ここJAPANには迷宮というダンジョンが存在する。
各国に一つずつあり、各ダンジョンの最深階には特殊なアイテムがあるとされている。
財宝を求めて迷宮に潜りこむ侍も少なくないという。
「いや、もう大体想像できてましたけどね。
いきなりパンダに乗せられたかと思えば、ロデオ以上に激しい動きでかなり長時間揺られていましたし。
それで到着地がおどろおどろしい雰囲気の洞窟となればね」
裕輔は今、発禁堕山と共に洞窟の目の前にいた。
洞窟の内部は人の手が入っていないため真っ暗で、吸い込まれそうな闇が広がっている。
時間も既に日付が変わろうかという時間帯なので尚更だ。
「ここはどこなんです?」
「とある迷宮の洞窟、とだけ言っておこう。それだけ知れば十分だ」
「…てことはやっぱり」
「そうだ」
シャン、と発禁堕山が釈杖を鳴らして動物を呼ぶ。
すると背後の林から何処からともなくパンダが次々と現れ、我先にと洞窟の中へと入っていく。
数にして大体200を超えた所で発禁堕山は洞窟に足を踏み入れた。
「裕輔、お前にはここで呪を受けて、呪い付きになってもらう」
素人が手っ取り早く強くなるためには正道ではなく、邪道でなくてはならない。
力には代償がいる。大きければ大きいほど、対価となる代償も大きくなるのは必然。
等価交換の原則に裕輔はごくりと生唾を飲み込んだ。
(うすうす感づいてはいたけど…ゴンやこのおっさんみたいになるのかぁ)
発禁堕山のように顔が変形するのも嫌だけど、竜馬みたいに性転換するのも嫌である。
せめてゴンみたいに見た目が変わらなければいいなと思いつつ、裕輔は発禁堕山の後に続いて洞窟内に足を踏み入れた。
■
「パンダアホ強ぇ」
それが迷宮に入った裕輔の感想だった。
今も裕輔の目の前で血眼のパンダがその凶爪を振るい、ハニ―を一撃で粉砕。
なんかローブを着ている魔術師っぽいのも数頭に噛みつかれて、くたっと動かなくなっていた。
動物園で媚を売っていた奴等とは違い、完全に肉食獣としての顔をしている。
「ワシの動物が露払いをしてくれている。
このまま強い力を持った妖怪の所までさっさと行くぞ」
発禁堕山の言うとおり裕輔達は下層5階に差し掛かるというのに、一度も妖怪とエンカウントしていない。
一度ハ二―に絡まれそうになったが、発禁堕山の横に控えていたパンダの睨みですたこらさっさと逃げて行った。
やはり発禁堕山の能力は強力だと裕輔は感じた。
呪い付きには二つのタイプがある。
力が内に向かうタイプと、外に向かうタイプである。
内に向かうタイプとは身体能力の強化、もしくは特殊能力の追加である。
これは呪い付き自身が強大な力を持つタイプで、毛利元就やゴン、竜馬達がこれに当たる。
常人ではもちえない力を持つ変わりに、肉体に変調が現れやすい。
そしてもう一つは発禁堕山一人が当てはまる、外に向かうタイプである。
力を使う事によって自分以外を使役、もしくは補助や強化をする能力。
裕輔が知る限り、これは珍しいタイプに入るだろう。
両者に共通して言えるのは多かれ少なかれ体に変調をもたらすという事。
発禁堕山は顔に変調が現れ、竜馬は性別がわからなくなり、毛利元就は体の巨大化と共に寿命が短くなり、ゴンは言語能力と五感の幾つかを失った。
それらの異能者達は保護の対象とはなりえなく、廃絶の考えしかJAPANの多くの人は持ちえない。
「………いつまでも居られない、か」
それをこれから得ようとするという事は、つまりそう言う事なのだ。
裕輔は一つの結末を受け入れる覚悟をして更に迷宮の深部へと降りて行った。
■
迷宮の中は予想と反して整備されている。
人型の魔物もいるためか歩く道もあるし、階段と呼んでもいいレベルの段差もある。
