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[4284] けいだん。*少女がお肉を食べるお話*
Name: 歩(ホ)◆429b8219 ID:06335ec5
Date: 2009/01/14 20:22
「はぁー……」


 リモコンを操作してテレビの音量を調節しながら俺は盛大にため息を吐く。

 神秘のような超能力を使える異能者が居るこの世界に生まれて20年間、俺は誕生日が来るごとに焦っていた。そして先日20歳の誕生日を迎えた。


『私達、異能者は―――』


 ため息の原因は今目の前のテレビでやってる内容で、画面には14・5歳の少年と少女が記者に向かって演説をしている。

 
「こんな子供でも持っているのになぁ」


 またため息。異能力は、決して生まれた時から使えるというわけじゃない。先天的に使える人間は特に才能があるだけで、後天的に異能力に目覚める人も多い。

 しかし統計的に見て後天的に覚醒する人間は15歳をピークにして、10歳から18歳の間が異常に多い。

 異能力に憧れる俺は悲しいことに凡人であるという事実を現実に突きつけられて、さらに溜息を吐いた。

 持つ者と持たざる者。持つ者はそれをさも当然に使い、持たざる者は持つ者に憧れる。人生のクジ引きに失敗した俺は才能の開花のピークを逃し、後者へと落ちた。

 異能者には覚醒した時に天啓のようなものを聞くらしいが、俺はそんなものを聞いた覚えも無い。記憶喪失で忘れているだけかもしれないけど。

 
「俺だったら絶対実体化系の異能に覚醒して可愛い女の子を呼び出すけどなぁ」


 とかそんな邪まなことを考えてるから目覚めなかったのかもしれない。そう思うとまた悲しくなって一人暮らしで狭い天井を見上げて一人涙する。

 毎日毎日、大学に行ったり異能に目覚めなかった非凡な友人達と遊ぶ日々。最近になって俺はようやく物語の主役ではなくそこらの町の住人だったのだと悟った。ずっと前からわかってたことだけど。

 主人公というのは12~17歳の少年少女というのがお約束だ。

 もし俺が主人公ならとっくにベランダにシスターが居たり巨大ロボットのパイロットに選ばれたり剣の英霊にマスターかどうか聞かれているはずだ。
 
 ということで俺の輝かしい未来は無いに等しく、後天的に目覚める可能性もこれから右肩下がりに減少していく。

 
「ドラゴンボールがあればなぁ」


 ダメ元で両手を前に合わせて願って見る。
 

(どうか、俺の運命を変える美少女が空から降ってきますように……)


 割かし本気に親方に祈ってみる。この際非日常に連れて行ってくれるならサングラスの大佐でも構わない……いや、やっぱり美少女で。
 
 歯を食いしばって必死に願いを天に届ける。

 
「よし、これで明日ぐらいに何か起こるはずだ!」

 
 万人に平等な神様ならどうにかしてくれるはず、そう信じて晩飯の用意をし始める。今日はどうしようか迷いながら冷蔵庫を開けてみる。
 

「何にもない」


 美少女も、サングラスの大佐も。当然だけど。時間を見ると10時半だった。近所の大型スーパーならまだまだ余裕で開いてる。
 
 スパゲッティにしよう。そう思って冷蔵庫を閉めた。
 

「……ん?」


 異音。お隣さんのわけのわからないの奇声とは違う、壊れる音。ガラガラと何かが割れる音、どこかがメキメキと軋む音。
 
 パラパラと埃が降り部屋を汚す。
 

「なんだなんだ!?」


 地震か? と思い一応ガスの元栓を確認する。さらに異音、さっきより幾分大きい音が鳴り埃が降る。
 
 
「上か……?」
 
 
 見上げて見ても特に異常は無い。が、いきなり頭上のボロっちい天井が僅かに歪んだ。 

 
 「え―――うわあっ!?」

 
 次の瞬間に天井がメキャメキャと壊滅的な音を立てて壊れた。元天井だった部分は新しい窓になり星が光る夜空を映し出した。
 

「うぇ……!! ゲッホゲホッ!!」


 何かが落下する音と同時に、屋根裏に埋蔵されていた埃やらなんやらが舞い上がる。驚いた拍子に大量の埃を吸ってしまい肺が犯される。
 
 何が起こった。と、涙さえ出るほどにせき込みながらも俺は埃が極力入らない様に薄目に辺りを見渡す……までも無く、すぐに異変の元凶を見つける。
 
 さっきまで自分が頬肘を突いていたちゃぶ台が真っ二つに折れ、その中心に誰かがうつ伏せに倒れている。体系は華奢のほうで髪は肩にかかるぐらいの長さで女性然としている。
 
 しかし体は血まみれ、服は所々が破けている。どこかで一戦やってきましたと言わんばかりな人間がいきなり天井を突き破って落下してきたのだ。

 
「だ、大丈夫ですか!?―――って、この制服、神山の……!?」」


 天井の修理代いくらとか、ちゃんとこの人修理代払ってくれるんだろうな、とかそんなことは後回しにして駆け寄り抱き起こす。
 
 顔を見ると自分よりずっと若い12・3ぐらいの少女だったが、驚いたのはその少女が着ている制服だった。
 
 神山グループという異能力者を集めてその才能を伸ばし工業に応用しようとしている企業。
 
 日本政府とも繋がりがあり、政府公認で教育した異能者で増え続ける異能者の犯罪を抑止する組織でも有名で、この組織のおかげで増え続けていた異能力犯罪は一応の安定をたもたれている。
 
 さっきのテレビの男女も着ていた黒色を基調とした防弾防刃繊維を縫い込み動きやすいように各所に細工をした神山の特製の制服を、この少女は身に着けている。
 
 
「う……うぅ……」


 息が詰まったうめき声をあげて身じろぐ少女の顔を見て、ドッ、と汗が出た。血に装飾されたあどけない表情を見て劣情が沸いたとかそういう危ないのじゃあない。
 
 
「……やばい」


 心情が無意識に口に出る。この制服を着た人間がこんな血塗れな姿でいるという現状、はやくこの場を離れなければ確実に命が危うくなる。非日常には憧れるが、いきなり死んでしまっては意味がない。色々と準備が必要だ。
 
 たしかに空から少女は降ってきたが、猶予もなくこんな事態に立たされるのはごめんだ。さっきの願いが届いたのかもしれないが、いまとなっては後悔の念しか出てこない。
 
 死が確実に迫ってきているのだ。
 
 せめてもと思い少女を優しく横たえて玄関へと急ぐ。が……。
 
 
「ざ~んねんでした」


 扉を開けたそこには、金髪ロングにサングラスを掛けた自分と同じぐらいの歳の女性がいた。恐怖で足が固まる。
 
 さっきの少女が闘っていたのはコイツだ、と直感した。早く逃げろと脳が警鐘を鳴らす。
 
 ドンっと胸を押されると容易く俺は地面に倒れた。

 
「ひっ……」


 情けない声が出る。

 
「運がなかったね~。通報されたら面倒だから……」


 死んで、と彼女がしゃがみ込み俺と目線を合わせた。彼女の指が拳銃の形に曲げられる。そしてその銃身となる部分に淡く赤い光が灯った。
 
 ―――エネルギー能力者!! 
 
 異能への憧れで得た知識が能力の種類を暴いた瞬間、光が俺を貫いた。
 
 
「あ……あああああああああぁぁぁぁぁっぁぁ!!!!」
 
 
 胸に熱された鉄棒を通されたような感覚、尋常じゃない痛み、あまりの激痛に息を吸うことができない。
 
 さっきまでガチガチだった体が今は痛みに悶え転げまわっている。頭に靄がかかったようになり何も考えることが出来なくなっていく。
 

 ―――『今宮 ミズキ』
 
 
 もう死んで楽になりたい。そう思った瞬間。誰かに、名前を呼ばれたような気がした。女みたいで嫌だった名前を、誰かに呼ばれた気がした。
 
 
「てん……けい……?」


 脳裏に何かが横切る。脳内で何かが繋がり始める。だが、体の痛みと死への恐怖が邪魔をする。
 
 それを喉を突きぬけて上がってきた血といっしょに我武者羅に吐き出し無理矢理意識を沈静化させる。体の力を抜き、文字通り死に体になりかけながらも精神の安定を図っていく。
 
 やがて少しではあるけど、胸にある激痛を堪えながらも俺の脳内はクリアになる。
 
 霞む目で見渡してみるが金髪野郎の姿は見えない。ということは神山の少女も死んだか。こんな騒ぎになってるのに誰一人ここに来ないってことはアパートの皆は殺されたのか。
 
 というか今になってむかっ腹が立ってきた。なんで無関係な俺があんな奴に殺されなくちゃいけないんだ。あの金髪だって染めた偽物だろうが、あームカつくムカつく! 復讐してやる。絶対復讐してやる!!
 
 そのためにもこの状況を打破する!
 
 多分、というか確実に俺はもうすぐに死ぬ。でも、さっきの声に俺は活路を見出した。
 
 空耳じゃないと断言できる。思い込みじゃないと断言できる。俺の第六感的な何かがそれを確信させる。
 
 俺は覚醒した。20歳になってようやく覚醒した。異能に目覚めた。俺の脳内にどこからか情報が流れ込んできた。
 
 
「うへへへへ」


 その情報を見た瞬間、俺は笑いをこらえることが出来なかった。その拍子にまた口から血を吹き出した。
 
 この異能は凄い。自分の異能に恐怖さえ感じる。7種に大別される異能の中でも一番のレア、特殊系の異能だ。
 
 しかしまずい、はやくしなければホントにしんでしまう。体が冷たくなってきた。

 
「う……ぐぅ……」


 ズル……ズル……と芋虫のように体をくねらせ全身する。下半身はもう死んでしまったのかピクリともしない。それでも今一番あり得る可能性へ向けて前進する。
 
 目もいきなりド近眼になったかのようにボヤけまくるが有るか無いかを確認できるならそれでいい。
 
 背後で死神が手まねきしている。行ってなどやるものか。俺は、このスーパーな異能で生き延びてやるんだ。
 
 
「……あった……!」


 この時だけはあの金髪野郎に感謝だ。
 
 目の前にはさっきの少女の死体(目がぼやけてよくわからん)があった。ご丁寧にも制服は剥ぎ取られているみたいで肌色が人の形を成している。制服はスパイとか奇襲するために剥いだのか、はたまた売るのか、制服のデザインとしてもいいしその手の店に売れば高く売れるらしいし。
 
 胸と頭に赤い色が確認できるから、さっきの霊丸モドキに念入りに撃ち抜かれて殺されたのだろう。というか顔がすんごい赤色なんだけど、潰されたのか? よく見えん。
 
 俺は意を決し少女の二の腕に噛みついた。柔らかい肉質を感じながら異能が発動するのを確認できた。湧き上がる充足感に胸が満たされる。
 
 少女の状態が脳内に流れ込んでくる。細かい外傷に加えて心臓を抉られている。さらに酷いのは顔、原型が残ってない。ある意味ド近眼になってよかった。
 
 ……よし、あとで調整が必要だけどとりあえずはこれで……ってあれ、意識が……遠く……?
 
 僅かながら残っていた体力が抜けていく。え、ちょっと待て。ここで意識失ったらどうなんの、まてまてまてまて、ちょっと、もうちょっとだけ、イキロ俺のから……だ……―――。



[4284] けいだん。2-1―チクショウ全部じゃん!!―
Name: 歩(ホ)◆429b8219 ID:06335ec5
Date: 2008/11/09 02:50
 

 目を覚ますと、ベットの上に居た。
 

「迷う……」


 白尽くしの個室、ベッドの両隣には何かゴチャゴチャとした機械、そして、知らない天井。……言いたい。すごく言いたい。

 死ぬまでに言ってみたいセリフ第三位、『知らない天井だ……』と。もちろん、そこらの町の住人とか雑魚が言っていいようなセリフでは無い。ちなみに一位は『君の瞳に乾杯』だ。嘘だけど。
 
 でも、この状況は言えと言っているようなもの。
 

「……は!!」
 
 
 ということは、俺はあの異能に覚醒したことによりこの世界の主人公になったのだ! なんという僥倖! 宿命! 数奇! 思わずゼロ様万歳と言いたくなる。
 
 なら言わせてもらおうじゃないか。喉を鳴らして息を吸い込む。
 
 
「知らない天井だ……」


 泣いた。あまりの達成感に俺は大粒の涙を枕へと吸い込ませた。……ん? なにか違和感、なんだろうか、なにかおかしい。
 
 何がおかしい? なんで違和感を感じた? さっき何をした? 感動の名ゼリフを言った。自己感想はビューティホーだった。ん……?
 

「あーあー」


 確認のために声を出してみる。微かに霞んでいるが、問題はそこじゃない。なにか声が、甲高い。いきなり俺の声はクロちゃんになったのか? い、嫌すぎる……!!
 
 喉に手を触れる。

 
「あれ、あれー?」


 喉仏が無い。というか首に感じる手の柔らかさ、何これ? ネコの肉球とかそんなレベルの柔らかさ。

 途方もなく、嫌の予感がした。

 古今東西、嫌の予感というのは100%の的中率だが見ずには居られない。
 

「鏡、かがみん……」


 起き上がって真白な布団をどかそうとするが、突然の眩暈に息が苦しくなった。立眩みにも似た視界が隅からブラックアウトしていく感覚、吐気はこないものの相当に気持ちが悪い。
 
 ごめん。嘘です。嘘じゃないんだけど嘘です。吐気MAX。いきなり来た。遅効性の吐き気だったらしい。死ねる。
 

「ト……トイレ……!」

 
 流石病院の個室、すぐ隣にトイレのドアらしきものがある。見つけた理由はトビラの上のほうにある照明がついてるかどうか確認するあれがあるからだ。
 
 腕に刺さってた点滴を引き抜き、ベットから飛び降りフラつきながらもドアノブに手を引っ掛ける。……なんで自分の胸の高さにドアノブがあるんだ? まあいいや、とりあえずこの暴走する獣を吐き出さなければ!!

 
「うぇ……」


 喉元に差しかかっていたモノを吐き出してみると黄色い胃液しか出なかった。これは……俺何日寝てたんだろうか、食べ物全部消化しきってるよ。
 
 手にちょっと掛かったし、マナーとしてトイレに備え付けられていたお手洗いで手を洗う。
 
 ……妙にちっちゃい手とさっきからの何かが、目の前にある鏡を見るなと言っている。
 
 ……見る。


「?」

 
 なぜか、目の前に病院患者の服を着た、あの時の少女が居た。小さな顔とは不釣り合い大きな目に形のいい唇スッと通った鼻、そして柔らかそうなほっぺ。金髪なのが黒髪好きの俺にはマイナスだけど、『可愛い』と『美しい』が危ういバランスで混ざったかなりの美少女だ。

 いや、その前になんでここに居るんだコイツ。しかも『俺』がいない。
 
 なんで居ないんだ? 俺は幽霊になったのか? ……いや、たしかに俺はあのスペシャルな異能に目覚めてあの少女を取り込んで……あれ、そこから先どうなったんだっけ、唇を突き出して「あるぇー」としてみる。
 
 鏡の中の少女が「あるぇー」と唇を突き出していた。……ノリいいなこの娘。ならば―――、
 

「いい加減に現実を認めろ……」


 嘔吐で吐き出して少なくなっていた体力を使いきり極限にまで落ちる。現実へのせめてもの抵抗として最後に、鏡に写っている本体の少女のほっぺを突っついた。
 
 
「…………ひゃああ!!」


 可愛い叫び(男ならキモイことこの上ない)が部屋中に木霊する。ベッタリと鏡に張り付くと間近に迫る少女の顔。お、落ち着くんだ俺、緊急事態にこそ脱力だ。
 
 
「っていうか、えええ!?」


 鏡の前の少女も驚く。それを見て俺がさらに驚く。さらにそれを見て……―――、という無限ループをしそうになったが、
 
 
「あーっと、そろそろいいかい……?」


 後ろから声を掛けられた。錆びついたオモチャのようにギギギと首を捻る。するとそこにカグヤさん家のナースもビックリなピチピチのナース服を着た人が! まぁ、それは嘘だけど。
 
 普通に白衣のナースな20代後半の女の人が居た。髪は短くそれをさらにアップで纏め、手には綺麗な雑巾が握られている。


「あ、あの何時から見てました……?」


「えっ? いや、全然見てないよ?」


 そういって天使な微笑みを向けてくる看護師さん。


「そ、そうですか」


 ホッとして胸を撫で下ろす。

 
「なんか君が唇突き出して、あるぇーってしてるところからだよ」


「チクショウ全部じゃん!!」


「起き抜け直後に元気だね~君。お姉さん安心しちゃったよ」


 さっきの天使は廃棄処分しましたと言わんばかりに看護師さんは一転して意地の悪い笑顔した。



[4284] けいだん。2-2―偉い偉い―
Name: 歩(ホ)◆429b8219 ID:06335ec5
Date: 2008/11/09 02:56
 
 元気いっぱい力いっぱいに叫んだために、膝から崩れ落ちた俺をベットに固定して看護師さんは部屋を出て行った。医者を呼んでくるのだのそうだ。
 
 一応の確認としてもう一度看護師さんから借りた手鏡を見る。
 
 
「うん……可愛い」


 目の前にはあの時の12・3歳の少女の顔。これが今の俺の顔だ。正直、超可愛い。しかし、なんでこんなことになったのか。

 俺の異能『肉体改造』はほかの生物を吸収して自身を強化・治癒・変形させるという物だったはずだ。6種に分別不可のレアな異能が集う特殊系だ。

 ちなみに名前は今つけた。うん。ネーミングセンスがないのはわかってる。
 
 本当ならあの時の少女の死体を食らって自分を治療、無傷な俺だけがのこっているはずだ。
 
 とか疑問に思ってみるが……なんとなく原因はわかってた。頭がやけにクリアで前世(?)の記憶が綺麗に思いだされる。
 
 原因は多分あの時の気絶だ。発動中に俺の意識が途切れたため主を見失った異能が暴走、それでも主の危機をどうにかしようと頑張った結果、なぜか異能は少女の体をベースにして俺を使って復活、ということにしたみたいだ。
 
 少女が完全に死んでいてほんとによかった。心の底からホッとする。もし彼女が生きてたらここに居るのは俺じゃなくて少女のほうだったかもしれない。見ず知らずの女の子を命をつかって助けたとかかなり絵になる話だけど、俺はサラサラごめんだ。
 
 神山の制服を着ていたということはこの少女も異能者だったということ、でも俺の中に俺の異能以外の異能は感じられない。異能というのは精神に宿るものなのかもしれない。
 
 そして今になって疑問になる。俺の能力についてだ。異能者の能力はその人のもっとも純粋な物を顕現するらしい。ほかにも色々と言われているし例外ありまくりらしいけど、これが一番有力な情報だ。
 
 あの時は恥ずかしげも無く喜んでいたけど、俺の純粋な部分ってなんだったんだろうか。こういう能力って大抵敵だぞ……。
 


「これからどうしようか……」


 とりあえず目先のことを考えよう。これからどうするか……だけど。この少女の記憶が読めないのが痛い。どんな人物だったのか見当が付かない。
 
 しかし……まぁ、なんというか、この顔を見たときから心は決まり始めているわけだけどさ。
 
 きっぱりいって、元の体には戻りたくない。ここが一番重要。実質男卑女尊なこの世の中で、こんな美少女に生まれ変われたのだから俺的に戻りたくない。グッバイ前の俺。
 
 あとは今の自分の素性だけど、妙なことを言って異能で少女の体を奪ったなんてことがわかったら彼女の親類縁者や神山の人間が黙っていないだろうし、ここは何を聞かれても全部知らぬ存ぜぬの記憶喪失で通そう。
 
 そうと決まれば後は医者を待つだけ。
 
 そして、考えを終了させた途端に医者が入ってきた。内心かなりビビりながらドアのほうを見ると、さっきの看護師さんも診察道具を手に後から部屋に入ってくる。医者のほうは看護師さんのほうより若いボサボサ髪の優男だった。


「―――はい、お疲れさま」


 何か聞かれるかと思ったがそんなこともなく病院に行けば誰でもされるような診察を一通り終え、起き上がらせていた体を再び寝かしつけられる。
 
 
「聞きたいこととかいっぱいあると思うけど、今日はもう消灯時間だから、また明日ね」


 看護師さんがそう優しく囁いて布団を被せてくる。さっきの悪魔のような笑顔はどこに行ったんだ。
 
 部屋の電気を消して出て行く看護師さん。部屋が真っ暗になった途端、急激な眠気に襲われ抵抗空しくそのまま俺は瞼を閉じた。



 小鳥の囀りとカーテンの隙間から差し込む光で目が覚めた。
 
 午後に担当の医者に聞いた情報と、あの時の看護師さんから聞いた話を要約すれば、
 
 俺は約20日間眠っていたらしい。多分これは能力の暴走のせいだ。
 
 俺は異能者の起こした事件に巻き込まれて意識不明の状態で発見されたらしい。
 
 その時に発見された家の住人『今宮 ミズキ』はその日から失踪したということ。
 
 俺は……というか、この少女は神山の実行員(野良の異能者の捕獲などで現地で戦う人間)だったらしい。名前は『桃谷 ミズキ』……運命というものを認める日も近いかもしれない。
 
 そして最後に。明日、神山の人間が面会にくるらしい。……親兄弟じゃなくいきなり神山の人間が来るとはちょっとおかしくないか?
 
 なにはともあれ記憶喪失という設定だ。しかも目覚めた直後に元気よくあの失態を犯してしまっては慎重にならざるお得ない。バレたら多分殺されるんじゃないんだろうか。
 
 ……気を付けないと。
 

「やっふー! いい子にしてたかーい?」


 扉を破壊せん勢いで開けて看護師が侵入してくる。患者のこと考えろよとか思う。
 
 歌のお姉さんのように楽しげにやってきた看護師さんが抱えたトレイにはお茶と、お粥をさらにサラサラにしたもはやスープと呼ぶべき代物が乗っていた。
 

「さぁさぁさぁ~!!」


 テキパキとベットに食事台を設置する看護師さん。なんでそんなハイテンションやねん。
 
 コトンと目の前に置かれたお粥スープがホカホカ湯気を立てる。頭じゃこんな料理食えるか! とひっくり返してやりたい気持ちだが、体は正直で既にヨダレが咥内を占拠していた。これには『誇り』と書いてプライドと読む脳内自警団も敵いそうにはない。


「どうぞめし~あがれ!」


 『~』の場所間違ってるぞとか言ってやりたいけど今は目の前の料理(?)に集中する。

 手の長さが変わってしまい置いてあるスプーンを取るのだけでえらく時間がかかったしまった。これは、この体に早くなれるためにも訓練が必要だな。
 
 一口目、モグモグする意味も無いスープ(お粥)を一飲み……出来なかった。しばらく胃を使ってなかった反動か喉元に拒絶反応が出てスープ(唾液粥)を吐き出す。

 一瞬にして食事机はもとより布団も濡らしてしまう。恐る恐る隣の看護師さんを見上げる。

 無表情にこっちを見ていた。
 

「あの~……」


「ほら早く」


「え?」


「早く零したお粥を舐めとるんだ!」


「ええ!?」


 と冗談をかましつつも看護師さんは拭いて綺麗にしてくれた。
 
 次からはゆっくり時間を掛けて優しくねっぷりたっぷりと唾液でさらにほぐして少しづつ喉に運ぶと飲み込めた。健康状態の人間がどれほどいいか実感させられる。
 
 1時間かけてやっと完食すると、看護師さんは優しく頭を撫でてきた。
 
 
「偉い偉い」
 
 
 は、反応に困る。この娘はこんな時どんな反応をしていたんだ。ガラガラとかゴロゴロとかそんな壊滅的な音を立てて作戦のボロが出てくるのを感じる。
 
 いや、っまだ神山の人間じゃないから大丈夫だ。相手はただの雑魚だ。主人公補正がきっとなんとかしてくれる。
 
 とその時思ったが、結局のところ俺は頭の悪い雑魚だったみたいで、次の日に神山の人間に簡単にバレしまうとは思いもしなかった。



[4284] けんだん。3―ああ、ごめん。驚かせてしまいましたか?―
Name: 歩(ホ)◆429b8219 ID:06335ec5
Date: 2008/11/09 02:52
 面会日当日。
 
 自称慎重派な俺は面会時間になる前一つ準備をしようと思った。別お茶菓子とか用意するわけじゃない。まず子供だし、患者だし、記憶喪失だし。
 
 準備というのは戦える武器を用意すること、時計を見れば現在10時ちょっとだ。面会時間の2時までに準備しなければならない。
 

「ふぅ……ふぅ……」


 ベットに横たわり瞳を閉じ、何度も深呼吸を繰り返す。この可愛い呼吸音だけで俺はご飯を三杯はいただける。
 
 
「『肉体改造』……発動」

 
 頬が熱くなる。自分の異能をイメージしやすくするために口にするわけだけど、これがいかんせん恥ずかしい。こんな独り言をあの看護師さんに聞かれでもしたら、ここから投身自殺したくなる。
 
 異能を発動した途端、いくら食べても満たされそうにない途方も無い空腹感がジワジワとやってきはじめる。異能の弊害だ。
 
 さっき食べたお粥スープをもう消化してしまったのか腹が鳴り始める。こんな可愛い女の子が発していい音じゃない。早く終わらせないとな。
 
 全身を強化するにはエネルギーが足りない。だから強化する部位を絞る。右手のみに、強化を施す。
 
 俺のちっぱけな知識では人の体がどうなっているかなんてわからない。
 
 だけど俺はイメージするだけでいい。ほかの全てを異能に任せればいい。これは全ての異能者に通じる、いわば基本の様なものだ。イメージが強固なほど、異能の力は増す。
 

「ん……」


 右手に違和感。閉じていた目を開けて確認する。小さく愛らしいかった手が、ボコボコと泡立ち今にも鬼の手に変化しそうなほどに形を変える。
 
 あまりの気色の悪さに息をのんだ。
 

「ひッ……ぎゃ……ぁぁぁ……、!!」


 途端、イメージが揺らぎ右手に激痛が走る。慌てて咥内の肉を巻き込んで歯を食いしばりながら欠けたイメージを補強していく。
 
 痛みが消える。そしてすぐにもう一つ、鋭く強靭な爪をイメージする。痒みにも似た感覚が右手を支配し始める。
 

「……できた」


 時間にして30分。体感にして2時間。結果の確認は後回しだ。今は、顔面に玉のように浮かんだ汗が気持ち悪い。ちかくに掛けてあったタオルを顔面に優しく当て汗を吸い込ませる。
 
 気付くと衣服も同様だった。汗でビッショリしているので替えの服に着替えることにした。
 

「ぶっ!」


 上の服を脱いで体を見た瞬間。鼻血が凄い勢いで飛びだした。
 
 オブラートに包んで言えば二つの薄高い丘に一つずつ淡いピンクのサクランボが乗っていた。ようするに……いわないでもわかるだろ?。
 
 ロリコンじゃないと思っていたが。すまん、ありゃ嘘だったみたいだ。ましてや自分の体を見て鼻血を出すとかもうロリコンを超えた何かだよ。
 
 新しい体に困惑を覚えつつも上は着替え終わり下の着替えに取り掛かる。
 

「ぶふぉぉ!」


 可愛い声で可愛くない声を上げる。ロリコンだった俺には刺激が強すぎる。鼻血で失血死とか出来るかもしれない。試したくないけどさ。
 
 それに『無い』のがまた新鮮な気分だ。20年間来の相棒が無くなってるのは何か寂しい。
 

「はぁ……はぁ……」


 なんとか着替え終わり満身創痍な俺はベットにうつ伏せに倒れ込んだ。異能使った時より疲れたんじゃないだろうか。
 
 多分俺は、この少女を人形かなにかと勘違いしていた。でもこの少女はたしかに人間で女の子で俺の新しい体で。……これからこの体に付き合いきれるのだろうか。
 
 まぁいずれは慣れるだろうし、それは時間が解決してくれるはず。とりあえずこの話はここで終わりにしよう。
 
 強化・変形機能を加えた右手を見る。見た目は強化前となんら変わらない小さく可愛い手だ。
 
 ためしにベット脇にある診察道具を一つ取る。喉を診るために舌を抑えつけるアレだ。
 
 握り込み、力を加える。簡単にグニャグニャになった。成功だ。
 
 次に異能を発動して迫る空腹感を抑えながら、人差し指に力を加える。ジャキンッ! と効果音を伴って爪が伸びる。その長さ実に30㎝。
 
 折れ曲がった診察道具を放り投げる。
 
 
「ふっ……!」


 重力に従い落ちてくるのに合わせて爪を一閃させる。診察道具は金属質な音を伴って真っ二つに切り裂かれる。これも成功。
 
 イメージはハガレンの色欲の人だ。ただ、エネルギーが足りなかったから人差し指にしか仕込めなかった。将来的には両腕両爪に仕込みたい。
 
 異能を止めると爪は元通りに収まる。強化した体は通常時でも使えるけど爪を伸ばすには発動させないと無理みたいだ。無理に分類すれば変身系に属するかもしれない。
 
 ……疲れたし寝よう。お腹もすいたし、昼ごはんには起こしてくれるだろう。
 
 
 
 
「あのクソ看護師……」


 起きてみればもう一時半、目の前には食事台の上には冷めたお粥スープがあった。
 
 
「起こせよ!」


 一人叫んでみるがただ部屋に反響するだけだった。空しい。冷めたお粥を口に運ぶと空しさ増力だ。今日は申し訳程度に漬物が隣についていた。
 
 わびしい食事を済ませた頃にはもう面会時間まで10分も無かった。自分の設定を再確認する。

 
(俺は記憶喪失の美少女、俺は記憶喪失の美少女、俺は記憶喪失の美―――)


 ガラッ
 

「ほわっ!?」

 
 扉が開く音で座りながら飛びあがる。我ながらドジっ娘らしい反応に萌えながら急いで平静に戻りドアの方を見る。
 
 入ってきたのは神山の制服を着た男が一人に女が二人。男のほうはイケメンを体現したような爽やかな18歳ぐらいの青年で、前世でモテなかった俺を一目で激しくイラつかせた。
 
 女二人は対照的で右は黒髪のロングという俺の好みのど真ん中を突く落ち着きのある美人で、神社で巫女さんをしてそうなイメージだ。
 
 左も黒髪だけど長さは短くそれをショートのポニーテールにしている。お気楽そうな表情でこっちを興味深そうにジロジロとみてくる。イメージはネコだ。
 
 二人ともイケメンより1つ2つ年下だ。このロリコンめ。
 
 
「ああ、ごめん。驚かせてしまいましたか?」


 口からミントを吐き出すかのような爽やかさで謝罪してくるイケメン。死ね。
 
 良く見ればあの看護師を後ろで控えてるのが見えた。……監視?
 
 
「あ、いえ……別―――」


「―――ところで」


 しゃべってる途中にイケメンが割り込む。
 

「異能の調子は、どうですか? 『今宮 ミズキ』さん?」



[4284] けいだん。4―死にます―
Name: 歩(ホ)◆429b8219 ID:06335ec5
Date: 2008/11/09 02:53
「……は?」

「失礼ながら、個人情報など全て見させて頂きました。男の人が、こんな可愛い女の子になってどんな気分ですか? それと、頭撫ででいいですか?」

「え……」
 
 
 ……俺だと、バレてる? なんで、どこで? ……ダメだ。言葉が思いつかない。流されるままに頭を撫でられる。
 
 反射的に能力を発動させる。空腹感が膨れ上がると同時に右手の人指し指に力を込める。ジャキンと鋭利な音を立て爪が伸びる。
 
 
「余計な真似、しないほうがいいよ~?」


 いつの間にか隣に立っていたショートポニーの手が首に添えられる。首を動かさず視線を下げると、鈍い輝きを放つナイフが喉元ギリギリで止まっている。
 
 息を呑む。なにも出来なかった。何をするつもりでもなかったけど、一瞬にして自分の命を掴まれた。
 
 ……これが神山の人間。こんなに強いのか、舐めていた。勝つ所か、傷一つ付けれそうにない。
 
 
「へ~……変身系の異能者ですか? ふんふん。あ、戻った」


 爪を伸ばした腕を取られ、じっくりと観察される。俺の意思など無視したかのような態度に、少しイラつく。
 
 伸ばした爪を元に戻すと俺の手を握り、イケメンが俺を正面に見据える。イケメンはどこまでいってもイケメンでさらにイラつく。
 
 
「そんな怖い顔をしないでくださいよ。僕達は別に貴方をどうにかしようとしに来たわけじゃあない。むしろ、貴方に協力的です」


 条件付きでですけどね。と微笑むイケメン。手を払うと「ははは」と笑って爽やかに下がる。イライラ。
 
 
「どうして、わかった?」

「え?」

「なんで俺が『今宮 ミズキ』だって、なんで、わかった?」

「あぁ、そんなことですか。リョウコさん?」

「あいよ」


 後ろに控えていたリョウコと呼ばれた看護師さんが一歩前に出る。え、神山の人間だったの?
 
 じゃあ俺ってもう普通にボロ見せまくってるじゃん。むしろバレない方がおかしいじゃないか。自分のおつむの悪さに思わず頭を抱えてしまう。
 
 
「感覚系の異能者の『桃谷 リョウコ』さん。能力は接触感応能力……簡単に言えばサイコメトリー。神山でA判定を受けてる数少ない異能者だよ」

「そしてその少女の姉でもある。ま、苗字で分かると思うけどね」

「……えっ!?」


 ビッと俺の胸に指をさす看護師リョウコさん。衝撃の事実が噴水のように溢れすぎて脳がフリーズ寸前になる。
 
 神山の人間に会う前にもう肉親と合ってるなんて思いもしなかった。俺が想定していた事態なんてもう通り越して宇宙にまでかけあがっている。
 
 
「な、な、な」


 何を言ったらいいんだ。御免なさい? すいません? 悪かった? いやでもこの少女は死んでいたわけで、俺は再利用したわけで、むしろ被害者なわけで。
 
 あわわわわ、と慌てふためく俺の目の前にストップと手を出して、呆れたような顔するリョウコさん。
 

「あーあーあー、別に焦んなくっていいって。いちおう私の異能はA判定を受けてるんだ。事情は君が寝てる間に読み取ってるさ。君は悪くないって」

「あ、いや、でも……」

「それに私あの子嫌いだったし、死んでくれて清々してるよ。何考えてるかわかんない不気味な子でさ、親でも避けてたんだよ? それが今では中身は違うもののこんな感情豊かになってさ~」


 しみじみと語り出すリョウコさん。妹が死んだというのに満足そうな笑顔な所に俺は不気味さを感じられずにはいられない。
 
 異能者は変人・奇人のほうが高レベルになりやすいと言うけど、なんとなくリョウコさんがA判定な理由がわかる気がする。ちなみに判定はABCDの四段階だ。
 
 
「―――あの時なんてホント気持ち悪かった! しかもアイツ私の異能しってるから近づいても来なかったしさー!」

「あ、あのリョウコさん? ちょっとそれぐらいで、さ?」

「ん? そう? これからがいいところなのに……」


 このまま自分の妹がどれだけ気持ち悪いかを語り続けようとしてる所にイケメンが割って入る。何をしてもイケメンなイケメン野郎。
 
 不満げな表情で後ろに下がるリョウコさん。イケメンがこっちに向きなおり割かし真剣なイケメンになる。……さて、俺は今までにイケメンと何回言ったでしょうか。……どうでもいいな。
 
 
「本題に戻りますね。僕たちはさっきの通り貴方が『桃谷 ミズキ』ではなく『今宮 ミズキ』だと知っています。緊急事態による正当性も認めます。ですからわざわざ演技しなくても結構です」

「わ、わかった…りました」


 俺の口調を図りかねた言葉にイケメンが微かに微小を浮かべて「私語でいいですよ。いちおう年上ですしね」と出来た人間なセリフを吐く。コイツの行動全てに苛立ちが発生する。


「それに『桃谷 ミズキ』はA判定を受ける貴重な人材でしたけど、単独行動も目立って捕獲・隔離対象の異能者も多数殺害した手に余る人物でした。幼い外見とは裏腹に野良の異能者には『神山の悪魔』なんて呼ばれていましたよ」


 そこで言葉を切り近くにあった椅子に腰掛る。というか俺はいつまでこのショートポニーのナイフを首に当てられないといけないんだ。
 
 視線を送るとそれを察知したのかショートポニーがナイフを下げる。ニシシ、とかそんな笑いを出しそうな笑顔でイケメンの後ろに下がった。

 
「とてもとても貴重な人材でした。しかし、死んでしまっては仕方ないです。とても残念です。ええ、とてもね」


 満面の笑顔でそんなことを言うイケメン。まるで死んでよかったと言わんばかりだ。常人と自負する自分は僅かながらこの少女に同情の念を感じた。
 
 
「しかし僕らは悲しんでばかりはいられない。減った人材はまた足さなければならない」

「……」

「……僕の言ってる意味、わかりますか?」

 
 俺は答えない。意味なんて子供でもわかる(あ、いま俺子供か)。神山に協力しろということだ。
 
 
「既に『桃谷 ミズキ』の雇用は末梢しています。しかし貴方なら確実に判定は彼女同様にAでしょう。能力も十分。さっきの爪を見たところ戦闘力も十分。まだ手の内があるなら見せてください。雇用の条件をさらに上方修正しますよ」

「断ったら?」

「死にます」


 イケメンは俺の質問をすぐさま斬って捨てた。顔は笑顔のままだがどこか闇がある暗さをを感じさせる。
 
 
「他者に乗り移るなんてある意味死を超越した存在を、僕達……いや、我々神山は野放しにはできない。上の方に申請すれば二つ返事で殺害OKを出してくれるでしょう。」


 オブラートにも包まず実質『はい』しか選べない選択肢を提示してくる。

 俺には断るべき明確な理由がないわけで、ここで『はい』と答えてもいいわけだ。給料もそこらとは格段に違う。……なら答えは決まっているじゃないか。
 
 
「これっきりです。『はい』か『いいえ』かで答えてください。―――神山に協力してくれますか?」
 
「YES」

 イケメンが面を食らったような驚いた顔になる。
 
 
「捻くれ者」


 ずっとしゃべらなかった黒髪ロングが始めて口を開いて言ったことばがそれだった。



[4284] けいだん。5―ケダモノの息使いっ!?―
Name: 歩(ホ)◆429b8219 ID:06335ec5
Date: 2009/05/19 12:22
 イケメンとの面会から一週間が経ったが、俺はまだ病院に居た。


「ほらほら~、おいっちにー!」


 病院の廊下で看護師改め神山のA判定感覚系異能者のリョウコさんはセンス片手に陽気に俺を手招きする。
 
 何の悩みもなさそうな笑顔で、ピッピピー! と何処かから持ってきたホイッスルで音頭らしき物を取り俺から徐々に離れる。それに他称捻くれ者の俺は合わせるわけも無くわざとリズムを外してヨタヨタと手摺りにもたれ掛かりながら前進。一歩一歩と足を踏み出し、手摺りから手を離す。
 
 
「ひゃう!」


 コケる。体に染みついているものなのか咄嗟の悲鳴は、時には自分が出したとも気付かないほどに可愛らしい。
 
 起き上がる。そのまま深呼吸を繰り返す。足を出す。
 
 グラりと自分の重心が掴みきれず斜め前に倒れる。……180㎝を超えた前の自分の感覚でこの体を動かすと、物凄く誤差が生じるらしく体を早く動かそうとするほどバランスが崩れてしまう。

 20日間の昏睡によって元々なかった筋肉が衰えたのもそれに拍車をかける。

 そのため、日常生活もままならなく今も病院でリハビリと言う名の新しい体に慣れる訓練を行っている。
 
 流石にこの状態では神山で働くなど無理なことで、昨日またやって来たイケメンには少々呆れられたご様子だ。
 

「がんばってー!」

「もう少しじゃー」


 黄色い歓声に、地面に這い蹲った状態で周りを見ると人だかりが出来ていた。正直鬱陶しいことこの上ない。こういうのって普通リハビリ室とかでするんじゃないのか? 俺は見せものなのか?
 
 リョウコさんに聞いたら「楽しそうだから」とか答えそうだ。知りあって数日でここまで行動を予測しやすい人間も珍しい。
 
 
「えへへ、ありがと~!」


 とか今の容姿に見合った対応で周りにプリティスマイルを振りまく。……この体と同い年らしき男の子が少し顔を赤らめている所が見えた。ふほほ、楽しいのう。
 
 
「えへへ、ありがと~!」


 何を思ったのかリョウコさんも俺の真似をする。しかし世の中には年相応という言葉があるわけで、つい感想が口を突いて出る。
 
 
「きもっ」


 リョウコさんが持っていたセンスが閃く。
 
 「うひゃぁ!」 ズガン、と俺の背後の壁にセンスが突き刺さる。パラパラと細かいコンクリが零れるがセンスは刺さったまま落ちない。すごい、強肩。
 
 センスからリョウコさんに向きなおるとさっきと同じな笑顔が俺を迎える。でも、目は笑っていない。仮にも実の妹に向ける眼差しではない。中身は別人だけどさ。
 

「え、えへへ☆」


 前世で、男がやるとキモいポーズの中からリストアップしたポーズで無力さをアピールする。この体でやると全ての行動に癒し効果が付いてくるということは折り紙つきだ。

 が目標には効果は無く、代りに別の所で釣り針が掛った。リョウコセンス(技名)で閉散となった廊下に一人ポツンと椅子に座る黒髪ロングこと『此花 マドカ』だ。
 
 イケメンが監視のために置いて行ったマドカ嬢は手に持った本からしきりに視線を逸らし俺に向けてくる。ほほ~ん。……明らかに監視目的のレベルじゃないな。
 
 
「……、……」

「にゃっ?」

「……!」


 歩けない気晴らしに、きゃぴる~んとかもはや表現不可能な擬音を伴った極上スマイルをマドカ嬢に向ける。
 
 マドカ嬢の顔が赤一色になる。瞬き一つせず視線を俺一人に釘付る。……少女ミズキには悪いけど、これは楽しすぎる。腐らせていた俺の知識を、この美少女でフルに使える! 癖になりそうだ! というか最早癖だ!
 
 と俺が心の中でガッツポーズを取っていると、マドカ嬢がユラリと立ち上がるのが見えた。……ん?
 
 
「え、ちょっと」

「ハァハァ……!」

「ケダモノの息使いっ!?」


 身の危険を感じ俺はすぐに退避……できなかった! 高速で起き上がったのはいいものの一歩足を前に出した途端、顔面から廊下へと倒れてしまう! 
 
 もはや時間は無かった。背後に迫る狂気に体が竦み腕を動かすこともできない。そのまま俺はマドカ嬢にぬいぐるみの如く抱きしめられた。
 

「か、可愛い……! 可愛い……!!」

「ぐふ、く、くるしい」


 顔面に当たる柔らかいものの感触は悪くないけど、息が、できない。
 

「あらら、今日はもうリハビリ終わり? ……な~んだ、つまんな~い」


 ピ~ヒョロ~とホイッスルを吹きながらどこかへ行く看護師リョウコ。助けろ。



[4284] けいだん。6―で、食うのかい?―
Name: 歩(ホ)◆429b8219 ID:06335ec5
Date: 2009/05/19 12:23
1。


 起きる。朝食。学校や仕事。昼食。夕食。寝る。基本的な人間の大まかな行動。人が生きるために行う行動。
 
 なぜ人は食べるのだろうか。食べなくても生きていけるんじゃないんだろうか。確かに食べなければお腹は空く。だけど、それは死につながるのだろうか。
 
 ほかにも人は刺されたり病気にかかったりして、死ぬ。……死ってなんだ。
 
 ……分からない。解らない。理解できない。
 
 昔おじいちゃんが死んだ時、葬式の時に見た最後のおじいちゃんの顔はとても安らかで、とても幸せそうだった。
 
 死とは幸せ? 
 
 ならなんで人は生きるのだろうか。人は幸せを望む生き物なのに、なんでそれを拒むのか。……わからないことだらけだ。
 
 僕は知りたかった。人の死を、人が死ぬ瞬間がどうなるのか、人が死に迫られた時を、知りたくなった。
 
 思い立ったら吉日と僕は知っている。欲しかったものが次の日にはなくなっていたなんてことは日常茶飯事で、余り物には福があるなんて言葉で自分を慰めていた。
 
 窓を見れば夜だった。星なんて見えなくて、ただ月が孤独に宙に舞っている。なんだろう、妙に体がむず痒かい。
 
 家族は皆寝ていた。みんなミンナ皆寝ていた。
 
 誰も起きていない。夜は寝るものだ。そして、僕は起きている。目が冴えている。口の中がやけにカラカラだ。
 
 台所から包丁を取り出す。
 
 母さんがいつも料理に使う大切な道具だ。たしか、嫁入り道具として貰ったと聞いたことがある。切れ味は抜群らしい、たまに聞くと母さんが自慢げに言っていることを僕は覚えている。
 
 外は寒かった。ビシビシと体に当たる秋の風が寒さと一緒に痛さを感じさせる。
 
 家族に迷惑がかかるだろうから、遠く離れた場所に行こう。そう、決めた。
 
 僕は歩く。途中、自転車に乗ってくればよかったと思ったけどアレコレ考えている時間が多くほしかったから、乗ってこなくて正解。
 
 そうして1時間くらい、歩いただろうか。自分の知らない町並みが視界に広がる。遠くのほうでコンビニの光が見える。
 
 ここにしよう。そう、決めた。
 
 僕は、待った。人を、待った。出来たら女の人がいい。男の人は、貧弱な僕には無理そうだったから。
 
 10分経った。半袖の家着だったことに気づく。人は、来ない。
 
 20分経った。ガチガチと勝手に歯が鳴ってうるさい。人はまだ、来ない。
 
 30分経った。明日はハムサンドが食べたいな、と学校で食べる昼食を考える。人が、来た。
 
 物影で息を潜ませる。隙間から見える人は、女の人で、顔が少し赤かった。目が異常に冴えている。夜なんてことがわからないほど、僕の目には光が溢れている。
 
 狙うならどこがいいだろう。心臓? 首? ……目にしよう、かな。
 
 
 死が恋しくて、死が羨ましくて、死が妬ましくて、しょうがない。死を間近にした人間の、顔がみたい。
 
 

 ―――誰かに名前を呼ばれた気がした。首を捻って周りを見てみるけど、誰も居なかった。空耳だと、思う。
 
 胸がザワつく。ザワザワ、ザワザワと僕の内側を何かが這いずり回る。
 
 目の前を、女の人が横切った。息が止まっていたことに気づく。苦しくて、静かに息を吸った。気付かれないと思ったけど、気付かれた。
 
 女の人の首がこっちに向く。強く握り込んだ包丁を前傾姿勢で構え、
 

「きゃっ―――」


 右脇腹に向けて、突き刺す。想像以上に弾力がある肉の抵抗を無視して刺し続ける。深く、深く。やがて、刃の先がコツンと何か、硬いものに当たった。
 
 目は狙えなかったけど、しょうがない。次にしよう。今は、この獲物だけを。
 
 顔を見る。何があったのかわからない、恐怖に歪んだ顔が、見えた。体が震える。寒さとは違う、快感を伴う震え。
 
 僕は、僕の頬が、釣り上がるのを止められない。
 
 引き抜く。突き刺す。引き抜く。突き刺す。引き抜く。突き刺す。引き抜く。
 
 包丁を使うのをももどかしくなって僕は手で女の人の傷を抉る。
 
 息が荒くなる。視界が赤に染まっていく。赤赤赤赤赤赤赤あかかかかかああかかかかかあかかかかあかかかかあかか。
 
 真赤になった。僕も、彼女も、真赤に真赤だ。
 
 女の人は見開いた目から涙を流して、ポカンと開けた口からも血を吐き出している。ほかの人が見れば『気持ち悪い』とか『エグい』とか言うのかもしれない。
 
 でも僕は、死を得て、死を受け入れて、歪んでいく顔が、堪らなく『愛おしかった』。
 
 一生一緒に居たいけど、それは無理だ。だって彼女は死んでいるから。彼女は動かないから。動かない人間は恐怖を知らないから。
 
 ドロドロと血でコーティングされた手を見る。すごく、美味しそうだ。
 
 舐めてみると、鉄の味がした。なるほど、これが血の味、とても不味いけど、とっても癖になる。
 
 舐めて自分の皮膚が見えた。
 
 ……錯覚なのかな、興奮した僕の目がそう見せているのかもしれない。
 
 ―――なぜか僕の手は、黒くて、爪が尖っていて、触ってみるとカチカチしていた。

 目を二・三度瞬かせる。やっぱり見間違いだったみたいだ。裏返して見たり月の光に翳してみるけど、やっぱり普通の手だ。
 
 ……はやく帰らないと。家に帰ったら服も捨てないといけないし、お風呂にも入らないと。
 
 そういえば、明日は転校生が来るんだったけ、男子かな、女子かな、楽しみだな。
 
 
2。


「……桃谷ミズキです。2年間と3ヵ月、これからお世話になります。色々わからないこともありますけど、皆さんと仲良くなれたら嬉しいです! よろしくおねがいします」
 
 
 その娘の姿に、僕は目を奪われた。美人、だと誰もが認めるはずだ。

 まだ説明もされてないけど日本人と欧米人のハーフなのは明白で、挨拶のために下げられた頭から生えた髪は白みがかった金髪で、窓から差し込んだ朝日で照り返されてキラキラと輝いて眩しい。
 
 制服越しにでも分かるしなやかで絞まりのある体型は外人然としてそこ等に居る女子とは比べ物にもならない。
 
 しかし顔は欧米人特有の凹凸のはっきりしたものではなく、少しばかりの欧米の気質を残した日本人顔で柔らかさを感じさせる明らかな美人だ。
 
 その中で僕が一番魅入られたのは彼女の瞳だ。アルビノ……というのだろうか、欧米の青でもなく日本の黒や茶でもない、血を連想させるような赤い瞳が僕の目を釘付けにさせる。
 
 日本と欧米を掛け合わせたサラブレットとでも呼ぶべき完璧な容姿の中でその不気味な瞳だけが浮いていて、それだけが彼女のマイナスで、僕に対してはプラスだった。
 
 愛想でふりまかれる笑顔から薄く覗く瞳に、欲情すら僕は覚える。
 
 思春期も声変りもまだ来ていない僕でもこの胸に灯った気持ちの正体ぐらい分かる。これは、恋だ。
 
 僕の初恋は彼女で、より細かく言えば僕は彼女の瞳に恋をした。
 
 
「見ての通り彼女の容姿は私達にとってとても新鮮です。ですが、中身は私達と同じです。容姿に惑わされず接してあげてください。―――それでは朝のホームルームを終了します」


 担任が出て行くと同時にウチのクラスで行動派な女子が数人動き出し、彼女におっかなびっくりに話しかける。
 
 流暢な日本語も相成ってすぐに彼女はクラスの女子達と数人の男子に囲まる。
 
 やれ何人なのか、やれ家族構成は、やれ何処に越してきたのか、など叩いた黒板消しからでるチョーク粉のように無限に質問が飛びかい一気に休み時間が消費される。
  
 質問の一つ一つに丁寧に答える彼女の大人な対応にクラス全体の高感度もウナギ登り、すぐに休み時間終了を告げるチャイムと共に先生が入ってきて未だザワつく生徒達を一喝する。
 
 しかし、こんな大そうな爆弾を置かれて大人しくなるのも無理な話で、先生が黒板を書いている間に隣接した席で話かける女子が居るのも当たり前だ。最後列の僕から見ればクラス全体の視線が彼女に集まっているのが丸わかりだ。
 
 そして僕も隙を見て話してみたいわけで、恋というのは人を行動的にさせるというのが身にしみて分かる。
 
 次の休み時間は論外で昼休みも確実に無理だろう。3時間目か5時間目の休み時間に見きりをつけてこの場は大人しくまつことにする。
 
 黒板に書かれた文を自分なりに書きとりながらも、やっぱり視線は彼女に行く。仕方の無いことだとわかっていてもここまで明確に恋を自覚することなんてあるんだなぁ、ときわめて浅い恋愛観に一人感嘆する。
 
 授業が終わり休み時間。ほかのクラスの女子を交えて、トイレに行こうとする彼女にもついていこうとする彼女達のしつこさに感心しつつ、僕は瞼に掛る重圧に気づく。
 
 昨日は色々あったためか寝る時間も遅くて気づいた途端に欠伸が出始める。一気に意識が睡眠欲に押し潰され、僕は僅かな休み時間をそれに捧げることにした。
 
 ―――結局、どの休み時間も彼女は女子達に囲まれていて話しかける隙など微塵もありはしなかった。
 
 すぐに放課後になり、上履きを履き替える僕の視界にはやはり女子に囲まれる彼女の姿、彼女が靴のロッカーを開けると手紙がバサッと落ちるのが見えた。
 
 おそらくと言うか絶対ラブレターだ。誰かは知らないけど古風な奴らだ。というより転学そうそうに告白なんてホントにそいつらは彼女が好きなんだろうか。
 
 家に居る弟とその下の弟に言ってやりたい。ああいう奴らにはなるな、と。
 
 落ちたラブレターを拾って全部カバンに詰め込む彼女の顔は赤みがかっていて、とても愛らしい。ここだけは奴らに感謝だ。
 
 差し詰めミズキ軍団とでも形容すべきだろうか、その目の前を歩く集団は道が分かれるたびにその人数を減らし、最終的に彼女が一人になるまで長く時間が掛かった。
 
 随分遠いところから学校に通うんだなと同じ通学路・帰宅路を歩く僕は感心する。ばれない様に自転車通学をする近場の学生どもにも見習ってほしいものだ。
 
 そこで気付くが今こそチャンスじゃないんだろうか。明らかにこの道には僕と彼女しかいない。……でも、どうやって話掛けたらいいんだろうか。
 
 ありきたりな内容は全部学校に居る間に消化済みだろうし、今日の天気なんて聞くのもおかしい。やっぱり基本の『こんにちわ』から話して、そこから発展させるべきだろうか。
 
 でも、インパクトも欲しいところだ。普通に話しかけてもそこらの奴と同じように記憶をされると思うし、名前を覚えてもらうのも難しそうだ。
 
 と思考の連鎖に入りそうになった所で、途端に彼女がこっちを振り向く。視線が合ったのと、再度確認させられた彼女の容姿と二つの意味でドキリとさせられる。
 
 僕の足と彼女の足が止まるのは同時だった。
 

「えー……っと」


 先に口を開いたのは彼女だった。額に手を当てて憂いのある表情で考えるポーズを取る。やがて諦めたのかパッと困ったような笑顔で尋ねられる。
 
 
「あはは……。何、君だっけ? 同じクラスなのはわかるんだけど、名前がわかんなくって」


「あ、あぁ~。まず名乗ってないからわかんないのも当たり前だよ。僕は―――」


 軽く自己紹介をすると彼女は僕に隣接して歩きだす。
 
 帰路を辿りながら深くは無い世間話をするわけだけど何故か彼女と僕の距離が近い。付きあった経験がない僕には確証がないわけだけど、手と手が触れ合えるこの距離は恋仲の人間の物なんじゃないのか。
 
 
「来る時も思ったんだけどこの通学路、遠くないかな? 自転車通学の許可ほしいよ」

「そうだね。僕ももう5ヵ月ぐらい通ってるけどこれは遠いかな、でも私立だから施設はいいし、中には朝早くから電車で通ってる連中も居るから文句も言いづらいよ」

「足が棒になっちゃうよ。これからこの足で学校通うと思うと、ちょっと鬱かも……」

「ははは。なんなら休んでく? 入学したての頃は僕もそこの公園でよく休憩してたし、ジュースぐらいなら奢るよ」

「え、本当っ!? ……あーっと、ごめんね。癖でちゃった」

 
 奢ると言った瞬間目を輝かせる彼女の経済状況の厳しさを判らざるお得ない。ハーフとかお金持ちな印象があったけど違うみたいだ。
 

「あっはは。いいよいいよ。じゃあ待っててジュース買ってくるから、何がいい?」

「あ、うん。じゃあコーラ」

「了解」


 彼女を待たせて近くにある自販機へと赴く。コーラと僕用のお茶を買い急いで公園へと戻る。公園のほうは遊具が何にもなくて人けが少ないから少し心配だ。
 
 公園に戻ると、ベンチに座る人影を見つける。誰も居ない上にその金髪が特徴的ですぐにわかる。
 
 
「おまたせ、はいどうぞ」

「あ、ありが……え? ―――危ない、後ろっ!!」

「え?」


 柔和な微笑みでコーラを受け取ろうとした瞬間、転じて彼女が鬼気迫る表情で僕に警告する。
 
 ゆっくりと後ろを向こうとした瞬間、背中に、ドン、と何かが刺さった。途端に背中が熱くなる。遅れて激しい、痛み。
 
 何かが、引き抜かれる。さらに鋭い痛みが僕の背中を蹂躙する。視界が、揺れる。ふらつく足で後ろを向くと、
 
 
「お、前……! なん、で……!!」


 そこには、同じクラスの男子が居た。血に塗れた包丁を目に収めるの最後に、僕の意識はそこで途絶えた。


3。


 いつ、いったい、どこで俺はこんなフラグを立ててしまったのだろうか。
 
 入学早々楽しい学生生活を送ろうとする前に、俺はなぜかこんな刃物沙汰な事件に巻き込まれてしまった。
 
 目の前には、俺(女)と同じ学校の制服を着た男子生徒が二人。一人はブレザーの背中の部分を朱色に染めて地面に沈み、もう一人は真っ赤っ赤になった包丁を持って俺を凝視している。
 
 この二人と美少女な俺が居れば、端から見れば三角関係の末に発生した流血を伴ったナイスな状況に見えなくも無い。
 
 しかし三角関係とかまだ13の少年少女には早いんじゃないんだろうか、第二次性徴期も始まるか始まらないかぐらいの年頃でいきなり殺してでも奪い取る関係になんかなるのか?
 
 それとも俺が昔の人間すぎるだけで、今時の子供達は皆キャッキャウフフと日常茶飯事に流血刃物沙汰の事件を起こしているだろうか。

 いやいや、流石にそれはないだろう。入学早々に誰とフラグを立てたわけでもなくただ単に帰り道が同じだったクラスの男子生徒と一緒に帰るだけで、いきなり同じクラスの別男子生徒が現れてこの泥棒猫とか、……ねーよ!
 
 結論。コイツがおかしい。
 
 
「――って! きゃあ!?」


 あまりに急転直下な展開について行けず椅子で固まっていた俺に包丁が振りおろされる。慌てて体面を気にせずスライディング気味に飛びのき、無様に地面へと転がり砂を舐める。
 
 
「ちょ、ちょっと待って! なんでこ、ん、なことをぉ!?」


 有無を言わせず第二撃が俺を襲う。横薙ぎに払われた包丁に半分パニックなった俺はなぜか左腕を構え余りにも脆いガードを繰り出す。
 
 当然、結果は簡単に予想できすぐにそれは実現される。振り払われた包丁が見えるのと同時に腕になんとも言えない痛みが広がる。
 
 
「あがっ! あぎぐ、うぅぅぅぅぅぅ!!」

 
 頬の肉を噛んで腕の痛みを紛らわせる。悲しくも無いのに涙がボロボロと出る。
 
 視界に映る少年が足を振り上げるのが見えた。
 
 何もできないまま横殴りに蹴り飛ばされる。ゴロゴロと地面に血で赤くマーキングしながら転がる。
 
 何が『そんなに危険な仕事じゃないですよ』だ。はやくも殺されかけてるじゃないか。嘘吐きにほどがあるだろあのイケメン野郎。あのニヒルな笑みをぶん殴ってやりたい。
 
 異能者とは一般社会の異端児であり、その存在は普通な感性を持つ一般人にほど疎まれ恐怖される対象である。そのため覆面刑事的な仕事の場合、自身が異能者ということは他者にバレないようにしなければならない。
 
 とかそんなことを説明されたけど、流石にもうバレるとかバレないとか気にしてはいられない。それ以上に命の危機だ。
 
 異能を発動させる。それと同時に途方もない空腹感が発生し、腹の虫が大暴れしだす。
 

「ふぅふぅ、……ふぅ……!!」


 尻もちを突いた状態で起き上がり右手を構える。左腕の痛みで指がブレる。
 
 少年の顔が見える。頬がゆがむほどの笑み、人を斬るのに快感を覚えた瞳、……すべてが気持ち悪い。吐気すらする笑顔で俺の胸に包丁を突き刺そうとするのが見える。気持ち悪い。
 
 気持ち悪すぎる。そんな奴にこれ以上、俺の体を傷つけさせるものか。
 
 指に、力を込める。
 

「死ね」

「! ガゥ!?」


 急速に伸びた爪が少年の額を貫く。グルンと黒目が瞼に入りこみ眼球を白一色にする。
 
 動きが止まった少年の胸を蹴り飛ばす。もともと力の無い貧弱な体の上に左腕の負傷でそんなに力が入らず、横倒しにするぐらいにしか飛ばせなかったけど十分だ。
 
 新鮮な血を吐き出し続ける左腕にハンカチを巻きつけ縛り上げる。ウサギの刺繍が施された青いハンカチが見る見る内に赤く染まっていく。異能で治療しようにもこの腹ぐあいだと何もできそうにない。
 
 盾どころか囮にもならなかった少年は致命傷っぽいけど、駆け寄って声を掛ける気にもなれない。女一人守ることのできない男なんて死んでしまえ。まぁ一応救急車は呼んでやるけどな。俺のついでだけど。
 
 携帯を取り出す。……ストラップ買わないとな、何もないのは寂しい。
 
 
「……壊れてるし」


 パカパカ(死語)の携帯を開いてみると液晶の画面が真っ黒になっていた。いくら電源ボタンを押しても一向に光を発しようとはしない。
 
 ……蹴り飛ばされた時か、運悪くポケットの携帯にクリーンヒットしたのか。銃弾を止めた弁護士バッヂほどの効果もあらわさずにお亡くなりになるとは嘆かわしい。
 

「公衆電話……公衆電話っと、……あった」


 携帯を投げ捨てて公園の隅に合った電話ボックスへ歩み寄る。
 
 電話ボックスに近づくにつれ、ガラスがオレンジ色がかった太陽の光を反射する。どんどんと眩しくなり目を細める。

 次第にガラスが鏡のようにボロボロになった自分の姿を写し取る。整えた髪はボサボサ、新品の制服は即効でキズ物、腕の怪我で多分病院に逆戻り、最低すぎる一日だ。
 
 
「……?」
 
 
 ふとガラスの端に映る黒い『何か』が見えた。自分の背後にあるまるで黒く塗りつぶされたかのような丸い『何か』がガラスを通じて俺の視界に写り込む。
 
 それが人の形を成した途端、悪感が背筋を覆い。自分でもわけがわからない内に横に飛び退いた。何かが頬を霞める。
 
 僅かな、痛み。血が舞うのが、見えた。

 頬の痛み。血。……怪我? 顔に?

 脳が急速に沸騰する。怒りのリミッターが振りきれるのを感じた。

 
 
4。


「にょほほ~! ミズキちゃん元気だね~!!」


 突然降ってきた声に俺は作業中断した。声の主を探して見上げるとすぐに見つかる。水色の縞パン……じゃなくて、ショートポニーだ。
 
 ショートポニーは器用に電灯の上に乗っかり俺を見降ろしながら短いスカートを全開にしている。
 
 きっとそこからの眺めはとてもいいんだろうな、こっちからの眺めも最高だけど。
  
 
「……ユウ、どこから見てた?」

「さいしょっから!」

「なら、助けろよ」


 『野田ユウ』は即答する。いつもならどうでもいいけど、今は殺したい気分だ。
 
 顔にかかった血が酷く気持ち悪くてブレザーの袖で拭う。袖にも血が付いていて拭って拭っても血がとれない。
 
 白かったブレザーはもう赤色で覆われてとても着れたものじゃない。新しいの買わないとな、それに携帯も。今度は薄型じゃない奴にしよう。あ、そうだ。その時にストラップも買おう。
 
 
「やだよ。私ミズキちゃんのこと好きじゃないもん」

「死ね」

「にひひ! ま! それにしてもボッコボコだね~ミズキちゃんやりすぎ~」


 ケラケラと笑いながらユウが指差す先は俺の足元。
 
 そこにはさっきまで男子生徒だった物がある。まさか変身系異能者だとは思わなかった。
 
 変身系。物や人の変身・物や人への憑依など媒体を使って力を引き出す異能。
 
 異色なものとして建物に意思を宿らせ文字通り『生きた要塞』へと変身させるものもあるけど、変身系の人口の7割は自分を変身させるというものだ。
 
 より戦闘的なものほど発動時に化け物のような姿になり理性をも吹き飛ばす破壊・殺戮衝動に襲われる。その特性は未使用時にも有効で徐々に、衝動が身を蝕んでいき最終的には異能者の暴走の引き金になる。
 
 神山は訓練で精神を強くする、という方針をとっており一定の効果を上げている。ちなみに神山最強の変身系は普段は生真面目で虫を殺すのもためらう小心者らしい。
 
 
「で、食うのかい?」

「まあね。これ以上食べなかったら異能を発動するのも難しくなりそうだし、なによりこの傷を治したい」


 左手で頬を撫でる。横長の傷が一本、頬から鼻に掛けてながれている。怪我をなぞるとまだ燻っていた怒りが燃え上がり始める。
 
 右手で男子生徒の腕を掴み軽く力を込める。簡単に折れた。さらに力を込めて骨を砕く。グチャグチャ。
 
 
「それより、ここなんで人通らないんだ? 人通りは少なそうだけどまったく通らないってわけじゃあなさそうだし」

「それはなー……教えてあげな~い! でもね、マドカちゃんってだけ言ってあげるよ」

「ふ~ん」


 精神操作系のなんかなのかな。まぁ今はどうでもいいや。
 
 異能を発動させる。途端に空腹感がやってくる。目の前の男子生徒を人間だと意識しなくなり始める。
 
 ……これは肉だ。人の形をした肉だ。人は肉を食べて生きていく。だから別に俺がこの肉を食べてもいい。いや、食べたい。もうお腹が空き過ぎておかしくなりそうだ。
 
 いただきます。
 
 
「あ~~~~ん」

「ぐっろいなぁ~」

「うっせ」


 イメージ的には植木のアノンが神様を食べるシーンとかグルメが心を読めるボクサー食べるシーンとかをイメージしてくれればいい。
 
 どうせだからあっちで転がってる少年の死体も食べておこう。
 

「アイツに連絡して後始末するように言っといてくれ」

「めんどくさい」

「お前も食うぞ」

「食えるもんならやってごらんよ~」


 電灯から飛び降りて人差し指をクイクイ折り曲げて挑発してくる。

 殺意半分のジョークだからもちろん無視して少年を食べた。

 ……まっずい。女の子ほうが美味しそうだな。


▽△

後半適当すぎる。

コメントで指摘してくれた人ありがとうございます。

1。2。の俺の部分は僕に直しました。

▽追記。

粗探し終了。独白修正と追加しました。マシにはなったかも。

次回はどうしようか。全然展開思いつかないや。










[4284] けいだん。7―ちょっちょちょちょっと待て―
Name: 歩(ホ)◆429b8219 ID:06335ec5
Date: 2009/01/14 20:23
1。


 話はおおよそ一月前に遡る。……ん? なんで遡るかって? 過去話とか重要ですよ。物語的な意味でだけど。まぁ、理由は俺が何故学校に通うことになったのか、の説明のためなんだけどさ。


「……は? ……えーと、すいませんもう一度お願いします。出来れば上目遣いで頬を赤らめて照れのある口調でツンデレ風に」


 イケメンは病室の椅子の上でハトが豆鉄砲を食らったような顔で俺に再度訪ねてきた。
 
 俺は説明のために再度異能を発動させて右手人指し指の爪を伸ばす。そしてやや首を俯き加減にして丸めた左手を顎に当てて演技開始。
 

「だ、だから言ってるじゃない! 私の異能は今はこれだけなの!! 何度も言わせないでよ! こ、このバカぁ」


 言ってみて頬から火どころか地獄の黒炎を吹き出しそうになる。これじゃ照れ顔じゃなくて発情顔になってそうだ。

 戸惑い気味に周りを見てみると、


「80点」と爽やか三組な笑顔でイケメン。

「ぶふぅ!」と笑いを堪えるきれていないョートポニーユウ。

「……満点!」と俺を抱きしめる腕に力を込める黒髪ロングマドカ。

「私の方がうまく出来る」とサイコメトラーリョウコさん。


 四者四様の反応で俺は迎えられた。特にリョウコさんは俺の興味をチクチクと刺激することを言ってくれる。俺より上手く出来るならやってみろよゴラァ。
 
 とまあ冗談はさておき、少々真面目な話なのか皆の顔が皆なりに真面目になる。ユウのニヤニヤ顔はそれが真面目な証、だといいなぁ。
 
 
「で、マジですか?」

「3度も説明いらないと思うけど?」


 呆れと困惑をブレンドコーヒーさせた顔でイケメンが俯く。その顔に胸キュンでご飯三杯で股間に手が伸びるぜ。……もちろん嘘だ。
 
 そもそもなんでこんな状況になったかと言えばイケメンが雇用するために再度能力を見せてほしい、と言ったところから始まる。
 
 手の内は仲間にもバラさない幻影旅団の方々をリスペクトしてダンマリで行こうと思ったけど、言わなきゃ死んじゃうとマドカの助言もあって全て白状した。
 
 まぁ、サイコメトラーリョウコさんも居ることだし言っても言わなくても一緒か。神山に協力的か否かを判断したかったってところかな。
 
 といっても俺が白状した部分は能力の本質だけで、将来性の話はしていない。ほんとならこんなことも出来るんだぜ! と言っても無駄そうな見栄を張る気がないからだ。
 
 異能はそのレールに外れない限りイメージ力次第でその力を伸ばせる。イメージ力、という才能の壁があるため異能に優劣が生まれるわけだけどさ。
 
 例えとして物理操作系の火を操る異能者を挙げてみる。この場合、レールは火でその上を走る列車の動力がイメージ力だ。
 
 火の操作はもちろん基本であり基礎だ。これが出来なきゃまず異能者じゃない。これだけしかできない奴がD判定。イメージ力が欠如している。
 
 そして次に火とどこまで友達になれるかで才能の限界が変わる。イメージ力次第で火を触っても熱くないし、半物質化させて乗ることだってできるだろう。もちろんボールと友達のツバサ君はA判定で間違いない。
 
 これは無理だろ、と思った時点でそれがその人の限界だ。人が無意識下で設けたリミッター、それが才能の正体だ。
 
 火は熱いし乗ることだって出来ない。それは人がどうにかこうにかで覆せる代物じゃない。
 
 火は熱いけど心頭滅却すれば~熱くないみたいな~? と無意識に出来ると信じて一片も疑わない脳のリミッターが吹き飛んでる奴らがA判定の奴らだ。
 
 で何かの拍子に、やっぱり火熱いよ! となるともうダメ、Aから一気にDに落ち込むことだってある。
 
 俺の話のレールも逸れ始めたし、話を戻そう。
 
 つまりは俺のレールは不透明で曖昧でデコボコなのだ。俺のレールは肉体の強化・治癒・変形だ。強化・は右手を見る限り簡単に出来そうだ。治癒もよっぽどの致命傷を受けない限り大丈夫だと思う。
 
 問題は変形だ。爪を伸ばすのは成功したけど実際どこまで出来るのかがわからない。漠然としすぎていてリミッターも掛けられあぐねている。
 
 それにプラスして俺の異能にはエネルギー系能力者同様にエネルギーゲージが設けられている。
 
 発動するためにも僅かばかりエネルギー消耗するし治癒変形には言わずもがな、そして一番に消耗するのが肉体の強化&変形部分の創造だ。これが『わかんなければ数撃ちゃ当たる』戦法を妨げる。
 
 そのため貴重な資源を無駄遣いするわけにもいかず必然的に慎重にならざるお得なくさせられる。
 
 しかも俺の異能のエネルギーの貯蓄方法がまたエネルギー系とは異なるためそれをさらに加速させる。
 
 エネルギー系は未発動の平常時や睡眠などで徐々に回復する。リラックス状態など精神が安定しているとなお良しだ。
 
 だけど俺の異能は平常時にも睡眠時にも回復はしない。そもそも睡眠だったらもう20日間寝てたしMAXなはずだ。
 
 俺の異能のエネルギー回復方法は『死後数分の新鮮な死肉』を食べることだ。これは異能が定めた異能を使う上でのルールだ。俺にはどうすることも出来ない。
 
 別に新鮮な死肉なら何でもいい。猫でも犬でも像でもクジラでも宇宙人でも異世界人でも未来人でも未亡人でも、なんだっていい。
 
 しかし猫や犬などは食べても微々たるもので、一番回復効率がいいのは『人』だ。これは栄養とかは関係がない、純粋に『人』が『いい』のだ。
 
 特殊系はレアな異能の巣窟だけど、その中でも俺は特にレアで異端だ。
 
 この体の少女への乗り移りはただの異能の暴走だ。もう一度同じことをして成功するかも怪しいし。
 
 
 そして上の長ったらしい説明の俺の異能に関する説明文、それの将来性を感じさせる大部分を省いてイケメンに説明した結果、一番上の部分に戻るわけだ。……当然オリジナルSS投稿掲示板って所じゃなくて、話の文頭だ。
 
 
2。


「で、人食べていいわけ?」


 異能のおかげか人を食べるのに抵抗は無い。
 
 人を殺すほうにも抵抗は無い。前世(? ……『?』をつけるのも面倒になってきたし次から外そう)の時は『人を殺す』のが隠れた異能に目覚める条件だと思ってた頃もあって殺しまくってたなぁ、主に老人とか子供とか女の人とか抵抗の少なそうな奴中心に。
 
 越してきた転校生を見た初日に殺した日はヤバかった。あの時は、衝動的なものだったから事前の準備もせずにやって警察の捜査掻い潜るの必死になってたなぁ。
 
 その時に気が付いたことは、人は生きてる時が一番美しいってこと。死んで動かないのはもうただの肉人形でとてもつまらない。
 
 あの時使ってたナイフセットはたしかあの家に置いてあるしいつか取りに行きたいな、高かったし思い出もいっぱい詰まった代物だから手放したくない。


「いいですよ」


 えらく簡単に人食OK出しちゃうイケメンにちょっと引いちゃう俺。抱きしめてくるマドカの顎に頭をグリグリされる。
 
 俺もグリグリと背中を押しつけてマドカの胸の膨らみを満喫する。体は女だから合法的なセクハラだ。
 
 
「といってもそんなにガンガン食べさせることはできませんよ? 僕の管轄する地域限定です。人一人居なくなるわけですから隠蔽も難しいですし、時に警察と神山の双方に拷問じみた取り調べをされるかもしれない身にもなってくださいね」


 あ、そういことね。じゃあ美人薄命と言うしこの世のモテない男子のためにイケメンにはさっさと過労で死んでもらおう。
 
 
「変なことは考えないほうがいいですよ。知ってます? 昔、あなたが暮していた地域を管轄していた神山の人間がストレスで自殺したってこと」

「あっら、それは大変ですね」


 昔のことまで知ってるイケメンに焦る。たしか異能が関係無い事件に異能者は不介入のはずだろ。
 
 リョウコさんのほうを見るとVサインをされた。こっちも中指を立てて応戦する。


「ですので度が過ぎた場合アナタには死んでもらいます。これは殺人を許可した上での最大限の譲歩です。」

「……人の上に立つ人間は、部下のために身を粉にする覚悟が必要だってじいちゃんが言ってたぞ」記念すべき俺の殺人第一号のじいちゃん。

「それはそれ、これはこれ、他人の家の事情は関係ないですよ。ウチはウチなんです」


 後光さえ光り輝かん態度なイケメンに呆れながらも俺は次に話を進める。
 
 
「で、俺の異能ってどうなの?」

「まぁ今の状態なら確実に異能はD判定。給金もそこらの会社員と変わりません。サポート(実行員を補助する人間)がせいぜいでしょう」


 10万~20万くらいか、十分すぎるだろ。……あ~……命かかってるし安すぎるか。まぁD判定なのは予想してたけどさ。
 
 
「ですが、貴方が暗に隠して言った肉体の強化具合・変形による将来性を考えればランクアップも出来るかもしれません」


 俺が匂わす程度にしか言ってないのにイケメンは鋭く察知していたみたいだ。洞察力とかそういうのが優れているのかもしれない。


「次にアナタを雇用するに当たっての注意を説明します。まず―――」


 ここから先は長い上にどうでもいいからカット。みんなもサイトに登録する時見るダラダラと長い説明文は読まないだろ? そういうことだ。


……
………
…………


「―――というわけで、僕が持つ権限ではアナタを正社員にするのは不可能です。お店に例えるなら僕が店長で貴方はバイトです。つまるところ僕の部下です」


 なにがというわけなのかわからないけど、とりあえず出された色々な書類にサインした後リョウコさんが入れてくれた茶を啜る。まずい。
 
 ぶえっくしょんとリョウコさんがユウと同時にくしゃみをするのが見えた。仲いいなあいつ等。乙女率0だ。まさか茶にくしゃみ入れてないだろうな。
 
 
「ということで貴方の戦闘力と容姿を考えた結果、貴方には僕の管轄内にある中学校内部の監視・捜査をしてもらいます」

「……ん? どういうことだ?」

「噛み砕いて言えばアナタには中学校に入学してもらいます。あ、もうリョウコさんの両親伝いに手続きは住んでるんで安心してください」

「はぁ!?」

「異能という神秘通じて繋がり合う友情、というのは実に良いものですけどそういうのは大体、恐喝や暴力などに発展しますからね。最近多くなって来てるんですよ。最終的には大型の野良の異能コミュニティに発展して……」

「ちょっちょちょちょっと待て」


 後ろで「ちょっと待てよ!」とかキムタクの真似をするリョウコさんが激しく俺をイラつかせるけど無視する。
 

「え、何? 俺にスカートはけってこと?」

「まぁそうなりますね。とても似合うと思いますけど?」

「……いいねぇ」


 ちょうどこの容姿に合う服を考えてたんだ。思ってもみない提案だ。
 
 
 
 とまぁこういう展開で俺は学校に行くことになったわけだ。そしてその数日後に退院して、毎日のように俺に服を持ってきて着せてくるマドカと楽しみながら学校当日になった。
 
 実に有意義に過ごせたと思う。ちなみ服は全部マドカの自腹だ。
 
 
 
 ▽△
 
7話。実質3話終了。 
誤字脱字あったら指摘してくれると嬉しいです。
1。2。でちょっと短いけどモチベーション維持しないと書いて行けない。そして本当は3。4。と続けたかったけど書かないのは眠いからです。
みなさんてきとーに見てください。いつ更新停止するか仲間内で賭けるのもありです。
 
それでわ。



[4284] けいだん。8―6人目―
Name: 歩(ホ)◆429b8219 ID:06335ec5
Date: 2009/05/19 12:24
1。


「るーるるるるー」


 別に両手を高々と上げて宇宙語を喋っているわけじゃない。目の前に居る猫に警戒心を抱かれないように試行錯誤しているだけだ。
 
 入学早々に『私のために喧嘩しないで』事件に巻き込まれた俺は左腕の肘から手首までを横断するような切創を負ってしまい大事を取って学校を休むことになった。
 
 左腕は6針を縫う大怪我だけど切り口は鮮やかで跡は残らないそうだ。今は包帯をグルグル巻きにして放置してある。
 
 顔のほうは既に異能で治療済みだ。出来るだけ怪我には異能は使わず自己治癒で治したい所だけど顔は別、この綺麗な顔に傷がつくのは誰でも無い俺が許せないからだ。
 
 それにエネルギー面の問題も二人食ったからといって静観していられるような量には達してはいない。ガツガツ人を食えるような状況が来るまでは出来るだけ節約しておきたい。
 
 次の変形部分の創造に費やしたらもうエネルギーは僅かしか残らないだろうしね。肉体の強化はまだいいや、力加減覚えるのも右手だけでも苦労するくらいだし。
 
 ……お、近くに生えてたねこじゃらしの草振ってたら近づいてきた。
 
 
「お~よしよし、何にもしないからこっちおいで~」


 舌を鳴らしでさらにフリフリする。無害をアピールして寝転がってお腹を見せたいところだけど、野外のここでやったら痴女の烙印を押されるだろうから却下。
 
 せっかくだから俺はこの可憐な容姿を利用して成功法で猫を落とすぜ。
 
 
「ほらほら~にゃんにゃ~ん? にゃ~?」


 自分の声で興奮しながらも、段々と猫の警戒心を解いていく。
 
 
「き、来た来た~!」


 腰を沈めた状態から一転。ねこじゃらしに猫が食いつく。まだ成熟しきってないのか体はまだ小さい。子供と大人の間くらいだろうか。まぁ十分かな。
 
 異能を発動させる。
 
 
「ニャッ!」


 と断末魔を上げて爪に貫かれる猫。南無、安らかに眠れ。
 
 それにしてもなんか焼き鳥みたいになっちゃったな、串……というか爪貫通してお尻から生えてるし。とりあえず死ぬまで待つ。
 
 人が来ないのは確認済み。良い所に猫も居たもんだ。あ、人がこないからここにしたのか。これは盲点だった。
 
 
「あ~~~ん」


 完全に死んだのを確認して口に放りこんでペロリと平らげる。ちょっと甘くて美味しい。エネルギーは全然回復しないけどオヤツにはいいかも。
 
 それはそれとして、俺もただ単に愛玩目当てに猫に構ってたわけじゃない。猫なんて食っても食わなくても一緒だし。
 
 目的は猫が持つ体の情報。
 
 異能発動時の俺は口に含んだ生物の情報を視ることが出来る。当然、本職の感覚系には叶わないし、どう頑張ってもC-判定ぐらいの出力しか出ない。
 
 急場では役に立つことも無いただのオマケ機能だけど、それで十分。イメージをよりしやすくするための情報力は確保できる。
 
 ここですることも無くなったし自宅に撤退することにする。
 
 
「ミズキちゃん、ちっす!」


 イケメンに手配された仮の自宅の中に入るとなぜかショートポニーが部屋でジャンプを読んでいた。コイツ……ニートか? 学生なら学校行ってる時間だぞ。

 とりあえず近寄ってジャンプを蹴飛ばす。


「……なんで野田ユウさんは許可なく俺の部屋に居やがるのかな?」

「にゃはは! お腹減ったから!」

「外で食えよ、金あるだろ神山で働いてるんだからさ。第一鍵掛けたはずなんだけど? 合鍵とか持ってたら寄越せ、この場で叩き折るから」

「そんな可愛い声と顔でそんな汚い口聞いちゃダメだよ~? マドカ怒るよ~? ……はっ!? 右から来るぞ! 気をつけろい!」

「彼女は今俺の学校の高等部に通っていますので大丈夫です。さっさと寄越せ、イケメンに言いつけるぞ」

「んも~せっかちだね~。はい」


 やれやれと溜息をつきながら懐から何かを取り出したかと思うと、オーバースローで投げられた。もう『はい』とかの掛け声の領域じゃない。
 
 反射的に構えた右手でキャッチする。見ると包まれたえらく古風な布だった。開けてみる。
 
 
「……なに、これ?」


「ピッキング道具」


2。


「ふぅ~食った食った~!!」


 ゴローンと食い終わったその場で寝転がるショートポニーユウ。喉触ったらゴロゴロとか喉鳴らしそう。

 ピッキング道具を全て叩き折った後、俺の朝食のついでにユウにも振舞う。ジャムつけたトーストとコーヒーというシンプルな者だったけど6枚切り食パンの内5枚を食われた。新品のジャムももう空だ。
 
 そのまま寝息でも立てそうなユウを横目にコーヒーに口を付ける。
 
 
「……」

 
 嫌がらせで渡したブラックコーヒーが、いつのまにか俺のミルク砂糖コーヒーと入れ替わっていた。しかたなくミルクと砂糖を入れて飲んだ。
 
 
「食ったんなら早く出てけよ」

「え~ヤダヤダ」

「棒読みだぞ」

「バレたか! ……ふっふっふ。実は今日は、ミズキちゃんの夫のイケメン君にミズキちゃんを呼んできてほしいって言われたから来たんだよ」


 吐き気がこみ上げる。あのイケメンが夫とか死んでもいやだ。というか男全般付き合うとか嫌だ。俺は健全な男子だ。
 
 ……ん? でも体は女か。え、ということは女の子が好きな俺は実質レズとか百合属性の女の子になっちゃうのか!? しかし、残念ながら俺にそんな属性は無い。
 
 これはかなり困った。恋愛は性の壁が無いと発生しないと思ってる俺にとっては大問題だ。なんか俺の未来に暗雲が立ち込めてきた気がする。
 

「? なに頭抱えてんの?」

「い、いやなんでも無い。……で、呼んできてほしいってまた、携帯という現代の利器があるのになんでお前が来たのさ?」


 この部屋には据え置きの電話がない。そのせいかパソコンも無い。と言うか何も無い。例えるなら綾波の部屋。


「携帯繋がんないってさ~。バイトの呼び出しに応じたくない高校生ですか! て言ってたよ~? そこんところどうなのさお前さん?」

「繋がんないって……あ」


 昨日壊れたんだった。ちくしょうあの男子生徒が、どこまで俺を怒らせたら気が済むんだ。
 
 
「……昨日壊れた。というか昨日だったら、お前見てただろ俺が携帯投げるとこ」

「にゃ? ……あ~あの時の? いや~あの時は携帯を投げて明日の天気を占う新しい遊びかと思ってさ~!」

「ゲタ占いか! あ~した天気にな~れか! 天変地異ゲタ占いの術か!」

「あっはっは~! ごめんよミズキちゃ~ん!」

 
 ちっとも反省していない能天気な笑みで謝罪されても嬉しくないわ。というか俺が買っておいたポッキーいつの間にか食ってるしなにコイツ?
 

「まぁそんな些細なことはどうでもいいじゃん! それよりほらほら、さっさと準備するする~! ミズキちゃんのせいで時間もうないんだよ~!」

「何ひとのせいにしてんだよ! 朝飯食う時間削ったらよかっただろ!」

「早く~着替えて着替えて!!」

「うわ、ちょっやめろこら! 服脱がすなっ! あっ、やっ、お前っ、どこ触って……ん!!」


 帯をひっぱる悪代官ばりの手際のよさで寝巻きの服を剥がれる。
 
 必死の抵抗も空しく微かな寒さを感じさせる部屋のもとパンツを残して全裸になった俺は、自分の体の一点(というか二点?)を見て、鼻の奥がツンとした。
 
 そして、鼻血。
 
 
「うっわ……」


 さっきとは一転して引きつった笑顔のユウ。
 
 ち、違うんだ。たしかにこれは俺の体だ。でもやっぱり中身は男子で体はロリで、これは必然なんだ。仕方無いんだ。
 
 だからそんな目で俺を見るな。
 
 
「……えっと、まぁ……なんだろ、はやく神山の制服のほうに着替えてくれると嬉しいかな……?」


 もう明らかにユウの声のトーンが違う。
 
 
「あ、うん……」


 ちなみに着替え時とかは局部隠して着替えてる。


3。


 異能は持っているだけでは捕獲・隔離・殺害の対象にはならない。それは当然なことだ。
 
 つい先日まで一人の尊厳ある人間として生きてきた人間がいきなり異能者になりえるこの世界で、『ただ持っているだけ』でそんなことをすれば人々の間に起こりうる反感は計り知れたものでは無い。
 
 それが、過去3度に渡る大事件を筆頭とした今なお起こり続ける異能者による犯罪があってもだ。
 
 ただ異能を持っただけなら日本政府も神山企業も、定めたルールを犯さないのなら手出しはしない。
 
 そして自分のためだけに使うなら、それも許容される。しかし、その定められたルールを破り一度でも異能で『他者に影響を与えた』場合、それは政府や神山に属して無い限り『罪』になる。
 
 異能で他者に怪我を負わすのは言うまでも無い。正当性が無い限りその時点で異能者は最悪死すら覚悟しなければならない。厳重な注意、なんて生易しいもので済むことは極めて稀なことだ。
 
 しかし厳しくも正しく感じるこのルールには、一つだが大きな落とし穴がある。
 
 例えば、精神に異常がある人間を精神操作の異能者が異能で『治療した』。
 
 例えば、物理操作系異能の念力で工事現場の仕事を『はかどらせた』。
 
 例えば、感覚系異能のサイコメトリーで他人の体を調べてガンがあることを『しらせた』。
 
 この全ては一見人の役に立つ行為だが『他者に影響を与えた』ため、どれだけ人の役に立とうと『罪』になる。流石に怪我をさせたわけではないのでよっぽどのことでは無い限り初犯で殺害になることは無い。
 
 善意でやっていたことが神山の目に止まり、捕獲・隔離されるなんてことは一年を通して何度も発生している。
 
 何故だめなのか? と問われれば、答えは既存の職業の価値が薄れてしまう、最悪な場合無くなってしまうからだ。
 
 もちろんルールの隙間を縫い、影響を与えられた側が他言しなければ神山も気付きようがないので無かったことに出来る。が、そのことが神山に知られれば共犯者とみなされその異能者ともども罰を受けることになる。
 
 異能が使いたければ神山に申請し異能者を派遣してもらうか、監視する人材を派遣してもらいその監視下の元つかわなければならない。それもよっぽどのことが無い限り許可が降りることは無い。
  
 
 そして、そのやりすぎとも言える神山のやりかたに反対する人間もやはり居る。曰く異能者の自由のため、曰く異能者に優しい世界を作るため、今も各地で野良の異能者によるテロじみた反攻は後を絶つことは無い。
 
 
 その裏で異能による犯罪で自分の利益しか考えない人間が居るとも知らずに……―――。
 
 
 
 
 
「―――……そんで、そんな自分の利益しか考えないクズの集まりの一つがここだ」


 それなりに大きな地区にある風俗街の一角のクラブ、隅の隅にある目立たない席でシケモクのタバコに火を点けながらぼやく。
 
 昔はもっとマシな理由でスジの通った主張で頑張ってきた集まりも、今じゃただのチンピラどもの集まりになってしまいやがった。初期メンバーも自分を除いて皆居なくなってしまった。
 
 少し視線を端に寄せて見れば、異能を持たない大勢のチンピラどもが数人の異能者からお小遣いを貰う光景。
 
 金の出所なんて決まってやがる。先日コンビニから強奪してきたやつだ。しかも挙句の果てにその時に居た女性店員に大怪我を負わせた。
 
 ニュースで映されてる監視カメラの映像で熱く武勇伝を語ってるのが馬鹿らしくて滑稽だ。
 

「あんな奴らが居るから異能者の肩身が狭くなる一方なんだよ」
 
「……ふ~ん」

 
 黒の根元が目立つ染めた金髪でもう秋だってのにキャミソール一枚、目には黒縁のサングラスでなんとも夏を感じさせる女は、頬肘を突いて心底詰まんなそうに返事をした。
 
 自らエネルギー系異能者だと名乗ったこの女はこの店に入ってくるなりチンピラを一人殺してここの居場所を作ったはいいものを、誰に干渉するでもなくふらりと来てはいつの間にか消えている変な奴だ。
 

「なんだその顔は、オッサンの話はつまらなかったか?」

「ん、別に、ただ……」

「ただ?」

「あそこに居る連中のやってることは正しいと思うけどね。少なくともオジサンよりは」

「ほぉ、なんでよ?」


 妙なことを言う奴だ。俺よりあいつ等のほうが正しい? まぁ俺もまっとうな人間じゃねぇけど、あいつ等よりはマシだと思ってる。
 
 
「オジサンみたいに人の顔色を見て周りと合わして生きようなんてめんどーなことするより、あいつ等みたいに自分ためにやりたいことだけをやる人間のほうが私には真っ当に見えるよ」

「……人は人と協力しないと生きていけないんだよ。そんな奴らはすぐ社会から弾かれてのたれ死ぬ」

「じゃあそんな社会壊しちゃえ」

「弱肉強食な世界は誰にも優しくねーぞ」

「自分に優しかったらどーでもいいよ。弱い奴らは食べられて当然、むしろ食べられて光栄に思わなきゃ」

「……話のわからないバカだねぇお前は……」

「おじさんがバカだね」

「ま、それは違いねぇな」


 ソファを横に並べてねっ転がる。金もないし寝よう。死んでもあいつ等に貰う気はないしな。
 
 まぁ今回の件で確実に神山の目に止まっただろ。ニュースでばっちし異能使ってるとこ映ってたしな。後は神山の実行員が突入してくるのを待つだけだ。
 
 異能者の恥さらしはその場で隔離も捕獲もすっ飛ばして殺されることだろう。俺も含めてな。
 
 せめて最後はクズになるまで放っておいた責任を取ってこいつ等と一緒に死んでやろう。明日か明後日か、それとも今日か。


「お前は関係ないしさっさとここから逃げたほうがいいぞ」

「そだね。……あ、いいこと教えてあげるよ」

「ん?」

「もう来るよ。生きてるといいねオジサン。じゃあね!」


 閉じていた目を開けると女はもう居なかった。不思議に思って身を起こした途端、開けるのも面倒だと言わんばかりに店の扉が爆発した。
 
 
4。

 
「いいですね。制服よく似合ってますよ。あ、ニーソックスは僕の趣味で加えさせてもらいました」

「会ったその場でセクハラとか……死ねばいいのに」


 気まずい雰囲気のまま着替え終わり、今だ晴れない引きつった笑顔のユウとやってきた黒バンに乗り込むと目の前にイケメンの張り付いたような笑顔があった。
 
 朝からコイツの顔を見ると激しくテンション下がる。しかもセクハラ付き。
 
 ちなみに今のテンションはさっきの気まずさで下がりに下がって、さっきのセクハラ発言で底を突き破ってマイナスにまで行っている。
 
 
「……で、なんで俺呼んだのさ?」


 陰険な漫才のようなやり取りをする気もないし、とりあえず真面目に話を振る。
 
 
「あれ? ユウに僕が着くまでに説明しとくように言ってたんですけど、聞いてないんですか?」


 不思議そうにユウを見るイケメン。俺も続いて視線を向けると、そのショートポニーをブンっと振って露骨に目を逸らされる。コイツ確実に忘れてただろ。
 
 車が発進する。運転手を見るとカイジに出てきそうな黒服のお兄さんだった。
 
 携帯壊した俺にも不備があるため記憶力の悪いユウを責め切れず、イケメンも過ぎたことはしょうがないと目的地に着くまでに説明することになった。
 
 
「まず、アナタを呼んだのはサポートをしてもらうためです。これは仮にも神山に所属している上司である僕の命令ですから拒否権はありません」

「学校行くって先約があるんだけど」

「今日学校休んでるんでしょ? あの事件の後処理したの僕なんですからアナタの症状ぐらい医者から聞いてますよ……といっても、入学早々食うとは思ってもみませんでしたけど」

「……」


 イケメンが足を組み直す。顔がいい奴はなにやっても絵になるのがムカつく。イライラムカムカ。
 
 
「……簡単に言って今日することはクラブを拠点にした野良の異能者コミュニティを粉砕すること。ただの一般人なら僕たちが出ることも無いんですけど、先日のコンビニ強盗でカメラにばっちり異能が使われるのが写ってました」

「殺すのか?」

「はい、そりゃもう皆殺しです。怪我、させちゃいましたからねぇ……」

「食っていい?」

「ダメです。今回は他の実行員の方とも連携しますから」

「ケチ」

「自分の立場わきまえてくださいね。マジで食べたら殺しますよ?」


 車が止まる。所々会話を端折っていたからわからないと思うけど、かれこれもう2時間半走ってた。お陰でなかなか尻が痛い。
 
 どこからか取り出したアイマスクで寝ていたユウを叩き起して車から降りる。
 
 車内の独特の空気を吐き出し、外の空気を伸びをしながら思いっきり吸う。ん~開放感。
 
 
「ここで待っててください」


 と言ってイケメンはどこかへと消えていく。……どこかわかんないんだけどここってかなり都心だよな、ビルの一面占拠した大型テレビとか有るし。
 
 しかもなんかめちゃくちゃ注目されてるんだけど、流石に神山の制服は目立つ。もうちょっと人目考えろよ。
 
 待ってるのも暇だったから近くの自販機でコーラを買う。仕事中に飲むとかダメそうだけど、俺子供だからわかんないや。
 
 
「……なに飲んでるんですか。僕にもくださいよ」

「あ!」


 いつの間にか背後に居たイケメンに飲みかけのコーラを奪われる。奪われたコーラは簡単にイケメンの口元に運ばれた。
 
 間接キス完了。
 
 
「せいっ!」


 イケメンの脛に渾身のローを叩きこむ。
 
 
「げぽ! な、なにするんですか!?」

「死ね、今すぐ死ね! この世の持てない男子のために!!」

「わけ、わかりませんよ……。そ、それより、僕らは裏口待機ですから移動しましょう」


 奪い返したコーラを片手に持ちイケメンの先導について行く。
 
 ……しかしさっきから何故か無言のユウが怖い。ファービーのような君はどこに行ったんだ。


5。


「―――……俺らだけ?」


 制服の上から普通の上着を羽織りけっこうバレバレな偽装をして目的地に立つ。
 
 見渡してもストリートファイトでも始まりそうな物静かな裏路地には俺ら3人だけしか見えない。

 といってもユウはさらに後方で待機していて姿は見えないけど、実質二人で裏口を見張っている。
 
 
「証拠が上がってるこの近辺にあるコミュニティ一気に全部潰しますから、人が分散してるんですよ。この持ち場は僕たち含めて8人です」

「もしかして入口から突入じゃなくて裏口待機なお前って立場弱い?」

「裏口で逃げ腰な人をやるのも重要な仕事ですよ。まぁ立場が弱いことは否定しませんけど」

「神山ってけっこう年功序列なの?」

「実力主義の皮を被った年功序列が正解ですかね。若者の僕の所にはろくな人材回ってきません」

「マドカとかユウはろくな人材じゃないのか」

「質問攻めとはまた立場が逆になりましたね。……マドカやユウはアナタと同じで僕が現場でスカウトした人材ですよ。ですからそれには当て嵌まりません」

「ふ~ん」

「正直、転生できるアナタがD判定の異能だったのは驚きでしたけどね。いまちょっと後悔してます」

「……すまん」

 
 だからあれは事故なのに……、しかしけっこう世知辛いのね神山も。
 
 異能者の大半をしめるD判定は異能のみで神山に入社することは出来ないから慢性的な人不足って聞くけど、末端のイケメンにはそんなD判定な俺でも手に入れたいほど人材に困っているのか。
 
 
「ん? でも、リョウコさんは? A判定の異能者は貴重なんじゃ?」

「あの人は病院の看護師がメインで神山が副業です」

「それはまた異彩な人だな、神山のほうが給料いいのになんでまた」

「看護師の仕事が好きなんだそうですよ。でもやっぱりお金は欲しいから神山で副業してるとも言ってました」

「ふ~ん」


 あの妹が死んでも笑うような人がね~……。俺にはちょっとわかんないな。
 
 
「それよりアナタはもっと女の子らしく振舞ったらどうです? 可愛い顔も声もその抑揚の無い男口調で台無しですよ。それに歩き方ももっと女の子らしくしないと」

「ユウにも同じこと言われた」

「はははっ」

「まぁ学校のほうじゃ、ちゃんと演技してる」
 
「ここでもしてくださいよ」

「疲れるからヤダ」

「そうですか―――おっと、時間です」


 イケメンが腕時計を見た瞬間、爆発音が轟いた。
 
 
6。


 木製の扉の破片と黒煙を撒き散らせながら数人の人間が飛びこんでくる気配を感じた。
 
 続いて実体化系の異能者が何かを呼び出した時の独特の気配。
 
 30人弱も居るチンピラどもは何が起こったのかもわからず、ただ呆然と爆発がしたほうを見ている。
 

「なにしてんだ坊主共! 早く裏口から逃げろ!」

 
 飛び起きて怒声を一発飛ばすと、ビクリと数人が跳ねた。
 
 クズ異能者のガキ以外の大部分は顔が割れていないはずだ。そいつらはまだ逃げれば生き残れるかもしれない。
 
 だが誰も動こうとはしないかった。見ればどいつもこいつもクズ異能者のガキの顔色を窺って、何かを待っている。

 黒煙の中をゆうゆと歩いてよってくる神山の制服を着た人間が数人、無言で前へ出る。
 
 偉そうに足を組んで机に乗せていたこの集団のボス猿気どりのガキは一瞬驚いた顔をしたが、すぐ様恐れを知らない顔へと変わる。
 
 ……ダメだこりゃ。一瞬でそう悟った。
 
 
「神山の奴か? まったく俺の店になんつーことしてくれんだよ。……生きて帰れると思うナッ!?」


 異能を発動させたものの、一瞬にしてガキに何かが飛びかかり押し倒した。
 
 見ればそれは金属の鎧を身にまとった大型のオオカミ、自然界には存在しようのないその生物は実体化系異能者が作り出した異能だ。
 
 
「な!? このクソが―――……う!? や、やめ! やめてくれだ、誰か……!!」


 異能も使えずパニックに陥ったガキの首元にオオカミが噛み付き鮮血の噴水を作り出す。
 
 俺の異能を使えば助けれたと思うが、コイツはあえて助けなかった。言わば見せしめだ。これが中途半端に力を持ち、無作為に力を使った者の末路だ。
 
 いまだ首から血を噴射しつづけるガキの上に圧し掛かったオオカミが周りを一瞥した瞬間、やっとチンピラどもは自分達の立場を理解した。
 
 クモの子を散らしたようにまさしく四方八方へと、それこそ爆発して木端微塵となった入口側へと逃げようとする奴もいるほどに必死にチンピラどもは逃げる。
 
 そしてオオカミが喧騒の中で腰を抜かした奴に襲いかかる。
 
 俺は異能を発動させた。
 
 
「キャウンッ!!」


 巨大なハンマーで殴られたかのようにオオカミは吹き飛ばされ、店の壁にぶち当たる。


「ただ創造されたモンのくせになかなか犬っぽい声出すじゃねぇか」

「あ……あぁ……」

「裏口から逃げろ! はやく!!」

「あ、うぅ!!」

「ちっ!」


 物理操作の念力で、完全に恐慌状態に陥っているソイツを裏口方面にぶっ飛ばす。
 
 無言のまま神山の連中は次々と多彩な異能を披露する。火を操る奴、変身する奴を中心にどんどん死体が出来上がっていく。
 
 俺は火を操っている奴に目掛け力を掛ける。が、効果範囲を見切られているのか避けられ、壁にクレーターを作る。
 
 
「遅い」


 淡々と単語を発して操っていた火をこっちに向ける。後ろへと飛び下がって店の備品を寄せ集めて壁を作る。
 
 蛇のように曲がりくねって火が備品の壁に当たりすぐさま燃え広がり炎の壁を作り出す。俺は目につく物全てを炎の壁にくっ付け壁を巨大化させる。
 
 バリケードの向こう側に居た奴には悪いが助けれる人数には限りがある。
 
 こんな簡易的なバリケードなんてすぐに変身系と実体化系の異能者が突破する。
 
 
「こい! こっちだ!!」

 
 近くに居たガキの首元を掴み、裏口へと走る。
 
 バリケードに背中を向けて走った途端、ドカンと背後で音が鳴り悲鳴がまた一つ上がった。
 
 
「お、おっさん」

「お前らがどんだけ無謀なことをしてたかわかったか?」

「あう、う、うん」

「助けてやる。助かったらまともに生きろ、俺やアイツみたいなクズになるな!」

「わ、わかった」

「あ?」

「……わ、かりました」

 
 裏口は厨房の奥にある。厨房に入りそこらにあるもの全て寄せ集めて入れないよう扉を固定する。
 
 開け放たれている裏口を見れば逃げれた奴いるみたいだ。
 
 
「店を出たら全速力で大通りに逃げろ、いいな?」

「お、おっさんはどうするんだ?」

「俺はここで奴らが追って来れない様食い止めるさ」

「え、でもっ!」

「いいから行け!!」


 ケツを蹴り飛ばして入口へと急かす、ガキは逃げるか戸惑ったがすぐに俺に背中を向けて走り出し視界から消えた。
 
 生きろ、と、そう心から思った。
 
 
「ぎゃぁ」


 そして、ガキの悲鳴が聞こえた。
 
 ……あぁ、全然頭回ってなかった。裏口にも居るなんて少し考えればわかることじゃねぇか。
 
 
「……5人目。案外人来ませんねぇ」

「……なぁ、食っていい?」

「……ダメですって」

「……もったいないなぁ」


 外から声が漏れてくる。若い青年の声と、幼い少女の声。
 
 もう、誰も助からない。俺は戦意を失い、裏口へと向かった。
 
 
7。


「6人目」


 イケメンはフラフラと出てきた中年をナイフで一閃した。
 
 ナイフが走った後に赤い線が浮かび、血を撒き散らせた。俺とイケメンは別々の方向避ける。グニャリと、さっき殺した奴の上に乗ってしまいこけかける。
 
 ナイフといっても長さはナタほどもありどこかのファンタジーに出てきそうな感じだ。そのナイフに淡く青い光が宿っている。
 
 武器の威力・範囲・特性を強化するエネルギー系異能とイケメンは言った。
 
 エネルギー系は自分を変身させる変身系の異能者と並ぶ戦闘タイプの異能者だ。ただ大部分のエネルギー系異能者はどれだけイメージ力強くても、出力が上がるだけで限定的にしかエネルギーを放出できない。
 
 ハンターハンターのように全身にオーラを纏わせれる異能者はレアだ。
 
 あの時の金髪サングラスは多分指先からしか、イケメンは手に持って武器と認識出来るものしかエネルギーを放出できない。これが普通だ。そして万能に放出出来る奴がA判定を受ける。
 
 なのでイケメンはB判定だ。B判定でも十分すごいんだが。
 
 
「暇ですねぇ……」

「そだなぁ……」


 この会話の後、無言のまま5分が経過した。
 
 
「……なかに入ってみましょうか」

「賛成~」


 後方に潜むユウにサインを出して裏口から中へ侵入する。
 
 そして入ってすぐに、鎧を着たオオカミと包帯でグルグル巻きなミイラっぽい多分変身系の奴とはち合わせる。
 
 
「うわぉっと!?」

「あ、大丈夫大丈夫。この人たちは味方です。……終わったみたいですね」


 ミイラが光を放って普通の人間に戻る。戻った姿は30台ほどのおっさんだった。……こういう時って美少女がお約束じゃないの?
 
