衛士隊の名折れでございます。」


乗り手の子爵はというと出発前の威勢の良さは何処へやら、平謝りである。


「そなたが急かしたのかグリフォンが急いたか、いずれにせよ修練が足りん。

航路の方は確認できておる故、そなたも休んでおれ。」


そう言い残して船内に戻ろうとした時、斥候のため先行していた竜騎士が帰投してきた。


どうやら近くの村の方で何かあったらしい。








「盗賊団か?」


ランフレキシブルと異なり操舵室と繋がっているテュークワーズのラウンジで斥候の竜騎士からの報告を聞いた。

近くのタルブという村が盗賊団の襲撃に遭い、一部の村人が人質に取られたままでいるという。


辛うじて脱出できた村人達が運良くこちらの竜騎士と合流できたらしい。

その盗賊団は以前から近隣の村を襲撃していたらしく、構成員にメイジもいるらしい。



「艦長、進路をタルブの村に。総員戦闘配置だ。


ワルド子爵、そなたのグリフォンでは戦えまい。

望むなら飛竜を一匹貸し与える故、先程の失敗を挽回されよ。」



「は!?

ははっ!ありがとうございます!」


私の即断にワルド子爵は勿論、乗船する護衛用の竜騎士隊や乗組員達も慌ただしく準備を始め、

私もシェフィールドを連れて操舵室に向かう。


程なく艦長の号令の元、テュークワーズは船体を傾かせ、急速に進路を変更した。










side ???