ヘタれで体力不足の裕輔が下層へと進めたのもそのおかげだった。
しかし、それも下層部に行くにつれて様相を変えていく。
まるで人の手が入っていないような洞窟になり、明かりの類も少なくなっていく。
パンダが先行していなかったら、きっと強力な魔物が出現していたに違いない。
「…いいんですか?」
「パンダの事か? かまわん。所詮は駒、操っているだけにすぎん」
迷宮のそこかしこ血塗れのパンダと魔物の屍が広がっている。
無茶なので引き返すべきではと裕輔は提案したが、発禁堕山にとってパンダとは使役している駒に過ぎない。
そこに愛着はなく、ただ戦力としてしか捉えていないのだ。
「それよりも裕輔、気を引き締めろ」
発禁堕山は更に下層に行くための段差を見つけ、釈杖を構える。
「そろそろ目当てのレベルの妖怪が現れてもおかしくない」
呪いをかけられるレベルの妖怪はそこら辺にいない。
少なくてもRPGで言う中ボスレベルの強さがないと呪いをかけられないのだ。
そして妖怪の力が強大であればあるほど、かけられる呪いも強力になる。
次の階層――――丁度区切りのいい5の倍数の階層で、裕輔は初めてこの迷宮で命の危険を感じた。
■
先行したと思われるパンダの屍が積み上げられ、その階の主は裕輔と発禁堕山を待っていた。
目は赤く爛々と輝き、体中に太く固そうな体毛に包まれている。
体長はおよそ3,5~4mほど、体型もごつごつとした岩のような筋肉に覆われている。
五本の指から伸びる元は黒かったと思われる禍々しい爪は血で赤く染まっていた。
「さ、る?」
「違う。狒々(ヒヒ)だ」
大きさに差異はあるものの、妖怪の顔は猿類によく似ている。
裕輔の間違いを即座に正し、発禁堕山は運がいいと面の奥で笑った。
狒々もとっくに裕輔達の存在は認識しており、裕輔達と目が合う。
狒々はねちょりにちょりと何かを咀嚼していて、それが元はパンダだったと理解すると裕輔は吐き気がした。
「ヒーーーーーーッヒッヒッヒヒヒヒヒヒヒ!!!」
ごくりと肉塊を呑み込むと狒々の口元が頬まで裂け、奇声をあげて笑った。
狒々という名はこの笑い声から付いたとされ、性格は獰猛で残忍。
古来から人や同族である猿などを殺し、齢100年を超えると額に裂け目が出来るとJAPANでは言われている。
「運がいいな」
「何で運がいいんだよ!? さっきから首筋がチリチリを超えてジリジリしてるわ!
命の危険を感じまくって、脚が足踏みを始めてやがるじゃねぇかよ!」
「それは単に怯えて脚が震えているだけだろうて」
だが本当に発禁堕山は運がいいのだ。
日本の妖怪とは有名なほどに対処法も知られており、効果は甚大とされる。
今回迷宮探索において発禁堕山は酒などの幾つかの道具を持ってきており、その中に偶然狒々に対する武器が入っていた。
「よし、裕輔。これであやつを刺してこい」
「何がよし♪なのか全く理解できねぇ!」
完全に冷静さをなくして敬語もやめてしまっている裕輔に、発禁堕山はある物を握らせた。
「なに、パンダを突撃させて援護する。
それで体のどこでもいいが、出来れば急所を狙って刺せ」
それは一本の錐。
狒々の唯一の弱点とされ、口より上を刺せば一撃で絶命すると言われている。
だが刺す場所に限らず狒々の弱点とされているので、普通に攻撃するよりも遥かに効率がよい。
完全に及び腰で戦わせられるとわかった瞬間、裕輔の意識は降りてきた段差へと向ける。
これなんて無理ゲ!? と裕輔が半泣きで逃げ出そうとしたが、狒々はついに猛然と襲いかかってきた。
あとがき
指摘を受け、名前欄を変更しました。
また懸念されている戦闘力の強化などはありません。
あくまで戦いでの武器は【逃げ脚】と道具だけでこれ以降も行きます。