 
「お疲れ様です」

「そっち何人行った?」

「6人です」


 チッと舌打ちを一つしていらただしげに足を鳴らす。血の気の多いおっさんだなぁ。まぁ変身系だからか。
 
 オオカミのほうを見ると変身を解く気配は無く舌を出して犬っぽく荒い息を繰り返している。実体化系の異能で作られた奴か? よく出来てるな。
 
 よく見ると可愛い顔をしているので、手を差し伸べてみるとペロリとなめられた。おおぅ可愛いなコイツ。
 
 喉をサワサワするとグルグルと気持ちよさげに目を細められる。
 
 
「あ、もう帰っていいですよ。後処理は僕がやっておきますので」

「え、結局俺なんにもしてないんだけど」

「現場見学ですよ現場見学。そうそう。帰りのタクシー代は領収書切らないと自腹ですから気を付けて」

「ん? あの黒バンは?」

「あれは僕が帰る用ですよ。乗りたいんだったら明日の朝になりますけど?」


 神山の規律の緩さにびっくりだよ。
 
 
「にゃほー! ミズキちゃん帰ろ~!」


 さっきの無言無表情もどこへやらなショートポニーユウが入ってくる。
 
 
「どうせならなんかご飯食べて帰ろうよ! 私おごっちゃうよ!」

「……」

「ん? 何そのハトが大砲が食らったような顔?」

「いや……お前、ちゃんと金持ってるんだな」

「そりゃ神山で働いてますから!」


 じゃあなんで俺のとこで飯食ったんだよ。明らかに外食のほうが食のグレード上だろ。
 
 と言おうと思ったけどやっぱ止めておく。いったらなんか言われそうだしな。


▽△

8終了。すこーしずつ異能の説明していこうと思う。
てか長いよ! 誰だよ3。4。で終わるとか言った奴! 俺だよ!

絶好調→好調→不調→自分で何書いてるかわからなくなる→妖精さんが見えるようになる→妖精さんとお話できるようになる
                                                               ↑
                                                      書き終わったときの状態はここ。

誤字脱字指摘してくれると嬉しいです。それでわ。

追記。

誤字修正しました。
会話いれると独白が疎かになるのなんとかしたい。独白だけになると会話疎かになるのなんとかしたい。
起きて文章よんだらアンバランスな気がした。どんぐらいがいいんだろ、ここたまたま見た文字書きの人、気が向いたら教えてください。
鼻血娘とオッサンの視点変換ってわかりやすかったですかね。


誤字脱字修正……のはず。










[4284] けいだん。9―もう、叫んだら人来ちゃうじゃない。悪い子だよ?―
Name: 歩(ホ)◆429b8219 ID:06335ec5
Date: 2008/11/09 03:04
1。


 次はあの子にしよう。そう決めた。
 
 誰に言われるのでもなく、私が決めた。
 
 なんでだろう。いつもはお母さんに頼まれた通りに動いていたのに、いまだけは違う。
 
 いつもいつでもお母さんのために動いていた。
 
 でも、今回だけは私のために動く。
 
 やることは同じ、だから大丈夫。私のためだけどお母さんのためでもあるんだから。
 
 
 あの赤い目を見たとき、私の心に何かが芽生えた。
 
 
2。


 学校に復帰して早2週間が経った。
 
 変身系異能者だったクラスメイトに襲われたあの事件は、復帰直後の質問攻めに丁寧に対応することで2日で沈静化した。
 
 皮肉なことに聞かれるのは俺の怪我や死んだ少年よりも異能者の少年のことばかりだった。俺の怪我3割死少年2割異能者少年5割と言ったところだろうか。
 
 みんな、口ぐちにアイツは昔からああだったんだこうだったんだと貶めて悪役に仕立て上げてはいるが、その全ての言葉の裏に一つの感情が隠れているのが俺にはわかった。
 
 
 それは『羨ましい』だ。
 
 
 かつてソレを欲しがりそしてソレを手に入れた俺だからわかる。
 
 口では暴言を吐き連ねながら頭の中ではなんであんな奴が、と皆羨ましがっている。どんなに努力しても、どんなにお金を懸けても手にれることが出来ない一種の才能とも呼ぶべきモノ。
 
 ―――異能。
 
 子供のころマネをしなかっただろうか? 漫画やアニメの主人公が使う不思議な力を使う動作を、マネしたことはなかっただろうか?
 
 俺はある。子供のころだけじゃなく、前世でいい大人な時も、俺はやったことがある。少し前なら拍手の要領で掌を合わせ壁や床に押し付ける動作がそれだ。
 
 それは人一倍異能を欲した俺だけなわけじゃない。
 
 誰もが一度は空を飛んでみたい思うし、魔法を使ってみたいとも思う。捻くれた奴ならノートに名前と死因を書きたい人間も居るだろう、絶対遵守の力でエロエロな命令をしてみたい人間だっているはずだ。
 
 どれだけ興味が無いと取り繕おうとも目は行ってしまう。
 
 ありえないと思いながらも、どこかでありえて欲しいと願っている。
 
 そしてその願いがこの世界では叶う。それは真に力を欲しがらない人や、願ってすらいない人を巻き込み無差別に叶ってしまう。
 
 ふと見れば隣の芝は青いのだ。自分の芝だって青くなる可能性が無いわけじゃ無い。それも青ければ青いほど、期待は大きくなるはずだ。
 
 最端の人から順に芝が青くなっていくとしよう。長年待ち続けすぐ隣の人の芝が青くなり、順番的に言えば自分のはずだと期待する。
 
 それがどうだろうか、自分の芝は青くはならず代わりに隣の人間の芝が青くなっているのだ。なんで自分だけ、とやるせない怒りと共に人はこう思うだろう。
 
 
 『羨ましい』と。
 
 
 もう持っている余裕からなのか、俺にはそれが酷く気持ち悪く見える。ただコイツ等は、異能を手に入れられなかったという心の傷を舐め合い慰め合っているだけだ。
 
 いつかは自分もと誰もが他人を出し抜く気持ちでぬるま湯に浸かって背中を流し合い、その背後で相手を見下しているのだ。
 
 この状況を気持ち悪いと言わずなんと言うのだろうか? ……少なくとも俺にはそれしか言葉が思いつかない。
 
 ただ、俺も以前はそうだったと思うと責め切れない部分もある。だからその行為を許す許さないなんて正義を気取るわけじゃなくて、ただ単に気持ち悪い。
 
 
「ねぇミズキちゃん!」

「ミズキちゃん!」

「ミ~ズキちゃん」


 そしてコイツ等は特にその傾向が強い。

 目の前に居るのは、入学直後に話しかけてきた女子グループだ。俺の名前を呼ぶや否や、隣や前の席を陣取って今年の流行や服の話や昨日見たテレビの話を振ってくる。
 
 クールを気取って他者の気を引く誘い受けの人間は一匹狼なんて格好良いものじゃない。ただの群からはぐれた羊だ。
 
 だから俺は全ての振りに丁寧に反応を返す。テレビの反応は返すのにけっこう困る、家にないからだ。
 
 話題が流れ流れて、異能者の少年の話に行きつく。

 そして気を使いながらも、今は俺の胃の中にいる少年を罵倒しはじめる。
 
 気の弱い女子なら襲われたことにトラウマを持つことだってあるというのに、いや間違いなくあの光景はトラウマになる。登校拒否になったっておかしくないほどの狂気があった。
 
 それをコイツ等はただ羨ましくて、もう2週間も経ったというのに仲間が欲しくて話すのだ。その求める相手が被害者の俺であってもだ。
 
 
「あのさ、その話は、やめにしないかな……?」


 喉に込み上げてくる吐き気を抑えながら言葉を紡ぐ。自然にしていた笑顔も、今だけは眉が微かに震える。


「え?」


 訳が分からないと言った様子で一人がこっちを向く。その、自覚の無い様子が激しく俺の怒りを誘う。言ってしまいたい、お前らはただ羨ましがっているだけだ、と。
 
 そして出来ることなら食ってやってしまいたい。お前らみたいなクズ人間でも俺のエネルギーになれれば本望だろう。
 
 人を殺ることにも食うことにも抵抗は無い。だけど、それはできない。やってしまえば俺は長く生きることが出来ないからだ。
 
 俺にはもうコイツ等を、軽蔑というフィルターを通してでしか見ることができない。
 
 
「……あははゴメン。なんかちょっと気分悪いみたい。保健室、行ってくるね」

「あ、うん」

「ついて行ったほうがいい?」

「ううん、別にいいよ。一人で行けるから」


 次の数学の授業は諦めよう。少し気を沈めないと、やっていけない。それにまだまだ授業を受けなくても俺にはテストで100点を取る自信がある。

 なんか話がシリアスになりかけだなぁ……しょうがないか。あいつ等が気持ち悪いのが悪い。うん。俺は悪くない。うん。
 
 もっとシニカルでファニーにしないと、誰よりも俺がついていけん。
 
 
3。


 中学校って言うところは小学校のように平和な所じゃない。
 
 俺の前世で記憶済みだ。前に言ったように、クールを気取る誘い受けの人間なんかは、真っ先にいじめの対象として狙われてしまう。
 
 実際に経験したことではないけど、あれは見るのも気分が悪い。
 
 1人の人間は10人の人間に敵うことは無い。10人の悪意には一人の人間なんてちっぽけなものだ。簡単に押し潰される。異能者でもない限りそれは覆ることは無い。
 
 で何が言いたいかと言えば、俺はいじめの対象になってしまった。
 
 いじめる側はあの女子グループ。あの日を境に俺は彼女達をなにかにつけて避けている。敵意を持つことが無いようにやんわりと無視してきたつもりだったけど甘かったみたいだ。
 
 まぁ流石に一月もすれば、感づくか。
 
 もともと自分の容姿にコンプレックスがあった連中だ。よく話にも上がっていた。
 
 足が太いとかお腹でちゃったとか太っちゃったとか、色々な自分のコンプレックスを俺にぶちまけた後、かならずこいつ等はこう言う。
 

「ミズキちゃんはいいよね~」


 と、いわばアイツ等は花に群がる蝶……いや、蛍光灯に群がる蛾だ。
 
 ただたんに俺のパーフェクトでビューティフルな容姿に魅かれて、無理だと心の奥底で分かっているはずなのに少しでもその後光を分けて欲しく寄って来ただけだ。
 
 友達なんて言葉も甚だしい。
 
 そしてやんわり無視に感づいた連中は手の平を簡単に返す。もともと友達なんかじゃなかったんだから簡単も簡単、超簡単にだ。
 
 可愛さ余って憎さ百倍とでも言うのかな、俺の完璧かつ扇情的な容姿に嫉妬し始めたのだ。
 
 醜いったらありゃしない。これがこいつ等の本性だ。
 
 初めはオーソドックスに物隠しだ。その時はまだ俺もいじめに気づいてなかったから何かの間違いかと思ったけど、次に教科書に落書きされていた時には確信した。
 
 その時のあいつ等の白々しい態度といったらもうない。
 
 
「わー許せない誰がこんなひどいことー!! (棒読み)」


 もうね、アホかとバナナかと。
 
 顔見て分かったわ、お前らがやったってな。ただ証拠もあったものじゃないから、先生に告訴することもできない。
 
 といっても俺も変なプライドがあって告訴する気は無かった。俺の毅然かつ優雅な態度に平服して気を改めるならよし、俺の我慢の限界が来るまでやり続けるなら食うまでだ。
 
 そしてそう考えてから一週間が経ち、
 
 
 我慢の限界が来ました。
 
 
 俺が折れないと思うや、奴らやることが途端に露骨になった。
 
 「早いよ!」とか思った人、実際に体験してみればわかる。靴に入った画鋲の痛さは容易に我慢の限界を突破させるね。うん。
 
 というか靴箱開けた時に毎回ラブレターが入ってるのなんとかしろ、家でユウと呼んで爆笑するのももう食傷気味だ。ラブレターお断りって書いといてやろうか。
 
 そういうわけで俺は彼女等を放課後の屋上へと呼びだした。
 
 呼び出し方法は、黒い紙に赤字で書いた手紙だ。ラブレターも真っ青な力作だという自負がある。
 
 
「はー! 沈みかけた夕日が綺麗だなー!!」


 部活も終わった少年少女達が家へと帰るのを、屋上のフェンス越しに眺める。
 
 屋上へと続く扉の鍵は閉まっていたけど、俺の右手を使えばどうということはなかった。
 
 ……なんというか右手右手っていうとイマジンブレイカーの人みたいだ。俺のは無効化能力じゃなくて怪力なだけなんだけどさ。
 
 もうすぐ来ると思うし準備しよう。
 
 準備といってもすることは入口がある建物の上に登ることだけだ。
 
 準備完了。
 
 そうして待つこと20分。ガチャリとノブがまわされ、錆びついた扉が軋みを上げながら開く。
 
 待ってる間、特に気分の高揚とかはなかった。それより秋の風がかなり痛冷たくてつらかった。
 
 ただでさえ屋上ってのは風が強いというのに……お肌が乾いちゃうわ。待たせやがってほんとにもうプンスカだぜ。
 
 恐る恐る入ってくるのを上から見守り三人ちゃんと全員入ってきたのを確認して、一番後ろの女子に飛びかかる。
 
 
「ひゃあ……!?」


 位置エネルギーを伴った飛び蹴りを食らった女子がもろに顔面から倒れる。あらあら自慢な顔が……おほほほ!!

 前世以来の自分からする殺しに気分が乗ってきたのでのし掛かったままこっちに向こうとする二人目の女子の首を右手で掴む。
 
 おもいっきり力を加えると、ゴキンと首の骨を砕ける音が聞こえた。
 
 力加減を考えないで砕いた骨は、ポッキー並の柔らかさだった。けっこう癖になる。なんかこう……プチプチの梱包材を潰すのと同じ感覚だ。
 
 力が抜けて四肢をだらけさせた肉人形を完全にこっちを向いて言葉を失っている三人目へと蹴り飛ばす。
 
 
「ひああ……!!」


 肉人形がゾンビのように襲いかかり三人目を巻き込んで倒れる。……お前らは「ひ」から始まる叫びしかあげれんのか。
 
 足元でもがいていた女子も、同じ方法で殺す。気持ちいい……! もっとゴキンゴキンしたいです安西先生……。
 
 
「さーて、と」


4。


 三人目にのしかかっている肉人形を蹴飛ばす。ごろごろと横に転がって仰向けになった肉人形の顔は、自分が死んだとも自覚できてないような普通の顔だった。
 
 
「ミ、ミズキ……ちゃん?」

「俺を名前で呼ぶな雌豚」


 胸倉を掴んでビンタを一発くれてやる。雌豚は前世で言ってみたかった言葉ランキング2位。
 
 表情を笑顔に切り替えて学校モード……もとい美少女モードへと変更する。
 

「なんで私がこんなことしたかわかるかな? かな?」


 遠くでひぐらしが鳴く。この季節まで生きてるなんてしぶといやつだ。
 
 女子は怯えた表情で口を開けず、首を縦にも横にも振らない。
 
 
「よーく思い出して? 10秒あげるから」

「ひ」

「いーち、にーい、さーん……」


 数えが6秒に差しかかろうとしたとき、女子の胸が大きく膨らみ始めたので首に掛けた手に力を込める。ポッキーな音がして全てが終わった。
 
 
「もう、叫んだら人来ちゃうじゃない。悪い子だよ?」


 異能を発動させる。以前は痕跡を消すのに苦労したけど、この能力を得てからは簡単だ。
 
 
「いただきま~す」


 食べるだけでいい。バクバクムシャムシャ。
 
 死体さえ残らなければ失踪扱い。血なんて証拠は死の証言にはなりえない。まずその血を流さないようにナイフも爪も使わなかったんだから綺麗なものだ。
 
 それにイケメンのバックアップもあるし、異能犯罪には行きつかなければどうとでもいいわけできる。
 
 イケメンは俺を信用してるわけじゃない。逆もまた然りだけど、ある一つの見解で同種の人間だと思ってるから助けてくれる。
 
 一般人は異能者を軽蔑し羨望する。だから異能者は一般人という自分より劣った存在に差別され、人間の醜さを知り嫌悪する。つい最近経験したからわかる。
 
 どんなに一般人が死んでもイケメンは意に介さないだろう。だから人殺しを許可した。
 
 新しく買い換えた携帯からイケメンの番号を呼び出す。登録番号一番なのが悲しい。
 
 
「もしもし俺俺! え、ジェファーソン? 誰それ? 同じ学校の女子三人食った。じゃあな! え、愛してる? そ、そんな……死ね!」


 通話終了。
 
 にしてもこの異能発動時の空腹感はなんとかならないのかな、もう5人と1匹食ったのにいまだ収まる気配がない。
 
 もしかしてデフォルトの機能なのか。そうだったら嫌だな、だれか交換してくれ。
 
 まぁエネルギーもだいぶ溜まったし、以前から考えていたこと実行してみるか。これができたら精神操作系を疑似的に使うことが出来る。
 
 家に帰ってからやってみよう。
 
 
「うぉ! 暗っ!?」


 気づくと、日は完全に沈み切り一帯は夜の闇に飲み込まれていた。
 
 どうしよう。暗いの怖いんだよな、お化けとかでそうでさ。誰か一緒に帰っておくれよ。と言っても胃の中から「いいよ」としか返って来なかった。


5。


 屋上で凍えながら2時間が経過。もはや口の中がガチガチとなりすぎてうるさい。確実に犯行場所選択を間違えたな俺、凍死とか絶対嫌だ。
 
 なんで待ってるかと言えばあの時間帯に校内をうろついているのは流石に怪しいからだ。
 
 スネークのように隠れながら進むのに慣れているわけないから安全を期して全員が帰るのを根気強く待った。
 
 そして屋上から正門が完全に閉じられるのを見てから行動を開始した。いつも屋上閉まってるからって確認はしたほうがいいと思うんだよね、おかげで見つかることもなかったんだけどさ。
 
 夜の校舎ってのはものっそい怖い。めちゃ怖い。野球で雷さんの家の窓ガラス割った時ぐらい恐い。
 
 ……最後だけ意味がちょっと違うのはわかってるさ。
 
 しかもさすが小中高一貫の私立校なことはあるわけで、広い。屋上がある7階から一階に降りるのにかなり苦労する。
 
 エレベーター使いたいけど使ったら僅かに居る警備員気付くだろうから使えない。降りる途中でライトの光が見えてかなり焦る。
 
 慎重に降り進み、3階に差しかかったところで、
 
 
「ぎゃぁ……!」


 ……警備員らしき人の悲鳴兼断末魔っぽいのが聞こえて足を止めた。
 
 なんでこんな時に限ってそんなことがあるんだろうね。溜息。
 
 見に行くべきだろうか。……いかないほうがいいんだろうなぁ、でもどちらにしろ死亡フラグ立ってそうで怖い。せっかくだから俺はさっさと帰って知らんぷりする道を選ぶぜ。
 
 そうと決まれば話は早い。俺は自称スプリンターのような動きで走り出す(100メートル20秒)。
 
 
「うぎゃぁ!」


 ……勘弁してほしい。
 
 2階に降りた直後、目の前で警備員がなんとも呆気なく倒れた。ころがったライトに血の赤が照り返される。
 
 俺なにか悪いことしたかな、なんでこんな意味不明な目に合わないといけないのかな、俺は俺のやりかたで精一杯真面目に生きてきたつもりなんだけど神様はなんでこうも無慈悲なのかしら。
 
 もう意味不明を通り越して意味悲鳴だよ。……これこそ意味不明だなぁ。
 
 とまぁそろそろ現実に目を向けようじゃないかヒャッホー! ……はぁ。
 
 とりあえず物影に隠れる。現在の俺と警備員の距離は目測15メートル。十分離れてるし物音も立てていないから多分そこに居るであろう殺人者には気づかれていないはずだ。
 
 さっきの悲鳴は二階より上から聞こえたのに、なぜか今さっき目の前で警備員が死んだ。
 
 ……複数犯かぁ~、早くこの学校から脱出しないと死んじゃうかもわからんね。
 
 『夜の学校と美少女と謎の狂気』とかのタイトルで映画でも出てないかなぁ。え? ない? ないですか。
 
 犯人は異能者かそれともただの強盗か、気持ちは後者を希望だけど予感は前者にビンビンだ。
 
 物影から慎重に移動する。今2階に降りるのはどう考えても危ない。というわけで安全で音の漏れない所からこの現代の利器で警察を……ダメだな、イケメンに助けを求めよう。
 
 ここで警察呼んだらなんで君ここに居んの? とか言われる絶対。それはまずい。
 
 イケメンとのアイコンタクトならぬブレスコンタクトで打ち合わせた隠蔽兼異能者誘い出し作戦が出来なくなる。ブレスコンタクトは嘘だ。そこまで俺はイケメンと親しくない。
 
 ……まぁもうこんな事態になったからもう作戦失敗だけどさ……。失踪事件はこの目的不明の人達になすりつけよう。そうしよう。
 
 と考えてる間にトイレに到着。入った方が男子なのは長年染みついた癖が原因だ。
 
 個室に入ってリコールボタンをポチっとな。
 
 
「もしも~し俺だよオレオレ」

『おや、アナタはベネズエラのジェニファーちゃんじゃないですか』

「そうだよ私ジェニファー、今アナタの後ろに居るの」

『それは怖い。実は僕はいま背中を自宅の壁につけてるんですよ。ということはジェニファーちゃんは地上16階と同じ高さの空を飛んでることになるんですね』

「今から壁を天元突破するね」

『壁の修理費はアンチスパイラル宛てでいいですか?』

「とまぁ冗談はこれぐらいにして単刀直入に言うけど助けて」

『また何したんですか。ピンポンダッシュ?』

「ちょっと冗談言ってられない状況だから真面目に行こうぜ」

『……わかりました。では現在の状況を簡潔に説明してください』

「学校で女の子三人美味しく頂いて(性的では無い)いざ帰ろうとしたら意味不明なことが起きて警備員が死んだ。今は二階のトイレに引きこもって電話中」

『学校ということは○○私立でいいですかね? あと被害妄想じゃないですよね?』

「警察はやめてくれると助かる。被害妄想じゃない、俺の貞操を賭けよう」

『……二階のトイレですね、そこ動いちゃダメですよ。今からユウをそちらに向かわせますから……―――ミズキさん?』


 俺は、トイレの上の隙間から覗く影に固まった。
 
 
5。


 オオカミの頭だった。僅かに覗く肩幅は明らかに二足歩行をしてるそれだ。
 
 そのオオカミの瞳が隙間から俺を覗いていた。―――いつから見ていたのか、……いつ入ってきたのかもわからない。
 
 突然の事態と普通ではありえない光景に全身が硬直する。
 
 
「グゥルルルルル……!!」


 呻き声と共に腕が振りあげられる。ダメだ、逃げろ。……逃げろ!
 
 洒落た木材で出来た個室が横から粉砕される。咄嗟にしゃがみこむと同時に風が頭上をかすめた。
 
 
「うわぁお~……」


 見上げると胸の高さで個室の壁が無くなっていた。しかもけっこうスッパリしてて切れ味の高さが伺える。

 そしてその向こう側に見えたのは、ワーガルルモン。印象は完全にそれだった。
 
 細部が大きく異なるけど、今はマジマジと見ていられる場合じゃない。咄嗟に、背が低くなった個室の壁に足を掛けてヘッドダイビング気味に出口へと飛ぶ。
 
 もともとそんなに運動能力の高くないこの体、着地はもちろん失敗してゴロゴロと転がる。ワーガルルモンは俺を目で追うだけで動く気配を見せない。よくわからないけど逃げるチャンスだ。
 
 いやもう何回も言ってるような気がするけどなんなのこの状況、誰か教えてくれよ。
 
 さっきまでの人間味あふれるお話はどこへ行ったの、俺を命を賭けた非日常へ引きずり込まないでちょうだい。ただの非日常カモン。
 
 
「まぶし……!」


 トイレの扉を蹴り開けて廊下へ出た途端、異変に気付き目を細めた。思わず目の前に手を掲げる。
 
 なぜか廊下の電気が全て光を放っており闇に慣れた俺の目を激しく刺激する。正直眩しすぎて開けてもいられない。
 
 だがそんなことは言っていられない。とにかく逃げないとやばい。この状況を考察するのは後だ。
 
 ギリギリまで細めた目で1階へと続く階段へと走る。
 
 
「あっ! ぐぅぅ!!」


 階段を掛け足で降りようとした所で足がもつれる。そのまま階段の角に色々な場所を打ちつけながら転がり落ちる。
 
 
「さい……あく……」


 なんで、俺、こんな不幸なんだろうか。またもやブレザーがボロボロだぜ。
 
 一体俺は後何回制服を買い換えないといけないのか……。
 
 痛む体で起き上がろうとした途端、蛍光灯の光が何かで遮られた。
 

「……」


 顔を少し上げると足が見えた。
 
 さらに上げると女の子らしい丸みのある体がみえた。
 
 もっと上げると可愛らしい、人形のような美しい造形をした顔が見えた。
 
 俺の学校と同じ制服を着ていた少女が、俺を見据える。

 
「誰……ですか?」


 体に力を入れて尻もち状態へと体位を変える。
 
 
「……」


 問いには答えない。
 
 彼女は俺を助け起こそうともしない。目の前で立ち尽くし、見下すように俺を見ている。
 
 よく見ればえらく可愛い子だ。歳は俺の体と同じ13くらいだろうか、肩まで伸びた艶のある黒髪と感情を感じさせない瞳が印象的だ。
 
 
「さっきのオオカミって君の……かな? 実体化系異能者?」

「……」

「何か、言ってくれないとわかんないよ。……話合いは仲良くなる一歩だ、よ!?」


 異能を発動させて爪を伸ばす。
 
 とりあえずコイツがさっきの奴の仲間なのはわかる。だから殺す。あのワーガルルモンに殺されかけたのだから文句は言えないはずだ。
 
 そんでもってワーガルルモンが来ない内に逃げる。実体化系ならアイツも消えて一石二鳥だ。
 
 爪を構えたまま殴るように腹部へと腕を伸ばす。貫いて横に一閃してやる。
 
 
「え……?」


 ザシュン、と空を斬る音がすると同時に爪が真っ二つに折れた。
 
 ん……と。何が、起こったのかな? 完全にどうこうできる距離じゃなかったはずなのに、……物理操作系の異能……?
 

「剣王結界……私を守ってくれる……」


 なにその中二病な名前。というか初めて喋った言葉がメンヘラ的要素を含みすぎて引いてしまう。
 
 
「ちょうだい。あなたの目……」


 顔面へと腕が伸ばされた。


「え?」


 突き刺すように人差し指と中指が間接を伸ばす。


「ちょうだい。あなたの目……」

「ちょっと待っ……!!」


 後ろに下がろうとした途端、体全体が張り付くような空気に飲み込まれる。
 
 同時にさっきと同じ空を斬るような音が連続で鳴り空気を震わせる。
 
 
「や……あ、う……ぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁあぁぁぁぁぁぁあ!!!!」


 鳴りやむと同時に全身に鋭く深い痛みが走る。見ればもはや修復不可能なほど制服が切り裂かれ、血が所構わず飛び出てて制服を赤に染色していく。

 自慢の顔にもいくつもの痛みを感じる。クソが……コイツ、絶対殺してやる……!!
 
 
「……あ」


 トンッと、閉じた瞼に何かが当たった。
 
 痛みに支配された感覚器官を瞼へと集中すると、それは、指、だった。
 
 全身から血の気が引いた。背筋に大量の冷や汗が流れるの感じた。
 
 瞼が、圧迫された。
 
 
「や、止めて……」


 無理矢理瞼をこじ開けられて、指が瞼の裏へと滑り込んだ。
 
 
「××××××××××××××××××××××××!!!!!!」


 激痛。激痛。激痛。激痛。激痛。激痛。
 
 目が燃えるように熱い。目が燃えるように熱い。目が燃えるように熱い。目が燃えるように熱い。目が燃えるように熱い。
 
 脳がこれ以上は危険だとブレーカーに手を掛ける。
 
 ブチブチと何かが千切れる音と同時に、俺の意識は一瞬で途切れた。


▽△

これで9は終わり。
あれ、このままだと11までこの話続くかも? 
誤字脱字不満の指摘してくれると嬉しいです。
コメントしてくれると死ぬほど喜びます。

追記

誤字脱字修正、独白すこし増やしました。





[4284] けいだん。10―端的に言えば、アナタもバカなんですよ―
Name: 歩(ホ)◆429b8219 ID:06335ec5
Date: 2009/05/19 12:25
1。

 
 6月20日生まれの双子座、誕生石はパールで歳は二十歳。大手自動車メーカーで働く父と良家の生まれの母との間に生まれた長男。
 
 家族構成は父と母に妹が二人、それと母方の祖父と祖母を含めた7人家族。小中高と公立の学校を卒業し、今は2流大学の2年生をしている。
 
 14歳の時に一家に強盗が入り彼を除いた家族全員が殺害される。犯人は今も逃亡中。
 
 その後、親戚の引き取りを断り家族の保険金と国の保護で一人暮らしを始める。理由は、自分の家族はあの人達だけだから。
 
 半年ほど前に異能者の起こした事件により失踪。今も発見されておらず神山による異能者の捜査でも足取りをつかめていない。
 
 これは正しい方法で調べて得た『今宮 ミズキ』の公式な情報。少し苦労をかければ誰でもわかることだ。
 
 しかしリョウコさんが彼の記憶から読み取った結果は少し違う。
 
 まず今宮ミズキの家族は強盗などでは無く彼自身によって殺されている。理由は異能者になりたかったから、だ。
 
 一人暮らしをし始めてから女子供老人を狙って23人を殺害、どれも巧妙に証拠を消し逮捕されたことはない。
 
 それと異能者が起こした事件で彼は失踪したのではなく、異能で死んだ桃谷ミズキの体を乗っ取って少女の体になっただけだ。
 
 どれも彼(彼女?)本人から言質を取った真実だ。
 
 だがこの情報は些細なことでしかない。
 
 リョウコさんは人間からしか情報を読み取れないがその異能はA判定を取るほどのモノ、数分触れるだけその人の生い立ち・性格・トラウマ・好物・体質・遺伝・病気全てを知ることが出来る。
 
 そして異能で全ての記憶の読み取った結果、彼の記憶は9歳以前から誰かに植え付けられた偽の記憶だった。
 
 リョウコサンはそれを気持ち悪いと称し、仕事で頼んだのにも関わらずそれ以上の記憶の読み取りを拒否した。
 
 その後僕が正しくない正規ルート以外の方法で調べると、彼の家族は全て赤の他人であり家族であるように演技していただけなのがわかった。
 
 なぜその人達がそんなことをしていたのかわからない。少なくとも彼はその人達を本当の家族と思っていた。
 
 彼は何者なのか、僕にはわからない。リョウコさんですらわからなかったのだからわかるはずがない。
 
 言えることは、このことは彼には伝えないほうがいいと言うことだ。言ってもパニックを起こすだけで得られるものはなにも、ない。
 
 
「しかし……」


 これを見ると、アナタは何者なんですかと不毛な質問を投げかけてみたくもなる。
 
 目の前には包帯を各所に巻かれた小さな少女の体をした彼の姿。特に両の目は酷く、今は包帯を巻かれていてわからないが二つとも抉り取られて無くなっているらしい。
 
 荒く息を繰り返して呼吸器を白くしているはなかなか見ていてツラい。それが少女ならなおさらだ。
 
 そして驚きなのは発見時の彼が『死んでいた』ということだ。発見したユウがその場で確認したのだから間違いはない。
 
 だがその後突然として息を吹き返し、今に至る。医者に聞いても奇跡としかいいようがないらしい。
 
 死からの復活はよほどの幸運に恵まれていなければ起こることは無い。死後数分以内の適切な処置、その後の急変に確実に備えるための安全な場所と設備がなければ無理な話だ。
 
 あの場でそれを期待することはできなだろう。
 
 だとしたら可能性は彼が持つ異能しかないが、いくら不可能を可能にするまさに奇跡と呼ぶべき異能でもそんなことはできるはずがない。
 
 異能による『死にかけ』からの復活はありえる。意識があれば異能を発動し応急処置をし、その後次第で可能だろう。処置できる異能でなければその場で話は終わるが。
 
 先に彼が経験したのかこれだ。
 
 異能はただの力の塊であり、それ自体に意思はない。高度な実体化系なら意思を持たせることもできるだろうけど、それはあくまで異能で実体化したモノに宿るだけだ。
 
 操る人間が居なければ異能は発動のしようがない。モトラドがあってものる人間が居なければしゃべることしか出来ず走ることは出来ないようにね。
 
 『完全に死んでから』発動できる異能は無い。
 
 ならなぜ生き返ったのか、これはもう彼の異能が意思を持った特殊系異能者だからとしか説明できないのかもしれない。
 
 異能が彼の死を感知し、復活させ、死なない程度にまで体を回復させた。今まで自分で得た知識を自分で覆し、そう考えるしかなかった。
 
 そしてこの異能と彼の過去がなんらかの形で繋がっているのは間違いないだろう。
 
 
「……ぅ」

「おや?」


 僅かな身じろぎと共に彼がかすかにうめき声をあげる。
 
 
「何も……見えない。……誰か……いるのか……」

「はい。ここに僕が居ますよ」


 聞こえるか聞こえないかぐらいの小さな声に手を握って答えると、彼はグニグニと動いて僕の手から抜け出そうとする。
 
 苦笑して僕は近くにあったナースコールを押した。
 
 
2。


 異能を発動する。少しだけマシになった空腹感がやってくる。腹の虫が鳴らないだけマシだ。
 
 包帯越しに瞼に触れるとあったものが無くペコっと凹む。痛むのを覚悟していたけど、これはかなり痛い。もうなんというか、表現できない。
 
 両の瞼を触って目が無いことを確認して目をイメージする。理科や保健体育で見た目の断面図などを頭に浮かべる。イメージ力の足しになるからだ。
 
 そしてついでに得た猫の目の生態から目の情報部分を抜き出す。完全の脳内に目玉を意識できたら、あとは実行するだけだ。
 
 
「ん……ふぁ……」


 深呼吸をして気持ちを落ち着ける。やるぞ、これが出来なければ一生光の無い生活になってしまう。
 
 一瞬、盲目の美女と言う言葉が脳裏を掠めたがすぐさまかき消して、異能に命令した。
 
 瞼の裏で何かが出来るのを感じる。グニグニとその何かが世話しなく形を変え、俺のイメージを投影しはじめる。痛くてくすぐったいのが何とも言い難い。
 
 右手の強化の時に経験済みだ。恐怖などでイメージが崩れると酷い目にあう。目だけに。
 
 ボコボコと何かが泡立ち回転し始める。この過程にどういう意味があるのか俺にはわからない。全ての処理は異能がやってるから異能に聞かないといけない。答えないと思うけど。
 
 やがて回転が緩くなり始め、丸へと形を固定する。
 
 徐々に何かが膨らみ始め瞼を圧迫する。途端、目の裏とでも言うんだろうか、そこに痛みが走る。神経でも接続してるのかもしれない。
 
 
「痛……!」


 声に出るがイメージは絶対に崩さない。
 
 そっと誰かに右手を握られる。多分となりに居たリョウコさんだ。
 
 瞼の中での動作が止まり、目が完成するのを感じた。続いてネコの耳をイメージする。頭の上の二か所に場所を決め、食った猫の情報を呼び出す。
 
 ネコ耳のある頭を十分にイメージして、変形部分の創造を開始した。
 
 
「ふぅ……ん、ふぅ……はぁ……」


 喘ぎ声にも似た息が漏れた。流石に少し疲れる。
 
 頭の二か所がボコボコと泡立ち、次第に収まっていく。早い。猫の情報がいい働きしているのかもしれない。
 
 目のほうは時間が無限に感じられるほど苦労したのに、これはて30分前後で終わった。時計がみれないから腹時計の感覚でだけどな。
 
 最後に顔にある傷を癒すイメージを込める。これは数分で終わる。
 
 
「はぅぁあ~」


 異能を停止させて、思いっきり空気を吸って吐いた。
 
 多分、成功。
 
 
「リョウコさん。どうっすか、視てみてください」


 握られた右手から予測した方向に顔を向ける。
 
 
「あ、僕です」

「死ね!」

「ぎゃあーーー!! 手が! 手がぁー!!」

「あ、リョウコさん」


 加減して握られた手に力を込めるとイケメンじゃなくてリョウコさんの悲鳴が上がった。
 
 すぐに力を抜いて手を解放する。本気出してたら複雑骨折だったし大丈夫だろう。
 
 
「あ!ちょっと! リョウコさん落ち着いて!! メス、メスはだめですって!!」


 なんかちょっと大変っぽいけど無視する。看護師が患者に手を上げるなんてことはないだろう。
 
 ドタドタガシャガシャと五月蠅いのが10分ぐらい続いてやっと騒ぎは収まった。リョウコさんの荒い息が聞こえるのがちょっとエロいかもしれない。
 
 「はぁ」と溜息が聞こえると、手が優しく握られた。
 
 
「……ん、大丈夫。ってかすごいね、ばっちり目ん玉元に戻ってるよ。無くなった器官の再生って何系の異能なんだろね、本当に素直に凄いわ」

「包帯取って良い?」

「いいよ。ちょっと光眩しいかもしれないけど、それはすぐに収まるから」


 目に回されている包帯に手を掛けられる。
 
 
「取るよ」


 リョウコさんの言葉にうなずいて答える。シュルシュルと布の擦れる音が耳に心地いい。
 
 次第に包帯の厚みが無くなっていき光が瞼を透過するのを感じる。光を感じられるのは確認、あとは色と視力だ。
 
 完全に包帯が外れ、ただ目を閉じた状態になる。
 
 少しづつゆっくり開ける。
 
 
「まぶし……」


 閃光弾でも受けたように視界が光で真白になっていく。目の奥が熱くなって悲しくもないのに涙が溢れる。
 
 少しづつ真白の視界の中に黒い影が二つ現れてくる。そしてすぐに窓の外に空の青が見えた。
 
 
「痛てて……」

「しばらく目が見えなかった人は光を浴びたら痛がるよ。別に大丈夫、見えてる証拠だよ」

「……あー……まだ眩しいけど、ちゃんと見える」


 色も視力も光も何もかもオールグリーン。目が見えるってことはいいことだなぁ。
 
 まだ体全体痛むけど、動ける。五体満足だ。
 
 よし、それでわ皆さんご一緒に、せーのー……。
 

「ミズキ、ふっっっかつッッッ!! ミズキ復活ッ!! ミズキ復活ッ!! ミズキ復活ッ!!」


 ぶっ殺して~~~あのクソ女。


3。


「はっきり言ってアナタを襲った犯人は、バカ、です」


 病院(振り出し)に入院してから3日が過ぎた朝、面会にやってきたイケメンは真剣な顔つきで俺にそう言った。
 
 なんというか、真面目な顔で言うことじゃないだろうと思う。いや、真面目な顔でバカっていうシーンなんて山ほどあるけどさ、このシーンで使うのは俺的にどうかと思う。
 
 とりあえず食いかけていた差し入れのバナナをモゴモゴしながら目線で話を進めるように促す。
 
 
「しかし天才でもあります」


 ……え、どっち?
 
 確かにバカと天才は紙一重って言うけどさ、なんだコイツ。俺を言葉遊びの世界に引き込みたいのか、言っとくけど苦手だぞ俺。
 
 というか病み上がりの美少女にそんなことを言うためにここに来たのか、ヒマ人だなイケメンも。
 
 そんなヒマあるならさっさと曲がり角でパンを加えて息を潜めてる女学生とフラグ立ててこいよ。お前ならデフォでそんな機能付いてそうだしさ。
 
 さっさと退院してあのクソ女ぶっ殺しに行きたいし、起こしていた体を横にして寝る体制に入る。
 
 
「寝ないでください」


 ほっぺを突っつかれる。
 
 
「ガルルル!!」

「おお、可愛いライオンですね」


 イケメンが触れた頬を手の甲で擦る。イケメン菌が移ったらどうするんだ。
 
 ……ん。以前の俺だったら喜んで感染しに行ってたな、爪の垢も煎じて飲んでるな間違いなく。
 
 妹二人にはモテてたんだけどなぁ、大きくなったらお兄ちゃんと結婚するって言ってくれたのが懐かしい。どこをどう間違ったのかなぁ。
 
 天国の妹達、見てるかい? 兄ちゃん美少女になっても傷だらけになっても頑張ってるよ。
 
 
「遠く見てないで話聞いてください。アナタを襲った犯人の話なんですから」

「……あーそんな話してたね、たしか。しかし思い出すだけでこう……怒りがフツフツと沸いてくるな」

「なら聞いてください」


 この話を一回聞いた身としては、今日になって話をされるのはちょっとムカつく。
 
 昨日は目の再生を終わってすぐにその話をイケメンに持ちかけたというのになぜか話を打ち切られた。なんでも確認したいことがあるとかなんとか。
 
 既に犯人の顔はリョウコさん伝いに割れてるんだからさっさと殺しに行けよ。制服も俺と同じ学校だし、名簿とか見たらわかるだろ。
 
 
「端的に言えば、アナタもバカなんですよ」

「喧嘩売ってんのか」


 イケメンの胸倉をつかむ。クソ、こういう時は男のほうがいい。明らかに少女じゃ迫力に欠ける。
 
 さっきから預言者みたいに意味不明な言葉を吐いた上に俺をバカ呼ばわりとか、もうコイツ島流しでいいんじゃないか、意味不明言語陳列罪とかでさ、言葉むちゃくちゃなのは俺が無知な人間だからだ。
 
 ちなみに無恥な人間でもある。……嘘だ。人並みの羞恥心はある。
 

「流石にちょっと遊びすぎましたね。ちゃんと説明します」

「はじめっからそうしろよ」

「まず最初に言ったバカの意味は犯人の知識の無さでバカと言う意味です」


 無視しやがった。
 
 
「次に言った天才とは異能の才能が優れてるということです」

「剣王結界とか異能に名前つけるぐらいだしな、……今口に出しただけでも俺が恥ずかしいわ」

「……けっこう皆つけてますよ名前。肉体改造、とか」

「ぐ」

「話を続けますね。最後に言ったアナタもバカという意味は、アナタが異能に対する知識が豊富にあるにも関わらず相手の策に気付けなかったという意味です」


 熱くなった頬と耳をひんやりとするメロンで冷ましながら、イケメンの意味深な言葉に顔を向ける。
 
 相手の策? ……あの夜の校舎で光つける奴か、たしかにあれは逃げれなくなった要因にはなったけどそれがどうしたんだ。
 
 
「まず、アナタが見たのは何の異能でしたか?」

「変身系か実体化系のワーガルルモンのパチモンと剣王結界っていう多分物理操作系の異能の二つ」

「ですよね。僕もリョウコさん越しに知ってます」


 なんでこう説明する人間ってのは回りくどく説明するんだ。早く話の核心を言えよコラとか思うぜ。
 
 しかも微かにバカにされてる感じがする。
 
 
「ですが現実は違います」


4。


「……は?」


 現実? リアル? 三次元? 意味がわからん。
 
 
「実際は物理操作系と」

「ちょちょっちょ」

「……なんですか、幼児退行でもしちゃったんですか。あ、ある意味体は幼児退行ですね」

「コナンとでも言いたいのか。いっとくけど俺はあんな超頭脳持ってないからな」


 持ってたらとっくにイケメンの言葉の真意わかってるから。
 
 現実は違う? なら俺は夢でも見てたってのか。……ありえない。
 
 たしかに俺はワーガルルモンにトイレの壁を破壊されてあのクソ女に傷物にされた。この無数に残る傷がなによりの証拠だし、異能じゃあないけど実際に目玉は抉られていた。
 
 それを異能で再生したのも俺の実体験に華を添える。もう少しで墓に花を添えれそうだったけどさ。
 
 
「ちょっと考えるのストップ、人の話は最後まで聞いてください」

「……納得いくように説明しろよ」

「もとからそのつもりですから、妄想少女ミズキさん?」


 イケメンの言葉に噛みつこうとすると目の前に手をかざされて静止される。
 
 顔を見れば口端も全然釣り上がってないいたって真面目な表情だった。
 
 
「では続きです。……実際は物理操作系と、精神操作系の異能者がアナタを襲いました」

「……え」

「貴方が見た人型のオオカミは精神操作系異能者に見せらた幻覚です。もう一度あの場面を思い出してください。あの静まり返ったトイレの中で、あんなモノが物音一つ立てずにに入ってこれますか?」

「ん~?」


 ……たしかに言われてみればおかしい気がする。
 
 いくらトイレの個室に居ても、誰かが入ってくれば分かる。それにトイレの入り口の扉は誰かが入ったらすぐにわかるように開いたらギリギリと音がなるようになっている。何回か女子トイレを利用した時も個室の中で耳にしたことがある。
 
 入った時はたしかに一人だった。子供の頃から俺はそういうカンには優れていた、見ていなくてもテレビが点いているのが分かるように誰かが居ることくらいわかる。
 
 それがいきなり現れた。なんの前触れもなくいきなり目の前にあらわれたのだ。
 
 そして扉を破壊したのはいいけど、その後は突然大人しくなって追いかけても来なかった。もし俺がワーガルルモンの立場なら追いかけていたはずだ。
 
 
「たしかに不審な点はある。……けど、実際アイツにトイレの壁を壊されたし、その壊された壁を踏み台にして飛び越えたぞ?」

「それも幻覚です。精神操作系は対象の目の前で特定のワードかポーズのどちらか、または両方を発して術中に落とすアクションタイプと」

「領域を区切りその内部にのみ効果を発揮するエリアタイプの2種類」

「そうです。基本的に前者は数が限られますがその効果は高く、後者は姿を見せなくてもいいメリットもあるうえに一度に複数を攻撃できますが、その効果は低いです」

「あのワーガルルモンのトイレ破壊とか俺に傷を負わせた女は幻か? たしかにあれは俺にとって最高のリアルだった、そこまで出来るのはアクションタイプのほうしか居ないはずだぞ」

「その点で犯人は天才だということです。アナタの記憶を見る限りアクションタイプの攻撃を食らっていない、しかし実際に精神操作を受けアナタは幻覚を見た」


 イケメンが懐から数枚の写真を取り出すと俺に見えるように広げてみせた。写真の中身は学校の男子トイレで、さっきの話からして多分俺の逃げ込んだトイレだ。
 
 最初の一枚は入口の扉だ。木製のシャレた扉で私立の金の無駄遣い加減が良く分かる。
 
 二枚目はトイレの内部、立ちションするトイレと一つ一つが独立した壁に囲まれた個室トイレ。……壊れていない、どこの個室も。
 
 ほかの写真は別々の角度で撮った奴で全部トイレは壊れていなかった。
 
 
「言うまでも無く、アナタが逃げん込んだ『男子』トイレです」


 なんだその含みのある言い方は、面倒くさいから無視。
 
 
「けど、こんなのあり得るのか?」

「ありえます。さっきの精神操作系の説明は全てB判定以下の異能を前提とした話です。A判定や特A判定の精神操作系にはまずそんな常識が通用しません」

「ということはその犯人の一人はA判定か特A判定の精神操作系の人間だってことか」

「ええ、神山でもその異能者は貴重な存在です。エリアタイプで効果が高くなおかつ相手に姿を見せなくていい。僕は条件付きでなら異能者最強は高レベルの精神操作系だと思っていますから」


 たしかに最強だな、いくら強力な異能があってもそれを相手に当てられなければ意味がない。当たらなければどうと言うことは無いからだ。
 
 異能者同士の戦いってのはけっこう一瞬で決まる。自分の土俵に引きずりこんだ時点で八割方勝利が確定する。
 
 それを相手に姿を見せなくても効果が発揮できる上に範囲・威力ともに効果抜群、それこそ本当に瞬殺だ。
 
 
「ミズキさんもやっぱり元一般人ですね。知識としては知っていても実際に精神操作をされてみると抜け出すことはできないんですから、どうですか感想は?」

「信じられん」

「でしょうね。高レベルの精神操作にかかった人はみんなそう言います。たしかにそれはその人にとってリアルだったんですから」


5。


「そして最後に、犯人がバカの意味がこれです」


 イケメンが持ってきていた手提げカバンから、一つのビデオを取り出した。黒い長方形のそれを病院の個室備付のビデオデッキに差しこむ。
 
 テレビの電源ボタンをカチリと押すと……押しても電源がつかないからイケメンがボタンを連打する。
 
 それを生暖かい目で見ながら、コンセントを確認しだした所で指摘してやる。
 
 
「コレ」


 イケメンの目の前に一つのカードを出す。病院のテレビはただでは見れない。使い捨てのカードを買って脇にあるスリットに入れないとみれないのだ。
 
 
「なんですかソレ?」

「コレをソコに差しこめ、見れるようになるから」


 首を傾げたままイケメンがカードを受け取りテレビ横のスリットに差しこむ。残り時間が脇の電子画面に表示される。
 
 コイツ入院したことないのか。神山で働いてて運のいい奴だな、ただ単に戦闘力が高いだけかもしれないけどさ。
 
 電源ボタンを押すと画面が一瞬フラッシュする、同時にダンダンと何かが写り始め、数秒でそれが学校の一角を映した内容だとわかった。
 
 
「監視カメラ……」

「そうです。流石私立ですよね、公立じゃありえませんよこんな物。これが犯人がバカの意味です。それともう一つのアナタがバカの意味でもあります。僕が回収してなかったら殺されてましたよ?」

「……すんません」

「バカアホクズトンマ人類のゴミ、自分で頭いいとか思わないでください。さすがに焦りましたよクズ」

「……返す言葉もございません」

「これにこりたらちゃんと事前に僕に言ってください」
 
「ごめんなさい。もうしません……」
 
 
 微笑みに怒りを混ぜた顔でしかられる。本当に思いつきでやったらダメだな……あぶなかったわ。
 
 まだ明るい校舎の中で生徒が行き来している所をイケメンがリモコンで早送りし出す。
 
 途端に画面が荒れ、砂嵐と横線が画面を覆う。僅かに見える画面がどんどんと朝から夜に変わっていき、ある場面で止まる。
 
 
「あ、俺だ」


 暗視カメラ状態で暗い緑色になった画面に俺の特徴的な金髪が見える。遠目からみても美人だな俺。
 
 男子トイレの扉を蹴り開けて出てきた俺は何かから遠ざけるように手をかざして目をほそめている。
 
 
「……なにしてんの」

「ついてもない電灯の光を避けてます」


 あぁこれも幻覚だったの、すごいね。たしかにおかしいとは思ったけどそこまで疑問に思わなかったわ。
 
 2秒もしない内に走りだして階段を一段飛ばしで降りようとした所で足が引っ掛かって転げ落ちようとした所でカメラの死角に入る。
 
 イケメンがリモコンを操作して画面を変える。
 
 ちょうど俺が転げ落ちて虫の息になってる所が映される。なんというか男二人で見る物じゃないな……。
 
 
「誰か来たぞ」


 途端に誰かが近寄り映っている俺が顔をあげる。
 
 
「……あっれ!?」


 その『誰か』の姿があの時の俺の見た姿と異なる。俺がみたのは学校の制服を来た同学年の生徒だったのに、画面に映るそれは私服を着た7・8歳の幼女だ。髪も腰まであって結構長い。
 
 
「それも幻覚です」

「モノローグに突っ込むなよ。しかもその言い方はなんだ? ユーゼスか?」


 画面の俺が体勢を変えて尻もちを突く。そのまま口が数回動いた後、俺が爪を伸ばして幼女の脳天を貫こうとする。俺が狙ったの腹じゃなくて頭だったのか。
 
 だがやっぱり頭を貫くことなく爪が『見えない何か』で真っ二つに折れた。
 
 
「これは幻覚じゃないんだな」

「犯行は二人で行われてますから。こっちが物理操作系の異能者、コードネーム『バカ』です」

「ひどい言い方だな」

「神山は死体からも情報を引き出せる異能者がいますから、操作を混乱させるために殺す人間に幻覚を見せるのはかなり有効です。こうされると神山でも見失いかねない考えられた手です」


 イケメンが呆れ顔で溜息を一つ吐いて続ける。


「ですが犯行現場の事前調査がお粗末極まりない。いくら異能の調査を混乱してもこのようなカメラの存在も知らないとはバカの極みです。わかってますか?」

「ごめんね☆」

「可愛いので許しましょう」

「まじで!?」

「ウソですよ」


 よほど怒りが溜まってるのか頭に拳骨を落とされる。今回は俺が圧倒的に悪いからやり返すことも出来ない。

 画面内で俺の服が引き裂かれる。次いで各所から血が吹き出し完全に体制を崩し蹲る。
 
 そして幼女の手が俺の顔に伸びたとこでイケメンが画面を切った。
 
 
「僕の管轄区を問わず各所で目玉をえぐり出す事件がありますが、これは模倣犯でしょう。やりかたが雑すぎます」

「幼女が?」

「以前のミズキちゃんはこの年から人を殺めてましたから別にそこは問題じゃありません、異能犯罪者の半数は20歳未満ですしね」

「ふ~ん。じゃあもう捕まえようぜ、殺すか俺に食わせてくれよ」

「残念ながらそれは無理です。場所は特定しましたが、どちらの異能者もA判定を取れる高レベルなものですから出来ることなら僕が貰います」

「性的な意味でか」

「死にますか?」

「その微笑みヤクザな顔やめてくれよ。嘘だよ。冗談だよ」

「……いまユウが監視してますからいつでも仕掛けれますよ。アナタにも参加してもらいますから、3日後くらいですかね。それまでにさらに裏取りなどして有効な手段を探しますから、早く体治してくださいね」

「はいよ」

「それでわ失礼します」


 イケメンが颯爽と部屋を出て行ったのを見送って俺はバナナを食べ始めた。
 
 殺してーな食いたなーどうしたらいいかなー。



▽△

10終わりです。やっぱり11に続きますね。
誤字脱字指摘してくれると助かります。それでわ。
ヒロイン登場させれるかな、雲いきがあやしくなってきた。
全員イケメンに寝とられそうだ。



[4284] けいだん。11―寄らないでください人殺し―
Name: 歩(ホ)◆429b8219 ID:06335ec5
Date: 2009/05/19 12:26
1。


 赤くて綺麗な目をもって帰る。最初は気持ち悪かったけど、もう慣れた。
 
 駆け足で家のなかに入っていつも目を入れているビンの中に入れる。ビンの中には水に溶かした防腐剤がいっぱい入っていてもうこれで腐る心配はない。
 
 こぼれた防腐剤を拭きとって蓋をして、専用の台に置いて完成。あ、目の後ろの気持ち悪いとこ取り忘れた。
 
 包丁で気持ち悪い所を切り取って再度作り直す。うん、出来た。
 
 3階にいるお母さんの所へ持って行こうとすると、袖をクイクイと引かれる。
 
 うしろを振り返る。
 
 
「なに?」


 袖を握ったまま妹は喋らない。頭をふせたまま私と目を合わることもしない。
 
 ちょっとだけ待ってやっぱり何も喋らないから階段を上がろうとすると、またグイッと引かれる。
 
 
「……なに?」


 喋らない。ただ今度は顔を上げて不安そうな目で私を見ている。
 
 
「私いま忙しいから」

「……逃げようよ」


 妹がボソリと呟いた。さらに引っ張られて玄関へと連れて行かれる。
 
 何をするのか見ていると、妹は器用に片手で靴を履いた。
 
 
「どこ行くの?」

「本当のお母さんのところ」

「ここだよ?」

「ちがうっ! はやくお姉ちゃんも靴はいてっ!」


 ブンブンと両端で結んだ髪を振りみだして妹は顔を横にふる。
 
 袖を精一杯引っ張る手にちょっとだけ煩わしくて、私はクッと腕をひいて妹の手をひきはがす。
 
 かなり力が入ってたのか妹はバランスを崩してしりもちを突いた。それでも勢いがとまらなくて玄関のとっての部分に頭をぶつける。
 
 妹の綺麗な赤茶色の髪の頭から赤がにじみ出す。
 
 
「~っ!」

「大丈夫?」

「……いたい、すごく」

「私お母さんのところ行くから」


 頭を抑えてうずくまっている妹は大丈夫そうだから放っておいて二階へ上がる。
 
 一番奥にある部屋の前に立ってノックを二階する。返事はないけど中に居るのはわかってるから勝手に開ける。
 
 ノブをまわして、ビンに入った目玉がいっぱい飾られている部屋に入る。全部私と妹で取ってきた物だ。
 
 
「……レン?」

「お母さん、コレ」


 レンは私の名前だ。妹の名前はミユウ。なぜか妹は3階に上がってこないから、いつもお母さんの部屋には私しか入らない。
 
 赤い目の入ったビンをお母さんの前に出すと、急にお母さんは固まった。
 
 不思議に思ってまっていると、お母さんの顔がだんだんと顔が強張る。
 
 
「レン……!!」


 お母さんは椅子から立ち上って私に近づくと、いきなり頬を叩かれた。
 
 パシンッと音が部屋に響く。その拍子に私はビンを床に落としてしまう。
 
 ジンジンと熱くなった頬をおさえてビンを拾おうとすると、また叩かれた。
 
 
「お母さん……?」

「どこで取ってきたの!? 私はまだ頼んでいないのにっ、なんで!? どこで!!」

「が、学校の女の人から」

「人には見られてないっ? 証拠は全部消したのっ? 勝手になんでやったのっ!?」


 ひとつ聞かれるごとに叩かれる。両方の頬を順番にバシバシと叩かれる。痛い。
 
 叩かれる意味がわからなくって、ただ私は呆然と叩かる。
 
 少しして母さんは何かを思い出したようにハッとして前髪を上げる。私の前髪も上げて額をくっつける。
 
 いつも目を取りに行く時にお母さんがしてくれる御まじないだ。これをしてくれると頭の中に色々なことが入ってきて、目を取りやすくなる。
 
 
「あ、あぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 額を離すとお母さんは叫んだ。そしてまた頬を叩かれる。さっきよりも強く何回も何回も叩かれる。
 
 叩かれすぎて痛くなくなってきはじめたところでお母さんは急に私を突き飛ばす。
 
 壁にぶつかったのを見てお母さんはその場に座りこんで頭をグシャグシャと掻いた。しばらくお風呂に入っていないテカリのある長い髪が乱れる。
 
 
「レン……」

「な、なにお母さん……?」

「アナタは私の子供よね?」

「……うん。当然だよ」

「なら私を守ってくれるわよね? 子供はお母さんを守る動物だもんね? 私の敵をみんなころしてくれるわよね?」

「うん。私はお母さんの子供だもの」

「そうよね。そうよね。ええ、そうよね。当然よね。殺してちょうだい。みんな殺してちょうだい。私を守ってちょうだい」


 腕を引っ張られて抱きしめられる。鼻にかかるお母さんの髪はすごく臭いけど、抱き締められるのは好きだ。
 
 私もお母さんの背中に手をまわして抱きしめる。しばらくそうしていると、お母さんはパッと離れて机の引き出しを開けた。
 
 ジャラジャラとなにか鉄っぽい音が聞こえた。
 
 
「さぁこれを付けて? 今日からずっとお母さんといっしょにいましょう?」

「うん。お母さんとずっといっしょ……嬉しいなぁ」


2。


「ん~……」


 イケメンが持つ2枚のトランプの前で手を左右に動かして動揺を誘うが、イケメンは張り付いたような笑顔を崩さない。これも歴としたポーカーフェイスか……。
 
 いつまでたってもイケメンに変化がないことに痺れを切らして右のトランプをもぎ取る。
 
 
「ジョーカー……」


 取ったトランプには黒いピエロが笑う姿が印刷されていた。
 
 だが勝負は終わったわけじゃあない、今度は俺の防御フェイズだ。プリティスマイルを盾に俺はシャッフルした2枚のトランプを構える。
 
 スっと手が伸ばされ一番左のトランプが抜き取られる。駆け引きとかそういうの無しのノータイムで引かれるのはなんか悲しい。もっとヘンダーランドみたいにババ抜きしようぜ。
 
 
「上がりです」

「くっ……これで10連敗か」


 机の上にばら撒かれたトランプの上に1組のトランプが追加されイケメンの手がフリーになる。
 
 持っていたトランプごと力任せに机に叩きつけると、包帯の下の傷が痛む。てか、服の下ほとんど包帯だらけなんだけどね……。
 
 風呂も体拭きと髪洗うのしか許可されてないし、まあ仮退院だからしょうがないか。これ終わったら病院に逆戻りだぜ。
 
 冷蔵庫で冷やしてあったコーラを取り出してプルを開ける。
 
 
「流石に二人ババ抜きも飽きてきたなぁ、次なにする?」

「スピード大貧民ジジ抜き7並べババ抜きときたら、もう神経衰弱くらいですかね」


 台所で紅茶を作るイケメンがこっちを見ずに答える。
 
 うへ、神経衰弱とか一番苦手なゲームだよ。でもほかも思いつかないしなぁ。
 
 腰に手を当ててコーラを一気に飲み干す。風呂(体拭き)上がりのコーラは格段にうまいぜ。ペットボトルとかのコーラはダメだな、理想はビンだけど今は売ってないし缶で我慢だ。
 
 
「2階のユウも呼んで皆でトランプしようぜ」

「……ユウは仕事の時は別人ですから無理だと思いますよ。どうやっても3階の見張りは降りないでしょう」

「だよなぁ、いくら話かけてもうんとかわかったとしか言わないし」

「メリハリのある真面目な子なんですよ、アナタと違って」

「俺が節操無しみたいな言い方するなよ」

「実際そうでしょう? 後先考えず食っちゃいますし、あの殺人鬼の一面はどこへやら」

「……」


 紅茶を入れたカップを片手に向かい側にイケメンが座る。……たしかに以前の俺ならもっと事前に調べてたはずなんだけどな、異能を手に入れてから浮足立ってるのかもしれん。
 
 首に掛けたバスタオルを頭に乗せて優しく髪に残った水分を取る。髪が傷まない様にするのも大変だぜ、しかも長いから苦労する。
 
 前世の経験をいかして今度から真面目に相手選ばないと大変なことになる。
 
 
「……で、どうですか3階の様子は?」

「ん?」


 異能を発動させて昨日創ったネコ耳を頭に生やす。ピクピクと耳を動かして向きを調節する。
 
 2階のユウは無視して3階の一室へと聴覚を伸ばして微かに聞こえる音を拾い上げる。ドクドクと聞こえる心臓音が二つ、それと鎖っぽいものが擦れる音、最後に少し荒い呼吸音が二つ。
 
 異能を停止させる。
 
 
「まだ元気そう」
  
「二人とも女性なのにがんばりますねぇ」

「外道な戦法だよなぁ」

「兵法に富んでるといってください」


 紅茶の3分の1を飲み終えたイケメンは散らばってあるトランプを掻き集めはじめる。
 
 
「なに? すんの?」

「神経衰弱得意なんですよ」

「ほう、いっとくが俺も神経衰弱は苦手だぞ」

「苦手なんですか……」


3。


 さてさて、なんで俺達が人様の家でトランプ三昧をしてるのかそろそろ説明しようと思う。え? 気にならない? まぁいいじゃないですかこの超絶美少女の顔に免じて許してくださいよ。
 
 ことの始まりはつい数時間前、イケメンが俺の部屋を出て行って2時間ほどした所からだ。
 
 
 ……λ。
 
 
 バナナを喉に押し込んで快かゲフゲフ、バナナの味をゆっくりと味わいながら食べていると携帯が大音量で鳴って俺はバナナを吐き出した。
 
 あの時トイレで落としたのをイケメンが回収しておいてくれたのだ。男子トイレの床、しかも便器付近に落ちていると思うとちょっと触りづらいけどそんなに毎回買い替えてもいられない。
 
 Lみたいな持ち方、ようするにバッチぃ物を持つような持ち方で携帯のディスプレイを開けるとそこにはイケメン(殺)の名前が表示されていて俺は首を捻った。
 
 さっき話をしたばっかりだというのに何か言い忘れたことでもあったのか。不思議に思いながら携帯を耳に当てて通話ボタンを押す。
 
 
『○○区○○の○丁目に来てください。三階建ての紫の屋根が目印です』
 
「待て、お前さっき3日後とか言ってただろ」

『病院には話通してあるんで急いでくださいね』

「話聞けよ。俺の体はいまボロボロで薄幸の美少女状態なんだよ」

「発酵ですか。それはまた腐ってそうな美少女ですね。精神が」

「いやぁそれほどでも~」

「……仕事ですよ仕事。さきの現場見学と違って今回はアナタが必要なんです。それとこれは今回の勝手な行動をした罰です」


 一方的に電話を切られた。さすがに仕事の上に罰と言われたら俺も動かざるお得ない。
 
 俺とイケメンは根元は別個の人間だからいくらその先で同種の人間として交わろうと相互理解することはない。憎まれ口を叩きあって仲が良く見えても最終的に相手を見捨てることは簡単だ。
 
 イケメンは自分の得になるかならないかそれで相手を選ぶ、真にイケメンの内側に居る奴は別だけどさ。ユウとかリョウコさんとマドカとかがそうだ、そいつらは損得の観念を抜きにして助けるはずだ、仲間だから。
 
 俺も見捨てられないように異能者を探し出す作業をやらないといけない。殺人や俺の異能の件で弱みも握られてるし、それ以上にこの少女体だとイケメンの保護なしではまだ自由に生きていくことは難しそうだ。
 
 だから罰も受けるし仕事と言われたらゴネながらも従う。受けないといけない。僅かな信頼を得るために、使える人間だと判断されるために、自分のためにな~。
 
 でも体めちゃ痛い。
 
 自然治癒するのまって跡が残った部分は異能で治療する少エネ法は諦めるしかないか。
 
 異能を発動させて自分の腕を甘噛する。流れ込んできた漠然とした身体の状態を調べて、特に酷い部分をリストアップする。
 
 その部分を治癒するイメージをして固める。治癒を開始すると微妙な痒みと一緒にスーっと傷か消える。
 
 この時点で食った5人中4人消費。燃費わるすぎる。
 
 
「さって、準備しよ」


 まだまだ全身痛いけど、仕方ないさ。患者服を脱ぎ脱ぎして自分の体に鼻血吹いて神山制服に着替える。
 
 神山の仕事で出る旨をナースセンターに伝えると簡単に許可されて、いってらっしゃ~いと手を振られた。なにか釈然としない気持ちを抱えて外に出るといつかの黒バンが俺の目の前にあった。
 
 予想通り中には黒服の兄ちゃんが居て颯爽と目的地に送られる。準備よすぎだろ。
 
 舗装された道路に揺られること30分弱で到着して、紫の屋根で周りから浮いてる家の前に立つ。
 
 入っていいのかわからず後ろを振り向くと黒バンはもうなかった。あの黒バンは多分歌舞伎の黒子的存在なんだろうなぁと考えつつ電話を開く。
 
 イケメンと電話しかしていない携帯を開けてリコールボタンを押す。何回かコール音が鳴った後にブッという音と一緒に通話が繋がる。
 
 
「あ、もしもしおれオ―――」

『あうっ! い。いや……やめ……きゃぁ!』

「……」


 いつもの調子で行こうとした途端、電話向こうから誰かの悲鳴が聞こえた。幼く可愛い少女の声で絹を裂くように叫ぶ。
 
 お楽しみの最中に乱入してしまったような気まずさに俺は閉口する。
 
 
『……神山が犯罪者を助けると思ってるんですか?』


 イケメンの声が若干遠い感じで聞こえる。
 
 
『お、お願いします。た、助けてくださいお姉ちゃんを、助けてください……!』

『君達は人殺しです。助ける道理がありません。みんな殺します』

『……そ、そんなのって……わたしも、お姉ちゃんもお母さんに脅されただけなのに』

『脅されたからどうだと言うんです。君達が人殺しなのは変わりませんよ? 君達は沢山の人を殺しました。その人達は死んでも君達を許しません。その人の家族も一生恨むでしょう』

『わたしは、わたしはただ……』

『ただ……なんですか? 言ってみてください。その一言で皆が許してくれるのなら』

『……ただ……ただ、うぅ……うぅぅ……ごめんなさいごめんなさい……許してください、助けてください……おねが、おねがいします……!』

『泣いたら許されると思ってるんですか? 謝ったら許されると思ってるんですか? 人殺しに助けてと言われて助ける人間が居ると思ってるんですか?』

『な、なんでもするからっ! 助けてください……!』

『寄らないでください人殺し』

『きゃぁ……!』

『ここでじっとしておくことです。……別にでてきてもいいですよ。死ぬのが早くなるだけですけど』


 ドS口調なイケメンにどこかの幼女が虐めらている声が延々と続く。なんだこれ新手の拷問か? ……いやその幼女じゃなくて俺のほうな。
 
 これを誰か別の人に聞かれたら確実に変態認定されてしまう。でも切るのもちょっとダメっぽいし、どうしよう。
 
 誰かの家の前で呆然と立ち尽くして虐待音声を聞くという前代未聞に意味不明な状態になっている俺の右肩に、誰かに手を掛けられる。
 
 
「ぎゃうわぁ!!」
 
 
 心臓が口から飛び出すぐらいに驚いて飛び跳ねながら、その方向を向くと、真面目な顔をしたユウの姿があった。
 
 いやもう滅茶苦茶真顔で感情も読み取れないような普段と違うユウが居たから、さらにビックリして思わず尻もちを突いてしまう。
 
 
「いてて、驚かすなよ……

「驚かしてないよ。それよりはやく入って」


 膨らんだビニール袋片手に家のドアが僅かに開けられる。音も立てずするりと入っていくユウに俺もハイハイ歩きで続く。
 
 
4。


「こっち」


 ユウが土足のまま奥に進んでいく。家に土足は日本では悪しき風習なので俺は膝下まである黒白のブーツを脱いで上がる。
 
 ニーソックス越しに伝わる床の冷たさを感じながらユウが消えた部屋に入ると、台所だった。机の上に無造作に置かれたビニール袋からは缶のコーラやインスタントな食い物が零れている。
 
 台所はシステムキッチンというんだろうか本格的でかなり広い。外から見てもけっこうな大きさだったけど、部屋一つを台所で占めるのはすごい。リビングと直通していないのは設計上どうかと思うけど。
 
 それよりも気になるのは壁から天井全てに施されている防音加工、無数の穴の開いたそれは等間隔にならんで部屋を覆っている。
 
 そして奥の部屋から微かに聞こえる女の子の泣き声、通話状態の携帯を耳に当てると同じものが聞こえてくる。
 
 
「ユウ、アイツは?」

「奥だよ。もうすぐここ来るから待ってて」

「お前は?」

「見張りだよ。3階にミズキちゃん襲った人居るから、下に降りてこないように見張る」


 あまりに淡々と喋るせいかここが敵地だと言われても、俺は驚きもしなかった。
 
 あーそっかここに俺の目抉った奴が居るのかー、ぐらい平静な気持ちのまま俺は近くにあった椅子に座った。


「あ……そ。いってらっしゃい」

「うん。行ってきます」


 いつもとまるで別人なユウが部屋から出て行くと、入れ替わるようにイケメンが入ってくる。
 
 
「お前最低」


 とりあえず言っておく。なんか言わないとダメだような気がした。携帯を見ると通話がいつのまにか切れている。
 
 もう薄々と俺がここに呼ばれた理由がわかって来てるけど、流石に幼い子を苛めるような真似はいけないと思うんだよね。
 
 
「僕もいい気はしませんよ」

「すごいイキイキしてたのに?」

「……ちょっと事態が急変しまして、すぐさまアナタが入用になったんですよ」


 スルーするイケメンの華麗ぶりに俺もそれ以上の追撃を諦めざるを得ない。
 
 
「さっきの携帯の会話は聞きましたよね?」

「録音しといた」

「じゃあ消しといてくださいね。バカですけど察しがいいアナタならわかってるんじゃありませんか?」


 北風と太陽を参照にするといいかな、ちょっと違う気もするけどこれが一番近い例えだ。
 
 
「アレだろ。事情聴取の時に最初厳しく問いただした後、別の優しい刑事が実は自腹のカツ丼食わせる奴だろ?」

「最初に思いついた方を言いましょうよ。ひねくれてますね」

「自分から憎まれ役を買って出るのはどうかと思うけど」

「ユウ達にこんなことはさせたくないんですよ。アナタにやらせたら論外ですし」

「はいはい。しかしそこまでする必要あるの? けっこう鬼畜だぞお前?」

「逆らわない様に教育するのって結構大切で必要なことですよ」


 イケメンが対面の椅子に座ると俺に許可を取ることもなく、ことの成り行きを説明しはじめる。
 
 監視カメラから得た情報で身元と個人情報を割り出したユウが監視に付き始めてからすぐに事態が急変し、俺との二回目の面会……つまり今日の面会を終わらせたイケメンに連絡があったらしい。
 
 話の内容を要約すれば、服をボロボロにして家を出てきたこの家の次女が駆け足でどこかへ行こうとしたところを、ユウが速やかにコナンでよく出てくるクロロフォルムで眠らせて確保。
 
 音も無く忍び込んだユウが家の1階2階に誰も居ないことを確認して家の中へ侵入。ここでイケメンに連絡。
 
 連絡を受けて着いたイケメンがここで俺を呼ぶ。起きた次女に威圧的に事情聴取して彼女ら姉妹が最近多発していた目玉抉り取り事件の容疑者だということを知りイケメンドSに変化。
 
 さっきの虐待紛いな発言をしてるとこで俺から着信、通話ボタンだけ押して新手(荒手)の拷問のような虐待音声を俺に聞かせて説明を省く。
 
 そんでもっていまに至る。
 
 
「で、俺に優しい刑事役をやらせたいわけか。カツ丼は?」

「自腹ですよ。……見た限り次女の方は容易に籠絡できますよ。彼女は8歳にしては人間が出来過ぎていますからね、その分罪の意識に駆られやすく精神が弱い。これまでの殺人の罪悪感で徹底的に押し潰してしまえば、すぐに壊れます。それを修復する過程と方向性はこちらで決定します」

「お姉ちゃんのほうはどうすんの?」

「密猟者が曲芸用の子猿を捕まえる方法って知ってます?」

「知ってる」

「じゃあ言わなくても分かりますよね」


 ビニール袋からコーラを取り出して俺へと転がす。
 
 
「飲んだら行ってください。奥の部屋で震えてますから」

「俺は万能じゃないからそんなの出来るかわかんないぞ」

「出来ますよ。出来なければ罰にはなりませんから、その時はわかってますよね?」

「トノサマバッタの刑?」

「なんですかそれ」


5。


 ボロが出ない様に頭の中で美少女な俺を思い描く。言動や仕草の端々にイメージを貼り付け、いつもの演技以上に凝ったものへと昇華させる。
 
 最初から最後まで気は抜けない。抜く気も無い。私は少女、男じゃなく女、女じゃなくて少女だ。
 
 革張りの豪華なソファがあるリビングの奥にある書斎。そこにこの家の次女、梅田ミユウちゃんが居る。
 
 彼女は今酷く怖がっている。
 
 ずっと目を逸らしていた殺人への酬いを改めて眼前に突きつけられ、ずっと考えないようにしていた殺した人の家族のことを思い知らされて怯えている。
 
 それを理解した上で、書斎への扉を開ける。
 
 
「……っ!」


 ノブが回してガチャリと扉が鳴った途端、バサバサと本の山が崩れ落ちる音がした。
 
 言葉にならない声で小さく悲鳴を上げて部屋の隅にある体をさらに隅へと押し付けて、親に叱られる子供のように縮こまる。
 
 腕で必死に頭を守りながら身を硬くする。
 
 
「ミユウちゃ」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」


 話掛けようとすると同時に、まるで私を拒絶するように息が続く限りに言葉が紡がれる。あの暴力じみた言葉攻めの後だ。こんなふうに人間不信気味になってもおかしくない。
 
 ましてやまだ8歳。まだまだ親に甘えたい年頃だしやんちゃもしたい年頃、いくら大人びていても心の弱さを守ることなんてできない。
 
 これは、当然の反応。私はそれが収まるまで離れた場所で待ち続ける。
 
 私から話かけることはしない。彼女が私をちゃんと見るまでは動かない。
 
 次第に声が鋭く細くなっていき、ついに息が無くなったのかげホゲホとせき込む。そしてまた小さく息を吸って言葉を連呼する。
 
 ここも防音加工が施されていて彼女の声はまったく外に漏れることはない。なぜこんなにも徹底して防音加工されているのかは、わからない。ただ、音が聞こえたら困るのはたしかだ。
 
 音だけを閉じこめた牢獄のような部屋で延々と謝罪しつづける彼女を見ていると、私は予めこんな事態が起こることを予見しているように思える。
 
 だんだんと息継ぎの回数が増えていきそれに比例するように彼女の声は枯れていく。
 
 部屋に入ってから10分くらい経っただろうか。ふいに彼女の顔の顔が上がり、私と目が合う。
 
 けど、すぐに逸らされる。話掛けたいけど、ここはグッと堪える。彼女から話掛けてこなければ、意味がない。
 
 
「―――……ぁ、ぁの」


 目が合ってから喋らなくなった彼女がガラガラになった声で口を開く。これでかれこれ20分ほど経っている。
 
 やっと第一段階。さきは長いけど、これで前進できる。私は正座を崩して楽な体勢に変える、俗に言う女の子座りだ。
 
 出来るだけ柔らかく穏やかな表情を作って彼女の呼びかけに応える。
 
 
「なにかな?」


 棘が立たないように細心の注意を払って声を出す。
 
 彼女の目が、再度私の目と合う。今度は逸らされない。勝気で釣り上がっている目尻が今は下がっていて子犬のようになっている。
 
 
「ゆ、ユーレイさん……ですか?」

「……え?」

 
 どんな言葉が返ってくるか身構ると、彼女は突拍子も無いことを言う。
 
 ユーレイ……幽霊? なんで幽霊? 足は……ちゃんとあるし。死にかけたことはあるけど、死んだ覚えはない


「だ、だってお姉さん、この前、私のお姉ちゃんが、殺した……」

「あ、あぁ……あれは」


 ……あの時のか。
 
 たしかに危なかったけど、ギリギリセーフ。異能のお陰で目も元に戻った。今も体は痛むけど、動けないほどじゃない。
 
 どう答えようか。ここで人が生き返るようなことを言えば彼女は考えを変えるかもしれない。
 
 あとで大変だけど、言わなくても彼なら合わせてくれるし大丈夫なはずだ。
 
 
「……あれは、私の双子のお姉ちゃん」


 哀しく眉を寄せて微笑みながら言う。声に少しだけ霞みを入れて、言葉詰まりを演出する。
 
 彼から話を聞く限りだと、今までは事前の下調べと彼女のお母さんの入れ知恵で犯行していたけど、私の件は違う。
 
 親に相談することもなく思いつきでやったそうだ。だから今どう言おうと彼女は真実を知ることは無い。
 
 僅かに希望と興味の色を乗せた彼女の瞳が一気に光を失う。下がっていた目尻がさらに下がる。
 
 言葉を失ってあうあうと唇を動かす彼女は目を泳がせて新たに言葉を探す。
 
 フルフルと小動物のような仕草で怯える彼女に、今すぐにでも手を差し伸べたくなるけどそれではダメだ。
 
 さらに落とす。
 
 
「お姉ちゃんは死んじゃったから……ははは、だから……幽霊じゃ、ないかな?」


 力無く笑ってずっと開けていた目を閉じて数回瞬きをする。すぐに一粒涙が頬に流れる。
 
 
「あ、あれ? あ……ちょっと、ごめんね。涙がでちゃった……」


 ごしごしと手の甲で目尻を拭う。拭いながらも彼女を観察することは忘れない。
 
 彼女はどうしたらいいのかわからない様子で半分腰を浮かせたまま動かない。
 
 近寄ってきてくれれば何段か段階を跳ばせるけど、高望みはしない。ゆっくり着実に進める。
 
 
「あ、あはは……お話しにきただけなのに、泣いちゃったら……ダメだなぁ」

「……お姉さん」


 無理矢理作った笑顔のような表情で気丈に笑って見せる。これで彼女は人が死んだことでそれを悲しむ人間が居ることを知る。
 
 第二段階完了。このまま第三段階まで一気に進める。
 
 予めボタンを外して置いた袖を大きく揺すって腕の包帯を露出させる。
 
 
「ご、ごめんね。みっともない姿みせちゃって……」

「……あ、怪我」

「え?」

「怪我、して……ます……です」


 どう言ったらいいのかわからず語尾を付けあぐねながら、晒した腕の包帯を指差す。
 
 それを見て私も腕に目を向けて驚いたふりをして急いで袖を隠す。
 
 
「あっごめん。ちょっと、ね。大した怪我じゃないから大丈夫、うん大丈夫」

「……痛い、ですか?」

「……え? ……うん。ちょっと、痛いかな。でもミユウちゃんほどじゃないよ」

「え……わ、たし?」


 包帯を仕舞いながら柔らかく答える。
 
 不思議そうに自分を指差す彼女に向かって私は笑顔で大きく頷く。
 
 
「だって、お母さんからお姉ちゃんを助けようとしたんだよね。でも、助けれなくて……そんなにボロボロになっても助けたくて、怖いの我慢して警察へ行こうとしたんだよね? 偉いよ、尊敬する」

「……な、なんでそれ知ってるの」

「あの人から話聞いたから、その……えっと、さっきミユウちゃん虐めてた人から……」

「っあ」


 途端、少しだけ前進していた彼女の体が後ろに下がった。怯えるように尻もちをついた状態でジリジリと後退していく。
 
 顔は明らかに怯えの色を浮かばせて、喉が固まって言葉を出せず呻くように声を漏らす。
 
 彼の株をさらに下げるけど、これは必要なことだ。もともと最低まで下がっているんだから、これくらいなら許されるはずだ。
 
 
「ご、ごめん……! 嫌なこと、思い出させちゃったね。その……あの時私も扉の後ろに居たんだけど、怖くて助けれなかった。……ごめん」

「……」


 彼女の後退が止まる。
 
 
「……ごめんね。私弱くて、ミユウちゃんのこと助けれなかった」
 

 第三段階、私が味方だと思わせる。完了。

 確認のためにわざと自分を卑下する。するとすぐに反応があらわれる。

 微かに、両端で結ばれた赤茶の髪が揺れる。よく見ればすこしだけだけど、頭が左右に振られている。
 
 力の抜けかかった顔で無意識に頭を振る彼女が、何かを思い出したかのようにハッと頭を上げて私の包帯を巻いている腕を見つめる。
 
 掛かった、と思った。やっぱり心はまだ子供、疑うことをよく知っていない。私のバレバレの演技でも怪しむこともない。
 
 震える指で私の腕を指差す。
 

「……その怪我って、もしかしてあの人に」

「……えっ!? いやいやいやこれは違うから! さっきちょっと転んじゃってさ! ズシャーって! ズシャーってさ!」


 慌ててみせる。本当は彼女の姉にやられたやつだけど、今は彼がやってきたように演技する。
 
 
「……」

「う、ウソじゃないって! これはホントに」

「……」

「……あはは、ごめん、嘘だよ。……うん。ちょっと、やり過ぎだって言ったら殴られちゃって」

「わたしの、せいで……」


 家族が死んでも、自分が傷ついても気丈に接しているように心がける。罪悪感を煽って少しずつ追い立てていく。
 

「ミユウちゃんは、なんでこんなことをしたの?」

「……お母さんに、言われて。お姉ちゃんに、さからえなくって」

「それで人が死んでも逆らえなかったの?」

「……っ」
 
「ミユウちゃんが頑張ったら、きっとみんな死ななかったはずだよ?」

「それは……」

「許してもらえるって、自分でも思ってないよね?」

「……うん」

「殺されたみんなが死ねって言ったら死ぬ?」

「や、やだ……」

「それは理不尽だよ、殺していいのは殺される覚悟のある人だけだよ」 
 
「どうしたら、許してくれますか」

「わたしはわからないよ、それはミユウちゃんが決めないと」

 
 ほどよく罪悪感の苦しめられればおのずと向こうから動き出す。私はそれを待てばいい。
 
 こんなちっぽけな体に、それに耐えきれる器なんてあるわけがなく。それはすぐに訪れた。
 

「……お姉さんは、悲しいですか……?」


 震える声で聞かれる。
 
 彼女は自分から罰を求め始めた。最終段階だ。


「悲しいよ。お姉ちゃんが死んじゃったんだもの」

「苦しいですか……?」

「苦しくて堪らないよ。……でも、ミユウちゃんをいくら恨んでも、どれだけ私が悲しんでも、お姉ちゃんは帰ってこないんだよ。―――でも、でもね。帰ってこないってわかってても……」


 少しだけ憎しみを込めて、眼差しを睨みに変えて、彼女をおどすように言う。
 
 
「私はそれでもミユウちゃんのことが殺したいくらい憎いよ。恨んでも恨んでも、恨み足りないぐらいにミユウちゃんのことが憎いんだ」

「……ごめん、なさい。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」


 や私の視線に耐えきれなくなった彼女は最初のように謝り出した。さっきの恐怖に駆られたものと違ってちゃんと意味を捉えた本当の謝罪、ゆっくり噛み出すように謝り続ける。
 
 ガタガタと震えて光さえ入らない目で私の目を必死に見返す。既に焦点は合っていない。
 
 呼吸は乱れて吸って吐く動作さえ安定しない。ただひたすらに許してもらおうと謝り続ける。
 

「苦しい? 助けて欲しい?」


 彼女は答えを見つけられるわけがない。だって最初からないんだから。人殺しは許されることじゃない、だけどそれは無視すればいいことだ。人に許しを請わなければ心も痛むことなはい。

 私の言葉に彼女は首を縦に振る。
 
 
「なんでもする?」

「なんでも……?」

 
 私は彼女に近づいて優しく頭を抱いた。抵抗はされない。意思自体が脆弱で他人に善がらなければ罪悪に押し潰されてしまう人間が、抵抗するわけがない。
 

「うん。ミユウちゃんががんばってくれるなら、私が助けてあげる」

「頑張、る……?」

「そう。ミユウちゃんが頑張ったら、きっと君のお姉ちゃんも助かる。ミユウちゃんが私のために頑張るなら『許してあげる』」

「助かる……許してくれる……」

「うん。だってお姉ちゃん死んじゃったもの。私のためにがんばってくれるよね? じゃないと私はミユウちゃんを『一生許さない』」

「……い、いやだ。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、許してください。助けてください」

「恨んで恨んで恨んでずっとずっと恨み続けるよ。きっとみんなそうだよ。ミユウちゃんに殺された人達がみんなミユウちゃんを恨むよ」

「やだ、やだ、やだ。恨まれるのはいやだ……」

「だから大丈夫だよ。ミユウちゃんさえ私のために頑張れば、きっと大丈夫。みんな『許してくれるよ』」

「だいじょうぶ、だいじょうぶ、きっとだいじょうぶ、私ががんばればきっとだいじょうぶ」

「うん。そうだよ、お姉ちゃんもきっと助けてあげる。だから私の言うことは『全部聞いてくれるよね』」


 答える代りに、彼女の腕が私の背中に回される。
 
 ぐへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへ。
 
 
6。


 そして2。に戻るって寸法ですよ。
 
 肝心のミユウは流石に疲れが溜まっていたのか抱きしめている内に寝てしまい、今はマドカの家に居る。起きた時になんだかひと悶着ありそうだけど、それは仕方ない。
 
 で、俺の仕事も終わって病院に帰ろうとするとイケメンはただ暇つぶしという目的のためだけに俺に待機を命令しやがった。
 
 疑心暗鬼に陥ったミユウの姉とその母親は部屋に閉じこもって入ってくる人間全員を娘で攻撃するようになった。
 
 ミユウが一度部屋に入った時は姉の加減もあって服を裂かれるだけ済んだけど、本気を出すと人間くらいは真っ二つらしい。俺あぶねー。
 
 ただ母親はものすごい馬鹿であり、この3日間ほど娘を巻き込んで部屋から出ていないということだ。もう部屋から出ることも怖いみたい。
 
 人間が食い物もトイレも無い普通の部屋に居るとなればそれはもう筆舌に尽くし難い事態が起こってるはずだから、そこらへんの描写は割愛する。
 
 A判定クラスの物理操作系の異能者と真正面からガチバトルするのはバカの極みなので、その疑心暗鬼を逆手に取って衰弱するまで待つって言うのが作戦だ。
 
 
「ねむ~」


 神経衰弱を死ぬまでやろうぜ大会を開始してから30回目にして俺はイケメンに一度も勝てていない。
 
 
「はい。また僕の勝ち」


 イケメンも流石にこのワンサイドゲームに飽きてきたのか欠伸がチラホラと出始める。
 
 
「そろそろ突撃しようぜ」

「部屋に入る時アナタが先頭ならいいですよ」

「それならショウガナイ。次なにする?」

「そうですね~……」


 人の家を我が物のように扱いながら刻々と相手の自爆を待つ間にちょっとこの家の事情を説明しようと思う。
 
 正直俺自体がそんなに気にならないから端折りまくって説明する。
 
 吉良ヨシカゲの女版で目玉フェチで自分でやるのが面倒くさいから異能者の娘達にやらせた。自分自身も感覚系で相互情報交換が可能なサイコメトラーなお母さんは音楽家で創作に行き詰ったある日に目玉の魅力に取り憑かれた。おしまい。
 
 くだらなすぎる。まだ調教しきれていない娘の勝手な行動で身元がばれるなんて、飼い犬に手を噛まれたなんてものじゃない。
 
 正直ここまで俺の興味をそそらないものも珍しい。男は度胸、なんでも試してみるものさ思考の俺がそういうんだからすごい。
 
 定期的に異能でネコミミを生やして三階の情報を探る。ただ単にネコ耳を生やすだけでエネルギーの消費力は半端なく、この状態を3時間も続けるとおそらくエネルギー切れを起こす。
 
 その分性能は十分、猫の本家以上の聴力があるこのネコミミのお陰で壁一枚と言わず階一つを隔てても心臓や呼吸の音まで把握できるすぐれものだ。
 
 なんだかイベントブレイカーな能力な気がするけど俺は一向に構わない。
 
 
「あ」

「ん。どうしました?」


 その変わり映えの無い定期的検査についに変化が起きた。片方の呼吸音と心臓音が消えたのだ。
 
 
「どっちか死んだ」

「どっちですか」

「そこまでわからん」

「使えない人ですねぇ……」

「……」


 とりあえず二階に上がってユウに状況を説明して三階へと上がる。1階2階は部屋が5・6個あるというのに3階は2部屋しかない。
 
 生やしたネコ耳をピクピクと動かしてまず反応の無い部屋を開ける。
 
 その途端、途轍もない部屋の臭気に俺は鼻をつまんだ。まるで牛乳を拭いた雑巾を三日三挽日干しにしてその後に……あーどうでもいいや、とにかくめちゃくちゃ臭い。大汗をかいた体を洗わずそのまま自然乾燥させたような刺激臭も交じっている。
 
 
「ここは最初の犠牲者であるこの家の旦那さんの死体がある場所ですよ。当然目も刳り抜かれています」

「知ってたなら教えろよ。……しっかし、身内が最初の被害者とは、哀れだねぇ」

「なんででしょう。お前が言うな、とすごく言いたいです」


 残ったもう片方の音を拾うと、早鐘を打つ心臓音と、荒く苦しそうな呼吸に僅かに混じった幼い少女の声が聞こえる。死んだ方は母親か。
 
 扉を開けると中には予想通りの光景が広がっていたので描写は控える。とりあえず、ひどかったとだけ言っておく。
 
 
「もとから健康状態が悪い母親とちゃんと一日三食食べて早寝早起きをしていた娘、どっちが衰弱死するかは明白ですよ」


 裏に作戦通りという言葉を潜ませながら、イケメンが奥に入る。抵抗がないとわかると手の早いやつだ。
 
 イケメンが首に鎖付きの首輪をつけて窶れコケた少女、この家の長女のレンを保護する。とりえあえず病院に電話をして、救急車の手配をする。
 
 目が引っ込んで怪物のようになっている母親を尻目にイケメンが劣悪極まりない部屋から長女を運びだして適切に処置しはじめる。別にここでこの少女に恩を売っても意味は無い、だってまだ依存対象の母親が死んだことに気づいていないのだから。
 
 依存する人間は基本的に依存対象のことしか信じない。いや、依存対象の優先順位が常に一番にあると言ったほうが正しいな、だからここでどんなに優しくしようと彼女は恩すら感じない。
 
 『狂った母親から異能者の姉妹を救出』と明日か明後日らへんに新聞に書かれるだろう神山のイメージアップの見出しを思い浮かべ、イケメンの先のよみっぷりに軽く言葉を失う。
 
 
「まぁ悪いけどコレ、仕事なのよね」


 俺はもうこの世に居ない抜殻の母親の遺体に呟いて一階に降りた。死体は見慣れていて、スグに飽きる。それにとてつもなく臭いからだ。
 
 明日は平和な一日になってくれるかな~、あ、その前に病院か。めんどくさいな。

▽△

11終わり、かれこれ二日寝てないにゃ。
にゃにゃにゃ~にゃにゃにゃ、にゃにゃにゃにゃ! にゃにゃ! にゃー!
にゃにゃにゃーにゃーにゃーにゃ。にゃにゃにゃ。



[4284] けいだん。12―そぉい!―
Name: 歩(ホ)◆429b8219 ID:06335ec5
Date: 2009/01/14 20:29
1。


 遠くで携帯の着信音が鳴る。重りでもかけられたように重たい瞼をあげてその方向に手を伸ばす。
 
 しかし自分の手のリーチでは届くことの無い場所に携帯は置いてある。前世からやっている目覚まし方だ。
 
 目覚ましを掛けても近くにあるとすぐに切ってまた寝てしまう。特に秋や冬になるとその傾向が強くて布団の温かみがしがみついて俺を離さない。
 
 そこで、手が届かない場所に目覚ましを置いて消すために布団の外に出ないといけないようにするのが俺の目覚まし法だ。人に聞かれると恥ずかしい音楽を設定して外に置いておくとさらにいい。
 
 ただこれをすると、その日の俺は昨日の俺を激しく憎悪するのが難点だ。届くところに置いとけよボケ。
 
 パジャマ代わりのYシャツとパンツ一枚で布団の誘惑から飛び出して床に転がり出る。タイル張りの床の冷たさが俺の心地よく火照っている体を急速に冷ます。
 
 
「朝とか……死ねばいいのに」


 もう夜の世界の住人でいいよ俺。他人の血吸って生きる吸血鬼でいいよ。
 
 眠い目を擦って携帯の目覚ましを切る。ここに来た時に備え付けてあった唯一の調理道具のトースターに食パンをぶち込んで洗面所へ向かう。
 
 前世の俺の家より若干広いぐらいの部屋なので10歩もしないうちに洗面所にたどり着く。この部屋のいいところはトイレ風呂別なぐらいで間取りも微妙だ。
 
 垂れてくる髪を止めるヘアバンドを付けて随分と慣れた女の子特有の長い洗顔を行い、見上げた鏡に映ったYシャツの隙間から覗く二つのサクランボに鼻血を吹きつつリビングへ戻る。
 
 焼けるのを待つ間、机の端に積んである新聞紙の束から一枚取り出して大体の部分に目を通す。
 
 梅田姉妹の妹のほうは籠絡したけど姉のほうはまだだ。あの事件から2日後に意識を回復した長女レンは母の死をしったことで生きる目的を失ってしまい無気力症のようになってしまった。
 
 俺はまだその状態の梅田レンに会っていないからコメントのしようがないけど、A判定感覚系異能者のサイコメトラーリョウコさんでも表層しか覗けないほどに彼女は心を閉ざしてしまっている。
 
 妹のミユウでさえ目の前に居ても反応しないほどの重傷だそうだ。
 
 イケメンが何度も面会に行っているらしいけど、予想以上に彼女の閉心が酷いために進展はないそうだ。
 
 リョウコさんという強力な武器を利用して彼女を手に入れる作戦は失敗。さすがのイケメンでもお手上げ状態、既存の道具を頼りすぎた故の失敗だ。
 
 人生は常に準備不足の連続、ここで俺とイケメンの歳の違いによる経験が出てくる。
 
 悔しいけど知識じゃあイケメンのほうが上だ。当然、戦闘経験もだ。
 
 だけど俺には知恵がある。別の切り口で彼女の心の壁の突破法を見つけ出す。
 
 水泳の授業の着替えのようにタオルを上半身に巻いてその下で下着の着替えをする。自分の体にさえ欲情してしまいそうな俺から俺を守るために編み出した苦肉の策だ。
 
 学校に着いたら昼休みは図書室に行こうと決める。あそこには最新のパソコンが数台置かれていて昼休みになると生徒に解放されるからだ。
 
 調べるのは梅田姉妹の両親の記述。異能による反則的な方法でレンの心に取入るのに失敗したイケメンがいい例だ。
 
 異能だけですべての事柄が解決できるわけじゃあない。
 
 今頃神山の力を使って色々調べていると思うけど、そういう大きな目では捉えられないこういうアナログな手段じゃないと見つけられない些細なことだってある。
 
 天才タイプのイケメン対努力タイプの俺の勝負だ。
 
 未知数だけどイケメン曰くA判定の異能者姉妹を両方俺が手に入れることが出来れば、イケメンは俺を容易に切ることが出来なくなる。片方はゲットしているから既にイケメンに俺はチェックを掛けている。
 
 焼けた食パンを取り出して新たにトースターに食パンを差し込んで、その間にこの前買ってきたフライパンで目玉焼きを作る。
 
 朝なのにそんなに食うのか、美少女は小食と相場が決まってるだろ? とか言われそうだけど、その答えはさっきから後ろにある部屋の角からずっと俺を見ている人物に餌付けするためだ。
 
 モジモジと半身を出してどうしようか迷っている人物に微笑みながら声をかける。
 
 
「おはようミユウちゃん。朝ご飯もうすぐ出来るからはやく顔洗ってきて」

「! ひゃ、ひゃいっ」


 梅田ミユウ。梅田姉妹の次女だ。
 
 子供故の正当性や神山所属のイケメンの弁護もあったため無罪放免になったミユウは、体に異常もないため姉といっしょに病院に居ることができなかった。
 
 両親が死んだことで警察方面から自宅に戻ることを禁じられたミユウは親類縁者を頼ることになったのだが、殺人犯の娘な上に殺人に加担した異能者という肩書がある彼女を受け取ろうとする物好きなんているわけもなく、このまま異能者専用隔離少年院か孤児院の二択になったところをイケメンが保護を名乗り出た。
 
 しかしここで問題が発生、保護すると宣言したイケメンの家が人数オーバーなため俺の家になってしまった。ちなみにこの前マドカの家~とか言ったけど、マドカの家=イケメンの家=ユウの家だ。イケメン死ね。
 
 さらにいうとミユウは先のイケメンのドS攻撃と俺の捏造補足によってイケメンが大の苦手になってしまっていた。
 
 北風役のイケメンの家と太陽美少女役の俺の支給された家、少年院も孤児院も嫌だったミユウは出された選択肢を見て迷わず俺の家を選択したためにこうなった。
 
 といっても、新たな身元引受人が現れるまでの間という一時的なものだ。
 
 イケメンの計らいで俺と同じ学校の初等部に入学することになったが、すぐに転学することもできず今は元の小学校の居ずらさから学校を休んでいる。
 
 俺としては余計なことをするなカスとか言いたいけどイケメンにはまだちょっと逆らえない。ミユウを俺側に引き込むために言った嘘をどう処理しようかちょっと胃が痛い。
 
 家に来てすぐにさり気無く毒を混ぜた言葉で念を押しておいたけどまだ怖い。後先考えなかった俺の弱みの一つになりそうだ。
 
 なぜか最近感情的になって来てる気がする。いじめっ子なり幼女虐待なり、いきあたりばったりにことを成しているのは前世の俺からしたら考えられない。なんでだ?
 
 そして驚きなのは事件解決直後にミユウを調べたリョウコさんが後で俺の病室に来て言った、
 
 
『ミズキって私の家のこと調べた?』

 
 というセリフだ。不思議に思った俺の問いにリョウコさんが答えた言葉は俺が実はエスパーだったのかと勘繰るものだった。あ、いちおうエスパーか俺。
 
 会話の要点だけを抜き出すと、嘘から出た真なことで桃谷ミズキには双子の姉が居たとか。三人姉妹だな。
 
 といっても姉のほうは8歳の時に死んでいて死因は異能者犯罪、ちょっとだけにてるけど死亡時刻が大々的に違う。
 
 その姉が死んだ日、桃谷ミズキは異能に覚醒してA判定をとるまでに強力な異能者になったらしい。
 
 あと、こんな子供に悪質な洗脳すんなとも言われた。俺とイケメンとは違ってここらへんは常人みたいだ。
 
 今思えば俺って全然桃谷ミズキのことを知らない。ただ美少女で神山の悪魔(笑)とか言われた異能者ってことぐらいしか。
 
 いずれ調べようと思う。ヒマになった時ぐらいに。
 
 リョウコさんから貰ったミズキとその双子の姉が写った写真立てを手に取る。主にミユウ用のプレッシャー発生装置として活用している。
 
 えらく幸せそうな瓜二つの顔が新鮮だ。神山の悪魔とか呼ばれているのがウソのようだ。まぁいまの俺ならこんな笑顔たやすいけどな~。
 
 
「あの、顔あらってきました」

「ん、よろしい。じゃあ食べよっか!」


 食パンの上に目玉焼きを乗せたラピュタパンを皿に乗せて対面にすわったミユウに振舞う。
 
 家でも美少女の演技をしないといけなくなったのも難点だ。いつかボロがでそうですよ先生。
 
 ミユウの一日のスケジュールは俺が学校に行ったあとの簡単な掃除、そのあとに姉のレンへの見舞、家に帰って来てからその日の夕食の買い出しだ。
 
 
「ねぇミユウちゃん」


 リョウコさんが調べてると思うからミユウから得られるレンのヒントはなさそうだけどいちおう聞いとこう。


「は、はい!? っあつ……!」

「……あ~そんな慌てて食べなくてもいいから、ほら口の周り付いてる」
 
 
 小さな口に入り切らずはふはふして食べていたミユウが垂れてきた黄身の熱さに跳ねる。俺の話掛けるタイミングが悪かったのか、慌てていたミユウが悪いのかどっちがわる……どっちでもいいや。
 
 ティッシュで口の周りを拭いてやると少しだけ頬を赤らめて小さく礼を言われる。なかなか可愛いぜ、最近ロリコンと判明した俺にはグッドな反応だ。
 

「レンちゃんって何か習い事とかしてた?」

「……習い事ですか? えっと、別になにも……あっ」

「ん?」


 ハッとしたように伏せがちな顔を上げる。ミユウの目と俺の目がカチ合うとすぐにまた逸らされる。まぁ友達でも親戚でもない赤の他人だしいきなり慣れるのは無理な話か。
 
 
「習い事じゃないですけど、歌が、うまかったです。お母さんがあんなふうになってから歌わなくなっちゃいましたけど……」

「歌かぁ」


 線として繋がることはないけど、点として頭のヒント置き場にしまっておく。
 
 
「ん。じゃあ私学校いってくるから、ちゃんと鍵しめてね。寝てもいいけど掃除してからだよ」

「あ、はい。……わかりました」


 落ち込んだ声で俺を見送るミユウ。この子の笑顔はまだ見たことが無い。元気がないとこっちまで元気がなくなる。めんどくさいけど、なんとか打開しないとなぁ。
 
 
2。


 とってもダルい通学路を辿って学校へ到着する。歩いて1時間弱とか軽くいい運動になるよね。
 
 教室へ入ると先についていた数人の生徒目が合う。が、逸らされる。不思議に思われるてると思うけど、当然の反応だ。
 
 この学校に転学してきた直後に異能者事件に巻き込まれて重傷を負い同じクラスの男子生徒2人が死んで、さらにその一か月後ぐらいにまた異能者による事件に巻き込まれてこの学校の警備員3名と俺の取り巻き3人が死亡。
 
 事件に巻き込まれた人間がことごとく全滅する中で生き残る俺を避ける奴らが現れはじめるのも頷ける。
 
 そろそろ俺の愛称が美少女ミズキちゃんから死神ミズキさんにでも変わりそうだ。あるいは鼻血娘ミズキさまとか。
 
 けどこれも撒いた布石の副産物だ。避けられ始めたことで交友関係は薄くなったものの、逆に一人になりやすくて助かる。話かければまだ会話してくれるレベルだし、このぐらいを維持したい。
 
 布石というのはこの学校にある異能者をおびき寄せるためのモノ。そろそろ芽を出してもいい頃だ。
 
 俺はただこの学校に通ってるわけじゃない。イケメンの命令でこの学校の異能者の捜査・監視してるけどその本心は異能者を見つけ出して差し出せというものだ。決して平和を保てと言うことじゃない。
 
 人相をみるだけで良い言い方をすれば向上心、悪い言い方をすれば野心家で出世欲があるのがわかるイケメンだ。
 
 功績や業績を上げる、というのが組織の上へのぼり詰める基本なのは全国共通だ。
 
 神山の場合は部門にもよるけど、保安に属しているイケメンは『異能者の捕獲・殺害数』が主な功績・業績にあたる。治安を守るとかは微々たるものだ。
 
 
 過去の殺人事件を盾に神山に所属させられてる俺は、仕事の性質上自分の身を守るために強くならなければならない。そして俺が強くなるには人を食うしか道は無い。食えば食うほど俺の犯罪歴も溜まっていき、さらにイケメンを頼るしかならなくなる。その結果、イケメンはいざ不要になれば裏で犯罪を犯している俺をすぐさま切れる、その上に輝かしい功績を手にれることができるという一石二鳥だ。だから殺人を許可する。
 
 
 おそらくイケメンの俺に対する印象は、使える生贄というところだろう。
 
 そんな扱いに俺が黙っていられるわけがない。イケメンに俺を容易に切れない理由を作ってトカゲの尻尾切りをできないようにするのが俺の現在の目標だ。
 
 でも姉妹籠絡ができなかった保険を用意しておくのも重要なことだ。
 
 網はしかけた餌は美少女、あとは向こうから来るのを待つだけでいい。
 
 
「あふあふ」
 
 
 クラスメイトの約6分の1が消滅した教室で暢気に欠伸をしながら今日の授業の準備をする。か弱な優等生を演じるのも大切だ。
 
 大切なことだらけで俺もう疲れちゃいそうだよパトラッシュ。
 
 朝礼の時間までの間、梅田姉妹の姉レンのことを考え……ようと思ったけど、突然ズカズカと教室に入ってきた女生徒が俺の目の前に来たため中止となった。
 
 腕組みをして高圧的な態度で見降ろしてくる女生徒に少し気押される。
 
 
「桃谷ミズキさんよね」

「え、あぁ……はい。そうですけど」


 崩れそうになった演技を矯正して目の前の相手を見る。なんというかいかにも委員長! といった感じな女生徒だ。
 
 キツイ目付きに似合った密度の高い通るような声に、俺は無意識に背筋を立ててしまう。
 
 俺はこの娘を知っている。朝礼の時間でいつも生徒の列に加わらず前に立っているため目立つからだ。たしか生徒書記だったようなきがする。うん、多分絶対。

 名前はたしか……『四貫島 カオリ』だったはずだ。うん、多分絶対。
 
 ようするにあんまり覚えてない。朝礼の時とかやけに目が合うから少し覚えてるだけだ。
 
 格好悪いと男子生徒に絶賛不人気なボウタイの色から1こ上の2年生だと判断できる。
 

「ちょっと話があるのだけど、いい?」


 ヤダ。


「か、構いませんけど」

 
 出来れば心中の言葉を言いたいけど、状況的に無理っぽい。俺が了承すると返答せずに生徒書記が後ろを向いてズカズカと教室を出ていく。
 
 女のカンがこの女生徒はお目当ての相手じゃないと言ってるし、そのまま一人で出て行ってくれないかな~とその場にとどまりながら見送ってみる。
 
 
「なにしてるの?」


 無理でした。
 
 乗り気じゃない気持ちを引きずりながら彼女の後ろをついて行く。嫌がらせに烈さんのように背中にピッタリついていってやろうと思ったけどやめる。
 
 カツカツとハイヒールを鳴らして廊下を歩いて階段を上がっていく四貫島カオリと俺。私立だからか割と自由な校風なこの学校は体育用に運動靴を用意するなら靴は自由だ。
 
 やがて俺の教室がある2階から生徒会室のある4階へと辿り着く。取りだされた鍵で施錠が解放される。
 
 
 ……ん? なんで鍵持ってんのコイツ? 生徒会室って会議ある時しか使わないのが普通だろ? 朝に会議ないからいらなくね? というか俺が部外者じゃね?
 