トリステイン王国南部、ラ・ロシェール近郊にあるタルブ村。


良質のブドウとワインが特産であることを除けば、ハルケギニア中に何処にでもある農村は下衆な笑みを浮かべる盗賊団の跋扈されるがままであった。

食料を食べ散らかし、僅かな金品も根こそぎ奪った盗賊達は出荷を前にしたワインを片手に騒いでいた。



村の娘達は他の村人達と分けられ、盗賊達の集まる村長の家に捕らえられていた。

盗賊達も見張りを除きこの家に集まり、自らの悪行を自慢し合い、馬鹿騒ぎを繰り返した。


一方で捕らえられた娘達は皆絶望と恐怖に震え、泣いていた。





その中の一人、黒髪に雀斑の少女シエスタが盗賊の親玉らしい男に腕を捕まれ、

盗賊達の集まる輪の中央に連れて行かれた。



シエスタも、他の娘達も、自分たちがこれから受けるであろう辱めに竦み上がり、

手始めに襲われるであろう少女が絶望の叫びを上げるようとした瞬間、



「ボス!大変で……うあぁーっ!」


入り口から飛び込んできた見張りが吹き飛ばされ、家中に入り込んだ爆風と爆発音に全てがかき消された。







タルブ村を旋回するように飛ぶテュークワーズの左舷下部から四基の5サント速射砲が絶えず砲撃を行い、

村の空き地や側の平原に着弾の土煙を上げる。



砲撃の終わった東側より、親衛隊所属の竜騎士と武装メイジ達数人を乗せた十二騎の竜達がタルブ村に突撃し、

右往左往する盗賊達を焼き払い、打ち倒し、吹き飛ばし、容赦なく皆殺しにしていった。


貸し与えられた黒色の飛竜に跨るワルドも航行中での失敗を挽回すべく、己が得意とする風系統を存分に振るい、

エア・ハンマーで数名の盗賊をまとめてなぎ倒し、エア・ニードルと自慢の剣技でなぎ払った。





ハルケギニア最強国ガリアが誇る新鋭飛空挺と親衛隊、それも女王警護に選抜された精鋭達の強襲をまともに受けた盗賊団は

反撃も逃走もできぬまま半刻程の戦闘でほぼ全員殲滅された。









――――――――――――

リアルでばたついた途端更新速度が落ちてしまいます、どうもヤッタランです。


当初はヴァリエール公との会談まで行くつもりがあれよこれよといろいろ付け足している内に長くなりそうなのでここで切りました。


バラクーダの次はコルベットです。

因みに水上航行も考えているので元ネタと違いプロペラは翼の上部(豚の空賊機みたいなもんです)に設置されています。

本当は大津波で高台に流されても良かったのですが、ラグドリアンでは流石に無理ですね。



アニエスはこの事件での勲功(イザベラの書簡で)によってシュバリエになったりします。またワルドもまだグリフォン隊隊長にはなっていません。


あと地下水もガリアで兵士よろしくやっています。



前回は速攻で改訂やらかしてすいませんでした。後トランプはド素人が適当にwikiで調べただけなんでご了承下さい。


引き続き誤字脱字、ご感想、ご意見などございましたらどうぞ宜しくお願いいたします。













[4177] 醜い蒼髪の姫君 第二十一話
Name: ヤッタラン◆2a06fd01 ID:9e06a1ef
Date: 2008/10/16 09:35





side アンリエッタ











「ご苦労様です、アニエス。イザベラ陛下も貴方のことを褒めてございますわ。」



マザリーニ枢機卿を護衛しつつトリスタニアに帰還してきたアニエスからイザベラ陛下の書簡を受け取り、

私は跪く忠臣の労をねぎらいました。


ラグドリアンでイザベラ陛下のフネが襲撃を受けたと言う事実は憂慮するべきことでしょうが、

陛下にお怪我はなく、犯人も捕らえることができ、取りあえずは一安心です。






「ありがとうございます。ただ殿下………。」


しかし目の前のアニエスは少しも嬉しそうにありません。

それどころか、いつもはっきり物事を言う彼女にしては珍しいことに口ごもっているのです。




「?どうしたのですか。」



「はい……、犯人はイザベラ女王のご判断でガリアに護送されておりまして、我々トリステイン側からの取調べは全く進んでおりません。

イザベラ女王から資料提供の確約は頂いておりますが、それがあるまでこちらでは周辺の警備等しかできない状況です。如何致しますか?」


確かに今回の事件はイザベラ陛下とガリアのフネを目標にしたものですが、トリステイン領内で発生した以上、

こちらにも取調べを行う権利と義務があると言うことですか。





「マザリーニ枢機卿はどう思いますか?」

