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[427] 7日間の休日(リリカルなのは)
Name: Sanstone
Date: 2006/02/25 17:37
 プロローグ

 春が来て、小学生でありながら副業持ちの高町なのはらが無事四年生に上がる頃。
 時を同じくしてリンディ・ハラオウンはアースラの艦長を辞した。表向きは以前からの昇進勧告に従って本局勤めになった形だが、新しくできた娘との時間を増やす為の措置であることは、親しい者にしてみれば火を見るより明らかだった。この四月から正式に、フェイト・テスタロッサはその名の後ろにハラオウンを付け足している。
 後継には、試験に合格し艦長資格を手に入れた彼女の息子、クロノがそのまま入った。本来は提督クラスが兼任で勤める巡航L級艦の艦長にそれ以下の階級の者が任命されたのは異例だし、就業年齢が若いミッドチルダにおいてもこの採用は大抜擢と言って良い。人材不足の管理局において、武装局員の艦船常駐はない。緊急時に独自で対応できるだけの能力を持つ彼を、アースラという船が手放したがらなかったからというのがこの人事の主な理由とされる。
 担当範囲が彼女らの住む世界に近いこの艦は、本来は本局付きであるなのは、八神はやて、ヴォルケンリッターらを指揮下に置くことも多く、その点で言っても友人であるクロノはうってつけの人材であろう。
 よって彼は今、極めて多忙である。
 最近できた彼の義妹であり、アースラ配属のもう一人のAAA級魔導師はなのはやはやて同様嘱託である。学業や、友人との交流を優先させたいと思う周囲──その中にはクロノ自身も含まれている──の思惑もあり、そうそう戦力として当てにするわけにはいかなかった。艦長自らが主戦力というのは、艦の運営上不合理だが致し方がない。一応、優先的に武装局員を回して貰うことで現状は耐えている。何せ管理局は人手が足りない。
 時空管理局はその名の通り次元世界の司法と警察組織を一手に担い、おまけに各世界の文化管理や災害救助にまで場合によっては手を貸さなければならない多忙組織だ。日本と同程度の治安を彼らの管理下世界全域に求めるならば、単純計算で地球人口の何十、何百倍という人数の職員が必要になるが、当然そんな組織は制度と資金の関係上、成立し得ないので、足りない人数分は努力と気合でカバーする羽目になる。
 戦闘、艦の運用、それらの事後処理。更には引継ぎに当たっての諸手続き、と寝る間もないほど目まぐるしくクロノは働いていた。結果、いつの間にかその激務に慣れてしまえるあたりが人間の適応能力、その恐ろしさである。閑話休題。

 なのはの世界で言えば日本時間の5月24日、1400(ヒトヨンマルマル)。
 アースラは任務を終え帰還の途にあった。今回の仕事は確認された中規模魔力の観察、場合により介入、封印だったが大した問題もないまま事は運んだ為に予定通りの帰路である。世間で認知されているよりも、管理局の仕事はこのような空振りの可能性が結構多い。
今回は魔法の浸透していない世界での神降ろしの儀式が魔力の発生原因だったが、結局儀式は失敗に終わった。アースラにしてみればただ見ているだけという実に楽な任務であったが、場所が極めて遠方だったために、スタッフは今日でもう丸1週間家に帰っていない。ようやくトランスポーターが使用可能な範囲に入って、消耗の激しい者や仕事量の多かった者から順次帰らせているところだった。
 ここまでくればよほどのことがない限り、問題は起こるまい。何か変化があったときだけ呼んでくれ、と年上の部下に告げて艦長席を離れ、クロノは目を離した隙に山と溜まった事務の処理に全力を傾けていた。

「あれ?」

 オートメションの進んだ世界で最も効率的且つ安全な伝達技術──手書きで書かれた書類をてきぱきと整理しながら、ふと山積みされた書類の下敷きになっていた一枚の小さな紙切れに目が留まる。機能美を愛する彼は、どちらかと問われるまでもなく明らかに整頓好きである。例え知らぬ間に置かれたものであっても自分の机の上に、己のあずかり知らぬものがあることを良しとはしない。
 なんだろうかと見てみると、別段面白くもない。彼の給与明細であった。いつ紛れ込んだのだろうか。三年間ほとんど毎日働いたあげく一銭も使われなかったそれは、なのはの世界で言えば東京都心に3LDKの家を即金で買える額があったが、クロノの興味を引きはしない。元より金など滅多に使わない性格の人間が、使う機会のない職場に居ついた為に、労働の主目的の一つであるはずの報酬が価値を失ってしまった結果である。一種の職業病かもしれない。
 彼が気にしたのは、給与額よりもその下に表された有給休暇権利の項目であった。80日。2ヶ月に2週間を足してもまだ余る。いつの間にそんなに溜まったのだろう。改めて指折り数えてみれば、なるほどそれぐらいは働いているかもしれない。残業や休日出勤で潰れた休暇が戻ってくるなら、数字が倍でもおかしくない。
 よくもまあ我ながら働いたものだ、とクロノは一頻り感動した。感動するだけで、これだけあるなら使ってしまおうという考えに至らないあたりが、最早骨の髄まで仕事中毒である。更に読み進めてみたところ、欄外には至急人事部に連絡されたし、と赤いペンで書き足された注意書きがある。幸い、仕事はちょうど一段落したところだ。通信デバイスを取り出して、短縮番号を押す。