 
 横開きの扉を開けて四貫島カオリが横に逸れる。入れってことか。
 
 
「入って」


 そうみたいだ。この場合先にお前が入るのが普通なんじゃないのか、なに虎穴に入るような不気味さを感じつつ中にはいる。
 
 すごい勢いで危険フラグを立ててるような気がするけど、まぁ気のせいだろ。
 
 生徒会室の新鮮な内装に気を取られていると後ろで、ガチャリと何かが閉まる音がした。
 

3。


 途端、背中に冷や汗が大量生産されはじめる。振り返るべきか振り返らないべきか、悩むぜ。……ごめん悩む部分ゼロだね。
 
 振り返る。
 
 キツイ目つきをした四貫島カオリがフレームレスのメガネ越しに俺を睨んでいた。いや、普通にしててもデフォルトで睨みになってるのかもしれないけどさ。
 
 妙に扉との距離が近いのから察するに、彼女が後ろ手に鍵を締めたっぽい。
 
 え、もしかしてもしかするとお目当ての異能者さんですか? ミズキちゃんまたしてもピンチですか?
 
 彼女が、一歩、前進する。
 
 俺がもそれに合わせて後退する。まてまて、まだ彼女が異能者と確定したわけじゃない。
 
 すべてのことは話合いから始まると死んだ父ちゃんも言ってたぞ。いまこそ実績するのじゃ俺。
 
 
「な、なんでしょうか?」


 ひきつった笑顔で問いかける。これは演技抜きで、俺は今マジでビビってる。
 
 彼女がさらに目付きを鋭くする。怖いですYO。
 
 
「手紙……」

「てがみ……?」


 手紙? なんだ手紙って、手紙っつたら最近イケメンに贈った不幸の手紙ぐらいしか知らないぞ。
 
 四貫島カオリが顔を伏せてフルフルと腕を小刻みに震えさせる。
 
 
「手紙……読んでくれた?」


 奥歯に物がつっかえてる感じに聞かれる。


「え、えーと……」
 
 
 しかし俺には彼女から手紙はおろかなにかを貰った記憶がない。恐怖は陸路空路海路問わず輸送され続けているけど。
 
 見た様子からして彼女は確実に俺に渡したと確信してる。
 
 両者口を開けないまま、前進と後退を繰り返す。そして俺の背中が生徒会室の壁につく。
 
 しかしドモりすぎ俺。でもしかたないんだよ、この状況に恐怖しないのは変人とかの壊れた人間の類だよ。
 
 
「読んで、ないです」


 若干震えた声でウソのない回答をする。
 
 ……あ? そいや手紙か、あいもかわらず下駄箱にを入ってるラブレターを笑いながら読んでたなこの前。あれが今の俺の生甲斐の9割をしめ―――
 
 
「……るっ!?」


 両腕を掴まれたたかと思うと、一瞬で万歳の出来損ないの様なポーズで壁に押し付けられる。
 
 えぇぇぇぇぇぇ! なにこれ、誰か状況説明プリーズ!
 
 股の間に四貫島カオリの膝が差し込まれて、内股が擦れる。熱っぽい四貫島カオリの膝の温かみを両腿で感じる。
 
 
「なななななななんでしょうかカオリさん……!?」

「……たしの、名前……」

「はいぃ……!?」


 もう冷静さを保ってられない。というかさっきから若干冷静じゃなかった。
 
 焦りと不気味さがミックスジュースになって体全体を這いずり回る。ゾワゾワと鳥肌が出撃し始める。
 
 四貫島カオ……あーめんどくさいからカオリでいいや! がカメを思わせるような速度で顔を上げる。ようするにすんげー遅いってこと!
 
 ひゃ~い! 心臓バックンバックンなんですよのさ!

 潤んだ瞳と妙に赤い顔が見えた途端、
 
 
「……私の名前、知ってるんだ……! 嬉しい!」


 抱きッ! つかれた!
 
 ブレザーを羽織った制服越しにでも分かる彼女の胸のふくらみがと押し付けられる。
 
 彼女の頬が、俺の首筋へと吸い込まれて思いっきり匂いを嗅がれる。そりゃもう鼻孔いっぱいにスーーーーーーーーーーっと吸われる。
 
 と・り・は・だ。
 
 
「あばばばばばばばばばばば」


 意識が遠くなる。もう気持ち悪いくらいに体中に鳥肌が繁殖している。
 
 万匹のアリが体を這い上がってきたような錯覚。脳が電気でも浴びたようにしびれる。
 
 もう疲れたよパトラッシュ、おやすみ。
 
 
4。


 起きたらカーテンに囲まれた白い天井が見えた。
 
 また振り出し(病院)に戻ったのかとふと思ったけど、違うみたいだ。いつもと何かベットの感触が違う。
 
 ってか、なんで俺寝てるんだ。腕を甘噛みして体を調べてるけど、これといって問題はない。殴られて気絶とかじゃなさそうだ。
 
 えーと……思い出せ。最新の記憶は何だったか、たしかミユウと朝飯食って、学校行って、着いて、誰か来て……えーとえーと、なんだっけ?
 
 なんとか思い出そうとするけど、そこからなぜか記憶が途切れている。
 
 それでもがんばった結果、一瞬なにかが脳内を横切ってふいに鳥肌がマックスハートになったからそれ以上の記憶の発掘をやめた。
 
 カーテンを押しのけて外の様子をみやると、先生が使ってるような勉強机っぽいのとビンが詰まった棚が見えた。
 
 保健室っぽい。学校か。
 
 誰もいなさそうだから近くにあった俺のブレザー(三代目)を羽織ってベットから出る。
 
 近くにあった全身を映せる鏡で身だしなみを整える。背中辺りで揃えた銀にも見える金髪が寝汗で頬や首に張り付いて鬱陶しいので腕に付けた髪留めのゴムで括る。
 
 胸元がはだけて下着が見えかけてるのを直して、最後に制服の皺を伸ばして外に出る準備を終える。
 
 いざ、外に出ようとした途端、授業の終了を知らせるチャイムが俺の耳に届いた。
 
 備付けの時計を見ると一時間目がちょうど終わって休み時間に突入し始める時間だった。最後に確認した時間と比べると1時間弱ぐらい寝てたのか。
 
 とりあえず保健室の先生を探そう、ここで待てばいいじゃんとか思うけどなんかここにいちゃいけない気がするんだ。うん。
 
 出口の扉に手を掛けようと伸ばすが、さきに向こう側から誰かに開けられる。
 
 女生徒の制服が見えて、顔を上げるといかにも委員長! といった感じなキツイ目つきの人が立っていた。
 
 せき止められていた記憶が脳内に溢れかえる。
 
 誰も居ない生徒会室。
 
 二人っきりの気まずい雰囲気。
 
 壁に押し付けられる俺。
 
 押し付けてきた四貫島カオリ。生徒書記でノーフレームのメガネが良く似合う美人。
 
 制服越しに触れあう身体。
 
 全身を支配する鳥肌。
 
 
「地獄☆」


 俺はピンと反り返った背筋のまま後ろに倒れた。
 
 そのまま気絶でも出来ればいいかと思ったけど、無理だった。痛みで余計目が冴えた感じだよ。
 
 でもとりあえず目を閉じて気絶したふりをする。クマを前にして死んだふりみたいなもんだ。
 
 せっかくだから俺は死んだふりでこの場を乗り越えるぜ。
 
 
「あ、あーとえーと……」


 薄目を開けて観察する。
 
 困った様子で右往左往するカオリ、その容姿からはなかなか想像できない挙動だ。
 
 
「……ふぅ」


 やがて、何かあきらめた様子でポケットからメガネ入れらしきもの取り出す。
 
 案の定ノーフレームのメガネを外してその中にしまう。若干頬が赤いのは俺の見間違いなんだろう。
 
 後ろ手に扉を締められガチャリと鍵が閉まる。ついさっきのなにかとデジャヴする。
 
 倒れた俺の近くに寄ってしゃがみ込まれる。
 
 
「ん……」


 光源の蛍光灯がカオリの頭で遮られる。
 
 半分絡みつくような態勢で、カオリの顔がキスするように目を閉じて近づいてくる。
 
 ……ん? たしかクマの前で死んだふりをすると本当は危ないって聞いたことがあるようなないような。
 
 
「そぉい!」

「きゃっ!」


 油断していた体を全体のバネを使って押し退ける。ゴロンと転がった彼女を尻目に、速攻で起き上がって音速で鍵を解放する。
 
 
「お、俺―――間違えた。私おとこの子が好きなんで、その、先輩の気持ちには応えれませんから!! じゃあそういうことで!」


 いままでの経験から導き出されたことを推測した答えを吐き出して神速でその場を走り去る。
 
 その後は誰も襲来することもなく流石に俺の言葉が聞いたのかカオリは来なかった。
 
 百合とか無理ですから、レズとか違いますから、普通の女の子が好きな男の子ですか……あれ?
 
 その日一日をとんでもなく疲れた体ビクビク怯えながら学校を過ごして、とっても疲れる帰宅路を辿り仮家の扉を開けるとミユウが目の前に居た。
 
 とりあえず腰を曲げて背を合わせて抱きつく。
 
 
「え? えっ!? ミズキさんどうしたんですか?」

「ふえ~んミユウちゃん怖かったよ~!」


 どうしようか慌てふためくミユウの体を抱いて俺は安心した。
 
 すんげー疲れた。鬱です。
 
 そいえば、なんか学校で調べるつもりだったんだけど、なんだっけ?


▽△

12は終了。以前言ったとおり、しばらくは平和に行きたいと思います。
とりあえず書きたいように書くの精神で行きます。
百合とかレズとかは苦手の部類なのでギャグとしてしか扱わないと思います。
あと、この後本編中書くこともなさそうなので、書き忘れた曲芸用の子猿の捕まえ方を説明。
簡単に言うと、親猿を殺すです。親を失った子供は何もできませんから、捕まえるのが簡単なんだそうですよ。
イケメンは依存対象をうまく自分にすり替えようとしましたけど、予想以上にレンの依存が強かったため失敗しました。
14くらいまで平和にかけたらいいなーと思います。できれば学校サイド(平和)と神山サイド(危険?)に書き分けたいです。
誤字脱字指摘してくれると嬉しいです。
コメントしてくれると死ぬほど喜びます。それでわ。




[4284] けいだん。13―それはポンカンだと思います―
Name: 歩(ホ)◆429b8219 ID:06335ec5
Date: 2009/01/14 20:30
1。


 突然だけど、腹が痛い。めちゃ痛い。スーパーサイケデリックジェネレーション痛……何いってるのかわかんないやアッハッハッ! ……うぅ、痛ぇよ。
 
 何か悪いものでも拾って食べたかな。昨日は何食べたっけ、たしか朝にジャムトーストで昼にチャーハンと野良猫で夜は寒かったから野菜の鍋……別に悪いものは無いな、うん。
 
 しかし微妙に痛い場所がおかしい、なんか腹痛のほうも痙攣した感じで変だし、正露丸欲しいけどこの家なんもないから当然薬もない。
 
 この前のミユウの布団買うついでに給料で一通り生活用品買い揃えてたらよかった。
 
 腕を甘噛みして体の状態を調べる。こういう時ちょっと便利だぜこのオマケ機能。
 
 やっぱり腹のあたりに異常があるけど微妙にモヤモヤしててよく視えない。
 
 しかも治すのにエネルギー足りないっぽい。いや、足りててもする気は無いけどさ。
 
 
「おうおうおうおう!」


 布団の中で腰を振ってジタバタしてみる。
 
 
「ぐふ……」


 余計痛くなった。しかもめっちゃ気分悪くなった。車酔いのような気だるさが全身を覆う。
 
 胃の中もグルグルしてる感じで今にでも究極流動体が喉に上がって来そうだ。昨日の平常な自分はどこへ行った。はやく帰ってくるんだ。
 
 携帯で時間を確認。
 
 そろそろミユウが起きる頃だ。朝飯作ってやらないと餓死させてしまう恐れがあるぜ。
 
 別の生き物のようになった下腹部を抱えて布団から転がり出る。ドタッとベットから床に落ちてなんとか立ち上がる。
 
 ドラクエとFFとかの毒状態ってこんな感じなのか、あの時は無視して治るまで走って死なせたりしてけどいざ擬似体験すると苦しさが良く分かる。
 
 ちなみに前世の時は常に独状態だった。アッハッハッ笑えねー!
 
 壁をつたって隣のリビング兼台所へと向かう。冷蔵庫何入ってたっけ、思いだせん。猫か犬でも入れてた記憶があるような無いような……無いな、うん。
 
 とにかく簡単な奴でいいや、ラピュタパンかジャムパンか俺の大好物のバナナでGOだ。
 
 
「ざく……」


 想像しただけで胃の中に熱が籠もり出す。なんだ、食うなってことか。でも俺も腹減ってるからなんか食わないと持たない。
 
 冷蔵庫の中を確認して目玉焼きとトーストと決定。食パンをトースターにねじ込んでスイッチオン。
 
 油を引いたフライパンの上に卵を落としてフタをしてから椅子に座る。
 
 立ってるのだけで辛い。足がもう俺のモノじゃない感じだ。あ、もともと俺のじゃないか。
 
 明日のジョーの最終回のようなポーズで居ると人の気配を感じた。家に居る時からずっと気づいてるけど、ちゃんと説明すれば寝てるのから起きた状態へと変わったのだ。
 
 すこし大袈裟に言ったみただけど、ただミユウが起きて部屋の角でモジモジしてるだけだ。
 
 ヒラヒラと手を振ってリビングへ招き入れる。


「おっはよ~……ミユウちゃん」

「お、おはようございます」

 
 日課みたいになってるやりとりをして顔を洗いに行くように促す。監視兼保護者の俺はしてないけど。
 
 俺の反応を窺うような様子でペタペタとタイルの床をパジャマ姿で歩いて洗面所に消えるミユウ。やっぱり元気がない感じ。
 
 寝ぐせが酷い髪をゴムで纏めてから、目玉焼きを取り出す。用意したさらにいつもよりぞんざいに乗せてまた椅子に座る。立つのしんどすぎる。
 
 そして寒い。パジャマ代わりのYシャツ&パンツ姿だとこの秋の早朝はツラい。
 
 特に下半身にいたっては生足をモロに出してるから一気に体温が下がる。何か穿く物を取りに行きたいけど、椅子から立ち上がりたくない。
 
 
「顔あらってきました」

「ん……よろしい。……あっ」


 戻ってきたミユウをちょいちょいと手招きする。
 
 なにをされるのかわからない様子で不安げに近づいてきたミユウの頭に手を乗せて髪を梳く。
 
 
「寝癖」


 柔らかい髪を何回か撫でて跳ねている部分を無くす。嫌がられようと知ったこっちゃない。気になるからやるだけ。
 
 撫でるたびビクッと竦もうとするミユウが、突然何かに気が付いたように目が俺の下半身へと向く。言っておくけど女同士だからな、俺の相棒はもう無いからな、だから多分違う何かだ。
 

「……えっと、あの」

「?」


 困った顔で指を俺の下半身、というか股の間に向けられる。
 
 なにごとかと俺もそれに視線を向けると、赤だった。
 
 
「……え、な? え!?」
 
 
 一瞬、思考がフリーズした。
 
 なにがなんだかわからないままトイレへと駆け込む。首筋と背中から嫌な汗が噴出する。
 
 パンツを降ろして確認。
 
 
 ……な、なんじゃこりゃぁぁぁぁ!! とは言えないので、
 
 
「な、なんでございましょうかこれぇぇ!」
 
 
2。


 トイレに籠ってから20分ほどが経過した。
 
 さっきからの腹痛と気分の悪さと今の怪奇現象が混ざりあって、気分はまさにカオスといって差し支えが無い。
 
 コンコンとトイレの扉がノックされる。
 

「う~い……」


 干からびた声で返事をする。ノックされた音の場所からいってもミユウだろう。
 
 少し前に玄関の扉が間を置いて2回開いた音がしたけど、どこ出かけてたんだろうか。
 
 
「あ、あの、これ」

「んゆ?」


 ミユウが何かを持って来たような口ぶりなので扉を開けてブツを受け取る。
 
 パッケージを開けて中身を取り出す。……なんだこれ? 形は棒状で材質はスポンジ……かな、それと紙袋。
 
 パッケージを裏返して名前を見てみる。タンポンと書いていた。
 

「タンポンって何? ミカンの仲間?」

「それはポンカンだと思います」


 扉越しに居るミユウに憶測を問いかけるけど否定される。まぁ明らかに果物の形してないしな。
 
 
「えーと、これをどうしろと?」

「えっ!?」

「な、なにその本気に驚いた声は」

「……はじめてですか?」


 初めて? 幼女にいきなりそんなこと聞かれても答えに困る。この体は女だけど心は男だ、絶対に嫌だ。何が嫌かは言えないけどさ。
 
 
「……あ~」


 ……なんとなくわかった。たしかにこれは初めてだな、女の体だもんなぁ、男は体験したことないからわかるわけないわな。
 
 でも俺がこの体になってからもう3ヵ月ほど経ってるんですけど。たしかこれって月に一回起こるんじゃなかったけ、ということはアレか、この体自体も初めてか。
 
 
「初めて……みたいだねぇ。使い方教えてくれる?」

「? あ、はい。わかりました。えっと……―――」


 扉越しにレクチャーを受けて実行していく。しかしやってるとなんかちょっとグロいな、死体は慣れてるけどこれは新鮮だわ。
 
 もうこれ以上描写するのも面倒だしやばそうだし割愛することにしよう。
 
 
「あーおー、お腹痛ーいわー」


 処理したからといって別に治るわけじゃないんだね……。10数分に渡るあの努力はなんだったんだ。
 
 でも多少は楽になった感じだ。胃の気持ち悪さも薄くなったし、飯は食えそうだ。
 
 トイレから脱出してパンツを履き替えてその上からスパッツを穿く。
 
 ちょっと朝から学校は無理そうだし遅れて行こう。学校に電話をかけると運良く担任が出てくる。
 
 
『はい公園前派出所』

「お腹痛いんで3時間目頃に学校行きます」

『生理ですかわかりました』

「オブラートに包んだ意味を悉く無視してセクハラですか」

『はっはっは、先生は』


 長くなりそうだったから切る。なんで俺の周りには変人しか居ないんだ。
 
 それはさて置き、冷めた朝食を挟んで携帯のテレビを見ながらミユウと食事を取る。画面がちっさいから互いの距離も必然的に縮まる。
 
 若干パサパサしたトーストを齧ってテレビを見ながら問いかける。
 
 
「あの時なんかミユウちゃんって手際良かったよね」

「それは……えっと、1年もしたらいやでもなれます……」

「え゙!?」


 あっれー? 生理って大人になるステップで第二次性徴の証じゃなかったけ。私見だけどさ。
 

「……ミユウちゃんって何歳?」


 問うと、いちにぃと指折って数を数えてから立てた指を俺の目の前に出してこっちを向く。
 
 
「8歳です」

「……」


 7歳でかー今の子供はすごいなー、女は宇宙とか言ってる人間が居たような気もするけど、たしかにそうかもしれん。
 
 いわゆる早熟って奴か。というかこれってセルフセクハラだよな、もうこれ以上質問するのやめよ。女の体でよかったぜ、男だったら性犯罪者の烙印を押されてたな。
 
 頭を振って話題を変えることに注力する。
 
 
「今日は学校昼からだから、いっしょにお姉ちゃんのお見舞い行こうか?」

「……べつに、いってもおもしろくないです」


 悲しそうに眉を寄せるミユウ。
 
 地雷でした。当たり前か。
 
 
「あーえーっと、私も一回レンちゃんの様子みてみたいんだっ」

「そう……ですか」


 話掛けるたびにテンションが下降していくミユウ、うおー複雑怪奇な乙女心だぜ。
 
 どうしたら元気になるかなーコイツ。同居人として一日も早い改善が求められるゼ。さすがに口八丁で相手の感情を上方修正するのは無理だぜ。
 
 
3。


「生理痛が一撃でぶっとぶ薬ちょうだい」

「モルヒネでいい?」


 病院内で待ち構えていたかのように立っていたサイコメトラーリョウコに手をズイッと差し出して要求すると、じつに乱れの無い言動で麻薬を薦められた。
 
 数拍の合間の後、「ん?」と何かに気づいたような様子で俺の手を取ろうとしてきたので、俺は紙のように風に乗ってリョウコさんの腕をかわす。
 
 ある程度常人(俺基準)で中立タイプなリョウコさんだからといって心を覗かれるのは気持ちのいいものじゃない。
 
 
「かわすな」

「無理いわないでください」

「どこに無理があった!?」

「……存在に」

「血縁上の姉として教育してやろう」


 瞬間。リョウコさんの動きが俊敏になり、すぐに俺は関節を極められて組伏せられた。
 
 ズギュゥゥゥンと言いながら俺の頭を触るリョウコさんと俺を交互に見るミユウは、困った様子でオドオドと助けようか助けまいか迷っている。
 
 
「今日初めてか! 遅いなっ!」

「公衆の面前で妹の上に乗っかって個人情報をバラす看護師はどうかと思うんですけど……」


 ものすごくリョウコさんが強いことがわかったのでレンの病室へと案内される。空手とかでもやってたのかな。
 
 三歩下がってついてくる良妻のようなミユウが気になるけど、話かけてもマイナスにしかならないのは明白なのでほっとく。
 
 しかし途端に掛け足になって俺もリョウコさんも追い抜いて病室の一つに走り寄る。あそこがレンの病室か。
 
 
「あれ、リョウコさんも入ってくるんですか」

「当たり前だろうに、何がきっかけで容体が急変するかわかんないからね」

「ちゃんと仕事してるんですね」

「グ~リグリ攻撃~」

「痛い痛い痛い」


 逸る気持ちを抑えれず入っていったミユウに続いて、俺とリョウコさんも横開きの扉を開けて入る。
 
 入口近辺で立ち止まったリョウコさんは真面目な顔でその先に視線を送る。仕事に真面目な人だと、冗談抜きで思う。
 
 人を本気で思いやることのできる人間は貴重で珍しい。
 
 ひっかかるのは妹が死んでも、その死んだ妹の体を別の奴が使っていても笑って悪口をこぼすあの時の姿。既に先に死んでいたリョウコさんの妹でミズキの姉の存在が、なにか関係あるのかも知れない。
 
 ちょっと気になるかもだけど、今は調べるほど暇じゃない。
 
 俺もリョウコさんの隣に並んで、姉妹の一日ぶりの再会に目を向ける。
 
 
「おはようおねえちゃん。きょうもいい天気だよ」


 朝の光が入る窓をボーっと見るレンにミユウが懸命に話しかける。
 
 妹のミユウがまるで居ないかのようにずっと窓を見続ける姉の姿は、病的で救いが無いような瞳をしている。
 
 反応が返ってこなくても健気に話題を変えるミユウの姿はいつもより少し小さく見える。
 
 ここまでレンに喪失感を与える母親はいったい何者だったのか興味が沸く。犯行動機はカスだけど、これは気になる。
 
 
「それじゃあまたね、おねえちゃん」
 
 
 30分ほどだろうか、ミユウが手持ちの話題を全て放出しきりレンに背を向ける。
 
 こっちを向いたミユウの表情は、目の端に涙を溜めて顔クシャクシャにしたなんとも可愛い顔が台無しになったものだった。
 
 なんとなくこの顔の意味を俺は察する。
 
 ミユウは多分、姉がこんな風になって悲しくて泣いてるわけじゃなくて、自分が世界でひとりぼっちになって寂しいから泣いてるんだと思う。
 
 そしてそれを俺が確信する出来事が、後に起こる。
 
 こっちに歩いてくるミユウを見てリョウコさんがボソリと呟く。
 
 
「……なんとなくミズキ達と似てる」

「俺と?」

「うんや、こっちの話だよ~ん」

「?」


 言葉の意味もわからないのでその場は流す。
 
 病室を出ていまだツライ表情をしたミユウを抱きしめようか迷ったけど、やめておくことにした。
 
 消去法の結果でただ一緒に居る人物に慰められても嬉しくもなんともないからだ。俺がミユウの立場ならそう思う。
 
 すこし気分悪いかもしれん。生理とかじゃなくて、気持ち的な問題で。
 
 俺はまだミユウの心に入り切れてない。足半分突っ込んだくらいだろうか、過去の殺人のことを仄めかせれば無理矢理言うこと聞かせれそうだけど、それだと俺の意味がない。
 
 心底に俺のことを刻んでるけど、それは罪悪感から来るものだ。
 
 どうしたもんかなぁ。
 
 
4。
 
 
「―――……う~ん?」


 病院から出てすぐに変な視線を感じて俺は歩を速めた。コンパスの違いに早歩きでついてくるミユウは気づいてない。
 
 それでも付いてくる視線を気付きながら無視して家への帰路を辿り続けていると、一旦視線と気配が消えた。
 
 辺りを少し見渡して確認してから、学校からの帰宅路に似た道を進む。
 
 この体になって初めて巻き込まれたあの事件の跡地を通り過ぎた場所で、対面の方向からやってくるおばちゃんを俺は不自然のないように観察する。
 
 
「ふ~ん」

 
 別にここに居ても絵的には、あまりおかしくはない。ただその目はほどよく濁っていて、危険を感じさせる。
 
 自然に買い物バッグに手を伸ばしておばちゃんは臨戦態勢といった感じになる。ミユウは気づいていない。
 
 そしておばちゃんと俺達がすれ違った直後、俺はミユウの眼前に右手を伸ばした。
 
 一瞬驚いたミユウが顔を上げると、首を絞められたような声を上げて地面にへたり込んだ。
 
 そりゃそうだ。
 
 
「ひゃ……あぁぁ!!」


 ミユウから見たら、俺の手の甲から鮮血滴る包丁が生えているんだからな。
 
 
「いったぃなぁ……!」
 
 
 歯を食いしばって痛みを堪えながら見透かすように睨む。痛みの我慢で鋭さ3割増しだぜ。
 
 大層驚いた様子のおばちゃんを突撃気味にケンカキックを放って地面に蹴り飛ばす。
 
 あわれに転がったおばちゃんを更に蹴って戦意を削ぐ。
 
 刺さった包丁はこのままだ。すぐに抜いても出血が酷くなるだけだし、これは病院の方向に逆戻りだな。幸い右手だから治りは早いけど。
 
 おばちゃんの髪を掴み上げる。
 
 
「なんでこんなことしたの?」

「……」


 おばちゃんが殺意満々な目で泣きながらミユウを睨みつける。
 
 それじゃあ明確にはわからないので髪を掴む手に力を込める。左手だからそんなに力は入らないけど、痛めつけるには充分。
 
 ギリギリと数本の髪を抜きながら尋問する。
 
 
「返して……」

「ん?」

「マサキを、返してよ! 返しなさいよ!! アンタ達が殺した私のマサキを、返して!!」


 梅田姉妹の被害者の家族か。息子か夫か、はたまた恋人か。

 
「一生許さないわ梅田ミユウ。絶対に殺してやる! 殺してやる殺してやる殺してやる」

「う、あ……」


 おばちゃんは俺のことなんか無視してミユウに罵詈雑言を言う。
 
 ミユウはただ怯えた瞳で、安定しない呼吸で、ただおばちゃんのその言葉を聞いている。……聞いているというより、恐慌状態でもうどうしたらいいかわからない状態だな。
 
 表向きの悪者は梅田姉妹の母一人だけだけど、既にもう復讐の対象は居ないからその娘のほうに八つ当たりってところか。
 
 まぁ悪いけど殺させるわけにはいかないので喉に手を当てて窒息気絶させる。殺すのも食うのもまずい。これは神山じゃなくて警察の仕事だから。
 
 警察に一報を入れてその場に留まる。
 
 
「ふぅ……もう大丈夫だよミユウちゃん」


 ハンカチで十分に腕を縛ってから包丁を抜きさる。
 
 コンクリートの地面に尻もちをついてヘタっているミユウを見ると、視線がかちあう。
 
 
「ミユウちゃん?」

「うあぁぁ!!」


 腕を必死にジタバタさせて後ろに下がろうとするミユウの目は、完全に正気を失っていて言葉を発することも出来なくなっていた。
 
 この日でよかった。明日か昨日なら確実にミユウ死んでたな。
 
 今度からユウに護衛頼もう。金かかるんならやめるけどね。とりあえずミユウの腕を引っ張って胸に抱き寄せる。
 
 その途端に狂乱的に暴れ出したけど、無理矢理抑えつけて耳元に口を近づける。
 
 
「大丈夫だから。他人がミユウちゃんをどんな風に見ても、どんな風に扱っても、どんなに嫌なことされても、お母さんやお父さんが死んでも、お姉ちゃんがあんな風になっても、どんなにつらくても、どんなにさびしくても、私は、私だけはミユウちゃんを嫌いにならないよ」

「う、あぁぁ」

「私はミユウちゃんとずっと一緒に居るよ。だから寂しくない怖くない。だから大丈夫」


 大人しくなっていくミユウの背中をリズムをつけて優しく叩く。
 
 賢い彼女のことだ。『みんながミユウを恨む』とあの時言った時点で、遅かれ早かれこういうことになるのは分かってたんだろうなぁ、でも心の準備なんて出来なくて、そして来てしまった。
 
 少し脅しをかけすぎたかな、考える時間は与えなくても覚悟する時間はあげたほうがよかったのかもしれない。有無を言わせない質問も、一長一短でつかいどころがむずかしい。

 これで修正できたかな、微妙かも。
 
 とりあえず俺に対して少しくらいは心を開いてくれると思う。
 
 気を失ったミユウを抱えて、少しだけあっちが見える手を見る。
 
 
「今日は学校お休みだな」


 というかまだ腹痛いよ。




▽△


すごく久し振りに一話を丸まる投稿。13はこれで終わり。
平和回2回目。いやー! 平和に書けたー!
平和回は危険回の複線を張りまくる回でいいかもしれんね。
どこまで書けるかな自分……。
まーまーまー! まぁね、うん。がんばります。
次で平和回は終わり。
誤字脱字指摘してくれると嬉しいです。
コメントくれると超喜びます。それでわ。
れんかなーみゆうかなーどっちころそっかなー。



[4284] けいだん。14―きゃは☆ごめんね☆―
Name: 歩(ホ)◆429b8219 ID:06335ec5
Date: 2009/01/14 20:31
1。


 洗顔→朝食→着替え→鼻血出し過ぎて吐血→ミユウに変な目で見られる。
 
 という一通りのルーチンを終えて俺は玄関先へ立つ。持つ物は持ったし、今日も元気に女子中学生してくるぜフゥーハーハー!
 
 
「棚にお金置いてあるから、お昼はそれですませてね。じゃあいってきま~す」


 玄関まで見送りに来たミユウに笑顔で手を振ってノブをガチャッと開ける。と黒い雲が広がる天気の悪い赤い空が見える、逆だけど。
 
 流石に昼夜を問わない演技のしすぎでミユウに背中を向けた瞬間真顔に戻る。
 
 いざ戦国の世の中に飛び出そううとすると、いきなり袖を掴まれた。
 
 またか、と思いつつ、演技の仮面をかぶって後ろを向く。
 
 
「もぉ、経った7時間だけの辛抱じゃないか~」


 俯くミユウの頭を撫でて俺は困った笑みを浮かべる。
 
 あの日以来、ミユウは俺の予想を超えて心を開いた。ときおり笑顔は見せるし、料理の時は手伝ってくれたりもする。
 
 ただ、このままいけば重度の依存になるかもしれない危険性が垣間見えて、どうしたものかと思う。
 
 依存は、心を強く保つ手段の一つだ。
 
 メリットは大きいけど依存対象を失った時のリターンも大きい、出来れば使いたくない禁じ手だ。
 
 信頼と依存は違う。信頼は相手を信じるけどちゃんと相手の間違いを見抜いて注意することができるけど、依存は依存対象の行動を全て肯定する。
 
 少年院はダメ、孤児院もダメ、親類縁者はミユウをもはやミユウを化け物扱い。
 
 一人暮らしなんてできるわけもない。
 
 イケメンに保護されたのはいいけど、そのイケメン自体苦手。……これはイケメンの計算を狂わせるために言った俺の嘘が原因だけど。
 
 ただ消去法の結果に残っただけの俺を、信頼してくれるのはまだしも依存の対象にするのはちょっと間違っている。
 
 ミユウは俺が生きるための手段の一つだ。俺の存在を受け入れて、俺の言葉を信用して俺の言うことを聞いてくれるようになってくれればいい。
 
 信頼してくれるだけでいい。最終的に自滅するだけの、依存はいらない。
 
 俺自身ミユウに愛着が湧きつつある。だからこそ、ミユウには依存してほしくない。
 
 
「ずっといっしょにいてくれるって、いいました……」


 泣きそうな声で言葉を紡ぐと同時に掴まれている袖に力を込められる。
 
 よくあの状態で俺の言葉覚えてたなお前、すごいわ。
 
 
「いやね、私にもこの宇宙の平和を守るって仕事があるわけですよ。ミユウちゃんもレンちゃんを守るって仕事があるわけですよ」

「……おねえちゃんはうごかないです。しゃべってくれないです」


 姉も大概だけど、妹も狂ってるなぁ。家族としての愛着よりも目先の孤独に怯えるのはどうかと思う。
 
 社会に適応するために人間は歪まないといけないけど、それは幼少時に必要のないものだ。良い大人になるには、心の土台に純粋で真っ直ぐだった子供心が必要なのにねぇ。
 
 依存に付ける薬はないし、精神操作系の異能も一時的にしか効果を発揮できないし、面倒だ。
 
 まぁとりあえず行動でミユウの心を落ち着けよう。
 
 
「おいで~」


 しゃがんで背を合わせて大きく腕を開く。
 
 すぐにミユウは胸に飛び込んできて、俺の背中に手をまわす。
 
 俺も抱きしめて髪を撫でてやると、ミユウ「えへへ」と嬉しそうに笑う。……あかん、既にこの子重症や。
 
 まだ知り合って一月ぐらいしか経ってないのにここまで来るとは、エロゲーじゃねーんだぞコラ。
 
 
「学校行ってくるけど、帰ってくるまで我慢できるよね?」

「……うん」

「よろしい! じゃあ今日は買い物一緒にいこっか、いい子にしてるんだよ~!」

「わかりました」


 まぁ手続きが済んでミユウの心が落ち着き次第俺の学校の初等部に来るんだけどさ。
 
 名残惜しそうに腕を離すミユウの頭を再度撫でて外に飛び出す。ぶはー、と息を吐いて深呼吸。
 
 
「しんど……」


 
 朝から疲れたよ。俺の死因は過労死かもしれんね。
 
 
2。


 一難去ってまた一難を地で行く俺にはまだ仕事が残っていたようで、それはすぐ目の前に居る。
 
 この体になってからいきなりイベント遭遇率が3倍ぐらいに上がったんじゃないんだろうか俺、そろそろ加減してくれないと私壊れちゃうわ、ビクビクッ!
 
 もうコイツと印象的な出会いをしてからけっこう経ったのに、相手は飽きることなく俺との距離を縮めようと毎日やってくる。
 
 それは誰か? ヒントは美人だ。
 
 わかったかな? ヒント2はメガネだ。
 
 これでも分からないって? じゃあ答えを言っちゃうね、答えは百合っ子の四貫島カオリちゃんだ!! ……はぁ。
 
 
「おはようミズキちゃん」


 そのきっつい目をなだらかに湾曲させて綺麗な笑顔をくりだしてくるカオリに俺はばれない様に溜息を吐く。
 
 俺はいつこの仮面を脱いだらいいのだろうか、美少女してるのも疲れるんだぜ。
 
 
「おはようございます、先輩」

 
 俺の中では通称『雌豚先輩』のカオリに、半分ヤケクソの笑顔をふって挨拶をかえす。
 
 俺の一挙一足に嬉しさを露すカオリがカバンを開けて、ゴソゴソと何かを取り出す。ほぼ日課になっているから何がでるのかわかってるけどさ。
 
 
「じゃあ、これ」


 差し出された物は、手紙だ。裏返すとハートのシールで封を止めてある。
 
 明らかなラブレターだ。この学校に入ってから初めての告白と初めての直接ラブレターが女とか、この学校終わってるよ。というか終わりすぎて始まったな。
 
 
「毎日飽きないですね。本当にっ!」
 
 
 俺はその長方形の手紙の真ん中を両手で持って、躊躇無く思いっきり引き裂く。
 
 そしてそれをまとめて、さらに破る。それを何度も繰り返して、細切れになった手紙をパラパラと地面に一点に落とす。
 
 一見、人間としてクズな行為かと思われるけど、それは目の前の人物の顔を見てくれればわかる。
 
 
「さいっこう……」


 ☆とか♪が付きそうな声で喘ぐように声を出して蕩けた表情でうっとりとするカオリがそこに居る。
 
 あの衝撃の出会いをしてから次に学校に登校したその日に、あまりにしつこく気持ちの悪かったカオリにキレた俺は再度渡された手紙をその場でシュレッダーの刑にしたのだ。
 
 普通ならここで泣くか怒るかするところなんだけど、その時は多少驚いてはいたけど目の前の様になっているので俺はドン引きした。
 
 それでもさらにしつこくしてきたので冷たく追い返すと、それが快感になったらしく彼女はさらに俺につきまとってきた。
 
 最終的に俺の方から折れて、こうなった。俺が雌豚先輩と名付けた所以、わかってもらえたと思う。
 
 なんというか、本当に俺の周りは変人・奇人しかいないよね。俺しか常識人いねーよ。
 
 それでも見た目からしたしっかりしたところもあって、以前俺が破いた手紙を四方八方にばら撒いた時には「掃除が面倒になる」とかなんとか言って来て怒られた。
 
 じゃあそんなことすんなカスって、言ったら逆ギレされた。
 
 理不尽!
 
 
「それじゃあ私さきにいきますんで」


 取り出した小型箒と塵取りで紙クズを掃除する先輩を尻目に、俺は早歩きでその場を去る。
 
 ドMな委員長な先輩って新ジャンルじゃね? 死にたいよ。


 3。
 
 
 クソなっがい通学路を辿って学校を目指す。自転車は高等部からとかそんな規制外せよな、俺の体が高等部になるころにはカモシカのようなしなやかな足になってるぜ。
 
 気晴らしに違法駐車してあった車に伸ばした爪で卑語を落書きしてやる。
 
 といったところで電話が鳴る。絶妙すきるタイミングに思わず背筋を伸ばして周りを見渡してしまう。
 
 相手を確認するとイケメン(死)と表示されている。あんにゃろめ、俺をビビらせるたぁいい度胸だぜ。
 
 肺いっぱいに空気を吸い込んでから着信ボタンを押す。


「でらべっぴんッ!!!!!!」


 イケメンが喋る前に出せる限りの大声をマイクに叩きこむ。ふーすっきり。
 
 
『ッ――!』

「で、なんか用かい?」

『……今度同じことしますけど、いいですか?』

「でらべっぴんって言うのか」

『そこじゃありませんから……アナタは一回死んだ方がいいと思いますけど、どうでしょうか?』

「やだよめんどくさい」

『じゃあ日本一大声大会に登録しときますんで』

「そんなのあるの!? ってかさっきまで話の流れどこいった!?」

『1万2000年後に』

「オカエリナサトの横にさっきの流れの話が光るのか」

『まぁいいじゃないですか、その時には僕ら死んでますし。そろそろ本題入っていいですか?』

「よしなに」

『わかりましたディアナ様。で、本題というのは最近おこっていた異能者の空き巣事件の犯人が捕まりました』

「へー」


 異能を使った空き巣、とは描写はしていなかったけど最近巷を騒がしていた事件だ。
 
 元はイケメンの管轄外の事件だったのだけど、次第に被害が拡大しはじめて隣接するイケメンの管轄にも被害がおよんだため、俺は夜の見回りに駆り出されていた。
 
 寒い秋の夜をせっせと歩いて見回るあのなんとも言えない孤独感はないな、それが今日を持って終わるのならうれしいことこのうえない。
 
 
『というわけで夜の見回りは昨日を持って終了です』

「ふーん」

『その冷めた返事やめてもらえます?』

「きゃは☆ごめんね☆」

『キモイんでやっぱ普通でいいです』

「優柔不断な奴だなお前」

『……』

「で、捕まえた奴って誰よ? ユウ?」

『それがわからないんですよ。僕の管轄で捕まったわけじゃないので詳しくはわかりませんけど、警察の派出所のほうに両腕切断されておかれてたらしいですよ。幸い顔は割れてるんでそのまま解放してバイバイにはならなかったんですけど』

「犯人のほうは?」

『わからないらしいですよ。気付いたら両腕ない状態で病院だったとか。うまいことに空き巣先の記憶はスッポリ抜け落ちてるみたいで……まぁ隠すメリットがありませんし嘘はついてないでしょう』

「ほー、その管轄の読心異能者はどうしたんだよ。直接頭覗いたらわかるかもしれないのに」

『そんなどこにでも居るような言い方はいただけませんね。感覚系ってけっこうレアでしかも読心……サイコメトラーはさらに貴重ですからね。近くリョウコさんが派遣されますけど、引っ張りダコ状態で大変なんですよ?』


 それにしてはいつも病院に居るイメージがあるんだけど、看護師が本業だからか?
 
 
『まぁそういうことなんで、それじゃあさようなら』

「えらく冷めた別れの挨拶だな」

『僕も忙しいんですよ。これから本社のほうに出向かないといけないわけですし』

「ああ、あの反異能者団体やら野良異能者に攻撃されて窓ガラス割れまくりの一階修理しまくりの」

『えらく嫌な覚え方ですね。当たってますけど、もう時間ないんで切りますからね、いいで』


 イケメンが切る前に俺の方から切る。絶対にあいつの思い通りにはいかないように行動してやるぜ。
 
 まぁ素で話せて微妙に気分も晴れたし、学校いこっと。


 4。
 
 
「っう~さぶい」


 さすがにもうキャミソール一枚は無理っぽいかなぁ、二の腕とかに風がかするたんびにみぶるいする。
 
 でも秋物出すの面倒くさいし冬まで我慢しよ。うー面倒くさい面倒くさい。
 
 しかもこんな真っ昼間から神山の奴らがいるわけないじゃん。あの人も面倒くさいこといってくれるよね。
 
 えっと、今月のノルマはあとなんにんだったけなぁ。
 
 携帯開いて確認。
 
 
「うげ、3人」


 月に5人はなかなかしんどいわ。給料いいけどノルマがきびちー。
 
 でもまぁ普通にOLするよりはましだよね。せっかく異能が手に入ったんだから有効活用しないと、宝の持ち腐れだよ。
 
 神山に入るのもいいけど、基本闇討ちの弱い者イジメしかしないっていうしねー。
 
 あーあーまたあの子と闘いたいなーうん。あの子はよかった。
 
 なんか敵意満々で襲ってきたときにはちょっとびっくりしちゃったけど、いい勝負ができたよ。多分あれは特Aクラスだったね。
 
 でももう殺しちゃったしなぁ、今度から将来ゆーぼうそうなのは見逃してあげようかなぁ。あ、いやでもそれだとノルマがきびしくなるか。
 
 うーん困った。仕事を取るか生甲斐を取るか、うーん。
 
 そろそろここも潮時かね~、ほかの場所いって神山の異能者さがすべきかな、でも面倒くさいからきゃっか。
 
 あと一月ほどはここに居たいかな、引っ越し準備めんどくさいし、いままで通り電車で遠出したらいいや。
 
 うーうーめんどくさいなぁ。
 
 と、きばらっしーにグルンと一回転……やば、目まわった。
 
 しかもサングラスどっかとんで言ったし誰だ私をまわした奴は、……私だ!
 
 落ちたサングラスをひろいにいく。
 
 
「……おんや~?」


 なんか見覚えのあるものが横切ったような、抜き足差し足でそのばしょへ行ってみる。気分はピンクパンサー。
 
 
「どぅどぅっどぅどぅ~」
 
 
 ひろったサングラスをかけて、暗くて見えづらいから外す。なにしてんだ私、めんどくさい。
 
 曲がり角に潜む女子高生のように角から顔を出して確認。やべ、食パン忘れた。
 
 さてね。な~んであの子生きてるんでしょう。
 
 あの金髪、間違いないね。わたしーの染めたような金髪じゃない髪、うんうん完璧にあの子だ。
 
 あっれーなんで生きてんだろう。確実に殺したと思ったのに、うーん?
 
 まぁ異能っていう超能力があるわけだし、生き返すこともできるのかな?
 
 うむむ、まぁいいや考えるの面倒くさいし。
 
 生きてた! それだけわかったらいいや!
 
 じゃあ今月の3人目はあの子にしましょう! ……ん? そいや前のノルマ達成してないことになるじゃん。
 
 ……まぁいいや。言わなきゃわかんないし、面倒くさいし。
 
 でも今襲うのはやめとこ、お腹へってるし。お互いじゅうぶんお腹いっぱいなってから戦おう。
 
 正々堂々行くぜ~。


▽△


14&予告平和回終わり。
新キャラもっとだしたいけど、まず自分が把握できないから既存のキャラで話を進めるぜ。
これが終わったら新キャラ&最後の異能の説明回だぜ。でも異能はオマケだから設定は穴あきまくりで後で設定継ぎ足すつもりまんまんだぜ。
てか若干モチベ下がってきてるから近いうちに長い(永遠)のお休みをいただくかもしれないぜ。完結しないのがこの話の売りだし、もとからいってたことだから大丈夫だぜ?
気楽に書いて気楽に休んで気楽に復帰できたらいいな。
誤字脱字指摘してくれると嬉しいです。
コメント随時受付中、してくれたかたには豪華自分からの投げキッスのプレゼントですよ。え? いらない?

じゃあ次の更新まで、それでわ。



[4284] けいだん。15―ええ、政府所属の人間ですから、大丈夫です―
Name: 歩(ホ)◆429b8219 ID:06335ec5
Date: 2009/02/28 23:34
1。


 「お、これなんてミユウちゃんに似合いそう」
 
 
 デパート内のアクセサリーのコーナーにあったネコと月の飾りがついた髪留めをワシッと掴んでタカッとミユウの頭に当ててみる。
 
 今日は学生皆の生きる希望、週休2日の土曜日だ。なので俺はネガティブを地で行く小動物ミユウと気分転換に、ベットタウンである我が家から遠出して都会のほうへと出てみた。
 
 仕事も今は無し、そろそろ網に異能者ちゃんがかかってくんないと俺の生命が危ういけど焦ってもどうにもならないからとにかく待ちだ。街だけに。……最近おっさん化してきてないか、俺。
 
 まぁいざとなったら危険度はあがるけどここらの裏路地にでも入って捕まえればいいけどさ。いるかわかんないけど……勝てるかわかんないけど。
 
 
「あ、あうう」

「こらこら、逃げるな」


 言葉通り、あうあうと右往左往するミユウの頭を固定してツインテール(いや、ツーサイドトップか? どっちでもいいか)を解いて、手に取った髪留めを付けてみる。
 
 
「おー似合う似合う!」

「そ、そーですか……?」


 なんかちょっと左右のバランスが悪くなったけどしかたないさ、だって髪の結び方なんてわかんないんですもの。俺は趣味と性癖でずっと降ろしてるし、結ぶといってもポニーにするくらいだし。
 
 手の平で自分の髪を他人のみたいにポフポフと遠慮がちに触って何かを確かめるミユウ。
 
 あ、そうそう。この前イケメンがミユウの異能を実体験で測定した結果、B+判定だった。
 
 +~とかが付くのはある条件下でその判定以上の効果を発揮できるというもの。A対BならAのほうが強いけど、A対B+なら条件次第でB+がAを上回る。
 
 といっても+~っていうのは神山が正式に決めたモノじゃない。ただの異能者間で使われるさらに分化した呼び方だ。神山はABCD、それと特Aしか認めていない。だからミユウは正式にはBだ。
 
 限りなくAに近いけどB、これで姉をなにがなんでも俺は手に入れなくてはならなくなった。これで姉もBなら泣けるね。
 
 いやでもBでも十分凄いんだぜ? それもB+、Aをも超えるかもしれないパウワーだ。でもそこで条件次第っていうメリットにもデメリットにもなれるのが足を引っ張ってしまう。
 
 B+になった理由は、俺の記憶を覗き見る限りはA判定確実だったけど実際に体験してみるとBだったからだ。俺が見た幻覚より数段リアリティが落ちるものだったとのことだ。
 
 もともとB+だったのか、それともAから落ちたのかはわからない。原因も不明。異能というブラックボックスにはリョウコの異能すら通じない。
 
 過去の出来事からその原因を探らないといけない。
 
 ミユウ本人に聞いても「こんなこと初めて」としか答えが返ってこなかった。うへ、これはしんどくなりそうだ。
 

「ここで何個か買っていこっかミユウちゃん?」

「え、でもわたし、おこづかいそんなにないですし……その、この輪ゴムで十分です」


 サワサワともう片方の俺が貸している飾り気のない黒い輪ゴム撫でるミユウ。ミユウの家は出入り禁止だから私品すら持ち出せないため極端に服や髪留めなどが少ない。


「私が払ってあげるから、ほらほら自分でも選んで」


 俺の体も昨年まで小6だったからいちおう俺も子供なんだけど気にするな、心は大人だ。

 家賃とか光熱費諸々全部イケメンが持ってるから給料丸々手に入ってる俺からしたら、こんなものはした金だ。
 
 でもガキが金を持ちすぎるとロクなことにならないからミユウに渡してる金は月2千円と決めている。なんかもうすっかり家族扱いな俺に今頃驚く。
 
 まぁいっか。失うのは食費だけだし手間のかからない子だし、貯金ももう50万を超えてるし。
 
 ……ん? んんん!? そいやこの体以前のミズキの金はどうなったんだ!? あれ!? 今まで全然気にしてなかった!!
 
 桃谷ミズキってA判定だったんだろ、めっちゃ金はいってたんじゃないのか。やばい、これはやばい。
 
 とりあえずイケメンに電話してみる。ミユウに一言断ってトイレでポチっとな。
 
 
『はい、なんでしょうか』

「桃谷ミズキのほうの金ってどうなったの?」

『……今ごろ聞いてくるんですか、バカじゃないんですか? あ、バカですね……いや、バカでしたね』

「断言!? 過去形!?」

『端的に言ってアナタの両親に事情を話した上での交換条件として桃谷ミズキが持っていた貯金を提示しました』

「なんつーことを……」


 黙ってたら問題ないだろ、桃谷ミズキは両親と疎遠だったんだからさ。……イケメンが俺の選択肢を減らすためにしたとしか思えん。
 
 
『超喜んでOKしてくれましたよ。これで新しい家が買えるっていってました』


 死ねよ。まじ死ねよ、桃谷ミズキの両親。俺が修正してやるよ。
 
 俺の両親は超優しかったぞ、クリスマスには靴下にお金入れてこれで欲しい物買いなさいって手紙書いてくれるぐらい。殺しちゃったけどな!
 

「……はぁ」

『話はそれだけですか? 僕まだ本社のほうで仕事残ってるんで』

「なんだお前まだそっち居たのか」

『ええ、社長の知人のお偉い様が緊急で伝えたことがあるとかで、なんでも神山企業の創立メンバーの一人だとか』

「へー興味ない」

『そーでしたねーわかってましたーきりまーす』


 ブチンと切られる。無愛想な奴だ。
 
 
2。


 女子トイレから戻ってその場で行儀よく待っていたミユウを頭を撫でる。
 
 ミユウは頭を撫でられるのが好きなのか、撫でている最中はとても幸せそうな表情をする。あのババア危機一髪事件があってから見せるようになった顔だ。
 

「なにか欲しい物あった?」

「えっと……なかったです」


 そう言ってチラチラとなにかの様子を見るような視線を送るミユウ。わかりやすすぎる。やっぱり人間が出来てると言ってもまだ子供だな。
 
 悟られない様にミユウの視線を辿って、その先にあるものをハトッと掴む。
 
 
「あっ」


 鈴と向日葵という季節遅れな飾りが付いた髪留めを取ると、あからさまにミユウが驚く。へー趣味も子供っぽいな、とても下着が黒とは思えん。
 
 
「あの、あのっ」

「んー?」

 
 あたふたしているミユウを尻目に俺の嗜好で何個か髪留めを見繕う。そんなにいらないと思うけど、種類はないよりあるほうがいいだろう。
 
 さきの2つに加えて3つを選んでレジまで持って行く。その間も落ち着きがないように動くミユウがちょっと笑える。
 
 小さい紙袋に入れてもらってミユウへと手渡す。
 
 
「ほら」


 紙袋を小さく薄い胸に抱いて不思議そうに見上げてくるミユウの頭を再度撫でて笑いかける。演技抜きの俺の本心の笑顔だ。
 
 
「買っていいって言ってるんだから遠慮しない。もちろんダメな時はダメっていうけどさ、ね?」

「ミ、ミズキさん……」


 な、なんだその感無量な表情は……誰か助けてくれよ。
 
 胸に抱きつかれてグジュグジュと泣かれる。あぅ、俺のお気に入りの服が……ちなみに言うとボーイズファッションだ。
 
 
「あーあー泣かない泣かない。こんなただの同居人の前でみっともない姿見せない。レンちゃんに見られたら笑われちゃうよ?」

「……おねえちゃんなんて、どうでもいいです」


 ……どうでもいいですか、そうですか。
 
 狂ってるな、キ○ガイって呼ばれてもいいぐらいに。
 
 甘やかし過ぎか? ちゃんとメリハリつけて接してるつもりなんだけどなぁ、これじゃあこのまま依存街道まっしぐらだ。なんとかしないと。
 
 ミユウが成長して、いつか付き合うことになる男子は大変だ。依存されるのは精神・肉体ともに半端なく疲れる。それに加えてこの整った顔立ち、一度標的にされれば骨の髄まで嘗めつくされること請け合いだ。
 
 もはやレンへの見舞いは慣性でつづけているだけなのかもしれない。
 
 抱きつくミユウを解いて少し離れる。……そんな寂しそうな顔すんなよ。
 
 
「な、なんか食べにいこっか。お昼食べて来たけど、そろそろお腹減ったでしょ? 早いけど夕食にしよっか」


 やべぇ、声に動揺の色が出てる。
 
 どうしようか迷った様子のミユウを促すように再度口を開く。
 
 
「食べたいものとか無い?」

「そ、その……―――が食べたいです」



 指をモジモジとするミユウが俯いた状態で微かに唇震わす。
 
 あまりに声が小さすぎて聞き取れず、もう一度聞き返すと、ミユウは頬を染めて俺の目を見つめる。
 
 
「お、お子様ランチが食べたいですっ」

「……」

「……ミズキさん?」

「……そ、そっかぁ。じゃあどっか適当にファミレスにでもはいろっか」


 一瞬ミユウの真剣な表情にフリーズしながらも数秒で再起動して言葉を紡ぐ。やべぇ、破壊力抜群だぜ……。

 
3。


 早めの夕食を済ませて色々見て回った頃にはすっかり辺りは暗く、完全に昼から夕方、夕方から夜へとかわっていた。
 
 ネオンや信号、車のライトや窓から漏れ出す蛍光灯の光。覆うような光に溢れた都会の街は圧巻だ。
 
 夕方ごろがピークだったけど、夜でも人は充分多い。昼より夜のほうが乱暴に歩く人が多いため、早歩きで横を通り過ぎる男性などが居るとミユウは強く俺にしがみつく。離れない様にとミユウと繋ぐ手はもう既に手汗でヌルヌルだ。
 
 今日は色々見て回って疲れたし、そろそろ帰るか。
 
 そう思った矢先、視界の端に『何か』が映った。
 
 肌がザワつく。足元から頭まで加速度的に鳥肌が走った。
 
 『何か』の口端が釣り上がる。……誘ってやがる。
 
 脳の芯が熱くなる。見覚えのある容姿。間違いなく、アイツだ。
 
 乱暴な足取りで道路沿いに出て、ちょうどよく近くを通ったタクシーを拾う。
 
 運転手に一万円を掴ませて首を締めかねない勢いで、俺の仮家の場所の住所を言う。
 
 
「○○区○○の○丁目まで、お釣りはいらない」

「ミ、ミズキ……さん?」

「乗って」

「え……ミズキさん、は……」

「いいから乗って」

「……きゅ、急に、どうしたんですか……?」

「家に帰ったらちゃんと戸締まりして、お風呂入って時間になったらすぐに寝るんだよ」

「ミズキさんっ?」


 しつこいからギュっと抱きしめる。
 
 
「私の言うこと聞けるよね?」

「……う、うん。わかり、ました」

「いい子」


 何か言いたげながらも大人しくなったミユウをタクシーに押し込んで、運転手に目配せして行かせる。
 
 ミユウの乗ったタクシーをしばらく見送ってから、俺は歩きだした。人通りが少ない場所を選んで進み、人気の無い場所へと向かう。
 
 そうしていつかのストリートファイトでも始まりそうな路地裏によく似た場所に着く。
 
 さっきから蛇のように絡みつく視線が気持ち悪い。気配を探ればすぐわかる。まるで自分の存在を知らせるかのように、殺気を漂わせているんだから。
 
 
「……出てこいよ」


 自分でも驚くほど低い声が出る。後ろの気配が、近づく。
 
 俺は上着の背中に隠していたナイフに手を掛ける。タクティカルナイフと呼ばれる軍用の大型ナイフだ。
 
 グルンと後ろに回ってナイフを構えた。
 
 すぐに、視界に人が入り込む。
 
 あの時と寸分と変わらない容姿、染めた金髪肩を露出したキャミソール悪趣味なサングラス。
 
 
「……よくも、俺を殺してくれたな……」

「殺す? 俺? ずいぶんとぶっそーなセリフだねぇ」


 口元を歪める金髪女。心底楽しそうな顔だ。
 
 金髪女は近寄りながらハッとした表情でポンッと手を叩く。
 
 
「それよりさー生きてたならさー言ってよねー。君のせいでノルマ嘘報告しちゃったんだからさー」

「なんでお前みたいなクソアマに言わないといけないんだよ」

「うっは! 君ってそんなふーに喋るんだ。あの時は無表情でなんにもしゃべんなかったからつまんなかったんだよねー」


 金髪女が立ち止まる。俺のナイフの射程から大きく外れた場所、おそらく自分だけの間合いに入るように調節された距離だ。10メートル以上は離れている。
 
 そしてアイツは俺をあの時の『桃谷ミズキ』と思っている。なにかの拍子で生き返ったと思っている。真実を言う必要はない、可能な限りに騙して常に相手の裏を掻く。
 
 真正面からのぶつかり合いなんて初めてかもしれない。いうなれば俺は暗殺専門だ。
 
 対峙して闘うなんて愚の骨頂だけど、あの時の怒りが俺をそうさせる。
 
 
「でも生きててうれしいよ。またたたかえると思うと、ゾクゾクしちゃう」

「変態」

「よくいわれるー」


 ククっと金髪女が笑う。イケメンの仕草以上に俺の神経を逆撫でする。
 
 
「しっかしナイフなんて使うんだね。あの時はつかわなかったのに」

「気分だよ」


 その途端、いきなり真横の路地から誰かが飛び出してくる。俺は目だけを動かしてその方向を見る。
 
 
「誰だぁお前!? ……こんなぁとこに居たらあぶないだろぉ!?」


 見えたのはいかにも酔っ払っているサラリーマン風な中年の親父、赤い顔で支離滅裂なことを口走ってくる。
 
 うざいから力の限りナイフを振るって喉をかっ切る。
 
 一瞬何が起こったのかわからず情けの無い声を出すおっさんが、さらにうざかったから右目にナイフを突き刺して脳を抉る。
 
 そのままピクピクと痙攣したように死んだおっさんの腹を蹴飛ばしてやってきた路地へと飛ばす。
 
 ナイフに滴る血を払って俺は今までで一番の殺意を目に宿らせて金髪女を睨む。
 
 金髪女が歯茎が見えるほどに口端を釣り上げる。そして、示し合わせたわけでもなく同時に口が開く。
 
 

「仕事のためじゃないんだよ。純粋に君とたたかうのが楽しいから……」「神山の仕事なんかじゃない。ただお前が俺を途轍もなくイラつかせるから……」


 だから……。
 
 
「「ブっ殺して(あげる)やる……!!」」


4。


 俺は投擲用のナイフを背中から取り出して右手で下手に構えて投げる。縦に回転を加えて刺すより斬る方を優先する。指がふっ飛べば儲けものだ。
 
 同時に金髪女も指を拳銃の形に変える。
 
 先端が赤く光るのが見えるのと同時に俺はサイドステップを踏んで射線から体を外す。
 
 
「っ!」


 一際強く光った瞬間体のすぐ横を細い閃光が走った。……速い。
 
 俺の投げたナイフは霊丸モドキより遅れて金髪女へと到着し、首を軽く捻っただけでかわされその髪を少しだけ引っ掛けてコンクリの壁へと突き刺さる。
 
 カキンッ! とコンクリに刺さったナイフを見て金髪女が口笛を吹く。
 
 
「すっごいね」

「口笛吹けてないぞクソアマ」

「……カッチーン!」


 擬音を口で表現して両腕を前に構える。構えた両手の十指全てを俺へと向ける。
 
 そんなことは予測済み。俺は体を大きく横へ跳ばせて隣の路地へと退避する。途端にさっきの数倍の赤い光が逃げ込んだ路地の間から見える。
 
 次いで粉砕音、ガラガラとガレキが落ちる音がうるさく鳴り響く。
 
  近くにあるさっき殺したおっさんを異能を発動させて食べる。食べやすいように右手とナイフを使って解体しながら1分もしない内に全てを処理する。
 
 
「そろそろ異能使ったらー?」


 遠くから聞こえるように大きく張り上げた金髪女の声、俺は体勢を立て直して小石を右手で拾い上げる。
 
 
「お前なんかに使うのはもったいないんだよ!」

「この前は異能フルで使ってまけたくせにー!」


 俺は路地から出ず相手の出方を窺う。俺には遠距離武器が無い。小石を拾ってみたのはいいものの指弾なんて出来るかわからない。
 
 命中性はともかくとして右手のパワーを使えばとりあえずは飛ばせるはずだ。でも、確実性を考えてなんとか接近戦に持ち込みたい。
 
 だから追いかけてくるのを待つ。
 
 路地の壁ギリギリに背中を付けて向こうの様子を窺う。大丈夫、距離は充分ある。
 
 瞬間、赤い光が路地の壁を削る。咄嗟に路地角から距離を開ける。
 
 
「私のエネルギー弾は並べたティッシュ5枚を貫く威力だから気をつけた方がいいよー!」

「測定のしかたおかしいだろ!? 馬鹿なの? 死ぬの?」

「なにおー!」


 遠くから聞こえる声に挑発を返す。気配を探ってもまだ距離はある。ギリギリまで来たところで飛びだして相手が動揺した所をナイフで攻撃する。
 
 這い蹲るように伏せながら待つ。
 
 ジリジリと近づいてくる金髪女に息を飲んで、さらに挑発しようと口を開こうとした。
 
 が、いきなり人影が目の前の地面に映る。そして路地角に手がかかった。
 
 
「……へ?」

「んふ? なにしてんの?」


 おい、さっきまでまだ遠くに居ただろ? なんでもうこんな近くに……!?
 
 向けられた人指し指が赤く光る。考えるのはあとだ、と俺は跳ねるように後ろへ飛び退く。
 
 ズガン、とさっきまでいた地面に小さいクレーターが出来る。
 
 
「おいおい。なに反則してんだよ?」

「販促?」

「なにも売らねぇよ!」


 まだ、至近距離だ。小石を右手の親指に乗せて指弾を放つ。
 
 が、小石は明後日の方向へと飛んでいきコンクリを削るだけだ。……使ったこともないことなんてするもんじゃない。
 
 残り小石を全て金髪女の顔めがけて投げる。
 
 スライディングするように低空ギリギリまで背を畳んで距離を縮めてナイフを振るう。
 
 それに肉体改造を発動させて爪を伸ばす。ついでに猫耳と猫眼も変形させる。
 
 伸ばした爪とナイフを別々の方向から襲わせる。
 
 
「なっ!?」

「あっまーい。甘いよぉーチョコレートよりぃ」


 猫眼のおかげで急に明るくなった視界が捉えたのは真っ二つに折れたナイフの刃。
 
 見ればナイフの軌道に合わせるように差しだされた金髪女の靴裏に淡く赤い光が宿っている。
 
 足の指からも放出できるのかよ……!
 
 
「ってあれ……!?」


 でも爪のほうは金髪女を傷を負わせることに成功していた。奇襲じみた俺らしい攻撃だ。
 
 左腹部から右乳房に掛けて走った赤い線、ドロっと血が溢れだし金髪女のキャミソールを赤く染める。
 
 動揺した様子の金髪女に追撃を加えようと爪を振るおうとした途端、右手の五指が全て淡く輝いた。
 
 
「くっそ……!」
 
 
 俺が斬撃を加えれる至近距離、それはつまり相手からも至近距離だということ―――!
 
 
5。
 
 
 回避なんて間に合わない。赤い光が走った左腕の各所が抉れる。
 
 
「ぐぁあぁ!!」


 まるで穴あきチーズのようになった左腕から血がふんだんに飛び出す。
 
 ホースから水を出すような容量で、大量に血が飛び散る。肘から先がとてつもない気持ち悪さに襲われる。痛みはない。
 
 脳はあまりに痛みが酷いと痛覚をシャットダウンすると言うけど、これが……それだっていうのかよ。
 
 
「あらら? なーんだ、別人さんだったの、ざーんねん……!」


 あふれ出す血を気にせず俺をエネルギーを乗せた足で蹴り飛ばして距離を開けた金髪女は、まるでゴミでも見るような感じで俺を見下す。くっそ、サングラスで上手く表情が読めない。
 
 
「ゲッホゲホ……!」
 

 肺から無理矢理酸素を押しだされてせき込む俺に向かって、金髪女は興味を失った様子で口を開く。
 
 地面に擦れた左腕から首の皮一枚で繋がっていた肉片が千切れる。見てるだけで、吐気がしそうだ。
 
 蹴られた部分は丸く刳り抜かれて無い。当然、痛みも無い。
 
 
「つまんないや、めいどのみやげに教えてあげる。わたしはエネルギー系異能者でB判定……だからエネルギーほーしゅつ部位はかぎられている」

「んなことを冥途の土産にしたくねぇ……」


 近寄られて頭を踏まれる。
 
 
「わたしのエネルギーほーしゅつ部位は『末端』、指先とかがその部位に当たるんだよ。……でもそれはいっぱんの見解、末端といわれてその部分しかイメージできないのはイメージ力のけつじょ」


 グリグリと足を押しつけられて顔が歪む。
 
 
「わたしが『末端』だと認識できれば、どこからでもほーしゅつ出来るんだよ? 例えば……」


 踏んでいた足を離したかと思うと再度蹴られる。今度は胃だ。一気に喉元になにかがせり上がる。
 
 いつでも途切れそうな意識朦朧とした中で金髪女の髪が淡く赤く光る。そして上体を思いっきり捻ったかと思うと、天使の輪のように髪から放出されたエネルギーが周囲の建物を破壊する。
 
 というか、なに言ってんのかよくわからん。目が霞む。耳がずっとキーンと鳴ってる。体が重い、気持ち悪い。
 
 
「こんなふうにね……? ってあら、もう死にかけ? よっわいなぁ」


 右手が赤く光るのが見える。動けない、かわせない。くっそが……また俺はコイツに殺されるのかよ。ムカつくムカつくムカつく。
 
 その途端、辺り全体がライトにでも照らされたように明るくなった。つづいて足音、ところどころに見える人影……50人は居る。
 

6。 
 
 
「なっ!? えっ!?」


 金髪女がたじろぐ。何が起こったのかわからないけど、合わせておく。
 
 
「ははっ、かかったな……!」

「……君のしわざ?」

「長々と説明しすぎたな、お前の負けだクソアマ……!」

「くぅぅ! に、にげるがかちっ!」


 足が赤く光ったかと思ったら超人もかくやという勢いで飛びあがり、赤い軌跡を残してぴょんぴょんと壁を蹴って屋上へと消える。
 
 そしてしばらくして、全てが元に戻った。ライトの光も、足音も、人影も、全部さっきと同じ状態へと戻った。
 
 
「げ、んかく……?」


 誰かが駈けてくる。小さく幅短に足音を鳴らして誰かが俺の元へと近づいてくる。
 
 夜の闇に飲まれて黒と赤ぐらいしか見えない視界を彷徨わせて近づいてくる人物を探す。でも、見える範囲には居なかった。
 
 誰だろうか。
 
 そう思った時、ふいに背後から誰かに上半身を抱き抱えられた。
 
 小さな手と体で必死に抱き締められる。
 
 
「ミズキさん……!」


 視界内にミユウの顔が入る。なんでここに居るんだよ。……ちゃんと帰れって言ったじゃん。
 
 クシャクシャになった顔で目から再現無く涙を溢れさせるミユウ、うわ、なんか悪いことしちゃったかな。
 
 
「ミユウ……」

「やだ、やだ、やだやだやだやだ! 死んじゃやです!!」


 首をぶんぶんと振ってまだなにもいってないのに否定される。
 
 少し自分の体の状態を考えてから、答える。
 
 
「ムリ……っぽいわぁ」

「むりじゃないです! 死んじゃだめです! 生きてください!」


 んな無茶言うなよ。こっちもう出血死寸前ですから、というか抱く力から強すぎ……げふ、死期が早まる。
 
 思えばムリな話だよな、A判定異能者に勝った奴に勝てるわけないじゃん。なんで俺戦ったんだ? たしかにアイツはイラつくけどさ、本来なら電話で呼ぶだろユウとかをさ。
 
 この体になってからなにかがおかしくなった。昔の俺なら用意周到にことを成してたじゃないか、なんでこんな感情に任せて行動してるんだ。絶対おかしい。異議あり!
 
 ……とか考えても無駄か。目玉抉られた時と違って、今回は確実に死んだな、だって空に天使見えるもんパトラッシュ……ごめん天使は嘘だパトラッシュ。
 
 
「わたし、はじめてだったんです……! 優しくされたの初めてだったんです……! おとうさんもおかあさんもおねえちゃんにしか優しくしない。わたしはじゃまもの。……おとうさんに言われました、お前はいらない子だって……! おかあさんがおかしくなって、おとうさんが死んで、おねえちゃんが笑わなくなって、ミズキさん達につかまって、ミズキさんといっしょに住むことになって……私はここでもいらない子、誰も優しくなんてしてくれない……そう思ってた! でも、でもミズキさんは優しくしてくれた! わたしを嫌いにならないって言ってくれた! 抱きしめてくれた! 嬉しかった!」


 関を切ったようにミユウが語る。
 
 ……だからか。どうりでメリハリつけても無駄なわけだ。
 
 最底辺にいたミユウにとって俺の行動全てが、今までより全て『マシ』なんだから、それに加えて俺はミユウの信頼を得るために『優しく』した。最低辺に居た少女にとって、それはどれだけ衝撃的だったのだろうか。
 
 だから最初は戸惑った、俺もみんなと同じだと、そう思っていた。それがどうだろうか、洗脳めいたことをしてもそれはミユウをちゃんと一人の子供として見た『優しさ』に見えた。
 
 なにがあっても俺はミユウを邪険にはしなかった。それがミユウの心に近づく最短距離だと信じていたから。全ては俺のためにだ。誰のためでもない。
 
 でも、それでも、ミユウには心地よかった。邪険にされない、少しでも優しければそれで『ミユウは幸せ』なのだから。
 
 
「ずっといっしょに居てくれるっていいました! だから死んじゃダメです!」

 
 零れ落ちた涙が俺の頬濡らす。あったかくて、気持ちいい。

 でもその優しさは『偽り』だ。贋作といってもいい、その言動……いやミユウに会ってからの行動全てが俺のためにやったことなんだからな。
 
 だからそれは夢だ。夢である限り覚めないといけない。


「ミユウ……」

「……好きです。……わたしはミズキさんのことが好きです。だから、死なないでください……」

「ミユウ……!」


 泣きじゃくるミユウが微かに落ち着く。
 
 最後の力を振り絞って声を出す。喉に血がたまってるのか声がおかしい。
 
 それでも、今いわないと、死ぬ前に言わないとダメだ。
 
 
「私のおねえちゃんが死んだって話……あれ、ウソ」

「……知ってます」

「……知ってるんですか」


 それは衝撃だ。漫画的にいくならここで真実が明かされて相手が驚くんだろ? ……つくづくそういうのにめぐまれないな、俺。
 
 って逆に驚いてどうすんだよ。
 
 死ぬ前に説得できるかな俺……。
 
 
「じゃあ私がミユウに優しくしてた理由は……?」

「……わたしの異能がもくてきだから……です」

「それもか……」


 それを知ってても、俺に依存する気だったのか。俺の無いような信念よりよっぽど硬いじゃないか。
 
 騙されても優しければそれでいいのか、ミユウは。……それもアリなのかもしれないな、この広い世界、そんな人間が一人ぐらい居たっていいのかもしれない。
 
 でも俺は死ぬ。依存対象が死ねば、ミユウは世界に一人ぼっちになってしまう。
 
 
「ミユウ……ミユウはまだ、ちっちゃいからわか……んないと思うけど、世界は広いよ? なにも私だけがミユウに優しいわけじゃない、他の人がミユウに優しくないのは、そのほかの人達がミユウのことを良く知らないからだよ。ちゃんと自分を知ってもらう努力をすれば、きっとみんな優しくしてくれる」

「……」

「初めはツライと思うよ。すごく苦しいと思う。それでもそれが基本、ルールだからそれは仕方無い。それを乗り越えてこそ、みんなはミユウに優しくしてくれる。自分から動かないと、なにも起こらないんだよこの世界は」

「でも……」

「私は優しくした? それは私がミユウの異能が目的っていう下心があったからで、例外だよ。偽物。だから、だからさ……―――」


 やべ、もう意識が飛びそう。パトラッシュ……まだ来るな、天使ももうちょいそこに居なさい。
 
 
「ミユウはもっと強くならないとね」


 やっべー眠い、眠すぎる。まぁこれでどうにもならなかったらミユウが悪い。俺は悪くない、うん。
 
 というわけで俺の人生はここでEND。
 
 お休み。
 
 
7。


「ふぅーい、あぶねーあぶねー」


 あれはやばかったぜ。さすがのわたしでも戦いきれないっすわ私のは対人であって対軍の異能じゃないからねー。
 
 さいごのあれでかなりエネルギー消費しちゃった。
 
 足の指とかかとにエネルギーを放出してぴょーんぴょーんとビルを飛ぶ。なにげに省エネで出来るから便利。
 
 しっかしざんねんだ。そっくりさんだったとは……わたしもまだまだ甘いねー。
 
 それにしても寒い。服破けてお腹ビローンだからしょうがないけどさ。血もまだ止まんないし。
 
 
「ざび~」


 あきの夜風がさらにきくぜ。きょうはあっつあつのお風呂はいろっとー。
 
 んー突然だけど。実家にでも帰ろうかな、いきなりホームシィーク! おとうとどうしてるかなー、あ、一人暮らししてるんだったけな? どっちだ?
 
 まだ学生なのはおぼえんてんだけどなー! まぁいいやあははー!
 
 
「っておい!」


 目の前を弾丸っぽいのがかすめる。チリっと前髪焦げてる……。
 
 なんだなんだ! あたりをキョロキョロ、おっや?
 
 せいだーいに足にエネルギーを集中させてビョーン! 飛ぶ。んでちゃくち。
 
 
「アンタですか! あぶないでしょうが! 銃は政府しか持ってちゃいけないだよ!」


 屋上にたってた。女の子に注意する。みためはなんかこー委員長! としたかんじのこ、目がキッツいのなんのって、まじビビルわぁ!
 
 銃はたしか異能者をおそれた政府が、民間からてっていてきに回収して政府だけのものにしたんだよね。たしか。
 
 神山のにんげんも全員、もってるだけで死刑なんだってよ。おーこわいこわい。
 
 
「ええ、政府所属の人間ですから、大丈夫です」

「ぎょわ!」


 バキュンとまた撃たれる。こえー、さいきんのこどもはナイフのように尖ってるなぁー!
 
 紙一重でよけてそのまま後ろに飛ぶ。きょうはもうエネルギーそんなにないからたたかえない。
 
 
「よくわかんないんですけど、アナタの所属する『チーム』というのは政府の優先度1位の殲滅対象になっちゃいました。今日付けで」

「それはひどい。だれが決めたそんなこと!」

「アナタに言う必要はないです、それにしても幸運です。命令されたその日に一人殺せるんだから」

「うおっちょ!」


 逃げる! もう逃げる! 今日はちょっと負けちゃうかもしれないから逃げる!
 
 さっきよりめたくちゃ速く跳んで逃げる。
 
 
「鷹の目」


 いっしゅん何か委員長! ぽい子が呟いた。

 その言葉を無視して、もう100メートルは逃げたかってところで、なんか撃たれた。
 
 みぎかた貫通、血ドバ! なんじゃこりゃぁぁぁ! って感じ、痛い。
 
 これがあの子の異能かぁ。これはまずいな、それよりまず病院かな。えっとじゃああの人に電話しないとな、電話をピポパっとな。


▽△


15終了。さわり書かずにここまで長く書いたのはじめてかも。
次はヒーローキャラの話を2話か3話くらい書けたらいいと思います。
しょせんミズキは脇役、ボスクラスには歯が立たない。
誤字脱字指摘してくれると嬉しいです。
コメントしてくれると喜びます。それでわ次回まで。


追記

誤字脱字修正!



[4284] けいだん。16―相手がわるかったな!―
Name: 歩(ホ)◆429b8219 ID:06335ec5
Date: 2009/01/14 20:36
1。


 一部、または一区域の管理者が本社に呼ばれることはそう珍しいことでは無い。業務功績、異能診断、機密事項の報告、特殊な仕事の受注など多岐に渡って出向かないといけない理由があるからだ。
 
 それが全区域の管理者を呼ぶ事態ともなると、それは2年に1回あるかないかの大イベントであり、あまり歓迎すべき事柄では無いのが常だ。
 
 指定された本社の大会議室とも呼ぶべき場所に着いた時には、8割方の管轄者が揃っていた。
 
 管轄者の男女の割合は、まさに老若男女問わずとも言うべき状態で、屈強な体格をした大男も居れば細見の女性も居る。
 
 誰もがC判定以上の異能者であり、現在目測で総勢300人ほど居る。
 
 これだけの異能者が居れば日本全土を焦土に変えることだって不可能じゃない。
 
 予め割り振られた席へと移動して、時間までゆっくりする。……となりの人間がかなり血の気の多そうな人間で、歯ぎしりと貧乏揺すりが気になる。
 
 僕も負けじと学生の頃に磨いたペン廻しを駆使して時間を潰す。
 
 そうこうしている間に、照明が落ちる。
 
 ここに来てから30分ぐらいが経っただろうか、それを考えると個性に富む神山の人間も根は真面目な人間で統一されているのかもしれない。
 
 ……タネを明かせば神山社長が極端に時間に真面目なため、一秒でも遅れれば半殺しされるからなんですけどね。
 
 僕ら全員の視界が効率よく集中する場所に神山社長が現れる。
 
 長身痩躯のスーツにメガネをした、いかにもエリートな容姿をした神山社長がマイクを数度ノックして感度を調べてから口を開く。
 
 
『おはよう諸君。―――今日、君達に集まってもらったのは少し特殊な要件だ。私としてはメールで一斉に送ればいいと思ったのだが、それは却下されてしまった』


 やれやれと言った様子で頭を抱える神山社長。
 
 事情は少しだけ聞いている。たしか神山企業創立メンバーの一人がわがままを言ったのだとか、政府側にも同じ要件で同じ人間がコンタクトを取ったらしい。
 
 神山社長がここまで頭を悩ませる人間というのはなかなか居ないんじゃないんだろうか。
 
 
『……紹介する。この企業の創立メンバーの一人、『今宮 エイリ』だ』


 今宮エイリ……聞かない名前ですね。苗字のほうは、知っている人間が一人ほど居ますけど、偶然でしょうし。
 
 社長が今宮エイリを促すように後ろへと下がる。
 
 が、今宮エイリの姿は見当たらない。どこからもやってくる気配が無い。ちなみに言うと僕から社長を見ると人差し指大の大きさだ。
 
 席に設置された社長を映す小型テレビがなければ顔色も確認できない。
 
 そして、さっきまで社長が使っていたマイクが、スルリと内側へと落ちた。
 
 
『ぅひゃあぁ!?』


 ゴインッ! とマイクが耳障りな音を撒き散らすのと同時に、マイクによって拡大された幼い声が会議室中に響く。
 
 ……子供?
 
 しかも女の子。いや、別に珍しいわけじゃないですけど、実際管理者の中にも数人小学生ほどの容姿の少年少女も居ますし。
 
 
『おい、神山ぁ! 喧嘩売ってんのかぁ!?』


 音割れしない勢いで絶叫する少女の声がマイクを通して僕たちの耳へと届く。正直な話、現状がつかめない。
 
 まわりも顔を見合わせたりしてこの場の疑問を解消しようと尽力している。声を出さない辺りは、まがりなりにも会社と言ったところだろうか。
 
 呆れた様子の社長が机の前でしゃがみ込んだかと思うと、一人の異様に長いストレートヘアーの少女を抱き上げて拾ったマイクを自分の口元へと寄せる。
 
 
『すまない。改めて紹介する。この少女が『今宮エイリ』だ。見た目はこのように小学生低学年ほどだが、これでも50を超えている子持ちだ。外見からはまるで想像できないと思うが、外見で判断してはいけないことは君達がいちば―――』


 今宮エイリと紹介された少女が社長に思いっきり頭突きを当てる。社長のメガネが割れるのと同時抱きあげられていた今宮エイリも落ちる。
 
 そしてさっきと同じことが起こった。
 
 倒れた社長を置き去りにして、今宮エイリが机の上へマイクと一緒によじ登ってくる。
 
 ひどく疲れた様子で机の上に仁王立ちした今宮エイリが、軽く喉を鳴らしてマイクをテストする。
 
 どうでもいいんですけど、その場所だとテレビのほうにパンツが丸見えなんですけど。となりの血の気の多い人、困惑しすぎです自重してください。
 
 
『ワタシが今宮エイリだ。二児の母だ。企業創立時には研究の部門に居た。いまは自宅で異能の研究をしている』


 さっきのお転婆な印象から打って変わって冷静沈着な大人な雰囲気を漂わせて自己紹介をする。といっても、机の上に少女が仁王立ちというシチュエーションのせいで、全てが台無しになっているわけなんですけど。
 
 
『まわりくどいことは言わない。君達にはやってもらいたいことがあるからここに呼んだ』


 そういうと今宮エイリは取りだしたリモコンを操作して、後ろにある巨大スクリーンに映像を映し出した。
 
 出てきたのはブレたり遠くから取られたような写真ばかり、しかしそれでも十分その中に映った人物が異能者だと分かる。
 
 僕も数人は写真越しにですけど、見たことがある。
 
 『チーム』と呼ばれる神山に属さない危険度Aランクの異能者集団だ。しかもその中のリーダーは、特A判定を受けている危険人物だ。
 
 この集団の目的は今のところ判明していないが、積極的に神山関係者を狙っているというのはわかっている。
 
 今宮エイリが写真に映った人間を一通り説明し終えたと思うと、憎しみと怒りが混ざりあった少女とはかけ離れた表情へと変わる。
 
 
『今日付けでこの『チーム』を優先度1位の殲滅対象とする。政府側にもまったく同じ命令をしている。今日から動き出してくれることだろう』


 その発言に会議室全体がザワつく。『チーム』個々の異能者の能力自体高く捕獲はおろか殺害もままならない。数人がよれば、それこそ歯が立たなくなるような相手だ。
 
 一種の災害のような奴らを相手に何人の同胞が死んでいったか、わかったものじゃない。
 
 この調子だと、この中からチーム追跡用の部隊が編成されることは確定だろう。
 
 いかにも怒りましたと言った様子の気丈そうな女性がエイリに近寄って、意見しようとした瞬間。彼女は地面に出来た黒い沼に飲まれた。
 
 
『君達に拒否権は無い。逆らったら殺す。意見する奴も殺す。だが安心しろ、ワタシも動く、最前線でな』


 さて、選ばれるのが幸福なのか選ばれないのが幸福なのか。どっちなんでしょうね、僕。


2。


 ザクザクと肉を切る音、ズリュズリュと何かを引きずり出す音が、俺の耳を通して頭に入って脳で反響する。


「―――ハッ……! ハッ……!!」


 俺は学校指定のカバンを胸に強く抱きしめて、音の発生源である公園のトイレの裏で震えていた。
 
 息がうまくできなくて吸って吐く行為が極度に短い間隔で繰り返す。気分は優れない、冷や汗が体全体から噴き出して立っているのか座っているのか、浮いているのかもわからない。
 
 ただ、トイレの中で行われている惨劇の音をその耳に受け止める。
 
 
『ぁ……ぅ……たす、……けて……』


 『妹』の声がした。蚊が鳴くように小さく、耳を澄ませないと聞こえないような大きさで『妹』が呻いた。
 
 どうしたんだよ。はやく中に入って助けろ、まだ生きてるんだぞ、お前(俺)の妹だろ……!?
 
 助けてって、聞こえただろ。誰でも無い、俺の耳に聞こえただろ。世界でたった一人の妹を、助けないでいつ助けるって言うんだよ!?
 
 
『あらら? けっこうしぶといなぁ。ははは、楽しみがいがあるよ? ま―――、俺が異能者になるためだから、許してよ?」

『……なん……で、……ゎた……し……が?』

『前から狙ってたんだよ。だってさ君、可愛いじゃん。こう、グチャグチャにしたくなっちゃってさ、あっはっは! ご愁傷様~』


 中から聞こえる男の声が聞こえなくなった途端、ザクンッ! と音がした。
 
 そしてまたグチャグチャと音が響いて、擦れた妹の呻き声が何度も何度も聞こえた。
 
 次第に、妹の声は聞こえなくなった。そして、今後一生聞くこともなくなった。ドタッと膝が折れて腰が地面についた。
 
 そこで俺は初めて自分が立っていたことがわかった。……そんなの、どうでもいいじゃないか。
 
 それよりも、トイレから出てくる奴を捕まえないと、せめて捕まえて妹の前で謝らせないと、気が済まない。
 
 やれ、やるんだ。妹を殺した奴なんだ。遠慮なんかするな、殴り倒せ、命乞いをされるぐらいに痛めつけろ。
 
 
「ふんふんふ~ん」


 男が出てきた。鼻歌なんか歌って上機嫌に歩いている、何事もなかったように、それこそ良いことがあった後のように意気揚揚と。
 
 チャンスだ。これ以上ないくらいの、チャンスだ。
 
 飛び出して頭目掛けてカバンを振るえ、そのまま押し倒せ、殴りまくれ……―――!!
 
 ……どうした。はやくいけ、はやくしないと逃げられる。
 
 
「ハ……! ハ……!!」


 足が、動かない。
 
 
「ハ……! ハ……!! ……はぁ、はぁ……」
 
 
 男の足音が遠ざかる。そのまま、聞こえなくなる。
 
 ガクガク震える足で、トイレの壁に手をついて中に入る。
 
 個室トイレから真赤な血が染み出していた。明らかに公衆トイレ以上に何か別の匂いがした。
 
 
「うっ……!!」


 俺はその場で吐いた。あまりの気持ち悪さに、朝に食べたもの全てを吐き出した。
 
 
 まだ消化しきれてない原型を留めたトーストが赤い地面にベチャリと落ちる。胃液すらも吐き出して、俺は締められたドアのノブに手を掛けた。
 
 躊躇せず開けると、そこには妹が『あった』。
 
 刳り抜かれた瞳、裂かれた口、切られた舌、引きずり出された内臓が四方八方へと伸ばされている。
 
 
 気丈で生意気で、俺のことを兄と呼ばない『妹だった』ものがそこにあった。

 
3。


「―――うわぁぁぁあぁぁ!?」


 凄惨な光景から一転、見なれた自分の部屋へと変わる。
 
 荒くなった息が落ち着くまで待って、改めて周りのを確認する。家具の配置も、脱ぎ散らかした服も全部目をつぶる前と同じだ。
 
 
「くっそ……」


 頭をガリガリと掻き毟る。
 
 ……あの日以来、何度もこのことを夢に見る。脳に焼き付いた妹の最後の姿を忘れることができずに、同じことが瞼の裏で繰り返される。
 
 妹を殺した奴……女子供老人ばかりを狙った連続殺人事件の犯人はいまだ捕まっていない。
 
 過去の新聞やニュースで何度か取り上げられた話では、巧妙に証拠を消して十数件に渡る殺人を行ったうえでも指紋一つ見つからなかったらしい。
 
 その華麗とまで言える犯行に信者すら生まれる始末で、その犯人の最後の犯行の被害者が俺の妹だった。
 
 異能犯罪ではないために神山も捜査に加担せず証拠もない。手詰まりになった警察も、今となっては捜査人数も当時の10分の1以下らしい。
 

「シャワー浴びよ……」


 ビッショリかいた寝汗が気持ち悪くてしかたない。
 
 熱いシャワーで眠気覚ましもついでする。ベランダで乾かしたバスタオルで体を拭いて、昨日変えたばかりの下着を全部とっかえる。
 
 余計な洗濯物が増えてしまったけど洗ったらいいだけだ。
 
 ふと、何気なく部屋に掛けた時計を見る。
 
 
「げっ」


 時計の示す針を見て俺はギョッとした。寝覚めの悪さから、てっきりいつもより早く起きたと思ったら逆だったらしい。
 
 ちくしょう、あの夢は警告だったのか。
 
 時計が指し示す時刻は7時30分、あと10分の内に準備をしなければ遅刻確定だ。
 
 生徒のモラルは良いのに、置き勉すると教科書がなくなる不思議な高校なために毎回教科書を持ちかえらないといけない。
 
 めんどくさがって、毎回朝に全部の準備をする俺にとっては致命傷だ。
 
 急いで準備をしながら脱ぎ散らかした制服のズボンに足を通す。ゴッチャゴチャになってもうわけのわからない状態になって準備していると、突然チャイムが鳴った。
 
 
「ったく、誰だこんな時にっ! はいは~い、いまでま~―――げぶっ!」


 玄関へ向かおうと足を向けて一歩二歩と歩くが、穿き掛けのズボンに足を引っ掛けて顔面からフローリングの床におもいっきり激突する。
 
 それはもう熱烈と表現してもおかしくないほどに前のめりに部屋のフローリングとキスをする。
 
 ……めっちゃ痛い。前歯の歯茎がジンジンする。折れたかもしれない。
 
 それもこれも引っかかったズボンのせいだ! そうに違いない! ……寝坊した上でシャワー浴びた俺がわるいな、確実に。
 
 しかも、
 
 
「ピンポーンピンポーンピンーポーン!!」


 誰かは知らないけど、チャイム鳴らしまくった上に自分でもピンポンピンポンって言うな近所迷惑だろうが。近所少ないけどさ、俺の部屋の両隣空き室だし。
 
 聞こえる声からしてけっこう幼い女の子だ。なんだ、子供の悪戯かなにかか?
 
 疑問に思ったところで問題が解決されるわけでもなく、チャイムが連呼連打される。
 
 
「はいは~い! 今出ますよー!」


 言いきれなかったさっきのセリフを今度は言いきって、今だ鳴りやまないチャイムを鳴らす主のもとへと向かう。
 
 廊下を通りがかった人に危ない作りの押し開きの扉を開けて、あまり歓迎しない来客を出迎える。
 
 声で知った情報をもとに視線を下げると、ピョコンと一房のアホ毛を携えた女の子が居た。
 
 旅行にでも行くようなトランクス……間違えたトランクを引いて背中にも大きなリュックを背負った女の子は、なぜかいきなりいぶかしむ様に眉を寄せて俺を見る。
 
 
「あー……っと」


 どうしようか迷う。なんか雰囲気的にちょっと気まずい感じだ。
 
 俺が黙りこくっていると、女の子は視線を上下して品定めをするようにジロジロと俺を見出す。
 
 遅刻への焦りで静観していられなくなっきたので俺から話掛けることにする。
 
 
「あのー……どちらさま?」


4。


 反応はわかりやすく、いきなりハッしたように少し仰け反られる。
 
 少しオーバーリアクション気味だけど、大丈夫か? と思ったら、怪訝そうな目で見られた。そして女の子が口を開く。
 
 
「ミズキお兄ちゃん……けっこう童顔なんだね」

「……は?」


 な、なんなんだ。話がちゃんとキャッチボールしてないぞ、どちらさまと聞いたのにいきなりミズキお兄ちゃん童顔なんだねって……間違いなく初対面の相手に言うセリフじゃない。
 
 第一俺に妹はもう居ない、姉ならいるけど。……どうしよう、この子変な子だ。
 
 
「たしかもう成人したって聞いたんだけど、この外見はあきらかに中高校生……」


 勝手に話を進められて閉口してしまう。
 
 さらに数回言葉を重ねられてそろそろ、俺も喋るべきだと思った。
 
 
「多分、ひとちが」

「外で立ち話もなんだから、なかに入れてくれないかなお兄ちゃん? 外は寒くて寒くて」


 ブルブルと寒さを体で表現して中に入ろうとする女の子。
 
 
「お、おい、勝手に入んなっ!?」


 トランクとリュックをキャストオフした小さな体躯を生かされて、ブロックもままならず部屋の中へと侵入される。
 
 えええ、不法侵入? 家主の目の前で不法侵入? なんて大胆な奴なんだ。お兄さんビックリだよ。
 
 部屋の奥で勝手にちゃぶ台の対面に座る女の子。
 
 あまりの大胆さ加減に未知への畏怖が濃くなってきた。とりあえず女の子に距離を置きつつも近寄る。
 
 近寄った途端、またジーっと見られる。
 
 
「式はいつにするのお兄ちゃん?」


 反応を返す前にそんな爆弾発言を言われた。
 
 明らかに年端もいってない女の子と俺は結婚を前提にお付き合いしていたらしい。
 
 もうビックリしすぎてヤバい。ヤバいとしか形容できないくらいヤバい。
 
 俺はジリッと一歩下がって質問する。
 
 
「……ところで、お前だれなんだ?」


 その言葉を聞いて女の子がポンっと手を叩く。
 
 
「あ、そうだね。初対面だったね。わたしは『今宮 ヒノメ』、正真正銘お兄ちゃんの妹だよ?」

 
 ……一瞬『妹デリバリーサービス』とかいう意味不明な言葉が脳裏を奔った。……知らない内に変な通販でもしちゃったのかな、俺。
 
 もうどこから突っ込んでいいのかわからない。というか突っ込んでいいのか。
 
 『今宮 ヒノメ』ってまず俺と苗字が合ってないし、表の名前見てないのかこの子。
 
 とりあえず思った矛盾点から指摘していく。
 
 
「えーと、とりあえず俺には妹は居ない」


 正確には『もう居ない』だけど、そんなことこの子に言っても意味がない。
 
 「ほぇ?」とか言いそうな不思議な表情で見上げてくる今宮ヒノメとやらに、追撃するように言葉をつなぐ。
 

「それと俺の名前は『飛田 キョウヤ』だ。ミズキって名前じゃない」


 それで決着がついたのか、今宮ヒノメの表情が一気に強張る。ダッシュで俺の横をすり抜けて玄関へと飛び出す。
 
 多分家の表札でも見にいったんだろう。
 
 そしてまた、ダダダダッともとの場所に戻って驚きの表情を形作る。
 
 
「っごめんなさい!」


 ブンっ! と風鳴りが聞こえる速さで頭を下げられた。
 
 ……ちょっと面白いなコイツ。


5。


「ほんっとーにすいません……」


 私語から打って変わって丁寧語に切り替わった口調で、俺は今宮ヒノメにさっきから何度も謝られている。
 
 
「いやいいって、間違えるのも無理ないしさ」


 玄関口で必死の形相で頭を下げる今宮ヒノメをいさめる。
 
 今俺が住んでるこの部屋は、たしかに以前は『今宮 ミズキ』が住んでいたらしい。アパートの大家さんに聞いた話では、作りすぎた料理なんかを御裾分けに来るくらい、礼儀正しい良い子だったと評判だ。
 
 でも、半年ほど前に起こった異能犯罪に巻き込まれて失踪したとか。
 
 今宮ミズキを除く当時のアパート住人は全員殺されてその辺に死体が転がっていたから、死体が無いだけで今宮ミズキはもう亡くなってるかもしれないと言うのが有力らしい。
 
 大家さんとしては部屋を残しといてあげたかったらしいけど部屋の天井は大穴が開いて大破、もろもろの修理費やこれからのこのアパートの評判を考えるとなりふり構っていられないのが現状でこうなったらしい。
 
 どうりでトイレ風呂別・駅から徒歩10分・日当たり良好なわりに家賃が安いわけだ。事情を知ったら誰でも住むのを躊躇う。
 
 ちなみにこの部屋を選んだのは親父だ。堅物なくせにこんなとこだけ金ケチりやがって、そんな衝撃の事実今知ったぞ、俺がオバケとか幽霊とかを信じない性格で良かったな親父。
 
 その条件を飲んでこその人物がこのアパートに住んでるわけか、人が少ないのも頷ける。
 

 それと、不思議なのは今宮ミズキがもう死んでるのかもしれないと聞かされても、一向に信じようとしないこの子だ。
 
 「お兄ちゃんは絶対に死なないもん!」と確固たる意志を持って兄の死を否定したために、大家さんも困っていた。
 
 何故かと聞くと「どうしてもです!」と強い口調で言われてしまったので俺としては、それ以上どうと言えなかった。

 それにしてもこの子には気になる点がある。
 
 それは兄とは初対面で、顔も知らないということだ。兄の事は母(エイリと言うらしい)から何度も聞かされて、将来の結婚の相手はずっと兄だと言われていたらしい。
 
 今宮ヒノメとしても兄と結婚するのには異存は無くむしろ大歓迎なのが、今までのこの子の言動から伺える。……ただの世間知らずだと言えるのかもしれないけど。
 
 当然ながら血縁の者が結婚するのは法律で認められていない。
 
 今宮家の家庭の事情が全然想像できない。十人十色なこの世だから、母が兄と妹の結婚を決める家があるのもあっていいのかもしれない。
 
 だけどそれも俺が口出しできることじゃないので今宮ヒノメには言わない。
 
 
「……うぅぅ。本当にすいません。お兄ちゃんが見つかったらまた改めて謝りに来ます……」
 
 
 置いていたリュックとトランクを持って、改めて俺にお辞儀をするヒノメ。心底憔悴した顔が、なぜか俺の罪悪感を掻きたてる。
 
 
「それでわ……」


 と、元気が失せた姿勢でトボトボとその場を去るヒノメを、兄が見つかればいいなと願いながら手を振って見送る。
 
 ……それにしても、不思議体験したなぁ、学校の連中に言っても絶対に信じてもられないだろうな。
 
 って、学校……時間は!?
 
 急いで部屋に戻って時計を確認する。
 
 
「8時……37分……」


 遅刻確定だ。あまりの非常事態に時間の概念を忘れていた。
 
 中断していた準備を再開させて、急いで、ダッシュで、学校へと向かう。今ならまだ2時間目には間に合うはずだ。
 
 ―――……まぁ、健闘空しく2時間目にも間に合わなかった。
 
 学校には遅刻届を進呈されないように目立たない校舎の裏の柵を乗り越えて登校する。侵入とも言う。
 
 現在進行形で授業が行われる教室の後ろの扉静かに開けて、ゆっくりとホフク前進で最後列窓際の席へと向かう。この作戦が成功すれば俺はカメレオンの称号をゲットできるはずだ。
 
 ズルズルと下半身を率先して雑巾代わりにして進む。
 
 
「……お?」


 気付いた数人の同級のみんなにアイコンタクトを送って黙ってるように促す中、友人の『ヤヒコ』が俺の存在に気づく。
 
 さっきと同じようにヤヒコにもアイコンタクトを送る。が、送った瞬間、猛烈にヤヒコの口端が釣り上がった。
 
 これは―――……終わったな。
 
 
「せんせーい! キョウヤ君が来ましたー!」


 ビシッと手を上げて黒板に文字を書いていた先生をこっちに振り向かせるヤヒコ、コイツ……後で殺す。
 
 そう心の中で誓ってすぐに飛んできた教科書が脳天にヒットして、次に気が付いた時には俺は生徒指導室に居た。
 
 
6。


 遅刻届を貰わずに校舎の柵を乗り越えて侵入したことがバレて、遅刻と二重の罰を受けることになった俺は特別指導という虐めを4時間目の終わりまで受けさせられた。
 
 ちなみに遅刻の原因となった今朝の出来事を言っては見たものの、「それ何の漫画?」と軽く一蹴された。
 
 ……ホントなのに、まるっきり信じてもらえなかった。
 
 げっそりした頬で教室に帰ると、何事も無かったように昼飯の弁当を食ってるヤヒコが俺を出迎えていた。
 
 たしかコイツの弁当って妹の手作りなんだよな……かなり手も込んでるし、仲の良いことだ。
 
 
「で、それ何の漫画だよ?」


 先の裏切り行為を殴り合いで発散させた後に、遅刻の原因を生徒指導室の先生に話通りに説明すると、まったく同じ反応が返ってきた。
 
 嘘偽りの無い真実を言ったのにこの対応、いらただしいことこの上無いけどもし俺が逆の立場だったらと思うと、やっぱり信じないだろう。
 

「お前ももっとマシな嘘つけよなキョウヤ。おばあちゃん助けたと、か交通事故に巻き込まれたとか」

「……事実なんだからしょうがないだろ」

「あーはいはい」


 可哀想な物を見るような目で見られる。くっそ、その気持ちがわかるからさらにムカつく……!
 