傍らにいた枢機卿はその場にいたこともあり、イザベラ陛下に何かしらの意見は述べた筈でしょう。




「イザベラ女王によると王女時代よりここ数年何者かによる暗殺未遂等が発生しており、

今回の事件もそれのひとつではないか、だそうです。


それから今回の事件での協力に対する感謝として我らトリステインに五十万エキューを支払われるそうです。」


「まあ、それ程の大金を支払いに…………。」


「むしろ我々に無駄な干渉を望まぬと見るべきでしょう。かの国は先年まで政争に明け暮れており、

いまだ水面下で反女王の一派が活動していても不思議ではありません。


ガリアの不穏分子がガリア国外の勢力と手を組んだり、いらぬ国外からの干渉はけして望んではおりますまい。」




「イザベラ陛下にはガリア内外に敵が多いというのですか?」


「昨年の大粛清でその勢力は激減こそしましたが完全に滅ぼしたとは言えないでしょう。

また国外に関しても、ロマリアの宗教庁やアルビオンとは政治的にある程度の距離を置いている模様です。


向こうとしてはトリステインを味方につけておきたい所なのでしょう。」




枢機卿が話した事実は、平和なトリステインで育ってきた私とはまるで違う世界のように聞こえました。

むしろあの方でなくては、とてもそんな醜い世界を渡り歩いてはいけないのでしょう。



「そうですか………。枢機卿はこのままガリアとの友好を築くべきと考えますか?」


私の問いに枢機卿はむしろ当然とばかりに頷いた。


「それこそ我らトリステインにとって絶好の好機にございます。


友好の見返りとして技術や資金、資源などの供与や、かの国との貿易による莫大な利益は非常に魅力的です。

さらにハルケギニア最大最強の軍事大国も味方につけることができましょう。


第一、仮にガリアと敵対するようなこととなれば、我らトリステインなど瞬く間に蹂躙されてしまいますぞ。」




枢機卿の言葉はもっともだと思いますし、私個人としましてもイザベラ陛下と敵対する気にはとてもなれません。


残念ながら、今回の事件から見てもまだガリア側はトリステインを全面的には信じておられてはいないのでしょう。

そのためにも今後より両国が密接に協力できるようにしなければなりません。








「枢機卿、今後より密接な関係がなされるようしかとお願いします。

特に此度の事件のような場合に対して両国が協力して対応できるようにはしたいので。


アニエスには此度のラグドリアンでの功をもってシュバリエに任じます。叙任後、引き続きガリア国境を中心に警備をお願いします。」


叙任の話にアニエスはまたもや珍しく、今度は慌て出しました。

先程といい、アニエスの珍しい表情が見れるなんて思っていませんでした。



「しかし、ラグドリアンではイザベラ女王より部隊をお貸し頂けたからこそできたこと、私めに過分な…………。」


「ミス・ミラン、そなただからこそイザベラ女王も部隊をお貸しになられたのであろう。

私もそなたの叙任は当然と思うておる故、素直に受け取られよ。」


「はい…………、ありがとうございます。」


枢機卿の説得もあり、アニエスも叙任を受け入れてくれました。











ところがその日の内に新たな知らせが舞い込んできました。

なんとヴァリエール公爵領に向かっていたイザベラ陛下ご一行が道中で盗賊に占拠された村を開放されたというのです。



最初その知らせを聞いた私は物語の勇者のようにご活躍なされた陛下のお姿を思い浮かべて感激しきりでした。


残念ながら陛下はフネの方で指揮をお執りになさっており、実戦にはワルド子爵や供の竜騎士隊があたったそうですが、

それでもあの女王陛下の即断さに感謝の言葉もありません。






ところが枢機卿達はその報告に眉をひそめていたのです。

聞いてみると他国の軍勢がトリステイン領内、しかも無断で軍事行動を行ったのは如何なものであろうか、というのだ。



私は占拠されていた村人のことを考えると、一刻も早く盗賊達を倒すべきでしょうし、

そのような形に拘っては逃げ出される可能性もあるのではないかと言いましたが、


しかし、それを加味しても今回の件は座視することはできず、ガリア側に抗議すべきであるというのです。




幸いと言いますか、その日の内にイザベラ陛下から使いのガーゴイルがやって来まして、

被害を受けたタルブ村に補償として四十万エキューを、またトリステインには独断による軍事行動に対する謝罪と賠償として新たに五十万エキューをそれぞれ支払いになられるという事で、