『──はい。こちら時空管理局本局中央センター通信室です』

 距離がまだ少し遠い所為か、声が遠い。えへん、とひとつ咳払いをしてからクロノは長ったらしい自分の役職を告げた。

「時空管理局巡航L級八番艦アースラ艦長クロノ・ハラオウンだが、人事部に繋いでもらえるだろうか」

『──声紋照合終了、クロノ・ハラオウン艦長本人と確認します。了解しました。少々お待ち下さい』

 通信が一度切れる音がして、電子音が、名の知らぬ音楽を奏で始めた。時計を見れば、後十時間で本局への到着予定時刻。次の任務に入る前に、アースラは一度ドックに入る。時間がなくてつけっ放しのままになっているアルカンシェルをようやく外すのだ。その間の一週間は換装作業を見守りながら事後報告を書き上げ、次の任務の予定を立てなければならない。ともすれば就航中よりも忙しくなるだろう。任務のほとんどがスタンドアロンでありながら戦力の少ないアースラも、これまで以上にますます貧弱な装備になる。だが──
 別段、恨みなどを持っているわけではないが、やはり父を殺したのと同じ兵器が自分の手元にあるというのは余り良い気分はしない。撤去は、上からの要請ではなくクロノが逆に求めたものだ。多少仕事量が増えるぐらいは許容できた。元から、多少増えたところで関係ない労働状況である。

『お待たせしました、こちら管理局人事部。ハラオウン艦長ですか?』

 同じ音楽が4回り半演奏したところで、再び通信が繋がる。考え事の合間に飛んでいた意識をかき集めるように、クロノは再び咳をしてしかめつらしく声を作り直した。

「そうだ。至急連絡を、とのことだが用件は?」

『有休の早急な消化をお願いします。艦長の労働状況が、最低基準を大幅に下回ると裁判所、労働組合の双方から通達が来ているのです』

「なんだって?」

 いきなり無茶な話である。引継ぎ後間もないこともあり、今のクロノには休んでいる暇などない。むしろ寝る間があれば喜んで削って仕事に当てたいぐらいだ。そもそも、管理局において彼ぐらいの勤務状況の人間は探せば幾らでもいるだろう。

『今月中に7日以上の休暇を取らない場合、両者はこの件を立件すると言って来ています。組合は人事部及び管理局上層部に対してのストライキも辞さないそうです』

「今月中って、5月は後7日しかないじゃないか!」

 7日後は既に次の任務が入っている。もし提案に頷いて休暇を取れば連日休まざるを得ないから、その為の事前準備の時間すら取れなくなる。かと言って、休まなければ他人に迷惑がかかる。名ばかりの休暇を取って仕事に当てようにも、管理局のセキュリティーは休暇の人間を職場に入れて気づかぬほど低くない。八方塞りだ。
 どうして、せめてもう少し早く言ってくれなかったのかと、クロノは言わなかった──思いはしたが。給与明細が渡されるのは、管理局では毎月の18日。つまりそのときに自分が気づいていれば十分何らかの処置を取ることができた。もっとも、その時点でおそらく書類の山の奥深くに明細は埋もれていたのだから、気づかなかったからといって彼の責任とは言えない。彼のところにやってくる書類の束は、各々の部署の人間から一つ一つの課、部の長の手を渡って、副官のチェックを潜り抜けてくる。その副官だって、良かれと思って彼の机のうえまで重たい書類を持ってきてくれるのだ。いつもきっちり整頓された机の上に、今日に限って何があるかなんていちいち見やしないだろう。誰が悪いわけでもない。しいて言うなら間が悪い。そういえば、昔からタイミングの悪い奴だった、と学生時代の思い出までもが頭痛と共にぶり返してくるのをクロノは禁じえなかった。アースラの副官は、現在通信主任が兼任している。
 いずれにしろ、問題はまだある。アースラの帰港予定時刻は今から十時間後。つまり、24日の零時なのである。それまで彼は船を離れられない。つまり7日分の休暇申請の書類を出した日には5月はもう6日しか残っていないのだ。無理を言うな、というクロノの内心を呼んだようにデバイス越しに声がする。

『申請書類はこちらで既に用意してあります。本日中にこちらまで出向いていただければ、事後処理なども引き受けますので、何とか帰港時刻を早めて頂けますか』

 簡単に言ってはくれるが、船の針路一度変えるだけでもかなり面倒くさい手続きがある。帰港時間を早めれば、どれだけの影響があることか。考えるだけで気分が重い。
 航路変更、他の艦の進行状況、管制への連絡に通常業務。やらなければならないことを頭の中で羅列して、クロノはため息を吐いた。必要にかられてならまだしも、欲しくもない休暇の為に、なんで普段より働く羽目になるんだろうか。
 仮にもしここで抵抗したら、いずれは裁判の証人として呼び出されるだろうし、労組に担ぎ上げられてあちこちに連れ回される羽目になるかもしれない。そうなれば、結局休暇を取る以上の負担をスタッフや友人に強いることになるだろう。選択の余地はない。
理不尽の味を深く奥歯で噛み締めながらクロノは、吐き出すようにして同意の言葉を告げた。