 後の授業がいつも通り平和に受けれて放課後へと時間が流れる。
 
 ヤヒコと他愛もない話をしながら校門へと出ると、目の前にヤヒコの妹が壁に背をついて兄が現れるのを待っていた。
 
 夕日で赤く染まった校舎から出てきたヤヒコの姿を確認するなり、ヤヒコ妹が駆け寄ってくる。
 
 
「兄ちゃんいっしょに部活いこっ」

「おう」

「んじゃ俺は帰るわ」


 俺は帰宅部でヤヒコとヤヒコ妹は弓道部だ。家は近いけど毎回部活で、テスト期間以外にいっしょに帰ることはない。
 
 教科書を詰めたリュックを担ぎ直して駆け足で帰ろうとするとヤヒコ妹に声を掛けられる。
 
 
「キョウヤさん」

「ん? なに?」

「さようならです、また明日! ほら、兄ちゃんも」

「じゃあなキョウヤ、明日は遅刻すんなよ?」


 元気良く手を振られる。このヤヒコ妹のイメージは犬だな、と前々から思う。
 
 ニヒヒと笑うヤヒコともども手を振ってその場を去る。
 
 少し、気分悪い。
 
 朝の夢、今朝の女の子、さっきのヤヒコ妹が重なって俺の体調を精神的に乱してるのかもしれない。
 
 帰る頃には夕日も沈みかけ、夜の闇が反対側から迫ってきていた。
 
 疼くような頭痛に頭を軽く抱えて岐路の街中を辿っていると、一瞬何かが視界を掠った。俺は思わず首を振って、ソレを探す。
 
 時間はかからず、ソレはすぐに見つかった。
 
 
「……あの子」


 ……今宮ヒノメは背負ったリュック引きずったトランクなど朝見たままの姿で、そこに居た。
 
 老若男女を問わず、近くに通る人全てに話かけ、すぐにションボリして別の人へと話かける。どこか急かされたような様子な今宮ヒノメが目に止まった俺は親指ほどの大きさに見えるほど離れたヒノメへ歩み寄った。
 
 多分、兄の今宮ミズキのことを聞いているんだと思う。
 
 俺になにができるわけでもないけど、勝手に足が動いた。―――そして、それはすぐに駆け足へと変わる。
 
 それはヒノメが話掛けた相手が明らかに怪しい奴らだったからだ。ヒノメを見つけた時からずっと、目の端で品定めするようにヒノメを見ていた俺よりも年が上のチャラチャラした奴ら。
 
 話しかけたヒノメは奴らの返事に求める物があったのか、さっきまでの焦りの表情が一点して少女らしい晴れた笑顔になる。
 
 リーダーぽい奴の案内で路地へと消えていくヒノメ、それを逃げられないように囲む取り巻き達が俺の予感を確定させる。
 
 完全に姿が見えなくなったヒノメに追いかけて路地へと走る。
 
 飛び込んだ路地にヒノメの姿はなかったけど、取り巻きの一人がさらに別の路地に入るのが見えた。
 
 それに俺も続く。
 
 
「……おい」


 決定的瞬間だった。怯えたヒノメにナイフを突き付けるチャラ男の光景が目に映る。
 

 
7。
 
 
「……っおい!!」


 さらに声を張り上げて注目させる。こっちをみた全員が見下した目で俺を見ている。
 
 もう明らかに犯罪の臭いは拭えない。そこに居るヒノメの姿が、全てを物語っているから。
 
 数人の男に囲まれて恐怖した少女。どこに疑問を抱く余地がある。
 
 味方をする側なんか決まっている。
 
 
「……キョ、キョウヤ……さん」

「待ってろ……!」

「……う、うん」

 
 その少女の返事に後押しされて、俺は駆け出した。
 
 殺された妹とは別段仲が良かったわけじゃない、むしろ悪かった。思春期特有の喧嘩ばかりして、名前を呼ばれる時も『兄』がつく言葉で呼ばれたことはない。
 
 でも家族が死んで、悲しまない人間は居ない。俺は悲しむ以上に、やるせなかった。
 
 自分に嫌悪した。弱かった自分がとてつもなく嫌になった。
 
 妹の命と自分の命を天秤にかけて、自分の命を取った俺が憎かった。
 
 過ぎた時間は戻せない。妹は生き返らない。そんなことはわかっている。
 
 
 だからいつか助けを求められた時がもし来たのなら、今度こそ助けてみせる……―――!!
 
 
 一番近くに居た奴に飛びかかって顔面に、強く握り込んだ拳をめり込ませる。
 
 鼻の骨を折った感触がした。
 
 
「おっらぁ!!」


 腰を回して地面を突いた足に力を込めて思いっきりぶっとばす。
 
 続いて斜め前に居た奴が振るってきたバタフライナイフを屈んでかわして、ガラ空きになった顎に目掛けて拳を振り上げる。
 
 半開きになった下顎の歯が上顎の歯にガンッ! とあたる。直撃だ。
 
 背伸びしたように仰け反った奴を無視して、驚いた様子の三人目の頬を狙って拳を飛ばす。
 
 ゴリ、と指の部分にソイツの歯が当り血がにじみ出る。
 
 
「痛っ……!」

 まだ倒れないソイツを、もう片方の腕でアッパーを繰り出して意識を狩り取る。

 手を振って拳の痛みを振り払う。残すは目の前の一人。
 
 仲間がやられたのに軽い調子で口笛を吹いたソイツは、見た目通りの口調で喋り出す。
 
 
「へぇへぇへぇ~? やるじゃんやるじゃん。あの一瞬で三人、すっごいね君。なに? 喧嘩けっこう場数踏んでる?」

「うるせぇ……!」


 軽口をあしらって最後のソイツに駆ける。
 
 
「でも相手が悪かった」


 ソイツが取りだしたペットボトルを逆さにして中に入った水を零すと、水は地面には落ちず複数個の球体になってソイツの周り漂う。
 
 摩訶不思議な出来事に走り出した足を止めると同時に、ソイツは俺を指差した。
 
 
「俺は異能者なんだよ」
 
「―――……!!」


 咄嗟に両腕全体を使って顔面を覆う。
 
 ドウッと音を立てて飛んできた水球が俺の肩へと直撃する。ただの水だというのにハンマーで叩かれた様な衝撃に襲われる。
 
 続いて一発二発三発と体に当たり俺の体が後ろへと飛ばされる。
 
 青いゴミバケツを巻き込んで中身を散乱させながら転がり、壁に背中をぶつける。
 
 
「どう? 俺の水弾。痛いっしょ」

「キョウヤさんっ!!」

「はいそこ黙る」

「ひっ」


 浮かべた水球でヒノメを脅すソイツは、たしかに異能者だ。
 
 ……なら手加減する必要はないな。
 
 俺は異能を発動させる。
 
 勢いをつけて起き上がると、ソイツは俺を睨む。中指を立てて、挑発する。


「……上等じゃん。食らえっ!!」


 展開させた力場を押し広げる。
 
 広がった力場に触れた水の弾丸は、グンッ! 方向を真下に変えて地面に落ちる。
 
 水弾が潰されたソイツは驚きの表情をあらわにする。
 
 
「相手がわるかったな!」


 ソイツ目掛けて手をかざし、グイッと『引っ張る』。
 
 
「お、おぁぁぁ!?」


 飛んできたソイツを確認して、振りかぶる。そして、射程に入ると同時に捻りを加えて思いっきり腕を振るう。
 
 
「俺も異能者なんだよっ!!」

 
 加速しあった拳とソイツの顔面が当たり合い。ソイツの奥歯を砕く。


▽△

2。の部分が気に入らなかったので、話が早く転ぶように書きなおし。
16終わり。今なら空を飛べそうです。



[4284] けいだん。17―すごくきれいな人でしたね!―
Name: 歩(ホ)◆429b8219 ID:06335ec5
Date: 2009/01/14 20:37
1。


 異能っていうのは毒だ。もともと人が持ってちゃいけないモノなんだろう。
 
 居るかどうかは定かじゃないけど、異能というのは神様の持ち物だと俺は考える。人を超えた神、その神としての力が異能。
 
 人という入れ物に異能が入る余地なんてない。
 
 その入れ物に異能を無理矢理押し込めるから、歪みが起こる。初めは軽くヘコむくらいだけど、だんだんと力が強くなるにつれて形が変わり、いつかはヒビが入る。
 
 上位異能者に奇人・変人が沢山いるのはそれが理由なんだろう。証拠なんてあったものじゃない、ただの俺の想像だ。
 
 でも、実体験でもある。
 
 当時、異能を持ってなかった時の俺は妹に嫌われてもなんとも思わなかった。ただ、兄妹って言うのはこういうものなんだろうと考えていた。
 
 妹が殺人鬼に殺されても、俺は妹に対するどこから出てきたのかもわからない少しの罪悪感に苛まれはしても、殺人鬼側には何も感慨は浮かばなかった。
 
 表に出る感情はおろか頭の中の感情までも偽物だ。世の中に必要最低限な感情を出す人形、いつも俺はその人形を冷ややかな目で見ていた。
 
 無気力に、無自覚に、無感動に俺は流水の中の小石のように流れに逆らわずに当たり障りの無いように生きていた。
 
 それが『本当の俺』だったんだろう。
 
 その『本当の俺』もつい2・3年前だというのに遠い昔のように感じてしまうほどに、俺の中で異変が起こる。
 
 目覚めたのは妹の葬式が行われる数日前だ。前置きなんてない。突然だった。
 
 一般人から異能者へと昇華する節目、天啓を聞いた時から俺は変わり始めた。
 
 葬式当日。俺は妹の写真の前で汚らしく嗚咽繰り返し、咽び泣いた。心の底から悲しんだ。もっと優しくしていればと後悔した。
 
 そして殺人鬼に対してもある一つの感情が沸いた。
 
 怒りだった。人を殺すのは悪だと、やって良いことと悪いことがあると、だから人殺しを許さないと、続々と頭に言葉が浮かんだ。
 
 これは誰だ? と俺は思った。偽物じゃなかった、まるで本物だった。本当に俺は悲しんでいた。
 
 その時から自分でも驚くほどに感情的になった。よく泣き、よく笑い、よく怒った。
 
 初めて出会った人には元気な人だと言った。過去の俺を知る人は俺を気持ち悪いといった。
 
 いまでは流石に落ち着いたけど、過去の自分よりはよっぽど人間らしくなった。
 
 
「……ぐぁ」


 殴り飛ばされて、さっきの俺と同じように壁へ衝突して異能者のチンピラはガクリと頭を垂らした。
 
 俺の異能は物理操作系の『念動力』、手を触れずに物を動かすポピュラーな異能だ。同じ物理操作に属する火や水、風や電気の操作も元を辿れば念動力だ。
 
 
「はっ……はっ……ふっ、ふぅ」


 異能を使った反動で来た疲労感を呼吸と一緒に吐き出す。
 
 辺りを見渡せば死屍累々……いや、誰も死んでないな、皆気絶している。歯が折れたり砕けたりしてるぐらいだろう。
 
 だけど、それも自業自得だ。
 
 今宮ヒノメを見ると、驚いた様子からハッとしたように戻って、俺へと駆け寄ってくる。
 
 
「なんかされたか? 怪我とかないか?」


 俺の言葉にプルプルと首を横に振る今宮ヒノメ。アホ毛がすごい勢いで揺れる。
 
 近くで見てもこれといってもヒノメに異変はない。あの状況になってすぐに俺が来たからだろう。
 
 
「ありがとうございます! キョウヤさん異能者だったんですね!」


 興奮した口調でブンッと頭を下げられる。感謝されるってことは中々気分が良いものだけど、場所が悪い。
 
 倒れたチンピラ達が転がる中でこのまま話を続けるのはよくない。
 
 
「いや、とりあえず場所変えようぜ、コイツらもいつ起きるかわかんないしさ」


 ヒノメは「あ……」と声を漏らして辺りを再確認すると体縮めて小さくなる。
 
 ……やっぱり、一時的な興奮で恐怖が引っ込んでただけか。
 
 ヒノメが背負っていたリュックを代わりに担いで、人目につく大通りへと出る。
 
 そこで俺はヒノメのさっきの事情を聞いて予想通りの答えが返ってきたことに、頭を抱えた。
 
 
「……俺が言えることかはわからないけどさ、ちゃんとした確認も取らないで知らない人についていくのはダメだぞ。特にああいう奴ら、一目で怪しく感じるだろ」


 会って半日そこそこの子に説教するのはどうかと自分でも思うけど、これは人としての一般的な常識だろう。
 
 言って間違いはないはずだ。世の中の先人たちが口を酸っぱくして言ってきた言葉なのだから。
 
 素直に反省してるのかヒノメはションボリと肩を落とす。
 
 
2。
 
 
「―――で、お兄さんのミズキさんは見つかりそうなのか?」

「ううん、ぜんぜんです」


 俯いたまま首を横に振られる。
 
 まぁそうか。失踪して半年も経っている人がそう簡単に見つかるはずがない。最悪死んでる場合だってあるんだから。
 
 といっても俺に出来ることは限られている。
 
 見つかるのも絶望的な人探しを手伝うか、ここで一時的にでもいいから探すのを諦めさせるか、だ。
 
 当然、俺は後者を選ぶ。
 
 日も落ちた今から手伝うなんて無理だ。まず警察・神山双方が探していて、今だ見つかっていない人だし。
 
 
「今日のところは諦めたほうがいい。神山のほうも探してるし、すぐに見つかるさ」

「でも……」

「それにもう暗い。さっきみたいなことが起こったら、今度は助けれないかもしれない」

「でも」

「お母さんだってしんぱ……」


 また「でも」と言うヒノメに重ねるように喋ろうとすると、俺の言葉を弾いて大きな声で言葉を紡いだ。


「でも、私は子供を産めるからだになりました! お兄ちゃんの子供を産むのが私の使命だから、だから待っていられないんです!」


 爆弾発言とはこのことだと言わんばかりなヒノメの発言を聞いた周りの人達の白い目が、俺へと集まる。
 
 一瞬にして俺の居場所が無くなる。「もしもし警察ですか……」とかなに通報しようとしてるんだ。
 
 
「じょ!?」
 
 
 冗談じゃない。ふざけるな、俺が何をした。
 
 
「ん、あれ? 皆さんどうしたんですか?」


 自分の言葉の意味をわかっていないヒノメは頭に疑問符を出して辺りをキョロキョロと見渡す。
 
 俺は降ろしていたヒノメと自分の荷物を左に、ヒノメを右に抱えてその場をダッシュで立ち去る。
 
 帰宅路を猛然と駆け抜けて、人の少なくなった場所でヒノメを降ろした。
 
 さすがに両脇に物を抱えて走るのは堪える。膝に手をついて、息も絶え絶えになりながらも口を開く。
 
 
「いいか、人前で……特にああいう人通りの多い所で生命の神秘的な何かを言うのはとってもいけないことなんだ。……わかったか?」

「そ、そうなんですか。知らなかったです」


 知らないのか。どこかのお嬢様なのかこの子、世間知らずにもほどがあるだろ。
 
 いったい親はどんな教育をしているのかこの目で見てみたい。
 
 
「とまぁ、そういうわけだ。今日のところは家に帰れ」

「うん。わかりました」

「んじゃ俺は帰るから、気を付けて帰れよ。タクシーはここに来た方向を逆に戻って大通りに出たらいっぱいあるし、電車はあっちにいけばすぐにみえるから」

「うん。ありがとうキョウヤさん」

「いいって、じゃあな」


 俺はその場で手を振ってヒノメから背を向けた。
 
 帰る途中にコンビニへ寄って今日の晩飯を買う。一人暮らしを始めて半年が経つけど、自炊だけは上手くできない。米ぐらいは炊けるってレベルだ。
 
 あの時の水弾の当たった場所も痛いし、飯食ったら今日は早く寝よう。
 
 いつも妙に住人が少ないと疑問を感じていたがその謎が解けたアパートへと辿り着き、俺はポケットから自分の部屋の鍵を取り出す。
 
 施錠を解放して部屋の明かりをつける。半年前は部屋が大破してたらしいけど、いまじゃそんな影は一つも見つからない。綺麗なものだ。
 
 テレビをつけて部屋に賑わいを持たせる。
 
 冷蔵庫の中の麦茶を取り出して、コップを二つ持って机の上に置く。
 
 二つのコップになみなみと麦茶を入れて一つを俺に、もう一つを目の前の人物の前に置く。
 
 温めてもらった弁当を冷めないうちに取りだして割り箸を割って、で―――
 
 
「―――で、なんでお前はついて来てるんだ……?」


 コップを口につけて傾けるヒノメに問いかける。


「なんで、って言われても……」


 んー、と腕を組んで考えるヒノメ。俺そんな難しい質問したっけなぁ。


「俺今日なんて言ったけ?」
 
「ちゃんとした確認も取らないで知らない人についていくのはダメだぞ。特にああいう奴ら、一目で怪しく感じるだろ」

「うん。それって一応だけど俺も含まれてるんだよね」


 ポン、と手を叩くヒノメ。
 
 
「そうだったんですか!?」

「言わなくても気付け!!」


2。


「だからなぁ……ヒノメのお兄さんはすぐには見つからないんだよ。警察だって神山だって必死に探してるんだぞ、それでも見つからないんだから言っちゃ悪いけどヒノメ一人じゃ無理だって」


 若干ループしているような会話を続けて早5分。
 
 ヒノメは頑なに帰ることを拒んでいる。
 
 荷物から見ても遠出っていうことはわかる。一度帰ったらまた来るのは難しいだろう。
 
 話をしながら弁当を突っついていると、ヒノメが物欲しそうに弁当を見てくる。……うわヨダレ。
 
 エビフライを箸で持って右へ左へ動かすとそれを目で追いかける。
 
 俺はため息を一つ吐いてビニール袋からオニギリを取り出す。
 
 
「食うか? オニギリ」

「あ、ありがとう……ございます」


 机の上に転がすと、遠慮気味に受け取られる。
 
 しかしこの子は私語なんだか敬語なんだかどっちよくわからない話方をするな、俺との距離を図りかねてるのか。俺からしたらどっちでもいいんだけど。
 
 遠慮気味に受け取ったヒノメは、小さな口を大きく開けて目の前のオニギリへかぶり付こうとする。
 
 
「!?」


 と、俺が驚いて腰を浮かせるが、時すでに遅かった。ヒノメはオニギリを包装紙の上から齧りつく。
 
 不思議そうにオニギリに齧りついたまま俺を見上げたヒノメは、オニギリを噛みきろうと口をモゴモゴとさせている。
 
 とりあえず静観する。いや、現代社会を生きる人間としてあまりに非常識な行動に固まりざるおえなかったと言う方が、正しい。
 
 眉を目まぐるしく上下させて奮闘するヒノメ、それを見守る俺。
 
 くっきりと包装紙に歯形がついたオニギリを取りだしたヒノメが口を開く。時間としては1分もしなかったけど、それ以上に長く感じた。
 

「……このオニギリ食べれないです」


 唾液でテカっているオニギリを両手で差し出して俺に返そうとする。……いや、さすがに汚いから受け取りづらい。
 
 まず頭に浮かんだ疑問を晴らそう。そうしよう。
 
 
「食い方知らないのか?」


 そう問うと、質問の意義を図りかねたのか首を傾けられる。
 
 この子世間知らずにも程があるだろ、もうお金払ってもいいから両親の教育を見てみたい。
 
 いや、逆に言えばインスタントオニギリなんて食べなくていい生活をしてるとも言えるか。
 
 歯型のついたオニギリを受け取ってティッシュで唾液を拭きとる。そして誰もが一度はやったことのあるいつもの方法で包装紙を破る。
 
 黒い海苔で包まれたオニギリを露出させると、ヒノメは「おおっ!」と驚いてパチパチ拍手をする。
 
 一波乱あった晩飯を済ませても、帰る帰らないの問答は続いた。
 
 で、結局ヒノメは俺の部屋に泊まる気だったということが判明した。予想通りホテルに拒否されたらしい。
 
 とうぜん帰らせるために俺は拒否した。チンピラ達から助けはしたけど、兄探しまで協力するとは言っていない。
 
 既に息子が行方不明な上に娘まで居なくなったら、両親もめちゃくちゃ心配するはずだ。
 
 本心を言えば手伝ってやりたいけど、捜す人間は行方不明。何回も言ってるけど、俺達だけでみつかるような簡単なものじゃない。
 
 
「ということで帰れ」

「帰らないです!」


 なんだこの状況。もう完全に話がループしている。
 
 
「うー」

「唸ってもダメだからな」

「がー!」

「吠えてもダメだ」

「……わかりました」


 ……やっと諦めたか。と思ったけど、次にヒノメが言った言葉で俺のほうから折れてしまう。
 
 
「素直に外で寝ます」


3。


 ヒノメの自宅に電話を掛けて出たのはヒノメの家の家政婦なる人だった。
 
 両親……といっても母の方しかいないけど、は今は仕事の関係で連絡がつかないそうだ。片親は稼ぎのこともあるし大変だな。
 
 ヒノメのことについてはヒノメ自身の意思を尊重するようにとヒノメの母に言われてるらしく、簡単に俺の部屋に泊まることを許可された。
 
 あまりにあっさりとしすぎだから逆に俺の方から色々と噛みついてしまった。

 俺のほうからしても泊まられて損するわけじゃないから別にいいんだけどさ。
 
 といっても、さすが何日も泊られるわけにはいかない。明日には迎えに来るように言っといた。ヒノメも何とか言い包めて明日帰るように説得した。
 
 こんな状況でもお人よしで行けるのは、以前の俺からじゃ考えられないな……。
 
 予備の布団を台所に敷いて、寝る前に俺はずっと気にかかっていたことを聞いてみることにした。
 
 
「ヒノメはなんでお兄さんと結婚するんだ? ……それに子供を産むとかなんとかって」


 後半の部分は声が小さくなる。いや流石に下半身的なことを少女に聞くのは恥ずかしい。一歩間違えたらセクハラだ。
 
 でもヒノメ本人はいたって真面目に言ってことだから聞いても大丈夫なはずだ。
 
 その言葉を聞いてヒノメは難しい顔した。が、すぐに元に戻る。
 
 
「お兄ちゃんは失敗作なんです。で、私はそのお兄ちゃんの失敗した部分を直すための部分なんです。子供を作るのはお兄ちゃんと私で完成品をつくるためなんです」

「……は?」

「なんでもないです。おやすみです」


 訳のわからない言葉の連発に固まった俺を無視して、ヒノメは布団を被った。
 
 失敗作? 完成品? 意味が全然理解できなかった。……まぁいいか、気になるけど相手はまだ子供だし冗談だろう。
 
 考えてもしかたないし寝よう。
 
 んでもって朝。昨日買った朝飯を二人で分けて食べる。今日は土曜日で学校は無い。
 
 昨日の大通りに出て、俺はヒノメの聞き込みを近くで見守る。多分、というか確実に無駄な行為だけど、それ以外に方法がないのだからしかたない。
 
 熱心に通りがかる人に兄のことを聞くもやっぱり収穫は無い。
 
 
「ホントですか!!」


 休みを入れようと自販機で飲み物を買おうとその場を離れようとすると、ヒノメの大きな声が聞こえた。
 
 また変な奴らか? とも思ったけど、こんな人通りの多い休日の昼に現れるとも思えない。
 
 駆け足でヒノメの元に行くと、ヒノメの目の前には見たことのある人物が立っていた。
 
 
「あ、キョウヤさんキョウヤさん!」 
 
 
 俺を見つけてピョンピョンとん跳ねて手を振られる。
 
 そんなに交流が無いからどんな親しいわけじゃないけど、さすがに同じ学校の同じ教室に授業を受ける仲だから名前ぐらいはしっている。
 
 長い黒髪を背中まで伸ばした物静かな雰囲気のする同い年の女子、たしか名前は『此花 マドカ』だったはずだ。
 
 教室ではいつも読書をして誰とも話をしないため浮いている存在だ。顔はかなり整っていて、男子から告白されるとこを目撃したことがある。玉砕してたけど。
 
 俺の姿を見て此花マドカは瞬きを数回する。特に驚いたといったわけじゃなさそうだ。
 
 
「あ……ーと、此花さんだったけ?」


 軽く顎を引いてコクリと頷かれる。
 
 
「あれ、キョウヤさん知り合いですか?」

「ん、まぁただのクラスメイト」

「そうだったんですか! ……あ! キョウヤさんそれでですね、此花さんがお兄ちゃんの居場所を知ってるらしいです!」


 ヒノメの言葉を聞いて、俺は此花マドカに向きなおる。
 
 
「この子のお兄さんを知ってるってホント?」

「うん」


 またコクリと頷く。
 
 ……嘘をつくような人間じゃなさそうだし嘘をつくメリットも無い。でも信じれる情報かと言えば微妙だ。
 
 半年も行方不明の人間の場所を知ってるなんておかしいしな……、この場合どうなんだろうか。
 
 
「なんで知ってるの?」

「それは言えない」


 思わず首をかしげてしまう。言えないって……なんだ? わからん。
 
 今のこの段階じゃわからないな……深く考えないほうがいいか、場所を聞いて怪しい場所じゃなかったら行ってみよう。
 
 
「まぁいいや、ミズキさんにはすぐ会えるのか?」

「会える」

「何処に居んの?」

「○○病院の801号室」


 ……ん? けっこうすぐ近くだな、ここから歩いて20分もかからない。
 
 でも病院って……怪我でもしてるのか? それ以前に入院してるんならもう身元もバレてるはずだろ。嘘か……いや、初対面の相手に嘘をつく人間もそう居ないだろ。
 
 多分だけど、人違いか何かだ。
 
 やっと見つかった情報だし、考えても仕方無い。俺も居るし危ない場所でもないし、行ってみよう。
 
 病院の場所もわからないのにどこかへ行こうとしてるヒノメを抑えるのも面倒だしな。


4。


「801号室はえーっと……こっちです!」

「あ、おい待てって」


 病院の案内板を見たヒノメエレベーターへと直行する。ヒノメの荷物は俺の家に置いてあるから身軽になったためにすばしっこい。
 
 兄へと繋がる手掛かりがあるかもしれなから当然か。
 
 でも、はっきり言って期待しないほうがいいだろう。何度も言うけど、相手は行方不明なんだ。そう簡単に見つかるはずがない。
 
 ましてや公共の施設で身分証明が必要となる病院に居るのは確立が低い。
 
 一人でつっぱしろうとするヒノメを異能で引きよせて、手をつなぐ。
 
 ちっちゃくて俺の手にすっぽりと収まる。
 
 唐突に言うけど俺の異能の念動力は、念弾を飛ばした遠距離攻撃が苦手だ。
 
 俺の周り数十センチまでなら強力に異能を発揮できるけど、遠く離れた相手には引き寄せるぐらいしか効果を発揮できない。
 
 イメージも問題なく出来るけど、遠距離攻撃が一切できない。
 
 多分これは、俺の異能自体に隔たりがあるんだと思う。
 
 いくらイメージ出来ても、その脳内のイメージ力から外界に干渉する力に変換する異能自体に『何が得意で何が不得意か』という因子が含まれているんだろう。
 
 だから異能者には個性が生まれる。
 
 そしてその異能自体の才能とイメージ力の方向性が合致すれば、高い効果を得られる。
 
 ……まぁ、説明はコレくらいにして先走らないように手を繋いだヒノメと一緒に病院の8階へと向かう。
 
 こんな当てもない人探しのためにナースさんに聞くのは、ちょっと気まずい。とりあえず寄ってみるだけにしよう。
 
 そして着いた先の名札を見て俺は、此花マドカが天然なのかと疑った。
 
 
「桃谷ミズキ……」


 うん。名前は合ってる。でも苗字が違う。
 
 これは……もしかしてアイツは素で勘違いしたのか。いや、ヒノメの聞き方が悪かったのかもしれない。
 
 今度学校で会ったら聞いておこう。
 
 とりあえず入る前に、考えうる可能性を潰しとく。
 
 
「ヒノメ」

「なんですか?」

「桃谷って言うのは、ヒノメのお母さんの昔の苗字なのか?」

「……? 言ってることがわからないです。ヒノメのお母さんはずっと今宮です。結婚してないですから。―――それよりも、入ってみるです! おじゃましまーす!」

「あ、おい!」


 俺が力を抜いた隙を突いてヒノメが横開きのドアを開ける。
 
 ガラッ開いた扉からは人一倍濃い消毒液の匂いが漏れ出す。トテトテと勝手に中に入っていくヒノメを俺も追いかける。
 
 しかし妙だ。
 
 相手側の返事がない。……寝てるのか?
 
 壁が死角になって見えないけど、一足先に突撃したヒノメがガックリと肩を落としたのが見えた。
 
 
「……明らかにヒノメのお兄さんじゃないな」

「……」


 ヒノメに続いて見てみると、そこには中学生らしき少女が寝ているだけだった。
 
 横に置いてある機械はテレビとかでみたことがある。心音を波で表わす奴だ。機械は刻々とその少女の心音を測っているけど、俺にはさっぱりわからない。
 
 呼吸はつけていないため、顔がよく見える。
 
 はっきり言って第一印象は美少女だ。
 
 外人を思わすような金髪に端正な顔立ちがよく栄えている。すぅすぅと寝息を立てる声も、どこか神聖な感じがする。

 多分だけど、性格もよさそうだ。顔立ちからなんとなくわかる。

 こんな可愛い子が入院してるのはちょっと心苦しいものがある。
 
 だけどそんな見惚れてもいられない。許可なしで部屋に入ってるんだから見つかる前に退散したい。
 
 人違いだったとわかったし出よう。
 
 
「―――……誰、ですか」


 ……遅かったみたいだ。
 
 声的には女の子っぽいから病院関係者じゃないな、多分この桃谷ミズキの親類縁者だろう。
 
 振りむくと少量の花を抱えたツインテールの女の子が居た。
 
 同じ印象を言うことになるけど、かなりの美少女だ。
 
 様子から言ってあまり歓迎はされていない。明らかに眼差しに敵意が含まれている。
 
 何を言っても俺達がこの場は俺達が悪い。謝ろう。
 
 とりあえずここに来たわけを説明する。信じて貰えるかはわからないけど、話さないよりはマシだ。
 
 
「―――という訳なんだ。勝手に入ったのは謝る。ごめん」

「あ、いえ……」

「本当にゴメン。でも俺達何にもする気ないから、じゃ」


 なぜか呆然としているヒノメの襟元を引っ張ってその場を後にする。
 
 
6。


 チームの繁栄が終わる。
 
 裏社会に生きつづければよかったものの……表の世界に手を出し過ぎたのか。
 
 先日チームの拠点が一つ潰された。チームのメンバーはまだ誰ひとりとして欠けてはいない。
 
 当然だ。メンバー全員、この僕を含めて神山の奴らにやられるほどに弱くはない。
 
 だが、それもいつまで持つかわからない。奴らは僕達の群を上回る軍だ。
 
 一人一人の力が弱くとも、寄り集まれば僕達は敵いはしないだろう。
 
 きっとジワジワとやってくることだろう。
 
 すぐには死なない。……いや死ねないの間違いだな。
 
 さて、アイツはどう動くのか。敵対か逃亡か、どちらかしか道は無い。
 
 どちらにしてもチームは終わる。
 
 そもそも、なぜ僕達が狙われるようになったのか。理由は未だわからない。
 
 チームとぶつかれば、貴重な人材を多数失うのは目に見えている。
 
 庇護されているわけではない。意図的に見逃されていたはずなのだ。散発的に攻撃はされているが、それも中枢に届くほどのことはされていない。
 
 誰もがいつもと同じ暴虐をしてきていただけのはずなのだ。
 
 ……いや、考えるだけ無駄だな。
 
 僕は死ぬのはゴメンだ。
 
 いの一番にチームを抜けさせてもらう。
 
 誰にもバレないように、ひっそりと暮らしてやる。
 
 だが、その前にやることがある。
 
 女だ。女が欲しい。
 
 美貌に溢れる若々しい娘達を僕の手に集める。
 
 死ぬまで尽くさせてやろう。それがお前達の至福になるのだから。
 
 最大限に効力を発揮してやる。
 
 そうなれば色々と忙しくなるな、女達を飼うスペースも必要になる。
 
 ふふふ、楽しくなってきた。


5。


 ズルズルとヒノメを引っ張って病院の外まで出ても、ヒノメがボーッとしていたため頭を軽くたたく。斜め45度、テレビもこの角度から叩くと調子が良くなる。
 
 ビシッと平手を入れるよ、頭を抑えながらヒノメが再起動する。
 
 その状態で振り返ってきて、俺を見上げる。
 
 
「すごくきれいな人でしたね!」

「……お前の目的ってなんだったけ?」

「ヒノメは感動しました! あんな美人な人がこの世には存在するのですね!」

「無視か!」


 目をキラキラさせて喋るヒノメに頭を抱える。
 
 兄貴探しそっちのけで美人だなんだと感動するのは間違ってるぞ。まぁ、たしかに可愛かったのは認めるけどな。
 

「で、これからどうするんだ? ミズキはミズキでもあの子は女の子だったし」

「ん……そうですね。やっぱり、聞き込みでしょう!」

「そうだなぁ手がかりもないし、そうなるか」


 また当てもない聞き込みの旅にでるのか。
 
 地道な作業を怠ってはいけないとは思うけど、そろそろ今宮ミズキはこの街から出て行っている可能性も考えないといけないな。
 
 
「あ、ちょっと待ってください」
 
「ん? なんだ」
 
 
 あの交差点へと戻るべく背を向けようとした途端、ヒノメが何かを見たのか俺とは真逆の病院のほうへとかけていく。

 ヒノメの走っていく先を見てみると、そこにはさっき病室で会ったツインテールの女の子が居た。
 
 ヒノメが駆け寄ると女の子はビクッ! として後ろへと下がる。ヒノメとは真逆の、大人しい性格なんだろう。
 
 何か喋っている様子だけど、ここからじゃ聞こえない。
 
 俺もヒノメの後に続く。
 
 二人に近づくと、また女の子がビクリとして見上げられる。
 
 ……あーなんだ。なにも悪いことしてないのに、罪悪感にかられるぞ。
 

「あー……」

「……? どうしたのですかキョウヤさん」

「いやなんでもない。二人ともまだ話するのか?」


 聞くと二人目を合わせた後ヒノメが「はい!」と答える。
 
 女の子のほうは困惑気味だけど、嫌がってはいないみたいだ。
 
 お邪魔無視っぽい俺は近くで飯でも買ってこよう。
 
 ヒノメに食いたいものを聞いていざ病院内のコンビニへ行こうとすると電話が鳴る。
 
 ディスプレイを見ると相手はヤヒコだった。
 
 とうぜん着信拒否する理由なんてないから電話に出る。
 
 
「どうしたヤヒコ?」

『キョウヤ、俺の妹知らないか?』

「ヒカリちゃん? いや知らないけど……どうしたんだよ」

『妹がどこ行ったかわかんなくってさ。もしかしたらキョウヤのところに居ると思ったんだよ』

「携帯は」

『とっくに掛けたよ。出なかった。家に電話して部活の準備して出て行ったのはたしかなんだけど、それっきりなんだ。実際今俺が居る弓道部に来てないし』

「なんで一緒に行かないんだ」

『土日の高等の弓道部と中等の弓道は時間被らない様にしてんだよ。―――あーくっそ! どこい行ったんだアイツ!』

「落ち着けよ。たまたま遅れてるだけかもしれないじゃないか」

「……ん。そうかもしんねぇな。すまんキョウヤ」



 その日を境に、ヤヒコの妹ヒカリが家に帰ることはなかった。





▽△

17触り。多分6。くらいまで続くと思います。
全記事に題名を追加。その記事内でのキャラの発言を一つ抜粋しています。
久々の更新です。ここまで間隔空けることなかったんじゃないんでしょうか。これもモチベーションの減衰が原因か。
それにしてもほかの方の書いてるSSが面白過ぎる! 脳内ストーリーが揺らぎまくりで危ないです。
SSの紹介をするのにモチベーション増加・維持を試みます。皆さんに一つでも多くSSの紹介を!
というわけでSSの紹介でもしたいと思います。更新毎にひとつずつ。ネタが無くなるまで。



同サイト・ヴァルチャー
MMORPGを題材にした作品。
異色な非人間の主人公アギラがカッコ良すぎる。狂戦士ユウが可愛過ぎる、最終局面の姿なんて想像しただけで鼻血が……。
作品の完成度のわりには感想コメントが少ないです。更新当時のオリジナルSS掲示板は活気あまりなかったのでしょうか。
このSSを書く要因にもなりました。ほんと面白いです。皆さんぜひ読んでください。



11月16日更新。

17終わり。次回からミズキ再登場の予定です。
ヒーロー視点をスパイス程度に加えてミズキの視点で進むとおもいます。
さて更新分のSS紹介。

サイト名:Clock Faker 作品名~日向に産まれた(ある意味)稀代の異才~
ナルトの世界のオリキャラに憑依する話。憑依やオリキャラものって原作の世界にどうやって無理なく滑り込ませるかが面白さを決めますが(自分的に)
これはすごいいい感じにナルトの世界に溶け込んでます。走るだけで足が折れそうになる主人公が面白過ぎる。
ハナビの可愛さのあまりに同じ部分を何度も読み返しました。



誤字脱字指摘してくれると嬉しいです。
感想など書いてくれると超喜びます。超喜びます。
それでは次回の更新まで。




[4284] けいだん。18―うん。指きりしよっか―
Name: 歩(ホ)◆429b8219 ID:06335ec5
Date: 2009/01/14 20:38
1。


 さぁて……お馴染みになってる言葉でも言いましょうかねぇ~。
 
 
「知らない天井だ……嘘だよ馬鹿野郎! もう知ってるわ! 何度目だよ!」


 おらぁ! 超時空美少女ミズキちゃんの復活だ!
 
 ここ病院だよ! なんかもう俺専用になってる個室だよ! ちっくしょう、また振り出しに戻ったんかい!
 
 まぁ怒るのはこれぐらいにして……え~と、軽く現状確認でもしようか。
 
 左腕を持ち上げてみる。グイッとな。
 
 
「……グロい」


 肘から先が、穴あきチーズのようになってる。……つっても削れてる部分に痛みはない。というか肘から先自体に感覚が無い。
 
 蹴られた腹の部分も跡はくっきり残ってるけど塞がってるし……。
 
 傷跡から見てもけっこうな時間経ってるなこりゃ。
 
 10日~20日くらいってところか。カレンダーでもあればいいんだけどなぁ、携帯も手元にないし。
 
 金髪女にやられた傷は運よく致命傷を逃れたのか。運がいいねぇ俺。流石俺、流石主人公。
 
 でもまぁ。それなりに代償も払ってるな。
 
 エネルギー残量も空寸前だし、腕と腹の修復は後回しか。
 
 腹はともかく左腕が動かないのは辛いなぁ、戦力低下が否めない。
 
 ナイフもあの時折れちゃったし……そろそろ前の家に戻ってナイフ回収してきた方がいいか。
 
 ま、今はとりあえず生き残れたことをアヒルと鶴とウサギと、えーっと……神様以外に感謝。
 
 さてさてナースコールを16連射してっと、顔でも洗って来よう。
 
 なんか胸に付いてた心音測る奴外して、よろける足でフラフラとトイレへと進む。
 
 あの時の運命のトイレの鏡(美少女と認識した記念すべき的な意味の)の前に立って顔を洗う。
 
 流石に美少女フェイスも少しやつれてる。栄養摂取しないとなぁ。
 
 てっとり早いのは人食って異能で回復だけど、この腕だとすぐにはできそうにもない。
 
 備え付けのタオルで顔を拭いてるとドアが開く音。
 
 
「おらぁ! 悪い子はおらんがぁ~!」


 どこからどう聞いてもリョウコさんだな、一番にやってくるってことはやっぱ体のほうは妹だから心配だったのか。
 
 
「お! おっはよう常連さん!」

「まったく静かにしてくださ―――ってうぎゃぁ!?」


 トイレから出てくると即座に抱き上げられベットに放られる。仮にも患者に対する態度じゃない。前言撤回。
 
 てか今のでちょっと吐き気がやってきた。
 
 なんか状況は違うけど、あの時の焼き直しだな。読者のためにも(謎)早めに次に進めなければな。
 
 投げられた影響で打った腰を擦ってると、有無を言わせずリョウコさんが頭を掴んでくる。
 
 サイコメトラーリョウコの異能による検診。心覗かれるのはあんまりいい気分じゃないけど、これに勝る身体検査は無いだろうし振り払わない。
 
 
「どっすか」

「……ん、左腕はこれから先動かないだろうね。後は右手を除いて全体的に筋力が落ちてる。そして童貞」

「最後の余計だろ!? なに人の恥ずかしい所暴いちゃってくれてんの!?」

「まーまー! で、左腕のほうは治せ……直せるって言った方がいいね、異能で直せるの?」

「……今はエネルギー足りないから無理。そろそろ死にそうな人紹介してくれよ。あと別に死んでも困らない人。食うから」

「知ってるかい? 世の中に要らない人なんていなんだぜ」

「そんな哲学的なことはいーから」


 とまぁ病み上がりの身でペラペラ喋ってると、またドアがガラっと開く音が聞こえた。
 
 ここからだと柱が死角になって扉側が見えない。リョウコさんに視線を送るも「さぁ?」と首を傾けられた。
 
 な、なんだ嫌の予感がしないでもないぞ。
 
 イケメンか? それともマドカかユウか、いや大穴で金髪女……それだと嬉しいなぁ、ブチ殺してやりたいし。
 
 
「だ、誰でしょうか……?」


 声を掛けてみると、パサリと何かが落ちる音が聞こえ、少しの間を置いて背の低い影が飛び出してくる。
 
 
「え? だ、誰でしょげふぅ!?」


 慌てふためく間もなく跳び込んで来た誰かにタックル気味に抱きつかれる。
 
 
2。


「ひぐ……ミ、ミズキさん~……! よかった……よかったです……」


 抱きつかれた衝撃で枯木もかくやな身体が倒れる。同時に聞こえて来たのは聞き覚えのある声だった。
 
 梅田ミユウ。目玉事件の姉妹の方割れだ。
 
 抱きつかれたせいで顔は見えないけど、その声と現在進行形で俺の服を濡らす涙やら鼻水で大泣きしてるのが分かる。
 
 それにしてもこの子は、姉が復帰しても同じ風に泣けるのかな。……多分泣けな……泣かないんだろう。
 
 ツインテールを気にせず頭を強めに擦りながら片手で抱きしめる。
 

「も、寝たきりかもしれないってリョウコさんに言われて……! 心配で……怖くでぇ……」
 
「あ~あ~あ~そんな抱きつかなくてもいいから、もうミユウに寂しい思いさせないから、ね?」

「う……うぅくぅぅ……」

「あーはいはい、泣けい泣けい! この私のまだ薄い胸でどんどん泣けい!」


 ……こりゃしばらくどうにもならないな、無理もないけどさ。
 
 目で「何ミユウ怖がらしとんねん」と、リョウコさんに問いかけると逸らされた。
 
 たしかに寝た切りになってたかも知れないけど、幼女泣かせるのはロリコンの俺が許さん。
 
 え? そもそもの原因? 俺ですが何か?
 
 しばら抱き合ったままで居ると、背中にまわされたミユウの腕がずるずると下がる。腕をまわし直して位置を直すけど、また下がる。
 
 ……ん~?
 
 ミユウの腕を優しく解いて体を離す。
 
 顔を確認すると、やっぱりだった。
 
 
「ミユウ、ちょっと寝た方がいいよ」


 クマが出来てた。それも特大の。
 
 大方夜も眠れない日々でも送って来たんだろう。俺が復活して一気にその皺寄せが来たってところか。
 
 なかなか面倒くさいなこの子。自己管理できないのか。
 
 俺の言葉を聞いたミユウは左右に激しく頭を振る。
 
 
「もっと、ミズキさんと、一緒に居たいです」

「……」
 
 
 うおー面倒くせっ! さっさと寝ろやこのクソガキ! そんな捨て犬のような顔されるとこっちが困るだろうが!
 
 心を鬼にして再度胸に抱き寄せる。そのまま背中を優しく叩いて、眠気を誘う。
 
 ミユウの耳元に口を寄せて囁く。
 
 
「もう勝手にミユウの前から居なくならないから、寝ても怖くないから寂しくないから、だから、ね?」

「……でも」

「んじゃこうしよう。ミユウが寝て起きたらまたお買いものに行こう。ご飯食べて、色んな物買って、いっぱい遊ぼっか」

「や、約束してくれますか……?」

「ん、約束。だから、おやすみ」

「え、えへへ……」


 リズム良く叩いていると、5分もしない内にミユウは眠りに落ちた。
 
 のびた並じゃないけどけっこうな速さだ。そうとう疲れてたんだろう。
 
 ベットの半分を開けてミユウのスペースを作る。動かない左手をミユウに掴ませながらリョウコへ向き直る。
 
 
「ロリコン」


 この光景を見た第一声がそれか。なんというKY。
 
 
「で、俺どれくらい寝てたの?」

「まるまる20日。しっかしアンタは良く寝るねぇ、既に40日以上寝て過ごしてるよ」

「寝たくて寝てるわけじゃねー」
 
 
 まぁとりあえず一息ついたっぽいし、本格的に現状の確認に入るか。それに際して必要な人物を呼んでもらおう。
 
 咳払いを一つして、自分の嫌いな言葉を口にする。
 
 
「イケメン呼んでくれよ」

「今居ないよ」

「んなのわかってるよ。だから電話やらなんやらで呼んでくれと」

「いやだから、今この街に居ないって」

「……え、なに? まだ本社から帰って来てないの?」

「違う違う。今アイツは配置が変わってるんだ。『チーム』っていう異能者集団の殲滅部隊の一員として召集されてね」

「チームっておい……」


 また厄介な奴らを追いかけまわしてるもんだ。
 
 『チーム』って言えば違法異能者の中でもトップの危険集団じゃないか。
 
 下っ端の異能者連中は大したことないけど(正面から戦った場合俺は勝てるか微妙)、その正式のメンバー全員が悪くてBの平均A判定の連中だ。
 
 異能を自由に使いたいという思想で集まった感じで団結力は無いけど、組織としては根深いし殲滅できるかと言えばかなり難解だ。
 
 だいぶ前からネットで顔写真も公開されてるけど、誰一人捕まってないしそもそもメンバーの総数も判明していない。
 
 
「ここの保安はどうするんだ。俺こんなだし、ユウとマドカしかいないんじゃ」

「いや、ユウも行ったから実質2人。アンタとマドカしかここに残ってない。私はバイトだし、第一実行員じゃないからね」

「うへ……」

「あ、伝言で『僕が居ない間ミズキさんが仕切ってくださいね』って言われてるよ」

「……まじで?」

「まじで」


3。


「で、マドカに来てもらったわけだけど……」


 コクリとマドカが頷く。うわぁーなんだかすんごい懐かしい。いつ以来だろう。
 
 それも神山の制服を着てない私服姿。いちおう同じ学校に通ってるらしいけど、その姿を一度たりとも見たことはない。
 
 イケメンも無茶を言う。さっき電話したら忙しいからって切られた。ファック。
 
 実質俺しか前線で戦える人間が居ないってどうよ? しかも手負い。
 
 とりあえず、電話の際に持ってくるように頼んだ物を受け取る。
 
 頼んだ物ってのは、神山の異能者を派遣してもらうための資料をパソコンからプリントアウトしたやつだ。
 
 仕事が忙しくなった時に一時的に、本社勤務の奴や他所の管轄区で暇をしている異能者を借りられるようにする各種手続きの用紙も持ってきてもらっている。
 
 さらに紛失厳禁の神山所属の異能者の名簿もある。
 
 あと現在管轄区内で起こってる事件の一覧。異能事件か判別できるまでこっちは手出しできないけど、知ってるだけマシだ。
 
 これが一般に出回ればすごいことが起こる。どんなのかは言わないけど。
 
 なんで持ってきてもらったかと言えば、さすがに俺とマドカじゃ仕事が出来るわけがないからだ。
 
 ペラペラと名簿を捲って現在派遣可能な人材を見ていく。が……。
 
 
「ロクな奴がいねぇ……」


 マドカも頷く。いちおうこの現状を憂いてくれてはいたみたいだ。バカとか天然な子じゃなくてよかった。
 
 派遣可能な人材が少ない上にそのほとんどがD。Cが居ても-判定だ。
 
 ……これは酷い。今回の『チーム』の殲滅作戦がかなり強行されて行われてるんだろう。
 
 話を聞く限りだと、各区の腕利きや高位異能者がこの作戦に強制召集されているらしい。言ってしまえば日本代表のドリームチームだ。
 
 だけどその結果、余った奴らだけで治安維持をしなくてはいけなくなって人員&力不足に陥り派遣に頼るようになり需要と供給が合わなくなってしまった。
 
 そんでもって俺達はこの人員争奪戦に乗り遅れてしまったってわけだ。
 
 この名簿から誰を選べと言われたら、俺は誰も選ばない。いないよりはマシじゃなくて、俺が1人居ればコイツらより良い働きが出来る。
 
 いっそ野良の異能者捕まえて一時的にでも味方に引き入れるべきか。要らなくなったら食えばいいし。
 
 
「マドカ。リョウコさん。知り合いに異能者は? できればレベル高い人がいい」

「いんや」

「知らない」


 ……使えない奴らだなぁ。使えない奴らだねぇ。使えないわぁ。
 
 俺はといえば隣で寝てる精神操作B+のミユウと、現在再起不能の物理操作暫定Aのミユウの姉レンぐらいしか知らない。あとは金髪女だけどアイツは敵だから除外。てか『チーム』の一員だった。
 
 いっそ何もせずイケメンの帰りを待つべきか……。
 
 いや、それをするとイケメンの俺への印象が悪くなる。それは避けたい。
 
 「おおミズキよ。僕が居ない間成果0とは情けない」とか言ってきそう。流麗に脳内再生されたからなんかムカつく。
 
 実際それだけじゃ済まないだろうしね。
 
 異能者もゴキブリ並に日々発生するからやってられん。あの時の異能者集団のクラブ壊滅もそんなに効果があったわけじゃないしな。
 
 『異能者の俺は強い』とか妙な自信を持って暴れまわる人間は減ることを知らない。放っておけばどんどん異能者コミュニティが出来上がっていく。
 
 あのイケメンも毎日深夜パトロールしてたしな。
 
 サボらず地道に異能者を間引いていくのがこの仕事だ。
 
 
「リョウコさん。俺はいつ頃退院できるの」

「神山の権限を使えばいつでも。普通に退院するなら1週間ってところだね」

「……背に腹は代えられないか。んじゃ今すぐ退院するから手続きお願いします」

「あいよ~」


 リョウコさんが部屋から出ていく。
 
 
「マドカもこれから俺の指示に従ってもらうけどいいよな?」

「うん。そう言われたから構わない」

「オーケー。……まぁ気楽に行こうぜ」

「わかった」


 そうと決まれば、体のチェックでもしよう。
 
 右腕を甘噛みする。脳内の俺の体の情報が流れ込んでくる。
 
 前も言ったけど俺のこの異能はオマケだ。大した出力をだせるわけじゃない。
 
 ……チェック終了。リョウコさんにさっきやってもらったけど、これは俺にしかわからない部分だ。
 
 大したことじゃなくて、この体を完全回復させるにはどんだけエネルギーが必要かって話。
 
 ざっと成人4人、子供なら3人食えればいい。
 
 食ってわかったことだけど、食う相手が若いほどエネルギーが多い。生命エネルギーを食うってところなんだろう。オーオーエーアーエーアンインストール。
 
 それにプラスして俺自身の戦闘力を上げるためにもそれより多く食わないといけない。
 
 エネルギーさえあれば、ダメージを回復できる上に変形部分も自由自在なのがこの異能『肉体改造』の良点だけど、燃費が悪いのが欠点だ。
 
 あ、あとマドカの異能もわかった。
 
 B判定精神操作系のアクションタイプ(相手の眼前で何らかの行動・言動を行って術中に嵌める能力者)だ。
 
 キーアクションは『相手と目を合わす』というかなり使い勝手がいいタイプで、効果は相手を一定時間行動を制限するいうもの。
 
 ただし自分もその行動が制限されるため、誰かと組まないと戦うことはできない。
 
 さらに自分と同等かそれ以上の判定の異能者には効果が薄くなるらしい。
 
 強力な分負担も大きいため連発は不可だそうだ。
 
 ただ、この異能は俺にとってかなり嬉しい。人払いさえ出来れば、俺のエネルギー集めがかなり楽になる。
 
 別に高位異能者を相手にするわけじゃないからリスクも少ない。
 
 
「んじゃ今日のところは帰ってくれていいよ。俺のほうで準備が必要だから行動するといっても明日以降だしな」

「うん、わかった」


 部屋出ていく前にギュっとされて行かれる。ミユウも可愛いのに抱きしめられないのは、俺の人形っぽいところがいいんだとか。
 
 
4。


 ミユウを起こして病院を後にする。
 
 レンのほうにも見舞いしに行ったけど、全然前と状態は変わってなかった。ときおり「お母さん……」とか呟くぐらいだ。
 
 戦力として使えるわけじゃないけどなんとかしてはやりたい。ミユウとレン、この二人が俺側につけばイケメンも俺に対する印象を変えないといけなくなるしな。
 
 俺が入院する前に警察側に頼んでおいた梅田家のホームビデオはもう家に届いてるらしい。
 
 多分ミユウは一切見たがらないと思うから、ミユウが寝付いたあとにでも見よう。ビデオから何かヒントでも得られればいいんだけど。
 
 タクシー内で俺の手を握るミユウと近況を話しながら、家に帰るまでの暇を潰す。
 
 俺が居ない間何かあったか聞くと、ミユウが実に驚くべき言葉を返してくれた。
 
 
「友達が……できました。……たぶん」


 と、言ったのだ。多分ってところがミユウらしいけど、友達が出来るのに越したことは無い。
 
 友達は他者との繋がりを得るための物だ。自分1人だけではどうしようもない見分を広めてくれる大切な道具だ。

 学校の手続きは終わってるらしいけど、行ってはいないらしい。怖いんだとか。
 
 まぁそれは関係ない。友達作るのに最適な場所だけど、別に学校で作らなくても良いわけだし。
 
 これを機にミユウの狂った部分を直せれば嬉しいところだ。
 
 
「へ~それってどんな子?」


 女の子だよね。男の子だったら、とりあえず家に呼んで職務質問。
 
 
「わたしとちがって元気な子です」

「わたしと違ってって……ミユウも充分元気な子だよ。なにネガティブってんの、ディスってんの?」

「そう、ですか?」

「そうだよ。ミユウは元気で思いやりのある子だよ。じゃないとあの時私助けてくれなかったもん―――……げ」


 一瞬にしてミユウの顔が泣き一色になる。
 
 あの時の場面でも思い出しちゃったのか。あーめんどくさい。たしかにあの時は迷惑かけたけど、いまこうしてるしそこまで悲しむことじゃないだろうに。
 
 でもまぁ幼いからしょうがないっちゃあしょうがない。

 片手で抱きよせて膝の上に乗せて抱っこする。
 
 本当はあんまりこういうことしないほうがいいんだけどねぇ、今回は特別だ。
 
 
「大丈夫大丈夫。ずっとミユウと一緒に居てあげるから、そんな泣かないの」

「……はい」

「元気出す! ガァーツ!」

「は、はい。―――……あ」


 モゾモゾと膝の上で動かれる。これだけでももし『有った』ら俺は『たって』いる破壊力のある動きだ。

 ミユウは膝の上から降りて俺の目を見てくる。
 
 うへ、めちゃ可愛いわ。


「ん、何?」

「リョウコさんから色々ミズキさんのことききました。大好物とか、すきな色とか」

「へ、へー」


 何話してんのあの人。もしかして、俺がホントは男とか話してないだろうな。
 
 つってもその話は出てこなかった。安心。
 
 まぁミユウなら俺が男だったってバレても構わなそうだけど。
 
 
「ミズキさんの元気がでる食べ物、おうちに用意してますから、たべてください」


 元気が出る食べ物……何? バナナか? たしかにあれでディー(検閲禁止)すると気持ちよくなる。
 
 そんなこんなで家へ到着。
 
 うわーこれもなんか懐かしいなぁ、もう20日間も離れてたのか。俺の感覚にして一日しか離れてないけど。
 
 いくらミユウが掃除できるっていっても、背の高さで限界もあるだろうし、まずは掃除だ。ついでに洗濯。
 
 ミユウは洗濯出来ないから、着る服をファブリーズを使ってローテーションしてたらしい。下着類とかけっこう溜まってそう。
 
 テッテッテとミユウが小走りで俺の先を進んで鍵を開ける。
 
 無い胸を心持ち反らしてるのが、ミユウの気持ちを表している。
 
 そんなに俺が喜ぶものなのか。なんだろう、ちょっとオラワクワクしてきたぞ。
 
 開けてくれたドアを開けて、中に入るのと同時に異臭がした。
 
 口では言い表せない。少し不愉快になる匂い。
 
 
「……なにこの匂い」

「入ってみてください」


 グイっと背を押され、不思議な家へと入る。そして居間への扉を開けた瞬間、その異臭の正体がわかった。
 
 ……あーたしかに俺の元気が出る食べ物だ。えーっとひーふーみーの……『6人』か。
 
 全員手足が縛られて、タオルの猿轡で口を塞がれている。
 
 歳もバラバラで20歳から~40歳ぐらいか。俺の姿を見た奴らは、全員疑いと恐怖の目で俺を見てくる。
 
 
「ミユウ」

「みんな、わたしを殺そうとして来た人たちです。びっくりしました、ごはん買いに行こうとしたらいきなりおそわれたりしましたから、でもリョウコさんに聞いたからみんなつかまえました」


 ……やだこの子。なんで、こんないい子に育っちゃったのかしら。

 あの時の『ミユウは強くならないとね』発言でこうなっちゃったのかしら。

 でも幼女がこういうことをするのはあんまりよろしくない。

 ちょっと感動してるから抱きしめる。


「ありがとうミユウ。でも、これからはしなくていいから」

「……? えっと、わかりました……」

「すごく嬉しいけどね。これは悪いことだから、ミユウはやっちゃダメなんだよ。だから、約束できるよね?」

「約束……」

「うん。指きりしよっか」


 ゆーびーきーりげんまーん、と指きりをしてミユウを部屋から追い出す。
 
 右手をゴキゴキと鳴らしてズレを調節する。
 
 
「悪いけど皆さん。今日は皆さんの命日です。意味がわからない人はご愁傷様。万が一分かる人もご愁傷様。
 まぁこれは過剰防衛ってことになるんでしょうね。でも、本人にもう復讐できないからって幼い女の子を襲うのは良くない。ですので私が食べちゃいますね」
 
 
 その夜。回復した左腕でミユウと一緒に料理をしました。美味しかったです。
 
 
5。


 神山の保安の仕事は表向きは警察と一緒だ。

 ちなみ、その実態は過激とも言える殺戮集団だ。ルールという理性と、社会からの孤立という首輪が無ければすぐに本能のままに暴走する。
 
 異能者の捜索は基本的に2つだ。
 
 自ら探すのと、一般からの通報だ。
 
 前者は言わなくてもわかる。ただ、後者から送られてくる情報は一度本社の情報処理部へと送られ、その後各管轄員及び実行員の端末(携帯など)へと送られる。
 
 俺は手続きを済ませて、宅配で送られてきた専用携帯を起動させる。
 
 
「! うわっと!?」

 
 途端に携帯の着信音が鳴りまくる。何コレ、ドッキリ?
 
 恐る恐る携帯を開いてみると、メール着信が20件以上も溜まってる。
 
 内容は二種類。
 
 一つは一般から送られてきた異能犯罪の情報の信憑性を1~5のレベルで表示させた物で、その確認をするための依頼。
 
 二つ目は、異能犯罪が確定した異能者の身分とその他諸々の情報を詰め込んだ捕獲又は殺害命令だ。
 
 いちおう一般情報の確認は、各地の神山の会社員の人(会えない)がやってくれるらしい。
 
 とうぜんだけど、捕獲・殺害命令(言うの面倒くさいから以後、命令)は俺とマドカの二人でやることになる。
 
 今の所、命令は3件。
 
 期限付きでタイムリミットは21日、つまり3週間以内に仕留めろとのことだ。
 
 捕獲って言っても相手が激しく抵抗すれば殺害はOK。ちなみ、手を滑らせて殺害してもOK。
 
 まぁ俺は捕獲とかそんなんはしたことないから皆殺しちゃおう。うん、殺しちゃおう。
 
 留守はミユウに任せてあるし、俺は仕事仕事~。
 
 んで夜になってから現場に到着。
 
 
「……さみゅい」


 ガタガタ震えながら缶コーヒーで暖を取る。
 
 誰だよミニスカート可愛いから履いて行こうとか言った奴。俺だよ。
 
 めっちゃ寒いよ。ニーソックスとか紙の如し薄さだよ。

 隣のマドカは実に温かそうな服装で口元をマフラーで隠している。ちっくしょう、季節考えろよ俺!
 
 とりあえずマドカに後ろから抱きついてもらって温めてもらう。
 
 顔知られて家特定されて反異能者集団の人や逆恨みした家族とかにフルボッコにされていいなら、場所を選ばず命令遂行できるんですけどね。
 
 それが出来ないから人けの無い場所に対象が来るのを待つ。
 
 
「えっーと……」


 クパァっと携帯を開けて命令内容を再確認する。
 
 対象は19歳の男で、物理操作系の水を操る異能者(D判定)。異能犯罪の内容は、異能で男女の2人組の男のほうをボッコボコにして、女の方をレイプ。
 
 あと、人攫いなことをしてどこかに売ってるらしい。
 
 売られた人は現在捜索中。
 
 いつも取り巻き数人と裏路地や、大通りで溜まってるらしい。
 
 まぁコイツら全員死刑かな。まず生理的にキモいし、精神的にキモい。というかキモい。
 
 捕獲か殺害かは実行員の裁量で決めていいようなもんだけど、これは俺的に死刑だわぁ。
 
 顔写真もあるし、すぐに見つかるかな。ってか見つけた。
 
 
「あれ、コイツだよな」

「……うん」


 確認を取ると、マドカも頷く。
 
 路地に続く大通り近くで、携帯の画面に映し出された顔写真と同じ顔が見える。なんかやけに頬が腫れてるよな気もするけど、どうでもいいか。
 
 とりまきっぽいのも4人ぐらい見える。
 
 さてさて、どうしようかなぁ。動く気配なさそうだし、悪くなればどっかの喫茶店でタムロしそうだ。
 
 このまま待ってもオールされたら面倒だし、家に帰るのを見計らって散り散りになられたら厄介だしなぁ。特に散られたらその日の内に全員殺さないといけないから無理だ。
 
 ここは俺の可憐で清楚で麗しい容姿を利用してどっかに誘いだすか。マドカの異能は行動制限なだけで、誘導は出来ないしな。
 
 
「よし、作戦説明します」


 後ろのマドカに思いついた作戦を説明していく。「うん」としか頷かないけど、イケメンの下に居るんだからうまくやれるだろ。
 

6。


 マドカを残して対象の目に映りやすい場所まで移動する。
 
 帽子を取って、隠していた金髪を解放して目立つようにする。こういう時いいよね、一般人からかけ離れた美貌があるってのわ。
 
 クリクリと温い髪を弄りながら対象のほうを見てみると、すぐに目が合った。
 
 こっちから目を逸らすけど近づいてくるのが分かる。
 
 うへ、ちょろい。
 
 
「ねぇ、君……えっと、ハロー?」


 気づかないフリ。すると目の前で手を振られる。


「――……えっと、私?」

「そうそう! ほかに誰が居るっていうの?」


 「君って日本語喋れるんだ」と人好きのする笑顔で話してくる対象に、こういう男が好きそうな軽い態度で俺も対応する。
 
 場数を踏んでるのか話題の数も豊富で見事なナンパをしかけてくる。俺としたらキモいしウザいだけなんだけど、これも仕事なのさ。
 
 冗談も交えて俺の家庭環境を聞いてくるのに、嘘八百な答えを返す。
 
 
「君めちゃくちゃ可愛いからさ。思わず話かけちゃったんだよ~」

「か、可愛いとか冗談やめてくださいよもう~!」

「いやマジマジ超可愛いよ! よかったら俺と遊びに行かない? 奢っちゃうから!」


 もっと誉めたたえろよ愚民。このミズキ様の美しさと可愛さにひれ伏せよ。
 
 
「ホントですか!」

「うん行こう行こう! あ、俺の友達もいるんだけどいいかな?」

「ぜんぜん構わないです~☆」


 肩に回される手を軽くはたいてついて行く。目線を流してマドカに合図を送る。
 
 流石見た目がチャラいだけあって取り巻き連中も似たり寄ったりな格好をしている。言わずもがな、俺はこういう奴らが大っ嫌いです。
 
 もし将来ミユウやレンがこういう奴らを連れてきたら闇討ちします。
 
 警戒心を削ぐようにカラオケやらゲームセンターに連れてってく上に言ってくれた通り奢ってくれたので、俺も遠慮しない。
 
 カラオケで美声を披露して拍手されて、対象が引くほどに食事の注文もする。
 
 その再にお酒も勧めて来たから飲みまくる。酒に強い俺はもちろん酔わない。
 
 んでもって、相手が敵意を見せるまで遊んで待つ。
 
 しかし総合アミューズメントなんたらとか言うところで、ダーツゲームをしてる時に隣で一人ほそぼそとダーツしているマドカを見たとき流石に悪いと思った。
 
 まぁちゃんとついてきてくれてる証拠だからいいけどさ。
 
 
「次はどこいくんですか~?」

「すっごく良い所だよ。そう、すっごくいい所~!」

「わ~い☆」


 酔ったフリをしながら対象達について行くけど、足は明らかに人けが無さそうな場所へと向かっている。
 
 あーそろそろか。隠し持っているナイフやら確認する。
 
 そうそう、左手も右手同様に強化したからこれでリンゴも握りつぶせる。
 
 まだパワー調節が出来てないけど左手だからあんまり使わないし大丈夫。まぁコイツらには加減しなくてもいいしね。
 
 あと俺の異能で分かったことがある。
 
 それは、右手の爪を異能発動・エネルギー消費を無しにいつでも伸ばせるようになったことだ。
 
 異能が俺の体に馴染んできたのか、それとも作ってから時間がたったからかはわからないけど良いことには変わりない。
 
 このまま変形部分全部がエネルギー消費無しでできればいいな、ね、ハム太郎?
 
 
「へけ」


 誰も答えてくれないから俺が言う。
 
 ここならもう誰も居ないしいいだろ。
 
 コイツらもコイツらだ。路地裏とか連れて行くのは、何か悪いことしますよ~と言ってるようなものじゃないか。
 
 普通の相手ならここで解かれた警戒心と酒の勢いでついて行くのかもしれないけど、俺は違うわけですよ。
 
 180度方向転換して、驚く取り巻きの脇を抜ける。
 
 
7。


 囲むように居た取り巻きを抜けて、後ろへ下がる。
 
 この状況が全員へと伝わると同時に、異能者である対象の顔が一気に悪い顔になる。どれくらい悪いかと言うと、シーマンみたいな感じ。
 
 
「あれれ~? ミズキちゃんなにしてるのかなぁ?」


 う~ん実にいい声ですねぇ。背筋がゾクゾクしちゃいますわ。
 
 みんなが一様にポケットからナイフやメリケンを取り出してるのが見える。対象は水の入ったペットボトルか。
 
 後ろから尾行してきていたマドカに出てくるように合図を出す。
 
 出てきたマドカを全員が見る。
 
 
「かかったよミズキちゃん」
 
 
 淡々とマドカが言う。
 
 
「ミズキちゃん? その女の子誰かな? というかどういうつもりかなぁ?」
 
「ひひっ」
 
「答えてくれないと、痛い目あっちゃうよ?」

「ひひひっ」
 
 
 上着を脱いで、マドカから渡された上着を着る。汚れたら嫌だしね~。
 
 ていうか、ちょっと、もうさっきから堪えてたのに笑いが我慢できない 
 
 
「ギャハハハハハハハハハハッ!! バーカ! バーカ! お前らバカ過ぎんだろォ? こーんな可愛いミズキちゃんがお前らに気を許すとでも、思ってんのォ~?」

「なっ!? てっめっ、神山か!」

「ヒャ~ハッハッハッハッハッハッハ!! そうだよ~? 君達み~んな殺しに来ましたぁ~!!」

「チッ! ぶっころす!」

「やれるものならねェ?」


 殺意満々で武器を構える奴ら全員が走りだそうとするが、誰も動かない。
 
 いいや、動けない。
 
 なぜなら、異能を発動させたマドカと目を合わして対象全員が足を動かせなくなってるからだ。
 
 反動でマドカも足を動かせないけどそれは構わない。
 
 実質この場で自由に動き回れるのは俺だけだ。
 
 
「おい、お前ら! さっさと行け! 殺せ!」


 動く必要のない対象一人が異変に気付かず、全員に檄を飛ばす。
 
 異変に気付いているほかの全員が、不安気な声で対象にこの状況を説明しだす。
 
 それを聞いた対象も足を動かそうとするけど、D判定如きでマドカの異能をレジストできるわけがない。
 
 結果誰も動けず、尻もちをつく輩まであらわれる。
 
 俺も肉体改造を発動して、目を猫眼へと変える。
 
 恐怖が浮かぶ顔に濡らしながら、ゆっくりゆっくりと歩み寄る。
 
 すこーしづつ近づいて行き恐怖をさらに煽る、「ひっ」と声が聞こえた時なんてもう最高。あぁ~楽しい。
 
  
「どぉ? 怖い? 恐い?」

「このクソ野郎がぁ!」


 飛んできた水球を両手それぞれを使って受け止める。異能で固められているのか弾力があるけど、このくらいなら簡単に握りつぶせる。
 
 
「もぅ終わり? な~んだ弱っちいんだぁ~! 君達もこ~んな弱い人間についてたんだよ?」
 
 
 一瞬にして対象の顔が俺をソソる表情になる。
 
 たまんないね。これがあるから生きていけるわ。
 
 人は生きてるのが素晴らしいけど、こういうクズは死んでもらって構わない。
 
 それに、誰かの愉悦になって死ねるのなら本望だろう。
 
 
「ど~れに~しよ~おかなぁ~」


 指差しながら最初の人間を決める。
 
 
「君に決めた! 小太りの君! んっふふ! 私ダーツ得意なの知ってるよね~? そ~れっ!」


 袖からナイフを取り出して、オーバスローで投げる。
 
 放たれたナイフは取り巻きの額に吸い込まれるにとんでいき、脳天に突き刺さる。
 
 
「あ」

 呆気ない声を出してガクンと前のめりに倒れるソイツを見て、全員が最高の表情をする。
 
 
「いいね~いいね~! にゃはにゃは! た~のしいねぇ! 次いってみよぉう!」


 また指差しして決める。お、次は異能者の対象だ。ナイフを放って心臓に直撃させる。
 
 10分もしない内に全員が片付く。あ~疲れた。
 
 対象の死体は報告用に残して、ほかは全員食べる。
 
 
「いっただきま~す!!」


 今日も日本は平和です。
 
 
8。


 ヒカリちゃんが居なくなってから10日が過ぎた。
 
 警察にも通報してるけど、正直当てにならない。
 
  まだヒカリちゃんの失踪は家出かも事件かも異能犯罪かもわからない状態だ。
 
 兄のヤヒコは学校と部活が終わったらすぐに妹を探しに行く毎日を送っている。
 
 顔に笑顔はない。鬼気迫る表情をして街を歩き回る。
 
 俺も出来るだけ、そのヤヒコについて行っている。今のヤヒコなら無茶をしかねない。それに異能者の俺が居れば多少危険なところにだって行ける。
 
 悲痛な顔で感謝を述べてくるヤヒコに、こっちが悪い気すらする。
 
 そして今日は、学校の同級に聞いた情報を頼りに都心へと向かっている。
 
 その情報とは、あの時のチンピラ共が人攫いをしてるというものだった。
 
 なんでも、少女を攫っては裏組織に売って金にしているらしい。
 
 たしかに思い当たる節はある。あの時のヒノメを脅していたのがそれだ。
 
 以前俺が見かけた場所へと速足で向い。チンピラどもを探す。話じゃあ、路地裏にいたりするのをみたことがあるらしい。
 
 ヤヒコと2人で夜遅くまで捜しまわり、見つけた。
 
 そのチンピラの死体を。
 
 
「……っう」


 込み上げてきた吐き気を手で抑えて、辺りを確認する。

 脳天を一突きされたチンピラのリーダー格の死体がそこにある。
 
 周りを濡らしている血の量から言ってソイツ一人だけのものじゃなさそうだった。
 
 公衆電話から警察に通報して、その場を去る。面倒事に巻き込まれるのはゴメンだ。
 
 その日はそれだけで、進展はなかった。
 
 ヤヒコと別れて家路につく。帰ってもやることは沢山ある。掃除洗濯、あと二人分の飯も買ってこないといけない。
 
 ホカ弁で弁当を二人分頼み俺の部屋の扉を開ける。
 
 
「あ、おかえりなさいです!」

「おう、ただいま」


 テレビを見ていたヒノメが俺の元へと駆け寄る。
 
 そのまま弁当を受け取って、設置したコタツへとダッシュで戻っていく。
 
 ヒノメは病院での出来事があったその日から、俺の部屋の隣を借りて住んでいる。流石にヒノメ名義じゃ無理なので母親のエイリさん名義で借りている。
 
 といっても大体は俺の部屋か、そのほかにここに住んでいる人のところを行き来しているので部屋に住んでいるとは言いづらい。
 
 でもなぜか夜は俺の部屋に絶対いる。
 
 ヒノメがここに来た理由の一つが、あの時の梅田ミユウという子と友達になったからだという。
 
 なんでも初めての友達らしい。
 
 前は人里離れた大きな家に住んでいたらしく、家政婦や年上の人を除いて友達と呼べる人は一人も居なかったんだとか。
 
 兄探しも継続されてて日中は家には居ない。
 
 
「ヒノメはお弁当が飽きたのですよ!」


 弁当を頬張りながらヒノメが言う。
 
 たしかにいつも弁当だけど、コンビニ・スーパー・ホカ弁のローテーションしてるから大丈夫だろ。
 

「そんなに言うんならヒノメが作れるようになればいいだろ。俺作らなくても弁当で大丈夫だし」

「ぐぬぬ」


 痛いところを突かれてヒノメが唸る。
 
 俺だって飯作りたいけど上手くならないんだからしょうがない。
 
 
「がああ!」

「うわ噛みつくな! ってご飯粒汚い!」



▽△

18触り。
やっぱりミズキ書くの楽しい。。
思いつきのプロット無しの浮き足だった状態で話書いてるのでいつ更新止まるかドキドキ。

作品紹介。
サイト名:D・W・Wの館作品名:暗黒!マリーのアトリエ
長編完結のSSです。なにがすごいって全部すごい。読み応え抜群。
実際作者がしたことがるような調合内容とかの綿密な描写、キャラ一人一人の立ちようの素晴らしさ。
すごい。



誤字脱字指摘してくれると嬉しいです。
感想コメントしてくれると超喜びます、それでわ。

▽11月19日。
18完成。誤字脱字修正(たぶん)



 



[4284] けいだん。19―ミズキさん。そっち、男湯です―
Name: 歩(ホ)◆429b8219 ID:06335ec5
Date: 2009/01/14 20:40
1。


 チーム殲滅隊に引き抜かれて早一ヵ月。
 
 1都市を焼き尽くすだけの戦力をたった1つの目的のために掻き集めておきながら、未だ際立った戦果はあげられていない。
 
 チームに協力する企業・組織を文字通り潰してまわり大きな力に群がる下級野良異能者達を捕獲・殺害しても尚、チームの戦力や協力者のパイプの底は見えない。
 
 既に何度かチームメンバーに遭遇してはいますが、そのいずれも一方的に攻撃された上で逃げられている。
 
 A判定クラスの変身系と実体化系が電撃的な突撃をしかけ、こちらの体勢が整いきるまえに高判定のテレポーターがチームメンバーを連れてその場を脱出する一撃離脱という性質の悪いことこの上ない攻撃。
 
 大都市=主戦場に配置されて僕はもうコリゴリです。
 
 できることなら他都市の捜索隊辺りにでも配置されたかったですね。僕の異能がB判定の前線型なために無理な話なんですがね。
 
 それに加えて本来の管轄者の仕事へのサポートは、異能者情報の有無の確認のみで捕獲・殺害命令の対応は一切無しという悪条件。その上この作戦の目的は要約すれば『おばさんのわがまま』だ。
 
 いくら神山企業創立メンバーだといってもこれは理不尽極まりない。
 
 この作戦自体ストライキを起こされずうまくいってるのが不思議なくらいだ。
 
 ただ、皆不満を言いつつ従う理由もあるにはある。
 
 主な理由は3つ。
 
 1つ目は、政府も協力しているということ。これは、政府が動いているのに肝心な神山が動かないのはどういうことだ。と言われ世間の風当たりが悪くなることを恐れて。
 
 2つ目は、チームにやられる神山の被害が前々から無視できない状況にあったこと。
 
 最後の3つ目は、全力で殺しができるということだ。神山には、戦いや殺しが好きな好戦的な人間が少なくない。一部ではこの作戦を強行した今宮エイリに感謝しているくらいだ。
 
 以上のことで、微妙なバランスを保ちながらこの作戦は遂行されている。
 
 しかし、マドカとミズキさんがちゃんとやれているか心配です。
 
 まぁミズキさんは必死にやってくれることでしょう。
 
 なにせ彼(彼女?)の起こした過去の事件と、その身に宿っている異能の正体を公にすれば社会的に死ぬことは必須ですからね。
 
 せいぜい頑張ってもらいましょう。
 
 そして、高級……というには1つか2つ何かが足りないホテルは今の僕達の寝床だ。一網打尽を防ぐために戦力は僕の居る大都市の至る所に分散している。
 
 連日の戦闘で3日は寝なくても大丈夫なユウも流石に疲れた様子をしている。
 
 休暇を申請しなければずっと働き詰めにされるため、今日はユウのためも思って休暇を取った。本当は一週間前から申請していたものだけど、人気洋菓子店ばりに予約が混んでいたために今日になった。
 
 オンとオフのメリハリがあるユウは部屋でグーグーと寝息を立てて寝ている。
 
 僕はといえばユウの好物のシュークリームを買って現在ホテルに帰宅中だ。
 
 いや、3回も折り返す行列に並ぶのは疲れます。これでユウが喜ぶなら安いものですけどね。
 
 休みの日に限って早起きしてしまう。そんな経験、貴方もありませんか?
 
 そして朝も夜も変わらず人が溢れかえる交差点の信号を、ほかの大多数の人達と待っているといきなりメガネの見知らぬ高校生ぐらいの少女がフラ~っと前に出ていく。
 
 当然、信号は赤だ。周りの人間も突然の少女の行動に固まっている。
 
 そこに運悪く大型のトラックが明らかにスピード違反をした速度で走るのが目の端に映った。
 
 既に僕のまわりの人間も一つ先の未来が見えていることでしょう。それでも動かないのは、どうなんでしょうね。
 
 
「やれやれ……」


 ため息を一つついて、僕はシュークリームの入った箱を地面に置いて駆け出す。これくらいなら異能を使うまでもない。
 
 クラックションを煩く鳴らすトラックを無視して衝突コースど真ん中を突き進む少女を無理矢理抱き上げて、バックステップする。
 
 ハッとしたように慌てる少女を無視して歩道へと戻ると、その刹那目の前をトラックが横切った。
 
 
「あ、ありがとうございます……! その、私、バイトで疲れてボーっとしてて、とにかく、本当にすいませんでした! ありがとうございます!」

「別にそんな頭を下げなくてもいいですよ。僕は人として当たり前なことをしただけですから」

「で、でも助けてもらったのはホントですし……」


 それでも尚ペコペコと頭を下げる少女に頭を上げるように言い「それにですね……」と付け加える。「え?」と言葉を返す少女に僕は続ける。
 
 
「貴女みたいに可愛い女の子を助けないのは、男の恥ですよ」


 その後、なぜか頬が赤い少女に今度お礼がしたいと電話番号を聞かれ、その場を後にする。
 
 腕時計で時間を確認するとけっこう時間を食ったみたいだ。そろそろユウも起きてるだろうし急ごう。
 
 ホテルの入り口を抜けエレベーターへ向かおうと歩いていると、いきなり角を曲がってきたこれまた高校生ぐらいの女の子が飛び出してきた。
 
 なぜか食パンをくわえた少女が僕に気づくが時既に遅く。回避も間に合わず衝突する。
 
 
「きゃあ!?」

「おっと!?」
 
 
 縺れ合うようにその場を転がる。
 
 地面に寝転がった状態になり、その衝撃で舞い上がったシュークリームの箱が見えたので手を伸ばしてキャッチする。そして気付くと、目の前に水色のラインが入ったパンツが見えた。
 
 ……なぜでしょうね。なぜ少女は僕にお尻を向けた状態で倒れているんでしょう。あの状態からどうやったらこうなるんでしょうか。

 この状態に気づいた少女が僕の顔を見るなり、赤面する。


「……とりあえず、退いてくれるとうれしいんですけど」

「あ、ああああああ……」


 RPGで適当に付けた名前のような言葉を連呼しながら少女が立ちあがる。ツインテールでいかにも強気そうな少女は僕が立ちあがるなりキッと睨みつけてきた。
 
 
「み、見た!?」


 思い切ったように少女が問いかけてくるが、これだけだと僕にはさっぱりだ。


「え」

「見たんでしょう!?」

「なにを、ですか?」


 わなわなと少女が震える。


「ぱ、ぱぱぱぱぱ」

「ぱ?」

「だから、私のパン……」

「あぁパンツですか」


 言った瞬間ビンタされた。いまにも噴火しそうな顔で、少女がその場から走り去る。
 
 理不尽にぶたれた頬を擦りながらどうしようか考えたが、追いかけずにユウと僕の部屋へ戻ることにする。
 
 
「ユウ、ただいまもどりました」

「うにゅ、おかえり~」


 僕のYシャツをパジャマ代わりに来たユウが出迎えてくる。重そうな瞼をこすり、髪はボサボサ、この様子だとついさっき起きたみたいですね。
 
 朝食……もう昼なので昼食代わりにと買ってきたシュークリームを渡すと抱きつかれた。
 
 
2。


 どこかから飛んできた毒々しいラブ電波を着信拒否しながら鍋を煮る。もちろん人肉とかは入ってない。ミユウが食べれなくなるしな。
 
 それにしても最近エネルギーの集まりが良い。いまのところ6人分ほどのエネルギーが俺の中に溜まっている。
 
 どっから改造するかなぁ。
 
 攻めこそが最大の防御というわけじゃあないけど、怪我することを前提に保身に走っていたら強化がままならなくなる。
 
 溜まったエネルギー有効活用しないとな。
 
 動物番組を見ながらチラチラとこっちの様子を窺ってくるミユウに笑顔を返し、どうしようかと思案を巡らす。
 
 変形部分の創造か身体機能の強化か……強化は、つい先日思わず左手で電柱を掴んでジェンガギリギリにしちゃったしなぁ、慣れるまでシンドイのがネックだ。
 
 
「ミユウ~お皿出して~」

「あ、はい!」


 俺に声を掛けられるのを待っていたかのように元気良く返事をするミユウ。
 
 ミユウはまだ学校に行ってない。前に言ったとおり怖いらしく、俺の説得にも渋い顔をして生返事を漏らすだけだ。
 
 まぁ行きたくない理由も分かるけどね。たしかに。
 
 ただでさえ風当たりのよくない異能者とバレている上に異能犯罪者の娘のミユウにとって、学校はこの世のどこよりも行きたく場所だろう。
 
 流石にこれは俺も「いかなくていいよ」とは言えない。
 
 そりゃ大学まで行けよ、とまで言わないけど人としての良識と学が身に着くまでは通わないといけない。
 
 将来俺のために働いてもらうためにも、これは絶対条件の一つだ。
 
 俺を妄信するあまりに無茶な行動を取られて大事なことになれば目も当てられない。
 
 あくまで俺がミユウから欲しいのは依存みたいなプラスにもマイナスにもなる奴じゃなくて、プラスにしかなることのない信頼だ。
 
 じゃあ俺が教えたらいい? 無理無理、無理に決まってるじゃないですか。
 
 俺に学がないとかじゃなくて、俺から学んでも依存感情の栄養にしかならないんだよ。
 
 会ったことはないけどミユウにも友達は出来た。うん、いいことだ。……だけど、それだけじゃ足りない。
 
 比較対象が無ければそれが基準になる。少なければ普通になる。良いこと悪いことの理解と区別が遅れる。
 
 学校に行って比較対照を作ってこないとミユウは何もわからない人間になる。
 
 すでに頭で理解してるだろうけど、実感しないといけない。百聞一見にしかず、リアルはバーチャルを容易く塗り替える。
 
 愛玩するならなにも知らないトロのような箱入り娘のほうが可愛いけど、俺は道具としてミユウを使う。
 
 だからこその絶対条件だ。
 
 さて、どうしたもんか。時間はあるけど、悠長はしてられない。
 
 教育はゆとり教育より詰め込み教育のほうがいいのさ。
 
 けど、それを指し置いてでもやることはある。神山の仕事が主だけど……。
 
 今目の前で起こったのが、その指し置いてでもやることだ。


「げ……」

 
 お風呂から、冷水しかでない。水道代がどうしたと喧嘩を売るようにシャワーを出し続けても一向に温かくならない。
 
 これは酷い。こんな冬真っ只中を冷水で風呂に入れと? 夏でも嫌だそんなの。なんかよく壊れる前の俺の家のクーラーを思い出す。肝心な時に壊れるのが似てる。
 
 素人目で直せるわけもなく。銭湯に行くことになる。
 
 アヒルちゃんと水鉄砲が無いのが残念だけど仕方無い。お風呂セットを持って、現在絶滅危惧種の安値の銭湯へと向かう。
 
 
「ミズキさん。そっち、男湯です」

「……ん? あーあーあーそうだったね。間違えちゃった」


 俺、女だったね。
 
 番台に居るおばちゃんに金を払ってロッカーへと直行する。プールの時間の着替えの如く上半身をバスタオルで巻いて、自衛(自分から自分を守る対策)しながら服を脱ぐ。
 
 ……が、ちょっと待てちょっと待てちょっと待て。
 
 
「ミユウ、なんでこっちに居るのかな?」

「……え? わたし、おんなの子です……けど……?」

「あ、あ~あ~あ~あ~! そうだったねそうだったね! 私今日ちょっとおかしいなぁ! ごめんね!」


 考えるな、感じ……感じもするな。そう、無に帰るんだ。
 
 とにかく目をつむりながら着替える。だが、それは逆に男時代に鍛えられた俺の妄想力を刺激する。

 ミユウのは(ryが一瞬俺の脳裏を霞める。
 
 いやいや、違うことを考えるんだ。そう、たとえばミユウのは(ry
 
 
「……ミズキさん
 
「ん? なにミユウ?」

「鼻血が……鼻血が滝のように」


 見ると足元に血の水たまりができていた。
 
 
「あぁ大丈夫大丈夫、じゃあお風呂はいろっか」

「だ、だいじょうぶなんですか?」

「このミズキさまが信用できないと申すかミユウ殿は」

「ど、どの?」


 お風呂セットを抱えてお風呂へと直行する。その際にバスタオルが脱げるが構ってられない。
 
 これは多分俺の人生一番の生死を掛けた戦いになる。まけるわけにはいかない。
 
 ミユウは見てないけど多分ついてきてるだろう。うん。
 
 
「あーいいお湯だな~」

「ちょっとあついです」


 顔だけ外に出して、鼻から流れ出る液体が風呂にはいらないようにする。
 
 
「ミユウ先に体あらっといで」

「あ、はい」
 
 
 ミユウの気配がお風呂からはなれて行く。
 
 さっきから目閉じっぱなしで疲れたから開ける。……いっきに明るくなった視界で目が勝手に細められる。
 
 お風呂の中入るまでちょっと俺エスパー入ってたね。俺すげーよ。
 
 それにしても、なんで銭湯のお湯ってこんな気持ちいいんだろうね。普通の水と変わらないはずなのに。
 
 鼻血も止まってきたし、誰も居ないし、泳ごっと。バシャバシャ~。
 
 
「きゃっ!」


 5メートルほどの感覚を往復してると、突然ミユウの声が響いた。
 
 
「ミユウ、どしたの……って」

「ちょっと、ころんじゃいました。えへへ」


 どうしたどうしたと言わんばかりにミユウのほうを見て、俺は見た。ミユウが俺に向けて足をひろ―――。
 
 
「え、ミ、ミズキさん!? ミズキさん!? お、おふろが赤い!? ミズキさ~ん!!」


 3。
 
 
『がんばったねレン』
 
『えらいねレン』

『いい子だレン』

『いい子ねレン』


 ―――……気持ち悪い。
 
 梅田家から持ち出されたホームビデオを見た俺は、いいようの無い気持ち悪さに襲われた。
 
 親が子をチヤホヤするのは悪くないと思う。『思う』というのは、俺は子育てをしたことが無いからだ。
 
 ただ、この映し出された映像は明らかに異常だ。
 
 一言で言うなら、狂愛。過保護や箱入り娘って言葉が甘ったるく聞こえるほどに、親の愛をその一身に梅田レンは受けている。
 
 最高の教育、最高の環境、最高の素質、そして最悪の差別。
 
 梅田レンが通う音楽教室でも、レンは一人だけ浮いている。それも良い意味でだ。
 
 周りに追随を許さないほどにレンは突出している。親の期待と希望に応えるという目的が、レンを高みへと登らせている。
 
 七五三……だろうか。綺麗な着物を着てテレビの中でレンは踊る。幸せそうな顔で、母親へと抱きつく。
 
 笑顔を交わし合う親子は美しい。
 
 だけど、そこにミユウは居ない。……居るには居るさ。カメラの端にたまに映るぐらいだけどな。
 
 正確には梅田家の家族の輪に、ミユウが居ない。
 
 俺は梅田家にある『全て』のホームビデオを持ってくるように警察に頼んだ。警察側がミスをしていないということを前提に話を進めれば、こんなに酷いことは無い。
 
 俺の手元にあるホームビデオ・DVDの数は47。
 
 そしてその中に一つもミユウを主役に捉えた映像は、ない。
 
 ミユウは言った。『自分は要らない子』だと。
 
 その意味がわかった。
 
 
「こりゃひどい」


 俺も妹が2人居たけど、ちゃんと親はかまってくれた。
 
 そりゃあちょっとは妹達側に傾いてたよ。でも、それは女と男の差で仕方がないことだ。
 
 それでも俺は幸せだったし、だからこそ皆俺が目的を持った時に初めて殺す相手に選んだ。家族以外の血で、真っ白だった自分の手を汚したくなかった。
 
 だけど梅田姉妹の両親は男女の差なんて当然関係無く、年の差なんて関係無く、姉と妹という概念に興味なんて無い。
 
 ただ、ミユウよりレンが優秀だったからこそ選んだんだ。
 
 木や盆栽でも、無駄な枝を切って本命の枝に栄養がいくようにする。端的に言えば、梅田両親はミユウを切ってレンを伸ばした。
 
 親の愛なんてどこにもない。
 
 あるのはただ人形への愛だ。
 
 見てて吐き気がする。死んで正解だ。
 
 道具として利用しようとする他人(俺)には関係の無いことだけどさ。家族として養う親は必要なのに……ミユウが歪む理由が分かる。
 
 
「ん」
 
 
 突然、俺のセンサーが気配を察知する。
 
 ミユウが起きた。
 
 余計な心配掛けないように深夜に時間を選んだのは正解だったな、ビデオを停止させてテレビのチャンネルを変える。
 
 ガラッと襖が開き、寝惚け眼のミユウが出てくる。
 
 服装は先日俺が買ってあげた薄い黄色のパジャマだ。我ながら良いセンスだ。
 
 
「あれ……ミズキさん……?」

「ん、おはよ。どしたの? トイレ?」

「あ、はい……おしっこ、です」

「はいはい。いってらっしゃ~い」


 どうも鼻が詰まると思ったらまだ鼻血留めのティッシュが刺さってた。
 
 それを抜いて、ミユウの背を見送る。……まだあんなにちっちゃいのに、悲惨な人生を送ったもんだ。
 
 アニメの再放送を見ていると10分もしない内にミユウが帰ってくる。
 
 
「ミズキさん寝ないんですか?」


 グシグシ瞼をこすりながらミユウが問いかけてくる。
 
 どう答えようかと思ったけど、もうビデオも見終わったし起きてる理由もない。
 
 
「うん。もう寝るよ。おやすみ」

「……おやすみなさい。ミズキさん」


 襖の奥にミユウが消えると、俺も寝る準備をする。
 
 ジーパン脱いで上半身裸の上にYシャツ着て、歯ブラシと洗顔して自分の部屋の洋室へと向かう。ちなみにミユウの部屋は和室だ。
 
 少しづつ家具が豊かになってきた部屋を見渡して電気を消してベットに入る。
 
 冬用に詐欺紛いなお高い羽毛布団を買ったので、超フカフカだ。枕裏にあるナイフを確認して眠りに入る。
 
 が、すぐに部屋の扉が開かれる。
 
 小動物のような足取りからして明らかにミユウだ。目を開けず、寝た状態そのままでミユウへと言葉を掛ける。
 
 
「どしたのミユウ?」

「あ……」


 バツの悪そうな声がミユウから洩れる。異能を発動して猫眼を展開する。
 
 すぐさま闇に慣れた視界をミユウのほうに向けると、まだ暗闇に慣れていないミユウが明後日の方向を見ていた。
 
 その両腕に枕が強く抱かれていて、すぐにミユウの真意を察することが出来た。
 
 
「……怖い夢でも見た?」

「……はい」

「どんな?」

「すごく、怖い夢です」


 はぁっと溜息をついて頭を掻く。体を伸ばしてミユウの腕を掴んで布団へ引きずり込む。
 
 反射的に暴れたけど頭を抱くとすぐに大人しくなった。
 
 絡めてくる足に応じるように、ミユウの足の間に俺の太股を差し込む。
 
 
「ッ!?」


 俺の冷たい太股に驚いたのかビクッと、ミユウの体が跳ねる。ま……これで足は寒くないだろうし(俺の)、寝よう。
 
 再度眠る体勢に入る。うは、眠いわ。明日は夜遅くまで尾行だし、早く寝たい。
 
 
4。


 この世界は現在、田中タロウというごく普通のありふれた名前の人間が1人も居ない。
 
 
 その理由は追々話すとして、少し説明を挟む。

 現在進行形で起こり続ける異能者事件は数を減らすことを知らない。
 
 力の無い人間が、突然大きな力を手に入れれば起こることは目に見えている。
 
 内に溜まったストレスや欲望を、強大なエゴの塊に変えて放出し周りを傷つける。
 
 例えをあげれば、デスノートだ。
 
 拾った人間が夜神ライトだったからいいものの、ほかの人間が手に入れていれば被害は世の犯罪者では無く別の人間に向いていたことだろう。
 
 力を持つ人間には適正が必要だ。
 
 夜神ライトにはそれがあった。犯罪者を裁き、平和な世界を作り出すという野望という適正があった。
 
 だけど、この世は違う。
 
 異能という力は、この世の人間全てに、無選別に与えられる。
 
 野望も目的も希望も、そして理性すら無い人間にも与えられる。
 
 異能の力は悪い意味で人々に平等だ。
 
 力を手に入れ、エゴを撒き散らし、そして自分の力を過信して更に被害を広げる。
 
 人は、物を持てば使わずにはいられない。禁止されれば破らずにはいられない。
 
 だからこそ、犯罪が減ることは無い。
 
 その中でも群を抜いて大規模な被害を出した事件は3つ。3大事件と呼ばれることもある。大学に行けば習うほどに、この3つの事件の被害は甚大だ。
 
 3大事件の内2つは、特A判定の変身系異能者が暴走した結果起こした虐殺だが、最後の1つは物理操作系が起こした特殊な物だ。
 
 別名『田中タロウ事件』。
 
 物理操作系は現在最も人口が多い異能だ。
 
 人口も多いため、個々の異能のバリエーションも豊富。
 
 あまりに多いために細分化しようという声もある。
 
 だけど、種類が多いぶんその威力もバラついている。
 
 異能者としての最低判定のDは、他の6つの異能を抜いて多い。
 
 小さい犯罪を起こすのは主にこの物理操作系D判定の人間だ。……Dといっても、これだけで普通の人間には脅威だ。
 
 話を戻すと、この『田中タロウ事件』は物理操作系の中でも特A判定の異能者がやったものだ。
 
 その特A判定の異能の効果は『人形に殺したい人間の名前を書いて貼り、釘で人形の胸を貫くとその名前を書かれた人間は死ぬ』という、まるで日本の昔の呪い染みたものだ。
 
 相手は死ぬという部分にエターナルフォースブリザード的な何かを感じるけど、この効果が凄まじかった。
 
 事件の中心人物となったその異能者は、ある日異能に目覚め憎かった人間を殺そうとした。
 
 異能が示す通りにことを運び、適当な木に人形を縛りつけていざ異能を発動させて憎かった『田中タロウ』の名前が書かれた人形を釘で貫いた。
 
 異能はその効果を最大限に発揮して、『田中タロウ』を殺した。
 
 その異能者もすぐにそのことを知って歓喜した。
 
 だけど、異能の効果には欠点があった。使う人間が違えば、長所にもなりえたことだ。
 
 次の日、その異能者はテレビのニュースでそのことを知った。
 
 『全国の田中タロウ』という人間が、昨日……憎き『田中タロウ』を殺した日に死んだのだ。
 
 原因は心臓麻痺。
 
 赤子も、少年も、青年も、中年も、老人も、死因は変わることはなく心臓麻痺だった。
 
 この事件は明らかに人外の異能の仕業としか考えらず、すぐに神山も調査に乗り出した。
 
 犯人の異能者がどこに居るのかもわからないために、長期戦になるかと思われたが3日もしない内にその事件は終わりを迎えた。
 
 犯人が自分の犯した罪の大きさに耐えかねて、自ら自首したのだ。
 
 犯人は死刑を望み。
 
 当然、神山側も死刑を言い放った。
 
 この一件で、一般人の異能者への偏見の眼差しは段違いに強くなった。


5。


 前戯無しに言うと、俺は今物凄くイラついている。カップ焼きソバのお湯捨てる時に勢いで麺まで出ちゃった位にイラついている。イライラ。
 
 
「アッー! ムッカー! キィィィィ!!!」


 近くにあった電柱を蹴り撒くってストレス発散を促すが、こんなものじゃおさまらない。このままじゃおさまりがつかないんだYO!
 
 マドカが可哀想な物を見るような目でこっちを見ているけど関係ないね。ゲシゲシゲシ! 傾け! 折れろ! 泣け、叫べ、そして死ね!!
 
 ……ふぅ。流石に疲れた。電柱はジェンガちゃったからまた組立て直さないといけないけど、俺のストレス発散の手助けを出来たんだから喜んでいいぞ。むしろ喜べ。
 
 そもそも何で俺が怒ってるのかと言えば、今目の前にある置手紙のせいだ。
 
 学生がよくやる畳み方をした手紙の中身は『バーカ、神山なんかに捕まらないよ~』と書かれた一文とその後に続くアッカンベーの絵。もうね、死刑確定。でも命令には要捕獲って書いてある。
 
 最初の異能者狩りは1日でスムーズに行ったというのに、2件目でもう俺達は6日間も二の足を踏んでいる。
 
 1日2日で済ましたいのに今回の奴ときたら、なかなかに勘が鋭かった。襲撃前の僅かな『揺らぎ』を察知して、逃げ去った。
 
 多分俺と似たタイプの人間。種類というより、系統。
 
 前も言ったけど人目に付く場所での決着はなるべく避けたい。理由は前に言ったから言わない。
 
 だから人目に付く場所へと逃げられればそれでその日の襲撃は失敗に終わる。1人とか2人とかならその場で一緒に始末するんだけど、不特定多数の前じゃ無理無理。
 
 そんで今日こそはと入念に尾行した結果、人目につかない場所に行ったかと思うと置手紙のコンボにやられた。
 
 完全に俺達の存在に気づいたのが見てとれる。
 
 こういう奴はかなり面倒臭い。まだ面は割れてないからいいけど、どうしたもんか。
 
 しばらく警戒態勢に入るだろうし手が出しづらいことこの上無い。
 
 こうなったら言ったら悪いけどマドカは役立たずだ。俺と同系の人間なら、これから先少しでも怪しいと思ったことには踏み込まなくなる。
 
 ということで単独行動だ。
 
 作戦が立案できるまで、マドカには情報の真偽を確かめるほうに回ってもらう。
 
 マドカには人目につく大通りや、沢山人が居る場所を出来るだけ通って帰ってもらい。さっそく逃げた対象を捜索しに行く。
 
 目立たないように髪は纏めてニットの中に閉まって、服も黒地のパーカーに暗色のジーンズだ。この赤目も黒のカラーコンタクトで、既に外見は日本人。
 
 血気盛んな人間が溢れるこんな場所じゃあ、俺の特技の気配察知も使えないし地道に探す。見つかるかは賭けだけど、俺としてはこれ以上できるだけ時間を掛けたくない。
 
 3分クッキング並にパパッと終わらしたい所存だ。
 
 そのためにも努力は怠りませんよ。惹かれ合う運命を信じていざ夜の町へと桃谷ミズキが繰り出します!
 
 
「―――……ま、そんな簡単に見つかったら苦労せえへんわなぁ」


 結局、良い子も悪い子も眠る時間になるぐらいまで捜すけど成果はなかった。うん、最初からわかってたよ見つからないのはさ。
 
 でもこういう時って普通見つからない? マンガ的な展開とかでさ、どっか逃げたヒロイン(殺したい相手)を探す主人公(俺)とかよく有るシチュエーションとおもうんだけど。
 
 ミユウには仕事もことも伝えてあるからちゃんと寝てるだろうし(かなり渋い顔されたから額にキスしたらOKしてくれた)、どうしようか。
 
 自販機の前でポツンと立ってコーラを飲みながら考える。
 
 前からけっこう飲んでるの知ってると思うけど、俺はコーラが大好きです。ペプシとかは論外だし、カロリーゼロとかZEROとか言うのはコーラじゃないのであしからず。
 
 飲み終わった缶をスーパーボール大の大きさにまで握りつぶして、行く場所を決める。
 
 
「案外自宅に居るかも」


 警戒して都内にでも潜伏すると思ったけど、裏を掻いて家でのうのうとしてるかも知れない。
 
 あれー、でもそれでもし居たら俺の深読みってことになるな。俺バカじゃん。
 
 うん。生きてたらいいんだよね……? 私刑確定。
 
 携帯を開いて、対象の情報を開く。もう2、3度行ったことあるけど対象の自宅の住所を確認する。
 
 歌でも口ずさみながら行こうっと。
 
 
「幸せは~歩いて来ない、せやから歩いて行きましょか~」


 子供のように元気よく歌いながら対象の自宅がある都心へと向かう。 

 対象の自宅は都心のちょっと外れたとこにある。外れたとこにある、といっても家賃はバカにはならない。
 
 普通のサラリーマンなら確実に家賃だけで給料がぶっ飛ぶだろう。
 
 そんな家に住んでるんだから、そこに住む対象も高額な仕事についてると思いきやそうじゃなかったりする。
 
 なにしろ、高卒のフリーターだ。
 
 明らかに高給な人間じゃあない。
 
 なのになぜ住めるのか? というのは、言わずもがな人には言えない汚い仕事をしているからだ。
 
 その仕事は、前の対象とも関わり合いがある。
 
 直接的じゃないけど、人攫いグループの1つという部分で関係している。
 
 さらわれた人の行く先を調査した結果、人攫いグループは複数あると判明した。
 
 その内の1つは先日俺が潰した。
 
 新参で手段も雑だったためにすぐにボロが出たからだ。まぁその原因がレイプってのは笑いものだけどな。
 
 そして今回の対象も人さらいの調査をしていて上がってきた。
 
 なぜか最近になって人攫いグループが活性化(原因調査中)したために足がついたのだ。
 
 人攫い歴もけっこう長いためにその手の組織に強く関係していると予測されたために、要捕獲と設定された。
 
 
6。


「……ん~?」


 近道とばかりに人けの少ない路地を通っていて、今になって気付く。
 
 頬に汗が垂れる。……やべぇ、かなりマンガ的な表現だ。
 
 いつからついてきてたんだ? 全然気付かなかった。
 
 いつの間にか背後から人の気配を感じる。
 
 足を止めずに考える。というか一言言わせてくれ。
 
 凄い。
 
 俺の唯一の特技とも言える希少技能の気配察知でも捉えられないほどに、後ろの居る奴はいつまにか居た。
 
 多分、今から攻撃するよっていう体勢入ったから気配が漏れ出したんだろう。
 
 うへ、ちょっと身震いした。
 
 袖と腰と太ももに縛り付けたナイフを確認する。
 
 違和感がないようにさり気無く携帯を取り出して、マドカ宛てに電話を掛ける。
 
 携帯を耳に当てようとした途端、真っ二つに折れた。
 
 続いて耳の端に鋭い痛み。
 
 触ってみると、血が出ていた。
 
 
「……」


 ディスプレイの上半分も見事に真っ二つ。
 
 このまま耳に当てるのはちょっと無理だわ。
 
 なにこれ? ミズキちゃんピンチ?
 
 こっちが気付いたことも予測済みか相手は。
 
 こうなった以上知らんぷりも出来ない。踵を返して振り返る。
 
 
「ふ~ん。勇気があるのか無謀なのか……」
 
 
 てっきり隠れるかと思ったけど、相手は普通に目の前にいた。
 
 隠し撮りされた写真を携帯で見たし、つい数時間前まで尾行していた相手だ。間違いない。

 対象のほうからやってきてくれるとは思わなかった。
 
 イケメンを男性的な美形と捉えるならコイツは中性的な美形だ。
 
 既に右手にナイフを構えて臨戦態勢。
 
 俺のほうも、左袖のファイティングナイフ、右袖のスローイングナイフ(ハガレンのヒューズが持ってる奴)をいつでも取り出せるようにする。
 
 殺さないように殺さないように……っと。
 
 情報では物理操作系のC判定、ナイフを振るって小さい斬撃の衝撃波(以降、斬撃波)を発生させる異能者だ。
 
 小回りが利きそうで厄介だけど、その分威力は低いそうだ。
 
 
「ふ~むふむ。キミいいねぇ~胆も据わっててなにより美人だ」

「……?」


 男のくせに女声を出しながらクツクツが対象が笑う。
 
 
「取引主がさ、今可愛い女の子いっぱい探してて高く買い取ってくれるんだよね~。その点キミは最高っ! きっと高く売れるよ~」


 ……キモい。顔が良い分キモい発言が中和されそうだけど、俺は違う。
 
 顔がいい男が嫌いだからこの対象自体見かけだけで大っ嫌いだ。
 
 よって超キモい。略してチョキ。
 
 
「すいません。知らない人にはバックドロップとフランケンシュタイナーと地獄突きで10連コンボするようにとマイダディに強く言いつけられているので……」

「ふふふ。さっきの黒髪の子は警戒心強かったからね。だから、キミを選んだんだよ?」

「……」


 気付いてやがる。俺とマドカのどちらの正体も。
 
 もう一回言う。
 
 コイツ、凄い。
 
 油断はしてなかったはずなのに……どこで俺達の正体に気づいたんだ。
 
 だけどマドカは無事っぽいし、逆に俺が危ない。
 
 だけど、こっちからは何も言わない。もしかしたらカマかけかも知れないからだ。
 
 
「神山も人不足? こんな可愛い女の子に仕事させるなんてさ」

「言ってる意味がちょっとわからないので、バウリンガルで翻訳させてもらいますね」

「いいよ翻訳しなくても、どうせキミが今日から道具になるんだから、ねッ!」


 懐から取り出したバウリンガルを肩まで持ち上げて見せてみると、対象のナイフを振るった数秒後にバウリンガルが砕けた。
 
 ……タイムラグあり、バウリンガルの後ろに控えていた指も傷はついているけど骨に異常はないから威力は報告通り低めだ。
 
 連発されたら厄介だけど、接近してナイフファイトに持ち込めば勝てる。
 
 
 ―――……と、思ったけど結局勝てなかったんだよね。
 
 というわけで、この話はまだちょっとだけ続くのじゃ!