トリステインとしてもそれ以上の抗議等はしないと言うことで決まりました。




しかし、金銭なりで収拾を図るというのには個人的に賛同できるというものではありませんでした。

ましてイザベラ陛下がそのような対応を行ったことに私は納得来ません。


あの方に初めて失望したというのでしょうか、そんな気分です。



勿論国家間で解決した以上私が口を出すことではありませんし、私が政というものにまだまだ無知であるだけなのかも知れません。

少なくとも私自身この数日に起きたことを鑑みても、政務に関して等まだまだ勉学に励まねばなりません。


来年にはガリアの王立学院への留学も決まっておりますし、入学前の予習もしっかりしておきませんと。












side イザベラ













テュークワーズを始めとするリュビ級飛空挺はランフレキシブルより巨大な船体を持つ一方、積載量に重点を置いているため居住区画は

他の飛空挺、特に私の専用艦となっているランフレキシブルよりも小さい。


私のいる部屋は無論個室であるが、二段ベッドと小さな机と椅子があるだけの狭い部屋だ。

昨年のサウスゴータに向かった際、シャルロットと泊まった部屋を思い出す。


船室の窓から既に闇色に染まった外を見ると、夜を徹した村の片付けの明かりが見える。





特産のブドウ畑こそ目立った被害はなかったものの、村の集落の被害は深刻だ。


テュークワーズの砲撃で周囲は穴だらけになり、文字通り皆殺しにされた盗賊どもの遺体処理や清掃、

さらに荒らされた屋内など、村民にとって日常に戻るためにやらねばならぬ事は山積している。


取りあえず最低限の護衛を除いた親衛隊員も作業に当たらせ、私も村の代表者達との会談を終わらせてきたばかりだ。


昨夜の一件とタルブでの軍事行動でガリアがトリステインならびにタルブ村に百五十万エキュー近くを支払う結果になったというのは

とても満足いくものではなかったし、私自身も責を免れないだろう。


特にタルブでの一件は形だけでもトリステイン側との連絡なりするべきであった。






「今回は流石に独断が過ぎたか。他国であることを考慮に入れるのを失念していたとは予もまだまだだな。」

思わず口に出してしまう。


目の前には謝礼代わりにと村から送られた最高級タルブワインがあるが

とても空ける気にはなれないし、こんな気分で空けてはワインに失礼というものだ。






左手の手袋を外し、醜い素肌をさらけ出す。


戦いに勝利しても気が滅入るなどというのは初めてではない。

この怪我を負った時もそうであった。


最初は苦しくて、悔しくて仕方がなかったが、

治療を重ねる中で退屈さと共にあの夜のことを思い出しては溜息をついていた事もよくあった。


そして今もそんな気分だ。こちらに被害がなく、無論私も怪我をしなかっただけマシだったというぐらいなものだ。



三年前から私はあまり進歩していないのではなかろうか、そんな疑問すら浮かんでくる。



思わず椅子から立ち上がり、ベッドに転がり込んでしまう。

途端体を襲う疲れと倦怠感。


昨夜のことといい、流石に疲れも溜まっているらしい。こんな考えに浸るのも無理もないはずだ。

私は体の望むまま、瞼の重みに逆らう気も起きないまま夢も見ない世界に誘われていった。













翌朝、昨夜の内に到着したトリステインの部隊に情報の提供と周辺の警備を依頼しテュークワーズはタルブ村を後にした。

村の代表からは後日改めてガリアまで礼に伺うと言ってきたが、私からはその旅費などで一日も早く村を再建し良質なワインを出荷してくれとだけ伝えるに留めておいた。



ただ竜騎士隊を指揮していたカステルモール少佐が昨日助け出した村の娘を見そめたらしく、本気で妻に迎えるつもりらしい。

それをわざわざ私に報告してきて許可を求めてきたが、双方と関係者の合意の上であれば何の問題もないであろう。


但しカステルモール卿への説得に関しては私のあずかり知らぬ事だ。それくらい克服できねば婚姻もできぬであろう。





もっとも、婚姻という点に関しては私も他人事ではない。

今のところ縁談の類は殆ど断っているが、世継ぎの面などでなるだけ早めに相手を選ばねばならないのが実情だ。


私も所詮は人間、老いもするし今日突然死を向かえるというのもあり得ぬ訳ではない。

むしろガリア女王という点だけでも大多数の人間と比べ暗殺の可能性は極めて高い。



無論殺されるつもりなど毛頭ないが、万が一のためにも世継ぎを決めておかねばならない。

だが恋愛などにかまけるつもりはないし、する気も起きん。


先の競売と競馬大会でゲルマニアの皇帝に求婚された時から、その考えが一層強くなったのは間違いないだろう。



いくら考えても解決の仕様のない問題に悩まされていると、シェフィールドがヴァリエール公爵領に到着すると知らせてきた。











side ルイズ











屋敷の正門前にはお父様を始め、トリスタニアにいる姉さま以外の公爵家の全員から使用人達に至るまで勢揃いしている。


お父様曰く、外国の王族、それも国王がお越しになるのは数十年ぶりらしい。