「……わかった。やるだけやってみる」



[427] Re:7日間の休日(リリカルなのは)
Name: Sanstone
Date: 2006/02/25 17:42
零日目

1,
 場面は変わる。
 私立聖祥大学付属小学校、4年1組の教室。
 終わりのホームルームが終わって、生徒の数がまばらになった放課後。高町なのはは、鞄に教科書を詰めながら友人たちとのおしゃべりに興じていた。
 新しい年度が始まっているので、なのはらは既に高学年の仲間入りである。その所為か先生たちは、上級生としての意識を、行動をとしきりに口にするが、学年が上がったことに対する実感といえば教室への階段が短くなったくらいだ。具体的にどういう言動をすればいいのですか聞くと、困った顔をされた。仕方ないのでこれまでと変わらずに生きている。
 クラスも持ち上がりなので、居並ぶ顔ぶれにも変化がない。いや、一人だけ。闇の書事件の終結後、リンカーコアが正常に戻り足の状態が少しずつ快方に向かっている八神はやてが復学し、同じクラスに入った。今はまだ車椅子生活が続いているが、管理局の医療班に言わせれば、年が明ける頃には元通り歩けるようになるらしい。
 全員が同じクラスに集まって、ますます仲の強固になったなのは、はやて、フェイト・T・ハラオウン、アリサ・バニングス、月村すずかの五人組は、有り余る元気で教師陣を時折辟易とさせる他は、何事もなく仲睦まじく過ごしている。
 とは言え、うちの三者が副業もちという現状。いかに仲が良かろうと、毎日みんなそろって遊ぶというわけにもいかなかった。今日は常とは逆に管理局組が全員揃っていたが、アリサとすずかが家の用事でいない。ホームルームが終わると同時に、三人に遊べないことを謝りながらほとんど駆け出すような勢いで教室を去っていた。

「なのは」

 呼ぶ声に振り向けば、一足早く帰宅の準備を終えた親友──フェイト・T・ハラオウンが、はやての乗る車椅子の取っ手を持って佇んでいる。車上のはやては、こちらが気づいたのに合わせて小さく手を振っていた。級友達に今日の日のさよならを告げて、なのははとたつたとその横に駆け寄る。

「お待たせ、二人とも」

 謝るなのはに、二人はおだやかに首を振った。

「忘れ物、ない?」

「うん、ないと思う」

 頷きながらもなのはは、不安なのか鞄の中をもう一度しっかり確かめる。──よし、大丈夫。表情の変化で問題ないことを感じ取ったのか、はやてが笑いながら言った。

「ほな、行こか。フェイトちゃん、悪いけど押してってもらえる?」

「うん」
 天頂から少し下った辺りで、太陽は燦々と輝いている。梅雨入り前の最後の抵抗だろう。穏やかな日差しの中を、三人はゆったりと進む。

「なんや、こんなに天気がええと眠たなるわ」

「本当。私も今、おんなじこと思ってた」

 一緒だね、とそれだけで何故か沸きあがる喜びになのははにこりと微笑んだ。隣に並ぶフェイトも、口に出しては言わないが口元を緩ませている。とは言え──
 初夏の日の光を浴び続けるのは確かに魅力的だったが、日向ぼっこで一日を潰せるほど老成はしていない。

「今日は、どうしよっか?」

 なのはの言葉に、残る二人はうーむと唸った。ここ数日、何故か三人とも管理局からの出動要請がなく、この機会にといろいろ遊びまわった所為で新しいアイデアが枯渇気味だ。別段何かしなくとも、友人たちとおしゃべりするだけでも十分楽しめるのだが、それではもったいない気がする。

「……、そういえば」

 ぽつりと呟いたのはフェイト。「何?」と集まる期待に満ちた視線に少し気圧されながら、おずおずと口を開く。

「二人とも宿題終わった?」

「宿題?」

「漢字ドリルの書き写しのことやろ? せや、明後日までやったっけ」

「そういえばそんなこと先生言ってたかも……」

 ぶるぶるとそろって首を横に振る。反応からわかるとおり、二人ともちっとも手をつけていない。なのはに至っては、宿題の存在すら忘れていた。無論、尋ねたフェイトもまだだった。