▽△

19触り。6ぐらいまで続きます。
誤字脱字指摘してくれると嬉しいです。
感想コメントしてくれるとしぬほど喜びまっす。それでは次回の更新まで。
早見表は次回更新時に消えます。


11月27日更新。

19完成。というかなんでいつのまに長編になってるんだろうこの話。
一話完結系で行こうとしてたんだけど……おかしいなぁ。
ちゃくちゃくとフラグを建設中。
でも上手く使えるかな、そのときには情が移ってそうで怖い。

サイト名:紫茶店 作品名:SKY OVER
宇宙人による地球侵略のお話。といっても、中身は明るくて面白い。
主人公のへだった知識&無知が捉える日常が面白くて仕方ない。
世界観もしっかりしていて、どこでそんな知識を身につけたのだろうとしばしば思う。
もう実際に作れるんじゃね? と思うぐらいに描写が素晴らしい。
すごい良いところなのに更新する気配がないのが残念です。



早見表は消さないほうがいいとコメントがあったので残そうと思います。
感想が自分に勇気と希望と愛をくれる。更新がんばります!
誤字脱字指摘してくれると嬉しいです。
感想コメント送ってくれる嬉しさのあまりに発狂します。それでは次回の更新まで

ベツニミユウトレントミズキガイッショニイルハナシカカナクテモイイノカモシレナイ、フコウナヒトハフコウナママガケイダンダシ、ヒトガヨクシヌハナシダシネ。



[4284] けいだん。20―俺に任せとけ―
Name: 歩(ホ)◆429b8219 ID:06335ec5
Date: 2009/01/14 20:41
1。


 チーム……異能による略奪や虐殺を行う組織。
 
 端的に言えばそうなる。初めはただの異能者コミュニティで、己の力に酔い暴走しあとは神山に鎮圧されるだけの組織だった。
 
 だが、2・3年前になってから急に神山関係者を狙うようになった。
 
 途端にチームは闇へと紛れ、その全容を隠し肥大化し始める。
 
 今現在に置いてのチームの戦力や財力は未知数。大きいことには大きいが、どれほどまでに巨大なのかはわからない。
 
 拠点らしき場所を1つ2つ潰されても痛くもかゆくもないのはわかった。
 
 情報管理も行き届いているために、今までに捕まえた奴らを調べてもチーム関係者の面子については何も浮かんでは来なかった。
 
 だが最大勢力を誇る、神山と政府が協力した作戦だ。
 
 潰れるのは時間の問題。予想では2ヵ月と踏んでいたが、今のままだと半年から1年にも伸びることもありそうだ。
 
 思わずため息が漏れる。
 
 ……あぁ、ミズキは無事だろうか。
 
 あの日、チームの人間が起こした事件により消えてから既に半年近くが経過している。
 
 チームの人間に拉致されたのでは無いのかと不安になる。
 
 だから無理を通し道理を蹴り、この作戦を強行した。
 
 拉致されていたのなら良し。だが、もし今チームにミズキが拉致されていないと知ったとしても、私は作戦を中止する気は、無い。
 
 ……あぁ、私のミズキ。可愛い息子。
 
 許さない。許せるわけがない。
 
 私の大切な息子を、苦労して手に入れた成果を、手の届かない場所へと追いやった奴らを許せるわけがない。
 
 殺してやる。殺してやるぞ。
 
 そのためならなんだって利用してやるさ。神山も、政府も、実の娘でさえもな。
 
 今の私は、阿修羅すら凌駕する。
 
 この胸に灯る怒りを、憎しみを。全てぶつけてやる。
 
 ―――ふいに、警報が鳴らされる。
 

「……ふふふ。ははは、きやがったな!」


 頬が釣り上がる。……ビンゴだ。
 
 最近になってついにチーム構成員が動きだしたのだ。
 
 その主たる攻撃が変身系と実体化系、共に暫定A判定のチーム構成員による突撃だ。
 
 今までに7つの拠点が襲われ被害も甚大。こちらの反撃準備が整う前に、テレポーターによる即時戦線離脱は実に厭らしい物だ。
 
 だが、それも今日で終わりにしてやる。
 
 部屋に駆け込んでくる人間を制止して、被害を受けている場所へと急ぐ。
 
 こういうときに自分のコンプレックスが最大限に発揮されのが傷だ。
 
 ……うぅ。私の大股の1歩が成人男子の歩きの1歩と変わらないとはどういうことだ!
 
 息を切らせて現場に着くと、そこはもう見るに堪えない状況になっていた。
 
 ホテルの正面玄関だったところはもう粉砕しつくされている。
 
 周りには数名のホテル従業員と神山の実行員が横たわり、死体かもうすぐに死体なる状態になっている。
 
 その中心では平然と3人の人間が立っている。
 
 2人は顔写真で見たことがある。どちらもここ最近の神山の拠点襲撃をしていた人物だ。
 
 もう1人がテレポーターか? ……どうでもいい。
 
 ははは、ついに会えた。
 
 コイツらが、息子の仇か。
 
 ちょうど良い。全員、殺してやる。
 
 
「……お、来た来た……って、子供かよ」

「子供だね」

「うん。子供だ」

「子供だね」

「……なんかほかに言えよやりづらい」

「……」


 帽子男とロン毛少年の発言……いい度胸だ。

 私の胸にズカズカと言葉が突き刺さるぞ。
 
 異能を、発動する。
 
 地に足をしっかりとつき、私の意識を地面に広げる。
 
 途端に奴らの目付きが変わる。……流石に戦い慣れてるだけのことはある。
 
 
「……」

「次は俺の番だろ。お前らは下がっとけ、絶対に手ぇ出すなよ」


 帽子男が前に出てきたロン毛少年の前に手を出して止める。
 
 
「見た目で判断したら痛い目見る……ってね。たしかにそうだ。……たしかに、今までの誰よりもお穣ちゃんは強そうに感じる」

「強そうじゃない。『強い』んだよ。……さっさと来いよ。殺してやる」

「言うねぇ……! じゃ、死んでも文句は言えないなッ!!」


 帽子男が手をポケットに突っ込んだまま走り出すと、同時に黒い光を体から迸らせ、人の殻を破るように流線形な姿の怪物が飛び出す。
 
 戦闘生物とでも言えばいいのだろうか。
 
 肘から生えた刃、異常に細い腰、白色を基調とした艶のある肌、口がどこにも見当たらない顔にはバイザーのようなものがついていて首には異常に長い赤マフラーが巻きついている。
 
 一見すれば戦隊物のヒーローのようにも見える。
 
 肘に生えていた刃が引っ込んだと思うと、構えた掌から伸び剣を形成する。
 
 人間の枠……いや、並の変身系の能力を超えた速度で突撃をしかけてくるソイツを私は睨む。
 
 こっちも準備完了だ。
 
 異能により完全に私の意識が溶け込んだ地面を『変化』させる。
 
 赤い絨毯が敷かれた石造りの地面が、黒色の泥へと変化し私の足をぬかるませる。
 
 
「おッ!?」

「遅い!!」


 一瞬にして変化した光景に驚愕した帽子男が前のめりだった姿勢を解除して、咄嗟にステップバックする。
 
 ……その判断は私に攻撃のチャンスを与える。
 
 私の手足のように動く泥を操り、10本にも渡る『腕』を作り出す。
 
 泥によって形作られた腕が急激に伸び、帽子男へと襲いかかる。
 
 動揺しながらも足運びで泥腕をかわし、刃で切裂くのは見事だ。
 
 
「っちィ! 特殊系かァ!?」

「違うね。歴とした変身系……だ!」


 竜巻のように回転し、全ての泥腕を消し去る帽子男に私はさらに追撃を掛ける。
 
 もはや辺り一面が私の支配下と言える。泥の貯蔵量に物を言わせて、無数に泥腕を作り出す。大小様々の大きさの泥腕を帽子男へと走らせる。
 
 今度は全体だ。
 
 後ろで攻撃してこない奴らも纏めて攻撃してやる。
 
 
「っは! これが変身系? 変身系ってのは、俺のようなもんを言うんだよ! ちゃんと勉強してきなよ、お穣ちゃんッ!!」


 ……どっちがだ。
 
 それに穣ちゃんという言葉も気に入らない。
 
 見た目は確かにこうだが、お前らより軽く倍は生きてきている。
 
 次々に襲いかかる泥腕をさっきの回転で薙ぎ払い。前進し始める。並の異能者ならここで既に殺しているが、流石はチーム構成員ってわけか。
 
 だが、次の一手で終わる。
 
 
「……変身系というのはな、ただ自分を変身させる異能者が過半数を占めているから『変身系』と呼ばれるんだ。
 『変身系』は別名『変化系』だ。どちらかと言えば『変化系』のほうが正しいんだよ。
 『他の物質を変化させ、自分の支配下へと置く』それが変化系の真髄だ。異能が及ぼす狂気なんて愚の骨頂だ」
 
 
 回転から一転、帽子男が飛び出す。
 
 弾丸を思わせるような回転を加えた特攻、当たれば即死か。
 
 ……当たる気はない。いいや、まず、私には届かないのだから。
 
 前方の泥を盛り上げて盾を作る。
 
 肉厚に幅を持たせた泥の盾が帽子男を受け止め、私の斜め後ろへと勢いを逸らす。
 
 ドリルが回転しているような不快感を伴う音。
 
 ホテルの壁が粉砕され辺りにコンクリートのツブテを撒く。
 
 
「ヒュ~。やるねぇお穣ちゃん。この攻撃、無傷でかわされたのっていままで初めてかも」

「それはそれは浅い経験だな」

「お穣ちゃんに言われたくねぇ~……」
 
「……お前勘違いしてるだろ」

「何が?」


 帽子男の足元に意識を寄せ、奴の真下に泥腕を生やし足をからめ取る。
 
 
「おっと―――ぐぅッ!」
 
 
 寸前で気付いた帽子男が飛びあがろうとするが、粘性を上げて固めた泥からは逃れられず前のめりに体勢を崩す。


「私の年齢だよ。……それと、さよならだ」

 
 足を上げ、地面へと振り下ろす。
 
 ドチャっと泥を弾くを音と共に水面にしずくを落としたように、黒色の泥が波打つ。
 
 
「飲み込め、泥津波」
 
 
 波紋から小波へ、小波から大波へと昇華し泥で津波を再現する。
 
 多大な疲労感を生み出すかわりに生まれるのは、絶大な威力。
 
 大荒れの海を彷彿させる津波がそこらにある人や備品を巻き込み帽子男へと襲いかかる。
 
 
「……ッ!」


 最後の言葉を発する間もなく大量の泥に帽子男が飲み込まれる。
 
 たかが泥だが、されど泥だ。ましてや私の泥は、異能で作りだした特別製だ。
 
 この異能を手に入れてから既に30年以上が経過している。
 
 知りつくしているさ、誰よりもこの異能の使い方をな。
 
 今も後ろの2人はオートモードの泥腕で牽制だが、一向に襲ってくる気配はない。
 
 好都合だ。
 
 前方一面が黒色の泥に塗れた中で、私の背丈の倍以上もある泥の塊が一つだけある。
 
 中身は当然帽子男だ。
 
 気絶しているのかは定かではないけど、関係ない。
 
 
「凝縮」


 前に掲げた手をギュっと握り込む。
 
 それに連動して、溶けたアイスのようになっていた泥の塊が密度を増し一気に硬くなる。
 
 バンッ! とくぐもった音と共に血の詰まった風船が泥の塊内部で弾ける。
 
 何処からか漏れだしたのか泥塊各所から赤い血泥を染める。
 
 
「さて……やっと1人目か」


 後ろを見ればもう2人は居なかった。
 
 ふふ、今は逃げればいい。だけど、いつか殺してやる。


2。


「シッ……!」


 アンダースローでスローイングナイフを投げつける。
 
 ナイフはダーツのように滑空し、的である中性顔の男へと飛んで行く。力任せだけど、その分威力は充分。
 
 当たればその箇所から肉を千切るし、受けとめようものなら受け止めた腕・指を骨折させる。
 
 ナイフに続くように走りながら肉体改造で、猫目と猫耳を作る。
 
 途端に俺の目と耳を通して感じる世界が変質する。
 
 夜の闇で暗色系の色が占める視界が、一気に明るくなり朝と大差が無くなる。
 
 遠くで聞こえていた町の音が、今ではすぐ近くに感じるし、集中すればその中からさらに微細な音を聞き分けることが出来る。
 
 そして今は目の前の奴にのみ集中する。
 
 細かい心臓音、呼吸をする時の僅かな音を耳で捕える。
 
 投げたナイフはサイドステップでかわされ、後ろにあるコンクリの壁に柄まで突き刺さる。
 
 中性男は何もない空間、その先に見える私の脚元に向けてナイフを振るう。
 
 ―――斬撃波!
 
 俺は斜め前方にジャンプして、効果線上から外れつつさらに距離を詰める。
 
 ヒュンっと言う不自然な風鳴りを耳が捉える。
 
 体のどこにも痛みは無い。回避成功だ。
 
 さらに振られるナイフの軌道を予測して全てかわす。
 
 ナイフの射程まで後数歩のところで大きく振りかぶり、斬る場所を決める。
 
 これだけ大袈裟な前動作を踏めば、簡単に太刀筋を読まれるけどそれは計算の内。
 
 ナイフによる反撃はまず、無い。
 
 何故かと問われれば、理由は簡単だ。
 
 さっきの奴の発言を思い返せばいい。
 
 
「おっらぁ!!」


 鈍器でも扱うように、両手で握ったナイフを相手が防御用に構えたナイフに叩きつける。

 大事な取引相手に傷が付いた商品を売り付けるわけにはいくわけがない。
 
 俺みたいな眉目秀麗な超絶美少女ならなおさらだ。商品価値が下がるのは必須。
 
 顔に傷をつけてしまうかもしれない接近戦でナイフなんて使えるわけがない。
 
 故に、相手のナイフは脅し件防御用だ。
 
 
「おおっ!?」

「にっ……!」


 思わず笑みがこぼれる。
 
 相手の力の要とも言えるナイフを落としたからだ。

 きっと中性男の手は、ナイフを受けた衝撃で手が痺れている。それこそ、少しの間は何も物を握れないほどに。
 
 少女然としている俺の力を舐めていた中性男は、俺の猫耳猫目を見て、全身の力を緩めていたはずだ。ナイフを握る手も同様にだ。
 
 大の男の油断、少女の全力の一撃。
 
 大の男優勢に力関係が傾いているはずだけど、今この場は違う。
 
 俺の握力は怪力と呼べる代物だ。腕の耐久力を度外視した端から見れば捨て身にも思える俺の本気と、奴の油断。充分に、ナイフを取り落とす理由になる。
 
 だけど、相手は気づかない。
 
 俺の握力に。
 
 自分自身の油断に気づいているからこそ、ナイフを落とした理由を誤認する。
 
 
「にがすかぁ!!」
 
 
 ステップバックする中性男に追いすがり、追撃する。

 異能を発動できない今こそ好機だ。
 
 こっちも殺すことは出来ないハンデを背負っているけど、生きてさえいればいいんだ。
 
 致命傷は狙わないけど、死なない程度に傷を負わせ、かつ相手の戦意を奪う箇所を狙う。
 
 腰からナイフを取り出して右手で逆手に構える。
 
 両手ナイフの状態で腕や肩や太股、死に直結しそうな内臓類をふんだんに詰め込んだ胴体を避けて斬り傷を負わしていく。脛は俺の背でも低過ぎて狙いづらいから無理。

 中性男が崩れ落ちる、俺はチャンスと見て右手のナイフで思いっきり中性男の右肩に突き刺した。
 
 深々と突き刺さったナイフをつたって血が流れる。
 
 ドサリ、と中性男が地面に腰をつく。
 
 
 勝った。第三部完。
 
 
 猫目猫耳を解除する。
 
 ナイフを中性男の額に着きつけたまま目の前に立つ。
 
 
「携帯寄越せ。電話するから」


 こっちの携帯は壊れちゃったしね。こういう場合ってコイツが弁償してくれるのかな。
 
 まぁ使った後に壊して返してやろう。
 
 ソイツが携帯を差し出すまでの間に、緊張で額に掻いた汗を拭う。
 
 ……ふぅ。けっこう俺でも正面から勝てるもんだな。流石主人公だぜ俺。
 

「……ふふふ」


 俺が勝利の余韻に浸っていると突然、中性男のが笑いだす。
 
 ……なんだこの展開。ちょっと死亡フラグ立ってない俺? やばくない俺?
 
 これはまずい。いますぐ行動せねば。
 
 フラグをへし折るべく、相手の戦意を完全に奪うために腕を一本斬り飛ばそうとナイフを振るう。
 
 が、背中に衝撃が走った。
 
 
「が……あ……!?」


 熱いモノが背中から抜けていく感覚。触れてみると、何かが生えていた。
 
 硬い棒。鉛筆大の太さをした、何か。

 倒れそうになる体を押しとどめて、後ろを向く。

 そこには、弓を構えた少女が立っていた。
 
 ……俺と、同じ学校の制服? なんで、こんなときに学校コミュニティの奴らが来るんだよ……。
 
 中性男に集中しすぎてたのか、気付かなかった。
 
 次いで、足に痛み。ズパッという鋭利な音。
 
 呆然とした意識で、足を見れば案の定、ジーンズに赤い血がにじんでいた。
 
 ……斬撃波か。でも、あいつ刃物持ってないぞ……?
 
 
「どうせ俺と会うのこれで最後だし、異能の正体を教えてあげるよ」


 刃物を振るって衝撃波を飛ばす異能……だろうが。
 
 
「違うよ。……俺の異能は空気の圧力を操作して瞬間的にカマイタチを作り出す物理操作。ナイフを振るうのはフェイクだよ。
 実際はカマイタチを起こして擬似的に切り裂いているだけ、当たれば防御は不可なんだけど発動までに若干のタイムラグがあるのが面倒くさいね。
 拳ほどの大きさしか真空は起こせないし、一発放つだけでもけっこう疲れるのもネック。……神山で判定を受けたら、多分CかDぐらいだろうし、そんなに強い異能じゃないよ。
 ま、それでも工夫次第でこういうことも出来るんだけどね」
 
 
 中性男が腕を上げる。
 
 ……やばい。この前フリからして明らかに奥の手だ。近寄るな、当たるな、離れろ。
 
 
「あ」


 ガクンッと足首から力が抜ける。そのまま膝が地面につく。
 
 目の前には、手。
 
 卵を持つように、丸められた手が俺の鼻先に当てられる。
 
 瞬間。俺の意思とは無関係に体がビクンと跳ねた。
 
 何かに吸われたように体全体の力が抜ける。指一本動かせないほどに、体力ゲージが底をつく。
 
 強制的に意識が絶たれる。
 
 その前に俺は思った。
 
 
(バキの、パクリじゃん……)


 不本意に中性男の胸元に倒れ込む。
 
 朦朧とした意識の中、2人の会話が少しだけ聞こえた。
 
 
「ありがとうヒカリちゃん助かったよ」

「……ううん。私はご主人様のために働いただけ」

「……あ、そなの。それより、たった数日で変わっちゃったねぇ。俺が拉致ったときにはあんなに反抗的だったのに」

「あの時はあの時だよ、うん。きっと、ううん、絶対にあの時の私がおかしかったんだよ。だって今私はご主人様をあい―――」


 意識が、途絶えた。
 
 
3。


「ん? ミズキと連絡つかないって?」

「うん。……さっきから、携帯に出ない」

「妥当に考えたらヘマったんだろうねぇ」

「私もそう思う」


 リョウコと話す。ミズキちゃんからの提示連絡がなくなってもう6時間近く経ってる。
 
 私を返して、単独行動をしたのは、間違いじゃない。
 
 私は、異能以外に秀でた能力が無い。気配を絶つ、というのも全然わからない。
 
 作戦も立ってないうちに私が一緒に居ても、役には立たない。
 
 むしろ、足手まといだ。
 
 ユウのように戦えないし、動けない。
 
 リョウコと一緒にリョウコの家に帰る。今は、何もできない。
 
 ユウと彼が引き抜かれてから私はリョウコの家に泊っている。1人だと、なにかとあぶないからだ。
 
 
「おっや、お客さんだ」


 リョウコが手荷物を私に預ける。
 
 何があったのかと、前を見ると3人組の男が立っていた。
 
 全員、顔には歪んだ喜びの表情が浮かんでいる。
 
 手にはナイフや警棒、それにスタンガン。
 
 敵だ。私は異能を発動させようと、全員を視界を捉える。
 
 でも、その前にリョウコに止められた。
 
 
「いやね。最近腕がなまっててねぇ。……コイツらいい練習相手になりそうだよ」


 指を鳴らしながらリョウコが前に出る。
 
 そのまま、三人組みへと近づいて、一瞬で終わった。
 
 全員気を失っている。
 
 空手だけでここまで強い人間は、多分リョウコだけだと思う。
 
 その中の1人の腕を掴んでリョウコが情報を引き出す。
 
 
「あ~あ、出るわ出るわ犯罪の山が。この罪を警察側に伝えれないのは歯がゆいねぇ~」


 異能者関連の犯罪じゃなければ、異能で引き出した情報は伝えられない。法律で決まっている。
 
 ついでに言うと、この3人組みの目的は私を攫うことだった。
 
 それからさらに調べてらしいリョウコが「あ」と、素っ頓狂な声を漏らした。
 
 私がどうしたのか聞くとリョウコは、
 
 
「ミズキ見つかった」


 と言った。続けて、ミズキちゃんの居場所がスラスラとリョウコの口から出てくる。
 
 都心から、少し離れた場所にミズキちゃんが居ることが分かった。記憶も新しいらしく、すぐに行けば間に合うかもしれない。
 
 でも、戦力が足りない。
 
 派遣は役に立たない。リョウコ一人じゃ絶対に無理……。
 
 警察も、無能。すぐに動けない。
 
 どうすればいいのだろう。
 

4。


 ミズキさん。
 
 
「もう、あさだ」


 ミズキさんミズキさん。
 
 
「帰って来てない」


 ミズキさんミズキさんミズキさん。
 
 
「携帯も、つながらない。どこ、行ったのか……」


 ミズキさんミズキさんミズキさんミズキさん。
 
 
「……やだ。ひとりはヤダ。こわい、です」


 ミズキさんミズキさんミズキさんミズキさんミズキさん。
 
 
「……行方不明……?」


 ミズキさんミズキさんミズキさんミズキさんミズキさんミズキさん。
 
 
「……やだ。やだやだやだやだやだやだやだやだ。こわいこわいこわいこわいこわいこわいこわい。ミズキさんミズキさんミズキさんミズキさん」


 ミズキさんミズキさんミズキさんミズキさんミズキさんミズキさんミズキさん。
 
 
「マドカさんも襲われた……ミズキさんは、捕まった……?」


 ミズキさんミズキさんミズキさんミズキさんミズキさんミズキさんミズキさんミズキさん。
 
 
「たすけ……ないと、まもら……ないと」


 ミズキさんミズキさんミズキさんミズキさんミズキさんミズキさんミズキさんミズキさんミズキさん。


「ゆるせない、ゆるさない」


 ミズキさんミズキさんミズキさんミズキさんミズキさんミズキさんミズキさんミズキさんミズキさんミズキさん。
 
 
「ミユウちゃんおはようなのですよ!!」

「あ、……ヒノメちゃん。お、おはよう」

「うにゃ? 今日はいちだんと元気がないですね?」

「そう、かな?」

「うんうん! 顔色がすごくよくないのですよ! どしたのですか?」

「……なんでもないよ。うん」

「にゃ~……そうですか~」


 ミズキさんミズキさんミズキさんミズキさんミズキさんミズキさんミズキさんミズキさんミズキさんミズキさんミズキさん。
 
 
「ミズキさんの居場所、教えてください」

「それは無理」

「なんでですか?」

「ミユウちゃんは神山所属じゃない。一般人。巻き込むことは出来ない」

「そうですか。わかりました」


 ミズキさんミズキさんミズキさんミズキさんミズキさんミズキさんミズキさんミズキさんミズキさんミズキさんミズキさんミズキさん。
 
 
「あう……」

「ちっくしょう……手間取らせやがって」

「取引主って子供でもいいだったけ?」

「いいらしいぜ。いわゆるロリコンだよロリコン」

「―――……お前ら、そこで何やってんだよ……!」
 
 
 ミズキさんミズキさんミズキさんミズキさんミズキさんミズキさんミズキさんミズキさんミズキさんミズキさんミズキさんミズキさんミズキさん。
 
 
「あのミズキって子、神山の人間だったのか……」

「あの、あの……」

「うん。心配すんな、もう場所は割れてんだ。桃谷ミズキは俺がきっと助けだしてやるから」

「そうじゃないんです。私も、一緒に行きます」

「は!? ……いや、ダメだ。滅茶苦茶危ない場所なんだ。大人しくヒノメと一緒に居てくれ」

「私も、キョウヤさんと同じ異能者です。絶対に役に立ちます」

「……それでもダメだ」

「でもっ」

「俺に任せとけ」

「……」


 ミズキさんミズキさんミズキさんミズキさんミズキさんミズキさんミズキさんミズキさんミズキさんミズキさんミズキさんミズキさんミズキさんミズキさん。 


5。


 うあぁぁう。


『寄越せ! それは私のっ!』

『嫌ぁ!』

『邪魔だ!』

『あうッ!』

『そこで寝ていろよ。邪魔だからな―――……さぁおいで』


 うあぁぁう。
 
 
『そうだ。さぁこっちに来い』


 うあぁぁう。
 

『駄目ぇ!!』

『なっ!? くっそ……! この裏切り者の売女がッ!』


 うあぁぁう。
 
 うあぁぁう。
 
 うあぁぁう。
 
 ………
 
 ……
 
 …
 
 
 ―――……ん。
 
 
「……ん~!」


 伸びーる伸びーるストップ!
 
 ふあぁ、よく寝た。……で、ここどこ? な~んか怪しい匂いプンプンな個室なんですけど。
 
 窓無いし、地下かな。
 
 ってなんか手錠されてるし。外しとこう。
 
 背中側に回されて嵌められていた手錠の鎖部分を指先で掴んで千切る。グニャっとブチッとな。
 
 ブレスレットみたいになってる手錠の部分も指の力で潰して外す。うん、気分爽快。
 
 立ちあがってまた伸びをする。この寝起きの背伸びが気持ちよすぎる。
 
 
「あふあふ」と大きく口を開けて欠伸をしながら周りを再確認する。


 タバコのヤニで若干黄色くなってる白地の壁に、ソープとかで使ってそうなマットに、驚きで目を見開いてる少女が1人……か。
 
 うん。普通の怪しい場所だ。
 
 無理な姿勢で眠ってみたいで体のそこらかしこが痛いし、ちょっち勿体ないけど異能を使って全身の痛みを飛ばす。
 
 ついでに腕を甘噛み、確認できる体の傷も修復して完了。
 
 怪我しまくってるおかげで修復速度が並々上がってきてる。……良いことなんだけど、ちょっと悲しい。皮肉だなぁ。
 
 ていうかなんか下着だけになってるわけですが。
 
 敵地で素肌を晒す美少女。うん、萌え。
 
 いや、最近「胸隠せば鼻血ださなくていいんじゃね!?」と気付いたからAAカップながらブラをつけることにしていたのですよ。これでもう鼻血を出す心配も減る。
 
 左腕に仕込んだコレも、けっこう早めに使うことになりそうだ。
 
 さぁってと、猫耳展開。
 
 周りに集中して音を拾い上げる。ドア越しに聞こえるのは僅かな呼吸音、車のような大型の乗り物の音も聞こえないし、地下2・3階と言ったところだろうか。
 
 猫耳収納。
 
「あの……」


 しかし卑怯だぜアイツ等、少女相手に2人掛かりでしかも不意打ちとかないだろ。卑怯な手で、秘境(敵地)に到着。なんちて。
 
 まぁ暖房設備は整ってるから寒くは無いし良心は残ってそう。
 
 さぁてさてさて、そろそろ脱出する方法でもかんがえようか。
 
 力任せに脱出するのが一番だけど(俺的に)、こういう時ってどうなんだろうか。拉致ったことはあっても拉致られたことはないから判断に困る。
 
 優先順位的には、
 
 1、あの中性顔野郎と俺と同じ学校の制服着てた女をブッ殺す。
 
 2、ここに居る奴ら全滅させる。あわよくば取引主とか言う奴も殺す。
 
 3、ここから脱出。
 
 
「あの……あの……」


6。


「……なんだようるさいな」


 人が思考にふけってる最中だというのに、空気も読まずになんだこの女の子。
 
 しかも俺の体と歳近そうなのになんでそんな巨乳なの? 揉んでいい?
 
 ドスのきいた返答に「あうあうあう」と呻いて、後ろに下がる。
 
 離れたことで彼女の全体像が見えるようになる。見てみればなるほど、これまた美人だ。俺には及ばないけどさ。
 
 気が強そうとは思えない眉と目尻、バストを中心にスタイルも良い、片方の髪をお洒落なのかリボンで縛ってるのが特徴か。
 
 ……というかどっかで見たことあるなぁこの子。
 
 どこだったけ。
 
 えー……と、ん~……あ! あ~あ~あ~、たしか学校で見かけたことある。クラス違うからすれ違ったり、チラっと視界に映るぐらいだけどたしかいたなぁこんな子。
 
 当然名前は知らない。
 
 俺が凝視していると、目の前の女の子(以下名前が判明するまで巨乳娘と呼ぼう)が口を開く。
 
 
「桃谷ミズキ……?」


 首をクイッとかしげて俺の正体を聞いてくる。名前知ってることからも巨乳娘が俺と同学の生徒だということは確定した。
 
 俺の名前を呼んだあとに「ですか」とか「だよね」とかを付けないところから、口ベタっぽい印象を受ける。
 
 というかそもそも外見からして性格はマイナス方面にいってる。
 
 
「ん~……私と同じ学校の子だよね?」


 コクリと頷かれる。言葉じゃなくて身振り手振りで物事を伝えたい派の人間ですな確実に。
 
 背中にまわされた腕に手錠、それに加えて下着姿、嗜虐心をそそる顔立ち、これなんてドSホイホイだよ。守ってあげたくなっちゃうじゃないですか。
 
 
「ごめん。貴女の名前知らないんだぁ私、教えてくれないかな?」

「……九条コトハ」

「コトハちゃん……うん、覚えた!」


 またコクリと頷かれる。ちょっとやりにくい。
 
 
「桃谷も、攫われ……た?」

「ミズキでいいよ」

「……うん」


 押し出すように喋るコトハ。しかも半分片言。
 
 
「まぁねぇ~」


 ヒラヒラ手を振って答える。
 
 不覚なことに負けちゃった末に攫われてきましたよ。
 
 いや、あれは1対1なら買ってたよ。途中で敗北フラグ立てたとか決してそんな理由で負けたわけじゃない。
 
 
「ここどこかわかる?」


 ブンブンと首を横に振られる。
 
 知らないか。当然っちゃ当然だ。
 
 
「私、起きたらミズキ寝てた」

「あ、そうなの」


 運び込まれたのは同時期っぽいね。
 
 
「ミズキ手錠外したの凄い。異能者?」

「おおぅけっこう見てるねコトハちゃん。そのとおり異能者だよ」

「ビックリした!」

「ほうかほうか~コトハちゃんも外してあげようか?」


 横にブンブン。……なんで?
 
 俺が不思議そうにしていると、コトハはもどかしく口を動かす。
 
 
「人きたら、あぶない」

「あ」


 あ~たしかにね。そうだね。俺なんでこんな後先考えないで行動したんだろう。
 
 とか思ってるとドア越しに僅かに声が聞こえた。

▽△

20触りです。多分6くらいまで続きます。
まさかの1。だけの更新。でもいつもの触りと文章量は変わらないです。
ストーリーは頭にあるんですけどいかんせん自分の脳内にインプットされた言葉が少ないために難航。
簡単に言葉の数を増やす方法教えてくれ!
誤字脱字指摘していただけるととても喜びます。喜びます。
感想頂けると嬉しさで爆死します。

12/08追記。

20完成。
眠い眠い眠い眠い。というかもう戦闘シーン書きたくない。リョウコとかもう無理ぽ。
というかなんでこんな長編になってるんだ。平和編書きたくてしょうがない。ミユウとニャンニャンしたい。
眠い。


同サイト/作品名 《BETA大戦史集》アーマードコア各作品×マブラブ
管理者! 管理者! 管理者萌え! 管理者結婚してくれ!


誤字脱字指摘してくれる喜びます。
感想送ってくれると溺死します。
それでわ。


すいません。超絶眠いのでコメント返信(自己満足)は起きてからします。








 



[4284] けいだん。21―×××―
Name: 歩(ホ)◆429b8219 ID:06335ec5
Date: 2009/01/14 20:43
1。


 即座に猫耳を展開して話声の正確な位置を探る。
 
 ……そう遠くは無い。5分もしない内にこっちに来る。足音からして3人、声からして男。
 
 というか猫耳を澄ましてみればなんとも下品な会話をしている。具体的にはウフーンなこととかアハーンなことだ。
 
 ちなみに俺は和姦派だ。滅茶苦茶どうでもいいけど。
 
 どうしよう。どうしましょう。
 
 いやもぅなんで俺はこんな馬鹿なことをしたんでしょう。
 
 体はこのままで男の時の俺の感覚だけカムバック!
 
 落ち着け落ち着け、それは今置いとこう。
 
 とりあえず壊れた手錠は腕を後ろに回して座り込んだら最初は大丈夫だ。
 
 相手が俺をただの感覚系異能者だって勘違いしているのも救いか。
 
 会話内容からして貞操を守るために迎撃するのは必須事項だけど、男3人に並の不意打ちじゃ女の俺が勝てる見込みなんてねーよ!
 
 まぁ、んなこと出来んのかい? って聞かれたら……まあねぇ。 
 
 ……出来るには出来るよ?
 
 相手の油断が最高潮の時に繰り出せば、血は出るけど『多分』死なないし戦意を極限まで削いでしまえる究極奥義がさ。
 
 でもなぁ~ああ……、やだなぁ……うぅ……あぁ嫌だなぁ……。
 
 この一行の中にこれまでにないほどの三点リーダーが入ってるのでどれだけ俺が悩んでるのかが解ってもらえると思う。 
 
 殺るならチャンスは一回切り、失敗したら取り押さえられてその後はアハーンウフーンなことになっちゃう。
 
 ついでに周りも再度探る。
 
 ほかに人は居ない。
 
 拾える会話からも「味見」とか「バレやしない」とか「飼っちまおうぜ」とか聞こえることから、独断だ。
 
 (多分)商品である俺があまりにも可愛くて勿体ないからの行動かと思われる。
 
 いやぁ俺の美貌って罪だね。
 
 
「このままだと私達危ないって、わかる?」


 確認を含めて色々なことを含めた言葉を隣に居るコトハに振る。
 
 コトハの耳だとモヤモヤとしか外の会話を聞けないと思うけど、危ないってことはわかってると思う。
 
 俺の言葉に大きく縦に首を振るコトハ。
 
 目にも焦りと怯えが見える。
 
 
「コトハちゃん」

「っ?」

「嫌なことされたくないよね? 助かりたいよね?」


 コトハは頷く。


「じゃあ、部屋の端で目を瞑って私がいいよって言うまで開けないって約束できる?」

「……なんで?」

「……言わないとダメ?」


 コクリと頷かれる。


「私が異能者だから。それと、酷いことになると思うから」


 そう言うと、コトハは一瞬不思議そうな顔をした後急いで首を縦に振った。
 
 流石異能者、一般人に羨ましがられながらも軽蔑される人種だぜ。文中に乗せるだけで、何が起こるのか察せられたみたいだ。
 
 人殺しまくってる俺だからと言っても、何も見境なく殺してるわけじゃない。
 
 一般の良識は弁えてるつもりだし我慢も出来る子だ。
 
 確かにあの時は異能の力欲しさに見境無く殺してたよ。うん、人殺し大好き。やるなら楽しくやらないと損だもん。
 
 でも俺は異能を手に入れた。
 
 だから見境無い人殺しはしない。
 
 俺が殺すのは、俺が死んで構わないと思った相手と、俺に敵意を持って襲いかかってくる人間と、俺が『興味』を持った人間だけだ。
 
 後は神山のほうから命令される捕獲・殺害任務の対象くらいか。
 
 まぁそいつらはもともと殺されても文句の言えないことをしたわけで、俺の興味以前に神山と政府の法律を破っているので論外だ。
 
 結論を言ってしまえば、今からやってくる奴らは死ね。
 
 コトハは出来る限り助ける。
 
 そういうことだ。
 
 仮にも男だ。女を体を張って守るのが男ってもんですよ。
 
 
2。


 ―――……切っ掛けは簡単なもんだったよ。
 
「上玉が入ってきた」
 
 その言葉だけで充分だ。
 
 後はどうたらこーたら仲間内で話をして、やっぱり食いたいということで纏まった。
 
 聞けば神山の人間で異能者だってことだ。
 
 つってもその肝心な異能もただ感覚を強化するだけの弱っちいものだ。
 
 鼻っ柱が強くて物凄い抵抗されたと言うし、こりゃあ期待できる。
 
 この仕事で一番楽しいことは、気が強い女を屈伏させて奴隷に仕立て上げる過程だ。
 
 気が強ければ気が強いほど、それに加えて美人とくれば文句は無い。
 
 取引主には悪いが、こんな美人をくれてやるほど俺達は仕事に真面目じゃない。
 
 ここで揉み消したら証拠は残らない。
 
 後は、家に持って帰るなりすれば確実だ。
 
 高い金払って女を抱くよりよっぽど楽しくて、それにくわえて金もかからない。
 
 楽なもんだ。
 
 そうと決まれば話は早い。
 
 全員、股間にテント張って誰が最初に突っ込むか決める話で盛り上がる。
 
 下品極まりない話だと思うが、楽しいんだから仕方無い。
 
 最終的に誰の家に持って帰るのかまで決まって話合いは終わりだ。
 
 俺が見張り、ほかの2人が先にお楽しみだ。
 
 まぁつい先日にほかの女共はうっぱらちまったから今は2人だけだし、見張りも俺らだけだから見張りをする必要もないんだけど、念には念をだ。
 
 俺としても不本意だけど、ジャンケンで公平に決めた結果だからそうも言えない。
 
 連れ去っちまうと決まった以上ゴムも必要ない。
 
 ゴムを使わないから2人が終わった後にやるのも嫌な感じだな。
 
 鍵束から部屋の鍵を取り出して開ける。
 
 ドアを開けて目に入ってくるのは……話通りの美人な少女だった。
 
 隅にもう一人ガタガタと震えて丸まっている奴もいるが、それも気にならないほどの美人がそこにいた。
 
 年齢的に幼いが、そっちのほうが逆にそそったりする。
 
 金髪赤目なんていう外人っぽい外見もなかなかお目にかかれない。
 
 なるほど、紛れもない上玉だ。
 
 気丈に見上げてくる視線には覚悟を決めたような力強さが感じるし、これは楽しくなりそうだ。
 

「……貴方達誰ですか。ここはどこですか。これは立派な犯罪ですよ? わかっているんですか?」


 畳みかけてくる様な言葉に仲間の1人が蹴りで答える。
 
 鳩尾に突き刺すような蹴りに、少女が大きくせき込んでくの字に体を曲げる。
 
 ……一瞬。
 
 何か得体の知れないものが、体を通り抜けた気がした。
 
 周りを見渡しても何も異変は無い。
 
 髪を掴んで引っ張り上げると、仲間が言う。
 
 
「お穣ちゃんには関係の無いことだよ!」


 そう言うとソイツは俺に目くばせする。
 
 見張りをしろ、と言うことだ。
 
 渋々部屋から出て、床にどっかりと腰を降ろす。
 
 タバコに火を点けて終わるのを待つ。
 
 悲鳴と怒声が、これから何が起こるのかを簡単に予想させた。
 
 
 
 そして―――異変が起こった。
 
 
 時間にして5分もしない内に悲鳴が上がった。
 
 悲鳴、だけならさっきの少女だと思うかもしれないが、違う。
 
 男の、それも2人。
 
 しかもそれは俺の仲間の声だ。
 
 異常事態に俺は跳ね起きてドアを開けようとノブを引っ掴む。が……
 
 
「ぐあっ!?」


 突然向こう側から、多分蹴り開けらてドアに顔面を強打して俺は倒れ込んだ。
 
 グラつく頭を抑えながら見上げると、そこにはさっきの少女が居た。
 
 だけど、それはさっきの姿からは遠く離れていた。
 
 少女の口から零れる血が顎を濡らし、ポタポタと地面に落ちる。
 
 両手にも血。
 
 紅い血がベットリと少女の掌についている。
 
 そして、なにより違っていたのが少女の顔つきだった。
 
 口裂け女を思わすように両の口端を極限までつり上げ、その赤黒く血に濡れた歯を露出させている。
 
 湾曲した目から見降ろす赤い目は完全に笑っている。
 
 息を、飲む。
 
 
「ひ、はっ!」
 
 
 恐怖だ。
 
 恐怖だった。
 
 俺は今まさしく目の前の少女に恐怖を感じていた。
 
 そして、少女とドアの隙間から見える仲間達は、いずれもうずくまり下半身を赤くしてその場に血の池を作っている。
 
 何が起こっているのか、わからなかった。
 
 
クチャクチャ

クチャクチャ

クチャクチャ


 ふいに、少女が何かを咀嚼しているのがわかった。
 
 何を食べているのか、わからない。
 
 わかりたくなかった。
 
 だけど、問わずにいられなかった。
 
 
「な、なに食ってやがるんだ……?」

「……」


 少女は応えない。
 
 ただ、嗤っている。
 
 その光景に俺は気持ちの悪さと、今まで感じたことが無いより一層の恐怖を感じた。
 
 何もできない。
 
 叫ぶこと以外。
 
 
「なにを食ってんのか、聞いてんだよぉぉぉl!!!」

「×××」


 少女が答える。答えるが、俺の耳がそれを拒否する。
 

「は……?」

「聞こえなかったかな? ×××って言ったんだよ?」


 ゴクンと喉を鳴らして少女がソレをのみ込む。
 
 少女が俺の喉に手を当てる。
 
 抵抗は出来なかった。体に力が入らなかったからだ。
 
 なすがままにされて、俺はもう一度少女の顔を見た。
 
 見て、安心した。
 
 
「ハ……は……は……」

「お休み、名前も知らないおじさん」


 だって、可愛く微笑んでいたんだから。
 
 
 グシャ


3。


 目を見開いて口端から血を垂れ流すおっさんの首から、突き刺したモノを抜き取る。
 
 おっさんの首には向こう側が見えるようになった穴が1つ。……うん、威力は充分だ。
 
 左手を掲げて、見る。
 
 そこには掌から槍先を彷彿させるような骨が生えている。
 
 おっさんの血で装飾されて真赤になった骨を、異能を解除して元に戻す。
 
 ズズズっっと骨が元に戻り、腕に収まると俺は腕を大きく振って手に付いた血を振り払う。
 
 ……これが、俺の新能力だ。
 
 完全無音動作皆無の必殺技、名づけて『骨パイルバンカー』。
 
 さっき言ってた左腕に仕込んだ奴、というのがこれだ。
 
 威力は見ての通り、なかなかに良い変形部分を創造できたと自負する。
 
 もっとド派手なものも作りたいんだけど、変形部分を作るのにも莫大にエネルギーが必要だし、発動させて維持させるのにもエネルギーが必要という燃費の悪さで断念しなければいけなかった。
 
 エネルギー消費量もこれまた俺のイメージ力を逆手に取られていて、ケチることが出来ない。
 
 俺が強力だと思えば思うほどその変形部分の消費量も上がるわけで、やってられるかと思うほどに俺の異能は厳しい。
 
 まぁ想像次第、俺の常識リミッター次第、異能の限界次第でほかのどの異能よりも伸びしろがあるために仕方がないのかもしれない。
 
 天は二物を与えず、というしね。
 
 既に異能というものを与えてるのは無視の方向でお願いします。
 
 
「さて、と……」


 目の前に出来上がった死体なわけですが……食いません。
 
 なぜかって? ……だってさっきからコトハが薄目でこっち見てるんだもん。
 
 コトハはバレてないと思ってるんだろうけどさ、俺からしたらバレバレなわけで……。
 
 人を食うのと、人の一部を食うのでは訳が違う。
 
 既に激引かれてると思うけど、さらにひと1人丸のみにするところを見せればそのあまり開きそうに無い口が、どこでなにを話のかわかったもんじゃない。
 
 ……誰だ『既に史上初めて食って飲み込んだヒロインなんだからいいだろ別に』とか思った奴。
 
 思った奴らは目の前に並べ、そして頭の中に好きな人を思い浮かべろ。
 
 思い浮かべたか?
 
 浮かべたな? よし。
 
 

 その人はお前のこと別になんとも思ってないんだよ! というかむしろ嫌いなんだよ!! バーカバーカ!!
 
 
 
 ふぅスッキリ。
  
 というかけっこう美味いなコレ、コリコリしてさ。なんというか……軟骨?
 
 色々気にしなかったら別にイケるけどなぁ……―――もう食いたくないけどさ。
 
 そろそろ現実の方向に目を向けようか。
 
 門番っぽい人には死んでもらったけど、中の2人は生きてる。
 
 なんで生かしてるかと言われれば理由は2つ。
 

 1、聞くことがあるから。
 
 2、多少なりとも俺に嫌な思いをさせたので相棒の居なくなった世界で生き地獄を味わってもらうため。
 

 俺個人からしたら2が主な理由なんだけど、コトハという一般人もいるわけで早々にこの場を立ち去るために情報を引き出す1が優先だ。
 
 コトハに近寄る。
 
 流石に美少女でも下着姿に返り血の姿は強烈なためビクンッと跳ねられる。
 
 ……見てるの隠す気あるなら反応するなよ。
 
 気付かないフリをして手錠を千切る。「いいよ」といって目を開けさせる。
 
 
「……?」

「次、目と、耳塞いで。けっこう聞き苦しい声が聞こえると思うから」


 指示するとすんなり言うことを聞いてくれる。いいね素直な子は、お兄さん感心です。
 
 耳と目を塞いだの確認して俺は悶え苦しんでいる2人の髪を掴んで引きずる。
 
 途中ブチブチと髪が抜けるが気にしない。
 
 抜けすぎて3回くらい持ち替えたけど気にしない。
 
 部屋の外まで引きずり出して扉を閉めると、片方を降ろす。
 
 意識が朦朧としているもう片方の頭を掴み直すと、思いっきり顔面を壁に叩きつける。
 
 うちっぱなしのコンクリの壁に赤い花が咲くまで何度も何度もぶつける。
 
 鼻がヒシャげるぐらいまで続けて解放する。
 
 
「ねぇおじさん痛い?」

「うぅ……」

「ねぇ?」

「……ぃ……」

「……痛いか聞いてんだろうが、カス」


 反応が悪いから顎を掴んで前歯を引き抜く。
 
 
「ぎゃぁぁぁああぁぁ!!」

「アハ! やっと反応してれたぁ! ……次から返事しなかったら歯1本ずつ引き抜くからな、わかったかおっさん?」


 ブンブンと首を振って反応を返される。
 
 そこまで必死にやらなくてもいいんだけどね。なに必死になってんだろコイツまじかっこ悪いプゲラ。
 
 
「じゃあ質問するね? んーなにから聞こうかなぁ~……―――」


 んでもって10分前後。
 
 途中反応が悪かったから追加で3本抜いて、聞きたいこと全部聞いた。
 
 ここはどこなのか、ほかに人は居ないのか、俺達をなんで誘拐したのか、どこに売るつもりだったのか、その相手は誰なのか、初恋はいつなのか、今までで一番恥ずかしかったことは何か。
 
 などなど他多数を収録した特典フロッピーを抽選で5名の方に贈……らねーよ!
 
 とりあえず、ほかに人も居ないらしいし(あの状況で嘘つけたらすごい)、着替えをすることにする。
 
 2人の手足を折ってから移動する。
 
 衣装部屋で俺の服を見つけると、近くにあったほかの衣装で体の血を拭きとる。
 
 安物なのかあんまり生地がよくなくてガサガサしてるのが気になるけど、一応非常事態だから気にしては居られない。
 
 
「……お?」


 2・3着くらいをとっ変えて体を拭いていると、ある1つの衣装が目に止まった。
 
 
「ほほぉ……いいデザインだねぇ~。さわり心地もいいし、おっ! サイズもピッタリじゃん!」


 等身大の鏡の前で衣装を合わせる。
 
 なかなか気に入ったので元の服は捨てて、この服を着ることにした。
 
 靴だけは履いて行く。ローファーでよかったぜ。
 
 
4。


「もういいよ」


 部屋に戻ってコトハの肩を揺する。
 
 首を上げたコトハは俺を見上げて一瞬、眉を寄せて口をポカーっと開けて固まる。「……」というまさにシーンとした空気が辺りを包む。
 
 ……あれ? 俺なんかしたっけ?
 
 さっきの尋問云々でこの反応はおかしいし、俺の体がおかしいのか。
 
 手を引っくり返したり足の裏を見たりして異常を探すが見つからない。
 
 するとコトハは俺の体を指差す。
 
 訳がわからず頭を傾げると、コトハが口を開く。
 
 
「……なんで、メイド服?」

「あ? あぁ……そういうことかぁ」


 コトハが縦に頭を振る。
 
 
「いや、可愛いからだけど」


 AAのハァ?という顔文字を体言したような顔でコトハが驚愕する。
 
 いや、だって可愛いじゃないか。ミニスカなのはロングスカート派の俺にとってマイナスだけどさ、ほかのデザインは素晴らしいですよ。
 
 紺色の生地もこの金髪と合わせて栄えるし、まさにメイド! といった感じだ。
 
 いやもうここまでメイド服が似合う女の子は世界を探しても俺だけじゃないだろうか、自分で自分に惚れてしまいそうだぜ。
 
 
「まぁそれは置いといて」

「置いといていいの……!?」

「お、いい返事ですな」

「うぐ……」


 ツッコミでも入れそうな勢いでコトハが立ちあがる。
 
 俺とちょうどぐらいの背だ。前世で背が高かった俺にしては、同年代で同じ背は、なんというか悲しい。
 
 
「手筈は整ったから、さっさとここから脱出しよう」

「あ、うん」


 手を掴んで先導する。
 
 拒絶されるかと思ったけど、案外そんなことは無く。むしろあっちのほうから握り返してくる。
 
 こんな状況じゃあ仕方無いわなぁ。
 
 頼りになる奴が俺しかいないのだから、たとえ信用しきれなくてもついて行くしかないんだから。
 
 途中、さっきの死体と相棒が泣き分かれした2人を見てコトハが「ヒッ」と声を上げるが、新鮮な反応なので無視して進む。
 
 尋問で引きだした通りの構造をしており、すぐに脱出できるはずだ。
 
 
「……ミズキはなんで捕まったの?」

「ん? なんでって?」

「ミズキ、あんなに強くてカッコいい。でも、捕まってた。なんで?」

「あぁ~……まぁ、油断かなぁ。というか、カッコいいって……なんだかなぁ」

「油断……」

「いくら強力な異能者でも人間だもん。どこかに弱点はあるよ、弱点が無い人間は、神様だよ」


 階段を上がっていると、コトハが話掛けてきたので答える。
 
 言えない。死亡フラグらしきセリフを発したから負けたなんて言えない。
 
 というかあれは不意打ちだ。
 
 2対1なんて卑怯だぞ、中性野郎はともかくあっちの女の顔は覚えた。名前もな、たしかヒカリだ。
 
 ここから脱出したら絶対復讐してやる。
 
 とかなんとか考えていると、目の前にソイツが居た。
 
 噂をすればやってくる……か? 後ろにもう1人、小太りのいかにもキモオタっぽい中年も居る。というかキモイ、死ね。
 
 出口はもう目と鼻の先だっつーのに、しかもこっちには足手まといも居るし……最悪なタイミングだ。
 
 
5。


 つい先日僕の物にしたヒカリが報告してきた。内容は簡単、僕好みの女性が市に入ったということだ。
 
 ヒカリが携帯のカメラで撮った写真には、美しい少女が写っていた。
 
 外人だろうか、染め物では出ないような鮮やかな金髪と、整った顔立ちが僕の性欲をくすぐった。
 
 気絶しているのか、穢れをしらないような寝顔を汚してやりたいと、心の底から思ってしまう。
 
 僕の物にしよう。
 
 即決だ。こんな美しいものをほかの誰にも渡すものか。
 
 これは僕の物だ。
 
 あそこには僕に優先的に品物を回すように言っている。
 
 そうだ。この少女を手に入れたら、本格的に姿をくらませよう。
 
 もともと好奇心で入ったようなものだ。チームに未練などない。
 
 僕の正体を掴まれる前に消えてやる。
 
 勝手に抵抗して、勝手に死ね。
 
 夢は膨らむ。
 
 楽しみだ。
 
 この少女と過ごすこれからの蜜月を思うと、楽しみで仕方無い。
 
 きっといい奴隷になる。
 
 いいや、なるんだ。
 
 僕の異能『戦乙女』なら可能だ。これがあれば私を好きにならない女など1人も居ない。
 
 名前はなんと言うんだろうか。
 
 歳は何歳なんだろうか。
 
 初潮はいつなのだろうか。
 
 まだ処女なのだろうか。
 
 あぁ考えると止まらない。
 
 あの少女の肢体を想像するだけで堪らない。
 
 犯してやりたい。ねぶりつくしてやりたい。
 
 僕に尽くさせてやりたい。
 
 きっとあの少女も望んでいるはずだ。
 
 僕の物になるのを望んでいるはずだ。
 
 
「待っていましたヒギツグ様……いえ、ご主人様」


 その場に着くと、さきにヒカリが待っていた。
 
 この子も従順になったものだ。
 
 最初はあんなにも抵抗して罵詈雑言を吐いていたというのに、今となっては僕を愛して尽くすことしか考えていない。
 
 ヒカリの腰を抱き、胸を揉みながら件の少女の場所へと向かう。
 
 そして市に着くが、受付には誰も居なかった。
 
 まぁいい。あの少女を回収できればそれでいい。
 
 少女が居ると思われる奥へと進もうとした途端、その少女とはち合わせた。
 
 メイド服を着て後ろに別の少女を引き連れている少女、運命だと思った。
 
 僕に尽くすためにすでにそんな服装をしているんだな、嬉しいことだ。
 
 後ろに少女も悪くない。
 
 顔も良いが、なによりその胸がいい。これも僕の物にしよう。
 
 ヒカリが僕の前に出て戦闘態勢にはいる。
 
 
「殺すな、殺したらおしおきだ」

「わかってますご主人様」


6。


 奇妙というか……気持ち悪い関係だと、思う。
 
 なんであのヒカリってこはあんなキモイ奴にご主人様とか言ってるんだ? 俺ならキモイ死ねカスって言うけどな。
 
 まさか趣味か? ああいうキモイ奴が趣味なのかヒカリは?
 
 ねーよ! ねーよ! 絶対ねーよ!
 
 コトハも僅かに「気持ち悪い」って言ってるし! 嘘だけどさ!
 
 
「下がってて」


 後ろに居るコトハに命令気味に言葉を伝えると、素直に従ってくれる。
 
 とりあえずさっき取り返したナイフ2本を両手に構える。
 
 ヒカリのほうは戦闘態勢。
 
 あのキモ男はなにも構えない。
 
 確実にヒカリのほうとの戦闘は避けられない。
 
 ヒカリの実力は未知数だけど、無手の上に構えからいってなにか武術をやってそうな気配がする。
 
 なにかの異能者と考えるにしても、情報が無い。
 
 はっきり言って勝てるかわからない。
 
 首筋がザワつく。
 
 嫌な予感がする。
 
 
「一応聞いとくけ―――」

「アナタを逃がすわけにはいきません」

「そうかい!!」


 その言葉が幕開けだ。

 先手必勝、嫌な予感を振り払うように突進する。
 
 ―――スキを見て異能で不意打ち、相手が困惑しているところを叩く。
 
 勝負は長引かせない。一気に終わらせる!
 
 別々の方向にナイフを振りかぶる。
 
 俺とヒカリ、両方が間合いに入ったところで溜めていたナイフを大振りに振るう。
 
 防御用に構えられた腕に左手のナイフが止められるが、右はガラ空きだ。
 
 右腕貰った! ―――が、
 
 
「なッ!?」


 瞬間。天地が逆転する。見える光景は逆さになったヒカリの背とコトハの姿。
 
 同時に浮遊感。
 
 浮いていた。
 
 投げられていた。……予備動作も見ることが出来なかった。
 
 こんな緊急事態に対処できるわけもなく、受け身なんて取れるわけもなく、背中から無防備に地面に落下する。

 
「がッはッ!!」
 
 
 ドンッ! とコンクリの地面に打った背中から痛みが伝わる。
 
 肺が縮んだように胸が苦しくなる。
 
 だけど、痛みに悶えている時間は、無い。
 
 目の前に迫るヒカリの影、俺は4足獣のように四肢を動かして下がる。
 
 武器のナイフは強く握られていて落としてはいない。
 
 まだ、いける。
 
 だけどさっきの投げからしてヒカリは強い。方法を変えるしかない。
 
 この配置になったことで、後ろに居るであろうキモ男を人質に取れる。
 
 趣味か性癖かは知らないけど、ヒカリにとってこの男は仲間かそれ以上の奴だ。
 
 あの体系からして運動不足なのは間違いない。
 
 人質に取る価値は十分にある。
 
 そう思って、後ろのキモ男のほうに注意を向けようとした途端。
 
 腹部にヒカリの右腕の掌手が突き刺さった。
 
 
7。
 
 
「げぐッ!? ―――……ああぁぁぁ!!」
 
 
 胃の物を全てを吐き出させるような一撃。
 
 内臓が押しつぶされるような錯覚を感じながらも咄嗟にナイフを離し、俺はヒカリ腕を掴む。
 
 突き飛ばされる衝撃を利用してヒカリを引っ張り、体勢を崩す。
 
 そのまま握力に物を言わせて光の右腕を潰す。
 
 
「くぅぅ!!」


 ヒカリが呻く。
 
 右腕の皮が割け、肉が潰れ、骨が砕ける。
 
 再起不能になるまでに腕から先を破壊する。
 
 振り払おうするが、まだ終わらせない。反撃上等でさらに追撃する。
 
 左手で右肩を掴み、異能を発動させる。
 
 
「砕けろ!!」


 骨パイルバンカーで右肩を貫く。
 
 グォン! と唸りを上げて、腕の骨が掌を突き破って飛び出す。
 
 
「うぁぁあッッ!!」


 呻きを通り越して、ヒカリが叫ぶ。
 
 手応えがある。肩越しに俺の骨の槍が突き出ているのが見える。


「がぁぁぁぁ!!」


 余った腕と足で、無防備に晒した頭や脇腹を何発を殴打されるが放さない。
 
 左手に力を込めて肉を潰すのと同時右手でヒカリの右腕を引っ張る。
 
 何かが千切れる音、あと一息だ。
 
 左足を突き出す。蹴るためじゃない。
 
 さらに引っ張るために、ヒカリの胴体に乗せる。
 
 
 足で胴体を押し、腕でヒカリの腕を『引き抜く』!!


 ブチン! と、ヒカリの腕がもげる。


「ッッッッッッッ!!!!」


 声にならない声、無声の絶叫。右腕があった場所から噴水のように血が飛び出す。
 
 
 だけど、目に涙を浮かべ、ヨダレを垂らしながらも―――ヒカリは止まろうとしなかった。
 
 
 ヒカリの右腕をぶら下げたままの俺に、ヒカリが左腕で俺の顔面目掛けて掌手を繰り出す。
 
 さっきより格段に速度が劣る掌手、だけどさっきからのダメージが蓄積していたのか避けることは叶わなかった。
 
 顎にクリーンヒットした掌手が俺の意識を狩り取る。
 
 ヒカリの右腕が宙に舞い。俺の体は衝撃で後ろに大きくブッ飛ばされる。
 

「が……な」


 視界の隅からジワジワと白が迫る。……くっそ。
 
 頭を振るうが白の侵食は止まらない。
 
 最近何度も経験した気絶の兆候。やばい、まだ気を失うな。
 
 右腕が無くなったヒカリは脂汗を顔全体に浮かばせているが、戦闘態勢を続行できるのか依然立っている。
 
 コトハも居るだろうが、せめてヒカリだけでも殺す。
 
 まだ行けるはずだ。
 
 
「ハ……ふぅ! ふぅ! ふぅ……!」


 歯を食いしばって立ち上がろうとするが、いきなり右側に影が迫った。
 
 
8。
 
 
 鈍足な拳。
 
 それは、キモ男の手だった。
 
 かわせるわけもなく、当たる。そのさいに僅かに頬にソイツの汗が頬に付着する。
 
 僅かに臭った。気持ちの悪い吐気がする臭い。
 
 背後の壁にドンっ! ぶつかる。
 
 ズルズルと背中から滑って地面にへたり込む。
 
 もはや、体に力は入らなかった。
 
 渾身の思いで起き上がったんだ。もう、起き上がれるはずがない。
 
 途端に抱きつかれる。
 
 
「これで君は私のもの……ぐふふ……」


 耳元で囁かれる声に鳥肌が全開になる。だけど、離れたくても離れられない。
 
 腕にも力が入らないからだ。
 
 気持ちの悪い体温が体を蹂躙する。
 
 そして、さっきの匂いの原泉が鼻の中を犯しつくす。
 
 うげ……気持ち悪……誰か、助けろ。
 
 
 その願いが届いたのか、目の前に見える出口が開いた。
 
 逆光を背に出てきたのはウチの高等部の学生服を着た、俺の知らない誰か。
 
 
「―――ヒカリちゃん!? それに桃谷も……なんでこんな……!!」


 ……なんで俺の名前知ってるんだよ。
 
 高校生は俺に視線を向けると、途端に鋭くなる。
 
 正確には俺に抱きついているこのキモ男に視線を向けている。
 
 その目には明らかに怒りを滾らせていて、今にも燃え上がりそうになっている。
 
 そして、吼えた。
 
 
「お前かぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁあぁぁぁ!!!!」


 室内を揺るがすような絶叫、風でも吹いたように俺の前髪が揺れる。
 
 高校生は拳を掲げ、キモ男に向けて走りかかる。

 「ひっ」とキモ男が呻く。
 
 流石と言えばいいのだろうか、迫りくる迫力がその拳の直撃の予感させる。
 
 
 ……だけど、当たらなかった。
 
 
「ハッ……ハッ……ハッ……」
 
「……なんでだ? なんでヒカリちゃんが、そいつを庇うんだよ!?」
 
 
 知り合いなのか、高校生の顔が困惑に歪む。
 
 飛びだしたヒカリに、寸でのところで拳が止まる。
 
 だがヒカリは答えず、返事代わりに高校生へと飛びかかり押し倒す。
 
 
「なっ! く!?」
 
 
 そのまま片腕で器用に間接を決めると、キモ男が口を開く。
 
 
「よくやったヒカリ! そのまま足止めしておけ!!」

「わかりました。……そのあとはどうしたらいいですか?」


 そのヒカリの言葉にキモ男は鼻で笑った。
 
 そして言った。
 
 
「壊れたオモチャに興味は無いさ。死んでしまえ」


 と。

 俺を肩に乗せてキモ男が出口に走る。
 
 ヒカリとキモ男、俺と高校生がすれ違う僅かな瞬間、俺はその高校生と目が合った。
 
 別に何も感じなかったけど、高校生は違ったみたいだ。
 
 悔しそうに唇を噛んで、必死にキモ男に止まるように叫んでいた。
 
 というか、も、限界。おやすみ。



▽△

21触りです。6ぐらいまで続きます。
ふぅ、なんとか18禁要素無しで書けました。
誤字脱字指摘してくれると嬉しいです。
コメントしてくれるとミズキちゃんがアハーンなこととかウフーンなこととかズキューンなことをしてくれます。
それでわ。


12月20日。

21完成。次らへんでこの話はおしまいです。


同サイト/改造人間にされたくない
勘違いものでもこの話は最高峰かと思います。というか素晴らしい。
葱丸の言葉巧みさとか必見です。

12月20日12時16分

すいませんマジごめんなさい。見過ごせない誤字があったので修正させてください。

あとそれと
http://vipmomizi.jog.buttobi.net/cgibin/vestri/src/vestri3034.jpg
またミズキ描きました。
あんまりうまいものじゃないんで、見れた人だけってことでおねがいします。
すいませんでした。
髪型は決まってないんで上げてます



[4284] けいだん。22―愛してる―
Name: 歩(ホ)◆429b8219 ID:06335ec5
Date: 2009/02/07 18:30
1。


 ヒノメの友達のミユウとの約束を果たせず、俺は桃谷ミズキが連れ去られてビルの外に消えていくのを見ることしか出来なかった。
 
 完全に見えなくなった今も、追いかけることも出来ず床に組伏せられたまま動くことが出来ない。
 
 異能を使えばすぐにこの状態を打破できる。
 
 だけど、それが出来ない。
 
 たしかに俺は桃谷ミズキを助けに来た。……けど俺にはもう1人助けるべき女の子が居る。
 
 それは俺の親友のヤヒコの妹、ヒカリちゃんだ。
 
 そして今俺を邪魔しているのもヒカリちゃんだ。
 
 なんで俺の邪魔をするのか、なんであの時の男を庇ったのかわからない。
 
 でもヒカリちゃんが俺を組伏せているのは事実で、だからこそ俺は異能を使えない。

 
「ハッ……ッ……ッ……!!」


 荒く息を繰り返すヒカリちゃんの状態は凄惨で片腕が無くなっていて、その断面から血を滝のように流し続けている。
 
 学校の制服の白いシャツも上着も真赤に染まっている。
 
 すぐにでも治療しないと死んでしまう。見た人誰もが思うぐらに、ヒカリちゃんの状態は危険だ。
 
 衝撃を与えればすぐにでもその命を落としてしまいそうな相手に、加減の効かない俺の異能は使えない。
 
 
「ヒカリちゃん、放してくれ……!!」

「できま……せん……」


 腕に力込めて脱出しようとすると、すぐに曲がらない方向へギリギリと力を掛けられる。
 
 その痛みに僅かに苦痛が俺の口から漏れる。
 
 関節は完璧に決まっている。
 
 どこでこんなものを覚えたのか、少なくともヒカリちゃんが格闘技系の習い事をしていた記憶は俺には無い。
 
 ……くそ!
 
 
「ヒカリちゃんは、自分が今どれだけ危ない状態かわかってるのか……! 死ぬんだぞ!? ヤヒコだって心配してるんだ! だから―――」

「死んだってかまいません。ご主人様のためなら。なにより、さっき、命令されました。……アナタを足止めして死ね、と」

「―――ッ!」


 ヒカリちゃんの言葉が俺の胸中を揺さぶる。
 
 頭の中で、この理不尽な状況を理解しようする。
 
 ……すぐに分かった。
 
 さっきの男への妄信。自分の命だって簡単に捨てれるという宣言。

 明らかにおかしい。こんな短期間で人が変われるはずがない。
 
 なら、答えは一つだ。
 
 ヒカリちゃんは精神操作系の異能で洗脳されている。
 
 それも格闘技を刷り込むことができる高位の能力者……!
 
 そしてその術者は、間違いなくあの男だ!
 
 どこからともなく怒りが湧き上がる。
 
 奥歯をかみ砕きそうになる。
 
 ヒカリちゃんがなんでこんな目に遭わないといけないんだよ、兄思いのいい子だった彼女がなんでこんな目に遭わないといけないんだ!!
 
 いつだってそうだ。俺の妹の時も、そうだ。
 
 異常者は勝手な理由で、何の関係も無い人達の平穏を乱す。
 
 許せない。
 
 許せるか。
 
 許せるわけがない!!
 
 
「う……ぉおおおぉぉぉ!」

「!?」


 力の限りを腕に込め、ヒカリちゃんの腕を押し上げる。
 
 俺の力とヒカリちゃんの技が僅かに競り合った後、ヒカリちゃんは無理だと判断したのか拘束を解き俺の上から離れる。
 
 その際にゴキンと肩が外れる音がする。
 
 すぐさま俺も起き上がり一旦距離を取る。腕を見ると、やっぱり関節が外れていた。
 
 ダランと力無く揺れる腕を掴むと、俺は無理矢理関節をはめ直す。
 
 
「ぐ……っ」


 滅茶苦茶痛い。関節を外し慣れているわけがなく、尋常じゃない痛みが体中に伝播する。
 
 けど動くようにはなった。
 
 いける。
 
 まずはとにかくヒカリちゃんを病院へ連れて行く。
 
 説得は無理だ。何を言ってもヒカリちゃんは動じないだろう。
 
 なら多少強引にでも捕まえる。
 
 ダメージを考えて長引かせたら、俺にとってもヒカリちゃんに取っても不利だ。
 
 そう考えを纏めヒカリちゃんに向き直した途端、異変が起こっていた。
 
 さっきの必死そうな表情をしていたヒカリちゃんが一転、悲しそうな瞳で呆然と俺を見ていた。

 
「あはは……」
 
 
 そして自嘲するように、ヒカリちゃんが笑った。
 

「さっきのまま死ねたらよかったのに、あはは……気持ち悪い……私、気持ち悪い……」


 目に光が戻ったようにヒカリちゃんの気配とも言うような物が正常に戻っていく。
 
 
「ヒカリちゃん……?」


 精神操作が解けたのかと思った俺はヒカリちゃんに呼びかける。すぐにヒカリちゃんは反応して、どこかの住所を俺に言った。
 
 俺がわけがわからない顔したのか、ヒカリちゃんが再度口を開く。
 
 
「さっきの、ヒギツグって人の住所です。速く、行ってくださいキョウヤさん。じゃないと、あの子も危ないです。……あぁ、あの子にも悪いことしちゃった」


 それにハッとして、俺は頭を振った。
 
 
「ヒカリちゃん正気に戻ったのか?」

「……はい。迷惑、かけちゃいましたね。ごめんなさい」

「なら早く病院に行こう。速くしないと危な―――」


 駆け寄って左腕を掴もうとして、払われた。
 
 弱弱しくて力を感じさせなかったけど、その腕には拒絶の意思が充分に感じられた。
 
 
「もう、無理です。血がこんなに、出てます。頭もボウっとしてて、もう死ぬって、わかるんです」


 ヒカリちゃんが目を向けるのは無くなった自分の右腕と、そこから流れ出す血。
 
 吹き出し続ける血は地面を赤く染めて、今では大きな血だまりを形成している。
 
 多分、失血死相当の血が流れている。
 
 だけど、だからといってあきらめれるわけがない。


「無理じゃない。俺が背負って行く! だから!」

「―――……無理」


 俺の言葉を遮るように、別の誰かの声がした。ヒタヒタと素足で歩く音がして、俺とヒカリちゃんはその方向を向いた。
 
 俺とヒカリちゃんの視線が交差したそこには、髪をリボンで留めたヒカリちゃんと同年代くらいの女の子が居た。
 
 その女の子は悲しそうに眉を寄せ、ヒカリちゃんを見る。
 
 
「君は」

「私、コトハ。ここに、ミズキと捕まってた」


 コトハと名乗った少女を見てヒカリちゃんはまた「ごめんなさい」と謝った。
 
 それを横に首を振って返すとまた言葉を続ける。


「私、わかる。命が消えそうになってるの、わかる。その子、もうすぐ死ぬ」

「な、に、縁起でもないこと言ってるんだ……」

「本当のことだから」

「……言っていいことと悪いことがあるぞ」

「本当のことだから」

「っ!」


 だまらせるようにコトハを睨んだ瞬間。
 
 隣で、ヒカリちゃんが倒れた。
 
 
「ヒカリちゃん!」


 倒れたヒカリちゃんを抱き起こして顔を覗き込むと、顔が真っ青を通り越して蒼白になっていた。
 
 唇の色は紫の鈍色で御世辞にも健康的な色なんて言えるレベルのものじゃなくなっていた。
 
 右腕があった断面から今もなお流れ続ける血を、止血の方法なんて知らない俺は手で抑え必死で留めとようとする。
 

「と、止まれ……。止まれよ……」

 
 コトハの言うことを信じるわけじゃない。
 
 そうじゃないけど、俺にも、ヒカリちゃんがもうすぐ死んでしまうのがわかってしまう。
 
 あの時の妹の姿が、ヒカリちゃんに重なってしまう。
 
 
「キョウヤさん……」

「あぁ……あぁぁぁ」

「兄ちゃんに、ごめんなさいって、言ってください」

「う……あぁぁ」


 ゆっくりとヒカリちゃんの瞼が下がり、そして一生開かなくなった。
 
 
2。


 ぼんやりと、うつらうつらと目を覚ました。
 
 眠い。……というか、ここどこだよ。私は誰とは言わないけど。
 
 周りを確認するとちゃんとベッドで寝かされてるけど俺の家じゃないな、こんなに立派な部屋は俺の家には一つもない。
 
 そんでもってなんで俺はここに居るんだろうか。
 
 えーっと、思い出せ~……んん~……あぁ! 思いだした思い出した。
 
 私はお姫様でどこぞの配管工が助けに来るのを待っていたんだ。
 
 そしてすぐ近くにはトゲの生えた甲羅を背負ったボスがっ! ……ま、そんなわけはないけどね。
 
 冗談抜きで思いだした。
 
 たしかあのキモデブで攫われたんだっけ俺。イヤん、美人って罪だわぁ。
 
 まぁヒカリには致命傷与えたし死んでるだろ。うん、死ね。寂しくないようにすぐにあの中性野郎も送ってやるからなー。
 
 しかしあの時の高校生は誰なんだろうか、俺の名前知ってるし……神山関係? 学校で有名だったから? ……情報が少なすぎてわからん。
 
 派遣を頼んだ覚えもないし……うぅん、考えるのやめ。
 
 ま、とりあえずここ出よう。
 
 あのキモデブが最後に言った言葉を思い出すだけで鳥肌が立ちのぼる。そのまま体温が急上昇し、トランザムモードもかくやな血気盛んな赤色に肌が染まる。嘘だけど。
 
 かけられた布団(僅かにイカくさい)を取り払い、いざ自由へと旅だ……とうとして失敗した。
 
 
「ぶっ!」


 一瞬にして布団が朱色に染まる。
 
 必死に鼻から射出される血を手で抑え、被害を食い止める。
 
 ど、どいうことだ。なんで俺は全裸なんだ。……ま、まさかそんな、嘘だ……! 腕に思いっきり噛みついて体の状態を確認する。
 
 脳内に映し出される俺の体の状態を視る。特に重要な部分を重点的に見て、ホッとする。
 

「……あーよかった」


 何が良かったかは言わないけどね。疑いも晴れたことだし、まずは服探そう。
 
 布団を体に巻きつけたまま部屋を観察するとすぐに俺のメイド服が見つかる。乱暴に脱がしたみたいで、かなり乱雑に散らかっている。
 
 ……下着が見つからないのは気にするな考えるな深読みするな。
 
 下着無しでミニスカとかなんか昔のノーパン喫茶を思い出す。それを俺がするのか……「ぶふっ」いかん鼻血が。
 
 フェロモンバシバシの着替え描写は語りべの俺が耐えられないので端折らせてもらう。
 
 まぁあえてその最中を言葉にするなら、セミの脱皮のような猛烈な自分との格闘があった、という感じだろう。
 
 そして、胸元のリボンの角度を気にし終えた途端、その部屋の扉が開かれた。
 
 
「っ!?」
 
 
 ビクつく俺に気づかず入ってきたあの時のキモデブは、俺の姿を舐めるように見て舌なめずりをした。
 
 
 そのキモデブの仕草を見て、俺は胸が締め付けられるような気持ちになった。切ない、という言葉が的確だ。
 
 
 この気持ちは、知っている。これは、恋や愛のソレだ。
 
 あまりに露骨な俺の変化に、俺はその気持ちを処理しきれなかった。
 
 なんでこんな奴を俺が好きになるのか、と思うがそれはすぐに脳の端へと追いやられた。
 
 カチンと、思考が切り替わる音が聞こえた。
 
 「へひゃ」と声が漏れた。
 
 口端がグイグイと釣り上がっていく。頬が押しあがり、目もとが三日月のような抉れた半円になる。
 
 五感が鈍る。まわりの空気が酷くねばついたような錯覚。1秒が1分にもなりそうな感覚。耳が空気の振動をもとらえようと、感覚を尖らせる。口いっぱいに虫酸が走り、舌が縮みあがった。
 
 なんでこんなことになったのか、そんな考えは思いつかない。
 
 そんなことはどうでもいい。なんで、どうして、そんな言葉は要らない。
 
 あるのは結果だけ。

 
 俺は、あのキモデブを『愛して』いる。

 
 ただそれだけだ。
 
 その気持ちは俺の家族のソレでさえ、超越している。見るだけでゾクゾクする。見るだけで、果てる自信がある。
 
 だから、とっくに、果てている。
 
 太股に僅かに感じる水滴、あぁやばい。やばいやばいやばい。ひひ、やばい。
 
 ひゃは、ふひ、へへ。
 
 得意げな顔でキモデブが何かを語ろうとしている。ゆっくりと、スローモーションのように口の動きが流れていく。
 
 言っている。「君はもう僕の異能で虜になっている」と、……なにを言っているのか、理解できない。
 
 君? 僕? 異能? 虜?
 
 その意味はわからないし、考えようとも思わない。
 
 あぁ愛おしい。愛している。……最高すぎる。言葉では言い表せないほどに感情が昂る。
 
 もう、ダメだ。
 
 愛しすぎている。これ以上、耐えられない。
 
 愛している。愛しすぎている。だから、―――……殺そう。
 
 俺は跳んだ。
 
 不思議なことに、体は綿のように軽い。そして、どう体を動かしたら効率的なのかもわかる。
 
 頭の中にいくつも浮かぶ技の数々、いつ習ったのか、どこで見たのかは知らない。いつの間にか、有ったんだ。
 
 長年使っていたような感覚、体に馴染む。
 
 動きが緩慢なキモデブが驚愕に表情を歪ませる。
 
 そのスキに、いいや、スキなんてなくてもよかった。元から、スキだらけなんだから。
 
 キモデブに真直に迫り、どこかの少女がやっていたように、張り手の要領で掌を押しだしてその膨れた腹を殴り飛ばした。
 
 キモデブが吹っ飛ぶ。掛けていたメガネが飛び、カラカラと転がる。
 
 あぁ、そんな顔をしないで。
 
 そんな顔をされると、悲しくなる。……もっと痛めつければいいのかな、きっとそうだ。うん、そうだ。
 
 倒れているキモデブの上に乗っかりマウントポジションを取る。
 
 
「好き」


 硬く握りしめた右拳でキモデブの左頬を殴る。
 
 
「大好き」


 中指を半分立てた左拳で右頬を殴る。
 
 
「愛してる」


 両手を組み、鼻目掛けて振り下ろす。潰れるまで何度も何度も、何度も何度も。
 
 
「好き大好き愛してる好き大好き愛してる好き大好き愛してる好き大好き愛してる好き大好き愛してる好き大好き愛してる好き大好き愛してる好き大好き愛してる好き大好き愛してる好き大好き愛してる好き大好き愛してる好き大好き愛してる好き大好き愛してる好き大好き愛してる好き大好き愛してる好き大好き愛してる好き大好き愛してる好き大好き愛してる好き大好き愛してる好き大好き愛してる好き大好き愛してる好き大好き愛してる好き大好き愛してる好き大好き愛してる好き大好き愛してる好き大好き愛してる好き大好き愛してる好き大好き愛してる好き大好き愛してる好き大好き愛してる好き大好き愛してる好き大好き愛してる好き大好き愛してる好き大好き愛してる好き大好き愛してる好き大好き愛してる好き大好き愛してる好き大好き愛してる好き大好き愛してる好き大好き愛してる好き大好き愛してる好き大好き愛してる好き大好き愛してる好き大好き愛してる好き大好き愛してる好き大好き愛してる好き大好き愛してる好き大好き愛してる」


 何度も何度も。何度も何度も。
 
 ガンガン、ボキボキュ、ピチャクチャ。ひ、は、ふ、ひひひひへへへへはあああああ。
 
 気付くと俺が据わっているキモデブのシャツが俺のでビショビショになっている。
 
 家族を殺した時の何倍もの快楽が俺の脳髄を犯す。脳が焼ける。顔から血がふきでそうだ。
 
 殺してないのに、まだこれだ。
 
 殺したら、すごい。絶対にすごい。でも、まだ殺さない。
 
 この快楽を出来る限り長い時間続けたい。感じ続けた。この『愛』をまだ感じていたい。


「アハ、アハハ、アハハハハハハハハハハハハハハハ!!!! 大好き! だ~いすきっ! 愛してる。あいしてる! ダイスキ! アイシテル!!」


3。


 うぐ……厄日だ。天中殺とか大殺界とかの類だ。
 
 金髪の可愛い子ちゃんには体切り刻まれるし、その後は知らない少年にボコボコにされるし、最悪だ。
 
 結果的には可愛い子ちゃんは捕まえて売り飛ばしてたんまり儲けれたし、必要ないから少年に売り飛ばした場所も吐いたからよかったんだけどねぇ。
 
 ナイフでつけられた切傷も包帯で保護してるけど服が擦れるだけでもかなり痛い。
 
 風呂に入れば「ウィリィィィィ!」とか言えそう。……はぁ、鬱だ。
 
 後処理やその他含めてやることはやったし、つい先日あの子とやりあった路地を通って帰宅する。
 
 金もあるし外で食事しようと思ったけどやめた。
 
 顔がけっこう酷いことになってるからだ。
 
 女装しても男だってバレない自信がある顔もあの少年にボコボコにされて腫れている。
 
 ……お金以外良いことが無い。
 
 数日は家に閉じこもろう。
 
 自分の異能が治癒にも使える万能物だったらいいのに、とつくづく思う。
 
 というか戦闘面でもハッタリ程度で、タネを見破られたら使えない代物だ。
 
 あったらあったでいいけど、無くても別に不便じゃあない。ただ、捕まえた相手を気絶させたい時には役に立つかな?
 
 掌程度の部分でしか精密な空圧操作は出来ないけど、掌に集まっている大気のの酸素濃度を6%以下(……かな?)にしてそれを吸わせれば、相手は反射的に深呼吸をして肺の中の空気を入れ替えようとして即座に気絶する。
 
 前に読んだ漫画に描いていたことをイメージしたらできたのが幸運だ。
 
 まったくこういう時便利だよね異能は。
 
 理解していなくても、イメージ次第で異能が勝手に処理してくれるんだから。
 
 まぁ自分にできるのはこれぐらい。
 
 DかC程度しかない俺でコレ、Bからは次元が違う。Aなんかは化け物の領域だ。
 
 でもって今何時かなぁ? と携帯を開こうとした途端。何かが体をすり抜けた。
 
 体に涼しい物が通った、とでも言うんだろうか。
 
 昔っから感覚が鋭かった俺にしかわからない程度の何かが、スゥっと前から後ろへと通った。
 
 首筋がゾクゾクと震える。
 
 触ってみると、鳥肌が全開になっていた。
 
 次いで両の腕にも。……嫌な予感しかしない。
 
 鞘に納まっているナイフを手に掛けて、今さっき感じた視線の方向を向く。
 
 夜の闇を照らすネオンの光を背にした幼女が2人、居た。
 
 1人はツインテール、もう1人は腰まで髪を伸ばしている。
 
 感じるのは強烈な殺気。
 
 こんな年端も行かない女の子が出したら不自然なほどの殺気が、俺に放たれている。
 
 ただでさえ寒い真冬のの温度が2・3度下がったような錯覚を受ける。
 
 けっこうな修羅場を潜ってきたつもりだったけど、そうでも無かったみたいだ。
 
 俺は何に恐怖しているのか、一気に額に冷や汗が分泌される。
 
 寒いのに汗が出るとは可笑しい。可笑しいけど、今俺はそれを体験している。
 
 
「だ―――」

「……しまえ」


 誰か、と問おうとした俺の声にかぶせるようにツインテールの少女が呟いた。
 
 それがよく聞こえず俺が声を潜めて耳を澄ました途端、力なく垂れさせていた目を見開いて僕を睨んだ。
 
 
「きえてしまえっ! ミズキさんを、『おかあさん』を傷つけるヤツっ! みんなみんな、きえてしまえっ!! いなくなってしまえ!!」


 「ひ」と俺らしくもない呻きが口から洩れる。無意識に息を呑む。
 
 その目を一度見たことがあったからだ。
 
 ドロドロと腐ったドブ河のような、狂人の目。
 
 光が一筋も入ることが出来ない濁り切ったその目を、こんな少女がしているのに、俺は恐怖した。
 
 幼女2人が大人1人に挑むこの自信は、明らかにどちらかかまたは両方が異能者だと確信する。
 
 数歩あとじさった後、俺は完全にその少女達に背を向けて全力疾走の体勢を取った。
 
 今まで培っていた勘が言っている。逃げろ、と。死ぬぞ、と。
 
 かっこ悪いとかじゃない。
 
 命は1つだ。死ねば終わりだ。
 
 例えそれがハッタリだったとしても、俺は構わない。幼女相手に逃げたと、後ろ指差されても気にもしない。
 
 生きていればいいんだ。
 
 
「にがさない……『幻想結界』」


 ツインテールの女の子が何かを呟いた瞬間。目の前の地面から壁がせり上がり、両隣のビルを追い抜くほどに伸びて進路を塞ぐ。
 
 驚くのも束の間、足元が盛り上がるのを感じて下がると、さらにさっきと同じ様に壁が出来あがる。
 
 触って見ても、コンクリートの感触。
 
 精神操作系の異能かと僅かな希望に掛けて押してみてもすり抜けれることはない。
 
 本物……なのか?
 
 これだけの大質量の物を作れる異能者はB以上だろ。
 
 なんで俺なんかのところに来るんだ。
 
 
「ね―――」

「いいわけなんか聞かない。おねえちゃん、……殺して」

「わかった。……守って、『剣王結界』」


 振り向いて話かけようとしても女の子は聞く耳を持たず、おねえちゃんと呼んだ長髪の女の子を前に出した。
 
 
「お母さんのためだもの。貴方を殺したら、お母さんがまた褒めてくれるんだ」


 長髪の女の子が俺に聞かせるように呟き。俺に近寄ってくる。
 
 言葉の意味が本当なら、もはやこの子達を殺す以外に俺が生きる道は無い。
 
 先手必勝、と俺がナイフを構えるとキンッ! と金属質な音を奏でて、ナイフの刃が根元から消えた。
 
 
「お母さんが褒めてくれるんだよ? 偉いね、よくやったねって……」


 何が起こったのかわからないまま、俺は異能を発動させて少女の首元にカマイタチを起こそうと意識を集中する。
 
 が、癖で手刀のフリをして前に出した腕の肘から先が飛んでいったのを見て集中は解けた。
 
 痛みは目先に迫る恐怖にかき消され、俺は後ろの壁に腰をズルズルと当てて尻もちをついた。
 
 
「あ……あぁ……」

「羨ましいでしょ?」


 真直にたたずむ人形にような瞳をした女の子と、自分の腰の断面と、血に塗れた地面が、俺が最後に見た光景だった。
 
 
4。


 走る。疾走する。

 一生起きなくなったヒカリちゃんとコトハと言う少女をその場に残し、病院と警察に連絡をして俺はヒカリちゃんが残してくれたヒギツグの住所へと向かう。

 発動させた異能の力場を利用してビルの上を飛ぶように駆ける。
 
 俺の異能は念動力だ。ポピュラーなものだけど、それだけ応用範囲も広い。
 
 地面を踏みしめる一歩一歩に力を込めれば普通とは比べモノにならないほどの速度で走ることが出来る。
 
 ヒカリちゃんを救えなかった自分の無力が悔しくて堪らない。
 
 だけど悔やんでそこで立ち止まったら、次はあの桃谷ミズキが危険に晒される。
 
 助けれるかもしれない。
 
 少なくとも俺にはその力がある。芽生えたこの感情達が無駄でないと思える。
 
 次こそは、桃谷ミズキだけは助けてみせる。
 
 神山所属だとか異能者だとかは関係ない。
 
 この手をすり抜けていったヒカリちゃんの命を無駄にしないためにも、こんどこそ掴んでみせる。
 
 そして償わせてやる。ヒカリちゃんを後悔させて、笑顔も浮かべれず絶望に染まった顔のままに死んだ罪を。
 
 目的地が見えてくると、直前で異能で足全体を保護して着地する。
 
 加速しすぎたスピードと4階建のビルからの着地と相成って着地した瞬間にズンッ! と音が鳴り、コンクリの道路に若干の靴跡をつけていた。
 
 主都を一望できる高級マンションの一角にあるヒギツグの家の扉を異能を組み合わせた蹴りで蹴破り、土足のまま侵入する。
 
 
「どこだヒギツグッ!!!」


 ズンズンと奥へと進み、見つけた扉から開けはなっていく。
 
 俺の人生の中で一番憤怒を宿した声色で、叫ぶ。出てこいという意志を込めて。
 
 心は怒りで満たされて冷静に物事を考えれそうになかった。だけど3つ目の扉を開けた時、瞬間的に脳が冷めて―――また燃え上がった。
 
 女の子の死体だった。
 
 捨てるように、3人。
 
 握りこんでいた拳にさらに力が籠る。
 
 死んだ方が世のためだと本気で思ってしまった。誰が見てもクズだと言うほどのクズだ。
 
 漂う悪臭に顔を顰めながら部屋の中へと入り、せめてもと思い開いていた瞼を閉じさせる。
 

「クソ野郎が……!!」

 
 追い詰めて、再起不能になるまで痛めつけて神山なり警察なりに突き出す。
 
 殺しはしない。殺してしまえば俺も同類だ。
 
 こんな奴と同類の人間になるなんて御免だ。絶対になるか。
 
 そして怒り狂うという表現がしっくり来るまでに熱された感情のままでも、ソレを見た時に、俺は衝撃を隠しきれなかった。
 
 
「……な」


 最奥にある扉を開けて、思考が止まった。
 
 部屋一面が赤だった。中心には何かの『肉塊』。その隣には血塗れでたたずむ、女の子。
 
 病院の時と、連れ去られた時に見た桃谷ミズキに似た女の子は俺に背中を向けたまま振り返らない。
 
 状況を整理しきれないまま吐き気を感じた。喉元まで迫る吐瀉物を押しとどめ、声を出さないまま俺はその光景を見続ける。
 
 なんて言ったらいいのかわからなかった。
 
 ただ、言葉を発しないまま、時間が流れる。
 
 1分もしなかっただろうけど、俺には10分にも30分にも感じる錯覚を受けていた。
 
 行動を起こしたのは彼女のほうだった。
 
 ステップでも踏むように、楽しげにクルリとこっちを向いた女の子は返り血のついた顔で、笑っていた。
 
 
「あぁ君かぁ~。にゅふふ! 怒鳴り声が聞こえるから誰かと思っちったよ~!」


 その顔は完全に桃谷ミズキだった。
 
 
「もしかして助けに来てくれた? でも残念残念。もう事件解決だよだよ」
 
 
 どちらの時にも感じた力無い表情の彼女とは似ても似つかない笑顔で、まるで別人だ。
 
 薄く開いた目から感じるのは威圧感。血のように赤い眼を見て第一に俺は『化け物』と脳裏に言葉を浮かべた。
 
 「んん~!」と顎に手を当てて俺を上から下まで流して見たミズキは再度笑いかけてきた。
 
 
5。
 
 
「殺さないであげる!」


 そして、そう言ったのだ。
 
 
「……は?」

「だ~か~ら~! 殺さないであげるって言ってるんだよ。私は今すごく気分が良いからねっ!」

「ヒギツグは……?」

「ヒギツグ? だれそれ? ……あぁ~、もしかしてこのキモデブ?」


 肉塊に指を指して答えたミズキに、流されるまま頷く。
 
 よく見てみるとたしかに何か人の面影があった。体格も、似ている。
 
 
「殺した」


 その一言だけ彼女は真面目な声で言った。いや、違う。真面目じゃなく、無感情。
 
 さも興味もなさげにさらりとそう言った。
 
 
「本当ならさ。この現場見た君も殺すべきなんだけどね? でも私はすっごくすっご~く気分が良いから君が誰にも言わないって約束できるんなら、見逃してあげる!」


 人を殺して笑い続けるミズキ。その姿が、あの時にみた。妹を殺した殺人鬼の後ろ姿に重なる。
 
 途轍もなく。途方もなく。背格好も性別も違うのに、同じ人間だと思えるほどに似ている。
 
 人の死を糧にして、感情を得る人の形をした化け物。
 
 神山の人間のミズキなら可能なんだろう。異能者なのだから。
 
 
「ふざけんな……」


 冷えた感情に再度、火が点いた。


「ん?」

「なんで殺した」

「君に言う必要があるのかな?」

「なんで殺したんだって、聞いてるんだ……!! コイツはまだヒカリちゃんにも、他の子達にも謝ってもいないのに何で……!」

「……ウザいよ」

「ッ!」


 自分より1回りも小さいミズキの体を異能で引きよせて胸倉を掴んで壁へと叩きつける。
 
 
「うはっ。君ってば異能者?」
 
「それがどうした」

「……ふふ」
 
 
 足が届くギリギリまで持ち上げて、それでも自分より低いミズキを睨みつける。
 
 睨みつけても、なおミズキは鼻で笑って口を開いた。
 
 
「……君、面白いね。
 悪いことをしても人は殺しちゃいけないって思ってる。……それには私も同感かな? 殺しちゃえばただ肉でできた人形に成り下がるんだからさ。
 でもさ、どれだけ罪を重ねても、それでも罪を重ねる人間はやっぱり殺すべきだと思うよ。
 救いようがないもの。言ってわからない人間は殺すしかない。バカは死ぬまで治らないって言葉は明言だよね。
 罪を重ねる……ううん、罪を重ねれる人間に謝罪を求めても空しいだけ。だってソイツはこれっぽっちも悪く思ってないんだから。
 ソイツに謝らせても、得るのはそれを強制させた自分への満足感だけ。
 それでも君は謝らせたいのかな? 『ごめんなさい。僕が悪かったです』って口だけの謝罪を言わせたいのかな? 誰でも無い自分だけのためにさ。
 ……自己満足にもほどがあるよね。それはただの偽善者だよ」
  

 年相応とは思えないような、口ぶりの言葉攻め。ただ言葉を並べ、勢いだけで押し切ろうとしている。 
 
 
「違う……。間違ってる……!」


 たしかに俺も殺すべきだと思った。救いようがないと思った。だけど、それは違う。

 殺してしまえばそれで何もかも終わってしまう。

 更生する見込みがなくとも、本人に対してもその周りの人間に対して罪を償わせる必要はある。
 
 なにより、その人の周りにも人間は居るんだ。
 
 殺されて人に関係した誰かは思うだろう。「なにも殺さなくても」と。
 
 それはきっとよくないことを起こす。復讐に走ることだってあるはずだ。
 
 
「はぁ……もういいよ。で? こうやって君は何をしたいのかな? まさか私を殺すなんてしないよね。だってそうしたら君の信念は崩れちゃうもの」

「……っ」

「ま、殺しても罪には問われないよ? 異能者が人を殺してはいけないっていうのは『神山』が決めたことであって『政府』が決めたことじゃないからね。所詮は民間企業、正式な法律は作れないからね~。自分で異能者を抑える力が無いから政府はただ神山を黙認してるだけでね」

 
 ミズキの言うとおり、殺すなんてもってのほかで、俺には彼女を責めることしかできない。
 
 これ以上のことはできなくても、ミズキの言葉を否定しないといけない気がして放せなかった。
 
 傍から見れば俺が押してるように見えて、実際は大人びたミズキが俺を押している。
 
 
「君は面白いからやっぱり見逃してあげる。このことを口外しないって条件付きでね。―――無理って言うのなら仕方ない。君は私が神山所属だって知ってるみたいだし、殺しちゃおう」


 反省の色なんて見せるわけもなく、とても中1とは思えないほどに落ち着き払った態度に、俺は言葉を返すことができなかった。
 
 無言を肯定と受け取ったのかミズキは力の入っていない俺の腕を払ってそのまま出口へと向かう。
 
 
「30分もしないうちに後片付けに神山の社員が来るからそれまでに引いたほうがいいよ」


 そう言い残して、ミズキは部屋から出て行った。
 
 
「……畜生」


6。


 1日でここ最近頻発していた誘拐事件の黒幕であるヒギツグっていうキモデブは死んだ。
 
 世間には当たり障りのないようにそのことが報道され、ヒギツグの過去や人間性を大袈裟に誇張した形でスキャンダルで組まれ、反異能者集団の反感を大きく買うことになり世界はまた少しだけ異能者に厳しくなった。
 
 誘拐事件で消えた女性の数は24人。これっぽちかと思うけど物凄い数字ですよ。例えれば学校の1クラスが無くなったってこと。
 
 神山の人間が殺したってことだけ報道されて俺の名前は出ていない。当然の対応だ。
 
 そのことを知ってるのはあの時の少年だけ。
 
 今思えばなにしてんねんって感じだけど、なんというかあの少年は偽善者っぽいから大丈夫な気がする。
 
 ヒギツグの遺体……ていうか遺体だったものは現在神山本社に送られ、死体専門の感覚系異能者が情報を引き出している。
 
 
「ミズキちゃん……次はこれ着て」

「ん? おお、可愛いな」


 いま着てるのを脱ぎ脱ぎしてマドカに渡された衣装を着る。ふっ、もはやリボンが多い服もどこをどう着ればいいのか感覚で解っちまうぜ。
 

「ハァハァ……!」


 鼻息荒くしてデジカメを連射するマドカはちょっと危ない人に見える。その容姿がかなりのマイナス要素を中和してくれてるけど。
 
 というか今こうやって事後のこと話してるけど既に1週間程経ってるんだけどね。
 
 もう色々ありすぎてやっと語ることができるってわけさ。
 
 
「こっち向いて」

「あい」

「笑顔」

「キラッ☆」


 マドカが鼻血を噴出してるのは無視しよう。ちょっと疲れてるから突っ込んでる気力がない。
 
 特にあのドMとかドMとかドMとかに纏わりつかれたせいで肉体的に疲れた。精神的にもけっこう疲れた。
 
 
「次はコレ」

「それは倫理的にヤバくない!?」


 まぁそのドMの話とかを含めてあの後起きたことのまとめは次ってことで、夜路死苦!



▽△

多分10。くらいで終わります。
今回でこのお話は終わりにしたいです。
日にち開けすぎましたね。1週間に一回のペースで行きたいです。
誤字脱字指摘していただけると嬉しいです。
コメントくれるとミズキちゃんが愛してくれます。

多分文中でもう説明できないので、邪道だとおもいますがヒギツグ(キモデブ)の異能詳細

『戦乙女』変身系A判定。
対象を忠実な愛奴隷に変身させる。
対象の着衣で致すことにより発動する。
その際に複数の格闘技をマスターさせ、戦闘させることも可能。
最大効果人数は100人を超えるがその分効果も薄くなる。今回は今までの女全員の接続を切ってミズキ1人に凝縮した。
作者が一番欲しい異能。


▽△追記

22完成。

精神。キョウヤ<ミズキ
もし戦ったら。キョウヤ>>>谷>>>山>>>海>>>>ミズキ

ごめんウソつきました。6。でおわりました。
次からの2、3話は平和編&次の準備編です。

サイト名ARMORED CORE-wiki.net 
メニュー下にある創作のとこにある小説の欄で「アーマードコア4The Origin」という作品。完結済み。

主人公がなぜリンクスになったのか、そしてその苛酷な運命を書いた作品。
見た後の虚無感はかなりのもの。アーマードコアファンな方は見ることを強くお勧めしたい。


 



[4284] けいだん。23―ただの甘ちゃんな気がしないでもないわけですが―
Name: 歩(ホ)◆429b8219 ID:06335ec5
Date: 2009/02/07 18:34
1。


「んっ、フフ……」


 自分にしか聞こえないほどに小さな笑いが何度もこぼれる。
 
 きっと今の自分の顔を見れば10人が10人幸せそうな表情だと判断するだろう。そこに血の化粧を加えると面白いほどに評価が変わるだろうけど。
 
 メイド服に納めていたハンカチで肌にかかっているキモデブの返り血を拭き取り、出来る限り始末する。
 
 幸いなことに今は夜。気絶を2回挟んでしかも窓の無い場所で目覚めたから体感時間が狂っててよくわからなかったけど、よかった。
 
 血が目立つエプロン部分さえ外せば、暗い紺色が返り血に馴染むし夜特有の暗さが相乗してくれる。
 
 キモデブから手に入れた(幸せすぎてトんでたから危うく壊しかけた)携帯で神山に連絡を入れた後マドカに連絡を入れ、光があまり当たらない場所体育座りをしていい子で迎えが来るのを待つ。
 
 どこに目と耳があるかわからないから神山社員と顔を直接合わせるわけにもいかず(というより神山の社員と異能者は会っちゃダメ)、こうやってマドカの迎えを待つしかない。
 
 大通りから1本逸れた道だから人通りもまぁまぁに少ない、変な目で見てくる奴は微笑みながらお辞儀してやれば右を左にと消えてくれる。
 
 その際に必要以上に顔を赤くしていく男共の姿が気にかかったけど、それも些細なことなので脳内ゴミ箱に廃棄しておく。
 
 それにしても幸せだったなぁ、こんなに胸がポカポカするのは家族を殺した日以来だ。
 
 あぁ~……髪を1本残らず引き抜いた時のキモデブの悲鳴をMDに録音して毎日聞いていたい。
 
 顔面の皮を剥がす感触は病みつきになるなぁ。
 
 トドメになっちゃった首絞め時のあの怯えた目はもうヤバい。あれのお陰で最後の最後でまた達した。
 
 もうちょい愛してあげるつもりだったんだけどねぇ……。
 
 もちのロンでそれが異能で誘発させられた感情ってのも知ってる。
 
 でもそんなことはどうでもいい。殺した途端にさっきまで愛していたキモデブが、気持ちの悪い豚野郎になって冷めたけどそれも一瞬だ。
 
 こんな素晴らしい異能を俺にかけてくれたのには感謝してもしきれない。
 
 有害なモノばかり見てきた俺にとって初めて有益と感じた異能だ。
 
 そのあとにきた少年のせいで少しだけ気分を害したけど、その少年も面白かったから最終的にはオッケーだ。
 
 少年の言ったことから推測してあのヒカリも異能にかかってたんだろうな。
 
 俺も一般人の感性をしてるから、ヒカリがその異能で望まないことになってて恐らく知り合いだった少年が怒ったのは頷ける。
 
 生きてたら口封じもかねてヒカリに謝ろう。……あの損傷と出血で生きてるとは到底思えないけどな(笑)。
 
 しっかしあの少年は面白いね。
 
 青臭いぐらいに彼は偽善者だ。怒鳴りながらキモデブの家(たぶん)に押し入ってきて何がしたかったのかと思えば、謝らせたいとかもうね、アホらしい。
 
 キモデブのあの慣れた様子からして初犯では無いし、かといって2・3回ほどでは足りないほどに繰り返していたのは想像に困らない。
 
 人の感情を操る異能、それを躊躇いなく使える人種は限られている。
 
 壊れているか、慣れているか、だ。
 
 そのどちらもが、心からの謝罪をする人種ではない。
 
 プライドはあるだろうから簡単には言わないとは思うけど、口に出してみれば、はいそこまで。
 
 その言葉にどれだけの価値があるのだろうか? いや、無いね。微塵も。
 
 だから謝らせるくらいなら、殺してしまえ。
 
 殺せば殺す過程でそれまでに抱いていたもろもろの感情が、少しはマシになる。
 
 その中には完全に浄化しきる奴も居る。
 
 それに引き替え謝らせて得られるものは、無い。ゼロだ。強いてあげるならあの時に言ったように『謝罪を強制させた自己満足』だけだ。
 
 俺の考えが正しいとは言えないけどいくらでも頷く点はあるはず。……まぁ、理解してもらえなくてもいいけどね。
 
 それを全否定して「間違ってる」とまで言った彼はやっぱり面白い。
 
 見たくないものから目を逸らして見たいものだけを見て人の行いを否定する。―――これを偽善者と呼ばずになんと呼ぶんだろうね。
 
 例えるなら、正義のヒーローに憧れた少年かな。
 
 だからこそ、彼は俺のことを口外しない。
 
 だからこそ、俺は彼を見逃した。……そこ、元から勝てないとか言うなっ!
 
 っと。来た来た。曲がってきた軽自動車に視線を向けると、緩やかにスピードを落としながら近づき軽自動車が俺の前に止まる。
 
 運転席の窓が下がり始め頭髪から誰かが見え始める。んですぐに誰かわかった。
 
 俺が何か言う前に全開になった窓からリョウコさんが首を出す。
 
 
「5秒で支度しなっ!」

「空賊より厳しいですねっ!」


 ドーラさんも真っ青な準備時間だ。俺なら心の準備だけで使い切ってしまうじゃないか。
 
 ちなみに俺の場合、準備には最低24時間かかる。
 
 心の準備→神に祈る→祈って祈って祈りまくった→しかしなにも起らなかった→怒る→寝る→綺麗な寝顔してるだろそれ? 俺なんだぜ→着替える→続きはwebで!
 