急ではあったけどヴァリエール公爵家総出による昼夜を問わない準備は無事済ましてある。



私達の先に多数の竜騎士に守られた四つの翼を持つ奇妙なフネが着陸しようとしている。

ラグドリアンで乗船されていたランフレキシブル号のような優美な美しさはないものの、その独特な風貌からくる威圧感が私を圧倒していた。


横目で見ればお父様達も見たことがない程真剣なお顔をされている。

やがてフネの扉が開き、護衛を連れた女王陛下がその姿を表された。




「お待ちしておりました、イザベラ女王陛下。

我がヴァリエール家にようこそお越し頂き有り難うございます。」


お父様が女王陛下に一礼し、私達もそれに続く。



「急な訪問を快諾して頂いて感謝する、ヴァリエール公爵。

公爵夫人もミス・フォンティーヌ、そしてミス・ヴァリエールいや、ルイズ・フランソワーズ。


今日こうして皆と会えたことに感謝を。」



あろうことか陛下は私のことを名前でお呼び下さいました。

ラグドリアンでお会いしたように、思わず顔が熱くなってしまう。


お母様達がご挨拶しているのにも気がつかなかった程だ。




「さて陛下、このような場所で何時までもいるのも何でございましょう。

宴の準備は整うてございます。どうぞこちらへ。」


特に宴にはお母様直々の指示のもと、つい先程まで準備が続けられていた。キット女王陛下もご満足して頂けるでしょう。


しかし……………、


「済まぬがヴァリエール卿、先にそなたの息女ルイズ・フランソワーズの事について話をしておきたい。

折角の宴を後に回してもらうのは心苦しいが、構わぬかな?」



陛下の表情とその言葉に、お父様達を始め周囲の雰囲気が重苦しいものになった気がした。

お父様達までこんな厳しいお顔をされるのは初めてかも知れない。


私は隣にいたちい姉さまに思わずしがみついてしまう



「………判りました。どうぞこちらへ。」









お父様に従うまま私達は屋敷のとある広間に通された。

ここは普段お父様が王家の使者といった方々と面談される場所で、今まで娘の私は入ることが許されていない。


それ程広い場所ではないが、その分中央に鎮座する机が威圧感すら感じさせる。


その机に女王陛下やお父様、お母様にちい姉さま、そして私も席に着いた。

護衛らしきあの外套の人物だけが陛下のお側で立っており、それ以外の者達は皆閉め出された。




「既に報せが入っているかと思うが、来年アンリエッタ王女がヴェルサルテイルに新たに開校する王立学院に入学することが内定している。

ついては王女が個人的にも信頼できる人物を同様に入学させるということになってな、


ルイズ・フランソワーズ嬢以外に適任がおらぬ故ヴァリエール公爵、貴殿のご息女にも是非入学して頂きたい。

トリステイン王室からの承諾としてこれを預かっている。」



そう切り出した陛下はトリステイン王家の印が入った書簡をお父様に手渡された。


姫様が留学されるのも私までそれにお付き合いさせて頂くのも全くの初耳だった。

陛下がラグドリアンでお話しされていたのはこの事だったのかと驚きつつ納得していた。


てっきりこの国の魔法学院に入学するとばかり考えていた私だったが、姫様とご一緒に勉学に励めるとなれば一層力を入れねばならないだろう。





「確かにトリステイン王家からも知らせは入っておりますし、当家といたしましても断る理由もございません。」


お父様も賛成なさるらしく、私は早くも来年からの生活に心を弾ませていた。

隣に座るちい姉さまも笑顔で私を祝福して下さった。



ところが、



「しかし、イザベラ女王。此度陛下ご自身でこの地までお越しになったのはこれだけの理由ではありますまい。

まずはそれをお聞かせ願いたい。」



お父様の一言に広間に緊張が走った。

陛下も軽く頷き、側にいる外套の人物にサイレントの魔法をかけさせる。


それだけでもこれから明かされる内容は重要なことなのだろう。





「ルイズ・フランソワーズ嬢の魔法に関してだ。」



女王陛下の口から出たのはあまりに意外で、私はとっさに反応もできず、はしたなくもただ呆けていた。












side ヴァリエール












「コモン・マジックを含め、四系統魔法全てにおいて必ずスペル中に原因不明の爆発を発生させる。

改めて確認するまでもないが、それで相違ないな。」


「あ、はい……………。」


イザベラ女王の言葉にどこか呆けていた様子のルイズはそれを肯定した。





「ではヴァリエール卿。ルイズ・フランソワーズ嬢同様、予も全く魔法が扱えぬのも存じているか?」


イザベラ女王が全く魔法が扱えぬと言うのはガリア国外の貴族達の間でも知られていた事実だ。

もっとも即位後その強大な権力と手腕故、ハルケギニア中の誰も口にしなくなった内容である。


しかし当の本人のその淡々とした発言には自らを恥じる所など皆無であった。



(だが女王がそれを言及すると言うことは何か情報を掴んでいる………というのか?)




「失礼にございますが、存じておりまする。」

頭によぎった疑問を取りあえず収め、返事をするに留める。




「ならば予とルイズ・フランソワーズ嬢。似てぬと言えぬか?