「結構量あったから、そろそろやらないと終わらへんかもなぁ」

「じゃあ、今日はみんなでお勉強だね」

 コクリと頷く。

「うちでやろう?」

「フェイトちゃんのお家? 迷惑じゃないかな」

「今日はみんな、居ないから」

「リンディさんも、アルフさんも?」

「急に仕事が入ったの。いつまでかかるか分からないって。クロノも、予定ではそろそろ帰ってくる筈だけど……」

 アースラの艦長故に家に居るほうが希少な義兄のクロノは元より、本局勤めに換わって前よりは楽になったといっても、提督であるリンディもまた、それほど暇ではない。フェイトの使い魔であるアルフも、学校のある主人に代わって管理局から呼び出されることが少なくなかった。もっとも、今日のように二人揃って家に居ないという事態は珍しい。はっきり言えば、フェイトがリンディの娘になってから初めてのことである。
 今日の夜は一人きり。
 学校に居る間は忘れていたそのことを不意に思い出したのか、心持表情の陰るフェイトを見て、なのははそうだ、と一つ手を叩いた。

「じゃあ、今日はフェイトちゃん家で勉強会アーンドお泊り会にしようっ」

「──!?」

 突然の提案にびっくりするフェイトを尻目に、はやてはそりゃええア
イデアやとあっさり首肯し、早速念話を使って家族に連絡を取っていた。

「あ、シャマル? あたし、今日フェイトちゃんとこ泊まるから。……うん、適当に食べといて。替えの服? あ、せやね。悪いけど持ってきてくれへん。……ありがと。じゃあ、後でね」

 これでよしとばかりに頷き、にっと笑う。

「はい締め切りー。今更、あかんて言われても無理やり泊まるから覚悟してや?」

「……いいの?」

 兄姉たちの仕事の都合、門限が緩いなのははともかく、両親のいないはやては一緒に住むヴォルケンリッターたちの世話がある(正確に言えば彼らははやてを守る側なのだが、平時においてはこちらの表記の方が正しいと言うのが、彼らの実情を深く知る者たちによる共通見解である)。積極的に家事を手伝い彼女を助けるシャマルも、料理の腕はいまいちだ。他の面子はそもそも包丁を持とうとすらしない。はやてが居なければ、八神家の食事状況は急速にそのクオリティを下げる。ヴィータあたりが黙っちゃいないだろう。
 にもかかわらず、はやてはあっさりと頷いた。

「まあ、なんとかなるやろ」

「ということで、お邪魔させて貰います」

 茶目っ気をこめた慇懃な態度で深々と頭を下げるなのは。こちらが何も答えを言っていないのに畳み掛ける強引さや投げやりさが、二人の深い優しさ故なのを感じ取ってフェイトは思わず言葉に詰まった。それでもなんとか、礼の言葉を口にする。

「なのはもはやても、ありがと」

 こちらもぺこりとお辞儀。そろそろと頭を上げると、静かに微笑む親友たちが見える。愛しい瞬間。自分が今、この時間に生きている。それだけで、何もかもが許せるような気分に、フェイトもまたゆっくりとその顔に笑みを浮かべた。



[427] Re[2]:7日間の休日(リリカルなのは)
Name: Sanstone
Date: 2006/02/25 08:51
2,
 頭数が揃ったからと言って、宿題──勉学というのは単純に効率が良くなるとは限らない。今回の課題は漢字の書き取りだから、基本的に延々とノートに字を書き写すだけである。誰かに手伝って貰うような余地はない。
 それでも、リビングの机に親友らと顔を突き合わせて、談笑しながらペンを奔らせれば、本来辛く長ったらしい時間もあっという間に過ぎていく。途中、はやてとなのはの着替えを持ったシャマル──高町家に行って取ってきてくれたらしい──がやって来て、一時中断した他は、大した休息も取らずに三人はホームワークに勤しんだ。

「……ん。終わりっ」

 シャーペンを手放しうっへりと溜息を吐きながら、最後のほうは書き殴った感の否めない文字をフェイトは撫でる様に見直す。疲れた。実に疲れた。細かい作業を続けた所為で腕は鉛のように重い。だが、同時にそれは確かな達成感を伴う重さでもあった。
 なのはやはやてと違い、元々彼女はこの世界の人間ではない。この国の、表音と表記の交わった特殊な文章は話すだけならまだしも、書くとなると実に難しい。その上、彼女らの通う学校は緩やかな校風とは裏腹に、勉学に関しては生徒個人個人にそれなりのものを要求してくる。他の教科ならまだしも、こと国語に関してフェイトは授業についていくだけでやっとだった。たった一度の宿題を終えたぐらいでその苦手意識がすっかり払拭できるわけではないが、それでもこの感触を忘れなければいずれはどうにかできそうな確信めいた予感が、彼女の中で形作られたことは大きい。
 気がつけば窓の外はもう真っ暗だった。先に宿題を終えたはやてとなのはは、いつの間にやら台所で夕食の支度をしている。急いで片づけを終えてフェイトも戦列に加わった。

「あ、お疲れ様。フェイトちゃん」

「ううん、ごめんね。準備、任せちゃって」

「かまわへんよ。それより、こっちこそ勝手に台所使ってしもてごめんな。それであいこにしよ?」

「うんっ」

 作っているのはどうやらカレーらしい。幸い、出かける前にリンディがあらかじめほとんどの支度を終わらせていたのだ、ご飯を炊いて鍋のカレーを温めるだけで食べられる。なのはが炊飯、はやては冷蔵庫の残り物を使って鮭のマリネを作っているところだ。