 大体こんな感じか。


2。

 
 ちょいちょいとリョウコさんが手招きしてきたので車に近づくと、犬にお手をさせるように手が出される。その際に助手席にマドカが居たのも見えた。
 
 こんな時に金か、なんというKY。……と口に出したら天使のような微笑みで「死ぬか?」と言われた。
 
 なんとなく意味はわかるので俺もリョウコさんの希望に応えて左足を乗せる。
 
 すぐにものっそい握力で掴まれて再起不能になりかけた。本当に人間なんだろうかこの人。
 
 
「いやいやお前に言われたくないから」


 モノローグを読むな。
 
 
「アンタに拒否権は一切無い―――というかパンツ穿け、ミニスカの上に今みたいに足上げてると見えるぞ。毛すら生えてないけど」

「イヤんエッチ! 最低ねアンタっ!」

「なにその逆ギレ!?」

「男の人に見られたらそういうようにマイマザーに……あだだだっ!! 足が! 足がぁ!」

「弾けろっ!」

「潰す気満々っ!?」


 茶番はここまで。後部座席に誘導されたので移動する。車特有の臭いは無く、代わりに清涼感のある芳香剤か香水のような匂いがする。
 
 ……そっかぁ。たしかノーパンだったなぁ。言われて気づいた。
 
 こういうの結構あるよね。携帯探してたら手に持ってたり、メガネ探してたら既にかけてたり、年上好きだったのにロリコンになってたりと色々。
 
 車が走り出して人通りが盛んな道路へと出る。
 
 ネオンやライトが辺り狭しと光を発し、歩道のほうにも人が溢れかえっている。
 
 久しぶりだなぁと目を細めながらそれを見てると、マドカがニュッと助手席のほうから顔を出す。
 
 
「ミズキちゃん無事でよかった」

「ん……まぁ無事だけどさ。色々危なかったかな? 詳細のほうはリョウコさんに聞いてくれ」

「うん。それと……ごめん。あの時帰らずに一緒に行動してたらよかった」


 マドカが俯いて罪悪感を表現する。謝罪も兼ねた行動だ。
 
 たしかにマドカが居たらあの中性野郎は殺れたと思うけど、現場の責任まかされてる俺の判断ミスなわけで、マドカに非は無い。
 
 あるかも知れないけど責任のほうはほぼ俺の独り占めだ。自業自得とも言う。
 
 
「たしかにね。ま、五体満足かつ砦も破られてないしまるっきり異能犯罪者な奴も1人殺せたし、結果的にはよかったからいいんじゃね? 俺用の服でも買ってくれたら今回の件は水に流してやるよ」

「―――……それ、職権乱用」

「いいんだよ。俺がルールだからな」

「でもミズキの服ならもう新しいの買って家に置いてある」

「……マジか。じゃあそれでいいや」

「うん。わかった」


 今の俺の服の90%はマドカの自腹です。占めて30万ちょい。


「今度写真撮る」

「うわぁその顔からして泊まり込みの予感」

「んじゃそろそろ仕事の話でもしようか? ミズキも知りたいこともあるだろうし」


 バックミラー越しにリョウコさんが俺に視線を合わせて割り込んでくる。
 
 俺もマドカとの会話を切り上げて、少しだけ真剣になる。敵地から脱出した直後だし確かめたいこともある。
 
 こういうときリョウコさんの異能は役に立つ。
 
 なにせ、これまで何があったのか説明しなくても速攻で本題に乗れる。
 
 リョウコさん達の質問はさっきの接触1分ほどで全てが終了している。それに加えてリョウコさんは俺の心情も理解している。納得はしてないだろうけど。
 
 「えっーと」と額に指を当ててリョウコさんが記憶を引き出す。


「コトハって子は匿名の電話で警察に連絡があってもう保護されてる。ヒカリって子は出血多量で死亡。地下の男2人は精神に異常があるけど生きてる」


 あ、やっぱヒカリ死んでた。
 
 
「そのキモデ……ヒギツグって奴は神山が今処理してるだろうし。高校生の少年は神山・警察・民間からの連絡はまだ無い。……こんくらいか」

「……あれ、見逃したの言及しないの?」

「異能者っつっても、通報されて犯罪を確認できなかったらなんも出来ないからね。私はそっち方面は詳しくないからよくわかんないけど。副業だし。それに少年の行動はけっこう好きだし、ヒーロー! て感じでさ」

「ただの甘ちゃんな気がしないでもないわけですが」

「そこがいいんじゃないか。だからこそミズキは見逃したんだろ? 甘いってことはちゃんとした人間ってこと。矛盾で出来たこの世界で矛盾を理由も無く簡単に処理できる人間ってのは、人としての何かを欠けてるんだよ」

「リョウコさん精神科の人でしたっけ」

「いんや違う。それと、後者のほうはミズキが当てはまるね。正直言ってミズキは壊れてる」

「? どこが?」

「…………………………冗談だよ。じょ~だん」


 何言ってるんだろこの人。俺が壊れてるって言うのなら俺のまわり皆が壊れてることになる。それはちょっと、というかかなり可笑しい。
 
 
「それと、中性野郎って奴も死亡を確認してる。綺麗に胴体真っ二つらしいよ。相手は確実に異能者。中性野郎は異能犯罪者だったから特別な理由が無い限り誰がどう殺してもいいわけだけで、そんなに問題じゃないから別にいいんだけどね。で、最後に―――……病院から梅田レンが消えた」


 真っ二つ。梅田レン。その言葉を聞いて頬が引き攣るのを感じた。……えぇ~? いやいやいや、それは無いわ。一瞬頭に変なこと浮かんだけどね。
 

「1月もベッドの上だったからだいぶ筋力も落ちてるだろうし、心配だなぁ?」


 バックミラーから送られるリョウコさんの視線が痛い。
 
 
「看護師の意見としてレンちゃんはちょっと危ない状態です。出来る事なら早く病院に連れ戻したいです」

「……」

「色々あるだろうし1日だけ猶予あげる。その間に病院に連れて来い」

「ちょっと深読みしすぎやしませんか? 理由もないのに」

「女のカンだよ。それに、心辺りを探すのは当然」

「探すというより確信してるっぽいじゃないですか」

「いいから。グダグダ御託並べずに『はい』って言ったらいいんだよ」

「はい」

「よろしい。……出来るだけ歩かせずに寝かて、腹空かしてるんだったら胃も弱ってるだろうしお粥とか消化にいい物食べさせるんだよ」

「……わかりました」


 居ないといいんだけどなぁ~。でも悪い予感ビンビンです。


3。


 もっとお金が欲しいけど仕事は変えたくない。
 
 そんな理由から私は神山でバイトを始めた。正式にはサポートだ。実行員を補佐する人間。
 
 バイトのお陰で私の月の収入は40万もアップした。ボーナスが毎月やってくる! 幸せ!
 
 ただ、その収入の代償として支払われたのは、私の正常な精神だった。
 
 異能のお陰で人より達観していると思っていた自分はバイトのほうも楽にこなせると無意識に思っていた。
 
 他人の心を覗ける異能者、その最高ランクに当てはまる私は神山に入る前からも沢山の人間を視てきた。
 
 その過程で得たのは、人間の気持ち悪さ。
 
 正負入り交ざった思念の数々を目の当たりにして他人を知っていった。
 
 その経験がなければ、きっと私は狂死していただろう。
 
 私の異能を最大限に利用して『神山の敵』の情報を引き出す中で私は吐き気がするほどの狂気を目の当たりにしてきた。
 
 視ているだけで心がジワジワと侵される。
 
 汚染は日増しに広がり続け、新たな『神山の敵』を視るたびにそれは加速していく。
 
 次元ってやつが違うんだと実感した。
 
 異能者と人間との違いがここまで解る人間は、私のような異能者だけだろう。
 
 だからこそ、私は壊れなかった。
 
 ……いや、壊れれなかった。というほうが正しいか。
 
 怖かったんだ。
 
 高判定異能者達の内面を視て「いつか私もそうなってしまうのか」と思う度に私は恐怖で震えあがった。
 
 高判定異能者には奇人・変人・狂人が多いというのは嘘じゃなかった。
 
 私は神山により直々にA判定を受け、サイコメトラー第3位の座を受け取っていた。
 
 なら、私も壊れているのか?
 
 いやだ。そんなのは嫌だ。アイツ等と同類になるのは嫌だ。
 
 私は私だ。私じゃない私になんてなりたくはない。
 
 なら神山をやめればいい。
 
 そうまでしてお金が欲しいのか? と問われれば私はYESと答える。
 
 怖いが直接自分に危害を与えるわけじゃない。なによりその時にはバイト代が60万になっていた。
 
 バイトを辞めない方向で行くしかなかった。
 
 誰でもなく自分で選んだんだのだから責任を持たなければいけなかった。
 
 そうして、慣れた。
 
 人とは適応する動物だ。
 
 だから人たる私は慣れた。
 
 嘔吐を繰り返し、酷い時には3日も食事が喉を通らなかった。
 
 そんな生活を繰り返し、ある日私はふと思ったんだ。
 
 「なんで私があんな異常者達のせいでこんなに苦労しなければならないんだ」と。
 
 その日を境に私は平気になった。
 
 覗いたからといってなんなのだ。私が思い悩む必要は何1つない。全く。これっぽちもな。
 
 ご飯もモリモリ食べる。病院の患者さんの病人を盾にしたセクハラもドロップキックで笑って返せるようになった。
 
 大好物のご飯ですよなんかは、お米をオカズにして食うようになった。
 
 そうして病院の配属が変わりあいつらに出会った。
 
 ユウと。マドカと。私の初恋の人(6歳年下)と。そして、妹と。
 
 妹からは相変わらず嫌われていたし、私も嫌いだったから問題はない。
 
 妹を除いた3人とは仲良くやれた。
 
 あいつらとワイワイやりながら日が過ぎていき、1年ぐらいたったごろに私は出会うことになった。
 
 『異常者』と。
 
 瀕死になって運ばれてきた妹を初めて視て、その中身が『異常者』だった。
 
 妹はすでにこの世には存在しておらず代わりに異常者が居た。
 
 為り変った方法は異能だと記憶を探ればすぐにわかった。
 
 危険で貴重な異能者。それがわかると高速の方向で話は固まった。私も異論はなかった。
 
 保護、といっても異能の性質的に逃げれれないように弱みなりなんなりをつかみ拘束することになり、私は彼の記憶を深く調べることになった。
 
 始めに視たのは、代り映えのない平坦な日常。
 
 次に視たのが、家族の虐殺の光景。
 
 別段家族を殺すのはそんなに珍しいことじゃない。現に私は数回それを視てきた。
 
 だけどその家族を殺す理由が今までの奴らとは違っていた。
 
 異能者になりたかったから、という狂った思考。
 
 そして、愛しているから、という『感情表現』。
 
 わけがわからなかった。
 
 疑問に思い私は彼の精神構造を視ることにして、後悔した。
 
 これが人間? そう思いたくなるほどに彼は化け物だった。
 
 人でも動物でもない、何か。
 
 それが私の感想だった。
 
 これは理解できない。理解してはいけない。
 
 その時点で私は実に久し振りの吐き気に襲われていた。それも特大の。
 
 それでもあと少しと気合を振り絞ったのが間違いだった。
 
 再び記憶を探り、9歳前後の記憶層へと潜ろうとした刹那。
 
 ノイズが奔った。
 
 ザリザリと砂を噛んだような音と嫌悪感。
 
 ノイズなんて機械的なものが無い脳内でそれが起こったのだ。
 
 不可思議な出来事に眉間に皺が寄るのを感じながらも記憶を視ようと集中するが、見えるのは砂嵐。
 
 見渡しても何も浮かんでこない。
 
 なにが起こっているのか理解できず、もがく様に潜り続け砂嵐が消え光が見えた思った瞬間、私の脳内に飛び込んできたモノを視て私はすぐさま、逃げるように接続を解除した。
 
 転がるようにその場から飛びのきフラフラになった足でトイレへと駆け込む。
 
 広がる酸味に咥内を侵されながらいまさっき視たものを想起して、私は胃の中の物をすべて吐き出し便座に膝をつきながら気絶した。
 
 それ以来、仕事で頼まれても私は彼の過去を再度視ることはなかった。
 
 何か気味の悪いものが出てきそうで『怖かった』からだ。
 
 
4。


 無理やり口端を釣り上げて満面の笑みを偽装する。昨今頻発している産地偽装問題も真っ青な出来だ。
 
 腕は目の前のドアをノックかチャイムかどっちでもイケるように目の前に浮かび、いまかいまかと俺の指示を待っている。
 
 俺の技能とも呼べる気配探知のアンテナをドアの向こう側、要するに俺の家に向けると感じるのは2人の子供の気配。
 
 1人は間違いなくミユウのものだ。一月も一緒に暮らしてれば嫌でもわかるようになる。
 
 もう1人は、わからない。
 
 ただ、なんとなくミユウに似ている。ような気がする。それにど~こ~か~で感じたようなような気がしないでもない。
 
 まぁ……予想はついているわけで、俺は鈍感でもないわけで、ミユウの姉レンだと大方予想は付いているわけですが。
 
 いや的中するもんだね女のカンって奴は。リョウコさん凄いネ。
 
 俺も実質あの人の妹になるわけだからいつかは身に付くのかな。
 
 戯言もそろそろに帰宅するかな。約1日ぶりの。
 
 
「ただいま~」


 さまよう腕にノックでもチャイムでもない第3の選択、ノブを選ばせて捻る。
 
 む。カギかかってないじゃないですか。単純ながらも効果的な防犯手段を解除している状態だなんて……あとでお仕置きですね。
 
 外開きのドアを開くと同時に漂ってくる懐かしの我が家の匂いを感じ、少しだけ心が安らぐ。
 
 玄関にはミユウの靴と、○○総合病院と書かれたサンダル……よし見なかったことにしたい。
 
 待たせて心配(多分)させた身なので玄関でしばらく待機しているとドタドタと床を蹴る音を乱打させながら誰かが近づいてくる。
 
 右のほうに見えるリビングへの入り口からミユウの姿が見えたと思うと、わずかにある段差に足をひっかけてこけた。
 
 
「ぷえっ!」


 と妙に可愛らしい悲鳴をあげて腹這いにミユウが倒れる。ついでに倒れた勢いで前面にある電話置きの棚(肝心の電話は無い)にゴン! と浸透しそうな鈍い音を立てて頭をぶつける。

 さらに棚から置時計が落ちてミユウの脳天にジャストミートする。
 
 ……なんというか、踏んだり蹴ったり? 
 
 「ぅぅぅ」と涙声に頭を抑えながら女の子座りでミユウが起き上る。
 
 その姿に不覚にも萌えてしまった自分を戒めて、ミユウを待たずに家へと上がる。もちろん靴は脱いで揃える。
 
 擦り擦りしているミユウの手に、半座りになって俺も手を重ねて俺も撫でる。
 
 
「大丈夫?」


 柔らかな栗色の毛を撫でながら問いかけると、ミユウがピクンと跳ねた。
 
 スローモーションになったような動きでゆっくりとミユウが俺を見上げる。
 
 さっきの痛みで目の端に涙を溜め、熱でもあるかのように頬を染め、息でも切れたかのように「はぁはぁ」と荒い息をしながら見上げてきてミユウと視界を交差させる。
 
 そのミユウを見てエロいとか思ってしまう俺はダメな子。8歳だぜ? ……ハッキリ言ってちょっと欲情してしまった。
 
 まぁなぜか目にハイライトが無いことは言及しないでおこう。
 
 どちらも口を開かず20秒ぐらい見つめあっていただろうか。
 
 俺としては返事を待っていたわけなんだけど、そのミユウが応えないのでもういちど俺のほうから問―――
 
 
「ミ」

「おかあさん!!」


 ―――おうとした途端にミユウがフリーズを解いて胸に抱きついて来た。「のわっ」半座りでつま先だけでバランスを取っていたので簡単にこけてしまう。
 
 コロンと可愛い表現が似合う転び方でバタンキュ~と床に仰向けで倒れこむ。
 
 一体なにがどうなっているのかわからず、ヒントも無いし無害っぽいので場に流されてみる。
 
 とりあえず心配症なミユウなのでそういう感情表現なのだと検討をつける。
 
 
「お~か~あ~さ~ん~」

「……ミユウっちどうしたの?」

「おかぁ~さん~にゃ~」

「……」

「うにゅ~」


 のだがちょっと方向性が違うっぽいです。
 
 思いっきり猫撫で声でおかあさんと連呼される。この場合、俺がおかあさんでいいのですよね?
 
 ミユウは俺の薄い胸の谷間に頭を埋めてグリグリと右左右左に首を回す。足のほうは俺のふとももに股間をすりつけてるのも気になる。
 
 心頭滅却も済んで煩悩も退散したのでこの場の収拾と収集に入ることにする。
 
 ミユウの肩を掴んでベリッと引きはがす。ミユウと密着していた部分の熱が解放され物寂しさを感じさせる。
 
 目をパチクリさせて不思議そうな目で見られる。
 
 
「よっし、それ以上私を誘惑するなよ~。それ以上可愛い素振りを見せるな~」


 リーリーと言いながらゆっくり後ろへ下がる。牽制球は来ません。
 
 
「おかあさん、ゆうわくってなんですか?」

「子供は知らなくていいよ。というか、『おかあさん』って私のこと?」

「はい! ミズキさんはわたしのおかあさんです!」


 わ~お。いつの間にか1児の母になってましたよ。童貞すらまだ捨ててないというのに……。
 
 なんで俺がミユウの母になってるのかは追及しない。きっと『キ○ガイ』染みているから。
 
 聞いても多分理解できないと思う。ミユウの脳内はお花畑に違いない。
 
 こういう人種に真面目に付き合うってことは出来ない。ミユウ真人間再生化プログラムを最終レベルまで凍結。
 
 まぁ自分が撒いた種でもあるわけで、ミユウの妄言に付き合ってあげることにする。
 
 
「そっかぁ、じゃあこれから私たちは家族だねぇ」

「家族……、はい!」

「よーしだっこしてあげよう~おいで~」


 腕を開いて誘うとすぐにミユウがかかり、急いで起き上がって走り寄ってくる。
 
 今度は構えているのでタックル染みた抱きつきにも踏ん張りをきかせることができた。お腹の部分にミユウの頭が当たる。
 
 
5。
 
 
 後ろに手をまわされてギュ~っとしてくる。俺も負けじとミユウの頭をギュ~っとしてあげる。
 
 
「ちゅー」

「ちゅー」


 首をあげてせがんできたのでファーストキッスを捧げてあげてその場を中断。
 
 腰にミユウを巻きつかせながら家の中へと侵入する。
 
 襖をくぐり木のタイルから畳へと床を変える。懐かしくも感じる我が家を見渡す。相変わらず家具が不足していて寂しさを感じさせる。
 
 視線を下げる。
 
 ……やっぱり居た。どことなく疲れを感じさせる女の子座りで首を傾け、その長い髪を床に垂れさせたレンがそこに居た。
 
 両目が少し疼く。……あの時の奴が少しトラウマになっているようだ。
 
 まぁ期待通りというか、なんというか。リョウコさんご立腹ですよ。
 
 俺だって馬鹿じゃない。リョウコさんから聞いた情報から場面の予想はしている。
 
 さっきも言ったけど俺は鈍感じゃない。むしろ敏感だ。
 
 
「あ、その、えっと……あ、ぅ」


 言葉に詰まらせるレンがおかしくて「ふふっ」と微笑を漏らす。今までの情報、レンの再起動具合を見てレンが『何か』を期待しているのが手に取るようにわかった。
 
 頬肉が減り痩せた印象を感じさせるレンの顔が不安でいっぱいになる。
 
 俺が少し反応しただけでこの様子、ミユウはやりすぎだな。
 
 ここからは俺の脳内での予想になるけど、たぶん真実でもある。
 
 ―――俺が帰って来ないことに不安を感じたミユウは俺の行方を誰かに(多分マドカ)に聞いて行動を起こそうとしたんだろう。
 
 でも自分の異能の特性を知っているために力不足を感じどうしようかと迷う。もうこの時点で俺のことをおかあさんと認識。
 
 足りないなら足せばいいと考えを切り上げ自分が知ってて一番手身近にある力の場所へと向かう。つまり姉のレンが居る病院。
 
 レンの症状を知っているミユウは自分の考えるお母さん像を異能で具現化してレンへと見せて再起動を図る。
 
 もちろん作り出されたのは俺でありレン達の母では無い。
 
 でもここで不思議なことが起こった(はず)。長い入院生活と母の死の二重苦を味わっていたレンの頭にはすでに母の面影が霞んでいた。
 
 ホームビデオを見ていて気付いたことだけどレン達の母と父はレンを過剰にほめていた。それはもう見てるこっちがウザく感じるぐらいに。
 
 だけどレンは喜んでいた。褒める度に本当に幸せそうな顔をしていた。
 
 母に褒められること、それがレンの望み。
 
 でも既に母は居らず、依存する相手を失い心を閉ざして長く日を過ごしたレンにはもうその望みすら曖昧になりかけていたのだろう。
 
 そこにミユウが親の存在を摩り替えた。その親は、俺。
 
 偶然にも俺の幻影が発した第一声が『よくがんばったね』や『えらいね』かまたはそれに類似した褒め言葉だったんだろう。
 
 その時にレンの脳内で曖昧だった母のイメージが間違って俺へと収束し、再起動した。
 
 そのままあの時の中性野郎をサーチ&デスしちゃいました。
 
 偶然の悪戯と人としての何かが欠けた姉妹によってこの現状が生まれた。
 
 というところだろうか。……俺ってバーローになれるかも知れんね。
 
 
「偉いね、レン。よくがんばったね。怪我は無い?」


 ミユウの頭を撫でながら言葉をかける。その瞬間、レンの顔がさっきとは真逆の歓喜に満ちた表情へと変わる。
 
 わかりやすい奴め。と内心ほくそ笑み外面も笑顔で塗り固める。
 
 皮と骨がウエイトを大きく占めた枯れ木のような体を起き上がらせ、もつれそうな足で歩み寄ってくる。
 
 負けないで~もう少し~と俺というゴールへと抱きついてくるので俺も両腕で支えるように抱きしめる。
 
 ミユウとレンの姉妹丼ならぬ姉妹サンドイッチになる。
 

「お母さん、お母さん」


 違います、違います。
 
 
「お母さん生きてた。アイツ嘘吐きだ」


 ……イケメンのことかな? うわぁ、すべての行動が裏目に出てるよイケメン。
 
 抱きしめてる際に目に入った髪も水水しさを失って糸みたいになってる。洗ってあげるべきかな。
 
 
「はっはっはお母さんは死なないさ~。レンとミユウが居る限りね~」


 色んな意味でね。
 
 まぁ結果的に2人を手に入れたわけで、これでイケメンへの交渉権を手に入れることが出来た。
 
 神山を辞めるわけじゃないけど脅しを織り交ぜた命令を撤回させるのと、正社員への推薦状を書かせることができそうだ。
 
 あとの問題は、2人が神山へ入ってくれるのかだけど……入ってくれるんだろうなぁ、『おかあさん』の頼みごとだもんなぁ。
 
 
「おかぁ~さん~」

「お母~さん~」


 ……13歳にして2児の母な美少女って嫁の貰い手いるのかなぁ。結婚する気とかサラサラねーけどな!


▽△


さわりです。6。まで続きます。
やばい! 前の話めちゃ引きずってる! あっれー!?
でも予定通りっちゃあ予定通り。プロットもなんにもないわけなんですけどね。
山あれば谷あり。山ばかりでは平地と変わらず、谷があるからこそ山がある。
何が言いたいのかと言うと今は谷ってことです。
来週までに完成させたいです。

1月14日追記。修正のみです。すいません。


△▽追記


23完成。話は次のステージへ。
いや更新遅くてすいません。待ってる人居るかは定かですけど。
次からは本当に平和編ですよ!
SS紹介は今回都合により無しです。
代わりといってはなんですが、自分で描いた金髪バカを載せておきます。

http://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1372.jpg

見れたものでもないので見れた人だけということで、……自分の絵のURLなら大丈夫ですよね?
それでわ。











[4284] けいだん。24―あん♪―
Name: 歩(ホ)◆429b8219 ID:06335ec5
Date: 2009/02/07 18:37
1。


 厚手のカーテンで光を遮った暗い教室。背もたれの無い丸椅子、奇形な机、そして机の隣に設置されている手洗いやガス栓などからしてそこは恐らく理科室だろう。
 
 その教室内では20人弱にも上る男子生徒が思い思いの場所―――椅子に座ったり壁にもたれかかったり仁王立ちやガイナ立ち―――で何かを待っていた。
 
 ネクタイの色からして年齢も疎ら、体格も大柄な者から小柄な者まで居る。
 
 床や天井などの空白に目を向けているソイツらからは、どう贔屓めに見ても友好な関係を読み取ることが出来ない。
 
 いや、心やさしい人が見ればまだ、自分に言い聞かせるような弁護をしてくれるかもしれない。
 
 だがしかし、そんな戯言も連中が被っている物を見れば塵と化すだろう。
 
 円錐状で先の部分がややくたびれている紫の紙袋を被っているのを見て、誰が友好そうな関係を想像出来るだろうか? ちなみにおおよそ額と思われる部分には達筆に「萌」と書かれている。
 
 その時点で通常の思考を放棄(自然的に)した結果、別の意味で仲良しなのは大部分の人間が認めてくれるだろうが。
 
 そんな居るだけで息も詰まりそうな場所で刻々と時間が進み、さらに数を増して行く変人共が40人という少子化した小学校が羨む密度に達する。
 
 ふと、入口近くで陣取っていた1人が腕時計を見やった後に軽く頷き教卓へと移動する。
 
 その行動に、まるで待っていましたと言わんばかりにその場に居る皆が反応し視線が集束する。
 
 教卓の両角に堂々と手をおき、置かれていたリモコンを操作してスクリーンと映写機を起動する。
 
 さすがに県内でも有数の私立高として有名なだけあり、手作業無しで全てが設置される。
 
 最後に隣にあるスキャナーのスイッチを押してその人物と思わしき人間はその場から教室全体を見やった。
 
 それに合わせて顔もわからないが何かを通わせた変人が一様に頷く。
 
 
「では、始めよう」


 皆のその態度に満足したのか、中心人物らしき変人はその場で初めて声を発した。決して元気があるようには聞こえないが、威厳を感じさせるものを含んだ声色だ。
 
 中心人物は懐から1つの封筒を取り出す。
 
 紙紙幣を入れるにしては広く短く白い封筒。そこには赤ペンで「秘」と書かれこの場相応の危険気な香りを発していた。
 
 その封筒が見えた途端に「おぉ……!」と全員が声を上げザワザワと激しく、それでいて静かに騒ぎ出す。
 
 中心人物はその封筒を懐から教卓に置く。
 
 その時だった。
 
 比較的教卓に近かった1人が突然走り出し、置いてあった封筒を掴むと逃げるように出口へと向かう。
 
 あと数歩で出口の扉に手をかけられるところで別の変人により足払いを掛けられ追いついたほかの変人達により捕え抑えられた。
 
 変人(逃)はそれでもなお逃げようと暴れつづけ、吠えるように「放せ放せ」と叫ぶ。
 
 ヒートアップする変人(逃)とは真逆にその場の空気が一気に冷えあがり、射殺すような視線が変人(逃)へと注がれる。
 
 中心人物が変人(逃)から封筒を取り返すと、その証である円錐の紙袋に手をかける。
 
 その行動の先をすぐさま思い浮かべたのか今度は命乞いをするように「やめてくれ」と連呼する。
 
 だがその言葉に一切誰もが耳を貸さず、抵抗も出来ないいままに紙袋が奪い取られる。
 
 そこから現れたのは皮膚がミントででも出来ていそうな爽やかな青年だった。
 
 悔しそうに歯噛みする青年を見て「まさか……」や「お前が……」などと各所から驚愕の声が漏れ出る。
 
 
「君はたしか……ふん、なるほど。しつこい男だな、君も」

「くっ……!」

「独り占めしようとするその根性、素晴らしい。だが、これは罪だ。……しかも禁忌と呼ばれる領域のな」

「……まさか!? や、やめてくれっ! 頼む!」

「……この仮面は回収させて貰う。そして、君の今後一切のこの集まりへの参加を禁じる。これはこの場全員の総意だ」

「うわぁぁぁぁぁぁ!!!」

「連れ出せっ!」


 両脇をガッチリとした体格の変人2人に固定され為すすべ無く変人(逃)は追い出された。
 
 中心人物は手に残った仮面を容易く千切りその場にばら撒いた。その行為に周りも少しは気が晴れたのか若干雰囲気がやわらぐ。
 
 そしてさっきの2人が帰って来るのを待ってから続きを始める。……ついでに言うと、変人(逃)は後日ゴミ箱に頭を突っ込んだ状態で発見されたらしい。
 
 
「それでは今から皆の気持ちを確認する」
 
 
 全ての準備が整うと、中心人物は数回深呼吸をし心を落ち着ける。
 
 精神統一をし終えたのか? たっぷり1分を使いきった後、中心人物は拳を掲げた。
 
 
「桃谷ミズキは!」

『可愛い!!!』


 中心人物が叫ぶと同時に、いつのまにか発声ポーズに入っていたその他全員が続く。
 
 統制の取れた乱れの無い声が教室内に響く。


「桃谷ミズキは!」

『美しい!!!』

「桃谷ミズキは!」

『天使!!!』

「要するに、桃谷ミズキは!」

『萌え!!!』

「教室内で独り、憂いを帯びた表情で外を眺める桃谷ミズキ!」

『萌え!!!』

「間違えてスカート擦り降ろしながら男子トイレに入って来た桃谷ミズキ!」

『萌え!!!』『今までで合計14回!!!』

「マラソンで必死に走ってなお1週抜かしされてしまう桃谷ミズキ!」

『萌え!!!』『走り終えた時のエロさは異常!!!』

「告白に対して、温かい声色に反して見下すような冷たい瞳で『ごめんなさい。貴方と付き合うとかちょっとありえないんで』と言った桃谷ミズキ!」

『ドS!!!』『ドMの俺達万歳!!!』

「もし桃谷ミズキに好きな奴が居たら!」

『殺せ! 殺せ! 殺せ!』

「最後に! 諸君らは桃谷ミズキを愛しているか!」

『愛している!!』

『……よし。それではここに、第13回桃谷ミズキ盗撮写真オークションを開始する』


 満了の気持ちを周囲に放ち、今ここに全員の気持ちは一つになった。
 
 さっきの封筒の封が切られ中身が取り出される。厚さから言って2・30枚はあるだろうか。
 
 中心人物の言葉通り、写真に写る桃谷ミズキの顔は一つとしてこちらを向いていない。
 
 桃谷ミズキとは? 金髪赤眼というアルビノの少女であり、美少女といって差し支えの無い容姿をした中学1年生である。
 
 転校初日から様々な事件に巻き込まれ、欠席を繰り返し時には20日間も来なかったことがあったりと彼女の話題に事欠くことが無い。
 
 現在は小康状態だが、一時期は神山の関係者かとも噂されていた。―――しかし、本人はそれを否定している。
 
 ただ何かしらの技術は持っているらしく。一向に明かそうとしない自宅を知ろうと尾行された際にはかならず気づき、町内をグルグルとまわったあげくに見失い、最後には背後に立たれ優しく注意されるという。
 
 基本的には人当りの良い温厚で大人しい性格だが、自分から積極的に話かけに行くことは珍しく話掛けられてもさり気なく話を切り上げようとする。
 
 そのためか、人気とは裏腹に彼女の交友関係は広くは無い。
 
 ほかにも、たまに見せるSっ気や(主に告白してきた男子生徒に対して)天然ボケを思わせる行動(男子トイレに戸惑いなく入ったり)をしたりと青春真っ盛りの生徒達を彼女は魅了してやまない。
 
 ちなみに言うと、彼女は盗撮にも気づいているが、別に気にはしていない。
 
 中心人物が写真の束から1枚を取り出しスキャナーへとセットする。
 
 すぐに映写機と連動し、映し出されたのは『大量の鼻血を流しながら気絶し女子更衣室から運び出されているミズキ』の姿だった。しかし表情はすごく幸せそう。
 
 「おぉぉ!!」と全員がどよめく。
 
 
「この写真。1万円からのスタートだ……―――」


 ―――が、いざ中心人物が値を言ったか言わないかの境目で突然扉があけ放たれた。
 
 日の光が暗く閉めきった教室に閃光を思わせるように差し込み、一気に当たりを照らし出す。
 
 その光を受け止め、逆光を作り出す人影がその場に居る全員の目へと入り込む。
 
 
「な、何者……!!」

「……話は聞かせてもらったわ!! さぁその写真を全部! 私へと寄越しなさいっ!!」


 中心人物の問いかけには答えず、張りのある声を響かせて人影は言う。逆光が形作る影、それと声からしてその人影は恐らく女性。
 
 変態達はそのことに気づき硬直する。
 
 ―――まずい……。
 
 変態達は心の中で焦る。このままでは正体がバレてしまう上に、変態の烙印を押されてしまう。
 
 
「その写真達は今から私の物っ!! ふふふ、御馳走よ……。今日はそれでアハーンやウフーンやバキューンし放題だわ!!」
 
 
 意味不明な言葉を吐く女性を無視し、拙いことになったと全員が思いどうやって逃げ出そうかと数人が考え始めたその瞬間、新たに別の少女が最初の影へと飛びかかった。
 
 
「この雌豚先輩がぁ!! さり気なく放送禁止用語連呼してるんじゃねーです!!」
 
 
 少女は鞄に教材を詰め込んだ即席ブラックジャックを振るい、その女性の後頭部へと直撃させる。
 
 音こそ小麦粉の袋を落としたように大人しいものだったが威力は十分だったらしく。女性は前のめりに崩れ落ちる。
 
 その際にその女性がかけていたメガネが転がったが即座にそれを回収した少女は女性の両足を脇に抱える。
 
 
「すいませんウチの雌豚が迷惑かけてしまって……でわ、失礼します。ごゆっくり楽しんでいってください」


 上着で頭を隠しながら腰を曲げて謝ると少女はズルズルと女性を引っ張りながらその場から立ち去った。
 
 後には、そのやり取りにポカンとした態度で見守っていた変態達だけが残っていた。
 
 そしてその場所を後にした少女は一人毒づく。
 

「まったく……。これで売り上げが落ちたらどうすんだよこの雌豚。―――……売上の6割は俺の懐に入るんだからな……」


 その声色は、さっきの女の子然としたものではなく、抑揚のない男喋りだった。
 
 その少女は気付かない。引きずっている女性のスカートが思いっきりまくれ上がり下着が丸見えになっていることを。

2。


 俺には深い仲の人間が居ない。いや、恋人とかそういう意味じゃないから。
 
 前世じゃあ気の合う奴もいたし親友って言える人物も居た。自分でも言うのも変だけど、友達は多いほうだった。
 
 女友達は居なかったけどそれで全然満足していた。……それ以上を求めてないって言ったら嘘にはなるけど。
 
 例えば高判定異能者の友人だって欲しかった。
 
 でも異能者ってのは総じて身分を隠しているものだから、それも高判定な奴となると宝くじで100万円相当を当てるくらいに難しい。
 
 だからこそ高望みをせずに満足したと言える。
 
 それと、正直に言ってしまえば心のどこかで俺は彼らを見下していた。と思う。失礼な話なんだけどさ。
 
 異能っていう超能力がある世界に生まれておきながら、それを使えないっていうのは『落ちこぼれ』と同義だ。
 
 その『落ちこぼれ』な上に異能を手に入れようと明確な努力をしない奴らってのは、自分には理解出来なかった。
 
 努力している俺と、努力せずにヘラヘラしている周り。
 
 なにか感じるところが有っても不思議じゃあないはずだ。―――それを俺は『見下し』ってもので持っていた。
 
 既に異能を手に入れた俺からしたら過去の自分の考えはかなり青臭いものだった自覚できる。
 
 これから先、彼らと会うことができずに、その時の気持ちを謝ることができずにこのまま生きていくのは、1つの未練だ。
 
 ……まぁ何かを伝えたいってわけじゃないんだけどね。
 
 ただ、この気持ちを誰かに聞いてもらいたいってだけだ。誰も聞いちゃあいないけどさ。
 
 独り言ってこと。これはモノローグ。誰にも伝わらない心の独白。とかカッコつけたい気分です。
 
 それにしても友人は選ばない、という独自のルールがあったわけなんですけどね。それもそろそろくずれ落ちそうだ。
 
 
「ミズキちゃんミズキちゃん、ポッキーゲームしましょうよっ」

「嫌ですから。キスする気満々で引いてますから。というか死んでください」


 ヘアピンで6:4ぐらいにわけられた艶のある黒髪のボブ(髪型。決して外人の名前じゃない)とノーフレームのメガネが特徴的な委員長っぽい生徒会書記の四貫島カオリさんに、現在進行形で俺は詰め寄られていた。
 
 聞く気すら起こらない授業を半分寝て過ごし、お昼のチャイムと共にいざ自作のお弁当を持って中庭辺りで食べようかなと思っていた矢先に俺はカオリに捕まった。ちなみに今日は冬にしては日差しも強くて秋のような天候だ。
 
 俺の中では既にドMで雌豚認定されているカオリは俺がいつも弁当を自作しているのも知っていたらしく、自分の弁当をもって付いてきたのだ。
 
 なんかもう下着の色とか使ってるシャンプーとかどこから体を洗うのとか知ってそうで怖い。要するにストーカーだと俺は言いたい。
 
 誰にも教える気のない家の場所ですらカオリは知ってそう。
 
 鬱陶しいってわけじゃないんだけど、息が詰まる。それも美少女だから無暗に対応に困る。言っとくけど俺が一番可愛い。
 
 一例を挙げると追い払っても年上の包容力的な何かで押し切られるし、冷たく追い払うとウットリした顔でMっ気を見せてきた上でドサクサに紛れてついてくる。ある意味Sです。本当に有難うございました。
 
 嫌々言いながらついてきたのは仕方ないと思っちゃう俺もダメな奴なんだけどさ。
 
 で、弁当広げて食ってると勝手に俺のオカズを奪われたりする。「コレがミズキちゃんの味……」とか言われた時には鳥肌全開余裕でした。
 
 まるで俺を性的な意味で食べたみたいに言うな。
 
 やり返すように俺もカオリの弁当からオカズを奪取して食ったら、普通に旨くて反応出来なかった。正直俺より料理上手。
 
 おいおい~どういうことだよ。自炊して10年ほどの俺より、まだ生まれたばっかのガキほうが上手いって理不尽じゃないかい?
 
 嫁の貰い手に困りそうにないなコイツ。あ、俺に嫁ぐとか無しな? 同じ女同士だから。
 
 
「あ、もしかして恥ずがってる? このシャイガールめっ!」

「全力でポジティブですね。もはや救いの余地無しなんで、そろそろお墓の準備でも始めましょうか」

「仕方ないミズキちゃん。私のほうからやってあげる♪」

「さっきから話聞いてないのは仕様なんですね。わかります」

「ん~……」


 口にポッキーを咥えて女豹のように四肢をついて俺へと迫ってくるカオリ。いや、見てるだけならエロくて大変結構なんですけど(むしろもっとやれ)その対象が俺となると話は別だ。
 
 悪いことじゃなくて逆に好意からしてくる行動だから反応に困る。
 
 とりあえず俺とカオリの距離的な問題で立ち上がることが出来ないので腕と尻を動かして後退する。ズリズリ。パイ(ry
 
 ……当然の如くカオリが追ってきた。さらに俺も逃げる。
 
 お、俺のそばにちかよるなぁー。
 
 30秒にも満たない攻防の末に校舎の壁に背中が付いてしまい逃げることが不可になってしまう。
 
 うぐぁ、同性愛者が目の前に迫ってくる。助けてドラえもん。通り抜けフープとか便利だよねマジで。
 
 百合キッスなんて御免こうむりたいので手を上げることにする。無論、暴力的な意味で。
 
 状況に流されるままなんて俺には出来んのです。偉い人にはそれがわからんのです。
 
 手と腕の力を抜いてカオリの頬目掛けて軽く振るう。
 
 威力的にはジャブにも満たない札束で頬をはたくレベルの一撃は、見事にヒットする。擬音的には、パムンって感じ。
 
 
「あん♪」

「―――……:(;゙゚'ω゚'):」


 その時、俺の体に電流走る。悪い意味で。
 
 背中から腰、型から腕まで、太ももから肘まで……要するに体全体に鳥肌がギッシリと詰め込まれる。無性に頭が掻きたくなる。
 
 今の俺の気持ちを表す言葉は一つしかない。『キモス!』だ。『モッコス!』でも代用可能な気がしたけど無理だな、うん。
 
 もぉマジでよ~やめてくれよ~なんで俺なんだよ~。なまじ顔が言い分残念すぎる。
 
 夫にブたれた妻のようなポーズでカオリが俺を見て口を開く。
 
 
「素敵」


 なにそれ。
 
 
「先輩マジキモイんですけど。何のお薬を処方したら治るんでしょうかその病気?」

「ミズキちゃんの愛という名のお薬を」

「黙れ」


 閑話休題。
 
 
 あっちゃこっちゃとやってさっきのキッス未遂から少し時間が経つ。
 
 体が少女になって変ったと思う所は色々とあるけど日常生活で変化が会ったのは2つだ。
 
 1つめは体力が低くなったこと。
 
 前世の俺を10とすると、今のおれは4くらいしか体力が無い。正直疲れやすいったらありゃしない。今なら女子の気持ちがわかるね。というか女子だけど。
 
 まぁそこは改造で後々何とかする。……特に足を改造すれば楽なんだろうけど、慣れるまでヒドいことになると思う。
 
 『ネギま』の瞬歩のなりそこないみたいなのを一歩一歩繰り返して生活するどころではなくなる。歩くっていのは生きてるってことと同義だから切っても切れない関係なのが痛い。
 
 2つめは1つめと違ってそう重要じゃあない。でも重要っちゃあ重要。
 
 とりあえず、口が小さい。あと喉も細い。
 
 いつも通りに食おうとして食物が口にひっかかるのは日常茶飯事だし、咀嚼するのもそこそこに飲み込めばかなりの確立で喉に詰まってしまう。
 
 喉詰まらせて涙目の自分を鏡で見て可愛いと思ったことなんて何度あったことか。
 
 この手作り弁当も食べやすくはしてるつもりなんだけど、やっぱりガツガツ食えるわけじゃないから時間が前世の俺の3倍は時間がかかる。
 
 食事で昼休みの6割は消費する勢いだ。もったいないことこの上無い。
 
 そして今日も今日とてチビチビと食事を続け、時間の消費に貢献する。
 
 
「はいミズキちゃん。お茶」

「気が利きますね。ありがとうございます」


 白米と格闘し若干喉を詰まらせていると横からカオリがペットボトルのお茶を差し出してくる。
 
 多分口付けた後なんだろうなぁ……。でもこの際気にしない。
 
 やっぱり開いていたフタを開けてペットボトルを傾ける。乾燥させた茶葉を水で出汁を取ったような味がした。要するに普通のお茶。

 喉で奮戦していた白米をお茶の濁流で胃へと落とす。あばよ。
 
 が、ちょっとしてから違和感を感じた。
 
 今さっき買って来たものにしては冷たくないし、買い置きにしてもこんな冬真っ盛りの中じゃ多少冷たくなっててもいいのに……なんだか、
 
 
「……ヌルい」

「ああ、ミズキちゃんが飲むと思って体で温めてたの」


 上着を開いて胸元を強調するカオリ。
 
 ……。
 
 とりあえずビンタ。
 
 
「あぁ♪」

「先輩はあれですか。草履ですか、猿ですか、豊臣秀吉ですか」

「いいの。ミズキちゃんが喜んでくれればそれで」

「喜んでるように見えるんですか。そうですか。かなりキモいですよ。キモキモです。この淫乱眼鏡」

「も、もっと……」

「ぎゃ、逆効果ですか。流石の私でもちょっと引いちゃうかもです」


 これがヘタレ攻めという奴なんですね。ミズキは学習しました。
 
 雌豚よりも卑下にする言葉ってあったかな、ポキャブラリーに乏しい俺にはちょっと思いつかない。
 
 あぁきっとこの雌豚先輩は俺の天敵だ。イケメンとはまた違うタイプの奴だ。
 

「ここに糸があります」

「超絶いきなりですね。しかもご丁寧に色は赤ですか。もう先が読めたんでこの話は切り上げましょう」

「この糸を私の小指に結んでもう片方を……」

「人の話を聞いちゃいねー奴ですね。結ばせるわけないでしょ―――あっ、ちょ、やっ……強引っ!?」


 中庭の芝生に押し倒される。草と土のにおいが香り子供の頃を思い出させる。
 
 体重を掛けないように馬乗りにされ。両腕を器用に抑えられて小指に糸を結ばされる。

 悲しいかな混乱と動揺で体に力が入らずなすがままにされてしまう。


「こうやって結めば、私とミズキちゃんは運命の人!」

「ヤベーこの人ヤベーですよ。だ、誰かヘルプミー!! ―――あ、ああぁ……! なんでみんな顔を赤くして無視して行くのっ!? 百合希望なの!? 百合希望なの!?」

「ミズキちゃん。キスしてもいい……?」

「良いわけないでしょう!? 何1人で盛ってるんですか! 雰囲気もヘッタくれも無いし、第一そういう関係じゃないですから私達!」

「んっ……」

「ひぃぃィィィ!!!」


 その後なんとか振り払って逃げました。
 
 このイベントは毎週7日の内の2日はかならず発生します。このイベントが起こった後のクラスメイトの反応と言えば、泣きたくなる。
 
 そういう属性じゃないと何度言っても通じない人達は一度死んで脳を改めてくればいいと思うんだ。
 
 俺は立派な女子で普通に男の子が好きな……好きなっ……、わけねーだろうがッ! 普通に女の子好きじゃ! 
 
 ……………………。
 
 ……う、う、うぅぅ百合じゃないんですレズじゃないんです。信じてください。


△▽


この先使うかもしれない所謂誰からでも無い視点の練習です。
1。2。という感じで一人称と文体は分けるのでわかりやすいと思いたいです。
それでわ。


△▽


24完成です。平和編なので短めです。メリハリつけるためにもミユウ&レン編は今回カット。
感想頂けるとミズキとカオリの濃厚なラブシーンが見れるます。
……嘘です。



[4284] けいだん。25―あ゙―
Name: 歩(ホ)◆a5560092 ID:ddc19d26
Date: 2009/02/12 00:24
1。


 クッキー、グミ、キャンディ、ガム、チョコレート。色々なお菓子がある。
 
 私は全部大好きだ。甘いものを食べると、幸せな気分になれる。
 
 虫歯は怖いけど、ちゃんと歯ブラシをすれば大丈夫。……この前一個虫歯出来たけど。
 
 だから、私の将来の夢はケーキ屋さんだ。
 
 生クリームたっぷりのケーキをいつでも食べれるし、私が作った美味しいケーキをみんなに食べてもらいたい。
 
 きっときっとみんな「美味しい美味しい」って言って食べてくれる。
 
 お店は大繁盛。そのうち二号店も出すつもりだ。
 
 二号店ではチョコレートを使ったものいっぱい出すんだ。で、それで私がいっぱい食べる。
 
 うん。今考えるだけでも夢がいっぱいだ。
 
 絶対になってやる。
 
 そのためには、やっぱりお菓子をいっぱい食べて色々な味を知らないとダメだと思うんだ。
 
 でもお母さんとお父さんは「太るから」とか「体に悪いから」とか言ってあんまりお菓子を買ってくれない。
 
 2人とも全然わかってないよ! 娘が将来のことを一生懸命考えてやってるっていうのに、それを邪魔するなんてさ!
 
 信じらんないよ。
 
 だから私は思いつきました。買ってくれないなら、自分で買えばいいんだって。
 
 月2000円のお小遣いだと、すぐになくなっちゃうけど、仕方ないよね。
 
 勝手に買ってくると怒られちゃうから、夜に行こう。ちょっと遠いけどコンビニがあるしね。24時間営業万歳だよ。
 
 で、色々決まったからお母さん達が寝た後に買いに行って、結果は大成功! いっぱいいっぱい買った!
 
 その日の夜は1人で沢山のお菓子を食べた。
 
 それで毎月お小遣いが無くなるまで続けて、お小遣いが無くなると次の月が待ち遠しくて仕方なくなった。
 
 ふふふ、まだお母さん達にはバレてないんだよ? 私って凄くないかな。
 
 そしてそして今日はお小遣い日なのだ。学校のテストの点がよかったからお小遣いが2500円になってた!
 
 今日の夜は久しぶりにお菓子をいっぱい食べれそうだ。
 
 ベッドの中で必死に目を開けてお母さん達が寝るのを待つ。油断しちゃうとお布団が気持ちよすぎて眠っちゃうんだよね。
 
 置時計を見て短い針が12時を指すと、私は隠して持ってきていたお古の靴を取り出して窓の外に放り投げた。
 
 上着を着て、いざ、レッツゴー! と窓から出て靴を履く。
 
 
「う~う~寒い~」


 両手で体を抱きながらコンビニまで歩く。もう慣れた道のりだけど、今日は一段と寒くて少し遠く感じる。
 
 お菓子を買いに行く難点は、行きと帰りが怖いことだ。
 
 深夜だからみんなお家で寝ていて道には誰も居ない。なんだかお化けで出てきそうな感じだ。
 
 いざという時には携帯も持ってきてるから大丈夫だと思うんだけど、やっぱり怖い。
 
 だからたまに後ろを振り向いたり、色んな所をキョロキョロと見渡す。
 

「うん。誰も居ない」


 独り安心して、気持ち早足で行く。
 
 チクリと、背中に針が刺さったみたいな痛さを感じた。
 
 なんだろう、と背中を摩ろうとすると痛みが増して、胸から何かが生えてきた。私はそれをじっくりと見た。
 
 白くて尖っていて、細い何か。それに赤い水が、いっぱい付いていた。
 
 
「え……?」


 その白くて尖っていて細い何かが回転した。
 
 
2。


「あ゙」


 ぬぷり、と少女の背に突き刺した爪を抜き、滴った血をこの小さい舌で綺麗に舐め取った後に元通りに閉まった。
 
 血はあまり美味しくない。鉄の味が口一杯に広がって仄かに吐き気を誘発する。……でも、気分を鎮めるのにはちょうど良い。
 
 
「……なんだ。出来るじゃん」


 心臓を射抜かれ、今はもうただの人の形をした肉塊となった物を見下ろして俺は呟いた。
 
 この14日が無駄と思えるほどに呆気なく、1ピコほども俺の存在に気づく事無く、自分の死すら実感することなく、この子は死んだ。
 
 俺が殺した。
 
 今回の殺しの名目と言えば“自信を付ける”だ。
 
 ここ最近のミスの連続はけっこう自分のプライドっぽい何かが傷つけられるものだった。
 
 以前なら考えられない見落としがあった時にこの体に乗り移った時に何か不具合でも起こったのかと推測が出たけど、それは俺の勘違いだったみたいだ。
 
 自信を付けるために以前の殺し方を思い出しながら入念に下調べをおこなって、いざ殺人! 未知なる空へレッツゴー! と息巻いてみた結果はコレ。
 
 嬉しいような、悲しいような、微妙でセンチメンタルな気分です。
 
 まったく悪い子だよね? 夜に抜け出してコンビにに出かけるなんてさ。それも決まって深夜、家族が寝静まった頃に抜け出す。
 
 
「悪い大人に狙われて当然。俺に狙われてよかったね?」

 
 まぁ、聞いてないだろうけどさ。あっははっ。
 
 以前は人は食えなかったのでちゃんと過去の自分にならって証拠隠滅に異能は使わず、手動で行う。
 
 ちょうど今日はゴミの日なので真っ黒のゴミ袋も用意してあるので準備は万端。
 
 元人間、現肉塊の小学生の肘に踵を乗せて腕を掴んで引っ張りあげる。ボキっとな。
 
 当然、枝を連想させるソレは晴れて逆間接仕様になり実質360度に対応できる新世代機へと進化する。
 
 解体するなんて古いです。時代は折りたたみ式なのです。
 
 もう片方の腕もボキッ! 両膝もボキッ! 股関節もボキッ! 背骨もゴキッ! 首もボキッ! ……ふぅ、完了。
 
 いい仕事したなぁ……!! ね? 簡単でしょ? 
 
 中国雑技団も真っ青な柔軟ボディになったそれをテキパキと折りたたみ、4枚重ねにしたゴミ袋へとインする。そいやー!
 
 「ふんがっ」とブラックサンタクロースになったつもりでゴミ袋を担ぎ、燃えるゴミと書かれた公衆ゴミ箱と言う名の煙突へと入れる。分別も出来る俺、素敵ー。
 
 でも俺はワルを目指すスレた餓鬼なので使った道具などをダイオキシンなんて微塵も気にせず、全部燃やす。
 
 
「ふぅ~……一仕事終えた気分の良さを異常だな~」
 
 
 コレでお終い。
 
 さ~あさぁさぁ、お家に帰ろ~カエルもカラスも鳴いてないけどか~えろ~う。
 
 あ、そだ。明日のパンがねーや。ここに来る時に見たコンビ二でなんか買って帰ろっと。


3。


「あ~そそいそ~い」


 軽い語調と併走して拳が飛んできた。続いて格闘ゲームでしか見たことの無いロケット膝蹴りが鳩尾を直撃する。膝を折って内臓の痛みに悶えているとコブラツイストをかけられた。
 
 内臓と皮膚が引き伸ばされて現在絶賛稼働中の腹部の痛覚が更に刺激され細胞達がヒーコラ悲鳴を上げる。ざ、残業手当は出ませんよ。
 
 なんだこの事態。
 
 病院の個室の中に連れられた時には「はっ。2つの意味で禁断の愛!?」なんて脳内をよぎったのに……。不足の~とか緊急の~とかーそんなレベルじゃねーぞ。
 

「ギギギ……」

「裸足のゲン乙」

「……女の人のちょめちょめに一升瓶突っ込んで骨盤砕けるまで蹴りまくった人の話で興奮しましたすいません」

「んな黒歴史語るな。既に知ってるから」

「じゃ、じゃあ開放してください。口に出して懺悔したので、もう……いいじゃないですか」

「それについて怒ってるわけじゃねーよ!?」


 開放してくれた。コブラツイストの後に固め技10連コンボした後に。
 
 力を入れることが出来ず腹ばいに地面に転がる。背中に足裏の感触を付随させながら。
 
 真冬で冷え切ったタイルの床の冷たさは異常。でも今だけは(虐待の)行為の後で上気して汗だくになった(主に体の痛み)体に心地いい。
 
 なんという理不尽な暴力。……まさか、仕事のストレスを発散するためだけに俺を呼んだのか。
 
 ありえない、と言えないところが恐ろしい。たしかこの人『桃谷ミズキ』嫌いだしな。
 
 ジャイアンを超え……てないな、ジャイアンはイジメっ子の1位永久欠番なので超えることは出来ません。なので2位ぐらいが妥当。
 
 
「いつか越えてやるよ」


 人のモノローグ読まないでください。というか足裏+靴と服の上からも読み取りOKだなんて聞いてない。
 
 
「言ってないもん。私超凄い。流石感覚系第3位」

「自慢とか言い大人がするもんじゃないよね。特におばさ―――イタタタタタタタタタッ!!」

「ラオウに子供が居るなんて聞いてねーぞ!!」

「それはホァター!」

「ヴォルデモートはただの悪人だ」

「それはハリー・ポッター! というかネタが拾いづらい! 叫び声から人名に結びつけるとか難解すぎる!」

「おい、俺の名前を言ってみろ」

「ネタ戻すのっ!? ジャギ様この会話のドッヂボールいつまで続くのっ!?」

「残念ながら私がお前の記憶覗き見てる限り会話はキャッチボールでアンテナはバリ3状態です」


 妖怪アンテナもビックリな感度なのでお話は終了させました。きっとどこかで無理矢理打ち切ってないと誰もわからない会話になってたと思う。
 
 もはや俺はオモチャ的扱いなのか、猫を持ち上げるように襟を掴まれリョウコさんの視線の高さに吊り上げられる。あぁ服が伸びちゃうー。お気に入りの服なのに。
 
 踏んだり蹴ったりってまさにこのことを言うと思うんだ。
 
 
「はい。自分の胸に手を当てて」


 宙に浮いて擬似無重力体験をしてると、ちょっと真面目な声で反省タイムを促される。


「ん」

「それは私の胸だから。男のままだったらセクハラで殴ってるぞ」

「さわり心地抜群。この大きさは間違いなくC」」

「Dじゃ。……って、なに言わせてんの」

「しかもノーブラとか……」

「紛らわしいこと言うなボケ! ちゃんとつけてるからな!」

「誰に向かって言っているのやら」


 殴られた。宙吊り状態で。まさにサンドバック。……いや、ミートバックか?
 
 
「しかしお前はニートバック」

「ニートじゃないもん。女子中学生だもん」

「大学の講義も必要最低限しか受けない上にバイトもせずネット中毒でもか」

「……」

「なんとか言ってみろよ」

「パンツじゃないから恥ずかしくないもん!」

「このまま窓にストライクしてやろうか」

「女性もある年齢まで経験無しだと魔法使いになるんですか? ねぇリョウコさん」

「なんで私の名前を強調するんだよ」

「好奇心ですよ好奇心。いや、リョウコさんにそういう萌え要素があればいいなぁ……―――ああああ、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」


 現在、3階の窓の外から病室を眺めています。命綱というか命腕はリョウコさんの右腕1本のみ。
 
 体に涼しいモノがビュンビュン通ってます。胃がものすっごい縮小してます。
 
 
「マジ失禁しかけてるんで許してください。マジで。というか妹を殺す看護師とか……」

「じゃあさっきの続き。胸に手を当てて反省タイム。私が怒ってる理由がわかったら許してあげる。もしわからなかったら罰ゲーム」

「罰ゲームとは具体的に?」
 
「パラシュートの無いスカイダイビング、かな」

「短絡的に言って手を放すってことですね。わかります」


 真面目に考えて見る。ん~。ん~? ん~! ん~! ちゅ~。
 
 ……こんな状態でわかるかい。無理ですと視線で訴えかける。
 
 
「質問を変えたげる。最近何した?」

「女の子殺した」


 リョウコさんが自分の眉間にグリグリと指を押し当ててタメ息をついた。


「10……9……8……7……」

「……何のカウントダウン? ねぇ何のカウントダウン?」


 一応正解したようなので部屋の中に入れてもらった。
 
 さっきのタイルの床でさえあったかく感じる。生きてるって素晴らしい。
 
 色々と気も済んだのか俺をソファへと促し、リョウコさんがその対面にあるベッドに腰掛ける。ベッドの方が高いので自動的にリョウコさんに見下ろされる形になる。
 
 色気を感じさせない現実のナース服でも足を組んだら色気は出るらしい。今現在目の前で実践されてる。
 
 
「昨日異能犯罪の疑いで隣町まで出かけたんだけどさ」

「ほぉほぉ」
 
「犯罪の被害者は女の子で既に死亡済。女の子の胸には刃渡り1センチほどの刃物が背中から胸まで貫通した痕があったんだよ」

「ほぉほぉ」

「もちろんそんな刃物が無いわけじゃあないんだけどさ。わざわざ人を殺すのに使うほど強度があるもんじゃないんだよ」

「だから異能犯罪だと?」

「そうそう。で、私もなんとなーく嫌な予感をさせながらその子を視たんだよ。っても死体のほうは良くて死ぬ30秒前ぐらいの記憶しか視れないんだけどさ」

「ちゃんと死体も視れたら1位も夢じゃなかったのにねぇ」

「女の子の最後の視界にはね。『胸から突き出た白くて尖ったもの』が見えていたんだよ」

「白くても尖ったもの……座薬!?」

「イナバの白兎乙ぅ!!」


 殴られた。そろそろ頭蓋骨が陥没しそう。


「んなわけねーだろうがっ!! というか気づけこの低脳!」


 な、なにを気づけというんだ。まったくもってわからん。誰か「お前は何を言っているんだ」の画像くれ。もしくはAAで。
 
 まったく最近の若人は……カルシウムを取れカルシウムを。
 

「お前の記憶読んで確信というか確定したわこの異能犯罪者」

「……は?」

「なんで異能使えるようになる以前の殺し方で異能使うの? バカなの?」

「あ」


 ……あ。
 
 
4。


 あれからどれくらい経っただろうか。口うるさく。耳がタコになりそうなほどに言葉攻めをされて心身共に疲弊する。


「まったく身内で良かったなぁおい。私じゃなかったら今頃ミズキ施設の中だぞ?」

「さーせん(笑)」

「よしよし、反省の色無しだなお前」


 いや十分反省してます。というか、いまものすっごいショック受けてます。帰って布団に入って現実逃避したい。
 
 いいもん。夢の中なら完璧だもん俺。3次元から消えてやるもん。
 
 お茶請けに出された水道水をチビチビ飲みながら沈んだ思考を繰り広げていると、思い出したようにリョウコさんが携帯を取り出しどこかに電話を掛ける。
 
 なんか妙に弾みのある声で「わたしわたし」と言っている辺り親しい間柄のようだ。
 
 セルフサービスの水を7杯ぐらいお代わりした頃に(時間にして30分くらい)会話が中断され、さっきの半ギレ状態の顔に戻る。
 
 居るよねこういう人。俺のお母さんがそうだったわ。マジギレしてても電話来たら猫被るの。
 

「ちょっと更衣室行くよ」

「……なんで?」

「ミズキに渡す物があるから」
 
 
 会話の内容なんて興味が無かったから右から左へと受け流していたので事態を理解できず、流されるまま付いていく。
 
 そのまま更衣室内に入り、リョウコさんが自分のと思わしきロッカーをガサゴソと漁る。
 
 脱ぎたてのブラジャーでもくれるのかと期待に胸を膨らませてみたけど、そんなことは無く渡されたのは一枚の封筒だった。ちっ。
 
 ノート大の大きさで、表にも裏にも何の記載も無く無地の封筒を受け取り、俺はリアクションに困る。
 
 なんにも思いつかなかったので素で会話することにする。
 
 
「なんすかコレ」

「ミズキの業務成績。達成した命令の詳細と、オマケに神山社員と私のコメント付き。アイツの自宅に来たのをマドカが私に届けてくれたんだよ」

「へぇ」


 紐の封を解いて中身を取り出す。給与明細みたいな紙が出てきたので四方を破って内包された内容を斜め読む。
 
 総合成績はSだった。リョウコさん曰く異能の判定と違って成績の評価はF~SSまであるらしい。ふ~ん、じゃあ俺凄いじゃん。
 
 普段はヌけているけど仕事は真面目。二次創作のオリ主とかに合いそうな設定だ。
 
 もう一枚。遠足のしおりよりも少しマシな程度の紙のほうには、神山社員とリョウコさんのコメントが書かれていた。
 
 要約すれば、神山社員曰く『優秀』。リョウコさん曰く『ヌケサク』。……真面目に仕事する気あんのかコイツ。今速攻で書いたようにしか思えないんだけど。
 
 
「成績表はわかるけど、こっちのコメントの紙は俺に見せちゃダメなんじゃないの?」


 ヘタすると仲間関係が悪化しかねないんだけど。実際に俺もリョウコさんに対してちょっぴり怒りゲージ上がったし。


「まぁね。でもどうせ釘刺しておいて行く途中に見るだろうしね。ミズキなら。実際今見てるし」

「は? 行く?」

「そ。なんか大事な話があるらしくってアイツから連絡が来たんだよ」


 アイツ……イケメンのことか。
 
 
「じゃあさっきの相手ってイケメンか」


 「そ」と頷かれたので俺のターンを継続して会話を繋げる。
 
 
「なんだよアイツ。用があるなら直接俺に連絡しろよな」

「携帯壊された上にいまだに買い直してないお前が偉そうなこと言える立場じゃないのわかってる?」

「あ、あ~……そうだったそうだった。そういや携帯買い直してなかった」


 忘れてたけど中性野郎に携帯真っ二つにされたんだった。神山特製の携帯はセキュリティとかの問題で依頼メールしか受け取れない限定的なもんだしな。
 
 あ~あまた買いに行かないといけないのか。めんどくさ。家の電話も無いし連絡取れないわけだ。
 
 
「チームの殲滅も佳境に入ってて今日しか休み取れなかったからお前があわせるしかないんだよ。どうせ暇だろ?」

「世間様は祝日ですしねぇ。命令のほうも全部片付けたし」

「ん。じゃあ待ち合わせ場所言うから記憶しなさい」


 結局覚え切れなかったのでメモと簡単な地図を書いてもらった。
 
 自分で散らかしたものは自分でなおす良い子なリョウコさんに服の乱れを直され、仕事があるリョウコさんと別れて病院前に来ていたタクシーに乗って都心へと向かう。
 
 
「ああそこインド人を右に」


 タクシー運転手がわかる人だったので退屈することも無く未開拓(俺視点で)の土地に到着。しっかしこの体になってから車に乗るとすごい尻が痛くなる。なんでだ?
 
 掃いて捨てて燃やして埋め立てるぐらいに溢れた人波に揉まれながら地図を頼りに歩く。
 
 立ち止まる。
 
 地図を90℃ずつ回転させる。
 
 んん~? え~と……今目の前にあるのがξッティлグセΨターで……そこから右を向いたら映@㊥のはずなんだけど、実際に右を向くとξゝート。
 
 
「……ま、ここからは土地勘で行こうかな」


 桃谷ミズキになってからなぜか迷子になりやすくなったけど、いけるだろ。イケるイケる。
 
 デザイン重視で底が薄い靴でテクテクと小刻みな歩幅で歩き、時たま気分転換に走り、自販機のコーラで一息入れて、露天で売ってたシルバーアクセサリーを数点買って、迷った。
 
 あっれー? ココどこだ。と、頭を悩ませてみる。ついでに2本目のコーラを目の前の働き者の自販機さんから買う。
 
 ―――ああ、こういう時にメモを見るんだな。どれどれ……。
 

「……」


 ミミズがのたくってた。

 どうりで地図のほうの文字もハンター文字が混ざった多国語でかかれてたわけだ。
 
 よーし、完全に迷子だ。認めよう。目的地の名前も忘れたしメモのほうも暗号化されてるし人に聞けない。
 
 携帯も無いし……そもそも誰の電話番号も知らないし。
 
 は、八方塞り!?
 
 
「どうしよう」


 いい大人が迷子とか超恥ずかしいんですけど。昔は迷子なんかしなかったのに……。
 
 ……あぁー? たしか太古の時代は男は狩りに出るから土地勘が強くて、反対に女は集落で仕事をするからそういうのが弱いって聞いたことあるな。
 
 でも俺男なんですけど。例外的な存在だと思うんですけど。

 あれですか。現在は女の子なので俺の精神やらなんやらそういう風に適応してるのか。……もしかして最近の失敗とかもそういうのが関け肩に手を置かれた。
 
 
「ひゃあぁ!!」


 踵が持ち上がり背筋がピンッと伸びる。心臓の鼓動が1.5倍に跳ね上がる。漫画的表現なら髪の毛が逆立ってる。
 
 肩に乗った誰かの手を振り払うようにバッ! 体をまわして飛びのく。が、背後に迫った自販機へと突撃してしまい、思いっきり頭をぶつける。
 
 
「痛~!」


 ちょうど良く金属部分に頭当たった。超痛い。やべ、若干涙ぐんでるし。
 
 座り込んで頭をなでる。タンコブなったらどうしよう。……いや、異能で治すけどさ。
 
 真上にそびえる太陽が誰かにさえぎられたので見上げる。と、そこには懐かしい(最後に登場した話数的な意味で)顔があった。
 
 
「何ひとりでコントやってるんですか。ちょっと頭のほうパーになっちゃいましたか?」

「……うっせぇ」

「おぉ今の反応は中々かわいいですよ。演技が上手くなりましたねミズキさん」

「演技じゃねぇー!」

「そうなんですか。残念ですね。残念ついでに手乗りタイガーと呼んでもいいですか?」

「なんのついでだよ……」


 ついでにムカつく微笑みも顔に張り付いていた。
 
 


 
 
「まったく、中々来ないと思って探しに行ってみたら迷子になってるだなんて……」


 イケメンがハァ……とミントの匂いがしそうなため息を吐く。写真にでも撮ったらバッチリ決まっていそうなのでなんだか激しくムカついた。
 
 こういう爽やかなオーラを放ってる奴はマジ死んだほうがいいよね。こんな奴が居るから世の男子に均等に女子がやって来ないんだよ。
 

「大丈夫。今来たところだから」

「それは僕が言うべきセリフなんですけど」

「ごっめ~ん。待った?」

「貴方は何がしたいんですか」

「ちっ」

「なんで舌打ちなんですか。まぁ戯言もこれぐらいにして落ち着ける場所にでも行きましょうか」


 自然な素振りで手を引かれたので振り払う。うぜー、何が悲しくて男に手を引かれないといけないんだよ。

 それに気づいたのかイケメンが「あはは」と爽やかスマイルを放つ。うお、まぶしっ。
 
 
「いや、外見のほうは女の子なんで中身のほうを忘れてましたよ」

「あっはっは! 次やったらぶん殴るからな?」

「小さな手でポカポカ叩かれるところを想像すると別に怖くないような」


 同感すぎて困る。たしかに俺の身長でイケメンに殴りかかっても迫力が無さ過ぎる。
 
 その光景を第三者に見られたら兄妹ぐらいに思われるかもしれない。―――コイツと兄妹な所を想像しただけで鳥肌ががががが。
 
 キモすぎて思わずローキックをイケメンの足に放ってしまう。うん、ワザとじゃないんだ。
 
 
「おっと」

「あら?」



 かわされた。しかも振った足の勢いが余って体が振り回され前のめりに倒れそうになる。
 
 けんけん歩きみたいになってコケるまであとちょっとのところでイケメンが前から抱きかかえてきた。
 
 …………。
 
 
「少しは落ち着いたらどうで、うがっ」


 その場で飛び跳ねてイケメンの顎にロケット頭突きを食らわせる。俺相手に、な~にラブコメ的展開してくれちゃってますか。このドグサレは。


「今度こんなマネしたら殺すからな」

「理不尽な暴力から自分の身を守って、その上助けてあげたのにこの仕打ち……最近流行りのツンデレ系ヒロインの初期ですね」

「残念ながらツンデレは飽和状態です。時代はクーデレです」

「クールって言葉がここまで似合わないヒロインも珍しいですね」


 話もそこそこに移動する。俺は行き先知らないから必然的にイケメンが先導することになる。
 
 暇なのでイケメンの足に足をかけてこかす遊びをしながら俺も付いていく。……軽々と全部かわされた。コイツ背中に目でもついてんのか。
 
 着いたのは大通りから一本それた場所にある喫茶店。チェーン店のような量産的な感じでは無いけど、ナウさ(死語)が漂うオシャレな外装だ。
 
 
「ここ僕のお気に入りの場所なんですよ。いやぁ懐かしいですねぇ。最近来てなかったんで」

「帰る時ぐらいに大暴れして一生お前これなくしてやるよ」

「地味すぎる嫌がらせですね。本当にやったら僕もそれ相応に反撃するんで」

「具体的には?」

「貴方が使う調味料のフタを全部ユルくします」

「や、やめろよ!」


 そんなんことしたら料理台無しになるじゃねぇか! なんて陰険なんだ!


「貴方がしなかったらいいんですよ。しなかったら」

「うううう~う~う~」

「おお、可愛い子犬ですね」


 喋りながらイケメンが扉を開ける。カラカラと侵入者対策用の鈴を鳴らしながら入ると、ウエイトレスの女の子が3人ほど横一列に並んで俺達を出迎えた。
 

「「「いっらしゃいませっ! そして、おめでとう御座います! お客様方は開店以来1000組のカッ……」」」


 完璧に揃えた声で出迎えられて俺は驚愕する。だけど、言葉尻のほうで声のハリが萎み、言葉が中断される。そしてなにやら寄り集まってヒソヒソと内緒話をし始めた。
 
 『不足の事態?』『あれって兄妹っぽいよね?』『年の差カップルかな?』など漏れ聞こえてくる。なんだなんだ?
 
 イケメンに何がどうなっているのか目で尋ねると肩を竦められた。イケメンも知らないようだ。
 
 客の前で内緒話とは失礼極まりないけど、事態が事態なので俺達も何も言えずその光景を見つける。
 
 話が纏まったのか、1分もしないうちに解散すると真ん中に居た女の子が一歩前に出てきた。そして困り顔と営業スマイルを足してお湯で割ったような表情で、
 
 
「あー……お客様方のご関係はどういったものでしょうか……?」


 とイケメンのほうを向いて尋ねてきた。それに対応するようにイケメンも前に出て聞き返す。
 
 
「その質問に答える前に聞きたいんですけど、今日は何か特別なイベントでもあるんですか?」

「あーえーっとですねぇ……」


 ウエイトレスがチラリと後ろの2人を見る。ブンブンと2人は首を振る。
 

「創業1000組目のカップルの方々を祝おう! と、こちらで計画してまして。ちょうどお客様方が1000組目になるかもしれない。というお話なんですが……御二方の年齢差がやや開いているように見えたので、はい」

「祝う、ですか。具体的にどんなことを?」

「あ、はい。別にたいしたことではありません。ただ、店のメニューが全品無料になるだけ、です」

「あぁそうなんですか」

「で、お客様方の関係は」

「恋人です」


 ウエイトレスの問いに、イケメンは間髪入れずに答えた。あまりにストレートすぎて、ぼーっと状況を眺めていた俺は一瞬反応が遅れた。
 
 その遅れが俺の人生最大の汚点を作り出すことになる。
 
 「ふざけんな」と声をつむぎ出そうとする前に、イケメンとウエイトレスの会話が続く。
 
 
「……では、確認のために『キス』か『ハグ』をお願いできますか?」

「あぁはい。わかりました」

「ふざ―――」


 ここで俺のセリフ到達。……するまえに、俺のほうを向いてきたイケメンが腕を広げて、俺を抱きしめてきた。
 
 死んだ。
 
 俺は死んだ。
 
 その後は覚えてない。気づいたら頬を赤く腫らしたイケメンが対面に座っていた。
 
 その時には何も思い出せず、何があったのか思い出そうとすると酷く頭痛がしたので俺は思い出すことをやめた。
 
 そういえば、メニュー全品タダらしい。俺達だけの特別らしい。

 もともとイケメンに奢らせるつもりだったから別にどうでもいいけどな。

 俺は手提げカバンから封筒を取り出し、イケメンへと放る。
 
 封筒から書類を取り出したイケメンはそれを読んでウンウンと頷く。
 
 
「へぇ~がんばってますね。僕も鼻が高いです」

「お前ちゃんと仕事の説明してから行けよな。報告書のこと知らずに殺害しまくってヒドい目に遭ったぞ」

「ミズキさん。ゲーム買ったら説明書読まずにプレイするでしょ?」

「え? あれって詰まったら読むもんだろ?」

「……まぁ遊びは抜きにして本題にでも入りましょうか。僕も早く済ませて休憩に時間をあてたいですし。本題って言っても内容はそう難しくはありません」


 イケメンから笑顔成分が少し抜ける。
 
 
「貴方の社員採用についてです」


△▽

いやぁ平和だなぁ。
くそ、パソコン新調したから変換が初期化されて微妙にやりづらい。
少し短いですがさわりです。
この後に、コトハとミズキ編かミズキとイケメン編へと続きます。
ミユウ&レン編は後回しにすることにしました。一つに括りすぎると話の広がりの邪魔になりそうなんで。
ちょいちょいは出ると思うんですけど。

ということで次の更新まで。

2月7日。誤字修正のみです。すいません。


△▽

25完成です。次回から真面目編かと思います。
それでわ。

次の更新らへんで今までのあとがき部分全部消そうと思います。




[4284] けいだん。26―不良品のために大切な娘を捧げる母親、か―
Name: 歩(ホ)◆429b8219 ID:ddc19d26
Date: 2009/02/28 23:08
1。

 
 入り口である扉から20メートルは奥行きがありそうな長方形の形をした部屋があった。

 真っ赤な絨毯が敷かれており、壁や天井は白で統一され反面家具などは光沢を帯びた黒で纏められた生活感が一切無い空間。
 
 部屋の最奥で、壁を1つ取り払いそのままはめ込んだようなガラスから取り入れられた太陽の光を背中に受けながら1人の男性が熱心に手元の机にある書類に何かを書き込んでいた。
 
 男性は、休む暇なく走らせていた万年筆を手元に置き、肺に溜め込んでいた空気を吐き出す。

 彼の名は『神山』。名前は無く、もしかしたら『神 山』かもしれない神山企業の代表取締役……もとい社長である。


「……出番が無いな……」

「……ん? どうした神山。いきなりそんなメタ的な発言をして」


 そんな彼の意味不明の発言に、来客用のソファに座っていた少女が眉を寄せて応えた。
 
 少女は異様に長い青みがかった髪を両サイドで纏め、人形が着ていそうな薄い青をベースにしたアリスルックを身にまとっている。


「いや、何でもない。今のは忘れてくれ」

「あ? わけわかんねーぞお前。仕事のし過ぎで脳でもカビたか?」

「ジャンボパフェと格闘してるお前には言われたくないな。エイリ」


 エイリと呼ばれた少女は神山の返し言葉にムッと頬を膨らませる。
 
 神山の言うとおり彼女はカリカリと心地よく奏でられていた万年筆の音を掻き消すように、そのとなりであむあむと大人の頭ほどはありそうな大きなパフェにかぶりついていた。

 今も頬の周りには生クリームがベッタリとついており彼女の幼さを引き立てている。
 
 
「私はしっかり働いてるぞ? 昨日だってちゃんとチームを支援していた会社を粛清してきたしな」

「トップの人間を皆殺しにするのはどうかと思うがな」

「いくら注意しても、同じことを繰り返すのが人間なんだよ神山。地位が高くなって自分を勘違いする奴ほどな。ならさっさと殺してあげるのが、せめてもの優しさだよ」

「はっ……そんなこと、身に染みてわかっている」


 頬肘を突いて神山は深くため息をつく。その姿にエイリは何も言わず、ただもくもくとパフェを食べ続ける。
 
 ぎこちなさを感じさせない沈黙が部屋を満たし、再度神山は目の前の書類にサインを記入する。……だが数分としない内にふと、神山が思い出したかのように首を上げる。
 
 
「エイリ。娘はどうしている?」

「ん……ヒノメは愉快に元気にしてるぞ。『キョウヤ』という高校生がよくしてくれているらしい。近々挨拶にでも行こうと思ってる」

「……そうか」

「どうしたいきなり。そんな父親面をしてもヒノメの父親として認知はさせないぞ」

「人が寝てる間に精子を奪っていく変態が妻なんてこちらから願い下げだ」

「私もどーかんだ。相手が居なかったから仕方なくお前のを使っただけなんだからな。神山が夫なんて死・ん・で・も嫌だ」

「……」

「……」


 2人とも眉間に皺を寄せ苦虫を噛み潰したような顔になる。
 
 どうやらお互いが伴侶だった場合を想像しているようだ。2人の過去に何かがあったのは容易に想像できる。


「ヒノメは大事な母体だ。何かあってからではすまされん」

「母体以前に私の大切な娘なんだけどな、そこんとこ理解して口に出さないと怒るぞ」


 呆れた様子でエイリはかぶりを振る。こいつは良い親にはなれない、そんな言葉がエイリの脳内を横切っていた。


「不良品のために大切な娘を捧げる母親、か」

「……うん? 不良品って誰のこと言ってるんだ?」

「もちろん。『今宮ミズキ』のこ―――ぐぅ!?」


 エイリが座っていたソファが突如黒色の泥に変わり、その形を数本の腕に変化させ神山の首を掴む。
 
 1本の泥腕が首をガッチリと掴むとそれに続いてほかの泥腕も神山の首を掴み、持ち上げる。
 

「……言葉には気をつけろ神山。……次は殺すぞ」


 少女のソレとは一変しておぞましいほどに殺気を帯びた声を発したエイリは、泥腕で神山をカーペットの床へと叩きつける。
 
 一瞬硬い地面へと叩きつけられたように見えた神山だったが、波打つように揺れる床がその衝撃を吸収しあたかもベットの上にいる様な光景を作り出す。
 
 
「殺す……だと? エイリ、お前こそ身の程をわきまえろ。俺が本社に居る限り、何人も俺を殺すことは出来ん」

「ああ趣味の悪い異能だな神山。ここに居るだけでお前の腹のなかに居るみたいだ。ああ気持ちわりぃ……」

「ふん」


 神山は服の乱れを直すと、机の引き出しの一つを開けてメモ帳を取り出すとサラサラと万年筆で文字を書き込む。
 
 書き終わるとページを一枚千切り、いまだ泥腕を背後で踊らすエイリの手前にあるテーブルへと置く。
 
 
「あん? いちじゅうひゃく……120万?」

「そのソファの値段だ。もう元には戻らないのだから当然弁償してもらう」

「……金持ちの癖にケチだな」

「それを言うならお前も金持ちだろうに」

「ちっ……」


 エイリはテーブルの上に転がしていたカバンからピンク色の携帯を取り出し何かを打ち込む。
 
 
「振り込んだ」

「そうか」


 泥を操作してエイリは自分用にイスを作り出し座る。神山もついでにエイリの対面にあるソファへと腰掛ける。
 
 目の前にあるパフェをエイリのスプーンを使って突っつきはじめた神山を真正面に捕らえながら、携帯を開いた時に気づいた不在着信に折り返しの電話をする。
 
 「ああ」やら「わかった」などの応答を繰り返した後、携帯を閉じたエイリは大事に取っていたフルーツ部分を食べていた神山を一発殴った。
 
 
「『チーム』のリーダーの居場所がわかった。感づかれて逃げられない内に仕留める。前に話した通り政府から特A1名、神山からも特A1名を出してもらう」

「……ずいぶんと急な話だ」

「ちまちまと下の奴から片付けたらこっちの戦力が底をつく。だからこそさっさと頭を潰す。それだけだ。……で、神山はどいつを出してくれるんだ?」


 口端についた生クリームを拭い神山を腕組みをして「はぁ」とため息をつき、手を顎に当てて思案し始める。
 
 エイリも口を開かず、神山の考えをせかそうとはしない。
 
 
「……実体化系の1位を出そう。海外で戦争に参加させているから呼び戻すのに1週間は待ってもらいたい」


 そして考えが纏まった神山の言葉に、エイリが目を見開く。


「あの天才坊やをか。私が言うのもなんだけど、いいのか? 神山最強の異能者で稼ぎ頭だぞ」

「エイリの言葉通りもし奴が『原石』であり『覚醒』しているのなら、それぐらい出さないと勝てないはずだからな」


 エイリはその返答に満足したのか、若干浮かしていた腰を深くを落として半分根っころがるように天井を見上げた。


「特A2人がかりで勝率4割と予想していたから、これで5割。さて、政府側はどんなのをだしてくるかな」


2。


「ん~! お~! あ~!」

「すごく……バカっぽいです」


 イケメンがバカにするようにだけど注意してきたので口を「むぐっ」と閉じて再度メニューを凝視する。例えるなら目にオーラを集めて相手の念を見破るぐらいに。
 
 しかし以前の俺はバカだ。バカの極みだ。
 
 だって何コレ……ねぇ? メニューに貼り付けられてるデザートのサンプルだけでヨダレが止まらなく不思議。しかもその種類が多いこと多いこと。
 
 オシャレ喫茶店とかテレビで見てバカじゃねぇの? ファミレスで充分ですから! とか思ってました。
 
 多分外装内装含めた雰囲気もそういうのに一役買ってるんだろう。いや、素晴らしい。
 
 たしか下の妹が将来はパティシエになるとか言ってたっけな、これならお兄ちゃん大歓迎だよ。父さん母さん説得してやるよ。
 
 殺したけどな。
 
 天国で頑張ってくれ。お兄ちゃんはお前をいつでも応援してるからな。ちなみに、上の妹はたしか俺のお嫁さんになってくれるとかなんとか。兄妹じゃまず結婚できないのにな。はははっ、あーなつかしい。
 
 呼び出しのベルがないから手をあげてそこらをうろついているウエイトレスを呼び寄せる。
 
 ウエイトレスに見せるようにメニューをかざし、一点を指差してスゥーっとデザートのはじまりから終わりまでなぞる。
 
 
「ここからここまで、全部ください」


 正面で水を飲んでいたイケメンが噴出した。
 
 
「あとメロンソーダとコーラと水とオレンジジュースとカプチーノと水を。あ、あと苺と桃のミックスジュースください」

「……ミズキさん食べ切れるんですか?」

「こんな小さな体で食べきれると思ってるんですか?」

「自覚してるなら3つぐらいに減らしましょうよ」

「? 頼まないと損ですよ。全品タダなんですから。ねぇ?」


 人前なので演技込みでウエイトレスに聞くと、ウエイトレスは口端をおおいに引きつらせながら頷く。
 
 普通だろコレくらい。全品タダっていうのが普通じゃないけど。金がかからないなら頼むべきだ。かかるのは相手方の苦労だけ。
 
 
「ほら。そっちも早く頼んでください」

「あ、あぁそうですね。えーっと僕は……―――」


 イケメンのほうは甘い系のものじゃなくて軽食でスパゲティと紅茶(ベアノだかヴェノアだかそんなの)を頼んでた。全品タダって言葉忘れてんじゃねーのコイツ。バカか。
 
 まぁ焦るイケメンを見れたのでよしとする。会話じゃあ主導権握られっぱなしだからな。
 
 デザートはショーウインド並べられている作り置きがあるためすぐにウエイトレス3人がバケツリレーのように運んでくる。
 
 
「……はぁ、幸せ。でもお腹いっぱい」

「7個目でダウンですか。残り32種類あるわけですが」

「残りは持ち帰りで詰めて貰おっと。ミユウとレンきっと喜ぶぞー」


 メロンソーダをジュルジュル吸いながら言うと、イケメンがピクリと反応する。
 
 リョウコさん経由でレンの件はもう伝わってるっぽいな。いい事だ。食べてから、と後回しにしていた社員採用の話がやりやすくなる。
 
 再度デザートを運んできたウエイトレスに断りを入れて追い返す。
 
 話も真剣なので声のトーンを若干落とす。
 
 
「梅田姉妹、掌握おめでとうございます。……まったく、貴方もエグいことをしますねぇ」

「お前が言えるのかよ。ほんとなら神山に依存させるつもりだったんだろ。そのまま行ってたら、あの2人の性格からして無理は承知して激戦区突貫してアボンしてたはずだぞ」

「勧誘の成否のみが会社の評価なんで。その後のことは知りません」


 イケメンが苦笑する。いい性格してやがるぜ。異能者が一般人の上位種だからといって、その上位種が仲間意識を持ってるってわけじゃないってことなんだろうな。
 
 大事なモノは最小限に、他のもの使い潰す。それだけだ。利己的すぎて泣けてくるね。
 
 
「結局その評価を俺がまるまる貰った訳だけど、どうよ?」
 
「まだ本社に報告してませんけどね。しかし、それを踏まえても社員採用の件については明るくなりません」

「……」


 充分なネタだと思ったんだけどな。何が足りないんだよ。
 
 B+判定2人を今すぐはともかくとして謙譲するんだぞ。加えて、チームとの戦闘で既に100名近い奴らが死んでいるんだから、美味しい話この上ないはずなんだけど。
 
 どうにも解せない、という考えが顔に出ていたのかイケメンが「ふぅ」と吸ったら若返りそうな息を吐いた。その表情、激しくイラつくわけですが。殴りてぇ。
 
 
3。


「ミズキさん。『貴方の体』には2つの汚点があります。1つは一度会社を解雇されたこと。もう1つはAからDへの異能の判定低下」

「解雇って……最悪だなお前。自分から解雇しておきながら俺にせいにするのか」

「それは人聞きが悪い。僕が急いで解雇の根回しをしなければ貴方は『桃谷ミズキ』のまま激戦区に派遣されるところだったんですよ? そんなちんけな爪一本で戦えるヤワな場所ではありません。死にたいのなら別ですが」

「……あとで本当か調べるぞ」

「どうぞ。真実なんで」

「……ちっ」

「通常の会社と同じように解雇された会社に再度入社するのは骨が折れます。その部分を梅田姉妹を紹介することで補いますが、次に発生するのが異能の判定についてです」

「D以下は一芸に秀でてないと入社は難しいんだっけか?」

「そうです。そして貴方の判定はD。……もうわかりますよね?」

「わからん」


 イケメンがズッこけた。イスに座りながらなのに器用な奴だ。
 
 いやしかし本当にわからん。解決方法としては俺単体の戦力を強化することでCへ判定をあげることだけど、如何せんエネルギーが足りない。
 
 パイルバンカー作製に2人分のエネルギーを費やして、残りは4人だけどこれはもう右腕の腕力強化に当てる予定だ。手のみと違って強化範囲も需要も大きいために作製エネルギーはバカにならない。
 
 仮に腕力強化をやめにして変形部分を作るにしても、何を作る? ……正直、俺の想像力じゃすぐには思いつかない。
 
 なんか漫画でも読んで肉体年齢のわりに硬い頭をほぐさないとな。
 
 
「単刀直入に言って、会社側は貴方の戦力を示して欲しいんです」

「異能者2人撃破、多分1人は高判定」

「それなら僕は月に10人前後処理してます。しかもその高判定の異能者は捕獲・殺害のどちらの命令も出されていませんので無効です」

「はぁ? 確実にアイツ犯罪者だったぞ、しかもレイパーっていう重罪」

「今言ったように命令が無ければ評価は無効になるんですよ。残念でしたね。言うなれば無給残業みたいなものです」

「絶望した! 大企業なのに無給残業させる神山に絶望した!」

「説明書を読まない派な貴方が悪いと思うのは僕だけでしょうか」


 メロンソーダを飲み終えたので隣に控えていたコーラに手を伸ばす。こういうとこってなんでジュースの量少ないんだろうね。一杯じゃ物足りない。
 
 
「あー色々とめんどくせぇなぁ……。とりあえず、俺の過去の件を黙る気はあるのか聞いとく」

「ない、と言ったら?」

「それ相応の手段に出ることになる」

「それは怖い。では僕からも質問です。―――神山を抜ける気は?」

「無い。この体の親の所で暮らすのは嫌だし、施設で暮らすのも嫌だ。売春なんか言うまでも無い」


 イケメンの目がスッと細くなった。俗に言うキツネ目みたいな感じ。
 
 
「それでは黙ることにしましょう。ミズキさんは優秀な人材なのでこちらとしても働いていて欲しいので」

「もっと崇めろ」

「ところどころ抜けてるのが瑕ですけど」

「……」

「話を戻します。さっき言った『ミズキさんの戦力を会社側に示す』ということですが、その案は試験官を兼任する僕が既に用意しています」


 偉く準備のいい事だ。イケメンも内心から俺の能力を評価しているのかもしれない。
 
 異能者の大部分は、悪い意味で理屈よりも感情で動く奴らが多いから俺みたいに精神が安定してる奴は貴重なんだろう。
 
 もちろん感情で動くタイプを代表するのはリョウコさんです。あの暴力の痛みは忘れない。
 
 
「覚えてますか? い……」

「知らん」

「……」

「ごめん。続けて」

「……以前行った大規模な異能者コミュニティ粉砕の折に『僕のところにはろくな人材が回ってきません』という言葉を」

 首をかしげる。イケメンもかしげて見せた。きめぇ。
 
 よしちょっと待てよ。今思い出すから……。
 
 
「あーあーあーたしかにそんなこと言ってたね。で、それが?」

「はい、ではその『ろくな人材』を排除してもらうのが採用試験となります。短く言えば、ろくな人材を正社員の座から蹴落として貴方に座ってもらうということです」

「殺害捕獲どっち?」

「既に評価の最低ランクのFを2度出す。つまり働いていないということになっているので、殺害になります。よかったですね、ミズキさん向きですよ」

「なーんだ。じゃあ楽勝だな」

「まぁ問題としては現在どこにいるのかわからない、と言うことなんですけどね」

「はぁぁぁ?」


 俺はため息を吐いた。ダイオキシンを大量に発生させて炭にするほどに居る人間の中から、どこにいるのかもわからないソレを見つけ出すなんてことは並大抵のことじゃないからだ。
 
 なんだこいつ身内贔屓じゃなくて差別ですか。俺を採用する気はないと見た。それ相応の手段に出ることを真面目に考えよう。
 
 具体的には俺の秘密知る奴全員殺す。難易度はテトリスのレベル100並だけどやるしかない。俺の心の平穏のために。
 

[あ、いえいえ少し語弊がありましたね。僕の管轄区の中もしくはその付近に居ることは確認されています」

「ちゃんと言えよカス」

「いやミズキさんがあまりに可愛いので意地悪したくなりまして」


 俺はコーラを噴いた。それはもう盛大に。
 
 何コイツ。もう死んだほうがいいんじゃないの? 一応とは言え元男に対して使うセリフじゃねぇぞ。ホモ? ホモなの? なんで俺の近くには同性愛者しか居ないの?
 
 
「げほっごへ……う、おうぃぇー」

「まぁ冗談ですけどね」

「うん。わかってる。もし本気だったら俺は目の前に居ない」

「ですよねぇ。―――……で、その管轄区付近に居るという話も過去の件を思い出して頂くことになるのですが、以前ミズキさんに見回りで参加してもらった異能者の空き巣事件の話を覚えてますか?」

「14参照」

「誰に言ってるのかは聞きませんが。空き巣の犯人は捕まりましたがそれを突き出した人間はまだ見つかっていません。その人間というのが」

「ろくな人材さん、か」

「ええ。最近やっと派遣されたリョウコさんの調べで判明しました。顔もばっちり映ってましたし間違いないです」


 イケメンが背負っていたカバンから写真を数枚取り出して机の上に無造作に並べる。
 
 移っているのは、まんま不良学生っぽい少年。高校1・2年生ってところだろうか。やたらと悪い目つきと青く染めた髪が特徴的だ。
 
 
「神山専用の携帯に送られてきている一般からの情報提供は見ていますか?」

「流す程度にだけど。確認しなくてもヘルプで社員のほうがやってくれるし」

「そうですか。まぁ仕方ないですね。……その情報の中にも既に何個かはこの彼の情報が入ってきています。情報の鮮度も新鮮ですので、それが近郊に居る理由です」

「ふーん、それを見つけ出して殺れって言うことか」

「そういうことですね。これは試験ですので捜索から殺害まで、1人でやっていただくことになります。この件に関してだけは、マドカやリョウコさんはもちろん神山関係のサポートは一切受けれません。例外として情報のみ閲覧可能です」


 言葉の裏にミユウやレンのような所謂野良は使っていいと隠されてるのがわかる。
 
 
「明日か明後日には僕名義でその携帯のほうに正式に、試験という形でメールが送られてきます。期限は着信から2週間。詳細はメールのほうで確認してください」
 
 
 その時俺はまぁなんとかなるだろう相手が人間なら。と若干気楽に考えていた。でもまさかあんなに苦労することになるとは、その時は思わなかった。
 

4。


 喫茶店でイケメンと別れてタクシーで帰宅する。偶然か必然か、タクシー運転手は行きと同じ人だった。
 
 悪いことじゃなくむしろ良いことだ。帰りも退屈することなく帰路につくことが出来た。
 
 しかし喫茶店で茶して都心を往復してるとやっぱり時間がかかるもんだな。お空がもう赤いです。明らかにご飯作ってる時間ありません。……もう昨日の残り物でいいか。
 
 半笑いのウエイトレスに詰めてもらったデザートを両手に携えて我が家に帰ると、知らない靴が置いてあった。
 
 ミユウのスニーカーとそう変らない大きさの真っ赤なローファー。
 
 あーミユウが前に言ってた友達か。へぇへぇ女の子だな、真っ赤なローファーを履く男の子が俺にとっては想像しづらいから女の子だ。
 
 
「ただいまっほ~い」


 マンネリ回避に色々と変えている挨拶を言って靴を脱ぐ。座らずに片足づつ「おっとっと」とバランスを崩しそうに脱ぐのがポイント。萌える。
 
 しかしそれをやるのが俺なので壁に思いっきり脳天をぶつけた。つむじに直撃、ミズキはうずくまった。
 
 これはタンコブできたかもわからんね。と頭をなでながら部屋の奥に入ると美少女2人がキャッキャアハハと絡みあってた。無論18禁要素が無い方向で。
 
 すんげー笑顔なミユウの上にのっかってるのが件の友達か。
 
 なにこれアニメ? レベルの触覚もといアホ毛を頭に1本生やした女の子が俺のほうを見てパァっと花が開いたように笑顔になる。
 
 
「こんにちわです!! お邪魔していますです!」

「……あ。お、おか……ミズキさんお帰りなさい」

「こんにちわ……というかもうこんばんわだね。ミユウただいまー」


 空を切るように頭を下げて挨拶をされる。うん、礼儀正しい子だ。高感度↑。
 
 俺が帰ってきたのに気づいていなかったのかミユウが慌てた様子で髪を整えて起き上がる。
 
 お母さんじゃなくてちゃんと名前で呼んでるなうん。流石に体裁が気になるので人前じゃあ名前で呼ぶように言ってる。
 
 
「この子がミユウの言ってた友達?」

「は、はい。今宮ヒノメちゃんです」

「今宮ヒノメです! 将来の夢はお兄ちゃんのお嫁さんです!」


 わぁなにこの子超可愛い。しかも俺と同姓とか運命を感じるね。
 
 将来の夢も実に全国のお兄ちゃん達を喜ばす内容だ。多分冗談だろうけど。
 
 
「うんヒノメちゃん。ミユウと仲良くしたげてね」

「超バリバリ仲良しですよ!」

「バリバリですか。ミユウもヒノメちゃんとバリバリ仲良し?」

「ば、バリバリ……?」


 内向的なミユウとは正反対な性格をしているな、ヒノメって子。同類で固まるよりよっぽどいいことだ。
 
 俺として内心ミユウよりヒノメのほうがやりやすい。感情を表に出してくれないとこっちが察知できないからな。出しすぎるもの問題だけど、子供の時には関係ないな。
 
 ちょうど良いことにお土産のケーキもあるしミユウとヒノメちゃんに振舞うことにする。レンには明日の学校の終わりにでも持ってこう。
 
 
「お、お、おいしいですぅー!」

「……おいしい」


 小皿に置いた別々の種類のケーキをミユウは丁寧に、ヒノメは外見と性格的に予想できたけど口の周りにクリームをつけて食ってる。
 
 俺はもう腹いっぱいだからお茶だけ飲んでる。ウーロン茶美味しいナリ。
 
 ……しかしヒノメちゃん、慌てすぎだろ。何がそこまで駆り立てるのかは知らないけど、ケーキは逃げないんだからそこまで大口を開けて食べなくてもいいじゃないか。
 
 どんどんと口周りに溜まっていくクリームを無視出来なくなってきたので、スカートのポケットに入れておいたハンカチでヒノメの口を拭う。
 
 急にされたのでヒノメが一瞬ポカンとした表情で俺を見てきたが、すぐにクリームのことに気づき頬を僅かに染める。
 
 
「あ、ありがとうございますです……」

「まだケーキあるから、そんなに慌てなくてもいいよ」

「そうですか!? まだ食べてもいいですか!」

「うん。私達だけじゃ食べきれないしね。ヒノメちゃんが来てて助かっ……ん?」


 袖をクイクイと引かれたので振り向いて見ると、ミユウがワザとらしく頬にクリームをつけてた。
 
 意図が読めたので俺はあえてそのまま放置してみた。ヒノメちゃんも気づいたのか、口端を緩くしてミユウを見ている。
 
 ミユウは俺とヒノメちゃんを交互に見て自分の立場を理解したのか顔全体が赤くなり始めた。
 
 俯いて誤魔化しても耳とうなじが真っ赤でござる。
 
 そんなミユウをヒノメとじっくり眺め倒して満足したので頬を拭ってやる。
 
 それでも恥ずかしいのか自分が座ってたクッションに頭を埋めてミユウは現実から逃げた。
 
 背中をつっつくとミユウはモゾモゾと芋虫みたいに畳の床を這ってどこかへ行く。


「ミユウのケーキ食べていいよ。あれだと当分こっちに戻ってこないだろうし」

「そうですか。……あーでももう帰らないとです」

「あ、そう? もう暗いけどヒノメちゃん1人で大丈夫?」

「はい! 帰るときはなるべく人の多い所を通って帰るようにしていますのです!」

「おぉ偉いねぇ」

「お家に帰ったらお弁当が待っているのですよ!」

「……お弁当?」

「はい! 今日はほか弁ですよ!」

「……今日は?」


 俺はヒノメちゃんから色々と話を聞いた。主に食生活について。
 
 キョウヤって奴料理舐めてるな。練習はしてるらしいけど、上手くならないのは練習量が足らないからだろ。
 
 女の子1人満足に食事与えれないなんて……世も末だなぁ。
 
 
「どうして目頭おさえてるんですか?」

「いや、20世紀は人に厳し時代だなぁって」

「そうですか。なんだかすごく世界的です」


 冷蔵庫からオカズの残りを取り出して帰りの準備をしているヒノメに渡す。
 
 
「これ、昨日の残りだけど。よかったら持ってって」

「おぉぉ本当ですか! 嬉しいですやっほー!」

「ほらミユウもそろそろあっちから帰ってくる。ヒノメちゃん帰るよ」


5。


 ヒノメちゃんが家に帰ったので俺達も夕飯にすることする。ミユウも俺もケーキで腹が膨れているので何も作らずに一品減った昨日の余りでいけた。
 
 俺がさきに入ると風呂を赤く染める可能性があるのでミユウに先に入らせてから次に俺が入る。シャンプーのツバキって匂い凄く美味しそうだよね。
 
 不慮の事故で血の池地獄になった風呂の水を抜いて、掃除をしてから上がる。
 
 そろそろ風呂の掃除ミユウにやらせようかな。その前に料理か。嫁入り修行は早ければ早いほどいいだろうし手っ取り早く教えていこう。
 
 生乾きの髪は痛みやすいとリョウコさんに聞いたので速攻でドライヤーで乾かす。
 
 乾かした後に輪ゴムで髪の両サイドを括り肩の前に垂らす。長い髪は男のロマンだけど、手入れがめんどくさいのが難点。僅かに首くすぐったいし。
 
 こなたとかもうアレは作業の領域じゃないかな。俺の髪ですら面倒なのに。
 
 リビングで携帯のパンフを見ながら次の携帯は何にしようか悩んでいると、布団を敷き終わったのかミユウが自分の部屋から出てきた。
 
 あぁそういやレンが来たとき用にもう1枚布団買っとかないとな、あと来客用にもう1枚居るか。め、めんどくせぇ。
 
 
「おかあさんなにか飲みますか?」

「ん、豆乳お願い」

「おかあさんその格好寒くないですか?」

「寒いけどほかの服はなんだか寝づらいしね。Yシャツでもう慣れちゃった。でもカーディガンとホットパンツ穿いてるだけでもかなり進歩したほうだよ」

「そうですか」

「そうだよ」

「おかあさん、どうぞ」

「ありがとミユウ」

「おかあさん」

「なに?」

「抱っこしてください」


 首を上げると既にスタンバってた。膝立ちで手を広げてくるミユウに応えて俺も手を広げる。
 
 広げるとすぐにすり足(膝立ちで言うのか微妙)で寄ってきたミユウを真正面から抱き抱える。
 
 ミユウの首筋に鼻を当てて息を吸うと、俺と同じシャンプーに匂いが香った。でもこういうのってなぜか相手のほうが断然良い匂いがする。
 
 くすぐったかったのかミユウが身をゆすってさらに俺に身を任せてくる。
 
 しかしここまでミユウが甘えてくるのは珍しい。俺を母さんと呼んでからも甘える時はドモったるするのに。
 
 
「ミユウどしたの?」

「……」


 ギュゥと廻した腕に力を入れてくるだけで返答は無い。やっぱりヒノメちゃんのほうがやりやすいな。妹に欲しいわ。
 
 ミユウの背中をトントンと叩きながら前後に僅かに揺れる。
 
 今日の出来事を頭に浮かべてミユウの気持ちを考えてみる。
 
 ……どうなんだろうな。わかるようなわからないような。俺はそういうの経験したことないから理解できないけど、多分コレだと思う。
 
 
「嫉妬した?」

「……」

「私がヒノメちゃんと仲良くしたから妬けちゃったか」

「……っ」


 力が増す。正解っぽい。うわめんどくせ。
 
 
「ミユウは狭量だね」

「……わかってます。おかあさんと仲良くなるのは悪いことじゃないし、ヒノメちゃんがおかあさんを好きになるのはいいことだし、おかあさんがヒノメちゃんを好きになるのは悪いことじゃないし」

「……ふぅん」

「でもおかあさんが誰かとたのしく話してるのを見ると、胸の奥がぎゅっとして変なんです。嫌なきもちになるんです」

「そっか」

「わたしって……嫌な子ですか?」

「嫌な子だね」

「そう……ですか」

「でも私は嫌な子が大好きだから大丈夫。だからミユウが大好き」

「……っほんとですか?」


 潤んだ目で見つめてくる。鼻先が触れ合いそうになる距離にまで顔を詰めて俺の返答を促そうとしてくる。
 
 
「ミユウは私のこと好き?」

「大好きです」

「ヒノメちゃんのことは?」

「……大好きです」

「ミユウは可愛いなぁ」


 おデコをぐりぐりと押し当てると「あうう」とミユウが呻いた。



△▽

短いですが25さわりです。
神の視点からの語りが超絶難しい件について。筆が全然進みません。
そして悪いお知らせです。

次回はキョウヤがメインかも知れません。(不確定)

もしかしたらキョウヤ書いてる途中で力尽きてここで更新停止の可能性があります。マジで。
不人気(主に作者から)のキョウヤはがんばれるのだろうか!
がんばれ自分! うん、がんばれ!! まじがんばれ!

キョウヤ編書こうと思うだけに欝になる。
それでは次回の更新まで。

△▽

完成です。激しく眠いです。キョウヤ編あと1話後でしょうか。がんばります。

それとミズキ描きました。れいにもれず見れた方だけということで。
年齢調整できないのでこれを少し幼くしたのがミズキです。
http://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1721.jpg





この前SS紹介忘れてたのでここで。

サイト/ここ 場所/チラシの裏 名前/A4U 【acfa再構成】
自分はアーマードコアファンなのですがいかんせん良作なアーマードコアSSがありません。というか絶対数自体少ないっぽいです。
多分、妄想を120%活用しないと解読できない仕様のストーリーだからだとおもいます。
しかしこれは面白い。自分が見てきたアーマードコアSSで1.2を争いますね。
スミカさん結婚してくれ! というかオーメル仲介人結婚してくれ! あの嫌らしい言葉使いが脳内で再生されてAMSから光が逆流する!