子細はそなたらも存じぬかもしれぬが、予もまたスペル中に爆発を発生させてしまう。


四系統の例外なく、それこそルイズ・フランソワーズ嬢の状況と全く同一………………。」


「陛下はご自身と我が娘の魔法についてご存じなのですか?」




間違いない、女王はご自身と私の小さなルイズに共通する魔法の秘密について知っている。

女王の言葉を遮る程私は興奮していた。恐らく妻も、カトレアも、そしてルイズ本人もそうであろう。


脳裏にはどれ程練習してもコモン・マジック一つ成功できずに悔し涙を浮かべる娘の姿が浮かぶ。





「落ち着かれよ、ヴァリエール卿。興奮せずとも説明する故…………。

そう…………、説明するより見せた方が手早いな。


シェフィールド。」



興奮する私達を諫めた女王は傍らにいる外套を被った従者に声をかける。


軽く返事をした従者は廊下に続く門をいきなり開ける。

そこには盗み聞きをしていたらしい狼藉者がガーゴイル達に取り押さえられていた。



「ワルド子爵!」




ルイズの驚いた声がこの場にいる皆の気持ちを代弁していた。


この地までの案内役として女王と共に来訪していたのは知っていたが、

よもや盗み聞きを、しかも当のルイズの婚約者たるワルド子爵が…………。






そんな中で女王は席を立ち、取り押さえられた子爵に近づく。


「盗み聞きとは頂けぬな子爵。折角だ、そなたの知りたい事をこの場で見せてやろう。

但し、そなたはそのことを憶えてはおらぬであろうがな。」


その言葉と共に女王の片眼が青く輝く。

詠唱を行っているのであろうか、聞き慣れぬ言葉が女王の口から紡がれる。




暫く経ってであろうか、子爵が突如取り押さえるガーゴイル達を振り切らんばかりに暴れ、あらん限り叫んだ。

何かの救いを求めるような、代え難い何かを奪われるかのような叫びに娘達は目を背け、私も背筋に冷たいものが走った。




長い時間が過ぎたのであろうか、女王の眼の光が止むと共に子爵は力尽きたかのように倒れる。

取り押さえていたガーゴイル達が退き、間もなく子爵は意識を取り戻したようだ。



「うぅ………………。じ、女王陛下?ここは………………、ヴァリエール公?

一体……………?私はテュークワーズでグリフォンの所にいたはずでは………………?」


「何ら問題ない。少しここに来てもらっただけだ。

ワルド子爵、ご苦労であったぞ。下がってくれ。」



「は、はあ…………。失礼します………。」



子爵は騙されたかのように退室していった。

先程まで盗み聞きの上、取り押さえられていたことなど憶えていないかのように………。



女王が発動させた魔法によるものだというのは間違いないだろう。

しかしあのような魔法は見たことも聞いたこともない。




「まさか………先住魔法……………。」


しかし、真っ先に思い浮かんだ答えは再び席に着いた女王にあっさりと否定された。


「否。精霊をもってしても記憶の改竄まではできぬであろう。

もう一つ、該当しうるものがあるのではないのか?」



(もう一つ………………系統魔法でも先住魔法でもない…………………………っ!?)




行き着いた答えに思わず顔を上げ、女王とルイズの方を凝視してしまう。

ありえない、そんな伝説の系統が……目の前の女王や私の小さいルイズが、などと必死に否定しようとする中、女王の言葉は続いた。


「もう一つ見せるとしよう。シェフィールド。」





今度は女王の従者が頭の半分を被っていたフードを取り去った。

露わになったその額には微かに輝くルーンの文字が見える。


「使い魔のルーン………。人間を使い魔にする………まさか……………………。」



「ミョズニトニルン。此神の本にして始祖の使い魔が一つ。

神の頭脳と謳われし博学無比の知恵者は虚無を導いたり…………………。」



女王の唄う一節がその答えであった。











――――――――――――

めっきり更新速度が遅くなってしまい申し訳ありませぬ。リアルで試験だの何だのやってると駄目ですねぇ。

しかもXXX内容でこの作品書いたら間違いなくガリア姉妹の百合ネタになる云々なんて妄想している時点で終わってます。


どうも、ヤッタランです。


流石にここのところイザベラさん陣営マンセーっぽい状況になってるなあと思いつつアンリエッタ側で書いてみましたが、結局相変わらずな感じになってますねえ。

次回の公爵家側の対応でもう少しその成分出せたらなあ等と思ってますが、はてさて。


原作キャラをここ数話で結構登場させましたがそんなにレギュラーは増やすつもりはないです。せいぜい学院に入学するルイズ、アンリエッタ、キュルケぐらいかと。


全く言及していませんが今更手に入れてもどうかと思いましたので零戦は完全にスルーです。

逆にロマリアあたりが確保したら面白いかもしれませんが。



引き続き誤字脱字、ご感想、ご意見などございましたらどうぞ宜しくお願いいたします。



10/16追記

書き忘れていましたが、イザベラさんが発動した忘却の魔法はアルビオンで手に入れた始祖のオルゴールで習得しています。

あと虚無の使い手云々ですが、次話でも記すつもりですがビダーシャルから得た情報で方針を変えていると考えて下さい。

そうすればこれを書いてる阿呆が助かりますので。





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