「鍋の火、見といてくれる?」

「あ、うん」

 何をしようかと戸惑っているところに、心を見通したようなはやての指示。感謝しながらコンロにかかった大きな鍋の蓋を開けると、むわりと湧き上がる蒸気とともに、幾多の野菜を煮込んだスープの、食欲をそそる香りが立ち上る。

「一煮立ちさせたら、そこにあるルーを入れるんや」

「分かった」

 ちらりと様子を伺うと、はやてはレタスを皿に盛り付けていた。目が後ろにもついてるんじゃないだろうか、と尊敬と驚嘆の混じった眼差しでフェイトが見ると、視線に気づいたのか頬を赤らめて作業に没頭する。フェイトは笑った。ますます赤くなるはやて。

「おなか減ったね」

 研ぎ終えたお米をジャーに移し終えた、なのはが手をタオルで拭きながら寄ってきた。流し台の高さと身長との差分から考えれば、かなりの重労働だったろう。彼女らがいなければ、今日の夕飯はどんなことになっていたのか。感謝してもしきれないぐらいだ。
 なのはの言葉に頷いて返しながら、ぐつぐつ言い出した鍋の中に、ルーを入れる。はやてか、或いはリンディがあらかじめ必要な分量だけ分けておいてくれたので、分量は気にしなくて大丈夫だ。
 スープがはねると怖いので、おそるおそるとなるべく腕を伸ばすフェイトに、

「そういう時はぱっとやってしまった方がええよ?」

 と声がかかる。が、そんなこと言われても怖いものは怖い。結局、水蒸気の熱さに耐え切れずにまだ距離のあるところで離してしまい、やっぱり中身がはねてフェイトは危うく火傷する所だった。持ち前の反射神経で降りかかりそうな水滴をすべからく避けて、なのはから盛大な拍手と「フェイトちゃん凄い!」との賞賛をもらったが。
「さて。出来上がり、と」

 しっかり蒸らしたご飯を皿に持って、その上にルーをかければ、後はもう食べるだけ。はやての声に、残る二人がわーと歓声を上げる。宿題に使ったリビングの机を食卓代わりに、三人は行儀良く並んで手を合わせた。

「「「頂きます」」」

 時刻は七時前。三人ともいつも夕食を食べる時間とほとんど変わらなかったが、勉強疲れから来た空腹はもはや耐えがたい。スプーンを構えると、そのまま一気にぱくついていく。味付けは甘めだったが、出来立て故の熱さが幾度もコップを空にした。
 あちち、と火傷しかけた舌を出して冷やしながら、なのはは笑う。

「リンディさんのカレー、美味しいねっ」

「うん」

 いつも食べてる義母の料理を誉められて、フェイトはまるで自分のことのように照れた。その隣では、スプーンの上にちょうど半々ぐらいにバランスよく載せられたご飯とカレーを、真剣な目で見つめるはやて。

「……せやな。ご飯もしっかり炊けてるし、ルーもダマになってない。二人とも、センスあるで」

 少なくともシャマルよりは、と本気とも冗談ともつかないことを言うので、笑いが広がった。珍しくおどけた調子でフェイトが混ぜっ返す。

「そんなこと言うと、本人に言いつけちゃうよ?」

「ええよ、ええよ。言うたって。あたしらが何ぼ言うても成長の兆ししか見えへんねん。身内の言葉やからって甘えてるんや。いっぺん、外からびしっと真実を突きつけてやらなあかん」

 兆ししか、というのはつまり、一向に成長していない、ということである。ぱくりとくわえてきれいになったスプーンを、タクトのように振り回して熱弁する。

「材料の分量きっちり揃えて、手順どおりにやったらある程度は誰でも出来んねん。料理て、そういう風になってんねん。それであんな味にできるんやから、それこそ魔法ちゃうかって何度思ったことやら」

「あはは……」

 やれやれやわ、と肩を竦めたはやてに、なのはは乾いた笑みを浮かべた。興味をそそられたのか、ホラーハウスに入るときのような表情をしながら、フェイトが尋ねる。

「そんなに酷いの?」

「別に食べられへんわけやないよ。ただ、いつもちょっと味が薄かったり濃かったり、出汁が足らへんかったりするだけや。長い目でみれば、その振れ幅も縮まってると思うし……」

 語尾をごにょごにょと濁して、全然成長してないというのは言い過ぎだったと、果たしてそれはフォローとして正しいのかどうか、良く分からない訂正を入れるはやて。大切な人のことを喋るときつい悪口になってしまうタイプである。ただし、他人からその人の悪口を聞くと大変怒る素直でない奴。
 なのはもフェイトも、彼女が照れてるのだと分かっているので、それ以上つついて蛇を出そうとはせずに、するりと会話を変えてやる。