[4284] けいだん。27―悪魔でいいよ―
Name: 歩(ホ)◆a5560092 ID:ddc19d26
Date: 2009/05/19 12:28
1。


 さてさて、さてさてさて、てさてさ。まーめんどいことになった。時間制限的な意味で。
 
 つい先日、イケメンと喫茶店で食い散らかした日から2日後にアイツの言うとおり俺の神山専用携帯に毛色の異なったメールが届いた。
 
 件名は『社員採用試験』とシンプルに。内容はイケメンの口調全開で、携帯に元から登録されているような顔文字が織り交ざった文章で書かれていた。
 
 『というわけです^^』とか『頑張ってくださいね^o^』とかネットに浸かっていた人間には神経を逆撫でされてるようで派手にイラついた。
 
 そんな間違いメールで着たら即削除、あるいはネカマで場所特定して殺しに行ってる。あ、いや今は女か。
 
 専用携帯だけあって特殊な仕様になっていたのか、標準ディスプレイにデカデカと『試験・残り時間』とかかれその下に2週間分の時間のカウントダウンがされ始めていた。
 
 2週間。ほかの仕事の期限も2週間がデファだよな、短いような長いような微妙な時間だ。油断したらいつの間にか残り3日とかになってそう。
 
 居場所がわからない+殺すって言うのは、結構めんどい。
 
 いちおう『ろくな人材』の情報については今まで届いた情報から抜き出してみたけど、出現場所は法則性無しで都心からベットタウンにかけて広範囲に広がっている。
 
 殺す相手も法則性は感じられない。幼稚園児から60超えた老人まで今までで21人殺されてる。外傷は鋭い切り傷で、背中から心臓に向けて一突きってのが多い。
 
 見たところ快楽殺人かな? と今のところは結論を出している。
 
 でもこの結論ものすごくあやふやだ。情報1つですぐにひっくり返る。異能者が異能を使って殺人するのはかなりリスクが伴う。
 
 以前ならイケメンで、今なら俺みたいな神山に飼われた実行員というハンターに目をつけられるからだ。実際に今がそうだしな。
 
 だからこそ元(まだ社員だけど)社員なら、なおさらこんな素人のようなマネをするはずがない。
 
 リスクを犯してでも行う理由・価値が存在する。
 
 それはまだわからない。わかろうとも思わないけど、それで行動原理がわかるなら調べないとな。
 
 で、調べるなり探しに出るなりするためにこの2週間は学校を休もうと思ったが、その前に間が悪いことに、学校コミュニティの奴らが動いた。
 
 限りある時間を有効活用したくても相手方からやってきたんだから、断るに断れない。
 
 イケメンが俺にこの学校のコミュニティの監視その他を任せてる(俺の元の仕事はコレ、なんでここまで拡大した)から、前の高判定異能者みたいに評価無効はないだろうけど、今大事なのは社員に採用されるか採用されないかなんだよ。
 
 切欠は、いつも通り学校について席についた時だった。
 
 ラブレター(笑い)が机の中に入ってることも低確率ながらあるのでガッサゴッソあさってみると、入っていたのはノートのページを切り取った簡易的な手紙。
 
 「超美少女であるこの俺に対してこんな粗悪な手紙送りつけるとは命知らずな奴だぜ。会って男として再起不能になるまで罵ってやるか」と呟きながら、中身を見るとまぁ明らかに恋文じゃないことはすぐにわかった。
 
 放課後旧校舎裏に来い、来なかったらアンタの秘密をバラす。と書かれた差出人不明の手紙。
 
 なんというか、お粗末な内容だと思ったね。
 
 この放課後という指定、時間が書いてない。相手を先にまたせて重役出勤で威厳を出そうという寸法か、はたまたアホなのか。
 
 相手が待ち伏せしてるとか考えないのだろうか。
 
 旧校舎裏は……あぁそういやちゃんと説明してなかった。この学校はとにかく広い。校舎7階建ては前に言ったけど、そのほかに驚くべきことに体育館が3つもある。小中高一貫だからってありすぎだろ。
 
 いくら都心に遠くて土地代が安いからってこんな大人買いみたいなことしなくてもいいじゃない。土地買うのでもう大人買いだけどさ。
 
 グラウンドも広い広い、100メートル走のトラックを斜めに引かなくてもいい。クラブ棟なんて俺の高校時代の校舎だよ。
 
 しかし週6制。よくわからんけど、実績があるからこそこんな施設を用意できるんだろうな。もちろん土曜は3時間。
 
 で、お決まりというかなんというか旧校舎もある。漫画やゲームでよくあるはやく立て壊せよと思うものがあるのだ。この学校の立て壊さない理由は金がかかるから、らしい。なら新しい校舎建てるな。
 
 そして例のごとく人はあまり来ません。私立だけあってそういう不良とか少ない。いるっちゃあいるけど。
 
 ただ新校舎で使わなくなったものとかでけっこう散らかってたりする。古いゴールとか。
 
 お互い初対面……じゃないな、俺のほうは既にそいつらに目をつけてたし相手も最近になって俺を怪しみだしたというのが妥当か。
 
 顔は知ってるけど、初対面。そんなロマンス。
 
 いざという時に、ひざ上8cmのスカート(これが俺のジャスティス)で隠した太股のベルトにナイフを縛り付ける。切ると危ないので鞘付き、所謂シースナイフ。
 
 警戒心を無駄に与える気もないので普通に放課後、旧校舎に行く。
 
 正門側はさび付いている上に鎖と南京錠で封鎖されているので裏口から進入する。廃墟ってなんだか男のロマンをクスぐるよね。そんな俺は廃墟マニア。でも廃病院とか廃トンネルとかは勘弁な。
 
 無害無力を強調するために、おのぼりさんバリに肩をすくめてキョロキョロしながら校舎裏に進む。
 
 実はもう後ろに1人付いて来てる。足音隠し切れてないし、なにより敵意向けられたら嫌でも気付く。
 
 到着すると既に相手は居た。深読みだったみたいだ。
 
 錆びてボロくなっている学校机に座った金髪のチャラ男がいた。ついでに後ろの奴も出てきた。いかにも今風の女の子ですといった感じの少女だ。
 
 ……1人足りないな、リーダーだと予測していた優等生っぽいメガネ少年が居ない。
 
 まぁいいか。俺の勘違いだろ。
 
 まぁ今回の俺は紳士的だし、淑女的でもあるので、相手から危害を加えられない限り殺そうとは思わない。報告書めんどいしね。
 
 目立ったテロ行為をする気でもなければ注意と口止めで済まそうと考えてる俺すばらしい。
 
 けどまぁ残念なことにそうはいかなかったんだけどさ。壮大なタイムロスの始まりですよ。
 
 
「俺たちは選ばれたって話だ。異能者による異能者のための世界を作るためにな。そのためにお前の力が欲しい」


 そんなことを言われたらね。もうね。あまりの現実性のなさに神山社員とか抜きにして本心から哀れに思ったね。
 
 出来ると思ってんのかこの馬鹿は。最大勢力だったチームですら壊滅しかかってんのによ。
 
 たった2人で何が出来る? ……あとチャラ男、嘗め回すような目で俺を見んな。キモいんだよ。
 
 あと『欲しい』って言葉も気に入らない。まるで自分のものであるかのように振舞おうとするその態度。イケメンよりイラつく。
 
 
「あの……ちょっと現実味がないというんでしょうか。貴方が言う世界を作るためには、神山企業と日本政府を打倒しなければいけないんですよ? 野良異能者集団の最大勢力の『チーム』ですら壊滅間近だと聞きます」

「それはあいつらが間抜けだったって話だ。俺たちは巧くやる。やつらみたいにはならない」


 なけなしの良心で説得してみようと試みたのもつかの間。こんな返事が返ってくれば誰だって呆れる。
 
 こいつ等は基地外なんだな。そう心の中で確信した。
 
 どこから出てきてるのかわからない妙な自信。自分は特別だという厨二病の鏡みたいな奴らだ。
 
 あぁ実際中2・3か。家でおとなしく邪気眼って吼えてろよ。
 
 虚構と現実、ファンタジーとリアルを知れよ。マジで。こういう奴らが異能犯罪者になるんだよ。
 
 もちろん答えはNOだ。誰がこんな勝算の無い誘いに乗るかっての。
 
 
「……すいません。そのお誘いには乗れません」

「じゃあ死んでもらうし」


 後ろの女子がすぐさま俺の言葉に反応する。いい加減その目やめろよ。背中が痒いんだよ。
 
 あと気性荒すぎ。抜き身のナイフもビックリだよ。
 
 
「どうして、ですか?」
 
「私たちの顔と秘密を知ったんだし。人の口には戸を立てられないって言うし」

「……」


 あの手紙はコイツが書いたな。

 女子のほうに向いていた首を戻し、男子に向ける。
 
 
「そうなんですか……?」

「あぁ。そういう話になってる」

「私、口外はしません。口は堅いほうです」

「念のためだって話だ」


 交渉決裂。俺の譲歩を完全に蹴ったお前らは私刑になります。
 
 
2。
 
 
 俺は言葉を発さずに女子の方を向き、全力で走った。女子の手の届く範囲ギリギリに向けて地面を蹴る。
 
 
「待つしっ!」


 結果は狙い通り。俺は逃げ切れず、腕を掴まれる。
 
 
「異能者戦闘経験ゼロ。……雑魚か」

「……はっ?」


 わけがわからないと言った様子の女子の右腕を掴み返し、文字通り握りつぶす。
 
 細く綺麗な手首に俺の手を絡め、五指全てを配置し終えればハイ、治療不可能な腕の出来上がり。
 
 皮を裂く感触。肉を磨り潰す感触。骨を砕く感触。……あぁ最っ高。

 
「ッいッッ!? ―――……ギャァァァァアアアぁぁァァァッッッ!!!!」

「うっさい黙れ」


 そうそう人が来ない場所だけど騒がれるとめんどうだ。黙らせようと、女子の耳に手を賭けて引っ張る。
 
 
「ミノリっ!」
 
 
 チャラ男が叫ぶ。
 
 へぇこの子ミノリって言うの? 正直どうでもいいわ。
 
 起きた光景を例えるなら、お菓子の袋を「ここからあけてください」と書いているところから開ける。という感じか。
 
 その後に残るのは袋の切れ端で、実際に俺の手には女子の耳がある。効果音はビリィィィ。
 
 それでもうっさいから、もうめんどいし泣き叫ばさせる。
 
 戦意を完全に削ぐ為に、もう片方の腕を半狂乱になっている女子から奪いさっきと同じ通りに握りつぶす。
 
 さっきと同一の感覚。
 
 今は殺さない。聞くことあるしね。
 
 
「さぁて、ラウンドツゥ~ってかぁ?」


 手に残った耳を口に放り込む。クッチャクッチャ。あぁうめぇ。

 掴んでいた女子の腕を放すとダラリと、糸が切れた人形のように倒れる。


「てっめぇ……2重人格か?」

「さぁねぇ~? そんなこと、どうでもいいっしょ~?」

 
 耳を食う光景と性格の変わり身にチャラ男は驚いているのか脅えているのかわからない表情で問いかけてくる。
 
 でも俺のほうからしたら真面目に説明する気は無い。話す気が無い。世間知らずなカス共は死んでしまえ。
 
 
「あっはっは? そうだ。言いこと教えてあげる。私って神山社員だから。じゃあね~」


 思い出したように手を叩き、俺は全速力で後ろに駆け出した。すぐには追ってこない。理由は生の餓鬼だからだ。
 
 久々に異能を発動してネコ耳を展開する。
 
 一気に強まる聴力をピクピクと耳の角度を調整して、倒れた女子のほうへ向ける。
 
 
『待ってろ。あのアマ殺したらすぐ戻ってくっから』

『……ぁぁ……ぅん』


 おーおーもしかして恋人か何かでしたか? いやー悪いことしましたね。
 
 途中で落ちていた拳2個分はある石を拾い、隣にある校舎の窓へとぶち込む。
 
 ガシャァンと大きな音をたてて窓が歪に割れる。残ったガラス部分を伸ばした爪で払い校舎内へ入る。
 
 太股のナイフで手首を切りつけて血を流しながら走る。床に目印のように垂らすのがポイント。
 
 適当な教室前にまで血の目印を付けて異能で傷を修復する。……治しすぎて治療スピードが上がる嬉しさと怪我がしやすい悲しさ。
 
 もちろん鍵がかかっていたのでこじ開ける。
 
 準備完了。俺は教室に入らずに離れた物陰に隠れてネコ耳+気配察知のアンテナを全開にする。
 
 
「ん」


 来た。大体5分ぐらいか。ガラッと扉を開ける音が聞こえたので動く。
 
 俺の特技は足音を立てずに速く歩くことです。
 
 
「―――っ!? ファ」

「ふぁ?」


 チャラ男が気付いたときにはもう遅い。振り向いてきた顎を掴む。左手で。
 
 異能を発動しようとしたんだろうか。別にどうでもいいけどね。いくら強力な異能でも発動しなければ無いのと同義だし。
 
 これでチェックメイト。
 
 異能を発動して左手に仕込んだパイルバンカーを開放する。
 
 グォン! と唸りを上げて掌から鋭利な骨が飛び出す。気分はダイ・ガード。最弱スーパーロボットです。
 
 高速といって差し支えない速さで打ち出された骨が、チャラ男の顎を貫き、目玉を掠り、脳に大穴を開ける。
 
 はい死んだ。
 
 はてさて、じゃあミノリの所に戻ろうかな。
 
 
3。
 
 
「ちぃ~すミノリちゃん」


 戻ると虫の息になってるミノリが居た。地面にねっころがり両手をダラリと垂れさせて、熱に浮かされたように荒く息をしている。
 
 俺の言葉に反応して女子は敵意満々の目で俺を睨み付けてくる。
 
 異能を発動させる気配は無し。両手を媒体にするタイプだったのかな。
 
 
「そんな目で見ない見ない。はい、コレ先輩にお・み・や・げ♪」


 切り取ってきたチャラ男の首をミノリの視線に合わせるように置く。わぁなんだか江戸時代の処刑みたい。なんていうんだっけ? ……まぁいいか。
 
 ちなみに胴体は胃の中です。
 
 チャラ男の生首を見たミノリは目を丸くした後、涙を流しながらさっきより5割増しに鋭くなった視線を俺に向けてくる。負け犬乙。
 
 
「殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる……!!」

「そういうセリフは死亡フラグですぜ」


 顔面を蹴り飛ばす。サッカボールキックです。あ、何本か歯逝ったな。
 
 
「殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる……!!」

「もぅそれしか言えないの? 頭がおバカになっちゃいましたか~? 私ちょっと聞きたいことがあるだけなんですよ~」

「殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる……!!」

「わぁオウムさんだオウムさんだ。でもお話を聞かないオウムさんにはおしおきだ~」


 ゲシゲシ。
 
 
「こ、ろしてやるこッ! ろしてやる……!」
 
 
 ゲシゲシゲシ。
 
 
「ったっ……! あ、ぐ! も、やめっ!? いあっぐ!」
 
 
 ハイパーゲシゲシタイム。
 
 
「お話聞かせてくれる?」

「あ……くま……」

「悪魔でいいよ」

「……」

「お話聞かせくれるなら楽に殺してあげる。このままダンマリなら死んだほうがマシって思えるくらいに虐めて殺す。どっちがいい?」


 答えは前者でした。
 
 なんでもこの件はチャラ男とミノリだけでおこなったとのこと。俺の予想はやっぱり当たってたらしくメガネ優等生君はリーダー格だったらしい。
 
 でもメガネ優等生君がリーダーなのには不満があったらしく。下克上したかったとか。
 
 そのために俺を引き入れようとしたとか。メガネ優等生君からは俺に手を出すなと釘を刺されていたらしい。
 
 メガネ優等生君はそれなりに頭が回るみたいだ。
 
 ちゃんとお話してくれたのだけど、俺が天邪鬼なので後者の殺し方をすることにした。
 
 首と頚動脈を抑えて窒息死させる。
 
 ~ったく。余計な時間かけさせやがって。マジにカスだな。
 
 四肢を解体してミノリを胃に収める。モグモグ。
 
 先日買いなおした携帯で神山の社員に連絡する。すぐに来てくれるとさ。個人的に電話に出た人がすごいいい声で、美人ぽかった。会ってみたい。
 
 
「それじゃメガネ優等生君に口止めと注意しにいこうかな」


 何もする気が無いのならそれでよし。手駒として使えるなら神山を紹介しよう。
 
 あ、その前に協力してもらうのもアリか。1日をかける価値はあるかも知れない。うは、夢が広がりんぐ。
 
 
 しっかーし残念なことにメガネ優等生君はその日を境に学校から消えてしまう。
 
 
 俺以外に神山関係者か政府関係者が居ると考えるのが妥当だけど、そんな問題より試験が大事だ。
 
 
4。


 コツコツとヒールを鳴らして学校の廊下を歩く。
 
 窓を通して外を見れば太陽は沈みかけて、空は橙色に染まっている。


「……っはぁ」


 今日は忙しかった。生徒会も楽じゃないなぁ。なぜか会計以外の仕事も廻されるし。
 
 あぁミズキちゃんに会いたい。会って抱きついて抱きしめられてこの疲労を癒したい。
 
 でももう帰っちゃってるんだろうな。依然家の場所はわからないし、尾行するとすぐに気付かれるし。
 
 ミズキちゃんは『つんでれ』というやつだから困り者だ。他の人が居るとすぐに離れたがるし、すぐに暴力に訴えたがるし。
 
 ……けど、そこが可愛いんだけどね。これぞまさしく愛だわ。
 
 ノロけても仕事は減らないんだけどね。……うぅ。要人の監視の傍ら異能者を狩れなんて無茶を言うわ。
 
 でも望んで成ったから文句は言えない。
 
 チーム狩りには正式参加しなくていいって言われただけでも僥倖なのかなぁ。正直あんなバケモノの巣窟にいったら流石の私でも死んじゃうかも。かもかも。
 
 うん。考えるのヤメ! 閑話休題!
 
 
「えーと……」


 階段を上がり廊下を再度渡り、今回の捕獲対象を探す。たしかいつもならこの辺り、この時間に1人でうろついてるはずなんだけど。
 
 3人いっぺんには無理だから1人ずつ。各個撃破は基本中の基本。
 
 てけてけと歩いてると、ふいに怒声が響いた。
 
 
「糞がっ! あいつらどこほっつき歩いてやがンだ!!」


 一瞬風を受けたような錯覚を受けるほどに迫力のある声。でも私の上司には敵わないな、あの人は多分世界一恐い。
 
 ……じゃなくてじゃなくて。話が逸れちゃったわ。
 
 この声。捕獲対象のだ。目標確認。
 
 声が聞こえたほうへと小走りで、かつ気配を感じさせないように進む。
 
 今のうちに装備を再確認する。私の異能は感覚系で攻撃力を持たないサポートタイプだから、武器と併用しないと戦えない。
 
 しかも銃器限定。撃てるなら割り箸銃でもいいけど、それじゃあダメージを与えられない。
 
 応用範囲が狭い分性能はいいだけれど。
 
 ショルダーホルスターに収められた体の一部とも言える私の相棒。でも残念なことに銃器に関しては、撃つことメンテナンスぐらいしか知らず。種類とかにはあまり詳しくない。
 
 知っているのはこの銃の名前がFN Five-seveN……ファイブセブンということ。
 
 5.7x28mm弾という特殊な弾丸(P90というサブマシンガン用の弾丸らしい。詳しくは知らない)を使っていて、高い初速で発射されるため貫通力が高いということぐらいだろうか。
 
 小口径で反動が小さく女の私でも撃ちやすい。けれど、威力は高いということでこれが私に支給された。
 
 後、サブレッサーををつけれるようにラグを特設して貰った。上司にバッフルストライクに気を付けろ、と耳がタコになるほど聞かされたっけ。
 
 確認も済み。ファイブセブンにサブレッサーを取り付け、後ろ手に構えて声がした場所、教室の扉を開ける。
 
 
「んッ……? ―――……あぁ四貫島さんどうしたんですか」


 一瞬見えた悪役面を消し去り、捕獲対象がメガネを掛け直して笑顔で応対してきた。凄い、変わり身。
 
 
「あ。いえ、すごい声が聞こえたんで気になってきたんです」

「あぁそうですか。それはすみません」

「―――なんて、言うと思いましたか?」


 銃を構え、対象に向ける。
 
 対象が目を見開いて、一瞬体が硬直する。
 
 異能を発動しておく。右目が熱くなり、網膜に機械的な照準が映し出される。
 
 
「……どういうつもりかな?」

「簡単な話です。貴方は私に捕まり、施設で脳を弄くられる実験体になります。将来は晴れて廃人さんになります」

「へぇ。神山、政府どっちの人間?」

「政府ですね。抵抗しなければ痛い思いはしないのですけど、どうでしょうか?」

「痛い思いはしたくない。……けど、実験体なんて言葉を聞かされると抵抗したくなンのが人間だッ!!」


 瞬間。瞬きの刹那に対象の姿が消えた。
 
 テレポート……? レアな異能だわ。物理操作タイプ? 実体化タイプ? もしかしたら精神操作されて私が見えないだけ?
 
 私の異能に位置は確認されていない。完全にこの場から消えている。
 
 考えを巡らせている途中で背筋に冷たいものが走った。
 
 ゾワゾワと氷が背中を侵食するような悪感。
 
 だけど、私が振り向く前に、銃を握る右腕が反応した。自動的に腕が曲がり、銃口が背後に向けられる。
 
 異能にも反応が現れる私のすぐ後ろに、ポインターが現れる。
 
 反応が取れれば後は、引き金を引くだけ。
 
 弾が撃ち出される。その反動で少しだけ腕が上がり、痺れる。
 
 サブレッサーが無ければ銃声で耳が逝っていた。危なかった。この異能の欠点だ。
 
 私の異能『鷹の眼(ロックオン』は、私がマークした相手を腕が自動追尾する。仕事柄、即死する位置を狙うのはリミッターをかけているので大丈夫。
 
 たださっきみたいに異能者自身を省みない撃ち方をするので注意が必要だ。
 
 
「ぐゥ……!」


 肩から血を流す対象はどう見ても戦意を喪失している。初めて銃に撃たれれば仕方の無いことだ。
 
 グリップを頚椎に振り下ろして意識を刈り取る。
 
 さよなら。もう一生眼を覚まさないかもしれませんけど。
 
 さて、後片付けは連絡一つすれば専門の人がやってくれる。生徒や教師として学校内に常に潜んでいるので5分もかからない。
 
 
「残り2人か」


 明日のうちに終わらそう。そう胸に誓う。
  
  
 だけど次の日に2人は『異能者だったため神山が始末しました』と学校に張り出されて、その姿を消していた。
 
 
 ……神山の実行員ってこの街に居たんだ。知らなかったわ。


5。


 学校コミュニティ改めカス共を片付けたのから明けて1日。試験開始2目に突入である。
 
 ここで残り『まだ』12日か『もう』12日かどう思うのかで人の器量が決まってくる。どっちにしても一長一短だけど、心に余裕を持ちたいのなら前者だろう。
 
 え? 俺? 当然、後者ですよ。時間ねーよ。
 
 焦る焦る。でも焦っても手がかりが少ないのでとりあえず歩く。学校休んで。
 
 犯行現場を数点見回り、視野を広げて街中を闊歩する。もしかしたらヒント、大穴で目標本人と会える可能性があるからだ。
 
 こういう行為を舐めてもらっては困る。偶然が偶然と思えないほどに、この世にはそういう出会いが多い。
 
 例を挙げれば、パンを咥えて走る女子高生とぶつかり会う転校生か。
 
 偶然の出会いからロマンスに発展する典型だ。場を変え品を変えてフィクションでも多く登場する。
 
 だからこそ舐めてもらっては困る。
 
 俺と目標の間に何らかの運命があるのなら、必ずどこかで会える。必要なのは信じる心と、挫けない意思。そしてちょっとだけの下心。……嘘だけど。
 
 とまぁ格好良く言ってみたけど、その日は会えなかった。
 
 1.5リットルのコーラが99円で売っていたので6ケース買った。お1人様2本限りだったけど俺の容姿の前ではそんなのかんけねー。
 
 店前でタクシー捕まえて宅配を兼ねて家まで送ってもらう。無論サービス対象外でしたが俺の容姿のま(ry
 
 どんなに渋い顔をしようが俺のおねだりの前ではどんな男もイチコロですよ。……鼻の下伸ばす姿は超キモかったけど。
 
 家のベランダにコーラのケースを運び入れてるときのミユウの目が可哀想なモノを見るようなソレだったけど、どうしたのかな。よくわからなかった。
 
 てさてさ。3日目開始。
 
 
「コーラうめぇぇぇぇぇ!!」


 3日目終了。
 
 4日目開始。
 
 
「あ~もう買い置き無くなったかぁ」


 4日目終了。
 
 5日目開始。
 
 
「この体マジすげぇ。太るどころか痩せているわけですが。……いや以前の俺も痩せてたなそういや、コーラには痩せる成分が含まれてるのかもしれない。これを論文にすればノーベル確実だな。ノーベル美少女の誕生ですよ」


 5日目終了。
 
 6日目開始。
 
 
「よく考えるとそんなことは無かった。というかなんで中学生になって卒論よりめんどそうな論文を書かなきゃいけないのか。ノーベル美少女終了のお知らせ」
 
 
 6日目終了。
 
 うん。信じる心も挫けない意思もクソ食らえだな。んなもんこの世に存在しねーよメルヘンだよ。それよりコーラくれよコーラ。
 
 手元に残ったのは下心のみ。これでなにをしろと言うのか。
 
 時間ねーよ。時間、ねーよ!
 
 なんだこの繋がりの無い殺人内容。相手の行動目的がわからなかったら携帯に送られてくる情報も意味ねーんだよ。
 
 はぁぁ何この無理ゲー。挑んだ俺が馬鹿だった。
 
 たしかにヤツがこの街に居ることは確定している。これは今まで送られてきた情報からわかる。飽きることなくこの街で殺戮を繰り返している。
 
 しかし居ることがわかったとしても、会えなかったならそれは意味を成さない。
 
 人は点だ。地図を敷いて指し示してみれば小さな点に過ぎない。
 
 人は数多居る。人という点は休むことなく移動し続けている。
 
 その中で、限定された都市の中で、点である俺たちが会う可能性は一体どれくらいのものなのだろうか。
 
 情報が届くのを頼りに、偶然会えるのを信じて歩くだけの『待ち』じゃ、ダメだ。
 
 動かないと、五感を全て使い、頭を今以上に使い、『攻め』ないとコイツとは接触出来ない。
 
 でも、どうしろって言うんだ。
 
 探しに出た駅前広場の椅子に座り、青々とした快晴を見上げながら思考のループを繰り返す。
 
 冬特有の冷たい空気を思いっきり吸い込んで、吐き出す。靄が現れて、風に流れて消えた。
 
 そもそもなんで俺、試験なんかしてんだろうな……。このまま諦めてもいいかも知れないな。
 
 ふと、そんな考えが俺の脳裏を掠めた。
 
 
「……アホらしい」


 脳内で手を作り出す。爪とか生えてゴツゴツで見るからに凶悪そうなヤツをイメージする。
 
 その手でさっきの考えを追いかけて握りつぶす。ゴリゴリグチャグチャ。
 
 心の奥底でわかってるじゃないか。諦めない理由がアイツだって……あのスカしたツラしたイケメン野郎だってさ。
 
 アイツと俺は同類だ。根が似ている。
 
 自分と、親しい人さえ守れるなら他人なんてどうでもいい。
 
 その他人の中に、俺が含まれている。シンパシーみたいなもんだ。言葉を交わさなくても通じ合える。
 
 通じ合える。通じ合えるけど、その先に友情や恋なんてプラスに傾く感情は無い。
 
 似ているからこそ、通じ合えるからこそ、俺達はお互いを使い捨てられる。
 
 きっとアイツは俺を利用し続けるだろう。当然だ。自分と似ている奴ほど使いやすい人材は無い。透かすようにお互いの考えが読み合えるからだ。
 
 その分裏切りも起こりやすいが、アイツはそんなヘマをしないだろう。
 
 その気になればいつだって俺を切り捨てられる。
 
 俺の秘密を複数で共有して証拠の隠滅を不可能にし、反攻の芽を摘み俺を飼い殺し続ける。
 
 戦闘力の高さも折り紙つきだ。特に、ユウに勝つイメージがどうやっても湧かない。多分ユウはあの4人の中で一番強い。
 
 だけど俺だってただ黙っているわけなじゃない。
 
 必ずこの不自由な自由から脱出してやる。そのためにも自分が今できる範囲で力を蓄える。いつか来るチャンスのために。
 
 
「ミズキ」


 そんな硬い決意を胸に足をブーラブラーしてると、突然名前を呼ばれた。
 
 
6。
 
 
 振り向いてみるとおっぱい……失敬、九条コトハが居た。
 
 気が強そうには見えない目じりと、微妙にハの字型の眉。俺から見て右側に付けている藤林姉妹みたいな髪飾りはパーソナルアクセサリーなのか。
 
 クリーム色のニット棒に茶色のコートに薄い緑のロングスカート姿をした実に暖かそうな服装だ。
 
 しかし厚手の上着の上からでも分かるリョウコさん以上の(恐らく)胸は素晴らしい。
 
 それにしても懐かしい子だな……いつ以来だっけな、爆熱バレンタインデー作戦以来だったかな。
 
 
「違う」(ブンブン)

「違いましたか」


 首を横に大きく振られた。違うらしい。
 
 なんかもうボディランゲージを描写するのが面倒だから擬音で察してくれ。
 
 
「学校で会った覚えはないしなぁ~」 
 
「私とミズキ、どこかに攫われて閉じ込められた。私、その時、ミズキに助けてもらった」
 
 
 ん~? と俺がどこで会ったのか思い出していると、それを察したのかコトハはモジモジと居心地が悪そうに身をゆすった後にそう口を開いた。
 
 その言葉で俺も思い出したのでポンッと軽く手を叩く。
 
 
「あーあーあーそういえばその時に会ったね~! あの後大丈夫だった? てか今ここで話してるから大丈夫か。それよりも私が学校に来た時に話かけて来てくれたらよかったのに」


 俺、友達って言える奴あそこにいねーし。メス豚先輩? あれは家畜ですよ。
 
 
「人前で、話かけるの、その……恥ずかしい。下校すると、すぐにミズキ、消えるし」


 なんというシャイガール。なんでそこで頬を染めるのかも多分本人に聞いてもわかんないんだろうなぁ。
 
 
「ここも人前なわけなのですが。しかも都心の駅前」

「が、ガッコーと外は、違う」


 意味わからん。学校も外も人目に触れる場所だろうに。
 
 これだから女の生態は不思議でいっぱいだ。特にメス豚。
 
 この謎がわかる人は今すぐ俺に連絡をくれ。喘ぎ声聞かせてやるから。
 
 
「ん。それはまぁいいや。―――……で、どしたの? 何か用?」

「攫われた時に助けてくれたお礼、したかったから、探してた」

「……助ける、ねぇ。あれは助けたことにはなってないと思うんだけど? ほら、私最後また攫われちゃったし」

「……!」(ブンブン!)


 俺の言葉が引っかかったのか、めちゃ真剣な表情で思いっきし首を横に振られた。
 
 
「あの時助けてくれなかったら、私、絶対、ヒドいことになってた!!」

「そ、そう?」

「そう!」(コクコク!)


 なんでいきなりちょっと饒舌になってんのこの子!? 誰か来てくれよ! できれば女性の心理に強い人!
 
 豹変ってレベルじゃないけど外見から来る先入観が崩れかけていますよ。
 
 興奮気味っぽいので暖を取るためにポケットに入れてたミルクティーの缶をコトハにあげて椅子に座るように促す。
 
 ミルクティーに口を付けてコトハが一息ついたのを見計らって話しかける。
 
 
「落ち着いた?」

「……うん」

「それで、お礼はもう済んだってことでいいのかな?」

「え、あ―――……ま、まだ!!」(ブンブン)


 また火が点きかけたので落ち着かせる。

 
「まだかぁ。じゃあ何してくれるのかな? 私的にはその胸を揉ませて貰いたいんだけど」


 当然冗談のつもりで言いました。美少女を笠に着るような言動はしても同姓を笠に着るような発言を本気でする外道に落ちる気はありません。
 
 
「い、いいけ、ど……」

「……マ、マジっすか!?」


 正直もう外道に落ちてもいい気がするんだ。
 
 しかしそこで俺は鉄の理性を働かせて蠢く手を抑える。……ふぅ、あぶねー。
 
 若干引いていたコトハにもさっきのが冗談だと説明する。
 
 したあとに今度こそコトハから話すように促す。
 
 そうしたら、盛大に頬を赤くさせた後俯いて小声で「だいじょうぶ。だいじょうぶ。ちゃんと練習した通りに言えば、大丈夫」と意味不明な言葉をしゃべり始めた。
 
 5分くらいその体勢で居ただろうか。そろそろ黄色い救急車を呼んだほうがいいかなと考えはじめた頃に、バッ! とコトハが首を上げて俺を見据えてきた。
 
 コトハの顔超真っ赤。俺の手に持つコーラの缶並に。
 
 
「……と!」

「と?」

「とととっと、友達! に! なってくださ、い!!」

「……はい?」


 まだ何か言いたいそうなコトハが口をパクパクとさせているいるけど、声が出ていない。
 
 
「えーと? それはなんというか、お礼……じゃないよね? むしろ、お願い?」

「……」(コクコク)


 恥ずかしそうに頷くコトハ。
 
 
「というか既に友達だから、そんなこと言われても困るわけですが」


 俺がそう言った瞬間。いきなりコトハの目じりに涙が溢れた。
 
 まじコトハ涙目。俺混乱。
 
 ついには声を上げて泣き出しコトハをあやすのに俺はその日1日をまた無駄に使った。
 
 ……でも、コトハとの再開は無駄にはならなかった。焦りで狭まっていた俺の視野を広げてくれる重要な役割をしてくれるから。



△▽

キョウヤ編書いてる途中にパソコン壊れてOS再インストールwwwwwwwwwwwwwwwwwww
その他もろもろ消えたwwwwwww死wwwwにwwwたwwwwいwwww
予測変換wwwwwwwww返せwwwwwwwww

さわりです。8ぐらいまで続きます。
誤字脱字指摘してくれると嬉しいです。
感想頂けるとミズキが喘いでくれます。
それでわ。

都合により26話最後カットしました。まだ早い。見切り発車でした。

△▽

すいません6。で27完成です。やっぱり6。までがベストなのかもしれません。
次はミズキから離れてキョウヤを予定しています。
キョウヤで筆が進まなかったらミズキ過去編をもしかしたらやるかもしれません。
それでわ。

サイト名/ここ SS名/Greed Island Cross
現実からハンターハンターの世界へ行く話。
とりあえず、2章への複線が素晴らしすぎて泣いた。
原作には関わらず、主人公勢も含めて能力がうまく考えられていて戦闘シーンは手に汗握りました。
内容の割には感想数がつりあわないような気がします。これもまた別のところに感想掲示板があったのでしょうか。




[4284] けいだん。28―ひにんってなんですか?―
Name: 歩(ホ)◆a5560092 ID:ddc19d26
Date: 2009/05/19 12:29
1。


『君に言う必要があるのかな?』


『……ウザいよ』


『……君、面白いね。
 悪いことをしても人は殺しちゃいけないって思ってる。……それには私も同感かな? 殺しちゃえばただ肉でできた人形に成り下がるんだからさ。
 でもさ、どれだけ罪を重ねても、それでも罪を重ねる人間はやっぱり殺すべきだと思うよ。
 救いようがないもの。言ってわからない人間は殺すしかない。バカは死ぬまで治らないって言葉は明言だよね。
 罪を重ねる……ううん、罪を重ねられる人間に謝罪を求めても空しいだけ。だってソイツはこれっぽっちも悪く思ってないんだから。
 ソイツに謝らせても、得るのはそれを強制させた自分への満足感だけ。
 それでも君は謝らせたいのかな? 『ごめんなさい。僕が悪かったです』って口だけの謝罪を言わせたいのかな? 誰でも無い自分だけのためにさ。
 ……自己満足にもほどがあるよね。それはただの偽善者だよ』
 

『はぁ……もういいよ。で? こうやって君は何をしたいのかな? まさか私を殺すなんてしないよね。だってそうしたら君の信念は崩れちゃうもの』


 あの時の桃谷ミズキが言った言葉が重くのしかかる。
 
 現場の状況に中てられた戯言の口八丁で、その場で押し切れられなければいくらでも反論を返すことが出来る薄っぺらい物なのに、なぜこうまで耳に残るのか。
 
 俺にはわからなかった。
 
 自分のことなのに、理解も納得も出来なかった。
 
 ただ胸の奥底で何度も、何度も何度もその言葉が再生される。まるで俺に答えを求めるように。
 
 俺のやったことはなんだったんだ。
 
 友人の妹1人救うことができずに死なせた。
 
 仇をとることも出来ず、桃谷ミズキが全てを片付けて嗤う場面に出くわし、正気を疑うような言動を聞いて流されるままにその場から逃げ出して、どうなった。
 
 何も出来なかった。
 
 俺が割り込む余地なんてなかった。俺が居なくても同じ結果になっていた。
 
 何も出来ない自分が憎い。異能がなんだ。感情がなんだ。
 
 運命を変えることが出来ないソレになんの価値がある。なんで、俺はこんなものを手に入れた―――。
 
 
 
 ヒカリちゃんの葬儀の日。俺はヒカリちゃんの最後の伝言を、「ごめんなさい」という言葉をヤヒコに伝えた。
 
 ヤヒコはそうか、と呟いて気丈な作り笑顔をして俺にありがとうと言ってきた。
 
 その感謝の言葉に納得ができず、俺はヤヒコに噛み付くように自分の無力を語った。
 
 
「お前が居なかったら、俺はその言葉すら間接的にでもヒカリから聞けなかったんだ。だから、ありがとうなキョウヤ」


 でもそう言ってヤヒコは俺に感謝した。俺が居たから、ヒカリは言葉を残せたんだと、深々と頭を下げて。
 
 俺があの場面に居た意味が有ったのかという疑問に、俺は少しだけの答えをヤヒコからもらった。
 
 葬儀中は表情を崩さなかったヤヒコも、後には自棄で飲んだ酒の勢いで大泣きをしながら色々とヒカリちゃんとの昔の思い出を語っていた。
 
 その中に付き合っていたとか、そう言うのも聞いたような気がしたけど聞き間違いだと思いすぐに流した。
 
 ヤヒコが喋り疲れていつの間にか寝ていた時には既に時計は明日に針を示していた。
 
 明日も学校なため早足で家へと帰ると、ヒノメが俺の部屋で頬肘を付きながらテレビを見ていた。
 
 ……遅くなるとは伝えて置いたはずなんだけどな。
 
 俺が帰ってきたことに気づいたヒノメは重そうな瞼を擦りながら「おかえりなさいなのですよ。キョウヤさん」と珍妙な言葉遣いで迎えてくれた。
 
 ただいまとだけ告げて俺は早速寝る準備をし始める。
 
 沸かしてない風呂でシャワーを浴びて歯を磨いて、乱れていた布団を直してガスの元栓やらなんやらを確認する。
 
 準備が整ってさぁ寝るぞと言うときになってもヒノメはテレビを見ていて寝ようとはしなかった。
 
 
「ヒノメ。お前もはやく部屋に帰って寝ろよ」


 そう忠告すると、珍しく素直に文句を言うことなくヒノメは立ち上がった。
 
 だけどヒノメが向かうのは出口の方向じゃなくて俺のほうだった。眠そうな目以外のパーツは無表情に徹していて、いつも感情を表に出しているヒノメとは違う雰囲気がする。
 
 不気味なような不思議のようなものを感じた俺が声を出す前に、ヒノメは俺の腰に抱きついた。
 

「ヒノ―――」

「キョウヤさんはよく頑張っているのですよ。自分が自分であるために、キョウヤさんはいつも努力しています。
 ヒノメはわかっているのです。ヒノメはキョウヤさんに助けられました。キョウヤさんはヒノメを助けてくれました。
 ですからヒノメはキョウヤさんがお兄ちゃんと同じぐらい大好きです。
 ヒノメにはキョウヤさんの事情はよくわかりません。ですけどこれだけは言えるのです。
 キョウヤさんは精一杯努力したのです。自分が出来る限りのことを最大限にやったのです。
 反省をするところがあっても、後悔をするところは1つもないはずなのです。
 だから大丈夫。今度はきっと上手く行きます。
 キョウヤさんがキョウヤさんである限り、結果は後から付いてくるのです。ヒノメがそれを保証するのです」
 
「……お前……」

「っそれでわヒノメは寝るのです! おやすみなさい!」


 バッとヒノメは離れ玄関を潜って外へと出ていった。すぐに隣のヒノメの部屋の扉が開いて、閉まる音がした。
 
 俺は呆然としたままヒノメが抱きついてきた部分を触った。
 
 少しだけ、温かった。
 
 次いで頬につめたい物を感じた。触れて見ると、濡れていた。
 
 途端に目頭が熱くなって涙が溢れ始める。止めようと擦っても後から後から涙は湧き続ける。
 
 ―――……あぁ、そうか。
 
 俺は気づいた。
 
 ……ヒカリちゃんが死んだ時にも。葬式の時にも。ヤヒコが大泣きしている時にも。俺は……。
 
 
「……泣いてなかった」


2。


 翌日からは普通に……とまではいかないけど、空元気なヤヒコと普段とそう変わらない日常を過ごし、休みの日にはヒノメの兄探しを手伝ったりした。
 
 ミユウちゃんの保護者であり神山の人間である桃谷ミズキとは接触は無い。……いや、接触しようとは思わなかった。
 
 彼女とはほぼ赤の他人であり、会った場所も特殊だった。
 
 まともな会話が成立するとは思えなかった。少なくとも俺の中で彼女のイメージが変わらない限り、会うことは無いだろう。
 
 落ち着いて見ると頭に浮かぶことも沢山あった。
 
 それを考えたり忘れたりするうちに、1つの疑問だけが残った。
 
 『正しいとはなんなんだろうか』
 
 漠然としか俺はその存在を考えていなかった。人を助けることが、救うことが正義なんだと当然のように思っていた。
 
 そのこと考える切欠になったのは、やっぱり桃谷ミズキだった。
 
 彼女の思想は間違っていると、あの時俺は頭から批判していた。『殺すことが正しい』だなんて、間違っても俺は認めることが出来なかったからだ。
 
 間違っていると納得は出来た。でも、理解は出来なかった。
 
 彼女のあの態度には一片の迷いも感じれなかったからだ。それが正しい、と確固とした『自分』を彼女は持っていた。
 
 俺なんかよりずっと形がある。しっかりとしたものがミズキの中にはあった。
 
 それが間違ったものだったとしても、自分を自分に構成しているものになんの疑問も持たない。
 
 そんなミズキを凄いと思った。
 
 相容れ無くても、一生理解できなかったとしてもそこだけは評価することが出来た。
 
 俺なんかよりもよっぽど人間らしい。自分の感情がどんなものかを知っているミズキ。
 
 
 ヒノメが危険な人に話かけないか見張りながら考えごとをしていたため自分の注意が疎かになっていたのか、俺その人を視界に捕らえながらも気づけなかった。
 
 話しかけられるわけでもなく、ふと目の前で誰かに手を振られた時に俺はその存在にやっと気づいた。
 
 
「……ミヤビさん?」
 
「お。やっと気づいたか、なんや考えごとでもしとったんか? ボーっとして」


 青く染めた髪と、細く閉じたキツネ目をした知り合いがそこに居た。髪は染めてから日がたっているのか地毛である黒色が見える。
 
 俺が中3の終わりから高1の終わりの時までバイトしていた酒屋の先輩だ。たしか名前はフルネームで『丘 ミヤビ(おか みやび)』だったはずだ。
 
 
「あ、……お久しぶりです」

「おう久しぶりやな。元気にしとったか?」


 軽く頭を下げると、ミヤビさんも手を上げて応える。
  

「いやしかしお前背ぇ伸びたな。もう俺と同じくらいやないか。前はこーんな低かったのに」


 しばらく俺の見た後、そういってミヤビさんは自分の膝ぐらいに手を構える。……成長しすぎだろ。成長期も真っ青だよ。
 
 前に測った時には174だったから目の前に居るミヤビさんは176・7ぐらいだろうか。若干高く見える。
 
 独特の関西弁で言われる冗談に苦笑と当たり障りの無い返しで答える。
 
 
「お前会った当初からそんな生返事ばっかやんな、もっとギャグセンス鍛えなアカンで」

「いや。俺大阪の人間じゃないですし」

「……まさかキョウヤ。大阪人全員がお笑い芸人とか思ってないよな?」

「……」

「目を逸らすな」


 脳天にチョップをかまされる。……違ったのか。
 
 さらに迷惑な話で色々と説教のように大阪の真実をミヤビさんが語る。皆が皆たこ焼きが好きなわけじゃない、とか。ワイなんて一人称使う奴はいない、とか。
 
 ついでに今はフリーターだとか、どうでいいいか迷う身分も聞かされた。
 
 話を切ろうと、こんなに話込んで大丈夫なのかと聞くと続けていたバイトは午前で終わりなため暇なんだとか。
 
 
「喉渇いたしなんか飲むか。キョウヤもいるやろ? 奢ったるわ」

「あ、ありがとうございます。でも連れが居るんでちょっとまってください」

「おぉそうか? ついでやしソイツの分も奢ったろ」


 遠くで聞き込みをしていたヒノメを呼ぶ。すぐに反応したヒノメは駆け足で俺にちかづいてくる。
 
 ヒノメを見たミヤビさん驚きの表情を作っていた。それから目つぶって顎に手を添えて何か考えごとをし始める。
 
 どうしたのか俺にもわからず、そばにやってきたヒノメも不思議そうにミヤビさんを見上げて俺に「病気ですか? 心の」と聞いてくる。……お前何気にヒドい物言いだな。
 
 30秒ほどしたあと、カッと目を見開いてミヤビさんは俺を指差す。
 
 
「お前避妊はしろとあれほどっ!! その年で養えねぇぞ!!」

「違いますから!!」

「ひにんってなんですか?」


 2人を鎮めるのにかなり時間がかかった。特にミヤビさんに説明してる過程で、世間知らずと知りたがりが併発したヒノメの横槍が。


3。


 缶飲料を奢ってくれるという話だったがヒノメの紹介で一悶着あった後、どうせならということで食事を奢ってくれることになった。
 
 場所はファミレスだけど流石に食事程度の代金になってくるとこっちの良心が疼く。
 
 別段お金に困っているわけでも無い。さらに言うとヒノメの母親であるエイリという名義で月に10万円ほど渡されている。使ったことは無いけど。
 
 それを抜きにしても財布は暖かいので遠慮すると「人の行為は気が変わらん内に受け取っておくもんや」と言われ、有無を言わさず強引に奢ってもらわされた。
 
 
「お前いまバイト何やっとんの?」

「別に何も」


 ハンバーグにグラタンにスパゲティ、と目の前で自分の料理を並べたミヤビさんはフォークを俺に向けてくる。
 
 
「なんや。せやったらウチに戻ってこうへんか? 知ってのとおり慢性的な人不足やからなぁウチは」

「ああいえ。バイト探してるわけじゃないんで」

「ふ~ん。やっぱ学校の成績とか関係しとんのか」


 引き気味に頷く。目を端に寄せて見るとドリンクバーで新しいジュースを作っているヒノメが居た。
 
 ヒノメ早く戻って来い。料理が冷める。
 
 
「まぁええか。勉強とバイトは両立できる奴のほうが稀やからな。俺もそのクチや」


 俺みたいになんなのよ。と自嘲気味にミヤビさんが笑う。
 
 成績で言ったら中の上ぐらいはあるけど、それはバイトを辞めてからだ。
 
 ミヤビさんの言う勉強とバイトを両立出来ない人間なんだろう。俺は。
 
 やっと戻ってきたヒノメの手には毒々しい色をした液体の入ったコップがあった。……なんでこっちを見る。
 
 ストロー投入→混ぜる→コップを持ち上げる→俺にストローを向けてくる。
 
 ……毒見役!? 
 
 しかもなんで無言。既にもう自分で危ないものだって気づいてるんじゃないのか。
 
 
「なんやお前ら仲ええのぉ」

「この状況を見て言える先輩は凄い人ですね。毒見役ですよ俺」

「信頼しとるからそうやってんねんやろ。なあ?」

「はいですよ!」


 俺からしたらヒノメとミヤビさんのほうが仲がよさそうに見えるのは気のせいなんだろうか。
 
 勧められるままに飲んで見ると、それはもう人が飲むものじゃない味がした。
 
 のど元を通り過ぎた後に来た吐き気に導かれるままにトイレで吐き出して戻ってくると、俺の見立て通り2人は仲良く談笑していた。
 
 
「おぉキョウヤ! この子面白いな、お兄ちゃんのお嫁さんが夢とか言ってるのがまだこの世に現存しとってんなぁ」

「その前に兄を探して三千里状態ですけどね」

「すぐに見つかるて。探しもの探してるんやから、いつかは見つかるもんや」


 そうしてなんやかんやで騒がしく昼食が終わった。
 
 ミヤビさん側も夕方からの予定以前にほかの用事もあるらしく、忙しいとのことでファミレスを出てすぐのところで別れることになった。
 
 
「キョウヤ。ちゃんとヒノメちゃん守ったれよ」


 別れ際のそう言われた俺は、当然ですと答えた。
 
 せめてヒノメが兄を見つけるまでは、出来る限り面倒を見ようと思う。
 
 それが俺を信頼してくれたヒノメへのお返しだ。
 
 ダレに襲われようと、この子の命は手放さない。
 
 
 その次の日。
 
 
「キョウヤさんキョウヤさん! 煮物貰ってきました! すごく美味しそうなのですよ!」

「へぇ……誰から?」


 夕方を過ぎた頃に帰ってきた(門限破り)ヒノメが小躍りしそうな勢いで俺にラップが掛けられた陶器の小鉢を差し出してきた。
 
 中身は彼女に作ってもらってうれしい料理ナンバー1である『肉じゃが』だった。
 
 当然冷めているものだったけど、それでもすごく美味しそうに見える。
 
 
「ミユウちゃんのおか……じゃなかったお姉さんミズキさんからです! あの病室で寝てた金髪キラキラの綺麗な人ですよ!」


 ……どうするべきか、反応に困った。
 
 
4。


 ―――……なんやキョウヤもしばらく見ないうちにデカくなったなぁ。流石に背ぇ抜かれるのはショックやったな。
 
 最後の言葉、迷いはなかった。詰まることもなくさも当然のように「当然です」と答えるのはすごいことや。
 
 普通なら「はぁ」とか「ええ」とかワンクッション置くもんやねんけどな。
 
 でもまだ甘い。
 
 あれは覚悟を頭で決めてる状態や。心では理解も納得も出来とらん。内面と外面の中間で物事を考えとる。
 
 どこか達観してるような印象を受けたけど、それが上っ面なんは人を見慣れてる奴が見たら一発で見抜けてしまう。
 
 ただの高校生にあれ以上を求めるのは酷なんやけどな。平穏に生活するぶんには問題無しや。
 
 キョウヤには俺のようにはなって欲しくないな。社会地位的な意味じゃなくて、人間的な意味で。
 
 といっても俺がいまの状況を愁いてるわけやない。むしろ、幸せやしな。
 
 九死に一生というか地獄に仏というか、なんというか。俺は幸運やった。
 
 だからこそ俺にその幸せをくれたアイツだけは守る。女を守るのは男の仕事や。男は女がおって初めて輝ける。
 
 まぁ女は男と違って1人でも輝けるんやけどな。悲しいことに。
 
 例えば、元同僚になるけど『桃谷ミズキ』がそれやな。
 
 いけ好かん爽やかイケメン野郎とその取り巻きと近い位置におりながらミズキは1人で居つづけとった。
 
 『孤独』ではは無く『孤高』で誰に対しても心を開くことは無かった。
 
 害なすもんを全て叩き伏せるその様は、年上ながら震えたもんや。
 
 将来は美人確定な容姿と鋭い青い目がまたその立ち位置を栄えさせてとった。
 
 俺なんかが及べへん遠い場所にミズキはおってんやろうな。
 
 今はどこで何をしてるのかしらんけど。敵にだけはなってほしくないな。
 
 汚い仕事請け負ってる俺が言えるたちやないんやけど。給料泥棒2回やってるしな。
 
 ネットでの知識を生かした殺人代行サイト(前金+依頼成功後支払い)での儲けは上場で目標金額までもう少しといったところ、政府にも神山に嗅ぎ付けられた気配は無いのは逆に怖いけどなりふり構ってはおられへん。
 
 『チーム』の奴らが騒がしくしてる今が稼ぎ時や。
 
 確実にあのイケメン野郎とユウとミズキは呼び出されてるやろうし、残ってるのはバイト扱いのリョウコに異能以外に無能のマドカ。
 
 政府側の高判定の異能者も居ないやろうし今が絶好の好機。
 
 並の異能者やったら撃退できる自身もある。
 
 人の命を踏みにじって得る金なんて汚くて使えたもんじゃないけど、それでも俺には金が必要なんや。
 
 閑話休題。
 
 キョウヤ達と別れた3日後、俺は殺人代行の依頼人との待ち合わせ場所へと向かってる。
 
 今までとは毛色が異なった奴で、講座振込みだけして顔も見せへんやつらと違って会って話がしたいとのことや。
 
 ……妙にひらがなを多様してた書き込みやったけど、あれは挑発なんやろうか。
 
 それはそれで置いといて、大通りから一本逸れた場所にある喫茶店についた俺は指定されている席について水なんかをチビチビと飲んで待つことにした。
 
 なんや微妙に居心地が悪いのは俺だけなんやろうか。
 
 こんなチェーン店のような量産的な感じや無いけど、ナウさ(死語)が漂うオシャレな外装の店には入ったことも無いからな。
 
 待つこと数十分。指定された時間から1時間オーバーしたころに依頼人はやってきた。
 
 閑古鳥が鳴きそうな店に来店を告げるベルが鳴り、入り口を見ると見るからに寒そうな服装をしてる奴がおった。
 
 
「うは。ごめんなちゃっぴー。ここらへんくるの久しぶりだから、いろいろ道にまよっちゃったよって……はっ……ハッ! ハックショーイ!」


 席に着くなり盛大にクシャミをして俺の頬に唾を付着させたソイツは、真冬なのにヘソが見えるキャミソールと八分のジーパンで目元に黒縁でオレンジ色レンズのサングラスをかけて夏真っ盛りやった。
 
 「いやーさむいね?」とか今のお前が言うなとかすごく言いたいけど我慢する。
 
 ソイツは地毛である黒髪4で染めた金髪6ぐらいの髪を掻き揚げて、注文を取りに来たウエイトレスにまさかのアイスミルクティーを頼んで俺に向き直った。
 
 余談やけどその時のウエイトレスは「はいアイスミルクティーがおひと……うえっ!? ホットじゃなくて!?」とかかなりテンパってた。
 
 
「ほんとさむいねー。でもまだ真冬じゃなから冬服はまださきだねぇ」

「言いにくいけどもう真冬や。みてるこっちが寒くなるわ」


 この金髪女おそらく同い年か1つ2つ上やのになんでこんなに頭弱いねん。そういう星のもとで生まれたんか。
 
 その後適当に振ってきた雑談を捌いて、仕事の話に持ち込んだ。初対面で親しい仲やないし、話すだけ無駄やと思ったからや。
 

「君にやってもらいたいのは殺人じゃなくて誘拐なんだよね」

「……」

「そう変な目でみないみない。おねえさんこまっちゃう」


 にゃはにゃは笑っているのを静観して話を促す。
 
 からかい甲斐がないと判断したのか、金髪女が妙に口元がニヤけた顔で話を続ける。
 
 
「いあいあべつにせきゅりてぃ? とか護衛がいるお金持ちのお嬢ちゃんとかじゃないからあんしんしてね。
 あいては生身で無防備の女の子だからかんたん簡単。そこらへんをウロチョロしてるのをぴょぴょーいと連れ去ってくれればいいのさ」
 
「そんな簡単そうなもんやったらアンタがやったらいいんちゃうん?」

「いやーそういうわけにもいかなくてね。わたしこう見えても超ビップだからおおっぴらに動けないだよね。
 頼りにしてたチンピラちゃん達は前に神山に処理されちゃってさ。
 こまったところに君がやってるサイトを見つけたのよ。見つけたのも裏取りしたのもわたしじゃないけどね。こういうのニガテだし。
 まぁそういうこまかいところは無しにしてさ。依頼なんだから気楽にいこうよ」
 
 
 命張ってる仕事やから気楽ってわけにはいかんのやけどな。
 
 
「……金は? 殺すのと違って誘拐にはいろいろと手間が掛かるからな、色つけてもらわんと」

「もちろんお金はたくさん支払うつもりさ。前金でとりあえず……えーと……こんくらい」


 尻のポケットをあさって皺の入った小切手が机の上に置かれる。
 
 書かれている額は700万。ほかの奴らの前金が30万50万やったの対してこの額は高すぎる。
 
 多分ここに書かれてる文字はコイツが書いたんじゃないんやろうな、字ヘタそうやし。

 
「……」
 
「で。成功ほうしゅーはこれの2倍。いろいろと怪しい話だとおもうけど、それはそれ、これはこれ。
 初めから怪しい仕事だからそういうのにはあんまりつっこまないでね。というかわたしがよくわかんないから質問するな」
 
 
 この時点で俺の応えは受けることに傾く。
 
 やけど確認することはまだある。
 
 
「誘拐相手の情報を見せてくれ、それで決める」

「おっけーおっけー。えっと……あれ? どこいったかな……あったあった。ほい」


 丸め込まれた封筒を受け取り中身を取り出す。数枚の写真と、プロフィールが書かれた紙が一枚。
 
 手紙を裏返し、写真に写った人物を見て俺は固まった。
 
 
「時間がなかったからあんまり調べれなかったんだってさ。あとは金のパゥワーで解決してくれってたのまれてるからわたしに聞かないでくれたまえよ? ……ん? おーいどしたの?」

「……すまんがこの話は無しや」

「は?」


 写っていたのはヒノメ嬢ちゃんやった。2枚目を見ても同じくヒノメ嬢ちゃんが写ってた。
 
 キョウヤに守れ言った手前、敵になるようなことは出来ん。
 
 
「そのよーすを見る限りなにかありそうなのはわかるんだけどさ。断られるのはこまるんだよね。報酬をこの5倍にするって言ってもダメ?」

「……無理や」


 単純計算で目標金額を上回っているけど、これだけは受けれん。
 
 
「しょうがないなぁ。最後の手段といきますか?」

「あ?」

 
 金髪女は口端を吊り上げてニヤニヤと俺を見据えた。
 
 
「君のこともじゃっかん調べさせてもらっんだよねぇ。いあいあいあ。君ってかっこいいよねぇ? 彼女の病気を治すためにお金を稼ぐときたもんだ? うぷぷ、ドラマすぎてかっこ良すぎる」


 その一言で俺の素性全てがばれたような錯覚を受けた。
 
 プツンと額の血管が切れた音が聞こえた。
 

「いやーん顔こわーい」

「てめぇ……!!」

「あっはっは。ここでわたし殺してみる? 出来ないとおもうけどさ? もしできたとしても、その時には彼女死んじゃってるかもかも?」

「ふざけんなっ!!」

「ふざけてなんかいないよぉ、おおマジだよぉ。君が依頼をうけてくれればそれでおっけーじゃないかー」

「……っ」





「どうする? このまま帰って死体の彼女にご挨拶する?」


 金髪女がサングラスを下げた途端。俺は息を呑んだ。

 勝てない。こいつには勝てない。

 実力が違いすぎる。強すぎる。

 化け物。逆らえない。


「………………前金700。成功報酬3500」

「すなおな子はおねえさん好きだよ。じゃあうけ渡しの場所とか決めようかー」




5。


「殺人代行サイト?」


 一緒にベンチ座っているコトハは「うん」と首を縦に振った。
 
 7日目が開始していよいよマジに焦り始めてきた俺は知り合って一週間もしないコトハに掻い摘んでこの件を聞いた。
 
 ちなみに場所は都心。携帯番号を交換してるので今どこかと聞いたら案外近くに居たので、モアイが見える駅前広場で待ち合わせをして今に至る。
 
 さらに余談だけどジーパンやミニスカとかを好んで使う俺とは正反対にコトハはロングスカートとかしか穿かない。曰く、似合わないかららしい。
 
 すげー「嘘だ!!」とか言いたい。可愛い外見しやがりながら似合わないとかどの口がほざきやがりますか。
 
 
「携帯からも、見れる」


 スライド式大画面の携帯を取り出して弄り始めたので、画面が見えるようにコトハに近づく。具体的に肩がくっ付く程度に。
 
 途端にコトハがビクッと震えて携帯を取り落としそうになった。
 
 
「おっとあぶない」


 反射的に手が動いてコトハの携帯を押さえる。その際に手が触れ合ったのだけど、コトハの手がめっちゃ柔らかい。俺の手と会わせて幸せ。みたいな。
 
 
「あわ、あわわわわわわ!」

「ど、どしたの!?」


 顔面を真っ赤にしてジタバタするコトハ。
 
 なにがなにやらわからずとりあえず落ち着かせようと手を握ると耳まで真っ赤にしてコトハが俺のことを驚いた表情で見てくる。フリーズ状態?
 
 友達宣言といい今といい何この子。情緒不安定かな、やりづらいよ。ヒノメちゃん妹になってくれ、義理の。
 
 といっても今の俺じゃあ恋愛フラグすら立たないわけですが。百合フラグ? んなもんねーよ。
 
 遠くを見ると柱の影で血涙を流してハンカチを噛んでいるカオリが見えた。でもきっと幻覚だと思う。うん、きっとそうだ。
 
 再起動したのか遠慮気味にコトハが俺の胸を押してくる。胸が無い俺への嫌がらせか。
 
 
「ち、ちかい」

「あ……あぁそういうことね。うんわかった」


 人見知りというやつですね。わかります。ウチに1匹人見知り居るしね。

 腰を浮かせて離れる。……なんで残念そうな顔をするの。俺にどうしろというのか。
 
 再度携帯を弄り始めたので今度はおとなしく待ってみた。すると1分もしない内にコトハが携帯を裏返して俺に画面を見せてくる。
 
 画面に映っているのはまんま「復讐代行サイト」というなんの捻りもないサイト名と、その下にメールアドレスが載っていた。
 
 よく通報されないね。お兄さん驚き。これがインターネットのアンダーグラウンドか。
 
 スクロールの表示があったので携帯を受け取り下ボタンを押すと、俺はその部分に目をひかれた。
 
 実績が、書かれていた。
 
 どこで誰(外見+年齢。名前は無し)を殺したのか。書かれていた。
 
 俺は脳内で、ろくな人材こと『丘 ミヤビ』の殺人の軌跡と照らし合わせた。
 
 合っていた。
 
 さらにニュースで報道されていない奴と、つい先日の奴も含まれている。
 
 確信する。いくら熱心な奴でも情報が出回ってないのを書き記すことはできない。
 
 このサイトは丘ミヤビかその関係者が作った。実行犯は丘ミヤビ。
 
 信頼率はネットということを差し引いて80パーセントぐらいか。今までの中で一番確信できる情報だ。
 
 残り一週間でこれ以上信頼できそうな情報を引き出すことは出来そうにないし。これに賭けるしかないか。
 
 
「これってどこで見つけたの?」

「学校の裏サイト。検索だと出ない。あと、このサイトも、出ない。アドレス、打ち込むしか、ない」


 学校の裏サイト、ね。生徒が学校に無断で立ち上げるサイトで、名前出して批判中傷してる奴か。
 
 なんで検索に出ないのかはネットサーフィンするぐらいしかしない俺にはわかんないけど。
 
 
「ついでに聞くけど、私その裏サイトで何て言われてる?」

「……聞くの?」

「いやぁなんというか……怖いもの見たさというか」

「……鮮血の天使(ブラッディエンジェル)ミズキって名前で、パート100まで、いってる」


 なんという重い二つ名。というか誰か止めろよ。なんだよパート100って、1スレッド1000として合わせて10万レスぐらいされてるのか。
 

「内容は?」

「これ以上は、聞かないほうが、いい」(フルフル)


 顔から血の気が引いてるところを見るとマジに聞かないほうがいいっぽい。世の中には知らないほうがいいことだってあるんだよね。
 
 もし聞き出したとしても、多分俺はその次の日から学校にいかなくなると思うんだ。
 
 やることが出来たのでコトハとはここでお別れすることにした。色々ありがとう、と礼を言う。
 
 
「ミズキ」
 
 別れ際、
 
 
「また、私と、会ってくれる?」

「ぜんぜん構わないよ。むしろ大歓迎」

「よかった」

「? じゃあまたね」

「うん。また」


 コトハは嬉しそうに微笑んで、手を振っていた。
 

6。 

 
 殺してもらう人間を適当に見繕って俺は殺人代行サイトにメールをして、誠意として前金50万を口座に振り込んだ。
 
 その次の日。サイトが消滅していた。
 
 俺は泣いた。2つの意味で。
 
 だけどこの件は、思わぬ方向で解決することになった。
 
 彼女の犠牲で振り切れたお陰だったのかもしれない。

△▽


はぁ……!! はぁ……!!
けいだん丸々一話かける時間をかけてこの分量だと……!?
キョウヤ、お前は俺をどこまで苦しませるつもりなんだ。
というわけで28触りです。多分6。まで続きます。
がんばれ自分!

あとすいません。既に眠さMAXなのでコメ返信は明日します。
多分修正とかで一回あがると思います。それでわ。 

△▽



28。完成です。
視点変更が多すぎて死にたい。この章(?)は30ぐらいで終了すると思われます。
けっこう物事が動く話になりそうです。がんばれ自分。
いちおうキョウヤはまだ主人公(笑)としてスタートラインには立っていません。
漫画的に言うなら原作開始以前の部分ですね。
まだ覚悟が足りません。
いちおうキョウヤの成長とか書きたい。かけるかわからないけど。あまりのつらさにファードアウトするかも。

紹介しようと思った作品は消えてました。ここのチラシの裏なんですけどね。ラクスの奴です。
理由はわかってますけど、もったいないです。






[4284] けいだん。29―あなた……きもちわるいです―
Name: 歩(ホ)◆a5560092 ID:ddc19d26
Date: 2009/05/19 12:30
若干前話を修正しました。




1。


 圧倒的な力の差。見えない圧力に突き動かされて、俺はなすすべなくその日を迎えた。
 
 期限ギリギリ、これ以上はもう待てないと金髪女に警告された。『君共々殺す』と。
 
 軽い言葉やったけど、あの時に見た奴の凄みを知っている俺からしたらそれだけで十分やった。
 
 依頼を反故にするのは簡単だ。俺と彼女の命を差し出せばいい。
 
 やけどそれは出来ない。頭で分かっていても、体がそれについてきてはくれない。
 
 怖い。
 
 自分が死ぬのが。彼女が死ぬのが。……奴の言葉に逆らうのが。
 
 罵りたかったらいくらでも罵れ。あの場に居た奴にしかわからんものが奴に、金髪女にあった。
 
 嗚呼、怖い。怖い怖い怖い。
 
 出来ることなら全てを投げ出して、彼女を連れて逃げ出したい。誰も俺達を知らないような場所へ行きたい。
 
 そう思う一方で着々と準備を進めている俺が居る。
 
 俺の意思を超えて既に金髪女の存在が俺の体を支配している。
 
 
「今日は何時に帰ってくるの?」


 車椅子に乗った彼女が、柔和に微笑んだサキが話しかけてくる。身寄りが無かった俺を、怪しむことなく受け入れてくれた無二の恩人。
 
 サキのあの時の優しさに報いるために始めたのに、なんで俺は……。
 
 もう誰も殺さないと誓ったはずやった。やけど、俺には殺すしか能が無くて、だからサキの病気が治ると聞いたときにもう一度人殺しの道へと足を踏み入れた。
 
 金を手に入れるために始めたはずやったのに。
 
 今はどうや。
 
 自身の恐怖心に突き動かされて金なんてものに目を逸らしてるだけで、やろうとしてるのは目的も意思もなんもないただの犯罪や。
 
 
「ちょっと……遅くなる」

「そっか」


 サキに嘘をついてまでやろうとしてるのは、幼い女の子を攫う真似や。
 
 俺は、それでええんやろうか。何かほかに手はないんやろうか。
 
 ……。
 
 ああ、そうか。
 
 そんなの思いついていたら。今こんなに俺は悩んでへんねんなぁ。
 
 
「バイト頑張ってね」


 荷物を抱えて出ようとしたときに掛けられた言葉は、とても重く感じた。
 
 もう後戻りは出来なかった。
 
 極大の罪悪感を感じながらも、既に俺は仕事を早く終わらせることを考えていた。
 
 調べておいたヒノメ嬢ちゃんの行動を先読みして車のなか路上で待ち続ける。
 
 日は落ちている。今日この日は、ヒノメの嬢ちゃんがツインテールの子と自宅で遊んだ後に途中まで送るのがパターン化されとる。
 
 送り終えて1人になったその時を狙う。
 
 きっとこの後ニュースとかでは「近辺で不審な車が見かけられていました」とか言われるやろうなぁ。ナンバープレートその他は偽装してるし、事が終わった後は放棄するつもりやから見つかる心配はないんやけどさ。
 
 待つこと1時間と30分。その時がやってきた。
 
 ヒノメ嬢ちゃんがアホ毛をピョンピョンさせながら手を振って、ツインテールの嬢ちゃんを見送るのをスモークガラス越しに見る。
 
 そしてヒノメ嬢ちゃんが背を向けて数分。ツインテールの嬢ちゃんと充分距離を離したところで俺は車から飛び出した。
 
 足音を殺し、ソッと嬢ちゃんに近づく。
 
 トン、と首筋に手刀を落として意識を刈り取り、崩れ落ちた体を抱える。
 
 後は連れて行けばいい。
 
 それだけでよかったはずやった。
 
 ヒノメの嬢ちゃんを視界に捕らえた瞬間。俺は異能を超えた人の感覚を知ることになった。
 
 背中から通り抜けた悪感。全身から汗が吹き出た。
 
 この感覚は知っている。広域異能者が発するソレだ。
 
 
「なにを……しているんですか?」


 舌っ足らずな声が聞こえた。
 
 振り向けばそこには、さっき嬢ちゃんと別れたはずのツインテールの少女がいた。
 
 ヒノメ嬢ちゃんと一緒に居た時からは信じられないような、死んだような目をして俺を見据えていた。
 
 
「むかしのおかあさんと同じような臭いがします。きもちわるい……きもち悪い……気持ち悪い……」


 グニャリと電柱が歪む。壁がドロドロと溶ける。空が塗りつぶしたような灰色へ変貌する。
 

「あなた―――きもちわるいです」


2。


「ミユウの首ってさ。すぐに折れちゃいそうだよね」
 
「そ、そーですか?」
 
「うん。手をかければすぐにでも、ポキっと」

 
 抱きついてくるミユウの首を撫でるように揉む。
 
 それが痒かったのか僅かにミユウが俺の懐で身じろぐ。その動作が可愛くて、ふと力を籠めそうになる。
 
 本当に、すぐに折れてしまいそうだ。
 
 最近気づいたことだけど、このごろ俺はミユウに対して殺意を覚えるようになった。
 
 誤解を避けるように言うけど決して俺はミユウに対して憎いとか鬱陶しいとか、そういう害意を持っていない。
 
 自分で自分がよくわからん。
 
 これじゃまるで家族みたいじゃないか。殺したくなるって。……それは無いわ。そーれーは無いわ。
 
 俺の家族はあの人達だけだしな。あの人達以外を家族としてカウントするとか、いくら俺でもありえんわ。
 
 まぁいくら言おうと俺のミユウに対する殺意が無くなる訳じゃないんだけどさ。
 
 宇宙の真理並に不思議な現象なので一般人な俺は考えないようにしよう。殺意つってもそこまでじゃないからな、蚊に噛まれた感じかな。
 
 よし、難しいこと考えるの終了。
 
 あの殺人代行サイトの手がかりが潰えてから半端俺は諦めていた。チャンスはこれだけじゃないだろうし(多分)、残りの時間はミユウとレンに対して使おうと思う。
 
 
「よーし私明日暇だからどこか遊びに行こっか?」


 お父さん、張り切っちゃうぞ。と無い胸を張るけど、ミユウは一瞬花が咲いたように笑った後「あ……」と言って顔を伏せた。
 
 
「どしたのミユウ?」

「その、……あしたはヒノメちゃんと遊ぶ約束してて」


 若干ショックを受ける。俺の誘い断ったこと無いからなミユウ。
 
 しかしこれはいい傾向。俺に依存するのは認めたけど、社交性を身に付かせるのは諦めていない。人付き合いは生きていくうえで必ず必要になることだからな。
 
 
「ほほぅ何処で遊ぶの?」

「ヒノメちゃんのお家です」

「お小遣いあげようか、1000円」

「あ、いいです。今月もらったの、まだのこってます」

「……それ先月も言ってたよね。貯めてるの? 何か買うつもり?」

「ひみつです」

「欲しいのあったら言うんだよ? ある程度は買ってあげるから」


 フルフルと首を振られる。曰く「じぶんで買わないと意味がない」とのこと。わけわかめ。
 
 まぁ深入りするつもりは無いからそこで会話を終わらせる。
 
 ……ふむ。じゃあ明日マジで暇だな。コトハとでも遊ぼうか。
 
 あーでも俺、現代っ子の遊びとかわかんないからなぁ、どっかで調べないと。
 
 そう考えるとだんだんと面倒になってきたな。どうしよう。
 
 
「そこでミズキ閃く」

「?」


 ナイフ取りに行こう。旧俺ん家に。レンの見舞い行った帰りぐらいに。
 
 そうと決まれば話は早い。はやく明日にするべく寝ることにしよう。
 
 早速ミユウを抱いて寝る。
 
 そして朝。うーん。朝日が眩しー。
 
 朝食くって、身支度する時に鏡の前で事故って鼻血塗れにした鏡を噴いて、変な目してこっちを見ていたミユウを見送って俺も家を出る。
 
 挨拶ついでにリョウコさんからかって、試験は無理と伝えてレンの病室に行く。
 
 相変わらず長い髪を腰まで垂らしたレンが俺の顔を見た途端、無表情から一転邪気の無い笑顔で迎えてくれる。
 
 
「お母さん、お母さん!」

「レンは甘えん坊だね」

「お母さん大好き!」


 張りを失ったレンの髪を櫛で解きながらそんな会話をして2・3時間を過ごす。
 
 帰ろうとすると物凄く寂しそうな顔をするからついつい長引いてしまった。もう外ちょっと暗い。
 
 旧俺の家に行く頃には日は落ちていた。
 
 「相変わらず人気の無い道だなぁ」とここで4人殺した昔を懐かしみながら歩く。
 
 ―――……ところで、話を蒸し返すけど、俺はミユウに害意を持っていない。むしろ好きの部類に入る。
 
 長い日を一緒に過ごして愛着が湧いてしまったのかもしれない。
 
 だからかな、この光景を見たとき、俺は頭が真っ白になった。
 
 
「……は?」


 ミユウが、斬られた。
 
 刀で。
 
 誰に?
 
 分からない。
 
 見知らぬ顔。通り魔? 梅田姉妹の事件の復讐?
 
 分からない。
 
 血が吹き出た。
 
 右肩から左胴から、切り裂かれた箇所から血が、血が、血が、血が。血が。
 
 血が、血が、血が、血が。血が。血が、血が、血が、血が。血が。血が、血が、血が、血が。血が。血が、血が、血が、血が。血が。

 ミユウが、


3。


 足元がぬかるんだような錯覚を受けた。全身から冷や汗が噴き出す。
 
 体温が上がっているのか、下がっているのか分からない不思議な感覚が全身を駆け巡る。
 
 腹の奥底で溜まっていた何かが暴れ出す。コールタールのようにドロドロとしたモノが喉元へと一気にせり上がり、味覚を刺激した。
 
 吐き気がした。息が苦しい。視界がブレる。
 
 最高に、最低に、気分が悪い。
 
 目の前で起こる惨状が、再度視界に飛び込む。血まみれになって倒れ込むミユウと、その返り血を浴びた誰かが居る。
 
 は、ははは。ああ、あああ。なんだよコレ。なんでこんなことになってるんだよ。
 
 なんでワタシの『好きなモノ』が『どうでもいい赤の他人』に『殺されてる』んだ。
 
 ―――……コイツは死刑確定だ。コイツだけじゃない。コイツを育てた親類縁者全員、皆殺しだ。
 
 額に熱が篭もる。脳が沸騰しているように熱くなるのを感じる。ああ、今ワタシは怒っている。
 
 心の底から『どうでもいい赤の他人』のために本気で怒っている。あの金髪女さえ超える憎しみを、今目の前に居るクソ野郎に抱いている。
 
 それすらも気分が悪い。このワタシの感情をこんな奴にくれてしまっているワタシもきもちわるい。
 
 だから、今すぐに、目の前のコイツを、殺す。
 
 
 
 すぐにでも口内に漏れ出しそうな、酸っぱくて不味い吐瀉物を力付くで飲み込み、震える手で腰のナイフに手を掛ける。
 
 鞘からナイフを抜き出す動作から投げる動作へと繋げ、目標を定める。
 
 狙いは右手だ。どこから持ち出したかは知らないけど、あの手に持つ刀は危険だ。あれは邪魔になる。
 
 奴は俺の存在に気づいて居ない。一気に無力化する。
 
 「ひゅ」と息を吐きながらサイドスローでナイフを投擲する。
 
 ナイフは、俺が脳内で作り出した軌跡を辿り寸分狂わずの奴の手の甲へと突き刺さる。
 
 
「ガッ!?」


 奴が苦悶の表情を浮かべてこっちを向いた。ガラン、と硬質な音を鳴らせて刀が地面へと落ちる。
 
 まだいける。まだ攻めれる。腰から1本、太股から1本ナイフを抜き取り今度は胴体目掛けて投げつける。
 
 だけど今度は着弾しなかった。
 
 回転しながら目標へと到達したソレは、胴体へと突き刺さろうとした瞬間に奴が左手に構えたナイフで叩き落された。
 
 
(いつの間に?)


 俺は心の中で呟いた。まだ俺のナイフは奴の手に刺さったままだ。だからあのナイフは俺のじゃない。
 
 それ以前にナイフを取り出したモーションが見えなかった。
 
 どういうことだ、と不思議に思ったがその疑問はすぐに晴れることになる。
 
 奴の顔が、僅かな月明かりに照らされて見えたからだ。つい先日まで探していた目標の顔が、目の前にあった。
 
 青く染められた髪は、先端に少ししか残っておらずイケメンに見せられたあの写真が過去の物だと理解する。
 

「丘……ミヤビ……っ!!」

「っ! ミズキ……!?」


 万感の思いを込めて俺がその名を口にするのと同時に、ミヤビが俺の名前を呼んだ。
 
 
「っ?」
 
 
 なんで知っている? と一瞬思考が停止する。だけどすぐにその理由が思い当たった。たしか奴は元神山の異能者だ。俺の体のほうを知っていてもおかしくない。
 
 下の名前で呼んでいるってことは少しは親しい仲だったのかも知れない。

 でもそれは今詮索することじゃない。どうせ知っても無意味だ。コイツは今ここで死ぬんだから……!!
 
 下の名前で呼んでいる相手が桃谷ミズキのほうだったとしても、同名である俺の名前を口にするコイツに途方も無い腹立たしさを感じる。
 
 
「……なるほど。この子神山やったんか」

 
 ミヤビがこの場をどんなふうに理解してようがどうでもいい。だけど言葉を口するな、声を聞くだけでも、耳が腐る。
 
 最後の1本であるナイフを太股から取り出し、細い足に力を込めてコンクリの地面を蹴る。
 
 緩急を付けてスピードを一定に固定せず、揺れるように走る。
 
 動揺したような態度を見せたミヤビは、覚悟を決めたように俺を見据えた。
 
 
「相手がミズキなら……手加減せぇへんぞ」
 
 
 ああ、あああ! もう喋るな。死ね! 死ね死ね死ね!!
 
 大の男である丘の間合いに入る直前に、俺は異能を発動させてネコの眼を展開する。
 
 少しだけ世界がスローになる。
 
 リーチを生かした蹴りを胴体目掛けて飛ばしてくるミヤビ。予想通りの攻撃。俺みたいな体格な奴に相手がどんな攻撃を繰り出してくるのかは、大方予想がつく。
 
 背を丸めて蹴りの軌道を僅かに逸れる。ザリッ、と奴の靴と俺の服が擦れ合う。
 
 俺の間合いに入る。
 
 右手のナイフは囮、空いている左手に仕込まれたパイルバンカーで一気に仕留める。
 
 ナイフを振るうフリをして左手を胴体目掛けて突き出す。
 
 パイルバンカーを展開しようとした瞬間、奴が握っていたナイフの刃が“伸びた”。咄嗟に俺は足を畳んで身を縮める。
 
 ヒュンと風鳴りが聞こえた。
 
 見上げると、奴の手にはナイフの代わりに刀が握られていた。
 
 その現象を理解する前に、次の攻撃を避ける必要がある。突き下ろされる刀の切っ先を寸の所で地面を転がって避ける。
 
 そのまま体勢を立て直し、数歩下がって距離を開ける。
 
 息を落ち着けて、冷静になるように勤める。
 
 奴の異能は実体化系の『召喚』。実物の武器を取り込み出し入れを自由に行う能力。……凶器が無くなるんだから犯行も実にやりやすかっただろうな。
 
 俺が考えていたFateのギルガメッシュみたいな出し方じゃなくて、どっちかというとアーチャーのほうだったのか。もしくはハセヲ。
 
 ……先入観はなるべく持たないほうがいいな。異能に常識は通用しない。
 
 気持ちを入れ替えて、刀を構えるミヤビを観察しているとふいに刀が降ろされる。見れば怪訝そうな表情で俺を見ていた。
 
 
4。
 
 
「―――お前。誰や?」


 一瞬、固まってしまう。


「誰? ……あはは。笑える。さっきお前が私の名前を呼んだだろ」

「違う。外見はそうやけど、違う。お前はミズキじゃない。……桃谷ミズキは相手がどんな弱い異能者でも全力で潰してた。こんな接近戦してるとこなんて見たこと無い。ナイフなんて構えたことも無い。いつも素手やった」

「……」

「それに、目の色。ミズキの目は青や。そんな血のような赤色の目はしとらんかった」


 最初の戦闘方法は他人なのだから仕方ないとして。目の色は初耳だった。当然異能で変えたことはない。
 
 俺は桃谷ミズキが目を開けた所を見たことが無い。初めて見たときも、写真で見たときも、目は瞑っていた。
 
 でも、それがどうした?
 
 それは今知るべきことじゃない。奴に教えることでもない。今すること。それはミヤビを殺すことだ。
 
 
「お前一体誰や」

「……どうでもいいだろ? お前がソレを知ってどうする」


 ふと。視界の隅に死んだミユウとは違う別の女の子が見えた。ミヤビの背後で倒れているその子は見覚えがあった。
 
 ミユウの唯一の友達だったヒノメだ。出血は見当たらない。死んでいるのかは、ここからじゃ確認できない。
 
 ……ミヤビがなにをしようとしてるかは知らない。知りたいとも思わないし、知りたくもないし、知る必要も無い。
 
 ただ、これだけ言える。
 
 
「死ね」
 
 
 ネコの耳を展開する。
 
 ナイフを太股にある鞘に戻して、上着を脱いで左手に構える。脱ぐとすぐに冷たい風が、衣服を透き通って体を冷やした。流石に冬の寒さは応える。
 
 ミヤビが何かを言おうとしたが、聞く耳は持たない。歩きながら距離を詰める。
 
 何をするか予想がつかないだろうが、お前は俺を攻撃するしかないんだよ。逃げるのは、諦めてるようだしな。
 
 刀を手にして広くなっているミヤビの射程に入る。構えられた刀が縦一閃に振り下ろされる。刀が本来の獲物なのか、その速さは尋常じゃない。
 
 だけど、いける。
 
 上着を手袋の代わりにして、両手を刀の軌道に合わせる。
 
 ネコの目で刀を捉え、耳で僅かな風の音を聞き、手の感覚を研ぎ澄まさせる。
 
 ザクンッ! と肉が斬れる嫌な音がした。次いで鋭い痛み。左手の人差し指と親指の間が、手首まで切り裂かれる。
 
 
「なッ!?」

「は、ははは……ッ!! 楽勝ッ!!」
 
 
 だけど手にはちゃんと刀が握られている。
 
 俺は両手を『強化』した。握力だけが強くなるわけじゃない。新しい手に慣れるのに時間が掛かるだけで、機械のような精密性だって得ている。
 
 刃が皮膚に触れる瞬間を感知して握り込む。それだけでいい。
 
 賭けに近かったかもしれないけれど、俺には自信があった。流石に最近改造した左手は練習不足だったけど、右手は見事に俺の期待に応えれた。
 
 両手を強く握り込み、刀を砕く。
 
 驚いた声を上げるミヤビの腹に思いっきりタックルをかます。
 
 パワーが不足してよろけるだけだったけど充分。更に足を引っ掛けて、押し倒す。
 
 再度何かを呼び出そうとするミヤビの左腕に、ナイフを突き刺す。集まっていた粒子のようなものが霧散する。
 
 チェックメイトだ。
 
 晒された首に伸ばした爪を突きつける。
 
 
「あの世で俺に詫び続ける」


 悔いるような顔で俺を睨むミヤビの喉へと爪を押し当てた。
 
 その瞬間だった。
 
 
 “体が浮いた”
 
 
5。
 
 
 足が地面を離れたと思った途端、見えない力で後ろへと引っ張られた。地に足が着かないために踏ん張りも利かず、訳が分からないままミヤビの体から離れていく。
 
 そして浮遊感が無くなったと思うと、急に重力が強くなったような感覚で地面へとひざまづかされた。
 
 立つ事もできず、頭を付きそうになる体を支えることが精一杯に重圧の最中、ミヤビが起き上がるのが見えた。
 
 
(新手の異能者!?)


 そんな考えしか浮かばず、俺は動かない体でその場を見守ることしか出来なくなった。
 
 そしてふいに重圧が緩んだと思えば次には、見よう見まねのような関節技を腕にかけられる。
 
 誰かはわからなかった。
 
 離せ、と口にしようとする前に俺の上に居る誰かが口を開く。
 
 
「ミヤビさん……!? これって、これって……一体どういうことなんですかっ!!」


 知らないようで知っている声。声質からして男だ。
 
 そいつの言った言葉に俺は、腹が煮えくり返るような衝撃を受ける。
 
 こいつはなんて言った? なんて言ったと思う? 「どういうことなんですか」と言ったんだ。
 
 その言葉からして何も知らない。
 
 状況を理解していない、と、好きなように吹き込んでくれ、と、無知な僕に教えてください、と言っているんだ。
 
 あまりのバカさ加減に一気に怒りが臨界点を超える。
 
 
「ッこのカスが!! 誰かは知らねぇけどさっさとその腕を離せッ!! 俺はアイツを殺すッ! 場の状況に流されるテメェは黙って―――」

「キョウヤ。その子の言葉に耳を貸すな、その子は殺人者や。ヒノメ嬢ちゃんを気絶させて、その友達を殺した。助けに入った俺も殺されかけた」


 こいつ! よくも抜け抜けとよくそんな嘘を!
 
 
「桃谷お前ッ!? なんでそんなことしたんだよ!」

「ちッ!」

「俺は警察を救急車呼ぶから、そのままその子を押さえて待っといてくれ」


 駆け足で、ミヤビが俺の横を通り過ぎた。

 顔も知らないコイツは、ミヤビの言葉を鵜呑みにした。怒りを越して呆れが先に来た。
 
 応える気力が湧かない。話しても無駄だとわかるからだ。
 
 なんとか拘束から抜け出そうとする。けど、腕を掴まれ力づくで押さえ込まれれば、基本非力なこの体ではどうしようもなかった。
 
 俺の名前を知っているのも大して気にならない。そこから糸口を見つけ出して、誤解を解いて開放してもらったとしてももう手遅れだ。
 
 逃げられた。その事実だけが残った。
 
 ミユウを殺された憂さを晴らすことが出来なかった。
 
 
「なぁ桃谷。なんでお前こんなことしたんだよ。ミユウちゃんの保護者なんだろ、なんで殺したんだ」

「馴れ馴れしく話しかけるな。気安く呼ぶな。顔も知らないお前に名前を呼ばれる筋合いなんてないんだよ」

「……」

「聞くけど。あのミヤビって奴がミユウを殺したって言ったらお前は信じるのか?」

「……まずミヤビさんに話を聞く」


 こりゃダメだ。
 
 道路の端に転がるミユウを見る。血が流れていて、もうモノになってるかもな。もしくはもうすぐ死体だ。
 
 ふいに、背後から光が差し込んだ。猫耳から聞こえるわずかなモーター音。
 
 嫌な予感がした。
 
 
「お前!! 早くどけッ! じゃ無いと……―――車が」

「え」


 ドンッ! と猛烈な衝撃が体全体を襲った。一瞬の浮遊感。
 
 落下の衝撃。何度も道路を転がる。全身が鞭打ったような痛みが走る。
 
 明らかに轢き逃げ、犯人は確実にミヤビ。……口封じか?
 
 地面に叩きつけられた体で咄嗟に辺りを見渡し、視界内に止まった車のナンバーを覚えた。
 
 これでよし。運が良ければ、今度こそ。
 
 そのまま視界が暗転した。
 

6。

 
 気づくと辺りは静寂していた。これだけ騒いだってのに人1人来ない。
 
 蛍光灯を点けるだけじゃあ防犯の意味はないんだよ。「犯罪です」とか書いてるポスターなんて剥がされるだけなんだよ。
 
 俺がここで人を殺して以来、ここの人通りは激減した。犯人は捕まらず(俺だけど)、いつしかそれは幽霊の仕業になった。
 
 気味悪がって誰も通ることがなくなり、俺の狩場が完成することになった。たまに通る人を待ち伏せて、殺す。後処理も簡単に出来た。
 
 ああ、だから自分から動かない限り誰も来ないだろう。
 
 間接を極められていた腕は、痛覚も無く肩から先が言うことを聞かなかった。

 少なくとも肩と肘の骨が折れている。
 
 幸いなことにあの男が盾になったんだろう。結構軽症だ。
 
 目玉を動かして状況確認に勤める。
 
 最初に、1人居ないことに気付く。ヒノメだ。攫われたのか。……それしか考えられない。
 
 次に……あの時(キモデブマンション)の少年を見つけた。全てに合点がいった。思えばたしかに声もあの時の少年のだったな。肩が大きく動いてるところから息はしているようだ。
 
 殺す気は今のところ無い。さっきの様子からしてミヤビの情報を知っている。聞き出してからでも遅くは無い。
 
 今思えばこれは俺のミスだな。あの時生かしていたからこうなった。
 
 一時の感情に流された結果がこれだ。俺の意識改革が求められる。
 
 最後に、ミユウだった物を見る。もう糸を失ったただの人形だろうけど、せめて食ってやることにしよう。
 
 ヨロヨロと近づいて、ミユウを見下ろす。
 
 
「……ぅ」


 ミユウの口から呻きが漏れた。
 
 ……生きている。―――……でも、もう死ぬ。
 
 近くで見てはっきりとわかった。ミユウはもうすぐ死ぬ。幾人も殺してきたからわかる。今こうして意識を保っているだけでも奇跡だ。
 
 俺はミユウの体を持ち上げた。
 
 薄く、ミユウが目を開く。
 
 
「……ぁ……ぉかぁさん」


 か細い声で、ミユウがワタシを呼んだ。生気が感じられない顔で、ミユウが微笑んだ。
 
 その表情は、今までのミユウの中で一番美しく感じられた。
 
 嬉しかった。ミユウが生きていて、嬉しかった。他人が生きていて、嬉しいと思えた。
 
 
「う……あ……? ミユウ……?」
 
 
 初めての感情だった。
 
 ジワァ、と乾いた布に水を染み込ませたような感覚。ずっとずっと前から使っていないそれが潤いを得た心地よさ。
 
 最近覚えたあの殺意の正体が解る。
 
 ……ワタシは、ミユウの存在を愛しく感じていたんだ。
 
 キキョウやアンズや母さんや父さんや祖母ちゃんや祖父ちゃん達には値しなくても、同じ系統でワタシはミユウのことが好きだった。
 
 認めてもいいのかも知れない。
 
 家族だと。ワタシの娘だと。
 
 心の底からそう思ってもいいのかも知れない。
 
 
 だから、そう。せめて。生きている内に……。
 
 
「ミユウ。……ワタシの愛しい娘」

「……ぇへへ。ぅれ……しぃです」


 異能を発動させる。
 
 ミユウの頭を体を持ち上げる。
 

「ミユウ、目をつむって」


 言うとおりミユウは目を瞑った。はたから見れば完全に死んでいるように見える。
 
 大きく口を開ける。
 
 
「ミユウ」


 ミユウの頭を口元へと運ぶ。
 
 
「愛してる」























 ゴクン
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


△▽


やっと殺せた!