「シャマルさんて話を聞いてるといつも家にいるみたいだけど、他のみんなはいつもどうしてるの?」

「リンディさんや、クロノくんらと一緒や。管理局でこき使われてる。シャマルは後方支援タイプやからね。時々、医療班の手が足りないときに呼ばれたりしてるみたいやけど」

 風の癒し手の二つ名は伊達ではない。これまででは手に負えなかった重傷の怪我人の命を、彼女がいることで失わずに済む様になったのは、管理局の心象を格段に良くしている。また、ベルカ式の魔法構成はミッドチルダ式のそれと発想の方向性が違う。その両者の比較対象として、ヴォルケンリッターの中でも特に緻密な魔法を扱うシャマルは、研究部からも時折呼ばれているようだ。
 家族が忙しいのは自分だけではないのだな、と少し奇妙な慰めを感じてフェイトはふと、思いついた。

「そういえば、なのは。ユーノとは最近会ってるの?」

「ううん。あんまり」

 寂しげに笑って首を振る。
 かつてはいつも、彼女の傍に居た彼は現在、管理局のデータベース「無限書庫」で司書をしている。形式的には本局勤めなので、アースラのようにあちこち飛び回らない分彼に会うのは比較的楽だが、膨大な量の資料の整理と調査に明け暮れている為、邪魔しては悪いとつい気を使ってしまう。いつでも会えるという感覚が、逆に距離を開けてしまうのだろう。
 魔法の師であり、仲の良い友人との距離が開いてしまったのは悲しい、となのはは思う。だが、それが互いの選んだ道ならば仕方あるまいとも、考えていた。不憫な、とフェイトとはやては顔をそらす。なのはの中ではあくまで友人扱いなユーノのことである。彼の思いが通じるのはいつの日か。距離が開いてお互いの思いに気づくなんて展開は、ちょっとなさそうだ。
 そんなことを次々と語っているうち、気づけばお腹は満足していて、それなりの量用意されていたルーもご飯も、鍋の底までさらえてしまった。楽しみながら作った料理は、食べてもまた十二分に楽しめた。
 食後の一休みの後、各自分担して皿洗いと浴槽掃除をこなせば、後はもう風呂に入って寝るだけである。

「さあて、ここからがお楽しみタイムやな」

「「う、うん……」」

 何故か手をわきわきとさせるはやてにちょっとだけ怯えながらも、三人は仲良く一緒に入ることにした。



[427] Re[3]:7日間の休日(リリカルなのは)
Name: Sanstone
Date: 2006/02/26 09:16
3,
 完治はまだまだ遠いものの、何かに寄りかかりながらならば、前に進むことができる程度には、はやての足は回復していた。割かし過保護なところのあるヴォルケンリッターらの傍ではあまり試そうとは思わなかったが、脱衣所から風呂場までの短い距離を、彼女はなのはとフェイトの肩を借りながらしっかりとその足で踏みしめてみせた。
 闇の書の意思が消えたことにより、はやての体を蝕む原因自体は既に取り除かれている。後は、動かさずにいたことにより低下した筋力を元に戻すこと。歩き方を忘れかけた体に、もう一度それを叩き込むことが必要なのだ。無理は無論良くないが、これらを得るためにはやはり実際に歩行することが何よりの近道である。
 とは言え何も今やることは、とはじめなのはもフェイトも止めたのだが、じゃあ湯船まで抱っこしてくれと言われては仕方がない。そこまで気が回らなかった自分たちが悪い。車椅子をぎりぎりまで風呂場に寄せて、距離を縮めるのが唯一の抵抗である。

「大丈夫?」

「うん、思ったより平気やわ」

「それならいいけど……」

 言葉通りでも、本当は痛くても、彼女はきっと同じことを言うだろう。人のことを言えた義理でないくせに、自分をすっかり棚上げして、難儀な性格の友人を持ったものだ、となのはとフェイトは深くため息を吐いた。持ってしまった以上は、万難を排する覚悟で手助けするしかない。

「そこ、すべるから気をつけて」

「ん」

 この家の住人であるフェイトが先に立ち、三人六脚でよたよた進む。彼女は、実際にすべったことがなきゃ分からないんじゃないかと思うような洗い場の微妙な傾斜にも注意を促し、進路に転がる邪魔な桶を蹴飛ばして──行儀悪いと当のはやてに叱られた──、危うげなく風呂椅子の上まではやてを誘導してのけた。気分は豆腐を抱えて密林探索。五メートルにも満たない距離であったが。
 最後尾のなのはが、三人が無事中に入りきったのをしっかりと確認して風呂場のドアを閉める。と、さすがに人数が多いのか、途端に身動きが取れなくなった。

「誰かが体を洗ってる間は、他の二人はお風呂入ってないと駄目みたいだね」

「二人で体洗いっこってのもありやと思うよ?」

「あ、そっか」

 どっちにしようか、と首を捻ったところでふと、思い至るなのは。

「そういえばフェイトちゃん。髪、一人で洗えるようになったの?」

「……」

 個人の名誉の為に、その問いかけに対する少女の回答が是だったか否だったかは割愛する。

 しゃかしゃかとフェイトの髪を洗いながら、なのははふとはやてを見た。湯船の中で独り、水に濡らしたタオルをくるりと袋状に丸めて湯船に沈めている。視線に気づいて、にやりと笑い返すはやて。その笑顔は、手品をしている最中のマジシャンのそれに変わって、生み出した袋状のタオルを上からぶにぶにと指で押す。タオルの動きが、そこに僅かな抵抗があることを示している。

「おぉ……」

「なに?」

 指で押して、跳ね返る。ただそれだけなのだが、妙にはまる。偉大な何かを見た気分で、思わず感嘆の声を漏らすなのはに、首をかしげるフェイト。目を閉じているので状況が分からない。湯の中のはやては、心持ち誇らしげに胸を張ってみせる。言葉はなくとも、穏やかな時間。
 しばし感動に浸った後、置いてきぼりになっているフェイトを救うべく、なのははシャワーのコックを捻った。水温を調節して友人の頭部に向ける。

「フェイトちゃん、流すよ?」

「うん」

 答えて、ひときわ強く目を瞑る姿を見るといたずら心がわくわく騒ぐが、なのははブルブルと首を横に振ってそれに耐えた。ザーッと勢いの良い流水で泡を落とすと、反射光できらきら輝く長い金髪を、手櫛で軽く漉いていく。糸のようにすべらかな手触りに、洗ってあげているというよりは、洗わせて貰っている気分になる。
 飽きたらしい。ぼちゃん、とタオルを水に沈めてはやてが言った。

「なんか、お姫様と仲の良いお世話係みたいやな」

「あ、私もそう思った」

「え?」

 またしてもフェイト、置いてきぼり。
 明治維新の影響だろうか。中世、この国にもそういう存在が居たにも拘らず、物語に出てくる王女や姫、高貴な家柄の少女の類は何故か皆、必ず煌びやかな洋服に身を包んだ白い肌のブロンド女性である。お姫様、と言えばそういうものというイメージが、この国の現在の文化の中で育ったなのはやはやての中では出来上がっていた。憧れはするが、自分たちはそうはなれないということも分かっている。二人とも髪の色は薄い方だが、金と言うには些か無理があるし、肌はモンゴロイドのそれである。
 ところがフェイトはどうだろうか。改めて見てみれば、色素の薄い肌、流れるような長い金髪。服に関しては、今は着ていないので論外だ。とすれば彼女は、絵本の中のヒロイン──少なくともそのイメージ──の、まさにそのものではないか。

「……フェイト姫か、ちょっと語呂悪いなぁ」

「じゃあ、お兄ちゃんのクロノ君は王子様?」

「そうやな。リンディさんからアースラの艦長引継いどるし、王位を継承したんや」

 つじつまは合うね、と頷きあう。

「フェイトちゃんの結婚相手は誰だろう。ユーノ君?」

「どうやろか、それこそ兄王との道ならぬ恋とかもありちゃうか。ユーノ君は、ええとこお助け魔法使いちゃう?」

「なるほど」

 お助け魔法使い。補助魔法のエキスパートたる彼には相応しいネーミングである。もっとも、カボチャで馬車は作れまい。ねずみならぬフェレットを従者に変えるぐらいはできると思うが。

「王子は、お姫さんのことが好きやけど、妹やからそれは道ならぬ恋。これ以上気持ちを強くしないために距離を置いてるねん。そのために仕事にかかりきり。けれども心の底ではいつも姫のことを思ってる」

「そうだったんだ……」

「ねえ、二人とも何言ってるの?」

 妄想が暴走を始める二人に、当のフェイトは困惑するしかない。目を開いてからこっち、会話の流れにさっぱりついていけない。いい加減のぼせそうなので、そろそろ上がりたいのだけど。

「ところがその仕事先で悪い魔女にたぶらかされて、王子はその魔の手に落ちてしまうのでした。帰りを待ち望む姫のことを忘れて、王子は毎夜遊びふけるのです」

「クロノくんのばかー!」

 気分を盛り上げる為か、そこだけ標準語になるはやて。すっかりのせられて、なのはは叫んだ。いろんな意味で頭がふらふらしてきて、我慢できずにフェイトは言った。

「先上がるよ」

「あ、待ってフェイトちゃん」

「あたしらも今あがるわ」

 急にしらふに戻る二人。ほんとになんだったんだろう、とフェイトとしては再度首をかしげるしかない。



[427] Re[4]:7日間の休日(リリカルなのは)
Name: Sanstone
Date: 2006/05/06 00:30
4,
「あー、えーお湯やった」