△▽

29。完成です。
なんとかミユウ殺せました。初めから死ぬ予定だったんですけど、妙に長生きしましたね。
感想送って頂けるとミユウが復活します。
誤字脱字指摘して頂けると喜びます。
それでわ。



[4284] けいだん。30―……今度は、俺の手で殺せる―
Name: 歩(ホ)◆a5560092 ID:ddc19d26
Date: 2009/05/19 12:32
1。


 病院の柱に立てかけられた等身大の鏡を前に俺は髪を弄くっていた。
 
 白い輝きを見せる金髪を根元から一房取り、記憶の中にある少女を思い出しながらゴムで結ぶ。が若干ずれて変な感じになる。
 
 慣れていない俺は何度か失敗を繰り返し悪戦苦闘して、やっとのことで思い通りに髪型を作ることが出来た。
 
 左右に振ったり触ってみたりして感触を確かめる。うん、悪くない。
 
 前髪を整えて、改めて鏡を見る。
 
 鏡の中の少女は、髪を両サイドで纏めてツインテールにしている。外見も相成ってまるでアニメのキャラクターようだ。
 
 
「ミユウより髪が長いぶん、大人びて見えるけどこれは仕方ないか」


 独り苦笑して俺は消灯された病院の廊下を進んで休憩室まで引き上げる。夜の病院は流石に怖い。
 
 休憩室には誰も居ず、代わりに俺があの場から回収した抜き身の刀があった。
 
 量産性と安物感が漂う布地のソファに座り、意味も無くその刀を両手で持ち上げる。異能で既に小さい物を除いて治療してある。
 
 ずっしりと重みを感じさせるそれを、にわかな知識で握りから刀身を出す。銘は打たれていない。無名の刀だ。
 
 刀身には赤々とした血液が付着している。ミユウのだ。
 
 
「……んっ、は……ぁっ……」
 
 
 俺は刀身に舌を這わせてその血を丹念に舐め取る。ミユウは俺の中に居るんだ。体の一部、血の一滴まで全て食べておきたい。
 
 10分ほどで刀身が俺の唾液で汚れきり、ぬらぬらとした光が刀全体を覆う。
 
 綺麗になった。
 
 
「―――……なに刀オナニーしてんの……?」


 振り向くと盛大に引きつった顔をしたリョウコさんが居た。失礼な、角オナニーよりマシだろうに。
 
 というかいつでもこの人ナース服だな。仕事場だから仕方ないけどさ。
 
 リョウコさんは「マジ引くわ~」と言いながら給湯室と書かれた部屋に入り、少ししてお盆に湯のみを2つ乗せてやってきた。
 
 向かいの同型のソファに座り、お盆を机に載せると俺が手を付ける前にリョウコさんが2つとも中身飲み干す。
 
 
「……」

「まったく……仕事中だってのに車廻させやがって。まぁその刀しかりあの少年しかり色々あるんでしょ。手、出して」


 腕を背もたれに掛けて大層なくつろぎっぷりなリョウコさんは一気に本題に入ってきた。……あぁ、俺のじゃないのね。
 
 だけど今回は触れさせることは出来ない。言っとくけど、決してやましいことがあるわけじゃない。
 
 この事件の詳細を知ってもらうのは本望だ。だけどその後の余計な事柄を知られてしまうかも知れない
 
 もしかすれば俺は存在を抹消されてしまうかも知れない存在になっているんだ。
 
 今の俺自身も迷っている。どうするべきかを。
 
 彼女になら知られてもいいかも知れない。けれど、それを決めるのにはリョウコさんを確かめる必要がある。
 
 俺は刀の切っ先をリョウコさんに向ける。
 
 リョウコさんの目がスッ……と細くなる。
 
 
「……どういうつもり」
 
「1つ答えて欲しい。リョウコさん、アンタは『自分』の味方? それとも『神山』の味方?」

「要領を得ないんだけど?」

「本質はどっちかって聞いてるんだよ。イケメンと違ってアンタは完全に神山側に付いてるとは思えない」


 会ってから今日までの会話に匂わすものはいくつもあった。
 
 確信をもって言える物はないけれど、多分リョウコさんは自分の中の自分で動いているはずだ。誰にも影響されない確固たる部分がある。
 
 しばらく無言が続いた後、はぁと溜息を吐いたリョウコさんは俺の向けた刀を掴んだ。
 
 強く握っているのか、机にポタリと血の滴が垂れた。
 
 リョウコさんは血を滴らせた腕とは違うもう片方で、ソファの肘掛で頬肘を突いてにんまり笑った。
 
 
「確かに、私は完全に神山の味方ってわけじゃない。殺人で成り立つ集団ってのは好きじゃないからね。
 だから世の中で殺人を趣味にしている奴、それでマスを掻いてる奴も当然好きじゃない。
 ここでミソなのは『好きじゃない』って所。
 そういうことをしてる奴らも、最終的には人格に寄るからね。直接会ってどんな奴かを確かめてみないことには嫌いにはなれない。
 だからミズキ。アンタのことは好きだよ。
 中身がグチャグチャでそれが絡みあって辛うじて『人間』を保っていたとしても、表層の人格は私の好みだ。
 どっちかと聞かれれば、答えはひとつだね。私は私の味方だ」


 そして「だけど」と付け加える。
 
 
「―――それとコレとは別。私はお金が純粋に好きだ。さっき挙げた面倒な勘定なんかしなくてもお金は嘘をつかないし正直だからね。
 ……だからお金を貰ってる分仕事はするし、敵対行為もする気は無い」


 俺にリョウコさんの心情を理解することは出来ない。所詮は他人だからだ。
 
 強力なサイコメトラーという希有な異能を持った彼女だからこそ解る境地があるんだろう。
 
 お金云々の話は置いとくとして、その前に言った言葉に彼女の本質を見ることが出来た。俺についての一文は意味不明だったけど。
 
 なら大丈夫だと確信を持つ。俺は無言のまま刀を引き、彼女に腕を差し伸べた。
 
 眉を上げて鼻から息を出したリョウコさんは俺の手を取る。
 
 
「……な~る。属性の反転というか昇華というか、異能者史上で初じゃないのソレ。流石特殊系に分類されるだけのことはあるわ」


2。
 
 
 異変はミユウを飲み込んだ直後だった。
 
 ミユウのつま先が俺の口の中に消え視界から完全にミユウが居なくなったと思った瞬間、総毛立つような痺れが全身を襲った。
 
 
「カ……ハ……?」
 
 
 吸い取られるように足から力が抜けていき、ついには地面にへたり込む。
 
 俺はなにが起こったのか理解できないままこの事態を見守ることしか出来なかった。

 魂と体の拒否反応? 異能のルールの無視? 走馬灯のように、可能性が脳から呼び出されて消えていく。
 
 目まぐるしく体を這いずり回る痺れは薄れることを知らず、ついには頭が沸騰したように熱を上げて脳を焼け付かせる。
 
 俺は普段体験する頭痛とは明らかにベクトルが違うそれを髪が抜けそうになるほどに掴んで耐える。
 
 垂れるヨダレも気にすることが出来ずその不気味な感覚に無言の絶叫を上げる。
 
 ブチブチと髪の毛が千切れ始めた時に、また変化は起こった。
 
 火中に水滴を落としたような感覚、脳の一点がいきなり熱を失ったかと思うとそこを基点に一気に何かが頭の中に押し寄せてきた。
 
 頭の中で何かが繋がり始める。
 
 この感覚には覚えがあった。俺が初めて異能を手に入れた時だ。
 
 気づく。この流れ込んでくるものは情報だ。異能に関する何かだ。
 
 五指と四肢の感覚を確かめなおして体が楽になれる体勢へと持っていく。
 
 吐いてるか吸っているかわからなかった息を整え、深呼吸を繰り返す。少しだが、落ち着く。
 
 時間が経つにつれ麻痺のようになっていた痺れも無くなり始め、頭の熱も収まっていく。
 
 しばらくして俺は全てを詰め込んだ溜息を吐いた。
 
 なにがあったのかとどこからともなく脳に刷り込まれた情報を見て見ると、それは俺が感じていた疑問に対しての答えだった。
 
 
「道理で燃費が悪いわけだ」


 今まで使ってきていた『肉体改造』は副産物を寄せ集めた物にしか過ぎず、本質は別にあったのだ。
 
 どういうことかは知らないけど主である俺に黙っているとは最悪だなこの異能。……まぁ知ってても知らなくても、どちらにしろこれから『肉体改造』を使わないといけないわけなんだけどさ。
 
 ミユウを食うことがトリガーってわけじゃなく『生きた人間』を食うことで覚醒っぽいことが起きたんだろう多分。俺にもよくわからん。
 
 俺の異能は生きた人間を食うことでその人間の魂と呼べる物を体内に保存することが出来る。
 
 そして死後数分の新鮮な死肉を食べるってのは、その肉に宿る生命エネルギーを得るためだ。『肉体改造』はそこを間借りした自衛手段でありオマケに過ぎない。
 
 俺の異能の本質は『ほかの生物を吸収して自身を強化・治癒・変形させる』ではなく、
 
 『人の魂を核に純粋な生命エネルギーのみで肉付けした新たな人間』を創り出す事だ。
 
 
「……なんかかなり話が大きくなったような気がする」
 
 
 ここでもう1つの『なんで女になったのか』という疑問も晴れる。
 
 この異能は本来、命を産み出す女の異能者に宿るものだ。どうやって異能が出来るかは知らない天啓があるくらいなんだから神様が作ったのかもな。
 
 だけど、どういうわけか異能は男である俺に宿ってしまった。
 
 これでは異能の本質を発揮出来ない。困った異能はあの時俺が噛み付いた桃谷ミズキを見て閃いたんだろう。
 
 「なら女にしちゃえばいいじゃない」と。……まったくアホらしいけどさ。
 
 この体が今宮ミズキから変化したものなのか、はたまた本当に桃谷ミズキに憑依したのかは今となって謎だ。調べる方法も無い。
 
 結論から言えば俺が女になったのは、偶然(異能の宿り間違い)から生まれた必然(異能の閃き)ってことだ。
 
 
「……ちょっと安心したかも」


 少し念じてみればたしかに俺の中にミユウの存在を感じれた。強制的な休眠状態にされているけれど、たしかに居る。
 
 間に合ってよかった。ミユウがあの時生きていて良かった。
 
 俺がミユウを創り出せば全て元通りになる。だから―――
 
 
「―――……今度は、俺の手で殺せる」


 だから待っててくれミユウ。きっと殺すから。殺してあげるから。
 
 ミユウを殺すために、もっと沢山人を殺すから。
 
 
3。


 ―――場面は戻って病院の休憩室に。
 
 外はすっかり暗い。俺があの場に居た時もけっこう暗かったけど、今は完全に太陽が地平線の向こうへと消えている。
 
 事情を読み取ったリョウコさんは頬肘をつきながら無表情に俺を見つめる。一言も喋らないとこを見ると考え事をしているようだ。
 
 何を考えているのかと言えばそりゃあやっぱりこのことを神山に報告するかしないかだろう。
 
 イケメンが居ない中、それを決めるのはリョウコさんただ1人だ。
 
 当然だけど、リョウコさんが報告をすると決めたのなら、俺はリョウコさんをここで殺す。遊びはせず一息に、心臓を、脳を、破壊する。
 
 やがてリョウコさんは刀で傷付いた手から血を舐め取り、鼻から息を吐いた。
 
 
「黙っておくことにする。今報告してもこっちには特が何一つ無いからね。ミユウの再生も、所詮はアンタの人食いの延長でしか無いわけだし。どんな形であれ命が生まれるのは歓迎すべきだ」

「無数の屍の上で産声をあげて生まれた人間は、果たしてまともに育つのだろうか」

「育つわけがないね。まぁその生まれてくる元が元なわけだし、まともに育つのは高望みだろうに」

「まともが高望み……」

「ミユウのこれまで考えれば簡単に答えが出るだろ?」


 妙に納得してしまったのでこの話は切り上げることにする。
 
 新たに生まれてくるといっても記憶は継承されるわけだしな。転生というのが最適か。
 
 差し詰め俺は人を転生させる異能者か。……悪用されそうな異能だ。
 
 異能の名前も変更だなこれは。んー……といっても俺にネーミングセンスは無いわけで、なので簡単な単語にしよう。
 
 よし『母』なんてどうだろうか。『母(マザー)』という感じで。
 
 ……異能の性質にあってると思うし中々いいんじゃないか。自分で言うのもなんだけどさ。
 
 決して命名にマテリアル・パズルは関係ない。禁断魔法じゃない。気にしない。
 
 『厨二臭過ぎて鼻抓まないと死ねますね。さすが現役厨二病のミズキさん(笑)』というイケメン声の電波を受信したけど気にしない。
 
 
「ああそうそう。あの少年……飛田キョウヤって名前なんだけどさ。軽く視たけど丘君とは、元バイト先の先輩後輩な関係なだけで関係ないよ」

「丘君? ああミヤビか」

「いや本当にいい子だったんだけどねぇ。どうしてこんなことになったんだろうねぇ」


 もう俺が社員採用を諦めてるのを異能で知っているリョウコさんは、思い出したようにそう言って爪を弄り始めた。
 
 社員採用を諦めたということはリョウコさん(+α)に協力を求めれるってことだけど、無駄足だったみたいだ。
 
 ミヤビを殺したらすぐに殺そう。あいつはウザい。
 
 居心地の悪くない無言空間で時間を潰していると、いきなり神山専用の携帯が着信音を鳴らす。
 
 無機質な大音量のアラームがいきなり鳴るもんだから、向かいに居たリョウコさんが座ったまま跳ねた。
 
 
「やっとか」


 俺はそう呟いて携帯を開いた。送られてきたのはメールだ。
 
 内容は俺が病院に来る前に神山社員に連絡して頼んでいたミヤビの車の追跡と追い詰めに対する報告だ。車のナンバー確認してて良かったぜ。
 
 夜遅くてもしっかり仕事はしてくれるようできっちり追い詰めてくれたらしい。
 
 追い詰めても戦闘は俺やイケメンがすることになるんだけどね。社員は飽く迄も補助しかやってくれない。
 
 場所を確認し、俺は家から持ってきた神山の制服に袖を通す。
 
 
「飛田キョウヤの怪我の治療はしなくていいから。どうせ死ぬんだから、金の無駄でしょ?」

「あ?」

「じゃあ俺はミヤビ殺しに行くから」


 休憩室を後にする。病院前ならタクシーもいっぱいあるだろ。
 
 
「いや……怪我なんかしてなかったんだけど……?」


 そのリョウコさんの呟きは俺には聞こえなかった。
 
 
4。


 持ってきた抜き身の刀に驚くタクシーの運転手を神山の制服で黙らし目的地へと向かう。
 
 場所は都心から遠く離れた港だ。海外からの輸入品などを卸す場所でコンテナなどが多く詰まれ、倉庫も多い。
 
 夜になれば人けは皆無だし、悪巧みしてる奴らが闇取引をしてる場面が簡単に想像出来る。
 
 まったく上手い所に誘導してくれたもんだ。
 
 今度こそ邪魔は入らない。トドメをさせなかった鬱憤は、嬲り殺しで晴らしてやる。
 
 目的地到着まで30分近く。
 
 その間に右腕を改造する。俺の中に溜まっている5人分のエネルギーから3人分を使い腕力を強化する。
 
 目を瞑り、息を整え、異能を発動させる。
 
 湧いて来る空腹感を感じながら、俺は右腕を改造範囲に選択する。
 
 
「……改造、開始」
 
 
 腕の付け根から先がボコボコと泡立ち脈動し始める。
 
 改造に加え傷の修復を繰り返してきただけあって、流石に慣れたもんだ。
 
 脳内に腕の完成図を思い浮かべ、より意識を深く落とす。
 
 途中腕の間接が逆に曲がったりしたけれど、焦らず丹念に想像し続ける。
 
 そして、特に異変もなく改造が終わった。
 
 腕に残っているは僅かな爽快感だけだ。
 
 時間を見れば時間ギリギリ、目的地も既に視界に捉えていた。
 
 バックミラー越しに俺を恐る恐る見ていた運転手が「つ、着きました」と言う。
 
 
「ああ、ありがとうございます」

「い、いえいえ。それでは料金の方を」


 俺は右腕挙げて座席の後ろから、運転手の頭部目掛けて思いっきり振るった。
 
 腕の筋肉がしなり骨が軋る。予想以上の速度で腕が飛んで、シートの頭置きを巻き込んで運転手の頭部をぶっ飛ばす。
 
 ゴシャ! と頭部が勢い余らせてフロントガラスに突撃して蜘蛛の巣状にヒビを走らせた。
 
 運転手の両腕が力無く垂れる。
 
 血を噴出させる顔面と思いっきり後頭部をヘコませてブヨブヨになった死体がそこに出来上がった。
 
 
「うーやっぱり制御できない。慣らすの大変だなぁ」


 でも改造の成果は見れた。しかもこれから相手にする奴は元から力の加減は要らない。
 
 運転手の死体を食べて俺は港へと向かう。
 
 途中、覚えているナンバーを付けた車を見つけたので刀でタイヤ全てをパンクさせておいた。
 
 夜の学校や病院を彷彿させるような暗闇に満ちた港を歩き進む。
 
 場所は大体把握出来ている。これだけ静かなら気配を探知するのも簡単だ。
 
 足音を殺しながら感じる気配へと一歩ずつ近づく。
 
 港が初見な俺にはこの場所が、迷路のように入り組んで見えるのが少し辛い。急がば周れって事か。
 
 5分程度歩き続けて、やっと見つける。
 
 いつものように暗殺紛いなことはしない。正面から叩き潰す。
 
 視界に映るのはミヤビとコンテナに背中を預けて気絶しているヒノメだけだ。ヒノメには上着が掛けられていて、多分それはミヤビのなんだろうな。
 
 ミヤビに対する評価を1点プラスだ。現在-9999。
 
 大きく足を地面に擦ってミヤビに気付かせる。
 
 驚愕と敵意が混ざり合った瞳がこっちを向く。
 
 ミヤビの顔面を見た瞬間。心臓がザワついて、怒りが全身を伝ってあふれ出す。
 
 
「小便は済ましたか?」


 コンクリの地面にガラガラと刀を擦らせながら歩く。一歩ずつ、速度を上げながら。


「ミズキ……ッ!?」

「神様にお祈りは?」


 早歩きから、駆け足に変わる。刀と地面の間から火花が散り始める。
 
 
「部屋の隅で違うな―――この港の隅でガタガタと震える準備は……オーケィ?」

 
5。
 
 
 ミヤビの手に銀色の粒子が集まり、俺が持ってるのとまったく同型の刀が姿を現す。
 
 刀の柄を両手で掴み横一閃に振るうのと、ミヤビが構えるのは同時だ。
 
 同型の刀だけど威力は、違う。
 
 刀同士が衝突しあい、ギィン! と金属質な音を立ててミヤビの刀が真っ二つに折れる。
 
 折れなかった俺の刀はミヤビの刀を浅く斬り、その勢いで地面削る。
 
 
「なっ……くっ!!」


 宙に舞う刀身を見上げたのは一瞬、すぐにミヤビは新しい刀を呼び出し俺を追い払うように振るう。
 
 真正面からの戦闘ほぼ素人な俺は無難に刀でミヤビを一撃を受け止めて後退する。
 
 が、流石に大人と子供。間合いが違いすぎて、追撃で放たれた蹴りは避けれず鳩尾にモロに食らう。
 
 蹴りの衝撃で地面を転がる。
 
 さっきの運転手を吐きそうな胃の痛みを感じながら起き上がる。流石に痛い。
 
 手には違和感。いつもとは違う獲物を使ったせいか、微妙に手の平が震えている。
 
 射殺すように、強くミヤビを睨みつける。
 
 
「っ一体……お前、何やねん。ちゃんとあの時、殺したはずやぞ……!」


 俺の気迫に押されたのかは知らないけれど、ミヤビが後ずさる。
 
 投げかけられた質問には答えない。意味が分からないからだ。殺したのなら俺はここに居ないはずだ。
 
 つまるところコイツの勘違いだろう。車で轢いただけで殺したなんて、甘すぎる。
 
 無言のまま俺は再度ミヤビの間合いに入る。
 
 上段から振り下ろされた刀を刀で防ぐ。
 
 何度もやってくる攻撃をギリギリで受け止め続ける。
 
 視界を広く持ち、見るのはミヤビの全身。刀を振るう動作を見て、真似る。
 
 前に戦っ時の不意打ちはしない。もう出来ない。
 
 ミヤビの攻撃に対抗するにはこの刀しか武器が無い。ナイフでは長さと強度が足りない。
 
 だから今ここでコイツの技術を奪い取る。
 
 擦る様な足運びから始まり刀の握り、振るう角度を修正していく。
 
 超人のような芸当なのはわかっている。でも、なぜか出来る。思い出すように、体に馴染む。
 
 まるであの時のようだ。
 
 あのキモデブを愛した時のように、いつの間にか脳内にあった知識を掘り起こしている。なぜかはわからなかった。帰ったらリョウコさんに視て貰おう。
 
 気付いたときにはミヤビとまったく同じ動きをしていた。
 
 力の差も、限定的に俺のほうが上回っている。
 
 
「慣れた。死ね」


 刀を振り上げてミヤビの左腕を斬り飛ばす。
 
 血を撒き散らしながら肘から先の腕が地面を転がる。
 
 ミヤビの顔が驚愕で満たされる。
 
 誰にでも分かるほどに大きな隙がミヤビに生まれ、それを俺は逃さなかった。
 
 背負うように刀を持ち上げ、思いっきりミヤビの胴体を切り裂いた。血が噴き出し、全身に血を浴びる。
 
 後ろに倒れていくミヤビは、まるでミユウが斬られた時を彷彿させる。
 
 今後一切俺は刀を使わないだろう。ミユウの仇であるミヤビの技術なんて、持っているだけでも虫唾が走る。
 
 そう思って刀を放りだそうとしたその瞬間。
 
 ミヤビの目がこっちを見ていた。
 
 
「お前も死ね」


 声は聞こえなかった。スローモーションに口パクだけが鮮明に見えた。
 
 崩れていくミヤビが俺に手をかざす。
 
 一瞬にして、俺の周りに銀色の粒子が現れる。
 
 粒子達は思い思いの形に集まり、その姿を無数の刀とナイフに変えていく。
 
 全身に涼しいものが通った。
 
 
6。
 
 
 ミヤビの手がグッと握られる。
 
 何が起こるのか理解した俺は、刀を投げた。
 
 俺の手を離れ回転して飛んでいった刀は、ミヤビの首と胴を別れさせた。
 
 俺は体を丸めて頭を腕で覆う。
 
 次の瞬間には、全身に激しい痛みが走っていた。
 
 
「……っ最悪。本当に死ぬ所だったぞ」


 背中や腹、腕や足には手品に失敗しましたと言わんばかりに刃物が刺さっている。
 
 何本かは神山の制服のお陰で刺さらず弾いてくれたけれど、ミヤビの野郎……最後っ屁にしてもヒドすぎるぞ。
 
 意識が無かったら即アウト。天国逝きだ。
 
 刀やナイフを一本ずつ慎重に抜き、痛みで阻害される意識を気合で持たせ異能で大きな傷だけを治していく。
 
 治し終わった頃には制服の黒と血の赤交じり合って、グロい色合になっていた。
 
 エネルギー残高が0になり、久々に感じる酷い空腹が懐かしく感じる。
 
 ミユウの再生から遠ざかったけれど仕方ない。俺が死ななければ、いつかミユウは再生する。
 
 俺はこの件の後処理とヒノメの保護を神山に連絡をして頼み、モノになったミヤビへと近づく。
 
 
「おっと」


 ミヤビを食べる前にやっておくことがある。首の無いミヤビの死体を漁り、ポケットに入っていた携帯を手に入れる。
 
 これが手に入れば用済みだ。怨みを込めてミヤビの肉を咀嚼した。
 
 頭の丸呑みにして一息つく。
 
 手に入れた携帯を開き、保存された電話帳や画像などを見る。
 
 すぐに見つかる。ミヤビの『大切なモノ』が。
 
 まだ死ぬ気が無かったのか。覚悟が無かったのか。はたまたお守り代わりにでもしていたのか、画像には2人仲睦まじく写る画像があった。
 
 
「あは、あははははははひゃはひゃはひゃはひゃは!!」


 バカすぎて笑いが止まらない。俺は電話帳に登録された番号1つ1つに丁寧に電話を掛けていった。
 
 10分もしない内に『当たり』を引く。
 
 
「あ、ミヤビさんの知り合いの方でしょうか? はい、ええ、ミヤビさん携帯落としちゃったみたいで……はい。
 とりあえず携帯をお届けしたいので住所教えていただけますか? はい、わかりました。それでは今から向かいますね―――サキさん」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「無用心だよね。まったく」


 椅子にどっかりと腰を落とし、切り取った手の指の関節に沿わせてナイフで切っていく。
 
 既に時間が立ってエネルギーにはならないけれど目的はそれじゃないから別にいい。
 
 気分は上々。やり返すのって気持ちいいね。
 
 死後硬直で段々と硬くなっていってるのがアレだけど。
 
 ってか血塗れだな俺。後で風呂借りよう。
 
 ふいに携帯が鳴る。俺個人の携帯のほうだ。着信を見るとイケメンだった。
 
 なんだコイツ。試験放棄を笑いに来たのか。
 
 
「なんだよ」

『あ、ミズキさん。社員採用おめでとうございます』

「……は?」

△▽

30。触りです。
やっとこさずっと書きたいところが書けました。
このSS作る前からTSさせたいって考えがあったんですけど、意味も無くTSは嫌なので何か理由付けがしたかったんですよね。
というわけでミユウはいちおう復活予定です。
次は多分ミズキ過去編幸せな日常編を書きます。

前々から書きたかっただけにテンションあがったの感想返しする前に書いてしまいました。
感想返しは今日中に絶対!寝て起きたらします!
それでわ!

△▽

が、がんばりました。2話(?)同時更新です。
疲れました。ちょっと自分を褒めたいです。
いちおうキョウヤの叩き期間はこれで終了しました。これからなんとかかっこいいキャラにしていけるよう努力します。

とりあえず眠いので。それでわ。






[4284] けいだん。31―ば、ばけもにょ……―
Name: 歩(ホ)◆a5560092 ID:ddc19d26
Date: 2009/05/19 12:21

1。


『あ、ミズキさん。社員採用おめでとうございます』

「……は?」


 イケメンの場違いなセリフに思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。あ、骨にナイフ引っかかっちゃった。てへ。
 
 「俺はイケメンに「ちょっと待って」と了承を得て一気にサキさん(達磨)の体を解体する。
 
 ザクザクとホールのケーキを切り分けるように間接を区切りとして五体をバラす。
 
 頭は解体しようが無いので生首のままバラしたパーツ全てをお湯を張った風呂に投下して終了。なんか料理みたい。
 
 所要時間5分。カップラーメンが俺ごのみにデロデロになる時間です。
 
 返り血で真っ赤になった体をシャワーで洗って(サキさんがこっち見てた)、外で干されてたバスタオルで拭きながらイケメンとの電話に戻る。
 
 ここまでの時間で20分。会わせて25分前後。もはやカップラーメンが食えれなくなる時間です。物体X。
 
 
「続けていいよ。んで、なんで採用?」

『……………………………はぁ、まぁいいです。面倒なので一気に説明します。質問は後で聞きます』


 イケメンが一拍置く。
 
 
『ミズキさんが試験を途中放棄したのは聞きましたが、その数日前に採用することが決まってたんですね。
 で、「なぜか?」と言いますと。ミズキさんがチームのメンバーを単独で撃破したからです。
 ミズキさんが以前倒した高判定の異能者のことは覚えてますよね? あの太ってる方ですよ。
 本当なら無評価なんですけど、本社で調べを進めてみたところチームのメンバーだったということが明らかになりまして。
 チームメンバーを単独撃破出来たのは今までで1人だけ。神山創立者の1人であり現在チーム殲滅を行っている指導者のみです。
 これがどんなに凄いことかはアホで抜けてるミズキさんでも理解できると思います。
 というわけで、そんな凄いことが出来たミズキさんは既に試験の必要が無いと判断されました』
 
「とりあえずお前の話が長くて密度濃いから読まれないということは直感的にわかった」

『左様ですか』

「簡単に言えば無効だった評価が審議の末有効になりました。というわけ?」

『というわけです』


 そりゃあラッキーだ。棚から牡丹餅という感じだろうか。
 
 しかしキモデブは良い奴だな。俺に愛されてくれたし社員昇格もさせてくれたし。立派な踏み台君だよ。
 
 ミヤビ捜すことや殺すこととかの苦労が水の泡な気がしてならないけど、結果よければ全て良し。
 

『後日社員採用の書類がリョウコさん宛てで届くので書いといてください。書き方がわからなかったらマドカに聞いてください。彼女こういうことに詳しいんで』
 
「あいわかった」

『で。ここから身内……というか管轄内の話なんですけど』


 俺は眉を顰めた。管轄内ということはイケメン個人の話になる。身内というのも案外間違いじゃない。
 
 けど今までイケメンがこんな風に話を振ってきたことは無かっただけに、違和感を感じる。
 
 
『先ほどリョウコさんから電話がありまして。気になることがあるとのことで、相談を受けたんですよ』

「ほぉ?」

『その相談の結果。飛田キョウヤ君の殺害に待ったを掛けることになりました』

「……はぁ!?」


 はぁ!?
 
 
「いやいやふざけんなよ?」

『ふざけてませんよ。その証拠としてミズキさんがもしキョウヤ君を殺害した場合、貴方の過去についても暴露するつもりです」

「……!」


 俺は押し黙った。理由は分からないけど、イケメンが本気なのは分かった。声にまったく遊びがない。
 
 流石に俺の過去を晒されるのは不味い。公に俺のこと知られれば、警察と神山のどちらからも追われることになる。
 
 当然逃げられるわけもない。
 
 このイケメンの言葉で、俺が飼われている事実がより色濃く鮮明に表されていることを強く認識させられた。
 
 命に関わることにまで発展すれば俺も暴れるかも知れないけれど、逆に言えば命に関わらない程度になら全てこの一言で俺は御されてしまう。
 
 人間一番大事なのは命だ。
 
 
『ああ言っておきますけど。リョウコさんとの相談で全てが決まったわけじゃないですからね』

「どういことだよ」

『これは未確認なのですが……。ミヤビさんに攫われてミズキさんに保護された今宮ヒノメさんが、さっき言いました神山の重役の娘だそうです。
 そして、なんの因果かは知りませんがヒノメさんの現在の実質的な保護者がキョウヤ君らしいんです。
 そのことを踏まえれば重役とキョウヤ君との間に何らかの接点があるのは明白です。
 ヒノメさんの両親は、チーム殲滅を行う指導者だけあって気性も荒いです。
 それだけでもヤバいと言うのに、政府・神山双方とのパイプを持ちなおかつ金持ちでもあり手が付けられません。
 ヒノメさんとキョウヤ君をウチの管轄区で抱える僕的にも、それをもし殺したミズキさん的にも無事で居られる保障はありません』
 

 うへ。イケメンの声が真剣だ。若干苦笑してる感じだし、相当ヤバいんだろう。

 権力って怖い。何者だよそんな危ないもの振りかざしてる奴。マジ死ね。
 
 後で裏取りはするにしろ。ここまでぶっちゃけてくる当たり嘘をついてる様にも見えない(聞こえない?)。
 
 一気にキョウヤへの殺意が萎えるの感じた。あるのはウザいという感想だけ。
 
 不確定だとしても、キョウヤ殺して俺がアボンする可能性があるのなら大人しくしてるのがいいだろう。
 
 
『とまぁそういう事情も考慮しまして、今まで自由にして貰っていましたが今回はミズキさんに待ったを掛けさせてもらいます』

「ああそうね……」

『スネる気持ちもわかるんですけど。お互いの安全のためにも仕方ないことなんですよ。わかってください』

「いや命が掛かってるかもしれない事に我侭なんか言わないから。一応お前より年上なんだぜ?」

「外見は少女なんですけどね」

「うっせぇ」


 俺はこのとき全てを納得していた気でいた。リョウコさんの相談を深く問い詰めずに。


2。


 場所は移って病院。とっくに深夜であり、消灯してるので超怖い。オバケ怖い。オバケ超怖い。
 
 夜勤であるリョウコさん目的で病院に戻った俺は、休憩室に居合わせたマドカに膝枕してもらいながらリョウコさんが来るのを待つ。
 
 まどろむ俺の髪を一房取り、小さな三つ編みを作るマドカ。無表情な顔つきで鼻歌を歌ってる当たりかなり気分が良さそうだ。
 
 多分、超時空美少女ミズキちゃんを膝枕しているからだろう。
 
 誰だって美少女膝枕すれば気分が良くなる、俺だって良くなる。さらに美少女であるマドカに膝枕してもらってるんだから、俺の気分の良さは計り知れない。
 
 マドカの太もも超柔らけぇ。
 
 イケメンにもしたことがあると聞いてちょっと萎えたけど。……訂正、凄く萎えた。
 
 瞼が次第に重くなり始めるけど、寝れない。
 
 原因は尿意だ。さっきまでアドレナリンがドックンドックンしてたから気づかなかったみたいだ。
 
 尿意と睡眠欲が戦えば、勝つのは尿意だ。持久戦的な意味で。
 
 皆も体験したことがあると思う。多くは語らない。
 
 
「ちょっと、トイレ」

「……ついていったほうがいい?」

「いや一人で行ける」


 マドカに一言入れて立ち上がる。
 
 休憩室のドアを開けると広がっているのは暗闇。怖っ!
 
 死にそうになった。
 
 なんで休憩室にトイレ無いの? バカなの?
 
 後ろを向くとマドカがスタンバってた。微妙に恥ずかしいので袖を引っ張る。
 
 若干頬が熱い。
 
 
「やっぱり着いて来て」


 快く了承してくれた。
 
 マドカに付き添われ、暗く長い廊下を渡る。
 
 何事も無く、真冬の寒さが充満するトイレへと到着し入り口でマドカに待ってもらう。
 
 肉体的には性別は同じだけど精神的にはアレだから入ってきてもらうのは抵抗がある。
 
 女の体になって不便になった所といえば、男のように立ちながら出来なくなったところだろうか。
 
 こんな寒い時期に下半身を露出させるのは拷問だ。
 
 二つ長所を併せ持った新人類でも居ないもんかな。……フタナリ? すまん(自分の性癖的に)無理だ。
 
 自分の下半身を見ないように細心の注意を払い、手洗いを済ます。
 
 
「……あれ?」


 外に出るとマドカが居ない。
 
 
「ま、マドカー? マドカー?」


 トーン低めでマドカを呼ぶが反応は無い。
 
 病院の闇が視界いっぱいに広がり、なぜかトップを狙えを思い出す。
 
 先に帰ったのかな? 薄情な奴だな、と思いつつ仕方ないので1人で帰ることにする。
 
 両手で体を抱きながら視界を四方へと巡らしながら、さっき通った廊下を戻っていく。
 
 こえーこえーオバケこえー病院だからなおこえー。
 
 やばい。精神が限界だ。明るい歌でも歌おう。
 
 適当に脳内から歌をピックアップして鼻歌にして歌う。
 
 肩にポンと手を置かれた。
  
 
「ワッッ!!!」

「ギニャァァァァァッッ!?」


 次いで耳元に放たれた正体不明の大声。
 
 無意識に、脊髄反射で体が反り返る。心臓が飛び出すんじゃないかと思うほどに跳ねる。
 
 何がなんだかわからず俺は、反射的に後ろを振り返った。
 
 そこにはライトで下から照らされたリョウコさんの顔があった。
 
 
「ば、ばけもにょ……」


 そこで俺の意識は途切れた。


「リョウコやりすぎ」

「あははごめんごめん」

「謝るの私じゃない。ミズキちゃん」

「つっても気絶してるしな。―――いやーでもここまで苦手だったとは……。
 オバケが苦手って読み取れても。ここまで苦手だとはミズキ自信体験したこと無いからわかんなかったよ」
 
「でもオバケ苦手可愛い。女の子」

「殺人鬼がオバケが苦手ってなんだか格好つかないねぇ」

「今度いっしょに心霊番組見よう。きっと涙目で抱きついてくる。えへへ」

「恍惚とした顔すんな。……絶対私よりアンタのほうが鬼だよ」


3。


「―――う……うぅん?」


 目の前に見える蛍光灯が眩しくて腕で額にかざす。全身を覆う気だるい感覚に思考が妨害される。
 
 刺すように目に入り込む光からして寝てたっぽい。……なんで寝てたんだっけ俺、思い出せん。
 
 腹に乗せた腕の感触で毛布を掛けられている分かる所から、前みたいに拉致られたってわけじゃなさそうだ。
 
 薄く開けた唇から空気を取り込み、薄い胸を膨らませる。
 
 限界まで吸い上げた空気を吐き出して僅かながら意識もクリーンになって来たところで、首を傾けて状況確認に努める。
 
 今俺が横になっているソファに意味のわからない海外映画が上映されているテレビ、食器などが飾られた棚などが見える。
 
 見るからにどこかの家の中だ。
 
 違和感があるとしたら異常に広いってことぐらいか。何畳あるんだよこの部屋。テレビとか超大画面だし、このソファとかめっちゃ体沈んでるし。
 
 背もたれ部分を支えにして体を起こす。
 
 視界が高くなったのは良いものの、やっぱりここがどこかは分からない。
 
 首を廻して可愛らしくコキッと骨を鳴らしてどうしようか思案していると、包丁がまな板を叩く音が僅かに聞こえた。
 
 これが朝チュンで彼女が甲斐甲斐しく朝飯の仕度をしているのなら喜ばしいことこの上ないのだけれど、窓の外を見る限り今は夜だ。そして俺に彼女は居ない。
 
 (恐らく)リビングの壁を刳り貫いたお洒落な台所への吹き抜けを見ると誰かの後ろ姿が見えた。しかも2人。
 
 どうにも見覚えがあるなと思ったらリョウコさんとマドカだ。
 
 こっちに気づいたらしいリョウコさんが「おぉ? やっと起きた」と言った所で抜けてた記憶が埋まる。
 
 
「てっめナニ人脅かしてくれちゃってんのっ? 超怖かったじゃねーか!」

「いやはぁごめんちゃい。あんなにビビるとは思ってなかったんだよ」

「夜中の病院で本職のナースが人脅かすってどーよ。心臓弱い患者さんだったら即首だよ」

「大丈夫あんなことしたのミズキが初めてだから―――というか失禁は無いよね」

「!? し、しっきうぇ!?」

「うそうそ。信じるな」


 咄嗟に下半身をチェックする俺に苦笑するリョウコさん。
 
 フザけんなこのアマ。どんだけ人を辱めれば気が済むんだよ。
 
 「ぐぬぬ」と怒りを堪えていると、こっちを見たマドカが何かに気づいたように俺のほうへやってくる。
 
 なんだと考える間も無くエプロンを装着したマドカはスカートのポケットから手鏡を取り出して俺を映した。
 
 そこには赤い顔で今にも泣き出しそうな面をしたミズキが居た。
 
 ものすごく嗜虐心をそそる顔だった。
 
 当然俺の顔である。
 
 マドカ見ると、ものっ凄い笑顔だった。無表情な貴女はどこへ行ったの。
 
 お前も俺をからかうのか、と言おうとする前に「ミズキちゃん可愛い!」とマドカが俺を正面から抱きしめてきた。
 
 結果、俺の言おうとしたセリフが「ふぉまえもふぉれふぉふぁらふぁうのか」と意味不明な言葉へと突然変異した。

 マドカは本当に桃谷ミズキが好きだよな。
 
 きっと俺が乗り移る前からチャンスを狙っていたに違いない。
 
 鼻と口が塞がれ息苦しいが、顔に押し当てられたマドカの胸が俺の抵抗の意思を奪っていく。
 
 ……いやいや。だって、わかるだろ? こんな美少女に抱きしめられるなんて俺の前世じゃ一回も無かったんですから。仕方ないじゃないですか。
 
 そうこうしている内に、リョウコさんが料理を盆に抱えてやって来た。
 
 マドカも席につき、俺も促されるままにマドカ達の対面のテーブルに腰を落ち着けた。
 
 
「……てか。ここどこ?」


 中華料理をスプーンで掬って口に運ぶ前に、初期の疑問を思い出した。多分2人のどちらかの家なんだろうけど一応聞いておく。
 
 すぐにリョウコさんが手を挙げて「私」と言う。良い所住んでなぁおい。俺の家とは天地の差だよ。
 
 
「今日はもう遅いし泊まっていったら?」


 壁に立てかけられた時計を見ながらリョウコさんが言う。
 
 
「どうせ養う相手居ないんだし」

「………………そう、だなぁ」

「?」


 マドカが1人だけ首を傾げる。
 
 リョウコさんの言葉がなんとも微妙な気持ちになって胸を通り抜ける。たしかに、今から家に帰る理由は薄い。
 
 元々イケメンに宛がわれたあの家に愛着は無いし、金が溜まったら新しい部屋でも借りようと考えていたぐらいだ。
 
 なんで今まで出来るだけキッチリとした時間に家に帰っていたかと言えばミユウを養っていたからだ。
 
 1人ではご飯も作れないし洗濯も掃除もままならない。
 
 俺が居ないとダメな子供だったから、あそこまでしていたんだ。
 
 今は俺の中に居ると言ってもただ感じるだけで、見ることも触ることも話すことも、出来ない。
 
 
 だから、少しだけ辛くなった。
 
 
 人ってのはそこに無いとダメなんだなぁと思う。
 
 心の中に居る、なんて言葉はまやかしだ。俺が一番よく分かってる。現在進行形で体験している。
 
 愛着を感じたからこそ、他人に奪われてしまったからこそ、中途半端になってしまったこの気持ちは苦しい。
 
 多分初めてだ。こんな気持ちは。
 
 過程が悪くても結果は良かった。今までは。
 
 初めて後味が悪かった。
 
 まぁ考え込みすぎてドツボに嵌るのは良くない。俺は思考を無理やり中断して目の前の料理にペース増しで食らいついた。
 
 
4。


「とりあえず高卒は必須。それまで研修扱い」


 かなり遅い夕食(夜食?)が終わり、時刻は深夜の1時を指している。
 
 とりあえずとしてイケメンの指示通りにマドカに社員のことを聞くとそんな答えが返ってきた。
 
 学校の制服とか中々楽しめたけれど、流石に前世で習った勉強をするのは苦痛なので神山一筋で行きたい。
 
 学校に居た異能者を始末したのでてっきりもう学校に行かなくていいかなぁと考えていたのにこれだ。
 

「神山も問題色々抱えているけど一応一流企業。政府との繋がりもあるし、世間体もある。ある程度の学力は必要」


 さらに「これでも充分に甘い」と続けてくる。
 
 けど言われてみればたしかに納得出来る。
 
 異能者を多数囲う企業なだけでも世間の目は厳しいと言うのに低学歴な奴ばかりが集まっていれば、それはもう悪鬼羅刹のような表情で普通の人達が抗議しにくるだろう。

 神山も許容出来るギリギリのラインが高卒なんだろう。
 
 もちろん俺は高卒だけど体のほうはまだ小卒だ。俺のことをバラすわけにもいかない。

 めんどくさぁ。納得してしまっただけに愚痴も思いつかない。

 てか事前に言えやあのイケメン野郎。


「それにミズキちゃんが命令されたのは監視と始末。始末だけしても意味が無い」

「あぁ……たしかにそうね」

「でも研修だけでもすごい。高校卒業すれば確実に正式社員。コネとか誘いが無い限り、普通の人は高卒・大卒後に面接と学力審査。異能者なら異能審査も。ミズキちゃんはそれ全部パス出来る」


 今思ったけどけっこう『ちゃん』付けってこそばゆい。
 
 呼び捨てでいいと言ったら首を横に振られた。……なんで?
 
 
「書類のほうは分からなかったら私に聞いて」

「りょーかい」

「―――風呂沸いたけどどうする~?」


 奥で洗い物をしていたリョウコさんが聞いてくる。あ、そこからでも風呂沸かせるの? 便利なマンションだこと。
 
 目線をマドカにやると「入る?」と聞かれた。
 
 もうサキさん(故)の家で入ったんだけどなぁ。まぁいいや。
 
 リョウコさんに風呂の在り処を聞いて向かう。
 
 その際、パジャマは用意してやると言われたので任せることにした。今着ているのは穴だらけの神山の制服だ。流石にこれじゃ寝れない。
 
 
「うっお広いっ!」


 風呂場に入って第一声。すげぇ俺1人横になって入れるぞ。
 
 液晶のテレビも置いてるとかどんだけだよ。
 
 しかもこれユニットバスって奴か。備え付けられたボタンを押すと滅茶苦茶泡立ち始めた。
 
 遊園地に来たガキのようにはしゃぎながら風呂に入っていると、突如ドアのガラスに影が揺らめいた。
 
 リョウコさんがパジャマでも持って来てくれたのかなと思ったが違った。
 
 ガチャリと開けられたドアの向こうに居たのは裸にバスタオルを巻いたマドカだった。
 
 真っ白なバスタオルから覗く太ももを見た俺は風呂から上半身を乗り出し、配水口に顔面を合わせ鼻から真っ赤な液体を噴出する。
 
 え? なんでいきなりお色気展開?

 
「おおお……ミズキちゃんの鼻から血の滝が出来てる」

「お前のせいだバカ野郎。男の入浴に女が乱入って夜這いってレベルじゃねーぞ」

「でも今は女の子」

「体はなっ? 体はなっ!? ―――お前一応男に素肌見せてるんだぞ!」

「私は気にしない」

「俺は気にする」

「でも私はミズキちゃんとお風呂に入りたい」

「もし彼女だったらすげぇ~嬉しいセリフですね」

「女同士は恋人にはなれない。ミズキは恋愛対象外」

「……泣いていい?」

「カメラ持ってくる!」

「うわぁん!」


5。


 元気良くそう宣言されたので逆に泣かないことにした。

 レズにホモにもなる気は無いけどさ。美少女にアウトオブ眼中って言われる絶望感は異常だ。死ねる。
 
 主人公がヒロイン候補に完全に嫌われるみたいなもんだぞ。
 
 この物語の主役である俺はどこに向かって進めばいいの? フラグをどう立てればいいの?
 
 メス豚? 死ねばいいのに。
 
 マドカがお湯で背中を流した後、対面するように湯船に入ってきた。
 
 けっこうギリギリの湯船なのにマドカが入っても零れなかったのは驚いた。マドカの体重どんだけー。
 
 俺はと言えばマドカのセリフに叩きのめされ気持ちが萎えてしまった。
 
 賢者タイムというか愚者タイムとうかなんというか。
 
 
「……」
 
 
 黒の長髪をタオルで纏めて湯船に浸かるマドカは色っぽいのに……色っぽいのにチクショー……チクショーッッ!!
 
 もはや裸を見られても一切の羞恥心を感じないんだろうなぁコイツ。
 
 うう……マドカが求めているのは俺の体だけなんですね。わかります。
 
 なんという鬼畜ヒロイン。俺が美少女すぎるのが仇になったか。
 
 
「……そうだ」

「何さ?」

「次のミズキちゃんのコスプレはお風呂編にしよう」

「……18禁な臭いがするのは気のせいか? お風呂編って時点でコスプレじゃないだろ」

「カメラじゃなくてビデオでGO」

「完全に18禁モードじゃねーか。良くてグラビアじゃねーか」


 でも拒否権はなんだろうなぁ、無駄に拒否れば異能使ってきそう。

 うっとりとした表情で妄想に浸るマドカを無視して浴槽から這い出る。
 
 まだ鼻血が残っていたのでシャワーで洗い流し、ついでに髪を濡らす。
 
 シャンプーはツバキだった。ツバキって食べれそうな匂いするよね。実際舐めたら超不味かったけど。
 
 髪を洗い始めてしばらくすると自分の2本の手以外にもう2本、別の手が俺の頭をシャカシャカと撫でてきた。
 
 
「なにしてんの?」

「お風呂の定番流しっこ」

「じゃあもう1つの定番の胸の触り合いしようぜ」

「いいよ」


 頭の手が離れ、俺が巻いているバスタオルの隙間に入ってき、たッ!
 
 
「ほにゃあッ!?」
 
 
 シャンプーの泡を拾ってきたのかニュルンとウナギのように手が侵入を果たし、薄い胸を揉まれる。
 
 引っ掛けていたバスタオルの端が外れ俺の素肌が露わになる。
 
 しかしそんなことで鼻血を拭いている場合では無く、マドカの指に翻弄されて目下混乱中である。
 
 しかもマドカ上手い。上手いかどうかは経験0な俺には正常な判断はしかねるけど、多分上手い。
 
 指の間でち(18禁)
 
 
「ぶくぶく……」


 十数分後。湯船に口を浸けて泡を大量生産する俺が居た。向かい側に申し訳無さそうな顔したマドカ。
 
 マドカ曰く「やりすぎた」とのこと。死ねばいいのに。
 
 文章にするのも躊躇われる辱めを受けた俺は、フルボッコにされた精神を持ち直す気力も湧かずジッと風呂に入り続けた。
 
 ちなみにちゃんと全部洗いました。でも触れませんでした。
 
 
6。


 流石に懲りたかと思われたマドカは、やはりというか懲りませんでした。
 
 なにこのマドカ強化月間。仕事じゃ役に立たないからって日常で活躍しすぎだろ。
 
 ちなみリョウコさんはもう寝てる。「学生はちゃんと日曜休めていいねぇ」とぼやいてた。
 
 現在時計の針は3時を示しております。
 
 で、そんな時間に何をしているのかと言えば、ホラー映画を『見させられています』。
 
 リョウコさんの家に来る途中にツタヤで借りてきたらしい。ラインナップも豊富で、夜トイレに行けなくなる物が揃っています。
 
 どこで俺が怖い物苦手なのかを知ったのか(多分リョウコさんなんだろうなぁ)、俺をビビらすために精魂込めて選んだらしい。
 
 1発目のバイオハザードは平気だったけど、2発目のリングは無理でした。そして3発目の着信アリでKO。
 
 ぶっちゃけると泣いた。
 
 いやバイオハザードとかいくらゾンビでも触れるじゃん? 触れるってことは殺せるってことだから別に怖くないんだけど。
 
 リングや着信アリみたいな触れない&意味不明な奴はダメだ。対処法無いじゃないか。
 
 着信アリの中盤まで堪えていたというのに、マドカが見えないところで携帯を弄って無造作に置かれていたリョウコさんの携帯を鳴らした時には心臓が止まった。
 
 「ぎゃひぃ!」と情けない声を上げてマドカに抱きつくと優しく頭を撫でてくれた。
 
 見上げると鼻血を垂らしたマドカが居た。
 
 ……あれ、こいつメス豚と同じ臭いがするような……?
 
 
「もう寝ようよぉ……」


 1人じゃ寝れねー。
 
 
「ダメ」


 マドカ←鬼が確定。
 
 大画面テレビから俳優の絶叫が聞こえるのを必死で耳を押さえて対抗する。
 
 あばば、あばばばばばば。脳内でリングの映像が再生され始める。
 
 内にも外にも逃げ場無し。
 
 昇天しそうな俺の頭をグリグリと回してテレビに向けさせようとするマドカ。鬼畜すぐる。
 
 太ももの感触がどうこうとかもはやそんな世迷いごとを言ってる余裕が無い。
 
 目頭がさっきから熱くて頬を冷たい物が走る。
 
 見上げてみると鼻息荒くして震えるマドカがこっちを見ていた。しかも携帯のカメラを構えていた。
 
 あ、あれ? こいつメス豚?
 
 
「お、おに! あ、あくま!」


 抗議の声はシャッターの音と光でかき消された。
 
 神は死んだ。俺はガムシャラにマドカの腰に縋り付いて(それでも右腕に細心の注意を払った俺に乾杯)危機が過ぎ去るのを待ち続けた。
 
 そして映画が見終わり「寝るとこ別だから」という言葉を聞かされ絶望していると、
 
 「嘘! ミズキちゃん困らせたかった!」と言って俺の頭を抱きながらマドカの寝床まで連れて行かれた。
 
 充分困ってるわじゃかーしい。
 
 美少女と一緒に寝るとか邪な考え全開なシチュエーションだけどそんな余裕はもちろん無い。
 
 逐一マドカが起きてるか聞きながら、いつの間にか寝ていた。
 
 追撃の如く夢の内容はホラーだった。
 
 貞子が携帯片手に襲ってくるお……。
 
 起きたら寝汗がビッショリで驚いた。リョウコさんから借りたパジャマだからいいけどさ。
 
 となりでまだ寝てるマドカに一言言ってシャワー浴びてから家を出た。
 
 帰る道が異なっているので色々と新鮮だった。
 
 新鮮ついでに途中見つけたスーパーで色々と買って帰る。
 
 両手いっぱいに袋を提げて帰宅する。
 
 
「ただいまー」


 我が家に帰って定番の挨拶を口にする。
 
 違和感がした。―――それに気づいた俺は、両手の荷物がどうしようも無く邪魔に感じた。
 
 
「あ~あ……絶対食いきれないわ、コレ」

 
 俺の中に居るミユウは何も言わなかった。
 
 狭い部屋が、少しだけ広く感じられた。

△▽

しばらくここから平和編です。
キョウヤのことは後回し。ミズキが手を出せないので。多分次回登場は危険編。
けっこう詰めてたので無駄な部分を書きたいです。
レス返しはまとめて今日の夜にします。
感想いただけると喜びます。新参さんも大歓迎です。
誤字脱字指摘していただける嬉しいです。
それでわ。

△▽

31完成です。
次回も平和回(多分メス豚かレン編)なので短くまとめると思います。4。ぐらいでしょうか。
話数は31ですけど更新は60回以上してると思うと感慨深いです。それでわ。



[4284] けいだん。32―お母さんなら知ってるよ―
Name: 歩(ホ)◆a5560092 ID:ddc19d26
Date: 2009/05/23 04:33


1。


 お母さんが1人で子供が2人。与えてくれる人は1人しか居なくて、貰う側は2人も居る。
 
 機械ならそれは便利に平等に、綺麗に簡単に貰った物を分けれる。でも―――貰う物は形の無いあやふやな物で、貰うのも与えるのも人間。
 
 人間は平等な生き物じゃない。
 
 シーソーのように、片方が上がれば片方が下がる。そんな風に出来ている。
 
 それを私は知っている。
 
 妹が家の中で、私の目の前で苦しんでいるのを見たことがあるからだ。
 
 皆が食卓に着いている中で1人だけ白いご飯しか食べさせて貰えなかった妹を知っている。
 
 夜中にお腹が空いて冷蔵庫を漁って翌日にぶたれた妹を知っている。
 
 狭い物置に閉じ込められて一晩中泣き喚く妹を知っている。
 
 人間は気持ちという無駄で溢れた要らない機能を持っている。
 
 目の前で酷いことをされる妹を見るたびにそう感じていた。
 
 私と妹が差別される原因は単純なものだった。
 
 私のほうが先に産まれたから。私のほうが勉強が出来たから。私のほうが運動が出来たから。私のほうが歌が上手だったから。
 
 私のほうが、優れていたから。

 そこに罪悪感は無い。
 
 何も出来ない妹が悪いんだ。私は何も悪くない。
 
 その代わりに恐怖心はあった。多分、人一倍に。
 
 妹が近くに居たからだ。
 
 妹のようになるのが怖かった。妹に立場を奪われるのが怖かった。お母さんに見捨てられるのが怖かった。
 
 お母さんが褒めてくれればその分恐怖心は和らいだ。
 
 褒めてもらえる分だけ私は必要とされているのだ。褒めて貰える限り、私が要らない子になることはない。
 
 だから私は頑張った。
 
 勉強を運動を歌を。
 
 頑張れば頑張るほどお母さんは笑って私を褒めてくれた。
 
 
「いい子ね」「偉いわ」「がんばったわね」
 
 
 その言葉が嬉しかった。ああ、私は要らない子じゃないんだ。必要とされているだ。と、実感できるから。
 
 たとえ妹がその影で泣いていようが知ったことではなかった。
 
 私にとって妹は最高の邪魔な存在だったからだ。
 
 妹が産まれてこなければ、私は何の苦労もせずに暮らせていたんだ。そうなるかも知れない未来を、妹は壊したんだ。
 
 許せるわけがない。
 
 死んでしまえ居なくなってしまえと何度思ったことだろう。
 
 嫌いな妹、大嫌いな妹。目障りで仕方なかった。
 
 お母さんが頼りにならないと判断した妹は、迷惑なことに私に目を付けた。
 
 私がお母さんの盾になるとでも思ったんだろう。
 
 どこに行くにも妹は付いて来た。私の背中をオドオドとした態度で追いかけてきた。
 
 でも私は妹を蔑ろには出来なかった。
 
 理由は、妹を追い払えば、家族全員がダメと知った妹はどこかに逃げてしまうかもしれない。
 
 それはダメだ。
 
 妹が居たからこそ、差別は生まれたんだ。
 
 妹は比較対象として居て貰わなければ困る。
 
 比較対象である妹が居なければ、私が上に居ることを証明出来ない。
 
 私にとって最高に邪魔な存在であると同時に、妹は大切な道具でもある。手放すわけにはいかない。
 
 だから私は表面上は優しくする。頼られた時、少しだけなんとかしてあげる。
 
 それが私の優しさ。
 
 生かさず殺さず、逃げ出さないように心を折る。
 
 私が安心して暮らせるように。
 
 そんな生活を送っていたある日。日常に変化が訪れた。
 

2。

 
 『―――梅田レン』そう、誰かに呼ばれた。
 
 そしていつの間にか頭の中に知らない記憶があった。異能、と呼ばれる不思議な力が私に宿ったのだ。
 
 より優れた人間になれたのだと喜んだのも束の間、憎たらしいことに妹も異能が宿ったことを本人から聞いた。
 
 妹には黙っているように告げて私はお母さんの所に、異能者になれたことを報告しにいった。
 
 軽くなった足取りで、お母さんの部屋のドアを開けた瞬間。
 
 
 私の日常は崩壊した。
 
 
 お父さんが死んでいた。両方の目をお母さんに抉られて。
 
 お母さんのスネを齧って生きていたお父さんは別に居なくなっても良かった。褒めてくれても全然嬉しくなかったからだ。
 
 けど、死んでいいとまでは思っていなかった。
 
 
「あ、う、あ?」


 初めて見た死体に混乱する私を見たお母さんは「こっちにいらっしゃい」と呼んで来た。
 
 足が震えて動けなかった。
 
 お母さんは眉間に皺を寄せ、妹を相手にする時のような声で「はやく来なさい!」と大声を上げた。
 
 お母さんが初めて私に対して怒った。
 
 それが怖くて、必死で棒のようになった足を動かしてお母さんの元へ行く。
 
 私が近づくとお母さんはいつものような笑顔で、血だらけの手を私の頭に乗せた。
 
 
「これは秘密よ。いい子なレンなら守れるわよね?」


 お母さんの言葉に私は頷くことしか出来なかった。
 
 私は急いで妹にも説明した。妹は暴力を振るってきたお父さんが居なくなってホッとしたのか嬉しそうな顔をしていた。
 
 それからだった。
 
 お母さんは少しでも私が戸惑えば妹を扱うような態度になった。
 
 お母さんは異能のことを知ると、私と妹に人を殺すように言ってきた。
 
 怖くて私は逆らえなかった。
 
 初めて人を殺した感覚を味わい、目玉を刳り貫く触感に身悶えした。
 
 妹はお父さんの死体を見た時からもう正常じゃなかった。
 
 私が殺した死体を見ても、何も言わなかった。
 
 「お姉ちゃん、帰ろう?」と死体を見てすぐに言う妹の目は酷くにごっていた。
 
 狂ってる。どうしようもなく、人としての何かが壊れている。
 
 これがこれまで妹が積み上げて来た物の結果なのだろうか。
 
 いつの間にか、私は妹にも恐怖を抱いていた。
 
 お母さんに脅え妹に怯え、逃げ場の無い苦しみに襲われるようになった。
 
 殺す相手は人形、殺しても人形なのだから大丈夫、そう自分に言い聞かせて日々を過ごした。
 
 そして、擦り切れた。
 
 心が。
 
 人を傷つける感触に慣れることなんて、出来るわけがなかった。
 
 殺した人が毎晩夢に現れる。なんでどうして、と問いかけてきた。
 
 最初は必死に謝っていた。夢の中でも、起きても、ずっと。
 
 どこにも助けの無い生活が続き、私はふと閃いた。
 

「私が人形になればいいんだ」


 考えるのやめればいい。
 
 言われたことを、黙々と淡々とこなせばいい。
 
 人形になればいい。人形に考えることなんて必要無い。
 
 人形が人を殺すんだ。
 
 私はお母さんのために動く人形。
 
 お母さんが頼まれた通りに動くんだ。
 
 それが私の出来る唯一の逃げ道。
 
 気持ちを封じ込めて生きることにした。
 
 封じ込めて、新しい私が生まれた。
 
 何人も殺した。いくつも目玉を取った。
 
 私が人形になってから、妹と話さなくなった。妹が悲しそうな顔で私に何があったのか聞いてきたけど、無視した。鬱陶しいから。
 
 両の手で数え切れないくらいに人を殺してきたある日。ふいに、私は気まぐれを起こしてしまった。
 
 白い髪をした女の人の赤い目を見た瞬間。私はまるで操られるように勝手に動いた。
 
 お母さんに相談することも無くその日の内に女の人を殺した。
 
 珍しい赤い目。それを手に入れてお母さんに見せた時の顔は、私がこれまで見たことも無いものだった。
 
 怒っているようにも悲しんでいるようにも見える顔でお母さんは私を怒鳴りつけた。
 
 そこからはよく分からない。
 
 ただお母さんの機嫌を取るように言葉を選んで話していた。
 
 よくわからなかったけど、抱きしめられた。お母さんに抱きしめられるのは好きだ。大事にされていると実感できるから。
 
 
3。
 
 
 お母さんにいつの間にか首輪を付けられて部屋から動けなくなった。
 
 お母さんは何かを恐れるように爪を噛みながら震えて続けていた。
 
 3日が過ぎて、お母さんが寝た。
 
 私も眠くて苦しくて仕方なかったから、横になっているお母さんを見た後に私も床に頭を付けて寝た。
 
 目が覚めると病院に居た。
 
 何がどうなっているのかわからないまま、男の人が部屋にやってきて言った。
 
 
「あなたの母親は死にました」


 とても信じられるような言葉じゃなかった。
 
 でも男の人は色々と説明をして、最後に死体になったお母さんの写真を見せてきた。
 
 写真には、お母さんがお母さんの部屋で青い顔で苦しそうな表情で倒れていた。
 
 子供の私から見ても、明らかに普通じゃない姿だった。
 
 本当に死んだのかと聞くと「はい、死にました」と答えられた。
 
 全てが怖くなった。
 
 お母さんは怖かった、でも私には必要な人だった。
 
 お母さんが居たから私は今日まで生きてこれたんだ。お母さんが居たから私は、外にある沢山の怖い物から守ってもらっていたんだ。
 
 まるで服を全部剥ぎ取られたような錯覚がした。
 
 守るものが無くなって、足を一歩動かすのでさえ不安を感じた。
 
 部屋からなんて出れるわけもなく、ベットの上だけが私の居場所になった。
 
 人の顔なんて見れない、話をすることなんて出来ない。人の悪意が私を包んでいるように思えた。
 
 お母さんが居ないと何も出来ない。
 
 お母さんが褒めてくれないと、安心することが出来ない。
 
 お母さんが消えてしまった私はとても弱い。息をすることにも誰かの許可が要りそうで、恐ろしかった。
 
 私は自分の体の中にまで引きこもった。
 
 腕も足も首も目もジッと動かさなかった。
 
 太陽が何回部屋の窓を照らしたか、何日経ったのかわからない。
 
 妹が来た。
 
 妹は私に話しかけた。私は言葉を返さなかった。妹はそんな私を見て、ただ悲しい表情をするだけだった。
 
 話をしない理由は単純に妹が嫌いで、その上怖かったからだ。
 
 お母さんがもう居ないのなら、妹に接する理由なんてどこにもなかった。どこかに消えて欲しかった。
 
 私の希望とは裏腹に、その日から妹は何回も部屋に来た。
 
 日を重ねるにつれて話題が減っていった。最初は1時間近く居たのに、その時には10分ぐらいになっていた。
 
 また何日かが過ぎた。
 
 ある日妹に変化が起きた。
 
 妹は産まれて初めてじゃないかという笑顔でニパニパと笑い「ミズキさん」という人のことを話しだした。
 
 来る日も来る日も「ミズキさん」のことを語る妹。
 
 その顔面に張り付いた笑顔は、私を恐怖させるのに充分な威力があった。
 
 笑ったことの無かった妹が笑顔を見せ、誰とも知らない人のことを幸せそうに語り「早く元気になってね!」と私を励ます姿は、バケモノのように見えた。
 
 私は心の中でお母さんに縋った。
 
 助けて、と何度も何度も何度も何度も何度も何度も願った。
 
 でもその時にはお母さんの顔がどんなのか思い出すことが出来なかった。
 
 考えてみれば、お母さんの顔をちゃんと見たことなんてほとんど無かった。
 
 思い出そうすればするほどお母さんじゃない誰かが頭に浮かんだ。
 
 もしかしたらその中にお母さんが居たのかも知れない。でも私はそれに気づけなかった。
 
 どうすればいいのかわからなくなった。
 
 お母さんを思い出そうと努力して、毎日来る妹に怯えて、生きているのが苦痛になるぐらいに追い詰められていった。
 
 だから妹の口からお母さんと聞いた時、私は口走ってしまった。
 
 
「お前なんかがお母さんの名前を出すなッ! お前にお母さんなんて居ないんだッ! お母さんがどんな人だったかも知らない癖にッ!」


 消えろ消えろ。私の目の前から消えてしまえ、早く消えろ。
 
 ろくに喋っていなかった影響か、しゃがれてしまった声で必死に叫んで追い払った。
 
 でも妹は言ったんだ。
 
 
「お母さんなら知ってるよ」


 ―――ホラ? と妹が指差した先に、誰かが居た。
 
 白い髪に赤い目をした誰かが私のすぐ近くに立っていた。
 
 これがお母さん? そんな疑問が浮かんだ。でも、たしかにどこかで見たことがあった。どこで見たのかは思い出せなかった。
 
 必死に頭をまわして考えている私に向かって誰かは「今までよく頑張ったわね」と言った。
 
 その時、頭の中のお母さんの姿から靄が晴れたような気がした。
 
 誰かは続けて、
 
 
「ごめんねレン。何も言わずに今日まで居なくなって……でももう大丈夫よ。これからはまた一緒に居られるから―――家族みんなで」


 涙が出た。
 
 
「おかあ、さん?」


 私の問いにお母さんは笑って頷いてくれた。
 
 
「さびし、かった! 怖かった! お母さん!」

「えぇ……」

「お母さん!」


 私はベットを蹴ってお母さんに抱きつこうとした。でもお母さんの体に触れると、私の体はすり抜けてしまった。
 
 フッとお母さんが消えて、その後ろに妹が居た。
 

「……お母さんは?」

「別のところに居るよ。―――それよりも、おかあさんがおねえちゃんに頼みたいことがあるんだって」

「頼みたいこと……?」

「うん」

「なに?」



「人殺し」


4。


 私は妹に言われるまま病院を出て人を殺した。
 
 妹と一緒にどこかの部屋でお母さんを待った。妹はこの部屋を新しいお家と言った。
 
 ギシギシと軋む手足に気が付いた時にお母さんが帰ってきた。妹をまとわり付かせて出てきたお母さんの姿は、たしかにお母さんだった。
 
 お母さんは私を見つけると、言ってくれたんだ。
 
 
「偉いね、レン。よくがんばったね。怪我は無い?」


 そう言ってくれたんだ。
 
 嬉しかった。あんなに暗かった気持ちが一気に晴れた。
 
 心の底から私はホッとして、嬉しくって泣いた。
 
 お母さんが生きてた。帰ってきてくれた。それだけで充分だった。
 
 抱きついた私を、お母さんは優しく撫でてくれた。
 
 
「お母さん生きてた。アイツ嘘吐きだ」


 私がそう漏らすと、お母さんは苦笑した。
 
 体の調子が良くなくて結局また病院に戻された。
 
 その日から私は早く病院から出られるように必死でリハビリを頑張った。時折来てくれるお母さんが剥いてくれたリンゴが美味しかった。
 
 何があったのかは知らないけどお母さんは妹にも優しくしているようだった。
 
 お母さんが妹の名前を口にする旅に少しだけイライラした。
 
 お母さんが褒めてくれるのは私だけでいいんだ。妹は要らない。死んでしまえ。
 
 退院したらすぐに妹は殺そうと心に近い、さらにリハビリを頑張った。
 
 だからお母さんが暗い表情で言ってきた言葉は、


「ミユウはしばらく家に居なくなっちゃうんだ。寂しいと思うけど、我慢してね」


 嬉しかった。


△▽

32。はこれでおしまいです。
眠いです。



[4284] けいだん。33―……お母さんと暮らせるようになる日!―
Name: 歩(ホ)◆a5560092 ID:ddc19d26
Date: 2009/05/25 16:58


1。


 『空気を固形化させ無色透明の刃を作り出す』A判定物理操作系『剣王結界』。それがレンの異能だ。
 
 目を凝らすと薄っすらと向こう側が歪んでいるので視認は可能。異能者たるレンには手に取るようにその形が分かるらしい。
 
 刃の形状は様々でレンのイメージ通りに作れるが大型な物になるほど時間が必要になる。
 
 またオマケとして『作り出した刃での自動防御』も兼ね備えている。試してみた所、手の平いっぱいに握った砂利を投げつけたのを全て弾いていた。
 
 射程は視認出来る範囲で10メートルほど。
 
 欠点と言えば刃物しか作れないって所か。それも戦闘になればほぼ関係ないけど。
 
 ……初見殺しにもほどがある。これがA判定の異能か、と嘆息する。
 
 レンの異能が知りたいと聞くと嬉々と教えてくれたのがこれだ。
 
 明らかにこんな幼い子が持っていい異能じゃない。しかも自動防御は自動で発動する。異能が敵意を感じれば、何にでも誰にでも、いつでも勝手に防御される。
 
 それは一般への異能の露見のしやすさを意味する。
 
 俺のような任意発動型なんかは、発動させなければバレることは無い。
 
 逆にレンのような半任意発動型はちょっとした拍子にバレてしまう。この世の中を生き難いことこの上ない。
 
 それとも暴走型じゃなくってよかったと安心するべきか。
 
 目玉を抉られた遺恨はあるものの、日常生活ぐらいは安心出来るようにしてやりたい。中学に入って神山で働くようになれば最悪死もありえるのだから。
 
 
 ミヤビを殺してから1ヶ月ほどが経った。新年も間近に控えたその日、俺は本日退院予定のレンを迎えに病院へとやってきていた。
 
 ドラマとかでよくある送迎会的なものは催されないらしい。
 
 理由はリョウコさんを除いた看護婦全体からレンは良い顔をされていないから。そのリョウコさんでさえ「普通」と言って好きのベクトルには気持ちが向いてない。
 
 なぜそうなったか。
 
 それはレンが閉心して無気力症状態だった時にある。
 
 イケメンの計算ミスで引き起こされたレンの症状は存外に酷いもので、異能の自動防御で妹のミユウ以外が近づけない状態になってしまっていた(そのミユウにも敵意は持たないものの会話しなかったけど)。
 
 レンの世話をしようにも半端に近づけば異能で追い払われるので看護婦には堪ったものじゃない。
 
 レンが閉心してると異能で判断した時のリョウコさんは全身血だらけだったそうだ。それでもレンに対して普通なのは凄いと思う。
 
 看護婦も、最近になって回復したレンがリハビリに向かうスキに掃除をするようになったらしい。
 
 ベットや棚も入れ替えているけど、数日を費やす改装などは無理なため今だ病室の壁は傷だらけだ。
 
 ナースステーションに居るリョウコさんに、レンを迎えに来た旨を伝えて案内してもらう。
 
 俺が病室に入るや否や、患者服でベットに体育座りしていたレンの表情が鬱から笑みと変わる。
 
 うむ、慣れない。
 
 ミユウのことは本心から愛していたけど、レンは病院に引きこもっていたせいもあって接触が少なく(俺の)高感度が高くない。
 
 なのにレンから好意は100パーセント。当然こっちもそれにそこそこ合わせて接してやらないといけないのに、内心可哀想という感情が先行している。
 
 
「おっはようレン。体の調子はどう?」
 
「うん! もうありゅ……歩いても全然疲れなくなったよ!」
 
 
 元気に返事をするレン。元気過ぎて噛んでるけど。
 
 ミユウと比べて年相応な明るさなのでコミュニケーションは取り易いのが幸いだ。
 
 リョウコさん曰く「レンの中の母親像は曖昧になってるからそんなに演技しなくてもいい」とのことなんで、これを機に自分の性格を刷り込んどく。
 
 俺が近づくといきなりベットにレンが横たわる。
 
 来るたびにされるので既にパターン化している「ん」と両手を突き出してくる動作に合わせて抱き起こす。
 
 
「えへへ……」
 
 
 そのままギューッと抱きしめられる。
 
 病人だから甘えていいよと言ったのを機に毎回コレをさせられる。コミュケーション促進に一役買っています。
 
 以前と違ってすっかり潤いを取り戻した髪を一撫でした後レンを剥がす。
 
 
「もんだーい!」


 片手をビシッと挙げる。惚けているレンがビクッとなり正座し始める。
 
 
「はい今日は何の日でしょう」

「……お母さんと暮らせるようになる日!」

「そう退院日なのです。なので服を着替えましょう」

「うんわかった!」


 家からもってきたミユウの服をレンに渡して着替えさせる。
 
 着替えを手伝い寝癖の目立つ髪をクシで梳く。ミユウより暗めな栗色の長髪だ。
 
 
「じゃあ行こっか」
 
「うん」
 
 
 元気に首を振って手を握ってくる。レンの荷物は何にも無いので手ぶらだ。
 
 
2。
 
 
 病室から出るといきなり視線が集まる。特に看護婦達から。
 
 厄介な患者が消えるから見納めでもしてるのかもしれない。レンは特に気にしてる様子は無い。
 
 レンに取っては2度目の俺の家の帰り道に着いていると前方を歩いてきた人達と目が合った。ついでに言うと2人組みの男。
 
 片方にはすぐ逸らしたけど、もう片方はまだ見続けていた。レンを。
 
 ミユウの一件を思い出した俺は流石に2対1だと分が悪いので目の前にある横道に入る。
 
 気取られないように若干早足に最寄の警察への道筋を辿る。
 
 チラり後ろを見た瞬間、予感は確信へと変わる。
 
 曲がって来た2人組みがいきなり駆け足で走ってきた。しかも手には包丁。
 
 見ると前方後方全てに人影は無く、もしかしてハメられた? という言葉が頭を過ぎった。
 
 よくもまぁこんな朝っぱらからご苦労なことで。
 
 
「走って!」

「え? お母さんっ」

「いいからっ!」


 グイっとレンの腕を引っ張り駆け足を促す。多少煩ったけどレンも後ろを見ると、事情を理解したのか走りだす。
 
 が、いきなり前方の曲がり角から男が飛び出し避ける間も無く鳩尾を蹴りでぶっ飛ばされる。うっわ(多分)本気で蹴ってきやがった。
 
 くの字に体を折り曲げながらコンクリートの地面を転がる。
 
 待ち伏せかよ。やっぱり計画的かよコイツら。
 
 補助のミユウと実行したレンだと責任的にはレンが上だから、ミユウを狙わずレンを狙うのはある意味理性的だけど。そこまでやるか普通。
 
 よっぽど大切な人が殺されたんだろうってのは予測できるけどさ。
 
 あと退院日を知ってるってことは確実に病院関係者がグル。後でリョウコさんに言っとこう。
 
 生きてたらだけど。
 
 
「……アンタらよくやるわ本当に。そこまでして復讐したいわけ……?」
 
「異能者も異能者に味方する奴も皆犯罪者だ。殺さなきゃ普通の人が死んでいく……!」


 話が通じる余地は無しと判断。しかも反異能者団体にスカウトされそうな思考回路の持ち主だ。
 
 ピンチをチャンスに変えるにはどうしようかと考えていると、今まだ黙っていたレンが俺を守るように前に出た。
 
 ―――ああ、コレは別に何もしなくても終わるな。
 
 異能のことを知っているのか3人は距離を取る。けど、異能のことを知っていても異能の詳細は知らないらしい。
 
 まだレンの射程内だ。
 
 一瞬風がそよいだかと思うと、ズオォと何とも言えない空を切る音が聞こえた。
 
 目を凝らせば、レンの周囲に次々と木の葉状の不透明の刃が出現している。

  
「よくもお母さんを……お母さんを―――死んじゃえぇぇぇ!!」


 レンのヒステリックな叫びと共に刃が俺の視界から消える。
 
 周囲の壁が何かに削られ、偶々頭上を飛んでいた鳥がズタズタになって落ちてくる。
 
 まるで手榴弾の爆発のように全方位を襲う刃の嵐がレンを中心に巻き起こる。
 
 数秒と待たずに倒れる音が3つ重なる。
 
 壁を削る攻撃に、普通の服を着ている人間が防御出来るわけなんてなく全身を孔だらけしていた。
 
 しかしこれを見ると俺が手加減されているのが分かる。よくもまぁ全身切り傷で済ませれたもんだ。
 
 
「お母さん大丈夫っ? 痛くない? 怪我してない?」


 レンが血相を変えて駆け寄ってくる。蹴られた鳩尾を撫でてくれるわけだけど、正直撫でられるともっと痛い。
 
 っつても何時までも痛がっているわけには行かない。
 
 レンに良いって言うまで目をつぶっておくように言い、痛む鳩尾を押さえて立ち上がり死体になったモノに近づく。
 
 異能を発動させると、異常なまでの空腹感に襲われた。
 
 1ヶ月も食事を取っていないような錯覚。一瞬にして目の前のモノの意味が食料へと変換される。
 
 
「美味しそう」


 無意識にそう口から出た。俺も大概異能に引っ張られてきてると感じる。

△▽

33。短めですが終わりです。



[4284] けいだん。登場人物早見表
Name: 歩(ホ)◆429b8219 ID:06335ec5
Date: 2009/05/07 01:40
名前(通称)/性別/属性(?)/異能者か否か/異能者である場合のランク(D・C・B・A・特A)

桃谷ミズキ(旧今宮ミズキ) 女(女男or男女) 主人公・外面如菩薩内心如夜叉・クズ・ロリコン 異能者(特殊系) C+

イケメン 男 イケメン 異能者(エネルギー系) B

桃谷リョウコ 女 ナース・桃谷ミズキの姉 異能者(感覚系) A

此花マドカ 女 可愛い物好き(ミズキとか)・空気1号 異能者(精神操作系) B

野田ユウ 女 仕事に対しては真面目・空気2号 異能者?

金髪女 女 アホっぽい・髪は染めた・サングラス・いつでもキャミソール・面倒くさがり 異能者(エネルギー系) B

梅田レン 女 幼女・梅田姉・空気3号要員・お母さん大好き・リタイア中 異能者(物理操作) A

梅田ミユウ 女 幼女・梅田妹・要らない子・現在要る子・幸薄・そろそろ 異能者(精神操作) A

四貫島カオリ 女 委員長っぽい・メガネ・中学生の癖にヒール・M・空気4号要員脱出 異能者(感覚系) B

飛田キョウヤ 男 ヒーロー(?) 異能者(物理操作) ?

今宮エイリ 女 ロリババア・怒りっぽい?・空気5号要員 異能者(変身系) A

今宮ヒノメ 女 幼女・アホ毛 異能者?

ヒギツグ 男 キモデブ・作者が描いてて鳥肌が立った・でも羨ましい 異能者 異能者(変身系) A

九条コトハ 女 おっぱい・おっぱい 異能者?

丘ミヤビ 男 関西弁・キョウヤの知り合い・刀使い・元神山実行員 異能者 C→B


▽△

主なキャラだけ。
後付けで書いていってるからちゃんとしたキャラ紹介は無し。
自分が把握できるようにまとめてみた奴なので近いうちに消すかもです。
それでわ。






[4284] けいだん。0 *ミズキ過去・家族編*
Name: 歩(ホ)◆a5560092 ID:ddc19d26
Date: 2009/05/07 01:34
0。


「っと~に祖父ちゃんはゲートボールが好きだね」

「まぁなぁ~。ワシもガキの頃はこんなんなにが楽しいねんとおもっとったんやけどなぁ、歳食ってみると見えてくるもんがあると言うかなぁ……」

「今もワタシにはわからないけどねぇ。こんなのゴルフの劣化じゃないかい」


 吹き抜けるような夏の快晴の下。蝉の鳴き声を聞きながら家の縁側で俺は祖母ちゃんとお茶を飲みながら、祖父ちゃんのゲートボールの練習を見守る。
 
 祖母ちゃんの淹れてくれたお茶は格別に美味しいのは勘違いじゃないような気がするんだ。
 
 祖父ちゃんが振るったスティックにコツンと小突かれて木製(多分)のボールが5メートルほど離れた場所にあるゲートを潜る。
 
 「うしっ」と軽く祖父ちゃんがガッツポーズを取る。
 
 ……うん。意味不明な上に面白くなさそうだ。本当に祖父ちゃんの言うとおり、歳を取らないとわからないっぽい。
 
 
「祖母ちゃんはなんか趣味とかないの?」

「……ないねぇ。強いて言えば家の家事をするのが趣味かね」


 目の端でボールがゲートを微かに外れて転がるのが見えた。スポーツ刈りの白髪頭を掻いて「あちゃー」て言ってる祖父ちゃん。正直和む。
 
 いやしかし、和んでるとたまにソレをぶっ壊したくなるよね。祖父ちゃんのスティック奪い取ってフルスイングで頭を吹っ飛ばす。祖母ちゃんも同様。
 
 家族だから尚更。しないけどさ。……酒とかで理性緩んだらやるかも。
 
 でもなるよね? ね? 皆?
 
 
「祖父ちゃん俺もやってみていい?」

「おぅええぞー」


 何気なく聞くと心良く返事をされたのでやってみる。
 
 杖とハンマー足して割ったようなスティックを祖父ちゃんから受け取る。……たしかにベルカの騎士が持ってるのと似てるな、だからあんなあだ名付いたのか。
 
 案外軽いそれを構えて地面に転がるボールを打つ。
 
 素人がやるから結果はわかってると思うけど、明後日のほうこうに転がっていった。
 
 縁側で祖母ちゃんが笑ってる。
 
 
「祖父ちゃん真っ直ぐ転がす方法ってないの?」
 
「……がんばる」 
 
「そんな釘を打つコツ的なものじゃなくてさ」 
 
「がんばる」 
 
「……そうですか」


 教え方がヘタのなのかそれ以外に方法は無いのか。とりあえずじいちゃんに聞くのは無駄と判断する。
 
 ついでにこれ以上は時間の無駄と判断する。学校休みで暇だけど。
 
 諦めて祖父ちゃんにスティックを返却。縁側で祖母ちゃんと冷えたお茶を啜る。
 
 年甲斐も無く練習に励む祖父ちゃんを見ながら座布団を丸めて横になっていると、ふいに廊下を走ってくる音が聞こえる。
 
 家族の中で廊下走る奴って言ったら1人しか居ない。妹1号である。
 
 家が無駄に広いからって走るなよアイツ。と感想を心の中で浮かべていると、角から妹1号が飛び出してくる。
 
 
「兄ちゃん! スマブラしようぜスマブラ! アンズ相手だとつまんないんだよー!」


 何年経っても耳に響く高い声で叫びながら、寝転がっている体勢の俺の脇腹に正確に頭突きダイブを敢行してくる妹。
 
 頭突きのお陰で肺の空気が全部抜けて「ぐはぇ!」とか変な声が出た。
 
 猫のようにひとしきりじゃれ付き終わると妹がまた「やろうぜ!」と目を輝かせて聞いてきた。
 
 あ、ついでにいうとアンズってのは妹2号のこと。今じゃれついて来たのがキキョウ。そして俺はミズキ。どうでもいいけど、ミズキって名前女っぽいよな。
 
 
「やだね。前のストック99のタイマンでボッコボコにされた俺のプライドはボロボロです」

「なんでだよぉ~たのむよぉ~暇なんだよぉ~夏休み長すぎるんだよぉ~」

「友達居ないのかよ……」

「中学デビュー失敗しました」

「ははは、このドジっ子め」

「同じ双子なのにアンズは友達いっぱい居るんだぜ! これっておかしくね!?」


 ちなみに妹2人は二卵性の双子。


「キキョウがバカでアンズが賢かっただけだろ。それかお前のその中学デビューって奴の反動だろ」

「兄ちゃんどっちの味方だよ!」

「……そういう問題だったっけ」

「そうだよ! そうだよね!? ねぇばーちゃん!」


 祖母ちゃんを巻き込むな。あからさまに聞こえないフリしてるだろ。あの頬を伝う汗が見えないのかお前には。だからお前は歯ブラシとクシを間違えるんだよ。
 
 祖母ちゃんと祖父ちゃんの迷惑にならないように不本意ながら場所を移す。移動してる間もなぁなぁと腰に抱きついてくる妹がウザイです。
 
 
0。


 テレビでも見ようと居間に移動すると、先に母さんが使っていた。通販番組である。当然俺は興味が無い。
 
 
「なぁ兄ちゃん~! しようぜ~!」

「うるせーよカス。最強設定のコンピュータで3対1でもしてこ」

「ミズキうるさい」

「……すんません」


 テレビから視線を逸らさない母さんに叱られる。というかこっち見て言えよ。元お嬢様だろアンタ。行儀悪くね?
 
 暇なのか知らないけどキキョウが俺の耳に噛み付いて舌でチロチロしてくる。ウザ気持ちいいのが困る。
 
 というか暑い。キキョウが密着してきて暑い。
 
 風通りがいいからクーラー要らずな我が家だけど、流石に人間2人が肌合わせてると暑いわ。
 
 
「キキョウ離れろ。お前の暑苦しさでストレスがマッハだ」

「ひまひまひまひまひまひまひまひまひまひ! ひま! まひ! 暇すぎてひん麻疹起こしそう!」

「後半意味わかんないから。架空の病気をつくるなよ」

「ミズキうるさい」

「……ごめんちゃい」


 ……明らかにキキョウのほうがうるさくね? なんで俺ばっかり叱られてるの。
 
 母さんなんで妹2人には甘いのに俺には厳しいのかわからん。ドラゴンボールで優しいお母さんに生まれ変わるように願ってやりたい。
 
 放置しても騒ぎつづけるキキョウとそれを見逃し続ける母さん。さっきまで居た癒し空間が嘘のようです。
 
 
「母さん。母さんはこの状況を見てなんとも思わないの。見てないけど」

「兄妹仲がいいのはけっこうなことじゃない」

「俺が激しく迷惑してるわけなんですけど」

「にしては追い払わないじゃない」

「……妹を大事にしてる証拠ですよ」

「やっぱり仲良いじゃない」

「……」


 軽くあしらうなよ……。

 何回か同じような問答を繰り返した結果この人はダメだという境地に至ったので、キキョウの望みどおり遊んでやることにする。
 
 絡んでくる妹を両手両足を使って持ち上げて飛行機ごっこをする。いきなりされて驚いていたけど存外に楽しかったのかわいわいと騒ぎ出す。
 
 しばらくきゃっきゃワハハと楽しんだ後に部屋の隅にある座布団の山へと投げ飛ばす。
 
 首の骨でも折れてないかと期待……間違えた心配しながら目を向けると、目をグルグルと回していただけだった。
 
 妹の意識がリタイアしている今の内に自分の部屋に戻ることにする。
 
 祖母ちゃんのとこでも寝ようとしていたように、若干眠い。昼寝しよう。
 
 部屋に戻ると、妹2号であるアンズが、いにしえの王国でドンキーを使ってハメ技をしていた。
 
 俺の部屋にゲームとテレビ(アンテナ繋がってない。ちなみに自費購入)しかないから仕方ないけどさ。まだやってたのかコイツ。
 
 ベットに横たわってゲームを見ていると、とつぜんアンズが振り返ってくる。
 
 キキョウと同じで端整な顔つきである。とても母さんと父さんの間から生まれたとは思えない。
 
 違いといえば垂れ目か釣り目か、髪が短いか長いか、あとはバカかそうでないか、ぐらいだろうか。
 
 キキョウが前者でアンズが後者だ。
 
 
「兄さん私が作ったケーキ食べてくれた?」

「……ケーキ?」

「やっぱり忘れてる。食べて感想教えて欲しいって言ったじゃない」

「ああすまん。ケーキなんて甘ったるいもんコーラが無いと食べれないから忘れてた」

「何その超理論。しかもコーラも甘いから甘さ2倍じゃない」

「コーラは万能な飲み物です」

「それは兄さんだけです」


 決定づけられた。
 
 アンズはキキョウとは違って将来の夢を持つ真面目な子だ。さっきの会話から察せれる通りお菓子作りを日々練習してパティシエなるものを目指している。
 
 日ごろから練習しているため我が家の冷蔵庫には、甘い食材かまたは完成品が常にある。
 
 まぁ単純に言えば『将来の夢はケーキ屋さん!』とか子供の作文レベルな話になるんだけど、夢が無いキキョウよりは全然マシだろう。
 
 夢が無い俺が言えた義理じゃないけど、キキョウは俺よりはるかにダメ人間だ。
 
 人間いつしか働かなければならないという運命があるというのに、キキョウはそれを頭から拒否して、
 
 「兄ちゃんと結婚するから養ってちょうだい」とか近親相姦とかニートとかレベルじゃない意味不明な発言を残している。
 
 アンズとの話もそれだけ、コンピュータが999%になって神速で場外にぶっ飛ばされたのを見たのを最後に俺は眠った。
 
 
0。
 
 
 夕飯の時間にちょうどよく起きた俺は、母さんと祖母ちゃんが作った料理をアンズと一緒にならべる手伝いをする。
 
 キキョウはまた俺の背中に張り付いている。今度はおんぶで。
 
 
「邪魔です」

「将来の奥さんの胸の感触ですよ」

「黙れよトリプルAカップ」

「本当は嬉しいでしょねえ?」

「笑える冗談ですね」


 実の妹に欲情する兄は居ません。居たら病気です。
 
 まぁ殺意は湧きますけどね。家族皆に純粋にそういう感情はある。
 
 帰りが遅い父さんを除いて家族全員で夕飯を取る。そこまで行儀とかを気にしない過程なのでテレビは付けっ放しである。
 
 キキョウにオカズを奪われながら黙々と炊きたての白米を咀嚼していると、バラエティの番組がいきなりニュースキャスターが写ったものに挿し換わった。
 
 キャスターは『異能者に関する事件で緊急速報が~―――』と言ってカンペを読み始める。
 
 
「異能事件か」


 説明し忘れたけど人間の神秘であり謎である超能力が、この世界にはある。
 
 老若男女や善悪正邪を問わず、ある日突然に何の前触れもなく手に入る能力が、異能。
 
 その異能ってのにも、なんたら系~というのやランクというのがあってややこしい。
 
 それがあると人を超越した力を使えるらしい。無い自分にはわからないことだ。見たことも無いし、周りにも異能者は居ない。
 
 異能者が起こした事件と一般人が起こした事件は区別されるらしく、前者は特別な組織である神山企業っていう異能団体が処理するのがルールである。
 
 異能事件発生率は普通が10に対して1程度の低確率らしい。異能者自体少ないからこれが普通か。
 
 ニュースで報道されるのもけっこう稀だ。風の噂だと、小さいのは神山が秘密裏に処理したりするかららしい。
 
 だからニュースで、しかも緊急で報道されると言うことは、起こった被害が大きいことを表すということになる。
 
 なんだろうか。と他人事のように聞いていると、ふと、心臓に響くような、言葉が聞こえた。
 
 
『○○県××市で、推定特A判定の変身系異能者が突如現れ暴走しました。異能者は現在も暴れ続け、死傷者は1万人を超える―――』


 怪獣映画でやるような現実味の無い報道に俺は目を見開いた。
 
 死傷者1万って、凄い。単純にそう思った。
 
 学校の1つのクラスが大体30人。1学校の総人数が大体500人強。いつも俺が見る授業や朝礼などで見渡すような人数の、その何十倍の量の人間が1人の異能者に虐殺された。
 
 たった1人の人間に殺されている。そして今も尚殺され続けている。
 
 凄い。殺す殺さないというのはどうでもいい。たった1人でそこまでの事態を起こせるのか、そんなに凄いモノなのか異能は。
 
 凄いすごいスゴイ。単純にそれしか言えないけど、凄い。
 
 周りで食事している皆は一様に驚いた反応をしている。
 
 俺は気分が悪くなったと言って、部屋に戻ってベッドに飛び込んだ。
 
 心臓が早鐘を打つ。バクバク、バクバクと静まることことを知らずに跳ね続けている。
 
 目を瞑って深呼吸を繰り返して、何度もあのキャスターの言葉を思い返す。
 
 いつしか俺は眠ってしまい。気が付けば朝だった。
 
 今でテレビを点けると、テレビ東京を除いてほとんどのチャンネルがあの異能事件についてのニュースを報道していた。
 
 あの事件は俺が寝ている間に暴走異能者の死亡で終わったらしい。あるチャンネルでは被害者が残したビデオなどを流していた。阿鼻叫喚という言葉が似合う光景だった。
 
 居ても立ってもいられず、俺はすぐに出かける準備をした。財布を引っつかんで、早朝にも関わらず家を飛び出した。
 
 場所がとなりの県でよかった。電車を乗り継いで3時間もしたらついた。
 
 タクシーに乗って、警察や自衛隊や神山合同で規制などをしている場所について俺の視界に捕らえたものは衝撃的なものだった。
 
 ビルが幾つも倒壊してその範囲で無事な建物を見つけるのが困難だった。
 
 人の血や肉をミキサーでかき混ぜてブチ撒けたように、辺り一面が血に塗れていた。
 
 鼻を突く異臭が辺りを覆い、都心だった場所は既に地獄のような場所になっていた。
 
 全身が震えた。鳥肌が全身たっていた。
 
 異能者はこんなことが出来るのかと、驚愕した。たった1人でここまで影響を与えれるんだと、感心した。
 
 これが異能者。神秘の保有者。
 
 なりたい。なってみたい。異能者になってみたい。
 
 異能を間近に感じてみたい。
 
 だけど、どうしたらなれる。なにをすればいい。我慢出来ない。いますぐになりたい。ああ、ああ、あああ。
 
 暴走した異能者はなんでなれた。何をした。
 
 ―――……人を殺していた。沢山の人を殺していた。
 
 人を殺せば良いのか? わからない。でも、そうかもしれない。やってみる価値はあるかもしれない。
 
 なら、なら、ああ、でも。俺には大切な人達が居る。
 
 この手を家族以外の血で汚すなんて考えられない。だから、先に皆を殺さないと。
 
 家に帰って俺は納屋にある工具箱を漁った。ドライバー、ハンマー、ペンチ、色々ある。その中俺は両刃のノコギリを選んだ。
 
 祖父ちゃんと祖母ちゃんの部屋に行くと、祖父ちゃんは寝ていた。
 
 皺だらけの首にソッとノコギリを当てる。
 
 
「おやすみ、祖父ちゃん」
 
 
 引き抜く。血が飛び出す。
 
 その時、後ろに気配を感じた。祖母ちゃんだった。祖母ちゃんは逃げた。しかし、まわり込まれた。
 
 足払いを掛けて床に倒す。口を抑え、喉仏にノコギリを走らせる。
 
 
「祖母ちゃん。今まで色々ありがとう」


 2階に上がり、自分の部屋へと行く。キキョウがスマブラをやっていた。
 
 
「キキョウ」

「あ。兄ちゃんどこいって……た……の……?」


0。


「母さん」

「なに? ミズキ」

「今日の夕飯なに?」

「肉じゃがよ。いいお肉が手に入ったから、きっと美味しく出来てるわよ」

「おぉ! やった!」

「もうちょっとで出来るからお祖父ちゃんとお祖母ちゃんとキキョウ、呼んでおいてね」

「呼ぶ?」

「……? 私何かおかしなこと言った?」

「いや別に、たださ……」

「ただ?」


 こっちに振り向いてきた母さんの脇腹を、工具箱から取り出してきたノコギリで切り裂く。ゴリンッと骨が削れる音と感触がした。
 
 
「皆死んじゃってるから多分、もう来ないよ」
 
 
 「ひあぁっ!?」と鳥を絞め殺すような不気味な声を上げて母さんが目を白黒させる。数秒置いて、母さんの脇腹から血液が盛大に飛び出した。
 
 ブシュブシュと音を立てて血が舞い、ビチャビチャと台所を赤に染めていく。
 
 母さんは持っていた菜箸を放り投げて尻餅を突いて俺を見上げる。……あぁそんな目で見ないで母さん、ゾクゾクするから。
 
 母さんが大きく息を吸い込む。お腹がへこみ、喉が上下する。
 
 大きな声を出す気だ。俺を説教する時のように。
 
 ……それは困る。
 
 もう片方の手に持っていた乾きたてのタオルを母さんの口に突っ込む。声が出ないように、口で息が出来ないように。
 
 いつもの母さんからは想像出来ない間抜けっぽい顔になった母さんを足で取り押さえて、首にノコギリを添う。
 
 
「いきなりでごめん母さん」


 少しだけノコギリを引く。ブチっと皮が削げる音がした。
 
 シュンシュンと鍋が湯気を吐いて沸騰し始めたので安全のために止める。火事になったら大変だもんね。……放火ってたしか殺人より罪が重いんだったっけ?
 
 
「でも俺、夢が出来たからさ。すぐに実行したくてさ。だから相談とか出来なかったんだ」


 母さんが涙を流して首を横に振る。……え、反対派なのか母さん。ショックだ。
 
 だけどこれは俺が決めた道だ。例え母さんが反対しても俺はやってやる。もしかしたら父さんは賛成してくれるかもしれないし。
 
 ちなみに聞いてきた家族の反応は以下の通り。
 
 祖父ちゃんは寝てて聞けなかったから答えは保留。永遠に。
 
 祖母ちゃんは危うく逃げかけられて、それどころじゃなかったから答え無し。自由票ってことで。
 
 キキョウは首絞めるのに夢中なっちゃって聞く前に逝っちゃったから仕方なし。
 
 ……あれ、これはヒドい。賛成がまだ居ない。
 
 アンズはお兄ちゃんの味方だと信じてる。
 
 
「俺は、異能者になりたい。だから人を殺す。
 でも皆を殺さないまま、赤の他人を殺すのは嫌だからさ。……別れはつらいけど、殺すことにしたんだ。
 天国で俺のこと、見守ってくれると嬉しいな」
 
 
 ノコギリの柄を握りなおす。
 
 
「じゃあね、母さん」


 力の限り、一気に振りぬく。グシュウッと動脈から飛び出た鮮血がまるで花ように舞って、台所の壁に真っ赤な花火を画いた。
 
 体に付いた母さんの血を拭い、染み込んだのは部屋で着替える。警察のご厄介にならないように後処理には細心の注意を払う。
 
 してるとお菓子料理教室に出かけていたアンズが帰ってくる。チェーンを閉めていたからもれなくチャイムが連打される。
 
 
「誰も居ないのー? かあさーん! 兄さーん! お祖母ちゃーん」

「はいはいー! アンズの兄ちゃんがただいま到着ですよ!」


 チェーンを解除してアンズを家に招き入れる。
 
 
「あれ? なんか妙に静かだね。兄さんだけ?」

「いや。父さん以外皆居るぞ」

「そうなの?」


 「んしょ」と言いながらアンズが靴を脱いで玄関に上がる。
 
 俺も後ろ手に鍵とチェーンを掛けてアンズの後ろにつく。服の背中に隠しいれておいたタオルとノコギリを取り出し、そっとノコギリをアンズの喉に添える。
 
 アンズは一瞬ビクッと震えた後、錆び付いたロボットのオモチャのような挙動で首だけ横に向けて俺を見上げた。
 
 
「兄さん……? これ、なんの冗談? ふざけてるの怒るよ。口きいてあげないよ?」

「アンズ。俺の夢、聞いてくれるか?」


 背中からアンズを抱き寄せて密着する。家族の愛情を感じるために、スキマを埋めるように強く抱く。
 
 ……アンズは、賛成してくれるだろうか。ちょっと怖い。
 
 
1。


 足元にはアンズに覆いかぶさるように倒れた父さんの死体。背中には母さんが研いだ包丁が刺さっている。
 
 父さん。今まで養ってくれてありがとう。そしてミズキってちょっと女の子っぽい名前つけてくれやがってありがとう。
 
 母さん。ここまで俺を育ててくれてありがとう。ちょっと変わってたけど、母さんは自慢の母さんだ。天国で父さんと仲良くやってくれ、応援してる。今度は弟が欲しいな。もう無理なんだけどさ。
 
 祖父ちゃん。俺のこと可愛がってくれてありがとう。子供のころは祖父ちゃんがくれたお小遣いのお陰で、流行の遊びにもついて行けて本当に助かったよ。
 
 祖母ちゃん。俺にかまってくれてありがとう。鬱陶しいときもあったけど、今思うと祖母ちゃんがしてくれたことは全部俺のためだったんだね。
 
 キキョウ。今だから言うけど、お前が兄ちゃん結婚するって聞いた時は正直嬉しかった。……やべ、シスコンかな。やべーやべー。
 
 アンズ。お前が作ったケーキ美味かったぞ。これだったらきっとパティシエって奴にもなれる。がんばれ。天国で。
 
 結局誰も俺の夢には賛成してくれなかったのが玉に瑕だけどさ。きっと俺はなってみせるよ。反対されればされるほど燃えて来るってもんだ。
 
 よし。後処理して警察にでも連絡しようかな。
 
 指紋消してーお風呂にお湯張ってキキョウとアンズ入れて死亡時間曖昧にしてーアリバイは既に出来てるからオッケー。
 
 手早く全部終わらせて警察を呼ぶと、俺の嘘証言とかで面白いほどに勘違いをしてくれた。念のためにと色々聞かれたけど、怪しまれることは全然なかった。
 
 葬式の準備はめんどくさかったけど、家族皆を弔う儀式だと思うとそんな思いは吹き飛んだ。家族love。
 
 当日は笑いながら泣いた。嬉しかったから。
 
 ……―――俺の手は家族皆の血で汚れた。これで大丈夫。誰を殺しても大丈夫だ。きっと楽しくこの先やっていける。
 
 ワクワクが止まらない。ゴロリは、……まぁそこらで巧作でもしといてくれ。
 
 俺達の戦いはこれからだ! 
 
 ……ごめん。言ってみたかっただけ。反省はしてない。
 
 さぁ早く殺す人間を選ばないと。




△▽

……すいません。29話の続きを書くのがあまりにもつらいので逃げました。ミユウ……。
いちおう1話完結です。
ちょくちょく書き溜めてた過去編です。

感想コメントいただけると嬉しいです。
誤字脱字指摘していただけると作者が喜びます。
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[4284] けいだん。0 *ミズキ過去・家族編2*
Name: 歩(ホ)◆a5560092 ID:ddc19d26
Date: 2009/05/19 12:32

けいだん。30も更新しました。


0。


「兄ちゃんの宿題ってどんなの~?」


 宿題を持ってヒョコヒョコと俺の部屋にやってきた(俺の部屋が2階じゃ一番涼しい)妹1号キキョウが何を思ったのか、いきなりそんなことを言ってくる。
 
 読んでいた漫画から目を向けて見ると、問題がスラスラと解けて『わたし頭良いですよ』オーラをそこはかと無く感じさせるキキョウが居た。
 
 余裕満々なそのツラに苛々する。いますぐ頬を伸びきるまで引っ張ってやろうか。
 
 といっても、そんなことをしなくても宿題を見せればすぐにキキョウの自信をブロークン出来る自信があるので俺は仕方なく腰を上げて机から鞄を取り出す。
 
 学校で貰って以降まだ手を付けていないサラサラなプリントの束を「そぉい!」とフルスイングでキキョウの顔面に投げつける。
 

「にゃ……にゃろめ、それが兄のやることかぁ~」


 寸前でクロスガードで受け止められる。ちっ、決まったと思ったのに。さすが俺の妹。フラグ的には「やったか!?」って感じか。確実にやってない的な意味で。
 
 すぐに猫のような狐ような、にひひ、という笑いが似合いそうな顔で「ふっふ~ん。どれどれ?」とペラリと数学の表紙を開くと、一気に表情から余裕が無くなる。
 
 次のページを捲ると眉に皺が寄る。
 
 さっきの自信がどこから湧いて来たかは知らんが、まず習ってる部分が違うんだよ。
 
 だからお前は醤油とコーラを間違って俺の顔に吹きかけるんだよ。
 
 
「すげぇ数学力だな……! オラ、わくわくしてきたぞっ!」

「どこの戦闘民族だよお前は」


 一頻り唸った後、良い汗掻いたと言わんばかりな表情でキキョウが掻いてもいない汗を拭う。バカか。……バカだな。
 
 つってもバカバカ言ってるわりに夏休みの宿題はコイツが一番早く終わるんだよな。「あれ!? 宿題早めに終わらせればその後遊びほうだいじゃん!!」とか言ってさ。
 
 ちなみにアンズは計画表を立てて計画表通りにする。たまに油断して宿題を溜めて泣く。
 
 そして俺か父さんに泣きつく。ある意味アンズが一番のヘタレかも知れない。
 
 どうでもいいけど俺は夏休みが終わる3日前にする。気合があればなんでも出来る、というのを今日まで体現し続けている。
 
 キキョウの笑える顔が見れたのでベットに寝っ転がって再度漫画を読む。
 
 キキョウの性格から言って構ってちゃんなのはわかって貰えてると思う。証拠として、宿題に詰まったり一定時間構ってもらえなかったりすると「うごーん!」とか奇声を上げだす。
 
 
「にょろーん!」


 言ってる傍から上げました。これが我が家2番の珍獣です。1番目は母さんです。
 
 当然無視する。理由はウザいから。
 
 無視してるとキキョウが段々とムキになってきたのか「頭大丈夫?」と言われてもおかしくない挙動で俺の背中に乗ってくる。
 
 いくら涼しい家だからといっても薄着で肌合わせてたら、そりゃあ暑くなる。
 
 イライラしながらキキョウを無視してると、俺の理性がプツンと切れる一撃を見舞ってくれた。
 
 ずいっと真横に顔が近づいてきた来たと思ったら、耳の穴にふぅっと息を吹き込んだのだ。
 
 
「あびゃびゃびゃびゃ!!!」


 脳天から指先まで鳥肌と電撃が走る。筋肉が痙攣を起こしたように固まり、背筋がガタガタと震える。
 
 反射的に体を跳ね上げてキキョウをぶっ飛ばす。
 
 「ぎょっ!」と実に可愛くない悲鳴を上げてゴロゴロと転がったキキョウは後頭部をカベにゴンッと当てる。箪笥ならよかったのに。
 
 ゆらりとベットから立ち上がる。
 
 
「久々にキレちまったよ……屋上へ、行こうぜ……」

「兄ちゃんの目がマジだ。……これは、殺られるかもしれないね……」
 
「俺が上、お前が下だぁキキョォォォウ!」

「ちょっとエロいよその響き!」


 既にプロレスする気満々なキキョウが足を上げて俺の進行を妨害する。
 
 だが俺には見える。繰り出された足を寸で掴み引っ張る。
 
 
「なんの、ちょわっ!」

「おぅっ?」
 
 
 だが、流石妹とでも言うべきか畳を滑ってやってくる妹が残った片足で俺のスネを蹴っ飛ばす。
 
 その結果、お互いがバランスを崩しあい揉みくちゃになる。
 
 最終的には男女が行う夜のプロレスのような格好に落ち着き、お互いに「えええ!?」とビビり合う。
 
 
「やべぇもう婿に行けねぇよ……」

「なにいってんのっ!? 私のセリフだから!」


 そこに間の悪いことこの上無いタイミングで、俺の部屋の襖が開けられる。
 
 見えた姿はメガネを掛けた中肉中背のおっさんだった。
 
 明らかに父さんです。
 
 
「ミズキ……キキョウ……」


 メガネを押し上げる父さんの目が光に遮られて見えないよ。

 咄嗟に離れようとするが上手くからみあっていて、なかなか離れられない。


「と、父さんいや、これは違うからな、実の妹にまさかそんなことするわけ無いからな、わかってるよな父さん!? ほら、キキョウからもなんか言えよ!」

「もう言い逃れられないよ兄ちゃん。素直に認めようよ」


 頬をポっと染めて俯きがちにキキョウが囁く。


「諦めんなっ!? 俺とお前はそんなインモラルな関係じゃねーよっ!」

「大丈夫だ。ミズキ、実は隠していたんだがお前は橋の下で拾った子なんだ。血縁的に言えば大丈夫だ」

「無闇にリアルな嘘つくなよ! ほんとはわかってるんだろ! そのニヤけた口もと説明してみろよ!」

 
 せめてコウノトリにしてくれよ。ちょっと傷つくだろ。
 
 
0。


 俺の父さんは神々しいまでのアホだ。きっと自動車会社で腕ばっかり使って頭を使わないから退化してしまったんだろう。
 
 父さんは俺の中でこんな大人にはなりたくない選手権代表選手である。……尊敬はしてるけど。
 
 父さんの最大の武器と言えば『マイペース』だろうか。どれだけ罵られようがさげずまれようが何処吹く風だ。
 
 天然毒舌家の母さんもこれにやられたと俺は予想している。告白も母さんからだったらしいし。
 
 というかぶっちゃけ精神年齢が低いだけなんだと思う。未だに自費でジャンプとサンデーとマガジンとチャンピオン買ってくるし発売日前に。
 
 キキョウは父さんに似たんだろうなぁ。アンズは母さん。
 
 俺は……誰だろ? ん~? 誰にも似てないな。不思議!
 
 まぁそんな父さんの子供っぽい……性格が幸いしてか、祖父ちゃん祖母ちゃんとの仲は全然良好なんだけどさ。
 
 職場も大手だし真面目にやってるし、技術職だから不況にも強いからマルなんだろう。
 
 
「ミズキちゃーん! 明日俺とデートしに行こうぜ!!」

「だまれぇぇぇ! そういう風に言ったら俺が女の子っぽいだろうがぁぁぁ!!」

 
 キキョウのプロレス事件から翌日、せっかくの夏休みだから昼まで寝ていたいと言うのに、そんな考えを無視して件の人物がやってくる。
 
 バンッと襖を押し開けて父さんが乱入してきたのだ。
 
 流石キキョウの元なだけはあるようで、父親の癖にそこはかとなくウザさを感じさせる友達感覚なところがアレだ。

 ちなみに俺の名前を付けたのは母さんだ。こんな名前をつける母さんも母さんだけど、父さんも父さんだ。人のコンプレックスを揶揄すんな!
 
 
「まぁ落ち着け少年。世の中には女装少年という萌えがあってだな」

「父さんが落ち着けよ。なにうっかり同性愛を息子の前で説いちゃってるの。キモいよ」

「女装少年を同性愛と同一視する気かミズキ。それは違う、違うぞミズキ」

「ちょっとマジになりかけてるのがキモさに拍車を掛けてるよ父さん」


 そっち方面の会話は出来るんだけど。実の親子がやるような会話ではないと思う。
 
 キキョウはともかくアンズが聞いたらドン引きだよ。俺ですら引いてるよ。
 
 1人燃え上がろうとする父さんの頭を叩いて正気に戻す。あーまだ眠い、目がシパシパする。
 
 
「で。今日はどこに行きたいのさ? 休みの日に疲れに行くなんて俺には考えられないんだけどさ」

「ミズキ、お前は父さんより思考がおじさんだな」


 はぁと溜息を付きながら胸ポケットから取り出したタバコに火をつけようとする父さんの頬をはたいて止める。この部屋は禁煙です。
 
 
「いや朝方にいつも取ってる新聞勧誘の人が来てだな。いつもお世話になってるお礼にって映画のチケットをくれたんだよ3枚」

「……微妙な数だなぁ」


 ウチの家族は7人だ。
 
 
「ちなみに映画の名前は?」

「タイタニックだ。最近CMでもよくやってるだろ」

「んじゃあ俺はいいや、母さんとでも行って来なよ」

「決断早いなっ!?」

「恋愛物に興味は無い」


 余談だけど後日タイタニックのテレビ放送で泣いて、既にあの世に旅立った父さんを恨むことになる。
 
 ごめんなキキョウ、あんな熱心に語ってるお前をバカにして。俺がバカだったよ。逆に母さんは「あはは。あんなのありえないわ」と笑ってたけど。
 
 拒絶の意思表示として座っていたベットに寝っ転がって父さんに背を向ける。
 
 父さんはやれやれと言った後、俺の腹にタオルケットを掛けて部屋から出て行った。
 
 眠気もありすぐに俺は夢の中に落ちた。
 
 が、すぐに目が覚めた。
 
 俺の眠りを妨げたのは祖母ちゃんの掃除機の音だった。
 
 掃除機の音ってなんでこんなにうるさいの? 死ねばいいのに。
 
 
「祖母ちゃん掃除機止めてけろ」

「何言ってるんだい。掃除は朝の内に終わらせないといけないんだから、そんなことできるわけないでしょ」

「眠いんです」

「起きい」

「嫌です」

「……」

「うごごごご。やめて掃除機で顔を吸わないで」


 いつもは母さんが掃除するってのに……父さんと出かけたからか?
 
 歳取ると早起きすると言うのはウチの祖父ちゃん祖母ちゃんも体言しているけど、それに俺を巻き込まないでください。
 
 たしか俺が奇跡的に6時台に起きたときにはもう祖父ちゃんも祖母ちゃんも居間で茶飲んでたな。
 
 どんだけだよ。
 
 あまりに五月蝿いために、仕方なく部屋を出て居間に行く。
 
 余談だけど、俺が部屋に戻ったときに机の上に俺のエロ本が並べて置かれていました。
 
 居間ではテレビを見ながら畳みに転がってポテチを食う妹2号アンズが居た。
 

「あ、兄さんおはよう」

「おうおはよ~う。……ふあぁ」


 眠い目を擦りながら座布団に座り、俺もテレビを見る。いいとも!の増刊号がやっていた。
 
 内容半分を素通りさせながらボーとテレビを見ていると、アンズがふいに立ち上がりどこかへ行ったかと思うとすぐに戻ってきた。
 
 その手にはアンズの手製ではない市販のケーキ(後にどこかの限定品だったことが判明)があった。
 
 
「……また太るぞ」

「ま、また!? い、いつ私が太ったのよ!」

「いや、このまえ裸で体重計に乗って顔覆って俯いてたから」

「なにしてんのよ!」


 顔を真っ赤にしてアンズがフォークを投げてきた。
 
 しかし避ける手間もなくフォークは俺の後ろに飛んで行き、ビーンと音を……後ろを向く。
 
 木製の柱に刺さったフォークがあった。
 
 
「え、暗殺術の使い手?」

「もうそんな覗きみたいなことしなくても見たいって言えばっ……!」

「え、怒るとこそこ?」


 アンズがこっちにやってくると座布団で俺をバシバシと叩いてきた。

 錯乱して変なこと言っていたアンズもすぐに正気に戻り、今のことは忘れてと懇願してきた。
 
 まぁフォークを投げて壁に突き刺す特技なんて人に知られたくないわな。
 
 ちなみにじいちゃんは近所にゲートボールしにいっていた。
 
 
0。


「母さんね。誕生日プレゼントは現金がいいわ」

「現金過ぎるよ母さん。現金なだけに」

「欲しくも無いプレゼント貰っても嬉しくないじゃない? ましてや『何欲しい?』って聞かれると萎えるじゃない?」

「一理あるから困る。というかそれは思ってても言ったらダメだろ」

「言いたいことが言えない大人にはなりたくないの」

「自分をまだ子供だと思ってる母さんに驚きだ」

「失礼ね。子供の証としてサンタさんだって信じてるわ」

「クリスマスに靴下の中に現金と『これで好きなもの買ってね』て手紙を入れる母さんにだけは言われたくない」

「子供はそうやって大人になるのよ」

「じゃあ母さんは大人じゃないか」

「頭脳は子供なの」

「それはダメ人間だから。というかあのアニメ見たから言いたくなっただけでしょ」

「今思ったら頭脳は子供は先約が居たわ」

「父さんのことですねわかります」

「体は子供頭脳は大人ならいいわね」

「アニメのほうに先約が居るよ」

「体は子供! 頭脳はお母さん!」

「ロリババアなんて現実には居ないんだよ母さん」

「酷い時代になったものね。私の前世では」

「もう現実逃避はやめようよ。俺の母さんへの尊敬度がどんどん落ちてくから」

「大丈夫よ。私の中ではミズキはもうマイナスに達してるから」

「目立って悪いこともしてないのに既にマイナスとか酷すぎる」

「でも誕生日プレゼントの金額が増えればプラスに傾くわ」

「誕生日プレゼント現金確定させるなよ。ドライすぎるよ家族関係」

「人間関係は干し物なのよ、ミズキ」

「名言っぽく言ってるけど意味不明だから」

「というかこの前観に行ったタイタニック、あれは本当に笑えたわ」

「観てないからノーコメント」

「主人公がヒロインをスープレックスしたとこなんて傑作」

「CMでそんなシーンが流れてたけど、あの流れからそれは絶対に無い」

「一緒に観てたキキョウも笑ってたわ」

「キキョウは観終わった夜に俺の部屋で熱心に語っていました。思い出し泣きしていました」

「その後食べたのね。性的な意味で」

「母親がそんなこと言うなんて世も末」

「大丈夫よミズキ。あなたは橋の下で拾った子だから血縁的にはOKよ」

「父さんとまったく同じこと言うなよ。信じちゃうだろ」

「YOU信じちゃいなさいよ!」

「何で半分英語? 信じて欲しいの? 泣くよ? まじで」

「ごめんごめん。嘘よ」

「だよね」

「本当はキキョウとアンズが橋の下で拾った子なの」

「どっちも酷いよ!」

「ごめんこれも嘘。そんなこと冗談でも言ったらダメだからね。反省しなさいよミズキ? マジで」

「母さんに言われたくないよ。マジで」

「そろそろ夕飯の支度しなくちゃ」

「家事は真面目にやるよね母さん」

「夕飯何がいい?」

「ラルティザン・ドウ・ザヴールのドボシュ・トルテ」

「よしわかったわ」

「わかっちゃったよ? いいのか!? 夕飯お菓子でいいのか!?」

「少なくともアンズは喜ぶわ」

「ほかの皆のことも考えないと!」

「ごめん。それ無理」

「なんでだよ!」

「ミズキが言ったことだし。最愛の息子だし」

「こんなとこだけ最愛の息子かよ」


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