「お風呂の栓は抜かないほうがいいのかな?」

「うん、明日洗濯に使うから」

 入るときと同じ苦難を越え、着替えを終えて、仲良く台所に向かう三人。体からぽかぽかと湯気が立ち上る。長湯だった所為か、なんだか妙に体が軽い。

「喉渇かない?」

「うん」

「言われてみれば、あたしもそんな気してきたわ。飲み物貰て良い?」

「あ、私も」

「牛乳と、ジュースと水。あとは麦茶があるが。どれにする?」

「もちろん牛乳や」

「お水貰えるかな?」

「あたしは麦茶」

 ──あれ? と顔を見合わせる三人。何かがおかしくなかっただろうか? いぶかしみながら廊下を進めば、ドアの向こう。冷蔵庫からそれぞれの求めた飲料を取り出してコップに注いでいる少年がいた。あまり慣れない作業らしく、手つきが危なっかしい。
 忙しくて切る暇がないのか。記憶の中のそれよりも幾分長い黒髪と、見慣れぬ私服姿。しかし、だからと言って見間違えるような相手ではない。時刻を忘れて、なのはとはやては思わず叫んだ。

「「クロノくん!」」

「やあ」

 今更ながら手を上げて、再会の挨拶に代える。

「二人とも仕事以外で会うのは、ずいぶん久しぶりな気がするな」

 自分の分であろう。四つ目の容器に入れるべく、インスタントのコーヒーを棚から取り出しながら、クロノは二人の後ろにいるフェイトに向かって軽く手を上げる。

「ただいま、フェイト」

「お、お帰り」

 自然なやり取りがなんとなく照れくさくて、フェイトははやての乗る車椅子の陰に身を寄せた。

「母さんとアルフは仕事か? 居ないみたいだが」

「クロノこそ、お仕事終わったの」

「ああ、なんとか」

 笑うと言うよりは、たまたま頬が引きつっただけといった表情を浮かべる。本当に言葉通り「なんとか」終わらせたからだ。進路修正、業務変更、各方面への伝達、引継ぎのすべてを必要最低限だけこなし、つい先ほど人事部に行って書類を提出し終わったところである。今頃、残されたアースラスタッフはてんてこ舞いに違いない。仕事に復帰したとき、エイミィをはじめとする連中に何を言われるか。考えるだけで気が滅入る。
 急に顔色を悪くするクロノに、三人はよほど大変な仕事だったのだろうと察して胸を痛める。

「お疲れ様」

「艦長さんて、やっぱ大変なんやな」

「がんばって、クロノくん」

 一様に心配する少女たちに、いや。と首を振って答える。

「自分で選んだ仕事だからな。ある程度は仕方ない」

 きっと豪華な夕食をおごってやればエイミィは許してくれるだろう、とまさか買収工作を考えているとは、なのはたち。当然夢にも思わない。口々に褒め称える。

「おお、格好いい」

「管理局職員の鑑やな」

 真実を知らなくても世の中上手く回っていくと言う見本のような展開である。
 注がれる尊敬のまなざしに照れたのか、クロノは慌てて話を戻した。

「ともかく、一人にして悪かった。なにか大きな事件があったとは聞いていないから、母さんたちもすぐ帰ってくるとは思う」

「ううん、そんなこと……。なのはもはやても、居てくれたから」

「ああ。キミ達にも、ずいぶんと世話になったみたいだ。わざわざ泊まりに来てくれたんだろう? ありがとう、なのは。はやて」

「こっちこそ、勝手にお邪魔しちゃってごめんね」

「結構ちらかしてしもたわ」

「居ない方が悪いんだ。好きに使ってくれ」

 自身椅子に座りながら、三人にも席を勧める。疲労が溜まっているのか。いつもなら必要以上にびしりとした姿勢で座るはずの彼が、らしくもなく頬杖をつきながらちびりちびりと自分の分の飲料を啜る様に三人は酷く驚かされた。

「大丈夫?」

 思わず尋ねる義妹に、クロノはあいまいに笑った。

「ああ、大丈夫だ」

「しんどいなら気ぃ使わんでええのに」

「そうだよ、無理したら駄目だよ?」

 はやて、なのはと口々に言われて眉をひそめる。

「キミたちこそ、子供はもう寝る時間だぞ」

「クロノくん、あたしらとそんなに変わらん年やんか」

「僕はミッドチルダなら就業年齢だ。法律的には大人に分類される」

「屁理屈やー」

「いや、そもそも僕らの年代で5歳差は結構な大差だぞ」

「むー」

 5年間──なのはたちにしてみれば人生の半分以上、クロノにとっても同じく三分の一の時間である。管理局と言う特殊な職場環境や、彼女ら自身が持つ精神年齢の高さ故にしばしばその事実を忘れてしまうが、クロノの言うとおり決してその数字は小さくない。
 子ども扱いされてむくれるはやてが何か言おうと口を開く前に、なのはが口論の火蓋を閉じ直した。

「じゃあ、私たちも眠るからクロノくんも眠るって事なら良い?」

「……確かに良い案だが、まだやることがあるんだ」

「なに?」

 小首をかしげるフェイトに一度ちらりと視線をやってから、義妹と同じような表情をしているなのはに向き直る。そして彼とは比較的親しい仲にある三人が、ついぞ見たことの無いぐらい満面の笑みを浮かべて、言った。

「どうして僕が馬鹿なのか、なのは。是非とも教えてもらおうか」


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